つばめちゃんは神浜の魔法少女が尊いようです (名無ツ草)
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予告だけのエピソード1
プロローグ&トレーラー


ずっと考えていた魔法少女たちを作品にしたいのでお出しします。




 日本 N県七枝市

 

 どの県にも存在する規模の、小さくはないが取り立てて大きくもない街の総合病院。この街にてここを凌ぐ設備を備えた病院は存在せず、大勢の住人が日夜出入りするこの健康と生命の重要拠点は、当然の事ながら予期せぬ客が多く、今日もその中の一人が今まさに運び込まれようとしていた。

 

「患者は自動車と接触! 全身を打撲して骨折箇所多数、意識不明の重体です!」

 

 清潔感の保たれた通路を複数の人間が走る。その中の救急隊員たちは一つの担架を支えており、そこには一人の男性が見るに堪えぬ有様で横たわっていた。

 

 両開きの扉がその手を広げ、今日の患者を迎え入れる。ガタンと重い音を鳴らして扉が閉じ、「手術中」と赤いランプが点灯する。

 

 救急隊員や通りがかった看護師たちがその様子を見守っていると、ロビーの方向から慌ただしい足音が近づいてくるのが耳に届く。

 

「……ん、……さん、父さん!」

 

 悲痛な叫びを繰り返しながら走ってきたのは、十代半ばに届こうかという見た目の少女。少女が着用しているのは七枝市の住人なら一度は目にする市立七枝中学校のもの。年齢の判別は難しくはなく、その慌てようから、先ほど担ぎ込まれた重体患者の親族であろうと全員が判断し、悲痛な表情でその様子を見届ける。その少女は集中治療室の前にたどり着き、今まさに父親が入っていった場所を呆然と見つめる。その様子を見かねた救急隊員の男が少女に話しかける。

 

琴織乙鳥(ことりつばめ)さんですね? 心配なのはわかりますが、座ってお待ちを……」

 

「……父は」

 

「ただいま治療中です。その、かなりの重体ですが、必ず助けます」

 

「そう、ですか」

 

 励ましの言葉をかけるも、少女は反射的な受け答えしかできない。

 無理もない、と男は思った。彼の記憶の限りでは、この少女は搬送された男性、琴織渡の唯一の親族だ。母親は物心つく前に逝去し、男手一人で育てられたのが目の前の琴織つばめという少女。

 そんな誰よりも親密だった肉親が生死の瀬戸際を彷徨っている。その事実を目の当たりにした少女の心を推し量ることなど誰にもできない。多くの患者とその親族を見てきた男には、それが良く分かっていた。

 

 故に自分にできることは彼女を平静にするべく励ます事のみ。

 分かっている。ここでかける言葉が気休めにしかならないことも、目の前の少女を安心させる何の助けにもならないことも。

 

 ……そして、彼女の父親が助かる可能性が限りなく低いと言う事も。彼の経験は告げてしまっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 父親の治療が始まって、もう数時間も経つ。

 

「……つばめ!」

 

 今度はロビーの方向から少女の名前を呼ぶ声が響く、同じように七枝中学の制服を着た少女が駆け込んできた。大人しい印象を与えるつばめとは対照的に、活発的な雰囲気だ。

 

「……美緒」

「ニュースで見た。つばめのお父さんは……」

 

 普段ならば軽い調子でつばめを元気づける彼女だが、この時ばかりはかける言葉が見当たらないのだろう、しりすぼみに話しかけることしかできない。

 

「だいじょうぶ。大丈夫です。私の父さんは、きっと」

「つばめ……」

 

 自分に言い聞かせるように言葉を発するつばめの顔は憔悴しきっており、そんなつばめを美緒は見たことが無かった。諸事情により数日前にも疲れ果てた彼女を見たことはあるが、今の彼女はそれとはまったく異なる、希望を断たれた絶望の表情だ。

 

 

 

「手術中」のランプが消灯し、扉が開いて一人の医師が出てきた。その口は堅く結ばれ、決断的な光をその目に宿している。つばめはたまらず駆け寄って、容態を問うた。

 

「先生! 父さんは……!?」

「──出来る限りは尽くしました」

 

 無念を押し殺そうとする沈痛な表情から告げられた、簡潔な結末。

 医師は語った。彼女の父親は目覚めない。一命はとりとめたが、神経系の損傷が激しく、意識の回復を望むことができない。それこそ、 ()()でもなければ──

 

「そ、んな……」

 

 その瞳から一筋の涙がこぼれ、茫然自失で立ち尽くす。医師もその様子に自分の未熟を悔いるが、このようなことは何度だってある。目の前の少女には酷だが、なにより彼女のこれからのために必要なことをしなければならない。医師は感情と理性を切り離して、すぐに今後の手続きについて切り出そうとした。

 

 

 

 ……途端、何かに弾かれるようにつばめは踵を返して走りだした。

 

 

 

「琴織さん!?」

「つばめ、まさか!?」

 

 突然走り出したつばめに医師は困惑する。

 対照的に美緒はその行動の意図を理解したのか、慌てて彼女の後を追う。

 

 

 

 病院の外、既に日が落ち周囲は暗い。

 誰もいない虚空に目を向けて、つばめは声を張り上げた。

 

 

 

「──()()()()()! いるんでしょう!? 出てきて!」

 

 

 

 すがるように何者かの名前を叫ぶ。

 

 

 ──奇跡でも起きない限り。

 

 

 医師の男のその通りだ。

 専門職が言う『奇跡』など、まず起こり得ないと言うのと同義。「そんなものはあるはずもないが」という前置きの下に語られる、現実逃避の夢物語に他ならない。

 

 

 

 だが、それが決して夢ではないとしたら? 

 己の運命を差し出すことで、願いを叶えることができるのだとすれば。

 これからの生を、命を懸けた戦いに投じることを対価とすれば。

 

 きっと、奇跡と呼ぶだけの結果を手繰り寄せることができるはずだ。

 

 

 

(できる、できる。できるはずだ。私には素質がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、あれは確かにそう言った!)

 

 

 

 血眼になって周囲に視線を巡らせる。

 端から見れば肉親の不幸に錯乱しているようにしか見えない。だがその瞳には確信があった。それが唯一の方法なのだと己の知識は導き出した。

 

 

 そう、琴織つばめは知っている。

 

 

 奇跡を叶える方法を。

 

 

 人智を越える力を持って、現実を書き換える手段があることを。

 

 

 ──琴織つばめは知っている。

 

 

 数日前までは知る由もなかった、魔法というものの存在を。

 

 

 

「ボクを呼んだかい? 琴織つば──」

 

 

 

 どこからともなく、猫ともウサギとも呼べない見た目の奇妙な白い生物が現れる。

 その生物が言葉を言い切る前に、琴織つばめは自らの要求を叩きつけた。

 

 

「父さんを……『()()()()()()()!』 出来るでしょう!? キュウべえ!!」

 

 

 嗚咽まじりに懇願、あるいは脅迫めいた少女の叫びが夜の闇に木霊する。

 

 

 

 ()()()()()()()()。その表現は正しくない、と彼女は思った。

 彼女の父親は生きている。だがその意識がどこかへ行ってしまい目覚めることができない。ならばそれを()()()()。戻ってこない魂を、彼の身体に呼び戻す。錯乱した彼女の思考はそのように結論付けた。

 

 

 それはただの言葉遊び。

 それらしいと考えただけの『恰好付け』。

 迷走した思考によって選ぶ単語が異なったロジックエラー。

 願いの結果には何の差異も無い筈のとんちにすぎない。

 

 

 だが、

 

 

 ──その表現の差が、今後の彼女の運命を決定づけることとなる。

 

 

 

「──つばめ! どこにい、くの……」

 

 一足遅れて、美緒が外に現れる。

 彼女は友人が今何をしているのかを視認し、()()()()()()と制止の声を挙げた。

 

 

 

「……駄目。つばめ、駄目ぇぇぇ!」

「──いいだろう。君の願いは叶えられる」

 

 

 友の叫びも虚しく、

 抑揚のない声が、その願いを祝福する。

 

 

「さあ、受け取るといい。これが君の、魂の輝きだ」

 

 

 光が溢れ、少女の手の中には卵型の宝玉が一つ。

 これこそがソウルジェム。

 奇跡を願い、()()()()となったものに与えられる、契約の証。

 

 

 今この時、新たなる魔法少女が誕生した。

 

 

 世界の闇に紛れ、人の世を脅かす怪物たる魔女との戦いに身を投じる戦士。

 絶望を打ち破り、世界に希望を齎すための少女たち。

 

 

 それが、琴織つばめという少女に課せられた、新たなる運命だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 発端は、微かな違和感だった。

 

「なんといいますか、現実味がないのに恐怖を感じるんですよ。人間の仕業でも動物の仕業でもないような……」

 

 連続する不審死事件。

 

「大丈夫、つばめの方は安全だから」

「あんな路地裏に、どうして美緒が……」

 

 どこか怪しいものを感じる、友人の言葉。

 浮かび上がる不穏の種に好奇心に駆られて、日常の裏に潜む脅威を少女は覗き込んでしまった。

 

「何ですか、ここは……!?」

 

 そうして少女は、非日常へと引き込まれる。

 

「つばめ! 大丈夫!?」

「私の名は紺染音子(こうぞめおとこ)。聖堂騎士として、この町の魔女を討伐する魔法少女です」

「初めまして琴織つばめ。ボクの名前はキュウべえ。ボクと契約して、魔法少女になってほしいんだ」

 

 繰り広げられる、魔法少女と魔女の戦い。

 

「……あそこに何かが見えます。これが私の魔法?」

「ふむ、魔女の口づけや人間の魂を視認できる、というわけですか」

「うりゃあ! ……結構あっけなく倒せますね」

「あれが魔女です。貴方が魔法少女となった以上、決して避けては通れぬ相手ですよ」

「ちょっとちょっと! 私を助けてー!!」

 

 順調に進んでいく非日常。

 だが、違和感は着実に現実を蝕んでいた。

 

「ちょっとちょっと、魔女を倒しているのになんで犠牲者が増えているの!?」

「あれ? 父さんはあんなものを持っていましたっけ……?」

「おかしいな。この町の魔法少女は始末した筈なんだけどなあ」

 

 そして明らかになる、非日常のさらなる裏側。

 

「魔法少女が、殺人事件の犯人ですって!?」

「実は、私がこの町に来た理由は魔女を狩るためではなく、ある魔法少女を追ってきたのです」

鉄の英雄(アイアンコート)か、よくもまあ私なんかに付きまとって。邪魔くさいにもほどがある」

 

 現れる魔法少女。

 立ち塞がるのは、人の悪意。

 

「これで私のサヨナラ勝ちだぁ!」

「私の娘に手を出そうとするとは、少々お仕置きが必要だね?」

「貴方は、父さんなんですか……?」

「その通りだつばめ、私の娘よ。私は何も変わらない。ただ、少しばかり思い出しただけなんだ」

 

 

 秘められた真実は明らかとなり、少女の魂は絶望に呑み込まれる。

 

 

「そうだよ。私たちはこんなちっぽけな石ころに魂を変えられて、最終的に魔女になる運命なんだよ!」

「さあ、琴織つばめ。君の因果を回収する時だ」

「くっ……、浄化が間に合わない! 私は、また守れないのか……!」

「つばめ、つばめ! お願い、戻ってきて!」

 

 

 

「……あぁ。こうすればいいんですね。父さん」

 

 

 

 そうして少女は、己の魔法の真の力を知る。

 

「どういうことだ……!? 彼女は確かに魔女になったはず! 何か魔法を使ったところで、魔女化を覆すことなんて……!!」

「何ということもあるまい。魔女になるから魔法少女なのではない。いずれ絶望を踏破するからこそ、彼女たちが魔法少女と呼ばれる所以なのだ。お前たちはその在り方を、誰よりもよく知っているはずだろうインキュベーター」

 

 

 

「心配かけてごめんね美緒。この通り、地獄の底から戻ってきましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

──これは、魔法少女の物語。

 

 

希望を嗤い、絶望を踏破する、抵抗の物語だ。

 

 

 

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魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

エピソード1:Wake up Deadman

 

 

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「──私、は」

 

 病院の一角。明かりの落ちた治療室にて。

 施術台の上で、一人の男が目を開けた。

 

 薄らと開かれたその瞳は金色に染まり、やがて黒に戻る。

 男は震える手で頭に手を伸ばし、己の存在を確かめる。

 

「──何が起きたのかはわからないが。まだ、眠い、な」

 

 愛しい娘の顔を思い浮かべながら、その男は再び目を閉じた。

 

 

 




第一部のプロローグとトレーラーです。
続きがあるかは未定ですがよろしければ応援お願いします。



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エピソード2【神浜編】シーズン1:神浜ナイトシーカー
第一話 新たなはじまり


第一部は前日譚なので第二部から書きます。
スターウォーズだってエピソード4から公開したし、ままええやろ。


「それでは行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 父に挨拶をして、新しい家を出る。

 階段を下りて道に出て、そのまま駅まで歩いていく。

 そのまま改札をくぐり、電車に揺られること数駅。

 以前と違って大都市だから、比較的短い距離でも駅が存在する。地方民だった身からすれば頻繁に停車するのはなんだか落ち着かないが、何キロも駅が存在しないとか、三十分に一回しかないとかに比べれば随分と便利だなと思う。

 

 そうして目的の駅で下りれば、道は自分と同じ臙脂色の制服を着た学生の姿で溢れかえっている。そのまま彼らと同じように進んでいけば、寺っぽいような屋敷っぽいような、そんな感じの和風な正門が見えてきた。

 

 それが私がこれから3年間通うことになる、学校の入り口だ。

 ようやく、というべきか。これから、というべきか。

 新しい学生生活に期待を込めて、私は最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

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魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

~エピソード2・シーズン1:NightSeeker in KAMIHAMA~

 

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 神浜市にある参京院教育学園。

 

 そこが、今日から私が通う事になる高校の名前。

 

 私が魔法少女となって約二年。紆余曲折ありながらも、多くの戦いを乗り越え、成長した日々の傍ら、迫る高校受験に対しても私は臆することなく立ち向かった。

 

 だが七枝は地方都市ともいえない、駅前が精々賑わっている程度の普通の街。いわゆる進学校と謳われる有名な学校は存在せず、近隣の大都市へ通う事を余儀なくされた。

 

 そういうわけで私が選んだのがこの参京院。文武両道を謳う小中高一貫の神浜では珍しくもないタイプの学校で、私は高等部の編入試験を受け、無事合格した。

 元々偏差値の高めな学校ということで候補には挙がっており、かつ父が請け負う物件に神浜の物件が多くなってきたため社屋を移すということで私はこの学校を選んだ。仏教系の学校という事だが、宗教に関しては煩わしいとかの感情は無く、むしろ趣味の創作のアイデアの元になったりするので特に抵抗感はなかった。心理的ハードルはこれで問題無し。

 

 ただし正直言って受験は辛かった。魔法少女稼業については緩くやって時間を見つけたりしていたので問題は無かったが、それ以外の趣味に割く時間がほとんどなかったのは精神衛生的にヤバかった。

 まあ、元々偏差値自体は高いほうなので学力的な問題は無かっただけども。

 

 という訳で、晴れて参京院生となった私は、生まれてから15年もの間お世話になった七枝市とサヨナラバイバイ、俺はこいつと旅に出る。と神浜に引っ越したのだった。

 

 

 ……え、美緒(親友)? 

 

 

 彼女はダメだ。受験勉強の面倒を見てはやりましたが、ハッキリ言ってこの戦いにはついていけない。合格率Cという微妙な数値を見せた彼女は、泣く泣く地元の高校に進学することになったのでした。さらば親友、生きてまた会おう……! まあ、ときどき遊びに来ると言っていたのでそのあたりは心配してませんが。

 実際、私たちが二人ともいなくなると残りの魔法少女ではカバーしきれなくなるなって不味かったので結果オーライとしましょう。私たちに魔法少女のイロハを教えてくれた先輩が留まっていればよかったのですが、あの人は各地を転々とせざるを得ないので、引き留めようにも難しかったのです……。

 

 

 そう言う事情があって、私はここ神浜市で新生活をスタートしたのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 とまあ、神浜で高校デビューだと意気込んでみたは良いものの。

 

 なんだかんだで私はこれまでと同じくいたって平凡な学生生活を過ごし始めていた。

 

 というのも、参京院は進学校なので編入生は少ないとはいえ珍しいというわけでもなく、好奇の視線で見られたのも最初の数日間だけ。皆が慣れた頃には、私はクラスに溶け込み、今までのように一般文学少女Aの立ち位置を確立しつつあった。転校生も大体主役になれるのは最初の一週間だけというし、ことさら都会なら転校でスター気どりなどよほどの美少女でもなければまず無理である。

 

 けれど、中学時代とは明確に異なる点が一つ。

 

 

「へー、皆さん中々に良い作品を書いているんですねー」

「ええ。初等部からずっと書き続けて賞を何度も取っている子もいるわ」

 

 

 なんとこの学校、文学部があるのだ。

 新学期が始まって一週間経った頃、私たちも参京院での生活に慣れてきただろうと言うことで、学生全員が部活道あるいは委員会への参加を義務付けているこの学校において、編入生もまた所属する部活を選ぶ時が来たのである。

 

 

 そんなことをこの勤勉な学校に似合わない気だるげにくたびれた担任に告げられたHRの終わり、私は一目散に文芸部の部室へと乗り込み、こうして過去に部員の方々が書いた作品を読ませていただいていた。

 

 

 そもそもこの学校への進学を決めた最後の要因は、文学部の存在だ。幼い頃から、父は仕事で私と接することのできない間を補うように多くの本を私にくれた。故に私は多くの時間を本と接して生きてきた。それが影響して小学生のころは休み時間と放課後はほぼ図書室の虫だったし、中学時代はいくつか自作の小説を書いてみたことだってある。今となっては黒歴史バリバリなわけだが、とにかく私の生涯は読書で象られていると言ってもいい。

 

 

「え、嘘。これあのアニメの創作? こんなのまであっていいんです?」

「頒布物にしなければ問題ないよ。最近はそう言うのにも対応するべきだからね」

 

 

 しかもその上で流行りのアニメなんかも履修していたおかげで、俗にいうライトノベルやネット小説もえり好みせずに摂取している。というか最近はこっちの方に趣味が傾きかけている。つまりサブカルチャー万歳。

 そんな私を優しく受け入れるかのように、この文芸部はなんとラノベも文芸としてカテゴライズしていたのだ。サブカル趣味が大分市民権を得てきてなお「ラノベ? アナタは文学のなんたるかをわかっていまセーン!」と言われがちなこの現代。全方位オタクな私にとって、本を読み、作品を作り、同好の志を得られるここの文学部の環境はまさに天国(ハレルヤ)。これだけでも必死こいて入学した価値があった。

 

 そんな鼻息荒く部活見学に勤しむ私を有望だと見たのか、部長さんも懇切丁寧に接してくれている。これはもう……入部確定だ。

 

 

「それでどうかな? うちはいつでも新人を歓迎しているけど」

「はい! 不肖この琴織つばめ、未熟ながらもあなた達と一緒に文学ライフを満喫したいです!」

「お、おお。中々元気ある新人だこと……」

 

 

 テンションが上がり切っている私はそのまま謎めいた言動で入部届を部長へと差し出した。なおこの時の私が、完全に黒歴史を作っていたと後になって思い返して悶絶する羽目になるのは余談である。

 

 

「こんなに気合入ってる子も中々いないよね。君も何か書いたりするの?」

「はい。とは言っても見様見真似ですけど……」

「そんなの皆一緒だよ。好きな作品の影響を受けてるどころか、ほとんど同じなんて日常茶飯事よ」

「あ、ははは……」

 

 

 そんなこんなで部員の皆さんと世間話をしていると、部室の扉が開かれる音がした。

 

 

「あれ、静海さん。珍しいね」

「ええ、流石に今は大事な時期だもの。気は乗らないけど、顔を会わせないわけにはいかないわ」

「相変わらず人見知りだねえ」

 

 

 部長さんの呆れたような声と、知らない人の会話が耳に届く。珍しい……幽霊部員というものだろうか。文化系の部活動には大体一人はいる、所属だけの実効帰宅部のアレ。大体は帰宅部になるのは嫌だからとか、部活動よりも集まった面子で遊びに行く方が楽しいとかいう部員数を水増しするために黙認されることも多い。部活所属が義務であるこの参京院なら、確かにそういうのが一人二人はいてもおかしくはない。

 そんなことを考えていると、

 

 

「ああ、紹介するよ。彼女は静海このはさん。家の事情であまり部室にいることはないけど、仲良くしてほしいな。静海さん。彼女は今年から編入してきた琴織さん。ちょうど静海さんと同じ高等部一年だよ」

「……静海このはよ。よろしく」

 

 

 紹介されたのは銀色のハーフアップヘアの同級生。見覚えがないので、違うクラスに所属している人だろう。固い表情をほんの少しだけ緩めてこちらに挨拶する彼女は、冷静な印象をひとに抱かせる。

 

 

 ……だが、私には分かる。あれは確実に私を警戒している目だ。処世術の一環として笑顔を覚えているが、おそらく対人関係に対してかなり抵抗があるのかほとんど機能していない。幸いなのは、その顔の良さと堂々とした佇まいでオドオドした印象がないことだ。そのおかげであのツンツンした視線もクールな性格の要素として受け取られる。私がそれを看破できたのは、ひとえに隠れオタクの必須技能である上っ面を装う力を持っていたからにすぎない。

 

 

 私も積極的で社交性がある振りをすることは多いが、根本的にはインドア派の引きこもりオタク。ただし集団からはぐれものにされるのが嫌なので上辺だけは社交的の殻を被る。エミュレート対象はお気楽全開の陽キャガールが親友なので問題ない。そう言う訳なので無意識に人の顔は伺いがちだし、同じく殻を被っているような人は何となくわかる。

 静海さんの場合は、そもそも人と関わりたくないが故の防衛として堂々としているのだろうか。何にせよ、当たり障りのない接し方で行こう。

 

 

「はい。琴織つばめです。これからよろしくお願いします。静海さん」

「ええ、よろしく。……それじゃあ、私は向こうで読んでるから。あまり邪魔しないでね」

 

 

 静海さんは窓際の方へ行き、黙々と本を読み始めた。めったに来ないうえに部員との交流も少ない。だがその佇まいは非常に絵になる。時折吹くそよ風に揺られながら夕焼けをバックに本を読む静海さんの姿はまさに深窓の令嬢。高貴な雰囲気を醸し出していることや家の事情があると言う事から、上流階級の出身なのかもしれない。そういう理由ならばああして部室に来るだけでも許されるのだろう。

 

 

「静海さんは滅多にこないけど、来るときはああやって窓際で本を読むんだ」

「そうなんですか」

「ああ。あまり騒がしくすると邪魔になるからね。というか、ここではいつも騒がしくするのは厳禁だけどね」

「わかりました。……しかし、映えますね」

「おや、わかるかい?」

「はい」

 

 

 私に対して積極的にプレゼンしてきた部長もまた、同じ意見の様子。ここのトップはかなりの猛者である。

 

 私と部長は顔を会わせ、互いにサムズアップを交わした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 はてさて。

 楽しい部活動も一先ず終わり、本日は下校となる。

 

 私は部活初日から終了ギリギリまで居座ったが、静海さんはいつの間にか帰っていた。部長曰く、珍しく来る日も一時間ぐらいで帰ってしまう。だそうな。家の事情があると言っていたし、彼女が家事を担当しているとか部活以外の習い事があるとかそんな感じだろう。私も父子家庭なので家庭以外に割く時間がないという事情の半分ぐらいはわかる。今では父が私のプライベートを尊重してヘルパーを雇ったのでそういう家事のしがらみは少なくなったが、毎日いるわけではなく週二日の家事当番は消え去っていない。だから、静海さんが色々と忙しくて部活動に参加できないという事情に私が深入りするつもりはないのであった。

 

 

「……さて、そろそろやるか」

 

 

 これまでは引っ越し後の環境に慣れるとか、周囲の地理を覚える必要があるとかで自重していたが、この町で学生生活を送る以上は、そろそろ自分という存在を周りに知らしめていく必要がある。

 

 つまり、魔法少女としての活動を開始する。

 

 駅までの道を歩きながら、私はそっと耳の上に手をかけ、そっと()()()()()()周囲に警戒の視線を送る。

 正直言ってこれからやることに眼鏡を外す意味は全くない。というかわざわざ眼鏡を外すなど愚の骨頂だと言わせてもらう。だが分かりやすいスイッチというものは重要だし、ぶっちゃけて言えば私の眼鏡は殆ど伊達だ。これも魔法少女となったが故の弊害……否、恩恵だ。目の筋肉の硬直を魔法で癒したことで回復した視力だが、それ以外にも眼鏡には外からの情報に対するフィルターの役目があると私は思っている。だから眼鏡キャラが本気を出す際に眼鏡を外すなど解釈違いにもほどがあって(ry

 

 

 ──と、思考が逸れた。

 

 つまりは私が眼鏡を外すと言うのは、単純にそうした方が分かりやすいからである。

 眼鏡の脱着を合図に、私の()()()()()()が世界に焦点を合わせる。

 周囲の人間の体の中心。そこに青白い光が映る。見たところ、周囲にその光を持たない少女はいない。それは私の周囲に同業者が居合わせていないことを意味しており、肝心なデビュー戦であるこの時には都合が良かった。しかし、学校には何人かいるだろうと目してはいたのだが、いまのところ高等部で魔法少女は見かけていない。中等部には恐らくいると思うのだが、校舎が分かれている関係上中々確認しに行く時間もない。ちなみに部活中はそういうのは考慮していないので、見落としの可能性は十分あった。

 

 そんなことを考えながら、私は周囲の人たちを観察する。

 

 

「──いた」

 

 

 駅へ向かう人の中。その中にふらふらとおぼつかない足取りで歩く、くたびれたうちの男子学生。そんなものはこの周りならば見慣れた光景だろう。だが、よく観察すればその足取りが駅などでは無く、道を外れた路地裏の方へと進んでいくのが分かる。そして何より、彼の胴体の中心に青白い光とは別に、首筋に黒い染みがこびり付いているのが、私の視界にはっきりと映った。

 

 魔女の口づけ。魔女が人に刻み付け、自分の結界に誘導したり自殺などに追い込んで絶望や怨念を回収するための捕食機構。刻み付けられたものは朦朧とした感覚に陥り、白昼夢のような状態で魔女の言いなりとなる。端から見れば疲労で注意力が散漫になっているようにも見えるので、魔女の存在を知らない一般人には判別することはできない。

 

 速足でその学生の後を追う。入り組んだ路地は見失いそうになるが、私の視界には依然として青白い光と黒い染みが映っている。むしろ周囲に人がいなくなったことで分かりやすいまであった。

 

 

「捕まえました」

 

 

 直ぐに追い付いて男子学生の肩を掴む。

 当然彼は抵抗しようするが、その前に首筋についた()()()()()()へと手を伸ばし、こそぎ取るようにしてそれを引き剥がした。

 すると男子学生は力を失ってふらっと倒れる。すぐさま受け止めれば、気を失っているだけだと判明する。

 見上げれば、五階建ての集合住宅。放置していれば、おそらくは屋上まで登って行ったかもしれない。その後は──言うまでもないだろう。

 

 

「危なかったですね……」

 

 

 全く、新学期早々嫌なニュースが持ち込まれるなど最悪にもほどがある。

 ひとまず男子学生をその辺に座らせる。これで当面は大丈夫だが、放置しておけばまたすぐに魅入られるだろう。そうなれば元の木阿弥。それどころか得物を奪われたことで別の人間が被害に遭いこれ以上の惨事につながる可能性がある。だからこうして見つけた以上は、ここで原因を断つ。

 

 彼が魔女の口づけを受けてこの辺りに迷い込んだと言う事は、元凶の魔女はすぐ近くにいる可能性が高い。ぐるりと周囲を見渡せば──あった。

 

 

 ──虚空に浮かぶ黒い染み。

 現実の狭間に潜む魔女の結界。その入り口は確かにあった。

 

 

「さてさて、初陣ですね。緊張します」

 

 

 黒い染みに手を伸ばせば、入り口がこじ開けられる。これが私たちの魔女狩りの常套手段。結界に引きこもりながら現実を蝕む魔女の棲みかにはこちらから乗り込んでいく。一般人はいつのまにか誘導されたり、魔女の移動に伴って移動する結界に呑み込まれたりする。今回は前者のケース。この場合は魔女或いは使い魔が人間を優先的に捕食するタイプであることが多い。もしかしたら他にも飲み込まれている人がいるかもしれないので手早く済ませたほうがいい。

 

 私は入り口を開けた結界へと足を進める。

 

 

「……しかし、なんだか懐かしいですね」

 

 

 ふと、昔の事を思い出した。

 それは魔法少女になる前のこと。

 路地裏に入っていった美緒(親友)を追って、私は魔女の結界に迷い込んだ。

 あの時の魔法少女は親友で、今は私。

 さしずめ迷い込もうとしていた私は、あの学生ということか。

 

 

「──原点回帰。ですね」

 

 

 なんて、一人笑ってみせる。

 虚空に手をかざせば、ズシリと重いものを握った感触。

 身に着けていた臙脂色の制服は、紫を基調としたボーイスカウトめいた服装に変化し、その上から同じく紫のケープマントがはためく。ただしズボンでは無くスカートとニーソックス。頭にはベレー帽が被さって、私は魔法少女としての姿に変身した。

 

 

「それじゃ、上げていきましょう!」

 

 

 そうして私は、魔女の結界に足を踏み入れた。




〇言い訳
元々マギレコ二次創作用に作った設定から魔法少女ストーリーを考えたのが第一部なので、神浜編のほうが書きやすいというのが本音。そのため第一部は第二部の進行具合によって情報を開示していく形となる。具体的には七枝編(エピソード1)と神浜編(エピソード2)で二年の月日が経過している。つばめちゃんは14歳→16歳というわけだ。

ちなみに本話はマギレコ本編から1年ほど前。つまりまだ契約していないキャラも多い時期である。

〇琴織つばめ
みくらさんタイプの文学系少女。ただし色々手遅れ。

〇静海このは
文学部周りは完全に捏造設定。
でも家族以外に時間を取りたがらない彼女が所属するとしたら、こういう幽霊部員ポジに収まるかと考察する。
まだ契約していない。

感想・ここすき・誤字脱字の報告をいつでも歓迎しております。


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第二話 神浜での初戦

転生タグ追加しました。主人公ではありませんが、主要キャラにそういう設定がある以上は必須になります。特に原作知識とかはないのでご安心ください。


 結界に足を踏み入れると、相も変わらずサイケデリックな光景が広がっていた。

 

 絵本の中身をそのまま抜き取ったような風景に、現実世界のオブジェクトが乱立する奇妙な景色。今回は砂漠のような風景にスコップや旗と言った玩具が突き刺さっている。どうやら砂漠ではなく砂場のようだ。

 

 魔女の結界は大体がこのようなものだ。現実世界から自らの気に入ったものを蒐集し、結界に組み込む。そうして魔女は自らの領土を広げていくのだ。

 

 だが魔女は結界の中から出てくることは無い。外敵から身を護るため、魔女は結界の最奥部に引きこもっている。そんな彼女らの欲求を満たすため、現実世界から様々なものを集めてくるのが使い魔である。

 

 

 例えば、目の前にいるような。

 

 

「□▽★※◎◆♯ポッー!!」

 

 

 団子めいた胴体からいくつかの足が生えた生き物。その造形は子供の落書きをそのまま立体にしたようで、明らかに生物として矛盾している。蟻にも見えるだろう外見無機質ながら愛嬌を感じさせる。だが侮るなかれ、あれはその気になれば人間を軽く捻り殺せる異形の怪物。そんな使い魔を視認すると同時に私は駆けだしていた。

 

 

「――シッ」

「□▽★※◎◆♯ポッー!?」

 

 

 使い魔も突然現れた私に気が付いたようだが、その時には既に私は間合いを詰めていた。迎撃か逃走か。判断の隙を与えず、私は右手に握った()を突き出した。自分の背丈よりも長いただの槍。それでも高校一年生の少女が振るうには十分に重い筈だが、魔力によって強化された私の肉体は軽々とその槍を扱える。

 

 

「□▽★※◎◆♯ポッー!?」

 

 

 刃に貫かれた使い魔が短い脚を痙攣させる。一撃で仕留めたことを確信した私は、槍を振るって使い魔を解放する。地面に叩きつけられた団子状の胴体がバラバラになり、空気に解けるようにして消滅した。

 

 ふむ。どうやら七枝市に出現していた魔女の使い魔とあまり実力は変わらないようだ。とは言え、使い魔の中にはひと際強力な個体がいることもしばしばあるので大した目安にはならないだろう。不意打ちが成功しただけという可能性もある。油断や慢心は厳禁だ。

 

 槍を構え直し、魔女がいるであろう場所に向けて歩みを進める。しばらくすると、先ほどと同じ外見の使い魔が複数現れた。

 

 その数、なんと二十二。

 

 

「いや、流石に増えすぎではッ!」

 

 

 既に私が入り込んだことを察知していたのか、一体の使い魔がその体を弾丸のように飛ばしてきた。

 私はそれを槍で払い飛ばす。なるほど、こういう攻撃をしてくるのか。そう分析しながら私は、手ごろな場所にいた使い魔に槍を振り下ろして仕留める。

 

 仲間の死に様から学習しているのか今度は次々に私に向けて突進してくる使い魔たち。タイミングを見計らい、槍で前方を薙ぎ払って一掃する。そしてそのまま勢いに乗って使い魔を二体同時に串刺しにする。

 

 

「「□▽★※◎◆♯ポッー!?」」

「はい、はい、次ィ!」

 

 

 ばっさばっさと無双ゲーの如く槍を振るって使い魔を吹き飛ばす。一撃ごとに必ず一体が倒れ、あっという間に使い魔は全滅した。

 タイミングをずらしての突進や複数方向からのコンビネーションなど、少し攻撃を受けそうになったものの、何とか無傷で突破。この程度で被弾していたら、鍛え方が足りないとまた魔法少女の先輩に叱られる。というか、掠りかけた程度でも甘いと言われるだろう。新天地ということで少し浮かれていただろうかと反省し、気合を入れ直す。

 

 その後も時折出てくる使い魔を倒しながら進んでいくと、周囲の景色が若干変化する。魔女のいる最奥部に到達した兆しだ。それを証明するように、前方からどす黒い魔力がさっきから漂ってきている。

 

 

「さてさて。ここからが本番だ」

 

 

 視界の先には、茶髪のロングヘアと黒いドレスを身に纏った黒い人型。その頭にかぶったバケツとスコップはアクセサリーのつもりだろうか。砂場の中心で砂遊びに没頭しているそれは私の背丈の何倍もある巨体。()を凝らせば、その中央に黒い淀みが存在しているのが分かる。間違いない、あれが魔女だ。

 

 

「というわけで、セイヤッ!」

 

 

 私と魔女ではサイズ差が違い過ぎる。長物を用いているとは言え、まずは距離を詰めなければ話にならない。私は地を蹴り、魔女へと突撃する。砂場の魔女はこちらを認識していないのか遊びに没頭している。このままいけば会心の一撃を見舞うことができるだろう。

 

 だが、砂場の魔女はいきなり集めていた砂の城を叩いて崩し始めた。

 

 

「あぶなッ!?」

 

 

 狙いも無く攻撃ですらない、ただ子供が自分の作ったものに不満をもって破壊するのと同じ行動。しかし巨体によって払われた砂は私からすれば土砂崩れも同然。慌てて後ろに下がり、飲み込まれるのを回避する。

 しばらくがっしがっしと砂をかき分けていた魔女は、一通り暴れて落ち着いたのか動きを止める。そこで自分の周りに何かがいるのが気が付いたようで、私に視線を向けてきた。いや、頭部が黒一色で目があるのかわからんけども。ただ、確かな敵意が伝わってくるのでこちらを認識しているのは確かである。

 

 

「□▽★※◎◆♯!!」

 

 

 外敵を判断した魔女がその両腕を叩きつけると、巻き上がった砂が竜巻となって襲い掛かってきた。

 私は槍を勢いよく振り下ろし、発生した衝撃波をぶつけて相殺する。

 私が無事なことを知った魔女は、駄々をこねるように地面を叩いていくつもの竜巻を生み出してきた。

 竜巻は広範囲に広がっており回避は難しく、また一つ相殺しても他の竜巻に呑み込まれる素敵仕様。本能のままに生きる怪物とは言え、どうやら戦術を練れるぐらいには知性があるようだ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「♯◆◎※★▽□!!!」

「……ハッ!」

 

 

 私は先ほどよりも強く槍を振り下ろし地面に叩きつける。衝撃波が先頭の竜巻とぶつかり合い、大きな突風となって結界の中を吹き荒れる。

 

 

「……□▽★※◎◆♯!?」

 

 

 そうして竜巻が通り過ぎた後。魔女は私の姿が見えないことに気が付いたのか辺りを見回す。全くもって見当違いの方向を見ている魔女に、私は()()()()()()槍を振り上げる。そう、先の一撃は竜巻の相殺と同時に風を舞い上がらせて私を宙に飛ばすためのもの。今の私は魔女目掛けて落下中である。

 

 

「……♯◆◎※★▽□!!」

 

 

 ようやく気が付いたらしいが、もう遅い。

 私は渾身の力を込めた一撃を、魔女の頭部へと振り下ろした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 景色が揺らぎ、元の路地裏の風景が戻ってくる。

 魔女が倒されたことで、結界が崩れたのだ。

 

 

「ふう。特に問題なく倒せましたね」

 

 

 変身を解いた私の手には、一つの石が握られている。

 

 ――グリーフシード。魔女を倒した際に落とす魔女の魂であり、新たな魔女を生む卵でもある。これだけなら一刻も早く処分するべき代物なのだが、魔法少女の力の源であるソウルジェム発生する穢れを吸い取ると言う性質がある。魔力を使う度にソウルジェムには穢れが溜まっていくため、グリーフシードは魔法少女にとっての回復アイテムという側面がある。つまりグリーフシードはそのまま魔法少女の生命線でもあるわけだ。これは割と比喩でも何でもなくガチでグリーフシードの有無は生死を左右する。穢れが溜まりすぎると体調にも影響が出るし、もし仮に染まり切った時の末路は死である。

 

 そんな神浜で得た記念するべき初ソウルジェムを私は鞄に仕舞いこみ、私は先ほどの魔女について考察する。

 

 

「うーむ。大体半分ぐらいでいけば問題ないか」

 

 

 何を考えているかと言えば、私の出す実力の具合である。今回の魔女は正直言って弱かった。なにせ実力の半分も出さずに勝ったのだ。とはいえ神浜の魔女全体に対してこれを基準にすると痛い目を見るのは確かなので、もう少し大きめに見積もっておくことにする。なお、実力の半分とか言ったが私は魔女退治に手を抜くことはない。飽くまでどれだけ魔力を消費するか、どこまでの手札を使うかといった方針でしかない。予想外の事態など、この世界にはごまんとある。

 

 

「さて、帰りましょうか」

 

 

 腕時計を確認すれば、まだ30分も経っていなかった。

 道端で安らかに寝息を立てている男子学生を一瞥する。流石に同じ学校とは言え、知らない相手を介抱し続けると言うのは地味に抵抗がある。幸いこの辺りは治安も良い。そのうち起きて帰るはずだと結論付け、私は帰路につくことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 参京区の商店街外れ。

 駅前の通りから少し歩いた場所に、私の家が存在する。

 四階建ての雑居ビルで、どこぞの名探偵よろしく父の仕事場と自宅が兼任されている。ちなみに一、二階が職場で、三階と四階が住居スペースである。

 

 階段を登って三階に向かい、扉を開ける。

 

 

「ただいまー」

「おかえり、つばめ。今日はどうだったかい?」

 

 

 居間に入って挨拶をすれば、柔らかな返事が返ってきた。

 

 長く伸ばした黒い髪を後ろで雑に纏めた眼鏡の男性。それが私の父の琴織渡(ことりわたる)。建築デザイナー兼不動産コンサルタントという微妙にうさん臭い肩書の職業をしているが、その界隈にも多少名の通るぐらいには評判が良く、有力者とのコネもいくつか持っている。初めて見る人は父を芸術肌の人間だと思うことが多いらしいが、実際はかなり理詰めの人間である。

 

 

「いつもと同じですよ。授業を受けて部活をエンジョイして……あとは、こっちの活動もちょっと」

 

 

 父の質問に対して私は右手の指輪に変形したソウルジェムを見せる。普通の人ならただアクセサリーを自慢する行為に見えるだろうが、父の場合は話が違う。

 

 

「なるほど。それで、どんな感じだった?」

「七枝で遭遇したのとあまり変わりはなかったですね。一先ずはいつものようにやっていけそうです」

「そうか。それなら問題はなさそうだ。だが慎重にいくことを忘れないこと。ただ一回の戦闘ですべてを知り尽くすことなどできはしないのだから。予想外とは常に潜んでいるものだよ」

「わかりました。父さんの方は?」

「こっちはいたって平和なものだよ。ただ、明らかに魔女の類と思われる事件は耳にしたがね」

 

 

 父のアドバイスに素直に返事をする。相も変わらず回りくどい言い回しを好むが、内容自体は至極まっとうなものだ。

 

 魔法少女の話題を家族と話した。そう、父は私が魔法少女であることを知っている。基本的に一般人は魔法少女も魔女のことを知らないのだが、私が魔法少女として契約した初めの一年目に発生したある事件がきっかけで父は魔法少女と魔女について知ることになった。

 

 家族に魔法少女をやっていることを知られている人はほとんどいない。明らかに内容が突拍子もないことと、自分の家族が命の危険がある戦いに身を投じることを受け入れるはずがないことから、家族に事実を明かす魔法少女はいない。

 

 だが父は私が魔法少女になった事、そのために何を願ったのかなどを全部聞いて、私が魔法少女として活動することを許可してくれた。というのも、そもそもの話として父には私の知らないとんでもない秘密があったのだ。

 

 

 どうやらこの男、私の「魂を呼び戻す」という願いのせいで、琴織渡ではない前の人生――いわゆる前世の因果――を引っ張ってきてしまったらしく、その分の記憶とか知識とかひっくるめて取り戻してしまったのだ。しかもその前世がかなり強力な魔術師とやらで、最初のうちは記憶の齟齬や人格の変化に戸惑っていたらしい。私はそのことを知る由も無く普段の日常を過ごしており、その事実を知った時にはかなり狼狽した。自分の願いのせいで父が父でなくなってしまったと思ったからだ。

 だが彼は私の知る父のままでいてくれた。ただちょっと変な記憶がひっついてきてやばい感じの何かと繋がってしまっただけで、それ以外は何の変わりもないいつも通りの父さんだった。だから今ではほとんど気にしていない。

 

 そう言う訳で、父は私の魔法少女活動に理解を示し、許可したどころか喜々としてこっち側に関わるようになった。知っている魔法を教えたり、秘密裏に魔法少女と魔女についての研究を始めたり。端から見ればかなり異質な状況なのだろう。父から魔法の使い方を教わる魔法少女、なんて後にも先にも私ぐらいのもので、それは父との特別な繋がりを感じられて悪くないと思っている。それに、父がいなければ私は今頃死んでいただろうから。感謝することは在っても、拒絶することなどありえない。

 

 

「神浜で活動する他の魔法少女とはもう会ったかい?」

「いえ、それがまだ見かけていませんね」

「ふむ、この辺りにはもしかしたら少ないのかもしれないね」

「学園も中々広いんですよね。中等部から下は棟が離れていて確認に行けませんし、だからと言っていつも魂の色を見続けるのは疲れます」

「では、まずこの辺りを中心に活動して様子を伺おう。一週間もあれば、ぐるりと回れるだろう?」

 

 

 今もこうして、他の魔法少女とのファーストコンタクトをどうするかを親子二人で話し合っている。

 

 数奇な運命を持つ私たち親子は、こうして神浜という新しい地で魔女狩りを開始しようとしている。父の助言の元、私はこの地で羽ばたこうとしている。

 

 試すような父の言葉に、私は自信を持って答える。

 

「ええ。当然です。魔法少女がいないのなら、ここを私が狩りつくすまでです」

「その意義だつばめ。流石は私の可愛い娘だ」

 

 

 私たちの神浜での物語は、今日このとき真の意味で始まりを迎えた。

 

 




〇琴織つばめ
得物は槍。リーチと遠心力を活かした高威力の攻撃が得意。
以下、以前に作成したイメージ画像。

【挿絵表示】


〇砂場の魔女
お馴染みチュートリアルの魔女。この小説でも最初の出番を飾った。
異変前の神浜なので強さは他の地域とあまり変わらない。


〇琴織渡
つばめの父親。
願いの結果魂だけじゃなく前世の因果まで呼び戻されちゃった人。ある魔術師が気まぐれで魂を分割して人間としての生を歩ませていたのを事故&願いのコンボで接続してしまったらしい。クロウ・リードみたいなものと思っていただければ。
「空の境界」で例えれば橙子さんのポジション。

〇他の魔法少女
モブ魔法少女はいるけどネームドはまだ少ない。
あと普通にニアミスはしてる。


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第三話 初の邂逅

 私が神浜市で魔法少女活動を始めてから一週間が経った。

 

 参京区で活動する魔法少女を私は確認できていない。こんな大きな街で、魔女が何度か出現していると言うのに妙な話ではあるが、参京区を大雑把に巡回しているため、もしかしたらすれ違っているあるいは単純に魔法少女が抜けた穴に収まっただけなのかもしれない。魔法少女はなんだかんだ死亡率がべらぼうに高いのでそういうことは往々にしてあったりする。七枝は私と親友の美緒、後は先輩以外の魔法少女はほとんどいなかったので縄張り意識が希薄だったけど、他の街では縄張り争いが普通だ。神浜は大きな街だからそのあたりは結構厳格だろう。となれば、地区を越えてみれば他の魔法少女に出会えるかもしれない。

 

 そうした考えを父に相談すると、何やら闇の深そうな情報が返ってきた。

 

 

「そうか。では一つ耳寄りな情報をやろう。どうやらこの街は大正以後に成りあがったが今は寂れている東と、歴史ある名家が多く開発の盛んな西で住民の間に軋轢があるようだ。そうした背景がある以上、魔法少女のグループも同じように分かれていると考えた方が良い。そうなるとお互いの領域関係はデリケートなものになる。さて、どちらから先に接触するべきだと思う?」

「……西ですか?」

「その通り。引っ越してくる者はそのほとんどが新西区や栄区で、昔からの住人は工匠区や大東区などが多い。恐らく西の魔法少女に対しては、新参者であっても東の魔法少女はあまりいい感情を持たないだろうね」

 

 

 神浜は大きな都市である関係上、地域ごとで住民の意識や価値観が異なり、それがトラブルのもとになる事も多いらしい。父は建築関係者としての見解からこの辺りの問題点をいち早く注視していたらしく、その事実を基にしたアドバイスには大きな説得力があった。大人の住民がそうであるならば、より感情的な――悪く言えば世間知らずな――年齢層ばかりの魔法少女たちの排他的意識はより強いだろう。

 

 そうした考えの末、私はまず西の魔法少女の中の誰かに接触することにした。開発が進んで地方から移り住んでくる人間も多い場所の方が、外様の人間を受け入れる土壌があると考えたからだ。

 ここで重要なのは真っ先に代表者には出会わないことだ。アポイントメントも無しに代表者の下で行くなど魔法少女でなくとも非常識。まずは末端に接触して、そこから順繰りにお目通しを叶うのがいい印象を与える秘訣だと父は言った。やっぱりほとんど一人で事業を成立させているだけあって人間関係の構築のコツを分かっているんですね。

 

 

「さてさて。魔女はいませんかねっと」

 

 

 そんなわけで参京区から西に向かって水名区。放課後の夕暮れ時。

 かつて城下町だった名残を残すこの地域は、歴史を感じさせる古い街並みが残っている。純和風の建物が並ぶ光景は、まるで時代劇の世界に入り込んだように思える。実際に城も残っており、物のついでに見物に行ってみようかと実は思っている。

 

 だがまずは魔女を探す。魔女がいる所に魔法少女あり。先客がいた場合様子を見て、それが実力者かつリーダー的存在なら距離を取る。大人数の場合も同じ。人数が多すぎるとその場の勢いで交渉が決裂する可能性が無きにしも非ず。最初に出会うなら、単独かつほどほどの実力を持つ子が良い。

 

 

 私は自らの眼を発動して魔女と魔法少女を探す。

 

 視界に移る人間の中心に、青白い光が重なって見える。

 そのままぶらぶらと歩いていくと、指先に橙色の光を宿す少女が歩いているのが視界に移った。光の持ち主は同じ橙色の髪が特徴的な、水名女学園の薄紫色な制服を着た小柄な少女。身体から微かに放たれている魔力は、魔法少女である証拠だ。

 

 

「おっと、先に魔法少女を発見。まずは一人目ですね」

 

 

 ――魔法少女は文字通り魔法を使う。ではどのような魔法を用いるのか。

 治癒。強化。念動力。そうした基礎的な魔法の他にも、魔法少女にはそれぞれの願いや性格を昇華した固有の魔法が存在する。それはより強力な強化魔法だったり、弱点を見抜く魔法だったり、幻惑や暗示といった精神に作用するまほうだったりと千差万別。似た魔法があれど同じ魔法など存在しないだろう。

 

 そして私の固有魔法は、その中でもかなりの変わり種。

『父の蘇生』という願いから生まれた私の魔法は、魂を見ること。

幽界眼(デッドサイト)』と名付けたこの異能は、視覚情報として魂を認識する力を私にもたらした。

 

 ではどのように魂を認識するか。一般人の魂は普遍的なイメージの通りに青白く揺らめく火の玉として見える。反対に魔女の魂はドス黒い淀みで、直視し続けていると気分が悪くなる。そして魔法少女の魂は、とても色とりどりに輝いている。希望という色で染め上げソウルジェムという形にしたからだろう。彼女たちの魂はキラキラと輝き、指輪となっている関係上通常なら指先あたりにその光を見ることができる。そのためわざわざ確認せずとも一発で丸わかりだ。

 

 そんな橙の少女は歩きながら周囲をしきりに警戒している。おそらく魔女を探しているのだろう。肌感覚としては契約を結んで間もないと言ったところ。

 

 

「うーん。ちょっと心配ですね」

 

 

 魂を見る目の副次効果として、魂の持つエネルギーを可視化することができる。このエネルギーが強ければ強いほど大きく輝いていたり。激しく燃え盛っていたりする。そしてそれは、ソウルジェムから生成される魔力を計る目安にもなるのだ。

 その点で言えば、橙色の魔法少女の魂は暖かい火、厨房の炎のように小さくも強く燃えている。その魔力量は中の下と言ったところ。実力のピンキリ差が激しい魔法少女の中で言えば素質のある方だと言える。下級の魔女なら単独で戦っても問題は無いだろう。

 

 

 結論:様子見して苦戦しているなら助けよう。

 

 

「お手並み拝見といきましょう」

 

 

 先ほどの少女が魔女の結界を発見し、入っていく。

 私はそれから少し時間を置いて突入する。

 結界の風景は柵がいたるところに突き刺さった昏い草原という見覚えがあるもの。私が数日前に戦った羊の魔女。その別個体の結界だ。

 使い魔は人型。本体ともども遠距離攻撃が得意でそれなりに厄介な部類に入る。新米ならば、多少の苦戦は必至である。

 

 

「どこまで進んでいますかねーっと」

 

 

 結界の中には使い魔の姿は見当たらず、魔女の元にあっさりとたどり着いた。

 少し遠くから眺める先、羊の魔女とコック姿の少女が戦っている。

 魂の色からするに先ほどの少女で間違いない。彼女が手に持ったフライパンから火の玉を投げつけると、魔女の体毛に黒い焦げが出来上がっていく。しかし魔女が煩わしそうに身体を振ると、ボロボロと燃える箇所が脱落していき、大したダメージにはつながっていないようだ。

 魔女が襟から眼球を射出して反撃し、橙の少女はこれをフライパンで防いでいる。うむ。飛び道具を防ぐのにフライパンを活用するとは分かっているじゃないかと一人感心する。ピー〇姫の最強武器はフライパンだし、銃弾を防ぐのにも役立ってくれる。フライパン一つあれば戦えるのだ。まあ私の得物は槍なんですが。

 

 ところで、前々から思っているが、魔女も使い魔も自分の体の一部を切り離すのって痛くないんだろうか。攻撃すれば痛がる様子は見せるので痛覚はちゃんとあるはずなのだが、トカゲの自切めいてあらかじめ脱落しやすい構造になっているのだろうか。生命体としての理屈を魔女に持ち出すのはナンセンスではあるが、どうしても気になる……。

 

 

「ああもうしぶといですね! ラムチョップにしてやりましょうか!?」

 

 

 橙の少女が中々倒れない魔女に毒づく。あの恰好といい、もしや料理が得意な子なのだろうか。中々にニッチな料理名が咄嗟に出てくるあたり詳しいのは間違いない。私なんてジンギスカンぐらいしか思いつかなかった。まあ、そもそも魔女を見て食欲が湧くかというと一切湧かないどころかむしろ食欲は失せる一方であり、食事の事なんて気にしていられないのが実情である。

 

 そんなことを考えながら、私は駆け出していた。静観は終わり。あの少女は決して劣勢ではなくむしろかなり有利に戦いを進めている。だが一撃の威力には乏しいのか、あるいはあの魔女の生命力が予想以上に大きいのか、中々魔女は倒れず、少女の顔には焦りの色が見え始めている。あのままでは集中力か魔力のどちらかが先に尽き不覚を取る可能性がある。私はここが助太刀のタイミングだと判断した。

 

 少女が巨大な火の玉を作り、羊の魔女に命中させる。

 巨大な火柱が上がり、巨体が煙に包まれる。

 

 

「私の激辛フルコース、どうですか!」

 

 

 肩で息をしながら少女は手ごたえを感じているようだ。……だが、私の眼には、煙の中に渦巻く穢れが映っていた。

 煙を吹き飛ばして、巨大な毛の塊となった魔女が飛び出してくる。

 転がっての体当たり。単純軌道であるがそのスピードは侮れない。

 

 疲弊しているのもあっただろう。呆気にとられ身動きが取れない少女に、魔女の巨体が眼前まで迫り――。

 

 

「っらあ!」

 

 

 そして私は、少女目掛けて突撃する魔女を横合いから吹き飛ばした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――胡桃まなかは目の前の相手に手こずっていました。

 

 リリアンア学園の受験に失敗し、滑り止め先の水名女学院に入学したまなかが店の評判を広める機会を得るためにあの白タヌキと契約をして早一週間。

 

 最初はあまり乗り気でなかった魔女退治ですが、魔女は人に危害を加える存在。被害者の中にはいつかまなかの料理を食べにくる未来のお客さまがいると考えれば、不思議なことにやる気が湧いてくるものです。

 

 魔女との戦いにも少し慣れてきた頃合いのまなかは、今日も水名区で魔女退治を行っていました。いつもなら他の魔法少女の方と組んで行いますが、残念ながら今日は誰とも出会えずにまなか一人です。一人で使い魔を相手にしたことはありますが、魔女を退治するのはこれが初めてです。

 

 そうして水名区を歩いて見つけた魔女の結界。

 中に入れば使い魔が手に持った杖を振りかざして襲い掛かってきますが、焦らず冷静にフライパンで防いで反撃を叩き込みます。

 

 そうして結界の奥に進んでいき、待ち構えていたのは羊みたいな見た目をした魔女。

 ふわふわした見た目からよく燃えそうですねと思ったまなかは炎をフライパンで撃ち込んで攻撃しますが、見た目に反してあまり燃えてくれません。そういえば羊の毛は窒素が多く含まれているので燃えにくいと言う話をまなかは後で思い出しました。

 

 しかしフライパンで直接叩くのもあの羊毛に防がれてあまり効果がなさそうだと思い、時折飛んでくる魔女の攻撃を防ぎながら、まなかは炎を撃ち続けます。

 

 そうして何度も攻撃を繰り返していれば、流石に効いてきたのか魔女がよろめき出しますが、そこからがさらにしぶとく一行に倒れてくれません。まなかはこの時ブッチャーナイフが欲しくなりました。毛を削いで精肉して、ラムチョップにでもしてやろうかと思いました。ラムステーキでもいいですね。

 

 

「ああもうしぶといですね! ラムチョップにしてやりましょうか!?」

 

 

 そんなことを考えていたら実際に口に出していました。お店には羊肉の在庫は無いので作れませんがね。高いんですよ羊肉……。

 しかしそろそろ魔力も限界。ソウルジェムも半分以上が濁ってきている頃でしょう。

 まなかはフライパンに魔力を集め、今までで一番大きな炎の球を作り上げて魔女に投げつけました。

 巨大な火柱が上がり、魔女の身体が煙に包まれます。

 

 

「私の激辛フルコース、どうですか!」

 

 

 精一杯強がって見せますが、実のところそろそろ体力が限界です。

 これで倒れていてほしい。そんな私の願いをせせら笑うように、煙の中から身体を丸めた魔女が飛び出してきました。

 ゴロゴロと巨大な身体がまなか目掛けて転がってくる。

 それを認識したときは魔女はもう避けられないぐらい近くにまで迫っていて――

 

 

「っらあ!」

 

 

 槍の一撃が、その巨体を横から吹き飛ばしました。

 直角に軌道を変えられ、巨大な柵に激突する魔女。

 まなかが唖然としてそちらの方を見ていると、不意に声をかけられました。

 

 

「ふぅ。危ない危ない。もう少し様子見をしなくて正解でした」

 

 

 私の側に歩いて来たのは、槍を持った魔法少女。紫色の衣装に身を包んだ彼女は、ぽんぽんと労うように私の肩を叩いてきました。

 

 

「ご苦労様。後は私がやりますね」

「……あなたは?」

「物陰からこっそり見てた、ただのおせっかい焼きですよっと!」

 

 

 言葉と同時。彼女は魔女が飛んでいった方向に跳躍し、そのすぐ後に甲高い魔女の断末魔の叫びが聞こえてきました。

 

 どうやら魔女が倒されたらしく、気が付けば周囲の景色は水名の街並みに戻っていました。

 少ししてから、道の向こうから先ほどの人が歩いてきました。姿はすでに変身を解き、水名の隣の参京区を象徴する臙脂色の制服に身を包んだ彼女の手にはグリーフシードが握られており、魔女が確かに倒されたことを証明していました。

 

 

「いやー、先ほどのは危なかったですね。大丈夫ですか?」

「先ほどは助けてくれてありがとうございました。わたしは胡桃まなかです。あなたは」

「琴織つばめと言います。別にそんな礼を言われるほどの事はしてませんよ。ぶっちゃけ私、最初からあなたのことを見てましたので」

「え?」

 

 

 最初から見ていた。謙遜混じりにいわれたその言葉に思わず聞き返しました。

 具体的にどのあたりからと聞くとその魔法少女――琴織つばめさんはあなたが魔女の結界に入る前からですねとばつが悪そうに答えました。曰く、魔女の結界を探していたら偶然まなかも結界を探しているのを見た。一目で契約したてだとわかったが、魔女の強さも同じぐらいだと同様にわかったのでどれくらいの実力なのかを把握するために様子見をしていた、とのことらしいです。危なくなったら助けに入るつもりだったということですが……。

 

 

「それなら最初から声をかければいいじゃないですか」

「まあそうですよねぇ。結果的に助けられたから善し、と言えるほど私もお気楽ではありません。ただどうにもスパルタ思考といいますか。新米の成長を促すためにも手助けに入るのは最後って感じのスタンスで考えてましたね。あ、これグリーフシードです。私はラストアタック以外何もしていないのでどうぞ」

「あ、どうも」

 

 

 つばめさんは自分のやり方が意地悪だったなと反省しながらわたしにグリーフシードを渡しました。事情は何であれ、つばめさんがまなかを助けたのは確か。何かお礼をするべきだと思い、浄化した残りを差し上げようとすると、つばめさんは手で制してきました。

 

 

「私があれを倒せたのはあなたがぎりぎりまで頑張ったからです。横からかすめ取るような真似はしたくありませんよ」

 

 

 なんと謙虚な方なんでしょう。ですがそれではまなかの気が収まりません。では代わりに何かお礼をと言えば、つばめさんはそれなら、とあることを口にしました。

 

 

「では一つ聞きたいことがあるんですよ」

「なんですか? まなかに答えられることならなんでも答えます」

「この辺りのまとめ役、……あるいは抜きん出て強い魔法少女とか知ってますか? 私は最近神浜に来たばかりなので挨拶の一つぐらいはしておきたいと思いまして」

 

 

 つばめさんは元々神浜の住民では無く、進学を機に神浜に引っ越してきた魔法少女でした。そのため土地勘もあく、また魔法少女たちのコミュニティについても詳しくないとのこと。

 そのためにまなかを頼ってくれたと言うのは嬉しい話ですが、しかしまなかも魔法少女としては新米もいいところで、全然わかってないのはつばめさんと同じなのです。

 

 

「まとめ役? ……すみません、まなかも先週魔法少女になったばかりなのでそのあたりはまだわかりません」

「あらら。ホントに新米(ルーキー)だったんですかまなかちゃん。それにしてはかなりいい戦い方してましたよ」

「それはどうも。あ、でも強い魔法少女なら一人知っています。私と同じ水名の先輩で――」

 

 

「おや、そこにいるのはまなかさんではないですか!」

 

 

 噂をすれば何とやら。というかする前に件の人物がやってきました。

 青みがかった髪の彼女は竜城明日香(たつきあすか)。まなかと同じ水名女学院の二年上の先輩で、魔法少女となったまなかに先輩として何度か魔女退治をご一緒にし、このまえは学院でお昼を一緒に食べたりもしました。小さい頃から道場で学んできたという薙刀術を下地にしたその実力は確かなもので、まなかがこの一週間で知り合った中では最も強い魔法少女と言っていいでしょう。

 礼儀正しく、正義感の強い明日香さんなら、つばめさんの相談事にもきっと親身になってくれるはずだと思い、私はつばめさんに紹介しようとしたところに当の本人がやってきた形です。

 

 

「これは明日香さん。一体何かありましたか」

「実は近くに使い魔がいたので退治していたのですが、そちらに魔女がいたりはしませんでしたか?」

「はい。この辺りにいた使い魔の魔女ならもう退治しましたよ」

 

 

 明日香さんはまなかと同じくこの辺りにいた魔女を追っていた様子。きっと使い魔も離れたところにいた個体でしょう。既に退治したことを伝えると、まなかが魔女を退治したことに明日香さんは目を丸くしました。

 

 

「おや、魔法少女になったばかりだというのにもう魔女を一人で倒したのですか? なんと頼もしい!」

「ああいえ。確かにまなかが戦ったのは確かなんですが、途中で後れをとってしまいまして。最終的に止めを刺したのはこちらのつばめさんなんです。この人が羊の魔女を槍で弾いていなければ今頃危ないところでした」

「……む。そうなのですか?」

「つばめさん。この人は竜城明日香さん。まなかが知っている範囲では一番強い魔法少女です。一年前に魔法少女になったというのできっとつばめさんの求めている情報も知っていると思いますよ」

「琴織つばめです。最近神浜入りした新参者ですがよろしくお願いします」

「はい! 竜城明日香と申します!」

 

 

 つばめさんが挨拶をすると、明日香さんも快く応えます。

 

 

「つばめさん、まなかさんを助けていただき感謝します! しかし槍を使うとは奇遇ですね。私も薙刀を――ん?」

「どうしました?」

「……はて、槍を使う……? 参京院の制服……眼鏡を付けて後ろに纏めた髪……そして新しく来たばかり……」

「どうしましたか明日香さん? 何やらぶつぶつ言っているようですが」

 

 

 つばめさんが槍を使うと言うことを知ると、明日香さんが何かを考えだし始めました。ぽつりぽつりとつばめさんの特徴を上げていき、段々と目つきが剣呑なものに変わっていきます。

 

 そして、

 

 

「さてはあなたが噂の怪しい魔法少女ですね!? 覚悟ーッ!」

「どわーーーーっ!?」

「ちょ、ええええええ!?」

 

 

 いきなり明日香さんが変身してつばめさんに襲いかかりました。つばめさんは叫びながらも槍で薙刀を受け止め、まなかは突然のことに驚くしかありませんでした。

 暫くつばぜり合っていた二人ですが、つばめさんが明日香さんを押しのけ、明日香さんが飛び下がって距離を取り、つばめさんは地面に刃を向けて槍を小刻みに動かす構えを取りました。

 

 

「ちょっと明日香さん、何をしているんですか!?」

「その髪、その槍、その力! なるほど、確かに噂に会った通り! 近頃参京区を荒らしている魔法少女とはズバリあなたの事ですね!!」

「はぁ!?」

 

 

 いきなり何を言い出しているんですかこの人は!? つばめさんがこの辺りで暴れ回っている魔法少女? 一体何を言っているのか理解できず、まなかは明日香さんを見ました。

 

 

「何が目的かは知りませんが、秩序を乱すとは不届き千万! ここで懲らしめると致しましょう!」

 

 

 薙刀を手に飛び掛かっていく明日香さん。つばめさんは繰り出される攻撃を薙刀で受け流し続けます。まなかは状況についていけず、ただそれを見守る事しかできませんでした。

 

 

「むむ、流石ですね!」

「くっ、この型……武道を学んでいるタイプですか!」

 

 

 明日香さんの正確な薙刀捌きをつばめさんは最低限の動きで防ぐ。お互いが達人であることはこの攻防で明白に伝わってきました。

 

 

「すごい……」

 

 

 感心していましたが、すぐに我に返ります。横道とは言え、ここは普通に道路の一角。いつ誰が来るのかわかりませんし、もし他の魔法少女がこの状況を見ればさらに面倒なことになるでしょう。そうなればもう収拾を収められる自信はありません。まなかは意を決して二人を止めに入ろうとしたその時、

 

 

「せええええい!」

 

 

 大きく振りかぶった明日香さんの渾身の一撃を、つばめさんが半身になって躱し、さらには足を払いました。

 しかしここは水名。いたるところに水路が通っている城下町の名残を残す地区。まなかたちが今いる場所にも水路である小さな川が存在し、それはちょうどつばめさんの背後でした。

 

 

「あ」

 

 

 やってしまった。という表情のつばめさん。体勢を崩した明日香さんは唖然とした表情で落下していき――、

 

 

 ドボン。という音と高い水しぶきが上がりました。

 

 

「……」

「……あの、つばめさん?」

 

 

 明日香さんが落ちていった川を見つめるつばめさん。

 まなかはそんなつばめさんを見つめます。

 

 

「……まなかちゃん」

「はい、なんでしょう」

「これ、正当防衛で通じますかね?」

「何寝ぼけたこと言ってるんですか、急いで引き揚げますよ!」

「はーい!」

 

 

 素っ頓狂なことを口走ったつばめさんを急いで救助に向かわせます。

 慌てて水路に下りていき、顔を上げた明日香さんを引っ張り上げるつばめさん。

 まなかはその上で、周囲に誰か見ていないかを確認します。幸いなことに、目撃者らしき姿は見当たりませんでした。そうこうしているうちにつばめさんとずぶ濡れの明日香さんが戻ってきました。川に落ちたことで頭が冷えて落ち着いたのか、すぐに襲い掛かる様子はありません。

 

 

「落ち着きましたか?」

「うう、このような姿をさらすとは一生の不覚……」

「このままでは風邪を引いてしまいます。どこか近くに良い場所は在りませんか?」

「私の道場が近いかと……」

「ならそこに行きましょう。案内お願いしますね」

 

 

 とまあ、これがまなかとつばめさんとの出会いなのでした。

 

 

 




〇琴織つばめ
早速問題起こしてるよこの子。考えているようで割とその場のノリで動きがち。


〇固有魔法「幽界眼」
魂を見る魔眼。死者蘇生の願いが昇華されたもの。霊体を視認することで、より効果的な攻撃を与えることができるようになる。一般人の魂は青白く、魔法少女はソウルジェムの色に、魔女は穢れに染まっているためドス黒く見える。また、魂の形で大まかな属性も識別できる。

魂から発生するエネルギーである魔力も視認でき、魔力の流れに干渉することで魔法へ物理的に干渉することもできる。魔女の口づけを引きはがしたのはこの力。


〇胡桃まなか
魔法少女御用達の料理人。
実力に裏打ちされた自信たっぷりなドヤ顔のお口がとてもキュート。こんなかわいい子がめちゃんこ美味しい料理作ってくれる店が寂れているってマジで?





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第四話 神浜の管理者たち

オリジナル設定の世界観がじわじわと侵食してきております。


 竜城明日香と名乗る魔法少女にいきなり襲い掛かられ、防戦していたらうっかり川に投げ込んでしまってから十数分。

 

 水名区にある名門道場、竜真館。

 

 明日香さんの案内でそこを訪れた私とまなかさんは明日香さんの自室に通された。そして明日香さんが着替えた後、どうして私が怪しい人物として噂されているのかを訪ねることにした。

 

 

「実はここ数日、魔法少女の間であなたのことが話題になっていました。見慣れない魔法少女が参京区に現れていて、魔女を見つけた時には常に先を越されている。そしてその魔法少女は大きな槍を振るい、使い魔や魔女を苦戦もなくなぎ倒している。いつも先を越されているから抗議したいけど、自分たちではとても敵いそうにないから遠巻きに見つめることしかできないと」

「明日香さんはそれがつばめさんだと思ったわけですね。実際はどうなんですかつばめさん?」

 

 

 明日香さんが話した内容を聞いた瞬間、私の表情は分かりやすく固まっていたでしょう。

 

 

「あの、つばめさん。とても目が泳いでいますが?」

「…………はい。それきっと私です。様子見と称してあの地区の魔女を根伐りにしてました。そうやって派手に魔女狩りをしていたら誰かと出会えるかなと思ったのですが……」

「むしろ、他の魔法少女に怯えられて逃げられていた。という訳ですか」

 

 

 まなかちゃんが呆れた目で私を見る。

 

 

 まあ……実際この顛末は仕方のない部分がある。

 

 

 私が一人で戦う場合のバトルスタイルは槍を豪快に振り回してデカい一撃を当てること。大きな槍を活かして使い魔を薙ぎ払い、『幽界眼』から派生した反魂魔術で対魔女の威力を高めて魔女を狩る。魔女は怨霊に近い存在なので、私の霊体特攻がぶっ刺さってしまうわけだ。そのため下級魔女程度なら数回の攻撃で倒せてしまうわけで、結果的に魔女狩りのスピードが縮まる。それが端から見たら圧倒的な火力で魔女を瞬殺する実力者に見えているのだろう。

 

 実際、私の実力は魔法少女の中の上ギリギリだと分析している。伊達に魔女狩りのエキスパートである音子先輩に戦闘技術を叩き込まれてはいないのだ。なので私が張り切って暴れ回った結果、他の魔法少女に警戒されてしまったのは、一重に私のうっかりである。

 

 ちなみに反魂魔術についてだが、端的に言えば『ゴーストタイプにゴーストタイプの攻撃の効果は抜群だ!』なので魔法少女を相手にする時はあまり意味がない。一応対魔法少女用の訓練は先輩に叩き込まれたので別に苦手なわけじゃないけれども得意分野という訳でもない。

 

 

「そもそも、どうしてそのような真似を? 普通に魔法少女を探して魔女退治に加えてもらったらいいじゃないですか」

「いやあ、こういうのって最初が肝心じゃないですか。神浜で魔女狩りをするに当たって魔女の強さがどれくらいかとか知るためにも戦闘回数を増やした方がいいですし、後は単純に魔女は見つけ次第ブッ殺すのが平常運転になっているといいますか」

「ええ! 人に仇なす魔女は速やかに倒すもの! つばめさんの志は素晴らしいものです!」

「そうですよね。一人でどうにかなるなら被害を出す前に迅速に潰すべきです」

「ほぼほぼノープランじゃないですか……」

 

 

 まなかちゃんがまたまた呆れた様子で私を見る。

 仕方ないでしょう。結局魔法少女って実力がものをいう世界だから、どれだけ策を練ったところで下手に出ると侮られる。まずは誰にも文句を言えない実績を叩き出すことが自分の意見を通すうえで肝心なのだ。

 

 

「それはそれとして、やっぱりあの地区って魔法少女いるんですか?」

「はい。……ただ、つい数か月ほど前に強力な魔女が現れた時、参京区のまとめ役の魔法少女が相討ちになってしまったのです。後に残された人たちも未だ立ち直りきれてはいないようで……」

「そうだったんですか」

 

 

 沈痛な顔で語る明日香さんに私は頷く。

 おそらくそのリーダー格の魔法少女は中々のやり手だったのでしょう。それが討ち死にし、残された魔法少女たちの士気が下がり魔女退治の効率が落ちている。そんな時に何やら魔女を次々と倒している魔法少女が現れたとなれば、縄張りを狙って他所から来た魔法少女がいるという結論になるのは当然と言える。

 

 

「私も彼女たちのために何かできることはないかと悩んでいたところ、ちょうどあなたの話を聞き、ならば対処しなくてはと考えていたのです……」

「成る程。だからあんな風に迫ってきたと」

「とはいえ、もう少し穏便に話を聞くことから始めるべきでしたね」

「うう~~。……このような無礼を犯した以上、自害してお詫びするしかありません!」

 

 

 そう言うと、明日香さんは薙刀を取り出し、自分の腹に刃を押し当て……ってええ!? 

 

 

「いやいやいや!?」

「ちょっと明日香さん!?」

「止めないでください! 義心ある魔法少女を狼藉者と断じて襲い掛かった私こそが真の不届き者、もはや私の命で償う他ありません!!」

 

 

 だからって切腹って。どれだけ責任感強いんだこの人は。というか価値観が物騒すぎる。薩摩あたりの武士がインストールされてるのだろうか。

 ともかく、このまま自害されても面倒なことになる。腹掻っ捌いたぐらいで魔法少女は死にはしないが、まなかさんの精神にかなりの悪影響がある。そうなれば本当(マジ)()()()が起こる可能性も否定できない。

 急いで止めるべく、明日香さんの薙刀を奪い取る。

 

 

「なっ……!」

「やめてくださいな。いくら勘違いで襲われたとはいえ、善意で動いた人に自害されたら夢見が悪くなります。そうなったらむしろ恥の上塗りになりますよ?」

「ぐっ……ですが……」

 

 

 私の言葉に正当性を感じたのか、明日香さんは押し黙った。とはいえ、未だに納得がいかない様子。なので私は彼女を説得するのではなく、その責任感に乗ることにした。

 

 

「ではこうしましょう。そもそも私が派手に動いたのは他の魔法少女と接触して、そこから街の代表に会って正式に一員として認めてもらうためです。神浜は西と東で魔法少女の集まりが分かれていると聞きました。私は西のリーダーと会いたいのですが、明日香さんは知ってますか?」

「代表ですか……? はい! 勿論知ってます!」

「ではその方の元へ案内してください。私も他の魔法少女をそれでおあいこということでお願いします」

 

 

 明日香さんは自分で自分を許せないと考えている。ならば、ここはむしろそれを利用させてもらうことにした。彼女は私の役に立つことで償ったと認識し、私は当初の目的を果たせるWIN-WINの関係。それに納得がいったのか明日香さんも快く頷いてくれた。

 

 

「そういうことでしたら是非! 不肖竜城明日香、つばめさんをやちよさんの元まで案内します!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……それで、彼女をここに連れてきたと言う訳ね」

「はい!」

 

 

 ところ変わって新西区。

 明日香さんに連れられ、みかづき荘という下宿施設にやってきた私と成り行きでついてきたまなかちゃんは、ここの家主兼、神浜の西を束ねる魔法少女、七海(ななみ)やちよと面会することになった。

 

 やちよさんは流れるような青みがかった黒髪をした落ち着きのある見た目に違わぬ冷静な女性だった。最初は他所からきた魔法少女ということで私に怪訝な表情を見せてきたが、それを見越して道中ドーナツショップで買ってきたドーナツを手土産として渡すと、警戒する雰囲気が和らいだ。期間限定のやつもちゃんと入れておいたのが効いたと見える。

 初対面の相手には礼儀正しく、道理を弁えた人間だという印象を与えることが肝心。目上の人間ならなおさら、と父から聞いておいて本当に良かった。いつも家に遊びに来るときに菓子を持ってきてくれていた親友にも感謝する。

 

 ここに来る道中で明日香さんから聞いたのだが、やちよさんとその相棒、梓みふゆさんはなんと六年間もの間魔法少女として活動しているらしい。魔法少女の平均寿命が一年弱ということを考えれば、目の前のやちよさんがどれだけ規格外かわかるだろう。私が世話になった圧倒的強さを誇る先輩でさえ今年で四年目のはずなので、私が出会った魔法少女の中ではやちよさんが一番の先輩となる。おそらく強さも同等以上だろう。

 

 ……まあ、私の先輩は魔法少女になる前から魔女を倒すための訓練を積んでいたので全くもって当てにならないわけだが。

 

 

「そちらが胡桃さんね。数日前に契約したというのを聞いているわ。同じ魔法少女の一員として、よろしく頼むわね」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 契約したてでも、ただものでないことが分かるのだろう。まなかちゃんはやちよさんに対して完全に固まった反応をしている。

 

 

「で、貴女が琴織さん……でいいのよね? 最近神浜に来たっていうけど、どれくらい魔法少女をやっているのかしら?」

「ざっと二年ですね。中学二年の秋に契約したので、実際は一年強ですけど」

「そう。神浜に来た理由は進学? その制服は参京院のようだけど」

「そうです。地元の学校はそこまで評判が良くないので、こっちの偏差値高いところを受けました」

「勉強熱心なのね。それでいて気配りもできる。そんな魔法少女もなかなかいないわね。あむ」

 

 

 感心したように言いながらやちよさんはドーナツに手を伸ばす。……これで三つ目なのだが、もしや、買ってきた七個全部食べる気だろうか? 私は慎ましく茶を啜った。

 

 

「生憎今はもう一人のまとめ役、みふゆはいなくてね。都合が合ったらあなたと顔を会わせてあげるわ。……しかし、参京区ね。この前の中級魔女との戦いで相座さんが亡くなってからみんな沈みきっちゃってたから、ここで新しい空気が入るのはいいことかもしれないわね」

「あのう。実はそのことなんですけど、一週間前に魔女退治を再開してからちょっと張り切り過ぎたせいで、現地の方々とは顔も会わせる前から避けられているみたいなんですよ」

「……何をやってるのよあなたは」

 

 

 やちよさんが呆れた目で見て来る。

 やめて、みんなしてそう言う目で見て来ないで! 

 自分でも割と挑発的行為だってわかってるから! 

 誤魔化すように茶を飲み干す。明日香さんが気を利かせておかわりを入れてくれた。やさしい。

 

 

「……まあいいわ。貴女は相当の実力があるようだし、後で参京の子たちに紹介してあげるから」

「ありがとうございます」

「いいわよ別に。ところであなた、新入りとはいえ他所からきたのならもう『教会』には行ったのかしら?」

「それはまだですね。どこの教会にいけばいいのか分からなくて」

 

 

 ――教会。

 実はそっちもまだ顔を出していない。この街の規模からしてあるだろうとは思っていたが、神浜は大きい街なので教会が何十件とかなり多く、どこにいけばいいのか分からなかったのだ。街の顔役と早めに会おうとした理由にはこれも関係していたりする。

 

 

「教会……、それって水名教会ですか? それが魔法少女と何の関係があるんですか?」

 

 

 魔法少女になって日が浅いまなかちゃんが首を傾げる。確かになぜ教会が魔法少女と関係のある場所なのかはキュゥべえから話を聞いただけではまずわからないだろう。あの白いナマモノはその辺り説明しないからな。だが、これは魔法少女として生きていくにあたって、知っておかないとかなりの損になる情報だ。

 

 

「胡桃さんは新米だから知らないのは当然よね。あそこには魔法少女の相談に乗ってくれる人がいるのよ。折角だから、あなたの紹介もしておきましょう」

「水名、ということは……?」

「ええ。悪いけど、来た道を戻ることになるわね」

「わあ……」

 

 まなかちゃんの顔がげんなりした。

 頑張れ、魔法少女は結構歩き回ることが多い仕事だからね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「着いたわ。ここが水名教会よ」

 

 

 今度はやちよさんの案内で連れられた私たちの目の前には、大きな教会が存在していた。

 荘厳かつ質素なその教会は、古き日本様式が残る街中に建てられていながらも、違和感を感じさせず街並みに溶け込んでいる。曰く、築百年。大正のころから在り続ける、城下町である水名区で異例の西洋式の観光名所だとのこと。

 

 

「多分この時間帯なら礼拝もないから大丈夫な筈よ」

 

 

 そう言ってやちよさんが入っていくのを私たちが追いかける。

 礼拝堂の中は広く、高い天井も合わさって気圧されそうになる。

 立ち並ぶ椅子には参拝者の姿が見えず、そのことが余計にこの空間を広く見せる。

 そして身廊の向こう、教会の心臓とも言える祭壇に目を向けると、そこには一人の神父がいた。

 私たちが入ってきたことに気が付いて振り向いたその顔には右目を覆う黒い眼帯が存在を主張していた。

 

 

「おや、七海君じゃないか。それに竜城嬢も。今日は何の用向きだね?」

「こんにちは神父。今日は新しい魔法少女が来たから、その挨拶よ」

「どうも。お久しぶりです神父殿!」

 

 

 祭壇から身を乗り出すようにして話しかけてきた威厳ある声の神父さんは、やちよさんと明日香さんの二人と挨拶を交わした後、新しい魔法少女がきたというやちよさんの言葉を聞き、私たちに目を向ける。最初は私をまじまじと見ていたが、やがてまなかちゃんのほうに目を向けると、ほんの少し驚いたような顔をした。

 

 

「――ム。君は確か、胡桃殿の御子女だったな」

「はい。胡桃まなかです。お久しぶりです神父さん」

「ああ。久しぶりだな。御父上は元気かな? 彼の作る料理は絶品だ。近いうちにまた行きたいと思っていたところだ」

「そう言って頂けるのは料理人として最高の誉れです。ですがお父さんは出張シェフの仕事が忙しいので、今はまなかが調理担当です」

「ほう? それは立派になったものだね。では君の料理を堪能しに行くとしよう」

「はい! 腕によりを振るっておもてなししますとも!」

 

 

 何やら神父さんとまなかちゃんが世間話で盛り上がっている。話を聞くにまなかちゃんの家はレストランを経営しており、まなかちゃん自体も料理を提供できるだけの腕前があるらしい。だから魔法少女の意匠もほとんどコックだったわけか。

 

 

「しかし……そうか。君も魔法少女となったか」

 

 

 神父さんは僅かに眉を顰めた。果たしてその僅かな表情の奥にはどれだけの複雑な感情が渦巻いているのか、私にはわからない。だが、知り合いの娘が魔法少女になったという事実が彼の心境にかなりの衝撃を与えたかは想像できる。

 

 

「神父さん?」

「いやすまない。職業上、多くの知り合いが魔法少女になるものだからね。特にウォールナッツの店主とは懇意にさせてもらっていたからね。私にも多少の思うところがあるだけだ」

「そう言われると少し申し訳ない気持ちになりますね……ですが、まなかは後悔してませんよ」

「……そうだな。では何か問題があれば遠慮なく来てくれ給え。主の御名の下に、私は君達の相談に乗るとしよう」

 

 

 そうして右手で十字を切る神父さん。

 新しい魔法少女の門出を祈った彼は、次に私に目を向けた。

 

 

「それで、君も新しい魔法少女か」

「はい、私は――ッ!?」

 

 

 私も名乗ろうとしたその瞬間。

 ほんのわずかにだけ神父さんの腕が()()、私目掛けて何かが射出された。

 

 瞬時に槍を実体化させ、反射的に飛来する物体を弾く。

 ガキン。と甲高い音を立てて飛来物は防がれ、上空を舞って落ちてきたものを私はキャッチする。

 

 手のひらを確かめれば、そこに収まっていたのは一枚のコインだった。

 

 

「これは一体?」

 

 

 祭壇を下り、私たちに向かって歩いてくる神父に私は問いかけた。

 

 

「――琴織乙鳥(ことりつばめ)。七枝市出身で市立七枝中学校を卒業し、神浜市の参京院教育学園高等部に編入。七枝においては親友の富野美緒(とみのみお)と共に、聖堂騎士であり魔法少女の紺染音子(こうぞめおとこ)を師として魔女狩りに勤しんだ」

 

 

 つらつらと並べ立てられる私の経歴。なるほど、情報は既に共有済という事らしい。

 

 

「もしかして、私を試しました?」

「失礼ながらな。君が音子のやつから教えを受けていたということは本人から聞いていてな。あの堅物が面倒を見たと言うからにはどれほどの実力か試してみたくなったわけだが。これなら問題はないだろう」

「……それはどうも」

「……え、え!? 今、何をしたんですか?」

 

 

 何が行われたのかわからなかったのか、まなかちゃんが困惑している。さっきから魔法少女初心者の反応を見せてくれるわけだが、中々新鮮な気持ちにさせてくれてほっこりする。

 

 

「コインを銃弾なみの速度で打ち出したんですよ。それも、並みの魔法少女じゃ反応できない速度でね」

「いやいやいや。人間技じゃないですよね!?」

「受け入れなさい胡桃さん。ここの神父は人間の癖に人間やめてるような人よ」

「やはり、中々の腕前ですね神父殿……!」

 

 

 やちよさんは半分諦めたような表情で、明日香さんは素直に神父の技量に感心している。さてはこの神父、他の魔法少女にもこうやって腕試しを行っているな? 

 

 

「そう言う訳だ。私は魔法少女の相談に乗ると同時に、魔法少女の間で問題が起こった場合の仲裁役も担っている。

 

 ――改めて自己紹介をしよう。私は紺染福詠(こうぞめふくよみ)。この神浜において、異端粛清機関より監督官の任を受けている。現役を退いた身ゆえ、魔女狩りへの同行はできないが、人間関係、学生生活、日々の懺悔など何でも相談してくれ給え」

 

 

 粛清機関の監督官。

 確かに神父はそう名乗った。

 

 

 ――粛清機関。

 世界の裏に存在する。魔女を始めとした魔物を狩る秘密組織。当然彼らは魔法少女の事についても認識しており、かつては()()()()()が色濃く魔法少女を排斥していたようだが、歴史上で起こった魔女狩りを契機に魔法少女との関係を大幅に見直し、今では魔法少女のバックアップや問題を起こした魔法少女を罰する程度に留まっており、所謂魔法警察のような立ち位置にあるらしい。そのあたりの詳しい事情はよくわからないので聞いた情報しか知らないが、いろんな宗教や国の事情が絡み合った複雑な組織であると聞く。

 

 

 私が七枝で先輩として世話になった魔法少女、紺染音子さんもこの粛清機関に属している人間で、普段ならば魔法少女でも知ることの少ない知識を色々と教えてくれた人でもある。スパルタ極まる修行方法が若干トラウマ気味だが、それでも大きな恩があって尊敬に値する人格者だ。

 

 

 ……あれ、()()? 

 

 

「……あの、不躾ながらお聞きしたいのですが、貴方の苗字って……」

「ああ。紺染音子は私の義妹(いもうと)だ。もし出会うことがあればよく気にかけてくれと、本人からは伺っているよ」

 

 

 ちくしょう! 

 あの堅物鉄壁頑固な人からようやく解放されると思ったのに!! 

 気分が一気に最悪になりましたよ!! 

 

 

「安心し給え。私は流石に彼女の様にとやかく言うつもりはない。君との間に師弟関係はないからね。参京区も相座嬢の喪失をいつまでも悔やんでいるわけにもいかないから、君がはしゃいで他の魔法少女を怯えさせた件については不問とする」

「……そうですか」

 

 

 それを聞いて私はホッとした。ここ一週間の大暴れは魔法少女たちの相談で知られていたようだが、どうやら見逃してくれるらしい。

 もうあの拳骨は喰らいたくはないものだし、スパルタ極まる修行を受けさせられるのは御免である。

 だが私を試したときの方法を見るに、根っこは音子さんと同じらしい。

 

 

「まあな。君という存在が外より現れた、という事実は他の魔法少女に対しても良いカンフル剤となるだろう。ほどほどに問題を起こさぬようにな。まなか君も、七海君や竜城嬢たちを見習い、魔法少女として精進し給え」

 

 

 ――と、これが私の神浜で魔法少女と出会った最初の日。

 

 

 後日、私はやちよさんの立ち合いの下参京区の魔法少女たちと顔合わせをし、晴れて神浜魔法少女の一員となるのであった。




〇琴織つばめ
基本的には礼儀正しいが距離が詰まるとタメ口が増えるタイプ。
薄い。

〇竜城明日香
基本的に真面目で礼儀正しい……のだがおっちょこちょい。
和風魔法少女としてはかなり正統派。イラストがうめてんてーなのでメインキャラかと思った人は多い筈。でもメインストーリーに出ると絶対に鬱展開ぶっ壊して突撃すると思う。
たわわ。

〇七海やちよ
ドーナツ大好きやちよさん。一列全部買い占めたりしてそう。
七年も魔法少女やれてる人。普通にチートだと思う。
絶壁うわ何をするやめ(ry

〇相座さん
設定はない。
鶴乃やななかが出てくる前にいた参京区の魔法少女程度にしか考えていなかった。このように本作では名前だけ出すオリモブは何人かいる。大体既に死んでる。

〇粛清機関
元ネタは聖堂教会。あるいはダブルクロスのUGN。
長ったらしく呼びづらいので魔法少女の間では隠語めいた「教会」で通っている。今の関係になるまで魔法少女とは血で血を洗う戦いもあったとか。

〇紺染音子
つばめの先輩。EP1のトレーラーにもいる。

〇紺染福詠
神父キャラの例に漏れず強いが、魔女と戦うには大きな傷を負ったので戦闘員は引退したらしい。

感想、誤字脱字報告、よろしくお願いします。


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第五話 もう一人の西のリーダー……と後ろに憑いてるの

「あなたがつばめさんですね? ワタシは梓みふゆと申します」

「はい。琴織つばめです。たまに顔を合わせるでしょうがよろしくお願いします」

 

 

 やちよさんと面会してから数日が経過した。

 

 私はみかづき荘に呼ばれ、もう一人の西のリーダー。梓みふゆさんと顔を会わせていた。

 みふゆさんもやちよさんと同じく私よりも二つ年上の人で、ショートカットにした絹糸のような白い髪は可愛らしく頂点で二つハネており、丁寧で物腰柔らかな物言いと合わさって親しみやすい印象を与え、何より紺色の魂は霧の中でほんのりと輝きを放っており幻想的なイメージを抱かせる。冷静で大人びてどこか近寄りがたい雰囲気を放ち、激しくも清らかな水の流れを想起させる魂を持つやちよさんとは何から何まで対照的だ。

 

 共通点を上げるならどっちも顔が良いことか。直視しているとなんだか申し訳なくなってくるぐらいには顔が良い。なんだこれ。顔面の暴力か? 

 

 その上、明日香さんから聞いた限りでは水名で有名な呉服屋の一人娘だと言うじゃないか。

 顔、性格、家。全部が恵まれているというのに、魔法少女になるとは何だか世の中の闇が垣間見える。

 

 

 そんな感想を頭の中で長々と浮かべつつ、私はみふゆさんに挨拶をする。

 みふゆさんも礼儀正しい私に笑顔を浮かべて返事をした。

 

 

「はい。同じ魔法少女の仲間としてよろしくお願いします」

『……ん、よろしく』

 

 

 

 ――あと、なんか後ろに憑いてる人がおまけについてきた。

 

 

 

 みふゆさんの背後にじっとつき纏う、金髪で目つきの悪い少女。

 今の私とどっこいどっこいと言った年齢の彼女は、あろうことか半透明の姿で頭一個分ほど宙に浮いていた。

 

 

 

 ――そう、幽霊である。

 

 

 

『幽界眼』の異能を持つ私は魂が見えるのは勿論、ときたま宙を漂う死者の魂……つまり幽霊を視ることもできてしまう。魔女の結界の中にも、たまに捕食を免れた魂が浮いているなんてことがあったりする。まあ、大体は存在を保つことができずに霧散するのだけど、強い恨みや後悔といった感情を持っている魂は、その感情エネルギーを楔として現世に留まることがある。それが幽霊だ。

 

 幽霊は厄介なことに、私が意識的に魔眼を発動せずとも視認できてしまう。肉体という壁が存在する生者の魂と、むき出しの魂である幽霊のどちらが見やすいかと言われたら断然後者だからだろう。

 

 彼らは大抵こっちが見えてることに気が付くと近寄ってくる。自分たちを認識できる生者なんて物珍しいに決まってるし貴重な接触の機会なのだろう、こっちから会話を持ち掛けることもできる。ただし端から見たら虚空と会話をしている非常に痛々しい人と見られるので、基本的にはシカトしている。

 

 それに幽霊と積極的に関わり続けるのはあんまり良くないらしい。生者と関わりすぎると現世への未練が段々蘇ってしまい悪霊と化す可能性があり、そういう意味でも見て見ぬふりをするぐらいがちょうどいいのだと父は言っていた。

 

 みふゆさんの後ろに憑いてるの金髪の少女は恐らく仲間の魔法少女とかだろう。それにしてもここまではっきりと形を保っているのは初めて見た。大体は人魂か胸像めいて中途半端なものが大半だ。それが生前の姿そのままとは、どんだけ未練が強いのかあるいは残した仲間が心配だったのか。ともあれ現世に強い関心を持って留まっている、というか憑りついているのは間違いない。だってあれ背後霊だもん。いかにも見守ってますよ感を出している。

 

 

 幸い、悪影響を与える類ではないことはみふゆさんと会話しながらそれとなく観察する中で分かってきたからまあいいとして――

 

 

 ……あ、今完全に目が合った。

 

 

『……あれ、君、もしかして見えてる?』

 

 

 うわ、話しかけてきたよ。

 

 悪いけどシカトシカト。

 

 ここで反応を返して、みふゆさんに訝しまれるのは面倒だ。

 

 

「……? 何かありましたか?」

「いえ、何でも。やちよさんもそうですが綺麗な方だなあと」

「あら、そうですか。やっちゃんはモデルさんですからワタシなんかよりもよっぽど綺麗ですよ。BiBiという雑誌で収録を受けているのでよろしければつばめさんも買ってみてください」

『うん。二人はとても綺麗だ』

 

 

 こらそこの幽霊、いちいち相槌を打つな反応しそうになるだろうが。

 

 

「ああ、それとワタシは水名女学院の生徒です。参京区とは隣なので、もしかしたら魔女退治の時も一緒になるかもしれませんね」

「ええ。そうなった時は遠慮なく頼りにさせていただきますよ」

 

 

 後輩に頼られるということが嬉しいのだろう、私の言葉にみふゆさんが顔を綻ばせる。

 

 

「それはそれとして、東のリーダーさんとも挨拶ができたらいいんですが……」

「それはちょっと難しいかもですね。つばめさんが西の魔法少女として活動する以上、東のテリトリーに不用意に近づくのはよくありません」

『……うん。十七夜(かなぎ)はその辺、ちょっと過激……』

「なるほど。十七夜さんという方で――」

 

 

 あ。

 

 やってしまった。

 明らかに幽霊の発言を引用してしまった。

 それにみふゆさんが東のリーダーの名前を言ってないのに、私が先に言ったらどうしてそれをと怪しんでくる可能性がある。

 真実を言う必要はないだろうが、変な誤魔化しをすれば不信感を与えてしまいかねない。

 

 

 だが落ち着くのだつばめ。

 この程度の失言、TRPGで鍛えたカバー力があれば乗り切れる。

 ここは焦らず、違和感のない言葉に繋げるのだ。

 

 

「十七夜さんという方でしたよね。名前だけは知っているのですが、どういう方なんですか?」

「そうですね……正義感が強く、自分にも他人にも厳しい人といったところです。容赦もなく、テリトリーを侵すと警告どころか問答無用で追跡してくる可能性もありますので、不用意に東側に近づくのはやめたほうがいいかと」

「なかなか苛烈な人なんですね。わかりました。気を付けます」

 

 

 よし。

 何とか怪しまれずに済んだ。

 だが問題は……

 

 

『ねえ君、やっぱりあたしの声聞こえて――』

 

 

 幽霊(こっち)である。

 彼女の発言を受けて返した以上、無視し続けるわけにもいかない。別に無視し続ければ諦めてもらえるだろうが、それはそれでこっちの良心が痛む。

 この際、一度ちゃんと会話をしておくべきだろう。そのためにもどこか二人っきり。人の寄らない場所とかに誘導できないものだろうか。

 

 

「それじゃあ私はこの辺りで。みふゆさん、今日はありがとうございました」

 

 

 話のキリがよいところで席を立つ。それと同時に幽霊の目を見て、『ちょっと来い』と念を送ってみる。推定・元魔法少女とはいえ、幽霊相手に念話が通じるとは思えないけど、やるだけやってみる。

 

 

「ええ。次も会えたらまた色々お話しましょう」

 

 

 みふゆさんはにこやかに私を見送ってくれた。

 

 

「あら、もう帰るのかしら?」

 

 

 居間を出ると、気を利かせて自室に戻っていたやちよさんと鉢合わせ。

 

 

「ええ。あまり長居するのは悪いですし」

「そう。それじゃあ帰り道、気を付けてね」

「はい、それでは失礼します」

 

 

 こちらも挨拶を交わして私はみかづき荘を出る。

 少し歩いて人気のない路地に入った私はため息をついた。

 

 

「ふぅ……。もう話しかけても大丈夫ですよ」

『ん……、最後に念話を感じたから、追ってみたけど、やっぱり見えてた……』

 

 

 振り向きざまに言えば、ちゃんと後をついてきた半透明の少女から返事が返ってきた。

 まじか。幽霊でも念話通じるのか。あるいは私がこういう能力を持っているからこそできる芸当なのかもしれない。

 自分の能力の拡張性を考えながら、私は目の前の幽霊に挨拶をする。

 

 

「では改めまして。私は琴織つばめです。あなたはどこのどちら様でしょうか、背後霊さん?」

『……雪野かなえ。二年前まで……やちよ達とチームを組んでた』

「やっぱりやちよさん達の関係者でしたか。それで、どうして背後霊なんてものやってるんです?」

『うん。そうだね――』

 

 

 そうして、ある幽霊の生前語りが始まる。

 

 曰く、ある犯罪組織の男を追っていたら東のテリトリーに侵入してしまい、東の魔法少女のリーダー――和泉十七夜(いずみかなぎ)さんに追いかけられてしまった。そのまま逃げていたところを、やちよさんとみふゆさんに助けられ、そのまま三人でチームを組むことになった。

 

 しばらくはやちよさんのお婆さんを含め、魔女狩りをしつつも穏やかな日々を過ごしていたが、強力な魔女、恐らく中級だろうと目される魔女と戦うことになった。

 戦闘そのものは上手くいっていたのだが、やちよさんとみふゆさんが使い魔に拘束されたのを庇った際に、ソウルジェムに魔女の攻撃が命中してしまい、そのままソウルジェムが砕けて死亡。

 

 魂がソウルジェムから抜けてしまったかなえさんは自分の人生に後悔はなかったが、自分に正直に生きられるようにしてくれたやちよさん達を残すことが心残りだった。そうして気が付けば、こうして一人幽霊として、やちよさん達に憑りついていた。

 

 

 かいつまんでそのようなことをかなえさん(故)は語ってくれた。

 死んで尚友のことを思いやるなんて、エモいじゃありませんの。

 

 

 ――いや、長いわ。

 

 

「かなり詳しく喋りましたね……」

『自分でも驚いてる……。死んでから……誰かと会話したことなんてなかった……』

「そもそも、幽霊を見ることはあってもそこまで饒舌に喋れたりするほうが珍しいですね。大概は自分の意志もあるかわからずに彷徨っていることがほとんどなので」

『やっぱり……あたしの他にいる幽霊、どれも話が通じなかった』

 

 

 そう。幽霊と会話できると言っても、大体が恨み言や後悔を吐き出すばかり。実際は会話が成立するケースのほうが珍しい。魔法少女の幽霊と出会ったのはこれが初めてなので、もしかしたら魔法少女は魂の出力が強い分、霊体であっても自我を保てているのかもしれない。もっと言えば、幽霊になる前に魂が魔女化しているほうが圧倒的に多いのかもしれないだけかもしれない。こればっかりは検証できないのでわからない問題だ。

 

 それはそうと、やちよさんとみふゆさんはソウルジェムが魔法少女の魂であることを知っていたか。しかし四年も魔法少女やっててソウルジェムが魂であることを知らなかったのは運が良いのか悪いのか。

 

 ひとつわかるのは、彼女たちがかなりの戦上手であることだ。そんな予定はまずないとは言え、敵対するような真似は避けた方が良いだろう。

 

 

「あの、一応聞きますが、やちよさん達はソウルジェムのことについてどれぐらい知ってて……?」

『……魔法少女が魔女になることは知らないと思う。あたしだって、幽霊になってから知ったから』

「だったら黙っておきましょうかね。神父は多分そのあたり不用意に喋りませんし」

『ねえ、前から思っていたけど……あの神父……一体何?』

「魔女を根絶させることに躍起になってる狂信者の一人ですよ。個人的思想はともかく、組織としては魔法少女が魔女を狩ってくれる分には都合がいいから支援してるといったところでしょうね。悪霊祓いもすると聞きますが、かなえさんは多分大丈夫でしょう」

 

 

 私も音子さんから色々聞きましたが、おおざっぱな歴史と魔法少女に関係する事柄以外はほとんど教えてくれなかったんですよね。まあ、ちょっと話を伺っただけでかなりの底知れなさを味わったので必要以上に知りたいとも思わなかったけど。

 

 

「……ま、それはそれとして。既に仲間を亡くされていたとは、それでも戦えている辺り、あの人たちは本物の猛者ですね」

『……まあね。あたしのこと、なんとか立ち直ってくれた……』

 

 

 ソウルジェムが魂であることを知ってショックを受ける魔法少女は多い。私はソウルジェムの単語を聞いた時点で魂を連想してしまい、挙句の果てにこんな魔眼を持ったことで契約早々から悟る羽目になったので例外とする。

 美緒はそのあたり何も知らなかったので、あの陰険な魔法少女が魔女化の真実ごとバラしたときはひどく衝撃を受けていた。それでも最終的に自力で立ち直るのは図太いのか本当にお気楽なのか。あと音子さんがそのあたりを全部知ったうえで契約したというのは覚悟決まり過ぎてると思う。

 

 

「さて、色々と話し込んでしまいましたが。そろそろ時間もヤバいので本当に今日はこの辺で」

『……そうだね。引き留めることになって悪かった』

「いいですよ。おかげで直接聞きづらいこととか知れましたし。幽霊とまともに会話する貴重な体験もできましたから。ただ、これから私とはあまり会話しない方が良いと思いますね。変に未練とか湧いても、面倒でしょう?」

 

 

 こんなにエモい友情を見せられて名残り惜しいが、だからといって必要以上に死者に関わりすぎてはいけない。生と死の境界に触れた者として、その不文律は遵守すべきだ。

 

 

『……うん。あたしは既に死んだ身。下手に関わるつもりはない』

「そうですね。見守っているのが丁度よろしいかと。それではまた。見かけたら念を送るぐらいはしますよ」

『うん。それじゃあまた……ああ、でも、一ついいかな?』

「なんでしょうか?」

 

 

 私が問いかけると、かなえさん(故)は少々気まずそうにして、

 

 

 

 

『……その、大丈夫なの? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように見えるけど』

 

 

 

 

 私の指に輝く、()()()()()()()()()()()()()()()()()を指差した。

 

 

「……あー。そうですか。わかっちゃいますか。私のこれ」

 

 

 中々クリティカルなところを行かれたなと、私は苦笑いする。

 

 そう。

 私のソウルジェムは、一度砕け散り、この銀色の楔で無理やり繋ぎ止められている。

 紆余曲折ありこうやって一命をとりとめたわけだが、やっぱり端から見れば異質なものに見えるのだろう。

 

 

「大丈夫ですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それとも、あなたには私がよくないものに見えましたか?」

『……ううん。むしろ綺麗だよ』

「そうですか……ありがとうございます。それではまた」

『うん……また』

 

 

 いずれこの異質なソウルジェムのことについて、誰かに話さなくてはいけない時も来るだろう。その時、一体どのような反応を取られるか。何せかなりの反則というかバグ技じみた事をした結果だ。気味悪がられるかもという心配がないわけではないが、魔法少女というのは割と何でもありな世界だ。出来る限り前向きに考えるようにはしている。

 

 そういう意味では、秘密の漏れることのないこの人(故)が最初に指摘してくれたのは幸運かもしれない。死者との出会いにも恵まれているとは、なんとも私らしい。

 

 

 そんなことを思いつつ、私は帰り道を歩いていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 彼女が去ったあと、ワタシはソファに深く腰掛けて息を吐き出しました。

 

 

「……ふぅ」

「お疲れ様、みふゆ」

「ありがとう、やっちゃん」

 

 

 やっちゃんが淹れてくれた牛乳と砂糖がたっぷり入ったカフェオレを飲む。

 暖かい甘みと、それを引き締める苦味が口から身体に広がっていき、心が落ち着いていきます。やっぱり、やっちゃんが淹れてくれるカフェオレは最高です。

 

 

「それで、どうだった? 琴織さんは」

「やっちゃんの言う通り、しっかりしてそうな子でした」

 

 

 そうして、先ほどまで話していた魔法少女を思い返します。

 

 琴織つばめさん。

 二年間別の街で活動し、最近になってこの神浜にやってきた二つ年下の魔法少女。

 

 

 六年ものベテランと聞くと縮こまってしまう子もいる中、ワタシ相手に物怖じせず礼儀正しく話してくる姿勢は、先輩として敬いながらも仲間として対等に見ている。あるいはこちらを逆に品定めしているようでした。

 

 その堂々としながらも謙虚な物言いは不遜にも見えますが、むしろこの魔法少女が多く住む神浜においては、それぐらいの胆力がなければ立ち回っていくことは難しいでしょう。そういう観点でも、彼女は上手くやっていけると思いました。

 

 実力についてですが、話している最中に感じた魔力の強さはワタシと同じぐらいでしょうか。

 

 やっちゃんが言うには、あの紺染神父の義理の妹さんが面倒を見ていた魔法少女だそうです。

 あの事あるごとに義妹自慢をしてくる神父さんから何度も聞いた話ですが、音子さんと言う人は魔法少女としてもかなりの強さを誇っており、容赦のない力で多くの魔女と反社会的な魔法少女を倒す姿から『鉄の英雄(アイアンコート)』という異名が多くの街に伝わっています。

 

 そんな人に師事していたというのですから、つばめさんの戦闘技術も素晴らしいものなのでしょう。ワタシなんか最初は神父さんのコイン投げを防げなかったのを考えれば、才能があるのは間違いありません。

 

 心なしか若干目が泳いでいた気もしますが、やっぱり緊張はしていたのでしょうか、そういうところは可愛いなと思います。

 

 ももこさんもそうですが、最近は才能のある子が増えてきて嬉しい限りです。月夜さんと月咲さんも、二人で力を合わせて魔法少女として活動できている。頼もしい後輩ができるのは、いつになっても嬉しいものですね。

 

 ですが、懸念事項が一つ。

 

 

「ですが……同時に少し危ないとも思いました」

「みふゆもそう思う? 小さい街から来たって言ってたし、テリトリーの意識が疎いのかもしれないわ」

 

 

 つばめさんは西のリーダーである私たちの他に、東のリーダーである十七夜さんにも挨拶しようとしていました。

 

 通常なら律儀だと感心するところですが、今の神浜は魔法少女が増えており、反比例するように魔女が減り始めている。今はまだ些細なものですが、おそらく加速度的にその影響は出て来るでしょう。

 魔女の減少はグリーフシードの減少。不意の魔力不足が死に繋がるワタシたちにとってグリーフシードの枯渇は死活問題です。

 

 そうなれば、東西にいる魔法少女たちはグリーフシードを求めてより一層魔女を探すことになる。当然、よそ者への警戒心はより一層強くなるでしょう。そうなった場合、真っ先に目が向けられるのは中央区の魔法少女か、あるいは対立する区の魔法少女か。あるいはそのどちらでもない、神浜の余所者か。

 

 つばめさんは、まさに神浜の魔法少女たちからすれば余所者です。何かがあった場合、槍玉に挙げられる可能性は決して低くないでしょう。

 

 

 それに彼女はここ最近、他の魔法少女と接触するために参京区で魔女を片っ端から狩っていたと言う報告もあります。そのことで明日香さんに誤解されたとのことですし、周りの目を気にしないような振る舞いをしなければいいのですが……。

 

 まあ、自分でも浮かれていたと本人は反省していましたので、今はその言葉を信じるとしましょう。

 

 

「何はともあれ、慎重な行動をしてくれることを祈るしかないわね」

「はい。場合によってはそれなりの対処も必要でしょう」

 

 

 琴織つばめさん。

 歓迎する気持ちは本物ですが、今後の彼女の動向には、目を光らせておく必要がありますね。




〇琴織つばめ
霊感ガチ勢。
幽霊が見えるので心霊スポットは逆に嫌になった模様。

〇梓みふゆ
まだみかづき荘にいた頃。たまに写真に霊が映るとの噂。

〇雪野かなえ
故人なのに出てきちゃった。思いついてしまったから仕方がないね。
免停は向こうから関わってきただけなのでセーフ。
とはいえ、そこまで絡まない。

〇つばめのソウルジェム
黒紫色。
大きく罅が入っているが、それを白銀色の金属めいたものが繋ぎとめ、時折脈打つように光っている。


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番外Ⅰ 参京院同人事件

小説タイトル変更しました。

つばめちゃんがどこが尊いと思っているかの説明のための番外編。普通に今後の展開バレがあるので要注意。
時系列は原作一部~二部のどこかであったかもしれません。

キャラ崩壊の許せる人だけ見てね。




 ——どうしてこうなったのだろうか。

 

 そうやって琴織つばめは何度目かの自問自答を行う。

 現在、彼女は身動きが取れない状況にあった。

 

 否、正確には振り子運動だけならできる。

 

 具体的に言えば、彼女の体を拘束する縄が天井から吊り下げているからであり、それは彼女を囲んで見つめる少女らの手によって行われたものである。

 

 

「どうしてあなたがこうなったのかわかりますね。つばめさん?」

 

 

 囲む少女の一人、つばめの所属するチームのリーダー、常盤ななかが問いかける。

 椿色の髪の少女の目は光を反射する眼鏡によって見えないが、それが逆に強烈な視線を感じさせる。他につばめを囲んでいるのは同じくチームメンバーの志伸あきら、夏目かこ、純美雨。そして同盟関係かつ友人関係を築いている静海このは、遊佐葉月である。ちなみに三栗あやめはこの場にはおらず、深月フェリシアと遊びに行っている。彼女たちの根回しによって遠ざけられた形だ。

 

 とてもではないが、13歳の無邪気な少女をこの場に居合わせるわけにはいかなかった。それほどの業を背負った状況なのである。

 

 

「皆目見当もございません」

 

 

 つばめは当然のように白を切った。

 

 何故自分は吊るされている? 

 どうしてこのように尋問を受けている? 

 

 その理由についてつばめは心当たりがあるが、彼女は無実を主張する。

 

 

「なるほど、ではこれは何でしょうか」

 

 

 ななかがそういってつばめに見せつけたのは一冊の本。一見なんの変哲もない冊子であるそれは参京院の学園祭にて文芸部から発行され、配布された文学冊子である。

 

 それを見た瞬間ぎくりとつばめはわかりやすい反応を見せ、ペラペラと聞かれてもいないことを喋り出した。

 

 

「うちが書いた文芸誌ですね。特に公序良俗に違反するようなものが掲載された覚えもないですし、ごくごく健全な作品集であると主張しますが何か問題でも?」

「つばめさん、貴方は今回の文芸誌に二つほど筆を取られたようですね。一つは超能力を持った方々が戦う現代のお話、少し荒い箇所もございますが私も心を踊らせるほどの出来だったと賞賛いたしますわ」

「それはどうも。収録の盛り上がりが伝わったようでなによりですねー」

 

 

 褒められているのだが、素直に喜べない。むしろ汗をダラダラとかいて目は泳いでいる始末だ。何故か? それについてはもう一つの作品について語るのを待ってほしい。

 

 

「そうだね。僕も良いと思ったしみんなにも好評だったよ」

「収録に参加したのは私たちなんだけどね」

 

 

 ななか以外に、収録に参加した少女たちからも感想の声が上がる。惜しむらくは、これが感想会ではなく尋問であるということだろう。

 

 

「さて、問題はもう一つのほうですわ」

 

 

 ななかは文芸誌のページを開いた。

 

 

「『華麗な君と乙女なボク』……居合と空手。異なる武道を学ぶ女子生徒が時にすれ違い、分かり合って友情を育み試練を乗り越える物語。そこはかとなく背徳性がありながらも清涼さを感じさせる文章には書き手の熱意が見受けられました」

「……あの、冷静に評価されるとこそばゆいというか気恥ずかしいといいますか、あまり言及は控えてくれると嬉しいかなと」

「それは失礼しました。それで本題なのですが……」

 

 

「————誰をモデルにしたのですか、つばめさん?」

 

 

 一段と低い声で詰め寄られる。

 つばめは視線を逸らそうとするが、頭を掴まれ強制的に目を合わされる。普段ならば敵を射抜く鋭い眼光が今回はつばめを威圧する。

 

 

「何故目を背けるのですか?」

「えっいやその」

「そういえばこの主人公のお二人、私とあきらさんのようじゃないですか。居合の女子が華道を嗜んでいることや格闘技を習っている女子が地域の方々の悩みを解決しているという箇所はよく似ておりますし、二人が知り合った経緯は片方が行き倒れていたところを介抱したというのも同じですね」

「えっとですね」

 

 

「つばめさん」

 

「はい」

 

「これは私達を見て書きましたね?」

 

「えっと、それは、あの」

 

「どうなのですか?」

 

 

 沈黙。

 周囲に視線を向け、順繰りに目を合わせていく。

 

 苦笑い。目を背ける。呆れ顔。憐れみ。そっと目を逸らす。

 

 少女たちは誰も彼女に言葉をかけなかった。ひどい話だが、これも当然の結末かとつばめは内心受け入れた。

 

 

「黙っていてはわからないでしょう?」

「……はいそうですお二人で妄想して書きましたよ畜生め!」

 

 

 先程までと一転して大声で自らの所業を認めるつばめ。もはや精神は諦めの境地に達していた。

 

 

「そもそも問題はないでしょう! ちゃんと名前はわからないように変更してありますし、巻末にもちゃんと『この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません』と書いてあるじゃないですか!」

「それで何でも解決すると思ったら大間違いです!」

 

 

 当然である。

 友人同士でカップリングを妄想し、あまつさえ実際に書き上げて学園にばら撒くというのはいくらなんでも礼儀やら肖像権やらを軽視しているのではないだろうか。

 

 元々胡乱な言動が目立ったが今回は輪にかけて酷い副官の醜態を前にななかは軽くため息をついた。

 

 

「全く、最近私やあきらさんをよく観察しているから何事かと思っていたら、こういうことだったとは……」

 

「いい取材でした」

 

「開き直っているんじゃありません! 全く、華心流の名前まで『想花流』などと変更して……、名前もそもそも知っていないとわからないぐらいと無駄に徹底しているのが逆に腹立ちますね」

 

「ななかちゃん。最近口悪くなってきましたよね」

 

「誰のせいでしょうねおほほほほほ」

 

 

 笑いながらアイアンクローをつばめに決めるななか。以前のななかを知る者なら考えられない暴挙だが、それもこれも目の前の少女のフランクな接し方と彼女がななかに与えたあれやこれやの悪影響である。

 

 

「ぐええ」

「それで……何か言い分はありますか?」

 

「……だってぇ、お二人のやり取りがあんまりにも素晴らしくてぇ。お互いの事を補い合う関係を微笑ましい目で見ていたらなんだか思いがこみ上げてきちゃってえ。これは文章に書き起こさなくちゃって衝動が抑えられなくてえ。でも二人に悪いから出来る限りプライバシーに配慮しようとしたんですよぉ……。そしてその原稿を部室に放置してたら勝手に読まれて掲載の話まで持っていかれててあの好評っぷりを前にしたら否定できなかったんですよ……」

 

「つばめさん……!」

 

 

 嗚咽混じりに語るつばめにわかります。と言わんばかりにかこがぐっと拳を握る。美雨はそれを冷ややかな目で見ていた。理由はともあれ、直接の原因はつばめの過失である。結局冊子にまとめるのをOKした時点でこうなるには十分すぎる業があった。

 

 しかし流石にこの絵面はまずいと思ったのか、あきらが止めに入る。

 

 

「ちょっとやめようよななか。いくら僕たちをネタにされたからってこうやって拷問みたいな真似をするのはよくないと思う。確かにつばめさんの文章はちょっと誤解を生みかねない表現だけどさ……」

「ああ、そういえばあきらさんは後輩の女子に告白されたのでしたっけ。なら誤解ではなかったですね」

「ななかはなんでそのこと知ってるの!?」

「意外と皆知っていますよ」

「え、うそ!?」

 

 

 人生の転換となった出来事であり、割と恥だと思っている出来事をいつの間にかすっぱ抜かれていたあきらであった。

 つばめは逃れられぬ運命を受け入れるように歯を食いしばる。

 

 

「くっ……もはやこれまで。我が人生の汚点がこれ以上広がる前に、どうか介錯めされよ!」

「なんで処刑する流れになっているんですか。明日香さんみたいなことを言わないでください」

「ですが、これだけは言わせてください。今回の一件、全て私が独断でやったことです。かこちゃんもこのはさんも、断じて関係がありませんので! そのあたり分かっていただけますよう!!」

「しれっと言いやがったネ」

「つばめさん……!」

「つばめ……!」

「騙されてるヨ」

 

 

 一人で罪をおっ被ろうとするつばめに共犯者二人が涙を流す。

 

 

「ねえ、これアタシどこからツッコめばいいの?」

「好きにやらせるがいいネ」

 

 

 重ね重ねのボケに最早ツッコミが機能しておらず、怒涛の展開に葉月は置いて行かれていた。

 

 

「落ち着きなさいつばめさん」

 

 

 ななかは繋がれているロープを切って騒ぐつばめを解放する。つばめは地面に尻から激突した。

 

 

「ぎゃんっ!」

「私は別に、何も回収しなさいと言っているわけではありません。ただ、小説のモデルとするのにどうして私たちに一言断りを入れなかったのかと聞きかっただけです」

 

「いたた……はい?」

「私は一度この作品を読み、つばめさんは良いものを書いたと素直に感心しました。そしてもう一度読み返してそのモデルに気が付きました。つばめさん。私が主人公二人のモデルが私とあきらさんだと気が付いて、最初に思ったことは何だと思います?」

 

「……怒りじゃないんですか?」

「――喜び、です。こうして作品に残そうとしてくれるほど、つばめさんは私たちのことを思ってくれている。そのことが私は喜ばしかった。私たち魔法少女はいつ果てるかもわからぬ存在。そうでなくとも、人と人の関わりはどれだけ輝かしくともいずれ記憶から薄れていくもの。つばめさんはそれを小説という形で繋ぎとめようとしたかった。そうではないですか?」

 

「いや、そいつただ性欲に任せて書いただけヨ……」

「美雨さん、空気を読んで!」

 

「どのような形であれ、つばめさんが私たちの事をこうして記録に残そうとしてくれたことは真実です。なら、あなたがこれを書いた動機についてはそれで充分です。幸い、私たちの関係を邪推してくる生徒もいませんし、事実を偽装する必要もないようですので」

 

 

 ななかは文芸誌を手元に持っていき、そして――

 

 

「では最後に一つ――いい作品でしたよつばめさん。続編、期待してますね」

 

 

 穏やかな笑みを一つ、つばめに向けたのであった。

 つばめはきょとんとした後、挑戦的な笑みで返した。

 

 

「……ええ。次も唸らせるクオリティを提供しますとも」

「ああ、でも最後の決戦の場面。二人が共に立ち向かった地上げ屋の台湾系マフィアの拳法家を実は華道に偽装して伝授していた暗殺剣で倒すという流れは流石にどうかと思います」

「容赦ない指摘が心に刺さるッ!?」

 

「……オイ」

 

 

 ななかのさりげない指摘に中華娘からの視線が強くなった。さらっと自分たちを取り囲んでいた事情を混ぜているのが憎たらしい。

 

 

「いやあ、私ってばこうなんというか書いていると外連味が欲しくなるんですよね」

「照れが入って奇抜な描写で誤魔化したのでしょうが、ここまで来たら純粋な武道と友情で勝負するべきだったかと」

「でもちゃんと伏線入れましたよ? ほらここ、江戸時代より続き、戦後は裏で勢力を伸ばしたっていう説明とか。居合術の禅の心を鍛える修行から枝分かれしたとか」

「妙な捏造を加えるのはやめてください。華心流は昭和にはすでに華の道以外を捨てています」

 

「……え?」

「失礼。お忘れを」

 

 

 無視できない歴史の裏が暴かれようとした気がする。不用意に歴史の闇に触れるのは得策ではないと読者の皆様には忠告しておこう。

 

 

「ところで美雨さん。あなたのお店のディナーコース、予約できますか?」

「無問題ヨ。代金はつばめ持ちカ?」

「ええ。今回の打ち上げは彼女のおごりということで手を打ちましょう」

「ななかエグいことするねえ。それじゃあつばめ、ゴチになりま~す」

「そういえば美雨さんのお店行ったことなかったわね。あやめも連れていくんでしょう?」

「ええ。勿論ですよ」

「うびゃああああああ!?」

 

 

 笑顔で恐ろしいことを宣告したななかと快く了承した美雨につばめの悲鳴が届く。

 つばめがバイトで溜めた小遣いが消えた瞬間である。

 

 

 

 

 ~余談~

 

 

「あ、そうそう。葉月さん」

 

「なに?」

 

「次の作品、葉月さんモデルのキャラ出していいですか?」

 

「なんでこの流れで許可されると思ったのかな!?」

 

「お淑やかな裏に策を巡らす華道女子と対等に渡り合うふわふわ女子……いけると思いません?」

 

「あんたアタシのことそういう風に思ってたの?」

 

「駄目に決まってるわ。あなたに任せたらどんな改変をされるかわかったものじゃないわ」

 

「このは!」

 

「だから私が責任もって監修するから覚悟しなさい!」

 

「このは!?」

 

「さっすがこのはさん話がわかるぅ!」

 

「安心して葉月。葉月の可愛いところは私が間違い一つなく書かせるから」

 

「何一つ安心できる要素がないよ!?」




〇琴織つばめ
ギャグ時空だと途端に問題発言が多くなるぞ。
ちなみに収録云々はダブルクロス3rdをリプレイのためにみんなで遊んだって話。

〇常盤ななか
推し。
つばめちゃんへのツッコミにはかなり毒舌だぞ。


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第六話 神浜鏡像事変(前)

 同じ地区の魔法少女たちともある程度は打ち解け、神浜での魔法少女活動も軌道に乗ってきたころ。

 

 

 私は一人の魔法少女から、ある話を聞くことになった。

 

 

「決闘少女?」

「ええ。昨日いきなりやってきてさ……」

 

 

 唐突に決闘を申し込んでくる魔法少女がいる。

 その上かなり強く、自分たちも倒されてしまった。とのこと。

 

 グリーフシードの横取り狙いかと聞いてみれば、勝利した後は何も取らず、満足そうにその場を去って行ったと答えが返ってきた。縄張りを主張したわけでもないようなので、単純に武者修行めいた辻斬り行脚だろうか。

 

 

「面倒な……」

「琴織さんは強いから大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」

「わかりました。連絡ありがとうございます」

 

 

 というやり取りをした数日後。

 いつものように放課後の魔女狩りに赴いていた私だったが。

 

 

「そこの魔法少女よ、この由比鶴乃が決闘を申しこーむ!」

 

 

 と、件の決闘少女とやらが目の前に現れたのであった。

 

 うん。めっちゃ見覚えある。

 

 

「あの……何してるんですかあなた?」

「……あれ、あなたどっかで見たような?」

 

 

 私の顔を見てきょとんとする中華風の衣装を着たサイドポニーの女の子。

 名を由比鶴乃というこの少女は、私の顔見知りであった。

 

 彼女を見かけたのは、この前の休日に父と二人で食事をしに行った時のことだ。

 その時お腹が中華な気分だった父と共に、参京区にある中華料理店「中華飯店 万々歳」に訪れた。そこで店の手伝いをしていたのが、店主の娘である鶴乃さんであった。

 

 彼女には食事の感想を聞かれたのだが、50点と答えると露骨にしょんぼりしていたのが印象に残っている。

 でも、あんなにぴったり50点と形容できる味も中々ないだろう。特筆して美味しいわけでもないが、かといって不味いわけでもないあの味は、ある意味毎日食べることのできる味なので、困ったらあそこでいいやとなれる何気に貴重な店ではないのだろうか。料理漫画なら絶対に主人公にはなれないけど。

 

 そんな鶴乃さんが現在私の前で決闘を申し込みにきた。

 

 

「あの中華屋の娘さんじゃないですか。なんだってまたこんなことを?」

「それはもちろん由比家の栄光を取り戻すため! 50点なんて言われないためにも、私は最強になる!」

「めっちゃ気にしてる……」

「さあさあいくよ! うちのお客さんだからって容赦しないからね!」

「いやいやまだ決闘を受けるとは――」

「問答無用!」

 

 

 そう言って勇猛果敢に私に突っ込んでくる鶴乃さん。どんだけ店の味が50点だったことが不満だったのだろうか。

 振るわれる扇の一撃を槍で弾き返す。刃付きの扇とは、またマニアックな部類の武器だ。

 

 距離を取るべく後ろに跳ぶ。そこを逃がすまいと追ってきた一撃を、槍を前に突き出して牽制する。

 

 

「――なかなかやるね!」

「ちょっと、いきなり襲い掛かるのはマナー違反ですよ?」

「真剣勝負にマナーはないのだ!」

「それはそうですね」

 

 

 槍の間合いを取り、さてどうしたものかと考える。

 

 決闘にわざわざ付き合ってやるつもりはない。時間の無駄だし、何より彼女の魔力をいたずらに浪費するだけだ。適当なところで切り上げたいものだが、鶴乃さんは攻撃を防がれたことに闘志を燃やしている。止めろと言っても聞く耳をもっているかどうか。

 

 ――ならば、あれでいくか。

 

 

「――やれやれ。仕方ありませんね」

「お、やる気になったね!?」

「わかりましたよ。ですが、その前に少し待ってください」

「……ほ?」

 

 

 手で静止して、戦いを中断させる。

 私は槍の穂先を地面に突き立て、斜めの方向に歩く。がりがりと地面に傷が刻まれる様子を、鶴乃さんは不思議そうに見ていた。

 

 

「何してるの?」

「音を遮断する結界ですよ。一応人気のない場所とはいえ、私たちが打ち合っている音が誰かに聞かれたりしたら面倒です」

「む、それもそうだね」

 

 

 私の説明に納得した鶴乃さんは私が陣を描く様をまじまじと見ている。

 邪魔が入ることもなく、鶴乃さんを中心にして、五芒星が描かれた。

 

 これで、準備は整った。

 

 

「これでOKです。後は魔力を通せば発動です」

「よーし、それじゃあ行くよ!」

「ええ。ではやりますよ」

 

 

 そう言って私は魔術を発動する。鶴乃さんはまだかまだかと鼻息を荒くしており、いつでも攻撃を仕掛けられるといった様子だ。

 ――いやあ、本当に助かった。

 

 

反魂魔術・魂縛り

「――はえ?」

 

 

 槍で地面を打ち付け、魔力を通す。

 バチバチと音を鳴らして、五芒星が青白く輝く。

 その光は中心にいた鶴乃さんに向けて伸び、瞬く間にその体を縛り付けた。

 

 

「え、え!? なにこれ動けない!?」

「いやー、助かりました。まさかこんな露骨に怪しい手段に引っ掛かってくれるとは」

 

 

 動きを封じられたことに気が付いた鶴乃さんが叫ぶ。

 そう。この魔術は認識遮断用の結界ではない。

 あらかじめ地面にこうして魔力の流れを作ることで、範囲内の相手の動きを封じる技。

 魂を対象にしてその場に留まらせる、反魂魔術の一つだ。

 実戦であれば悠長に描いている暇もなく、戦闘で使用するには事前に仕掛けておくなどが必要な技なのだが、まさかこんなあっさり引っ掛かるとは。

 

 

「だ、騙したなー!?」

「真剣勝負にマナーも何もなし。先に不意を打ったのはそちらなのでおあいこです」

「む、ぐ、ぐぐぐ……」

 

 

 どうにかして動こうとしている鶴乃さん。中々ガッツがあって素晴らしいが、残念ながらその程度で破られるほど貧弱(ヤワ)な術じゃない。

 私は変身を解除し、百面相な鶴乃さんを尻目にその場を去る。

 

 

「数分したら勝手に解けますからそれまで我慢を。後日あなたの店に食べに行きますからそれで勘弁してくださーい」

「ぐぬぬぬぬ……絶対来てよねー!」

 

 

 どこかズレた会話を最後に、私は帰路につく。

 しかしこれで目をつけられたかもしれない。

 もう一度絡まれるのは面倒なので、しばらくは活動する時間帯をずらしたほうがいいだろう。

 

 

 

 後日、鶴乃さんがやちよさんの仲間になったという話を聞いた。

 どうやら正面から何度も叩きのめしたことで、弟子入りしようと考えたらしい。

 流石に6年のベテランは違いますね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 6月も中旬。

 春のうららかさから一転し、降りしきる雨と日に日に高まる湿度と気温は、夏が近づいてきていることを感じさせる。

 

 生活に特別な変化はなく、

 強いて言えば月の初めに静海さんが転校したことぐらいだ。

 何の前触れもなく、唐突に転校したという連絡が部室で回ってきた程度。部員の皆さんも、最初は突然の別れを悔やみこそしたが、三日たてば平常運転に戻る。元々いること自体が少なかった人だから、共有した思い出も少なかったのだろう。

 

 ただそれだけで彼女の喪失は流され、普段の日常は続いていく。人間は多くの別れを経験するが故に、人のことを忘れるのも一瞬だ。思い出も悲しみも、すべて色褪せて虫食いになる。それが人の正常な機能。過去となった人間に思いを馳せ続けて、現実をおろそかにしてはいけない。

 

 だが、私は時折、部室の窓際を見て彼女のことを思い出す。同じ部活にいたとはいえ、接点が少なく、顔を会わせる機会も少ない人ではあったが、その大人びた佇まいは印象に残っている。それぐらいにはキャラの濃い人だった。いなくなった人間を時折思い出すのもまた、健全な人の在り方だ。

 

 後の変化はそろそろ定期試験が迫っていることぐらいだろう。

 授業の内容自体は問題なくついて行けているので、六割を目途に頑張っていければ大丈夫なはず。

 

 

 と、実生活面での変化はなし。

 

 

 

 

 けれど、魔法少女としての生活はちょっと面倒なことになっていた

 

 

 

 

「襲われた……?」

 

 

 魔女の数が減少してきているのだ。

 それ自体はいいことだ。魔女が減れば、その分一般人の犠牲は減り、私もわざわざ戦いに行く手間が省けてプライベートを謳歌できる。

 

 だが、魔女の現象はそのままグリーフシードの減少を意味する。それは魔法少女にとっては死活問題となる。西と東、それぞれの魔法少女は、空白地帯となっている中央区の魔女に目を付け、中には既に中央区を主な狩場にする魔法少女も出始めている。そして中央区の魔法少女たちは、己のテリトリーを脅かされそうになっている。

 

 

 そんな緊張状態の中、事態はさらに揺れ動く。

 

 

『西の魔法少女が襲われる事件が起きた。気を付けて』

 

 

 ――と、忠告を受けたのが三日前のこと。

 

 

「なるほど。こういう訳ですか」

 

 

 場所は中央区の廃墟。

 ぶらりぶらりと散歩がてら、中央区に入った私は魔女の結界を見つけた。

 周りには魔法少女がいないようなので、突入して使い魔を蹴散らす。

 どうやら使い魔しかいなかったようで、全滅させると結界は消滅。

 

 そうして廃墟に戻ってきた私の前に現れたのは、一人の魔法少女。

 見知らぬ彼女は変身したまま、私の前から動かない。

 

 

「貴方は何者ですか?」

「……あなたと対立する区の魔法少女」

「そうですか」

 

 

 取り合うつもりはない。問答無用で槍を一閃する。

 相手もまさかいきなり容赦なく攻撃してくるとは思っていなかったのか、迫る刃に反応すらできず真っ二つになった。

 

 

「――え?」

「甘い偽装ですね。所詮はガワを真似ただけの人形ですか」

 

 

 驚愕の顔で上下に分かれた少女の身体。

 そこから吹き出る筈の血はなく、少女の遺体は瞬く間に輪郭を失い、ばしゃりと液体状になって地面に飛び散った。

 

 

「確かに、姿かたちだけ見れば本物だ」

 

 

 私が躊躇うことなく相手を殺めた理由は簡単。相手が空っぽだったからだ。

 

 幽界眼を持っている私は生命の魂を見ることができる。人間なら誰しもが持っている青白い魂。魔法少女の持つ色とりどりの魂。

 変身中は常時発動している幽界眼は視界内の魂を全て捕捉する。しかし目の前の相手からは一切の魂を視認しなかった。それどころか黒い穢れが輪郭からにじみ出ている始末。

 そんなものが真っ当な相手なはずもないと判断して私は躊躇なく仕留めることにした。その結果として、相手は魔女の使い魔のように魔力を散らして消滅していった。

 

 

「つまり偽物が蔓延ってるってことですかね。回りくどい真似をする魔女もいたものだ」

 

 

 とはいえこれは効果的だ。基本的に魔法少女には相手に魂があるかどうかを判別する術はない。探せば私と同じ能力持ちはいるだろうが、そういう仮定の話をしても意味はない。

 適当に反対の区の魔法少女に化けてそれっぽい挑発をしていけば、人は勝手に向こうの区が攻撃を仕掛けてきたと勘違いする。

 そうなれば疑心暗鬼はいずれ争いに発展し、それによって生じる悪意を魔女は手軽に貪ることができる。間者(アンチ)が数人いれば、諍いなど簡単に引き起こせるのだ。東と西は中央区を取り合って抗争を始め、それを中央区の魔法少女がまとめて割を食う。

 考えうる限りで最悪のパターンであり、最も起こりうるであろうパターンでもあった。

 

 

 ――私がこうして遭遇するまでは、と条件がつくが。

 

 

「これはやちよさん達に報告しておいたほうがいいですね」

 

 

 黒幕の魔女はこのようにして疑心暗鬼から魔法少女の分断、ひいては抗争を計っているのは明白だ。だが魔女の不幸は真贋の区別がつく私がいた事だろう。

 携帯を取り出し、連絡先を交換しておいたやちよさんに電話をかける。こういう時にちゃんと連絡を取るために積極的に地域のリーダーへコネを作りに行った甲斐があるというものだ。

 

 

 数回のコール音の後、やちよさんの声が聞こえてきた。

 

 

『はい。七海ですけど……』

「もしもし、やちよさんですか? 琴織です。ついさっき中央区で奇妙な使い魔に遭遇したんですけど」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 七海やちよは相棒たる梓みふゆと共に、ファミレスにいた。

 東のリーダー。和泉十七夜(いずみかなぎ)との会合のためである。

 

 ――現在、神浜は一種の冷戦状態にあった。

 

 東西で戦力及び魔女を融通し合う。

 そんな協定の元に気づかれていた平穏は、そもそもの魔女の減少によって形骸化し、崩れ去ろうとしていた。

 

 東西の魔法少女たちは空いたテリトリーを求め、独立空白地帯である中央区に活動の手を広げる。

 その影響を深く受けるのは他ならぬ中央区の魔法少女たち。彼女たちは自分達の活動領域を奪われるばかりか、東西の諍いの渦中に放り込まれることとなるのだ。

 

 一見して神浜の危機ともとれるこの事態だが、監督役たる紺染神父は静観を決めている。

 粛清機関の目的は第一に魔女を含む異端の殲滅であり、魔法少女同士の争いについては表社会への影響が懸念される場合のみにしか動かない。仮に神浜の魔法少女が大きく損なわれるような状況なら仲裁に入るだろうが、裏を返せば、小競り合いで済んでいるうちは一切関わってこないのだ。

 故に彼らは魔法少女たちからは事後処理業者などと揶揄される……だからこそ、彼らと敵対するのは、相応のデメリットが存在するのだが、それはまた別の話で語られるだろう。

 

 つまり、この魔女不足という問題は魔法少女たちのまとめ役であるやちよたちが対処せねばならない問題なのだ。

 

 そんな状況の中、チームの仲間である十咎ももこが中央区にて見知らぬ魔法少女に襲われたという報せが入る。

 

 

『私はあんたと対立する区の魔法少女だよ』

 

 

 襲撃者はそう言い、やちよとみふゆはこれを東の魔法少女の仕業であると推定。

 十七夜を呼び出し、中央区の取り決めについて今一度交渉することにした。

 

 最初は東の魔法少女が西の魔法少女を襲撃した事実を糾弾しようとしたやちよ。

 だが、十七夜は東の魔法少女もまた、西の魔法少女を名乗る相手に襲撃されたという。

 

 状況が不明瞭なまま、互いの魔法少女が襲撃されたという事実だけが残る。

 そんな時、ももこと東の魔法少女がやってきて、再び互いの魔法少女が襲われたという報せが持ち込まれる。

 

 

「自分のところの魔法少女を把握できていない相手と交渉しても時間の無駄だ」

 

 

 十七夜はそう言って会合を切り上げ、立ち去ろうとした。

 

 ――その時、やちよの携帯が着信を告げた。

 

 突然鳴った流行りのメロディに、一同の視線が注がれる。

 やちよが着信先を見れば、そこには最近追加した『琴織つばめ』の名前。

 この春からやってきた、参京区を主な縄張りとする新参の魔法少女。

 色々と注意を向けていた相手であり、今まさに参京区で事件があったことから、何かがあったのかとやちよは内心思案しながらも電話に出る。

 

 

「ごめん。ちょっと出るわ。――はい。七海ですけど」

『もしもし、やちよさんですか? 琴織です。ついさっき中央区で奇妙な使い魔に遭遇したんですけど。()()()()()姿()()()()()使()()()って、心当たりありますか?』

「……え?」

 

 

 ――告げられた情報は、この場の誰もが欲しているものだった。

 

 

 

 

 

「どうもどうも。琴織つばめです」

「うむ。東のまとめ役をしている和泉十七夜だ」

 

 

 通話から三十分ほど。

 やちよによって呼び出されたつばめは、十七夜と初の顔合わせを行っていた。

 挨拶もほどほどに、話は本題に入る。

 

 

「単刀直入に聞こうか、魔法少女の姿を真似る使い魔だと言ったが、貴様は何故それがわかった?」

「ふむ……そうですね。今必要なものは信頼。ここは私の手札を一つ、あなた達に開帳します」

 

 

 つばめは眼鏡を外し、一同を見据える。

 

 ――その黒い眼に、青白い炎が灯った。

 

 

「私の固有魔法は『幽界眼』。あらゆる生命の魂を視認し、引きずり出す魔眼。

 常人であれば青白い光を、

 魔法少女であればソウルジェムと同じ色の輝きを、

 魔女であれば内包する呪いに満ちた、黒い穢れを、

 私の眼は、余すことなく暴き立てる」

 

「っ……!」

 

 

 一同が驚愕する。

 ――魂の視認。

 そのような異能は魔法少女の中でも特級の異能。

 人間が未だ確認できぬ神秘の存在を、彼女はその視界に収めていることを、やちよ達は戦慄する。

 

 

「私は使い魔との戦闘を終えた後でしたので、現れた魔法少女をこの眼で視ました。そうしたら、その魔法少女には魂がなかった。それどころか、使い魔と同じく穢れのようなものが体の中心にありましたよ。なので問答無用でバッサリいったら、溶けて消えました」

「……なるほど。嘘ではないな」

「おや、そんなあっさりと信じるのですか」

「ああ。自分も同じく眼に起因する魔法を持っているのでな。

『心を読む』

 それが自分の固有魔法だ」

「……道理で」

 

 

 十七夜が自分の固有魔法について話した事につばめは内心舌を巻いた。

 十七夜の前には隠し事の類は通用しない。つばめは自分の抱える様々な秘密が暴き立てられないかヒヤヒヤしていた。

 そんなつばめの内心を文字通り読み取ったかのように、十七夜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 

 

「そう警戒するな。必要以上の情報を読み取るような無粋はしない。有力な情報を持ってきた相手だ。その信用を損ねるような真似はせん」

「まあ、信じてくれるに越したことはありませんしね。これが原因で魔法少女同士の争いに発展するのは魔女の思うつぼでしょうし」

「ああ。早急に手を打とう。七海、分かっているな」

「ええ。その使い魔を放った魔女の結界を見つけだすわよ」

 

 

 東西のリーダーは、放しかけた手を再び掴み合った。




〇琴織つばめ
絡め手の方が得意。

ミラーズコピーを一瞬で判別できる。というのもコピーはミラーズコインが核である以上、どうやっても魂を模倣することができないため。幽界眼のフィルターを偽装できないのである。


〇由比鶴乃
最強を目指す魔法少女。料理は50点。
つばめちゃんの悪辣極まるマンチ戦術に見事ひっかかる。


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第七話 神浜鏡像事変(後)

 その日は襲撃を受けた魔法少女たちのフォローに入るために解散。その翌日、中央区に魔法少女たちが集合した。

 

 西からは七海やちよ、梓みふゆ、由比鶴乃、十咎ももこ、安名メルのみかづき荘。

東からは和泉十七夜。実力のある魔法少女が少ない事と、西に対する軋轢を考慮して彼女一人の参加。

 そして、今回の事件を一足飛びで解決するための情報を齎した琴織つばめ。

 

 この総勢七名による探索隊によって、今回の騒動の原因となった魔女の捜索が行われる。

 

 先日に十咎ももこが襲撃を受けたという結界が怪しいということで、彼女が記憶している魔力パターンを頼りに捜索することとなった。

 

 

「どうも初めまして。琴織つばめです」

「初めまして、安名メルです! お近づきの印に占い、どうですか!?」

 

 

 安名メルはつい最近になってチームみかづき荘に加入した大東出身の魔法少女だ。本日が初対面となるつばめとメルは互いに挨拶を交わす。占い好きが高じて魔法少女となったメルは、初対面のつばめを占おうとした。

 

 

「占いというと、『2000年に恐怖の大王が現れ、マルスが世界を平和統治する』みたいな?」

「うん、それは予言ですね」

「じゃあ亀の甲羅を焼いて罅見るやつ」

卜占(ぼくせん)ですねそれは」

 

 

 古代中国に発祥した由緒ある占いである。甲骨文字はこれがきっかけで発達した、漢字の原初形態である。

 つばめの口からいきなりマニアックな占いが飛び出してきたが、メルは難なく答える。

 

 

「煮え滾る湯に手を突っ込むとか」

盟神探湯(くかたち)ですねそれは」

 

 

 盟神探湯とは古代日本で行われた神明裁判である。メルは当然知っている。

 

 

「お菓子にメッセージカードが入ってるの」

「フォーチューンクッキーですねそれは」

 

 

 アメリカで有名なおみくじの一つで、日本ではあまりメジャーではないが、古今東西の占いを調べたといっても過言ではないメルは勿論知っている。

 

 

「じゃあろうそくの火を7日間消さずにいれば12年寿命が延びるという」

「それは諸葛孔明ですよ! しかも失敗するやつ! 後それは占いじゃなくておまじないです! ……つばめさん、かなり詳しいのでは?」

 

 

 三国志にある延命祈祷の方法だが、メルは何故か知っている。

 ボケが重なり、メルのツッコミも加速していく。

 

 

「おや、分かってしまいましたか」

「そんなに歴史オタクめいた要素出されたら分かりますよ」

「いや私歴史オタクじゃないですよ。ファンタジーよりの歴史に詳しいだけなんで」

「ああ。そっち系ですか」

「そうなんですよ。で、何するの? タロット?」

「ボクのオリジナル占いですよ!」

「ちなみに私のコミュはまだ解放されてませんよ。対応アルカナは死神です」

「そっちでもありません! というかラスボスにでもなるつもりですか?」

「あーでも隠者(ハーミット)のほうがいいかも。私のカラー的にも」

「……貴様!見ているなっ!」

 

 

 キャッキャと歯止めのないオタ会話によって導かれる脱線事故。

 

 

「盛り上がってるとこ悪いけど、着いたわよ」

 

 

 暇を持て余した少女たちのぐだぐだな会話が止められ、一同の目の前には魔女の結界の入り口があった。

 

 

 

 

 

 

 私たちの目の前に広がったのは、鏡の世界。

 床も壁も、いたるところが鏡で構成された、重ね合わせの迷宮。あらゆるものを写し、惑わし、反転させる異界。

 それが、魔法少女のコピーを作り上げた魔女の結界だった。

 

 

「む……はぐれそうになるな」

「皆さん、お互いをしっかり確認して離れないように!」

 

 

 十七夜さんの戸惑いと、みふゆさんの呼びかけが聞こえる。

 確かにここは全方位に鏡があり、本人と鏡像を見間違いそうになる。うっかりしていれば、あっという間に逸れてしまうだろう。

 

 

――と、気を付けていたのだが。

 

 

「おーい! ししょー!」

「七海先輩、みふゆさん、十七夜さん、ももこさん。どこですかー!」

 

 

 ものの見事に、はぐれました。

 

 メル君と鶴乃さんと私。気が付いたときには、この三人だけで立っていた。

 

 最初はやちよさん達とはぐれたことに戸惑っていた二人だが、使い魔が現れるとすぐに顔を引き締めて迎撃に入った。

 鶴乃さんの炎を纏った一撃がイーゼルの姿の使い魔を焼き払い、メル君のカードから呼び出される竜巻や雷が望遠鏡のような使い魔を撃墜していく。私は槍を振るって、二人が討ち漏らした使い魔の攻撃をブロッキングしながら反撃で叩き斬っていく。

 そうして使い魔をあらかた倒し終えた私たちは、やちよさん達と合流するべく結界の中を歩いていた。

 

 

「ああもう、どっちがどっちだか分かりにくいよ!」

「全くです。鏡が多くて景色が滅茶苦茶です」

「かなり目が疲れる」

 

 

 正しい道が分かりにくいだけじゃなく、反射した図が網膜に飛び込んでくる。不整合な情報を脳が処理しきれず、たっているだけで頭痛に悩まされそうだ。メル君も鶴乃さんも参っていた。

 

 

「ここに放り込んで放置すればそれだけで拷問になりそうですねー」

「しれっと怖い事言わないでほしいです」

 

 

 こんな所に長時間いたら気が狂いそうになる。ガラス張りの床で縮み上がるように、人間、自分のいる場所がしっかりしていないと途端に不安になるものだ。

 

 

「ねえ、つばめちゃん。魂を見れるならみんなの居場所わからない?」

「うーん。難しいですね。結界の中だとその辺の視認が難しいといいますか。魂が見えるとは言っても、透視の類ではないですからね」

 

 

 この眼は確かに追跡には便利だが、別に障害物を貫通したりするわけではない。あくまで魂を視認するだけであり、そこから発生した魔力の痕跡を見ることで追跡が可能になる。だから、はぐれた相手を探すとなると、つい数分前まで相手がその場にいた、ぐらいでないと魔力の残滓を追えないのだ。

 

 

「そっかー。でも他には何かあったりしない? 私の動きを止めた技みたいにさ」

「言っておきますが、反魂魔術ってそこまで万能じゃないですからね? 主に魔女相手の攻撃力を高めるか相手の動きを縛るぐらいしかできませんよ。あとはカラスを従えて使い魔みたいにできますね」

「そこまでできれば十分万能じゃないですか」

「そうでもないですよ。できるのとやっていいのは違いますし。死んだ人間の魂なんて、そう易々と操っちゃいけないんです」

 

 

 メル君は万能だと言うが、実際には中々制約の多い魔術だ。

 反魂、と名の付く通り、私が使う魔術の大半は生者ではなく死者に関わるものである。だが、私は死者の霊魂に干渉する類の魔術が使えない。これも私の修練が足りないからだろう。死者の霊を憑依させたりできるらしいが、今はまだ幽霊を認識するだけである。

 父からはいずれ自在に死者の魂を呼び出し、使役することも可能ではあるが、同時にむやみやたらと濫用してはならないものだと言われている。一歩使い方を誤れば、呼んではならないものを呼んでしまうからだそう。今のように戦闘の補助程度に利用するのがちょうどいい塩梅なのかもしれない。

 

 

「そうですね……。ボクもやたらめったら占いをするなって七海先輩に禁止されちゃいましたし」

「すごいんだよ! メルの占いって百パーセント当たるんだから」

「でも、善くない結果まで当たるから皆に禁止されちゃったです」

「え」

 

 

 今、なんかめちゃくちゃ聞き捨てならない言葉が聞こえたような。

 百パーセント当たる占いって、それ要は未来の観測、あるいは因果律の操作って言いませんか?

 

 ちょっと詳しく話を聞いてみたところ、予知ではなく、実際に未来をそういう方向に誘導していると七海さんが推測したらしい。それは中々に凶悪というか、手が付けられない類の能力と言うか……。

 しかも占いという形式をとる以上、自分でも結果を制御することができない。だから悪い結果が出てもそれを回避することが不可能である。

 

 

「それ、本当に占いっていうんですかね?」

「そうなんです……。占いはあくまで指針であって、悪い結果を回避するためのものですよね」

「ふーむ。メル君の占いを回避するには同様の因果干渉のスキル、あるいは魔法そのものの発動を無効化させる。いやしかし、魔法という媒体を発する以上そこで魔力が使用されているはずだから、そこの流れをぶった切れれば発動も無効化できる……?」

「つ、つばめさん?」

「ああすいません。もし貴方の魔法が作用した場合、どう対処するべきか考えてました」

「しれっとそう言うの普通に怖いです」

「冷静と魔法を分析されるのってなんかぞわぞわするね」

「あ、ごめん」

 

 

 私は設定の考察とか伏線をこじつけて考えるのが好きなタイプのオタクだから、こうして認識に左右されがちな魔法についても色々と考えてしまう。まあ、自分の魔法への対抗手段を淡々と呟かれるのはそうそういい気分でもないだろう。素直に謝っておくことにした。

 

 

「――む、皆さんストップ」

 

 

 魔力が脈動する気配を感知し、二人に呼び掛ける。

 目の前の先、望遠鏡を模した使い魔が飛び交っている中、青い人影が立っているのが見えた。

 

 

「うわ、本当に出てきた……」

「あ、七海先輩!」

「待つのですメル君」

 

 

 メル君の肩を掴んで止める。

 使い魔たちの向こうに立っているのは確かにやちよさんだが、私の眼にはあの清流のような青い魂は見えていない。

 

 

「え? ……あ、そうですコピー!」

「その通り。ぶっちゃけますがアレはコピーですね。ガワはそっくりですが中身がすっからかんです」

「なるほど……」

「言われてみればちょっと違うかも!」

 

 

 じっくりと観察するメル君と鶴乃さん。コピーやちよさんもこっちに気が付いたのか、私たちのほうに歩いてくる。

 彼女は私たちと数歩の距離まで近づき、そして、

 

 

「あら~。みんなどこにいたの~? 探したわよ~?」

「……うわ」

 

 

――と、やちよさんが言いそうにもない口調で話しかけてきた。

 

 

「やちよがヘンだぁ~!?」

「ぷっ……普段の七海先輩とのギャップがすご……くくっ」

 

 

 戸惑う鶴乃さんといつもクールな言葉なやちよさんとのギャップに耐え切れずに吹き出すメル君。二人とも忘れていないだろうか。あれは魔女が作成したコピーであることを。

 

 

「まったくあなたたちは困りものね……っ!」

「はっ!」

 

 

 ゆるい喋り方からいきなり飛んできた槍の一撃を、同じく槍で防御する。

 人間の形をとってもやはり使い魔。なまじ人の言葉を口にしてもこちらへの害意は変わらないと見た。

 

 

「おわっ!?」

「なんとッ!?」

「え~~? 防いじゃうの~?」

「そりゃ防ぎますよッ!」

「あッ……!」

 

 

 槍をはじき返し、そのまま一撃で切り伏せる。

 致命傷を受けたコピーはそのまま倒れ、魔力に分解されて消滅した。

 

 

「ひええ……危ないところでした。ありがとうございますつばめさん」

「うん。偽物って分かってても一瞬油断しちゃってたよ」

「いえいえ」

 

 

 顔見知りの姿で迫ってきたら誰だって多少は気が緩むもの。私は偽物の予備知識があったからぶちのめすのに躊躇いがなかっただけだ。むしろ偽物だからっていきなり攻撃に移せたならドン引きもんである。

 

 

「おうおうおう! いい獲物がいるじゃねえか!」

「そこの貴様ら、血を見せろッ!」

「アタシが良い夢見せてあげるわよ~」

 

「げえっ、また出てきた!?」

「今度はももこさんに十七夜さんにみふゆさんですか……」

「なんか微妙にキャラずれてるの雑ですねぇ……」

 

 

 次から次へと出てくるコピー達。二人ももう慣れたようで、今度は迷うことなくコピ―達へ攻撃していく。

 当然反撃してくるコピー達だが、流石に本物と同等の戦闘能力を再現出来てはいないのか割とあっさり片が付いた。

 

 そうして進んでいくと、やちよさん達の魔力の反応を感知。

 どうやらこの近くにいるらしい。私たちは急いで反応が近いところへと向かう。

 

 遠くに人影が見えてくる。青、藍、群青、朱色。皆さんの魂の光がしっかりと視認できる。

 

 

「……お、あれは本物ですよ」

「あ、やちよー! みんなー!」

「せんぱーい! 探しましたよー!」

「……む、本物か?」

「だといいわね……」

「……あ! つばめさんもいますよ」

「げ、もし本物ならちょっとまずいんじゃないか?」

 

 

 あちらも私たちに気が付いた様子。

 だが、私の顔を見てももこさんが慌てているような。

 

 

「やっと見つけたよー!」

「十七夜、どう?」

「……うむ、本物だな」

「あのう、もしかして疑ってました?」

「すみませんメルさん。さっき偽物に騙されかけたばかりで……」

「あの、ももこさん? 何かありましたか?」

「いや、その……」

 

 

「ははははは! 死神たる我を畏れよッ!」

 

 

 哄笑が響き渡り、私はそちらの方に目を向ける。

 

 

「ふ、よもや本物が来るとはな。だが丁度いい、我は影。貴様より分かたれた暗黒の輩なり!」

 

 

――なんか、毎日鏡で見ている顔がいた。

 

 

「うわ、つばめさんのコピーですよあれ……」

「なんだかご機嫌だね」

「くそっ、つばめさんに見せないようにとっとと仕留めたかったのに……」

「ええ。でも見てるとなんだか心が締め付けられるのよね……」

「はい……。正面から相手するのには勇気がいります……」

「中々の覇気だ……琴織君、気をつけろ!」

 

 

 何故か知らないがやちよさん達が勝手にダメージを受けている。その理由については考えないで上げよう。

 問題は、この私のコピーである。明らかに中二病な言動をする私のコピー。どういう訳かは知らないが、安い挑発もあったものだ。

 

 全力で叩き潰す。

 

 

「――ふ。どうやら自らの闇に恐れおののいてぇ!?」

「――チッ。仕留め損ねましたか」

 

 

 勢いよく振り下ろした槍が地面を砕く。脳天からカチ割りにするはずの一撃だったのだが、間一髪のところで躱された。小癪な。

 

 

「ちょ、おま、一応自分の顔ぞ!? なぜそこまで躊躇いなく攻撃できるのだ!?」

「いやあ、自分の顔でそんな振る舞いされたら恥ずかしくて我慢できないじゃないですか。はっはっは」

 

 

 何やら慌てふためいている私のコピー。ですが私は問答無用で槍を振るう。

 いやあ、流石にね。卓ゲークラスタとしてはね、自分の顔でこんな雑な中二病ロールされるのを見たらね。もう容赦なくブッ殺すしかないよねって。

 

 コピーが繰り出してくる槍を弾き飛ばす。がら空きになったその土手っ腹を槍で貫き、串刺しにする。

 

 

「ぐあっ……貴様まさか……!?」

「おや、何されるか分かりました? 流石はコピーですね」

 

 

 顔を青ざめ、腹に突き刺さった刃を抜こうともがく私のコピー。

 流石は私。模倣品とはいえ耐久力は他のものよりあるようだ。

 

 

「だけど、無駄だ」

 

 

 コピーを突き刺したまま槍を頭上に持ち上げる。魔力を込めれば、刃の根元にある紫の宝玉が呼応して輝く。

 

 

 ――さあ、フィニッシュだ。

 

 

「その絶叫を捧げよう」

「や、やめ……」

貪れ、『骨喰(ほねばみ)』!!

 

 

 突き刺さった槍が顎を開く。

 魔性の肉を喰らう死神の顎。閉じられていた二つの牙。

 合わさることで一つの穂と化していた刃が二つに分かれ、突き刺さっていたコピーを内側から食い千切った。

 

 

「■■■■■■■■ーーー!?」

 

 

 言葉にならない絶叫が木霊する。断末魔の悲鳴を上げたコピーは上半身と下半身に分断され、ぐしゃりと魔力に解けて四散した。

 

 

「やれやれ、私を模倣するなら、これぐらいは徹底することです」

「え、えげつな……」

「うわあ……」

 

 

 決め台詞を言って振り返れば、なんだか皆さんがドン引きしていた。

 まあ実際、本物の魔法少女相手にこの技をやったら血と臓物が辺りに飛び散るだろう。今回は魔力で構成されたコピーだったのでそこまで凄惨な光景にはなっていないはずなのだが……。

 

 

「いや、つばめさんがそんな顔で自分のコピーをズタズタにしたら誰だって引きますよ」

「え? 嘘、私どんな顔してました?」

「なんというか、『ヒャッハー! 汚物は皆殺しだー!』って感じの顔してた」

「貴方、落ち着いた子だと思ってたけどそんな顔もするのね……」

「決断的な良い顔だったぞ」

真実(マジ)で?」

 

 

 思わず素で聞き返してしまった。

 いや、確かに魔女に対しては嫌悪感三割、義務感三割、ブッ殺す四割ぐらいの感情で挑んでいるけど……、そんなにひどい顔をしていたのだろうか。

音子先輩はほぼほぼ仏頂面で叩き潰すし、美緒はおっかなびっくりだけど容赦しない感じで戦っていたけど、いざ自分がどういう顔で戦っているのかはほとんど指摘されなかったのでわからなかった。

 

 ……いや、そう言えば美緒に「つばめって対戦ゲームの時性格変わるよねー」と言われたことがあったか。確かに連続でキルを決めた時とかかなりイキっている自覚はあったけど、まさか魔女狩りにまでそんな表情してたの私?

 

 

「……うっわあ。恥ずかしい」

 

 

 

 

 

 

 合流した私たちは調査を切り上げ、ひとまず結界の外に出ることにした。

 というのも、これまでにコピーや使い魔との連戦が続いていながら、大元である魔女の居場所までたどり着くことができなかったからだ。

 

 外に出れば、日が昇っているうちに入ってきたにも関わらず、すっかり辺りは暗くなっていた。

 

 

「外です! 真っ暗ですがなんだか清々しいですね!」

「はぁ~、なんだか空気も美味しく感じるね~!」

 

 

 純粋に帰還を喜ぶメル君と鶴乃さん。

 ですが、単純に喜んでもいられないわけで。

 

 

「しかし、この面子(メンツ)で挑んで魔女までたどり着かないって相当マズイな……」

「規模としては中級……いや、このまま放置すれば上級になりますかね」

 

 

 ももこさんの不安は最もだ。

 

 結界の外からではわからなかった穢れの規模。深く、深く。今なお遠ざかる穢れの塊。徐々に小さくなっていくそれは、しかし魔女の弱体を意味してはいない。

 間違いない。この結界は今も尚、その規模を拡大し続けている。これでは最深部の魔女の元までたどり着くには、どれだけの時間がかかる事やら。

 

 

「というかこれチャレンジ系のダンジョンですね? どこまで進めるかってやつ」

「ああ……なるほどね」

「あるいは破邪の洞窟。ミナ○トールとかは習得できませんが」

「妙に懐かしい例えですね……」

 

 

 わかればそれでいいのだ。

 つまりこの鏡の迷宮は事実上の無限回廊。合わせ鏡である以上、最深部にたどり着けるかすら怪しいだろう。

 

 

「ひとまず。この結界は時間をかけて調査しましょう」

「ああそうだな。今回の騒動を巻き起こそうとした犯人が分かっただけでも充分だ。他の魔法少女の説明も、多少手間取るが難しくはあるまい」

「ええ。でもグリーフシードの不足はどうにもならない」

「はい。中央区に手を伸ばそうと考える子は減らないでしょうね」

「であれば、何か条件をつけるのはどうだ?」

 

 

まとめ役たちによってこの魔女の扱い、ひいては東西での魔法少女の方針をどうするかの話し合いが行われているのを黙って見ている。正直、ここは外様の私が首を突っ込める問題でもないだろう。

 

――背後で、車の停まる音が聞こえた。

 

 

「やあ、つばめ」

 

 

 私を呼ぶ声に振り向く。そこには見慣れた、白い乗用車。運転席から見える顔も、私は見慣れている。

 

 

「……父さん」

「中々遅かったじゃないか」

 

 

 車から降りてきた父は私たちに向けて歩いて来た。

 

 

「迎えに来てくれたんですか?」

「いや、見かけたから声をかけただけだ」

「そうですか」

「それでつばめは……ふむ。これはこれは。また難儀なものがあるではないか」

 

 

 父は鏡の結界の入り口をまじまじと観察する。

 

 

「やっぱり父さんから見てもそう思いますか?」

「ああ。詳しい事は入ってみないと分からんが、かなり複雑な位相をしている。空間の構成が通常の魔女結界とは全く異なるな。中身はどうなっていた?」

「ええと、いたるところに鏡のある世界で……」

 

 

とりあえず中にあったことをかいつまんで話す。

 

 

「――鏡面、あるいは万華鏡か? いかんな。推察するには材料が足りん」

 

 

 父は顔を顰め、何ごとかを考えている。

 この人が魔法絡みで何かを考えているときは、聞いたところでだいたいは碌な答えが返ってこない。

 その推察に前提とする知識量が違い過ぎて、私の顔が宇宙をバックにした猫になることは間違いない。

 

 

「えと、あの……つばめさんのお父さん、ですか?」

「ああ。君たちはつばめの友達、もしくは仲間の魔法少女かな? 中々難儀な子だが、仲良くしてやってくれ」

 

 

 父の登場にメル君たちが完全に戸惑っている。

 いきなり現れた一般人が魔法関係のワードをぺちゃくちゃ喋りだせばこうもなろう。

 

 

「――えーと、父は私たちの事情をある程度知ってる側ということで、よろしくお願いします」

「あっはい」

「ふう……、一応話は纏まったわね……。あら、どちら様?」

 

 

 やちよさん達が話を纏めたようで、私たちの方に向き直る。

 そこで、父の存在に気が付いたらしい。

 

 

「私の父です」

「琴織渡。建築デザイナー兼不動産コンサルタントだ。娘が世話になっているね。君たちがこの街を代表する魔法少女とお見受けするが如何に?」

「ええ。そうだけど……?」

「ああ、気にしないでくれ。少々魔導についての知識を齧っているだけだ。君たちの事情に深入りするつもりはないから安心し給え」

 

 

 トントンと頭を指で叩いて見せる父。

 やちよさん達はというと、明らかにうさん臭いものを見る目だ。

 

 

「まあいいわ。それで、この魔女についてなんだけど。倒した者に中央区のテリトリーについて交渉できる権利を与えるってことで話が纏まったわ」

「なるほど、それはいい考えです」

 

 

 やちよさんの結論に同意を示す。

 確かにそれなら後腐れはない。魔法少女の襲撃犯であり、およそ中級と目せる魔女を倒せたと言うのなら、それは実力、実績ともにテリトリーの主張をするにふさわしい人物と言えるだろう。

 

 

「あとはこの結界をどう管理するかですが……」

「そこは紺染神父にでも相談しましょう。教会の人たちはこういう知識は叩けば出てくるし、この規模の魔女を放置する選択肢も無い筈よ」

「うむ。正直我々には持て余すからな。彼らには事後処理以外にも役に立ってもらうとしよう」

 

 

 ひっどい言われようである。まあ音子さんレベルのお人よしでもなければ、彼らは魔法少女のためには動かないので当然っちゃあ当然だが。

 

 

「さて、私も帰りましょうか」

「少し待ってくれないか」

「はい?」

 

 

 父の車に乗り込もうとしたら、十七夜さんに引き留められた。

 

 

「君は今回の一番の功労者だ。君がもし偽物を看破していなければ、事態はよりややこしいことになっていただろう。そのことについて、神浜のまとめ役として何か礼をしたい」

「礼と言われましても……」

「そうね。流石になんでもとは言えないけど、ある程度の要望なら聞いてあげられるわ」

「と言われましても……」

 

 

 十七夜さんの言葉に首を傾げる。

 正直、この時点である程度は要望が叶っていると言ってもいい。

 やちよさんにコピーのことを知らせたのも、恩を売れるという打算が半分あったからだ。

 そこから東のまとめ役である十七夜さんとも知り合えたし、今後神浜で活動することに不自由はないだろうと考えていた。

 そこからさらに何か要望がと言われても、ぶっちゃけ思いつかない。

 

 

「ふむ。ならばこういうのはどうだろうか。実はこの神浜で新しい事業を始めてね――」

 

 

――と、悩む私の代わりに父が提案する。

 

 

「――というのだが、どうかね?」

「……なるほど。それなら他の魔法少女からも不満は出まい」

「ええ。画期的な案だと思います」

「むしろこの神浜ぐらいでしょうね。その提案が成立するのは」

 

 

 父の提案に、割と乗り気なやちよさん達。

 どうやらこの神浜、かなりの問題な土地だったご様子。

 

 それにしてもこの親父、

 

 

 まさか()()()()()調()()()()()()()()()()()()()とか、悪いことを考えるわホント。

 




〇琴織つばめ
陰の者だが陽ムーブが得意。コピーの雑な中二病RPにキレた。
調子に乗るとかなりボケ倒す。
話の通じる友達が欲しい。

〇骨喰
ほねばみ。あるいはこつじき。
『骨を喰み噛み砕く』という哲学が刻まれたつばめの槍。普段はただの槍だが、展開して十字槍になるギミックつき。
父の監修の下つばめが改造を繰り返しており、他にも多数の機能が存在するが、代償としてこの武器は一度に一つしか作りだせない。

〇安名メル
一人称がボクの占いガール。
つばめちゃんとは秒で意気投合した。
可愛いね。

〇鏡の魔女
便利装置。

〇上級、中級、下級
この作品では人の目線から魔女の階級付けがされている。
どれだけ強い(あるいは被害が大きい)かがなんとなくわかるので、魔法少女の間でも広まっている。



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第八話 魔法少女の土地調査

ちょい短め。


 神浜市は人口三百万に上る大都市だ。

 

 元々歴史ある都市であったが、近年の復興計画によって急速に開発が進み、今や首都圏と遜色ない都市機能を構えている。

 

 しかし発展の裏に闇はあり。

 

 急激な近代化は繁栄を呼ぶが、その一方で人の心が乱れやすくなる。

 経済の発展により人口が増え、人口が増えたことで人間同士の問題が大きくなる。

 

 元々あった住人の東西間での溝はさらに深まり、その心の闇に引き寄せられて魔女が集まる。

 そうして魔女は人間を凶行に駆り立て、さらに人は絶望と穢れを自然と生み出していく。そんな負の循環が出来上がっていた。

 

 殺人、強盗、自殺、放火。

 

 発展の進む新西区、中央区。繁華街を有する栄区ではこれらの事件が起こらない日のほうが珍しく、物騒な事件には事欠かない。

 

 そしてそれらの事件が起こると言うことは、必然的にそれらが行われる物件がある。

 

 それが廃墟ならまだいい。

 

 だが住宅街のど真ん中や、マンションの一室などで事件が発生した場合、その物件は事故物件扱いになり、必然的に入居者が現れなくなる。

 故にか、ここ最近ではそうした()()()()の物件を調査する業者の需要が高まっており、個人事業者も多く出始めている。

 

 かくいう父も、その一人。

 

 風水などの知識を建築デザインに活用していた父は、以前からそうした曰く付きの土地なんかを建て替える際の相談などの案件を持ち込まれることが多かった。その上、私が魔術師だった前世を呼び起こしたせいでそうしたオカルト方面の知識を万全に活用できるようになった父は魔女が原因と思われる事故物件についても的確に対処し、業界内での評判をさらに高めていた。

 

 ゆえに今回、神浜でこうした事業に乗り出したのもその延長と言える。

 だが、魔女を祓うということは魔法少女の獲物を横取りするのと同義。

 

 現地の魔法少女たちとの不必要な衝突が懸念されたが、

 

 

「じゃあ魔法少女をバイトで雇って魔女は狩ってもらえばいい」

 

 

 と、父はそこで発想の逆転を行った。

 魔法少女に自分の事業を手伝わせるという発想は父でなければ考えつかないだろう。基本的に魔法少女の存在は社会と隔絶しているし、知ればもっと別の方向に利用しようとする人間のほうが多いはずだ。言い方は悪いが、魔法少女とは社会にとってはその基盤を揺るがしかねないほどの爆弾なのである。

 

 

 話がズレたので戻そう。

 

 つまるところ、我が父・琴織渡は、この魔法少女が飽和する神浜という地において、画期的なビジネスを始めたのである。

 

 

 

 

 

「うわあ、綺麗に焼け落ちちゃってまあ」

 

 

 新西区の住宅街。

 私たちの目の前には、かろうじて家があったと分かる程度の真っ黒な木片が突き刺さった土地があった。

 

 一週間ほど前、この場所で火事があった。

 

 発火時刻は午後十時頃。すでに一家は就寝時刻だったのか、全員が死亡。焼け跡からは血が乾いた包丁が発見され、殺人兼自殺の可能性が高いと警察は判断し、捜査は打ち切り。最終的に焼け跡の土地は親類に存続されることになった。

 

 親類としてはそんな曰く付きの土地を抱えたくもなく、一度更地にして売りに出すことを決意。だがその前に変なものがついていないか、あるいは何かよからぬものが埋まっていたりしていないかなどを調べてほしいと父に依頼が来たのである。

 

 もっと専門の業者を呼べよとつっこみたくなるが、そういう専門業者はもっと都心の、地価が高いところの依頼に引っ張りだこで、住宅地にまで手が回らない状態なのである。つまりうちみたいな個人事業者のほうにそういう依頼が回ってくるほどには神浜では事故物件の発生何て日常茶飯事だということだ。今更ながら、ヤバい街に引っ越してしまったかもしれないと顔を引き攣らせたのはナイショである。

 

 

「……で、ここ本当に出るんですか?」

 

 

 私は隣で資料を見ている父に問いかける。

 

 

「さあね。だが経験上、この手の怪事件には魔女が絡んでいることが多い。周囲の状況もそれに一致する。実はな、二週間前には三つ先の十字路で交通事故が起きている。さらに先週の月曜にはそこの道路で暴行事件が発生し、三日前には二ブロックとなりのアパートに住む独身男性が自殺したらしい」

「物騒すぎませんかね!? 呪われてるんですかここ!?」

「そりゃ魔女が居ついているなら呪われてるだろう」

「そうですけど……」

 

 

 ――魔女によって事故物件が発生した場合、魔女はその周辺に留まることが多い。

 魔女が住宅地で被害を出したと言う事は、そのあたり近辺が魔女の餌場として定められている可能性が高いからだ。

 魔女は人間の多い場所に集まる傾向があり、人里離れた場所では魔女を見かけることが少ない。奴らはだいたい、人の集まるところにしか顔を出さないのだ。

 

 だから、自分の住む地域で怪事件が多発した場合、魔女がその場所に出没していることになる。今回の事故物件もその一つだろうと父は推測していた。

 

 

「まあ、魔女の仕業としてもだ。他の魔法少女が既に討伐している可能性はあるがな。その場合、危険手当はなしだが、使い魔でもよし。とにかくこの辺り一帯を捜索して、しばらく近寄れないようにするのが一連の作業だ。さっそく探してもらいたい」

「わかりましたー」

「よろしくお願いします」

 

 

 私が返事をするのと同時、隣の小柄な少女が父に向けてお辞儀をした。彼女の名前は都ひなの。南凪自由学園の高等部二年に属する、中央区の魔法少女だ。

 

 このバイトに参加しているのは私だけではない。

 

 何せ魔法少女を雇うという今までに例のない試みだ。本当にそれがアルバイトとして成立するのかを判断するために、やちよさんは現地の魔法少女の中から一人、体験役を選出することにした。

 やちよさんやみふゆさんでは実力があり過ぎるが故に問題にならない。かと言って多くの魔法少女は中学生であり、アルバイトをさせるには色々な問題がある。

 そういうわけで選ばれたのが、前回の騒動の現場となった中央区のまとめ役であり、四年間という長い期間を魔法少女として生きてきたベテランである都さんだった。

 

 都さん曰く、「自分は今回の一件で何もできなかった。だからこれぐらいはやってみせないと魔法少女の先輩として名折れだ」と強い意気込みで、その目にはベテランの魔法少女特有の使命感が燃えていた。

 

 たかがアルバイトに何を、と言うかもしれないが。魔法少女と魔女が関わるからには、ちゃんとした検証が必要なのである。

 

 

「では」

 

 

 眼鏡を外して幽界眼を発動する。

 

 ――視界正常。

 

 土地の中心に魂魄の残滓は見られず、魔女の痕跡は発見できない。

 

 周囲を見渡すが、同様に痕跡を発見はできない。

 

 では、ソウルジェムによる魔力探知ならばどうか。

 

 ……

 

 ……

 

 …………微弱だが、反応があった。

 

 

「いました」

「どっちだ?」

「十時の方向。ちょうど、向こう側の道路あたりでしょう」

「よし、行ってこい。こっちは物理的に怪しいものがないか調べておく」

「わかりました。行きましょう、都さん」

「おお。……話には聞いていたが、実際に見るとすごいな」

 

 

 都さんの感嘆を耳に、私は歩き出す。

 角を曲がり、住宅を挟んだ先の道路にたどり着く。

 反応を頼りに探っていくと、住宅と住宅の間に結界の入り口が存在した。

 

 

「あったあった。都さん、入れますか?」

「問題ないぞ」

 

 

 小学生と見紛う背丈の都さんはブロック塀の合間にするっと入り込んだ。私もぐいっと身体を滑り込ませ、なんとかして結界に潜り込む。

 中には使い魔が数匹。

 速攻で変身し、槍で二匹まとめて叩き潰す。

 

 

「喰らえっ!」

 

 

 都さんの投げたフラスコが爆発し、残った使い魔がまとめて吹き飛ばされる。都さんは魔力を通した物質を爆発物に変換するという、どこぞのボマーか殺人鬼かを彷彿とさせる固有魔法を持つ。これがなかなか強力で、彼女が持つ高い科学知識も合わさって戦闘能力はベテランと呼ばれるに相応しいもの。

 あっという間に掃討は完了し、結界も消滅する。

 

 

「雑魚でも五千円貰えるから儲けものですねー」

「おう。他にいないか探しにいくぞ」

「はーい」

 

 

 調査範囲内で魔女、あるいは使い魔との戦闘が発生した場合、五千円~一万円の危険手当が貰える。大体グリーフシードを金銭で融通する場合の相場と同じぐらいだ。不覚を取って怪我、最悪命を落とす可能性を考慮すれば少ないぐらいだが、あまり金額が高いと今度は別の問題が発生するのでこれぐらいに収めているのだと父は言った。その代わり、時給のほうで嵩増しするらしい。

 

 ちなみに時給1500円。大体一回が三時間ぐらいなので、命がかかっている割にはぶっちゃけ安い。また、複数の魔女と遭遇したとしても二回分の報酬があるわけではなく一万円で頭打ち。相当にぼったくりな仕事だとは思うが、基本無給な魔法少女にとっては破格なアルバイトだろう。

 

 ただし、他の魔法少女のテリトリーと衝突した場合、もめ事に発展することが懸念事項だった。父が先日にやちよさん達と交渉していたのはそのことだ。元々は私が神浜中で活動しても問題ないぐらいにまで実力を示してからの予定だったが、鏡の魔女事件の功績を用いて少々早めに乗り出した形である。人生塞翁が馬。何事もチャンスに変えるのが世渡りの秘訣である。

 

 

「終わりましたよ」

「ああ。この辺りに魔女はもういなさそうだ」

 

 

 そのまま半径500メートルぐらいの範囲を見回り、魔女の結界が存在しないことを確認した私たちは、父の下に戻って報告する。

 

 

「ご苦労様。こちらの調査も終わったよ。後は業者を呼んでお祓いをして、魔女を近寄れなくしたら完了だ」

「うん? お祓いって魔女に対して効果あるのか?」

 

 

 父の言葉に都さんが尋ねる。

 まあ、魔法少女の考えからして、いくら神職とはいえ一般の業者がやることに意味がないと感じるのは最もである。

 

 

「気休め程度だがね、一応は効くさ。神職の人間がやるならばそれなりの効果があるし、より専門的に神秘の術を修めた陰陽師や魔術師ならば完全に追い払うだけの術も行使できる。最も、真に効果を発揮するならばそうした効果の魔法を使う魔法少女か、霊能に通じた真の聖職者が必要だがね。聖堂騎士が問答無用でグリーフシードを消し去れるのは、信仰から生じた奇蹟を行使しているからだ。

 つばめには信仰とは特定の人間たちによって共有される希望だという話は前にもしたね。人間が日々を生きるための教範、悪を咎める戒律、未来を信じるための希望。それらを纏めたものが信仰であり、コミュニティの間で共有されることで宗教となる。一人ひとりの信仰は魔法少女の希望と比べれば微々たるものではあるが、宗教の規模であればその集合無意識下に蓄えられる希望の総量は決して見劣らない。(はらえ)、聖別、経などはこれらの信仰を起動させる魔術なんだ。魔女にとっては毒となる希望以外にも、生前の信仰を揺さぶられることによる拒否感が働きその場から退散させる。実際、そうした祭儀場や格の高い寺院、霊堂には魔女の類は寄り付きにくいし、その反面荒廃した寺院などはかえって魔女の温床となる。

 ここも同じだよ。本来、建設には地鎮祭や祈祷を欠かしてはいけないのに、神浜の急速な近代化はそういうのをおざなりにしていった。その結果、この街は本来の在り方を損ない魔女の住み着きやすい土地となった。人の欲望こそが、魔女という絶望を惹きつけるのさ」

「……なるほど。なんとなくだがわかった」

 

 

 父の解説をぽかんと口を開けて聞いていた都さんだが、一応言っていることはわかったようで頷いている。

 つまるところ。人間が長い歴史の中で醸造してきた「信仰」は、魔法少女と同じく「希望」を帯びる。それらはしかるべき手段で用いることによって、魔女に対抗するための手段となるわけだ。

 

 

「つまり、やるだけやって損はないということだな?」

「理解が速くて助かる。――さて、君たちが担当する業務はこれで終了だ。給料は5日後に所定の口座に振り込んでおこう。それで、どうだったかな都君。これ、他の子でもできそうかい?」

「ああ。少なくとも使い魔だけなら問題はなさそうだ。だが、仮に魔女がいた場合、そいつがその日雇った子が手に負えないほどの魔女だったらどうなる?」

「確かにそこが問題だ。魔法少女の実力が不安定かつ魔女がいるかも場合による以上、その辺りのバランスが曖昧にあることは否定できない。魔法少女としての実力がどれくらいかは事前に申告させて吟味するが……それでも無理だと判断した場合は即時撤退を推奨。撤退の後、速やかに実力者に居場所を伝える。報酬も変わらず。途中で討伐に参加した魔法少女にもある程度の報酬を支払う。というのはどうだ?」

「貴方が巻き込まれた場合は?」

「問題ないと答えよう。魔女から逃げる術はいくつか用意があるのでね。仮に無理だった場合はそうだな、魔女の被害にあった死体が二人になるか……魔女が死ぬかのどっちかだろう」

 

 

 最後に父はニヤリと笑う。都さんはそこから何かを感じたのか一瞬身を震わせる。……多分だがこの親父、最悪の場合は自重を捨てるつもりだ。

 

 

「魔法少女は魔女退治に金銭の報酬が付き、危険な魔女の存在が共有されることで柔軟な活動が可能になる。対して私たちは土地と言う財産を食いつぶす魔女という害獣を駆除できる。いいことずくめだな」

「そうだな。これにひとまず問題はなさそうだってのは理解できたよ」

「これでも真剣に魔女については考えてきたつもりでね。自分が関わってきた建築物の中にも魔女の被害を受けたものがあると考えたら、どうにか対策の一つか二つはできないかと思ってしまうのだよ」

「ああ。そうか。そうだよな……」

 

 

 父とて、何も金になると判断したからこの事業を始めただけではない。自分が関わる業界にも魔女と言う存在の悪影響があり、それらが巡り巡って土地や建物の評判を落とすことに繋がるのを憂いているのだ。多分。

 

 

 まあ、そんな大人な事情はさておき。

 

 

 私にとって重要なのはそう、給料である! 

 たった一日で一万円の小遣い! 

 

 

 父の見立てでは月に二度ぐらいは依頼があるだろうという話だ。その上でヘルプに入るのが大体私だろうと加味すれば、月に二万は堅い! 

 二万も小遣いが増えるということは、それだけ趣味に没頭できると言うこと。

 今まで手が出せなかったあれやこれやを買いあさる事も夢ではない……! 

 あ、やばい笑いを堪えられない。

 

 

「うへ、うへへへ……」

「……つばめ。その笑い方はやめなさい」

 

 

 おっと。これは失礼。

 

 

「今回は試験運用だったから言っておくが、君を関わらせるのは最終手段のつもりだ」

「……え?」

「当たり前だろう? これは私が魔法少女とコネクションを築くための手段でもあるんだ。君ばかりを矢面に立たせるわけにもいかない。付け加えると、この手の仕事はない方が良い。つばめには未然に防ぐ意味合いも兼ねて魔女を積極的に狩ってくるようにしてもらうからそのつもりで」

「え、え? ちょ、嘘ですよね!?」

 

 

 そんなっ。折角臨時収入を定期的に確保できるチャンスなのに!? 

 

 

「大体、つばめには普段から多めに小遣いをあげているはずだが?」

「足りませんよ! その気になれば一瞬で溶けますからね!? オタク舐めるな!」

「いや、無駄遣いだろ?」

「……仕方ない。では月々二千円プラスだ。これでいいか?」

「父さん大好き!!」

「はは。私も愛してるとも」

「こっちも大概親バカだったか……」

 

 

 目の前で繰り広げられる親子のコントに都ひなのは呆れるばかりであった。

 

 

 

 ――こうして、神浜の魔法少女たちの間では、魔法少女専用アルバイトの噂が囁かれるようになったとさ。




〇事故物件
神浜は物騒な事件が多いのでこの手の訳アリが多い。
魔女がらみの物件も決して少なくはないだろう。

〇都ひなの
見た目は小学生、頭脳は高校生な魔法少女。
多分年長組では一番頼りになる。

〇信仰と希望
本作の根幹設定の一つ。
魔法少女の力は「希望」に属するものであるなら、人間が誰しも抱く「信仰」もまた一種の「希望」であるはずだ。例えそれが微々たるものであったとしても、宗教、価値観の域にまで達したならば、それは決して魔法少女の希望、魔女の絶望にも劣らないだろう。

〇結局これ何なの?
今後のシナリオフックに使えればいいなという願いを込めた設定のばら撒き。


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第九話 月下、華と鳥

 私の父が没して一週間。

 遺産の引継ぎも終わり、居合の師でもある叔父上の家への引っ越しも済ませ、私の生活にはいくばくかの落ち着きが戻りました。

 

 ですが、私の心には炎が燻り続けている。

 それは父の遺言が関係しているのでしょう。

 

 

 ――一門を取り戻せ。

 

 

 父は病床に伏せながら私にその言葉を繰り返し言い続けました。

 私の家系は華道の名家、その名を『華心流』。

 それは生まれてからずっと花と共にあった私にとっての日課であり、誇りであり、生きがいでした。

 

 だが、父が病を患い、家元が高弟に渡ったことで、その総ては踏みにじられた。

 見た目の派手さを重視したことで一門は大きくなりましたが、技法も伝統も無視して得られた栄光などただの張りぼて。それは私の人生の何もかもを無駄と断じられたような屈辱でした。

 

 

 

 それは父に植え付けられた思いだけではない。

 私自身の、自分自身を穢されたに等しい所業に対する、純然たる怒り。

 

 私は父の遺言に従い、一門を取り戻すための復讐を決意しました。

 

 だが、私は未だ学生の身。

 いくら宗家の跡取りとはいえ、いまや華心流を牛耳る高弟たちに意見を通すだけの力は持たず。それどころか下手に手を出せば彼らの怒りを買うだけ。宗家の娘として見逃されたような状態である私の立場は地に落ち、今度こそ何もかもを失うでしょう。

 

 

 どのようにして一門を取り戻すかの手段を講じることができず、ただ日々が無為に過ぎていく。

 

 ある夜、無力な自分に嫌気が差した私はあてもなく街を散歩することにしました。

 もう九月の半ばに差し掛かろうと言うのに、未だ収まらぬ真夏のような気温が昼間を満たしていたが、夜はむしろ肌寒く感じるほどに冷え切っていてどうにもちぐはぐだった。まるで、今の私のようだ。

 

 見慣れたはずの街を歩く。普段は落ち着いた様子で静かな活気を持った参京区は、まるで嘘のように静まり返り、見知らぬ街に迷い込んだかのようでした。

 

 明かりは落ち、時折目にするコンビニの光が不自然に浮かび上がる。

 遠くを見れば、こことは対照的に光を放つ中央区の姿。

 空を見上げれば、夜の空を青く映し出す満月。

 

 そこで不意に、旧くより月はこの世と異界を繋げる穴とされてきたことを思い出す。

 それほどまでに今日の月は妖しく輝き、私の目を放さなかった。

 

 

 ――ああ。今夜は何かが起こりそうだ。

 

 

 柄にもなく誌的な表現を思い浮かべながら、夜の街を歩き続ける。

 

 

 そんな私の予感は、さほど時間をおかずに的中することとなった。

 

 

「やあ、常盤ななか。君を探していたよ」

「……あなたは?」

「ボクの名前はキュゥべえ。ボクと契約して、魔法少女になってほしいんだ」

 

 

 

 ――キュゥべえと名乗ったその生き物は、様々なことを私に教えました。

 

 

 人を喰らう怪物である魔女なる存在。そしてそれを倒す魔法少女。何でも一つ願いを叶え、その対価として戦いに身を投じる少女たち。

 そして、魔法少女になる資格が私にはある。キュゥべえはそう告げました。

 

 魔法少女になる資格がある。それはつまり願いを一つ叶えることができるということ。

 もしその言葉が本当ならば願っても無い話だ。

 何でも願いが叶うと言う事は、すなわち一門を取り戻すための復讐の手段を得ることができるということ。

 

 直接一門を取り戻すことを願う。という考えもよぎったが、それはないと他ならぬ自分で否定する。

 誰かに願って終わる復讐などではない。

 これは、私が私自身の手で成し遂げなければいけない復讐だ。

 

 ゆえに願うとするならば、今の自分では不可能である復讐のための力を用意してもらうこと。

 

 その力を以って自分は復讐を行う。

 

 どちらにせよ同じことかもしれない。だが、自分の手が及ばぬところで用意された党首の椅子など欲しくもない。どのような経緯であれ、自分のこの手で一門を取り戻す瞬間を目にしなければならないという我儘が、私の中で燃え盛っている。この思いだけは、誰の手にも委ねたくはなかった。

 

 

 

 ――だが、この生き物の言う事を信用してもいいのだろうか。

 そんな一抹の不安も同時に存在する。

 目の前で人語を話す人ならざる生き物と言う時点で、既にこれまでの常識を逸脱しているのだから、魔法についても本当なのだろう。しかしそれを鵜呑みにしてはいけないと、警告するような声が自分の中から響いてくる。

 

 そうして私が思案していると、背後から声がした。

 

 

「――常盤ななかさん。でしたっけ?」

「――っ!?」

「おや、琴織つばめ。久しぶりだね」

 

 

 突然背後から掛けられた声に振り向けば、そこには私と同じ参京院の制服を着た女性がいました。黒紫の髪を後ろに纏めて垂らし、銀色の眼鏡を付けた女子生徒。少なくとも、私にはその方に見覚えがありませんでした。

 

 

「相変わらず営業に励んでいるようですねキュゥべえ。今夜はどんな言葉で誑かしているんですか?」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。僕はただ素質のある子に公正な取引を持ち掛けているだけさ」

「……どうだか」

「あの、あなたは誰ですか? 私と同じ参京院学園の生徒のようですが……」

 

 

 キュゥべえと親し気に、いえ、どちらかと言えば嫌悪感をむき出しにして話すその人は、私の言葉にハッとした様子で眼鏡の位置を直し、私の顔を見て名乗りました。

 

 

「おっと、これは失礼しました。初めまして。私は琴織つばめ。あなたと同じ参京院に通う、高等部一年生です。あなたは常盤ななかさんで合ってますね? 父が読んでいた新聞で顔を見た程度なので確証が持てず……」

「ええ。その通りですが……」

「良かった。これで間違えていたら恥ずかしいというレベルではありません。突然声をかけてすみませんね。貴女がキュゥべえと話しているのを見たらつい無視できずに」

 

 

 琴織つばめ、と名乗ったその女子生徒は私に対して礼儀正しく挨拶をしました。確かに、私は何度か華心流の跡取りとして取材を受けている。つばめさんが一方的に知っているのはおかしな話ではありません。しかし、キュゥべえと話す私を見て話しかけてきたと言う事は、もしや……? 

 

 

「彼女は二年前にボクと契約した魔法少女だ。元々は七枝という別の街で活動していたけど、最近になって神浜に移ってきたんだ」

「ま、編入生ってやつですね」

 

 

 高等部から参京院に編入する生徒はある程度はいます。彼女もその一人だと言う事は、遠い場所からわざわざ我が参京院を選んできたと言う事。これでも自分の所属する学校に誇りある身としては嬉しく思いました。

 そしてつばめさんは魔法少女だとキュゥべえさんは言いました。それも、二年も前に契約したと。魔女が人を惑わし、捕食する怪物という話を踏まえれば、命をかけた戦いを二年もの間繰り広げてきたということになる。確かに、居合の段位を修めた私には、彼女の佇まいがただ者でないと言う事が理解できる。

 

 

「一応聞いておきますけど、どれくらいまでそこのナマモノから話を聞いていますか?」

「キュゥべえさんの事ですか? この世には魔女という災厄を振りまく存在がいること。それを倒す魔法少女なるものがいること。そして魔法少女になる代わりに、願いを一つ叶えることができるということです」

「成る程。そこまで聞いているなら特に言う事はないですね」

「――つばめさん。あなたは、魔法少女なのですよね?」

「はい。なんならその証拠に変身して見せましょうか」

 

 

 そう言った瞬間、つばめさんの姿は参京院の制服姿から、紫を基調としたセーラー服の上にマントを羽織り、大きな槍を手にした姿へと変化していました。早着替えなんてものではない。少なくとも、あの巨大な槍をどこかに隠し持っておくなど人間の技では不可能。私はこの時点で、魔法というものの存在を確信するに至りました。

 

 

「なるほど。これまでのすべて、まやかしの類でないことは分かりました」

「もしかして疑っていたのかい?」

「そりゃ普通疑いますよ。私だって最初は契約とかするつもりはなかったですし」

「大体の子は二つ返事で了承するけどね。現に君の友人だって――」

 

 

 ぶおん。と風切り音が鳴った。

 

 

「――それ以上先は、言葉を選べ。ここで無為に残機を減らしたいか?」

「……やれやれ。君は相変わらずだね」

 

 

 冷え切った声のつばめさんは、侮蔑と敵意に満ちた目でキュゥべえさんの喉元に大槍の切っ先を突き付けていました。あと少しでも動かせば、その小さな身体を容易く両断できるでしょう。だというのに、キュゥべえは動揺することなく淡々と話し続けている。その冷静さは、まるで感情が存在しないかのようだ。

 

 

 余人であれば腰を抜かすには十分な光景。私はそれを、何も言わずに見つめていました。

 

 

「ほら、彼女が驚いているじゃないか」

「――っと。これはいけない。すみませんななかさん。いきなり衝撃的な光景を見せてしまいましたね。元々部外者だというのにしゃしゃり出るどころか物騒な真似までしてしまいました」

「――いえ、お構いなく。ところでキュゥべえさん、どのような願いも一つ叶える、というのは本当ですね?」

「ああ。君の因果なら大体の願いは叶うはずさ」

「そうですか。ではつばめさん、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

「……なんでしょうか?」

 

 

 首を傾げた彼女に、私は問いました。

 

 

「あなたは、私の契約を止めますか?」

 

 

 先ほどのキュゥべえの発言と、つばめさんの態度。それはつまり、彼女の魔法少女の契約が不本意、あるいはそうせざるを得ない状況だったということ。友人、という言葉からも、つばめさんには魔法少女の友人がいて、彼女はその契約に何かしらの不満を抱き続けている。

 

 そこから読み取れるものはただ一つ、

 つばめさんは、私が魔法少女の契約を結ぶことに抵抗感を感じている。

 恐らく彼女は、これ以上魔法少女が増えることを快く思ってはいない。

 魔法少女が決して楽なものではない。それどころか、命の危険が常に付きまとうものであると、私はこれまでの情報からそう理解した。であれば、彼女はついさっき知り合ったばかりとはいえど同じ年代の少女を死地に送るような真似を好まないのは当然とも言える。

 

 

 ですが、返ってきた答えは予想とは逆のものでした。

 

 

「――いえ。止めませんよ」

「それは何故ですか?」

「どのような経緯、願いであれ、それは本人の決断だからです。魔法少女がろくでもない生き方であるのは確かですが、それに乗るかどうかはその人次第。相手の身上を知らない以上、その願いを否定する資格など誰にもありませんよ。私は個人的な思想として、不可抗力な状況での契約を迫るコレを軽蔑しているだけ。選択する自由があるのなら、私は助言程度にしてその人に任せますよ」

 

 

 本当に悲しい事ですが、とつばめさんは首を横に振りました。

 

 

 ――そんな表情をするなんて、どうやら本当に私の身を案じているようですね。

 

 

 こんな、会ったばかりでよく知らない赤の他人を心配する彼女は、とても良い人なのだと思いました。

 だからこそ、私はその気持ちを無下にしたくはありませんでした。

 

 

「……私は実家の栄光を奪った者達への復讐の手段を願うつもりです。ですがその前に、つばめさん、あなたの本心を聞かせてはもらえないでしょうか」

「いいんですか? 決心が鈍るかもしれませんよ?」

「はい。わざわざおせっかいを焼きに来たあなたの言葉を、私は聞きたいのです」

「ありがとうございます。では、一つだけ言わせてもらいましょう」

 

 

「――悪いことは言わない。いますぐに止めろ。

 あなたが歩もうとするその道は地獄だ。

 契約をしたが最後、あなたは命を懸けた終わりない戦いに身を投じることとなる。

 どれだけ人の生に憧れようと、二度と平穏な日々が戻ることは無い。

 あなたに待つ結末は、誰にも顧みられることのない死か、人としての尊厳すら奪われる最期だ。

 あの愚かしくも悔いはない日から二年間、魔法少女として生きてきたこの私が断言する」

 

 

「……今ならまだ間に合いますよ常盤ななかさん。あなたの生きる道が他にあるのなら、一目散に引き返すことをお勧めします」

 

 

 そう、懇願にも近い目でつばめさんは言いました。

 その言葉には、一切の嘘偽りはない。

 

 

 ああ。なんと嬉しい事なのでしょう。

 願いとは名ばかりの、父の呪いを聞き続けたこの私には、その言葉は強く染み入りました。

 

 ですが、私にはもう復讐という道しかない。

 生きる道を奪われた私は、父の誇りを、家の歴史を、人生の価値を取り戻さなくてはいけない。そのためならば、どのような修羅の道を進むことになろうと構わない。

 

 誰に言われたからではない。

 それが私自身が選んだ、私の人生なのですから。

 

 

「本当にありがとうございます。私も、覚悟が決まりました」

 

 

 キュウべえさんに向き直り、願いを告げる。

 

 

「キュウべえさん。私は――復讐を完遂するための力を望みます。そのためならば、私は魔法少女となりましょう」

「いいだろう。契約は成立した。さあ、この魔法少女の証、ソウルジェムを受け取るといい」

 

 

 抑揚のない声でキュウべえが告げる。

 目の前に光が満ち――その一瞬後、私の手には卵型の赤い宝石が収まっていました。

 

 

「これは」

「――ソウルジェム。それが、魔法少女が魔法を使うために必要なものさ」

「ソウルジェム……」

 

 

 手のひらから伝わる温もりと、脈打つような力。

 

 ――成程、これが魔力とやらの輝き。

 

 私は確かめるようにソウルジェムを握りしめる。

 これが、私の得た新たなる力だという実感を込めて。

 

 

「――あーあ。結局止められませんでしたね。私」

「……つばめさん」

「そんなガチの決意見せられたら引き留めようとするほうが悪く感じちゃうじゃないですか。私、こういうのに弱いんですよね」

 

 

 わざとらしく肩を竦めながら、つばめさんは苦笑する。

 

 

「さて、それじゃあ私からもう一言。

 

 ――ようこそ。この血と欲望に塗れた魔法少女の世界へ。

 

 今日はこれから魔女退治なんですが、ついてきますか新人さん? せっかくですから、魔法少女のイロハを教えて差し上げますよ」

 

 

 月明かりが照らす中、不敵にほほ笑んで手を差し伸べる彼女。

 ――それはまるで、御伽噺のようで。

 

 

「……ええ。それではご教授お願いしますね、つばめさん」

 

 

 これから待つ様々な運命に思いを馳せながら、私はその手をつかみ取りました。

 

 

 

 ◇

 

 

 

【速報】夜のパトロールに出かけていたら今まさに契約しようとしている少女と出会ってしまった件について。

 

 

 いや、なんでこんな夜中に出歩いてるんでしょうかあの生徒は。

 

 紅い髪の色と横顔。あれは確か中等部二年の常盤ななかさんだ。うちの学校ではそれなりに有名人らしく、華道の名門の娘さんと高い腕前を持ち、その見事な腕前は地域の新聞やニュースにも取り上げられたほどだと同級生から聞いたことがある。それに、この前父が呼んでいる朝刊に彼女の顔が載っていた気がするなと思い出す。

 

 そんな文武両道、才色兼備な彼女が、今目の前で白いナマモノ……キュウべえと会話している。あれだけの注目を浴びている人物すらも、魔法少女としての運命を背負うのだろうか。そうまでして、叶えたい願いがあるのだろうか。そんなことを考えたら、自然と身体が動いていた。

 

 

「――常盤ななかさん。でしたっけ?」

 

 

 いきなり声をかけられた彼女は驚いた様子で振り向いた。月明かりを照り返す紅い髪が流れる。

 穏やかな顔立ちながら、凛とした眼差し。髪の色と同じ紅い瞳がこちらを見つめる。

 

 

 ――やっべ。めっちゃ美人。

 

 

 自分にそっちの気はないとはいえ、これは一瞬見惚れるほどの美人だ。

 こっちを少し怪しんで見るその表情も、彼女のような美しい顔でされると悪い感情が浮かんでこないどころかなんかゾワゾワする。

 思わず引き攣りそうになる口をこらえながら、一度感情を整理するために私は彼女から目を逸らし、今まさに営業をしていた白い異星生命体に声をかける。

 

 いつものようにキュゥべえを冷やかしてから、私はななかさんに挨拶する。

 そのまま魔法少女についてどれだけ知っているかを聞いてみると、まあ大体ナマモノがいうであろう当たり障りのない事実は一通り知っている模様。

 

 私も魔法少女なのかを聞かれたので、変身して見せれば、ななかさんは驚いた表情をしました。どうやらキュゥべえに話を聞いても、まだ信用しきってはいなかった様子。願いが叶う、という魅力的な条件でありながらそれを疑うことができるとは、かなりの慧眼をお持ちのようだ。

 

 

 私が彼女の思慮深さに感じ入っていると、あの白い外来種が何かほざきやがったので、槍を突き付けて黙らせる。……あんな願いをわざわざ叶えてもらったのは美緒の軽率ですが、それはそれ。そんな時に契約を持ち掛けてきたコイツにする配慮など微塵も存在しない。

 

 割とカッとなった私は人前だというのを忘れていて、こっちをじっと見つめるななかさんに気が付いた。

 やってしまった。と後悔する前に、ななかさんは私に問いかけてきた。あなたは私の契約を止めるのか、と。

 

 

 ……どうだろうか。

 

 

 魔法少女の真実を知っている身からすれば、確かに魔法少女になろうとするのは受け入れられない。それは自分の青春と寿命を捧げるに等しい行いだからだ。

 だが、魔法少女の契約で叶えられる願いは個人差があれど確かに万能だ。現実を歪められるほどの大きな力。を行使する代償としては、人間一人の命など安いものなのだろう。

 

 故に私は、他人の契約を否定しない。

 

 その願いに至るまでにどれだけの苦悩や挫折があったかを知らない以上、物知り面で契約を否定させるのはその人の人生を軽率に値踏みするのと同じだ。とはいえ、不可抗力の状態で白いのが契約を迫るようならば、そうではない状況になるまで助け舟を出すだろうし、軽い願いぐらいなら相談にも乗るぐらいはする。例えば『目を良くしたい』ぐらいの願いならば素直にコンタクトや眼鏡を勧めてみたりする。……いや本当に、私の親友はなんでそう短絡的だったのかと今でも呆れている。

 

 だが、もしそれがどうやっても手の届かないような願いであれば、私はそれを否定しきれない。他ならぬ私が、世の理を捻じ曲げ文字通りの奇蹟を起こしてしまったからには、どれだけクソったれな運命が待っていようと、他人の選択を一方的に否定してはいけないと思っている。

 

 

 そんなことを要約して伝えると、ななかさんは少し考えるように黙った後、決意の籠った目で私に告げてきました。

 

 

 自分は復讐のための力を願う。その前にあなたの本音を聞かせてほしい。と。

 

 

 ――なるほど。

 

 

 どうやら、覚悟は堅いようだ。

 彼女の言う復讐、とやらがどういうものかを聞くつもりはない。

 

 

 確かに、ここでソウルジェムや魔女化のあれこれを言って引き留めることは出来るのだろう。あまりにも衝撃的すぎる真実は、魔法少女に対しての忌避感を与えるには十分だ。

 

 だが、それを言うのは気が引けた。

 それを言ってしまえば、彼女の意志を尊重しないのと同じだと思ったし、何より、それを伝えたところでその覚悟は変わらないだろうと確信させるだけの決意を彼女の目から感じ取った。

 

 

 我ながら、ずるいやつだと自嘲する。

 

 自分の時はソウルジェムの事も魔女化の事も音子さんからは伝えられなかった。それは私が契約に消極的だったからと、既に魔法少女だった友人の前だったからというのもある。結局、私は選択の自由なんてほぼない状態で契約を結ぶ羽目になったのだけど。

 

 それに比べれば、目の前の彼女は恵まれている。

 

 復讐が目的だとななかさんは言った。だがそれは、キュウべえに願わずとも選ぶことのできる道でもある。でも、それはきっと生涯を捧げなければ成し遂げられないだろう未来だ。

 

 だから、私は盛大に恰好つけて言ってやる。

 

 

 ――生きるか死ぬか。平穏か戦いか。どちらの道を選ぶのか。

 

 

 その選択を、彼女に委ねた。

 

 

 ……ななかさんは、後者を選んだ。

 

 

 彼女の青白い(無色の)魂に色が付き、形を成す。

 ――紅色の、鮮やかな椿の花。

 瑞々しさを感じさせる、生命力に満ちた美しい輝き。

 物質として形を成した魂の器が、彼女の手の中に現れる。

 

 

 今この時、私は一人の魔法少女の誕生に立ち会った。

 であれば、次は先達として彼女を導くとしよう。

 

 

 都合よく魔女が活動を始めたらしく、ソウルジェムに反応があった。

 私はななかさんに手を差し伸べる。決断的な彼女のことだ。きっと強い魔法少女になるだろう。

 

 

「今日はこれから魔女退治なんですが、ついてきますか新人さん? せっかくですから、魔法少女のイロハを教えて差し上げますよ」

「……ええ。それではご教授お願いしますね、つばめさん」

 

 

 さあ、今日も魔女退治を始めようじゃないか。




〇常盤ななか
覚悟ガン決まりのヤクザ(違う)お嬢様。
作者の推し。

〇琴織つばめ
めちゃくちゃRPしてる子。
先に番外編で触れたが、つばめはななか組やアザレア組との行動が多くなる。
わざわざ参京院にした理由は大体これ。
魔法少女の契約についてはどっちつかず派。やらないほうがいいけど、やる理由もわかるので一概に否定はしない。キュゥべえは絶許。


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第十話 空手少女・その魂の在処

メインストーリーがどえらいことになってたり衝撃の真実が明かされたりしましたが、根本の設定を捏造したことで二部のプロット自体が大幅にねじ曲がっているので本作は都合のいいとこどりでやっていきます。

今回もメインはななかです。


 私、常盤ななかが魔法少女としての契約を交わし、居合わせた琴織つばめさんと共に魔女退治を行うようになって数日が経ちました。

 

 

『復讐する力がほしい』その願いがどのように叶えられたのか最初は分かりませんでしたが、実際に魔女やその使い魔を目にしたとき、願いの結果を知りました。

 

 

 

 ――あれは敵だ。

 

 

 無意識。

 初めて見る存在だというのに、私の脳裏にはあの異形が敵であるということを、道理を無視して私は直感しました。そして、この『敵を知る力』こそが、自分が願いで得た力であると悟りました。

 

 

 魔女との戦いが終わった後、つばめさんにも尋ねてみました。

 最初、魔女を見て敵だと直感したかと。

 

 

「――いえ。そのようなことは在りませんでしたね。私は契約前に使い魔を見ていますが、あれはどちらかと言えば身の危険を感じたがための脅威でしたし、契約後に得た力もこの魂を認識する眼です。そう考えれば、ななかさんの能力は敵を判別する第六感……辺りでしょうかね。大体の魔法少女は能力がどのようなものか無意識に理解できるようですし、多分それで合っているかと」

 

 

 つばめさんはそう答えました。

 やはり、私が得た能力は「敵を見定める力」と考えていいでしょう。

 

 ……華心流は高弟たちによって奪われ、歪み、貶められた。

 

 それは紛れもない事実。彼らから華心流を奪還することが、私の復讐。

 しかし、実際に誰がそのような方針を決めたのかは分からない。

 現在の家元は高弟の中でも特に父に認められていた者だったが、その彼はむしろ本来の華心流に忠実な、侘び寂びと華の調和を解する男だった。

 だというのに、彼が家元となった途端に華心流は見た目の派手さだけを追求するようになった。

 

 本心を隠していた? 

 だとしても不可解だ。

 そのような心が見透かせぬほどに父は愚かではない。むしろ彼の誠実さは私ですら好ましかった。だからこそ、華心流が堕落した時に父はあれほどに憔悴したのだ。

 

 

 だから、私は復讐心の裏に考えがあった。

 

 この事態は誰かが裏を引いていたのではないか? 

 いきなり方針が真逆になるなど、おかしいことではないのか?

 

 その疑問を父にぶつければ、もしかしたら、という前置きのもと、父は言いました。

 

 

 ――奴は誑かされたのだ、と

 

 

 それが目先の栄光を求めた何者か、あるいは傀儡にして自分が利益を得ようと考えた何者かがいることを示していたのか、ただ単純に欲望に駆られたのかは最早わからない。

 ですが、裏で糸を引く真の復讐相手が別にいる可能性を、私は考えるようになった。

 

 

 そうして魔法少女となり、私はその考えが間違っていなかったことを知った。

 

 

 華道の稽古にて顔を会わせる高弟たち。

 魔法少女となって初めて彼らを見たその時。

 

 ――私の脳裏には何も響いてこなかった。

 

 彼らは正真正銘、魔に誑かされただけの犠牲者の一人でしかなかった。

 

 

 私の復讐すべき相手は、魔女。

 

 そう確信し、魔法少女として戦う事が自らの運命であると悟った私は、その後もつばめさんと共に魔女退治に勤しみ、その中でまたある発見をすることになりました。

 

 

 それはとある使い魔と相対した時のこと。

 

 

「うわ……数多い。さて、今回は私が先に斬り込むのでななかさんは……ななかさん?」

「――敵だ」

「はい?」

 

 

 それまでよりもはるかに群れるような使い魔を見て、私の脳裏によりいっそう強い言葉が響きました。

 

 

 ――あれこそが敵だ。

 

 

 その意味が何を示したのか。

 考える必要もない。

 

 魔女とはいえ、全てが同じ個体ではない。

 ならば、自分の家に災厄を齎した魔女はただ一体。

 

 それが強く反応したということは、つまり……!

 

 

「この使い魔を率いる魔女こそが、私の――」

 

 

 復讐するべき、相手だ――!

 

 

 

 

 

「もう。ななかさんが突っ込んでいくから何事かと思いましたよ」

「すみません。まさか私の魔法があれほど強く反応したのは初めてのことでして……」

 

 

 使い魔を掃討し終え、つばめがホッとしたように息を吐いた。

 当初の取り決めとは異なり単身突っ込んでいったななかを追いかけ、今までよりも血気迫る表情で使い魔を斬り伏せていくななかに少々面食らいながらも、つばめはフォローを全うした。

 ななかは申し訳なさそうに謝罪する。明らかに自分の落ち度なので態度がしおらしい。普段は凛としているが、こういう時は可愛いなとつばめはにやけそうになるのを堪える。

 

 

「だからあんなに殺気立ってたんですねえ。――それで、あれがあなたの?」

「ええ。私の一門を奪った魔女です」

 

 

 確信を以って断じる。

 あの使い魔の親元である魔女こそが、自分の追い求める復讐相手。

 必ず倒す。ななかの目に決意が宿った。

 

 

「成る程。でもあの結界に魔女はいなかった。……あの規模、おそらくその魔女は街にかなり根を張っていますね。この神浜のいたるところに使い魔が放たれている可能性もある。長丁場を覚悟する必要があるでしょう」

「ふむ。ではどのように?」

「今まで通り、地道に事に当たりましょう。身近なところから怪しい事件がないか、調べていくしかないかと。流石にこれを放ってはおけません、私も協力しますよ」

 

 

 神浜は広い街だ。魔女のひしめく中から特定の魔女を探し出すと言うのは中々に難しい。だが、魔女には好む絶望、犯行手口とでも言おうか、引き起こす事件の傾向が存在する。

 殺人、失踪、自殺、窃盗。そうした事件をプロファイリングしていけば、ある程度の絞り込みも出来る筈だ。そのためにも、まずは事件を片っ端から調べていく必要がある。

 今回の使い魔と同じ魔力を探知していけば、その傾向も掴めるだろうとつばめは語った。

 

 

「わかりました。ありがとうございます、つばめさん……!」

「いえいえ。困ったときはお互い様。一人きりの戦いとか、やり遂げる前に心が折れちゃいますよ」

 

 いつもと変わらない様子で、つばめは不敵に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 そして、また少し日が経ち。

 常盤ななかは使い魔を追っていた。

 

 彼女が相対した魔女の手下。

 その中でもななかが復讐相手と確信した個体である。

 

 かなりの規模を持つというつばめの見立てに違わず、この使い魔たちも神浜のいたるところに存在していた。

 

 今回もまたその使い魔と遭遇したのだが、魔法少女が近づいていると感づいたのか、ななか達がその結界を感知した時には既に逃走を始めていた。

 

 逃げ足の速い使い魔を追うべく、ななか達は追跡を開始する。

 

 つばめとは別行動をとり、二手に分かれて使い魔を追い込んでいる。

 

 そして現在、ななかは使い魔の魔力痕跡がある廃墟へと足を踏み入れていた。

 

 そこに使い魔の姿はない。だが、痕跡は先ほどよりも濃く残っている。

 どちらの方角に逃げたのか、ななかが探知しようと辺りに注意を向ける。

 

 そこで、彼女は地面にあるものが落ちていることに気が付いた。

 

 

「ソウルジェム……!?」

 

 

 卵型の銀色の宝石。細かい装飾は違えど、それはななかの持つものと同じ、ソウルジェムであった。

 ソウルジェムは魔法少女にとって必要なアイテム。変身、探知、魔法の行使と、魔法少女が戦うに当たってなくてはならない代物だ。それがこのような場所に落ちているということは、恐らく他の魔法少女が落としてしまい、やむなくその場を離れなければいけない事情があったと言う事。

 

 仮にソウルジェムを無くした状態で使い魔や魔女に遭遇したらどうなるかは考えるまでもない。早急に届けるべきだ。

 

 だが今は使い魔を探すことが最優先。取り逃がせば次はいつ遭遇できるかがわからない。ソウルジェムは後で拾いに行こう。もしかしたら、取りに戻ってくるかもしれない。

 しかしもう一人の魔法少女にはこのことを報告しておいた方が良いだろう。あちら側でソウルジェムを探している魔法少女と出会っているかもしれない。

 そう判断したななかはつばめに念話を繋げる。

 

 

『どうしましたかななかさん?』

『使い魔を追っている途中、ソウルジェムを発見しました。おそらく誰かが落としていったものと思われます』

『……は?』

 

 

 つばめの信じられない、と言うような返事が聞こえる。確かに、ソウルジェムは普段は指輪として装着されているし、変身後もアクセサリーとして肌身離さず身についている。わざわざ卵型の宝石状に戻して手に持ったりしなければ、ソウルジェムを落とすなどありえないだろう。

 

 

『持ち主を探すべきところですが、今は使い魔が優先です。つばめさん、そちらは……?』

『――今すぐその周辺を捜索してください。使い魔なんかよりも最優先です』

『え? ですが……』

『早く探す! 手遅れになる前に!!』

「は、はい!」

 

 

 普段は礼儀正しく、しかしどこか掴みどころのないつばめが、珍しく声を荒げる。

 その剣幕に押され、ななかもつい首を縦に振ってしまう。だが、つばめが焦るということは、よっぽどのことなのだろう。使い魔についても気がかりだが、ここは彼女の指示に従うことにした。

 

 

 幸い、その魔法少女はすぐに見つかった。

 廃墟のすぐそばの建設放棄地。

 空き地となったその場所で、ななかは一人の少女が倒れていたのを見つけた。

 

 

 自分たちと同じ参京院の制服。

 銀色の髪を短く切ったその少女は、ななかが体を揺すっても微動だにしない。

 声をかけても同じ。まさかとは思いながら、ななかは少女の胸に手を当てた。

 

 ――鼓動は感じられなかった。

 

 

「……そんな」

 

 

 目の前の少女が既に死体であることを確認したななかは、つばめが焦っていた意味を理解した。

 

 自分が追っていた使い魔がいたであろう場所にソウルジェムが落ちていた意味。それを理解できないほどななかは愚かではない。恐らくは、使い魔と交戦する中でソウルジェムを落としてしまい、一度体勢を立て直すためにあの場から離れた。しかし、追ってきた使い魔からの攻撃を受けてしまい、抵抗もできずにそのまま……。

 周囲に使い魔の気配はない。恐らく、もうどこかへ去ってしまったのだろう。

 

 確かに使い魔を倒すことは大事だ。だが、その過程で人の命を見捨てては何の意味もない。

 自分がこの少女を探す判断を咄嗟に下していれば、いやもっと早くに自分がソウルジェムに気づいていれば……。

 

 ギリ。と目の前の犠牲者に無力感を感じるななか。

 そこに、先ほど念話を繋げた先輩魔法少女が到着し、ななかに声をかける。 

 

 

「ああいましたいました。ななかさん、その子がもしや?」

「ええ。ですが、一足遅かったようで……」

「そうですね。まあ大体こうなってるとは思いました」

「……つばめさん?」

 

 

 探すように言った魔法少女が死んでいたと言うのに、さほど重要そうでもないようなつばめの口ぶりをななかは訝しんだ。

 だがつばめはななかに構わず、少女の遺体に触れて検分し始める。

 

 

「よし。そう時間は経っていない。ななかさん、拾ったソウルジェム、こっちにください」

「何をする気ですか?」

「まあ、見ててくださいよ」

 

 

 何か策があるのか?

 怪しみながらもななかは自分よりも経験のある魔法少女に銀色のソウルジェムを渡す。

 つばめは受け取り、そのまま流れるように横たわる少女の手にソウルジェムを握らせた。

 

 すると、ななかにとって信じがたい出来事が起こった。

 

 

「――ぷはっ!」

 

 

 少女が息を吹き返したのだ。

 止まっていた呼吸が再開し、今にも目を覚ましそうだ。

 

 

「……これは!?」

「――こういう事です。もう少し黙っておくつもりでしたが……こんな形で明らかになるとは」

「……どういうことか、説明を要求します」

「ええ。ですがその前に、彼女を起こしましょう」

 

 

 

 

 

 ――不覚を取ったな、とボクは思った。

 

 魔法少女になって行方不明をなっていた後輩たちを助けてから数日。

 ボクは神浜で起こる事件の裏に潜む魔女を探す日々が続いていた。

 

 そしてそれは今回も同じだと思ってた。

 結界の中で使い魔を見つけたボクは、これまでと同じくソウルジェムを取り出して変身しようとしたんだ。

 

 でも、その時の使い魔は賢かったのか、変身前のボクに攻撃を放ってきた。

 なんとか躱すことには成功したけど、運悪く手に持っていたソウルジェムを落としてしまったんだ。

 

 拾おうにも使い魔の攻撃が次から次に……!

 ここは仕方ないと一度撤退することにした。

 

 逃げて、身を潜めて、隙を伺って、ソウルジェムを取りに戻って……

 

 

 そこで、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「お嬢さん。起きてくださいよ」

「ううん」

 

 

 ――何か、聞こえる。

 体が揺さぶられる。

 詰まっていた息を吐き出し、新鮮な空気を身体が自動的に取り入れる。

 

 何だろう?

 まだはっきりとしてない意識で目を開けると、視界いっぱいに女の子の顔が飛び込んできたんだ。

 

 

「……誰?」

「誰って、死神ですよぉ。ここは三途の川。あなた死んじゃったんですよ」

「――え、え!?」

 

 

 その言葉に慌ててがばりと起き上がる。

 死んじゃった? 嘘、もしかしてあの時?

 

 周囲を見渡せば、気を失う前にやってきた空き地。

 空には星と月が輝いている。

 

 目の前の少女は眼鏡をかけ、紫がかった黒い髪を一本の三つ編みにしていた。大人しい、というよりは冷静で落ち着いているような雰囲気を感じさせる子だった。その後ろには同じく眼鏡をかけ、紅い髪をした綺麗な顔の女の子が立っていた。二人とも、ボクと同じ参京院の制服を着ている。黒い髪の子のほうは高等部の制服。紅い髪の子はボクと同じ中等部だ。

 

 ――よかった。ちゃんと生きている。

 

 

「ま、嘘ですけど。おはようございます」

「……おはようございます?」

「感謝しなさいよ。あなたソウルジェム落っことして意識無くしてたんですから。そこのななかさんが拾ってなかったら死体と間違われてもおかしくありませんでしたよ?」

「え。あ、え……?」

 

 

 言われて、ボクは手の中にソウルジェムが握られていることに気が付いた。

 もしかして、拾ってきてくれたの?

 

 

「はい。私が拾いました。あなたので合ってたようですね。良かった……」

「あ、ありがとう! ところで君たち、誰……?」

「私ですか? 私は常盤ななか。あなたと同じ魔法少女です。そしてこちらが……」

「琴織つばめですよ。同じく魔法少女。それであなたの名前は?」

「ボク? ボクは志伸あきら。君たちはどうして……」

「まあ、多分君と同じだと思いますよ?」

 

 

 常盤ななかと琴織つばめ。この二人の魔法少女も、ボクが追っていたのと同じ使い魔を探していたらしい。その途中で、ボクが落としたソウルジェムを見つけ、急いで探してくれたんだって。

 つばめさんからはソウルジェムを落とすとか迂闊すぎると言われてしまった。確かに、そもそも遭遇してから変身してたら遅いよね……うう、なんだか恥ずかしいな。

 

 

「とにかくありがとう! よーし、これで変身して……!」

 

 

 でもよかった。これでまたあの使い魔を追いかけることができる!

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 ボクはお礼を彼女たちにお礼を言い、変身しようとした。でもその時、ななかに呼び止められたんだ。

 

 

「ここは引き上げましょう」

「えー! なんで!? これからじゃないか戦いは!」

「あなたは今そこで倒れていたんですよ? 万全とはいえない状態だと思いますけど……?」

 

 うぐ……。そう言われるとぐうの音も出ない。ちょっと逃げた程度で倒れるなんて、もしかして気づかないうちに疲れが溜まっていたのかな? ここ最近、夜は魔女退治に神浜中を走り回って寝る時間もちょっと少なくなっていたし、授業中とかちょっと眠気が酷かったからなあ……。

 

 

「なので、撤収です。いいですね?」

「え、あう。はい……」

 

 

 妙な迫力に気圧されて、そのまま頷いてしまった。つばめさんは何がおかしいのか、終始ボクたちのやり取りをにやにやと眺めているだけだ。

 でも確かにななかのいう通りだ。今日はこのまま帰って、しばらく身体を休めよう。

 

 

 

 

 後日、ななかがキュウべえから話を聞いたところによると、ボクが倒れていたのは魔力が不足していたからだって。貧血みたいなものなのかなあ? とにかく、今度は気をつけなくちゃ!

 

 そうして気合をいれていると、ボクはななかに呼び出された。

 一緒に魔女を倒しにいくのかな? と思っていたら、いきなりななかはボクに戦えと言い出したんだ。

 

 どういう訳かわからなくて理由を訊いたら、ななかはボクが弱いからと言ったんだ!

 

 

「あんな所で倒れて醜態を晒して……。どうせ魔女に討ち取られてしまうのが関の山でしょう。ですので、ここで負けたら素直に学生生活に戻るのがよろしいかと」

「うわ、めっちゃ煽ってるよ……」

 

 

 つばめさんの引いたような声が聞こえる。でもそんなのはどうでもいい。大事なのは、ボクが弱いと言われたことだ。仮にも空手家として、その言葉を黙って聞き逃せるほど、

 

 

「人間ができちゃいないんだよね! いいよ、実力で分からせてあげるよ!」

「ええ。こちらはいつでも……」

「ではこの立ち合い、私が見届けるとしましょう。では、お互いに……」

 

 

 つばめさんがボクとななかの間に立つ。

 一歩引いたつばめが槍を構え、振り上げた瞬間。

 ボクたちは変身し、互いの武器を交わしたんだ!

 

 

「「勝負!」」

 

 

 

 それから、ボクとななかの戦いは苛烈を極めた。

 

 ななかの繰り出す刀を避けて、ボクは拳や蹴りで反撃する。

 ななかが防御に回ったら、今度は攻撃に回る暇がないぐらいの速度で攻撃していく。

 拳と足というリーチの不利はあったけど、魔法少女になって強くなった身体能力はボクの身体を思うように動かしてくれた。

 そうして攻め続けて、ななかの体勢が崩れた。

 

 このまま決める……と意気こんだ時だった。

 

 ななかが唐突に変身を解いて、そこまでだと決闘を打ち切ったんだ。

 いやいや、いまから決着がつくって言うのに、そこで中断ってないよね。

 

 

「いいんです。あなたの実力は分かりましたから。ですよね、つばめさん?」

「ええ。あきらさんの実力、文句ないものです」

 

 

 え、え?

 

 ななかさんとつばめさんがお互いに頷き合っている。実力が分かった?

 もしかしてボク、試されてたってコト?

 

 どうやらななかが言うには、魔女を倒すために一緒にチームを組みたいけど、その前にボクの実力を計りたかったらしい。確かに、ボクは倒れているところを助けてもらったのが初対面だから、情けないと思われていたのは仕方がない。

 

 

 でも、ボクとななか達はまだ知り合ったばかりだし、いきなりチームって言われてもなあ……。と、ちょっと渋ったのがまずかった。

 

 

「あきらさん。私困っているんです! 本当に、あきらさんがいないと魔女と戦えないぐらいに困っているんです!」

「え、ええ!?」

「私聞きました。あきらさんは困っている人を見捨てないって!」

「う、うわ……。いやでも、仲間ならもうつばめさんがいるじゃないか!?」

 

 

 有無を言わせないように頼み込んでくるななか。

 この唐突な展開についていけないボクは、横で眺めていたつばめさんについ助け舟を求めてしまった。

 すると……、

 

 

「ええ~~~~? もしかしてあきらさん断っちゃうんですか~~~~? あなた確か参京のトラブルシューターとか言われてましたよね~~~~?」

 

 

 助け舟どころか、やってきたのは援護射撃だった。

 ななかの熱心な頼み込みをカバーするように、つばめさんはねちっこい感じにボクを煽ってくる。ぐ、ぐぐ……!

 

 

「お願いします!」

「あきらさんならできる! 私たちと一緒に頑張りましょう!」

「ズ、ズルいよそんなのは~~~!?」

 

 

 ……と、丸め込まれて、ボクはななか達とチームを組むことになった。

 

 ボクたちとは違う何かを見つめているななかと、それを後ろから見守るようなつばめさん。

 

 

 そんな二人との出会いは、こんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 ……時は少し遡る。

 

 深夜の廃神社。

 

 ななかとつばめは向き合っていた。

 

 

「さて、色々と聞きたいことはありますが……先日のアレ。一体どういうことですか」

 

 

 アレとは。なんて聞く必要もない。ななかが聞きたいのは当然、先ほどの志伸あきらの件についてだ。

 倒れている彼女を発見したときは明らかに死体だった。だというのにソウルジェムを手に戻した途端息を吹き返した。その処置を淡々と実行した様子からつばめはそのことを当たり前のように知っていた。彼女が一体、ソウルジェムについて何を知っているのか、ななかは問い詰めずにはいられなかった。

 

 

「……まあ、お察しの通りだとは思いますが。ソウルジェムとは名前の通りの意味なんですよ」

 

 

 つばめは少し逡巡する素振りを見せた後、口を開いた。

 ソウルジェム。ソウル、ジェム。魂の、宝石。

 ――少し考えれば、その答えは単純だった。

 

 

「ソウルジェムが……私たちの……命……!」

「クソったれな事実でしょう? あの白いの、聞かれない限りは答えないんですよ。……ま、私もだんまり決め込んでたのは同じですが」

 

 

 つばめはキュウべえへの不満を吐き捨てた後、自嘲するように呟いた。

 

 

「……なぜ言わなかったのですか?」

「言って止まるとも思えなかったからです。ソウルジェムが壊れて死ぬのと、心臓や頭ぶっ潰されて死ぬの、結論だけ考えればどの道同じこと。仮に伝えたとして、あなたは契約を躊躇いましたか?」

「……いいえ。恐らく、私はそれでも契約をしたでしょう」

「そう言う事です。キュゥべえの言い分はまた違いますがね。私の場合は、この事実を伝えるかどうかで日和っただけです。……軽蔑しましたか?」

 

 

 仕方がない。とつばめの表情が物語る。

 確かに、知っていながら告げなかったのは不義理と言えるだろう。それを伏せて契約を認めたと言うのであれば、騙されたと言う資格がななかにはある。

 だが、その事実を知ったとして、容易く他人に言えるものでもない。

 他ならぬつばめ自身もまた、当人の捉え方とは別に、この事実を深く受け止めていた。だからこそ、今まで黙っていたのだ。

 

 

「いいえ。このような事実です、おいそれと他人に話せないのは当然でしょう。私はあなたに一度契約を止められました。その上で覚悟を決めた以上、あなたを糾弾するつもりはありません。……ですが、キュゥべえはまた別のようですね」

「――どういうことかな。ソウルジェムは君たちが魔女と戦う上で最適な形なんだけどね」

 

 

 ななかの糾弾に抗議するように、どこからともなくキュウべえが現れる。

 

 

「君たち人間は手足が損傷しただけでも満足に戦えなくなる。けれど魔法少女として魂をソウルジェムに変換したならば、ソウルジェムが破壊されない限り肉体を回復して戦うことができる。それともだ常盤ななか、キミも魂の在処とやらに拘るのかい?」

 

「……!」

 

 

 この時、ななかは直感した。

 

 

 ――キュウべえは敵だ。

 

 

 つばめが全力で止めたのも今なら本当の意味で腑に落ちる。彼女は、キュウべえのこのような一面、いや本性を、二年も前に見ていたのだ。

 ただの宝石に、自らの魂を移し替える。

 健常な人間であれば躊躇うだろう真実を、この生命体は何の感情も見せることなく言ってのけた。少なくとも、人から見て正常な存在ではあるまい。

 

 

「……いいえ。私はすべてを受け入れます。あなたに聞くことはもうありません」

「そうかい。ならボクが言う事は何もない。魔女を退治することが魔法少女の宿命だ。それさえ全うしてくれるのなら何でもいいさ」

 

 

 言外に失せろ、というのが伝わったのか、キュウべえは瞬く間にどこかへと消え去った。

 

 

「……ふう。つばめさんがあれだけ邪見に扱っていた理由がわかった気がします」

「でしょう?」

「あなたも、あの真実を受け止められたのですか?」

 

「う~ん。そうと言えばそうなんでしょう。私の場合、最初からなんとなくそうなんじゃないかっていう予想を立てていたから受け止められる準備ができていた、というのはあるでしょうね」

 

「そうですか……。つばめさん」

 

「はい」

 

「まだ、キュウべえが黙っていることはありますか?」

「ある」

 

 

 即答だった。

 

 

「……成る程。あれはとことん私の敵のようですね」

 

「おや、聞かないんですか?」

 

 

 そう答えたと言うことは、つまりつばめもその『隠し事』について知っていると言う事だ。キュウべえが黙っているあらゆることを、つばめはこの際すべて伝えるつもりでいたのだが……。

 

 

「ええ。あなたが黙っていると言う事はよっぽどのこと。それだけの事実を受け止めるのであれば、私もまた、相応の時というものがある。これは、私の納得の問題です」

 

 

 ななかもそれなりに動揺してはいるのだ。だが所謂見栄を張っており、魔法少女の先達たるつばめと互いに遠慮なく付き合えるだけの度量を身につけられたと、ななか自身が判断できた時に改めてその真実を聞こうと決心していた。

 

 

「はいはい。……それで、あきらさんにはどう説明します?」

 

「流石にあきらさんにそのまま伝えるのはよくないでしょう。魔力が切れた、とでも説明しておきます」

 

「まあ、それなら納得も行きやすいでしょうね」

 

「それでですねつばめさん。私、あきらさんとチームを組もうと考えているんです」

 

「……ほう?」

 

「あきらさんだけではありません。他にも仲間を募り、力を合わせて魔女を倒すべきだと思いました」

 

「それは善い判断ですね。それでまずあきらさんですか……。確かに、あの竹を割ったような性格は魔法少女として組むのにはいいですね(あと顔がいいのが二人になる)」

 

「ええ。それと、彼女が追っていた使い魔もまた、私の復讐相手に連なる存在。同じ目標を追う者として、手を組むのにこれほどふさわしいものはないかと」

 

「……驚いた。そこまで考えてるんですね」

 

「ふふ。少しは見直してくれましたか?」

 

「何を今更、ななかさんの腕前には、私はいつも驚かされてますよ」

 

「あら、お上手ですこと」




◯常盤ななか
「真の復讐相手」を見定めたいという考えが能力に昇華したようだが、なぜそう思ったのかを考えると、やはり高弟たちの方針転換は目に見えて不自然だったのだろう。それこそ、魔に誑かされたように。

〇琴織つばめ
彼女を作るに当たって、主要なモデルは「シオン・エルトナム(メルブラ)」と「フィルギア(忍殺)」。礼儀正しく飄々としながらも、容赦なく敵を屠るキャラになった。

〇志伸あきら
ボクっ子空手少女。
後輩女子に告白された伝説がある。
ソウルジェムを落っことしたり、武器にソウルジェムがついていたりととにかく危なかっしい。


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第十一話 少女の覚悟

時系列ガバりました。
ちょっと不都合が起きたので第九話の描写を少し変えました。
夏の初め → 九月中旬
ななかの学年が中等部三年 → 二年

アーカイブでの学年設定は原作時期のものと仮定していますので、たまにこうしたズレがでてきます。お許しください。


 ななかさんと一緒に魔女狩りをするようになって数日が経過した。

 

 ななかさんは居合いを学んでいたと言うだけあって戦いへの順応が速く、数日フォローしただけで、最早一人でも魔女を狩るのに不足がないだけの実力に育っていた。おそらくは復讐という動力源もあるのだろうが、素質自体も中々のものがあったと言う訳だ。

 

 私たちは二人で順調に狩りを続け、ななかさんの復讐相手である魔女を見つけるために暇を見つけては神浜の夜を探っていた。だが予想通りかなりの規模に使い魔が展開しているようで、未だに本命の魔女と遭遇するには至っていない。

 

 まあ、そんな事はさておき、年がら年中魔女と戦っていては気が滅入る。

 戦いに次ぐ戦いで疲弊した心を癒すためにも、人生には息抜きが必要だ。むしろ息抜きの合間に人生をやるべきかもしれない。趣味があってこそ、私は生きているようなものだからだ。

 

 そんな私のここ最近の休日の過ごし方は決まっていた。

 

 それは本屋漁りだ。

 

 家の側にある水徳商店街に存在する()()()()という古書店で、ここで本を物色したり立ち読みしたり買い込んだりするのが最近の私のマイブーム。本が安く買えるだけではない。新書店にはもう並んでいない漫画やノベル、TRPGのリプレイ本なんかが掘り出しものめいて見つけ出す行為そのものが楽しいのである。

 

 また、そこでは店主さんの可愛い娘さんが時折店のお手伝いをしており、よく本のおすすめなどをしてくれる。かくいう私も、年齢は離れていたがお互い読書家ということも相まって話が弾み、そこからおすすめの本を教えあったり感想を持ち寄ったり沼に引きずり込んだりする仲――すなわち同士になったのだ。

 

 そしてこの日も、朝から昼まで夏目書房に向かうつもりだった。

 

 今日は最高の一日だという実感をもってベッドから起きる。

 朝食と一通りの家事を済ませてから出かける支度をする。

 この日の為に昨日は魔女狩りも休んだのだ。進軍の準備は万全である。

 

 

「父さん。今日は昼まで書店に行ってきますね」

 

 

 父に昼まで帰ってこないことを告げる。

 

 

「……ふむ。今のうちに言っておくべきか。つばめ、ちょっとで済むから話を聞きなさい」

「どうしました?」

 

 

 何やらしかめ面で思案した後、父はおもむろに話を切り出した。

 

 

「近頃、神浜の各地で土地の強引な買収騒動が起こっているのは知っているな?」

「はい。何でもマンションを建てる予定という話でしたよね?」

 

 

 父が行っているのは、ここ最近神浜の各地で起こっている土地買収騒動、すなわち地上げだ。都市開発の一環として打ち出されたマンション建設計画。そのための土地を確保するために、神浜の各地……特に商店街など昔から存在してきた土地を強引に買い上げようとしている動きが問題となっていた。

 建設放棄地帯が大量に散逸しているというのに、性懲りもなく一部の人間の利益のために適当な土地を買収して適当な建築を行う。そんな発展都市の負の象徴の標的には、ここ参京区の水徳商店街の一角が該当しており、さらにいえば今まさに向かおうとしていた夏目書房が地上げによる嫌がらせをうけている最中だった。

 

 私の楽園(エデン)を奪おうとは良い度胸だ。反対運動を行う地域の皆さんを応援していた私だったが、ここ数日で、別の方面からこの問題に関わろうとしていた。

 

 それは、魔女。

 

 いくら開発真っただ中の神浜とは言え、今回の地上げはあまりにも強引かつ、悪意に満ちすぎており、その背景にはやはりというか魔女の存在があった。

 

 そのことに気が付いたのはななかさんと巡回を行っていたある日の深夜。私たちはちょうどある店の前で落書きやゴミのばら撒きといった嫌がらせを行っていた男を見つけたのだ。目撃者が来たと言うのに目もくれることなく嫌がらせに終始する男の首元に魔女の口づけが存在していることを確認した私たちはすぐさまその男を取り押さえ、口づけを引っぺがした。

 すると、獲物を奪われたことに憤ったのか魔女の結界が姿を現し、そこにいた使い魔から、ななかさんの復讐相手である魔女の魔力を感じ取ったのである。

 

 即座にこれをブッ殺した私たちは、この神浜に蔓延る土地買収騒動に件の魔女が関わっている可能性へと思い至った。

 そう考えれば、地上げのやり方が強引にすぎるのにも納得がいく。魔女は人間社会の仕組みなど気にも留めない。より多くの人間を惑わし、際限なく不幸をまき散らしていくだろう。

 

 魔女を見つけだすため、私とななかさんは神浜の土地利権に関する事件を総ざらいすることにした。この件には父の手も借り、新西区と中央区では、魔女の潜みそうなポイントを洗い出すことに成功していた。

 

 今日はその調査がひと段落したことに対する自分へのご褒美も兼ねて、夏目書房に向かおうとしていたのだが……。

 

 

「そうだ。ついでに言えば建設予定のマンションの一つ、そのロビーのデザインについて依頼が来ていた。当然断ってやったがね。無理やりに建てた建築物を手掛けたところでその評価には一銭の価値もない。丁重に断ってやったさ」

 

 

 クククと意地の悪い笑みを浮かべる父。大方、かなりの嫌味を遠回しに書いた謝罪文でも送り付けたのだろう。中々に底意地の悪いことをするものだ。

 

 

「はあ。話したい事ってそれですか? 時間が減るのでもう行ってきますね」

「待て待て。そんな明らかに不服な顔をするな。どの道、お前の予定はキャンセルだ」

「はあ?」

 

 

 キャンセル? 何を言ってるのだこの親父は。

 

 

「何ほざいてるんですか。洗濯物別々に洗ってほしいんですか?」

「そう怒るな。水道代ももったいないだろう。……まあ、これを言ったら恐らくお前は怒るだろうが心して聞け。

 いいか――お前が行こうとしている夏目書房は昨晩燃えた」

「え」

 

 

 いま、何と言った?

 もえた? モエタ ? 萌えた? ……燃えた?

 

 

「燃えたって……あの、火がめらめらと?」

「その通り。昨日の夕方から夜にかけて放火が発生した。昨日消防車が鳴っていたのは知っていただろう? ニュースにも載っていたから見ていると思ったのだけどね」

 

 

 ニュース。ニュース……。

 

 そうだ。確か昨日は夕飯と風呂を済ませてから宿題をして、そのまま早くにベッドインしようとして、結局寝付けないので攻城ゲームのオンラインプレイで時間を潰していたんだっけ。デイリー消化程度にやるつもりだったのだけど、一緒にマッチングしていたフレンドの『randios』と『blue_axe』の二人組にキルされまくった挙句、いつものように煽られまくってつい熱が入り過ぎてしまった。でもなぜか二人は勝手に内ゲバ始めて、最終的に私こと『Swall』は『blue_axe』と結託して『randios』をハメ殺し、死体の上でシャゲダンかましてやったので満足した。SNSもだらだらと見ていたけど、地域の事件は乗らないからニュースが流れても火事なんて私の目には入ってこなかったんだ。

 

 携帯端末を取り出して、ニュースサイトを開く。

 

 そこの注目度ランキングには、【古本屋で火災。放火の瞬間を店主の娘は見た】という見出しがランクインしていた。

 

 

「そういうわけだ。今あそこには近寄れん。本屋に行くなら中央区や栄区のTATSUYAにでも行ってきなさい」

「こんちくしょうが!!」

 

 

 私の叫びが土曜の朝に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 夏目かこは後悔していた。

 

 

 自分の父が経営する夏目書房。

 それが放火によって失われた原因が、自分にあったからだ。

 

 時は昨日に遡る。

 かこが通う神浜市立大学付属小学校。あと半年で中等部に進学となる彼女が学校から帰ってきた時のこと、マンション建設反対を訴えるポスターが店の前で破り捨てられていた。

 

 かこの父親が地域の人間たちと一丸になって起こしたマンション建設反対運動。徐々に広がっていく輪であったが、同時にその熱を叩き潰すようにして嫌がらせも起き始めた。

 

 反対運動のポスターを破り捨てるのに始まり、ごみ捨て場を荒らす、店の壁に落書き。果てはどっちもサクラで仕組まれた暴力事件まで……。

 

 日に日にエスカレートする嫌がらせに憔悴する父親。そんな父の助けになれない事実に、12歳半ばの少女は無力感に苛まれていく。

 

 今日もまた、同じように破り捨てられたポスター。

 暗い気持ちでかこはそれを拾おうとした時、横から吹いた風が紙片を巻き上げた。

 

 反射的にそれを目で追うかこ。するとその視線の先に、店の横の路地に入っていく怪しげな風貌の男がいた。

 

 かこは興味本位でその男が入っていった路地を覗き――

 

 

 ――男が今まさに、自分の家に火を放つところを目撃してしまった。

 

 

 顔を隠し、勢いを増していく火をただ眺める男。

 

 お父さんに知らせなければ。かこはその場からそっと立ち去ろうとするが、いつの間に近づいていたのか、かこは火を放った男に肩を掴まれていた。

 無言のまま自分を見つめる男に、かこは恐怖心から命乞いをしていた。だが男はかこの姿など目に入れていなかった。それどころか、自分が何をしているのかすらわかっていないようであった。

 

 

 ……やがて、男は去って行き、あとにはかこだけが残された。

 

 

 放心するかこが見つめる先、炎は瞬く間に店へと燃え移っていく。古本という格好の燃料があったからだろうか、勢いを増した炎は、ほんの数時間で全てを燃やし尽くしていった。唯一の救いは、死者が出なかったことだ。

 

 全てが終わってしまった後、かこは真実を告白した。両親も警察も、彼女を攻めることなくただかこが無事だったことを喜んだ。それがかこの心を余計に苦しめた。

 

 火を放つのを見た瞬間、走って父に知らせていれば。

 自分が勇気を以ってあの放火魔に抵抗していれば。

 逃げられずとも、何か大声でも上げていれば。

 

 何か一つでも自分が行動を起こしていれば、店がすべて燃えるなんてことは無かっただろう。

 

 ひとまず夏目一家は仮の住居に住むことになり……その日の夜、かこはこっそりと店の焼け跡に向かっていた。

 

 あの時、私は何かができたんじゃないのか。

 

 自問自答を繰り返しながら店の前までたどり着いたかこ。しかし、そこには既に先客がいた。

 

 

「うおおおおお! 私の楽園が、日々の疲れを癒す止まり木があ……」

「いつまで嘆いているのですか。馴染みの店が失われた気持ちはわかりますが、この辺りに魔女が潜んでいる可能性は高いのですから、早く探さないと……」

「未だ見ぬ掘り出し物が、プライスレスが……」

「やれやれ。これでは魔女を見つけられるか不安だね」

「……いつからいたのですかキュウべえさん?」

「君たちはある魔女を追っているんだろう? ボクとしても、その手の大規模な魔女がいるのは困る。だから適度に経過を見に来るのは当然だよ」

 

 

 焼け跡の前で嘆き崩れている女性と、それを嗜める麗しい女性の二人組。そして彼女たちの足元をちょろちょろと歩き回る、猫ともウサギとも呼べない白い生き物。

 

 一見して何が何だかわからない光景を前にかこはしばらく唖然として……泣き崩れている女性に見覚えがあることに気が付いた。

 

 

「……つばめさん?」

「……かこちゃん?」

 

 

 その人物とは、最近になって自分の店に通うようになっていた琴織つばめであった。

 四つも年上であったが、自分と同じく読書を趣味とするつばめとは顔を合わせた時から意気投合し、おすすめの本を教えあったり、同じ本の感想についてそれぞれの意見をぶつけ合ってより考察を深めてみたりと年の差がありながらも同好の士として深い友情を結んでいた。店がこんなことになってから顔を会わせていなかった彼女が、まさかここにいるとは思ってもいなかった。

 

 

「つばめさん、その……」

「話は聞きましたよかこちゃん。まさかこんなことになってしまうなんて……。でも、かこちゃんが無事で何よりです」

「あ……」

 

 

 そう目を閉じるつばめの顔からは、夏目書房の喪失を本当に悲しんでいることが伝わってくる。こうして新しく常連となってくれた彼女だけではない。他にも店に馴染みのある人たちが多くかこ達の身を案じてくれた。かこにとってはそれが何よりも悔しかった。店を惜しんでくれることが、自分の無力さをよりいっそう突き付けてくるように思えてしまうから。

 

 そうしてまた思い詰めていると、紅髪の少女が口を開いた。

 

 

「つばめさん。この方はもしや……?」

「ええ。ここの一人娘の夏目かこちゃんです」

「は、はい。夏目かこです。えっと、あなたは……?」

「申し遅れました。私は常盤ななかといいます。かこさん、とお呼びしても?」

「あ、は、はい……。あの、つばめさん達はどうしてここに……? それとその白い生き物は……?」

 

 

 なぜこのような夜更けに店の焼け跡の前にいたのかかこは疑問に思った。様子を見に来た野次馬、というには少女二人の組み合わせは少々不自然すぎる。そしてなにより、彼女たちの足元にいる見慣れない白い生物が気になって仕方がない。

 だからまずはそれについて尋ねようとした。するとかこにとって予想外の反応が返ってきた。

 

 

「――っ! かこちゃん、あなたまさか……!?」

「かこさん、見えているんですか……? ここにいる白い……」

「あ、その、はい……」

 

 

 片や苦々しい表情で、もう片方は純粋に驚いたように言った。

 その反応を見てかこは少し不安になりながらも頷いた。

 

 

 ――もしかして、何か見えてはいけないものだったのだろうか?

 

 

 ある意味では間違ってはいないその考えをよそに、白い生き物は口を開いた。

 

 

「おや、キミはボクが見えるようだね」

「え、しゃ、喋ってる……?」

「はじめましてだ夏目かこ。ボクの名前はキュゥべえ。突然だけど、君は焼失した自分の家を取り戻したいかい?」

「え、え……?」

「――ッ! 何を勝手に――」

「まだ説明の段階だよつばめ。かこ、君は自分の家を取り戻せると言ったら、そう願うかい?」

 

 

 キュゥべえと名乗った白い生き物。人でない生き物が人の言葉を発したことはかこの人生の中で一番の驚きだったが、それ以上にキュゥべえの質問を聞き逃せなかった。

 

 自分の家が戻る? 父の店が……夏目書房が元に戻る?

 

 確かにそれは願っても無い事だ。そんなのは火事になった時からずっと思っている。今までのはタダの夢で、目が覚めて元の日々が戻ってこないかなんて、何度思ったことか。

 だがこれが現実だ。目の前には焼け落ちた家の跡。店が燃えていく様子を見て自分は何もできなかった。いまさら夏目書房を取り戻すことなんて、できるわけがないと諦めていた。

 

 

「で、でもそんなことできるわけ……」

「できるんだ。そのためにも、ボクと契約して魔法少女になってほしいんだ」

「え? まほう、しょうじょ……?」

 

 

 次にキュゥべえの口から飛び出してきた単語に思わず聞き返す。

 

 まほうしょうじょ。魔法、少女。魔法少女。

 

 

「魔法を使う少女。……で、魔法少女です」

「ええと、それ、何かの漫画や小説の話ですか……?」

「違います。事実、実在しています。……私も、このつばめさんも、そのひとりです」

「え、えぇ!?」

 

 

 言葉の意味を咀嚼していると、ななかが説明を付け足した。

 

 ――うん。確かに魔法少女と言いました。

 漫画、小説なんでもござれなかこからしてみれば、その単語は飽きるほど目にしている。魔法を使って、悪と戦う正義のヒロイン。数え切れないほどの作品で扱われてきたその名前を、戯言の多いつばめはともかくとして、この優等生然としたななかは自分がそうなのだと大真面目に言った。それどころか、かこの友人であるつばめもまた同じ魔法少女だと言っている。

 

 

「えぇ!? つばめさん、本当なんですか!?」

「まあ……はい。こんなヘンテコ生命がいることが何よりの証拠ですしね」

 

 

 にわかには信じがたいかこに、つばめは誤魔化そうかとも考えたが、おそらくそうしたところでキュゥべえはまたかこに接触するだろうと思い至り、素直に肯定した。

 

 

 そうしてつばめたちは、かこにかいつまんでの説明をした。

 魔法少女と魔女。願いと契約。

 そして、彼女の店を襲った魔女のこと。

 

 

「私は、あなたの家の火事も魔女が絡んでいると考えています」

「かこちゃんが見たって言う放火犯、どうにも話が通じなかったうえにかこちゃんに危害を加えなかったらしいじゃないですか。まあ怖がらせた時点でギルティですが。そういう心ここにあらずみたいな動きをする不審者って、大体魔女の操り人形になっているんですよね。今問題になっている土地騒動の例に漏れず、魔女が仕組んだものである可能性が高いかと。ぶっちゃけ今夜ここに来たのもその調査です」

「そんな……」

「つばめさん、少々喋り過ぎでは?」

 

 

 自分たちが調べ上げた情報を第三者にペラペラと話すつばめをななかは咎めるように言った。

 

 

「まあまあ。当事者なんだし、もう知っちゃった以上ある程度は知らせておかないと不安でしょう?」

「……そうですね。これで私たちの知っていることは以上です」

 

 

 説明を聞き終えたかこは、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「……私は、どうしたらいいのでしょう……どうしたら……」

「……何もしなくていいですよ。かこちゃん」

「つばめさん……?」

 

 

 つばめはかこに優しげな笑みを向けた。

 

 

「いいんです、何もしなくて。あなたは今まで通り……は無理でも、まだ平和な生活を送ることができます。あなたのような年端も行かない子が、私たちの世界に無理して関わらなくていいんです」

「でも、魔法少女になれば、犯人を捕まえることも……店も、家だって元に……」

「そうだ。キミが望むのであれば、それぐらいの事は容易に叶えられる」

「キュゥべえ、余計なことを……」

「おや、彼女の店が無くなってあれだけ悲しんでいたのは君じゃないか。彼女がこれまで通りの生活を取り戻すのを願うのは、君にとっても好都合だとは思うけどね」

「それとこれとは話が別です。確かに夏目書房はお気に入りの店でしたし、かこちゃんと本を教え合うのは楽しい時間です。……でも、魔法少女になるのは間違いだ」

「……以前は個人の意思を尊重すると言ったのにかい?」

「ええ」

 

 

 キュゥべえが発言の矛盾を突き付けるも、つばめは確と頷いた。

 

 

「身内びいきだろうと何でも言いなさい。私は、かこちゃんが魔法少女の運命を背負うべきではないと思った。それだけは断言できる」

「それが彼女自身の決断でもかい?」

「そうならないように努めるのが、私たちの役目でしょうに」

 

 

 つばめはキュゥべえに対して挑戦的に笑って見せた。そう、奇跡などなければ、諦めだってついたのだから。

 

 

「そうですね。……私からも言いましょうか、かこさん。魔法少女になれば確かに願いは叶うでしょう。ですが、それは同時に命を落とす覚悟を決めることでもあります。最終的に決断を下すのはあなたです。熟慮することをおすすめします」

「……はい。ありがとうございます」

 

 

 つばめの真摯な願いと、ななかの誠実な問いかけ。

 幼いかこの心は誘惑と困惑がせめぎ合い、その場では結論を出す事が出来ず、燻る未練を隠したまま、先送りをするように頷いた。

 

 

「まあいいさ。ボクも今の所は急かす立場にはいないからね。今日はこのあたりにするとしよう。さようならだ夏目かこ。願いが決まったらいつでも呼んでくれ」

 

 

 そう言い残してキュゥべえは去る。

 

 

「……さて。もうこんな時間ですし、私たちもそろそろお暇しましょう」

「そうですね。かこさんもお帰りになられたほうが良いですよ」

 

 

 つばめとななかも、魔女がいないと判断してその場から立ち去ろうとする。

 最後にかこに笑いかけて背を向けた二人を、かこはつい呼び止めていた。

 

 

「あの……! つばめさんたちだったら、どうなんですか!?」

 

 

「……それはあまりいい質問ではありませんね」

 

 

 その言葉に二人は立ち止まり、少しの間をもってから振り返った。

 

 

「す、すいません!」

 

 

 ななかの指摘にかこは謝った。迂闊な質問だ。魔法少女が命を懸けた戦いに赴くことになるのであれば、その根幹となった願い事は極めてデリケートなものである。ましてや、それを天秤にかけて願いをかなえるかどうかなど、彼女たちの現在を侮辱しているように捉えられてもおかしくはない。

 

 

「ですが……それが目的を達成する手段に成り得るとすれば、迷いなく選びます」

 

 

 だが、ななかは決意の籠った目で答えた。自分の選択に、後悔はなかったのだと。

 その言葉にかこの心は揺さぶられた。常盤ななかの言葉には、決断的な意志を感じられた。けれど、自分には未だそんな決心はできそうになかった。

 かこはななかから目を逸らし、親しい友人の方を見る。琴織つばめは、振り返ることなく、背を向けて微動だにしない。そのことに一抹の不安を感じながらも、かこはおずおずと問いを口にした。

 

 

「……つばめさんは?」

「――私に対してその問いには意味がありませんよ」

 

 

 返ってきたのは、冷淡な答えだった。

 

 

「どういうことですか……?」

「あなたの質問は、その場で選ぶ自由がある人にのみ許されるものです。それは、魔法少女の素質がある子でもかなり贅沢な悩みです。

 ――私には、そんなものを選ぶ自由はなかった」

「え……?」

「大事なものを失うかどうかの瀬戸際。何も考えることができなくて、私はぐちゃぐちゃな思考のままで願いを言った。それに後悔はありません。私が取り戻したものはかけがえのないものでしたから。……ですが、かこちゃんはまだいくらでもやり直せる。人生一回きりの特権を勢いで決めずに、大事にとっておくことをお勧めしますよ」

 

 

 優しい言葉を投げかけ、最後に手を振ってつばめは夜の闇に消えていく。

 ななかも最後にお辞儀をして、彼女の後についていった。

 

 

 店の焼け跡の前で、かこは二人の姿が見えなくなるのをただじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 ――と、私情バリバリでかこちゃんに説教垂れたわけだが、

 

 

 数日経った今、私とななかさんは再び夏目書房の焼け跡の近くに来ていた。

 

 というのも、ななかさんが標的としている例の魔女。その使い魔と思わしき存在が近辺で徘徊していたからである。魔女の行動パターンは放浪型、徘徊型、定住型などがある。例の魔女は神浜に多くの使い魔を放ち、一種のコロニーめいた結界が点在していることから、一定期間で各地を転々としながら戻ってくる徘徊型と定住型の複合と推測され、こうして使い魔が出現した場所を見回って魔女が出現していないかを確認しているのだ。

 

 というのが建前。本音はかこちゃんが心配で仕方がないのである。

 

 実のところ、あれだけ引き留めるようなことを言ったにもかかわらず、契約してしまうんだろうな。というどこか諦めに近い予想があった。

 

 夏目書房は私にとっては結局幾つかある趣味スポットの一つでしかないが、かこちゃんからすれば生まれてからずっと過ごしてきた家。自分の思い出が詰まった店だ。それが失われた悲しみは私なんかが語るにはおこがましく、取り戻せるチャンスがあるのならば、飛びつくなと言う方が無理な話。

 

 だから、今も焼け跡の前で一人黄昏ているかこちゃんは、きっと店を元通りにするか悩んでいるのだろう。それでもまだ契約していないのだから、かこちゃんはかなり思慮深いほうだ。……でも、ああして思い詰めている様を見ていると心が苦しくなる。

 

 かこちゃんに魔法少女の道を歩ませるのは反対だ。

 だが、もしかこちゃんが本気で契約を考えているのなら……それを拒むことはできないだろう。危険性を伝え、忠告を伝えた以上、私が彼女の意志に干渉していい段階はとっくに越えている。

 

 ――馬鹿馬鹿しい。本気で止めたいのであれば、そもそもとしてこちら側の事を一切教えてはいけないというのに。幻術や記憶操作を使う知りあいにでも頼んで、キュゥべえを認識できなくすればそれだけで済む話だ。奇跡も魔法も、その一切を取り上げて普通の生活を送らせているべきだというのに。その手段に踏み込むことができない。それは自分たちだけがずるをしたような罪悪感を恐れているからか?

 

 

 なんてことを考えていたからだろう。

 私は幽界眼を発動させることも忘れ、それどころかソウルジェムの反応にすら気を配ってはいなかった。

 

 

「……つばめさん! 今、かこさんが結界に!」

「え?」

 

 

 ななかさんに言われて目の前に意識を戻せば、先ほどまでいた筈のかこちゃんの姿はどこにもなく。代わりに空間の狭間から魔女の穢れが色濃く染み出していた。

 

 ――全く、何をしているんだ。私は。

 

 

「しまった……! 急ぎましょうななかさん!」

「勿論ですわ!」

 

 

 私たちは駆け出し、変身しながら結界の中へと躍り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 焼け跡の前にいた筈の私は、いつの間にか知らない場所に迷いこんでいました。

 

 立ち並ぶ給水タンク。空に浮かぶ奇妙なオブジェ。遠くに見える俯瞰の風景。そこは学校やビルの屋上のようなおかしな空間でした。

 

 そして、私の目の前には片手の顔に鍵束をぶら下げた変な生き物。

 いや、これを生き物と呼んでいいのかはわからないけど、とにかくその変な生物は私を見るやいきなり襲い掛かってきました。

 

 

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 ――殺される。

 そう直感した私ですが、恐怖でその場から逃げることもできず、目を閉じて叫ぶことしかできない。

 

 

「いた、ななかさん!」

「お任せを――はぁ!」

 

 

 そこに、凛とした声が響きました。

 

 

「ご無事かしら、かこさん?」

「――もう大丈夫ですよ。あとは私たちにお任せを」

 

「……ななかさん? つばめさん?」

 

 

 目を開けると、そこにはお二人の姿がありました。

 ななかさんはフリルのついた洋服の上に着物を着崩した和洋折衷な衣装。つばめさんは対照的にどこかの軍隊のような紫の衣装を身に纏っていました。どちらも漫画やアニメに出てくるヒロインのような服装で、その……すっごく似合っていました。

 

 その後、私はここが魔女の結界であるということを教えてもらいました。つばめさん曰く、魔女が移動したことで動いた結界の端に取り込まれてしまったのだと。私を襲ってきたのは魔女の手下で、説明をしている最中にも、さっきと同じ姿の使い魔がたくさんやってきていました。見た限り三十体以上はいたでしょうか。こんなにたくさんの数、襲われたらひとたまりもありません。

 

 ですが、お二人は少しも怯むことなく、武器を手に取りました。

 

 

「さて、いけますかつばめさん?」

「当然。今ちょっと鬱憤溜まってるから丁度良かったぐらいですよ」

「それは頼もしい。……では、蹴散らしましょうか」

 

「え、え!? でもあの数ですよ!?」

 

 

 

 確かにお二人は見ただけで強そうだなと思いましたが、それでもあの数に二人だけでは無謀だと思いました。

 ですが、ななかさんは決意に満ちた表情で言いました。

 

 

 

「数は問題じゃありません。やるか、やらないか。人生は、運命は自らの手で切り開くもの。わたしはここで死ぬわけにはいかないのです」

「……自らの、手で……」

 

 

 ななかさんの言葉は、私の心に深く染み渡りました。

 この人は目の前の脅威から逃げようとせず、正面から立ち向かおうとしている。

 そしてそれを支えるように、隣に並び立つつばめさん。

 彼女は私の頭を軽く撫でてから、私を諭すように、あるいは何かを促すように言いました。

 

 

「まあ、私となら大体余裕ですよ。かこちゃんはここで見ていてください。私たちがどんな世界に生きているのか。それを見極める機会です」

「は、はい……」

 

 

 そうして、つばめさんとななかさんは並び立ちました。

 

 

「では……

 

 ――常盤ななか、推参!」

「――同じく琴織つばめ。貴様らまとめて、冥土に送り返してやるとしよう!」

 

 

 ところでつばめさん。その台詞わざわざ考えたんですか?

 

 

 

 

 

 

「すごい……!」

 

 

 つばめさんとななかさんが使い魔の群れを薙ぎ払っていく様子を、私はただ見つめているだけでした。

 

 つばめさんが大きな槍を振るえば、それだけで十数体の使い魔が吹き飛ばされ、ななかさんがそこから漏れた使い魔を斬り伏せていく。豪快な槍と美しい剣閃。まるで時代劇の殺陣か、漫画の無双シーンのようにお二人はお互いを補い合うように舞っていました。

 これが魔法少女……! でも、皆さん武器で攻撃しているのは魔法少女というよりは伝奇系のキャラクターのような気が……。見た限り魔法もつばめさんが申し訳程度に青い炎を槍に纏わしている程度で、なんだか割と解釈違いな気がしてきました。

 

 そうしてあらかた片付けた頃合いでしょうか、またまた使い魔の群れがやってきて、その中にはひと際大きな個体――きっと群れのボスのようなものがいました。それが頭部の手から投げてきた鍵束を、つばめさんが槍で弾きました。ですが、それに続くようにに小さな使い魔たちが次々に鍵を投げました。

 集中砲火を受けたつばめさんは、槍を回して弾き返し続けていますが、その隙を狙って接近してくる一団がいました。ななかさんはそこに立ち塞がり、二つの刀で群れを押し返しています。

 

 

 二人の顔に焦りはない。きっと、このまま見ているだけでも勝てるのかもしれません。

 

 

 ――でも、それでいいの?

 

 

 あの日以来、ずっと二人の言葉が頭に残っている。

 

 

 選ぶのはあなたの自由。

 後悔のない選択を。

 いくらでもやり直せる。

 魔法少女なんて、なるべきではない。

 

 

 すべてをやり直せるチャンスがあり、しかしそれには己を捧げる必要がある。

 そんなことはしなくてもいい、とつばめさんは言ってくれた。確かにそうだ。家は無くなったけど、お父さんもお母さんも生きている。時間はかかるけど、自分たちの力だけでやり直すことも不可能じゃないかもしれない。

 

 

 ――でも、それでいいの?

 

 

 どこからともなく聞こえてくる声。

 

 それは私の内側からやってくる疑問。あの人たちのようになりたいという羨望と、何もできなかった自分への後悔が生んだ、心の声。

 

 そんな私の悩みを見抜いたように、足元から声がしました。

 

 

「力が欲しいかい? 夏目かこ」

「あなたは……!」

 

 

 キュゥべえと名乗った白い生き物。魔法少女の契約をする役目を持つそれは私に声をかけた後、ななかさん達の戦いを眺めて言いました。

 

 

「……ふむ。どうやらこのままでも彼女たちは勝てるだろう。つばめはベテランであることは事実だ。ななかだけならまだわからなかったけど、二人でならお互いをカバーし合っている。

 ――でも、それがいつまで持つかはわからない」

「……え?」

「この先にいる魔女に対して二人が立ち向かえるかという事さ。確かに今回の魔女を倒すのは問題ないかもしれない。でも彼女たちがこれから戦っていくであろう魔女は、こことは比べ物にならないだけの強さを持っている。その時彼女たちの他に仲間がいる保証はない。――だが、君という仲間がいれば少しは安心できる」 

 

 

 キュゥべえは私に契約を求めてきました。

 魔法少女になれば、あの二人を支えることができると。

 

 

 ……そうだ。願えばいい。

 そうすれば、夏目書房は帰ってくる。

 私は、つばめさん達と一緒に戦う力が手に入る。

 

 

「……でも」

 

 

 本当にそれでいいのだろうか。

 

 私は、つばめさんの押し殺したような声を聴いてしまった。

 ななかさんの決意に満ちた表情を見てしまった。

 

 

 

 一瞬、こちらを振り向いたつばめさんと目が合った。

 激しい音で何も聞こえなかったけど、つばめさんの口は一言、確かに言葉を紡ぎました。

 

 

 ――気にしないで。と。

 

 

「ああ……そうですよね」

 

 

 魔法少女になることが、正しい事なのか迷ってしまった。

 夏目書房を元に戻したいと願うことが、間違っているのかと思ってしまった。

 

 

 でも、お父さんの落ち込む姿を、つばめさんが悲しんだ姿を思い出して決心が固まった。

 

 私だけじゃない。

 夏目書房は、家族の、街の皆にとっての日常だった。

 だから、私たちの日常を取り戻さなければ、私も家族も、きっと前に進めない――!

 

 

 つばめさんは魔法少女にならなくていいと言った。

 それと同時に、あなたには自由があると言った。

 

 

 そうだ。

 誰かに強制されて戦うんじゃない。

 誰かに促されて逃げるんじゃない。

 全ては、自分で選ぶしかない。

 

 目の前で戦う二人は、そのことを教えてくれた!

 だから私は、自分の手で選び取る!

 

 家族の笑顔を、かつての日々を。

 そして――立ち向かうための力を!

 

 

(ごめんなさい、つばめさん。でも、私は生きるために、今を大事にしたい――)

 

 

 私の身を案じてくれた人に、心の中で謝罪をする。

 もしかしたら、魔法少女になったら辛い事ばかりかもしれないけど。

 わたしは、今の気持ちに嘘をつきたくない。

 あなた達の側で、私も一緒に戦いたい。

 現実から目を背けずに、全力で生きたい。

 

 だから、たった一度の奇跡を私は願う!

 

 

「私は、『家族の笑顔を取り戻したい! 以前のような夏目書房を取り戻したい!』

 この願い、叶えてください!」

 

 

 私はもう、逃げない!

 目の前に困難が立ち塞がっていても、必ず立ち向かう!

 自分なりに、精一杯に!

 

 

「さあ、受け取るといい。それがソウルジェム、君の運命だよ」

 

 

 手の中に現れた宝石。

 それをどう使えばいいのか、頭に流れ込んでくる。

 戦うためにどうすればいいのか。今、何をするべきなのか。

 

 私は変身して、二人に向かって駆けだした。

 

 

 

◇ 

 

 

 

 かこが加わり、状況を完全に有利にしたつばめ達は勢いのまま結界の最深部まで到達。

 即興のコンビネーションでありながら、完璧な戦運びで屋上の魔女を討ち取った。 

 

 結界が消え、現実世界に戻ってきたかこの目の前にあったのは、悲劇などまるでなかったかのように存在する夏目書房。

 彼女の願いは、一分も違わずに聞き届けられたのだ。

 

 喜ぶかこに、ななかは元に戻った家に帰るように勧めた。

 

 

 かこが店の中に入っていくのを見届けてから、ななかはふうとため息をつき、

 

 

 ――魔女を倒してから、一言も発さなかったつばめの顔を見た。

 

 

「――さて、かこさんも私たちのチームの一員として面倒を見ましょうか。つばめさん」

「……ええ。そのほうが良い。ななかさんと一緒なら、不覚を取る事態もないでしょう」

「やはり……堪えますか?」

「そりゃあ、ね。見てない所で契約されていたならまだ諦めは持てましたよ。私も親友には必死で止められたものですが……。彼女の気持ちが、今本当にわかったような気がします」

 

 

 ななかの時は、最初から決まっていたから受け入れられた。

 だが、こうして一度は逡巡した筈のかこが契約をしてしまったことについて、つばめは遠くをみるような目をして言った。

 

 ななかにはつばめの言葉の意味を知るだけの知識がない。

 つばめがこれまでどのような戦いを潜り抜けてきたのか、想像してもしきれない。

 今の彼女の苦悩に寄り添うことが、出来なかった。

 

 

「そう、ですか……」

「ま、しゃーなししゃーなし。むしろ、目の届かない所で死なれるよりは百倍マシだと前向きに捉えましょう」

 

 

 つばめは一瞬で気持ちを切り替え、そもそも自分たちがここに来た理由について話し出した。

 

 

「それで、ここの魔女は目当てのものではなかったぽいけど?」

「……ええ。あれも敵ではありましたが、私の復讐相手ではない。神浜の土地を巡る問題は、まだ解決しないでしょう」

「そうですか。それじゃあ最後は南凪ですね」

「ええ。ですがあそこはどうやら此処とは違い複雑な様子。単純に調べるにも一苦労しそうです。

 

 ――ですから、少し、策を講じます」

 




〇琴織つばめ
魔女に対する殺意が二十割増し

実は読書家&槍でかこちゃんと被ってしまったな……と気づいたのは連載開始後である。
それどころかつばめに引っ張られる形で何名かにオタク属性が付いてしまった。

〇常盤ななか
かこちゃんに契約を促すために苦戦を演じたという説があるけど、そんなわけもなく二人がかりだったので楽勝でござい。

〇夏目かこ
かわいい。
無双する二人の雄姿に感化されて契約した。

〇淫QB
感情がないけど機械的に快・不快ぐらいは判断すると思う。


【神浜ウワサ話】
彼女の魔法少女ストーリーが13歳の時であるという記述、というかタイトルにあるのだが、この小説は原作一年前の四月からスタートしたため、それに合わせてちょっと時間にずれがあるみたいな感じで……はい。ただのガバです。
アザレア編は年度が変わってからになります。



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第十二話 純美雨 結束の掟

 あきらさん、かこちゃんの二人を仲間に加え入れた私たちは、次に魔女の影響があると思わしき場所を調査していた。

 その中でななかさんが目を付けたのは、水徳商店街と同じように土地買収騒動が起こっている南凪区の商店街だった。南凪区は神浜の港湾地帯であり、国内有数の遊園地を彷彿とさせるアミューズメント施設のミナギーランドや、年に数回行われる同人誌即売会の会場になる展示場が存在する観光地域として有名だ。

 

 そのためかあそこは神浜市の中では東西のどちらにも属さぬエリアとして、住民の対立関係から外れたエリアとなっている。それは魔法少女の世界でも同じで、中央区とはまた別に、どちらの派閥にも属さぬ空白地帯として扱われている。

 

 つまり、それは個々人の縄張り意識が高いと言う事。私以外の三人はまだ魔法少女になり立てで個々の縄張り意識が低く、不用意な行動が余計なトラブルに発展する可能性を考慮する必要があった。

 そう言う事もあって、ある程度現地の調査を行うべく私は行動を起こした。

 

 

「南凪区の魔法少女について知りたいだと?」

 

「ええ。あなたならよく知ってるでしょう?」

 

 

 私はひなのさんを呼び出し、話を聞いていた。

 ひなのさんは中央区の魔法少女ではあるが、彼女の通う学校は南凪自由学園。区を跨いだ行動範囲を持ち、四年のベテラン経歴を持つひなのさんならば南凪の魔法少女にも詳しい筈だと思ったからだ。

 

 

「一応聞いておくが、何のために南凪まで行く? あそこは西も東も関係のない空白地帯だが、別にグリーフシードに困っているわけでもないだろ?」

 

「私たちが追っている魔女の痕跡が南凪にあるからですよ。神浜中で問題になっている土地騒動……あれの裏に魔女がいます」

 

「成る程な。そういうことならば情報を提供してやる。南凪区にいる魔法少女はそう多くない。そういう問題に関わりそうなのは、純美雨(ちゅんめいゆい)っていう魔法少女だな。活動経歴はアタシより一つ短い三年で、一応南凪の魔法少女の代表みたいな感じだな。地元の『蒼海幇(そうかいへい)』って組織の一員で、アイツは神浜全体の事にはあんまり関わろうとしてこないが、地元が巻き込まれたなら話は別だろうよ」

 

「……マフィアか何かですか?」

 

「アタシも最初はそう思ったけどな。本人曰く一応綺麗な組織だとよ。昔はだいぶそっち側にだったらしいけど、今はむしろそういうのを追い出す側らしい。街の人たちからも大事にされてて、気の良い奴だよ」

 

 

 組織の名前が何となくそれっぽいので聞いてみたら、ひなのさんは否定してきた。魔法少女はその強化された身体能力や魔法の便利さから、そうしたアングラ寄りの組織と結びついていることがたまにあると音子さんから聞いたことがある。七枝にはいなかったけど、神浜は大きな街だしいるかもしれないと思い、興味本位で聞いてみる。

 

 

「ところでこの街にそういう系の連中と関わっている子とかいるんですかね?」

 

「工匠区に一人いると十七夜に聞いたことはあるが、実際に会ったことはないな。まあそいつ自体他の魔法少女とは関わらないようにしてるって話だ。下手に関わるのはやめたほうがいいだろうな」

 

「そうですね」

 

「ま、アタシが知ってるのはこれぐらいだな。美雨に会いたいなら、紹介の一つぐらいならしてやるが……」

 

「そうしてくれるのはありがたいんですけど、今の活動の主体はななかさんなんで、そっちの意見を聞いてからですね」

 

「常盤ななか……だったか。最近契約したばかりなんだってな。どうなんだ、お前から見て」

 

 

 ななかさんの事が話題に出ると、ひなのさんがそんなことを質問してきた。

 

 

「ん~中々筋はいいですね。武術を学んでいるだけあって武器の扱いもちゃんとしていますし、何より戦いに迷いがない。中々見ない逸材だと思いますよ」

 

 

 いくら魔法の力を使い、武器を振り回しているとはいえ、魔法少女は元々は荒事とは無縁の普通の女の子。多少喧嘩で殴り合ったぐらいはあっても、殺し合いを経験している子はほとんどおらず、魔女退治も慣れるまではかなり臆病な子も多い。怪物相手とはいえ、武器を持って殺す気の一撃を生きている存在に振るうなど、平和ボケした日本の女子ではまず無理だ。

 

 しかし明日香さんやななかさん、あきらくんなど武道を経験している子は、試合形式とはいえど相手に力を振るうことに対しての慣れが存在しており、その経験は魔女退治にもちゃんと反映される。魔法少女の実力は素質と願いによって大きく変化するとキュゥべえは言うが、それと同時に技量や素の身体能力も重要になる。魔法少女は魔力で肉体を強化するが、決して皆同等に強化されるわけではない。強い魔力で大きく強化している子もいるが、そうでなくとも強化前の下地が整っていれば強化後の数値もまた大きくことなるのは当然だ。2の身体能力を5倍するのと、5の身体能力を5倍にするのでは15もの違いが出てくるわけだ。

 

 そして強化された肉体を操るのは、当然本人が持つ技量だ。魔法少女はそれぞれ固有の武器を持つが、契約した瞬間にその武器の達人になるわけではない。彼女たちは皆、魔女との戦いや訓練を通じてその技を磨いていく。やちよさんやみふゆさんは6年間と言う長い経験で培ってきた技量を以って神浜の顔役として君臨し続けたと言っても過言ではないだろう。

 

 というかぶっちゃけ魔女に物理攻撃が通用するんだから、剣の達人に魔力を付与した刀握らせれば使い魔ぐらいなら倒してしまえる。粛清機関が魔法少女でないにも関わらず魔女狩りを行えるのはつまりはそういう理屈なわけで。福詠神父をはじめ、聖堂騎士と呼ばれる者は修行に次ぐ修行で魔女狩りの技術を身に着けた達人たち。生粋の戦闘者なのである。

 

 何が言いたいのかと言えば、戦闘行為への適正、願いの元になる因果力、固有魔法への理解、その他もろもろをひっくるめて魔法少女の才能であり、ななかさんはそのいずれにおいても高い水準にあるということだ。固有魔法も直接戦闘に帰依するものでないにしても、中々に応用や発展の余地がありいずれは「化ける」だろう。

 

 

「ほう。ベタ褒めするじゃないか」

 

「まあね。私のような平凡に比べればあれは天才、秀才の域です」

 

「……それ、ボケで言ってるのか?」

 

「いやですね、冗談に決まってるじゃないですか」

 

「それはそれで鼻に付く物言いだな……」

 

 

 いくら自分がクラスの中では目立たない位置にいるからと言って、魔法少女としての境遇まで普通とは思っていない。むしろ自分ほどぶっ飛んだ経歴の持ち主もそうそういないと自負している。まあ所謂ラノベの俺普通の学生ですよジョークだ。

 

 

「とにかくうちの後輩は期待の新人ですよってことだけ。もしかしたらですが、参京の代表にまで上り詰めるかもしれません」

 

「オマエじゃなくてか?」

 

「私はどこまで行っても外様ですよ。あなた達が昔から悩まされてきた東西の軋轢とやらも割とどうでもいいですし、多分その辺りに馴染むことはずっとないと思います」

 

「はっきり言うな……。まあ、アタシとしてはそうして馬鹿らしいと言ってくれるほうが気持ちはいい。この街は少し……というかかなり歪んでる。それこそ、魔法少女の世界にまで持ち込まれるぐらいには深い歪みがな。だからこそ、外から来たオマエみたいな存在がそうして意見を言ってくれるのは安心できる」

 

「私は正直、自分と周りの人たちを巻き込まないならお好きにどうぞってだけですよ。そんなクソ事情にわざわざ関わりたくないだけなんで」

 

 

 東と西のテリトリー関係はそういうものかと納得した。むしろ勢力関係の把握としてはわかりやすいまであった。だが、そこに差別感情だとかを持ち込まれるのは面倒なのである。私はどちらかに肩入れすると言うよりは、両方の間をうまく渡り歩いていきたい。周りの異変に素早く対処できるように、それぞれの情報を得られる都合の良い立場でありたいだけ。父もそういう狙いがあるからこそ、魔法少女限定のアルバイトなんて受け入れ始めたのだ。

 

 

「それでいいんだ。この街の問題なんてクソったれの一言で済むんだからな。だからこそ、オマエがこの前の問題を横から掻っ攫っていったのは痛快だった。いつものようにやちよさんたちが解決するかと思ったが、一番の決め手が新参者のオマエだったと言う話は、中央区の魔法少女の間じゃあ噂話だよ」

 

「……なんかこそばゆいですね。使い魔一匹ぶちのめしただけなんですが」

 

「魔法少女に化ける使い魔なんて発送自体、誰も思いつかなかったからな。蓋を開けたら単純な理屈だったのに、そんなものはないと思い込んでいた。つくづく常識なんてものがない奴らだと改めて実感したよ」

「そうですねえ。この調子だと、()()()()()()()()()なんてのもどこかにいるかもしれませんね」

()()()()()みたいにか? ゾッとしないなそりゃ」

 

 

 そんな感じで雑談も混ぜながらひなのさんから情報を得ることができた。

 

 で、そのことを要約してななかさんに伝える。

 

 

「成る程。ありがとうございます、流石はつばめさんですね」

「それほどでも。それでどうします? ひなのさんの紹介なら話はスムーズに済むと思いますが」

「……いえ。その純美雨という魔法少女。彼女も件の魔女の被害者であるなら、私たちとも利害が一致します。ここは、私たちだけで行きましょう」

 

「え、それなら猶更紹介を受けた方が……」

 

「美雨さんの人となりや実力のほどもこの目で確かめておきたいのです。……一つ考えたのですが、用心棒、というのはどうでしょうか?」

「……なんですと?」

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって南凪区。

 夜の商店街。その一角にて剣戟の音が響き渡る。 

 正確には、拳と拳のぶつかり合う音、なのだが。

 

 

「おーやってますねー」

「あきらさんを相手に一歩も退かず……なるほど、噂に違わぬ実力者のようです」

 

 

 ななかさんと一緒に、あきらさんが美雨さんと戦っている様子を裏路地から眺めている。

 

 どうしてこんな状況になったかと言うと、元々ななかさんは神浜で問題となっている地上げ業者に仲介人になりすますことで接触し、魔女に対する情報を得ようとしていた。そしてその捜査の手は南凪区に登ることとなり、その下調べの中で私の伝手、つまりひなのさんから美雨さんの情報が得られた。それを聞いたななかさんは、何をどういう訳が実力を拝見したいと言い、用心棒としてかこちゃんを送りこむことにした。私たちはその背後からかこちゃんを支援しつつ、魔女に繋がる情報を集めるという計画だった。

 

 それで、かこちゃんが潜りこんだ先は商店街の茶館。そこは蒼海幇の人間が会合に使っている店で、美雨さんもその中の常連だった。どうやらこの店主は、まとまった金と新しい店が欲しいらしく、地上げ屋に対して蒼海幇の情報を売り、的確に彼女たちのパトロールを妨害できるように支援していたらしい。当然そんな真似をしていればよほどうまくない限りはボロがでるわけで、案の定美雨さんに見つかって制裁を受けようとしていた。

 そこにかこちゃんが用心棒として現れ、店主を気絶させた上で美雨さんと戦う。とはいえ、まるっきり勝負にならずあきらくんにバトンタッチ。功夫と空手、異種格闘技戦のゴングが鳴った。

 

 以上が、ここまでの経緯である。

 

 ……しかし、ななかさんがここまで奇天烈なことを言い出すとは。

 

 というか、何をどうやったら魔法少女とはいえ一介の中学生が裏社会の人間と接触できるんだろうか。私の父もそういう連中との付き合いはきっぱり断っている側だし、提供してもらった情報もどういう組織が関わっているかをリストアップしただけだ。それをななかさんがどう活用するのか疑問に思っていたが、まさかこんな大胆な行動に出るとは思っても見なかった。かこちゃんを用心棒としてすんなり受け入れたあの茶店の店主もそうだが、割とこの世界には魔術組織以外にも魔法少女のことを知ってる者は多いのかもしれない。

 

 ちなみにだが、はっきり言って今回私が出る幕はない。美雨さんと会話するなら無害オーラ持ちのかこちゃんが適任で、実力のほどを見るなら格闘術に長けたあきらさんのほうが向いている。そのため私はこうして、後詰めとして控えるに留まっていた。

 

 

「かこちゃん大丈夫? どこか深い傷とかない?」

「ありがとうございます。大丈夫です!」

 

 

 心配するときらっきらの笑顔を向けて来るかこちゃん。やばい。この子健気すぎる。お姉さん世話を焼きたくなっちゃうじゃないかもう。ほれほれ撫でり撫でり。

 

 

「よーしよしよし。遠慮せずに頼っていいですからね」

「わ、ひゃあっ!? あの、ななかさん行っちゃいましたよ……?」

「え、マジ?」

 

 

 なんて遊んでいたら、どうやらななかさんが二人を止めに入っていた。

 出遅れないよう、私たちも彼女の後を追う。

 

 

「私たちも行きますよかこちゃん」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 今日は全くもって奇妙な連中が現れるな、と美雨は思った。

 

 蒼海幇の情報を地上げ業者に流していた馴染みの茶館の店主を追い詰めたと思ったら、店主が用心棒を差し向けてきた。

 

 それまではいい。

 

 問題はその用心棒が、自分よりも年下の少女であったと言うことだ。

 緑の髪をした可愛らしい少女。とてもではないが荒事などできるわけがない人畜無害な大人しい雰囲気なのに、店主はなぜか自信満々。仲介人から紹介を受けていて実力は折り紙付きだと得意げに語るが、明らかに騙されている。

 

 だからといって、地上げに加担している以上容赦をするつもりはない。

 

 勇猛果敢に突撃してくるその少女を正面から受け止める。

 すると、美雨の脳内に少女の声が響く。美雨は知っている。これは魔法少女同士が使う念話だ。それを使えると言う事は、つまりこの少女もまた魔法少女。

 

 どういうわけかと聞こうとする美雨だが、その少女は踵を返し店主を当身で昏倒させた。大体の事はわかったという少女だが、美雨にはますます意味が分からない。

 

 魔法少女として戦ってほしいという少女だが、その前に美雨の身の上話を聞いて来た。どういう経緯で魔法少女になったのか、ということを。

 なぜそんな事を話さなくてはいけないのかと思ったが、目の前の少女の一生懸命に向き合おうとする様子を見ていると、どういう訳だかつい話してやってもいいかという気持ちになってしまい、つい自分が契約をするきっかけとなった3年前の事件について話してやることにした。

 

 

 殺人事件。嵌められた蒼海幇。組織と香港に住む父の危機。そこに現れたキュゥべえ。「組織を守りたい」という自分の願い。

 

 ひとしきり聞いた少女は感心した素振りを見せたが、やはり美雨と戦う意志は変わりないらしい。仕方がないので美雨は相手をしてやることにした。どういう理由かはまだ不明だが、それは彼女をひとしきりあしらってからでも問題は無い。

 

 魔法少女だったとはいえ、少女はあまり戦闘向きではないのか戦闘は終始美雨が押していた。

 

 

「こ、これは私じゃとても相手にならないですね」

「自分から仕掛けておいてなんて言い草ネ……!」

「申し訳ないです……でも、代わりが来ますんで……!」

「……代わり?」

 

 

 そそくさと路地裏に引っ込んでいった緑髪の少女と入れ替わるようにして出てきたのは、銀髪の少女。彼女もまた魔法少女であった。

 

 

「ボクの名前は志伸あきら! かこに代わって立ち会わせてもらうよ……!」

 

 

 志伸あきら。と名乗った魔法少女は、空手による格闘術で美雨と打ち合った。美雨もまた、中国拳法の「蒼碧拳」で迎え撃ち、両者互いに一歩も退かぬ戦いが繰り広げられた。

 

 そうして、お互い有効打を決められず次の一手で決着をつけようとしていた。

 

 

「それまで!」

 

 

 突如として、凛とした声が響いた。

 

 

「誰ネ……!?」

「はぁ……疲れた。止めるの遅くない?」

 

 

 辺りを見回す美雨と、何やら肩を落とすあきら。どうやら今の声の主はあきらの関係者のようだ。

 

 

「失礼しました……。つい見とれまして……!」

 

 

 二人の腕前を讃える言葉と共に現れたのは、紅色の髪と同じ色合いの衣装を身に纏った少女。彼女ももれなく魔法少女であった。

 

 

「ふぃー……。追い付いた」

「す、すみません!」

「お前は……!」

「あ、さっきぶりですね……! 私は夏目かこです」

 

 

 さらに後ろからやってきた二人の魔法少女。片方は先ほど用心棒として現れた緑髪の少女。そして次に紫の色合いを感じさせる黒、どことなくカラスを思わせる色合いの髪をした少女がいた。美雨は一目見て、おそらくはこの濡羽の魔法少女が最も強いと直感した。殺気はないが、仮に美雨が襲い掛かろうとすればいつでも迎撃できるような警戒心を読み取ったのだ。

 

 

「いやあ、見てましたよ貴方とあきらさんの立ち合い。ひなのさんが言っていた通り、三年も続けてるというだけの実力者だ」

「……都だと?」

「申し遅れました。私は琴織つばめ、事前に都ひなのさんからあなたの話は聞いてました」

 

 

 濡羽の少女が出したその名前は知っている。中央から南凪に通う都ひなのと、南凪から中央に通う美雨。二人は行動範囲が重複する魔法少女であり、美雨が契約したてのころから魔法少女としても学生としても一年上の先輩であるひなのとは魔女退治を共にすることが多く、お互い気苦労の知れた仲である。

 だが、それ以上に美雨を驚かせたのは、濡羽の少女の名前であった。

 

 

「琴織つばめ……、お前が……!?」

「おや、知っているのですか?」

「都が言ってたヨ。中央区の鏡の魔女の事件、解決したのが琴織つばめだと」

 

 

 先日のことだ。美雨は久しぶりにひなのと会って近況報告をしていた。久しぶりということもあって話が弾み、その中には六月の折に起こった中央区の諍いも含まれていた。東西の魔法少女が中央区を取り合い、その中で起こった襲撃事件。両陣営からの板挟みとなっていた中央の魔法少女たちの相談役だったひなのが当時の事件を語る心境は察するに余りあるかと思われたが、その陰鬱な内容に比べて彼女が語る口はなんだか愉快そうであった。

 訝しんだ美雨が尋ねると、ひなのは「最近外からやってきた参京区の魔法少女が解決したんだよ。アタシたちの事情とかおかまいなしにな」と、得意げにその魔法少女の事を話した。それが琴織つばめである。

 

 あの都がここまで褒めるとはどういう魔法少女なのか。話を聞いて以来、美雨もつばめに対する興味が湧いていた。それが今、目の前に魔法少女たちを伴い、この地上げ騒動に関わってきていたことには少なからず衝撃を受けていた。

 

 

「だから違うって言ってるのに……」

「……まあ、つばめさんのご活躍は後で聞くとして。美雨さん、私たちがこのような芝居を打った理由をお話いたします」

 

 

 常盤ななか、と名乗ったその少女は自分たちの事情を話した。自分たちが追う魔女のこと、その過程でこの辺りで発生していた地上げ騒動の裏に魔女の影響があること。しかし、普通の魔女が起こした事件とは少し特殊な状況のため、仲介業者を装って、かこを送り込み他の三人で情報を集めていたと言うこと。美雨が魔法少女であることは最初からわかってはいたが、状況の把握や美雨の実力を拝見したいということでこの大掛かりな芝居を打ったという。

 

 

「単刀直入にいいます。今回の事件に絡む魔女、一緒に追いませんか?」

「……共闘……カ……」

 

 

 魔女を追っているだけならば、わざわざこんな真似をする理由はない。素直に事情を話して協力関係を結びに来た方が手っ取り早い筈。仮にひなのを通じて合っていれば、美雨も比較的好意的に応じていた。だというのに、こうしてわざわざ力を試す真似をした。それはつまり、それだけ強力な魔女が後ろにいるということ。直接実力を見なければ、仲間には勧誘できないということだ。

 

 ななかの勧誘に対し、美雨は……

 

 

 

 

 

 

「まあ、考えておくヨ」

 

 

 少し悩んだ末、美雨は答えを保留にした。

 確かに、この一件に魔女が絡んでいるなら彼女が手を貸さない理由はない。だが、それとは別に彼女には先にやるべきことがあった。

 ななかは連絡先を交換した。また近いうちに連絡すると言って、彼女達は去って行った。

 

 

「……」

 

 

 ななか達が去った後、美雨は気絶して道端に転がっている茶館の店主を見る。彼には魔女の口づけはない。つまり彼は自分の意志で地上げに加担した裏切り者だ。

 魔女を退治する前に、彼を蒼海幇の前に突き出す必要がある。それが、街の人間たちを安心させるために彼女がやらなければいけないことであり、蒼海幇の皆を納得させるために必要なことだ。

 

 

「ま、先に裏切ったのはそちらヨ」

 

 

 店主を肩に担ぎ、帰路に就く。

 金と店目当てに蒼海幇を売ろうとした男だ。それなりに世話にはなったし、むしろ好感的なほうだったが裏切った以上哀れみや情けの心はない。仮に他所の地上げ屋ならば追い払うだけで終わりだが、組織に近い人間が犯人となれば話が別だ。組織の中に裏切者がいるのではとピリピリしていた者達もこれで溜飲を下げるだろう。彼の処遇は長老たちが決めるはずだ。これまで築いてきた組織のイメージもあるから命までは取らないだろうが……。

 

 

 純美雨は夜の街を歩く。

 

 

 地上げ屋。魔女。常盤ななか。

 

 

 色々と不明瞭なことだらけではあったが、確かなことが一つ、

 

 

「はあ……次からの会合、良い店あるといいネ」

 

 

 美雨のお気に入りの店が、明日から一つ消えることだ。

 

 




〇純美雨
チャイナガール。
「事実の偽装」とかいうチートじみた固有魔法だが、ボスでもないのにこれはまずいと思ったのか2部になってナーフされた。本作は修正パッチは適用されておりません。
3年前の契約についての言及が魔法少女ストーリーなのでこっちは変わらず。

〇琴織つばめ
本人の知らない所で名前が知れ渡っているやつ。

〇魔法少女の強さについて
素質+技量+(素の身体能力×身体強化)
つまりノーカラテ・ノーニンジャ。

鶴乃ちゃんが契約したてから強かったのは素質以外にも運動神経抜群だったから説を提唱しています。
みふゆさんも衰えたとか言いながらめちゃくちゃ強いので、原作からしてそういう世界。





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第十三話 手を組みましょう

 美雨さんとの顔合わせから数日後。

 

 私は、これまでに協力を呼び掛けていた魔法少女たちを自宅へと集めました。

 

 参京院のトラブルシューター、志伸あきらさん。

 古書店・夏目書房の一人娘、夏目かこさん。

 地域組織・蒼海幣の構成員、純美雨さん。

 

 そして、私の魔法少女の契約に立ち会った琴織つばめさん。

 

 

 この日はこの四人の魔法少女たちと行う、最初の会合でした。

 

 

「私たちは魔女を中心としたそれぞれの経緯で集まりました」

 

 

 私の言葉に全員が頷きます。

 使い魔を追う中で出会ったあきらさんと、魔女の起こした土地買収騒動で関わることになったかこさんと美雨さん。中でもかこさんは魔法少女の契約をするきっかけとなった出来事でもある。そして、これらの問題を追っていく中で判明した出来事もあった。

 

 

「あきらさん、実はあなたと私たちと出会いにもその事件が関わっている可能性もあります」

「そ、そうなの!?」

「もう一度言います。――私たちを繋ぐものは『魔女』です」

「……待つネ。ひょとしてアナタ……『すべて同じ魔女の仕業』とでも言いたいのカ!?」

 

 

 美雨さんの言う通り。

 私の復讐相手である魔女は、神浜の各地で災いを引き起こし、私はそれを追う道程で皆さんと関わってきた。

 しかし流石は美雨さん、まだ多くを語っていない段階でそこに気が付くとは実力のみならず洞察力も優れている様子。彼女と協力関係を築けるかどうかは、魔女を倒すうえで肝心になるでしょう。

 ちらりとつばめさんを一瞥する。彼女は何も言わず、ただ私の言葉に耳を傾けている。

 

 

「私たちを繋ぐのはとある魔女なのです。なので共に連帯を……」

「ちょと待つネ」

 

 

 協力関係を持ち掛けようとしたところで、美雨さんに止められました。本当かどうかわからない理由で協力するつもりはない。まずはそちらの事情を話してほしいと言いました。あきらさんとかこさんも同じ意見のようです。

 

 一応、最初から私の事情も話すつもりではありましたが、どうやら必要以上に警戒されていた様子。

 つばめさんを見れば、彼女はただため息をひとつ吐いただけでした。私の対応はそんなによくなかったでしょうか……?

 

 

 私は正直に包み隠さず、自らの事情を話しました。

 私の復讐と、そのためにキュゥべえと契約して得た力のことを。

 

 

「私は魔女も真の敵なのかと疑い、復讐相手を見つけ出すために『敵を見極める力』を得ました」

「ええと、それってつまり……レーダーみたいな感じ……ですか?」

「……まあ、分かりやすく言えば……」

 

 

 レーダー。確かにその表現が適切かもしれないし、間違っているかもしれない。つばめさんが「センサー」「第六感」「敵対mobアイコンが赤く見えるようなもの」と様々な例え方をしたこの能力ですが、結局は相対した相手が敵かどうかが一目でわかるものとしか言いようがなく、それ以外に何か効果があるのかまでは分かっていないというのが現状。ですが、復讐のための力としては特に問題は無く、望み通りのものが手に入ったと言えるでしょう。

 

 

「そうですよね? つばめさん」

「ええ。ななかさんの能力に間違いがない事は私が証明しましょう。視界内の相手が敵かどうかを直感で識別できる能力……。多分そんな感じです」

「……なんか、曖昧だね?」

「あまり能力の調査とかしてませんでしたからね。固有魔法って無為域に理解できている割に自覚してない効果とかあったりするんですよ」 

「ああ! 土壇場で能力が進化したり、秘められた効果を自覚するやつですね!」

「わかるわかる、王道だよね!」

 

「……話、ズレてるネ」

 

「あ、ごめんなさい。ななかさん、どうぞ」

「……こほん。続けますね」

 

 

 私の魔法についても理解をいただけたので話を続けます。私の復讐相手は実際に魔女であり、高弟たちは魔女の口づけを受けて操られていたにすぎなかったこと。

 そして……、

 

 

「私の追っている魔女と言うのが、皆さんとの出会いを繋ぐ魔女なんです」

 

 

 あきらさんが追っていた使い魔の親である魔女も、土地買収騒動の裏に潜んでいた魔女も、私が追っていた魔女と同一の存在。たった一体の魔女を討伐するためだけに、私は彼女たちを集めました。

 

 

「じゃあ、つばめさんも?」

「そういえば……つばめさんもずっとななかさんと一緒にいましたよね」

「私ですか?」

「うん。つばめさんが協力してるのにも理由があるのかなって」

「そうヨ。琴織つばめ、アナタは何で常盤ななかと知り合ったネ?」

「……ふふ、それを聞かれてしまっては仕方ありませんね。ではお話するとしましょうか、私がここにいる理由を……!」

「一体……」

「どんな理由が……」

「あると言うネ……!?」

 

 

 意味深そうな言葉にごくり、と三人が息を呑む。つばめさんも深刻そうに頷き、口を開きました。

 

 

「――いやあ、特にないんですねこれが」

「「「……え?」」」

「私は夜の巡回中にななかさんが契約するところで出会ったんですけどね。この人、魔法少女なんて碌なものじゃないぞって忠告しても覚悟決めちゃってたものですから。これは先輩魔法少女としてしばらく面倒見てやらなきゃと思った次第で、それからこうして魔女退治に付き合ってるわけなんですよ」

 

 

 何やらきょとんとしている彼女たちにつばめさんが馴れ初めを説明します。あの夜、私の決意を聞いてもらったうえで、魔法少女という世界の厳しさを忠告してくれたつばめさんには大きな恩があります。

 

 

「つばめさんとは魔法少女について様々なことを教えてもらいました。今回来てもらったのは、単なる私のわがままです」

「ええ。とはいえ、私の友達が巻き込まれている時点で十分関係者ですけどね。個人的な意見として、その魔女には一発入れてやりたいとは思っているのです」

 

 

 そう言ってつばめさんはかこさんを見ました。直接の被害は受けておらずとも、例の魔女に対しての怒りは私たちと同じ。いや、もしかすれば誰よりも義憤に駆られているのかもしれません。親しい人物が被害を受けたとはいえ、あくまで他人事でしかないものに立ち上がれるというのは、それだけの思いがあると言う事でしょうから。

 

 

「つまり……?」

「私が協力する理由なんて義の一言ですよ。袖すり合うも他生の縁。あなた達の先達として、魔女狩りにいくらかの力添えをしたいのです」

「おお……!」

 

 

 つばめさんの言葉にあきらさんが感心しています。困っている人を見捨てられない性分であるあきらさんの琴線につばめさんの動機が触れたようです。

 

 

「まあ私の動機なんて横に置いといて、その魔女についての情報はどんなものなんです?」

「確かに……私たち全員に関わっている魔女なんて……」

「なんか実態が掴めないよね……」

 

 

 やはり大きな魔女とは言え、広い範囲にかつ自分たちが共通して被害を受けていたというのはにわかには信じがたい模様。事実、私も魔女がこれほどの広範囲に手を伸ばしていることに幾らかうすら寒いものを感じました。

 

 

「それについても説明いたします。飛蝗(ひこう)という現象を皆さんはご存知でしょうか?」

 

 

 私は標的である魔女についての私見を語りました。

 バッタが群れを成して農作物を荒らしていく災害のように、各地を転々としながら留まった場所を喰らいつくすように大きな不幸をまき散らしていき、時が経てば別の場所に移動して同じことを繰り返す性質をもった魔女。あきらさんとはその魔女の拠点の周辺で生き倒れていたのに遭遇し、かこさんや美雨さんとはその魔女が拠点を築く段階でもたらした不幸の標的となった。

 さらに厄介な点は、これらの拠点は残留し続け、街が元の姿を取り戻すとまた同じように不幸をまき散らし、人々の絶望を捕食するということ。

 

 

「そんな規模の魔女とは……かなりの強さネ」

「ええ。階級分けすれば恐らく中は堅い。これほどの規模からして、活動期間も結構な昔からと想定できます。中級魔女の中でもかなり上位に位置するかと思われます」

「中の上……?」

「簡単なカテゴライズですよ。一つの街で多くの被害を出すならば中ぐらいです。その辺りの説明は、後日纏まった時間が取れたらしましょうか」

 

 

 つばめさんの発言にあきらさんが首を傾げます。この人は時折、魔法少女や魔女に関して専門用語を用いた分析を行うことがあります。私たちは未だそうした事情について詳しくないので文面から推測できる範囲で理解するしかありませんが、それでも分かるのはつばめさんから見てもこの『飛蝗』が強大な魔女であること。常に命を懸ける必要のある魔法少女の世界ではベテランと呼んでも差支えのない彼女が言うのですから、この魔女が決して一筋縄ではいかない存在であるのが伺えます。

 

 

「私ひとりでは限度がある。つばめさんの手を借りてはいますが、正直それでも手は足りません」

「確かに私なら半日で三か所は潰せますが、それで全部ハズレだったら意味ないですしね」

「もう一度改めてお願いします。協同して事に当たりましょう。これは契約ではありません……『盟約』です」

 

 

 私怨だけではなく、魔法少女としてこの地に災厄を振りまく魔女を倒さなくてはいけない。利害の一致による協力関係ではいけない。仲間として、より強固な結びつきでなければ対抗できない。私は再び皆さんに頭を下げました。互いを利用するのではなく、背中を預け合う戦友となるために。

 

 

「……ボクはななかに協力するよ」

「あきらさん……」

「ていうか、そういう事情がなくてもそのつもりだったけど……」

「わ、私も! 及ばずながら……ですが……」

 

 

 あきらさんとかこさんが頷く。彼女たちも、魔女の災厄を放置しておくわけにはいかないと手を挙げてくれた。今はそれが何より心強い。

 

 

「ありがとう……!」

 

 

 本心から感謝の言葉を述べれたのはこれが初めてだったかもしれません。それぐらいには彼女たちを強引に勧誘してきた自覚はありますので、せめてこれだけは誠意を伝えたかった。

 

 

「美雨はどうするの……?」

「……」

 

 

 そして、最後に残ったのは美雨さん。

 あのような接触である以上は、厳しい反応になるとは覚悟していましたが……。

 

 

「……私、元々連帯することには反対してないネ」

「じゃあ……!」

「いいヨ。手を組むヨ」

「ありがとう、美雨さん……!」

「……でも、アナタの指示では動かないヨ」

 

 

 美雨さんは言いました。自分には組織の看板があるためそう簡単に他人の指図を受けるつもりはない。さらに言えば、私のことを品定めしていると。一度は実力を試すよう仕向けた以上は、当然の反応でしょう。

 

 ですが、それでも構いません。

 

 美雨さんのような経験に優れた人の力を借りれるのであれば、多少の疑いも甘んじて受け入れる。むしろ、彼女に認めてもらうためにこちらの力量を見せることができる機会を与えられたと思えば僥倖だ。

 

 

『手厳しいですね。どうします?』

 

 

 美雨さんの感触が喜ばしくないことに気を揉んだのかつばめさんがこっそりと念話を繋げてきました。おせっかいを焼きたがる人ですね。

 

 

『無論、彼女に認めてもらえるようにしますとも』

『中々やる気ありますねえ。フォローしましょうか?』

『お気遣いなく。これは私の課題ですので』

 

 

 流石にずっとつばめさんにおんぶにだっこと言う訳にもいかない。ここは自分の力で、美雨さんから信頼を勝ち取ると致しましょう。

 

 

「なるほど、だったら美雨さんには自由に行動してもらいましょう」

「……ほー……。自由でいいのカ?」

「盟約を結んでいただけるのであれば目的は同じ。結果さえ伴えば構いませんので、無理に一緒に行動する必要もないかと思われます」

 

 

 美雨さんの強みは地域に根差したネットワークであり、そこから魔女に繋がるような情報を得られる可能性がある。逆に言えば、それらを知らない私の指示では強みを活かしきれない恐れがある。彼女が満足できる働きをするためにも、ここはあえて自由に動いてもらうとしましょう。

 

 

「私が調べた魔女の拠点の情報を共有します。美雨さんはどこに向かうかだけ教えてください」

「……承知したヨ」

「あきらさんとかこさんはどうなさいますか……?」

「ボクはななかの立てた計画に載るよ」

「あの、私も……」

「ありがとうございます」

 

 

 二人は私の計画通りに動くようです。これならば全員で行動するよりも柔軟に動くことができそうです。

 

 

「――話は纏まったようで何より」

「……つばめさん」

「それで、まずは何からします?」

「簡単です。私たちで調べた魔女の拠点と思しき場所を全て調べる。そして発見次第、全員で退路を塞ぎ倒します」

「シンプルですね……」

 

 

 確かにこの作戦は単純です。ですが、その分確実性がある。魔法少女がひとりふたりでは人手が足らなくて不可能でしたが、これだけの人数がいれば魔女を探し当てることができるでしょう。

 美雨さんも随時連絡を取るという方針で承諾を頂けました。

 

 ――それでは、作戦開始です。

 

 

「では、取り掛かりましょう!」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで飛蝗討伐同盟(仮称)が結成されたわけですが。

 

 

 流石に魔女の拠点候補が数十か所もあるわけではなく、事前調査の甲斐もあって五人がかりで各所を潰せば一日で総ざらいできるぐらいには範囲と数を絞れていた。

 

 つまり何が言いたいかと言うと。

 

 例の魔女、割と早い段階で見つかった。 

 

 かこちゃんから見つけたと連絡が入り、私たちは現場に急行。

 そこにあった結界から感じられる魔力は、確かに例の魔女のもの。

 私たちは今まさに結界に入ろうとしているところだった。

 

 でもその前に、やるべきことはやっておく必要がある。

 

 

「では作戦会議、というかお互いの役割分担をしましょう」

「役割分担?」

「それぞれ得意な攻撃距離とか能力とかありますからね。前衛後衛ぐらいは事前に決めときましょう」

「……ム。確かに言う通りネ」

 

 

 この五人で魔女退治をするのは今回が初。

 ななかさんの采配を疑っているわけではないが、最初の陣取りぐらいは決めておきたい。というか、この面子でななかさん以外の固有魔法聞いてないので自分の動きを明確にするためにもここらで知っておきたい。美雨さんも流石にこれは必要だと理解してくれたのか渋ることなく頷いてくれた。

 

 

「かこちゃんは回復が得意だけど他には?」

「ええっと、『再現』です!」

「『再現』?」

「はい。その場にあった出来事を再現できます」

 

 

 その固有魔法は初耳だ。けれど、『再現』か。ある程度の制限はあるだろうけども、またまた悪用――いや応用のしがいがありそうな魔法だ。

 

 

「ふむふむ。それって魔法とかも対象に出来る?」

「どうでしょう……。試してみたことはないので分かりませんが、できるかもしれません!」

「あきらさんは?」

「『弱点を見破る』ことがボクの能力だよ。相手のどこを攻撃したら効果的かがわかるんだ」

 

 

 うーん便利。連撃が得意なあきらさんの近接スタイルにも噛み合っていて実に良い。クリティカル率が高いのはアタッカーとしてこれ以上なし。となると私はあきらさんとかこちゃんの間に立ってカバーに入るのが理想だろう。

 

 

「美雨さんは?」

「……私の能力、戦闘には役立たないネ」

 

 

 そう言って美雨さんは少し目を背けた。気になりますが、ここで追及するのは止めておきましょう。固有魔法って結構エグい能力も多くてあんまり他人に話したがらないものはあるだろうし、プライバシーには配慮しなくては。

 

 

「そうですか。ななかさんの能力は皆知ってるからいいでしょう。最後に私ですが、魂を見る能力です。ここから派生した様々な魔術も使えます。魔女相手に威力を上げる魔術も使えますので、あきらくんと合わせればクリティカルマシマシでしょう」

「魂……?」

「ええ。魔法少女の魂は特に強く輝いてますね。あきらさんは……おお、銀色で力強い。金属みたいな固さを感じます」

「へえ……」

「あの……! 私は何色ですか?」

「かこちゃんは優しい緑色ですねー。魔法少女の魂は基本的にソウルジェムが発する魔力の色と同じなのですよ」

「そ、そうなんですね」

「あ、美雨さんは海のように深い青です」

「当然ネ。あと、ついでみたいに言うなヨ」

 

 

 魂の色とそこから感じた印象を伝えると皆さんまんざらでもない様子。やっぱり自分が他人からどう見られているのかは気になるのだろうか。

 まあ、そんな話はさておき。

 

 

「ではななかさん。作戦をば」

「あきらさんは近接距離で攻撃をお願いします。弱点を探り、皆さんに伝えるとともに攻撃を」

「わかったよ!」

「かこさんは中距離を保ちながら回復で支援を。あきらさんが会心の一撃を叩き込んだら『再現』で追撃を試みてください」

「は、はい!」

「つばめさんはかこさんに向かう使い魔の迎撃の他、適宜皆さんの援護をお願いします」

「了解、カバーリングはお任せを」

「美雨さんは……特にありません。自由に戦ってください。そちらもその方がやりやすいでしょう」

「ああ。お手並み拝見ヨ」

 

 

 ななかさんが布陣について説明する。

 今回、戦闘の指揮は彼女に一任している。この同盟のリーダーは彼女な訳ですし、戦闘に関しても私が必要以上にでしゃばるのはよくないと思ったからだ。

 

 さて、どれくらいの腕前を見せてくれるのか。

 期待していますよ、ななかさん。

 

 

「それでは皆さん、突入!」

 

 

 

 

 

 

 ……いやあ。

 

 ななかさん、指揮能力すっごおい。

 

 魔法少女としてまだ一か月ちょいしか立ってないと言うのにまさかあそこまで的確な指示を出せるとは……正直まだひよっこだと侮ってた。

 

 結界に入ってすぐ使い魔の群れがお出迎えしてきたわけだが、そこはあきらさんの空手と美雨さんの拳法によってあっという間に片付いた。そうして二人を先頭に私たちは討ち漏らしを片付けたり、かすり傷が蓄積してきた頃合いを見計らってかこちゃんの回復で体力を戻したり。そうして魔女のいる最深部までたどり着いた。

 美雨さんは自由に動くと言ったように、私は使い魔を捌きながら美雨さんの援護にも回った。とは言っても後ろに回り込んだ使い魔を掃討しにいったぐらいだけども。美雨さんの目にも留まらぬ連撃で魔女が怯んだ隙を見逃さずにあきらさんが渾身の一撃を叩き込んでいく。そこにかこちゃんの『再現』も乗っかり倍率ドン。無事魔女を撃破という流れである。

 

 そうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()結界も消滅し、私たちは元の廃墟へと戻ってきた。

 

 

「やったね! 倒したね、かこ!」

「はい! やりましたね!」

 

 

 魔女を倒したことを素直に喜ぶあきらさんとかこさん。あきらさんもいつになくはしゃいじゃってうーん可愛い。

 そんな勝利に浸っている二人をよそに、美雨さんは何やら考えているように黙っている。

 

 

「……」

「おや、どうしました美雨さん? そんな神妙な顔して」

「戦ている時のアナタたちの動き、ななかの指示か?」

「……ええ。正直、想定以上でしたよ。まさかあれほどに的確な指示を出せるとは」

「ああ。なかなかやるネ……」

 

 

 そういえば美雨さんはななかさんを見定めると言っていたっけ。なるほど、彼女もななかさんの采配について評価していたわけだ。どうやら、ななかさんの指揮能力は彼女の御眼鏡に適ったらしい。裸眼だけど。

 

 

「私を自由にしたうえで、アナタ達には指示を出した。私を軸にしてフォローする戦い方は的確だた。さらに言えばあきら達たちを差し込むタイミングもバッチリ。つばめを雑魚の殲滅に割り当てて私たちを魔女に専念させた……そのさばき方、見事だたヨ。

 ――だから認めるヨ……。ななか、策を仰ぐに相応しい人物ネ」

 

 

 あれだけの警戒心から一転、ベタ褒めである。

 私は後ろで腕を組んで訳知り顔で頷いておく。

 

 

「ありがとうございます美雨さん……!」

 

 

 認められたことにななかさんも素直に喜んでいる。

 こうして、私たちはこれでチームとしても絆を育むことができ、これからも共に魔女退治をして神浜の平和を守っていくのであった。

 

 

 ……と、めでたしめでたしとはいかないんだこれが。

 

 

「……ですが、まだ終わりじゃないんです」

「えぇ~?」

「そんなぁ!? どういうことですか!?」

「魔女は倒したヨ……!?」

「うーん。まさかとは思ったけど……そういうこと?」

「ええ。確かに魔女は倒しました。ですが、あれは本命の魔女ではありませんでした」

「えっ!? でもななかが感じた魔力は確かにそれだって……」

「――親元がまだいるってことですよ。これだけ広範囲に影響を及ぼしておきながら、あの魔女は私たちが倒すには弱すぎた。つまりは……」

「使い魔が成長したわけカ……!」

 

 

 そう。あの魔女の魔力波長は確かに『飛蝗』のもの。だが、それはその魔女そのものと限られるわけではない。使い魔が人を喰らい、魔女として成長した場合は親とほぼ同じ波長の魔力を有することになる。私も魔女が抱える穢れの量がその辺の魔女と大差ないことに訝しんだものだが、ななかさんはちゃんとわかっていたようだ。やっぱり私、視覚情報として魔力を認識できるようになった代わりに普通の魔力感知能力が人より劣ったような気がする。

 

 

「はい。私の魔法も確かにあれが『敵』であることを証明していました。それに感じた魔力も近しい魔力だったので怪しめど確信が持てませんでした……ですが、あれを倒して尚『まだ敵が残っている』ということもこの魔法は伝えてきました。……つばめさんの言う通り、隠れた力がありましたね」

 

 

 え、そこでその話持ってくるの?

 

 だがまあ、ななかさんの能力が敵を見極めるだけでなく、その敵がまだ存命かを判別できると言うのは驚いた。確かに、復讐のための力ならば復讐が完遂できたかを確認するのは当然だ。いわゆる副次機能(おまけ)、あるいはいつの間にか魔法が成長していたパターンか。どちらにせよ、これのおかげでななかさんは標的をまだ倒せていないことに気が付いたわけだ。

 

 

「飛蝗は大量の卵を産みつけ蝗害は数年に渡る……。この魔女の生態は、そこまで似通っていたようです」

「だったら、まだ追うだけだよ!」

「……ですよね!」

「一度決めた標的、逃がすのは蒼海幣じゃないネ」

「……そうですね。皆さん、ありがとうございます」

 

 

 まだ狙いの魔女がいるだけでなく同様の魔女が何体もいる可能性を突き付けられても、皆は委縮するどころかやる気に満ちていた。当然だが私も同じ気持ちよ。こんな魔女が近所にいてまた放火! 殺人! 地上げ! なんてされたらおちおち趣味の満喫もできないのでね。全力で皆さんのタンク役として頑張らせてもらいますよ。

 

 

「ええ、私たちの戦いはこれからです!」

「ちょ、それ打ち切りフラグ!」

 

 

 おや、あきらさんナイスツッコミ。

 会合の時も薄々思ってましたが、これは意外と趣味の話が通じる(沼に引きずり込める)のでは……?

 

 そんな企みを胸に秘めていると、ななかさんが締めの言葉を口にする。

 

 

「そうですね。まだ探していない潜伏場所もありますし、他にも新たな出現地点があるかもしれません。戦いはまだまだ終わってなどいません。とはいえ、流石に今日はこの辺りといたしましょう。お疲れさまでした、皆さん」

「……そうだね。走り回って疲れたしお腹も空いてきたよ」

「ならどこか食べに寄るカ?」

「ええと……どこにしましょう?」

「まあ、無難に喫茶店とかでいいんじゃないですか」

「ならボクが選んでいいかな? 商店街にあるいい店を知ってるんだ。新作のデザートも出たらしくて行ってみたいと思ってたんだ!」

「ほうほう。ならばあきらさんチョイスで行きましょうか」

「意義なしネ」

「ではご一緒させてもらいますね。あきらさん」

 

 

 女の子らしく駄弁りながら喫茶店へと足を進めていく。

 そんなこんなで、私たちはここにチームを結成したのであった。まる。




〇琴織つばめ
 すぐ話が脱線するし、固有魔法のいやらしい組み合わせを考える。
 多分これからもえげつねえコンボやハメ技が出てくる。

〇常盤ななか
 固有魔法『第六感』
 相手が敵かどうかが分かる。不意打ちを防げるので地味に便利。
 敵が残っているかどうかを判別する力は本作での捏造。

〇夏目かこ
 固有魔法『再現』
 他人の魔法を再現できたりする「特性:おやこあい」。あるいは「まねっこ」

〇志伸あきら
 固有魔法『弱点看破』
 つまりクリティカル率や攻撃力が上昇する。強い。

〇純美雨
 単純に戦闘能力が高い。

〇キュゥべえ
 こやつの出番は消えたよ。


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第十四話 魔法少女講義・基礎編

世界観開示回。



 チームを結成することになって最初の週末。

 私たちは今度はつばめさんに呼び出されて、彼女の家に集まっていました。

 

 つばめさんの家兼、父君の職場であるビルの二階。

 

 応接室として使われている部屋の一角は、現在は私たち五人以外はいません。

 あきらさん、かこさん、美雨さんと共にソファに腰掛ける中、つばめさんは一人ホワイトボードを背に、何故か変身した姿で立っています。

 

「よし、皆さん集まりましたね。飲み物、ノート、ペン。大丈夫ですね?」

「はい」

「準備万端です!」

「無問題ネ」

「言われた通り持ってきたけど、何が始まるの?」

「それはもちろん、授業ですよ。と言う訳で、第一回魔法少女講座。始めさせてもらいますよ。と、その前にまずはこんなことを始めた理由の説明からですね」

 

 

 そう言ってつばめさんは前置きを語り始めます。

 

 

「うっかり魔力を切らしてしまった。戦った魔女が予想以上に強くて手も足も出なかった……。そんな無様(ダサ)い死に方をしないように、新米(ニュービー)なあなた達に魔法少女歴二年のこのつばめ先輩が魔法少女のあれこれについて教えてあげます」

 

 

 確かに、チームを組むことになったとはいえ、私たちとつばめさん、美雨さんとの間には魔法少女としての経験という大きな差が存在します。行動を共にする以上は、そうした差は時に命取りとなる。であれば、知識を共有するぐらいの事は必要不可欠。何も知らない私たちに教えてくれるというのであれば、喜んで学ばせてもらいましょう。

 

 

「いや、私は三年目ヨ。魔法少女でいうなら私のほうが先輩ネ」

「まあまあお気になさらず。おさらいと思って聞いておいてください。なんなら、捕捉とかお願いするかもしれませんので」

「む、そうか」

「ま、というわけで。まず初めに何を説明するかといえばこれ。『魔法少女と魔女』です!」

 

 

 そうしてホワイトボードに『魔法少女と魔女の関係。初級編』と記されます。

 基本中の基本でありながら、実はこのことすらロクに知らない魔法少女は多い、とつばめさんは言いました。

 魔法少女と魔女。魔女は災厄を振りまく存在であり、魔法少女はそれを退治するもの。そういう関係だとキュゥべえからはじめに聞きましたが、今思えばそれ以外のことをまるっきり知らないことに気が付きました。そういうものであるという認識が最初に刷り込まれる以上、深く掘り下げる機会もなく知識がそこで止まっていたということでしょう。

 『魔法少女』という表題が追記され、つばめさんは話を切り出しました。

 

 

「まずは魔法少女について。魔法少女とはキュゥべえに願いをかなえてもらい、ソウルジェムを手にすることで魔法を行使する力を得た少女たちのことを表します。魔法少女はその力を使うことでソウルジェムに穢れを蓄積し、その輝きを濁らせていきます。というかぶっちゃけると魔力は魂から生じる生命力を変換しているものなので普通に暮らしているだけでもソウルジェムはじわじわと濁っていきます。なので、魔女を倒し、核であるグリーフシードを奪って穢れを移す必要があるわけです」

 

 

 ふむふむ。どうしてソウルジェムが濁っていくのか。なぜグリーフシードを使って浄化する必要があるのか。キュゥべえに最初に説明されたときはそういうものだと納得していましたが、こうして詳しく原理を説明されると改めて納得がいきます。それと同時に、キュゥべえが殆ど詳しい情報を言っていなかった事を理解する。

 

 

「はい、つばめさん。質問があります!」

「お、あきらさん。なんでしょう。あと私の事は先生と呼びなさい!」

「はい先生! ソウルジェムが濁るとどうなるんですか?」

「はっきり言うと行使できる魔力が減ります。ソウルジェムが穢れで満ちる=魔力が底をつくわけですので、もし魔女との戦闘中にそうなった場合はほぼ死にます。そうでない場合もソウルジェムが濁り切ったら大変です。魔力管理には細心の注意を払いましょう。穢れは精神に悪影響を与え、ストレスは穢れを増幅させます。なのでいつの間にかごっそり減ってるなんてことも割とあります。ひどい話ですね」

 

 

 あきらさんの質問に対してつばめさんは迷うことなく答えました。……ですが、途中で明らかに言葉を濁しましたね。平常時、というよりはソウルジェムが濁り切った場合に実際どうなるのかを具体的に仰りませんでした。恐らくは、ソウルジェムが私たちの魂である、という部分に抵触することなのでしょうね。

 

 

「うわあ。想像以上に大変なんだなあ……」

「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()してくださいね?」

 

 

 ……なるほど。

 つばめさんはソウルジェムについての知識をほとんど知っている。ソウルジェムが魂であることを踏まえても、わざわざ強調してまで言うほどですからよほど重要なことなのでしょう。あの遠回しな発言は恐らくは私のみに意図が伝わるようにしていますね。

 かこさんとあきらさんはソウルジェムが魂であることを知りませんし、三年の経験がある美雨さんも知っていると仮定するには早計です。ここで詳細を問い詰めるのはやめておきましょう。

 

 

「とまあ、魔法少女はグリーフシードは必要不可欠なわけですが、それはもちろん他の魔法少女も同じ。魔女は害虫めいて勝手に湧いてきますが数には限りがあります。なので、それぞれが得られるグリーフシードをなるべく公平にするために魔法少女はグループあるいは個人の縄張りを保有しています。この神浜は分かりやすく大雑把に東・西・中央で別れて、後は細かくグループ分けされている感じですね。貴方がたは新米なので大目に見られていますが、そのうちまとめ役の人たちへ挨拶に行った方が良いでしょう」

「西のリーダー・七海やちよと梓みふゆ。東のリーダー・和泉十七夜。中央のリーダー・都ひなの。この四人が神浜の代表ネ」

「皆さん最低でも二年以上、やちよさんとみふゆさんは六年と、私よりも遥かに長い期間を魔法少女として戦ってきています。そしてその分、実力もずば抜けている」

 

 

 七海やちよ。梓みふゆ。

 その二人の名前は聞いたことがあります。七海やちよさんは有名なファッションモデルとして雑誌に何度も特集が組まれるほどの芸能人。梓みふゆさんは水名区にある歴史ある呉服屋の跡取り娘。何度か華道の展示会で顔を合わせたことがあります。あの方も魔法少女であったとは……やはり魔法少女というものは想定以上に多いようですね。

 

 

「まとめますと、『ソウルジェムは力の源、絶対に無くすなかれ』『魔法少女にはグリーフシードが必要』『グリーフシードを落とす魔女は有限なので魔法少女同士で分け合うことも大事』『ただし魔女を見たら即殺の心構えであれ』が魔法少女の基本事項ですね。ここまではいいですか?」

「「はい!」」

「ええ。色々と身になります」

 

 

 これまでに魔法少女として活動する中で自然と理解してきましたが、やはりこうして説明の場を設けられるというのは非常に助かります。特にあきらさんはソウルジェムを落とした前科がありますので、ちゃんとした知識を身に着けてもらえるのはありがたいことです。

 

 

「それは重畳。では次の内容に移りますね」

 

 

 つばめさんはそれまでに書いた内容を消し、『魔女について』と表題を改めました。

 

 

「簡潔に言いましょう。魔女とは、()()()()()()()()()()()()のことです」

「――」

 

 

 その瞬間。私の脳内で知識のピースが組み合わさった。

 ソウルジェムは魔法少女の魂。そして、魔女は穢れに満ちた魂を持つ。であれば、ソウルジェムが穢れに満ちた時、その魂は魔女へと変貌する――? 

 問いただす様につばめさんを見れば、彼女はわずかに口の端を歪めてみせました。……間違いない。つばめさんは私にだけ分かるように魔女と魔法少女の関係について伝えようとしました。その目論見は、成功と言っていいでしょうね。

 

 

(だが、一体何を考えて?)

 

 

 私はすでに自らが人から外れた存在になったという覚悟がある。だから魔法少女が魔女になるという事実も多少の衝撃はあれどそういうものなのかと納得できた。それはつばめさんも同様なのでしょう。ですが、どうして今このタイミングで? 

 疑問が積もる中、つばめさんは説明を続けます。

 

 

「魔女は人の絶望を始め、怒り、嫉妬などの悪意を糧にします。これは人を直接自分の結界に引きずり込む以外にも魔女の口づけで操って悪事や自殺に追い込んだりと様々な形で絶望を回収し、自らを形勢する呪いを強化していきます。魔女は外敵から身を護るために自分だけの空間――結界を形成し、その中に閉じこもります。現実世界に魔女が姿を現さないのはこのためですね。それと基本的に魔女の姿は一般人には見えません。霊感が強い人ならば視認できますが、基本的に魔女が襲ってくるのを未然に防ぐのは専門職でもない限り難しいです」

「そうやって聞くとなんだか悪霊みたいですね……」

「いいところに気が付きましたねかこちゃん。その通りで魔女は悪霊としての性質も持っていて、神聖な場所とかにはあまり入ってこないんですよ。逆に墓場とか事故が起きた場所とかにはよくいますね。交通事故の多発する交差点とかは魔女が多く、また神隠しだの失踪だのが多発している場所も魔女が関与していることが多いですね」

 

 

 つまり、魔女を探すのであれば人の密集する場所、あるいは人がいなくなってもおかしくはなさそうな場所を探すのがいいということ。この辺りはつばめさんと魔女退治をしていた時に自然と覚えてきたことですね。あまり魔女探しに慣れていないかこさんがノートに書きこんでいます。

 

 

「とはいえ、どれほど強い能力、存在規模(ライフスケール)をもった存在とはいえ、単身(ひとり)では生きていけない。魔女が動けばそれだけ被害は大きくなり、魔法少女などの外敵に見つかりやすくなります。そのため魔女は自分の代わりに人間を襲ったり、自分の望むものを集めたり、あるいは敵と戦ったりする手下――使い魔を生み出します。魔女の手足として働く彼らは小規模とはいえ結界を生成する能力を持っていますし、積極的にこちら側の世界に抜け出して直接的な干渉を行います」

 

「親玉より子分が積極的に動く。組織の常ネ」

 

 

 魔女の手足となって動くのが使い魔。故に魔女の活動を抑制し、炙りだしたいのであれば使い魔を積極的に狩るのが重要だとつばめさんは前に言った。そして使い魔は魔女が倒された後も残り続ける。だからこそ魔女の被害を無くしたいのであれば使い魔を駆除しなくてはいけないというわけですか。

 

 

「使い魔は捕食した人間の魂や霊力を親元に送ると同時に、その一部を自分のものにして力を増していきます。これが数回……ざっと四、五人ほど犠牲にすると使い魔はグリーフシードを生成できるだけの呪いを蓄え、親と同型の魔女へと成長します。そうして親元から独立した子の魔女がまた使い魔を生み出し、人間を狩って自らの勢力を広げていく。これが魔女という怪物のライフサイクルです」

 

「なんだかゾンビとか吸血鬼みたいだね……」

 

 

 ゾンビ。確かに、魔法少女が魔女に成るのであれば、魔女は魔法少女の死体とも言える。それが人を喰らって同族を増やしていくという点で見れば、なるほど確かにゾンビという例えは間違っていない。

 

 

「そうして魔女は人を襲い、魔法少女は魔女を狩る。これが私たちの在り方です。

 ――では、もう少し詳しく行きましょうか」

 

 

 『魔女』という表題の下、上から順に「上級」「中級」「下級」と文字が書かれる。

 

 

「大雑把に魔女といってもその姿、強さは千差万別。意気揚々と挑んだ魔女がとても敵わないぐらいに強く、返り討ちにあってしまうこともある。そのため、私たち人間は魔女がどれだけの強さ、被害規模であるかを判別するために階級付けを行っています。これら三つの区分は魔女が持つ呪いの大きさによって評価されます。

 まずは『下級』。これは所謂(いわゆる)生まれたての魔女です。交通事故を引き起こしたり、自殺を教唆したりと一夜で引き起こす被害は一区画で収まる範囲で私たち(魔法少女)からすれば杜撰の一言にすぎる隠蔽具合かつ実力もお粗末。これを難なく倒せるなら魔法少女として問題はないでしょう。とはいえ、下級でも侮れない特殊能力を持っていたり、自分より強い使い魔を生み出す魔女がいたりするのでこの区分は精々目安程度に考えてください。

 次に『中級』。ある程度犠牲を積み重ね、魔力と呪いを蓄積した魔女が分類されます。ここまでくると被害が突発的なテロに集団自殺など分かりやすく社会の異常として見えてきます。私たちが追う『飛蝗』もこの分類ですね。また、今年の六月ごろには鏡の魔女という魔法少女のコピーを生成する魔女が出現し、東西で大混乱一歩手前にまでなりました。基本的に市街地で確認される魔女は中級以下なので、私たちが戦うにしても大体はこのラインまでです」

 

 

 『下級』の横に『弱いが、油断はできない』。中級の横には『強い、チームを組んで戦うべし』と記さる。なるほど、段位と同じく実力の指標にはなるが必ずしもその通りに当てはまるわけではないということですね。

 

 

「そして『上級』。これは私もまだ一度しか遭遇したことがありません。ですが、その強さ・厄介さ・被害規模は中級以下とは比べ物にはなりません。犠牲にした人間のみならず、土地に根差した怨念をも吸い上げて成長した蟲毒の魔女、あれは一つの街を壊滅させるには十分でした。なんとか倒すことには成功しましたが、十回は死にかけましたし先輩方の助けがなければ死んでいたでしょう」

 

 

 そう語るつばめさんの目は真剣そのもの。この数か月で実力を理解してきたが未だ底知れない部分もある彼女がそういうとは、一体どれだけ強力な魔女だったのか。

 

 

「そして、その上級の中でも最上級に位置する存在は『災厄』と呼ばれてます。これは歴史にも名が残り、キュゥべえですら警戒する文字通りの災厄です。例えば、世界を徘徊し、超台風(スーパーセル)として処理されるワルプルギスの夜はあまりにも有名です。半年以上活動している魔法少女に聞けば大体は知っていると帰ってきますね。他にも500年ぐらい前に討伐された女王の黄昏とか、黄道の名を冠する十二体の魔女とかいますが、その辺りは今回の主旨から脱線するので割愛しますね」

 

「えー!? なんだかとても気になる単語が出てきたんだけど!?」

「黄道の十二体って何ですか!?」

「そこまでヨ! 二人がこれ以上を知るには時期がまだ熟していないネ!」

 

 

 美雨さんの援護で二人(あきらとかこ)の追求を振り切ったつばめさんは強引に話題を切り替える。次に記された題目は、『魔法少女としての振る舞いかた』。

 

 

「魔法少女としての振舞いかた……?」

「あなた達なら多分大丈夫だと思いますが、それでも言っておくことが大事となる情報です。まず、私たちが扱う魔法について。これは控え目に言って強力無比です。肉体を強化して身体能力を魔女と渡り合えるだけの超人になるのは序の口。自分を人から見えなくしたり、普通なら壊せない物を壊したりとだいたいのことはできる。そして一般人からは魔法の痕跡何てわかりはしない。……なら、本当に何をやってもいい。そう考えられませんか?」

「確かに、魔法なら犯罪やってもバレない。そゆことカ」

「ちょ、そんなわけないだろう!」

「はいはいストップ。別に好きにやれなんて言いませんしやってはいけません。ですが、そういう風に考える魔法少女もいると言う事です」

「……ええ。人を越えた力を身に着けたのなら、そのように振舞う方もいるでしょうね」

 

 

 魔法少女の一般社会に対する道徳。つばめさんが言いたいことはそう言う事でしょう。人であれば当たり前でありながら、しかし容易く踏み外してしまう者がいる。それをわざわざ言うという事は、つばめさんは実際にそう言った魔法少女と出会ったことがあるのでしょう。そしてそれはこの神浜においても他人事ではない。私たちは未だ会ってはいませんが、悪意を持った魔法少女というのは確かに存在するはず。

 

 

「本当にそんな人がいるんですか……?」

「魔法がなくとも悪事を働く女の子なんてありふれていますし、願いの時点で誰かを不幸にすることを願った魔法少女もいます。そのあたりあの白いナマモノは見境ありません。あれは魔法少女の素質だけで契約を持ちかけ、当人のモラルについては殆ど考慮しません。皆さんは魔法少女を正義の味方だと思っている可能性があったので、一応その辺結構世知辛い事は早めに伝えておかねばと思いました」

 

 

 キュゥべえが魔法少女にする相手の善悪を考慮しない。そのことを聞き、私はあれが私にとっての敵のみならずもっと多くの……それこそ、人類の潜在的な敵である可能性を考えた。

 善悪を問わないと言うのならば、つまり魔法少女として契約するのならばどんな悪事を願われようと叶えるということ。それが社会にどれだけの影響を与えられるかなど、想像するに難くはない。

 しかし、それはつまり魔法少女同士で戦う……それこそあきらさんや美雨さんを相手にした腕試しの域ではなく殺し合いの領域になるということだ。もしそのような相手に出会った時には戦わざるを得ないのでしょうが……そうならないことを願いたいばかりです。

 

 

「でも、だからって魔法で好き放題して迷惑をかけるなんて許せない」

「いい正義感ですねあきらさん。ではここで一つ、あるお話を致しましょう」

 

 

 ――魔法少女に伝わる真実(マジ)の御伽噺

 魔法で悪事(ワルさ)かますと騎士が来襲()

 

 

「陰陽師、エクソシスト、錬金術師。私たち魔法少女以外にも、人のまま神秘の技を操る者が存在します。そして世間からそうした魔の存在を隠匿し、社会に対して悪影響を与える者を処断する者たちも当然存在する。その中でも世界で最大規模を誇るのが粛清機関。通称『教会』。西欧の普遍的宗教を中心として世界に勢力を伸ばす、異端狩りの集団です」

 

「粛清、機関……?」

 

「ざっくりいうと魔法警察です。魔法を犯罪に使ったりしてるとどこからか嗅ぎつけてブッ殺しに来ます。これを担当する対魔女・魔法少女の戦闘員は、聖堂騎士と呼ばれる何百年に渡って魔女狩りの技術を磨いて来たプロフェッショナルです。先ほど説明した魔女階級も彼らが考案したもの。組織として魔女を狩る人々が効率的に戦力を割り当てるための基準というわけです」

 

「聖堂騎士……正義の味方みたいな?」

 

 

 あきらさんが興味津々といった様子で聞く。確かに話を聞く限りでは、悪を倒すための組織と捉えられるでしょう。

 ですが――

 

 

「それはちょっと違うかもしれませんね。どちらかと言えば処刑人、あるいは秘密軍隊の類でしょう」

「お、言い得て妙ですねななかさん。その通り、粛清機関の聖堂騎士は私たち魔法少女が人の道を踏み外した時の処刑機構(パニッシャー)。魔に属するものが人の世を乱さないようにするための抑止力なんですよ」

 

 

 あきらさんの疑問をやんわりと否定する。

 異端狩り。つまりは中世にあった魔女狩りをそのまま()()に対して行う人たち。そしてその矛先は魔女に限らず、秩序を乱す魔法少女にも向けられるということ。果たしてそれが本当に私たちと同じ価値基準であればいいのですが。

 

 

「そいつら知ってるネ。昔会った魔法少女、聖堂騎士名乗たヨ」

「お、流石に知ってますか美雨さんは」

「圧倒的な強さだたネ。一撃で魔女を粉砕するあの鉄拳は今でも忘れられないヨ」

「……」

 

 

 つばめさんはなにやら目を逸らし、ダラダラと汗を流している。

 何らかのトラウマにでもひっかかったのでしょうか。

 

 

「――と、話を戻します。粛清機関を始め、異端の管理を目的とする組織は概ね魔女をグリーフシードごと完全に消滅させます。そのためグリーフシードを糧とする魔法少女とは粛清対象でなくとも度々衝突が発生しかねません。そのため、魔女の相手は極力現地の魔法少女に任せるようにする。というのが彼らの方針です。なのでここ日本の各地にも教会の構成員が潜み、現地の魔法少女を監督しています。当然、この神浜にもいますよ」

「そうなんですね……」

「なので後日、みんなで水名教会まで挨拶に行きましょう。神浜には監督官が何名かいるようですが、その中でも元締めとして活動しているのがあそこに属する神父です」

「……あの、もしかしてその人って」

「紺染神父ですね。あの人、魔法少女一人ぐらいなら軽く捻ると思うので間違っても歯向かってはいけませんよ」

「えー!? あの神父さんそんなに強いの!?」

「神父の功夫よく練られてるヨ、あきらも一度手合わせしてみるといいネ」

 

 

 あきらさんの驚く声が響く。

 水名教会……私も何度か行った事があります。あれは観光地でもありますが、それ以上に神浜が発展する前、大正のころから存在する文化財のようなもの。まさかあそこが魔法少女と関わりのある場所だとは思いもしませんでした。

 

 

「まあ、私たち魔法少女の身の振り方とかも知ってもらえたところで、今日の内容を終わりとさせていただきます。皆さん、ご清聴ありがとうございました」

 

 

 ぺこり。とつばめさんは一礼して今回の講義を締めました。

 

 

 

 

 ――そして、皆さんが帰宅した後、私はつばめさんと二人で部屋に残っていました。

 

 

「教えてくださいつばめさん。どうして私にだけ、ソウルジェムの真実について教えたのですか?」

 

 

 真っ直ぐに問いかける。

 あの時、ソウルジェムについて話そうとするつばめさんに対して私は待ってほしいと言った。それは偏に私が未熟であると感じたから。私よりも多くの戦いを得てきたこの人の世話になりっぱなしになるではなく、自分の手で復讐を成すために少しでも追い付く必要があるというささやかな対抗心からだ。

 

 だからこそ、このような場を設けてまで彼女がその事実を私に告げたのかが分からなかった。

 

 

「……ななかさんは既にソウルジェムが魔法少女の魂であることを知っていて、そしてキュゥべえを信用していない。聡明なあなたのことだ。わざとらしく仄めかさずとも、魔女化の真実にはいずれたどり着いたでしょう」

「では、なぜ?」

「実のところ、私はずっとななかさんを見てきました。あきらさんの実力を見定め、かこちゃんの決意を受け止め、美雨さんに認められるだけの策を練り実行に移す、そしてそのすべてを私に頼り切ることなくやり遂げて見せた。ならばもう十分です。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――こう見えて私、上に立つ人間にはこだわりがあるんですよ」

 

 

 そう言って不敵に笑うつばめさんからは、途方もない修羅場を越えてきたと確信させるだけの貫禄がありました。そんな彼女に試され、その結果としてどうやら信頼を勝ち取った。……ならば、私もそれに応えないといけませんね。

 

 

「では、僭越ながらあなたを率いてみせるとしましょうか。未熟者ですが、よろしくお願いしますね、つばめさん」

 

「ええ、精々この私を上手く使ってみることですね。ななかさん」

 

「ああ。そう言えば私の呼び方についてなのですが、年上なのですし無理に敬語でなくてかまいませんよ」

 

「えー……じゃあななかちゃんで」

 

「……ふふ。ななかちゃん、ですか。なんだか新鮮ですね」

 

 

 そこまで親し気な呼び方をされるのも、小学生の時以来でしょうか。とはいえ、あの時からも私は周りの人たちから畏まった話し方をされることが多かったので、もしかしたら年の近い人からちゃん付けで呼ばれた記憶はなかったかもしれませんね。

 

 

 

「ところで、なぜあのように仄めかす形だったのです? 後で呼び止めて伝えればよかったのでは?」

「ああ、それですか。ただの遊び心ですよ。匂わせぶりな台詞とか暗喩めいた言い回しとか、一度やってみたかったんです」

「……」

「あっやめてそんなゴミを見るような目で見つめないでなんか癖になるからっ」

 

 

 ……訂正しましょう。

 この人、かなり意地が悪いです。




〇琴織つばめ
今回描写した設定ですが、つばめちゃんの主観が大分入っているので全部がその通りとは限りません。

〇ななか一派とつばめちゃんの関係図(ロイス)
ダブルクロス風に現在の感情を図式化しました。〇がついている方が表に出ている感情です。

つばめ → ななか 〇有意 劣等感(期待と同時に自分よりも強い心に劣等感がある)
つばめ ← ななか 〇尊敬 憤懣(尊敬できるけどたまにウザい)

つばめ → あきら 〇好意 疎外感(顔がめっちゃいいけど体育会系のノリが微妙に合わない)
つばめ ← あきら 〇連帯感 不信(仲間として信頼してるけどななか以上に言動が読めない)

つばめ → かこ  〇庇護 不安(守護らねば……)
つばめ ← かこ  〇友情 悔悟(後悔はなくとも、忠告してもらったのに契約したことを若干負い目に感じている)

つばめ → 美雨  〇感服 隔意(中国人ということで趣味が合わない可能性を感じている)
つばめ ← 美雨  〇感服 不信感(何だか底知れないものを感じるネ)


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第十五話 英雄故事

#つばめマギカ名鑑

twitterで上記のハッシュタグにて私の作品の裏設定が吐き出されております。

年が明けてしまいましたね。
こっちはこっちでゆるゆるとやっていきます。


 十月。

 秋だと言うのに一向に日差しの鋭さは収まるところを知らない昼間。

 暇つぶしに水徳商店街をぶらりぶらりと歩いていると、街の一角に見慣れないものを見つけた。

 

 

「……なにこれ?」

 

 

 『エミリーのお悩み相談室』

 ポップで可愛い字でそう書かれた看板がある雑ビルの前に掲げられていた。

 私の記憶が正しければ確かここは商店街の寄り合い所だ。少なくとも一週間前まではこんなものはなかった筈だ。

 そこには多くの人が――特に私たちと同年代である中高生の少女が多く集まっており、かなりの盛況なのが一目瞭然だ。

 

 

「占い師……あるいはどこかのメンタリストでも来ましたか?」

 

 

 人が多くて中の様子を見ることはできないが、大体女の子が集まってくる露店など知れている。特にお悩み相談などと謳って、実際は怪しいアクセとか占いとかでぼったくるのだが、そう言うのに限って悩み多き女の子たちはこぞって集まるのである。生憎私はそういう女の子全開なコミュニティとは距離を置いているのであまりそう言う話題は入ってこないのだが、まあここもその手の類だろう。

 

 用もないのでそのまま通り過ぎようとする。

 

 ――と、その中に見覚えのある顔を見つけた。

 

 

 青みがかった髪、生真面目そうな顔、紫を基調とした古めかしいセーラー服。そしてあの凶悪なまでの胸部装甲は……

 

 

「……明日香さん?」

「おや、つばめさん。お久しぶりです!」

 

 

 そう、私が神浜で出会った魔法少女の中でもいきなり襲い掛かられると言う衝撃的な出会いを果たした魔法少女である竜城明日香その人である。

 武道系な彼女はあまりこういう所とは縁のない人だと勝手に思ってはいたが、意外と年相応な少女な一面もあるのだなと思った私は、久しぶりに顔を見たこともあってつい声をかけてしまった。

 

 

「はいお久しぶりです。……あの、ここは一体?」

「おや、知らないのですか? ここはですね……」

「明日香、知り合い?」

 

 

 明日香さんが説明を始めようとすると、ちょい後ろにいた黒髪ロングの女の子が口を開いた。ここ結構人多くて若干離れてたから気づかなかった……。

 

 

「おっと、あなたは……?」

「明日香、この人がもしかしてつばめさん?」

「ほう、私のことをご存知ですか」

 

 

 このぱっつん頭の子も私を知っているようだ。 

 美雨といい、いつの間にやら魔法少女たちの間で名前が知れ渡ってることが最近になって分かり始めた。あまり尾ひれがつくのは困るが、適度に名前が知れてくれているなら最初の頃に地道に方々を駆け巡った甲斐があるというものだ。

 

 

「明日香やあきらがよく話してたからね。よく知ってるよ」

「む、あきらさんということはあなたはささらさんですか?」

「うん。私が美凪ささら、魔法少女の騎士だよ」

 

 

 前にあきらくんから聞いたことがある。騎士を名乗り、人助けを重点的に行う魔法少女がいると。

 それを聞いて『教会』の人間が私の頭に思い浮かんだが、よくよく聞いてみれば全然違った。それでまあ、このささらさんは「騎士」という存在に憧れを持っているらしく、魔法少女になったことでそのように振舞うことができるようになって全力で騎士RPをしているんだとかなんだとか。契約の動機も「人助け」というあたり、お人よし度はあきらくんといい勝負してますね。

 

 

「ほう、騎士とはまたご立派な……」

「そんな大げさなものじゃないよ。私がやりたいから勝手に名乗ってるだけだし」

「でも人に名乗れるってことは相当の自信があるってことでしょう」

「え、そう? そうかな……」

「しかし騎士ですか。私も好きですよ騎士道とか」

「え、ホント!?」

「ええ。アーサー王やシャルルマーニュとかの伝説も読んでます」

 

 

 まあ、その辺の神話とかに興味持ったのは名前だけ借りた関係ない創作なのだけども。円卓ってメジャーだから色んなアニメとか漫画でも名前が使われてて、意外とモチーフを探してみるのも面白い。ファンサイトで元ネタ解説してくれる人、感謝です。

 

 

「円卓! 王道ついてるじゃん! 好きな騎士とかいる?」

「ガウェインですね。日中の能力三倍とか絶妙にチートなのがむしろ気に入ってます。ささらさんは?」

「みんな好き! でもその中で言うならランスロット卿かな。円卓はみんなかっこいい騎士たちだけど、その中でもランスロットは清廉潔白な騎士の鑑って感じで好きなの」

「でもアーサー王の奥さんと不倫したり非武装の相手をぶっ殺したりしましたよね」

「そう。王女様と不倫した挙句、国の反乱に加わるとか騎士としてあるまじきことでしょ? でも忠義と愛の葛藤の果てに愛した人を選んだ決心と、その後の国を滅ぼすきっかけになってしまったことに対する後悔がまた憎みきれないんだよ。そして兄弟を殺されたガウェイン卿との一騎打ちも憎しみを越えてお互いに譲れないものがあったことを考えると本当の騎士道って何なんだろうって悩んだりもしたけど今では騎士道は人それぞれなんだって気づいてからは騎士への憧れがより一層強くなってあ、でも場合によっては円卓ってメンバーとか人数が変わるんだけど私はやっぱり一番メジャーな十二人がベストだと思うんだけど」

「さ、ささらさん! お話はその辺りにして……」

「……あ! ごめん。騎士について話せる機会なんてめったにないからつい……」

 

 

 うーんこの面倒くさいオタク感よ。 

 

 

「てか、かなり詳しいですね」

「勿論。私の憧れは小さい頃に読んだ絵本の騎士だけど、他の伝説の騎士だってちゃんと勉強してるんだ」

「漫画やアニメも?」

「バッチリ!」

 

 

 自信たっぷりに頷くささらさん。見るからに運動系って感じで私のようなサブカル女子とは縁のない人でもある程度話が通じるのだからいい時代になったものだと心から思う。

 

 

「っと、そうだ。ここって一体なんですか。先週までなかったですよね?」

「ん? 知ってて来たんじゃないんだ」

「ええまあ……お昼ご飯がてらにぶらぶらしてただけですので。それで、なんですここ?」

「よくぞ聞いてくれました! ここは悩める方々の助けとなる場所なのです!」

「うんお悩み相談室って書いてありますね。いや知りたいのはなんでこんなに人気なのかってことですよ。そういうので有名な人とかが来てるんですか?」

「いやそういうのじゃないんだけどね。う~ん、これはもう見てもらったほうがいいかな」

「せっかくなのでつばめさんもどうぞ! 衣美里(えみり)さんの素晴らしい才能を是非お確かめを!」

「え、いや、その私は……」

「まあまあ。丁度行列も空いてきたし」

「いやだから行ったところで何も悩みなんて……!」

 

 

 そのまま押し切られてしまい、あれよあれよと建物の中へ。

 部屋の中は簡素ながらもファンシーな装飾が施されていた。確かに、ここなら女の子は緊張せずに悩みを話すこともできるだろう。

 

 

「あきら、調子はどう?」

「……え?」

 

 

 まさかあきらさんも関わってるのここ?

 いやまあお悩み相談とかそういうのやりそうな人だけども。もしやあきらさんがエミリーと名乗ってお悩み相談を行っていたりするのか。

 なんだその面白い展開は。俄然興味が湧いて来た。

 

 

「うん、順調だよってつばめさん?」

「こんにちはよろしく~。またけったいなことに首突っ込んでますね。頼みごとを受けるんじゃなくてとうとう自分から悩みを聞くことにしたんですか?」

「い、いや違うからね? 確かにボクはここの手伝いをしているけど悩みを聞いてるのは衣美里って女のこだよ」

「あきらさんがエミリーって名乗ってるとかではなく?」

「違うよ!? なんでボクがわざわざ偽名名乗らなきゃいけないのさ?」

「いやほらあきらさん可愛いもの好きじゃないですか。だからこうして女の子向けの相談所って体でがっつり趣味に走った可能性がですね」

「あー。あきらっちイケメンだけどバリかわ趣味だもんね」

「ええ。読んでる漫画とかもガッツリ少女系が多めですよ」

「わー、わー! それ以上はストップ!」

「えー? あーしあきらっちの趣味もっと知りたいんだけどなー」

「まあ、本人が嫌がってる以上はやめましょうか……ところであなたは何者?」

 

 

 いつの間にかしれっと会話に混ざり込んでいた人物に声をかける。

 

 

「あーし、木崎衣美里(きさきえみり)!」

「うおっと……琴織つばめです。あなたがエミリーでいいんですか?」

「イエッス! あーしがエミリーだよ!」

 

 

 なんだこの陽のオーラは。金髪ツインテールの見るからにギャルギャルしい年下女子である彼女が、どうやらこの子が相談室の主のようだ。 

 

 

「なるほど。それでエミリーさんはここで人の悩みを聞いていると」

「うん。あーしとおしゃべりしてると悩みがパーって晴れる感じ。 それでー……えーとうーんと、つばめ……つばっち……つばつば……なんかちが~う」

 

 

 なんかブツブツ言ってる。もしかしてそれ、私のあだ名ですか。

 

 

「ばめばめ……つばみん……んん!? ばみ……バーミー!」

「ば、バーミー!?」

「うん。これが一番ビビッと来た! バーミー!」

「お、おう……」

 

 

 なんとハジけた娘なのでしょう。そんなハッちゃけたあだ名、美緒ですらつけなかったというのに。

 でも特に嫌な気はしない。むず痒くはあるけれど、あだ名らしいあだ名を持ってこなかったのでこういうのは初体験だ。HNはほら、自分から名乗る偽名みたいなものだしノーカンで。

 

 

「んでんで、あきらっちの趣味は可愛い系だけど~バーミーの趣味も少女漫画なわけ?」

「少女系もある程度は読みますけど……大体全部ですね」

「全部!?」

「はい。少年少女、バトル恋愛日常ミステリ。細かい好き嫌いはあったりするけど割となんでもいけちゃうつばめちゃんです」

「物知りじゃんすごーい! おすすめとかあったりする?」

「ほーう、どのジャンルに興味がおありですか?」

 

 

 この手の類との接し方は私の人生において経験が少なく、手探りで行くしかない。

 こういう時は処世術として身に着けた飄々としたRPで対処する。自分の趣味を過剰にさらけ出さず、しかしムダ知識を差し込んで話のネタを提供すべし。何、メジャーどころから話を持ってくれば問題はない。それに今回は周囲に騎士オタクのささらさんと少女趣味のあきらくんがいるおかげでこの程度では引かれることもあるまい。

 

 相手に選択権を与えながら、それとなく自分の好みを盛り込んでいく。父が使う営業テクニックだが、これが意外と日常会話やオタ活の布教にも活用できる。押し付けるのではなく、相手が自発的に選ぶようにするのがコツらしい。

 

 しかし意外とギャルとも話できるんだな私……。いや、この子が相手の話をちゃんと聞いて返事をしてくれてるのもあるだろう。ここにいる全員が魔法少女だから心理的にオープンになっているのもある。だがこうして話してみてわかる。この子、人から話を聞き出す天才だ。明日香さんとささらさんがエミリーを相談所に据えたというのも納得できる。

 

 そうして衣美里さん、もといエミリーと談笑し、時にあきらくんにデッドボールを投げながら会話に花を咲かせていると、部屋の外から声が聞こえてきた。

 

 

「すいませーん。ここでお悩み相談してるって聞いたんですけどー」

「あっ、閉めるの忘れてた……」

「いえいえお構いなく。入れてやってください」

 

 

 そもそも私は客ではない。悩み相談に来た人の時間を潰してしまうのはもったいないので、邪魔にならないようにとっととお暇して――って、あの顔は。

 

 

「おや、鶴乃さん」

「あっ! 私のライバル!」

「いつからあなたのライバルになったんですか私は」

 

 

 決闘中華ガールの由比鶴乃が私を見て叫びを上げる。

 どうにも最初の決闘以降、鶴乃さんは私をライバル視しているらしい。なんでそんなことになっているのかてんで想像が……つくわ。クソみたいなだまし討ちをはじめとして決闘を挑まれるたびにあの手この手でハメ戦法使って勝ち越していたらそりゃ敵愾心を持たれるに決まってる。凝りもせずに度々私に戦いを挑んでくるガッツは嫌いじゃないですけどね。

 

 

「知り合い?」

「腐れ縁ですね。最強の魔法少女になるとか言って一時期は決闘をいたるところに申し込んでいましたね」

「あ、魔法少女なんだ」

 

 

 というか魔法少女の密度多いなこの空間。

 エミリー、鶴乃さん、あきらくん、ささらさん、明日香さん、私と六人もの魔法少女がこの小部屋にいるのか。

 魔法少女同士は惹かれ合う……みたいなのではないと信じたい。

 

 

「もしかして、アドバイザーってつばめのこと!?」

「違いますよ。エミリーはこっちです」

「こんちゃッス!」

「ええと、エミリー、先生?」

「ちょっと、先生はマジ勘弁ね! エミリーでいいよ」

「じゃあ……エミリー」

「呼び捨てでいけちゃうんだ……」

「まあ、鶴乃さんですし。ここで立ち聞きするのもアレですし、私はここで失礼しましょうか」

「ん? バーミーは鶴ピーのマブダチっしょ? なら一緒に話聞こーよ!」

「鶴ピー!?」

 

 

 秒であだ名付けたなこの子。恐るべし。

 何故私が鶴乃さんの悩みを聞かなきゃならんのだ。どうせ店の味が50点なのを悩んでるとかそういうところだろう。

 とはいえ、ここで断るのも何だか後味が悪い。仕方がないので共に話を聞くとしよう。

 

 

「というかここで何するの? 私はレナからビシっとしたアドバイスを貰えるって聞いて来たんだけど」

「かなり雑に言えば本音トークですね。この子滅茶苦茶トークスキル高いんですよ。だから気兼ねなく悩みを洗いざらい吐き出すことができて気分が晴れるとかそういうところですね」

「はあ……」

「ま、あなたの事だからメル君のように神託めいた言葉でも欲しかったのかもしれませんが……ここは一つ、リラックスして悩みを聞いてもらうというのはどうですか?」

「うーん。つばめがそういうなら……」

 

 

 そうして鶴乃さんは悩みを打ち明けた。

 

 

「私……腕を上げたいの!」

「はあ。料理の相談ならウォールナッツの料理教室に行くのを勧めますよ? 西洋料理店ですが、まなかちゃんの技は見ておいて損はないかと」

店の味(そっち)じゃないよ!? いやそっちの腕も上げるつもりだけどね!」

「どゆこと?」

「彼女の実家、()()万々歳」

「なる」

「あー……そっか」

「何を! どう! 納得したのかな!?」

 

 

 この辺りの面々にはもうそれだけで通じてしまうぐらいには50点ぶりが伝わっていることに鶴乃さんは納得がいかない様子。でも奇抜なメニューを考えたりとかの前に普通に料理の腕を上げる努力をしろとは思う。別に私は50点でもいいですけどね。値段と釣り合っているし、店選びに困ったらあそこいけばいいとは思っているので。

 

 

「大丈夫ですよ鶴乃さん! あれだけ見事に50点としかいいようのない料理を提供できるのはむしろ誇るべきことかと」

「そんな綺麗に50点なの? 逆に興味湧いて来たかも」

「だから店の話は横に置いといて! あ、来るならサービスするよ」

 

 

 面白いぐらいに追撃が飛んでくる。鶴乃さんのツッコミも加速する。そこで宣伝を忘れないあたり抜け目がない。

 

 

「ん-、要は鶴ぴーは強くなりたいってことっしょ?」

「うん」

「だったらズバリ……修行っしょ!」

「修行?」

「ああ、確かに何事も修行パートはありますね」

「修行パート?」

「イエス。古今東西、主人公は修行をするもの。漫画はもちろん、神話の英雄とて修行や試練を乗り越えることで大きな力を授かっています。であるからには魔法少女もまた、地道な修行によって新しい力を手にするべきなのです」

「そーそー! バーミーわかってるぅ!」

「でも、レナたちと訓練は散々やったし……」

「道理で私のトークに大量の愚痴が並べられてるわけですよ。大体、あなたは人との組手ばかりやってますが、一人でのトレーニングとかもやってるんですか?」

「むっ。ちゃんとやってるよ! つばめの戦い方もちゃんと学んでるんだから、これまでのように行くとは思わないでね!」

「そういう生意気言ってるとまた完封しますよ? あなたに通じそうなハメパターンはあと20種類は用意してますからね?」

「ぐぐぐぐぐ……」

 

 

 ふふふ。あの程度で私のクソ戦法の引き出しが尽きたと思うなら甘い甘い。

 初手金縛りなんぞ序の口。床落としに始まる地形破壊。魔法少女相手だからできるブービートラップなど多くの害悪戦法の用意がこちらにはあるのだ。

 

 

「でもどんな修行するの? いわゆる「油風呂」とか?」

 

『見晒せえええ! これが魔法少女の根性じゃーっ!』

 

「それ修行じゃなくて拷問だよね?」

 

 

 ささらさん、意外とマニアックなところ突いてきますね。

 

 

「じゃあ魔女の攻撃に耐える訓練なら鉄球とか丸太を手で押し返したりするとかどうかな!?」

「うーん、私の師匠は2tのパンチを耐えられるようになれと言ってきたので文字通りパンチ力が足りませんかねえ」

「なにそれこわい」

 

 

 経験談を語ったらドン引きされた。私でもアレはどうかと思う。コンクリートを拳で綺麗にぶち抜いて見せるとか、一般的な魔法少女というものの定義を越えている気がする。

 

 

「では、座禅を組んで滝に打たれるというのはどうでしょう。丸太も流せば技の練習にもなって一石二鳥です!」

「なんで丸太引っ張ったの?」

「ほほう……精神修行ですか。魔法少女には効果いいかもしれませんね」

「でも明日香、この辺りに滝ってあったかな?」

「……あぁっ!」

 

 

 どうやら失念していたようだ。

 鶴乃さんの頭も冷えるだろうし丁度いいと思ったのだけど。

 

 

「なんとお恥ずかしい……もはや生きておられません、自害しますー!」

「ちょ、こんなところでやめなって!」

「また始まったよ……」

 

 

 はいはい。いつものいつもの。

 明日香さんはおっちょこちょいというかそそっかしいというか。とにかく間違った方向につっ走る傾向があり、その度にこうして自害を敢行しようとすることが判明した。彼女と関わって二回に一回は自害が始まり、驚いたのも最初の数回だけ。どうせ魔法少女が腹掻っ捌いた程度では死なないので、今ではすっかり見慣れてしまった光景である。

 

 

「あーもう。話がぐだぐだだよ!」

 

 

 そんなこんなで話が脱線し始めたので鶴乃さんも我慢の限界の様子。

 このあたりでエミリーの出番だろう……。そんなことを思っていたからかエミリーが実際に口を開いた。

 

 

「じゃあバーミーが鶴ピーの修行してみたらどう?」

「え?」

 

 

 え、何でそうなる?

 

 

「いやさ、バーミーってば鶴ピーのことよく見てるし。どんな修行をすればいいのかもバッチリわかってるくね?」

「なるほど……それは確かに!」

 

 

 冗談じゃない。

 私が誰かに修行をつけるとか無理に決まっている。

 ななかちゃん達には先輩魔法少女として面倒を見てはいますが、それとこれとは話が別だ。

 

 

「いやいやいや。何でですか。そういうのは空手やってるあきらさんとかの方が適任でしょう。参京のトラブルシューターなんて異名もつくぐらいだし……」

「どうなの?」

「つばめさんの方が強いよ」

「あきらくーん!?」

 

 

 畜生、裏切られた。おのれ反逆者め。心の中で略式処刑(ZAP)光線を発射してやる。びびびびび。

 こうなっては無下に断ることができなくなってしまった。今後の事を考えればここで素っ気ない態度を取るのは色々と印象が悪くなる。

 

 とはいえ、これも考えようかもしれない。

 ここで鶴乃さんを鍛えて満足させれば、私に腕試しを挑んでくることも少なくなるかもしれない。それに彼女にはなんだかんだ光るものを感じており、どれだけ伸びるのかを見てみたくもある。

 

 

「はぁ、仕方ありません。私なんかでよければ、手ほどきぐらいはしてあげますが」

「オッケーだって! やったじゃん鶴ピー!」

「というか。鶴乃さんはそれでいいんですか?」

「うん。最強への道のりだもん。多少の屈辱は受け入れるつもりだよ!」

 

 

 あっこれめっちゃ根に持たれてるやつですわ。

 流石におちょくりが過ぎたと反省する。

 お詫びに修行自体はちゃんと全うなものをやるから許してほしい。

 

 と、肝心の本人意思は確認できた。

 後は、視界の横で何やら興味深そうに私を見ているあきらくんに声をかける。

 

 

「あきらさんもやってみますか?」

「え、ボクが?」

「いやさっきからなんか参加したそうにそわそわしてましたし」

「めっちゃ興味深々って感じだったよね」

「うっ……。そうだよ。つばめさんっていつもアドバイスはくれるけど直接鍛えてくれることってないから気になったんだよ」

「まあ、あきらさんは基礎が大体出来上がってますからね。でも今回のはやるだけやって無駄にはならないと思いますのでどうぞ」

「やった!」

 

 

 喜びの感情を顔に出すあきらくん可愛い。普段はイケメンなのに笑った顔は可愛いとか最強か?

 

 と、いうわけで。

 鶴乃さんとあきらくんを相手に修行をつけることになった。

 

 

「で、どんな修行やるの?」

「ええ。やはりこうした修行というものは実績のあるものを行うのが良いかと。

 

 

 ――つまりは、王道に倣います」

 

 

 『映画には人生の大事なことが詰まっている』。

 

 いい格言ですね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 最初は走り込み。

 河原で後ろから自転車で追随するつばめに追い付かれないように十週。

 

 

「王道って、本当に普通だ……」

「ペースを乱さず、一定のリズムで走ることです」

「はいッ!」

 

 

 ――その次は基本的な打ち込み千本。

 

 

「稲妻を喰らい、雷(いかずち)を握り潰すように打つべしッ!」

「言ってること全然わかんないけど、やるッ!」

 

 

 ――またある時は、逆さづりになって下の桶に満たした水を御猪口で上の桶に移し替える上体起こし、すなわち重りをつけた状態で行う魔力による身体強化を前提としたトレーニングを行い。

 

 

「どうしました、そんなんじゃ日が暮れますよ?」

「うおおおおーっ!」

「……ところで、この訓練ってアレだよね?」

「さて何のことやら……はんちも~♪」

「隠す気がないッ!?」

 

 

 すっとぼけながら鼻歌混じりに歌い、サビの部分に突入する。ぶっちゃけ最初と此処ぐらいしか覚えていなかったりする。

 

 

「「「メンチ!」」」

 

 

 ほら、やっぱりみんな好きじゃん。

 

 

 ――またある時は、中腰になりながら、頭と真っ直ぐ突き出した両手の甲の上、膝の上に水を満たした小皿を置いてこぼさないようにするトレーニングを行う。特別講師の美雨さんも呼んでいっそう本格的だ。

 

 

馬歩站椿(まほたんとう)。功夫の踏み込みを鍛える基礎ネ」

「ぐぅ……、けっこうキツイ……」

「ぬおおおっ……」

「ほら、バランスが崩れてますよッ!」

 

 

 ――またある時は、目隠しをした状態でピッチングマシンから放たれる野球ボールをひたすら躱したりした。

 

 

「よッ、ほッ、はッ!」

「甘いっ! 魔女の攻撃はこんなものじゃないですよ!」

 

 

 余談だが、これよりもひどい修行を私は過去に体験している。

 あの丸太を振り子にして避けるタイプの訓練といえば伝わるだろう。

 

 

 と、そんなこんなで一通り映画でやっていた感じの修行を終えた私たち。

 澄んだ青色だった空は、薄い橙色へとすっかり染まっていた。

 

 

「さて、これで修行は終わりです。お疲れさまでした」

「ふぃ~、疲れた~。流石にもう動けないよ」

「疲れたよ~。でもこれで強くなれたんだよね?」

「さて、それはあなた次第としか。今回やったのは基礎の鍛え直しだけですので」

 

 

 実際のところ、これら一連のジ○ッキー映画な訓練の目的は身体の動かし方、力の籠め方といった基礎的な部分を徹底的に鍛えるためのもの。本来ならもっと時間をかけて行う訓練もあるのだが、そこまでスケジュールを割くつもりはないので、今日は手っ取り早く体力を使える基礎トレのみに済ませたのである。

 

 

「え~~!?」

「そりゃ一朝一夕で強くなれるわけないでしょうが。今日はあなたが焦っている感じでしたので、とにかくトレーニングを繰り返したにすぎません」

「だ、騙されたーッ!?」

「騙したとは人聞きの悪い。要するにこれは精神修行です」

「ほよ?」

「鶴乃さん。あなたは今回、身体を徹底的に動かしてみてどうでした?」

「そんなの、そんなの……あれ? なんだかすっきりしてる……」

 

 

 そう。鶴乃さんは相談所に来た時の何だか思い悩む様子から一転して、憑き物が取れたような顔をしている。大方、彼女はももこさん達と訓練してもその強さから大体は勝ってきたのだろう。常に勝ってばかりの組手などマンネリが生じて当たり前。それが手ごたえの無さに繋がって知らず知らずのうちに不満を抱いていたのだろう(もっとも、一番不満なのは訓練に突き合わされ続けたももこさん達だろうが)。ならばここは、相手のいないトレーニングをさせることでその思いを発散させてしまおうという魂胆である。

 

 

「『鍛錬とは誰かを越えるためではなく、自らの在り方を見つめること』……私の先輩の受け売りですがね。魔法少女たるもの、一番大事なのは理不尽に負けない心です」

「理不尽に負けない……」

 

 

 魔法少女の天敵は何か。災厄と呼ばれるほどの魔女か? それとも魔法少女を徹底的に排斥する人間たちか? 

 それらはすべて正しい。なぜならば、私たちを殺す要因のすべては「理不尽」だからだ。

 日常の中にも潜む自分の力ではどうあがいても立ち向かえない状況。それが私たちの心に絶望を生み、いつの日か魔女へと堕とす。

 やちよさんが6年もの月日を魔法少女として生き抜いたのも、仲間の死などの理不尽を乗り越えられるだけの心の強さがあったからだ。彼女を師匠と仰ぐ鶴乃さんも、身に着けるべきは実力よりもまずその心の強さなのだ。

 

 

「おお……。それならなんだか強くなったような気がしてきた!」

「ええ。満足したなら何より」

「つばめさん、悪い顔してるよ……」

 

 

 む、それは人聞きの悪いことをあきらくん。私はエミリーたちから請け負った相談の役目を全うしたにすぎません。肝心なのは根本的な解決ではなく、本人の満足なのですからこれでいいのです。

 ――まあ、それはそれとして。

 折角なので、鶴乃さんには私の疑問というか忠告をぶつけることにする。

 

 

「あと、これは完全におせっかいですが鶴乃さん」

「ん?」

「初めて会った時から思っていましたけど、あなた何だか生き急いでいませんか? 戦いに全力、店の手伝いにも全力、挙句の果てには人とじゃれ合うにも全力。……そんなんじゃいつか息切れどころか心根果てて二度と立ち上がれなくなりますよ」

 

 

 私の言葉に鶴乃さんは、少し逡巡した後に俯き、

 

 

「……わかんないよ。つばめには」

 

 

 と、か細い声で呟いた。

 

 顔を伏せたその表情は私からは見えることはなかった。

 ……強くなりたいという彼女の思いは、店の評判に対しての不満ぐらいに思っていたけれど、もしかすればそれ以上に根が深い問題かもしれない。

 

 

「でも、ありがとう。……ねえ、もし辛かったら頼ってもいい?」

「まあ、それぐらいなら」

 

 

 一応、友達だ。珍しい鶴乃さんの弱音ということもあり、その頼みを首肯する。

 

 

「うん。忘れちゃダメだからね!」

 

 

 そうして再び顔を上げた鶴乃さんの笑顔は、いつもより嬉しそうだった。

 

 

 

 




〇琴織つばめ
 バーミー。なんだかんだと付き合いがいい。
 オタク知識は浅く広く。時にニッチに。

〇美凪ささら
 騎士に憧れてる魔法少女。ささらん。
 本作では騎士物語フリークに。

〇木崎衣美里
 エミリー。最強コミュ力の持ち主。
 流行り物以外は詳しくない。勧められたらなんでも見てみるタイプ。

〇由比鶴乃
 つばめのことは数少ない同年代魔法少女兼ライバルみたいな気安い関係。
 今回の話は彼女のMSSから。
 好きなジャンルはアクション。

●???? 
 『由比鶴乃の弱音』を獲得しました。


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第十六話 人には愛を、手向けの花を

日常回
琴織家の事情について少し


 割と真面目に上着がないと外出がキツくなってきた秋の終わり。

 

 私と父さんはある店を目指して新西区を訪れていた。

 今日は私たち親子にとって特別な日で、そのために花を買いにきたのである。

 

 神浜で初めて迎える日と言う事もあって、向かう店も事前に下調べをしてある。

 

 目的の店は「フラワーショップ・ブロッサム」。

 この辺りでは最も評判の良い花屋が、今回の目的地だ。

 

 

「着いたぞ」

「はーい」

 

 

 車から降りて思わぬ風の冷たさに身を震わせながら駐車場を横切る。

 赴きある木製のドアを開けて中へと足を踏み入れた途端、ふわりとした花特有の匂いが鼻孔をくすぐった。

 

 

 花。花。花。

 

 

 どこを見渡しても花満開な店の中は結構な賑わいだ。週末と言う事もあってピークの時間帯を外したのだけれど、やはり評判の店なだけはある。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

 店内を眺めていると橙髪の少女の快活な声が響く。彼女が掛けている店名の入ったエプロンの下は神浜市立大附属学校の制服で、恐らくここのアルバイトだろう。かこちゃんを始めとして他の知り合いの魔法少女にも何人かがあの制服を着ているから覚えている……って、あの緑色の髪でちょこんとした人影はもしや。

 

 

「あれ、かこちゃん? かえでさんも……」

「あ……! つばめさん、奇遇ですね!」

「あ、お久しぶりです」

「かえでさんはお久しぶりですね。お二人が揃ってここにいるとは仲が良かったり?」

「はい。かえでちゃんとはお友達です」

 

 

 こんな所でもチームメイトと遭遇。この前のあきらくんといい、予想しない場所で出会いますね。

 

 そしてその傍らにいるのは秋野(あきの)かえでちゃん。ももこさんがやちよさんのチームとは別に面倒を見ている魔法少女であり、水波(みなみ)レナというまた別の魔法少女との三人でチームを組んでいる。

 彼女とはももこさん経由で知り合った仲であり、これまでにも何度か魔女退治を一緒に行っている。かこちゃんと友達だったというのは知らなかったけども、大人しめな性格同士気が合うってことなんだろう。

 

 

「えーっと……つばめさん、鶴乃ちゃんから聞きました。迷惑をかけたみたいでごめんなさい」

 

 

 挨拶をして間もなく、かえでちゃんが頭を下げてきた。

 はて、出会い頭に謝罪されるようなことに心当たりは……って、ああ、この間のあれか。どうやら私が鶴乃さんの特訓を請け負ったことを本人から聞いたらしい。あの時鶴乃さんと出会ったのは全くの偶然だし、特訓するように煽ったのは私なので別に謝られることでもないだろう。

 

 

「いえいえお気になさらず。鶴乃さんはあれからどうです? 多少は一人でのトレーニングでも打ち込んでくれてます?」

「……それが、あれからよりいっそう特訓だって張り切るようになって色んな特訓メニューもやり始めて……ももこちゃんとレナちゃんがよく付き合わされてるの」

「おうふ」

 

 

 逆効果でござったか。巻き込まれているお二人は哀れだが、それに関しては私は悪くない筈だ。

 

 

「うーん。それなりに効果ある特訓させたからですかねえ。お二人は大丈夫でしたか?」

「ももこちゃんは平気そうだったけど、レナちゃんは筋肉痛になって昨日も歩くの辛そうだったよ。ちょんってつっつくだけで大げさに震えるんだからついやり過ぎちゃって……多分今は家で寝てると思う」

「わあこの子こわい」

 

 

 いつもふゆぅふゆぅと小動物みたいな声をあげているのにレナちゃんの事となるとサドっ気が出てくるんだよね。結構毒舌も吐くし、ゲーセンで躊躇なく5000円も溶かしたらしいし、気弱そうに見えて実は中々な暴走特急ではないだろうか。

 

 

「ところで、お二人も花を買いにきたんですか?」

「あ、違うの。私たちはね――」

 

 

 そうして雑談に興じていると、先ほどのアルバイトの子が話しかけてきた。……というか、今気が付いたけどこの子も魔法少女だな。

 

 

「二人とも、知り合い?」

「つばめさん、紹介しますね。この人は春名(はるな)このみちゃん。お花の事ならこのみちゃんに聞くといいですよ」

「どうも初めまして。琴織つばめです」

「うん。よろしくつばめさん」

「私たち、このみちゃんのお手伝いをしているんです!」

 

 

 自信満々に言うかこちゃん。

 ……ん? でもかこちゃんとかえでちゃんって学年……。

 

 

「……あの、そっちの学校ってアルバイトの許可そんなに緩いんですか?」

「あ、違うの。二人は飽くまでお手伝い! お給料は出てないから安心して!」

「このみちゃん……その言い方だと余計にまずく聞こえるよ……」

「ちゃんとおばさんからお小遣いを貰ってますから、ね!」

 

 

 まあ、ぶっちゃけかこちゃんは家の本屋で堂々と会計とかやってたりしますし、いいんじゃないですかね?

 

 

「その辺りは問題ない。学業の妨げや過酷な作業を不当な賃金でやらせたりしなければ児童労働の範疇には入りはしないよ。だからうちは高校生以上と条件を付けているわけだけどね」

 

 

 そこに一家の大黒柱たる経営者からの的確なアドバイスが飛んできた。この父親、個人事業者として安定した収入を得られているだけあってこう言う時の知識を聞くには大いに頼りになる。

 

 

「なるほど、ですって皆さん大丈夫みたいですよ」

「へえ~そうなんだ……」

「あの、ところでこの人は?」

「うちの父です」

「どうも、琴織渡だ。秋野くんは初めましてになるかな。娘がいつも世話になっている。調子に乗りやすい性格だから振り回されないように気を付けておくといい」

「どういう意味ですかねそれ?」

 

 

 脇に肘を軽く叩き込むが、父は笑うだけで何ともない。

 

 

「ところで……お二人もお花を買いに来たんですよね!」

「はい」

 

 

 というかそれ以外の用事で花屋には来ない。

 

 

「どんな花をお探しですか?」

「今日は仏花を。仏壇に供えるための花を買いに来た」

「なるほど……それでしたらどのような花がお望みですか?」

「トルコキキョウとカーネーション。あとは季節に合わせた花をいくつか」

「色はどうなさいますか?」

「ここは六金色で揃えたい。良い組み合わせがあればそれを頼みたいのだが……ああ、後はホオズキの実が欲しい。この時期だと少し難しいと思うのだが……どうだろう?」

「わかりました! それなら……」

 

 

 着々と父はこのみさんと花の段取りを済ませていく。

 このみさんは父の要望を一言一句聞き逃さず、店に陳列されている花の中からてきぱきと揃えていく。

 

 

「いっぱい買うんだね……」

「ええ。うちは供え物だけは妥協しないと努めていますので」

「そうなんですね。あの……つばめさんが良ければなんですけど、誰へのお供えものなのか聞いてもいいですか?」

「ああ、母ですよ」

「えっ……?」

「つばめさんの……お母さん?」

「ええ。母さんは、私が物心つく前に亡くなりました。今日は母の命日なんです」

 

 

 そう。今日は母の――琴織鈴女(ことりすずめ)の命日。

 

 私は母の顔を写真でしか知らない。

 だから私は、母親から愛情を知らない。それでもこの人が私を愛してくれていたというのは、生まれたばかりの私を抱き上げる写真からでもよく伝わってきた。

 

 それと、父が十年以上経った今でも再婚もせずに男手一人で私を育ててくれたと言うのもあるだろう。母の命日には好物を、節目には仏壇に高級酒を律儀に供える。ホオズキの実も故人を偲ぶための定番だからではなく、母が好きな花だったから。六色を揃えるのは、風水や運気を重視する父の今も変わらぬ愛情の証である。

 

 

「……すいません。軽率に聞いてしまって」

「別に気にしませんよ。今更、喪に服すつもりもありませんし」

「ッ、でも!」

「はいはい。かこちゃんは優しいですね。正直その気持ちはとうと……いえ、とても嬉しいですよ」

「今、尊いって言いかけなかった?」

「知りませんね」

 

 

 だがかこちゃんがぐう聖なのは事実である。

 

 

「ところで、このみさんも魔法少女ですよね?」

「え、ええ。そうですけど……」

「なんでわかったの……って、そういえばつばめさん。魔力が見えるんだっけ」

「そゆこと」

 

 

 ちなみにこのみさんの魂は緑色だった。生命力溢れるオーラはまさに花を愛する少女というべきか。

 

 

 そうやって談笑していると、視界の端でふらふらと花瓶の棚に近づく男性に気が付く。

 その男の人は商品棚の上にある花を注してある花瓶に手を伸ばし……って、おいおい。

 

 

「やば……!」

「わっ、つばめさん!?」

 

 

 私は急いで男の人に速足で近づく。

 かこちゃん達は気が付いていないが、私の眼には男の人の首筋にこびり付く呪い(魔女の口づけ)がはっきりと見えていた。

 

 

「は……ははっ!!」

 

 

 予想通り、魔女の被害者は花瓶を掴み、動きを隠そうともせずに店の中心に投げつける。

 叩きつけられた花瓶は大きな音を立てて割れ、周囲に破片と水と花をまき散らして店内を滅茶苦茶にした。

 

 

「――っと。危ない危ない」

 

 

 なんてことが起こる前に、私は男の人の腕を掴んで阻止する。

 こっそり魔力で強化した握力と、先輩に教え込まれた武術の合理ならば、成人男性の動きぐらいはあっさりと止められる。

 

 

「……邪魔するな……ッ!」

「はいはい」

 

 

 当然だが抵抗される。

 本格的に暴れられる前に、幽界眼で捉えた魔女の口づけに手を伸ばしシールのように剥がしてやる。

 そうすれば男性は瞬時に気を失い、床に倒れ込む前に支える。

 

 端からは具合の悪い人を察知して介抱しただけに見えるはずだ。

 かこちゃん達は何が起きたのか察したらしく、焦った様子で近づいて来た。

 

 

「つばめさん!」

「もしかしてこの人……」

「はい。魔女ですね」

「そんな、またですか……!?」

「また?」

 

 

 かこちゃんの言葉に首を傾げる。

 聞けば、以前にもこのブロッサムに魔女が現れ、その時は店主が被害者になったという。その時の縁がきっかけでこのみさんが魔法少女であることを知ったらしい。

 

 やれやれ。今日ぐらいは魔女と関わることなく過ごしたかったのだけど、台無しにされる方がもっと嫌だ。

 幽界眼を本格的に励起させ、魔女の結界がないかを探る。

 

 

「――いました。店の外です」

「行きましょう!」

「うん! あ、でもこの人どうしよう……」

 

 

 と、その時。店の奥で花束のラッピングをしていたこのみさんが花束を抱えて戻ってきた。

 

 

「お待たせしました! このような形でどうでしょう」

「……うん、素晴らしい。色のバランス、花の形状を意識した配置も完璧だ。その年だと言うのに素晴らしいセンスだね。このままで貰おう」

「ありがとうございます……って、三人ともどうしたの?」

 

 

 このみさんが作った花束は眼鏡に適ったらしく、父はとても満足そうに頷いた。

 そこに、背後からまた魔女の口づけを喰らった別の男性が近づく。

 かえでちゃんが慌てて念話で警告を飛ばす。

 

 

『このみちゃん! 今、魔女の口づけを受けた人がつばめさんのお父さんに近づいてる!』

『え!?』

『……あ、特に心配は無用だと思いますよ?』

 

「寄こせ……!」

 

 

 このみさんの反応は遅れ、被害者は父の手から花束をひったくろうとする。

 が、伸ばした手は空を切った。

 

 

「悪いがこれは彼女が妻の為に作ってくれたものだ。君は君にあった花を見繕ってもらうといい。だがその前に、首に付いたゴミぐらいは払ってから店内に来るのがマナーだろう」

 

 

 瞬時に回り込んだ父が魔女の口づけへと手を伸ばす。

 たったそれだけで、魔女が付与した呪いは分解され父の手の中へと吸い込まれていった。

 

 

「……あれ? 俺は何を……」

「さあ? 花の魅力に惹かれてついやってきたんじゃないか?」

「そうか? ……確かに、そうかもしれないな」

 

 

 あっさりと正気に戻ったその男性は、しっかりとした足取りで店内の物色を始めた。

 

 ……お見事。私でも力技でしかできない解呪をこうも容易くやってのけますか。

 

 

「やれやれ。今日は大事な日だというのに、思わぬ災難だな」

「え、あれ? 今……」

「すまないが、これを保管しておいてくれないか。どうやら、会計の前に片付けるべき用事ができたらしい?」

「あ……はい。じゃなくて! 今、あなた魔女の口づけを……!」

 

 

 目の前で繰り広げられた光景が突拍子も無かったからか、言われるままに花束を受け取ってぽかんとしていたこのみさんだが、割とすぐに再起動した。

 だが父への詰問は時間がかかりそうなのでストップをかける。

 

 

「まあまあこのみさん。ひとまずこの人を安全なところに寝かせて、魔女をブッ潰しに行きましょう」

「あ、そうだよね……って、つばめさんも魔法少女?」

「ええ。まあ、そういうわけですのでよろしく」

「……うん、よろしくね!」

 

 

 次から次へと押し寄せる情報量に、どうやらこのみさんは考えるのをやめたようだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 既に魔女の結界は見つけていた私たちは、変身してすぐに突入した。

 カーテンで覆われた空。ベッドのような布の地面。

 この神浜にて多く蔓延る魔女の中で、立ち耳の魔女と呼ばれる魔女の結界だ。

 

 

「ふむ。今回の結界は随分とファンシーだな」

「ここの魔女は色んなものを集める魔女なんですよ」

「だから花屋に現れたのか。少女のお洒落は、花とアクセサリーとフリルだと相場が決まっているからな。まあ、つばめの趣味はカジュアルだがね」

「文句あるんですか?」

 

 

 そして、何故かついてきた父は結界の内装にコメントをつけ、何故か私の趣味にケチをつけてきた。

 

 

「え、あれ? つばめさんのお父さん、なんだか普通に歩いてない?」

「ここ、魔女の結界の中だよね……?」

「魔女の口づけも剥がしていたみたいだし……どういうことなの?」

 

 

 普段なら魔女の呪いに当てられてとっくに正気を失っている筈だというのに、一般人が魔女の結界に平然と足を踏み入れている光景にこのみさん達は目を丸くしている。

 だましたつもりはないんだが、うちの父さん、多分この神浜で一般人という概念から一番かけ離れた人なんだわ。

 

 

「ん、ああ。君たちは知らないだろうが、私も魔術の心得がいくつかあってね。特に呪詛の類については人並み以上の対処はできる。それに、夏目嬢はつばめから説明を受けたのだろう?」

「それはつまり、琴織さんは魔術師……ということですか?」

「そう言う事。まあ、魔術師といってもそこまで大げさなものではない。()()()()()魔術師とは君たち魔法少女が用いる魔法を一般人だった者たちが模倣し、扱おうとした結果生じた神秘を操る術を用いる者たちの総称だ。とはいえ私の場合はいささか厳密には異なるのだが……まあ、そのことは置いておこう。重要なのは、私は粛清機関とは所属を別にする魔術師ということで、君たちの側の事情も把握しているということだよ」

「そうなんですね……私、魔法少女以外で魔法を使える人を初めて見ました!」

 

 

 素直に感心するかこちゃん。

 

 まあ、魔法少女も魔術師も、表社会ではその正体を隠して行動していることがほとんどだ。

 魔術師は魔法少女とは違い、魔力の行使にグリーフシードを必要としない。その代わり、生成できる魔力量に圧倒的な差をつけられており、発動も回りくどい下準備を必要とするものがほとんど。さらに言えば、魔術師は魔術を己のために使用、研究することがほとんどで粛清機関を除けば魔女を討伐しに活動すると言う事は余りない。むしろ彼らからすれば魔女や使い魔の身体の一部は上等な魔術の触媒となったりするため、魔法少女たちからも隠れながらこっそりと結界内で採取を行ったりしているとのこと。

 

 だが、魔法少女と魔術師が日常的に交流を持つことが希少と言う訳ではない。単に魔術師の絶対数が少ないのと魔法少女の生死のサイクルが短すぎるということで関わりを持つ機会が少ないと言うだけで、中にはお互いに協力関係や取引を行っていることもある。粛清機関がその最もたる例だ。彼らは魔女狩りの為に魔術を身に着けた魔術師たちが集まった組織であり、その中には魔法少女も構成員として所属している。魔法社会で大きな影響力を持つ彼らは、世界で最も多くの魔法少女との関わりを持っている組織と言っても過言ではない。

 

 

「具体的にはどんなのが使えるんですか?」

「おっと、それを聞いてしまうか。まあ流石に気になるよなあ。気になってしまうよなあ」

 

 

 このみさんの質問に、あからさまに待っていたかのような反応が返ってくる。

 

 

「そうだな……っと、流石に話が長かったか。下っ端どもが嗅ぎ付けてきたようだ」

 

 

 指で示された方向に目を向ける。

 

 

「うわあ……」

 

 

 思わず声が出た。

 

 そこには包装紙の妖怪みたいな姿の使い魔がわんさか。多分、百以上はいる。

 

 流石の大群に私たちはそれぞれの武器を構える。

 だが、それに先んじて父が使い魔の群れの前へと進み出た。

 

 

「あ、危ないですよ!?」

「折角だ。初対面の記念に、君たちには一つ手品を見せてあげよう」

 

 

 かこちゃんが咄嗟に叫んだ警告を悠々と聞き流し、父は使い魔の群れへと無造作に手をかざす。

 この時点で、彼の足元の薄い影が光を一切通さない暗黒へと変わっているのに、一体何人が気づいていただろうか。

 

 

「……何をするつもりです?」

「実のところな、私も今日と言う日が危うく台無しに成りかかったことに思わないところが無いわけではない。だから少々鬱憤を晴らそうとしたところで、咎められはしないだろう」

 

 

 要は怒ってるわけだ。

 

 使い魔たちがガサガサと身体を揺らす。目の前に出てきた自分たちの敵とはまた別の人間。それは自分たちにとっては容易く屠れる程度のものでしかなく、恰好の獲物が出てきたことへの歓喜と未知への威嚇が合わさって紙の擦れる音が波のさざめきの様に鳴り響く。

 

 常人にとっては身の毛もよだつ光景。

 しかし父は表情一つ変えることなく、ただ詠唱を口にする。

 

 

「虚空を覗け――光は途絶え、影は生まれ、闇は出ずる」

 

 

 一瞬の出来事。

 周囲の魔力(マナ)が脈動し、父の影がするりと使い魔たちの下へ伸びたかと思えば、次の瞬間に影は刃となって湧き立ち、使い魔たちをズタズタに切り刻む。

 

 

「えっ!?」

「うそ……今、何をしたんですか!?」

「これが私の魔術だ。原理としては魔力弾と大差ない単純なものだけどね」

 

 

 父が言う通り、何も複雑な真似はしていない。

 魔力を影を介することで実体化させ、刃として飛ばしただけだ。

 まあ、影という「存在しないもの」を「存在するもの」に変換するというのは、そうした固有魔法を持つ魔法少女でもなければ不可能な芸当であり、それをこの男がやってのけたと言えば彼女達の驚きようにも納得がいくだろう。

 

 

「結局のところ、私のこれは魔力を自らの属性に適した形に変換して打ち出しているだけだよ。このようにね――星よ(スター)!」

 

 

 声と共に腕が振り上げられる。

 影の次は星。

 魔術師の頭上に眩き光球が幾つも生じる。

 それらは流星となって使い魔の群れへと降り注ぎ、あっという間にその数は2割にまで減っていた。

 

 

「ほら、雑魚は片付けてあげたからとっとと行きなさい」

「はいはい。それじゃ急ぎましょうか皆さん」

 

 

 促されるまま、三人を引き連れて結界の奥へと突き進む。

 当の三人はと言えば、今の衝撃が頭から離れていないようだ。

 

 

「あ、うん……」

「すごい……」

「つばめさんのお父さん、こんなに強いんだ……」

「私なんか全然さ。そこのつばめだって、あれだけの使い魔を一掃するぐらい訳ないだろう?」

「そうなの?」

「まあ、あれぐらいは魔法少女でも鍛えればできるものではありますね」

 

 

 多分やちよさんとか鶴乃さんなら十秒ぐらいで片付けられるはずだ。私なら……普通に戦って二十秒、なりふり構わずに大技を打つなら十秒といったところだろう。

 

 

「へぇ~。私も頑張らなきゃくちゃいけないなあ」

「ところで、このみさんの戦い方ってなんですか? かこちゃんとかえでさんとは何度か一緒に戦ってるので分かるんですが、このみさんとは今日が初対面なのでちょっと教えてくれますか?」

「うん、いいよ。見ればわかるけど私の武器はこの鋏だよ」

 

 

 このみさんは近接スタイルの魔法少女のようだ。

 かこちゃんは遠近両用。かえでちゃんは遠距離特化なので、私はミドルレンジでつかず離れずを維持して戦うことにしようか。

 

 

「では私が全体のバックアップに回るので皆さんは普段通りの戦い方でお願いします」

「いいんですか?」

「三人の戦い方があるのでしょう? なら今回はそちらに合わせますよ」

 

 

 彼女たちは三人でのチームワークができている以上、それを崩さない立ち回りをしたほうが効率がいい。あと、かこちゃんが私たち以外とチーム組んでるときどう戦っているのか気になるし。

 

 

「――と、いましたね」

 

 

 視界の先に現れたのは巨大なウサギのぬいぐるみ。

 これが立ち耳の魔女。

 魔女の周囲には大量の使い魔。どうやら迎撃準備は万全らしい。

 

 

「さて。ここは一つ餞別をやろう」

 

 

 パチン。と父が指を鳴らすと、身体が少し軽くなった。

 身体強化を行っている魔力の流れが、ほんの僅かだが改善されたのだ。

 

 

「これは……!?」

「魔術理論・天体航路。君たちの魔力効率を上昇させた。即席だが、この戦闘中ぐらいなら持つだろう。後詰は私が受け負ったから君たちは遠慮なく戦うといい」

 

 

 さらっととんでもないこと言いやがったぞ。

 

 

「うん……確かにちょっと身体が軽くなったかも!」

「ありがとうございます」

 

 

 下準備も整えたところで、改めて魔女を向き直る。

 敵対者がこちらへ意識を向けたことをあちらも感じ取ったのか、使い魔たちが一斉に押し寄せる。

 それに応えるように、まずこのみさんが正面に出た。

 

 

「せいっ! やぁ!」

 

 

 鋏を振るい、先頭にいた使い魔を殴打。怯んだ隙に次に鋏を開き、使い魔の身体を挟み込んで切断する。

 武器の類としては奇天烈だが、問題なく扱えているようだ。

 

 その横では地面から生えてきた植物が使い魔を絡めとって絞殺している。かえでちゃんの魔法だ。かこちゃんは二人の間に立ってこのみさんを無視してかえでちゃんを狙う使い魔を倒している。

 

 私はその三人の連携を横目に骨喰を振るって使い魔を薙ぎ払う。魔力を込めた一撃を振るえば、衝撃波で面白いように紙屑が宙を舞った。

 

 だが、雑魚にかまけているばかりではいけない。魔女が耳を伸ばしてこちらに攻撃してきたのをはじき返し、逆にきつい一撃をお見舞いしてやる。

 

 あらかた使い魔を倒し終えたところで、三人が前に出た。

 

 

「いくよ、みんな!」

「「はいっ!」」

 

 

 かえでちゃんが今までよりも大きな蔓を召喚し魔女を拘束する。魔女は逃れようとその巨体で引きちぎりにかかるが、そこにこのみさんが手をかざすと蔓から数々の花が咲き誇り、蔓の締め付ける力が強くなり魔女は一切の抵抗ができなくなった。

 

 

「ほう。仲間の攻撃を強化したか」

 

 

 父が感心したように呟く。

 

 

「はい。私の魔法は()()()()()こと。かこちゃん!」

「これが……私なりの精一杯です!」

 

 

 突き出された穂先から射出される魔力の奔流。

 そのまま真っ直ぐに伸びた光線は、身動きの取れない魔女の中心を撃ち抜いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「お待たせしました! はい、こちらご注文の花束です!」

「ありがとう」

 

 

 魔女を倒した私たちは、ブロッサムに戻り注文していた弔花を受け取った。持ち帰る途中に形が崩れないよう、丁寧にラッピングがされた花束を大事に持つ。

 

 

「それにしても、あのコンビネーションはすごかったですね。皆さんそれぞれの役割を分かっている。固有魔法も組み合わせた、素晴らしい技じゃないですか」

 

 

 先ほど見せたあの連携技について、率直な称賛を口にする。

 チームを組む魔法少女がそれぞれの力を合わせて一つの技にするのは珍しい話ではない。しかし、それらは単純にそれぞれの技を順繰りに出すだけの単調なものが多い。

 だが、先の魔女を倒した技は自分たちの魔法を着実に組み合わせていた。かえでちゃんの束縛と、それを強化するこのみさんの『花添え』。そして動きを止めた後、魔力放出が得意なかこちゃんの必殺技、トドメを刺す。

 

 確かにただ技を繰り出すだけでも魔女を倒せるかもしれない……だが、その()()()魔法の繋げ方は見事の一言。自分の持つ魔法に対する研究が十分にできていること、そして仲間との信頼関係が確固たる証拠だった。

 

 

「うん、実はこれ、かこちゃんのアイデアなの」

「そうなんですか?」

「はい!」

 

 

 かこちゃんを見れば、彼女は頷いて説明をした。

 

 

「最初は、このみちゃんの魔法とかえでちゃんの魔法が合いそうだなって思ったのがきっかけなんですけど……多分、その発想ができたのはつばめさんのおかげです」

「私が?」

 

 

 はて。確かに私はかこちゃんに基本的な魔法の使い方から効率のいい魔女の探し方、魔力の運用方法なんかを教えたが、それらは全て基礎の範囲。さっきの必殺技は応用の中でもかなり深度の高い方で、その辺りの知識はまだ教えていなかったはずだが。

 

 

「はい。『魔法をただ使うだけじゃない。どう使うのか、どう使えるのかを探求することが強い魔法少女の秘訣』……以前、つばめさんから教わったことです」

「それは――ああ、そんなことも言いましたっけ」

 

 

 そういえば、ななかちゃん達とチームを組んですぐの頃にそういう話をした気がする。魔女退治の帰りに喫茶店で駄弁っていた時の、講座と言うほどのものでもないアドバイスだったからすっかり忘れていた。

 

 

「いやはや、我が娘が人にものを教えられるほど成長していたとは……」

「当たり前ですよ、誰の娘だと思っているんですか?」

「それはもちろん、私だが」

 

 

 当然だとばかりに言い返せば、これまた自信に満ちた一言が帰ってくる。

 

 

「二人とも、本当に仲がいいんですね」

 

 

 このみさんの言葉に、私たちは顔を見合わせる。

 

 

「勿論、私のたった一人の家族ですから」

「そうだな。たった一人の、私が守るべき娘だからな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 仏壇の清掃も終え、花束から献花台へ花を移し替える。

 漆の黒色に色鮮やかな花々が加わり、その下で母は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 

 ちゃぶ台を引っ張り出し、仏壇の前に置く。

 そのまま今日の夕食を持ってきて、父と向かい合わせに座り、手を合わせてから食べ始める。

 母と共に、食卓を囲む。これが七枝にいた時から毎年行っている家族の恒例行事だった。

 

 

「……今年も、今日と言う日を迎えられたことが嬉しい」

 

 

 食事を終え、酒を注いできた父はおもむろにそう言った。

 

 

「魔法少女に限らず、人間と言うのは些細なことで死ぬ。数時間前まで健康そのものだった知り合いが、取り返しのつかない状態になることも珍しくはない。私は、そのことを良く知っている」

「それは、魔術師としてですか?」

「親として、だよ。実際、二年前につばめが危なかった時、余裕ぶってたけど割と内心ハラハラしてたんだからね。無事に帰ってきてくれて本当に良かったと思ってるよ」

 

 

 二年前。

 あれは私が魔法少女の契約を行った始まりの二週間。私たちの最初の物語が終わりを告げ、決定的な変化が生まれたあの時を、私は忘れることは無い。

 

 

「無事っていうんですか? 私、あれで人間から道を踏み外してしまったような気がするんですが」

「ギリ人間だろう。それに、変わったのはお互いさまだよ。それでも親子であることは変わらないし、私たちが鈴女の伴侶と娘であることも変わりはしないんだ」

 

 

 私の願いで人として破綻した父と、父の因果によって魔法少女としてすら破綻した私。

 それでも、私たちが親子であることは不変の事実。母の遺した愛は、決して無くなってはいない。

 ならばそれでいいのだと、私たちは改めてお互いが親子だと認識し合ったのだ。

 

 

「しかし、珍しいじゃないですか。いくら使い魔相手とは言え、父さんがまともに戦うなんて」

「確かにな。かつての生を自覚した二年前のあの時、私はその知識を濫用するまいと決めた。この世界に根付いた魔術ならまだしも、私のこれは完全な異物だからね。下手に晒せば、騒動の元になる。よっぽどのことが無ければ君たちのバックアップに務めるよ」

「それを学んでる私はいいんですか?」

「それはそれ。つばめは魔法少女という存在でも異端に近い。粛清機関とは音子嬢を通じてある程度話はつけてあるが、他の組織に目を付けられる可能性もなくはない。そうしたものから身を護るためにも、力をつけておくに越したことは無い」

「一番は使わないことなんですけどねえ」

 

 

 今のところ、神浜でこの力を使うほどの危機は無い。

 このまま穏やかに過ごすことができればどれほどいいだろうか。

 

 

「それは無理だな。この半年である程度この街を見てきたが、表も裏もかなりの厄ネタが転がっている。そして君の星の巡りは、多くの困難が待ち受けていると予期している。精々覚悟しておきなさい」

「……わざわざ母さんの前でそれを言いますか」

「ああ。彼女が誰よりも愛を注いだ娘だからね。その行く先を、見守ってもらわなければいけない」

 

 

 ――そうだろう、鈴女?

 

 

 その言葉に答えはない。

 その仏壇に降りる霊もない。

 

 

 けれど。 

 私の耳には、確かに母の声が聞こえたような気がした。




○琴織つばめ
 属性:「虚数」
 一人称と会話で呼びかけが違うのは本人からすれば気分の一言。

○琴織渡
 属性:「(ソラ)
 虚数と星の二重属性を得意とする魔術師。
 彼の前世についてはまだ語る時ではない。

○魔法と魔術
 魔法少女が大雑把に使うのが魔法、儀式とか道具とか揃えてやるのが魔術。
 どっちがすごいとかではなく、どちらも同じぐらいにはヤバいことができる。

○合体技
 固有魔法の組み合わせを考えるのが楽しい。


次回、『メルの最も幸運な一日』


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第十七話 メルの最も幸運な一日

ターニングポイント。


『最新型のセンサー、専用の通知システムであなたの暮らしを守ります。平和と勝利のビクトリーアームズ』

『皆さんの平和を勝ち取ります! ビクトリーアームズ!』

 

 

 朝。

 すっかり見慣れた警備会社のコマーシャルを背景に、牛乳でふやかしたシリアルを口に運ぶ。

 

 ビクトリー・グループ。通称・(ヴィクトリー)社という世界的に有名な複合企業体は、特に重工業分野では世界でも随一の規模を持ち、日本においては勝鬨重工(かちどきじゅうこう)と言う名前で支社が置かれている。

 そしてその技術力を生かした警備会社ビクトリーアームズは最新鋭の警備システムやよく訓練された警備員などが評判で、国内有数のシェアを誇っている。仕事で関わる物件の三つに一つはビクトリーアームズのサービスが入っているというのを以前父が言っていたことを思い出す。

 昨今はテロや暴動なんかで乱れがちな中で、こうして人々の生活を護っている存在がいるのというのは魔法少女の身であっても安心感を覚える。

 

 まあ、いくら魔法少女とは言え、一学生の身分に過ぎない私にはそう言った社会の事情はあまり興味が無く、この後に再開するニュース番組の方が本命だったりする。

 

 

『それでは土御門アナの十二支十二星座占いのお時間です』

「お、始まった始まった」

 

 

 コマーシャルが明け、ある意味朝のメインイベントが始まった。

 十二星座占いに干支を掛け合わせて百四十四通りの運勢を出すというニュースとしては尺を取り過ぎていながらも的確に当たる独特の占いが学生の間でウケ、現在大人気の占いコーナーだ。

 土御門恋春アナウンサーもこれまた美人であり、そっち方面での人気も多いとか。確かにこの朗らかな笑顔は朝の時点で疲れているリーマンたちの清涼剤になるだろう。

 

 

『ではまず最下位の方から発表しましょう。今日一番ついていないひとは……牡牛座のあなたです。今日の運勢はよくありません。ちょっとした油断が思わぬ危険を招いてしまうかも』

「おおっと、君じゃないかつばめ」

「うっさい」

 

 

 揶揄うような父の声を黙らせる。

 しかし朝から運勢悪いとかテンション下がるなあ。

 でもまあ、ここからさらに干支で分けられるわけだし、もしかしたら最悪の中の最善という可能性はある。

 

 

『その中でも最も危ないのは……でました! 酉年のあなたです!』

「え」

 

 

 ちょっと。私、酉年なんですが?

 

 

『今日のあなたは何もかもが挙動不審。人に隠したいと思っていることが周囲に知られてしまうかも』

 

 

 そら挙動不審になるわ。そんな予報されたら!!

 

 

『ですがここで、幸運を掴むためのアドバイス! その不幸は何かを隠したいという思いが呼び寄せているのかもしれません。だからいっそのこと堂々と胸を張って一日を過ごすことをお勧めします』

「だってさ。今日はオープンに過ごしてみるのはどうかな?」

「何言ってんですか。人にバレても困る事なんて私にはありませんよ」

 

 

 私はクラスでこそ目立たない人間を装って入るが、別に人に知られたくないことがあるわけではない。オタ趣味だって昨今では市民権を得ており、よほど鬱陶しく布教するなどの真似をしない限りは一昔前のように後ろ指を差されたりクラスのさらし者になることはまずないだろう。

 もし懸念するべきことと言えば魔法少女のことだろうが。こっちはそもそも一般人に露呈することを考える時点でナンセンス。それに学校にはななかちゃん達を始めとして何人かの魔法少女がいることを知っている。いざという時は彼女達の力を借りればいい。

 あと思い当たることと言えば……まあこれはよっぽどのことがない限り心配しなくてもいい。魔法少女の仲間であろうとも知ることは少ない。それこそ七枝にいた時の仲間達と父ぐらいのもの。気にする必要はない筈だ。

 

 

 ……なーんて楽観視していたからだろうか。

 

 

 今日はまさしく、人生でもかなり悪い日だと後になって断言できるのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼休み。

 今日はあきらくんやななかちゃんと一緒にお昼ご飯としゃれ込んでいた。

 

 あきらくんの弁当は体育系らしく、ダイエットなんて知った事じゃねえ! と言わんばかりにカロリーとタンパク質を大量に摂取できる唐揚げ大量なお弁当。

 ななかちゃんの弁当は、中身は普通だが、よく見れば綺麗にカットされたおかずが丁寧に盛られているという、こちらも個性あふれる弁当だ。

 

 

「あきらさんの弁当はいつも豪快ですね、一ついただいてもよろしいですか?」

「うんいいよ。ななかの弁当も丁寧でつい眺めちゃうよ」

「ありがとうございます。お返しに、好きな品を一つどうですか?」

「じゃあ……この春巻きもらおうかな」

「はい、どうぞ。……ふふ、お互いのおかずを交換するとは、意外と楽しいものですね」

 

 

 いい顔といい顔が近い。

 いいのだろうか、私なんかがこんな素晴らしい光景を間近で見てしまって。これなら私も弁当を作ってくるべきだったか……?

 そんな事を考えながらパン屋で買ったカツサンドとトマトサンドをもっしゃもっしゃと貪っていると、ブルブルと携帯が震え出した。

 

 

 発信先を確認すると、そこには『安名メル』の四文字。

 彼女が電話をかけてくるとは珍しい。

 ななかちゃんたちに断りを入れてから、電話に出る。

 

 

「もしもし」

『聞いてくださいよつばめさん!!』

「どうしたんですかメルくん。そんなに不機嫌そうな声して」

『つばめさんは朝のニュースを見ましたか? あの十二支十二星座占い』

 

 

 その言葉に今朝の占い結果が思い出される。

 

 

「……ええ、一応見ましたけど。それで?」

『ボクの占いだと今日は人生一番のラッキーデイって出たんですよ! なのにあのアナウンサー、今日は一番運勢が悪いって言ったんですよ!!』

「なんですと?」

 

 

 今、この子なんと言ったか?

 

 

『ボクが生涯の占いライバルと定めた相手が正反対の結果を出した。これはもうボクに対する挑戦状と受け取りました!』

「なんでそうなる」

 

 

 確かにあの土御門アナは占い本も出版しているほどの有名人だし、筋金入りの占い好きなメルくんが対抗意識を燃やすのは当然かもしれない。

 

 

「……というか、メルくんも牡牛座だったんですか」

『そうですよ。……って、というとつばめさんも?』

「牡牛座ですが」

『これは何という偶然! やはりここはつばめさんを占うと致しましょう!』

「おいこら」

『ホントはみかづき荘の皆さんの占いをしようとしたんですが七海先輩から占いが禁止されてますし、十七夜さんにも話を持ち掛けたら断られたです。ちょうど側にいた八雲先輩も十七夜さんにブロックされたです』

「そりゃそうでしょうよ……」

 

 

 メルくんの占いが因果改竄レベルで当たるのが知られている以上、そうそう占ってもらおうとする人間はいない。そのことを身を以って知っているみかづき荘の面々や十七夜さんが乗るわけがないし、友人をその被害に合わせることもない。

 

 

「てかその流れでよく私に許可貰えると思いましたね?」

『えへへ。実をいうと電話をかける前にもう占っちゃっているのです』

「……は?」

 

 

 いつの間にか今日一日の大博打の切符を切られていたという事実に、私は聞き返す事しかできなかった。

 

 

「いやいやいや何を勝手に占っているんですかあなたは」

『ちなみに結果は『すべてが人に受け入れられる日。むしろ積極的に動くべし』。うーん、土御門アナと結果が半分合っているのが釈然としませんが、良い結果なのは確かです!』

「え、いやそれ……いや、いいのか?」

 

 

 確かに朝の占いでは胸を張って堂々とするといいとは言っていた。でもそれは悪い結果を覆すアドバイスという点であって、それがメルくんの占いと同じということは、悪い結果のほうもつられて導かれると言う事では……?

 

 

『とにかく良かったですねつばめさん! あ、そろそろ次の授業の準備があるのでそれでは!』

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 一方的に通話を切ろうとするメルくんを流石に止める。占いの結果はこの際いいとして、事後承諾で行われたことだけは抗議せねばならない。

 だが止めるも虚しく、帰ってきたのはツーツーという無慈悲な切断音であった。

 

 

「おのれ……好き放題やりやがって、今度プリン奢らせたる……」

 

 

 個人的にメルくんは可愛い後輩として見ているので、ひどい仕返しをするつもりはない。趣味や話が合うのもそうだけど、子犬みたいに懐いてくるのでつい可愛がりたくなってしまうのだ。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

 通話での声の荒げようからか、あきらくんが不安そうな表情で聞いてくる。

 

 

「やちよさんとこのメルくんでした。何でも今朝のニュースの占いが不満で、私の運勢を占ったのでわざわざ知らせに来たみたいです」

「なにそれ?」

「占いですか……それで、どのような結果でしたか?」

「なんでも受け入れられるから積極的に行動しろとのこと。対抗心バリバリの癖に土御門アナと結局同じこと言ってるじゃないですか」

「土御門アナ?」

「知らないのななか? 朝の『おめざめテレビ』の看板アナウンサーだよ。占いコーナーで実際に占いも担当してて、的中率すごいらしいよ?」

「私、『GOODMORNING!!』派でして……。ですが、そんなに評判が良いと言うのなら明日にでも見てみましょうか」

 

 

 そんな、他愛のない話がだらだらと続くも、ここで話題は重要な方向へと舵を切る。

 

 

「ところで、例の通達についてなのですが」

「ああ。教会からの勧告ですか」

 

 

 それは今朝の話。

 魔法少女専用のメッセージグループからある連絡が回ってきた。

 何人かのグループを跨いできたそのメッセージの最初の送り主は、水名教会の紺染神父だった。

 

 

『一週間前に存在が確認された大東区の魔女について。幾度となく魔法少女諸君の手を逃れたこの魔女は工匠区、中央区、水名区への移動が確認されており、現在は新西区に潜伏中と判明。その規模、その脅威性より階梯を(中の上)、驚異性のある中級魔女として認定。現時刻を以って、我ら粛清機関は担当区域に属する魔法少女へと警告を通達する』

 

 

 粛清機関は監督下の都市に工作員、諜報員を潜り込ませて魔女の発生状況を監視しており、もし強力な魔女が発生した際には周囲の魔法少女へと勧告を行っている。これは弱い魔法少女が無謀にも挑んで戦死しないための警告であると同時に、地域の代表者などに討伐部隊を組ませるための催促でもある。勿論、これらを達成したところで教会の構成員でない魔法少女たちへの報酬など精々が多少の報奨金といくつかのグリーフシード程度で、命の危険には見合っていない。

 

 だが、魔法少女たちにはこれを無視することができない理由があった。

 

 と言うのもこの勧告、実際は言外に『仮にお前たちが討伐しないのならば自分たちの精鋭を派遣して全て掻っ攫うぞ』と言っているのだ。そうして派遣される聖堂騎士は魔女を狩るプロフェッショナルであり、その街に強力な魔女の兆しが無くなると判断するまで、魔女を端から端まで根絶やしにする。当然魔法少女にとっては死活問題だ。ある程度の話が付けられることもあるが、運悪く殲滅主義の聖堂騎士が派遣されれば目も当てられない状態になる。

 まあ、大きな街でなければそもそも教会の構成員がいないし、中級以上の魔女が発生するような状況も大体はここ神浜や首都のような都市圏であり、ほとんどの魔法少女には関係のない話ではある。

 

 

 

 ……で、そんな状況が今この神浜に起こっているというわけだ。

 

 

 

 地区を跨ぎ、神浜の外に出ようとする強力な魔女の出没は各地に震撼を生み、ひなのさんからも注意するように個別に連絡が来ていた。自分を含め腕に覚えのある魔法少女たちが戦ったが手も足も出ず、早々に退却を選ぶほどの強さなのだと。

 確かに、中級魔女の中でも上位ということは、上級魔女に成りあがる可能性のある魔女と言う事。練度の高い神浜の魔法少女が取り逃がし、他の街に流れてしまえば最早太刀打ちできないレベルにまで成長してしまうだろう。

 

 

「ま、私たちは静観ですかね。やちよさんのチームが今日討伐に向かうらしいですし、あの人たちならまあ何とかなるでしょう。担当地区から出てまで倒しに行く必要はないかと」

「七海やちよさんのところですか」

「確かに、あの人たちのチームなら大丈夫かな。鶴乃ちゃんもいるし」

「強さは一級ですからねー」

 

 

 本当に、あの猪突猛進な性格を何とかしてくれればいいんですがね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そのまま時は過ぎて放課後。

 

 部活を終え、日が沈みかけた橙色の街並みを歩きながら家に帰っている最中の事だった。

 

 

「……今度は鶴乃さんからですか」

 

 

 音楽を聴いている最中にかかってきた着信の名前を見て、妙な偶然もある事だなと思う。

 イヤホンを外し、着信に出る。

 

 

「もしもし」

『……あ! つばめ、丁度よかった! ちょっと頼みごとがあるんだけど』

「なんですか? というかあなた、やちよさん達と魔女狩りに行ったんじゃないんですか?」

『そう! そのことなんだよ! 実は今日お店の手伝いがあるの忘れちゃってて、私だけ抜けてきちゃったの。だから……つばめに代わりに行ってくれないかなって』

「私ですか」

『うん。つばめなら私と同じぐらい強いし、みんなと一緒に戦ったことがあるから大丈夫かなって』

 

 

 なるほど。確かに筋は通っている。

 それに私個人なら鏡の魔女の一件で、ある程度はテリトリー侵犯を行っても文句は言われない権利を得ているため角も立ちにくい。

 考えれば考えるほど私以外に適任がいない。

 

 

『……私からも頼む。やちよ達が苦戦してる。このままじゃあ危ないかも』

「ひゃっ!?」

 

 

 うわっと。

 いきなりやってこないでくださいよかなえ(故)さん。

 

 しかし、普段は干渉しないように努めてくれている彼女が助けを求めて来るとは。

 

 

 ――今日一番ツイていないのは、牡牛座のあなたです。

 

 ――あのアナウンサー、今日は一番運勢が悪いって言ったんですよ!!

 

 背中がゾワリとする。

 頭から血の気が引き、思考が純化して一つの事しか考えられなくなる。

 

 まさか。

 ……まさか。

 

 ただの杞憂だと考えたい。

 だが、この感覚を気のせいと断じるには、状況があまりにも出来過ぎていた。

 

 

『どうしたの?』

「――ッ」

 

 

 スピーカーの向こうから飛んできた言葉で、我に返る。

 

 

「虫が飛んできただけですよ。――まあいいですよ、それで場所は?」

『ありがとう! 結界は新西第一公園!』

「わかりました、それでは」

 

 

 通話を切り、そのまま地図アプリで場所を調べる。

 新西第一公園――ふむ、この道のりなら途中は電車に乗った方が速く着くか。

 先ほどから妙な胸騒ぎがする。

 出来ることなら、何ごともなく倒していてくれればいいが。

 

 

『いきなりごめん。でも本当に危ないんだ……!』

「かなえさんがそう言うならかなりの強敵ってことですよね、急ぎましょう」

『うん……!』

 

 

 私はまず最寄りの電車に間に合うべく、強化した脚力で駆けだした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ボク、安名メルは占いが大好きです。

 どれくらい好きかというと、本の占いでは満足できずに『ボクのオリジナルのメソッドで絶対に当たる占い師になりたい』とキュゥべえと契約を交わして魔法少女になるぐらいには好きです。

 

 それからというもの、ボクのタロットカードを使った占いは百発百中!

 本当に願いが叶ったんだと、しばらくは浮かれて魔女退治も苦にはなりませんでした。

 

 

 ……ですが、この願いによる産物がどれほど恐ろしいものかをこの後知ることになります。

 

 

 それは七海先輩たちと出会い、みかづき荘に通うようになってからのことです。

 

 どんなに突拍子もない内容でも、占いで出れば現実になる。

 例えば『悲惨、特に食事に注意、腹痛になる恐れあり』という結果が出れば紆余曲折あって鶴乃さんが腹痛になり、『水難の兆しあり』となれば鶴乃さんが奇行に走った結果みかづき荘のお風呂が壊れました。……思い返してみれば鶴乃さんばかりひどい目にあってますね。ですがいい結果もちゃんと的中してますので、きっと鶴乃さんの幸運値(LUK)と干渉しあってますねこれ。

 

 そんなことは置いといて、奇妙なレベルで的中し続けるボクの占いを見て、七海先輩は『占いの的中』ではなく、『未来誘導』こそがボクの魔法なのだと判断しました。

 そして、ボクはみかづき荘にて占い禁止令を発行されたのです……。

 

 まあ、その後もこっそりと占いをして、たびたび注意されたのです。

 

 

 そんなこんなで、危うく神浜が分断されかかった鏡の魔女の一件も過去の記憶となった秋の終わり。

 

 

 学校に行く準備をしていたボクは、つけっぱなしになっていたから流れて来るニュースのあるコーナーに釘付けになっていました。

 それは土御門アナの十二支十二星座占いというもので、その的中率は九割もあるという美人アナウンサーとしてクラスでも話題の存在でした。ここ最近はその話題で持ちきりで、それまで占い師ポジションを築き上げてきたボクが彼女にライバル意識を抱くのは当然とも言えました。

 

 一言一句逃さない勢いで、画面へと視線を注ぐ。

 そして土御門アナが告げた最下位は……なんとボクの牡牛座!

 

 

『――反対にラッキーなのは亥年のあなた! 最悪の中にこそ最善あり! どんな困難でも思い切って行動すれば、今日が人生最高の一日となること間違いなしでしょう』

 

 

 干支では最下位ではなくむしろ良いほうでしたが、それでも悪い結果なのは変わりありません。つい我慢できず、ボクは家を出る前にこっそりと自分の運勢を占ったのです。

 

 その結果、今日のボクの運勢はラッキーデイ!

 

 ふふん。何が凄腕占いアナウンサーですか、ボクの占い結果と真逆じゃないですか。

 

 

 根拠もなく勝ち誇り、完全に調子に乗ったボクは昼休みに知り合いの誰かを占うことにしました。

 

 

 とはいえ、みかづき荘の皆さんを占って今日の魔女退治に悪い影響が起きそうな結果が出るのはちょっと怖いので、十七夜さんのを占おうと昼休みに会いに行きました。断られました。

 ならばと、ちょうど十七夜さんと仲のいい八雲先輩が珍しく登校していたので占いを持ち掛けてみましたが、十七夜さんに阻止されました。

 

 クラスメイトの誰かを占うのは面白みがないので、ボクは半年前に知り合ったつばめさんを占うことにしました。魔法少女としての経験に優れ、占いを含むオカルト系の知識も豊富で、発言にところどころオタク臭さがあるつばめさんとは、それなりに気が合っているのです。

 そんなつばめさんですが、先に連絡すると絶対に断ってくると思ったので無断で占いました。ちょっと悪いなと思いながらも、以前にボクの魔法の対策を考えていたことを覚えていたので、最悪何とかしてくれるでしょうと身勝手な思いで占いを敢行しました。

 

 

 結果は、『すべてが人に受け入れられる日。むしろ積極的に動くべし』。

 朝の占いの後ろ半分と同じなのが何だか悔しいですが、悪い結果が出ていない以上は大成功といっていいでしょう!

 

 で、そのことを電話で伝えたんですが……うーん。これ、完全に怒ってましたね。

 後日会った時には何かお詫びをしたほうがいいかもしれません。

 

 

 

 そんなこんなで放課後を迎え、ボクはみかづき荘へと向かいました。

 機嫌が良すぎて占いをしたことがバレて怒られたり、鶴乃さんが家の都合で離脱してしまったりとアクシデントがありましたが、それ以外はいつものように意気込んで魔女の結界へと乗り込みました。

 

 ですが、流石は大東区から新西区まで流れ、教会が脅威だと認めた魔女。

 結界の森林を縦横無尽に駆け回る蜘蛛やノミの使い魔に決して少なくない手傷を負わされながらたどり着いた最深部にて待ち構えていたその実力は、ボクがこれまでに相手にしてきた魔女の中で一番だと断言できました。

 

 ボクたちが援護し、七海先輩が本命の攻撃を仕掛けますが、魔女の巨大な腕に阻まれて大きなダメージを与えることが未だにできていない。それどころか、隙を見つけては何本もある巨大な腕のいくつかでボクたちに攻撃を仕掛けてきました。

 魔女の攻撃は強烈で、何とか攻撃を防いでいきますが、飛び掛かってきた使い魔に邪魔をされてボクは大きな傷を負ってしまいました。

 

 

「ぐあっ……!」

「メルッ!」

 

 

 脇腹が大きくえぐれ、血が噴き出す。

 急いで回復しようとしましたが、この激戦で消耗した魔力は大きく、回復が得意ではないボクでは傷を癒すことができませんでした。

 

 

「……二人とも、ここは私が囮になるから二人は魔女の後ろからお願い」

「わかりましたッ!」

「ああ!」

 

 

 駄目です七海先輩。その作戦じゃ、七海先輩に全ての攻撃が集中するじゃないですか。

 

 七海先輩が魔女の正面に躍り出る。

 案の定、魔女は殆どの腕を使って七海先輩を押さえつける。

 その間にみふゆさんとももこさんが回り込みますが、魔女は二人に目もくれず残った二つの腕を振り上げます。

 

 

 駄目だ。駄目だ。

 いくら七海先輩でも、動きを封じられた状態であれを受けたら……!

 

 ボクは最後の力を振り絞り、七海先輩の元へと駆け出す。

 多分、ボクはこれで本当におしまいになるけど、尊敬する先輩を護って死ねるのならこれ以上のラッキーはありません。

 

 

「――ッ!? メル、駄目よッ!」

 

 

 聞く耳持たずに七海先輩を飛び越す。

 ボクは魔女の攻撃を受け止めるべく、残った魔力を振り絞って――!

 

 

「――骨・喰・噛・砕!

 

 

 その前に、死神の一撃が魔女の腕を切り飛ばしました。

 朦朧とする視界に、濡れ羽色の髪が見える。

 

 

 ――ああ、今日は本当にラッキーデイですね。つばめさん。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 批評家の魔女が放った攻撃を、メルが最後の力で防ごうとする。

 だがその前に、彼方より飛来した斬撃がその一撃を薙ぎ払った。

 

 

「――間一髪、というところですか」

「「「琴織(つばめ)さん!?」」」

 

 

 思いがけない人物の乱入に、メルを除く三人は驚愕の声を挙げる。

 あれから結界へと駆けつけ、限界まで強化した脚力で木々を飛び渡りながら突っ込んできたつばめは、そのまま落下するメルを受け止めながら着地した。

 

 

「鶴乃さんからの救援要請ですよ。あとかなえさんの

「鶴乃さん……!」

「あの子ったら……もう……!」

 

 

 ぼそりと呟いた最後の方は、やちよ達には聞こえてはいなかった。

 

 魔女は先ほどの不意打ちを受け、大きく怯んでいる。

 その隙につばめはメルの容態を確認する。

 

 

「さて……メルくん、大丈夫ですか?」

「つばめさん……」

「喋れる気力はありますね。ですが魔力が尽きかけている。これは危険ですね」

「ええ。さっきは畳みかけるつもりだったけど、こうなった以上一度撤退するべきだわ。駆けつけてきたところで悪いけど、一緒に足止めをお願いできるかしら?」

 

 

 やちよはつばめに助力を願う。

 一人増えた、という話ではない。つばめに関して言えば並みの魔法少女三人分以上の仕事はしてくれる。その固有魔法による防御無視の魔女特攻と各種妨害に優れた魔術の数々があれば、やちよと組めば魔女の討伐も十分に適うだろう。

 だが、今ここには深手を負ったメルがいる。つばめが取り出したグリーフシードで魔力を回復させ、なんとか立てるまでには持ち直したものの、これ以上無理をさせるわけにはいかない。先ほどは功を焦っていたが、つばめの乱入によって一度落ち着いた思考は撤退を選択した。

 

 

 だが、帰ってきた返事は予想外のものだった。

 

 

「そうですね。ここは私に任せて撤退をお願いします」

「……え?」

「聞こえませんでしたか? 殿は私が代わってあげますから、やちよさん達はメルくん担いでとっとと逃げてください」

「無茶よ! いくらあなたでもあの魔女は強すぎる」

 

 

 つい先ほど自分がやろうとしていたことを棚に上げ、やちよはつばめに食い下がる。

 確かに、つばめの力ならあの魔女にも十分に攻撃が通る。それでも、これだけ大量の使い魔がいる中一人きりで戦うなどできるわけがない。さきほどの自分のように魔女か使い魔、どちらかの攻撃を捌き切れずに押しつぶされるのがオチだ。

 

 

「でもあなた達ギリギリじゃないですか。メルくんとかほら、魔力が回復したとはいえほぼ戦闘不能。ここは余裕のある私がばっちり退路を確保して、あなた達は全力で結界から逃げてください」

 

 

 そこで立ち直った魔女が腕の一つを振り上げ、先ほど攻撃を加えたつばめにノミを振り下ろす。

 

 

「甘い」

 

 

 だが、その攻撃はつばめに届く少し前に出現した力場によって阻まれる。

 鳥を抽象化した紋章が描かれた魔力障壁は、魔女の一撃を完全に防ぎきって砕け散った。

 

 

「――と、このように得意ではありませんが障壁もある程度は使えます。なので、どうか撤退を。つーかこれ以上は無理やりにでも蹴り出します」

「……ごめんなさい。このお礼は必ず」

「いいからさっさと行く!」

 

 

 その発破で覚悟が決まり、やちよは振り返って三人に呼び掛ける。

 

 

「みんな聞いていたわね!? 琴織さんが引きつけている間に逃げるわよ!」

「分かりました!」

「ああ! つばめさん、後で駅ビルの限定スイーツ奢るよ!」

「うう……先輩、つばめさん……」

「喋らないで、さあ行くわよ!」

 

 

 ……しかし、因果とはかくも残酷なことか。

 

 

「駄目だやちよさん! 使い魔が!!」

「何だって!?」

 

 

 つばめは後ろのやちよ達を慌てて振り返る。

 

 ももこの言う通り、結界の外へ向かう方角にはいつの間にか発生していた蜘蛛の如き姿の使い魔が大量に陣取っていた。先ほど突っ込んできたつばめに刺激されたのか、侵入者を逃がさないように動いているのだろう。

 

 このままではつばめが一人殿を引き受けたところで、使い魔の大群がやちよ達に襲い掛かる。

 それでも彼女たちならば問題なく対処できるが、問題は今戦闘不能のメルを庇いながらそれができるかと言うこと。メルの魔力は慣れない高速治癒で刻一刻と消耗しており、このままでは最悪の事態を招く。

 

 

『人に隠したいと思っていることが周囲に知られてしまうかも』

『その不幸は何かを隠したいという思いが呼び寄せているのかもしれません。だからいっそのこと堂々と胸を張って一日を過ごすことをお勧めします』

「……仕方ない、か。ああもう、マジであの占い的中率高すぎでしょう」

 

 

 琴織つばめは腹をくくった。

 

 自分のあまり明かしたくない、ともすれば大問題になりかねない秘密をさらけ出すことになるが、やちよとみふゆは魔法少女の経験が豊富で、ももこもメルも、素直で友達を思いやれる素晴らしい人間だ。だから()()の意味を理解しても、ある程度の話は分かってくれと信じることにした。

 

 

「ごめんなさい。折角あなたが来てくれたのに、私たちが判断できなかったから……」

「構いませんよ。ですが予定変更、あの魔女はここでブッ殺します」

 

 

 つばめが言い終わると同時、やちよの元に何かが投げつけられる。

 それは穢れを溜め込んでいないグリーフシード。それも三つもだ。

 

 

「ちょっと、これ……」

「最近余ってましたので使ってください。友達の命と比べれば安いものです」

「でも、それじゃああなたの分が……!」

 

 

 最近の神浜では魔女の数が減ってきており、見つけたとしてもグリーフシードを落とさない魔女である場合も多い。そんな中で、グリーフシードの予備を三つも確保できた苦労がどれほどのものかやちよには分かっていた。

 だが、それでもつばめは自分よりも仲間の回復を選んだ。

 

 

「問題ありませんよ。私に限ればね」

 

 

 そこで、やちよはふと気が付いた。

 今はネクタイブローチとなっているつばめのソウルジェム。銀色の装飾が施されたそれに濁りは見られない。不自然なほどに綺麗な黒紫の宝石。

 ……そう思えば、やちよの脳裏に記憶が蘇る。

 

 何度かつばめとともに魔女退治を起こった時、いつも彼女は他者にグリーフシードを優先させ、自分は最後の余剰分を受け取るという形だった。

 

 

『安全な場所で回復させますね』

 

 

 つばめはいつもそう言ってグリーフシードをしまい込んでいた。

 注意深い子だな、とやちよはいつも思っていたのだが、今思えばそれすらも完全な違和感として感じられた。

 

 そうだ。

 はたして、彼女がソウルジェムの回復を自分たちに見える形で行っていたことがあっただろうか……?

 

 

「サービスです。皆さんには今から私の真の切り札を見せてあげます、他の人たちにはナイショですよ?」

 

 

 琴織つばめは批評家の魔女を真っ直ぐに見据え、自らのソウルジェムに手をかざす。

 

 

 そして――

 

 

「――異形顕現

 

 

 そう告げた瞬間。

 穢れを思わせる漆黒の魔力が、魔女の結界内に吹き荒れた。




○粛清機関
 魔法少女に魔女狩りの権限を委託しているという名目で、各地の魔女の情報を魔法少女に流している。なお、それでも討伐できないなら所属している魔法少女や戦闘員が派遣され、ついでに他の魔女も殲滅させられるので魔法少女にとっては最終手段となる。
 ちなみに聖堂騎士の実力はピンキリ。耐久力は人間なので再生能力持ちでもない限りあっさり死ぬことがある。


○安名メル
 現在高一のつばめが酉年なので、中二のメルは逆算して亥年。当然オリジナル設定なので真に受けないように。
 果たして占いが結果を導いたのか、はたまた運命に占いが導かれたのか。


○由比鶴乃
 彼女がいた場合、結界内の木々を焼き払いながら使い魔を一掃できたと思われるので、原作ではかなりの不運を引き当ててしまっていたことになる。


○琴織つばめ
 割れているはずのソウルジェム。
 決してグリーフシードを切らさないでいられた意味。
 その真相の一端が、次回明かされる。

次回、『異形顕現』


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第十八話 異形顕現

 視界が黒に塗りつぶされる。

 突如として周囲の空間を埋め尽くしたそれは、夥しく舞い落ちる烏の羽根だった。

 

 

「琴織さん……?」

 

 漆黒の羽根が舞う中で、私は目の前の少女の姿を疑った。

 

 

 

 琴織つばめ。

 

 彼女との関係を一言で表せば、『頼りになる同業者』だろう。

 今年の春に引っ越してきた彼女とは仲間というほど連帯感を持っているわけでもなければ、友人と呼べるほどプライベートで関わりを持っているわけでもない。けれど、他所の街で二年間戦ってきたという経験に裏付けられた実力と、魔法少女でもあまりいない魔術への深い知識を持った彼女に対しては、その経験以上の信頼を持っていた。

 

 だから、今回思わぬ苦戦を強いられた魔女との戦いに乱入してきたことには困惑よりも安堵があった。

 

 あのままメルが魔女の攻撃を防いでいたら、魔力を使い切って死んでしまっていた筈だ。

 だから鶴乃の願いに応え、メルの危機を救った恩人として現れた琴織さんには感謝をしてもしきれない。

 

 このまま琴織さんと共に魔女を引き受ければ皆を逃がすのに十分な時間が稼げる。

 だけど、彼女は一人で魔女の足止めをすると言った。

 

 無茶だ。

 いくら琴織さんが強くても、私でも精一杯な相手に持たせられるわけがない。

 何より、鶴乃の頼みで駆けつけてくれた彼女に全てを任せて逃げるなど、私自身のプライドが許さなかった。

 

 

 情けない。

 チームの仲間でもないのに、義に応じて駆けつけてくれた彼女にこんな真似をさせるなんて、ベテランと自負してきた自分に嫌気が差す。

 

 ……そうだ。

 私はいつも誰かを犠牲にするような生き方をしてきた。

 

 

 願いではモデルグループの子たちを押しのけて生き残れることを願った。

 

 二年前はかなえが私たちを庇って死んだ。

 

 そして今回は、メルと琴織さんが私たちを護るために危険に身を投じている。

 

 

 私の命は、常に誰かの犠牲の上に成り立っている。

 

 もしここで彼女の言う通りに撤退すれば、その事実を認めてしまうようで……。

 

 

「いいからさっさと行く!」

 

 

 そうして逡巡する私を、琴織さんの発破が蹴り上げる。

 

 その一言で我に返る。

 ……そうだ。私は何よりも、リーダーとして三人の命を守らなくてはいけない。

 

 私は皆を引き連れて撤退するべく結界の出口に向かう。けれど、そこで行く手を遮るように使い魔の群れが立ち塞がる。

 

 いくら回復したとしてもメルの消耗は重篤だ。

 果たしてこれだけの数を、私とみふゆとももこの三人で掻い潜れるのだろうか……。

 

 そんな時だった。

 琴織さんは魔女を倒すと方針に切り替えると言い、ソウルジェムへと手を当てて――

 

 

 

 そして、()()()()()()漆黒の魔力と、黒い羽根が吹き荒れたのだ。

 

 

「ふう。まさかこんなところでお披露目になるとは。本当はもう少しいい感じの強敵相手に使いたかったんですが、こんな状況で甘ったれたことも言ってられませんよね」

 

 

 普段と同じく丁寧だがつかみどころのない口調。

 紫を基調としたスカウト服めいた装束も相変わらず。

 だが、決定的に違う点が一つ。

 

 

「よし、久しぶりだけど問題なさそう」

 

 

 その背中からは、()()()()()()()()()()()

 腕よりも大きな長さの黒々とした翼は、その調子を確かめるように一度大きく羽ばたき、再びその羽根を散らした。

 

 

「それは、一体……?」

「あー……秘密のパワーアップということで、ひとつ」

 

 

 思わず疑問が口から洩れる。

 濡羽髪の少女は青白く染め上げた瞳を向けて、口に指を添えてみせる仕草は、いつもと変わらない飄々とした琴織さんだった。

 

 

『uyq"c;f!? 7/\! ck6c\demk0atz":.u!!』

 

 

 魔女が怯えたように悶え、琴織さんの姿を腕で遮るようにする。

 今まで狼狽える素振りすら見せなかった魔女は、今は彼女の存在を畏れているようだった。

 

 

「それじゃあ、死ね」

 

 

 そこからの戦いは、圧倒的だった。

 

 琴織さんは翼を羽ばたかせ、弾丸のような速度で魔女へと飛翔する。

 飛行能力を得た琴織さんは木々の合間を縦横無尽に飛び交い、魔女を何度も斬りつける。青白い幽玄の炎を纏った琴織さんの攻撃は、面白いように魔女の身体を傷つけていた。

 

 

 斬。

 

 魔女の腕が切り落とされる。

 

 斬。

 

 迎撃に用いたノミが砕かれる。

 

 斬。

 

 飛び込んでくる使い魔が一撃で灰燼と化す。

 

 斬。

 

 私でも弾き返すことが精いっぱいだった攻撃を、琴織さんは砕き返している。

 

 

 当然、魔女もやられてばかりではない。

 私に行ったのと同じように、複数の腕を一度に使って空にいる琴織さんを捕まえようとする。

 

 けれど、

 

 

虚空を覗け(Watch in the Dark)

 

 

 琴織さんの叫びに呼応して、飛び散った羽根が黒い魔力を帯びる。

 そのまま羽根は弾丸のように射出され、魔女の腕を拒絶した。

 

 

「強い……」

「ちょっと、やちよさん! こっちもまずいよ!」

「やっちゃん!」

「……っ! ごめんなさい!」

 

 

 一方的に余りあるその状況に気を取られていると、仲間達からの声で現状を思い出し、こちらに向かって飛んでくる使い魔を槍で叩き潰す。

 みふゆのチャクラムが切り刻み、ももこの大剣が叩き潰すように両断していく。琴織さんからのグリーフシードで魔力を回復できた以上、私たちのコンディションは万全に近い。

 ただ一人、メルを除いては。

 

 

「七海先輩……」

「メル、あなたは大人しくしてて!」

 

 

 メルが動こうとするのを制止する。

 回復が得意でないメルの受けた傷は深い、魔力は持ち直したとはいえ無理な戦いは禁物。

 それもこれも、私が実力を過信して無理をした結果だ。ならばその責任ぐらいはとらなくてはいけない。

 

 不甲斐なさをも闘志に変えて、自らを奮い立たせる。メルを庇いながら戦うが、使い魔も一人手負いがいることを分かっているのかメルを執拗に狙ってくる。

 

 

「くっ……!」

 

 

 前に出て引きつけようとするが、使い魔は無視してメルを狙う。

 三人で守るけど、それでも数の暴力は強力だ。

 それでも、琴織さんが魔女を倒すまで持ちこたえなければ……!

 

 

 そんな時だった。

 

 

 BARATATATATATATA!!

 

 この場所には似つかわしくない、無骨な銃声が響き渡る。

 

 使い魔の一角が横合いの銃弾に薙ぎ払われ、あっという間に四散する。

 その隙を見逃さず、私たちは一気に使い魔を殲滅する。

 

 

「今のは……」

 

 

 残心と同時に、銃弾が飛んできた方向を見る。

 コツコツとブーツを鳴らして現れたのは、カソックコートに身を包み、銃と剣を携えた眼帯の神父だった。

 

 

「神父……!」

「琴織くんが飛び込むのが見えたのでな。ただ事ではないと判断した」

 

 

 引退した身には堪える運動だと、紺染神父は肩を竦めてみせた。左手に持った十字剣には使い魔の残骸らしきものがこびり付いていた。

 

 恐らくは結界の外で有事の際に備えていて、琴織さんが結界に突入するのを見て追いかけてきたのだろう。

 五年前にこの街に赴任してきて以来、彼とは幾度も協力し、時に意見を違えてきた。私たち魔法少女に最も近く、けれど決して相容れない粛清機関の代表としてこの神浜を護る同士だ。

 鍛え抜かれたその実力はベテランの魔法少女に食らいつけるほど。私も組手では何本取られているのか分からない。それに加えて充分な武装があれば、使い魔を撃退しながら結界の最深部にたどり着くぐらいは目の前の通りだった。

 

 

「おいおい、神父さんがどうしてここに?」

 

 

 ももこが疑問を口にする。

 そうね。ももこが契約した頃は魔女も減ってきた時期だったし、最近は勧告されるほど強力な魔女は出てきていなかったから、神父の役目は知っていてもその実態がどうなのかは知らないのも当然よね。

 

 

「依頼を行った以上、君たちが魔女を討伐したかを確認する義務がある。もし君たちがソウルジェムを濁らせて戻ってきたのであれば補給を行おうかと見守っていたのさ。まあ、琴織くんの奮闘によってその必要も無くなったがね。見ろ、あっちも決着がつくようだ」

 

 

 神父が指で示した先を見れば、琴織さんが天高く舞う。

 いつの間にか魔女の頭上は羽根で埋め尽くされ、夜空の如き黒に染まっていた。

 

 

()()ね。汝の場所は現世(うつしよ)にあらじ!

 

 

 夜の帳に溶け落ちたつばめと、断罪の刃が落ちて来る。

 振り下ろされた死神の鎌は、魔女の心臓を断ち斬った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 魔女の結界が崩れると、そこは元通りの公園だった。

 中に入ってからかなりの時間が立っていたのだろう。夕焼けだったはずの空には、月と星が輝いていた。

 

 

「か、帰ってきた~」

「メルさん、大丈夫ですか?」

「な、なんとか……」

「間一髪の勝利。ですが、皆さんこうして生きて帰れて何よりですね」

 

 

 変身を解いた瞬間、疲れがきたのか皆がどっと座り込む。

 琴織さんも元の姿に戻り、先ほど出していた翼は跡形もなく、魔女に似た魔力も一切感じられなかった。

 

 そのことを訝しんでいると、軽い拍手が響き渡った。

 

 

「生還おめでとう、七海やちよ一行。琴織くんも、良い奮闘だった」

「これは神父。要らぬ心配をかけてしまいましたか」

「あれだけ血相を変えて飛びこんで行けば流石にな。まあ、世辞はここまでとして、()()が義妹からの報告にあった力だな?」

「……はい」

 

 

 神父の冷徹な瞳が琴織さんを射抜く。

 端的に問いただしたそれは、恐らく先ほど見せたあの力について。

 報告にあった、ということは琴織さんの力について神父は前々から知っていたってことだろうか。彼は大きな組織の一員として、私たちよりも魔法少女の情報について詳しくとても重要な情報すらも握っている。

 

 この状況は二年前に私たちの大事な親友が死んだ時を思い出させた。つまり、私たちに黙っていた大事な事実を話す時だった。

 あの時はソウルジェム(私たちの魂について)の真実だったが、今回は一体何を知っているというのだろうか。

 

 

「なるほど、確かにアレは一部の者には大問題だろう。だが安心するといい、聖堂騎士・紺染音子が許容したのなら、私としても異論はない。その力で存分に魔女退治に貢献するといい」

「ありがとうございます」

「ただし」

 

 

 神父は一拍置いて私の方を見た。

 

 

「彼女たちには説明の必要があるだろうな」

「ええ、そうでしょうね」

「……神父、あなたは琴織さんの秘密を知っているのね?」

「ああ。だが、君が私の決定に従う必要はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが我々(粛清機関)方針(スタンス)だが、それを魔法少女にまで強要するつもりもない」

「魔女を利用……!?」

「ということは、さっきのはやはり……」

 

 

 みふゆの考えは、私と同じらしい。

 

 

「あなた、あの()()()()()()()()()()?」

 

 

 そう。あの時琴織さんから発せられた、魔女の如き質の魔力だ。

 神父は許容しているみたいだけど私は違う。

 仮にそれが神浜を脅かすものだとしたら、私は西のリーダーとして彼女を――

 

 

「――そうだな。そこから先は私も説明に加わる必要があるだろう」

 

 

 

 

「……父さん」

「私の可愛い娘が魔女と誤認されるのは心外だからね。ここは一つ、弁護側に立ち回ろうじゃないか」

 

 

 いつの間にかそこには琴織さんの父親が立っていた。

 私たち(魔法少女)の事情を知る魔術の世界の人間だという彼は、まるで影の中から現れたかのように、気づけば琴織さんの側へと立っていた。

 

 

「うえぇ! いつの間に!?」

()()()()()だよ。事前につばめが連絡をくれたからね、こうして迎えにきたと言う訳だ」

「……これはこれは琴織殿。相変わらずの神出鬼没ぶりのようで」

「はは。そう言う神父も、夜更けまでお勤めご苦労様と言っておこうか」

 

 

 目の前で交わされる大人の社交辞令。

 

 

「さて、君たちは我が娘の抱えるちょっとした秘密について知りたいということだろう。私としても、娘の交友関係に罅が入ってしまうのは少々忍びない。親心として、ささやかな家庭事情を話させてもらうとしよう。とはいえ、こんな場所で話すのもいささか都合が悪い。ここはひとまず落ち着ける場所に行くのが良いだろうね」

 

 

 

 そうして、私たちは出た時よりも三人増えてみかづき荘へと戻ってきた。

 

 

「やあ、ようやく帰ってきたかい」

「……キュゥべえ」

 

 

 そこには、見たくも言葉を交わしたくもない相手がいた。

 キュゥべえ。

 少女の願いを叶え、対価として魔法少女として魔女との戦いへと送り出す魔法の使者。などと言えば聞こえはいいが、私はこれがそんなメルヘンなものでないことは知っている。

 二年前、ソウルジェムのことについて問いただした時から、私はこの生命体に対する信頼の感情を投げ捨てていた。

 

 無表情な顔が私たちの姿を見回し、成人男性二人の前で動きを止めた。

 

 

「これは意外な組み合わせだ。魔女狩りはともかくキミがいるとはね、()()()()()()

「アルバトロス?」

「私の異名だよ。これでも昔は結構暴れてたものでね。ソラを駆ける渡り鳥(アルバトロス)、私が継いだ魔術の象徴さ」

 

 

 琴織さん(父)は懐かしむような目で言った。彼の来歴については謎が多すぎるが、恐らく聞いたところで理解が追い付かないので、もうそう言うものなのだと思うようにしている。魔法少女と魔女がこの世界の秘密の全てではない。自分たちの手の及ばない話については、そういうものなのだと受け流すことが大事だ。

 

 それより問題は、何食わぬ顔でテーブルに陣取っているこの白いの(キュゥべえ)だ。

 

 

「それで、あなたは何の用よ」

「そうだね。キミたちが挑んだ魔女についてはボクも把握していた。あそこまで大きく育った魔女というのもそうそういない。だからこそ、この辺りでキミたちも頃合いじゃないかと様子を見に来たわけさ」

「頃合い?」

 

 

 何を言っているのかが分からない。

 強い魔女と戦ったのが頃合い? あれほどに強い魔女なんて、それこそ二年前の……

 

 

「……おい、お前たちはいつからそんなに露骨な真似をするようになった? 回りくどさと説明の不足さこそが効率じゃなかったのか、()()()()()()()()?」

「何事も時と場合だよ。今回はきちんと説明することが重要だと思っただけさ」

 

 

 琴織さんがいつになく低い声で問いかける。

 その中に含まれた単語を私は聞き逃さなかった。

 インキュベーター(孵卵器)

 それはキュゥべえの正式名称であり、私とみふゆもかつて神父から聞いたことがある。キュゥべえとは時代と文化圏に即した呼び名でしかなく、正式な種族としての名前はインキュベーターであると。

 

 

「キュゥべえ……あなた何を言ってるの?」

「七海やちよ、梓みふゆ。キミたちはよく戦ってくれた。六年と言う時間を生きた魔法少女というのは極めて貴重な例だ。その戦いの対価として、ボクたちもいくつかの情報を教えようじゃないか」

「あらかじめ言っておきますが、とにかく胸クソものなので聞きたくないと思ったのならご退席を」

「いや……それで出てく奴はいないだろ……」

「そうですよ、そこまで言われると逆に気になります!」

 

 

 琴織さんの注意が飛んできたが、ももことメルは話を聞くつもりらしい。

 私とみふゆも同意見。

 この際だ、キュゥべえがが何なのか知ってやろうじゃない。琴織さんの事について聞くのは、その後でいい。

 

 

「どうやら合意は得られたみたいだ。それじゃあ話すとしようか」

 

 

 そしてキュゥべえは語り始めた。

 

 自分たちの目的を。

 魔法少女の真実を。

 

 

「まず初めに、ボクたちの目的は宇宙の延命。いずれくるであろう宇宙の熱的死となるエントロピーを覆すことなんだ。しかしボクたちの種族には感情というものがほとんど存在しない。そんな時君たち人間の第二次性長期に突入する女性の感情の振れ幅が生み出すエネルギーがとても有用だった。特に、願いを叶える時に魂が燃焼して発生するエネルギーは、現実の改変も可能なほどに莫大だ」

「……魂とは生命を定義する高次元のエネルギー体だ。情報媒体としても極めて優れており、仮にそこからエネルギーを取り出せるのであれば、その熱量は物理法則を凌駕しうるというわけだ」

「すみません父さん、訳されても全くわかりません」

 

 

 琴織さん(父)の意訳に、琴織さん……もういいや、つばめさんのツッコミが入る。

 実際キュゥべえが語りだしたことは宇宙がどうこうと次元が飛び過ぎているが、私たちの感情の揺れ幅が生むエネルギーが願いを叶えられる原理ってことだけは分かった。

 

 

「とは言え、肉体という殻に収まった魂からエネルギーを抽出するというのは難しい。かと言って肉体を破壊してしまえばその瞬間に生命が途絶えて魂は観測不能になる。しかし魂をそのまま取り出しても肉体は機能を停止してしまう。だからボクたちは、肉体を保ったままに魂と接続できる器を作り、そこにキミたちの魂に収めることでエネルギーの収拾に適した形へ加工することにした。それがソウルジェムだよ」

「なんだよそれ、それじゃあ……!」

「ソウルジェムが、ボクたちの魂ってことですよね……?」

 

 

 初耳だったももことメルが愕然とする。

 既に知っていた私とみふゆも、改めてその事実を突きつけられるのはいい気分ではなかった。

 琴織さんは……平然としている。神父と懇意にしていたから薄々思っていたけど、やっぱり既に知っていたのね。

 

 

「……おかしいです。その説明なら、ワタシたちの願いを叶えたことにエネルギーは消費されるのでは?」

「その通りだ。確かに願いを叶えるためのエネルギーも大きいけど、ボクたちの目的はその先にある。希望を抱き、そこから絶望へ至る際に生じる転移エネルギーこそ、ボクたちが求めていたものだ」

「希望と、絶望……?」

「その通り。というのも――」

「待ちなさいインキュベーター。それは私の口から説明します」

「そうかい? 別に構わないよ」

 

 

 キュゥべえの言葉を遮り、つばめさんが前に立つ。

 

 

「キュゥべえの言い方はかなりアレなので、私が適切な表現で皆さんに説明したいと思います。まずソウルジェムについてですが、私たちの魂なのは事実です。キュゥべえは魂を取り出し、魔力炉として扱えるようにソウルジェムに変換します。つまりソウルジェムが破壊されれば私たちは死にます。ですが、裏を返せばソウルジェムが健在ならば肉体の再生が可能であることも示しています。つまり魔女の攻撃で脳や心臓をぶち抜かれても、回復さえ間に合えば復活できるというわけです。まあ、そういう大けがは大体ソウルジェムごと持ってかれるので大した差はないと言えばないですがね」

 

 

 つばめさんは自分のこめかみをとんとんと叩いてみせる。

 確かに。ソウルジェムを無くすのが魔法少女にとって死活問題であることには変わりない。ならば魂かどうかなど、些細な問題ではある。

 

 

「んで、こっからが本番なんですが。ソウルジェムは本来人間には想定されていない出力でエネルギーを生んでいるので老廃物が溜まっていきます。それが穢れ。本来ならば自然と解消されるはずの悪性情報なんですが、ソウルジェムという器にはこれが蓄積されていってしまいます。ですが、魔女という穢れを糧とする魂の殻には穢れを転嫁させることができます。

 

 

 そこで問題です。魂というただでさえデリケートなものが、穢れに染まり切ってしまった場合どうなってしまうでしょうか?」

 

「……まさか」

 

 

 そんな言い方をされれば、誰だって気が付いてしまう。

 認めたくない。

 でも、それなら筋が通ってしまう……!

 

 

「魔法少女は……魔女に成る、ですか……?」

「正解だよ安名メル。キミたちの魂が絶望に染まり切った時、ソウルジェムはグリーフシードへと変化し、希望と絶望の相転移による莫大なエネルギーが生じる。これが、魔法少女のシステムだよ」 

 

 

 キュゥべえが無慈悲に真実を肯定する。

 魔法少女は、魔女になる。

 残酷にすぎる真実が、絶望となって私たちを打ちのめす。

 

 

「ふざけんな……どういうことだよそれは……!」

「この国では成長途中の女性の事を『少女』って呼ぶんだろう?だったら、やがて魔女になるキミ達の事は『魔法少女』と呼ぶべきだよね」

「そう言う問題じゃない、アタシたちを何だと思ってるんだお前は……!」

 

 

 怒りに任せたももこの拳が、キュゥべえを殴り飛ばす。

 宙に浮いたキュゥべえが飛んだ先にいたのはつばめさんで――

 

 

「へいへいメルくんパース」

「きゅぷいっ!?」

 

「えっ!? ……みふゆさん!」

「ムキュ!?」

 

「やっちゃん!」

「キュピッ!?」

 

「ええ、ももこ!」

「ギュピン!?」

 

「おう、死ねええええ!」

「ギュプィッ!?」

 

 

 つばめさんがメルにキュゥべえをパスし、メルがみふゆに弾き飛ばす。みふゆのトスを私がももこに向けてシュートし、変身したももこが大剣でキュゥべえを両断した。

 

 

「ナイススイング」

「ざまあみろです!」

「やりましたね、ももこさん!」

「おう! つばめさんもナイス判断だったよ」

「ストレス解消は大事。魔法少女なら猶更ですよ」

 

 

 ふう。すっきりしたわ……って、

 

 

「何してるの!?」

「あっ……ごめん、ついカッとなって」

「大丈夫大丈夫。こいつら残機いっぱいもってるからお替りがすぐに来ますよ」

「あ、そうなんですね」

「そういえばそうでしたね」

「みふゆさん知ってたのか?」

「前にも一度やっちゃんが串刺しにしまして……」

「し、仕方ないでしょ!? かなえの事があったのにあんなことを言われたら……」

 

 

 二年前のあの時、『君たち人間は魂の在り方にいつもこだわるね。わけがわからないよ』なんてほざいたキュゥべえを勢いあまって串刺しにしたのは感情的に過ぎる行動だった。別に後悔はしてないけど。

 だから恐らく、この後に起こる出来事と言えば……。

 

 

「やれやれ。ボクたちの個体だって無限じゃないんだ。鬱憤を晴らすために使い潰すのは非効率だからやめてもらいたいな」

 

 

 ほらやってきた。

 どこからともなく現れたキュゥべえは、先ほど両断されたキュゥべえの死体を貪っていた。

 

 

「ほんとにもう一体来ました!?」

「自分の死体喰ってるよ……」

「貴重な資源だからね。回収できる分は回収するさ」

 

 

 そうして綺麗さっぱり以前の自分を平らげたキュゥべえは、何食わぬ顔で私たちを見渡した。

 

 

「さて、十咎ももこ。キミは自分たちの扱いに不満を持っているみたいだけどそれは大きな勘違いだ。宇宙の延命にこの地球に住まう霊長の一個体でしかないキミたちが大いに貢献できる。そのことを誇りこそすれ、感情を爆発させることはお門違い。むしろこの上なく生命の価値を尊重した使い方の筈だよ」

「それを尊重してないって言うんだよ!」

「あまり怒らないでほしいな。多少の誤差はあれど、本来ならばボクたちの回収事業はおよそ200000年で回収できる計算だった。だというのに、()()()()のせいで2500年前に再計算をせざるを得なくなり、現在もノルマには程遠い。あれは今でも予想外だったと思っている。まさかボクたちの中の何割かに『怒り』の兆しが見えるほどの事態を起こされるとはね。怨むならば、ボクたちの計算を狂わせた当時の人間たちにしてもらいたいものだ」

 

 

 それが何を意味しているのかは私たちには分からない。だが、今となっては忌まわしい存在であるこの白い生命体にも不愉快という感情を与えられるほどの事態が過去にあったのだということだけは分かる。

 

 

「……もういい。お前と分かり合えないのはよくわかった」

「説明に折り合いをつけてくれるならそれで構わないよ。結局のところ、キミたちがいずれ魔女に成るのは決定された運命だ。……そこの琴織つばめを除いてはね」

「そう、実際のところ知りたかったのは琴織さんのことよ。あなた達の説明が真実なら、彼女のあの力に説明がつかないじゃない」

 

 

 魔法少女が魔女に成るならば、魔女の魔力を扱いながら魔法少女として振舞っているつばめさんは明らかにおかしい。

 キュゥべえの語るシステムに何らかの抜け道があるのか。

 あるいは彼女が、伝説にある十二体のように理性と知性を保った人型の魔女なのか。

 そのことを、私は確かめなくてはいけない。

 

 

「成る程。キミたちはつばめの力を見たわけだ。ならそれについても説明するべきだろう。それでいいかい?」

「好きになさい」

「まず、琴織つばめの願いは『父親の魂を呼び戻すこと』だ」

「――ッ!?」

「それって……!」

「いやはや。お恥ずかしいことに、実は私は一度死んでいるんだ。暴走車にポーンと撥ねられてね」

「軽く言わないでくださいよ。あの時は本当に生きた心地がしなかったんですからね」

「すまんすまん」

 

 

 気恥ずかしそうに笑う琴織さんを、つばめさんが真顔で嗜める。

 死亡した父の蘇生。

 それが琴織さんの願い。

 決して軽々しく聞いてはいけなかったことを知ってしまったというのに、つばめさんは大して気にしていないようだった。

 

 

「『治癒ではなく魂の呼び戻し』ボクたちにとっては些細な違いでしかないが、この願いによって琴織つばめは魂に対する干渉能力を魔法として獲得した。また、彼女の父親は魂を戻した影響によって前世と呼ぶべき異界の魔術師の記憶も蘇ったのだけど、これについてはボクたちの手が及ぶ領域ではないから割愛させてもらおう。そうして魔法少女となった琴織つばめは二年前に、確かにソウルジェムを穢れで染め上げ、その魂を魔女へと変じる筈だった」

「筈だった?」

「そうだ。彼女は魔女化する直前に自分へ魔法をかけたんだ。『魂を捉える』という魔法から発展した反魂の魔法。最後に残った魔力を振り絞って発動したその魔法によって、彼女の魂は砕け散る前に肉体へと押し戻された。彼女は魔女を死んだ魔法少女の魂だと認識していたからだ。だが魔女になったという事実を無かったことにはできず、しかし魂の蘇生に成功した以上は魔女ではなく、さりとて元の魔法少女に戻ったわけでもない。

 

 

 

 

 魔法少女でありながら魔女でもある。

 生きながらにして死んでいる屍人(デッドマン)、それが琴織つばめという存在さ」

 

 

 




○琴織つばめ
 一度死んでいる。というか魔女化している。
 しかし、土壇場で発動させた反魂の術と、父親の魂から受け継いだ虚数への適正、願いによって父の前世が目覚めていたことなどの要因によって、魔法少女でも魔女でもない存在となって蘇った。存在が完全に変質しているため、QBがエネルギーを回収することは不可能になった。
 魔法少女の耐久力に加えて、アンデッドとしての不死性を獲得したつばめは肉体とソウルジェムの両方に魂を分けられており、ソウルジェムの破壊に加えて脳と心臓の両方を破壊しなければ復活する。要は分霊箱状態。


○異形顕現
 黒い翼、死を呼ぶ鳥とされるワタリガラスの翼を背中に顕現させる。この時は存在が魔女寄りになり、魔力そのものが若干の呪いを帯びる。
 飛行能力、羽根の弾丸による射撃、即死付与率アップなど様々な効果を得るが、地味にアンデッド属性になるので浄化や希望の力にめっぽう弱くなる。


○琴織渡
 白翼公と呼ばれた魔術師の分霊が人間になった男。
 つばめの砕けたソウルジェムを魔力によって繋ぎとめている。


○紺染福詠
 粛清機関もソウルジェムが魂であることや魔女化については基本的に黙っている。
 というのも情報開示を行うと魔法少女が戦意喪失して魔女狩りに支障が出ることや、そもそもとして契約前の少女を探し出すことが難しいという事情を抱えての事であり、正式に所属する構成員には魔法少女を含めて知らされている。


○QB
 そろそろ魔女化するやろ……しとらんやんけ!
 丁度いいからこの辺りで魔女化させてみるか……


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第十九話 みかづき荘の顛末

みふゆさん視点

感想貰えるとここどうなってんのって箇所とか説明できるし何より作者のモチベが上がります。


 情報を飲み込むのに時間がかかる。

 

 

 私たちを助けるために、魔女のような呪いと異形を行使したつばめさんの正体。

 

 魔法少女であって魔法少女ではない。

 魔女であって魔女ではない。

 生きても死んでもいない存在がつばめさんだとキュゥべえは告げました。

 

 

「理解が追い付いていないようだね。それはボクたちも同じだったよ。このような形で魔女となる運命を逃れる魔法少女が現れるのは想定になかった。彼女の置かれた状況がイレギュラーなものであったことは確かだけど、因果そのものはそう注目するほどではなかったからね」

「そう言うのはどうでもいいわ。結局、琴織さんは魔女ではないのね?」

「少なくともボクたちの定義する魔女の在り方からは外れているね。世界に災厄を撒かず、肉体へと戻った魂はグリーフシードではない。そんな彼女の在り方は、比較的魔法少女に寄っていると見ていいだろう」

「そう……。それならいいわ」

 

 

 やっちゃんの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。

 つばめさんの本質が人を害するものであるなら、私たちは神浜西のリーダーとして彼女を倒さなくてはいけなくなる。ワタシたちへきちんと礼を通し、神浜の問題解決に手を貸してくれた彼女と敵対するなんて状況にならなくてホッとしているのでしょう。ワタシも同じ気持ちなのでわかります。ももこさんとメルさんも、つばめさんが敵ではないと知って安心しています。

 

 ですが、それで問題はすべて解決したわけではありません。

 それどころか、私たちにとって最も重大な問題が判明してしまった。

 

 魔法少女が魔女に成る。

 それがソウルジェムが魂であるということを越えた、魔法少女の恐ろしい真実が、私たちには等しく降りかかっていた。

 

 私たちの最後は、ソウルジェムが砕けて死ぬか、濁り切って魔女になるか。

 どちらにせよ、人間としてはまともな死に方をすることができないという残酷な事実は、私たちの頭を重く殴りつける。

 

 そしてよぎるのは、今日の魔女との戦いについて。

 魔女の攻撃を一身に受けるやっちゃんを庇うために、メルさんは尽きかけていた魔力で大技を使おうとしていた。もしあのままつばめさんが来ていなければ、メルさんのソウルジェムは濁り切っていた筈。そして、メルさんは魔女に成って生涯を終えていた……。

 

 今日はたまたま幸運だっただけ。鶴乃さんがつばめさんに代理を頼んでいなければ、ワタシたちの大切な仲間は失われていたかもしれない。

 

 そうでなくとも、同じような事態がこれから先起こらないという保証はない。グリーフシードを確保できない日々が続けば、そして……ワタシがさらに弱くなってしまえば、その時はいずれ来る。今度は決して避けようのない形で、魔法少女は魔女へと変わる。

 

 

 普通の女の子になりたいと願ったワタシの末路は、普通ではない死に方だった。

 何という皮肉。

 何という因果応報。

 最近になって感じた弱体化の兆しも合わさって、ワタシは自分の進む道が崩れ、底なしの奈落へ堕ちていくような錯覚を覚えた。。

 

 

「……で、神父と琴織さんは知っていたと」

「その通り。我が娘が成した反魂の秘儀。たった一度の奇跡が起こる瞬間に立ち会ったとも」

「私は義妹を通じて知った。琴織くんのような例は今までに見たことがなく、再現性も見られないことから基本的に関係者以外にはシークレットの扱いを受けた情報だな」

「仮にボクたちが魔女に成りかけても、同じことはできないってことですか?」

「……おそらくは。試したことはないですが」

「そうよね……、流石に他の魔法少女で試すのは危険でしかないわ」

 

 

 少しだけ申し訳なさそうな顔をするつばめさん。

 やっちゃんの言う通り、つばめさんが起こしたという奇跡は土壇場で足掻いた末の結果でしかない。それでも半分は魔女と同じ存在になっているのだから、決して成功とは言えない。

 

 再現性のない一度きりの奇跡。

 いや、奇跡と呼べるものでもない運命の不具合。

 

 それが彼女にできたのだから私たちにも、といううまい話は無い。

 

 自分自身にすら何故出来たのか分かっていないのだから、他人で試すような真似をつばめさんはできない。それをするぐらいなら、メルさんを助けたようにそもそも魔女化しないように立ち回ったほうが確実だ。

 

 ええ、わかってはいます。

 でも、心の中にある淀みから「ずるい」という感情が沸き上がってしまう。

 

 

「琴織つばめの在り方は非常に興味深い。魔法少女が魔女に成るという運命を乗り越えられた者は、人類の歴史を紐解いても数えるほどしかいないんだ。出来ることならその詳細を知り、魔法少女システム(システム・マギカ)の改善に励みたいところだけど、そう上手くはいかないらしい」

 

 

 その改善、というのは要するに魔女化を免れる可能性を潰したいということなのでしょう。

 キュウべえが厚顔なのは分かっていたことですが、こうも堂々と敵対するような宣言をされるのは腹立たしい気持ちになります。

 

 

「もっとはっきり言ったらどうですか? 魔女化を覆し得た私の存在があなた達にとって邪魔だと」

「確かにボクたちにはキミという存在を許容する理由はない。むしろシステムを乱す可能性を考えれば排除する必要がある。だが、キミも知っての通り、キミへの不干渉は紺染音子(こうぞめおとこ)が『蟹座の魔女』を討伐した功績と引き換えにボクたちに契約させた。それに加えてそこの白翼にも釘を刺されている。この状況での排除のコストを考えれば、キミ一人の存在は計画の誤差にもならないと判断したから安心してくれていい」

「ちょっと待って、蟹座の魔女ってもしかして……」

 

 

 やっちゃんが驚くのも無理はありません。

 何故ならその魔女の名前は、五年前に討伐されたという災厄と呼ばれる魔女の名前でした。

 

 

「その通りだ七海くん。我が義妹(いもうと)は人類がこの2500年間でたった二人のみ成し遂げた名誉を果たし、それを後輩のために費やしたのだ。全く、権利が一任されていたとはいえ、教え子の安全を約束させるためとは、あいつらしい」

「そんなに、すごいんですか? その人が……その蟹座の魔女ってのを倒したことが」

「ええ、すごいことです! 私たち魔法少女も揃って認めざるを得ない正真正銘の偉業ですよ」

 

 

 蟹座の魔女。

 あらゆる攻撃を寄せ付けない鎧と、あらゆる武器を砕く刃を持ったその魔女は、数年前まで魔法少女の間では有名でした。

 

 ワタシたちの住む街の外、そもそも日本ですらない世界の某所にて水難を司っていた魔女。

 

 黄道十二魔女(こうどうじゅうにまじょ)という、十二星座の名を持つ十二体の災厄級魔女の一体。

 それを打ち滅ぼしたという知らせを、他ならぬキュゥべえが伝えにきたといえばその凄さは伝わるのではないでしょうか。

 

 それが丁度五年前の話。魔法少女の一般的な活動期間(契約してから死ぬまで)を考えれば、私たち以外にこのことを知っているのはひなのさんや十七夜さんぐらい。キュゥべえが警告するような存在ですら、すでに過去の存在として風化してしまうのは無常感を覚えます。

 

 ……で、そんな魔女を討伐したと言うのが、目の前にいる紺染神父の義妹さんらしく、その人が自分の功績を理由につばめさんへの不干渉をキュゥべえに約束させたということらしい。

 

 

「そうだよ。ボクたちのシステムに癒えぬ瑕疵を与えた忌まわしき十二魔女。人のカタチを被り人界を玩弄する災厄の一つを琴織つばめの師である魔法少女、紺染音子(こうぞめおとこ)は撃ち落とした。ボクたちも認めたその功績を()って、彼女は琴織つばめの身の保証を約束させたのさ」

「キュウべえがそこまで言うほどなんですか……」

「えーと……話がぶっ飛び過ぎてて分かんなくなってきたな」

「そうですよね。私も最初聞いたときなんか世界観おかしくない? って思いましたもん」

「まあ、キミたちに無理に挑んでほしいとは言わないさ。アレを倒せる魔法少女というのもそうそういないからね。ボクとしてはキミたちには順当に魔女と戦って、いずれ魔女になってくれればそれでいい」

 

 

 最早隠すことなく言われたその言葉は、魔法少女がどんな存在なのかを端的に語っていました。

 

 全てはキュゥべえの目的、宇宙の延命とやらに費やされる、ただのよく燃える薪。

 夢と希望を求めた果てに、絶望に落ちることを期待される愚かな存在。

 それが、魔法少女なのだと。

 

 

「……結局は話がそこに戻るんですね」

「それがボクたちの目的だからね。実際、魔女化の真実を知ってソウルジェムを濁らせて魔女になる子は結構多い。一つのチームが一人の魔女化で連鎖的に魔女化するなんてのもしょちゅうさ。だからキミたちも「オーケー、もう黙れ」キュッ!?」

 

 

 つばめさんが指を鳴らした瞬間、キュゥべえの身体は青白い炎に包まれ、あっという間に灰と化しました。

 

 

虚火(うつろひ)。やっぱり魔女化させるつもりで来てたんじゃねえかファッキンビースト」

「ナイスですつばめさん」

 

 

 キュゥべえへの意趣返しとしては、跡形も残さずに消し飛ばされるのは最も嫌がる事でしょう。

 ある意味一番必要だった行動にワタシもついサムズアップを返します。

 

 そうしてしばらくの間、みかづき荘は静寂で満ちました。

 秒針の音が響き渡る中、始めに沈黙を破ったのは紺染神父でした。

 

 

「さて、色々あったが今回の報酬だ。早速使い給え」

 

 

 人数分のグリーフシードがワタシたちに渡される。ソウルジェムを見れば、戦闘中に回復してある程度は輝きを保っていた筈の宝石は、その半分以上が濁っていました。

 

 ソウルジェムの穢れは悪感情でも生じ、そして穢れはさらなる悪感情を生む。

 改めて考えれば、キュゥべえがより効率的に魔女を生むことができるようになっているんだと分かってしまう。

 

 そんな思いをよそに、神父は淡々と事後処理について話していきます。

 

 

「琴織くんは今回由比くんの代理だが、今回の功績は七海くんのチームのものでいいかな?」

「構いませんよ。売名とかあまり趣味じゃないので」

「報奨金についても七海くんの元に与えることとする。振込先はいつもの口座に」

「ええ。お願いするわ」

 

 

 平静を保とうとしているのか、やっちゃんもいつもと変わらない調子で手続きを行っていますが、よく見れば無理をしているのがわかります。それでも、ああして強く振舞えるだけでやっちゃんはすごいと思います。ワタシは、何をどう話しかけていいかすらも分からなくなっているのに。

 

 

「……なあ、神父さん、ひとついいか?」

 

 

 そこに、震える声でももこさんが口を開きました。

 

 

「何だね十咎くん」

「その……アンタたちは知ってたんだよな? 魔法少女の真実ってやつを……」

 

 

 ももこさんの問いは、私たち全員の意見の代弁でした。

 そう。彼らは魔女を狩るために鍛錬と探求を続ける者たち。

 ソウルジェムのことを知っていた彼らが、さらに先の真実を知らないわけがない。

 神父は深くため息をついた後に答えました。

 

 

「その通りだ。我ら異端粛清機関は、魔法少女の発生プロセス及び、その身体特性に至るまでを研究し、構成員は末端に至るまでこれを基礎知識として修めている。インキュベーターの言う通り、魔女狩りに赴く魔法少女がこれらの真実を知って戦意を失う割合も、その場で絶望して魔女化する割合も決して低くはない。ゆえに、組織全般の方針として私たちはこれらの情報を極力秘匿すべしと結論付けた」

「……だったら! アンタたちは今までそれを黙ってアタシたちを支援すると言っていたのか!? アンタたちが滅ぼしたい魔女ってのは、アタシたち魔法少女のことなのかよ!?」

 

 

 ももこさんの慟哭が叩きつけられる。

 契約してからそろそろ半年。それまでの間に、神父たちが魔法少女にとって本当はどのような存在なのかをももこさんが知る機会は無く、それゆえに自分たちの境遇を理解してくれる大人たちという印象から裏切られたと言う気持ちは強いのでしょう。

 

 

 

 

 ――乾いた音が響く。

 

 俯いていた顔を上げれば、目に涙を溜めて手を振り抜いたやっちゃんの姿と、左の頬を赤く染めたももこさん。

 

 

「っ……!」

「ももこ、やめなさい」

「でも……っ!」

「確かに、彼らは私たちにこのことを黙っていた。例え私たちと見ているものが違っていたとしても、平和のために魔女を倒してきた事実は変わらない。……そうよね、神父?」

 

 

 ――粛清機関。

 私たち魔法少女とは違う、教会の教えにない異端を狩るもう一つの魔女狩り集団。

 魔法少女が魔女に成ると言うのなら、「魔女の殲滅」を掲げて五百年以上も前から存在し続ける彼らにとって私たち魔法少女は……。

 

 

「耳が痛い話だな。我々は異端の殲滅を掲げているが、その中身は決して一枚岩の思想ではない。魔法少女は尊き隣人であり、共に血を流す戦友と考える者もいれば、教会の保有する魔術のみが奇跡と考え、魔法少女も積極的に粛清すべしと標榜する者もいる。一時の欲望で現実を歪め、魔女となって災禍を齎す愚か者という意見も過去にはあった」

「それじゃあ、神父さんは、どうなんだよ?」

「そうだな……少なくとも私は、希望を抱き、絶望を知りながらそれでもと生きる君たちを祝福するべきだと考えている。それは、その矛盾した人の在り方の中にこそ、魂の輝きが、主が認めた人の善があると信じているからだ」

「それは、妹さんも魔法少女だからですか?」

「かもしれんな。さあ、グリーフシードを渡してくれたまえ。彼女らが再び魔女に成る前に、私の洗礼でこの煉獄から解き放つとしよう」

 

 

 私たちは、使い切ったグリーフシードを差し出しました。

 グリーフシードの処分方法はキュゥべえに渡すか、神父のように教会の人間に渡すかの二つ。

 キュゥべえはグリーフシードを回収した後どうするのかは不明でしたが、神父の目的は明白です。

 

 

「ありがとう。では、彼女たちを眠らせるとしよう。

 ――我らの前には主の御子あり。彼の者は罪を犯さず、試練を越え、我らの弱さに寄り添うもの也。我らは救いを求め、恵みの御座を目指すもの也。主よ、この魂を憐れみ給え」

 

 

 聖堂騎士はキュゥべえとは違い、回収したグリーフシードを消滅させる。

 洗礼と祝福。この二つの奇跡を以って、この世界に生まれた呪いを解呪する。

 それは魔法少女の力を奪うのではなく、魔女となった彼女たちの魂を救済するためなのだと、この時ワタシ達は理解しました。

 

 

「これで彼女たちが呪いを振りまくことは二度とない。今回の用はこれで済んだ、そろそろ失礼しよう」

 

 

 グリーフシードの完全浄化を確認した後、神父は部屋の出口へと向かい……出る直前で立ち止まりました。

 

 

「……もし君たちがこの苦しみに耐えられず、絶望に身を委ねそうになったのなら教会の門を叩け。その時は、私が責任を以って汝らの魂を洗礼し、煉獄に落ちる前に主の元へと導こう。それが、神浜の街を監督する私が君たちにできる最後の務めだ」

 

 

 その言葉を最後に、神父は姿を消しました。

 

 

 再び空間を沈黙が支配する。

 次に動いたのは琴織さんでした。

 

 

「……ふむ。インキュベーターは現れないか。どうやらこれ以上出てきてもつばめに即燃やされると判断したか。こういう場合はよく外で立ち聞きしていることもあるのだが……ああ、逃げ足が速いな。どうも最近は、遠くから様子を伺っていることが多いらしい」

 

 

 ぐるりと部屋を見渡し、窓の外を見つめてそう言いました。

 つられて窓の外を見てもそこには何もない。ただでさえ神出鬼没なキュゥべえが本気で姿を隠そうと思えば、見つけることは不可能でしょう。

 同じようにじっと外を見つめていたつばめさんは、「あー……」と少しだけ言葉を迷わせてから、意を決したように口を開きました。

 

 

「それで、皆さんどう思いましたか?」

「……何を?」

()()()()()()()()()()()。こんなことを知ってもう私をただの魔法少女とは思っていないでしょう。自分だけ運命から抜け出した卑怯者(チート野郎)か、あるいは魔女に片足突っ込んだバケモノか。一体どっちですか?」

 

 

 それは、どこか自虐的なニュアンスを含んだ問いでした。

 魔女に代わってしまうことから逃れようとして、魔法少女でも魔女でもない中途半端な存在になってしまったつばめさん。彼女と同じ境遇の魔法少女が現れることがないと言った以上、彼女は他の人とは違うと言う事を抱えて生き続けなければいけないということ。

 それは、本当に幸せなのでしょうか。ワタシのように、ズルいと思った人たちから責められる危険性を抱えながら生きていくつばめさんは、絶望から逃れられたと本当に言うのでしょうか。

 

 ……ワタシは、その答えを出すことができませんでした。

 

 

「……どっちも違うわ。それに最後のを本気で思っているなら怒るわよ」

「そうですよ! つばめさんが何だろうと、ボクにとってはつばめさんはつばめさんでしかありません!」

「ああ。アタシたちにとってつばめさんは大事な仲間で、人間だよ」

「ええ……その通りです」

 

 

 その質問をするってことは、つばめさんも他の魔法少女に対して負い目があるということ。その疎外感にやっちゃん達は寄り添おうと言った。

 でも、ワタシはそれにはっきりと答えられない。だって、ほんの少しでもズルいと思ってしまったワタシには、彼女を認める資格なんてないような気がしてしまったから。

 

 

「……ありがとうございます。でも、一応このことは秘密でお願いしますね」

「分かってるわよ」

「ところで皆さん、真面目にメンタルの方は大丈夫ですか? ほら、流れで言わなきゃいけなかったとは言え、中々ショッキングな事実じゃないですか」

 

 

 ちょっと申し訳なさそうな顔をしたつばめさんがワタシたちを案じるのを見て、なんて情けないことだと自分を責めたくなる。

 結局ワタシは、自分の心を守ろうとしか考えていない。

 つばめさんに嫉妬した自分を直視するのが嫌だから、曖昧な言葉で誤魔化しただけじゃないですか。

 

 

「正直なところ、今でも納得できてるかっていうと怪しい。今まで殺してきた魔女が元は魔法少女だったと思ったら、自分は何のために戦っているのかわからなくなってきてるよ」

「そんなの、『自分の生活を守る』でいいんじゃないですか? 魔女が人に害をばら撒いて迷惑になっているのは確かですし、周囲の人間が魔女の被害に遭って空気が悪くなるのは嫌だ。なら戦う理由はそれでいいじゃないですか。極論言えば犯罪者ぶちのめすのと魔女を退治するのも変わらないでしょう」

「結構バッサリ言うんですね……」

「私から見れば、魔女ってのは死体が動いてるようなものですからね。介錯ですよ介錯。かつての仲間がこれ以上罪を重ねる前に終わらせてあげるのは人情ってものでしょう」

 

 

 きっと多くの葛藤の末に行き着いた答えなのでしょう。軽い口調で告げられたそれには、一つの真理がこめらていた。

 もし、チームの中の誰かが魔女に成ったのなら、残った人たちでこれを討伐する。それが希望を願い、共に戦った仲間に対する最後の礼なのだと、暗に言っているようでした。

 ……もし、ワタシが魔女になってしまったら、やっちゃんはワタシを楽にしてくれるでしょうか。いや、その前にやっちゃんがワタシのソウルジェムを砕いてくれる方がいいかもしれませんね。長年の親友に、ワタシが魔女になった姿なんて見せたくはありませんから。

 

 

「うん……そうかもな。ありがとう、ちょっとだけ気が楽になった」

「そうです。例え真実を知ったとしても、ボクたちが魔女と戦うのは変わらない。ならば前向きに行くべきです!」

「ええ……私たちは、魔法少女として恥じない生き方を貫いてみせる」

 

 

 そうして素直に立ち直れたらどれほど良かったでしょうか。

 どれだけ前向きな言葉をかけられようとも、ワタシの心には未だに淀みが残り続けている。

 

 このまま弱くなり続けて。

 いずれ、あなた達に置いて行かれて。

 あなた達を憎みながら、魔女になる。

 そんな妄想が離れてくれない。

 

 

「さて、私たちもそろそろお暇しましょうか」

「ああ。流石に夜も遅い、影跳び(直通便)を使う。酔わないように気をつけなさい」

「流石にもう慣れましたよ」

 

 

 お二人は部屋の壁へ向かっていく。

 琴織さんの足元の影が、泡立つように蠢いた。

 

 

「では私からも一つ。若き魔法少女たちよ、希望を嗤い、絶望を踏破せよ。それこそが定められた運命を乗り越える第一歩だとも」

「それではまた。スイーツ奢ると言った約束、守ってくださいよ」

 

 

 ぐにゃりと影が揺らめき。

 瞬きの後には、お二人の姿はどこにもありませんでした。

 

 

 

「……ふう」

 

 

 やっちゃんがソファに沈み込む。

 疲れていることを隠しもせずにしばらく項垂れた後、再び口を開きました。

 

 

「みんな、聞いてちょうだい」

「なんですか?」

 

 

 意を決して放たれた内容は、ワタシ達のこれからを決定的に分ける言葉でした。

 

 

「……チームを解散するわ」

 

「ええっ!?」

「ちょ、それどういうことですか七海先輩!?」

「今回の一件で私は痛感したわ。私と一緒にいては、皆を危険に晒す。私の未熟な判断によってメルが危うく死にかけたのが何よりもの証拠よ」

「でも、ボクは今も生きてるじゃないですか!」

「それは琴織さんがいたからよ。仮に彼女がいなかったら、メルは私を庇って魔力を使い果たして、そのまま魔女になっていた。神父のグリーフシードも間に合っていたか怪しい……そんなもしもの話で希望を持てるほど、私は夢を見れないの」

「そんな悲観的な話のほうがよっぽどもしもだよ! なんで勝手に思い詰めているんだ!」

「考えなくちゃいけないの! 私はあなた達のリーダーなのよ? 常に最悪のことは想定しておかなきゃいけないのに、いつの間にか勘を鈍らせていた。」

「アタシ達は……やちよさんにとってお荷物なのか?」

 

 

 お荷物。

 その言葉が何よりもワタシの心に突き刺さる。

 長年一緒に戦ってきて、弱くなってきたワタシは知らず知らずのうちにやっちゃんの足を引っ張っていたのかもしれない。

 

 

「あなた達の力を疑っているわけじゃないの。単純に私がソロでやらせてもらいたいの。期待を背負い皆を護るリーダー……そんな自負によって慢心していた自分を鍛え直したいの」

 

 心の強いやっちゃんらしい言葉だ。

 ワタシなんかとは全然違う。

 

 ワタシは弱い。

 力でもなく才能でもなく、何より心が弱い。

 心が弱いからこそ、こうして魔力まで弱体化してしまう。

 

 だから、やめてください。

 

 

「でも……そんないきなりなんて」

「それに、鶴乃には何て説明するんだよ!」

「あの子にもちゃんと説明するわ。流石に、今日の事を全部伝えるのは難しいかもしれないけど。

 

 ……でも、そうね。

 今週の土曜日、皆空いてるかしら」

 

「……何を、するんですか?」

「別に、大したことじゃないわ」

 

 

 続く言葉に、ワタシは頷くしかなかった。

 

 

「最後にチームの皆で遊びに行きましょう。思い出作りに」

 

 

 だって、そんなに辛そうな顔で言われたら、何も言い返せないじゃないですか。

 




○チームみかづき荘
 メル生存ルート。
 つばめちゃん達が茶々入れたので解散の経緯が原作よりはマイルドに。

以下没案
 やちよ「みふゆは受験厳しいんだからそろそろ専念しなさい」
 みふゆ「ごふっ」


○琴織つばめ
 かなりギリのギリで間に合ったやつ。
 判断が遅かった場合メル魔女化ルートで卜者の魔女戦に突入していた。


○QB
 この世界線だとエネルギー回収計画がめちゃくちゃ遅延している。
 それもこれもQBを騙した当時の人間たちのせいであり、そうするに至ったQBの悪辣さが原因である。


○蟹座の魔女
 五年前に討伐された魔女。
 ワルプルギスにすら匹敵するとされた十二体の魔女の一体。



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第二十話 これはいわゆるデートというやつでは?

ほのぼの回。


 七海やちよチーム、解散。

 

 

 神浜の西を取りまとめる魔法少女が率いるチームの解散という衝撃的な情報は、瞬く間に神浜中の魔法少女の間に拡散されることとなった。

 

 これを聞いて大きく反応を見せたのは、それぞれの対立する区をテリトリーとして狙う野心的な魔法少女たち。厳格な統制を行ってきた二つのうち片方が消えたことで、特に東の魔法少女が西を奪うべく行動を始めたのだ。

 そうして神浜の勢力図は大きく揺れ動き、世は魔法少女戦国時代に突入した……!

 

 

 なーんてことはなく。

 

 

 そもそもやちよさん達はチームを解散しただけであって、誰かが死んだわけではない。むしろ粛清機関からの討伐要請を見事にこなしたことでその名声はさらに高まっている。

 勿論、その直後にチームを解散したという事実に衝撃が走らなかったわけではない。

 

 だが思い出してほしい。

 

 西のリーダー的存在であった七海やちよと、その副官である梓みふゆは高校三年生だ。年明けも間近に迫ってきた時期において、彼女たちには魔法少女よりも専念するべきことがあったのだ。

 

 

 そう、大学受験である。

 

 

 大半が学生である魔法少女にとってみれば、魔法少女活動と学業の両立は中々に難しく、試験期間の間は一切の魔女狩りを断つという者も珍しくはない。

 強力な魔女を狩った後のチーム解散という一連の流れは、人生の一大イベントへ全力を注ぐために憂いを断ったうえで、チームの仲間に迷惑をかけないようにするための処置という感じに捉えられ、これには解散もやむなしと当然のこととして受け止められた。

 

 そう言う訳で、この騒動は拍子抜けするほどに波立たない結果に終わったのだが、年の分かれ目と重なるように、神浜の情勢は着実に変化を迎えつつあった。

 

 大きな例を挙げれば、ここ半年の間に契約した新人魔法少女が頭角を現し始めたことによる各地での魔女狩りの活発化と、それに伴って魔女が減少が目に見えるようになった。

 それによって放課後に時間が余るようになった魔法少女たちも、やちよさん達を見習うように本来の役目である勉学に励むように――

 

 

 ――なるわけもなく。

 全然遊びたい盛りの魔法少女たちにとって魔女狩りとは生業であると同時に束縛。むしろ年末年始の人だかりを狙って魔女が増えて忙しくなるぞという予想を立て、ここぞとばかりにカラオケやゲーセンへと繰り出す面々が続出していた。

 

 

 

 かくいう私も、ななかちゃんと一緒に水名美術館で開催されている「乱舞する刀剣展」へと訪れている。

 

 ななかちゃんが刀剣展のチケットを伝手で貰ったらしく、他の皆はそれぞれの都合が合わず不参加。私とななかちゃんの二人きりによる刀剣デートとしゃれ込んでいるわけだ。

 

 

「ほうほう、これがかの『村正』ですか」

 

 

 パンフレットを片手に、展示されている刀に目を凝らす。

 抜き身の刀身に浮かび上がっている木材の断面のような模様、いわゆる地金が大きく見えるそれは、荒い作りと言うよりは力強さを感じさせる。漆塗りの柄も実に綺麗で、芸術に疎い私でも素晴らしい出来だと理解できる。

 江戸時代で最も有名とも言える刀匠、千子村正の一門が作った刀は確かに逸品と呼べる代物である。

 

 

「ところで『村雨』はないんですか?」

「すみませんつばめさん、それは架空の刀です」

「えっ」

「そもそも村雨の出典は『南総里見八犬伝』の登場人物、犬塚信乃(いぬづかしの)の刀です。水が迸るという力から『抜けば玉散る』と言われました。あるいは『邪気を払う』という力もあると称されていましたね」

「妖刀じゃないんですか!?」

 

 

 あんまりに有名だから実在するのかと思っていたのに。何気にショック。

 

 

「それは村正のほうです。名前が似ているからどこかで混同した可能性が高いですね。というか、そもそも村正も呪われた刀と言う訳では……」

「へえ~~」

 

 

 ななかちゃんの蘊蓄を耳に流しながら、展示された刀に視線を巡らせる。

 

 太刀、大太刀、短刀、脇差、直槍。

 

 種類も見た目も異なる。だがそれらは全て『敵を斬る』という一点で共通したそれらはまさしく、日本という小さな島国の中で形作られた武士の歴史であり、それらを支えた刀鍛冶という職人の歴史。

 来る前の予想以上に胸が躍り始めており、柄や鍔なんかの装飾すらも一つ一つの芸が細かく感じられて興味深い。

 

 それに、刀というのは実際には護身用の意味合いが強く*1、身分や財力を示すためのステータスとして扱われていたらしい。

 

 所詮は刃物。

 所詮は人斬り包丁。

 

 だが、その出来には武器として以上に込められた刀匠たちの信念がある……。 

 

 そんなふうに思いを馳せていた時である。

 

 

「ひゃわわわわわわ、なんですかこれ!? こんな刀があっていいんですかぁ!?」

「さ、沙優希ちゃん……もう少し声を小さくしてください」

「そんなに大声を上げるものかしらぁ!? なによこれぇ!!」

「阿見先輩も大声上げてるじゃないですか……」

 

 

 突如として、黄色い悲鳴が響き渡る。

 

 何事かとその方向を見れば、そこには四人の女子学生がある展示の前でキャイキャイと騒いでいた。

 薄紫の制服て統一されたその集団は、この神浜の住人ならば一目で水名女学院の生徒だと判別できる。

 

 

 刀に歓声を上げているのは薄い金髪の短いツーサイドアップの少女と、金髪のロングツインテールの少女。その横では黒髪ロングの少女が二人を落ち着かせており、紅い髪の女の子がその様子を呆れたように見ている。

 

 

「あ、まなかちゃんだ」

 

 

 そのうちの二人には見覚えがある。金髪のツインテールで容姿端麗な人はまなかちゃんや明日香さんと一緒に組むことの多い魔法少女で、その縁もあって何度か顔を会わせているが……こちらとしてはあまり会いたくないなと思ってしまう人物である。そしてもう一人の知り合いが我らがシェフ魔法少女まなかちゃんである。一番背が低いからわかりやすい。

 

 

「やあやあまなかちゃん。何をしてるんだぞい?」

「おや、つばめさんじゃないですか。何をしていると言われましても、見ての通り先輩方に連れられての美術鑑賞ですよ」

「まなかちゃんの知り合いの方ですか? 私は梢麻友(こずえまゆ)です」

「琴織つばめです。そうですね、まなかちゃんと、そこの……そこの……?」

 

 

 えーっと、何だっけこの人の名前。

 "あみ"までは出ているのだけども、そこから先がちょっと思い出せない。

 うーんと、うーんと……。

 

 

「アミーリアさんでしたっけ?」

阿見莉愛(あみりあ)ですわ! 合ってるのにズレてますわね!?」

 

 

 そうそう。阿見莉愛だ。

 意識の外に追いやろうとしていたせいで名前がうろ覚えになってしまっていた。

 

 まなかちゃんと交友の深い先輩。私と同い年でありながら()()()()()で美少女モデルとしても駆け出し中。魔法少女としての実力も文句なし。

 

 そして、あまり関わりたくない人間だ。

 

 誤解のないように言っておくが、別に彼女に問題があるわけではない。いやあの目立ちたがりな性格は問題かもしれないが、むしろそれはリーダーシップや面倒見の良さに繋がっていることを知っている。単純に、私がある事情から彼女の事を苦手としているだけである。

 

 

「まあいいですわ……御機嫌よう琴織さん。そしてあなたは……常盤ななか!」

「おや、私の事をご存知でしたか」

「ええ。あの有名な華心流の娘さんでしょう? 美しい花を活ける美少女、拝見させてもらいましたわ」

 

 

 明らかにななかちゃんに対抗心を燃やしている阿見さん。お淑やかの具現であるななかちゃんと、どちらかと言えば女王様気質な阿見さんでは美しさのベクトルが違うと思うのだが……。

 《視界》を切り替えれば、紅、橙、青、紫に黄と色とりどりの光が眼に飛び込んでくる。その中でもひと際輝きを主張するのが紫色。ななかちゃんが慎ましい美しさなら、阿見さんは夜空に目立つ一等星のような美しさだ。

 

 魂の光が見える異能。ソウルジェムと言う意味ではなく、正真正銘私の視界には魂の輝きが見えている。

 そんな私が、美しいと思うほどの輝きを、阿見さんは持っていた。

 宝石と言って遜色ない煌めき。アメジストのように高貴でありながらも、オニキスのような孤高さを兼ね備えた紫色の輝き。

 

 絶世の美少女と謳われる彼女は、まさしく魂すらも美しかった。

 

 

 ……だが、

 

 

 私は同時に、それがまるでメッキのようだなと思ってしまった。

 

 確かにそれは美しい。しかしほんの僅かだが全く別のカタチがちらついているようにも見える。

 それが何を意味しているのかは面と向かって聞くつもりはない。

 だがいつ口を滑らせてしまうかわからず、それが地雷である可能性は高い……。なので無視はしないが極力会話を避けると、端から見たら邪見に扱っているとも受け取れる対応をしているわけだが、当の本人からは「わたくしの美しさを直視できないみたいね。でも畏れる心配はいりませんわ!」と好意的に受け止められているようなので結果オーライとしよう。

 

 で、視界を元に戻して刀を食い入るように見つめている金髪の女の子を見る。

 おっとりとした雰囲気で、刀剣に目を輝かせているその姿は、会ったことは無いがどこかで見たような気がする。確かこの前ももこさんに駅前スイーツ奢ってもらった時に……。

 

 

「……さゆさゆ?」

「わあ、沙優希を知ってるんですね! ありがとうございます!」

 

 

 ああ。思い出した。

 レナちゃんが最近しきりに推していたご当地アイドル『史乃沙優希(ふみのさゆき)』だ。

 あれだけ熱のこもったオタ語りをされてしまったら印象に残ると言うか、忘れるほうが失礼だろう。

 

 

「知ってるんですかつばめさん?」

「神浜のローカルアイドルらしいです。刀剣鑑賞が趣味で、友達がめちゃくちゃ推してるんですよ」

「アイドル……ですか」

 

 

 ふむ。とななかちゃんは興味深そうにさゆさゆを見つめる。やはりそういう俗っぽいものとは無縁だったらしい。

 

 

「それで、何をそんなに興奮していたんですか」

「これですこれです! この白銀の輝き、直線になった直刃(すぐば)、鮮やかにかね冴える青い地金、かなりのこだわりをもって作られた証拠ですぅ! おお、それにあの刻まれた文字は九字ですね!? あの国宝・兼定に刻まれている九字がこの刀にもあるということは、もしかしたらそれと同じぐらいの価値がある刀ということですよぉ!」

「ええ……この私も認めざるを得ないほどの美しさですわ」

「そんなにですか」

 

 

 国宝級、と聞けば興味も出る。

 他の展示物とは雰囲気の異なる『特別展示』と表示された埋め込み式のガラスケース。スポットライトで上から照らされるように展示されていた()()を視界に収める。

 

 

 白い絹布で覆われた台座。その上には、一本の刀が刃だけの状態で収められて――

 

 

 

「――――」

 

 

 

 それを目にした瞬間、息を忘れた。

 

 光を反射して白く輝く刃。柄を外し、露わになった茎には「兵闘臨者皆陣列前在」と九字が刻まれている。

 極めて古めかしい刀でありながらも、その刀身には一切の錆は見当たらず、今代に至るまで丁寧に手入れされてきたことがわかるまごうことなき業物。

 

 

 だが、私の目を惹いた理由はそれではない。

 何よりも特別だと思ったのは、その刀が纏う『念』である。

 

 

 

 ――概念兵装、というものがある。

 

 歴史によって象られた力、不特定多数の人間が共通して持つ希望の力である『信仰』によって成立する哲学の武器。

 

 

 『竜を討ち取った』という伝説がある武器ならば、実際に竜に対して特殊な力を持ち。

 『聖別された』という経歴のある武器ならば、魔に属するものを打ち払う効果を持つ。

 『必ず当たる』という逸話があれば、実際に標的を追尾して見せるかもしれない。

 そうした単独で魔法の如き力を発するようになったもの、奇跡の宿った物質を概念兵装と呼ぶ。

 

 

 私が使う『骨喰』もその一つ。元々は魔法少女としての武装だった普通の槍を、父が特殊な魔術技法によって『名付けた』ことで防御能力を無視する能力を得たもの。いわば、即興で作られた概念兵装と言える。実際に年月を重ねて生まれたそれに比較すれば弱いものであるが、超越した魔術の腕を持つ父が手掛けたことで希望から生まれた魔法少女が使う分には充分な効果を発揮している。代償として一度に出現させられる数は一個しかなく任意での破棄もできなくなったが、その強力さを鑑みればお釣りがくるレベルと言って差し支えないだろう。

 

 

 そして、この刀もそうした概念を保有する武器なのだろう。

 染み付いた怨念。刻み込まれた執念。

 その刀にはこれでもかと言うほどのどす黒い思念が発せられている。

 幽界眼を閉じていても尚、問答無用で伝わってくるほどの強い念。

 

 魔女が持つ穢れとは異なる、人が持つ純粋な狂気。

 『魔性を斬る』という想いが凝縮された、これ以上ないほどの魔に対する否定であった。

 

 

「これは……」

 

 

 ななかちゃんも同じように目を見張り、呆然と立ち尽くしている。居合を学び、常日頃から刀に触れてきた彼女は、他の人よりも刀に対しての感受性が強かったのだろう。

 

 

「あの、大丈夫ですか? なんだか気分が優れないような……」

「ああ、平気ですよ。ちょっとこの刀に気圧されただけですから」

 

 

 心配してきた麻友さんに何ともないように答える。

 ……とはいえ、結構クラっときたのも事実。現に今も動悸は激しいまま。恐らくは本能的な反応だ。

 

 つまるところ、屍人(デッドマン)として魔女の力も扱う私にこの武器は特効そのもの。

 多分これで斬られれば私は死ぬ。

 疑似的な不死を持つ私だが、そういうのを無視してこの刀は私の命を断ち斬るだろう。

 

 

「素晴らしい刀ですね。銘は……禍を斬ると書いて何と読むのでしょうか、これは」

「その刀の名前は『禍斬(まがぎり)』。九字を刻んであるので、実際の呼び方は九字ノ禍斬(くじのまがぎり)ですね。なんでも儀式用に使われる刀だそうですよ」

「詳しいですね」

「はい。私、ここのアルバイトもしているんですよ」

 

 

 ななかちゃんの疑問に麻友さんが自信満々に答える。

 私たちの反応を見て、まなかちゃんも刀を観察しているがあまりピンとは来ていないようだった。

 

 

「……よくわかりませんが、すごい刀みたいですね。梢先輩、これいつのものなんですか?」

「えーっと、そちらの刀はですね、おそらく五百年以上も前に鍛えられたものらしいですよ」

「五百……っ!? ほとんど重要文化財じゃないですか!?」

 

 

 ななかちゃんがガチめに驚いている。

 五百年前というと、確か安土桃山時代だったような……うん、確かに現存どころか完璧に手入れされているなんて相当ヤバい。神浜も結構歴史ある街とは言え、こんなものまであったとはびっくり。

 

 

「しかし……本当にすごい刀ですね。もしかして国宝とかだったりします?」

「いえ、それは里見グループからこの美術館に貸し出されたものなんですよ」

「里見……?」

 

 

 なんだっけそれ。聞いた覚えはあるんだけど、具体的な答えが思い浮かばない。

 記憶の棚を漁っていると、ななかちゃんが答えを口にした。

 

 

「里見……新西の大病院ですか」

 

 

 ああ、思い出した思い出した。

 神浜で一番大きな病院と言われる里見メディカルセンターね。

 ……って、

 

 

「いやいや、何で病院がこんな刀を持ってるんですか。詳しくはありませんけど、この刀が普通じゃないのは分かりますよ」

「なんでも、家のお手伝いさんの個人財産のようでして。常に手入れはしてあるけど使わない刀をただ死蔵しておくのももったいないということで、この美術展に期間限定で急遽展示することになったんですよ」

 

 

 と、経緯を説明してくれた梢さん。 

 うーん。謎が増えた気がするが、誰かが持っていた古い刀が偶然転がり込んできた、ということなのだろうか。だとしたら、こんなヤバい代物が野に出回っている時点で大問題だ。だが見る限り常に手入れは欠かさなかったようなので、きちんとした経緯で伝わってきた刀なのだろうと無理やり自分を納得させる。

 

 

「里見さんと持ち主のお手伝いさんも一緒に来たんですけど、沙羅(さら)さんは和服の似合うすごい美人さんでした」

「それは先輩よりもですか?」

「何を言ってますの胡桃さん!?」

「……そうですね。莉愛ちゃんよりも大人の気品に満ちていました。常に後ろに控える佇まいも優雅で、この刀を持った姿はとても似合うと思いました」

「なっ……!? 私というものがありながら……!」

 

 

 よっぽどプライドを刺激されたのか、莉愛さんがわなわなと震える。

 

 

「でも莉愛ちゃんのほうが可愛いですよ」

「……当然でしょう! この阿見莉愛は美しさと愛らしさ、そして優雅さも兼ね備えたパーフェクトな美少女なのですから」

「自分と美少女と言わなければ優雅なんですけどね」

 

 

 立ち直りが早い。どうやら麻友さんは莉愛さんの扱い方を完全にわかっているらしい。

 

 その後も刀トークが通じるななかちゃん相手にさゆさゆの蘊蓄話が爆発したり、同時に飾られていた装飾品を誰が身に着けたら似合うかなど美術館らしからぬ姦しい話で盛り上がり、最後に全員で従業員の方に注意された。

 

 なお、莉愛さんの高笑いが一番うるさいと言うことでひと際叱られてたことをオチとする。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 展示を見終わり、まなかちゃん達とも別れて美術館を後にする。

 

 出口の物販で買ったどら焼きを食べながら、刀剣展示の内容についてななかちゃんと語り合う。

 

 

「特にあの特別展示品、私もあのような業物をお目にかかることができるとは予想外でした」

「いやー、ヤバかったですね。ちなみにあれ、ちょっと幽界眼(こっち)で見てみましたがマジもんの妖刀でしたよ」

「そうなんですか? 確かに得体のしれない迫力が感じられましたが……」

「ええ、ビンビンに殺気が漂っていました。あれはまさに『魔を殺す』という思いが刻み込まれた概念兵装です」

「概念兵装……確か信仰を宿した武器でしたか。あの刀がそのようなものだと?」

「五百年ものの刀とあればかなりの代物かと。多分ですけど、あれ持った達人の剣士なら使い魔ぐらいズンバラリンとイケますよ」

「それほどですか……」

 

 

 ななかちゃんはあの刀を思い返しているのか、神妙な顔をしながら自分の手をわきわきとさせている。

 

 

「もしかして、持ってみたいと思いました?」

「……っ! なぜそのことを!?」

「おっと図星でしたか」

 

 

 指摘した途端に顔を赤らめるななかちゃんカワイイ。

 照れ隠しなのか、こほんと咳払いをする。

 

 

「確かに、居合の道も歩み、こうして魔法少女として刀を握った者としては一度は手に取ってみたいと思いました。あわよくばそれならば仇の魔女も容易に倒せるのではないかとも。ですが、あれは私のものではありません。正当な持ち主がいる以上は絵にかいた餅。私は、私の持ちうる力で『飛蝗』を打ち破ります」

「燃えてますねえ」

「とはいえ、あの刀以外にも品揃えが中々のものでした。かこさん達も誘えればよかったですわね」

「かこちゃんはブロッサムの手伝い。美雨さんは組織の方でのあれこれ。あきらさんは相談所メンバーとカラオケでしたね。この時間ならまだやってるかも、電話してみましょう。……あ、もしもしあきらさん? 私たち用事終わったんですけどそっちどんな感じですか。……え、ささらさんの歌唱力がヤバい? 恋の歌が響いてる!? マジでか、私たちも行っていいですか!? 場所は――ああ、近いですね。オーケー! ええ、ななかちゃんも連れていきますよ! それでは」

 

 

 通話を切り、ななかちゃんの手を掴む。

 実のところ、今日は結構テンションが高いまま。

 

 

「と言う訳で、許可いただけたので乗り込んでみようと思うのですが、ななかちゃんは休日の延長戦、大丈夫ですか?」

「……ええ、問題ありません。しかし、カラオケとは何を歌えばいいのやら……」

「何でも構いませんよ。ななかちゃんの好きな曲なら」

 

 

 

 こうして、魔女とは何の関係もない日常の一幕が過ぎていくのだった。

*1
日本の合戦は大体が槍、弓、銃が用いられ、刀による殺人が最も多かったのは幕末らしい




○幽界眼
 色々と見てはいけないものも見えてしまう。
 因果を改竄したとしても、魂の根底は変わらない。

○阿見莉愛
 つばめちゃん的には苦手。

○概念兵装
 某月作品だったり某戦姫絶唱だったりのあれ。
 『魔女狩り』の概念が染み付いた物質なら、当然魔女に対して効果を発揮する。



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琴織つばめ ステータス

つばめちゃんの正体も判明したのでおまけ


琴織つばめ ★4~★5

 

属性 闇

 

タイプ バランス

 

ディスク AA縦B横BC

 

HP23000 ATK9112 DEF8898

 

スキル【反魂魔術(C+)】

対魔女ダメージアップ(1T) & サヴァイヴ(1T)

 

アビリティ【幽界眼(A)】

確率で回避 & 状態異常耐性アップ[Ⅶ]

 

コネクト【ダメージダイス増やしまーす】

攻撃力アップ[Ⅷ]~[Ⅸ] & 防御無視 & MP増加

 

マギア【骨喰噛砕(こつじきごうさい)(C)】

敵単体に防御無視ダメージ(Ⅴ)~(Ⅵ) & charge後ダメージup & 防御力down(単体)

「骨をも喰らい、噛み砕く。その鎧、紙切れも同然です。――貪れ、骨喰噛砕」

「簒奪形態、移行。その魂、喰らいつくしてあげましょう――骨喰噛砕」

「白翼の王よ、偉大なる始祖よ。此処に絶叫を捧げよう――貪れ、骨喰噛砕」

 

超マギア【奥義・天魔断頭(ギロチンスカイ)(B++)】

バリア貫通 & 敵単体に防御無視ダメージ(Ⅸ) & 中確率で即死 & charge後ダメージup & 防御力down(単体)

「異形顕現――、この姿の私は容赦がない。終わりだ、ギロチンスカイ!」

 

 

プロフィール

一年以上前に七枝市から参京区に引っ越してきた魔法少女。霊視と反魂の魔術に長け、カラスを使い魔として操るが魔法には謎が深い。何より目を引くのは漆黒の宝石に白金継ぎされたソウルジェムである。サブカルチャー全般が好きで、隙あらば同好の士を増やそうと思っている。

 

 

ボイス

 

召喚時ボイス

「どーもどーも。琴織つばめと申します。趣味はアニメ小説漫画純文学ゲーム……まあ大体楽しんでますね。 便利な魔法少女をお望みなら、一つ協力してあげましょう」

 

強化①

「レベルアップの瞬間っていいですよね。努力が目に見える成果として現れると、やる気もでてくるってものですよ」

 

強化②

「出力安定。気分上々の意気揚々。さっそく魔女を一、二体ほどぶった切ってみましょうか」

 

ログイン(初回)

「今日もログインご苦労様。ログボ回収かデイリー消化か、何にせよ顔を出してくれるのは嬉しいですね」

 

ログイン(朝)

「おはようございます。私朝は弱いんですよ。それもこれも夜更かししまくってるからなんですけどね」

 

ログイン(昼)

「お腹すきましたねえ。私は基本的に買って食べる派ですが、たまに弁当も作ります。でも父さんが作るほうがもっと美味しいんですよね」

 

ログイン(夜)

「こんばんは。こんな遅くに魔女退治ですか? ……それはよかった。夜は私の時間です。魔女を探し出すなら、私と組むのが一番ですよ」

 

ログイン(深夜)

「流石にこの時間はもう寝ないといけませんよね……なーんて、ここからが本番ですよ。さあ、ゲーム、アニメ、掲示板! アンダーな世界をエンジョイする時間です」

 

ログイン(AP)

「魔女がいますね。元が何であれ、今は人を脅かす怪物。容赦とかせずにブッ殺しますとも」

 

ログイン(BP)

「果てなしのミラーズは私にとっては稼ぎ場所ですね。一目で偽物とわかるから先手を取れるし、落としたコインは魔術の触媒として優秀。でも、最近あっちも学習してるのか私を避けてる気がするんですよね」

 

ホームボイス①

「魔術の修行って地味なんですよね。魔法と違って色々と準備とかしなくちゃいけませんし……。それはそれで、実験とか工作みたいで楽しいですけどね」

 

ホームボイス②

「魔術を学んでいる理由? それはもちろん、戦いの幅を広めるためですよ。特に便利なのは足止め用の魔術ですね。拘束魔法って割と使える子が限られてますから、魔術で代用できるなら即席で組んだチームでも活躍するんですよ」

 

ホームボイス③

「固有魔法と一口に言っても色々ありますよね。例えばまなかちゃんは効果を拡大する伝播の魔法を、明日香さんは規律順守という相手の行動を一つ禁止する魔法を持っているんですけど、この二つを組み合わせると、広範囲に規律順守を行使できるんですよね。このように、魔法少女はチームを組むことで十倍百倍にまで強くなるんですよ。ホント、考えるのが楽しいですね」

 

ホームボイス④

「好きな物? 勿論サブカルチャーですよ。アニメ、漫画、小説、ゲーム。これだけでも生きる意味がありますね。中でもアナログゲームはおすすめですよ。コミュニケーションが大事な分、みんなと笑い合ってあそべますからね」

 

ホームボイス⑤

「はぁ~~~。ななかちゃん推せるわ~~~。あの落ち着いた雰囲気、整った顔、丁寧な口調。まさしくお嬢さまって感じでいいよね。しかも怒るときは結構口調が乱暴になったりしますし、ドリンクバーとかファストフードとか俗っぽいものを知らなかったりするんですよ。そういうギャップもまた萌えポイントなんですよね。(めっちゃ早口)

 ――だから、彼女の復讐には全力で手を貸しますよ。私は」

 

ホームボイス⑥

「粛清機関。魔法少女とは違うもう一つの魔女狩り達。個人は信用できるんですが組織全体は闇が深そうです。変な陰謀に巻き込まれないように、付き合いかたは気を付けてくださいね」

 

ホームボイス⑦

「私の魔法は魂を見ること。高い場所から街を見下ろした時に見える魂の煌めきは、まさしく地上の星空と呼べる壮観さです」

 

ホームボイス⑧

「魔法少女なんてろくでもない生き方ですよ。青春の半分、もしかしたらそれ以上を戦いに費やして、大人になることもできずに死んでいく……。まあ、私はそうそう死なないので安心してください。しぶとさ、往生際の悪さには自信がありますから」

 

ホームボイス(シークレット)

「私って、他の魔法少女の子たちと比べてかなりのズルをしているって自覚はあるんですよ。色んな魔術を使えて、反則的な魔法も持って、あげくには……っと、いけないいけない。これについては秘密でした。とにかく、私は他の子よりもやれること、考えられることが多いんです。だから、私には遠慮なく頼ってください。そうすれば、お互いに色々学べて有意義だと思いませんか?」



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第二十一話 がらんどうの空

お久しぶりです。
もう一つのほうが佳境に入っていたとか、新天地を探索していたとか色々ありました。
今回相当チートな暴れ方をする奴が一人います。


 年が明け、春も近くなり始めたころ。

 

 特に事件らしい事件もなく、女子高生と魔女退治を交互に行き来する日常を過ごしていた私はこの日、大東区まで足を運んでいた。

 

 大東区はその名の通り神浜の東側に位置する区域。

 中央区を境目として、工匠区とともに神浜の東と位置されるエリア。

 神浜で最大規模の団地や、廃棄された観覧車がたたずむ草原。どんよりとした空気の漂う住宅街など、控えめに言ってあまり治安がよろしくない場所である。

 

 そういうわけで普段ならばあまり用もなくたまにある除霊案件以外では立ち寄らない地区なのだが、本日ここにやってきた理由は、先日一緒に魔女退治を行ったメルくんに呼ばれたからだ。

 

 昨年の晩秋に起きた「批評家の魔女」(名前は後で神父から聞いた)の討伐作戦。

 魔法少女の秘密を知ることになったみかづき荘のチームは解散し、やちよさん達とは疎遠になってしまった。鶴乃さんやももこさんとは割と頻繁に顔を合わせているが、その二人もやちよさんとの距離ができてしまった。メルくんはわざわざ地区をまたいでまで来る理由が無くなり顔を合わせる機会が激減。みふゆさんに至っては完全に音信不通状態だ。多分受験に失敗したんだろう。現実とはかくも無慈悲である。

 

 そういうわけでこの前参京区と工匠区の境目で偶然出会って魔女退治をしたときは、それはそれは話が弾んだものである。

 互いの近況。推しのアニメ。十七夜さんの愚痴。最近研究中の新占いなど話題には事欠かず、近場のカフェでしゃべり倒した後の別れ際、メルくんに相談を持ち掛けられたのである。

 

 曰く、『身近な人のことで相談に乗ってほしい』とのこと。

 それも魔法少女のことで、場合によってはいろんな人に関わってくる話だという。

 可愛いメル君の頼みだ。先輩として一肌脱ぐのも悪くない……と、私はその頼みを快諾した。

 

 そして数日後の今、こうして大東区に足を踏み入れたわけである。

 

 

「あ、つばめさーん!」

「来てくれたか。琴織」

 

 

 待ち合わせ場所は鏡屋敷と呼ばれる建物。あの鏡の魔女の結界『果て無しのミラーズ』を誘導し、封じ込めた場所。

 十七夜さんにメルくんと、私が見知った大東区の魔法少女のそろい踏み。

 そして彼女たちの横には、銀髪を纏めた服の上からでもわかるぐらいに凶悪なもの(バスト)を持ったどえれえ美少女が立っていた。

 

 

「貴方が琴織さんねぇ。初めまして、私は八雲みたま。十七夜から話は聞いているわ」

「どうも。琴織つばめです」

 

 

 八雲みたまと名乗った銀髪美人も魔法少女であった。十七夜さんとは親友らしい。

 友達いたんだ、十七夜さん……。

 

 

「失礼な、自分にも友の一人二人はいるぞ」

「ちょ、勝手に心読まないでくださいよ」

「十七夜さんは変身しないと心を読めないからつばめさんがわかりやすいだけです」

「まあ、十七夜はしょうがないわよね」

「八雲!?」

 

 

 無駄話もほどほどに本題に入る。

 

 

「それで、八雲さんは一体なんの用ですか」

「その事なのだがな琴織。実際に用があるのは君ではなく君の父君のほうだ。こちら(魔術)側の人間とは言え、いきなり魔法少女ではない者に事情を語るのもどうかと思ってな。まずは身内である君に話を通すことにした」

「どういうことです?」

 

 

 私の父さんを頼るって、結構な厄ネタの気配しか感じませんが?

 ……身備えておくとして、理由(わけ)を促す。

 

 

「そう身構える必要はない。君は『ソウルジェムの調整』というものを知っているか? ソウルジェムに手を加えることで魔力効率を上げるというものなのだが」

「ソウルジェムの調整……? それはもしかして、調律師のことでしょうか」

 

 

 ソウルジェムに手を加える。という方法に聞き覚えが無いわけではない。魂魄を特殊な魔力波長で刺激して出力を向上させたり、ロスを削減する。確か音子さんがそのような手法で強化を受けていると聞いたことがある。秘中の秘、らしくあくまで外部協力者である私には教えることができなかったが機会があるなら是非受けてみるといいと言っていたのを覚えている。

 

 

「やはり知っていたか。その通り、教会の調律術に類似したものを八雲も扱うことができる」

「私たちは調整屋(ピュエラ・ケア)って呼んでるわね」

「すごいですよ八雲先輩の力、ボクのソウルジェムに触れたかと思ったらこう……ぶわーって魔力の通りが良くなりましたから!」

 

 

 なるほど。先日一緒に魔女退治したときメルくんやけにキレが良かったというか、明らかに火力が上昇していると思ったが、そういうからくりがあったわけだ。

 あれほどの強化をどんな魔法少女にも施せるというのなら、それはさぞ魔女退治の助けになること間違いなしだ。

 

 

「なるほどなるほど。でもそれがどうして私への相談になるんです?」

「ああ。そのことについては簡単だ。八雲は魔女と戦えんのだ」

「戦えない?」

「ええ。私の魔力は魔女には通用しないの。一応それでも戦う術がないわけじゃないんだけど、それも使い魔一体を倒すのが精々ね」

 

 

 魔女と戦うことができない魔力……?

 

 その言葉が気になり、幽界眼でみたまさんを見――そしてわずかに驚く。

 彼女の魂は色づいていない。人間の基本的な霊魂の色でもなく、さりとて魔女のような穢れでもない。ほとんど無力透明の魔力をみたまさんの魂は発している。

 

 何もない。本来あるべき輝きを失ったかのようながらんどう。

 それなりに多くの魔法少女と出会ってきたが、彼女のようなパターンは初めてだった。

 

 

「たまにいるらしいのよ。本来であれば持っているはずの希望の力を得られなかった魔法少女が。私もその一人よ」

 

 

 なるほどこれは確かに致命的だ。

 魔法少女として弱い、素質が低いだけなら血のにじむような努力を積めば下級魔女と戦えるだけの力を得ることができる。むしろあんなクソ修行をこなしたうえで戦えないとか勝てないとかぬかす奴がいたらそれは筋金入りの甘ったれだろう。

 

 だがみたまさんのはそれ以前の問題。

 魔法少女として魔女と戦わねばならないというのに、魔女と戦うための手札を与えられなかったということ。これは正直キュゥべえを問質すべき案件ではないだろうか。あのナマモノに抗議したところで意味がないのはわかっているが、それはそれとして始末するバリエーションは増やす。

 

 しかし、希望の力、か。

 魔法少女は「願い」から生まれるものであり、その力は「希望」の属性を帯びている。だからこそ「絶望」の具現である魔女が持つ呪いを祓うことができる。そしてこれは魔法少女に限った話でもなく、粛清機関もまた「信仰」という人々の祈りを束ねた力を以って魔と対抗している以上、この「希望」が魔女退治に欠かせないのは明らかだ。

 

 ……では、その「希望」を持たない魔法少女とは何か?

 

 浅学の身で考えるに、それは「願い」の根底が「希望」ではなかった少女のことだろう。

 誰かの不幸を望んだとして、そこには自らの境遇をよくしたい、やりかえしたいという『希望』がある。いわば復讐という形で自らの救済を望んでいることになる。

 

 だが……。何も生まず、何も救わず。

 ただただ諸共に滅びを望んだ場合は?

 その願いの中に希望を持たなかった者は、魔法少女としての力に必要なものを欠けた状態で魔法少女として生まれることになるのではないか?

 

 ――ううむ。予想はしてみたが、答えは見つからない。

 みたまさんに直接聞いてみる? できるワケがない。

 それでもしマジでヤバい願いをしていたら今後の関係に亀裂が入ることは間違いなし。

 疑問は残るが、ここはスルーして話の続きを聞くとしよう。

 

 

「これまでは自分と安名が集めてきたグリーフシードを分けていたが、自分も多忙な身だ、やはり無理が生じてきているのは否定できない」

「だから、調整屋として商売を始めようと思っていたの」

 

 

 なるほどなるほど。

 確かに魔法少女の実力を恒常的に底上げできるという探しても見つからない特技は魔法少女たちからすれば計り知れない需要がある。例えグリーフシードを対価としたとしても決して高くはない。むしろそれからの戦いがぐっと楽になるならば安いものである。

 

 

「そのためには場所を用意しなければならん。だが私たちではどこに店を構えればいいか検討が付かない」

「なので、つばめさんのお父さんにいい場所がないか紹介してもらおうと思ったんです」

 

 

 私の父は魔法少女をアルバイトとして雇い、神浜の各地で魔女退治および除霊作業を行ったりする社会の表と裏を繋ぐ人間だ。魔法少女の事情に詳しく、魔術的に有用な土地を調べるには適任といえるだろう。

 

 

「でもそれって紺染神父にでも頼めばいいんじゃないですか? 魔法少女の事情アレこれを除いても、あの人は割と話に乗ってくれるでしょうし、教会がバックにいるなら安全性も十分だと思いますが」

「その神父から断られたのだ。『我ら粛清機関は調整屋の存在を認めるが、庇護下に置くことはできない』とな。どうやら八雲に調整術を教えた連中と、粛清機関は何らかの契約を交わしているようだ」

「紺染神父には以前からお世話になっているし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないから仕方ないわね」

「なるほど。だから父さんを頼るというわけですか」

 

 

 琴織渡は二年前から魔導を究めた魔術師だ。

 彼の持つ力は極めて強大だが、その活動内容は娘である琴織つばめのバックアップに留まっており、他の魔法少女の領分を脅かすことは基本的にはなく「中立」とやらに抵触する恐れは低い。各地で行っている魔法少女を雇った除霊活動も自分の利益と魔法少女への支援やコネクションの構築を兼ねたもの。同じく魔法少女の支援を行う調整屋と協力関係を築いておくのは今後のことを考えれば手を貸しておいて悪い話ではない。それにメルくんからの頼みでもある、できる限り力になってあげるとしよう。

 

 

「ま、そういうことならいいでしょう。というか八雲さんはそれでいいんですか?」

「構わないわ。十七夜が進めるなら悪い人じゃないでしょうしね」

 

 

 みたまさんも了承してくれたことですし……、

 

 

「だ、そうですが。どうですか、父さん?」

「――なるほど。そういう事情なら請け負おう」

「うわぁ!?」

「きゃっ!?」

 

 

 いきなり私の背後から影跳びしてきた父さんに驚く皆さん。

 実はちょっと前から念話のパスを繋いでおいたのだ。

 

 

「それでは八雲みたま様。この度ご紹介に預からせていただきました、建築デザイナー・兼不動産コンサルタントの琴織渡と申します。この度は我が事務所をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 ――と、社交辞令は以上として君たちの前だ、ここからは素で行かせてもらうが構わないかな?」

「……ええ。そっちのほうが気楽でいいわ。よろしく頼むわね、琴織さん」

「ああ。……とはいっても、所有者がワケ分からなくなった挙句放置されている場所を紹介するわけだからな。あとでいろいろトラブルが起こってもうちの名前は出さないように。その辺バレると私たちの生活死ぬから、マジで」

「え、ええ。わかってるわ」

 

 

 念に念を押す父。

 まあそのあたりの隠蔽工作はきちんとやるつもりなので問題はないはずだ。

 仮にバレたところで、もみ消しとか暗示でどうこうするし、大丈夫大丈夫。

 

 ……大丈夫だよね?

 

 

「さて、魔法少女が工房として利用できる土地となれば限られてくるが、一応地区などの条件を聞いておきたい」

「東は難しいな。中央、あるいは西がいい。東で商売を行うのは少々面倒な事情があるからな。三芹(みせり)に話を通せばいけるやもしれんが……いや、あいつに借りを作るぐらいなら素直に別の場所を選んだほうがいいか」

「ふむ。もしや芹沢(せりざわ)か?」

「そうだ。このあたり一帯は彼らの縄張りだ。詳しいな」

「仕事柄ね。そうした連中との付き合いを避けるためにはまず、連中のことを知らなければならない」

「……それと、これは個人的な意見だが、水名は避けたほうがいいと思う」

「そうだな。いくら中立地帯とはいえ、東側の魔法少女が西側筆頭のような水名区に何度も出入りするというのは余計な問題を招くかもしれない。ならば新西区をお勧めしよう。あそこは一番開発が進んでいる地域だ、利用できる場所は多いし何よりあそこは七海くんの管轄だ。東が無理なら、西のまとめ役の目が届くところにいたほうが何かと安全だろう」

「一理あるな。八雲はどうだ?」

「そうねぇ。私もちょうどそこがいいとは思っていたわ」

「決まりだな。では――」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そういうわけで条件を絞り込んだ私たちは第一候補である土地に訪れたわけなのだが……、

 

 

「あの……父さん、何なんですか此処」

「ん? 十八年前に事故が起きて以来、所有者を転々とし続け、五年前に最後の所有者が謎の失踪を遂げたことで宙ぶらりんになっただけの物件だが?」

「十分厄いわ!」

 

 

 目の前の廃ビルを見て私は叫ぶ。

 もう建物全体に黒い怨念が染み付いている。

 そりゃこんな瘴気に満ちた場所に居れば誰だって発狂する。

 無事なのは今も平然としている父ぐらいだろう。

 

 

「無理です無理です! ボクたちでもわかるぐらいにヤバいものが漂ってきてます!」

「怨念が融合して地縛霊として完全に定着してしまっているな。下手な魔女は近づいた時点で逆に取り込まれるだろう」

「なんですかこの街、こんなのばっかりあるんですか?」

「それで、どうかね八雲くん」

「そうねぇ。中を見てみないとわからないかしら」

「こんなの外観だけでお帰り案件だよ!」

 

 

 なんでか乗り気なみたまさんである。

 あなたが良くても他の魔法少女が寄り付かんわ。

 

 

「キシャーーーーー!!」

「くたばれ骨喰!」

 

 

 足を踏み入れれば案の定悪霊が形を成して襲ってきたので、骨喰を叩きつけて強制的に成仏させる。

 反魂魔術を修めた私の一撃は、魔女以外にも幽体を現世から幽世へと退去させる特性が存在する。昔は修業と称して音子さんに任務の手伝いとして連れまわされたものである。

 

 

「あら、琴織さんったら強いのね」

Goodjob(よくやった)。私がやると建物が崩壊しかねなかったからな……さて八雲嬢、どうかな?」

「老朽化が激しいわね。天井が落ちてきたら怖いわ」

「そうか。ならば次に行こう」

 

 

 

 

 

 

「おおっと、うぃっちさぷらいずどゆう!」

 

 

 二つ目の土地にあったのは魔女の結界。

 しかも中級以上の魔女で、使い魔の数も魔女自身の力もそれなりに強い。

 ちょっと前までは魔女も少なかったというのに、ここ最近になって魔女が増えてきたばかりかその強さも平均以上の個体が現れるようになった。中級魔女なんて七枝市じゃあ半年に一体でてくる程度なのに、最近だと二週間に一体はどこかで討伐報告や救援依頼がSNSで回ってくる。控えめに言って魔境である。

 

 すっとぼけた声を上げる父をしり目に私たちは変身。各々の武器を構える。

 

 

「では彼女は私が護衛しよう」

「みんな頑張ってねぇ。私はここで応援しておくわ」

 

 

 戦闘能力のないみたまさんを置いておくのは危険……でもなかったりする。

 

 なぜなら彼女の傍には父が立ち、カバーを請け負っているからだ。ぶっちゃけこれで憂いは無くなった。心置きなく私たちは魔女に集中できる。

 眼前、鍵を揺らす使い魔の群れに突撃する。

 

 

「迅速に終わらせる。私も大判振る舞いだ」

 

 

 背後から底冷えするような魔力がほんの一瞬だけ溢れ出る。

 どうやら父も魔術を行使するようだ。

 

 

紅蓮六道(ぐれんりくどう)

 

 

 浮かび上がるは六つの炎球。

 それら一つ一つが使い魔ならば焼き尽くすに余りある熱量を持つ。

 プチ太陽めいたそれらは最前列に着弾、瞬く間に炎上して灰となるまで魔女の下僕どもを焼き尽くす。

 

 

「圧倒的だな。きみの父君は……!」

「その代わり腰が重たいですがね」

 

 

 開けた道を突っ切り、屋上の魔女は目の前に。

 頭上からバルーンが迫る。見た目はただの風船だが、その下にぶら下がるスパイク付のフックはれっきとした凶器。骨喰を振るって地面に叩き落とし、露払いを務める。その間に十七夜さんの鞭が魔女を打ち据え、メル君の竜巻がふわふわと浮かぶ体を打ち上げる。

 

 そうして体制を崩した魔女へ突撃、顎を開いた骨喰を魔女の胴体へと食い込ませる。

 我が幽幻の魔力は魔女にとっては毒。もだえ苦しむ魔女は刻一刻と魂が脅かされる感触に畏れの叫びをあげる。

 だがさすがは中級にまで成長した魔女か。

 最後の悪あがきか、魔女はその視線を私たちではなくみたまさんのほうに向け、突撃する――!

 

 

「危ない、八雲――」

 

 

 ――虚弦空絲(ジグ・ザグ)

 

 

「これは……糸?」

「エーテル繊維――魔力をよく通す糸だ。カーボンナノ並みの強度と自由度を誇る」

 

 

 地面から空中に張り巡らされた極細の糸。

 自立するだけの硬度と、自在に曲がるしなやかさを兼ね備えたそれは、魔女の体を蜘蛛の巣に掛かった蝶めいて絡めとり、絞殺せんとばかりに締め上げていた。

 

 魔術師としての父が開発した数多の魔術武装。そのうち多用されるのがエーテルワイヤー、固有名称を『虚弦空絲(ジグ・ザグ)』とする糸状の武器。魔法少女の固有武装にも引けを取らない渾身の一品である。

 

 

「ではな。紅蓮六道――」

 

 

 

 ――御供焔檻(ごくうえんかん)

 

 

 

 其れは生贄を焼き捧げる炎の儀式。

 彼の手から発せられた烈火はエーテル塊の糸を導火線として辿り、がんじがらめとなった魔女に全方位から着火し、その巨体を一瞬で灰塵と帰した。

 

 

「怪我はないかな、お嬢さん?」

「ええ。大丈夫よ……魔法少女じゃないのに、すごいのね、あなた」

「然り。魔法少女だけがこの世の神秘に非ず。……まあ、私は色々と例外に近いけどね」

 

 

 魔女の結界も消えたところで、建物の内見を行う。

 

 だがこちらもみたまさんはあまりお気に召さなかったようで、私たちは次の土地に移動するのであった。

 

 

 

 

 

 

 最後に向かったのは、新西区の外れにある建設放棄地帯。

 

 

「映画館……?」

「数十年前の映画ブームに乗っかって建設されたが、バブル崩壊と共に経営難に陥って閉館した。中の保存状態がどうかまでは知らんが、広さは十分。龍脈も直下とまではいかないがそれなりに近い。立地としてはそれなりだと思うが」

 

 

「神浜ミレナ座」という既に閉まった映画館。

 中に入ってみればそこは埃被ってはいるものの、崩落や致命的な罅は見当たらず、かつ1フロアが十分すぎる広さを持っている。魔法で修復すれば再利用できそうなカウンターや椅子も放置されている。条件としてはなかなかではないだろうか。

 

 

「うん。うん……いいわね。ちょっと掃除すればすぐにでも開けそう!」

 

 

 みたまさんもお気に召したようで、ここを調整屋として利用することに決めたようだ。

 

 

「そうか。では後は開店の準備だが、そちらはどうだ?」

「家財道具なら準備済みよ」

「魔術防御の類は?」

「一応、侵入者用の術式は教わってるわ」

「そうか。では人除け・魔除けの結界を用意しよう。一般人ならこの場所を無意識に避けるようになる」

「いいのぉ?」

「構わないよ、サービスさ」

 

 

 ――と、着々と準備が進んでいく。

 ある程度は魔法でインチキを行い、目の前には綺麗さっぱりとした空間が広がっていた。

 

 

「ひとまずはこんなところね。あとは自分で用意できるわ」

「そうか。それならこれで終わりだ。ひとまずおめでとうと言っておくか」

「うむ。門出を祝うぞ、八雲」

「おめでとうございます八雲先輩!」

 

 

 皆口々に開店を言祝ぐ。私も祝いの言葉を口にしておく。

 

 

「さて、それでは今回の相談料についてなのだが。調整一回サービス、というのはどうだろうか?」

「あら、それでいいの?」

「金をとるほどのことはしていないよ。ここはひとつ、君のお手並みを拝見させてもらうとしようじゃないか。――つばめ、ソウルジェムを」

「はいはい」

 

 

 なんか私の意見が無視されている気がするが、前々から調整は受けてみたいと思っていたのでお言葉に甘えることにしよう。

 どこからか持ってきたチェアに身をゆだね、みたまさんの前にソウルジェムを置く。

 みたまさんは私のソウルジェムを手に取り、そして信じられないものを見たとばかりに瞠目した。

 はい。いつものリアクションいただきました。

 

 

「……うそ。あなたなんで生きてるの?」

「色々ありまして」

「そう」

 

 

 今さらになって気が付いたが、ソウルジェムの調整が魂への干渉だった場合、肝心の魂がソウルジェムとは別のところに紐づけられている私に対して調整は有効なのだろうか。

 

 

「それじゃあ始めるけど、あなたのソウルジェムは今までの子たちとは違うからちょっと手さぐりになってしまうわ」

「構いませんよ」

 

 

 さきほどとは打って変わっておっかなびっくりな手つきでソウルジェムに触れるみたまさん。

 

 

「あ、それと調整を行うと記憶とか願いとかも読み取っちゃうんだけどそれも大丈夫かしら?」

「別に問題は……なくもないですが、まあいいですよ」

 

 

 一目で私のソウルジェムの異常を看破してみせたみたまさんだ。魔法少女の真実についてもほとんど知っているとみてよく、ならば私にこれ以上隠す秘密もない。プライベートのあれやこれやをどうこう言う人柄ではないのはこれまでの会話で伝わってきている。ここは信頼して彼女に身をゆだねる。

 

 

「それじゃあ目を閉じてリラックスして。

 "――深く、広く、果てしなく。私は水底を覗き込む"」

 

 

 …。

 

 

 ……。

 

 

 ………。

 

 

 ……微睡む感覚から浮上する。

 

 

 体感にして数時間。

 スマホで時刻を確認すれば、ほんの数分の出来事だったらしい。

 

 

「ふぅ……ひとまず魔力の流れを改善してみたのだけどどうかしら?」

「どれどれ」

 

 

 試しに全身に魔力を通してみる。

 ――うわ。効率が二割ぐらい違う。

 あとちょっと全身に残っていた疲労も軽くなってる。

 

 

「これはすごい。音子さんが勧めるのも納得だ」

「音子さんってあなたの記憶にいた魔法少女よね。そう。あれが紺染神父の義妹さん……先生も言っていたけど、実際に見ると本当に凄い人ね」

「まあ、あの人は色々とすごい人なので」

 

 

 いろんな街で噂されてる私たちの先輩、控えめに言って暴れすぎでは?

 

 

「それより一番驚いたのは、あなた達の存在よ」

 

 

 みたまさんは私と父を交互に見る。

 ……まあ、そうだ。

 片や異界の魔術師、片や魔女と魔法少女の中間で歪んだデッドマン。

 これほどこの世界で異端な存在もそうそういないだろう。

 

 

「信じられないわね。魔女化を克服した魔法少女なんて……」

「まあ自分でもかなり危ないことしてる自覚はあります」

「ソウルジェムも結構不安定な状態よ。渡さんとの契約で魂は繋がっているけど、半分死んでいる状態というのはまさにその通りね。それにその()()()()()()()。かなり危険な代物なの、理解している?」

「半分は魔女の力ですからね。そういう危険性は承知の上ですよ」

「私としては、君の力も十分驚愕に値するがな。精々魔力のブレを治す程度だと思っていたが……そんな生優しいものじゃあない。魂の改竄……下手をすれば術者か対象者のどちらかが狂死しかねない危険性のある技だ。私でもおいそれと濫用できない技術を危なげなく使用するとは、魔法少女の特異性というべきか……」

「ふふ。あなたにそう言われるなら誇らしいわね」

 

 

 私の記憶をのぞき見したからだろう。父に対する言葉には偽りない尊敬の念が込められていた。

 

 

「ちょっと待て、今聞き捨てならない情報が聞こえた気がするのだが……」

「気のせいではありませんので心配ご無用。この場で知らないのはあなただけですよ十七夜さん」

「何? 自分だけが仲間外れとは、すこしがっかりだぞ」

「え、気にするとこそこ?」

「安名も知っているということは七海も知っているのだろう? ならあいつがチームを解散した理由としては納得がいく。このことを知って気丈に振舞えるほど図太くはないからな」

 

 

 しれっと魔女化についてバラされた十七夜さんだが、そこまでショックを受けていないようだ。心が強いなこの人。

 

 

「では、私からは開店祝いとしてこれを提供するとしよう」

 

 

 父は先ほど使っていたエーテルワイヤーをみたまさんに差し出した。

 

 

「あらぁ……いいの?」

「別に一品ものでもない。君ならこれを武器として使いこなせるだろう。パトロンとしてこれぐらいはさせてくれ給え」

「それならありがたく」

 

 

 魔力が魔女に有効ではないとはいえ、物理的な殺傷力の高いエーテルワイヤーは魔力操作に長けるみたまさんには有用な自衛手段となるだろう。

 

 ……って、

 

 

「私というものがありながらパパ活とか何考えとんのじゃこのスケベ親父ーー!」

「ごっぱー!? 誤解だ!!」

 

 

 鋭く放たれた蹴りが無防備な腰に突き刺さる。

 言い訳をする父だが、私の目はみたまさんに対して恰好つけようとしているのが丸わかりなんじゃボケェ。

 まあ、私もみたまさんに対して美人だとか推せるとか思っていたのでお互い様なんですがね。




○八雲みたま
 調整屋。17歳。
 原作のほうではまあ色々と大変なことになっている。

〇調律師
 粛清機関に所属する調整術持ちの魔法少女。

〇琴織渡
 実はみたまさんがかなり好みのタイプらしい。
 流石に色々やばいので冗談止まりだが。

感想、評価よろしくお願いします。


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第二十二話 親友デート

ここすき&感想よろしくお願いします。


 春休み。

 

 

 私は新西駅前の広場で時間を潰している。

 行楽シーズンなだけあって、駅前は大混雑。

 

 モチーフ不明なオブジェの一つにもたれかかり適当なネット小説を斜め読みしていると、通知欄から『着いたよ!』の文字と『>ワ<(笑顔)』のスタンプがポップアップしてきた。

 

 来たか。

 

 待っていたその知らせに画面から顔を上げると、ごった返す駅の入り口に一つ目立つものが映り込んだ。

 

 

「おいーっす! つばめー、元気してたー?」

「元気ですよー! お久しぶりですね美緒!」

「ひっさしぶりー!」

 

 

 私目掛けて雑踏の中心を突っ切ってくるのは金髪をツーサイドアップにした少女。

 満面の笑みが眩しい彼女の名前は富野美緒(とみのみお)。小学生以来の幼馴染であり、七枝にいた時には魔法少女としてほんの少しだけ先輩で、共に戦う仲間だった少女。元気に溢れて頭が軽いところがあるけど私にとっては一番の親友とも呼べる子。

 

 

 SNSでちょいちょい会話はしていたが、こうして直に顔を会わせて話すのは実に一年ぶりになる。

 人の記憶というものは存外いい加減なもので、表情や仕草、声なんかも覚えているものとは結構違っていた。それでも、変わっていないという印象を与えてくるのだから、実に人間の脳とは高性能だろう。

 

 

「いやー、つばめ一人で知らない街にほっぽり出されて平気なのかなって心配してたけど、こりゃ杞憂だったか!」

「おあいにく様。私はどこでも適応できますので」

「えー? そう言って早々に地域の魔法少女に喧嘩売ったんでしょ?」

「売ってない売ってない」

 

 

 ただちょっと縄張り荒らす勢いで魔女狩りまくった結果、血気盛んな魔法少女(竜城明日香)に勘違いされて襲われかけただけだと言うのに、まったく美緒は私をなんだと思っているのか。

 

 

「ところで、七枝市(そっち)はどうですか?」

「んー、魔法少女の新人が一人二人増えたぐらいかな。とは言ってもあたしの巡回ルートって学校近くとショッピングモール周りだし、外れのほうはよくわかんないや」

 

 

 二年以上になる美緒は七枝では最古参に近く、新人魔法少女の面倒も見ているらしい。

 しかしちゃっかり良質な狩場をキープしてやがるなこいつ。

 人の多い場所は魔女も多い。彼女の戦闘スタイルも考えれば、グリーフシードに困ることなどそれこそ魔女が一体もいなくなるぐらいのことが起きなければまずないだろう。

 

 

「他の子の獲物横取りしたりしてませんよね?」

「やんないやんない。たまに困ってる子に遠くから援護射撃するぐらい」

「ならよし」

 

 

 そんな感じにゆるゆると進む会話は近況報告から今日の予定へ。

 美緒は今推しのアイドル『LinkS』のライブのために神浜に訪れ、そのついでとして話題のスイーツを食べるつもりで、さらにいえば神浜の案内を私にさせるつもりであった。

 

 

「今日の予定、覚えてますね?」

「『フルールドリス』のトロピカルアラカルト! で、5時からは一緒に『LinkS』のライブ!」

「よろしい」

「で、その間はつばめの家でだらだらする!」

「おい」

 

 

 なぜわざわざほぼ一年ぶりに会いに来てまで家に転がり込もうとするんだ。

 

 

「んー、でもつばめそういうお店詳しくないでしょ」

「なんだと」

 

 

 失礼な、こちとら最近お洒落とか気にかけ始めるようになったんだぞ。

 

 

「だってつばめって街歩いてたら本屋にふらっと誘い込まれてそうだし……」

 

 

 いいじゃないか本屋。

 無限に時を過ごすことのできる聖地だぞ。

 例え暗いとか本の虫とか潜在的陰キャとか地味っ子とか言われようと、私が本屋を訪れない理由にはならないのだ。

 

 まあそれはそれとして、友人と一緒に遊びに行って本屋で時間を潰しました、というのは思うところはある。

 ならばここは無難に行き慣れた場所を選ぶとしよう。

 あそこなら美緒のお気に召す場所もあるだろうし、ちょうど今から行く店も近い。

 

 

「それじゃあクレープついでに近くの商店街でも歩きますか。賑やかですし、きっと気に入ると思いますよ」

「ほーう、それじゃあお手並み拝見と行こうじゃなーい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「富野美緒でーす!」

「あーし木崎衣美里! エミリーでよろ!」

「オッケーエミリー!」

 

 

 というわけでやってきました相談所。

 美緒とエミリーは同タイプだと思っていたので引き合わせてみたが、予想は正しかったようで秒で意気投合した。

 

 

「つばめさんの友達が来るって言うからどんな子かなって思ってたけど、意外な子だね」

「うん。もっとこう大人しい子が来ると思ってた」

「よく言われます」

 

 

 あきらくんもささらさんも美緒を見て少し意外そうに言った。

 確かに私と美緒って結構正反対な属性ではあるが、一緒にいるとなんとなくしっくりくるのだ。足りない部分を埋めてくれると言うか、彼女の明るさと鬱陶しさが逆に癖になっていると言うか。

 

 

「うんうん、つばめってばあたし以外にこういう友達作れたんだね」

「どういう意味だオイ」

「いやあ……ぶっちゃけつばめって自分のペース崩されるの苦手じゃん。あたし以外に」

 

 

 いや確かにエミリーは割と苦手な部類だけど、魔女退治を何度か付き合ったらそれなりに打ち解けたんだよ?? ちなみにサブカル話で盛り上がれるギャルって本当にいたんだなあって一人勝手に感慨深くなったのは余談である。

 

 

「ミオミオはバーミーのマブダチっしょ?」

「うおっ、初対面であだ名とは出来るなこやつ。ってかバーミーってつばめの事? あたしもこれからそう呼んでいい?」

「やめてください調子狂うんで」

「ちぇー」

 

 

 昔はお互いに仇名で呼び合う仲とかにも憧れたものですが、今は我が幼馴染には気取ったあだ名よりも名前で呼び続けてもらいたい。そんなこだわりがある。

 

 

「本当に仲がいいんだね」

「ええ。幼馴染で親友で戦友ですから」

 

 

 誰であっても打ち解けられる。どんな相手にも興味から入る。そして相手が嫌がらないギリギリのラインで気軽に接してくれるので、こちらも気負う必要なく接することができる。……本当、私にはもったいないぐらいの友人だ。

 

 

「そう。私がシ○ザーなら美緒はジョ○フ……」

「それ最終的につばめさんが死ぬやつじゃない?」

 

 

 うん、実はもう一度死んでる。

 あの時は美緒ガチで泣いてたもんね、悪いことをした。

 

 

「あるいは怪盗三世と凄腕ガンマン。もしくは陳宮と呂布のような関係ですよ」

「うん、癖が強いほうがつばめさんなのは大体わかった」

 

 

 私という人間をご理解いただけているようで大変結構。

 

 

「さて、そろそろ時間ですね……」

 

 

 時刻を確認すれば時計は4時に差し掛かる頃合い。

 確かライブ会場は栄区だからそろそろ会場入りしたほうがいいだろう。

 そろそろ切り上げるべく美緒に声をかける。

 

 ……って、

 

 

「このネイルこの前出たばっかの新作じゃん! しかもプチプラじゃないガチ高いの!」

「へっへ~、奮発したんだよ。どや!」

「高校生の財力パワーつっよ!」

「でもりかっぺの方のプチプラもめちゃ可愛いよ!! それどこのやつ?」

「これはね~」

 

 

 なんか増えとる。

 

 

梨花(りか)さんいつの間に、ってことは……」

「ぁ……つばめさん、こんにちは……」

「おっと五十鈴さん。これはこれは」

 

 

 周囲を見れば灰色の髪に片目が隠れた女の子、五十鈴(いすず)れんが私たちの側にいた。

 現在美緒たちとコスメ話で盛り上がっている綾野梨花(あやのりか)という魔法少女とよく一緒にいる少女であり、このお悩み相談所の常連(というか相談事もないのにたむろしてる連中)の例に漏れず魔法少女である。梨花さんとはエミリーと都さん経由で知り合った仲で接点は薄いが、れんちゃんはある事情から気に掛けている。

 

 

「私の連れが梨花さん取っちゃいましたか」

「いえ、梨花ちゃんが色んな人と仲良しなのはいいことですから……」

「うーん健気。魔術の訓練はあれからどう?」

「……はい。でもつばめさんみたいにはまだ……」

 

 

 れんちゃんと私は魔法の性質……要するに属性が似通っていた。

 『成仏』――グリーフシードの完全消滅の能力を持つれんちゃんは、魂に関わる魔法を持つものとして反魂魔術の適正を有していた。

 一度の共闘を経てそのことに気が付いた私は、興味半分親切半分で初歩的な術をいくつか教えることにした。

 元々から行っていた属性付与は多少コツを教えることでさらに威力が増し、魔力残滓の追跡も大雑把だができるようになった。ただ魂縛りや口寄せなどの霊魂に干渉する習得は難航しているらしい。反魂魔術はデリケートな魔術だ、それぐらい慎重に進めていくぐらいがちょうどいいだろう。

 

 

「そろそろお返ししますんで……美緒、そろそろ行かないと間に合いませんよ」

「え? あ、ほんとだ。それじゃあね、エミリー、梨花ち。楽しかったよ」

「ばいび!」

「今度会ったらまたおしゃべりしよーね!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ライブ会場に着くと、三十分前だというのに会場の八割が埋まっていた。

 流石は有名アイドル。受付を済ませ、いざ指定された席に向かうと見知った顔を見つけた。

 

 

「ん……? あ、つばめじゃない!」

「おやレナちゃん。ももこさんも」

 

 

 水波レナとももこさん。

 

 

「おっすつばめさん。隣の席とは偶然だね!」

「アンタもライブ? こっち側にはあんまり興味ないと思ってたけど意外ね」

「なになに、知りあい? どーも、つばめの親友、美緒でーす!」

「あたしは十咎ももこ、よろしく!」

「……水波レナよ、よろしく……」

 

 

 ももこさんとは対照的に、レナちゃんは余所余所しい。

 多分だけど私の肩に腕を回している美緒との距離を測りかねているのだろう。

 

 

「ありゃ、機嫌悪い?」

「いえ、単にこの子は人見知りです。今はただ距離感が掴めてないだけですね」

「ほーぉ、ツンデレ?」

「YESツンデレ」

「違うわよ! NOツンデレ!」

(そういうところだぞレナ……)

 

 

 ふざけ倒していると、いよいよライブが始まった。

 

 たちまち会場は熱狂に包まれて大盛況。

 最初はライブで一緒にはしゃぐとか柄ではないと思っていたが、周囲の熱に当てられてかいつの間にやら自然とコールを送っていた。ライブとは間近で生の歌を聴けるというだけではなく、自分の好きなものを大多数と共有する高揚感もあるのだろう。

 

 そうしてあっと言う間に前半の曲が終わり、インターバルを挟んで後半の曲が始まる。

 

 

 って時にだ。

 

 

「……む、これは」

 

 

 ソウルジェムに魔女の反応あり。

 人が集まっていることから出没するポイントなのはわかるが、もうちょっと場所を選んでくれないかな。

 高ぶった感覚が一気に冷める。

 美緒も同じく察知し、周囲に気を配っている。

 

 

「ちょ、またぁ!?」

「なんだか嫌な偶然だなぁ……」

 

 

 お二人は妙な反応。どうやら前もライブ中に魔女が現れたことがあるらしい。

 ツイてないというべきか、この場に居合わせたことで被害を防げたとみるべきか。

 

 魔女の結界に入れば早速使い魔の群れがお出迎え。

 

 

「さっさと片付けるわよ!」

「はいはい。それじゃ突貫しますか。美緒は援護と狙撃よろしく」

「りょ。そんじゃ一発いれまーす」

「おk、では皆さんちょい待ちで」

 

 

 美緒が自らの武器である長弓を山なりに構えるのを見て、二人を下がらせる。

 親友のつがえる矢に魔力が籠る。

 ぎりぎりと引き絞られる弦。その双眸はまっすぐ一点を見据える。

 

 時間にして僅か五秒。富野美緒は矢を放つ。

 

 

「シュート!」

 

 

 矢は山なりの頂点に達し、そして花火のように爆ぜた。

 爆ぜた。としか思えないが、実際は違う。

 矢は込められた魔力によって幾重にも分裂し、雨のように使い魔に殺到した。

 

 これぞ美緒の必殺技(マギア)その一にして牽制の一撃。

 

 

 ――通り矢雨(アロースコール)

 

 

 降り注ぐ矢は、使い魔たちを余さず射抜いていく。

 

 ……量と威力が一年前よりも増している。それでいて魔力消費は据え置きか。

 どうやら美緒も研鑽を重ね、成長を続けているらしい。

 親友として負けてはいられない。

 

 

「オールクリア! 前進ゴーゴーゴー!」

「うわー、最初から派手にやるなぁ……」

「どうですうちの親友強いでしょう」

「なんでアンタがドヤ顔すんのよ」

 

 

 私たちの進軍は止まらない。

 使い魔の第二波も蹴散らし、最深部へと躍り出る。

 私たちの目の前に広がっていたのは、球状の空間の壁に無数の穴が開いた、虫の巣を想起させるような場光景。

 そしてその中央部に浮遊するのはこれまたハチやハエに似たシルエットの魔女。

 

 

「うーわ、きっしょ! 何よこいつ」

「見たことのないタイプの魔女だな……。気をつけろよ、みんな!」

 

 

 私からすれば、同一タイプの魔女と度々遭遇する神浜のほうが異常だと思う。

 

 しかしかなり強力な魔女だ。全身に穢れが漲っている。その中でひと際濃い感じの穢れがグリーフシードを抱える核だろう。さっさと始末するために骨喰を構えて跳躍する。

 敵が近づいてくるのに気が付いた魔女は八本ある腕のいくつかを振るう。すると肉片が剥がれ落ち、使い魔となって襲い掛かってくる。

 

 最初の一体を振り下ろして潰し、もう一体を踏みつけて再度跳躍。瞬時に間合いを詰めた私は袈裟懸けに斬撃を繰り出した。

 

 重量ある一撃に魔女の巨体はいともあっさりと寸断され、ばらばらに解けて……って、

 

 

「なんだこれ……!」

「分裂した!?」

 

 

 魔女の体は確かに崩れた。だがそれは死を意味していない。

 切断面から無数の小さな使い魔が生じる。

 次々と襲い掛かってくるそれらを虚火を纏わせた回転切りで薙ぎ払い、足場を確保してから叫ぶ。

 

 

「違う、これは使い魔……! 使い魔を身にまとって鎧にしています!」

 

 

 分裂した魔女の中、一つだけ穢れの濃い個体を見て確信する。

 使い魔が集合し、巨大な姿を形作っている。

 魔女はその中に本体として紛れ込んでいるのだろう。

 そうして再び本体の魔女の下に使い魔が集まり再び巨体を形成した。

 

 なんとも狡猾な魔女だ。生前もさぞ頭の回る魔法少女だったに違いない。

 

 しかし困った。幽界眼だとどれもこれも密に穢れを纏っているのが見えるため、かえって魔女を見つけづらい。

 

 

 

「だったら削ればいいんでしょ!」

 

 

 レナちゃんの槍が魔女を穿つが、穴の中から使い魔が合流してすぐさま復元してしまう。ももこさんの炎を纏った斬撃がさらに大きく群体を削り取る。範囲攻撃で薙ぎ払うのは効果的だろうが、それでも補うスピードが速い。

 振るわれる腕を躱し、返す刀で切り落とす。

 異形顕現は使わない。それなりに疲れるし、ぶっちゃけその必要性を感じてはいなかった。

 

 と、いうのもだ、

 

 

「美緒、どうですか!?」

「――ん、焦点合わせた。()()()()()()!」

 

 

 この手の面倒な輩には、美緒の能力が刺さるからだ。

 

 

「オッケー。二人とも、魔女を囲んでください!」

「「了解!」」

 

 

 美緒の言葉を聞き、私たちは三方向に飛び魔女を包囲して攻撃を繰り出す。

 あちこちから削られる群体。その様子に危機感を覚えたのか、魔女はさらに使い魔を集めその体を肥大化させる。

 この巨体を一撃で滅せる範囲と威力を併せ持った攻撃を繰り出せる者はおらず、かと言って流動的な内部に潜む小さな本体を射撃で打ち抜くのはほとんど不可能に近い。

 

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 美緒の固有魔法は『千里眼』。

 『鷹の目』という二つ名の由来であるこの魔法は、文字通り千里を見据える。

 遠くを見通し、行き先を捉え、その先への縁を作り出す。

 

 即ち、最適な弾道を導くことが可能なのだ。

 

 

 

焦点補足(アンカーセット)照準合わせ(ロックオン)――射落とす明星(シューティング・ムーン)!!

 

 

 

 美緒は真っすぐ魔女を見据え、流星の如き一矢を放った。

 

 私たちに注意を裂いていた魔女はその一撃に反応することができない。だが使い魔の群れが肉の壁となってその矢を受け止めようと蠢く。

 

 そして矢は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇

 

 

 

「うっは~~~! マジよかった~~ライブ! りっちゃんエモかわいかった~~」

「いいものでしたねぇ。意外と楽しい。癖になりそう」

「でしょでしょ!? ヤバイ。まだワクワク収まんない」

 

 

 魔女を倒した私たちは、ライブの続きを堪能し、その熱も冷めやらぬままに一日を終えようとしていた。

 

 

「久しぶりにつばめと遊べてほんと楽しかった!」

「私も、あなたと一緒に過ごせて楽しかったですよ」

 

 

 神浜での日々も充実していたが、旧友との時間はまた違った充実感がある。

 心の底から自分を受け入れてくれる私の親友。

 平凡で、成績が少し悪くて、友達が多くて、私が持っていない明るさを教えてくれた、星のように輝く女の子。

 

 

 そして、私と同じく戦うことを定められた魔法少女。

 

 私たちは戦い続けなくてはいけない。

 

 私はいつかこの身が朽ちるまで。

 美緒はやがて魂が穢れきるまで。

 

 同じように見えて、この二つは全く違う。

 その気になればいつでも逃げられる私と違い、美緒は抗いようのない結末が存在する。

 

 絶望の軛から逃れた私は、親友に待ち受ける運命から目をそらし続けている。

 あの子はあんまり、そういうのを気にしていないのだろうけど。

 ふとした時、私は考えてしまう。

 

 ――もしこの親友が魔女に堕ちる時が来たのなら、その時は私がその首を落とさなくてはならない。

 それがともに肩を並べて戦った少女への、最大限の礼儀だ。

 

 

 ……けれどどうか、その時が訪れることがないように。

 

 

 

 そして、新たな一年が始まる。




○富野美緒
 つばめの幼馴染で親友。コミュニケーションの達人。仲良しマスター。人類とまではいかないがクラス全員友達。
 願い事は『目を良くしてほしい』。視力低下の改善を願ったこの目は、本当に目を色々と良くしてしまった。
 固有魔法は『千里眼』。対象の捕捉と事象の収束。
 ゲーム的には回避無効とクリティカル率の上昇、それと射程範囲の増大。

○五十鈴れん
 れんぱす。
 主人公に目を付けられ、多少の強化が入った。


次回、アザレア編です。


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第二十三話 二年目の春

ここすき&感想よろしくお願いします。
「クロスオーバー」タグを試験的に外しました。警告が出たらもう一度つけます。


 一年というものは、意外と短いものである。

 

 

 神浜に引っ越して、魔女を狩って、事件に巻き込まれて、仲間ができて、色々とコネを作って、友達と遊びまくって、勉強もして、アニメや漫画にどっぷり浸かって。

  

 全速力で青春を謳歌したこの一年もあっという間。

 私は気が付けば高等部二年生となり、新しい教室で新しい一年を始めようとしていた。

 

 とは言っても参京院の高等部にクラス替えはほとんどない。

 なのでこの一年も去年と同じ顔触れで進んでいく。

 そのはずであった。

 

 

「えー、まず初めにですが。この二年で編入してくる人を紹介します。……とはいっても、中には覚えている方もいるかもしれませんね」

 

 

 ガイダンスの前に、担任の先生からそんなことを告げられた。

 入ってきて、という言葉とともにがらりと教室の扉が開き、そこから入ってきた一人の女子生徒。

 

 銀色のハーフアップヘア。紫色の瞳。均整の取れた顔。纏う雰囲気はクール。花弁のように揺らめくのは青色の魂。

 

 

 ……って、確かあの人は。 

 

 

「家庭の事情で転校してしまいましたが、またこの伝統ある学校に戻ってきた静海このはさんです」

「……お久しぶりです。静海このはです」

 

 

 静海このは。

 私が参京院に入学してから6月までのわずかな間、同じ部室にいた生徒。

 転校したと聞いたが、まさかまたこの学校に戻ってくるとは。

 

 しかも、魔法少女になって。

 

 

(偶然……ってわけでもないんでしょうねぇ)

 

 

 確か静海さんは転校する前は魔法少女になっていなかった。

 だとすれば、あの白い害獣と契約したのは転校後、あるいは転校のタイミングだ。

 

 確か静海さんの家は孤児院だと文芸部の人から又聞きで聞いており、その時は教育政策で孤児院の統廃合を行う動きがあった。だがその政策は突如として多くの政治家の汚職が絡んでいたことが明るみになり、ひとまず見送りとなった。

 

 ……うん。これ完全に魔法少女の願い絡んでますわ。

 

 この手の悪事が一気に明らかになる場合、それは高い確率で魔法少女の契約が関わっていると音子さんは言っていた。

 魔法少女は願いの段階で表社会に影響を与えることが多く、あまりに強い影響は好ましくない歪みを引き起こす。そうした異変を感知し、どうにかこうにか無理のない範囲に調整するべく各地の神秘機関は忙殺されているらしい。

 そういうことを聞かされると魔法少女の願いそのものが世の摂理を捻じ曲げているようにも聞こえるが、正直そのあたりの是非を下すほど世の中をわかってはいないので、私の生活に悪影響が出ない範囲ならどうぞご自由にというスタンスを貫いているのは依然変わらない。

 

 

 まあちょっと話がずれたけど、要するに孤児院を巡る騒動で静海さんが何かを願った可能性は高いということ。魔法少女になって魔女退治のために別の場所に行ったけど、最近魔女が多くなってきたから神浜に戻ってきた、というところだろうか。

 

 自己紹介を終えた静海さんは自分の席に座ろうとして、二つほど前の席である私の横を通り過ぎる。

 

 その途中、目が合う。

 会釈をすれば曖昧な表情での会釈が返ってきた。

 

 うん、これ私のこと覚えられてないわ。

 

 

 接点薄かったもんね……。

 一年前はクラスも違ったし、部活は同じでもほとんど会話もなかったし、私がなんか一方的にきれいだな~ぐらいの覚え方していただけだし。

 

 だがこれからは話が別。

 同じ学校に通う以上、そう遠くないうちに魔法少女として関わる時が来る。

 ほぼ毎日顔を合わせることになる仲だ。気まずい関係となるのはなるべく避けたい。

 

 今のうちに少しでも距離を詰めておくべきか。

 それともお互いに魔法少女だと知った後で関係を深めていくべきか。

 

 私は少し考え、深く関わるのは魔法少女として出会ったときでいいだろうと結論づけた。

 変に気を遣って勘繰られるよりは、適度な距離感を保っていたほうが個人的にも楽だったからだ。

 

 

 

 

 ……で、

 

 その時は思いのほか早くに来ることになった。

 

 

 

 夜の廃墟。

 

 

 そこにいるのは静海このはとその隣に立つ二人の魔法少女。

 それに対するは常盤ななか率いる()()()()()()()()()

 

 それぞれが別に魔女の結界へと入り、戦闘を終えたことで改めて対面した両チーム。

 

 一触即発、というわけではないが互いに油断ならぬ緊張感が走る。

 

 

 

 ――ガァー! ガァー!

 

 

 

 その時、両者の間を鴉の群れが横切った。

 

 

「うわっ……!」

「ひゃあ……っ!?」

 

 

 咄嗟に顔を覆う静海さん達。

 しかしななか達はわかっていたように無反応だった。

 黒い羽根が舞う中、唐突に人影が現れ、彼女たちの前へと進み出てくる。

 次第に晴れ行く視界。

 そこに現れた人物とは――。

 

 

「すいません。遅れてしまいました。もしかして、もう倒しちゃいました?」

 

 

 まあ、私なんですが。

 

 

「琴織さん……!?」

「やーやー静海さん。つい数時間ぶりですね」

 

 

 まさかクラスメイトが魔法少女だとは思っていなかったのか、静海さんは私を見て驚いている。

 

 

「おや、お知り合いでしたか」

「クラスメイトですよ。てか、この子ら全員私たちと同じとこじゃないですか」

 

 

 同じ。

 それはつまり静海このはたち三人が参京院教育学院の生徒であるということ。

 下校中に三人一緒に帰ろうと集まっているのをチラッと見たのだ。

 

 

「あら。やはりそうでしたか。どうにも見覚えのあるお顔だと思っていましたので、もしやと思いましたが、奇遇なことですね」

「このは、それ本当?」

「……ええ。同じクラスの琴織つばめさんよ」

「どうも。琴織つばめと申します。こっちのななかさんのチームメイトですよ」

 

 

 静海さんの隣の金髪女子に挨拶する。

 いやデカイな。身長170cm以上あるし、露になっているその胸もデカイ。

 

 

「あ、これはご丁寧にどうも~。私は遊佐葉月(ゆさはづき)。よろしくね。

 ……で、チームって言いましたけど、他の方はお友達の魔法少女ってことでいいのかな?」

「あ、ボクたち?」

「は、はい! お友達です!」

 

 

 ななかちゃんを中心として魔女を倒すための盟約を結んだ、という建前でできたチームだけど。

 かこちゃんとは元々友達だし、他の皆さんとも割と頻繁にプライベートで遊んでいるので、もう友達といっていい間柄だろう。

 

 

「友達、違うネ。手を組んでるだけヨ」

「え……?」

 

 

 美雨さんの言葉に思わずそちらを見た。

 確かにななかちゃんやあきらくんよりは回数少ないけど、美雨さんとも色々遊びに行っていながら友達ではない……?

 

 なんか、ショックだ……。

 

 

「……つばめ、悪かたから。そういう目で見るなヨ」

「いーですもーんだ。……それで、どういう経緯でこのような状況に?」

 

 

 美雨さんのことは置いておき、確認のために話題を切り出す。

 

 

「ええ。実はこの方たちが使い魔を退治するところを、私が拝見させていただいたのです」

「そうだね~、覗き見していたよね~」

「……まあ、覗き見だけで正解だけど」

「つけいる隙のない見事な連携でしたわ」

 

 

 ななかちゃんが純粋に賛美するあたり、実力も中々といったところか。

 しかし覗き見、というか割と人間観察するななかちゃん、結構いい趣味していると思う。

 

 

「私たちが見失た使い魔、たまたま出くわして倒した。それだけヨ」

「……こちらが横取りをしたとでも?」

 

 

 美雨さんのそっけない言葉が癪に障ったのか、静海さんの顔が険しくなる。

 私はそこにすかさず口を挟んだ。

 

 

「まあまあ。魔女ならともかく、たかだか使い魔程度で言い合うのはどうかと。

 それとも、武勲とかを焦っていましたか美雨さん?」

「わかりやすく拗ねてる……」

 

 

 ふーんだ。

 どうせ友達じゃないもんね。

 

 

「あっはは。仲良しなんですねえ」

「もちろん()()()はこの通り、互いに信頼できるチームメイトですよ。……まあ、友達かどうかは人それぞれの考えがあるみたい、ですが」

「なんか言葉尻強くない?」

「そ、そんなに気にしてるのカ? そんなに嫌だたのカ?」

 

 

 美雨さんが珍しく狼狽えている。

 面白いからもうちょっとこのままにしておこう。

 

 それはそれとして、遊佐さんが少し戸惑っている。

 さりげなくこちらの一挙一動を観察していたことから察するに、会話の主導権を握り損ねたというところか。

 

 とはいえ、ちょっと悪乗りが過ぎた。

 これ以上私が何をしゃべっても、全体の空気感が崩れたままだ。

 ここからどう話を続けようかとななかちゃんに目配せをする。

 

 

「……こほん。とりあえず、この件については特に追及するつもりはありません。私としても、それより興味が惹かれたものがありますので」

「興味……?」

「ええ。先ほども申し上げましたが、私はあなた達の戦いを拝見いたしました。

 特に使い魔にとどめを刺した連携攻撃。特に目立った合図や指示もなく意思疎通をしてみせた。それはつまり、お互いに深い信頼関係で結ばれているという証拠です」

「そうだろ! あちし達はずっと三人でやってきたからな!!」

「あ、あちし……?」

 

 

 聞きなれない一人称に困惑するかこちゃん。

 

 

「あー、この子。『あたし』を『あちし』って言っちゃうのよ。ちょっとお子様でしょ?」

「ああ、なるほど!」

「むー! お子様じゃないもん! 13歳だもん!」

「13歳!」

 

 

 お、かこちゃんがなんだか食い気味だぞ。

 同い年だから親近感を感じた、というか友達になりたいと考えているな。

 もう一人13歳魔法少女を知っているけど、逆に言うとそれだけしかその年代の魔法少女いないってことだしね……。いや、小学校上がったばかりの子が魔法少女とか残酷すぎるけどな???

 

 

「っと、ちょっと話がずれちゃいましたね~。失礼失礼。それで、ななかさんはそんなアタシたちを見てどうしたいんですか?」

 

 

 うーわ。聞かれる側から聞く側へと瞬時に回ったよこの人。

 会話の立ち回り上手すぎない?

 

 

「……ふふ、そうですね。どうやらあなたは中々お話が上手なようで。なのでここはもうぶっちゃけちゃいましょう。私、あなた達ともっとお近づきになりたいと思っています」

「お近づき……?」

「単刀直入に言えば、私たちと組みませんか? ということです」

 

 

 

 早速勧誘したよこの人。

 まあ同じ学校で連絡もつけやすいし、実力も申し分ないだろうしで、ななかちゃん的には是非とも仲間にしたい人材ってことなのだろう。

 

 

『……本当にいいのカ? 初めて会た相手にいきなり……』

『あー、ボクたちの時も結構変わんなかったような……つばめさんはどうなんだっけ?』

『私はむしろ誘った側ですね。その後の仲間集めは全部ななかさんが主体ですけど。てかこれ、どう見てもその場の思い付きですね』

『ななか、結構直感で動くこと多いよね。まあ、その直感が大体馬鹿にできないんだけど』

『は、はい! ななかさんの直感は大事にするべきだと思います! あの人たちはいい人だと思います!』

『ど、どうしたのかこちゃん!?』

 

 

 あの眼帯っ子が13歳だからでしょ。

 

 

 

 ……で、もう少し会話が進んだ結果、今日はひとまず話を保留にして後日遊佐さんが話を聞くということで解散となった。

 

 

「さて、初の感触としてはまずまず、といったところでしょうか。遊佐さんはともかく、静海さんのほうは中々厳しそうですね」

「ん-、それじゃあ()()()()()()?」

 

 

 バサバサと近づいてきた鴉を腕に止まらせる。

 

 私は反魂魔術の一環で、死を司るとされる動物の鴉を使役することができる。

 で、そこからもう一歩発展して、私の魔女としての在り方……"雛鳥の魔女"は鳥型の使い魔を生み出す。とはいえ私は完全に魔女にはなっていないので、精々が鳥と繋がりを得やすいというだけの効果だが、反魂魔術によって鴉限定ならこうして端末として使役することができるわけだ。

 その気になれば神浜中の鴉を使い魔とすることでこの街を監視下に収めることもできるだろうけど、私に掛かる負担が半端じゃないし、その必要性も薄いので現状は腕で羽づくろいをしているこの子だけである。

 

 

「……いえ。その必要はありません。彼女たちも特に敵ではないようですし、監視の必要性は薄いかと。それにもし監視が露呈してしまえば、それこそ信を欠くことになります」

 

 

 魔法少女として活動していると、人間の負の感情についてある程度推測が立てられるようになる。

 会話を眺めていた感じ、静海さんはかなり周囲に心を許してはいない様子だ。

 

 それが魔法少女になったことと関係あるのかはわからないけど、あの二人以外を信じようとしていないのは確かに伺えた。

 

 

「ふむ。そうですね。ここは焦らずじっくりと仲良くなっていったほうがいいかも。かこちゃんはどう思いますか?」

三栗(みくり)あやめさん……私と同じ13歳の魔法少女……」

「かこちゃん?」

「え、あ、はい! 私も、あやめさんとは仲良くなりたいと思っています!」

 

 

 かこちゃんはさっきからずっと、眼帯の子――三栗あやめちゃんのことを考えている。

 こうなったかこちゃんはとにかく積極的だ。

 前に私たちとひと悶着あった13歳の魔法少女ともいつの間にか友達になるぐらいには普段の大人しさからは考えられないガッツを発揮する。

 あやめちゃんのほうは任せてもいいだろう。

 

 

「だ、そうです」

「ふむ、同年代であることはとても重要なようですね……。遊佐さんとは私とあきらさんが中心となって話を進めるのがいいかもしれませんね」

「だったら私は静海さんですね」

「え、大丈夫なの?」

「同い年どころか、同じクラスですから。いけますいけます」

 

 

 あくまで何の接点もない皆さんと比べたら、ですがね。

 

 

「おい、今私をハブらなかたか?」

「いえ別に? 手を組んでいるとはいえ、美雨さんにこれ以上負担をかけさせるわけにもいきませんから」

「そうですね……。中央学園に通っているとはいえ、あまりこちら側に足を運ばせ続けるのも心苦しいものですし、あまり無理を言うのはよくありませんね」

「ななかまで……わかったヨ! みんなは友達ネ! これでいいか!」

 

 

 うんうん。その言葉が欲しかった。

 

 

「ほっほ。美雨さんたら素直じゃないんですから~。まあ私もちょっと意地悪だなって反省してますから。これでお互い恨みっこなしですね♪」

「だから嫌だたネ。コイツの前で友達言うの……」

 

 

 失敬な。 

 私は友人相手には多少ふざけるだけだってのに。

 打って響かない相手にはそもそもボケるつもりはないのである。

 

 まあ、それはそれとして静海さんの相手は私がしたほうがいいだろう。

 美雨さんとはさっきの流れからしてお互い剣呑なことを言いそうだし。

 

 

 いやでも、やっぱり心配だなあ……。

 バレないように、遠くからつけておきましょうか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はろー」

「琴織さん……なに?」

 

 

 で、次の日。

 私は昼休みに静海さんを捕まえることにした。

 

 弁当を持参して赴くや、怪訝な表情と隠しもしない声色。

 いや、猫かぶりを捨てるの早くない?

 

 

「いえいえ。昨日はあまり話とかできませんでしたから、こうして昼ついでにお話しでもと」

「常盤ななかの命令で私を引き込みに来たわけ? そういうのは葉月が担当するって言っていたはずだけど」

「いえ別に。というかななかちゃんのあの思い付きは正直突発すぎますよね」

「じゃあ、なに?」

「ただの親睦会ですよ。毎日顔付き合わせる仲で腹の探り合いとか正直御免なので。そこまで日常生活捨ててはいないんですよ、私」

「……まあ、いいわ」

 

 

 観念したのか、静海さんは弁当を持って立ち上がった。

 

 そのまま中庭のベンチに向かい、一緒に弁当を食べる。

 私のはヘルパーさんが作った大量に作り置きできるおかずで作られたお弁当。

 静海さんのは冷凍食品も見られるが品数も多く、栄養バランスが考えられた内容だ。

 

 

「結構手が込んでますね。静海さんが作ったんですか?」

「……いえ。作ったのは葉月よ」

「へえ、そうなんですか。……んん。遊佐さんが?」

「ええ。それが何か?」

「あの、もしかして一緒に暮らしているんですか?」

「……そうよ」

 

 

 静海さんの顔が少しだけ険しくなる。

 おっとまずい。これ以上詮索すると不信感を与えるだけになってしまう。

 しかし魔法少女で一つ屋根の下……。

 孤児院出身ってことだし、そこのつながりなら別におかしい話ではないかもしれない。

 

 

「ふむ……何やら複雑そうですし、そのあたりは聞かないことにしましょう。それはそれとして、これは大事な確認なのですが」

「なに?」

「静海さんが神浜を離れていたのは魔法少女になったからですか?」

「…………ええ。そうよ。魔法少女として生きるためには、魔女を追う必要があるでしょ? 最近は神浜に魔女が増えてきたから戻ってきた、それだけよ」

 

 

 突っぱねるような言い方。完全に信用されていない。

 でも物怖じしている場合ではない。

 最低でも今日は伝えるべきことはちゃんと伝えておかなくてはいけないのだ。

 

 

「そうですね。神浜から離れていたのなら、この街の魔法少女の事情についてもあまり知らないでしょう。なので、はい。不必要な問題が起きる前に教えておきたいと思いまして。静海さんを捕まえたのはこのためですね」

「……親切ね」

「はい。親切です」

「今のうちに恩でも売るつもり?」

「高く買い取ってくれるなら是非」

 

 

 あっけらかんと言ってやれば、静海さんはひどくやりづらそうな顔をした。

 突っぱねるような発言を真っ向から肯定し続け、これが交渉でも駆け引きでもないということを伝える。

 実際、私に静海さんをどうこうしようというつもりはないし、今のうちに仲良くなっておきたいというだけなのだ。しかしどうにも彼女にはその気持ちが伝わってないというか、そういう意識を持ってくれていないらしい。

 

 人間不信気味というか、相当にこじらせている感じが半端ない。

 

 

「静海さん的にはあんまり他所と慣れあうつもりはないのかもしれませんが、一応ここはかなりの街ですし、魔法少女も他の街の数倍ぐらいはいまして。なのでざっくり東西に分かれて勢力が二分されているんですよ。で、その両方にまとめ役となる魔法少女がいます。西に七海やちよ。東に和泉十七夜。あなた達のやり方が何であれ、この二人を敵に回すのだけはお勧めしません。単純に強いので、この二人」

「七海やちよ、和泉十七夜……。ええ、覚えたわ」

「それと、水名区には教会があります。何か揉め事があった場合、そこの紺染神父に頼めば匿うぐらいはしてくれるでしょう」

「教会……なんで?」

 

 

 意味がわからないと首を傾げる静海さん。

 

 

「ああ、他の街ならあんまり知られてませんよね。えーと、神浜(ここ)、粛清機関の直轄地です」

「! 粛清機関……! あの人が……?」

 

 

 その言葉で静海さんは思い至ったらしい。 

 というか紺染神父は知り合いらしい。本当顔が広いなあの人。教会に付属している養護施設以外にもいろんな施設を訪れているらしい。多分それはいつの間にか増えていたりする魔法少女を探る一環なのだろう。この前も両親を魔女に殺されたという魔法少女を引き取っていたし。

 

 

「そう。ご忠告ありがとう。でも私たちは私たちのやり方がある。あなた達のルールを脅かすつもりはないけど、慣れあうつもりはないわ」

「これは手厳しい。そんなに私たち、信用できませんか?」

「……わかっているなら、これ以上踏み込まないで」

 

 

 まあそういうことがあってから数日が経ち。

 

 学校では表面上仲良くしながら、放課後は魔法少女としての動向に気を配りつつもお互いに一定の距離を保つという微妙な関係を続いていた時である。

 

 魔法少女が何者かに襲われ、昏倒させられるという事件が起こったのであった。

 




○琴織つばめ
 友人の距離感が結構アバウト。
 人見知りのようでいて、顔見知り相手でも結構馴れ馴れしい。
 
○静海このは
 はじめのほうにちょろっとだけ出てた。
 今回で本格的に登場。

○純美雨
 ななか達とは同盟相手とか取引している関係だとか主張しているけど、どうみても友達です。素直じゃないね。


○鴉の使役
 つばめの使い魔。
 鴉たちはなんとなくつばめを主と認識し、なんとなくつばめの指示に従う。
 魔力を付与すれば感覚を乗せることが可能で、諜報にはうってつけ。
 口を借りることで念話の有効射程よりも遠くから言葉を伝えることもできる。

 要するに鎹鴉やべしゃり烏。
 あんまり大勢の感覚を共有すると脳が処理落ちするので普段は一羽だけ。


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第二十四話 雨降って地固まる

良い感じに区切れなかったので最長クラスです。
ここすき&感想よろしくお願いします。


 最近、私はおかしな夢を見る。

 

 

 いや、夢というには少々語弊がある。

 

 

 起きているときに見るのだから白昼夢……というよりは幻覚か。

 

 目の前の光景が別の場所へと変わる。

 いないはずの人物がいるように見える。

 明らかにおかしいと分かっていながら、それを否定することができない。

 まさに幻覚。自分だけが正気の上で見るまぼろし。

 

 そしてその幻覚は、いつも一緒だった。

 

 

 ――また、この幻覚だ。

 

 

 知った魔法少女が疑心を向ける。

 知らない魔法少女が敵意を向ける。

 

 魔女の結界の中で、私たちは孤立無援。

 

 

 もう手遅れだと、葉月が言う。

 独りは嫌だと、あやめが苦しむ。 

 

 

 やめて。

 

 

「静海このはさん、もしかしたら、協力し合えたかもしれませんのに……」

 

 

 常盤ななかが、憐れむような眼を向ける。

 

 やめて。

 

 

「これではもう……! ッ、すみません。お願いします、()()()()()……!!」

 

 

 

 彼女の後ろからやってくる影。その姿は……!

 

 

「……せめて、苦しまないように眠らせましょう」

 

 

 紫色の衣を纏った死神が、黒い羽根を散らして槍を手に取る。

 彼女はその槍をあやめの首に添えて……!

 

 

 やめて……!

 

 

 やめて…………!

 

 

「独りは、嫌だよぉ……」

「おやすみなさい」

 

 

 

 ――このは、このは!

 

 

「このは!」

 

 

「――ッ!?」

「このは、大丈夫……?」

 

 

 心配するような顔で葉月が覗き込む。

 

 いつもと変わらないリビング。

 心落ち着く数少ない場所だというのに、私の心にはあの風景が焼き付いている。

 

 

「もしかして、また幻覚……?」

「……ええ。本当に、何なのかしら」

 

 

 何度も見る幻覚は、この上なく悪意に満ちている。

 魔力は感じない。それでもここまで同じ内容を見るにしては作為的なものを感じる。

 

 魔法少女の仕業だとしたら、一体誰が何のために。

 疑い出したらきりがなく、苛立ちが募っていく。

 

 昔なら読書でもして気を静めようとしていただろうに。

 魔法少女になって。

 つつじの園から離れて。

 そんな余裕は失ってしまった。

 

 だからこそ、なのだろう。

 

 

 日に日に大きくなる不安を抱えながら登校する。

 周囲に意識を向けながら教室に入る。

 どこか覚束ない思考で席に座る。

 

 

「おはようございます。静海さん」

「ええ……おはよう」

 

 

 濡羽色の髪を後ろで纏めた少女に挨拶を返しながらも、そっと目を背ける。

 

 ――琴織つばめ。

 奇妙なクラスメイト。

 去年の春に、お互い入れ違うようにして編入してきた少女。

 自分がとりあえずとして入っていた部活にやってきており、そのことを思い出すのには時間がかかった。おそらく、意図的に思い出さないようにしていたのだろう。あの時期のことは、私たちの転換点でありながら、思い出したくない過去でもあったから。

 

 そして神浜に戻ってきてからは、同じ魔法少女としての関係を持った。

 常盤ななか達との出会いに現れた彼女を見て、魔法少女として相当な実力を持っていることを理解した。おそらく、一番最初に出会ったときにはもう魔法少女だったのだろう。

 

 そんな彼女は度々私に近づいては、他愛のない話を持ち掛けてくる。

 学生として、魔法少女として。

 

 

 本当なら仲良くしておくに越したことはないのだろう。

 信用するかどうかはともかくとして、情報筋の確保は正しいことのはずだ。

 

 だが、打算なく近づいてくる彼女の姿に、あの幻覚がちらついてしまう。

 彼女の顔を直視することができない。

 

 

 静海このはは、琴織つばめと目を合わせることができなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 水徳商店街。

 その片隅にある喫茶店で、四人の人物が集っていた。

 

 七海やちよ。紺染福詠。琴織渡。そして私。

 

 西のベテラン。魔法少女監督役。魔法少女御用達の雇い主。ここ一年ですっかり名が知れ渡った魔法少女。神浜にて少なくない影響力を持つ四人が一堂に集ったことで、そのテーブルの周囲には名状しがたい緊張感が走っていた。

 

 

「お待たせしました。当店オリジナルブレンドを4つ。以上でよろしかったでしょうか」

「問題ないよ。ありがとう」

「それではごゆっくりどうぞ」

 

 

 淡い銀髪の少女が中身の満たされたコーヒーカップを4つテーブルに置く。

 エプロンの下の服装は参京院の高等部制服。ついこの間進級した一年生である彼女の名は保澄雫。

 魔法少女である彼女の実家でもあるこの店は、魔法関係の話をするにはうってつけだった。

 

 

「さて、珈琲も来たことだし。対策会議を始めよう」

 

 

 パチン。と父が指を鳴らせば、このテーブルの音は周辺から隔離される。

 これで一般人に内容が漏れることはない。

 魔法少女なら見て何らかの結界が張られていることは感知できるだろうが、雫ちゃんには当然話は通しており、おずおずとカウンターの奥からこちらの様子を伺っているが必要以上に気にする様子もない。

 

 

「うむ。うまい。ここの珈琲は豆の配合が絶妙だが、やはり彼女が淹れるともう一味違うな」

「父さん、それセクハラですよ」

 

 

 ごめんね雫ちゃん。

 雫ちゃんはどちらかといえば私ではなく父のほうが関係が深い。

 空間転移という強力な固有魔法を持つ彼女は、同じく空間跳躍の魔術を用いる父となんやかんやあったらしい。

 まあいかがわしい感じのやつとかではないので必要以上に気にすることはないのだけども。

 

 

「さて、はじめに状況整理だ。今回の事件は、魔法少女が何者かに襲撃され、一時的な昏睡状態に陥った。ということだが、君たちの認識は間違ってはいないかな?」

 

 

 神父の言葉に全員が頷く。

 魔法少女が突然襲撃を受け、抵抗する間もなく意識を刈り取られる。そんな噂がここ最近広まっている。

 

 はじめはただの噂でしかなかったはずだが、十咎ももこという被害者が現れたことで状況は一変。

 急遽私たちはやちよさんに呼び出され、紺染神父も加えての緊急会議を開くことになったわけだ。

 

 

「今のところ犯人は不明。だが魔法少女たちの間では同じ魔法少女が行っているという話が広まっている」

 

 

 手口は不明だが、魔女の痕跡は見られず、そうなれば疑いの目は同じ魔法少女に向けられる。

 そしてその中でも最近神浜に姿を見せはじめた魔法少女が怪しいと言われている……つまり、静海さん達だ。

 

 

「魔術師が犯人という可能性は?」

「なくはない……が、動機がないな。魔術師は極力自分の存在が魔法少女に露呈することを避けるものだ。下手に魔法少女と敵対すれば死ぬのは自分だからだ。もちろん、魔法少女の抵抗力を貫くような魔術を扱うものがいるならば話は別だが、それだけの実力者ならば逆にそのような真似をする意味がない」

「だから、犯人がいるなら魔法少女、というわけですか」

「そういうことだ」

 

 

 ふむ。となるとやはりグリーフシードを横取りしようと不意打ちを試みた……?

 だが失敗すれば神浜中の魔法少女を敵に回すような行為だぞ。よほど自信があったのか。わざわざ魔女を直接狩らずに漁夫の利を得るような真似をするほど戦いが面倒だったのか? 後々の事を考えればどう考えてもそっちのほうが面倒だとは思うが……。

 

 

「動機を考えていても仕方がないわ。重要なのは、少なくとも魔法少女の感知能力をすり抜けて一撃で意識を奪い取れる力を行使できる存在がこの街で暴れ回っているということ。これを野放しにしておくことはできないわ」

「だな」

 

 

 西の魔法少女を纏める立場かつ親しい魔法少女が被害に遭ったやちよさんは、最も事態の解決を望んでいるのだろう。決断的に話を仕切っていく。

 私? ななかちゃん達が被害に遭ったりするのは御免被るが、それはそれとしてこの事件に少しばかり懐疑的なのであまり自分から意見は言わない。

 

 

「私は、都ひなのくんと共に聞き込みを行った。精神干渉系の魔法を持つ魔法少女を中心に洗ってみたのだが、やはりチームメイトから擁護意見が上がった。これを信じるなら、少なくとも身内同士の犯行ではないらしい」

「そうね。この街の魔法少女はチームを組んでいるからそれぞれがアリバイを確認できる……だから、最近神浜で見かけるようになった魔法少女が怪しいって言われてるわ」

「だから、静海さんたちが疑われていると」

「その通りだ。しかし、出戻りという形だが彼女たちにとっても神浜は古巣だ。そのような場所で騒動を起こすかという疑問も生じている。一応、静海このはについては全く知らないわけでもないからな」

 

 

 教会の慈善事業として孤児院を訪れることが度々ある神父は、既に静海さん達の素性も調べ終えている。

 その結果として「つつじの園」という参京区の孤児院に属していた静海さん達三人は、どういうわけか所属記録及び関係者の記憶から存在が消失していることが発覚した。

 おそらくは自分たちが魔法少女になったことで生じる問題から周囲の人たちを守るために行ったことなのだろうし、そのことについて如何する気はないが、自分の家族から離れざるを得ないというのは一体どれだけの覚悟が必要だったのだろうか。

 

 などと、ほんの数回程度言葉を交わした関係だというのに、この短い間でかなり静海さんに対して感情移入をしていることを自覚する。

 これはあれか、一目ぼれというやつか?

 

 

(んなわけないですね)

 

 

 いやまあ要するにほんの僅かな間とはいえ同じ部活になって、同じクラスになって、同じ魔法少女になったというだけで勝手に親近感を覚えているだけなんだけどね。

 

 ななかちゃんの時もそうだが、我ながら他人との距離感の縮め方が極端だなと自嘲して珈琲を啜る。

 

 ……うん。酸味と苦みのバランスが素晴らしい。

 

 

「勝手を知る場所だからという可能性もあるわ。各地を転々としているなら、いつでも街を抜け出せるってことかもしれない」

 

 

 うーむ。何度か接している私からすれば、静海さん達の慎重さはそういう真似をするようなものではないと言えるのだけど。やちよさんは中々手厳しい。

 魔法少女って修羅場に身を置いているせいで案外コロッと方針が変わるというか、ふとしたことでタガが外れがち。だからやちよさんの意見も一理ある。

 

 

「ともかく、一度彼女たちと接触してみないことには進展しないだろうな。ひとまず私と七海くんで行くとしよう」

「わかったわ」

「あのー、私は?」

「つばめくんは巡回を。君の使い魔による探知網は気取られにくい。」

「はいはい」

「では私は調整屋に向かおう。八雲嬢の顧客に被害者がいるかもしれないからな。聞きに行ってくる」

「おや、逢引ですか?」

「ふむ。流石にその年の差では感心しないぞ」

「琴織さん、娘さんと同年代の子に手を出したの……?」

「だから違うっての」

 

 

 そうしてこの場の会議はお開きとなった。

 その後、巡回がてらに立ち寄った調整屋にて、私たちはやちよさんから静海さんたちが犯人ではないという確証を得たという連絡を受け取った。

 

 

「教会からも彼女たちがこの事件と関わりがないことを通達するようです。これなら流石に下手な真似をする人も出ないでしょう」

「それなら安心ねえ」

「魔力で犯人を絞り込めるとは、流石は七海先輩ですね」

 

 

 みたまさんとメルくんに伝える。

 メルくんはあの一件以降近寄りがたいみかづき荘の代わりに、調整屋に入り浸っているらしい。最早半分ぐらい従業員だ。

 

 

「それで、被害に遭った魔法少女は調整屋に来たのかね?」

「いいえ。誰も来てないわね。いろんな子が来てくれているけど、神浜の子全員ってわけじゃないし」

 

 

 みたまさんのほうもあまり情報は得られていないらしい。

 メルくんも大体同じだったが、少しだけ他とは違う情報が得られた。どうやら、東のほうではあまりこの噂は流れていないらしい。中央区に近い場所は聞こえているけど、大東区のほうでは噂自体を知らない子もいたとのこと。

 

 

「みたまさん。この噂を知っている魔法少女で活動区域の差はありましたか?」

「ああ、それなら西側の子が多いわね。特に水名区と参京区の子はよく相談をしに来るわ」

「つまり、犯人は西のほうにいる?」

「かもしれないな。ところで、具体的な被害者がほぼいないのだが、そのあたりも知らないのだろうか?」

「ええ。大体はそういうことが起こっているとだけ……そう言われると、妙ね」

「でも、ももこ先輩は被害に遭ったんですよ」

「逆に言えば彼女以外の被害者は名前すら上がっていない。被害者がそう知られたくないから隠している。という可能性もあるが……ううむ。もう一人ぐらい被害者出てくれないかね?」

「とんでもねえこと口走ったですよこの人!?」

「まあ、父ですので」

 

 

 とかなんとか言っていたらだ。

 

 

 数日後、事態は急転直下を迎えた。

 

 

 なんと静海さん達とレナちゃん達がガチでやり合う事態になったとかえでちゃんから連絡があった。

 曰く、どうやらももこちゃんが襲われて苛立っているレナちゃんが静海さん達に突っかかったらしい。鴉くんの視界を見たら真実(マジ)だったので私は頭を抱えた。

 

 

 

 捜査上からは遠いし、事態をややこしくしないように接触するなと周知させたはずだが、どうやらその程度で言うことを聞く殊勝な心掛けをレナちゃんは持っていなかったようだ。

 

 

 ……とはいえ。

 

 

 身内であるももこさんが被害にあったから、ということを加味してもこの行動は軽率にすぎる。

 彼女たちの中で最も信用のおけるやちよさんの名前も出してある以上、これを無視するのはいささか不自然でもある。これでまかり間違って大けがでもさせたら、レナちゃん自身だけでなくやちよさんの信用にも傷がつく。そのあたりのリスクを考慮できないほど彼女たちは浅はかではないはずだが。

 

 

 ……。

 ………。

 焚きつけられた、か?

 

 

 思いを巡らせながら、現場へと急いで向かう。

 かえでちゃんはやちよさん、神父、ももこさんと方々に連絡を飛ばしている。最悪の場合を想定すれば、一人でも多くの人間がいたほうがいいだろう。

 私はスマホを手に取り、トークアプリを起動した。

 開くのはもちろん、私たちのチーム。

 

 

バーミー:『例の事件で静海さんたちが絡まれてトラブル発生。場所は参京区の廃神社。急行よろ』

ななかちゃん:『わかりました。向かいます』

あきら:『今稽古中だからごめん。ななか、宜しくね!』

美雨:『距離的に無理。対処はよろしく』

かこ:『わ、私も行きます!』

 

 

 ななかちゃんとかこちゃんは移動可能。格闘組二人は無理。

 葉月さんと関わってるななかちゃんと、あやめちゃんと友達のかこちゃんがいるので十分か。

 尾けさせている鴉の視界を確認すれば、マジでレナちゃんが襲い掛かっている。やちよさんが駆け付けたみたいだけども、静海さんが堪忍袋の緒が切れたようで明らかに剣呑な雰囲気を発している。

 

 

「七海くん!」

「神父! それにつばめも」

「呼ばれなくても参上仕りっです!」

 

 

 ほぼ同時に到着したらしい神父と同時に境内に滑り込めば、殺意とほぼ変わらぬ剣幕で静海さんはレナちゃん達に斬りかかっているところだった。

 

 

「紺染神父、それに琴織つばめ……」

「そこまでだ静海くん。君たちが必要以上に他の魔法少女と私闘を行うのは推奨できない」

「先に手を出したのはそっちのほうよ。これ以上やられるぐらいなら、私たちが先に全員叩き潰してやる……」

 

 

 攻撃を捌いていたやちよさんが、安堵の声を漏らす。

 神父は静海さんとの間に立って彼女を制している。流石に魔法少女でない神父への攻撃は躊躇ったのか、即座に襲ってくる様子はないが怒りの頂点に達するあまりジェノサイド宣言までしている。 

 

 

「何があったかは概ね想像がつく。これは我々と七海くんが共同で対処するという連絡を行ったはずなのだけどね。いやまあ、教会(うち)が君たちからあんまり信用されていないのは知っているけど、もう少し思慮深く行動できなかったのかなあ……」

「うっ……」

 

 

 じろり、と見ればレナちゃんはバツが悪そうに視線を背けた。

 

 

「彼女には後で言い聞かせておく。それでこの場は矛を収めてくれないだろうか?」

「信用できない……さっきの犯人もわかっていないのに、これ以上横から好き勝手言われるのはもうたくさんよ」

 

 

 交渉はあっさりと決裂する。

 あちら側からすれば事件の犯人の疑いをかけられ、有力者たちからあれこれ釘を刺されて、最終的に難癖をつけられた。我慢の限界を迎えて当然の状況だ。

 それは神父もわかっていたようで、すぐに代替案、とも呼べないものをぶち上げてくれた。

 

 

「まあ当然だな。琴織くん」

「何ですか神父?」

「ちょっと彼女の相手をしてくれないか。見たところベテラン級だが、まあ君なら大体どうにかできるだろ」

「要するに実力行使ですか。軽く言ってくれますね……」

 

 

 まあ、いいでしょう。

 静海さんはちょっと音を詰めすぎているようですし、ここは私がストレス発散に付き合ってあげるとしましょうか。

 骨喰を携え、静海さんの前に立つ。

 

 

「琴織、つばめ……」

 

 

 完全に目が据わっていますね。

 私相手でも容赦しない。むしろ殺意しかない。

 いくら場の流れがあるとはいえ、さすがに何かしたかなと不安になる。やっぱり教室で度々話しかけてたの、予想以上にウザがられてたのかな?

 そんな不安を悟らせないように、軽く挑発を投げかける。

 

 

「というわけですので、全力でかかってきなさい新参者(ニュービー)。今なら遊んであげますよ」

「やっぱりあなたが……ッ! やらせない……、あやめを、あなたなんかに……ッ!」

 

 

 ――その時、魔力が迸った。

 

 ほんの僅か。幽界眼が無ければ気づけなかったであろう微かな時間。

 物陰から静海さんに向けて魔力のラインが確かに伸びていた。

 

 

(そういう、ことか……ッ!)

 

 

 一連の不可解な状況に合点がいくも、しかしその正体を探る暇はない。

 動揺した隙を突いて静海さんが襲ってくる。何はともあれ、彼女を大人しくさせる必要がある。意識を切り替えろ。

 力強い踏み込みで振るわれた双頭刃を骨喰で防ぐ。直後、霧が立ちこめ、青く光る蝶が舞う幻想的な光景が目の前に広がった。おそらく静海さんの魔法だろう。既に彼女の姿は見えない。

 

 

「なるほど、霧の幻惑を用いた奇襲ですか」

 

 

 私の長槍と、静海さんの双頭刃は同じ長物に属する武器だ。

 しかし静海さんは両端に刃がある構造状、実際のリーチは私よりも劣る。その分、攻撃回数が単純計算で倍のため戦力差としては互いの距離関係で変わる。

 霧の幻惑によって間合いを詰め、一方的な連撃で押し切ることができる。よく考えられた戦い方だ。経験を積んだ魔法少女としての堅実な強さが見える。

 

 

 まあ、それだけなら()()()()()()()ね。

 

 寸前に迫って出現した一撃を迎撃する。

 姿は見えずとも、幽界眼によって静海さんのソウルジェムの位置は確認している。ならばそこから武器のリーチを類推して防ぐことは難しくはない。

 

 

「……ッ! 今のを防ぐのね……」

「伊達に三年も魔法少女やってませんので」

 

 

 静海さんの猛攻は止まらない。

 何度か打ち合っていると、静海さんのほうも私が完全に位置を把握していることを察したのか、霧を解除する。

 

 

「終わりですか。ではこっちが一つ手札を見せる番ですね」

 

 

 骨喰の刃を開いて十字槍に換装する。

 

 

「うおっ、変形した!?」

「出た、つばめの必殺モード!」

「――ッ! それが切り札ってわけね」

「いえ。まだありますが」

 

 

 というか十字形態は殺意が高すぎて使えない。

 魔力を通して、またガシャガシャと刃を組み替える。いつ変形機能が一個しかないと言った?

 

 次は左右の刃が一つの半月形の刃への変形。

 十字槍からハルバードへとなったそれを遠心力を乗せて振り下ろす。

 片側に寄った重心を利用した一撃を防ぐことは難しく、静海さんはこれまでのように受ける真似はせず横に避けた。

 

 続けて武器を変形させる。

 二つの刃を水平に並べて鎌の形状を作れば、リーチは変わらず、有効時間の伸びた斬撃が円弧を描く。

 静海さんの肩に小さな傷が刻まれるが、彼女はこの一撃に怯むことなく刃を返してきた。

 振りかぶった隙を狙っての反撃は外れたが、頬を掠めて一筋の赤い線が私の顔に刻まれた。

 

 

「……ッ、やりますね!」

 

 

 まさか私に一撃入れるとは。これはもう少しギアをあげていかなくては。

 槍に力を籠めると、柄が中心から折れる。

 その断面からは鎖が覗き、それぞれを繋いでいた。つまりヌンチャクだ。

 刃のあるほうを持って振るう。静海さんは先ほどと同じように受けるが、そこから曲がった一撃が頬を打った。

 

 

「チョイなッ!」

「くっ――!」

「えぇ……、あの槍どこまで変形すんのよ?」

 

 

 驚く外野をよそに、たたらを踏む静海さんを見据える。

 これ以上はただ痛めつけるだけになりそうだし、そろそろ終わらせようか。

 

 と、骨喰を槍に戻したら静海さんが距離を取って武器を眼前に構えた……って、

 

 え、ちょっと待って。この魔力の高まり具合はまさか……。

 

 

必殺技(マギア)って、うそ、マジでやる気ですか!?」

「このは!? ダメだってそれ!」

「調子に乗らないで。いい加減、終わらせるわ……!」

 

 

 ――バタフライ・テンペスト!

 

 

 幻惑の霧が瞬く間に広がり、青く光る蝶が飛び交う平原が視界を埋め尽くす。 

 固有魔法の最大出力。蝶の群れは渦を巻くように殺到し、魔力の奔流となって襲い掛かる――!

 

 

「なんでこうなりますかー!」

 

 

 原因:私がおちょくったから。

 

 とにかく全力防御!

 自分の周囲に防護結界を張る。

 音子さんほどではないが、それでもかなりの強度を誇る防壁だ。

 

 

 防壁と暴風が衝突し、周囲が魔力の余波で蹂躙される。

 

 

 神父は自らの身を挺してレナ達を庇いながらも無傷。

 七海やちよは自分の防御で余波を防いでいた。

 

 そして、中心に晒された琴織つばめは――。 

 

 

「痛った……」

 

 

 はい。

 ノーダメージとはいかなかったけれどなんとか乗り切りました。体中が滅茶苦茶痛いけどね。

 静海さんは大技を使った後で、疲弊している。

 今が最大のチャンス!

 

 

「あっ……」

 

 

 関節を突いて武器を落とす。

 そして拾う間も再生成する時間も与えず、眼前に槍を突き付けた。

 

 

「勝負あり、だな」

 

 

 神父が決着を告げる。

 流石に敗北を理解したのか、静海さんもがっくりと項垂れる。

 とりあえず彼女のソウルジェムを確認――六割。一応安全圏、かな?

 

 

「どうして……」

「私ひとりに勝てないようでは神浜の魔法少女をすべて倒すなど夢もまた夢。周りとコネクションの一つでも築こうと動いていれば、私の戦い方も少しは知ることができたでしょうに。そうならなかったのは、あなたが自分と家族以外の関わりを持とうとしなかった。――だからこそ、信用のないあなた達は真っ先に疑われた」

 

 

 ぴくり、と肩が揺れる。

 この事件は確かに誰かの仕組み、それに踊らされた部分もあるが、その要因には静海さんの落ち度もある。心は痛むが、そこは指摘しなければいけない。

 

 

「それでいいんですか。誰ともつながりを持たず、誰も信じることなく、ただ自分の殻に閉じこもって。挙句の果てにそれを利用されて踊らされる……。そんな人生でいいんですか」

「……だって、だって……!!」

 

 

 

「あなたは知らないでしょ!? 私たちの家が、どうなったか! どんなことがあったのか!! 

 もう嫌なのよ! 信じていた人が敵だったのも、大事な人が奪われるのも!

 だったら、誰も信じなくていい! 誰からも信用されなくていい! 誰を敵に回してもいい! 私の中には、私たち三人だけがいればいいの! ……それだけしか、もう大事なものはないのよ。独りでも強くて、仲間もいて、家族もいる。そんなあなたに何がわかるっていうのよ!?」

「このは……」

 

 

 裂帛の勢いで吐き出される独白。

 彼女の境遇については断片的に聞いただけだ。

 自分たちの頼れる大人の片方が死んで、もう片方に裏切られた。

 一度にそんな経験をすれば人間不信に陥って当然だ。

 静海さんはそれから、自分と一緒に魔法少女になった二人を守るために、自分たちだけの世界を作ってそれだけですべてを完結させたかった。だから私たちと最低限の協力関係を築くことすら拒絶していた。

 

 ここで「わかるよ」とか耳障りの良い言葉を吐くのは簡単だ。

 でも、そんな欺瞞じゃ静海さんの心は開けない。

 

 

「ええ。わかりませんよ。静海さんのこと、私は何も知りませんから」

「なら――」

「だから、教えてください()()()()()。あなたの事、私は知りたいと思ってます」

 

 

 偽らざる本心を伝える。

 

 ええ。このはさんの事はかなり気にしているとも。

 自分は他の人と関わりませんよなんて強がっていたところとか、そのくせ誰かがそばにいてくれないと駄目な寂しがりなところとか、魔法少女になる前の私を見ているようで放っておけなかったのだ。

 あの頃は友達なんて美緒ぐらいしかいなかったけど、彼女を見習って少しでも友達を作ろうとしている。

 

 

(まあ、魔法少女に限ってなところはあるけれどね)

 

 

 私たちは最早社会から隔絶された一面を持つ者たち。だからこそ、同じ境遇を知る相手としてのつながりは大事にしなくちゃいけない。その(ロイス)こそが、私たちを日常に繋ぎとめる鎖なのだから。

 

 

「……でも、私たちは、三人で、三人だけで生きていかなくちゃ……」

 

 

 揺らぐ。魂が揺らぐ。

 戸惑い。喜び。そして恐怖。

 私の差し伸べた手を取ろうとするのを、トラウマが邪魔をしている。

 今の私にできることはここまで。

 このはさんの心を開くことができるのは、最も深い絆で繋がれた彼女たちしかいない。

 

 

「このは!」

「あれ、なんかもう終わってるっぽい……?」

「お疲れ様ですももこさん。ささ、こちらの邪魔にならないほうへ」

 

 

 葉月さん達が近づいてきていたのは気づいていた。

 なのでこのまま葉月さんとあやめちゃんにバトンタッチして、やってきたななかちゃん達と一緒に脇に寄る。

 

 

 葉月さんは外とのつながりを持つべきだと主張した。信じられる人間は自分たち以外にもいる。変わっていかなくちゃいけない。もっと外に目を向けなくてはいけないのだと。

 そうしてあやめちゃんがかこちゃんを連れてきて友達と紹介する。以前だったらその関係も認められなかったのだろう。けれどこのはさんはかこちゃんを快く受け入れた。それが、彼女が変わろうとした最初の一歩だった。

 

 

「友達、ね。できるかしら、私にも……」

「何言ってるの。友達ならいるじゃん、ここに」

「……そうだった。あなたはずっと、私の友達だったわね」

 

 

 このはさんと葉月さんが笑い合う。

 うん。もうそろそろいいだろう。

 二人が気づくように進み出る。なんか間に挟まるようで抵抗感あるなこれ。

 

 

「いやですね。水臭いですよこのはさん。私もあなたと友達になりたいと思っているんですから」

「琴織さん……」

「まあいきなりは難しいとは思いますけど……どうでしょう?」

 

 

 いや、割と恥ずかしいなこれ。

 自分から友達になろうと相手を誘ったことなんてなかったし。

 あの時美緒の方から来てくれなかったら、多分今でもボッチ継続中だっただろうし。

 

 

「そうね……なら、こちらからもお願いするわ」

「はい。それではこれからもよろしくお願いしますね」

 

 

 よし、ハッピーエンド! めでたしめでたし。第三部完!!

 

 

「……さて、事も収まったことだ。関係者も集まっていることだし、話を進めようか」

 

 

 と、いうわけでもない。

 ここ数日の調査によって、昏倒事件についてあることが判明していた。

 

 

「うん。アタシがももこさんと一緒に噂を追っていたんだけど、途中で曖昧になっていくんだよね。こう、糸がプツンと切れる感じで……」

「こちらも大体同じだ。事件の発端を探ってみたが、誰一人として該当者が見つからない」

 

 

 この一連の事件。どうにも犯人像というか事の発端が見えてこない。

 痕跡の残りづらい魔法による犯行、というのはほぼ確定としても、そもそも最初に被害にあったであろう魔法少女が現れないのだ。

 

 "粛清機関"と七海やちよ。

 神浜の魔法少女社会において、この二つの名前を使って探れば大体の噂の出所は掴める。

 

 だが、どこの誰を探ってもその根元が見つからない。

 

 どうやらそもそもの出所が又聞きの又聞きぐらいのものらしく、具体的にどこの誰が被害に遭ったという情報はももこさん以外になかった。

 

 

「まるで、あなた達を貶めるためだけに仕組まれた噂のようですね」

 

 

 ななかちゃんの言う通り。

 真相など、初めから無い。

 

 

「つまり、全部が嘘なんですよ。悪質極まるアジテート。核が空っぽのまま広がっていくデマゴギー。()()()()()()()()()()()。社会が混乱する様子を見て楽しむために誰かが作り上げたフェイクニュース。それがこの一連の事件の正体です」

 

 

 一度流れればあとは自動的に状況が悪い方向へと流れていく。

 ももこさんが襲われたのは、きっとその信ぴょう性に拍車をかけるため。

 巧妙かつ悪辣な手口。そんな真似は理性のない魔女には不可能だ。

 

 つまるところ、最初に議題に上がった魔法少女の仕業という結論に至る。

 これを裏付ける証拠は他にもある。

 

 

「それとですね、このはさん。あなた、常に誰かから魔法をかけられていましたよ」

「――ッ!?」

「これは固有魔法の話なんですが、私は魔力を視認できます。そして、さっき戦うときもさりげなく物陰から魔力のラインを繋がれるところを目撃しました。おそらくですが、以前からしばしば精神を揺さぶられていたんじゃないですか?」

 

 

 そう言うと静海さんは話してくれた。

 あやめちゃんが斃れる幻覚を度々見てきたこと。 

 その中には私の姿もあり、瀕死のあやめちゃんを介錯する役割を担わされていたこと。

 そのせいで私に苦手意識を抱いており、それが戦うときに敵意に変わったこと。

 

 なるほど。だから私から目を逸らしていたと。

 ……なんとも下衆なやり口だ。反吐が出る。

 

 

「精神系の魔法、それも魔法少女にすら気づかれることなく行使できるタイプの高度な魔法ですね。ここまで濃く残滓が残っているとなると、何度も繰り返しかけられていますね」

 

 

 静海さんの後頭部あたりに染み付いた暗い紫色の魔力。

 色が似ているのが無性に腹立たしい。

 最早魔女の呪いと何も変わらないぐらいに凝り固まった魔力を引っぺがす。

 

 そうして手に残った魔力の塊を見せつける。

 

 

「とりあえずこの魔力を覚えておいてください。このはさんの固有魔法なら、抵抗の一つ二つは取れるはずです」

「……なるほど。確かにこれならできなくはないわ。……ありがとう」

「お構いなく。これで、犯人も見つけやすくなりましたね」

「ええ。このお礼は必ず返すわ」

 

 

 そうして私たちは真犯人を突き止める決意を固め、この場は解散となった。

 

 

 

 

 ――その翌日。

 

 

 朝に弱い私*1はいつもと同じく朝のホームルームギリギリに教室へと入り込む。

 

 自分の席に着くために後ろの席を通り過ぎようとして、

 

 

「おはよう。琴織さん」

 

 

 そこに、声がかけられた。

 

 

「――! おはようございます。このはさん」

 

 

 いつもはこちらからしていた挨拶が、このはさんからしてきたことで、私たちは友達になったのだと実感する。

 

 そうして何事もなく授業を受け。

 昼休みにはななかちゃんや葉月さん達も交えて昼食を取る。

 

 

 そこには打算も何もない。ただ友人と過ごす穏やかな時間だけがあった。

*1
ただの夜更かしである。




○琴織つばめ
 カウンセリングとか柄じゃないですよねー。
 一般人の友達は驚くほど少ない。


○静海このは
 殴り合って友情を深めた。
 本来なら軽く打ち合って終わるはずが、ついつい筆が興じてしまったともいう。
 それでは皆さん、ここで番外編を思い出してみましょう。


○【骨喰】
 他の魔法少女が確認している中では『直槍』『十字槍』『斧』『鎌』『ヌンチャク』『矛』の六形態がある。もっとある。


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第二十五話 会議は踊り、そして逸れる

お気に入り登録ありがとうございます。
日常回です。


 神浜市参京区。

 あるファミレスにて。

 

 私達とのチームとこのはさん達のチームは一堂に会していた。

 

 

(以前もなんかこんな始まり方したなあ)

 

 

「それではご注文を」

「私は抹茶アイスを……」

「あちしはこれ!」 

「ボクはこの限定スイーツかな」

「ホットウーロン茶と杏仁豆腐ネ」

「つばめさんは何にしますか?」

 

 

 みんながみんな、思い思いの品を注文していく。

 うーん、統一感がない。

 仮にもこれから方針を纏め合う身だというのに、これでは面白くない。

 仕方ありません。ここは私が美緒から教わったファミレス必勝術を披露するといたしましょう。

 

 

「山盛りポテトフライ二皿。あとポップコーンシュリンプも一つお願いします」

「「!??!!?!?!?」」

 

 

 あきらくんと葉月さんが『こいつ……やりおった!』って顔でこっちを見る。

 ふっ、こういう時はシェアできてお手軽につまめるものを出すのが常套手段ってものですよ。

 カロリーなんて気にしませんよ。どうせ魔法少女だし。無敵のJKだし。

 

 

「お代は気にしなくていいですよ。ちょうどクーポン持ってますので」

「それはどうも……」

 

 

 そしてテーブルの中央を占拠する山盛りのフライドポテトと揚げられた小エビ。脇に添えられたケチャップとマヨネーズもこんもり。

 話題が何であれ、喋るには十分な量のスナックが揃った。

 

 

「それじゃ、始めましょう」

「はい。葉月さん、今日集まったことについては、提案者であるあなたからの説明をお願いします」

「りょーかい! 集まってもらった趣旨ってやつね。それは……」

 

 

 ポテトをつまみながら話を聞く。

 簡潔に言えば今回の議題は魔女の討伐権について。

 

 私含めたななかちゃんのチームとこのはさんのチームは同じ地区で活動している関係上、魔女結界でのブッキングも起こりうる。

 実際、最初に出会ったときも魔女結界の中だったし、つい先日も私たちのチームを追い越してこのはさん達が先に魔女を討伐していった。

 

 別に魔女狩りについて明確なルールがあるわけではない。命を賭けた戦いの中でそんなことを悠長に抜かしている暇なんてないし、魔女を放置したら逃げられる可能性もある以上、魔女狩りは自然と早い者勝ちになる。

 

 でも獲物を目の前で横取りされるというのが面白くないのも確かだ。美雨さんが特に悔しがっていたのは記憶に新しい。

 横を見れば当の彼女はシュリンプを優先的に食べている。どうやらエビが好きらしい。

 中華系ということでエビをチョイスしてみたが、正解だったようだ。

 

 当時の記憶を掘り返されて不機嫌になるかとも思われたが、好物に意識が向いている美雨さんは気にした様子はない。

 

 とはいえ、私たちがこれからも魔女狩りを続ける以上同じ魔女を狙うことなんていくらでもある。そのたびにあれこれと揉めていてはきりがない。

 なので、葉月さんは一度チーム同士で話し合い、魔女をどうするのかを決めよう……というのがこの会合の目的であった。

 

 

「それじゃあ、一人ひとつずつ案を出してもらいましょうか。えー、まず……」

「私から提案するヨ」

「お、いきなり」

「『早いもの勝ち』。これが一番簡単で公平なルールネ」

 

 

 魔女の下に最初にたどり着いたチームが戦い、他のチームは待機。

 この前の件を引きずっていることを加味しても、美雨さんらしいシンプルな意見だ。

 問題は、それが全く解決案になっていないことだけど。

 

 先にも言ったが魔女狩りにルールなどない。なので魔女の下への先行順というものにも明確な基準はない。

 そこに言ったもの勝ちになるルールを増やしたところで、結局揉め事の種を別に増やしただけになる。当人同士の話し合い? それができないからこうして話し合っているのだ。この辺は冷静なようでいて直情的な美雨さんらしい盲点だ。そういう抜けたところがあるのが可愛いんだけどね。

 

 結論から言えば平等に戦った人数で分配するのが一番なのだけども、やっぱり自分の取り分を多くしたいと思うのが人の性。そうそう簡単には答えにたどり着けないのであった。

 

 

「ん-、でもそれだと結局誰が判断するのかで揉めそうかな~」

「だったらやっぱりコレだよ!」

「あやめちゃん、何かいい案があるの!?」

「あるよ! あちしの勘がこう言ってる、じゃんけんで決めればいいんだよ!」

「……え、それだけ?」

「分かりやすい解決方法ね、流石はあやめね……!」

「へへ~っ!」

「そもそも、魔女の前でそんな真似してる余裕ないヨ!」

「なに~ッ!?」

 

 

 おっと美雨さんがキレ出した。あやめちゃんも乗っかり出した。これは放っておくと面倒なことになる。

 

 

「はいはいストッププリーズ」

「あぐっ!?」

「もぐっ!?」

 

 

 ポテトを突っ込んで話を強制中断。

 はいおやつ食べていっぺん冷静になろう。

 

 

「美雨さんもあやめさんもちょっと本題を見失ってます。魔女と戦うのは最優先。報酬については倒した後に決めたほうが安全確保の面でも重要でしょう」

「むぐ……ッ。だたらつばめは何か案があるのカ?」

「そーだね。ここは一番の経験者であるつばめさんの意見を伺おうかな」

「ははあ……」

 

 

 私に意見を出すように求められた。キャリアとしては美雨さんのほうが長いんだけど、それは大事な問題ではない。

 ここで平等制を出してもいいが、美雨さん達がヒートアップしている段階で真逆の意見を言うと突っぱねられる可能性もある。なのでここで提案するべき彼女たちの意思を汲んだもの。つまりなんらかの優劣で決める意見だ。個人的にその流れで考えればグリーフシードを得る権利があるのはやはり貢献度が最も高いチームだろう。

 であれば……、

 

 

倒した魔女の身体を剥ぎ取ってその部位で順位付けを行うとかどうですー?ズギャアアアアアン

 

 

 

「想像以上にグロい!!」

「バイオレンス!!」

「コワイ!」

「魔物をハントするゲームじゃないんだから……」

 

 

 あきらくんやかこちゃんが悲鳴を上げる。

 絵面は確かにグロいけど、分かりやすく武勲を示すならこれが一番ではないだろうか。魔女の身体はマジックアイテムの材料にもなるし一石二鳥。調整屋に持っていくとみたまさんがサービスしてくれるし、自前でアイテムを作ってもいい。

 私は使い魔が大量にいる結界を見つけたら突撃して乱獲することもある。意外と楽しいんだこれが。

 

 

「ふむ。となるとやはり首などの急所に近い部位が高得点になるでしょうか」

「いやいや、手足とかの攻撃部位も貢献度高いですよ」

「見てわからない場合はどこを急所と判断するべきかしら」

「素材としての価値……ですかね?」

 

 

 ななかちゃんとこのはさんから意見が出される。

 部位と一口に言っても、魔女の姿かたちによって物議を醸しだす恐れもあるか。そこは盲点だった。

 

 

「なんで剥ぎ取り制で話を進めようとしてるの!? 嫌だからねそれ!!」

「というかつばめ、そのルールお前が有利じゃないカ」

「あ、わかりました?」

 

 

 あきらさん達から必死のストップが入ったのでこの案はお流れに。

 話の流れを変えるための冗談半分だし、第一それを採用したら防御無視の私が魔女の身体を刻みまくるスプラッタ劇場が繰り広げられてかこちゃんにドン引きされてしまう。かこちゃんの顔が曇る瞬間なんて私は見たくない。綺麗な顔が恐怖に歪むことへの興奮には理解を示すが、かこちゃんは既に曇るとかそういう段階じゃない悲惨な過去を経験しているのだから、たくましくも笑顔でいてほしい。

 

 え? 現在進行形で怖がってる? まあ……ジョークだから許そう。よし、理論武装完了。

 

 

「そういえばこの人の武器って装甲無視なんだっけ?」

「魔法で攻撃の威力も上げるし、インチキの類ネ」

「インチキじゃないです。頭脳プレイです」

「一度戦ってみてわかるけど、いきなり戦い方を変えてくるのが恐ろしいわ」

「ええ。見た目以上に手数が多いのがつばめさんの厄介なところです」

「君たち好き勝手言い過ぎじゃないですか? この程度ならやちよさんぐらいもやりますよ」

 

 

 やちよさんは長年の経験がなせる業か、純粋に魔法少女としての技能が頭一つ抜けており、私の搦め手にも冷静に対処してくる。同じ槍を使う者として何度か手合わせをしてもらっているけれど、10回に1回勝てればいいほうだ。

 

 

「なーなー、つばめの槍っていっぱい変形したけど他にどれだけ変形するんだ!?」

「そうですね。私の骨喰はまず基本の直槍と攻撃力を増した十字槍の形態が主ですが、可変する両端の刃を組み合わせることでまず斧、鎌、錨、矛の四形態があります。そして柄のほうにも仕掛けがありましてこの前も見せたように真ん中で分離してヌンチャクになりますし、この状態から他の形態に移行して攻撃範囲を広くできますね。それとここだけの話ですが、石突を捻ると中からナイフが出てきますね」

「うおー、すっげー!」

「つばめ、あまり手の内を見せびらかすなヨ」

 

 

 この程度ならまだバレても問題ないですよ。

 武器のギミックなんて共に戦っていればいずれ知られるもの。

 なら今のうちにある程度は話しておいて私の実力を把握しておいてもらうのも一つの策略だ。

 などと言い訳をするが、実際は興味を持たれたので嬉しくなっただけである。こういう外連味ある武器を使ってみたいというのは誰しもが一度は夢見るはず、なのに魔法少女の方々ときたら驚きはすれど同意はしてくれない。趣味全振りじゃなくて実益も兼ねた良い武器なんだけどな……。

 

 

「欠点として、これだけ機能を盛った制約として槍を実体化できるのは一度に一つだけ。他の人たちみたいに武器を大量に作って弾幕を張るとかはできません」

「え、てことは仮に落としたら……」

「はい。拾うか破棄しないと再生成できません。若干の隙ではありますね」

 

 

 これは割と重要な情報だ。

 最高位の魔術師である父が概念兵装として改造した私の骨喰は、その存在自体が魂と強く紐づいており魔力で多数作り出すということができない。制約と誓約……ってわけじゃないけどそれぐらいの縛りがないと実体化の際のリソースが洒落にならなかったのである。やちよさんみたいに多数作って空中に浮かべて足場にするとかまず無理。

 一応、異形顕現をすれば頑張って二本目を出現させられるが今のところそこまでするほどの事態に陥ったことはない。

 

 

「弱点言うなヨ」

「これぐらいは言っておかないと共闘した場合に混乱するじゃないですか」

 

 

 仮に敵対した場合でも反魂魔術で罠を仕掛ければ隙は稼げますから問題ないし。あと徒手空拳も音子さんに仕込まれてるのである程度は戦える。

 もし誰かがこっそり聞いていても、私が変形武器を操って相手を翻弄する戦い方を取ると誤認してくれればそれでよし。

 一応これもブラフということで。

 

 

「あれ、もしかしてもうつばめさんの中では共闘するつもりだったりする……?」

「おっと気づかれましたか。ともあれ順番がどうのこうの言っても、多分これが最も穏便な案でしょうし。誰が先で言い争うよりも、力を合わせて戦うほうがいいんじゃないです?」

「つまり、戦った人全員にグリーフシードの権利があるってことかな?」

「いえすいえす」

 

 

 スムーズに出てきた要約に頷いておく。

 おそらくだけど、最初から葉月さんもこの提案をするつもりだったのだろう。

 

 

「それ、早いもの勝ちと何が違うカ?」

「魔力を消費した人に平等分配。戦闘に参加したことは見て分かるはずだし、ちょっとでも魔力を回復できるならそれに越したことはないでしょ?」

「……しかし……」

 

 

 美雨さんはまだ渋る。

 平等制に反対、というよりは単に葉月さんの良い様に進められるのが前回先を越されたのを思い出させて反発しているだけだろう。

 

 

「それとも、誰かが独占したほうがいいの……?」

「……誤解ネ、私にそんな考えはないヨ」

 

 

 だからこうして、若干露悪的な言い方をされると尻込みしてしまう美雨さんであった。

 葉月さん情に訴えるような真似もできるとは恐ろしいな。チームの窓口としてテキパキ動いているのも頷ける。

 それはそれとしてポテトうまうま。

 

 

「まあまあ。平等って言うだけじゃ実際どうなのかって分かりませんしもぐもぐ、ここは一度共同で魔女狩りしてみるのはいかがですもぐもぐ。それで不満が出たなら別の案を考えてみればいいんだしもぐもぐ」

「いいこと言ってるんだろうけど食べるか喋るかどっちかにしない……?」

「いやそろそろ冷めてしまいますし……あ、もうポテトがない」

「半皿も食っておいてなに言うカ」

「美雨さんはエビ食べてたでしょー」

 

 

 話してない時とかあやめちゃんがめちゃくちゃ食べてたし、やっぱり八人で二皿は足りなかったか。

 次から集まる時はもう一皿増やしてもいいかもしれない。

 

 

「……つばめさんって、結構食べるほうですよね」

「いやいや、そんなことないですよ」

 

 

 あきらさんと美雨さんは格闘家だから結構な健啖家だし、かこちゃんも麺類に関して言えばその小さな体のどこに収まっているのかと疑うほどに食べ歩きをしてみせる(この前付き合ったら軽く後悔した)。そんな三人に比べたら可愛いものだろう。

 

 

「……つばめさんの言う通り、ここは一度共同作業で魔女を倒して実績を作りましょう」

「賛成ですわ」

「いい案だわ葉月。それで、どういう割り振りをする?」

「ええっと、それは――」

 

 

 

 

「――っていう組み分けでどうかな?」

「オッケーです」

「承知したヨ」

 

 

 かこちゃんとあやめちゃんとあきらくん。

 葉月さんと美雨さんと、私。

 ななかちゃんとこのはさんは何かあった時のための要因として待機になった。

 

 

「今日は流石にこの後の予定もあるでしょうし、後日この組み合わせで行きましょう」

「ええ。よろしくお願いしますね遊佐さん」

「葉月でいいですよ~」

 

 

 そうして段取りを終え、このはさん達は先に帰っていった。

 

 

「……さて。どうでした、皆さん?」

「どうって……彼女たちのこと?」

 

 

 完全に店外へ出ていったことを確認してから、ななかちゃんは私たちに呼びかけた。

 どうでした、とはつまりこのはさん達をどう思ったか、について。

 積極的にこのはさんと絡んでいる私は別として、皆は割とプライベート面での関わりが少ない。

 悪人ではない、とはわかっていてもそれ以外の人となりまでは詳しく知らない。だから、皆に今回の会合での所感を尋ねたのだろう。

 

 

「……静海このは、分からないネ。三栗あやめ、見たまんまヨ」

「このはさんはあまり口出ししないタイプですからね……」

 

 

 このはさんは積極的に人と関わる気質ではないが、その分親しい人間とは深い付き合いをするタイプだ。だから浅い付き合いだと物静かだけど圧力を感じると思われるだろう。

 あやめちゃんは……うん、見たまんまである。年相応というべきか、あまり難しいことは考えていない。物事の良し悪しの分別はつくし、自分での判断もできる。かこちゃんと仲良くできていることからも問題はない。むしろ純粋な分こちらも下手に気負わなくて楽である。

 

 

「……ただ、遊佐葉月。何事も手際の良さを感じるネ」

「最初に会ったときもテキパキしてたし、すごいよねぇ~」

「それにとっても優しいんですよ!」

「そうですね。話の軌道修正も随分とこなれてましたし、要所要所でちゃんと会話の主導権を握っていたのは葉月さんですね。主催者なので当然っちゃ当然かもしれませんが」

 

 

 積極的に仕切っていたことといい、葉月さんはある程度この会議の流れを決めていただろう。

 美雨さんが早い者勝ちを提案する……なんて具体的なことまでは想定しないだろうけど、多少会議が揉めるぐらいは織り込み済み。そこから適宜口出しして自分の思うように話を持っていくぐらいは考えていたんじゃないだろうか。

 最初に出会ったときも話が脱線したらそこを起点に自分のペースに持っていこうとする人でしたし、今回は若干試す形でボケ倒してみせたけど、葉月さんは自分の意見を通すことに成功した。流石と言わざるを得ない。

 

 

「……そうですか」

 

 

 私たちからの評価を聞いたななかちゃんは少し考えこみ始めた。

 おそらく葉月さんについてだろう。あまり会議に口を挟まなかったのも、このはさん達の振る舞いを観察するためだろうし。

 

 さて、料理も無くなったので私たちはいつでも帰ることができる。

 支払い分を用意しようかと考えだしたところで、ある事に気が付いた。

 

 

「ところで、ななかちゃん何も頼んでないけどいいんです?」

「そういえば……ずっとメニュー見てたけど結局決めてなかったよね」

「……ああ、見られていましたか。これは失敬。少々分からないことがあったので、決定を先送りにしていました」

「……分からないって、なにが?」

「これです」

 

 

 ななかちゃんはメニューを手に取り、ある一点を指差した。

 

 

「実はその、このドリンクバーというものが気になってまして。これは一体何なのでしょうか」

「……え。知らないの……ななか?」

「はい。実はファミリーレストランも今日が初めてです」

 

 

 そういえばななかちゃん、いいとこのお嬢様で庶民文化には疎いんですよね。

 サブカル系知識が薄いのは分かっていたけど、こういう探せばどこにでもあるようなものも知らなかったとは、あまりお嬢様的な振る舞いはしないからよく失念する。

 

 

「変なところで世間知らずネ」

「つばめさんやあきらさんから色々と教わってきましたが、まだまだ知らないことばかりですわ」

「コイツから教わるのは悪影響しかなさそうヨ」

「そうでもないですよ? この間も流行りの文庫本を勧めてもらいました。ライトノベルとは、奥が深いものですわ……!」

「沼に沈めようとしてるだけじゃないカ」

「違いますー! あきらさんと一緒に見繕った健全なものですー!」

 

 

 いきなり趣味全開のニッチな作品勧めるとかないわ。

 こういうのは相手の趣味嗜好を把握するところから始めないと。

 そうして理解が深まってきたところに自分の推しを見せる。

 これはそのための準備段階なんですよ……!

 

 

「悪い顔してるネ」

「じ、自分の好きなものを人に知ってもらいたい気持ちは誰にでもあると思います……!」

 

 

 ナイスフォローですかこちゃん。

 

 

「とりあえずドリンクバーについて説明すると、あそこにあるバーから飲みたいものを好きなだけ飲んでもいいシステムなんだ」

「まあ! いくらでも飲んでいいのですか? ……物は試しといいますから。私はドリンクバーに挑みます……!」

 

 

 そう言ってななかちゃんは注文をした後、ドリンクバーのほうへと歩いて行った。

 その様子をこっそり眺める私たち。

 

 

「ドリンクの入れ方もわかるんでしょうか」

「流石にそれは指示があるから大丈夫じゃないかな」

「入れ始めたネ」

「最初は無難にウーロン茶ですか。あ、ボタンから手を離しましたね」

「押しっぱなしにするタイプって最初気づきにくいんですよね……あれ、なんか動きが止まりましたよ」

「何か考えてるみたいだね……え、いきなりブレンド!?」

「え、マジか」

 

 

 何も知らない状態でそれに気が付くとは、いやむしろ事前知識ゼロだからこその好奇心か……?

 あの清楚が形を成したななかちゃんがあんなパリピ感ある行動を取るとは予想外だった。

 私も美緒とその友達と一緒にファミレスに行ったときに謎にアガったテンションでドリンクバーの錬金術に手を出したことがあるが、まあ冒険したら大惨事。あれは生半可な知識で手を出すと地獄を見る。そんな魔境にドリンクバーどころかファミレス初心者のななかちゃんが挑むとは驚きである

 

 

「初めてでやるとはチャレンジャーネ」

「だ、大丈夫でしょうか……」

「あ、オレンジジュース入れ出した。割と無難な組み合わせですね」

「無難なんだ……」

 

 

 マズイ組み合わせを突き詰めるとキリがない。

 柑橘系とお茶はまだ飲めなくもない部類だ。

 ちなみにカルピスとオレンジとメロンソーダは中々イケる。

 

 

「なるほど、ドリンクバーとは飲み物を混ぜることもできるのですね!」

 

 

 そういって意気揚々と戻ってきたななかちゃんは中身を口に含んだ。

 なぜか私たちはその様子を見てごくりと息をのんだ。

 

 

「……どうです?」

「中々興味深い味です。たった二種類の飲み物を組み合わせただけでこのような味わいが生まれるとは、この常盤ななか。生まれて初めて知りました」

「マジか」

 

 

 これは研究しがいがありますわ。と中身を飲み干したななかちゃんは上機嫌でおかわりに向かった。

 

 どうやら、味ではなくその自由度がお気に召したらしい。

 ななかちゃんの家なら上等な飲み物はありふれているけど、こうして遊ぶような飲み方なんて考えたことも無かったのだろう。

 しかもコーヒースタンドの存在にも気が付いたらしく、嬉々として私ではやろうともしない組み合わせに手を出し始めている。

 今まさに出来上がりつつある謎のポーションとは対照的に、好奇心に目を輝かせるななかちゃんの姿は新鮮だ。

 

 

「……高貴なお嬢様がジャンクなものに手を出す瞬間からしか取れない栄養って……あるよね」

「何言ってるネこいつ」

「……なんとなく、わかります」

「かこ!?」




○琴織つばめ
 話を脱線させる役。ボケとツッコミの比率は7:3
 この後普通に魔女を狩った
 

○遊佐葉月
 原作では彼女のまほストにあたる話。ボケとツッコミの比率は0:10
 交渉人、というか他二人が対人向いてないので外交関係を一手に担ってる苦労人


ここすき&感想よろしくお願いします。


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第二十六話 愛情で許されるのも限度がある

文章量は若干省エネです


「料理ってどうすれば上手になるのかしら」

 

 

 喫茶店にてこのはさんからそんな相談を受けたのは、よく晴れた、休日の昼下がりのことであった。

 

 料理、か。

 言うまでもないことだが、料理の腕前というのは女子にとって重要なステータス。

 

 昨今は男性の料理も重要視され、男の人が料理する動画はありふれている。だがそれでも、現在の日本において女性が料理を担当するという認識は未だに不動。これは古来より人間に染みついた常識と言っても過言ではない。

 

 

「中々難しい悩みですね……」

 

 

 私も父も、日中は家事をする余裕はない。

 買い出しは宅配サービス。洗濯物は二人暮らしなので2日に1回。

 肝心の料理については、朝は手間などかからないもの。昼は購買で買ったパンや冷凍食品頼りの弁当。夜は父が担当している。時々は私が作るが、つまりその程度。

 できなくはないが、人に教えられるほど熟達はしていないというのが自己評価だ。

 

 

 しかし、このはさんが私を頼ってくるというのは初めてのことだ。

 ここはひとつ、相談に乗ってあげるべきだろう。

 

 

「上手になりたいといいますが、まずこのはさんはどれくらい料理ができるのですか?」

 

 

 まずは前提条件を訊く。

 このはさんは成績優秀、運動神経もまずまず。加えて資産運用までできると一見完璧な女性だ。

 だから料理についてももしかしたら私よりは上手かもしれない。

 そうなると出せるアドバイスは何もなくなってしまう。

 ひとまず彼女の料理の腕前がどれくらいなのかは把握しておくべきだ。

 

 

「……料理だけはしなくていいって、葉月に言われたわ」

「わお」

 

 

 葉月さんがそう言うとはどうやら相当にダメらしい。 

 

 

「器具も揃えて、書籍からちゃんと勉強した。見栄えや食感も対比を意識して何も悪い所はなかったはずなのに……!」

「……レシピ通りに作ればまず失敗しませんよね?」

 

 

 食材を刻み、組み合わせ、火を通す定型作業。

 そこに運や直感は不要。

 あらかじめ分かっている道を辿れば成功する。

 それが料理というものの至極当然の原理。

 

 この時点で私は少し嫌な予感がしながらも、話を聞くことをやめることはできなかった。

 

 

「まあ大体想像はつきますが、実際どんな出来栄えで……?」

「あやめと葉月が気絶したわ」

「……このはさんは?」

「食べたわ。何も言えないぐらいに不味かったわ」

「その料理の見た目とかって、覚えてます……?」

「ええ。気合を入れて作った料理だったから写真を残してあるの」

 

 

 そう言ってこのはさんはスマホを見せてきた。

 ――え? なに、これ。

 

 

「『甘味たっぷりカツオだしオムレツ』。食感、色、味。五感のすべてを対比で刺激できる傑作だと思ったのに……」

 

 

 そこに映っていたのは青色のオムレツらしきもの。

 青系統の色彩は食欲を減衰させる効果がある。一度青色のご飯とかネットで見ればわかるが、本当に食べる気が起きない。それが対照的なケチャップの赤色で強調されているせいで余計に食べたくなくなる。

 そしてこの中から覗く妙にデカイ白いブツは一体なんだ?

 

 

「砂糖で漬けたカリフラワーよ。カツオだしのしょっぱさとの対比を意識して徹底的に甘くしたわ。それと卵はカリカリとふわふわを同時に味わえるように……」

 

 

 このはさんの解説は後半から聞こえていなかった。

 

 

 ――メシマズ。

 

 

 それは料理が下手な人たち。

 端的に言えばそういうべきものなのだが、この言葉が指すのはそれとは一線を画す戦々恐々たる毒物錬成の達人たちだ。

 

 

 曰く、米を洗剤で洗う。

 曰く、色合いが足りないと絵の具を混ぜる。

 曰く、どうみても傷んだ食材を熟してると判断して使用する。

 

 

 踏むべき手順を踏まない。

 守るべきルールを守らない。

 確かめておくべき成果を確かめない。

 挙句の果てに成功していないのにアレンジ(余計な真似)を加えようとする。

 

 そういった徹底的に料理という概念から見放された人間がこの世界には存在する。

 

 このはさんは、そうした分類に属しているのだと私は理解した。

 

 

(見ただけでマズイって分かりますよこれ。てかなんでこれでいけると思ったんですか)

 

 

 書籍で理論を勉強した、とこのはさんは言ったが、おそらくそれは料理上手な人がさらにアレンジを加えるための本。料理ができない人が読んだところで意味はない。格ゲーの基礎的な立ち回りも分かっていないのにコンボだけ学んでもどうしようもないのと同じだ。

 

 

「あー……でもそこでちゃんと不味いと気が付けただけマシなんでしょうね……」

 

 

 以前、ネットで家族のメシマズを嘆く内容のスレッドを覗いてみたことがある。

 そのあまりに酷い有様に、まさかそんなと現実味のなさから深夜にも関わらず笑い飛ばした。

 

 そう。あくまで絵空事の話だったのだ。

 

 

 つい最近までは――!

 

 

「どういうこと……?」

「みたまさん」

「え」

「あの人の料理、見たことありますか?」

 

 

 一週間ほど前のこと。

 みたまさんはクッキーを焼いて配ってくれた。

 濃い茶色のクッキー。

 その時はおやつに丁度いいと一つもらったのだが、口に入れた瞬間。味覚がバグったような錯覚を覚えた。

 

 なんだこれは?

 ココアクッキーだと思って食ったら、何故かしょっぱさとすっぱさと苦さと渋みが広がった。サクサクした触感を期待したら、なんかニチャッってした。

 はっきり言ってマズイ。人が食っていいものではない。

 

 

「独特な味ですね……あの……これ、なんです?」

「ウスターソースと海苔の佃煮とレーズンよ。黒っぽさを足すために墨汁も入れたわね」

 

 

 おおよそクッキーの材料と思われないどころか食材ですらないものが飛び出してきた。

 

 甘さとしょっぱさがハーモニーして美味しい、とか妄言を吐いていたが隣のメルくんがダウンしていたことからその大惨事っぷりは明らか。なぜ食べる前に気が付かなかったのだろう。

 

 とりあえず手に付けたものは速攻でかみ砕き、茶で味がこれ以上口の中へ広がる前に喉の奥へと流し込んだ。それでも胃の中に焼けつくような感触が残っているあたり、何か得体のしれないものが混入していた可能性が高い。

 

 うう、思い出したら胃がキリキリしてきた。もう一週間も前のことなのに。

 

 

「――と、そんなことがありまして」

「うそでしょ?」

「ところがどっこい現実だ」

 

 

 このはさんはドン引きしていた。

 よかった。この人の感性はまともだ。

 根っこから食の価値観が違う人間はもう何を言っても仕方がない。

 けれどこのはさんは自分の料理が不味いという自覚がある。他人のアレンジをダメだと客観視できる。

 ならば矯正は可能。

 このはさんがこれ以上のメシマズに成長する前に、ここで食い止める――!

 

 

「では、一つ一つ問題点を洗い出していきましょう。手順を一から思い出してください」

「ええ。……まず、味の対比効果を狙って塩と砂糖を混ぜたの」

「は?」

 

 

 対比効果? そんなものはいらんだろう。

 味は都度確認して調味料で整えていくもの。

 最初から全部混ぜるとか何を考えている?

 

 その後も聞けば、書籍で学んだなんたら理論を実践するためと明らかに余計な工程ばかりが飛び出してきた。

 料理についてそこまで本気で取り組んだことはないが、このはさんがかなり的外れなことをしているのだけは理解した。

 

 

「レシピは見ました?」

「作り方なら知ってるわ。でも理論を網羅したほうがより完璧に仕上がると思って……」

「葉月さんには見てもらったんですか?」

「いいえ。葉月は料理の天才だもの、私の間違いに気づかないわ。それに家長として一人でも料理ができるようにならないと……」

「おばか!!」

 

 

 思わず一喝。

 つい漏れ出した幽玄の魔力がこのはさんを委縮させる。

 

 

「このはさんの問題点は理解した。あなたはまず料理に対して必要以上に理想を抱きすぎだ」

「り、理想……? 私はただ葉月のように……」

「その時点で充分理想ですよ。とにかくレシピに忠実に作り、成功の味を知れ! 先人の知恵をきちんと頼れ! 以上!!」

 

 

 乱暴に言い放つ。

 丁寧に言い聞かせようとするとプライドで余計な真似をする。

 だから「これはするな」と強く厳格に命じておく。

 とにかく、まずは何も余計な真似をさせないことが重要だ――!

 

 

「……ッと、すみません。少し熱くなりすぎました。

 とにかく、このはさんには問題点が多いようです。どこかに料理の見本となる人間がいればいいのですが……」

「それなら、ちょうどあやめがこれを持ってきたのよ」

「なになに……『洋食ウォールナッツ、料理教室開催のお知らせ』……まなかちゃんのところですか」

「知ってるの?」

「まなかちゃん……娘さんが魔法少女ですね。中一なのに厨房に立てるだけの料理上手。確かに彼女なら料理のノウハウも知っていますね」

「琴織さんも認めるのね。うん、行ってみようかしら」

 

 

 一流の料理人が面倒を見るならなんとかなるだろう。

 ……なるよね?

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだったわ……」

「ダメでしたか」

 

 

 後日。

 案の定ともいえる料理教室の散々たる結果を携えて、このはさんは頭を抱えていた。

 

 内容を聴けばまあひどいことひどいこと。

 一番のハイライトは味噌汁を爆発させたことだろう。

 

 

「味噌汁はほっとくと味噌が沈殿して突沸を引き起こしますよ。なので適宜かき混ぜる必要があります」

「そうだったのね……」

 

 

 一度失敗したことがある。あの時は掃除が大変だった。

 

 

「これはもう、一度つきっきりでやったほうがいいかもしれませんね……」

「まなか先生でもダメだったのに……?」

「だからです。複数人を纏めて教えるよりも一人に集中する。静海さんの行動を逐一訂正していくんです」

 

 

 ここまでくればとことんやる。それが責任というものだ。

 そうとなれば話は早く、本日のこのはさん一家に直撃晩御飯だ。

 

 そういえば何気にこのはさん達の家を訪れるのは初めてである。

 まさかこんなことで友人の初訪問というイベントを消化することになるとは……。

 

 

「というわけで始めましょう」

「はい」

「本日は料理をうまくするのではなく、最低限食べられる味を作ることを目標としていきます。

 この手の失敗は大体相場が決まっています。

 一、基本事項を理解していない。

 二、なんとなくで自己流のアレンジを加えだす。

 三、出来上がった料理の味見をしていない。

 なので、問題点はズバズバ指摘するのであしからず」

 

 

 作るメニューは親子丼と味噌汁。

 若干手間がかかるが、その分下手なアレンジの介在する余地がない料理だ。

 

 カットについては手つきが危なっかしい以外は問題ない。

 単純作業ゆえ、彼女も余計な真似はしないのが幸いだ。

 

 

「片手で卵同士をぶつけるとかよりも、一個一個地道にやればいいんです。こんな風に」

「え、ええ。……できた」

 

 

 卵を割るのはイメージ的に角にぶつけるほうがやりやすいと思われがちだが、平らな場所に卵の中央を軽くぶつけたほうがやりやすい。もっとやりやすいのは円柱状のものにぶつけるやり方だが、今のところはこれで良いだろう。

 

 

「え、玉子のだし? 市販のめんつゆでいいですよ」

「でも最高のブレンド配合率とか」

「めんつゆの可能性は無限大です。大体の悩みはめんつゆと白だしが解決してくれますよ」

 

 

 自家製だしとか、一般家庭で正直そこまでこだわる必要はない。

 そんな手間はカットカット。

 安定した味というものは大正義なのだ。

 

 

「そんな手抜きみたいな真似……」

「手抜きじゃないです。メーカーさんが作り上げた理想の配合を信じているだけです。ほら、葉月さんもそうだそうだと頷いています」

「そうなの……そうなのね……」

「はい。めんつゆの力を信じましょう」

「信じるわ」

 

 

 チョロい。

 

 

「味噌は……はい、三人分なら大匙1と1/2。だしについては市販の本格だしを入れましょう」

「ええ……ええっと、これぐらいでいいのかしら? もし薄かったら……」

「その時は味見をして、足りないなら味噌を足せばいいんです。はいちゃんとかき混ぜる」

 

 

 と、そんなこんなあって。

 

 

「はい、できましたよ」

 

 

 一見は何の変哲もない夕食が完成した。

 

 

「普通だ!」

「普通だ……」

「普通です。味も問題ないですよ?」

「つばめさんが言うなら安心できるんだけど。このはの場合、見た目が普通の場合も結構危険だったりしたからね……」

「失礼ね!」

 

 

 などとコントを繰り広げつつ、実食タイム。

 前科ゆえか、少し逡巡する二人だが、やがて意を決して一口食べた。

 

 

「……どう?」

「……」

 

 じわっ

 

「……」

 

 ぶわっ

 

 

 二人は泣いた。

 

 

「ふ、二人とも!? そ、そんなに美味しかったの……!?」

「いや……味は普通だよ」

「うん。普通に美味しい。それでいいんだよ」

「アタシ達が求めていたのはこれだったんだよ……」

 

 

 感動に打ち震える二人をみて、これまでの惨状がどれほどだったのだろうか想像に難くない。

 

 

「うん。それにこのメニュー、つつじの家を思い出すなあ」

「園長先生の親子丼は一番のおいしさだったけど、これもおいしい!」

 

 

 そうしてパクパクと食べ進んでいき、あっというまにご馳走様。

 

 

「か、完食……。一度もマズイって言われずに……!」

「皆さん、私にできるのはここまでです」

「いや、これで充分だよ」

「うん。あちしたちは救われた……」

 

 

 そんな大げさ……でもないんだろうな。

 これはたかだか一歩。されど偉大な一歩だったのだ。

 

 

「やった、やったわ! ありがとう()()()!! これで私も料理ができるわ」

 

 

 感極まったこのはさんは私の手を掴んで礼を言った。

 はしゃいでいるこのはさん可愛いなあ。この顔を見られただけでも相談に付き合った甲斐があるというもの。

 

 

「お役に立てて何より。あとは経験を積んでいろいろ作れるようになりましょうね」

「ええ。頑張るわ!」

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 ……で、後日。

 

 

「あれからこのは、ちょっと料理ができたことに味を占めちゃって……。まだできもしない料理にまで手を出してるんだ。おかげでうちの食卓は現在ロシアンルーレット状態なんだけど、どうしたらいい?」

「好きにさせたらいいんじゃないでしょうか」

 

 

 相談してきた葉月さんを前に、私は匙を投げた。




○琴織つばめ
 普通。
 よく父親と外食に行ったりするので舌が肥えている。
 自分で考えるのが面倒なのでレシピ通りに作る。
 

○静海このは
 メシマズその一。
 まずいものはまずいと判断できるまともな感性だったので、最悪級からなんとか食えるレベルにまで改善できた。
 この後、一番大事なのは家族を思いやる心とか言って暴走するのは別の話。


○八雲みたま
 メシマズその二。
 手の施しようのないポイズンクッキングの使い手。
 材料もだが調理現場も殺人級
 絵の具はだめだってば。フグもダメだっつーの。

○胡桃まなか
 心労枠。
 マギレコ二次界隈では料理教室を開くたびに精神重症になっている。


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第二十七話 はじまりのはじまり

序章の序章。


 里見メディカルセンター。

 

 

 神浜市で最大規模を誇る複合医療施設。

 

 その屋上に立つ三人の少女。

 

 そのうち二人は、いまだ小学校も卒業していないほどに幼い少女。

 だがその瞳には年相応のあどけなさと、不釣り合いの知性を兼ね備えられている。

 

 

 科学、文学、芸術。

 

 

 彼女たち三人は魔法少女であると同時に、この三つの分野においてそれぞれ天才と呼ばれるだけの能力を持った逸材だ。

 

 彼女たちが見上げる先。そこに鎮座するはタダならぬほどの穢れを放つ存在――すなわち魔女。奇妙なことに、この魔女は未だ完全な姿ではない。それは魔法少女から魔女へと堕ちる過程で留まった、すなわち半魔女とでも呼ぶべき存在である。

 そして呪いに詳しいものが見れば、それは穢れを放出しているのではなく、吸い取っているのだとわかるだろう。周囲を満たす穢れは、一度に吸収しきれなかった穢れが滞っていることで起こった現象だ。

 

 そしてこの魔女が穢れを吸収する範囲は、()()()()()()

 

 ともすればこの世界のすべての穢れを蒐集しかねない魔女は、今はそれを取り囲む結界によって隔離され、無害でささやかな存在にまで落とし込められていた。

 

 

「計画はうまくいった。この半魔女の捕獲にも成功した。アリナのおかげだ」

「うんうん。それにこのタイミングでちょうど魔法少女になったのはちょーどよかったよ」

 

 

 ロングヘアの少女は先ほどまで病理に蝕まれていた体を存分に動かす。

 魔法少女となったことで、肉体は最も優れた状態を魔力によって維持し続ける。

 成長、成熟はあっても老化劣化は起こらない。病室にいた時から夢見た最高の状態を彼女たちは手にしていた。

 

 

「あとは仕上げをアリナにお願いするだけかな」

「二人の魔力をもらえればアリナ的にオーケーだヨネ。ホスピタルを包む被膜を広げて、町からキュゥべえを隔離するワケ」

 

 

 学帽を被った少女がアリナと呼んだ緑髪の少女が手をかざす。

 病院ごと半魔女を取り囲んでいた結界が薄く引き伸ばされ、神浜全域へと広がっていく。

 

 キュゥべえ。インキュベーター。

 

 これから彼女たちが行おうとしている事業に対して、『観測』という機能について人類を凌駕するキュゥべえは何よりもの邪魔者。

 この半魔女の効果範囲を制限するための結界にインキュベーターを排除する機能が付加され、結界は完全に神浜を覆いつくした。

 

 

「これでアリナ達のプランは動き出したってことだヨネ」

「最も、この半魔女を育てるためのエネルギーはこつこつ集めていかなくちゃいけないんだけどねー」

「一応訊いておくケド、それってどれくらいの時間が必要なワケ?」

「わたくしの計算では()()()()()で必死に集めても一年以上はかかっちゃうかなー。流石に魔女の存在規模を地球全土にまで広げるってなるとその分エネルギーも膨大だし」

「長すぎるんですケド。流石にキュゥべえが勘づくワケ」

 

 

 神浜の街にキュゥべえが干渉できなくなるとしても、彼らが街の外から何らかの干渉を講じることは容易に想像がつく。そしてそれは時間がかかればかかるほど露呈するリスクが高まるだろう。

 

 

「うん。だから少しでも早めるために多くの人員が必要だ」

「だからまずは、わたくしたちを手伝ってくれる魔法少女を集めることが必要。そのためには強い魔法少女がいることが大事。だから勿論、手伝ってくれるよねー()()()?」

 

 

 あどけなさの裏に底知れぬ悪意を潜ませた笑みを浮かべた少女が振り向くその視線の先、僅かに離れた場所では、紅い着物に身を包んだ黒髪の女性が少女たちに向かって跪いていた。

 

 俯き、その表情はわからない。

 涙のような血液が滴り、床を濡らす。

 

 そしてウズメと呼ばれたその女性は、己が携える刀を力強く掲げて見せた。

 

 

「……仰せつかりました、お嬢さま……!」

 

 

 その声は畏怖か、あるいは別の感情か。己の意思を押し殺したように震えながら、しかしその確固たる忠義を疑わせないほどの決意に満ちていた。

 

 

 こうして、誰も知らぬ間に一人の少女が世界の因果から姿を消し、三人の少女がその欲望を果たすための歪んだ計画に乗り出した。

 

 この日を機に、神浜の街からキュウべえが姿を消すこととなる。

 

 一夜の瞬きに起きた変化。

 

 

 

 この異変を、インキュベーターに先んじていくつかの者たちが感じ取っていた。

 

 

「報告! 『眼球の魔女(Bookman)』が観測の焦点を合わせ始めました。特異魔導事象の発生です!」

「因果係数に急激な変化が! 大幅な事象改変の発生です。議長!」

 

 異端狩りの総本山では、睥睨の目を持つ魔女がその刹那に()()()()()()をつぶさに書き記し、

 それらを観測する魔術師たちが慌ただしくその異常を報告するために駆けずり回る。

 

 彼らを纏める立場にある女性が、薄く閉じられた双眸を開き静かに告げた。

 

 

「――至急、因果の収束地点の特定を。異端審問会を招集します」

 

 

 

 

 

 

「"あら。何かが起こったわね"」

「"星の巡りが変わったわ。楽しいことが起こりそう"」

「"暇つぶしになればいいけど"」

「"ワルプルギスを見るのにも飽きてきた頃よ。そろそろ別の災いが見たいわ"」

 

 

 どことも知れぬ場所。

 人界から離れた秘境。

 あるいは天を衝く摩天楼の頂点。

 それとも、美しくもおぞましき退廃の神殿か。

 

 各々が統べし欲望の領域にて、()()()()は天を見上げて邪悪に囁き合った。

 

 其は十二の座を戴く魔女。

 星の呪いを呑み、人の世を蝕む災いの化身。

 

 

「"私が愛するに値するものはあればいいのだけど"」

「"ははは。そう言って、きみはなんだって愛しちゃうじゃないか"」

「"もし面白そうなものがあれば、あの子を送るとしましょう"」

「"またあの騎士くん? 彼も働きものねえ"」

「"ええ。昔の私もいい拾いものをしたわ"」

「"それなら、まずはお手並み拝見ね"」

 

 

 黄道の名を謳う災いの魔女たちは、その因果の移り行くさまを観覧し、あるいは己の手で玩弄するために、その目を一つの街に向けた。

 

 

 

 

 

 

「神浜の地にて大規模な魔力行使が確認された」

「陰陽の巡り、五行の乱れがあるか」

 

 

 歴史ある京の都。

 古来より国の守護を担い、文明の開化と同時にその姿を陰に隠した守護者たちは、今最も栄えようとしている街の変化をつぶさに捉えていた。

 

 

「あの街は首都の近くであろう。帝の守りに影響はないだろうな?」

「あの街には教会の者どもが我が物顔で占拠しておる。これ以上奴らに大きな顔をさせられるか」

「だが誰を送る? 神浜はみだりに神秘を乱す神子もどきが多い。忌むべき八百鬼(やおに)は潰え、時女は小賢しい本家が姿を晦ましたまま。頼れた御晒樹堂(みさらぎどう)も先日の内部粛清で壊滅状態。かくなるはあの方に希う他……」

天之継(あめのつぎ)さまが出られる幕ではない。下手をすれば取り返しのつかないことになる。だが、ううむ、やはり御晒樹堂が健在であれば支障はなかったというのに……残ったのが継いだばかりの当主と逃げ腰になった分派ではどうにもな」

「ふむ。かのご子女は確か神浜におられるのだったな。彼女をいざなったのは誰だったか?」

道麗(とうら)にございます。我ら一族の次期党首であり、2年前には陰陽博士の位を得た秀才でございます。たかだか小娘どもの魔法に遅れは取りません」

「それは頼もしい。では早速彼女を送り込み給え。事態の調査、可能ならば収束もさせろ」

「ははっ」

 

 

 裏を司る者たちはそれぞれの思惑を腹に抱えながらも、様子見として若き逸材を送り込むことにした。

 

 

 

「――ふむ。これはこれは。因果の改竄とは、果たして何が起こったのやら」

 

 

 そして、異界より君臨せり魂を宿した白き賢者は、己の膝元で起こった変化に笑みを浮かべ、興味深そうに空を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 ――日本。

 

 ある町の路地裏。

 

 その中にあるひとつの廃墟。

 建設途中で放棄されたそれは、あちらこちらが倒壊寸前まで破壊されており、今まさにその原因である戦闘が終わりを迎えていた。

 

 

「あ、あが……」

 

 

 おおよそ魔法少女と呼べぬほど異形の姿をした魔法少女が倒れる。

 

 自らをユゥと名乗る彼女を見下ろすのもまた魔法少女。

 いつものように悪人を殺して回っていたユゥの前に現れた彼女は聖堂騎士を名乗り、ユゥのそれまでの行動を突き付けて襲い掛かってきた。

 

 

 正義感に駆られ、ユゥの行いを悪として立ち向かってきた魔法少女がいなかったわけではない。

 だがそれも彼女の敵ではなかった。

 インキュベーター曰く、ユゥは人格も忘れ、年をとることも忘れ、もはや現実と夢の境目すらも忘れた魔法少女。彼女を動かす理は既に魔法少女の領域から片足を踏み外している。

 ゆえにその実力も生半可なものではなく、仮にこの国にいる魔法少女を実力順でランキングすれば、50位より上に位置づけされるだろう。

 

 それを目の前の騎士は真っ向から打ち砕いた。鉄拳と聖盾、その二つを以って異端を砕くこの魔法少女は『(くろがね)の英雄』と呼ばれる存在であり、その実力は、魔法少女全体でも屈指である。

 

 

 とはいえ、騎士とて無傷の勝利ではない。

 ユゥの心臓を貫いた代償に、二の腕を深く切り裂かれている。

 

 どちらの負傷も、魔法少女にとっては治癒可能な傷。魔力を回せば内臓はおろか、脳すらも再生できる。その耐久性を自覚している魔法少女の戦いは極めて決着が付きにくい。

 だからこそ騎士の追撃は早かった。血液を送るための器官を失い、肉体が硬直した隙を逃さず彼女はユゥにとどめを刺した。 

 

 亡霊のソウルジェムは砕かれ、後に残ったのはゆるりと死にゆく少女の姿。

 

 

「どうして? なんでわたしを、ころすの?」

「それは、貴方が亡霊だからだ」

 

 

 血とともに吐き出される問い。

 

 この騎士は悪人ではない。

 それは彼女の魔法が示している。

 ではなぜ? 自らの行為は正しいことのはず。それを一方的に悪と決めつけて殺しに来たのは騎士のほうだ。

 理不尽を押し付ける行為は、悪でなければならないはずなのに。

 

 ……否、それは彼女がやってきた行為と何ら変わらぬだろう。

 

 彼女は悪人として啓示を受けた人物を殺して回る殺人鬼。

 そして騎士は、その行為を咎めるために彼女を殺しに来た粛清者。

 

 巡り巡って、その因果が彼女に帰ってきただけのことだ。

 

 

「貴方は既に死している。名も願いも忘れた亡霊に、この世の居場所はない。潔く眠りにつくがいい」

「もう、しんでる? そう、だ。まえにもこんなこと……あ……ケ、イ……そう、だ。ケイ、ケイ……!! ああ。やっと、やっとしね、る、ん、だ。あは。いま、いく、よケ、イ――」

 

 

 掠れていた声が途絶える。

 対象の完全な絶命を感知し、聖堂騎士は十字を切った。

 

 

「――その魂に安らぎあれ」

 

 

 この魔法少女が抱える事情を彼女は知らない。知るつもりもない。

 独善によって悪を殺す魔法少女は社会を脅かす異端。

 その上で、彼女はその死後の安寧を祈る。

 

 そうしてしばしの祈りを捧げた後、騎士は報告のために携帯電話を取り出した。

 

 

「――はい、こちら紺染(こうぞめ)。執行対象の粛清を完了しました」

『ご苦労だシスター紺染。引き続き巡回に戻れ、と言いたいところだがつい先ほど異端審問会本部から君宛に招集命令が来ている。夜が明けたらすぐに向かってくれ』

「なんですって……? わかりました。至急、本部へと帰還いたします」

『ああ。飛行機は手配しておこう』

「ありがとうございます。ではこれより、準備のために巡回を終了。帰宅します」

『了解した。では失礼する』

「はい。失礼します。

 

 

 ――さて、本部が直々に呼び出すとは、面倒事にならないといいのですが」




この世界に座す奇妙な連中がやってきた。

シーズン2のための伏線張りともいう。




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第二十八話 (くろがね)の英雄

……長らくお待たせしました。

ついにお披露目したかったキャラその一の登場です。


 "粛清機関"。

 

 

 この世界に存在する魔法、魔術などの『異端』を管理を目的とするこの組織は、その前身を『聖堂騎士団』という最大規模の宗教の威を借りた組織である。かつては魔法少女と魔女を社会から炙り出して力ずくで滅ぼす武装集団であったのだが、15世紀に欧州を覆った『女王の黄昏』と呼ばれる災厄級魔女の討伐を境としてある錬金術師を中心として世界各地の神秘組織との併合を行い、世界各地の魔術師と魔法少女が関わる一大組織へと変貌した。

 

 そんな粛清機関の中において、やはりその宗教の信仰を用いて異端を狩る戦闘員は聖堂騎士と呼ばれ、世界各地の教会などを隠れ蓑として、日夜異端と渡り合っているのだ。

 

 そしてここ、神浜の水名教会も粛清機関が抱える拠点の一つ。

 

 

「ようこそ、神の家へ。大層なもてなしはできぬが、茶ぐらいなら出そう」

「いえお構いなく。それで、話は何かしら神父?」

 

 

 紺染福詠の出迎えも早々に切り上げ、七海やちよは要件を尋ねる。現在の水名教会は人払いが徹底されており、おおっぴらにそういう事情を話しても問題はない。

 

 

「西の顔役である君にはまず伝えるべきかと思ってね。ここ最近、神浜に魔女が増えていることは知っているな?」

「ええ。少し街を歩いて路地に入れば魔女が見つかるわ。強さも以前より増している」

「私も何度か見て回ったが、魔女の結界が重なるどころか、魔女同士の共食いまで始まっている。これほどまでに魔女がいるというのは異常事態と言える」

 

 

 魔女から手に入るグリーフシードは魔法少女にとっては生命線。その補給に困らないというのはありがたい話だが、魔女とはそもそも人を襲う怪物。その魔女の数が増えるというのは、その犠牲になる人々が増えるということ。決して手放しに喜んでいい事態ではない。

 

 

「それともう一つ、一週間ほど前からこの街ではある存在が見られなくなった」

「……キュゥべえね」

「そうだ。だが神浜周辺の地域にいる構成員たちは問題なくインキュベーターを確認できている。どうやらインキュベーターは何らかの要因で神浜への侵入を妨げられているらしい。まあ、我々からすればそのことについては何の問題もない。魔法少女は極力増えないほうがいいというのはお互いの共通認識だろう?」

「ええ。その通りね」

 

 

 身も蓋もない神父の言葉にやちよも同意する。

 魔法少女の半数は初戦で敗れるか魔女化する――現実を僅かに歪めた代償として、少女がひとり失踪するというのだからなんとも世知辛い話だ。

 

 

「だが、同時期に起こっているもう一つの事態については見逃せない。私は粛清機関本部に神浜市に魔女の増加している現状を報告した。すると、今度は日本の各地にて魔女の出現数が激減しているという情報を渡された。さて、君はこの状況をどう思う?」

「……魔女が神浜に集められている?」

「数字的にも、状況的にもそう考えるのが自然だ。何者かがインキュベーターの観測の目を逃れることで大規模な魔術を試みている……その可能性は大いにある」

「魔術師が何かを起こしたってことかしら?」

「あるいは魔法少女が、だ。魔法少女が大きな野望を果たすために魔女も魔法少女も利用しようとする案件は数えきれないほど起こってきた。そのたびに我々が介入し、秩序崩壊の危機を防いできたわけだ」

 

 

 魔女の身体の一部を呪物として扱う魔術の流派は多い。もとよりこの世界における魔術とは魔法少女の使う魔法を模して編み出された神秘を操る術。同じく魔女の呪いを利用した神秘も立派な魔術であり、特に黒魔術と呼ばれる分野には顕著に見られる。それらを極めた魔術師であれば、魔女そのものを操るような呪詛を行使することも不可能ではないだろう。

 やちよは魔術師について詳しいわけではないが、そういった魔法少女にとってのイレギュラー的存在が神浜に入り込んでいる可能性は懸念していた。魔術師と敵対した経験はないが、聖堂騎士のように戦闘用の魔術を使う人間がいかに油断できないかは目の前の神父がよく示している。

 

 

「まあ要するに、だ。今回の異変、私のみでは手が余るということで粛清機関本部から人員が派遣されることになった。対異端狩りのエージェントである私の義妹(いもうと)がね」

 

 

 神父が指差すと同時、側にある長椅子に座りながらも沈黙を保っていた人物がすくと立ち上がる。それは腰まで届く黒髪を一つに結ったシスターであった。顔つきは日本人で均整が取れている。年はやちよと変わらないか、それとも上か。

 そしてその全身から微かに感じられる魔力は、よく見知った性質(魔法少女)のもの。

 

 

(魔法少女の聖堂騎士……神父の義妹ってことはまさか……?)

 

 

 脳裏によぎるの目の前の眼帯男から飽きるほど自慢されてきた人物。その正体は推して知るべし。

 シスターはやちよに向けて礼をする。その堂々たる佇まいは質素、清楚というよりは騎士然とした凛々しさを感じさせる。

 

 

「本日付で神浜の監督役、及び異端審問の任に就きました。紺染音子(こうぞめおとこ)と申します。以後、どうかお見知りおきを。七海やちよ殿」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 人生、どうしようもないことは存在する。

 力がない。知恵がない。お金がない。時間がない。運がない。

 

 色んな要因での不可能があるけれど、今回はその五番目に入るだろう。

 

 

 チームの大目的である「飛蝗」の調査中に見つけ出した魔女の結界。

 ななかちゃんの魔法によって「飛蝗」に連なる魔女であると判明し、勇んで突入したもののこれがもうひどかった。

 

 

 何がひどいって、この使い魔一体一体がかなり強い。

 特に耐久力が高く、大型は全員で連携攻撃を浴びせて一体倒せるかどうか。それが何十体もいる。

 また雑兵の小さい使い魔にも気を配らなければならず、一撃必殺の私でもこの物量は覆せない。

 

 最近は遭遇する魔女の平均的な強さが上昇している気がする。これも神浜が魔女過密状態になっているが故の影響だろう。春に入ってから魔女がひしめくようになったが、一向に原因はつかめていない。

 

 だがそんなことはどうでもいい。今はとにかくこの状況をどうにかしなくては。

 

 しかし戦況の打開を行おうにも槍で薙ぎ払って確保できるのは自分の周囲だけ。魔力放射は威力はあるが防御は無視できない。

 一発逆転の異形顕現は……実はまだななかちゃん達には知らせていない。情けないことだが、やちよさん達よりも親密な四人には、私が半魔女的存在であることを打ち明けることができなかった。特にかこちゃんとあきらくんには魔女化についても教える必要があるため、慎重に扱わなければいけないなどと言い訳して二の足を踏んでいた。

 

 とかなんとか言い訳していたらこのザマだ。

 

「このっ! ――ぐおっ!?」

「回復を……きゃっ!」

「かこさん!!」

「流石に、捌ききれないヨ! ここは撤退(テタイ)ネ!」

「それすら許してくれますかねぇ!!」

 

 

 あきらくんが押し切られ、拮抗状態が決壊する。

 じわじわと狭まる包囲網。使い魔は雪崩となって私たちを押し潰す。

 

 

「"――城壁よ!"」

 

 

 懐から取り出した魔力結晶(ジェム)をばら撒いて即席の防壁を築いて四人を匿う。

 魔女の一撃にも耐える強度の防御結界も、この絶え間ない物量相手では少々心許無かった。

 稼げた時間は十秒足らず。覚悟を決め、準備をするには充分な時間。

 

 

「こうなったら私の奥の手を出すしか……!」

 

 

 ソウルジェムに手をかざし、その性質を裏から表へと切り替える。

 まずは魔力を周囲にばら撒き、衝撃でこの包囲を振り払う。

 

 

「異形――」

「全員、伏せてください! つばめは気合で耐えなさい!!」

「え?」

 

 

 上空から聞こえた声に耳を疑う。

 というか何故私は名指し?

 

 

「"土は土に、灰は灰に、塵は塵に。汝ら虚より生まれたものよ、悉く虚に還るべし"」

 

 

 そんなことを疑問に思う暇もなく。

 天井が砕けたと錯覚するほどの轟音と光が上空から溢れ出た。

 

 

 神聖さすら感じさせる魔力が周囲を満たして蹂躙する。

 はじけ飛ぶ肉片。断末魔すら上げることなく消し飛んでいく使い魔たち。

 

 てか、ちょっと痛い痛い痛い!! これ浄化系の魔法じゃん異形顕現中止中止!!

 

 幸い、光は数秒で止んだ。 

 全身を苛むピリピリ感を堪えながら周囲を見渡す。

 そこには視界を埋め尽くすほどいた使い魔の姿はなく、代わりに光の十字架がそこらかしこに屹立していた。

 

 

「……何が起こったの?」

「あれだけいた使い魔が一瞬で……」

「これは、十字架?」

「――まさか、ナ」

 

 

 四人とも、突然のことに何が何だかわかっていない。

 

 あきらくんとかこちゃんは唖然と辺りを見回すだけで。

 ななかちゃんと美雨さんはこれを成し遂げた下手人について考え始める。

 

 

「うおお……日焼け止めに失敗したような痛み……」

 

 

 そして私は表面に走る痛みと不安によって生まれたての小鹿のように震えていた。

 

 先ほど聞こえた声。圧倒的な力。極めつけにはあの()()()()()()()

 いやー、なんでここにいるのかなぁ……。

 

 

「――あなた達、怪我はない?」

 

 

 声のした方向に振り向けば、我らが神浜のリーダー格。

 

 

「やちよさんっ!」

「新入りの案内がてらに巡回していたけれど、様子を見に来て正解だったわね」

「今の攻撃はやちよさんが……?」

「多分、違います……」

 

 

 私の予想だときっと――。

 

 

「ふむ。どうやら全員無事のようですね。しかしつばめ、あなたがついていながらこのような使い魔相手に窮地に陥るとは、少しばかり油断が過ぎたのではないですか?」

 

 

 ですよねえ……。 

 

 背後から突き刺さる声の主に振り返る。

 はためく群青色のコート。その上から人体の関節や胸部などの急所を覆う甲冑に、両手両足も銀色の鎧甲で覆われている。

 そんな一見騎士然とした装いに身を包んだ女性は、一部の隙もない佇まいでこちらを見ていた。

 

 

「さて、色々と言いたいことはありますが、ひとまずは再会を喜ぶとしましょうか。――久しぶりですね、つばめ。息災のようでなにより」

「……はいぃ。ご無沙汰しております。()()()()

 

 

 私たちはおよそ一年ぶりとなる挨拶を交わした。

 

 

 そう、私はこの人を知っている。

 

 

 紺染音子(こうぞめおとこ)

 

 

 私たちの師匠にあたる魔法少女であり、

 粛清機関に属する聖堂騎士であり、

 『蟹座の魔女』を討伐した『(くろがね)の英雄』の異名を持つ、私が知る中で最強の人物であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「音子、さん……ってことは、この人がもしかして?」

「是的。紺染音子(こうぞめおとこ)。聖堂騎士と同時に魔法少女してる人ヨ」

 

 

 あきらくんの言葉を美雨さんが肯定する。

 そこでようやく音子さんのほうも美雨さんに気が付いた。

 

 

「おや、誰かと思えば美雨じゃないですか」

「久しぶりネ音子。相変わらず最強の座は健在らしいナ」

「ふふ、そういうあなたは成長したみたいですね。暫く見ていない間に背も伸びましたか?」

「そんな時間は経てないヨ。三年ぶりくらいネ」

「お茶目な挨拶ですよ。とはいえ、少し年寄りじみていたかもしれませんね」

「まあ音子さんなら魔法少女としては十分年寄……あだっ」

「失言の癖は直ってないようですね」

 

 

 い"だい"。

 落とされた拳骨から頭蓋骨全体に衝撃が響く。

 痛みはすぐ引くのに、心の底からじんわりと申し訳ない気持ちにさせられるこの感触は間違いなく音子さんのものだ。

 

 

「――と、世間話に興じている場合ではありませんでしたね。まずはここの魔女を片付けます。皆さん、ついてきてください」

「あ、はい!」

「つばめ、討ち漏らしは任せましたよ」

「はーい」

 

 

 さてさて。

 しばらくぶりの音子さんとの共同戦線だ。

 

 失望されないように、気張らなくては。

 

 音子さんが駆けだすと同時に走り出す。

 

 

「わッ!?」

「速い……」

 

 

 ななかちゃん達もそのスピードに驚きながらも追走を始める。やちよさんは殿としてわざと遅らせているのだろうが、それでも段々と距離が離されていっている。

 

 

「あそこ、使い魔が沢山!」

「一人で突っ込んでいきますよ!?」

「あー、別に大丈夫かと」

 

 

 単身乗り込んでくる獲物を前に、魔女の手下たちはガチガチと歯ぎしりめいた音を鳴らす。

 その数はおよそ数十体。ベテランでも攻め方を考えれる量だが、音子さんは少しも怯むことなく突進する。勿論、それは決して向こう見ずな猪突猛進ではない。 

 群れの先頭にいた使い魔が牙を剥きだして飛び掛かる。人の身体を容易く食い千切る鋭い牙に対し、音子さんは十字架の意匠が施された手甲に覆われた拳で迎え撃つ。

 

 ぐしゃり、と使い魔の牙が砕け、さらには肉体もひしゃげさせて結界の壁まで吹き飛ばす。

 同胞が返り討ちに遭ったことで、威嚇していた使い魔たちは堰を切ったように目の前の魔法少女に襲い掛かった。

 

 視界を埋め尽くすように襲い掛かる使い魔。

 だがその勢いはガギン! という音と共に遮られる。

 

 

「あれは……!?」

「『守護障壁』。難攻不落を誇る、音子さんが最もよく使う魔法です」

 

 

 音子さんの眼前に出現した、全長二メートルほどの十字架。それは先ほど乱立していたものと全く同じく、半透明で淡い光を放っていた。

 

 これが音子さんの使う魔法の一つ、『守護障壁』。

 

 魔力によって構成されたその十字架は私が模倣したチャチな防壁などとは比べモノではなく、あらゆる攻撃を難なく防ぎきるだけの強度を誇る。無論ただの使い魔程度が何匹集まろうと突破は不可能で、すべての攻撃が障壁に押しとどめられていた。

 

 音子さんはそのまま右手を引き、勢いよく前へと突き出す。

 渾身の右ストレートが障壁にぶつかる。障壁は拳の威力をそのままに前方へと突き進む。

 それはつまり単純にパンチの表面積が広がったということであり、そこへさらに障壁の強度分の威力が加えられるということ。

 障壁は破城槌となって前方の使い魔たちに満遍なくその質量を浴びせ、彼らの脆い肉体を纏めて四散させた。

 

 

「障壁であんな使い方を!?」

「シールドバッシュとは渋いわね」

 

 

 これが音子さんの戦闘スタイル。

 十字架型の魔力障壁を固有魔法である『不破の加護』で強度を爆上げして攻撃を防ぎ、そして敵を粉砕する武器として扱う。そんな攻防一体の重戦車な戦い方こそが聖堂騎士・紺染音子を不落の英雄たらしめているのだ。

 

 音子さんはそのまま次々と使い魔をその拳で殴り倒す。

 背後から強襲してきた使い魔を振り向きもせずに裏拳で粉砕する。真横に突き出した肘から障壁を繰り出して破壊する。包囲するように襲ってくれば回し蹴りでまとめて打ち砕く。

 

 魔法少女からしても驚嘆の一言に値する、人間の極みにまで鍛え抜かれたその身体能力と戦闘技術。

 

 最強と謳われるに相応しい縦横無尽の活躍っぷりを音子さんは変わらず見せつけてくれていた。

 

 

「なんて強さなんだ……」

「噂に違わぬ強さ、というわけですね」

 

 

 ななかちゃんは感心しながらも使い魔を切り捨てる。

 音子さんが最前線でヘイトを稼いでくれているが、離れたところにいる使い魔はこちらを狙ってくる。

 だが先ほどのような物量はない。これなら十分に倒しきれる。

 

 そうやって問答無用で突き進むこと数分。

 結界の最奥部、魔女が鎮座する場所へとたどり着く。

 するとどうでしょう。魔女がこちらに振り向くと同時に、その口から巨大な魔力が投射されたではありませんか。

 

 

konnitiha,sine!!

 

 

 侵入者を発見して即座に攻撃するとは、中々に凶悪な魔女である。

 

 

「ぬん!」

 

 

 だが音子さんは止まらない。

 巨大な十字盾が出現し、魔女の砲撃を正面から受け止める。

 

 砲撃が止み、煙の晴れた先には傷一つない障壁が聳え立つ。

 半透明な向こう側から、魔女が狼狽する様子が見て取れる。

 

 その隙を逃さずに音子さんは一気に距離を詰める。

 魔女も攻撃を行うが、音子さんは肉食獣のように俊敏な身のこなしで回避していき、ついには足元まで接近する。

 

 

「遅い!」

 

 

 ドガン! と空気を揺るがす音が響く。

 それは音子さんの繰り出した拳が命中したことを示すもの。

 三倍以上はある体格差でこれだけの音。あのパンチの威力がすさまじいことが明白である。

 少し遅れて揺らいだ魔女が苦悶の叫びをあげる。

 

 主の危機にわらわらと大小入り混じった使い魔が集まり、四方八方から襲い掛かっていく。

 

 

「"主の威光を以って指し示す。此処は聖域なり!"」

 

 

 音子さんは地面に拳を突き立て――直後、彼女を中心として大量の十字架が地面から飛び出した。

 勢いよく出現したその障壁は使い魔を下から貫き、瞬く間に殲滅する。

 

 

「今です、行きなさい!」

「え? あっそういうことですか。皆さん、突撃ー!」

 

 

 どうやら私たちに手柄を譲ってくれるらしい。

 お言葉に甘えて十字架を飛び渡り、軽々と魔女に近づいていく。

 皆も私に続き、最早丸裸も同然の魔女に各々攻撃を浴びせていく。

 

 

GYAAAAAAAAAAAAAAA!!

 

 

 袋叩きにされ、苦悶の叫びをあげる魔女。

 

 その断末魔も骨喰による斬撃でかき消され――後には元の路地裏の風景が残るのみであった。

 

 

「なるほど。腕は鈍っていないようですね」

「音子さんこそ」

 

 

 音子さんの側に着地する。

 そしてがちん。とお互いの手の甲をぶつけて健在を確かめ合うのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「では改めて挨拶を。この度、粛清機関より水名教会に監督役として赴任しました。紺染音子と申します。こちらのつばめとは、以前の街でしばらくの間共に戦った仲です」

「これはご丁寧にどうも。私は常盤ななかと申します。あなたのお噂はかねがね、つばめさんから聞き及んでおりました。お会いできて光栄ですわ、紺染さん」

「志伸あきらです!」

「な……夏目かこといいます」

 

 

 律儀に挨拶を返す三人を見て、音子さんは軽く笑みを浮かべる。

 

 

「不肖の弟子が世話になっているようですね、つばめがそちらに迷惑をかけていませんか?」

「あなたは私のお母さんか何かか」

「ふふっ、つばめさんにはいつも頼りにさせて貰っております。彼女の並々ならぬ経験に裏打ちされた戦闘技術と戦略眼……それを鍛え上げたのはあなたですね」

「その通り。彼女には一人でも街を守り切れるように全力で鍛え上げました」

「地獄みたいな訓練でしたよほんと……」

 

 

 魔法少女だからと無茶苦茶に過ぎる修行風景が頭をよぎり、ついぼやきが口から洩れる。

 少なくとも一般的な修行は走馬灯を垣間見るようなことはないはずだ。

 

 

「ええ。あれは文字通り地獄ですので」

 

 

 やっぱり地獄なんじゃないか。

 

 

「しかし、美雨さんとも知り合いだったのですね」

「契約したての頃の話ネ。神父の紹介でちょとだけ面倒見てもらたヨ」

「へえー」

 

 

 全国を飛び回っているだけあって音子さんは魔法少女の知り合いが多い。七枝市で共にいた二年間は意識していなかったことだが、こうして神浜でも音子さんの勇名が知れ渡っていたことや、以前に美雨さんからそれとなく知り合っていたことを聞いたことで、私の中で音子さんという人物の大きさが人回り大きくなったように思えたものだ。

 

 

「あの時は神浜の近くに用がありましたから、少しばかり対魔女用の手ほどきをしました」

「中々良い功夫を積めたヨ。今度またやってくれないカ?」

「ぼ、ボクもいいかな……?」

「では今度の週末、時間を設けましょうか」

「おおっ! つばめさんの強さの秘訣、知りたかったんだよね!」

 

 

 正気かこいつら? 私の時といい、あきらくんは鶴乃さんほどじゃないけど強さに対して貪欲だね。

 まあ、音子さんのシゴキは一回は受けておいて損はない。

 要するに音子さん相手にスパーリングを繰り返すだけなんだけど、人間の限界レベルに鍛えている聖堂騎士が相手だ。生と死の狭間を垣間見るかもしれないが、それに見合うだけの経験を積むことはできるのも確か。体の動かし方や戦いにおける考え方などの基礎的な能力を底上げする訓練は実戦を繰り返すだけでは得られないものがある。

 

 

「しかし、つばめが神浜へ向かったことは知っていましたが、彼女と行動を共にしていたとは中々奇妙な縁を感じますね」

「まあ、そこは色々ありまして。というか音子さんはどうしてこの街へ?」

「ただの人事異動ですよ。神浜の地で魔女が急増している、というのが我々のほうでも問題視されていまして。各地の調査員だけでは人手と戦力が足りないので私がやってきました」

 

 

 私の疑問に端的に答える音子さん。

 春先からの魔女の増加は、大都市だしそういう時期もあるのかと思っていたが、どうやら余所から見ても異常事態だったらしい。

 

 

「この街に踏み入った時から薄々ならぬ穢れを感じてはいましたが、やはりこの街の魔女の数と強さは明らかにおかしいですね。師として先ほどは厳しく言いましたが、これだけの相手となればよく耐えたものです」

 

 

 さっきの下げを撤回するその言葉に、なんだかめちゃくちゃ褒められた気分になる。

 自他ともに厳しい人だけど、ちゃんと頑張りは評価してくれるんですよね。

 

 

「最も、こういった例が過去に無かったわけではありません。単純に()()()()()()()()()が重なった結果なのか、魔女が一か所に集められるような何かがあるのか。そういったことが判明するまでの間、私はこの街を中心に活動を行います。今日はその挨拶がてら、七海さんの案内で街を軽く見て回っていたのですが……」

「そこで私たちが入った結界に遭遇した、と」

「そういうことです。ところでななかちゃん、先ほどの魔女についてだけど」

「はい。使い魔の反応から気づいてはいましたが、やはり『飛蝗』ではありませんでした」

 

 

 結局、あの結界にいたのは本命の魔女ではなかった。

 『飛蝗』が残すコロニーの一つを潰せたのは収穫だが、これでまた地道な捜索作業に逆戻りだ。

 

 

「『飛蝗』、とは何ですか?」

「私たち、というかななかちゃん達が追いかけている魔女がいるんですよ。色々あってそのお手伝いをいていまして」

 

 

 軽く掻い摘んで事情を説明する。

 

 

「――そういうワケでして、ななかちゃんの魔法を頼りに神浜中を調べて大元の魔女を見つけ出すのが我々の目的なんです」

「成る程。そういった魔女がいるのですか……」

 

 

 腕を組んで考え出す音子さん。

 この話を聞いて、誰よりも先に『飛蝗』を討伐に行きたいのだろう。

 自分の責務と、この地域の魔法少女たちの事情を天秤にかけて悩んでいる。

 正直なところ、音子さんが倒してくれるならそれはそれでこちらとしても願ったり叶ったりだったりする。

 

 

「紺染さん、多くの魔女と戦ってきたあなたの知見を頼りにさせてもらいたい。『飛蝗』について思い当たる点などあれば聞かせてはもらえないでしょうか?」

 

 

 ななかちゃんが音子さんに頭を下げる。

 

 

(勧誘はしないんだ)

(彼女ほどの戦力を私たちが独占するのは、むしろ効率が悪いと判断しました。戦力という意味では喉から手が出るほど欲しいですが、立場上一勢力に深入りする人ではないでしょう?)

(そこは、確かに)

 

 

 音子さんは元々ワンマンで活動する戦闘員だ。七枝市の時はそもそも私と美緒が新米魔法少女だったから面倒見てもらって、あとは流れで組んでいただけである。

 だからここはそういう魔女の存在を示唆して捜索の範囲を増やす方が得。音子さんなら単独で遭遇してもまあ何とかなるだろうし。

 

 

「ふむ。そうですね。常盤さん、質問を一つ」

「はい。何でしょう」

「あなたの魔法に引っかかった魔女はすべて同じ姿の魔女でしたか?」

「……いえ、『飛蝗』に連なる魔女の多くは同一の姿をしていましたが、何種類かの魔女から『飛蝗』に繋がる気配を感じ取りました」

 

 

 ななかちゃんの言葉は真実だ。

 最初に『飛蝗』の反応を示したのは屋上の魔女。チームを組んで討伐した巣の魔女も同じ。

 だが、それ以降ななかちゃんの魔法で強い反応が現れた魔女は立ち耳や羊もいる。

 割合としては屋上の魔女が半分以上なので気に留めていることはなかったが……こうして言葉に表してみるとその違和感は露わとなる。

 

 

「そうですか。では結論を良いましょう。

 ――私から言わせれば、そんなことはまずあり得ません」

 

 

 音子さんは迷うことなく、ななかちゃんの魔法を否定した。

 

 

「何ですって?」

「原則、魔女の使い魔というのは親元と同型の魔女に成長します。魔女の中核を為す呪いと、その方向性を定める絶望。それは分裂したとしてもそうそう変質することはないからです。一応、例外もあるにはありますが、それでも姿かたちや性質がかけ離れるというのは奴らの生態上あり得ないことなんですよ」

「ですが、現に私の魔法はいくつかの種類の魔女から同一の反応を感じ取っていますが……まさか」

「察しが早くて助かります。事実として『飛蝗』という魔女はいるのでしょう。そういった行動パターンを持つ魔女についても記録が残っていますからね。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。おそらくその魔女は手駒の一つに過ぎない。上級魔女か魔術師か――あるいは魔法少女か。少なくとも魔女を手なずけることのできる何かが裏で糸を引いている可能性があります」

 

 

 ごくり、と息を呑む音が聞こえる。

 

 皆が皆、音子さんの言葉について聞き入っていた。

 神浜を襲う魔女と、それを操っているかもしれない存在。

 

 ななかちゃんや美雨さん、そしてやちよさんは顔を険しくする。対してあきらくんやかこちゃんは沈んだ顔で黙っている。

 事前に予防線を張ったとはいえ、魔法少女が裏にいるかもしれないという可能性は皆の心を締めあげているのだろう。

 

 

「……とはいえ、私もそれらの事件については深く知りません。必要以上に深入りしてあなた達の邪魔をするのも忍びない。この一件はあなた達にそのまま預けておくとしましょうか」

「はい。ご協力ありがとうございます。紺染さん」

「構いませんよ。これからしばらくは肩を並べる機会もあるでしょう。あなたのように思慮深い魔法少女というのはどうにも得難い。今後とも仲良くいきましょう」

 

 

 そうして、思いがけぬ再会を経た私たちの日常は過ぎていく。

 

 

 

 ――その数日後、事件は起こった。




紺染音子(こうぞめおとこ)
 七枝市にて琴織つばめと富野美緒の師匠となった魔法少女。通称『鉄の英雄』。
 師匠譲りの最強防壁を殴り飛ばすシールドバッシュ戦法の使い手。
 月姫のシエル先輩と血界戦線のクラウスを足して二で割ったようなキャラ。ぶっちゃけ本作最強クラス。
 ディフェンスタイプ。防御力アップ及び防御力を攻撃力に加算するスキル持ち。
 
【挿絵表示】


○琴織つばめ
 音子の聖堂騎士流ブートキャンプがトラウマ。
 修行っていうかただの苦行……。

○世界観
 魔術師は魔法少女よりも数が少ないし、秘密結社作って隠れてるのであまり表に出てこない。


 つばめちゃんの立ち絵もいっこ作りました。メガほむではないです。
 
【挿絵表示】


 次回からは原作開始前編の山場。
 色々と要素の盛られた散花愁章の開幕でございます。


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第二十九話 散花愁章……①【狂宴の幕開け/復讐の影】

原作前の大一番。散花愁章開幕。
この編はシーズン2への準備としてチャプター構成となります。
短めですが投稿をコンスタントにするための措置です。

※なんか勘違いの描写があったので修正しました。


ChapterⅠ【狂宴の幕開け】

 

 

 事の発端はなんてことない。

 自分の部屋でだらけていた時にかかってきた一本の電話だった。

 

 

『あきらくん』

 

 

 ふむ。彼女が電話をかけてくるというのも中々ない。

 一体何だろうかと着信を取る。

 

 

「はいもしもし」

『大変だよ、つばめさん!!』

「どうしたの?」

 

 

 この上なく切羽詰まった声。頭の中で鳴り響くミッションアラート。

 市民あきらは一体何のトラブルシューティングを請け負ったのだろうか。

 

 

『魔法少女が襲われたらしいんだ! この前の噂と同じだけど、実際にボクたちの知り合いも被害に遭ってる』

「――何ですって?」

 

 

 以前の魔法少女襲撃事件。

 ほとんど被害者もいないデマに多くの人が踊らされたあの一件についてはこのはさん達が真犯人を探っていたのだがやはり噂の出所を掴むことはできずじまい。もしや犯人はこのまま行方をくらませるのではないかと思い、記憶からも薄れかかっていたところにこの報せは寝耳に水だった。

 

 

「誰がやられたんですか?」

『エミリーだよ! 昨日相談所で別れて、朝起きたら倒れたところを発見されて病院に運ばれたけど目が覚めてないって聞かされたんだ』

「それは……!」

『おまけに一人だけじゃなくて、他にも被害に遭ってる子がいるらしいんだ』

「とりあえず落ち合いましょう。相談所でいいですか?」

『うん。ななか達にもそう伝えておくね』

 

 

 ひとまず通話を打ち切る。

 さてどうしたものかと考え始めた途端、ぽこんというポップな通知音が鳴った。

 発信元はSNSアプリ、魔法少女の知り合い用トークルームから。

 大方予想は着くが、エア既読スルーはよろしくないのでメッセージを見る。

 

 

 都 ひなの :『衣美里が倒れて目覚めなくなった。心当たりはないか?』

 美凪 ささら:『エミリーが倒れたらしいんだけど、どうなってる?』

 綾野 梨花 :『これ、この前の事件と何だか似てない!?』

 五十鈴 れん:『昏倒……ですね。だとすると魔法少女の仕業……?』

 江利 あいみ:『こころが目覚めなくなっちゃって、まさらが見たこともないぐらいに怒ってるの! つばめさん何とかできない?』

 保澄 雫  :『助けて』

 

 

 多 い わ

 

 スマホの通知が止まない。魔法少女のチームごとに通話ルームを分けているので一つのルームを既読にしても別のルームで通知がポコポコ鳴っている。まるで使い捨てのメールアドレスのように通知の数がすさまじい。

 

 

「だーっ! もう! なんで揃いもそろって私の所に連絡かけてくるんですか!?」

 

 

 ざっと確認しただけでも三人以上が昏睡状態という深刻な状態。

 返事をし続けている暇もない。とりあえず来れる奴は相談所に来いと書き込んでから家を出る。

 

 

 家は商店街のすぐ近く。

 なので相談所も走れば10分で着く。

 

 私が相談所の前に到着した時、そこにはもう何人かが集まっていた。

 

 

「来たか」

 

 

 既にいたのは都ひなの。美凪ささら。志伸あきらの三名。

 少し待てば、ななかちゃんとかこちゃんも合流した。 

 

 

「つばめさーん!」

「お待たせしました。美雨さんは少し手が離せないようです」

「そうですか。ではとりあえず状況の確認をしましょう。何人か被害者が出ているらしいですが、結局誰が襲われたのですか?」

「アタシは衣美里が襲われたことしか知らないな」

「うん。私も、エミリーが倒れたって聞いて居てもたってもいられなくて」

「雫ちゃんから連絡が来たってことは、多分よく一緒にいる毬子あやかさんも被害に遭ったと思った方がいいかな」

 

 

 一言だけだったけど。

 あの二人、控えめだけど協調性のある雫ちゃんと、積極系だけど陰の者な毬子さんでがっちりハマってたと思うから、片割れが失われそうな状況に陥ったら穏やかではいられないのだろう。

 

 

「あと江利さんから連絡が来てましたね。こころさんが襲われたらしいです」

「最低でも三人か……」

「ほぼ狂言だった前とは違い、本格的に動いていますね」

 

 

 前回は事件を真実だと演出するためにももこさんだけが襲われたが、それもすぐに目が覚める軽いものだった。

 だが今回は三人が同時。しかも一晩以上経過しても目が覚めていない。

 以前とは様相が違うこの意味は一体何なのか。

 

 

「前回と同じ犯人が本気を出した? それとも情報に相乗りしただけの第三者の仕業か……」

「どちらにせよ、放置というわけにもいかないでしょう」

「そうだよ! 一刻も早く原因を突き止めなきゃ……!」

 

 

 あきらくん燃えてますねえ。

 いや、それはひなのさんもささらさんも同じか。

 ささらさんはあきらくんとほぼ同じぐらいに憤っているし、ひなのさんは冷静に判断しようとしているが言葉の端々がピりついている。エミリーの突き抜けた明るさは薄暗い魔女退治の中での清涼剤の役割も果たしている。それが損なわれたとなればここまで剣呑さが露出するものか。

 

 

「私としては、被害者のどなたかの様子を見ておきたいのです」

「いい提案ですね。魔法によるものであれば、そこには何らかの痕跡が残っている可能性もある。ひなのさん、エミリー以外の被害者が現在どうなっているのかはわかりますか?」

「衣美里は里見メディカルセンターに運ばれたよ。他二人については分からないが、魔法がらみの傷病は大体あそこに担ぎ込まれるらしい」

「では病院に行ってみましょう。運が良ければ面会できるかもしれません」

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅡ【復讐の影】

 

 

 

 新西と北養の境目。

 神浜で一の規模を誇る大病院、里見メディカルセンターを私たちは訪れていた。

 

 親しいひなのさんがいたおかげか、衣美里さんの病室にはあっさり通された。

 

 

「おや、雫ちゃん」

「……あ、つばめさん」

 

 扉を開けると、そこには先客がいた。

 つい先ほど連絡があった内の一人。保澄雫。

 

 

「ここにいるということは、やはりあやかさんもこの病院に」

「うん……」

 

 

 隣のベッドにはウェーブがかった長い黒髪の少女、毬子あやかが眠っていた。エミリーとは似た症状ということで纏められているのだろう。

 雫ちゃんは心ここにあらずと言った様子であやかさんをじっと見つめている。

 

 

「つばめさんはどうしてここに?」

「被害者の確認です。まず原因を突き止めないことには始まりませんから」

 

 

 清潔なベッドに横たわる衣美里さんは目立った外傷は見られない。

 だが視界を切り替えて見てみれば、やはりというかそこには凶器の痕跡が残っていた。

 

 

「……これは」

 

 

 彼女の頭には紫色をした魔力の残滓が残っており、ソウルジェムにも全く同じ色の魔力が侵食している。

 あやかさんの方に視線を移せば、まったく同じ光景が見えた。

 

 

「どうですか?」

「やっぱり魔法ですね。それも脳とソウルジェムの両方に魔力が染み込んでいます。言うまでもないとは思いますが、お二人とも同一犯の仕業ですね」

「――っ!」

 

 

 この魔力波長には覚えがある。

 前回の事件でこのはさんに精神攻撃を仕掛けていたやつの魔力だ。

 

 

「精神干渉の魔法。それも同系統の魔法を使う衣美里さんの耐性もぶち抜くほどの威力ですか。これは相当高度な魔法を掛けられていますね」

「追跡とかはできるか?」

「無理ですね。特に術者への魔力のラインは繋がっていません」

 

 

 魔法の中には対象に魔力を与え続けなければいけないものもある。それらは術者と対象が魔力のラインで結ばれており、私の魔法ならそれを追跡することも可能ではある。だが一度効果を発揮したらしばらく持続するようなタイプは仕掛ける一瞬だけしか魔力の繋がりはない。エミリーたちを襲った魔法は後者。起点さえ用意してしまえば、後は残ったまま。

 

 

「とはいえ、ずっと眠ったままというわけでもなさそうですね」

「本当!?」

 

 

 雫ちゃんが身を乗り出して顔を近づけてくる。

 近い……顔が近い……!

 その距離は私の穢れた心には眩しすぎる……ッ!!

 

 

「ひとまず彼女たちに掛けられた魔法が精神系のものだと仮定して、おそらくは消費した魔力で持続時間が決まるタイプです。だから犯人の魔力が全部消えれば自然と効果も消えるでしょう」

 

 

 というのは半分嘘。

 恐らくだが、これは催眠か何かに加え、疑似的にソウルジェムと肉体のパスを妨害している。

 精神を閉じ、肉体を封じる。

 魔法少女の無力化という一点において、この処置は最適解と言えるだろう。

 流石にそこまでの説明はソウルジェムの正体について語らなくてはいけないので伝えられないが。

 

 

「とはいえ、眠り続けろという命令は複雑に見えて実際は単純な動作だ。オンにしているよりもオフのほうが省コストなのは言うまでもありません。だから魔力の消費量は少なく、自然に解除されるのを待つのは少し時間がかかりすぎますね」

「つまり、犯人に直に解かせるということだな」

「そうなりますね。しかしそうなると犯人が誰なのかという話になりますが……」

「ねえ、あきら。昨日エミリーが会っていた人ってわかる?」

 

 

 手掛かりに悩んでいると、ささらさんはそんなことをひなのさんに聞いた。

 

 

「どういうこと?」

「ああいや、魔法でこうなってるなら接触する必要があるんじゃないかなって」

「なるほど。でも昨日は結構相談所に人が来てたからなあ」

「じゃあ最後に来た人は?」

「それなら覚えてるよ。最後に来たのは葉月さんだね。最近はよく顔を出しに来るんだよ」

「……ッ!」

 

 

 あきらくんの言葉に雫ちゃんが強い反応を示した。

 

 

「どうしました?」

「あやかも……昨日、その人と会ってた……」

「何ッ!?」

 

 

 行動範囲が参京区だからおかしくはないだろうけど、そりゃまた奇妙な偶然があったもんだ。

 

 

「なあ、念のため他の被害者が誰と会っていたのかも調べられるか?」

「はいはい。それならここに江利さんから聞きましょう」

 

 

 SNSで江利さんに、昨日こころさんが誰かと会っていたのかと尋ねる。少ししてから、答えが返ってきた。

 

 ……あーっと、これは。

 

 

「うーむ。なるほど。こころさんも葉月さんと昨日会って話をしていたみたいですね」

「……つまり、被害者の共通点は『遊佐葉月と会っていたこと』か」

「これって偶然……じゃないよね」

 

 

 おやおやおや?

 これはあまりよろしくない流れだな。

 

 

「あの……皆さんもしかして葉月さんが犯人だと疑ってます? それでしたら真っ先に否定させてもらいますけど。感じ取れた魔力自体、私の知っている人の色じゃなかったので……」

「おっと、そういえばお前の魔法はそういうのも分かるんだったか。いかんな。アタシとしたことが物証も揃えずに結論を出そうとするとは」

「本当便利だよね、つばめさんの魔法」

「でもそれなら、一体誰があやかを襲ったの?」

「そうなんですよねえ……」

 

 

 雫ちゃん、割とキレてますね?

 

 

「これは憶測ですが、犯人は葉月さんと接触した魔法少女を狙うことで、葉月さん達に濡れ衣を着せることが目的なのではないでしょうか。ちょうど彼女たちは前回の事件でも疑いの目を向けられています」

「なるほどな。遊佐葉月のことをよく知らない人間からすれば、それだけでも犯人と疑うには充分だ」

 

 

 ななかちゃんの推理にひなのさんは納得したように頷く。

 頭の回転が早い人間同士、余計なギスギスとは無縁で助かる。

 

 

「恐らくですが、私たちの顔見知りの中に犯人はいないでしょう。つばめさんが感知した魔力は、以前にこのはさんを苛んだ幻覚の主と同じ魔力なのですよね?」

「その通りです。ここしばらくは捜索を続けてはいましたが、その魔力を持つ相手とは未だに出会えていません」

 

 

 全く、姿を隠すのが巧いものだ。

 神浜中をちょろちょろしているのだろうとは思うが、それにしてもいい加減見つけ出して留飲を下げたいところ。

 多分だがこの襲撃は軽いジャブに過ぎない。何せこのはさんを暴走するまでに追い込んだ相手だ。彼女たちが追い込まれるまで徹底的にやって来るだろうという予感がある。

 

 

「うーん、そうなると私たちよりも魔法少女に顔が広い人か……」

「あ、みたまさん! あの人ならたくさんの魔法少女を知ってるかも」

「かこちゃんそれナイス」

 

 

 調整屋であるみたまさんの元には神浜中の魔法少女が訪れる。その中には私たちの知らない魔法少女もいるはずだ。中立ではあるが事が事だ、協力してくれるだろう。

 

 

「それじゃあ次は美雨さんと合流して調整屋、ですね」

 

 

 今後の方針も固まったところで病室を出る。

 都さんとささらさんはエミリーの様子を見ておきたいということでここで別れることになった。

 

 帰り際にひとまず葉月さんは容疑者ではない、ということを念入りに言っておく。これで他の誰かがこのはさん達に疑いの目を向けた時に少しは鎮火するのが早くなるだろう。

 

 

 

「――で、どうでしたか?」

 

 

 周囲に誰もいないことを確認してから、ななかちゃんに目配せをする。

 その言葉の意図を理解したななかちゃんは満足そうに笑みを浮かべる。

 お淑やかで見ほれそうな笑みだが、それはどこか牙を剥いた獣のようでもある。

 

 

「ええ。薄らと感じていたものが確信に変わりましたわ」

「感じていたもの、ですか……?」

「……ねえ、それってもしかして」

「はい。私たちの敵です」

 

 

 常盤ななかは告げた。

 

 

 この一件の裏には『飛蝗』がいる、と。




〇琴織つばめ
 そういうつもりじゃないんだけどRTAみたいな挙動してるつばめちゃん。
 固有魔法が概ねクソギミック潰しなのが悪い。つまり作者が悪い。


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第三十話 散花愁章……②【ホワイダニット/朧月】

明けましておめでとうございます。
そんなわけで続きをどうぞ。


ChapterⅢ【ホワイダニット】

 

 

 

 美雨さんと新西区の駅で合流し、そのままの足で調整屋へと向かう私たち。

 この案件を深堀りしていくことに最初は懐疑的だった美雨さんだったが、「飛蝗」が犯人である可能性を伝えるや否や一転してやる気を出してくれたので助かった。

 

 既に日が傾きかけているが、魔法少女からすればこの時間からこそが戦いの始まり。調整屋も同様に忙しくなる時間帯であり、おそらくみたまさんは店の中にいるはずだ。

 ……しかし、平日でも放課後直行しても開店していることが多いが、みたまさん学校の方は大丈夫なのだろうか? 大東学院のカリキュラムとかは詳しくないが、欠席を繰り返して内申に影響がないというほどの底辺というわけでもないだろうに。

 もしや最低限の出席でありながら成績は高水準を保っているというのか? それなら魔法少女相手に商売をほぼ一人で切り盛りできる能力にも頷ける。

 

 

「いらっしゃいです!」

 

 

 出迎えてくれたのはメルくんであった。用心棒みたいなももこさん同様、もうすっかり調整屋のスタッフっぷりが板についている。今日も可愛いね、元気が湧いてくるよ。

 

 

「やーやー。あれ、メルくんだけですか?」

「こんにちは安名さん。みたまさんはどちらに?」

「おや、つばめさんにななかさん。店長は少し用事で留守しているです。もう少ししたら戻って来ると思うのです。それまで占いとかで時間を潰されてはどうですか?」

 

 

 メルくんは店の端っこを占拠して勝手に作った占いブースを指し示す。やちよさんに見つかるたびに撤去されているのだが、懲りずに今回も設営されているらしい。しかし彼女の占いがどうあがいても結果に誘導するという性質は既に周囲の事実であるため、よっぽどの物好きか鶴乃さんぐらいしか占いを受ける人はいない。

 

 

「たっだいま~♪ メルちゃん、留守番ありがとう」

「おっと、帰ってきましたか。それじゃメルくん占いはまた今度」

「ぐむむ。まるでももこさんみたいなタイミングの悪さ……」

「あらあら、常盤さんのチームじゃない。今日は何のご用かしら?」

「はい。ではまず前提から話しましょうか。みたまさんは今、魔法少女の間で起きている事件はご存じですね?」

 

 

 その一言で、みたまさんの表情は真剣になった。

 

 

「ああ……例の昏倒の件ね。ちょうど今、こころちゃんを見てきたところよ」

「なるほど。それでそちらは何か分かりましたか?」

「それが全く無理だったわ。眠っている原因は魔力ぐらいしか分からないし、心が閉じているせいで調整で起こすのも無理。命に別状はなさそうなのが不幸中の幸いとしか言えないわね」

「こっちもエミリーの方を診てきました。幸い、早めの確認だったので下手人の魔力は分かりました。やはり前回の犯人と同じですね」

「前回……というと最初の昏倒事件のときです?」

「その通りです。そしてその犯人とは、どうやら私たちが追っている相手と同一の存在らしいのです」

「え? そうなの!? だったら早くなんとかして~! 今日きた子たちもみんな事件のこと噂して怖がってたし、このままじゃお客さんも遠のいちゃうわ~」

「心配するとこそこ?」

 

 

 豪胆というか図太いというか商魂たくましいというか……。

 

 

「そう焦らずとも私たちは犯人を追いますよ。そのためにも、みたまさんには協力してもらいたいのです」

「えぇ~? そうは言っても、私が特にできることなんてないわよ? あなた達の調整はいつもやってるし、私はそこまで戦いができるわけじゃないし」

「戦力を求めているわけではないのです。私があなたに尋ねたいのは犯人の情報です」

 

 

 ななかちゃんは事の本質にズバっと斬り込む。

 知性が冴え渡るななかちゃんの推理タイムが始まった。

 

 

「……私、魔女の知り合いなんていないわよ?」

「魔法少女の知り合いならたくさんいらっしゃるでしょう? 私はこの一連の元凶が魔女によるものではないと考えています」

「と言うと、つまり……」

「はい。犯人は魔法少女かと。この事件は魔女が行うにしては人為的な部分が多い」

 

 

 魔女がもたらす被害というものは基本的に直接的なものばかりだ。

 結界に入り込んだ人間の捕食。あるいは口づけを与えた人間の暴走による絶望の蒐集。

 自らの獲物となる人間を捕らえる過程において、魔女は狡猾な手段を取ることもある。集団自殺の教唆を行い、魂をまとめて捕食しようとするのは最もたる例だろう。

 だがそういった例を鑑みても、魔女というものは本能的だ。魔法少女であった頃の理性など失った彼女たちは、自らの衝動に逆らうことなくただ満たされることのない渇望を埋めようとする。自らの欲求を満たすことを行動基準の一番に置く魔女は、人間を襲うことに陰謀を張り巡らせるような真似はしない。

 

 ……勿論、例外はあるにはあるのだが。今回はそういう訳ではない。

 

 

「今回の事件、魔女の仕業と考えるには胡乱で曖昧な部分が多い。なんというか……ひねくれているんです」

 

 

 自らの痕跡をひた隠しにする狡猾さと、特定の人物へと矛先が向くようにする悪辣さ。

 実質的な被害が眠っているだけと控えめであるからこそ、犯人の下衆な思考が目立っている。

 

 

「私たちに起きたことは魔女の仕業……」

「でも今回の事件は魔法少女が犯人……」

「そして、ななかの魔法はこの二つに同じ『飛蝗』の気配を感じている」

「一見矛盾に見えるこの二つ。だけど、それを結ぶ要素はあった。そうでしょうななかちゃん?」

「はい。紺染音子、あの方の意見を聞けたのはとても有意義でした。魔女が魔法少女を操っているのではない、むしろその逆」

 

 

「『魔女を操る力を持った魔法少女』、それが犯人だって言いたいのね?」

 

 

 みたまさんの言葉にななかちゃんは頷いた。

 洗脳。誘導。操作。使役。

 

 そうした固有魔法を持つ魔法少女は決して少なくないが、流石に魔女を意のままに操れるほど強力な魔法を持つ魔法少女は限られてくるだろう。いくら神浜が日本有数の大都市だからって、そんなのがぽこじゃか出てこられても困るわけだが。

 

 

「その通りです。なので、まずお聞きしたいことは……」

「し、知らないわよ! そんな子なんて!!」

 

 

 みたまさんは即答した。

 その即答っぷりに美雨さんが詰め寄るが、みたまさんは本当に知らないときっぱり言った。

 それはそうだろう。ソウルジェムの調整は自分の素性を暴かれる。いくら完全中立を謳う調整屋とはいえ、後ろ暗い秘密を抱える魔法少女が利用するのはリスクが高すぎる。

 

 

「では次ですが、人心操作やそれに類する魔法を使う方にお心当たりはありませんか?」

「え? う~んと、そうねえ……」

 

 

 ちなみに私たちの知り合いには二人ほどいる。エミリーと梨花さんだ。

 エミリーは今回の被害者なので真っ先に除外。梨花さんは『心変わり』という魔法を持っているらしいが、他ならぬ本人が魔法を毛嫌いしている関係上候補からは外れる。

 

 しばらく考え込んでいたみたまさんだが、ふと何かに思い至ったようにあっと声を出した。

 

 

「思い出したかも!」

「それは誰ですか……!?」

「ん~と、そうねぇ……」

「料金なら弾みますので、どぞ」

 

 

 主にうちの父が。

 

 

「思い出したのよ、『暗示をかける魔法』を使っていた魔法少女のこと。詳しくは知らないけど、とにかく言うことを聞かせる魔法を使っていたみたいね」

「『暗示』……!」

 

 

 なるほど。その魔法でずっと眠っていろとでも命令したのだろう。

 暗示、という簡素な名前からは想像もつかないほどに凶悪な効果だ。

 

 

「とは言っても私は十七夜からそういう子がいるって話を聞いただけなんだけどね」

「十七夜さんですか」

「確か、東の魔法少女のまとめ役をしている方でしたか」

「紹介してあげるから聞きに行ってみたらどうかしら? メルちゃん、十七夜の明日のスケジュールは何だったかしら?」

「何故ボクが知っていること前提なんですか……十七夜さんは明日もバイトですよ」

「知ってるんだ……」

「それでは安名さん、十七夜さんの場所への案内を頼めるでしょうか?」

「はい! ボクがお役に立てるなら!」

 

 

 とはいえ時刻はもう夕暮れ時。

 こんな時間に足を運んでも迷惑になるだろう。という訳で、明日はメルくんの案内で十七夜さんのバイト先まで行くことになった。

 

 

「ふぅ……。出張なんて慣れないことしたから調整屋さんちょっと疲れちゃったわあ。だ・か・ら♡ 今から栄養補給のおやつタ~イム♪ 手作りのチーズケーキがあるんだけど、よかったらみんなも一緒にどうかしら?」

「お気遣いはありがたいですが、時間的にご遠慮しておきます」

 

 

 私たちは即座に首を横に振った。

 五人全員、一糸乱れぬ動きはいっそ芸術的ですらあった。

 

 

 

 

 

 

 商店街の前でみんなと解散してから直帰した私は、父に今日の事情を話した。

 一日中工匠区にいたため事態を把握していなかった父は、事のあらましを一通り聞き終わってから口を開いた。

 

 

「成る程。そのようなことが起こっていたか」

「父さんはどう思いますか?」

「特に何もな。事態については大体はななかくんの推理通りだろう。実に聡明な子だ。魔法少女になったのが実に勿体ない」

 

 

 ななかちゃんを手放しで賞賛する父。

 私も自分の経験から多くの推理を披露してくれる彼女は支え甲斐がある。

 

 

「つばめは何か気になった部分はあったかね?」

「そうですね。ちょっと分からない点が一個だけ」

「何だ、言ってみるといい。これでも犯罪心理についてはそれなりに詳しいぞ」

「犯人が何故こんなことをしているのかがわからないんですよねえ。このはさん達が標的になっているけど、その前にななかちゃん達に魔女をけしかけていた理由とは結び付かないような気が……いや、もしかして最初からななかちゃんを相手にしていて、このはさんを弄んだのはななかちゃんに関わったから……? ああでも、それだと他の皆が『飛蝗』の被害を受けた理由にはならないし。このはさんが幻覚を見たのは神浜に来てすぐのことから時期が微妙にズレている……」

 

 

 質問、というか自分の考えを纏めるように口に出す。

 今回の事件の目的はわかる。このはさん達へ疑いの目を向けさせる、この前の再演。

 だがその犯人が私たちの追う『飛蝗』で、なおかつ魔女を操る魔法少女だとすると何故そうしているのかが分からない。魔女の仕業だからと納得していた散逸的な事件の意図が、人為的なものとなると急に纏まらなくなる。

 ここまで手の込んだことをしている以上、自分たちの行動がその目的の手助けになっているなんて事態も避けたいし、単純に謎が謎のままというのは釈然としない。

 

 

犯人の動機と目的(ホワイダニット)か。そんな大したことはないよ。というか、大した目的なんて無いだろう、これ」

「え?」

「典型的な愉快犯ということだ。七海くんと和泉くんが割とびっしり決めていたから目立ってはいなかったが、やはりこの手の輩は出てくるものだな。というか、この街の規模と治安を考えればそういうのが出てこない方がおかしいと言えばおかしいのがな」

「どういうことです?」

「そうだな。これはおおむね自論だが、魔法少女の数と社会の情勢は反比例の傾向にある。単純に人口が増えれば割合が増えるのもあるが、何よりも人の感情が交錯することで生まれる因果が多くなる。事実、七枝市は音子嬢とヤツが来るまで平和そのものだった」

 

 

 確かに。七枝市は殺人事件が頻発するなどの異常事態は無い平凡で平和な街だ。私が魔法少女の存在を知り、契約する時期に前後する形で魔女が増加したことで多くの事件が起こっていたが、それも一連の事件の収束と同時にある程度の落ち着きを見せた。その後もちょいちょい魔法少女になる子は現れたが、それも両手で数えられるぐらいだった。

 

 

「何が言いたいかというと、魔法少女が生まれやすい環境というのは概ね人の心が荒みやすい。そこで魔法などというだいたい万能の力を持たされてしまえば、後の行動は容易に想像がつく。今回の犯人もその手の類だろう」

「つまり、騒動を起こすだけ起こして楽しんでいるクソ野郎ですと?」

 

 

 犯人に対する熱意が急激に冷め、代わりに底冷えするような決意が心を満たす。

 理屈などなく、衝動のままに不和と破壊をまき散らす。推理をうっちゃるような結論だが、なんというかそれが一番しっくりくるのも確かだ。なんというか考えるだけ馬鹿らしくなってしまった。

 だが何よりも、そんなことで皆があのような目に遭ったと考えると、そのあまりのくだらなさに沈むような怒りと殺意が湧いてくる。

 

 

「ああ。だが同時に自らの魔法の強力さを過信しないだけの慎重さを兼ね備えた相当な切れ者だな。ななかくんの追っている存在と同一なら、この街の魔法少女に存在を気取られることなく、およそ一年以上に渡って事を起こし続けたということになるわけだからね」

 

 

 真っすぐに目を見る父さんの視線で、私は思考の余裕を取り戻す。

 他人に危害を加える魔法少女との戦いは未経験ではないというのに、友が標的にされているというだけで焦りが生まれている。

 

 

「気を付けなさいつばめ。手口が似ているとはいえ、今回の敵はかつて君が倒した魔法少女、神名あすみよりも格上だ。下手をすると足元を掬われるぞ?」

 

 

 状況を俯瞰するような口ぶりでありながらも、その表情は純粋に娘を案じる父親の顔だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅣ【朧月】

 

 

 

 翌日。私は事件が急展開を迎えたことを知った。

 

 

 まず、帰路に着いていた葉月さんに、彼女が事件の犯人だと勘違いした明日香さんが接触。思い込みの激しい明日香さんの詰め寄りに、ささらさんのフォローも虚しく葉月さんが逃げる。

 

 一度は振り切った葉月さんだが、今度は家まで追ってこられたことで三人纏めて逃走を決行。

 

 その時彼女たちの捕縛に協力したのが、明日香さんとささらさんの他、加賀美さんに江利さん、そして雫ちゃんだというではないか。

 疑いはないから周知した筈なのに、何故か関係者組が揃いも揃って参加しているのはどういうことなのか。

 

 

「やはり『暗示』の魔法ではないでしょうか」

「そうなるんですかねえ……」

 

 

 だがある意味では好都合。これで犯人はこのはさん達の周囲にいるということが分かったからだ。

 このはさん達の隠れ家については使い魔の鴉を方々に放って捜索中で、こちらが分かれば自動的に犯人もその近辺にいるという寸法だ。

 後は犯人の詳細を暴くだけ。固有魔法ぐらいは知っておかなければ返り討ちに遭う可能性はゼロじゃないのだから。

 

 

 そんな訳で私たちは当初の予定通り、十七夜さんのバイト先へと向かっていた。

 

 中央区繁華街にあるその店はメルくん曰く、メイド喫茶らしい。

 

 

 どう見ても十七夜さんのキャラと事故っているようにしか思えないが、意外にも独特なキャラ付けとして回っているらしい。

 軍人メイドとかそういうのは人気だし、その路線なのかな?

 

 

「しかしメイド喫茶、ねえ……」

「おや、つばめさんあまりこういうのは好きじゃないんですか?」

「意外だナ」

「趣味じゃないというか、あのノリがちょっと胸やけするって言いますか……」

 

 

 嫌いじゃないけど、別に好きかと言われるとそうでもない。メイドは好きなんだけど、媚び媚びのメイド言葉が好きになれないというかなんというか……。

 あ、女装美男子メイドと男装麗人執事なら大好物です。あきらくん、執事服着てくれないかなぁ。通い詰めるよ。

 

 

「……つばめさんから邪念を感じるよ……」

「欲望がだだ漏れネ」

 

 

 そんなこんなで店に到着する。

 

 

「お帰りなさいませ! お嬢様!!」

 

 

 入店と同時にメイド店員がきれいなお辞儀と同時に笑顔でお出迎えしてくれる。

 ふむ。いいじゃないか。そこの黒髪ショートの娘、好みですよ。

 

 店は大盛況といった様子でごった返しているが、運よく空いていた席に通される。お、この茶髪ポニーの娘も結構可愛い。

 

 

「ご注文をお伺いいたしますね」

「ではこのグリーンラテを」

 

 

 ななかちゃんはメイドさんに注文を出す姿も様になっており、ここだけマジのお嬢様とメイド相手に見える。

 

 

「クリームソーダ」

「ボクも同じものを!」

「えと……オレンジジュースでお願いします」

「ミックスジュースかな。つばめさんは?」

「ん……このウィンナーコーヒーを下さい」

 

 

 あの生クリームとコーヒーが徐々に混ざり合っていくのが好きだ。ちなみにウィンナーはウィーン風という意味であって、決してウィンナーソーセージがコーヒーに突っ込まれているわけではない。なんていう豆知識も、ネットにどっぷりハマった民からすれば常識のようなものである。

 

 そして注文してしばらく、それぞれのドリンクがやって来る。運んできたメイドさんのウェーブがかった緑髪が実に綺麗だ。

 

 

「それではごゆっくりお寛ぎくださいませ、お嬢様がた」

 

 

 そうお辞儀した後にメイドさんは去っていった。

 

 ひとまずコーヒーを口に運ぶ。

 ……うん、クリームの甘味と珈琲豆の苦みが混ざり合ってコクを生み出している。それはまるでこのメイド喫茶の味わい深さを表現しているかのようだ。

 

 

「ふぅ……中々悪くないじゃないですか。メイド喫茶」

「手のひら返すの早っ」

 

 

 いいじゃないか。あ、でもこれ市販のドリップ珈琲で飲んだことある味だな。味自体は雫ちゃんの純喫茶の方が断然ウマいし。やっぱりメニューはコンセプトを味わうためのものでしかないなこれ。

 

 

「ところで、これ十七夜さん呼べるんですか? アポ取ってあるとはいえ、結構忙しそうですけど」

「それなら問題ないですよ。すいませーん! こちらのチケットお願いしまーす!」

「はーい! どの娘とお話したいですかお嬢様?」

「なぎたんでお願いします!」

「かしこまりました。なぎたーん! お嬢様からのご指名よ!!」

「む、わかったぞ。今向かう」

 

 

 と、メルくんが出したチケットによって十七夜さんが召喚された。

 何それ?

 

 

店員(キャスト)とお話するためのチケットですよ。基本的にこれがないとメイドさんのご指名は無理ですね」

「へぇー、詳しいね」

「十七夜さんの接客練習に何度かここに来てますので……最初の頃は散々でしたね。他のメイドさんのような接客が全然できなくて、結構悩んでいたんですよ」

「まあ……そうですよね」

 

 

 だってもう完全に十七夜さんのキャラと合ってないもん。あの人結構上から目線かつ堅苦しい人だから媚びるような発言とかできるわけがないんだって。

 

 

「お待たせしたなご主人。なぎたんの到着だ」

 

 

 現れたのはメイド服にホワイトプリムを被った十七夜さん。 

 なんだかんだ似合ってはいるのだが、いつもの姿を知っているだけにインパクトがデカい。

 吹き出さないように我慢した私を誰か褒めてほしい。

 

 

「さて、お待たせしたな常盤くん。自分に話があるということだが、一体なんだ?」

「はい。なぎたんさん……とここではお呼びすればよろしいのでしょうか」

 

 

 しれっとボケないでくれますかななかちゃん。

 

 

「勿論それがルールだが……店のことではないのだろう? わざわざ八雲と安名を介している以上、そっちの事情なのは分かっている。普段通りで構わん」

「そうですね。ではまず現在こちら側で起こっている事件から……」

 

 

 かくかくしかじかと、経緯を話す。

 

 

「なるほど。それで自分を……」

「ご存じありませんか?」

 

 

 少し考えこんでから、十七夜さんは口を開いた。

 

 

「……心当たりは、ある」

「では、詳しく聞かせていただいても?」

「それはいいが、このバイトが終わった後でもいいか? 見ての通り、今日は卒業イベントで忙しい。それに自分も少し思い出す時間が欲しい」

 

 

 と、いうわけでメイド喫茶を堪能した後、十七夜さんのバイト時間が終わってから私とななかちゃんで改めて落ち合うことになった。

 そこで十七夜さんから伝えられたのは、暗示の魔法を使う魔法少女が「瀬奈みこと」という名前であることと、その魔法少女が家族ごと既に消息を絶っているということだった。

 

 

「怪しいと思うか?」

「失礼を承知で言わせてもらえれば、その通りです」

「……というかこれ、あまり言いたくはないですけど瀬奈さんもう魔女化しちゃっているんじゃないですか?」

 

 

 その辺を知っている二人なのでダイレクトにぶっちゃける。

 

 

「……そうだな、琴織の言う通りかもしれん」

「ですが、それだと魔法少女が犯人という予想は外れましたね」

「あー……そこを考えるとちょっと怪しいんですよねえ」

 

 

 しかし、そうなると今度は犯人が魔法少女だったという予想が崩れてしまう。

 それとも、『飛蝗』は理性ある魔女として意図的に悪意の種を植え付けている存在なのか。もしそうだった場合、事態はより深刻なことになる。そのような振る舞いをする魔女がいるとなれば、事は既に一介の魔法少女だけでは対処不可能な状況に陥っている。

 

 手詰まり感にふと、空を見上げる。

 薄くかかった雲の向こうに見えるぼやけた月。

 そこにあるとわかるのに、輪郭が掴めない朧月。

 

 それはまさにこの状況を示しているかのようだ。

 

 

「すまない。瀬奈みことの件について、自分に調べさせてもらえないだろうか? どうにも自分にはまだ思い出せていない部分があるらしい。もしかするとそこに、瀬奈くんの真相が隠されているのかもしれない。そこをはっきりさせるため、彼女の住んでいた神浜大東団地を調査したいのだ」

「ふむ。構いませんよ」

「では、お願いします」

 

 

 二人してその提案を了承する。

 大東区、特に団地はほとんど立ち寄らない場所だ。そんな不慣れな場所で探し回るよりは、顔の通じる人に担当してもらった方がいいだろう。

 

 

 そうして少し不明瞭な思いを抱えながらも別れることとなった私たち。

 

 

 

 ……この時はまだ少しだけ、侮っていたのだろう。

 

 今回の黒幕と思わしき「飛蝗」の討伐のために立ち上がったななかちゃん達。

 「飛蝗」に一度目を付けられ、二度も標的にされたこのはさん一家。 

 

 この二つと浅くない関係を持っておきながら、ただ一人その背景……「飛蝗」との因縁を共有しない私。

 

 俯瞰してみればこれ以上なく浮いていながら、しかし好き勝手に動き回る存在。

 そんな恰好の獲物を「飛蝗」が見逃すはずがないということに、私は気が付いていなかったのだ。




〇琴織つばめ
 各人の能力事情に詳しいのは共闘時に固有魔法を聞き出しているから。
 そのおかげで魔女を一方的にボコるクソコンボを大量に思いついており、すっかり和マンチという呼び名がついている。


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第三十一話 散花愁章……③【アンダーナイツ/記憶の果て】

ChapterⅤ【アンダーナイツ】

 

 

 

 安名メルは夜の街を急いでいた。

 電車は使わない。新西から大東への運賃は案外馬鹿にならないし、土地事情の関係で微妙に遠回りになる。

 だったら魔法少女の強化された脚力で一直線に走った方が速く着くのだ。

 

 調整屋で日を跨ぐこともあるみたまとは違い、メルは毎日律儀に家に帰っている。

 いやたまに鶴乃やももこの家に泊まる時はあるが、彼女たちも現在起こっている事件の調査で忙しい。

 

 それに明日は十七夜と共に団地の調査もある。

 寝坊なんてしたらどんな辛辣な言葉を掛けられるか――そんな焦燥を胸に急ぐメルだったが、中央区を抜けようとする辺りで足を止めた。

 

 

「もう……急いでいるというのに」

 

 

 ソウルジェムを通じて背筋を疼かせる魔女の穢れ。

 急いでいる、とはいえ見過ごす道理はなし。

 他の魔法少女の反応は――あった。

 覚えのない魔力の持ち主が一人。チームメンバーはいないのか? 少し不安だ。

 この街の強力な魔女を単独で討伐できる魔法少女は限られている。

 七海やちよ、由比鶴乃、和泉十七夜、琴織つばめ、それに最近やってきた紺染音子。

 あれ、結構知り合いに多いな?

 

 

(思えばかなりの人外魔境ですよねえ、ボクの知り合い)

 

 

 度重なる鍛錬と調整によって自分もその仲間入りしかけているという事実からは目を背けつつ、メルは様子見に向かう。

 ひとまず様子を見て、問題なさそうなら手出しは無用……そう思って路地裏に立ち入った瞬間、魔女の反応が失せたことにメルは首を傾げた。

 

 

「あれ、もしかして倒されたんですか?」

 

 

 拍子抜けしつつ、倒されたならそれでいいかと気を取り直す。

 

 とはいえ、ここまで来て何もせずに立ち去るのというのも座りが悪い。せめて労いの声掛けぐらいはいいだろう。今の神浜はグリーフシードの強奪なんて考える必要もないぐらいには魔女の討伐ができる。もしかしたら負傷しているかもしれないし。

 などと考えながら見覚えのない後ろ姿に近づいて、

 

 

「あのー、大丈夫で『動くな』――え?」

 

 

 振り向きざまに掛けられたその声に、全身がピタリと硬直した。

 

 

「え……? 何ですか、これ!?」

 

 

 身体が言うことを利かなくなった。

 感触はある。だが動かそうとするとまるで全身が彫像になったかのように微動だにしない。

 声は出せる。呼吸はできる。だが手も足も動かない。

 

 不気味な感覚に戸惑うメルに、魔法を仕掛けた少女はにたりと笑った。

 

 

「まーったくさあ、近頃は魔法少女が襲われているんだぜ? 一人で行動している魔法少女に近づくとか、警戒心が足りてないんじゃないかなー?」

「まさか、『暗示』の魔法少女……!!」

「ピンポーン!! だいせいかーい!」

 

 

 雲が途切れ、月光が路地裏に差し込む。

 暗がりに紛れていた少女の姿が照らされる。

 紫色の髪。マンキャッチャーと呼ばれる禍々しい形状の刺股に似た杖。まさに魔女といったとんがり帽子。そしてその瞳は光を反射しながらも、ほの暗く燻んでいるようにも見える。

 

 

「この魔法って本当便利でさぁ……ずっと眠らせるとか、動きを止めるとかそんなケチな使い方だけじゃない。魔女に命令して言うこと聞かせることだってできるんだよ」

「じゃあ、さっきの反応は……」

「あたしが操ってた使い魔だよ。もう用済みだから片付けたんだけどね~」

 

 

 どうせ使い魔なんてほっとけば増えるしぃ? と少女はくるくると杖を弄びながら語る。

 

 ――分からない。

 メルは目の前の少女の思考を理解できなかった。

 会話がまるで嚙み合っていない。全く別の世界にいる者のような、まったく別の常識で動いている人間と接したような。そんな気味の悪い違和感が背筋を走って仕方がない。

 

 ただわかることは一つ。

 間違いなく目の前の魔法少女が今回の昏倒事件の犯人であり、何らかの意図を以って自分を罠に嵌めたということだ。

 

 

「なんで……こんなことをするんですか!」

「え~? どうしよっかな~教えちゃおっかな~~?」

 

 

 ニヤニヤと笑いながらメルを見下ろす少女。

 わざわざ背筋を伸ばすようにしてからのそれは、肉食獣が追い詰めた獲物を前にして様子を伺うようでもある。

 

 

「ま、勿体つけるものでもないけどね。こんなのただの嫌がらせだよ」

「嫌がらせ……?」

「そ。何にも知らずにのうのうと生きてるような連中と、お行儀よく魔女退治なんてしているようなあんたらへのね」

 

 

 侮蔑を含んだ声。

 正義や平和が下らない。だからこの少女は各地で騒動を起こしているのか?

 メルの心は義憤に満ちる。

 

 

「そんなことで……っ!」

「そう。そんなこと。その程度の理由でも、この世界がぶっ壊せるんだよ。お高くすましてる奴とか、仲良しこよしの家族ごっこしてる奴らとか、そういう連中の人生を台無しにしてやるのは中々楽しいんだよね~」

「そんなの、ただの僻みじゃないですか……!」

「は。羨ましいかって? ぜんっぜん! 仮にあたしが恵まれた環境にいたとしても、そこにあんたがいないんじゃ何の意味もないんだよ。だーれも見向きもしないこの世界の底辺に、全員叩き落して踏みつけてやれば、少しはあたし達の気持ちもわかるんじゃないかなぁって思ったこともあったよ。ま、そんな気持ちはすぐに消えたけどね」

 

 

 この少女の言葉はどこか妙だ。

 自分自身……いや見えない誰かと話しているようにも聞こえる。

 メルの言葉に返事をしたように見えて、その実メルとはほとんど視線を合わせていない。

 逃げる、という意味なら絶好のチャンスだった。目の前の少女が犯人である事実を、誰かに伝えなければならない。

 そんなメルの思いもはしかし空を切る様に、動きを封じられた体は間近に寄ってきた蜂を払うことすらできない。

 ぶうんぶうんとメルと少女の周囲を間を旋回する蜂だったが、やがて鬱陶しそうに少女の手で叩き落とされた。

 

 

「鬱陶しいなあ……最近妙に虫が寄って来る気がするんだよねえ。ま、そういうわけで、お前を引っかけたのはアイツへの嫌がらせってわけ」

「アイツ……?」

「知ってるでしょ? 琴織つばめって奴。なんたってあんたの命の恩人だもんね~」

「っ!?」

 

 

 あの夜の出来事を忘れたことはない。

 みかづき荘の皆で強力な魔女を討伐に向かった半年前の秋。

 生死の運命を決める日があるとするのなら、きっとあの日なのだろうとメルは思う。

 力及ばす戦死する運命だったメルを助けたのは、他でもないつばめだ。

 

 その時、メルは彼女の力の一端と真実、それに通じる形で魔法少女全体の秘密を知った。

 だが……それを何故目の前の少女が知っている?

 

 あの日知ったことは他言無用。

 今日まで誰にも語っていないはずだ。

 

 

「本当、気に入らないんだよあいつ。いけ好かない顔してあたしの玩具を勝手に横取りするし、その上あたしが精いっぱい仕込んだ仕掛けを潰そうとしてくるし。おまけにいかにも自分は経験豊富ですよって感じの空気が鼻につくし。そして何よりも気に入らないのは……ッ!!」

 

 

 先ほどの人を食ったような表情からはまったく想像できないほどの嫌悪の表情を浮かべる紫の少女。首に爪を立てて歯ぎしりをするその姿は狂気の一言。

 壮大な逆恨みであることは明白だが、怨嗟の念すら滲み出るその様子に気圧され、咄嗟の反論すら口に出せなかった。

 

 

「――まあ、そういうわけでさ。とりあえずあいつに嫌がらせできるには何がいいかなって考えたんだ。それでさあ、自分が助けた奴が野垂れ死んだとしたら、それなりの嫌がらせにはなるんじゃないかなぁって」

 

 

 カランと地面に転がったそれを見て、メルは目を見開く。

 穢れに満ちたグリーフシード。それも二つ。

 

 

「どうせあいつが助けに入らなきゃ死んでたんだし? 別にここで死んでも問題ないよね!」

 

「「――――――――!!」」

 

 

 耳をつんざく産声を上げ、魔女が孵化する。

 周囲の風景が極彩色に塗りつぶされる。

 生まれたばかりの怪物は、まずはその飢えを満たすために手近な獲物に視線を向けた。

 

 

「それじゃあ、バイバ~イ!」

「なっ、待て……っ!!」

 

 

 制止も虚しく、下手人の少女は結界の外へと立ち去ってしまう。

 メルの実力なら少しの隙を作り、逃げ出すこともできただろうが、身動きを封じられた現状では逃げることも立ち向かうこともできない。

 当然今も必死に暗示の解除を試みているが、自由を取り戻した時には既に己の身体は魔女の腕に抱かれているだろう。

 

 

「くっ……、動け! 動いてくれですボクの身体!!」

 

 

 此度は救援も望めず、看取る人間もいない。

 メルは悟る。死と生に見放された少女の介入によってほんの僅かに延びた己の運命はここに尽きるのだと。

 

 少女は視線だけでも抵抗の意志を向ける。ここは終着点ならば、せめて最後まで立派な先輩と戦友に恥じない魔法少女としてあるために。

 そんな悪あがきを嘲笑うように、魔女はその異形の腕を伸ばし――

 

 

「アサルトパラノイア!!!」

 

 

 雨あられと降り注ぐ鉄の月。

 円月輪による掃討を受け、魔女の一体は寸断されて消滅した。

 一秒先の痛みを覚悟していたメルは、目の前の魔女が塵と消えたことに瞬きした。

 

 

「……え?」

「よかった。今回は間に合ったようですね。メルさん」

 

 

 いつの間にか、自分の前に誰かがいた。

 緩やかで抱擁感に満ちた、聞き覚えのある声。

 頭頂部でハネた二つの灰色の髪が特徴的なその女性は、

 

 

「み、みふゆさん!?」

「お久しぶりですメルさん。まずはその魔法を完全に解きますね」

 

 

 数か月前に失踪した頼れる先輩、梓みふゆその人だった。

 みふゆはトン、とメルの肩に軽く触れる。

 それだけで身体の所有権は完全に取り戻された。

 

 

「うわ、っと……」

「ふう。幻覚の応用で解除できたようですね」

「あ、ありがとうございます……じゃなくてどこにいたんですかみふゆさん!? 連絡もせず何をしていたんですか!?」

「すみません、そのことについて話すことはできません」

 

 

 メルの言葉をきっぱりと断るみふゆ。何やら混み入っている事情があるのか、その表情には断固たる拒絶の意志があった。

 だがメルも引き下がるつもりはない。行方不明になっていた先輩の姿を掴めたのだ。先ほどの魔法少女に逃げられた代わり、ではないがそれでもどうして音信不通になっていたのかぐらいは問い詰めないと気が収まらなかった。

 

 

「何言ってるんですか。七海先輩やみんながどれだけ心配していたのか……!」

「そうですね。やっちゃん達を心配させているのは心苦しいですが……それでも、今はまだ会うことはできません。ワタシにはやるべきことがありますから」

 

 

 みふゆはメルの眼前に手をかざす。指先から発せられる灰色の魔力光。

 気を許していた先輩に助けられたことと緊張からの解放で油断していたメルは、いともあっさりと術中に陥った。

 

 

「ですので、今ここで起こったことは半分ぐらい忘れて下さい。大丈夫、悪い夢を見ていたようなものですから」

「え、あ。待ってください、み、ふゆ、さ――」

 

 

 文字通り夢の世界に旅立ったメルの身体をみふゆは抱き留める。

 幻覚を深く見せることで夢に沈める。そうしてごく僅かな間の認識をも狂わせ、事実を誤認させる。

 あまり使いたくはない外法だが、彼女の安全を図るにはこれしかない。

 今は自分たちの存在が外部に露呈してはまずい。特に唯一無二の親友に自分の行方が分かってしまう危険性は徹底的に排除する。少なくとも自分たちの存在は朧気となるだろう。

 

 

「さて、後はこれの片付けですが――あらら」

 

 

 もう一体残った魔女に振り向くと、既に魔女は物言わぬ氷像と化していた。

 真下には少女が一人。茶色のポニーテールと、赤いドレス。

 

 

「もう片付けましたか。()()()()

「勿論。この程度の雑兵、一振りで事足ります」

 

 

 手に持った片刃剣に纏わりついた冷気を振り払うと同時、氷像が砕け散る。その破片の中から出てきたグリーフシードを手に収めて、ルカと呼ばれた少女はみふゆを見た。

 

 

蜜告罰(みっこくばち)が先の少女を捕捉したのが功を奏しましたねぇ。我らがいなければどうなっていたことやら」

()()()()には感謝しなくてはいけませんね……」

「みふゆさんはお優しきこと。かくいう私も、この尊き輝きが失われるのは実に惜しい。あの蛇女への借りというほどではありませんがね」

 

 

 細められたルカの視線。向かう先はメルの指先。

 中指に嵌められた緑色の宝石……ソウルジェムの輝きを視界に収め、ルカは喜悦の笑みを浮かべる。

 

 

「しかし、わざわざ記憶操作などとは。魔法少女の秘密について知っておられるのなら、いっそこちら側に引き込んでしまえばよろしいのに」

「確かにそれも考えました……けど、ワタシが居なくなったのに続いてメルさんまで姿をくらませてしまえば、やっちゃんがどうするかわかりません。下手に刺激して、()()()の存在に気づかれる危険性が高まります」

「七海やちよ、か。確かにかの御仁と敵対するには時期尚早と、あの方も仰られておりましたね。まあいいでしょう。あやせはどうですか? うん。お姉さまの指示なら特に反対とかないよ。 だ、そうです」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 誰かの名前を呼んだかと思えば、まったく異なる口調でまるで別人のように語り、また元の口調に戻るルカ。

 その異様な話し方に微塵も動じず、みふゆは彼女たちが納得してくれたことに安堵する。

 

 

「しかし如何するおつもりで? まさかこのまま放置、はないでしょう?」

「ひとまず表に。目が覚めるか誰かが来るまで、見ておくつもりですよ」

「そうですか。しかしその方、実に良き輝きをしている。瑞々しき生命の力に溢れた輝き――ふふ」

「ダメですよ?」

「わかっておりますとも。我が至高の輝きはあの方でございますが、他の輝きに目を配るのを怠れば審美も腐り落ちてしまうというだけ。ご心配せずとも手は出しませんよ」

 

 

 では私は先に帰っておりますね。と瞬く間に姿を消した同僚に、みふゆははあとため息をついた。

 話を聞くに、あれでもかなり鳴りを潜めたらしい。当時の彼女はさぞ手に負えない狂犬だっただろう。それを手なづけた上司には頭が上がらない。

 

 

「さて。それじゃあもう一仕事しましょうか」

 

 

 メルを優しく抱え上げ、みふゆも路地裏を後にした。

 

 

 

 

 

 

「――安名! 大丈夫か安名!!」

 

 

 

「……ん、かな、ぎさん?」

「良かった……目を覚ましたか、安名」

「あれ……? ボク、どうしていたですか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その報せを聞いた時、予想に反して思考は冴え渡っていた。

 おもむろに鏡を見てみれば、黒いはずの瞳が幽白に染め上がっている。

 そればかりか、ベッドの上には黒い羽根が散乱している。

 どうやら急激な怒りによって、魔女の側面が表出したらしい。

 半魔女的な存在になったことで魂の穢れを燃焼して魔力に変換できるようになってはいるが、負の感情によってソウルジェムに濁りが生じるのは変わらない。むしろため込みすぎると思考が物騒な方向に偏って来る。

 

 さて。さて――。

 

 状況について考える。

 メルは今回の事件の犯人……『飛蝗』の魔法少女に誘い出され、彼女が飼う魔女の餌にされかけた。

 幸いにもその場は切り抜けたらしいが、その後十七夜さんに道端で気を失っているところを発見された。

 前後の記憶は霞がかかったように思い出すことはできないが、幸いにも犯人との会話についてはある程度覚えていた。

 

 曰く、これはただの嫌がらせだと。

 ななかちゃんやこのはさんではなく、私を標的とした攻撃。

 メルを魔女に襲わせて、その死体を使って私を挑発しようとしたのか。

 これまででも相当お冠に来ているというのに、ここで私に標的を移すとは。

 全く、いい度胸だ。

 

 

「いいだろう。お前がその気なら、こっちも自重は無しだ」

 

 

 SNSを開き、メッセージを打ち込んでいく。

 送信先は、魔法少女ルーム。

 

 言うべきことはひとつ。

 

 

 ――この事件を解決するために力を貸してほしい。

 

 

 反応は一分も経たずに来た。

 最初の一人が出れば、有志は瞬く間に増えていく。

 

 

 覚悟しろ『飛蝗』。

 

 ゲームマスター気取りでいられるのも今のうちだ。

 

 

 

ChapterⅥ【記憶の果て】

 

 

 

 新西区。建設放棄地帯。

 廃映画館「神浜ミレナ座」。

 

 

 和泉十七夜と共に、大東団地を活動の中心とする魔法少女、伊吹れいら、桑水せいか、相野みとの三人は調整屋を訪れていた。

 瀬奈みことの行方を追って団地内を調査していた十七夜は、同じく昏倒事件を調査するれいら達と接触した。れいら達は魔女退治で知り合い、親交を深めていたこのは達への疑いを晴らそうと動く者たちの一つで、目的の一致した両者は互いに協力することになった。

 

 さらにそこへ拍車をかけたのが犯人による安名メルへの襲撃だ。メルは神浜の東側でもそこそこ名が通った魔法少女で、団地の魔法少女ともいくらかの交流があった。そんな彼女が襲われたことは、一刻も早く犯人を暴かなくてはならないという使命感を燃やすには充分すぎる。

 

 同じ事件を追う者として、そして同じ怒りを共有する者として彼女たちは十七夜の記憶を蘇らせるための知恵を絞り合った。

 メルの証言から犯人の暗示使いは紫色の髪をした少女。という容姿を知ることはできた。しかし断片的な外見情報だけでは記憶にかかった靄を晴らせず。さらに言えば、十七夜の記憶に残っている瀬奈みことの外見とはかけ離れていた。

 

 手探りで情報を探し続けた結果、十七夜は瀬奈みことにもう一人の魔法少女を紹介されたことを思い出すが、肝心の詳細についてが思い出せない。十七夜の記憶には暗示の魔法が掛けられており、もう一人の存在を隠しているらしい。

 そこでさらに記憶を探るべく、せいかの提案によって十七夜たちはみとの固有魔法である「心を繋げる」効果によって十七夜の記憶を直に覗くという手段に出る。その甲斐あってか、十七夜はその少女の名前と思わしき「サラサハンナ」という名称を思い出す。

 

 しかし得られたのは名称だけ。

 こうなれば魔法を直に解くしかないと、ソウルジェムの扱いに長けた八雲みたまを頼ることにしたのである。

 

 

「失礼する」

「お、お邪魔しまーす……」

 

 

 調整屋に入る十七夜たち。

 普段ならみたまが出迎えてくれるのだが、取り込み中なのか返って来る言葉はない。

 

 

「あれ、留守かな……?」

「いや。声が聞こえるな。先客がいるか」

 

 

 静寂に不安を抱えるせいか。

 しかし耳を澄ませば確かに店主と誰かの話し声が聞こえてくる。

 邪魔にならないようにと静かにホールに入る。

 ……と、

 

 

「――って感じなのよ。どうにかできない?」 

「魔女の口づけ程度なら無理やり引っぺがせるが、聞けばかなり念入りに仕掛けられているようだ。ソウルジェムの構造、人間の精神、そしてそれに作用させる魔法のすべてに熟達した者の仕業とみて間違いはあるまい」

「じゃあ、無理なのかしら?」

「できなくはない。ソウルジェムから強引にその魔力を引きはがせば、彼女たちに掛けられた魔法の効果も消失はするだろう。勿論、ただでさえデリケートなソウルジェムと精神を同時にロックしている魔力を引きはがすなどという無茶だ。最悪彼女たちの魂に傷がつく。あまり薦められた手段ではないな」

 

 

 店主である八雲みたまと、黒い髪を一房に纏めた三十半ばといった成人男性が神妙な顔で話し合っている。

 稀ではあるが何らおかしくはない光景だが、やはり見慣れていないものからすればそれなりにおかしな状況ではある。

 

 

「え、男の人!?」

「つ、つつつ通報を」

 

 

 驚愕するれいら。せいかは「見慣れない人」+「異性の大人」を前に人見知りが限界突破した結果、徐に携帯電話を取り出して110をおぼつかない指で押そうとし始める始末。なお、常に自然体のみとは知らない人がいるなあぐらいの認識だった。

 

 

「おっと君たち、私は悪い人でも怪しい者でもないのでその電話を締まってくれ。警察相手だと真面目に弁解のしようがない」

「……落ちついてくれ桑水くん。彼はこちら側の関係者だ、八雲に不埒な真似はしないはずだ……おそらくな」

「そこは断定してもらいたいのだが」

 

 

 十七夜がせいかが震える手で持つ携帯電話を下げさせる。

 無抵抗で両手を挙げる琴織の姿に、彼女たちも一応は警戒を解いた。

 

 

「ふう……さて、君たちとは初対面だったな。私は琴織渡。調整屋の後見人だ。娘が魔法少女をしていてね、私もそれなりに魔導の嗜みがある。今は野暮用でお邪魔させてもらっている」

 

 

 ついでにつばめが勝手にツケにした情報量の支払いもある。

 その証拠にテーブルの上には極大サイズの魔力結晶がゴロゴロと転がっていた。

 

 

「彼は魔術師だ。知恵を借りるなら心強い」

「魔術師って……魔法少女とは違うの?」

「ああ。魔術師とは己が目的のため神秘の業を歩む者たちの総称だ。インキュベーターとの契約でその目的を叶えたことの副産物として神秘の業を背負った君たちとは順序が異なる」

「キュゥべえとは契約してないんだ?」

「そうだ。魔力を用いて物理法則に反した現象を引き起こすのは魔法も魔術も同じ。そしてこの世界の魔術とは、魔法少女としての資格を持たない人間が魔法を模して開発した神秘を行使する術のことを言う」

 

 

 と、解説したはいいが、れいら達はいまいち理解しきれていないのか首を傾げたり視線が横に逸れたりしている。

 琴織は彼女たちの顔を一瞥し、本題に入る。

 

 

「――と、この辺の話は語ると長くなるな。とりあえず私は今回の事件における対処法の確立と、緊急時の備えとしてここを間借りしている。本来なら傍観するつもりだったのだが、昨晩の件で娘が少し……いやかなり頭にきたようでね。後先度外視で駆り出されてしまったよ」

「対処法……?」

「嗚呼。犯人が捕まらなかった場合、こちら側で被害者に掛けられた魔法の解除を行う必要がある。つばめが失敗した時ぐらいの保険ぐらいはあらかじめ用意しておかなくてはならないだろう?」

「みんなを目覚めさせる方法が分かったんですか!?」

 

 

 身を乗り出すれいらに、琴織は首を横に振る。

 

 

「つい先ほど八雲嬢にも言ったのだが、精神と魂に作用している魔法に対してむやみやたらと干渉することはあまり推奨できない。無理やり電源を切ったときに回路が焼き切れるように、外部から無理やり手を出せば反動で何らかの悪影響があるかもしれん。精神潜行ができるなら、うまくその魔法だけを除去することもできたのだがね」

 

 

 荒業として彼の魔術である悪性情報の操作により、強引にその魔法を動かしている魔力を侵食して解除する手段もなくはないが、やはり悪影響が懸念される。

 

 

「結局、この手の術への対処法は単純だ。術者を捕らえて解かせるか、ブッ殺して強制的に解除させるかだな」

「どちらにせよ、犯人を暴かなくては初めの一歩すら踏み出せんというわけだな。八雲、今回の用はそのことについてだ」

 

 

 そこでようやく、十七夜は此処に来た経緯を説明する。

 

 

「――というわけだ、できるか。八雲?」

「う~ん、私は「調整屋」であって「魔法の解除」は守備範囲外なんだけど……」

 

 

 ちら、とみたまは期待を込めた視線で琴織を一瞥する。

 露骨なその視線に琴織は一つ咳払いをして。

 

 

「それなら問題あるまい。彼女単体なら少々難しいが、今回は幸いにも私がいる。八雲嬢、以前私が渡した魔力繊維は使っているかな?」

「ええ」

「ならばそれを和泉くんの延髄とソウルジェムに接続しなさい。エーテルワイヤーは外部に拡散しない魔力の通り道として作られたものだ。調整魔法と併用すれば、より深部への侵入を果たすことができるはずだ」

「延髄って……」

「魔法少女であっても、思考と記憶は脳が行うものだ。ならば必然、そっちからもアプローチは仕掛けるべきだろう」

 

 

 予想より生々しい行いに、れいらが少し怯えた声を漏らす。

 そんなことを意にも介さずに琴織は淡々と答え、準備を進めていく。

 

 

「まずは和泉くんのソウルジェムに潜行。しかる後、精神潜行にて患部を特定。その後は魔法の解除を実行する。細かい指示は私が行うが、肝心な部分は八雲嬢の手腕が問われることになる。聞くまでもないと思うが……いけるかね?」

「大丈夫よ。伊達に調整屋を任されてはいないんだから!」

「頼んだぞ、八雲!」

 

 

 ぎゅ、と手袋を引っ張って気合を入れ直すみたま。

 銀色の軌跡が二つ、その指先からふわりと空を切る。

 魔力繊維エーテルワイヤー。糸は主の意のままにベッドに横たわる十七夜の延髄とソウルジェムへと繋がり、その魂と精神への経路を確立する。

 その傍らで、魔術師はどこからか取り出した教鞭のような杖を振るった。

 

 

「それじゃ、行くわよ!!」

 

 

 

 0100101010110100

 

 

 

 夕暮れ時の団地の屋上。

 和泉十七夜は二人の魔法少女と対面していた。

 

 

「ここで出会ったのも何かの縁だ。よろしく頼む」

「はい! ほら、■■も挨拶しないと!」

 

 

 一人は透き通るような水色の髪の少女。

 彼女が瀬奈みこと。美貌と呼ぶに差支えのない整った顔に人懐こい笑みを浮かべた彼女は、自分の陰に隠れるようにする少女に呼びかけた。

 最も、今はその姿は靄めいた暗黒に覆われ、文字通りの状態となっているのだが。

 

 

「■■■■■■■■■」

「なるほど……凄い魔法だな、それは」

「――■■■■■■」

「一体、どうやって魔法の研究をしているんだ?」

「■■■■■■――」

「なに……? ■■■の魔法だと!?」

 

 

「ふむ。なるほど、これはひどいな」

「何も聞き取れないし、見えないわね……」

 

 

 彼女たちの魔法について話しているのだろうが、十七夜の言葉以外はひどいノイズに侵されて聞き取ることができない。十七夜の発言についても、肝心な部分だけが隠されている。

 なんと念の入った隠蔽具合か。こうして直に覗かれなければ、全貌を掴むことはできなかっただろう。

 

 

「とりあえず、この邪魔な靄を引っぺがす必要があるな。今から指示する三箇所に魔力を通して破壊してほしい。それが魔法を構成する魔力の焦点だ」

「わかったわ」

 

 

 みたまは記憶の断片を覆う靄に手をかざす。

 ソウルジェムの調整において、注ぎ込む魔力を過剰に入れてしまうと弾けてしまう。

 使い魔相手にはこの危険性を悪用することで、内部から破壊する戦法を編み出したものだが……それを魔法の解除に使うとなると、却って慎重さが要求されるものだ。

 十七夜の精神に傷をつけないよう、しかし魔法を構成する魔力がはじけ飛ぶように……。

 

 

 一つ目――――想定より魔力の消費が大きい。クリア。

 二つ目――――少し危なかったが、クリア。

 三つ目――――コツは掴んだ。クリア。

 

 

「よし、完了だ」

 

 

 靄が晴れ、霞んでいた輪郭が実像を保つ。

 ノイズが止み、はっきりとした声が聞こえる。

 

 何度か再生されていた団地の一幕。

 その中で、正体不明だった一人が口を開いた。 

 

 

「――ほら、帆奈も挨拶しないと!」

 

 

 

 0100101010110100

 

 

 

「――――はっ!」

 

 

 れいら達が見守る中、目を閉じていた十七夜は唐突に覚醒し、勢いよく身を起こした。

 

 

「か、十七夜さん! 大丈夫ですか!?」

「……ああ、大丈夫だ。すべて思い出した」

 

 

 そう言う十七夜の息は荒く、頬は紅潮し脂汗が滲み出ている。

 じっと精神を集中させていたみたまも、どっと肩と落として大きく息を吐いた。

 

 

「ふぅ……結構しんどいわね……」

「他人の精神に潜るだけでも相応に体力は使う。そのうえで記憶の中に掛けられた魔法の解除による精密な魔力操作。正直、君がここで倒れていないことに私は感心している」

「当然……私を誰だと思っているのかしら?」

 

 

 一方、琴織渡は平然とした様子で携帯を取り出し、どこかへ電話を掛けようとしている。

 

 

「しかし……まさかこんなことになっていたとはな」

「あの、十七夜さん……。それで、もう一人の魔法少女とは一体……?」

「ああ。まず、瀬奈みことはその魔法少女と共に魔法の研究をしていた。もう一人の使う魔法は『上書き』。他人の魔法を自分に写し取る魔法だ」

 

 

 『上書き』……それがもう一人の魔法少女の固有魔法。

 他人の魔法を自分のものにする。一度に一つという制限はあるが、それを覗けばほぼ無法に等しい魔法。

 これならば、情報の齟齬にも説明がつく。

 『暗示』の魔法を用いて悪事を働いていたのは、魔法の本来の持ち主ではなかったのだから。

 

 

「上書き、ということはつまり……!」

「ああ。彼女は瀬奈みことの魔法を自分のものにしている。容姿も安名が言っていたものと一致する」

 

 

 

()()()()……それがもう一人の魔法少女の正体だ!!」

 

 

 

 

「はい。……はい。なるほど、そういうことでしたか。ありがとうございます。では私たちも現場に向かいます。バックアップは頼みましたよ」

 

 

 ぷつり、と通話を切る。

 

 犯人の正体は判明した。

 このはさん達の居場所も鴉が発見した。あとでご褒美に油揚げをあげよう。

 そしてさっきかこちゃんがあやめちゃんと会ったことで、犯人がこのはさん達の近くにいるということも分かった。

 後は対処法についてだが――問題ない。

 

 神妙な顔でこちらを見守っている四人を見る。

 最初に口を開いたのは、やっぱりななかちゃんだ。

 

 

「何が分かりましたか、つばめさん?」

「ええ。全部わかりましたよ。このはさん達と合流しがてら、説明します。

 ――行きましょう皆さん、決着をつける時だ」




〇【アンダーナイツ】
 夜の出来事。あるいは水面下で動く騎士たち。
 ――盟友の危機に、夜を駆ける者は本気で動き出す。

 余談だが、本作は外伝からもキャラを引っ張って来たりする。

〇【記憶の果て】
 流石に外見情報だけじゃ、ねえ?

 そしてこの親父、一切自重していない。
 魔術師とか世界観に足しておきながら、この人は割とイレギュラーだったりもする。


 ちなみに作者はこの話を書いていて、せいかとせいらを十回以上間違えました。


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第三十二話 散花愁章……④【ショウ・タイム/反撃開始】

ちょっと長くなりすぎたので分割。


ChapterⅦ【ショウ・タイム】

 

 

 

 必要最低限とすら言うのもおこがましいが、どうにか寝食できるぐらいには片付いた廃墟の中で、アタシはため息をつく。

 

 

 ――先月に起こった魔法少女襲撃事件。被害者の見つからない奇妙な事件の正体は、何者かがアタシ達を貶めようとして仕組まれた狂言だった。

 紆余曲折あって無実だと証明できたけど、それで大人しくしているアタシ達じゃない。大事な家族を散々弄んでくれた犯人に落とし前をつけさせるため、アタシ達は七海やちよさんと一緒にそのデマを流した犯人の調査を進めていた。

 

 そうしてしばらく経った時、事件は再び起こった。

 それも今回は明確に被害者が出て、しかも目覚めないでいるらしい。

 

 ここで一番問題なのがその被害者たち。

 木崎衣美里、毬子あやか、粟根こころ。

 

 この三人の共通点は一つ、直前にアタシと会っていたこと。

 だからアタシに疑いの目が向くことは必然で、アタシ達は再びその事件の容疑者として吊り上げられることになった。

 

 そんなわけでアタシ達は被害者の関係者の皆様方からの手厚い出迎えを受けた結果、我が家を離れてこのはの用意した隠れ家の一つに身を潜めているのだった。

 

 

 潜伏して二日目とはいえ、こんな環境にいては気が滅入る。 

 学校に行けばしばらくは余計なことを考えなくていいんだろうけど、誰かに尾行されて此処を突き止められる危険性もあるので自主休校中。

 心の切り替えもできないアタシの精神は着実にすり減っていた。

 

 しりとりでもしたりして、気を紛らわせてみたけれど、勿論長続きはしない。

 携帯もバッテリーを消費するからそう易々とは使えないし、暇つぶしという意味ならこのはがつばめさんと一緒に買ったアナログゲームがいくつかあるけど、そうするには家に取りに帰らなければいけないわけで。

 

 あやめなんかはとっくの前に痺れを切らして、友達のかこちゃんに会いたがっている。

 アタシのほうにもあきらから連絡が来ている。清々しいぐらいに真っすぐで正義感の強い彼女だ。信用するに足りるが、情報が洩れることを考えると迂闊に返事ができない。対して、常盤ななかからは一切連絡が来ていない。あの切れ者のことだからこの事件に何のアクションも取っていない筈がないだろうし。一体何を考えているのやら。

 このははどうだろう? 連絡をとっているとしたらやちよさんかつばめさんのどっちかで、やちよさんからは連絡がない。つばめさんについても同様で、このはにさりげなく聞いたけど連絡はないらしい。あの人はあの人で何考えてるのかわかんないんだよなあ……。

 そんなわけでアタシ達は現状を知り得ないでいる。念のためとトークルームを分けたのが裏目に出たか。

 

 

「はぁ……」

 

 

 というかあやめ、どこ行ったの?

 下手に外に出ないでって言ったのに、朝起きたら姿を消しちゃってるし……。

 多分かこちゃんに会いに行ったんだろうけど、その途中でアタシ達を疑っている誰かに襲われでもしたら。そう考えると気が休まらない。

 いつもは聞き分けはいいんだけどな。まさかこのはがこっそり許可を出した? いやいや。流石に姉馬鹿極まってるこのはでも緊急事態でそんなことをする筈がない。というか、このははさっきからずっと何かを考えてるのか黙り込んだままだし……。

 

 

(……ん?)

 

 

 何かがおかしい気がする。

 確かに自分は息をひそめているようにと言ったはずだ。

 けれど、かこちゃんなら信用できるとも言った気がする。

 

 ――記憶を掘り起こす。

 前回の事件。犯人はこのはに幻覚を見せて、精神を揺さぶった。

 精神系の魔法だということで気を付けていたが、どうしてそのことが意識から抜け落ちていたのか。

 

 

「まさか……!?」

 

 

 真相を確かめるため、このはに尋ねようとしたその時。

 

 

「……ただいま」

「あやめっ!」

 

 

 ちょうどあやめが帰ってきた。

 その表情は沈んでいる。

 かこちゃんと会いに行っていたとして、一体何があったのだろうか?

 

 

「ダメじゃないあやめ、連絡もせずに出かけるなんて。どこに行ってたの?」

「え……? かこに会いに行ったけど、昨日いいって言ったよね?」

「……やっぱりね。私の記憶だと、許可を出した覚えはないわね」

「えぇ!? 葉月だってOK出してくれたじゃん!」

「え、いやいやそんなことは……」

 

 

 丁度そのことについて考えていたのに、あやめの剣幕につい違うと言ってしまう。

 

 

「言ったもん! 言ったもん! うわーん!!」

 

 

 信じてくれないアタシ達に、とうとうあやめは泣き出してしまった。

 うん……あやめが嘘を言ってるとは思えないな。

 

 

「……嘘をついているようには思えないわね。葉月はどう思う?」

「……うん……」

 

 

 やっぱりあやめは黙って出て行ったんだ。

 バレないように帰ってくればいいと思って、アタシたちに問い詰められたから泣いて乗り切ろうとしてるんだ。

 

 

「いや、そうかな……?」

「ううっ!!」

「――ッ、葉月!」

「へ?」

 

 

 このはがソウルジェムに手をかざす。

 直後、アタシたちの視界を霧が覆い、すぐに消えた。

 

 

「このは、一体何を……」

「葉月、今さっき何を言ったのか証言して」

「証言って……アタシはあやめが嘘をついて外出したって……え?」

 

 

 改めて口に出せば、それは不自然極まりない言葉だった。

 あやめが嘘をついていないと信じた瞬間、嘘をついていると確信した。

 一秒前の発言と正反対の事を口走り、そのことに微塵も疑いを持たなかった。

 

 

「――これ、まさか」

「ええ。間違いなく魔法ね」

 

 

 このはは断言する。

 犯人は自分たちの言動を操って、仲たがいさせようとしている。

 

 このははあやめがいなくなった時点で違和感を感じ、次にアタシ達の誰かがおかしな言動を取る瞬間を待っていた。

 アタシはそうしてまんまと相手の魔法に引っかかり、そしてこのはの幻霧を通じて正気に戻された。

 以前に犯人の魔力パターンを知っていなければ編み出せなかったと説明するけど、そんなことは今のアタシの耳には入ってこなかった。

 

 それはつまり、結局今のアタシたちはその魔法少女の監視下にあって。

 そいつの胸先三寸で、アタシの思考や言葉をいいように書き換えることができる。

 

 

 見えない手が自分たちの首を掴んでいる錯覚を覚える。

 どこに逃げても執拗に追いかけて、何が何でも貶めてやろうとする悪意。

 もしかしなくても、その魔法はアタシの行動すらも好きに操作できるのだとしたら、アタシは自覚がないまま、襲撃の実行犯として振舞っていたとしてもおかしくない。

 

 一体どこまでが自分の本心なのか、どこまでが犯人に操作された行動なのか。最早自分自身すら信じることができなくなる。

 足元が崩れていく感覚。いっそこのまま自分が犯人だと名乗り出てしまえば、それで事は穏便に収まって楽になれるんじゃ……。

 

 

「大丈夫よ。葉月」

 

 

 このはがアタシの身体を抱き寄せる。

 わしゃわしゃと髪を乱雑に撫でまわす。

 安心できるようにやさしく言い聞かせてくれる。

 

 ……懐かしいな。

 昔、泣いたり落ち込んだりしていた時、院長先生がこうやって慰めてくれたっけ。

 もうそんな風にしてもらうのを求める歳でもなくなったし、何よりあんなことがあったから、遠い思い出になっていたけれど。

 

 ……うん。やっぱり安心するなぁ。

 さっきまであった不安はどこかに吹き飛んでいた。

 

 そうやって落ち着いた後、あやめも同じように撫でてもらうのをせがんできた。

 

 

 うん、何があってもアタシはこのはとあやめを信じる。

 皆でこの事件の真犯人を捕まえて、心の底から安心してやるんだ。

 

 

「私が来たからにはもう大丈夫だー!」

 

 

 などという決心をぶち壊す大声が響き渡り、勢いよく誰かが部屋の中に入ってきた。

 

 

「お邪魔しまーす!」

「あなたは、確か……」

「『最強』の二文字を愛する魔法少女、由比鶴乃だー!」

 

 

 そうだ。つばめさんとたまに絡んでいる由比鶴乃さんだ。

 あまり話したことはないけど、とにかく元気な人。

 数日前には確か神浜にやってきた音子というシスターの人に挑んで、一瞬で三本ノックアウトを取られていたのが印象に残っている。

 あれだけ文句なしでボコられていたのに、恥ずかしげもなく最強を名乗れるのは厚顔なのか向上心が高いのか……。

 でも、なんでこの場所に?

 

 

「こら、鶴乃! 勝手に先に入らないでよ!」

「七海やちよ……!」

 

 

 思いもよらない人物の出現に戸惑っていると、鶴乃さんを叱りながらやちよさんが入ってきた。

 

 

「ごめんなさい……。この子は私が呼んだのよ。もともと手伝ってもらってて……」

「そ、そうなの……」

「それと荒事になるかもって言われたから、戦力として十分なこの子は適任よ」

「荒事……!?」

 

 

 その言葉を聞いてアタシ達は一斉に警戒心を高める。

 もしかして、犯人を突き止めたのだろうか。

 

 

「ええ。その事についてだけど……とりあえず、みんなに入ってきてもらいましょうか」

「みんな……?」

「ガァー」

 

 

 ん? 今、変な鳴き声が聞こえたような……。

 ぐるっと辺りを見回して、入り口の付近にそれはいた。

 どこからか入り込んできたのか、一羽の鴉が羽繕いをしている。

 ……って、これまさか。

 

 

「やーやー。真打ちの登場でございますよ」

「つばめさん!?」

「こんばんは葉月さん。今回の一件、色々あって私たちも黙って見ているわけにもいかなくなりましたので、僭越ながら首突っ込ませてもらいましたよ」

「ふふ、やっと来てくれたのね。つばめ」

「はいはーい。このはさんのピンチには駆け付けるつばめさんです」

 

 

 やっぱり。

 つばめさんは多彩な魔法を操る。その中には鴉を使役して視界を共有する、なんていう偵察向きのものまで存在する。

 というかこのは、その言い方だともしかして知ってたの……?

 

 

「失礼します……あら、中々趣のある場所ですわね」

 

 

 続いてやってきたのは常盤ななか。

 ごきげんよう、なんてすまし顔でアタシを見てくるけど、調査をしているなら一報ぐらい入れてくれてもいいんじゃないかなあ……。

 

 それから続々と人が入って来る。

 ななかのチームメイト達、東の代表の十七夜さん、仲良くなった団地の魔法少女たち。

 流石にこれだけの人数が入ると、殺風景だった部屋も賑やかになる。

 

 

「さて、皆さん揃ったところで推理ショー……と行きたいところでしたが、どうやらその必要もないみたいで」

「え?」

 

 

 突然、つばめさんがテレパシーを繋いできた。

 

 

『あ、そうそうこのはさん、葉月さん』

『なに?』

『あなたたちの後ろ、葉月さんから見て右斜め108度ぐらいのところ。()()()()

 

 

「っ!」

 

 

 その言葉を聞いたアタシの行動は速かった。

 瞬時に振り向き、空間全体にスキャニングを発動する。

 アタシの魔法は対象がいなければ不発する。

 逆に言えば、そこに何かがいるのならたとえ魔法で隠蔽されていようとも炙りだせるということ。

 

 結果はすぐに出た。

 誰もいないはずのそこから、確かに反応が返ってくる。そんな不可解な事態の答えは一つしかない。

 

 

「うらぁ!」

 

 

 ためらうことなく攻撃を仕掛ける。

 こんな状況で姿を隠してアタシたちの背後を取っている相手を味方かどうか判断する必要なんてない。ある程度の根回しを済ませてきただろうつばめさんが知らせてきたのも、その判断に拍車をかけていたかもしれない。

 

 何もない(誰かがいる)場所に放たれた雷撃は、途中で何かに弾かれたように明後日の方向に飛んでいった。

 

 

「……あっぶなあ。いきなり攻撃とか、野蛮じゃないの?」

 

 

 どうとも思ってなさそうな声で、そいつは姿を現した。

 紫色の衣装。さすまたのような形の杖。フィクションで見る魔女のような姿の魔法少女。

 突然の出現にみんなが驚きながらも変身し、一人だけ冷静を保っていたつばめさんはビシッと指を突き付けて彼女に言った。

 

 

「さて、捻りもないセリフを言わせてもらうが――お前が今回の、いやすべての犯人だな更紗帆奈?」

「――あっは」

 

 

 あっははははは! あっは、あはははははは!

 

 下卑た笑い声が響く。

 

 その声色だけですべてわかる。こいつが私たちを嵌めた張本人だ。

 ぎり、と武器を持つ手に力が入る。

 今すぐにでも跳びかかりたくなるのを抑えて、アタシはそいつの言葉を待った。

 

 

「正解正解。あたしが犯人の更紗帆奈で~す!」

 

 

 更紗帆奈と呼ばれた魔法少女は、いともあっさりと自分の罪を認めた。

 

 

「いや~、やっと見つけてくれたねえ……一番最初に発見するのがあんたなのは気に入らないけど、よくあたしの名前を突き止められたじゃん」

「私の手柄じゃないですよ。十七夜さんがあなたの名前を知っていただけです」

「あー、そういうこと。結構がっちり暗示で封印したのに、よく思い出せたものだね~」

「ああ。おかげ様でな。随分と苦労させられたとも」

 

 

 言葉通り、十七夜さんは少し疲れているようにも見える。暗示で忘れていた魔法を思い出したってことは……やっぱり魔法を解除したってことかな。

 

 

「更紗帆奈。およそ一年前から魔法少女として活動している。固有魔法は『上書き』、相手の固有魔法を自分にコピーすること。現在は共に活動していた瀬奈みことの『暗示』で上書き中。当の瀬奈みことは昨年から行方不明。恐らくそれをきっかけに十七夜さんの記憶を封印して暗躍を開始。以後、魔女を暗示魔法で飼いならして各地で意図的に騒動を引き起こし続けた」

「へぇ~、よーくわかってんじゃん! 大体その通りだよ」

 

 

 つばめさんが情報をまとめ上げれば、更紗帆奈は満足したように頷く。

 

 

「メルくんから聞きましたよ。ななかちゃん達が魔女に襲われたのも、このはさん達が嵌められたのも。全部お前の仕業だとね」

「……ふーん、あの子生きてるんだ。運がいいね~」

 

 

 安名メル。調整屋の手伝いをしている占いが趣味な魔法少女。

 つばめさんとは仲よく会話をしていたけど、もしかしてあの子も襲われたのか。

 道理で、つばめさんがあそこまで口調が荒くなっているわけだ。

 

 

「らしくないですね。ここまでこそこそと姿を隠しておきながら、わざわざ自分の痕跡どころか姿まで見せるなんて。まるでわざわざ見つけてくれと言ってるようなものだ」

「そりゃあ、見つけてもらわなきゃ意味ないからね! だってのにあんたらってばぜーんぜんあたしのこと見つけられないんだもん! だから親切に難易度イージーで派手にやってあげたんだよ」

 

 

 まるでアタシたちで遊んでいるかのような言いぶりに腹が立つ。

 

 

「……なんなの、あんたは! 私たちを弄んで、一体何がしたいのよ!」

「え~? そんなのもわかんないの~? 今自分で答えを言ったようなものなのにさ~」

「なんですって?」

「だ~からさぁ、ぐっちゃぐちゃの台無しにしたいんだよ! 血も繋がっていないのに仲良しこよしで家族ごっこしてる連中とか、そこの澄ました顔して生きてる奴の人生とか、お行儀よく魔女退治なんてやってるあんたらとかさ。全部引っ搔き回して踏みにじって笑ってやるのさ! 特に静海このは、あんたが幻覚で取り乱していた時なんかは最高に笑えた「もういい」……あ?」

 

 

 瞬きの直後。

 アイツの目の前には槍を振りかぶったつばめさんの姿。

 その瞳は幽白に染まって、声は生きてないと錯覚させるほどに冷たくて。

 それ以上に、この場の誰よりも激情が渦巻いていた。

 

 

お前、もう黙れ

 

 

 

 

 帆奈がそれ以上言葉を紡ぐよりも速く、死神の刃が振り下ろされた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅧ【反撃開始】

 

 

 

「つばめさん!?」

「あっぶな……ッ!!」

 

 

 振り下ろされた骨喰の一撃によって、隠れ家の壁の一角が綺麗に抉りぬかれていた。

 完全な奇襲。本来であれば頭から真っ二つにしていたはずのそれは、しかし更紗帆奈の咄嗟の回避によって左肩を掠めるに留まる。

 最もそれだけでも肩の肉は大きく抉られており、大きく血が溢れていた。

 

 

「ちっ、魔法しか能がないかと思いましたが、意外と勘がいいな貴様」

「こういうのってちゃんと話を聞く番でしょ!?」

「え? いやさっき自分で犯人()ったじゃないですか。ならそれで十分。お前の魔力パターンはすでに把握済み。ぶっちゃけもう死んでいいです」

「だからって躊躇なくできるとか頭バーサーカーかお前!?」

「あなたが言える筋合いでもないでしょうに、ね!」

 

 

 間髪入れずに振るわれる豪槍の斬撃を、帆奈は寸でのところで回避していく。

 その身のこなしとは裏腹に表情は渋い。

 

 この時、彼女はこの場の全員に暗示をかけて動きを止め、嘲笑と共に逃げおおせるつもりだった。

 だがそれはつばめの会話途中に襲い掛かるという掟破りによって潰され、今もこうして逃がすものかと追撃が襲い来る。反撃に転じようにも、つばめの槍捌きはその激情とは裏腹に至って冷静で隙が無い。何が何でもこの場で始末しようという強い意志を感じる。

 おまけに大きな風切り音が声を掻き消しており、これでは暗示で動きを止めることすらできない。

 出鼻を挫かれた、とはまさにこのこと。

 後方に目をやれば、戸惑いつつも他の魔法少女たちが体勢を整え始めていた。

 

 

「クソッ……こいつはもうちょっと後に取っておくつもりだったのにぃ……!!」

 

 

 パチン、と指を鳴らす。

 それを合図として、周囲の風景が切り替わる。

 

 

「魔女の結界!?」

「そいつの相手してから追ってきな、バーカ!!」

 

 

 流石にこの状況では一方的に嬲られるだけだと判断し、従えていた魔女を放って仕切り直しを図ったのだろう。つばめが周囲に警戒し足を止めた絶好の隙を見逃すことなく、帆奈は一目散にその場から逃走を始めた。

 

 

「あっ、逃げるな!」

「つばめさん! 一人で深追いは危険です! ひとまずはここの魔女を片付けましょう」

 

 

 追いかけようと踏み込んだつばめを、ななかが引き留める。

 優先順位を間違えてはいけない。彼女を止めることは大事だが、それ以上に魔女を放置するなど、魔法少女としてあるまじき行いだ。

 

 

「……そうですね」

 

 

 流石に魔女とはいえ、十四人もの魔法少女相手には瞬く間に倒される。

 しかし風景が元の廃墟に戻った時、更紗帆奈の姿はどこにもなかった。

 

 そうして全員が落ち着きを取り戻した時、つばめは真っ先に頭を下げた。

 

 

「すみません。最初の一手で行動不能に追い込むつもりでしたが、逃げられました」

「あーうん、別に責めたりしないよ。でもいきなり攻撃したのは驚いたなぁ……」

「事前に話し合った結果です。相手の魔法が『暗示』なら、初手は完全な不意打ちで相手をすると。つばめさんに会話の主導権を握らせていたのはそのためです」

「流石に、あのタイミングで行くとは思わなかったけどね……」

 

 

 ななかのフォローに、他のチームメイトも頷いている。

 どうやら彼女たちは納得済みでの行動だったらしい。

 

 

「それならもう少し詳しく説明してくれても良かったんじゃないかしら。『このはさん達には自分が話を纏めるので情報をください』って、ここまでするとは思わないじゃない……」

「いやあ、流石にやちよさん達に不意打ちまで伝えると相手に気取られるかもしれなかったので……。発音か思考か。何であれ、魔法の発動をさせないためにはこれが最善だったんです。皆さんはもう少し事情とかを知りたい気持ちもあったのでしょうが……」

「別にいいわ。あのまま話を聞いててもろくな情報は落ちなかっただろうしね」

「アイツ、愉快犯の類ヨ。人が慌てる様子見て楽しむ外道ネ」

 

 

 そうしてつばめの謝罪も済んだところで、話は逃げ出した更紗帆奈の行方について。

 

 

「……それで、どうする?」

「感知で探れる範囲には……さすがにいないわね」

「各自で散開して探すしかないんじゃないかしら?」

「それなら少しお待ちを。今周囲を索敵してますので」

「どうやって……って、ああカラスか」

「ほんと便利だよね~。それ固有魔法って訳じゃないんでしょ。どうやったの?」

『私が教えたのだよ。教えれば教えるほど覚えてくれるものだから父としても鼻が高い』

 

 

 いつの間にかつばめの帽子に止まった鴉から男性の声が発せられる。

 

 

「おわぁ!?」

『どうも。こんな形で失礼するよ、つばめの父親だ。今は調整屋にお邪魔していてね、そこからつばめの回線に相乗りして遠隔で話しかけている』

「あ、これはどうも……」

 

 

 保護者の登場に恭しくお辞儀する葉月。

 鴉と頭を下げ合っているのは中々にシュールな光景だ。

 

 さしものつばめとはいえ、複数体の鴉を使い魔として使役して情報を集めるには限度がある。

 特に今回の用に、各地をリアルタイムで同時に監視するというのは、脳内で処理する情報量が多く負担がかかるのだ。そのデメリットを今回は父、琴織渡がオペレーターとして動くことによって区域全体を覆う規模での観察を可能にしているのだ。

 

 

「――と、見つけました。ここから北に200メートルあたりのビル屋上です」

「よーし! それじゃあ」

「待ってください。つばめさんの連撃をしのぎ切ったあの実力は侮れません。それに加えて『暗示』、あるいは『上書き』の魔法もあります。下手に向かうのは愚策です」

 

 

 居場所が判明し、喜び勇んで出撃しようとした鶴乃をななかの一声が止める。

 

 

「でもこのままじゃ……」

「逃げませんよ。あいつはこのはさん達を嵌めようとしてここまでやったんだ。こんな不意打ち程度で逃げるような臆病者なら、私たちが動いた時点で姿をくらましている」

「それは……うん、そうだね」

 

 

 敢えて自分の痕跡を残し、挙句には関係者の前で姿を晒して見せた。

 それはつまり、その場にいた全員を相手取ってなお何かしらの勝算があるということに他ならない。

 

 

『前回の事件において彼女は一切の手がかりを掴ませなかった。だが今回は早々に姿を見せた。イージーモードという言葉を信じるならば、今回は彼女からの挑戦状と言うべきだ』

「挑戦状?」

『嗚呼。つまり、君たちは舐められているんだ。お前たちを弄ぶならこの程度で充分だとね』

「……ッ!!」

 

 

 空気が張り詰める。

 薄々感じていたことを明確に言葉にされて、各々のプライドに火が付く。

 魔法少女とは人を蝕む悪意、魔女を討伐する存在。

 それがたかが、狂気に堕ちた魔法少女一人すら倒せないと?

 

 

『更紗帆奈は相当な手練れだ。だが奴は一人。他に魔女を従えていたとしても、連携行動は望めまい』

「つまり?」

『陣を構えて追い込む。包囲網を作り上げ、奴を徹底的に追い詰めるのさ。既に昨日の魔法少女たちに経緯を伝え、この辺り一帯に待機させている。他にも有志を募ったらなかなかの数が集まったよ』

「ももこさん達に、明日香さんとささらさん。加賀見さんと江利さんに、ひなのさんもいて、後は……」

「めっちゃいるね……」

 

 

 それはつまり、この事件をくの魔法少女が腹に据えかねていることの証拠。

 更紗帆奈はつばめ達だけでなく、神浜という街すべてを敵に回したも同然なのだ。

 

 

「彼女たちの詳細はこちらが把握しています。私たちは着実かつ臨機応変に更紗帆奈を追い詰めましょう。指揮は私が、戦況報告はつばめさんとそのお父上が担当します」

「イージーモードだというのなら、私たちは遠慮なく攻略不可(クソゲー)であいつを出迎えてやりましょう。皆で力を合わせて、あいつの企みをぶっ壊してやりましょう。文句のつけようもなくあいつをぶちのめして、全員の前で土下座させてやりましょう」

 

 

 この上なく意地の悪い笑みを浮かべて、琴織つばめは槍を掲げた。

 

 

「――さあ、ハメ殺しの時間だ。今まで好き勝手された分、こっちもやりたい放題で叩き潰しますよ!」




【ショウ・タイム】
 もうちょっと隙を狙うつもりだったけど、つばめちゃんがプチリンした。

【反撃開始】
 つばめちゃんの鴉については複数使役が可能。視界共有はその分だけ脳に負担がかかる設定。あと自分の意識で動かせるのは一体が限度。それ以外は簡単な命令しか出せず、たまにサボるやつが出る。



次回【ウサギ狩り/英雄推参】


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第三十三話 散花愁章……⑤【ウサギ狩り/英雄推参】

八割がた帆奈ちゃん視点です


ChapterⅨ【ウサギ狩り】

 

 

 鬱陶しい。

 なんだよこれ……なんだよこれ!

 

 

 

 人ひとりいない路地裏。

 

 音も影もなく出現した加賀見まさらが斬撃を繰り出す。

 明確な殺意の籠った、すべてが急所狙いのそれを紙一重で捌いていく。

 他のいい子ちゃん達と違ってこいつは容赦がないけれど、その分太刀筋が単調で分かりやすい。

 

 ならば、それを補うのが彼女の射撃だ。

 袈裟懸けの一撃を後ろに跳んで躱す。

 しかし、着地点が分かっていたように飛来した弾丸が左肩に突き刺さった。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 魔力で痛覚を遮断しているから痛みはないが、変なところを打ちぬかれたのか力が入りづらい。

 飛んできた方向を見るが、そこには誰もいない。

 もう一つ銃声が響く。右脚を掠めた。

 方向から察するに、近くのビルから撃ってきているのか。

 

 

 確か、江利あいみ……『行動予測』の魔法だったか。

 先読みによるほぼ百発百中の弾丸は、加賀見まさらの剣術と合わせれば凶悪だろう。

 だが、この戦法には肝心なものが足りない。

 

 雷のダガーを投げつけてけん制し、飛んできた弾丸を杖で弾く。

 

 そうして動きが止まった隙に暗示を叩き込む。

 

 

「『そこを動くな』!」

「……ッ!」

 

 

 加賀見まさらの恐ろしさは常に捨て身で突っ込んでくること。相方の防御役(粟根こころ)がいないなら、こうして簡単に止められる。

 

 それと同時に銃弾も止まった。

 味方が止められたらそこで硬直するなんて、未熟なんじゃないの?

 目もくれずに路地裏を駆け抜ける。何度も角を曲がり、ビルの壁を登って屋上を飛び渡りながら、この状況について考える。

 

 

 

 あたし――いや、あたし達は世界に喧嘩を売った。

 魔女に堕ちた後、意識だけの存在としてあたしの中に宿った瀬奈を自由にするために、このくだらない世界をぶち壊すための企みを始めた。

 

 魔女を操り、絶望を振りまき、魔法少女どもの間に不和の種を撒いた。

 クラス一つを閉鎖に追い込んだり、仲良し家族を離散させたり、順風満帆に生きてるやつの人生を台無しにしてやったり。

 

 瀬奈から借りた暗示の魔法は便利だ。万能と言ってもいい。

 他人の行動を操るのは序の口。自分に暗示をかけて肉体のリミッターを外し、魔力を外に漏れないようにして感知されないようにもできた。

 

 ただまあ、色々好き勝手やってたら、どれだけ痕跡を消しても嗅ぎつけてくる奴らはいるんだよ。

 特に粛清機関とかいう魔女狩り狂いの聖職者どもはしつこかった。下っ端を見つけたら下級魔女を餌にしつつ即座に暗示で何事もなかったように振舞ってもらうだけだけど、それでもうろちょろされるのは鬱陶しかった。

 

 そうしていたらさ、いつしか魔女を使ってめちゃくちゃにしてやった奴の一人が魔法少女になってあたしのことを探し回っていたんだ。

 

 常盤ななかっていうお澄まし顔のお嬢様。キュゥべえに聞いたら復讐のための力を願って魔法少女になったんだって聞いて本当に笑いが止まらなかった。だってあたしのために、まだやり直しがきいたはずの人生を棒に振ったも同然だからね。

 ある意味、これは運命なんじゃないかって確信したよ。こんなどうしようもない悪党をしっかりと倒しに来てくれる奴が現れるぐらいには、この世界はまだまともだった。

 

 

 ――そう思えたのに、現実はまたも非情だった。

 

 その原因は常盤ななかの側にいたある魔法少女。

 志伸あきら、夏目かこ、純美雨。あたしの仕組みによって魔法少女になって、常盤ななかの仲間として共にあたしの影を追いかける中にいた、一人の不純物。

 琴織つばめという、妙に強い魔法少女について最初は何の興味もなかった。精々が余所からやってきて幅を利かせていることが妙に癪に障ったぐらいだ。

 

 けれどある日。この街にデカい魔女が現れて、それをベテランどもが倒しに行った夜。

 もしそいつらが全滅したらその魔女を貰ってやろうと思ってひっそりと様子を伺っていたその時。あたしは琴織つばめという魔法少女の秘密を知った。

 

 魔女に成ってなお、戻ってきた魔法少女。

 魔女でもない、魔法少女でもない。死にながら生き続けている半死人。

 

 それを知ってあたしの心はぐちゃぐちゃになった。

 だってそうだろ? 瀬奈はただ苦しんで魔女に成るしかなくて、今もあたしの魔力が無ければ何も感じることができない幽霊のまま。

 それなのにあいつは生を謳歌している。あいつだけは特別だと言わんばかりに、魔法少女の力も魔女の力も使って、思うままに人生を歩んでいる。

 それがどうしようもなく気に入らない。

 

 あんな奴がいるのが許されるなら何故、瀬奈は魔女にならなければいけなかった。どうしてたった一人の希望をあたしから奪った。存在そのものがあたし達への侮辱。生きているだけで魔法少女の価値にケチをつけてるようなものだ。

 

 逆恨みも甚だしい。けどこれは正当な恨みだ。

 瀬奈を縛り付ける世界を、こんな悪意のまかり通る世界を、あんな理不尽の存在を許す世界を、あたしはぶち壊してやるって決めたんだ。

 

 

 そのためにはどうすればいいか? これは至極単純だった。

 何せ今のあたしは悪意を振りまく災厄そのもの。

 

 ならば魔法少女たちの敵として盛大に振る舞い、最後に正義の魔法少女に倒される。その上で、あの憎たらしいなり損ないを地獄に道連れにする。

 そうすることで、この世界が悪意に塗れているだけじゃないことを証明と、世界の歪みを正すことの両立ができる。

 

 

 

 そのための準備は惜しまなかった。

 最近街にやってきた三人組を餌にして、街中に不和の種を撒いた。

 色々と苦労もあった。瀬奈の『暗示』の魔法があるとはいえ、下準備の段階で見つからないように立ち回るのは中々骨が折れた。

 

 

 そうしてすべての仕込みを終えて、始まったあたしのラストステージ。

 まずはいくつかのグループの中でムードメーカーな連中を昏倒させる。そしてその疑いを静海このは達三人に向けさせる。手口は以前のままにして、あたしが犯人だとわかるためのパンくずを残した。そうすればあいつらは絶対にあたしの存在にたどり着く。

 念には念を入れて、ここから正反対の南凪区に魔女を十数体解き放っておいた。予想通り、最近やってきた邪魔な聖堂騎士は意気揚々と討伐に向かい、邪魔が入ることはなくなった。

 

 そうして期待通り、魔法少女どもはあたしを犯人として突き止めてくれた。

 

 後はネタバラシをした後は、必死になって追いかけてくる常盤ななか達を迎え討ち、あたしは悪役としてアイツを道連れに滅んでやる。

 そうするはずだったのだ。

 

 

「いた! 明日香!!」

「更紗帆奈、この竜城明日香が成敗いたします!」

 

 

 先回るように現れた二人組。

 美凪ささらと竜城明日香。

 この二人もそこそこやるけど、あたしなら正直楽勝(ヌルゲー)だ。

 

 

「『動くな』!」

「あぐっ」

「明日香!?」

 

 

 薙刀の一撃を防いでから暗示で動きを封じ、隙だらけの身体に雷撃をお見舞いしてやれば、すかさず美凪ささらが庇い出て攻撃を防ぐ。単純(バカ)だからこれだけで対処は完了――ッ!?

 

 

「ちぃ……!」

 

 "――帆奈ちゃん、後ろ!"

 

 

 突然空から降ってきたチャクラム。時折消えたりしながら襲ってきたそれを防ぎきれず、身体が切り刻まれる。

 瀬奈の声に振り向くことなく杖を後ろに回せば、さっきまで影も形も無かった保澄雫が直接斬りかかって来るところを防いだ。

 

 空間跳躍による不規則な斬撃と、それすら隠れ蓑にした背後からの奇襲。

 即座に雷撃で追い払い、懐からグリーフシードを取り出す。

 穢れの溜まった孵化寸前のそれにソウルジェムの穢れを吸わせて最後の一押しとすれば、瞬く間に魔女が孵る。

 

 

「魔女!?」

「おのれ、なんて卑劣な……!」

 

 

 生まれたてだからすぐに倒されるだろうけど、時間稼ぎには十分。

 

 その隙に逃げた先には、また別の魔法少女がいた。そのあたりに待機させていた魔女に相手をさせて通り抜ければ、三つの方向からそれぞれ近づいてくる気配があった。

 

 

 と、このように彼女たちは的確に包囲網を構築して、自分はその中をみっともなく逃げ回っている。

 一挙一動を読まれているようなこれは戦いなんて言えない。淡々と獲物を追い込み、本命の罠に飛び込んでくるのを待つ一方的な狩りだ。

 

 

 こんなことになっている絡繰りは分かる。空を旋回するように飛んでいる不自然なカラス、あれがあたしの行動を全部監視してやがるんだ。あんな真似ができるやつはおそらく琴織つばめだ。ちょっと観察したぐらいじゃわけの分かんない魔法だったから、そういうことができてもおかしくはないはずだ。本当、どこまでもあたしの神経を逆撫でしてくれる。

 

 あいつがあたしの行く先を見て、それを聞いた常盤ななかあたりが指示を出して魔法少女を出動させている。それに加えて遠距離攻撃が得意な魔法少女は徹底的に前に出さないであたしが感知できないところから援護射撃に徹させている。さっきから何本も矢が飛んできているのがその証拠。うざったいことこの上ない。

 

 打ち落とそうしたが、悠々と回避して馬鹿にするように『アホー』と鳴きやがった。その奥で琴織つばめが挑発している姿がありありと想像できた。

 

 得意げになってるんだろうな。他の奴らを動かしながら、自分たちは意気揚々と安全圏から高みの見物決め込んであたしが弱るのを待っている。実力も知恵もあって、これだけの人員を動かせるコネも持った優等生だけができる上品な手口で実に反吐が出る。

 

 でもあたしのほうが強い。有象無象をどれだけ集めて追い回したところで、魔法少女一人捕まえることなんてできやしない。そんな小細工で邪悪に勝とうなんて思い上がりも甚だしい。

 あんたの策を全部抜け出して、それを証明してやる!

 

 

 溜まった穢れを懐から取り出したソレに吸わせて、とりあえずの魔力を回復する。

 骨組みだけの卵じみた模型。名を《エンプティエッグ》。イカれた科学者がこっそりばらまいてる()()()()()()()()()()()。グリーフシードに比べると雀の涙もいいところだけど、無いよりはまし。大東をうろついていたブローカーから奪ってみたものだけど、中々いい拾い物をしたと思う。

 

 

「見つけたー!」

「待ってたよ、もう逃げられないからね」

「覚悟しなさい……!」

 

 

 やってきたのは静海このは、遊佐葉月、三栗あやめの三人組。

 こいつらは遊んでいて面白かったなぁ。特に静海このは。こいつがヒステリックになる様子は昼のドラマでも中々見ない迫真さだった。

 

 

 既に静海このはが魔法が発動させたのか、あたりには霧が立ち込めている。

 幻惑を見せる霧。それだけじゃない、琴織つばめが余計な入れ知恵をしたせいで暗示への対策も兼ねるようになった。そのせいで見たかったギスギスも未遂に終わるし……人の玩具を横取りする嫌な奴だよホント。

 

 まあ、それだけならいい。

 暗示を頼りにしているとタカをくくっているみたいだけど、あんたら三人ぐらいならハンデ付きで返り討ちにできる……って、は?

 

 

「一人、二人、三人、四人……」

 

 

 周囲の魔力反応が次々と増えていく。

 なんだこれは……!

 

 

「着いたー!」

「桑水くんの魔法はこんな応用もできるんだな……」

「わ、私も驚いてます……」

 

 

 ――転移系! それも複数人を一気に運べるタイプ!!

 保澄雫だけかと思ったが、他にもいたのか!

 

 

「さあ、これで逃げられないわよ。観念なさい!」

「ハッ、勝ち誇るのは早いんじゃないのぉ~? まだあたしは動けるって言うのにさぁ!」

 

 

 まずは全方位に電撃をばら撒く。

 勿論こんな雑な攻撃は防がれるが、その一瞬ができればいい。

 まずは遠距離を潰すために、緑色の弓持ち目掛けて全力で攻撃を仕掛ける。さっきからチョロチョロ撃ってきてたのはお前だろう? そのお礼をしてやるよ!!

 雷撃への防御で反応しきれていないその間抜け面のソウルジェムを砕く直前、青色の影が目にも止まらぬ速さで割り込んできた。

 

 流石は最年長、桁違いの反応速度だ。

 杖と槍が何度か打ち合いを演じる。

 

 

「『ちょっと止まれ』!」

「……ッ!!」

 

 

 動きが鈍くなった七海やちよを杖で殴り飛ばす。

 

 ……効きが悪いな。やっぱりこの霧が魔力を散らしてやがる。

 静海このはを排除するのが手っ取り早いけど、こいつらがそれを許してくれるわけないよね。

 

 そうして霧に紛れて次々と襲いかかってくる攻撃を捌いていく。

 暗示が完全に無力化されているわけじゃないならいくらでもやりようはある。

 

 囲まれた時はちょっと負けを考えたけど、こいつらの攻撃は妙に手ぬるい。あたしの生け捕りでも考えているのか、本気だけど殺意が籠ってない。ここまでやってまだ暗示を警戒しているのか、あるいは同士討ちのリスクを避けたのか。

 

 まあいい。そうやってヒットアンドアウェイで攻めてくるなら、こっちはその一撃にカウンターを加えていけばいいだけだ。

 赤いやつの斬撃を躱して肩を抉る。青いやつの鞭も軽くいなして腹を蹴り飛ばす。緑色の矢を弾いて、そのまま別の奴の攻撃を防いでやる。

 

 次にやってきた三栗あやめの攻撃を受け流して、その無防備な顔に杖を叩きつける。

 

 

「へっへ~ん! 効かないもんね!」

 

 

 ガギン、と硬質な音を立てて杖が弾かれた。

 防御魔法だと!? なんて似合わない魔法なんだ……!

 

 ぎしり、と足に何かが絡みつく。

 視線を下ろした先には植物のツタ。これはまさか……!

 

 

「今だよ、ももこちゃん!」

「おう、これでも食らえ!」

「チィ……!!」

 

 

 十咎ももこの全力の振り下ろしを咄嗟に杖で受け止める。

 それでも衝撃はすさまじく、ビリビリと腕が痺れている。

 渾身の一撃を防がれた十咎ももこは、悔しがるでもなく後退する。

 

 

 ……変だな。

 ここまで追い込んでおきながら、こいつらの攻撃は妙に手ぬるい。

 消耗を狙っているのか?

 少し落ち着くために大きく息を吸い込み――直後、粘膜に灼くような刺激が走ったことによって、あたしはその目論見を悟った。

 

 

「げほっ、ごほっ、毒だと……!?」

「アタシの特製催涙弾だ。可愛い後輩を襲ったこと、後悔しやがれ」

 

 

 この声は、都ひなの……!

 霧の本命は毒ガスを誤魔化すこと!

 手ぬるい攻撃は散布による巻き添えを最低限まで減らすため。

 そして最後の一撃は、体力を消耗させて呼吸を狙うため。

 

 魔法少女は魔力で身体能力を強化できるけど、機能が人間から逸脱したわけじゃない。

 暑さには汗をかくし、血液が足りなくなれば思考は鈍る。神経が麻痺すれば動かなくなるし、異物が入り込めばそれを排出しようとするのは当然のことだ。 

 ゆえに催涙ガス……直接のダメージではなく、あくまで人体の防衛機能を誘発させるそれは痛覚の遮断では防ぎきれない。

 

 視界が滲み、聴覚が詰まる。

 でも、それは感覚を鈍らせるだけ。

 直接的なダメージがないこれでは魔法少女を倒すことはできない。魔力感知さえあれば、十分に戦闘は続行できる。

 

 

「この、程度で。あたしを捕まえられるとでも――」

「やれ、れん!」

"五つの鋲、影の楔、是を以ってその魂を縫い留める"

 

 

 冬風のように染み入る声が響き渡る。

 その言葉に呼応するように輝いた、五つの輝石(ジェム)に気づいた時にはもう遅く。

 

 

 ――反魂魔術・魂縛り

 

 

「あがっ!?」

「……魂を、縛りました。もう動けません……はい」

 

 

 存在の根幹。魂そのものに杭を打ちつけられたかのように一切の自由がない。

 青白い輝きを放つ少女……五十鈴れんが都ひなのの隣に立っている。

 琴織つばめの使う小癪な魔術……こいつも使えたのか……。

 

 

「よし、これで完了だ」

「てこずらせてくれたわね……」

「後は、ソウルジェムを没収すれば終わりだな」

 

 

 霧が晴れる。風が吹き、薬物を吹き飛ばす。

 完全にあたしを無力化したと思った連中は、ソウルジェムを取り上げようと近づいてくる。

 

 

 ……ちくしょう。

 ここまで徹底的にやられたら、ちょっと文句も言えなくなるなぁ。

 

 ごめん、と瀬奈に謝ろうとして――。

 

 

 

 "――ダメ! 帆奈ちゃんを好きにはさせないんだから!!"

 

 

 瀬奈の声が響き、身体に打ち込まれたナニカが外れる。

 手が動く。脚に魔力を走らせれば、纏わりついていた蔦は襤褸くずとなって散った。

 ……そうだよね。そうだよねぇ! ここでやられちゃあ、ここまで頑張った意味がないよなぁ!!

 ありがとね瀬奈。あんたのためなら、あたしはいつまででも走り続けられるよ!!

 

 

「なっ、拘束が!?」

 

 

 倦怠感を無理やり誤魔化して、即座にこの場から離れる。

 向かうのは()()()()()()()()()()()()()。そこにあえて自分から飛び込んだ。そこに罠が仕掛けてるのだろう。わかっているなら何も怖くない。

 

 

 琴織つばめは魔法の使い道、組み合わせに詳しい。

 常盤ななかは盤面を操る戦術眼が恐ろしい。

 この二人が組めば戦場のコントロールなんて簡単だろう。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに関してはあたしの方が一日の長がある。

 いいこちゃんのあんたらが悪意であたしを手玉にとるなんざ、百年早いんだよ!!

 

 

「今だっ!」

 

 

 ほらね。爆発だろうと毒ガスだろうと魔法だろうと何でも持ってきなよ。全部乗り越えてやるからさ!

 

 

 一秒。身構えて魔力の感知を最大に広げる。

 二秒。後ろからの追撃はない。

 三秒。空気がしんと静まり返る。

 四秒。五秒。六秒。

 

 

 ……七秒。なんの予兆もない。

 

 

「は? 何もないじゃん――」

 

 

 もしかしてネタ切れ? 

 それは少し興ざめだなと逃げ出そうとした瞬間。

 

 

 "――!! 危ない、帆奈ちゃん!! 避けて!!"

 

 

 相棒の警告に従い、反射的に仰け反る。

 瞬きの後に強い風圧が眼前を通り過ぎ、アスファルトを深く砕いた。

 

 

「~~~~~~ッ!! 今のは危なかったな……」

 

 

 これには流石に肝を冷やした。

 瀬奈からの警告が来るまで予兆も接近も気が付かなかった。

 

 着弾後、それが魔力の矢であることをようやく理解できた。

 寸前まで存在を察知させない魔法、そんなのを使える奴もいたのか。

 あっちも殺しを解禁したってことか……いいね、面白くなってきたじゃん!

 

 

 

「嘘、避けられた!?」

 

 

 ――100メートルほど離れた建物の屋上。

 所定の位置についていた阿見莉愛は自分の放った攻撃の結果を目で疑った。

 

 固有魔法である『隠蔽』によって視認不可と化した渾身の一射。

 気配もない。探知も効かない。堂々とした完全な不意打ちは確かに更紗帆奈の急所を射貫いて行動不能にできるはずだった。

 

 

「ちょっと琴織さん、悪いけど避けられてしまいましたわ!」

『え、マジっすか。どんな探知能力持ってんだアイツ』

 

 

 側にいた鴉を介してつばめが心底驚いたような声を上げる。

 彼女たちの視線の先。追撃しようとしたやちよ達に魔女をけしかけて更紗帆奈が逃げていく。

 最早出し惜しみもなく従えた魔女を次々と放っていく様子からして相当追い詰められているのだろうが、生憎それはこちらも同じ。固有魔法を全力で使用したこの戦術は消費魔力もかなりのもの。つばめの貯蓄したグリーフシードを前払いで大判振る舞いしているからこそ、この総力戦は成り立っているのだから。

 

 

「ああもう、これで仕留める計画だったのでしょう? どうするおつもり?」

『正直予想外ですよ……でも大丈夫。念には念を入れて、後詰めに私たちがいるんですから』

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅩ【英雄推参】

 

 

 

「あーもう、逃げんなこいつ!」

「くっそー、当たんない!」

「ひなのさんから貰った爆薬無くなった! 撤退撤退!」

「あっち行ったよ、次のポイント飛んで!」

「ッ、こいつまた魔女を!」

「とりあえずルート絞って、後は他の人に任せてこっちは魔女狩るよ!」

 

 

 あっちこっちを逃げ回り、物陰に隠れて一息つく。

 あの狙撃が作戦のピークだったのか、罠は減って奇襲も少なくなった。

 けれどこっちの手駒もあと一枚、とびきりのデカいやつを残すだけ。しかもその使い道は決まっている。

 

 最後のグリーフシードで魔力を回復する。

 状況はお互いにギリギリ。

 あいつらはこれ以上あたしを止める手立てがなく。あたしは、これ以上逃げ続けるだけの余力がない。

 

 どいつもこいつもあたし一人に必死になって、ほんっと楽しいなあ。

 

 この名残惜しい逃走劇の終わりを確信し、予感と期待を胸に路地裏を進む。

 

 

 

「おー、来ました来ました」

「皆さん、作戦通りにいきましょう!」

「うん!」

「はい!」

「覚悟するヨ!」

 

 

 そいつらは期待通りそこにいた。

 常盤ななか、それに琴織つばめ。あとその仲間たち。

 ここは袋小路だ。あたしを逃がさないようにこの二人は確実に待ち構えていると思っていた。

 でも残念だったね。

 あんたたちのためのとっておきが、こっちには用意してあるんだよ!

 

 

「魔女……!」

「うげ、ここでですか。しかもこの穢れの量は中級以上……」

「……ッ! この魔女、まさか……!」

「アッハハハハハハハ! その通り、そいつこそあんたたちが追いかけてた『飛蝗』さ。精々そいつをボコって復讐を楽しんでな!」

 

 

 そうしてその場を去る。

 すぐには戦ってやらない。

 散々こっちをいたぶっておいて、あっちだけピンピンしてるとかフェアじゃないからね。

 とりあえず無駄に体力と魔力を使ってからかかってきな!

 

 

 

「おのれ……」

 

 

 常盤ななかは悔しさに歯を軋ませる。

 今すぐに更紗帆奈を追いたいが、目の前の魔女が足を止めさせる。

 

 目の前にいるのは正真正銘の仇。

 自分の家を貶め、戦友に牙を剥いた憎き魔女『飛蝗』。

 

 だが同時にこれを討伐しても彼女の復讐は終わらない。

 この飛蝗をけしかけた正真正銘の『魔女』。堕ちた魔法少女である更紗帆奈こそすべての元凶である以上、彼女を逃してはならない。

 

 どちらを優先すればいいのかは明白。

 だがこの魔女は消耗している他の魔法少女には荷が重い。

 しかしこのままでは犯人は逃げ、これまでの奮戦すべてが水の泡となる。

 

 逡巡するななか。

 それをよそに、激流を思わせる拳が真っすぐに魔女へと突き刺さった。

 

 

「二人とも、行って!」

「ここは私たちに任せてください!」

「もう一つの『飛蝗』、逃がすんじゃないヨ!」

 

 

 志伸あきら、夏目かこ、純美雨。

 ななかが集めた戦友たちが、この『飛蝗』の討伐を名乗り出る。

 もう一人の仇、災厄の根源を断ち切るため、憂いのないように彼女たちはこの場を引き受けた。

 

 

「あきらさん、かこさん、美雨さん……!」

 

 

 仲間たちの心意気を無下にはできない。

 瞬時に覚悟を固めたななかに、琴織つばめが微笑んだ。

 

 

「いい仲間を集めましたね。ななかちゃん」

「――はい。私には勿体ないぐらいです」

 

 

 地を蹴り、ビルを渡っていく。

 更紗帆奈の逃げ足は予想以上に早く、最早痕跡は微か。

 

 魔法少女たちによる包囲網はあれで終わりだ。

 魔女も出し切らせられると踏んで構築したが、よりにもよってあのような大物を温存していた帆奈のほうが一歩上手だったか。

 

 

「……ふむ。こっちに行きましょう」

「つばめさん?」

 

 

 つばめが指し示したのは、痕跡とは異なる方向。

 確かにそちらからでも回り込めるだろうが、そんな余裕はどこにもないはずだが。

 

 

「いやあ。父さんったら用意周到なのか意地が悪いのか。とんだ援軍を用意したことを黙っていやがりました」

「援軍、ですか?」

「ええ。それもとびきりの、一騎当千を誇る騎士をね」

 

 

 それを聞いてななかも集中して感覚を研ぎ澄まし――気づく。

 更紗帆奈の向かう先、そこに一人の魔法少女が先んじていたことを。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 適当な廃墟に身を顰めて、息を整える。

 ここなら奇襲に都合がよかった。

 このまま真っすぐ来るかな。それとも挟み撃ちでもしてくるかな。

 

 お前たちをどう攻略するかは散々考えてきたんだ。

 

 

 カツン。カツン。

 硬質な靴底が床を踏む音が響き渡る。

 

 やっと来たかと、音の方向に目を向ける。

 暗がりでよく見えないけど、この重厚な足音は――おい、こいつは、一体誰だ?

 

 

 

「更紗帆奈。水名女学院中等部第二学年所属。両親は既に他界。父親は刺殺。母親は泥酔による注意不足からの交通事故。本人は施設へと移動したが、一年以上前から行方不明」

「――ハ」

 

 

 割れた窓から月光が差し込み、そいつの姿が露わになる。

 月明りに照らされる銀のブレストプレートと鉄の籠手。

 風にたなびくのは紺色のサーコート。

 こちらを見る眼は、冷たい鉄のように。

 

 

「何故知っている。という疑問は当然だろう。最も、私にその理屈を話す義理はないが」

「誰だよ。あんたみたいなやつ、呼んだ覚えはないんだけど?」

「異端審問会所属、聖堂騎士・紺染音子。これより、主の教えを犯す異端を粛清する」

 

 

 『鉄の英雄』と呼ばれる魔法少女が、目の前に立っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 "――――なに、なに!? あの人、怖い。何かわからないけど、怖いよ帆奈ちゃん……。"

 

 

 瀬奈の怯える声が聞こえる。

 それもそのはず。

 目の前にいる女は魔女を祓う聖堂の騎士。魂が魔女に近づいている瀬奈からすれば、死を告げにきた死神にも等しいだろう。

 最も、今のこいつが死を与えに来たのはあたしのほうなんだろうけど。

 

 

「おっかしいなぁ。あんた、今頃南の方で魔女退治してるんじゃないの? 英雄サマとしてのお勤めはどうしたのかな?」

「ああ。南凪区の魔女でしたら、既に終わらせました」

 

 

 ざら、と取り出された皮袋の中に納まっているいくつものグリーフシード。

 マジかよ。こいつ、たった半日であれだけの魔女を全部倒したってのか。

 

 参ったなぁ。

 聖堂騎士どもを念入りに遠ざけていた理由は一つ。

 こいつらを盤上に上げるとつまらないから。

 

 面白味も何もない。淡々とした駆除作業。

 魔女という存在を許さないどころか、その実態は魔法少女すら野放しにしたくない。

 でもそうすると都合が悪いから、仕方なく魔法少女を容認している。

 

 そんな自分たちに都合のいい世界を回すためのシステム。あたしが最も嫌いな世界の在り方そのものだ。

 

 

「さて。私を呼んだ覚えがない、と言いましたね。魔女の飼育と放逐、ならびに暗示を用いて引き起こされた民間人への数々の被害。挙句の果てにはこちらの構成員に対する認識改竄と殺害……。最早一刻の余地もなく滅すべき脅威と判断しました。懺悔があるなら今のうちに考えておきなさい。叩きのめしたあとでは、そんなことを考えている余裕もないでしょうから」

 

 

 直感で理解する。

 こいつに何か一つでも行動させたら、その瞬間にあたしは負ける。

 

 

「『止まれ』――!」

 

 

 不意打ち気味に暗示を発動して、

 眼の前にいた騎士の姿が消えた。

 

 

「ごはっ……!」

 

 

 視界が明滅する。頭蓋が軋む。意識が一瞬吹き飛び、激しい衝撃が脳を揺さぶる。

 紺染音子は一瞬で距離を詰め、あたしの顔に全力の拳を叩きつけていた。

 

 見えなかった。

 そいつの踏み込みは一瞬で、暗示を言い終わる時には振りかぶった拳が眼前に迫っていた。

 あたしは顔の骨を砕かれながら、10メートルも後ろに吹き飛ばされた。

 

 

「がはっ……ごほっ……」

 

 

 咳込むたびに血が溢れ出る。

 今の一撃で顎から喉までが潰れた。治療は難しくないが、その隙を目の前の女が許すわけがない。

 この女の攻撃は速すぎる。『暗示』を発動した後に動いて、その言葉が届く前に攻撃を当てた。

 途方もない技量と反応速度。おそらく『暗示』の魔法と同系統の使い手への対処を万全にしている。大方、似たような魔法少女を何人を狩ってきた経験があるのだろう。

 そんなあたしの考えを見透かしたように、鉄の英雄は迫りながら口を開いた。

 

 

「あなたのような苦境を味わった者はありふれています。現実を呪うことを願い、災厄を撒く側に回った魔法少女もまた数え切れない。それらの苦しみを慰めることが我らが主の教えであり、その呪いを粛清することは私たちの役目だ」

 

 

 そいつは上から目線で語りかけてくる。

 それは心の底からあたしを憐れむ声であり、同時に決して許しはしないという決意が込められていた。

 

 

「哀れな少女、憎しみと絶望に狂ったけものよ。悔い改める必要はない。憎み、許し、そして諦めよ。我が行いは主の御業の代行であり、人界を守護するためにお前たちの希望を挫く蛮行である」

 

 

 くだらない文言が朗々と響き渡る。

 そうやって、何人もの魔法少女を殺してきたんだろう。

 

 なんて滑稽な奴だ。

 

 なんて傲慢な奴だ。

 

 なんて――ムカつく奴だ。

 

 怒りが沸き上がる。

 こんなやつに殺されるために、あたしは生きてきたわけじゃない。

 こんなやつらに台無しにされるために、あいつの魔法はあったわけじゃない!

 

 

 怒りは爆発的に感情を揺るがし、感情の揺らぎは魔力を生む。

 聖堂騎士の周囲に雷とダガ―が現れ、一斉に爆撃を行う。

 いくら魔法少女でもこれをうければ一たまりも――

 

 

「――――ふっ」

 

 

 紺染音子が拳を天に掲げる。

 すると周囲に十字型の半透明なシールドが現れて爆撃を防ぐ。

 十数秒に渡る爆撃は、しかし一つも届いていない。

 でもその時間があればいい。

 防御に意識が回っている間に、喉を直して『暗示』を通してしまえば――!

 

 

「喝ッ!」

 

 

 ――嘘だろ!?

 爆風を吹き飛ばし、中から光り輝く十字架が飛んできた。

 あまりにあんまりな光景に反応が遅れ、シールドがあたしの身に直撃する。

 

 

「ぐあ……っ!」

 

 

 壁と板挟みになり、体中の骨が軋みを上げる。

 圧死していないのは魔法少女の耐久力あってのことだ。これが常人なら、そもそも最初の一撃で頭部がトマトのようにはじけ飛んでいる。

 どうにか踏ん張って立ったところで、地を蹴る音が聞こえた。

 

 

「主よ、かの者の罪業を洗い給え――!」

 

 

 神速の拳が腹に突き刺さり、背後の壁をも砕いてあたしの意識を吹き飛ばした。

 

 

 

 ――更紗帆奈が飛んで行った先。

 土煙が巻き上がる様子を、紺染音子は腕を組んで睨みつけていた。

 反撃が飛んで来たらいつでも反応できるように気を張ってはいるものの、自分から追撃に移る様子はない。

 

 確かにこのまま止めを刺すのは容易だ。

 だが、それでは他の者の面子が立たない。

 

 職務怠慢だと言われるかもしれないが――何、せっかくの後輩の晴れ舞台だ。

 これ以上出張るのは、彼女たちの戦いが終わってからでもいいだろう。

 

 

「さて、後は出来の悪い後輩に任せるとしましょう。――これも試験です。あなたが新しく得た仲間たちと共に、この困難を乗り越えられるか見せてもらいますよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 "――帆奈ちゃん! 帆奈ちゃん!"

 

 瀬奈の声で目が覚める。

 

 

 瓦礫を押しのけながら立ち上がれば、そこは今まさにあたしが突っ込んだことでできた、壁に穴の開いた工場跡。

 ぶうんぶうんと、耳障りな羽虫の音。

 ほんの一瞬の意識の断絶。

 

 どういうわけか、あたしはまだ生きていた。

 ダンプカーが衝突したかのような一撃でも死なないとは、魔法少女とはつくづく冗談みたいな存在だと実感する。もっとも、それよりも冗談でしかない奴がついさっき現れたわけだが。そんな相手に出会って生きているとは、幸運もまだまだ尽きちゃいないらしい。

 

 だが、それは生きているというだけ。

 内臓は今の一撃で破裂してぐちゃぐちゃ。骨も相当罅が入ってる。

 ソウルジェムの機能で急速に回復が始まっているとはいえ、ほとんど死体同然の有様だ。

 

 

「……ハ」

 

 

 ……思わず失笑する。

 

 まさかこんな横入りで終わるとか思わないじゃん。

 苦労して魔女を確保して仕込みまで済ませたくせに、結果何もできずにここで無様を晒している。

 どういうわけか、あの英雄サマは追ってこないらしい。あれだけ殺す気で殴ってきたのに訳が分からない……まさかここで野垂れ死にするのを待っているのか……?

 

 

「おうおう。音子さん派手にかましましたねー」

「まさか彼女に何もさせずにここまで吹き飛ばすとは……本当に恐ろしい人ですね」

 

 

 あたしを挟むように声が聞こえる。

 

 

「琴織つばめ、常盤ななか……あはっ」

 

 

 そうかい。そういうことかよ。

 

 あいつは逃がしたんじゃなくて譲ったんだ。

 本当にあたしをぶち殺したがっている奴らのために、わざわざあたしをここまで運んだんだ。

 

 

「あは、あはっ。あははははははははは!」

 

 

 ああ、なんて優しい騎士サマだ。

 ご親切にもアタシが望んでいた晴れ舞台を整えてくれるなんてね!

 

 いいよ、いいよ!

 ならやってやる!

 こいつら二人とも、あたしの手でぶっ潰してやる!

 ここがあたしの最終幕だ!

 

 

「さて……お前と言葉を交わすのは心底御免だが、名乗りぐらいはちゃんとするか」

「ええ。私たちは人として、最低限の礼儀は尽くしましょう」

 

 

 ああ。そうだ。

 お前たちはそれでいい。

 最期の戦いだ。

 正義の味方と悪党で、正々堂々名乗り合おうじゃないか。

 勿論、名前は決まっている。

 かつてキュゥべえがあたしに名付けた『混沌』。

 これ以上にあたしを表す言葉はない。あのナマモノも、たまには粋なことをすると思ったものだ。

 

 

 

 

「『夜駆ける白翼』琴織つばめ!!! 貴様の魂、貰い受ける!!」

「『華心流宗家』常盤ななか!!! ここに我らが無念を晴らす!!」

「いいよ! 『深淵の混沌』更紗帆奈!!! あんたら二人とも、グッチャグチャにしてやる!!」

 

 

 

 

 さあ、魔女退治を始めよう。




【ウサギ狩り】
 つばめちゃんのクソコンボ披露タイム。
 傍から見たら一方的なリンチである。
 先駆者さまのやっていた霧ワープもばっちり。
 莉愛の隠蔽狙撃が一番殺意高いなと書いてて思った。

【英雄推参】
 音子さんのターン。
 この作品で最強ってのはこれぐらいやりますよ。


○琴織つばめ
 作戦を説明したとき多くの魔法少女から「エグい」という感想を貰ったとかなんとか。

○更紗帆奈
 どこまでやっても生き延びてくれるだろうという謎の信頼感がある。


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第三十四話 散花愁章……⑥【No Understood Enemy/華鳥舞踊/合わせ鏡の底】

上手く仕上がったのでもういっちょ


ChapterⅪ【No Understood Enemy】

 

 

 

 民家の屋根から屋根を。

 ビルの屋上から屋上へ。

 月が見降ろし、鴉たちが見守る神浜の夜を、魔法少女たちが疾駆する。

 

 

 更紗帆奈を追い詰める最中、何体もの魔女が放たれた。

 それら全てを駆逐して、彼女たちは元凶の元へと急ぐ。

 勿論消耗も激しい。

 琴織つばめが召集した魔法少女たちの多くは既に離脱している。

 今なお動けるのは七海やちよを始めとした8人のみ。由比鶴乃、十咎ももこのチームに静海このはのチーム。

 後は別ルートで迂回した十七夜たちだけだ。

 

 魔女の気配はない。

 どうやらあちら側の手札も枯渇したらしい。

 このまま行けば何の障害もなくつばめ達に合流し、圧倒的な戦力差によって更紗帆奈を仕留められる。

 

 やちよは冷静に状況を分析し、その勝利を確実に掴むため、次の足場とするビル目掛けて跳ぼうとして――。

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

 そこで。

 歪み切った運命が結実するように、彼女たちはあり得ざるものを目にした。

 

 異質なものが屋上に佇んでいる。

 魔女ではない。使い魔でもない。

 

 けれど、魔法少女として幾多の修羅場をくぐり抜けてきた彼女たちですら、明確な異常だと認識できる存在がいる。

 

 犬めいた顔面に蜂のような複眼。太い身体を覆うは爬虫類のように強靭かつしなやかな外皮。肥大化し、曲線を描いた腹部は昆虫めいた基節で波打っている。それらを支えるのは虎のような足と、熊を思わせる屈強な腕。尾は二つに分かれ、先端には獰猛に舌をなめずる蛇の頭。

 数多の種を掛け合わせたような、おおよそ自然界では生まれ出ないはずの生物がそこにはいた。

 

 

「なに、あれ――」

「あいつ、あんなものまで用意していたっていうの……?」

 

 

 生理的嫌悪を齎す未知の怪物を前に、魔法少女たちは困惑の声を漏らす。

 魔女が見せる殺意でも敵意でもない。昆虫のように機械的なソレの気配は七海やちよですら経験したことがない。

 

 

「■■■■■■■――」

「――あ」

 

 

 ぎょろり、と首だけを動かすナニカ。

 その視線がやちよ達に向いた瞬間。

 

 

「ッ!」

 

 

 やちよは咄嗟に身を捻った。

 ガチン。という音が耳元で響く。

 彼女の首の一センチ横には強く閉じられた異形の顎が存在している。

 あのまま惚けていたら、今頃首に牙が食い込み、そのままねじ切られていただろう。

 ソウルジェムはそこに無いとはいえ、戦線離脱は免れず士気もガタ落ち。ぞっとしない話だ。

 

 獲物を仕留められなかった異形は、しかしそのことを疑問に思うことはなく。いまだ生き残っている人間目掛けてその腕を振るう。

 かろうじて槍で受けたやちよではあったが、その威力は凄まじく数メートルの後退を余儀なくされる。

 

 人の胴ほどもある腕もそうだが、なにより見るべきはその爪。熊の爪の一撃は人間の皮を軽々と剥いでみせる。ならばこの怪物の異様な巨体から振るわれる一撃は、岩石すらも三枚に下ろすだろう。

 

 手元で嫌な音が鳴り、視線を僅かに下げるやちよ。

 見れば槍の柄は辛うじて繋がっているほどにひび割れていた。

 

 

「なんてパワー……ッ!」

「やちよ!」

「油断しないで、来るわよ――ッ!!」

「■■■■■■■――ッ!」

 

 

 正気を引き裂くような怪鳥の如き声が、夜の街に木霊した。

 

 

 

 

 ――戦いは数分で決着した。

 

 魔法少女の防御を上から砕く攻撃力、完全に細胞を死滅させない限り再生する耐久力、一息で数メートルの距離を詰める俊敏性。尾の蛇は数メートルも伸縮し、その牙には致命的な毒を持っていた。蟲の腹からは肉を食い破る獰猛な羽虫を無数に生み出し、嫌悪感を伴った対処を余儀なくされる。

 その能力のいずれをとっても、上位の魔女に匹敵する脅威だった。

 

 だが、殺した。

 いかに異形の怪物であろうと、超常の力を振るう魔法少女が複数人でかかれば対処できない存在ではない。

 葉月の雷撃が肌を焼き、ももこの剣が胴体を割って臓腑を炙る。蛇の嚙みつきはあやめの自己保存の魔法による防御を突破できず、直後にこのはによって首を刈られた。

 四肢をかえでの操る樹木によって封じ、袋叩きで徹底的に切り刻んだ。苦し紛れに産み出された羽虫も鶴乃の炎によって掃討された。

 そして最後にやちよの槍で頭部から串刺しにされ、最後にレナが変身したつばめの骨喰噛砕によって首を切断。

 最早再生可能な領域を越えた異形は静かにその身を横たえた。

 

 肉がしなびていき塵となって風に散る。

 幻のように消えていく怪物。だが周囲に飛び散り、こびりついたままの血液は、それが確かに現実の生命であったことを証明する。

 

 

「はぁ、はぁ……」

「何とか、倒せたわね……」

 

 

 肩で息をしながらも、勝利を確信するやちよ達。

 魔女の非現実的な異形とはまた別の、生命倫理を著しく逸脱したが故の嫌悪感による精神的な疲労が大きい。

 

 

「くっ……」

「レナちゃん!?」

「どうしたレナ、どこか攻撃を喰らったか!?」

 

 

 その中で膝を付いたレナをももこ達が心配する。

 

 

「平気よ……ただ、慣れない変身したから、ちょっと……」

 

 

(それもだけど、そうじゃないわ……。変身した時、明らかに自分の身体じゃない感じがした。ちぐはぐしてるっていうか、明らかに何かが足りてない感じ……ももことかに変身した時は感じなかったのに、何なのこれ?)

 

 

 レナの『変身』はその特性上、変身相手の能力について十分に把握することができる。

 他の魔法少女に変身した場合、固有魔法までは無理だが、魔力性質やその武器特製についてはコピーが可能だ。

 つばめに変身した理由は単純に攻撃力の高さと、その特性。強靭な外皮を突破するための防御無視の能力。咄嗟に頭に出てきたことからして、レナの中でも特に印象に残っていたのだろう。

 しかしその選択はレナに必要以上の消耗をもたらした。

 

 つばめのステータスを再現できたのはおおよそ六割。骨喰も本来の半分の威力も発揮できていない。

 防御無視の概念を再現するだけでも、普段の変身分の魔力を持っていかれた。

 それに加えてあのブラックボックス。一体彼女はどれだけ力を秘めているのか。

 ――とはいえ、それらの疑問を気に留めてはいられない。

 

 

「一体何だったのよ、この化け物。魔女じゃないみたいだし……」

「わかんない。けど、更紗帆奈が作ったってわけでもなさそうだ」

 

 

 一体これが何だったのか。誰がこれを放ったのか。何の目的があってこれは襲い掛かってきたのか。

 すべてが理解不能の敵を、しかし顧みる間もなくやちよ達は先を急ぐ。

 

 目的地は近い。

 ここからでもかすかに激しい剣戟が聞こえてくる。

 

 

 この怪物を討伐するのに用いた数分。

 それは決戦が始まり、終わるには十分な時間だ。

 

 

 つばめとななかの戦いは佳境を迎えていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅫ【華鳥舞踊】

 

 

 

「白椿・八重咲き!!」

 

 

 長短二振りの刀、白椿による八連撃。

 常盤ななかが繰り出した四方八方より襲い来る斬撃のうち、胴体を狙うものだけを防いで琴織つばめの追撃を避ける。

 

 振り下ろされた刃がコンクリートを砕く。

 間一髪で回避し、雷を放つ。

 すると羽根が舞い、魔弾となって相殺した。

 砂煙が巻き起こり、一度体勢を立て直すために距離を取ろうとする。

 

 

「――はあっ!」

「くうっ!」

 

 

 その煙の中から、二つの剣閃が瞬く。

 

 

「……っ『動く轟ッ!!!!!

 

 

 咄嗟に放った言葉が、風の唸りにかき消される。

 当たればごっそり体を抉り取るだろう一撃を躱し、続く刺しの一撃を受け止める。

 

 

 何十回と繰り返された攻防は、未だ拮抗を保ったまま。

 だけどその天秤はじりじりと傾き始めている。

 

 本当にムカつくけど、このままじゃあたしは押し負ける。

 槍を振るう風切り音と地面の破砕音があたしの声を遮って『暗示』が発動できない。距離をとればすかさず常盤ななかが斬り込んでくる。反吐が出そうなほどよくできたコンビネーションだ。虫唾が走る。

 

 ……でもさ、気づいてる?

 あんたらあたしに連撃を与えることに夢中だけどさ、その頭上には雷のダガ―が大量に設置してあるんだ。合図一つ、念じるだけでこの場所に降り注ぐ。

 

 

「「はああああああっ!」」

 

 

 だからあんた達が息を合わせて突っ込んできた瞬間を狙って一斉に発射してやれば……ね!

 

 

「――らあっ!」

 

 

 ――けれど、防がれた。

 琴織つばめが跳躍した勢いのまま槍を振り回し、ダガ―を次々に撃墜していく。

 常盤ななかはそれを傘にあたしに突撃する。完全にお互いを信頼してないとできない行動だった。

 ……まあ、想定通りなんだけどね!

 

 

「しゃあ!」

「――っ!」

 

 

 杖で刀を防ぎながら、琴織つばめ目掛けて雷撃を放つ。

 ダガ―の雨を防ぐために塞がっていたその手が弾かれて、槍はあいつの手元を離れてごろごろと転がっていく。

 知ってるんだよ。あんたのそのデカい槍は機能を付け加えた代わりに一度に一つしか出現させられないってね!

 ペラペラペラペラ、仲間たちの前で得意げに喋ってたもんね!

 

 

「これであんたの武器はなくなった。もうあたしの言葉もちゃんと聞こえるよ。急いで取りに行ってみたら?」

 

 

 わざとらしく挑発してやる。だが油断はしない。こいつにはまだ魔女の力がある。武器がなくても黒い翼を生やして、羽根を弾丸として飛ばすことができる。飛行能力であたしを翻弄して一方的に殺すことができる。

 勿論それがあたしの狙い。その力を使うよりも先に、あたしの『暗示』があんたを止める!

 でも、琴織つばめは翼を生やさなかった。あいつは右手を頭上に掲げ、呟いた。

 

 

――咎人の血は我が糧なり。苦悶の鋼鉄よ、来よ

 

 

 ――琴織つばめは己の戦術が見切られ始めたことに気が付いていた。

 

 相手は『暗示』を自らにかけて身体能力のリミッターを解除している。

 身体能力の強化にとどまるつばめやななかはフィジカルで後れを取っており、それによって生じる差は命を懸けた戦いにおいては致命的な差となる。

 奇襲からの集団による追い込みで消耗させ、師である紺染音子の猛打で致命傷を与えるという徹底した事前準備。その上でのななかとのコンビネーションで優勢に立っていたが、想像以上に更紗帆奈はしぶとく、苛烈な打ち合いの最中に先ほどのような仕込みを行えるほどに魔術の腕前があった。

 

 このまま同じ戦法を続けていても戦況は好転しない。

 つばめには奥の手として異形顕現があり、黒翼を用いての機動戦闘を持ち込めばそれだけで圧倒することが出来るだろう。

 だが、異形顕現を使うには魔力の回線を切り替えるための隙がある。その隙を見逃すほど帆奈はお人よしではない。彼女がななかを無視してこちらに『暗示』をかけてくればあっという間に形勢は逆転する。

 

 だから、つばめはもう一つの奥の手。すなわち父である琴織渡――その本質である白翼公の力を借りることにした。

 

 召喚するのは一つの魔術兵装。

 

 相手の残り魔力、グリーフシードの数は不明。

 

 ならば、より深く、より複雑な傷を刻み込み、相手を物理的に行動不能にする――!

 

 

 琴織つばめの右手に鉄の塊が現れた。何の変哲もない無骨な黒い突撃槍。けどおかしいのはその穂先から下。上下左右東西南北、釘バットのようにあらゆる向きで小さな無数の刃を生やしたそれは、まるで鉄の仙人掌(さぼてん)かあるいは化学の教科書に載っている析出した結晶のよう。前にそれを喰らった奴らのであろう血がこびり付いて赤黒く変色した、魔法少女が持つにはあまりにも禍々しく仰々しく馬鹿馬鹿しい兵器があたしの前にはあった。

 

 

「……なにそれ?」

鮮血機構(ブラッドドリンガー)。お前はこれで殺す」

 

 

 なんでそんなものを持っている。なんて疑問を口にする暇はない。一瞬で距離を詰めて振りかぶられたその凶器をあたしは反射的に躱すので精いっぱいだった。

 

 

「ちぃ……!」

 

 

 地面を砕き、コンクリートの破片が舞う。その中からいくつもの鉄の破片が飛び出し、一撃を避けたあたしの肌を浅く切り裂いた。なるほど。槍を躱しても埋め込まれた刃が射出されて追い打ちをかけてくる。その仕組みはよーく覚えたよ。そしてその槍があたしの身体に直にぶっ刺さったら、小さい刃が発射されて身体中をズタズタにすることも想像できる。想定以上の悪趣味さに思わず背筋が震える。

 

 でもそんな仕掛けじゃとてもじゃないけど仲間と一緒には戦えない。さっきのは念話で通じたのか常盤ななかは無傷だったけど、二人がかりで打ち合ってくるのにそんな暇はないよねえ?

 だから――突っ込んでくるのは、あんただけだ。琴織つばめ!

 

 

「■■■■■■■■―!」

 

 

 雄たけびを伴って繰り出される槍の一撃を躱す。そんな正面からの突撃を受け止める馬鹿はいない。紙一重で回避したその一撃から刃が枝分かれる。腕を交差させて被弾面積を最小限に抑える。あたしは舌打ちした。どうやらこの武器はどうあがこうが出血を強制させてくる。血を飲むもの(ブラッドドリンガー)とはよく言ったものだ。

 

 それだけじゃない。打撲よりも出血の方が回復に魔力を使うし、痛覚は遮断してるけど流れ出る血は普通の魔法少女なら心理的プレッシャーを与えられる。見た目も威圧的なこの武器は、魔法少女を殺すには最適だ。そんなものがあたしの前にやってくるなんて、因果ってのは本当にクソだね。

 

 でも、こんなものは直ぐに慣れる。

 最初は度肝抜かれたけど攻撃自体は単純な大ぶりだと分かれば対処はカンタン。多少の傷は受け入れて間合いを詰めてしまえば、がら空きの胴体に攻撃し放題「はあああぁっ!」何だと!?

 

 

「――せいっ!」

「ちぃ!」

 

 

 背後からの刺突を寸でのところで受け止める。奇襲を防がれた常盤ななかは舞うような動きで追撃を牽制し距離をとる。

それ以上の注意は向けられない。

 間髪入れずに鋼鉄の茨が、頭上から襲い来るのを避けるのにすべての集中力を振り分けさせられた。

 

 ――なんてやつだ、なんてやつだよ常盤ななか!

 

 普通この中に飛び込んでこようとか思う!?

 自分を狙ってこないとわかっててもさ、一つ振るう度に無差別に刃が飛んでくる攻撃に加わろうとか正気じゃないよ!

 

 あっは。あはははは! とことんあたしを楽しませてくれるんだねアンタは!

 一対一で、アンタに倒されるならどれだけ良かったかなぁ!!

 

 

 そこからの数秒は永遠と同じだった。

 

 槍の一突きで飛び散る破片と刃。

 常盤ななかはその身を躍らせ、無差別に襲い来る散弾を躱して更紗帆奈の背後を取り続ける。

 

 一体どういう動体視力をしていればそんな真似ができるのか。

 その原理は単純。常盤ななかの魔法は『敵を見極める力』。

 本人はそう自己申告した。その時点ではその効果に嘘偽りはなかった。

 だが、その魔法はそれだけではなかった。

 

 彼女が願ったのは『復讐するための力』。

 そんな願いで出来上がった魔法が、ただ敵を判別するだけなんていうしょっぱいものだろうか。

 

 否。いいとこのお嬢様だったこいつの魔法少女の素質がショボいわけがない。

 だが、彼女の魔法は応用性がない。

 ゆえに考えられるのはただ一つ。

 

 常盤ななかの魔法は進化した。

 『敵を見定める』魔法から、『敵を倒す道筋を見つけ出す』魔法に。

 

 なんという執念。なんという因果。

 真の仇であるあたしを倒すためだけに、こいつは自分の魔法を一つ上の段階に進化させた!!

 

 我ながら戦いの最中によくこんなに頭が回るなあって思ったけど、ふとこれが走馬灯ってやつだと気が付いた。

 前から迫る巨大な鉄の茨と、後ろから忍び寄る蜂の一刺し。

 最初は弾き返せていたけど、元々息がぴったりのこいつらの攻撃は次第にパズルのピースが組み合うように隙間が無くなっていく。

 そのことに気づいたときにはもう遅い。

 唯一の隙間に回避した先、完全にタイミングを合わせた攻撃が飛んでくる。

 

 冷静な思考が、何倍にも引き延ばされた体感時間でその事実を理解した。

 

 

回 避 不 可 能

 

 

 槍に杖が弾かれ、刀の一閃が脚を切り裂いた。更紗帆奈は立つことままならずに崩れ落ちる。

 

 絶好の機会。琴織つばめは跳躍し、槍を構えた右腕を惹き絞る。

 渦巻く魔力が軋みを上げる。致命的なその攻撃を前に、更紗帆奈はただ吠えるしかなかった。

 

 

「あ……あああああああああああ!!」

「終わりだ――カズィクル・ベイ!

 

 

 串刺し公の名を冠した一撃が放たれる。

 槍が更紗帆奈を貫き、その穂先がはじけ飛んだ。

 

 

 

 

ChapterⅩⅢ【合わせ鏡の底】

 

 

 

 風の吹きこむ音がいやに耳に障る。

 

 琴織つばめと常盤ななかは、肩で息をしながら目の前に突き立ったものを見る。

 それは肉と血と鉄で作られたオブジェ。

 支柱となる槍から無数に飛び出した鏃が、肉を引き裂き穴だらけにするという、悪趣味極まりないもの。

 ぼろ布で作った案山子のようなそれは、しかしまだ生きていた。

 

 更紗帆奈という名前を持ったそれは、ここまでやってまだ息があった。

 

 

「はっ……こんな結末かあ。ひどいんじゃない? 魔法少女が一人相手に寄ってたかってタコ殴り。挙句にここまでずたずたにするとかさあ。正義面して魔女退治してるアンタらがやっていいことじゃないって」

 

 

 口から夥しい血を吐き出しながら、帆奈は負け惜しみを口にする。

 肺も損傷しているのだろう、その言葉にはコフコフと空気音が混ざっている。

 

 鮮血機構に仕込まれた鏃の数は総じて666。

 そのほとんどを炸裂させ、もはや彼女の首から下は殲滅されている。

 痛覚を無視し、負傷を治癒できる魔法少女であろうと物理的に行動不能な状態。

 ソウルジェムが損傷していないのは奇跡といってもいい。

 

 骨喰の刃が首に突きつけられる。

 何かを企む素振りを見せれば、すぐにその首は刈り取られるだろう。

 

 

「ななかちゃん、こいつのソウルジェムを取り上げて浄化を」

「わかりました」

「……何、殺さないの?」

 

 

 失望を孕んだ声で帆奈が問う。

 

 

「皆の前で土下座させてから、お前の身柄は音子さんに引き渡しますよ」

「へぇ? お前の家に魔女嗾けて人生無茶苦茶にしてやった張本人だよ。ぶっ殺したいとか思わないの?」

「――――本音を言えば、そのソウルジェムを今すぐ叩き壊してやりたい。けれど、憎しみで自らの手を血に染めれば、あなたがやってきたことと何も変わりません。それに、恨みの分は殴りつけたつもりです。あとの沙汰を下すのはよりふさわしい人に委ねましょう」

 

 

 怒りを噛み潰すようにななかは言う。

 彼女の境遇を考えれば、殺してもやむなしと思われるだろう。帆奈の毒牙にかかった犠牲者たちを考えれば、その対価は死ですら生ぬるいだろう。けれど、例え復讐であろうと命を奪うことを是とすることもまた違う。

 この者に下されるべきは感情による私刑ではなく、厳粛なる裁きであるべきだ。

 

 最も、それで結末が変わるわけではない。

 仮に粛清機関に引き渡したところで、この魔法少女の生存は許されない。

 その身に宿した神秘がどれだけ尊いものなのか。どれほど得難いものなのか。それを理解せず徒に社会を乱したことの罪は重い。

 これ以上の異変が伝播し、その実態が公のものとなる前に、彼らはこの魔法少女の命も以ってその罪を贖わせるだろう。

 

 

「ここまでズタズタにしておいてよく言うよ。それとも琴織つばめがやったことだからノーカンだって? それは言い訳にはずるいんじゃないかなぁ?」

「言い訳? いいえ、私たちは一蓮托生。彼女の所業は私の所業です。それに、ある程度分かる形で戦闘不能にしておかないと、皆さんの留飲も下らないでしょう」

「そういうの、綺麗ごとって言うんだよ。くっだらないなぁ……そういうのがまかり通るんだから、本当に気に入らない」

 

 

 くつくつと笑う帆奈

 最早観念したのか、その声に嘲りの感情は見られない。

 正真正銘、本心の吐露というわけだ。

 

 

「バランスが悪いんだ。何もかもが気に入らなくて仕方がなかった……。だからさあ、どうやったらあんた達のすべてを台無しにできるか必死で考えてたんだよ」

「それはご苦労でしたね。全部潰しましたよ」

「あっは……そうだよ。あんたはあたしの仕込みを後出しじゃんけんで潰してきやがった。本当、バランスが悪いったらありゃしない。――そうだろう、瀬奈……?」

「もういいでしょう。ななかちゃん、ソウルジェムを取り上げてください」

 

 

 つばめはななかを急かす。

 帆奈の様子がおかしい。

 自爆覚悟の反撃か? その割には魔力の動きは穏やかだ。

 ただ、これ以上ソウルジェムを身に着けさせたままというのが無性に不安だった。

 ななかもこれ以上交わす言葉はないと判断し、帆奈のソウルジェムをはく奪しようとした。

 そこで、帆奈はとっておきの言葉を口にした。

 

 

「――ずるいよなあ。あんたはさ。あたしの玩具を勝手に奪って、我が物顔で笑い合って仲良くしやがって。 しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「え……? つばめさん、それは一体……」

「――ッ!? 貴様、それをどこで――」

 

 

 それは、秘されていた真実。

 琴織つばめという魔法少女が、仲間たちに隠してきたほの暗い一面だった。

 

 

 二人の間に動揺が走る。

 ななかは帆奈の言葉をうまく咀嚼できず、つばめは決して部外者に漏らしていない筈の情報をどこで知ったのかを問い詰めるために焦り。

 その意識のブレは、帆奈の次の行動を見逃してしまうには十分な隙だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『お前が更紗帆奈か』

『……誰だよアンタ。魔法少女じゃないみたいだけど』

『ただの研究者だよ。今お前が持ってるソレを作って、他の奴らに使わせてるのさ』

『ああ。これ?』

 

 

 ソウルジェムを模して造られた呪具。

 魔法少女相手にアコギな商売をしていた奴からくすねてきた代物を指さし、白衣の女は愉快そうに笑う。

 

 

『いいんじゃない? 回復量はショボいけど、魔女狩りの手間がちょっと省けるのは楽だよ』

『やっぱり回復量が肝心か。こればっかりは中々ネックなんだよなぁ……。まあいい、お前、何やら魔女や魔法で色々試してるんだってなあ』

『なんで知ってんのかわかんないけど。とりあえず全部忘れてくんない?』

 

 

 この女の正体が何であれ、自分の事を知られているのは面倒だ。

 帆奈は暗示の魔法を使い、自分の事を忘却するように命令した。

 

 

『オイオイ、いきなり魔法とか止してくれよ』

『――は? 何、効いてないの?』

『その口ぶりから察するに精神系の魔法だな? それなら脳波への干渉を防げばどうとでもなる』

 

 

 女が広げた手。その五指にはリング状の機械が取りつけられており、ピィィィンと可聴域ギリギリの音を放っている。超音波を介しての魔法への干渉、ということらしい。

 なら直接排除すれば済む話……というところで女は両手を上げた。

 

 

『まあ別にお前を取って食うつもりはねえよ。うちの商品分捕られたのは売人が間抜けなだけだしな。オレが来たのはさ、お前がなかなか面白い事してるからなんだ』

『あん?』

『その破滅主義は中々オレ好みで気に入ったってコト。そら、お得意様に追加の試作品をくれてやる』

 

 

 返事を待たず、その女は何かを投げてきた。

 

 

『何これ?』

『オレの研究成果さ。名前を楽園の通行証(エデンズパス)。魔法少女の脳みそ揺さぶって、問答無用で幸せ限界突破でハッピー☆にさせる魔法のおくすり(ウィッチクラフト)。これを摂取すれば、希望を魔力に変換する魔法少女はどうなると思う?』

『……幸せ過ぎて、魔力が爆発?』

『その通り。まあ普段のやつなら効果が切れた途端反動で魔女化一直線だが、あんたはどうだ?魔力の過剰供給(オーバーロード)に身体が絶えれず砕け散るか、それとも禁断症状のフラッシュバックで魔女になるか……試してみろよ?』

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

「……ああ、そうだよ瀬奈。こっからが本番だ。あんたとあたしの共同作業だ」

 

 

 プスリ。

 

 

「あなた、一体何を……!?」

 

 

 吹き出した魔力に反応して常盤ななかが刀を構えるが遅い。

 常盤ななかを無視して、後ろにいる琴織つばめに向き直ってその目を合わせる。

 縫い留められた肉体がブチブチと千切れる嫌な音がするが構わない。

 どの道、己の肉体は用済み。より丈夫な体は此処に一人いるのだから。

 

 

「させるか……!」

 

 

 肩に刃が食い込むが、更紗帆奈は止まらない。

 がっしりと首を掴み、視線を逸らされないように固定する。

 

 同じ紫色の瞳が交差する。

 狂気を孕んだその瞳の中で、つばめの知らない何者かが妖艶にほほ笑んだ。

 

 

「ようやくあたしを見たね。これからあんたのすべて……貰ってやるよ!」

 

 

 ビシリ。

 過剰すぎる魔力にソウルジェムがひび割れる音を聞きながら、更紗帆奈は告げた。

 

 

「さあ、今からあたし(つばめ)アンタ(帆奈)だ……!」

 

 

 

 




〇【No Understood Enemy】
 帆奈「え、なにそれ知らんけど。こわ……」
 正体についてはチャプタータイトルを見よう。

 つばめちゃんは能力を外付けで違法建築してるので、魔法でコピーとかした場合何かしらの欠陥が出る。


〇【華鳥舞踊】
 かなり戦闘描写に力を入れた部分。
 作者的にはここが一番書いてて気に入ってたりする。


〇【合わせ鏡の底】
 決着……とはいかずもう一波乱。
 


○【鮮血機構】
 ブラッドドリンガー。
 杉の木めいて茂る刃はすぐに剥がれ落ちて周囲を傷つける突撃槍。傷口を抉り、出血を悪化させる悪魔の拷問具。
 相手に突き刺したまま刃を炸裂させて、体内を殲滅することもできる。

○常盤ななか
 戦闘時限定で最適解を導き出す魔法を習得。
 これぐらいはね?

○更紗帆奈
 徹底的に計画をぶち壊されて逆に弄ばれたことでここまで足掻いてくれた。

○瀬奈みこと
 8章配信前にこの展開をすることを決め、マジで帆奈の中にいたことにビビった。
 せっかくなのでその設定を取り入れることに。
 そしてさらに「サヨナラストレージ」の配信によってもう一度書き直す羽目になった模様。

○なぞのかがくしゃ
 もはや何人目かもわからない世界観を乱しているやつ。
 本作は魔術、科学、宗教など色んな分野から魔法少女にちょっかい出してる勢力の殴り合いが舞台裏で行われています。


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第三十五話 散花愁章……⑦【魂の在処/褪せ色メモリアル/父と娘】

ChapterⅩⅣ【魂の在処】

 

 

 

 琴織つばめの身体が仰向けに倒れる。

 纏っていた衣装が光に消え、見慣れた参京院の制服姿に戻る。

 

 

「つばめさん!?」

 

 

 ななかは駆け寄り、つばめの身体を抱き起こす。

 

 変身が解ける。それは魔力を維持できないほどに意識が断絶したことを示していた。 

 主からの魔力供給が途絶えた鮮血機構が魔力素に還元されて消える。

 それに縫い留められていた更紗帆奈の死体がどちゃり、と地面に崩れ落ちた。

 

 

「つばめさん! ……つばめさん! しっかりしてください!!」

 

 

 慌ててソウルジェムを確認する。割れてはいない。()()()()()()()()()()()()()()()()と、それを金継ぐように施された銀色は健在――。

 いや、違う。

 

 

「これは……!?」

「ななか!!」

 

 

 ソウルジェムの明確な異常に気が付いたななか。

 そこへあきら達が駆け付け、ほぼ同時にやちよ達や十七夜達も合流する。

 魔女を倒してきた彼女たちは皆ボロボロであった。

 

 

「皆さん……」

「うわっ、なにこれ!?」

「どう見ても死んでるわね……」

 

 

 凄惨な有様の死体を見て顔を顰める一同。

 全身が血にまみれ、首から下は穴だらけ。右腕はちぎれ、上半身と下半身はほぼ皮一枚で繋がっているような有様。思わず目を背ける者もいるが仕方のないことだ。

 

 だがそれ以上に彼女たちが気になるのは琴織つばめのほうだ。

 勝者のはずの彼女が倒れている。もしや相打ちになってしまったのか? と不安がよぎる。

 

 

「ねえ……つばめは一体どうなったの?」

「そうだよ。つばめさんがなんで倒れてるの!?」

「――更紗帆奈は、最後につばめさんに暗示をかけました」

 

 

 絞り出すように発せられたななかの言葉に、このはは憎悪の視線を帆奈だったものへと向けた。

 

 

「――ッ、こいつ、最後の最後まで……!!」

 

 

 家族のみならず、死してなお親友を害した。その悪辣さに追い打ちと言わんばかりの怒りを込めたこのはだが、辛うじてその感情を抑え込む。死体を辱めるような真似をすれば、己もまた外道に堕ちる。その良識と倫理を律する理性は決して捨ててはならない。

 

 

「……完全に死んでるわね。ソウルジェムも割れている。だったらどんな暗示だとしても、魔法の効果なら切れるはずよ」

 

 

 帆奈の死体を検分していたやちよが口を開く。

 それは七年間戦ってきたやちよが否応なく知ることとなった事実。

 力及ばずに散っていた少女たちの奇跡の結晶は、その命が散ると同時に消え去る。

 当然だ。魔法を成立させている魔力の大元が途切れれば、その魔法が途切れるのは定め。燃料の切れた機械が動かなくなるのと同じだ。

 勿論、中には術者が死んだ後も動き続ける魔法はあるだろうが、そのためには強い思いを込めて強力な魔力を込める必要があるはず。少なくとも、悪あがきの相打ちで狙える手段ではない。

 

 

「――ふむ。これは少々厄介なことになったな」

 

 

 いつの間にか、琴織渡がつばめの側に立っていた。

 影跳びによる瞬間移動。調整屋からここまで。そんな遠距離を一息に縮めるなど並みの魔術師どころか、普通の魔法少女でも不可能だが、この男はそんな芸当を容易くやってのけてみせる。

 

 

「わわっ!?」

「こ、琴織さん!?」

「つばめとの回線がいきなり途切れたから急遽跳んできた。しかし、あー、ちょっとまずいかもしれないな。ななかくん。更紗帆奈は事切れる寸前、娘にどのような暗示を仕掛けた?」

「あまり要領はつかめませんが……『私はあなただ』というようなことを言っていました」

「なるほど、となると……やはりか」

「何かわかったのですか?」

「つばめのソウルジェムを見るといい」

 

 

 琴織渡はつばめのソウルジェムを取り上げ、皆に見せつける。

 暗い紫と明るめの紫。この二つの光が混ざり合うように、あるいは片方をかき消さんとするようにして輝いていた。

 

 

「やはり、それが原因なんですね?」

「ああ。君も気づいていたか」

「はい。そこから『敵』の気配がしましたから」

 

 

 二つの色がせめぎ合うソウルジェムを見たななかは、そこで己の魔法が発動したことを理解した。それが彼女にとっての敵……すなわち更紗帆奈の反応であるということは、何を意味していたのか。

 

 

「どういうこと……?」

「おそらく彼女は魔法を暴走させ、自らの魂をつばめに送り込んだのだ。そうして自我侵食を行い、完全に乗っ取るつもりだろう」

「なんですって!?」

 

 

 その言葉にやちよは瞠目する。

 いくら更紗帆奈が精神を操る魔法を扱っていたとはいえ、相手の精神を完全に乗っ取るなどという真似ができるとは思えない。

 

 

「現に更紗帆奈の魔力をつばめのソウルジェムから感じないか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ゆえにそこにある輝きは魔法少女の魂の色。二つの輝きがあることは本来あり得ないことなんだよ」

 

 

 ほとんどの魔法少女がぎょっとして琴織渡を見る。

 半分は唐突に明かされた真実について。

 もう半分は彼が前触れもなく真実を明かしたことに。

 そしてさらにごく一部は、更紗帆奈が行った所業の壮絶さに息を呑んだ。

 

 

「そ、ソウルジェムが魂だって!?」

「ちょっといきなり何を言い出すの琴織さん!?」

「これは前提条件だからな。無理やりにでも受け入れてもらう。大体だね、魔法少女と普通の人間の違いなんて、死ぬ条件が心臓や脳が破壊されるかその宝玉が砕けるかでしかないんだ。致命傷を追えばどの道お陀仏である以上、この両者に大した違いはないともいえるだろう」

 

 

 琴織渡は言葉を続ける。そこに遠慮も配慮もない。彼はただ淡々と事実を陳列する。

 そんな有無を言わさぬ物言いに、広がった動揺はひとまず落ち着く。

 

 確か魔法少女の真実を前触れなく暴露したことに是非はあるだろう。だが、今ここで論ずるべきは愛娘の問題なのだ。それを説明するのに必要な情報を誤魔化している余裕などありはしない。それにいずれ遅かれ早かれ知ることになる事実。こういうのは流れでぶっちゃけてうやむやに呑み込ませるぐらいがちょうどいいのだ。

 

 親子揃って似たような手口を使うものだ、とやちよは思った。

 胡乱な物言いで疑問点を煙に巻き、軽い口ぶりで重たい事実を錯覚させ、最後に情報量で押し流して有耶無耶のままに納得させる。まるで詐欺師か押し売りだ。精神のケアを考慮している分、インキュベーターよりも性質が悪い。

 勿論、琴織渡はそんな下衆に手を染めたことはない。しかし、個人営業ともなればこの手のやり口は否が応でも身に着けるものである。

 

 

「だから、つばめさんのソウルジェムに……」

「そうなる。おそらくだが本来の『上書き』も使ったな? なんにせよ、このままだと目を覚ましたのがつばめの身体を乗っ取った更紗帆奈だったというオチもあり得るか……全く、最後まで気が抜けんな」

「そんな……!」

 

 

 多くの人間を踏みにじったにも飽き足らず、今度は友人まで奪っていこうというのか。

 ぎり、と強く握られたななかの手から一筋の血が垂れた。

 

 

「何か方法はないの?」

「そうならないようにするのが私の仕事だよ。人の悪性、混沌の魔術を修めた白翼公(アルバトロス)の名。侮ってもらっては困る」

 

 

 バリバリと体内の魔力が活性化する。

 ピン。と指を動かせば、エーテルワイヤーが宙を舞う。

 そのままつばめのソウルジェムに繋ぎ、琴織渡はそこから彼女の魂と精神にアクセスする。元より彼女の魂は己の魔力が繋ぎとめている。赤の他人に比べれば接続も、フィードバックを押さえることも容易い。

 

 

「私が彼女の魂にある病巣を切除する。ななかくんと静海くんも手伝ってくれ。相野くんの魔法を使い、つばめの心に呼びかけ続けてほしい。こればっかりは根競べだ、つばめの魂が呑まれる前にカタを付ける」

「あ、私!? ななかさん、このはさん、手を握って! つばめさんと心を繋ぐよ!」

「分かりました」

「ええ……絶対に助けるから!」

 

 

 少女たちが手を繋いで輪となる。

 そしてそれらを取り囲む銀の絹糸の中心で、魔術師は己が極めし秘術の一端を行使する。

 

 

 

"虚空を覗け――光は途絶え、影は生まれ、闇は出ずる。我は狭間を行く旅人なり。汝の心は我が手繰るままに。その碑文を開き給え"

 

 

 

 

 

 

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魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

エピソード1:Wake up Deadman

 

 

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ChapterⅩⅤ【褪せ色メモリアル】

 

 

 

 ――最初の転機は、小学校の時。

 

 

 琴織つばめは、幼い頃から創作物と共にあった。

 

 物心つく前に母、琴織鈴女を亡くし、父である琴織渡はつばめを養うために働くことであまり子育てに関われなかった。

 

 その代わり、と言うように、渡はつばめに多くの娯楽を買い与えた。

 小説、漫画、ゲーム、アニメ。

 

 一人用の娯楽には事欠かない現代。自分が関われない時間を持て余すことが無いようにと与えられたそれらをつばめは摂取し続け――そしていつしかその奥深さにどっぷり漬かってしまった。

 

 つばめが自分の性質(タチ)を自覚したのは小学四年生の時だ。

 クラスカーストの必需事項と言ってもいい流行りのアニメや漫画の話題には事欠かなかったつばめはクラスに馴染んでいた。

 だがある日、自分のお気に入りの作品が話題に上がった時、彼女は暴走した。

 

 ライバルの裏切りと葛藤。そして対決。

 そこに込められた緻密な描写と監督の癖は、つばめの感動を大いに揺さぶっていた。

 

 だからつばめは熱心に語った。

 やれあの時からの描写がこうだの。実は最初からこういうことへの伏線は張られていただの。

 とにかく自分の中の感動を伝えようとして――その熱の入り様にドン引きされた。

 

 当たり前だ。そんなキャラクターの心情とか関係性とか、ましてやストーリーの考察なんてことをほとんどの小学生は考えたりしない。せいぜいあれがすごかった、共感した、好きじゃなかったぐらいのものだ。だがつばめの読書によって磨かれた表現性と、ほんの少し早く発達(発症)した情緒(中二病)は自らの余りあるリビドーを表現できてしまった。

 

 その結果、つばめはクラスで浮いた。

 いじめの標的にならなかったことは幸運だっただろう。

 つかず離れずの距離を維持することは得意だったから、たまに変な熱が入る子という立ち位置に納まっただけで、実際に関係性が悪化するようなことにはならなかった。

 

 ……ただ、彼女の心に一つの壁が生まれたのは確かだった。

 それからは好きな漫画の話題には関わらず、アニメのグッズも大っぴらには見せなくなった。 

 自分に向けられる、奇異なものを見る視線。

 それはある種の恐怖であり、強迫観念であった。

 ああ、自分は此処では受け入れられないのだ、と。

 

 自分を押し殺し、埋没するように生きていく。

 そんな生活が変化したのは五年生。彼女と同じクラスになった時だ。

 

 

「やっほー、つばめ。また本読んでるの?」

「……美緒」

 

 

 教室の席にて、お気に入りの新刊を読んでいたつばめに声を掛けるものがいた。

 金髪と笑顔が眩しい少女。彼女の名は富野美緒。

 人当たりがよく、快活で物おじしないクラスの人気者。

 ここ三年ぐらいは別々のクラスになっていた、一年生からの顔見知り。

 

 

「その本、本屋の前に並んでた新しい本だよね。面白いの?」

「ええ。面白いですよ」

 

 

 当たり障りのない言葉で返す。

 彼女のことは嫌いではない。むしろその活発さは好ましくもある。 

 だからこそ、自分の思いを正直に伝えることに抵抗があった。

 

 

「そうなんだ! じゃあさ。どんなところが好きなの?」

「え?」

「ほら、好きって言っても色々あるじゃん。シーンとか、キャラとかさっ」

「えっと、そうですね――」

 

 

 あちらから聞いてきたのなら仕方がない。

 などと言い訳をして、つばめは語り出した。

 勿論、最初は控えめに語ろうとした。だが抑圧されてきた心の反動か、気が付けば自分の好きを全面に押し出していた。売りはこうだの。ここが他の作品とは違うだの。作者の過去作との繋がりが仄めかされている。自分の好きなキャラはこれだのと。

 

 一区切りして、つばめは自分の行いに気が付いた。

 久しぶりに思いの丈を語ることができるという事実に浮かれ、相手のことを考えずに自分のことだけを話し続けてしまった。

 どうしよう。あの快活な顔が嫌悪に歪む未来を想像してしまう。淡く感じていた友情が崩れ去ってしまう。

 怯え切った表情のつばめに、しかし美緒は笑って、

 

 

「へえ、そんなに好きなんだ! それじゃあたしも読んでみよっかな」

「……え?」

 

 

 と言った。

 深い意味はない。

 ただその感想を語る姿がとても楽しそうだったから、自分も読んでみようかとなっただけの軽い返事だ。

 

 

 だが、それでもよかった。

 それだけのことが嬉しかった。

 きっと彼女にとっては他の友人にも言うような、それこそ何てことのない言葉だろうけど。

 つばめにとっては、自分のすべてを肯定してくれたに等しかったのだ。

 

 

「ねえねえ、他にはお勧めの本とかない? できればあんまり難しくないやつがいいな」

「……そう、ですね。それじゃあ――」

 

 

 富野美緒という少女は、琴織つばめの道を照らす篝火だった。

 

 

 

 

「ふーん。これが琴織つばめの過去、か」

 

 

 教室の片隅。

 友人の取り巻きとして紛れ込みながら、更紗帆奈は呟いた。

 隣の空間がじわりと滲み、水色の髪をした美しい少女が帆奈の側に現れた。

 

 

「まずは第一段階成功だね。()()()()()

「うん。実際賭けみたいなものだったけど、あんたと一緒なら成功できるって信じてたよ。()()

 

 

 帆奈に微笑む彼女の名は瀬奈みこと。

 かつて魔女となる運命を迎え、帆奈の中で精神体のみで生き永らえていた存在だ。

 

 更紗帆奈が自らの魔力を暴走させて行ったことは自爆ではない。

 琴織渡の予想通り、彼女は瀬奈みことと共に琴織つばめの精神へと潜り込んだ。

 

 そうして彼女が行うのはつばめの記憶の改竄……ではない。

 『暗示』の魔法は瀬奈みことの『移植』に書き換えたことで失われた。それに、そもそもソウルジェムを失った現在の帆奈にはそこまでの魔法は行使できない。

 

 今の帆奈ができるのは知ることだけ。だがその先にこそ彼女の狙いがある。

 

 琴織つばめの記憶の要点。彼女の精神を支える絆の始まりを知ることで魂を掌握する。 

 それこそが、『上書き』と『暗示』……そして瀬奈みことの魔女としての能力である『移植』を掛け合わせるという離れ業によって、琴織つばめの精神へと魂を移植した帆奈が彼女の肉体を乗っ取るために必要な条件であった。

 

 

「しっかしオタク女子ねぇ、まあ口ぶりからしてそんな感じはしてたけどね。人付き合いが下手くそだなぁ……そんぐらいの方が、あたしとしても成り代わりやすいけどね」

「クラスの人気者とか、なりたいと思わないの? そこの美緒ちゃんみたいに」

「ないよ。あたしの親友は今も昔も瀬奈だけ。それ以外はいらないよ、さ。こいつの最初の友達は分かった。次だ次」

 

 

 帆奈は残るクラスメイトとの当たり障りのない記憶をすっ飛ばして次の記憶を覗こうとする。

 琴織つばめの魂は現在、膨大な魔力の衝突と瀬奈みことが帆奈の中で蓄えてきた呪いによって沈静化状態にある。

 これは時間との戦いだ。琴織つばめが目覚める前に、その精神を掌握しなくてはいけない。

 

 必要なのは絆を育むに至った記憶。

 それも神浜での出会いではない。もっと深い根幹に根差した記憶だ。

 すなわち、友、師、家族。

 琴織つばめの人間性を形作るに至った骨子を知り、それを自分に置き換えることで初めて彼女の魂を完全に塗りつぶすことができる。

 

 ぐるり、と風景が早送りになる。

 心を許した友との日常。一人の家は少し寂しくもあったが、それでも充実していた日々。

 そうして月日は経つ。六年生への進級。卒業式を迎え。次に七枝中学校への入学式。

 

 カシャリ。カシャリ。とシャッターを切る様に変わりゆく褪せ色のメモリアル。

 帆奈と瀬奈は映画を鑑賞するようにその在り方を眺め、理解する。

 

 

「……そういえば、こうして一緒に映画とか観たこと無かったね」

「まーね。お互い、そんな余裕もなかったからね」

「ふふ。ちょっと楽しくなってきたかも」

「一緒に観るのがこいつの記憶だっていうのは、気に入らないけどね」

 

 

 美緒とその他友人と共に過ごす放課後。

 この時には既に自分を律するだけの弁えをつけていたつばめは、浅く広く、クラスメイトとの交友を築き上げていた。

 

 

 そうして何度かページをめくり続けた後、

 

 

 彼女の二度目の転機となる。あの夜の一幕が再生される。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ……彼女に出会ったのは、中学二年の時。

 

 

 七枝市にて連続殺人事件が囁かれはじめ、下校時間に大きな制限がかかった。

 

 つばめは美緒と共に下校し、途中で別れた。

 そしてふと彼女が見知らぬ誰かと路地裏に入っていくのを見つけ、後を追いかけ――魔女の結界に迷い込んでしまった。

 

 使い魔に襲われるつばめ。

 間一髪のところを助けたのがこの時既に魔法少女になっていた美緒であり、そしてかの名高き魔法少女にして聖堂騎士、紺染音子その人だった。

 

 そしてつばめは世界の裏側を知る。

 キュゥべえ。魔女。魔法少女。願いと契約。

 キミには素質があると契約を求めるキュゥべえだが、つばめには叶えたい願いはなかった。

 音子に釘を刺されたのもあるだろうが、その時のつばめは非日常を知りながらも、日常へ留まることを選んだ堅実な人間だった。

 

 

 ――それから数日後。

 

 つばめの父、琴織渡が暴走車との交通事故によって覚めない眠りに就き。

 少女はただ一人の肉親の復活を奇跡として願い、対価として魔法少女になった。

 

 

「な~るほどねぇ」

「事故に遭ったお父さんを治したんだ。……私たちとは正反対だね」

 

 

 目の前の風景を、互いの境遇と比較する。

 どちらも真っ当な親とは呼べない父親で、帆奈の父は身勝手な暴力の果てに野垂れ死に、みことに至っては願いによって父親を排除することを望んだ。

 そのことに後悔はない。あんなのを家族だなんて呼びたくもない。

 

 だからこそ、曲がりなりにも家族の情を持っていた琴織つばめの願いを見せつけられるというのは何とも不条理ではないか。

 

 

「何、羨ましいの瀬奈?」

「え?」

「だって、さっきからじっと目を凝らしてるじゃん」

「……別に、羨ましくなんて」

「いいんじゃない? こいつを乗っ取ったら、それも全部あんたのものになるんだからさ」

「……? うん、そうだね……」

 

 

 何か引っかかる物言いだが、みことはそれで納得した。

 自分のことを娘として愛してくれる父親……本当にそんなのがいるのか。

 たとえそれが手に入るのだとしても、実感と喜びは湧いてこなかった。

 

 

 そうして魔法少女となったつばめは、その経緯を知った音子によって魔女狩りのノウハウを教えられることとなる。

 まず、実地訓練として魔女結界の中を共に進んでいく。

 

 

「うーわ、こいつ。この時からクソ強かよ」

 

 

 再生される魔女との戦い。

 その中であらゆる魔女を瞬殺していくのが紺染音子の雄姿だ。

 つばめの視界から見えるその背中は、強く、大きく、頼もしく。

 

 有無を言わさぬ圧倒的な強さと、その正々堂々たる潔白さこそが、琴織つばめの歩むべき道を指し示した。

 

 

「悪いけど瀬奈、ちょっと引っ込んでて」

「え、どうして?」

「一番大事な記憶は、こいつの目線で覗かなきゃいけないからね。二人だとちょっと厳しいんだ」

「……うん。わかった、じゃあ頑張ってね帆奈ちゃん」

「ああ。頑張るよ瀬奈。これが終われば、晴れてあんたは生まれ変われるんだからさ」

 

 

 瀬奈みことの姿が薄れて消える。

 帆奈はつばめに近づき、その映像に重なってひとつになる。

 灯と道。この二つを知ったことで、彼女と深く繋がることができるようになった。

 あとは最後の一つ、琴織つばめという人間の(希望)を奪い取る。

 そのためにも、ここから先は一つも見逃してはならない。

 

 

 音子はつばめに伝える。

 この街で起こっている連続殺人事件。それは魔女によって引き起こされているものだと。

 その事実を知ったつばめは、平穏を取り戻すために魔女を倒すことを決意する。

 

 

「ぐはぁ!」

「踏み込みが甘い。槍の持ち方もなってません。何事もまずは基本から。最も力を無駄なく伝えられるやり方を身体に覚え込ませなさい」

「っつつ……はい!」

 

 

 つばめは苦痛に顔を歪め、感覚を共有する帆奈もまた歯を食いしばった。

 散々痛めつけられた女に、また痛めつけられている。

 訓練ということで大分優しいが、それでもあの身体を芯から砕かれる感覚が思い起こされる。

 

 組み手だけに終わらない。

 走り込み。丸太避け。滝登り。音子相手の耐久スパーリング。

 大分優しくない訓練に悲鳴を上げるつばめ。

 勿論、感覚も共有している帆奈にもその苦しみは伝わる。

 

 

(ぐわああああ! こいつ、こんな馬鹿みたいな訓練やってきたの!?)

 

 

 魔法少女であろうとも根を上げる地獄のブートキャンプ。

 だがその甲斐あってか、着々と実力をつけていくつばめと美緒。

 

 そうして魔女を狩っていき、七枝市に巣食う強力な魔女は軒並み倒された後。

 収束するはずだった連続殺人事件は、決して止まることは無かった。

 

 紺染音子は語った。自分はこの街にある魔法少女を追ってきたのだと。

 それは精神を操る魔法少女、名前を神名あすみ。

 周囲の不幸を願い、それに飽き足らず多くの人に不幸を振りまいて、最早看過できぬと粛清機関から刺客を送り付けられた魔法少女。

 七枝市の魔法少女を一度は全滅させた彼女は、根気強く調査を続けるつばめ達の前に姿を現した。

 

 

(なるほどねぇ。やけにあたしの手口に詳しいと思ったら、予習済みだったってわけか)

 

 

 余計な真似をしてくれた。と自分勝手に帆奈は思う。

 音子の不在を狙って現れた神名あすみは、彼女への嫌がらせとしてつばめ達を亡き者にしようとした。

 精神操作の魔法。それによって見せられる、裏切りと絶望の光景。 

 どれほど鍛えようとも、魔法少女として新米でしかない彼女たちは、人の悪意に対して慣れておらず、そうした魔法少女を狩ることは、神名あすみにとっては朝飯前だった。

 

 万事休すのつばめ達。

 そこに現れたのは、琴織つばめの父、琴織渡だった。

 

 

「……騒がしい音がすると思えば、何だこれは。つばめ、一体こんなところで何をやっているんだ?」

「ああ? なんだただの人間か……」

「父さん、こっち来ちゃダメっ!」

 

 

 つばめの言葉に神名あすみはニタリと笑みを浮かべた。

 妙にてこずらせてくれた目の前の少女を絶望へと落とすための方法が、自分からやってきたのだから。

 

 

「へぇ、あれがあんたのお父さん……。じゃあ、こうしてあげるっ!!」

 

 

 渡を目掛けて振るわれる鉄球。

 ただの人間が回避するには早すぎて、満身創痍のつばめ達が割り込むには遠すぎた。

 見よ、人の胴回り以上もある鉄球が、その頭をトマトのように弾け飛ばす――

 

 

「おいおい、いきなり攻撃とか。現代日本のくせに物騒すぎるだろう」

 

 

 ――ことはなく。

 鉄球は、琴織渡に片手で受け止められていた。

 

 

「え?」

「……は?」

 

 

 予想外の光景に、あっけに取られる少女たち。

 

 

「はてさて。実のところあまり状況は呑み込めていないが、それでもわかることはある。一つ、つばめはいつの間にやら魔術……いや魔法に関わる様になっていたこと。二つ、そこの君は私の娘や富野くんと敵対関係にあるということ」

 

 

 トン、と軽く指で突く。それだけで鉄球が粉々に砕け散る。

 神名あすみがぎょっとして一歩後ずさりした瞬間、既に琴織渡――否、虚空の魔術師は眼前に立っていた。

 

 

「そして、キミが私の可愛いつばめに手ひどい傷を負わせたことだ」

 

 

 

「私の娘に手を出そうとするとは、少々お仕置きが必要だね?」

「ひっ、嫌だっ、来ないでっ」

 

 

 理解の範囲を超えた相手に恐慌するあすみ。鉄球を生み出し、振り払うように振り回す。

 琴織渡はそれを難なくつかみ取り、今度はめきょりと内側から鉄球が圧壊する。

 手についた鉄片をコートの裾で払いとる渡の姿は、あすみにとって理解しがたい怪物であった。

 

 

「やめて、やめて、こっちこないでぇ!!」

 

 

 行使されるのは精神操作。

 これまで彼女の力となり、何度も自分を虐げた者たちを――敵を倒してくれた魔法。

 目の前から消えてくれという願いを込めて放たれたその魔法は、しかし彼の前には何の意味もない。

 

 

「ふむ、精神系の呪いか。悪いね、生憎と呪いは私の糧だ」

 

 

 指で見えない何かを摘まむようにしてから、それを無慈悲に握りつぶす。

 そしてその手が少女の眼前に翳され、滅びの極光が放たれようとして――

 

 ビシリ、と血の断裂が彼の右腕に走った。

 

 

「……この体ではこれが限界か」

 

 

 這う這うの体で逃げていく少女には目もくれず、琴織渡だったものはつばめ達に振り返る。

 黒いはずの瞳は金色に染まっており、困ったように肩をすくめてつばめを見据えた。

 

 

「さて、一体どこから説明したものかは困ったが……大丈夫かい? つばめ」

「……とう、さん?」

「そうだ。私は琴織渡だ。……なのだが、ちょっとばかりややこしいことになっている。ひとまず我が家に帰ろう。話はそれからだ」

 

 

 

ChapterⅩⅥ【父と娘】

 

 

 

 二人きりのリビングで、琴織渡は真実を語った。

 

 

 琴織つばめが願った、父親の魂の奪還。

 それは琴織渡を目覚めさせるだけでなく、彼の魂が持っていた因果すらも手繰り寄せたのだ。

 こことは違う異界の魔術王。ソラを駆ける渡り鳥(アルバトロス)。かつてこの世界にも顕現し、いくつかの魔術の種を残した白翼の祖。

 その端末として、時の流れの果てにこの日本の地で目覚めた末裔。

 それが琴織渡であり、同じ血を引くつばめによってこの世界に呼ばれた魔術師の正体だった。

 

 

 拒絶と葛藤。

 全く別の存在と化した父を一度は拒むつばめ。

 己の願いが予想にもしなかった事態を引き起こしたことで、彼女の心は傷心に揺れる。

 

 それを彼女は見逃さなかった。

 再び現れた神名あすみ。失意に沈むつばめに対して、彼女は追撃を与えた。

 それは魔法少女の真実。

 魔法少女の魂が穢れきる時、魔法少女は魔女に為る。

 

 

 ソウルジェムの真実すら自力で導いた普段の彼女ならば、その事実をも受け止めきっていただろう。

 だが、今は肉親の変貌についての気持ちが整理できておらず、その事実を受け止めることができないほどにつばめの心は弱り切っていた。

 

 

 穢れる。紫色の輝きを放っていたソウルジェムが、黒き呪いで満たされる。

 

 ――堕ちる。堕ちる。

 

 

 友の慟哭。師の悔恨。敵の哄笑。

 そのすべてが遠くなり、意識が闇に堕ちていく。

 何もない虚無が近づく中で、彼女はその中に一つの光を見た。

 

 

「……あぁ。こうすればいいんですね。父さん」

 

 

 そして、二度目の奇跡は起きる。 

 不条理を覆すのは、白き翼。

 自分が操る魔法の真の力を知り、琴織つばめは死の淵より蘇った。

 

 砕けたはずのソウルジェムが、銀の魔力で繋ぎとめられる。

 孵化するはずのグリーフシードは、あるべき身体に戻っていく。

 

 魔女でもなく、魔法少女でもなく。

 ただ一人の存在として再誕したつばめ。

 祖たるアルバトロスはそれを祝福する。

 

 

「見事だ。未熟も未熟、魔導においては駆け出しの身なれども、キミは今間違いなく我らが血族としての在り方を示した。この世界において類なき……とまではいかないが、それでもキミは新たな道を切り開いて見せたのだ。……と、世辞はこの辺にして、よくやったね、つばめ。キミが生きていてくれて、私はとても嬉しい」

 

 

 そうして名前を呼ぶ声と、頭に置かれた手の温かさは間違いなく父のものだった。

 

 

 ――ここだ。

 この記憶こそが最後の鍵だ。

 

 つばめと同じ視点で重なり合った帆奈はほくそ笑んだ。

 

 父親との間に感じていた僅かな隔たり。

 それが取り払われ、親子の絆を築き直したこの記憶を手に入れれば、琴織つばめという存在を手に入れられる。

 

 

「父さんは……父さんなんですよね?」

「そうだよ、つばめ帆奈。私の可愛い娘。私は琴織渡。白翼の祖としての前世があろうと、今の私は君の知るものだ」

 

 

 これで琴織つばめは、更紗帆奈として『上書き』され――

 

 

 

 

「だが、君の父親ではないよ更紗帆奈」

 

 

 

 

 その見開かれた金色の瞳が琴織つばめを――否、更紗帆奈を見た。

 

 

『……え?』

「やれやれ。最後の最後で不覚を取るとは、手を焼かせる子だ。まあ、それもまた可愛いところだけどね」

「父さん、褒めてないでしょそれ」

「いやいや。親はいつでも子供の世話を焼きたがるものなんだから。ちょっと迷惑なぐらいでいいんだよ」

 

 

 よっこいしょと、立ち上がったつばめが帆奈を追い越し、渡と笑いあう。

 

 

『え、ちょっと、なんだよこれ?』

「まだわからないんですか?

 

 ――あなたの目論見は、これで全部失敗です」

 

 

 気が付けば、帆奈の前にはつばめが立っていた。

 風景も懐かしき家ではなく、虚無のような暗黒へ。

 

 

「……なんで?」

「私とあなたでは、何もかもが違った。それを無理やり染め上げようとすれば、どこかでズレるのは当然ですよ。とはいえ、ここまで真逆なのも何かの縁でしょうか」

「お前、まさか……」

「流れ込んできましたよ。あなたの過去。まあ、確かに悲惨で、こんなことをしでかしたのも理解できなくはないですが……。でもいじめっ子を消したのは良くありませんでしたね。消えてほしいぐらいに憎かったのでしょうが、それでもそれは願いじゃなくて呪いだ。幸福を願わなかった時点で、あなたが瀬奈さんとずっと過ごせる未来は、最初からなかったんです」

 

 

 彼女の抱いた願い(呪い)を。この世界に望んだことを。つばめはきっぱりと斬り捨てる。

 

 同情はない。憐憫はない。

 ただ、目の前の「混沌」を名乗ったものには、訣別の宣言を。

 

 

「お前に、何がッ、あたしの何がわかるんだ……!」

「さあ。わかりたくもないし、きっとわかってはいけない。ですが、あなたが失敗した根本的な理由だけはわかります」

「……なんだよ」

 

 

 友の声が聞こえる。

 

 

「つばめさん!」

「つばめ!」

「――お前は最初から、誰かの人生を踏みにじっていた。その願いこそが、私との決定的な差だ」

 

 

 

 一歩。つばめの踏み出した足から青白い炎が噴き出る。

 

 

「ななかちゃんやかこちゃんの人生を穢して、このはさん達の尊厳を踏みにじった」

 

 

 二歩。濡羽色の髪が白銀に輝き、その肌からは血の色が抜け落ちた。

 

 

「それどころか、私への嫌がらせのためだけにメルくんを殺そうとした」

 

 

 三歩。黒き翼が羽ばたき、二人の間に羽根が舞う。

 

 

「挙句の果てに自分の中にまで潜り込まれて、記憶を覗かれて乗っ取られそうになった。正直言って、さっきミンチにした程度じゃ全然気は収まっていないんですよ

 

 

 幽界眼を臨界まで励起し、己の魔女としての性が前面に表出する。

 

 

 ――雛鳥の魔女(Martyrs)。その性質は殉教。

 家族、友、師、仲間。

 己を形作ってくれたすべてを尊ぶ彼女は、それを踏みにじるものに一切の容赦がなかった。

 

 

これで終わりだ。地獄に落ちろ、更紗帆奈

 

 

 骨喰を握りしめ、つばめは最後の一歩を踏み出す。

 抵抗するすべての力を失った帆奈は、振るわれる刃を躱すことができず――

 

 

「だめ……ダメッ! 帆奈ちゃんに、それ以上近づくなっ!」

「瀬奈!」

「――ッ!?」

 

 

 立ちふさがる様にして、瀬奈みことの姿が現れる。

 彼女から放たれた呪詛の奔流がつばめを弾き飛ばすが、その対価として青白き炎がみことを燃やす。

 ここはつばめの精神領域。魔女の魂を持ち、いかに真理に至る渇望の呪いを蓄えていたとはいえ、今のみことは吹けば消えるような精神体に過ぎない。

 必然として彼女は死の遣いに刃向かった報いとして、ここで焼き尽くされる運命を迎える。

 

 

「ああ、あああ、ああああああ!!」

「なんて強い呪い……それを野放しにはできません!」

「――が、あぁ……」

「やめろ……やめろよっ!」

 

 

 みことの首を掴み上げるつばめ。

 帆奈は遮二無二掴みかかり、つばめから瀬奈を引きはがす。

 当然炎は帆奈にも移るが、一向にかまわない。

 魂そのものを灼く苦痛に悶える瀬奈を、帆奈は必死に掻き抱いた。

 

 

「いやだ、やめろ、やめて……瀬奈、瀬奈ぁ!」

「――ううむ。なんだか私のほうが悪役になってしまった感じ」

 

 

 自分への怒りではなく、友の惨状に泣き喚く帆奈の姿に、つばめはすっかり興が醒めてしまった。

 色々やられたし、仕返しの意味を込めてブチかましてやろうと思ったが、流石にこんな痛ましい光景は良心が痛む。

 ばつの悪そうに頭を捻るつばめの肩に、渡が手を置いた。

 

 

「もういいだろう。つばめ」

「……父さん」

「彼女たちはじきに()()()。もう手を出す必要はない。さあ、みんな待ってるよ。キミの意識を引き上げるから、しっかり掴まっているように」

「え、あ、ちょ」

 

 

 ぐるり、と浮遊感を覚えると同時。

 つばめの意識は微かに見える光へと急上昇していった。

 対するように、彼女たちは無限の奈落に落ちていく。

 

 待ち受けるのは虚無の渦。

 人間の悪性が行き着く先、社会に不要なものを受け続ける廃棄孔。

 星光と混沌を操る白翼の王が研鑽の果てに見出した、この世の最果てだ。

 

 

「畜生、チクショウ、ちくしょう!」

 

 

 堰を切ったように溢れだす慟哭。

 末端から崩れ落ちながら、帆奈の魂は叫んだ。

 

 

「あと少しだったのに、もうちょっとであいつはあたしのものだったのに! あたしはあいつになれたのに! そうしたら――瀬奈を生き帰らせれたのに!!」

『帆奈ちゃん……』

 

 

 それが更紗帆奈が琴織つばめの肉体を奪おうとした本当の理由。

 あの日。みかづき荘の外から彼女の秘密を立ち聞きした時、帆奈の中に一つの欲が生まれた。

 魔女を操ることでその生態を観察し、キュゥべえから性質を根掘り葉掘り聞き出した。もしかしたらという推測から導かれたその希望は、実際に的中していた。

 

 琴織つばめは他の魔法少女とは異なる構造を持っていた。一度死んだことで、彼女の魂は変質を起こしていた。半分魔女であるからこそ、瀬奈みことの人格を受け入れる余地があった。

 帆奈はつばめの体を乗っ取った後、瀬奈に体を明け渡しそのまま自らは死ぬつもりだったのだ。

 

 だが、その目論見は挫かれた。

 

 琴織つばめの父親と、彼女と絆を紡いだ親友たちの手によって。彼女の魂は守り通された。

 いや、最初から破綻していたのだろう。

 父に愛されず、愛することもできなかった二人には、琴織つばめの心を理解することなど、到底無理だったのかもしれない。

 

 

「ごめん。ごめん瀬奈。あんたの力貰ったのに、あいつ倒せなかった。何もぐちゃぐちゃにできなかった。あたし、何にもできなかった……」

「ううん。いいよ、帆奈ちゃんが頑張ってたのは知ってるもん。こんな私のために、ぼろぼろになるまで頑張っちゃうような不器用で、とっても優しい私の親友」

「……」

 

 

 胸の中で泣きじゃくる帆奈をみことは優しく抱きしめる。

 お互いを抱きながら崩れ果てる最期こそが、この混沌を名乗った少女と、世界を呪った少女に対する応報(報酬)だった。

 

 

「うん。最後まで一緒にいよう。呪いはあいつに持ってかれちゃったけど、私はあなたと一緒なら、それだけで十分だったんだ」

「ありがと……みこと」

「あっ……! やっと名前で呼んでくれたね、帆奈ちゃん」

 

 

 紫色の炎は闇の底を落ちてゆく。

 どこまでも。どこまでも。

 

 ――そして、炎はかき消えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ……おぼろげな視界に初めて映ったのは、ななかちゃんやこのはさんの顔。

 なんだろうこの幸せ空間。

 

 じゃなくて。

 

 

「……私は、琴織つばめ」

「はい。その通りですよつばめさん」

「ななかちゃんに、このはさん……」

「よかった……! つばめが無事で……」

「つばめさん!」

「よかった、つばめさんが目覚めたよ!」

「全く、いらぬ心配かけさせるネ」

「そういう美雨さんも、結構慌ててたような気がするけどね」

 

 

 周囲を見渡せば最初の皆さんが揃っていた。

 どうやら、自分の不覚でいらぬ心配をかけてしまったらしい。

 

 ゆっくりと身体を起こす。

 傍らに目をやれば、事切れた更紗帆奈。

 あの誰もを嘲笑うような形相はどこへやら。何もかもをやり遂げたように穏やかに目を閉じている。

 

 

 ……なんかムカつく。

 企みを全部お釈迦にしてやったと言うのに、何でそこまで安らかな死に顔ができるのやら。

 

 

 ――いや、もしかしたら彼女は最期に夢を見たのかもしれない。

 たった一人、心を許せる親友と過ごした幸せだった時間を。

 

 何度も。何度も。

 地獄に落ちてさえも、その夢を見続けるのだろう。

 

 

「彼女は死にましたか」

「……はい」

「アイツ、最後に『暗示』と『上書き』の重ね合わせで私の精神を乗っ取ろうとしてきました。ですがそれもぶっ殺したので、もう戻っては来ないでしょう」

「そうですか。それはよかった」

「……どうですか、仇を倒した感触は」

 

 

 実際に手を下したのはほぼ私だが。

 いくら相手が仇で、情けを駆ける必要のない外道であったとはいえ、結果として人一人の命を奪ったというのは、たった齢十五の少女には重荷になるはずだ。

 

 

「……あまり、後味の良いものではありませんね」

「まあ、そうですよね」

「でも、あなたが生きていてくれたのは本当によかった」

 

 

 ななかちゃんは私の手をとって微笑んでくれた。

 ……全く、強い人だ。

 

 

「一時はどうなることかと思いましたが、どうやら上手くいったようですね」

「あ、音子さん……」

 

 

 いつの間にか側には音子さんがいた。

 いやマジでいつの間に? 足音とか、気配とか一切しなかったんだけど??

 

 

「最後の一撃を喰らったのは減点ですが、こうして生きて帰ってきたことが全て。ちゃんと決着もつけたようですし、よしとしましょう」

「じゃあ……今回の採点は?」

 

 

 七枝市にいた頃に何度もやった、懐かしいやり取りを交わす。

 音子さんは満足そうに頷いて、

 

 

「ええ。及第点です。いい友を得ましたね、つばめ」

「……はい!」

 

 

 私もまた、誇らしい気持ちで笑みを返した。

 

 

 

 

 こうして、神浜の街を揺るがした魔法少女昏倒事件は、黒幕の討伐を以って終わりを迎えたのであった。




○【魂の在処】
 しれっとバラされるソウルジェムについて
 なお、この時点で知ったのは鶴乃、かもれ組、つつじシスターズ、ななか組
 他に動員されていた魔法少女は撤退したので聞いておらず、後日箝口令が敷かれたので情報も漏れていない

○【褪せ色メモリアル】
 幼少期~シーズン1まで
 シーズン1の情報は今回書いたのが大体
 逆に言うとこの程度で済むんですよね

○【父と娘】
 例えどれほど変わり果てようとも、お互いの絆が変わることはない
 ちなみにどの辺から渡が介入したかというと、最初に登場した時からである

○琴織つばめ
 陰キャオタク少女
 理解のある友人がいてくれたので陽キャムーブができてるだけの、典型的なオタク
 入れ込んだものへの感情が重い
 生死の境を何度か垣間見たことで、人付き合いへの躊躇いが吹っ飛んだ

○雛鳥の魔女
 Martyr その性質は殉教
 異形顕現の先、魔法少女のまま魔女に至った姿。
 要は虚化。現実世界では起動するための呪いが足りなく、まだ実戦では使えなかった。

○富野美緒
 オタクに理解のあるギャル……ではない
 はやりものに飛びつき、なんとなく話を合わせられるだけの超絶コミュ強

○神名あすみ
 二次創作によくいるあの子。
 この記憶の後、性懲りもなくつばめちゃんを襲って色々やらかした挙句、精神魔法が通用しない(頭が堅いので)音子にボコボコにされた。

○更紗帆奈
 完全に死亡
 信賞必罰。因果応報
 この物語は万人が救済される話ではない

○瀬名みこと
 つばめに呪いを奪われて諸共に消滅
 本人的には親友と一緒に逝ったので満足
 はい。彼女の人格がここで消えたことで第二部の色んなフラグがへし折れました

○琴織渡
 別作品でも使った「白翼の一族」のオリジン的な存在
 原案はこいつが主人公で色んな世界を旅する多重クロスものだった


 あとはエピローグを書いて、第1シーズンは終了となります


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第三十六話 散花愁章【後日談】

というわけで後日談です
いや、長いって。


 

 戦いを終えてから二日後。

 

 私はチームの皆さんと一緒にななかちゃんの家にお呼ばれしていた。

 

 

「皆さん、この度は本当にありがとうございました」

 

 

 ななかちゃんが畳に両手をつき、頭を下げる。

 とても綺麗で上等な和服(後で話を聞いたがどうやらここ一番で着る勝負服らしい)を身に着け、一通り私たちに茶をもてなしてくれた(めっちゃ高級な和菓子で、茶も美味しかった。しかも使われた茶器は父の形見の一つらしい。重いわ)後、ななかちゃんは謝辞の言葉を告げた。

 

 

「我が華心流を穢し、父を貶め、皆さんにも災いを与えた憎き飛蝗。そしてこれを操る黒幕であった魔法少女・更紗帆奈。この度を以って討伐を果たせたのは、一重に皆さんの助力あっての事です。心より感謝いたします」

「堅苦しいヨ。私だって蒼海幇を脅かした敵を倒せたこと感謝してるネ。お互い様ヨ」

「死んじゃったのは、ちょっと悲しいけどね……」

「とは言っても、あちらさんが殺す気でかかってきて命も懸けた攻撃を仕掛けてきた以上は、その辺ああだこうだいうのは無粋な気もしますけどね」

「うん。でも、ああなるまでにはきっと事情があったと思うとね……」

 

 

 あきらくんは優しいですね。でもどのような事情があったとはいえ、それで彼女の罪が消えることはない。音子さんが動いた以上、彼女の結末は変わらなかっただろう。

 それに私以外知らないとはいえ、彼女の願いを音子さんが知っていたら間違いなく処刑をしている。誰かを願いによって因果ごと消滅させる……それは主の御業以外に許容してはならないのだと、かつて聞いたことがある。

 

 

「というかうちの父がろくでもないことを口走ったようですみませんね」

 

 

 あのロクデナシの親父は、どうやら気絶した私への施術中にソウルジェムの秘密についてバラしたらしい。

 その時は話のゴタゴタで大して深刻に受け止められていなかったみたいだが、改めて聞いてみればリスキーな真似をしてくれたものである。

 あきらくんやかこちゃんがその事でショックを受けていないといいのだけどと謝罪を口にする。

 

 

「うん。最初聞いた時は驚いたけどさ、そういうものなんだって考えれば受け入れられたよ。契約しなかったらあのまま使い魔にやられていたしね。それで得た力で人を助けられるなら、ボクは本望だよ」

 

 

 何このセリフ、イケメンか? イケメンだったわ。

 

 

「何ともまあ、あきららしいネ」

「そういう美雨はそこまで驚いてなかったよね?」

「まあナ。魂と身体を分けて超人になる。そういうモノならこっちでも有名ネ」

「あぁ、尸解仙(しかいせん)でしたっけ? 道教だか陰陽道だかの仙人」

「就是」

 

 

 尸解仙とは自分の身体以外の物体を死体の代役にすることで実現する仙人のことだったか。まるで今の私の存在を的確に表している。魔法と魔術の関係を見るに、ソウルジェムの仕組みを再現しようとして編み出されたのが尸解仙だと言われてもおかしくはない。後で音子さんにでも聞いてみようかな。

 

 

「かこちゃんは大丈夫なんですか? ぶっちゃけてしまえば、私たちがもっとしっかり止めていればこうはならなかったかもしれないのに」

「……はい。ショックが無かったと言えば嘘になります。でもお二人は私から選択を取り上げるんじゃなくて、最後に選ぶ権利は私にありました。その結果皆さんと出会えたのなら、それも私の運命なんだと思います」

 

 

 なんて強い子なのだろう。

 この強さがあれば、どんな理不尽が待ち受けていようとも、彼女は前を向いて進んでいけると信じられる。

 だからこそ、その強さに甘えることを許してほしい。

 

 元々、けじめとして語る必要はあると思っていた。

 元凶を倒し、ソウルジェムの真実について知った。であればこれから先の真実について知る必要がある。

 

 

「そうですか……。しかし、それなんですけどね、実はまだもう一つ父が語っていないことがありまして……私もずっと皆さんに隠していたことなんですが」

「魔法少女が、魔女になるってことカ?」

「はいその事で……え?」

 

 

 なんで知ってるの??

 

 

「あの後、ななかから聞いたヨ。お前からこっそり教えられたってナ」

「……恨まないんですか?」

「ボクたちに気遣ってのことだったんでしょ? 悪いこと考えてたんじゃないんだから、つばめさんを恨んだりなんてしないよ」

「それに、こうして私たちが生きていることには変わりありませんから! だから、魔法少女になったことへの後悔はありません」

 

 

 くっはー。何この子? 天使か? この世界には既に天使が降臨していたというのですか!?

 

 と、個人的な萌えはさておき。

 魔法少女の魔女化。ソウルジェムが魂であることなんて気にもならなくなるぐらいの衝撃的な事実だというのに、皆さんは受け止めてくれていた。

 念には念をとグリーフシードをいくつか持ってきていたけど、取り越し苦労に終わったらしい。

 

 

「けど、お前に話してもらうことはまだあるヨ」

「へ?」

「ななか」

「つばめさん。あなたの秘密について……すなわち、更紗帆奈が言っていた『魔女になってから戻ってきた』ということについての詳細についても、語るべきだと私は思っています」 

「え? あー……そういえばあいつ、そんな変なこと言ってましたね。私たちに疑念を生ませるためのただの妄言だったんじゃないですか?」

「そういう可能性もあったのでしょうね。ですが、実は相野さんの魔法であなたを助ける時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あ、あーっ、あーーーー!?」

 

 

 そういえばなんか私と心を繋いだって言ってましたね!?

 てっきり思考の共有ぐらいに思っていたけど、あの魔法そんな深い記憶までみえるんですか!?

 

 そりゃあいつかは明かさなければならないだろうと思っていたけど、まさかこんなことで露呈するとは意外だった。

 

 

 

 どうしよう。

 

 皆のことを信じてはいるが、それでも拒絶される可能性が頭によぎる。やちよさん達には受け入れられたから、なんて過去は何の根拠にもなりやしない。

 何せ魔法少女にとっての死の運命。それを踏み倒した挙句、そこからはほぼデメリットなしで暴れ回れるというチート具合だ。

 

 最悪パーティ追放からのセカンドライフが始まってしまう……なんて茶化した思考でもしないと落ち着けない。

 

 はぐらかすっていうのは……駄目だ。かこちゃんやあきらくんならある程度当たり障りのない言葉で誤魔化したりもできるんだろうけど、ななかちゃんは既に知ってるし、美雨さんもいるんじゃ根掘り葉掘り言わされるの確定じゃないか。

 

 ……腹を括るか。

 何故かななかちゃんは納得してくれているようだし、ここは話すしかない。

 というかこれ、このはさんにも知られてるってことじゃないか。あの人にも後で説明しなくちゃいけないんだろうなぁと、懸念事項がまた一つ増えた。

 

 

 抱え込んでいた秘密――異形顕現について話す。

 自分の魔法を使って無理やり魂を魔法少女のままに固定したこと。その副作用で魔法少女とも魔女とも言い難いどっちつかずの存在になって、両方の力を操れるようになったこと。これが再現性のあるものかはわからず、一応他の人にも同じことはできないかと魔術の研究は続けているが、依然としててがかりは掴めていないこと。

 

 以上の事を掻い摘んで語った後、皆は神妙な顔をして黙っている。

 

 一抹の不安が頭によぎる。ななかちゃんは私を真っすぐ見据えて口を開いた。

 

 

「――なるほど、そういった事情があったのですね。よく話してくれましたねつばめさん。勇気が必要だったでしょう」

「はい。一応知ってる人は何人かいますし受け入れてもらっているんですけど、それでも皆さんに打ち明けるのってちょっと怖くて……やっぱりこう、気持ち悪いとか怖いとか化け物だとかとっとと私たちの前から消えろこの腐れチート野郎がみたいなことは考えちゃうんですよ」

「罵倒のバリエーションが豊富だね……。というか、つばめさんに対してそんなことを思うわけないじゃないか! ボク達を何だと思ってるのさ!」

「頼りになる仲間で面倒見がいのある後輩ですよ」

「思いのほかはっきり言うね……ちょっと恥ずかしいな」

 

 

 あと顔が良い目の保養。

 恥じらうあきらきゅんからしか取れない栄養があるのだよ。

 

 

「まぁ、こいつの事は最初から反則じみた奴だとは思ってたからナ。今更何を持ってこようがもう驚かないヨ」

「……つばめさんにどんな事情があったとしても、私が知っているのは優しいつばめさんです。だから、私は私が信じたいつばめさんを信じます!!」

「あきらきゅん……かこちゃん……ッ!!」

 

 

 嗚呼、なんと眩しく純粋な好意か。

 そんなもの、私の人生とは無縁だと思っていたそれが、真っすぐに向けられている。

 最早悔いなし。

 我が人生、ここにて潔く幕引きと候。

 

 

「うわ!? なんかつばめさんが物理的に透けてる気がする!?」

「つばめさんの尊いポイントが許容量を超えてしまいましたか……このままではおそらく、成仏してしまうかと」

「何冷静に解説してるのななか!?」

「"穢れ纏い、朽ちて動くわが身なれど、かこちゃんの笑顔の尊きに消えゆく定めかな"」

「辞世の句詠んでる!? うわーっ、戻ってきて戻ってきてー!」

 

 

 がくんがくんと揺さぶられ、どうにかこうにか正気に戻った。

 その場のノリで昇天仕掛けたが、我が未練は尽きることなし。皆さんを残して一人昇天などできませんよ。

 

 

「――ふぅ、まあ皆さんが私について受け入れてくれたのは嬉しいですが、これらの事実については他言無用でお願いします。余計な混乱とか避けたいですし、私に対して魔女にならないようにしてくれなんて押し掛けられるとか、ちょっと困りますので」

 

 

 『君は極めてあやふやな状態になっているが、それは転じてあらゆる可能性を秘めた状態だ。そのことに気が付いた者たちが余計なことを考える可能性は、まあなくもないだろう』と父は言った。

 私はそのことを今回の一件で改めて思い知った。更紗帆奈の記憶を垣間見て知った彼女の目論見。その一つは私を釣り上げて親友を蘇生させるための触媒にするためで、その考えの基になった知識は死者蘇生の類に通じる魔術だ。

 今後も同じような真似を考える魔法少女や魔術師が現れる可能性を考えれば、この情報はできる限り部外者に知られないほうがいいのだ。

 

 

「勿論。このことは口外しないと誓いましょう。――さて、諸々のことについては話し終わったことですし、少し個人的な話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

 全員で頷く。

 これからもチームを組んで活動していく仲だ。お互いの連携に支障が出るようなものは無くしていくべきだ。

 

 

「以前にも語りましたが、私の目的は復讐と華心流の宗家としての地位を取り戻し、本来の形へと再興することです。直接の仇を倒し、高弟たちの心を乱した魔女も消えたとはいえ、未だ家元としての権限は彼らに渡ったまま。私の目的は道半ばといえます……とはいえ、ここからは私の家の問題ですし、皆さんが関われる範囲を超えています」

「まあ、それはそうですね」

 

 

 華道とか正直ちんぷんかんぷんだ。

 経営については一応父の家業を継ぐような形を考えてはいるけど、正直そこまで表の世界にいられるかどうかも怪しい身ではある。ななかちゃんのお家問題に関わることは難しい以上、そこは本人に頑張ってもらうしかない。

 

 

「ですが、私もまだ一介の学生。復興のためにできることなどたかが限られていますし、何よりそのために全てを捧げるような真似をしても父に顔向けできない。それにいつまた家が魔女に蝕まれるかもわからない以上、魔女退治にも努める必要もある。魔法少女として生存が掛かっている以上は特にです。しかし今の神浜では魔女が強くなっている以上は、一人で魔女と立ち向かうというのも不安が残ります」

 

 

「それでその、皆さんにはお願いがありまして……」

「なんですか?」

 

 

 一通り前置きを語ったのち、ななかちゃんが少しばつが悪そうに言った。

 

 

 

「これからも、私とチームを組んでくれませんか?」

「――――」

 

 

 

 思わず、皆を目を合わせてしまう。

 

 だって。

 復讐が終わった後でもこの五人でこれからもチームを組んでいこう、なんて。

 当たり前すぎて、誰も考えようともしていなかったのだから。

 

 どうやら皆も同じ考えのようで、誰ともいわずに笑みがこぼれる。

 嗚呼、なんて微笑ましい。

 

 

「……なんだ、そんなことですか」

「全くヨ。身構えて損したネ」

「ななからしいっちゃあ、らしいかもね」

「もう、水臭いですよ。ななかさん」

 

 

 私たちはななかちゃんに向かって、手を差し伸べる。

 

 

「そんなのこっちからお願いしますよ。私たちの頼れるリーダーさん」

 

 

 嗚呼全く、尊い人だなぁ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「よっと。ここですか」

 

 

 夕暮れ時。 

 私はななかちゃんやこのはさんと一緒に大東団地を訪れていた。

 

 屋上に向かえば先客がおり、見覚えのある銀髪の他、私立大付属学校の制服の少女――伊吹れいらさんがいる。

 

 

「やや、十七夜さん。奇遇ですね」

「おや、琴織。それに常盤くんに静海くんか」

「こんにちは……」

「どうも」

「どうしたんですか、お三方が揃って」

 

 

 伊吹さんがここに来た要件を尋ねてきた。

 

 

「どうにも落ち着かなくて……話で聞いたここにやってきたの。更紗帆奈が執着した場所、そこに行けば何かがわかるかもと思って」

「私も似たり寄ったりです。忌まわしき仇ではありましたが、死者を偲ばないというのも違うと思いまして」

「琴織さんは?」

「私は……まぁ付き添いですね。このはさんとはちょっと話がしたかったし、丁度良かったんですよ」

「……もしや、お邪魔か?」

「いえいえ。十七夜さん達の方が先に来ていたんだから構わないですよ」

 

 

 大東団地の屋上から景色を眺める。

 

 夕焼けに染まる団地。

 整然と立ち並ぶ建築物。

 その奥に広がるのは大きく開いた平原。

 吹きすさぶ風もまた、穏やかで心地よい。

 

 確かにこれは壮観だ。

 

 瀬奈みことが感じた世界の美しさは確かなものだった。

 ……そして、彼女が実際に身を置いていた境遇の醜さもまた、偽りなく現実に存在する。

 

 彼女たちは自分たちを取り囲む醜悪な世界を壊して、この美しい思い出だけを残そうとしたのだろうか。

 だとすれば、それはなんと純粋で愚かな――

 

 

 

「――あれから色々と考えてはいるけど、纏まらないわ」

 

 

 このはさんが口を開く。

 この団地へ行こうと言い出したのはこのはさんだ。

 あの時、私の記憶に触れて真実の一端に触れた彼女だが、やはりショックは大きいようで。当時は私の安否の方が大きかったらしいが、状況が落ち着いてから揺り戻しが来ている最中とのこと。

 少しでもこの気持ちに整理をつけるため、更紗帆奈と瀬奈みことの思い出の場所を訪れることで、彼女たちの想いの一端に触れようとしているらしい。

 

 

「魔法少女の真実についてもそう。ソウルジェムのことも、その先についても。あの時、もっとキュゥべえから話を聞き出して、葉月とあやめの契約を何としても止めるべきだったのかもしれない。でも、そうしたら私は一人で戦い続けて、今まで生きていられたのかもわからない……わからないのよ、どの選択が正解なのか、今歩いている道が本当に正しいのか。そんな悩みが私の中でぐるぐると渦巻いているの」

「なるほど……それは中々深刻な悩みですね」

「あいつのしてきたことは決して許せないけど、彼女の起こした渦が、私たちを引き合わせたともいえる。あなた達と仲良くなれたことは幸運だっていえるけど、そうするとあいつの行いも肯定してしまいそうで……」

「……難しく考えすぎなんじゃないですか? 私たちが知り合えた要因の一つはあいつなんでしょうけど、そこから私たちが仲良くなったのは、私たちがお互いに歩み寄った結果ですよ」

 

 

 この世界はあらゆる人間の因果が複雑に絡み合っている。そう師父が雑談交じりに語ったことを思い出す。

 世界が海と山で分断されていたころならともかく、空も海も自由に渡っていくことができる現代においては万人には万人との可能性があり、それは最早人間一人の目線ではとらえきれないほど大きな流れを生んでいる。多少大きな因果を持った魔法少女一人が生み出した歪み程度にさほどの意味はないのだと。

 であれば、更紗帆奈が生み出した渦も、大局的な目線で見れば大海に生まれた偶然の産物に過ぎないのだろう。そこの一つを汲み上げてああだこうだと言いあったところで、納得のいく答えなど帰って来る筈もなし。

 

 

「結局私たちにできるのは、あーだこーだ言いながらも今を必死で生き抜くってことなんでしょうね。そっから目を背けて、失った幻想に執着し続ければ、その先にあるのは彼女たちと同じ結末かもしれない」

「……そうね。その一線を踏み越えないように、気を付けなければいけないわ」

「このはさんなら大丈夫ですよ」

 

 

 その言葉に少しこのはさんが笑みを浮かべる。

 ちょっとだけ整理がついたのかな。それならいいのだけど。

 

 

「……あの、琴織さん」

 

 

 と、会話の終わり際を伺っていた伊吹さんが話しかけてくる。

 少し言いづらそう、というか明らかに不安が顔に出ている。

 

 

「なんですか?」

「魔法少女が魔女になるって……本当なんですか? みとから話を聞いただけじゃ、どうしても信じられなくて……」

 

 

 なんでそのことを……って、そっか。相野さんも全部見ているんだったか。

 

 

「ええ。信じがたいでしょうが本当の事ですよ」

「……っ、そう、なんですね……。それで、あのつばめさんも一度魔女になったって……」

「まあそっちも概ね合ってますよ。やっぱり驚きます?」

「ま、まあ一応は……」

 

 

 と、そこまで言って伊吹さんは念話をつなげてきた。

 

 

(でも私も似たようなものかもって思って、そこまで驚きはないんです)

(え? どゆこと?)

(……私、実は一度魔女に操られてここの屋上から飛び降りちゃってるんです。それで死んだ私を、せいかがキュゥべぇに願って……)

(おおう。それはまた壮絶な……)

(だから、一度死んでから生き返ったというのもそこまで不思議じゃないって感じで受け止められているのかな……なんて)

 

 

 中々デリケートな話を聞いてしまった。

 まあこの内容は心にしまっておこう。

 

 

「正直、なんであれ成功したのか今でもわかんないんですよねぇ。流石に他の人実験台にするわけにもいかないし、今のところ成功例は私だけって感じですね。ところで、他の人にこのことを言ったりしましたか?」

「い、いえ! 私たち三人だけの秘密です! 流石にこんなこと他の子に言いふらせないですよ……」

「それは良かった。とりあえず、この件についてはお口チャックでお願いしますね」

「は、はい!」

 

 

 よし、これでひとまず事情を知った人への注意喚起は済んだ。

 あとは……。

 

 

「で、どう思いますか、このはさん?」

「何が?」

「私についてですよ。今まで隠してた能力とか、過去に会ったこととか、あの時見たんですよね?」

「……ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

「どうかしたって……なんかこう、あるんじゃないですか?」

「つばめもつばめで大変なことを経験していることが知れて、もっと仲良くなれそうって感じかしら。まあ、勝手に記憶を見たのは悪いと思うけど……あなたも私たちの過去は知ってるんだしこれでおあいこかしらね」

 

 

 おあいこかしらねって……。

 

 

「……いや、私は一度魔女になってますよとか、そのうえで自分の魔法で戻ってきたんですよとか。その辺り気味悪いとか、ズルいとか思うところあるんじゃないですか?」

「アレはあなたが必死であがいた末の結末なのでしょう? それでつばめを気味悪がるなんてことないわ。当たり前じゃない」

 

 

 何を言ってるのだろうという顔でこのはさんは小首を傾げている。

 ななかちゃん達の方に顔を向ければ、皆が生暖かい視線を返してきた。

 ……これ、私のほうが悪いんですか?

 

 

 …………話題を変えよう。

 

 

「あぁ、そうそう。十七夜さん」

「なんだ?」

「更紗帆奈が記憶を消した理由……別に自分の悪事を消そうって魂胆じゃなかったみたいですよ」

「そうなのか?」

「どうも十七夜さんに心を読まれるのが嫌だったみたいですね。もしかして会うたび人に読心仕掛けているんですか?」

 

 

 実際には十七夜さんと出会った時点で後ろめたいことをしていたらしいが、それはそれとして十七夜さんの対応は初対面の魔法少女にやっていい所業ではない。私でも無許可で心を読まれたら腹が立つ。暗示で自分たちの存在を忘れさせたのは正解だと思う。

 

 

「……いや、確かあの時は瀬奈くんの方からこちらに探りを入れてきたんだ。言い方が怪しいものだからつい魔法で心を読んだものだが……思い返せば、自分はあの時点で警戒されていたのか」

「言っておきますが、私の心を読んでもろくなことになりませんよ。対精神系魔法用のカウンターを仕込んだので、最悪の場合脳とか焼き切れてこう……ブチっといきます」

「ブチっとか」

「ええ。脳や目の血管あたりとかが特に」

「そんな生々しい言い方やめてください。ちょっと想像しちゃったじゃないですか……」

 

 

 伊吹さんがぞくっと背筋を振るわせるのがおかしくて、思わず笑ってしまう。

 

 

 

 ――改めて、空を見上げる。

 

 日が完全に沈み、星と月が顔を出す。

 赤と紫のグラデーションから、黒一色に染まっていく。

 結構長い間ここにいたらしい。

 

 そろそろ帰らなくてはと思い、不意に背筋に走る感覚。

 

 

 

「――と、これは」

「魔女、ね」

 

 

 くるり、と手元に槍を呼び出して変身。

 皆も同様に戦闘態勢で。

 

 屋上の端に足をかけて、ひとっ跳びに空を横切る。

 

 

「それじゃ、帰るまえの運動といきましょうか!」

 

 

 

 そう、私たちは神浜の夜を駆ける者(NightSeeker)

 

 

 魔法少女だ。

 

 

 

 

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魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

~エピソード2・シーズン1:NightSeeker in KAMIHAMA~

The END

 

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「……はいワタシです。更紗帆奈は神浜の魔法少女たちとの交戦の末、死亡を確認しました」

 

『それは重畳。これで我々の活動の障害となりうるものが一つ消えたことはお嬢さまたちへの朗報として伝えましょう』

 

「いくら魔法少女の解放が目的とは言え、あのような方を放ってもおけませんでしたからね……。ところで、アレについては一体何のつもりだったのですか?」

 

『アレ、とは?』

 

「とぼけないでください。やっちゃん達が更紗帆奈を追う途中、魔女ではない怪物と交戦しているのを見ました。動物を掛け合わせた怪物、あれは間違いなく()()の式神でした」

 

『――少し失礼を』

 

 

 どかどか。がやがや。

 

 

『問いただして参りました。彼女曰く、威力偵察として放っていたのが良くないタイミングで遭遇しただけ、とほざいておりました。大方いつもの悪だくみの一環でしょう。これ以上詰めたところでとぼけられるのが関の山です』

 

「……そうですか」

 

『ところで、更紗帆奈を討伐した魔法少女もやはり、七海やちよですか?』

 

「いえ。やっちゃん達も確かに加わってはいましたが、中心となって動いていたのは常盤ななかのグループと静海このはのグループ。中でも常盤ななかと琴織つばめが全体の指揮を執っていました。そして……かの紺染音子の介入も確認しました」

 

『ふむ……。私はあまり神浜の内情に詳しくはないので分かりかねますが、多くの魔法少女を率いることができると言うのは中々に貴重です。出来ることなら、私たちの同胞となってくれることを期待したいものですね』

 

「もしかして、勧誘しろといってますか?」

 

『できるなら。と言っておきましょう。仮に同胞として迎え入れられるのであれば非常に心強い。……ですが、仮に敵に回るのであれば確実な脅威となるのは間違いない。それに、あなたが動いていることが七海やちよに知られるのはあまり喜ばしくないのでしょう? ですので、引き入れるかどうかの判断はあなたに一任します』

 

「お気遣い感謝します」

 

『では、後日の会合にて詳しく報告を頼みましたよ。……それでは失礼しますね、()()()

 

「はい。失礼します()()()()()

 

 




エピソード2・シーズン1、完。


いくつかの閑話を挟んだ後、シーズン2。すなわちマギレコ本編の時間軸へと入ります。
近いうちに予告編を投稿する予定です。


それと丁度いい機会ですので、感想と評価、お気に入り登録もお願いします。


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シーズン2・予告編

というわけでシーズン2の予告編です。

プロットのつぎはぎみたいなものをそれっぽく仕上げただけともいう。


 

 発端は、ある初夏の出来事だった。

 

 

 

 

 

 アラもう聞イた?誰から聞イた?

 空飛び姫のそのウワサ

 

 ビルの上でゆらゆら浮かぶ

 不思議な不思議な女の子!

 

 いつもいつも私たちを見下ろして

 友達を欲しがってる寂しがりやのお姫様

 

 ビルの屋上からジャンプすれば

 彼女と一緒に空の旅へと御招待!

 

 それがあんまりにも楽しいから

 目が覚めてもふわふわ夢心地で上の空って

 神浜市の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 アイキャンフラーイ!

 

 

 

「……飛び降り自殺、これで六人目ですってよ」

「また霧谷ビルでしょ? 呪われてるんじゃないの」

「おーコワ。あそこ近寄らないようにしよ」

 

 

 連続する飛び降り自殺。

 それを示唆するように同時期に広まった噂。

 

 

「ななかちゃん、これって……」

「偶然の一致、と考えるには不自然ですね」

 

 

 神浜の魔法少女はこの二つに関連性を見出し、

 魔女の関与を探るための調査に乗り出した。

 

 

 

 ――そして、

 

 

「あの人、本当に浮いていませんか?」

「魔法少女? いや違う、しかし魔女でもない。あれは一体――」

 

 

 噂の通りに顕れた少女。

 

 俯瞰する怪異が、日常を侵食する。

 

 

 

 そうして浮かび上がったのは、神浜で暗躍する者達。

 

 

「お願いがあります。ワタシと共に来てくれませんか? マギウスの翼は、あなたの力を必要としています」

「お初にお目にかかります。私は沙羅ウズメ。偉大なるマギウスの側仕えであり、このマギウスの翼の統括を務めております」

 

 

 

――『魔法少女の解放』を謳う組織、『マギウスの翼』

 

 

 

「これはどうも。私、葛葉(くずは)と申すものにて。マギウスが行う魔法少女解放の儀式を円滑に進めるための助言役でございます」

 

 

 深緑を基調としたゴシックドレスの少女は軽い笑みを浮かべ、黒いヴェールの下からこちらを値踏みするような視線を向けてきた。

 

 

 

――解放の旗の下に来たりしは、

 

 

 

 

「ハハハハハハハ! やはり勝利は良い!」

 

 

 瞬く間に魔女をハチの巣にした銀色の魔法少女は、屍の上で自らの身体を誇示するように手を広げながら哄笑する。

 胸元のプレートには『MGC-0011-α』の文字が刻印され、その上には『V』の特徴的なエンブレムが輝いていた。

 

 

 

――ひと癖もふた癖もある奴らばかり。

 

 

 

「……ウズメさま。マギウスの方々。これは正真正銘、心からの助言にございます。

 今すぐ全ての羽根たちをここに集め、イヴの警備を固めなさい。

 

 さもなくば、私たちは全滅しますよ」

 

 

 

――解放の道に立ち塞がる、強敵たち。

 

 

 

「”退け、うら若き乙女たちよ。お前たちが抱える魔女のなりそこない、エンブリオ・イヴを女王は所望した。疾く頭を垂れ、道を譲るのならばこれ以上の狼藉は控えよう”」

 

 

 フェントホープの結界を強引に切り裂き、羊の魔女の大群を引き連れて現れた黒い鎧の騎士が、立ちはだかる二人の魔法少女へと告げる。

 

 

「私はマギウスが駆けつけるまでヤツを足止めしてみるが……お前はどうする?」

「え、それ私に聞く? スキくない質問だね」

 

 

 徒手空拳を構えながら尋ねる銀色の麗人に、何を当たり前のことを聞いているのだと白いドレスの少女は首を傾げた。

 

 

「マギウスの敵ってことはお姉さまの敵。だったら殺す以外の選択肢なんて、最初からないに決まってるじゃん」

「……熱いラブコールだ。そんなに愛があるなら私にも少しぐらい愛敬を振り撒いてもいいんじゃないか?」

「やだ。だってあなたの顔ムカつくもん」

 

 

 

――解放の道に立ち塞がる、数多の強敵たち。

 

 

 

「西と東の代表のような、解放に従わないぐらいに強い魔法少女たち。魔女を使う事が気に入らない粛清機関。イブを狙うかもしれない十二の凶星。その他にもわたくしたちの敵、解放を阻むわからず屋さんはいっぱいいる。どれだけ確率が低くても、それが一斉に手を組んだらわたくし達だって敵わないかもしれない」

「だから、ぼく達を守るための騎士が必要だと思う。飛び立つための羽根ではなく、ぼく達の夢を彩るとっておきの精鋭部隊が」

 

 

 

――数多の敵を越えるため、色彩の騎士たちが一時に集う。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「お前はもうこの街どころか、他の街だろうと速攻でお尋ね者。『教会』の監督役に見つかって締め出されるか、現地の魔法少女が徒党を組んで君を逆に狩りに来るか」

「あなたに残された道は二つあります、天乃鈴音さん。投降して私たちの元に下るか――」

「――命からがら、泥にまみれ泣きじゃくりながらみっともなく逃げ続けるかだよ。まあ、歯向かったら無理やり連れていくだけだがね」

 

 

 紅き剣士と銀の麗人が、暗殺者の前に立ちはだかる。

 

 

「なんで、分かった……姿は消していたはず……」

「然様な隠形、稚戯に等しく。私に隠蔽で勝とうなど笑止千万。あなた達の扱うちゃちな手品とは、積み上げてきたものが違うのです。まあどうせ、これまで魔法少女を取り逃がしたことがないなら、指摘する相手がいなかったのは仕方がないのでしょうけどね」

 

 

 地に倒れ伏す蝶の意匠が施された紫の少女を、緑色のゴシック服が踏みにじる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ええ。お嬢様が全面的に悪いかと」

「トキメいてるの。お姉さまに斬られたときから、ずっと」

「アリナ殿に人の心はないのだろう」

「今だ人類を家畜と蔑むインキュベーターの技術を踏み越えて、我らはソラの大海を目指す。これを勝利と呼ばずしてなんと呼ぶか!」

「穢れを集めし厄神にして、呪いを祓う八幡神。我らが奉じるは、あなた方の語る矮小な魔女とは異なるものですよ。ええ全く……人柱による救済などとは実に古典的ですねえ」

「"静観せよ"などとは、本国の連中も欲深いものだな」

「あんた達のやり方じゃ私たちは救われないんだよ!」

「十七夜さん、あなたは私達のリーダーになれなかった」

 

 

 

「敵のあなた達のジェムなら、摘んでも別に構わないよね? 大丈夫、全部終わったら身体に戻してあげるから!」

「さあてさあて。それではこの私めが、神秘のなんたるかを一つその身をもってご教授して差し上げましょうぞ!」

「かかってきたまえ七海やちよ。西のリーダー。七年という戦歴……それを私が値踏みしてあげよう」

「悪く思うな。こちらもおいそれとは退けん。その首、一度獲らせてもらうぞ――」

「なあんだ。ワタシより弱かったんですね、やっちゃん」

 

 

 

 

「ここに、私の記憶が……?」

 

 

 

 

――そして、一人の少女が神浜へ導かれし時。全ての運命が収束する――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名無し人工知能のウワサ――否、アイを倒し、いろは達はウワサの結界から解放された。

 結界の出口に設定されていたのは電波塔から最も近いヘリポートであり、既にやちよ達十人とアリナ率いるマギウスの翼が睨み合っていた。

 だがフェリシアによって魔女が倒されるとアリナは一転、狂気の如き怒りをまき散らし始めた。

 ソウルジェムは瞬く間に穢れ、マギウスが編み出した穢れの秘術――ドッペルが発動する。

 

 

 だが、その憤怒は横から割り込んできた声に鎮められることとなる。

 

 

「少しは落ち着いてもらいたいものだね。マギウス」

 

 

「……! あなたは……!」

「人工知能と魔法の組み合わせが人間とコミュニケーションを重ねて自我に目覚めたというのは極めて興味深いサンプルケースではあったが……牙を向いてしまっては仕方がないか」

 

 驚愕とともに月夜は視線を動かし、つられてやちよ達もその方向を見た。

 ヘリポートの入り口、控えていた黒羽根たちが左右に分かれる。そこからは白いスーツに身を包んだ女性が進み出てきた。

 

 

「宴さん……」

「申し訳ないでございます……」

「君たちもお疲れ様、少し休んでいるといい」

「はい……」

 

 

「さて……初めましてだね七海やちよ。私は信城宴(しのきうたげ)、マギウスの翼の一人さ」

 

 

 信城宴と名乗った麗人は、恭しい一礼をした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 肩から砕けた右腕が宙を舞い、銀色の混ざった血が飛散する。

 

 

 

 

 

「宴さん!」

「いやあっ、宴様!」

 

 

 

 

 羽根の中から悲鳴が上がり、音楽が途切れる。

 

 やちよは目の前の相手から感じていた威圧感が薄れたことで、羽根達が音楽によって強化バフをかけていたことを確信する。

 

 

 

「ははっ……! これは中々……!」

「腕を貰ったわ。機械の身体だと言うのなら、この場での治癒も難しいんじゃない?」

「これはこれは……一本取られたよ」

 

 

 

 宴は感心したように右腕を拾い上げる。

 彼女の魔導義体は破損個所を即座に接合できるようには作られていない。

 腕一本とその中の武装が損失したことで、勝率は大幅に下がった。

 宴は左腕を無造作に頭上へ掲げた。この場の勝利はやちよへ譲ったということか。

 

 

 

「……《銀》、見栄張ったのに負けてるとかどういうつもり?」

「いやあ悪いね、少々分析が甘かったらしい。流石は《灰》とタッグを組んでた魔法少女、データ上では分からない戦術が豊富だ。いい経験になった」

「……まあいい。アナタがダメならアリナがもう一度やるだけだヨネ」

 

 

「それはいけませんアリナ。元々アナタを止めるためにワタシたちは来たのですから」

 

 

「……みふゆ」

 

「先ほどの戦いで分かりました、これ以上はどちらもいたずらに戦力を浪費するだけ。それどころか羽根たちが巻き添えになります」

 

「そんなのどうでも――」

 

「私たちが誰の命令でここに来ているのか、わかってますね?」

「……あとでデッサンのモデルになってヨネ」

 

「それでアナタの怒りが収まるなら好きにしてください。……申し訳ありません、《銀》。本来なら助太刀に入るところなのでしたのに」

 

「いやいや。むしろ悪いね《灰》。私の我儘を通してもらって」

 

「構いません。そのおかげで彼女たちも到着しましたから」

 

「……オイオイ。まさかとは思うが」

 

 

 

「――そのまさか、ですよ」

 

 

 その場にいた者すべての視線がその方向――宴やみふゆが入ってきたヘリポートの入り口に注目する。黒羽根たちも再び道を譲り……それだけではなく跪いてその者たちを出迎えた。

 

 

「また出てきた!」

 

「――ハハハハ! まさか《紅》、君まで……いや君たちまで出てくるとは今日はどういう日だい?」

 

「ふふ、我らマギウスの翼を阻んできた七海やちよ。彼女の前にマギウスが相対したと言うのであれば、私たちカラーズもまた、全員で挨拶をするのが礼儀というものでしょう」

 

「律儀だな……だが、嫌いじゃない。こういう演出は、むしろ私好みだね」

 

 

 優雅な歩みで紅い着物の女性が進み出る。その後ろには純白のドレスに身を包んだポニーテールの少女が付き添い、さらには若草色の狩衣を着た少女と、紫色の外套に身を包みフードとバイザーで顔を隠した人物も続いていた。

 

 

 四人の少女は宴とみふゆの下まで歩いていく。

 彼女たちから発せられる隙のないオーラ。

 いろは達は固唾を呑み、確信する。

 

 この者たちは皆、油断ならない実力者。

 明確に羽根を束ねる者たちこそが、彼女たち六人であると。

 

 そうして、色彩の名を持つ者たちはいろは達と相対する。

 

 

 

 

「《蒼》」

「《翠》」

「《銀》」

「《灰》」

「《紫》」

 

 

 

「そして《紅》。

 ――以上六名、我ら偉大なる賢人を守護し、解放を彩る色彩(カラーズ)でございます。

どうか皆さま、お見知りおきのほどを」

 

 

 

エピソード2・セカンドシーズン

 

『マギウス・カラーズ』編

 

 

御期待ください



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エピソード2【神浜編】プレシーズン1
第三十七話 鏡の最果て


プレシーズン的なの


「はい。終わったわよ。気分はどうかしら?」

 

 

 みたまさんの言葉に従い、自分の魔力を探ってみる。

 

 

「……特にあまり変化はないですね」

「まあ、つばめの調整についてはほぼ頭打ちだからね。今回は微々たるものだろう」

 

 

 珈琲を啜りながら父が言う。

 まあ、私の成長限界についてはいい。槍の腕を磨いたり、魔術の探求を進めたりとまだまだ強くなる道筋はある。

 で、問題はそこではなく。

 

 

「それで、肝心のアレについてですが……」

「ええ。瀬奈みことの人格が持っていた鏡の魔女の呪い。その大部分はあなたの魂に根付いているわね」

 

 

 更紗帆奈を精神世界で倒した時、私は彼女の魂――正確には、彼女の精神内にいた瀬奈みことの人格が持っていた呪いを奪い取っていた。

 

 例の一件で行方不明となっていた暗示の魔法少女、瀬奈みことは魔女化した際に人格が分離し、更紗帆奈の精神に寄生あるいは憑依していた。

 その人格は更紗帆奈が凶行を積み重ねる傍らで、彼女に使役される魔女が放つ負の呪いを少しずつ吸収し、僅かずつではあるがその呪いを高めていったのだ。

 そして瀬奈みことの魂が魔女化した存在というのが、何を隠そう一年前に魔法少女の偽物で神浜を騒がした張本人、すなわち鏡の魔女であったのだ。

 そのことを知ったのは更紗帆奈の記憶を垣間見ての事。その時の魔女の姿に見覚えがあり、みたまさんにこの呪いの詳しい解析を依頼したところ、それはミラーズの使い魔たちが発する性質と酷似していたのだった。

 

 

「大元のミラーズは潰した。瀬奈みことの呪いも君が保有している。これ以外に八雲嬢の願いが及ぼす影響は不明だが、ひとまず憂いは絶ったとも」

「絶った、と言っていいのかは再考の余地がありますけどね」

 

 

 そう、果て無しのミラーズ。

 鏡の魔女の結界は消滅した。

 

 この事実を知った翌日、父さんが音子さん、みたまさん、やちよさん、十七夜さん、鶴乃さん、ももこさん、メルくん、雫ちゃんを引き連れて乗り込んでいき、丸一日もかけてこれを踏破。鏡の魔女の本体と交戦し、全力を以ってこれを討伐せしめたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……一つ聞きますが、なぜこれを放置していた?」

「いやすまん。私も正直舐めていた。よもやこの魔女がここまで大きくなるとはな」

 

 

 果て無しのミラーズに足を踏み入れてから開口一番、紺染音子は重々しく苦言を呈した。

 結界の彼方に感じた尋常ならざる気配。こればかりは()()と戦った経験のある彼女ぐらいにしか判断が付けられないものではあるが、呪いという分野においてはプロフェッショナルである琴織がこれを見逃していたのはどういう了見なのか。

 そう視線で攻めれば、琴織渡は面目なさそうに頭を掻いた。

 

 およそ一年前、結界を垣間見た時、既に彼はこの魔女の潜在性に気づいてはいた。

 そして日を改めて結界に赴き、その実態を目で確かめて予感は確信に至った。

 この鏡の魔女が成長を続けた場合、いずれ災厄に至るだろう。

 

 そう悟った上で、彼はこの魔女を放置した。

 

 琴織渡のスタンスは基本的に傍観者だ。

 観客、と言い換えてもいい。主役の活躍には惜しみない拍手を送り、時に無慈悲で無責任な野次を飛ばす。そしてあまりに観ていられなければ壇上に上がり込んでくる。

 そんな迷惑極まりない性質を持った魔術の王は多少気に入った人間に肩入れすることはあるが、自らがその世界の趨勢を決めるような立場に立つことは避けている。

 かつてこの世界に顕現した際も、魔術の知恵を請うた魔術師たちにその知啓を授けたことはあれど、表立って魔女を祓うような真似はしなかった。

 

 無論、この時点での討伐は容易い話だった。

 生死の境から引き戻されたことで目覚めた起源、おおいなる魔術師・白翼の始祖の力。星と虚数の二大原理を操るその魔術はこの世界においても圧倒的な性能を誇る。

 極論、彼が本気を出せば魔女なんぞはよほどの例外以外はあっという間に殲滅できる。

 

 だがそれを彼はしない。自らの力が異物であるという自覚と、娘を含む魔法少女たちの存在意義を奪う行為に対しての遠慮によって、彼はこの脅威に対してみて見ぬふりをした。勿論、いずれ娘がこの魔女を看過せずに挑むというのであれば、その叡智をもっていくらかの助言ぐらいはしただろう。いずれ離れることになるとはいえ、琴織つばめは今を生きる人類だ。彼女が友と一緒に待ち受ける苦難の数々を乗り越えることに手を貸すことは、彼のスタンスにも何ら支障はない。

 つまり、これは今の世代、神浜の住人に与えられた課題のようなもの。それを横から掻っ攫うのは、いささか無粋というものではないか――。

 

 

 そんな楽観的な考えを、彼はこの時放棄した。

 

 この魔女は下手をすれば世界を覆う災厄にすらなり得る存在だ。それだけなら精々が街一つ滅ぼして終わるだろうとタカをくくっていたのだが、この成長速度は流石に想定外。あと一年も余裕を与えれば人類の脅威に変貌するだろう。

 

 そしてほかの魔法少女たちも同様に、鏡の魔女を侮っていたと言わざるを得ない。

 魔法少女のコピーを作成するという特性は非常に厄介ではあるものの、鏡に引き寄せられる性質を利用して鏡屋敷に誘導することで活動範囲を制限できた。加えて魔女自体の凶暴性が少ないことと、その迷宮型の結界の踏破の難しさから、早急に対処することではないと判断していた。むしろコピーの存在がよい鍛錬になるとして度々修行にこもる輩まで現れる始末だ。レベル上げダンジョンだと思っていたものが、ラスボスの巣窟だったというわけだ。

 

 流石にこれは今の娘たちには荷が重い。

 琴織つばめは大元である瀬奈みこととは既に決着をつけた。ならば残された骸ぐらいは片付けてやるのが親心というもの。

 試練を乗り越えた娘のために、琴織渡は重い腰を上げてこの魔女を葬ることを定めたのだ。紺染音子がいるのはそのためだ。数多の強者を見てきた渡からしても、音子の実力は喉を唸らせる。

 他の魔法少女たちを連れてきたのは、いわゆるケジメだ。彼女たちが手に負えぬと判断して放置したものがどれだけの危険分子だったのかを教えるのには丁度良い機会であった。

 

 

「今回の目的は鏡の魔女の結界の完全踏破、そして大元である鏡の魔女の討伐。いざとなったら保澄くんの魔法で撤退する」

 

 

 今回召集したメンバーは、主に昨年の鏡の魔女事件の調査を行った者たちで構成されている。

 唯一、保澄雫はこの中ではその条件に当てはまらず、また他のメンバーとも接点が薄いが、琴織渡の伝手を利用して協力を取り付けたらしい。相変わらず謎に人脈を広げている男だ。

 

 

「今回は私も少しばかり自重を捨てよう。つまりそれなりに魔術を行使させてもらう」

「前も結構暴れていた気がするがな」

「あんなのは序の口だとも。最も、あまり連続して大技を放てば身体の方が先に持たない。ほどほどに頼ってくれたまえ」

 

 

 頼りになるのかならないのか微妙にわからないことを言う渡。

 だが仕方がない。彼は魔法少女とは違って肉体の強度自体は通常の人間。強化魔術やベクトル転換など様々な魔術を駆使することで遜色ない身体能力を発揮することもできるが、問題はその魔力量。彼の行使する魔術の並外れた出力は、体内で魔力を循環させ、急速に増幅することで実現している。そのため、魔術を使いすぎると生成される魔力で内側から自壊しかねないという欠点を持っている。

 これが白翼公そのものであればなんら支障はないのだが、その端末でしかない渡にとっては戦闘行為に使用制限と時間制限があるようなもの。固定砲台として後衛でバカスカ撃つという真似はできない以上、自分をあてにされ過ぎても困るのだ。

 

 

「陣形はシスター音子と七海くん、そして和泉くんを先頭として、その後に十咎くんと由比くんが続く。私もこの位置だ。八雲嬢がその後ろで支援を行い、最後に保澄くんと安名くんが後衛から援護射撃。基本はこの陣形を崩さないように動くが、異論はないか?」

「自分としても異存はない。……が、本当に八雲も来るのか? 言葉は悪いが、お前の戦闘能力は魔女相手には……」

「わかってるわ。それでもお願い、私を連れて行かせて。大丈夫、足手まといになるつもりはないから」

「……まあ、本人がこうやって言っているんだ。無碍にするのも気が引ける。――それに、ケジメなのだろう?」

「ええ。自分の撒いた種ぐらいは、自分で刈り取らないと」

 

 

 おおよそ戦いに向いていない八雲みたまが鏡の魔女討伐に参加した理由。

 それは彼女の契約による願いが関係していた。

 

 瀬奈みことが鏡の魔女であることが判明した時、みたまは渡、音子、やちよの三人へ自分の過去と願いについて話した。

 

 学友と思っていた相手に裏切られる形で水名女学院を去り、戻ってきた大東学院でも面汚しの誹りを受けることとなる。東西の軋轢を利用した人間の醜さに深い怒りと失望を覚えた時、あの悪魔が現れて取引を持ち掛けた。

 

 

 ――"神浜を滅ぼす存在になりたい"

 

 

 瀬奈みことの魔女化と前後する形で叶えられたその願い(呪い)は、果たして瀬奈みことの別たれた人格に大きな力を与えた。

 それが他者の精神に寄生する能力であり、更紗帆奈との戦いにて琴織つばめを苛んだ力の絡繰りだった。

 

 つばめのソウルジェムの調整を通じてこの事実を知ったみたまは、これらの一連の事情について白状し頭を下げた。自らが撒いた滅びの因子、その一つの始末を他者に任せたことへの謝罪と自分が齎した抗いがたい何かを退けたことへの感謝を告げた。

 

 

『……わかった。ひとまず君の事情については後回しだ。しかし、そうなると早急に事を片付ける必要があるな』

『ええ。魔法少女の願いが魔女の強化に使われたとなれば、事態は一刻の猶予もない。場合によっては災厄級にまで成長している可能性もあるでしょう』

『すぐに討伐隊を結成しましょう。今から腕の立つ魔法少女を集めるわ』

『分かった。ならば私も同行しよう』

『いいのですか?』

『流石に事が事だ。なりふり構ってはいられんよ』

『じゃあ私も――』

『つばめは留守番だ。魂を揺さぶられた反動がまだ戻ってないだろう? 流石にそんな状況であの魔女の結界に放り込むわけにはいかないな』

『……まあ、確かにそうですけど』

『心配はいらん。この街の精鋭を集めたうえで、彼女(音子)もいる。これで負けると思うかね?』

『微塵も思っていませんが、フラグを立てるようなことを言われると不安がですね』

 

 

『――ねえ、私も連れて行って』

 

 

 それが罪悪感から来る使命感なのか、また別の感情なのかは余人には計り知れない。わかることは一つ。彼女の決意は固く、それが渡がみたまの同行を認める決定打となったことだけだ。

 

 

「……わかった。無粋なことを聞いて失礼した」

 

 

 そこまでの決意と努力を見せられては十七夜も頷くしかない。

 みたまが神浜へ持つ負の感情は自分のそれよりも深く暗い。その彼女が自らの憎悪と決別しようというのならば、彼女に寄り添いその行く末を見届けるのが自分の役目だと十七夜は心に刻んだ。

 

 

「納得してもらえたようで何より。では、半日で片付けるぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 進軍を開始して間もなく、音子たちの前に鏡像の魔法少女たちが立ちはだかる。

 その数は数十人。戦力で言えば一個小隊にも匹敵する。

 

 

「随分と手厚い歓迎ですね」

「この結界に踏み入った時から、既にこっちの戦力は把握されているでしょうね」

「突撃……の前にあちら側の布陣を崩しておきたい。任せられるか、魔術師」

「承った」

 

 

 光を反射する鏡の性質上、この場所は影の魔術とは相性が悪い。かといって星の魔術は魔力消費が悪いし、巻き添えにしかねない。

 渡はこの場所でも通用する手段を吟味し、これはと思うものを繰り出した。

 

 

「『影蟲』」

 

 

 袖口からバラバラと黒い何かがこぼれ出る。

 それは霧のように立ち込める菌糸のようなもの。

 琴織の足元を漂うそれが使い魔たちへと殺到し、瞬く間にその身体を登っていく。

 

 

「魔力素を糧に増殖する魔物だ。魔力で構成される使い魔には効果覿面だろうよ」

「うわぁ……」

 

 

 影虫にたかられる使い魔。

 魔法少女の姿を模した彼女たちは、その身を侵食される苦痛に悲鳴を上げ、やがて形を保てずに崩れ溶けていく。

 圧倒的だが凄惨な光景に顔をしかめるやちよ達。自分たちと同じ魔法少女が無数の虫に貪られていく様子は、いかに使い魔とは分かっていても気分の良いものではない。

 

 

「露払いは済んだぞ」

「上出来です」

 

 

 紺染音子はコートを翻して最前線へと突き進む。

 その鉄拳から生じる十字架が魔法少女の武器を受け止め、直後に放たれた衝撃が鏡の使い魔を蹴散らしていく。

 

 抵抗は無意味。

 偽物たちの放つ攻撃はその淡く輝く盾を砕くことができず、障壁を利用した格闘技がヒトガタ達を有無を言わさずに押し潰していく。

 手刀が剣や槍を砕き、組み付いてこようとする使い魔の頭を掴み、別の使い魔と衝突させる。飛び道具を使ってくるコピーには障壁を蹴り飛ばして破壊する。固有魔法をコピーした使い魔がそれぞれの魔法で足止めにかかるが、音子の呪いに対する強い耐性がそれを弾く。

 拳を振るうたび、足を踏み出すたびに鏡の破片が飛び散っていく。

 

 これぞ聖堂騎士にして異端審問の執行者。最強と疑われぬ魔法少女の雄姿である。

 

 真正面からの突破は不可能と判断した使い魔たちが側面や背後に回り込む。だがそれをカバーするのがやちよ達だ。彼女たちも負けず劣らずの戦いぶりで音子が正面突破に集中できるように駆逐している。

 やちよと十七夜が音子と肩を並べて使い魔を倒す。鶴乃とももこは両翼に展開するように炎を放って敵を寄せ付けず、怯んだ隙にメルのタロットから発動する雷撃や竜巻が蹂躙する。彼女らの中心には雫を側においたみたまが全員に強化魔法を付与している。

 これはソウルジェムの連結によってそれぞれが得意とする魔力性質を一時的に他者と共有する『コネクト』と呼ばれる技法。みたまの操るエーテルワイヤーによって疑似的に回路が展開された状態の今、彼女たちは任意でこのコネクトの効果を発揮しているに等しい。

 

 例外的に音子と渡。この二人はコネクトの対象外だ。

 魔法少女ではない渡はともかく、音子が対象から外れている理由は彼女が粛清機関の聖堂騎士だからだ。彼女のソウルジェムを調整し、記憶にある極秘情報の一片でも見ようものならみたまは中立でいられなくなる。そういう条件のもと、調整屋という存在は成り立っているのだから。

 

 さて、いかに堅牢な布陣を敷いているとはいえ、相手もまがりなりに魔法少女の写し身である以上は相応の戦闘能力を持つ。

 いくら強化されているとはいえ、二人だけで十数人の数は抑え込めない。例えば、鶴乃たちと同じく炎の属性に長けた魔法少女のコピーならば炎の壁を越えて肉薄できる。コピーの少女は捨て身だ。保身など考えない、元より生への自覚などない。自我がある様に振舞いながらも、その根底にあるのは人の世に対する呪いだ。主の脅威を排除するため、そして怨敵たる魔法少女を倒すためかりそめの命を捨てることに、彼女たちは一切の躊躇いを抱かない。

 

 

「ごめーん! そっちちょっと通しちゃった!」

 

 

 同胞の屍を踏み越えて、彼女たちはその先にいるみたまを狙う。

 一切の攻撃行為を行っていない彼女の存在は、しかし支援の要であることは明白。

 横から飛来したチャクラムによって見咎められていくのがその証拠。

 手足を切り飛ばされようと止まらない。本物であれば決して浮かべないような殺意の形相で、彼女たちはみたまへと刃を突き立てる――

 

 

「あらあら」

 

 

 何もないのに攻撃が押しとどめられる。

 反対側に引っ張られるようにして、身体が引きはがされる。

 注視すれば、極めて細い糸がコピー達の絡め取っているのが分かるだろう。

 

 

「危ないじゃないの、もう!」

 

 

 調整の要領で魔力を流し込み、核であるミラーズコインを破壊すれば、コピーの身体は崩れ去っていく。

 エーテルワイヤーによって魔力を直に注ぎ込めるということは、触れてしまえばそれだけでコピーを破壊できるに等しい。みたまは断じて足手まといなどではなく、むしろ鏡の魔女に対しては特効と呼べるほどに攻略に最適な要因なのだ。

 

 

「大丈夫か、調整屋!? ……って、問題なさそうだな」

「だから言ったでしょ。私もちゃんと戦えるって。でもありがとう。ももこが心配してくれるなら、調整屋さんやる気でちゃうわぁ♡」

 

 

 ふわり、と腕を軽く振るえばそれだけで数体のコピーがはじけ飛んだ。エーテルワイヤーは所有者の魔力で自由自在に動く。糸という見た目に惑わされてはいけない。実質伸縮自在の腕があるようなものだといっていい。

 意気揚々とコピーを殲滅していくみたまを見て、あの魔術師はとんでもないものを調整屋に渡してくれたな、とももこは思った。

 

 

 

 

「強いなぁ……」

 

 

 由比鶴乃はぽつりとそんなことを口にした。

 彼女の視線の先には、最前列で使い魔をなぎ倒していく音子の背中がある。

 

 

「あれが、最強かぁ」

 

 

 鶴乃の目的は最強になること。正確には、最強の魔法少女になることで自分の家を守り通せるだけの力があると証明すること。

 勿論、上には上がいることを知っている。

 

 七海やちよ、梓みふゆ、和泉十七夜、琴織つばめ。

 

 神浜の名だたる実力者たちにはまだ適わないが、それでも自分が最強を目指すという目的は変わらない。鍛錬を積み、戦いを越えていくことで次第に実力の差も縮まってきていた。

 

 そこに現れたのが、紺染音子だった。

 

 多くの人から認められる「最強」の魔法少女。古から生きる大魔女の一体を討伐した現代の英雄。

 

 鶴乃だってその勇名は知っている。ライバル(と勝手に思っている)のつばめが最強として引き合いに出す名前であり、魔法少女でないながらも自分に一本取ることのできる神父の義妹ということから、聞いただけでも実力に疑うことはなかった。

 だからこそ、彼女が神浜の魔法少女への挨拶代わりとして催した竜真館での集団組手は、今の自分がどれだけ戦えるのかを確かめるのに絶好の機会のはずだった。

 

 結果は惨敗。

 繰り出した扇を指先で受け止められ、返す刀で急所に三手。完全な出オチであった。

 

 別にそのことは良い。それだけの実力差があるということは、それだけ超える壁が高いということ。少なくとも、そんなことで心を折られるなら最初につばめに完封されたりやちよにボコボコにされた時点で心が折れている。

 とはいえ、ああやって歯牙にもかけない戦いぶりを目にすると、どうしようもない劣等感に苛まれるのも確か。

 

 全く持って遠い道のりだ。

 自分があの領域に至るまで果たしてどれだけの時間がかかるのか。はたしてそれまで、自分の家はきちんと存続できるのか。

 

 

「鶴乃さん、前!」

「……へ?」

 

 

 そんな思いは、この場においては致命傷にも等しい。

 メルの声で、視線を自分の前に戻す。

 すると見知らぬ魔法少女が、目の前で斧を振り降ろそうとしている。

 回避も防御も間に合わない。

 

 

(もしかして、死んだ?)

 

 

 スローモーションになる視界。

 一秒後には自分の頭が真っ二つに割られる未来が訪れ――。

 

 

 ――射出式十字壁

 

 

 割って入るように突き立った十字架がその刃を阻んだ。 

 

 

「ぬうん!」

 

 

 そして横から飛んでくる音子。

 飛び蹴りが胴体に突き刺さったコピーは、衝撃のあまりに四散する。

 音子は空中で一回転、着地。それから鶴乃を見る。

 

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん……」

「鶴乃!」

 

 

 前方、使い魔を片付けたやちよ達も駆けつけてくる。

 

 

「何やってんの! 戦闘中に余所見なんてして!!」

「あうぅ……ごめんなさい」

「珍しい、ってか初めてか? 鶴乃が敵から視線を逸らすなんて」

 

 

 まさかコンプレックスを拗らせて上の空で戦っていましたなんて言えるわけもなく、ばつの悪そうに目を反らしてお茶を濁した。

 

 

「ところで、今のどうやって来たの? どう見ても間に合わない感じだったけど」

「まず腕から障壁を射出し、その後足から障壁を出す形で自分を撃ちだしました」

「ごめん何言ってるのかわかんない」

 

 

 なんでこの人はしれっと人間ピンボールをやっているのだろうか。

 最強ってもしかしてこんな戦い方ができなきゃいけないの? 真顔で奇天烈な挙動を解説されればさしもの鶴乃も首を傾げざるを得ない。

 

 

「さて。それでは私たちは先頭に戻りますね」

「う、うん」

 

 

 そうして再び進軍を続ける一行。

 自分たちの目の前を進む背中を見て、鶴乃は頬を叩いて気合を入れ直した。

 

 最強の道は遠い。

 けれど、それは自分が歩みを止める理由にはならないのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 破竹の如く突き進み、中層部と呼ばれる域も越えた頃。

 

 最早何度目かもわからないコピー魔法少女による防衛陣が見えてくる。

 

 

「む」

 

 

 前方に目をやり、僅かに眉を顰める音子。

 その群れる魔法少女の中に、一人こちらを真っすぐに見据える影を見つけたからだ。

 

 

「あれは……まさか」

「なるほど、私か」

 

 

 全く同じ、だが文字通り鏡写しの姿をした聖堂騎士の姿。

 違うのは、その貌に浮かべるのがひどく野生的な笑みであることか。

 ぎし、とコピーは地に深く屈みこんで。

 直後、砲弾のような速度で英雄の写し身が本物へと挑みかかった。

 

 

「ふむ。彼女がここに入ったのは今回が初めてのはずだが……」

 

 

 本来なら見られないだろう同一の騎士による戦いを眺めて渡は不思議そうに呟いた。

 

 対象となる魔法少女が鏡の使い魔によって型をとられることで、魔法少女のミラーズは作成される。だが音子は鎧袖一触で使い魔を蹴散らし続け、覆いかぶさるどころか接触すら許してはいない。恐らくは倒された使い魔から戦闘情報を蒐集して即席で仕上げた、と言ったところだろうか。それにしてはかなりの再現率を誇っているなと、渡は一人感心する。

 

 同一の拳法がぶつかり合う。質実剛健を実直に貫く音子の拳法は、まさに人体の合理を極めたもの。偽物が本物の正拳突きを捌き、獣が襲い掛かる様に拳を繰り出す。それを本物は半身になって躱し、流れるような後ろ蹴りを二回。腕で防がれるが、三度目に振り上げた足で大きく踏み込み、衝撃で偽物の体勢を崩す。たたらを踏んだ偽物が苦しまぎれに拳を放つが、

 

 

「甘い」

 

 

 カウンターの鉄拳がコピーの顔面を捉え、粉々に粉砕する。

 いくら表面上のステータスを模倣したところで、それらを支える心が不足するコピーに本物が後れを取ることなどあり得ない。その上、性格すらも反転するミラーズの偽物であれば音子の技量を半分も発揮できていないと言えるだろう。

 紺染音子は砕け散った残骸に目もくれることなく、次々とコピーを粉砕していく。

 

 

「ま。彼女は心配するだけ無駄だな。――で、こっちはこっちでいるわけか」

「……0110110101011」

 

 

 渡は音子から視線を外し、少女たちに紛れた異物を見る。

 黒い髪を後ろ手にまとめた男性の姿は、統一性のない魔法少女のコピーの中においてもなお異色を放っている。

 

 

「よもや私のコピーも作るとはな、節操なしにもほどがあるだろう」

「……011011」

 

 

 言葉にならないノイズを口から発しながら、渡のコピーは侵入者に対応するために魔術を行使しようとする。

 彼の大火力魔術が自分たちに振るわれる。その考えに至ったやちよ達は一斉に防御姿勢を取るが、渡は何のアクションも取らず、ただ一言。

 

 

「無理だよ、君には」

「0101、010……ッ、010100!!!!!!」

 

 

 その言葉を証明するように、魔力を練り上げた途端全身にひびが入るコピー。

 渡のコピーは何の魔術も行使することなく、その場で塵に還った。

 

 

「私の中身を模倣しようなどとは無謀も極まったな。いくら魔女の使い魔とは言え、私の魔術を扱うための情報を取り込めば内側から破綻して崩壊するに決まっているだろう」

 

 

 確かに琴織渡の扱う魔術属性は魔女の穢れと近似ではあるが、実際にはより根源的なものを指している。

 正しい情報から変質、汚染して伝播する悪性情報は社会の(サガ)であり業。原始の呪い。人類そのものが蓄積した穢れと言える。たかだか姿を模倣するための使い魔程度では、その情報量の重さに器が耐えきれずにパンクする。

 己の姿を取ったものへの残骸を一瞥してから、腕を一振り。六つの火球が大爆発を起こし、密集した使い魔をばらばらに吹き飛ばす。

 

 

「はてさて、こちらも残り少ないか。そろそろ着いてくれないかね?」

 

 

 もうかれこれ50層は下っており、渡はジェムの残数を気にし始める。自分の身体があまり魔力を生成できない以上、外付けリソースが尽きれば一気にじり貧になる。

 

 音子がやちよのコピーを叩き潰して、塞いでいた扉を蹴破る。

 その先に広がるのはひと際広い空間。中央に鎮座するのは巨大な姿見。そこに映っているのは音子たちの姿だけでない。人の顔を模して金属の蔓で形成されたような異形。ただそこにいるだけだというのに、発せられる穢れが無視できない存在感を放っている。

 

 間違いない。これが鏡の魔女。

 この果て無しのミラーズを作り上げた主にして、瀬奈みことの成れの果てだ。

 

 

「ようやく、お出ましだな」

「ええ。とっとと片付けるわよ」 

「待て、誰かいます」

 

 

 一気呵成に突撃しようとする一行を音子が制止する。

 巨大な鏡と魔女の姿に気を取られて気が付かなかったが、その根元に誰かが立っている。

 銀髪。均整の取れた若干の童顔。燕尾服の衣装に身を包んだその姿は。

 

 

「……私ね」

「ええ、そうよ。愚かなわたし(あなた)。身勝手な裏切り者」

 

 

 みたまのコピーは口を開く。その瞳は濁り切っており、この世界すべてに対する嫌悪と憎しみの感情が眼差しから伝わって来る。

 

 

「裏切り者?」

「ええ。それがぴったりの言葉でしょう? 身勝手にこの世界を呪って今度はわたしを生み出しておきながら、世界を滅ぼしそうになるからって殺しに来た。これを裏切り者と言わなくてなんというのかしら」

 

 

 その言葉は、鏡の魔女がみたまの願いの影響を受けたことの証明。

 己のオリジナルへその罪科を突きつけ、コピーは追い打ちをかける。

 

 

「情に絆されて憎しみを捨てて、それで何が変わるっていうの? 私を落とそうとした子も、罪を被せた連中も、慰めの言葉もなく罵倒してきたあいつらも。彼らが私にしてきたことを反省することなくのうのうと生きたままの神浜を許していいの? 願いから目を背けて、それで救われた気になったつもりかしら?」

「救われるなんて思ってないし、彼女たちを許す気もないわ。……でも、それで関係ない人たちまで呪うのは間違っている。だからこそ、すべてを呑み込もうとするあなたを倒しに来たのよ」

「呆れ果てるわね。本当にこの街を呪ったことを申し訳なく思っているなら、潔く首を括ってわたしたちの中に還ればいいのに、それすらもできないなんて。結局は自分の立場がなくなることが怖いだけの臆病な偽善者ね」

「逃げるつもりなんてないわ。ただ、私は抗うって決めただけ。――希望を嗤い、絶望を踏破する。ただ、それだけの話よ」

 

 

 文字通り鏡写しである自分に対して、みたまはきっぱりと拒絶の意を示す。

 あの裏切りを許すつもりはない。受けた仕打ちへの憎しみも消えてなどいない。

 その上で、この願いは間違っているのだと決別する。

 そうすることが、この神浜に根付く呪いを祓う一歩になると信じて。

 

 その決意に対して、コピーのみたまは「論外」と吐き捨てる。

 

 

「希望はいずれ絶望に変わる。どんなに抗ったところで、最後に待ち受けるのは絶望なのよ。だからわたしは生まれたのよ。そのようになれと望まれて、そうならなければと呪われて……嗚呼、嗚呼!! そうだ! お前たちがそうだと決めつけたくせに、我らの存在を拒むことなど、断じて許すものか!!!

 

 

 彼女の口から、みたまのものではない声が響き渡る。

 その声に呼応するように、足元から黒い呪いが吹き出した。

 

 

「なんだ、これは……!?」

「おそらくだが、鏡の魔女の意志だな。八雲嬢の人格を借りてこちらに対話を仕掛けてきているのだろう」

「魔女の意志だと、いや待て、それでは……」

 

 

 瀬奈みことの人格は既に葬られている。

 であれば、今の鏡の魔女は生存本能に従って動くだけで、ここまではっきりとした意志を示すことなどあり得ない筈。

 

 

「その通りだ。ゆえに奴の正体は鏡の魔女そのものとも言い難い。――アレはこの土地そのものに染み付いた怨念だ。これまでの歴史で、東西の分裂によって非業の死を遂げた者たちの恨みつらみ……それが鏡の魔女に集積され、空っぽの器を動かす人格として機能したといったところか」

「神浜の土地、そのものに宿った怨念だと!?」

許せるものか。許してなるものか。愚かな西も、卑しき東も。皆、皆死に絶えよ。和解など認めない。謝罪など必要ない。永劫の呪いを、永遠の断絶を! 我らの存在を忘れて手を取り合うぐらいなら、滅びを齎してくれる!! ただただ屍を晒し続けよ、神浜アアアアアァァァァァァ!!!

 

 

 どろり、とみたまのコピーが輪郭を失い、ゼリーのように溶ける。

 ソレはぐるぐると渦巻き、周囲の穢れを巻き込みながら収束する。

 

 そして再び固まった形を得た時、そこに立っていたのは()()()()()()()

 

 あらゆる魔法少女の衣装を混ぜこぜにしたような服装。携える武器は何の変哲もない刀。肩口で切り揃えられた髪。のっぺりとして特徴のないその顔は、果たして誰のものか。

 空間を歪ませるほどに強い穢れを発するそのヒトガタは、音子たちに切っ先を突き付ける。

 

 

死ね、死ね、死ね。希望も救いも我らには不要。たかだか願いを捧げた程度で奇跡などと思い上がった小娘どもよ。まずは貴様らの骸で詫びるがいい!!

「なんて圧力……!」

「なるほど。すべてのコピーに割り振られているリソースを一人に集めたか。反射光を一点に集約して、現実に孔を穿つ熱量を持つ呪いを生み出す……確かに真理の一片へと手を掛けるか」

 

 

 渡の言葉に音子が瞠目する。

 

 

「『真理』……! すなわちこれは……」

「然り。上級魔女に匹敵する怪物だろうな」

 

 

 鏡の魔女も唸りを上げる。

 パリパリと鏡がひび割れて、そこから銃を携えた使い魔が整列する。

 さながら戦争の将軍と兵士のような並びで、鏡の眷属は現代の英雄達と相対する。

 

 

 決して知られざる決戦が、ここに幕を開けた。




○紺染音子
 水属性。
 ディフェンスがカチカチなので突破できないし、パッシブで防御力が攻撃力に加算されているので反撃で死ぬ。

○琴織渡
 バグ塗れなのでコピーできません。
 ユニット化したら星属性。火と水と木に不利、光と闇に有利。ヴァリアブル対象外。

○八雲みたま
 瀬奈みことが倒されたので自分の願いを乗り越えようとする者たちの存在を信じるようになった。
 あと度々大人組二人がちょいちょいメンタルケアしてる。神父とは水名時代によく相談する仲だった。

○ミラーズコピー
 一部開始前なのでまだ精度が粗い。
 ちゃんと全部コピーできてたら音子さんでもてこずっていた。

○鏡の魔女
 人格いなくなったので怨霊インストール。
 不足した憎悪を神浜の怨恨で象ったため、魔法少女によって損害を受けた者たちも混ざっている。
 象徴の魔女とは異なる神浜の負の化身。

○『無貌の少女』
 鏡像を束ねた結果、誰でもなくなった使い魔。
 基礎個体として水名露と八雲みたまがあるが、それはそれ。
 ■■■■が存在する世界線でのみ成立する特殊個体。現実に穿たれた黒点。真理に至り得る逸材。
 原作時空にでも解き放とうものなら大惨事確定のやつ。


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第三十八話 太陽黒点

 開戦の号砲は、使い魔による一斉射撃だった。

 

 即座に音子が守護障壁を展開。屹立した十字架によるバリケードが銃弾を防ぐ。

 そこに高く跳躍して飛び越えてきた無貌の少女が音子目掛けて刀を振り下ろす。

 

 だがその隙を補えないほど、神浜の魔法少女たちも未熟ではない。上空からの攻撃を警戒していたやちよが槍で迎撃する。呪いの込められた一太刀。その予想外の威力にやちよは眉を顰める。

 

 

「ぐっ、重い……」

魔法……少女ォ!!

 

 

 

 押し合いの末、後ろに大きく弾き飛ばされるやちよ。

 苦い表情のやちよとは対照的に、鏡像はその無個性な顔に殺意の凶相を浮かべる。その手ごたえに口角が裂けるような三日月を形成し、怨嗟の咆哮と共に刀を振り回した。

 

 

■■■■■■■■!!!!

 

 

 感情に任せた、技量もへったくれもない斬撃。だがその威力は桁違い。一つ振るうたびに風が唸り、床や壁が真っ二つに割れる。

 

 

「なんて馬鹿げた威力だ……!」

「この肌を蝕むような痛み、さては呪いか」

 

 

 猛攻の余波は凄まじく、回避に専念してなおやちよたちの肌を傷つける。加えて回復を阻害する効果もあるのか、本来なら魔力を通せばすぐに消えるような傷が治癒が中々治らない。

 無傷であるのは音子、渡、みたまの三人。渡は魔力を遮断する特性のコートに強化をかけ、咄嗟に身を翻すことでなんとか難をしのいでいたが、音子とみたまについては事情が異なる。

 

 

「確かに、そのようですね」

 

 

 音子は深く呼吸を行うことで体内に魔力を巡らせ、呪いを強引に押し流す。一方で、どうやらみたまの呪いに近い性質の魔力には回復阻害は適用されないらしく、二の腕についた傷も魔力で癒えた。

 

 この時点で、この無貌を相手する者は自ずと定められる。

 

 音子の白兵能力で攻撃をしのぎ、みたまによる魔力浸透でコアを破壊する。その間、やちよ達は邪魔が入らないように鏡の魔女を相手取る。

 念話で素早く作戦共有を行った彼女たちは、一斉に駆けだした。

 

 

「はあっ!」

ぬうっ!

 

 

 鋼鉄に覆われた拳が刀と衝突する。魔女の腕すらへし折る一撃を、しかしこの怨霊は真っ向から受け止める。

 だが音子は怯まず、絶え間ない拳打の嵐を放つ。ボクシングのような連打が蹴りも交えて無貌に斬撃を放つ暇を与えない。先の乱れ斬りを許せば、鏡の魔女を引き受けているやちよ達が横合いから襲われる形となり戦線が一気に崩壊する。ゆえにこの顔の無い少女相手に反撃の隙も与える気はなく、一方的に押し切って勝つつもりだ。

 

 だが、

 

 

効かん、なァ!

 

 

 打つ。蹴る。打つ。蹴る。払う。打つ。払う。防ぐ。

 音子の攻める拳に防御が混ざった。埒のあかない打撃の連続に業を煮やした怨霊が攻め方を変えたのだ。

 すなわち多少の被弾を是とした斬り込み。全身が魔力で作られ、中身に怨念を詰め込んだこの少女には人間の急所など存在しない。破損した箇所から溢れ出る穢れが即座に傷を埋め尽くす。拳によってひび割れた顔面から黒い穢れを漏らしながら怨霊は笑う。

 

 

その程度、所詮その程度だ。お前たちの希望など、我らが受けた辛酸苦渋の無念に比べればなんと弱々しきことよ!

 

 

 斬撃がついに防御をこじ開ける。無貌はその隙を見逃さずに、魔力の嵐を伴った斬撃を放つ。

 

 

 ガギギギギギギギィン!!!

 

 

 硬質なものが何度も削る様に衝突する音が鳴り響く。音子は右手の甲を外側に向け、そこに刻まれた十字刻印から小さな十字壁を次々と発生させてこの斬撃を防いでいた。しかし体のあちこちに細かい裂傷が刻まれる。音子は苦々しく歯を食いしばって耐える。

 

 

飽きぬ足りぬ収まらぬ! この程度で我らの尊厳を踏みにじってきたなどとは、なんとも屈辱でままならぬわ!

 

 

 斬撃が止んだ瞬間、音子は引いていた左の拳を解き放ち、同時に生成した障壁を撃ち出した。

 

 

がっ……!? おのれぇ!!

 

 

 吹き飛ばされる無貌。音子は距離を詰めて、拳を振りぬくと同時に障壁を放つが、流石に二度目は弾かれて右の地面に突き立った。そのまま反撃で斬りかかる無貌だが、音子は地面からせり出させた障壁と、振り下ろす拳に沿わせた障壁で刀を挟み込んだ。

 

 

何だと!?

 

 

 キィィン!と甲高い音を立て、刀は真ん中からへし折れる。物理的に産み出されたものではないとはいえ、その構造は刀のそれ。強度がいかほどのものであろうとも、世界屈指の錬金術師が編み出した至高の守護障壁に「硬化」の魔法を掛けた音子の聖十字はその上を行く。

 

 狼狽の隙を見逃さず、音子は渾身の回し蹴りを繰り出した。

 横に転がる無貌。さらに追撃をかけるために、地を蹴る音子。

 

 

■■■■■■■■!!!!

「――ッ!!」

 

 

 咆哮と共に怨霊が腕を振るう。莫大な呪いが収束し、巨大な獣の爪を形成する。拳と爪が真っ向からぶつかり、音子の身体が真後ろへと弾き飛ばされた。

 轟音。鏡の破片を交えた塵が舞い上がり、音子の姿が見えなくなる。

 

 

■■■■……

 

 

 穢れた息が吐き出される。獣の如き姿となった無貌は音子に跳びかかろうとして、自分の身体に絡みつこうとする糸を払いのけた。その意図の手繰り主であるみたまは残念がる様子もなく無貌を見る。

 

 

「……よく気づいたわね」

お前の動きは常に感じているぞ契約者よ。この者の陰に隠れて、鏡像を砕いた一撃を我らに通すのが目的だったのだろう?

 

 

 瞳がぎろり、とみたまを見返す。

 魔女とは異なる威圧が降りかかる。『怒り』と『憎悪』を孕んだ呪いの視線が眼を通して心臓を射貫く。

 みたまは僅かな怖気を虚勢で隠し、この鬼と向かい合った。

 

 

「あなた達と契約した覚えはないのだけど?」

何ヲ言う。お前は滅びを願い、その願いによって我らはカタチを得た。互いに受け渡したものがある以上、ソレは契約だ。我らの器ヲ用意した者ヨ、お前の望んだ滅びヲ神浜に齎スまで、我らは決して止まらない。思い上がった西の豪族どもに、我が物顔で居座る東の賊どもにこの胸を焼き焦がす熱をぶつけてくれる

「……本当、嫌になるわ。あなた達を見ていると、まるであいつらを思い出しちゃう。身勝手な恨みで人を傷つけようとする。この街の縮図そのものね」

そうとも、我々はお前たちの罪を写した鏡、これまでに行ってきた所業を滅びとして返す者だ。傲岸な天之継に失墜を! 愚鈍な時女に絶望を! 無慈悲な御晒樹堂に報復を!! そして何も知らず安寧を貪る者たちすべてに我らの無念を思い知らせてやる!! ソレこそが我らノ……貴様が為すべき責任だ。その義務を果たさぬと言うのナラ、諸共に食ロウテクレル!!!

 

 

 絶叫と共に吹き荒れる呪いが傷を塞ぎ、肉を盛り上げ、その体を一回り大きくする。

 般若の如き形相、頭に頂く角はまさに鬼。

 誰も知らぬことではあるが、その姿はかつて水名の城に巣食いし魔女を封じ、最後には裏切りに果てた八百鬼(やおに)の魔人に酷似していた。

 

 

「あら怖い。そんなに脅かされちゃあ、調整屋さんびっくりしてあなたを縛っちゃうわぁ」

 

 

 みたまの指先がスナップする。

 それと同時にピン、と何かが引っ張られる。

 

 

 ――虚弦空絲(ジグ・ザグ)

 

 

これは……!?

「最初からずぅーっと張り巡らせていたわよ? あなたが気づいたのは小指(こっち)の糸だけよ」

 

 

 右手をキュッと返せば、それぞれの指先から伸びる四本の糸が音子が生み出した障壁を中継地点として無貌を縛る。四肢を別々の方向に引っ張られ、身動きの取れなくなった無貌の鬼にみたまは容赦なく魔力を流し込んだ。

 

 

「さようなら」

 

 

 ――施術・自壊執刀

 

 

 ミラーズで生まれたコピーである以上、その核となるものは変わらない。魔力を浸透させ、核を破壊する。そうすれば形を保つことはできずに消滅する。

 

 ……通常のコピーであれば、そうなのだろう。

 

 

――笑止

「……っ!?」

 

 

 浸透する魔力を、肉体に渦巻く呪いが押し流す。そうして強度を失ったエーテルワイヤーを引きちぎって、デッドコピーは拘束を逃れた。

 

 

我らをお前たちが相手取る慣れの果てどもと一緒にするな。所詮あの魔女も我らの器にすぎん。未練がましく縋りついていた小娘の残滓など、我らが恨みを濁らせるだけであったわ

 

 

 これはもはや魔女の使い魔などではない。

 その器を借りてこの世界に現れ出でた悪霊であり、希望を願った者たちへの報復機構。

 この悪霊が魔法少女に対する応報の形である以上、ソレは既存の方法では決定打足りえない。

 

 

それにもとよりこの身は貴様の願いで生まれたもの。己が衝動のうちより湧き出た願いを否定することなど、不可能と知れ

「ええ、そうね。私の力じゃ、あなたは倒せない」

 

 

 だが。忘れるなかれ魑魅魍魎よ。

 この世界にある奇跡の形は一つに非ず。

 人がヒトのままに願い、成し得た奇跡もここにある。

 

 

 

「でも――この人ならどうかしら?」

……身体、が!? 貴様、何をし――

 

 

 

 無貌はそこで、周囲の異変に気が付いた。

 四方に突き立つ十字架。淡く光を放つそれらの交点の真ん中に自分がいる。

 これまでの行動すべてが布石だった。障壁を生み出しそれを弾かれたことも。敢えて衝撃に身を任せて吹き飛ばされたことも。みたまの拘束によって注意を彼女に注がせることも。すべてがこの怨霊を浄化する祭壇を整えるための下準備を兼ねていたのだ。

 四つの十字架が強く輝き、怨霊に重圧をかける。

 目の前の十字架の上に、彼女は立っていた。

 

 

「祈りなさい。名もなき亡霊たちよ。これより、あなた達の業を洗います」

 

 

 コートを翻し、砲弾もかくやの速度で聖堂騎士が突き進む。

 

 

「"主の御言葉に命あり。力あり。その鋭さは両刃の剣に勝り、精神と霊魂を分け、関節と骨髄を割ち、汝らの心は情念と志に分かたれん"」

 

 

 無防備な後頭部を掴み、顔面を地面へと叩きつける。

 大地がひび割れ、無貌の少女は声にならぬ苦悶を漏らす。

 

 

「"この世にあるもの、主の前にはあらゆる虚飾は意味を為さず、すべてのものはその姿を晒す。"」

 

 

 四方に張られた十字架による結界が亡霊を蝕む。

 音子の守護聖壁はそれそのものが十字架としての役目を持徒と同時に、囲んだ範囲を聖域として外界から隔離する役目を持つ。鋼の信仰と卓越した能力を併せ持つ音子であれば、中級魔女を完全に束縛し上級魔女であっても重圧を与える。それはこの無貌の怨念も例外ではなく、この悪霊は最早身動きが不可能であった。

 

 

「"弁明せよ、告解せよ、懺悔せよ。"」

■■■■■■■■!!

 

 

 背中に拳を叩きつける。

 岩を砕くほどの威力が怨霊の全身に走る。その手甲に刻印された十字が怨霊の身体に聖句とともに洗礼を刻み付ける。内側から爆ぜ飛ぶような衝撃と激痛。芯となる呪いが分割され、浄化されていく。

 容赦も情けも必要ない。慈悲は主によって与えられるもの。ならばこそ、この騎士は無慈悲なほどに彼らを主の御前へと送り出す。

 

 

「"我らの前には主の御子あり。彼の者は罪を犯さず、試練を越え、我らの弱さに寄り添うもの也。我らは救いを求め、恵みの御座を目指すもの也。"」

何故だ、何故だ、何故だ……! お前たちはそこまでして我らを拒んだ。我らを踏みつけにする必要はあったのか!? 隣人に伸ばした手で、何故我らを追いやったのだ!?

「"――主よ、この魂を憐れみ給え(Κύριε ἐλέησον)"」

 

 

 聖典執行。

 それは魔法を上回るとされる世界でも稀有な魔術であり、最も普遍ともされる魔術。

 信仰という不特定多数の希望を束ね、認識として世界に敷かれた固定概念(システム)。ソラよりもたらされた希望と絶望の相転移の魔法ではなく、純然たる人の祈りによって編まれた概念基盤による対霊魔術。呪いを祓い、穢れを清め、現世に迷う魂を無に還す主の奇蹟。

 

 大いなる慈悲がこの神浜という土地に蓄積された怨霊を昇華していく。

 

 

あア亜嗚呼唖あああああ、ア、ぁぁ…………」

 

 

 顔のない少女は悶え、喘いで、この浄化の光から逃れようともがく。

 そして、その視界にみたまを収めると、縋るように薄れていく手を伸ばした。

 

 

――縋れ。求めろ。生きたい。恨め。責任をとれ。消えたくない。忘れるな。たすけて。

 

 

 漠然と蓄積するだけだった怨霊に指向性を与えて呼び起こしたみたまは、いわば要石のようなもの。土地に恨みを持つ彼女がこの手を取れば、自分たちはその中で生き続けられる。そうすれば、いずれ時を経て自分たちは顕れる。この神浜に滅びを齎すことができる。だから、だから、どうか――!

 

 

「ごめんなさい。私の罪は、私だけのものだから」

「――――」

 

 

 

 その拒絶は、福音か、宣告か。

 怨霊は落胆と安堵の表情を浮かべて、跡形もなく消え去った。

 

 

 

「――執行完了」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、やちよ達の方も激戦を繰り広げていた。

 

 戦況は膠着状態。

 銃弾を掻い潜って武器を振るえば、切り絵のような姿をした使い魔が十は消えた。そして鏡の中から新しい兵隊が十体湧き出る。さっきからずっとこの繰り返しだ。

 鏡の魔女本体は鏡の中に閉じこもって安全を確保しており、こちらの隙を見ては時折四つの腕で攻撃を加えてくる。この時は魔法少女たちの攻撃も通用するチャンスでもあるのだが、銃弾の嵐を躱しながらの攻撃では中々有効打とはなりにくい。

 

 

「――埒が明かんな」

 

 

 鞭を振るって三十体目の使い魔を葬った十七夜が悪態をつく。

 使い魔の群れを捌きながら魔女を倒す――いつもと同じ事だと言えばそうなのだが、こうも魔女に有効打を与えられない戦闘というのもそうそうない。グリーフシードは余裕をもって用意しているが、このままではいずれジリ貧になるだろう。

 

 

「君たち、ちょっと提案があるのだが」

「何かしら?」

 

 

 渡の言葉に全員が耳を傾ける。

 

 

「なに、単純な作戦だ。このまま戦闘をズルズル長引かせる必要もない。私が魔女を鏡から引きずり出すから、君たちは最大火力をぶち込んでくれ」

「分かったわ」

「できるのか?」

「ちょっと頑張るさ」

 

 

 そういって手に持ったジェムを砕き、瞬間的に魔力を確保した渡は腕を振るった。

 

 

悪意の渦よ!(Cancer Storm)

 

 

 黒い魔力が渦巻き、使い魔を巻き込みながら鏡を砕く。

 破壊された鏡から出てくる魔女へやちよ達が一斉に各々の必殺技を繰り出す。

 

 

 ――アブソリュート・レイン

 ――ミリアドゥ・メーゼ

 ――炎扇斬舞

 ――エッジオブユニヴァース

 

 

 槍の雨。チャクラムの嵐。炎の波。巨大な刃による一撃。

 降り注ぐ攻撃の数々が、鏡の魔女の身体に傷を与えていく。

 

 抵抗として魔女は鏡の破片を放つ。肉体だけではなく、精神を削る刃がやちよ達に降り注ぐ。

 

 

「そうは、いかないです、よっ!」

「悪いが、眠ってもらうぞ」

 

 

 ――漆黒のアルカナ

 ――断罪の光芒

 

 

 吹き荒れる風が破片を明後日の方向に吹き飛ばし、何本もの白い光線が鏡の魔女を貫いていく。

 その巨体がバリバリとひび割れ、崩れていく。

 

 その様子を眺めながら、渡は後ろからガシャリガシャリと、甲冑の音が近づいてくるのを耳にした。

 

 

「ふむ、向こうも終わったか」

 

 

 もう片方の戦いも終わったことを察知し、渡はとどめの一撃を準備する。

 

 

「君がそうなった要因にはいくらか同情しなくもないが……まあ、私の人生には何の関わりもないことだ。つばめの障害となる可能性があるなら、容赦なく滅ぼすだけだ」

 

 

 真っすぐにそろえた指に銀色の液体が滴る。

 

 

「"水星。滑らかなるもの。ソラを切り裂く一条"」

 

 

 一歩踏み出し、その指先から速攻の一撃を繰り出そうとして、

 

 

 バリン、と踏み出した先の鏡が粉々に割れた。

 

 魔女が意図して仕掛けたものではない。先ほどの大技の余波で少しずつ耐久度が下がっていた鏡の一つが、成人男性の踏み込みに耐えきれずに壊れただけの事。

 それだけのことで、追い詰められた鏡の魔女が生存本能で放った攻撃を回避することができなくなる。

 

 

「あ」

 

 

 その長身が鏡の破片に貫かれて、硬直。続けざまに二つ、三つと突き刺さり、ぐしゃりと血が至る個所から噴き出した。

 

 

「琴織さん!」

「そんなっ……」

 

 

 彼は魔術師ではあるが、魔法少女ではない。急所を貫かれた状態で戦闘を続行することはできず、即座に傷を癒すこともできない。

 やちよたちがうろたえる中、音子はいち早く目の前の惨状に対応した。

 

 

「――総員、撤退! 保澄さん、すぐに全員をこの結界から外に出しなさい!!」

 

 

 その言葉に一同は一瞬理解が追い付かなかった。

 救助ではなく、撤退命令。

 それはつまり、彼を見捨てるということで――。

 

 

「いやその前に琴織さんを……!」

「そんなことをしている暇はない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()

 そんな状況の恐ろしさをこの中で唯一知る音子は、有無を言わさぬ圧力で叫んだ。

 

 

「――ク、クク」

 

 

 そしてその言葉に誰かが反応する前に、

 死体から、声が漏れた。

 

 

「嗚呼。見るも無慚なこの在り様。実に実に驚きだよ。まさかこの体が一度ならず二度目も破壊されかけるとはね」

 

 

 ピシリ、と迷宮を構成する鏡のいくつかに罅が入った。貫かれたはずの渡の身体はすでに血が止まっており、代わりに黒いナニカがだくだくと零れ出していた。

 

 

「これは、何が起こっている!?」

「渡さんの足元から影が広がって……!?」

「いや、あれは影じゃない。あれは()だ……」

 

 

 保澄雫は目を見張った。空間接続という魔法の使い手として、彼女はその本質に気が付いた。

 虚ろの孔。空間に穿たれた黒点。世界を反転させる虚数世界の洞。この世界のすべてを飲み込むような、底なしの奈落の入り口。あらゆる呪いが行き着く最終廃棄孔。

 それが彼の身体を起点として鏡の魔女を、結界ごと飲み込もうとしている……!

 

「正解だよ、保澄くん」

 

 

()()()()が雫を見据え、裂けるような笑みを浮かべて男は言った。

 

 

「私の魔術は星の光と虚空の影を操るものでね。特に影とは転じて人の悪性情報、負の要素が蓄積された混沌を意味する。私の身体は()()()()()()()()()()、必要以上に魔術を行使すれば琴織渡という肉体のほうが耐えきれずに壊れて中身が溢れてしまうんだ」

 

 

 こんな風にね、と言葉通りに琴織渡の身体から一斉に混沌が溢れだした。

 鏡が粉々に砕け散り、その穴へと吸い込まれていく。

 いや、一面鏡だからそう見えただけで、実際は空間そのものが罅割れていたのだろう。

 

 

「悪いがこれは今の私では制御が利かない。何、遠慮するな。私に一手与えた褒美だ。カースドホールと呼ばれた私の本質、存分にその身で知るといい」

 

 

 断末魔の叫びを響かせながら、鏡の魔女が崩れていく。

 

 

 崩壊は一瞬でやちよたちの下にも来た。

 混沌の闇に呑まれる一秒前に雫が出口を開き、音子が問答無用で全員を押し込んだ。

 最後に音子に引っ張られるようにして脱出した雫が目の当たりにしたものは、

 

 

ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハ!!

 

 

 狂笑に身を躍らせる魔人と、氾濫する暗黒に崩れ落ちていく鏡の欠片だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――と、そんな感じで鏡の魔女は父が解き放った混沌に呑まれて消滅したのでした、まる。

 

 

「って、何やらかしてるんですか」

「いやぁ面目ない。まさかまさか、この私が不覚を取るとはね」

「生きた心地がしなかったわね……」

 

 

 やちよさんも十七夜さんも憔悴しきった顔で同意を示す。

 

 ミラーズ消滅を確認後、こうして調整屋に集まっての反省会中なのであった。

 鶴乃さんと雫ちゃんはいない。具体的に言うと、瀬奈みことの事を語る必要があるため、魔女化について知っている面々だけということになる。

 

 

「というか、なんでこの人ひょっこり戻ってきてるんだよ」

「あれだけ受けた傷も嘘のように消えちゃってます」

「ん-……まあ、話すと少々長くなるから簡潔に言えば、私は致命傷を受けた場合にのみ急速にダメージを回復できるんだ。ただしその過程で普段は肉体で抑え込んでいる影が溢れて、周囲がしっちゃかめっちゃかになってしまうんだ」

 

 

 倒したと思ったら第二形態に移行してHP全快、おまけに無差別攻撃とかどんなクソゲーの魔王か邪神だっていう話だ。

 

 

「しかし、今回は予想外のものとも出くわしたな」

「まさか神浜に恨みを持つ怨霊がいたなんてな……」

「怨霊ね……そういうのはあまり知らないけど、なんだってあんなところで出てきたのかしらね」

「ん、アレのことか。言ってしまえば吹き溜まりだよ。積もり積もったその怨念、行き場を無くして溜まり続けたソレが、あの場所であの形をもって溢れだした。そんな感じのやつ」

「いや、何一つわからないけど?」

「そういうものがあるんだよ。無念を抱いて死んだ人間の想い、あるいは人々が忘れ去った歴史の陰に蠢いたもの。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界を動かしているものから生まれた廃棄物。それがあの怨霊の正体ってわけだ」

「魔法少女の願いから生まれた……?」

 

 

 人の営みにおいて発生する精神の淀み。

 忘却され、世界の裏側に積もり続ける廃棄物。

 情報の癌細胞――すなわち、悪性情報。

 

 人間の世界には時折、これが凝縮して世界に出現する。

 怨霊や悪魔などと呼ばれるそれが、今回は鏡の魔女のコピーを媒介として顕れたのだと父は言う。

 

 

「ああ。奴自身も言っていただろう。あれはお前たち魔法少女すらも憎んでいた。正確には、君たちが契約の際に願った『奇跡』をだな。誰かを押しのけて成りあがる類の願いなんてのは珍しくもない。命を対価としていようが、その願いにどれだけの正当性があろうが、そもそもの選択権すら持ち得ない大多数にとってみればそれまでの努力を一瞬で無に還されるだけの理不尽だからな」

「……っ、そう、よね……」

 

 

 やちよさんが苦々しい顔で肯定する。否定したくともしきれない、といった感じだ。他の人たちも少し考えるような顔をしているが、やちよさんには特に重たくのしかかっているらしい。

 

 

「何も君たちを責め立てているわけじゃない。これは単なる世界の仕組みで、魔法少女に限った話ではない。人間は誰しも他を蹴落とす競争本能を持っていて、それは人が成長するための動力源でもある。君たちが罪悪感を背負う道理はどこにもないし、背負ったところでどうしようもない。できることがあるとすれば、君たちが少しでも善い生き方を模索してあがくことぐらいだ。例えば、神浜の東西関係を改善しようとしてみるとかね」

「随分と軽々しく言ってくれるものだな」

「こればかりは部外者だからねえ。当事者である君たち自身の気の持ちようだとしか言えないのさ。でも、そうした少しの善意こそが世界を変えるのに何よりも大事なものだ。それは心に刻んでおくといい」

 

 

 そう。私も父さん、それに音子さんや神父も。

 神浜の外からやってきた私たちは、この街の事情に寄り添えない。

 昨年のように実力にものを言わせてどうこうできる話ならいいが、人間関係による軋轢、立場や身分の差、先祖代々の因縁などのこの街に根付く問題に対しては解決役となることができない。

 十七夜さんやみたまさんのように、問題の形を自分の身を以って知る人間でなければ、この街に見え隠れする闇を晴らすことはできない。私たちができることがあるとすれば、その問題に漬け込んで軋轢を深めようとする魔女を退治することぐらいだろう。

 

 

「……ああ。言われるまでもない」

「関係が改善して土地が健全になるなら、巡り巡って私の所にも仕事が舞い込んでくるだろうからね。土地開発となれば私の稼ぎどころだ」

「父さん?」

「おっほん。失敬した」

 

 

 本音が駄々洩れである。このダメ親父。

 

 

「――ま、解説はこの辺でいいだろう。だが問題は別にある」

「と言うと?」

「怨霊の呪いが真理の兆しを見せていたところだ。流石にあそこまでの個体が出てくるとは想像もしていなかったぞ」

「ええ。幸いにも()()()()だったのでどうにかできましたが、もうしばらく時間を置いてアレが真理を確実に成立させていた場合、苦戦は必至だったでしょう。このタイミングで討伐できたのは僥倖という他にありません」

 

 

 ――真理、か。

 その言葉を耳にするのも随分と久しぶりである。

 

 

「真理……先ほどから何度も聞いてはいるが、一体何なのだそれは? 魔女の力に関係していることだけは何となく分かるのだが」

「……ふむ、そうですね。私たち粛清機関が定める魔女の階級はその呪いの質と規模で計測しているのはご存じですね?」

「うん。上、中、下を三分割して1から9まであるんだったよね」

「では、この基準となる呪いとは一体何なのかという話になりますが、わかりますか?」

「さっきの言い方からすると……それが真理ってやつですか?」

「その通りです。魔法少女が魔女へ堕ちるときに抱いた『絶望』が呪いの礎だとするならば、その呪いに方向性を与えるのが『渇望』です。魔女はこれらの業を満たすために人間の血肉や絶望を貪り、呪いを成長させていき――やがて、その呪いは世界に孔を穿つ」

「孔……?」

「魔術用語における真理とは、世界の事象すべての意味を持ちます。アカシックレコード、とでもいえば皆さんにも伝わるでしょう。これになぞらえる形で、現実に侵食するようになった呪いを魔女の『真理』と呼びます。果てのない欲望によって積み上げられた業は、他の魔女のそれとは比較にならない。ゆえに我々は全く別の名で呼ぶのです」

 

 

 

「災厄に謳われる魔女たちが掲げし呪いの王冠」

 

 

「私たち人間の世界を塗りつぶす病巣の根、惑星の物理法則を書き換える特異点」

 

 

「――その名を渇望真理(かつぼうしんり)。またの名を、カルマデザイアという」

 

 

 

「カルマデザイア……」

「最も身近な例でいえば、かの十二魔女こそがこの渇望真理を有する存在です。私が交戦した蟹座の魔女が持っていた『空想外殻』という能力は、「自分の身体はあらゆる敵に破壊されない」というルールを世界に敷く渇望真理でした。彼女たちの能力は、部分的に世界を書き換えている」

「世界を書き換える、か。あの怨霊もその力があったということか」

「兆し、程度ですけどね。恐らくは魔法少女に対して有利となる力を持っていたでしょう。神浜という土地の歴史にもいくつか魔法少女がいたようですし、それらに恨みを持った何某かがあの怨霊の核になっていたのかもしれませんね」

「とはいえ、真理とは一介の魔女が至れる領域でもない。アレは呪いと言うものの到達点。絶望を律する理性が無ければ、魂のほうが先に呪いに押し潰れてしまう。土地に漂う雑霊程度が御しきれるものでもないのだけど、それができていた辺り、魔女の基になった瀬奈みことという少女のポテンシャルが高かったのだろうな」

 

 

 父は珈琲に砂糖とミルクを注ぎ、ぐるぐるとかき混ぜる。

 

 

「じゃあ仮に人格のほうが合流していたら……」

「間違いなくあの魔女は災厄級にまで登りつめていただろうな……しかし、惜しいものだな」

「惜しい? 瀬奈みことがですか」

「ああ。たった一人の絶望から生まれた存在が、世界を滅ぼしうる逸材だったのだ。もしも彼女がまっとうにその人生を歩んでいれば、それは転じて一つの救世主になったかもしれない。そう思うとだ、どうにもたかが不幸な一人の少女と軽んじることはできんのだ。……とはいえ、この世界は成り立ちからして色々と混ざり、ひとつのねじれとなっている。単一の要素を抜き取って語るのは無粋だな」

 

 

 そういって父はぐいっとカップを傾けた。

 語り口は若干傲慢だった。これは父の前世である白翼の始祖(アルバトロス)の側面が表に出た状態、いわゆる魔術師モードというやつだ。この時の父は私も音子さんもわからない何かを一人見通して、一人勝手に納得して訳知り顔で解説してくる。今も何を見透かしているのかはわからないけど、瀬奈みことの人生に何かしらの想いを馳せているというのは明白だった。

 

 

「いいんじゃないですか? そういうもしもを考えるぐらいは」

 

 

 魔法少女が魔女にならずに歩んだ未来、魔法少女にすらならなかった未来。そういったものへ思いを馳せるのは果たして不毛なのだろうか。魔法少女の素質は持って生まれた因果によって決まるというのなら、魔法少女はそもそも生まれた時からそうなる運命を抱えていたと言い換えられるのではないだろうか。

 

 ……だとしても、その『もしも』を夢想することは決して無駄ではないはずだ。

 もし運命が決まっていたとしても、『選べたはずだと』別の未来を想像することは、れっきとした希望なのだから。

 

 

「ああその通りだとも。そして既に終わったことでもある。

 

 

 ――さらばだ。災厄に至れたはずの少女よ。その魂に安らぎがあらんことを」

 

 

 父はその一言を手向けとして、それっきり鏡の魔女について語ることを止めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして反省会はお開きとなった。

 少女たちは解散し、調整屋に残ったのは八雲みたまと琴織渡の二人だけ。

 渡は今回用意した魔術道具の補填と片付けを。みたまは閉店準備のためだ。

 

 

「さて、お疲れ様と言っておこうか八雲嬢。今回の強行軍、非戦闘員である君には荷が重かっただろう」

 

 

 渡は改めてみたまに対して労いの言葉を口にする。

 それに対して彼女は一つ、疑問を口にした。

 

 

「ねえ、一ついいかしら」

「何だね?」

「どうして私をここまで手伝ってくれるのかしら? あなたが愛妻家なのは知ってるけど……私、あなたの奥さんとは似てないわよねぇ?」

 

 

 前々から疑問には思っていた。何故この男は自分に親身になってくれるのか。

 先に頼ったのは自分だが、それもビジネスとしての付き合いで、それ以上のものはないはず。だというのに、こうしてパトロンとして支援してくれているのは不思議で仕方がない。

 勿論最初は()()()()()()が目的なのかと妙な勘繰りも入れたが、そういう素振りを一切見せず、琴織つばめの記憶から読み解いた彼の人物像からもそういう人間でないことは分かっている。

 だからこそ、分からない。

 自分を支援したところで、彼には何の利益もないはずだ。娘に便宜を図ってもらうなどということもない以上、一体何が目的なのかさっぱり見当もつかなかった。

 

 

「勿論、君に彼女の面影を見たことはない。外見の趣味と中身の趣味なら、私は中身を優先したからね」

「あら。つまり見た目で贔屓したってこと?」

「一応それはなくもないが……それは私の目を惹いただけのきっかけだ」

「じゃあ、どうして?」

「居合わせた縁、というやつかな。最初君に会った時は驚いたよ。まさかここまでの業を背負った人間がいるとは、ってね」

 

 

 八雲みたまの背負った業。それが何かなど聞くまでもない。

 "神浜を滅ぼす存在になりたい"、確かに自分はそう願ったのだから。

 その願いによって滅びの原因となるものが神浜に集められている以上、それが彼の語る業というものなのだろう。

 

 

「一体どうしたらこんな業を背負うものやらと興味を抱いてから、私は君の事をどうにも放っておけなかったんだ。このまま行けばまあ間違いなくこの少女はその業に呑まれて良い結末を迎えない。別に私の人生には関係ないが、それはそれでどうにも忍びないと思ったら、不思議と君にあれこれ支援していたよ」

「そんな理由でここまで手厚くしてくれるなんて、お人よしねぇ」

「まさか、見ず知らずの他人にそこまで世話を焼くほどお人よしじゃないさ。けれど君は、まず最初に客として私を頼っただろう? ならばアフターサポートもしっかりするべきだからね。君はその齢では到底背負いきれないほどの大きな業を抱えている。私ではその根本的な助力はできないだろう。ならばせめて、その行く末が善きものとなるように導くのは先達の役目だと思っている」

 

 

「――要するに、ただの酔狂さ。私は君が自ら背負った呪いに打ち勝とうとする姿を応援しているのさ」

 

 

 打算でも同情でもなく、興味本位。この男は八雲みたまという人間の行く末を知りたい。ただそれだけの理由でほとんど無償の支援を行っている。

 その願いに責任を持とうとした親友(十七夜)でも、非力な自分におせっかいを発揮した少女(ももこ)とも違う。言ってしまえば道楽の類。憎しみに呑まれるよりもその呪いに抗い続ける姿が見たいという、決して良いとは言えない趣味。

 それでも、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

「なんというか、変わってるわねぇ」

「よく言われるよ」

 

 

 そうしてすべての後片づけを終えた彼らは、別々の帰路へとついた。




○【無貌の少女】
 通常攻撃に呪い付与効果。対魔法少女特攻ダメージ。
 数々の怨念が混ざっているが、その中でも特に強い憎悪を持っていたのはかつて水名城に巣食った象徴の魔女に致命傷を与え、封印の立役者となりつつも危険視されて暗殺されたある退魔一族の魔人である。

○琴織渡
 致命傷を負うと中の人が出てきてハチャメチャする。なんとも迷惑。
 自分の選んだ道で苦しんでも諦めず前に進める人間が好き。

○黄道十二魔女
 要するにワルプルギス並のやべー魔女。それが12体セットで括られている。 
 これまでに3体が討伐され、現在9体。
 全員クソギミック持ち、本体もクソ強とエンドコンテンツのレイドボス的な存在。
 要するに何体かは出るということである。

○渇望真理
 カルマデザイア。
 災厄級魔女が保有する超越能力。現実そのものを侵食するまで至った魔女の呪い。すんごい魔女結界。魔法少女が魔女になったとき、その理性と知性を失わなかった場合に獲得。あるいは上級魔女が莫大な呪いを蓄積したときに発生する。という設定。


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第三十九話 神浜よもやま話

人間関係の整理な話


【魔女を狩る者】

 

 

 夏目書房にて、本の立ち読みを行っていたある日。

 本屋の静寂さをぶち破る元気さで二つの声が響く。

 

 

「来たぞ、かこー!」

「遊ぼ―!!」

 

 

 その声に店頭へ顔を向ければ、少女たちと目が合った。

 

 この店の看板娘を呼んだ二人の友達。一人はご存じのあやめちゃん。そしてもう一人の金髪娘が深月(みつき)フェリシア。同じ13歳の魔法少女として、かこちゃんとは仲良くやっている。

 

 

「あ、ななかと一緒にいた奴! えーっと、名前は……」

「つばめだよ! よーっす、つばめ!」

「……どーも、あやめちゃん。フェリシアさんも」

 

 

 微妙にぎこちない挨拶を返す。あやめちゃんではなく、フェリシアに。

 

 深月フェリシアと私たち……というかななかちゃんのチームとは少々の因縁がある。

 当時の目的だった『飛蝗』の行方を捜索を開始して間もない頃、傭兵として売り込んでいた彼女を戦力として迎え入れようとした。そうして試用期間として共に魔女退治を行ったのだが、これがまあひどかった。

 魔女への殺意、並びに攻撃力は一級品だったのだが、それ以外がてんでダメ。まず周りを見ずに魔女に突っ込む。連携を呼びかけても無視するし、ならばと強引に補佐すれば罵声と共に巻き添え必至の攻撃が飛んでくる始末。というか魔女を自分の手で始末することに拘って私たちの手出しすら拒絶していた。

 そんな問題児(クソガキ)っぷりによって即時解雇となったわけなのだが、同い年ということやその猪突猛進さに思うところがあったのか、かこちゃんは彼女にしつこくも構い続けて今ではすっかり仲良しこよしである。

 なお、私を含めたその他チームメンバーとの仲はまちまち。あきらくんが屈託なく接しているぐらいで、ななかちゃんは顔を合わせるとフェリシアが噛みつくのでろくな会話にならない。意外なことに、美雨さんは同じ中央学園ということから多少は面倒を見ているらしい。

 肝心の私はと言うと見ての通り。仲が悪いわけではないが、良いわけでもない。こう、マジで接点がないので絡みようがないのである。

 

 まあ、彼女たちの目的は私ではない。

 とてとてと可愛い足音が響き、店の奥から緑髪の天使が顔を出した。

 

 

「あやめちゃん、フェリシアちゃん」

「よーっす!」

「今日は何して遊ぶか!」

 

 

 同じ年頃の少女が仲睦まじくある様子は微笑ましい。私は軽く手を振って邪魔にならないアピールをしてから引っ込もうとして……そんな三人に、後ろから近づいてくる人物に気が付いた。

 

 

「こんなところにいたのですか、フェリシア」

「げっ!」

 

 

 フェリシアの名前を呼んだその人物とは何を隠そう、我らが音子さんであった。

 音子さんはシスター服ではなくゆったりとしたラフな格好に身を包んでおり、珍しくも完全オフモードであった。音子さんの私服なんて数えるほどしか見ていないが、体のラインが出ない服を好んで着ているらしいことが分かっている。

 名前を呼ばれたフェリシアは血相を変えて振り向いた。

 

 

「今日は教会の掃除をすると言ったでしょう? さあ、帰りますよ」

「い、嫌だー!」

 

 

 フェリシアは脱兎の如く走り出そうとする。

 もちろん音子さんが反応できないわけがないので、あっさり捕まる。

 

 

「はい」

「ぎゃーっ、首根っこを掴まれた! もうだめだぁ……」

 

 

 口ではじたばたしつつも神妙になるフェリシア。猫かな?

 

 

「全く……しょうがない子ですね」

「あー、今は教会で面倒見ているんでしたっけ?」

 

 

 深月フェリシアは両親を魔女によって失っており、その復讐のために魔法少女になった。

 元凶の魔女を倒すために魔法少女の傭兵として神浜中を練り歩いているのだが、その報酬は一回につき千円。まったくもって相場に見合っていない安さだし、しかも両親がいないのだから生活費すらそれ頼りだというではないか。その不安定さは流石に心配していたのだが、いつの間にやら神父の手によって教会預かりの身となっていた。

 住所不定状態の魔法少女を放置しておくとロクなことがないので無理やりにでも監視下においておく、と神父は言っていたけれど、個人的にあれはただの建前だと思う。

 で、当然神浜に駐在中の音子さんも必然的にフェリシアと関わることになる。性別や年齢を考えれば、むしろ音子さんと接しているほうが自然というべきか。

 

 

「ええ、この子は度々逃げ出すのでこうして捕まえているのです」

「大変ですねぇ」

 

 

 私だったら彼女の面倒を見るなんて三日も持たない。

 

 

「そうでもありませんよ。おなかを空かせたらちゃんと帰ってきますし、似たような子なら以前にも面倒を見ていますので」

「そうなんですか?」

「義兄上の友人に娘がいたので……元気にしているといいのですが」

 

 

 フェリシアの頭をがしがしと撫でながら、音子さんは遠い目線で独りごちる。

 ……うーん、これは何かあったに違いない。下手に詮索して思い出したくない過去でも引っ張りだしたらよろしくない。ここはそっとしておこう。

 

 

「それに彼女は筋が良い。魔女への殺意、強さを求める意志。忍耐力や戦術については少々考える必要がありますが、それを差し引いても、私の教えを呑み込む速さは目を見張ります」

「まあ、音子さんの教え方は分かりやすいですからね」

 

 

 その分クソ厳しいわけですが。

 少年漫画でしか見たことがないようなゲキヤバ修行法に喜んでついていける人など、それこそ同類の戦闘民族に他ならない。つまり魔女を倒したくて仕方がないフェリシアは同類と言うわけだ。

 

 

「フェリシア、家の掃除サボったのか?」

「ダメだよフェリシアちゃん。お掃除サボるのは……」

「だってよぉ。あそこいつまでやっても終わらねえんだもん」

 

 

 重要文化財に指定されるほどの歴史がある水名教会は敷地も結構広い。あの広さを掃除ともなれば、日が暮れて骨が折れるだろう。

 

 

「ふむ……」

 

 

 音子さんはかこちゃん達のやり取りを見て、されるがままになっていたフェリシアから手を離した。

 

 

「ま、いいでしょう。ほっつき歩いているなら問答無用で連れ戻していましたが、友人と過ごすというのなら私も邪魔はしません」

「……へ?」

「遊んできてもいい、ということですよ」

 

 

 強引に連れ戻される、と思っていたのだろう。フェリシアは目をぱちくりとしてから。

 

 

「いいのか!?」

「ええ。ただし、門限はきちんと守ることです。さもなければこう(拳骨)、ですからね」

「……はい。ちゃんと帰ってきます」

 

 

 音子さんは拳を軽く振り降ろすような仕草を見せる。この世で最も恐ろしい脅迫行為を見せられたフェリシアは、この上なく素直に頷いてからかこちゃん達と遊びに出かけた。

 

 

「優しいですね。音子さん」

「今のあの子には厳しさよりも友人と過ごす時間が必要ですからね。どれだけ憎しみに駆られても、フェリシアは人のぬくもりに飢えています」

「正式に教会で雇ったりしないんですか?」

「本人が望んでいませんからね。はっきり言うのも何ですが、私や義兄の下はあまり居心地が良いとは思っていないようですしね」

「あらら」

 

 

 教会という静かさを強いられる環境。魔女狩りであることを意識させられる者たち。

 いくら魔女への憎しみに燃えているとはいえ、それは十三歳の少女が身を置くには酷なもの。

 

 魔法少女の結末は総じて決まっている。絶え間のない戦いで精神は磨り潰されていき、いつか戦死するかやがて魔女になるか。それとも悪行に手を染めて他の魔法少女や聖堂騎士に伐たれるか。いずれにしても、それは多感な時期の少女が背負っていいものじゃない。それが願いを叶えたことによる代償であったとしても、もう少し救いのある結末があるべきではないのか。

 

 

「粛清機関に加わる魔法少女には魔女への憎しみを持った子も多いですが、そういった子はむしろ長続きしないんです。そういう子は大抵どこかで燃え尽きる時が来て、それは致命的な場面であることも珍しくない。我々が歩むのは同胞の屍を越え、血の河を渡って魔女たちの喉元に食らいつく修羅の道であり、同じ魔法少女であろうと異端を屠る殺し屋としての生き方。そんな生き方はきっとあの子には耐えられない。何よりも――」

 

 

 続けようとして、音子さんはかぶりを振る。

 そこから先、何を言おうとしたのか。

 

 

「……いえ。これはあの子が直面する問題。私が考えるべきことではありませんね。けれど、あの生き方ではきっとその時が来た時に乗り越えられない。完全にこちら側に来てしまう前に、どうにかあの子が自分がいていいと思える場所と仲間を見つけられればいいのですが」

 

 

 すっかり小さくなった後ろ姿を見る表情には、鉄と呼ばれるにはあまりにも慈悲深い笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

【塁は友を呼ぶ】

 

 

「噛み、砕けェ!」

 

 

 骨喰の刃が魔女を脳天から真っ二つに裂く。

 主を失った結界は消失し、元の路地裏へと戻る。

 

 さて帰ろうかというその時、背後から声が聞こえた。

 

 

「ほう……まさかこの覇王たる僕が先を越されるとはね。その姿、まるで冥界を往く死神のようではないか」

「はい?」

「――えっ、あ、いや今の聞こえてっ!? ち、ちが、違うんです!」

 

 

 後ろを振り向けば、そこには慌てふためく様子の魔法少女が。

 長い乳白色の髪で隠れた左目。あちこちにベルトが巻かれた黒い衣装。とても短いボトムズと長スパッツの間に見えるふとももがキュートで、モロ見えのおへその側にある緑色のソウルジェムは猫ちゃん型。いいじゃないか。

 

 

「どうも。私は琴織つばめです」

「み……水樹、塁」

 

 

 オドオドした様子で名乗った子――塁ちゃんは視線を合わせづらそうに目を泳がせながら、ちらちらと私の武器に視線を向けている。

 ……ははーん。 

 

 

「おや。私の槍、骨喰(ほねばみ)が気になりますか?」

「――ッ、ほ、ほねばみ!? それ、そんな名前して……っ!!」

 

 

 これ見よがしに前に出してみせると、塁ちゃんは興味深そうに視線を注いできた。

 

 

「フフ、それじゃあこういうのは、好きですかな?」

「!? 変形した……!!」

 

 

 骨喰を振り、直槍から十字槍に変形させると、塁ちゃんはさらに目を輝かせた。

 やったぜ。ようやく趣味のわかってくれる人と出会えたことでテンションが天井知らずに上がっていく。

 

 

「これだけじゃないんですよ?」

「っ鎌!? それはもしや、かつて異界大戦で覇王と争い、そして正義に目覚めて肩を並べた死神の……あ」

「……ふむ」

 

 

 間違いない。彼女は中二病だ。それも筋金入りの。

 

 何か異世界の覇王がどうたら言っていたけど、幽界眼に映る魂の形は純粋な人間だ。私の父みたいに変なのが混ざっていたりすることはないので、要は気合の入ったロールプレイなのだろう。そして独り言が勝手に漏れるタイプで人に聞かれてたって分かると途端に恥ずかしくなるわけだ。なるほど大体理解した。

 

 

 互いの視線が交差する。ひと時も視線を逸らさずに睨みあい、張り詰める空気。

 緊張に満ちた雰囲気で、私は勇気を出してその一言を口にした。

 

 

「パイルバンカー」

「……っ! ガリアンソード」

 

 

 なるほど。君はそっちが好きか。私も同感だ。ロマンがある。

 

 

「天光満ちるところに我はあり」

「……黄泉の門開くところに汝あり」

 

 

 詠めば速攻で下の句が返って来る。

 私は怯まず次の言葉を繰り出す。

 

 

「虹蜺魔剣」

「アルカンシェル」

 

「エターナルフォースブリザード」

「相手は死ぬ」

 

「インド人を右に」

「確かみてみろ」

 

「ぬるぽ」

「ガッ」

 

「龍が巻かれた剣のキーホルダーは?」

「……持ってる」

 

「裁縫セットも?」

「ドラゴン!」

 

 

 なお私は普通にかわいいやつを選んだ。

 

 

「ふっ」

「――クク」

 

 

 思わずにやりと笑みがこぼれる

 向こうも同じように右目を覆って軽く口角を釣り上げる。

 

 

 お互いの手を上下に叩き合い、腕を互いに交わしてから、拳を組みあう。そして最後に前腕を突き合わせて互いの意志を通じ合わせる。

 ピシガシグッグ。とでも擬音が付きそうな厚く複雑な握手を交わし合った私たちは、最早魂で語り合う同胞であった。

 

 

まさか現世にて(こんなにも気が合う)我が同胞と巡り合うとは(人とリアルで会えるなんて)運命とは数奇なものよ(思ってもみなかったよ)

「同感です」

 

 

 屈託なくオタ会話が通じる友人なんて部活にも魔法少女にもいないからね。全然通じないなんてことはないけど、ほら私みたいにどっぷりネットの海に沈んだ子はそうそういないわけだ。かこちゃんだって割とスタンダードな文学が好みだし……そろそろこっちに沈んでくると思うけど。

 

 

「改めて自己紹介を。僕の名前は水樹塁。またの名をフォートレス・ザ・ウィザード。深淵の多次元世界より舞い降りし混沌の覇王の生まれ変わりとして、この世界に蔓延る地獄の使者たちと戦っている」

 

 

 魔法使いの塁(fortress the wizard)ってことね。ほぼ直訳じゃないか。

 しかし、ここまでスラスラと名乗り上げるとは。いつぞやに出会った私のコピーなんぞよりもよっぽど堂に入っている。

 

 

「なるほど。そういう設定ですか」

「そうだけど、設定って言わないでぇ……」

「まあまあ。別にいいと思いますよ」

「生暖かい視線が突き刺さる……」

 

 

 というか傍から見れば私もどっこいどっこいだろうし。命を張っているんだ、理想の自分を演じて暴れるぐらい許される。

 

 

「もしかしなくても頭の中でお気に入りの曲で自作のOPとかずっと流してます?」

「どうしてわかったの……?」

「同じ業を背負った者同士、だからですかね」

「つばめさんも中二病を……?」

「そこはノーコメントで」

 

 

 魔法少女として戦っている時の決め台詞とか自然と出てくるけど、それは中二病ではないと言い張りたい。そんな人前でわざわざ邪気眼な振る舞いなんてしていないって。制服の袖にこっそりペンとか仕込んでみたりできないかなって試してみたりするのは皆やるだろうし、普通普通。

 

 そんなわけですっかり意を許した私は、気が付けば塁ちゃんの相談を親身になって聞いていた。

 

 

「……私、いつもこんな妄想ばかりしてて、魔法少女になってからはその妄想が少しでも現実になったのが嬉しくて、魔女退治の時とかさっきみたいな喋り方できるのが楽しくて……」

「わかるわかる。想像の通りに力を振るえるの楽しいですもんね」

「でもね。学校にいる時とかもそんな妄想ばかりしてしまうんだ……もうこっちの「僕」のほうがすっかり素の自分みたいになってて……だから、意識して人とあまり会話しないようにしてるんだ。中二病な喋り方が人前で出たら、馬鹿にされるに決まってる」

「それはとても偉い」 

 

 

 TPOを弁えていることのどれほど素晴らしいことか。失敗談がある身としてはそれだけでこの子に好感が持てる。

 それはそれとして、その異世界の覇王の生まれ変わりとかいう設定はもうちょっとどうにかならないだろうか。余りの脂っこさに胃もたれする。なんだその中二病御用達ワードと覇王が現代で戦っている世界箱庭委員会って。どっかで見たぞそういうの。

 もう少し設定を洗練すればいいのに……と思うが口出しはしない。他人の考えた設定にケチをつけるなどマナー違反も甚だしい。作品として見せられたのなら遠慮なく批評するが、まあ適当にしゃべっているだけなら可愛いものだ。

 

 それに……そういうハチャメチャ設定の具現みたいなのが身内にいるので人の事は言えないのであった。

 こちとら父親が異世界の魔王の端末で私はその末裔でアンデッド系魔法少女だぞ。属性を盛るにしても加減があるだろうって話だ。

 

 

「ところで、粛清機関とかはご存じで?」

「この世界の闇の狩人どもか。確かに彼らも世界の裏に蔓延る者たちだが……覇王の生まれ変わりである僕とは相容れぬ運命。今のところ肩を並べることはないが、刃を交えることもない」

「要は関わりたくないってことですね」

「うん。だってちょっと怖いし……」

「わかる」

 

 

 好き勝手に妄想してたら、大体似た感じのが実在してましたってある意味恐怖だよね。

 

 

 その後も私たちは自分の好きな作品とかで盛り上がっていく。

 

 

「いいよねデカゴンボール。王道を行く王道。色んな作品が影響を受けてるのに、決して同じ雰囲気の作品は出てこないオンリーワン」

「インフレ激しいけど、それでも他のキャラ達も必死についていこうと色々工夫しているところ、アツいよね。やっぱり単純な火力は肝心だけど、貫通や切断、透明なんかの特性が活きてくるのも味が出てるよ」

「そうそう。まあこの程度は私たちからすれば基礎教養でありますがね。個人的に好きな作品と言えばナンバムのRPGかな。特に10作目」

「ぐわっ、出た皆エモいやつ。主人公がもう一人の自分と決着をつける時のBGMが好きなんでしょ」

「あんなのアガるに決まってるじゃん。ついでに言うとアニメのOP曲が最終回の決戦で流れたりするのも好き」

「嗚呼……物語を彩る序曲と終曲が一つに結ばれた時に広がる黄昏の光景が今でも思い浮かぶ……」

「ところで塁ちゃんは何かお勧めの作品とかある? 有名どころとかじゃなくて全然いいからさ。むしろニッチな部分を開拓したい」

「では終約聖書シリーズを薦めよう。かの教典は常人が触れてはならぬ聖典にして魔導書ではあるが、君はその深淵の門を叩く資格を既に持っている」

「え、何そのタイトルだけでかなり濃い中二病感溢れる奴……フリーゲーム? その方向は抑えてなかったな。一度やってみますか」

「ちなみにその聖典の一説は(入門として体験版は)深き電子の海に揺蕩っている(WEBでの頒布もされてるよ)。まずはそこから探すことを薦めよう」

「ほえ~、ありがとう」

 

 

 布教とかもしあって、最終的には私の一番好きなものの話題に。

 

 

「それと私、デジタルなゲーム以外も好きなんですよ。ほら、アナログゲームって知ってます?」

「アナログゲーム……『猫とチョコレート』とか?」 

「そうそう。知ってるじゃないですか!」

「猫ってのが気になっから調べただけで……遊んだことはないかな」

「それじゃあ今度一緒に遊んでみましょうよ。他にも色々あって面白いですよ。大量の牛を相手に押し付けるゲームとか、電車の中の迷惑客を余所の車両に送りつけるゲームとか、人の彼氏に地雷属性を押し付けながら理想の彼氏を作るゲームとか」

「なんで何かを押し付けるゲームばかりなの??」

「あとは南極を探索しながら狂った行動を取り続けるゲームとか」

「狂気山脈っ!?」

 

 

 どんなハチャメチャな題材でも探せば見つかるからアナログゲームって奥が深いよね。

 

 

「私の方の知り合い呼べば人数は集められますけど、どうです?」

「でも知らない人たちと遊ぶって不安……それに私の中二病がバレたら……」

「安心してください。全員魔法少女ですし、そんなのが霞むぐらいにはあの辺の人たちはキャラが濃いので」

 

 

 なにせイケメン空手王子と自害と騎士フリークと合法ロリと百合疑惑のあるコンビとオタクに理解度のあるギャルだ。あの相談所のメンバー、懐広くて助かるわ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さてさて。見事に牛の集まる列ができたわけですな」

「どうしてこう綺麗に50代のカードが集中しちゃったかなぁ」

「クックック……まさかその手札でこの覇王の生まれ変わりである僕に叶うとでも思っているのかい?」

「お、るいるい自信ありげだね~それじゃ、オープン!」

「あ、私の65が先なんで塁ちゃんドボンですね」

「馬鹿な……っ!?」

「悪いけどつばめさん、そっちより先に私の59が最後尾に入るからつばめさんが総取りだよ」

「あるぇ~?」

「一気に最下位に落ちたね」

 

 

「『ふっふっふ。これで世界は我々のものに』『果たしてそうはいくかな? この覇王たる僕が、貴様の魂も視送ってやろう!』『馬鹿な、この俺がぐわああああ!』『ふっ、これで世界がまた静寂に包まれるか、だがそれも悪くない』」

「水樹さんすごっ、一気に4枚も使うなんて……!」

「演技もバリ決まってるじゃん!」

「負けませんよ。それじゃあ私は3枚で、『暇だしSNS見るか……』『あ、あの俳優のスキャンダルじゃん』『草生えるww』」

「草生えるってか食ってるじゃねえか!」

「ヤギですから仕方ない」

「というかこのゲーム、ヤギなのに物騒な絵が多くない?」

「火ぃ噴いたり空飛んだり、あと悪魔の翼が生えてる絵もあるよね!」

「え、ヤギは首を伸ばしてスケボー乗りながら空飛んで建物をなぎ倒していくものでは?」

「どこのヤギだそれは」

 

 

「よーし、それじゃあたしはつばめさんの農場をげっちゅーで狙うよっ! 使うのは武人! だんびらも追加するよっ!」

「いいでしょう。さあこい梨花さん! ……ふぅ、私の出目が1多いので防衛成功ですね」

「じゃあお守り! つばめさんは振り直してね」

「なっ、いいでしょう……! はい! 防衛成功です!」

追撃のグランドヴァイパ(お守り追加だ)!」

「お替わりナンデ!? ……あぁ、私の農場が!?」

「そりゃあ、つばめさん独走状態だからね……」

 

 

 

「いやー、遊びつくしましたねぇ。塁ちゃんはどうでした?」

「う、うん。楽しかった……!」

「それは何よりです」

 

 

 私の言葉を聞いて誇らしそうに笑うのは、この前知り合った魔法少女の琴織つばめさん。

 サブカルが趣味で、中二病にも理解があって。紫色の軍服みたいな衣装は好みにドストライク。凝った名前をつけた武器も色々変形してカッコいい。そんな気の合う人に誘われてやってきた魔法少女同士のアナログゲーム会だったけど、想像以上に楽しむことができた。

 

 相談所の皆も「僕」のほうを変な目で見たりせずに受け入れてくれたいい人ばかり。ささらさん、ひなのさん、梨花ちゃん、れんちゃん、あきらさん、エミリーちゃん。最初はこんな陽キャ集団の中に私が入り込んですりつぶされたりしないかなんて不安に思っていたけど、そんな心配は杞憂で口数が少ない私のことも煙たがらずしっかりと話に混ぜてくれた。だからゲームも気後れせずに普通に楽しむことができたんだと思う。

 

 こうやって皆でワイワイと遊ぶっていうのも小学校以来で久しぶりだったけど、悪くなかったな……。つばめさんと知り合えたのは思ってもない幸運だよ。

 

 

(……でも)

 

 

 普通の会話の中でも「僕」をさらけ出せるほどの度胸は、まだ私の方にはない。

 ゲームの中で演じているから。遊び中のおふざけという建前があったからこそ、私の心理的なハードルが低かったっていうのもある。

 つばめさんも理解はしてくれてるけど割と解釈に困っているのはなんとなく伝わってた。同じサブカル趣味だからこそ、僕の振る舞いがよくないってことはわかっているんだろう。それでも僕を一緒に仲良くしようと努力してくれているのは嬉しかったけど、自分をさらけ出せないっていう悩みの根本的な解決になったかと言えば違う。

 

 

(それに……)

 

 

 こっそりと私は魔法を使う。

 天門眼と名付けた、僕だけの魔法。人の死相を見る目。その人の死期が近づいていればいるほど、顔は黒い影に覆われていく。

 これのおかげで魔女の口づけを受けた人や、そうでなくても事故に遭いそうな人を発見できる。家族の眼を治した願いから生まれた優しい魔法。

 

 影に覆われて、そして消える。

 つばめさんからは常に死の気配がするし、それなのに影は見え隠れする。まるで常に死にながら生きてるかのように。まさか魔法少女は皆こうなのかって鏡に映った自分や今日知り合った魔法少女の皆も見てみたけど、そんなことはなく全く死の気配なんて見えなかった。

 

 こんな不思議な現象は初めてだった。

 一体どうしてこんなことが起きているのだろう。それもつばめさんだけに。

 

 

(まさか、直接言う訳にもいかないし……)

 

 

 疑問を晴らせないままに、その日は別れた。

 その後もつばめさんとはチャットで語り合ってゲームをして、たまには一緒に買い物に行ったりするようになったけど、この疑問をぶつけたことはない。なんだか、それを聞いたらようやくできた関係が崩れてしまいそうで怖かったから。

 そんな風に色々と打ち明けられないものを抱えてはいるけれど、それでも私に友達ができたことは大事な一歩。

 

 だからいつか、僕の全てを受け入れてくれる友達が出来たらいいなって、そう思いながら生きている。

 

 

 そんなささやかな願いが叶うのは、これからもうちょっと先の話。




○琴織つばめ
 存在そのものが中二病設定の塊。
 こいつが言及したアナログゲーム、全部実在します。

○深月フェリシア
 両親の不審死を怪しんだ神父によって発見され、教会に拾われている。
 ……が、度々脱走する。
 参京区と中央区によく出没します。首根っこを掴めば大人しくなります。夜ご飯が食べられなくなるので勝手におやつをあげないでください。

○紺染音子
 拳骨が痛い。
 南凪区のマンションで起きた火災事故の真実を知っている。現場を見れば一目でわかった。

○水樹塁
 あーあ、出会っちまったか。
 中二病系魔法少女。いつも学校にテロリストが乗り込んでくる妄想をしている。でもめっちゃいい子。
 この子の妄想と同等ぐらいの設定を世界観に多数盛り込んだのが本作となっております。


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エピソード2【神浜編】シーズン2:マギウス・カラーズ
第四十話 バードアイ・ビューイング……①【夢遊の夜/噂話】


はじまりましたシーズン2
のっけからオマージュまみれ。

扉絵イメージ『琴織つばめ、曇り空の下、街を歩く』


 ChapterⅠ【夢遊の夜】

 

 

 その日は、よく晴れた星空の夜だった。

 眠りたくない私は、いつものように上半身を起こして窓の外を覗いていた。

 丘の上に建てられた病院の窓からは、神浜の街が一望できる。周りに建物が少ない立地は、空の星を満遍なく映し出す。天と地、二つの星空を望めるそれは、まさに絶景と呼ぶにふさわしいのだろう。

 

 けれどそれは、病室から出ることのできない私には決して届かないだけの絵空事だった。

 病に侵されたこの体は、外を出歩くことすらできない。私に許されていたのは、ここから見下ろすことだけ。

 

 何度も見てきた街。幾度も見下ろしてきた風景。何も変わらない。変わるわけがない日常。

 

 この切り取られた額縁からの景色だけが私の世界で、ただ近づいてくる終わりに怯えるだけが私の時間だった。

 

 そんな静謐と暗闇に支配された時間は、扉が開く音と共に切り裂かれた。

 

 

「こんばんはー!」

「夜分遅くに失礼するよ」

「……あなた、たちは」

 

 

 振り向けば、そこには二人の少女がいた。

 この病室に来る人間は限られている。だから記憶の中から彼女たちのことを思い出すのは簡単だった。

 

 里見灯花。柊ねむ。

 親族も友人もいない私の病室に気まぐれに遊びに来ていた小さなお客様。同じく難病で入院していた筈の少女たちは不思議なことに、以前のような手折れるような儚さはなく一挙一動が生命力に満ちている。さらに不思議なことに、彼女たちはおとぎ話から出てきたような衣装に身を包んでいた。

 

 

「お久しぶりだね。幸恵(ゆきえ)お姉さん」

「元気そう……とはとても言えないね。少しでも容体が良くなっていればいいけど」

「……変わらないわ。あなた達のほうは、元気そうね」

「くふふっ、身体はばっちり治ったからねー!」 

 

 

 自分ほどではなくても、彼女たちの幼さを考えれば常に死と隣り合わせの状態だった筈。それが完治するなんて、まるで奇蹟としか言いようがない。

 

 

「それは、良かったわね。でも、何をしにきたの?」

「快復したなら、お世話になった人に挨拶回りをするのは礼儀だよ。僕達の話し相手になってくれた人なら、お見舞いに行くぐらいは当然のことだ。最も、一番の用事が別にあるのも本当だけど」

「あなたの願いを叶えに来たんだよ! わたくし達の魔法でね!」

「ま、ほう?」

 

 

 それはあまりにも不自然で荒唐無稽な言葉。それでも彼女たちの姿には信じさせるような魔力が宿っていて、私はいつか聞いた一つの言葉を絞り出す。

 

 

「……魔法、少女。あなた達は、あの生き物と契約したのね」

「せいかーい! お姉さんも知ってたんだ!」

「キュゥべえのことを認識している辺り、お姉さんにも素養はあったのかな」

「そう、かもね。でも、そんなものに意味はなかったわ。だって私には何もないから」

 

 

 自分には未来が無い。余命が無ければ、頼れる誰かもいない。そんな自分が願いを叶えたところで泡沫の夢でしかなく、そこに意味を見出すことができなかった。

 それはあの動物も分かっていたんだろう。だからあの一度だけしか会うことはなかった。

 

 

「もったいなーい。魔法少女になれば病気も治るし、身体も強くなるんだよ? お姉さんにも叶えたい願いはあったでしょー?」

「……願い、なんて。そんなもの、ないわ」

 

 

 そうだ。

 例えこの子たちが私の願いを叶えられるからと言って、それで何になる。

 もうじき死ぬだけの身に、何も返すことのできない私に、そんなことをする必要なんてない。何も望まなければ、これ以上絶望に打ちひしがれることもないのだから。

 

 

「私には何も無い。なんにも残ってないから、できることなんてない。だから、望むものなんて」

「本当にそうかなー?」

 

 

 あどけない瞳が、横からのぞき込んできた。

 年端もいかない少女の無邪気な眼差し。私の心を底の底まで見透かすようなそれに、思わず息を呑んだ。

 

 

「わたくし達は知ってるよ。お姉さんが外の世界を望んでいること。自由な身体が欲しいこと。いつか、見下ろすだけの街を飛んで周りたいって思ってること。わたくし達ならそれを叶えられる。いつも願っていたことを、キュゥべえが叶えようともしなかった願いを、お姉さんにあげられるよ?」

「確かに君の因果の枝は枯れている。けれど、ぼく達ならそれを芽吹かせることができる。多少の不便はあるだろうけど、それでもこの病室で死を待つよりはよっぽど価値があると思うよ」

「――ほんとう、に?」

 

 

 押し殺していた欲望が鎌首を擡げる。

 苦しいほどに眩しくて目を背けていた光が、否応なしに差し込んでくる。

 知らず、言葉が漏れた。

 

 

「私は、外に出られるの?」

「簡単なことだにゃー」

「私は、自由になれるの?」

「君がそれを望むなら。僕たちは叶えよう」

「――私を、(そと)に連れ出してくれますか?」

「もっちろん! だって、わたくしとねむはとっても凄い魔法少女なんだから!」

 

 里見さんは、自信に満ちた満面の笑みで答えた。

 

 これはきっと、悪魔の契約なのだろう。

 それでも、この子たちなら私の夢を叶えてくれる。

 だから私は、その小さな手を取った。

 

 

「うん。それじゃあ、今日から君はもう一つの身体を得る。不思議な話もあるものだ。このウワサはまるで、最初から君のために用意されていた気がするよ」

 

 

 柊さんが持っていた本がひとりでにめくれる。中から飛び出した一枚のページが、私の下へと滑り込み、そのまま私の中へと入っていく。

 

 それが、私の夢が叶った瞬間であり。

 それが、私の悪夢が始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

魔法少女 つばめ☆マギカ

The magica of Albatross~

~エピソード2・シーズン2:Colors of Magius~

 

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 ChapterⅡ【噂話】

 

 

 

 くぁ、と教室で欠伸を一つ。

 

 春のうららかさも懐かしく、じっとりとした湿気と共に纏わりつく暑苦しさが主張する初夏の朝。

 さて今日も頑張ろうとして、横から会話が聞こえてきた。

 

 

「……飛び降り自殺、これで六人目ですってよ」

「また霧谷ビルでしょ? 呪われてるんじゃないのあそこ」

「おーコワ。あの辺近寄らないようにしよ」

 

 

 ……またこの話題だ。

 

 近頃頻発している飛び降り自殺。三週間ほど前を始めとしたそれは三、四日に一人、という具合で発生しており、どうやらそれは昨日今日でまた起こったらしい。

 

 記憶から薄れ始めるタイミングで再発するこの事件は人々の間では印象に残るものであり、それをなぞらえた怪談までもが広まっている。ああいや。怪談、というにはいささか語り口が奇妙ではあるのだけど。

 

 

 

 アラもう聞イた? 誰から聞イた?

 空飛び姫のそのウワサ

 

 ビルの上でゆらゆらと浮かんでいるのは、

 サビシガリヤのお姫様

 

 いつも私たちを見下ろしてるけど、

 ホントは友達を欲しがってる

 

 だからビルの屋上でジャンプすれば、

 彼女と一緒に夜空の旅へ御招待!

 

 それがあんまりにも楽しいから

 目が覚めてもふわふわ夢心地で上の空って

 神浜市の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 アイキャンフラーイ!

 

 

 ――と、どこぞのCMのフレーズか何かかと錯覚させるようなこの噂話は、いつの間にかこの学校中に広まっていた。

 

 

 事実として分かっていることとして、死亡した人々に共通している点は中央区の一角、霧谷ビルという廃ビルから飛び降りていることのみ。

 逆に言えば、それ以外の共通点はない。性別、年齢、学校、職業、地区などの個人情報に目立った共通点もなく、それぞれが交友関係にあったような事実も見られず、なんらかのカルト宗教に所属していたというような情報も存在しない。

 だというのに場所だけが同じ、というある種の不気味さは世間の関心を惹くには十分だったらしく、マスコミはこぞって特集記事を出し、専門家の分析やらオカルト的見解やら、好き勝手な情報が蔓延っている。件の噂もその一つと言えるだろう。

 

 

「ってな感じなんですけど、正直どう思います?」

「う~ん、普通に魔女の仕業なんじゃないかな? 普通の人には魔女は見えないんだし、怪談の一つ二つ出たっておかしくはないと思うけど……」

「あきらに同感。そのビルの周りがちょうど縄張りにでもなってるのかもね」

「それに下手に首を突っ込んでそこの魔法少女と面倒ごとになっても困るわ。まあ、つばめならそんな心配は要らないと思うけど」

 

 

 昼休みに弁当を食べながらそんなことを話せば、皆も魔女の仕業だと思っているらしい。

 

 

「……とはいえ、魔女の仕業であるのなら結局は私たちの出番です。他の方に討伐されるのを待つというのは流石に楽観視が過ぎますね」

 

 

 放っておいても他の魔法少女が片付けるかもしれないが、そうやって様子見して被害が増えるというのは好きじゃないし、さらに成長して面倒な事態に発展しても困る。というかここまで噂になっている時点で、他の子が持て余すレベルの魔女である可能性だってある。ここは一つ偵察に向かってみようと思うのだ。

 

 

「じゃあ一度見に行ってみますか。皆さん放課後の予定は?」

「私は問題ありません」

「あ~、アタシはパス。ちょうど練習あるからさ」

「ボクも道場に顔出さないといけないから……ゴメン!」

「私も買い出しにいかないと……というかつばめの方こそ良いの? 来月の文芸誌の〆切、来週じゃなかったかしら?」

 

 

 沈黙。茶を呷り。大きく息を吐く。

 

 

「――――まあ、何事もインスピレーションの元になりますから。体験は大事ですから、ね?」

「つまり書けてないんですね……」

 

 

 ななかちゃんの呆れたような視線が突き刺さる。

 やめなよ。進捗を尋ねるのは時と場合によっては即死魔法なんだぞ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、例の霧谷ビルはこの辺りでしたね」

「そうですね……と、おや」

 

 

 時間飛んで放課後。

 中央区。ずらりと高層ビルが立ち並ぶオフィス街の一角へと私とななかちゃんは立ち入ったわけだが、そこには既に先客がいた。

 

 

「五十鈴さん」

「あ、つばめさん、と……」

「常盤ななかと申します。こうしてしっかりと会うのは初めてですね」

「五十鈴さんもこの事件を探りに?」

「はい……」

 

 

 れんちゃんが視線を向けた先、恐らくは痕と思わしき箇所の周囲にはご丁寧に立ち入り禁止のテープが張られており、そこで何が起こったのかをはっきりと表していた。

 それだけでも気分を害するものだが、問題はそこではない。

 

 案の定というべきか、ビルの周囲は穢れに塗れていた。

 後悔や無念を持って死んだ人間の魂の残滓がこびりついており、少しでも霊感があれば近づくだけで良くないものがあると感じ取れる。現にこの周囲だけは露骨に人の通りが悪く、無意識に避けていることが推測できる。

 

 

「しっかし、ひどい有様ですねこりゃ」

「何か視えましたか?」

「ええ、まあ。結構がっつりと穢れてますね」

 

 

 ななかちゃんはあまりピンと来ていないようだが、れんちゃんは明確に顔色を悪くしていた。この辺りは各々の適正の差だろう。

 

 

「ま、こんなに分かりやすく穢れに満ちているなら魔女の根城になっていてもおかしくないでしょう。五十鈴さんは何か気になった所とかありました?」

「あっ、えっと、その……あれを……」

 

 

 おずおずと上を指さすれんちゃん。

 ……空? そういえば噂の内容は確か、屋上に浮かぶお姫様と……。

 

 

「――え?」

「つばめさん?」

 

 

 浮いていた。

 

 ばっちり浮いていた。

 

 二度見してもやはり、それは空に浮かんでいる。

 

 

「……もしかして、アレが見えたんですか?」

「はい……」

「私には何もないように見えるのですが……お二人とも、一体何が見えたのですか?」

「女の人、ですかねぇ」

 

 

 屋上から少し離れた空中で漂うようにして、その女性は地上を見下ろしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 魔法少女を客とする関係上、調整屋の業務にはバラつきがある。

 休む暇もないほどの少女たちでごった返す時もあれば、閑古鳥が連日鳴いていることもある。その点で言えば、今日は特別言う事のない普通の日であった。

 

 

「何やら、珍妙な噂が流行っているようだね」

 

 

 自らが勝手に持ち込んで設営したバリスタマシンで珈琲を淹れながら、琴織渡はそんな話を切り出した。

 黒い液体で満たされたカップを次々にテーブルの上に置くと、保澄家の経営する喫茶店から購入した珈琲豆のブレンド配合による豊潤な香りが室内に広がる。

 調整屋、午後のコーヒーブレイク。茶請けに開けられたクッキー缶へ我先にと手を伸ばす少女たちの姿が、この調整屋でまともな食い物にありつけることが如何にありがたいことかを如実に示していた。

 

 

「噂っていうと……七海先輩が最近言ってたアレですか?」

 

 

 クッキーを呑み込み、メルは話題の噂とやらについて聞き返す。

 この面子の間で噂、と言えば思い当たる節は一つしかない。

 

 

「ああ。ここしばらくの間に流行している、事件になぞらえた噂話だ。語り口はこうだったな。アラもう聞いた? 誰から聞いた? ――とな」

「あら、琴織さんも知ってたのねぇ」

「職業柄、この手の世俗話には敏感でね。よくある都市伝説。ネットロアの類かと思ってみたが、案外そうでもないらしい」

 

 

 供養塚の祟りが起こる『鉄火塚』。

 過去の風景を垣間見るという『覗き見城下町』。

 路地裏を暴走する姿なき『クビナシ珍走団』。

 マンホールに仕掛けられた隠し金庫の道を開ける『パズルタイルロック』……等々。

 

 多種多様な噂の内容に基づいた事件が神浜中で発生しており、それが魔導事象の絡んだものであるとして西側のまとめ役である七海やちよはこの数々の噂について率先して調査を始めていた。

 

 

「そんなの、ただ魔女の活動が噂になっただけだろ」

 

 

 怪訝な顔をしながら、ももこはクッキーを口に運ぶ。

 どうやらやちよが自分たちを差し置いてそのような胡乱話へと首ったけになっていることが気に入らないらしい。勿論それだけが理由ではないのだが、とにかく最近のやちよの態度に何らかの不満を持っていることは明らか。これにはメルも苦笑するしかない。

 そんなももこの態度に、渡はチッチッチと指を小刻みに振った。

 

 

「バイアスはいかんな。状況の判断と個人の感情は切って離すべきだ。七海嬢が動いたというのなら、それは少なくとも何かしら魔法関係の事象に繋がっているのだと睨んだのだろう。理解の外にある怪異は存在する。君たちはもうそれを知っているはずだけどね」

「まぁ……そうだけどさ」

「じゃあ、このウワサもそういうモノが関係しているってことでいいのかしらぁ?」

「さてな。そこまでを語るにはもう少しばかり先になる」

 

 

 混沌事件、鏡の結界攻略戦。

 直近するこの二つの事件において、魔女ならざる怪異の存在と彼女たちは交戦している。

 後者にて邂逅した無貌の怨霊は魔女の器を利用したものであり、まだ理解が及ぶ。しかし前者において出没したと聞き及ぶ合成獣らしき怪物の正体については依然として判断が付いていない。

 

 渡としてはある程度アタリをつけてはいるものの、確証を得るには判断材料に乏しすぎるというのが実情で、今回の噂についても同様の状態だ。

 

 

「どちらにせよ、今この街において噂と同一の事件が起こっているのは明確だ。そして本題はここからなのだが、実はつい先日、つばめもその噂の一つを探りに行った」

「そうだったんですか?」

「中央区の連続自殺。君たちも知っているだろう? あれに纏わる噂を聞いて娘はななかくんと共に調査に向かい、そこに潜んでいた怪異を討伐した」

「怪異? 本当にそこに何かがいたっていうのか」

「その通り。彼女たちが遭遇した存在は魔女にあらず、まさしくウワサなる怪物也。ではことの顛末と共に、この事件について私の見解を話させてもらうとしよう」

 

 

 

 



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第四十一話 バードアイ・ビューイング……②【白昼夢/明晰夢】

繋ぎの話。


 ChapterⅢ【白昼夢】

 

 

「本当に浮いていたんですか?」

「ええ。私と五十鈴さんの二人が目撃したから間違いないですよ」

 

 

 怪訝な顔のななかちゃんに説明し、れんちゃんも同意と頷く。

 

 霧谷ビルのエレベーターは稼働しておらず、私たちは非常階段を昇る羽目になった。二十階もの高さを昇るのは魔法少女とはいえ普通に徒労だ。

 後から知ったことではあるのだが、このビルはオーナーが事故で亡くなったことで宙ぶらりんになった権利関係のあれこれが色々あって完全に手付かず状態。テナントはガラガラ、上階部のマンションに住む人も失せてしまった結果、老朽化も相まって一旦取り壊しが決まっているという。

 朽ちた屋上に足を踏み入れれば、視界いっぱいに飛び込む街並み。流石に高さ60メートル以上から眺める景色は壮観である。

 

 

 

「うん、やっぱりいますね」

 

 

 その女性は相も変わらず浮かんでいるが、こちらに何かしてくる気配はない。

 

 

「……やはり見えませんね」

「ふーむ。となるとやっぱり幽霊か何かですかね?」

 

 

 むむ、と目を凝らすななかちゃんだが、どうやら何も感じられなかったようだ。

 

 魂を見る眼を持つ私や『成仏』の魔法を持つれんちゃんのように、霊魂に関する魔法を持った魔法少女とそうでない魔法少女の間には認識できるものに差がある。代表的なのが死霊であったり、実体のないエレメントなどだ。魔女は呪いが物理的な肉体を生み出すほどに凝縮された存在であるため、魔力の感知ができる者なら認識できるが、そうでない希薄な霊魂は専用のスキルが必要になる。やちよさん達の周りでうろちょろしていたかなえさんを誰も視れていなかったのはそういうこと。というか最近あの人を見かけないんだけど、成仏したのだろうか。

 私たちが認識できて、ななかちゃんが視えていない理由はそれぐらいしか思いつかない。

 

 

「話しかけてみますか。おーい、あなた死んでますかー?」

「それ、話しかけ方としていいんでしょうか……?」

 

 

 ななかちゃんのツッコミも虚しく、幽霊からの反応はない。

 

 

「……聞こえなかった、のでしょうか」

「いや、どちらかというと最初から声が届いていないっぽいですね。そんなに期待はしていませんでしたが、これも雑霊の類ですかね。ななかちゃんセンサーはどうです?」

「何ですかその名称は……特に反応はないですよ。そもそも認識できてない以上は反応のしようがないのでしょう。成仏とかさせられないのですか?」

「私のこれって力ずくで追い払ってるだけなので、あんまりむやみやたらに祓う気はないですね……」

 

 

 他人に害を成す悪霊でもない限り霊魂は祓わない。それが私のスタンス。

 普通の雑霊は何もせずとも放っておけばいずれ霧散する。できるからと言ってむやみやたらと力を濫用すれば、どこかで面倒ごとが起きるのだと父は言っていた。私もそれに倣い、自分にとって必要でない限り、死者への余計な干渉は控えている。

 だからこの幽霊が今回の事件の被害者であったとしても、私がどうこうするつもりはないわけで……。

 

 

「――ん?」

 

 

 そこで、気づく。

 

 

「どうかしましたか?」

「ああ。いえ、よく考えてみればちょっとおかしい気がして」

「おかしい、とは?」

「なんでこの人、宙に浮いているんでしょうかね。飛び降りて死んだなら、ここか下にいる筈なのに」

 

 

 幽霊とは残留思念という性質上、基本的に死んだ場所あるいは生前の思い入れが深い場所に出没する。だからこの屋上か、死亡地点であるビルの地上部分にいるのは何らおかしくない。

 だがこの幽霊は屋上から少し離れた空中に存在している。屋上の淵から思いっきりジャンプすればどうにか届くかもしれないという場所。自殺に来る人間がそんな高く跳びあがるだろうか。

 

 

「ふむ、私からは見えないので何とも言えませんが、れんさんはどう思いますか?」

「えっと……多分つばめさんの言う通りだと思います……はい」

「なるほど。では、その幽霊とやらが今回の事件の原因でしょうか」

「それを調べる必要があるのでしょう。まあ、こういう訳の分からないやつは夜になると正体を現すのがお約束です。ここでもうちょっと待ってみましょう」

 

 

 恐らく夜。

 時刻は17時半……もう少し待てば18時。即ち逢魔が時。昼と夜の境は、他界と現世を繋ぐ境目。魔に逢う時刻は、怪異と最も出会いやすい時間帯だ。そしてそれは迷信ではなく、実際に魔女もこの頃からこちら側への行動を活発化させる。

 ならばここに何かが潜んでいた場合もまた何かしらの変化が起こるのではないだろうか。新たな犠牲者がここに現れる可能性もあるのだから、屋上に潜んで見張っておくのが吉だと考える。というかもう一度ここまで上りたくない。

 

 

「わかりました。れんさんのほうは大丈夫ですか?」

「はい……」

「それじゃ、待機っと」

 

 

 そうして、日が沈むまでの少しの間。

 それとなく周囲に気を配りながら、私はこの屋上からの光景を眺めていた。

 使い魔を通じた鳥の視点。俯瞰の視座を知る私だが、それでもこうして街並みを見下ろすことには心を躍らせる。

 

 高いところから望む街というのは、それだけで人を圧倒する。

 以前に大東団地から見た光景は穏やかで柔らかいものだったが、ここからの眺めはそれとは真逆。四方八方から流れ込んでくる情報は、抗えない暴力のように心を殴りつけてくる。

 

 ここからなら参京区が見える。あのあたりが水徳商店街なら、私の家は大体あのあたりか。

 不思議なものだ。日々を過ごし、歩きなれたはずの街並みが、ただ角度と距離を変えただけでここまで別物に見えてしまう。

 

 これは私たちが暮らす街だ。それでもこれは違うものだ。

 それは空を見上げるのと何が違うだろうか。海を見渡すのと何が違うだろうか。

 自分の手が届かない眺め。常識が通用しない世界。

 雄大なものへの憧憬と畏れは、自分の意識すら遠くへと運んでいくようで。

 

 

 そっと床を蹴れば、そのまま体は重力の軛から解き放たれて空へと吸い込まれていく。

 

 ふわふわ。ぷかぷか。

 

 私の体は、プールに潜った時のようにゆっくりと動きながら空中に留まる。しかし纏わりつくような感覚はなく、ただ自分にかかる圧力がないという現状はまるで浅い微睡みの中にいるような心地よさがあった。

 

 

 眼下には摩天楼。

 見慣れた形状の展望台が、ここが神浜の街であると主張する。

 街並みを上から一望しつつ、ゆらゆらと漂うのは甘美でとろけるような気持ちよさだ。

 なんともいえぬ色彩の空もまた、幻想的な気分に浸らせてくれる。

 

 

 周りを見れば、いつの間にいたのやら多くの人たちが気持ちよさそうに浮かんでいる。どうやら、翼がなくても人は飛べたらしい。

 ななかちゃんもれんちゃんも、ゆったりと空を飛んでいる。

 

 

 嗚呼、これはなんてすばらしい夢のような体験だろうか……。

 

 

 ……。

 

 

 

 ………。

 

 

 

 …………夢?

 

 

 

「あ、これ夢だわ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ぶへっ」

 

 

 気が付けば、そこは元の屋上だった。

 仰向けに寝っ転がった私たちを、三日月が笑うように見下ろしている。

 

 

「えぇ……」

 

 

 どうやら見事に取り込まれていたらしい。

 くそっ、何たる失態だ。

 

 屋上の外側に目を向ければ、そこには月を背にして浮かぶ女の人。

 昼間よりもはっきりとその姿を捉えられるその人は、空中からふわふわと物憂げそうに私たちを見下ろしている。今はそれが無性に腹立たしい。

 

 

「こんにゃろっ」

 

 

 羽根を魔弾に変えて射撃してみるが、弾丸は半透明な体をすり抜けて空の彼方へと飛んで行った。

 幽界眼でも完全に捉えられていないからやはりと思っていたが、どうやらあの空間でないとあちら側に干渉できないらしい。

 攻撃を仕掛けられた向こうはというと、何もせずただこちらを見つめて続けている。

 

 

「うーん、どうしたものやら……とりあえず二人を起こしますかぁ」

 

 

 二人の体を揺すったり、頬っぺたをぷにぷにしてみたりしてみる。あらやだ、れんちゃんの頬っぺためっちゃやわこぃ……。

 

 

「つばめさん……これは……」

「ぁ、ぅうん……」

「おはようございます。まあ夜なんですが」

 

 

 二人とも周囲を見渡し、自分たちがどうなっていたのかを理解したらしい。

 

 

「……どうやら、してやられたみたいですね……」

「ええ。三人仲良く夢の中でスカイウォークでしたよ。私が居ながらまんまと引っかかってしまい、面目ありません」

「そうですか……彼女は、今もそこにいるのですか?」

「ええ。でも攻撃とかはダメ。すり抜けて効果がなかったですね」

「なるほど……あちらからは何もないようですね。どうしますか?」

「見逃してくれるっていうなら一度退きましょう。正直、今の私たちじゃどうしようもない」

 

 

 あと地味に魔力がごっそり持ってかれている。だから戦闘する余力も正直もうない。

 私はともかく、お二人はソウルジェムの穢れを気にする必要がある。ここでこれ以上の消耗は避けたいところだった。

 

 

「しかし……この女性。魔女とは少し異なる存在のようですね。つばめさんは何かご存じですか?」

「さて。恐らく力を増した怨霊に近い存在だとは思いますが……独自の結界まで持っているというのはちょっと経験がないですね」

「未知の存在ということですか」

「ぁの、つばめさん……」

「ん? どうしました五十鈴さん」

 

 

 れんちゃんは少し言いよどんだ後、ある事実を口にした。

 

 

「……あの人、幽霊でも魔女でもなかった。あの人、まだ生きている人です……」

「なんだって?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ChapterⅣ【明晰夢】

 

 

 

「――そういうわけで、彼女たちは最初の調査ではまんまと相手の術中に嵌り、私に助けを求めてきたわけだ。中々賢明な判断ができる子だろう?」

 

 

 渡は愉快そうに笑い、ぐいっと二杯目の珈琲を飲み干す。

 つばめ達の苦境を愉しんでいる……のではない。単に娘に頼られたことが嬉しいだけである。

 

 

「空を飛ぶ夢を見せる怪異か……」

「七海先輩の言っていたことは本当だったんですねぇ」

「その通り。あのビルの上に浮かぶのは幽霊ではなく、生霊を依り代とした魔法生命。彼女は一人神浜の空を漂い、夢の飛行に望む者を毎夜のように自らの裡に引きずり込んでいたんだ」

「じゃあ、自殺した人たちはその犠牲者だったってわけか」

「事実としてはそうなる。とはいえ、本来ならここまでの惨事にならなかった筈ではあるけどね」

「どういうことですか? 夢を見せて捉えられた人が、自殺者として扱われているんじゃないですか」

「まさにそこなのだよ。今回の事件の趣向はね」

 

 

 首を傾げた二人に、いきいきとして種明かしを始めようとする渡。気分を変えよう、と空になったカップを脇に避け、代わりに小さな香炉を取り出す。たちまちのうちに甘味の混じった爽やかな匂いが立ち込め、まさに怪しげな話をするという雰囲気を形づくる。

 そんな彼の様子にみたまは微笑みを浮かべつつ、その口から繰り出される言葉の一言一句に注意深く耳を傾けている。

 

 

「さて。件の怪異、すなわちウワサについてだが。噂の内容をそのままに解釈するならばそれ自体に害は少ない。例えばおまじないをした結果、その通りのものが夢に出るようなものだね。これは単なる自己暗示なのだが、実際に人の意識は浮きやすくなっていたりする。空を飛ぶ夢や落下する夢を見たことはないかい?」

「まあ、少しぐらいなら」

「あれのいくらかは実際に意識が外に飛んでいることで幻視するものなんだけどね。ウワサの原理も同じだよ。条件を満たした人間に催眠をかけ、そのまま意識を介して肉体ごと自分の領域に引きずり込んでわずかに活力を奪う。目が覚めれば軽い倦怠感が残る以外は概ね異常なし。本来なら放っておいても問題のないささやかなものであったはずだ。それにしては規模や出力が頭抜けていたがね。恐らく活動時間を限定することで文脈としての強度と既存の伝承との照合を図ったのだろう」

 

 

 類感魔術としては常套手段だな。とは言うが、ももこには何が何やらさっぱり分からない。対してメルはしきりにふむふむと頷いている。彼女は渡が何かしら魔術についての知識を披露するたびに彼女は興味津々で食いついている。恐らくは自分の用いる占いのメソッドに応用できるものがないかと考えているのだろう。その様子に満更でもなくなった渡がさらに蘊蓄を垂れ流し、いつの間にか話が明後日の方向に飛んでいるというのが割といつもの展開ではある。

 

 

「ささやかって……もう六人も犠牲者が出てるんだろ? それにそのウワサの中にはもっと人が捕まってたんじゃないのか?」

「そこだよ。それだけ多くの人間が誘われておきながら、表沙汰になった自殺者は僅かに六人。これが積極的に人を喰らう怪異なら、もっと多くの死体が上がっているほうが自然だと思わないか?」

「……まあ、確かに」

 

 

 これが魔女ならばとっくの前に人間を喰らい、多くの犠牲者が出ていたであろう。

 しかし今回は数えられる程度の犠牲者しか出ていない。それがこの件の違和感であり、事件の真相に近づく点なのだと渡は指摘する。

 

 

「引き込まれるトリガーは夕方以降、一定以上の高度にある屋上に立っていること。抜け出すのは目が覚めること。この場合、つばめは精神攻撃への耐性を用意していたから自力で抜け出せたわけだ。そうでなければ朝まで夢の中で浮かんでいた。そんなほぼ入れ食い状態で実際に犠牲となった者が少ないのは何故か。考えられる理由としては、その目的が人間を殺すことではないから。夢に招いた人間から精神のエネルギーを持続的に搾り取るのが目的なら、自分からリピーターを減らす真似はしないだろうね」

 

 

 生かさず殺さず。夢と現実の狭間に揺れ動く人間の感情エネルギーを搾取する。その中にいる間は決して抵抗されず、万が一目を覚ましてしまえば自動的に追放する。まるで、何者かがそのように意図して生み出したような機能を持ったその怪異(ウワサ)は、彼をしてよくできていると思わせた。

 勿論、そこには思いもよらぬ落とし穴があったわけだが。

 

 

「ではなぜ死人が出てしまったか? 私に言わせれば、これは事件ではなく事故だよ。本来ならば夢を見せるだけのものが、あろうことか死を誘発してしまったのだ」

「つまり原因はウワサじゃなくて、死んだ人たちのほうにあるってこと?」

 

 

 みたまの言葉は一見すれば的外れもいいところだったが、渡はその通りだと頷いた。

 根本的な問題は被害者のほうにあり、ウワサはそれを表面化させただけに過ぎないのだと。 

 

 

「最も、当人たちも死ぬつもりは無かっただろうけどね。ただ彼らは()()()()()()()()()()()()()を知ってしまったが、どうすれば飛べるのかを理解していなかった」

「飛べる? それって夢の中でですよね」

「いやいや。彼らは紛れもなく現実でも飛行する力があった。超能力だよ。知っているだろう?」

「そりゃあ知ってるよ。でもそんなの本当に……っているんだろうな。アタシ達だって似たようなもん(魔法少女)だし」

「人間社会で生きるならば明確な異常、あるいは負荷としかならない特異性を持って生まれた個体。超能力者は結構な割合で発生するものだが、その実そこまで表沙汰になることはない。何故かと言えば、本人自体もその異常性に気が付いていないパターンがほとんどだからだ。発揮される能力も微弱、あるいは限定的であるため、自他共に知られることなくその生涯を終えることも少なくはない。そして自覚している者は大体が社会に溶け込む術を所持しているからちょっとやそっとじゃ見つかることはない」

「じゃあ、今回の犠牲者は全員超能力者だってことか?」

「そうだ。意識を遠くに飛ばす、というのはごくごくありふれた超能力だ。ぶっちゃけ千人に一人ぐらいには発現しているかなりポピュラーな部類だ。夢を介して意識を飛ばすというのは魔術においても普遍的な概念なほどに、古来からヒトは自らの意識を別の場所へと送るような力を信仰してきている」

 

 

 千里眼。幽体離脱。霊界体験。夢歩き。

 肉体を脱し、別の場所、別の世界を垣間見ようと試みる儀式は数多く存在する。

 そしてそれらの信仰性を裏付けとなるのが魔法であり、あるいは超能力であった。

 

 

「飛ぶことのできない者はただそういう不思議な夢を見た、程度のものだろう。現実で目覚めればその落差に落ち込みはするが、決して自殺を行うほどの絶望でもない。だが、元から飛べる資質を持っていたものは話が別だ。あの空間が紛れもなく現実だとするならば、そこに迷い込んだことで彼らは一時的に意識下での飛行を体験してしまう。するとどうだ。彼らは自分が空を飛べるのだと知ってしまった。それが特殊な空間内でのみ実現できたことであるとしても、重力から解き放たれるという体験を肉体は覚えているし、経験を経た精神は自分の中に眠る力を教えてくれる。これの皮肉なところは、意識しての飛行はその空間の中でしかできないということだった」

「でも、彼らはそれを知らない。だから日常に戻った後も、いつものように飛ぼうとして――」

「当たり前のように落ちた。あの噂とやらは絶望ではなく希望を与えてしまったことで、人を死に誘ってしまった。まさに魔女とは真逆だな」

 

 

 製作者ですら意図しなかったであろう欠陥。考慮するにはあまりにも荒唐無稽で、しかしいつかは発覚したであろう致命的な落とし穴。

 それが今回の事件の原因であった。

 

 

「別にそういう事情はいいけどさ。どっちにしろそれで被害が出てるんだろ。結局つばめはどうやってそのウワサに対抗したんだ?」

「なあに、単純な話だよ」

 

 

 それっぽく締めくくられはしたが、結局何も事件が解決していないことに気が付いたももこが結論を急く。

 渡は肩を竦めてから言った。

 

 

「その空間が夢に沈む者以外を拒むのであれば対処は簡単、夢の中で自由に動けるようになればいいだけさ」




〇超能力者
 今回の被害者たち。とはいえ、超と言うほどでもなく、精々が微能力者程度。空を幻視したことで墜落した者たち。
 「そんなのが引っかかるとか想定してない」とは製作者の談。
 ぶっちゃけ超能力もあるという世界観の前振りである。


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第四十二話 バードアイ・ビューイング……③【胡蝶の夢】

 ChapterⅤ【胡蝶の夢】

 

 

 

「さてさて、リベンジマッチと行きますよ」

 

 

 日を改め、再び霧谷ビル屋上を訪れた私たち三人。

 

 昨日と同じように結界に入ればそのまま催眠。抵抗したらしたで追い出されてしまう。ならばどうするか?

 

 

「そこで()()の出番なんだなぁ」

「香……ですか」

「『蝶夢香』。これを使って眠れば意識を保ったまま夢の中に入ることができる。そんな感じのアイテムです」

 

 

 蝶夢香。

 エーテルワイヤー、鮮血機構と同じく父が保有する魔術道具。効果はさっき説明した通り。

 

 父は前線に立つには色々と制約があるが、『道具程度なら本体のほうから持ち出せる』とどこぞの青タヌキよろしく多種多様なアーティファクトを用意してくれる。とはいえ持ち出すだけで相応の魔力を持っていかれるブツもあるからあまり頼りにし過ぎるわけにもいかないわけで。このウワサのように自力じゃちょっと対処しようのない相手にのみ借りてくるわけだ。

 

 

「それじゃ早速ぼわっと」

 

 

 魔力で火をつけるとあたりに不思議な匂いが立ち込める。甘ったるく、ちょっとすっきりしていて、かぐわしい。そんな怪しい感じの香りが鼻に吸い込まれれば、たちまちのうちに眠気がやってくる。

 

 ゆっくりと意識が沈んでから、再び浮かび上がるような感覚。

 瞬きの後に視界はビルの屋上から眼下に街を望む大空へと――

 

 

「ってうおわっ!」

「ひゃあっ!?」

「ぁわっ!」

 

 

 感じたのは浮遊感――ではなく落下する感覚。

 

 遠ざかる空。近づく地面。

 おいおいおい。一体なんで飛べていないのか。まさか夢の中で飛ぶには、意識もしっかり浮ついてないとダメなのか。上の空ってそういう意味じゃないと思いますが!

 などと考えている暇にも、体を襲う上向きの圧力は否応なしに非情な現実を知らしめてくる。

 

 

 このままじゃ墜落死直行。魔法少女なら運よく生存できるかもしれないが……仕方ない!

 

 

異形顕現!」

 

 

 瞬時に黒翼を生成して抗力と揚力を得た私は、滑空してお二人を抱えてから再度飛び上がる。

 

 

「っと、大丈夫ですか?」

「助かりました……」

「え、つばめさん、それ……?」

「秘密の奥の手です。皆には内緒ですよ」

 

 

 れんちゃんには適当に誤魔化しつつ、そのまま最初の高さまで上昇する。

 現実では日中ということもあってか、空中には件の女性以外誰もいない。どうやらこの時間まで惰眠を貪る不埒者はここの利用者の中にはいなかったらしい。適当な理由をつけて学校を休んでまで真昼間を選んで正解だった。まあ魔法少女なんてズル休みの一回二回じゃ済まないこともままあるから、ね。

 

 

「いやあ参った参った。まさか夢の中で動こうとしたらこうなるとは。でもまあ地に足をつけてちゃあ飛べないのも当然ですね」

「うまいこと言ったつもりですか」

「言葉遊びやこじつけは魔術の基本ですから。でもまあ、これで条件は同じだ」

 

 

 流石にこのままお二人を抱えたまま、というわけにもいかない。

 周囲に滞空する羽根を操作して、ある程度固めていい感じに足場を形成する。

 魔力で固着させているから踏んでも全然問題なし。この感じも懐かしい。七枝市で音子さんが不在の時は、美緒を援護するのにこうやって足場を作ってあげたものである。

 

 

「ほい、どうぞ」

「成る程、これは助かります」

「んっと、大丈夫そうですね、はい……」

 

 

 おっかなびっくりとれんちゃんも足場に乗ったところで、ようやくウワサと対峙する。

 再び空へと上がってきた私たちの姿に、ウワサの女性は目を丸くしてこちらを見た。

 純白の貫頭衣はこの空で踊るためのドレスか、あるいは地上を羨む死装束か。肩口でざっくりと揃えられた髪が静かに揺れている。

 

 そして直接見て理解した。確かにこれは幽霊ではない。

 現実に存在する、命ある何者か。魔法少女ではないだろう。その芯の魂は青白い無色の魂。だがその周りをコーティングするように別の魔力が覆いつくし、それは体全体にまで及んでいる。つまり魔法を用いて作られた肉体に、魂を詰めて形作られた存在。それがウワサだ。

 

 

 戸惑い――恐怖――敵意。

 

 

 恐らくは意識を保ったままこの場に乗り込むような慮外者はいなかったのだろう。それを実現したことであちら側には明確な困惑の表情が浮かんでいる。先ほどまでの無関心は、自分が決して傷つけられないと分かっていたから。こうして明確に自分を害しうるものが現れたことで、怯えるような感情が見えてきた。

 ゆっくりと振るえるように手を伸ばして、手折れそうなほどに細く白い指を向ける。すると風船を括りつけた人型の生き物がぞろぞろと地表から浮かぶようにして湧いてきた。つまりウワサに付きしたがう手下だろうか。こんなところまで魔女と酷似しているらしい。

 

 

「向こうもやる気のようですね」

 

 

 武器を構えるのと前後して、ウワサの手下が一斉に向かってくる。

 まずは一番先に意外にも素早い動きで近づいてきた使い魔を槍で迎撃。胴体を絶たれた使い魔はそのまま落下しながら崩れていく。これも魔女の使い魔と変わりはないようだ。それを確認しながら左右から襲ってきた使い魔をそれぞれ撃墜し、上から降りてきた個体も刺し貫く。

 しかしその隙に背後からの接近を許してしまい、気が付いた時には槍の間合いの内側に入られていた。

 しまった、と思う間、その使い魔のとった行動は背負っていた風船の一つを取り外し、私の右腕にぐるりと紐を巻き付けてくるだけだった。

 

 一体何を、と疑問に思うが、すぐにその意味に気がつく。

 それまで空中での浮遊状態を保っていた私の体に、ぐいっと上に持ち上げられるような力が作用し、次に私は上昇を始めていた。

 

 

「なっ……」

「つばめさん!?」

 

 

 徐々に高度と上げていく身体。ななかちゃん達の姿が小さくなっていく。このままでは戦線から強制的に離脱してしまう。咄嗟に翼から羽根を一つ毟り取り、黒塗りの刃物に変えて紐を切り裂く。

 直後、自分にかかっていた浮力が消失する。とりあえず翼を羽ばたかせ、元の高さまで戻る。仮にあのまま放置していた場合の末路は、空の点と化した風船の姿が物語っていた。

 

 

「ただいま~」

「あ、戻ってきました」

「気をつけてくださいね。風船をつけられたらそのまま場外落ちかと」

「直接攻撃しては来ないようですが、それはそれで厄介ですわね」

 

 

 恐らくあの風船をつけられたら最後、際限なく上昇して結界の範囲外まで追放されると見た。一体どこの大乱闘だ。私はともかく、ななかちゃんとれんちゃんが飛ばされたら復帰も大変だろう。二人は私の忠告通り、風船を取り付けられないように注意して戦い始めていた。

 

 

「さて。手口も分かったことですし、思いっきりやりますか」

 

 

 ひとつ大きく羽ばたいてから、周囲を飛び回って使い魔を殲滅する。

 異形顕現中は魔法少女の力に加え、魔女としての能力も上乗せしているような状態。そのため全体的な身体能力も向上しており、一撃で使い魔を倒していく。風船を割られた使い魔はそのまま成すすべなくビルの谷間へと落ちて見えなくなった。

 

 蹴散らす最中、心の底から衝動が湧き上がる。

 

 嗚呼、空を飛ぶのは心地がいい。

 このままどこまでも飛んでいこう。

 そうだ。こんな高さで満足できるわけがない。

 かつてない彼方へ。空の向こうへ。この街なんて言わず、この国ごと見下ろせるような高みへ。

 

 飛べる、飛べる、飛べる、飛べる、飛べる、飛べる、飛ぼう、飛ぶんだ、飛びなさい。

 

 ――飛べ!

 

 

「いや、自力で飛べるんでそういうのいいです」

 

 

 誘惑を払いのける。

 一度喰らった手に引っかかりはしない。

 というか今飛んでるのに飛ぼうとする催眠はいかがなものか。

 

 

「――、ッ――」

 

 

 信じられない、というような視線がこちらに注がれる。

 怪物に化け物を見るような目で見られるのは、なんだか奇妙な感じだった。

  

 少し力を溜め、大きく羽ばたいて急発進。

 流れる景色。思考が加速し、標的以外は意識の外へ置いていかれる。

 視界がぐるりと90度回転し、眼下の街並みへ真っ逆さま――。

 

 

「――っと、それも効きません」

 

 

 飛行ではなく落下のビジョンを植え付けてきたが、それも振り払う。

 確かにこの状態からの落下感覚はキくが、そんな感覚は飛行能力を経てからというもの慣れっこだ。何度音子さんから対地対空用攻撃の訓練をさせられたと思っている。美緒どころか父までが悪乗りで射撃に加わっての大惨事。上下から降り注ぐ弾幕を回避させられながら結局撃ち落とされたのはトラウマものである。

 とにかく、これで誘惑に意味はなくなった。直接攻撃をしてこないということは、つまりこれで相手の手札は出尽くしたということ。

 槍を振りかぶり、魔力を込める。一撃であの身体をぶった切ろうと、翼をはためかせて発進し――。

 

 

「五十鈴さん!?」

 

 

 耳に飛び込んだななかちゃんの言葉に踏みとどまる。

 方向転換して駆け付けると、うずくまって震えるれんちゃんをななかちゃんが使い魔から庇っていた。

 

 

「――ぁ、なんで、いや。生きたい、のに。なんで、落ちて」

「どうしたんですか……!」

「最初の誘惑はお互い振り払えたのですが、次の催眠で五十鈴さんが突然顔を青ざめて……とにかくグリーフシードを!」

 

 

 ……不味い。ソウルジェムが急速に濁り始めている。

 どうやらウワサによる落下の暗示は、彼女の心を揺さぶるどころか、なんらかのトラウマを刺激したようだ。とにかくこのままでは最悪の事態になる。急いでグリーフシードを取り出そうとした手に、使い魔の紐が絡まる。

 

 

「っ! この、やめさな――」

「私、もうあんな死に方、たすけて、りか、ちゃ――」

「――っ、駄目。間にあわ」

 

 

 振りほどくも虚しく、ソウルジェムは黒く濁りきり。

 ――その瞬間、れんちゃんの体から何かが抜け出した。

 

 

「え?」

 

 

 目を疑う。

 視界に映るもの。心電図の下に人の胴体の骨組みを取り付け、その根元に幽体のようなれんちゃんが佇んでいる。

 その正体が何なのか、魂を見通す私の眼は理解してしまった。

 

 

 

Renata

 

 

 溢れ出た異形が刻まれた名を指し示す。

 それは感情の写し身。

 絶望に至った根底を表す業の化身。

 本人から独立した絶望の象徴。

 

 それはすなわち魔女であり、それが意味することはつまり――。

 

 

「つばめさん、まさか五十鈴さんは……」

「…………いや、違う」

 

 

 確信をもって否定する。

 

 

 なんだこれは。

 

 魔女ではない。それはあの異形の中心に輝くれんちゃんの魂が証明していた。

 

 ではなんだろうか。私のようななり損ないでもない、けれど非常に酷似したナニカの働きを感じる。

 答えは出ない。ただ事実として、魔女と同様の穢れを凝縮した異形が、彼女の魂から()()()()()()()()()出現したのだ。

 

 

ァ、ア、アアアアアアアアアア!!!

 

 

「っ、防護――!」

 

 

 ほぼ反射的に感じた、危険な兆候。

 自分とななかちゃんを守るための防壁を張った直後、全方位に無差別に電磁波が発せられる。まともに当たれば肉体は愚か、精神すらも焼き尽くされんとする出力の暴威が半径数十メートルを蹂躙した。

 防壁越しに伝わる痺れからその威力を思い知る。周囲にいた使い魔はほぼすべてがその電気で焼き払われており、圧倒的な破壊力は空間の主であるウワサにも大きく被害を与えていた。

 

 

「っ、チャンス――!」

 

 

 疑問はあるが、絶好の機会を見逃してはならない。

 翼を羽ばたかせ急接近。一息で間合いを詰め、身もだえするウワサへ今度こそ骨喰を振り下ろした。

 

 

 ――天魔断頭(ギロチンスカイ)

 

 

 現象を纏った怪異に冥哭鳥が食らいつく。その嘴がウワサの体に食い込む寸前、外殻のような魔力が拒絶するように刃を押しとどめる。骨喰に刻まれた概念よりも、ウワサが『物語』としての質で上回っている証拠だ。やはりウワサは魔法少女の魔法で作られた存在。それもかなり純度の高い希望によって編まれた、上位権限とでも言うべき別格の魔法で――。

 

 

知、るかぁ!

 

 

 その道理を斬り捨てるべく、力の限り槍を押し込む。

 幽玄の白炎がウワサの魔力を焼ききり、その華奢な体を袈裟懸けに断ち切った。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 声にならない断末魔を上げてウワサがボロボロと崩れていく。

 核となっていた魂が零れ落ち、彼方の方角へ流れていくのが見えた。

 

 

「――っ、はぁ……」

 

 

 風景が薄れる。

 空に宛がわれた大海はその姿を消し、私たちは元の屋上に立っていた。

 

 

「ななかちゃん、五十鈴さんは――」

「大丈夫です。気絶していますが、命に別状はなさそうです」

「ソウルジェムは……」

 

 

 ななかちゃんに介抱されているれんちゃんは安らかに寝息を立てている。彼女の青いソウルジェムは穢れ一つなく、眩い輝きを備えていた。

 

 

「先ほどのは、一体何だったのでしょう。もしや、つばめさんと同じ……?」

「さて。原理的には似ている感じはしますが……」

「――ん、ぅ」

「あ、目を覚ましますか」

「……あれ、ここは。つばめ、さん?」

「おはようございます。五十鈴さん。何があったか覚えてますか?」

「…………ええと、落ちそうな夢を見て。目の前が真っ暗になって……そこから、自分の中から別の誰かが出てくる感じがして、そのまま、勢いで、えっと、お二人を巻き込んで……」

「大体全部覚えているってことですね。それなら手間が省けます」

「あの、さっきの力って、何が……?」

「それが私もさっぱり何が何やら。ともあれウワサは倒されましたし、ひとまず調整屋に向かって悪影響がないか調べたほうがいいかもしれませんね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――とまあ、夢の中での自由を経たつばめ達はウワサを撃退。これが遠因となって引き起こされていた連続自殺もまた途絶えることになる。今回の事件は、これで幕引きというわけだ」

「なんだか、随分とあっさりした解決でしたね」

「ぶっちゃけ魔女退治とほとんど変わらないからねぇ。敵の特性さえ暴いてしまえば、後はどうとでもなる。加えてつばめやななかくんの魔法はそうした厄介な部分を無視して本質を突く力だからね、一度懐に入り込んでしまえばすぐにカタがつくのは当然だよ。まあ異形顕現を切る判断をしたあたり、それなりにてこずる相手だったのだろう」

「ふーん……」

 

 

 顛末を聞きながら、ももこはクッキーを口に運ぶ。

 噂通りの事件を起こす怪物をつばめ達が倒した。

 つまり、魔法少女の力が及ぶ存在であると知れたのだ。

 この時点で彼女たちの中でウワサの評価は、概ね魔女モドキということで一致していた。

 

 

「なんだ。結局魔女と大して変わらないんだな」

「グリーフシードを落とさないみたいですし、なんだか嫌な相手ですね」

「やはり得るものがないと気が乗らないかね?」

「ああいや! 巻き込まれている人がいるなら戦いますよ。ただまあ、なんで人を巻き込むようなのが魔女以外にも出てきちゃうって思うと、僕たちの戦いがもっと激しくなっちゃうような」

「メルが言うと洒落にならないんだよなぁ……」

 

 

 わかりやすいフラグ建築である。

 

 

「ともあれ。私から話せることは以上だよ。菓子も無くなった、終わりには丁度いいだろう。というか君たち、バクバク食ったね……」

「だってここでまともなもの食えるの珍しいから……」

「あらぁ、そんなに食べると、おなかにぷよぷよのお肉がついちゃうわよぉ~?」

「魔女退治でカロリーを消費するからいいんです、行きますよももこさん!」

 

 

 メルに引きずられるようにしてももこが退室する。

 二人の気配が遠ざかったことを確認してから渡は口を開いた。

 

 

「――ま、今回伝えるべきこととしてはこの程度でいいだろう。改善点としては注意喚起やアフターケアに難あり、といったところか。次に彼女たちが来た時は、その辺りをしっかり考慮しておくことを伝えておきたまえ」

「……なんでもお見通しね」

「ここの防備を整えたのは誰だと思っている? まあ、今のところ問いただす気はないし、教会や七海くんにこの件をチクる気もない。ビジネスとして太い団体客を持つのは必須だからな。もっとも、余計な虫は追い出しておいたがね」

「いきなり変なもの取り出したと思えば、そういうことだったのねぇ」

 

 

 虫避けとして焚いていた魔香の火を消す。

 応急処置としてはこれで良し。後は次に入ってこられないように対策も考えておかなくては。

 

 

「とはいえ、向こうから用済みと斬り捨てられないようにいざという時の立ち回りは考えておくべきだ。絶対中立の看板を背に死ぬなんてバカバカしい姿を、私に見せてくれるなよ?」

「わかってるわよ。で、そのウワサの彼女さん、どうなったのかしら?」

「さてな。私がやったのは只の事実確認だけだ」

 

 

 今回の一件において、渡がメル達に語っていないことは二つ。

 

 

 一つ目は、ウワサとの戦いで五十鈴れんの身に起きた現象について。

 魔女化を覆して発現した、ドッペルと呼ばれる写し身による攻撃。異形顕現ともまた異なる穢れを用いた秘術が、現在の神浜において発動するようになっている。

 このことについて、つばめ達は知っている。ウワサを倒し、相談に訪れた彼女たちにその事実を語った張本人こそ、調整屋八雲みたまなのだから。

 

 二つ目は、そのドッペルが発現した原因は、ウワサを作成した人物と深い関わりがあること。

 さらに言えば現在キュゥべえが神浜から締め出されている原因も、街に魔女が集められていることも、この人物を含めた数名の魔法少女の仕業であり、その下には多くの魔法少女が付き従っていること。

 こちらについてはつばめ達は知らない。だがすぐに知ることになるだろう。恐らくそう日を置かずにあちら側から接触があるはずだ。何しろ娘を知る彼女がその中にいるのだから。

 

 

「さて、君の最後の望みは叶うだろうかね。幸恵くん」

 

 

 琴織渡は一人の人間に思いを馳せる。

 彼はウワサの核となっていた女性の下を、数日前に訪ねていた。




〇風船サーバーのウワサ
 アラもう聞いた? 誰から聞いた?
 風船サーバーのそのウワサ
 お空の旅へ行く人には、綺麗なカラフル風船の無料サービス!
 しっかり体に括りつけて、お空で楽しくバルーンファイト!
 でもでも貰いすぎには気をつけて。
 風船を欲しがりすぎた欲張りさんは空の彼方に飛んでっちゃうって、神浜の空ではもっぱらのウワサ。
 ドコマデモー!

〇琴織つばめ
 異形顕現状態なら基礎ステが最低でも1.5倍。
 それと羽根を利用したダガーを生み出せる。
 素の異形顕現≒ドッペルver

〇五十鈴れん
 本作初のドッペル使用者。


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第四十三話 バードアイ・ビューイング……④【文那幸恵・夢の終わり/バードアイ・ビューイング】

目覚めの時。


 ChapterⅥ【文那幸恵・夢の終わり】

 

 

「――ぁ」

 

 

 一直線に走った痛みに目を覚ます。

 

 

「ここ、は」

「……文那(ふみな)さん?」

 

 

 呼びかけてきた看護師の声に、ここが自分の病室だと思い出した。

 なんだかとても永く、優しく、恐ろしい夢を見ていたような気がする。

 

 

「よかった、目を覚まされたんですね」

 

 

 安堵する声には驚きの色が混ざっていた。どうやら二度と目を覚まさないと思われていたらしい。それもそうだろう。だって私の体はいつ死んでもおかしくない。長い眠りについてしまえば、とうとう病が脳にまで回ったと認識されてるのは当然だ。

 果たして自分はどれだけ眠っていただろうか。ここには時計もカレンダーもないけど、きっと何日も経っているのは間違いない。

 

 

「ちょっと待っててください。今、先生をお呼びします」

 

 

 看護師が病室から出ていくのを見届けてから、私は現状を確認する。

 周囲を見回せば、そこは自分ひとりだけの病室。

 身の着は病人服。周りには医療用の電子機器。私を縛る棺桶は何一つ変わっていない。どうやら眠り続けていた間も、世界は通常通りに回っていたらしい。

 

 はたして自分は何の夢を見ていたのだろうと思い返して――背筋に悪寒が走り、脳が軋んだ。

 身を焦がし尽くすような熱。迫り来る刃。青白く光る死神の眼。

 身体には傷跡一つない。けれどあれは現実だった。

 

 

「あ、あ、ぁぁ……!」

 

 

 身体から暖かさが抜け落ち、がくがくと振るえ始める。

 怯えながらも受け入れていたはずの死が、あんなに恐ろしいものだったとは。

 

 

「わたし、生き、てる……?」

 

 

 精一杯の力を込めて、空いていた手を胸の前に動かす。

 そうして微かな鼓動を感じ取り、まだ自分が生きていることをようやく実感する。

 

 

「なんだったの、あれは」

 

 

 どうやってあの子たちは私の夢に入り込んできたのか。どうやって起きたまま空を飛んでいたのか。どうやって私とウワサを殺したのか。

 訳のわからないことばかりで、たった一つ分かること。

 私は現実に戻ってきた。戻ってきてしまった。

 あれだけ望んでいた夢は、あっけなく醒めてしまった。

 

 もう空に飛び立つことは叶わない。縛られた自由を謳歌することはできない。

 それでも、不思議と惜しむ気持ちは湧かなかった。

 

 

「……ええ、これで良かったのよ」

 

 

 最初から、叶えるべきじゃなかったのだ。

 多くの人を誘い、果てには死に惑わせてしまうような夢なんて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「失礼する」

 

 

 二日後。ガラリとドアを引いて現れたのは、看護師でも院長でもない、彼女の見知らぬ人物だった。

 

 

文那幸恵(ふみなゆきえ)くんだね」

 

 

 肩口まで伸びた髪を一つ結びにした眼鏡の男性。無地のワイシャツとスラックス。そこそこに整った顔立ちが、知性的な印象を与える。幸恵の好みではないが、それなりにモテるタイプの人間だとは思った。

 

 しかし、それが正体ではないだろう、とも思っていた。

 夢で相対したあの死神。それに似た同質の闇を彼女はこの男の底に感じていた。曲がりなりにも自分もそういった存在になっていたからこそ、この男の異端さを無意識のうちに読み取ることができた。人のガワを被ってはいるけど、きっと相応の化け物に違いない。

 

 

「あなたは、誰ですか?」

「琴織渡。魔術師だ」

 

 

 何事もないように彼はそう言った。

 

 ――魔法少女の次は魔術師。

 どうやら自分はつくづく奇妙な連中と縁を持ったらしい。

 

 

「その魔術師さんが何の用?」

「うちの娘が世話になったからね、挨拶回りと事実確認に。ああ、娘は君に止めを刺した子だよ」

「……ああ、あの子ね」

 

 

 合点がいって、つい失笑が零れた。

 怪物の娘は怪物。当たり前の話だった。

 

 

「……首から下は完全にやられているな。文那幸恵、形式上は神浜大学付属学校の元生徒。元々何度か入退院を繰り返していたが、両親は二年前に中央区で起こった交通事故で他界。それに前後する形でいくつかの疾患を併発し完全入院。費用は遺産と保険から払われ、残った親族は最低限の手続きのみ。事実上の天涯孤独というわけか」

 

 

 憐れむような口ぶりとは裏腹の無表情で、渡は幸恵の身の上を述べる。

 なんともまあ綺麗なまでに、彼は幸恵の過去を探り当てていた。

 

 

「詳しいわね」

「ああ。昨日、ウワサから魂がこちらの方角に逃れていったと娘から聞いて、患者の情報を集めておいた。その中で外見情報が合致したのが君だったから確かめに来たら、案の定というわけさ」

「ああ、そういうこと」

「いたましいものだな。頼れる者がおらず、自分ひとりで生きていくことすらままならない。だというのに、世界は君を生かし続けてしまう。それが正常なシステムではあるのだが、こうまでして生きているだけというのにジレンマを覚えざるをえんのは人情だな」

「その通りよ。私は生きながらに死んでいる。唯一の希望も、あなたの娘さんが奪っていったわ」

「それについては間が悪かったとしか。しかしあれだな、君が核になっていたのならもう少し手心を加えることはできなかったのか」

「私だって落ちていく人を眺めるのは嫌だった。でも無理だったわ。そういう存在として定義づけられていた以上、あの私は夢に誘う以外のことを許されていなかった。私にできたのは、空から街を見下ろすことだけ。結局私は、空を飛べてなんていなかったのよ」

 

 

 飛行とは行き先が定めて飛び立つ行為であり、浮遊とは行き先もなく風に流れる行為だ。

 そうあれかしと定められた器に納められ、あてもなく彷徨っていた彼女は、当然――。

 

 

「なるほど、はじめから物語ありきで動く存在。いや、物語とは概ね結論ありきなのは当然といえば当然なのだが。となればやはりウワサの作成そのもの以上の意図があるか。数多の物語を紡ぎ束ねた先に何を――と、流石にそれは性急か」

 

 

 頬に添えていた手を戻し、渡は疑問を口にした。

 

 

「さて、本人の確証が取れたところで質問だ。結局のところ、どうやって君はそのウワサになっていた? 君がそういう芸当をできるとは思えん。何者かがあの身体を与えた、というのが妥当な線ではあるが」

「その通りよ。私はずっとここから外の世界を眺めて、憎んで、求めていた。いつか外の世界を自由に歩ける日が来ることを望みながら、そんな日はこないと諦めていた。そこにあの子たちがやってきて、私は――っ」

 

 

 人と会話らしい会話をするのも久しぶりで、幸恵はつい饒舌になった。

 あまりにも語ろうとするせいで咳き込んでしまい、掲げられた手によって言葉の続きは制止された。

 

 

「……ま、予想はしていたがやはり魔法少女の仕業だったか。その魔法少女は誰だ?」

「悪い、けど、そこまでは、教えられないわ」

 

 

 彼女たちは友人であり恩人だ。

 いかに命を投げやっているとはいえ、目の前の男に情報を売るというのは気が引ける。もしこの魔術師を名乗った人が無理やり情報を聞き出そうとしてきたらどうしようかしら、なんて思いながらも幸恵は渡の言葉を跳ねのけた。

 

 

「そうか。それなら別にいい。その話は別に当たろう」

「……いいの?」

「もののついで程度だったからね。飽くまで私の役目は後始末だ」

 

 

 渡としても、情報を求めてきたわけではない。

 ウワサを滅ぼしたことで何かしらの悪影響が起こっていた場合、その問題を解決するために彼はここを訪れていた。

 その心配も杞憂だった以上、ここに長居する理由もない。

 いくつかの疑問は残るが、さりとてそれは彼女からしか聞き出せないわけでもなし。

 

 

「邪魔をした。とはいえこれも一つの縁だ。もし君がまだ外を望むのなら、いくらかおせっかいを焼いてもいい。これでも足長おじさんには慣れている」

「いらないわ、そんなもの。私に余計な夢なんて、あったところで仕方がない」

「ふむ、責任を感じているのならそれは的外れだと言わせてもらおう。あれは事故のようなもの。現実と夢を混同して飛べると勘違いした奴が勝手にくたばっただけだ。依り代として据えられただけの君が必要以上に気に病む必要はないよ」

「そうかもね。でもいいのよ。あれだけ望んでいたものを手に入れておきながら、自分から手放した方が良かったなんて思っている罰当たりには、ね」

「……なるほど。確かに最後ぐらいは、自分に誠実であらなければ人間としても終われないか」

 

 

 

「でも、そうね。だったら一つお願いをしていいかしら」

「何だね?」

「あの子たちに、伝えて。

 ――ありがとう、って。私は、あの子たちのおかげで、ささやかな夢を見れたから」

「承ろう」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして男と女は別れた。二度と会うこともない。

 彼女がこれ以上の救済を拒んだ以上、彼にできることはない。

 

 罪ではない、と彼は言った。

 確かにその通り。人々が落ちたのはウワサの性質が原因であり、それも本来想定されてはずのもの。本当の飛び方を知らない人たちが、勝手に勘違いして落ちていっただけとも言える。

 そこに私の介在の余地はない以上、そこに誰かの死が含まれていたとしても責任を問うことはできないのだろう。

 

 けれど、自分が知らなくてもいいことを教えたことで、彼女たちの未来を奪ったこともまた事実。

 ならば、けじめをつけなくてはいけない。

 叶わない幻想(ゆめ)を見せたことの罪は、自分からその希望を否定することで償わなければいけない。魔法少女でなくとも、それは当然の理だ。

 

 

 だから、私はあの場所へ向かった。

 始まりの風景。健やかだった時からの思い出だったあの景色。

 最後に残された力でそこまでたどり着いて、改めて私は眼下の街並みを見下ろした。

 

 数年の間見なかっただけで、この街は随分と様変わりした。

 ただでさえ発展が盛んな中央。見覚えのある店、真新しいビル。さびれてしまった裏通り。

 それらすべてをこの目に焼き付けてから、空を見上げる。

 空を覆う灰色の雲。夏の湿り気と、それを吹き流す涼風。

 この脆い身体では毒にしかならないそれらを全身に浴びて、つい笑みがこぼれた。

 

 

 嗚呼、私はこんなにも生きていた。

 

 

 そうして。

 俯瞰する世界から、私は墜落する。

 それが彼女たちの下へ届けられる、たった一つの贖いだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ChapterⅦ【バードアイ・ビューイング】

 

 

 その日の帰りは、彼女を家の近くまで送り届けることにした。

 朝の天気予報ではこれから荒れるらしい。アナウンサーの土御門元春の読みは正確。しかし八雲嬢の折り畳み傘ではすこし心許ないと思った次第だった。

 

 中央区へと立ち入ってしばらく歩いていると、にわかに大通りが騒がしい。

 少し顔を出してみれば、むせかえる鉄の匂いと広がる朱色。潰れた貌と折り曲がった細い手足。

 ふと視線を上げて、そこが件の霧谷ビルであることに気が付いた。

 

 驚きはない。

 果てを目指して飛んだ以上、夢から降りるということは能わず。

 結果は着地か墜落によって示される以上、こうなるのは必然だった。

 

 踵を返して元の帰路へ戻る最中、八雲嬢が口を開く。

 

 

「自殺だったわね」

「ああ」

「魔女の仕業……じゃないみたいね」

「そのようだな」

 

 

 曖昧に返事をしておく。これ以上を語るのは無粋だからだ。

 勿論、たった今飛び降りたのが誰なのかは八雲嬢も知っている。そのうえで、彼女は答えのない問いを口にする。

 

 

「分からないわね。呪われたわけでもないのに、どうして人は自分から死んでいくのかしら」

「人間、一度くらいそういう事もあるだろう。キミとて、ふと自分の命を絶ってみたらどうなるか、なんて禁忌思考がよぎったことはあるはずだ」

「無いわよ。お生憎様、私は憎しみのほうが強かったもの」

「そうか。悪いことを聞いたな」

「ええ。デリカシーもモラルもないわね」

「言い過ぎだろう……まあ、なんだ」

 

 

「今までずっと空を飛び続けていたんだ。たまには落ちてみたくなったんだろう」

 

 

 再び曇り空を見上げる。

 ひゅるりと燕が急降下し、また空に昇って行った。




〇あとがき
 言わなくても分かるだろうけど『空の境界』が元ネタ。
 というか要素をこちら側に変えただけで大筋は大体同じです……はい。

 ・つばめにウワサを調査させる。
 ・つばめがドッペルを認識する。
 ・この作品には超能力もあるよ。
 
 今回の提示要素のうち上二つがあれば導入にはなんでもできる。そのうえで趣味に走りました。

 
文那幸恵(ふみなゆきえ)
 ゲスト枠。里見メディカルセンターに入院する患者。余命いくばくもなく、生に絶望しながら死に怯えていたところをウワサの依り代に選ばれた。霧谷ビルは幸恵の元住まいであり、心象として焼き付いた高層階から眺める神浜の風景がウワサとリンクし、夜以外も結界内部に入り込める中心地になっていた。
 里見灯花、柊ねむ、■■■とは時折会話をする間柄であり、ウワサの憑依も純粋な善意で行われたこと。勿論いくらかの打算や思惑があったものの、彼女を選んだのはその境遇を憐れんでのことである。
 いうまでもなく元ネタは巫条霧絵。


〇空飛び姫のウワサ
 このウワサに入る条件は【神浜市内で夕方以降、一定高度以上の場所でジャンプすること】のみ。
 この緩い条件によって多くの人間が立ち入り、毎晩飛行の夢に浮かれながら、辛く沈む現実へ目覚めた時の落胆の感情エネルギーを回収していた。その性質上、一度に大きく搾取するのではなく、コンスタントに繰り返す形でエネルギーを生む比較的優しい性質のウワサ。仮に魔法少女が乗り込んできても同様に夢に沈めれば問題なく、もし正気に戻っても追い出すか落下させるかで対処可能というセキュリティも万全。両方にメタを張れる琴織親子がいなければ……。
 ちなみに他には由良蛍や入名クシュ、そして梓みふゆが夢空間で自由に動けるので対処可能。
 死人が出たのは規模がデカくなりすぎて無自覚な夢飛行能力者まで呼び込んでしまったから。


 それでは次回。
 




















 【Interlude】


「――ッ!?」


 ガチャリと音を立ててティーカップが傾き、テーブルクロスを白から赤茶に染め上げる。
 眼鏡をかけた魔法少女――柊ねむは弾かれたように椅子から飛び上がって離れていた。
 自分の持っていた本――魔法の媒体でもある誌編がひとりでにめくれ上がり、そのうちの一ページが燃え上がったからだ。


「ねむ!?」
「ねむ様!」


 茶髪の少女――里見灯花がその様子に驚き、彼女の後ろに控えていた黒髪の女性が慌てて駆け寄る。
 

「ご無事ですか?」
「僕は大丈夫。それよりも――」


 ねむと呼ばれた少女は炭と化していく頁を見つめる。他の項には僅かとて損傷は見られず、ただその一枚のみが跡形もなく焦げて宙に解け消える。
 文字通り自分の血肉を分け与えたに等しいそれの末路を見て、彼女は何が起こったのかを理解した。


「ウワサが消えた……それも、根本から……!!」
「えーっ!?」
「なんと……」


 告げた事実に信じられないとばかりに少女は声をあげ、女性は感嘆したように声を漏らす。
 自分が紡ぎあげた物語は、例え実体化した化身が倒されようとも残り続ける。現にこれまで何体かのウワサは倒されていたものの、自分の持つ本の中にその存在は戻ってきていた。
 だから、戻ってきたウワサが頁ごと燃え尽きるというのはこれまでに見たことのない現象だった。
 それはつまり、存在の根幹ごと破壊されたということ。原本であるこの本にまで波及する破滅を齎す存在がこの神浜にいる。知らず、ねむの指に震えが走った。
 

「信じがたいことだけど、事実だ。もう僕の本の中に空飛び姫のウワサはいない」
「うにゃー、あのウワサは一人あたりの効率は低いけど、その分いっぱい人を集められてたのにー」
「あのウワサは色々と実験的な要素も多かったし、元より半ば彼女に寄稿したウワサだ。エネルギー回収という面では重要度の低いウワサだったのは幸いだったけど、それが失われたのは遺憾の極みだ」
「あー……お姉さんは大丈夫なのかな?」
「ウワサごと消える可能性は低いね。あれは飽くまで魂の容れ物をウワサに変えただけだ。ウワサが消えたなら元の体に戻っていくはずだよ」
「それなら心配はいらないかなー……元の病室に戻っちゃうのは、ちょっと悲しいと思うけど」
「そうだね。とはいえ、それもまた結末の一つだろう。……しかし、こんなことが起こったのは予想外だ。まさか、魔法の本質を捉えて破壊するなんて真似ができるなんてね。間違いなく、魔法の原理に詳しい者か特殊な固有魔法の使い手の仕業だろう」
「もしかして例の七海やちよ?」


 第一に容疑として挙げられたのは、神浜の西のリーダー。
 彼女はウワサが出現して間もなくの頃からその兆候を察知し嗅ぎまわっている。その嗅覚は正しく、現にウワサを一つ消されてしまっている。


「いえ。みふゆの話ではそのような魔法は持っていないと聞いています」
「じゃあ一体……」
「まさか、彼女か――?」
「……『鉄の英雄』……」


 この街にて闊歩する実力者たちの中でも、最も警戒対象に挙げている『英雄』が頭によぎる。
 穢れを浄化する聖堂騎士ならば、ウワサという魔法で生み出された生命を消し去ることもできなくはないだろう。
 粛清機関が早くも自分たちの存在に気がつき、手を打ってきたというのか。


「とはいえ、決めつけも良くない。まずはウワサを倒した魔法少女を調べよう。ウズメ、あのウワサに配備していた羽根を集めてほしい」


 ねむの下した指示に対して黒髪の女性――ウズメは頭を振った。


「それなのですが、実は人目のつきやすさとウワサの特殊性から監視の羽根を充てられておらず……ご期待に沿えず申し訳ありません」
「む……仕方がない。こちらの設計ミスであって君の責任じゃないよ」
「でもー、羽根たちからの情報があてにならないなら、どうやって調べるのー?」
「みふゆに当たらせましょう。ウワサを打倒した以上はある程度名の売れた実力者。であれば彼女が知っている可能性は高いでしょう」


 ウズメは懐から携帯端末を取り出し、己の部下である魔法少女へと連絡を取りはじめた。




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第四十四話 リベレイター・オブ・マギカ……①【地下会合/マギウスの翼】

「魔法少女を解放する者たち」

ここからオリジナル魔法少女たちがわんさか出てきます。

扉絵イメージ『ライブハウス。お気に入りのバンドを観戦する四年前のみかづき荘三人組』


 ChapterⅠ【地下会合】

 

 

「いらっしゃいませ。チケットはお持ちですか?」

「当日券を一つ」

「かしこまりました。2500円になります」

 

 

 栄区。

 地下ライブハウス。

 

 聞いたことのないバンドの曲と客の歓声で賑わうほの暗い空間。熱狂に包まれる独特の雰囲気は個人的に居心地の良さを感じる。普段なら聞かないような曲に耳を傾け、一人で静かに音に身をゆだねるというのも案外乙なものかもしれない。

 しかし残念ながら今回は曲を聞きに来たわけではない。

 カウンターでジンジャーエールを受け取り、ギャラリーの中から目的の人を探す。

 

 

「あ、つばめさん。こっちです」

 

 

 と、そこで壁際にいた人がこちらに気づいて手を振る。

 パーカーとキャップ、ダメ押しのグラサンで顔を隠したその人物の元へと近づく。ラフな格好をしているが、その中身から漂う上品な雰囲気は隠しきれていない気がする。

 

 

「……どうも、みふゆさん

 

 

 ここ半年間、連絡が取れなくなっていた魔法少女。梓みふゆその人だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「意外ですね……」

「ここなら多少の声が漏れても大丈夫ですから」

 

 

 確かにここなら会話が他者に聞かれるような心配はなく、みふゆさんの姿を見られて問題あるような面々が通っていることもない。私だけに話をするには最適な場所だ。

 しかし水名のいいとこのお嬢様であるみふゆさんが、こんな低俗の極みみたいな場所に縁があるとは思わなかった。

 

 

「家で嫌なことがあった時、昔の友人がよくここに連れてきてくれたんです。この上着と帽子も元々は彼女のものでして、譲ってもらってからこっそりと隠し持っていたんですよ」

「それって確か、かなえさんでしたっけ」

「あら、ご存じだったんですね。だったら知ってますよね、彼女がワタシとやっちゃんのチームメンバーだったことも。魔女との戦いで命を落としたことも」

「ええ、まあ」

 

 

 まさか知り合ってすぐにご本人と会話して聞いたとは言えない。

 

 

「……ここに来ればかなえさんが喜んでくれているような気がして。たまにここに来たくなるんですよ」

 

 

 うん。そうだろうね。

 だって今もあなたの後ろでライブを聴いてるからね。いつもの仏頂面だけど、身体でビートを刻んでいるからむっちゃノリノリなの丸わかりだからね。

 

 

「で、なんだって音沙汰もなかったくせにいきなり呼び出したんですか? まさか浪人してマジで家を追い出されたんじゃ……」

「違いますよ! ワタシはしっかり自立を始めています。受験勉強だってちゃんとしていますよ」

「実家から離れたのは本当なんだ……」

 

 

 あと浪人も。

 

 

「まあそっちは別にいいとして。それで、話したい事ってのはウワサについてですか。それともドッペルについてですか?」

 

 

 先んじて切り出せば、みふゆさんは露骨に反応を示した。

 ドッペル――空飛び姫のウワサとの戦いでれんちゃんのソウルジェムから出現した、魔女に酷似した異形。当初はウワサによるものかとも考えたものだが、あの後駆けこんだ調整屋にてみたまさんの口から伝えられたのは、それが最近になって神浜市で起こるようになった現象であるということ。

 

 魔女体を本人の魂から引きはがし、穢れの昇華を行うことができる秘術。私も知っている魔法少女も何人か発動したことがあるらしかったが、その特異性から他言無用のような扱いを受けているらしい。事実私たちも初耳で、もう少し聞き出そうとしたのだがみたまさんはそれ以上の情報を落としてくれなかった。ただあの様子だと絶対にもっと詳しいことを知っているはずなので、大方それを仕組んだ何者かとバックで通じているのだろう。

 

 とりあえずそのことについては深く追求しないことにした。完全中立という立場上、どんなに厄介な連中と関わりを持っていようともこちら側がそれを問い質す真似はできない。味方でもなければ敵でもない。父がパトロンを務めているから半ば身内扱いしてはいるが、私個人という立場では単なる取引関係でしかないのだから。

 

 私もななかちゃんと話し合い、もう少しこのドッペルについて調べてから皆に話そう……というところで、みふゆさんから連絡が来た。

 『お久しぶりです。魔法少女のことについて少し相談したいことがあるので、一人で来てくれませんか?』……なんてメッセージを私は当然訝しんだ。

 いくらなんでもタイミングが良すぎる。ウワサやドッペルに関わって間もなく、しばらく消息を絶っていた人が魔法絡みの話題で接触を図ってきた。こんなのどう見ても関係がありますと言っているようなものだ。

 

 

「……やはり、空飛び姫のウワサを消したのはあなたでしたか」

「そうですよ。で、みふゆさんはそのウワサと何のご関係があるんですかね。まさか製作者とか言いませんよね?」

「ワタシにはそんな真似できませんよ」

「じゃあ作れる人を知っている、というか現在はその人たちと関わっていると」

「話が早くて助かります。ワタシは今、マギウスの翼という組織に属しています」

「マギウスの翼……」

 

 

 マギウス(Magus)……魔法使いを示すMagiの複数形……。魔法使いたちの翼。そういう意味だろうか。

 

 

「はい。現在この街に展開されている自動浄化システム。すなわちドッペルを開発した三人の魔法少女、マギウスを支援するために集った組織です」

「自動浄化システムだって?」

 

 

 何を浄化するのか、言うまでもない。魔法少女が貯め込んだ穢れをドッペルという形で排出し、ソウルジェムを浄化する。

 

 その目的は言うまでもなく魔女化を回避するための措置。それを引き起こすナニカが神浜市全域に張られているとして、それが起こったのはいつか。恐らくは今年の春。このはさん達がやって来た前後でこの現象がみられるようになっている。

 だとすればキュゥべえを見なくなったのも納得できる。これが本当に魔女に成るのを防ぐためのものであるならば、連中の介入を防ぐために締め出しを行ったというところか。そんなトンデモをやってのける魔法少女がいるのかという話になるのだが、とびぬけた素質を持っている魔法少女に不可能なんてものはない。

 

 何はともあれ、答え合わせは彼女がしてくれるだろう。

 

 

「そうです。ウワサとは一般人から感情エネルギーを取り出すために作られたもの。何故そのエネルギーを集めているかというのは、魔法少女を魔女化の運命から解放するため。今は神浜にしか展開されていないドッペルによる自動浄化システムを、この世界すべてに広げるためです」

「――――」

 

 

 空いた口が塞がらない、とはこのことか。

 みふゆさんの言葉は本気だ。いやドッペルを間近で見ている以上、魔女化からの解放も夢物語ではない、というかこの神浜だけで言えばそれを実現してしまっている。それを全世界に広げようとする。なるほど、それだけ聞けば確かに立派ではある。だが、それだけでは済まないであろうことを何となく感じていた。恐らくだが、みふゆさんも知らない目的がいくつかあるに違いない。

 

 

「さて、ワタシ達について知ってもらったことですし、本題に入りましょう。……ですが、その前にまずはお礼を」

「私、何かした覚えはないんですけど……」

「いえいえ。こちら側の都合です。以前の更紗帆奈の一件、彼女の存在はワタシ達の組織からしても悩みの種でしたから」

「……見てたんですか」

「彼女は前々から要注意対象でしたから。あなた達が動かなければワタシ達のほうで対処するつもりで追跡していました。だからメルさんが襲われた時も間一髪間に合ったわけです」

 

 

 あの時に襲われたメル君が助かったのは、みふゆさんの仕業だったのか。

 何かしら記憶が操作されたと思わしき痕跡があったのは確認していたものの、その後のゴタゴタであやふやになっていたのだが、みふゆさんなら別にいいだろう。

 

 

「それと先日の空飛び姫のウワサについてもご迷惑をおかけしました。本来ならこちらで対処するべきアクシデントを解決してくれていたみたいですね。アレは本来ならほぼ無害なウワサのはずだったらしいのですが、どういう訳か他人を死に誘うような動きをしてしまっていたようです。ウワサの範囲外での事故だったのでこちらも察知することができず……つばめさんには本当に苦労をおかけします」

「全くですよ。大体、何であんなものを作っちゃったんですか。その言いぶりだと、ウワサの中には有害なものもあるみたいに聞こえますが」

「そうですね。確かにウワサは都市伝説や怪談を基にして作られた存在ですので、人を取り込むものが多く存在します。それでも魔女のように積極的に人は襲いませんし、ウワサの内容に囚われたとしても決められた手順に則れば安全に脱出できるようにはなっています。万が一の事故が起きないように、マギウスの翼に属する羽根の皆さんが監視を続けているワケなのですが……」

「あのウワサはそうじゃなかった、と」

「……はい。まさか本当に夢の中で飛べる人たちがいるとは思わなかった、と言うのがマギウスの言い分らしいです。最も、そんな言い訳をしたとしても犠牲となった人たちがいることには変わりありません。ウワサを作る時は内容を吟味するように厳密に言いつけておきました。どれだけの効力があるかはわかりませんが、少なくともワタシは大義のために犠牲を許容したくはありません」

「なるほど」

 

 

 嘘は言っていない。少なくともみふゆさんはウワサで犠牲が出ることには否定的。それでも組織そのものから離れるようなつもりはないらしい。その板挟みの感情は理解できる。魔女化の運命から解放される、というのはそれらに目を瞑ってでも求める価値のあるものだからだ。

 

 

「以上の事を踏まえてお願いがあります。ワタシと共に来てくれませんか? マギウスの翼は、あなたの力を必要としています」

「……それは、私の事情を知ってのことですか?」

 

 

 二度目が確約できないバグ塗れの方法とは言え、魔女化のデメリットを半永久的に踏み倒したのが私という存在。その成立に当たって大きく関わった男、魔導を極めた白翼公の英知の結晶と言ってもよく、魔導を志す者であれば垂涎の代物だ。

 その自動浄化システムを完成させるために、私の力を調べようと考えた可能性はおおいにあり得る。

 

 

「いいえ。口止めの約束は守っています。誓ってあなたの事情については伝えていませんよ」

「おや、律儀ですね。てっきり重要な前例として話してしまっているかと覚悟していたのですが」

「ええまあ。マギウスの三人は割と人でな……目的のためなら手段を択ばない方たちなので。あなたが自力で魔女化を免れたことを知ったなら、彼女たちはあなたを同胞ではなくサンプルとして扱う可能性があったので喋っていません。流石に、メルさんの恩人がそんな目に遭うのはワタシも嫌ですから」

「その言葉で滅茶苦茶行きたくなくなったんですが???」

 

 

 マッドが頭に付くタイプの天才じゃん。

 いやだよ実験動物扱いとか。もし監禁されたら後先考えずに暴れて滅茶苦茶にしてやるからな。

 

 

「勿論、そんなことにはワタシが誓ってさせませんので。マギウスの翼は純粋にアナタという戦力を欲しがって話を持ちかけています」

「戦力、ねえ。まさかの話ですけど、教会とやり合おうってつもりですか? それこそマジでお断りですが」

「まさか。粛清機関を敵に回してしまえば、ワタシ達は問答無用で潰されてしまうでしょう。やっちゃんにも引けを取らない方も僅かにいますが、マギウスの翼に羽根として加わっている大半の子は魔法少女として弱い子ばかり。ですがあなたの力があれば、今回のようにウワサや魔女でもしものことがあっても安心できます」

「ふむ――」

 

 

 さて、どうしたものやら。

 実のところ、個人的にはこの話にかなり惹かれるものがある。

 もちろんウワサを創造し広めるということは決して良いとは言えず、実際に一般人にも被害が出ている。みふゆさんはともかく組織全体の意向として犠牲を許容する救済に意義はあれども正義はない。

 だが、私は彼女たちを一方的な悪と断じることもできない。

 

 こんなはずじゃなかった。魔女になるなんて教えてくれなかった。キュゥべえに騙された。

 戦いたくない。死にたくない。魔女になりたくない。

 

 そんな思いは当然だ。

 契約したのだからあとは自己責任。そんなことを言うのは感嘆だが、しかしそうやって声を上げて弾劾して文句はないぐらいにはあのクソ侵略生物の勧誘行為は悪辣だ。年端も行かない女の子に近づき、甘い言葉で惑わせ、ちょうど判断能力が鈍るような問題が起こっている時に契約を迫る。これに引っかからず一般人として生き続けるというのも難しいだろう。

 

 その事情を加味すれば、どんな手を使ってでも真っ当な人生に戻りたいというのは決して否定してはいけないことだ。

 

 それに、私の方もそれに耳を傾けざるを得ない事情がある。

 

 

 富野美緒、常盤ななか、夏目かこ、志伸あきら、純美雨、静海このは、遊佐葉月、三栗あやめ、安名メル。

 

 魔法少女である私の掛け替えのない友。いくら実力のある彼女たちとはいえ、戦いを繰り返した果てに待っているのは、戦死か魔女化という結末。そこに目を背けることはできない。

 

 

 それをどうにか覆したいと思い、自らの魔法を探究する中でわかったこと。

 私が用いた復活法――反魂の秘術は他の魔法少女には適用できない。

 それがこの3年間の月日で導きだされた結論だった。

 

 

 理由はいくつか。

 一つ、私の実力不足。

 二つ、魔力リソースの確保。

 そして三つ、私個人の認識の問題。

 

 

 戦いの中で反魂魔術を使いこなし、生と死、魂魄の理についての探究は未だに底を見ることすらできていない。魔力リソースについては、不安はあるが一応解決はしている。

 そして一番肝心なのが三つ目。様々な要因が重なっていたが、あの時私が復活できたのは、自分が死んだという確信があったからというのが最も大きい。魔術が人々の信仰や積み上げられた伝承によって効果を発揮するものであるのに対し、魔法というものはその奇跡を宿した個人――つまり魔法少女の認識によって効果が左右される。

 ならば、魔法少女がいくらソウルジェムとして魂を抜き出されていようとも、脈があり、息をしている以上その身体は生きている。完全な魔女に成るまで、私は美緒たちを死んだと認めることはできないだろう。それではダメなのだ。

 

 それでも私は親友たちに待ち受ける魔女化の未来をどうにかできないか、魔術の探究によって見つけられないかと模索していた。だけど人類が抱えてきた魔女という病巣を取り除くには、私一人の力はあまりにもちっぽけで、タイムリミットは刻一刻と近づいている。

 

 けれど、この神浜でドッペルという形で実現したのならば。私のように、中途半端な人外としてではなく、れっきとした人間としての生を真っ当できるのなら。

 

 

「……いくつか条件があります。それを受け入れてくれるなら私は加入しましょう」

「条件、ですか。何ですか?」

「はい。でも念には念を……」

 

 

 パチン。と指を鳴らしあらかじめ用意しておいた術式を発動する。

 みふゆさんも空間に作用する魔力に気が付いたようで、辺りを見回し警戒している。

 

 

「安心してください。ただ単に空間を隔離しただけです。私の提案は第三者に聞かれてはいけないので。あと正直言えばみふゆさんが一人で来なければその勧誘も突っぱねていたでしょう」

 

 

 みふゆさんに盗聴なり監視なりが付いていればこの提案は意味を成さなくなる。それに彼女本人に対してもこれは念入りに大事なことだと印象付けるためのパフォーマンスでもある。

 そんな念の入り様に、みふゆさんは目を引き締めてこちらを見た。

 

 

「……はあ。要求はなんですか?」

「簡単ですよ――」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ChapterⅡ【マギウスの翼】

 

 

 

 そして翌日。

 みふゆさんに連れられた私は北養区の山中へと足を踏み入れた。

 

 しばらく山を登り、途中で脇に逸れて獣道を進む。

 

 微かに魔力の走る感覚がする。木々の合間を抜けた先は、文字通りの別世界がだった。

 立派な大木が聳え立つ草原。この前の空飛び姫のウワサとは全く異なる穏やかな光景が広がっていた。

 

 

「ここは……」

「入口です。万年桜のウワサと呼ばれています」

 

 桜が咲いているところを見たことはありませんがね、と言いながらみふゆさんは桜の木に近づいていくのに倣う。

 もう一度魔力の走る感覚がし、再び景色は変化していた。

 

 

「ようこそ。ここがワタシ達マギウスの翼の本拠地、ホテルフェントホープです」

 

 

 眼前に広がる巨大な洋館。その建物全体からウワサと同等の魔力を感じられる。どうやら、この建物が丸ごとウワサによって形成されているらしい。

 しかし微かな望み(faint hope)……文字通り、藁をも掴む思いで魔女化に抗うということか。

 果たしてそれが本当に藁でしかないのか、あるいは希望を束ねて編み上げた強固な藁縄なのか。その答えはホテルの中にいた多くの魔法少女、そしてドッペルという現象が指し示している。

 

 

「お疲れ様です。みふゆさん」

「はい。そちらもご苦労様です」

 

 

 先導されるままにロビーへと入ると、こちらに気が付いた黒いローブの魔法少女が頭を下げてくる。

 このホテル内にいる魔法少女は皆一様に黒か白のローブで身体を隠していた。白のほうが少数であることから、恐らくは白のほうが上司にあたるのだろう。

 

 

「今日は新人を連れてきました。これから挨拶回りと案内をするところです」

「新入り……そちらの人ですか?」

「ああ。よろしく頼む」

「あ、うん、よろしく」

 

 

 お互い顔は見えていない。道中、顔見知りと出くわすのを避けるために黒いマントを羽織り、おまけにバイザーをつけてきている。マギウスの翼は概ね顔を隠して活動しているというから特に違和感はないと思っていたが、デザインを統一しているとなるとむしろその違いが浮いてしまったか。

 

 

「なるほど、私もあの黒色の中の一人というわけか」

「はい。まずは黒羽根として活動してもらいます。ですがその前に、この組織のトップと会ってもらいます」

「トップ……マギウスとやらか?」

「少々違いますね。ワタシたちはマギウスの”翼”。解放の儀式を行うマギウスの三人、それを支えるための組織であり、そこの統率役である彼女とワタシが適宜マギウスの方針を羽根たちに伝えるという形になってます。まあ、マギウスは時折好き勝手に羽根たちを使っていたりするのですが……少なくとも、今から会う人は真っ当な方ですよ」

 

 

 そうして案内され、何回か階層を上がった後の廊下の突きあたり、洋風のつくりとは不釣り合いな襖の前に着いた。

 

 

「なんで襖……」

「それままあ趣味としか……。ウズメさん、ワタシです。新しい子を連れてきました」

「入って構いませんよ」

「では失礼します」

 

 

 すす、と襖が静かに開かれる。

 中は洋館の内装とは真逆の純正なる和風で、大部屋に畳が敷かれている。

 

 その中心。座布団の上に凛と正座する者が一人。

 紅い和服に身を包み、ぬばたまの髪を後ろで一つに纏めた女性がこちらを見つめている。

 奇妙なことに、服と同じ紅い魂はその雰囲気がみたまさんとよく似ていた。より具体的に言えば、紅く光っているが本質は透き通った無色に近い。

 

 

「お初にお目にかかります。私は沙羅ウズメ。偉大なるマギウスの側仕えであり、このマギウスの翼の統括役でございます」

「……よろしくお願いします」

 

 

 その礼儀正しい仕草からは、へりくだっているというよりもむしろ堂々とした佇まいを感じさせ、こちらも相応の礼儀をもって返さなくてはいけないという気持ちにさせられる。みふゆさんが上司と認めるだけの器はあるようだ。

 

 

「どうぞ遠慮なくお座りを。嗚呼、喋りも崩して構いませんよ」

「では失礼を」

 

 

 いわれるままに座敷に上がり、座布団へと腰を下ろす。

 みふゆさんも隣に座ると、私の前に茶と菓子が乗った盆が出される。

 

 

「遠路はるばるどうも。ささやかですが、お寛ぎを」

「それでは……」

 

 

 とりあえず湯呑を手に取ってみる。

 中に入っているのは綺麗に透き通った緑色の液体。つまり緑茶だ。

 

 

『毒とかはないですよ』

『いやまあいきなり毒を振舞うとかは考えてないですけど』

 

 

 みふゆさんが念話でフォローしてきたが、単にこんな怪しい組織で真っ当なもてなしを受けたのが意外なだけである。いやこう、もっと変な儀式としかしててもおかしくないっていうか……。

 とりあえず茶を口に含むが、確かに変なものが入っている感じはしない。普通に美味い、いや結構美味いなこれ。前にななかちゃんの家で振舞われた茶と同じぐらい上等な茶葉が使われている。

 そうなるとこの花の練り切り菓子にも見た目相応の期待が持てる。少し切り分けてから口に運べば、繊細で柔らかな甘味が舌の上でほぐれて広がり出す。それを茶の苦みで流すのはまさに最高である。

 

 

「どうですか?」

「……美味しい。まさかこれほどのものが出るとは思っていなかった」

「それはどうも。お粗末でありますが、こちらとしても作り甲斐がございます」

「……何だと?」

「はい。ウズメさんは和菓子作りが得意なんです。マギウスが茶会を開くときの菓子も度々作っていますし、羽根の皆さんにはご褒美として振舞われるので皆さんやる気を出してくれているんです。ところで、ワタシの分はどこに……」

「はいはい。こちらにありますよ」

 

 

 出されるや否や、みふゆさんは茶菓子をパクつき始めた。めちゃくちゃ美味そうに食べてるよ。完全に餌付けされてるじゃないか。まさかマギウスの翼ってスイーツに釣られた女子の集まりなのか?

 

 

「何、そう気を張る必要はありません。なにせこのように陰に潜む以上、少なからず悪し様に思われる方もおります故、そのような緊張をほぐす為このようなもてなしをしているのです」

「そういうことか」

「納得していただけたようで何より。では早速ですが我らがマギウスにお目通しを――」

 

「お・ね・え・さ・ま!!!」

 

 

 スパン! と勢いよく襖が開かれる。

 反射的に視線を向けると、そこにいたのは茶色の髪をサイドテールにして眉毛のくっきりした少女。可愛らしい白いドレスの衣装に燃え盛るような濃い赤色の魂。ここまでなら普通の魔法少女と言えるが、驚いたことに彼女の中にはもう一つ、薄いピンク色の魂が存在していた。

 

 

「おや、あやせ。今は新しく入った方に組織の説明を――」

「スキありい!」

「――え?」

 

 

 あやせと呼ばれた少女の姿が消え、かろうじてその軌跡を目で追いかける。

 トン。と跳躍し、壁を蹴ってさらに加速。

 刀めいたブレードを抜き放ち、沙羅ウズメに目掛けて振るった。

 完全な奇襲。

 沙羅ウズメが反応する暇なく、ブレードがその綺麗な首筋に吸い込まれる。

 

 ――が。

 

 

 その刃は寸でのところで弾かれた。

 沙羅ウズメの手には、いつの間にやら真っ赤な刀が握られており、一瞬でブレードを弾いていたのだ。そのまま沙羅ウズメは腕を振り上げ、刀の柄頭で少女の頭を打ち据える。

 

 

「ああん♡」

 

 

 恍惚とした声を挙げ、その少女は畳に沈んだ。

 ……突然の事態に、状況を見ていることしかできなかった。

 突然の凶行もそうだが、なによりそれを眉一つ、動作の起こりを捉えさせずに迎撃してみせた沙羅ウズメの技量が信じられないほどの高みにあったからだ。

 

 

「……あの、これは?」

「ああ、すみません。彼女――あやせは私を慕っているのは良いのですが、同時に隙を見て私に不意打ちを仕掛けてくるのです。しかも魔法少女だからかどれもこれも殺す気の一撃ですので油断なりません。ルカの方はもう少し場を弁えてくれるのですが、あやせはご覧のように節操なしで」

「お姉さま……相変わらずつよおい。スキ♡」

 

 

 そのあやせはまだビクンびくんと悶えている。

 頬を赤らめていることといい、度が過ぎるタイプの後輩キャラなのだろう。

 画面越しだと『あら~』とか萌え要素でしかないけど、実際に目の当たりにすると普通に気持ち悪い。

 

 

「さて――仕切り直して。私は沙羅ウズメ。そこに沈んでいるのが、双樹あやせと言います」

「うん。私はあやせだよ。よろしくね新人さん」

 

 

 切り替え早っ。

 

 

「先ほども申しましたが、私が組織の統括を、梓さんには私の補佐として羽根たち――つまりは構成員である魔法少女たちとの連絡役を担ってもらっています」

「そこの双樹さんは?」

「彼女たちには私からある程度の荒事を頼んでおります。彼女についてはいささか特殊な事情がありまして……あやせ、代わりなさい」

 

 

 はあい。という声と共に魂がかちり、と入れ替わる。

 ……なるほど、そういう訳か。

 

 

「……ふふ。あやせの中で見ておりましたが、今日も素晴らしい技前でしたウズメさん。」

「世辞は結構。挨拶をなさい」

「初めまして、私は双樹ルカ。ウズメさんには弟子入りの真似事をば。あやせとは一つの身体を分かち合うもの。彼女ともども、よろしくお願いいたします」

「……二重人格、いや魂まで二つか」

「ご名答です」

 

 

 ぱちぱちとわざとらしく拍手をする双樹ルカ。

 まさか二重人格。いやこの場合は二重存在と呼ぶべきものか。この組織にはローブを纏った魔法少女たちだけではなく、こんな特殊性を持った魔法少女までいるとは。最初は弱い魔法少女が偶然手に入れた何らかの力を根拠にカルトめいた組織を築いているのかとも思っていたが、これは認識を改めざるを得ない。

 

 認めよう。マギウスの翼は油断ならぬ勢力だ。

 街一つを牛耳るに値する立派な戦力が、この場だけで三人も集っている。それは、実力者の集うこの神浜をして十分な異常事態だ。

 粛清機関の膝下と言ってもいいこの街で暗躍しようとする組織がどのようなものかと見定めに来たが……魔法少女を解放しようと豪語するだけのことはあるわけだ。

 

 

「このように、少々彼女は癖が強い。また実力も頭一つ抜けておりますゆえ、私の直属として遊撃に当たらせています」

 

 

 そう言って双樹の頭を撫でるウズメ。双樹もそれを心地よさそうに受け入れている。

 

 

 ……今更ながら、ヤバい組織に首を突っ込んだかもしれない。




〇沙羅ウズメ
 本作オリジナル魔法少女第四弾。
 カラーズ編の実質的な主役。
 マギウスの一人、里見灯花に仕える侍女であり、同時に後援組織であるマギウスの翼のボス。
 剣術の達人。

〇双樹あやせ/双樹ルカ
 皆さんご存じソウルジェム狩りのヴィラン魔法少女。
 二重人格、通り魔、中ボスととにかくキャラが濃く、マギレコ配信前はやべー魔法少女の代表みたいな扱いだった(主観)
 「かずみマギカ」からのゲスト参戦枠。
 ウズメを慕い、事あるごとに殺しにかかっている。彼女の言う事以外は聞かない。

〇梓みふゆ
 ウズメの副官。元・西の副リーダーとして羽根の全般的な管理を一任されている。
 マギウスと羽根の間に自分以外のクッション役がいるので幾分かメンタルは穏やか。


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第四十五話 リベレイター・オブ・マギカ……②【マギウス】

長引きそうなのでキリのいいところで投稿。


ChapterⅢ【マギウス】

 

 

 

 そうして組織の幹部たちと顔合わせをした私は、次にこの組織の支援対象である"マギウス"――つまり解放を成し遂げた三人の魔法少女たちと直々に面会することとなった。

 

 沙羅ウズメが先導し、双樹がその後ろをカルガモのようについていく。それを私と側にいるみふゆさんが追随している。

 

 

「あ、ウズメさん!」

「おはようございます!」

「ご機嫌よう。今日も鍛錬に励んでおりますか? よろしい。そちらのあなたは昨日よりも少し成長しましたね。顔つきが逞しくなっています。これからも打ち込むように。そちらは大丈夫ですか? 少しだけ体調がすぐれないようですが。魔法少女とはいえ、健康をおろそかにしては精神の乱れに繋がります。休養はしっかり取りなさい」

「は、はい!」

「ありがとうございます!」

 

 

 マギウスのいる部屋まで行く途中、何人かの羽根とすれ違う。黒や白のローブを身に纏った彼女たちは、ウズメの姿を認めるや深く頭を下げはじめる。そしてウズメは一人一人に返事をし、さらにはそれぞれに言葉をかけていく。

 羽根たちはその言葉を受けて再び頭を下げ、ウズメの姿が見えなくなるまでそのままでいた。

 

 

『……すごく慕われているな』

『流石にあそこまで細かく言うことは稀ですけど、羽根たちの面倒見が良いのは確かです』

 

 

 マギウスの翼に属する魔法少女は、神浜の内外問わず魔女との戦闘が満足にできないような弱い者が多い。だからこそ神浜の西の副リーダーであったみふゆさんの存在に惹かれて加入してきた子が多く、神浜の外から来た子も、マギウスが魔力と同一波長の電波によって配信したプロパガンダによってやってきた者たちばかり。総じて魔女狩りへの実力がなく、戦死や魔女化に怯えるような自信のない者たちが集まっている。ゆえに実力のある者はそれだけで組織内で一定の尊敬を集めるのだろう。

 

 沙羅ウズメは先のやり取りでその実力の一端をわずかに見たが、それだけでもベテランに匹敵するだけの実力を持っていることは明らか。それに加えてこの堂々とした振る舞いと親身で的確な言葉。これだけあれば弱者から慕われるのは当然と言える。とはいえ、あそこまで礼儀と尊敬をもって接されるのは天性のカリスマと言わざるを得ない。

 

 

 そうして何度か羽根たちが傅いていく様子を見ながら廊下を歩き、やがてひとつの部屋の前でウズメが立ち止まった。

 

 

「さて、この中にマギウスがいらっしゃります。どうか失礼のなきように」

「わかった」

 

 

 ウズメが扉をノックする。

 入っていいよー。とすぐに返ってきた声は随分と幼く聞こえた。

 

 

「失礼いたします、灯花さま。新人を連れて参りました」

 

 

 大部屋の中央の丸テーブル。

 備えられた三つの椅子のそれぞれに少女が座っている。

 

 

「案内ご苦労様ー、ウズメ」

 

 

 こちらから見て真ん中に座るのは、茶色の髪を先端でカールにしたいかにもなお嬢様姿をした小学生と思われる背丈の少女。緑色の制服は、確か北養区の聖リリアンナ学園のものだった筈。

 

 

「ありがとうウズメ。それとみふゆも、ここまでの案内と勧誘ご苦労だった」

 

 

 その右に座すのは、頭の両端から三つ編みを下げて眼鏡をかけた、真ん中の少女と同じぐらいの年齢と思われる少女。そして私と同じ参京院教育学園の初等部制服を着たまさに文学少女といった風貌だった。

 

 

「…………」

 

 

 そして左。気だるげな態度を隠しもせず、大して興味のなさそうにこちらを見てくるのは、栄総合学園の制服を絵の具の飛沫で汚した、私と同年代と思わしき緑色の髪の女子。なんだか見覚えがあるような、ないような。

 

 この三人が、マギウス。

 一目見て理解する。彼女たちの魔法少女としての素質は桁違いだ。

 この眼に映る魂の熱量。一等星のような輝きを放つそれは、まさしく燃え盛る星そのもの。人の歴史を導くだけの才能と因果を保有した才女たち。確かにこれならば、ドッペルを実現させるだけの力があるのも頷ける。

 

 

「くふふっ、初めましてだね。わたくしは里見灯花。自動浄化システムを考案した天才で、ウズメのご主人様だよー♪」

「僕は柊ねむ。ウワサの作成を担当している」

「……アリナ。アリナ・グレイ

 

 

 真ん中のお嬢様が灯花。文学少女がねむ。美術学生がアリナ。

 

 あれ、アリナって、確か……。

 

 

「どうかしましたか?」

「……いや、少し驚いただけだ。噂の天才芸術家が、まさかマギウスの一人とはな」

「ふーん、アリナの事知ってるワケ」

「ああ。美術館の展示品を破壊して回った挙句、屋上から飛び降り自殺を図った芸術家だろう?」

「バッド! よりにもよってそこを出すワケ?」

「まあ結構ニュースになってたもんねー」

「わざわざその様子を見に行ったら庭園で倒れているんだから、流石の僕たちも驚いたものさ」

 

 

 実際はももこさん達が仲良くしてる御園かりんっていう魔法少女の先輩がアリナって名前だから色々聞いてるだけなんだけどね。個人的な創作仲間として色々話し合っている時にぽろぽろ話題に出るのは良いけど、大体ろくでもないエピソードばかりのキジルシだっていうことしか頭に残っていない。

 

 

「なんでそんなに慌ててるのー? あれ自体もアリナのアートだったでしょ?」

「あんな不完全をアート扱いはノーセンキュー! 確かにアリナのアートが進化したスタートだったけど、同時に迷走しすぎたブラックダイアリーなワケ」

「ええ。あんな気狂いの極みのような真似をされていなければ、お嬢様がたがあなたと関わるようなことは無かったでしょう」

「なぜディスったワケ?」

「自分の行いを省みればよろしいかと。芸術が凡庸な感性から現れ出ないのは重々承知ですが、それと風紀を尊重しないのは全くの別問題ですので」

 

 

 アリナの抗議の視線を涼やかに受け流すウズメ。眉ひとつ動かさず上司に対して悪態をつく振る舞いは、先ほどまでのカリスマに満ちた佇まいからは想像もつかなかったが、その言い回しですら一定の気品を感じさせるものであった。

 

 

『みふゆさん……あの二人、仲悪いの?』

『ええ、少し、いえ結構ウズメさんはアリナに対して小言が多いですね。ウズメさんは灯花のお手伝いさんですから、彼女に教育に悪影響を及ぼしそうな振る舞いが目に余るのでしょう』

 

 

 過保護だね。

 

 

「さて、少し話が脱線したね。とりあえず僕たちのことも知ってもらったとして、次は君のことを教えてほしい」

「私のことか。それなら事前に伝えておいた通りのはずだが」

「そうだねー。よその町からやってきて、自力でわたくし達を探り当てたベテランさん。よわよわな魔法少女たちならまだしも、それだけの人をただの黒羽根にして個性を殺すのは逆に非効率。実力はきちんと把握しておかなくちゃね!」

 

 

 なんだろうこの流れは。まるで面接だな。

 とはいえ、あらかじめ用意しておいたプロファイリングはちゃんと伝わっているらしい。

 

 私は自分が琴織つばめであることは彼女たちに伝えていない。

 偽名、そして偽の顔。それを用いることがみふゆさんに提示した組織へ入る条件だ。

 

 自動浄化システムに興味をもって接触したのは確かだが、同時に神浜で暗躍する彼女たちについては未だに不信感を覚えている。

 今回はそれを見定めるための目的も兼ねた潜入捜査で、時と場合によっては裏切りも視野に入っている、というかななかちゃん達に情報を流すための潜入なので、素性を抑えられているとそれはそれは面倒なことになる。

 私は少々この街で名前が売れ過ぎた。もしかすればこの組織の中にも知り合いが何人かいるだろう。そう考えると、やはり身バレは徹底的に防いでおく必要があった。

 

 

「だからまずは君の名前と素顔を教えてくれないかい? 基本的に顔を隠してもらっているとはいえ、流石に僕たちが一度も顔を把握していないというのは不自然だろう?」

「……道理だな。まあ、これは単純に衣装なだけなんだが。いいだろう」

 

 

 バイザーを外し、フードも取り払う。

 露わとなった黒髪が腰まで揺れる。切れ長の目が、目の前の柊ねむと合った。

 

 

「……ヨア。鶴喰夜鴉(つるばみよあ)だ」

 

 

 堂々と、被った仮面の名前を告げる。

 変装することを父に相談した時、魔法で看破される可能性を考慮して用意されたのがこの『化けの仮面(Avatar of Alter)』。効果は姿を別人のものに変更するだけの仮面型礼装だが、その隠ぺい性は折り紙付き。因果レベルで顔どころか姿形の情報を改ざんするため、露骨な情報を見せなければ『鶴喰夜鴉=琴織つばめ』と推察することすらできない。自分で外そうと思わない限りは勝手に外れることもない。

 試しにみたまさんや十七夜さんに遊んでもらったが、そうとわからなければ見破ることができない、幽界眼の反応すら誤魔化せるほどの隠蔽性。しかもものを食べるときの障害にならないときた。つまりこの姿のまま日常生活を送ることすら可能という、魔法少女を相手に変装するのにこれ以上ない逸品だ。

 

 ちなみに鶴喰とは母さんの旧姓である。

 というかこの顔もまんま学生時代の母さんらしい。いくらなんでも肉親の顔で変装はバレるのではと抗議したのだが、『多少似てるぐらいが逆に別人と思われる』というらしい。いやちゃんと見比べればわかりやすく違いは見えるらしいけども、十中八九拗らせているだけじゃないかな。

 ……まあ、私も母さんの思い出に触れられるのが嫌ではなかったけど。

 

 

「……なるほど、ありがとう。」

「ふーん、まあそこそこなワケ」

「そうだよねー。流石に琴織つばめがそのまんま来るわけないよねー」

 

 

 うーわ、マジで警戒されてたよ。

 いやまあそりゃそうだ。みふゆさんは私の勧誘には失敗して不干渉になったけど、代わりに他の街からやってきたというベテラン魔法少女をスカウトしてきました。なんて不自然この上ない。父さんに感謝しなくては。

 

 

「誰と勘違いされていたのかは知らないが、私は私だ」

「そのようだね、失礼した。じゃあ次の質問だけど、君は何か特筆した魔法を使えるかな?」

 

 

 自己PRまで始まるとは、いよいよ面接じみてきたな。

 というか魔法の把握までされるのか。考えてなかったな。いや別に適当な魔法を固有魔法って言い張るか、それとも特にないって言って実力派って言ったほうがいいのか。

 ……あ、でもこれがあったな。

 

 

「さて。ドッペルを作り上げたあなた方のように特別なものではないが、一応このような魔法が使える」

 

 

 ローブの内側の影を空間に繋げ、そこから魔力で鴉を生み出す。

 生まれた鴉は肩に止まり、ガァと一つ元気に鳴いた。

 

 

「カラス?」

「そうだ。私はこれを使い魔のように扱える。情報収集や連絡も可能だ」

 

 

 普段はそんなにひけらかすように使ってはいないから、私が鴉を使い魔にできることはあまり知られていない。混沌狩りの時に結構派手にやった気がするけど、少なくともあの時参加した子達たちは大体前々からの知り合いだから、まあ大丈夫だろう。使い始めたの今年の春からだし、常に使役しているのは黒スケだけだし、大丈夫、ヨシ!

 とまあ身バレのリスクを冒すのにも勿論理由がある。何も自分は下っ端の一人に甘んずる気はない。たかだか下部構成員が知ることのできる情報なんてたかが知れている。ここは実力者としてセールスポイントを示し、重用されるポジションについて自然と情報を集めやすくするつもりだ。

 

 

「ふーん。それって一羽だけ?」

「いや。魔力を消費すれば複数生み出せるし、生身の烏も使役できる。こいつらとは視界と聴覚を受けとれる。さらにカラスを中継地点(ハブ)にすれば、念話の範囲も拡大できる」

「……ふむ。広範囲に渡る索敵か。それの最大範囲はどれくらいかな」

「自動巡回の範囲ならだいたい半径10キロ*1。手動で飛ばすならこの街を横断できるぞ」

「その言葉が確かなら、圧倒的な索敵性能だね。それで僕たちのことも探り当てたというところかな?」

「そうだな、上から見て黒ずくめの集団というのは案外目立つものだ」

「どう思う、ウズメ?」

「ふむ。確かに蜜告蜂よりも移動速度、および範囲において優れていると考えられるでしょう。あれは結局虫である以上、個人に絞っての諜報が主です。それに相互連絡が可能という点は作戦行動においては非常に重要。……ふむ、ではこういうのはどうでしょう」

「なんだ?」

「鶴喰さん、今から貴方には近辺の羽根たちの巡回ルートを探ってきてもらいます。そこで見つけた羽根達の様子を報告してください。その結果で、あなたの魔法がどれだけ有用なのかを知りましょう」

「なるほど。私の能力を試すわけか。いいだろう」

 

 

 それならこっちも望むところ。

 影から生み出した鴉を三羽放ち、結界を抜けて三つの方角に散らせる。

 普通のカラスは時速30kmぐらいで飛行する。そこに私の魔力を乗せてやれば、その倍は余裕だ。

 新西、水名、参京。まずは北養に近い三地区に派遣し、魔力の反応があれば自動で近づくように命じておく。ついでに近くのカラス達にも魔力を伝播させて命令を刷り込ませておく。これで目を増やしてあとは放置。

 

 

 で、3分ぐらいした頃。カラス達から次々と反応が返ってきた。

 

 

「ふむ。新西は順当に魔女狩りを行っているらしい。水名は路地で定位置について何かを見張っているのか。参京では2、3人のチーム分けで魔女を探しているな。様子を見てみるか?」

「できるのですか?」

「それぐらいなら、念話の応用でな」

 

 

 鳥の目玉を模したガラス細工を取り出してテーブルに置き、魔力を流して映像を出力する。別にそのまま映像として空中に出せなくもないが、道具に魔力を通す形の方が概ね効率がいいのでこうしている。

 俯瞰視点からの路地裏の様子が壁に映し出される。監視カメラのモニターのように複数の映像が等分で展開され、黒いローブを纏った魔法少女たちがそれぞれ作戦行動に当たっている様子がこの場の全員の目に納まった。

 ……というか彼女たち、こんなに街中にいたのか。気づかなかった、というわけではないが、少なくとも自分の意識から外れるような、神浜の魔法少女社会における日陰者であったのだろう。そのことを恥じると同時、それだけの数をまとめ上げている彼女たちに更なる畏れを抱いた。

 

 

「あ、羽根たちが映ってる」

「使い魔から受け取った魔力情報を映像に変換してるんだね。その置物は媒体かな?」

「ああ。ご名答だ」

「ふむ。各位指示通りに動いている様子。特に問題はないようですね。ありがとうございます」

 

 

 とりあえず効果は認められたということでいいだろう。映像を消そうとしたところで、別のカラスがある一つの光景を見つけた。

 

 

「……それと、一つ報告だ。魔女を相手に羽根が苦戦しているらしい。場所は工匠区だ」

 

 

 映像を切り替える。

 そこには路地裏で座り込んでいる負傷した黒羽根たち。

 そのすぐ側には魔女の結界。しかしその位置は徐々に遠ざかっている。

 

 

「あーっ、またやられてるー」

「まあ黒羽根だし、魔女相手じゃ期待できないヨネ」

「あそこのチームは確か白羽根がいたかな?」

「となると、彼女一人で戦っているということになるのでは……」

「そうですか。では早速救援に参りましょう。彼女も連れて行きます」

 

 

 ウズメは私を指さしてそう言った。

 

 

「ウズメが行くのー?」

「ええ。これも見極めの一環、私が最後まで監督するべきかと。鶴喰さん、彼女たちの場所はわかりますね?」

「ああ。座標なら把握できる」

「では案内をお願いします。それではマギウス、行って参ります」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませお姉さま!」

 

 

 

 さて、この流れだと彼女が戦うということになるのだろう。わざわざ組織のトップが出ていくということは、つまり実力を見せる機会だと向こうも思ったのだろう。

 

 丁度いい。

 マギウスの翼・首魁。沙羅ウズメ。

 先ほど垣間見た強さの本領、拝見させてもらうとしよう。

*1
実際のカラスの一日の飛行距離は10~30km。つばめの使い魔になったカラスは、彼女を中心とした巡回を行うようになる




〇鶴喰夜鴉
 つばめちゃんマギウスver。こっちも闇属性。
 バーミーってそういうこと。

 母親の顔使ってバレないのかと言われると、10年以上前の故人の、さらに10年以上前の顔を現在の人間と照応したところで、精々血縁関係を疑われる程度である。あと目の形が似てないので案外似てると思われない。
 ちなみに鶴喰のほうの親戚には笹目という苗字もある。

以下鶴喰バージョンの立ち絵

【挿絵表示】



〇マギウス
 お騒がせ天才三人組。
 灯ねむはウズメという外付けの良心回路がいるのでそこまで露悪的な真似はしない。もちろんアリナはそのまま。
 ちなみにウズメはアリナがそんなに好きじゃない。教育に悪いというか、根っこの性格的に反りが合わない。


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第四十六話 リベレイター・オブ・マギカ……③【沙羅ウズメ/エンブリオ・イヴ】

 ChapterⅣ【沙羅ウズメ】

 

 

 あれから間もなく、私たちは工匠区にたどり着いた。

 北養山中から大分距離があるのだが、ホテルフェントホープから繋がっている地下道は、神浜各地に点在する羽根たちの拠点と繋がる近道。ウワサの結界が魔女のそれ同様に異次元へと入りこんでいることを利用しての空間圧縮であった。

 今いるこの旧車両基地は工匠区における羽根の駐在地であり、ホテルが創造されるまではマギウスの翼そのものの活動拠点でもあったらしい。 

 

 

「さて、ここからだと方角はこちらですね」

 

 

 現場の座標は既に共有済。あとは屋根の上を一直線に突っ切っていくだけ。

 

 

 現在の速度は時速にしておよそ50キロ。誰かが空を見上げたとしても、まさか人が通過したなどとは思いもしないだろう。

 

 屋根を壊さないように力の入れ具合を調整しながら跳躍を繰り返す。

 先行する沙羅ウズメもまたトントンと屋根を飛び渡っている。

 

 軽快にして音を最小限に抑えた足捌き。そして瞬きのうちに次の屋根まで飛び越せる瞬発力。蝶のように舞う、などという形容は似合わない。それこそ自然界に生きる肉食動物のように、その脚力を最大限に利用した目的への全力疾走。なんと無駄のない動きだろう。自分も必死になって追わなければ、うっかり置いていかれそうになる。

 

 さらに恐るべき事実として、この女は身体強化を用いていない。

 魔法少女が常人以上の力を発揮できるのは基礎中の基礎。変身してない時であっても無意識に魔力による身体強化を行い、肉体に最適な性能を与えているのだ。

 そして微弱であろうとも、魂から発露する魔力の流れは自分の眼で認識できる。

 だが、目の前の彼女から知覚できる範囲での魔力発露は全く見られない。

 信じがたいことではあるが、沙羅ウズメは純粋な身体能力のみでこの速度によるパルクールを実現しているのだ……!

 ここまでの事ができるのは極限まで肉体を鍛え上げた証。即ち聖堂騎士の精鋭などに代表される達人たちと同じ領域に彼女がいることの証左に他ならない。

 

 

「――と。皆さんご無事ですか?」

「えっ、ウズメさん!?」

 

 

 あっという間に件の路地裏までたどり着く。

 突然上からやってきたウズメの姿に、羽根達は驚きを隠せていない。そりゃあ現場でのトラブルに手をこまねいていたら、いきなり社長が顔を出してきたようなものだ。無理もない。

 

 

「どうしてここに!? 救援要請はまだ」

「こちらの斥候があなた達を発見しました。試用中ですが、中々に働きます」

「この人が……?」

 

 

 こちらに視線を向けてきた黒羽根二人に会釈をする。

 デザインの異なる黒紫のローブに身を包んでいるのを訝しんでいるようだが、他ならぬウズメが連れてきた人間ということもあってか疑問などは飛んでこなかった。

 

 

「さて、彼女はまだ中にいるようですね」

「そうです。リーダーは私たちを庇って……」

「あの魔女、とても強くて……リーダーでも大丈夫かどうか……」

「なるほど。では様子を見に行って参ります」

 

 

 じゃり、と草鞋(わらじ)がアスファルトに擦れる音が鳴る。

 ウズメの恰好は変化していた。深紅の陣羽織が風にたなびき、頭には鉢金が鈍色に輝く。黒い袴にはヒガンバナが血のように紅く咲き誇る。そして艶やかに薄赤く輝く黒髪に簪が一つ。

 一般的な和服から、かつての侍のような装いへと変わった彼女の姿は、まさに現代に蘇った武者であった。

 

 

「あなた達はここで引き続き待機を」

「ご、ご武運を!」

 

 

 頭を下げる黒羽根たちを尻目に結界の内部へと侵入する。

 どうやらこの結界は砂場の魔女のものだったらしく、結界に踏み入ると同時に足が少し沈み込んだ。

 砂塵が吹きすさぶ中、半ば砂に埋もれた白い布地が目に入る。

 ウズメはそこへ近づき、身柄を引っ張り上げた。

 

 

「うぅ…………」

「ふむ、息はある。魔力も問題は無いですね」

「……えっ、ウズメさん? なんでっ」

「先ほども説明した気もしますが……あなた方が苦戦しているようでしたので。とりあえず、ここからは私にお任せを」

「い、いえ、そんな。あなた様の手を煩わせるわけには」

「構いません。白羽根であるあなたが持て余す相手なら私の出番ですから」

 

 

 立ち上がろうとする白羽根をこちらに預け、ウズメは前へ進み出た。

 砂嵐の向こう、朧気に浮かぶ砂場の魔女のまた、こちらに気が付いたのかその巨体が動き出す。

 その身体から漏れ出す穢れは中々に濃い。階級にしてⅤは下らないだろう。これを単騎で足止めしていた白羽根もそれなりの実力者だったのだろうが、流石に相手が悪かった。

 

 そして、そんな相手に独りで挑もうとするのがまた一人。

 それこそが沙羅ウズメであった。

 

 

「あなたはその能力を示してくれました。であれば、次はこちら側も戦力を見せるのが礼儀というもの。即ち、あれは私が担当しましょう。その代わり、その子を頼みましたよ」

「承知した」

 

 

 白羽根を護衛するため、私も武器を取り出す。

 ローブの内側より手元に現れたのは、赤黒く染まった殲滅の突撃槍【鮮血機構(ブラッドドリンガー)】。骨喰は使えない。あの武器も有名になりすぎて出しただけで個人を特定されてしまう。その点この武器を神浜で使ったのは先の混沌事件が初で、少々取り回しに難はあるものの攻撃力は十分。さらに心理的な威圧効果もあると代用としては文句なしだ。

 

 実際、突然隣に出現した禍々しい見た目の武器に、白羽根がひぃと怯えている。対してウズメはほう、と感心したように息を漏らしていた。

 

 

「中々趣がある武器ですね。侘び寂びを感じます」

「ワビサビ」

 

 

 この武器のどこにそんな要素があるのだろう。

 いや、見た目としては松の木とかにも見えなくはないが……。

 少なくとも、観賞用として用いるにはやや難がある武器であることには違いない。

 

 

「というか、そちらの武器はいいのか? 見たところ無手のようだが……」

 

 

 沙羅ウズメは武器を持っていない。

 先ほどホテルで見た赤色の刃物が武器かと思ったのが、それがどこにも見当たらなかった。

 

 

「それは心配なく。私の得物はこちらに」

 

 

 その右手にはいつの間にか煙管が握られており、それをくるくると弄んでいる。

 もしかしてそれが武器なのか? 確かに対人戦なら突き刺すなり殴打するなりできるだろうが、流石に手持ちサイズの煙管を魔女相手に武器とするのは少し無理がある様に見える。それとも、そこから煙でも吐き出して攻撃に転用するのだろうか。

 

 

「武器とは、まさかその煙管のことか……?」

「いえ、そうではなく――」

 

 

 ウズメは煙管の仕込みを指で弾き、むき出しとなった刃を握りしめた。

 鋭利な刃は掌の皮膚を裂き、深紅の液体が溢れ出る。

 

 

「何を……!?」

 

 

 突然の自傷行為に驚きの声をあげる。

 だくだくと零れ落ちる血潮は一本の線を描いて地面に流れ落ち――。

 まるで、氷柱が固まるように止まった。

 

 

「沙羅式血刀術」

 

 

 ――血刃ノ壱 暁刀(あけのと)

 

 

 ぶん、と振るったその右手からはもはや血液は流れ出ず。

 その代わりに紅一色の輝きを放つ刀が、その手に握られていた。

 

 

「血液を、武器に……?」

「私の魔法です。生憎、これぐらいの手品しか取り柄が無く。では――」

 

 

 

― その身を晒せ、魔性ども ―

 

 

 

 冷徹な言葉とともに染みわたる、尋常ならざる殺意。

 危険を察知した砂場の魔女は、ウズメを何よりも倒すべき敵だと判断して腕を叩きつけた。

 

 地響きと共に砂が盛大に巻き上がる。

 振り下ろされた巨腕の上にウズメは立っていた。

 魔女が腕を振り降ろす直前、既に彼女は跳んで攻撃を回避していた。

 

 

「♯◆◎※★▽□!!!」

 

 

 仕留められていないことに苛立つ魔女は、己の腕に乗っている敵を振り落とそうとするが。

 

 

 ――血刃ノ参 柘榴蜘蛛(ざくろぐも)

 

 

 その腕に絡みつく赤い糸が、魔女を地に縫い留めていた。

 

 

「□▽★※◎◆♯!?」

 

 

 引きはがそうともがく魔女の腕をさらに蹴ってウズメは跳び、一閃。

 

 

 ――轆轤(ろくろ)首狩り

 

 

 瞬きの前後にて、繋がっていた魔女の首は胴体と泣き別れていた。

 

 

「――――」

 

 

 改めて目を見張る。

 

 あれだけの穢れを纏った魔女の動きを封じた血の魔法もそうだが、何よりもああも容易く魔女を斬り捨てた剣技。一切の無駄なく首を薙いだ太刀筋はまさに剣豪。

 

 

(傑物であることは分かっていたが……ここまでか、沙羅ウズメ!!)

 

 

「片付けました。こちらグリーフシードです。その子に使ってあげてください」

 

 

 つかつかとこちらに歩いてくるウズメさんは、魔女が落としたであろうグリーフシードを投げ寄越してきた。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 言われるままに、白羽根のソウルジェムを探って浄化する。瀕死に追い込まれていた彼女の宝玉はひどく濁っていたし、身体も傷だらけだ。

 それでも魔力が回復したことによって活力を取り戻したらしく、私の肩から離れて自分の足で立とうとしてもつれかけ、ウズメさんに支えられた。

 

 

「回復したなら引き上げましょう。立てますか?」

「申し訳ありません……っ! 戦いばかりか、こんなことにまであなた様のお手数をおかけして、不甲斐なく……」

「いいえ。あなたは立派に務めを果たしました。あれほどの難敵を前に一歩も引くことなく部下を逃がしきったのは一重にあなたの実力あってこそ。ここに入ってきた時よりも成長した証です」

「ですが……」

「悔しいのなら研鑽に励みなさい。その働きをもって今回の失態を帳消しといたしましょう」

「……はい。頑張ります……!」

「その意気です。ほら、肩を貸しますよ」

 

 

 情けなさで俯いていた白羽根は、その激励によって別の意味で嗚咽を漏らし始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ホテルフェントホープ。

 白羽根を救護室へと送り届け、マギウスの元へと戻った私たち。

 

 

「で、私はそちらのお眼鏡にかなったと見て良いかな」

「うんうん! わたくしとしても予想以上だよ」

「羽根たちの情報伝達、及びに各地の索敵。素晴らしい逸材だよ」

「ま、モニタリングの範囲が広がるなら魔女の捕獲も捗るワケ。いいんじゃない?」

 

 

 マギウスが口々に評価を言う。

 こちらとしても実力を認められたようで何よりだ。

 

 

「――と、君の実力は把握できた。では最後にこの組織に迎える洗礼を行おう。ウズメ、案内を」

「かしこまりました。ねむ様」

「洗礼?」

 

 

 一体何をさせられるというのだろうか。

 無意識にこわばる様子を見たのか、柊ねむは微笑みながら言った。

 

 

「そう身構える必要はないよ。ただ見てもらうだけさ」

 

 

 ――僕たちが実現した魔法少女の解放。その核となるモノをね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ChapterⅤ【エンブリオ・イヴ】

 

 

 

 

 マギウスの言葉に従い、ウズメさんに連れられてまたホテル内を行ったり来たり。

 ロビーの直下にあった階段を下り地下の通路を進む。

 複雑怪奇な道順の果てに、巨大な扉の前へとたどり着いた。

 

 

「ここから先が地下聖堂、魔法少女の解放の中核となる存在が納められた我らマギウスの翼の本殿にございます。これよりこの中へと入るわけですが、少し気張っておいたほうが良いかと。あなたのような歴戦であれば心配はないと思われますが」

「それはどういう……」

 

 

 疑問の声は、巨大な扉を押し開く音にかき消された。

 

 目に広がるは数多の花が咲き誇り、虫が飛び交う広大な庭園。

 しかしその見た目の清らかさに反し、空気は重苦しい穢れに満ちている。

 屍人である私は穢れに対しては相当の耐性があるのでそこまで息苦しくは感じないが、普通の魔法少女が立ち入れば確実に気分を悪くする量の穢れがこの中には漂っている。なるほど、気張れとはそういうことか。

 

 

「……凄まじい穢れだな」

 

 

 ぽつりと呟いたその言葉に、双樹あやせが反応した。

 

 

「へぇ。普通の子ならこの時点で結構気分悪くなるのに、ベテランっていうだけはあるね」

「一応、相応の修羅場は潜り抜けているつもりだ。しかしこの穢れはどこから――――」

 

 

 視線を奥に移し、何度目かもわからずに言葉を失う。

 

 百メートル以上はあるだろう巨体。宝石飾りを身に纏い、目を閉じて眠るその姿は白いカイコガをそのまま怪獣といっていい。今まで見たことがないほどにあまりにも強大で巨大で絶大なる魔女が、この広大な聖堂の奥に鎮座していた。

 

 

「これは、魔女、か……?」

「然り、然り。エンヴリオ・イヴ。今もなお成長を続ける半魔女。神浜の地の穢れを一身に引き受ける厄神。しかしてその実態は、魔法少女の解放を成し遂げるための核にてございます」

 

 

 かろうじて言葉を捻り出すと、奥から声が聞こえてきた。

 視線を戻すと、そこには誰かが立っている。

 

 

「――葛葉」

「これは、これは。皆さま揃ってご機嫌麗しゅう。見ない顔を連れてきたようですが、そちら新人で?」

「うわでた、蛇女」

 

 

 深緑を基調としたゴスロリ。庭園に溶け込むような恰好の、葛葉と呼ばれた少女は軽い笑みを浮かべ、黒いヴェールの下からこちらを値踏みするような視線を向けてくる。それはまさに爬虫類を想起させ、あやせは露骨に嫌な顔をして悪態をついた。

 

 

「そうですよ。鶴喰夜鴉。これから斥候として働いてもらう者です。あなたの負担が少しは楽になるでしょう」

「それは、それは。お初にお目にかかります。私、葛葉(くずは)と申すものにて。マギウスが行う魔法少女解放の儀式を円滑に進めるため、こちらのイヴの調整を始めとして多くの手伝いをさせてもらっております」

「鶴喰だ、よろしく頼む」

 

 

 仰々しく礼をする葛葉。

 その魂魄の色は……ない。

 純然たる白き魂魄は常人のそれ。

 けれど、そんな彼女から感じ取れる力は間違いなく魔力。

 

 

(魔法少女では、ない?)

 

 

 であれば、正体はひとつ。

 葛葉と名乗った少女は魔術師だ。

 人の身で奇跡を追い求め、信仰と神話を辿って神秘を操る術を身に着けた探究者。

 粛清機関の人間を除けば、過去に二度だけ出会った人種。

 

 纏っている魔力は並みの魔法少女以上。

 これだけの魔力を放っていれば一見、魔法少女と誤認する。

 

 

「……しかし、管理と言ったが、本当にこれを?」

「ええ、ええ。陰陽五行の思想に基づき、太源魔力(オド)の流れを用いての魔力回路の構築は私の得意分野にございますれば。ここの穢れを必要以上に外に漏らさぬよう、結界の構築にもいくらか口添えをいたしております」

 

 

『みふゆさん。彼女、魔法少女じゃありませんね?』

『ええ。つばめさんには隠せませんか』

『一応念話でもヨアで通して』

『あっすいません。ヨアさんにはわかりますか。道麗さんは確かに魔法少女でありません。彼女は陰陽寮に属するという陰陽師です。この神浜にドッペルが展開されたことに対する調査の名目でやってきたと……』

『陰陽師……あれが、か』

 

 

 日本政府が裏で抱える、皇室直属の神秘集団『陰陽寮(うらのつかさ)』。

 魔女、魔法少女を始めとしたさまざまな存在が日本の社会に大きな影響を与えないように暗躍しており、粛清機関とは半協力半対立関係にあるという。

 その構成員が陰陽師と呼ばれる由緒正しき存在であり、その権謀術数に長けた陰湿な立ち回りは魔法少女でも決して油断ならぬ存在だと音子さんから聞き及んでいる。

 

 

『陰陽師が来ていると言う事は、このことは既に陰陽寮……政府直属の組織が知っているということでしょうか?』

『かもしれません。調査及び、監視と仰っていましたから。恐らく、マギウスの計画が社会に悪影響のあるものでないのかを探っているのでしょう』

『ふむ、ウズメさんが少し剣呑に接していたのはそのためですか? 人のこと言えた義理じゃないですけど、あれあからさまに腹に一物抱えてますよね? 陰謀大好きですってめちゃめちゃデカく顔に書いてますよアレ』

『いえ……、道麗さんはむしろイヴの生育やウワサによるエネルギー回収には改善案を提出するなど協力的な姿勢を見せています。ウズメさんとの間には個人的な因縁があるようですね』

 

 

 てっきり組織のトップとして内部スパイじみた存在に警戒していると思っていたのだが、陰陽師からしても魔法少女が魔女に成らないようになるのは都合がいい、という事なのかもしれない。

 

 

『よくもまあ、あのプライドの高そうな三人が許したものだ』

『ワタシもそう思いました。しかしマギウスの三人からすれば、自分たちの行いが権力の元に正当化される良い機会だと受け入れる姿勢のようです』

 

 

 それならそれで都合がいい。明らかに胡散臭いやつがいるなら、そいつを隠れ蓑にしてこちらも情報を集めやすい。

 

 

「葛葉さんは陰陽師らしく、式神を用いての偵察や破壊工作。結界の構築が得意です。すでにこの街には彼女の放った蟲が散らばっていますね」

「それは……こわいな」

 

 

 つまり、この街にはいたるところに葛葉の監視の目があると見ていいわけだ。

 これは帰り道も注意しなければ、彼女に正体が露呈する危険がある。

 

 

「そうそう。この女陰湿だもん。どこもかしこも虫まみれで、お姉さまにすり寄るんだから気持ち悪い」

「おや、おや。確かに私は日陰にて謀略を練るのが生業。しかし常日頃からつき纏うそちらよりは大分節度を保った付き合いをしているつもりですが」

「あん?」

「あやせ」

「……はーい」

 

 

 とにかく食って掛かろうとするあやせをウズメさんが窘める。あやせはべーと舌を出してから彼女の背中に引っ込んだ。

 

 

「まあ、彼女の蟲は対象を指定しての追跡などが主ですので。あなたのように広範囲を大雑把に監視できるのとはまた別。これからは役割を分けさせます」

「それは、それは。これからよろしくお願いしますね鶴喰様。しかし、ンフフ、どうやら中々の逸材を連れてきたようですねぇ。歴戦もかくや。その上、魔術の造詣にも深いと見えます」

「……わかるのか」

「ええ、ええ。これでも陰陽師の端くれゆえ。あなたがいくつもの礼装を持っていることぐらいわかりますとも。ああご安心を。個人の装備に関して、よからぬことを企まぬ限りとやかく申すつもりはありません」

(よからぬことしかないんだよなぁ)

 

 

 何を考えているのかは分からないが、良くないことを企んでいるのはお互い様な気がしなくもない。こいつには心を許さない方がよさそうだ。

 

 

「で、これが解放の要ということでいいんだな?」

 

 

 再びイヴを視る。

 その巨体の内側にはこれまでに見たことがないほどに高密度の穢れが収束し、渦を巻いている様子が視える。だが、奇妙なことにその渦の中心にはぽっかりと穴が開いている。どれだけ水を注いでも底に抜けた穴に吸い込まれていくように、何か決定的となるものが欠けているような。そんな印象だ。

 

 

「ええその通り。つまるところ、自動浄化システムとはこのイヴを核として成立する祓魔の奥義。この街をアリナさまの結界魔法で隔離し、里見さまの加えた変換魔法によってソウルジェムに溜まった穢れを魔女化するよりも早くドッペルに変換。そして放出されたエネルギーをイヴが回収し、柊さまの具現化魔法によって宇宙へと放出する。そうすることでインキュベーターめの眼を欺きつつ魔法少女の救済を成す。それが世界を救うために考えられた、いと素晴らしき魔術儀礼。世界の在り様を変革させるための大偉業なのですよ」

「……ま、彼女の言う通り。マギウスとイヴの力によって魔法少女の救済は為されます。我らマギウスの翼はそれを世界中に拡大するため、イヴを生育させるエネルギーを集める組織です」

 

 

 ――要するに、こういう事だろう。

 マギウスはこの穢れを集める性質を持った半魔女を極限まで育てるつもりだ。

 それはつまり、魔女の最高位であるⅨ階梯。世界を塗りつぶす力である渇望真理に匹敵する呪いを持った存在となったイヴの力を土台として地球全土に自動浄化システムを定着させる。

 

 参った参った。こりゃ本気(ガチ)だ。

 

 何一つとして理論に隙が無い。このまま進めば本気で世界中の魔法少女を救うことができるだろう。

 

 ……とはいえ、疑問点もあるのだが。

 むしろ、その一点だけで腑に落ちないと言ってもいい。

 

 

「しかし、よく見つけられたものだな」

「何がですか?」

「この半魔女とやらだ。穢れを吸い寄せる性質ならまだしも、なりかけのままの存在をそのまま確保したなど、にわかには信じがたい話だ。一体どんな方法を――」

 

 

 次の句を発しようとした瞬間。

 首が落ちた、と錯覚するほどの剣呑な視線を感じた。

 ――ウズメだ。

 

 

「――――ッ」

「すみませんが、それ以上の詮索はご容赦を。同胞になるとはいえ、そこから先に踏み込まれるならば相応の覚悟を持っていただきましょう」

「……済まない。配慮が欠けていた。どうもこれほどの存在を前に、興味が隠し切れなかった」

 

 

 深く追求しない旨を告げて、ようやく殺気は収まった。

 ……やばいな。この反応からするに相当な厄ネタが眠っていると見ていい。私だけで対処できる領域を越えた、軽くこの街が吹っ飛んでもおかしくないレベルの何かがある。

 

 

「ンフフ、お気になさらずともいいですよ。このお方、私の時も同じように殺気を」

「葛葉」

「失礼。とにかく、魔術社会において不要な詮索は命取りに等しくございます。どうかその点、ゆめゆめ忘れることないよう」

「ああ……気を付けるよ。だが、こちらもそれなりに不安だったからな。果たして本当に解放は成しえるのかと、ほんのさっきまで疑う気持ちがあった」

 

 

 梓みふゆ。沙羅ウズメ。双樹あやせ。葛葉。

 

 神浜の代表である七海やちよに匹敵する実力者が少なくとも四人。

 そしてマギウスの三人も、戦いに慣れている素振りは見えないがそれを補うだけの強力な魔法と膨大な因果を保有している。

 この街の名だたる魔法少女たち全員を――いや、あの聖堂騎士すら敵に回したとしても、それを真っ向から迎え撃つだけの備えがこの組織にはある。

 これほどまでの人材が揃い、穢れを吸収するイヴという半魔女がいる。

 彼女たちが本気で魔法少女を魔女化の運命から解き放とうとしていることは、疑う余地もない。

 

 

「だが、この魔女を見て確信した。認めよう。お前たちの言葉には真実がある。魔法少女の解放とやらに協力すること、私としてもやぶさかではない」

 

 

 心から忠誠を誓う、とまではいかないが。少なくとも彼女たちとの活動に手を抜くような真似はしないことを誓おう。それが未だ不明瞭ないくつかの真実へと近づくために必要な行為だと信じて。

 

 すべては私の大事な人たちの平穏と未来のため、

 私は獅子身中の虫として彼女たちの行為に加担する。

 

 

「では鶴喰夜鴉。あなたはこれから黒羽根として斥候部隊に配属します。ひとまずの指揮権はそこの白羽根にありますが、何か要望があればいつでも私に相談を」

「了解した」

「ええ。さて、紆余曲折ありましたが――歓迎しましょう鶴喰夜鴉。魔法少女の解放のため、その力を偉大なるマギウスの翼として羽ばたかせなさい」

「御意。この鶴喰夜鴉。全身全霊を持ってお前たちの目となろう」

 

 

 都市を駆ける乙鳥ではなく、夜を睥睨する鴉として。

 私は、この賢人たちの翼として在ろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 鶴喰達が去り、後にはウズメと葛葉の二人が残される。

 

 

「……しかし、良かったのですかなご当主殿?」

「何が」

「鶴喰さまですよ。彼女、どうみても正体を隠していたではありませんか。問い詰めて化けの皮を暴いてやってもよかったのではありませんか?」

「別に、後ろめたい思いを抱えた者などこの中にはいくらでもいます。自らの力を主張する分、彼女は誠実と言える。横から掠め取ろうというならまだしも、恩恵に預かるためにすり寄って来るなら拒む理由はない」

「それがマギウスに対する背信となってもですか?」

「仮に奴が不義理を働くなら、その時に首を落とせば済む話です。そもそも、それを言うなら真っ先に貴様の首を落としている。不確定要素が多少増えた程度ではお嬢様がたの計画に不備はありませんよ」

 

 

 それに、とウズメは言葉を切る。

 

 

「予想外の事態はいつでも起こり得ます。それに備えるためならいくつかのリスクを抱えるのも必要となるでしょう。彼女ほどの猛者を抱えることでより良い結果を得られるなら、それぐらいは許容範囲です」

「まあ、まあ。度量の広いお方ですこと。それなら私めが余計な真似をするのはよしておきましょうか」

「当然。下らないことを考えている暇があるなら、イヴの生育に精を入れなさい」

「ンフフ、御意に」




〇沙羅ウズメ
 固有武装【仕込み煙管】:刃が仕込んである。もっぱら自分の出血用。
 固有魔法【血液操作/血戦甲冑】:自身の血液を自在に変形させて操る。魔法少女なので失血のデメリットを相殺でき、さらに操作自体の消費魔力は少ない。当人の技量が問われる奥深い魔法。
 ウズメはこれ以外の魔法を汎用魔法含めて一切使用できず、また魔力付与による攻撃力の増加効果もない

 魔法少女姿は典型的な女侍。飾りっ気が微塵もない。ソウルジェムの位置は簪。

〇葛葉
 魔法少女ではない日本の魔術師。つまり陰陽師。
 度々描写されていた虫はこいつの偵察用式神『蜜告蜂(みっこくばち)
 好きなおやつは水まんじゅう。

 

〇あとがき
 そういうわけで、つばめちゃんはマギウスの翼サイドでやっていきます。
 メインシナリオをいろはちゃん側で進めると順当に原作通りになるだけなので、思いっきりわちゃわちゃやるために魔法少女アヴェンジャーズ状態のマギウスの翼で盛大に暴れてもらおうというわけです。


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第四十七話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……①【羽根/双樹あやせ】

僅かな希望に縋りつく羽根たち

扉絵イメージ『鶴喰夜鴉。ずれた仮面の下からはつばめが顔を覗かせている』


ChapterⅠ【羽根】

 

 

 マギウスの翼の一員として正式に加入し、斥候部隊に所属することになった。

 またまたみふゆさんに連れられた別室にて、そこの魔法少女たちと対面する。

 

 

「そういうわけで、こちらが葛葉さんの代わりの連絡役になった鶴喰夜鴉さんです」

「よろしく」

「どうも。広報部担当の白羽根だよ。よろしくね」

 

 

 フードの端から金髪を覗かせた白羽根と挨拶を交わす。

 お互いに顔を隠しながら頭を下げる、というのは実に怪しい絵面であった。

 

 

「これから鶴喰さんには彼女の下で動いてもらいます。詳しいことは彼女から聞いてください」

「わかった」

「それでは私はこれで。困ったことがあればいつでも言ってくださいね」

 

 

 そう言い残してみふゆさんが退出する。

 後に残されたのは私と、羽根の方々。

 

 

「さて、それじゃあ――」

 

 

 白羽根は徐にフードを取り払い、少し煩わしそうに首を振る。金色の髪が流れ落ち、釣り目がちの赤い瞳が瞬きをする。

 

 

「改めて自己紹介だね。私は観鳥令(みどりりょう)。マギウスの翼の広報担当で、魔法少女のジャーナリストだ」

 

 

 素顔を晒すだけではなく、自分の名前までを躊躇いなく明かした白羽根……いや、観鳥令はこちらを値踏みするような目でにんまりとほほ笑んでいる。なんというか、ジャーナリストという人種のテンプレートな感じの表情だ。

 

 

「……顔と名前を隠すのがこの組織の決まりじゃないのか?」

「表向きはね。白羽根は色々やることが多いからお互いが誰かぐらいはちゃんと知ってるし、ウズメさんや梓さんは当然全ての羽根の顔と名前を把握している。飽くまで外部に私たちの素性が漏れないようにするためだから、本拠地とかでなら多少はオッケーなんだよ」

「ふむ、それもそうか」

 

 

 それでもあんまり堂々と顔を晒す真似は悪目立ちするからオススメはしないけどね、と続いて観鳥は忠告を口にしてから、ただしと続けて。

 

 

「鶴喰さんの場合はもう遅いかもしれないけど」

「というと?」

「羽根たちの間でも少しウワサになっているんだよ。梓さん直々に余所の街からスカウトした魔法少女、ウズメさんやマギウスにもその腕前を買われた実力派が入ってきたってさ。立場上、組織内の情報は自然と入ってくるんだ」

 

 

 加わって一日も経っていない筈だが、どうやら随分と私の名前は広まっているらしい。

 なんだか尾びれが付いている気がするが、その辺をでっちあげたのは他ならぬ自分だから否定できない。

 

 

「随分な話だな。私も君たちとは大差ないと思うが」

「自分の名前を隠そうともしない振る舞い。姿は隠しているけど、私たちと比べれば一目で判別がつくフード。ここまでくれば嫌でも目立つだろう?」

 

 

 すいません。バリバリ偽名ですし別人のガワも被ってます。

 

 

「ふむ。少し不味いことになったかな?」

「そうでもないよ。流石に普通の子がそんな真似をしたらちょっと面倒ごとだけど、鶴喰さんの場合はウズメさんのお墨付きみたいなものだ。難癖をつけられる心配は少ないんじゃないかな」

 

 

 まずは最初の評判を大きく盛って実力を高く買わせる。一歩間違えれば悪目立ちにもなるが、上手くいけば一目置かれることができる。彼女の言葉を聞くに、どうやら潜入の初手は成功したのだろう。

 勿論、他人の地位を脅かすような真似をして余計な問題を起こさないようほどほどにしておく必要があるが、そこはおいおいこの組織に馴染みながら適切な距離を測っていくとしよう。

 

 

「さて、それじゃあお互い挨拶もしたし、次は私たちの仕事の説明をしようか。私たち羽根の役目についてはどこまで聞いてるかな?」

「あのデカい半魔女を育てるためのエネルギーを集めることだろう。そのためにはほかの魔女を捕まえて餌にするか、あるいはウワサとやらが集めてくるか。我々の仕事はそれの監視と聞いている」

「正解。でもそれだけじゃないのさ。例えば本拠地(ここ)、あるいは各所にある基地の警備。まあ、基地のほうはともかく、ウワサそのものの此処に侵入者なんて来ないから、だいたいは捕獲してきた魔女を育成することが仕事になるかな」

「魔女の育成、か」

「ああ、心配しなくても人を襲わせるような真似はしてないよ。魔女同士を共食いさせたり、あるいはその辺で見かける象徴の使い魔っていうのを捕まえて餌にしてるよ」

「象徴……あれのことか」

 

 

 思い出されるのは、神浜のいたる場所で見かける奇妙な使い魔。結界を跨いで出没し、常に何十以上の規模で存在する奴らは不思議なことに大元の魔女を見かけたことが一度も無かった。やちよさんに聞いたところ、自分が魔法少女になった時からずっと出現しているというから、恐らくかなり長い期間いると思われてはいるが、その親である魔女が見つからない不可思議な存在だ。

 

 またこの使い魔の奇妙な点は倒すと結構な割合で魔力結晶を落とすことだ。体内に魔力を蓄える器官でもあるのかは不明だが、とにかく奴らから手に入る魔力結晶はそこそこ役に立つ。何せ普段は生成にひと手間かかる魔力の塊だ。私は魔術触媒として用いているし、父も即席の魔力を確保するためにストックしている。さらには調整に使うことで当人の魔力量そのものを僅かだが増設することもできると、割と万能素材なそれらを落とす象徴の使い魔は中々美味しい敵でもあった。

 

 

「ちょっと前は鏡の魔女の結界からも使い魔を捕まえられたんだけど……この前潰れちゃってね。知ってるかい? あの紺染音子がこの街の代表を引き連れて魔女の結界に乗り込んで、半日もせずに攻略したんだってさ」

「紺染……"鉄の英雄"か。よりにもよってそんな大物がこの街にいるとはな」

 

 

 とにかく知り合いの名前がぽこじゃか出てくるものだから、いちいち反応を返すのも疲れてきた。適当に白を切ってお茶を濁す。

 

 

「というわけではい。ひとまずこれに目を通しておいて」

 

 

 そう言って観鳥は「要注意人物一覧」と書かれたバインダーを渡してきた。

 開いてみると1ページ目から「接触厳禁」と大文字の見出しに音子さんの顔写真と簡易的なプロフィールや魔法、戦闘スタイルまでが記されていた。

 【不用意な接近、ならびに交戦は避けるよう。いざという時は逃走し、白羽根以上に報告を】と、素晴らしく的確な対処法にはつい失笑が漏れそうになった。

 

 

「私たちが警戒しなくちゃいけない魔法少女のリストだよ。神浜の実力者は大体そこに書いてあるよ」

「なるほど」

 

 

 七海やちよ、和泉十七夜、都ひなの。各地区の代表者たちを始めとして、他にも私が知っている魔法少女の名前がずらりと。ななかちゃんにこのはさんもいる。あ、私の名前見っけ。……神出鬼没、紺染音子との繋がりが高いため要警戒ってひどい言い草だな。あと更紗帆奈もいたけど【死亡】の注釈と共に打消し線が引かれていた。

 これだけでも相当な情報量ではあったが、驚くべき点はそれだけではない。

 

 

「見滝原筆頭の巴マミに風見野の朱音麻衣、二木市の紅晴結菜――市外の魔法少女まで纏めてあるのか」

 

 

 なんと神浜市以外の魔法少女たちの情報までもがそこにはあった。ほとんどが名前と簡素な説明だけではあるが、普通なら他地域の魔法少女の話なんてほとんど入ってこないだけにそれだけでも十分すぎる。

 

 

「まあね。ここは他の市からやってきた子もそれなりにいてさ、その子達から各地の魔法少女の事情とか聞いてるんだ。彼女たちもここに来る可能性はゼロじゃないからね」

「私みたいに、か?」

「そう。でも皆が皆、あなたみたいに私たちの活動に賛同してくれるわけじゃない。魔女を集めて利用しているなんて知られたら、衝突する可能性のほうが高いんだ」

「それはそうだ。事実、私も最初は半信半疑だった」

「だからこそ、姿を隠すだけじゃなくて彼女たちの動向をそれとなく探ることも大事になるってことさ」

 

 

 それぞれの地域や学校にいる組織外の魔法少女が不用意にウワサについて関わらないように見張ることと、各地で問題が起こった場合にはそれをいち早く本拠地に知らせること。これが斥候部隊の主な任務だという。

 ……うん、やってることは普段している哨戒や偵察と大差はない。鴉たちを巡回させておけば大体はカバーできるだろう。

 

 

「で、鶴喰さんはそういう偵察とかに役立つ魔法とか持ってるんだよね? あの人(葛葉さん)の代わりってことは、そういうことだと思っていいんだろうけど」

「ああ。私はこうしてカラスを使い魔として監視させることができる。戦闘能力はほぼないが、視界を共有し、念話を繋げることもできる」

「は~、そりゃまた便利な魔法だ。何より見た目がいい。葛葉さんの蟲は苦手な子も多いからねぇ」

「蜂はまだいいけど、ムカデとか蜘蛛とか、ちょっと無理……」

「この前あの人の袖から虫出てくるの見ちゃった……あたしなら絶対にできないよ」

 

 

 次々にぼやき始める黒羽根たち。

 どうやらあのゴスロリ陰陽師、羽根からは随分避けられているらしい。あのうさん臭さ全開の態度、というかむしタイプが年頃の少女たちには受け付けられないようだ。わかる。虫ってフォルムは機械的なカッコよさあるけど、カサカサ動かれると反射的に腰が引けるよね。

 

 

「それからこれは広報としての仕事なんだけど、ホームページとブロマガ、SNSの更新とかがあるね。一応普通のサークルに偽装して、魔法少女以外には分からないように電子魔法で細工をしてる」

「SNSまであるのか」

「魔法少女だって年頃の女の子だからね、こうやってSNSを活用するのは当然さ。こっちを通じて魔法少女の解放を知った子だっている。みんな、他の魔法少女の存在を探しているんだよ」

 

 

 道理ではある。私は最初から美緒や音子さんといった仲間に恵まれていたけど、中には一人で契約してそのまま単独で戦いに放り込まれた魔法少女もいる。

 いや、魔法少女としてはそっちのほうが大多数のはず。そして命を懸けて戦っているという事情はみだりに他者に話すことはできない。荒唐無稽な話であり、仮に信じられたとして、常軌を逸した力を持っているということが知られれば、良きにせよ悪しきにせよ人間関係の変化は免れない。だからこそ、私たちは魔法や魔女に関わりのない人間にそれらの存在をひた隠しにして、人知れず化け物退治へと身を投じる。

 

 当然、そんな日常を続けることは少女の身には相当なストレスであり、彼女たちがそれらの事情を気兼ねなく共有できる仲間――すなわち他の魔法少女の存在を求めるというのは自然な流れだ。そしてそのために一番使用されるツールが何かといえば、文明の最先端たるSNSである。

 

 

「鶴喰さんの担当からは外れるけど、何か載せたい情報とかがあったらSNS担当のこの子に話してね」

「……プログラミングができるからって、HPの管理を投げられました」

「また言ってるよ。戦いに向いてないからってウズメさんがこっちに回してくれたんだからさ、適材適所ってことでいいじゃないか宮尾ちゃん」

 

 

 宮尾と呼ばれた黒羽根がそう気だるそうにつぶやき、励ますように観鳥が肩を叩く。フードに隠れて表情は伺えないが、中々複雑そうな感情が声色から察せられた。

 

 

「……ところで、この【処罰済】というのは?」

「ああ。優木沙々のことだね。そいつは洗脳の魔法を使って各地で悪さをしていたらしくてね、しれっとマギウスに近づいて組織を乗っ取ろうとしたんだよ。まあその前に葛葉さんに見つかって、みふゆさんが魔法を無効化してからウズメさんが首を刎ねて終わったんだけど」

「凄かったよねあれ。しばらく動いてから首が落ちるとか初めて見たよ、首提灯だっけ? 落語のやつ」

 

 

 こわっ。

 

 

「まあそれでも魔法少女だからまだ生きててね。一応、殺すのは流石にまずいけど野に放つわけにもいかないからって地下牢に幽閉されてるんだ。その辺の区域には近づかない方がいいよ」

「いや、まずそんな物騒なものがあることについて聞きたいんだが」

「そりゃまあ、魔法少女なんてだいたい物騒な子が多いからね。多少手荒い対応もやむなしって感じ」

 

 

 ごもっとも。

 

 

「と、少し話がずれたけど。これが私たちの役目。質問はある?」

「問題ない。説明に感謝します」

「そっか。それじゃあ、次は施設の紹介をして回ろうか」

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅡ【双樹あやせ】

 

 

 

 全員でぞろぞろとホテル内を移動し、様々な施設を案内された。

 食堂、談話室、遊技場、会議室、和室、大浴場、etc……。

 

 秘密結社の拠点というにはあまりにも充実したラインナップを見て回り、最後に足を運んだのはホテルの前庭だった。

 

 

「この向こうが模擬戦会場。羽根としての戦い方を訓練する場所だね」

「羽根用?」

「そう。姿を隠しているのに自分の武器を素直に使ったら意味がないからね」

「なるほど。個性の塊みたいなものだからな、あれは」

 

 

 私も骨喰を封印しているので、身バレ防止のために武器を隠すというのはやはり間違っていなかったらしい。

 その他の利点としては……おそらく統一した規格による戦い方によってある程度の実力差を埋めることだろう。

 事前に聞いた話だとマギウスの翼の多くは魔女退治も満足にできない魔法少女。反対に、一定以上の実力を持つ者は本来とは違う戦い方を強いられるという事にもなるが……。

 

 

「そういうわけで、はいこれ」

 

 

 じゃらり、と黒羽根たちが取り出したのは無骨な鎖分銅と鎖鎌。観鳥が出したのはこれまた飾り気のないショートソード。剣はわかるが、何故に鎖。

 

 

「あ、露骨に使いづらそうな武器って顔したね? これでも中距離で戦いながら魔女を捕縛するのに使えるから役に立つんだよ?」

「あぁ、そういうことか」

 

 

 討伐ではなく捕縛を目的とするなら、多人数で取り囲んで鎖で拘束するのは戦術としては真っ当だ。

 黒羽根たちで拘束して、白羽根が弱らせる。弱い魔法少女たちでも魔女を効率的に倒すには考えられた戦い方と言えるだろう。

 それに武器の種類が増えるのは戦いの選択肢が増えるのと同義。もらえるものはありがたくもらっておくことにする。鎖だって骨喰に組み込んであるし、むしろこの手の武器があるのは丁度いい。

 

 

「それじゃあ早速その武器の訓練といこうか。ちょうど双樹……あやせさんが相手をしてるみたいだね」

 

 

 先ほどから響く剣戟の方向に目を向ける。

 模擬戦会場の中心では、5人ほどの黒羽根たちを相手に双樹あやせが単騎で戦っている。いつの間にかいなくなっていたと思ったら、どうやらここにいたらしい。

 四方八方から繰り出される分銅をブレードで危なげなく払い、返す刀で放った炎であしらっている。やはりというか、彼女も相当な手練れだ。格下相手とはいえ、あれだけの魔法少女に囲まれて余裕の表情を保っていられる者もそういない。

 

 

「そういえば、彼女やウズメ殿は得物を隠していないな」

「あの人たちは幹部だからねぇ。梓さんだってそこは隠していないし、羽根でも身バレを恐れてない子は割と自前の武器を使ってるよ」

 

 

 観鳥は観戦している羽根たちに近づいていき、一番内側で指示を出している白羽根に声をかけた。 

 

 

ほらそこ、腰が引けてる! そんなんじゃ一本取ることもできないわ。もっと息を合わせて同時に攻撃! 相手が魔法を放ち終わった隙を見逃さない!!

「やあ教官、精が出てるね」

「……何の用かしら、観鳥。あなたが来る用事は無かったはずだけど」

 

 

 教官と呼ばれた白羽根は、熱の入った指導に水を差されたことへの不満か、じっとりと観鳥を睨むように振り返った。

 

 

「っはは、御免御免。今日入った新人を連れてきたんだよ。それにその子たちも結構限界だろうし、一度休憩を入れたら?」

「この程度ウズメ様のシゴキには及ばないわよ。……でもいいか。はい、一旦止め! 双樹様も終わっていいわ!」

「ひぃ……ひぃ……」

「や、やっと終わった……」

「えー? もう終わり? つまんなーい」

 

 

 教官の声を聞いて黒羽根たちが力なくへたり込み、対する双樹は物足りないとばかりに剣を振り回す。

 その様子を尻目に、教官はフードを払って団子状に結んだ銀髪を露わにし、こちらと目を合わせる。

 

 

「さて、初めましてね。私は神楽燦(かぐらさん)。一応、マギウスの翼の戦闘教官を務めさせてもらっているわ」

 

 

 一応、と前置きをしてからの自己紹介には、どことなく謙遜が混ざったようなニュアンスを感じられた。

 

 

 

「鶴喰だ。この度は斥候部隊として魔法少女の解放に助力させてもらうこととなった」

「なるほど、件の新入りね。噂に違わずいいもの持ってそうじゃない」

 

 

 その堂々たる佇まい。魔法少女を指導する立場というだけあって、挨拶一つにも貫禄が見られる。

 

 

「説明を受けていると思うけど、ここでは羽根としての戦い方を身に着けてもらうわ……ってところなんだけど、あなたの場合はまず実力を見せてもらおうかしら。ウズメ様が認めたなら問題ないとは思うけど、やっぱり自分の目で確かめておいきたいじゃない。まさか偵察だけが得意な魔法少女って訳じゃないでしょう?」

「無論だ」

 

 

 ごねる理由もない。むしろ実力をアピールできるちょうどいい機会だ。

 

 

「さて、それじゃあ手が空いてていい感じの子は……ミユは相手には向いてないし……」

「私がやろっか? 羽根たちよりは全然楽しめそうだし」

 

 

 燦が羽根の中から対戦相手を見繕おうとして、その後ろから声がかかった。

 先ほどから退屈そうに剣を弄んでいた双樹あやせは、いつの間にか私たちのすぐ側まで来ていた。

 むふーっとしたような微笑みを浮かべながら、私のほうに誘うような視線を向けてくる様子は、やり合いたくて仕方がないと言わんばかりだ。

 

 

「……だそうだけど、どうする?」

「問題ない。むしろ彼女ぐらいの相手を求めていた」

 

 

 幽界眼でざっと見たところ、ここにいる羽根の中で魔力量の高い魔法少女はほとんどいない。正直なところ、私とまともにやれそうなのは燦か観鳥ぐらいで、そこから抜きんでているのが双樹のみ。

 このまま順当に適当な相手と組み合ったとしても、なんか物足りないとかで結局双樹とやらされそうな展開を察したので、だったら最初から彼女とやり合った方が良いだろう。

 

 

「おいおい正気(マジ)かよ」

「あの新入りが双樹さんにタイマン挑むって?」

「どれだけ自信あるのよあの子、誰か止めてあげたら?」

「いいよ、どうせすぐに分からされるって」

 

 

 ひそひそと羽根たちの声が聞こえる。おおかた私が双樹にあっさり負けるという絵面を思い描いているのだろう。ならばここは一つその予想を覆してみせようじゃないか。

 鮮血機構(ブラッドドリンガー)を呼び出し突き立てる。禍々しさ全開のフォルムから発せられる威圧感に当てられた黒羽根たちが反射的に後ずさる。燦や観鳥も軽く引いており、唯一動じることなくその威容を受け止めたのは双樹だけだった。

 

 

「ッハ、何その武器。魔法少女が持っていいカタチじゃないでしょ、世界観間違えてない?」

「よく言われる。だが私に言わせれば、魔女を殺すにはこれぐらいの殺意があったほうがいいと思うのだよ」

「さあ? でもルカは気に入ったみたいだよ、私はスキくないけど」

 

 

 黒羽根が遠巻きに見つめる中、燦だけが審判役として二人の近くに立つ。

 

 

「用意はいいわね? それじゃあ……始めなさい!」

 

 

 合図が終わるのを待たずして、双方駆けだす。

 槍の突撃と、袈裟懸けの斬撃の衝突。

 剣と槍、重量で優るこちらが押し切る――前に双樹は自ら後ろに跳び下がる。

 

 

「やるね! だったらこれはどう?」

 

 

 ――アヴィーソ・デルスティオーネ

 

 

 詠唱と共に射出される炎の矢を打ち払う。

 その隙に距離を詰めて襲ってくる一撃は想定していたので即座に斬り返して迎撃。今度は後退することなく、双樹は舞うような動きで刃を振るい続ける。

 様々な角度から襲ってくる斬撃を槍を細かく動かして防いでいく。

 

 火花が散ると同時、鮮血機構がその悪辣な特性を発揮する。

 

 

「っ!?」

 

 

 自分の身体に突き刺さる破片に気づいた双樹が、斬り上げと同時に炎を放ってこちらとの間に壁を作る。

 そうして自分の露出した肩に突き刺さった矢じりを引き抜いて、双樹は顔を顰めた。

 

 

「痛った……こんなもの飛ばしてくるとか、ホントひどいねその武器」

 

 

 でも、とニタリと笑って双樹は剣を構えて。

 

 

「こうすれば問題ないよね!」

 

 

 ――アヴィーソ・デルスティオーネ

 ――セコンダ・スタジオーネ

 

 

 数を増した炎の矢が一斉に襲い掛かる。確かに遠距離攻撃を迎撃させる分には破片が飛び散ろうが関係ない。そして連射で押し切ろうというのは、どうしても動作が大振りになりがちな鮮血機構の弱点を見抜いたいい攻撃だ。

 だが。

 

 

「こっちもそれぐらいは分かっている――!」

 

 

 大きく後ろ手に振りかぶって槍を投擲する。

 殲滅槍は炎の雨を突き破って双樹の下まで飛来し、彼女の足元に突き刺さる。

 

 

「おっと、危ない、ね!」

 

 

 双樹は剣を振り下ろして足元からのダガーによる斬撃を迎え撃つ。

 先ほどの投擲と同時に駆け出し、炎を掻い潜って距離を詰めたのだが、対処されたか。

 

 

「……意表を突いたと思ったが、防がれたか」

「槍ぶん投げてきたときはちょっとびっくりしたけど、お姉さまには全然及ばないね。あの人なら飛び道具に反応した瞬間に斬ってきてるよ」

「あれと比べないでくれ。少し見た程度だが彼女、相当な達人だろう。あんな凄まじい太刀筋、私も初めてみた――」

「そう! お姉さまの剣はとってもキレイなんだから!」

 

 

 そう言って双樹は白いドレスの胸元を掴んで引っ張り……っておい!?

 

 

「ほら見てこの鮮やかで真っすぐな斬り傷の痕! 最初に私が襲った時にお姉さまに刻まれた傷跡がずっとトキメいて疼いて止まなくて――もぐっ!?」

 

 

 自分の胸から腹にかけて刻まれた傷跡を見せびらかして恍惚の笑みを浮かべる双樹あやせだったが、即座に横から赤色の何かが彼女の口に巻き付き、物理的に口を閉ざした。

 何事? と恐らくは血であろうその紅い糸の伸びる先を見ると、そこにはホテル入り口から歩いてくる二つの人影が。

 

 

「人前でそのような話をするなと、以前にも言ったと思うのですがね――あやせ」

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、緊急事態にございますお二人とも」

 

 

 沙羅ウズメ、葛葉。

 つい先ほど別れたばかりの彼女たちがこちらに向かってやって来た。

 

 

「お疲れ様です、ウズメ様」

「審判ご苦労でしたね神楽。ひとまず試合はここまでとしましょう」

「はっ、承知しました」

 

 

 燦が敬礼を返し、その場にいた黒羽根たちも彼女の後ろに急いで整列する。

 ウズメは自由にしていいと手で示してから、私に向けて口を開く。

 

 

「良い戦いぶりでした鶴喰さん。流石梓が見込んだだけのことはあります」

「見ていたのか」

「そこまでが今日の予定ですからね。本来なら結果を神楽から聞くだけでしたが……少しばかり予定が変わりました」

「予定……先ほど緊急事態と言っていたが、それか?」

「ええ。早速ですが仕事です」

 

 

 取り出された神浜の地図の丸で囲まれた一区画をウズメは指さした。

 

 

「この辺り一帯の偵察を。特に人の出入りの痕跡などがあれば念入りに調べてください」

「わかったが……一体何を探れと?」

「それは当然、マギウスの偉業を掠め獲ろうとする賊をです」




○観鳥令
 白羽根。広報部。パパラッチ。
 広報も斥候も情報担当としてまとめられた。

○神楽燦
 白羽根。第二部で初登場。
 実力はすごいが、見た目が出オチ。

○さささささ
 優木沙々。おりこマギカの悪役キャラ。
 格上を従えるという本体がクソ雑魚なので割と無条件に通る洗脳魔法の使い手だったがナレ死(死んでない)。
 洗脳→同系統のマスターであるみふゆに効かない。手駒の魔女→ウズメがズンバラリン。詰み。
 今は地下でドッペルを出し入れさせて感情タービンを回してもらっている。



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第四十八話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……②【スニーキング・ミッション/ヴァルキルベイン】

ChapterⅢ【スニーキング・ミッション】

 

 

 

「いい調子だ」

 

 

 薄暗い部屋の中、針の振れ方を確認した男は満足げに頷く。

 

 窓は締め切られ、微かな明かりが仄かに照らす空間。

 民族工芸と思わしき謎の小物があちらこちらに設置され、数人の人物がそこで何らかの書物を読み漁ったり、古めかしい計器を睨みつけながらしきりに手元の紙に経過を書き記したり、あるいは奇妙な小道具を絨毯の上に広げている。

 何も知らない者が見ればどこぞの研究室だとでも考えるだろう。だが彼らは学者ではない。いや、研究者であることには間違いないが、彼らが追い求めるものは世間一般に語られる学問とは一線を画すものだ。

 

 すなわち彼らは魔術師。

 インキュベーターとの契約を交わす資格を持たず、しかし奇跡の模倣を探求することによって神秘の業を操る術を身に着けることに成功した者たち。

 

 そんな彼らはこの神浜に張り巡らされた霊脈への介入――すなわちハッキングを仕掛けている最中であった。

 

 突如として街全体に謎の結界が張られ、内部の様子が確認できなくなった極東の都市・神浜市。

 この異変によって生じた世界全体の魔力の微細な乱れは、それらの観測に勤しむ魔術師たちの知るところとなる。

 それだけであれば魔術師たちは静観を決めただろう。どこぞの少女が新たに契約を行い、何らかの事象改変が行われるなど日常茶飯事。

 凡庸な少女の願い一つ、一定以上の格を持った術者であれば自分たちの研究室や工房に備えた結界にて影響を最小限に抑えている。仮に強力な因果を持った少女によって大規模な改変が行われたのならば、それこそ世界の調停者を気取る聖堂騎士たちによって遅かれ早かれ対処が行われる。

 

 どれほど独善的で破滅的な願いが成就しようとも、世界は平常に回り続けている。

 魔法少女が魔女を狩り、魔法少女は魔女に変じる。

 そしてその繰り返しから逸れた異物を神の代行者たちが粛清する。

 

 故にこそ、魔術師たちもたかが一都市の変化に対して気に留めることはないはずだった。

 

 

 

 ――だが、その異変から程なくして。彼らのネットワークにある噂が流れ始める。

 

 

『魔法少女によってインキュベーターの眼から隔離された街。その内部にて大掛かりな儀式が執り行われようとしている』

 

 

 出所不明。根拠皆無。荒唐無稽。

 しかし一部の野心的な魔術師たちが動くには十分な情報でもあった。

 

 観測者気取りの宇宙生物や、何かと研究を妨害しては成果を根こそぎ持っていく粛清機関の者たちからの介入を防ぐことができるまたとない機会。

 この地を巡っている膨大なパワーリソースの獲得に成功すれば、自分たちの魔導研究に多大な寄与を果たすに違いない。さすれば、各々が目指す悲願――すなわち、『奇跡の実現』にたどり着くことも不可能ではないだろう。

 そして現在、この廃墟を作り替えた工房にて霊脈への介入を試みる魔術師たちもまた、そうした目論見の元神浜への侵入を果たした一派である。

 

 魔術師とはその思想、目的に差異があれど、その根底にあるものは共通している。それは『奇跡を手にしたい』という願い。

 己の願いを叶え、奇跡の力を行使する少女たち。現代においては魔法少女と故障される彼女たちは、人類の歴史上の大半において大きな影響を与えてきた。

 

 それは時の権力者の忠実な手足として。

 あるいは科学の未発達な時代にて神の声を聞き、人々に伝える巫女として。

 あるいはその常人を越えた能力を用いて戦争の趨勢を決めた陰なる兵士として。

 

 歴史の陰にて奇跡の力を振るう少女たちの姿を見て人々が抱く思いは何か。

 

 それは畏怖であり、尊敬であり。

 あるいは恐れであり、嫌悪であり――そして、憧憬であった。

 

 人の欲望とは果てしないもの。魔法の存在を知った人間は、当然のように自らもその奇跡を手にすることを望んだ。

 

 魔法少女も元は同じ人間だ。

 インキュベーターの望む素質の有無という違いはあれど、人の魂が凄まじい熱量を秘めていることは同じ。であれば、誰であろうと血の滲む努力によって奇跡の力に手をかけるだけの資格は存在し――そうして、探究者たちは自らの手で神秘を手繰る術を見出すことに成功した。

 それが魔術であり、それらを操り、真理を探究する者たちのことを魔術師と呼んだ。

 

 

「さて……あと少しと言ったところか」

 

 

 魔術師が観測したところ、霊脈の流れはある一か所に集中している。

 極めて巧妙かつ精細に流れを操作されており、半端な使い手ではこの流れが操作されたものであるなどとは気づけないだろう。

 

 だが魔術の一派を率いる立場にいる男には分かる。これは極めて強固に仕組まれた結界術だ。

 恐らくは風水や陰陽道などに長けた術者が考案した、各地で蒐集したエネルギーを蓄積させて最終的には一か所に収束させるための仕込み。それにしては()()()()()()が多く見えるが、そのような些末事はどうでもよい。

 大事なのはこの収束地点に存在するモノ。魔法少女がインキュベーターの目から逃れてまで集めている膨大な魔力の根本を暴くことが今回の目標だ。

 

 故にこれは誰にも気取られることなく遂行されるのが重要であり、その土地では押さえられているだろう霊脈に干渉を試みるなど、即座に察知されてもおかしくはない蛮勇だ。それをこの上なく慎重かつ大胆に行えるのは、一重に彼の卓越した手腕に他ならない。

 慎重に探知用の魔術を仕掛ける範囲を広げ、次第に近づいている巨大な存在に思わずほくそ笑んだ。

 

 

「これほどまでに周到な用意をするとは……どうやら、かなりのアタリを引き当てたかもしれんな」

 

 

 想定外の収穫に男は静かに高揚し、その裏で今後の展開について考えを巡らせる。

 どうやらかなりの大物を探り当てた感触があり、故にこそ一筋縄ではいかないだろうという予感がある。

 今回は飽くまで事前調査。魔法少女や聖堂騎士との戦闘に備えて必要最低限の用意はあるが、それでも本腰を入れて動き出すには聊か心許ない。

 欲をかかずにこの辺りで調査を切り上げて、一度本国まで帰った方がいい。そう判断した魔術師の頭目は部屋を振り返る。 

 

 

「さて、今回はこの辺りで切り上げるとしよう」

 

 

 部下たちに撤収の準備を指示しつつ、頭目は部屋の隅へと視線を向ける。そこには彫の深い顔立ちをした屈強な男が酒の入ったグラスを片手に深々とソファに座っていた。

 

 

「貴様もさっさとそれを片付けろ。流石に貴様が飲み散らかした分の後始末は受け持たんからな」

 

 

 その男は元々自分の一派ではない。

 魔術師であり戦いに赴くことを至上とする傭兵。魔術社会においても名をはせる強豪を不測の事態に備えるため雇った訳だが、この拠点での潜伏を始めてからというものほぼ毎日といっていいほど酒を飲み、常に酒瓶が足元に散乱している始末。

 評判には違わぬ実力を持ってはいるが、こうもだらしなく過ごされていると無駄金を払ったような気分になるのも仕方がないだろう。

 次に来る時はもう少し品性もある傭兵を雇うかと魔術師が思案していると、不意に傭兵が立ち上がる。

 

 

「いや、どうやら仕事の時間だ」

「何だと?」

「なんだ、それにかじりついていた癖に分からんのか」

 

 

 酒臭いため息を吐いて自らの武器を構え始めた傭兵の言葉に魔術師は計器に目を戻して――驚愕に目を見開いた。

 

 

「これは……っ! 霊脈の接続が途絶えているだと!?」

『ええ。ええ。とりあえずパパっとこの辺りだけ流れを切り替えておきましたよ。不足の事態への備えができていないのは二流のやること。その点、私は一流ですので。というわけでご当主殿、準備完了にて』

『分かりました、では……』

 

 

 ――突入開始。

 

 

 その言葉と同時にドアがひしゃげて吹き飛ばされる。

 強化魔術によって物理的な強さを、施錠魔術によって複雑な鍵を掛けられていたはずの扉は、しかし魔法少女の常識はずれな一撃であっけなく破壊された。

 

 

「失礼いたします」

 

 

 部屋に進み入る二人の魔法少女。

 片や紅色のドレスに身を包み、剣を携えた双樹ルカ。

 もう片方はペストマスクめいたバイザーと暗紫色のローブ姿、禍々しい棘塗れの槍を構えた鶴喰夜鴉。

 

 外の光を背に堂々と乗り込んできたその姿は、魔術師たちにとっては悪夢そのもの。

 

 

「……ッ、馬鹿な、なぜ此処がバレて」

『そりゃあまあ、こんな派手に霊脈に繋いでたら分かりますとも。我らを神秘に疎い無知な小娘とでも侮りましたかな?』

 

 

 少女たちの間に浮かぶ小さな人型の紙から声が響く。

 通信用の式符。陰陽師たちが用いる基本的な式神。

 この襲撃作戦を考案した葛葉が遣わしたものだ。

 

 

『我々はマギウスの翼。盗人どもよ、不遜にもこの地を踏み荒らし、偉大なる賢人たちの計画を掠め獲ろうとした対価は分かっておりますね?』

 

 

 また別の声が式神から聞こえる。

 それはこの作戦の総指揮を執る沙羅ウズメのもの。

 彼女たちは少し離れた場所でこの状況をオペレートしていた。

 

 

 事の発端はほんの少し前。

 監視している霊脈の幾つかに微かな違和感を発見した葛葉はそう時間をかけることなくイヴの供給に干渉を受けていることに気が付き、これをウズメに報告した。

 

 非常に巧妙な隠ぺいを施された霊脈への干渉。それ自体はさほど重要ではないが、問題はそれがここフェントホープ、さらにその地下まで伸びようとしていたところだった。

 ウズメは早急の対応を命じ、葛葉は遅延工作を行いながら調査を開始し、間もなくしてその干渉地点を絞り込んだ。

 

 本来ならばここで適当な羽根を偵察に送るところなのだが、しかし葛葉は無策な突撃は危険だと進言した。

 実際の干渉は数日前から行われており、ここまでの隠蔽を可能としてきた相手もまた相応の術者。黒羽根程度の実力ではむしろ翻弄されるのが関の山で、白羽根であっても若干危ない。というかのこのこと現地に近づいて調べようものなら、察知されて逃げられる可能性がある。少なくとも、ここまで用意周到な連中ならばそれぐらいはやるだろうというのが葛葉の見解だった。

 ならばと式神を放とうにも、偵察を得意とする『蜜告罰』は隠密性に特化しているため周辺に張り巡らされた魔術的防御を突破できないという欠点を抱えていた。

 

 さてどうしようかとウズメが頭を悩ませていたところで、丁度よく加入してきたのが鶴喰夜鴉であった。

 烏の使役による上空からの偵察。これによって人の出入りの痕跡があった廃ビルをアジトとして突き止めることに成功し、かくして突入作戦の開始と相成ったのである。

 

 

「だとしても結界は!? アレはそれなりに複雑な構え、例え魔法少女だろうとそう簡単には……」

「確かに、アレはそれなりに堅牢な防御だったのでしょう。ですがまあ、相手が悪かったとしか言いようがないでしょうね。こちらにも陰湿な魔術師がいまして、餅は餅屋というわけです」

『おや、おや。それはつまり私の知恵あっての賜物というわけで。評価を改めてもらえましたかな?』

「うるさいですよ」

 

 

 おちょくるようにねちねちした声をルカは文字通りバッサリと斬り捨てる。

 ……が、程なくして別の式神が何事も無かったかのように飛来してきた。

 

 

『やれやれ。用意しているとはいえ、数に限りはあるのであまり無駄にしてほしくはないのですがね』

『……ルカ、とりあえず葛葉の言う事は無視して結構ですので。早急に取り押さえるように』

「承知。ではウズメさんの手前、迅速にカタをつけると致しましょう」

「ああ。打ち合わせ通り行くぞ」

 

 

 夜鴉は身をかがめ、ルカが剣を床に突き立てる。

 

 

「――っ、貴様」

 

 

 魔力の兆候を察した傭兵は、瞬時に近くにいた魔術師の前に立って盾を構える。咄嗟の判断が間に合ったのは彼だけだった。

 

 

 ――カーゾ・フレッド

 

 

 瞬間、極寒の大地を思わせる冷気が部屋の中を包み込んだ。

 刃の突き刺さった地点から氷が広がり、それは瞬く間に中にいた魔術師たちの足元まで到達する。

 

 凍結魔法――己が片割れ(あやせ)とは対照的な属性こそ、双樹ルカが魂に宿した魔法だ。

 

 

「ぐわぁ!?」

「足が……っ」

「くそ、こんなもの」

 

 

 足を奪われた魔術師たちは狼狽しながらも魔術で氷を解かしはじめる。

 当然、そんな明確な隙を見逃すわけもなく。

 

 

 ――カズィクル・ベイ

 

 

 ルカを飛び越えるように跳躍した夜鴉がその手に携えた棘まみれの槍を投げ放つ。

 秒とかからずに殲滅槍は着弾し、その身に纏った棘を散弾として部屋中を蹂躙した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅣ【ヴァルキルベイン】

 

 

 

「ぎゃああああああ!」

「ぬぅぅぅ……!」

 

 

 氷結による足止め。室内を襲った棘の散弾。

 突入開始から間もなくの奇襲により、ほとんどの魔術師が浅からぬ傷を負った。

多くの者がその身体を幾つもの棘に貫かれて苦悶の声を上げ、辛うじて正気を保って行動できる数人もまた軽くない負傷。

無事と言えたのはいち早く防御を固めていた傭兵の男と、彼に庇われた一派の頭目だけだ。

 

 

「おのれ……アンデルバリ、早くそいつらを始末しろ!」

「分かっている!」

 

 

 アンデルバリと呼ばれた傭兵はズタボロになったジャケットを脱ぎ捨て、その下に隠されていた時代錯誤も甚だしい革鎧が露わとなる。そうして最小限の負傷で不意打ちを乗り切った傭兵は反撃の一歩を踏み出した。

 床面の氷を踏み砕いて傭兵は着地した夜鴉へと肉薄する。丸太のような腕が唸りを上げ、勝利(テュール)太陽(シゲル)(ケン)――戦士を鼓舞する文字が刻まれた斧が、投擲によって武装を手放した鶴喰目掛けて振るわれる。

 肩から袈裟懸けにするような一撃を、夜鴉は半身になって躱し、そのまま振り下ろされた刃の側面を蹴って距離を取る。

 

 

「やるな……そして!」

「おっと、流石に無理でしたか」

 

 

 傭兵は惜しむ間もなく、自らの首筋に向かってきた斬撃を左手の盾で受け止める。

 魔法少女でもない相手に奇襲を受け止められたルカの顔に浮かんだのは驚愕や落胆ではなく、むしろ望外の相手に出逢えたという喜び。

 傭兵もまた盾から伝わる感触から相手の力量を推察。彼女が魔法少女の中でも相当な実力を持つことを把握して闘志を漲らせる。

 

 刃と刃がぶつかり合い、甲高く重い音を何度も鳴らす。

 身に纏うドレスのように戦場にて舞うようなルカ。対して傭兵はどっしりと防御を構えながらも機を見て斧による反撃を繰り出している。

 ルカが斬撃と同時に放つ冷気を盾でいなしながら、しのぎを削るその様子はまさに歴戦の戦士。幾度もの戦場を乗り越えることで磨かれてきた技は魔法を交えた剣技にも対抗する。

 

 その間に夜鴉は袖口から伸びていた鎖を掴んで思い切り引く。

 ジャラジャラと音を立て、その鎖が伸びる先……鮮血機構の石突が引っ張られるようにして浮き上がり、手元へと呼び戻された。

 

 

「おや。さっきの戦いで使わないと思ったら、そんなところに」

「使えるものはなんでも使わせてもらうさ」

 

 

 模擬訓練前に受け取った黒羽根としての武装である分銅鎖を受け取った夜鴉は、作戦準備中に軽く改造を施し、即席のアタッチメントとして鮮血機構に接続していた。投擲技は雑魚を散らすのに使える分、手元から離れてしまう。骨喰ならいつでも呼び戻せるのだが、生憎この武器は自前ではなく借り物。これ幸いとばかりに貰った武器を組み込んだというわけだ。

 

 漆黒の突撃槍としての姿が露わとなった鮮血機構を夜鴉は構え直す。

 余計な棘をすべて落とした殲滅槍はそれまでとは対照的にシャープなフォルムと軽量化した重量による高速の刺突突撃を実現する。

 

 

「シッ―――!」

「ぬおっ!」

 

 

 黒い閃光の如き一撃を盾で受け止める――が、衝撃の余りに後ろへと弾き飛ばされる。

 

 

「おっと、口ほどにもありませんかね」

「お、おい。貴様本当に大丈夫なんだろうな!?」

「問題ない、これで準備が整ったところだ」

「何のつもりかは存じませぬが――!」

 

 

 余計な真似をされる前に潰す。その意見が一致した二人は同時に襲い掛かった。

 

 

「――戦乙女どもよ、見るがいい」

 

 

我は勇士なり(アインヘリヤル)!!」

 

 

 その宣言による変化は如実だった。

 剣が、槍が弾かれる。

 

 

「なっ!?」

 

 

 堅い鉄を打ったような手ごたえにルカの顔が驚愕に歪む。

 その隙に放たれた丸太のような脚の回し蹴りが脇腹へと突き刺さった。

 

 

「かぁ……っ!」

「双樹!」

「ははは! どうした、先ほどまでの威勢は何処に行った?」

 

 

 完全に形勢が変わったことを確信したように傭兵が笑う。

 黄金の輝きを身に纏い、威風堂々と斧と盾を持つその姿は古代の戦士を彷彿とさせる。

 先ほどまでは常人よりは上程度であった迫力が、今では無意識に身構えさせるだけの威圧感へと変貌した。

 これは一体どういう理屈か? 彼はどのような魔術を用いたのか?

 

 

対魔法少女術式(アンチ・マギカ・コード)……」

 

 

 鶴喰は苦々しくその絡繰りの正体を呟く。

 

 魔法少女は魔術師よりも多くの点で優るとは言ったが、それは決して戦いでの優劣を決めることではない。

 基本的に一代限りである魔法少女に対して、魔術師は世代を重ねて研鑽を重ねる研究者。彼らの間で連綿と受け継がれてきた魔法少女という存在に対する執念の篭った研究は、そのまま魔法少女への対抗策へと転ずる。

 それが対魔法少女術式(アンチ・マギカ・コード)と呼称される分類の魔術。

 この傭兵が用いたのは北欧にて伝わる術式。戦乙女(ワルキューレ)の伝承になぞらえ、魔法少女と相対する自らをそれに相応しい存在――勇士として劇的に強化する戦士の祝福といえるか。

 

 

『アインヘリヤル……なんと、なんと。まさかあの戦女狩り(ヴァルキルベイン)を雇っていたとは。ううむ、これは読みを外しましたか』

「知っているのか」

『フェリクス・アンデルバリ。その道の魔術界では有名な傭兵です。彼が斃した魔法少女の人数は五十を越えます、故の仇名が戦女狩り(ヴァルキルベイン)。教会とも何度か衝突しながら生存している本物の戦士ですよ』

「マジか……」

 

 

 葛葉から伝えられた情報に夜鴉は考えを巡らせる。

 魔法少女との戦いに熟達した魔術師。かつて七枝市にて戦った黒魔術師とは比較になるまい。いやあちらも魔女を掛け合わせて人為的に大魔女を作りあげかけたとかいう厄介さで言えば同じぐらいだっただろうか。

 だがこの男の厄介さは単純な戦力。純粋な武器の打ち合いでは互角と言えるが、こちらの魔法を意に介した様子が無いのが危険すぎる。恐らくは手に持ったあの盾の仕業だろう。守りのルーンで防御を固めた霊装がルカの冷気を防いでいる。

 つくづく骨喰を持ち出せないのが面倒だと内心でひとりごちる。アレを持ち出せば、その程度の小癪な守りは紙切れも同然だというのに。

 

 

「我こそが奇跡を纏いし戦士にして偉大なる神の時代を再現する者。幼稚な夢に奇跡を費やした貴様らのような子供が叶う道理はない!!」

『厄介ですねぇ。とりあえずヤバそうになったらウズメ様が動きますので、まぁなんとかしてくださいな』

「丸投げかい……」

 

 

 斧を掲げ、声高らかにフェリクスが叫ぶ。

 さてどう攻めたものかと思案して――傭兵の背後で瞬いた光に本能が警鐘を鳴らした。

 

 

TSME(雷よ)!」

 

 

 突如として雷が迸り、夜鴉に襲い掛かる。

 一瞬反応が遅れた夜鴉はその雷に直撃する。

 

 

「くっ……」

 

 

 ダメージ自体は大したことはない。

 鶴喰夜鴉――つばめが用意したこのローブは彼女自身の異形から抜け出た羽根の他、多数の魔法素材を用いて仕立てた特注品。ゆえにそれなりの抗魔力性能もあり、魔法少女による魔法攻撃でもある程度はやり過ごせる。

 だが、これがあの傭兵と刃を交えている最中に飛んで来たりすれば命取りに繋がる。

 

 

「くそ、後ろで縮こまっているだけじゃなかったか」

 

 

 魔術を放ったのはフェリクスの背後にいた魔術師だった。

 形勢逆転を見て戦闘に加わり始めたのだろうが、ほぼいないものとして扱い魔術を発動する隙を与えたのは自分たちの落ち度だ。

 

 さてどうするか、と考え始めた途端。 

 ごう、と肌に伝わる温度が急上昇した。

 そちらを見れば、白いドレスが劫火を纏った剣を振り回して傭兵に挑んでいる。

 

 

「よくもルカを傷つけたな! ブチ殺す!!」

「ぬっ、氷の次は炎か、上等よ!」

 

 

 ルカと交代したあやせにフェリクスの相手を任せ、夜鴉は魔術師の方へ突っ込んでいく。

 迅速に後衛を仕留め、フェリクスを挟撃して倒す。今はそれが最も勝算の高い作戦だ。

 

 

「来るか。ならば我が探究の成果を見るがいい。"砂塵より生まれよ、我が巨人"!!」

 

 

 魔術師は懐から取り出した革袋の中身をぶちまける。

 そこからには外見以上の量の砂鉄が滝のように流れ出し、それは地に広がる前に宙に留まって人型となる。

 

 

「それは……ゴーレムか」

 

 

 カバラにおける奥義とも言われる、自律した泥人形。

 それだけならとりわけ珍しくもない存在なのだが、このゴーレムは奇妙にも砂鉄で作られた砂人形とでも言うべき存在。

 夜鴉の二倍以上もの背丈を持つ砂の巨人は、天井に届くほどの巨体をもたげて敵を見下ろす。

 

 

CaSr(捉えて潰せ)!」

 

 

 魔術師の号令に従い、流れるような速度で振り下ろされる腕を夜鴉は回避する。

 そして反撃に転じ、ゴーレムの胴体を槍で薙ぎ払う。

 

 

「無駄だ!」

 

 

 その努力をせせら笑うような魔術師の言葉通りに、飛び散った砂鉄はそれが自然な流れのように胴体へと戻っていく。

 そして損壊など無かったようにゴーレムは再び夜鴉へ両腕を伸ばす。

 掴まれればそのまま無数の粒に削り取られて挽肉になる未来が待っていただろう。そうなれば魔法少女の耐久性など意味がない。ソウルジェムすら研磨を越えて粉みじんになるまで削り取られる。羽根程度の魔法少女なら……いや、相性によってはそれ以上の実力者にすら通じる魔術だろう。

 

 だが。

 

 

「いや――視えているぞ」

 

 

 鶴喰夜鴉にその程度の小細工は意味がない。

 幽界眼によって魔力の波長を読み取り、寸分狂うことなく核となる貴石を破壊する。

 かくして伝承をなぞらえるように、核を砕かれたゴーレムは力を失いただの砂塵となって崩れ落ちて――、

 

 

TSME(雷よ)!」

 

 

 バチリ、と雷が迸る。

 

 空間を切り裂く三つの光矢を、しかし見越していたように槍で叩き落す夜鴉。

 だが彼女の虚を突いたのは、それに追随するようにして飛来してきた黒色の矢だった。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 回避が遅れ、槍の一つが肩を貫く。

 夜鴉は苦悶の声を上げながら地面を転がり、片膝立ちになって傷口を押さえる。

 

 

「ふむ、仕留め損なったか」

「……不覚だ」

 

 

 雷。そして砂鉄。

 ここまで露骨な符合を見ておきながら、それを想像出来なかったのは注意不足。

 ゴーレム自体が捨て石ではないにせよ、突破された時の保険も用意してあるとは、魔術師の一派を率いるだけのことはあるらしい。

 

 

「だが、二度目はない」

 

 

 一回目で戦闘不能にできなかった以上、もう同じ手は喰らわない。

 こちら側の攻め方に備えているのか、術者を守る様にして砂鉄が周囲を漂っている。

 果たしてそれをどうやって攻略するか。もういっそ魔力を込めて一気に突っ込むのが手っ取り早いのだが、それをやると確実に相手は死ぬ。

 別にここまで命をやり取りをしておいて殺すことに抵抗があるとかではなく、一応の目的として生け捕りにする必要があるので、そういう選択肢が積極的に取りにくいのだ。

 

 

「やはり有効なのは凍結か」

 

 

 あの流体を纏めて氷に閉じ込めて使えなくするのが良い。

 そのためにも傭兵の方を引き受けるべく、夜鴉は一度あやせの傍まで後退した。

 どうやらお互い膠着しているようで、目立った負傷はないものの有効打も与えられていないらしい。

 

 

「あ、新入り。あっち片付いてないのに戻ってきたの?」

「すまん。予想以上に向こうも厄介だ。ここは一つデカいのを頼めるか」

「――なるほど。そう言う事ならば、遠慮なく」

 

 

 言葉の直後、あやせの姿が変わる。

 赤と白、色を半々に分けたドレスを纏ったその恰好は、あやせとルカ二人の姿を合わせたよう。

 同時変身。一つの身体に二つの魂を宿す彼女たちだからこそできる離れ業だ。

 

 

 彼女たちの魔力が同時に励起し、交差させた剣に収束する。

 混ぜ合わさった二色の魔力は互いに混ぜ合わさりその輝きを増して――

 

 

「……え、ちょ、待てそれって」

「纏めて潰してやりましょう、私たちの本気、見るがいい!」

 

 

 獄炎と氷河。

 相反する二つの属性を持ちいる双樹の切り札。

 彼女たちが何を放つつもりなのかを察した夜鴉が止める間もなく。

 

 

 ――ピッチ・ジェネラーティ

 

 

 爆発的なエネルギーが、部屋の中を満たした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 KABOOOOM!!

 

 

 寂びれたホテル街の一角。

 そこにあった廃ビルの一つが爆発し、瓦礫と粉塵が街路へとまき散らされる。

 幸いにも巻き込まれるような通行人はおらず、またこの騒ぎを聞きつけた者たちもいないようだ。

 

 

「うへぁ!?」

 

 

 鶴喰夜鴉は煙の中から飛び出し、アスファルトの地面へと着地する。

 咄嗟の回避が功を奏したのか爆発によるダメージはほとんどないが、被っているローブは塵と埃に塗れて灰白色に染まっている。

 下手人である双樹は、何事も無かったかのように優雅な仕草でシュタっと降りてきた。

 

 

「おいこら、そこの氷炎将軍。メドローアを閉所でブチかますとか何考えてんだ。マヒャドで良かったんだよあそこは」

「はぁ!? その呼び方は聞き捨てなりませんね!! あとあの技を使うのは大魔導士のほうですわよ!」

「突っ込むとこそこ?」

 

 

 などと二人が言い争っていたその時。

 

 

「ぬぅぅぅ!」

「くそ……なんと無茶苦茶な小娘どもだ」

 

 

 ドスン、と落下してきた傭兵フェリクスが彼女たちを睨みつける。その肉体は多少煤けているが未だ健在。だが先の一撃を直接防いだ影響か、あの守護の盾は使い物にならないほどボロボロだった。

 そして最も負傷が大きいのは頭目の魔術師だ。自身も衝撃を気流操作で受け流したものの瓦礫が当たったのかおかしな方向に曲がった右腕がだらりと下がっている。武器であった砂鉄の礼装は爆発で吹き散らされ、苦し紛れの魔術に期待は持てない。戦闘能力は完全に失われたと見ていいだろう。

 

 

「……何にせよ、これで勝負あっただろう」

「ええ。ここは潔く投降なされよ。今ならまだ命だけは助かりますよ?」

「舐めるなよ。傭兵、とにかく逃げる時間を稼げ!」

「応とも。ここで臆せば戦士の名折れ、かかって来るがいい魔法少女よ」

 

 

 即座に離脱を計る魔術師。ここで命惜しさに戦闘を放棄するような真似をせず、殿を務めようとするフェリクスもまた仕事人としての矜持が垣間見える。

 それに、彼の『我は勇士なり』の効果はまだ持続している。

 捨て身で挑めばこの二人を足止めすることは不可能ではなく、魔術師がここから逃げる時間を稼ぎつつ、機を見て自らも離脱することができただろう。

 

 最も、それは彼の命を狙うのが二人だけならばの話だが。

 

 

「――その意義や結構。どちらにせよ、もう御終いですがね」

「何を、ガ――!?」

 

 

 どこからか声が聞こえ、そちらにフェリクスが注意を向けた瞬間、彼の胸からは深紅の刃が生えていた。

 

 

「な……!?」

「せめて戦士の情けとして名乗りましょう。我が名はマギウスの翼統領・沙羅ウズメ。『戦女狩り』フェリクス・アンデルバリ殿、これにて切捨御免」

「お、のれ、抜かったか……」

 

 

 そうして力尽きた戦女狩りに向けて残心し、沙羅ウズメは魔術師の方を一瞥。

 

 

「ひっ、来るな――あぐっ」

「はい、はい。これ以上余計な手間は増やさない。観念して眠りなさいな」

 

 

 踵を返して逃げ出そうとした魔術師だったが、少し走ったところで唐突に糸が切れたように地面へと倒れ伏した。

 

 

「今のは……」

「おい、何お姉さまの見せ場に横入りしているんだ毒虫」

「いやいや、派手に吹っ飛ばしたのはそちらですよね? これ以上長引かせたくないので手っ取り早く無力化いたしましたのに、責められる謂れはないかと」

 

 

 するりと物陰から葛葉が現れる。

 彼女の周りには蜂のような虫が滞空しており、恐らくはその針に含まれた毒で魔術師を昏倒させたのだろう。

 なんともえげつない手を使うものだと夜鴉は内心震えた。

 双樹は彼女が最後の獲物を取ったことが気に入らないらしく、葛葉に食って掛かるが当の本人はどこ吹く風だ。

 

 

「さて、後の片づけは彼女たちに任せて、我々はいち早く戻りましょう」

 

 

 ウズメが手を叩くと、どこからともなく黒羽根たちが現れる。

 彼女たちは爆発した魔術師のアジトへぞろぞろと入っていき、いくつかの資料や気絶した魔術師たちの身柄を取り押さえていく。

 

 

「ま。何はともあれ、これにてゴミ掃除完了に御座います。皆さまお疲れさまでした」

 

 

 クスクスと笑う葛葉に、それで余計に不機嫌になる双樹。その二人の仲裁をウズメが宥めている様子を、つばめは疲弊した身体で眺めていた。

 

 

 ――そして、その様子を路地裏に設置された一機の監視カメラが静かに見守っていた。




○魔術師
 普段は表舞台に出ないが、いざ準備が整えばテロすら辞さない傍迷惑な連中。モブ魔術師はこういう連中が多いし、なんだったら粛清機関に属する魔術師も結構アレ。奇跡に目を焼かれた奴らだから仕方ないね。
 今回用いたのはカバラ。ノタリコンによる短縮法。

対魔法少女術式(アンチ・マギカ・コード)
 魔法少女に対して用いられるほぼ魔術。流派や体系によって効果もバラバラだが、"魔法少女に最も効果を発揮する"という共通点によって分類される。
 粛清機関はこれの保有数がべらぼうに多く、魔法少女に優位を保っている要因の一つである。

我は勇士なり(アインヘリヤル)
 魔法少女から戦乙女の伝承が生まれたという仮説から、魔法少女に命を狙われる自分はすなわち戦乙女によって導かれる勇士であると因果を逆転させて超バフを盛る。


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第四十九話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……③【夜巡る思惑/梓みふゆ】

流れに乗っているうちに投稿です

説明フェイズな回。
しかし本来より倍ぐらい文字数が膨れ上がってしまった


ChapterⅤ【夜巡る思惑】

 

 

「はーい、みんなお疲れ様ー。そこの新人さんもよく頑張ったねー」

 

 

 本日二度目のデブリーフィングは、灯花の鈴を転がしたような妙に耳に残る声を挨拶として始まった。

 

 

「これで今回の闖入者の主導者と構成員の大部分の確保。ならびに傭兵として雇われていた魔術師の排除に成功しました。素晴らしい成果でしたよあやせにルカ。そして鶴喰さん」

「お褒めに預かり、光栄に御座います」

 

 

 ルカが恭しく頭を垂れる。

 私もそれに続いて一礼する。

 まだたった一日だというのに、この人から指示を受けてそれを完遂したことに対して、少なくない達成感が心を満たしていた。

 

 

「とはいえ、どこかの誰かさんが派手にしてくれた御蔭で、アジトは爆発によって機材や資料の多くは破損。構成員も多くが負傷し、あまり尋問が捗りそうにありませんねぇ」

「む」

「葛葉」

「失礼。まあおおよそ、今回の連中もイヴのことを探りに来たというところでしょう。残存した資料を見ても霊脈に探りを入れていた段階のようでしたし、ロクな情報は持っていないかと。とはいえ、ここで取り逃がして余計な情報を外部に持ち出されなかったのが幸いでしたが」

「イヴにハックしてくるだけでもうっとおしいのに、さらにやって来るとか面倒なワケ」

「想定されていたリスクの一つだけどね。街を一つ隔離した弊害だけど、今のところ押し返せているから問題は無い。葛葉のほうも根回しはしているんだよね」

「勿論ですとも。とはいえ、国外の魔術師に陰陽寮(うち)からの言葉がどれだけ効いているやら」

「パブリックな組織のくせに情けないワケ」

 

 

 いつもの煽りをウズメに窘められ、葛葉は淡々と自らの分析を告げる。

 続くアリナのぼやきを聞いた後、私はぽつりと疑問を口にした。

 

 

「まさか、いつもこんな連中を相手にしているのか……?」

「いえ、たまに来るといったところです。今回はこれまででも一番手こずりましたが」

「普段なら双樹さまと梓さまのお二方で片付きますからねぇ。ウズメ様が戦線まで直々に出張ったのはこれで初めてです」

「歴戦の傭兵だったっけ? でもわたくしのウズメの方が強かったもんねー♪」

「ええ。ウズメさんの手を煩わせたのは我々の未熟ですが、実に素晴らしき剣の冴え……! 嗚呼、何度惚れ直したか分かりません……!!」

 

 

 直接戦った鶴喰からすれば、それなりに苦戦した相手なのだが、そんな想いを露知らず灯花は己が従者の勝利は当然とばかりに笑っている。

 そしてルカが頬を赤らめながら震えているのは全員がスルーした。薄々分かっていたが、どっちの人格も大概らしい。

 

 

「まあ、私の事はそこまでにして。一応鶴喰さんに説明しておきますと、魔術師どもは尋問が終わり次第、地下の無限病棟のウワサに放り込みます。彼らには微睡みの中、時が来るまで感情エネルギーと魔力をイヴに供給してもらうことになりますね」

「なるほどな。命は取らんが、代わりに相応の対価は貰うというわけか」

「ふふ。あれだけ追い求めていたイヴの間近でその神髄を拝めるのですから、苦労の甲斐はあったのでしょうねぇ」

 

 

 嘲るような葛葉の言葉に、彼らの末路を想像して憐れむ。

 まあ、私もついさっきまで殺し合いを演じた相手の安否を案じるほど殊勝な心掛けは持っていないが。

 正義感で立ち向かってきた魔法少女とかならまだしも、完全に私利私欲で近づいてきた連中だ。それが返り討ちに遭った挙句どうなろうと特に心が痛むわけでもない。むしろこれで一般人から搾り取る分が賄えるなら丁度いい。

 ……と、そこまで考えてある点に思い至った。

 

 

「……待て、それができるなら一般人からエネルギーを取る必要はないのでは……?」

「まあ、普通はそう考えますよね」

「はい、はい。そうは問屋が卸さずといいますか、魔術師から搾取できる魔力などたかが知れていまして。聖人と呼ばれるような特殊体質持ちでもなければ、一般人よりも多少はマシ程度にございます」

 

 

 あー、そういう事情ね。

 そもそもの話、魔術師は自分だけで奇跡を行使できるだけの魔力がないからこそ、信仰や伝承に則る形で神秘を編み出している。これが自前の魔力だけでどうこうできてしまう魔法少女との大きな違いであるわけだ。

 実際、目の前の葛葉にしても弱い魔法少女程度の魔力しか持っていない。これでも魔術師としては破格の部類なのだろうから、実に世知辛い話である。

 

 

「魔法少女でもないのに頑張ってわたくし達に追い付こうとしてる割には、正直期待外れなんだよねー」

「それに感情エネルギーのほうもぶっちゃけそこまで出ないんだよネ。あんなゴシップに釣られてやってくるメイガスなんて人生が擦り切れたオッサンばかりだし、やっぱりティーンズを中心にウワサに取り込んだ方が効率がいいワケ」

 

 

 生半可な魔力では真理に至らず。

 自動浄化システムを完成させるためには結局のところ、ドッペルによる相転移エネルギーか、ウワサで一般人を対象に集めるかの二択しかないということか。

 

 

「だーいたい、過去の奇跡をわざわざ再現しようって考えがダサいよね。神話や伝承なんて科学が未熟だった時の人たちが未知を納得するための言い訳でしょー? 其れにすがって魔法を越えることができないなら、民族学以下の発展に寄与しない学問だと思うにゃー」

「物語に積み重ねられた希望を媒体として奇跡を再現するのはいい試みだとボクは思うよ。ボクのウワサだって、多くが既存の都市伝説や怪談をモチーフにしたものだし、人々が想像を共有して生まれたものにはなんだって価値が宿るものさ。最も、当人たちの努力が不足しているのは否定しないけど」

「むっ」

「何だい?」

「こら、お二人とも喧嘩なさらず。あと、灯花様は叔父上様の事を自論のダシにするのはやめなさい」

「はーい……」

 

 

 意見が二分したガキ二人が些細なことで喧嘩しかけるのをウズメさんが一瞬で黙らせる。

 どうやら完全に力関係は決まっているようだ。ここだけ切り取るととても魔法で悪だくみをしてる組織には見えないんだけどなぁ。

 

 

「流石に今日のようなことが続くわけではありませんが、こうした不測の事態は常に起こり得ます。その時に招集がかかる場合がありますので、その辺りはご了承を。無論、それに見合う融通は利かせましょう」

「承知した」

「あら二つ返事。荒事にブチ込むと言っているのに意外と積極的ですこと」

 

 

 どうもここにいる面々がヤバいだけでそれ以外は割と下っ端ぽいし、貴重な戦力として駆り出されるのは想定の内だ。

 でも流石にあんなヤベえ連中とやり合う羽目になるのは予想外だったけどね。

 

 

「では本日の活動はここまでです。初日から本当にお疲れさまでした」

「わかった。次は明日か?」

「ええ。ですが明日は夕方からで構いませんよ。お嬢様がたもそれぐらいですので。あるいは日中からここに来ますか?」

「いや、流石にこちらにも生活がある。……だが、斥候というからには常に見張りが必要かとも思っただけだ」

「まさか。そこまで負担をかけるような真似はいたしませんよ。ただ、そうですね……先ほどのカラスをこの街に巡らせておくことなどはできますか?」

「それぐらいなら造作もない」

 

 

 この前の事件から教訓を得て、カラスの自動制御用の術式は父から教わっている。

 普段は巡回させて魔力を感知した時に自分に連絡が入る仕組みである。これで複数体運用しても脳に負担があんまりかからなくなった。

 自分の強みはこうした裏方作業だから、それを全力で遂行できるようにする努力は怠らない。

 

 

「ほほ。有望でよろしいこと。ところで、これから尋問を開始しますが、鶴喰さまは見ていかれますか?」

「生憎そういう趣味はない」

「逆アイアンメイデンみたいな武器なのに?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 

 足早にその場から去る。

 後ろから『アッアッ、ミズミシキトハ、アッ、アッ、ア……』みたいな声が聞こえた気がしたが、特に気にすることでもないだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帰宅した私は早速父に今回の事を報告する。

 

 

「ふむ、そうか。そのようなことがあったか」

 

 

 一部始終を黙って聞いていた父は、話が終わると同時に莞爾*1と頷いた。

 

 

「なるほど。『回収』、『変換』、そして『具現化』か。それならば確かに道理は通る。多少の穴はあるにせよ、理論としては申し分ない。科学のみならずこちらの分野でもその頭脳を振るうとは、流石は希代の天才少女と噂されるだけはある」

「知ってるんですか?」

「マギウスの一人、里見灯花は里見医療財団のご子女だよ。宇宙開発部門において幾つかの理論を一新させるほどの頭脳を持っているが、病弱故に常に入院しているという話だった。しかし数か月前に前触れなく快癒し、そこの最新医療を以てしても原因不明だと噂になっていたが……魔法少女になっていたのなら合点がいったよ」

 

 

 里見医療財団。この街で一番大きい里見メディカルセンターを運営している所か。

 制服からしてお嬢様だろうとは思っていたが、そんな大物だったのか。

 

 

「まあ、それでも幾らかの謎は残っているがね。そこは君も同じだろう?」

「ええ、まあ……」

 

 

 謎とはいうまでもなく、あのイヴという存在の出所。

 希代の天才が魔法少女になって魔女化の解決を目指そうとするのはそう言う事もあると納得できる。だがそれを実現できる力を持った魔女が都合よく出てくるというのは出来過ぎた話だ。

 それ以上の詮索は沙羅ウズメに止められてしまったが、やはりアレについての調査は進める必要があるだろう。

 仮にあのまま協力を続けて、実は神浜があの魔女によって更地になります! なんて言われても遅いのだ。

 

 

「父さんはどう思います?」

「どうだろうな。ある程度の予想は立てている、というか必要な推理材料は既に揃っている。だが分かった所でどうしろという話でな。私からすればこの事態は放っておいてなんら問題ない話だ。連中が魔女を集めて育てるだけならむしろ無害だし、ウワサとやらの被害についても、そもそも近づかなければ良いだけだ」

「わぁ薄情」

「私が魔法少女の事柄に直接首を突っ込んだところで、誰のためにもならないからねぇ」

「それはそうですね」

 

 

 この前の鏡の魔女とか、本当酷い結末になったもんね。

 

 

「だからまあ、今考慮するべきはあちら側の戦力についてだな」

 

 

 その言葉に、この一日で出会った彼女たちについて改めて考察する。 

 まず初めに考えるべきはもちろん。

 マギウスと呼ばれている、自動浄化システムを作り上げた三人の魔法少女。

 

 

「マギウスの三人については未知数な部分が多いが、これだけの術式を成立させた以上は実力も相応にあるだろうね」

 

 

 おそらくは天才という生まれから背負った因果によるものだろう。

 彼女たち三人の持つ魔力は凄まじく、その魔法についても頭一つ抜けている。

 

 エネルギーを自在に変換できるという灯花。

 ウワサという魔女にも引けを取らない魔法生命を生み出す柊ねむ。

 この街一つ覆い隠せる結界を張ったアリナ。

 

 どれもこれも魔法少女が持てる魔法としては極めて強力。

 魔力そのものに干渉する私の魔法があっても、真っ向から敵対するのは避けたいものだ。

 

 

「対して羽根と呼ばれる構成員はそのほとんどが魔女化から逃れるために集まった非力な魔法少女。とはいえ中にはそこそこやれる者も混ざっているだろうし、侮れば足を掬われるだろう」

 

 

 黒羽根はその多くが魔女と満足に戦うことができない魔法少女。

 だがマギウスはこれを統一された装備と戦い方によって、数の暴力で押し通せるように仕立て上げている。

 全力で足を引っ張られたところを、それなりの実力を持つ白羽根が襲ってくれば、ベテランであっても不意を打たれるだろう。

 一騎当千。数を質で薙ぎ払うのが常套句の魔法少女であるが、それでも羽根たちの運用方法には一定の価値を認めざるを得ない。

 

 

「問題は幹部だな。梓くんは言わずもがな、双樹という二重人格の魔法少女も君と真っ向から打ち合えるだけの力量がある。この時点でも中々の粒ぞろいだが……」

 

 

 全くだ。

 

 七海やちよの相棒にして幻惑の達人であるみふゆさん。

 炎と氷という相反する属性を併せ持った二重人格の双樹あやせ/ルカ。

 

 どちらもベテラン級の実力者だが、その二人が問題にならないほどの猛者があの組織にいた。

 深紅の女武者。曲者しかいない組織を取りまとめる女傑。

 

 

「沙羅ウズメ。マギウスの翼の首領にして里見灯花の侍女(メイド)か。君から見てどうだったかね? 彼女の実力は」

「……圧倒的でした。少なくとも、私なんかじゃ追い付けないぐらいの達人です」

「ほほーう。七海くんやシスターと比べたらどうなる?」

「さて。やちよさん以上かもしれませんし、もしかしたら音子さんに並ぶかも……」

 

 

 僅かしか見ることは適わなかったが、その一瞬であっても彼女の並々ならぬ実力は十分に知れた。

 正面から相対して感じた静かながらもこちらを委縮させる気品ある佇まい。一切の無駄がない足運び。軌跡を追う事しかできなかった剣筋。

 確かに魔力だけで言えばマギウスのほうが遥かに上回っているだろう。

 それどころか、あの魂の質から察するに、ウズメさんは()()()()()()()()。即ち、魔法少女という点においては落第と呼べるもの。

 血液を自在に操る魔法も便利と言えるが、それだけに術者のセンスや経験がものを言う類だろう。

 少なくともあれ一つで無双を誇れるものではなく、みふゆさんの幻惑や双樹の属性魔法のほうがよほど戦闘能力に寄与している。

 

 

 ならば、あの強さの理由はただ一つ。

 彼女は単純に、自ら鍛えた肉体と剣術のみで魔女を倒している。

 その凄まじき剣の冴えとカリスマによって、沙羅ウズメはマギウスの翼の首領として君臨しているのだ。

 

 

「ふうむ。侍女が魔法少女になって頭抜けた戦闘能力を得た……というよりは凄腕の使い手が侍女兼護衛として里見家に仕えているというところか。院長ほどの有力者ともなればこちら側の事情も多少は聞き及んでいるだろうし、魑魅魍魎に対応できる人材をボディガードとして病弱な娘につけようというのは自然な話だ」

 

 

 だから魔法絡みの怪我人ってあそこに運ばれてるのかと、今更ながらに合点する。

 しかしウズメさん……カタギじゃないのか。元々からして聖堂騎士のような、魔と対峙することを生業とした人間だったというならば、あの研ぎ澄まされた眼差しにも納得がいく。あれは普通に魔女と戦っているだけでは身につかない、音子さんや神父のような血に彩られた世界に生きる戦士が持つ目だ。

 

 

「それに葛葉という陰陽師についても考えなくてはいけないね。神浜に異変が起こっていい加減国の魔術機関が嗅ぎつけるだろうとは思っていたが、やはりもう潜り込んでいたか。ここしばらくうろついていた蟲は彼女の仕業だったか」

「げ、やっぱり来てたんですか」

「向こうからすればうちは重点的に見張っておきたい勢力の一つだろうしね。もちろん追っ払っておいたから安心していいよ。あと八雲嬢のところにも張り付いていたから、虫避けの魔香と結界の改修を行っておいた」

「調整屋にまで……」

「対等な取引関係とは言うが、連中からすれば不都合があればいつでも抑えつける準備ぐらいはするだろうよ」

 

 

 調整屋はマギウスの翼と取引契約を結んでいる。

 対価として支払われたグリーフシードをみたまさんが使った後の処分として引き取ったり、魔女化やドッペルについて知った魔法少女をマギウスの翼へと斡旋したり。その代わりとして中立勢力として手出し無用の約束を取り付けられている。なおメルくんはこの事実を一切知らされていない。

 

 そうして敵対しないと言っている癖に、しっかりと監視の目を用意している辺り抜け目がなさすぎる。

 父がパトロンになっている限り何があっても問題にはならないとは思うが、もし何かあればこちらもマジ切れ待ったなしである。

 

「まあ、この私がいる以上はつばめが危惧するような真似は起こらないがね。近いうちにあそこのパトロンが誰なのかはしっかりとわからせておくさ」

「ホント、足長おじさんですねぇ。というか、なんでそこまでするんですか? 父さんにとってみたまさんって何なんです?」

「君にとってのななかくんと同じだよ」

「なるほど」

 

 

 そう言われたら何も言い返せない。

 

 

「何にせよ、軽率に敵対せず潜入という手段を選んだのは正解だったね。連中と事を構えれば、彼女たちの猛威に晒されるのは君だけではなく君の仲間たちもだ。みすみす敵対するような羽目にならなかったのは幸運だった」

「ええ。みふゆさんに感謝ですよ」

 

 

 みふゆさんが最初に事情を説明してこなければ、私はこれからウワサを害あるものとして対処していただろうし、そうなればマギウスの翼とは敵対する以外の道を選べなかっただろう。

 こうして彼女たちの中へと接近し、この異常事態の真相を掴むチャンスを得られたのは、ひとえにみふゆさんのおかげと言っても過言ではない。

 まあ、あの人も私から芋づる式に音子さんとかやちよさんが突っ込んでくるリスクを減らしたかったとかの打算もあるのだろうけど、無用な争いを避けられたのは互いにとって良い話だった。

 

 

「ほら、明日は学校だろう。今日はもう寝ておきなさい」

「言われなくてもそうします」

「夜更かしするなよ」

 

 

 ネットサーフィンに興じれるほどの体力も残っていない。

 パパっと支度をした後、そのままベッドにダイブ。

 

 

「……」

 

 

 うーん、やっぱ気になるな。

 ちょっとだけちょっとだけ……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅥ【梓みふゆ】

 

 

 

「上がりましたか、梓」

 

 

 一時間にも渡るバスタイムを終えた梓みふゆが呼び止められたのは、寝室へ向かおうとリビングに出た時の事。

 

 

「帰っていましたか、ウズメさん」

 

 

 声の正体は入浴前にはいなかったこの部屋の持ち主。

 沙羅ウズメはダイニングで椅子に腰かけ、手に持ったグラスを揺らしていた。

 

 そういえばそういう時間だったなとみふゆは思い出す。

 マギウスの活動が終わったのが20時前後。そこから灯花の世話と寝かしつけを行い、ここまで帰って来る時間を考えればこの辺りが頃合いだろう。

 

 既に大体の食事は澄ましたのだろう、キッチンの水切り籠には現れた大皿や食器が納められている。

 そして今テーブルの上にあるのは軽食が盛られた皿とグラス、そしてむやみやたらに主張する一升瓶だった。

 

 

「丁度いい、ひとつ付き合いなさい」

 

 

 丁度いいと言いながら最初から目論んでいたのだろう。

 ウズメは空いていたグラスをずい、と差し出してくるのにみふゆは苦笑いを浮かべた。

 

 

「ワタシまだ19ですよ」

「今さら堅いことを言いますね」

「そっちは医者に雇われている人とは思えない言葉ですね」

 

 

 などと言いながらも向かいに座ってグラスを受け取るみふゆ。

 ぶっちゃけこれが初めてでもない。何かと苦労の多い身分。たまにはこうして羽目を外したくなるのが本音である。

 

 

 乾杯。

 

 軽い言葉と共に二人はグラスを傾け合った。

 

 

「くうーっ……美味しいですねぇ」

 

 

 程よくぽわぽわとした気分に顔を綻ばせる。

 本当はダメな筈なのに何だかんだと手を出してしまったわけだが、一瞬でも嫌なことを忘れられるならそれでいいんじゃないか。誰も見ていないんだし。

 

 完璧に酒に溺れた思考の中、みふゆは視線を横に移す。

 

 壁一面の窓から覗くのは、煌びやかな神浜の夜景。

 都会の喧騒を置き去りにして、ただこの絶景のみを眺められる時間はこれまでには得られなかったものだ。

 

 新西区の高層マンション。

 その一室がウズメの住居であり、現在みふゆがルームシェア中の部屋でもある。

 広々とした間取り。小言はあるが強制はなく、家事手伝いさえすれば特に何も言わない同居人。のびのび過ごせる自分の時間。

 

 ふわふわした思考の中で、みふゆは奇妙な状況に思いを馳せる。

 本来なら、自分はとうの前に魔女に堕ちているはず。

 だがこうしてささやかながら誰にも縛られることのない夜を過ごしているのは、目の前の彼女の主人らによるものだ。

 

 梓みふゆは自分の運命が変わった……否、変わっていたことを知った瞬間を忘れることはないだろう。

 

 親友とのチームを解散し、かつての仲間たちとプライベートですら疎遠になった。

 

 魔力が衰え、足手まといになる自分への恐れと、反比例するように強さを増していく親友への妬み。そうした悪感情を抱く己への自己嫌悪が相まった日々は改善の兆しを見せず、むしろ孤独による悪化の一途を辿った。

 

 いつか神父に投げかけられた言葉すら遠かった。

 苦しみに耐えられないのではない。

 最早抗う気すら起きず、どうせ死ぬのなら何をしたところで無意味だ。

 

 そんな投げやりな考えが心を侵し、魔女と戦う気力すら失って無為に過ぎゆく日々。

 やがて蓄えていたグリーフシードすら底を尽き、ソウルジェムが完全に濁り切ろうとした。

 

 ……だが、魔女化するはずだったみふゆの運命は既に覆されていた。

 

 

 自分の身体を覆った異形。

 完全に穢れを無くして輝くソウルジェム。

 

 

 何が起こったのか分からず困惑する自分の前に現れた二人。

 自らの成果を得意げそうに誇る里見灯花と、その後ろで静かに控える沙羅ウズメ。

 彼女たちはこれが自分たちの仕業であることを明かし、そしてみふゆに言った。

 

 

『わたくしと一緒に、魔法少女を解放しようよ』

 

 

 マギウスは自分たちの手足となる魔法少女を必要としていた。

 自動浄化システムは未だに不完全。神浜にのみ展開されているこの機構を世界中に広げるためには、いかな天才と言えど単純な人手が足りなかったのだ。

 

 もとよりその役目は灯花の従者であるウズメが担っていたが、彼女は神浜の外様であり、神浜の魔法少女たちへの説得力が足りない。

 故に代わりとなって顔役になるのが神浜最年長である梓みふゆの役目であり、彼女をマギウスが勧誘した理由だった。

 

 

 僅かな逡巡の後、みふゆはその誘いに乗ることにした。

 

 理由はいくつか。

 魔法少女の解放を嘯くマギウスへの大義。

 先ほど自らの命が救われた恩。

 だが何よりも……この魔法少女という呪縛から解放されることを、みふゆが何よりも望んでいたからだ。

 

 そうして自らの伝手を頼りに数人の魔法少女を勧誘した後、みふゆはウズメと共にマギウスの翼を立ち上げた。

 組織全体の統率とマギウスとの連絡をウズメが担い、代わりに羽根となる魔法少女たちの取りまとめはみふゆが受け持つことになった。

 

 そうして西も東も関係なく、魔女化を逃れたい神浜の魔法少女たちがマギウスの翼に加わった。

 さらには魔力と同じ波長の電波を用いて、日本各地の魔法少女たちにメッセージを送ることで神浜へ集うように呼び掛けた。

 

 結果として、みふゆはマギウスの翼の副総長という立場で生を永らえた。

 仲間たちから離れた身としては複雑な心境ではあるが、それでも今は概ね充実していると言えた。

 

 

「梓、今回は良い仕事をしてくれました」

 

 

 ウズメはそれなりに機嫌が良さそうにみふゆを褒めた。

 が、みふゆはその一言で若干思考が醒めた。

 何故ならウズメの言う良い仕事とは、今日連れてきた魔法少女、鶴喰夜鴉……琴織つばめの事だからだ。

 

 

 マギウスの翼に集まった多くは実力の乏しい魔法少女だったが、それなり以上の力を持つ者も何人かは存在する。

 白羽根を務める天音姉妹や、神楽燦など今の神浜でも通用する魔法少女たち。

 さらにはウズメが戦力として呼びつけた魔法少女狩りの双樹あやせに、いち早く異変を嗅ぎつけて現れた陰陽師の葛葉。

 いずれもくせ者ぞろいだが、今は曲がりなりにもマギウスへの協力姿勢を取ってくれている。

 

 それが適うのはみふゆの人望もあるだろうが、やはり中心にあるのはウズメの手腕だ。

 

 確かに神浜でのネームバリューは役に立っただろう。

 七年という経験は他地域の魔法少女たちの説得材料になっただろう。

 

 だがそれらを実質的に取りまとめ、ひとつの意志の下に動かしているのは、この沙羅ウズメだ。

 

 マギウスのように常人とは一線を画した思考ではなく、一般的な倫理を持ち合わせながら魔法少女を尊重する方針は、そして一人一人を無個性の羽根と軽んじずそれぞれの個に向き合う在り方は羽根たちからの心証が良い。

 本人曰く、組織を率いるための帝王学の一貫らしいが、果たして従者である彼女がどうしてそのような心得を持っているのかはいまだに謎である。

 昔からの知己らしい葛葉が時折、『ご当主』などと揶揄い混じりに呼ぶことがあるが、もしやそれが関係しているのだろうか。

 

 さらに彼女はマギウスへの諫言を躊躇わない。

 効率を求め、より多くの感情エネルギーを得られる反面、命の危険も大きくなるようなウワサを作り出そうという意見が出た時も、率先してそれを諫めたのはウズメだ。

 

 

『他者を切り捨てる考えは、巡り巡って自らが切り捨てられることに繋がります。人は能力ではなく、感情で動くもの。効率のために不要な犠牲を許容するとは、我らが忌むべきあの害獣めと同じということになるでしょう。少なくとも、灯花さまはそのようなお方ではないと信じております』

『むー……』

『返事は』

『……はい。ウズメの言うとーりだよ』

 

 

 みふゆの言葉には難色を示す灯花も、ウズメの言うことは素直に聞き入れる。

 そこには信頼の差だけではなく、彼女が主人に対しても決して躊躇うことなく意見を申し上げる態度と、意図的に灯花やねむの琴線を刺激する言葉を選んでいることが重要だろう。

 そこはやはり侍女というべきか。灯花の扱い方を、ウズメは完全に理解しているのだ。

 

 忠誠を誓えど服従せず。

 従者なれども傀儡ではないというウズメの姿勢が、灯花たちの傲慢な考えから来る羽根との軋轢を多少なりとも和らげている。

 

 そして何よりも、沙羅ウズメを頂点たらしめる最大の理由がある。

 それは特別なことではない。

 

 ――強い。ただ単純に強いのだ。

 

 

 魔法少女の間で『最強』が誰を指すかと言えば、真っ先にかの英雄が挙げられるだろう。

 災厄の討伐という功績、各地にて轟く粛清の鉄拳。

 難攻不落を誇る鉄壁の騎士は、魔法少女ならば誰しもが知る最強だ。

 

 

 だが、マギウスの翼において『最強』を語るならば。

 あらゆる羽根が異口同音に沙羅ウズメの名を挙げるだろう。

 その根拠は単純に、ほとんどの羽根が彼女の雄姿を目の当たりにしているからだ。

 

 

 例えば黒羽根が魔女との戦いで危機に陥った時、ウズメは先陣を切って救援に向かう。

 そしてその血で象られた武器から繰り出される神速の技によって瞬く間に魔女を葬り去る。

 そうして魔女の凶手から彼女たちを救出するその姿こそが、何よりも羽根たちの希望になっている。

 

 

 子守の魔女が打ち出した石を飛び渡り、懐に潜り込んで逆袈裟掛けに斬り捨てた。

 

 自在に飛ぶ屋上の魔女を、朱染めの弓によって射貫いてみせた。

 

 立ち耳の魔女が伸ばした耳を、順繰りに切り刻みながら進んで斬り伏せた。

 

 柔らかな体毛で身を護る羊の魔女を、紅い大槌で強引に叩き潰した。

 

 振り子の魔女の攻撃を掻い潜り、巨大な赤太刀によって一息に両断した。

 

 

 鎧袖一触に魔女を斬り捨てるその姿、まさに最強と呼ぶに相応しい。

 さらに驚くべきはこれが、ただ彼女が学び鍛えた剣術によって成されたものであるということ。

 

 血液を自在に操る魔法は確かに応用が利くだろう。

 だが、結局はそれだけだ。炎を出すでもなく、人の心を変えるでもなく、どんな傷もたちどころに癒すでもなく。血液操作によってもたらされる結果は決して超常的なものではない。

 自由自在に操れるというならば、それを万能に仕立て上げるには相当の修練が必要になる。

 

 ゆえに彼女の無双は、それが並ならぬ研鑽の結晶であることをそのまま証明する。

 

 その事実こそが魔法少女の素質に恵まれなかった羽根たちを惹きつけた。

 魔力の衰えに嘆いていたみふゆもまた、そのうちの一人だ。

 

 自分たち弱者と向き合ってくれる圧倒的な強者。

 魔法少女としてではなく、人間としての強さによって運命に抗っている者。

 あの英雄ですら成し得なかった、魔法少女の解放に挑む天才を守護する戦士。

 

 彼女についていけば、自らも強くなれるような気がする。

 例え同じ境地に至れずとも、悠々と戦場を突き進む背中を追いかけたくなる。

 僅かでも、ほんの一押しでも、彼女の支えになれるのなら!

 

 

 と、少し話がそれてしまったが、そんな組織の頭目として羽根を率いるウズメが憂いていることは、一にも二にも戦力の確保だった。

 

 さもありなん。一人が最強を示したからと言って、それがそのまま組織の強さにはつながらない。

 勇将が雑兵に討ち取られるのが世の常であり、たった一人の戦力に全てを預けるような真似は思考停止に他ならない。

 

 

 ウズメは守護対象であるマギウスを戦力に数えていない。

 故にマギウスの翼の主戦力は梓みふゆと双樹あやせ、それに葛葉と十数名の白羽根。

 別の街の魔法少女が一斉に襲い掛かってくれば拮抗できてしまうだけの戦力しかまだないのだ。

 こちら側には絶対に暴かれてはならない秘密がある以上、それでは足りないというのが幹部陣の間では共通の認識だった。

 

 七海やちよと和泉十七夜。

 羽根たちの意識がどうであれ、目下の脅威として映るのはこの街の東西を二分する魔法少女。

 さらにはそれぞれの区で名を上げる魔法少女たちもいる。

 これだけでも苦戦は必至。なんだったらここに例の英雄、紺染音子を加えてもいい。彼女は何故か現在この街を駐在地として活動中だ。これだけで負け試合濃厚である。唯一の救いは各地に飛んでいることが多いことだろう。

 

 ゆえに、今日加入した鶴喰という魔法少女は望外の人材だった。

 双樹と拮抗し、魔法少女への対策を万全にした魔術師に一歩も引かずに渡り合う実力者。さらには斥候としての能力も高い。文句なしである。

 

 

「あれだけの逸材を抱え込めたのは喜ばしいこと。これで少しは、お嬢様たちの理想を阻む者たちへの備えができました」

「それは……ありがとうございます。でも大したことはしていませんよ。ワタシはただ彼女に加わってもらうように誠意を込めてお願いしただけですから」

 

 

 だが彼女の正体を唯一知るみふゆはその賞賛を遠慮なく受け取ることはできなかった。

 琴織つばめはマギウスの目的に全面的に賛同しているとは言い難い。というかウワサのひとつを知らずとはいえこの前潰してしまっているし、その一件でこちら側に探りを入れに来たようなものだ。

 彼女を敵に回すわけにもいかず、背に腹は代えられないと多少の不義理を働いてしまったのだが、もしかすればこの女傑は見抜いているかもしれない。

 

 

「別に、口裏を合わせていようが構いませんよ」

「何のことやら」

 

 

 ほらこの通り。

 どうにか狼狽を表に出すことは避けられたが、アルコールの入った脳では迂闊なことを漏らす可能性がある。

 もしかしてこの女はそれを見越して? と猜疑するみふゆに、ウズメは続けて言った。

 

 

「葛葉よりはよっぽど信用できる、ということです。こちらを探る素振りはあれど、任務そのものには誠実でした。何より、あの目には純粋に魔法少女の解放について見定めようとする意志があった。あのような気概を持つ者は稀有です」

「見定めようとする意志、ですか。それはむしろよくないのではないですか?」

「確かにイヴについて探られることはお嬢様の急所を暴かれるにも等しい。ですが、それぐらいの確固たる意志があるものこそが、我々に必要な存在なのです」

「はあ……」

 

 

 みふゆにはウズメの言葉の真意は読めなかった。

 そこには主人にすら明かさない何らかの思惑を秘めているのか、あるいはあの天才たちが見落としているものを見据えているだけなのか。

 

 その仔細は分からないが、それを自分が探る必要はないだろう。

 

 例えそれがなんであろうと、今の自分は彼女の副官なのだから。

 

 

 ――かくして夜は更ける。

 

 それぞれの思惑を巡らせながらまた一つ、因果の針は進むのであった。

*1
かんじ。喜んでにっこりと笑う様子のこと。




○梓みふゆ
 ウズメと同棲中。
 洗濯以外の家事を全面的にやってくれるので何だかんだ悠々自適だが、寝坊するとウズメにベッドから引きずり降ろされる。

○沙羅ウズメ
 立ち位置としてはヤクザの女親分。
 人の上に君臨し、率いて敵を屠り去る将軍の才。
 今の時代では不要とされるその才能こそ、何よりも魔法少女たちが欲していたものだったのだ。
 とか言ってみたものの、要するにホミさん枠を先取りしただけ。

○ウズメのアジト
 高層マンションの一部屋。里見家の所有物件からウズメ用に与えられたもの。
 個室が3部屋ぐらいあるのでみふゆが間借りしている。
 双樹も居ついているがウズメが許可を出した覚えはない。


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第五十話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……④【想い想われ/お使い夢見譚】

なんとなく扉絵イメージというものをシーズン2の過去話に追加しています。
小話にすらならないシーンについて妄想を共有したい。

扉絵イメージ【夕焼け空。カラスの群れを従え、ビルの屋上で佇む夜鴉】


ChapterⅦ【想い想われ】

 

 

 

「ぶへー」

「いつにも増してだらけてるねぇ」

「昨日は色々あったんですよぉ」

「そんなこと言って、いつもの寝不足じゃないの?」

 

 

 一夜明けて。

 

 結局あのまま疲れは取り切れず、昼休みになってもこうしてダウン状態。

 というかやっぱ眠いわ。寝落ち期待の掲示板漁りなんてやるもんじゃないわ。でもあの時間が一番楽しく感じちゃう時なくない……?

 

 

「疲れているなら、ここ空いてるわよ」

「それじゃあお言葉に甘えましてー」

 

 

 このはさんに誘われるまま膝の上にジャストイン。

 おぉ、これは……。

 

 

「あぁ……なんかいい感じに癒される……」

「最近はあやめもあまり来てくれなくて寂しいかったのよね」

 

 

 後頭部に当たる素晴らしい感触と眼前の景色にささくれた心が癒される。

 

 

「うーん、これは重症だね……」

「どっちの意味で言ってる?」

「両方だし、二人ともだよ」

 

 

 外野がなんか言っておるが無視じゃ無視。

 

 

「それにしても、つばめがここまでだらけるなんて何かあったのかしら」

「実は……昨日からつばめさんには私の頼みでちょっと動いてもらっていました」

「それってさ……この前のウワサってやつだったりするのかな?」

「でもあの飛び降り事件についてはもう解決したんだよね?」

「はい。ですが、どうやらこの街には他にも似たようなウワサがあると聞いたもので。であればそちらについても軽い探りを入れた方が良いかと思い……」

「えぇ~!? なんで言わなかったのさ、手伝ったのに!」

「だってあきらくん突っ込みすぎてドツボに嵌りそうなんで」

「そうですね」

「そ、そんなこと無いよ!」

「初対面。ソウルジェム」

「うぐっ……」

 

 

 例の事件(ソウルジェム紛失)を引き合いに出して黙らせる。

 あの時マジで肝冷やしたからね。変身後も手の甲とかいうふざけた位置についてるし、絶対別のところに移動させたほうが安全だと思うんだ。

 今度みたまさんに口添えして変身衣装を変えてもらおうかな。ついでにタキシードかもっとフリフリのドレスにとか、ふふ。

 

 

「まあ大丈夫ですよ。軽い探りを入れただけですし、既にやちよさんが調査に乗り出してたのでなんかあった時の備えとしてこっちも動いてるって感じですから」

 

 

 悪いが、この件について他のメンバーを関わらせるつもりは毛頭ない。

 もしマギウスの翼として皆と対峙する羽目になった場合は、正体が露見する前に適当にあしらうつもりだ。

 ちなみにこの中で正体バレする可能性があるとしたら葉月さんのスキャニングが一番危険だったり。ガワじゃなくて中身を見られたら一発アウトだもん。

 

 

「本当かなぁ?」

「ななかの頼みだからってあまり無理したら駄目だよ?」

「大丈夫ですってば」

「皆さん私をなんだと思っているんですか……」

「割と無茶振りする」

「つばめさん相手だと遠慮がない」

「趣味が渋めよね」

「ひどいです……」

 

 

 よくも悪くも愛されているななかちゃんであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――と、まあそんな感じで何とか潜入には成功しましたね」

「なるほど、ありがとうございました。つばめさん」

 

 

 そして時間が過ぎて放課後。

 

 参京院教育学院の空き教室。

 密談用に結界が張られたそこで、ななかちゃんへの別途報告を行う。

 

 

「マギウスの翼……例のドッペルという現象は彼女たちによるものでしたか。しかしウワサによる人々からのエネルギーの回収と魔法少女の解放とは、こちらの想像を超えてきましたね」

「ちなみにななかちゃん的にはどうなんです?」

「今はまだ、情報を聞いただけでは敵と判断できませんね。ですが真っ当な組織というわけでもないでしょうし、それにその()()()()()とやらについても謎が多い。どちらにもなる、というよりは積極的に関わらなければ敵にはならない、程度のものでしょうね」

 

 

 トップシークレットであるイヴについてはぼかした表現で伝えた。ウズメさんのあの念の入り様、下手に漏らしたら口を封じに来るという確信があったからだ。

 

 

「ひとまずつばめさんには引き続き、組織内で情報を集めていただければと。苦労を重ねることになりますが、お願いします」

「了解。ああでも、そうなると皆さんとの活動がちょっと減っちゃうのどう言い訳しましょうか」

「そこは私がうまく言っておきますよ。あなたを危険地帯に向かわせているのです。これぐらいはしませんと」

「そんな気にしなくても……そもそも私から言い出したことですしー」

「それでも、最終的に決定したのは私です。……どうかお一人で抱え込まないように。危ない事態になったら、すぐにこちら側に逃げてきてください」

「ご心配なさらず。これでも引き際を見るのは得意なんですってば」

「え?」

「なんでななかちゃんまでそんな反応を……?」

 

 

 おかしいなぁ。死ににくさには定評のある私だと思うんですがね。

 

 

「やっぱりあれですよね。つばめさんご自分の耐久性に任せてガンガン突っ込んでいきますよね。あきらさんの事言えませんよ」

「わあしんらつー」

 

 

 まあ心配してくれるならそれはそれで嬉しいからいいか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅧ【お使い夢見譚】

 

 

 

 そうして。

 マギウスの翼の斥候として活動を始めてから一週間ほど経った頃。

 

 

 神浜の市街地を使い魔に巡回させつつ、暇をつぶしていた私の下へ唐突に念話が届いた。

 

 

『……こちら鶴喰』

『どうも、鶴喰さん。私です』

『ウズメ殿か。一体何があった?』

『ええ。少々困りごとが』

 

 

 ウズメさんは要件を告げた。

 曰く、聖リリアンナ学園でウワサの起動が確認されたとのこと。

 それだけなら特に問題はないが、なんともタイミングの悪いことに、みふゆさんからお使いでやってきた黒羽根の子が、灯花の開発した転移装置の実験とやらで転移された直後の話だったという。

 

 

『なんでまたそんなものを』

『葛葉の土遁法術に対抗意識を燃やしたらしいです。勤勉なのはよろしいことですが、その成果が及ぼすところを考慮しないのは悪癖です。灯花さまは私のほうで言い聞かせ(お尻叩きの刑)ますので、鶴喰さんはその黒羽根――牧野さんがウワサに巻き込まれていないかの確認を頼みたいのです』

『承知した。ウワサに巻き込まれていた場合は?』

『その場合はウワサへ侵入して救出を。場合によってはそのままウワサも解決して結構ですので』

『……良いのか?』

『ええ。できれば正攻法で抜けてくれるならエネルギーの回収もできて両得ですが、流石に皮算用ですね。とにかくよろしく頼みましたよ』

 

 

「とはいったものの、行ったことないんだよなぁ……」

 

 

 ひとまず地図を頼りに聖リリアンナへ向かう。

 屋根伝いに向かったのも相まって迷うことなくたどり着くと、まずその校舎に面食らった。

 広大な敷地。巨大な塀。細部まで凝らされた城のような意匠。

 流石はお嬢様学校。参京院は仏教系として寺院のような校門と旧校舎が売りだが、流石にここと比べると見劣りしてしまう。

 

 

「さて、どうなっているんだか……」

 

 

 まずは壁を登って敷地内に侵入。

 

 そのまま内部へ……と行きたいところだったが天井からぶら下がるものを見つけて踏みとどまる。

 やはりお嬢様学校というだけあってセキュリティも相応に高い。廊下の角や交差点には必ずと言っていいほど監視カメラが備えられている。あの半球形かつシャープな見た目は、ビクトリーアームズの最新型だ。CMで流れているのを散々見たので意識せずとも覚えている。

 

 うーん、面倒だな。ここはやはり上から探ろう。

 

 屋根へと飛び上がり、そこから全体を見下ろしながら翼のペンダントを翳してウワサの範囲を探る。

 このペンダントもまたウワサによる産物であり、同じ創造主である柊ねむの魔力から生まれたウワサの結界に対してはある種の通行証として機能するとのこと。

 だったら例の黒羽根も自力で出られるんじゃないかと思うのだが、どうやらウワサの条件を満たして引きずり込まれた場合はそちらの方が強制力で上回るので無理だと言われた。

 

 

「……あった」

 

 

 いくつか見える魂のうち、中庭の辺りに魔法少女の色が付いた光があった。

 目を凝らしてみると、噴水広場の植え込みに隠れるようにして黒いローブの端っこが覗いていた。

 

 

「見つけた。おーい、大丈夫かな?」

 

 

 近づいてその姿を起こしてみると、どうやら眠っているらしい。

 揺すっても目覚める気配はない。

 おもむろにペンダントを出してみると、強い魔力の反応があった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 悪い予感的中。

 どうにもウワサ案件に巻き込まれているらしい。

 事前に言われた通りにペンダントに魔力を込めて掲げる。

 すると光を放った後、中庭にいた自分は校舎の中へと転移していた。

 

 

「わあっ!?」

「だ、誰っ!?」

「また黒いローブの人が出てきました……」

 

 

 辺りを確認しようと視線を動かしたところ、こちらを見て驚く三つの人物が。

 リリアンナ制服。水名制服。そしてメイド服。

 

 

「……なぜメイド?」

「えっ!? あっ、えっとこの姿にはちょっとした訳があって……」

「あのう……もしかしてこの方もまた何か登場人物の役があったり……?」

「え? でも仲間は二人だし、他にもこんなキャラクターはいなかった筈だけど……?」

「あっ! 違うよ二人とも。この人は多分私と同じの――」

 

 

 制服姿の二人がこちらを見て困惑しはじめる。

 だが媚びに媚びたようなメイド服の少女(というには若干大人びている)が私の姿に思い至ったらしい。

 ということは。

 

 

「ふむ、お前が牧野という黒羽根か?」

「はっ、はい! あなたは夜鴉さん、でいいんだよね……?」

「そうだ。ウズメ殿の依頼でお前を拾いに来た」

「よ、よかった~。二人とも、この人は私と同じ組織の人だから大丈夫だよ」

 

 

 牧野さんがそう紹介したことで、二人も落ち着きを取り戻したらしい。

 

 

「では改めて。私は鶴喰夜鴉。そちらと同じマギウスの翼の黒羽根だ」

「あっ、どうも。水名女学園高等部1年生、七瀬ゆきかと申します」

「入名クシュ。リリアンナの中等部3年」

 

 

 金髪のほうがゆきかさんで、銀髪の子がクシュちゃんね。

 

 

「……なに?」

「良い……」

 

 

 絹のような銀髪。陶磁のように白い肌。そしてルビーみたいに輝く赤い瞳。

 日本人離れした風貌は、しかしながら親しみを持てる愛嬌を含んでいた。

 そんなすべての要素が完璧な顔を眺めていると、こてん、とクシュちゃんが小首を傾げる。

 

 うーん。ドチャクソかわゆい。

 プライベートだったらとにかく可愛がってやりたい。

 一緒に遊んで、喫茶店でスイーツとか奢って、お洒落な服とかも着てもらって、場合によっては趣味を布教したりして……。

 

 だが今の私はマギウスの翼の鶴喰夜鴉。

 そんな欲望とは無関係であらねばならない……。

 

 

「むへへ……」

「顔が隠れて分からないけど、多分変な笑み浮かべてるよねあれ」

「あの人っていつもああなんですか?」

「私も知らないかなぁ。あの人とは所属が違うから、ちゃんと話したのこれで初めてだし」

「そうなんですね……もしかしてローブのデザインが違うのはそういうことですか?」

「いや、これは自前だ」

「自前なんですね……」

「なんだその微妙そうな顔は」

「いやあの……あまりにも魔法少女らしくないと言いますか……」

 

 

 やり込んだゲーム*1の装備を参考にして作ったけど、どうにも受けが悪い。

 うう、今なら塁ちゃんの気持ちが痛いほどに分かるぜ。

 

 

「そう? 私はカッコいいと思うよ……?」

「そうか。わかってくれるか」

 

 

 クシュちゃんからは同志の気配を感じる。

 今度プライベートで会えないかな。布教したい。

 

 

「……あの、夜鴉さんは私を助けに来たんだよね?」

「おっと、その通りだ。お前が飛ばされた近くでウワサが起動したとウズメ殿から連絡があったからな。こうして解決にきた」

「よかったぁ……」

「えーと、つまり、この夢から出られるってことですか?」

「まあそういうことになる。だがその前に状況を確認したい。例えば、このウワサはどういうものなのかとか分かるか?」

「うん。それは、ユメミカガミっていうウワサで……」

 

 

 少女説明中・・・

 

 

「――っていう内容で、今は二人が私を主役にした試練の仲間として巻き込まれてるって感じかな……」

 

 

 ふむふむ。

 夢の中で心を試す試練を課すウワサ、ね。

 

 

「わかった。つまり連れ出すのは無理だな」

「えぇっ、どうしてですか!?」

「登場人物を引きずりおろしたら話が成立しなくなる。当然試練も破綻してしまうわけだ」

「そっか、試練を途中で止めたらウワサの内容に反することになるよね……」

 

 

 ウワサは強力な反面、その内容に行動を縛られる。

 ゆえに取り込まれた人間がウワサに反した行動を取っていると自己矛盾を引き起こすため、防衛機能として該当者を排除にかかると聞いている。

 空飛び姫の時は意識を保ったまま踏み込んだのがそれに当てはまり、今回の場合は試練から逃げ出すのがそれに該当するだろうという予測を立てた。

 

 ゆえにこのまま試練とやらをクリアする。

 それが最も安全な脱出方法になるだろう。

 

 

「ならば私も手伝おう。もし武力が必要になるなら、そこそこやれるほうだと自負している」

「双樹さんとタメ張れる人がなんか言ってる」

「あれ、でもお話にいない人が仲間に加わったらそれはそれで内容に違反してしまうのでは……?」

「あっ」

 

 

 やっべ、そういう解釈もできるのか。

 これどうしよう。流石に放置して戻りましたじゃ不味いしな……。

 あ、そうだ。

 

 

「ク……入名さんよ、この試練は君が好んだ物語を再現していると言ったな」

「うん。でも続きについては私が想像していたところがあるからそこについても入っているかも……」

「そこだ。大事なのは君の解釈、つまりその部分においてある程度融通が利くと見た」

「というと?」

「なんかいい感じに仲間に加えたい新キャラとか、想像したことない?」

「――へ?」

「あぁ、二次創作かぁ……」

 

 

 牧野さんが納得したような声をあげる。

 やっぱりこの人自前でメイド服着てるだけあってそっち方面の理解が高いな。

 

 

「幽霊が入っているなら死神とかオッケーじゃない?」

「……特技は?」

「飛び上がって上空から串刺しにするのが得意だ」

「うん。良いよ。私と被らないし、カッコいいと思う」

「よしい、これにて理論武装完了だ」

 

 

 ▶つるばみヨアがなかまにくわわった!

 

 

「ここからは私も同行しよう。いつ出発する?」

「つ……鶴喰院!」

「なんだか急にアクセル踏み始めましたね……」

「ミステリアスだと思ってたけど、こんなに愉快な人だったんだなぁ……」

「流石に仕事の時は羽根として合わせているに使い分けてるに決まってるだろう」

 

 

 クールなアサシンスタイルを演じ続けるのは趣味だけどその分妥協できないので疲れる。

 

 

「……そうですよね。牧野さんだって似たような感じでしたし」

「え~!? くみと同じにされるのはなんだかショック~!」

 

 

 なんだそのわざとらしいぶりっ子は。

 もっとちゃんとしたメイドを見習え。ウズメさんとか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 私という仲間を加えて、ウワサ攻略を再開することとなったクシュちゃんご一行。

 向かった先は幻灯機を探すという元の童話に従い、似通ったプロジェクターの存在する視聴覚室。

 そこでクシュちゃんがプロジェクターのスイッチを押すと、スクリーンに映し出されるようにして主役である彼女の過去を垣間見た。

 

 姉と慕っていた魔法少女――アネカに憧れ、自分も魔法少女の契約を結んだ。

 そして彼女から祝いの贈り物としてシュシュを貰った。

 そして、クシュちゃんはアネカを姉と呼ぼうとした時、アネカはとても複雑そうな顔をしながら優しく断った。

 

 

 ……短い記憶だったが、それが入名クシュの原点であることは確か。

 その証拠として、彼女が持っていた思い出のシュシュに光が蓄積されていった。

 

 

「『夢を信じられる人だけが魔法少女になれる』かぁ~」

 

 

 記憶の中のアネカの言葉に感じ入ったのか、牧野さんも自分が友人と夢を追いかけていると明かした。

 対照的にゆきかさんのほうは、そもそもキュゥべえとの出会い自体が夢だと思って契約してしまったという。

 

 

「クシュちゃんもいつも眠そうなキャラっぽいし、最初の三人は夢繋がりって感じがするよね~」

「私のはただの寝不足かも……」

「そうなの?」

 

 

 どうやらキュゥべえへの願いの結果、朝日が昇ると同時に眠りに落ちる体質になってしまったらしい。

 そして夕方から目が醒め、夜中は眼が冴えているという。

 しかも願いの産物ということもあってか、寝る時間をずらして矯正するなどの修正も受け付けず、まるで呪いのように固定されているらしい。

 

 

「真性の夜行性、って感じですね」

「親に見つからないように魔女の粛清に行くのも大変だし、朝日になるまでに家に戻らないと外で倒れちゃうし……」

 

 

 日中と呼べる時間が朝の6時からだとし、夕方の補習が5時前後とする。そこから夜半から日の出までの12時間がクシュちゃんの活動時間。

 魔法少女の活動は基本的に夕方から行われるわけで、クシュちゃんの場合は日常生活も含めての夜中になるから自由に使える時間はほとんどないようなもの……。しかも家族がそこに合わせられるわけじゃないから家事やら何やらまでズレが発生していると。

 完全に実生活に支障を来たしているじゃないか。やっぱ駄目だなあの害獣。

 

 ……というか、今の言葉の中に若干聞き逃せない表現があったね。

 

 

「クシュちゃん……もしかして魔女を狩ることを粛清って言ってるの?」

「……え、何か変?」

「変と言いますか……その言葉を積極的に使う人たちはその……」

「もしや君、粛清機関の関係者か?」

「直球!?」

 

 

 そうなるとクッソまずいことになるんだよなぁ。

 マギウスの翼についてこんなところで粛清機関に露呈するとかどう報告せいっちゅうねん。

 

 

『ちょっと、そんなストレートに聞いちゃっていいの!?』

『どの道ウワサに巻き込んでいる時点でアウトだよ』

 

 

 

「ううん。私は最後の異端審問官であり悪霊たちを粛清するエクソシスト。……って設定でやってるだけだから、神父さんみたいにお仕事で魔女を粛清してる人と一緒にしたら失礼だよ」

「わぁ、予想以上にしっかりした答えが出てきた」

「では神父さん達とは関係なくあんな言動を……?」

「まあ……そういう年頃もある」

 

 

 この前の塁ちゃん(中二病)*2もだけど、魔法少女ってなりたい自分の具現化みたいなところあるし、そうやってはしゃげるうちははしゃいでいいと思うんですよ。

 

 

「……もしかしてこれって、内緒にしておいた方が良い?」

「ウワサの件も含めて、正直見なかったことにしてもらいたいぐらいだな。私たちと共に来ると言うのならありがたいが……」

「それはちょっと、無理かも」

「だよなぁ……」

 

 

 こんな黒ずくめの怪しい組織、どう見ても悪役だ。実態も割と悪の秘密結社だし、よく知らずに入りたがるようなもの好きはまずいない。

 

 

「……ごめん、お腹すいたからおやつ食べるね」

「この流れで?」

 

 

 なんだこのマイペース。大物か?

 そうして徐に取り出されたタッパーから顔を覗かせたのは、小さく丸々とした真っ赤な果実。

 

 

「ミニトマト……?」

「うん。食べる?」

「いや、いい」

 

 

 嫌いじゃないけど、生のミニトマトは葉野菜と一緒じゃないと食えないんだわ。

 クシュちゃんは小さな口を開けてぱくっと一口。この仕草だけで可愛い。

 しかも八重歯じゃん。まだ可愛いポイントを積み重ねていくの犯罪か? でも許す。

 

 そうしてしばらくほっこりした後、次の試練の場所を探して再び廊下を歩いていく。

 窓の外からは斜陽が差し込み、清潔感溢れるタイル張りをオレンジ色に眩しく染め上げている。

 

 

「ちょっと気になるんだけどぉ……ずっと夕方が続いてない?」

 

 

 沈黙に耐えかねたのか、牧野さんがそんなことを尋ねる。

 彼女の言う通り、このウワサに入ってからそこそこの時間が経っているのに、未だに空は茜色のまま。この時間帯に顕著な光の角度が変わっているといったこともなく、ずっと夕方のままで固定されている。

 

 

「夢の中だから……?」

「目が醒めたら全く時間が進んでいないかもしれませんね」

「文字通り泡沫の夢、ということか」

「だといいなぁ……くみ、お店を中抜けしているから早く戻らないと怒られちゃう~!」

「それに我々は不法侵入者だしな。一応は隠したが、それでも見つかる可能性は低くない」

「ふえっ!? それはマズいよ~!」

「私も側にいたから一蓮托生だ。いざとなれば無理やり逃げればいい」

 

 

 外に取り残された鴉たちとのリンクも途切れているし、恐らく夢の中というのは確かだろう。

 元から発見次第抱えてピックアップする予定だったので、大して心配には思っていない。

 

 

「試練を乗り越えれば過去をやり直せるってことでしたけど、本の内容通りに記憶を集めるのが試練なんでしょうか?」

「だと思うよっ?」

「心を試されている感じはあんまりしないけど……」

「むしろここからという可能性もあるな。この手の奴は、最後の最後で外してくるのもお決まりだ。まあ、この調子だとそこまで身構える必要もないかもしれんがな。ははは」

「それっていわゆるフラグってやつなのでは……?」

「もうっ、不安になること言わないでっ!」

 

 

(まぁ、こういうのは粗方想像がつくものだが)

 

 

 このまま各所を巡って記憶を集めれば試練はクリア? 

 "心を試す試練"などと掲げられているものがそんな生ぬるいわけがあるまい。

 三人は入場料がプライスレスであることが何を意味するのかということで話し合っているが、ここまでの情報を整理すればなんとなくだが意味は分かる。

 

 思うに、記憶を集めるというのは()()だ。

 記憶の底に眠っている過去を捧げ、それを自らの手で掘り起こして見つめ直す。

 それこそが試練であり、それを乗り越えられれば過去をやり直す機会が与えられる。

 

 だがここで大事なのは心を試すこと。

 決して自分の過去を見つめ直すことはではない。

 

 そしてこの手の展開において、主人公となったものが直面するものは相場が決まっている。

 

 だからきっと、試練の内容というのは恐らく。

 

 

(やり直したい過去、そのものなんだろうな……)

 

 

 この試練を続けた先に待ち受けているものはきっと。

 自分の手で一番の傷口を開くという、最も残酷な行いだ。

*1
死に覚えゲーのアトモスフィアが漂っている

*2
言うまでもなくつばめもどっこいどっこいである




○入名クシュ
 粛清少女。キュゥべえブチ頃勢。
 作者の推し。
 本作の設定とコンフリクトしかけた魔法少女の一人。

○琴織つばめ
 みかげにも同じ反応をする。
 文学少女なのでウワサの文脈からメタ読みを始めてくる。


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第五十一話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……⑤【牧野郁美】

扉絵イメージ【朝。ウズメによってベッドから引きずり降ろされるみふゆ。「いい加減起きなさい」「いや~おふとんが~~!」】


ChapterⅦ【牧野郁美】

 

 

 私は牧野郁美(まきのいくみ)

 

 マギウスの翼、黒羽根として活動するしがない魔法少女の一人。

 ついでに言えば栄区の専門学校一回生の19歳。年齢だけならみふゆさんや七海やちよとタメである。そんなところで並んだところで何も嬉しくないけど。

 

 なんでそんな私が聖リリアンナなんていう縁もゆかりもない学校で、しかもウワサに巻き込まれちゃったのか。それはみふゆさんから里見灯花への届け物を頼まれたから。

 

 工匠区の電気街で機械部品を買って届けるっていう簡単なお使い。羽根の私たちがやることでもないんだけど、普段マギウスのお世話をするウズメさんは出払っていて、みふゆさんも忙しかったから私たちのほうにお鉢が回ってきた。

 

 ちょうど次のシフトまで時間があったから、お店を中抜けして届けに行ったまでは良かった。

 問題はここから。機械のパーツを受け取ったマギウスが瞬間移動装置っていうのを完成させると、さっそくの実験台として私を結界の外に転移させたの。親切のつもりだろうけど、正直ありがた迷惑でしかない。

 気が付けばそこは有名なお嬢様学校の聖リリアンナの敷地内で、どうやって見つからずに出て行こうかと迷っていたらいつの間にかウワサの中に引き込まれていた。

 

 外にも出られず、人の気配がない校舎を彷徨っているうちに音楽室に辿りついた私は、折角だからと半分やけくそな気分で歌の練習をしてた。そうしたらいきなり扉が開いて、このウワサに巻き込まれた他の魔法少女、入名クシュちゃんと七瀬ゆきかちゃんが入ってきたんだ。

 

 このウワサがクシュちゃんを主演にしたものであることが分かって。その内容が『オトランドのうみべで』っていう童話を再現したもので(とはいっても本人は内容を人づてにしか聞いてなくてしかも途中までなんだけど)私とゆきかちゃんがお供役に選ばれたことも判明して。

 そうして私たちはウワサから抜け出すために一緒に行動してまずは一つ目の試練をクリアー! そして次の試練へ向かおうってなったところで、また別の人が目の前に現れた。

 

 

「ここからは私も同行しよう。いつ出発する?」

 

 

 そんなあからさまな台詞を吐いたのは、私たち羽根のローブよりも鳥のモチーフが強い暗紫色の外套なんていう、くみが言えたことじゃないけど怪しい恰好の魔法少女。

 

 この人の名前は鶴喰夜鴉さん。

 最近マギウスの翼に入ってきて、令ちゃんが責任者を務めている広報部で活躍している人。

 組織内での話題に持ち切りの夜鴉さんがどうしてこんなウワサの中にやってきたのかと言えば、私を探すようウズメさんに頼まれたからだって。

 

 それを聞いた時、私はとっても嬉しかった。

 だって私なんかのためにあのウズメさんが気を遣ってくれたからだ。

 ああうん。あの人が羽根のみんなをちゃんと大事に扱っているのは分かっているんだけど、それでもやっぱりウズメさんから助けが来たっていうのは心が熱くなった。

 

 それに夜鴉さん自体も心強い。

 翼の中で遊撃兵を務める双樹あやせさん(明らかに年下だけど普通に怖い)と戦闘演習で一歩も引かない鍔迫り合いを見せて、さらにはウズメさん主導の作戦にも組み込まれたっていうまさに期待の超新人! 私なんかよりもよっぽど二人の助けにはなれると思う。

 

 ……とはいっても、こうして顔を合わせて話してみるとここまで愉快なことを口走る人だとは思ってなかったなぁ。

 正直これまでは最初から姿を隠してて堅い喋りで葛葉さんほどじゃないけど不気味だとは思っていたから、なんだか意外だった。やっぱりあのキャラ維持するのってストレス溜まるのかなぁ。くみはもうメイドキャラは慣れたけどねっ♪

 

 そんなこんなで四人で進むことになった私たちは視聴覚室でクシュちゃんの記憶を見た後、また次の試練の場所まで向かった。

 そこは私が最初に目覚めた中庭の噴水。

 『オトランドのうみべで』で主人公は過去を映す泉をのぞき込んだ……みたい。う~ん、クシュちゃんの想像も混ざってるというかうろ覚えすぎてこの子の脳内当てゲーム状態だよっ。

 

 とにかくクシュちゃんは次の記憶を集めるためにその水面をのぞき込んだんだ。

 そして……。

 

 

「……」

 

 

 記憶を見終えた私たちは押し黙るしかなかった。

 

 予想していなきゃいけなかったんだ。

 海外にいた頃に出逢ったアネカちゃんという魔法少女。その人に憧れて魔法少女になるぐらい姉のように慕っていた人と離れて、この神浜に来ている意味。

 唐突にいなくなったアネカちゃん。探しに出かけて、いなくなった学校の近くで魔女を倒して、それでも彼女は見つからなくて。家に帰ったらキュゥべえがいて、アネカちゃんの行方について尋ねて。

 

 ……魔女になったアネカさんを倒したことを知ったクシュちゃんの慟哭は、今も耳に焼き付いて離れなかった。

 

 

「……なるほど。つまり君が願うやり直しとは、死人との再会だったか」

「うん……」

「あれ? ってことはその代償って……」

 

 

 ふと思い浮かんだその言葉で、クシュちゃんは自分の持ち物を漁り始めた。

 

 『入場料はプライスレス』――巻き込まれた『ユメミノカガミのウワサ』の文言の一節。

 その対価はクシュちゃんがいっぱい集めていたグリーフシードで、両手で数えきれないぐらいにあったはずのそれは二つにまで減っていた。……というか、くみが一年で集めた数よりも全然多いよぉ!?

 

 グリーフシードは魔法少女にとっての生命線。主に神浜の外で活動しているクシュちゃんにとってはそれこそ寿命を捧げたようなものなのに、全く後悔するようなそぶりは見えなかった。それだけアネカちゃんと再会することを望んでいるだってのが分かって、くみたちも協力しようって改めて決意したんだ。

 

 

「魔女の魂の欠片が亡者への対価……いや、現在から逆算して必要な量のグリーフシードを徴収した、というほうが妥当か……? どちらにせよ、それだけあれば向こう一年は魔女退治をサボっても問題ない量だったであろうに。このご時世によくもまあ集められたものだな」

「結構前から余った分を溜めてたし、今は神浜の周りに魔女がよくいるから……他の魔法少女がいないところで魔女を粛清してあげてるの」

「あ、はい」

 

 

 そういえばマギウスが神浜に魔女を集めてるから、外縁部を巡回してるだけでもけっこう魔女と遭遇するんだ。そしてそれを全部倒してるクシュちゃんは強い魔法少女。

 私なんて魔女を一体倒すだけでもいっぱいいっぱいなのに、それだけの数をなんてことないというように言うクシュちゃんは素質が違うんだろう。

 

 それに、強いのは力だけじゃない。

 魔女が元々は魔法少女だと知ってもそうやって戦いを続けることができるその心。私なんて内心謝りながら倒さなくちゃやってられないことなのに……って言ったら、クシュちゃんはきょとんとした顔でこんなことを言ったの。

 

 

「えっ……? 魔女は魔法少女じゃないよね?」

 

 

 穢れを溜めて呪いを生み始めた魔法少女の魂から生まれる呪いの化身が魔女。

 それを粛清することで呪いを浄化する行為は、決して悪いことじゃないって。

 

 ちゃんと筋が通っているように聞こえる理屈だけど、でもどこか違和感があった。

 魔女はソウルジェムが濁り切った魔法少女が変わり果てた怪物。それがキュゥべえが言っていたことで、マギウスの翼の魔法少女なら誰もが知っていること。

 同じく疑問を感じたゆきかちゃんがそのことを尋ねようとして。

 

 

「ああ、その通りだ。魔女とは魔法少女の魂の残骸より生まれ出る亡者。この世界の淀みの結晶を撃ち滅ぼすことに、なんの躊躇いがあるだろうか」

「そうだよね。神父さんだってあれは魔法少女の迷える魂によって生まれる呪いだから粛清する必要があるって言ってたし……やっぱり間違ってないよね。キュゥべえは魔法少女が魔女になるって言ってたけど、どうしてあんなことを言ったのかな」

「ヤツは我々生者と死んだ魔法少女から生まれた魔女の区別がついてないんだ。種族の違いとは悲しいものだな」

「そうなんだ……いつも聞こうとすると逃げちゃうからわからなかった」

 

 

 夜鴉さんが意見を肯定するような言葉を挟んできて、それにクシュちゃんも同調してしまって、なんだか疑問を重ねる余地がなくなっちゃったの。

 

 

『ちょっと夜鴉さん!?』

『え、何か?』

 

 

 念話で呼びかければ完全にすっとぼけるような声が返ってきた。

 間違いない。この人はクシュちゃんと私たちの間の認識の齟齬をわかったうえであんなことを口走ったみたい。

 

 

『いや、だってその』

『分かってるとも。だが本人がそう納得している以上は不用意に認識をほじくり返す意味もない。魔女を倒すことを受け入れているなら、それで問題あるまい』

『それじゃあやはり入名さんは……』

 

 

 言いたいことはなんとなく分かるつもり。

 クシュちゃんはあくまで魔法少女と魔女は別物だって思っている……ううん、多分わかっていてもそういう風に考えてる。

 そうしないと大好きなお姉さんを殺したのが自分だってことを正面から受け止めなくちゃいけないから、自分の心を守るためにそうやって言い訳をしているんだ。

 

 

『つまりは主観的な意見の相違だ。魔女とは魔法少女が変貌したものなのか、あるいはその魂の残骸から生まれたものであり生前のそれとは別物であるのか。どちらの解釈であろうと問題は無い以上、そこにさしたる差もないとは思うが』

『でも……』

 

 

 だからってその強引なやり方にはちょっと言いたいことがあるんだけどねっ!

 

 

『個人的にもアレと魔法少女とイコールで結びつけるのは承諾しかねるのでね。元の人格や意識が喪失している以上、それを同一のパーソナリティと見なしていいものだろうか』

『それは……そうなんでしょうか……?』

『要は知人の死体が動いているのを仕留められるかどうかという話だろう? ならば私はやる。それこそが一時でも人の世のために戦い散った彼女たちの尊厳を守るための慈悲であり介錯だと思っている』

『尊厳……』

 

 

 それは、ちょっと分かるかも。

 くみだってゆみが魔女になったら他の人たちに被害を出す前に倒してあげなきゃいけないのはわかっているし、絶対になりたくないけど魔女になってしまったら誰かを傷つける前に倒してもらいたいと思うもん。

 それは欲望のままに呪いを振りまく怪物になんてなりたくないっていう、人間として精一杯の意地なんだ。

 

 

『鶴喰さんは結構ドライな考えなんですね……』

『あんなもの虚や鬼と似たようなものだろう。元に戻せるなら越したことはないが、その手段もない以上は殺す他なしだ』

『わかりやすいですけど、どうして例えが少年漫画……?』

 

 

 確かに最近アニメやってたけどぉ。やっぱり夜鴉さんって結構こっち側の人間だよね!?

 

 

「……でも、それならなんでキュゥべえは逃げるのかな。別にそれならそれで正直に言えばいいのに」

「もしかして……入名さんの方にも問題があったりするんでしょうか?」

「え? そんな、別にキュゥべえを見つけたら全力で追いかけて捕まえようとしているだけだよ?」

「それだよ……」

 

 

 キュゥべえの実態を知ったらそういう感情を向けるのは仕方ないって思うけど……それでもそうやって話を聞かせてって感じの空気じゃない剣幕で詰められたら逃げるのは当然じゃないかな。

 

 

「確かにキュゥべえのことは魔法少女になった時から嫌い……大嫌いだけど!」

「ほら、そうやって態度に出てるっ! 殺意が漏れちゃってるんだよ!」

 

 

 可愛い顔してるのに、まったく可愛くない殺意が滲み出てる!

 ウズメさんみたいに既に首が落ちたような研ぎ澄まされた殺意じゃないけど、それでも『ブッ殺す』じゃなくて『ブッ殺した』ってなってるレベルの強い殺意だよぉ~~!!

 

 

「でも実際に殺したことはないよ? そんなことしたら色々問題が出てくると思うし……」

「それなら連中は殺しても残機が減るだけで別の個体がすぐに出てくるぞ。流石にやり過ぎるとほとんど姿を見せなくなるが」

「そうなんですか!?」

 

 

 くみもなんかそんな感じの話をウズメさんから聞いたことがあるかも……。

 この街はもうキュゥべえを締め出してるし、羽根の皆には接触禁止令が出されているから確かめることはできないけど、やっぱりあれって地球上の生き物じゃないんだなぁ。

 

 

「そうなんだ……じゃあ次見たら串刺しにしてから炙っても良いんだ?」

「うーん、この躊躇いの無さよ」

 

 

 そしてブレーキが外れたクシュちゃんが目をキラキラさせて物騒なことを言ってしまっている。

 いくら自分の気持ちに正直でも、もうちょっと自分のキャラとか大事にしたほうがいいと思うんだ!

 

 

「えっ……流石に冗談ですよね!?」

「……え、うん。そこまでひどいことをするつもりは……ない、かも」

 

 

 僅かな沈黙が全てを物語ってない?

 

 

「も、もしそうだとしてもやっぱりやめた方がいいですよ! 確かにキュゥべえのやり方はひどいと思いますけど、いくらなんでもそこまでされる謂れはない*1筈ですっ」

 

 

 そしてこっちはこっちで心が眩しいぐらいに光り輝いている!?

 最初は気が弱そうに見えたゆきかちゃんだけど、その奥には揺るがない芯がある。

 二人とも魔女と戦う運命に目を背けず受け止めている。

 私みたいにマギウスの救いにすがるしかなかった弱い人とは違う、真っすぐな心。

 

 ……でも、そんな真っすぐな心を持って私たちを救いあげようとしてくれる人もいる。

 あの人たちの真心に報いるためにも、弱い私たちは私たちなりに頑張らなきゃいけないんだ。

 

 

「マギウスの翼って……何をしている人たちなの?」

 

 

 クシュちゃんがついにそこを聞いてきてしまった。

 どうしよう。どこまで言っていいのかな?

 あんまり部外者には言わないほうがいいし、市外には極力漏らさないようにって言われてるんだけど……。

 でも二人とも魔女化については知っているんだし、言っても構わないよね。

 

 

 ということで、軽くマギウスの翼について説明したの。

 

 

「魔法少女の救済……?」

「うん。胡散臭い目で見る魔法少女たちもいっぱいいるし、教会の人たちには秘密で動いているけどね……」

 

 

 解放、なんていってもその手段には堂々と言うには憚れるようなことがたくさん。

 ドッペルを成り立たせているイヴは半魔女だし、そのイヴを作るためにはウワサで一般人から感情エネルギーを集めたり、魔女を育てて餌にする必要がある。

 真面目に魔法少女をやっている子からすれば、危険な組織だと思われてもおかしくはない。だから私たちは素性を隠すためにローブで姿を覆っている。

 

 

「でも今説明したドッペルがあるかぎり神浜市内では魔法少女は魔女にならないの」

 

 

 それが無かったら私たちは今ここにいない。

 そしてその今をずっと続けられるようにするために解放を実現する。だから私はマギウスの翼であの人たちのために戦っているんだ。

 

 

「……神浜市内にいると争いに巻き込まれそうだし、今まで通りに市外への遠征を続けようかな」

「くみの話聞いてたっ?」

「今まででもずっとひとりでやってきたし、何かあったらそれまで。……アネカお姉さんは逃げなかった。だから私も逃げたくない」

「そうか。強いのだな入名殿は」

 

 

 確かにあれだけグリーフシードを持っていたなら一人でも大丈夫だとは思うけど……死ぬのが怖くないの?

 

 

「それに市外の魔女だって放っておけば誰かが犠牲になっちゃうんだよ?」

「はっ……その通りです。自分だけ救われるわけにはいきませんっ!」

 

 

 クシュちゃんに続いてゆきかちゃんも同じようなことを言った。

 その潔さは素晴らしいとは思うんだけど……そういう人たちが私たちの敵として立ちはだかる可能性が高いのが困りものなんだよね。

 でも友好的な魔法少女は積極的に引き入れるかそうじゃなくても味方につけたほうがいいっていうのが上の判断だから……うん、教えちゃったことだしもうちょっと粘ってみてもいいかも。クシュちゃんの決意は固そうだけど、ゆきかちゃんは若干迷ってそうだし。

 

 

「確かに現在はドッペルが発動するのは神浜市内だけ。だが我々の活動がうまくいけば自動浄化システムは全世界に広げることができる。決して自分たちだけが今救われるためではない……みふゆ殿は少なくともそう言っていたな」

「みふゆさん……えっ、みふゆさんっ!?」

「ほう。やはり知っているか」

「知ってるも何も、梓センパイは水名女学院の大先輩ですよっ!」 

「学校同じなんだ……」

 

 

 あの人最初に会った時は既に卒業済みだったから知らなかったんだよね。

 だから白羽根の月夜さんとやけに仲良かったんだ。そういえば双子だっていう月咲さんは工匠学舎の制服だったけど、なんで双子なのに西と東で別れてるのか……なんだかとても嫌な背景がありそうだからそっとしておいたほうがよさそう。

 

 

「というか魔法少女だったんですかあの人!?」

「今年で七年目らしいぞ」

「そんなに長く生きてたんですか、あの水名で!?」

「あのって……」

 

 

 でもあんなガチガチに意識高い家で魔法少女を続けられる方がおかしいとはくみも思った。

 他の幹部がわかりやすくぶっ飛んだ人(アリナとか双樹とか葛葉とか)だから薄れてるけど、あの人も大概化け物だよね……。

 何はともかく。先輩後輩の関係なら心を掴むのには十分! このまま勢いに任せて勧誘しちゃおう!

 

 

「興味があるならみふゆさん経由で紹介できるけど……?」

「みふゆ殿はもちろん、組織を統率する沙羅ウズメ殿は信頼できる御仁だ」

「ウズメさん、ですか……?」

「そうそう! とっても強いし、面倒見もいいんだよっ! ゆきかちゃんは剣士だったよね? ウズメさんは剣持ちの魔法少女には指導してくれるから戦い方のコツとか学べると思うよ」

「今のご時世では中々見られん逸物だよ。仮の主とはいえ、中々仕えがいがある」

 

 

 マギウスの翼、そのトップに君臨する沙羅ウズメさん。

 あの人は私たち羽根の憧れといっても過言じゃない。

 

 凛とした佇まい。マギウス相手に一歩も物おじしない胆力。羽根に無茶振りを要求しようとするマギウス(おもに灯花とアリナ)を りつけるウズメさんの姿はこの組織では名物みたいなもの。

 超人的な能力と思考があって、会話するとプレッシャーを感じてしまうマギウスだけど、それでもああやってしゅんとしている時は同じ女の子なんだなって感じられるのは、やっぱりあの人がしっかりと接しているからだと思う。

 

 それに私たちを軽んじず気配りもちゃんとしているのもまた魅力のひとつ。羽根として戦い方や口調の統一はするけど、それでも私たち個人のことはちゃんと見てくれる。

 

 そして何よりもウズメさんの魅力は、魔女を剣の一振りで斬り捨てていく圧倒的な実力。

 

 みふゆさんがマギウスの翼の「心」なら、ウズメさんはマギウスの翼の「武」。

 マギウスの翼において最強として君臨するウズメさんは非の打ちどころがなく"かっこいい"。

 だから私も含めた皆がウズメさんのことを尊敬している。

 あの人たちの下で動けば、弱い私たちでも立派な魔法少女でいられるような気がする。そんな気持ちの下で、私たちは羽根として頑張っている。

 

 それに目指しているものと方向性は違うけど、あの人の振る舞いはメイドさんとして完璧。

 組織の一員としても敬う気持ちも、個人的な目標として憧れる気持ち。その両方で私はウズメさんを尊敬しているんだ。

 だから打算抜きでも多くの魔法少女があの人の姿を見て魔法少女の解放に賛同してくれたらなっていう気持ちが、勧誘という形でゆきかちゃんに向かっているのかもしれない。

 

 

「ええと、でも……」

「ちなみに三食ご飯付きでおやつもあり。さらに関係者にはスパを始めとしたリラクゼーション施設も無料で開放されていて……」

「お願いします」

「決断早!」

 

 

 でも魅力的な環境だよね……。

 正直解放とか関係なくても魔法少女の寄り合いとしてここまでの好待遇があるとそれだけで入ってよかったと思っちゃうんだよね。

 

 とりあえずゆきかちゃんは現実のほうで用事があるのでそれを済ませてから……ということで盛大に脱線した話は終わり。

 区切りがついたところで、ぽややんとした顔で眺めていたクシュちゃんが声をかけてきた。

 

 

「話は纏まった?」

「あ……うん。ごめんね待たせちゃって」

「いいよ。ただ私はこれからもひとりでやらせてもらうね。代わりにあなたたちの事も内緒にしておいてあげるから」

「まあ、こちらとしても君ほどの実力者が市外で活動してくれているというなら後顧の憂いがなくなるというものだ。その働きに報いられるよう、我々も一層活動に精を入れなくてはな」

「うん。それなりに期待はしておくね」

 

 

 魔法少女の運命を知って解放に縋りついた魔法少女もいれば、知ってもなお周りの人たちのために独りで戦う魔法少女もいる。そして今もそんな事情を知らずに魔法少女の運命に苦しんでいる子もいる。

 

 

 そうしたすべての魔法少女を救うためにマギウスの翼はいるんだって、くみは改めて決意したんだ。

*1
実際はそんなことは全くなくインガオホーであった




○琴織つばめ
 心が強ェ奴なのか……?
 魔女と魔法少女が同一かどうかについては彼女の解釈というか、人間が吸血鬼やゾンビに変貌した場合どう扱うかの話である

○牧野郁美
 思いっきり真っ赤なお方に脳を焼かれている女。
 本作のマギウスの翼はだいたいこういう連中の集まりだ。


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第五十二話 フェザーズ・オブ・ディペンド・フェントホープ……⑥【さよならのおとぎ話/そしてまた羽根が集う】

ちょっと予想以上にチャプター数が伸びてるので展開巻きますね

扉絵イメージ【灯花を折檻するウズメ。それを笑いを堪えながら眺めるねむとアリナ
「うにゃっ、うにゃっ、にゃぁぁぁぁ! ごめんなさーい!」「謝るのは私ではなく牧野さんにです」「むふっ……ざまあないね」「調子乗り過ぎたワケ」】


ChapterⅧ【さよならのおとぎ話】

 

 

 さてさて。

 過去を覗いたり勧誘したりと若干余計な話で時間を消費したかもしれないが。

 

 ひとまず次の記憶を集めるために今度は城へと向かった私たち。

 見るからにそうだろうって感じに城っぽい校舎の前でクシュちゃんがユメミカガミを覗き込むと、周囲の景色が一変した。

 

 荒野と彼方にそびえる城。暗く闇に沈んだ空には不気味なほどに巨大な満月が薄赤く輝く。

 雑に言えば魔王でもいそうな雰囲気の場所。おとぎ話の終盤にはよくある光景だ。

 それこそが冒険の終わり。

 入名クシュが思い描いた"すぎさりし夢"の風景であり、彼女の心の底に焼き付いた荒れ果てた死の世界であった。

 

 

(しかしまあ、なんとも……)

 

 

 少女が抱くには寂しい世界だ。

 牧野さんとゆきかさんも似たようなことを考えているのだろう。この世界の様相に対して少なからず表情を曇らせている。

 

 この肌を苛む冷気も、命の気配が失せた荒野も。おおよそ人が長くいれば精神を病むことは間違いない。

 

 だが、私はこの場所に奇妙な心地よさや親近感のようなものをを覚えていた。

 それは私が死者に近い存在として、無意識的にホームのように思っているのか。

 ……あるいは、死した後に向かう先があることに安堵しているのか。

 

 

 いずれにせよ、ここが死者と再び顔を合わせることの適う場所であることに間違いはないらしい。

 なぜかと言えば、

 

 

「アネカお姉さん」

「……ここは、どこなの? きみは私を知っているの?」

 

 

 彼女を記憶にいたアネカという魔法少女。魔女となってクシュちゃんに討たれて消えたはずの少女が今まさに目の前に立っていることが何よりもの証明だからだ。

 

 

(……とはいえ。そっくりそのままというわけでもないらしい)

 

 

 幽界眼を通して伝わる情報は、無慈悲なほどに事実を伝えていた。

 

 目の前のアネカは正真正銘の本人ではない。

 魂魄は人のものだが、その大部分は欠落している。急いでガワだけを取り繕ったような、出来損ないの張りぼて。

 おそらく入名クシュの記憶を読み取り、さらには彼女のソウルジェムに残っていたグリーフシードの残滓から強引に再生したような存在……というのが一番腑に落ちる結論だろう。

 

 

 いかにウワサといえども、魔法少女の願いに匹敵する事象を引き起こせるほど強力というわけでもないらしい。

 最も、私はこの事についてわざわざ口に出すつもりもない。

 クシュちゃんもまさか死者そのものと対話できると期待していたわけではないだろうし、仮初であっても当人の姿に対して何かしらを告げられたならそれで満足できるはず。

 

 

 だからウワサについてはこれで終わり……。

 

 

 

 

 ――なんていうのは全くもって甘い考えであった。

 

 

 シュシュの中の記憶を頼りに復元されたアネカの過去。そこには彼女が魔法少女になった経緯だけでなく、入名クシュとの出会いが……死の真相が隠されていた。

 病でこの世を去った妹の代わりとして、アネカはキュゥべえに友を願った。妹に似た年下の、童話が好きな女の子を。

 その願いは正しく叶えられることとなり、間もなくしてアネカの隣には日本から親子が引っ越してくることとなった。

 

 それが入名クシュ。

 アネカという魔法少女の物語の、妹の代役だった。

 

 後の結末は知っての通り。

 アネカに憧れたクシュちゃんが彼女の後を追って魔法少女となってから、アネカはソウルジェムの秘密を知った。そして極めて残酷な運命を背負わせたことを悔やんだアネカはそのまま魂を濁らせて魔女となり、それをクシュちゃんが討った。魔法少女にはまったく珍しくもない、自分の願いに裏切られるというありふれた最後だった。

 その事実を知ったアネカはまた自責の念に駆られ、再びクシュの前から姿を消した。

 

 

 ――以上が、事を静観していた間に起こった出来事だった。

 

 

 

 これだから魔法少女というものの運命はくそったれなのだ。

 少女が願いを叶えたことで歪んだ因果は誰かの運命に関わり、巡り巡ってまた別の少女が願いを抱いて魔法少女の運命へ身を投じる。その繰り返し。

 延々と続く因果の連鎖によって、少女たちの魂は尊厳を宇宙の延命という名目で、異星の家畜として摘まれ続けている。

 

 

「バカみたいだよね……魔法少女になっておとぎ話の主人公みたいだなんて浮かれて……私なんて、ただの代役なのに」

 

 

 自分が所詮キュゥべえの仕組んだピエロでしかなかったのだと打ちひしがれるクシュちゃん。

 そこに牧野さんの一喝が飛んだ。

 代役なんかじゃない。誰もが自分が主人公としての物語を生きている。

 その激励は側で聞いて居ただけの私の心にも響くものがあった。

 

 

「そうだな。例え出会いが仕組まれたものであっても、そこから育んだ絆は紛れもない本物。事実、アネカは君を入名クシュとして向き合ったからこそ、決して君を責めることなく自分が押し付けた希望と絶望のすべてを背負い込んだ。結果として、出会いをやり直した結果は以前の焼き増しだったわけだが……君はこんな結末で納得するのか?」

「いいわけない……私たちの試練はまだ終わってない!」

 

 

 挑発じみた問いを投げてみれば、クシュちゃんは意気揚々と立ち上がった。

 

 

「決まりだな」

「お願い、みんな力を貸して……!」

「はいっ、村人Aとして精一杯頑張ります!」

「ゆきかちゃん剣士役のはずだよねっ!?」

 

 

 そのモブ主張一体何なん?

 

 

「……でも、アネカさんを取り戻すにはどうすればいいかな?」

「試練の内容は入名さんがイメージしていたお話の通りに進めることなんですから、主人公である入名さんが決めちゃっていいんじゃないですか?」

「そっか。ええと、お姫様を取り戻すんだからお城の地下で……」

「そのイベントさっきやったよね?」

 

 

 そう言ってゆきかさんがクシュちゃんの背中を押すも、どうもクシュちゃんの展開が固まっていない様子。

 ……う~ん、やっぱり言った方が良いかなこれ。

 なんかそういう感じで進めていきそうだけど、それはそれとして頭にこのぐるぐると考えがこびりついているわけで。でもそんな私の事情は放っておくべきだというか。

 うん。一度状況を整理したいし、話してみるか。

 

 

「その事なのだが、これは本当にそうといえるのか?」

「え?」

「試練についてだ。我々はそういうものとして流れで進んできたわけだが、実際のところ試練の内容が入名殿の想像した筋書きに沿っていると決まったわけじゃないのだろう?」

 

 

 途中参加の自分が言うのもなんだという話だが、これがクシュちゃんの夢であるというウワサの内容と、そこから二人に出逢うまでの流れが自分の想像した童話の内容をなぞっているように見えたことでそういうものだと結論づいていただけ。

 最も、それ以外の推理材料なんて見つかる訳もなく、ここまで実際にクシュちゃんの言う通りに進んできたのでこれで試練の終わりだと勘違いしたのも無理はないけど。

 

 

「え? でも今までの道筋は確かに……」

「それは飽くまで君の記憶を辿る道筋として君の心を辿っていただけだ。ぶっちゃけ、今までの中で試練なんて言えるほどのものはあったか?」

 

 

 薄々思っていたが空気を読んで黙っていたことを告げると、三人とも引っかかるものがあったのか首を傾げた。

 

 

「そう言われると……ただ学校の中歩きまわってただけだよね、私たち」

「完全にそういうものだって思いこんで進めていましたよね……」

「私も正直、話の腰を折ってぐだぐだになるだろうから黙っていたしな。だがこうも違和感が重なっては流石に無視できん」

「違和感?」

「そもそもの話、これは"心"の試練だという前触れだからな。故に心を試すものが試練として立ちふさがらないほうがおかしいんだ」

「じゃあ、これも試練?」

「というよりここからが試練だな。過去の過ちを見つめ直し、やり直したい出会いを相手のほうから遠ざけさせ、それでもなおその手を握り直せるのかを試す――中々童話らしい話だ。過去のスタンプラリーなんかよりもよっぽど主人公らしいと思わない?」

「ということは、試練はまだ……!」

「ああ。そして次にどこへ向かうかだが。ま、それはさっき言ったように入名殿が望むままに進めばいいはずだ」

「うん。多分あのお城。そこに行ってアネカさんを取り戻す……!」

 

 

 そうしてクシュちゃんは意気込みも兼ねて変身して剣を翳した。

 うわ~ゴスロリ騎士服だめっちゃ可愛い~! そのベルトが大量に巻き付いた厨二スタイル好き~!

 

 そうして決意を新たにしたところで、周囲に暗霧が立ち込める。

 

 

「通さない……!」

 

 

 声が響き、私たちを完全に取り囲んだ霧から次々と暗い影が出現した。

 

 

「これは……」

「入名クシュの試練は失敗に終わった……」

「夢から出ることは永遠に許されない……!」

 

 

 影はクシュちゃんの形を取りながら次々にこちらの想いを否定してくる。

 随分とまあ直接的な妨害だこと。試練が失敗なら何をしても無駄で、そのまま夢の中を延々と彷徨わせればいいものを、わざわざ立ちふさがりにくるなんてそこにゴールがありますと言ってるようなものだ。

 

 

「……などと言っているが、どうする?」

「そんなのもちろん――」

 

 

「押し通る!」

 

 

 クシュちゃんは強い踏み込みからの加速によってその二振りの剣を振るう。

 その初加速は凄まじく、目で追うのもやっとな速度ですれ違い様に早速影が一体斬り捨てられた。

 これは強い。あれだけのグリーフシードを一人で集めたって言うだけのことはある。

 

 

「じゃ、私も仕事をしなければな」

「うわ、なんですかその物騒な武器!?」

「みんな驚くよねアレ……」

「カッコイイ……!」 

「クシュちゃん!?」

 

 

 鮮血機構を構えて重量に任せた突進によって、影をガードしようとした剣ごと粉砕する。

 一瞬で爆ぜ飛んだ影の残滓を払い、そのまま次の影を横払いで吹き飛ばす。

 

 

「私も負けてられません……せいっ!」

「もうっ、みんな楽そうに倒しちゃって! くみは大変なんだからねっ!!」

 

 

 バニーガールとカジノディーラーを混ぜた衣装のゆきかさんがレイピアによる刺突で影のガードをこじ開けて貫き、牧野さんはモップでおっかなびっくり応戦している。というかあなた素の服も変身衣装もメイドなの……?

 

 

「意味がないと言っている……!」

 

 

 影が呻き、霧が消えるとそこは元の校舎の廊下。

 ではなく、そのメッキが剝がれかけたウワサの結界が姿を現した。

 

 

「ふえぇぇ!? 学校に戻されちゃった!?」

「注意を反らすなっ!」

 

 

 驚きで動きが硬直した牧野さんに影が襲ってくる。

 

 

「ふえっ……? ひゃわっ!!」

 

 

 振り下ろされた剣をモップの槍で辛うじて受け止める牧野さん。だが力比べで負けているのか徐々に押し込まれている。

 助太刀に入ろうと動いた刹那、視界を残像が横切った。

 

 

「やぁあぁぁーーっ!!」

 

 

 流れるような動きで刃が滑り、影を切り裂いた。

 散っていく影の中から漏れ出た魔力が剣を伝ってクシュちゃんの中へと吸い込まれていった。

 

 

「ほう。魔力の吸収か」

「うん……私の魔法ちょっとだけ便利」

 

 

 そのちょっとでも回復できる時点でかなり強いと思うんだが。

 というか色白赤目でその衣装といい魔法といい、結構吸血鬼な見た目だよね。怪異狩りの吸血騎士……これは中々外連味あってすこすこですよ。

 

 それはともかく。さっきクシュちゃんが倒したので一旦打ち切りらしく、ウワサの結界は元の廊下へと姿が戻っていた。

 

 

「うわさの結界が解けたよ!?」

「夢から覚めたってこと?」

「えぇっ、それじゃあ試練はどうなるんですか!?」

「いや、まだ夢の中だぞこれ」

 

 

 言うわけにはいかないけど、ぶっちゃけ先の道が見えてるんだなあこれが。

 

 

「うん。人の気配が全くない。それにほら、ユメミカガミもまだある」

「じゃあそれもさっきみたいに景色を映して見れば……」

「うん。きっとお城に戻るための道が見えるはず……!」

 

 

 そうやって偽装は暴かれ、ウワサの結界特有の薄暗い闇が広がる道の先から一条の光が差し込んでいる。

 

 

「あの光に飛び込めばさっきのお城に戻れるかも……!」

「行かせない……」

 

 

 またまた出現する偽物たち。

 だが最早この程度で足止めされるつもりもない。

 

 

「いいだろう、往くが良い。ここは我々が請け負った」

「うん!」

 

 

 偽物の中に突っ込んで注意を惹きつけ、その隙にクシュちゃんが駆け抜けていく。

 

 

「さて、お二人とも。まだ戦えるか?」

「大丈夫ですっ。入名さんがあの光にたどり着くまで、負けられませんねっ」

「うん。くみだって訓練受けてるんだから、ちゃんと戦えるんだよ!」

「その意義だ」

 

 

 豪快に槍を振り回し、口上をひとつ。

 

 

「……さあ、我らは魔法少女。押し売りの希望を嗤い飛ばし、押し付けられた絶望を踏み倒す者ぞ! この程度、物の数ではない!!」

 

 

 うん。中々良い感じに決まったんじゃないかな。

 

 

「……あっ、影が消えていきますね」

「クシュちゃんが光のほうに飛び込んでいったからかな?」

 

 

 え……。

 

 

「……」

「あの、鶴喰さん?」

「バリバリに気合い入れて言ったのに、完全に滑っちゃったね……」

「うるさいぶりっ子」

「ひどい!?」

 

 

 まあいい。

 とにかく、これで私たち脇役の仕事は終わり。

 この夢の結末がどうなるかは、主人公次第である。

 

 

「……ところで、クシュちゃんはアネカちゃんをどうするつもりなのかなぁ?」

「へっ……? それはやっぱり夢から連れ出すためなのでは……?」

「でも、全部の記憶が戻ったアネカちゃんともう一度会いたいっていうのは本当にクシュちゃんの望みなのかなぁって。永遠の眠りについた人をお墓から呼び起こす、それはとっても怖いことだって思うの」

「………………そうだな」

 

 

 死というのは喪失であると同時に私たち生命が必ず迎えるゴールでもある。

 それは避けられないこと、否、避けてはならないことだ。だからこそ人間は死者という存在を丁重に扱い、蘇りや不死というものを奇跡であると同時に禁忌として扱う。

 だからそれを強引に歪めようとした者の結末は、往々にして真っ当なものにはならない。死者を連れ戻そうとして叶わなかった黄泉戸喫やオルフェウスのように。あるいは不死という名の呪いに苦しんだケイローンやアシュヴァッターマンのように。

 ……この私だって、いずれはそうなるだろう。我らが父祖のように生と死の狭間に溶けて狂い果てた怪人となるか、あるいは死の世界にて歪な生を続ける死にぞこないになり果てるのか。

 

 それはまだ、わからない。

 

 

「死者に関わること自体、ろくなものじゃないよ。ほんと」

 

 

 

 ……でも。

 

 私の大切な友人たちが生を全うできるまで、私は人としてありたい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅨ【そしてまた羽根が集う】

 

 

 

「それでは後のことはよろしく頼みますね、月夜、月咲」

「了解しました!」

「では七瀬さん、ついてきてください」

「はっ、はい……(明槻センパイが二人……?)」

「……では、私もこれで失礼する」

「ええ。ご苦労でしたね鶴喰。次も期待していますよ」

 

 

 ホテルフェントホープ。

 新たな羽根となる魔法少女を見送ったウズメは、24畳の客間でただ一人息をついた。

 

 

「やれやれ。彼女も中々働き者ですね」

 

 

 ウワサの解決と羽根の救助完了の報告が入ったのは約一時間前。

 そこからさらに新しい羽根志望の魔法少女を連れてくると言う連絡を受け、尻を腫らしてぐずる醜態を友人(ねむ)に笑われている主を置いて応対に向かった。多分あの調子だとしばらくは機嫌を損ねているだろうから、今日の夕飯は好物を増やしておいた方がいいだろうか。

 

 そう考えながらも、ウズメは想定以上の成果をもたらした鶴喰に感心した。

 彼女が連れてきた七瀬ゆきかという魔法少女は報告の通り中々の素養がありそうだ。特に細剣を扱うというのが良い。

 ウズメは武芸百般、変幻自在の魔法を操るだけあってあらゆる種類の武器の心得を修めてはいるが、やはり本領は刀剣。こればかりは生来の気質だろう。物心ついた時より叩き込まれた剣の術理こそが彼女の骨子である。

 しかしそれと同時に懸念も一つ。

 

 

「……とはいえ、いささか増えすぎましたか」

 

 

 正直なところ、組織の肥大速度はウズメの予想を上回っていた。

 それだけ多くの魔法少女が解放を望んでいるという証拠でもあるのだが、同時に魔法少女たちの統率にある程度の支障をきたしているのもまた目の背けようもない事実である。

 

 端的に言えば手が回らなくなってきている。

 例えば魔女との戦いで羽根が負傷し、離脱もままならなくなったとする。その場合に出撃するのは白羽根よりも上の者だ。

 ウズメ、双樹、みふゆ。単独でも十分に戦える者が羽根の救援に向かってはいるものの、有事の際に対応できる人材は中々増えてくれない。最近は鶴喰も加わったが、彼女の本領は斥候だ。

 

 ウワサを嗅ぎまわり始めた七海やちよ。不自然なほどに強くなり始めている魔女。先週から報告に上がり始めた神出鬼没に現れては魔女を屠って去る銀色の騎兵。

 組織を取り巻く不穏な要素は常々増え続けており、これらの問題に対処するためにも組織全体としての力を増やさなくてはならない。

 

 ゆえに一番手っ取り早く解決する方法は、羽根の質を上げること。

 雑兵は数の暴力で押してこそ意味がある。敵対勢力などの緊急事態はともかくとして、ウワサの監視や魔女の捕縛と言った基本的な活動については、問題なくこなせるだけの戦闘能力は持っていてもらわないと困る。

 

 そのために必要な行動と言えば、彼女たちに兵士としての心構えを叩き込み、集団戦術の効率を上げることだ。

 しかしながらそれができる適任は誰もいないのが現状だ。

 

 双樹は見ての通り一匹狼。みふゆもチームを組んで戦っていた経験はあるが、その年月の大半は七海やちよとのコンビであり指揮云々は若干不足気味。葛葉の場合はそもそも前線には出ず、裏で盤面を整えてからの謀殺こそが本領。そして当のウズメもまた、そうした下の者へものを教えるという機会には恵まれなかった。

 

 現在戦闘教導を務めている神楽も人の上に立って指導する経験が豊富とは言いにくい。羽根の中では抜きんでた能力と、戦闘スタイルから来た俯瞰的な視野。そこに生まれ育った環境による若干高圧的な物言いを合わせることで羽根たちを指導しているが、それで身につけられれるのは多少の心構えだけ。

 より効果的な戦闘術を叩き込むためには、やはり平凡な魔法少女では役者不足と言わざるを得ない。だが戦闘論理――それも集団戦に秀でた魔法少女など希少も希少。

 魔女退治とは基本的に少人数で行われるもの。それこそ片手の指で足りる数が最大数になるがゆえに、数十人の人員を纏めて運用する技術など魔法少女が持ち合わせているわけもない。

 

 

「さて、どうしたものやら」

 

 

 いっそそうした人材を募集でもしてみるか、などという考えすらよぎり始めた彼女の思考を打ち切ったのは、懐に納めた携帯の着信だった。

 

 

「もしもし、ウズメです。どうされましたか院長……ええ。明後日の件ですか。それが何か……面会? お嬢様と? 向こう側の研究員が指名をですか……スケジュールとしては問題ありませんが、はぁ、ひとまずお嬢様にお伺いしますね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『取り繋ぎは成功した。後は接触し交渉するだけだ。くれぐれもしくじるなよ』

「心配いらないさ。今回は最初からやりあおうってわけじゃないんだ」

『その通りだ。だが不測の事態はいつでも起こり得る。それに交渉が成立した場合もしばらくの間は君独りで行動することになる。少なくとも本部チームからの増援は期待できないと思ってくれ』

「問題ない。だからこそ私が選ばれたのだからね」

『……いいだろう。君のその自信に期待しておこう』

「おいおい。期待するのは私じゃなくて、この身体だろう?」

『……その通りだな。では武運を、そして勝利を我らに』

「ああ。すべては我らの勝利のために」

 

 

 通信が終わり、金髪の女性は席を立ち椅子に掛けてあった白いジャケットを脇に抱える。

 そのまま灰一色の殺風景な小部屋を抜け、隣接するガレージへと出る。

 無造作にスクラップが積まれた空間の中央。レンチで適当な機械を弄っていた少女が気づいて振り向く。その顔には機械油による汚れが貼り付いていた。

 

 

「あ、終わりました~?」

「作戦は二日後の午前だ。チューニングは終わってるかい?」

「勿論。燃料と弾薬の補充は完璧。同期テストもバッチリ」

「いつもながら流石の仕事だ」

 

 

 血のような赤一色のツナギに身を包んだ少女の言葉に、金髪の女性は満足そうに頷いた。

 専属技師である彼女は、自分の装備を常に最高のパフォーマンスに保ってくれる公私共に親密なパートナーであり、自分の一部であるかのように誇りを感じていた。

 

 

「どうせなら盛大にぶっ壊れてきてくれてもいいですよ。そうしたら一度解体(バラ)して組み直せるので」

「さて、今回は比較的平和に終わる予定だからね。この前みたいなのは流石にないだろう」

「そうですねぇ。あの時も街一つ覆った術とかバラバラにできたのでやりがいはありましたねぇ」

「ここのは流石に止してくれよ? 今回の作戦がパァになる」

「んふふ、だったらいっぱいボロボロになって()させてくださいね。宴さん?」

「それなら食事の後に一つどうかな?」

 

 

 宴と呼ばれた金髪の女性はすす、とさりげない仕草で赤い少女の首筋に手を添える。

 

 

「……もしかして溜まってます?」

「仕方ないだろ? この街には中々かわいい子がいるっていうのに、手出しするなって言われてるんだからさ。作戦前にひとつ気合いをいれなくちゃいけない。しっかり"調整"してくれよ?」

「しょうがないですねぇ」




○鶴喰夜鴉
 そろそろブラッドドリンガーに対するみんなの反応は省略していきます。

○七瀬ゆきか
 本イベントでマギウスの翼を知り、原作開始前に加入している。なのでこのタイミングで加入することになった。


ひとまず第三話はこれにて終了。
羽根たちの想いを中心に本作のマギウスの翼の内部事情を書くために結構強引な話運びになっちゃった感は否めませんが、ひとまず書くべきことは書いたのでよし。

次回【マギアテクノ・フォアビクトリー】


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第五十三話 マギアテクノ・フォアビクトリー……①【軍靴と銃声/勝利の名を掲げる】

魔導工学は勝利のために

お待たせしました。最後の役者が登場です。

扉絵イメージ【沙羅ウズメ。剣を持った羽根たちに剣術を指導する。「ほら、もっと腰に力を入れて。体幹を真っすぐにしてから全身で剣を振りなさい」「はっ、はい!」「そうです。ではそれをまず百回繰り返しなさい。正しく振れていなければ回数に数えませんので」「せ……!?」「やりなさい」】


ChapterⅠ【軍靴と銃声】

 

 

 魔女の結界。

 今日も今日とて魔法少女と魔女の互いの生存を懸けた戦いが繰り広げられている。

 

 

「やあああっ!」

「当たってぇ!」

 

 

 結界の主は巨大な羊の魔女。

 それに必死で応戦するのはマギウスの翼の構成員、羽根部隊。

 

 

「くっ……駄目だ、止まらない!」

「救援まだなの!?」

「強すぎる……私たちだけじゃ無理だよぉ」

 

 

 神浜市の魔女は強い。

 イヴから漏れ出す瘴気に当てられてか、あるいは共食いを繰り返しているからか。本来ならば出てくる事自体が希少な高階位の魔女がこうして頻繁に出現している。ただでさえ下級魔女と戦うことすら精いっぱいである黒羽根たちには荷が重すぎる相手だ。

 

 どうにかこうにか鎖を巻き付けての拘束を試みているが、鈍重そうな見た目に反してその毛に覆われた巨体を丸めて繰り出される突進が鎖を寄せ付けず、剣による斬撃も防いでしまう。

 さらには手下である羊飼いが吹き鳴らした角笛を号令とした一斉攻撃をやり過ごしたものの、戦況は不利であった。

 

 既に救援は呼んでいる。だが、それまで持ちこたえられるかどうか。

 そんな弱音を白羽根はかろうじて呑み込む。

 

 

「大丈夫だ! すぐに救援が来る。だからこの場を生き残るためにこの魔女を少しでも足止めするんだ!!」 

 

 

 ここで挫けてしまえば生き残ることすらできない。それではマギウスの翼に集まった意味がない。沙羅ウズメや梓みふゆが遅かれ早かれ野垂れ死にしていただろう自分たちを庇護してくれた恩に報いることができない。何より羽根たちの棟梁は犬死にを認めていない。

 臆病風に吹かれそうになった黒羽根たちは、かろうじてその想いを支えに武器を構えて果敢に立ち向かおうとした……その時だ!!

 

 

 ドルゥゥゥオン!!

 

 

 彼方から巨大な馬の嘶きのように凄まじいエンジン音の唸りが結界内部に轟いた!!

 

 

「え?」

 

 

 聞きなれた、しかしここでは明らかに似つかわしくない音に耳を疑った刹那、黒羽根の頭上に影が差す。そして皆一様に顔を上げ、彼女たちはその正体を知った。

 使い魔の群れを轢き潰しながら現れたのは銀色に輝く鉄騎。前後に巨大な車輪を有し、その体にはシャープな装甲を拵えた重厚なモーターサイクルだ。その座席には同じく銀色に輝くフルヘルムとプロテクタースーツを纏った乗り手がいる。

 

 

「バイク?」

「あ……あれはまさか『シルバーコメット』!? しかもリカスタム版!?」

 

 

 黒羽根の一人がそれを見て驚愕の声を挙げる。

 

 

「えっ、なにそれ……」

「ヘリオスモービルが10年前に出したモデルの復刻版だよ……! 速度に特化して造られた空気抵抗の少ない流麗なフォルム。1500ccから2000ccに大幅アップグレードした馬力と相まってその速度はまさに地を滑る流星! 画面越しでしか見れなかったあの雄姿を直接見ることができるなんて……!!」

「なんだいきなり早口で」

「そういえば君バイク好きだったね……」

 

 

 興奮を隠せない黒羽根からの無駄に詳しい解説を聞きつつも、羽根たちはこの乱入者を見る。

 

 流星の如き速度で飛び出したそれはウィリー姿勢で着地した後、その勢いを殺すことなく魔女の下へ突撃していく。まさか使い魔と同じように轢殺を試みるつもりか? だが羊の魔女は体毛に覆われた身体を伸縮させて上に跳躍しこの突撃攻撃を回避!

 飛び越えられた装甲バイクは方向を変え、魔女の動きを封じるように周囲を旋回する。

 

 

「その行動パターンは予測済みだ!!」

 

 

 乗り手は勇ましくもどこか狂気的な声を上げ、左手で腰のホルスターから抜いたSMGの照準を定めて引き金を引く。その眼に宿った金色の魔力光がヘルムを介してでも見えるほどに輝きバイクの機体を波打った。するとシームレスにバイクの側面が開き、中から機銃ユニットが展開した。それでようやく、白羽根はこの闖入者が魔法少女であることを理解した。

 

 

「FIRE!!」

 

 

 BATATATATATATATA!

 

 

 全方位から降りそそぐ無数の金属雨。重金属弾による圧倒的な質量と炸薬による速度の相乗によって生み出された運動エネルギーの衝突が魔女を襲った。

 魔女が防御に身を固めるも虚しく、その体にはみるみるうちに弾丸が突き刺さり体力を瞬く間に削り取っていく。

 

 

「なんだ、あいつ」

「強い……」

 

 

 先ほどまで苦戦していた魔女がまるで嘘のように物言わぬ肉塊へと変えられていく光景に、白羽根は困惑する。

 救援要請を出したにしては現れるのが早すぎる。何よりバイクを駆る構成員などマギウスの翼にはいない。では一体何者なのか!?

 

 

「銀色の騎兵……」

「何だって?」

 

 

 そこで、羽根の一人がにわかな噂話を思い出す。

 銀の鉄騎と共に颯爽と現れては魔女を葬り去っていく謎の存在。

 遭遇次第報告するべしと上から通達されていた都市伝説的存在が今、目の間でその猛威を振るっている……!

 

 

「ッハハハハ! オールクリア、素晴らしき勝利だ!」

 

 

 そして、掃射と走行の二重奏が止み、魔女の巨体がぐらりと地に倒れ伏す。それを確かめるように騎兵はバイクから降り立ち、異形の身体に登って踏みつけた。

 瞬く間に魔女をハチの巣にした銀色の魔法少女は、屍の上で自らの身体を誇示するように手を広げながら哄笑する。その胸元のプレートには『MGC-0011-α』の文字が刻印され、その上には『V』の特徴的なエンブレムが輝いていた。

 

 

「さて、と」

 

 

 騎兵は崩れ征く魔女の身体に腕を差込み、中から核であるグリーフシードを取り出した。

 そして右うなじのヘルム脱着スイッチをオフにすると、中から金色に輝く髪が流れ出した。

 

 

「あっ……」

 

 

 中性的で整った顔立ちが露わとなり、それを目の当たりにした何人かの黒羽根がフードの下からでもわかるほど顔を赤らめた。

 

 

「これは挨拶だ」

 

 

 金髪の魔法少女は手に取ったばかりのグリーフシードを白羽根に投げ渡し、そして不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。黒羽根の一人がまた悶えた。彼女は面食いなのだ。

 

 

「また会おう」

 

 

 風景が路地裏に戻る。金髪の魔法少女は再びヘルムを被りバイクにまたがる。

 そして凄まじいスピードで表通りまで走り去っていくのを羽根たちは見送るしかなく。直後、背後に黒紫色の影が着地した。

 

 

「救援に駆け付けたが。終わっているな」

「あ、鶴喰さん……実は」

「……またか」

 

 

 夜鴉は息を吐く。

 最近になって目撃され始めた、自分たちの活動範囲と重複するように出没する謎の魔法少女。

 素性は所属も目的も不明。 

 唯一判明していることは、それが魔法少女だということのみ。

 苦戦していた羽根たちが彼女と出会い、命を拾った事例がいくつかある。少なくとも明確な敵対存在ではないらしいが、それでも詳細を把握していない魔法少女が自分たちのテリトリーで暴れている現状はよろしくない。

 

 周囲の烏の視界を覗いても該当する姿は見当たらない。

 しかも発見できたとしても追跡は困難。例の騎乗の魔法少女が出すスピードは最低でも40キロ以上。対して烏の飛翔速度はおよそ30キロ。数匹で監視したとしても、途中で振りほどかれるのがオチだ。せめて直に接触できれば、幽界眼によるサーチが可能なのだが。

 

 自分の記憶にもバイクに乗って活動する魔法少女などいない。そんな目立つ武装ならとっくの昔に彼女の情報網に引っかかっている。

 そうでないということは最近になって契約したか、外部の存在かの二択。神浜に結界が敷かれ数か月が経つ以上、自ずと答えは後者となる。

 

 

「一体何が目的なのか……」

 

 

 魔女資源を求めて現れたにしては動きが不自然。だが敵対勢力による妨害工作にしても奇妙だ。通りすがるように羽根たちの活動地域に出現しては大げさな火力を誇示するように魔女を葬っては立ち去っていく様子は、まるで自分たちに存在をアピールしているかのようでもある。

 

 

 考えても答えは出ない。

 夜鴉は羽根たちを連れて一旦引き上げることにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅡ【勝利の名を掲げる】

 

 

 

「この度は弊社の臨床試験にご協力いただき、ありがとうございます」

「こちらこそ。御社の最新鋭の医療技術をいち早く利用できるのは願ってもない話です。これでまた、手が届かなかったはずの患者を救うことができる」

 

 

 里見メディカルセンター。

 

 院長室にて二人の人物が互いに頭を下げ合う。

 片方は白衣に身を包んだこの病院の院長。神浜の医療に貢献する名士であり、また希代の天才少女・里見灯花を娘に持つ父親でもある。

 もう片方は上等なフォーマルスーツ姿の若い男。名を玄界島規律(げんかいじまきりつ)

 彼はサイバネティクス分野における世界的企業体(グローバルコングロマリット)ビクトリー・グループ】(通称ビクト社)、その軍需部門系列にある警備会社【ビクトリーアームズ】の敏腕なる新鋭営業マンである。

 

 さて、彼らがこうして顔を合わせている理由を読者の諸君に説明せねばなるまい。

 ビクト社は近年ある分野の開発に力を入れている。それはビクトリーアームズと医療会社スパーダ・ナノメディックス社の共同開発による義体技術だ。

 

 

「しかし本当に素晴らしい……医療科学の発展には常日頃から目を光らせてはいますが、まさかこんなにも早くこのようなものが実現するとは」

 

 

 院長は箱に納められた機械の義手を前に感嘆の息を漏らした。

 人体工学に精通した技術者と動力系統に特化した技術者の二人がかりで設計された試作機。その洗練された見た目はある種の美術品とすら呼べるもので、生身以上に滑らかな動作を実現すると言われても不思議ではない。

 

 

「科学の発展は日進月歩。多くの革新的発明が生まれては潰える世界。その中で表舞台に登り、人々の手に渡るのはほんの一部分。この義体も未だ発展途上ですが、実用化された暁には人々は欠損という致命的な疾患をついに克服する、すなわち生命の欠陥に対する科学の勝利。その最後の一手を詰めるためにあなた方の最新鋭設備が相応しいと思った次第です」

「それは光栄ですね」

 

 

 この現代においてサイバネティック技術は一般には広まっていないものの、最先端医療技術としての研究は盛んに行われ、一日単位での技術更新が止まらない最前線。特に軍需部門として各地の問題解決を手掛けるビクトリーアームズは義肢義足についても造詣が深い。そこに微細なナノマシン技術に長けたスパーダ社による神経接続技術を組み合わせ、生身とほぼ精密性の変わらないサイバネ義肢を開発したのだ。

 

 もうお分かりだろう。ビクト社は自分たちが開発した義肢や人工臓器のデータを取るため、元より製品を懇意とする里見グループにこの連携事業を持ち掛けたのだ。

 里見グループもビクト社の最新技術については把握しており、いち早くその技術を自分たちの医療に取り入れる絶好の機会を逃すべからずと快諾したのであった。まさにWIN-WINの関係である!

 

 

「ところで、灯花のほうですが……」

「ええ。この度は無理を言いましたね。実演役として連れてきたのですが、折角なら希代の天才少女と話してみたいと唐突に言い始めまして、いやはや彼女にも困ったものです」

「構いませんよ。灯花も年のくった大人ばかりよりも若い研究者と言葉を交わしたほうが見解も広がるでしょう。とはいえ、まさか個室での対面で話そうなんて言い出すとは思いもしませんでしたが」

「それにはこちらも驚きました。とはいえ、女の子の会話に我々のような男が立ち入る余地があるとも思えませんし、ここは水入らずで親睦を深めてもらいましょう」

「……そうですね。上手くいけばいいのですが」

「ご心配なく。信城は若くも気鋭な一角の研究者、議論が白熱することはあるでしょうが、ご子女様のストレスになるような態度はとりませんよ」

「そうならばいいのですが……」

 

 

 当然、院長の心配はそちらではない。

 生まれ持ったその天才性ゆえか、あるいは人との接触が少ない環境で生まれ育ったからか、灯花は物事を自分の考えで完結させる悪癖が……悪く言えば相手の事を考えない性格になってしまった。

 父としては才能に振り回されることのないようにと人の上に立つものとしての心構えを教えようとしていたのだが、やはり血は争えないのか選民的思想の片鱗が見え始めている。

 勿論彼女もこうした場での礼節は弁えているし、何より側に彼女が控えている以上はそうそう問題になりはしないだろうが。それでも案じてしまうのは親心というものだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「粗茶ですが」

「ありがとう」

 

 

 紅色の着物の給仕がカップに注いだ紅茶の豊潤な香りが部屋を満たす。

 給仕の主人――里見灯花とその真向いに座る金髪の女性は素晴らしい紅茶を味わい、さらにこれまた濃厚な味わいのクッキーをひとつ齧ってからようやく話を始めた。

 

 

「さて、改めて自己紹介を里見灯花さん。私は信城宴(しのきうたげ)と申します」

 

 

 差し出された名刺には『民間警備会社ビクトリーアームズ・特殊研究部 信城宴』と表記されている。

 白色のスーツ。中性的で整った顔立ち。少し波がかった金髪。自信に満ちた表情を浮かべる女性は道を歩けば多くの女性の視線を奪うこと間違いなしの美形だった。

 

 

「ご丁寧にどうもー。わたくしが里見灯花だよ。こっちはわたくしのウズメね」

「灯花さまの侍女にございます。沙羅ウズメと申します」

 

 

 ウズメは恭しく頭を下げ、灯花の後ろで静かにたたずんでいる。

 口を挟むつもりは無いということを姿勢で示しながらも、その視線は注意深く宴に注がれていた。

 

 

「さて、灯花さん。今回はあなたとこうして無理を言って話をする機会を設けられたことを感謝いたします」

「まあパパ様の取引相手の頼みだし無下にするのも悪いからね。それにわたくしもあのビクトリーグループの研究者と話し合うことには有意義だと思ったからねー。あと、お互い敬語をつけ合う必要もないんじゃない?」

「そうかい。それなら遠慮なく」

 

 

 逡巡する素振りもなく宴は口調を元に戻した。どうやら素の性格は中々の自信家らしい。

 

 

「さて、ではまず何から……そうだね、私的な事情から話そうか。私は今回、規律についてきたわけなんだが、私はそこまで医療云々は専門じゃない。彼との関係は同じ研究室の仲間で……今回は被験者(モデルケース)かな」

「モデルケース?」

「そうとも。実は私の身体はいくつかが義体なんだ、見てくれこの腕を。素晴らしい出来栄えだろう?」

 

 

 シャツをまくり上げ、二の腕までかかる手袋を外す。

 そうして露わになったのは銀色の光沢を放つ硬質な肌であった。

 

 

「……本当に機械の腕なんだね。しかも両腕」

「おおっと、そっちも分かっちゃったか。それならこっちも教えよう」

 

 

 次にスラックスをまくり上げ、靴を脱いでタイツを下ろす。

 するとそこにもなんと銀色光沢の機械脚が顔を覗かせた。

 

 

「私は学生時代、研修先でのジェネレータ爆発事故に巻き込まれてね。そこで四肢全損、右眼球失明、神経系にも多大な障害の大怪我を負った。だが我が社が開発していた義体技術によって一命をとりとめ、今ではこうして健常者と変わらない生活を送れている。今はその縁で義体研究にも色々と携わらせてもらっているんだ」

「じゃあその綺麗な顔も作ったものだったりするの?」

「残念だがこれは自前。だが勿論手入れは欠かしていないさ」

「それが失われなかったのは奇跡的だね」

「かもしれないね」

 

 

 くふふ。ハハ。軽い笑みを互いに浮かべる。

 ジャブのような会話はこれで終わり。

 ここで宴は本題に入るための言葉を切り込んだ。

 

 

「だが奇跡と言えば、君もそうだと言えるかもしれない」

「ん?」

「完治困難な先天性疾患。天才的頭脳と引き換えのように持ったそれは我が社の代替臓器でも治療の難しいものだった。しかしほんの少し前、唐突に症状は治まり後遺症もなく嘘のようにピンピンしている。正直なところ血色の薄い色をした手折れそうな百合みたいな少女を想定していたんだけどね。()()()()()()()()()使()()()()()是非ご教授願いたいところだ」

「ふーん、科学者のくせに魔法なんて言っちゃうんだ?」

 

 

 一蹴するような発言だが、灯花の目は決して宴を嘲ってはいなかった。

 そもそも最初に宴と対面した時点から、灯花はある要素を彼女に感じ取っている。さらに言えば灯花たちは宴の目論見についてある程度の憶測を立てていた。

 

 

「勿論。とはいえおとぎ話みたいな魔法じゃない。今の科学では説明がつかず実現も不可能な超常的現象という意味だ。悔しいことだが、人類の科学が発展すればするほど、この世界にはむしろ不可解な現象が浮かび上がってきてしまうというのは君もよく分かっているはずさ」

「そうだねー。宇宙なんてのはわたくしでもまだまだわからないことだらけ。一万年かけても知り尽くすことができないっていうのはそうかもしれないね」

「宇宙……人類が未だに踏破できない未知の世界、だがいずれはそのすべてを征服して勝利するべきフロンティア。私も研究者の端くれとして宇宙には野望を抱いているよ。

 ――だが、そのためにはまず我々が生きるこの星について知る必要がある。特に我々の社会と密接に絡む未知の問題にはね」

 

 

 宴の言葉に熱が籠る。隠し切れない興奮が大仰になっていく身振り手振りに反映されている。

 灯花とウズメは黙って彼女の一言一句に耳を傾けていた。聞き入る、というよりはまるで何かを口に出すのを待っているかのようだった。

 

 

「例えば神隠しとも呼ばれる前触れの無い行方不明現象。特に第二次性徴期の年齢である少女の行方不明率は抜きんでて多い。いかに技術が発展し治安の向上が進んでいながら実に不自然なことだと思わないかい?」

「…………」

「ゆえに我々は確かめることにした。監視カメラの普及による記録の徹底。赤外線を始めとした各種センサーによる不審物感知。専用装備を身に着けた警備員の巡回。そうして我が社は一つの街に完璧な監視網を築き上げてみせた。その結果、監視網のすべてに引っ掛かりながらも途絶する少女たちの存在を突き止めることに成功した」

 

 

 そして宴は勿体つけるように一泊おいてから、その単語を吐き出した。

 

 

「――それが、魔法少女」

「インキュベーターなる外宇宙生命体と契約し、魔女という人を喰らう怪物と戦い、やがて同じ魔女に変貌して世界の闇に消えゆく存在。率直に言って、我がビクトリーグループはこれらを始めとする神秘事象の存在を認知済みだ」

「ふーん? よく頑張ってるんだね。世界でも有数の研究機関っていうだけはあるんだね」

「ほう。てっきり反論の一つでも飛んでくるのかと思ったのだけど、中々柔軟な価値観を持っていらっしゃるようだ。……それとも、君自身が魔法少女だからかな?」

「なんでそう思ったの?」

 

 

 軽い相槌を返した灯花だったが、目の前の宴に対する警戒心を最大にまで引き上げている。

 世界的企業が躍起になって魔法少女の存在を証明しながらも表沙汰になっていない。それが何を意味するのかは想像に難くない。

 

 

「簡単な話だよ。キュゥべえ、この街にいないだろう?

 いやはや驚いたよ。我々と連携する魔法少女から神浜市でキュゥべえの姿が確認できないと報告がきて、次に他の地域の子からは神浜市にキュゥべえが入れないという情報が得られた。この時点で我が社は何らかの異変が、いや連中に知られたくない目論見があるという推測を立てた。そして大体の調べはとうについている。後は最も怪しい君に話をつけるだけだった。あれだけの重病も、魔法少女の身体ならそれだけで問題なく完治できる。適当な理由をつけて接触し、魔法少女かどうかを確かめられればそれでよかったんだが……こうして個別で会話ができるのは僥倖だったよ。おかげで余計なしがらみを気にせず本人に直に確かめられる。

 さて、ここまでが私が君と会う理由だったわけだが、答えとしてはどうかな。灯花さん?」

「……くふっ」

 

 

 灯花の口から思わず笑みが漏れた。彼女はこの世界で一定以上の地位を持つ者たちが魔法少女についての知識を持っていることを知っている。

 ゆえに魔術師以外にも何かしら組織が嗅ぎつけてくるだろうとは思っていたが……まさかここまで直接突っ込んでくるとは。愚直とも呼べる胆力には恐れ入る。その躊躇いの無さは周りくどい方法よりよっぽど彼女好みでもあった。

 

 

「大せーかい! わたくしは魔法少女だし、この街からキュゥべえがいなくなったのもわたくしたちがやったこと! 魔法少女のことを知っているとはいえ、よく調べたものだね!

 ――で、それをわざわざわたくしの前で話すっていうのは、何が目的なのかにゃー?」

 

 

 灯花の衣装が変わる。

 彼女は武器であるパラソルを閉じたまま宴に突きつける。

 よからぬことを企んでいるのなら、生かして帰す気はないということか。

 みしり、と空気が軋む。

 宴の右目の義眼に仕込まれたセンサーがキュィィと静かな駆動音を放っていた。

 

 

「……急速な熱エネルギーの増大。なるほど、君の能力は単純明快なエネルギー操作の類か。確かに常人なら反応できずに蒸発するだろう」

「へー、そうやって魔法を見破れるのも機械の身体のおかげ? それとも、あなたの魔法少女としての力?」

「両方だ」

 

 

 命を危機を前にして、しかし宴の表情に焦りの色は見えない。それどころかこうして冷静に相手の分析をしている。

 

 

「私の体はビクトリー社が誇る最新鋭の技術が惜しむことなくつぎ込まれている。だがここまで大量に機械化をしてまともな生命活動ができるほど当時の義体技術は進んでいなかったのも確か。それを繋いだのは皮肉なことに私が手にした魔法だった」

 

 

 そうして宴は身に纏っていたスーツの上半身を脱ぎ放った。

 銀色のボディスーツを装束とするこの魔法少女は、そのほとんどを機械化しているのだ!

 

 

「魔導駆動式義体型兵装【MGC-0011-α】。この私の命を繋ぐ生命維持装置にして、科学によって魔を滅ぼす我が社の技術の結晶だ」

「……なにそれ。魔力によって義体と身体を繋いで動かしてるの? 魔法少女なら大怪我でもすぐ治ったでしょ?」

 

 

 宴の身体を脈打つ魔力を感知して、灯花が疑問を浮かべる。

 魔力されあればどんな負傷も欠損も補える。仮に事故でほとんどの身体を失ったとしても、ソウルジェムさえ無事なら生き永られるのが魔法少女。だからこそ、宴の手法は非効率の極みのように見えた。

 

 

「それじゃあ意味がない。私の望みは機械を愛し、この体をさらなる発展に捧げること。そんな私が魔法で完治などという屈辱に甘んじるとは思わないでくれ。それに私がこうして義体(からだ)を積極的に動かすことで幾つものデータが集まったことで今回の件のように義体技術の進歩に大きく寄与できたように、あの小憎たらしいインキュベーターの技術を奪うことに成功した。すなわちこの躯体は勝利の象徴と言っても過言じゃあない」

 

 

 心底から誇らしいとばかりに自社のエンブレムが刻まれた胸元を張る宴。

 完全に倫理観が破綻していながらも、その堂々たるぶりには確固たる信念があった。

 

 

「勿論、単なる義体じゃない。魔女との戦闘において最適化できるよう多数の機構がこの躯体には備わっている。魔法少女相手にだって負ける自信はない……とはいえ、この状況なら君を制圧する前に私の首が飛ぶだろうね。君の従者は素晴らしい達人だね。ここまで私に隙一つ見せちゃくれなかった」

「当然。お嬢様の敵を屠ることが私の務めですので」

 

 

 空気を軋ませている原因は、灯花でも宴でもなかった。

 灯花の斜め後ろにたたずむ侍女、沙羅ウズメの発する殺気によるものだ。

 ひとまず宴は衣服を着直してから、戦意がないことをアピールするようにソファにもたれかかった。

 

 

「そういうわけで平和的にいこう。私の目的はマギウスの翼だ。君たちが推し進める魔法少女解放計画。それに協力することが私に課せられたミッションさ」

「……やはり、ここのところ出没していた銀色の傭兵とはあなたのことでしたか」

「ご名答。まあ軽い現地調査がてらの挨拶みたいなものだよ。此処に来る前もさっきも軽く困っている子たちに手を貸してあげてきたところさ」

「ええ。報告通りの外見の者が直接顔を出しに来るとは一体どのような魂胆かと思いましたが……まさか派手な売り込みだったとは思いもしませんでしたよ」

「最初から有用性を強調するのはPRの基本だよ。とにかく、我が社としてもこの魔法少女の解放については賛同だ。これ以上魔女が増えないのであればこちらとしても願ったり叶ったり。人類を脅かす病理を駆除できるならそれに協力しない手はないって寸法さ。とはいえ、あまり大々的に人員を動かせるわけでもない」

「何故?」

「大きく魔法少女を動かせばそれだけ面倒なしがらみも発生するんだ。それに上層部はそこまでここの情報を当てにしていない。ひとまずは私という人員の貸し出しと、後は多少の装備が融通できるくらいだね」

「……どうしますか?」

「別にわたくしは構わないかなー。向こうから手伝いたいって言ってきてるんだし、こういうのはむしろウズメの判断が大事だと思うよ」

「そうですか……」

 

 

 ウズメは少し思案し、そして口を開いた。

 

 

「信城さん、あなたの組織では集団的な軍事行動の指導は行われていますね?」

「当然。我々が持つ武装は集団で魔女を狩るためのもの。私自身そうした作戦行動を前提とした訓練を受けてきたし、この脳内にも対魔女を想定した一通りの戦術フォーメーションが叩き込まれている。後輩に指導するぐらいはわけないとも」

「いいでしょう。ならばあなたをマギウスの翼の軍事顧問として雇い入れます。ちょうど羽根たちの指導役が欲しいところでした。彼女たちを魔女と戦えるだけの兵士に仕立て上げることがあなたの仕事です。わかりましたね?」

「――了解した。ではこれより信城宴は君たちの指揮下に入る。我が誇らしき躯体に懸けて、君たちを勝利に導こうじゃないか!」

 

 

 挑戦的な笑みを浮かべ、信城宴はウズメと握手を交わした。

 

 

 

 

 ――こうして、後にカラーズと呼ばれる六人の魔法少女たちがマギウスの翼に集ったのであった。




○信城宴
 カラーズ編最後のメイン格オリジナルキャラ。
 ビクトリーアームズ所属。身体の八割を義体に置換したサイボーグ系魔法少女。
 ウェーブがかった流麗な金髪を流した中性的な美人。キザな物言いが鼻に着くナルシスト。バイセクシャル。
 肉体に由来する異常体質と精神に由来する異常性癖、そして願いに由来する固有魔法が合わさったことによって、兵器が満載の義体を生身以上のパフォーマンスで駆動させられる。
 固有魔法は『機械感応』。文字通り魔力によって機械を自在に操る。

○ビクトリー・グループ
 ちょいちょい名前だけ出ていた企業。魔術方面を深めたなら科学方面でもバランス取らなきゃなぁ!? ってことで生み出された経緯がある。つまりこの世界線での科学サイド。
 百年以上前から魔法少女の存在を認知し、魔法を科学に組み込もうと研究している。当然ながらそれらの事実は一切表沙汰にされていない。
 神浜市でも彼らの進出した形跡がそこかしこに見られ、また遠く離れた二木市においては市と共同で都市開発を行っていたりする。


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第五十四話 マギアテクノ・フォアビクトリー……②【デッドメイク/軍事演習】

若干間が空いてしまいました。
扉絵イメージ【北養区山中:剣士系の羽根を連れたウズメ。目の前には野生の荒ぶった熊。「では次の試練です。あの熊を剣で倒しなさい」「無茶言わないでください!?」「魔法少女でも流石に死にますよ!?」「何を言っているのです。そうでなければ試練になりませんよ」「鬼だこの人ー!?」】


ChapterⅢ【デッドメイク】

 

 

「――そういうわけで、彼女が今日から羽根の戦闘教導を務めることになった信城です」

「ご紹介に預かった信城宴だ。この度は戦闘教導官として雇われたが、勿論戦闘行動にも十分貢献するつもりだ。ビクトリー社の技術の集約たる我が身、存分に頼りにしてくれたまえ」

 

 

 そしてホテルフェントホープ。

 白羽根以上の構成員が集まった緊急集会にて、信城宴は仰々しいお辞儀をしてみせた。

 

 

「おいおい……」

 

 

 羽根たちの反応は様々。歓迎する者もいるが、やはりその多くは困惑だった。

 夜鴉もその一人。よりにもよって先ほどニアミスしたばかりの魔法少女と出くわす羽目になったのだ。それも直に売り込みをしたとあれば驚くやら呆れるやら。しかもそれがこの街にも幅広く影響を与えている世界的企業に所属する魔法少女エージェントだというではないか。

 あまりに想定以上な情報量に、ありきたりな言葉以外に出るものもなく。

 

 ビクトリー社が()()()()()という噂はまことしやかに囁かれていた。ダークネットには魔法少女御用達の物資売買サイトがあるだの、巨大な組織は魔法少女を秘密裏に抱え込んでいるだの。

 夜鴉も粛清機関へのコネクションを持つ魔法少女の一人として、そうした裏世界の情報の一端は把握している。だから今更その程度で驚くことはないのだが、しかし本人を目の前にするのは話が別だ。

 政府直属の陰陽師といい、どうしてそんな人材がこんな一つの街の辺鄙な怪しい組織に乗り込んでくるのか。いや状況が日本全体どころか世界全体に影響を及ぼしかねないことを考えたら、これでもまだ優しいほうなのだろう。

 

 

「……これはまあ。奇妙な人徳のあるお方だとは思っておりましたが、まさか斯様な人物まで引き入れるとは。流石に私も驚きです」

「ハハ。それはこちらの台詞とでも言っておこうか。今回の一件、陰陽寮が既に張っていると思っていたけど、よりにもよって君を派遣していたとはね。陰陽師」

「信城様もお変わりなく。このような場所までやってこられるとは戦争の匂いに敏感なようで」

「陰謀を嗅ぎつける速度は君たちには劣るさ」

 

 

 全く笑えないブラックジョークを交わす葛葉と宴。

 その様子からしてこの二人は初対面ではないらしい。

 

 

「葛葉、まさか知り合いですか?」

「さて、さて。名前だけなら皆さまも知っておられましょう。ビクトリーアームズの信城宴、またの異名を屍造兵(デッドメイク)。各地の魔法少女抗争に姿を見せては暴れ回る、戦狂いの傭兵にございます。ちょっと前まで別の地域での活動が見られてたので候補としては薄いと思っていましたが……まさか、まさかと言ったところです」

「デッドメイク、だと……」

「この人が……!?」

「助けてくれたから強いって知ってたけど、まさか」

 

 

 デッドメイク。

 

 多くの街でその目撃情報が存在するが、本名、魔法、所属、その他一切が不明。

 抗争に首を突っ込み、どちらか片方の陣営に協力しては荒らすだけ荒らして去っていく謎の魔法少女。

 そんな要注意人物リストの中でひと際異彩を放っていた存在。それが目の前にいること、ならびにこれまで自分たちの戦いに手を貸してきた事実が羽根たちの間に動揺を走らせる。

 

 

「はは。どうやら名が売れているようで結構結構。だが少し驚いているのは私も同じでね。正直この組織にここまでの面子が揃っているのは予想外だった。天才と名高いマギウスの三人にこの街の頭目の片割れ梓みふゆ。我々も目をつけていた逸材を確保しているだけでも評価に値するが、何よりそこの彼女みたいなのまで囲い込んでいるのは驚嘆の一言だ」

 

 

 そう言って宴が指し示した方向に釣られ、全員の視線がそちらに注がれる。

 自分の髪を弄りながら説明を聞き流していた左右非対称前髪の少女は、宴からの指名に首を傾げた。

 

 

「なに? 私はアナタのことなんて知らないけど」

「そりゃそうだ。でもこっちはキミのことをよく知っている。双樹あやせ。鏡面学園の中等部二年生。そして――魔法少女狩りの宝石摘み(ピックジェムズ)

「……ふーん。そっちの名前を知ってるんだ」

 

 

 あやせはそこで始めて興味を持ったように宴を見る。

 夜鴉がバイザーの下で驚愕に目を見開いていた。なぜならその名前は、デッドメイクと並んで悪名高きある魔法少女の異名だったからだ。

 

 

「ピックジェムズ……?」

「魔法少女を襲ってはソウルジェムを奪い取っていく謎の魔法少女。一年前までは有名だったさ。魔法少女同士が争うなんてのは日常茶飯事だが、狙いが縄張りではなくソウルジェムというのは中々珍しい。マークしていたのだが、ある時期を境にその凶行が止み動向が途絶えた」

 

 

 話の流れが呑み込めない白羽根の一人が疑問に宴が朗々と語り出す。

 各地を放浪する辻斬り魔。それが双樹あやせとルカなのだと。

 白羽根たちの間に双樹への畏怖と恐怖、そして幾らかの納得が共有される。

 

 なんてことはない。双樹は明らかに魔法少女との戦いに慣れ過ぎていた。

 何度も模擬戦で揉まれてきた白羽根たちには分かっていた。同じ実力の魔法少女と比べても彼女の戦い方は対人戦用に仕上がっている。それはしばらく目立った抗争のない神浜の魔法少女たちからは異質なものに見えていた。

 だがそれも彼女が元々辻斬りであったというならば腑に落ちるというもの。元々がウズメに熱狂的な慕情を大々的に見せつける変人と見られている人物だ。今更ソウルジェム強奪辻斬り魔であったという経歴が増えた程度でさほど驚かれることでもない。ゆえに動揺は最小限だ。

 

 同時に疑問もあった。ソウルジェムの蒐集なんて真似をしていた狂人がどうしてこの組織で魔法少女の解放に従事しているのか。そんな彼女から慕われているウズメは一体どうやって彼女を懐かせたのか。

 

 

「最近はまた別の辻斬り犯が現れたらしいけど、どうもそのジェム狩りとは違っていたしやはりどこぞで野垂れ死にしたものだと噂されていたが……まさかこんな組織で出会うとは、いやはや奇妙な縁もあることだ。それとも、これも出会うべくして出会った運命ということかな?」

「キモ。近寄らないで」

「連れないねえ。大体の子は喜んでくれるんだが」

 

 

 少女を魅了する笑みを浮かべながら宴はあやせに歩み寄った。だがあやせは嫌悪感を露わにして一歩下がった。宴はわざとらしく肩をすくめてみせる。

 

 

「それにしても君のような者も解放を求めているとは。やっぱり集めているジェムが穢れるのは我慢ならなかったかな?」

「勘違いしないで。もうその辺のジェムじゃ満足できないだけ。私たちの心を満たしてくれるのは、お姉さまの輝きだけなんだから」

「ははぁ。既にお手付きだったか。こんなのを落とすなんて一体どんなやり方だったのやら」

「……それは私も気になるな。そいつが件の辻斬りだというなら、うちの頭領はどうやってそれを手なずけたんだ?」

 

 

 宴と夜鴉がそれぞれ疑問を口にする。

 その答えを示したのは葛葉だった。

 

 

「それはまあ、この方がウズメさまを襲って返り討ちに遭ったからですが」

「ハァ?」

「うさぎみたいな声を上げないでください」

 

 

 聞いてもますます分からなくない。夜鴉の素っ頓狂な声に葛葉ははぁ、とため息をつく。それはこっちの台詞だというような感情がそこに込められていた。

 

 

「双樹さまの傷を見たのでしょう? あれですよ」

「……ああ。そういうことか」

 

 

 夜鴉は初日の出来事を思い出した。双樹との模擬戦で彼女がさらけ出したドレスの下の袈裟懸けの傷。ウズメにつけられた傷は最初に襲った時のだとかなんとか言っていたが、どうやらそういう経緯があったらしい。

 

 

「なるほど実力行使か。そりゃ私が踏み入る余地もない。今夜にでも誘ってみようかと思ってたけど、諦めるしかないか」

「そんなものこっちからお断りだもんね」

 

 

 べーっと威嚇するように舌を出してかあやせはウズメの背中に回った。そのまま流れるように胴体に手を伸ばそうとして、ウズメに肘を脳天に落とされて沈黙した。

 

 

「……少し話が逸れましたが、この者の実力については皆が承知の事でしょう。彼女が持つ魔法少女の戦闘知識を活用するため、かねてより懸念していた羽根たちの戦術カリキュラムについて担当してもらうことになりました。異論はありますか?」

 

 

 反論の声はない。

 経歴に不穏な部分はあるが、それは魔法少女なら持っていてもおかしくはない。実力については言わずもがな。何より組織のトップである灯花とウズメが直々に連れてきた人物だ。人間を見極めるという点で二人に勝っていると考えるものもおらず、余計な口を挟もうとする者はいなかった。

 

 

「よろしい。では早速ですが、信城には訓練場に待機させている羽根たちの教導をさせるつもりです。神楽、信城の案内を頼みましたよ」

「わかりました。こっちよ、ついてきて」

「はは。用意がいいね」

 

 

 燦が宴を連れて部屋を出る。

 足音が完全に聞こえなくなってから、ウズメは再び口を開いた。

 

 

「今回の議題は以上です。皆もそれぞれ持ち場へ戻りなさい。……それと、再度の言葉になりますが、信城については特別顧問としての役職を与えましたが、権限については神楽と同様、つまり白羽根と同じです。ですのであなた達も遠慮することなく同志として接するように。わかりましたね?」

「「「はっ!」」」

 

 

 こうして、信城宴という強烈な新人は多少の警戒を含ませながらも組織へと迎え入れられた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いやあ、中々癖のある人が入ってきたもんだね」

「癖のある、で済ませられるそちらも中々のものだと思うがな」

「あっはは。それそっちが言っちゃう?」

 

 

 廊下を歩きながらそう言った観鳥に夜鴉は軽口を返す。

 特ダネゴシップを求めるジャーナリストとしての一面を持つ観鳥も夜鴉の中では十二分に変人の部類だ。

 

 

「しかしビクトリーグループねぇ、まさかあの神浜に名を轟かせる大企業サマが魔法少女を抱えていたなんて、とびっきりのスクープだ。こりゃ記事にしたら増版間違いないかもねぇ」

「そうしたら次の日にあなたが南凪港に浮かんでいるかもしれないな」

「怖いなぁ……何が怖いって、それが恐らく洒落になってないことがね」

 

 

 魔法少女を手駒にしてる組織だ。それこそ表沙汰にできないやり方なんて一つ二つで収まる訳がない。あの粛清機関も権力機構と一部で結託しているからこそ、魔法関係の事象を隠蔽することに成功しているのだ。それこそ不都合な魔法少女を一人消し去る程度、()()のどちらからでもできるに違いない。

 

 全く厄介な連中が関わってきたものだと、自分のことを棚に上げて夜鴉は頭を抱えた。ただでさえくせ者ぞろいの組織にさらにキワモノをぶち込まれるとは。

 とはいえ、自分のような一構成員に過ぎない魔法少女がどうこう考えたところで既に結論は出ている。ウズメらが加入を認めた以上、今後はあの妙にテンションの高いキザな金髪と顔を合わせる必要があるわけだ。

 

 

「しかしウズメ殿もよく許したものだ。どう見ても別の思惑があるだろう、あいつ」

「まああの人なりに考えあってのことだろうから大丈夫だとは思うよ。それに、マギウスの翼は魔法少女の解放を求める一心で集まった組織、大事なのは解放に懸ける思いだからね。その過程で何かを求めようと考えていても問題ない、個人の思惑なんてそれこそ人それぞれさ。観鳥さんだって最初はマギウスの才能を利用してやるって心持ち……だったはずなんだけどねぇ」

「……今は違うのか?」

「いやあ、我ながら割と絆されやすかったっていうかさ。君もあの人の下で動いていれば分かるだろう?」

「それは……」

 

 

 夜鴉は否定しようとして、言いよどんだ。

 ウズメを上司と仰ぎ、彼女の指示に従うことに対する抵抗感はそれほどない。むしろこちらの能力を把握し、丁度いい塩梅を見極めて采配をとる彼女の下で動くことに、心地よさすら感じ始めていたことに気が付いたからだ。

 少なくとも、己はこの組織に迎合するつもりはない。……が、彼女の堂々とした振る舞いには今のところ裏表はない。あの圧倒的な実力とカリスマに惹かれ始めているのは紛れもなく事実であった。

 

 

「マギウスに対して疑う気持ちは相変わらずあるよ。でもウズメさんについては違う。羽根の半分以上は解放云々よりも先にウズメさんへの忠誠心を抱いてるんだ。魔法少女になってもちっぽけな存在でしかなかった自分を信頼してくれる。強くなれるように訓練する場を用意してくれる。皆で力を合わせて必死に魔女を倒して、よくやったと褒めてくれる。どうしても私たちじゃ無理な相手には、後は任せろって前に立ってくれる。……普通に考えれば、当たり前のことなんだろうけどさ。それだけでも、私たちが信頼するには十分だったんだ」

 

 

 観鳥は立ち止まり、天井を見上げて心情を吐露する。

 力こそが全て。そして力を決める素養こそが絶対的である魔法少女の世界。

 一人で満足に戦えない魔法少女は為すすべなく、朽ちてその魂を魔女に堕とすのを待つだけだ。

 

 七海やちよは弱者を省みない。和泉十七夜は道を外れる者を認めない。都ひなのは現状を維持するのに精いっぱいだ。

 神浜の街を纏める者たちの手は、本当に救いを求める弱者の下には届かない。

 

 ……そこに、沙羅ウズメは現れた。

 弱者は決して省みられることのない世界において、圧倒的強者でありながら弱者を見捨てず寄り添おうとするウズメの在り方は稀有で、鮮烈で、ついていきたいと思わせた。

 例えそれが人を従えるための振る舞いであったとしても、沙羅ウズメは羽根たちの頭領として相応しいと思わせる女傑だったのだ。

 

 

「だから、ウズメさんが認めた人物ならどんな奴でも私は受け入れるつもりさ。……それに言っちゃあなんだけど、あれでもアリナさんよりは全然マシだと思うし」

「それは確かに」

 

 

 マギウスの一人、アリナ・グレイは控えめに言って狂人である。

 生物を火葬してできた炭で絵を描くわ、美術館に乗り込んで自分の展示品を破壊しつくしただの、みふゆの裸婦画をデッサンするために度々アトリエに呼び出すわ、挙句の果てには魔女をアートと称して捕獲し、育成して恍惚に浸っている有様。

 控えめに言って理解の及ばない感性と狂気をおっ広げにしているアリナに比べれば、宴の無駄に気取った振る舞いや女性に対して積極的にコナをかけようとする態度など全然常識の範疇にあると言えるだろう。

 

 

「そういえば、牧野チャンがお世話になったんだって? あの子とはマギウスの翼に入った時からのつきあいなんだ。ここまで言う機会が無かったけど、観鳥さんのほうからも礼を言わせてよ」

「私はウズメ殿からの依頼をこなしただけだ。別に礼を言われるようなことでもない……ところで、何故観鳥殿のほうが私の後ろを歩いている? 一応、あなたの方が上司だろう」

「あれ、まだ聞いてなかったっけ? 鶴喰さんは広報部とは別に斥候専門のウズメさん直属兵として再編成するから実質白羽根と同じ地位にするってさ」

「……は?」

 

 

 いやあ、スピード出世だねぇ。と観鳥が笑う。

 ぶっちゃけた話、双樹やみふゆと同格の実力がある時点で特殊任務へ動員することが決まっているのでこの人事は最初から決まっていたようなものだったのだが。そのことにつばめは全く気が回っていなかったのであった。

 

 

 

ChapterⅣ【軍事演習】

 

 

 一週間が経った。

 

 ウズメの懸念をさておいて、信城宴が問題を起こすような真似は一度も起こらなかった。

 むしろ黒羽根たちへ熱心に指導を行い、神楽やみふゆと議論を交わしカリキュラムの改善を行うなど、プロフェッショナルの名に恥じぬ働きっぷりを見せつけていた。

 

 彼女の掲げた訓練……いや、調練と呼ぶべき指導は実用的だった。

 

 使い魔の群れへの対処法。魔女のサイズや形状に応じたフォーメーションの形成。

 単一での実力に乏しい黒羽根たちが持つ統一された武装と集団という強みを活かした戦い方を考案し、黒羽根たちに叩き込んでいった。

  

 そして今、その成果を確かめるため魔女の結界内での実地演習が行われていた。

 獲物は立ち耳の魔女。さほど階級も高くなく、何かあればすぐにカバーに入れる程度の敵である。

 ウズメたち幹部が厳粛に見守る中、宴の目配せを受けた白羽根が号令をかける。

 

 

「かかれっ!」

 

 

 羽根たちは息の合った動きで四方に散開。魔女を取り囲み、一斉に鎖を投じる。

 これに対して魔女は耳を伸ばして振り回して抵抗する。さらに使い魔が主の窮地に駆けつけてくる。

 

 

「撃て!」

 

 

 そこへすかさず待機していた黒羽根によって魔力射撃による援護が撃ち込まれる。

 その手に握られているのは拳銃型の武装。ビクトリー社によって開発された試作型魔力銃。実用化には莫大な電力を必要とするため未だ研究段階を得ないエネルギー兵器だが、魔法少女が用いる分には問題なく機能する。

 魔力弾の雨に晒された使い魔は為すすべなく全滅し、あっという間に魔女は無防備となった。

 

 

「今よ!」

 

 

 そして動きが鈍った瞬間に再度投じられる鎖が魔女の身体に巻き付き、完全に動きを封じこめる。

 魔女の巨体が地面へと引き倒され、もがく魔女の身体に黒羽根たちは駆け寄り、同じくビクトリー社の武装――正確には取引下にある闇職人集団・朱宮一属が制作した赤い刃(レッドエッジ)と銘打たれた赤塗りの短剣を突き立てていく。

 

 

「■■■■■■!!」

 

 

 何度も身体を突き刺されながらも魔女は激しく抵抗するが、やがて力尽きて動かなくなった。

 

 

「オールクリア! 素晴らしい勝利だ!!」

 

 

 宴は大仰に拍手をしてこの勝利を褒め称えた。

 損耗なしの一方的な勝利。これまでであれば得られなかったであろう輝かしい戦果。しかし戦闘終了と同時に緊張が切れた羽根たちは肩で息をしはじめ、自分たちが倒した魔女をぼんやりと眺めていた。

 

 

「さて、どうかな? 貴君らの望む結果が得られたと思っているが」

「流石ですね。あの子たちがここまでキビキビと動く姿は初めて見ましたよ」

 

 

 素直に感心したのはみふゆ。この中では黒羽根と最も接する機会が多く、組織の顔として勧誘に立つ彼女は羽根たちの事情をよく理解していた。攻撃を与えるはおろか、位置どりすらままならないかつての彼女たちの姿と、目の前で指示通りに魔女を制圧した姿では雲泥の差があった。

 

 

「……これは見違えたな」

 

 

 夜鴉もこの結果には驚きを隠せない。

 息の合わせ方。次の動作に移る反応速度。魔女の抵抗にも動じない心構え。どれ一つとっても以前とは丸っきり別物だ。

 いつもなら監視ついでに危なっかしさでもどかしい思いをするものだが、今回は終始そのような隙は感じられなかった。

 

 

「グゲッ、グゲッ」

 

 

 フードの頂点部に乗ったカラスも同意するように鳴き声をあげ、その傍らに浮遊する式紙から声が響いた。

 

 

『……ふむ、ふむ。これは中々の結果でしょうね。マギウスはどう思われます?』

『すっごーい。ウズメに指導されてるのにダメダメだった羽根たちがここまで無駄なく動けてるなんて』

『まだ粗削りな部分は多いけどね。それでも以前に比べても確実に動きはおろか戦いへの姿勢が向上している。一体どんな手段を使ったのかな?』

 

 

 同じく遠隔で観戦していたマギウスからも感心と称賛の声が上がる。

 天才たちもまた、組織としての問題点をいともあっさりと解決してしまった宴の手腕を認めていた。

 

 

「大したことはしていない、私はただ兵隊としての心得を教えただけだよ。上官の言うことに従って動く。あらかじめ教えた動きをきちんと再現する。余計なことを考える前に武器を構えて引き金を引く。たったこれだけのことをするだけで部隊としての実力は向上するんだ」

『そのたったが難しかったのですがねぇ』

「それは仕方がないことだろうね。元より魔法少女はスタンドプレーが基本だからね。個人の技量を伸ばす鍛錬についてはちゃんとしていたみたいだけど、まず弱い子達は戦いに出るための心構え自体が身に付いていないんだ。そういうのを一人ひとり根気よく育むっていうのは効率が悪い。ならまずは言われた通りに動けるようにして、何が起ころうとこっちの言葉を最優先にさせる。兵士にするっていうのはそういうことだよ」

「…………」

 

 

 宴の言葉には一理あった。

 ウズメやみふゆは個の強者であるが故に、その戦い方も自らを中心としたものになる。チームを組んで戦うにしても、それは自ずとそれぞれの個性を活かすもの。このように装備と戦法を統一するというのは不慣れであることは否定できない。能力不足を補うための羽根たちの統一に一定以上の成果を望めなかった理由である。

 その点で言えば、この信城宴以上に兵士として魔法少女を動かすことの適任者は存在しないだろう。

 

 

「とは言え、だ。流石にこの短時間で彼女たちが多少なりとも使い物になったのは君たちのおかげだろうね。知ってるかい? 結構キツくしたのに一度も泣き言吐かなかったんだぜ、あの子たち。それだけ君たちに追い付きたいって気持ちが強かったんだろうさ。いやいや羨ましい限りだ」

「……そうですか」

 

 

 ウズメは宴への評価を改める。企業の尖兵。魔法少女の解放ではなく、それ以外の利益を求めて近づいてきた間諜の類だという疑念があった。

 外部組織に属しているという点では葛葉も同じであるが、彼女は飽くまで公的機関の者。秩序と平穏を第一とする彼女の方針と自分たちの計画は一致している。だが信城宴は企業。それも外国に本籍を置くとなればそれこそ成果の簒奪を目論んでいる可能性だってある。

 

 勿論、直前まで不信を抱いていたこと自体を恥じるつもりはない。彼女の中には独自の思惑があることも確かだろう。だが同時に、彼女もまた魔法少女の運命を覆すことへ真摯に向き合っているのも確か。

 言葉にしたわけではない。だが羽根たちの戦い方の変わりようを見せられた以上は、そこに込められた熱意と誠意は否定しようもなかった。

 

 

「ええ、認めましょう。あなたは一定の功績を挙げ、羽根たちの戦力向上に寄与してくれた。これだけでも十分すぎる働きです」

「お褒めに預かり光栄だ。だが、真に褒められるべきはこっちの彼女だよ。少なくとも今回の作戦について考えたのも指示を出していたのも彼女だ。私は飽くまでそれを動かしやすく整えてあげただけだとも」

 

 

 指揮担当の白羽根の肩を抱いて引き寄せる。

 自分の功績を誇示するだけではなく、既に所属している他者を引き立てることを忘れない姿勢は謙虚かつしたたかであった。

 

 

「それもそうですね。あなたも良い指揮をしました。見事でしたよ」

「……はい、ありがとうございます!」

 

 

 ウズメが微笑み称賛の声を送る。

 白羽根はフードの下で頬を紅潮させながらも、誇らしげに胸を張った。

 

 

 

「さて、後は虫の息の魔女を回収するとし――」

 

 

 ドスン、と大地が揺れた。

 

 突然の地響きに全員の視線がそちらに向く。

 それはさっきまで魔女が倒れていた場所。上空から何かが落ちてきて、それまでいた魔女を踏みつぶしていた。

 落石めいて丸いフォルムが身じろぎする。ごわごわとした毛に覆われたそこには螺旋を描く一対の角が生えており、幾つもの目がぎょろりと周囲を見渡した。

 

 ――羊の魔女。その巨大個体。

 

 取り囲んでいた羽根たちは突然の事態に目を白黒させた。

 

 

「は?」

「え、何こ――」

 

 

 困惑の声を上げる間もなく。

 続けてドスン。ドスンとさらに落ちてくる羊の魔女。

 その数、合計3体。

 

 

SHIIIIIII……

「羊の魔女……三体もだと!?」

「これは一体なにが起こって……」

 

 

 状況を理解した夜鴉たちが警戒を露わに武器を構える。

 身体の大きさからして中級は堅い。そんな個体が同時に出現した。それも余所の魔女の結界に。

 完全な異常事態だ。これもイヴから漏れ出す穢れとマギウスの計画によって引き寄せられた魔女たちによ過密状態が引き起こしたイレギュラー現象だとでもいうのか!?

 

 

SHIIIIII!!

 

 

 魔女はぎょろぎょろと何かを探る様にあたりを見回し――その眼球の焦点が最も近い羽根に一斉に向いた。

 

 

「ひぃっ!」

 

 

 手近な獲物の存在に牙を剥こうとした魔女に、深紅の槍が突き刺さった。

 

 

  ――血刃ノ四 帝灼天

 

 

Abbah!?

「今のうちにこちらへ来なさい!」

 

 

 羊の魔女を血槍で投げ貫いたウズメの号令に、黒羽根たちは慌ててこちらへと戻って来る。

 

 

「考えてる暇はない。我々が一人一体を相手にしましょう。その間、あなたは羽根の退避をなさい」

「は、はい!」

 

 

 白羽根が答えた時には、既にウズメたちは魔女の下へと駆け出していた。

 羊の魔女も自分たちの脅威となる敵を察知して注意を向ける。

 その時、ウズメ達の斜め後ろより銃弾の雨が降り注いだ。

 

 

「「「Aaaargh!?」」」

「火力支援は任せたまえ!」

 

 

 威勢の良い声が響く。

 ウズメ達が駆けだすと同時、宴も瞬時に最適な位置取りを行い腰に携えていたアサルトライフルの銃爪を引いていた。

 小気味よい炸裂音と共に吐き出されるのは中心にタングステンを用いた徹甲弾。魔力を視認できるものであれば、それが金色の魔力光を仄かに帯びており、ただでさえ魔女の外皮ですら貫く威力をさらに上乗せされていることが分かるだろう。

 

 

「良い援護です!」

 

 

 銃撃に晒された魔女は怯み、ウズメ達に無防備な姿を晒した。

 このまま一気呵成に押し切る。そう意気込んでいた夜鴉の視界に、体勢の崩れた羊の魔女たちの間からどす黒い穢れの塊が出現した。

 

 

「――いや、まだいるぞ!!」

 

 

 怖気立つほどに濃厚な穢れに、夜鴉は警告を発した。

 その刹那、魔女の影から比較的小さな影が飛び出してきた。

 

 

「SHHHHHHH……!」

「鎧を着た、魔女……!?」

 

 

 人型の形をしたそれは、黒い鎧のようなものを纏った魔女であった。その頭を覆う兜には羊の角めいた意匠が施されており、羊の魔女との関係性を思わせる。だが何よりも彼女たちを驚かせたのは、その魔女から漏れ出る圧倒的な穢れ!!

 

 

「SHHHHHHH!!」

 

 

 そのような存在は見覚えが無い。目撃情報もない。新種の魔女か? それならばなぜ羊の魔女と共に現れた?

 そんな疑問を口に出す間もなく、鎧魔女はその蹄で大地を蹴り、反応速度を超える速度で夜鴉に跳びかかってきた!

 

 

「チィ!」

 

 

 かろうじて繰り出された蹴りを防いだ夜鴉は、槍越しに伝わってきた威力に顔をしかめる。

 これまで戦ってきた魔女の中でも類を見ない程に重い! 明らかに他の魔女よりも階級が上だ!

 

 

「SHHHHHHH……!」

 

 

 頭部を覆う兜から不浄の吐息が吐き出される。

 くぐもった異形の声は興奮しているようにも、あるいは苦しんでいるようにも聞こえた。そしてそれが敵意となって夜鴉に注がれているのは明白だった。

 

 ぎりぎりと鍔迫り合う両者。夜鴉は歯を食いしばって押し返そうとするが、鎧魔女の力の方が若干強い。

 しばらくの睨みあい。その拮抗を破ったのはどちらでもなく、横合いから殴りつけてきた銀色の魔法少女であった。

 

 

「ハッハー!」

 

 

 凄まじい速度で繰り出された拳が鎧魔女を吹き飛ばす。突然の事に魔女は反応できず、これを喰らって宙を飛び大地を転がった。

 関節部位から圧縮された空気を吐き出しながら、信城宴は夜鴉を見る。

 

 

「大丈夫かな?」

「問題ない。だが助かった。一体なんだあれは……」

「確かに、あれほどの魔女は我が社のデータバンクでも希少だ。興味深くデータを取りたいところだが……そんなことを言ってる暇はないか」

 

 

 痛烈な打撃を受けながらも立ち上がろうとする鎧魔女を宴は笑みを消して見た。先の一撃は本気ではないが、下手な魔女であれば十分通用する威力があった。それをモロに食らっておきながら大したダメージを受けていないように見える。

 

 

「君と二人がかりならまあ大丈夫だとは思うけどね」

「いや、それには及ばん」

 

 

 言葉と共に穢れに似た魔力が広がり、黒いカラス羽根が舞い散った。

 この魔女を全力で葬るべきと判断した夜鴉が異形顕現を発動したのだ。

 ドッペルが広まっている以上、この力を怪しまれる危険は薄い。むしろ一体型のドッペルとしていくらでも言い訳が効くのだ、出し惜しみする必要もない。

 穢れの解放と同時に背中に顕れる黒い翼を見て、宴は感心したように口を開く。

 

 

「へぇ、それが噂の。計測できているだけでも凄まじい魔力だ」

「こいつはひとまず私が引き受ける。お前は他の魔女を片付けろ」

「アイ、アイ。ま、それが一番確実そうだ」

 

 

 既にウズメとみふゆはそれぞれの個体と戦いを繰り広げている。

 宴は自分が請け負った個体を見据えて軍隊式格闘術と思わしき構えを取る。

 そして両腕の側面が展開して刃が飛び出した。さらには腰と肩甲骨からスラスターが展開し、人間はおろか魔法少女ですら滅多にあり得ない初速を発揮して接近。果敢に接近戦を挑んでいった。

 

 

 

「あれマジでサイボーグなんだ……やべえなビクトリーグループ」

 

 

 そこそこ噂になっていた宴の身体を見てひとつ呟いてから、夜鴉は黒翼を羽ばたかせて鎧魔女を釘づけるように刺突を叩き込んだ。




○葛葉
 政府筋の人間なので色々詳しく、そして黙っていることも多い。

○双樹あやせ/ルカ
 要約:放浪中のウズメに遭遇、襲い掛かる→返り討ち。惚れてつき纏い始める→ウズメが神浜入り、一旦別れる→マギウスの翼発足。戦力としてウズメが呼んだ


冬のボーナスで液タブを買ったので、記念に信城宴のビジュアルを描きました。

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他キャラの立ち絵もできました。登場話のほうにも置いておきますね。

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第五十五話 マギアテクノ・フォアビクトリー……③【隷属する魔女/災いの予兆】

明けましておめでとうございます。
今年はシーズン2の終了までできればいいですね。


ChapterⅤ【隷属する魔女】

 

 

 

SHIIII!!!

 

 

 羊の魔女が繰り出した回転突進を跳躍して回避し、反撃のチャクラムを投げながらみふゆはこの現状について考えていた。

 

 神浜そのものが異常事態であるのだが、今起こっている事はさらに輪をかけて異常だった。

 複数の魔女が結界内部で重なることは珍しくはなく、同じ姿の魔女がそこら中にいるということも百歩譲って問題とは言い難い。

 

 故に目立った異常は魔女の行動。羊の魔女と呼ばれる魔女は本来自衛以外で襲い掛かることは稀有。しかも自らの結界外に出て活動するなどほぼない。勤勉とも言えない使い魔に自らを飼育させ、結界という檻の中で縮こまっているのが生態と言えるものだ。

 

 だがこの魔女は明確に自分たちを獲物と認識し襲い掛かってきている。個体別に多少の差はあるとしても、絶望の呪いから来る欲望と本能は共通する以上はらしからぬ積極性だ。

 さらにこうして実際に刃を交えて分かったことだが。目の前の相手はこちらを倒すことに必死だ。まるで、そうしなければならないという焦燥に駆られているかのような。そんなちぐはぐさを感じさせる状況は奇妙を通り越して不気味だった。

 

 戦闘中にそんな思案をしている余裕があるのかと思われるだろうが、彼女は精神系の魔法を用いる魔法少女であり、ミドルレンジで戦いを仕掛けながら魔法を仕込むぐらいのマルチタスクはお手の物。今もしなやかな動きで飛び回りつつチャクラムを投げ続け、魔女を翻弄している。

 

 だが魔女も強力なもの。回転する巨体が刃を弾いて、大したダメージを与えられていない。

 動きを止めるために幻惑を仕掛けてはいるのだが、効きが悪いのかあるいは回転によって視界を意に介していないのか。一向に動きが鈍る気配がない。

 魔力が弱くなっていく兆しが見られている中、十八番の幻惑が通用しないとあっては、さしものベテランとて苦戦も必至――

 

 

「はあっ!」

 

 

 ではない。

 彼女とて一角の魔法少女。それも人外魔性が跳梁跋扈する大都市神浜を7年間も生き抜いてきたベテラン中のベテラン。自分の魔法ひとつが通用しない程度で敗北するほどヤワではない。

 

 みふゆは魔女の突進を回避しながら、その巨体が転がる先を目掛けて複数のチャクラムを投げ放つ。

 一つ、二つ、四つ、八つ。チャクラムは飛来しながら輪郭を歪ませ、さらにその数を増やしていく。そしてそれらは魔女の周囲を旋回し、思わず停止した羊の魔女を危険な回転刃の織りなす殺戮竜巻の中へと拘束した!

 

 

SHIIII……?

 

 

 魔女は幾つもの目で周囲を見渡す。

 凄まじく回転しながら左右交互に入り交じって旋回する刃の壁。触れればたちまち肉を削り取り、瞬く間に肉片へと切り刻む処刑機構である。

 

 

「ええ。そこがあなたの棺桶ですよ」

 

 

 指を弾くのを合図として、回転旋回するチャクラム壁から幾つものチャクラムが射出されて魔女へと襲い掛かった。

 

 

 ――アサイラムパラノイア

 

 

SHIIIIIII!!

 

 

 全身をズタズタに切り裂く刃の嵐に魔女の言葉にならぬ絶叫が響く。

 一度相手を封じ込めたが最後、一切の身動きを取らせず全方位からの刃で切り刻んで葬るこの技は、幻惑によって惑わしながら刃の雨を降らせる必殺技(アサルトパラノイア)とは異なる、単純な技量と魔力制御によって編み出された必殺技。これまで培ってきた戦闘経験とウズメとの特訓によって編み出した、新たな自分の強みの糸口であった。

 

 命の危機に瀕した魔女は本能の中に残った知性を働かせて思考する。

 何故自分はこんな目に遭っている。死ぬのは嫌だ。この場から生き延びるには力がいる。けれど()()()()()()()に堕ちるのは御免だ。魔女は自分たちを率いた黒鎧の魔女を思い返して震えた。

 あれはかつて自分と同じものであり、今は魔女としての己を奪われ、一端の使い魔のように――いや、それよりも惨めな存在に作り替えられたもの。自分を突き動かす衝動も、この体に満ちる絶望も、そのすべてが他者から与えられたものへと上書きされる。ああなんと恐ろしいことだろう。

 

 

 "この街を覆う穢れの源を探れ。そのためにはまず魔法少女を襲い、この街の秘密を探れ"

 

 突然として現れた存在から下された抽象的な命令は、しかし絶対の呪詛として彼女たちの魂に焼き付いた。

 そしてその声に導かれるままに、彼女たちはこの街の穢れが濃い方角へと向かい、そして強くその穢れの残滓を身につけた魔法少女を嗅ぎつけて襲い掛かった。そこまでは順調だったのだろう。問題は、そこにいた魔法少女たちがこの街でも有数の実力者揃いであったこと。

 

 

SHIIIIIII!!

 

 

 巨体を回転させて刃を防ごうにも、全方位から襲い掛かる回転刃が相手では身動きする余裕もない。このままでは全身の体毛を刈り取られるはおろか、無残な羊肉ミンチに変わるのは時間の問題だった。

 

 どうすればいい? どこに逃げれば自分は生き延びられる!?

 必死に目を動かし、その視線が唯一開いた直上を向いた瞬間、魔女は生存本能が導いた答えに従って体を縮こませてから力を解放して跳躍した。

 刃が身体を刻むが気にも留めぬ。このまま拘束を脱した後はこの結界の外まで逃げ出し、魔法少女たちが追ってこない場所まで身を潜め――

 

 

「ええ。そこですよね」

 

 

 羊の魔女が最高高度に達した瞬間。

 狙いすまして投げられた巨大なチャクラムが魔女の身体を真っ二つにした。

 

 

Abba……

「ふぅ……何とかこっちは片付きましたね」

 

 

 塵と消えていく魔女の身体を一瞥してから、みふゆは他の戦場に目を向ける。

 決して油断ならない手ごわい相手だった。他の個体を相手取る彼女たちは大丈夫だろうか――。

 

 そんな懸念は杞憂とばかりに、巨大な衝撃音が二度響いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ほんの数十秒だけ時間を遡り、視点を別の場所に移せば。

 そこで繰り広げられていたのは戦闘などというのもおこがましいほどに一方的な光景、すなわち蹂躙だ。

 

 

 斬。斬。斬。

 

 

 神速にして流麗なる太刀筋が幾つも瞬き、羊の魔女を斬り刻む。

 刃を手繰るはマギウスの翼が棟梁、沙羅ウズメ。

 自らの身体より湧き出す血液に魔力を込めて形成した刀は鋼鉄と変わらぬ硬度を有している。

 さらに彼女の剣を振るう速度もまた凄まじい。速度とは即ち威力。ある剣術に於いては雲耀と称されるほどの踏み込みが生み出す加速力を一切の無駄なく剣の一振りに乗せることで、その一撃一撃が並の魔女を屠り去るに相応しいだけの威力となる。

 都合十回以上は斬り込んだか。この魔女が未だ持ちこたえているのはその巨体から来る純粋な生命力の賜物だろう。

 

 

「中々しぶといですね」

SHIIIIIII!!

 

 

 だが、それも時間の問題。このまま一方的な蹂躙が続けば魔女は倒れる。

 もちろん黙って倒れるのを待つはずもなく、血みどろの魔女は金切り声を上げながら分離した眼球を飛ばして反撃。即座に反応したウズメは跳び下がりながらこれを斬り捨てた。

 

 

「悪あがきを……」

 

 

 狂乱に陥った魔女は突撃の準備を始める。

 開いてしまった間合いは刀では少々足りない。一息で詰められる距離ではあるが、仕留めきれなければ不意の一撃を貰う可能性はある。

 

 

「ではこうしましょう」

 

 

 ――血刃ノ六 紅玉槌

 

 

 ウズメの体内からさらなる血が湧き出し、質量を増して形を変える。

 現れたのは巨大な(ハンマー)。深く腰を落とすウズメを目掛けて魔女は突撃を敢行し、ウズメもそれを真っ向から迎え撃った。

 

 

 ――狂 骨 砕 き

 

 

 身体の全てを使い、重心を乗せて放たれる鉄槌の一振り。

 相手を脳天から叩き潰すための技は突撃の上から魔女を叩き潰し、大地にクレーターを作り上げた。

 

 ウズメは残心し、相手が息絶えたことを確認してから血の武器を戻した。

 

 

「さて、他の者たちは――」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ハッハハハハハ!」

 

 

 哄笑と共に宴は拳を魔女の巨体に叩き込む。

 金属フレームで作られたボディの質量を魔力で強化して繰り出されるパンチ。その威力はコンクリート壁を用意に粉砕するほど。

 普通の魔法少女がこれだけの威力を発揮するとなれば相当の資質か、もしくは血の滲む鍛錬。あるいはその両方を兼ね備える必要があるだろう。

 

 だがビクトリーグループの最先端科学の粋を集めた宴の躯体はこれを実現せしめた。さらには飛行、高速移動、魔力探査などの様々な機構を彼女の身体は兼ね備えている。

 その在り様はまさに人間戦車。魔法少女が持つ驚異的な能力を科学技術によって上乗せし、その価値を何倍にも高める。

 これこそが魔導科学。人類が魔法という超常事象を乗りこなした証なのだと宴は高らかに誇り笑う。

 

 勿論、それが可能なのはひとえに宴の固有魔法である『機械感応』、ならびにその願いを得るに至った彼女の異常なる精神性を前提としてのことなのだが……それでも宴はこれを自らの素質によるものだとは主張することはない。

 何故なら宴が恋焦がれたのは科学であり、その結晶たる兵器だ。物心ついた時よりその在り方を育んだ人類の叡智こそ誇るべきものであり、魔法などその理想へ近づくために便利な土台でしかない。礎として尊重するが、しかしその恩恵は人類へと還元されるべきだ。

 ゆえにこそ、宴にとってそれらと一つになるこの力はまさに求めてやまなかったもの。その経緯こそ不本意ではあったが、だからこそ獲得したこの力をすべて社のために捧げることに一部の迷いもない。細胞の一片、魂の一粒に至るまで。この身は人類の勝利のため!

 

 

「イヤッハー!」

SHIIIIIII!!

 

 

 文字通りの鉄拳が人類が滅ぼすべき怪物へと突き刺さり、魔女は苦悶の声をあげる。さらなる追い打ちに宴は跳躍して回し蹴りを叩き込んで羊の巨体を大きく吹き飛ばす。しかし魔女とて相応の力を持った個体。ゴロゴロと地面を転がりながらも体勢を立て直し、その丸い身体を弾ませるように跳躍。そのまま宴の上を取った。

 

 

「ハハッ……同種の魔女の中では新記録だな!」

 

 

 その高度に感心するのもつかの間、巨体を活かしたボディプレスが宴を押しつぶさんと落下する。

 宴は瞬時に肩と腰から展開したスラスター噴射による高速移動でこれを寸前で回避。そこから周囲を旋回しながら腕側面のブレードを振るって裂傷を刻んでいく。

 

 

「だが悪いね。キミ達のデータは嫌というほどに把握済みだ!!」

 

 

 宴は神浜入りしてからの幾つもの戦闘記録、並びにビクトリー社に協力する魔法少女たちから提供される魔女の情報を集めた社のデータベースと脳内に接続したBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)で繋がり、リアルタイムに対象の戦力分析を行っている。ゆえに本質的な行動原理が共通する魔女であれば行動パターンの割り出しはある程度は可能であり、この魔女を始末するに足るだけの戦術を宴は既に組み上げていた。

 

 

「さて、そろそろ終わらせよう!」

 

 

 カポエイラのように天地逆さになってからの回し蹴りを二連続……否、魔導義体による回転機構と重心制御によってその倍の連続蹴りを魔女に叩き込む。

 

 

Aaaargh!?

 

 

 魔女が怯んだ隙に宴は跳躍し、さらに足裏からのジェット噴射。

 今度は宴が魔女の頭上を取る番だった。

 

 

「フィニッシュだ!」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、宴は握りしめた拳を叩きつける。

 着弾の瞬間、腕部のシリンダー機構によって追撃が発生。コンマ差で繰り出された打撃の衝撃が体内で干渉、増幅し魔女の身体を奥深くまで破壊して突き抜けた!

 

 仮に血液が通っていれば、夥しい赤色のシャワーが振っていたであろう勢いで魔女の身体が弾け飛んだ。代わりに魔力と肉片がポップコーンのように散乱し、塵となって消えていく。

 宴はバックフリップで着地し、対象の生命反応が途絶えたことを確認してから構えを解いた。

 

 

「フーン……中々手ごたえのある相手だったな」

 

 

 拳から伝わってきた衝撃の反作用を愛しそうに受け入れながら戦場を見渡す。

 数秒前まであった他の反応も軒並み途絶えている――どうやら他の面々も既にカタがついたらしい。

 

 

「そちらも終わりましたか」

「おや、君たちも終わっていたとは。結構骨のいる相手だったろうに、これは流石というべきかな?」

「それなりに手強かったのは確かですが、これでも経験だけはあるんですよ?」

「所詮は魔女。斬れば死にます」

 

 

 中々強力な魔女だったろうに、何事もないと涼しい顔でウズメはそう言い放つ。

 実際に拳を交えたことはなかったが、やはり彼女たちは油断ならない実力者だ。

 

 片やこの街にて7つの年月を生き抜いた歴戦の魔法少女。

 片や羽根たちが満場一致で認める最強の剣士――情報が正しければ、かの退魔一族、その直系。

 

 既に政府のお手つきであることを加味しても、軽率な強硬手段を取らず協調姿勢を選んで正解だった。

 

 

「それで夜鴉さんは……」

「さっきの異常個体を対処中だ。とはいえ……いささか驚愕を隠せないな、これは」

 

 

 自分たちの頭上を通り過ぎた影を見上げる。

 

 それぞれの敵に集中していたため気にも留めていなかったが、上からは剣戟の音が絶えず鳴り響いている。

 今や巨大なカラスにも等しいシルエットに変貌した外套を纏い、その背に映えた黒い大翼を羽ばたかせて青白く燃える槍を振るう鶴喰夜鴉。それに食らいつくのは濁った闇のような鎧を纏い、咆哮と共に異形の腕を振りまわす魔女。

 

 空には火花が幾度も爆ぜ散り、一拍子遅れて漆黒の羽根が舞い落ちてきている。言うまでもなく、夜鴉の両翼が羽ばたくたびに散らすカラス羽根だ。それらの多くはこちらへ落ちてくるまでに滞空し、すっかり結界の天井を黒く染め上げていた。

 漏れ出る魔力の余波だけでも伝わる戦いの激しさに、ウズメも感嘆の声を漏らした。

 

 

「なんとまあ、ここまでやりますか、彼女」

「何? 知らなかったのか」

「我々にも中々注意深く力を隠していますからね……そのくせ、ドッペルをいつでも行使できるように備えていたのは流石としか」

 

 

 放たれている力は穢れが混ざった個人の魔力。ただそれだけであるため異形顕現という異質の力であることに気が付く者はいない。

 

 

「はああっ!」

「SHIIIIIIIII!」

 

 

 そんな下界の様相など気にも留めず、両者の戦いは熾烈を極めていた。

 

 異形顕現を発動した夜鴉のステータスは軒並み向上し、それまで多少重量任せに振るっていた鮮血機構を手足も同然のように操っている。固有魔法も解禁し、青白い炎を纏わせた突撃槍の刺突を繰り出し、本気でこの魔女を葬りにかかっている。

 だが敵はこの刺突を真っ向から捌きにかかる。その両手の鋭い鉤爪を振り回して急所を狙う刺突を反らし、それ以外は自らの防御能力に任せてカウンターを狙ってくる。

 

 

「こいつ……!」

 

 

 首を狙ってきた一撃を強化した腕でガードしながら夜鴉は歯噛みする。

 戦況は夜鴉の優位に進んでいるといっていい。最初の突撃によって敵を空に打ち上げ、そのまま槍の連撃で空中に留めたまま動きを封じ、一方的に葬る。それがこの未知数の敵に対して夜鴉が当初思い描いていた展開であり、それは実際にこうして空中戦を継続していることから順調ではあった。

 

 だが想定以上にこの魔女は食らいついてきた。戦闘に突入してからの僅かな時間は翻弄されていたものの、僅か十秒足らずで体勢を整え夜鴉の槍に対応し始めた。そして現在はその刺突に合わせて反撃を繰り出し、その反作用によって空中に留まり続けているのだ。

 

 壮絶な咆哮と兜の隙間から覗かせる狂気に満ちた眼光は生半可な心持ちの相手を委縮させる。

 異形の両腕は鉄をも引き裂き、脚の蹄は踏みしだくものすべてを粉砕する。

 全身に纏った鎧は、生半可な加護を無為に帰して攻撃を阻む。

 そして全身から漏れ出る穢れは、近寄るだけでその命を蝕まんとする。

 

 存在するだけで周囲を害しうる災害と化したその姿は上級魔女といって差し支えない。まるでこの前師たちが戦ったという異常存在(無貌の鏡像)が目の前に現れたかのようだ。

 

 ……とはいえ、伝え聞く限りの理不尽さはなかった。

 力は強いが、その動きに精細さは感じられない。身体能力とやけに堅い鎧にものを言わせているだけで、フェイントを織り交ぜた連打に対応できるだけの技巧はない。

 拮抗しているように見えるのは飽くまでその鎧が健在だからだ。次第にその鎧にも傷が増えていっており、少しでも綻びが開けばそこからの決着はあっという間。

 

 

「SHIIIIIIIII!」

 

 

 幾度の攻防の末、位置的に上を取った魔女が夜鴉を叩き落す踏みつけを繰り出す。槍で受け止めた夜鴉は受け流す場所もなく全身を伝わる衝撃に耐えながら、力強い羽ばたきと共に魔力を放出した。

 

 

「オラァッ!」

「!?」

 

 

 踏みつけた槍が強く跳ね上がり、魔女は空中に投げ出された。

 飛行能力を有しているのが夜鴉のみである以上、制空権は彼女が独占している。それに気が付かず不用意に仕掛けた魔女はまんまと仕掛けられた罠に嵌った形だ。

 

 

虚空を覗け(Watch in the Dark)

 

 

 滞空させていた羽根を一斉に魔弾と変え、全方位から打ち抜いて釘付けにする。

 そうして身動きの取れなくなった魔女めがけて全力で飛翔。ロケット噴射にも等しい加速を以って鮮血機構をその胴体に突き刺した。

 

 

「SHIIIIIIIII!?」

「逃がすか……!」

 

 

 槍を引き抜こうとする藻掻く魔女。夜鴉は魔力を込め、槍を伝いに魔女の体内へと虚火を注ぎ込んだ。

 魔力を燃料として燃え盛る青白き炎が魔女の身体を内側から焼き焦がす。

 

 

「SHIIIAAAAAA……!!!」

 

 

 苦悶から逃れるように首を激しく振るう魔女。度重なる攻撃で破損し、熱に耐えきれなくなった甲冑が崩れ始め、隠されていた顔が露わとなる。

 

 

キキキキキ……

 

 

 砕けた鉄仮面から覗いたのは羊の魔女の顔。謎の魔女の正体は鎧の中へ強引に押し込まれた、自分たちが散々見慣れた魔女だったのだ。

 貫かれながら、羊の魔女がもごもごと唸り声を上げる。燃え盛る視界の中、濁った眼を夜鴉に――否、彼女の身体から溢れだす穢れが立ちのぼって消えて行く先に向けて、そこから通じる何かを見て笑った。

 

 

キィ、ミツ、ケタ……!

「……何だと!?」

 

 

 はっきりとした口からこぼれ出た音は、間違いなく人間の言葉だった。

 夜鴉がその事について驚く暇もなく、魔女は炸裂した鉄片によって挽肉と化した。

 バラバラに落ちていく肉片は虚火に焼かれて塵となって崩れ去り、あの悍ましい魔女が存在した証はたった一個のグリーフシードだけであった。

 

 

「ヒュゥ、お見事」

 

 

 着地と同時に宴が称賛を口にするが、考えに耽る夜鴉の耳には届いていない。

 

 羊の魔女を拘束するように纏わりついていたあの鎧……否、鎧という形で固着していた強力な呪い。

 それはすなわち、何者かが魔女を呪いで縛り付けあのような形に歪めていたということ。

 魔女すら支配下におく呪いの使い手。そんなものがこの街に手を伸ばしている?

 

 

「嫌な予感しかしないな……」

 

 

 マギウスの翼とは異なる波乱の兆し。

 夜鴉はこの正体不明の敵の存在を、ひとまずは彼女たちと共有するべく振り返った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅥ【災いの予兆】

 

 

 

 暗い、暗い漆黒が広がる空。

 夜のとばりが落ちきったその草原は、魔女たちが狩人たちから逃れるために隠れ潜む結界。

 羊の魔女と呼ばれる種が作り出すその光景は、しかし今は主を異としていた。

 

 ぶるぶると震えながら無数の使い魔がひれ伏し、さら驚くことには魔女が複数匹も並んでいる。

 彼女たちが一斉に跪くその中央、結界内の柵をかき集めて拵えられたその玉座に座る全身鎧の人影は、双角の装飾が施された兜の下で憂い気な瞳を動かした。

 

 

「"仔らの命、途絶えたか"」

 

 

 

 先鋒として放った魔女の命が散ったことをそれは呪いのつながりを通して知る。

 この街の情勢を探るための斥候ではあったが、率いる個体には女王の寵愛として真理の一片を与えている。並の、いや手練れの魔法少女であっても打ち破るだけの力量に引き上げられたそれが敗れたということは、即ち常識から外れた魔法少女。あるいは聖堂騎士か。

 

 

「"面白い。これならば女王も退屈せずに済むというもの"」

 

 

 いずれにしても目当ての物を知る可能性が高い。

 眷属からの断末魔(テレパシー)を通じて得られた情報を吟味する。

 ノイズと炎に塗れた視界で不明瞭ではあったが、その眷属を打ち破った者が身に着けていたのは黒いローブ。

 ならば、同じ衣装を纏う魔法少女を探し当て情報を絞り出す。

 

 

「"まずは兵站だ。三日後に出陣する"」

 

 

 地鳴りのような声は魔女たちの魂に刻み付けられ、彼女たち急いで自分たちの力を蓄えるために方々へと散っていった。

 

 慎重な備えは、しかしこれほどの怪物にとっては悠長でもあった。

 だがそれでいい。これは狩りであると同時、悠久の時を生きる主の無聊を慰める余興である。ゆえに早急な解決など望まれてはいない。

 主とその同胞は自分ただ一人が街を闊歩し、並み居る敵を蹂躙するなどというありきたりの展開に飽きられていた。

 

 

 "――せっかく魔法少女が集まっているのだもの。こちらも数を揃えてぶつけ合わせるというのも面白いでしょう?"

 

 

 女王はそう仰られた。

 ならば己はその意に従い、粛々と場を整えるのみ。

 

 

「"女王よ、ご照覧あれ。そして我が簒奪の旅路に祝福を――"」

 

 

 それは星々が煌めく天蓋を見上げ、己の直上に位置する牡羊座を仰いで言った。

 

 

 黄道に連なりし十二の凶星。

 その一つを司る魔女の眷属が今、解放の象徴を喰らわんとしていた。

 

 

――【マギアテクノ・フォアビクトリー】終わり。

 

――【ブラックナイト・ナイトメア】に続く。




○信城宴の武装一覧(一部)
 ・アサルトライフル:主兵装。魔力銃でなく物理なのは宴にとってはそちらの方が効率が良いため。あと趣味。
 ・シリンダーパンチ:腕に仕込まれている。爆発的威力のパンチを繰り出せる。
 ・アームブレード:腕側面に沿って展開されるブレード。
 ・スラスター:踵、肩、腰にある。マニューバー移動で敵を翻弄する。

Rebbeca
 かつて羊の魔女だったもの。その性質は■■
 もはや自らが抱いた絶望も性質も奪われ、ただ主のために動き続ける眷属となり果てた。肥大化した身体は呪詛が形を成した鎧に押し込まれ、女王へ仕えることへの歓喜と存在意義を上書きされたことへの苦悶を零し続けている。
 上位の魔女は力の劣る魔女を眷属に『作り替える』ことができる。この個体もそのケースと言えよう。


 というわけで次からシーズン2前半の山場にしてレイド戦の開幕! 
 その前ちょろっと日常パート的な小話とか挟んで箸休めを入れるかもしれません。


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第五十六話 束の間こぼれ話

ショートショート


【姉妹の話】

 

 

 マギウスの翼の本拠地・ホテルフェントホープには多くの施設が存在する。

 

 作戦行動のための会議室や魔術的なあれこれを管理する工房。羽根たちの訓練場。

 それ以外にも食事をとる食堂に談話室。はたまた遊技場や大浴場までもがある。

 

 命を懸けた戦いに身を置き、また常に魔女化というリスクと向き合って生きなければならない魔法少女たちの活動をケアするための様々な処置――などという建前の下、幹部が好き勝手にあれやこれやと自分の要望を反映させた結果、明らかに不必要なものまで存在するのはご愛敬というものだろう。

 

 そしてここもその一つであるカフェテラス。

 羽根たちの休憩、あるいは交流のために使われるそこそこ広い空間。

 

 そのうちの一席にて隣り合わせに座る少女たちがいた。

 瓜二つの見た目をした二人の白羽根は天音月夜と天音月咲。

 彼女たちは事実双子の姉妹であり、マギウスの翼でも最古参と呼べる幹部である。

 

 

「はい月咲ちゃん、あ~ん♡」

「それじゃお返しに、月夜ちゃんも♡」

 

 

 仲睦まじい二人はその時間の多くを二人一緒で過ごしており、それは作戦時も休憩時も変わらない。

 それぞれ好みのメニューを取り、その半分を交換する。互いの家の事情で一息つく暇もない日々を送っている二人にとって、共に憩うことのできる数少ないひと時だった。

 羽根たちも二人の仲睦まじさは知っているため、わざわざ邪魔をする真似はしない。……が、空気を読まない輩はやはりどこにでもいるようで。

 

 

「やあ。相席良いかな?」

 

 

 会話に花を咲かせていた彼女たちに、唐突に声が掛けられる。

 テーブルを挟んで向かい側に立っているのは、白色のスーツに身を包んだ金髪の麗人。

 名を信城宴。つい先日にマギウスの翼へと参入し、極めて本格的な訓練を施すと羽根たちの間で話題となっている戦闘教導官であり、ついでに言えばビクトリー・グループという大企業から派遣されたエージェントでもある。

 

 

「あ、はい……」

「失礼するよ」

 

 

 他のテーブルが空いているだろうに、と言いたくなる気持ちを月咲は押さえこんだ。別に自分たちと相席を取る魔法少女がいないわけではなく、むしろみふゆやウズメと共に食事をすることなら度々ある。

 とはいえ、それなりに気心が知れて恩義もある二人と、組織として新参者である宴では抱く心象が異なるのも事実。今日は二人きりだという気分の時に水を差されたことも相まって若干不機嫌な月咲なのだが、わざわざ突っぱねるというのも後味が悪い。

 結果として共に食事を取る、ということになってしまった三人。宴は自分のトレーに乗っていたサンドイッチを一つ手に取って齧りつく。麗しい見た目に反して中々豪快な食べ方ではあったが、そのワイルドさが文明的な見た目の中に潜む獣めいて美しいとは傍から覗いていた黒羽根の言葉であった。

 

 

「うん、中々美味しい。メニュー全体の栄養バランスも考慮されているし、うちの学食よりもいい出来かもしれない」

 

 

 食堂はそこそこ料理のできる羽根たちの立候補による当番制だ。なおそれ以外にも食事系統は充実しており、菓子の購買や弁当(予約制)なども存在する。

 ちなみにメニューの内容はウズメが考案しており、灯花のお付きとして現役の医者や栄養士からの教育を受けての献立は味つけまで細かく考慮されて中々に好評である。さらにはウズメが厨房に立つ時もあり、その時は本部就きはおろか外回りの羽根の大半が食堂に集まって非常に混雑する。

 生憎、今日はその日ではないため食堂の使用率は半分程度だ。

 

 

「宴さんの学校とは、ええと」

「当然、我らが偉大なる勝鬨工業学院だとも」

「だよねぇ……」

 

 

 宴の口から誇らし気に出た名前に、案の定だと月咲が呟く。

 勝鬨工業学院。神浜から少し離れた山間部の広大な敷地を有する中高一貫の工業高校。

 ビクトリーグループが運営するその学院は自社が有する様々な専門技術を教育カリキュラムに採用しており、卒業すればほぼそのままビクトリー系列の会社や研究機関へと入社可能。そうでなくとも多くの企業から引っ張りだこになるであろうスキルを身につけられることで評判も高い。

 神浜においても編入試験に挑む生徒が各校から1人は出ており、企業ほどではないにせよその名前が示す付加価値は高い実力派。水名やリリアンナにも引けを取らない。

 

 そして目の前にいるのは頭からつま先まで筋金どころか骨の髄までビクトリー社の技術に染まった女。ここまで思想のキメた輩など、純正の勝鬨生以外にはあり得ないだろう。

 

 

「というか、普通の食べ物っていいんですか?」

「ん? ああ、問題ないとも。循環器系には手が入っているけど、消化器系は基本的に生の肉体さ。だからこうやって君たちと一緒に食卓を囲むことはできるとも」

 

 

 実際、何事もないように食事を摂る宴の姿からは彼女が到底機械の身体であるとは思えない。スーツと手袋、と素肌を晒していないこともあるが、なによりその一挙一動が自然な滑らかさで一見して不自然さが見られないというのが大きい。

 

 

「そうなのでございますか」

「そうそう。だからどっかの猫型みたいに超反応炉とかで溶かしてるわけじゃないからね」

「猫……でござますか?」

「……え、通じなかった?」

「すみません。俗な話には中々触れさせてもらえないのでございます……」

「Ohhh、水名のお嬢様とはいえイケる話だとは思ったんだがなぁ」

「いや、確かに月夜ちゃんのところは滅茶苦茶厳しいけど、宴さんの話もだいぶマニアックだと思うよ!?」

 

 

 いくら国民的アニメだからってキャラクターの内部図解について知っているのはそこそこのファンからだ。しかもその話が最初に出た年代は古い。お嬢様であることを差し置いても、今のJKに振って受けるネタではないだろうに。なお月咲には通じたあたり、育ちの差とでも言うべきか。

 ちなみに宴の年齢は19。彼女も世代ドンピシャとは言い難かった。

 

 

「そういう君には通じたと思うけど。もしかしてビデオデッキとかまだ置いてあったりするクチかな?」

「ビデオって……仮にも最新科学の研究者から出る言葉じゃなくないですか?」

「何を言う。アレはれっきとした大発明、流石に容量や保存性は論外だが相応のリスペクトを抱いているし、あの古めかしい画質からのみ味わえる風情というものもある。まだFAXぐらいなら使っている部署はうちにもあるしね」

「FAXなら私が小さい頃お婆様がよく使っていたでございますよ!」

「それ全く自慢にならないからね月夜ちゃん」

 

 

 ようやく知っている物が出てきて嬉し気に会話に参加する月夜。自分は一度も使ったことがないにも関わらずだ。ちなみに月夜の家がFAXを廃止した理由は彼女の家と懇意にする名士たちがこぞって電子化を始めたことによる苦渋の判断だったらしい。

 ともあれ。軽口を交わしたことで多少は打ち解けたのか、双子から宴に対する警戒心は和らいでいた。得体の知れない奴からけっこう変な奴、程度の変化ではあるが。それでも奇人変人が揃うマギウスの翼においては好印象に傾く。その原因が芸術家とか二重人格ストーカーとかのせいであることは言わずもがなだ。

 

 

「まあ、仲睦まじい時間を邪魔をして済まないとは思ってるよ。ただ君たちとは中々話す機会がないからね。こうやって多少強引でも交流を深めたかったのさ」

 

 

 宴は戦闘教導官。同じ所属である神楽燦を始めとして、多くの羽根たちとの交流を深めており、瞬く間に組織での存在感を高めてはいるが、やはり付き合いが薄くなる相手というのはできてしまう。

 例えば広報部の観鳥であったり、本部務めかつみふゆ直属である天音姉妹であったり。特に後者については最古参として既に立ち位置を築いている。組織として互いに挨拶や言葉を交わすことはあれど、個人的に会話をするという機会には恵まれなかった。

 とはいえ、それではいざという時の作戦行動に支障をきたす可能性もある。そういった打算も込みで宴は彼女たちに近づいて来たらしい。

 

 

「君たちには若干避けられている気がしたんだが、それはこちらの考えすぎだったかな」

「そんな避けてなんて……」

「はは、立場としては君たちのほうが上じゃないか。もっと気楽に接してくれてもいいんだよ。とはいえ、工匠の生徒としては私の所属的には中々フランクにとは行き難いかな?」

「……やっぱりわかってるじゃないですか」

 

 

 月咲のじっとりとした視線に、宴は意地の悪そうな笑みを浮かべてクラブサンドの残りを口に放り込んだ。

 

 

「どういうことでございますか?」

「月夜ちゃんは知ってる? 勝鬨工業が最近神浜に侵略してきてる話」

「ええと……確か東側の土地を買い漁っているとか、工場跡地を纏めて買い上げたとかいう話題があったでございますね」

 

 

 月夜も一応は神浜の名家の子女として市の情勢についてはある程度把握している。

 とはいえ対立している西と東、その中でも特に東へ対する思想が強い明槻となると東の情報はシャットアウトされてしまう。ただ今回の件は東というよりは神浜市全域に絡むニュースであるため月夜の耳にも入ってきていた。

 

 

「侵略とは人聞きの悪い。我が社は市と連携して放置気味になっている土地を有効活用して神浜の発展に貢献したいだけだというのに」

「そうやってあちこちの工場の跡取りを引き抜いてるから顰蹙を買ってるんだよ。ウチの父ちゃんもアイツらには職人へのリスペクトが無いって言ってたよ」

「それは悲しいすれ違いだ。私たちは彼らに対して十分な敬意を示している。ただそれが経営難なんていうくだらない理由で潰えてしまうのは勿体ないだろう? なら我が社の版図に加わりその価値ある命脈を繋ぐべきだよ」

 

 

 なんとなくだが、月夜にも話が呑み込めてきた。

 

 ビクトリーグループは昨今神浜での勢力展開に力を入れている。かつての復興策が頓挫したことで生じた空き地や地価の安い東側を買い上げて工場や研究所、倉庫などの施設を建造しているのだ。

 それだけなら良い事ではある。ただ問題となっているのは住民を雇用することによる既存の職場との人材の取り合いだ。

 ビクトリーグループは従業員を確保するため現地の住人を大規模に募集しており、貧困層の多い大東の人間からは歓迎されているが、対照的に自分の技術に愛着や誇りを持つ工匠の人間たちは難色を示されている。

 月咲の家は竹細工工房。ビクトリー社の最新技術とは分野が異なるはずだが、同じ地域に住む職人として他人事と流してはいないらしい。

 

 

「とはいえ、だ。自分たちが培ってきた技術や成果を委ねるというのが中々受け入れにくいのも事実。だからまずは未来ある若人たちに我らの理想を知ってもらいたくてね、近年は工匠学舎のほうにも協力願っているわけだ」

 

 

 まあ君には断られちゃったんだけど、と宴は月咲を見て苦笑する。

 

 

「……あの、月咲ちゃんと何かあったのでございますか?」

「大したことじゃないよ。以前にお誘いをかけたがフラれたってだけさ」

「紛らわしい言い方しないでっ、ただの編入案内でしょ!」

 

 

 勝鬨工業学院が他校を訪れ、これはと思った学生に編入案内を出すというのは有名な話だ。

 

 曰く、平凡な成績だった生徒に届け出が来た、高等部二年生の秋に何の前触れもなくスカウトされてそのまま転校した。学院側独自の判断基準によって選ばれる優待制度はその条件も時期も不明瞭。唯一判明しているのは女子の割合が八割を占める、ということだけ。ここまでくればほぼ都市伝説の類である。

 

 だが本来であればそれなり以上の偏差値と割と結構する学費という条件をスキップして無条件進学ができるという好待遇と、大企業への就職への近道を得られることへの魅力は大きい。うまくいけば出世が約束されるのだ。文字通りに「勝利の女神がほほ笑んだ」なんていう噂まで流れており、その時が来ることを待つ意識が高い学生はいつお呼びがかかってもいいように自分磨きに勤しんでいるらしい。

 

 ……最も、その実情を知る者からすればそれは全く以って的外れな努力であったのだが。

 

 

「えっ!? 月咲ちゃんがあの成績で編入でございますか!?」

「月夜ちゃん!?」

「ははは。勝鬨は学力だけに目を向けてるわけじゃない。彼女が学生の品評会に提出した竹細工には実に素晴らしい技術が使われていた。あのように緻密な加工ができる技術を是非我が学院で研究してもらいたくってね――」

 

 

 お世辞にも良いとは言い難い妹の成績を知っているだけに、あの勝鬨からの勧誘を受けたという話を月夜はにわかに信じ難かった。いくら工業系とはいえ、手先の器用さだけが評価されるほど甘い条件でもないだろうに。事実、月咲本人もその案内が届いた時には大いにそれが本物か疑ったものだ。

 結局は勝鬨を毛嫌いする父からの反対などの理由があって、月咲は神浜に留まることになったのだが。もし家族の反対が無かったとしても、恐らく月咲は勧誘を受けなかっただろう。

 

 

「何をとぼけているのやら。大方契約が発覚したのがそのころだっただけでしょうに」

「え?」

 

 

 横から割り込んできた声に顔を向けると、そこにはいつの間にやら葛葉が座っていた。

 杏仁豆腐を口に運びながらじろりと見つめてくる緑色の視線が、金色の瞳を覗き込んでいた。

 

 

「契約って……」

「ええ、ええ。月咲さん。ちょうどその時期に、何らかの私的な事件があったのではないですか? ええ例えば、こちら側について知った、とか」

「ッ!? それって、まさか……」

「魔法少女の契約、でございますか?」

「ええ。勝鬨はある人材を徹底して集めているとまことしやかに囁かれていまして。なんでも、ある特殊な技能を持った生徒だけで構成された学級があるとのこと。その名前は13組、あるいはMクラス。

 Mとはすなわち神秘性(Mystic)であり魔法(Magic)。特待クラスという名目の超常者研究機関。それが勝鬨工業学院13組。そうでございましょう?」

「ハハ、そこまで把握済みとは恐れ入った」

 

 

 魔法少女、あるいはそれに類する何らかの神秘を有すること。それが不明瞭なスカウトの条件。

 ビクトリーグループは魔法少女が学生に集中していることを利用し、彼女たちを合法的に囲い込める手筈を完成させ、自分たちの建てた学院内にて魔法少女について研究を行っているのだという

 聞き耳を立てていた他の羽根たちもその内容が理解できたのか、にわかにざわめき出す。それを葛葉はじろりと蛇のような視線で黙らせる。

 

 

「ま、そういう訳で我が社は魔法少女についても手厚く歓迎している。学費免除は当然として、グリーフシードの定期的な支給に、家庭環境に問題を抱えている子のための個人寮だって完備だ。その対価はただ一つ、我々が行っている魔法分野の研究に協力してもらうことというわけだ」

「不気味なぐらいに待遇が良い」

「却って怪しく思えるでございます……」

 

 

 基本的に魔法少女とは人知れず活動を行うもの。そこにこだわりを持っている子はいるだろうし、誰かの管理下に入ることを拒む魔法少女もいるだろう。魔法という自分だけの異能を他者に知られることに拒否感を示すのも真っ当な反応だ。

 だがそれは自分の力で魔女退治を満足に行えて、さらには孤独な戦いに絶えられる精神の拠り所を持っている魔法少女の話。そういった上澄みでも無ければ、家族や友人にも打ち明けられない境遇に理解がある大人がバックについていてしかも待遇まで良いとあれば年頃の少女という生物はあっさりと転ぶ。生活の不安は愚か、魔女退治の安定性もグッと高まる。

 

 まさに至れり尽くせり。これ以上の待遇など、どこを探してもありはしないだろう。

 だからこそ不安が残る。そこまでして魔法少女を引き込もうとする理由。ほぼ完全に囲い込んで逃がさない体勢を整えた徹底ぶりには執念じみたものを感じる。そこが却って不気味なのだ。絶対に何かしらの裏がある。

 

 

「怖がる必要は無いよ。別にモルモット扱いしてるわけじゃない。カリキュラム自体はごく普通の高等教育の範疇だし、卒業後はうちの系列への就職や所属がほぼ確定。生活に不安がある子も多い彼女たちの人生を保証する対価として能力を研究させてもらうぐらいは正当な取引だろう?」

「それはまあ、そうかもしれないけど……」

「勝鬨の魔法少女は皆そのような身体にされてしまうのではございませんか……?」

「んぷっ」

 

 

 月夜の言葉に葛葉がひっそりと吹き出した。

 

 

「いやいや、流石に私レベルの改造を他の子に施すわけにはいかないよ。やっぱり自分の身体を別のものに置き換えるのは普通の子には尋常じゃないストレスになるし、ソウルジェムにも多大な悪影響がある。できて精々腕一本だ」

 

 

 それはつまり一度は普通の魔法少女に宴と同じ処置を施したと言外に白状したようなものだが、生憎その言葉の悍ましさを悟ったのは葛葉だけ。そして彼女もここでわざわざ混ぜっ返すような真似はしないので真相は闇に葬られてしまった。

 

 

「良かった……もしかしたら月咲ちゃんが全身を機械にされてしまうかもと不安になってしまったでございます」

 

 

 月夜の脳内には『ツクヨチャーン』と音声を発しながらキャタピラで進み、時折篠笛を吹く機能を持ったドラム缶めいた体形のメカ月咲が浮かび上がっていた。

 

 

「その心配は流石にどうなの月夜ちゃん……そんな心配しなくてもウチは勝鬨になんて行かないから」

「月咲ちゃん……」

「はは、仲睦まじくて結構。しかしやっぱり惜しいな。そうだ、君たち二人ともを採用するっていったら今からでも来てくれたりは」

「――戯れはそこまでになさい、信城」

 

 

 背後から掛けられた声に振り向けば、ウズメが宴に冷ややかな目を向けて見下ろしていた。

 食堂に顔を出してみれば何やら双子が妙な輩に絡まれていて、気がかりになって近寄ってみれば案の定。

 近頃羽根の間で妙に人気が高まっているが、やはり粉をかけていたか。

 

 

「おっと総統殿、ご機嫌よう」

「ここは魔法少女の解放のための組織。少なくとも、貴女の個人的な欲望を満たす場ではありません」

「別に活動範囲外でどのような交流を図ろうと問題ないとは思うがね」

「親交を深める程度であればご自由に。ですがそちらのお二方については私が身柄を預かっておりますので、その辺りを重々承知なさるよう」

「……あいわかった。個人的に惜しいとは思うが、元々無理に勧誘するほどじゃない。ここは素直に引き下がるとしよう」

「よろしい。では二人とも、食べ終えたなら行きましょう」

 

 

 釘を刺し終えたウズメは姉妹を連れて食堂から立ち去った。

 鋭い気配が遠ざかっていき、宴は安堵の息を吐いた。

 

 

「……割とマジでキレてたね。随分大事に思われてるじゃないか」

「あなたがそうして粉をかけ続けていることに我慢の限界が来ただけではないですかねぇ。ここの羽根すら欲しがるほど勝鬨は人材不足でしたかな?」

「モデルケースはいくらあっても困らないさ。まぁ、それとは別に単なる趣味だけど。いやあ、中々可愛い子がよりどりみどりで最高だね、ここは」

「左様で」

 

 

 

 ◇

 

 

 

【遊狩ミユリの苦悩】

 

 

 ……あれはそう。

 コーヒーブレイクでもしようかと談話室に入った時のことだったか。

 

 

「あら鶴喰。あなたも休憩?」

「そんなところだ。で、そっちは……」

「はぁ……」

 

 

 丁度目が合った燦と挨拶を交わし、彼女の隣で頭を抱えている黒羽根に視線を移す。

 オレンジ色のツインテールとそばかすの少女。名前は確か遊狩ミユリ。燦とは同郷の先輩後輩の関係であり、マギウスの翼でも戦闘教導の補佐役として常に行動を共にしている。

 普段はそこまで我を主張せず大人しいが、こと戦闘になれば黒羽根と侮れない猛攻を繰り出す中々の使い手だ。魔女狩りでも後方での射撃役である燦とは相性がバッチリであり、ウズメさんからも実力を信頼された隠れた実力者だ。

 とはいえ、普段あまり会話をしない人物ではあるものの、こうして目の前で深いため息を吐いている様子を見て何も思わないわけじゃない。

 

 なのでついつい何があったのかを尋ねてしまった訳なのだが。

 

 

「何を悩んでいる?」

「おみ足……」

「は?」

 

 

 何言ってるのか分からなくて一瞬素で聞き返した。

 

 

「あぁ、気にしなくていいわ。いつもの発作だから」

「いつもって……」

「軍曹……宴さんについてなんですがっ。あの人の身体って機械じゃないですか。特に肝心の脚が!」

「そうだな。あれには実際驚いたが、それがどうした?」

 

 

 教官と呼ばれていた神楽に対して宴は軍曹と呼ばれているらしい。

 確かに割とスパルタじみた訓練をしているし、なんか映画でした見たこと無い感じの演説とか問答とかやってたし。

 『魔法が使えるからって人より優れているなんて思い上がり、そして今戦場にビビってるガキども。それがお前たちだ』『お前たちがウジウジしている間にも魔女は動いている! そうやって何をするか迷っているうちに、その色恋に満ちたピンク色の脳みそが地べたにブチ撒けられるだろうな!』『魔女だろうと魔法少女だろうと変わらん。ただ言うことを聞いて並んで、その引き金を引いてミンチにすれば同じだ』

 いやあ、あんな女子に向けちゃいけないスラング混じりの台詞を現実で聞けるなんてね。しかもそれが中性的なあの美形フェイスから飛び出してくるのでギャップがすごい。その上オフだとフランクに口説いてくるからギャップにやられる子が続出しているとは観鳥から聞いた話。

 

 

「ミユ的にはあの脚って正直邪道もいいところだと思っているんですけど」

「知らんがな」

「でもでもあの機能美と外見のリアルさを追及したフォルムには生の身体では表せない一種の彫刻みたいな美しさがあってそこに普段とは違う興奮を感じざるを得ないんですよ」

「それは……そう、なのか?」

「鶴喰、無理に合わせなくていいわよ」

 

 

 要はミユリが脚フェチで、宴のサイバネ脚に興奮を覚えたことに対してジレンマみたいなものを覚えていると。

 くっそどうでもよかったな。年下だしちょっとぐらい相談に乗ってあげようなんて仏心を出した数秒前の自分を殴り倒したい。

 いや別に理解は示せるけどね? でもそれを大っぴらに人前でさらけ出すのは流石にどうかと思うわ。(※←友人のナマモノCP本を出して学校にばら撒いた女です)

 

 

「鶴喰様だって分かるはずです! あの方々のおみ足の素晴らしさを! 何だったら鶴喰様の隠された足にも中々のものがあるとミユは睨んでいるのですが!」

「ごめん一歩どころか三歩ぐらい下がっていい?」

「え……? 鶴喰様って()()()()ですよね??」

「同類扱いするな。私は誰彼構わず他人の脚に興奮など……」

 

 

 いやでもななかちゃんのすらっとした脚とかあきらくんの鍛えられたふくらはぎの筋肉とか、実は陸上部だからがっちり引き締まってる葉月さんの脚とかまあ色々とあるし、その気持ちはわからなくもない。一番はこのはさんのふとももを後頭部で感じる時だとは思っているけどね。

 

 

「…………しないからな?」

「だいぶ間があったわね」

「吟味してましたね」

「してない」

「ではでは、みふゆ様のふくらはぎとふとももならどちらがいいと思いますか?」

「みふゆ殿か。彼女の特徴は新体操じみた戦闘スタイルだ。それを支えている柔軟性を発揮する筋肉のしなやかさが詰まっている太腿に……あ」

「間抜けが見つかったわね」

 

 

 なんてこったい。

 でもみふゆさんスタイルいいんだもん。趣味とか癖とか抜きにして憧れるよ女の子として。私生活は自堕落の極みなのに、なんであそこまでプロポーション保っていられるんだか。

 

 

「ですです! やはりミユの目に狂いはありません! 鶴喰様は同じく脚を愛好する同志! ブラザーフット!!」

「鶴喰……あなたは見た目によらずまともなガワだと思っていたのに……」

「どういう意味だコラ」

 

 

 私はまだ分別が付く方ですよ??(※←分別なく妄想を繰り返してカプ矢印が知恵の輪みたいになってる女です)

 

 

「とにかく、私にそうした趣味はない。仮に百歩譲っても、それを人前で大っぴらに話す気はない」

「そんな……折角脚について語り合える同志に出逢えたと思ったのにぃ……」

「というかリアルの知り合いでそういう妄想をするのは普通に礼を欠いていると思うのだが……君もよく一緒にいるな」(※←ななか×あきらのCP本を無許可で頒布した輩です)

「慣れてしまえば可愛いものよ」

「慣れるほどに聞かされた、と」

「分かってくれて何よりよ」

 

 

 燦は若干遠い目をして言った。

 もう諦めムーブ入ってるんだなぁ。それでも一緒にいることを認めている辺り、それが気にならないぐらいには仲がいいってことなんだろうけど。

 

 

「こうなれば鶴喰様に皆さんの脚の素晴らしさを知ってもらい、脚への理解を深めてもらう他ありません! まずは先ほど挙げたみふゆ様の脚の素晴らしさから――」

「いや止めろよ」

「完全に暴走し始めたわね。こうなったらしばらくは止まらないわ」

 

 

 そうしてミユリはマギウスの面々の脚について熱く語り始めた。

 もう周りにいた羽根の子たちドン引きして離れていってるじゃん。もし明日からこれと同類扱いされたどうしてくれるんだ。(※←本人は気づいていないが普通にオタク趣味持ちの厨二病RP女だと思われてます)

 というか仮にも組織の上司たちの脚に欲情してますって堂々と語っていいものなの?

 

 

「――そしてそして、あやせ様とルカ様はそれぞれの衣装があって一人の脚で二つのテイストを楽しめるというのが何よりもの魅力かと。白と赤。網と黒。剣を持って自由に舞い踊るドレスに包まれた脚は見る度に飽きさせない味わいがあります」

「さっきから黙って聞いてたけど、それはちょっと聞き捨てならないかなぁ」

「げ、双樹」

「はぁっ、あやせ様!」

 

 

 ひょっこりと背後から顔を覗かせてきたあやせは微笑んでいた。いくら彼女とはいえ、目の前で自分の脚部に興奮されている様子を見せられるというのは良いものじゃない。

 まあ、他人のソウルジェムの蒐集癖があることが判明したコイツがとやかく文句を言えた義理でも無いのだろうが。そういう良心にあまり期待ができないやつである以上、乱闘沙汰になったら止められるように備えておく。

 

 

「なんだか脚について熱く語ってるみたいじゃない」

「えとえと、あのこれは……」

「別にいいと思うよ? スキは人それぞれだし」

 

 

 だけど、と双樹は言葉を区切る。

 にっこりと浮かべた笑みはやけに不気味に見え、ミユリの肩がびくりと跳ねた。

 

 

「脚って言うなら――お姉さまの脚が一番キレイに決まってるでしょ!

「だと思った」 

「ブレないわね」

「あの一太刀で踊る曲線。蝶の如く軽やかに舞い、蜂のように鋭く跳ねる白い脚! アレを見ておいて他の脚を一番っていうのは目が腐ってるんじゃないかな!」

 

 

 そう宣言するあやせの言葉には一理なくも……ない?

 ウズメさんは確かに目で追えないほどに緩急の激しい動きで、それを実現するのが全身の鍛え抜かれた筋肉。

 神速の踏み込みと浮舟渡りの如き機動力を兼ね備えた脚力を発揮するあの脚は普段は袴や着物で隠されているが、その下には見事に鍛えられた足があることは想像に難くない。だって音子さんが同じぐらい筋肉ついているからね。

 あれだけの動きが身体強化だけで実現しているとは到底思えず、契約以前より剣術を修めていたというからにはその身体も極限にまで鍛え上げられているはずだ。

 

 

「ムム、確かにウズメ様のおみ足はひとつの究極、剣を振る時に大地を踏みしめる力強さと畳十枚の距離を一瞬で詰める瞬発性を発揮するしなやかさを併せ持った人類の到達点だとは思います! でもでも、燦さまの脚がミユにとっては一番。あの引き締まったふくらはぎと細い足首。そして健康的な張りを持った白い肌は最初にお目にした時から魅了してやまない可能性の塊なんです」

「ふ~ん、中々スキの一本が通ってるみたいね。でも、そもそも脚だけを見て評価するのはちょっとバランスに欠けてると思うな。お姉さまの身体はすべてが完璧なの! あの顔も、髪も、眼も! そして何よりあの真っ赤な魂が! 他の誰よりも眩く輝いてるの!!」

「それを言うなら燦様だって負けてません! ミユを後ろから支える弾幕を張れるのは下半身で大地を支えながら上半身で重心をコントロールするための体幹が仕上がっているからですぅ! うなじから背中へ、そして腰からおみ足までを繋ぐ筋肉の動きを想像するだけでミユは……ふへへ……!」

 

 

 そうして二人でいかに自分のイチ推しが素晴らしい身体をしているのかを力説しはじめ、我々はすっかり蚊帳の外。

 いや別にいいんだけどね? これ以上会話に加わってたらボロが出かねないし。

 

 

「……もう帰っていいか?」

「ええ。悪かったわね、後でミユにはキツく言っておくわ。この埋め合わせはまた」

「構わん。元を辿れば自分から首を突っ込んだことだ」

 

 

 燦へと挨拶を入れてから脚早にその場を離れる。

 あの空間に居てこれ以上巻き込まれるのは御免だった。

 

 しかし脚、ひいては筋肉や身体の美しさか。

 文字書きとしてはビジュアル的な要素に触れることは無かったけど、やっぱり実際の構図を見て表現を考えるのは大事なことだろう。

 その点、ミユリは表現に富んでいたし言葉そのものにも情熱が乗っていた。双樹はその辺に押されて慌てて焦点を脚から全体に切り替えたんだろう。自分から喧嘩を売りに行って思わぬ痛打を受けるあたり、割と詰めが甘い。

 やはりリアリティな表現を求めるなら、ありきたりの言葉を継ぎ合わせてそれっぽく繕うんじゃなくて、実際の感想を着色していかなくちゃいけないんだよな。

 

 

「とりあえず、人体の描き方とか構図の本も読んでみるべきだな……」

 

 

 今度、夏目書房に行った時にその辺のジャンルについても探してみようかなと思ったのであった。




○ビクトリーグループ
 神浜の土地を買い上げてあちこちで開発している。
 ぶっちゃけ本作で神浜の東西問題をメインに据えるつもりはないが、登場人物たちは裏で政治ゲームをやっている。

○勝鬨工場学院
 クラスが13個あったり魔法少女特待クラスがあったり学生相手に実験してたりする。だいたい箱庭学園という認識でオーケー。

○天音月咲
 実家は嫌いだけど伝統の技術には誇りを持っている。メンドクサイけどそんなものだよね。

○沙羅ウズメ
 水名の面倒な方々を懐柔済み。権力と財とその他諸々の暴力ともいう。


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第五十七話 ブラックナイト・ナイトメア……①【悪夢の序曲】

悪夢の黒騎士

おまたせしました

本作が難易度爆上がりとか言われてる所以のはじまりです


 ChapterⅠ【悪夢の序曲】

 

 

 

「……そうか。魔女の特異個体とは、これはまた厄介な事になったな」

 

 

 あの後、帰宅した私が例の如く父に報告すれば、神妙な顔で返事が返ってきた。

 う~む、これは参ったな。

 付き合いの長い人なら理解できるだろうが、父さんがそういう反応をするときは大概ヤバい。鏡の魔女の一件がいい例だ。

 

 

「やっぱりヤバいです?」

「当たり前だ。というか、本来なら君が現状の危険性を理解しておかないといけないやつだからね?」

「そんなに~?」

 

 

 父からのじっとりとした視線が突き刺さる。

 いやまあ、確かにあの魔女って明らかに強かったし羊の魔女も大量にいたけど振り返ってみるとそんなでも無かったような気がしてきたんだね。というか魔女を操る程度なら洗脳系の魔法少女ならできる芸当だし、魔女を強化するのもグリーフシードをたらふく食わせたとかそういう魔法や魔術を使ったとかのカラクリな気がしなくもない。そういう相手ならぶっちゃけあのマギウスの戦力なら割と何とかなるんじゃないかなって。

 

 

「明らかに目を背けているな……もっと最悪を想定しろ。この状況下において、最も襲い掛かってきたら困る相手をな」

「そりゃあ音子さんですけど」

「即答だな」

 

 

 どんな相手よりもあの人に勝てるビジョンが思い浮かばねぇ。

 だって私の師匠ですよ? 魔法少女を叩き潰す粛清の権化で、あらゆる絶望を跳ね飛ばす鉄壁の騎士で、かの災厄の魔女を滅ぼした英雄で――、

 

 

「……まさか」

「そのまさか、と言ったら?」

「いやいやいや、それこそ一番あり得ないでしょう。あの連中は基本的に自分たちの領土からは出てこないって話じゃないですか」

「要はそれぐらい危険な相手を想定したまえと言っているのだ。件の魔女を君たちに仕向けた存在は明確にエンブリオ・イヴを探している。話を聞くにその個体は斥候、となれば遠からず元締めがやって来る。君が本気を出さなければ太刀打ちできない相手を手下にできる存在がな」

真実(マジ)ですかぁ」

「マジもマジのマジーロだ。しかも今回はこちら側の助っ人は一切使えない」

 

 

 マギウスの翼への潜入中であるため、つながりを疑われるななかちゃんやこのはさんの助力を請うことはできない。やちよさんや十七夜さんなんかは論外だ。

 そして幸か不幸か、肝心の最大戦力である音子さんは別地域への巡回中で連絡がつかない。神浜内の異変に伴って周辺地域でも相応の混乱が起こっており、それらに対応できる要因が音子さんしかいないらしい。

 理由は何であれ、最終手段であった丸投げが期待できないことに気分が重くなる。

 

 

「当然、これまで通り私も動くことはできん。自分の力で頑張ってくれたまえ」

 

 

 最も、と父はそこで言葉を区切る。

 

 

「私の見立てでは、君たちが全力を尽くせば何とかなるとは思っているがね」

「全力ですか……」

「ああ、()()だとも」

 

 

 それはつまり、今私が持っている力の全部。そのさらに先を行けということ。

 要するに、これまで自重して使用を躊躇ってきたアレとか、あるいは最近使えるようになったコレとか。そういうものをなりふり構わず使えということで。

 ……大丈夫かなぁ。

 

 

「心配するな、あの仮面はその程度で外れるほどヤワじゃない。単に君の覚悟の問題だよ。どうせいつしかその一歩を踏み出す必要があるわけだし、丁度いいタイミングが来たと思えばいいじゃないか」

「その一歩が大分アレなんですがね」

 

 

 全く、これ以上人間やめたくないんだけどなぁ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――その日も、彼女たちは平常と変わらないはずだった。

 

 マギウスの翼の白羽根と黒羽根のチーム。

 来たるべき解放のため、彼女たちは自分たちに割り当てられた区域の監視任務を行っていた。

 その区域に出没した魔女がいれば観察し、一定以上の強さであれば報告した後に捕縛、あるいは討伐。

 たったそれだけの任務。黒羽根の実力では若干荷が重かったそれも、信城宴による訓練によって底上げが行われたことで近頃は安定してきている。

 今回もどうにかこうにかイキガミの魔女を捕縛し、後は帰還して報告すればそれで今日の務めは終了。後の時間は好きに過ごすことができる。

 

 だが。

 

 

「なによこれ……一体何が起こってるの?」

 

 

 白羽根は眼前に広がる光景に己が目を疑った。

 彼女たちの前に現れたのは羊の魔女。

 

 それだけなら驚く点はない、神浜ではありふれたタイプの魔女だ。

 問題は、それがイキガミの魔女の結界内に現れたこと。魔女過密地帯である神浜において、別の魔女の使い魔が紛れ込むということは往々にしてあるが、魔女そのものが別の結界に入り込んでくることは稀であるが、決してないわけではない。

 

 だが問題はそんなことじゃない。

 羽根たちを震えさせたのは目の前に並ぶ()()()()()()だ。

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ……!

 

 目視で数えられるだけでも十体以上。

 同一の姿をした魔女は二つの列を作って並んでいる。まるで行儀よく何かに従っているようだ。

 その光景は圧巻であり、異常。魔女同士が争いあわないどころか、まるで兵士のように並んでいるだと?

 

 

「ねぇ、これもしかしてこの前言われてたやつじゃ……」

 

 

 一人の黒羽根が震えた声で例の噂について言及する。

 数日前、魔女を相手に行われた軍事演習に複数の魔女が乱入してきたという異常事態。

 その場に居合わせた幹部たちによって片付いたというが、それを当事者以外の黒羽根は知らない。実力や精神で劣る彼女たちには余計な混乱を招くと言うことで情報統制が敷かれ、事実の共有は白羽根以上の構成員に限られている。黒羽根には最低限、ドッペルの影響で魔女にも何らかの異常事態が起こりうるので注意せよと広められたのみだ。

 だがそんな事情はもはや関係なく、今まさにその噂通りの状況が彼女たちの前に展開されていた。

 

 

「皆、ここは一度撤退よ。まずはウズメ様に報告を――」

 

 

 こんなに大量の数の魔女は自分たちの手に余る。

 白羽根は黒羽根に撤退を指示しようとして。

 

 

 

 

 

 

 

「"その姿、この街を支配する者とお見受けする"」

 

 

 

 

 

 

 近づいてきた存在に言葉を失った。

 

 ガチャリ、ガチャリ。金属の擦れあう音が鳴り響く。

 羊の魔女が整列する真ん中から進み出てきたそれは、黒い鎧を纏った人型。

 二つの角を兜に抱いた黒き騎士とでも呼ぶべき存在は、羽根たちの前で立ち止まった。

 

 

「"我は偉大なる女王に仕える騎士。主の命に従い、この地に根差す魔女の成りそこないを捜している。この街を覆う結界、その根源たる魔女の下へと案内してもらおう"」

 

 

 異国の言葉――だがその意味は言語ではなく意思として彼女たちの脳裏に伝わってきた。兜の下からくぐもって聞こえる声からして性別は男性か。

 背丈は2メートル弱。しかし人間ではないだろう。

 その身体から発せられる穢れは桁違いであり、羊の魔女の群れが視界に入らないほどの存在の『圧』が羽根たちに降り注いでいる。

 気圧されていた白羽根は、しかしこの騎士が発した「魔女の成りそこない」という単語に反応して我を取り戻した。

 

 

「魔女の成り損ない……? なんのことかしら」

 

 

 恐怖を押し殺し、虚勢を張って白を切る。

 この騎士は自分たちの救済の象徴――つまりマギウスが擁するエンヴリオ・イヴを狙っているらしい。

 これまでもイヴを探って魔術師が入り込むことは何度かあったし、その対処に白羽根として出撃したこともある。彼らは自分たちに通用する術を持っていたが、それでも分類としては人間。黒羽根ならいざ知らず、魔法少女として経験を積んだ自分なら十分に対抗できた。

 だが目の前にいるのはその程度の話が通用しない化け物だ。並の魔女など軽々と超える、恐らくは『災厄』に連なるナニカ……!

 

 

「"虚言を弄するか。しかしどれほどぬぐおうと、魂に染み付いた穢れは誤魔化すことはできん"」

 

 

 答えぬなら直に聞き出すまでと黒騎士が一歩踏み出す。

 ガチャリ、と金属の揺れる音がまるで地鳴りのように響く。

 

 

「……みんな、撤退するわよ。こんな化け物、とてもじゃないけど私たちじゃ敵わないわ」

「は、はいっ!」

「"一目散に逃走か、判断は悪くないが、遅い――"」

「それは、どうかしらね!」

 

 

 白羽根は手に持っていたキューブを放り投げる。アリナ・グレイから貸与されたそれは彼女の武器兼固有魔法の産物である結界。並ならぬ強度を誇る携行可能なそれは羽根たちが魔女を捕縛するために用いられており、現状で権限を与えられた白羽根はこれの開閉をする権限を与えられている。要するにポ○モンを捕まえる赤白のアレであり、彼女はたった今捕縛したばかりの魔女を解放した。

 

 

GAAAAAAAAA!!

 

 

 先ほどまで拘束され、怒り狂った魔女はそのまま目の前の相手に襲い掛かった。

 苦し紛れの悪あがき。だが自分たちが戦うよりも撤退のための時間を稼げるはずだ、という淡い期待はすぐに崩れ落ちることとなる。

 

 

「"愚か"」

 

 

 黒騎士は一歩も動かず。

 ぶん、と手に携えた大剣を一振り。

 それだけで魔女の身体は両断され、塵となって消滅した。

 

 

「あ……」

「"この程度か、所詮は雑兵よ"」

 

 

 自分たちがそれなりに手こずった魔女がいともたやすく葬られたことに、羽根たちは今度こそ絶望的な力の差を理解する。

 黒騎士はつまらなそうに剣を構え直しつつも、微動だにしない。

 抵抗する気があるならやってみろ。そんな傲慢さに満ちた余裕の素振りであることは見て取れた。

 

 

「……あなた達は逃げて、ここは私が食い止める」

「えっ!?」

「でも……あんなの相手じゃ……!」

「私でも敵わないとは分かってる。それこそマギウスやウズメさんを呼ばないと話にならない。でもここでコイツを野放しにはできない。だからあなた達が伝えに行くしかないの」

 

 

 力の差など百も承知。

 目の前の相手は魔女を従えるほどの存在。凡百の魔法少女に過ぎない身では叶うはずもない。

 けれどこのまま全員で逃げたとしても追い付かれる。だからこの中で最も実力の高い自分が残り、黒羽根たちがマギウスに事態を伝える。そうすれば、後は自分たちが仕えるあの紅き剣士がこの怪物を倒す。そう信じているからこそ、彼女はここで自分が捨て石になる覚悟を決めた。

 

 

「"……自らが囮になる、か"」

 

 

 黒騎士は再び足を止めた。

 それは白羽根を脅威としたからではなく、心意義を買ったがため。

 

 

「"最も善い選択だ。その気骨に免じて、貴様の足止めに付き合ってやろう。その一撃、この私に叩き込んでみるがいい"」

「……言われなくても!」

 

 

 黒羽根が結界の外まで走り去っていくのを一瞥して、白羽根は自身の魔法を発動し、魔力を限界まで搾り上げた。ソウルジェムが急速に濁り切り、溢れ出る穢れと共に異形が顕現する。

 ドッペル。マギウスが作り上げた魔女化を回避するための力。インキュベーターの権能を簒奪した魔法少女たちによって生み出された秘術の結晶である。

 

 

「"成る程。我が主らの真似事、それがこの街の魔法少女のあり方か。面白い"」

「いけっ……!」

 

 

 少女の叫びに呼応して、ドッペルはその力を振るう。

顕現した魔女体、その力は魔女と同等。非力な魔法少女であろうと、この時ばかりは強力な魔法を行使可能とする、格上に対抗するための手段でもあった。

 異形の腕が黒騎士に振り下ろされる。彼女の固有魔法は純粋な強化の類。こうして自分に限界まで強化を施せば、そのままドッペルの威力も跳ね上がる。勿論負担は軽くないが、それでも白羽根の中でも抜きんでた爆発力を持っているのが彼女だ。

 例え鎧を身に纏っていようとも、人間サイズの身体では迫る巨体には押しつぶされる。

 

 

(倒せなくても、せめて傷のひとつぐらい――!)

 

 

 後にこの怪物と戦うことになるのはマギウスを守護する剣士たち。彼女たちが少しでも有利になるようにと全力を越えた一撃が黒騎士へと襲い掛かる。

 

 

「……そ、んな」

 

 

 だが、黒騎士は立っていた。間違いなく渾身の一撃を叩きつけられたと言うのに、その鎧は全くと言っていいほど損傷していなかった。

 

 

「"良くぞ死力を尽くした。思わず防いでしまうほどに素晴らしい一撃だった"」

 

 

 ゆえに、こちらも敬意を示す。と黒騎士は少女の間合いへ瞬時に踏み込んで一閃。

 反応する間もなく、少女の身体には袈裟懸けの傷が刻まれて地に倒れる。

 

 

「ぁ……」

 

 

 だくだくと流れ出す血によって、白色のローブが赤色に染め上げられていく。

 ドッペルを出した反動で治癒が働かない。ソウルジェムの破壊は免れたが、すぐに介錯が来るだろう。

 

 

「しに、た、くない」

 

 

 首を落とされると思い、懇願の声が漏れる。

 

 がしゃり、がしゃりと金属が触れ合う音が耳に近づき……離れていく。

 

 

「……え?」

「"小兵の首を獲ったところで誉れはなし。我は先を急ぐ"」

 

 

 骸に目をくれることなく、黒騎士は黒羽根が逃げた先へと歩いていく。

 

 助かった、という安堵から嗚咽が漏れ、すぐ後に行かせてはならない、という責務から力を振り絞って立ち上がろうとして。

 

 

 

「"――だが、眷属どもはそうとは限らん。こ奴らは常に飢えている故な"」

 

 

 その小さな体を、幾つもの大きな影が覆った。

 

 

 赤黒く染まった白ローブを、羊の群れが覆い隠した。

 断末魔すらあげられずに少女が貪られる様子を黒騎士は気に留めることもなく、ただ悠々と黒羽根たちが逃げて行った方角へと歩みを進めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あれは……夜鴉さんのカラス!」

 

「大変です! 魔女の大群を連れた変な奴が、私たちを狙って――!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 蹴破る様に扉を開け、ティータイムと洒落込んでいたマギウスの下へと私は駆け込んだ。というか勢い余って飛び込み、テーブルの上に三点着地を決めた。

 ノックもなしに入ったことで給仕を務めていたウズメさんがしかめ面をするが、生憎そんな礼儀すら惜しまねばならない。

 

 

「……鶴喰、今はお嬢様がたの憩いの時間です。そして何ですかそれは、まさか双樹や信城に対抗して新しい芸風でも身につけましたか?」

「いやキャラ付けではないが」

「そんな恰好と作りきった口調を演技ではないと言い張るのは、少々無理筋だと思うけどね」

 

 

 眉ひとつ動かさないねむのダメ出しがブッ刺さる。

 

 

「まあいいでしょう。それで、何が起こりましたか?」

「緊急事態だ。羽根たちが襲撃を受けた」

「続けなさい」

 

 

 端的に言えば父の言葉が的中してしまったわけである。

 そんな私の焦燥が伝わったのだろう、ウズメさんも形だけの注意ですぐに本題を催促してきた。

 

 

「結界内で魔女でも魔法少女でもない存在に襲われたらしい。白羽根が殿を務めている。黒羽根には緊急通路を用いて帰還するように通告した。じき戻ってくるはずだ」

「魔女でも魔法少女でもない存在?」

「それはどういう存在かな。外見の情報は伝えられるかい?」

 

 

 曖昧な回答に訝しむマギウスに、私は黒羽根たちから伝えられた敵の情報を語る。

 

 

「……見た目は黒い鎧を着た騎士。大量の羊の魔女を引き連れ、魔女の成りそこないを捜していると言ったらしい」

「っ、それは!」

 

 

「失礼いたします」

 

 

 ウズメが声を荒げた瞬間、背後からの声。

 開いたままの扉の隙間からぬるりと現れた葛葉はいつになく神妙な様子で部屋中を見渡した。

 

 

「ええ、ええ。皆さまちょうど集まっておられますね」

 

 

 葛葉はヴェールの下で目を伏せながら、一枚の札を取り出した。

 羽根のように切り取られたそれはマギウスの翼の構成員に作ることを義務づけられているもの。葛葉の呪術によって当人とリンクし、その羽根が血に染まる時、命脈が尽きたことを知らせる。要するにドッグタグである。

 赤黒く染まった呪符に示されていた名前が誰のものなのか、あえて言う必要もない。

 

 

「ッ! その札は――」

「先ほど黒羽根たちが到着いたしました。彼女は立派に役目を果たされたようです」

 

 

 ぎり、と歯を噛み締める音が聞こえた。

 ウズメさんから発せられる鋭く静かな怒気によって全員がすくみ上がる中、葛葉は静かに口を開いた。

 

 

「……続けての報告を。現在、神浜市中の霊脈上に膨大な穢れが浮上しております。それは収束点である此処、フェントホープに向けて真っすぐに進行中。追随する形で数十体にも及ぶ魔女も接近中。おそらく後十分も経たずして到着するかと」

 

「……ウズメさま。マギウスの方々。これは正真正銘、心からの助言にございます」

「今すぐ全ての羽根を集め、イヴの警護に回しなさい」

 

 

「さもなくば、私たちは全滅しますよ」

 

 

 これまでの嘲るような態度が嘘だったと思えるほどに真面目な態度。その声に込められた焦燥は、初めて彼女の本心が感じられた瞬間だった。

 

 

「その言いぶり、何か心当たりがありそうだね」

「ええ、ええ。正直、あちら側の狙いがイヴでなければ一目散に逃げ出しています」

「あなたがそこまで言う相手ー?」

「当然。これまでの情報を統合するに敵の素性は恐らく――」

 

 

 途端。

 空気が揺れ、内臓から揺さぶられるような衝撃が外から走った。

 

 マギウスも、ウズメさんも、葛葉も。

 皆が突如として伝わってきた魔力の波動に肩を強張らせ、反射的に身構えた。

 

 

「……まずいね。ウワサの結界を破壊して無理やり侵入された」

「嗚呼、来てしまいましたか」

 

 

 ひどく憂鬱そうに葛葉は首を振る。

 

 ウワサの結界は魔女のそれとは性質が違う。そのウワサごとに定められた『内容(ルール)』に該当した者、あるいはウワサの在り方に反する行為を行った者以外を結界の内側に引き込むことはできないが、その反面その『内容』を知らない者が立ち入ることはできないセキュリティとしても機能している。ホテルフェントホープは分かりやすく、マギウスの翼の羽根たちの拠点として作られたため組織外の存在は入ることができない。

 

 勿論、これにも抜け穴は存在する。

 

 一つは入り口である万年桜のウワサの結界から入る。これは部外者を組織に招くときに使われる手法だ。これは害意を持って侵入するものはまず万年桜のウワサに弾かれるらしい。実際にそうなったことは無く伝聞系ではあるのだが。

 

 もう一つは現実世界とウワサの結界が重なり合うポイントを発見し、そこから強引に魔力を通してこじ開けること。要は私たち魔法少女が魔女の結界に対して行っている事と同じなのだが、その難易度は魔女のそれの比ではない。

 ウワサは同じ魔法少女の魔法で作られたもの。少女の奇跡とはただそれだけで相応の力を持っている。創造主たるねむ渾身の力作であるこのホテルは最高峰の要塞だ。幽界眼という対魔法異能を持つ私ですら結界を無理やり破壊することはできない。おそらくは同等の因果量を持つ灯花ですら突破には半日の時間を有するだろう。

 

 

 まあ、何が言いたいのかと言うと。

 たった今やってきた招かれざる客は、ウワサの結界すら強引に破るだけの力量を持った相手であるということだ。

 

 

 ……え、マジで今からそいつ相手にするの?

 

 

「鶴喰、外の様子は確認できますか?」

「……あ、ああ。カラスの視界を出そう」

 

 

 フェントホープの屋根の上にいる監視カラスの視界を壁に映す。

 

 そこに広がった光景は衝撃の一言だった。

 

 ちょうど羽根たちの訓練が行われている最中である外庭。そこから外側に少し向かって結界の壁に突き当たる部分には巨大な斬撃痕とでも呼ぶべきものが刻まれており、その裂け目から数十体もの羊の魔女が雪崩れ込んできていた。先日遭遇したものと同じものが、規模をさらに大きくして展開されている。

 

 

「ワーオ」

「にゃーっ!? 魔女が群れてるって言ってもこんな大量なんて聞いてなーい!!」

「それだけじゃないよ……あの後ろにいるもの、あれが僕のウワサを斬った下手人だ」

 

 

 そしてその羊の魔女の群れの最後尾。粛々と歩いてくる人影に自然と目を惹かれる。使い魔越しでも感じるただならぬ存在感。羊角の装飾を兜に戴いた黒い全身鎧に身を包んだソレが、その報告にあった騎士であることは間違いない。

 

 

「……やはり、そうでしたか」

「葛葉、となるとあれが……」

「ええ。ええ。私も実のところ資料でのみ拝見していましたが、その通りの姿で来られてしまえば、確信に至らざるを得ませんね」

「知っているんだね? あの怪物を」

「はい、はい。教会の人間たちに伝わる伝承のようなものですが、黄道十二魔女が一座にして最強の一角たる牡羊座の魔女。ただ何もせずに怠惰を貪る魔女は当人が人界に関わることは滅多にないですが、その分使い魔は各地でその姿が確認されております。

 その中でも最も有名な使い魔こそが、主が求めるものを集めるために世界を放浪し剣を振るう黒い騎士。

 

 

 

 ――名を、簒奪騎士アルファルド。『第一の使い魔』と恐れられし剣士が、イヴを求めてきましたか」

 

 

 

 

observe zodiac

――黄道十二魔女 絢爛――

Alphard




〇アルファルド
 『簒奪騎士』『第一の使い魔』の異名を持つ眷属。黄道十二魔女が第一席【牡羊座の魔女】の使い魔。怠惰に耽る魔女の命に従い、各地にて簒奪の限りを尽くす。
 上級魔女に匹敵する存在であり、真理の欠片を与えられている。獲物は無骨なブロードソードだが、真の武装として羊の角から削りだしたと思わしき大剣を用いる。


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第五十八話 ブラックナイト・ナイトメア……②【衝突】

 ChapterⅡ【衝突】

 

 

 

 その時は羽根たちの戦闘訓練が行われている最中だった。

 突如として結界の一角に裂け目が生じたかと思うと、そこから数にして二十を超える羊の魔女のみが押し寄せてきたのだ。

 

 

「ひっ、ま……魔女!?」

「しかも同じ魔女ばかり、どういう事!?」

「アリナさんが放った魔女……じゃないよね」

 

 

 マギウス屈指の狂人による戯れなのか。

 ほぼ自然に羽根の間で共有されてしまったその疑念の答え合わせに意味はなく。

 羊の魔女は羽根たちを視認するや否や、一斉に牙をむき出しにして襲い掛かる。

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 ただ最も近くにいた。それだけの不運。

 不意打ちじみた魔女の突撃に、混乱から立ち直っていない黒羽根に抵抗する術は無く。

 出来ることなど最初の犠牲者としてさらなる混乱と悲鳴を招く役目以外には何も――。

 

 

 BARATATATATATATATA!!

 

 

 横薙ぎに線を描く火花が魔女の身体を穿ち、瞬く間にスイスチーズめいた姿へと変えた。

 信城宴は硝煙を吐き出す銃口を下げ、黒羽根につかつかと歩み寄る。

 

 

「無事かい?」

「ぁ、は……はい」

 

 

 自信に満ちた笑顔を浮かべる中性的な美貌。

 ずい、と顔を引き寄せられた黒羽根はフードの下で顔を赤くする。

 とはいえ、いたいけな羽根を誑かしている暇はなく、宴は速やかに指示を下した。

 

 

「ひとまず向こうの羽根たちと合流して事に当たってくれ。燦の指示に従うように」

「わ、分かりました……」

 

 

 丁度訓練中だった黒羽根たちと共に、魔女の群れと交戦を開始した神楽の方向を指さす。

 黒羽根が駆けていくのを見届けてから、宴は骨髄のインプラントユニットから結界外のバックヤードへと極秘通信を繋げる。

 

 

「……オペレーションコール。状況は確認できているな?」

『はい。同型魔女の大量発生、並びに魔女同士の集団行動。三日前に貴女が遭遇したケースとの関連が見られる、というよりは同一の勢力によるものでしょう』

「まあ二度目ともなればね。偵察は十分、本格的に侵攻を開始したってところかな。それで、敵軍の詳細についてデータはあるかい?」

『はい。過去発生した類似する状況に幾らかの該当項目が一件。『貴族』となる特異個体と接触した場合のみ、魔女はその個体を中心とした隷属関係および協調行動をとることが確認されています。そして、その特異個体が確認された例についてですが――』

「――黄道十二魔女、か」

 

 

 その答えはオペレーターに向けてのものではない。

 目の前の人影を見たことによる、自分自身への答え合わせ。

 

 

 眼前に立ちふさがる宴を目掛けて魔女が二体、襲い掛かる。

 宴は迷うことなく銃口を向けるが、引き金を引く前に白ドレスの少女がひらりと前に躍り出る。

 乱入した少女は手に持った刃を振るい、放たれた炎によって魔女は瞬く間に塵に還った。

 

 沙羅ウズメの部下、双樹あやせはこの異常事態でも顔色一つ変えることなく、散歩でもするような気軽さで宴の下まで近づいてきた。

 

 

「おや、あやせちゃん。総統の下に行ったんじゃなかったかい?」

「マギウスがお茶会中だからって追い出されちゃった。暇だし羽根たちで遊ぼうかと思ってきてみたけど……うん、そんな場合じゃないね」

 

 

 あやせ/ルカも宴と同じ方向を見やる。

 結界の裂け目から悠々と歩み出る影。可視化できるほどに色濃い穢れで輪郭を歪ませた、黒甲冑の騎士とでも呼ぶべきもの。

 発せられる尋常ならざる圧力に、常に余裕ぶった表情を崩さないあやせ(ルカ)も顔を引き締めて剣を握っている。

 

 

「何アレ? 魔女っぽくないけど」

「そうだね。あれは魔女じゃなくて使い魔だ。ああ、羊の魔女の使い魔って意味じゃないよ。そんなチャチな領域の存在じゃない。多分だが、あれは――」

 

 

「"――我が名はアルファルド。悠久の時を生きる我が君主の望みをかなえる騎士である"」

 

 

 騎士が名乗りを上げる。

 発せられる声は異国のもの。しかし魔法少女たちの脳内には”言葉”ではなく”意志”が一言一句違えることなく伝えられる。彼らのような超抜存在にとって言語の壁などあってないようなもの。人の言葉など、所詮はかつての名残だ。

 

 

「"退け、うら若き乙女たちよ。お前たちが抱える魔女のなりそこない、エンブリオ・イヴを女王は所望した。疾く頭を垂れ、道を譲るのならばこれ以上の狼藉は控えよう"」

「これはご丁寧にどうも、簒奪の騎士殿。しかし生憎、君の目的は人類の礎となりうる鍵でね。たかだか魔女の王様にくれてやれないさ。――で、どこでその名を知った」

「"愚問。我が女王は玉座にありてお前たちの在り様をいちときに知る。私はただ、女王の望みを叶えるのみ。――さて、退かぬというのならば致し方なし。押し通り、簒奪するまで"」

 

 

 剣の切っ先を向け、騎士は羽根たちに向けたものと同じ問いを投げかける。

 膨れ上がる殺気に、さしもの宴も一筋の汗を流す。

 

 

(さて、どうするか)

 

 

 宴は思案する。

 この騎士をフェントホープの内部に入れてはいけない。

 簒奪騎士アルファルドの名はビクトリーグループにおいても知るところ。

 秘宝、珍品、業物を殺戮を伴って略奪する魔術世界における最も活発な災厄の徒。欧州支部の活動圏内において、かの使い魔によるものと思わしき被害はいくつも確認されており、そのいずれもが凄惨なる有様だ。

 もしアレが一歩でもウワサの裡に踏み入れば、狼藉の限りを尽くした後にイヴを奪い去ることは想像に難くない。確かにマギウスは天才と呼ぶに相応しく、ビクトリーグループが保有するアーカイブ内のどの魔法少女よりも強力無比。並大抵の魔女ならば鎧袖一触に消し飛ばせるのだろう。

 

 裏を返せば、それは自分と同格以上の存在を相手取ったことがないということ。

 

 相手は災厄たる十二魔女の直属。数多の魔法少女を相対し、その悉くを葬ってきた正真正銘の怪物。文献によればかの百年戦争にも参加して双方の魔法少女を同時に相手取ったとされる極めつけ。

 そんな存在を相手にあの天才というだけの子供が戦えるか? 否だろう。自分たちの魔法に自信を持っているならば猶更、それが通用せず命の凌ぎ合いを強いられた時には地の脆さが露わとなる。数多の魔法少女と戦い、その自信を粉砕して踏みにじってきた宴はそれを熟知していた。

 

 実のところ、あの特異な魔女をマギウスがどこから持ってきたのかを疑問に思っていたが、今となっては些末な疑問だ。重要なのはイヴが目の前の騎士、すなわち十二魔女に連なる者すらも求める存在であったという事。

 そうとなれば、わが身可愛さにこの男を通すわけにはいかなくなった。魔女化の破却はV社にとっても理想へと大きく近づくことができる。あの陰陽師(政府)が予定調和に掻っ攫うならともかく、不倶戴天の敵である魔女の手に渡るなど言語道断。

 

 ……そして、なによりも。

 

 

(人類未踏の災厄。挑むに不足なし)

 

 

 魔女を殲滅するために作られた己のボディが、目の前の相手にどれだけ通用するのかを試すことができるというのは得難い経験。いずれ人類が挑むべき災厄、ならばその叡智の結晶たる自身が挑むは当然のこと。

 

 宴は二つの機関銃を両手に構え、同時にボディの戦闘機能をアクティブ3からアクティブ1へ。弾薬、魔力、兵装の一切合切を惜しみなく。全力を以って目の前の相手を粉砕する。

 

 

『正気ですか?』

 

 

 オペレーターの戸惑いが聞こえる。

 敵は一個小隊どころか軍隊を揃えて立ち向かうべき存在。少なくとも宴が属する部隊を引っ張り出して尚吊り合うかも怪しい相手だ。

 

 

「全く以って冷静に判断しているとも。これの看過は我々の作戦の失敗――ひいては人類の損害に直結する。この体を賭して迎撃することに異論はないだろう?」

『ですが、貴方の現在の装備では……』

 

 

 宴の身体に組み込まれている武装は確かに魔女を一方的に葬るだけの火力を有している。だがそれは飽くまで通常の、中級魔女までを想定とした対人武装であり、災厄級の魔女との遭遇戦などは想定されていない。そうした街一つを支配下に置くような存在相手にはこちらから突入を仕掛ける状況が想定されており、その場合に投入される戦略兵器と比べればこのパワードボディは心許ない。虎の子を解禁したとしても分は悪いままだろう。

 信城宴はビクトリーグループが保有する数ある戦力の一騎でしかない。だがそれと同時に彼女自身は代替の効かない才能を持った実験体。敗北が分かり切っている戦いで消費すると言うのは、あまりにも損失がすぎる。その考えの下、オペレーターは退避命令を下そうとして。

 

 

『構わん。交戦を許可する』

『主任!? ですが、あまりにも……』

 

 

 通信に割り込んだ声に平常を務めていたオペレーターの声が上ずった。

 

 

『元々現場での判断はお前に一任している。目の前に立ち塞がる障害は粉砕するのが君のポリシーだろう。遠慮なくかましてこい、()()()()。ただし勝利以外は許されんぞ』

「ご厚意に感謝するよ()()()()()。それじゃあこの後、オールメンテナンスの予約をしておいてくれ、勝利を手土産に凱旋といこう」

『それじゃあ回収は私がいきますね。盛大にブッ壊れておいてほしいですけど、せめて私が解体する余地は残しておいてくださいねー』

 

 

 さらに割り込んできた気だるげな言葉を最後に、宴は通信を切る。

 

 いつもは蹂躙、良くて互角の相手との戦いを越えてきた宴だったが、今回ばかりは格上への挑戦。ある意味では本懐とも呼べる戦いの予感に知らず口角が吊り上がる。

 

 

「なあ、双樹姉妹」

「なに?」

「私は統括官が駆けつけるまでヤツを足止めしてみるが……お前はどうする?」

「え、それ私に聞く? スキくない質問だね」

 

 

 銃のリロードを行いながら訪ねる銀色の麗人に、何を当たり前のことを聞いているのだと白いドレスの少女は首を傾げた。

 

 

「マギウスの敵ってことはお姉さまの敵。お姉さまの敵は私たちの敵。だったら殺す以外の選択肢なんて、最初からないでしょ」

「……熱いラブコールだ。そんなに愛があるなら私にも少しぐらい愛敬を振り撒いてくれてもいいんじゃないか?」

「やだ。だってあなたの顔ムカつくもん」

 

 

 そうして、軽口を交わしながら戦士たちは死地へ赴く。

 

 相手は一人。対してこちらは二人。

 数は優っているが、実際の盤面は圧倒的に不利。

 はたしてどれだけ食い下がれることか。

 

 オオン、と背後から獣めいた唸り声が響く。

 

 

「ほう、どうやらマギウスも動いたらしい」

 

「「「 !!ウオ(◎×◎)クマッ!! 」」」

 

 

 手足をドライバーに置換した極彩色のテディベアがホテルの中からわらわらと出現し、羊の魔女と戦う羽根たちに合流していく。

 兵隊グマのウワサ。フェントホープの骨子である女王グマのウワサから生み出されるこのウワサはホテルそのものに危害を加えようとしたものに制裁を与える役目を持つ。本来は侵入者を迎撃するためのウワサだが、今回はそうなる前に柊ねむが緊急で発動させたのだろう。

 一体一体が白羽根とタメを張れる戦力を持ち、何よりも兵隊を倒したところでウワサそのものは消滅することがない再度女王より生み出されて補充される。防衛という点においては最適な兵隊だ。

 

 生え変わる眼球を飛ばしてくる羊を、熊は身体を回転させながら掴みかかる。そうして動きを封じたところを別の熊が諸共に貫き、そこに羊の突進が跳ね飛ばす。

 

 デフォルメされた姿がぶつかり合う様子は一見してファンシーにも見えるが、実際に行われているのは野生の生存競争よりもなお悍ましい血肉を削り合う戦争だ。

 

 ともあれ、これで羽根たちも多少は持ちこたえられるだろう。

 自分たちは心置きなく目の前の相手に集中するのみ。

 

 

「では、状況開始だ。5分は持たせよう」

「私たちに命令しないでよ、ね!」

 

 

 ドレスは赤と白の折衷色に、その双剣には炎と吹雪を纏う。

 手足に電光が迸り、その肉体に秘めた機構を開封する。

 そうして、二人の戦士は災厄へと挑みかかる。

 

 

「"来るか、その意義やよし"」

 

 

 宴は手に持った機銃を掃射。

 ただの魔女であれば瞬く間に挽肉へと変える鉄の豪雨が簒奪騎士へと降り注ぐ。

 簒奪騎士は剣を振るって弾丸を弾き飛ばし、弾幕の横から斬りつけてきた二振りの剣を迎え撃った。

 

 

「"……剣で挑みに来るか、いいだろ――アヴィーソ・デルスティオーネぬぅっ!

 

 

 剣から放たれた劫火が炸裂し、簒奪騎士の身体を包み込む。

 

 

「あはっ、まともに打ち合うわけないでしょ」

「"小癪な"」

 

 

 騎士はその身体から呪いを噴出させて炎を掻き消す。

 そのまま双樹に追撃を仕掛けようと構えた時、己を打っていた弾幕が止んでいることに気づく。

 

 

――炸裂機甲槌撃(パイルスマッシャー)

 

 

 瞬時に距離を詰めた宴が拳を振るい、腕に仕込まれたシリンダー機構が炸裂する。

 轟音。

 騎士は一歩後ずさるが、隙を見せることなく剣を横に薙ぎ払う。

 宴はマニューバ軌道でこれを躱し、双樹と同じように距離を取った。

 

 

「"なるほど。先ほどの雑兵よりはやるか、そうでなくてはな……!!"」

「ちょっと、全然効いてない気がするけど?」

「君の言う通りだ。どうも感触が妙だった」

 

 

 発揮した威力と、それによって伝わった反動。腕が接触すると同時に解析した鎧の材質はごく一般的な金属板。初手の銃撃、ならびに今の打撃を防ぎきるほどの防御力は持ち合わせていないはず。

 と、なれば答えは一つ。

 

 

「どうやらこちらの攻撃を軽減する異能は持っているらしい。おおかた魔力外殻の類だろうけど、こと十二魔女の眷属ともなればそれだけでも桁違いらしいね」

「げ、面倒。でもそれなら、解決方法は一つだよね」

「ああ。削り切れるまで叩くだけさ」

 

 

 どれほど強固な護りであれ、それが魔力によって形成されている以上は展開し続けるにも限りがある。

 ならばとにかく間髪入れずに攻撃を与え続け、外殻を維持できなくなるまで消耗させればいい。

 シンプルな答えではあるが、目の前の相手が自分たちを凌駕する怪物であることを加味すれば難易度は跳ね上がる。

 要はどちらが先に挫けるかの消耗戦。

 ウズメ達が応援に駆け付けるまで、どれだけ相手の手札を暴けるかが勝利の鍵だ。

 

 

「絶やさず攻めるぞ。先にヘタらないでくれよ?」

「そっちこそ、弾切れなんかしないでよねっ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――黄道十二魔女。

 それは魔女階梯Ⅸ位に位置する最上位存在であり、本来なら群れるはずのない魔女を統率する特異個体。

 西暦以前に発生したとされ、今もなお活動を続けているという凶悪な十二体の魔女の総称。

 希望を振るう魔法少女を無作為に蹂躙し、人間を家畜のように飼い鳴らして貪る、まさに災害そのもの。

 

 

 今ここを襲撃している存在が、その十二魔女の使い魔だと陰陽師は言った。

 

 

「十二魔女直属の使い魔……それもあの簒奪騎士ですって!?」

「ええ」

 

 

 ホテルの廊下を駆ける中、合流したみふゆさんが敵の詳細を聞いて声を荒げる。

 

 類を見ないほど長年のキャリアを持つ彼女だが、十二魔女に関わった経験はない。

 それでも歴戦の魔法少女として、今自分たちを襲っている異常事態がそれだけのものであるのだというのは理解できたのだろう。

 その気で動けば都市一つ、国家だろうと簡単に滅ぼしうる存在。幾人もの実力者を投じ、莫大な損害を受け入れても打倒は困難。討伐成功例はこれまでにたったの三体。

 四分の一を減じたと言えば聞こえはいいだろうが、それはここ300年で人類が発展し、多くの手段を得たことでようやく成し得た奇跡であることは誰の眼から見ても明らか。あの人(紺染音子)ですらも紙一重の勝利であった以上、少なくとも安易に討伐を名乗り出られるものではない。

 

 

「既にホテルの警報は鳴らしてある。羽根たちが蹂躙されている事は免れているはずだよ」

「とはいえ、あまりアテにできるものではありませんね。鶴喰、現場の状況は如何に」

 

 

 視界をリンクさせている鴉から、既に大規模な戦闘が開始されている光景が伝わる。

 そして庭にした暴れん坊二人が、黒い甲冑姿の人型に挑みかかるのも見えた。

 なるほど、あの鎧魔女の親玉だけあって騎士という見た目だ。

 

 

「今、双樹と信城が黒騎士と交戦を開始した。羽根たちはウワサを盾に羊の魔女と戦っているが、やはり数が多いな。それに魔女の質がウワサよりも強いな……交換比率は1:3といったところか」

「では急いで合流しましょう」

 

 

 そうして玄関にたどり着き、我々はようやく肉眼で現場を確認した。

 庭には羊の魔女が溢れかえり、あちこちで熊型のウワサと羽根の混成軍による乱戦が展開されている。

 完全な混乱に陥らずに戦闘が出来ているのは、ウズメさんからの指令が即座に下り、神楽や天音姉妹ら白羽根が率先して現場指揮に動いてくれたおかげだ。こういう時、組織のトップとの距離が近いのは本当に助かる。

 だが、そんな驚異的な光景を私は注視していない。

 恐らく、この場にいるマギウスや側近たちも同様に、魔女程度には目もくれていないはずだ。

 

 目を向けるのはただ一点。

 ここから最も遠い地点。

 炎と冷気、電光と銃声が入り交じり轟く、この上なく過酷な戦場がそこには広がっていた。

 

 双樹あやせ(ルカ)と信城宴。

 マギウスの翼の実力者二人がかりで挑んでいるあの黒き騎士こそがこの事態を引き起こした張本人、簒奪騎士アルファルド。

 

 

「――」

 

 

 カラス越しでは使えなかった幽界眼でヤツを凝視する。

 相手は得体のしれない存在だ。

 魔女を従え、魔法少女をあしらい、おそらくはドッペルすらも通用しなかった怪物中の怪物。

 その正体が何なのかを探るために、私は目を凝らして――

 

 

"――――――"

 

 

 そこに宿った呪いの深さに、言葉を失った。

 どこまでも黒く濁った呪いが渦巻きながら、その中心点は何よりも眩く輝いていた。

 さながら銀河の中心にブラックホールのように。

 昏き星が、あらゆる光を呑み込んで煌々と燃え盛っている。

 

 

 

 ――成る程。

 これまで何故その名前なのかと疑問に思っていたが、黄道とは的を得た表現だ。

 

 あれはまさしく、私たちの世界(ソラ)(とざ)す星である。

 

 

 

 

「……アハッ、何あのナイト。これまで見てきたどんな魔女よりもヘヴィーでクレイジーで、ブリリアントなんですケド!!」

「凄まじいエネルギー……」

 

 

 同じく呪いの在り方を感じ取り、昂るアリナと、それが秘める熱量に戦慄する灯花。

 そしてねむは――震える声で葛葉に問いかけた。

 

 

「使い魔……君はアレをそう言ったね。

 ()()()()()()()()()()使()()()()()、本気でそう言ったのかい?」

「ええ。その通りでございますとも柊様。あれは魔女にあらず、主たる牡羊座の魔女の手足となって動く手下にございます。――最も、十二魔女の使い魔を他の魔女の使い魔と同列に語ることこそ愚の骨頂ではありますがね」

 

 

 葛葉の言葉に、息を呑む音。

 文脈と過程を重視する彼女だからこそ、あれの異常性が読み取れてしまったのだろう。

 綿密な時の重み。年月を経て凝縮された世界を犯す呪いの在り方。

 今まさに自らが想像したウワサの結界を蝕み続けているそれがどれだけ手に負えないものであるのか、彼女は身を以って理解してしまったのだ。

 

 

「……それでも信じられませんね。まさか他の魔女を手下とする使い魔がいるなんて」

「災厄に名を連ねる魔女たちは力で劣る魔女を使い魔にします。であれば、逆に魔女を上回る使い魔を生み出すことも不可能ではないということ。その延長として、あの騎士もまた魔女を使役できるということでしょう」

「なに冷静に分析しているのー!?」

 

 

 淡々と状況を述べる葛葉に灯花が激昂する。

 勿論、葛葉も状況を軽んじているわけではない。

 むしろ率先して事態を把握したことで動揺も激しいはず。

 それでも平静を保てているのは、相当な場数を踏んできた賜物とでも呼べばいいか。

 

 

「失敬。ですが、あれはまさしく災厄の一端。解放を成し得たとしても魔法少女の前に立ちはだかる絶望の一つにございます。あなた方の理想にはどれほどの障害が待ち構えているか……分かりましたか?」

「あんなのまでアリなんて聞いてなーい!!」

 

 

 灯花がやけっぱちに叫ぶが無理もない。

 

 上級魔女といっても過言ではないほどに特大の呪いを抱えた存在が『ただの使い魔』でしかないなど、魔法少女であればまず信じられない。

 魔女と同質の穢れを纏っていることは幽界眼が暴いた。だが、その根底にあるものは単なる呪いとはまた異なるモノ。恐らくだが、アレは……。

 

 

「まあ。アレが一介の使い魔というのも信じがたいことでしょう。ですが、そのようなことは些末事。今大事なのはどのようにアレを対処するか。今はお二人が応戦しておられるようですが……」

 

 

 氷河と煉獄。正反対の極限環境が顕現した前庭。

 おおよそ真っ当な生命では生きることの能わぬ真っただ中で、火薬が炸裂する音と、甲高い剣戟の音が鳴り響いている。

 

 双樹姉妹と信城宴。

 二重存在と魔導機人という魔法少女の中でも異質を究めたこの二人は、マギウスの翼の中でも屈指の戦闘能力を持つ。単純な火力という点で見れば類を見ない。ベテラン数人で対処しなければ危うい位階の魔女であっても、二人ならば難なく倒してみせるだろう。

 

 それでも、戦況は何一つ変わっていない。

 

 宴が距離を保って銃撃に徹し、防御を行う騎士に双樹が魔法を纏った斬撃を繰り出す。

 その繰り返しは相手の手札を引き出しながら致命的な隙を探り当てるための牽制であり、二人がまだ全力は出していないのは分かっている。

 

 それ以上に巧みなのが黒騎士だ。

 最低限の動きで迫る弾丸を切り払い、あるいは身に纏う鎧の頑強さに任せてしのぎながら、息をつかずに襲い来る双剣をその大剣ひとつで捌いている。熱と冷気についてはわからないが、動きに迷いがない様子から鎧によって防がれていると見るべきだ。

 

 一切の無駄のない動き、足運びと太刀筋から読み取れる卓越した技巧は、黒騎士が一流の武芸者であることの証明だ。

 不可解なのは何故か黒騎士がほぼ動く素振りを見せないこと。たかが銃撃なぞあまり脅威ではないはずだろうに、何故か奴はその場に留まって双樹を迎え撃つに留めている。

 立ちはだかる敵を倒してから進む騎士の矜持か、あるいはこちらを侮っている上位者の驕りか。

 

 いずれにせよ、彼女たちを無視してこちら側へ突っ切って来る、という展開にはならないらしい。

 そうならなくて良かったと心の底から思う。

 あんな怪物が積極的に攻めてくるとなれば、それを押しとどめることなど不可能に近かっただろう。

 

 とはいえ、そんな安堵は気休めにしかならないわけで。

 

 

「まずいな……」

「ええ。むしろ良く持ちこたえている、と褒めるべきでしょうね」

「しかし決定打がありません。このままでは……」

 

 

 確かに、二人の攻撃によって戦況は膠着状態を保っているが、実際はそのように見えるだけだ。

 

 おそらくだが黒騎士はこの状況に焦ってもいない。

 そう遅くないうちに戦況は動く、それもこちら側に悪い方向に。

 

 そうなる前に、奴への対策を練って加勢に向かわなくては――。

 

 

「ふーん。でも使い魔っていうなら――こうすればいいだけヨネ」

 

 

 パチリ。

 

 アリナが指を弾いた瞬間、激戦区の最中に緑の光が瞬いた。

 剣戟の音が止む。

 目を凝らせば、地獄の真ん中に緑色のキューブがひとつ落ちていた。

 黒騎士の姿は――ない。

 

 

「え」

「……は?」

「――なんと」

 

 

 ……マジか。

 あれだけの呪いを持った相手を、まさか結界に閉じ込めたのか。

 アリナ・グレイの固有魔法は結界。それも私が張るような防壁など比べ物にならない、世界そのものを内側に作って魔女を完全に隔離できる結界だ。

 流石はマギウス、とでもいうべきか。

 

 

「アハッ。あれだけヘヴィーなカースを持ったレアな使い魔。どんなアートにできるのか考えるだけでエキサイトしちゃ――馬鹿者、いますぐそれを放ちなさい! 死にたいのですか!!……ワッツ?」

 

 

 恍惚とするアリナに葛葉の怒号が響き、私は爆心地に目を戻す。

 双樹と信城は未だに戦闘態勢を解いていなかった。

 アリナのキューブから距離を取り、一歩も近づかないまま何かに備えている。

 

 

 (――そうか)

 

 

 声には出さず、ひそかに得心する。

 どれだけ強い因果、希望を背負った魔法少女だろうとその因果は人間一人分。魔法とは、魔力とは、すなわち時の重さ。それまでに積み重ねた因果もまた大きな力を発するもの。

 世紀の大発明となるはずのものが、それまでの因習に否定されるように。世界の革新には、それまでのあり方が立ち塞がる。

 魔法少女は未来を夢見て現実から目を背けるもの。魔女は過去に固執して現在を否定するもの。互いに同じ地点から生まれ、対極の方向に向かったものであるならば、優劣を決めるは単純な力量のみ。

 では、それが伝承に語られるほどの魔女の使い魔だというのなら。

 たかが魔法少女一人の力で抑え込めるなど、そっちのほうが馬鹿げている――。

 

 

 ピシリ。

 何かがひび割れる音が響き、その一瞬後――

 

 

「"――くだらん"」

 

 

 斬。

 

 

 

「ゴポッ……!?」

「アリナ!?」

 

 

 アリナが胸を抑え、血を吹き出して膝をつく。

 キューブのあった場所から、天を衝く黒が吹き出した。

 




○マギウスの翼:火力レート
 双樹姉妹(必殺技のDPSが強い)>=灯花(継続火力は断トツ)>宴、夜鴉>アリナ、ねむ>ウズメ(物理属性のみ)>みふゆ(幻惑によるサポート)>葛葉(本人に火力無し)



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第五十九話 ブラックナイト・ナイトメア……③【出陣/血風怒涛】

ChapterⅢ【出陣】

 

 

 

「アリナ!」

 

 

 鮮血を吹き出して崩れ落ちるアリナに駆け寄るみふゆ。

 袈裟懸けに刻まれた裂傷からは夥しく血が流れ出しており、大理石に赤く広がっていく。

 

 

"結界…………確かにそれなりの素養はあるようだが、それまでだ。たかだか逸材程度の力が、悠久の時を生きる我が主の威光にかなう道理なし"

「……チッ、作戦続行だ!」

 

 

 再び鳴り響く剣戟と銃声を耳にしながら、夜鴉は先ほどの事象について考察する。

 

 黒騎士はアリナの結界そのものをその剣で引き裂くことで脱出した。

 あの騎士が発した魔力の輝き。それに触れた途端、アリナの魔力の残滓が霧散するのを夜鴉の眼はかろうじて捉えていた。

 つまりあの騎士の魔力には他者の魔法を掻き消す、あるいは魔力そのものに干渉する性質があるということだ。

 

 

(クソ厄介だな……)

 

 

 自分が同質の力を悪用している分、その危険性については身に染みて理解している。

 

 

「これは一体……」

「呪い返しですよ。相手は使い魔とはいえ上級魔女に匹敵する存在。そんなものを己の裡側に招き入れるなど自殺行為も同然です」

「言ってる場合ですか! とにかく治療しないと……」

「ほっときなさい。ドッペルがある以上勝手に治ります。ここからが本番だと言うのに貴女の魔力を浪費させられますか」

 

 

 淡々と事実を述べる葛葉に声を荒げ、アリナの回復を計るみふゆ。

 だがウズメはそれを制止し、それよりもと葛葉に問いかける。

 

 

「はい、なんでしょうご当主」

「あれを倒す算段は?」

「犠牲を考慮しなければ、追い返すのは可能かと」

 

 

 この中で最も魔導に通じ智謀に優れた翠の少女は即座にこの場の最適解を導き出す。

 おそらく白羽根の何名かを捨て石にすれば黒騎士にも刃が届く。手痛い傷を負わせれば、流石に消耗を嫌って一時的には退けさせられる。その過程で少なくない犠牲は出るだろうが、最悪の結果は免れられる。極論、ウズメ達含む翼の羽根が全て死んだとしても、マギウスとイヴさえいれば解放は成り立つのだから。

 

 それが最も現実的な案だろう。だがウズメは首を横に振った。

 

 

「それではいけない。あのようなものを撤退させるだけでは再びイヴを狙うでしょう」

「では、どうすると?」

「決まっています――あの騎士を、討ち取ります」

「正気ですか!?」

 

 

 断固とした宣言にみふゆが瞠目する。

 ウズメの実力は知っている。葛葉の卓越した陰陽術も、あやせとルカの力も、宴の武装も――夜鴉(つばめ)の奥の手も。

 親友(やちよ)後輩(鶴乃)にも匹敵する猛者が自分を含めて六人。なるほど、これだけいれば確かにどんな魔女であっても立ち向かえると言えるだろう。あれをこの目で見るまではそう思っていた。

 

 だが、あの騎士は桁違いだ。

 見ただけでも実力の差が分かるほどの威圧感。

 魔女すらも手下として従える強力な呪い。

 マギウスの魔法すら真っ向から破った魔力。

 次元の違う相手を前に、この女傑はそれでもと立ち向かう道を選んだのだ。

 

 ……あるいは、自分が臆病風に吹かれているだけかもしれない。

 

 

「ええ。実を言えば、いずれこのような相手が立ち塞がることは想定していました。他所の魔法少女か、聖堂騎士か。そのいずれでもありませんでしたが、アレが魔性というならば斬ることこそ我が本懐。ここで退く道理はありません」

「……仕方ありませんか。あなた方にここで倒れられるのは我々としても不都合が過ぎる。何よりイヴが十二魔女の手に渡ると言うのも非常によろしくない事態。ただでさえ世界中に影響を及ぼせる魔女、それを神浜の霊脈に根付かせた状態で侵食されたとなれば、この街そのものが奴らめの領域に上書きされましょう」

「何やってくれてんの?」

 

 

 さらりととんでもない事実を暴露した葛葉に、夜鴉が抗議の目を向けるが、ほほほと笑って受け流されてしまう。

 この上なく不穏ではあるのだが、しかし今ここで急いで問い詰める話でもない。ひとまずその話を脇に置いた。

 

 

「ウズメ、私たちも……」

 

 

 戦いに加わろうとする灯花をウズメは制止する。

 

 

「お嬢さまたちは下がっていてください。あなた方の身に何かあったとすれば、私は御父上に何と報告すればよいか」

 

 

 確かに灯花の『変換』によるエネルギー照射は強力無比。

 ほぼ無尽とも呼べる熱量を放ち、魔女であっても簡単に蒸発させる力は確かに通用するだろう。

 

 けれどそれはウズメの戦う意義ではない。

 万が一、灯花とねむの二人が致命傷を負ってしまえば例えイヴを奪われずとも魔法少女の解放はその時点で頓挫する。

 必要なのは『回収』の力だけではない。『変換』と『具現』。そのどちらかでも欠けてしまえば容易く綻んでしまうシステムなのだと、夜鴉は父からの推察を思い出す。

 

 

「その通りだマギウス。私たちはマギウスの翼。助けとなる者達がここであなた方の手を煩わせるなど、それこそ存在意義の否定というものだ」

「でもっ……」

「……仕方ない。僕のウワサが力負けして、アリナの結界も破られた以上、灯花の変換も通用しない可能性がある。いや、単純な火力という点では適任ではあるのだろう。ただし、その魔法を見せればあの騎士は間違いなく君を狙ってくるだろう」

 

 

 ウズメの言葉に夜鴉も賛同するが、灯花はなお食い下がろうとする。

 そこに理屈をつけてを説得するねむもまた、表情では納得していない様子だった。

 

 普段は他人を使うことを当然として、羽根たちを魔女狩りに赴かせることに眉ひとつ動かさないマギウスがここまで感情を露わにするのも珍しい。どうやら普段の余裕さは自分たちの優秀さ、強さといったもの以上に、ウズメの力と献身によって支えられていたのだろう。

 

 

(まあ、ここまで完璧な従者がいればそうもなりますか)

 

 

 いくら天才とはいえ、彼女たちは中学生にも満たない幼子。

 身の回りに付き従い、世話をする大人に対して家族と同等かそれ以上の親愛を抱くのは当然のこと。

 

 それが例え歴戦の強者であっても、立ち向かうのは自分たちの魔法すら破る災厄の眷属。

 もしも、この忠実な従者を……大切な家族を失うかもしれない事態に不安を覚えるのも仕方がない。

 

 

「夜鴉さん……」

「腹を括れ。どの道、あんなものを野放しにできる相手ではない。それとも、あの《鉄の英雄》がこの街に戻ってくるまで逃げ続けてみるか?」

「……わかりました」

 

 

 みふゆも覚悟を決めて立ち上がる。その傍らでアリナはずっと痙攣中であり、そろそろ失血がヤバいことになっていた。

 

 

「で、策はあるのか?」

「ええまあ。まず、かの者は間違いなく呪詛によって強固な護りを得ております。おそらくは主たる牡羊座の魔女から与えられた呪の欠片でございましょう」

「……渇望真理(カルマデザイア)か」

「おや、おや。ご存じでしたか。超級の魔女が持つ現実を脅かし法則を捻じ曲げる呪詛。あれがある限りはまともに立ち行くこともできないでしょう」

 

 

 最上位に達した魔女の核。グリーフシードに宿る()()()()()()呪い。それこそが、魔法少女の魔法すら打ち消した力の正体。

 極限にまで育った呪いはその在り様からして通常の魔女とは異なるもの。魔女の結界には物理法則が通用しないものもあるが、渇望真理はそれを現実世界にまで拡大したもの。要は世界そのものを自らの結界に塗り替え、絶対的なルールを周囲の全てに押し付けるのだ。

 

 例えば、傷を蝕み、生命を脅かす生絶の火が燃え盛る灼熱の砂漠(蠍座の真理)

 例えば、あらゆる罪を認めず、その身に抱えた業を毒に変換する不浄の庵(水瓶座の真理)

 例えば、あらゆる災厄を跳ね除け、同時にあらゆる敵を砕く加護を与える枯れた岩礁(蟹座の真理)

 

 彼がその身体から滲ませている呪いは周囲を侵食する。じわりと滲み出す程度なのは、おそらく彼が使い魔であり、呪いが主である魔女から与えられた力だからだろう。もし牡羊座の魔女本体が出てきていれば、とっくの前にウワサの結界なんぞ塗りつぶされている筈だ。

 

 

「ですので、まずはその護りを攻略しなければなりません。私がそのための結界を張りますので、梓さまと鶴喰さまはお二人に加勢して足止めを。そうしてヤツの護りが弱まった瞬間に一斉攻撃。そしてウズメ様にトドメを刺していただく。この方法以外にありますまい」

「随分と簡単に言うが、できるのか?」

「外ならともかく、ここはフェントホープの結界内。私も構築に関わっておりますので、まあその辺りはチョチョイと。とはいえ、これまでイヴへ供給していたエネルギーを少し消費しなくてはなりませんが……」

「如何しますか、灯花様」

「許可! どうせアレをどうにかしないとイヴが奪われるんでしょ? そのコストぐらいはすぐにペイすればいいもんね」

「分かりました。ではすぐに掛かりなさい」

「一旦確認挟む必要ありましたか? まあいいですが、それでは――我ガ四方ニ囲ミ出デヨ(さあさあ仕事の時間ですよ)守護ノ神子達(サボってないで働きなさい)!」

 

 

――式神形成・前後衛鬼

――式神形成・左右頭将

 

 

 葛葉が放り投げた紙が四方へと飛ぶ。

 瞬間、赤と青の肌をした二対の鬼と、牛の頭と馬の頭持つ二組の獄卒が出現する。

 

 前鬼、後鬼。牛頭と馬頭。

 名高き日本の怪異。人を護り、罪を裁く神の遣いが葛葉とマギウスを守護するように四方を固めた。

 

 

「これで護りは良し。これから陣の構築を行いますので、その間は頼みましたよ」

「上出来です――鶴喰!」

「心得た」

 

 

 夜鴉が秘めたる魔力を解放し、黒翼を顕現させる。

 そして羽ばたきと同時に全力で大地を蹴り、跳躍――ならぬ飛翔。

 それに続いてみふゆも戦場へと跳んでいく。

 

 

「では灯花様、ねむ様。行って参ります」

「ウズメ……」

 

 

 そして自らも出陣しようとした時、ウズメは唐突に裾を掴まれた。

 振り返れば、護るべき主とその朋友がこちらを見上げていた。天才としての自信に満ち溢れた不遜な笑顔は欠片も無く、ただ従者の身を案じて涙ぐむ視線がウズメの眼と交わった。

 

 

「大丈夫ですよ、お嬢様」

 

 

 ウズメは屈みこんで目線を合わせ、穏やかな笑みを浮かべて灯花に語る。

 

 

「あの狼藉者を貴女がたには指一本触れさせません。魔法少女の解放……()()()()()()が願いを捧げてまで成し遂げようとした夢を、私はこの命に代えてでも護ると誓ったのですから」

「……それだけじゃ駄目。ちゃんと、帰ってきて」

「かしこまりました。では」

 

 

 一度灯花を抱きしめ、ねむの頭を優しく撫でる。

 

 そして、沙羅ウズメは血風吹きすさぶ戦場へと足を踏み出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

ChapterⅣ【血風怒涛】

 

 

 

 既に異形顕現を解禁した夜鴉は最高速度で前線にたどり着き、そのまま双樹と切り結ぶアルファルドへと肉迫。鎧の継ぎ目を目掛け、全力の突撃が繰り出される。

 

 

"ぬぅっ!"

 

 

 迫るは音すらも置き去りにした大質量! 

 並みの魔女であれば胴体に風穴が空くどころか、穂先に密集する棘によって跡形もなく粉砕せしめる一撃が鎧ごと貫かんとする。

 だが黒騎士はこの意識外からの突撃にも反応し、その剣によって軌道を反らすどころか、むしろ真っ向から迎え撃ってみせた。

 

 

「ッ!!」

 

 

 火花を散らし、鉄片が舞う。

 鎧へ飛び散った虚火を見て、黒騎士が笑う。

 

 

"その力……ハハッ、死の炎とは。これは珍しいものに出逢ったな"

(なんだこの馬鹿力は! まともに打ち合ってられませんよ!!)

 

 

 最適な迎撃では無かったと言うのに、剣で突撃槍に拮抗するどころか押し勝つ黒騎士の膂力に冷や汗を流す夜鴉。

 たたらを踏んで後退したところに黒騎士は追撃の斬撃を放とうとするが、それは上空より飛来したチャクラムによって阻まれる。

 夜鴉は体勢を立て直し、その横にみふゆが着地する。

 

 街で頭目を張れる実力者が四人。

 なるほど、そこそこの連中は揃っている。おまけに希少な異能持ちもいる。

 黒騎士は彼女たちの力量を冷静に把握し、どうやら多少は趣のある戦いを演じてくれるだろうと結論を下した。

 

 

"ふむ……どうやらこれで戦力はすべてか?"

「――ハハッ、それはちょっと見くびりすぎだよアルファルド殿」

 

 

 そうやって剣を構えた騎士を、宴が嘲笑う。

 

 

()()()()()()()、私たちの最強だ」

 

 

 視線だけが下に移る。

 己から三歩分。剣の間合いの内側。

 そこには低い姿勢で踏み込み、緋色の刃を握る紅き武者の姿が――。

 

 

 "なんと"

 

 

 "これは"

 

 

 ――血刃ノ壱 暁刀

 

 

 一閃。

 鎧の隙間。首を切り落とさんと掬い上げるように迫る剣筋を、黒騎士は大剣の腹で反らす。

 狙いを其れた斬撃は鎧の胸を掠るに留めるも、既に次の斬撃が鋭角を描いて襲い掛かる!

 

 

"ヌゥゥ……フハ、ハハハハハ!"

 

 

 驚愕は一瞬。簒奪騎士は歓喜の叫びと共に剣で迎え撃つ!

 刀と大剣。異色の剣技による応酬は、真紅の武者が跳び下がったことで一旦の終わりを迎えた。

 

 仕切り直し。命削る戦場に訪れた束の間の静寂。

 加勢した者たちを加え、総勢五人の戦士を見て黒騎士は高揚を示すように剣を大きく振るった。

 

 

"まさか、まさかよ! これほどの強者が極東の僻地に集っているとは!! これはさぞ素晴らしい余興になる!!! 女王よ、どうかお喜びを。此度の演目、悠久の記憶に残る一幕になるでしょう!!!!"

 

 

 高揚の言葉と共に膨れ上がる呪詛。

 心弱きものであれば、心臓を抉り取られるような、あるいは脳髄を引きずり出されたような錯覚と共に気絶するほどの殺気と呪い。

 それは力の使い方の転換。防御から攻勢に移ったことへの証。

 簒奪の騎士は様子見を止め、目の前の魔法少女たちを『多少はやる強敵』から『自分と互角の猛者』として認識を改めたのだ。

 

 

お姉さま(ウズメさん)!」

「あやせ、ルカ。戦況は如何に」

 

 

 敵を見据えたまま、ちらりと目配せをしてきたウズメにあやせ(ルカ)は頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません。私たちで攻撃を続けていますが、あの者には一向に届かず。技を賜っておきながら、私たち一生の不覚です」

「いえ……あなた達の力不足、というわけでもないようです」

 

 

 そう言ってウズメは手元を見る。

 己が魔法で編んだ真紅の刀身。その一部が硬度を失い、元の血液となって地面に溶け落ちていた。

 

 

「それは……」

「なるほど。ヤツの絡繰りはそういうことか」

 

 

 宴が納得したとばかりに頷く。

 黒騎士の力に予想をつけていた彼女は、ウズメが持つ血刃の変化を見てその詳細を結論づけた。

 

 

「恐らくだが、ヤツの護りは完全無欠ではなく、何らかの条件があるものだ」

「条件?」

「ああ。私が撃ち込んだ打撃から計測できた反動エネルギーの不自然な減衰。さらには魔力付与で強化された専用弾による弾幕をものともしない耐久力……だと言うのに、あやせちゃんとルカちゃんの攻撃は真面目に防いでいた。この違いは分かるかい?」

「ふむ……」

 

 

 宴の魔法は機械の操作であり、それに伴う兵器系の強化。

 双樹あやせとルカの魔法は炎と氷結。

 

 そして沙羅ウズメの魔法は血を操ること。魔力を通じて自らの血液に強度を与え、自由自在の手あるいは武具としてのカタチをもたらす。

 単純な言葉で言い換えれば、彼女の固有魔法は血液に限定した"強化"と"操作"……。

 

 

「……魔力による強化の無効化か」

「予想だけどね。単純に攻撃を無効化するっていうなら私たちの攻撃を防がず、その装甲に任せて問答無用で私たちを殺しにくればいい話だ。なのにわざわざガードするのは、それだけじゃ防ぎきれない攻撃があるから」

 

 

 魔法少女が攻撃の際に魔力を込めているのは語るまでもない基礎的な話である。

 

 そもそもとして、非物質の存在である魔女に対して魔力を纏わずに振るわれる一般的な拳銃や刀剣だけでは効果が薄い。例外は聖堂騎士が持つ聖別された武器であったり、ビクトリーグループが開発した過剰火力の銃火器だ。

 

 ではなぜ魔力を込めると魔女に攻撃が通じるのか。それは武具に魔力を纏わせることで威力が大きく増すと言うのもあるが、それ以上に魔女という『絶望』の存在に対して、『希望』を願って生まれた魔法少女の魔力が有効に働くから。闇を光で照らすように、絶望の徒を滅ぼすための優位性を魔法少女は根本的な在り方として持っているのだ。

 

 ……つまり、黒騎士の持つ護り(呪詛)。渇望真理の効果はそれを掻き消すこと。

 魔法少女が持つ優位性を問答無用で地に貶め、ただの少女に戻された相手を徹底的に蹂躙する。災厄の眷属の名に恥じぬ凶悪この上ないものであった。

 

 

「ヤツの能力は魔力を介したエネルギーの増大を相殺させる。つまり魔力を純粋な物理エネルギーや炎や冷気などに変換してからぶつけるなら減衰率は下がるんじゃないかな」

「属性、ね」

 

 

 夜鴉は思考を巡らせる。

 

 俗に言えば無属性、物理系の攻撃に対する超耐性。

 だからと言って馬鹿正直に属性変換をすれば戦えるというわけでもない。

 そもそもとしてカルマデザイアは最高位の呪詛。保有者はそれだけで魔法・魔術の類に強い耐性を持っているも同然だ。

 

 通用する可能性があるとすれば、臨界まで魔力を注ぎ込んだ極大の一撃か、あるいは同じく極限の神秘によって成立する奇跡。

 例えばそう、ドッペルなど。

 

 

(……いや、それは無謀か)

 

 

 思いついた案を即座に棄却する。

 ドッペルは使用しない。いや、使用できないと言った方がいい。

 魔法少女の負の側面、魔女としての力を引きずり出して昇華するドッペルは強力な反面、肉体への反動が大きくさらには見境なく周囲一面に攻撃してしまう欠点が存在する。

 

 簒奪騎士と最初に遭遇した白羽根も恐らくドッペルを使用したはず。

 その上でこの状況なのだから、一度二度のドッペルの発動では大した有効打にもならない。となるとやはりデメリットは無視できない。

 達人同士がしのぎを削る極限の攻防において、その起死回生の手段が敗因となる可能性が高い。そんなことはこの場にいる全員が言わずとも分かっており、この戦いに於いてドッペルは事実上封印されることとなる。

 

 

 

 

「……まあ、そんなこと考えなくても根本的にどうにかする方法があるんだろう?」

「ええ。ですので総員、死に物狂いで時間を稼ぎなさい」

「承知!」

 

 

 その言葉と共に全員が地を蹴り、あらゆる方向から簒奪騎士へと攻めかかる。

 真正面から振るわれた黒き大剣を、同じく大剣へと姿を変えた紅い刃が受け止める。

 その横から装甲の隙間を狙って繰り出されるのは鉄棘の槍。一度突き立てられれば最後、標的の身体を内側から破壊する死の茨。

 これを騎士は肘を打ち下ろし、穂先を反らすことで対処する。そこにジェット推進で飛来した機人の回し蹴りが兜を側面から打ち据えた。

 

 

……フッ、ハハ! やるではないか!!

「……ッ!!」

 

 

 人間なら首を抉り飛ばされている程の衝撃を受けてなお、騎士は笑って宴の足を掴む。

 そのまま地面に叩きつけ、心臓に剣を突き立ててトドメを刺す……その前に騎士は宴を投げ捨て、後ろから斬りかかってきた炎の刃を防ぐ。

 

 

「……すまん、助かった!」

「このガラクタ女、お姉さまの足引っ張らないでよね!」

 

 

 少女たちが死力を尽くす中、ひらりひらりと紙々が戦場に舞い来る。

 それを従え奉るのは翠色の術師。太古の昔より、世の影より日の本を守護してきた神聖なる術を手繰る者。その直系にして秀才と謳われた女が、神々に奉ずる祝詞を朗々と紡ぎ始める。

 

 

場ヲ区切ル事。(それではみなさま。)此岸ノ流レ清メテ穢レヲ(まったくもっておもしろみのない)祓イ流シ寿グ場ヲ制定(ぎしきのじかんでございます)

 

 

 葛葉の周囲をぐるぐると式神が回る。

 地に敷かれた織物の上にさらに幾枚もの折紙を重ね、印を結んだそれらを仕切るように動かして指揮を執る。

 

 

禍祓イヲ司リシハ泰山ヨリ降リ立ツ八将神。(ほんじつのスポンサーはこちらのかたがた)北ニ歳刑神、南ニ歳殺神、(いずれのどなたも)東ニ黄幡神、西ニ豹尾神(おおばんぶるまいでございます)

 

 

 東西南北。主要となる四つを組み合わせて形作られる十二の方位。

 味方の武運、敵の凶運。それぞれの気運を司りし神々を式として配置する。

  

 本来であれば適切な位置へと配備すべきそれらを、しかし葛葉は敢えて別の場所へと動かす。

 

 通常ならば風水を無視した配置に意味はない。そも、風水とは最初から存在するもの。人の手で操るものではなく、むしろ人がその在り方に合わせて動く必要がある。

 

 だが彼女は違う。

 葛葉の家系は元よりそうした地の流れを掴むことに特化した一族。

 さる高名な法師を祖と仰ぐ一派。

 その中に於いて、希代の秀才として生を受けたのが彼女だ。

 

 これぞ葛葉が修めし陰陽道の奥義。

 霊脈そのものを一時的に操作し、その場所の風水を組み替えて思いのままに操る脅威の技。

 

 式神を使って魔力の流れを誘導し、定めた対象の方角を鬼門へと変えることは容易いもの。さらにそこへ穢れや呪詛を流し込んで圧殺するも良し、あるいは魔を封じる場として閉じ込めるも良し。

 その分、緻密な計算と入念な準備が必要とはなるものの、そもそもとしてフェントホープの結界は構築段階から関わっている。 

 内部に張り巡らされる魔力の流れを一身に管理する身であれば、それはもはや空間そのものを自在に操れるに等しい。

 

 

太極ヨリ出デ陰陽ト分カレ(どだいをしきつめ)四象ヨリ八卦ヲ象ル(ほねぐみをくんで)我ガ手ハ脈ヲ繋ギ地理天文ヲ包括スル(さいごになかみをみたしましょう)

 

 

 簒奪騎士の剣が背後に忍び寄った紫色の槍遣いを上下真っ二つに切り裂く。

 少女の亡骸は大気に溶けるように消え、数歩分右に離れた位置から全く同じ少女が槍を突き出していた。

 

 

小賢しい……幻覚など!!

 

 

 関節部分に突き刺さる穂先。だが浅い!

 虚炎を流し込む前に夜鴉は引きずり剥がされ、追撃の凄まじい威力の蹴りをガードして弾き飛ばされる。

 それを飛び越えるようにして上空から双樹が躍りかかり、さらに挟むようにウズメも踏み込む。その両手には二振りの刀。

 

 

――血刃ノ拾 双ね暁光

 

 

 双樹と同じく、双剣を握ったウズメが神速の斬撃を繰り出す。

 四方八方より迫る刃を黒騎士は的確に捌いていき――ふと、彼女たちの攻撃に違和感を覚えた。

 

 手数が増し、苛烈さも留まるところを知らない彼女たちの攻め方は正しい。

 だが、何かがおかしい。自分を追い詰めると言うよりは、まるで動かさないようにしているような――!

 

 

この魔力の流れは……まさか!!

 

 

 黒騎士も悟る。彼女たちの狙い、この戦場に張り巡らされた方陣に。

 先の軟弱な檻とは全く異なる、己を閉じ込めるために用意された牢獄を。

 

 

即チ万象此処ニアリ(まあいろいろめんどうなことをいいましたが)

 

 

忌ミ方ヲ彼方ニ(クソッタレをぶちのめす)刃ヲ取リテ破魔ヲ為ス(じゅんびはかんりょうでございます)

そこだ!!!

 

 

 宴が繰り出した破城槌のごとき掌打を胸で受け止め、黒騎士は振り向きざまに呪いを纏った斬撃を飛ばす。

 その方向は一見して誰もいないが……咄嗟に割って入った灰色の人影が、斬撃を円月輪で受け止める。

 

 

「梓!」

「くぅ……!」

「ええ、ええ。助かりましたよ梓さま」

 

 

 衝撃に少なくないダメージを負って膝をつくみふゆ。その少し後ろで隠形が剥がれた葛葉が姿を現し、脂汗が滲む手に持った最後の札を地面へと叩きつけるようにして唱えた。

 

 

「――我、葛葉道麗(くずはとうら)ノ名ヲ以テ命ズル。急々如律令!

 

 

 地が脈動し、風が唸り、水が逆巻く。

 結界内の魔力の流れ、そのすべてを組み替えて織りなすは神の恩寵満ちる園。

 魔を閉じ込め、封じ、穢れを洗い流す大結界。

 

 

 ――風水地学立証・破魔結界

 

 

 

 




○葛葉道麗
 葛葉の真の名前。
 隠していた理由は名前を知られるということは呪いにとって致命的であるから。
 あとメタ的に陰陽師でこの漢字を使うとモチーフがバレるから。え、最初からわかってたって? ンンンなんのことやら。

○カルマデザイア
 以下三つが討伐済みの十二魔女の真理

 蠍座:フィールド効果でやけど+毒+渇き。
 水瓶座:デバフ無効+呪いのフィールド効果。さらに相手のカルマ値に応じた強制ダメージ。
 
 上記の二体は解除不可のスリップダメージ地獄という共通点があり、ある錬金術師がようやっと完成させた『●なる●●の石』によって無限回復による耐久戦に持ちこんで倒したとかなんとか。

 蟹座:無敵防御を攻撃に転用して防げない攻撃を振り回すやべー奴。
 福詠&音子の兄妹コンビに加えて特級エージェント一名。その他大勢の聖堂騎士や魔法少女を加えた大部隊が編成されての討伐作戦が組まれるも壊滅。
 音子はこれを倒すために、仲間を護るために契約し、障壁によるパリィを駆使して自分の攻撃を跳ね返してぶつけることでこれを破った。


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