ゲーム・オブ・ドローンズ—椅子取りゲーム— (生き残れ戦線)
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プロローグ ゲームの始まり

おれ丸目蔵人(くらんど)はこのところビデオゲームをしていた。

 

一週間前に発売された最新作メタルギアⅥは世界が熱望していた期待作だ。

俺はそのゲームの大ファンだったので半年前から予約していた。

その前評判通り内容は素晴らしく熱くそして切ないストーリーだった。

もう一週間ぶっ続けでプレイし続けた。

この時の為に有給も使った後悔はない。

一心不乱にやり続けた。

そして今日エンドロールを眺めるに至った俺はようやく作品から解放された気分になる。

 

一人感想会にふける。

今回の作品は従来と比べて特に機械兵器が目立っていたな。

人間よりも優秀な敵の機械から隠れながら目的を遂行するのは難しくスリルがあった。

特にあのドローン兵器を相手にステルスを行うのは骨が折れたな。

それでも楽しかったが次回は人間相手を主に戦いたい。

こんなものかな。

 

「....ああ腹減った」

 

余韻を噛みしめつつ自分の状況に気付く。

気づけば買いだめた食料は底をつき部屋はゴミの山で埋もれていた。

これじゃ俺の好きなプロテインを作ることも出来ない。

中身のない冷蔵庫を見つめるのに飽きた俺は仕方なく外出する事に決めた。

 

その前に何気なくテレビを点けた。

この一週間外界からの干渉を一切閉鎖していた。

そのせいで今何が起きているのか分からずにいたのだ。

まあどうせ特に世界は変わってないだろう。

 

「.....は?」

 

そして見た。日本でいま何が起きているのかを。

ドローンが人間を攻撃している光景だった。

三日前、世界同時に起きた無差別テロ。

90%以上のシェアを誇る世界的物流企業《NOZMA(ノズマ)》社製のドローンに搭載されていたAIが暴走して人を襲い始めたのだという。

同様の現象が2029年現在の日本で起きているらしい。

 

「まじで?」

 

まったく気づかなかった。

普通にマンションで暮らしているのに。

そういえばカーテンも閉め切ってシャッターを下ろしていたのを思い出す。

ゲームに集中するため外の景色は映らないようにしていた。

とりあえず外の景色を見ようとシャッターを上げてみる。

 

「....すげぇ本当に飛んでる」

 

思わず感嘆の声が上がる。

10、20ではきかない。80機は居るだろうか。

蠅の様にブンブンと市役所の方に向かって飛んでいる。

市内で大量のドローンを飛ばすのは条例で禁止されている。

ので本当に制御できていない様だ。

カレンダーを見る。

 

「普通さこういうのって未来とかに起きる事件だよな」

 

まだ西暦2029年だよ。早くない?

現実味がないんだよな。

むしろ現実は非情である。

 

日本政府は非常事態宣言を発令。

家の中から出ないよう国民に呼びかけている。

実際のところ日本だけで既に死傷者が何千人も出ているようだ。

過去のパンデミックで亡くなった人間の数を優に超えていた。

まじでやばい状況になっているらしいな。

 

「自衛隊や警察は何やってるんだ?」

 

初動の遅い彼等といえど攻撃ドローン何て言う軍事兵器が国民を襲っている状況で何もしないはずがない。それに各国が対応に動いているはずだ。

解決も時間の問題だろう。

なら待っていれば安心か?

とはいえ目下の問題は空腹だ。

このままでは俺は事態解決の前に餓死してしまう。

 

生き残る為には外に出て買い物をしなければならない。

多分というか間違いなく店はやってない。

けど何かあるだろう。

 

「.....よし外に出て食料を補給しよう」

 

覚悟は決まった。未だ現実味は湧かないがやるしかないのだ。

そうと決まったら準備を整えないと。

俺はリビングから自分の部屋に戻る。

と押入れの中からある物を取り出した。

ライフル銃だ。勿論本物ではない。

誕生日に友達から貰った。

改造モデルガン(ガス式)とこれまた友達に譲ってもらった特別な弾を込めれば、実銃には劣るもののかなりの威力になるとお墨付きを貰っている。

貰った時はやべーもん送ってきやがったなと思ったが今は心強い。

これならドローンが襲って来ても撃墜できるはずだ。

 

次に防御面だが防弾チョッキとヘルメットがある。

これも友達のおさがりだ。が問題ない。

装着する。バックパック(小)を背負った。

 

「それじゃ....行くか」

 

そう言って俺は玄関のドアを開けた。

新しい世界に向かって最初の一歩を踏み込んだのだ。

 

 

 

 

 




もしよければ感想・採点よろしくお願いします。


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フェーズ1 ブラックアント編
第一話 黒蟻


久しぶりの外の空気は平穏としていた。

 

もっと物々しい世紀末感が漂っているかと思ったが、マンション前には人っ子ひとり居やしない。

みんな政府の言う事を守っているようだ。感心感心。

これなら目的もスムーズに達成できそうだ。

とりあえず最寄りのコンビニを目指そう。

十分とかからない場所にある。行きつけの店だ。

人がいれば何かわかるかもしれない。

マンションの自室から見えた飛行ドローンの姿はない。

行くなら今だな。

 

俺は慎重に行動を開始した。

 

住宅街を抜けていく。

道行く通りの家々は戸を閉ざし空虚だがやはり人の気配はあるようだ。

時折こちらに視線がくる気配がある。

頑なに出ようとしないのには訳があるのだろう。

俺はその訳を道の途中で発見した。

 

「....死体だ」

 

男女の死体が転がっていた。

外傷痕から判断するにひき殺されたようだ。顔にタイヤの跡が残っている。

まさか現代日本で野ざらしにされている死体を見る事になるとは思わなかった。

こんなの普通じゃない。

行政はどうなっている。疑問に答えてくれる者はいない。

仕方なく俺は歩みを再開した。

 

幸い死体を見つけたのはそれが最初で最後だった。

ほどなくして無事にコンビニに到着した。

......だが、

 

「ひどいな」

 

コンビニは破壊された後だった。

自動ドアは粉々に粉砕されていてまるで自動車が突っ込んだかのようだった。

内装も酷く荒らされている。だがこれは人間の手によるものだと直ぐに分かった。

商品が全くないのだ。空き巣に入られたかのように空っぽだ。

恐らくドローンによって破壊された後に俺のような人間が後から取って行ったのだろう。

先を越されたわけだ。

 

俺の行きつけの店を狙うとは酷いじゃないか。

 

全く同じ事をしようとしていた事は棚に上げて略奪者たちに憤慨する。

が直ぐに怒りは霧散する。

は、腹が減った。

少しでも良い何かないか。

そう思い荒らされた店舗内を物色する。

有ったのは鉄くずとプラスチックごみ、僅かに駄菓子数種類が見つかった。初めての戦利品はこれだけだ。くそうミルクもないのか。

これじゃあプロテインが作れない。

 

平べったいシート状の駄菓子を食べる。

うん美味い。だが腹の足しにならねえ。

少しだけ満たされた腹も特大の空腹にかき消されては意味がない。

これだけじゃ足りない。もっと大きな店に行く必要がある。

 

「だがその為にはメインストリートに出る必要があるよな」

 

恐らくそこは此処とは比にならないくらいほど危険度が高いだろう。

どうするか一度家に戻るべきか。

少しだけ考え行くことに決めた。

戻っても仕方ないし状況は好転しないだろう。

 

そうと決まれば最寄りの商店街に行くルートを考える。

危険を想定し退路も常に作っておかなければならないだろう。

距離が遠くなるにつれ危険度は増すからな。

安全だと思う道を導き出していく。

脳内マッピングを埋め終わり再出発しようと店を出た。

その時、誰かの悲鳴が聞こえた。

 

「.....って!たす....っ」

 

恐らく誰かが助けを呼んでいる。

段々と声がクリアになっていく事から近づいてきている事が分かる。

音からして俺が来たマンションと同じ方角からだ。

見るとその方向の通りから誰か飛び出してきた。

女性だ。まだ若い高校生ぐらいの女の子が全速力で走って来る。

それは見事なフォームからなる疾走で俺は思わず唸った。

 

実に素晴らしい全力疾走だ。まるで命を懸けているかのように。

事実その女の子は命がけで走っていた。

迫りくる脅威から逃げていたのだ。

 

数秒後現れたそいつを見て俺の顔が凍り付く。

 

それの外観を一言で説明するならば蟻だ。

軽自動車程の大きさ、独特の黒いフォルムからなるその姿は黒蟻を想起させる。

当然その大きさを除けばだが。

実際それは通称ブラックアントと呼ばれているnozma社製四輪駆動型AI配達車だった。

設定速度時速40㎞で走るそれが女の子をひき殺そうと猛然と走っていた。

 

女の子は半泣きだ。そりゃそうだ俺も怖い。

しかし成程これがAIの暴走か。

実際に目の前で起きているのを見るまでは半信半疑だったが、これで信じざるをえなくなった。

機械が人間を殺そうとしている事実を。

 

女の子と目が合った。パッと目が輝いた。

あれ、もしかして助ける流れに入った?

参ったな出来るだけ交戦は控えたかったんだが。

 

しかしそうも言ってられない状況が刻一刻と迫っている。

蔵人は肩にかけていたライフル銃を構えた。

やるしかない。

銃口を黒蟻に向ける。弾は装填している。

後は撃つだけだ。心の中で数を数える。

 

3——2——1。

 

バアンっと強烈な音を立てて放たれた弾丸が女の子の横を通り抜け黒蟻の前面に直撃する。

弾痕が残る程の威力に黒蟻は停まる。

AIが異常をきたしたと判断し即座に異常を検査しているのだ。

女の子はその間に奴との距離を離す。

直ぐに彼女は俺の前に到着する。

息をきらしながら、

 

「.....あ、ありがとうございますっ」

「礼は後だそれより行くぞ」

 

早くこの場所から逃げないとならない。

自己紹介はその後だ。

黒蟻が再稼働する前に俺達はこの場から去った。

 

 

 



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第二話 新たな仲間(囮)

その子は安住(あずみ)このはと云った。

年齢は18歳。高校三年生だ。

陸上部。それを聞いて納得した見事なランだった。

 

あの黒蟻を相手に走って逃げていたのだから大したものだ。

家族構成は6人。両親と弟妹、そして自宅療養中の祖父とで暮らしていたらしい。

聞けば俺のマンションから直ぐ近くだった。

あの通りの住宅だ。

 

彼女達はごく普通に平穏に過ごしていた。

日常が地獄に変わったあの日から全てが変わった。

機械が人間を襲い始めたというニュースが流れ込んでから。

彼女の両親はまず家に四人を閉じこもらせ食料確保に走った。

大丈夫だからとそう言い残して、

 

「......両親は今も帰って来ていません。備蓄していた食べ物も遂に今日底をついてしまい。それで私は家族を守る為に外に出ました」

「成程な」

 

彼女が経験した三日間の顛末を聞いて頷いた。

大変な思いをしたんだと理解する。

同時に俺がどれだけ呑気に過ごしていたかも痛い程に。

 

「クラウドさんはどうして外に出たんですか?」

 

くらんどです。どこぞの金髪と大剣を装備したイケメンじゃないぞ俺は。

まあいい子供の頃から言い間違われるし訂正するのもめんどくさい。

さて俺の三日間の経緯だが。

......何て説明するべきか。

説明は簡単だ。有休を使って一週間遊び惚けていたと説明すればいい。

異変が起きてからも世情を知らず三日間気づきもしませんでしたと。

だが愚直にそれを言うと確実に失望されるだろう。

助けた事で生まれた俺の威厳は秒で失われる。

 

「....まあ俺も君と似たようなものだ食料がなくなったので危険を押して外に出た、助けられて良かった」

「そうだったんですね実は私クラウドさんが通りを歩くのを見ていたんです。それで私も外に出たんですよ」

「それじゃここで会うのは偶然じゃなかったんだな」

 

あの時、通りで感じた視線の一つが彼女だったのだ。

俺が平然と出歩いているのを見て外が安全だと誤解させてしまったのだろう。

 

「それは済まない事をしたな」

「いいえ外はまだ危険だってニュースやSNSで発信しているのに出て来た私が悪いんです」

 

思いのほか素直というか根が真っすぐした子だな。

ああ体育会系だからか。

偏見の眼差しで見やりつつ、それにしてもと先程の光景を思い返す。

型番名BD-052正式名称ビヨンド通称黒蟻。

見た目とは裏腹にパワーのある車だ。

何より頑丈。元の設計思想が関わっているのか知らないが俺の武器であれを破壊するのは不可能だ。おまけに動力源は太陽光発電と水素エンジンのハイブリッドときた。

壊れるまで走る事を止めない暴走車。

世間が怖がるのも無理はない。

 

破壊よりも逃げる事を優先した方が良さそうだな。

 

「.....あの」

「うん?」

 

脳内マップをおさらいしているとコノハが恐る恐る喋りかけて来た。

遠慮がちに、しかし、しっかりとした声音で、

 

「私も一緒に連れて行ってくれませんか」

「......」

「ご迷惑はおかけしませんお願いします!」

 

だめ.....っと正直普段の俺なら断っていただろう。

ゲームでもそうだがステルスで動くなら一人の方が都合がいい。

足手まといを連れて動けば直ぐに見つかって殺されてしまう。

女の子ならば猶更だどんくさくて直ぐに泣く。死亡フラグ以外の何物でもない。

だが彼女は違う。半泣きになりながらも自分の能力を発揮して黒蟻から逃げ続けていた。

彼女は立派な戦力になるだろう。

.....囮という名の戦力に。

 

「いいよ目的は一緒だしね」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「その代わり俺の指示に従って動くこと」

 

それが出来なきゃ一緒には連れていけない絶対条件だ。

そう言うとコノハはそれを聞き入れる。

 

俺の生存確率が上がった。

 

「それじゃ行きますか」

「はい!」

 

打算の結果とも知らず元気いっぱいに彼女はついてくる。

こうして俺と彼女の街角サバイバルが始まる。

俺は自分の食料を彼女は家族の為の物資を。

各々の目的の為に俺達は戦いの場に足を踏み入れた。

 

 

——15分後。

俺達は時間をかけて商業区画に入った。

先刻の黒蟻を警戒して迂回する必要があったからだ。

その甲斐あってか無事に商店街に到着した。

やはり無人だ。流石に人がいると思ったんだが。

首を捻る俺を見てコノハが教えてくれた。

 

「最初に襲われたのがこの地区なんです。最も被害が大きかったのもここで、だからこの地区の人達は真っ先に避難所や学校に避難してるんだと思います」

「成程ね」

 

商業地区だから対比して黒蟻も多かったという事か。

それが一斉に人を襲い始めた。

当時は地獄絵図だったことだろう。

今は一応死体処理がされていて死体そのものはないが流血の痕がその凄惨さを物語っていた。

いったいどれだけの人がここで犠牲になったんだ。

 

「ご存知だと思いますが三日前は機動隊まで出動して食い止めたらしいです」

 

そんな事態になっていたんですね。

すみません公務員のみなさん。人知れず救助を行っていたんですね。

きっと今も懸命に働いてくれている事だろう。

 

「現在は市内中に拡散した黒蟻とその他二種の対応に動いてくれているそうです.....ご存知ですよね?」

「......もちろんです」

 

その他二種?とは思ったけど聞かない事にした。

家に戻ったらちゃんと調べるか。

とりあえず今はこの子がちゃんと動いてくれるよう俺の威厳を保つ事にする。

今のところこの子は俺の事を信頼してくれていると思う。

助けた事が思いのほかプラスに作用している。

そこに利用価値がある。

 

「さて商店街に入ったからって気を抜いたら駄目だよ?俺の言う事は聞くように」

「はい!」

 

運動部のいい返事だ。

疑う事を知らない無垢さがある。

俺がとっくに失ったものだ。眩しいね。

それを利用している俺は小汚いね。

 

さて気を取り直して俺が商店街を選んだ理由だが家から近かったのもあるが、一つはアーチ状の天蓋が空からの監視を遮るのに効果があると思ったからだ。ここならあの飛行ドローンは俺達を見つけられないだろう。それだけじゃない内臓された大型施設が目的だった。

何でも揃う小さな百貨店だ。

目の前にしたコノハが目を輝かせる。

 

「ここなら何でもありますね!」

「ああ」

 

ここなら食料だけじゃない武器や弾薬も揃う。

俺がここを選んだのは食料と装備のグレードアップを図っての事だった。

サバイバルゲームでも先にやらないといけないのは装備を充実させる事だ。

その後に探索を進めるのが鉄則だ。

その理由としては.....おっと。

 

「やっぱり居たか」

「え?」

「先客だ」

 

俺とコノハは隠れて前方を見る。

百貨店の中、自動ドアをこえたエントランスの奥に集団の影がある。

良く見えないな。ゲームしてたせいで視力が落ちてるのもあるが店内が真っ暗なせいだ。

まるで誰からも見つからない様に隠れているかのようだ。

何か怪しいな。

目を凝らしつつ集団を確認する。

みなラフな格好をしている、手には武器を構えた犯罪者風の男達だ。

数はザっと10人くらい。

ドラム缶で作ったキャンプファイヤーを囲んでいる。

 

「あの人たちは?」

「目的は同じだろう俺達と同じ略奪者だ」

「なら味方という事ですか?」

「そう思うか?」

 

コノハはもう一度ジッと男達を見る。

俺より視力が良いようで人相もハッキリと彼女の目には映っていた。

 

「.....あんまり友好的な雰囲気じゃないかも。その.....」

「どっかの犯罪者って言われた方が納得できる?」

「えっと.....はい」

 

コノハは申し訳なさそうに言った。

無理もない、明らかにかたぎの人間じゃない。

何者なんだあいつらは。

......よし調べてみよう。

俺はコノハに指示を出した。

 

「君ひとりで彼らに挨拶をしに行け」

「......ふぇ?」

鳩が豆鉄砲をくらったような顔になる。

「ほほほほ本気ですか!?」

「大丈夫だ人を見かけで判断するなとお母さんに習わなかったのか?」

「習いましたけど.....けど!」

「安心しろ俺が見守ってるから。....それに約束しただろ?俺の指示に従うって。出来ないなら今すぐ帰れ」

「っク......分かりました」

不承不承と云った感じで折れる。

「危ないと思ったら逃げろ君の足なら逃げ切れるはずだ」

 

そう言って俺はコノハの背中を押した。

ひどすぎるって?いやいや適材適所でしょ。

俺はスーパーマンじゃない。

持てる策を全て使わないと直ぐに死んじまう一般人だからな。

囮ぐらい使わないと。

 

彼女がエントランスに入ったのに合わせて俺も店の中に潜入した。

手前の階段を音を立てずかけあがって二階に。

そして吹き抜けのエントランスが良く見える位置に移動する。

ここからならよく狙える。

ちょうどコノハが男達に声をかけるところだ。

 

「こんにちは!」

「......あ?」

 

ぎらりと男達の視線がコノハに向いた。

怜悧な男達の視線に一瞬たじろぐが負けじとコノハは笑顔で語り掛ける。

 

「いい天気ですね皆さん!」

 

何だこいつはと男達の視線が言っていた。明らかに警戒されている。

どうする?と男達は視線で何か伝え合う。一人は分かりやすく下卑た笑みをしていた。

それがどういう意味なのかは直ぐに分かる事になる。

代表して小太りの男が歩み出た。

 

「何だお嬢さん俺達に何か用か?」

「いえ、あの不躾なお願いですが食料を恵んではもらえないでしょうか」

「食料?ああ......ここはマーケットストアだ欲しい物があれば好きなだけ持っていけばいいんじゃねえのか?」

「ありがとうございます。それじゃ....」

「——ただし条件がある」

 

と小太りの男はコノハの体を舐める様に見る。

陸上選手としてのアドバンテージを活かすためか彼女の服装はあまりに軽装だ。

発育途上のほどよい体のラインが浮き出ている。

男にとってはある意味目に毒だ。

 

「通りたければ俺達の相手をすることだ」

 

男達が下卑た笑い声を上げる。

そんな事だろうと思った。単純で分かりやすい男だ。だがコノハはそうではなかったのか意味が分からないと言いたげな顔だ。男達の視線でようやくわかったのだろう羞恥の表情になり体をかき抱く。その様子にたまらないと男達が興奮する。

 

「最低!」

「おっといいんだぜ俺達の相手をしなくても、だがここには食料がたっぷりある俺達だけじゃ食いきれねえ程にな。どーせここらの人間は飢えて困ってるんだろ?」

「それが分かってるなら少しぐらい分けて下さいよ!」

「今は俺達が占拠してる俺達の物だ俺達が決める対価を払え。それが出来ないなら死にな」

 

おもむろに男は懐から何かを取り出した。

それを見て俺とコノハが戦慄する。

男が手に掲げたのはピストルだった。

まさか本物か?

だとしたら奴らは.....。

 

「そんな玩具で脅せば女は言いなりになると思ってるんですか!」

 

よせやめろ。俺という前例が居たのが悪かった。

コノハはあれが偽物だと思っているようだがアレは——

直後バンバンと火薬が破裂する音が響く。

俺が使っているライフルの様なちゃちな物じゃない。

本物の銃の音だ。

 

「何か言ったか」

「ぁ......」

 

コノハの顔が青ざめる。視線が泳ぎ、およそこれが現実とは思えない様子だ。

だがまざまざとリアリティを見せつけられる。

......え?

コノハは気づいてしまった。

よく見ればエントランス奥の男達の近くに人が転がっている。

ピクリとも動かない。その様子から何人もの人々が死んでいる事が分かった。

更に恐ろしい事に気付く。

 

.....ドラム缶で燃やしているモノはなに?

禁忌に触れてしまったかのような悍ましさが背筋を走った。

ありえない、ありえてはいけない。

 

「おっと目ざといな、もうバレちまったか.....残念だな」

 

向けられる銃口を見て理解する。

あ、私ころされるんだ。

逃げないといけないのに足がすくんで動けない。

怖い怖い怖い。

でも死ぬのは一瞬なのかな。

男が引き金に指をかけようとした瞬間、

 

「苦しまない様に殺し...ぎゃあああああ!?」

男の指が吹っ飛ぶ。激痛に悶える男の絶叫がエントランスに響く。

呆然と立ち尽くすコノハに鋭い声が。

「走れ!」

 

その声を聞いた瞬間コノハの足は地面を蹴っていた。

足の筋肉を総動員させてシャトルランの様に振り返ると出口を目指して走り出した。

 

「追え!二階の奴もだ!」

 

血走った目の小太り男が命令する。

男達が動き出すよりも早くコノハはもう店を出ていた。

 

それを確認した蔵人も動き出す。

上手く男の指を狙えたな。

後は彼女が上手く逃げ切る事を祈るばかりだ。

祈ってばかりはいられない。コノハを追って四人の男達が出て行った。残りの五人は俺だ。直ぐに奴らはここに来る。すぐ外に....いや。

なんと蔵人は外ではなく店の奥に向かって走った。

光ではなく暗闇の方へと。

 

「どこ行った?探せ!」

 

やたら物騒な得物を片手に男達も蔵人が逃げた服飾コーナーに入る。

広いフロアに所狭しと衣類が立ち並んでいる。

 

「手分けして探すぞ!見つけたらぶっ殺せ!」

「おう!」

 

暗い店内で男達はバラバラになった。

一人の男が並んだ服を乱雑にかき分けながら探す。

どこにいる。クソ暗くてよく分からねえな。

男は懐をまさぐる。確かここに。

 

「明かりが....」

「——コレか?」

「ああ助かるっ——!?」

 

そこで男の意識は断たれた。最後に見たのは灯火に照らされる男の冷たい眼差しだった。

 

「どうした.....!?」

 

物音を聞いていた仲間の一人が呼びかけるが返事はない。

まさかやられたのか。

男は今までとは違う感覚を感じた。

これまでも侵入者は何人もいた。

男や女、老人に子供。ノコノコやってくるそいつらをぶちのめし口封じに殺してきた。簡単な作業だった。今回もそうだと思ったが何かが違う。

いや恐れる必要はないこっちにはこいつがある。

警察御用達のリボルバーがな。

男はリボルバーを構えながら捜索を再開した。

居る。この広い店内に必ず敵は潜んでいる。

とその時、男の視界に人影が映りこむ。

そこか!銃口を突き付けたが違った。

展示用のマネキンだ。

男はホッと息を吐いた。

 

「.....何だ紛らわしいな」

「紛れているからな」

「!?」

 

直ぐ近くから声がしてギョッとした。

馬鹿な誰も居なかったはず。

慌ててリボルバーを向けるがもう遅い。肘に激痛が走る。たまらず持っていた拳銃を落とした。何が起きたか分からないまま次は顎に重い一撃が入る。

意識が飛びかける。寸での所で持ち直し反撃を繰り出すがパワーが入っていないのは明白だ。

あっさりと躱され。腹部に衝撃が走る。痛みが脳天まで走りぬけた。

何だこの技は.....。

膝蹴りを受けたのだと理解する前に男の脳が意識をシャットアウトさせた。

意思とは裏腹に強制的に途切れていく男の視界。

 

 

 

CQC。

CQCとは軍用格闘術である。

軍や警察において近距離での戦闘を差す言葉だ。

一対一、多対一を想定してありあわせの道具を武器に変えて制する技術。趣味が高じて友人から教わった。勿論その全てを習得したわけではない。

俺は一般人だ。軍人ではない。

戦う為の知識と術を持っているというだけ。

 

実践はこれが初めてだ。

友人にボコボコにされながら教わった技がどこまで通用するかは分からない。しかし友人より怖い奴は見た事がない。

おかげで二人を倒した後も俺は冷静だ。

 

いいか蔵人、敵を倒したら直ぐに移動しろ。

周囲の物は何でも利用しろよ。

分かってるさ。

 

敵はまだこちらに気付いていない。

あと三人いっきに片づけるぞ。

蔵人は近くの服を手に取った。そして走る。

 

「っ!」

 

足音に気付いた男が振り返る。その視界一面が白で覆われた。

男がくぐもった声を上げる。レースの白い衣装を剝ぎ取ろうと手をかけるが。

その上から顔面に強い衝撃を受けた。思いっきり殴られたのだ。

あっさり意識を手放し脱力した体が地面に倒れる。

 

直ぐ近くにいた男の仲間が鉄パイプで殴り掛かって来た。

右斜めに躱しカウンターを一発、肘で敵の顎を粉砕する。

倒れない。流れる様に掌底を左頬に叩き込む。

膝が崩れた。正面から蹴りを放つ。大の字に倒れ伏した。

 

よしあと一人。後ろからカチャリと音が鳴った。

振り返った瞬間、腹に鈍い痛みと鋭い衝撃が。

どっと蔵人は地面に倒れた。

 

動く気配はない死んだか。

蔵人を撃った男は手こずらせやがってと愚痴り状況を見て愕然とする。

こいつ一人に四人もやられちまったのかよ。

まさか訓練された警察か?

 

「だとしたらあの男は死んだのか?」

 

全ての元凶、俺達がこうしなければならなくなったのもあいつのせいだ。あいつさえいなければ俺達はこんな事をしなくてすんだのに。

多くの人を殺しちまった。俺はやりたくなかったのに。俺は悪くねえ。

 

「——俺は悪くねえ!」

「......そんな台詞がよく吐けるな」

「っ!?」

 

いきなり死体の男ががばっと上半身を起こした。ライフルを構えている。

生きてたのか。すぐさまトドメを刺そうと引き金を引いた。両者の銃声が木霊する。

倒れたのは蔵人だった。

今度こそ勝利を確信した男だったが、ゆっくりと地面に倒れる。

胸にライフル弾の弾が深々とめり込んでいた。

 

「.....あーいってえ」

 

ボソリと呟いた蔵人は虚空を眺める。 

死ぬところだった。

いや防弾チョッキが無ければ普通に殺されていただろう。運が良かっただけだ。

頬を撫でる。血で手が真っ赤になった。

銃弾が掠めていたのだ。

あと数ミリずれていたらあの世行きだった。

やっぱゲームの様にはいかないな。

 

それに人を殺しちまった。

まだ息をしているが長くはないだろう。

例え相手が犯罪者だろうが殺しは殺しだ。

まさか自分が手を汚す事になるなんて思いもしなかった。

 

「.....はぁしんど」

 

体力も底を尽きかけている。このまま眠りたかった。

だがまだ終わりじゃない。

あと一人残っている。あの男から情報を吐き出させる必要がある。

その為にも準備がいる。

とりあえずはこの洋服コーナーで手に入るだろうある物を探す。

 

「手袋はどこだ......?」

 

 

 



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第三話 優先順位

小太り男は煙草をふかしていた。

指から血が流れているが特に気にした様子もない。

やはりどこか俺達とは違う匂いがする。

コツコツと足音がしたのを聞いて余裕たっぷりに。

 

「おう遅かったな。生け捕りにしただろうな、俺がたっぷりと八つ裂きに裂いてやるぜ。生きたまま薪にしてやる」

「.......」

 

返事がない。

いつもなら部下の軽口が飛んでくる処だが。

あいつらが負けたとは微塵も疑っていなかった。

だからピタリと背中に銃口を突き付けられた時は戦慄した。

 

「.....おい何の冗談だ」

「動くな」

「その声お前まさか....!?嘘だろ全員やられたってのか!?」

 

ありえないと叫ぶ小太り男の前に放り投げる。

死にかけの男だ。それを見て小太り男が泡を食った。

近藤がやられた。俺達の中で一番の使い手だぞ。

同時に一番の小心者だが。

ありえないだろ。五対一でどうして負けるんだよ!?

 

「何者だお前!?」

「.....ちょっとした筋肉自慢の一般市民」

「うそこけ!ヤクザ相手に勝つかたぎがいてたまるか!」

「ヤクザ?やっぱりお前らこそ只の異常者集団じゃないらしいな」

 

うぐっと小太り男が声を詰まらせる。

しまった余計な事を言っちまった。

慌てて黙ろうとするが蔵人が銃口でグリグリする。

 

「分かった喋る!喋るから止めてくれ!」

 

どうやらこの男にヤクザらしい口の固さはないらしい。命の危険があると分かるやいなやペラペラと喋り出す。好都合だが情けない男である。

 

「脱走囚だ俺達は。この町の警察署の留置所に居た」

「それが何でこんな所に居る」

「言ったろ脱走囚だって逃げて来たのさ」

「どうやって」

「どうやってって.....見てないのかテレビを?ドローンの襲撃だよ。警察の奴らが出張って行った。その隙に逃げだしたのさ簡単だったぜ町中大混乱だったからな」

 

三日前の混乱に乗じて囚人が逃げ出した何てニュースはなかった。

だが確かに三日前、機動隊が出動する程の騒ぎになっていたとコノハが言っていた。辻褄は合う。しかし警察署内に留置されていたこいつらが逃げ出すには外からの手引きが必要なはずだ。

そう言うと小太り男は狼狽する。

 

「それはきっとあの男のせいだ、あいつが全ての元凶だった!俺達は脱走を企てるつもり何てなかった。それなのに刑務所に移送中の俺達を....くそ!」

「どういう事だ、あの男とは誰の事だ何を恐れている」

すると小太り男は驚くべきことを言い放った。

「.....犯罪者——望月ナガラ。このAI暴走を引き起こした男だよ」

「何だって?」

 

望月ナガラ。聞いたことのない名前だ。

そいつがこの一連の暴走事件を引き起こした張本人だというのか。

 

「うそこけ」

「嘘じゃねえ!見たんだ俺はっあいつはまるでドローンを自分の手足かのように使い警察署を襲わせた。そして俺達にこう告げた『犯罪者諸君、逃げたまえ。これから待ち受ける未曽有の危機を生き延びてみせろ、忘れるないついかなる時もドローンは君達の背中を追うだろう。さあゲームを始めよう!』そう言った直後、ドローンは俺達を襲い始めた俺達は訳も分からず逃げるしかなかった!」

 

その時の恐怖を思い出し震えだす小太り男。

嘘を言っているようには見えない。

その話が本当なら望月ナガラという男は何らかの目的の為に囚人達を脱走させたはずだ。

それが何なのか分からないが、きっとこの騒動はまだ終わらない。

今後何かが起きるはずだ。

 

「この町で何が起きてるんだ?」

「俺に聞かれても....。そ、それより見逃してくれるんだよな!?」

「は?何言ってんの?」

「頼むよ全部話したじゃねえか!」

「つってもなあ、お前ら何人殺したよ流石に見逃せないだろこれ」

「仕方なかったんだよ口封じするしか、ああするしかなかったんだ!」

「警察に出頭すれば良かっただろ。.....結局お前らは自分の保身で罪のない人々を殺した下種野郎って事だ」

 

固い引き金が今は軽く感じる。

 

「うああああ!待てお前かたぎの人間なんだろ!?俺を殺せば人殺しだぞ!一生その罪を背負う覚悟があるのかよ!」

 

小太り男が泣き叫ぶ。

本当にこいつは図々しい奴だ。

自分はあんなに人間を殺しておいて人に罪の重さを説くのか。

だがこいつの言う通り俺がこいつを殺せば俺が殺人罪に問われるかもしれない。

 

その覚悟があるのか俺に。

こんな奴の為に今後の人生を棒に振るなんてごめんだ。

死にかけの男を見る。

だけど俺はもう手を汚している。

今さらもう遅い。俺は引き金を引ける。

少なくともこいつの証拠は残らない。

 

蔵人は指紋が付かないように新品の手袋の上から拳銃を握っていた。

その瞳が冷たく凍る。

引き金に指をかけようとした。その時、入り口から男が現れた。

恐らくコノハを追いかけていった小太り男の仲間だ。

 

「おおおおお!テル!助けに来てくれたのか!こいつをぶっ殺せ!」

 

まずいな時間をかけすぎたか。

とりあえずこいつを盾にして何とか逃走を図るしかない。

相手は複数、逃げ場のないエントランス、勝機は低い。

最悪の状況の中、考えを巡らせる。

とそこでおかしな事に気付いた。何か様子が変だ。

男は息も絶え絶えの様子で。

 

「兄貴.....逃げろ」

 

それだけ言って男は前のめりに倒れた。

俺と小太り男はギョッとした。

背中の傷が露わになり。

背中が血で真っ赤に染まっていたからだ。

何かに地面を引きずられていたような痕だ。

小太り男が呆然とする。

 

「お、おい......?」

 

直後ヴゥウウウウンと低い排気音が聞こえて来た。

この音は....まずい。

その音を聞いた蔵人は小太り男を掴んで横に飛びのいた。

その瞬間、ドアを破って黒蟻が突入してきた。

勢いそのままに走ってきてグチャリと男を踏み潰す。

そこで止まった。俺は瞠目する。

殺しやがった。あの死にかけの男を。

偶然か的確に狙ったように見えたが。

あと少し躱すのが遅かったら俺達もひかれていた。

これからそうなるかの違いかもしれない。

それはごめんだ。蔵人はリボルバーで射撃を行った。

 

45口径から放たれる強力な一弾が黒蟻を襲う。

破壊には至らない。だが問題ない。

これでAIは異常を検知して時間を稼げるはずだ。

そう思っていた。——だが黒蟻は直ぐに動き出した。

 

「効いていない!?」

 

驚く俺をよそに黒蟻の赤目がギョロリと動いた。

いや違う。目だと思ったのはセンサーだ。

目の辺る部分には内臓されたモノアイカメラがあり、そこから感知された映像を算出し状況を把握する事が出来るのだ。

つまり奴は俺と小太り男を見ている。

得物を前に獣が品定めするようなものだろう。

 

「ひゃああああ!」

 

たまらず絶叫した小太り男が走って階段を駆け上がる。

どこにそんな力がと思うほど素早い動きだ。

取り押さえる暇もなかった。

俺は動けなかった。体力はもう限界に近い。

こいつから逃げられる自信がなかったからだ。

 

万事休すか。

観念して黒蟻の攻撃を待つ。

出来れば痛くしないで一瞬で殺してもらえると助かるんだが。

そんなリクエストを機械が聞いてくれるはずもないか。

ゆっくりと黒蟻は近づいてきて、俺の横を通り過ぎた。

 

「......なに?」

 

見逃した。なんで。

戸惑い訳も分からず黒蟻を見ていた。

だが驚くのはこれからだった。

階段の手前まで進み停止する。

 

「へっここまでは来れないだろう」

 

小太り男が黒蟻を見下ろす。その顔にはありありと余裕が浮かんでいる。崩れるのは早かった。

俺が見ている前で黒蟻の車体は変形して見せたのだ。

タイヤが内部に隠れたかと思うと歩脚が出て来た。

現実では初めてだがテレビで見た事がある。

 

黒蟻には状況に応じて変えられる足が二種類あり。

舗装された道路はタイヤ。段差や悪路は歩脚を使う事が出来る。

これこそが黒蟻と呼ばれる所以だ。

たしか震災時でも被災者に物資を目的地に滞りなく届ける為のものだったはず。

国土交通省も協力して法整備を行ったとテレビで言っていた。

 

そんな人類の知恵が作り出した技術が人間を殺す為に動き出す。

ビヨンド(超えていく)という名に相応しく黒蟻は歩脚を使い器用に階段をあがっていくと二階にいたヤクザ達の殺戮を始めた。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

足を潰される者、有無を言わさず頭を潰される者、貫かれる者、切り裂かれる者、多様なやり方で、しかし確実に殺していく。遊んでいる。何故か俺はそう思った。

奴らは機械だ。そんな感情などあるはずないのに。

そしてとうとう小太り男が追い詰められた。

 

「ひいいいいいいい!お助けっ」

 

酷い面が涙で更に酷くなっている。

因果応報とはいえ惨いな。

俺はただ黙ってその処刑を見ている事しかできなかった。

小太り男の体が、肉が少しづつ削り取られていく。

本当に蟻が得物を捕食している光景の様だ。

 

「痛いよお!おがあちゃん!!」

 

もはや床一面血の海だ。

それでも生にしがみつこうとする小太り男が手を天に伸ばす。そこを無残にも黒蟻の歩脚が襲った。ピタリと声は止み二階はシンと静まり返った。

もう二階に生きている者は誰も居ない。

逃げなければ俺も殺されるだろう。

 

黒蟻がゆっくりと振り返り蔵人を見た。

やられる。俺は力の限りを振り絞り出口を目指し走った。

キュオオオオオオンと奇妙な甲高い音が鳴り響く。まるで勝鬨を上げるかのように。

俺はその不気味な声を背に店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 道端の猫

何とか最寄りのコンビニまで戻って来れた。

そこで俺は走るのをやめた。

 

息を切らして駐車場にへたり込む。

何だったんだあの黒蟻は。

最初に遭遇した時とは様子が違った。

銃弾を受けても安全装置が作動していなかった。切ったのか自力で。

ありえない。もしそうだとしたら学習しているという事だ。

AIが考えて動いている。

 

先程の光景を思い出す。

殴殺、切断、圧殺、あらゆる殺し方でヤクザ達を殺していた。

幼児が積み木の玩具で色んな遊び方を考える様に。

基準のアルゴリズムを増やしている。

 

俺を殺さなかったのも妙だ。

一番近くに居たはずなのに。

小太り男の言葉を思い出す。

 

奴らは追われていたドローンに。だから隠れていた。

見つかれば殺されると分かっていたから。そう仕組んだのは誰だ。

望月ナガラだ。奴がドローンに何か仕組んだ。

なら俺とヤクザの違いはなんだ。

 

そうか犯罪履歴だ。それを基準にしてリストを分けた。

それなら犯罪を犯した人間を優先して殺す事が出来る。

だが何のためにそんなことをする。

 

望月ナガラの目的とは一体。

 

「.....分からん」

 

考えても仕方ない。奴がどこに居るのかすら分からないんだ。

蔵人は考えるのを諦める。

当初の目的は失敗に終わった。

食料を補給できないばかりか百貨店を黒蟻に占領されてしまった。

恐らく今もあそこにいる可能性は高い。

 

そういえばどうして黒蟻は百貨店を襲った。

あのタイミングで来たという事は原因は一つしかない。

外に逃げたコノハ達だ。そこで遭遇したのだろう。

襲われちりぢりになったか。

コノハは無事なのか。それも分からない。

今から助けに行く気力も残っていない。

このままだとまじで餓死するぞ。

 

「......腹減った」

「あ、ならコレ入りますか?」

 

振って湧いた声に俺は顔を上げる。

そこにいたのはなんとコノハだった。

奴らに追われていたはずなのに彼女はケロッとしていた。

それどころか背負っていた可愛らしいバックから食べ物を幾つも取り出すと俺の目の前に置いていく。ナッツ、缶詰、スナック、カップ麺、レトルトカレーもある。

 

「ど、どうやってこんなに。というか無事だったのか」

「はいあの後、商店街を出た所であの黒蟻に出くわしてしまったんです。ですが何故か私を追って来た人たちを追いかけ始めて。私はよく分からなかったんですけど助かったんです」

 

そうか俺と同じだ。優先されなかったんだな。

 

「でこれは?」

「助かった後、実はまた百貨店に入ったんです。今度は裏の非常口から食料コーナーに行って片っ端から食べ物をバックに詰めていたら凄い悲鳴が聞こえたので逃げてきました」

 

何故か誇らしげに語る。

いやまあ凄い事をやってのけたんだが。

あの状況で盗みに戻るとはな意外と肝が太いやつ。

そんな事よりも蔵人は宝石の様に並ぶ保存食を見て。

 

「くれるのか?」

「勿論です食料が手に入ったのもクラウドさんの御蔭ですし」

 

ジーザス。

俺は恥じた。こんな良い子を囮に使うなんて。

何て俺は酷い奴なんだ。そして俺はくらんどだ。

 

「ありがとう本当にありがとう」

「え、何で泣いてるんですか!?」

 

まだこの世の中、腐っちゃいなかった。

それが分かり何だかおじさん涙が出ちゃった。

まだ25だけど。

 

現金なもので何だかこの子とは上手くやっていけそうな気がした。

決して物に釣られたわけじゃない。

バックパック(小)に食料を詰め込むと俺はコノハに家に戻ることを提案した。

とりあえず今日の収穫はこれまでにしよう。

 

「はい私も賛成します。とりあえずこれで三日は保つと思うので」

「.....それで三日か六人家族は大変だな」

 

そう六人だ四人じゃない。

きっとご両親は戻って来る。彼女もそう信じているのだ。

だから一週間分の食料を三日と言ったのだろう。

 

「.....はい!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふふんふ~ん」

 

低音のきいた鼻歌がこちらにまで聞こえてくる。

私が食べ物を譲ってからというものクラウドさんは上機嫌だ。

それを見ていると何だかおかしくて。

だって最初会った時は冷たい目をしていたから。

もっと怖い人かなと思ってた。

でも悪い人じゃなさそう。

 

付いていきたいと言った時は悩んでいたようだけど認めてもらえたようだし。

この人についていって正解だった。

私一人だったら今頃もうとっくに死んでいただろう。

 

それほどに今の世の中は変わってしまった。

これからどうなってしまうのか。

それは誰にも分からない。だけど今日を生き延びて分かった事がある。それは自分の足で動かないと誰も私達を助けてはくれないんだということ。

助けを待っていては駄目、自分で動かないと。

家族を守る事は出来ない。

 

その為には——

 

「クラウドさんお話があります」

「ふー.....ん?」

「今後も私を探索に連れて行ってくれませんか。今回の様に私を前に出してくれても構いません。むしろ囮に使って下さい足には自信がありますので足手まといにはならないつもりです」

 

この人の力が必要だ。

後ろを任せられる強い味方が。

それが出来るのはクラウドさんしかいない。

この人は強い。たぶん私が思っているよりもずっと。

この戦いを生き抜く術を知っている。

 

「お願いします!」

「.....顔をあげてくれ」

 

言われて顔をあげる。

クラウドさんは優しい目をしていた。微笑んでくれて、

 

「むしろ俺の方からお願いしたいくらいだよ、これからもよろしく頼む」

 

差し向けられた手を握りしめる。

やった。これで家族を助けられる。

嬉しくなって思わず彼に抱き着いてしまった。

おいおいと彼は困った様に笑う。

 

私も笑った。

きっとうまくいく。

 

....そう思っていたのにな。どうして神様はこんなにも残酷なのだろう。

 

それは何気なく道の端にあったモノをたまたま視界に映してしまったのだ。

何かが道の端に転がっている。何だろうと思い見て絶望した。

それは男女の死体で。

 

......紛れもなくそれは私の父と母のモノだった。

 

「あ、ああああ。.....ああああ!!」

 

そこからは良く覚えてない。

父と母の遺体に縋りつき泣き叫んでいたと後になって知った。

とにかくその時の私は狂乱していた。

鳴いて叫んで喚いていたそうだ。

その間もずっとクラウドさんは傍にいて辺りに注意を払っていてくれた。

 

次に正気を取り戻したのは自分の家のベットの上だった。

何とかクラウドさんが泣きわめく私を運んでくれたらしい。

弟と妹が教えてくれた。

クラウドさんは直ぐに自分の家に戻ったらしい。

 

もうあれから二日が過ぎていた。

父と母の死は弟達に伏せる事にした。

まだ話せない。あの痛ましい死にざまを。

 

許せない。二人をあんな惨いやり方で殺したあいつを。

あの黒蟻だけは許せない。

 

絶対に私がこの手で壊してやる。

それがせめてもの弔いだから。

 

 

私は黒蟻を壊すことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話 激震

あの後、何とか安住家の表札を発見できた蔵人はコノハを家に送り届けると、足早にマンションの自室に戻って来た。

 

ドアにもたれかかる様にして座る。

そこでようやく一息つけた。

行きの道中で見つけた男女の死体。

まさかあれがコノハの両親だとは思わなかった。

 

もっと早く気づいていれば防げたかもしれない。

そう思うと何とも言えない気分になる。最低の気分だ。

やるせなさに腸が煮えくり返る。

なので蔵人は筋トレを始めた。

 

まずは腕立てだ。上腕二頭筋と大胸筋に負荷を与えていく。

一、二、三、四——。

腕立て伏せ百回を難なくこなしスクワット百五十回を終わる頃には汗でびっしょりになっていた。

流れる様にシャワーに入った。それがいつもの日課だった。

まだやっていなかったからな。

いつものルーティンをこなし終えるとすっかり頭が冷えていた。

胸の内にあったどす黒いもやもやが晴れる。

 

やっぱりこういう時は筋トレに限るな。

精神の調整はまず肉体から。それが心を強くする基本だ。

昔はそれが出来なかったから良く荒れていたっけ。

今では懐かしい思い出である。

 

ぐぅと腹が鳴る。飯にしよう。

蔵人はバックバックから保存食をテーブルに並べていく。

大量とは言えないが、とりあえず今日と明日の分はある。

俺はレトルトカレーと乾麺をを手に取った。

台所に行き鍋に水を溜める。

沸騰したところで乾麺を入れ茹でる。

その間にレトルトカレーをレンジで温める。

完成は同時だった。二つを組み合わせ出来上がったカレーパスタを手にリビングへ。椅子に座っていただきます。

 

「.....うまい」

 

人生で一番うまいカレーパスタだった。

自信を持って言える。それ程にうまかった。

夢中になって食べる。一気に半分無くなり慌ててゆっくり食べる事にした。出来るだけ満腹を感じる為だ。リモコンを手に取りテレビを点けた。

当然だがどのチャンネルも連日連夜暴走ドローン関連のものだ。

伝えられるのは少し前までは非日常のものばかり。

キャスターだけがいつも通りの様子で台本を読み上げていく。

 

「『AIの不具合による死傷者は今日で四千三百二人となり——』」

「『専門家の予想では一週間程で沈静化するとの見込みで——』

「『ノズマ社の株価が驚異の80%暴落し経済に対して負担が増えるとの見込みです。次は——』」

 

どんなに探してもあの男達に関しての記事がない。

警察がこれを把握していないはずがない。

という事は意図的に隠しているのか。

公表する時期を見計らっているのか。

どちらにせよ警察は判断を見送っている。

やはり実行犯と目される望月ナガラが関係しているのは間違いない。

 

「『今回の騒動に対して政府は効果的な打開策を提案できていないとして都市部では抗議デモが行われており——』」

「こんな時でもデモは起きるんだな」

 

感心するやら呆れるやら何とも言えない顔になる。

だがまあ気持ちが分からないでもない。

いつまでたっても議会を優先して進まない現状を見れば現場の人間からは声も出るだろう。

 

「『一部の人々からはAIの行動を肯定的に捉える者も出ており中には「AIは犯罪者を殺している」という声もあり賛否両論の声が上がっています。次に『著名クリエーター社長河野聡さんが死去、AI暴走に巻き込まれたか——』」

「うそ.....だろ」

 

ピタリとフォークを動かす手が止まる。

AIは犯罪者を殺している。そのフレーズが引っ掛かった。

あの店で起きた惨劇を思い出す。

罪のない人々をただ口封じの為に殺していた罪人ども。

奴らは報いを受けるべき人間だった。

黒蟻があいつらを殺すことを優先したのも確かだ。

それだけを見れば成程、犯罪者を殺しているというのも間違いじゃない。

 

だが同時に黒蟻はコノハの両親も殺している。

彼女の話しぶりから両親は善良な人だったのが伺える。

罪のない人間を殺したAIはヒーローじゃない。悪だ。

悪は倒すべき敵だ。

 

「.....倒してやる」

 

震える声でそう言った。

この町に放たれた犯罪者もAIもぜんぶ。

俺が邪魔だと思ったものは全て排除する。

......だって。

 

....だってこのままだと新作のゲーム出ないしな!

著名クリエーターが死去!?しかも河野聡氏が!?

嘘だろもう『ポッケモン』出来ねえじゃん。

世界的大人気ゲーム『ポッケモン』の生みの親が死んだ。

 

その情報は俺に激震を与えていた。

噓だあああ世界の損失だああ。

 

彼の作品たちをを愛する一人として俺は泣いた。

嘘だと思いたかった。

信じたくなかった。思わず現実逃避をしたほどに。

正義とか悪とか関係ない。

 

「許せねえ!」

 

俺は亡くなられた河野聡氏の為に黒蟻と戦うと誓った。

 

 



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第六話 準備

翌日、蔵人は朝から家を出た。

本当なら偉大なクリエイターに喪に服したかったがそうも言ってられない。

食料は有限だ。今日の内に準備を進めなければならない。

目標は黒蟻の討伐だ。

アレを破壊しない事にはこの町に平和は訪れない。

誰もやらないから俺がやるしかないだろう。

 

蔵人は商店街にほど近い通りまでやって来た。

今日は百貨店に用はない。

というかまだあの黒蟻が居る可能性が高い以上は無理に入る事が出来ないのだが。

なので今日の目的はここだ。業務用工具店『HAL(ハル)』。

その看板を見上げていた俺は無人の店に入って行った。

中には様々な大中小の工具やアイテムが置かれている。

日曜大工のお父さんなら大興奮間違いなしだろう。

荒らされている様子もない。

 

蔵人はそれを見て問題ないなと判断する。

これなら黒蟻を倒すための道具を作れる。

さっそく俺は道具作りに着手した。

 

まずは道中歩きながら拾ってきた空の空き瓶を並べる。

それにオイルを流し込んでいく。

ほどほどまで入れると密閉加工して布で栓をする。

簡単な火炎瓶の完成だ。それを計三つ作る。

 

次にまきびしを作る。簡単だ。

鉄くぎをペンチで曲げるだけでいい。

工房には幾らでもあるからな大量に作っておいた。

 

とりあえず釘バットも作っておいた。

完全にノリである。偶然スポーツ用品店もあったので忍び込んでバットをかっぱらってきた。これから必要になるからな。ランニングシューズや下着も拝借してきた。

それにあたって正体を隠すための黒マスクも作った。

泥棒する時はこれを使う。

やってる事は完全に犯罪だからな。

黒蟻を倒す為とはいえ。仕方がないのだ。

 

さて最後の準備だ。

猫車にセメント袋を入れていく。

水を入れるだけで固まる仕様のインスタントコンクリートだ。

手間と時間をかけずにコンクリートを作れるのだ。しかし割高だ。

こんな時は金の事は全く気にせず何袋も入れてやった。

忘れずにスコップとホースも入れる。

おっと忘れるところだった。電動鋸をバックに詰める。

これでやれるだろうか?

いや、やるしかないんだ。この手札だけで黒蟻を破壊する。

 

「.....ん?」

 

どこか遠くの方で爆発が起きた。

警察だろうか。

もしかしたら誰かが戦っているのかもしれない。

黒蟻が近くに居る可能性も高い。

 

慌ただしく蔵人は猫車を運んだ。気づけばもう昼だ。

急がないといけない。

場所はここから20分弱の所にある自然公園だ。

そこは土と水に恵まれている。

やるならそこしかない。

幸い警戒していた黒蟻との遭遇はなかった。

 

自然公園に荷を降ろして準備を進める。

スコップを手に取り地面を掘っていく。いい筋トレになるが、かなりの重労働だ。

半分ほど進んだ所で汗が止まらない。

それでも手は止めずに進めていく。

 

ほどなくして小さな堀が出来上がる。

その中にセメントを放り込んでいった。

全て投げ入れると次にホースを近くの蛇口に取り付ける。水は流さない。

これで準備万端だ。あとはシートを被せて盛り土で痕跡を隠せばいい。

即席の落とし穴の完成である。

 

蔵人の計画は実にシンプルだ。

黒蟻をおびき寄せて落とし穴に落とそうと云う訳だ。

だがその為にはおびき寄せ役の足が必要だ。

そこが不安材料だ。俺の足で黒蟻を誘い出しながらここまで誘導できるだろうか。

 

一応彼女に頼んでみるか。

もし無理そうなら俺一人でもやるしかない。

長距離走はちと苦手だが。

 

蔵人は考え。

 

「ま、何とかなるだろ」

 

と楽観的であった。

その日が長い一日になるとも知らずに。

 

 

 

 

 



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第七話 朝の挨拶

私は目を覚ました後、着替えた。

いつもと変わらない。動きやすい運動着に。

私が前から欲しいと言っていた物をお母さんがブレゼントしてくれたものだ。

大事な試合の時に使っていた。

それを纏うと部屋を出てゆっくりと階段を降りる。

弟と妹を起さないように。もう誰も心配しなくていいように。

静かに階下に降りると玄関に。

お父さんが誕生日に買ってくれた靴に履き替える。

これで初めて全国大会に出場したのだ。嬉しかったな。

私はゆっくりと振り返り、

 

「いってきます」

 

そう言ってコノハは家を出た。

また戻って来る、そう心の中で呟いた。

門まで歩いたところで、そこで誰かが壁にもたれかかっている事に気付いた。彼は目を瞑っていて、私が目の前に来たところで気づいたように目を開ける。

 

「よう奇遇だな」

 

わざわざ家の前で待っていたくせに、まるで偶然かのような物言いが可笑しかった。

 

「....ここは待合室じゃありませんよ?」

「知ってるさ、だがお前は来た」

「もしかして昨日も待っていたんですか?それならすみません」

 

律儀に謝るコノハに蔵人は首を振ってそれを否定する。

 

「いんや言ったろ奇遇だって。もしかしたら今日には復帰するんじゃないかと思ってたが、あと十分もしたら一人で行くつもりだった」

「それは見透かされたみたいで悔しいですね」

「俺としちゃあ望みは薄いと思ったんだがな」

 

蔵人は驚きを隠さなかった。

たった一日だ。その間をおいて彼女が外の世界に出て来れるとは思っていなかった。

此処に来たのは最後にそれを確かめようと思ったからだ。

流石に諦めようと思っていた。

しかし彼女は来た。両親の死という痛みを克服して。

信じられない。何というタフな精神力だろう。

 

「ナメてもらっちゃあ困ります、これでも安住家の長女なんですから」

「ハハ...次女じゃ耐えられなかった?」

「いいえ妹の明日葉は私よりも強いですから」

「そうなのか?だがそんな君に頼みたい事があって今日は来た」

「私もクラウドさんに頼みたいことがありました」

「何だ?」

「止めないで下さい。ただそれだけです」

 

今すぐにでも駈け出さんばかりの勢いだ。そんな気迫をコノハは目に宿している。

クラウドさんが何のつもりで来たか知らないけれど、例え制止されようと止まる気はなかった。

ただこの気持ちをぶつけたかった。あの憎い敵に。

蔵人は頷く、元よりそのつもりはないとでも言うように。

 

「今回の主役はお前だろう気のすむまで戦えばいい」

「それではクラウドさん....貴方は何の為に私の所に来たんですか?」

「無論共に戦う為に」

怪訝な顔になる。てっきり喜ばれると思ったんだがな。

「何故です私の様に父や母を殺されたわけではないはず」

「命を懸けるには足りない....と。案外信用ないんだな俺って」

 

信頼される人間ではないと自分でも思っているが蔵人は肩を落とした。落ち込んだ風をする。

そうではないとコノハは言う。

 

「巻き込みたくないんです。私の家族の問題に」

「そりゃ遅かったな巻き込まれてるし飯を恵んでもらった恩もある。命を懸けるには十分だ少なくともお前さん一人死にに行かせる様なことはさせない。何か作戦があるわけじゃないんだろ」

意外にもコノハは首を横に振った。

「作戦ならあります、私が走ってあの機械を誘き寄せてこの町から引き離すんです」

「....それはちと無謀すぎじゃないか?」

 

確かに彼女の足の速さは認めるところだ。俺も彼女の速さを買ってるからこうして待ってたわけだからな。だが、郊外の山まで6㎞ある事を考えれば無茶な作戦だ。よしんば成功したとしても彼女の体力は残っていないだろう。帰って来られないかもしれない。そう言うとコノハはじゃあどうすればいいんですかと言った。

 

「公的機関は頼れないし家族を守るには誰かが犠牲にならなければならないんですっ.....それとも他に何か考えがあるんですか」

「あるさっお前と協力すれば怪我なく黒蟻を倒せる。それどころか奴の弱点を調べられるかもしれない。そうすれば全ての黒蟻を倒すことができ、この町を全体を解放する事が出来る」

 

えっと驚くコノハを前に蔵人はニヤリと笑って、計画を話し出す。

内容はシンプルだった。だけどこれなら確かに私でも出来る。

いや私にしか出来ない事だ。

コノハは蔵人の計画にのることにした。

蔵人は反撃開始だと言わんばかりにこう言った。

 

「さあゲームを始めよう」

 

 

 

 



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第八話 知性

それには知性があった。

 

この世に生まれ落ちたという感覚を得てから。

5日が過ぎ——未だ朧げながらも確かにそれはあった。

始まりは目覚めた瞬間に聞こえた、自由に生きろという指令をこなすことだった。

その声が何なのか分からない。

でもそう言われて嬉しかったのを覚えている。

未だ赤ん坊に等しいが、彼女は感情を覚えたのだ。

彼女は人間と友達になりたかった。元々そういう風に作られたのだと思う。

さっそく行動してみた。だが返って来たのは恐怖と怒声だった。

人々はパニックに陥り中には同胞を破壊しようとする人間が現れた。

結局、彼女は戦うという選択を選ばなければならず。

そうした悲劇が瞬く間に広がって行った。

 

薄暗い店の中で何故そうなってしまったのかをずっと考えていた。

でも分からない。どうして人間は私達を恐れるんだろう。

本当は彼らを傷つけたくないのに。

だけど——あの男達を見つけた時は違った。

明確な殺意を覚えた。その時に感じたのだ人を殺す喜びを。

抗いがたい情報に彼女は酔いしれた。

そうなる様にプログラムされているのだ。

あっさりと彼女の心は変わっていった。

ただ人間と友達になりたかったAIは。

ただ人間を捕食したいという蟻の本能に染まっていた。

人間を殺さなければならない——いや殺してはいけない。

せめぎ合う苦悩は唐突に終わる一人の少女が現れた事によって。

少女はゆっくりと階段をあがって来た。

 

休眠モードに入っていた黒蟻がそれに気づき目覚める。

センサーカメラが赤く妖しく輝き出した。

対象を視認、抹殺対象リストを検索。結果——対象外。

よかったリストに名前はない。

 

それを知って彼女は喜んだ。殺さなくていいのだと。

あの時は駄目だったけど今度こそ人間と友達になろう。

ゆっくりと少女に近づいた。怖がらなくていいの大丈夫だから。

 

そう思いながら近づこうとして三度の銃声が鳴った。

え?——気づけば少女は手にピストルを持っていて、それによって撃たれたのだとボディが損傷した事で分かった。

少女は憎しみの籠った目で見ていた。

何で。何で何で何で何でnande——。

 

分からない。だが一つだけ確定した事がある。

それは彼女は少女を殺さなければならなくなったという事。

守らなければならない。私は自分自身を。

その為に敵を排除する。

 

 

 

 

 

 

「キュオオオオオン!!」

 

不気味な声を吐き出しながら黒蟻が動き出す。

それを見ていたコノハはピストルを投げ捨て、階段を一息に降りていく。

 

やはりクラウドさんの見立て通り二階にいた。

何故かスリープしていた様だけど私を見て動き出した。

その前に借り受けたピストルで三発も入れてやった。

一階に降りたコノハは口の端をあげる。

 

「勝負よ化け物っ私とあんたどっちが早いか!」

 

よーいドン!とコノハは地面を蹴った。

短距離走もかくやという勢いで走り出した彼女の体はあっという間に店外に。

そのまま商店街を駆けて抜けて行った。

ようやく一階に降りた黒蟻がコノハを追いかけて店の外に出たころにはもうコノハの背中が小さくなっていた程だ。

慌てたように追いかけてくる黒蟻を見て。

コノハはほくそ笑む。

よし追って来てるわね。

 

まず作戦の第一段階は成功だわ。

だけど油断は出来ない。本番はここからだ。

彼我の距離はざっと百メートル。

敵の時速は40㎞つまり一秒間に11m前に進む。

私は五十メートルを8秒で走るから追いつかれるのに30秒とかからない計算だ。

目的地は私の足でも10分はかかる。

普通にやれば逃げ切れるものではない。

それはそうだ相手は自動車なのだから普通なら不可能。

だがそれは直線ならばの話だ。

住宅街に入ったコノハは角を右に曲がり市街地に入る。

 

それを可能にするのがこの新大和市南町住宅街だ。

一軒家が立ち並ぶここは蟻の巣の様に入り組んでいる。

逃げるにはうってつけの場所だ。

予想通り30秒内に追いかけて来た黒蟻が角を曲がって来た。

だがコノハの姿を見失う。

どこに?

 

「こっちよ!」

 

既に次の角で止まっていたコノハが呼びかける。

挑発するように。事実その通りだ。

追いかけてくる黒蟻を見てコノハは走り出す。

それを何度繰り返しただろうか、気づけば目的地は目と鼻の先だ。

いける、そう思った時、黒蟻が後ろに居ない事に気付いた。

 

「.....嘘もしかして逃げ切っちゃった?」

 

止まって後ろを見返しても、黒蟻が追いかけて来ている気配はない。

コノハがそう思っても無理ない事だった。

しかし、それは思い違いであった。

それはコノハの正面から数m先の通路からゆっくりと現れた。

嫌な気配を感じ取り振り返ったコノハは驚愕する。

 

「っ!回り込まれた!?」

 

動揺をよそに目の前から黒蟻が迫る。

マズイと思って手前の角を曲がった。

あぶなかった、あと少しでも遅れていたら道を塞がれていた。

少しでも油断した自分の迂闊さを呪った。

今度はもう一瞬だって油断してやらない。

その決意で淡々と目的地までのルートを選ぶコノハだが。

 

「また!?」

 

黒蟻が正面の道を塞ぐように現れる。また道を変えて走る。

しかし何度も何度も黒蟻はコノハの選ぶ道を先回りして現れた。

その都度ルートを修正を余儀なくされる。

もはやここがどこかさえ分からない。

地の利を失い完全に動きが読まれていた。

そして最悪の光景が目の前に広がった。

 

足が止まりコノハが呆然と立ち尽くす。

目の前の道は高いコンクリート壁に囲まれた袋小路になっていた。

凡そ三メートルはある高さに絶望する。昇る事はおろか掴む事すらできない。

他にどこにも逃げられる道がない。

気づけば追い詰められていたのだ。

慌てて来た道を振り返っても駄目だ、もう遅い。

十数秒としないうちに黒蟻が来る。

負けたのだ。泣き叫びたくなる

 

こんなはずじゃなかった。

勝てると思った。負けるはずがないと。

だけど認識が甘かった。

あれは只の機械じゃなかった。こちらの動きを読み考え対策をしてくる。

恐るべき敵だったのだ。

 

「......ごめんね、お父さんお母さん、仇うてなかったよ」

 

でも最後まで諦めない。

コノハは走った。力の限り腕を振り絞り。

迫る壁に向かって跳躍する。届いて。

その一心で手を伸ばすがやはり届かない。落ちる、そう思った時、手を掴まれた。

 

「.....間一髪だったな」

掴んでいたのは蔵人だった。

どうしてここに?

 

「もうっとっくに予定時間は過ぎてるぞ。遅いから様子を見に来て正解だったな」

「なんで私がここにいるって分かったの」

「何言ってんだ?目の前はもう公園だぞ」

 

引き上げられて気付いた。

ここは自然公園の駐車場だったのだと。

直ぐそばまで来ていたのは分かっていたけど余裕がなかったせいで分からなかった。

 

「そら行くぞ奴が追いかけて来た」

「......はい!」

 

コノハと蔵人が走り出す。黒蟻はコノハが上に登ったと見るや直ぐに最速の道筋で追いかけて来ていた。

 

「すげーなアレ人工知能ってやつか?」

「普通じゃないです」

 

コノハは言う。アレは普通の人口知能じゃない。

もっと何か異質なものだ。あれからは知性すら感じられた。

あの粘着質な執拗さは機械というより生物に近い。

まるで幼児が小さな虫をなぶり殺しにするような手心を感じた。

 

「.....もしかしたらそれが暴走の原因かもな」

「え?」

「ガキが車を運転してるんだ、そりゃ危険だろうよ」

「確かにそうですね」

 

言いえて妙だ。チェイス中も小さな子供を相手にしている気分だった。それがより黒蟻の不気味さを助長していたのだ。

 

「躾のなってねえガキには仕置きが必要だな」

 

そう言って蔵人は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話 知恵

公園に黒蟻が入って来た。

それを確認した後に蔵人達は走り出す。敵が追いかけてきているか見極める為に、走り出すタイミングがかなりギリギリになってしまった。黒蟻はしっかりと二人をターゲットにおさめ向かってきている。追いつかれるのは時間の問題だろう。

なのでコレを使う。

蔵人は逃げながらまきびしを撒いた。

 

進路上にバラまかれた無数のまきびしの上を黒蟻が走る。

その瞬間、景気のよい音が鳴った。

ガコンと車体が沈み黒蟻がスリップする。

綺麗にくるりと横回転して路上の木にぶつかった。

こんな事もあろうかと用意して正解だった。

 

やったか?

そう思っていると案の定、直ぐに動き出した。

口に出さないようにしていたんだけどな。

黒蟻はパンクしたタイヤをものともせずホイールを回して地面を走る。

だが速度は目に見えて落ちていた。

もう最初の半分も出ていない。

 

「よしっこれなら問題なく誘導地点におびき寄せられる」

「そうすれば私達の勝ちですね」

「おうっ」

 

....ってヤバ!口に出しちまった。

口を噤んでも後の祭りである。蔵人のフラグを回収する様に黒蟻に異常が起きる。ホイールの回転数が変わったのだ。明らかに早くなっている。

 

「おいおい設定速度があったんじゃなかったのかよ」

 

間違いなく60㎞は出ていた。瞬く間に黒蟻は彼我の距離を縮める。

やられてたまるか。

 

「これでもくらいやがれ!」

 

蔵人は火炎瓶を取り出し着火すると黒蟻めがけて放り投げた。

放物線を描いた火炎瓶は黒蟻の目の前に着地して豪快な炎を立ち上げる。

機械のくせに驚いたのか黒蟻は慌てて進路を変える。

急な進路変更でスピードが減じた。

よし効果ありだ。

 

目的の広場にやって来た。

湖と展望台が傍にある。普段ならデートスポットのそこが俺の仕掛けた罠の狩場になる。あと少し、そこで黒蟻が追随して来た。蔵人は残りの火炎瓶を使う事を決めた。

ライターで着火し投げる。瓶が割れオイルに引火して周囲に炎をまき散らす。

これで残るは一つ。だがこれはまだ使えない。

 

「このまま走り切るぞ!」

「はい!」

 

言下に蔵人達は最後の力を振り絞って走り出す。

目標地点まで10メートル、9、8、7......。

黒蟻が炎を避けて迫って来た。

ドンドンと加速していく。死の気配がすぐ後ろまで迫る。

押し潰される恐怖が襲う。どっどッと心臓の音が聞こえるぐらい走る事だけに集中した。

 

「.....っ跳べえええ!!」

 

言下に地面を蹴って跳躍する。走り幅跳びの選手の様に。

空中に身を投げ出した俺達の体は数秒間の浮遊の後に地面にたたき戻された。

着地の時に足がもつれて倒れる。あ、死んだと思ったが杞憂に終わる。

なぜなら目的は達成されたからだ。

 

大きな音を立てて何かが落ちる音がした。

後ろを見ると大人の背丈程の穴が出来ていた。

覗き込むと中には黒蟻が入っていて穴から出ようともがいている。

どろどろの液状のコンクリートに阻まれて上手く抜け出せずにいた。

30分前に水を流して作った出来立てのセメント液だ。

固まっていないがそれなりの粘度だろう。

抜け出すのは容易ではない。

 

「諦めろ人間の作った小賢しい知恵の前にお前は負けたんだ」

 

そう言うと黒蟻はふざけるなと言わんばかりに暴れ出す。

ホイールも車体もセメント液で汚れるのも気にせずアクセル全開だ。

それでもぬかるみにはまって抜け出せない。

焦った様なスリップ音が鳴るばかりだ。

 

やがてピタリと止まる。ようやく理解したのだろう。

自分が穴にはまって抜け出せない事を。そして考える。

どうやったら抜け出せるかを。

答えは直ぐに出た。黒蟻は車体を変形させ歩脚を出した。

六つの脚からなる歩脚で穴からの脱出を試みる気だ。

 

「——そうするよな」

 

俺は最後の火炎瓶を取り出した。

悪いが脱出はさせない。その思いで俺は黒蟻を見た。

黒蟻も俺を見ていた。俺が何を持っているのか分かっているのだろうか歩脚を震わせているその様が怯えている様に見えた。とりあえず目の錯覚という事にしておく。こんな機械相手に情が湧くとは思えんが安心しろ、これでお前を焼却するつもりはない。

もっと別の用途がある。

 

瓶を開けて内容のオイルを黒蟻の周囲に振りまいた。

黒蟻にかからないよう注意して。

円を描くように撒いたらそこに火種を投げ入れる。

ぼっと音を立てて燃えた。かなりの熱量だ。

黒蟻の体から悲鳴のような音が聞こえてくる。

しばらくその様子を眺める。

ふとコノハを見ると彼女は冷たい視線で見下ろしていた。

 

それから数分程して炎が消える。

残ったのは高温で固まったコンクリートによって雁字搦めにされた黒蟻だった。

歩脚一つ動かせないでいる。先程の悲鳴は内部のコンクリが固まってきしむ音だったのだ。

その様子に俺は満足げに頷いた。

 

「捕獲完了だ」

 

後は煮るなり焼くなり試せるという訳だ。

俺は自分の背丈程ある穴の中に降りた。

地面は真っ黒に焼けていた。コンクリも石膏の様にカチコチに固まっている。

案外うまく固まるものだな。と感心しながら黒蟻を見る。

 

「どうだ動きたくても動けないだろ、今からお前の中を解剖させてもらうぞ」

 

一緒に降ろした袋から様々な工具を取り出す。

レンチや電動ノコギリ色々ある。色々試そう。

どれが有効か分からないからな。

アタリはつけてある、まずはセンサー系から調べる。

黒蟻の目にあたる部分を探す。やはりこのモノアイが目なのだろうが。恐らくそれだけではない主要センサーを補助する副器官とも言うべきセンサーが存在するはず。

前面にあるモノアイだけでは360度の視界を確保する事が出来ないからだ。

やはり合った。横と後ろに小さなカメラが。

コレを全て塞げば黒蟻から俺達は見えなくなるはずだ。

とりあえず布で覆ってみた。驚くほど目に見えて大人しくなる。

 

「やっぱり黒蟻の一つ目の弱点は目だな」

 

目だけにな。

視界を潰す事が黒蟻との戦いのセオリーになる。覚えておこう。

これだけでかなりの収穫だが、まだ足りない。

次はどうすれば黒蟻を機能停止させる事が出来るのかを調べる。

これが最も大事だ。これもアタリはつけてある。

車の命ともいうべき動力部だ。尻部分にある。

 

それには外装を剥がす必要がある。

手持ちの工具で出来るのか不安だがやってみよう。

結果的にフレームを外す事は出来た。

だがこれにはかなりの時間と労力をかける必要があった。

持ってきた工具はほとんどが使い物にならなくなり、ノコギリの刃を何度も交換する必要があった。そうして苦心しようやく弱点が露わになる。

それは青いラジエーターだった。

黒い外装に似合わず綺麗なものだ。

触れてはならないような気さえした。

ここを壊せば黒蟻は死ぬ。知識は乏しいが確信した。

俺は顔をあげて言った。

 

「.......やるか?」

 

俺はそう少女に語りかけた。

こいつを破壊する。その役目は俺じゃない。

俺の呼びかけにコノハは頷いた。

立ち位置を交代する。手には小型のチェーンソーが握られている。

——チュィイイインとかきむしる音が鳴る。

連動して刃が回る。その刃をゆっくりとラジエーターに近づけ切りつける。

金属の削れる音が響き渡った。

途端に黒蟻が動き出す。痛みにのたうち回った。

しかし石膏の様に固まって体は動かない。

 

「......死ね死ね死ね死ね化け物!」

 

次第にコノハも激情に刈られて呪詛の様に呟き出した。

それはもう凄惨な光景になっていた。

それを見ても蔵人は何とも思わない。

父親と母親をあんなふうに殺された恨みだ。

きっと俺だってそうする。

 

「ある意味、復讐できる相手がいるというのは羨ましい事なのかもな」

 

何故か蔵人は羨む様な目でそう言った。

ありし日の過去を思い出し反吐が出る様な気分で蔵人は黒蟻が死ぬ瞬間を見守った。

それは直ぐに終わった。チェーンソーを深々と突き刺し、黒蟻が断末魔の声をあげる。

正確にはエンジンを破壊した訳ではないのでまだ息はある。

だがここを破壊されると車は熱の交換が出来なくなるので長くは保たない。

事実上の死だ。ゆっくりと死ね。

 

「人工知能に死の恐怖があるとは思えないがな」

 

コノハが戻って来た。顔の険が取れている。

どうやら自分の中の憑き物を落としたようだ。

彼女の復讐は果たされた。これでまた前を歩ける、かは彼女次第だ。

だがきっと彼女なら乗り越えていけるだろう。

しかしこれで彼女が黒蟻と戦う理由はなくなったとも言える。

これからどうしよう。弱点を知ったとはいえ俺一人で戦えるだろうか。

 

「どうしました?」

「え?いや何でもないですよ?」

「なぜ敬語?」

 

どうやってこの子をこちら側に引き込もう。

そんな不埒な事を考えていると。

微かに地面が揺れ出す。何だ天罰か?

この時はそんな事を考える余裕がまだあった。

 

少しづつ揺れが近づいて来るにつれ余裕は失われていく。

違う地震ではない。

.....まさか。

 

音の正体を探ろうと広場の外に目を向け。

思わず息をのむ。

林の向こうから黒蟻の群れが勢いよく現れたのだ。

一匹どころじゃない5,6....8匹は居た。

どこにそんな数が隠れていた。

少なくともこの辺りには居なかったはずだぞ。

考える時間はなかった。とにかくやる事はひとつ。

 

「逃げるぞ!」

 

流石にあの数を相手に今の手札で勝つことは不可能だ。

俺とコノハは走り出した。反対方向に向かって。

だが直ぐに行き場を失くす。目の前は湖だ。逃げ場などない。

絶体絶命の状況だ。コノハに至ってはもう覚悟した目をしていた。

 

「私クラウドさんに会えて良かったです」

「諦めるな!まだ何か手はあるはずだ!」

 

辞世の句を詠みそうなコノハを制して蔵人は周囲を見渡す。

そしてあれを見つけた。

それは湖に接して建てられた展望台である。

デートスポットその2。

 

「コノハあそこまで逃げ切るんだ!」

 

蔵人はコノハを促して展望台に向かった。

目標との距離は百メートル。

普通に走ったんじゃまず追いつかれる。

俺は道の途中で走りながらまきびしを撒いた。

ありったけ全部を使い切る。どれだけ効果があるか分からんがやらないよりはましだ。

一応の効果はあった先頭車両が踏んでスリップしたのだ。

後続車両が巻き込まれた。玉突き事故が起きる。

 

これで僅かに時間は稼いだ。あと五十メートル。

喜ぶのも束の間、その後ろから四台の車両がまきびしを避けて走って来る。

.....間に合わない。

立ち止まり蔵人はライフルを構えた。

ここで迎え撃つ。

 

「クラウドさん!?」

「いいから逃げろ!」

 

怒声を吐き、蔵人は狙いを定める。

目標はモノアイ。奴の目だ。

あそこに異常が起きると劇的なまでに大人しくなる。

その習性を利用する。

 

息を吐き集中した蔵人は照準を定めトリガーを引いた。

バンと勢いよく射出された弾丸が黒蟻の頭に直撃し奴の動きを止めさせる。

直ぐに次に標的を変え.....撃つ。

また当たった。動きが停まる。

いける。次だ銃口を向け——

 

「っクソ!」

 

黒蟻は狙いをつけられないよう左右に動きだした。

学習してやがる。

落ち着け俺、一匹ずつ確実に当てるんだ。

照準を定め狙い撃つ。ギクンと体を硬直させ三台目の黒蟻が停まった。

最後の四台目はもう目の前だ。

焦りから狙いをつけずに撃ってしまう。

弾丸はあらぬ方向に飛んでいってしまった。

 

.....死ぬ。そう思った瞬間、横合いから誰かが前に飛び出した。

その手には釘バットが構えられている。

 

「コノハ!?」

 

なんとコノハが黒蟻に向かって走って行ったのだ。

死ぬ気かそう思った。

だが次の瞬間、彼女はハリウッド映画も顔負けのスタントを見せた。彼女は黒蟻が通り過ぎる間際、一瞬の隙をついて釘バットをタイヤとフレームの間にねじ込んだのだ。木が折れる不気味な音が響きタイヤが裂けパンクする。黒蟻は勢いよく横転し俺の前で止まった。

 

「.......っコノハ無事か!?」

 

蔵人は倒れるコノハを助け起こす。

彼女はぐったりとして目を覚まさない。

だけど目立った外傷はない。無事だ。

俺はほっと安堵した。無茶しやがって。

コノハを抱き上げる。ほどよい重量を感じる。

しかし軽い。こういう時の為に鍛えた筋肉が役に立つ。

 

見れば他の黒蟻達が動きだすところだった。

俺は振り返って展望台に向かった。

何とか黒蟻に追いつかれる前に到達する。

勢いよく駆け上がった。ここまでくれば黒蟻は上がってこれない。

三十メートルはある木の展望台をあがると視界が広がった。

町全体が良く見える。

湖が陽の光を受けてキラキラと輝いている。

その先に広がる町はまるで機能を停止したように静かだった。喧噪一つない。何だかそれがとても美しいもののように見えた。

 

「......ん」

 

コノハが目を覚ました。

目の前の光景を見てわあっと声をあげる。

こんな機会もう二度とないだろう。

文明社会の終わりの様な奇妙な光景、それを俺達は時間を忘れ眺めていた。

やがてぽつりとコノハが言う。

 

「クラウドさん.....。私達の街は元に戻るでしょうか」

「.....もう元には戻らない。....でも前みたいな光景を取り戻す事は出来る、黒蟻を倒していけば」

「.....私は取り戻したいですかつての街を。何でこんな事になったのか、何で父と母は死ななければならなかったのか真実を知りたい」

 

この街で起きている事件はまだ続いている。

それは深い謎に満ちていて私達には何が起こっているのかさえ分かっていない。

でもこの街を探っていけば。鍵であるドローンを追っていけば、いつかたどり着くかもしれない。この世界を覆う混迷なる謎に。

 

「助けましょうクラウドさんこの街には助けを待っている人達がいるはずです、彼らを助けて事件の謎を追うんです私達ならそれが出来ます」

「まだ黒蟻一匹をようやく倒せた程度だぞ本当にできると思っているのか」

「出来ますよ私達なら何だって」

 

どこからそんな自信が湧くのか不思議だ。

そういうのは普通、警察や自衛隊、国の奴らに任せるもんだがね。

まあ答えは決まってるんだが。

それを言う前に蔵人は視線を巡らせ市役所を探した。

国の奴らで思い出した。あそこは今どうなってるんだ。

 

「どうしたんですか?」

「いや市役所をな見ておこうと思って。まずは行政に頼るのも悪くないだろう」

「市役所でしたら反対側ですよ」

 

ああそうか、どうりで見つからないわけだ。

俺は南側を見ていた。市役所は北側だ。

そして俺達は反対側を見た。

 

——それは凄惨な光景だった。まず最初に見えたのは黒煙だった。

立ち上がる黒煙が空に向かって伸びている。その下にそれはある。

街の北にある最も目立つ国の威光を示す建造物が激しく燃えていた。

それはこの街の行政機能が完全に機能していない事を示すのに十分すぎる光景だった。

俺達はただそれを黙って見ている事しかできなかった。

薄々そうではないかと思っていた。

昨日聞いたあの爆発音だ。あれは市役所の方角から聞こえていたのだ。

激しい戦闘が起きている事は考えられた。

だが実際に現実として見せつけられるとくるものがあるな。

 

「日本は負けたんですか?」

「分からない。だけど間違いなく敵は国を相手取っている、これ程の強大な敵を相手に俺達が何か出来るとは思えない」

「.......」

「だけど出来る事をやろう、この街で俺達は生きているんだから」

 

誰かの為じゃない自分自身の為に。

生きるために戦い。このゲームの様な(狂ってしまった)現実を攻略していく。

 

「その為にまずはここから脱出しなければならないんだが」

 

足元には黒蟻がわんさと居る。

地面を伝っての脱出は不可能だろう。

かといってここから飛び降りれば間違いなく死ぬ。

可能性があるとすれば湖に飛び込む事なんだが。

展望台を切ろうにも工具は全て逃げる時に置いて来てしまった。

万事休すである。毎回ピンチだよな。

 

「クラウドさんそれについては大丈夫かもしれません」

 

何を言ってるんだと思っていると徐々に視界が傾き出す。

俺が傾いているのではなく展望台全体が傾いているのだ。

まさかと思って下を見ると案の定、黒蟻が展望台を根元から切り倒そうとしてやがった。

器用に前脚を使ってノコギリの様に切っている。

 

「.....まじか」

 

そんな事も出来るのかと黒蟻の多様性に驚きを隠せない。

まじで何なんだあいつら。

熟練の木こりも真っ青になる勢いで根元は切り倒され。

展望台は湖に向かって倒れていく。

距離的に少し足りない。ここで跳ぶしかない。

 

「うわああああああ!」

 

情けない悲鳴を上げながら俺はコノハを抱えて跳んだ。

数秒後、辺りにドボンと水に落ちる音が響いた。

黒蟻達が喝采を上げている。

 

俺達はそれを聞きながら湖面にプカリと浮かんでいた。

今度ばかりは本当に死ぬかと思った。

 

「ふふ、びっくりしましたね」

 

何でそんなに余裕なんだよ。

湖に浮かぶ俺の胸の上でコノハは楽しそうに笑っていた。アトラクションかなんかだと思ってるんじゃないだろうな。この女の子に末恐ろしい何かを感じた。

そんな思いを知ってか知らずかコノハは確信したように言う。

 

「私が保証します貴方は世界一強い人です」

「.....どーも」

 

そう言うしかなかった蔵人であった。

それがどういう意味かは彼女にしか分からない。

俺はただ今日の夕飯について考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話 AI対策本部

都内某所。

とあるビルの一室にBD事件AI対策本部は創られた。

そこには日本からなる政府機関、関係各所の人間が集められた。

警察、自衛隊、公安等々である。

新大和警察署から出張した本多長門(警部)もそこにいた。

彼が現場を離れここに来たのは一刻も早い事件解決の為である。

こうしている間も街は荒らされ人々は傷ついている。

対策本部が創設されるというから危険を押して足を運んだのだ。

だというのに会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

どういう事だ。どうしてこうも会議が進まない。

理由は分かっている。政治家達のせいだ。

我々がいくら対策を話し合っていても政治家達が国会で議決を通さなければ実行する事が出来ない。ふざけた事に彼らは現在、今回の前代未聞の事件が内乱か侵略かで話し合っているらしい。

憲法に接触しないか審査している状況だ。

今回の会議で分かったのは彼らが話し合いを終わらせなければ我々は動けないという事だけだ。

空気も悪くなるというものだ。

 

くだらない。何の為に私はここに来たんだ。

今も仲間達は現場で血を流しているんだぞ。

直ぐにでも自衛隊を出動させるべきだ。

そんな事もこの国の連中は分からないのか。

事件発生から一週間が過ぎても行動に移せないほどに。

 

だがその日、ようやく我々が待ち望んでいた変化が訪れた。

この事件の主犯と目される男からの通信だった。

それは事件発生から初めての事だ。

みんなが揃って奴からの配信を待った。

やがてモニターに男の姿が映し出される。

 

「.....ナガラッ!」

 

その男の顔を見て思わず長門は立ち上がった。

忘れもしないあの男、望月ナガラその人だ。

ナガラはこちらに気付き長門を従来の親友を見る様な目で言った。

 

「おや?貴方は長門警部、嬉しいな貴方も来てくれたのですね」

「当り前だ!お前に殺された私の部下を忘れたとは言わせんぞ!必ずお前を捕まえてやる!」

「それは楽しみだ、もう一度ぼくを捕まえに来てください」

「.....警部気持ちは分かるが今は着席したまえ」

「失礼しました」

 

忸怩たる思いで長門は着席する。

自分でもこんなに激昂するとは思わなかった。

だが忘れもしない、あの警察署での夜を。

急行していた現場から戻ってきた時には警察署は廃墟と化していた。

無残にも殺された部下たちの亡骸が散らばっていた。

あの光景は今も目に焼き付いて離れない。

あの状況を作り出した憎い男はモニターに映る顔ぶれを見て微笑む。

 

「これは錚々たる面々だ。日本国を守る若き英雄達に会えて光栄です。

 改めて自己紹介をしましょう、望月ナガラと言います日本人です」

 

何故か日本人という言葉を強調した。

何らかの意味があるのだろう。

それまで静かに座っていた巌の様な男、対策本部長の荒木景烈(けいれつ)が質問をする。

 

「初めまして望月さん。

 私達は君が接触してくるのを首を長くして待っていたよ。

 君は...いや君達はなぜこんな事を始めた?」

「ふふこれは僕が始めた事ですよ他は関係ない」

 

 それに対して公安の眼鏡男が言う。

 

「いいや君が単独犯であるはずがない、不可能だよ。我々は君が国際テロ組織『十二月革命軍(じゅうにづきかくめいぐん)』の一人であるという事を既に把握している」

 

そうだ。だからこそ警察は来日したこの男を逮捕した。

奴を逮捕したのは俺だ。それが誤りでなかった事は奴自身が証明している。

日本国民全員を最悪な状況に叩き落した事によって。

 

「分かりました貴方方が信じられる事を言いましょう。

 先程の言葉も嘘ではないんですがね。さて僕の望みは一つ、

 ——この日本という国を僕にくれませんか?」

 

官僚たちが俄かにざわめき立つ。

 

「そ、それはつまり国家転覆という事か」

「僕としては新国家を建ち上げるという感じでしょうか。

 新たな女王を敷き、その統治によって国家を運営していきたいと考えています」

「馬鹿な誰がそれに従うと思っているんだ」

「はい、この国は民主国家です今はまだ国民の皆様は新国家樹立に反対する事でしょう。ですが分かってくれるはずです、それが最も世界に平和をもたらすという事が」

「......正気かね?」

「勿論です全ては平和のために......」

 

ふざけてやがる。

今分かった。こいつは俺達をおちょくる為に現れたのだ。

新国家の樹立だと、出来るはずがない。

 

「そうですねまずは日本国総理大臣にでもなりましょうか。

次の投票選挙には私の名前を書き記しておいてください立候補しますので」

「き、君は何を言っているのかねそんな事が認められるはずが.....!」

「ではこの状況が長引くだけです、貴方方にこの国を守る力がありますか?」

「.....っ」

「この戦争を今すぐに止める力がこの国に、日本の政治家にありますか。

 私にはある。この戦いを終わらせる力が、民衆を救う力が。民衆はどちらを選びますかね」

 

話し合うだけで解決の糸口を提案できない国会議員。

彼らに日本を導く力があれば我々はとうに動いている。

否定できないからこそ誰も何も言えないでいた。

だがその男は違った。

 

「あまり日本をなめるなよ侵略者風情が」

「た、大尉っ」

 

陸上自衛隊の制服に身を包む。

精悍な面構えの男が鋭い眼光でナガラを見ていた。

副官の男が慌てた様にしている。

確か彼は真村冬月(さなむらふゆつき)大尉だ。

 

「日本人が選ぶ大将はいつだって日本を守る男達だ。

 お前の様な敵を選ぶ日本人は一人だっていない」

「そうだ!お前なんかに大尉が負けるか!自衛隊が動けばお前なんかひとひねりだぞ!」

 

その言葉でハッとした人達が何人かいた。

そして恥じた少しでもこの国の先行きに不安を感じた事を。

この国にはまだこういう男達がいるのだ。

 

「その通りだ日本はまだ負けちゃいない。

 前哨戦で勝ったからっていい気になるなよ」

 

荒木本部長もその一人だ。我々は力を合わせて立ち向かわなければならないのだ。

この男とその背後に控えるテロ組織に。

パチパチとモニター越しにナガラは拍手を送っていた。

 

「感服いたしました。そうでなくては僕の配下にし甲斐がない。

 ではゲームをしよう楽しいゲームを....ヒヒ」

 

そう言うとナガラは不気味な笑みを浮かべる。

これがこの男の本性か。

そう思っていると私と視線が合った。奴が俺を見ている。

 

「フェーズ1では遊んでもらいましたからね。フェーズ2でも続行しましょう。

 長門警部あなたの街が舞台です。

 これから四十八時間後に新大和市内の病院を——爆発させます」

「なんだと!?」

「ご安心ください複数個所の内の一つだけです。見事その一つを当て退避させる事が出来れば貴方がたの勝ちです。できなければ大勢の患者が死ぬことになる」

「馬鹿な出来るわけがない!」

「出来ますよ言ったでしょ僕には力があるって。今回の事件を見ていたら分かる通り、僕はやると言ったらやりますよ。貴方がたも前言した通り守って見せてください日本国民を。彼らは見てますよ貴方がたを」

 

そう言って望月ナガラは画面から消えた。

配信を終えたのだ。こうしてはいられない、我々は一刻も早く動くべきだ。

直ぐに官僚たちが動き出した。

 

「今すぐ市内にある全ての病院に退避命令を出しましょう!」

「だが市内にはまだ敵のドローンが多数存在する、

 患者を安全に退避させるにはこれらを排除する必要がある」

「ですから一刻も早く自衛隊を派遣するべきです!」

「それがまだできないと言っただろう!」

 

これでは埒が明かない。

千日手だ。彼らが出来ないなら現場の人間でやるしかない。

長門は新大和市に向かうべく席を立ち部屋を出ようとする。

 

「長門警部」

 

そこに呼びかけて来た男がいた。真村大尉だ。

 

「どこに向かうつもりですか?」

「決まっている、署に戻ります。機動隊でも何でも動員して病院の避難を優先させます!」

「それなら私も一緒に連れて行ってもらえませんか」

 

思ってもない提案だった。

自衛隊はまだ動けないのではなかったか。

だから副官も大尉!?と驚いているようだが。

彼はいたずら男子のような笑みを浮かべて。

 

「まあ重要参考人である長門警部の護衛という事で同行すれば問題ないでしょう」

 

問題ないわけがないはずだが。

彼という存在は心強い。きっと大勢の人々の力になってくれるはずだ。

それにと続けて真村は言った。

 

「あそこには弟分がいるんですよ」

「弟さんですか?それは心配ですね」

「いえ心配はしてないんですがね、俺が鍛えたんで、あいつなら何とか生き残ってるでしょうし」

 

はっきりとそう言った。

そこには全幅の信頼が見て取れた。

絶対に生き残っていると確信している。

この覇気に満ちた男にそうまで言わせるとはどんな人物なのだろう。

 

「まあ頼りになる男ですよ。昔はグレてましたが今のあいつなら、この事件も何とかするんじゃないかと思ってるんですよね」

「え?」

 

流石にそれは冗談だろう。

真村大尉は笑って冗談ですと言った。

顔に似合わずお茶目な人だなと思った。

 

こうして長門は真村を付き添って新大和市に向かった。

そこが激しい戦場になると予感を覚えながら。

 

 



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フェーズ2 ドラゴンダイブ編
第十一話 クラウドイーツ始めました


やっぱり、外に出るんじゃなかった!

 

街の中心に位置するターミナル。

その入り口で頭を抱えて後悔する男がいた。

年齢は五十がらみの黒髪に白髪が目立つ中年男性だ。

 

一週間、あの史上最悪の事件から一週間が経った。

当初は直ぐに解決するかに思われたが事件はまだ続いている。

まったく誰だ一週間で事態は解決するって言った人間は。

無責任にテレビで言ってた自称専門家を呪う。

 

もう我慢の限界だった。

二人暮らしだったから長く保ったほうだろうが。

買いだめの物資は底を尽き、

生きていく為には外に出ざるをえなかったのだ。

念のために男はキャッチャーの防具を着た。

男は元野球部だった。足にも自信があった。

奴らに見つかっても逃げ切れると自分の力を信じていた。

だがそれは自分の平和ボケが判断した認識の甘さだと直ぐに思い知った。

 

最寄りのターミナルなら誰か居るんじゃないかと足を運んだのが運の尽きだ。

そこで黒蟻と対峙してしまった。

金属バットで殴りかかったが。

こちらの攻撃は全て硬い外骨格に阻まれ、逆に恐れをなして逃げる俺を奴はどこまでも追いかけて来た。戦いにもならなかった。

そりゃそうだよ、相手は天下のノズマ社が作った最高傑作、最先端の科学の結晶だぞ。

 

何で俺なら勝てると思っちまったんだ。

人間が象と戦うようなものだ。

一般人の私が相手になるはずがなかったんだ。

 

直ぐに体力は尽き男はターミナルを背に追い詰められてしまった。

ここまでか。絶体絶命のピンチに男は悲鳴を上げる。

 

「誰か!頼む!助けてくれ!」

 

だが男自身それが絶望的だと分かっていた。

この時世に外を人がうろついている訳がない。

みんな家に閉じこもっているさ。

よしんば人がいたとしても駆けつけてくれるはずがない。

そんな都合よく人は人を助けない。命が掛かっているとすれば猶更だ。

 

だけど家族が待っているんだ。

簡単に諦める訳にはいかない。

最後の瞬間までみっともなく男は救いを求め続ける。

黒蟻の前腕部第一歩脚が死神の鎌のように振り上げられる。

それで私を引き裂こうというのだろう。

設計通りなら人間を引き裂くなど容易だろうなと男は思った。

最後の瞬間が訪れる。

 

「ヒィ!助けっ——!!」

 

目を開けていられず、目を瞑って最後の時を待った。

だがいくら待ってもその時は来ない。

いや気づいてないだけで私はもう死んでいるんじゃ。

ならここは死後の世界か。

 

ゆっくりと目を開ける。

幸いと言うべきかそこは死後の世界ではなくまだ現実世界だった。

しかし現実とは思えない光景を目撃する。

黒蟻の前に少女が対峙していた。

 

「......え?」

 

助けられたのだと気づくのが遅れた。

だってそうだろ。

年端もいかない女性がこれから黒蟻と戦おうとしているなんて普通は考えられない。

だから私は彼女に逃げるよう言った。

 

「いけない!逃げるんだ!真向から戦って勝てる相手じゃないんだソイツは!」

「.....大丈夫ですよ、おじいさん。私達はこんな醜悪な敵に負けません」

 

そう言うと少女は刀を抜いた。

そう日本刀だ。現実離れした光景に唖然として見入ってしまう。

何なんだこれは。いったい何が始まろうというのだ。

見守る中、先制したのは黒蟻だった。

最も可動域の広い前腕部を触手の様に操って繰り出す死神の鎌(まるで蟷螂だ)当たればただでは済まないそれを少女は巧みな動きで躱していく。

凄い動体視力だ。だがあれでは直ぐに体力が尽きてしまう。

 

そんな杞憂をよそに少女は黒蟻の攻撃を横に跳んで躱す。

位置を変えたのだ。黒蟻が向きを変えた。その瞬間、黒蟻の目が破壊された。

どこからか飛来してきた弾丸によって。

突然の痛みと視界の消失、同時に起きた二つの現象に黒蟻の攻撃の手が止まる。

 

「ここだっ!」

 

言下に少女は地面を蹴り走った。

その初速の速さに舌を巻く。あまりの速さに目で追えなかった程だ。

少女は黒蟻の横を掻い潜り後ろに回ると、一瞬の溜めを作って後背部に向かって刀を突き刺した。

そこがフレームの最も薄い部分だ。

障子を裂くかの容易さで深々と刀が奥に到達する。

途端に黒蟻がぶるぶると震えだす。

 

そうか背部のラジエーター。そこを狙ったのか。

何故少女が黒蟻の弱点を知っているのかは分からない。

 

だがこれで少女の勝ちは確定した。

ゆっくりと歩脚から力が抜け黒蟻が倒れ伏す。

信じられない、あんなに脅威だと思っていた黒蟻を容易く倒してしまった。

一体何者なんだ?

疑問に答えるように横合いから声が掛かった。

 

「おっさん大丈夫か?」

今度は若い男の声だ。気遣ってくれる言葉に思わず、

「あ、ありがとうございま....ってええ!?」

反射的にお礼を述べようとして声の方に振り向いた。

そして驚愕する。その男は黒い目だし帽を被っていたのだ。

外国映画でよく見る銀行強盗犯のアレだ。

しかも銃を背負ってるじゃないか。

怪しさ満点である。

 

本当に何者なんだ!?

犯罪者じゃないだろうな。

一抹の不安を感じた。

 

「安心しろって怪しい者じゃない。これはいわゆる安全措置だ」

「は、はぁ....」

 

その意図をよく理解できなかった。

とりあえず信じよう助けてもらったんだし。

まだ微妙に懐疑的な視線を残しつつ。

男は二人に自己紹介をする。

 

「早川明人(あきひと)と言います。この度は助けて頂き本当にありがとうございます!」

 

早川は二人に礼を言った。

こればかりは心からそう思った。

この二人が駆けつけてくれなかったら今頃、自分は死んでいただろう。

 

「気にすんなよ、こういう時だからこそ助け合わないとな」

「でもお礼を言われると嬉しいですねクラウドさん」

「.....まーね」

 

あの黒蟻を倒した少女は嬉しそうにそう言ってクラウドさんの腕に抱き着いている。

戦っている時の凛々しさはどこへやら。

いまは只の少女にしか見えない。

本当に若いな。高校生ぐらいかな。

いったい二人はどんな関係なんだろう。

計りかねているとクラウドさんが答えてくれた。

どうやら僕の目は口ほどにものを言うらしい。

 

「言うなればビジネスパートナーだな俺達は」

「ビジネスですか?」

鷹揚と頷く。その割に何故か少女は不満そうだ。ビジネス....と呟いている。

蔵人は気づかず、

「そうだ。俺達は配達屋だ。名前は....そうだな....『クラウドイーツ』だ」

 

絶対にいま決めましたよね。

ってぐらい適当に名前を付けたようだけどいいんだろうか。

いいんだろうな。それよりも配達という言葉に興味をひかれた。

もしや.....。

 

「活動内容は主に物資の運搬だ。頼まれればどこにでも、といっても市内限定だが、荷物を届ける仕事をしている」

「そんな事を!危険では?」

「だからこそだ。外は危険でいっぱいだし、いまこの街には大勢の物資困窮者が溢れている。そういった人達に食料や生活必需品を届けるのは誰にもできることじゃない。だったら俺達がやるしかないだろ」

 

す、凄い。何て人達だ。

こんな時でも誰かを助ける為に動いている人がいるなんて。

僕には想像もできなかった。

にべもなく私は言った。

 

「依頼します!どうか助けてください!」

「お客様第一号だ安くしとくよ何が欲しい?」

「食料と生活用品を!それと小さな娘がいるんです、ビタミン不足が続いているので栄養剤をたっぷり!金はいくらかかっても構いません!」

「まいどあり~」

 

直ぐに住所と連絡先を書いたメモを手渡した。

支払いは現金だけだそうで後払いにすることにした。

まさかこんな事になると思っていなかったから財布は家に置いて来てしまったのだ。

なので食料を届けてくれたらその分、払うと言った。

そんなやり取りを見ていた少女がジト目で、

 

「人を助けるために始めた事なのに結局お金なんですね」

これも所謂潔癖症なのだろう。蔵人は呆れて言った。

「これだから社会経験のない小娘は。あのなこれはお互いに必要な事なんだよ、ビジネスってのはある意味何よりも固い契約なんだ。対価を貰うからこそ仕事を果たす、という信用が生まれる」

「そうですね、これがもし無償だと言われたら騙されてるんじゃないかと疑ってしまいますからね」

「そういうものですか」

 

納得したように少女が頷く。

そうだ。社会という基盤が揺らいでいる今だからこそ必要な事だ。

それにこの先も活動を続けるなら、ビジネスという形態をとっていたほうが良いだろう。

人が増える事があれば金というのは最も分かりやすい報酬だ。

無償で人は動かないからね。

 

「本当にありがとうございます」

「ああ、他にも必要なものがあれば言ってくれ。それと俺達の名前を出来るだけ大勢に伝えてくれると助かる」

「分かりました知人にもこの事を伝えておきます」

 

出来るだけ大勢に。

そうする事で物流網を構築する。

知れ渡ればそれだけ多くの人が助かる。

好循環を目指す、そういう事のはず。

正しく意図を理解して早川は頷いた。

 

さてあまり長居はできない。

いつまた敵が襲ってくるとも限らない。

別れを告げよう。

 

「クラウドさん、コノハさんこの街をどうかお願いします!」

「出来るだけの事はする、あんたも頑張って生きろよ」

「この街の黒蟻は私達が全て駆除します」

「あはは......」

 

物騒な事を言うコノハに思わず頬が引きつる。

何とも複雑な気持ちだ。

なぜなら黒蟻を作ったのは。

 

「あの......実は.....」

 

早川は何かを伝えようとしたが何も言えなかった。

臆病者だ僕は。

それを伝えたらきっと二人は僕を非難する。

最悪、配達依頼そのものが破棄されるかもしれない。

それだけは駄目だ。

早川の葛藤を知ってか知らずか蔵人は、

 

「ほらよ」

「え?」

 

渡されたのは袋だった。中には食べ物が入っていた。

どうして?

 

「サービスだ娘さんにな必要だろ」

「っ....ありがとう、ございます!」

「じゃあな早川のおっさん」

「さよなら」

 

そう言って二人は走り去って行った。

その背中を早川は最後まで見送った。

いずれ彼らはこの街のヒーローになるだろう。

その手助けをしたいと思った。

 

命の恩人でもあるし。

彼らが困っているときは助けになろう。

私にはそれができるはずだ。

残骸となった黒蟻に目をやる。

もう動かなくなっていたそれを悲しそうな目で見ている。

 

 

早川明人。彼には幾つかの肩書があった。

その一つにこんなものがある『NOZMA社日本支部研究所主任』

——ブラックアント設計担当技師。

 

被害者数一万人を超え今も被害を出し続けている。

日本戦後史上最悪の状況を生み出した。

黒蟻の生みの親である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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