劇場版でも、やはり俺の戦車道は間違っている。 (ボッチボール)
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波乱含みで、彼の戦車道試合は幕を開ける。

・この作品では前作での【ガールズ&パンツァー】のテレビシリーズから劇場版へと物語が進みます。

・前作、【やはり俺の戦車道は間違っている。】の続編となりますので、登場人物の関係性等、八幡の心情等は前作の続きなのでこういってはなんですが八幡もぼっちとはいえません、捻くれてはいますけど。

・3分ちょっとでわかる【やはり俺の戦車道は間違っている。】等はありませんので、しっかり前作を見てから読んで貰えると嬉しいです。

・【やはり俺の戦車道は間違っている。】の番外編ではこのエキシビションマッチへ至る経緯のお話もあるので、本編と合わせてそこも読んで貰えると嬉しいです。

・前作と作品を分けた最大の違いとして、この作品では男性である八幡が試合に出ます、苦手な人は読むのをお控え下さい。

・とはいえ、八幡が無双する話にはならないのでそういう展開が好きな人にも向かないと思います。

・試合は基本的に八幡視点なので詳しく試合全般の流れを知る為にも劇場版ガールズ&パンツァーを見る事をオススメします。

・ヒロインは未定です。

かなり多くなってしまいましたが、以上の事がOKという人へ、前作と変わらず最後までお付き合いして貰えると嬉しいです。


夏休み、と聞けば学生ならば誰もが心弾み、ウキウキとはしゃぐものだろう。

 

友人の多い者は当然友人と多くを過ごすだろうし、友人が少ない者にとっても億劫な学校へ通う事なく、一人を存分に謳歌するには絶好の機会となる。

 

夏休みはリア充にもぼっちにも、等しく平等に降り注いでくれる。あぁ!夏休み最高!!

 

だが、それも夏休み終了一週間前となればただのカウントダウンでしかない。

 

カレンダーを見れば迫りくる9月1日に怯え、机を見れば重なっている宿題に怯え、「何も見たくねぇ…」と世界から目を閉じる事になるのだ。

 

だが、例え目を閉じた所で時間の進みは止まらない。8月32日なんて終わらない夏休みは存在しないし、そもそも終わらない夏休みなんてものは大人にとっては単なる解雇処分でしかない。

 

得てして物事にはなんにでも終わりはくる。だから、その終わりへ向けて少しでも派手に盛り上げようとする生徒会の意向は理解できる。

 

…だからって、何も夏休み終了一週間前にわざわざエキシビションマッチの日程をぶっ込まなくても良かっただろうに。【休み】の文字が見えてないのかなー?

 

【第63回戦車道全国高校生大会、大洗学園優勝記念エキシビションマッチ】

 

『茶柱が立ったわ』

 

「ダージリン様からですわ!!」

 

「いや、言わんでもわかる…」

 

ローズヒップが嬉しそうに声を上げるが、開口一番無線でそんな報告をしてくる人の心当たりは一人しかいない。

 

「いきなりなんの報告ですか?」

 

茶柱、あぁあれね?きっと鬼を滅する的なお茶の呼吸を使う新たな柱が誕生したのだろう。

 

じゃなけりゃ、この場面でその報告はどう考えてもティータイムにしか聞こえない。ははは、さすがの聖グロリアーナでも、この状況でまさかねー。

 

『ご存じないかしら?イギリスでは茶柱が立つと素敵な訪問者が現れる…ということわざがあるのよ』

 

「はぁ、素敵な訪問者ですか…ところでダージリンさん、今の状況、わかってます?」

 

『えぇ、見事に分断されたわね』

 

飲んどる場合かー!!わかってて紅茶キメてんですか、そうですか…。

 

「とりあえずそっち、どんな状況ですか?」

 

『私達はゴルフ場のバンカーの中、周りをみほさん達大洗、知波単の本隊が囲んでるわ』

 

「…それもう、普通に絶体絶命なのでは?」

 

『エキシビションとはいえ、油断しすぎですよ』

 

横からアッサムさんの声が聞こえてくる。いや、ほんとそれ、でもまさかアッサムさんも一緒に紅茶飲んでないよね?

 

試合もまだ序盤も序盤だというのに、いきなりダージリンさんの乗るフラッグ車のチャーチルが分断された上で、敵本隊に囲まれているところからのスタートだ。マジでどうしてこうなった?

 

こんな序盤でいきなり試合終了とかなんなら観客席からブーイングとか来そうですよ?大洗さん、そこんとこ理解してる?

 

『それで、素敵な訪問者はいつ来てくれるのかしら?』

 

「あー…まぁ、そっすね…っと!」

 

グラリと車体が大きく揺れる。どうやら近くに着弾したようだ、危ねぇ…。

 

俺の乗る【クルセイダーMk.Ⅲ】は速度こそ速いが、その分装甲はがっつり犠牲にしている。直撃を受ければ普通に死ねる。

 

「そこんところ、どうなんです?カチューシャさん」

 

『決まってるでしょ!こんな防衛陣形、さっさと突破してやるんだから!!』

 

カチューシャさんの号令と共にプラウダ高校の一斉砲撃が発射される。先ほどから続く砲撃戦で綺麗に整えられていたゴルフ場のグリーンが今では見る影もない。整備する人は泣いていいと思う。

 

『迂回すれば良かったんですよ』

「迂回すれば良かったんじゃないですか?」

 

『し、仕方ないでしょ!すぐに突破できると思ったんだから!!』

 

俺とノンナさんが同時に無線で答えてしまった。実際、向こうの目的はこっちの足止め、時間稼ぎにあるんだろう。

 

まぁカチューシャさんの言う事もわからんでもないが、確かに数の上ではこちらが圧倒的に有利ではある。

 

だというのに攻めあぐねている辺り、向こうの防衛陣形がしっかり高台にある事に加え、やはりポルシェティーガーがなかなかの曲者だ。

 

向こうは大洗からはポルシェティーガー、ルノーに加え知波単から九七式中戦車チハが2両確認できる、指揮はおそらく自動車部のナカジマさんだろうか。

 

「マックスさん!早くダージリン様の元へ駆けつけますわよ!かっ飛ばして向こうへと抜けてさしあげますわ!!」

 

「いや、落ち着けよ…」

 

どうどうと、今にも暴走しそうなローズヒップをなだめつつ、どうしたもんかと考えてみる。じゃないとこいつ、マジであの防衛陣形に突っ込んで行きそうだし。

 

ダージリンさんの乗るフラッグ車、チャーチルは現在、3両のマチルダと共に大洗、知波単の本隊に囲まれ集中砲火の真っ最中。

 

こっちはこっちで大洗、知波単の別動隊が俺も居るプラウダ部隊の足止めに徹底している。

 

うーん…これ普通にマズイのでは?ダージリンさんもゴルフ場のバンカーを使って上手く攻撃を凌いではいるんだろうが、逆を言えばそこから抜け出すのも難しいといえる。

 

「カチューシャさん、とりあえず足の早いクルセイダー隊だけ迂回しても?」

 

『なによ?私達プラウダの力を侮っているの?』

 

「いや、プラウダの力なら別に俺達が居なくても普通にここ突破できるでしょ」

 

『当然よ!なんならあなた達より先にダージリンの所に着いてあげるわ!!』

 

「それならそれで、完全に挟み撃ちにできますし」

 

『なら勝負よ、絶対ハチューシャより先にここを突破してダージリンの所に行ってあげるんだから!!』

 

『では比企谷さん、お気を付けて』

 

小さな暴君から無事にOKサインを貰った事だし、操縦席に乗るローズヒップに声をかけた。

 

ローズヒップは本来車長なんだが、なんかごめんね?変な目の腐った奴が乗っ取っちゃって。あ、どうも僕です。

 

「てな訳で俺達は迂回だ、急げるか?」

 

「余裕ですわ!リミッターを外しますわよ!!」

 

だが、当の本人はノリノリで操縦してくれているし、なんなら俺の言う事なんか聞かないまである。…車長の意味とは?

 

具体的に言うなら先ほどからこのクルセイダー、一切停車していないのだ。なんなのこの娘?止まると死んじゃう系女子なの?ちょっと酔っちゃうんだけど…。

 

「外すな外すな、それ外しちゃうとすぐ故障しちゃうだろ…」

 

クルセイダーといえばエンジンの故障が多いので速度制限がかけられている事で有名である。まぁ普通なら試合一本くらいならそれでももってくれるんだろうが。

 

だがそれはあくまでも普通の場合で、ここでいうローズヒップのリミッターがガチリミッターにしか聞こえない。理由?いや、ローズヒップだし…。

 

確かに急いでフラッグ車の所へ向かいたいが、こんな試合序盤でエンジンがぶっ壊れるのはさすがに避けたい。

 

「ゴルフ場の林を抜ける、木が多くて走りにくいだろうが操縦は任せた」

 

「任されましたわー!バニラ、クランベリー、しっかりついてくるのですよ!!」

 

『了解です!スピードなら私も負けませんわ!!』

 

『久しぶりに試合でローズヒップさんの爆走が見られて感激ですの!!』

 

聖グロリアーナのクルセイダー隊ってみんなこうなの?ワイルドでスピード出しすぎでしょ…。

 

俺の乗るのも合わせて、4両のクルセイダーが防衛陣形を無視して迂回ルートへ進む。

 

俺達がダージリンさんの救援に着くのが先か、プラウダが防衛陣形を突破するのが先か。

 

…もしくは、ダージリンさんのフラッグ車が撃破されるのが先か、かなり微妙な所だな。

 

『マックス、いいかしら?』

 

「ダージリンさん?今迂回してそっちに向かってますけど」

 

『そう、こちらは勝手にスコーンが割れたのだけど』

 

「…はい?」

 

あらやだ、この人達紅茶飲むだけじゃ飽きたらずお茶菓子まで用意しだしたの?確かに紅茶にも合うよねスコーン。ゴリラがパッケージにいる細長いスナック菓子だっけ?

 

『えと、知波単学園の方々が私達に突撃してきたので、この混乱に乗じて上手くここを抜け出せるかと』

 

無線越しでも俺がはてなとなっているのが伝わったのか、ペコが捕捉説明をいれてくれた。なるほど、そういう事ね。

 

「…なんで?」

 

ますますはてなとなった。え?あの包囲している圧倒的優位な状況でわざわざ突撃してきたの?

 

『私のデータによれば…それが知波単学園だから、かと』

 

それデータ取る意味ないんじゃないかなぁ…。

 

「てか、西住は止めなかったんですか?」

 

そんな無茶な指示を西住が出すとは思えないし、完全に知波単組の独断先行だろうか?そんな命令無視する連中には見えなかったんだが。

 

『みほさんもだいぶ慌ててたみたいね、可愛かったわ』

 

うーん、その光景が目に浮かぶ。そりゃ可愛いは可愛いんだろうが…じゃなくて、しっかり知波単連中を止めれなかった辺り西住らしい。

 

『こちらカチューシャ。ハチューシャ、プラウダは防衛陣形をちゃんと突破してやったわよ!!』

 

「…早いですね」

 

続けてカチューシャさんから報告、うーん…思ってたよりずっとすんなり突破してしまって、わざわざかっこつけて迂回した俺達が馬鹿みたいである。

 

『どう!これがプラウダの実力なのよ!!』

 

『相手のチハが1両、こちらに向けて突撃してきたのが幸運でしたね』

 

『ノンナ!余計な事言わなくていいの!!』

 

「…なんで?」

 

相手防衛陣形敷いてたんでしょ?なんでそっから出てわざわざ突撃してきたの?

 

先ほどのチャーチルに向けての突撃といい、突撃って感染するんだろうか…、そういえばローズヒップも試合始まってから隙あれば爆走しようとしてるし…。

 

プラウダが防衛陣形を突破するのが先か、俺達がダージリンさんの所へ駆けつけるのが先か。それともダージリンさんのフラッグ車が撃破されるのが先か。

 

答えは知波単の連中が突撃してくるのが先でした…と、こんなん読めるか!?

 

『とにかく、これで勝負は私達の勝ちね?』

 

「いや、案外そうでもないですよ?」

 

「見えましたわー!!」

 

ローズヒップが叫ぶ。俺達もちょうど林を抜け、目の前にカメチームのヘッツァーとカバチームのⅢ突を捉える事が出来た。

 

わりと無茶な行軍ではあったが、そこは聖グロリアーナが誇るクルセイダー隊、ただのスピード狂集団ではない。…スピード狂には違いないんだよなぁ。

 

「っし、とりあえず前2両を露払いしとくぞ」

 

ヘッツァーもⅢ突も固定砲塔。となれば側面をついた今なら反撃の心配もなく撃ち放題と、ここを狙わない手はない。

 

「どっちを狙いますの?」

 

「は?んなのヘッツァーに決まってんだろ?」

 

「決まってるんですの!?」

 

決まってるのです。理由?生徒会だから、むしろ他に何があると言うのかね?

 

俺達クルセイダー隊の砲撃を受けた2両がその場から撤退を始める、固定砲塔はこういう時弱いのだ。

 

「追いますの!!」

 

「ローズヒップ、待て」

 

「はいですの!!」

 

慌てて2両を追いかけようとするローズヒップに待ったをかける、本当にこの子せわしないよね…、とりあえず追いかけたくなるのか。

 

まぁそれでも指示を言えばすぐに答えてくれる。うーん…この親戚で飼ってる懐いてる犬感、後で骨っこ代わりにラーメンでも奢ってあげたくなっちゃう。

 

確かに生徒会をここで仕留める(あらゆる意味で)絶好の機会ではあるので、そうしたいのはやまやまだが…。

 

『こちらチャーチル、前進するわ、挟撃体勢に入っていだだける?』

 

『任せなさい!カチューシャ達が来たからにはもうおしまいよ、全車両でフラッグ車を狙いなさい!!』

 

まぁそんな訳で、今度はこちら側が包囲する番だ。ダージリンさんのチャーチルとカチューシャさんが率いるプラウダ部隊が相手フラッグ車を捉えたとなれば、当然俺にもその姿が見えている。

 

相も変わらず、この砲撃飛び交う戦場のど真ん中で、彼女は自身の搭乗戦車であるⅣ号戦車から半身を乗り出し戦場を駆けている。

 

大洗・知波単チームの隊長車であり、フラッグ車だ。ここは当然西住を狙う。

 

「このゴルフ場で西住を仕留める」

 

え?こんな序盤でいきなり試合終了は盛り上がりにかけるって?むしろ戦場を大洗市内に広げないこの配慮に感謝して欲しいくらいなんだが。

 

プラウダ、そして俺達クルセイダーとバンカーから脱出したチャーチルとマチルダも一斉に西住のⅣ号に砲撃を放った。

 

『ちょっと!ミホーシャ達、山を降りてくじゃない!!』

 

『さすがみほさん、切り替えが早いわね』

 

…まぁそうくるよねー、西住達からすればこのままここで戦うのは圧倒的に不利だし、そうなると戦場を市街戦に移すしかない。

 

それにしたって、よく西住も全く躊躇なく街中を戦場にする事を選択するよね…。あれかな?戦場道ファイト国際条約第7条とかに【大洗がリングだ!!】って書いてあるのかな?




そんな訳でついに始まりました劇場版!最後までお付き合いしていただけると嬉しいです!!


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やはりイギリスの戦車開発は間違って(以下略)

前作を読んだ人ならすでに知っていると思いますが作者は物語の進むスピードが遅いです、脱線寄り道余裕です。

とはいえ、そうでもしないと戦車戦だけだとわりとすぐ劇場版終わる気がするなーとエキシビションマッチ見返して思いました。


「では、今回はよろしくね、マックス」

 

「あーと…まぁ、はい」

 

衝撃の抽選結果により俺は聖グロリアーナ、プラウダ高校の控え室へと入る。…というか、迫る大洗メンバーの糾弾から避難したというべきか。

 

この控え室は大洗学園の校内に聖グロリアーナ、プラウダ高校の為に予め用意したものだ。

 

くじ引きの結果とはいえ、俺はまさかの聖グロリアーナ、プラウダ高校と共に大洗と試合する事になった。

 

生徒会が悪いよー生徒会が、抽選箱用意したのだって生徒会なんだし。これが今流行りの追放物なの?いや、流行ってるか知らんが。

 

とにかく、比企谷 八幡は真の仲間じゃないと告げられパーティーを追い出されてしまったのだ。こうなるとあとは辺境でスローライフでも始めるか、復讐に走って回復術士にでもなるかだろう。

 

どちらが良いかと聞かれれば、答えはもちろんスローライフ。古来より復讐逆襲が録な事にならないのは、赤い彗星さんや幻のポケット的なモンスターの二代目さんが教えてくれている。

 

なので今回の試合、正直なにもしなくても良いんじゃないかなーとまで思っている。心理学的にも復讐は何も生まないというし…気が晴れるらしいけど。

 

「遅いわよ、待ちくたびれたわ」

 

「さて、マックスも揃った事ですし、素敵なお茶会を始めましょうか」

 

…うーん、しかしこの二人がそれを許してくれるだろうか?許してくれないだろうなぁ。

 

「マックスさん、何を飲みますか?」

 

椅子に座るとペコが聞いてくる。ダージリンさんやカチューシャさんは、もう何か飲んでるようだが…お茶会始めるというか、もう始めてるよね?宴会始まる前から酒飲んでる上司かよ…。

 

「悪いな、ペコ」

 

「気にしないでください。今日は紅茶だけじゃなくてプラウダ高校の方達がロシアンティー用にジャムも用意してますが」

 

…マックスコーヒーは?そこのティーポットの横に不釣り合いな黄色い缶々置いてあるよね。

 

「じゃあマッーーー」

 

「美味しい紅茶を淹れますよ?」

 

「せっかくだし、紅茶にジャムも付けて貰うわ…」

 

…にっこにこなんだが圧が。最近この子、どうにかして俺を紅茶派にしようかと暗躍してる気がする。くっ…マックスコーヒー最強は揺るぎないんだからね!!

 

ポトポトとティーカップに紅茶が注がれる、なんだろ…?あの注いでる蛇口ついた機械。

 

「あれはサモワールです。ロシアの湯沸し器、とでも思って貰えれば」

 

「はぁ…サモワールですか」

 

俺が不思議に思って見ていたのに気付いたのか、ノンナさんが解説を入れてくれた。要するにやかん的なものだろうか?

 

「どうぞ、ジャムは何を用意しましょうか?」

 

「っても、どれが良いのかよくわからんし、なんか甘いのを」

 

そもそもロシアンティーを飲む機会なんてなかったし、ジャムもいろいろあるようだが違いがわからない。

 

「ならカチューシャと同じのがオススメよ、甘くて美味しいんだから」

 

と、カチューシャさんが勧めてくれたのでそれをチョイスさせて貰う。ジャムを紅茶に直接いれるのはロシア的にNGらしいのは、前回プラウダに行った時に学ばせてもらった。

 

ジャムをスプーンですくい、紅茶を一口。ジャムの甘さを紅茶が引き立たせる。なるほど、これはなかなか。

 

「ピロージナエカルトーシカも用意してありますよ」

 

「…ピロ?」

 

なにそれ?サッカー選手?

 

「ロシアのお菓子です、カチューシャも大好きなんですよ」

 

まぁカチューシャさん好きそうだよね、もちろん俺も甘い物は嫌いじゃない。というより好きなのでありがたく頂戴する。

 

しかし、ピロージナエカルトーシカ…声に出して言いたいロシア料理である。そういう必殺技ありそう。

 

紅茶、ジャム、ピロージナエカルトーシカ、甘さの暴力が襲ってくる…ひょっとしてプラウダって甘いのでは?

 

「で、試合に出る戦車は決まってるの?」

 

「そうね、今回は混合チームで制限車両は16両、ここはお互い8両ずつ戦車を出すという事でどうかしら?」

 

「まっ、プラウダだけで余裕なんだけど、仕方ないわね」

 

…言ってる事は全然甘くないんだけどね。やっぱり恐ロシア、甘さの欠片も感じない。

 

エキシビションマッチの車両制限は16両までと決まった。数としては中途半端だが、そもそも大洗の保有戦車が8両しかないのでバランスをとった訳だ。

 

16両対16両のフラッグ戦、それがエキシビションマッチのルールである。

 

まぁ、聖グロリアーナとプラウダ高校という、戦車道高校4強の内の2強がチームを組んだ時点でバランスも糞もないんだけどね…。

 

「で、ここからが本題なんだけど」

 

むしろ俺がする事もないくらいだと、このままここで紅茶とお菓子でだらだら過ごそうか考えていると。

 

「マックス、あなたはどの戦車に乗るのかしら?」

 

…ですよねー、この人が俺のスローライフをそのままにしておくはずないもんね。

 

まぁ、ここで試合にも出ないとなると、なんのためにここに来たのかもわからんし、そりゃ戦車には乗るんだろうが。

 

「もちろんプラウダのロシア戦車よ!!」

 

「あら、先にマックスとこの話をしたのは私なのだけど」

 

…問題はどの戦車に乗るかである。大洗で模擬戦をする時にもちょくちょく戦車に乗る事はあったが、大洗はもともと人数の足りていない戦車も多い。

 

俺が戦車に乗る時はそんな人数の足りない所にお邪魔させて貰ってただけなのだ。…なにこのクラスで班分けする時にあぶれた奴入れる感じ。

 

つまり特にこの戦車に乗っていた、という事はない。まぁ一番どれに乗っていたか?と聞かれれば生徒会のヘッツァーにはなるんだろうが…会長?干し芋食べてるよ。

 

「後も先もないわ、だってプラウダの戦車の方が強いんだもの」

 

カチューシャさんが自信満々に答えた。確かに聖グロリアーナとプラウダの戦車を比べればプラウダの方が保有戦車が強い。

 

「なんだったら、かーべーたんに乗せてあげてもいいんだから」

 

「かーべーたんってkv-2、ギガントでしたっけ?」

 

kv-2、街道上の怪物とまで呼ばれた152mm榴弾砲D-10Tを搭載した回転砲塔を持つ戦車。

 

そのあまりの巨大さと火力からドイツ兵からギガントとまで呼ばれ恐れられていた。

 

「ギガント、なんて野暮な呼び方は止めてよね。かーべーたん、もしくはドレッドノートよ」

 

たん?たんって何…?エミリアたんみたいな?kv-2そんな可愛らしい呼び名が似合う外見してないんだけど。

 

「てか、そもそもkv-2試合に出すんですか?」

 

「何言ってるの?当たり前じゃない」

 

当たり前かー、準決勝の時はまだ雪原と廃村だったから良かったんだけど、今回試合会場が大洗の市街地なんですが?

 

…kv-2の砲撃一発で家やらなんやら吹き飛ぶんですがそれは?まぁ戦車道保険もあるし、何かあれば戦車道連盟がなんとかしてくれるんだろう、頑張れ、蝶野教官!!

 

「どう?ハチューシャもかーべーたんに乗りたいでしょう?」

 

「それはもちろん」

 

kv-2に乗りたいか?となればそりゃ乗りたいに決まっている。あのロマン砲はカチューシャさんのような小さな女の子から大きな男の子まで、誰もが憧れる高火力だ。

 

かつてただ1両でドイツ軍の進行を阻んだ街道上の怪物の異名は伊達じゃない。上手くハマれば相手戦車もまとめて吹っ飛ばせるし。戦いは火力だよ。

 

「おぉ、比企谷さんがkv-2に乗ってくれるんだか?」

 

「男の人なら、きっと装填も楽々だ」

 

「そったら頼りになるなぁ、あれ、弾重いもんなぁ」

 

…そんなニーナとアリーナの嬉しそうな声が聞こえてくる。ははっ、kv-2の装填だって?

 

「…乗りたいですけど、kv-2はほら、プラウダの象徴的なアレですから、他校の生徒が乗るのもどうかなと」

 

死んでも嫌だ、152㎜の弾の装填とか考えたくもない。男の子でも楽々に装填とか出来ないから。

 

いや、もし乗るとしてもさすがに車長にはなるとは思うが、女子に糞重い装填任せるのは絵面的にどうかとね…。

 

「そう?まぁ聖グロリアーナにはプラウダより強い戦車ないでしょうし、好きな戦車を選ぶといいわ」

 

うーん、プラウダの他の戦車というとT-34シリーズにIS-2だったか、と言ってもIS-2は当然ノンナさんが乗るだろうし…。

 

え?ノンナさんと一緒にIS-2?ははは、ご冗談を。

 

「あら、イギリスにも素晴らしい戦車は沢山ありますわよ」

 

だが、カチューシャさんの言葉に静かに反論をしたのはダージリンさんだった。

 

「トータス、ブラックプリンス、センチュリオン、どれもプラウダの戦車にも負けてないわ」

 

まぁ戦車って元々イギリスが発祥だし、ダージリンさんも言われっぱなしでは我慢ができないのだろう。

 

とはいえ、戦車の発祥はイギリスでも開発は結構斜め上だったりするけどね。優雅さと戦車は比例しないという事か。

 

アメリカのシャーマンに17ポンド砲を搭載する為に重りまで付けたり、チャーチルに火炎放射器搭載したり、最悪の戦車と(作った当のイギリス人から)呼ばれたヴァリアントなんかもある。

 

そもそもがパンジャンドラムまで作っちゃったお国の戦車だ、面構えが違う。

 

「…ところで、センチュリオンってレギュレーション的にどうなんでしたっけ?」

 

「試合に参加可能な戦車は終戦までに、戦線で活躍または設計が完了し試作されていた車輌となりますから、センチュリオンも問題はありません」

 

疑問に思って聞いてみるとアッサムさんがそう答えてくれた。なるほど、設計や試作段階でもセーフとなるとわりと使える戦車の幅もまだまだ広そうではある。

 

そんなのポンポン出されたら大洗の戦力じゃちょっとやってけないんだけどね…。

 

「まぁうちはどれも持ってませんが…」

 

「だよなー…」

 

ペコの言葉に相槌をうつ。知ってた。持ってたら試合で使わない訳ないもんね…、じゃあなんでダージリンさんがそれらの戦車を例に上げたんだと聞かれれば、あの人もなんやかんや苦労してるんだろうなぁとしか言えない。

 

聖グロリアーナはOGの圧力が強いらしく、その勢力がチャーチルとマチルダ、そして後が確か…。

 

とか考えているとドカドカと勢い良く廊下を走る音が聞こえてくる。…さすがにこの勢いにも慣れてきた。

 

「マックスさん!クルセイダーの準備は万全でございましてよー!!」

 

バタンッと控え室のドアが勢いよく開くと、姿を見せたのが赤みがかかった髪が特徴的なローズヒップだ。この登場のやり方もだいぶパターン化されてきた。

 

なんか静かだなーと思っていたが、そういや居なかったなこの子。

 

聖グロリアーナのOG勢力の残り一つでもある、クルセイダー。彼女はそのクルセイダー隊の隊長…らしい、これでも。

 

「ローズヒップ!他校の廊下まで走ってはいけません!!」

 

「あぁ、申し分ございませんアッサム様!私ったらつい…」

 

聖グロリアーナの生徒が廊下爆走してる姿を大洗生徒が見てどう映るんだろうか…、お嬢様ブランドが強いかなぁ。

 

「てか、準備?なんの?」

 

なんかクルセイダーの準備がどうとか言ってたけど。

 

「もっちろん、マックスさんが乗る準備ですわよ、私も久しぶりに操縦手として腕がなりますわ」

 

え?なにそれ、初耳なんだが…。



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どこまでも、ローズヒップは駆け抜ける。

まさかのオリキャラ登場。とはいえこれはさすがに許して下さい…。人員的に仕方なかったんです。


「ちょっと、いきなり来て何言ってるのよ!!」

 

突然のローズヒップの襲来にカチューシャさんが慌てて怒鳴った、俺も状況がいまいち掴めない。

 

どういう事?と訴えるようにダージリンさんを見ると、ダージリンさんは涼しい顔のまま、優雅に紅茶カップを置く。

 

「どういう事かしら、ローズヒップ?」

 

あ、これ分かってないやつだわ…、アッサムさんは頭を抱えているしペコも苦笑いを浮かべている。

 

この場でニコニコなのは元凶であるローズヒップくらいである。なにこの一仕事やりきりましたわー!!って表情。

 

「はい、ダージリン様!マックスさんが私達のチームになると聞いたので、早速クルセイダーをカスタマイズしたんでございますの!!」

 

判断が早い…!てか、早すぎである。この子、戦車戦以外でも行動力の化身なの?

 

「まだマックスさんがクルセイダーに乗ると決まった訳ではありませんよ…、ローズヒップ」

 

アッサムさんがため息をつきつつ、ローズヒップを宥めた。あー…この人も苦労してるんだろなぁ。

 

「え?ですが前回大洗と試合した時は私のクルセイダーに…」

 

「それは前の試合の話です!だいたいあなたは試合に参加した訳ではないでしょう!!」

 

確かに前に大洗と聖グロリアーナで練習試合をした時、俺はクルセイダーに乗る事になった。

 

しかしそれもアッサムさんの言う通り、練習試合を近場で観戦する為に聖グロリアーナが観戦用に用意してくれたものだ。クルセイダーの機動力なら試合会場のあちこちを駆け回るのにも向いている。

 

つまり直接試合に参加した訳ではない。…邪魔はしたけど。

 

「えぇ!?そうなのでございますか、私てっきり操縦手になるかと思って…」

 

だがローズヒップはそんな事考えてもなかったのか…。え?じゃあ何この子、俺が自分の戦車に乗るって思ってすぐに戦車カスタマイズしてきたの?ちょっとそれ可愛くない?

 

「ローズヒップさんが操縦手用のカスタマイズというと…アレですよね?」

 

「えぇ、アレね」

 

「アレですね」

 

「いや、アレってなんですか?」

 

なにそれ気になっちゃうんだけど…、この三人が頭を抱えるとかよっぽどのアレな気がしてならない。

 

「…そうね、確かに今回マックスが乗るのなら、クルセイダーが相応しいのかもしれないわね」

 

「いや、だからアレってなんですか?」

 

「いいんですか?ダージリン様」

 

スルー、まさかの徹底的スルーときた。いや、戦車で川越えとかチャレンジしちゃう奴のカスタマイズとか想像できてしまうけど…。

 

「大洗の町を彼女と走るのは慣れたものでしょう?」

 

「…むしろトラウマがよみがえるまであるんですが?」

 

いや、本当に苦い思い出がよみがえってくるんで、止めてくれませんかね?

 

あんこう音頭とか、あんこう音頭とか。…後、反則に走っちゃった事とかね。

 

「えぇ、だからそれも含めて相応しいと思ったのだけど。違うかしら?」

 

…本当、この人、俺の事よくわかってらっしゃる。そんな風に言われたらどうにも断りきれない。

 

あの練習試合で、砲弾も積んでいない試合観戦用として用意されていたクルセイダー。やれなかった事はいろいろあるし、やらかした事もいろいろある。

 

今回、そのクルセイダーに乗って試合に参加するとなれば…確かに、これ以上に相応しい戦車はないといえるだろう。

 

「えぇっと…つまり、どういう事なんですの?」

 

「マックスがあなたのクルセイダーに乗るという事よ。もちろん、彼がよければの話だけど」

 

ダージリンさんがチラリと俺を見る。答えなんてわかっているだろうに、本当ズルいよなぁ…。

 

「…ローズヒップ、クルセイダーの操縦、任せていいか?」

 

まぁこのまま聖グロリアーナとプラウダ、どっちの戦車に乗るかで揉め続けるとイギリス戦車とロシア戦車、どっちが好きか問題まで発展しそうだったし、ドイツ戦車が好きとか言い出したらそれこそ粛正されかねない。

 

そう考えると、ここでのローズヒップの登場は渡りに船とも言える。乗るしかない、この…ビッグウェーブに!!

 

「やったでございますわー!お任せくださいませ!このローズヒップ、必ずや大洗の町を全力でぶっちぎって差し上げますわよ!!」

 

「いや、ぶっちぎらんで良いから…」

 

なんかすっごい嬉しそうにしてるんだけど、大丈夫かな?…この子が車長の時でさえあの暴走っぷりだったクルセイダーなのに操縦手やらせても。

 

「ふふっ、今回はチェンジとは言わないのね」

 

「もう若干、後悔気味ですけどね…」

 

むしろご指名しちゃってますからね…。てか、本当はわかってて言ってるでしょ?

 

「ローズヒップを上手く乗りこなしなさい、あの子なら必ずあなたの力になるわ」

 

乗りこなす(意味深)。と、いうより、ダージリンさんがここまで言うくらいにローズヒップの実力を認めているという事だろう。

 

…操縦手の腕前を生かすのも車長の実力が試される訳で、これは暗に俺の力を試されているとも言える。

 

うーん、もしかしたら結局、最初から全てこの人の手の平の上だったのでは?ダージリンさんはお釈迦様だった?

 

「ちょっと!何勝手に決めてるのよ、カチューシャは納得してないんだから!!」

 

だってほら、いつの間にかプラウダ側の意見は一切遮断して、俺は聖グロリアーナのクルセイダーに乗る事になってるし…。

 

まぁプラウダ側はローズヒップの登場と、その勢いに完全に不意をつかれた感じにはなったんだろう、ここでカチューシャさんが納得しないのも頷ける。ずいぶんご立腹だ。

 

「残念ねカチューシャ、クルセイダーはもう操縦をローズヒップ用にカスタマイズされているらしいわ」

 

「はぁ?そんなの関係ないわ、別にその子じゃなきゃ操縦出来ないなんて事はないんだし」

 

「………」

 

「…え?そ、そうなの?大丈夫なの…それ?」

 

「えぇ、レギュレーションには問題ありませんのでご心配なく」

 

「…レギュレーション以外には問題ありそうな含み止めてくれません?」

 

そのクルセイダーに乗る人がここに居るんですけどー!ちょっとー!?

 

…とはいえ、今さらクルセイダーに乗らないとか言い出すと話はまた振り出しに戻るだけだし、ここはカチューシャさんを納得させるしかない。

 

さて、どうしたもんかと考えて…この駄々っ子隊長を説得できるのなんてノンナさんくらいなのでは?

 

救援を求めてノンナさんをチラリと見ると、ギラリと返された。チラリじゃギラリにはとても勝てない。

 

え?カチューシャさんの機嫌が悪いの俺のせいなの?もっと他にそのギラリを送る人居ますよ?今涼しげな表情で紅茶飲んでますけどね…。

 

「あ」

 

…そういえば、と一つ思い付く。これならカチューシャさんも納得するだろうか?いや、なんなら西住にも通用し得るかもしれない。

 

「カチューシャさん、ちょっと」

 

「…なによ?」

 

すっかり不機嫌になったカチューシャさんに、俺は思い付いた一つの案を伝える為に近付いた。

 

「そんなニヤニヤした顔でカチューシャに近付いて、何をするつもりですか?」

 

横からものっそいブリザードが唱えられた…ブリザードってかもうザラキである。ブリザード=ザラキはロンダルキア界隈ではもはや常識である。

 

なるほど…これがブリザードのノンナの異名の意味だろう。違うか?まぁ違うだろうな。

 

「ーーー」

 

そして横からクラーラがなんかめっちゃロシア語で話してる。こっちは何を言ってるかわからなくて単純に怖いからたぶんザラキかな?

 

「ーーー」

 

そんなクラーラにノンナさんがロシア語でなにやら答えている、そんなのもうザラキーマじゃん…。

 

「あなた達、ちゃんと日本語で話なさいよ!!」

 

うーん、しかしそんなにニヤついていたんだろうか…、確かに俺がニヤニヤしながらカチューシャさんに近付く絵面はなかなか犯罪的なものがある。

 

「…カチューシャさんに一つ提案があるんですが」

 

とはいえせっかく思い付いた一石二鳥の作戦だ、顔が多少にやけてしまうのも無理はない。…多少はね?

 

「仕方ないわね、聞いてあげるわ」

 

カチューシャさんが方耳をこちらに近付ける。…いや、わざわざ耳打ちする必要はないのでは?

 

「ほ、ほら、早くしなさい!!」

 

「…あまりカチューシャを待たせないように」

 

えー…そういう流れになるのこれ?しかし、ノンナさんとクラーラの行動がよくわからんのだが。

 

「いったい、何を思い付いたんでしょう?」

 

「さぁ?でも安心しなさい、少なくとも反則に関わる事ではないと思うから」

 

グッサリとダージリンさんの言葉が突き刺さる。あいったー…。えぇもう、その節はどうもとしか言えねぇ。

 

「それは全然心配してませんよ、ダージリン様」

 

「えぇ、今の彼ならもう反則を取られるような手段は打たないでしょう」

 

ペコとアッサムさんがフォローを入れてくれる。やだ、そんなにも信用されてるなんて…、ちょっと感激。

 

「そんなすぐにわかってしまう下手な手段、彼が打つわけありませんもの」

 

「やるなら反則スレスレ…ですもんね?」

 

「だそうよ?マックス」

 

「信用して貰えてなによりです…」

 

…ところで、信頼の方はされてるんですかね?公主。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「お腹が空きましたわ!!」

 

「え?あ…そう?」

 

戦場はゴルフ場から市街地へと移り、逃げる大洗・知波単の戦車を追いかける鬼ごっこが続いている。

 

さすがにあの集中砲火を受けてこちらが無傷という事はなく、マチルダが2両、バンカー内で沈められた。

 

だが代わりに突撃してきた知波単の戦車をこちらが撃破した分を考えると、戦況はまだこちらに有利と言える。

 

問題はこの追いかけっこだ。大洗・知波単の戦車は市街のいりくんだ道を、いくつかの小隊に別れて別々に分散していっている。

 

狙いは恐らく、こちらの戦力の分断にあるんだろう。そのやり口は決勝戦の黒森峰戦の時と似ている。具体的にいえばバレー部の八九式がこっちに砲撃で挑発してきてる。スポーツマンシップとは?

 

『黒森峰ならともかく、その手にはのりませんわ』

 

…ここでわざわざ黒森峰の名前を出す必要あったんですかねぇ?まぁ一緒に決勝戦見てたし、言いたい事はいろいろあったんだろうが。

 

そんな訳でこっちは全車であんこうチーム、Ⅳ号フラッグ車の一点狙いだ。今なら相手がわざわざ戦力を分散させてくれている。

 

…足の速いクルセイダーなら、先行してⅣ号の前に回り込む事だってできる。

 

「マックスさん、私、お腹が空きましたの!!」

 

「いや、聞こえてたから…、今試合中でしょ?我慢なさい」

 

それも大事な場面なんだから。だいたい君、試合前に何か食べてなかった?もうお腹減ってきてるとか燃費悪くない?

 

「お言葉ですがマックスさん、お腹が減ると操縦に集中できなくなるんでございましてよ?」

 

そんな何を当たり前な事を言わせるのか?みたいな顔で見られても困るんだが。

 

「いま戦車止めてご飯食べる訳にもいかねぇだろ、もう少し我慢しろ」

 

モグモグタイムが戦車道で許されているのは知っているが、さすがにこの局面で戦列は離れて「ちょっとご飯食べに行きまーす」とか言えない。後で何を言われるかわかったもんじゃないし。

 

「あ、あの、そこにローズヒップさん用のお菓子が置いてありますが」

 

どうしたもんかと思っていると砲手を担当している子が教えてくれる。え?そりゃ居るよ、さすがに俺とローズヒップだけで戦車を動かしている訳じゃないんだし。

 

名前は…まぁ、アレですよ、大人の事情というか。そこはね?ほら、察しよ?

 

とにかく、こんな急増チームの砲手担当になってしまった今試合一番の犠牲者ともいえる砲手子ちゃんだ。はいみんな拍手。

 

クルセイダーMarkⅢは三人乗りだ、操縦をローズヒップ、砲手にこの砲手子ちゃん、車長兼装填手兼通信手が俺である。

 

…いや、ちょっと俺の負担大きくないですか?そりゃ戦車を動かすローズヒップと、砲撃に専任させるべき砲手に他の仕事兼任させるのはアレですけど。

 

クルセイダーって元々は五人乗りの予定だったんだけどなぁ…。いろいろあって最終的に6ポンド砲搭載すると装填手の入るスペースなくなっちゃったのだ。イギリス戦車って…。

 

「お菓子って、お前戦車にそんなの乗せてんのか…」

 

「お紅茶には必須でございますわ!!」

 

「だいたい、操縦してるならどっちにしろ食えないだろ」

 

普段は車長だから問題ないんだろうが今は操縦手なんだし、ちゃんと操縦桿握っててね?本当に頼むから…。

 

「マックスさんが食べさせてくれれば、問題ございませんわ!!」

 

「…えぇ?」

 

見るとローズヒップがお口を大きく開けて「あーん」としている、え?やらなきゃ駄目なの?これ。

 

「えーと…」

 

「わ!わ!あーんなんて…、私初めてみます」

 

助けを求めて砲手子ちゃんを見るとお嬢様学校育ちよろしく、興味津々ドッキドキと言いたげに顔を真っ赤にしている。うーん、この子もこの子で大丈夫かこれ?

 

もちろん、俺はあんまり大丈夫じゃないんで、そこん所よろしくです。

 

ただまぁ、可愛いにも二種類あるとはよく聞くし、ローズヒップの場合どう考えてもそっち方面なんだよなぁ…。



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なんだかんだ、比企谷八幡はすぐにエモくなる。

無線でのやり取りとか会話劇が普通に会話しているっぽくなるのはわりと適当というか、大目に見て下さい。
ガチで戦車に乗ってる風にすると他戦車と会話すらほとんどなくなりますから。


『もうじきⅣ号がそちらに向かうわ、準備はよろしくて?』

 

「あぁ…まぁその、ぼちぼちです」

 

『なによその曖昧な返事!試合中よ、集中なさい!!』

 

寧ろ、その台詞は試合中にお菓子をペロリと食べ終えたローズヒップに言うべきでは?

 

とはいえ、素直にローズヒップにお菓子食べさせてました、とか報告する訳にはいかないし…ここはただ黙って叱咤を受ける、中間管理職の辛い所である。

 

え?あーんとかラブコメではって?どっちかというとイルカに餌あげてる感じなんだよなぁ…。大洗にも水族館があるし、俺も将来はそこでがまがまでがばがばな水族館職員ライフをなんくるないさーする時が来るのかもしれない。

 

「…大丈夫なのか?」

 

「お任せあれ、エンジン全開バリバリでぶっ飛ばしますわー!!」

 

お菓子パワーが充電されたようでローズヒップも気合い充分だ、これなら遅れをとる事はないだろう。

 

分断作戦を狙った大洗だが、聖グロリアーナ、プラウダは徹底してフラッグ車のⅣ号を狙う作戦だ。今もカチューシャさん達が西住のⅣ号を追いかけている。

 

そこを俺達、足の速いクルセイダー部隊が回り込んで囲む…というのが狙いである。

 

「ちょっとⅣ号の様子を見る、クルセイダーへの指示は任していーか?」

 

「了解ですわ!バニラ!クランベリー!ジャスミン!!」

 

そういえば、ローズヒップはこれでも本来ならクルセイダー部隊を率いてる隊長なんだよな…こいつが普段、どういう指示を出すのかは気になる。

 

あ、ちなみにバニラ、クランベリー、ジャスミンは他クルセイダーの車長だ、本当聖グロリアーナの隊員名って…。

 

「私に続くのですわ!!」

 

『『『了解!!』』』

 

…指示の仕方が戦国武将かな?

 

とにかく今はタイミングを計る上でもⅣ号だ。この道なら建物を挟んだ向こうの様子も見る事ができる。

 

…しかしこれ、正直見えづらいな。西住が普段戦車から上半身乗り出してる気持ちが少しわかる。怖いからやらないけど。

 

まぁ怖い以前に、この試合は男性である俺がこっそり試合に出ている無法試合なので、バレない為にも身体を出す訳にはいかないけど…本当に戦車道連盟よく許可したよね、蝶野教官やりたい放題かよ。

 

「…居た」

 

プラウダの主力部隊に追い掛けられているというのに、怯える様子もなく、西住はいつものようにⅣ号から上半身乗り出して周りの様子が探っている。

 

…ここでの周りの様子とは、つまりこちらの動向もばっちり見ているという事だ。そりゃそうだ、こっちから見えているんだ、向こうから見えないはずがない。

 

「もうじき曲がり角ですわ、囲みますわよー!!」

 

Ⅳ号を包囲すべく、クルセイダー部隊が回り込む。このまま行けばⅣ号と鉢合わせを狙え、囲むならここだろう。

 

…いや、待てよ。

 

「停車ッ!!」

 

「なんですの!?」

 

急な指示だったがローズヒップはよく反応してくれた。急停車する俺のクルセイダーの横を他のクルセイダー三両が勢いそのままに追い抜いていく。

 

…そのクルセイダーに向けて、先に曲がり角を抜けて来たのはⅣ号ではなく、風紀委員カモチームのルノーだった。

 

しかもかなりの速度だ、完全にスピード違反なんですが風紀委員としてそれは良いんですかねぇ?

 

速度を上げたルノーの重量にクルセイダーは次々ぶつかり、弾き飛ばされる。

 

その混乱の中、Ⅳ号はその隙を狙ってこちらに向けてスピードを上げてきた。

 

ーーーやっぱ来たか!!

 

「撃てッ!!」

 

砲撃は届かず、Ⅳ号は俺の真横を通り抜ける。まぁさすがにプラウダ主力に追い掛けられている今、向こうも足を止めての撃ち合いはしないだろうが。

 

…通り抜ける一瞬、目が合った気がしたが振り向けばもうその背中が見える。

 

『ちょっと!逃げられちゃったじゃない!!』

 

『こちらが分断作戦に乗ってこない事はみほさんももうわかっているわ、つまり…』

 

「主力はもう集まっちゃってるでしょうね…」

 

こちらを分散させる為にバラバラにした戦力もまた合流させてるだろうし、また街中で防衛陣形を組まれると厄介だ。

 

『それにしても…よくあそこで急停車できたわね。みほさんの狙いがわかったのかしら?』

 

「そりゃ西住がこっち見てましたからね。なら、あいつが何もやってこないはずないでしょうよ…」

 

…西住は戦車に乗る時、だいたい上半身を乗り出している。これは試合中に周りの状況を把握するのに最適ではあるが。

 

だが、逆を言えばこちらからも西住の様子が見えるのだ、状況の判断材料の情報としてはこれ以上の価値はないだろう。

 

つまり、西住がこちらを把握していない、見ていないその時こそが一番の狙い目になるだろうが…あいつ見える子ちゃんなんだよなぁ。

 

『…本当に、みほさんの事をよく見ているのね』

 

「趣味の人間観察の賜物ですよ」

 

『そ、そう…』

 

え?あれ?引かれてる?人間観察立派な趣味でしょ?

 

『で、ここからどうするのかしら?』

 

『決まってるわ、あんなちっちゃい連中、削って削って削りまくってピロシキの中のお惣菜にでもしてやるわ!!』

 

まぁプラウダの主力部隊なら任せても良いんだろうが…、あーもう向かってるし。

 

『ではプラウダにはそのまま追撃をお願いしましょうか、マチルダにも後を追わせるわ』

 

「…ダージリンさんは?」

 

『そうね、私達はそろそろお茶をいただくとしましょう』

 

…うーん、これは間違いなくローズヒップの上司ですねぇ。いや、本当に何言ってんだこの人。

 

「…さっきゴルフ場で飲んでたんじゃないんですか?」

 

確か茶柱がどうのこうのって言ってましたよね?しかも敵戦車に囲まれた状況で。

 

『それとこれとはまた別の話よ』

 

「…そっすか」

 

まぁチャーチルはこの試合でのフラッグ車だし、下手に前線に出るよりはその方が良いんだろう。ダージリンさんだってただ単にお茶が飲みたいだけじゃないはずだ。…ですよね?

 

「…ん?じゃあ俺達はどうするんです?」

 

プラウダがこのまま追撃、ダージリンさんはお茶会とくれば、一応聖グロリアーナのクルセイダー部隊としてはお茶会の方に参加した方が良いのかしら?マチルダはそのまま追撃に向かってるけど。

 

『任せるわ、あなたは下手に指示するより好きに動いて貰った方が面白そうですもの』

 

「丸投げっすか…」

 

しかも面白そうって…そんな雑な指示の仕方ある?

 

『それだけ期待しているのよ、よろしくね、マックス』

 

そんな雑な指示と共にチャーチルは移動を始める、ガチでお茶会に行く気だよこの人達。大洗マリンタワーの三階に素敵なコラボカフェがあるんだけどどう?

 

「どうするんですの?」

 

「どうするっつってもな…」

 

そんな訳で放り投げられた俺達だが、まぁ好きに動いて良いと言うなら甘んじて受け入れよう。

 

「まっ…そりゃフラッグ車狙うだろ。それに…どうやら主力はカチューシャさん達プラウダが率先して引き受けてくれるみたいだしな」

 

「…そういう話でしたの?」

 

そういう話だったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「あー!比企谷先輩だー!!」

 

「裏切り者だぁ!!」

 

試合前、聖グロリアーナとプラウダの控え室に向かう途中で声をかけられた、というか普通に指差しである。

 

「人を指差すんじゃねぇよ…」

 

元々俺を先輩と呼ぶ奴の数は少ないので確認するまでもない。こいつらはウサギチームの一年共だ。先輩に指差しとかだいぶナメてる。てか、俺がナメられている。

 

「てか裏切りってなんだよ、抽選の結果だろ…」

 

「そんなの断れば良いじゃないですか」

 

「そーだそーだ!!」

 

うん…まぁそうね。ちゃんと断れればここまでややこしい事にはならなかったんだけどね。

 

「ちょっとみんな、言い過ぎだよ。比企谷先輩にそんな断れる度胸なんて無いのは知ってるでしょ?」

 

…フォローしてくれているんだろうが、むしろ澤のフォローが言い過ぎなまである。

 

「あんこうチームの先輩方、可哀想…」

 

「私達で仇を取らなくちゃね」

 

「うんうん!!」

 

…もう仇討ち扱いされているんだが、てかあんこうチームも別にやられた訳じゃないからね?

 

「ほら、沙希だって言いたい事たくさんあるんですよ!!」

 

「………」

 

そう言って山郷が丸山の肩に手を置いてずぃっと俺の前に出す。いや、言いたい事って…この子そもそも喋らないよね?

 

「………」

 

…ごめんなさい、何言っているか全然わからないけど本当にごめんなさい。だからそんな悲しそうな顔しないで?

 

「という訳でぇ、比企谷先輩は私達が倒しま~す、覚悟して下さいねぇ」

 

「私達には取って置きの秘策がありますから!!」

 

「…秘策?なんかあんのか?」

 

「ふっふっふっ、裏切り者の比企谷先輩に教える訳ないじゃないですかー!!」

 

「あぁ…そう」

 

とりあえず何かしら秘策がある事は教えてくれた訳だけど気付いてないんだろうなぁ…。

 

とはいえ、戦車道全国大会では自分達で考えた作戦で黒森峰のエレファント、ヤークトティーガーの重戦車を撃破した一年チームだ、もう油断していいチームではない。

 

「なんてったって私達!」

 

「重戦車キラー!!」

 

「…あーうん、頑張れ」

 

なんかこう、重戦車を倒す為の作戦なんだろうなぁ…。ひょっとしてこの子達に倒されたエレファントとヤークトティーガーの乗員は反省会案件では?

 

「そして重戦車の次は!」

 

「比企谷先輩キラー!!」

 

…俺への殺意がひどい、そういやウサギチームのイラストって包丁両手に持った猟奇的なウサギのイラストなんだけど…。

 

この子ら大洗の首狩りウサギでも目指してるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

『ちょっとノンナ!遅れてるわよ!!』

 

『なんでもありません』

 

ん?ノンナさんが隊列から遅れるとは珍しい事もあるもんだ。元々プラウダの隊列の練度の良さは凖決勝でも見ていたもんだが。

 

『…いえ、そうですね。M3リーと交戦をし、撃破しました』

 

ノンナさんがそう報告を入れてくる、俺が居る手前伝えてくれたんだろうが…。

 

「え、あいつらノンナさんに挑んだんですか?」

 

『はい、どうやら待ち伏せして直接私を狙っていたようですね』

 

「はぁ、そりゃ怖いもの知らずというか…」

 

重戦車を狙うのはわかっていたけどよりによってノンナさんに挑むとか、これが若さか…。本当、認めたくないものだね、若さ故の過ちとか。

 

『…なにか?』

 

「いえ、なんでもないっす…。それで、何かしてきましたか?あいつら試合前に妙に自信満々でしたけど」

 

『えぇ、こちらの砲身が狙えない位置まで突っ込んできました、接近戦を狙ったのでしょう』

 

…それ?ただの決勝戦の時と同じ戦法では?

 

『狙いは悪くなかったのですが、詰めが甘かったですね』

 

まぁ重戦車相手には決して悪い戦い方ではないんだげどね、さすがにそう何度も通用する戦法ではない。

 

「…そっすか、ウサギチームの連中が」

 

『…比企谷さん、嬉しそうですね』

 

「そう聞こえますか?」

 

『えぇ、とっても』

 

ははは、無線越しで何を仰る。

 

「まぁ最初は戦車捨てて逃げ出す程度にはダメダメだった子達が自分達で作戦考えて率先して重戦車に真っ向から立ち向かえるようになったとかわりとくるものがあってわりとエモいですけどね、あー…こいつらちゃんと頑張ってるんだなぁとか考えると超エモい」

 

『思った以上に語るのね…。ところでノンナ、エモいってなんなの?』

 

『そうですね…、カチューシャの事です』

 

…その説明はどうなのか?まぁカチューシャさんもエモい所あるよね、そもそもオタクはすぐにエモくなるエモエモの実の能力者なのだが。

 

『それにしても、相変わらずハチューシャ、あの子達の事好きよね。…もしかして年下が好きなの?』

 

『良かったですね、カチューシャ』

 

『私は年上よ!!そもそもどういう意味よノンナ!!』

 

…そもそも年下に対しての俺の意思というか、意見は?いや、これは言わない方が良いと思うけど、ノンナさんも聞いてるし。

 

『とにかく、そろそろ無駄話はおしまいよ!ノンナ!!』

 

『はい、どうやら待ち伏せされていたみたいですね』

 

「…やっぱり防衛陣形組んでましたか」

 

そりゃそうだ、大洗側がこのままフラッグ車単独で行動する意味はない。

 

『どうしますか、カチューシャ?』

 

『決まってるわ、このOY戦線を突破してやるのよ!!』

 

…なんか勝手に名前付けてるけど、大洗役場だからOY戦線なのね。

 

これは恐らく、プラウダ主力部隊の足止めが目的だろうか?プラウダの火力ならここの突破も可能だろうが、やはりどうしても時間はかかる。

 

「ノンナさん、見える範囲での敵戦車を教えて下さい」

 

『わかりました』

 

防衛陣形に居る相手戦車を教えて貰う。ポルシェティーガーやⅢ突といった主力戦車、というか相手のほとんどが今この場所に居るようだ。

 

ただ、1両、居ないのは

 

「…Ⅳ号は?」

 

『えぇ、“もちろん”居ません』

 

…となると、単身こちらのフラッグ車のチャーチルを狙っている可能性もある。あの人達今頃たぶんお茶飲んでるんだよなぁ…本当になんなの?

 

『加えて向こうには地の利もありますから、厄介ですね』

 

『何言ってるのノンナ、地の利ならこっちにもあるじゃない。そうでしょ?ハチューシャ』

 

「…まぁ、大洗は庭みたいなもんですからね」

 

要するに、西住と直接対決してこいって事である、ここも大概ブラックなんだよなぁ…。



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案外、比企谷 八幡にも意地がある。

ガルパンの好きなモブキャラクターを思い浮かべて下さい、それがあなたにとっても砲手子ちゃんです。
ちなみに自分はサンダースのヘルメット子ちゃんとか良いと思います!!


『こちらレオポン、全車防衛線構築完了したよー』

 

「ありがとうございます、引き続き相手戦力の足止めをお願いします」

 

『そっちは1両になっちゃうけど大丈夫?』

 

「はい、そちらも無理はしないで下さい、突破された後は事前の作戦の通りに」

 

『了解ー』

 

ナカジマさんからの通信を終えて私はキューポラから身体を乗り出します。

 

「良い天気…」

 

空が高く、受ける風が気持ちいい…。

 

「やったね!これでOY12地点に防衛線を張れたよ!!」

 

「上手くプラウダを足止めできれば良いんだが」

 

「しかし火力は向こうの方が上です、西住殿」

 

「うん…」

 

プラウダの戦力を考えれば防衛線はいずれ突破される…。

 

「その前に相手フラッグ車とタイマンに持ち込めれば良いのですが」

 

華さんの言う通り、ここでダージリンさんのチャーチルを撃破出来るのが一番だと思う。

 

「うん、でも…その前に」

 

ナカジマさんからの報告だと、チャーチルの姿は確認出来ていない。という事はプラウダの主力部隊とは別行動をしているのかな。

 

それを探す、という選択肢ももちろんある。けど…。

 

「出来るなら八幡君は今のうちに倒しておきたい…かな」

 

たぶん、八幡君はある程度自由に動いてると思う、なら、きっとフラッグ車を狙ってくるはず。

 

「…みぽりん、そこまで比企谷に怒ってたの?」

 

…え?と思わず沙織さんに向き合ってしまった。

 

「そりゃ私もちょっとどうかと思ったけど、みぽりんがそんなに怒ってたなんて思わなかった…」

 

えーと…えぇっと?

 

「くじ引きの結果とはいえ、こうもあっさり相手チームに加わるなんてな」

 

「うっ…みんなごめんね、私昔っからくじ運悪くて」

 

夏の全国大会の時も一回戦からサンダースに当たっちゃったり…やっぱり私はくじ運が悪い方だと思う。

 

…そういえばアイスの当たり棒とか、全然引けた事なかったなぁって、そんな事をふと思い出したり。

 

「そんな!西住殿のせいではありませんよ!!」

 

「えぇ、比企谷さんが悪いです、比企谷さんが」

 

華さんがいつでも撃てます。と言うくらいに真剣な表情で頷きました。…すっごく頼もしいんだけど、八幡君がちょっと可哀想にも思えてくる。

 

「よーし、それなら私達で比企谷やっつけよう!!」

 

「えぇっと…うん、八幡君を倒したいのはそうなんだけど、理由はちゃんとあってね」

 

…本当だよ?うん、本当。本当…だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「マックス、みほさんはあなたの事も狙うはずよ、わかっていて?」

 

作戦会議は進み、そうなるとお茶も進むというものだが、そんなお茶を吹き出しかけない爆弾発言が投下された。

 

「えーと…それはアレですか?裏切り者には死を、的な?殺意的な感じで?」

 

「それも否定出来ないわね」

 

お願い否定して。じゃないと俺、大洗に寝返っちゃうよ?…そしたら今度はこの人から狙われるんだよなぁ…。

 

「いや、西住はそういう私怨で動く奴じゃないでしょ」

 

私怨がある事自体はちょっと否定できないかもしれないけど、試合においてあの西住がそんな個人的な感情を優先するとは思えない。

 

「もちろんわかっているわ。だからこそ、あなたは早めに倒したいとみほさんも考えるはずよ」

 

「いや、狙うならフラッグ車のダージリンさんか、プラウダの隊長のカチューシャさん辺りでは?」

 

フラッグ車のダージリンさんは当然として、カチューシャさんも倒せばプラウダの指揮力が落ちるのはわかる。

 

そうなると俺なんてほっといても良いレベルだと思うんだが、戦力的に見ても。

 

「わかってるじゃない。…って言いたいけど、今回はダージリンに賛成ね」

 

「…カチューシャさんまで?」

 

まさかのカチューシャさんまでダージリンさんに同意するとは思わなかったので思わず聞き返してしまった。

 

「だって、ハチューシャを最後まで残してると、何かやらかして来そうだもの、特にフラッグ戦となれば真っ先に潰しておくわ」

 

「えぇ、私だったらそうするわ、きっとみほさんもそうね」

 

「…やっぱ殺意的な感じじゃねぇか」

 

俺への殺意がひどい、戦車道やってると思考が物騒になってくるんじゃないの?

 

「…二人共、俺をなんだとおもってんですか?」

 

あとついでに西住もだが。

 

「そうね、一番嫌なタイミングで…」

 

「一番嫌な事をしてくる、かしら?」

 

「それ、もうただの嫌な奴では?」

 

しかも性格最悪な糞野郎なのでは?

 

「あら、これでも誉めてるのだけど」

 

「全国大会で準決勝、忘れてないんだから」

 

「…どうも」

 

誉められてる気は全くしないけど、なんならカチューシャさんは絶対誉めてないんだろうが。

 

「私達がそれだけあなたを警戒しているのだから、これまで一緒に戦って来たみほさんがあなたを警戒する理由には充分じゃなくて?」

 

「…まぁ、そうですね」

 

さすがにそこまで言われれば何も言い返せない。…つまりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…誘い込まれてんな」

 

わざわざ防衛線貼ってプラウダを足止めし、自身は単騎で行動中とくれば、俺の自意識過剰でなければ答えは一つ。

 

西住も俺を誘い出して、撃破を考えている可能性が高い。…誘い攻めまで習得してるとか、西住流マジ怖い。

 

「?、やっつけないんですの?」

 

ローズヒップがよくわからないと言いたげに首を傾げる、やっつけるかやっつけないかしかないの?この子?

 

「ここまで露骨に挑戦状出されるとな…」

 

試合前のダージリンさんとカチューシャさんとの会話を思い出す、となればここでわざわざ西住の誘いに乗るのはどうなのか?

 

「でも、向こうの隊長はマックスコーヒーさんがクルセイダーに乗ってる事は知らないんじゃないですか?」

 

砲手子ちゃんの疑問は当然だ、普通どの戦車に誰が乗ってるかなんてキューポラから顔を出さないとわからない。

 

「いや、悪いがそれは知ってる」

 

「…えっと、どうやって?」

 

さらには俺は今回お忍びで参加させて貰っている身なので、余計わからないのは当然だろう、だからこそ。

 

「俺が事前に教えたからな」

 

西住達…てか、大洗の連中にはもう伝えてある。【とりあえず俺はクルセイダーに乗る事になった】と。

 

「…馬鹿ですの?」

 

ローズヒップにそれを言われるのはなぁ…。うん、本当ごめんね、大事な事だからこれ。

 

「…そりゃ、こっちが向こうの戦車に誰が乗ってるのか知ってるのに、向こうは知らないってのはちょっとな」

 

まぁ…きっと馬鹿なんだろうが。それでも、それくらいの意地は張りたいものなのだ。

 

「では、追撃はしないんですか?」

 

「…いや、やる」

 

西住の狙いは明らかだが、フラッグ車が単独行動中なのは間違いない、こっちは4両のクルセイダーだっている。

 

そもそもこのままほっとけば西住は標的をフラッグ車のダージリンさんに変えるだけだろう。…あの人達お茶飲んでるからね。

 

「各車、このままⅣ号を追撃してくれ、たぶん向こうは路地に入っていくはずだ」

 

単純な戦力差はこちらが上、となれば向こうも足を止めて広い所で戦うのは避けたいだろう。

 

「でも、それだと裏道を知っているあちらが有利なんじゃ?」

 

確かに、曲がり角の多い裏路地とかで遭遇戦を仕掛けられればこちらの数の有利を生かす事は難しくなる。西住の狙いもそこだろう。

 

地の利は大洗にある、それは間違いない。ただ…。

 

「その地の利ならすでにぶっ壊しといてある、大洗の連中からしたらここはもう庭じゃないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「みぽりん、クルセイダーが2両追いかけてきてるよ!!」

 

「大丈夫、このまま直進して下さい」

 

路地に移動した私達はこのままクルセイダーを惹き付けながら進みます。

 

この狭さなら先頭車の射線に入らなければ大丈夫、麻子さんにもフェイントをいれて貰いながら操縦してもらって。

 

「この先の突き当たりを右折して下さい」

 

「ほーい」

 

「右折したら…華さん、お願いします」

 

「はい」

 

右折した先には小さな空き地がある、そこならⅣ号を旋回させてクルセイダーを迎え討てる。

 

…はずでした。

 

「ッ、停車!!」

 

右折した瞬間、急いで指示を送りⅣ号を停車させます。

 

そこにあったのは壁を壊され、道を塞ぐ瓦礫の山。

 

誰かが意図的に作った行き止まり。…たぶん八幡君だ。

 

後ろからクルセイダーが追いかけてきている、このままだと逃げ場がない。

 

「全速後退!!」

 

急いでⅣ号を後退させ、突き当たりをさらに抜けて本来進む予定はなかった左折の道へ逃げ込む。

 

幸運だったのは先頭車のクルセイダーが私達を追いかけて入れ違いに右折してくれた事だ、これなら。

 

「撃てッ!!」

 

そのクルセイダーの白旗を確認する。まず1両、…でも。

 

後ろに居たもう1両のクルセイダーが私達を追いかけてくる。

 

これも大丈夫、砲身は向こうを向いているし、倒す事はできる。

 

「…ねぇ、これまずくない!?」

 

ただ、倒せば道が塞がれる、こっちの道は狭くて旋回はもちろん、砲身を回す事もできない。だから、本当なら進む予定がなかった通路です。

 

でも、追いかけられている以上、このまま身動きを取れずに後退を続けるしかない。

 

私はキューポラから後ろを見る、そこにはもう1両、Ⅳ号の背後をつくようにクルセイダーが迫ってくるのが見えた。

 

「…囲まれた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

『サンドイッチのーーー』

 

『出来上がりですわ!!』

 

バニラとクランベリー、それぞれのクルセイダーからの報告を受けて作戦の成功に一息つく。

 

まぁ、種を明かせば単純な話だ。向こうが道を知っているなら、その知っている道を壊せばいい。

 

普段当たり前に通っている道が工事で通行止めになって戸惑った事くらい、誰にでもある経験だろう。

 

「道を塞ぐって…いつの間にそんな事を?」

 

「そりゃゴルフ場で一悶着やってた時にだな、プラウダのKV-2に一発頼んどいた、なるべく派手にぶっ壊しといてくれって」

 

いやー、火力があるってのは素晴らしい。本当ならもっとあちこちにやっといて欲しかったが、KV-2もカチューシャさんからの指示を受けて現在隠密行動中である。…まぁこの指示に関しては同情しかないが。

 

「…大洗は庭なんじゃなかったんですか?」

 

砲手子ちゃんが明らかに引いた目で俺を見てくる、いやほら…自分家の庭なら好きに弄ってもよくね?

 

まぁKV-2を試合に出したのはプラウダなんだし、なんなら道を破壊したのはニーナ、アリーナといったKV-2の乗員達だ、あれ?これもしかして俺は悪くない流れなのでは?

 

とにかく、旋回はもちろん砲身も満足に回せない狭い道で挟み撃ちだ、もう助からないぞ?

 

いや、真面目な話ここから逆転してくるとかされたらこっちは打つ手ないんだが。

 

『クランベリー車、やられました』

 

『同じくバニラ車、やられましたわ!Ⅳ号がそっちに行きますわ!!』

 

…打つ手ないんだが?

 

路地から飛び出してきたのはクルセイダーではなく、Ⅳ号戦車。

 

あの局面を突破し。西住が、あんこうチームが俺達の前に姿を見せたのだ。

 

…どうやって?



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やはり、知波単学園は突撃をする。

新年明けましておめでとうございます!今年もまたよろしくお願いします!!

やはり俺の戦車道は間違っている、を書き始めて何度目のお正月だろうか(笑)


「囲まれた…」

 

旋回はもちろん、砲塔すら満足に回せない狭い道を後退し続け、前後に迫るクルセイダー。

 

このままだと挟撃される…、だったら。

 

「華さん、前方のクルセイダーを!!」

 

「わかりました」

 

まずは前、私達を追ってきているクルセイダー。これは大丈夫…砲身も向こうを向いている。

 

「撃てッ!!」

 

相手の砲撃をかわした瞬間を狙って撃破する、これで前後から狙われる事はなくなった。けど…。

 

「西住殿!後ろからクルセイダーが!!」

 

「速い、追い付かれちゃうよ!!」

 

問題は後ろです。このままだと、私達の背後に迫るクルセイダーを迎え撃つ手段がありません。

 

この狭い道だと、旋回は出来ないし砲塔は回せない。

 

前に居るクルセイダーは撃破した事で白旗を上げ、今度は道を塞ぐ障害物となりました。押し退ける事はできるけど、時間をかければ後ろのクルセイダーに追い付かれる。

 

全国大会の決勝戦でも思ったけど、八幡君、こういう戦略が得意というか、好きなのかな?

 

…八幡君が道を塞ぐなら、私達は道を作る。

 

「麻子さん、ギリギリまで右端に寄って、合図と共に…」

 

「わかった、少しキツめにいくぞ」

 

「優花里さんも華さんもお願いします」

 

「もちろんです!!」

 

「必ず仕留めてみせます」

 

狙うのはクルセイダーが私達Ⅳ号に向けて砲撃を放った瞬間。

 

…そのタイミングさえ合わせれば。

 

「今っ!砲塔を回転させて!!」

 

麻子さんの操縦で右端に寄っていたⅣ号が砲撃をかわし、砲撃は塀に直撃して壁を崩します。

 

壁が崩れれば…砲塔を回転させるには充分のスペースが生まれる。

 

「撃てッ!!」

 

これで残るクルセイダーはあと1両。…八幡君だ。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

前回のあらすじ、あんこうチームが不死身。

 

「ダージリン様からお預かりした大切な戦車達が…」

 

裏路地に突入したクルセイダー3両の撃破報告と、目の前に出てきたⅣ号戦車。

 

…全滅。え?マジで全滅?あの局面わりと詰ませてたまであると思ったんだが。

 

初見殺しで道塞いで狭道に誘導して挟み撃ちまでして生き残られるとか、ちょっとあんこうチーム不死身すぎない!?主人公補正たっけぇ…。

 

って、んな事考えてる場合じゃない!なんなら砲身がこっち向いてるまである!?

 

「全速逃亡!とにかく逃げる!!」

 

「はいですの!!」

 

Ⅳ号から放たれた砲撃が急発進したクルセイダーの車体を掠めたのが感じられた。…っべー、マジっべーわ。

 

引き連れていたクルセイダー部隊は俺達以外全滅、こうなるとさすがに逃げの一手を打つしかない、こういう時、クルセイダーの足の速さはありがたい。

 

まったく、人があれやこれやと一生懸命考えた作戦をこうもあっさり看破して突破してくるんだから堪ったもんじゃない。西住ってそういう所あるよね…。

 

「これからどうするんですの?」

 

どうするって?そりゃ決まってる、むしろ聞くまでもない。

 

「逃げる、プラウダ待つ、助けて貰う」

 

ざっくりと、指を三本使い簡潔に答えた。

 

「…な、情けない」

 

砲手子ちゃんの漏れてきた本音が聞こえて泣きたくなるまであるが、何も意地をはり続けてやられる事もない。

 

確かにクルセイダー部隊は俺達を除いて全滅したが、時間稼ぎには充分なっていたはずだ。

 

「そんな訳でカチューシャさん、そっちどうですか?」

 

『そんなの決まってるでしょ!OY戦線は私達プラウダの勝ちよ!!』

 

俺は無線をプラウダに繋ぐと彼女達は開口一番、勝利宣言を上げていた。

 

プラウダが防衛戦に勝利した報告を俺が聞いているという事はだ、今頃西住も大洗が防衛戦を突破された報告を受けているはずだ。

 

ありがたい、これでⅣ号も俺達を追撃し続ける余裕は無くなっただろう。

 

「思ったより速くて助かりました」

 

プラウダの火力なら突破自体はそこまで難しくないだろうが、それでも思っていたよりずっと速い。

 

『やはりポルシェティーガーが要だったようですね』

 

『ノンナが撃破したんだから』

 

ふふん♪︎と、まるで自分の事のようにカチューシャさんが誇らしげに微笑んでいるのがわかる。

 

ポルシェティーガー…、あのレオポンチームをこうもあっさりと倒しちゃうかぁこの人。

 

『それと、チハが突撃して来た事も良いきっかけとなりました』

 

「…またかー」

 

いや、本当に何してんだ知波単の連中…。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「比企谷さん!!」

 

「おわっ!」

 

試合前、突然声をかけられて何事かと思えば知波単学園勢揃いである。え?なにこれ怖…。

 

まぁ勢揃いと言っても、隊長である西以外は遠巻きにこちらを見ているというか。

 

「くっ、男性の方にはどう突撃すればいいものか…」

 

「お、おい玉田、いつもの勇猛果敢な精神はどうした?」

 

「し、しかしだ細見、私にも心の準備というものがだな」

 

…まぁなんだろうか?知波単学園はあれでバリバリのお嬢様学校らしいし、男慣れしてないのだろう。

 

「えーと、何か用か?」

 

「はい、試合前の挨拶に参りました!本日はよろしくお願いします!!」

 

「「「「「「お、お願いします」」」」」」

 

西がそう言いながら頭を下げるとそれに習って後ろの知波単の生徒達もおずおずと頭を下げてくる。

 

「あぁ…まぁその、こちらこそ?」

 

…正直やりづらい。それとは言うとこの西というか、知波単の連中はなんとなく苦手なのだ、真っ直ぐ過ぎてどう相手していいか戸惑ってしまう。

 

「…悪いな。なんやかんやで敵チームになっちまって」

 

だがこのエキシビションマッチ、そもそも知波単学園に声をかけたのが俺である。しかもその本人が敵になるとか、どうなんだこれ?

 

「いえ、相手が誰であろうと、我々は我々の突撃を見せるだけです!!」

 

「…突撃すんの?」

 

いや、そりゃ突撃するんでしょうが、知波単だし。

 

知波単学園の試合は全国大会の一回戦で見たくらいだが、そりゃ見事に突撃していた。

 

…あの黒森峰相手にだ。結果はもちろん突撃粉砕、まさに一蹴だ。

 

うーん、今さらだが西住はこいつらを上手くまとめる事が出来るんだろうか?

 

ちなみにこいつら知波単学園に声をかけた奴はなんかいろいろ放ったらかして相手の聖グロ・プラウダチームに行っちゃっうらしい。…さすがにちょっと最低ムーヴがすぎる。

 

「…あの、やはり比企谷さんは突撃は嫌いでしたか?」

 

俺がそんな自己嫌悪におちていると西が心配したように声をかけてくれる、なにその斜め右な心配のしかた?

 

「むしろ突撃に好き嫌いの概念がある事すら知らなかったんだが…」

 

「それは良かった!実はこう見えて私達、突撃が大好きなんです!!」

 

…どう見ても突撃が好きにしか見えないんだが、そこは突っ込まない方が良いんだろう。

 

それよりも突っ込みたいのは先ほどは西の発言だ。

 

「…やはりって?俺が突撃嫌いだと思ってんのか?」

 

「えぇと、その…比企谷さんの話は西住さんから伺いました、作戦を考えているとは聞きましたが突撃作戦を立てた事は無いと」

 

…まぁ負け前提で突撃かました事はあったんだが、それを言わないのは西住の優しさか。

 

しかし、突撃作戦を立てた事が無いから突撃嫌いとは心外な、俺だって別に突撃系の作戦は嫌いじゃない。

 

戦車が勇猛果敢に突撃する様には心引かれるものがあるし、浪漫にも溢れてある、見る分にはカッコいい。

 

「別に突撃を否定した事はないし、やり方次第じゃ強力な戦術だ、現に黒森峰とか全車で突撃して来たら勝てる学校多分無いだろうし」

 

ゴリゴリの力押しはそのゴリゴリが故に対処が難しい。まさにゴリラ・ゴリラ・ゴリラ、つまりゴリラが揃ってる事が大前提だ。

 

「ただ単純な突撃での力押しとなると強力な戦車が揃っている事が前提だから、作戦ってなるとーーー」

 

言いにくいけど、大洗も知波単も保有戦車は強力とは言えないのだから、雑な突撃作戦なんて夢のまた夢なのだ。

 

「ですよね!やはり突撃は素晴らしいです!!」

 

「え?お、おう…?」

 

だがその続きを言おうとする前に、西には敬礼をビシッと決められた。

 

「比企谷さん、こうして敵となってしまった以上…残念ですが私達知波単学園はあなたにも突撃をしなくてはいけません!!」

 

「…突撃には相当自信があるんだな」

 

知波単学園は突撃一辺倒な戦い方は置いといて。生徒の練度や士気の高さでいえばかなりのものだと、秋山からは聞いている。

 

「もちろんです!我々の知波単魂、試合にて存分に見せつけましょうぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…あー、もしかしてアレですか?」

 

なんだろ、今空を見上げれば、きっと西が敬礼している姿が見えるまでありそうだ。無茶しやがって…。

 

「…これで知波単、全滅しました?」

 

ゴルフ場で大半の知波単車両が突撃して散っていた報告は聞いている。

 

そして今回の防衛線では隊長である西も単身(謎の)突撃をかましてきたらしい、結果はもちろん散っていったが。

 

…知波単名物らしい突撃だが、結局俺は報告を受けているだけで一度も目にする事なく終わってしまったのである。残念なような…これで良かったような。

 

しかし、それにしたってあんまりでは?え?本当に知波単これで終わりなの?

 

『いえ、1両まだ残っていますよ、八九式に突撃を防がれて無理矢理連れられた九五式軽戦車が』

 

八九式…バレー部の連中か、とりあえずこれで知波単学園の残る戦車は1両。だが大洗の戦車はまだかなりの数が残っている。

 

こちらはまだプラウダの主力は残ってはいるが、それも先ほどの防衛線でT-34がいくつかやられているし、戦力的にそこまで大きな差はないのかもしれない。

 

特に聖グロリアーナはゴルフ場でマチルダ部隊が、そしてたった今3両のクルセイダーがまとめて撃破された所だ。

 

えぇっと、今聖グロリアーナ側で残ってるのって、ダージリンさんのチャーチルと、俺達のクルセイダーと…。

 

『ならばその八九式と九五式!私がまとめて撃破して見せましょう!!』

 

そ、その声は!?

 

「…誰?」

 

『マチルダのルクリリよ!試合前にも話したでしょう!?』

 

いや、知らない人は本当に知らないと思うから、一応…ね?



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こう見えて、西 絹代は悩んでいる。

最近更新遅くてすいません、八幡試合に出して書くのがこんなに難しいとは思わなくてわりと悪戦苦闘を続けています。

ガルパン10周年キャンペーンのスタート!!…え?10年前とか嘘でしょ?


「我々の突撃はまた失敗してしまったのか…」

 

先のOY防衛戦にてプラウダに向けて突撃し、敢えなく散ってしまった彼女は戦車から降りる。

 

「果たして我々はこのままで良いのだろうか…?いや、よくない…いや、良い」

 

知波単学園の隊長、西 絹代である。

 

戦車道全国大会が終わり、引退した先輩達から隊長としてチームを任された彼女は悩んでいた。

 

知波単学園の突撃には自信と誇りを持っている。もちろん、彼女だって突撃が大好きだ、そこに嘘は全く無い。

 

だが、その突撃も先の全国大会一回戦では黒森峰に一蹴された。いや、それよりもずっと前から試合で何か結果を残せた事は少ない。

 

はたして、このまま突撃だけで戦っていても良いんだろうが…?

 

「この試合で何か学べれば良かったのだが…」

 

ー結局また機会を見誤り、突撃して撃破されてしまった。

 

「西さん、お疲れ様ー」

 

「いやー、やっぱIS-2半端ないね、やられちゃったよ」

 

自分と同じく…しかし、自分とは違い奮闘の末にプラウダに撃破されたポルシェティーガー。

 

自動車部、レオポンチームの人達が西に声をかけてくる。

 

「…皆さん!先ほどの先走っての突撃、本当にすいませんでした!!」

 

そんなレオポンチームに西は勢い良く頭を下げる、あのタイミングでの突撃が失敗だった事はこの結果が何よりも語っているだろう。

 

「通信機の調子悪くて聞き取りにくかったんでしょ?だったら仕方ないよ」

 

「そーそ、あ!なんならちょっと見せてよ、試合はやられちゃったからもう使えないけど通信機くらいは修理してもいいよね?」

 

「いえ!そこまでご迷惑をおかけする訳には…」

 

「いーからいーから、どうせ試合が終わるまで暇だしね」

 

そういって彼女達自動車部は手際良く工具を持ち出すと九七式チハの通信機を弄り始める。

 

確かに通信機の調子が悪かったのは事実だ、それで後退の指示を聞く事が出来なかった。

 

というより、『後退』の言葉をうっかり『突撃』と聞き間違えてしまったのだ、今回の突撃と白旗はそれ故の結果である。

 

「防衛線突破されちゃったけど、西住隊長大丈夫かな?」

 

「うーん、相手は比企谷だし、また何か仕掛けてはいそうだけど」

 

「比企谷さん…」

 

比企谷 八幡、試合前に挨拶にいった時に少しだけ話をした男の子。

 

男性の身でありながら戦車道の試合に参加を許された、特例中の特例…と、事情を知らない西からすればよほどの素晴らしい実力を持つ選手に見える。

 

「…試合、見に行こうか?確か近くにモニターがあったはずだから」

 

試合全体の流れは大洗の各所に設置されたモニターで中継されている、撃破されてしまった自分達が見に行く事に問題はないだろう。

 

「いえ、しかし修理をお願いしているので…」

 

「もう直ったよー」

 

「…えぇ?」

 

これには流石の西も唖然としたが、大洗の戦術を学ぶ絶好の機会を見逃す程彼女も考え無しではない。

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

噂に聞く西住流、西住さんと、男性の身で戦車道の試合参加を許された比企谷さんの直接対決。

 

「いったい…どんな突撃が見れるんだろう?」

 

彼女はワクワクしながらモニターが設置されている場所まで移動し、そこに映された試合中継は。

 

「………」

 

なんかめっちゃ逃げてるクルセイダーと、それを追うⅣ号戦車の追撃戦だった。

 

「…逃げてるね、比企谷」

 

「まぁ、比企谷だし」

 

「やはりあれは逃げているのですか!?」

 

納得と頷くレオポンチームと、当惑を隠しきれない西。

 

「比企谷の方も作戦失敗したみたいだし、逃げてるんじゃないかな?」

 

「作戦が失敗したのでしたら…吶喊して潔く散るものでは?」

 

西のこの発言にレオポンチームはお互い顔を見合わせて笑い合う。

 

「比企谷が?ないない…絶対根に持つタイプだし」

 

「今は逃げてても、またやり返しに来るんじゃない?」

 

「…はぁ、そういうものなのですか?」

 

知波単学園では逃げるや撤退といった言葉には縁遠く、西には今一つピンと来ない。

 

「もちろんうちだって負けてないよ!直線勝負で差を付けられてもコーナーで逆転…ってね!!」

 

「ほら、九五式の娘達だって、うちのアヒルさんチームと一緒に頑張ってるみたいだし」

 

「…福田」

 

モニターには逃げる八九式と九五式、そしてそれを追うマチルダが映し出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

『あーっはっはっは!豆鉄砲などをいくら撃たれようと効くものか!!』

 

開幕高笑いを決め込んでいる彼女こそ、ゴルフ場の一戦で唯一生き延びた最後のマチルダの車長。ルクリリだ。

 

「そりゃ八九式と九五式相手にマチルダの装甲だしな…」

 

八九式…はっきゅんの火力の無さについてはさんざん、もう悲しくなるくらい言ってきたと思うが九五式も同じようなもので、日本戦車はね…うん。

 

「いや、それでも油断すんなよ?」

 

俺達のクルセイダーと同じく、彼女のマチルダもラストワン、聖グロリアーナの戦力はダージリンさんのチャーチルを合わせても残り3両しかない。

 

いや、ほんと頼んますよ?OY戦線を突破したといってもプラウダ側もかなり被害はあったみたいだし。

 

『油断?まさか、このルクリリ、生まれてこのかた油断などしたこともない!必ずやあの2両を仕留めてみせよう!!』

 

ほう…ならきっとこれは余裕というものなんだろう。

 

『…む!あぁ!あいつら発砲禁止区間に逃げ込むなんて、ズルいぞ!!』

 

…言ったそばからすぐ油断してるんだけど、大丈夫なの?口調もなんかやたら好戦的というか…闘争心に溢れてるし。

 

「落ち着けよ、相手もずっと発砲禁止区間には居られないんだろ」

 

…さすがにダメだよね?ずっと発砲禁止区間に居られるならフラッグ車そこに置いとけばもう試合終了なんだし。

 

『それくらいわかってます!それに奴らの、八九式の狙いはすでに看破しているのだから!!』

 

「…試合前に俺に聞いてたあれか?」

 

信じられないだろうが、いや、俺だっていまだにいまいちよくわからんというのが本音なのだが…。

 

『大洗にある立体駐車場の位置は全て把握している!このルクリリの完璧な対策にあいつらの驚く顔が目に浮かぶようだ』

 

…そんな訳でこのルクリリとかいうマチルダの車長、大洗にある全ての立体駐車場の場所を俺に事細かに聞いてきたのだ。

 

なんなのこの子?立体駐車場マニアなの?

 

格言マニア、データ収集マニア、スピード狂マニアに加えてここに新たな新マニアキャラクターが聖グロリアーナに追加された。

 

…お嬢様学園の姿か?これが。助けてペコ!!

 

『重要なのは同じ失敗を二度としない事なのだ、はーっはっはっは!覚悟しろ八九式!!』

 

…なんだろうか?なんかそのフレーズにはものすごく身に覚えがあるというか、フラグが漂ってるというか。

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

立体駐車場の中央に陣取ったルクリリのマチルダの眼前には稼働する駐車場、しかしそれはただのブラフだとルクリリは見抜く。

 

車庫の中身は恐らく空、本命は背後でゆっくり稼働するもう1つの方。

 

彼女は自信満々に振り返る、前回の、大洗練習試合の雪辱をここに果たす、その為に。

 

「馬鹿め!二度も騙されるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

『えっ!横から九五式?ひっ!ひゃわわっ!!』

 

なにこの子、ひょっとしてものすごく可愛いのでは?

 

…なんて言ってる場合か。これ、マチルダ全滅じゃねーか、いよいよ戦力的にキツくなってきたな。

 

「待たせたわね、ハチューシャ!!」

 

まぁ、こちらとしてもようやくプラウダと合流できたので試合はまだまだわからないが。

 

カチューシャさんにノンナさん、クラーラ車とも無事合流する事ができた。

 

「このカチューシャが来たんだもの、ミホーシャもこれでおしまいよ!!」

 

「しかし、また裏路地に逃げ込まれるのでは?」

 

「いや、それはもう大丈夫だと思いますよ」

 

確かに、西住としては広い大通りでの戦闘は避けて裏路地での遭遇戦を望んでいるだろうが。

 

「裏路地をKV-2の砲撃で塞いだ戦法を見せたんですから、西住達からしてももう危なくて狭い道なんかは通れないはずです」

 

あの作戦最大の狙いはこれにあり、撃破はついでに出来れば良かったいくらいなまである。べ、別に悔しくなんかないんだからね!!

 

本来通れた裏路地が道が塞がれて通れない、だったら他にも塞がれている道があるのでは?…と考えてしまうのは当然だ。

 

実際はKV-2もカチューシャさんから別命を受けたのでそんな暇は無かったんだが、事情を知らない西住…いや、大洗からすればそんな事わかるはずがない。

 

となれば、当然裏路地のような狭い道は避けなければいけなくなる。大洗はもう裏路地に逃げ込む…という戦法はとれないはずだ。

 

「もう大洗に地の利はありません、後はフラッグ車…あんこうを仕留めるだけです」

 

「…案外、容赦が無いんですね」

 

「容赦してカチューシャさんが許してくれますかね?」

 

「まさか、きっとシベリアが待っていますよ」

 

ノンナさんがそう言って微笑むが、目が笑ってないんだよなぁ…目が。

 

「だってカチューシャはあなたと共に戦えるこの試合を、とても楽しみにしていましたから、負ける事は許されません」

 

「…いや、まぁその、負けず嫌いなのはいつもの事なのでは?」

 

「そうですね、しかし…そんな負けず嫌いのカチューシャだからこそ、誰よりも我々を強く勝利に導いてくれます」

 

「………」

 

…負けず嫌いだからこそ、隊長として強い。まぁ考えてみれば当然だが。

 

「あなただって負けず嫌いなのでしょう?」

 

「…まさか、むしろ負けっぱなしなまでありますが?」

 

やだ…私の人生負けすぎ?となる程度には。

 

「負けっぱなしと負けるのが嫌いなのは矛盾しませんよ、比企谷さん」

 

「………」

 

まぁ、そりゃそうだ。

 

…プラウダと合流できた事で戦力的には形勢逆転、後は西住が他の大洗戦車と合流する前に叩くだけ。

 

「そんなわけでローズヒップ」

 

「なんですの?」

 

「選手交代だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「麻子さん、囲まれないようコーナーを曲がれるギリギリの速度まで加速して下さい」

 

「わかった」

 

大洗の街中には一際大きなカーブのある場所がある。

 

速度を上げればそんな急カーブを曲がりきる事は当然難しい、ましてや乗っているのは戦車である。

 

だが、あんこうチームⅣ号は加速させ、そのカーブへ向かう。そうしないと後続の、彼女達を追いかける戦車群に囲まれてしまうからだ。

 

その先頭にはクルセイダー、クルセイダーもまた、速度を上げてあんこうチームを追っていた。

 

あんこうチーム、Ⅳ号がカーブを曲がる、そこまでは彼女、西住 みほの予想通りだった。

 

Ⅳ号戦車の操縦手、冷泉の技術を信じているからだ。だから、カーブを曲がるのは予想通り。

 

「…え?」

 

だが、予想と違うのは後続の、自分を追いかけてきたクルセイダーがカーブを曲がりきれず、曲がり角の旅館に激突した事だ。

 

「旋回っ!!」

 

その機会を、西住 みほは見逃さない。砲手である五十鈴も彼女の考えを察知し、すでに準備はできていた。

 

「撃てっ!!」

 

Ⅳ号の放った砲撃はクルセイダーに直撃し、白旗が上がる。

 

聖グロリアーナ最後のクルセイダーの走行不能、撃破が確認された。



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まだまだ、比企谷 八幡は策を練る。

前回の話、感想でみんな八幡を疑っていてさすがに笑ってしまいました、どこまで信用できないんだ、この主人公(笑)


「相手クルセイダーの撃破を確認しました、しかし…これは」

 

あんこうチームの全員が、その出来事に違和感を感じていた。

 

曲がり角を曲がりきれず、旅館に激突したクルセイダー、その隙を見逃さず砲撃を撃ち、白旗も確認した。

 

「えと、比企谷を倒した…って事で良いの?」

 

「それにしては…」

 

あまりにも呆気ない…というのが本音ではある。しかし、クルセイダーの上げる白旗が何よりもそれを証明している。

 

「まぁ、比企谷さんらしいといえばらしいが…」

 

「………」

 

「みぽりん?」

 

「ううん、行こう」

 

西住 みほは少し考える素振りを見せたが先頭のクルセイダーを撃破したところでまだプラウダ高校の追撃が緩まった訳ではない。

 

先へと進むⅣ号、西住 みほは後ろをチラリと振り向き動かなくなったクルセイダーを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

「苦戦していますね」

 

「それだけ大洗というチームが強くなった、という事よ」

 

空き地にチャーチルを停め、堂々と椅子まで用意して彼女達聖グロリアーナのお茶会は試合中でも開かれる。

 

彼が聞けば文句の1つでも出そうなものだが、それが聖グロリアーナであるので仕方ない。

 

「確かに、練習試合の時とはずいぶん違いますね」

 

「人は成長するもの、あの戦車道全国大会はそれをされるのには充分な戦いだったという事よ」

 

そんな会話を交えつつ、ティータイムを楽しむ彼女達に1両の戦車が近付いてくる。

 

それを見たダージリンはからかうようにテーブルに添え付けた無線機を手に取った。

 

「あなたからすれば少し悔しいのではなくて?」

 

『…なんの話です?』

 

「例えあなたが居なくても大洗は立派な強豪チームという事よ、マックス」

 

ダージリンの無線は先程近付いてきた戦車、T-34/85へ。

 

『別に今までだって試合に出てた訳じゃありませんし、そりゃそうでしょ…』

 

そしてその搭乗者である比企谷 八幡へ向けて、繋がれていた。

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

試合前の作戦会議で思い付いた作戦がこれだが、別にからくり…という程特別な事は何もしていない。

 

「しかし、自分の撃破まで偽装しようとするとは…」

 

「やっぱりマックスさんですよね、ローズヒップさんが少し可哀想というか…」

 

「いや、別にクルセイダーを犠牲にした訳じゃないから…」

 

そう、ローズヒップと砲手子ちゃんは犠牲になったのだ、犠牲の犠牲に…、なんて事はもちろん無いと言わせて貰いたい。

 

結果的にあの後撃破されてしまったがクルセイダーがあのまま生き延びていたとしてもまったく問題はないし、なんならその方が良かったまである。

 

なんでも曲がろうとした所で倒れた信号機に引っ掛かって操縦不能になってしまったらしい、公共の物を壊すとはなんと卑劣な!!(目を背けつつ)。

 

「それにしたって、浮気性ではなくて?将来が心配ね」

 

「なんでダージリンさんがそこを心配するんですかねぇ…」

 

そもそも浮気は違反として罰せられるべきだが、俺は今回何も悪い事はしてない、そこは神にも戦車道連盟にも誓って言える事だ。

 

「だいたい、戦車の乗り換えが浮気とは言えんでしょ…」

 

「そんなにロシア戦車が良かったのね」

 

酷い!イギリス戦車とは遊びだったのね!!とでも言いたげである。あぁ…初っぱな嫌味っぽい事言われたのはこれのせいですか。

 

いえ、実はドイツ戦車が好きです。…とは言わない方がいいんだろなぁ。

 

答えを言ってしまえば単純な話だ、俺は乗る戦車をクルセイダーからT-34へと乗り換えた、ただそれだけだ。

 

戦車道の試合中、試合開始時の戦車から別の戦車へ移動する事は実はそう珍しい話ではない。

 

プラウダ戦の時にノンナさんもやっていたし、なんならうちも冷泉が雪に埋もれたルノーを脱出させる為に少し動かしていた。

 

つまり、完全にルールに則った正統派の作戦であり、これに文句を言える者はだれも居ないだろう。

 

「これで西住は俺がもう試合を降りたと思うはずです」

 

俺がクルセイダーに乗る事は試合前に伝えたし、それだって実際に先程まで乗っていたのだ、嘘は何一つついていない。

 

それも踏まえて、西住が俺を警戒しているなら。

 

「それで、あなたはどうするのかしら?」

 

「…そうですね、一番嫌なタイミングで一番嫌な事を狙ってみますよ」

 

その警戒意識も俺の撃破(仮)で多少は薄れた事を期待したい、そこを狙う。

 

「うわぁ…」

 

ペコが明らかに引いていた、そりゃもうドン引きだこれ…。

 

「やはり、マックスさんにはデータでは測りきれないものがありそうですね、しかしこれをどうまとめれば良いのか…」

 

アッサムさんなんかめっちゃ頭抱えてるし、むしろ俺のデータなんかあるのね…。

 

「…で、クラーラは納得しているのかしら?」

 

「あぁ…まぁ、そうですね」

 

…やっぱそこが一番重要だよね。

 

戦車をクルセイダーからT-34へ乗り換えた訳だが、そうなると問題は同乗者がガラリと変わる事だ。

 

戦車は一人では動かせない、俺がどれだけヤル気を出しても乗っている他の搭乗者のヤル気が無ければ意味がない。

 

そして俺が乗り換えたT-34の砲手といえば…。

 

「………」

 

彼女、プラウダ高校でロシアからの留学生としてやってきた…らしい、クラーラだ。

 

彼女が納得しているかと言われれば頬をムスッと膨らませて拗ねている。可愛い。

 

なんかごめんね。俺のせいでカチューシャさんと離ればなれになっちゃって…。

 

「…あの、マックスさんはロシア語が話せるんですか?」

 

ペコが心配してそう聞いてくる、クラーラは普段ロシア語で会話をしているし、通訳をしてくれるノンナさんはもちろん居ない。

 

そんなクラーラに指示を出すには俺もロシア語で話さないといけないのだろうが、そんなスキルはもちろんない。

 

「えぇ、実は話せるのよ、ねぇマックス?」

 

「…え?いや…そうでしたっけ?」

 

なにそれ初耳、俺の知らない所で八幡が本当はロシア語ペラペラとかどこの二次創作だよ、ちゃんと許可とった?

 

「準決勝の時、ロシア語でカチューシャに伝えたのでしょう?今日も美しい、一目見た時からそう思っていたって、あの子、お茶会の時に嬉しそうに話してたわよ」

 

「………」

 

やだ、お茶会コミュニティ怖い、主婦の井戸端会議より浸透率半端ない。

 

「…マックスさん」

 

ペコの目が怖い、顔は笑ってるのに目が笑っていない。

 

いや、それより怖いのは…。

 

「ーーー!!」

 

クラーラだ。その言葉を聞いた瞬間、頬を赤く染めてロシア語でめっちゃまくし立てながら迫ってくる。怖い。

 

いや、怖いは怖いが…これで同時に立てていた仮説も立証が出来たというものだ。

 

「クラーラ、お前日本語わかるだろ」

 

「ー…!」

 

ピタリとクラーラの動きが止まる、これを言って止まるという事は決定だな。

 

ダージリンさんが日本語で話した『俺がロシア語でカチューシャさんを誉めた』という言葉にクラーラはここまで反応している。

 

前々から少し思ってはいたんだが、クラーラは普段の会話こそロシア語だが、日本語で話していても反応はしているようだ。

 

つまり、日本語の内容くらいは理解できるのだろう、俺がロシア語を話せなくても簡単な指示くらいならなんとかなる…はず。

 

というかこれでなんともならなかったら俺の作戦が全てパーになるまである。…さて、クラーラの反応は?

 

「…カチューシャ様には内緒ですよ?」

 

クラーラは人差し指を口に当てると片方の目をつむり、しーっとジェスチャーをした。なにこれちょうかわいい。

 

先程迫られていたので距離も近く、そんな近距離でロシア少女にこのジェスチャーやられればドキドキしてしまうのは仕方ない。ダージリンさん?いや…あの人日本人だし。

 

「…てか、普通に話せるのかよ」

 

日本語が理解できるどころか、普通に日本語話せるのかよ…これは俺も騙されたわ。

 

「カチューシャ様の為に勉強しました」

 

ならなんでそのカチューシャさんに日本語で話さないんですかねぇ…ノンナさんと合わせてからかってるんだろうが。

 

「…とにかくこれで心配はなさそうだな、すまんクラーラ、頼めるか?」

 

とはいえ、彼女が協力してくれないと状況は変わらない、クラーラはあんまり俺に良いイメージ持っては無さそうだが…。

 

「この試合、ノンナさんと勝負しています」

 

「ノンナさんと?なんの勝負?」

 

てか、大洗・知波単との試合なんだけど…。

 

「もちろん、どちらがよりカチューシャ様のお役に立てるかです、比企谷さん、わかりますか?」

 

つまり、やってみろという事なんだろう。…むしろ失敗したらどうなるかわかってる?的なニュアンスまで感じる。

 

…しかしノンナさんよりかぁ。あの人、もううさぎチームのM3やら自動車部のポルシェティガーとか撃破してんだけど?

 

「まっ、フラッグ車を倒しちまうのが一番の手柄だしな」

 

それでも、試合終了の立役者になれるのなら間違いなく勝負の面で見てもこっちの勝ちだ。

 

「…という事でダージリンさん、俺は一度隠れますんで」

 

「えぇ、気を付けて」

 

この人も俺のやろうとしている事は理解しているのだろう、2つ返事で了承を貰えた。

 

大事なのは気付かれない事、そしてタイミングを見極める事だ、やられた人間が何度も復活する訳にはいかない。

 

しかるべき、狙える場面で確実に、西住の乗るあんこうチームのⅣ号フラッグ車を落とす。



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こうして、彼の初めての試合は決着付く。

正直このラストシーンは最初から決めてました。
しかし書きたくても書けなかった試合の描写が多い…、観客席から見るのと試合させるのとではこうも違うのか…。


その機会はすぐにやってきた。

 

「…え?Ⅳ号、磯崎神社に入ってったんですか?」

 

『そうよ!発砲禁止エリアに逃げられたわ!!』

 

『我々も現在追跡を続けています』

 

クルセイダーからT-34へ戦車を乗り換え、一度戦線を離脱した俺達だがプラウダ本隊はもちろんそのままⅣ号を追撃している。

 

そのⅣ号だが、大洗磯崎神社に逃げ込んだらしい。この試合においての大洗アウトレットと同じく、発砲が禁止されているエリアだ。

 

境内でのドンパチはさすがにNG、これでは追いかけるプラウダ側もⅣ号に手は出せない。

 

困った時は神頼みとは良く言うが、本当に物理的に神頼みする奴があるか!!やっぱりあの娘、戦車道ではガチなんだよなぁ…。

 

「なるほど、なら俺達も向かうか」

 

「今行ってもⅣ号には手が出せませんが」

 

クラーラが疑問の声をあげる。そりゃさっきまで『絶好の機会』が来るまで潜伏する、なんて言った奴が手の平を返したのだ、その疑問は当然だろう。

 

だが、今が正にⅣ号を仕留める絶好の機会といえるのだ。

 

「カチューシャさん、発砲禁止エリアって“エリア内での砲撃”は禁止なんですよね?」

 

『当たり前じゃない!だから私達も手が出せないんだから!!』

 

確認の為、カチューシャさんに聞いてみると少しイライラした返答が返ってきた、まぁ名前通りの事を聞かれたらそうもなるだろう。

 

「…じゃ、エリア外からエリア内への砲撃はありって事じゃありません?」

 

禁止されているのがエリア内での砲撃なら、発砲禁止エリアに入らずに外から砲撃をぶちこめば良い。

 

これならエリア内の相手は砲撃が出来ず、外から一方的に砲撃を撃てる。勝ったな、がはは!!

 

『………』

 

無線越しに無言の圧力というか、ドン引く雰囲気が伝わってきた…。

 

『…比企谷さん、この場所は神社ですが、それで良いんですか?』

 

「…小町の合格祈願もお願いしましたし、止めときます」

 

あぁ…うん、そうね。これで神様の機嫌を損ねて小町が大洗に合格出来なかったら目も当てられない。

 

受験勉強に神頼みと聞くと疑問を持たれそうだが選択問題が出てくる以上、運に左右される事もあるだろう。

 

そもそも神社の中を戦車で突入して良いのか?という問題が出てくるんだけどね…本当に頼んますよ?

 

「ん?てか磯崎神社ならⅣ号にもう逃げ場ないんじゃないですか?」

 

磯崎神社への突入ルートといえば頑張って坂道を昇るか頑張って石段を登るかの2つだ。石段の方は前回、俺と西住が使った腰を砕けさせる91段の例のあれだ、戦車が登るには無理がある。

 

となれば当然坂道のルートから入ったはず、その唯一の出入口を固めてしまえばⅣ号の逃げ場はなくなるだろう。

 

発砲禁止エリアだから戦闘は禁止?だから禁止されているのは“発砲”だ、文面のどこにも戦闘禁止とは書かれていない。

 

禁止されているのが発砲だけなら他にやりようはいろいろある、よーし、やっぱり八幡も向かっちゃうぞー!!

 

『バッカじゃないの!ミホーシャ無理しちゃって!!』

 

と、そこでカチューシャさんが声があげる、え?西住がどうしたって?

 

「…なんかあったんですか?」

 

『Ⅳ号が石段を降りていきます』

 

…戦車で?あの急な石段を降りてんの?

 

「…無茶しやがって」

 

いや、冷泉の運転テクを考えたらあながち無茶とも言えないかもしれないが、西住の無茶振りも無茶振りだがそれに答える冷泉も冷泉だ。天才に天才を与えた結果がこれだよ!!

 

『戻って回り込みますか?』

 

そうなると坂道を戻る事になる、Ⅳ号を見失う事にもなるが…こればっかりは仕方ないか。

 

『このまま進むに決まってるじゃない!!』

 

「…大丈夫なんですか?」

 

このままⅣ号を追撃するとなるとカチューシャさん達もあの急な石段を下る事になるんですが…。

 

『知らないなら教えてあげるわ、ミホーシャにできる事はカチューシャにだってできるのよ!!』

 

「知っています」

 

無線から返ってくる自信満々のカチューシャさんの言葉にクラーラは満足そうに微笑みながら答えた。

 

きっと…こういう所が強く人を惹き付けるのだろう、ノンナさんやクラーラが彼女を慕う魅力と言えるのか。

 

『こちらチャーチル、よろしいかしら?』

 

「ダージリンさん?」

 

ダージリンさんからの無線だ、何かあったんだろうか?

 

『悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす、という言葉があるわ』

 

「…はい?」

 

本当に何かあったんだろう(確信)。

 

『えと、その…大洗車両に見つかっちゃいました』

 

「まぁ、そうだよな…」

 

本当になんで見つかっちゃったんですかねー不思議ですねー。のんきに外でお茶とか飲んでる時点で正直時間の問題かなと。

 

「となれば当然、Ⅳ号も合流にかかるだろうな…」

 

フラッグ車を追いかけている状況が一変、今度はこちらが追いかけられる立場になる。

 

『逆にチャンスじゃない、ダージリン!頼れる同士の前に誘き寄せちゃいなさい』

 

『わかりました』

 

『頼れますか?』

 

アッサムさんの少し呆れた声が聞こえてくるがカチューシャさんの方は自信満々だ。

 

大洗の車両に追われながらも海岸へと逃げるチャーチル、こういう悪路での走行の強さは流石というべきか。

 

『では、お願いするわね』

 

チャーチルが通り過ぎたその瞬間、海の中から1両の戦車が進軍を開始した。

 

『出番よかーべーたん!蹂躙したげなさい!!』

 

試合序盤に俺の頼みを聞いて街中を砲撃してくれたKV-2だが、その後どこに行っていたというとこれだ。

 

ようするに『ずっと海底でスタンバってました』である。この命令をカチューシャさんから聞かされたニーナとアリーナの悲痛な表情は語る必要もないだろう。

 

いや、本当に出番があって良かったね…。最悪海底でスタンバイしたまま出番なく試合終了してた可能性もあった訳だし。

 

KV-2ギガント、街道上の怪物、その火力はこのエキシビションマッチでも最高火力の頼れる同士!!

 

だってほら、今まさにKV-2の放った砲撃が近くの建物に直撃して崩壊させていた。

 

KV-2は更に追撃、今度は大洗ホテルに直撃だ!…ホテルに泊まっている人は居ないと信じたいがチェックインしてる人達の荷物は…まぁ、ね?ほら…たぶん戦車道連盟がなんとかしてくれるんじゃない?

 

いずれにしろギガントの名に偽り無しの素晴らしい火力だ、この短時間で2つの建物を崩壊させている。

 

…ここまで言えばだいたいわかるとは思うんだけどね、戦車には当たってないって事なんだけど。

 

躍起になったのかKV-2は更に追撃しようと砲塔を旋回させる…あぁ!そんな角度で砲塔なんか回したら…。

 

足場も悪かった事もあり、KV-2はその場からひっくり返って倒れ込む、白旗もばっちり上がっていた。

 

…頼れる同士の姿か?これが?

 

「…あの、カチューシャさん」

 

『かぁっこいい…』

 

駄目だこの子、建物ぶっ壊した迫力に魅力されてる…。今ひっくり返っているのがそのかーべーたんなんですよー?

 

しっかし一つの試合…。しかも公式でもないのにこの被害とか、後で修復するにせよやはり戦車道は予算の使い方がぶっ飛んでいる、維持費やら経費削減の為の学園艦解体とはなんだったのか?

 

「…KV-2、やられましたけど」

 

…果たしてあれをやられたと言っていいのかは疑問ではあるが、これ以上とやかく言うのも頑張って海底に潜り続けていたニーナやアリーナが可哀想に思えてくるし。

 

『問題ないわ、だって』

 

砲撃の直撃にアリクイチームの三式中戦車が吹っ飛んでいく。

 

「このカチューシャが来たんだから!!」

 

チャーチルが海岸から階段を上がり再び大洗の道路へ、それを追おうと率先して階段を上がろとしたルノーをノンナさんが砲撃で仕留める。

 

「どうやら決着がついたようね」

 

ダージリンさんのチャーチルはそのままカチューシャさんやノンナさんのプラウダ組と合流、上から海岸にいる西住達を見下ろした。

 

ここまでお互い、かなりの戦力を減らしている。今ここにいる戦力が互いの全総力と言えるだろう。

 

こちらはダージリンさんのチャーチル、ノンナさんのIS-2、カチューシャさんのT-34の三両。

 

それに対し向こうはⅣ号戦車、ヘッツァー、八九式、九五式。うぬら…四人か…!!

 

数でこそ差があるが単純戦力ならこちらがずっと上だ、そりゃカチューシャさんが勝ち誇るのも頷ける。

 

「どうする?謝ったらここでやめてあげても…」

 

カチューシャさんの口上を遮るようにⅣ号は急発進して階段を駆け上がり、三両の前に。

 

…そうだよな、これくらいで素直に諦めるような奴じゃないよな。

 

『ちょっと!侵入許しちゃったじゃない!!』

 

『あら、てっきりあなたが撃つものかと』

 

『私もです、すいませんカチューシャ』

 

うーん、やはり獲物を前に舌なめずりはよくないな。流石軍曹の教えだぜ、コッペパン要求しそう。

 

…となれば西住の狙いは当然、チャーチルに貼り付く事だろう、これならカチューシャさんもノンナさんも同士討ちの可能性が出て迂闊に手が出せなくなる。

 

チャーチルとⅣ号はお互い接近戦とも言える距離で移動しながら砲撃を撃ち合い、その周りをIS-2とT-34が並走しつつ、Ⅳ号撃破の機会を伺っている。

 

このまま移動しながらの撃ち合いを続ける4両が向かうその先にある建物は一つ。

 

大洗水族館、アクアワールド。

 

「来るぞ」

 

「わかっています」

 

俺があんこうチームに不意打ちをかます為に潜伏場所に選んだ場所だ。

 

ダージリンさん、カチューシャさん、ノンナさんの三人との攻防となればさすがの西住も手一杯だろう。

 

一番嫌な場面で一番嫌な事。まぁ言われても仕方ないだろうが、この機会は逃さない。

 

『マックス』

 

『ハチューシャ』

 

『比企谷さん』

 

あんこうチームを誘い出し、ここまで協力してくれた三人に感謝しつつ、その瞬間が訪れる。

 

あんこうチームにとっては出会い頭だろうが、こっちの準備は万全だ。

 

ふと、西住と目が合った…気がした。彼女が俺に気付いたのか、そもそも撃破を偽装した事にさえ気付いていたのか、それはわからない。

 

だが、どっちにしろ、もう遅いーーー。

 

「撃ーーー」

 

その瞬間、意識が飛んだ。

 

というか身体が飛んだ。

 

なんだったら戦車が飛んでいた。飛ぶというか、物理的に吹っ飛んでいたんだろうが。

 

自分の乗っていた戦車が白旗を上げたのがすぐにわかった。え?このタイミングで砲撃喰らったの?

 

Ⅳ号じゃない。あんこうチームにそんな余裕は無かったし、砲塔も当然こちらを向いていない。

 

なら…あ!!

 

少し離れた所で硝煙を上げている戦車は…生徒会のヘッツァー?

 

いや、砲塔の角度的に当たるとは思えないんだけど…他に候補はないし、間違いなくヘッツァーにやられたのだろう。

 

…会長か。まーたあの人にやられたのかよ、俺。

 

ヘッツァーのキューポラが開き、そこから顔を出したのはーーー。

 

「や…やった、ははは初撃破だよ!柚子ちゃん!!」

 

「桃ちゃん、嬉しいのはわかるけどまだ試合中だよ…」

 

「おー、かーしまやったじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………は?



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試合が終わり、終わりが始まる。

ここからしばらくは辛い展開が続く事が確定していて俺は辛い、耐えられない!!
劇場版で見てても辛かった場面を書く事になるとは、あの時は夢にも思わなかっただろうに…。


「本日はみな、お疲れだった」

 

温泉で試合後の疲れを癒している彼女達に向けて、河嶋が音頭をとる。

 

エキシビションマッチ終了後、貸し切りにした大洗スパリゾート【大洗潮騒の湯】にて、本日の試合の打ち上げが行われていた。

 

「まずは勝利した聖グロリアーナ、及びプラウダ高校を称えたい」

 

試合の結果は聖グロリアーナ・プラウダ高校のチームの勝利に終える。

 

「そして、参加を承諾してくれた知波単学園にも感謝の念を禁じ得ない」

 

だが、試合が終わった今、彼女達は同じ湯につかり互いの健闘を称えあっている。

 

「さらには審判団を派遣してくれた日本戦車道連盟、北関東支部茨城第二管区」

 

いや、彼女達だけではなく、審判団達や試合に関わった人達はもうお風呂から上がり、一足先に宴会で盛り上がっている頃だろう。

 

『彼』の初めての試合は、終わったのだ。

 

「そして、私事ながら悲願の初撃破を…」

 

「かーしま、長い」

 

「では以上!みんなゆっくり楽しんでくれ!!」

 

「「「「「「はーい!!」」」」」」

 

これから長々と初撃破の心境を語るつもりだった河嶋の言葉を角谷がぴしゃりと閉じ、音頭を終える。

 

「エキシビションとはいえ、勝利の味は格別ですね」

 

湯船に浮かぶお盆、そこに置いてあるティーカップを取ると聖グロリアーナ、アッサムが紅茶を一口。

 

温泉で、ティーポットで、紅茶。

 

「勝負は時の運、ですわ」

 

そのままアッサムはお盆をダージリンの元へ、彼女もまたそれを受けとると紅茶を一口飲んで返した。

 

温泉で、ティーポットで、紅茶。

 

なんとも不釣り合いにも見えるが、間にいるオレンジペコも同じように紅茶を受け取っている辺り、聖グロリアーナは通常営業である。

 

「う~っ…もう出る!!」

 

「長く入っていないと良い隊長にはなれませんよ、肩まで浸かって百は数えて下さい」

 

プラウダ高校ではのぼせてきたのかすぐに出ようとするカチューシャにノンナがそう答える。

 

「ーーー」

 

すると隣にいたクラーラが数を数え始めた、もちろんロシア語で。

 

「日本語で数えなさいよ!!」

 

ロシア語がわからなくても数を数えている事はなんとなくわかるカチューシャが文句を言うが、クラーラが「百は数えて下さい」とノンナが言った日本語を理解している事には気付いていない。

 

「西住隊長、申し訳ありませんでした、我々が逸って突撃などしなければ…」

 

「あ、いえ…一緒にチームが組めて良かったです、いろいろと勉強になりました」

 

実直に頭を下げる西に西住が答える。

 

「どの辺りが勉強になりましたか?」

 

「そうですね…精神とか」

 

「なるほど!!」

 

力強く頷く西を見て西住が微笑む。

 

「それなら我々も存分に勉強させて頂きました、この試合に誘って下さった比企谷殿には感謝の言葉もありません。後で改めてお礼をしに行こうかと思います」

 

「あー…それは」

 

「…今はそっとしてやった方が良いんじゃないか?」

 

「比企谷さん、試合が終わった後もしばらくは呆然としていましたね」

 

あんこうチームは互いに顔を見合って苦笑いを浮かべる。

 

「ふん、一度撃破されたくらいで情けない」

 

そんなあんこうチームに河嶋は自信満々に答えた。

 

「なにより私の初撃破に選ばれたのだ、比企谷もさぞ名誉ある事だろう」

 

「というか、たぶんそれが原因なんじゃ…」

 

「比企谷先輩かわいそう…」

 

「初めての試合で河嶋先輩に撃破されたなんて…」

 

「かわいそう!!」

 

「どういう意味だ!おい!!」

 

そんな事を口々にしてわいわいと騒ぐ一年生チームを河嶋が怒鳴りつけた。

 

「…八幡君、ちゃんと楽しんでくれたかな?」

 

そんな様子を見ながら、西住 みほは試合が終わった後もしばらく呆然として動かなくなっていた彼を思い出す。

 

「それは大丈夫でしょ、試合中あれだけいろいろ仕掛けてきたんだし」

 

「私達を裏道に誘導して行き止まりを作って挟み撃ちしたり、ご自分の撃破を偽ったり…」

 

「改めて考えるとやりたい放題だな…」

 

「いつもの練習試合の時よりもずっと気合いが入っていて、私、とってもドキドキしました」

 

「…うん、私もすごくドキドキした」

 

あの瞬間、カメさんチームの砲撃が八幡君を倒してなかったら…?

 

試合の結果は変わらなくても、その結末は変わっていたかもしれない。

 

「…また、試合したいね」

 

「えぇ、そうですね」

 

「よーし、今度は私達で比企谷を撃破しちゃおう!!」

 

武部のその言葉にあんこうチームが微笑み合う。

 

「あと一週間もすれば新学期ですから、もちろん戦車道の授業も始まりますもんね」

 

「はぁ…また毎朝起きねばならないのか…」

 

来る新学期、また毎朝布団から出る事と格闘する日々を思いだし、冷泉はため息をつく。

 

「学校など、なくなってしまえばいいのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「学校、なくならねぇかな…」

 

【潮騒の湯】の入り口で誰に言う訳でもなく、一人愚痴るように呟く、中じゃ温泉に浸かりながら打ち上げ的なものをやっている頃だろうか。

 

当然俺は不参加、見たい人は今すぐDVDなりBDなりを購入すべきだろう。なんなら映画館で4DXを見ると良い、シャボン玉とか出てくるから、本当、なんでシャボン玉?シャボン玉ってなんぞや?

 

試合は結局、聖グロリアーナ・プラウダ高校のチームの勝利、つまり俺の所属するチームが勝った訳だが、釈然としないのが正直な感想だ。

 

試合に勝って勝負に負けた…というより、勝負の舞台に上がる手前で階段から足を踏み外したというか、なんなら階段が腐っていたまである。

 

ていうか今まで散々砲撃外しまくっていた人の砲撃がなんであの場面で俺に直撃?あの生徒会俺に恨みでもあるの?

 

夏休みも後一週間、この気持ちを引きずったまま新学期を迎えろと言われる心境を考えれば冒頭の愚痴の一つくらい、勘弁して貰いたいものである。

 

「…ん?」

 

ふと、なにやら見覚えのある三人組がこちらにやってくるのが見えた、一応俺だが今は打ち上げの受付係を生徒会から仰せつかっている。

 

…なんで俺まだ仕事してんの?いや、そりゃ打ち上げに参加しないからなんですけどね。一足先にお風呂も頂いちゃいましたし。

 

なんならサウナで整ったまである、そのおかげか試合後の呆然とした気持ちも幾分かマシにはなった、やっぱサウナって最強なんだよなぁ…。

 

受付係の仕事といっても、このエキシビションマッチに関わった人達の受付はもう済んでいるし、もう誰も来ないとは思っていたんだが。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

「…ども、来てたんですね」

 

「違う、風に流されただけさ」

 

それ、来てたのと何か違うの?とツッコミを入れるのも面倒ではあるが、その三人は継続高校の連中だ。

 

ミカさん、アキ、ミッコの三人組で学校にも行かずに各地を旅して回っている…らしい、自分でも言っていてどうなん?とは思うがそうなのだから仕方ない。

 

このエキシビションマッチで知波単学園に連絡を入れる前に継続高校にも声はかけたが、あの後もずっと音信不通だったし、てっきり連絡は届いていないと思っていたんだが。

 

「とりあえず比企谷さん、初試合お疲れ様ー」

 

「初めてっていうのは、それほど重要な事なのかな?アキ」

 

「えー、重要でしょ、だって記念すべき初めてなんだよ」

 

…まぁ、人によっては重要だったりするんでないですか?世の中やたら初めてにこだわる人っていますもんね、誰とは言わんが。

 

「その記念すべき初試合は初撃墜で終わったけどな」

 

「人は失敗する生き物だからね、大事なのはそこから何を学ぶか、じゃないかな」

 

…ひょっとしてこの人、この人なりに俺を慰めようとしているのでは?

 

「…で、どこに行くつもりですか?」

 

なんて感動すら覚えていると彼女達三人はずかずかと潮騒の湯に入ろうとしている。なんと自然な動き、俺でなかったら見逃しちゃうね。

 

「え?お風呂とか、サウナにも入れて、美味しい物が食べられるってミカが言ってたんだけど…」

 

「ここまで来るのも結構大変だったから、もうお腹ペコペコだよなー」

 

俺の感動返して?何この子達、試合見に来たんじゃなくてタダ飯食べに来たの?相変わらず逞しいというか…。

 

「悪いけどこれ試合関係者の打ち上げだから、関係者以外の参加禁止だ」

 

とはいえなんの脈絡もなく飛び入りで彼女達を参加させる訳にもいかない、そんな事をさせれば俺が生徒会に怒られちゃう。

 

「私達はみんな、戦車道という一つの道で繋がっている、その関係は大切にするべきじゃないかな?」

 

「その理論だとアンツィオ校とか試合の度に戦車道やってる全高校呼ばなきゃならなくなりますよ」

 

もう止めて!アンツィオの予算はゼロよ!!いや、あいつらならむしろノリノリで宴会やりそうだが。

 

「ほらー、やっぱり私達も参加するべきだったんだよ、どうして参加しなかったの?」

 

アキがぶーっと文句も言いながらミカを見る、となるとやっぱ連絡そのものは伝わってはいたのか。まぁここまで見に来てるんだし、そりゃそうか。

 

なんで継続高校が参加しなかったのかはわからんが、試合もわりとギリギリだった事を考えればもし、継続高校が大洗側に居たらまた試合結果は変わっていたかもしれない。

 

まぁどっちにしろ俺が撃破されてるのは変わらないだろうが。あの生徒会、俺に恨みでもあるの?(二回目)。

 

「参加すれば良いってものでもないんじゃないかな」

 

「まぁ、それはわかる」

 

「えー、二人共何言ってるの、参加する事に意味があるんじゃないの?」

 

ミカさんの言葉には素直に共感できたので頷くとアキが不満顔を俺にも向けてきた。

 

「いや、世の中行くだけ無駄だったなんていうもんは腐るほどあるだろ」

 

何事も参加する事に意味がある。

 

近代オリンピックの父、ピエールド・クーベルタン男爵が演説で取り上げ、広く知られた言葉だがこの言葉はしばしば、誤用され強制参加のための強迫文句となっている節がある。

 

「参加することに意義があるのなら、参加しない勢力に参加することにも意義があるはずであり、何事も経験というのであれば経験をしない経験にだって価値はあるはずだ。むしろ誰もが経験することをしないというのは逆に貴重と言える」

 

「…なんか、ミカと比企谷さんってちょっと似てるかも」

 

俺がスラスラと持論を並べているとアキがやや呆れたように呟いた。え?ミカさんこんな感じなの?一緒に居て面倒臭くない?

 

「人生には大切な場面が何度か訪れる、でも今はその時じゃない」

 

そんなアキにミカさんは笑顔でそう答えた。うーん…まぁ、公式じゃないエキシビションマッチですし、そう言われればこちらも参加しなかった事については何も言えない。

 

「で、打ち上げ参加は人生に大切な場面とでも?」

 

で、そこから打ち上げだけ参加しようとするのはどういう理屈だと?

 

「もちろん、美味しい物を食べてこその人生だからね」

 

思わず君はどこのパークから来たなんのフレンズなのか聞きたくなるくらいには納得の理屈、やっぱすげぇやミカさんは!!

 

そんな感じで三人の侵入をなんとか防ごうと四苦八苦している時だった。

 

『大洗学園、生徒会長の角谷 杏様、大至急学園にお戻り下さい』

 

ピンポンパンポンとそんな放送が聞こえてくる。

 

…大洗学園から直接大洗に放送をかけてくるとか、どんだけ急ぎの用なのか?しかも会長をご指名とか、あの人またなんかやらかしたのか。

 

まぁ会長が何かをやらかすのはいつもの事だが、そのやらかしたツケが高頻度で何故か俺にも回ってくるのがたちが悪い。

 

くわばらくわばら、触らぬ神に祟りなしとなるべく関わり合わない事を心の中で願っていると。

 

『続けて、大洗学園普通一科2年A組、比企谷 八幡さん、大至急学園にお戻り下さい』

 

「…俺?」

 

…会長はわかる、あれでもあの人は大洗学園の生徒会長で学園艦の運営にも関わっている、何か問題が起きて呼ばれるのは当然だ。

 

そんな生徒会長と、生徒会でもないただの一生徒でしかない俺が一緒に呼ばれるとか、どういう事だろうか?

 

「…あ、居ねぇ」

 

ふと気付くと継続高校三人組はすでに居なくなっていた、なんという手際の良さ、俺であっても見逃しちゃうね。



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やはり、俺の戦車道は間違っている。

みんな大好き役人さんの出番!何気にこの人ちゃんと書いたの始めてだな…。

まぁいろいろ言われてますけどこの人も仕事ですから、許してやって…ごめん、やっぱ許せねぇわ(笑)。


「や、比企谷ちゃん」

 

「げっ…あ、いや、会長」

 

げぇっ関羽!!じゃなかった、会長だ。いや、武勇的には似たもんかもしれんが。

 

放送で二人同時に呼ばれたのでそりゃ一緒になる可能性はあった訳だが、ちょうど大洗学園の入り口で会長とばったり出くわしてしまう。

 

「どうせ一緒に学園に行くんだから潮騒の湯の前で待ってても良かったのに」

 

それが嫌だから先に学園に向かったんだけどなぁ…、なんでこの人もう着いてんの?生徒会専用の裏道とかあったりする?

 

お風呂上がりのまだ乾いていない髪にふわりと香るシャンプーの香りが隣を歩いていているだけでどうにも気恥ずかしさを感じさせる。

 

「一緒に歩いてる所見られて友達とかに噂されたら恥ずかしいですからね」

 

「おー、比企谷ちゃんから友達とか聞けるなんてね」

 

いや、今のはそういう意味で言った訳じゃないんだが…。やだ恥ずかしい、まだ「比企谷ちゃん友達居たの?」とか返してくれた方がやりやすい。

 

「ちゃんと良い関係を築けてるみたい良かったよ」

 

「そうですね、容赦なく砲撃ぶちこまれるくらいには良い関係築けてるみたいですから」

 

「まぁいーじゃん、そっちが勝ったんだから」

 

試合ラストはあんこうチームⅣ号の砲撃をカチューシャさんのT-34が受け、その隙にダージリンさんのチャーチルがⅣ号を撃破した。

 

まぁ俺はそんな激戦を呆然と観賞してただけなんだけどね。

 

「…ちなみにあの砲撃、会長が撃ったって事は?」

 

「ないよ、かーしまも喜んでた」

 

ないかー、まぁ砲塔と弾着位置を歪ませるなんてとんでもな芸当はあの人にしか出来ないよね。もちろん誉めてはいない。

 

「比企谷ちゃんもラッキーだったじゃん、滅多に出来ない経験だよ?」

 

「それはさすがに河嶋先輩が可哀想では?」

 

まぁあの人の砲撃が命中する所自体初めて見たんだけどね。いっそあのまま当たらなければそういうお守りとかで売り出せて一儲けできそう。

 

「て言うより、ダージリンやカチューシャと一緒にうちと試合したからこそ、かな」

 

言われてみれば…。俺が河嶋先輩の初撃破をくらう話はまず、俺が大洗の相手チームにならなければ前提条件にすらならない。その為にはもちろん、ダージリンさんやカチューシャさんに俺のチーム入りを認めて貰う必要があり。

 

そもそも男の俺が本来参加すら許されない試合に参加する、という前提条件が必要になってくる訳で。

 

つまり男の俺が試合に出て、たまたま相手チームで、たまたま河嶋先輩の砲撃が直撃したと。なにそれミラクル、特に河嶋先輩の部分ミラクルすぎんだろ…。

 

「このエキシビションマッチだって比企谷ちゃんが企画して、人を集めたんだから、良い関係築けてるってそういう事だよ」

 

「…そういう事ですかね」

 

そのほとんど成り行きとか、流れとか、仕事の押し付けとか、その他負の諸々で成り立っている感は否めないがこの人が言うと不思議と説得力が出てくる。

 

「そうそう、みんなで何かするのって楽しいでしょ?」

 

「別に一人で何かするのが楽しくないって訳でもないですけどね」

 

「そういう所は変わってないねぇ」

 

会長は何が楽しいのか、足取りも軽く数歩前に進み、振り返る。

 

「今日はあんがとね、私は楽しかったよ」

 

「…会長、試合中何してました?」

 

「干し芋食べてた」

 

それもう干し芋あればなんでも良いじゃん、試合関係ないじゃん、てか聖グロリアーナ・プラウダ相手に余裕すぎんだろ。といろいろツッコミたくなる。

 

ツッコミたくなるにはなったが…試合中に紅茶がぶ飲みしていた聖グロリアーナ勢がどうやっても頭に浮かんでくるので何も言えねぇ…。

 

「次は何して貰おっかなー、今度は罰ゲームであんこう音頭とかあるといいかもね」

 

「それなら今回のが罰ゲームありでも良いですよ、どうせ俺は免除されてますし」

 

「でも比企谷ちゃん、かーしまに撃破されたからなぁ…」

 

「それで罰ゲーム扱いはあの人可哀想すぎでは…次?」

 

え?まだエキシビションマッチ終わったばっかりなんですけど…、なんなら試合だってしばらくはないはずだ。

 

「そ、新学期に入れば私ら生徒会も終わりだからね」

 

「…そういえばそうですね」

 

三年の二学期ともなれば受験に向けて部活でもなんでも引退の時期になる。生徒会の任期も三年の一学期まで、現生徒会のこの人達は解散する事になるのか。

 

「ありゃ、ひょっとして寂しいとか?」

 

「というより、なんか想像つかないというか…」

 

俺が一年の時から大洗の生徒会といえばこの人達だったので、いざ解散と聞いてもピンとこない。

 

「だからこういう面白そうな企画は今後、別の人に考えて貰わないとねー」

 

「それ、俺がやる必要もないのでは?」

 

なんなら一瞬、マジで次の企画考えちゃったよ。っべーな俺、自分でバンバンイベント発案して企画とか並みの社蓄でもやらないだろ。

 

「そういうのは新しい生徒会がなんかやるでしょ、知らんけど」

 

それがどんなメンバーになるのかは知らないけど、この人達の後釜ってだけでプレッシャーヤバそうだが。

 

「ま、新学期までは一応まだ生徒会だけどね、だからこうして呼ばれたんだし」

 

「あと一週間限定ですけどね、となると…会長も呼ばれた理由は知らないんですか?」

 

「そりゃさっきまで試合してたんだし」

 

まぁ…そりゃそうか、と歩きながら話していると生徒会室の前でなにやら人だかりができていた。

 

「どうしたの?」

 

「あ…会長」

 

会長が生徒会メンバーの一人に声をかける、彼女は不安そうな表情で俺達に向き合った。

 

「その…文科省の役人の方が来ています」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「わざわざ呼び出してすいませんね」

 

俺と会長が応接室に入るとそこには一人の男が座っていた。

 

スーツ、メガネ、七三分け、となんとも特徴がない事が特徴というか、キャラ付けにしてもここまで典型的なキャラデザインはあんまり見ないレベルの絵に描いたような、見た目からもう文科省から来たお偉いお役人様という雰囲気の男である。

 

「試合、見させて貰いましたよ。残念でしたね、大洗学園が負け…」

 

「要件はなんですか?」

 

会長がそんな役人の言葉を遮る、会長の表情を見るにあまり会いたくない相手だというのは一目でわかる。

 

「そうですね、なにぶん私も忙しい身ですから、要件だけお話しましょう」

 

対する役人の方はそんな会長の態度にも表情一つ変えず、淡々とした口調のまま机の上に資料を置いた。

 

【県立大洗学園の廃校及び、それに伴う学園艦統合案】

 

「大洗学園は8月31日をもって廃校、学園艦は解体します、これは決定事項です」

 

…は?

 

こいつ、いきなり来て何を言ってる?

 

大洗が、廃校?

 

「戦車道全国大会で優勝すれば廃校は免れる、という約束だったはずですが」

 

戸惑いながら会長を横目に見る、彼女は役人を前に怯む事なくまっすぐに向き合った。

 

「その約束、何か書類でもありましたか?」

 

「…っ」

 

「口約束は約束ではないでしょう」

 

…つまり、きちんとした契約ではなかった、とこの役人は言いたいのだろう。

 

正論ではある。が、それで「はいそうですか」と納得できるかとなると話は変わる。

 

「そもそも廃校の話は来年の3月で、8月31日ではなかったはずですが」

 

「検討した結果、3月末では遅いと判断しました」

 

それで急遽8月末に変更?しかも期限はあと一週間?本当に検討してその結果なら文科省にはアホしかいないのか?

 

…アホしかいないならまだ良かったのだろう。だが実際は恐らく違う。

 

単純な話、理由はわからないが文科省は大洗学園を廃校させたいのだろう。だから期限を与えない。

 

期限を与えれば先の戦車道全国大会の優勝のように、大洗が何かしらの『結果』を残してしまう可能性もある。そうなるとまた廃校に持っていく事が難しくなるだろう。

 

相手がここまで大洗を廃校させたいとなれば、もうこの場で何を言ってものらりくらりと柳に風のようにかわされるだけだろう。

 

「その話を聞いて、私達が納得できると思いますか?」

 

だが、それでも抵抗しない理由にはならない、会長は更に言葉を続けた。

 

「困りましたね、速やかな退艦ができないとなればこちらとしても学園艦に住む一般の方々への仕事の斡旋が滞ってしまう可能性があります」

 

たいして困っていない、まさに予定調和とでもいうように役人は答える。

 

学園艦にはなにも生徒だけが住んでいる訳じゃない、生徒の親が住んでいたり、学園艦で仕事している大人達だっている。

 

なんならうちの両親だって学園艦で仕事をしているのだ、つまりーーー。

 

「それは脅しですか?我々が抵抗すれば、学園艦に住む一般の人々は解雇すると」

 

「あくまでも可能性の話ですよ、そうならない為にもご協力をいただければと」

 

学園艦に住む、全住人を人質に取られたようなものだ。もちろん、俺の両親もその中に含まれている。

 

文科省は本気で、大洗学園を潰す算段をつけてここに来たんだろう。

 

「それに戦車道全国大会優勝といっても、大洗学園は優勝校として相応しくはないでしょう?」

 

「…どういう意味でしょうか」

 

…だったら、文科省が、国が本気なら、用意しているはずだ。

 

学園艦全住人を人質に取るくらいだ。それよりももっと簡単で、ずっと手っ取り早いやり口がある。

 

だって、身近に居るじゃないか。【戦車道】全国大会で優勝した学園の穴になる存在が。

 

こういう時、こういう嫌な考えがすぐに思い浮かぶ自分に嫌気がさす。考え方だけで見れば、この役人と同じ発想だという事だ。

 

「そこの男子生徒、名前は…」

 

ずっと会長と話していた役人が手元の資料を見ながら始めて俺を呼ぶ。

 

「あぁ、ヒキタニ君、だったね」

 

…誰だよヒキタニ君、呼ばれてんぞ。

 

まぁそこはいい。とにかくこの役人が用があるのは俺なんだろう、用は用でも、利用の方だろうが。

 

今までの会長とのやり取りだけを見れば俺を呼ぶ必要はないのは明らかだ。では、何故ここにわざわざ俺を呼び出したのか。

 

「伝統的で由緒正しい戦車道の競技に男子生徒を参加させるような高校が戦車道全国大会の優勝校に相応しいとは、とても思いませんね」

 

そう言いながら役人は一枚の写真を机の上に置く。

 

エキシビションマッチの試合中、クルセイダーからT-34へと乗り換えようとしていた、俺の姿がそこには写っていた。

 

もちろん、観客の目は気にしていたし、乗り換えは人の居ない所でやっていたつもりだ。

 

…この役人が試合を見ていたってのも、この為なんだろう。

 

「試合に参加してくれた聖グロリアーナ、プラウダ高校、知波単学園さらには戦車道連盟の許可は頂いています」

 

「そこが悪影響だと言えるんですよ」

 

会長と役人のやり取りが続いていく中、もう二人の声もだんだんと遠くなっていき、耳には入って来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いったい俺はどこから間違えたのか?

 

試合中に戦車を乗り換えた事?違う。

 

エキシビションマッチに参加した事?それも違う。

 

それはたぶん、最初からずっと。

 

やはり、俺の戦車道は間違っている。



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それでも、比企谷小町は兄を送り出す。

小町の中学の制服と大洗学園の制服ってなんとなく似てて良いですよね、これはもう小町は大洗の生徒なのでは?(錯乱)


人生にセーブ&ロードが許されるなら、と考えた事くらいは誰にでもあるだろう。

 

タイムマシンやタイムリープ等といったループ物の作品が多くの人々を魅了しているのは人間の持っているその願望が故に、なのかもしれない。

 

あの時あぁすれば良かった、こうすれば良かった、そんな後悔は誰にだって一つくらいあるはずだ。

 

はい、反省会終わりー。くよくよタイムなんて5秒あれば充分!!

 

…そんな前向きな思考を持っていたら、そもそもセーブ&ロードなんて考えもしないだろうが。

 

いや、むしろここで必要だったのはセーブ&ロードより、むしろニューゲームの方だ。

 

考えてみれば大洗学園はスタートからすでに間違えていたのだから。

 

それは戦車道で大洗学園を盛り上げる事…ではなく、その人員に男子学生も混ぜてしまった事だ、それだけで文科省の叩き所としては充分な理由付けになってしまう。

 

そもそもあの時は会長達生徒会にとって、最後の悪あがきのつもりだったのだろう、素人集団が集まって全国大会で優勝するなんて絵空事、誰が実現すると思うのか。

 

だが、実現した。

 

…実現したからこそ、今さらながらそれは深く大洗学園の問題として浮かび上がる。

 

戦車道は清く正しい乙女の武芸、その競技に男子学生を関わらせている学校は優勝校として相応しくない。

 

叩き所、いちゃもん、ケチの付け方、文科省にとって大義名分として利用できる材料はそれだけで無数に用意できる。

 

…絵空事は実現した。彼女達の歩み、努力、奇跡によって。

 

だが、その全ては始まりに異物を一つ混ぜていただけで無駄になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

校門いっぱいに貼られた【KEEP OUT】のテープ、たった今廃校の話を持ってきたと思ったらもうこれである。

 

準備が良すぎる、というより、最初からそのつもりであの役人も来ていたのだろう。

 

「大洗学園は…8月31日付けで廃校が決定した」

 

エキシビションマッチの打ち上げも終え、戦車を学校に戻す為に一度戻ってきた戦車道メンバーに向け、会長はそう伝える。

 

「え…」

 

「廃校って…」

 

『君から説明しておきたまえ』

 

役人はそれだけ言うと会長に全ての説明を丸投げし、どこかへ去っていった。

 

…この人の口から、この言葉を言わせるのか。

 

「戦車道全国大会で優勝したら廃校は免れるって…」

 

「あれは、確約ではなかったそうだ」

 

「そんな…、ひぐっ、酷すぎる」

 

「桃ちゃん…」

 

当然この話は河嶋さんも小山さんも初耳で、泣き崩れそうになる河嶋さんを小山さんが支える。

 

「じゃあ…」

 

戦車道メンバーの多くが驚き、どよめく中、ウサギチームの澤が声をあげる。

 

「私達の戦いはなんだったんですか…?学校がなくならない為に頑張ってたのに…」

 

「………」

 

会長は何も答えない。いや、たぶん答える事ができないんだろう。

 

…何を答えても、きっとこれまでの全てを否定するものになってしまうのだから。

 

「…みんな、聞こえたよね?」

 

そんな会長を見て小山さんが話を進める。結局、これ以上ここで何を話しても事態は解決しない。

 

「申し訳ないけど、寮の人は寮へ戻って、自宅の人も家族の方と引っ越しの準備をして下さい」

 

「あ、あの!!」

 

そう告げた小山さんに西住が声をあげる。…俺はその顔すらまともに見る事が出来なかった。

 

「戦車は…どうなるんですか?」

 

大洗の戦車道が始まってから、彼女達が自力で探し当て、整備し、共に戦って来た、彼女達の戦車。

 

「全て…文科省預かりとなる」

 

それも文科省は持っていくという。学園の備品として、回収すると。

 

「そんな!戦車まで取り上げられてしまうんですか…」

 

「…みんな、すまない」

 

そう言って会長が頭を下げる。それはずっと、その場の戦車道メンバーが一度落ち着いて家に帰るまで続いていた。

 

俺はただ、そんな会長の背中を黙って見ているだけだった。

 

役人とのやり取りも、戦車道メンバーへの説明も、全てこの人に丸投げて。

 

…廃校の原因、ある一つの問題について会長が最後まで口にしなかった事に安堵すらしている。

 

そう、安堵している。その事実を知って彼女達が俺にどう接してくるのか?そんな事考えたくもない。

 

嫌われるのが怖いのではない、そんな感情をぶつけられるのには慣れているし。いっその事、「お前のせいだ」とはっきり言って貰えるならずっと楽だっただろう。

 

だが、彼女達がそんな連中じゃないのはわかりきっている。なんなら俺の為に自分達の戦いが無駄だった事も受け入れてしまうのだろう。

 

受け入れ、納得し、あの戦車道全国大会の日々は綺麗な思い出として終わる。

 

…そんな最悪な展開に吐き気すら覚える。

 

「比企谷君も一度帰らないと…」

 

「…え、あぁ、はい」

 

気付けばこの場には生徒会メンバーと俺だけが残っていた、みんなもう寮か家に帰って引っ越しの準備を進めているのか。

 

「…生徒会の人達は帰らないんですか?」

 

「私達はいろいろと準備があるから、ほら、桃ちゃんも立って」

 

「柚子ちゃん…」

 

泣き崩れていた河嶋さんを小山さんが立ち上がらせる。…この人ずっと泣いてたな。

 

「決議案や予算案の書類の整理しないと…ね?」

 

あぁ、生徒会室だってあのままにもしておけないのだろう、この人達の学園での最後の仕事…になるのか。

 

「…できるだけ持っていくぞ、あれは私達の、歴史だからな」

 

泣いていた河嶋さんも顔を上げる、その目にはもう涙は無かった。

 

「椅子も持っていくぞー、本当は比企谷ちゃんにもいろいろ手伝って貰いたいんだけどね」

 

え?椅子って会長がいつも偉そうに座っているあれですか?あれを今から運べと…?

 

「ま、それは後でいいや」

 

「…どうも」

 

…また気を使われたのか、それとも学園での最後の仕事を三人で行いたいのか。

 

どちらにせよ、俺も一度家に帰る必要がある。小町は当然だが、そういえば両親は大丈夫だろうか?

 

両親てか、率直に言えば二人の仕事なんですけどね。学園艦が廃校とくれば当然、両親の勤めている会社も一緒に無くなる訳で。

 

まだバイトくらいしか経験のない、いっそその経験のまま人生を過ごしたいと思ってはいる俺にだっていきなり一週間後に会社が無くなるとか聞かされたらヤバい事はわかる。

 

…ん?あれ?しかもよくよく考えたらその原因の一つが息子じゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…たでーま」

 

さもたった今帰ってきたかのように玄関の扉を開ける。実際にはもう少し早く帰ってはいたが玄関先でなかなか家に入る踏ん切りがつかず突っ立っていた。

 

廃校の話はもう小町にも届いているだろう、なんなら小町の通う中等部の学校もまとめて廃校になるのだ、知らない訳がない。

 

「あ、お兄ちゃんお帰り、ご飯にする?お風呂にする?それともこ・ま・ち?」

 

「小町で」

 

「うわー即答、気持ち悪いなーこの人」

 

「いや、エキシビションマッチの後風呂入っちゃったし、小町ライスのご飯が食べたい」

 

「はいはい、今用意するね」

 

出迎えてくれた小町といつもの小芝居を挟みつつ、小町は台所へと向かう。

 

「あー、親父達は?まだ帰ってないのか?」

 

「二人共今日は遅いって、…なんなら今日中には帰れないかもって言ってた」

 

そりゃ突然会社が無くなるってなればねぇ…。むしろ会社が無くなるのがわかってるのに遅くまで残業して仕事しなきゃならないとか、社畜って本当に哀れだ…。

 

「そっか」

 

「うん、だから本格的な引っ越しの準備は明日からだって」

 

「…そっか」

 

家に帰る途中、多くの引っ越しのトラックが忙しそうに往き来しているのを何度か見た。

 

なんせ学園艦全住民の一斉移動、それも一週間以内にだ。生徒会…会長が交渉してくれたおかげで学園艦に住む住人の引っ越し費用や今後住む場所、仕事場所については文科省にしっかり補償させた。

 

…それにいったいどれだけ予算がかかってるのか、こういうのこそ税金の無駄遣いなんじゃないんですかねぇ?

 

ふとリビングの隅を見ると段ボールが積み重なっていた。これを見るといよいよ退艦も現実味を帯びてくる。

 

学園艦が解体されるなら、この家も同時に潰されるのだろう。

 

物心ついた時からずっと住んでいた家から、出ていかないといけない日が来る。

 

そういえば親父はどうしてわざわざ学園艦の上に一軒家を構えたのか、聞いた事がなかったな。住んでいるのが当たり前で、考えた事もなかった。

 

いや、学園艦内で仕事をする以上、そりゃ学園艦の中に家があった方が都合は良いんだろうが…。マイホームさえ仕事に左右されるとか社畜って本当に哀れだ(二回目)。

 

「…この家にずっと住んでるつもりだったんだがなぁ」

 

「いや、そこは普通に出ていこうよ…、どのみち卒業したら出ていくでしょ?」

 

「ちょっと、お兄ちゃん今感傷的な気分に浸りたいんだから…」

 

まぁ、俺の場合出ていくのが一年早くなっただけ、と考えられない訳じゃない。なんなら追い出される…という点だけみれば今回も卒業後も結果だけならたいして変わらないだろう。

 

「それに大学卒業した後出戻る選択肢がなくなっちゃうだろ」

 

「捨てても戻ってくるとか、いよいよ呪われた人形じみて来たなぁ」

 

いや、別に捨てられてないし…、捨てられてないよね?

 

そんな会話もそこそこに、小町が夕飯の用意が出来たとの事なのでそれを受け取りテーブルに並べていく。

 

あれ?なんかいつもよりおかずが多いな?小町も二人で食べる時はもう少し節約していたはずだ。

 

「明日にはもう小町達、出ていかなきゃ行けないから、今日はちょっと豪勢にしてみたよ、ほら、カーくんも」

 

ふと見ればうちの飼い猫のカマクラも普段はなかなか頂けない猫ちゅーるんを貰えてご満悦のご様子。

 

あれやりすぎると普通のエサ食わなくなるんだよなぁ…。食べる時目ががんぎまりになってて怖いし。猫にとっての麻薬にも等しい。

 

「あー、冷蔵庫の中空にしなきゃもったいないもんな」

 

買い置きの食材とか、余らせても仕方ないし。

 

「言い方…。少しでもプラスな言い方した小町の配慮を返して欲しいもんですねー、ちょっと多いんだけど食べられる?」

 

「しばらく小町の手料理が食べられなくなるんだ、マッ缶用に空けといた胃袋にも詰めとく」

 

「ここまでの状況でやっとマッ缶に勝てるんだ…」

 

いや、そもそもあれは血液とか、赤血球さんみたいなもんだから…身体の中ぐるぐる回って働いてくれてるから。

 

「お兄ちゃん達はバス移動だっけ?」

 

「あぁ、なんか転校先が決まるまで大洗のどっかにある昔廃校になった学校に住むらしい」

 

なんせ今日決まって一週間後には廃校と計画性の欠片も感じない急な話だ、学園艦でも中等部の生徒は一度親元へ。

 

そして俺達高校組はその今は使われていない廃校を転校先が決まるまで仮の校舎として使う事になったらしい。

 

…いや、おかしいでしょ。完全に島流しじゃんそれ。

 

「…廃校、本当になっちゃうんだね」

 

「…だな」

 

言って少ししまった…と後悔した。俺も小町も、直接的にその言葉を口にしようとしていなかったのだから。

 

「なんで…廃校になっちゃうの?みほさん達、あんなに頑張ってたのに」

 

「………」

 

だが、一度言ってしまえば小町も止める事ができない。溢れでた思いが止まらないのか、ぽつりぽつりと言葉を続ける。

 

「…小町も、来年は大洗の皆さんと…お兄ちゃんとだって、戦車道ができるかもって」

 

「…悪かったな、小町」

 

「…なんでお兄ちゃんが謝るの?」

 

「…悪い、廃校の理由な」

 

「なんでお兄ちゃんが謝るの?」

 

それ以上は何も言わせないとでも言うように、小町がピシャリと俺の言葉を遮る。

 

そんな小町を無視して強引に会話を進めようかとも思ったが、それをすれば小町は今後、一生口を聞いてはくれないだろう。

 

なんせ小町だ、俺の妹だ、それくらいの事はわかる。

 

「飯食ったら引っ越しの準備でも進めるか…」

 

わざとらしく話題を変えて、この話は一度終わりにする。今は小町の作ってくれた料理が冷めてしまう前に食べきりたかった。

 

「あ、お兄ちゃんは別にいいよ、てか居ても邪魔だし」

 

「え?こ、小町ぃ?」

 

「だってお兄ちゃんに荷造り任せて大事な物とか捨てられちゃったら困るじゃん」

 

お兄ちゃんこの家の住人だよ?荷造りだって大丈夫だから、とりあえずなんでもかんでもしまっちゃえばいいんだよね?ほーら、しまっちゃおうね~。

 

「それにお兄ちゃんはこの後行く所、あるんでしょ?」

 

「………」

 

それが嫌だから、わざわざ引っ越しの準備を名乗り出た訳ですが。そこはお見通しというように小町は微笑んだ。

 

「ま、戦車はな、文科省に回収される前に…その、見納め的な?」

 

戦車好きを名乗る以上、そこはね…?鉄道オタクだって廃線の前には撮り鉄共が集まって撮影会が始まるものだし。…気持ちはわからんでもないがもうちょい周りの迷惑考えてね?

 

「はいはい、いってらっしゃい。…みんなもう着いてるんじゃないかな?」

 

「…だろうな」

 

明日にはもうこの学園艦を出ていく事になる。戦車を持ち出す事ができない以上、大洗の戦車を見るのは今日が最後になるだろう。

 

戦車道メンバーの全員がそれに気付いているはずだ。

 

「あ、でもねお兄ちゃん、行く前にちゃんと顔くらい洗ってきなよ」

 

「いや、風呂にはもう入ったし、なんならサウナで整えてるまであるんだが…」

 

「そんな顔で会いに行ったら、みんなお兄ちゃんの事心配するよ?」

 

きっと、玄関を開けた時から、なんなら玄関先で俺がうだうだとやっていた時から気付いていたのかもしれない、それでも小町はいつもの調子で俺に合わせてくれたのだ。

 

「…そうするわ」

 

呟いて小町の作ってくれた料理を一口、最近は武部主催の料理教室の元でバリバリ料理の腕が上がっているのか、日に日に美味しく感じる。

 

これがしばらく食べられなくなるとか、なんなら小町にもしばらく会えなくなるとか、コマチニウム不足がヤバくなりそう…。



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微笑みながら、五十鈴 華は未来の話をする。

劇場版を書き始めてわりと結構たってますが、ようやく彼女達と八幡の会話を書く事ができました。

…なんならまだ大洗学園生徒すら全然出せてないまでありますが八幡は大洗の生徒です!!(笑)


静かな夜だった。

 

基本的に学園艦は住民が中高生で構成されている特色上、普段でも夜中に出歩く者もそう多くはないが、今日は余計静かに感じる。おおよそ、大方の住民が家で荷造りに追われているのだろう。

 

夕方あれほど忙しなく往き来を繰り返していたトラックも今はもう見えない。

 

そんな静かな夜を自転車をこいで進んでいく、小うるさい風紀委員もこんな状況になってまで仕事なんぞしないだろう。

 

つまりうちの両親の方が社畜レベルが高い、大人って本当に悲しいなぁ…。

 

「………」

 

大洗学園の校門前についた時、それを見て思わずブレーキをかけてしまった。

 

校門に設置されていた【大洗学園高等学校】の看板は外され、取り外しに使ったとされるバールは無造作に立て掛けられていた。

 

…バールかこれ?まぁバールだな、バールのようなものだ。

 

学校の看板なんて普段は目にも止まらないはずのものが、それがそこに無いだけで逆に一際存在感を放っている。

 

文科省が看板だけ先に持っていったのか…。生徒の心を折るという意味では効果的なんだろう。

 

そのまま駐輪場を無視して校門から戦車倉庫へとペダルをこぎ進める、あぁ…やっぱりだ。

 

ふー、と短く息を吐く。…小町に言われて顔を洗ってきたのは正解だったな。

 

「あ…、八幡君」

 

「もー、遅いよ比企谷!みんなもう来てたんだから!!」

 

「いや、別になんか約束してた訳じゃねぇだろ…」

 

戦車倉庫を前に並べられた大洗学園の戦車、そして各チームが自分達の戦車の前に集まっていた。

 

「ちっちゃい身体で、よく頑張ったよな」

 

「短い間だったけど、どうもありがとう」

 

そう言って頭を下げているのはバレー部連中だ。八九式…、カタログスペックだけを切り取れば決して強いとは言えないだろうに、その活躍ぶりは最早逆スペック詐欺に等しい。

 

「お前のサンダース戦の一撃はすごかった」

 

「プラウダ戦も良かったぞ」

 

そう言い、自分達の戦車の健闘を称えたのは歴女チーム。Ⅲ号突撃砲、火力の乏しい大洗にとってその存在は頼もしく、試合の勝敗を左右する戦略の要にもなった。

 

他にも大洗戦車道メンバーの各々が、自分達の戦車に語りかけている。

 

「みんな、戦車にお別れを言いに来たんですね…」

 

ぽつりと嬉しそうに呟いたのは秋山だ。確かに、この光景は戦車道のなかった時の大洗から見れば想像もつかないものだろう。

 

…あれ?風紀委員のそど子さんが大事そうに抱き抱えているあれ、【大洗学園高等学校】って書いてあんだけど?

 

「なぁ、あの看板…」

 

「そど子がさっきバールで無理やり取り外していた」

 

「あぁそう…」

 

バールのようなもので無理やりこじ開けたの文科省じゃなくて風紀委員かよ、風紀とは?

 

…まさか持ってくつもりなの?それ。

 

「んで、冷泉はなんで枕持って来てんの?」

 

風紀委員の所業も気になるが、冷泉の奴は何故か枕を持参して来ている。

 

「もう…お別れかもしれないからな」

 

ぎゅっと枕を抱き締めながら冷泉が答える。もしかしてここで寝るつもりだったのか…。

 

「別に枕が無くてもどこでも寝れるだろ、お前…」

 

そもそもここで寝るつもりだった事へのツッコミを入れた方が良いのでは…?まぁ冷泉だし、そういうのもありなんだろう。

 

「眠りの質が全然違う、せっかくなら一番気持ちよく寝たいんだ」

 

違うらしい。何この睡眠に対する飽くなき欲求心、どこぞの魔王城に囚われているお姫様の後釜狙ってるの?

 

「そんなにも違うものなんですか?」

 

「もちろんだ、ちなみに一番気持ちよく眠れるのは沙織の膝だな」

 

五十鈴の疑問に頷くと冷泉はさらに話を進める。…えぇ?この話まだ進めるの?こいつ、睡眠の事になると早口になるよな。

 

「え?私!?」

 

「あぁ、ぷにぷにした肉感が寝心地抜群だな、もっと自信を持って良いぞ、沙織」

 

急に枕扱いされて驚く武部に冷泉はうんうんと頷いて答える。何この子、枕ソムリエなの?

 

「持たないわよ!それだとなんか太ってるみたいじゃん!!」

 

あー、枕は枕でも膝枕の話ね…。ぷにぷにした肉感が寝心地抜群と。

 

俺も冷泉程じゃないが寝るのは嫌いじゃない。むしろ好きだ、好き好きだいしゅきまである、冷泉が寝心地抜群と太鼓判を押すなら気になってしまうのは仕方ない。

 

つまり自然と視線が武部の膝に向かうのは快適な睡眠への探求心からくる学術的興味な訳で嫌らしい意味は全くない。肉感って言葉にもエロスは感じないし。いや、エロいな、肉感って響きがなんかもうエロい。

 

「…太ってないよね?」

 

「いや、知らんし…」

 

だからそうやって膝を隠そうとしてスカートの裾抑えない、それで膝が隠れるとか、もうスカートがすり落ちる時だから…。

 

「えぇっと…枕は柔らかい方が眠りやすい、って事かな?」

 

「みぽりんまで!?」

 

「いや、その日の気分で固い枕が恋しくなる時もある」

 

「わかります、私も普段はドイツ戦車が好きですが、時にはイギリス戦車が恋しくなる時もありますから」

 

「なにそのおせちもいいけどカレーもね、みたいな感じ」

 

うんうんと納得したように頷く秋山だが。要はこれ、結局は冷泉のその日の気分次第って事だろう。

 

「比企谷さん」

 

「…ん?」

 

ふと冷泉が口元を隠すように抱き締めていた枕を少しだけ上げて、小さく呟く。

 

「…たまには、固い枕が恋しくなる時もあるんだが」

 

…まぁこれもたぶんあれだ、睡眠へ対する冷泉の飽くなき探求心とか、学術的興味の為なんだろう。睡眠には妥協しないからね、この子。

 

いや、それにしたって冷泉の奴、様子が妙にしおらしいというか…いつもはもう少しふてぶてしくなかったか?

 

「そういや、戦車直ったんだな」

 

「あ、うん…」

 

エキシビションマッチでの最後にダージリンさんのチャーチルから砲撃をくらったはずのⅣ号なんだが。最初は夜も暗いせいで単純に見えないだけかと思ったが、こうして近くで見てみると整備されたてのようにピカピカしている。

 

「…なんで直ってんの?」

 

いやこれ、煽りでもなんでもなくて本当に単なる疑問なんですがね、エキシビションマッチやってたのって今日のお昼なんですが?

 

「自動車部の皆さんが頑張ってくれましたから」

 

「最後になるかもしれないから、なるべく綺麗にしたいって、みんな戦車を直してくれて…」

 

「比企谷が来る前にみんなで戦車を洗車してたんだから」

 

戦車を洗車とか、まぁそこはもう今さらだから置いておくとして…。Ⅳ号だけじゃなく、並べられた大洗の戦車全てがピカピカに整備されている。

 

つまり…こういう事だってばよ。今日の昼間に試合で破壊されたりなんやりされた戦車を夕方、あの廃校宣言を受けてから全て直した、と。

 

…ちょっと文科省ー!これ見てまだ大洗学園には目立った功績無いと言えるとか、ちょっと無能過ぎないー?

 

文科省が無能というか、この場合自動車部が有能すぎる…。

 

「あー、ちと遅れたが…試合、お疲れさん」

 

試合が終わった後も打ち上げの準備から大洗学園への呼び出しときて、ようやく今日の試合の締めくくりを口にした。

 

「八幡君も、今日は大変だったね」

 

「まさかクルセイダーからT-34へ乗り換えているとは思いもつきませんでした、というかズルいです!!」

 

「いや、別にズルくないだろ…、試合中の戦車の乗り換えはルール違反じゃないんだし」

 

まさか卑怯とは言うまい?というか秋山ならそれくらいのルール把握しているもんだと思っていたが。

 

「T-34に乗った事がズルいんですよぉ!ソ連の傑作中戦車、私も乗ってみたかったです!!」

 

「そっちかよ…」

 

相変わらずのブレなさ…、どんな状況になってもこいつの戦車好きは筋金入りだな、むしろ安心さえしてくる。

 

「ズルいって言うなら…壁を壊して道を塞ぐのもなんかズルくない?」

 

「いや、それだってルール違反してる訳じゃないし…。いや待て、そもそもなんで俺がやった前提なんだよ」

 

「え?比企谷がやったんじゃないの?みぽりんもそう言ってたし」

 

いや、俺がやったというか、俺が頼んでKV-2にやって貰ったのは確かなんですが、こう決めつけられるとさすがにへこむぞ…。

 

「えと、私達の通るルートを予想できるとなると、大洗の地理に詳しくないとできないから…」

 

西住が少し慌ててフォローするように言葉を続ける。ふむ、一応根拠があっての推理だった訳か。

 

「あとはその、八幡君だから…かな?」

 

「いや、それだと何の根拠にもならないんだが?」

 

やっぱり決め付けじゃないですかー。

 

「根拠ですか…。ところで比企谷さん、先ほどから聞いていて思ったんですけど、もしかしてルールに違反してなければズルくないと思っていますか?」

 

「え?違うの?」

 

デュエリスト曰く、『ルールを守って楽しくデュエル!!』つまり、ルールさえきちんと守っていれば便所にこもってワンキルしようが鼻くそ握手強要しようがズルいとは言えないという事になる。…違うか?うん、さすがに違うな(確信)。

 

「では、それが根拠という事で」

 

五十鈴がニッコリ微笑むと他のあんこうメンバーもうんうんと頷く、やっぱり釈然としねぇ…。

 

「…そういうお前らはあの状況からどうやって脱出したんだよ?」

 

釈然としないというならまさにそれだ。狭い通路、砲塔も回せなければ旋回も当然不可能。

 

そんな状況から仕掛けた挟み撃ちを、あんこうチームは見事に切り抜けて見せた。…金田一の孫を思わせる不死身っぷり。

 

「えと…あの時はーーー」

 

 

 

 

 

 

それからも俺達は話を続けた。

 

エキシビションマッチの始まりから、お互いの試合の流れ、狙い、戦術。

 

大洗の各地で起こっていた俺が知らなかった攻防とか、知波単連中の突撃とか、ダージリンさんもしかして試合の半分以上お茶飲んでね?とか、まぁいろいろだ。

 

「…八幡君の狙いはT-34へ乗り換えて、私達を待ち伏せ」

 

「あれにはヒヤリとさせられました…、生徒会の人達が居なかったら危なかったです」

 

「まっ…結局やられたんだけどな。…河嶋さんに」

 

だが、どれだけ話を続けようとした所で終わりは来る。話題は湯水のように沸いて出てくるものではない。

 

「うん、私達もやられちゃった…」

 

俺がやられてからすぐ、あんこうチームもダージリンさんとカチューシャさんの連携によって撃破された。

 

そして試合は終わり。…あぁ、そうだ、終わってしまったのだ。

 

「…最後に、みんなと試合が出来て良かった」

 

「そうね」

 

「えぇ、本当に」

 

「はい、私もとても楽しかったです」

 

「…私もだ」

 

西住の呟いた一言に、あんこうチームが答える。

 

その後は知っての通りのあの廃校宣言。つまり…今日のエキシビションマッチが大洗学園にとっての最後の試合になってしまった。

 

「本当を言うとね。ちょっぴり…ううん、すごく残念な事もあって」

 

「あー…負けちまったもんな」

 

最後の試合だ、勝って終わらせたかったのは当然だろう。

 

今回は聖グロリアーナ・プラウダ連合と相手が悪かったというのもあるが。…この事だって事前に知っていればもう少しやりようがあったかもしれない。

 

「うん、それもあるんだけど…」

 

そんな今さらどうしようもない後悔を考えている俺とは違い、彼女達あんこうチームはまっすぐ俺も見つめる。

 

「一度くらい、八幡君と一緒に戦いたかったなって…」

 

「まさか最後の最後まで、敵として戦う事になるなんて思いませんでした」

 

「いや、それは俺も思わなかったんだが…」

 

くじ引きの結果と言ってしまえばそれまでだが、ここまでくると作為的なものを感じる、具体的に言うと生徒会的な。

 

「その割りには全力で私達を狙いに来ていましたが?」

 

「あぁ、なかなか良い中ボスっぷりだったな」

 

「いやまぁ…試合だし」

 

ていうか中ボスレベルかよ…。うーん、その評価には納得しかない。

 

「いつか…どこかで、今度は八幡君も、みんなで一緒に試合、出来ないかな?」

 

「…みぽりん」

 

すがるように、願うように、西住みほは口にする。

 

「ごめんね…みんな、ただの私のわがままなんだけど」

 

「わがままでもなんでもありませんよ、みほさん」

 

うつ向いた西住に、五十鈴は優しい微笑んだ。

 

「一度と言わず、何度だって集まれば良いんです。皆さんが集まれば試合だってきっと出来ますから」

 

「でも華…、転校先がバラバラになっちゃうかもしれないんだよ?」

 

「だから集まるんです、例えどんな場所にだって花は咲きますから。知りませんか?生花は、いろいろな花を集めて仕上げるんですよ」

 

…知ってる。それはもう経験者は語る、と身に染みるくらいに。

 

とはいえそれは別に生花の話じゃない。五十鈴流華道教室に半ば強制的に参加させられてはいるが、俺に生花のいろはを語る資格はない。

 

「私は例え皆さんが離ればなれになったとしても、月に一度、年に一度でもこうやって集まりたいと思っています」

 

俺が知っているのは、五十鈴のその芯の強さだ。

 

「そうでしょう?比企谷さん」

 

「………」

 

そんな五十鈴にまっすぐ見つめられ、言葉が出てこない。

 

心を見透かされ、釘を刺されたような気分にさえなってしまう。

 

きっと五十鈴の言う通り、あんこうチームは集まるのだろう。例え転校先がバラバラになったとしても、何かにつけて遊びに集まったりするのだろう。

 

いや、あんこうチームに限らず、他の戦車道メンバーだって声を掛ければ集まる事もあるはずだ。

 

五十鈴にそう言われれば…なるほど。その光景は用意に想像できてしまう。

 

…その中に居ないであろう、自分の姿だって。

 

言葉に詰まり、どう答えたら良いか迷った俺は五十鈴の視線から逃げるように空を見る。

 

「…?」

 

キラリと、何かが光った。

 

…飛行機?いや、それしてはデカイな…。つーか、なんかあれ、だんだんこっちに向かって来てない?

 

その疑問は一瞬で、吹き荒れる突風と共に吹き飛んでいく。

 

あ、あれは何だ!?鳥だ!飛行機だ!!いや…。

 

「サンダース大付属の…C-5M、スーパーギャラクシーです!!」

 

秋山が変わりに答えてくれた。スーパーの所はあってるよ…うん。



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堂々と、ケイはその在り方を証明する。

西住殿の一番可愛いシーンは劇場版でサンダースのスーパーギャラクシーがやってきた場面のアップで顔が写るシーン、異論は認める。


C-5Mスーパーギャラクシー。

 

アメリカが開発した大型輸送機にてその最高速度はおよそ920km/hだとか。

 

そのスーパーギャラクシーに描かれている校章こそ、サンダース大学付属高校のものだった。

 

…サンダース大学ってあんなのまで持ってんのね。いや、てかなんで大洗に?

 

「はぁい!みんな、待たせたわね!!」

 

「ケイさん!」

 

「ナオミ殿とアリサ殿まで!!」

 

スーパーギャラクシーが校庭に着陸すると中からケイさん達が降りてきた。

 

「待たせたって…何かあったんですか?」

 

しかもこんな夜中に、スーパーギャラクシーなんて大型輸送機まで持ち込んで。

 

「?、エイトボールは知らないの?」

 

「…なにがです?」

 

「うーん…こういうアイディアはあなたが考えるものって思ったんだけど」

 

俺の言葉が意外だったのか、ケイさんは腕を組むと何やら考えている。

 

「…そっか」

 

だが、その視線が俺をじっと見つめるとやがて納得したように呟いて。

 

「えいっ!!」

 

「!?」

 

不意打ちで、いきなり抱き締められた。…え?は?ふにゅ!?

 

「sorry、そうね、あなたも大変だったものね…」

 

だが、その抱擁はいつものこの人が見せているアメリカン的な勢いのあるハグとは違い、優しかった。

 

突然で驚きはしたが、俺が抵抗しなかったのは不意打ちではなく、その心地良さの方が原因だろう。

 

「隊長ぉぉお!?ちょっと何やってんですか!!」

 

「あはは!ごめんアリサ、ついね」

 

なんかアリサがすごい剣幕でケイさんに詰め寄ってきた事でケイさんは謝りながらパッと身を引いてくれる。

 

「つい、ってなんですかついって!?」

 

いや、本当になんでいきなり抱き締められたんですかね俺、ついで抱き締めたくなる程には抱き心地良さそうだったの?

 

ヤバいよぉ、比企谷 八幡の抱き枕カバーとか商品販売されちゃうよぉ…。ないか。…ないよね?頼むから無いって言って!!あと絶対検索とかしない事、いいね?(圧力)。

 

「…八幡君」

 

あまりに突然の事で驚いていたのは俺もそうだが、あんこうチームの面々も同じだろうが、彼女達は彼女達でなにやらじとーっと俺を見ている。

 

え?やだ嫉妬?大丈夫、抱き枕カバーなら俺なんかより君達の方がよっぽど需要あるはずだから!!

 

「まぁその、あれだな。…あの人達、マジで何しに来たんだ?」

 

このままだとただ単に俺を抱き締めに来ただけになっちゃうんだけど…。いや、本当にそれ目的なら俺としても構わんけどね!毎日来てくれても良いんだよ!!

 

「良かったぁ、サンダース…間に合ってくれたんですね」

 

校舎から校庭に出るなり、安心したように小山さんが一息つく、生徒会の人達、こんな時間まで残ってたのか。

 

「あの、会長…?」

 

突然のサンダースの来訪に戸惑っていたのは当然俺達だけではない、他の戦車道メンバーももちろん状況が飲み込めていない。

 

なんならスーパーギャラクシーって目立つし、これを目撃した大洗の生徒の大半はこの夜中のいきなりの襲撃に戸惑ってるんじゃ?

 

「サンダースでうちの戦車を預かってくれる事になった」

 

「戦車って…え?戦車を?」

 

大洗学園の保有戦車は学園廃校と同時に文科省が預かる事になっていた。

 

文科省が大洗の戦車をどうするかは知らないが、少なくとも取り上げられる事に違いはない。

 

「…大丈夫なんですか?それ」

 

要するに文科省に戦車を取り上げられる前にサンダースに一度逃がしてしまおうって話なんだろうが、後々問題になったりしないんだろうか?

 

「紛失したという書類も作ったの」

 

小山さんが自信満々に【紛失顛末書】を見せてくる。…遅くまで残ってたのはこれを作ってたのもあるのか。

 

「…それって要するに書類偽造なのでは?」

 

いや、要しなくても書類偽造なんだけど…。

 

「紛失したのよね?ね、比企谷君?」

 

「あ、はい…そうですね、失くしたもんは仕方ないっす」

 

わー、小山さんの有無を言わさない笑顔。うちの生徒会やっぱ真っ黒なのでは?

 

「そんな訳で、サンキュー、ケイ」

 

「ノープロブレム!こんなのお安い御用よ!!」

 

会長の言葉にケイさんは手を振って答えた。

 

「さぁみんな!戦車を乗せなきゃね、ハリアップッ!!」

 

…笑顔で号令を送るケイさんだが、サンダースにとってこの戦車を預かる事が決して『お安い御用』でも『ノープロブレム』でもない作業なのはわかる。

 

そもそもサンダースも今日は試合をしていたはずだ、加えてサンダース大学付属高校の母校は長崎にある。

 

試合が終わってから、長崎からここまでスーパーギャラクシーで来てくれた、それだけでも燃料費やらなんやらは馬鹿にならないだろうに。

 

「…秋山、いけると思うか?」

 

「正直、難しいと思います」

 

俺の言葉の意味を秋山は気付いているのだろう。スーパーギャラクシーに真っ先に気付いた秋山だ、俺よりもその性能は把握しているだろう。

 

確かにスーパーギャラクシーは大型輸送機として戦車を運べるものではあるが、何せ運ぶ物が物だ、戦車の重量を舐めてはいけない。

 

スーパーギャラクシーで言うならM4戦車6両が搭載限界…といった具合だろうが、大洗の戦車は全部で8両。

 

中には比較的小型の戦車もあるにはあるが、ポルシェティーガーレベルの重量のものもある。

 

「ボールコンビの二人、そんな顔しないの」

 

「いや、なんですかそのボールコンビって…」

 

なにその、ちょっと卑猥な感じのコンビ名…初めて言われたんですが?

 

「オッドボールとエイトボールだからボールコンビね、ふふっ、ナイスだわ!!」

 

いったい何がナイスなのかよくわからんが、ケイさんは楽しそうに微笑んだ。

 

「それは…な、ナイスかもしれませんね」

 

ついでに秋山的にもなんかナイスらしい。そんなにこのコンビ名気に入ったの…?早くも方向性の違い出てきてコンビ解散しちゃいそうだが。

 

「それにしたってギリギリでは?」

 

なんならギリギリアウトでは?いや、コンビ名じゃなくって、スーパーギャラクシーの事ね。

 

「ノープロブレムって言ったでしょ。重量のバランスならアリサが今考えてくれているし、ナオミの腕前は保証するわ。燃料が足りないなら途中で補給すればいいだけよ」

 

「それ、むちゃくちゃ大変って事でしょう…」

 

重量のバランスにパイロットの腕前、燃料費用、聞いてるだけで問題は山積みだ。

 

「…なんでそこまで」

 

確かにサンダースとは試合後も交流は続いている。が、それでもあくまで他校は他校、大洗の問題にここまで彼女達が親身になって動く理由にはならない。

 

「私達は他の学校と比べて、設備が充実しているからね」

 

「まさかの金持ちアピール」

 

「比企谷殿、言い方…」

 

いや、だってねぇ…そりゃサンダースはお金持ちではあるんだろうが、まさかこの人の口からそんな言葉が出てくるとは思わないでしょ。

 

「あはは!あなたのそういう正直な所、私は好きよ」

 

俺のヒガミや嫌味にも聞こえたであろうその言葉をケイさんはけらけらと笑い飛ばす。

 

「そう、私達は他の学校と比べても恵まれている。なら…それに相応しい自分達であるべきじゃない!!」

 

「………」

 

あぁ…そうだ。そもそもこの人、嫌味とか皮肉とか通じないタイプの人だった。

 

「…格好いいですね」

 

そんなこの人の前だから、きっと俺の口から思わず出たその言葉も正直なものだったのだろう。

 

「サンキュー」

 

ケイさんは手でOKサインを作るとそれからあっと気付いたように言葉を続ける。

 

「そうだ、エイトボール、この後暇?」

 

「まぁ…暇ですけど」

 

これから戦車道メンバー達はスーパーギャラクシーに戦車を乗せるべく、各チームで準備が必要な訳だが…よくよく考えると戦車に乗ってない俺はこの後やる事がない。

 

「だったら一つ手伝ってくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…ここをこうして、重量のあるポルシェティーガーやルノーを───」

 

ぶつぶつと先ほどからずっと資料とにらめっこしているのはアリサだ。どうやら大洗戦車8両をスーパーギャラクシーに乗せる配置を考えてくれているらしい。

 

これがなかなか曲者で、重量のバランスがかたむけば当然フライトにも影響が出てくる。

 

「そんな訳で手伝いに来たんだが…」

 

ちなみに秋山も手伝いたがってはいたが、そこはⅣ号戦車の準備が優先だし、そっちに戻ってもらった。

 

「アリサ、聞いてんのか?」

 

「…へ?な!なな何の用!?」

 

アリサは俺に気付くなり資料をバサリと落とし、俺からズィッと離れる。

 

「いや、ケイさんからお前を手伝ってくれって言われたんだが…」

 

あと、その反応はひどくない?普通に傷付くんだが…。

 

「たた、隊長から!?またあの人は余計な事を…」

 

アリサは俺の後ろに居るケイさんを見る、つられて俺も見るとケイさんは満足そうに微笑みながら親指をぐっと立てていた。

 

…なにあの後方先輩面?いや、面ってか普通に先輩なんだけどね。

 

「いや、手伝いがいらんなら別にいいんだが…」

 

「いる!いるわよ!むしろ手伝いなさい!!」

 

いや、どっちなんですか。相変わらずヒステリーの気があるというか…。

 

「スーパーギャラクシーに乗せる戦車の配置か?」

 

「そうよ、まったく…バラバラの戦車ってのはこれだから困るわ」

 

「まぁM4戦車の空輸だけならまだ楽なんだろうが」

 

そもそもがスーパーギャラクシーだってそれを想定して作られた輸送機な訳だし。これ、思った以上に難解というか…パズルゲーかな?

 

「…苦労かけるな」

 

「まったくよ!この貸しは高くつくわよ…」

 

「お前ん所の隊長さんはお安い御用と笑ってくれたんだが…」

 

いや、本当にそういう所だからね、そんなんだとタカシ君に嫌われちゃうぞ?

 

「そりゃ隊長はそうでしょうね。でも私は違うわ…貸しはきちんと返して貰うんだから」

 

…それ、スーパーギャラクシーの燃料費用とか、戦車の運搬費とか、そういったものになってくるの?やめて!大洗の残金はゼロよ!!…リアル過ぎて笑えない。

 

「この貸しを返させる為にも大洗の子達には戦車道を続けて貰うわ、来年優勝するのは私達サンダースなんだから」

 

「………」

 

「…なによ、何か文句でもあるの?」

 

「…いや」

 

今の言葉、タカシ君に是非とも聞かせてあげたい、なんなら俺がタカシ君だったら一発でベタ惚れしてるまである。

 

「まぁ、戦車だって戻って来るんだ、転校しても戦車道は続けるだろ…」

 

「まるで他人事みたいに言うのね」

 

「…そう聞こえたか」

 

だったら今のは失言だったか。とはいえ、借りを返せと言うこいつを前に何の保証にもならない言葉を並べるのは無責任にも程がある。

 

「…あんたの転校先は決まってるの?」

 

「いや、まったく聞いてない、別に俺だけじゃないが」

 

そういえば…転校先に関しての情報は何もない。いや、今日決まった事なので当たり前といえば当たり前なんだが…。

 

問題はその転校先だ。そこに関しては文科省が全権を握っている、先の会長とのやり取りでもあの役人はそこだけは譲らなかった。

 

「だったらサンダースに来ると良いわ、うちは共学なんだし問題はないでしょ」

 

「…いや、そもそもが転校先を選べないんだが?」

 

「なら転校先から転校してくれば良いじゃないの!!」

 

なにそのリセマラ、転校ガチャとかやらされんの…?

 

「サンダースの設備はすごいわよ!甲板3段をぶち抜いたプールビーチがあって、流れるプールだったりの一通りのレジャー施設は整ってるわ!!」

 

「…ふむ、プールか」

 

「そう、なんなら海だってあるから、プールに飽きたら海水浴も出来るわ!!」

 

「…それ分ける必要あるの?」

 

そもそも海の上を進んでいる学園艦内に海があるとか、ちょっと何言ってるかわかんないんだが…。金持ちのやる事って。

 

「どう?サンダースに来たくなってくるでしょ!!」

 

「…いや、あんまし」

 

「なんでよ!?」

 

いや、むしろなんでこのプレゼンで来たくなると思うのか…。推しがプール、海と海水浴場縛りでも食らってんの?毎日が水着回じゃねーか。…あれ?サンダース良くね?

 

「いや、だってそういう施設ってリア充共の巣窟だろ、パリピ達が気分上々にウェーイってパーリナイツをGTしちゃってんでしょ?」

 

あとたまに孔明が罠とか張ってるんでしょ、俺は詳しいんだ。

 

「何言ってるのかわからないけど、ひどい偏見ね…」

 

アリサはため息をつくがすぐにニヤリとした、なんとも悪そうな笑みを見せて。

 

「安心なさい、サンダースに来たらあなたもすぐに立派なリア充の仲間入りよ」

 

「…一つも安心できねぇ、何?サンダースでパンデミックでも起こってんの?」

 

ふぇえ…パリピウイルスに感染しちゃうよぉ、パリピ八幡として【いいね】を求めるだけの人種になっちゃう!!

 

「そして…私も彼氏持ちのリア充に」

 

あまりの恐怖にアリサがぶつぶつ呟いていた言葉がよく聞き取れなかったんだが…、あれか、俺にタカシ君との仲を取り持てという事かな?

 

タカシ君かー、きっとイケメンでクラスの人気者でサッカー部で親が弁護士とか、なんかそういう雰囲気を感じるなー。知らんけど。



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そして船は港を離れていく。

そういえば学園艦が廃校にされる時、最終章から登場した彼女達はどうしてたんでしょうかね?
あのメンバー…てか、大洗のヨハネスブルグの生徒達があっさり従うとは思えない、あれ?大洗治安悪くない?


【寄せ書き】

 

その歴史は意外とまだ新しく、元々は出征する兵士に向けて日の丸の旗をこしらえてあてらわれたものである。

 

兵士の無事を願う意味も込めて、もしくは、二度と会う事が無いかもしれないその人に向けて、人々は寄せ書きを書いた。

 

現代日本に置いてもその思いは受け継がれているのか、寄せ書きと聞けば卒業式を思い浮かべる人も多いだろう。

 

卒業の記念品として、クラスでその人々に向けて思いの寄せ書きを集める…となれば聞こえは良いだろう。

 

だが…まて、しばし。どれだけ聞こえは良さそうでも、その実態はただ在学中にどれだけ人気を集める事が出来たかのバロメーターに過ぎないのだ。

 

クラスの人気者の色紙には多くのコメントが集まる中、日陰者の色紙は真っ白のままとなる。

 

在学中の集大成、コミュ力の通知表としてこれ程わかりやすく、残酷な手段はそうないだろう。

 

だが、嬉々として寄せ書きを書き、そして書かれている連中だって卒業後、何割がその交流を続けているかはわからないだろう。

 

そう、結局の所それはただの在学中のコミュ力通知表でしかない。気に入らないなら家に帰るなり、押し入れに封印してもいいし、なんならゴミ箱にダンクしたって構わない。

 

『おーい、誰か比企谷の色紙に何か書いてやってくれー!!』

 

…うーん、これは殺意の波動に目覚めもしますね。あの中学教師解雇されねぇかなぁ…あ、されたか。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

アリサと考えた順番通りに戦車をスーパーギャラクシーに積み込む。後はサンダースがフライト前の最終チェックをして出発だろう。

 

戦車がなくなり、空っぽとなった戦車倉庫はいつもより広く感じられる。

 

それを感じているのは俺だけじゃないのか、みんな口数が少ない、そもそもスーパーギャラクシー出発までやることもないんだが。

 

「みんなーせっかくだし、これに何か書いてかない?」

 

そう言って自動車部が倉庫からガラガラと引っ張ってきたのは黒板だった。

 

なんの変哲もないそれには中央に【ありがとう!大洗学園】とその下に【戦車道チーム一同】の文字。

 

「寄せ書き…か」

 

黒板を持っていく事は出来ないし、この学園艦が取り壊される以上、後に残る物でもない。

 

それでもチョークを手にし、黒板に文字を書いていく彼女達にとって、それは決して無意味なものでないと言われている気がした。

 

各チームメンバーからあんこうチームまで、黒板のおおよそが埋まって来た所で。

 

「はい、比企谷」

 

「いやはい、って」

 

そんな当たり前のようにチョーク渡されても困るんだが?

 

「八幡君、書かないの?」

 

西住が少し不安げにこちらを見てくる、いや、書かないってか…。

 

「正直、こういうのって何書けばいいかわからん…」

 

「正直ですね…」

 

秋山が苦笑いをするが、思い浮かばないものは仕方ない。

 

「そもそも寄せ書きそのものにあんまし良いイメージって無いんだよな」

 

「えー!なんで?素敵じゃない」

 

「うん、私も黒森峰のみんなから貰った時、すっごく嬉しかった」

 

そりゃ西住が受け取る寄せ書きとか、そうでしょうね。

 

西住が黒森峰から転校してきた時、その手の品が何も無かったのは彼女が黙って転校した事が大きいのだから。

 

「いや、俺達が寄せ書きとか書く機会なんて卒業式とか転校の時くらいだろ?中学の卒業式とか、クラスの一人一人に色紙が配られた訳だ」

 

「あー!あったあった、懐かしい」

 

「そうなるとクラス内でも人気のある奴に寄せ書きのコメントは集中する事になるから、俺なんかだと真っ白な色紙をただただ眺める事になる、別に書きたい相手も居なくて暇だしな」

 

「あー…」

 

「…すいません、私とした事が」

 

いや、待てお前ら、絶対何か勘違いしてるだろ。

 

「…お前ら俺の寄せ書きが白紙だったとか思ってないか?」

 

「なるほど、自分で書いたのか」

 

いや、さすがに書かないからね…。てか答えを導き出すの早すぎだろ。

 

「なんなら最終的にはクラス全員が書き込んだまである」

 

「えぇっと…それはすごい、けど」

 

「ですが、それなら寄せ書きに悪いイメージを持つ事はないのでは?」

 

「いや、担任主催のクラス全員強制参加のノリでな…」

 

「「「「「………」」」」」

 

「ちなみに書かれたコメントは『おめでとう』ばっかだった」

 

どこのアニメの最終回だよ、あんな色紙見ちゃったら誰だって強制的にでも「僕はここのクラスに居ていいんだ」って思わされちゃうでしょ。

 

…新劇場版?あぁ、そういうのもありましたね(遠い目)。

 

「ご自分達も卒業するのにおめでとうのコメントですか…」

 

「たぶん他に書く事が思い浮かばなかったんだろう」

 

「てか、どれだけクラスメイトと交流なかったのよ…」

 

「いや、そこを冷静に掘り起こして考察すんの止めてくんない?」

 

そういやあの色紙どこやったっけな…、押し入れに封印したのか、ゴミ箱にダンクしたのか。

 

「まぁ、それを参考にすんならこれにおめでとうとでも書く事になるんだが」

 

「いや、駄目でしょ…」

 

「だよな…」

 

そんなエセ人類補完計画が許される訳がないだろうし…。

 

だいたいこれ、大洗学園艦に向けての寄せ書きになるんだろうが、これから取り壊される学園艦に『おめでとう』とか、学園艦がゴールデンメリー号でも魂宿って復讐にくるレベル。

 

「なにも難しく考える必要はないのではありませんか?」

 

「…五十鈴?」

 

「比企谷さんにとって、大洗学園がどのような場所だったのか、それを書けば良いと思います」

 

「…そういうもんか?」

 

「そうだね、私もこういうのってあんまし得意じゃないけど…」

 

そういう西住の書いたコメントを見ると【感謝】の一文字が綴られていた。

 

「…ありがとう、大洗学園ってもう書いてあるんだが?」

 

しかも中央にでかでかと。

 

「そ、それはそうなんだけどね、私もちゃんとお礼が書きたかったというか…」

 

まぁ、彼女らしいといえば彼女らしい。

 

だったら俺も俺らしく、変に気取らずに思った事を書くべきなんだろう。

 

黒板の端っこ、なるべく空いたスペースを見つけるようにチョークを持つ手を移動させる。

 

戦車道チームの全員が書き込んだ事であまりスペースも空いていない黒板の端っこに、俺は短いその言葉を書き込む。

 

長く住んでいた学園艦だ。別に良い思い出ばかりという訳でもないし、先の寄せ書きの一件も含めて振り返れば死にたくなる過去だってある。

 

【お疲れさん】

 

…それでも、物心ついた時からずっとこの学園艦には住んでいたのだ。となれば、そう悪い思い出ばかりという訳でもない。

 

「わぉ!寄せ書き、いいわねこういうの!!」

 

「隊長は書いちゃ駄目ですからね」

 

黒板を見つけて嬉しそうなケイさんにアリサがジト目で釘を差す、どうやら出発の準備も出来たようだ。

 

「さて、いよいよ出番か」

 

スーパーギャラクシーを見つめるナオミが呟いた。…そういや、ケイさんが言ってたけどスーパーギャラクシーのパイロットはナオミだったか。

 

いや、高校生がこれ操縦すんの?免許持ってる?

 

「…大丈夫か?操縦結構キツそうだが」

 

茨木から長崎までの長距離輸送、そもそも操縦した事のない俺にはそれがどれだけ難しいものかもわからない。

 

「問題ない」

 

だがナオミはさらりと短く答えると視線をスーパーギャラクシーから俺の方へと向けた。

 

「不安かい?」

 

「…いや、別にパイロットの腕を信用してない訳じゃないんだが」

 

「安心していい、預かった戦車は必ず送り届けてあげるさ」

 

これくらいなんでも無い、と言うようにポンッと軽く俺の肩に手を乗せてきた。

 

…トゥクンッ!やだもう…この人ちょっとイケメン過ぎない?乙女心揺さぶられちゃう!!

 

ナオミはそのまま背中を向け、クールに手を振ってスーパーギャラクシーへと乗り込みに向かう。なにこれ乙女ゲーかよ、きっとモブには厳しい世界なんだろうなぁ…。

 

「それじゃあ、移動先が決まったらまた連絡ちょうだいね」

 

「はい、ありがとうございます!!」

 

西住との会話を終えたケイさんとアリサもスーパーギャラクシーに向かうナオミと合流する。

 

サンダースの三人が乗り込んだスーパーギャラクシーは大洗の校庭からゆっくりと離陸し、すぐに見えなくなった。

 

「学校は守れなかったけど、戦車は守れたんですね」

 

「…うん」

 

すでに廃校が決まった大洗にとって、それはほんの小さな抵抗の一つに過ぎない。

 

おそらくは文科省だって今さらこの程度の抵抗に文句をつけにくる必要は無い程の、悪あがき。

 

…それでも、彼女達とあの日々を共にした戦車はまた、彼女達の手元に戻ってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

翌朝、大洗学園艦は大洗港に停泊し、生徒や住人達を降ろす。

 

それは言ってみれば学園艦にとって最後の仕事のようなもので、もう艦内に残っているのは船の運行に必要な一部の船舶科の生徒だけだろう。

 

汽笛を鳴らしながら、大洗学園艦が港からゆっくりと離れていくその姿を、俺達生徒は陸の上から見送るしかなかった。

 

「…初めて見たな、大洗学園艦が港から出る所」

 

「そうですね…、なんだか変な気分です」

 

大洗学園艦が港から出港する事自体は珍しくもないが、俺や秋山のような自宅が学園艦にある者にとってはその光景を普段見る事はない。

 

「そっか…二人共、自宅が学園艦にあるもんね」

 

他の生徒が帰省やらなんやらで学園艦を離れる時だって、元々大洗に実家がある俺達には無縁の話だった。

 

「うわぁぁあんっ!!」

 

「行かないでー!!」

 

「ちょっとみんな…笑って見送ろうよ!!」

 

ウサギチームが離れていく学園艦を走りながら追っていく、やがて港の端っこで立ち止まった彼女達は学園艦が見えなくなるまで別れの言葉を口にしていた。

 

丸山も口にこそしないが、いつもの無表情とは違いどこか寂しそうに見える。…そろそろ俺も丸山検定三級くらいは頂けるのでは?

 

「…こんなの、彼氏と別れるよりも辛いよ」

 

「別れた事もないのにですか?」

 

しかしこの五十鈴さん、相変わらず容赦ない…。

 

「みんな、バスに乗りましょう」

 

小町達のような中等部の生徒は一度親元に戻る事になっているが俺達高校生組は転校先が決まるまでの仮の住まいにバスで移動する事になっている。

 

「だんだんバスが別れていくね…」

 

とはいえ、さすがに大洗の高校生全員を受け入れる宿泊先がある訳でもなく、最初は多くのバスでの集団移動だったそれも、一つ一つと数が減っていった。

 

「生徒の数が多いから、みんな学科毎に分かれて宿泊するそうです、戦車道をとっている人達はみんな固まっているみたいですけど」

 

きっと生徒会がまた何か根回しをしたんだろう、そもそもこのバスに乗っているのが戦車道受講者しかないないし。

 

…いや、なんかこう、男女比率おかしくない?こういう時は男女男男女男女で交互に座れ!!って教わらなかった?…今の若い子教わってないかー。

 

とはいえ、どんな席順だろうがこの状況で元気に騒ぎ立てれる奴はそう居ないだろう、普段は根性根性ど根性と騒がしいバレー部連中だって今は静かなものだ。

 

そりゃそうだ。ついさっき、学園艦が出港していく姿を見たばかりなのだから。

 

この状況にはどこか既視感がある。遠足の帰り道とかで生徒達が騒ぎ疲れた事と名残惜しさから静かになるあれだ、基本的にはバス内のテレビで流れる国民的アニメ映画をただ黙って見ている時間となる。

 

騒ぎ疲れる事も名残惜しむ事も無かった俺はそのアニメ映画をBGM変わりにして、ただ冷めた目で窓から流れる景色を見つめていた事を覚えている。…あれ見ても結局は最後までやらないまま学校につくからいつも中途半端に終わるんだよ。

 

…今回も同じように、窓から流れる景色を眺めていると。

 

「…?」

 

なんか見覚え…という程でもないが、わりと最近ここら辺の景色を見た記憶がある。

 

…ここ、ボコミュージアムの近くじゃね?

 

「あ!!」

 

当然西住もそれに気付いたのか、窓から視線を俺に移して。

 

「八幡君!ここ、ボコミュージアムの近くだよ!!」

 

…あぁうん、ようやく笑顔を見せてくれたのは良かったけど、ちょっと黙ってよーか?

 

「ここ、ボコさんのミュージアムの近くなんですね」

 

「私も知りませんでした」

 

「へー、大洗市街とはだいぶ離れた場所にあるのね」

 

…なんだ、思ったより大丈夫そうだな、何がとは言わないけど。

 

「じゃ、せっかくだしボコミュージアムの話聞こう?ね、比企谷?」

 

…大丈夫じゃなかった!何がとは言わないけど!!

 

「…いや、まぁほら、ボコの話なら西住に聞けば良いだろ、いろいろ聞けるぞ?」

 

本当にいろいろ…なんならボコについて一から延々と語ってくれる事になる、これならボコミュージアムの件自体うやむやにできるだろう。

 

我ながらナイスパスだ、ほら西住もさっきから語りたくて目をギラギラさせている。…正直ちょっと怖いなー。

 

「みぽりんに聞くとボコの話がメインになるでしょ?」

 

…さすが、良くわかってらっしゃる。いや、俺がわかっているならこいつらも当然わかってるか、ユウジョウだなー。

 

「ほら、比企谷殿もこちらに、おかしもありますよ」

 

やだ、なにそれちっとも惹かれない。そのパックリと後ろを開けたポテチを見せてくるの止めません。

 

「…あとはほら、冷泉も寝てる事だし静かにしてやらんと」

 

「起きているぞ」

 

ムクリと後ろで長椅子を独占していた冷泉が起き上がってきた。なんだかんだ朝早かったから爆睡していたくせに…。

 

「…寝てただろ」

 

「今起きた」

 

…いつもそれぐらいすぐに起きて来ませんかね?人があれだけいろいろやって(意味深)も起きないくせに…朝飯だって片付かないんだから。

 

あれ?俺おかんだったっけ?



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こうして、比企谷 八幡の奉仕活動が始まる。

ぶっちゃけ実家から出ても八幡ならなんだかんだ一人暮らし出来そうですよね、持ち前の専業主夫希望スキルもありますし(笑)


【住めば都】

 

その言葉の由来は平安時代に都から田舎へと左遷された者がその田舎の居心地の良さから生まれた言葉…らしい。もちろん諸説あり。

 

この『諸説あります』って言葉超便利、とりあえず説明事の語尾に付け加えときたい言葉ナンバー1まである。

 

「都ねぇ…」

 

大洗学園から退艦した生徒は各々が次の転校先が決まるまでの間、一時的な待機場所へと移動する事になった。

 

もちろん生徒数が多いので、例えば小町達中等部の生徒は親元に戻ったりしているし、俺達高等部の生徒もバラバラに待機場所が割り振られている。

 

戦車道受講者が全員同じ待機場所なのは…まぁ、生徒会がいつものように何か仕組んだのだろう。

 

しかしこの待機場所、見るからにオンボロというか…元は廃校になった学校らしい。おそらくだが学園艦が主流になった事でこういう陸にある学校が割りを喰ったのだろう。

 

…学園艦が廃校になった俺達が学園艦のせいで廃校になった学校で過ごす事になるとか、なかなかシャレが効いている。

 

「転校の振り分けが完了するまで、ひとまずここで待機となりまーす」

 

「クラス別に教室が割り振られている、速やかに移動しろ」

 

校舎の前でメガホンを手に声をあげて生徒を誘導しているのは小山さんと河嶋さんだ。…正直意外だな。

 

「…なんだ比企谷、何か言いたい事がありそうだな」

 

「いや、まぁ…」

 

小山さんはともかく、河嶋さんは学園廃校をもっと引きずっているのかと思った。全国大会の時からあの人の大洗学園への思いは充分に見てきたのだから。

 

「桃ちゃんなら大丈夫よ、比企谷君」

 

「こういう状況だからな、我々がしっかりしないと」

 

「…そっすか」

 

決して吹っ切れた、という訳ではないだろうが、学園艦が無くなってもこの人達は大洗の生徒会なんだろう。

 

「だいたい貴様は人の心配よりまず自分の心配をしたらどうだ?」

 

「…はぁ、何がですか?」

 

そりゃ心配事なんて山ほどあるが…本当に山ほどあって笑えない、特に将来とか本気で考えると死にたくなる。…ならない?

 

そもそも将来の事考えてるのに死にたくなるとか矛盾にも程があるんだよなぁ…。

 

「私達は転校先が決まるまで、しばらくはここで住む事になるのよ?」

 

「それは聞いてますけど…」

 

転校先は文科省が決めるらしいので一時的な待機場所といってもいつまでここに居る事になるのかもわからない。大丈夫?俺達来年三年だよ?受験生なんだけど。

 

「比企谷君、当面のここでの住む場所は決まってるの?」

 

「…実家に帰って良いですか?」

 

「お前はその実家が学園艦だっただろ…」

 

…なんてこった。僕にはもう帰れる場所が無いんだ、こんなに悲しい事はない。こんなの…今すぐにでもララァに会いに行っちゃうじゃん。

 

「てか、そういうのって普通生徒会が手配してくれるもんじゃないですか?」

 

「もちろん部屋は割り振ってはいるが…まさかお前、一人部屋を貰えるものだと思っているのか?」

 

「え?むしろ違うんですか?」

 

「生徒数を考えるとどうしても何人かで部屋を共有する事になるから、他の誰かと数人での相部屋にはなっちゃうかな」

 

「うわぁ…」

 

「露骨に顔をしかめるんじゃない、生徒に対して部屋が足りないんだから仕方ないだろう」

 

いや、そらゃ露骨にしかめもする、比企谷 八幡が実家から出て一人暮らしをするってだけでも解釈違いなのにその上ルームシェア?そりゃ新刊も落ちるわ。

 

「一応希望者には外でテントでの生活も了承してるんだけど…」

 

「あー…そういえば秋山が張り切ってテント道具一式用意してましたね」

 

…学園艦から持ってきていたのがやけに大荷物だとは思ったがこの為だったのか、相変わらずサバイバル能力が高い。

 

「たぶん後で申請書を持ってくるんじゃないかしら?あんこうチームのみんなとで住むと思うんだけど」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

「まさか比企谷、お前もそこに混ざると言うつもりじゃないだろうな?」

 

「…いや、さすがに無いですよ」

 

ゆるゆるしたキャンプに男を混ぜてはいけない(戒め)。あと最近では釣りとか登山等、そこら辺のアウトドアにも混ぜちゃいけない。男はどこに行けば良いんだ…?

 

まぁそれ関連は抜きに、普通にダメでしょ…。

 

「ならいい、ただでさえ今は風紀委員の連中がたるんでいるからな」

 

「…風紀委員、そど子さん達ですか?」

 

「学園艦があんな事になったから、仕方ないといえば仕方ないんだけどね、どうも元気が無いみたい」

 

…あの風紀の鬼だったそど子さんがね、今なら風紀も乱し放題という訳か。…いや、別に乱しませんからね?ただの確認だから、確認、大事。

 

「それで比企谷君、あなたもテントで生活するなら今からでも申請書を渡すんだけど」

 

「戦車道メンバーの何人かもそうするようだしな」

 

…ちょっとあいつらたくましすぎない?秋山に限らずどいつもこいつもサバイバル適性高すぎんだろ。

 

対してサバイバル能力ゼロ、現代っ子の申し子たる俺がテント生活とか…俺はつらい、耐えられない。になるのが目に見えている。

 

せめて屋根の下で雨風も凌げて冷暖房完備の設備を要求したい、…そもそもこの木造校舎に冷暖房あるのかなぁ、8月も終わりとはいえまだ暑いんだよなぁ。

 

「お困りのようだね、比企谷ちゃん」

 

「会長、なんです急に…」

 

話は聞かせて貰った!とでも言うように颯爽登場した会長、いや、実際困ってはいたんだがこの人が絡んでくると目に見えてろくなことにならない気がする…。

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

会長に連れられて来たのはこの木造校舎の中でも比較的離れた所にある部屋だった。

 

どうやらここも教室だったようだが、他の教室と比べても一際使われていた気配はない。

 

「ここも以前は教室だったんだけど、だんだんと生徒数が減っていってから使ってなかったみたいなんだよねぇ」

 

「はぁ…」

 

まぁ離れた所にある教室だ、生徒数が減って教室を潰してくとなれば一番に使われなくなる所だろう。

 

「比企谷ちゃん、この部屋…使いたくない?」

 

「…部屋はもう残ってないと聞きましたけど」

 

「生徒会の活動の一環として使うって事なら、この部屋、比企谷ちゃんの好きに使っていいよ」

 

「なるほど…それなら一般生徒からも苦情はでませんね」

 

「さすがは会長!!良かったな比企谷、一人部屋なんて贅沢できるのはお前くらいだぞ」

 

いや、【生徒会の活動の一環】とかいうフレーズだけで嫌な予感しかしないんですが?

 

「…で、条件はなんです?」

 

「話が早くて良いねぇ。そん代わり…比企谷ちゃんにはここで奉仕活動をして貰おっかな」

 

「…なんですかそれ、ボランティア活動みたいな?」

 

「というよりお悩み相談だね。ほら、いきなり学園艦が無くなっちゃってみんな不安だから」

 

「もちろん生徒会でも出来る限りの事はするつもりだけど…さすがに生徒の数が多くなってくると厳しいですもんね」

 

「なるほど、そこで比企谷にも手伝わせる訳ですか」

 

要するに生徒会の手が回らない仕事を丸投げしようって魂胆なのだろう。

 

「ま、基本的には生徒会に送られて来たお悩み相談メールへの返信とかね、比企谷ちゃん、そういうの得意でしょ?」

 

そんな得意分野、主張した事ありませんが?そもそもあれだって生徒会の横暴によるものである。

 

「で、比企谷ちゃんはこの話、どうするの?受ける?」

 

「受けないなら当然、相部屋かテント生活になるだろうな」

 

「………」

 

ぼっち…あぁまぁ、元ぼっち相手に一人部屋を人質にして脅しかけてくるとか生徒会のする事じゃねぇ。

 

…と思ってたけどそういやこの人達、西住にも脅しかけてたしな。大洗の生徒会はこれが平常運転なのである。ヤクザにも程がある。

 

「…まぁ、出来る範囲の事なら」

 

とはいえここで断った所で今後の当てもない、誰だかわからないルームメイトとの気まずい相部屋生活を送るのもごめんである。

 

いや、マジで相部屋になる予定だった奴等は俺に感謝して欲しい。俺という尊い犠牲を噛み締めてルームシェアに臨むべきまである。

 

「ま、そんな深く考えなくていいからさ、部活動みたいなもんと思って気楽にやればいいよ」

 

奉仕の部活動とかそれもう何部だよ、そんなにポンポン部活動スタートさせるんならさっさとバレー部復活させてやれよ。

 

「…そもそも生徒の為のお悩み相談とか、学園艦ももう無いのに生徒会が生徒の為にそこまでやるもんでもないでしょうに」

 

「比企谷!貴様ッ!!」

 

河嶋さんが食って掛かるが、俺だってこの疑問は当然だ。

 

大洗学園は廃校になり、なんならこの人達だってもう生徒会では無いとも言える。

 

ここに住むのだってしょせんは次の転校先が決まるまでの間の仮住まいだ。結局はバラバラになる生徒にそこまでやる義理は無いだろう。

 

「…不満そうだね」

 

河嶋さんをなだめつつ、会長は真っ直ぐに俺を見る。

 

「そりゃ、基本的に仕事に対しては不満気に行うのが俺のスタンスなんで」

 

「あまり一緒に仕事したくはないスタンスね…」

 

ですよねー。俺もそう思うんで出来れば今後一生仕事とかせずに済みたいです。ほら、一緒に仕事する奴に迷惑かけたくないし…。

 

「そうだね…」

 

と、会長が言いかけた時だった、窓の外からチラッと一瞬だけ見えたそれはすぐに大洗の街上空を飛び回る。

 

「会長!サンダースのスーパーギャラクシーです!!」

 

「ケイ達か、戦車を届けに来てくれたんだな」

 

生徒会が連絡を入れてくれたのか、サンダースに預けていた戦車を持ってきてくれたんだろう。

 

昨日の今日で早速届けに来てくれるとはさすがサンダース、アマゾンお急ぎ便もびっくりのスピード配達だ。

 

急いで窓に向かう、ふと見れば他の戦車道メンバー達はすでに校舎から出てスーパーギャラクシーを追いかけていた。

 

「…いや、どうすんですかあれ?」

 

…大洗の市街地の中にはスーパーギャラクシーを停めれるだけの滑走路がない、この木造校舎の運動場ではさすがに小さすぎる。

 

戦車を届けに来てくれたのはいいが、スーパーギャラクシーは大洗上空を旋回し続けるだけだ。

 

『はいアンジー、預かっていた戦車を届けに来たわよ』

 

スーパーギャラクシー、ケイさんから通信が入る。…いつの間にか河嶋さんが無線機を持っていたのだ。…え?いつ用意したのそれ?

 

「あぁ、こっちでも確認したよ」

 

だが会長も特に何の疑問も持たずに無線機でケイさんと連絡を取り始めたのでたぶん俺がおかしいのだろう。きっと河嶋さんは最初から無線機を持ち歩いていたのだ。…持ち歩いていたかなぁ?

 

『それで、どうしよっか?』

 

まぁそんな些細な事より今は戦車だ、スーパーギャラクシーを停める所がないと戦車を受け取れない。

 

「そこら辺に置いて貰えればいいよ」

 

…いや、だからその置くスペースというか、スーパーギャラクシーを停める場所が無いのでは?

 

『OK!投下するわよ!!』

 

ん~なるほど!確かに大型輸送機が戦車を投下するのはそう珍しいもんじゃないしね!!

 

…ただ、街中に戦車を投下するのは珍しいのでは?

 

徐々に低空飛行になったスーパーギャラクシーはそのままハッチを開き、パラシュートを付けた大洗の戦車が次々と投下される。

 

…大洗の道路にだけどね。道路交通法さんが黙っていないと思わなくもないが、スーパーギャラクシーは空の上だしここはノーカンって事で。いいね?

 

『確かに届けたわよ』

 

「サンキューケイ、助かったよ」

 

『これくらい良いわよ。アンジー?』

 

「…ん?」

 

『また何かあったらいつでも呼んでね、必ず駆けつけるから』

 

「そりゃありがたいね…、そん時はよろしく頼むよ」

 

『オフコース!それじゃあまたね!大洗のみんな!!』

 

嵐のようにやって来たスーパーギャラクシーは嵐のように去っていく。ケイさんのその言葉を残して

 

…またね、か。

 

「…比企谷ちゃん、さっきの話の続きだけどね」

 

無線機を置き、窓を眺めながら会長は呟くように答えた。

 

「…こんな場所だが、なるべくは学園艦と変わらず生活を続けたいからね」

 

「…そうですか」

 

「かーしま、朝は必ず出欠をとって、全員無事なのを確認する事!!」

 

「はっ!!」

 

「全員ちゃんと居る事を確認しないとね」

 

「…なんで今二回言ったの?」

 

しかも二回目、完全に俺の方向いてたよね?絶対逃げると思ってるよね?

 

いや、まぁ実際逃げたいんですけどね。一刻も早く小町に会いたい。お兄ちゃん、どうやらヤクザから物件借りちゃったみたいなもんだから。

 

…そんな風に茶化さなくてもわかってる。生徒会の話を受けた理由は単に一人部屋が欲しかっただけじゃない。

 

単純な話、何かしていた方がずっと気が紛れるからだ。問題は更なる別の問題で上書きしてしまえばいい。

 

仕事という理由付けはその最強の言い訳とも言えるだろう。今を全力で生きる社畜さんには余計な事を考える余裕もないのだから。

 

会長がこの話を持ってきたのは、そんな俺の気持ちを察してか、それともただ単に生徒会の仕事を減らしたいだけなのか。…まぁ後者だよね。

 

「あぁ、それと比企谷ちゃん」

 

「…はい?」

 

「仕事が欲しくなったらいつでも言ってね。…待ってっから」

 

「………」

 

いや、依頼が来るならともかく、さすがに自分から率先して仕事を貰いに行くとか、ちょっと無いんだが…。

 

…この人とも比較的長い付き合いにはなったが、まだまだ八幡検定に合格は出せそうにないな、うん。…うん。



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その部屋からは、お茶の香りがする。

実際、突然の廃校からあの仮住まいの拠点での大洗学園生徒の放置っぷりは文科省は叩かれまくっていいレベルなんですよねぇ…。
一応比企谷八幡の奉仕活動編はそんなに長く書く予定はないですが、一度試合が始まるともう完全に終わりまで一直線なのでここで試合前に書きたい話は全部書ききる予定です。


「学校が無くなったんなら朝起きなくても良いんじゃないか…」

 

それな、マジそれ、ほんとそれ。

 

翌日、朝っぱらから【全員しゅうごぅ~】とかいう覇気のないアナウンスにより俺達大洗学園生徒達は、この仮住まいの校舎の校庭に集められた。

 

「出欠は毎日とるんだって」

 

これが昨日会長が言っていた朝出欠をとって全員無事なのを確認する事、なのね…。

 

そう言えば聞こえは良いが毎朝生徒全員を校庭に集めるとかどこの強制労働施設だよ、まだ普通に学校通ってた方がマシだったわ。

 

「なら早く終わらせてくれ…、帰ってもう一度寝直す」

 

「せっかく起きたんですから、もう少しだけ頑張ってみませんか?」

 

「そうよ、麻子起こすの大変だったんだから」

 

あんこうチームで共にキャンプ生活をしている冷泉もこれには逃げられなかったのか、珍しく参加している。…もちろん、不満たらたらの表情ではあるが。

 

まぁ冷泉の言う事には同意する。やるならさっさとやってぱっぱと解散して欲しい、こういう時無駄に長話始めちゃうから校長先生とか社長って嫌われるんだよ。なにあれ、毎回原稿とか書いてんの?

 

しかし、生徒会の三人も壇上に上がっていないのを見ると出欠をとるのは風紀委員の三人だろうか?風紀委員の癖に遅刻とは度しがたい。

 

そう思っているとのろのろとした足取りでそど子さん達、風紀委員がやってきた。…え?あれがあの風紀委員?

 

「顔くらい洗え!そど子!!」

 

…冷泉、お前もな。髪ぼっさぼさだし女子としてどうなのか?溢れる睡眠欲の前には女子力なんて無力なんだろうなぁ。

 

「はいはい、どうせ私はそど子ですよー」

 

冷泉のそんな文句もそど子さんはあっさりと受け流す。いつもならここで言い争いの一つでも起きるのだが…。

 

「出欠をとりまーす、全員いるわね、はいしゅーりょー」

 

のろのろと壇上に上がったそど子さん達は、それだけ言うと大して確認もせずにすぐに降りていく。…風紀委員の姿か?これが。

 

…明日からこれ、出席しなくても良いんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「もう海の上じゃないんだね…」

 

意外に思うかもしれないが、俺達学園艦の生徒にとっては陸地での生活というのはかなり久しぶりになる。中、高と基本的に船上で過ごすのだから。

 

慣れない陸上生活。それは、それまで当たり前だと思っていたものが急に感じなくなる。

 

「波の音も聞こえませんし」

 

…代わりに虫の鳴き声が学園艦に居た頃より二割増しくらいに聞こえますがね。

 

「潮の香りも、あまりしませんね」

 

大洗だって港町ではあるが、さすがに船の上に比べるとそうだろう。…なんなら五十鈴はあまりとは言っているが、俺からすれば全く潮の香りは感じないんだが。

 

「えー、山も良いじゃん、緑がいっぱいあって」

 

海と山。うみんちゅという言葉はあるのにやまんちゅという言葉はあまり聞かない。

 

ウェミダァー!!はあるのにヤァマダー!!はなんかただの山田にしか聞こえない。

 

あと海賊王は格好いいのに山賊王になると急に序盤の雑魚敵感マシマシだし。

 

改めて考えてもちょっと山サイドさん不憫過ぎません?もっとヤマをススメてあげて。

 

「というかお前ら、なんでここに居るんだよ?」

 

まぁ今は海とか山なんてどうでもいい。よく聞く「海と山、遊びに行くならどっちが良い?」とかいう質問に、どっちもごめんと断るのがシティボーイたる俺なのだ。

 

だって海はクラゲに刺されるし、山なら虫に刺されるもんね。街に居れば安心安全、なぜなら人に後ろ指刺されるくらいだし。…ちょっと人避けスプレーとか開発しません?

 

さて、さっきからそんな話を和気あいあいとやっているあんこうチームの連中だが、別に盗み聞きをしていた訳じゃない。

 

「え?別に良いじゃん、暇なんだし」

 

「いや、ここ一応俺の部屋として割り振られたんだが?」

 

「とはいっても、ここも教室ですし」

 

「教室なんだよなぁ…」

 

これはもう生徒会に騙されたのでは?いや、仮住まいが廃校な時点で俺に限らず、各生徒も寝泊まりは他の教室に割り振られてはいるんだろうが。

 

そんな訳でなんか知らんがあんこうチームが来ている。女子を部屋にいれる。そんな字面だけならドキドキ青春ラブコメみたいな展開も現実の前には無力である。

 

だって結局ここ、教室だもんね!昨日の夜なんかも山の中だから虫もうるさくて眠れないし、なんなら寝ながらちょっと泣いちゃうまである。マジで教室で寝泊まりさせるとか文科省訴えても良いレベルだろ。

 

とりあえず苦し紛れに教室の後ろ側には机をざっとバリケード代わりに並べて、ある程度の居住スペースは確保した。とはいえ、布団を敷いて寝るくらいしか使い道はないんだが。

 

「てか、比企谷だけ一人部屋ってなんかズルくない?」

 

「私はみんなと一緒にテントで生活するのもキャンプみたいで楽しいなって思ったけど」

 

「私もです!昨日は久しぶりに野営セットを使えたので嬉しかったですね!!」

 

「ゆかりん、イキイキしてたもんねー」

 

「皆さん、お茶が入りましたよ」

 

五十鈴がいつの間にかお茶の用意をしていたのか、あんこうチームのみんなにマグカップを配っていき。

 

「はい、比企谷さんも」

 

「え?あぁ…悪いな」

 

なんか流れで受け取っちゃったけど、お茶会始めるってこれもう居座る気満々じゃん、おれの部屋(暫定)乗っ取る気なの?

 

たかがお茶会と侮るなかれ。ダージリンさん達聖グロリアーナだったら、こっから二次会三次会で1日過ごすからね、あの人ら。

 

ズズズ…とお茶を一口。こういったお茶会では大抵、紅茶やらコーヒーやらを飲んでいた身として、こういうノーマルなお茶は一周回って新鮮にも思える。

 

五十鈴は華道の家元の娘だが、家柄か茶道も少しかじっているとは聞いている。ふむ…美味い、心が落ち着く。

 

「で、もっかい聞くがなんでここに居るんだよ?」

 

「しっかり飲んでから聞くのね…」

 

そりゃまぁ…出されたからにはね?いや、お茶美味しかったですよ、結構なお手前で。

 

「それはえーと、八幡君が生徒会の仕事を手伝ってるって聞いたから」

 

「私達も何かお手伝い出来ればと、こうして参上しました」

 

「…いや、それはこの部屋を使わせて貰う交換条件みたいなもんだから、お前らは関係ないだろ」

 

別に彼女達あんこうチームを巻き込むつもりはないし、わざわざ手伝って貰う理由はない。

 

「ていうより…さっきも理由を言ったと思うんだけど」

 

「…さっき?なんか言ってたか?」

 

「暇だから」

 

「…暇なんだよなぁ」

 

武部の言葉に嘘はないというか、すんなり納得してしまった自分がいる。

 

次の転校先が決まるまでの間の仮住まい。それがこの校舎での生活な訳だが、要するにそれまで生徒達は待機、言ってみればやることがない。

 

「こんな状況だと、授業も満足に出来ないもんね」

 

「そもそも転校先の授業がどこまで進んでるかも謎だしな、予習のしようもない」

 

「私としては戦車訓練がしたいんですが…」

 

「ですが、街中で戦車砲を撃つ訳にもいきませんし」

 

ここは大洗学園とは違うのだ、むやみやたらに砲撃を撃っていい場所じゃない。…いや、それは大洗学園だってそうなんだが、ここには訓練場所がないのだ。

 

「でも戦車でコンビニに買い出しには行けるし、助かったよね」

 

…サンダースの皆さん、あなた達が必死に届けてくれた戦車は今も有効に使わせて頂いてますよ。買い出し、大事だもんねー。

 

買い出し、戦車でコンビニに買い出しかぁ…。

 

「は、八幡君が震えてる…」

 

「きっと私達が戦車を大事に使っているから、喜んでるのね」

 

「…比企谷殿、受け入れましょう。戦車だって動かさない方が寂しいと思いますから」

 

さすがに戦車でコンビニに買い出しに行った本人に言われれば説得力が違う。まぁ…大事に使って貰えてるのに違いはないんだが。

 

「つまり比企谷を手伝うのは私達が暇だから、…それだと理由にならない?」

 

武部が俺の表情を伺うようにチラッと見てくる、他のあんこうチームも少し不安そうな表情をしていた。

 

…なんかズルくない?そんな顔されたら、そりゃーーー。

 

「まぁ…一理ある、な」

 

暇なのに違いはないしね…、エキシビションマッチ開幕前のゴタゴタが今思えば懐かしい。

 

「一理あるが、結局ここに居ても暇なのは変わらんぞ、たぶん」

 

「えーと、生徒会の仕事を手伝ってるって聞いたんだけど」

 

「奉仕活動、ですよね!!」

 

「改めて聞いても比企谷とは一番遠い言葉よね…」

 

「というより、見返りに一人部屋を貰っている時点で奉仕活動ではないのでは?」

 

おーおー、好き勝手言いなさる。

 

「まぁ奉仕活動ってのはあくまで便宜上で、やることは生徒のお悩み相談がメイン…らしい」

 

「話を聞くと結構大変そうだけど…」

 

「話だけならな。そもそも依頼なんて来ないだろうし、来ても向こうから断ってくるはずだ」

 

これは俺が今回、生徒会のこの話を受けた理由の一つでもある訳だが。

 

「ですが、急に廃校になった事で困っている生徒も多いのではないでしょうか?」

 

「仮にそんな生徒が居たとする。生徒会からここを紹介されたとして、こんな胡散臭い奴に悩みを相談とか、普通しないだろ」

 

「ご自分で言われては…、しかも自信満々で」

 

「そうかな?八幡君、すごく頼りになると思うんだけど…」

 

「でも、確かに知らない人にいきなり悩みを打ち明けるのって勇気がいるかも」

 

「だろ?だからここに居ても依頼なんて来ないし、たぶん暇だぞ」

 

「まぁ、それならそれで…」

 

「こうやって皆さんとお茶をいただけますしね」

 

だったらここでわざわざお茶会を開く意味とは?やっぱり俺の部屋(教室)を侵略するつもりなの?ここ六畳間でもないんだが。

 

そんな侵略!戦車娘達にそう簡単に侵略を許す八幡じゃない。…なにこのソシャゲにありそうなタイトル。

 

これはあれだな、もし次回作またやるならタワーディフェンス系のアプリで勝負かけてみたらどうですかね?え、タイトル?みんなで戦車道…とか?

 

「比企谷さんもお茶のおかわりはいかがですか?マックスコーヒーも持ってきました」

 

「クッキーもありますよ」

 

わぁい!マックスコーヒーだぁ!!クッキーも!!

 

「…そういや冷泉はどこ行った?」

 

クッキーと聞いて真っ先に飛び起きそうな奴だが、寝ているどころか姿も見えない。

 

いや、最初来た時は確かに居たんだが…気付いたら居なくなってるとか、うちの飼い猫のカマクラを思い出す。寂しがっては…うん、ないな。なんなら次会った時には俺の顔も忘れてるまである。

 

「私にもクッキーをくれ」

 

と思ったらガラガラと机を開けて冷泉が這い出て来た。…教室の奥、俺の居住スペースから。

 

「…いや、何してんだお前」

 

「そこに布団があったんだ、私は悪くない」

 

いや、マジでなにしてんのこの子。寝るのに必要不可欠な布団から占拠してくとか侵略としてもガチすぎんだろ…。

 

…え?ほんとに奥の布団で寝ていたの?昨日その布団で泣いてたんだけど…やだ、湿っていたところ、なんか勘違いされてないよね?

 

そこら辺もコミコミで問い詰めてやりたい所だが、それを聞いちゃうと今晩、俺はまた眠れない一夜を過ごしてしまいそうだ。その…いろいろな意味でね。

 

「もし依頼が来たら率先して働いて貰うからな…」

 

「依頼なんて来ないんじゃなかったのか?」

 

恨みがましく言ったつもりだが、冷泉は涼しい表情でクッキーを食べつつ、お茶を飲んでいる。…すげぇなこいつ、まったく反省していない。

 

ちょっと、誰かこの子に天罰与えたげて!具体的に言うと朝絶対に起きなきゃならない状況とか!!

 

「たのもー!!」

 

とかやってると教室のドアが勢い良く開いた。ノック?もちろん無いんだが…。あんこうチームの連中といい、人の部屋(教室)をなんだと思っているのか。

 

「バレー部の皆さん?どうしたんですか?」

 

「今日はカチコミですか?それとも果たし合いでしょうか?」

 

…なんで五十鈴はその二択なの?いや、あまりの勢いの良さに俺も鉄砲玉かとも思ったんだが。

 

「はい!生徒会からここで悩み相談をしていると聞いてやってきました」

 

…やって来ちゃったかー、しかも身内からの相談となると。

 

「…たぶんですが、生徒会は比企谷殿の知り合いを率先してここに紹介するつもりなのではないでしょうか」

 

「そっか…私達なら八幡君にも相談しやすいもんね」

 

要するにそれ、戦車道受講者からの相談はどうせ厄介な事になるだろうからって押し付ける先を探していただけなのでは…。

 

しかし、まさか依頼第一号が一番悩みの無さそうなバレー部連中になるとは…その悩み、根性で解決とかしないの?

 

先ほどの会話のやり取りもあってチラッと冷泉を見る。…あ、こいつ今露骨に目を逸らしやがった。



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これが、大洗学園バレー部の根性である。

ドラマCDのバレー部のテーマBGMがなんか好き、聞いてるだけで根性が沸いてくる。

これで君も今日からバレー部だ!!


「バレー部の皆さん、お茶をどうぞ」

 

生徒会が発足した生徒お悩み相談所兼自室のこの教室に依頼人第一号としてやってきたのはバレー部の連中だった。

 

…バレー部?いや、元バレー部?そもそも大洗も廃校になったので元もなにもないんだが…、まぁ今もバレーのユニフォーム着てるし、なぜかバレーボール持ってきてるし、そこは彼女達の気持ちは汲んであげよう。

 

そういやこいつらが大洗の制服着てる姿見たことないな、普段の授業もその格好で受けていたの?

 

「ありがとうございます!!」

 

バレー部連中は五十鈴が出したお茶を受け取るとぐぃっと一気に飲み干した。

 

「えと…おかわりはいかがでしょう?」

 

「ありがとうございます!頂きます!!」

 

気を利かした五十鈴がお茶のおかわりを注ぐとすぐにバレー部連中は一気に飲み干す、…水飲み鳥かな?

 

「えぇっと…」

 

「いやいい、たぶん話が進まん…」

 

相変わらず暑苦しい連中である、ただでさえ暑いのにこいつらが来た事で室内温度がさらに上がった気さえする。

 

「そんで、何か用か?」

 

「生徒会から紹介されたって事は、何か悩みがあるのよね?」

 

「はい、生徒会がここでなら悩みを解決してくれると聞いてやってきました!!」

 

完全に面倒臭そうな案件押し付けに来ただけじゃねぇか、あの生徒会。

 

「依頼、来ちゃったね」

 

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ…」

 

西住はニコニコしているが完全に厄介事案件だぞこれ。

 

「そもそもここは悩みを解決する場所じゃない、生徒会の誇大広告だ」

 

もしくはおとり広告だろう。どれだけチラシで大々的にキャンペーンしてようが当店ではそのような品は取り扱っておりません。

 

「ですが比企谷殿、ここはお悩み相談の場所なのでは?」

 

「相談と解決は全くの別問題だろ」

 

「物は言いよう、だな」

 

「まぁあれだな、結婚相談所に行けば必ず結婚できる、なんて事がないのと一緒だ」

 

「え?違うの!?」

 

いや、そんなマジもんの顔でびっくりされても。

 

「でも、バレー部のみんなもせっかく八幡君を頼って来てくれたんだし」

 

「まぁ話くらいは聞くけどな…」

 

生徒会からの紹介となると無下にも出来ないというか、無下にすればここを追い出される可能性もある。

 

「んで、悩みってなんだよ?」

 

「はい、我々バレー部の一番の悩み!大洗学園バレー部の復活です!!」

 

「…よし、相談は終わったな?ほい解散」

 

「さすがにそれはちょっとどうかと思いますが…」

 

「そうですよコーチ!キャプテンがこんなにも悩んでいるんですよ!!」

 

「もちろん私達の悩みでもあります!!」

 

「いや、そもそもな…」

 

大洗学園バレー部復活ってより、まずその大元の大洗学園がもう無いんだが…。

 

「比企谷の言いたい事はわかる!!」

 

俺の言葉を遮り、磯辺が声をあげた。

 

「バレー部が復活すれば大洗学園も復活する、つまりはそういう事だと!!」

 

「そうはならんやろ…」

 

どういう因果関係なのそれ?いつの間にかバレー部と大洗学園が運命共同体みたいになってるんだが…。

 

「えーと、つまりはあれですよ」

 

「キャプテンが言いたいのは、バレー部が復活するって事は、大洗学園も復活しているって事で」

 

「あぁ…そういう」

 

河西と近藤がフォローというか、磯辺の言いたい事を通訳してくれる。

 

「…そうはならんやろ」

 

まぁ、通訳してくれた所で要するに大洗学園が復活するならバレー部も復活するよね?という話らしいが人数不足は変わらない。

 

「要するにバレーがしたいって話だったら校庭なら空いてるぞ?」

 

大洗学園が廃校になったので別にバレー部に限らず全ての部活動が廃部も同然の状況だ。まぁこんな状況下でスポーツに熱意を燃やせる強メンタルの持ち主も居ないだろうし。

 

「あ、それはもうやってきました」

 

「そういえば今朝も早くからバレーの練習をされてましたね」

 

「もちろん、この後もまた練習に行きますよ」

 

「暑いのによくやる…」

 

…いや居たわ、こいつらマジ強メンタル。

 

「うーん、やはりバレー部復活は難しいか」

 

「やっぱり無理なんでしょうか…キャプテン」

 

「諦めるな佐々木!難しいとは言ったが、無理とは言っていない!!」

 

そーだよねー、無理という言葉は嘘吐きの言葉らしいしねー、古事記(社員マニュアル)にもそう書かれている。

 

「という訳で、バレー大会とかどうでしょう!!」

 

「いや、どうでしょうって…どういう訳で?」

 

また突拍子もない案が出てきたな…。

 

「えぇっと、バレーの大会をして、少しでもみんなにバレーに興味をもって貰いたいって事かな?」

 

「なるほど、それでバレー部に入部希望者を増やそうと」

 

「いえ、バレーに興味をもって貰えるのはもちろん嬉しいのですが、今はバレー部復活は置いておきます」

 

「…置いておくのか?」

 

正直、磯辺達バレー部連中がここに顔を出した時から悩みの内容については決め付けていたし、実際バレー部復活と聞かされた時もやっぱりとしか思わなかった。

 

ここまでずっとバレー部復活を掲げて行動してきたのが彼女達だ、そもそも戦車道を始めた理由だってそれなのだし。

 

「私達、今朝からずっと校庭を独占してバレーの練習が出来ました」

 

「午後からは体育館だって使えるみたいです」

 

「大洗学園では練習場所なんてほとんど無かったんですよ、だから他の部活動が活動していない朝早くと夜からしか練習なんて出来なくて」

 

…うーん、聞いてるだけで悲しくなってくる。バレーに青春かけすぎでしょ、おまけに目も死んでない。

 

「学園艦が無くなって、他の部活動も活動を停止していますからね」

 

「良いこと、じゃないのか?」

 

むしろそんな状況でもバレーの練習をしているこいつらがヤバいのでは?

 

「はい、ですがそれを見て思ったんです、大洗学園には今!根性が不足していると!!」

 

「…はぁ、根性」

 

えーと、つまりはどういう事だってばよ?とあんこうチームをチラッと見るが彼女達も戸惑っている様子だ。

 

「あれだけ活気のあった体育館も、運動場も、ここでは静まり返っていて根性が全く感じられないんだ!!」

 

「いや、そもそもその活動する部活動が…」

 

なくなっただろ…、と言いかけた言葉を飲み込んだ。それはこいつらには反論にならない。

 

なぜなら彼女達には部活動がなくなっても活動し続けた実績があるからだ、廃部になってもバレーを続けていたその実績が。

 

「だから、ここは一度バレー大会を開いてみんなに根性注入したいと思います!!」

 

「みんなで運動してスッキリしよう…って事ですよね!キャプテン!!」

 

「そう、つまりは根性だ!!」

 

根性うんぬんは置いておくとして、ようやく磯辺の言いたい事は理解できた。

 

「確かに、こちらに移動してから大洗の皆さんの表情も暗いですね」

 

「うん、こんな状況だから仕方ないんだけどね…」

 

突然の大洗学園廃校からこの生活だ、一般生徒の多くはまだ塞ぎ込んでいる。

 

だからこそ、気晴らしになにか身体を動かせる事がしたいと考えているのだろう。

 

「で、なんでバレー大会なんだ?」

 

「それはもちろん、みんながバレーに興味を持つ事で今後のバレー部勧誘にも…」

 

はいアウト、何も考えてないように見えてちゃっかり打算的な意図も見えてくる。まぁバレーってあれで結構頭脳戦な所あるし…。

 

「とは言っても…例えバレーじゃなくても、サッカーでも、野球でも、なんだって良いんだ」

 

磯辺は手に持ったバレーボールをコロコロと膝の上で転がしながら呟いた。

 

「それで大洗の生徒に根性が復活するなら、なんだって」

 

「…キャプテン」

 

…あの磯辺の口からバレー以外のスポーツが出てくるとは驚いた。いや、ここは驚く所が違うか。

 

改めてうちのバレー部は強メンタル過ぎんだろ…。塞ぎ込んでいる大洗の生徒の為にバレーを二の次に考えての決断なのだろう。

 

「そして大洗の生徒の根性が復活すれば、大洗学園も、そしてバレー部だっていつかは…」

 

相変わらず根性とバレーと大洗学園の因果関係はわからんが…、彼女達はまだ諦めていない。

 

そもそもがバレー部の廃部からずっと諦めず、練習を続けていた彼女達だからこその説得力ともいえる。

 

だが、彼女達は肝心な事を忘れている。いや…忘れているのか、あえて考えないようにしているのかはわからないが。

 

「…転校先にはバレー部があるかもしれないぞ」

 

「うぐっ…」

 

「比企谷さん?」

 

「ちょっと比企谷!それはあんまりじゃない!?」

 

「いや、大事な事だ、特にバレー部にとってはな」

 

そもそも戦車道なんかと比べてもバレーの方がずっとメジャーなスポーツだ、大洗では廃部にこそなったが部活動として普通に活動している高校なんていくらでもある。

 

本当にバレーに打ち込むなら、そっちの高校で普通にバレー部に入り、頼れる仲間と共にバレーに青春をかける、そんな選択だってある。

 

「確かに…転校先にはバレー部があるかもしれない、練習機材だって、大洗よりもずっと充実しているし、試合にだって出れる」

 

「…キャプテン」

 

「だが、大洗学園バレー部は大洗にしかない!!そうだろ?みんな!!」

 

「「「はい!キャプテン!!」」」

 

…実際の所、大洗にも大洗学園バレー部はないんだが、まぁここでそれをつっこむのは野暮だろう。

 

「…わかった、依頼を受ける」

 

彼女達の熱意を前にそんな事は些細なものだろう。…些細かな?うん、まぁ些細の範疇にしておく。

 

「ふーん…」

 

「…なんだよ?」

 

ふと見ればあんこうチームがなんか微笑ましくニコニコしている。いや、本当になんだよ、見ててちょっと腹立つまであるな。

 

「なんだかんだ言って助けてあげるんですよね」

 

「まぁあれだな、この依頼で大洗の生徒の気分転換になれば結果的に悩みが減って仕事も減る可能性もあるしな」

 

「打算的!そこは普通に助けてあげればいいじゃないの…」

 

「わざわざ転校先にバレー部がある、とまで言い出すんですから…」

 

「うん…、でもちょっと思い出しちゃったな」

 

「西住殿?なにかあったのですか?」

 

「戦車道が始まって戦車を探す事になった時に私と八幡君がⅣ号戦車を見つけたんだけど…」

 

「おい待て西住、ストップだストップ」

 

「ストップするのは比企谷の方よ、みぽりん、続けて続けて」

 

「私達とはぐれてしまった時の事ですね、何かあったんですか?」

 

「見つけたⅣ号を八幡君が見つからなかった事にするか、直せないくらいにもっと壊しても良いって言ってくれたんだ」

 

「戦車を!壊す!!」

 

「はい、ゆかりんもストーップ!てか、そんな事言ってたの比企谷!?」

 

「…私がまだ戦車道に抵抗があるのを知ってたから、戦車が見つからなかったら戦車道も復活しないかもしれないって」

 

まぁ、結局は他の戦車道受講者が軒並み戦車見つけてたんですけどね…。あとどんだけ壊した所であの自動車部なら完璧にレストアさせたんだろうが。

 

いや、そんな事よりマジ止めて、なにその満面の笑み。笑顔で人を辱しめるとか、西住殿ドSなの?

 

「さっきのバレー部のみんなにもそうだけど、八幡君は大事な事はちゃんと話して、相手の決断を聞いてくれる人だから」

 

「………」

 

ドSだこの子(確信)!なんか顔赤くなってるって事は人を辱しめて興奮してるんでしょ!!てか部屋暑くない!バレー部がまた室内温度上げてるよね!?

 

八つ当たり気味にバレー部の連中を見ると…なんか連中もぼーっとしているというか、いや、その反応もなんか止めて…。

 

「む!どうしたみんな!顔が腑抜けていて根性が足りてないぞ!!」

 

「で、ですがキャプテン、あの雰囲気はちょっと…」

 

「目に毒というか…」

 

「も、もちろん私達はバレー一筋で、決して恋とかは…」

 

「恋?よくわからないが、恋なら私だってしているぞ」

 

「「「「え!?」」」」

 

…え!?

 

「え?磯辺さん!恋してるの!!」

 

磯辺の突然の告白に武部ががっついた。…おかげで先ほどのなんとも言えない雰囲気がぶち壊れた事に感謝しつつ、さすがに俺も驚いた。

 

「いや、恋…というより、もはや恋人、ですかね」

 

もじもじといつもの勢いはどこへ行ったのか、磯辺は恥ずかしそうに詰め寄る武部に答えた。

 

「えぇ!?いつ?どこで?誰?なに?なんで?どうやったの?」

 

「沙織さん…」

 

ひどい5W1Hを見た…。こいつ恋愛事になるとブレーキがぶっ壊れてアクセル全開になるんだよなぁ。

 

「常に私の心にあって、片時も離れない…気が付けばいつも私と一緒に居てくれる…」

 

「キャー!ステキー!!」

 

「私の恋人、それはバレーです!!」

 

「…そう、そうよね」

 

うわぁ!急に落ち着くなぁ!!

 

いやまぁ…なんとなく予想は出来てたんですけどね、うん。



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それでも、冷泉 麻子は朝は起きられない。

「人間が朝の6時に起きれるか」

これに関しては同意しかない。

「朝はなぜ来るのだろうか?」

これに関しても同意しかない。


「早朝ランニングゥ~?」

 

「その…バレー部が主催で朝6時にランニング活動をするらしいんですが」

 

結局、無難な落とし所としてはこんな所だろう。

 

バレー部の主張としてはスポーツで汗を流してスッキリしようとの事だが、大々的に大会を開くには今の大洗には予算も人手も足りない。

 

そもそも参加人数すら不明とくれば、ある程度頭数の必要な団体競技は不可能。道具も予算も人手も最小限とくれば出来る事なんて限られる。

 

その点、ランニングとなれば身体一つで参加可能で参加人数に左右されず、やることも走るだけとコスパが良い。

 

わざわざ皇居周辺まで行かなくても、どこでも出来るのもポイントが高い。てか…なぜわざわざ皇居の周りをぐるぐるランナーするの?あれってなんの儀式?

 

「それで、風紀委員の人にも許可を貰おうと思ったんですが…」

 

しかし、一般生徒も巻き込んでのランニングとなるとバレー部を俺に紹介してきた生徒会はともかく風紀委員に黙ってやれば後で何を言われるかわかったもんじゃない。

 

そう思って適当に資料を作って風紀委員を訪ねて来てみれば。

 

「…なんで放送室?」

 

しかもこの校舎の放送室がかなり狭い。こんな場所で風紀委員三人組が何をしてかというと…寝ていた、それはもうぐうたらと。

 

「何よ?何か文句あるの?」

 

「まぁ…これ、その資料です」

 

文句というか…三人でここで寝てるの?狭くない?と疑問は浮かぶが、寝ている所を起こされたそど子さんの機嫌もすこぶる悪そうだ。

 

これはまたタイミングの悪い時に来たものだ…。

 

重要な資料とか提案の通る通らないは、その場の上司の機嫌によるものが大きい。これ、わりとマジで馬鹿にできないから覚えておくように。

 

「ふーん…、好きにすれば?」

 

だが、そど子さんは資料を受け取るとろくに読まずに、それだけ言うとまた布団をかぶってしまった。

 

「…はぁ」

 

え?それで終わり?資料は?

 

いや、作った資料が読まれないなんてよくある事だからね、それも上司の機嫌次第なとこあるから。…やっぱ働くって糞だわー…。

 

「あー…風紀委員の人達は参加とかします?ランニング」

 

「はぁ?行くわけないじゃない」

 

それにしたってちょっと風紀委員の人達やさぐれすぎじゃない?

 

風紀委員が参加して他の一般生徒を見て貰えればこっちの仕事もだいぶ楽になりそうだったが…この分じゃ望みは薄いだろうな。

 

「…いいの?そど子、他の生徒が問題を起こすかもしれないけど」

 

「風紀にも影響が出るかもしれないし…」

 

「…二人共何言ってるのよ、その影響が出る学校がもう無いじゃないの」

 

…放送室の扉を閉める直前、布団から三人のそんな声が聞こえてくる。

 

「………」

 

俺はただ静かに扉を閉める。…風紀委員としてずっと学校の風紀を取り締まって来たのが彼女達だ。

 

やさぐれすぎ…ってのは言い過ぎなのだろう。

 

「比企谷さん、どうでしたか?」

 

「風紀委員の人達はなんて?」

 

教室兼自室に戻った俺をバレー部とあんこうチームのメンバーが不安そうに見つめていた。

 

「ん、まぁ…OKだと」

 

あれを許可と言って良いのかは疑問があるだろうが、好きにやれとの事だし、あの様子じゃ文句も言ってこないだろう。

 

「よーしみんな、早速準備だ!!」

 

「はい!キャプテン!!」

 

「熱中症対策にスポーツドリンクを用意します」

 

「タオルもたくさん用意しないと、ですね」

 

意外と段取りがきちんとしているのは普段から早朝練習を欠かさない彼女達だからこそか。

 

「これできっと大洗の生徒の根性も復活する!ありがとうございます、比企谷、あんこうチームの皆さん」

 

「言っとくが強制はさせんなよ。あくまでも自由参加、なんなら誰も集まらんかもしれん」

 

なんせ状況が状況だ、一般生徒の多くはまだ気持ちに整理もついていないのが現状だろう。

 

そんな状況でとりあえず運動してスッキリしよう!!とか言われても、俺なら立場が同じなら参加しない自信しかない。

 

「来るさ」

 

「…そうか?来ないと根性注入も何も無いと思うんだが」

 

自信満々に答える磯辺に思わず率直に疑問で答えてしまった。普段の根性論も最初から参加しない者には通用しない。

 

「比企谷は知らないんだな、私達バレー部は大洗に練習場所なんてほとんど無かったんだ」

 

「いや、それは知ってっから…」

 

知ってるから聞いてて悲しくなる話止めようね…。他の部活動が活動していない僅かな時間でゲリラ的に練習をしてきたのがバレー部だ。

 

「それは他の部活動のみんなが、大洗の生徒が体育館やグラウンドを使っていたからだ。みんな別に運動が嫌いな訳じゃない」

 

「…なるほどな」

 

そんなバレー部だからこそ、大洗の誰よりもいろいろな部活動を見てきた彼女だからこそ、自信を持って言えるのだろう。

 

確かに…運動部に興味が無い俺には知らない事だ。どこかに天使みたいな子がテニスしているとかなら話は別だったが。…なぜテニス?いや、テニスといえば王子様的なものがあるし。

 

「よーし、みんな!早速大洗の生徒達にも参加を呼び掛けに行こう!!」

 

「「「はい!キャプテン!!」」」

 

バレー部連中はそう言いながら意気揚々と教室から出ていく、ここからどれだけ人を集めれるかは彼女達次第だろう。

 

「バレー部の皆さん、張り切ってますね」

 

「はい!さすがはアスリート、と言うべきでしょうか」

 

「ランニング勧誘にバレー勧誘をセットで付けなければいいけどな…」

 

「だ、大丈夫だよ!…きっと」

 

いや、バレー勧誘してる時のバレー部って目がやたらとギラギラしてて怖いから絶対警戒されるぞ…宗教かな?

 

「しかし、あのそど子がそんなに簡単にOKを出すとはな」

 

「…気になるか?」

 

「…別に」

 

いや、絶対気にしてるだろ…。そど子さんの様子がおかしいのは冷泉だってとっくに気付いてるはずだ。

 

「風紀委員の人達はどんな様子だったのよ?」

 

そんな冷泉の気持ちを察したのか、武部が代わりに聞いてくる。こういう所はやはり幼なじみというべきか。

 

しかし、どんな様子かと聞かれてもな…。

 

「まぁ…闇落ちしてたな」

 

「闇」

 

「落ち…?」

 

「つまりは…闇の風紀委員、という事ですね!!」

 

五十鈴がウキウキと嬉しそうに答える。何それ格好いい、学園バトル物で学園を裏から牛耳ってるポジションだな、何故か教師より偉い連中。

 

…それもう、ただの大洗学園生徒会では?

 

「あー…とりあえず、風紀委員の参加は望めないっぽいな」

 

ここからは少し言いにくい事になってくるのでどうにも言葉がたどたどしくなってくる。

 

とりあえず企画は通ったが、むしろ問題はここからだ。風紀委員から人員を確保出来ないとなると運営サイドがバレー部だけではどうしても人員は不足するだろう。

 

やる事はただのランニングとはいえ、それをバレー部四人で回すのはさすがに無理がある。…そうなると。

 

「うん、もちろん私も参加するよ」

 

「…良いのか?わりと朝早いんだが」

 

「大洗に居た時も毎日走ってたから大丈夫」

 

…毎日走ってたかー、西住さんこう見えて意外とストイックだよね。そこら辺はやっぱり西住流。

 

「毎日とは…さすがは西住殿です!もちろん私もお供させて頂きます!!」

 

「えぇと、単にずっと習慣だったから…でも、うん、優花里さんも一緒に走ろう!!」

 

「西住殿と一緒に走れるなんて…幸せです!!」

 

うーん、このご主人と一緒に走れて喜ぶわんこ感…、しっぽブンブン振ってそう。

 

…いかん、一緒に走るシーンがもうそれにしか見えなくなる。

 

「まぁ、乗りかかった船だし、それにダイエットにもなるかもだし」

 

「そういう参加理由は沙織さんくらいでは?」

 

「そ、そんな事ないわよ!ランニングの勧誘にダイエットの話もすれば参加する人だって増えるはずだから!!」

 

「あー…まぁそれはあるかもな」

 

「ほら、比企谷もあぁ言ってるし!!」

 

「とりあえずダイエットって付けとけば女子は釣れるもんな。良いアイディアだ、武部」

 

「言い方!女の子にとってダイエットは永遠のテーマなんだから!!」

 

むしろダイエットが永遠のテーマとか、要するに永遠に体重減ってないって事になるのでは?

 

「…まぁその、当日は走る以外にもいろいろやって貰う事になると思うが、良いのか?」

 

「うん、手伝うよ」

 

「てか、最初から手伝うって言ってるし」

 

「…助かる」

 

あんこうチームが手伝ってくれるなら運営の方もそこまで問題はないだろう。

 

「そうか、みんな頑張ってくれ」

 

「いや、この流れでさらっとそれ言えるとかすげぇなお前…」

 

誰がって?冷泉しか居ないでしょ…。いや、俺も人の事言えた義理じゃないけどね。

 

「もー、麻子!あんたって子はー!!」

 

そして武部のそれがもう完全にただのおかんなんだよなぁ…。

 

「…なぜか誰も言わないようだから私が言っておこう、なんでわざわざ始まりを朝の6時にする必要がある?」

 

それな、マジそれ、どうせ日中だってやる事ないんだからわざわざ朝早くに走る必要もないだろうに。

 

「毎日暑いですから、熱中症の対策にとの事ですが」

 

「この時間ならいつも比較的涼しいと磯辺さん達も言ってましたし」

 

…ぐぅの音も出てこない正論と同時に毎朝6時前から活動している事が発覚したバレー部に戦慄すら覚える。

 

「…朝だぞ、人間が朝の6時に起きれるか!!」

 

…なんか久しぶりに聞いたなぁそれ。

 

「あー…ちなみにスタートが朝6時だから、運営の準備やらなんやらを考えると5時半頃には集まる必要があるぞ」

 

「五時…半、だと?…私には無理だ、昼にしてくれたら手伝う」

 

「…いや、さすがにもう変更できねぇよ」

 

俺だって五時半起きとか勘弁願いたいが熱中症患者なんて出してしまったら大問題になりそうだし、冷泉の一存で変更は出来ないだろう。

 

「せっかくの機会なんだし、麻子も早起きに挑戦してみたら?」

 

「そうですよ冷泉殿、私がモーニングコールをしますから」

 

「朝走ると気持ちいいと思うな」

 

「…早起きして、走る」

 

冷泉はこの世の終わりとでも言いたげな絶望的な表情を浮かべる…まぁ気持ちは正直わからんでもないし、参加は強制できない。

 

「…わかった、参加しよう」

 

「え?マジか?」

 

「ただし条件がある、比企谷さんが私をおぶってくれるなら参加する」

 

「いや、それもう絶対寝てるじゃねぇか。早起きもランニングも参加してねぇし…」

 

なんならただ俺がしんどいだけでは?冷泉おぶりながらランニングコースの完走を目指せと?普通に無理っす。

 

「…人には出来る事と出来ない事がある、すまないが今回はパスさせて貰う」

 

そう言うとガラガラと扉を開けて冷泉が教室から出ていった。まぁランニングが早朝に決まった時点でなんとなくこの展開は予想できてはいたが。

 

…違うな。今のやり取りは冷泉にしてはどうにも違和感がある。

 

「…なぁ、冷泉のやつ、なんかあったか?」

 

「麻子が朝に弱いのは今に始まった事じゃないでしょ…」

 

「いや、そもそも昼にしてくれたら手伝うってわざわざ言う奴でもないだろ…」

 

それじゃあ自分から働きたくて仕方ないというか…。いや、冷泉だって手伝う時はきちんと手伝うだろうが、わざわざ口に出してまで言うものか?

 

「そっちですか!?」

 

「…よく見ているんですね」

 

「いや、なんとなく…だけどな」

 

「…八幡君がそうだから?」

 

「西住?」

 

「あ、えぇっと…麻子さんと八幡君、ちょっと似てる所あるから」

 

「あー…ちょっとわかるかも」

 

うんうんと頷くあんこうチーム、いや言う程似てるか?俺と冷泉との共通点なんて基本的に仕事は面倒だからやりたくないくらいしか思い浮かばない。…あぁうん、違和感の正体これかー。

 

「やはり、温泉での事を気にしているんでしょうか?」

 

「…温泉?」

 

「えぇと、エキシビションマッチの後の打ち上げの話です」

 

「あぁ…」

 

…まだ数日しかたっていないというのに、なんだかずっと前の出来事のようにも思えてくる。

 

エキシビションマッチの後の温泉での打ち上げといえば【潮騒の湯】の事だろう、俺は受付係だったが。

 

「あの時はまだ学校がこんな事になるなんて思いもしませんでしたから、夏休みが終わってまた学校が始まるという話になりまして」

 

「その時に麻子さんがね、ほら…学校が始まるとまた朝に起きなくちゃいけないから」

 

「…学校なんてなくなってしまえばいいって」

 

「…冷泉らしいな」

 

「もちろん本心ではありませんよ!冷泉殿からしたらその…単なる愚痴というか」

 

「まぁ…そうだろうな」

 

『学校なんてなくなってしまえばいい』

 

その言葉には何の力もない。当然だ、言った事がいちいち現実になるのなら、誰だって苦労はしない。

 

だが、言ってしまったものはどうしようも出来ない。

 

例えそれがただの偶然で、周りがどれだけ気にしなくても良いと声をかけたとしても。

 

一度それを口に出してしまった本人には、それはずっと付いて回る。

 

「…悪い、明日ちょっと遅れるかもしれん」

 

「えぇ、構いませんよ」

 

「こちらは私達に任せて下さい」

 

自分で言っといてなんだが、あんこうチームはあっさりと頷いてくれた。手伝い先が遅刻とか、普通にどうかと思うんだが。

 

「でも…大丈夫なの?麻子が朝起きるかも怪しいんだけど…」

 

「まぁ条件付きなら参加するらしいしな、最悪おぶる。たぶん力尽きるからマッ缶の用意だけは頼む」

 

「か、カッコ悪い…、てかそこは普通にスポーツドリンクとかじゃなくていいの?」

 

「はっ、マッ缶舐めすぎだ。肉体疲労時の栄養補給にも最適なんだぞ、俺調べでは茨城の農家の皆さんとか高確率で箱買いしてるしな」

 

「本当に比企谷殿調べですよね…それ」

 

「八幡君、麻子さんの事、お願いするね」

 

「あんまし期待すんな、ちょっと話してみるだけだ」

 

「うん、お願いします」

 

いや、そんな良い笑顔で返されても…。人の話聞いてた?

 

『学校なんてなくなってしまえばいい』

 

それが本心ではないにしろ、一度口に出してしまったそれが現実になってしまった以上、責任を感じるのはどうしようもない。

 

とはいえ、冷泉は知らないのだ。

 

自分以上の戦犯がいることに、本当に責任を取るべき人物が誰なのか?という事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「………」

 

「…みぽりん?」

 

「麻子さん、やっぱり温泉での事を気にしてるんだね」

 

「…うん、でも私達に心配させたくないから、きっといつも通りにしようって思ってるんだと思う」

 

「気付いてたの?」

 

「まぁ長い付き合いだからね。でも、それが逆にサインになっちゃってるというか、比企谷も言ってたけど麻子の場合、ちょっぴり働き者になったりとかね」

 

「…そっか」

 

…普段よりちょっぴり働き者になる。

 

八幡君と麻子さんは似ていると思ったから。きっと、私の違和感の正体はそこなんだと思う。



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早朝の、暑い日の熱い日。

最近忙しくてあまり書けてなかった上にかなりの難産でした、なんなら展開を決めている試合の方がスラスラ書けるまである。


【早起きは三文の得】

 

この言葉を最初に言い出したのは誰だろうか?

 

一説によれば中国の詩にある『3日続けて早く起きれば一人分の働きになる』が元ネタとも言われている。

 

現代訳すれば『朝早く出社して仕事してね、3日も続ければ一人分のノルマが浮くから』だろう。…得とは?

 

そもそもだ、朝早く出社した事で仕事が片付くのならば深夜の残業なんてものは存在しないし、深夜の残業を朝に回すのはただ単に深夜手当てを渋る企業側の企業努力(笑)に他ならない。

 

こうして考えてみれば朝早く起きて行動するのも、寝ないで夜遅くまで行動するのも、時間の使い方としてそれほど差異があるとは思えない。

 

ならばここで改めて問おう、この場合の早起きは三文の得の意味とは何か?

 

ーーー答えは決まっている。日曜日の朝、早く起きれば日朝アニメが俺達を待っているのだ。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「今日は日曜日じゃないし、私は日曜日なら昼までは確実に寝ているんだが…」

 

「なん…だと?」

 

日朝アニメといえばデリシャスでパーティーなプリップリでキュアッキュアなのに?見てない…だと?

 

しかし冷泉の言う通り。現実は無情であり、日曜日の朝でなくても人は早起きしないといけない日はある。

 

ランニングはもうとっくに開始している。今頃はバレー部が参加生徒達を牽引して走っている頃だろう、スタート前をチラリと見たが思いの外参加人数は集まっていた。

 

もちろんこの仮校舎の生徒全員が参加しているとは程遠いが初回としては十分な数だろう。バレー部はこの早朝ランニングをしばらく続けるらしいが、今後参加人数が増えるかどうかは彼女達次第だろう。

 

で、俺はといえばやはり冷泉をテントから出すのにも四苦八苦し、校庭に着いた頃にはもうとっくに誰も居ない状態だった。

 

「そもそも三文なんて100円の価値もないんだ、それなら寝ていた方がずっと得じゃないのか」

 

確かにこのことわざには「早起きしてもその程度の価値しかない」と皮肉にもとれる見方もある。

 

「100円払う、寝かせてくれ」

 

「ことわざを強行策で突破するな、じゃあなんで起きたんだよ?」

 

冷泉をテントから引っ張り出す四苦八苦、この下りをあっさり流したがマジで大変だったのだ。わかるだろ?だって冷泉だぞ?

 

「…そういう条件だったからな」

 

布団に丸まり、籠城を決め込む冷泉には俺も伝家の宝刀を抜かねばならない。…こちら抜かねば無作法というもの。

 

「…ん」

 

冷泉が手をちょんちょんと招いて合図を送る、準備をしろ。という意味だろう。

 

「あーまぁ、そうだな…」

 

しかし改まってよくよく考えてみればこれは普通に恥ずかしいし、なんなら肉体的よりも精神的にヤバい。

 

「約束だ」

 

「わかってる、…ほれ」

 

冷泉の前まで来て、くるりと背を向ける。後は彼女が乗りやすいように屈んで待つ。

 

「いくぞ」

 

背後、すぐ後ろから声が聞こえてくる。タイミングは完全に彼女任せだ、それがなんともむず痒く思えてきた。

 

首もとに冷泉の手が回り込み、背中に彼女が体重を預けてきたのを確認した俺は冷泉を背負うと立ち上がった。

 

早朝とはいえ季節は夏。まだ活動を始めたばかりであろう太陽はすでに容赦ない熱気を振り撒き始めている。今でさえこの暑さならランニングを早朝にしたのはやはり正解だっただろう。

 

それでも暑い事には変わりなく、ジリジリと太陽に照らされながら俺は冷泉をおんぶしながら一歩ずつ、歩きだした。

 

「…本当に私をおぶって行くつもりか?」

 

「そういう、条件だろ…」

 

「あぁ言えば諦めると思っていたんだ」

 

「残念だったな、一人だけ、楽しようとか、俺が許すと、思ってんのか?」

 

意地の悪い笑みを作って歩く。背中の冷泉には見えないだろうその笑みに意味をつけるなら、きっとただの虚勢なのだろう。

 

冷泉の名誉の為にも言っておくが、彼女が重い…という話ではない。むしろ軽い方だろう。

 

それでも早朝とはいえ夏。人一人背負って歩き続ければ体力なんてあっという間に削られていく。

 

ランニングコースは普段運動をしていない生徒の参加も考えて軽く走る程度にした、とバレー部は自信満々に言っていた。

 

具体的にいうと2キロ程だとか。…2キロって軽いの?

 

「俺は、自分は楽するのは、いいが、他の誰かが、楽するのは、許さないタイプ、だ」

 

「…息を切らしながら言う言葉じゃない」

 

これでも戦車道に関わるようになってからは、前よりも体力はずっとついただろう。

 

基本的に砲弾をはじめ戦車のパーツなんて鉄の塊でどれもくそ重いのだ、それらを扱っていれば体力なんて嫌でもついてくる。

 

とはいえ、元々そこまで運動をして来なかった俺が人一人背負って炎天下を歩き続ければそんな付け焼き刃の体力なんてあっという間に尽きていく。

 

「…もういい、おろしてくれ」

 

どれだけ歩いたか、冷泉がポツリと呟いた。

 

「本当は寝るつもりだったが、さっきから息切れがうるさくて眠れやしない」

 

「あー、あれだ、なんか環境音とか、寝るのに、効果的、らしいぞ」

 

「悪夢を見せる気か…」

 

人がゼェハァ言ってる声をひたすら聞かされる環境音、需要…ありませんかね?ないですか、そうですか。

 

「それにこのペースじゃまだ暑くなる、ただでさえさっきから汗がぬるぬるしてるし、気持ち悪いんだが」

 

「言いたい、放題じゃ、ねぇか…」

 

おんぶして貰ってる身で言ってくれるが、汗なんて止めようとして止められるものでもない。

 

冷泉の言う通り、このペースで進んでいけば太陽はすぐに登り、気温はどんどん上昇していく。わざわざランニングを早朝にした意味も無くなってくるだろう。

 

じっとりと体操着が肌に絡み付く。前はまだ良い、問題はむしろ後ろというか…。

 

「そもそも、お前だって、汗かいてん…だろ」

 

こんなノロノロとしたペースで直射日光を浴び続けていれば冷泉だって汗ぐらいかいている。そもそもおんぶの体制はされている側からしても体温を上昇させるには充分だ。

 

思考の大部分を体力的に削られていた俺はたいして考えもせずにただ反論の為にそう口に出した。

 

「おろせ」

 

「…あ?」

 

「今すぐおーろしてくれー!!」

 

「おい!こら、いきなり暴れんな!!」

 

背中の冷泉がいきなり暴れ始めた。いや、本当に止めて!体力的にいつぶっ倒れてもおかしくないんだから…。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「買って来たぞ」

 

「悪い…助かった」

 

ランニングコースに日陰と座れそうなベンチがあったのは幸運というべきか、それともバレー部が予め下調べをしてくれていたからなのか。

 

とにかくそこに座り込みゼェハァと息を整えていると、冷泉が近くの自動販売機から飲み物を買って持ってきてくれた。

 

「本当にそれで良かったのか?」

 

「むしろ…他に何がある?」

 

これでいい、いや、むしろこれが良い。

 

冷泉が俺に飲み物を手渡す。イエロー色の強いドギツイカラーリングは絶賛イエロー信号真っ只中の俺には更に相応しい。

 

肉体疲労時の栄養補給、及び糖分摂取にはこれ一本。そう、マックスコーヒーならね。

 

キンキンに冷えたマッ缶のプルタブを開けて一気に飲み干していく。よほど身体がこれを欲していたのか、一口飲み終える頃には缶の中身がほとんど残ってはいなかった。

 

「…一気に飲み過ぎだ」

 

冷泉はそんな俺の飲みっぷりに若干引きつつ、ベンチの端っこギリギリまで移動すると腰かけた。

 

「…なんか遠くね?」

 

いや、別に隣に座れとかそういう事を言ってるんじゃないんだが、そこまであからさまに距離を取られると普通に傷付くんだが。

 

「…汗をかいているからな」

 

「おい止めろ、中学の頃、クラスの女子に遠巻きにエイトフォー噴射されたの思い出しちゃうだろ…」

 

え?そんなに汗臭かったの?なんかごめんね…。

 

「そういう意味じゃないんだが…いや、いい」

 

冷泉は俺の自虐ネタに何か言いたげだったが言葉を飲み込む。てか、あれなんなの?殺虫剤感覚なの?

 

「…そこまでして、なんでわざわざ私を起こして参加させたんだ?」

 

冷泉は自分用にも買っていたのだろう、もう一つのマックスコーヒーを開けると一口飲んでから空を眩しそうに見上げる。

 

「…お前が参加したがっていたからな」

 

真似るように俺もマックスコーヒーを飲む。…あ、中身もうほとんど残ってねぇ。

 

「そんな事は…いや、そうだな。沙織から聞いたのか?」

 

相変わらず察しが良い。いや、冷泉からすれば朝いきなり叩き起こされておんぶしてでも参加を強制されるとか、そりゃ不自然だろう。

 

「あいつら、心配してたぞ」

 

「そうか、悪い事をした」

 

くびりと冷泉は続けてマックスコーヒーを飲む。一度真似ようとした俺はもう空になった缶を渋々ベンチの上に置いた。

 

「本当に学校が無くなってしまうとはな…」

 

学校なんて無くなってしまえば良い。

 

冷泉がそんな言葉を口にしたのはもちろん、本心から来たものではないだろう。

 

学校が始まれば毎朝早く起きて学校に行く日々が始まる。それに対するただの愚痴や悪態のような、それは何気ない言葉だったはずだ。

 

ただ最悪だったのはタイミングだ。その日、その言葉を口にした直後に大洗は廃校を言い渡されたのだから。

 

気にするな、と声をかけるのは簡単だろう。ただの偶然だと、励ます事なんていくらでも出来る。

 

だが、結局はどれも気休めの言葉だ。偶然とはいえ、本当に廃校になってしまったこの状況を本人に気にするなと言うのは無理がある。

 

「冷泉、確かにお前は学校なんて無くなってしまえば良いと言った」

 

「あぁ…」

 

なら、慰めも励ましの言葉も意味がない、それよりも伝えるべき言葉が、冷泉が知らなくてはいけない事がある。

 

これは自惚れでもなんでもなく。あんこうチームの誰よりも…幼なじみの武部にだってこの役割は出来ないだろう。

 

「だが、俺の方がもっと言ってる」

 

ぐっと親指を立てて自分を指すと俺は不敵に微笑んでやった。

 

「…なんの話だ?」

 

「そのままの話だ、俺のモチベーションとコンディションの低さを舐めるなよ」

 

そんな俺の様子に冷泉は明らかに戸惑っていたが、俺は構わずに言葉を続けた。

 

「朝起きたら布団の中で学校なんて無くなれってとりあえず呪ってるし、登校中は着いたら学校更地にでも無くなってねぇかなって考えてる、授業中なんかならいきなりテロリストがやって来て学校制圧しないかなとかな」

 

「…最後のはなんか違わないか?」

 

いやほら、みんな一度は考えるでしょ?何故か自分だけその時都合良くトイレやらなんやらでクラスに居ないとか、何故かクラスの嫌いな奴ピンポイントで狙ってくれる優しいテロリスト集団とか隠されたか隠してただかの【力】を使うとか。

 

「まぁ…要するにだ、俺とお前じゃ学校に呪いの言葉をかけてきた年季が違うんだよ、まだまだだったな」

 

「…なぜそこで勝ち誇る。というか、そんな事を考えていたのか」

 

「別に俺達だけじゃない。世間的に見ても勤めてる会社にそういう呪いの言葉を吐きながら通勤してる連中は五万と居るだろ」

 

「…五万といるのか」

 

「居る、絶対居る」

 

「なんの確信だ、それは」

 

いや、居るだろ…。意気揚々、元気いっぱいに仕事しに行く奴とか居るの?もし居たらだいぶ会社に脳をやられてるから会社よりまず病院に行く事をオススメする。

 

「今回もそうだ、だいたい夏休みの終わりなんて迫る新学期に向けてお前や俺と似た考えを口にした奴なんか他にも居るだろ」

 

「…比企谷さんも、そうなのか?」

 

「だから最初から言ってるだろ、学校に呪いの言葉をかけてきた年季が違うって」

 

「…最初の廃校の話も、比企谷さんが原因かもしれないな」

 

「ようやく俺の努力が報われたようで誇らしいまである」

 

「…まったく、こっちはいい迷惑だ」

 

冷泉はそう言いながら軽く微笑むとベンチの端っこからじっとこちらを見つめてくる。

 

「…そのまま動かないでくれ」

 

「あ?なんでーーー」

 

そう言おうとした瞬間、彼女はそこから身体をこちらの方へ傾けてくるとベンチに腰かけている俺の膝に頭を預けた。

 

「…あ、いや、冷泉?」

 

視線を下に向ければすぐに冷泉の顔が間近に見える距離、彼女はまっすぐに俺を見つめ続ける。

 

「迷惑をかけたんだ、これぐらいは良いだろ」

 

これぐらい!?これぐらいってどれくらいなの!?いや、これはちょっと…膝に冷泉の温もりが直接当たってるんですが…。

 

「私も…その、迷惑をかけた」

 

「迷惑かけた奴の行動じゃなくないか…?」

 

「…汗臭いのを我慢してる」

 

「本当に迷惑かけた奴の言動じゃねぇ!?」

 

そんなに嫌ならすぐに離れなさい?ほら!暑いし!!いやー本当に夏って暑くて嫌になるよね!!?

 

「つまり、私と比企谷さんは共犯だな」

 

「いや、学校なんて無くなってしまえば良いとか思っていた歴は俺の方が長いんだが?」

 

「今までたいした効果も無かったんだろう?」

 

なにその自分の力の方が強かった的な発言、何目線なの?

 

「だから、私も共犯だ」

 

何気ない一言が現実となり、責任を感じていた冷泉に自分以上の戦犯を見せ付けるつもりではあったが、彼女の方はその責任を放棄するつもりはないらしい。

 

「…そうか」

 

【共犯】。俺と冷泉の今回の戦犯レベルを比べればどっちが責任を負うべきかなんて明白だろうに。

 

なんせ向こうは完全な偶然に対し、俺の方は正真正銘のトリガーの一つになっているのだから。

 

「…比企谷さん?」

 

「あぁ…いや、そろそろ起きねぇか?ほら…暑いし」

 

冷泉が俺の顔を覗き込むように見つめてくる。見透かされるのが嫌で、思わず目をそらしながらそう答えた。…いや、実際暑いのは間違いないし。

 

「嫌だ、朝早く起こされたせいでまた眠くなってきた」

 

「このまま寝たら確実に熱中症になるわ。それにほら…誰かに見られるのもなんかあれだし」

 

「そうか?私は気にしない…、だいたいみんなランニングで私達より先に進んでいるだろう」

 

「いや、そりゃそうだろうが…」

 

あと、そこは気にしなさいよね?今の俺達がどういう体勢でいるのかちゃんとわかってる?

 

「それに暑いといってもここなら日陰だし、風も少し出てきて二度寝にはちょうど良い」

 

「…さてはお前、さっきからサボる事しか考えてねぇな?」

 

「私達は共犯、じゃないのか?」

 

「完全にそっちが主犯なんだよなぁ…」

 

まぁでも、いつもの調子が戻ってきたようでなによりというか…なんかいつも以上に甘えてきてないか?こいつ。

 

仕方ないなー、本当はこの後ランニングにもちゃんと参加するつもりだったんだけどなー、こうなったらもうサボるしかないよね?

 

「…?」

 

ふと冷泉がピクリと起き上がると後ろ、俺達がさっきまで走って(おんぶして)きたコースを見る。…たまに本当に猫みたいな動作するよね、この子。

 

「おや、お二人は?」

 

「比企谷さんと冷泉さんだもも」

 

「お二人もランニングに参加していたっちゃ?」

 

冷泉の見つめる先からアリクイチームの面々が走りながらやってきた。まぁバレー部主催のランニングなんだし、同じ戦車道チームが参加していても不自然ではない。

 

「あぁ、まぁその…今ちょっと休憩していたんだけどな、三人共、ずいぶんスタートが遅かったんだな」

 

不自然なのはだいぶ後から出発し、ノロノロとおんぶしながら進んで今までベンチでサボっていた俺達より後から来た事だろうか。

 

「わ、私達は二周目だにゃー」

 

「…は?」

 

「バレー部がランニングをすると聞いて、参加したのは良いぴよが」

 

「トレーニングのつもりだったんだけど、二キロは物足りないなり」

 

…えーと、うん、こいつらはどこに向かってるんだろうか?

 

「せ、せっかくだし、お二人も一緒に走るっちゃ?」

 

「あー…そうだな、冷泉?」

 

「………」

 

「れ、冷泉さんがなんだか不機嫌そうにじっとこっちを見てるずら!?」

 

「ひぃ!な、何か失礼な事言ったぴよか?」

 

「陰キャは黙ってろとか、きっとそんなノリにゃー…」

 

なお、この陰キャ三人はこの会話の最中ずっと息を切らす事なくその場で足踏みを続けている。…陰キャとは?

 

「いや、すまない…私達も参加させて貰うとしよう」

 

慌てる三人組に冷泉は微笑んで軽く柔軟を済ませるとそのまま俺の方を向いた。

 

「…サボりは終わりだな」

 

ちなみに冷泉だが、こいつ普通に運動神経も良いんだよな。…具体的にいえば走ってる戦車に飛び乗れるぐらいには。

 

「…みたいだな」

 

俺も立ち上がると名残惜しげにマッ缶を手に…中身が残ってない事を思い出してゴミ箱にダンクした。

 

しまったこんな事なら一気に飲むんじゃなかったよ、エアーマンでもウッドマンでも倒す為にはマッ缶だけは最後までとっておく必要があったか…。

 

「比企谷さん」

 

「あ?」

 

声をかけられて振り返ると冷泉が自分の飲んでいたマッ缶を差し出してくる。なに?これもついでに捨てとけって?

 

受けとると中身はまだ入っていた、これを捨てるなんてとんでもない!!とジロッと冷泉を見る。

 

「私はもう良い、あとは飲んでくれ」

 

「いや、お前これ…」

 

言い終わらないうちに、冷泉はスッと俺との距離を詰めるとアリクイチームの三人には聞こえないように小声で。

 

「またサボる時は誘ってくれ、私も…そうする」

 

それだけ呟くと、すぐにアリクイチームの三人と合流した。

 

「いや…マッ缶」

 

残された俺は手元のマッ缶を握り締める。たぶん…その味は今まで飲んできたどのマックスコーヒーよりも甘いのだろう。そんな気がした。



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心機一転、一年生達は自給自足を決意する。

そういえば一年生チームの大野さん、戦車の話をすると男友達が引いちゃうって言ってましたが、原作にて女子校の大洗に男友達とは…?
まぁ宇津木ちゃんも彼氏居たみたいですしね、つまりは武部さんにも希望がある!!


【お兄ちゃんへ、邪魔なので処分してね☆】

 

「………」

 

そんな手紙と共に送られてきた段ボール箱を自室兼奉仕部(仮)となった教室にようやく運び終える。

 

こういった荷物が実家から届く生徒は少なくない。突然の廃校と仮の廃校住まいだ、家族の方も心配して仕送りを送ってくる事もあるだろう。

 

…仕送り?いや、小町が送ってくれた物ならそれはなんであれ仕送りに違いない、なんなら「プレゼントは私だよ!お兄ちゃん!!」と中に小町が入っている可能性だって充分考えられる。

 

いや、ないか、なんなら邪魔って書いてあるし。我が家で邪魔と聞いて考えられるのは親父くらいなものだ。

 

段ボール箱を開けたらうちの親父が体育座りしてスタンバイしてる…みたいな絵面が浮かぶ。このまま蓋を開けずに返却した方が良いのかしら…?

 

「あー…」

 

ガムテープをビリビリとひっぺがすとパッと目に入ってきたのは実家で部屋に置いていた戦車関連のグッズだ。そういうバタバタしてて忘れていたが小町がまとめてくれていたのか。

 

危ない危ない、危うく学園艦解体と同時にこの数々のお宝グッズも消えてしまう所だった、さすが小町!お兄ちゃんの事わかってるぅ!!

 

え?邪魔?処分?そんな手紙来てたの?白ヤギさんだが黒ヤギさんだかが読まずに食べちゃったんじゃない?

 

「おぉ!このプラモは10式戦車、防衛省装備研究本部モデルではありませんか!!」

 

「知っているのか!秋山!!」

 

「知っているもなにもこのモデルの実物は静岡県富士学校に展示してある物だけ、そんな激レア品がなぜここに!?」

 

至高の逸品には、それに相応しい持ち主が必要でございます、これは買うっきゃない!!

 

「他にもあれも!あぁ、ここにあるのだって!!」

 

「わかるか?秋山」

 

「わかりますよ!白、いいですよねぇ…」

 

「良い…」

 

最早多くを語る必要は無いだろう、俺と秋山は互いにうんうんと頷き合う。ダイヤより、絵画よりも美しい夢の逸品がここにはある。

 

「いや、先輩方なんの話をしてるんですか…?」

 

「おっじゃまっしまーす!!」

 

秋山とのやり取りに夢中で気付かなかったがぞろぞろと教室に入ってきたのはウサギチームの一年共だ。

 

「これ、何ですか?」

 

山郷が段ボールの中を覗き込んで聞いてくる、他の一年達も興味深かそうに箱を覗いていた。

 

「小町が送って来てくれた戦車グッズだ」

 

「はぁ…これでここでも戦車グッズを眺める事ができるとは、さすがは小町殿ですね」

 

「だろ、もっと誉めてくれ」

 

「なんで比企谷先輩が偉そうなんだろ…」

 

「私は戦車グッズを両親に預けているので羨ましいです」

 

さすが小町、すなわちさすこま。きっと疎開先で寂しい思いをしているだろう兄を気遣っての配慮なんだろう。

 

「きっと置く場所が無かったんじゃないかな?」

 

「たぶんそうじゃない?手紙にも邪魔って書いてあるし」

 

「比企谷先輩、目付きだけじゃなくて本当に目が悪くなったんじゃ…」

 

「可哀想…」

 

「ちょっとみんな!比企谷先輩に聞こえちゃうじゃない!!」

 

もう聞こえてるんだよなぁ…。

 

「てかお前ら、何の用だよ…」

 

「あ、あの…私達、相談があって来たんです」

 

「おおよそ予想はしてたけどな、依頼か…」

 

「はい、困っていたようだったので私がお連れしました!!」

 

「秋山がか?」

 

「はい!あの…ご迷惑だったでしょうか?」

 

まぁ迷惑じゃないといえば嘘にはなる、別にここは大々的に依頼を募集している場所でもない、仕事が無いならそれに越した事はない。

 

だが、それより少し気になったのはそういえば秋山は軍人気質なのか、基本的には同級生にも敬語なのだが、年下のこいつら相手にもそうなのだろうか?

 

「まぁバレー部の早朝ランニングも一段落して多少暇にはなったしな、そんで…何かあったのか?」

 

早朝ランニングの方は参加人数が減ってきて、少し落ち着いてきた。だが、それは悪い傾向ではなく、単に生徒達で気晴らしが出来たからだろう。

 

現に前よりも校庭に出てスポーツなりなんやらで身体を動かしている生徒は増えたのだ。…おかげでバレー部はまた練習場所を求めてさまよっていたりするが。

 

後、冷泉が夜のうちに一通り前準備をしてたりする。相変わらず朝は爆睡してランニングには参加しないがあいつなりに出来る事をしているのだろう。

 

「えと…私達、学校から出て。テントで生活しようとしてるんですが」

 

「え?お前らが?」

 

ゆとり教育全盛期みたいな一年共が自らテント生活をチョイスする…だと?

 

「止めとけ止めとけ、生徒会だって暇じゃないんだから。わざわざ二三日で戻ってくる奴等の為に部屋の入れ替えとか面々になるだろ」

 

「一人部屋でぬくぬくしてる人に言われたくないんですが…」

 

「てか、比企谷先輩だけ一人部屋ってなんかズルくない?」

 

「ズルい!!」

 

「ズルいんで私達にこの部屋使わせて下さい!!」

 

「テント生活はどうなったんだよ…」

 

また部屋を侵略されかけてる…。ただでさえあんこうチームがちょくちょくお茶会開いて侵略されてるというのに。

 

「もう!昨日みんなで話合って決めたでしょ?私達も誰かに頼らず、自分達でできる事をしようって」

 

「…ほう、そりゃ立派だな」

 

「えへへ、もっと誉めて下さい!!」

 

阪口がわかりやすく前に出てくる、頭なんかちょっと下げて「ほら?撫でるなら今ですよー?」とでも言わんばかりだ。

 

「はい、それでどうすればいいか、秋山先輩に相談して…」

 

「秋山先輩から、ここを紹介されたんです」

 

「舌の根も乾かぬうちに宣言撤廃しなければ立派だったんだがなぁ」

 

誰かに頼らず…とはいうが、思いっきり秋山に相談持ち掛けてここに来ている訳だが?

 

「だってテントの設置とか、よくわからないし」

 

「食べる物の確保も必要だよね」

 

「…テントはまだわかるが、食べ物なら支給なりコンビニなりあるだろ」

 

当然だが、さすがにこんな仮住まいながら食べ物ぐらいは支給される。それで足りないならコンビニにでも行けば良い。

 

最初は俺もどうかと思ったが、実際戦車があればコンビニに行くのもずいぶん楽でありがたく、俺も戦車メンバーの買い出しにはちょくちょく便乗させて貰っている。…利便性には勝てなかったよ。

 

…そういえば前にコンビニ言った時、風紀委員の三人がコンビニ前にルノーを停めてて、その上でアイスを買い食いしていたのを思い出した。…いよいようちの風紀委員はヤバいのでは?

 

「せっかくやるんだったら、なるべく自給自足の生活をしようって決めたんです」

 

「…なんでまた?」

 

某アイドルグループにでも憧れたの?あの人達、アイドルっていうかもう農家だよ?…いや、農家でもないけど。

 

「リスペクトです!!」

 

「え?やっぱりあのアイドルグループの?対抗してNADESIKOみたいな名前で活動すんの?」

 

なんかめっちゃゆるっとしたキャンプしそうなアイドルグループ名だし、あとサッカー超上手そう。

 

「いや、なんの話ですか?」

 

「比企谷先輩、知らないんですかぁ?茨城には縄文人の住んでいた遺跡が沢山あるんですよぉ」

 

「あー、そういやなんかあるなぁ…」

 

案外茨城では縄文時代の物と思われる土器やら遺跡やらが多く発掘されている。そう考えたらうちのカバチーム、歴女達にも縄文時代担当が必要なのでは?それだ!!

 

「だから、私達も縄文時代の人に習って自給自足しようってなりました」

 

「…そうはならんやろ」

 

「ま、まぁ、自分達でできる事をしようって考えは立派だと思いますから」

 

秋山が苦笑いを浮かべながらフォローをしてくれる。まぁ本人達がヤル気なら俺がどうこう言うつもりは無いが。

 

「それにしたって自給自足でテント生活するって話なら俺にできる事なんて何も無いぞ、自慢じゃないがそれが嫌だからこうして仕事してる訳だからな」

 

「本当に自慢にならない…」

 

「そこはご心配なく!キャンプなら不肖私秋山 優花里、多少ですが心得があります!!」

 

ビシッと敬礼を決め込む秋山。いやいや、不肖なんてとんでもない。

 

「という訳で比企谷殿!ウサギさんチームの皆さんにも教えながら、えぇと…その、ご一緒にキャンプなんて…どうでしょう?」

 

「いや、一年にキャンプのいろはを教えるって話なら秋山だけで良いんじゃねぇの?」

 

サバイバル知識なら俺よりずっと適任だし。なんなら俺に適任が無さすぎる。

 

「あ、えぇと…その」

 

「うわー、この人本気で言ってるよ…」

 

「なんなら私達の依頼も押し付けようとしてない?」

 

「こういう先輩にはならないようにしなきゃ…」

 

ウサギチームの連中のひそひそ話がえらい辛辣である…特に澤のいつもの「ちょっとみんな!!」すらない。

 

「こうなったら私達でなんとかしよう!!」

 

「うん!!」

 

「よーし!それなら私に任せて!!」

 

「出来るの?桂里奈ちゃん」

 

「大丈夫!これを聞けば比企谷先輩もきっとキャンプしたくなるはずだよ!!」

 

ひそひそ話は大声での作戦会議へと変わり、阪口がずぃっと自信満々に前に出てきた。

 

「よーし、やったるぞー!比企谷先輩!!」

 

「ほい、阪口」

 

「あのアニメのキャンプ!楽しそうでしたよ!きっとキャンプって楽しいですよ!!」

 

うーん…このド直球、俺も甘く見られたものだ。

 

「そうやってアニメの影響受けちゃうからオタクは無駄にギター始めたり釣竿買ったりスーパーカブに乗っちゃったり、麻雀とか登山したり競馬とかもして、あげくに戦車に興味持ったりするんだよなぁ…」

 

言い変えればオタクとは究極の多趣味とも言えるのでは?広く浅くならリア充にだって負けはしない。

 

「ていうか最後の何?」

 

「さぁ…」

 

「ていうか、それって全部比企谷先輩の体験談なんじゃ…」

 

はて、なんの事だか。とりあえず戦車が出てくる女子高生のアニメ?そりゃ誰もが爆死しを予想しますよね。

 

「で、でも…ほら!キャンプで外で食べるご飯とか、きっと美味しいよ!!」

 

「わざわざ外で食べる理由が無い。暑いし、虫もわくだろ」

 

「えーと、キャンプしながら飲むマックスコーヒーとか、いつもよりずっと美味しくなるかもしれないし…」

 

「違うな、マックスコーヒーはいつ、どこで飲んでも美味いからマックスコーヒーなんだよ」

 

「うっうっうっ、ダメだったぁ…」

 

「桂里奈ちゃんは頑張ったよ!!」

 

「うん、ダメなのは比企谷先輩の方だから…」

 

ひどい言われようだ…。

 

「………」

 

「紗希?どうしたの?」

 

「………」

 

「これ?これがどうかしたしたの?」

 

丸山が持っているのはDVDのパッケージである、というかあれ、小町が送ってくれた段ボールの中に入ってたやつだ。

 

「なにこれ、映画?」

 

「【1941】?変な名前…」

 

「1941!名作映画じゃないですか!!」

 

「知ってるんですかぁ?秋山先輩」

 

「これはね、作中にM3も登場するんだよ」

 

まぁM3といってもシャーマンを流用したものらしいが。

 

「え?本当ですか!!」

 

「なにそれ見たい!!」

 

「いや、それ俺のDVDなんだが…」

 

「えー…ケチ」

 

「見せてくれたって良いじゃないですかー!!」

 

「そうだそうだー!!」

 

「………」

 

ぶーぶーと一年共がブーイングしながら抗議してくる。いや、丸山は一人だけブーイングしてないけど、なんならじっと見つめられる方がどちらかといえば居心地が悪い。

 

「…では、比企谷殿も一緒に、キャンプで見れば良いのでは?」

 

「いや、それこそわざわざキャンプして映画とか見る必要もないだろ…」

 

テントの中で映画見るの?それこそキャンプの必要が無いのでは?

 

「可愛い後輩の為に、では理由になりませんか?」

 

「………」

 

まぁ、それなりの理由にはなる…のか。

 

「みんな、比企谷殿もOKだって」

 

「本当ですか!秋山先輩!!」

 

「さすが秋山先輩~」

 

「ありがとうございます!秋山先輩!!」

 

「キャンプ初日の記念にみんなで見ようね」

 

なんか…年下相手だから当たり前なんだけど、こうして敬語じゃない秋山も見るのはなんだか新鮮な気分ではある。

 

てか、一年共誰一人俺にお礼言ってないのでは?そのDVDの持ち主が誰なのか忘れちゃってる?

 

「そういや映画見るなら一年達にもっと相応しいもんもあるぞ」

 

「あぁ、サハラ戦車隊ですか?」

 

「いや、馬鹿が戦車でやって来たりする映画なんだが…」

 

「…せっかくのキャンプで見る映画ではないのでは?」

 

「…だよなぁ」

 

ネタにしか聞こえないタイトルとは程遠い、わりとキツいお話だったりする。気になる人は是非見ておくと良い、オススメはオススメなので。



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イキイキと、秋山 優花里はサバイバル術を伝授する。

すいません、携帯関係でごたついて更新やら感想の返事やら遅れてしまってました!!

秋山殿とキャンプとか絶対楽しいですよね、キャンプというか、サバイバル寄りにはなりそうですが(笑)


「では、この辺りを宿営地としましょうか」

 

「宿営地って何…?」

 

「たぶんキャンプ場の事だよ」

 

ここをキャンプ地とする!!と秋山が俺とうさぎチームの面々を案内してやって来たのは近くに川がある所だった。

 

「つーか、一切の迷いなくここまで連れて来られた訳だが…、何?最初から場所決まってたの?」

 

ここまでの道中、秋山がキャンプに適した場所を探す素振りも見せずまっすぐにここに俺達を連れて来た事を思い出す。

 

「希望者はテントでの生活が出来ると聞いていたので、あらかじめ周辺の探索は済ませておきました。私達あんこうチームが使っている場所もそうですが、キャンプができそうな所をいくつかピックアップしておいたんですよ」

 

あぁ、あんこうチームの奴等やけに手際よくテント生活を始めたなーとは思っていたが秋山が下準備してたのか。

 

つまりここもキャンプ地候補の一つだったのだろう、しかしそうなると秋山は初日からここいら周辺を散策していたという事になる。

 

「手際が良いな…」

 

「下準備は戦いの基本、ですから」

 

何と戦うんだ、何と。

 

「ではテントを設営しましょう」

 

ごそごそと秋山がリュックからテント道具一式を取り出す。

 

「それ、私物か?」

 

生徒会も一応テントの貸し出しはしていたはずだが、秋山の取り出したテントはいかにもミリタリーな迷彩柄が施されている。

 

「軍用テントです、こんな事もあろうかとあらかじめ用意しておきました」

 

「マジ手際良いな…」

 

てか、こんな事もあろうかとって、どんな事を予想していたんですかね…。

 

「これ、軍用って事は軍隊が使っているって事ですか?」

 

「普通のテントとは違うんですかぁ?」

 

「うん、軍用テントは軍隊が実際の野外活動に使う為に、普通のテントより耐久性が上だったりするからね」

 

まぁ今回は日帰りのキャンプという訳ではない、転校先が決まるまでの生活するとなるとそれなりの長期戦も覚悟しなければならないだろう。

 

…てか、本当に転校先決まるの?今はまだ夏だから良いけど冬になったら普通に死ぬよ?てか、そもそも俺とか来年受験生なんだが。

 

と、愚痴りたくなったが俺よりも絶賛受験生真っ只中の生徒会をはじめ、三年生メンバーも普通にこの生活を強いられている辺り文科省の狂いっぷりがわかるものだ。…特に誰とは言わないけど、河嶋先輩とかマジヤバくね?

 

「行軍の野営は速やかな準備が必要だから設営も簡単!特にこれはボタンをこうかけて…」

 

しかし秋山の方はウキウキで一年共に手本を見せている、なんかまぁ…イキイキとしてんなぁ。

 

「比企谷殿もご一緒にどうですか?」

 

「ん、まぁ…そうだな」

 

このままボケッと突っ立ったままテントの完成を見守るのも居心地が悪いく、誘われたまま秋山の隣に座り込む。

 

「そういやこれ、前回秋山が使ってたテントとはまた別のやつだな」

 

戦車道全国大会の決勝前に秋山がキャンプをやっていたのを思い出したが今回用意してきたテントはまた違うもののようだ。

 

「当然です、その場所の環境や状況によって使い分けできるようにいくつか用意するのは基本ですから」

 

「基本なぁ…、ちなみにこれ、何回使ってんの?」

 

「今回が初めてですね…」

 

「だよなぁ」

 

どう見ても新品未開封だったりする、こういうの買っちゃうからお金無いんだよね、でも買っちゃう辺りが悲しいオタクの性なのか。

 

「でもほら!何事も備えあれば憂いなし、ともいいますし」

 

「何に備えてるんだよ…」

 

なに?人類滅亡に向けて備えたりしてるの?まぁ…今回はそれで実際助けにはなってる訳だが。

 

秋山の解説もあってテント設営は順調に、最後はペグを打ち込んでひとまず完成といえるだろう。

 

「かんせーい!!」

 

「私達、今日からここで寝るんだ」

 

「なんかワクワクする!!」

 

一年共は完全したテントにばんざーいとやりきった感全開だ、実際俺も炎天下での作業でなかなか汗をかいてしまった。

 

前回といい、今回といい、最近ちょっと太陽にあたりすぎているのでは?やだ…八幡溶けちゃう。

 

「中は結構広いんだ」

 

「うん、これならみんなで眠れそう」

 

ま、これなら問題はないだろう、ひとまず依頼も完了だ、前回と違ってすぐに片付いてなによりである。

 

「あとは食料の確保が必要ですね」

 

…とはもちろんいきませんよね、一年共の今回の依頼はあくまでも自給自足生活に向けての基盤作りだ。

 

生活の基盤といえば衣食住が基本だが、その内のまだ住が整ったに過ぎない。

 

衣の方は…まぁ制服あるし。なんかずっと制服着てる気がするけど、ちゃんと洗濯してるからね?そこら辺勘違いしないように。

 

「食料と聞くと…やっぱ農業か」

 

「確かに農作業は安定はしますけど…今から種をまくのは」

 

「てか、比企谷先輩、なんでやたらと私達に農家をやりさせだかるんですか…?」

 

そりゃアイドルグループと農業は切っても切れない関係があるからね、え?別にアイドルグループでもない?

 

「でも、他に食糧を確保する方法ってあるのかな?」

 

「大丈夫、その為にここをキャンプ地にしたから、近くに川があるから魚が釣れるはずだよ」

 

あぁ、あのアイドルグループ、漁師やってる時あるしね、農家もやって漁師もやって、アイドルって大変だなぁ…。

 

「てかそれ、勝手に釣って食べて良いのか?つーかそもそも食えんの?」

 

「許可は貰いましたから、食べられる魚かどうかは私が解説しますし」

 

「本当に用意が良いな…」

 

最早一家に一人秋山が必需なレベルでサバイバル能力が高すぎる…。

 

「おー、釣りですか!!」

 

「いよいよ本格的な自給自足って感じだね」

 

一年共はヤル気満々のようだが、その成果に日々の食事の内容が左右される重要性を理解しているのか?

 

「私、ハゼ釣りたい!!」

 

「じゃあ私はあんこう釣る!!」

 

…いや、絶対理解してないなこれ、仮にあんこうが釣れたとしてちゃんと捌けるの?

 

「じゃあはい、これ釣竿ね」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

秋山が一年共に釣竿を配る、それもどこから用意したのかは突っ込まない方が良いんだろうか…。

 

「ん、お前は釣竿持たないのか?」

 

だが秋山本人は釣竿を持っていない。正直、今日の晩飯は秋山にかかっているんだが…。

 

「はい、今回はうさぎさんチームの皆さんの自給自足の為の釣りですから」

 

「あー…まぁ、そうだったな」

 

魚を釣ってそれを渡す事は簡単だろうが、それは今回の依頼であるうさぎチームの自給自足を助ける…という事には繋がらない。

 

「こんな格言を知っていて?飢えた人に魚を釣ってやるか、魚の釣りかたを教えてやるか」

 

「はぁ…ダージリン殿の真似ですか?」

 

ちょっとー、今のはファン感涙物のダージリンさんとのある意味最高のコラボなんですがー?

 

「えっと…じゃあお魚が釣れなかったら」

 

「ご飯は飯ごうで作れるけど今日の晩御飯のおかずは無し、ですね」

 

「ひえぇ…」

 

「秋山先輩、意外とスパルタだぁ」

 

「ふっふっふ、鬼教官、と呼んでくれてもいいんですよ?」

 

「じゃあハートマン教官で」

 

「あ、あの…それはちょっと」

 

なんとも微妙な表情、まぁあの教官有名は有名だけど口汚さもなかなか有名だしね。

 

「そうなると俺も釣りはしない方がいいか…悪いな、手伝える事がない」

 

「あー、比企谷先輩は別に…」

 

「ねー」

 

ちょっとー、なにその「もともと期待してなかったから大丈夫ッス」みたいなニュアンス。

 

「では我々は釣りに行きましょうか、比企谷殿はどうします?」

 

「いや、俺はいい、行ってもやる事が無さそうだし、誰かはテントやら荷物とか見てなきゃだしな」

 

解説役の秋山はともかく、釣りをしないなら俺が付いていった所でやる事もないだろうし、晩飯は一年共に任せるしかない。

 

まぁここに残っていてもやる事が無いのには変わりないんだが、同じやる事がなくてもなんとなくこっちの方が仕事してる雰囲気は出せるだろう。

 

なんならテントの中でゴロゴロしてていいし、映画鑑賞用に持ってきていたDVDプレーヤーで適当に映画を流すのもありだ。

 

「比企谷殿ならそういうと思ってました」

 

ほう、秋山のやつだいぶわかってるじゃないか。いや、だからこそわざわざどうします?と聞いてくれたのだろう。

 

「なのでこちらをどうぞ」

 

「…なにこれ?」

 

「火の起こし方を書いたメモです、飯ごうでご飯を炊くにも、魚を調理するのにも、火はキャンプの必需品ですから」

 

「…つまり、火を起こしとけと」

 

「はい、教官命令です」

 

…鬼教官や、鬼教官がおる。

 

「………」

 

「ん、どうしたの梓?」

 

「早く釣りに行こーよ」

 

「うーん…みんな、ちょっと良い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…こうやって一人で黙々と木を組み合わせていくのってジェンガみたいだな」

 

「え?ジェンガって一人でも遊べるんですか?」

 

え?むしろ一人で遊ぶ為のお一人様ゲームじゃないの?あれ。

 

「…そっちはどうだ澤、集まったか?」

 

「あ、はい、秋山先輩に貰ったメモの物は見つけてきました」

 

火起こしの着火材としては松ぼっくりが定番だろうが、生憎と季節柄そう都合良く落ちていない。

 

そこで澤には着火材になりそうな物をいくつか集めて貰っていた、手頃な木の枝や新聞紙とかそこら辺だ。

 

「ちなみに秋山メモにはこの火起こしのやり方は西岡流って書かれてるんだが…」

 

「西住隊長の西住流の親戚ですかね?」

 

いや、絶対違うと思う。…とは断言出来ないんだよなぁ、メモ書いたの秋山だし。

 

とりあえずメモに書かれた通りに新聞紙を破いてねじりを加えて丸めていく。

 

俺もキャンプはよく知らないがこういうのって着火材を使うイメージがあるので、本当にこれだけで火が起こせるんだろうか?

 

大元の火はさすがにライターを使うとして、火は思ったより早く燃え広がってくれた。

 

「おぉ…ついたな」

 

「これが西岡流…」

 

いやわかるけど、そう言いたくなる気持ちはわかるけど。たぶん絶対西住流関係無いから…。

 

「…あとは火が消えない程度に足しながら釣りの結果待ちか」

 

「ですね…」

 

「………」

 

「………」

 

澤と二人でパチパチと燃え始めた火を座り込んで見つめる。…しかし、改めて考えてみるとわりと気まずいというか。

 

うさぎチームの連中と話す事はあったが、こうして澤と二人きり…という状況は思えば初めてだろう。

 

「そういや、お前は釣りに行かなくても良かったのか?」

 

「あ、はい、火の起こし方も覚えた方が良いかなって」

 

うーん…真面目だ、うさぎチームのメンバーは基本的にキャラが濃い分、この子の苦労が伺える。

 

まぁ…言い方を変えれば地味なんだけどね。しかし、だからこそ車長としてうさぎチームのリーダーが出来てるのかもしれない。

 

「で、結局何で急に自給自足生活なんだ?」

 

「えっと…私達、なんだかんだずっと先輩達には甘えて来てましたから」

 

「実感があったのか、良いことだな」

 

「あの…そこは否定してくれても良いんじゃ」

 

これでも一応誉めたつもりなんだが…。

 

「でも、転校してバラバラになってしまったら、もう今までみたいに先輩に頼ったりも出来ませんから、自分達に出来る事は自分達でしようって」

 

「…その口振りだと、転校しても戦車道は続けるつもりなんだな」

 

「え?そうですけど」

 

俺の言った事がよっぽど不思議に思われたのか、澤はハテナと首を傾げさえした。

 

「あの…比企谷先輩、どうしたんです?」

 

「いや…なんでもない」

 

戦車道を始めた時は戦車のせの字も知らなかった一年共が、こうして大洗が無くなっても、転校先で戦車道を続けるのが当然と、答えたのだ。

 

「さすが、大洗の次期副隊長候補だな…と思っただけだ」

 

「…はぁ」

 

澤は一度よくわからない…と言いたげに曖昧に返事をして。

 

「え?えぇえー!?」

 

その後、驚きの声を大きくあげた。…え?ここそんな驚く所なの?



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その為に、澤 梓はある流派を名乗る。

遅れましたがガルパン10周年おめでとうございます!!…え?もう10年も前なの?嘘でしょ…。
10周年企画も素晴らしいもの盛りだくさん!…そろそろ最終章の続報とかあっても良いんですよ?


「いやいや、私が副隊長って、もーなんの冗談ですかー」

 

ひとしきり驚いてみせた澤は冷静になったのか、またまたーとでも言いたげに曖昧な笑顔を見せてくる。

 

「だいたい副隊長ならもう河嶋先輩が居るじゃないですか。駄目ですよ、あぁいう人ですけど忘れたりなんてしたら酷いじゃないですか」

 

「お前のその言い方のがよっぽど酷いけどな…」

 

なんだよあぁいう人って、まぁあぁいう人なんだけど…。いや、あの人も最近じゃ西住の居ない時に指揮を頑張ってる時あるからね?

 

「だから次期って言ったろ、来年だとあの人卒業してるだろ」

 

「…卒業、してるんですかね?」

 

「してると良いんだけどなぁ」

 

いや、別に河嶋さんを追い出したいとかそんな話じゃないんだが、卒業してなかったらあの人留年だし。

 

そもそも留年した人って部活動やらの競技に参加していいのかね?それなら戦車道に限らず、スポーツ全般で学校は強い選手は延々卒業させないのが安泰なのでは?

 

「そんな訳で河嶋さんに変わる新しい副隊長は必要になるだろ」

 

「だったら秋山先輩で良いじゃないですか、西住隊長のサポートをするなら秋山先輩が一番だと思います」

 

確かに秋山なら戦車知識も戦術知識も申し分ないし、腹心として西住をサポートする事もできるだろう。その忠犬っぷりは他チームの澤にも知れ渡っているという事か。

 

「秋山はあんこうチームの装填手だぞ、隊長、副隊長を同じ戦車に乗せてどうすんだよ…」

 

この場合、あんこうチームⅣ号が撃破されたら大洗は隊長と副隊長を同時に失う事になる、そうならない為にも隊長機と副隊長機は別々に分けるのがセオリーだ。

 

他所の学校を見ればサンダースだって、アンツィオやプラウダ、黒森峰もそうしている、まぁ当たり前だな。

 

…ん?となると聖グロリアーナの副隊長って誰になるんだ?こう考えるとアッサムさんは違うとは思うが…。

 

エキシビションで一緒に戦ったのにまだ見ぬ幻のシックスメンが居るんだろうか?その人は何マニアなんだろう…。

 

「そ、それならエルヴィン先輩とか、磯辺先輩…とか」

 

まだ諦めていないのか、澤は思いついた人達を呟くように述べている。

 

「そうだな、エルヴィンの戦車知識は悪くない、磯辺もバレー部のキャプテンやってる分、指揮能力は高いだろう」

 

エルヴィンの戦車知識は若干ドイツ戦車に片寄っている感はあるし、磯辺の知識はバレーに大幅に片寄ってはいるけど。なんだよ、バレーに片寄ってるって。

 

「ですよね?そうですよね!!」

 

「っても、二人共西住と同学年だしな…」

 

「…それ、何が駄目なんですか?年下の私なんかよりよっぽど良いと思うんですけど」

 

まぁ普通はそうだろう、年功序列の点でいっても先輩を差し置いていきなり副隊長就任は立場的にもやりずらいものはある。

 

「まぁ聞け、仮にエルヴィンか磯辺、どっちかが来年の副隊長になったとする」

 

「はい」

 

「となるとだ、再来年は隊長経験の全く無い澤が隊長就任だ、二階級特進だぞ?おめっとさん」

 

「ーーー」

 

あ、絶句してる…。そりゃマジもんの二階級特進だし、殉職的な意味でも。

 

そんな澤に言葉を続けるのはさすがに心苦しいものがあるが、本当に恐ろしいのはこれからだ。

 

「もちろんその時は西住も卒業してるからな、隊長の仕事とか、ノウハウ引き継ぎを教えれる奴も居ない訳だ」

 

これも他の学校を例に出すならサンダースはアリサ、アンツィオならペパロニとカルパッチョ、黒森峰は逸なんとかさんと副隊長は基本的に2年生が就任している理由でもある。

 

これは2年の内に副隊長として経験を積んでおいて、三年で隊長になっても問題がないようにの下地作りの為だ。

 

唯一プラウダは三年生のノンナさんが副隊長ではあるが、それでもカチューシャさんだって後進の育成は考えているだろう。

 

要するに来年西住の下で副隊長として学ぶか、再来年、西住も居ない状況でのいきなり隊長就任の二択である。

 

「ーーー」

 

あ、泣きそうになってる…やだ、なんか俺が泣かしたみたいな雰囲気みたいになってない?

 

「えと…じゃああんこうチームの皆さんも、他のチームの2年生の人達だって?」

 

「まぁ大洗って元々2年が多いチームだしな…、今居る主力はごっそり抜ける形にはなるか」

 

そもそも大洗の戦車道は今年再開し、メンバーが集まったばかりなので自然とそうなったともいえる。

 

「比企谷先輩…、先輩は留年の予定とか、ありませんか?」

 

「ねぇよ…てか、それこそ西住に聞けよ」

 

「そんな!西住隊長が留年とか可哀想じゃないですか!!」

 

「俺だって可哀想なんだよなぁ…」

 

だいたい試合にも出ない俺が残ってもどうしようもないというか…戦力的に何もプラスにならないんだが。

 

「そこは…えと、私達ウサギさんチームで面倒見ますから、安心して下さい。私達、うさぎ小屋のうさぎの面倒だってちゃんと見てますから」

 

「扱い方がウサギと同じ宣言されて全く安心出来ないんだが?」

 

年下女子達に飼われるとか、それなんてラノベ?オンエア版とオンエア出来ない版に別れてアニメ作られそう。

 

「そんな訳だ。どう考えても後進育成の為にも今の一年から副隊長を選ぶ事になる、大抜擢だぞ?もっと喜んだらどうだ?」

 

「いきなりそんな事言われても、それに一年生でも私以外に…」

 

と、そこまで言って澤の動きがピタリと止まる、うーん、これはもしかして気付いちゃった?

 

大洗チームにも一年生は何人かいるが、その中で隊長候補になれそうな車長というと…。

 

「あの…これ、消去法で選ばれただけなんじゃ?」

 

「………」

 

「ひ、比企谷先輩?あの…露骨に顔を背けるの止めません?せんぱーい?」

 

「安心しろ、世の中出世する理由なんてだいたい消去法だから、人員不足の小さな会社とかだと元の正社員数が少ないから、自然と今残っている人員が上に上がる事になる」

 

上司が抜けた役職空にする訳にもいかないからね、そうなるとそこにまた誰か生け贄に捧げる必要が出てくる訳で。

 

「何一つ安心する所がないんですけど!?…嫌な事聞いちゃったなぁ」

 

「…不満か?」

 

「不満というより…不安というか」

 

「例え消去法でも選ばれた事に違いはない、西住が推薦してるんだ、そこは喜んで良いと思うぞ」

 

そもそも消去法云々はたまたまそういう状況なだけであって、西住がそれを基準に考えているとも思えないし。

 

「西住隊長が…私を、えへへ」

 

あ、すっげぇ嬉しそう…。西住の奴も大概人たらしな所あるからなぁ、こりゃ秋山もうかうかしてたら右腕の座を奪われかねないのでは?

 

「じゃあ比企谷先輩も私を副隊長に推薦してくれてるんですね」

 

「まぁ…消去法でな」

 

「そこは普通、素直に頷く所じゃないんですか!?」

 

「いやほら、来年有能な新入生が入ってきたりしたら状況は変わるし」

 

「本当にこの人は…、はぁ」

 

呆れたため息をつかれる。だが、それ以上澤が何も言って来ない理由はわかっている。

 

結局、今までのやり取り、会話の全てが絵空事にすぎない、それを彼女もわかっているのだろう。

 

廃校となった大洗学園に来年はない。だからこれは全て、意味の無い会話だ、ありもしない未来について語る事こそ、無意識な物はないだろう。

 

「ま、大洗は廃校になったんだけどな…」

 

「…はい」

 

だからこの話はおしまいだ、大洗学園の先を考える必要はない。

 

「それでも、お前は戦車道全国大会優勝校の次期副隊長候補だ。戦車道を続けるなら、そこは自信を持っていい…と、思う」

 

話してる中、少しだけ火の勢いが弱くなってきた焚き火に燃やせそうな木をくべる、ぱちぱちと火は新たに燃え広がっていく。

 

「…先輩は続けるんですか?戦車道」

 

その燃え広がる火を見つめながら、澤はボソリと呟いた。

 

「いや、続ける前に元々やってた訳でもないだろ、この場合は」

 

転校先の学校に戦車道の授業がある無しに関わらず、元々大洗がアレなだけで普通、男が戦車道に関わる事は無い。

 

…いや、大洗でだって間違っていたのだ、そんな紛い物のまま戦車道を続けるか?と聞かれれば答えはすでに出ている。

 

「先輩ならそう言うと思ってました、困ったなぁ…」

 

「…何が?」

 

「私達が戦車道を続ける理由、西住隊長が私達に教えてくれた事を無駄にしたくないなって」

 

「あぁ…まぁ、良いんじゃないか」

 

西住の下で戦車道を学んだ事。その時間こそ、今年からの僅かな時間であったとしても澤は大切にしたいと言ってくれている。

 

「はい!西住流は私達がきちんと受け継いでいきたいと思います!!」

 

「あれを西住流っていうのはちょっと違うけどな…」

 

「でも、私達の戦車道は西住隊長が教えたくれたんですけど」

 

そりゃ西住流の娘が教えたんだから西住流には違いないんだろうが、西住の戦い方は実際の西住流とはだいぶ違うし。

 

「だいたい西住流の本家本元のやり方は黒森峰の戦術だ、他所で勝手に名乗ったら訴えられるぞ」

 

「訴えられるんですか!?」

 

いや、実際に西住のかーちゃんが訴えてくるかは知らんけど、別に西住流の門下生って訳じゃないんだから好き勝手に名乗る訳にもいかんだろう、月謝とか払ってないし。

 

「えーと…じゃあみほ流、とか?」

 

「みほ流…、あぁ、そりゃ良いかもな」

 

聞いて自然と笑みがこぼれる。何が良いって、本人が聞いたら顔を真っ赤にさせて恥ずかしがる姿が目に浮かぶような所がね。

 

それでも、それが西住がここ、大洗で彼女達に教えた戦車道だ。だったら、それをみほ流と呼ぶ事は間違っちゃいない。

 

「澤が有名な選手になったら、【みほ流】の名前が戦車道界隈に広く知れ渡る事になるな」

 

「有名な選手になれるかはわかりませんけど…良いですね、それ」

 

「あぁ、良いな」

 

何が良いって、西住が恥ずかしがって身悶えしそうな所が良いね。いや、別に変な想像してませんよ?えぇ、もちろんしてませんから。

 

「はい、【比企谷みほ流】の名前が有名になるくらいには頑張ります!!」

 

「…いや待て、ちょっと待て、つーかかなり待て」

 

「はい?」

 

はい?じゃないがな、今明らかに変なの混じってたよね?

 

「…比企谷はどっから出てきた?」

 

「どこからって…もう、何言ってるんですか」

 

呆れたような声を出して、澤は俺に目を向ける。

 

「比企谷先輩。先輩だって、私達にいろいろと教えてくれたじゃないですか」

 

「それもう全部忘れていいから、とりあえず比企谷流止めない?」

 

だいたいなんだよ比企谷流って、そんな流派名乗った覚えもないんだけど?そりゃ西住のみほ流もそうなんだが。

 

「えー!なんでですかー!?」

 

俺が恥ずかしがって身悶えするからに決まってんだろ、想像するだけで酷い絵面だ、誰得だよそれ。

 

「そもそも合体させる必要が無いだろうが…」

 

つーか、それ以上に【比企谷みほ流】は無い。何が無いって西住流を名乗るだけなら西住流本家本元さんに訴えられるくらいで済むだろうが、比企谷みほ流とか名乗った日には西住流本家本元さんは確実に戦車でなだれ込んで来るだろう。…もちろん俺の所に。

 

あのかーちゃんを筆頭にまほさんとか菊代さんとか、戦車大隊組んでやって来そう、やだ…西住流超怖い。

 

「だから困ってるんですよ、ちょっと言いにくいなーって」

 

「人の命がかかっている事を言いにくい、の一言で済ますの止めてくんない?」

 

「えーと…あ!じゃあ西企谷流とか、比企住流なんかはどうですか?」

 

「どうですか?って、なにその自信満々な顔からくる糞みたいなネーミング、だから比企谷流止めろ」

 

「え?嫌ですけど…」

 

何?この子の悪意が全く感じられない純粋な瞳から繰り出してくる悪意しか感じられない言葉は。

 

「だって、これなら比企谷先輩が戦車道止めちゃっても、先輩が私達と戦車道をやっていたってわかるじゃないですか?」

 

「………」

 

澤が、いや、この場合は一年生チームの誰かでも。この先有名な選手となって比企谷流を名乗る。

 

それはきっと、戦車道から遠退いた俺の耳にも聞こえてくる事があるんだろうか。…確実に身悶えするんだが。

 

「…じゃあ俺が戦車道続けるって言ったら?」

 

「そりゃもちろん外しますよ、言いにくいし…あんまり格好よくないかなぁって」

 

正直すぎる…。なんでだよ、字面だけ見たら超格好良いだろ比企谷流、絶対名乗って欲しくはないんだけど。



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満天の星空の下、秋山 優花里は将来を思う。

戦車道大作戦、7周年おめでとうございます!!…いや、自分はやってませんが7周年は素直にすげぇって思います。

…ところで生徒ガチャに生徒のお母さん方が出てくるのは不具合かバグかなんかですかね?え?仕様?なら仕方ないよね!!


「…しかし、あいつら大丈夫か?」

 

ぱちぱちと燃え上がる火を眺めながら呟く、火種の準備こそ出来たが肝心の料理の材料は釣りグループ任せだ。

 

これで何の成果も得られませんでしたー!!となってはこの火種も単なる焚き火…いや、そもそも夏なんだし、焚き火の必要すらない。

 

「大丈夫ですよ、先輩」

 

「やけに自信ありげだな、晩飯かかってんだぞ?」

 

「仲間を信じる、西住隊長が私達に教えてくれた一番大切な事じゃないですか」

 

ぐっと拳を強く握って澤が答える。なんだ…本人は自信なさそうだったが、ちゃんと副隊長として下地は出来ているじゃないか。

 

「ただいまー」

 

「あ!ほら、帰って来ましたよ、みんな、成果はどうだった?」

 

釣りをしていた一年達が帰って来た事に気付いた澤は急いで立ち上がり、駆け寄る。

 

「うん!駄目だった!!」

 

「…えーと、これはその…うぅ」

 

くるりと澤が首をこちらに向ける、恥ずかしそうにぶるぶる震えていてなんなら少し泣きそうまであった。

 

…うん、あれだけ自信満々だった分、余計恥ずかしいのだろう。

 

「釣りって難しいんだね~」

 

「うん、大洗って魚が有名なんだし、もっとぱぱっと釣れるもんかと思ってた」

 

「とりあえずお前ら大洗の漁師の皆さんに謝ってこい…」

 

まぁ、いくら秋山のアドバイス付きとはいえ素人がいきなり釣りを初めてもこんなもんだろう。

 

「一応全然釣れなかった訳じゃないんだけど」

 

「みんなの晩御飯には全然足りないね…」

 

それでもまるっきりボウズという訳ではない辺り、ビギナーズラックはあったか。

 

「…どうすんだ?秋山」

 

とはいえ量は足りない。最悪俺は晩飯を別にしてもいいだろうが、それでも一年連中だけで見ても足りないくらいだ。

 

「初日でこれだと、やっぱあいつらに自給自足は厳しいんじゃねぇか?」

 

衣食住において一番重要なのはやはり食である、人は食べ物無くして生きてはいけない。

 

今回の依頼が一年共の自給自足生活の確立なら、依頼の不達成ともいえる。…いや、別に依頼に関してのノルマとかないんだけど。

 

「いえ、これで良いんですよ、比企谷殿」

 

だが秋山は首を横に振って一年達に声をかける。

 

「みんな、今日はあまり釣れなかったね」

 

「はい…」

 

「せっかく秋山先輩がいろいろとアドバイスくれたのに」

 

「このお魚もほとんどが沙希が釣ったものだしね…」

 

何それ超似合う。むしろあの子の場合ガチで魚と対話とか出来そうなんだよなぁ。

 

「けど明日はもっと釣れないかもしれないし明後日は全く釣れないかもしれないんだよ」

 

「そうなると私達のご飯って…」

 

「この先ずっと…食べられないんじゃ」

 

自給自足生活なんて口で言うのは簡単だが、実際やろうとしてもそうそう上手くいくはずがない。

 

都会に住んでいる奴が「俺、自給自足生活に憧れてんだよねー」とか言い出して田舎に住んでもその大半はまた都会に帰って来てたりするものだ。

 

その逆もまたしかりで、都会生活に憧れた田舎者が都会に出た所で都会生活に順応出来ず、田舎へUターンするパターンだってある。

 

結局人は慣れ親しんだ環境に住むのが一番であり、これはひとえに実家から永遠に出なければ良いのでは?と結論付ける事が出来る。

 

「…それでも、みんなはこの生活を続けたいって思う?」

 

秋山の問いに一年達はお互いに顔を見合わせ、言葉も交わす事なく頷いた。

 

「もちろん続けます!中途半端は嫌ですから!!」

 

「今日がダメでも、明日はたくさん釣れるかもしれませんし~」

 

「それにこういうの、アニメみたいで楽しいですし!!」

 

「………」

 

「沙希も続けたいって言ってまーす!!」

 

一年達が次々と手を上げるのを見て、秋山は満足そうに微笑んだ。

 

「だ、そうですよ?比企谷殿」

 

「まぁ…本人達がやる気なら仕方ねぇわな」

 

…いらない心配だったな、あの一年共がずいぶんと逞しくなったもんだ。

 

「しかし秋山、お前最初から釣れないのわかってただろ」

 

「…バレちゃいましたか。いえ、私も最初はそうだっただけですから」

 

それでも、一年生達からこの生活を続けたい…という言葉を、その覚悟を聞きたかったのだろう。

 

「そういう比企谷殿だって、準備くらいはしてたんですよね?」

 

「まぁ保険くらいはな…こっちは晩飯がかかっていたんだし」

 

秋山が釣りに参加しないとなると、これだけの人数分の食料を確保するのは難しいのは最初からわかっていた。

 

一年共をまるっきり信用してなかった訳じゃないがこちとら食べ盛りの男子高校生だ。晩御飯が文字通りご飯だけではあまりに寂しすぎると保険はかけておいた。

 

「何の話ですかー?」

 

「比企谷殿に晩御飯の準備があるみたいですよ」

 

「おー!」

 

「さっすが比企谷先輩!!」

 

「お肉ですか!お魚ですか!」

 

「きっとラーメンだよ、先輩ラーメン好きだし!!」

 

「確かにラーメンはもちろん美味い、あと肉や魚も良いが、それよりもずっと手軽にカロリーを摂取できる最高の一品があるぞ」

 

カップラーメンよりもずっと手軽で、肉や魚以上のカロリーを摂取できる、サバイバル生活において最早革命的な必需品といっても良い。

 

「…あれ?でも比企谷先輩ってずっと私と火を見てたはずじゃ、いつ買ったんです?」

 

「ん?さっきそこの自販機でだが」

 

そう、マックスコーヒーならね。

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

俺以外の全員が顔を見合わせて沈黙を作る。あぁ…これはあれか。

 

「安心しろ、ちゃんと人数分用意してある」

 

だから止めて!マックスコーヒーの為に争わないで!! 

 

「いや、そこはまったく問題じゃないんですが…」

 

「比企谷先輩…本気なのかな?」

 

「本気なんじゃない?だって比企谷先輩だし」

 

「きっと頭の中が糖分で出来てるんだよ!!」

 

「比企谷先輩…可哀想」

 

「勝手に哀れむんじゃねぇよ…」

 

いや、本当にマジでカロリー半端ないから、あと糖質と炭水化物も抜群とマジでサバイバルに一本は取っておきたい一品である。太る?いや、知らんし。

 

「ま、まぁまぁ…みんな、今日は私の秘蔵レーションが用意してありますから」

 

「秋山先輩、頼りになるぅ!!」

 

「私、レーションって初めて食べるからとっても楽しみ!!」

 

「ミリ飯ってやつですね!!」

 

「じゃあ飯盒でご飯の炊き方も教えるからね、一緒に作っちゃおう」

 

「「「「「おー!!」」」」」

 

ワイワイと秋山の周りに集まる一年共と見事に一人ポツンと残されてしまう俺。

 

「ちょっと扱いの差が露骨すぎない?飲まないなら俺が全部飲んじゃうんだが…」

 

「そんなの、もちろん飲むに決まってるじゃないですかー」

 

「ていうか比企谷先輩、それ全部一人で飲むつもりなんですか?」

 

「本当に頭の中が糖分になっちゃいますよ~」

 

「…マジで逞しくなったもんだな」

 

ご飯と魚とレーションと、マッ缶。

 

なんともカオスな組み合わせではあるが、彼女達の…いや、俺の初めてのキャンプ飯のメニューとなった。

 

しかし、こんなメニューでも合ってしまうのがマックスコーヒー、やっぱ神の飲み物なのでは?(個人の感想です)。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「ふぅ…」

 

辺りはすっかり暗くなり、空を見上げれば星空が広がっている。

 

晩飯の後の【1941】の映画上映会…も終わり、キャンプはお開き。さすがに一年共のテントで寝る訳にはいかないのでこのまま歩いて元の空き教室に戻る事になる。

 

ただ、なんとなくではあるのだが。すぐに帰るのも勿体無いと思えてしまう俺がいる。

 

『えーと、キャンプしながら飲むマックスコーヒーとか、いつもよりずっと美味しくなるかもしれないし…』

 

と、別段阪口に感化された訳ではないがそこはマックスコーヒーソムリエとして、試してみたくもなるのが人の情けというものだ。

 

夜、満天の星空の下、マックスコーヒー。

 

ここまでのシチュエーションを用意されれば、こちらもそれに答えねば無作法というもの、早速自販機でマッ缶を購入しテントまで戻る。

 

「比企谷殿」

 

テントの入り口では秋山が手を振っていた、明日からの自給自足生活について一年共に最後のレクチャーをしていたはずだが…。

 

ちなみにこのレクチャーだが魚の捌き方はもちろん、ある程度の長期保存の方法までのガチレクチャーだったりして本当にサバイバル技術たっかいよね…。

 

「一年達は?」

 

「みんな話が終わるとすぐに眠ってしまいました、よほど疲れてたんでしょうね」

 

「映画見てた時から眠そうだったしな…」

 

「きっと今日1日、慣れない事をしていたからでしょう」

 

まぁ頑張りは認めるが。…せっかくの名作映画だというのに。

 

「でも、観覧車のシーンには皆さん驚いてましたね」

 

「ある意味名シーンだからな…いろんな意味で」

 

ネタバレするのもあれなんで、そこは実際に見て欲しい、あの狂気とカオスっぷりは他の映画ではなかなか味わえない。

 

え?有名映画監督の大コケ映画?いや、だから名作映画って言ってるじゃん。

 

「秋山も帰るのか?」

 

「はい、さすがにあのテントで7人で寝るのも狭くなりますし、あんこうチームの皆さんも心配してるでしょうから」

 

第一、このまま秋山が付きっきりで面倒を見てしまえば、それは彼女達の自給自足生活の妨げにもなるという事だ。

 

初日は結局、秋山のレーションに助けられたが明日以降上手くやれるかは彼女達の努力次第だろう。

 

「比企谷殿はどうするんですか?」

 

「そりゃ帰る…が、その前に一杯やろうかと思ってな」

 

ふるふると、先ほど購入したマッ缶をわざとらしく振って見せる。

 

「なんだかうちのお父さんみたいな言い方ですね」

 

「そういやうちの親父もよく言ってるなぁ…」

 

うわぁ…なんか猛烈に嫌な気分になってきた、俺も将来親父みたいに仕事の鬱憤を酒で誤魔化して生きていくんだろうか…。

 

「…では、私もお付き合いしてもよろしいでしょうか?」

 

「…いいけど、これ一本しかないぞ」

 

というか今日一番仕事したのは誰かと聞かれれば秋山に間違いないのだ。仕事疲れに一杯…となると彼女を拒む理由を俺には出す事は出来ない。

 

「ご心配なく、ちゃんと用意はしてますので」

 

そう言って秋山はどこからかマックスコーヒーを取り出した。…いや、いろいろ待て。

 

「え?マックスコーヒー用意してたの?」

 

「はい、常日頃何があっても良いように様々な物を備えておくのは基本ですから」

 

そういえばあまりに自然すぎて気付かなかったが晩飯のレーションもどこからかいきなり取り出してきた気がする…。

 

「しかし備えの中にマッ缶も加えるとは…良いチョイスだ」

 

なんならマッ缶限定でその収納術を伝授して欲しいくらいだ、地域によっては売ってない所のが多いんだよなぁ。

 

「…比企谷殿の影響なんですけどね」

 

「ん?まぁマッ缶最高だしな」

 

「…えぇと、まぁ、はい」

 

秋山は曖昧に笑いながらマッ缶のプルタブを開けて…飲まずに一度俺に向けてくる。

 

「お疲れ様でした、比企谷殿」

 

「…ん、お疲れさん」

 

そう言って待機されればこちらとしても答える必要があるのだろう、自分の持っているマッ缶を秋山のマッ缶にコツリと当てた。

 

「いえ、私は持ち前のサバイバル知識が役立って楽しかったです、ずっと使いたかった道具なんかも使えましたし」

 

「イキイキしてたもんな…」

 

「うぅ…すいません、つい先輩風を吹かせてしまいました」

 

まぁ実際先輩だし、そこはいいんじゃないだろうか。…とはいえ、あぁいう後輩に対しての秋山の姿が見れた今日はなかなか新鮮なものがあった。

 

「しかし自給自足生活とか、あいつらもよくやるな…」

 

「せっかく陸に上がったんですから何かに挑戦したかったのではないでしょうか?少しは気持ちがわかります」

 

「考えたら陸より船の上に居る時間のが長いからな…俺達って」

 

特に俺や秋山といった親元が学園艦にある生徒は中学から学園艦に乗船した生徒よりずっと長く船の上にいる計算になる。…これ、日本人で良いのかな?

 

「そういや秋山、実家の方は…その、大丈夫なのか?」

 

秋山の実家といえば床屋だが、学園艦が無くなってしまえば、その店も無くなるのと同じだ。

 

「父は不安そうでしたけど、お母さんは大丈夫だから心配しなくていいと言ってました」

 

「…そうか」

 

「はい、だから落ち着いたらまたどこかでお店を開くと思います」

 

…正直、それで今まで通りに仕事が出来るのかとなると微妙に思える。

 

広いとはいえ学園艦はある程度閉じられた空間で、長期に渡っての船上生活故についていた固定客も居ただろう。

 

だが、陸に上がってしまえば例え店を出してもまた1からのスタートだ、秋山の親父さんが不安になるのは仕方ない。

 

…そう考えると文科省は本当に学園艦内の人々の仕事を斡旋出来るのか疑問が残る、そもそもが相手があのメガネだ。

 

「その時は比企谷殿も一度、お店に来て下さいね。お父さん、きっと張りきっちゃうと思いますよ」

 

「張りきりすぎてパンチパーマにされる未来しか見えないんだけど?」

 

「パンチパーマは伸びちゃうとアフロみたいになっちゃうんで、定期的にお店に来て下さい」

 

「ひどいサブスクシステムを聞いた気がする…」

 

パンチパーマ八幡かアフロ八幡の二択じゃねぇか、ちょっとどっちも語感良すぎない?

 

「だから、比企谷殿が気にする必要はないんですよ」

 

「…まぁ理容師って技術職だしな、その点うちの親父は職失ってどうやって俺を養ってくれるつもりなのやら、マジ将来が心配だ」

 

「…そこはもっと別の心配をするべきなのでは?」

 

精一杯の笑顔を見せる秋山に、俺はわざとらしく茶化しながら一つで手に持つマッ缶をくびりと飲む。

 

…なるべく、秋山に顔を見られないように。

 

「………」

 

ふと、秋山がじっと俺の顔を見つめている事に気付いて心がざわついた。こいつ…これで結構鋭い所があるんだよな。

 

「…なんだよ?」

 

「いえ…その、髪、ボサボサですね」

 

「…ん?あぁ…まぁこんな生活してたらな」

 

と、言い訳をしてみたが、そういえばあんこうチームも一年共も、なんならバレー部連中だっていつもと変わらない気がする。

 

まぁそこは男子と女子の差というか、普段からきちんとケアをしているかどうかの違いなのだろう。

 

「とかしますから後ろ、向いてて下さい」

 

そう言って秋山はくしを取り出してみせる。今日さんざん釣竿やらレーションやら取り出してきたのを見ていたので最早慣れてしまった自分がいる。

 

「そんなもんまで常備してんのな…」

 

「もちろんです、理容師の娘ですから」

 

…それが理由になるのかは疑問ではあるが、俺としても今の自分の顔を秋山に見られるのは抵抗がある。顔を背ける理由としても、素直に秋山に背中を向けた。

 

「…じゃ、頼むわ」

 

「えぇ、お任せ下さい」

 

秋山が後ろからくしを入れてくれる。自分でも思っていた以上にボサボサだったのか、感覚的にも髪が整っていくのはなんとなく伝わってきた。

 

「意外と素直な髪質ですね、私は癖っ毛がひどいので羨ましいです」

 

意外って何が?性格と違って髪は素直的なの?とはいえ、俺にもどうしようもない癖っ毛が一本立ってる訳だが。

 

「…なんか慣れてるな」

 

「えへへ、小さい時からお父さんの仕事を見てましたから、少しは自信があるんですよ」

 

「秋山は将来、親父さんみたいに理容師を目指したりするのか?」

 

「…どうでしょうね?父の技術は受け継ぎたいと思いますけど、戦車道はもちろん続けていきたいですし、そうでなくても戦車に関わっていたいとも思いますから」

 

「まぁ、そりゃそうか…」

 

むしろ高校生の身で将来を決めている奴の方が少ないだろうし。

 

「そういう比企谷殿は将来、何かしたい事はあるんですか?」

 

「専業主…あいたっ!!」

 

噛んでる噛んでる!くしがものっそい髪を巻き込んでる!!

 

「あぁ、すいません、つい…」

 

「つい、で人の髪の毛もいじゃおうとするの止めてくれる?ハゲちゃうだろ…」

 

「…でも、そうですね。例えば…奥さんがお店を持つのなら、比企谷殿も専業主夫、なのかもしれませんよ?」

 

「それ絶対大変なパターンじゃん…、お店やって家の事しての二重苦のパターンじゃん」

 

「確かに大変かもしれませんが、私は楽しいと思いますよ」

 

「まっ…個人店なら自営業になる訳だしな、会社に入って糞みたいな上司に振り回される事は無さそうではある」

 

「比企谷殿の会社のイメージって…そういうマイナスイメージの比較じゃなくて、もっとプラス方面での比較が欲しいんですが?」

 

いや、わりとマジでそんなもんだからね、仕事なんて上司との心理戦がメインみたいな所あるから。

 

「小さなお店でも二人で頑張って経営して、たまに宝くじの結果とかで一喜一憂したり、私が両親を見てたからそう思えるだけかもしれませんが楽しいと思います」

 

「まぁ…そうだな」

 

もちろん楽しい事ばかりじゃない、自営業には自営業の厳しい世界があるに決まっている。

 

「そうです!比企谷殿、戦車と理容師を組み合わせれば最高じゃないですか!?」

 

「…具体的には?」

 

「髪型に戦車をモチーフにしてカットするんですよ、7TP双砲型カットなんてどうでしょう?今度機会があればカットモデルをお願いしますね!!」

 

「…どんな髪にされるのかだいたい予想つくから絶対に止めてくれ」

 

俺だってラーメンは好きだし、マックスコーヒーも大好きだが、マックスコーヒーのスープのラーメンが出てきても食べようとは思えない。

 

…好きな物に好きな物を組み合わせても最高になるとは限らないのだ。神の飲み物にも、限界はあるのである。



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まさかの、風紀委員は不良を宣言する。

廃校からの仮校舎住まいの時、大洗の教師陣はどこに居たのか…、いや、むしろ普段の学園艦生活ですら先生なんて居ない説も?と思ったら一話でちゃんと居ましたよね、安心安心。

…あれ?むしろ一話にしか出てないのでは?


仕事の成果というものは基本的には目に見える数値のパラメーターでしか評価されるものではない。

 

例えば売り上げや出来高、ノルマ、在庫量。それらの目に見える結果が全てであり、現場の人間達がどれだけ頑張っていたのか?的な感情論は上司からすれば単なるノイズでしかない。

 

「え?頑張ってたの?でも数字出てないよね?」とか言われればそれまでの話で上司というものは基本的に過程より結果を好む、つーかそれしか見てないまである。

 

その為に必要なものが結果報告書であり、仕事という物は仕事を終えてはい終了。という物でもない最悪なものだと改めて認識させられるまである。

 

「…そんな訳でこれ、アヒルチームの早朝ランニングと、ウサギチームのテント生活の報告書です」

 

「奉仕部の活動報告書ね、はい確かに…お疲れ様、比企谷君」

 

要するに、先のアヒルチーム早朝ランニング計画とウサギチームのテント生活も奉仕部の活動として事の顛末を報告書にまとめて生徒会に報告する必要があったのだ。

 

「…どんな訳だかは知らないけど、その苦虫を噛み潰したような表情は止めて欲しいかな」

 

活動報告書を受け取った小山さんは苦笑しながらチェックに入るがそりゃ苦虫を噛み潰したくもなる。…いや、ならねぇけど。

 

「そりゃようやく仕事が終わったと思ったら今度は報告書作りですからね」

 

「比企谷君、報告書作りも仕事の内、なのよ」

 

「なんですかその家に帰るまでが遠足、みたいなの」

 

なんなら家で資料作りとかしてる分、家に帰っても仕事。なんだよなぁ…。

 

よくよく考えてみれば俺が今仮住まいしている教室は自室兼奉仕部の部室のようなもの。言い変えれば自宅から会社まで徒歩0分と社畜にとって夢のような労働環境だ、死にたい。

 

「失礼します。…あら、比企谷さん?」

 

「…五十鈴?」

 

と、小山さんの報告書のチェックを待っていると五十鈴が生徒会室に入ってきた。まぁ生徒会室といっても(仮)とはつくんだが。

 

現状、この仮住まいの校舎の職員室を生徒会が生徒会室として占拠しているのだ。…元々居たはずの大洗の教師陣はどうしたって?君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

 

「なんだ、お前も生徒会からの呼び出しか?」

 

「いえ、私はお花を届けに参りました」

 

見ると五十鈴の手には何本か花の束が握られている。まぁ冷泉じゃあるまいし、五十鈴が何かやらかして呼び出しくらう事は無いとは思うが。

 

「私がお願いしたの、やっぱり花があると良いかなって」

 

「ふふ、大洗でもよく生徒会室にお花を飾って頂いてましたね」

 

あー、そういえば大洗の生徒会室でもよく花が飾られていたがあれも五十鈴が用意してたのか。

 

「ありがとう、本当はこういう事をわざわざ五十鈴さんにお願いするのもちょっと気が引けるんだけどね」

 

まぁ五十鈴も華道の家元の娘さんな訳で、なかなかに贅沢なお願い事というか…。

 

「いえ、こうしてお花を飾って貰えるのなら私も嬉しいですから」

 

そう答えながらも五十鈴は手の花束を花瓶に移していく、その手際の良さはさすが家元の娘といった所だろうか。

 

「それで、比企谷さんはいったい何をしたんですか?」

 

「そう聞くと俺が悪い事して呼び出されたみたいに聞こえるんだが?」

 

「奉仕部の活動報告書をずっと出さなかったの」

 

「その言い方も俺が悪い事して呼び出されたみたいに聞こえるんですけど?」

 

いや、実際放置してたんですけどね。まだ直近だったウサギチームの件はともかく、アヒルチームの早朝ランニングについては小山さんもわりとぴくぴくと頬を吊り上げ気味でしたし。

 

「活動報告書…言って貰えれば私達もお手伝いしたんですが」

 

「…いやほら、一応仕事だしな」

 

「比企谷さんも変な所で責任感が強いですよね」

 

「そうね、その責任感の強さで次から報告書は早めに出して貰えると助かるわ」

 

圧が…小山さんからの圧がすごい、この人わりとにこやかに脅しかけてくるんだよなぁ。

 

「ですが仕事なら余計に、私達の事も頼って下さいね」

 

「…いや、その」

 

「頼って下さいね」

 

「…まぁ、次は頼むわ」

 

「はい」

 

…いや、それを言うなら五十鈴も似たようなものか。なにこのおっとり物腰柔らかな脅迫コンビ、口調こそ柔らかいけど有無を言わさない迫力があるんだよなぁ…。

 

「…ごめんね比企谷君、本当は報告書なんて必要なければいいんだけど、今はそうもいかなくて」

 

「…みたいですね」

 

今ここに居る生徒会メンバー以外の生徒は俺や五十鈴だけではない。いや、俺や五十鈴は単純に呼び出されたり、依頼だったりだが、それよりも多く目立つのは先ほどから一般生徒達が生徒会室にひっきりなしに出入りしている。

 

「すいません、虫刺されの薬が切れました」

 

「わかった、手配しておく」

 

「給食用のお米が足りません」

 

「わかった、農家の方々に手配しておく」

 

「廊下の電球が切れました」

 

「わかった、後で電気屋に来てもらう」

 

と、生徒達から来る要望を先ほどから河嶋さんが次々と捌いているのだ。…あの人も試合中とかテンパるとあんなだがやはりそこはあの会長と長年一緒にやってきただけはある。

 

…むしろ戦車に乗らないのなら有能なのでは?まさかの西住と逆パターン、陰と陽、対なる存在なる者だったりするんだろうか。

 

「皆さんお忙しそうですね」

 

「そうね、まだまだ問題は多いかしら」

 

まぁ突然の大洗からの退艦勧告からのこの生活だ。設備も備蓄も足りない物だらけで生徒会は基本的にそれらの対応に追われる訳になる。

 

つまり今回の活動報告書も奉仕部までは手が回らないから後で報告書にまとめて経緯を知る為のもの、という側面の方が強いのだろう。

 

「…会長は居ないんですか?」

 

そんな忙しそうな生徒会メンバーだが肝心の会長はというと姿が見えない。

 

「会長ならまだ奧に居るわよ」

 

…まだ?いや、居るならあの人にも仕事をさせるべきなのでは?

 

「大変です!!」

 

と、疑問に思った瞬間、生徒の一人が大慌てで開口一番そう告げると生徒会室に入ってきた。

 

「風紀委員の三人が地元の生徒とケンカしてます!!」

 

…え?風紀委員ってそど子さん達三人組の事だよな?あの人達マジでなにやってんの?

 

「まぁ!ケンカですか!!」

 

…なんで五十鈴さんはちょっとウキウキなんですかねぇ?

 

「つーか地元の生徒って何?ここ大洗なんだし地元は大洗学園だろ」

 

「ですが、話を聞いた感じだと相手は大洗の生徒ではないみたいですよ」

 

大洗学園は中高の学園艦だからそれ以外の地元の生徒となると…え?マジで相手誰?どこ中だよ?

 

「それにしても困ったわね、私達生徒会はここを離れられないし」

 

「あぁ、しかしこうなると誰かケンカの仲裁にいく者が必要になるな」

 

小山さんと河嶋さんがわざとらしくため息をついて。…いや、なんか明らかに俺の事見てるよね?嘘つけ、チラチラ見てたでしょ?

 

「いや、ケンカの仲裁とかちょっと…」

 

しかも相手がまったく誰だかわからない。どこからか生えてきた謎の地元生徒とか…いや、普通に怖ぇな、むしろその情報だけでケンカ関係無しにもう怖い。

 

「わかりました!!」

 

「五十鈴!?」

 

「さぁ比企谷さん、ここは突撃です!!」

 

五十鈴さん、案外こういうの好きですよね…。アグレッシブというか、やっぱり仁義の無い戦いとか見ていたりするんだろうか。

 

…え?マジでこれ俺も行くの?いや、行かないと五十鈴一人に行かせる事になるんだろうがケンカの仲裁となると…。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…で、ケンカしてると聞いたんですが」

 

「何よ、なんか文句でもあるの?」

 

現場についてみると風紀委員の三人は居たが相手の姿は見えない。ケンカとは聞いていたがそれほど大事という訳でもなかったのだろう。

 

「いや、文句というか…相手は誰だったんですか?」

 

「はぁ?そんなの地元の生徒に決まってるじゃない!!」

 

いや、だから大洗以外の地元生徒って誰だよ…?

 

「ケンカはもう終わってしまったみたいですね…」

 

なんで五十鈴はちょっとがっかりしてるんですかね…。

 

「あ、あのぉ…比企谷さん、ケンカって何の事かにゃー?」

 

「私達、トレーニング中にいきなり呼び出されたから何の事だかわからないなり」

 

「あぁ、風紀委員の三人がケンカしてると聞いたから一応声をかけたんだがもう終わってたみたいだな、わざわざ来て貰ったのにすまん」

 

ケンカの仲裁と聞いて保険としてアリクイチームにも付いてきて貰った訳だが、その必要はなかったようだ。

 

「ひ、ひぃい!!ケ、ケンカとか無理だっちゃ!?」

 

「ぼ、僕達にそんな事させるつもりだったのかにゃ…」

 

「ひどいなり!謝る所が違うもも!!」

 

「いや、お前らはとりあえず後ろで待機しながらその手に持ったダンベル持ち上げててくれれば良かったから…」

 

「「「?」」」

 

いや、そこで何言ってるのかよくわからない、みたいな顔をされても。

 

トレーニング中に声をかけた俺も悪いんだが、ダンベル持ったまま駆けつけてくるアリクイチームの筋肉力よ、筋肉力ってなんだ?

 

まぁ後ろでダンベル持ち上げながら筋トレしてる女子高生が待機してたらケンカとかする気も起きないよね…。

 

…それはそれとしてあのダンベル、なんか段々と大きくなってない?こいつらダンベル何キロ持てるの?

 

「そ、そもそも風紀委員がケンカなんてするはずないんじゃ…」

 

「そうぴよ、風紀を守るのがこの人達風紀委員っだっちゃ」

 

「私も学校でゲームをやってて何度も没収されたなり!酷いもも!!」

 

…それは普通にももがーが悪いのでは?

 

「…風紀なんて、守っても良いことなんて一つも無かったじゃない」

 

「…園さん?」

 

「そう、これからは不良の時代よ!私達は大洗にその名を轟かせる不良になったんだから!!」

 

…闇落ちした風紀委員が不良落ちしたらしい、何を言ってるかわからないだろう。安心してくれ、俺もわからん。

 

「そ、そんな訳でよろしくお願いします」

 

「これから悪い事いっぱいしてくんで、ヨロシク」

 

ペコリと頭を下げるごも代とわりとノリノリなパゾ美、普段から消極的なごも代はともかく、パゾ美の奴はどこまで本気なのかわからんな…。

 

「…マジで不良になるんですか?」

 

「そうよ!私達は今日から不良になるのよ!風紀なんて知ったこっちゃないわ!!」

 

いや、そんな今日から俺は!!みたいなノリで言わんでも…。少なくともこの人は本気っぽいな。

 

「あらあら…」

 

「いや、あらあらって…」

 

あらあらまぁまぁって…そんな悠長に構えてていいのこれ?絶対面倒な事になった気がする。

 

「比企谷さん、どうしましょうか?」

 

「いや、どうするもなにもこのままほっとく…と碌な事にならない気しかしないんだが?」

 

下手すれば風紀委員がなにかやらかす度にその対応が俺に回されそうまである。てかあの生徒会なら絶対奉仕部案件として回してくる。

 

「…あ!」

 

と、ここで五十鈴が何か思い付いたようににこやかに微笑み、手を上げた。

 

「では、私も不良になります」

 

…………………………はい?



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こうして、比企谷 八幡はパイセンとなる。

新年明けましておめでとうございます!!今年度も【やはり俺の戦車道は間違っている。】シリーズをよろしくお願いします。

今年はどこまで進める事ができるのか…今から楽しみです!!(完結できるとは言っていない)。


茨城県はヤンキーが多い…という説を誰もが一度は耳にした事はないだろうか?

 

事実【全国ヤンキーの多そうな都道府県ランキング】では見事一位の座に輝いている。…輝いてるの?ナイフみたいに?

 

ちなみに二位はだいたい千葉である。千葉と言えば知波単、彼女達の特攻魂はここから来てるのでは?

 

そんなヤンキー県が利根川を挟んで隣接しているのだ。【チバラギヤンキー】と一緒くたにされる理由のたいていはこれ故にだろう。

 

【チバラギ】と聞くと一位の茨城よりなんか千葉の方がメインっぽく聞こえるし、そもそも茨城は【いばらぎ】じゃなくて【いばらき】と読むのが正しい。

 

もちろん茨城県民に【いばらぎ】は禁句である、もし茨城県の、特に大洗なんかに旅行に行く機会があるなら覚えておくと良いだろう。

 

ちなみに我等がマックスコーヒーさんはそこら辺もきちんと弁えていて【ちばらきコーヒー】として売り出している。さすがは天下のコッカ・コーラ、いやこれはもう国家・コーラなのでは?

 

そんなヤンキーの多い茨城県につい最近新しいヤンキーが誕生した…らしい。

 

「二人共!遅いわよ!!」

 

その夜、風紀委員の園さん達に呼び出された俺達はルノーの置いてある場所に集まった。

 

「今日は私達の不良第一歩の記念すべき日なんだから、遅刻は許さないわ!!」

 

…不良なのに遅刻して怒られるってどういう事?

 

「とりあえず反省文の提出と違反キップをーーー」

 

「そど子、それは風紀委員の仕事」

 

「やっぱりそど子、風紀委員が…」

 

「…ち、違うわ!私達は不良なんだから風紀なんて知ったこっちゃないのよ!!」

 

「あ、じゃあ遅刻も問題ないって事に…」

 

「なるわけないでしょ!遅刻は遅刻よ!!」

 

…風紀委員でも不良でもたいして変わらないんじゃねぇかな、この人。

 

そんな訳で闇落ちした風紀委員の三人は不良へとジョブチェンジをしたらしい、かんぽう薬の与えすぎでなつき度が足りなかったか。

 

「初日から遅刻とか、あなた達本当に不良になるつもりがあるの?」

 

…むしろこの人が不良になるつもりがあるのか?

 

「はい、誠心誠意、立派な不良になれるように精進いたします」

 

それ以上に五十鈴の返答が不良とはとても思えない。立派な不良ってなんだろう…。

 

「さすが五十鈴さんね!比企谷君も彼女を見習って立派な不良になれるように努力するのよ」

 

なにこの空間、矛盾しか発生しないの?

 

「…五十鈴」

 

「はい、わかってます、比企谷さん」

 

軽く合図を送ると五十鈴はやんわりと微笑んだ、うーん…不安だ。

 

風紀委員のまさかの不良宣言だが、それ以上にまさかの五十鈴の不良宣言。もちろん彼女も伊達や酔狂でそんな宣言をした訳ではない。

 

彼女には彼女の考えがあるのだ。まぁ遅刻の原因はその作戦会議もあってだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…んで、どうすんだ五十鈴」

 

「ふふっ、びっくりしましたか?」

 

風紀委員の不良宣言とそれに乗っかって不良になると宣言した五十鈴にだいぶ頭を痛めていた俺だが、彼女の方はそんな事はどこ吹く風とでも言いたげに悪戯っぽく微笑んでいた。

 

なんだよ、そんな微笑み一つで誤魔化されると思ってんの?

 

「びっくりしましたか?ね?比企谷さん」

 

いやいや、本当にまったく…しょうがないにゃあ…。

 

「本当に不良になるつもり…じゃないんだろ?」

 

「はい、もちろんです」

 

俺の問いに五十鈴はすぐに答える。…まぁそれはね、心配してなかったが。

 

いくらアクティブな事に憧れてて、時折タイマンやらぶっこみなんて妙な言葉が出てきて、実家が【ヤ】の付きそうな五十鈴でも不良になる…なんて事はないだろう。…無いと思いたいなぁ。

 

「ですが、風紀委員の方々をこのまま放って置く訳にもいきませんし」

 

「まぁ…そうだな、特に風紀委員の場合今までが真面目だった分質が悪い」

 

「…真面目なら急に不良になっても上手くいかないのでは?」

 

「いや、普段慣れない事を無理してやろうとするとたいていやり過ぎる事になる、日陰者がクラス会とかに頑張って馴染もうとして失敗するアレだよ」

 

「…どれでしょう?」

 

いや、だからアレだよ、必要以上にテンション高めちゃって周りに引かれるやつ。そんで二度と呼ばれないんだよなー。

 

かといって、何もしないで居ればそれはそれで「つまんない奴」のレッテルを貼り付けられて二度と呼ばれない。…え?なにこれ最初から詰んでない?

 

そんな自分にも周りにも何一つ利益を産み出さない悲しい時間をこれ以上出さない為にも、そういう行事には最初から行かないのが一番だ。え?そもそも誘われないって?

 

「風紀委員も普段は真面目な分、その反動でどんな行動に出るのか予想がつかん」

 

「なら、私が不良になったのはやはり正解でした、一緒に居れば風紀委員の皆さんの無茶は止められるはずです」

 

「…まぁ、知らない所で暴走されるよりは見える所に居た方が良いが」

 

五十鈴の作戦はこれだ、彼女達と一緒に不良になれば、目に見える所での風紀委員の監視と、いざという時の暴走を止める事が出来ると。

 

確かにあそこで何を言ってもそど子さんの意思は変えられないだろうし、そのまま野放しには出来なかったんだが。

 

「それでも…ふりとはいえ五十鈴が不良になる、となるとなぁ」

 

「何か問題がありますか?」

 

「いや、ここ大洗だし、五十鈴の実家も普通にあるだろ」

 

「そうですね」

 

「また新三郎さんとか、それ以上に母親にそんな姿見られたらまた問題になるだろ」

 

特に五十鈴の母親は娘が戦車道をやっていると聞いただけで卒倒したくらいだ、その上不良になったなんて知ったらどうなるか…。

 

「私は私のできる事をしただけで、何も恥じる事はありません」

 

「ってもなぁ、五十鈴が良くても周りがなんと言うか…」

 

「では、こうしましょう」

 

「…どうすんだ?」

 

「前に沙織さんがこう言っていました」

 

…その時点でなんかもう悪い気しかしないんだが?

 

「好きな人には合わせるタイプ…と、私も、その、そんな感じで不良に…とかはどうでしょうか?」

 

「止めろ」

 

五十鈴みたいな普段真面目でおしとやかな子が不良になっちゃう理由としては生々しくてNGとしかいえない。

 

「だいたいそれだと架空の不良相手登場させなきゃだろ…」

 

「…それもそうですね、ですがお母様や新三郎の事は心配ありません、何かあっても私がきちんと説明しますから」

 

「…まぁ、五十鈴がそれで良いなら問題はないが」

 

…問題はない、はずなんだが。

 

「…なんかちょっと拗ねてないか?」

 

そんなに自分の案にNGくらったのが不服だったのか、いや…でもさすがにその設定はガバガバすぎやしない?

 

「いえ、ところで比企谷さん」

 

「ん?」

 

「比企谷さんはご自分が思っているより真面目な生徒…ではないと思いますよ」

 

「なんでいきなりディスられてんの俺?」

 

こう見えて遅刻とかそんなしないし、授業とかサボっても誰もノート写させてくれないから真面目に出てきたんだけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

こうして五十鈴の不良宣言のお陰で上手く風紀委員と行動を共にする事ができた訳だが、ここからはわりとノープランだったりする。

 

「五十鈴さん、今日から私達と一緒に立派な不良になるわよ!!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「…いや、俺は?」

 

…別にいいんだけどね、なんかそど子さん、さっきから五十鈴にはやたら声かけてるんだけど俺には全く触れないんだが。

 

「何言ってるの、あなたはもう充分不良じゃないの」

 

「…えぇ」

 

風紀委員からの俺の扱いって…、冷泉関連はともかく、そこまでこの人達の厄介になった事は無かったんだが。

 

「その目は間違いなく不良だわ、悔しいけど不良に関してはあなたの方が先輩になるわね」

 

目で不良認定とか理不尽にも程がある、なに?メンチビームそんな強そうに見えんの?

 

「比企谷パイセン、チーッス」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「止めろ…」

 

てかゴモ代はともかくパゾ美の奴絶対楽しんでるだろ、この状況。

 

「ゴモ代!パゾ美!リーダーはもちろん私よ!!」

 

「でもそど子、比企谷パイセンの方が不良歴は長いんだし…」

 

「不良は上下関係が大事だって、そど子が言ってたから」

 

「…な!いきなり私より上にいくなんて、あなたどこ中よ!!」

 

「大洗中学なんだよなぁ…」

 

いくら中学時代がさんざんだったとはいえ、さすがに在籍してない扱いは止めて欲しい…。

 

「…まぁいいわ、確かにあなたの方が不良として先輩…いえ、パイセンになるものね」

 

「あの…そのパイセン、というのは?」

 

「知らないの?不良は先輩の事をパイセンと呼ぶのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「いや…違うと思うが」

 

いや、確かにパイセン呼びのイメージはあるけど、実際そう呼んでるか知らないし…、てかなんか馬鹿にされてる響きがするのは俺だけ?

 

「ですが比企谷ぱいせん、これはチャンスでは?」

 

「なんのだよ…あとパイセン止めろ」

 

「ですが不良になると風紀委員の方に宣言した以上、皆様に習うべきかと」

 

真面目かよ、それで定着しちゃったらどうすんだよ、特にウサギチームの一年共とか悪ノリで呼んできそうだぞ、あいつら。

 

「風紀委員の方々が不良になるなら、比企谷ぱいせんが上手く誘導してしまえば」

 

「…そこまでの迷惑行為はしなくなる、か」

 

行動指針が自分達でしか無かった風紀委員なら暴走の可能性があっても、俺が上手く立ち回ればその危険性も無くなると。

 

「…わかったわ、じゃあ比企谷パイセン、不良として私達はまず何をするものなの?」

 

…とはいえ、別に俺だって不良という訳でもないし…俺の中でヤンキー知識となると。

 

「…とりあえずキ◯ィちゃんのサンダル履くとか?」

 

「なによそれ!ふざけてるの!?」

 

「いや、なんか知らんけどヤンキーってだいたいキテ◯ちゃんサンダル履いてるし」

 

※個人の感想です。

 

「…確かにそうかも」

 

※個人の感想です。

 

「そういえば…私もそういう人見た気がする」

 

※個人の感想です。

 

「だろ?上下スウェットかジャージで◯ティちゃんサンダル履けばそれだけでマジヤンキーだから」

 

※個人の感想…でもないんだよなぁ。

 

「…でも私、そんなサンダル持ってないわよ、ゴモ代とパゾ美は?」

 

「持ってる訳ないよ、そど子…」

 

「いや、心配しなくていい、そこでもう1つ、不良になる為に必要な事もできる」

 

「なによそれ?」

 

「キ◯ティちゃんサンダルはドンキに売ってるから、夜中にドンキに行けばもうだいたいみんなヤンキーだから」

 

キティ◯ちゃんサンダル×スウェット×深夜ドンキ=ヤンキー。その数式はマジで誰も異論は唱えられないだろう。

 

「…案外簡単なのね、不良になるのって」

 

「でもいいのそど子、こんな時間から出歩くなんて、本当に不良みたいよ…」

 

「今更なによゴモ代!私達は本当の不良なんだから!!」

 

…とりあえず、当面の暴走はこれで回避できた…と信じたい。

 

「…いや、今からどうやって行くんです?」

 

「もちろんルノーに乗るのよ、不良はバリバリ走るものだから」

 

…ドンキの駐車場に戦車、いや、コンビニに戦車で買い出しに行ってる時点で今更ではあるんだが。

 

「…なぁ五十鈴、お前だって今から買い物行くとかちょっとキツイだろ」

 

「…比企谷ぱいせん」

 

…だよな、五十鈴には無理して付き合って貰っているのだ、さすがに今からの外出となると。あといい加減ぱいせん止めてね。

 

「あんこうチームの皆さんの分も買ってもよろしいでしょうか?私、お揃いにしたいです!!」

 

ノリノリだよこのお嬢さん!深夜のお買い物とかテンション上がっちゃうよね、気持ちわっかるぅ…。



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やはり、彼女達の風紀活動は間違っていない。

展開にはいろいろと迷いましたがやっぱり風紀委員のお話となれば彼女は必須ですよね。

まだまだ最終章の続くガルパンですが俺ガイルの方もゲームの続編が出たり、まだまだ盛り上がりそうでなによりです。
なお、ゲーム機ハード…。


「何かが足りないのよね…」

 

そんな訳で風紀委員の不良行為に付き合いつつ数日、ふとそど子さんはそんな事を呟いた。

 

規則正しいイメージの強い風紀委員なので夜中の行動とか不慣れかと思われたが、大洗の時から夜の見廻りもしてきたのが彼女達だ、わりとイキイキしている気さえしてくる。

 

「やはりそうですよね…すいません、餃子を追加でお願いします」

 

「いや…違うだろ」

 

ちなみにここがどこかと言えば…普通にラーメン屋である。不良行為として夜中にドンキを練り歩き、帰りにラーメン屋に寄る…うーん、不良だね!!

 

「急にどうしたの?そど子」

 

「パゾ美、私達、これで本当に不良と呼べるの?」

 

「でもそど子、夜中に戦車で外出して、こうやってラーメンまで食べてるんだよ?」

 

「…そうね、確かにゴモ代の言う通りやってる事は不良そのものね」

 

まぁ、今までの風紀委員の人達からすればそうなんだろうが…数日たってようやくこの疑問が出てくる辺りやっぱり真面目なんだよな、この人。

 

どのくらい真面目かって数日たってようやくこの疑問が出てくる辺りマジ真面目だ。

 

「でも、このままじゃただの不良のままよ、私達は大洗にその名を轟かせる立派な不良になるんだから!!」

 

だがこの場合真面目だからこそたちが悪い、とさえ言える。そど子さんは現状に満足するつもりはないらしい。

 

…適当に付き合ってればすぐに飽きると思っていたが、その線は難しいか。

 

「…どうする?五十鈴」

 

「はい?」

 

チラリと五十鈴を見ると…彼女は先ほど注文した餃子をぱくりと食べていた。

 

「安心して下さい、比企谷さんの分もありますから」

 

なんの?そりゃラーメンに餃子は鉄板の組み合わせではあるけど今の時間考えてる?てか俺の胃袋の事考えてる?

 

「ここのお店も美味しいですね。少し意外でしたが比企谷さんはいろいろなお店を知ってるんですね」

 

「そりゃ大洗にも長く住んでるしな、一時期には帰航日とかにラーメン屋巡りとかしてた時もある」

 

「まぁ、それは楽しそうですね!!」

 

「だろ?他にやることなさすぎてわりとすぐに制覇できちゃったんだがな」

 

「あの…それはお一人で、ですか?」

 

「むしろ一人だからこそ、だな」

 

そもそも俺はぼっちではあったが引きこもりという訳ではない、むしろ他人に縛られず、自由に行動できるぼっちだからこそ出来た贅沢というものか。

 

「でしたら、今度はぜひ私もお供させて下さい、ラーメン屋さん巡り」

 

「いや、別にやることなんてラーメン食って帰るだけなんだが…」

 

「私は好きですよ、ラーメン」

 

そりゃあなた、ラーメンをスープ代わりにしてる時ありますもんね。やべぇ、説得力が違う。

 

「約束ですよ?ふふっ、これで楽しみが1つ増えました」

 

本当に楽しそうに、その日を待ちわびるように、五十鈴は微笑んで見せる。

 

「………」

 

約束…と五十鈴は言うがそもそも俺は返事をしていない。いや、嫌だとかそういうのではなく、無責任に答えていいものではないのだろう。

 

「…ふん、そんな事言ったって、どうせすぐに私達はバラバラになるのよ」

 

俺の代わりにそど子さんが拗ねたように呟いた。…正直、ありがたいと思いながら、そう思ってしまった自分が嫌になる。

 

転校先が決まれば大洗の生徒はバラバラに他の学校に振り分けられる、それがどこになるのかはわからないが、少なくともこうして気軽にラーメンを食べに行く事はないだろう。

 

「そうかもしれませんね」

 

「そうよ!だったら…そんな約束になんの意味もないじゃないの!!」

 

「意味ならあります。…例え転校先が遠くになっても、一緒にラーメン屋さんを巡る、という約束はありますから」

 

…やることなんてラーメン食って帰るだけ、ただそれだけの為に会えば良い、と五十鈴は言う。

 

「…一応聞いとくけど、俺の意思は?」

 

「ありません」

 

いや、そんなきっぱり言われても…そこ大事じゃないかなぁ?

 

「いや…ほら、めっちゃ遠い所に転校する可能性もある訳だし?」

 

「その時は新三郎を迎えに行かせますので、ご安心して下さい」

 

何一つ安心出来ないんですが…え?玄関開けたら新三郎さん居るの?人力車で待機してんの?怖すぎなんだけど。

 

…思えば、五十鈴は廃校の宣言があったその日でも、誰よりも前を見つめていた。

 

『どんな場所でだって花は咲ける』

 

『バラバラな花は集まって1つになれる』

 

これが彼女の、五十鈴 華の芯の強さなのだろう。真っ直ぐに実直に決して折れる事はない。

 

…とはいえ、やり方がちょっと手段選ばない感じがしてきて心配にはなる。具体的にいえばなんかうちの会長に似てきてない?…マジ心配なんだが。

 

「…何が約束よ、その約束が破られたから、私達は今こんな事になってるんじゃない!!」

 

「…そど子」

 

「私達はルールを守るようにみんなに呼びかけていたけど、そのルールを作る人達が約束を反故にするんだから」

 

そど子さんに続けてパゾ美が呟く。

 

『戦車道全国大会に優勝すれば廃校は撤回』、その約束は文科省によって見事に反故にされた。

 

風紀、規律を守り続けていた彼女達にとって、それは信じていたものに対する裏切りのようなものだろうか。

 

「…それで不良に、ですか?」

 

最初は何を突拍子もない事を…と思ったが、よくよく考えてみれば納得さえする。

 

「そうよ!悪い?」

 

「…いや、まぁ当然っちゃ当然ですね」

 

ルール、規律、規則を守り続けてきた彼女達の努力を無駄にされたようなものだ、なら…不良になってそれらを破るのも仕方ないといえる。

 

「悪いって言いなさいよ!私達は不良なのよ!!」

 

「えぇ…」

 

ただ根本的にどうしようもないのは…この人達マジ不良に向いてねぇな…。

 

「………」

 

切り札はある。こちらには…いや、俺にはそど子さん達をある程度には納得させられる理由を作る事ができるだろう。

 

簡単だ、文科省のあのメガネの役人とのやり取り。それを三人に話してしまえばいい。

 

『全国大会優勝すれば廃校は撤回される』という約束の反故。突然のその宣言にその理由を知らない彼女達からすればルールは守っても無駄なものと感じるだろう。

 

だが、一応だがそこには理由はある。【乙女の武道たる戦車道に男子生徒を関わらせた優勝校に問題は無いのか?】という文科省の言い分が。

 

それを交えて上手く話せば…少なくとも彼女達のこれまでの努力を無駄にしてしまう事はないだろう。

 

「…比企谷さん?」

 

…ここには五十鈴も居る。が、彼女達風紀委員をこのままにしておく訳にもいかない。

 

ルールを守り、規則を守り、規律を守り、風紀を守ってきた彼女達のこれまでを、無駄だと思わせたままにはできないだろう。

 

「…そど子さん」

 

「園 みどり子よ!!」

 

…あー、つい、てかゴモ代とパゾ美には普通にそど子呼びOKしてるよね?いや、ゴモ代、パゾ美呼びも大概だが…。

 

「あー、その…」

 

「比企谷さん、あの」

 

「なんだよ…?」

 

言い出そうとして五十鈴がちょんちょんと服を引っ張る、出鼻を挫かれた事で少し恨めしげに五十鈴を見ると。

 

「着きました」

 

「…誰が?」

 

なんの話し?と五十鈴の見せているスマホを見ると短く『ついた』のメッセージ。

 

この短いメッセージ。となると…相手は。

 

「な!冷泉さん!?」

 

「…そど子、本当にラーメン屋に居るんだな」

 

ガラガラと店に入って来たのは冷泉だ、彼女はそのまま歩いて俺達の座っているカウンターの横に座り込んだ。

 

「…冷泉?五十鈴が呼んだのか?」

 

「はい、麻子さんもずっと事を気にかけていましたから」

 

まぁそれは知ってたが…なんならどんな様子だったか逐一聞きに来てたまであったが。

 

それでも、冷泉が俺達に付き合って風紀委員の三人と行動をする事はなかった。…まぁ、あいつもあれで結構素直じゃない所あるからな。

 

どれくらい素直じゃないって、こうして夜中にメッセージ受けて駆けつけるくらい素直じゃないんだよなぁ…。

 

「今何時だと思ってる?風紀が乱れるぞ」

 

「あ、あなたにだけは言われたくないわよ!!」

 

「…そど子が居ないと風紀が乱れる」

 

「風紀なんてもうどうでも良いのよ!私達のやって来た事なんてどうせ全部無駄だったんだから!!」

 

そど子さんが怒鳴り散らすが冷泉はただそれを静かに受け止めた。

 

「…今日、ここに来るまで大洗の生徒を一人も見かけなかった」

 

「…何の話よ?」

 

「そど子は見たか?不良として最近ずっと出歩いてたんだろ?」

 

「…そういえば」

 

「私達、毎晩のように出歩いてたのに」

 

パゾ美とゴモ代が顔を見合わせる、冷泉の言う通り、大洗の生徒を夜中に見た事が無い気がする。

 

「みんな風紀を守ってる、大洗の時からそど子が守らせていた結果だ」

 

…風紀委員の仕事には夜の見廻りも当然する。100人以上の風紀委員で全員おかっぱなんで夜中に出くわすとわりとホラー感はあるんだが。

 

「朝だって、みんなきちんと起きてくる、もう学校も無いのにだ」

 

「あ、あなたは起きてないでしょ!!」

 

「…最近は、起きてる、ほんのちょっと…早くは」

 

あ、今露骨に目線逸らしてる…。いや、まぁ…確かにバレー部の早朝ランニングの件で多少は改善された所はあるからね。…多少(当社比)はね。

 

「だから、そど子が大洗でしてきた事が無駄になっている…なんて事はない」

 

彼女達風紀委員は夜は遅くまで見廻りをして、朝は誰よりも早く来て校門の前で大洗の生徒達を取り締まってきた。

 

学校が廃校となった今でも、大洗の生徒がヤケになって不良行為をした話は耳にしていない。…当の風紀委員本人達を除いての話にはなるが。

 

「私は…」

 

「それに、せっかく朝起きてもそど子が居ないと…ちょっとさみしい」

 

「わ、わたっ、私は…さみしくなんてないんだからぁ」

 

目いっぱいに涙を浮かべ、そど子さんは泣き出した。

 

「…そういえば、ラーメンを食べに来たんだったな」

 

それを見た冷泉は少しだけ微笑むとわざとらしくメニューを開く。

 

「ちょっと冷泉さん、こんな時間に外食なんて規則違反よ!!」

 

涙を流しながらもそど子さんはいつもの調子で冷泉を怒鳴り付けた。

 

「泣くか怒るかどっちかにしてくれ、だいたいそど子だって食べてるだろ」

 

「これは…夜食よ!私達は風紀委員の見廻りの最中だったの!!」

 

シレっととんでもない正当化してきたよこの風紀委員…いや、まぁでも、やってきた事はそう大差ないのかもしれない。

 

ルノーで走行しつつ街を見廻りし、ドンキで店内を見廻りし、夜食でラーメンを食べて帰る。…今回風紀委員がやった事はそれくらいだ。

 

大洗学園は不良の居ない、健全潔白な学園艦です、通して下さい。…なお、船底とか船舶科は知らんけど。

 

「決めた、比企谷さん、私は醤油ラーメンを頼む」

 

「…いや、なんで俺に言うの?店に言え店に」

 

「比企谷パイセン!私は替え玉を貰うわ!!」

 

だーからなんで俺に言うんですかね?何?パイセンだから飯奢れってでも言いたい訳?



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その答えを、五十鈴 華は許さない。

実はずっと前からバレンタインの特別ストーリーを考えて温めていたりしています。
なんなら温めすぎてもう溶けちゃってるまである。


「だから私達は学園の風紀の為に…ちょっと冷泉さん、ちゃんと聞いてるの!!」

 

「ちゃんと聞いてるぞ…そど子」

 

いや、まぁ…そど子さんがいつもの調子に戻ったのはなによりなんだが…。

 

「聞いてるが…その話もう何度目だ?」

 

ぐぃっとコップの水を飲み干してくどくどと話を続けるそど子さんだが、先ほどから話がループしている。

 

「これ、アルコールでも入ってんじゃねぇの…?」

 

「私達もいただいてますし、ただの水のはずですが…」

 

完全にめんどくさい酔っ払いムーヴだ、闇落ちやさぐれから不良、最終的に行き着くのが酔っ払いとか、ここ数日で大概の駄目人間ムーヴを制覇したんじゃねぇの?この風紀委員長。

 

「よほど言いたい事が溜まっていたのではないでしょうか?」

 

「まぁそうなんだろうが…」

 

とはいえ風紀委員の不良化という問題は解決しただろうし、正直そろそろ帰りたいのが本音ではある。

 

「こうなるとそど子は長いから…」

 

「帰れる内に帰った方が良いと思う」

 

そんな俺の雰囲気を察してくれたのか、パゾ美とゴモ代がひそひそと合図をくれる。

 

これはアレだな、宴会の席で飲むと説教が始まる近寄りたくない上司とその扱い方を知ってる部下。

 

「五十鈴」

 

「そうですね…」

 

そして酔っ払い上司に絡まれる新入社員…この場合は俺と五十鈴だろう。顔を見合わせると彼女も頷いて立ち上がる。

 

「わ、私もそろそろ…」

 

「ちょっと冷泉さん、どこ行くつもりよ!話はまだ終わってないわ!!」

 

乗るしかない!このビッグウェーブに!!と、冷泉も立ち上がろうとするがそど子さんにがっちりマークされているのですぐに声をかけられてしまった。

 

「いや、もう帰らないと風紀がまずくないか…」

 

「そう!その風紀よ!私達は学園の風紀の為に…」

 

そして物語はループする!!基本的にこういった場での酔っ払い上司は話さえ出来れば満足なので誰か一人が犠牲になれば解決する。

 

そう…冷泉は犠牲になったのだ。古くから続く宴会のお約束。その犠牲の犠牲に…。

 

「…二人共、表にⅣ号が停めてあるから、それで帰ってくれ」

 

「いや、助かるけど…お前はどうすんだ?」

 

「私はルノーで帰る、仕方ない…今日はそど子に付き合ってやるとする」

 

「なによそれ!私があなたに付き合ってあげてるのよ!!」

 

「はいはい…」

 

なんかもう、この二人実はもう付き合っているのでは?なんかシレッと朝に帰って来たりしないよね?【大洗の風紀が乱れる!!】。

 

「一応私達も居るんだけどね…」

 

まぁパゾ美とゴモ代の二人も居るし…風紀が乱れるあれこれが起こる心配は無いだろう。…無いのかぁ。

 

「五十鈴さん、その…連絡、ありがとう」

 

「いえ、皆さんには私からお話しておきます」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

西住達も心配してるだろうしな…、というより慌てて一人で戦車走らせてここまで来たとか、どんだけそど子さんの事気にかけていたのか。

 

「比企谷さんも…いや、いいか、ラーメン、ご馳走様」

 

「ゴチになります!比企谷パイセン!!」

 

「いや、奢らねぇし…」

 

…ま、俺にお礼が無いのは当然だろう、そもそもが何かした訳でもないのだし。というか心なしか俺への当たりが強い気さえする。

 

まだ話を続けるそど子さんとそれに付き合う冷泉、そしてゴモ代、パゾ美を残して俺と五十鈴はお会計に向かう。

 

「…帰んのかい?」

 

「えと、俺達は先に…すいません、長居しちゃって」

 

ラーメン屋の店主が声をかけてくる。しまった…思えばただでさえ深夜の時間帯だというのに騒ぎすぎた。

 

「…あれならあいつらにも出てくように言っときますが」

 

ことラーメン屋において客の回転率というものはなによりも重要視されるものである、入店から注文、そこから食して店を出る。これをスムーズに行う事こそラーメンマナーの一つともいえる。

 

どれくらい重要かって、親子連れで店に来た者が親が先に食べ終えたという理由で子供がまだ食べているのに店から出された事例なんかもあるくらいだ。子供がまだ食べてる途中でしょうが!!…マジで食べてる途中なんだよなぁ。

 

まぁそれはやりすぎにしても、だ。これはラーメン屋に限った事でもないが飲食店には守るべき最低限のルールがある。正直ろくに注文もせずに仲間内で喋ってばかりで延々と居続ける客こそ迷惑な者はいない。

 

そう考えるとやはり全ての飲食店をお一人様専用にするべきなのでは?ぼっちを基準にすれば誰でも飲食店に入りやすく、店の回転率も上がる。やべぇよ…飲食店コンツェルンの才能まで発揮してきたよ。

 

そんな自分の才能を恐ろしく感じる反面、約束通りに五十鈴とラーメン巡りをしたとすれば外に出て俺の完食を待つ五十鈴の姿を想像してしまった。…八幡がまだ食べてる途中でしょうが!!

 

「いや…いいさ、学校があんな事になってんだ、こうなるのも無理はねぇよ」

 

…大将(トゥクンッ)。いや…本当に迷惑かけてごめんなさいね、またお店にも通わせて頂きます。

 

「これはサービスだ、良かったらあんたらも食べてきな」

 

大将!!

 

そういってラーメン屋の大将が皿いっぱいに持ってきてくれたのは…。

 

「まぁっ!美味しそうなきゅうりですね!!」

 

「…あぁ、うん、そうね」

 

…なぜラーメン屋できゅうり?いや、きゅうり入ってるラーメンもそりゃあるんだけどね。ただ、なぜここできゅうりが出てくるのかしら?

 

「今朝、新鮮なやつが聖グロリアーナの学園艦から届いたんだ」

 

「…あの学園艦マジなんなの?」

 

なにこれ?生産地は聖グロリアーナなの?【私が作りました】的な感じでダージリンさんとか出てくるの?

 

あの学園、銘菓としてグロリアーナ煎餅なんかも売り出してるんだよなぁ…お嬢様学校とはなんなのか、今一度考え直す良い切欠なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「ラーメン屋の駐車場に…Ⅳ号とルノー」

 

なんというか…さすがにもう慣れたというか、最早日常まである。そもそもが今からこのⅣ号で帰ろうとしている手前文句も言えまい。

 

「では帰りましょうか、比企谷さん」

 

「…あー、まぁその、ちょっと待ってくれ」

 

「はい?」

 

不思議そうに首を傾げる五十鈴の返事も聞かず、俺は店の入り口に置いてある自動販売機に向かう。

 

ラーメン屋の自動販売機設置率はガチ、これはラーメンの後の一杯が格別だという証明にもなるのではないだろうか?…スープ?スープもジュースも飲むんだよ!!

 

小銭を取り出して投入、指先は吸い込まれるようにいつもの物へと誘導される。なんかもう、「マスター、いつのも」で通用するのでは?とさえ思ってしまえる。

 

ガタン、と出てきたのはそのいつものマックスなコーヒー、その黄色と黒のギザギザな缶を取り出すと五十鈴に向けた。

 

「えと…比企谷さん?」

 

「その…今日は助かった」

 

あの時、あのタイミング。五十鈴が冷泉に連絡を入れてなければ俺は事情を風紀委員の三人に、そしてその場に居た五十鈴にも話していただろう。

 

結果その必要は無くなり、安堵している。…そう、安堵してしまっている。

 

悪い事が見つからなくてホッとしている子供のように、バレなくて良かったと、安堵してしまっている。

 

「だから…まぁ、これはその…報酬的な、もんだ」

 

違う。これは単なる罪悪感からの逃げだ。それをただ誤魔化すだけの自己満足の行為がこれなのだ。

 

「…報酬、ですか」

 

「…あれだったら別のを買い直すが」

 

「いえ、報酬という事なら頂きます、ですがその前に…」

 

と五十鈴は俺からマッ缶を受け取るとぎゅっと握りしめ、てくてくと足取りを俺の隣へ。

 

「…五十鈴?」

 

何をするかと一瞬警戒したが、五十鈴は俺よりもその隣にある…自動販売機の前に立って小銭を入れる。

 

ガタンと出てきたそれは先ほど俺が購入した物と同じ、自動販売機の光に照らされながらも黄色く、黒いギザギザコーヒー。

 

「どうぞ」

 

五十鈴はそれを、俺の目の前に差し出した。

 

「いや…どうぞって、何が?」

 

マックスコーヒーが2つ…来るぞ!遊馬!!いや、何が来るの?ただでさえマックスを吟っているのに。

 

「今回の報酬です。今度は私から、比企谷さんに」

 

「…いや、今回俺何もしてねぇし」

 

いやはや、そんなマックスコーヒーなんて最高の品を頂く訳には…いや、マジで俺今回なんもしてねぇな。

 

最初こそ風紀委員の暴走に付き合ってはいたが、問題を解決したのは冷泉で、その冷泉を呼び出したのも五十鈴だ。

 

「そうかもしれませんね」

 

…そこは否定しないんですね。いや、否定のしようが無いんだろうが。

 

「ですが、何もしていない事が報酬を受け取らない理由にはならないと思いますよ」

 

「まぁ世の中ろくに仕事してないのに同じ職場にいるってだけで仕事の出来る奴より給料貰ってる奴なんかは山ほどいるが…」

 

「比企谷さん、私は真面目な話をしているんですが?」

 

怖ぁ…五十鈴さん目、怖ぁ、暗がりなのにギラっと光ってさえ見えるよぉ…。

 

「…冷泉だってお礼は五十鈴にしてただろ、今回の仕事はお前が解決した、それが全てだ」

 

「麻子さんがどうして比企谷さんにお礼を言わなかったのか、わかりませんか?」

 

そりゃ…ほら、冷泉ってちょっとツンデレ入ってるし…。いや、世間一般のツンデレとはまたタイプが違うんだがそこがまた良いというか、ちなみに僕は凄く良いと思います!!

 

「比企谷さんが何もしなかったから、ではありませんか」

 

「やっぱ何もしてねぇじゃねぇか…」

 

「麻子さんが風紀委員の方々を心配していたのは知っていたはずです」

 

「まぁ…そりゃな」

 

それは風紀委員が不良を目指して暴走行為をする前のやさぐれモードの時から、冷泉はそど子さんの様子を気にしていた。

 

もちろん直接聞いてきた訳ではなくて、それとなく探りをいれる感じではあるが。全く…安達も見習え、いや、安達を見習えと言いたい。

 

「でしたら、比企谷さんが麻子さんを呼ぶ事だって出来たはずです、それこそ今日なんかよりも…ずっと前から」

 

「………」

 

冷泉を頼り、事情を話して協力して貰い、風紀委員と話をさせる。

 

確かに出来ただろう。なんなら風紀委員達がここまで拗れる事もなく、問題はよりスピーディーに解決出来た。

 

その最初から目の前に転がっている答えを、俺はあえて見ないでいただけだ。

 

「…生徒会の報告書の事も、私達には言わずに自分だけでやっていましたし、今回も本当は一人で解決したかったのではありませんか?」

 

「…依頼だからな、それも仕事だろ」

 

そう、仕事だからだ。仕事なんてそんなものだ、仕事だから仕方ない。引き受けた以上責任というものがある。

 

「比企谷さん」

 

「…なんだよ?」

 

そんな、仕事という言い訳を、逃げ道を。

 

「今回、依頼者は誰も居ませんよ」

 

彼女は、五十鈴 華は許さない。

 

「………」

 

この風紀委員の不良化問題は別に奉仕部として生徒会から依頼されたものではなく。

 

五十鈴から手伝って欲しいと言われた訳でもなく。

 

冷泉からそど子さんを頼まれた訳でもない。

 

もちろん、当の風紀委員からすればむしろ不良化の邪魔をされただけだ。

 

それを仕事と無理やり結び付け、目の前の問題にただ飛び付いた。

 

そうすれば、少なくとも奥底にある一番の問題からは目を逸らせる。

 

「…比企谷さん、その、何かありましたか?」

 

「…労働の尊さについ最近目覚めたところでな」

 

あと愛しさと切なさと心強さにも…いや、愛しさはねぇな、なんなら労働には切なさしかないまである。

 

「………」

 

五十鈴がじっと俺を見る、あぁ…これ絶対信じてないやつだわ。…だよね!俺だって八幡がいきなりそんな事言い出したら「誰だよこいつ」とはなる。

 

だが、五十鈴がここまで踏み込んでくるのなら、ここら辺が潮時…なのだろう。

 

想定よりずっと早いが。それでも…このまま彼女達を欺き続けるよりはずっとマシなのかもしれない。

 

そんな偽りの青春は…きっと間違っているのだから。

 

「…五十鈴」

 

「…そろそろ戻りましょうか、夏とはいえ、少し寒くなって来ました」

 

「…は?」

 

「Ⅳ号は私が操縦してもよろしいでしょうか?ふふっ、これでも元操縦手ですし」

 

元操縦手(校内模擬戦の一戦のみ)。いや、そういやあんこうチームって全員戦車の免許は取ってるんだっけか…?

 

いや、今はそんな事はどうでも良くて…。

 

「良いのか?その…」

 

「大切な話なら、私は…いえ、私達は話してくれるまで待ちます」

 

…やめてくれ、頼むからまたそうやって逃げ道を作らないでくれ。そんな物が目の前に現れたら、俺はズルズルとそこに逃げ込んでしまう。

 

「いや、話ならーーー」

 

「ただ比企谷さん、これだけは一つ覚えていて下さい」

 

言いかけて、止まる。俺の心境の全てを吹っ飛ばすように、五十鈴は指でピストルの形を作り、その指先を俺に向けていた。

 

「私は砲手ですので、ここぞ…という場面では外すつもりはありませんよ」

 

その指先を、ちょこんと俺の胸に当てて微笑みかける。

 

「…それでピストルの形って、なんかちょっと違わない?」

 

それもう砲手じゃなくてただの銃じゃん、ハジキにしてチャカじゃん。…なんであれ、どっちにしろ撃たれるんだよなぁ。

 

「そこは…あの、気持ち的に、です」

 

彼女は恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべるとそそくさとⅣ号へと向かっていった。

 

…なんならもうとっくに撃ち抜かれてるまである気さえしてしまったが、たぶん、まぁ、大丈夫だろう。

 

その証拠にさっきからどくどくとうるさいくらい、心臓が早く動いているのだから。



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どんな状況でも、カバさんチームは歴女である。

最近『俺の青春ラブコメは間違っている』の新刊を読んでヤル気がモリモリ沸いてきた!やはり新作は良いですね…久しぶりに俺ガイル成分が供給された気がします。

ガルパンもそうですが俺ガイルも原作小説やアニメが終わってもちょくちょく展開が続いてくれて、本当に嬉しい限りです。


学園艦廃校の慌ただしさもおおよそ落ち着きを見せてきたとも言える。

 

この仮住まいの校舎でも運動場や体育館では大洗の運動部だった生徒達が前程ではないにせよ各々に活動に精を出しているのか、号令や掛け声なんかも聞こえてくる。

 

この辺りを見るとバレー部の根性注入という名目の早朝ランニングは成功した、と言っていいだろう。…なお、当のバレー部はそのせいでまた練習場所が減ってきている模様。

 

また転校先に向けてかとにかく勉強に勤しむ生徒も見られる。運動と勉強、どちらか選べと問われるならまだこちらの方がマシだろうか。

 

が、転校先の振り分けは文科省に一任されているのでどのレベルの学園艦に転校させられるかも全くわからない糞システムではモチベーションが上がるはずもない。

 

そんな生徒は何も俺だけに限った事ではなく、日々も無為に過ごす生徒が大多数といった所だろうか。

 

夏休みの終わりからの廃校宣言を得てこの日々だ、場合によっては夏休みの延長とも捉える事が出来るだろうが、さすがにここまでやることの無い日々が続くとダレてもくる。

 

そう考えると日々やることが無いのにしっかりと生きているニートってマジヤバくね?俺にはそんなツラい日々は耐えられないのでここは専業主夫のポジションを甘んじて受け入れるつもりです、どうも僕です。

 

「一緒にされるのは心外だな」

 

「そうとも、我々はこうして日々研鑽を重ねている」

 

そう答えたのはカバチームのカエサルとエルヴィンだ、彼女達歴女チームはⅢ突に天幕をはり、テントも備え付けて野営をしている。

 

見た感じテントはエルヴィンの私物だろうか。秋山と同じく、あいつもなかなかの軍マニアだ。ただ違うのは新撰組や六文銭、風林火山ののぼり旗、さらにはローマの軍旗がミックスされたキメラ感抜群の仕上がりになっている。…何軍だよ、ここ。

 

「研鑽ねぇ…、例えば?」

 

「昨日も夜通し、歴史について語り尽くしていた所だ」

 

「日本の夜明け、しかとこの目で見たぜよ」

 

「消灯時間を過ぎての夜ふかしだな、風紀委員に報告しとく」

 

なんなら夜ふかしどころか徹夜なんだよなぁ…。よくもまぁ、そこまでネタが尽きないと感心すらしてしまう。

 

「あぁ!待て!我々はあくまで勉学の為にだな…」

 

こいつらの勉学は歴史に全振りしすぎてるし、なんならテストで絶対出てこない部分が大多数を占めてる訳だが。

 

「くっ…彼女達の復活は素直に喜ばしいが見廻組、新撰組に怯える日々はさながらまるで攘夷志士のようぜよ」

 

「「「それだ!!」」」

 

どれだよ、そもそもおりょうは坂本龍馬の奥さんの名前名乗ってるのに新撰組ののぼり旗立ててる辺り、どっち派なのかとつっこみたくなる。

 

…そもそもどっち派なのかと聞く以前に気になった事がある。

 

「そういや一人だけ偉人の奥さんなのはなんでだ?」

 

カエサル、エルヴィン、左衛門佐と、他のメンバーは偉人本人の名前を名乗ってるのに、一人だけ坂本龍馬と名乗らないのには何か理由でもあるのだろうか?

 

ちなみに左衛門佐は真田幸村の事である、そっちもなんで真田幸村と素直に名乗らないのか…と考えて、そもそもなんで偉人の名前を名乗ってないのかの疑問の方が出てくる辺り、俺もだいぶこいつらに毒されてるよな…。

 

「そ、それは…」

 

「ヘルマン、さすがにそれは…」

 

「全く、デリカシーに欠けるな」

 

え?何?偉人名乗ってコスプレしてる人達にデリカシーについて糾弾されてるの俺?

 

「そういえば坂本龍馬とおりょうといえば、日本で初めて新婚旅行をした夫婦、とも言えるな」

 

「照れるぜよ」

 

いや、そこで照れるのはおかしい。

 

「え!?そうなの!!」

 

新婚旅行…という単語にどこからか召喚された彼女は勢いよく飛び付いた。いや、別に召喚された訳じゃないけど、なんなら最初から居たんだが。

 

「ほう、武部殿も(歴史に)興味がおありか?」

 

「もちろん!(新婚旅行に)興味がない女の子なんて居ないよ!!」

 

うーん、これ絶対お互い興味の対象は違うんだろうが、まぁ中身が同じなら構わないのか。

 

「寺田屋事件の後、負傷した坂本龍馬の湯治を兼ねて二人で鹿児島周辺の温泉を回ったという、これが日本初の新婚旅行とも言われているぜよ」

 

「きゃー素敵!私もいつかそんな旅行してみたいかも…」

 

「その想定だと、夫側負傷してんじゃねぇか…」

 

「歴史にはロマンはもちろんだが、ロマンスも多い」

 

「ふむ、浅井長政とお市」

 

「ブラント陸軍大尉とミーケ」

 

「カエサル、アントニウス、クレオパトラ」

 

「「「それだ!!」」」

 

いや、だからどれだよ、あとなんか一つ違わない?

 

「歴史…なんかちょっと興味出てきたかも」

 

「ふふっ、語り合うなら我々はいつでも歓迎しよう」

 

「同志として、夜通し語り尽くそうではないか」

 

武部がチョロすぎて心配になってくる…、信じて送り出した彼女が翌日にはソウルネーム名乗ってそうで怖いんだが?

 

「まぁでも、この様子なら大丈夫そうね」

 

「…だな、そろそろ次に行くか」

 

「もう行くのか?我々のボードゲームの結末を見届けてからでも遅くはあるまい」

 

「いや、もう結果出てるだろ…それ」

 

ちなみに歴女チームだが、俺達が来る前からボードゲームをやっていたようだが、戦局はパッと見た俺でもすぐにわかるくらい明らかだ。

 

「え?なになに、どっちが勝ってるのこれ?」

 

横から武部も覗き込む、ふわりと揺れた髪からシャンプーの微かな匂いがした。…いや、ちょっと近いんですが?

 

「エルヴィンとカエサルの方が負けているな」

 

見た感じエルヴィン・カエサルと左衛門佐・おりょうによる2対2でやっていたようだが。…車長の居る方がボロッかすにやられてるんですがそれは?

 

「ほう、わかるのか、ヘルマン」

 

「まぁこの手の戦車モデルのボードゲームは何回かやった事あるし」

 

「「「「「…えっ?」」」」」

 

武部も歴女達も固まっていた、特に歴女達は普段の芝居かかった感じがなく、素で「え?」と声に出していた。

 

彼女達の言わんとする続きが手に取るようにわかる、「え?ボードゲーム一緒に遊べる相手とか居たの?」みたいなアレだろう。

 

「最近はネットでこういうマイナーゲーでも対戦できる時代なんだよ…」

 

いい時代になったものだな、ケンシロウ…と、俺の心の中のシンが語りかける。

 

「あー、そういう事ね、もう、びっくりさせないでよ」

 

武部が文句でも言いたげに軽く肘で小突いてくる。いや、別に痛くもなんともないんだが。

 

「いや、なんでびっくりされてんの?そこ非難されるのおかしくない?」

 

「ネット対戦か…我々には不得手なものだな」

 

「そうか?対戦相手の顔見えないし今後会う事は無いだろうから何しても後腐れはないし、負けそうになれば最悪切断しちまえば良い」

 

「うーん…是非とも今後一手、と思ったが」

 

「あまり戦いたくない相手ぜよ…」

 

いや、さすがに見知った相手にチェス盤をひっくり返すような真似はしませんよ?…たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「これでカバチームもクリア…と」

 

生徒会から受け取ったファイルにチェックを入れる。…夜ふかしの件は…まぁ黙っといてやるか。

 

要するに仕事である、日々を無為に過ごすと言ったな?あれは嘘だ。いや、違うか…嘘であって欲しかったなぁ。

 

現在大洗の生徒は仮校舎での仮住まい、とはいえ生徒数が多いので部屋が足りず、希望者は校舎外…つまり外でのテント生活が許可されている。

 

あんこうチームやウサギチーム、そして先ほどのカバチームもその中の一つだ。

 

ちなみに部屋が足りないというのに堂々と一人で教室を独占してる奴もいるらしい。マジかよ許せねぇな、そういう奴には仕事という対価をきちんと割り振らないとね!!

 

そんな訳で割り振られた仕事がこれである、要するにテント組の生活の確認、調査と校舎で主に仕事をしている生徒会では手の回らない案件が舞い降りてきたのだ。

 

「別に、これくらいならわざわざ手伝って貰わなくても良かったんだぞ」

 

「え?別に良いでしょ、これくらいなら手伝ったって」

 

俺のいうこれくらいが「これくらいの仕事一人で余裕だ」、という意味なら、彼女のこれくらいは「これくらいの仕事手伝っても苦にもならない」という事なのだろう。

 

実際、やることなんてテント張ってる奴らを回ってチェックシートに書き込むくらいだ。…これ、風紀委員が復活したんだし、あの人達の仕事じゃね?

 

「それにほら…テントで生活してる人達って私達戦車道のメンバー以外にも居るし」

 

「いや、そりゃ居るけど…なに?」

 

「だって比企谷は…ほら、話せるの?」

 

なにその不安と慈愛の混じった表情、お母さんなの?引きこもってた子が学校行くのを複雑な気持ちで見送るお母さん感なんだが。

 

「お前は俺をなんだと思ってるんだ…、なんならファミレスでバイトとか接客業の経験だってあるぞ」

 

まぁわりと早い段階でバックレちゃってるが、経験は経験だ。そもそも接客業は注文をテンプレ通りに聞いてテンプレ通りに出すマニュアルがあり、そこに私語が挟まる余地は少ない。

 

「俺は私語は苦手だが、こういう業務連絡的なやり取りは得意なまである、だから安心しろ」

 

「それ聞いたら余計不安になるんだけど…じゃあなんでさっきから戦車道のみんなの所にしか行ってないのよ?」

 

気付かれていたか…いや、そりゃ気付くだろうが、とりあえず今までは戦車道メンバーを中心にテント組を回っていた。

 

あんこう、ウサギ、アリクイ、レオポン、アヒル、そして最後に先ほど訪問したカバチームとこう見るとだいたい戦車道メンバーはテント組だな。

 

ちなみにウサギチームはこの短期間でずいぶんサバイバル能力が向上していた、なんか魚大量に干してたけど、あれ、何かの儀式なのかな?

 

他にも筋トレに勤しむアリクイチームにポルシェティーガーをなにやら弄っているレオポンチーム、カバチームもそうだが、わりと順応性高いよね、うちの戦車道チーム。

 

じゃあなんでわざわざ一般生徒を後回しにしたか…と言われれば、他でもない、武部本人に問題がある。

 

いや、武部本人に問題はないが。…俺にはあるのだ、だから要するに、問題は俺にある。

 

武部 沙織は元々、戦車道が始まる前からクラスでも人気者で目立っていた、誰とでも気さくに話せるコミュ力モンスターで気配り上手。そして女子力の高さ。ホント、なんでモテないのこの子?

 

まぁそんなただでさえ人気者の彼女に戦車道の活躍もプラスされたのだ。実際、大洗でもファンレターは西住に次いで多いくらいだろう。

 

そんな彼女の隣で、一緒に一般生徒を訪問して回る。

 

基本的に大洗の生徒の中で俺の事を知る者は少ない、さらには戦車道になると関わっている事すら知らない者が大多数だろう。

 

もちろん、生徒会からの名指しの呼び出しは多いが、そうなると認識的には「生徒会の人」か「生徒会の犠牲者」、あとは「生徒会の犬」のイメージが強いのだろう。わー不名誉。

 

…まぁそのお陰か、今回の大洗学園廃校の影に『戦車道に関わる男子生徒が居た』という事実を知る一般生徒は居ないのだろうが。

 

…戦車道の仕事だけなら内輪の内に済ませた事も、一般生徒が混じり、相手となれば話も変わってくる。

 

奇異の目で見られる事はないだろうか?妙な噂を立てられる事になるのではないだろうか?

 

そもそも、そう思われる事すら俺の自意識過剰なんじゃないだろうか?そんなぐるぐるとした考えが先ほどから消えてくれない。

 

「それはまぁあれだ、軽いウォーミングアップ…的な?」

 

「いや、ウォーミングアップ必要な時点でおかしいから」

 

とはいえ、遅延作戦にも限界はある、戦車道メンバーのリストが埋まったなら、次は当然一般生徒の番だ。

 

「あー…ところでなんだけど、それ」

 

「え?これ」

 

話題を切って誤魔化すつもりで聞いたが、彼女は今朝からなにやらバスケットを持ってきている。…バスケットっていってもボールじゃないからね、一応。

 

「…なんだったら持つか?」

 

どっちにしろ荷物には違いない、中身がなんなのかは知らないがずっと持ったまま移動させているのもどうにも決まりが悪い。

 

「え?いやいや、大丈夫!そんな重いものじゃないから!!」

 

「そうか?」

 

「…重いもの、じゃないよね?」

 

「いや、知らんし…そもそも中何入ってんの?」

 

「…比企谷、それ聞くのはちょっとデリカシー無いんじゃない?」

 

ぶーっと頬を膨らませて不満気なご様子。じゃあなんで重いか聞いたの?わかるわけないじゃん…。

 

「あと、そもそも女の子の持ち物を持とうとするのがダメなの、良い?」

 

「いや、荷物とか持たされた事普通にあるんだが…」

 

「そこは持って欲しいの、そこら辺の乙女心をきちんと見極めていかないとモテないんだからね」

 

難しいなぁ乙女心…どっかにトリセツとかないの?あっても長々と書いてあって読む気失せちゃいそうだなぁ。



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実際の所、男の子はこういうのが好きである。

モブで男子キャラを書くとどうしても戸部っちがチラついてしまう辺り、やっぱり良いキャラクターしてますよね、彼。

正直、俺ガイル本編でも葉山と戸部と八幡の三人で仲良く(悪く)なんか単純にワイワイやってる話とか見たいと思っているのは自分だけでしょうか?いや、違うはずだ!!

やはり時代ははやはち…腐腐腐腐腐。


キャンプのまち、大洗。

 

キャンプと聞くとおよそ多くの者は山を想像するだろうが海に面したここ、大洗町にも有名なキャンプスポットはもちろんあるし、なんならそれを目当てに訪れる観光客も多い。

 

森がメインの大洗キャンプ場、海がメインのサンビーチキャンプ場、湖畔がメインの夕日の郷、と三者三様テーマの分けられたキャンプ場があるので幅広いニーズにも対応できる。

 

オーソドックスに森の中でキャンプをしたいなら大洗へ、広大な海を眺めながらキャンプをしたいなら大洗へ、湖畔で静かにキャンプをしたいなら大洗へ。やだ…この町、ちょっと最強すぎません?

 

そんなキャンパーにとって夢の聖地ともいえるのが大洗だ。これはもう、ゆるゆるしたあのキャンプアニメともコラボして聖地となり、巡礼者がやってくるのでは?

 

え?もうすでに別アニメとコラボしてる?戦車アニメ?なんの繋がりがあれば町と戦車がコラボするんですか?(正論)。

 

と、別に大使として任命された訳でもない大洗観光PRはここまでとしても、キャンプ地と大洗の親和性は十分に伝わったのではないだろうか。

 

「さぁ!張り切っていこー!!」

 

俺の隣で気合いを入れるのは俺なんかよりよっぽど大洗観光大使としてPRに向いてる気がする武部だ。いや、武部ってよりあんこうチームがね…、駅前で【ようこそ!大洗町へ!!】みたいな看板持ってそう。

 

「ここら辺が一番テント組が多いな」

 

「いわゆる人気スポットってやつね」

 

テント組の多くが生活するエリアという事であちこちで貼られたテントで生活してる生徒達が見える。

 

キャンプ場所としても広く、近くにはトイレ施設や水道と一通り必要なものがあるので人気があるのも頷ける。

 

「ほーん…っても、お前らあんこうチームはここは止めたんだな」

 

「私達のはゆかりんのチョイスした場所だからね」

 

そういえばウサギチームのキャンプ場所もここからは少し離れていたがあれも秋山チョイスだった辺り、こういう人気のありそうな場所はあえて避けたのだろうか。

 

まぁ人が多いという事はそれだけ混むという事で、結局はトイレだったり水道施設だったりはどうしても待ち時間が生まれてくる。

 

なんかあれだな、「ここも悪くはないんですが…」のやんわりとした否定から長々と講釈を流す秋山が想像できてしまう。

 

「しかしこう見るとテントで生活してる奴らも結構多いよな…」

 

結構というか、かなり多い。いや、多い分には部屋の足りてないこの仮校舎住まいではありがたいまであるが、みんなそんなにキャンプしたかったの?

 

「…気持ちはわかる、かな」

 

「いや、わざわざ苦労して外で生活せんでも良いだろ」

 

「その苦労も思い出っていうか、だってほら…最後かもしれないじゃない」

 

「…まぁ、そうだな」

 

今の生活はあくまでも転校先が振り分けられるまでの一時的なものだ、そしてその転校先の選択肢は俺達には無い。

 

見知った友人とバラバラの学校に編入される可能性だってある。いや、どちらかというとバラバラになる可能性の方が高いくらいだ。

 

そのカウントダウンはもう始まっているし、なんならこの生活が始まってからしばらく経つ事を考えれば明日にでも転校先が決まる可能性もある。

 

だからこの仮住まいの短い時間はそんな友人達と過ごす最後の時間になる。その時間に、キャンプという普段とは違う生活を選択するのも…まぁ、わからんでもない。

 

そう考えると先ほどのカバチームが夜通し歴史について語っていたのも残された時間を惜しんでの事かもしれない。…いや、違うか、あいつらの場合それとは関係無しでだいたいいつも夜通し歴史について語り明かしてそうだし。

 

「あれ、沙織さん?」

 

「どうしたの?こんな所に」

 

「うん、生徒会から頼まれたんだけどね」

 

だったら、あんこうチームも…きっと。

 

「ほら比企谷」

 

「…ん」

 

呼ばれて見ると武部が少し不機嫌そうに俺の方を振り返って手招きする。

 

「仕事仕事」

 

…手招きされてのこのこと行き着く先が仕事って地獄かな?いや、ここには仕事で来てるんだし、端から見ればポツンと突っ立っていた俺はサボりにはなるんだろうが。

 

「えーと…」

 

武部の手招きに呼ばれては見たものの、先ほど武部と会話をしていた女子生徒も俺の登場に困惑している様子だ。なんかごめんね、俺で。

 

「あぁ、生徒会の人」

 

「違う」

 

「ひっ!!」

 

いや、なんで怯えられたの?いや、いきなり生徒会呼ばわれされれば誰だって多少はイラっとはくるよね?うちの生徒会アレだから。

 

「…違うが、生徒会案件ではある。なんか生活に不備とか無いか?」

 

「えと、そうですね…」

 

戸惑いながらも思い出すように答えてくれる女子生徒に申し訳なく思いつつ、なんなら武部がそのまま対応してれば良くね?と思い至る。

 

その方がこの女子生徒は話しやすいし、俺は仕事しなくて済むし、タカキも頑張ってたし、正にウィンウィンウィンじゃね?なんかもう、タカキに全部頑張って貰うとかそんな形ではどうですかね?

 

そう思い武部の方を見る。

 

「あれ?武部ちゃんじゃん、おっひさー!!」

 

「何?何か用?もしかして遊びに来たの?」

 

何か男子生徒が武部に声をかけている。知り合い…か。いや、そりゃ顔の広い武部だ、男子の知ってる顔もそりゃ居るだろう。

 

「やっぱり不備というと、虫ですかね」

 

「あぁ、そりゃ大問題だな」

 

「夏っていうのもあるんでしょうが、とにかく数が多くて…」

 

「夏は特に湧くからな、あとクリスマス前とか、春先の駅前とかもとにかく鬱陶しい」

 

「夜中だと鳴き声とかもうるさくて…」

 

「あいつらウェイウェイウェイウェイ鳴くからなぁ」

 

「あの…なんの話ですか?」

 

いや、だから虫の話だろ。虫が鳴くのはメスを縄張りに引き寄せる為でもあるので、みんなもウェイウェイゼミには気を付けようね!!

 

「とりあえず戦車借りるか?8両までなら用意できるが」

 

「え?いや、それは大げさなのでは…?」

 

いやほら、ウェイウェイゼミって春先から夏、秋から冬に向けてよく鳴くから早めに対策した方がね…ほぼ一年中鳴いてるんだよなぁ。舐めんな、本物のセミは成虫してからの一夏に全てを賭けてんだぞ。

 

セミの一生といえば長きを地中で過ごし、成虫後は一週間と言われている。一週間で恋人見付けて子孫残すとか婚活のスペシャリストなのでは?

 

「武部ちゃんもしかして暇なの?」

 

「だったらせっかく来たんだし、遊んでかない?」

 

「ごめんね、今日は生徒会の仕事で来たんだ」

 

生徒会と聞いて二人の男子生徒の目の色が変わる、うん、その気持ちわかるよ、基本的に関わりたくないもんね…。

 

「比企谷、こっちも」

 

「あー…そうだな」

 

呼ばれて男子生徒の所へ、いきなり出てきた俺に明らかに戸惑いを見せている二人は俺と武部を交互に見ると。

 

「あー、もしかして生徒会系の人?」

 

「うん、それ系の人」

 

「何系だよ…何?二郎系にインスパイアでもされたの?」

 

うちの会長なら笑顔で「シゴトマシマシナカミコイメカラメ」で注文してくるんだよなぁ…。

 

「二郎…って、誰?」

 

武部がはてなと首を傾げる。いや、二郎が誰かは知らないけど、何か?と聞かれればその道のパイオニアとしては答えねばなるまい。

 

俺はわざとらしく喉を鳴らして調子を確かめる。

 

「こんな言葉を知っていて?ラーメン二郎はラーメンではない、二郎という食べ物だ、と」

 

「あーラーメンね、比企谷本当好きよね…」

 

「話聞いてた?ラーメンじゃないっつったじゃん…」

 

ラーメンというジャンルがその垣根を飛び越えて新たな食べ物を作った名言だよ?これにはダージリンさんもニッコリだね!!

 

「でもラーメンばっかり食べてちゃ駄目だからね、野菜もちゃんと取らないと」

 

「そこは心配いらん、ちゃんとヤサイマシマシだから」

 

器の中に麺、スープ、チャーシュー、これでもかと盛られた野菜、このバランスの良さは正に神バランス。…まぁ多少?アブラでコイメでニンニクだったりはするけどね。多少はね?

 

「それな」

 

「あとニンニクアブラカラメも追加な」

 

「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメは基本セットだろ」

 

さすが二郎系ラーメン、男子高校生にとっては最早共通言語といっても違いない。

 

「いや、何の呪文なのよ…」

 

そりゃ二郎系ラーメンを召還する呪文に決まっている。なんだー話してみると案外話のわかる奴らだなー。若干ウザイけど。

 

「でもそれってラーメンの上に野菜が乗っかってるのよね?ちゃんとバランス良く食べないと…」

 

「その為に天地返しという技があってだな…」

 

「今度はなんか必殺技っぽいの出てきた!?」

 

「それな」

 

「俺はやらないかなー、なんか野菜から先に食いたいっつーか」

 

まぁ天地返しにはメリットもデメリットもあるし、先にさっぱりした野菜(アブラカラメ)で胃袋を慣らしてから麺に挑む気持ちもわかる。

 

「なんか呪文だったり技だったり、男の子ってそういうの好きよね」

 

「いや、そこ特に男の子関係ないし…」

 

あと男の子は基本的に「男の子ってそういうの好きだよね」っていう言葉の響きがなんかちょっと好きなんでドキッとしてしまうのである。…え?俺だけかな?みんなも好きでしょ?

 

「なんか話してたら食いたくなってきたなー、この後食べに行くか?」

 

「だな、おっと…武部ちゃん」

 

「え?何?」

 

「おめでとさん」

 

「応援してんぜ」

 

二人の男子学生はなにやら良い笑顔で親指をグッと立ててサムズアップしてきた。…うーん、ウザイ。

 

「うん、沙織さん…おめでとう」

 

「おめでとう」

 

後ろでさっきまで話をしていた女子生徒も良い笑顔で祝福の言葉をくれる。…心無しかなんかちょっと目元に涙が見えるんだけど?

 

「えーと…なんかよくわかんないんだけど、ありがとう」

 

…何これ?人類補完計画ごっこ?

 

「ねぇ、比企谷…」

 

女子生徒達とも別れて何やら機嫌の良さそうな武部はちょんちょんと俺の服の袖を引っ張ってくる。

 

「私達、どういう風に見られていたのかな?」

 

「…そりゃあれだろ、仲の良い奴と話してたと思ってたらいきなり知らない男にバトンタッチされたんだし、壺でも買わされるとか思われてたんじゃないか?」

 

「そこだけ聞くと完全に詐欺師じゃないの…」

 

いや、実際の所詐欺に近い。例えば俺が一人でやってきたなら生徒会の仕事とはいえ…いや、むしろ生徒会絡みとなれば余計警戒されそうなものだが、そこに知り合いの武部をワンクッション挟む事で相手に警戒心を持たせない事ができる。

 

宗教の勧誘とかでの常套手段だ、久しぶりに友人に呼び出されての世間話をしていたと思ったら「ねぇ…ところであなた、今幸せ?」とか聞かれちゃうやつ。

 

あとはまぁ…他でいうなら、デート商法か。

 

「まぁ美人局に近いものはあるな…」

 

「美人って…やだなー、もう!!」

 

やだもー、と武部は嬉しそうに手をぶんぶんと振っている。ちょっと?つつもたせって読み方知ってる?

 

「女性にホイホイ付いてくと後で彼氏が出てきて痛い目見ちゃうから気を付けろ、ってのはうちの親父もよく言ってたぞ。比企谷家の家訓だな」

 

「比企谷のお父さんになにがあったのよ…」

 

なにかあったんだろなぁ…。比企谷家が今現在平和に…いや、学園艦解体で職に溢れる可能性こそあるが、まぁ平穏に暮らせて何よりだ。

 

「彼氏…、でもそっかー、えへへ…困っちゃったなぁ」

 

さして困ってる様子も見せずに武部はやだもーと照れている。ちなみにやだもーなんて言葉は一言も言っていないんだよなぁ…。やだもー。

 

「いや、マジで変に噂にでもなったら困るだろ…」

 

俺はともかく、交遊関係の広い武部に妙な噂がたつのは避けたい所なんだが…。

 

「…誰が困るの?」

 

だが、武部はそんな俺の気持ちを見透かすかのようにじっと見つめてそう答える。

 

「…誰がって、そりゃ」

 

その先の言葉が出てこず、答えの代わりと言うように武部を見る。それが通じた所で、彼女の返答はわかっているというのに。

 

だから。これはきっと、俺の問題だ。

 

「いやほら、お前も変な噂話が出てきたら…男子にモテなくなるだろうし…」

 

「うーん…それは確かに困っちゃうかも」

 

誤魔化すように視線を落とした俺の言葉に、彼女は少し寂しそうに照れ笑いを浮かべた。

 

「ねぇ、比企谷…そろそろお昼にしない?」

 

「ん?あぁ…まぁ良い時間ではあるな」

 

スマホの時間を見るとちょうど昼時だ、今日は朝から働いていたのでお腹もちょうどすいてきた頃合いでもある。

 

え?朝から今の時間までずっと働いてたの?どんなブラック企業でも中休みの一つくらいは挟むもんでしょうに…。

 

「じ、じゃあここら辺でちょっとお昼休憩にしない?」

 

それはもちろん武部も同じ事で、朝からずっと付き合わせていて正直申し訳ないと思ってしまう。

 

「そうだな…じゃあ一時間後くらいにまたここに集合する感じで、一旦昼休憩にするか」

 

適度な息抜きこそが仕事の長続きのコツである。時間をかけてダラダラ仕事するよりは一度リフレッシュして再度集中した方が仕事の能率はアップするのだ。企業さん方、聞いてる?

 

さーてお昼なに食べよっかなー。さっき話に出てきた手前大本命はやはり二郎系だが、さすがにあれはニンニク臭が強いので却下せざるをえない。

 

となるとやはりサイゼだな。この昼はオシャレにイタリアンレストランと洒落込むぜ!!もし時間が余っても間違い探しで時間潰しも出来るとか最強か?

 

…これなら、人が多いこの場所でも自然と解散して、自然と合流できる流れを上手く作れるだろう。

 

「…はい、ストップ」

 

だが、そんな俺の逃げの一手を逃さないかのように、あるいは最初から予想されていたかのように、武部は俺の手を取った。

 

「…その、お昼なんだけど、比企谷の分も作って来たから」

 

そう言って朝からずっと持っていたバスケットをずぃっと俺の前に差し出してくる。

 

「…へい彼女、一緒にお昼…どう?」

 

そのバスケットの横からチラリと覗き込むかのように顔を出した武部は恥ずかしそうに頬を赤くさせ、そう呟いた。



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このシチュエーションは、恋愛弱者には荷が重い。

一話まるまる使ってただイチャイチャする話しか書けないとか無能かよ!!とかそういう叱咤は甘んじて受け止めようかと思います。

もう気付いてる人も居るかもしれませんが、しつこいくらいあんこうチームメンバーと八幡がマッ缶を飲むシーンがあるのは仕様ですので。ゲーム的にはここで1枚絵みたいなもんです。


「ねぇ比企谷、そこのベンチとか良いんじゃない?」

 

「…ん」

 

外で昼食をする事になったが手頃なブルーシートなんて持っていない、俺一人なら地べたに座っても問題は無いがさすがに武部に芝生とはいえそれをさせるのは気が引ける。

 

さてどうしたもんかと辺りをぶらついてみると二人座るにはちょうど良さそうなベンチを見つける事ができた。

 

別段なにかの特異点になりそうでも百合展開が起きそうでもなく…もちろん作業着姿の男が座っている、なんて事もない。ごくごく普通のベンチだ。

 

「…ちょっと狭くねぇか?」

 

ただ問題なのはちょうど二人座るには良さそうな…という部分だ。なにこのベンチ、生意気にもカップルシート気取ってんの?

 

「もう歩き疲れちゃったし…良いじゃない、それくらい我慢しなさいよね」

 

早速バスケットをベンチに置いた辺り、武部はもうここで決めたようだ…。諦めて俺はベンチの前、地べたに座り込む。

 

「いや、何してんの…?」

 

普通にドン引きされた。座り込んでいた分、完全に武部に見下ろされる形でちょっと危ういシチュエーションまである。

 

「いや、弁当置いたら俺座れないし…」

 

二人座るにはちょうど良さそうなベンチだ。片側を武部が座り、もう片方に弁当を広げてしまえば俺の座るスペースが無くなるのは当たり前だろう。

 

「ちょっと置いただけだから!これだと私完全に悪者じゃん!?」

 

まぁ相手地べたに座らせて自分はベンチに座って食事とか端から見られたら悪役令嬢とかそのものだもんね…。

 

「…じゃあ弁当どうすんだよ?」

 

立ち上がりぱっぱっとズボンをはたく、弁当を広げるスペースはどうしても必要になるが、地べたに広げた弁当をベンチに座りながら食べるとか絵面的にどうかと。

 

「うーん…じゃあこうすれば」

 

武部はバスケットから弁当箱を取り出すとそれを膝の上にちょこんと乗せ、バスケットを降ろした。

 

「…ね?比企谷も座れるんじゃない?」

 

「いや、まぁ…座れるは座れるけど」

 

今度はバスケットさんが犠牲にあってるんだよなぁ…。武部も朝から大事そうに持っていたし、芝生とはいえ地べたに置いておくのも…。

 

「ほら比企谷、早く」

 

「…じゃ、まぁ、ありがたく」

 

あれこれ考えているが武部がぽんぽんと空いたスペースを叩いてくるのでおっかなびっくりとベンチに座り込む。予想通り、すぐ隣には武部がね、まぁ…うん。

 

…いや、なんならむしろ予想以上に近いんですが?マジでこのベンチ、スペース狭すぎねぇ?世の中には全長460mとかのベンチもあるんだからもうちょい頑張れなかったのかね…。

 

「えーと…じゃ、お弁当なんだけど」

 

武部は膝の上に置いたランチクロスをしゅるしゅるとほどいて広げる。そこには女の子っぽい、可愛らしい弁当箱が一つ。

 

「…ん?一個か?」

 

俺の分も作ってきてくれた…という話だったが出てきた弁当箱は一つだ。まぁサイズ的には大きめではある所を見れば武部さん、普段ダイエットだなんだよく言ってるけど案外食べる気満々なのね。

 

「えへへー、これはね♪」

 

「その大きさの弁当一人で食うのか…」

 

「違うわよ!?私そんな食いしん坊じゃないから!中!中身よ中身!!」

 

武部はぶーっと頬を膨らませながら弁当箱を開ける。あぁ…なるほど。

 

「サンドイッチか」

 

「うん、これならいろんな物も食べられるし、お弁当箱も一つで済むかなって」

 

ふっふーん、と武部は得意気に微笑む。それも頷けるのはサンドイッチ各々の具材にもいろいろな種類が分けてある細やかさだろう。

 

定番のハムサンドや玉子サンドはもちろんだが、デザート用にかフルーツを挟んだ物まで用意されている。

 

「その量の弁当を一人で食うのか…」

 

「二人分よ!だからなんでそんなに私を食いしん坊にしたいの!?」

 

いや、普通に凄すぎて反応に困るんだよ…。マジこの子女子力の化身!早く誰か貰ってやれよ、間に合わなくなってもしらんぞー!!

 

「いや、しかしこれ結構手間かかってんだろ…」

 

二人分のサンドイッチに中身もいくつか種類を用意して…となると作るのにどれだけの手間がかかるのか。

 

「ううん、具材を用意すれば後はパンを挟むだけだから」

 

その具材を用意するのが手間なんだろうが…、玉子だってゆで玉子バージョンと玉子サラダバージョンの2パターンを用意してるし。とにかく具材のバリエーションが豊富ときている。

 

「これならお昼に食べるのにもちょうど良いでしょ?あんまり重いと午後からキツくなるし」

 

「まぁ、そうだな…」

 

「ね!これなら重くないでしょ!!」

 

「なんの確認だよ…、いや、確かにチョイスとしては完璧だけど」

 

まぁ別の意味でも重くはない。サンドイッチという、手軽に食べる事のできるイメージの強い食事は昼の弁当として100点満点といえる。…まぁほら、いろいろと別の意味でもね。

 

「良かったぁ、ちゃんと朝早く起きて何が良いかなって考えたんだから」

 

「…なんか一気に重くなったなぁ」

 

「なんでよ!?」

 

…いや、ほんとそういう所ですからね、武部さん。

 

「あー…まぁ、じゃあ俺からはこれな」

 

お昼を食べる、という事で武部に昼飯を用意して貰った手前、こちらが手ぶらというのはどうにも気が引ける。

 

どうしたもんかとせめて飲み物くらいはと、ここにくる前に適当に目についた自動販売機で買った飲み物を武部に渡した。

 

「本当にそれで良かったのか?」

 

「うん、ちょうどサンドイッチにも合うし」

 

選ばれたのはマックスコーヒーでした。いや、マジでなんか最近こればっかり飲んでる気がするけど、美味しいし問題ないよね!!

 

「いや、お前いつもカロリーがどうとか言ってるし…」

 

「…あー、うん、そうなんだよねぇ、これカロリーゼロとかないかなぁ」

 

ない、マックスコーヒーはこの暴力的なカロリーがあってこそ成立するのだ。…ところでマックスコーヒーゼロとかどうですかね?バカウケ間違い無しですよ?

 

「でもせっかくだし、比企谷と同じ物を飲みたいかなって」

 

「まぁマックスコーヒーは神の飲み物だからな」

 

「いや、そういう意味じゃ…うん、まぁ比企谷だし、そこはいいかな…」

 

雑…なんかマックスコーヒー関係はツッコミがえらい雑になってない?

 

「ていうか、わざわざ奢って貰わなくても良かったのに」

 

「まぁ…そこはほら、日頃の感謝っつーかなんつーか、されてばかりじゃ悪いっつーか」

 

「なんでちょっと韻を踏んだの?」

 

いや、俺の頭ん中のオオイシさんが歌い始めるんだよ、急にワォッとか叫び出すんだからねこの人、マジ困ったもんだ。

 

「…正直これでも釣り合いは全然取れてもないんだが、四の五の言わず受け取ってくれ」

 

朝早く起きて、きちんと考えて、手前をかけて作ってくれたサンドイッチとか…正直俺から釣り合いの取れる返しは出来そうにない。

 

「わかった、でもこのお弁当は私が作りたかったから作ったんだし…ね」

 

「…そうか」

 

「うん、そう」

 

「………」

 

マックスコーヒーを受け取りながらも気恥ずかしそうに頬を赤くさせる武部にこっちまで赤くなってしまい、お互い不意に沈黙が続く。

 

なんなら頭の中のオオイシさんが今度はそれってもしや恋じゃない!?とか歌い上げそうになってくる。…いや、マジ困ったもんだ。

 

「あー、その…食べるか」

 

「あ、うん!食べて食べて!!」

 

危ない危ない、このままじゃお隣(物理的)の武部さんに駄目人間にされてしまう…と気を持ち直してそろそろお昼としよう。

 

「…そうだな」

 

いや、そうだなじゃない…。よくよく考えたらサンドイッチの弁当箱は武部の膝の上ときている。

 

「………」

 

「…どうしたのよ?」

 

「いや…」

 

どうしたもこうしたも…ひじょうに手を伸ばしづらいんですが?その弁当箱、一旦地面に起きません?

 

武部がじっと俺を見る、どうやら俺が先に食べないと彼女も食べ始めるつもりはないらしい。

 

目の前には色とりどりの美味しそうなサンドイッチがあり、手を伸ばせば届く距離。…ただし彼女の膝の上。

 

やだこれ取りづらい!?なに?なにか試されてるの?こんなの財宝を前に斧みたいなのが振り子でぶんぶんやってるアレじゃん…。

 

「比企谷?」

 

そんな俺の様子をさすがにいぶかしんだ武部がじっと見てくる。

 

「いや、ほら、弁当箱がそこにあるとな…」

 

「へ?…あ!!」

 

このままだと埒があかないので正直に話すと武部も気付いたのか慌て出す。危ねぇ、弁当箱落ちちゃうじゃん…。

 

「わ、わた、私は別に、そんなの気にしないし!!」

 

普段恋愛強者自称してんのにこういう所の恋愛弱者っぷりがね…。だがこれは仕方ない、経験豊富な恋愛マエストロだって本番には弱いのだ。…なぜって本番の経験ないもんね。

 

「き、気にしないけど!比企谷!お弁当箱持ってて!!」

 

「それだとただ問題が逆になるだけじゃん…」

 

「…比企谷の膝の上のお弁当」

 

「やめろ」

 

なにこれ、武部の時は絵になるシチュエーションが途端に恐怖的な絵面に変わるんだけと?モデルって大事だなぁ…。

 

まぁ恋愛クソ雑魚弱者が二人揃えばこうなるのは当然ともいえる。いや、恋愛ってのはアレだけど…状況的にね。

 

「…どっか別の所探すか?」

 

もうこうなったらとりあえずベンチが悪いという事にしておこう。二人座ってギリギリとか、ベンチとして恥ずかしくないの?

 

「…ううん、ここで食べよ」

 

だが武部は立ち上がる素振りも見せず、立ち上がろうとする俺を引き止めた。

 

「いや、だから…」

 

「比企谷、どれを食べたい?」

 

「…え?」

 

「サンドイッチ、どれから食べたいのよ?」

 

「…あー、えと、その玉子サラダのやつとか」

 

言われるがまま、とりあえず目についたの玉子サラダのサンドイッチをチョイスしてみる。玉子サラダの中に細かく刻んだゆで玉子の白身が見え隠れする辺り、彼女のこだわりが感じられた。

 

「これね」

 

武部はそのサンドイッチを手に取ると…え?手に取っちゃってそのまま食べるの?なんで食べたいやつ聞いた?

 

だが、そんな俺の予想に反して彼女はそのサンドイッチを俺の口の前に差し出した。

 

「…ほら比企谷、食べて」

 

「…え?あぁ、えと、いただきます?」

 

あまりに突然の出来事に、そのまま口を開いてサンドイッチを一口。

 

「えと…どう、かな?」

 

「…いや、美味い…けど」

 

本当はひどく後悔した。これは絶対、間違いなく美味しいサンドイッチだろう。

 

だというのに…その美味しさを味わう余裕もないくらい、先ほどから心臓の鼓動がうるさいのだ。

 

「…そ、なら良かった」

 

だが、そんな俺の不誠実な返答にも彼女は安心したように、柔らかく微笑んでくれた。

 

「じゃあ比企谷、もっと食べて食べて!!」

 

そのまま嬉しそうに続けてサンドイッチをぐぃっと前に出してくる。

 

「…あぁ、えと…じゃあ」

 

釣られてまた口を開きそうになったが…いや、うん、ちょっと待ってね。

 

「…このやり取りしなくても、普通に渡して貰えればよくね?」

 

「…あ、なんならお弁当箱を渡し合えばそれで良かったのかも」

 

脳内シミュレーションは完璧な癖して、いざって時は尻込みしつつ、不意の出来事には応用力が発揮できない。

 

…恋愛クソ雑魚弱者が二人揃えばこうなるんだよなぁ。



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そして、武部 沙織はその関係を終わらせる。

え?カバさんチームのお悩み解決回?むしろ悩み解決回が必要ないのが彼女達、歴女チームの良い所なまである。


「ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末様でした…なんちゃって」

 

いや、お粗末とかとても言えないくらいのクオリティだったんですけどね。なんならダージリンさんは聖グロリアーナでサンドイッチ職人として武部を雇っても良いレベル。

 

「どう?美味しかったでしょ?」

 

空になった弁当箱にランチクロスを丁寧に結びながら武部が聞いてくる、不意打ち気味の最初とは違い、今は幾分心持ちにも余裕が出来た。

 

「極上だな」

 

まぁ…余裕の使い所が照れ隠しに茶化す方に向いてしまうのが俺らしいといえば俺らしい。とはいえ普段から教室でも隠密でスパイみたいな活動もしてるしね、これが本当のスパイ教室だ。…上手く無いな、うん。

 

「でしょ?外で食べるご飯って美味しいのよね」

 

いや、別に外で食べなくてもこのサンドイッチは充分美味いんだろうが…。きっと、彼女からすれば今日、ここで食べた昼飯には俺とはまた違う思いもあるのかもしれない。

 

「比企谷も、たまにはこういうのも悪くないでしょ?」

 

「違うな武部。知らないようだから言っておくが、俺は学園艦に居た時は基本的に昼は外で食ってたんだよ」

 

なぜなら教室にも食堂にも居場所が無いもんね!なので昼飯は基本的に外、中庭近くのベストプレイスに陣取っている。…そういえば西住と初めて話したのもそこだったか。

 

あの頃は西住もまだぼっちだったからあの場所にはぼっちを引き寄せる謎の磁場的な何かがあったのかもしれない。もしかしたら近々、やたらギターの上手いぼっちな子が来る可能性も…?

 

「それ、教室じゃ食べづらいだけじゃない…」

 

普通にバレてた。まぁ…バレてますよね、なんなら戦車道メンバー全員、俺が教室でお昼食べづらいからそこで飯食ってるの知ってる可能性だってある。…あれ?やだこれ死にたい。

 

「それなら私達と一緒に食べればいいのに、教室でも食堂でも」

 

「は?嫌だよ、変に目立っちゃうだろ」

 

せっかく教室でスパイやってるんだから、そろそろコードネームの一つでも貰っても良いんじゃない?

 

「良いじゃない目立っても、比企谷だって頑張ってたんだから」

 

「あぁ、超頑張ったな。…頑張ったからこれ以上疲れたくねぇんだよ、変に注目されたら疲れんだろ」

 

むしろ俺は影の実力者ポジションで居たいから、目立ってたらアトミック出来ないでしょ。

 

…もちろん、彼女達戦車道メンバーとはまた違う意味で注目される。それはきっと、俺だけじゃなく、当の彼女達にも影響は出てくるだろう。

 

武部程じゃないにしても、高校生にとってその手の話題は噂話の格好の餌だ。無責任に広まるだけならまだマシだが、最悪なのはそれにおひれもはひれもついて回ってくる事だろう。

 

「比企谷は別の意味でもう目立ってるけどね…、いつも一人で居るから悪目立ちするし」

 

「おい馬鹿止めろ、ぼっちにその手の話は戦争だぞ」

 

一人で居る事こそが目立っちゃうとか、ぼっち最大のジレンマなんだから…。そこデリケートなんだからね。

 

「あと生徒会によく呼び出されるし、一年の時から結構教室でも目立ってたと思うよ」

 

「それもうほとんど生徒会のせいじゃねぇか…」

 

なんなら俺の目立ってた理由の九割くらい、生徒会が原因なのでは?あの人達マジろくでもねぇ…。

 

「でもそっかぁ…そういえば私達、一年の時、同じクラスだったんだよね」

 

「…そーだな、まぁ全然会話とかしてなかったけどな」

 

とはいえ、これは別に武部に限った話という訳ではないが、なんなら一年のクラスメイトでまともに会話した奴居たかも覚えてないんだけど。

 

「それがこうやってお昼一緒に食べてるんだもんね、なんか不思議」

 

「まぁ…そうだな」

 

大洗学園で戦車道が始まらなければ…たぶん、こんな風に彼女の手料理をお昼に食べる事は無かったのだろう。

 

…あぁ、ヤバいな、それだけで戦車道を始めて良かったと思えてしまう。胃袋を掴め…と昔の人は言ったらしいが本当に鷲掴みするやつがあるか。

 

だって、俺は後悔しなければいけないのだから。

 

「…うーん」

 

ふと武部を見るとなにやら真剣に考え事をしている。急にどうした?

 

「…一年の時から知り合いだったって事はアドバンテージはあったのよね、うー…せっかくのチャンスだったのに」

 

…いや、マジで急にどうしたの?

 

「…武部?」

 

「え?…な、なんでもない!とにかく、比企谷は一年の時から目立ってたんだから、今さらって話よ」

 

…そういう話だったっけ?あとぼっちにその手の話題は戦争だって話、さっき言わなかった?

 

「私だってその時は比企谷の事、生徒会の人だなってくらいしか…」

 

それだけ言ってまた武部が考え込む。まぁ武部がそう思っていたのも仕方ない、校内スピーカーで何度生徒会から呼び出しのご指名を受けたかことか。

 

これがホストクラブなら指名数NO.1は確実、高々と積み上げられたシャンパンタワーを背景に飲んで飲んでとウェイウェイ姿が目に浮かぶようだ。

 

「…そっか、うん…そうよね」

 

ふと呟いた彼女の小さな一言。だが、とても強く、決意するような呟きにも聞こえた。

 

「…武部?」

 

その一言の意味を聞こうとするより先に。

 

「あれ?沙織さんじゃん、どうしたの?こんな所で」

 

ふと二人組の女子生徒に声をかけられた。相手は武部の知り合いだろうが俺はもちろん知らない顔だ、テント組の生徒だろう。

 

…しまったな。意識しながら歩いて大洗の生徒が集まっている広場からは離れたつもりだったんだが、さすがにまだ距離が近かったか。

 

「えーと、そっちの男の人は?」

 

こういう事態を考えて昼は別々にとる事を考えてたんだが、あんな顔でお昼を誘われたら断れるはずがない。…西住がナンパされてホイホイ付いてっちゃったのも納得なんだよなぁ。

 

だが、此方にも一応、最低限の免罪符は用意している。普段人を利用するだけ利用しているのだから、こういう場面で使っても罰は当たらないだろう。

 

「あー…ここにはちょっと生徒会の仕事でな、その休憩中」

 

それで二人並んでベンチでご飯を食べてたと…うん、厳しいなぁこれ…。

 

「あ、じゃあ生徒会の人かぁ」

 

「まぁ、そんな感じの人」

 

…どんな感じだよそれ。しかし大洗の生徒の大半は基本的に何かあっても「うちの生徒会のやる事だから」で済ませてしまう傾向がある。慣れって怖い。

 

付け加えるなら、生徒会関連の話題を出せばほとんどの生徒は深く追及してはこない。何故って基本、みんなあんまり関わりたくないもんね。

 

「あ、ううん…この人は生徒会じゃないの」

 

「…は?」

 

「いや、なんでそこで驚くのよ…、比企谷は生徒会じゃないのよね」

 

「…いや、まぁ違うけど」

 

そこはもちろん否定したい所ではあるんだが…いや、この状況なんだし、わざわざ否定しなくてもだ。

 

「え!?じゃあやっぱり!!」

 

「沙織さん、ついに?ようやく!?」

 

ほら見ろ、やっぱり変に誤解されるだろ。…ついにとか、ようやくとか、武部さん、普段どれだけアピールしてるんですかね…?

 

「うん、比企谷は…戦車道の仲間だから」

 

武部 沙織は笑顔でそう答える。これが自分の出した答えだと告げるように、俺を見る。

 

「だから、私達の友達…かな」

 

…クラスでは。というか、基本的に戦車道の授業以外では俺は彼女達と関わる事は極力避けていた。

 

彼女達も察してか、教室では基本的にお互い会話はしていなかった。…いや、チラチラ見られているのはなんとなくわかってはいたんだが。

 

クラス内にもヒエラルキーというものは存在する。いや、教室という密閉された空間こそ、それが如実に浮き彫りになる。

 

戦車道全国大会優勝の戦車道メンバーと、いつも一人でぼっち飯食ってる奴だ。カーストならばピラミッドの上と下、普通に考えれば接点なんて考えつかないだろう。

 

それで良い、下手に接点を持ってしまえば妙な勘繰りが生まれる、悪意ある噂の的にされる。それが俺だけで済めばまだマシだが、彼女達まで嫌な思いをさせる事もあるだろう。

 

だから、極力関わりを避け、最悪【生徒会】という切り札まで用意していたというのに…。

 

そんな曖昧な、欺瞞だらけの関係を、武部 沙織はその決意と覚悟で終わらせてみせた。

 

本当にやってくれた、全部台無しじゃん…。

 

「そっかぁ…」

 

「あーうん、…友達かぁ」

 

「え!?なんで私、がっかりされてるの!?」

 

いや、ここでがっかりされてる武部が逆にすげぇな…。どんだけ周りから応援されてるの?まぁ…これも彼女の人柄なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…なぁ、さっきの」

 

「良いでしょ、本当の事なんだし」

 

二人の女子生徒が帰った事を確認し、ため息混じりに声をかけるが彼女の方は悪びれる様子はない。

 

「…変な噂が出てくるかもしれないだろ」

 

「うん、そうかも…」

 

「西住達だって…あれだ、巻き込まれるかもしれん」

 

「みぽりんなら大丈夫、華も、ゆかりんも、麻子も、もちろん私も気にしない」

 

…その五人、あんこうチームのメンバーの名前を上げた意味は深く考えないようにする。

 

「要するに、気にしてるのは比企谷だけって事ね」

 

うわぁ…そこだけ聞くとそいつ、自信過剰すぎてちょっと引くわ。

 

「それに…ほら、比企谷だってさっき言ってたじゃない」

 

「…何を?」

 

「顔が見えなくて今後会う事が無いなら何しても後腐れはない、負けそうになれば最悪切断?…でしょ?」

 

あぁ…ネット対戦の話ね、人の話ドン引きしながら聞いてた癖して、しっかり覚えてんのね。

 

「大洗学園は廃校になっちゃうんだし…みんなバラバラになるんなら、これくらいの事はしても良いじゃない」

 

「…それ言われたらもう反論できねぇだろ、なんかズルくない?」

 

何がズルいって、言った本人の言葉が引用されてるのだ。負けそうになると切断厨とかマジ引くわー。

 

「ふふん、女の子はちょっとズルいくらいがモテるんだから」

 

「まぁ女の子に限らず、人間なんてだいたいみんなズルいんだけどな…」

 

「比企谷なんかは特にね」

 

おい、その理論だと俺がモテモテになってないとおかしいじゃねぇか。

 

「あ、そうだ、はいこれ」

 

「…ん?」

 

武部が思い出したように書類を渡してくる。

 

「転校手続きの書類、さっきの子達から貰ったんだけど、比企谷から生徒会に渡しといて」

 

「結局、生徒会の仕事からも逃げられないんだよなぁ…」

 

生徒会だろうとなかろうと、あの人からすれば関係なく仕事を振ってくる。…やっぱり生徒会系の人じゃないですかー!!

 

「私も一度実家に戻んなきゃなー」

 

「あー、転校手続きの書類に親の判子がいるんだったか」

 

そういえば確かそんな事が書いてあった気がする。…学園艦解体から廃校での仮住まい、そっから一度親元に帰る必要のある面倒臭さ。いや、文科省マジ計画性無さすぎねぇか?

 

しかし、この資料が配られた辺り、いよいよ転校開始は秒読みの段階まだ来ているのだろう。

 

「…親の判子か、そういえば西住は大丈夫なのか?」

 

親の判子…西住の場合、西住流師範…いや、もう家元になったんだったか?まぁ西住の母親であるしほさんから貰う必要がある。

 

結局、西住が黒森峰から転校した後も母親とはずっと会ってはいない。まぁあの人、なんだかんだ娘の試合には見に来てるんだけどね。

 

「うん…私達も一緒に行こうかなって思ったんだけど、みぽりんは一人で帰れるって」

 

「…そうか」

 

西住の実家というと熊本だったか…親の判子を貰う為にわざわざ熊本まで行かないといけないとかそれだけでキツイというのに、そこであの母ちゃんと対決せねばならないと来ている。

 

「…みぽりんが心配?」

 

「…いや」

 

とはいえ、そこは西住の家の問題だ。あの黒森峰の現副隊長さんでは無いが、部外者が口を挟む事ではないだろう。

 

「となると西住はしばらく帰省か、お前らもか?」

 

「そうね、みんな一度実家に帰るかな」

 

あれ?なんだろ…この実家に帰らせて頂きます的な感じ。

 

「まぁ五十鈴の家は大洗だし、秋山もすぐ近くで親父さんが簡易的だが床屋やってるみたいだしな、冷泉なんか婆さんのお見舞いも出来てちょうど良いかもしれん」

 

そう考えたら帰省らしい帰省は西住くらいか、まぁ母港が熊本の黒森峰からわざわざ大洗に転校してきたんだしな。

 

「………」

 

「…なんだよ?」

 

なんか知らんが、武部は急に不機嫌な表情でぶーと頬を膨らませつつ、俺を見てくる。

 

「いや…私、私は?」

 

拗ねたように彼女はちょんちょんと自分を指差してくる。何そのアピール、可愛いなこいつ。

 

…とはいえ、確かに目の前に居るというのに話題にも出さないのは彼女に失礼だろう。えーと、あぁ、うん。

 

「いや、お前の家族知らないし…」

 

「紹介!今度紹介するから!!」

 

「…いや、なんでだよ」

 

本当に誰か早く貰ってやらないと間に合わないかもしれないからね?…こんな素敵な女の子が、いつまでも残っているとか思うなよ。




沙織さんより先に河嶋さんの家族が出てくる事を予想出来た人0説、いや、わりとマジで。


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開口一番、彼女はその言葉を告げにくる。

たっぷり尺を使わせて貰った八幡の仮校舎奉仕部編?もいよいよ終わり。落とすだけ落としたんですから、あとは上がるだけ…だと思いたい。

たぶん、ここからが本番!ノンストップの劇場版編が始まります!!


「またサボる時は誘ってくれ、私も…そうする」

 

冷泉 麻子はひっそりと耳打つようにそう呟いた。疲れたらサボれば良い、自分も共犯関係として付き合うと。

 

彼女がただ本当にサボりたいだけな可能性も…まぁ否定出来ないが。

 

「だから、比企谷殿が気にする必要はないんですよ」

 

秋山 優花里は笑顔でそう答えた。彼女なりの精一杯の笑顔で、両親が店を失った事は気にするなと。

 

俺のボサボサの髪をくしで優しくとかしながら、ふと将来について語り合った。

 

「大切な話なら、私は…いえ、私達は話してくれるまで待ちます」

 

五十鈴 華は俺が話をしてくれるまで待つと答えてくれた。今までだって何度か話そうとはしたが、それらの状況はなし崩し、どうしようもない状況での事だ。

 

俺が自分から、率先して話すと決める時を彼女は待ってくれるのだろう。

 

「うん、比企谷は…戦車道の仲間だから」

 

「だから、私達の友達…かな」

 

武部 沙織は彼女なりの決意でそう宣言した。曖昧で欺瞞だらけの関係を終わらせる為に。

 

生徒会の人ではなく、戦車道の仲間だと。はっきり一般生徒の前で俺と自分達との関係を告白した。

 

転校手続きの書類も回って来たという事はこの仮住まいの生活もいよいよ終わる。…だからか、ここ最近は依頼という依頼も特にない。

 

暇な時間が増えれば、それだけ考えてしまう時間が増えてしまう。

 

虫の鳴き声しか聞こえてこない静かな夜だが、寝苦しい夏の暑さもあって布団に入った所で思考のループに陥り眠りに逃げる事も許されない。

 

「…気を使われてんな」

 

たぶん、それは間違いない。

 

きっと彼女達ももう気付いているんだろう。大洗の廃校、その原因に俺が関わっている事を。

 

だからこそ、俺がここで奉仕活動を始める話になったとき、彼女達はサポートに回ってくれたのだろう。

 

朝に弱い冷泉が条件付きとはいえ、早朝ランニングに参加しようとした。

 

本来なら自分一人でも解決できたであろう一年生キャンプの依頼も、秋山は俺に声をかけてきた。

 

風紀委員の不良化問題で何も出来なかった俺に、五十鈴は解決の道を示してくれた。

 

生徒会という建前を立てて、一般生徒の前では距離を置いていた俺と自分達の関係を、武部は良しとしなかった。

 

自分達だって大変な状況だというのに、彼女達は各々のやり方で俺に関わってくれている。

 

あぁ、最悪だ。

 

もちろん彼女達が、ではない。こういう時、この手の発想しか出てこない自分にだ。

 

結局、長年培われたぼっちの思想はそう簡単には治らない、一度ひねくれた物はまっすぐに戻らないのだろう。

 

彼女達のまっすぐな思いを、俺はわざとねじ曲げる。言葉の裏を探ってしまう。

 

心配されて。

 

気を使われて。

 

…同情されて。

 

彼女達の気持ちを無視したそんな身勝手な解釈はどんどん膨れ上がり、また俺を思考のループに落とす。

 

あぁ…思い出した。だから俺は優しい女の子が嫌いなんだ。

 

優しくされて、勝手に勘違いして盛り上がる。昔と今とではその中身こそ違うが、本質的な所は何も変わっていない。

 

優しい女の子は誰にでも優しく、昔の俺はそれを好意から来るものと勝手に勘違いして惨めを晒した。

 

そして今も、あんこうチームのメンバーからの優しさを勝手に同情とすげ替え惨めになっている。

 

…だから、俺は俺が一番嫌いだ。

 

「…?」

 

コンコンっと窓を叩く音が聞こえた。扉ではなく、窓。

 

あんこうチームの誰かではない、あいつらは転校手続きの書類の印鑑を貰う為に親元に帰っている頃だろうか。

 

そうなると生徒会か、他の戦車道メンバーか、どちらにせよ、扉ではなく窓を叩いてくるのは変だろう。

 

俺はのそのそと布団から起き上がり、窓を見る。

 

夜の、僅かな月明かりに照らされてようやくそれが誰なのかわかる。

 

そこに…信じられない人物を見た。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「今日も来ませんでしたね、あの男は」

 

生徒会が仮の生徒会室として使っている旧校舎職員室で、河嶋は書類を束ねながらため息混じりに呟いた。

 

「…あんこうチームのみんなが様子を見てくれてるみたいなんだけどね」

 

そんな河嶋のため息混じりの言葉に小山が答える。1日の終わり、残るは簡単な書類整理だけという事で生徒会室に残っているのはいつものカメさんチームの三人だけだった。

 

「まったく…これだけ人に心配させておいて」

 

「ふふっ、桃ちゃんも心配してるのね」

 

「桃ちゃんと呼ぶな!それに私は別に心配なんてだな…あっ!!」

 

と言いつつ、河嶋は動揺したのか床に書類を落としてばらまいてしまい慌てて拾い集める。

 

「…でも、比企谷君の場合、心配するのは反って逆効果になるのかも」

 

「どういう事だ?柚子」

 

「うん、比企谷君が入学式で事故にあった時、私達生徒会でお見舞いをしてたでしょ?」

 

「おー、あったねぇ」

 

少しだけ懐かしむように角谷が答える。あの頃はまだ戦車道も、学園艦廃校の話もない頃。

 

彼と生徒会の長い関わりが始まった日でもある。

 

「その時に比企谷君が同情とか責任を感じてお見舞いに来るのは迷惑なだけだって、会長に言ってたのよね」

 

「あいつ!会長になんて口の聞き方を…!!」

 

「まーまー、かーしま、昔の話だから、そんで?」

 

今すぐにでも殴り込みに行こうとする河嶋をなだめつつ、角谷は小山に話を続けるように促す。

 

「うん、だから比企谷君の場合、私達が心配しても同じように考えちゃうんじゃないかなって。…人の好意を素直に捉えない、というか」

 

「…全く、どれだけ面倒な奴なんだ」

 

そう、入学式からずっと、比企谷 八幡が大洗で最も長く関わりを持っていたのが彼女達生徒会なのだ。

 

「あー、じゃあさ」

 

…だからこそ、核心を付ける事が出来たともいえる。

 

「比企谷ちゃんの事が‘嫌い’な人の言葉だったら、逆に素直に話も聞くんじゃない?」

 

「…それは、難しいですね」

 

生徒会長、角谷の出したその言葉に珍しく河嶋が否定しつつメガネを上げた。

 

「あれ?桃ちゃん意外…」

 

「だから桃ちゃんと呼ぶな!…残念ですが会長、比企谷を嫌ってる者がここには居ません」

 

「桃ちゃん!!」

 

「…そもそも、人に嫌われる程、人と関わって居ないですからね、あいつは」

 

「…桃ちゃん」

 

とはいえ、小山も苦笑いしながらもそこは否定は出来ない。

 

実際、比企谷 八幡は自分で言う程嫌われている訳ではない。大洗において彼の事を知る者が少ないので、嫌う以前の問題というだけだが。

 

「そしてあいつと関わっている人の中であいつを嫌ってる者は…その、我が校には居ないのでは?」

 

「それは桃ちゃんもって事?」

 

「うるさい!!」

 

ようやく床に落とした書類を拾い集めた河嶋は乱暴に束にして机を叩くように置いた。

 

「でもほら」

 

そんな河嶋の様子を見つつ、角谷は少しだけ意地悪そうに微笑む。

 

「それって大洗学園では、って話だよねぇ?」

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「小梅、ここに居たか」

 

「た、隊長!お疲れ様です!!」

 

黒森峰女学園。戦車道チームがその訓練を終え、一息ついていた時に隊長、西住 まほは赤星 小梅に声をかけた。

 

「今日の訓練は終わりだ、そう気を張らなくて良い」

 

「ありがとうございます、あの…それで何かご用ですか?」

 

「明日からの練習メニューの確認がしたいが、時間はあるだろうか?」

 

「はい、もちろん大丈夫です」

 

「そうか、訓練の後で疲れているだろうがもう少しだけ付き合って欲しい」

 

まほはそう言うと歩き出し、赤星もそれに付いていく。

 

「明日から隊長もしばらくお休みなんですよね」

 

「あぁ、こんな状況ですまないとは思うが」

 

「いえ、大事な用事で家に帰らないといけないのなら仕方ありませんよ」

 

まほは数日、黒森峰の学園艦から実家に帰る事になっている、その打ち合わせもあって赤星に声をかけた。

 

「やはり、家元就任の関係ですか?」

 

まほの母親、西住 しほが西住流の師範から家元に就任する話は黒森峰では誰もが知っている事だ。このタイミングで彼女が実家に帰る事に異議を唱える者は居ないだろう。

 

「いや、みほが家に帰ってくる」

 

「…えーと」

 

「…どうした?」

 

スタスタ歩くまほだが、ふと赤星が困惑して立ち止まっている事に気付いて心配して声をかける。

 

「いえ、その…みほさん、帰ってくるんですね」

 

この話は他のメンバーには黙っていよう…。と、心の中で呟きつつ、赤星は再び歩き出した。

 

「あぁ。…大洗学園の廃校の件は聞いているだろう」

 

「…はい」

 

赤星は力なく頷いた。大洗学園廃校の話は当然だが、大洗学園の中だけの話ではない。それも彼女達黒森峰は決勝戦で戦った相手だ、知らない訳がない。

 

「転校手続きの書類の関係で一度家に帰る必要があるらしい」

 

「隊長!私…納得出来ません!!大洗学園が廃校なんて、そんなの」

 

「小梅…」

 

「あの決勝戦、もし大洗学園が負けたら廃校だった…という話は後から知りました。正直、もしその話を先に聞いていたら、全力で戦えたかはわかりません」

 

本当は、こんな事を、それも尊敬する隊長を前にして言ってしまうのはダメな事なんだろう。それがわかっていても、一度口に出してしまえばもう止められなかった。

 

「でも、あの時の私は全力でした…それでも、大洗学園は勝ったのに、これじゃあ…あの決勝戦はなんだったんですか?」

 

結果を無下にされたのはなにも大洗学園だけの話ではない。

 

決勝戦で戦い、敗れた彼女達黒森峰からしても…いや、戦車道の全国大会に参加した全ての戦車道チームから見ても。

 

大洗学園の廃校という結末は、あの大会全ての結果の否定にも繋がる。

 

「…私だって全力だった、みほは…大洗はその私達に勝利した、あの条件、あの状況でだ。大洗は良いチームだ」

 

今にも泣き出しそうな赤星にまほは優しく諭す。

 

「だからこそ来年はその大洗を倒し、黒森峰が優勝する。その為には小梅の力も必ず必要になる」

 

「…はい」

 

「…そして、エリカもだ、副隊長が居ない今、私まで休日を取るのは申し訳ないが」

 

「いえ、みほさんが帰ってくる、ですもんね」

 

「あぁ」

 

いっそ清々しいまでに即答するまほに、やっぱりみんなには…特に今話に出てきた副隊長にはこの事は黙っていようと思う赤星だった。

 

「…来年また大洗が黒森峰と戦う為にも、彼が必要になる」

 

「…エリカさん、大丈夫かなぁ」

 

「エリカなら問題ない」

 

心配する赤星にまほはまた即答で答えた、そこには信頼の意味が強く込められているのだろう。

 

「かつて一度、誰よりも後悔したエリカなら…いや、エリカだからこそ、任せられる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

「こんな所で何をしてるの?」

 

夜の月明かりの下、俺がガラガラと窓を開けると彼女はノックのポーズもそのままに開口一番、そう告げる。

 

「…いや、それ絶対こっちの台詞だろ」

 

逸見 エリカ、黒森峰女学園戦車道チームの副隊長。

 

彼女がそこに立っていたーーー。



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月明かりの下、彼女と彼の本音。

前にもどこかの前書きに書きましたがこの小説でのエリカさんと西住殿の関係は当然公式じゃありませんので悪しからず。

ただ…もうね、ほら、やっぱみほエリ良いよね!!って話です、最終章の続きでこの二人の絡みが見れる事を願います。


夜、突然窓を叩いてやって来たその来訪者にはさすがの俺も予想外…というか、想像すらしていなかった、とさえ言える。

 

逸見 エリカ、黒森峰女学園戦車道チームの現副隊長。

 

決して知らない仲では無いが、知らない仲という言葉はなにも気安い間柄だけに使われる言葉でもない。

 

「…ひどい顔ね」

 

「人の顔見るなりいきなりそれかよ、…誰かさんに寝ている所を起こされたからじゃねぇの?」

 

「なら感謝なさい。その目の腐りようならよほど悪い夢でも見てたんじゃないの?」

 

「むしろ悪夢真っ只中なんだよなぁ…」

 

まぁ…だいたいこんな感じだ。彼女とは初めて会ったのが戦車道喫茶でのあの一悶着な事もあって浅からず因縁のような物がある。

 

というか、黒森峰のこいつがなんで大洗に?いや、黒森峰はFa223という自家用…てか、自学園用ヘリ持ってるし、どうやって来たかは疑問にはならないんだが。

 

問題は何をしに来たか、だ。

 

「西住なら居ないぞ、なんなら熊本に帰ってる」

 

こいつがわざわざここに来るという事は西住に関係する事だろうが残念ながら見事に入れ違いだ。まったく気が利かない、もう少し来るのが早ければ西住もそのままヘリに乗って帰れたかもしれないのに。

 

茨城県から熊本県まで、しかも親の印鑑を貰う為の帰省。旅費…勿体無くない?文科省はそこんところちゃんと補填してくれんの?

 

「そう」

 

だが彼女は短くそれだけ答えた。てっきりまた姉住さんの指示でアッシーとして西住を迎えに来たと思ったが…。

 

「今から少し話せるかしら?」

 

「…俺と?」

 

「察しが悪いのね、他に誰が居るのよ」

 

いや、俺とお前が何の話をするんだよ?初対面ではないがお前はすでに俺の事が嫌いでしょうに…。鬼の勧誘ならあのポーズくらいしろ、たぶん似合うぞ。

 

「いや、こっちはもう寝る所なんだが」

 

もちろん嘘だが。なんなら布団に入った所できっとまた余計な事を考えて眠れないだろう。

 

だが、今はこいつの相手をしている気分じゃない。とんぼ返りにはなるがそもそも何の連絡も無しにやって来たわに!!する方が悪い。

 

「そ、永遠に寝たいのなら好きにすればいいわ」

 

「Fa223で来た奴に言われると冗談に聞こえないんだよなぁ…」

 

確かあのヘリ、航空機とはいえMG 15機関銃が機首に装備されてたはず。学園艦用だしさすがに取り外してるとは思うが。

 

「だいたい今何時だと思ってんだよ?」

 

しかも連絡も無しに来ちゃった(はぁと)とか、別にやましい事なんて無いけど急いでカーペットコロコロしなくちゃいけない気持ちになっちゃうじゃん…。

 

「…仕方ないでしょ、あまり時間も無いのよ」

 

「はぁ?」

 

「…こっちの話よ。それに、さすがに私も悪いと思ってるわ」

 

そう言って現副隊長はコトリとマックスコーヒーの缶を窓枠に置いてきた。

 

「…なにこれ?」

 

「はぁ?あんたこれ好きでしょ?」

 

「いや、普通に好きだけど…え?なにこれくれんの?」

 

「えぇ、これでチャラね」

 

「…ならねーだろ。とりあえずこいつにはマッ缶渡しときゃ文句言わないでしょ、みたいな魂胆が透けて見えるんだが?」

 

「あら、違うの?」

 

いや、そこでそんな意外そうな顔すんなよ。だいたいこれ、来る途中に思い付いたからとりあえず自販機で買っときました感がバリバリなんだが?

 

「そこまで安くなった覚えはねぇよ、もう後二、三本は持ってこい、話はそこからだ」

 

「500円もあれば文句は言わないのね…、まったく…安い男ね」

 

いやいや、そこはコスパが良いと言って欲しい。…しかし、こいつがわざわざ手土産持参で来るとかね。

 

「時間は取らせないしそのままでいいわ、少し話をするだけよ」

 

「…話、ねぇ」

 

…別にマッ缶に買収された訳ではないが、このままほっといてもこいつは帰りそうにないだろう。

 

置かれたマッ缶を手に取り、その場に座り込むと窓際の壁に寄りかかってプルタブを開ける、そのままでいいと言うなら外に出る必要もない。

 

「で、何の話だよ?」

 

「…大洗学園、廃校になるのね」

 

…わざわざ聞いといてこう言ってはなんだが、知ってた。そもそもこのタイミングでこいつがここに来る理由だ、それ以外の何がある。

 

なんせ学園艦一つ取り潰しになるのだから大洗学園廃校は世間的にも大きめなニュースだ、黒森峰のこいつが知らない訳がない。

 

「…西住なら戦車道は続けるだろ。たぶん、知らんけど」

 

西住をライバル視してるこいつだ、気になるのはやはりそこだろう。

 

それは俺の身勝手な答えだ、願望だってあるのかもしれない。

 

一度は戦車道を止めた西住が、今回の事でまた戦車道関連で多くの物を失ってしまった彼女が、それでも戦車道を続けて行くのかは正直わからない。

 

そういえば西住の転校先はどうなるのか?と、ふと気になった。なんせ大洗学園全国大会優勝の立役者だ、転校先をドラフト会議にかけるなら1位指名は間違いないだろう。

 

もしかしたら黒森峰に帰る可能性だってある、元々自分が居た学校だ。それに、かつてのしがらみももう無いだろう。

 

「はぁ?そんなの当たり前でしょ?」

 

「…へぇ」

 

「なによ?」

 

「いや、なんでもねーよ」

 

当たり前、と現副隊長はキッパリ答えた。そこには彼女なりの西住へのある種の信頼のような物さえ感じる。

 

正直、少し嬉しくなった。…壁に寄りかかったのは正解だったな。顔を見られずにすむ。

 

「…別にあの子の事は心配なんて…いや!その前になんで私があの子の心配なんてしないといけないのよ!!」

 

「知らねーよ…勝手に逆ギレしてんのそっちだし」

 

本当、素直になればいいのにね。いつまでも自称ライバル宣言じゃゆんゆんして来るだけなんだし。

 

「で、あんたはどうなの?」

 

「あ?」

 

「誤魔化さないで、戦車道よ」

 

「………」

 

…あぁ、せっかく少しはほっこりしてたっていうのに台無しだ、自分でも心が冷めていくのがすぐにわかった。

 

「お前天下の黒森峰の副隊長な癖して知らねぇの?戦車道って乙女の武道らしいぞ」

 

「誤魔化さないで、と言わなかった?」

 

…いつもなら乗ってくるはずのこの手の挑発に、彼女は声色を変えず答えた。

 

「あなたと討論するつもりはないわ、だって時間の無駄だもの」

 

あぁ…そう。戦車喫茶から戦車道全国大会決勝戦ときて多少は煽り耐性はついたのね。

 

「…それこそんな事聞く為にわざわざ大洗に来たのが時間の無駄だとは思わないのかよ、暇だな、黒森峰の副隊長も」

 

「思わないわね、だってこうでもしないと話を聞かないでしょ?あんた」

 

まぁメールなら無視するし、電話ならそもそも出ませんしね。やだ、この現副隊長さん俺の事超わかってるぅ…。わかりすぎててひょっとしたら嫌いなの一周回って俺の事好きなんじゃないの?

 

「…強引だな」

 

「私はただ後悔したくないだけよ、二度も同じ過ちは繰り返さないわ」

 

「…あ?」

 

「去年の戦車道全国大会、その決勝戦で元副隊長のした事に文句を言うつもりはないわ、実際、その場に居なかった私にはその権利もないもの」

 

…去年の戦車道全国大会決勝戦、西住が氾濫した川に落ちた戦車の乗員を助ける為に試合を放棄してまで助けに行った。その結果黒森峰は10連覇を逃した。

 

あの試合にこいつが参加していたのかまでは知らない。が、同じ黒森峰の一年だ、当事者ではあるのだろう。

 

「だから、その時の私はあの子が立ち直るまで待つつもりだった。…まぁ、結果的には黒森峰から出ていっちゃったけどね」

 

窓際に寄りかかっているので現副隊長の表情は見えない。ただ、自嘲するような呟きだけが聞こえてきた。

 

「待っていてもどうしようもないなら、待たないで、こっちから行くしかないでしょ?」

 

「………」

 

それが彼女の後悔、そして本音なのだろう。

 

あの時、もしあの場に居たのなら。

 

あの時、もし西住に声をかけていれば。

 

…戦車道喫茶で初めて会った時からずっと、こいつが西住に敵意むき出しだった理由も今ならわかる。

 

去年の戦車道全国大会、状況が状況とはいえ、西住は黒森峰の敗北の原因となった。

 

当然非難はされるだろう。だがそれよりも問題は西住本人だ、あいつの場合、自分のせいで黒森峰は負けたという罪悪感の方が強く出る。

 

その頃の西住がどんな様子だったのかはわからないが、立ち直るまで待つつもりだったこいつと、黒森峰から去って行った西住。

 

そんな西住が、他所の学校でひょっこり戦車道を続けていたとなれば…まぁ、そうだよな。

 

「…まったく、こんな事隊長にだって話した事ないのに」

 

「…お前が勝手に話したんだけどな」

 

ただ、それでも彼女は本音を告げてきた。こいつのプライドの高さから言えば考えられないカミングアウトだろう。

 

なんだよこいつ、西住の事めっちゃ心配してたしめっちゃ大好きじゃねぇか。さっきは俺の事好きかもなんて思ってごめんね。

 

とはいえ、彼女がここまで本音を話したのならもうどう誤魔化しても無駄だろう。…過去の西住は話があるなら尚更引く事もない。

 

だったら、俺も本音を話す。そうする…べきなんだろう。

 

「…大洗学園の廃校の原因は俺だ」

 

「そう」

 

さして驚いた風も見せず、彼女はただ短く、それだけ答えを返した。

 

「文科省が言うには由緒正しい乙女の武道な戦車道に男子が混じってる学校は優勝校に相応しくないんだと」

 

「妥当ね、私もそう思うわ」

 

まぁ、お前ならそう言うだろうな。元々最初から俺の事なんて毛嫌いしてたんだし。

 

「ならちょうど良かったな」

 

ただ一つだけ意外というなら。初めて口にするこの言葉を、まさか大洗の誰でもなく、こいつに向けて言うとは思わなかったが。

 

「戦車道に関わるのは間違っていた。だからもう、関わる事はない」

 

それはもう、あの廃校を言い渡された日からずっと決めていた事だ。

 

そもそも最初から間違っていて、間違い続けた結果が出たのだ。せめて、その責任くらいは取らなければならない。

 

戦車道は止める。その“全て”と関わりを絶つ。

 

そうすれば、今後も戦車道を続けて行くだろう彼女達が、今回のように後ろ指を指される事はもう無いだろう。

 

「…ふざけないで」

 

「…あ?」

 

「そんな逃げ方、許されると思ってるの?」

 

「…別にそっちからしても文句無いだろ、俺みたいに男子が戦車道に関わるとか嫌いなタイプじゃねぇのか?」

 

「そうね、あんたみたいな男が戦車道に関わるのは嫌いね」

 

みたい“に”な、それだとピンポイントで俺が戦車道に関わるの嫌いみたいじゃん…。いや、実際嫌いなんだろうが。

 

「だからハッキリ言わせて貰うわ、戦車道に関わるのは間違っていた?当然でしょ、これは由緒ある武道なんだから」

 

…ここまでバッサリと言われてしまえばいっそ清々しいまである。他の誰でもない、俺の事が嫌いであろうこいつだからこそ言ってくれる言葉だ。

 

正直、ありがたいまである。

 

「あぁ、だからーーー」

 

「それでも、あんたは今日まで戦車道をやってきた。周りを振り回すだけ振り回しておいて、今さらその被害者面が気に入らないのよ」



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間違いながらも、彼の道は続いていく。

おかしい…こんなの、こんなのただのメインヒロインじゃん…。

当然、八幡が(笑)


被害者面、と彼女は言葉をぶつけてくる。

 

…手が酷く冷たく感じたのは手に持っていたマッ缶を強く握り締めたせいだろうか。

 

そしてイライラしているのは夏の暑さと寝ている所を無理矢理起こされたせいだろう。…これはマジでそう。

 

「…またずいぶんな言いぐさだな、誰が被害者面だって?」

 

それを彼女に気取られないよう一呼吸置く、努めて冷静に振る舞いながら言葉を返した。

 

「そう、自覚が無いなら教えてあげるわ。ひどい顔…って言わなかった?」

 

「目が腐ってる、とはよく言われる」

 

「そうね、確かにあなたは死んだ魚みたいな目をしてるわ、そもそも覇気が無いのよ。目付きの悪さは性格の悪さにも影響するのかしら?」

 

いや、別にそこまでは言われてねぇよ…。

 

「それでも、今よりはだいぶマシね。…まったく、なんて顔してんのよ」

 

その言葉が、声色が、いつもの彼女の刺々しい口調から比べるとずいぶんと優しいものに思えてきて。

 

「今さらそんな被害者面する必要ないわ。続けなさい、戦車道」

 

…それが余計に俺をイラつかせてくる。

 

「…俺は将来的には養われる気ではあるが、施しや憐れみを受ける気はない。同情ならどっか他所でやってくんない?」

 

わざわざ黒森峰からヘリで来て、大洗学園の廃校の原因である俺に戦車道を続けろと、彼女は言う。

 

酷い顔と言われれば…まぁ、よほど惨めに見えたのだろう。

 

「…そんなのする訳ないでしょ。自意識過剰ね」

 

だが、彼女はそんな俺の突き放す言葉に対して鼻で笑って見せる。

 

「私、あなたの事嫌いなんだけど?」

 

「…いや、知ってるけど」

 

「なんで嫌いな奴を同情なんてしなくちゃいけないのよ」

 

「…ごもっとも」

 

まぁ、そりゃそうだ。こいつが俺の事を嫌っているのは知ってたし、嫌いな相手に何があっても同情も憐れみもしない。

 

「…なら、別に俺が戦車道を止めても問題はないだろ」

 

「あるわよ、私にとっては」

 

「…はぁ?」

 

「私はこの先もずっと戦車道を続けるわ。まずは来年の黒森峰の優勝ね」

 

「…あぁ、うん、まぁ良いんじゃね」

 

そりゃこいつは続けるだろう。まだ正式ではないので姉住さんからは口止めされているが黒森峰の来年の隊長は間違いなくこいつだろうし。

 

「その後はプロになって西住隊長の隣で隊長に並べる程の実力をつけて…、あぁでも、隊長は西住流を継ぐから、私も将来的には西住流の師範代を目指すべきなのかしら」

 

「…あー?うーん?まー良いんじゃね?」

 

ちょっとこいつ、姉住さんの事好きすぎません?実家まで付いていくか迷ってるとか。なお、その頃には妹の西住も実家に居る可能性がある模様。

 

西住流って挟撃好きだもんね、これがかの有名な西住サンドというやつである。…違うか?いや、だいたいあってる。

 

「とにかく、私はこの先も戦車道を続けるわ」

 

「…いや、続ければ良いだろ、むしろなんの話?」

 

「…そんな中、ふと今年の戦車道の全国大会の事を思い出すのよ、決勝戦、あなたにハメられたあの瞬間を」

 

「…いやハメてねぇし、そもそもあの作戦失敗だったし」

 

あとその言い方はあらぬ誤解を生むから止めて、ふとした時にハメられた事思い出すとか、酷い字面だから。

 

今年の戦車道全国大会、その決勝戦。

 

最終的な展開は西住と姉住さんのフラッグ車同士の一騎討ちだが、それには当然黒森峰の副隊長が邪魔になる。

 

だから、俺はこいつを倒す為に罠を練った。

 

最終決戦の舞台が市街地になる事を考え、煙幕をはり視界を奪い、その中に連射力(筋肉)の高いアリクイチームの三式中戦車を配置して足止めさせる。

 

それで足止めできるならよし、後退させて周り道させても良し。

 

そして煙幕の中を突っ込んで来るなら、あらかじめ倒して潜ませて置いた電信柱に必ずぶつかる。

 

ぶつかれば後は必殺必中の一撃を食らわせるだけ。勝ったな!がははっ!!

 

なお、この作戦は黒森峰の大天使、小梅エルこと赤星のファインプレーにより失敗に終わった模様。なんだこの天使、可愛すぎてクライシスしそう…。

 

…いや待て、戦車道に関わる事が無くなるとこの先赤星に会えなくなるって事じゃん。え?やだ…死んじゃう、ただでさえ最近ずっと会ってないのに。

 

「…急に黙ってどうしたのよ?」

 

「いや待て、今俺史上紀最大の審判の天秤がぐらついてんだから…、古代エジプト的なアレなやつ」

 

「あなたの心臓とか、ずいぶん重そうね…」

 

ばっかお前、片方赤星が乗ってんだぞ?ぐらつくに決まってんだろ。…いや、それだとなんか赤星が重いみたいだけど。

 

「あなたがどう思おうと…あれは私にとって最悪の汚点ね」

 

「お前を倒せなかったんだし、作戦は失敗だろ。ギリギリ間に合う可能性すらあった」

 

モニターから見ていたからわかるが、最後の瞬間、こいつは西住の乗るⅣ号戦車を射程に捉えていた、ほんの数秒の差ともいえる。

 

「結果的にはね、小梅に助けられただけよ」

 

「まったくだな、これからは毎朝起きたら赤星にお辞儀しとけよ、俺ならそうする、誰だってそうする」

 

「いや、しないわよ、感謝は…してるけど」

 

え?しないの?感謝は…まぁしてるんだろうな、その口振りだと。

 

「…ただ、あの瞬間は間違いなく負けたと思ったわ。その屈辱があなたにわかる?」

 

「………」

 

こいつにとって俺は戦車道に素人として突っ込んできた男で、戦車道喫茶の件で憎むべきまである相手だ。

 

そんな相手に一杯食わされたとなれば…プライドの高いこいつからすればよっぽどの事だっただろう。

 

「あなたがこのまま戦車道を止めれば、その雪辱も果たせないまま。私はこの先もずっとふとした瞬間にあの屈辱を思い出すのよ。…それって最悪でしょ?」

 

「…最悪だな」

 

戦車道を続けていく彼女のこの先に、ふと浮かんでくる決勝戦のあの瞬間、罠にハメたのは目の腐った素人の男子生徒。…呪いかな?

 

「だからあなたは戦車道を続けなさい、勝ち逃げ…いえ、負け逃げなんて許さない」

 

「すげぇ理屈だな…、お前、後悔しない為にここに来たってのは」

 

「私の為に決まってるでしょ!最初からそう言ってるじゃない!!」

 

…だよなー。なんなら安心したまである。

 

だからこそ、彼女は被害者面は止めろと言うのだろう。

 

「…他の戦車道やってる子までは知らないけどね、それくらいは自分で考えなさい」

 

別に被害者を気取ったつもりは無いが。それでも、経緯はどうあれ曲がりなりにも戦車道に関わってきた俺が、今までやってきた事は被害者の言い分ではない。

 

「…どう?これでもまだ、あなたが戦車道を止める理由がある?」

 

…むしろ逆まである。今までやってきた事への精算を取れと、その為に戦車道を続けろと彼女は言うのだろう。

 

戦車道に関わるのは間違っていた。…それはたぶん、そうなんだろう。だから大洗の廃校の理由にも利用された。

 

たが、例えそれが間違いだったとしても、彼女達に関わり、少なからず影響を与えた事は事実だ。

 

このまま戦車道を止めれば、それはきっと彼女達への裏切りになるのだろう。それは彼女からして最悪と称される呪いめいたもの。

 

止める理由はない。…止めたい理由はそもそも考えてもいなかった。

 

「…ははーん、さてはお前、良いやつだな」

 

「…何よ急に、気持ち悪いわね、私の為だって言わなかった?」

 

あぁうん、やっぱ気のせいだったかなこれ。その心底嫌そうな顔止めてね…。

 

「…っても、本当に続けれるのか?男の俺が戦車道だぞ」

 

「一度やったなら二度も三度も同じようなものじゃないの」

 

「お前それ犯罪者の理屈だからな…」

 

どうせ無銭飲食で捕まるならたくさん食べとけってのと一瞬じゃん…。いやほら、一発目だけなら誤射かもしれなし。…誤射も十分アウトなんだよなぁ。

 

「いや、そうじゃなくてだ。大洗だから戦車道に参加できたが、他所の高校じゃまず無理だろ…」

 

大洗は生徒会があんな感じだったから俺も戦車道をやれていたし、なんなら生徒会のせいで戦車道をやる事になったすらある。…ん?これ責任は生徒会が取るべきなのでは?

 

それが転校先で同じように出来るか?と聞かれれば普通に無理だろう。…知ってる学校ならもしかしたらワンチャンあるかもだが。

 

…ただ、そこで改めて戦車道をするか?と聞かれれば素直に首を縦に振る事は出来ない。…そう思える。

 

「そうね、あなたの場合、まず人と話せないし…」

 

「無理の条件がまず違うじゃん…、別に俺は人と話せない訳じゃないからね、話をしないだけだから」

 

「…同じじゃないの」

 

「同じかもなぁ…」

 

うん、どっちにしろ無理な事に間違いない。転校先で戦車道やってる所行って「戦車道やらせて下さい」とか言い出した日には通報は間違いないだろうし。

 

転校先初日で転校とか転勤族もびっくりだろう。

 

「そもそも、あなたみたいなのでも受け入れてくれるお人好しな隊長さんならもう居るでしょ?」

 

「…大洗は廃校になるんだが?」

 

「そうね、誰かさんのせいでこのままなら廃校じゃない?」

 

「…お前、マジそういう所だからな」

 

「つまり、その誰かさんを文科省に認めさせれば…文科省が学園艦を廃校にできる理由がなくなる。…そうでしょう?」

 

「…まぁ、それな」

 

口で言うだけならばどれだけ簡単な事か。

 

文科省の大洗学園廃校の主な理由は男子生徒の混じっているチームは戦車道全国大会の優勝校に相応しくないという事だろう。

 

当然詭弁だろう。そもそも俺は全国大会の試合に出ていた訳でもない。高校野球で女子マネージャーが居るから優勝は取り消しとか言われるようなレベルのいちゃもんの付け方だ。ひょっとしてホモなのでは?

 

いや、もしかしたら逆にあのメガネの役人や文科省が『百合に男を混ぜるな』過激派の可能性もあったりするのかもしれない、中には父親すら出てくるのも許せない勢もいるからね…。

 

とはいえ、実際の所文科省の狙いは大洗の廃校そのものだ。理由は不明だが、廃校時期の前倒しから考えても間違いない。

 

そんな文科省を相手に、俺の存在を認めさせて、廃校を取り消しにさせる…と。

 

「…無理だな、また難癖つけられて終わりだ」

 

「ふん…諦めが悪いのが大洗学園でしょ、諦めない事が勝利の秘訣、じゃなかったの?」

 

「それ、元はお前ん所の隊長さんの言葉なんだが」

 

…いや、違うな、それは西住の言葉でもあったか。

 

思えば彼女はずっと諦めなかった、どんなに試合内容が悪くても、最後の最後まで戦い抜いた。

 

…最初からそれを見ていたつもりだったのに、わざと見ないふりして俺は諦めて逃げようとしていただけだ。

 

「…文科省に俺を認めさせれば、大洗を廃校させる理由も無くせる」

 

その為するべき事、やるべき事を考える。

 

そもそも相手が文科省とくれば国だ、一介の高校生がどうにかできる相手ではない権力を持っている。

 

その権力の強さは今回の大洗学園廃校で存分に振るわれた俺達自身が一番良くわかってる。

 

「…なら、こっちもやる事は一緒だよな」

 

権力には権力をぶつけるんだよ!!

 

ふと浮かび上がる構図とあのメガネの役人が慌てる様子を想像し、ついでにあのVS映画を思い出して思わず笑みが溢れてくる。

 

「…なによそのにやけ面、気持ち悪いわね」

 

ふと、真上から投げかけられた言葉に上を向くと彼女は窓から俺の顔の覗き込んでいた。…ついでにいえばドン引き顔だ。

 

「…人の顔覗き込んで言う言葉じゃなくね?」

 

ふわりと垂れた彼女の長い髪が揺らめく、窓から差し込み月明かりに照らされたその姿に不意に綺麗だと思ってしまった。

 

「あんたが急にぶつぶつと呟くからよ…」

 

まぁ喋れば全部台無しなんですけどね、いや、本当に不覚だわ。

 

「でも、さっきよりはずっとマシね。その様子だと何か良い悪巧みでも思いついたの?」

 

「まぁな」

 

答えてマッ缶の残りをグイッと飲み干し、立ち上がる。

 

「まぁ…その なんだ、悪いな、わざわざ」

 

立ち上がり、ようやく俺は彼女の顔をまっすぐ見る事ができた。

 

「私の為って言ったでしょ、当然見返りは貰うわ」

 

「すまん、今ちょっと手持ちがあんま無くてな…」

 

「なんでナチュラルに私がお金要求する感じになってんのよ!!」

 

え?違うの?てっきり「おら!ジャンプしてみろよ、ジャンプ」とか言われると思ってたんだけど…。

 

「…じゃなんだよ、見返りって」

 

「この件が落ち着いたらでいいわ、その代わり…」

 

そして彼女は、逸見 エリカは俺に向け、ビッと人差し指を突き付ける。

 

「…私と戦いなさい、必ず決戦戦の雪辱は果たしてあげるから」

 

…あぁ、もう。本当にこいつ、そういう所だかんな。

 

「…戦えって、は?試合でか?」

 

「試合…となるとチームを巻き込むわね、さすがに隊長に迷惑はかけられないし、とりあえずは一騎討ちかしら?」

 

「俺に迷惑がかかるんだよなぁ…」

 

あと確実に自動車部の人達とか、整備している人が泣きを見る事を忘れてはいけない。

 

「…だいたい、俺は戦車どうすんだよ、それに他に乗員も居るだろ」

 

「それを揃える事も試合の内よ、そんなの常識でしょう?ふふ、ボコボコに叩き潰してあげるから楽しみにしてなさい」

 

そして彼女は本当に楽しそうな笑みを浮かべる。…ははーん、さてはお前、嫌なやつだな。

 

「…約束よ、一騎討ち、楽しみにしてるから」

 

楽しみ(ボコボコにする)ですか、なんかもう勝手に約束付けられてるし…。

 

「…もう帰るのか?」

 

「えぇ、話すことは話したもの」

 

「…別にこのまま残って手伝ってくれても良いんだぞ」

 

「嫌よ、自分の居場所くらい、自分で守りなさい」

 

こいつのヘリがあれば移動に便利だと思ったが残念だ、まぁ元々黒森峰のヘリだからこいつのでもないんだが。

 

「…ま、それでもどうしてもって時は声をかけなさい、暇だったら話くらい、聞いてあげない事もないかもね」

 

「へいへい…、手土産にマッ缶の一つくらいは付けてやるよ」

 

「ふん、私はそんなに安い女じゃないわよ」

 

そう言って彼女は背を向けて少し歩いたと思ったらふと、立ち止まりこちらを振り返る。

 

…忘れもんか?いや、そもそも手ぶらで来てたか、まだ何か用でもあるのかと不思議に見てると。

 

「…また会いましょう、次は一騎討ちでね」

 

それだけ短く呟くように言うとほんの小さく、少しだけ手を上げた。

 

「…あぁ」

 

まぁ、約束してしまったものは仕方ない。…約束、したのかな?なんかもう勝手に決められた感しかないんだが。

 

…しかし、決められてしまった以上は考えねばなるまい。俺の場合、戦車はもちろんだがまず一緒に乗ってくれる乗員から必要になる。

 

そうだな…装填手はアリクイチームのぴよたんに任せるのが良いか、アリクイチームでも装填手だし。

 

砲手は…ナオミに聞いてみるか、全国大会随一のスナイパーだし。

 

操縦手は…まぁ、うん。

 

車長はダージリンさんにお願いするとして。…まぁチームとしてはこれがベストだろうか。

 

え?俺?通信手のポジションに決まってんだろ。超重要なポジション。

 

これぞ正にドリームタンクチーム。現副隊長さん曰く、メンバーの準備も戦いの内なのは常識らしいからなー、細かな内訳を決めなかった向こうが悪い。

 

…ま、あんこうチームはさすがに止めとくけどな、そこら辺の決着はほっといてもいつかどっかで決めてくれるだろうし。



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そして、彼は扉を開く。

去年から続く伝統ある行事として泥んこプロレス大会は是非とも新生徒会になっても継続してやっていく必要があるのでは?
早速新生徒会長に進言して来ます!!


この仮校舎での生活も存外長くはなってきたがやはり寝起きにはどうにも慣れが来ない。

 

単純な暑さに加えて外からは俺よりもよほど早起きなセミが今日も今日とてミンミンと朝から婚活アピールに勤しんでいる、タイムリミット一週間の婚活とか陰キャは絶命しろとでもいわんばかりの生態だ。

 

つまりやたら婚活アピールしてくる武部はセミ界隈では最強なのでは?なお、セミはオスしか鳴かない模様。

 

等と頭の中でひとしきり愚痴りながらまだ覚醒していない頭をどうにか働かせる、はたらけ細胞。

 

学園艦の利点は比較的虫が少ない事もあったんだなぁ、と改めて再確認した、まぁ季節感なんて無いもんね。

 

とはいえ、寝起きは慣れなくとも寝付きに関していえば昨日は久しぶりにぐっすり眠れた気がする。その証拠にほら、鏡の前に立てばそこには目が腐った男が。

 

…いや、マジでぐっすりだったんだけどね、なんなら眠り過ぎててゾンビにでもなっちゃったんでないの?

 

黒森峰の現副隊長…、えっと、逸なんとかさん?が言うには昨日までの俺の顔はこれより酷かったのだろうか。

 

そんな顔をぶら下げて周りに心配や同情をするな。とは被害者面をするな、と彼女が言った言葉も多くの意味で間違いではないのだろう。

 

洗面台で顔を洗い、もう一度鏡を見る、良し!立派な加害者の面だね!!…いや、それだとただの犯罪者じゃねぇか。

 

ついでにボサボサになった髪を軽く整え、部室に戻ると簡単に身支度を整える。

 

部室というか、部屋というか、この仮校舎での俺の生活圏にしてプライベートルームだったこの部屋を見渡した。

 

…プライベートルームだったっけ?その割りにはなんかちょくちょく侵略されてた気がするけど。

 

だが直近は奉仕活動の依頼も無い。アヒルチームの早朝ランニングが効いたのか、そもそも大洗の生徒も転校先が見えてきたドタバタでそれどころではないのか。

 

…とはいえ、もうここで依頼を受ける事は無いのだろう。

 

「…行くか」

 

誰に言うでもなく、一人呟いて俺は部屋を出て廊下を歩く。途中、見かける生徒が少ないのは転校手続きの書類の為に親元に帰っているからだろう。

 

そんな微かにセミの鳴き声だけが聞こえてくるような静かな廊下を通り抜け、生徒会が臨時の生徒会室として使っている旧校舎職員室を前に立ち止まる。

 

少し深呼吸しつつ、ゆっくりとその扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

小山さんの声に扉を開くとそこには小山さんと河嶋さんの二人が書類仕事をしている最中のようだ。

 

「…比企谷か、何の用だ?」

 

河嶋さんがチラリと一度俺を見ると目線をまた手元の書類へ戻す。…なんか扱いがちょっと淡白な気がする。

 

「あー、その、会長…居ますか?」

 

「会長なら奥においでだ」

 

「…そっすか、じゃ失礼します」

 

河嶋さんに言われて職員室の奥…間取り的には校長が使っていた所だろうか?そこに向かう。

 

大洗学園から持ち込んだらしい、お気に入りの椅子に座りながら、会長は窓の外を眺めていた。

 

改めてその背中を見るとこの人マジ小さいんだよなぁ…。まぁ戦車乗るのにも届かないから毎回踏み台(河嶋さん)使ってるくらいなんだが、一応言っとくけどあの人進んで踏み台やってるからね…。

 

そんなこの人が大洗学園の全てを背負ってるのだ、生徒会の多少の横暴も多少は許されても良いのかもしれない。…多少?いや、多少じゃねぇな、巻き込まれた身としては正直堪ったもんじゃないんだが。

 

「どうしたの?比企谷ちゃん」

 

だが、例え巻き込まれた身だとしてもこのまま終わってしまえる立場ではないのは昨日、あのプライドの高い現副隊長にお叱りを受けたばかりである。

 

「…仕事、しに来ましたよ」

 

どんな形であれ、一度仕事を引き受ければ責任は生まれ、実績が残り、そこからは無限に派生して続いていく。

 

大好きなおもちゃに囲まれてずっと子供でいたいトイザ○スキッズ達よ!これが社会だ!!

 

「遅かったね、もう置いてこうかと思ったよ」

 

会長は器用に椅子をクルリと半回転させるとこちらを向き直り、勢いのまま立ち上がった。

 

…置いてこうと言いつつ。きっとここまで待っていてくれたんだろう、じゃなければこの人がこんなギリギリになるまで何もアクションを起こさないはずがない。

 

「んじゃ行こっか?」

 

「…え?今すぐっすか?」

 

「そ、何事も善は急げってね。ま、誰かさんのせいで思ったより遅くなっちゃったけど」

 

いや、マジすんませんね、こう見えてわりといっぱいいっぱいだったんですよ。

 

「…いや、でも行くってどうやってです?そもそも足が無いんじゃありません?」

 

この人の事だ、たぶん狙いは俺と同じだろうがその為には長距離の移動がどうやっても必要になる。

 

そんな当たり前の事が今さらになって考えに出てしまう辺り本当、動くのが遅すぎたな、俺は。

 

長距離の移動となると…やはりヘリか。よーし、ここは黒森峰の現副隊長、逸なんとかさん…いえいえ、イッツミー・エリカさんに戻って来て貰おう!カムバックミー・エリカ!!

 

とはいえ昨日の夜帰っちゃったばかりなんだよなぁ…。いや、本当になんで俺も格好つけてあそこで帰しちゃったのかね、移動にヘリとか必要になるのなんてわかってたんだし、「今夜は帰さないから(移動的な意味で)」って無理にでも引き止めた方が良かったのでは?

 

「それなら大丈夫、蝶野教官にはもう話つけてあるから」

 

「…ちょっと手際良すぎません?」

 

蝶野教官って、確かにあの人なら自衛隊の人だし、ヘリの用意くらいはできそうではあるんだが。

 

「昨日逸見ちゃんが来る事は聞いてたからね」

 

「…それで俺が来なかったらどうするんですか?」

 

「いーじゃん、ちゃんと来たんだから」

 

…お見通しというか、実際、何から何までこの人の手のひらの上だったりしない?

 

「蝶野教官、協力してくれるんですね」

 

蝶野教官は陸軍自衛隊の1等陸尉、女性としてあの若さでわりとトンでもない肩書きなんだが、あの人個人の裁量でヘリの用意までしてくれるものなのだろうか。

 

「教官は最初からずっと私達に協力してるよ」

 

「…そっすね」

 

元々会長と蝶野教官に関わりがあったのかはわからないけど、大洗が戦車道を立ち上げた時から特別顧問として練習を見に来てくれた人だもんな。なお、いきなり実戦だった模様。

 

その後だってちょくちょくタイミングを見ては練習を見に来てくれてしたし。なお、練習の指示はバーっとやってズサーってやるタイプの長島式教育の模様。

 

さすがに審判長として試合で大洗を優遇する事はなくても、それ以外で蝶野教官は大洗をずっと目にかけてくれていた。

 

「それに行くんでしょ?戦車道連盟の本部」

 

「…はい」

 

戦車道全国大会での大洗学園の優勝とそれに関連付けた男子学生…まぁ俺だが、に対する難癖。そして大洗学園の廃校。

 

それらは全て文科省主導で全ての出来事が進んで来た。

 

だが戦車道に対する難癖となるなら、本来なら文科省よりももっと早く対応するだろう所がある。

 

日本戦車道連盟、今日までだんまりを続けて来たが、戦車道に関わる問題事でこの組織が何も動いていないのだ。

 

男子学生が伝統ある女子の武芸、戦車道に関わるのが許せないなら、文科省よりもまず先にこの組織が文句を言って来ないとおかしいまである。

 

それがただ単純に大洗学園なんてどうでも良いから動かないのか、それとも…動けないのか。

 

現状では敵とも味方とも言えない立場ではあるが、少なくとも蝶野教官は味方をしてくれるのだろう。…あの人も戦車道連盟の一員なのだし。

 

文科省を相手に俺達一学生がどれだけ騒いでも一蹴されるだろうが、もし戦車道連盟を味方につければ…。

 

「そんじゃ、こやまー、かーしま」

 

「はっ」

 

「はい」

 

会長の掛け声と共に小山さんと河嶋さんが入ってきた。…ちょっとタイミングの良すぎない?何?スタンバってたの。

 

「そういう訳だから、私達、ちょっと出掛けてくるね」

 

「はい、留守は私達に任せて下さい」

 

「ふん、比企谷、しっかり会長をサポートするんだぞ」

 

「…まぁ、やれる事があるならやりますよ」

 

なんならこの人にサポートとか居る?という疑問は置いといて。

 

「なんだその返事は!頼りないぞ!!本当なら私が会長のお側でサポートするべき所をお前に任せる屈辱がわかるか!!」

 

「でも桃ちゃん、さっき比企谷君が入ってきた時は嬉しそうなの見られたくなかったからわざと顔を下げてたよね?」

 

「ゆ、柚子ちゃん…、ゴホン、柚子、なんの話だ?」

 

いや、わざとらしく咳き込んでも何も誤魔化しきれてないんですが…。誤魔化すならもっとこう、けぷこんけぷこんととごぞの剣豪将軍くらいわざとらしくしないと。

 

「ともかくだ、我が校の命運がかかっているんだ、もっと気を引き締めろ」

 

「かーしま、固い、もっと気楽でいいよ」

 

「か、会長まで…」

 

「大丈夫大丈夫、比企谷ちゃんが居るから」

 

「そうね、会長と比企谷君が一緒に動いてくれるんだから、大丈夫だよ、桃ちゃん」

 

「…わりと今までだって無理矢理働かされてましたけどね」

 

無理矢理の部分はわざと強調させておく、本当に巻き込んでくるのはあなた達ですからね?そこんところわかって?

 

「ふん、貴様だって私達を働かせた事くらいあるだろう」

 

「基本的には、どっちかがどっちかを巻き込んでばかりなのよね…私達」

 

それもう完全に少年週刊誌のライバルポジションキャラじゃん…。しかし言われて見ればそうか。

 

「そういや、こうやって二人で組んでなんかやった事って無いですね」

 

基本的に生徒会が仕事を振ってくるか、俺の都合に生徒会を巻き込むか、まぁその俺の都合も大元の原因を辿ればだいたい生徒会にある訳で、なんやかんや生徒会が悪いって結論に落ち着くんだが。

 

「比企谷ちゃん、だいたいは一人でやっちゃうからね」

 

「会長はだいたい人に仕事押し付けて来ますもんね」

 

それにいや…ほら、去年やった泥んこプロレス大会の生徒会行事とかめっちゃ協力しましたし、カメラ撮影バリバリでしたでしょ?シャッターチャンス見逃さなかったんだから。

 

…泥んこプロレス大会、今年はやれるかなぁ(遠い目)。

 

「…比企谷、なんだその顔は?」

 

いや、今ちょうど河嶋さんがチョークスリーパーかけられてた場面思い出してる所なんで。

 

「ま、そんな訳で頼りにしてっからね」

 

「えぇ、やってやりましょう!!」

 

「おぉ!比企谷、そうだ、良い返事だぞ!!」

 

「…大丈夫かなぁ?」

 

全ては今年の泥んこプロレス大会…じゃねぇや、大洗学園の為にだな、うん。



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だから、比企谷 八幡はここに来る必要がある。

これは八幡というか、ガルパンで男性キャラクターを登場させている作品全てに言える事だと思いますが戦車道連盟の理事長の人はマジで希望なんじゃないかなって思います。


【日本戦車道連盟】

 

当たり前の話だが、戦車道の試合は野球やサッカーといったそこら辺の試合とは一試合の規模が違いすぎる。

 

なんせ戦車を使ったドンパチだ。「磯野ー戦車道しようぜー」とか気軽に試合なんてできるものではないだろう。

 

日本戦車道連盟はその為の組織であり、試合を行う時は例え練習試合だとしてもこの組織に話を通すのが基本である。

 

先の大洗学園優勝記念エキシビションマッチはもちろん、最初にやった聖グロリアーナとの練習試合だってもちろん連盟にきちんと話は通している。

 

つーか話を通さないと試合で壊れるであろう建物への対応とかどうすんの?って話なんだが。

 

ちなみにその日本戦車道連盟さんの対応だが戦車道保険というのがあるらしい…。いや、それは最早ただのマッチポンプなのでは?

 

とはいえ、試合で戦車が突っ込んで全壊した大洗の旅館は「これで新築にできる!!」と喜んでたりしてるので保険料とかは知らないが、それほど悪い条件でもないのだろう。

 

え?ここから入れる保険があるんですか?そう、戦車道連盟保険ならね。

 

あとは試合の運営や審判団の派遣等、要するに日本で戦車道をするに辺り切っても切れない相手だという事だ。

 

もちろん戦車道全国大会の運営にも関わっている。その優勝校である大洗学園の廃校問題も、その発端に男子学生が関わっている事も知らないはずがないだろう。

 

だが、実際にやり取りに来たのは文科省の役人で戦車道連盟の方は静観を続けている。男子学生が戦車道へ関わる事が問題だというなら、文科省よりまず先に戦車道連盟が動くはずだ。

 

「そろそろ戦車道連盟の本部よ。二人共降下の準備はOK?」

 

「…なんかそれだとヘリから直接降下作戦するみたいに聞こえるんですが?」

 

「ふふっ、『空の神兵』ならもちろん歌えるわよ」

 

「いや、現役の自衛隊の人がここでそれ歌ったらちょっとシャレにならないんで…」

 

ていうかこの人いくつだよ。いつの時代の軍歌だと思ってんの?まぁ自衛隊で習うのかもしれないけど。

 

「…すいませんね。わざわざヘリまで出して貰って」

 

運転してくれてるのはもちろん蝶野教官だ。まだ朝も早いというのに大洗からヘリで俺達を戦車道連盟の本部まで送り届けてくれている。

 

昨日の夜に黒森峰から逸なんとかさんが来たと思ったら、今日は朝から自衛隊のヘリと大洗の住民達もさぞ困惑しただろう。

 

「いいのよ、今回の件、エキシビションマッチであなたの参加を許可した私達にも責任はあるもの」

 

そう答えた蝶野教官の声は優しい。だが、優しいからこそ、引っ掛かるものがあった。

 

「…やっぱ問題でしたか」

 

そう、そもそもの話だが『戦車道連盟は俺のエキシビションマッチ参加を許可している』のだ。

 

この時点で文科省が問題に上げていた『男子学生が関わっている高校は優勝校に相応しくない』という主張と食い違っている。

 

大洗を是非とも廃校に持っていきたい文科省が叩きどころとして見つけた主張だろうが、戦車道連盟も俺のエキシビションマッチの参加を許可した事で状況を静観せざるをえなくなったのではないだろうか?

 

それが弱味として文科省側から圧力をかけられた。なんて可能性もあるだろう。

 

「あら、比企谷君の言う問題って何かしら?」

 

含みを持った言い方で試すように蝶野教官は問いかけてくる。その問題についてはもう嫌になるくらい掘り下げて来たはずなんですが?

 

「何って…あれでしょ、戦車道は乙女の武道ですからね。本来なら男子禁制ってやつじゃないんですか?」

 

「そんな小さい事、問題にもならないわ。バーっと流しちゃいなさい!!」

 

「えぇ、雑ぅ…」

 

わりと主題というか…。そこら辺で散々うだうだやってた時間全部バッサリ切り捨てちゃったよこの人。マジか?

 

「比企谷ちゃん」

 

「…なんですか?」

 

蝶野教官の相変わらずなアバウトさに若干辟易気味なんですが、会長ならまだ…この人も大概アバウト寄りなんだよなぁ。

 

「私が比企谷ちゃんを待ってた理由なんだけどね、会って欲しい人が居るから」

 

「…会って欲しい人、ですか?」

 

「そ、戦車道連盟の理事長の人」

 

「…まぁ、そもそも連盟の偉い人に会いに来たんですけどね」

 

にしても、理事長って事は戦車道連盟のガチでトップの人だ。そもそも男の俺が会いに行って良い顔をするものだろうか?

 

なんせ相手は乙女の武道たる戦車道、その連盟の代表とくれば西住しほさんのような女傑(誉めてますからね?)が出てくるに違いない。

 

日本戦車道連盟会館の前にヘリは着陸し、蝶野教官を先頭に俺と会長は後を着いていく。

 

「ここよ、もう理事長に話は通してあるわ」

 

扉を前に蝶野教官は立ち止まる。…この先に戦車道連盟の理事長が居る。

 

「失礼します。蝶野亜美です」

 

蝶野教官が扉をノックし、開けるとそこに居たのはーーー。

 

「あぁ蝶野君と、大洗学園のお二人だね。話は聞いているよ」

 

…おっさんだった。いや、この言い方は良くないな、うん。

 

恰幅の良い、ハゲたおっさんだった。…もっと悪くなったじゃねーか。

 

なにこれドッキリ?戦車道連盟の理事長は?

 

「比企谷君、この人が戦車道連盟の理事長を勤める…」

 

「児玉七郎です。はじめまして、比企谷八幡君」

 

「あ、ども。えーっと…」

 

…この人が戦車道連盟の理事長…らしい。

 

「困惑される事には慣れているよ。戦車道は女性がメインの競技だからね。その連盟の理事長となると女性が勤めていると思うものだろう」

 

「…まぁ正直に言えば、そうですね」

 

「だが、私はこの通りお飾りではあるが理事長をやらせて貰っている。君の話ももちろん聞いているよ」

 

うちの学園の小さな先輩の話。…だから会長は俺を待っててくれたのか。俺をこの人に会わせる為に、ここまでギリギリになってでも。

 

「私も子供の頃から戦車が大好きでね。よく男のくせになんて周囲に揶揄されながらも模型なんかを何台も作ったものだ」

 

「あ、じゃあ理事長も一人戦車ごっことかやった口ですか?」

 

「…いや、そういうのはちょっとしとらんが」

 

しとらんかぁ…、あの遊びの面白さを知らないなんてなんともったいない。

 

「てゆーか、一人でどうやって戦車ごっこすんの?車長は?」

 

「そりゃ俺ですよ」

 

「砲手や通信手なんかはどうしてたの?」

 

「もちろん俺です」

 

え?なんでみんなそんな微妙な顔してんの?ほら、同じごっこ遊びでも有名な電車ごっこの歌だって「車掌さんは僕だ。運転手も僕だ。」って歌詞なかったっけ?

 

しかしこれ今思い返せば最強じゃね?「俺が22人いればそれがドリームチームだ」ってアメフトのすごい選手も言ってたしね!死にたい!!

 

「あっははは!なかなか難易度の高い遊びをしてたのね!!」

 

まぁ、一人野球とかに比べればよっぽどイージーだったんですけどね。ただそれを言えば今度は一人で野球とかどうやってたの?って聞かれるだけだろうけど。

 

「まぁとにかくだ。そんな私も今ではこうして戦車道連盟の理事長として、戦車道と関わりを持たせて貰っているよ。比企谷君」

 

「…はい」

 

「『戦車道に男子が関わってはいけない』なんて事は無いんだ。そうじゃないと、私の立場もないだろう」

 

理事長はそう言いつつ、冗談めかして笑ってみせた。

 

「…ありがとうございます」

 

…この人に会えただけでも、今日ここに来て良かった。本当に蝶野教官の言う通り、問題にもならない小さな事だったのだ。

 

「では理事長、これで彼の関わりによる大洗学園の優勝の問題、という文科省の主張は取り消せますね」

 

「うぐっ…」

 

続けて蝶野教官が本題に入ろうとすると、理事長はわかりやすく言葉を詰まらせてその大きめな身体を縮める。

 

「蝶野君、あー…それはだね。それとこれとは話がちょっと違うというかね」

 

あーうん、この理事長の様子を見てなんとなく察しはつくけど、やっぱりそこは乙女の武道、男性の肩身が狭いのは変わらないのね…。

 

「正直、君達の力にはなりたいとは思うが、文科省が一旦決定した事は我々にもそう簡単には覆せないんだよ。向こうにも面子というものがあるだろう」

 

まぁ、そもそもが大洗学園廃校の話は大洗学園と文科省が『優勝したら廃校は撤回する』というやり取りをしたので、戦車道連盟は関係無いといえばそれまでの話だ。

 

戦車道連盟が認めた所で、文科省が認めなければ意味がない。

 

「ですが、私達は戦車道全国大会に優勝すれば廃校は撤回される。そう信じて戦いました」

 

「面子というならば、優勝するほどの学校をこのまま廃校にさせては、それこそ戦車道連盟の面子が立ちません」

 

「蝶野君も連盟の一人ならわかるだろう。我々にも立場がある」

 

戦車道連盟としても、文科省と正面から対立は出来ないという事だろう。この人の立場からすれば余計に事を荒げるのは避けたいという事か。

 

「それに向こうは二年後の世界大会の誘致と、その為のプロリーグ発足の計画で取り付く島もないんだ」

 

「…世界大会にプロリーグ」

 

そういえばそんな話があった事を思い出した。それは大洗学園が廃校を撤回する為に、戦車道という競技を選択した理由だ。

 

二年後の世界大会と、その為のプロリーグ設立、今文科省が一番力を入れているのが戦車道で、その戦車道で優勝する事で学園に実績を残す。

 

「お、比企谷ちゃん、なんか思い付いた?」

 

「…いや、世界大会やらプロリーグやら、話を聞けば文科省は戦車道を盛り上げたいんですよね?」

 

「あぁ、その為我々の話にも耳を貸そうともしない」

 

…なら、なぜこうまで強硬して大洗を廃校になんかするんだ?全国大会の優勝校が廃校とか、戦車道的にも盛り下がるニュースになるだろうに。

 

「…なら、世界大会やプロリーグに関する事なら耳も貸してくれません?」

 

「…それはつまり、文科省に協力する。という事かね?」

 

はっはっは!協力?冗談じゃない。

 

「いや、邪魔してやりましょう。向こうが話を聞かざるをえない状況を作ってしまえばいい」

 

相手の舞台に上がった所で勝てないのはわかっている。なら、相手からこっちの舞台に降りて来て貰うべきだ。

 

「いいわね、耳を貸す気がないのなら、耳を奪っちゃえばいいのよ!!」

 

その表現はちょっとグロテスクすぎるんだよなぁ…、耳無しな芳一さんじゃないんだから。

 

「…彼は大丈夫なのかね?その、妙にイキイキとしているというか」

 

「大丈夫ですよ。むしろこういうのは比企谷ちゃんの得意分野ですから」

 

「全然大丈夫には聞こえないんだが…」

 

ちょっと会長ー聞こえてますよー。…というかだ、そもそも文科省の奴らだって多少の嫌がらせは覚悟して貰いたい所ではある。

 

「なら、比企谷君に良い情報があるわよ」

 

「なんですか?」

 

「プロリーグ設立委員会の委員長は是非西住流家元に、という声が多く上がっているわ」

 

「…いや、まぁ」

 

妥当ではある。なんせ戦車道の最大流派が西住流なのだ。プロリーグ設立となればその家元が話に出ないはずがない。

 

ただ、それは確かに文科省の邪魔をするには良い情報ではあるが、俺個人として見ると…うん。

 

「どうやら、次の目的地が決まったみたいね」

 

「いいねぇ、比企谷ちゃんもそろそろ西住ちゃんのご両親にご挨拶に行かないとだしねぇ」

 

「…会長、それわざと言ってません?」

 

渋る俺の事なんて関係無く、蝶野教官と会長はトントン拍子に話を進めていく。このコンビ無いわぁ…。

 

…しかしここに来てまたあのラスボス系母親と会う事になるとは、本当に何の縁があるというのか。しかも今回はその母住さんを説得して行動を起こして貰う必要がある。

 

そういえば、西住も今は実家に帰ってるんだったか…。あれ?これタイミング被ったらヤバくない?マジでなんかご挨拶みたいになっちゃうんだが?



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ふとした瞬間、西住 まほはその言葉を口にする。

そういえば原作のまほお姉ちゃんはなんであのタイミングで実家に居たのかな?って考えたら西住流の実家って黒森峰の中にある可能性もあるかぁ…と書いてて思ったんですが全力で忘れる事にしました。


「うーん…」

 

スマホに文字を打ち込んで完成された文面を眺め、消していく。

 

もう一度文字を入力。…いや、ナイナイとまた消去と。

 

「比企谷君はさっきから何をやってるの?」

 

先ほどから何度も続けていたその作業に蝶野教官が気にかけるのも仕方ないとは思うがここはそっとして欲しい。思春期男子にはいろいろと思うところがあるのだ。

 

「いやほら、今から西住の実家に行く訳ですよね…」

 

「あーそういえば西住ちゃん、今実家に帰ってるんだっけ?」

 

「あらそうなの、みほさん、ご実家に帰られたのね」

 

二人して実家実家と連呼しないで欲しい、なんか「実家に帰らせていただきます」されたみたいじゃん。いや、実家に帰ってるんだけど。

 

ちなみに俺の実家は学園艦内なので大洗学園解体の際にはまとめて取り潰しが決定されるだろう。おまけ感覚で苦労してローンを払って来たマイホームを取り潰される親父の心境やいかに?

 

「って事は今ちょうど実家に居るかもしれませんし、一応連絡くらいした方がいいかと」

 

じゃないと西住からすれば唐突に俺が実家に来た感じだし、ばったり鉢合わせなんかすれば変な空気になりそうではある。

 

「ならさっさと送っちゃえばいいじゃん」

 

「いや、なんて送るんですこれ?」

 

西住家を訪れる理由は文科省が進めるプロリーグ設立の邪魔。設立委員会の委員長へと推薦を受けている西住流家元、西住 しほさんを説得してこちらの味方に付ける為だ。

 

大洗学園廃校を阻止する為ではあるが、この事はまだ一般生徒はもちろん、戦車道関係者にも教えていない、生徒会と俺が独自で動いている事だ。

 

そもそも実現できるかも難しい話に、変に期待を持たせてぬか喜びをさせる訳にはいかない。

 

そんなのは最初の一回、全国大会優勝からの一連の流れでもう沢山だ。

 

「ご両親にご挨拶に伺います、とか?」

 

「言い方ぁ…」

 

いや、伺いますけどね、ご挨拶に。ただそんな文面のメッセージ突然送られた西住からすれば恐怖しかないでしょ?

 

「そもそも西住がもう実家から帰ってるなら無駄に心配させるだけになりますし、まだ着いてなくても不安にはさせるでしょうし」

 

「過保護だねぇ…」

 

「青春してるのね!いいじゃないの!!」

 

アオハルかよ、いや、親元のご実家に挨拶に行く青春ラブコメって…あぁ、結構あるよね。

 

「じゃあそんな比企谷君に私からアドバイスを送るわ」

 

「なんですか?」

 

「メッセージなんてバーッと書いてザッと送っちゃえばいいのよ!!」

 

「雑ぅ…」

 

是非とも今後の【茨城県横断お悩み相談メール】の回答はこの人に一任したい。人生の先輩として悩める後輩の悩みはバーッとザックリ、ガガーっと解決してくれるだろう。

 

「…そういえば蝶野教官はモテるんでしたっけ?」

 

「撃破率は120%よ!!」

 

「…モテるんですよね?」

 

「120%よ!!」

 

何この人、戸愚呂(弟)なの?ビルくらいなら3分で10式戦車使って更地にしちゃいそうだし、実質戸愚呂(弟)。

 

「ところで比企谷君、みほさんもそうだけど…お姉さんの方はいいのかしら?」

 

なんか話をはぐらかされた感が強いんですが…。お姉さんの方?あぁ、姉住さんの事か。

 

確かにあの人も西住流なんだし、今回の一件とは無関係の話ではないんだが。

 

「いや、あの人黒森峰に居るんですし、連絡した所でどうにもならないでしょう」

 

もう夏休みはとっくに終わっている。大洗学園は廃校問題で学園艦から追い出されたので半ば夏休みの延長的にはなっているが他所の学園艦はとっくに新学期を迎えているだろう。

 

「ふふっ、連絡する手段がない、とは言わないのね?」

 

…しまった、なんか上手く誘導された気がする。

 

「…まぁ、いろいろありましたから」

 

「比企谷ちゃん、ここ最近じゃ一気に知り合いが増えたんじゃない?」

 

「そーですね、最近になってようやくスマホってゲーム機じゃないなって事くらい気付けましたよ」

 

みんなは知ってたかい?スマホって目覚まし機能付いた動画再生ゲーム機じゃないんだって!おまけで他の人と電話やメッセージのやり取りができる機能があるんだよ!!

 

いや、それでも実際、電話やメッセージのやり取りの方がおまけ感があるのが今のスマホの凄い所なんだが。

 

「しかもアドレスの大半は女の子のだしね」

 

「あぁ、それは撃破されちゃうわね。撃破率でいうなら120%はあるかしら」

 

「それもうただの死刑宣告なのでは…?」

 

あと、この人の20%上乗せのこだわりはなんなのだろうか…。ただわかる、いいよね…120%って語感。

 

「じゃあそんな比企谷君に私からアドバイスを送るわ」

 

「またですか…」

 

まぁ、一応聞くだけ聞いときますけどね…。ガィーンッでズババーンなアドバイス(笑)ってやつを。

 

「それはあなたがこれまでの戦車道を通じて得た大切な繋がりよ。大事になさい、その繋がりはきっとあなたを、あなた達を助けてくれるわ」

 

「…はい」

 

ーーーとはいえ、やはりこの人は人生の先輩なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…暑い」

 

そしてまさかの放置、放置スタートである。少女は放置すれば強くなるって動画合間の糞CMが言ってたけど少年は放置された所で強くもなれないんだが。

 

『西住流家元との面談の約束を取り付けるからちょっと待ってね』とは蝶野教官の言葉。まぁこれに関しては戦車道連盟の本部から直接ここに来た流れな訳で、そもそもアポイントを取っていないこちらが悪い。

 

大洗の代表として会長も蝶野教官に付き添い、そうなると俺だが、もちろんやることもなく、こうして放置少年をやっている。

 

せっかくの熊本なのだが、土地勘なんてあるはずもない。迷子になるのもあれなので近くの公園のベンチに座り、ただ会長達からの報告を待つばかりだ。

 

「…暑い」

 

ただ、まぁ…暑いよね。夏だし、一応日陰にベンチがあったのは助かったが暑いもんは暑い。

 

「わんっ!!」

 

これだけ暑いというのに、目の前では一匹の犬が元気に走り回っている、もう本当に爆走。

 

「わんっ!わんわん!!」

 

…ん?あれ?あの犬、めっちゃ長いリードに繋がれてるし、首輪はしてるんだが…飼い主は?

 

そのまま眺めていると犬は俺を見つけてか、そのまままっすぐにこちらへ向かうと目の前できちんとお座りをしてくれた。

 

「へっへっへっ…」

 

『ほら、頭を撫でるなら今ですぜ旦那!!』とでも言いたげな瞳で見つめられ、こうしてスタンバイされてはこちらも撫でねば無作法というもの…。

 

「おーよしよし、飼い主どうした?」

 

ごろごろわんわんと頭を撫でると犬は気持ち良さそう目を細める。ふっ、良いハンターってのは不思議と動物に好かれるものなのさ!…人にはあんまり好かれて来なかったけど。

 

だいぶ人懐っこい犬だがリードがあるとはいえ自由にしすぎではないか?もし道路に出てトラックとか来ちゃったら八幡、異世界転生しちゃうんだが?

 

「こら、あまり遠くには行くなと言ったはずだ」

 

とか思っているとすぐに飼い主がやってきた。…はて?

 

「…比企谷か」

 

「あぁ…えと、どうも?」

 

なんと姉住さんである。私服で手にリードを持つ犬の散歩してますスタイルの姉住さんがそこに居た。

 

「…そうか、君を見つけたから普段よりはしゃいでしまったのかもな」

 

俺の姿を見た姉住さんは犬に近付くとその頭を軽く撫でる。

 

さすが姉住さん、犬の散歩スタイルでさえ絵になるくらいには格好いい。ただし、その手には犬用のおやつ骨クッキー持ってるけど。

 

「いや、そのわんちゃんとは初対面なんですが?」

 

そういえば前に西住が実家で犬を飼っている。という話は聞いていたが、まさかこのお犬様がそうだったとは。

 

「きっとみほの匂いでもしたんだろう」

 

…いや、さすがにそれはどうかと。妹さん、そんなに匂い残してますか?

 

「せっかく会ったんだ、少し話をしよう。隣、良いだろうか?」

 

「まぁ、ベンチは公共の物ですからね」

 

「相変わらずだな、君も」

 

姉住さんは俺の隣に腰かけるとごそごそと犬用のおやつクッキーを取り出す。

 

「へっへっへっ…わんっ!」

 

すると匂いに釣られたのか、西住流お犬様はするすると姉住さんの所へ。なんか西住流で飼ってるとは思えない愛嬌があるな、こいつ。

 

「…驚かないんですね、俺がここに居る事」

 

「エリカが君の所へ向かったのだろう?なら、西住の家に来る事もあるだろう」

 

「へぇへぇ、そうですか。夜中に他所様の学校に夜襲かけない常識くらいは教えといて欲しかったですけどね」

 

…なんかあの現副隊長さんのおかげみたいに聞こえるのがシャクなのでついつい軽口で返してしまう。

 

「その様子なら、エリカは上手くやってくれたようだな」

 

あー聞こえない聞こえないっと。なんで姉住さん、ちょっとほっこりした表情になってるんですかね?

 

「てか、俺は普通に驚いたんですが、なんでここに居るんです?学校は?」

 

さっさと話題を変えるべく当然の疑問を問いかける。さっきも言ったが他所の学園艦では普通に新学期が始まってる頃合いなんですが?

 

「みほから家に帰る必要がある、と連絡を貰った」

 

「あぁ、転校手続きの書類に親の判子いりますからね」

 

…てか、そもそもの話だが西住は親元には連絡は入れたんだろうか?たぶん入れてないんだろうなぁ…、あの親子関係だいぶ拗れてるし。

 

「だから私も一度家に帰る事にした」

 

「わかる、超わかる」

 

妹が帰ってくるなら、兄として…いや、この人の場合姉なんだけど。学校なんて知るかって会いに帰っちゃうよね!!…まったくこのシスコンさんめ。

 

「だが、大洗の廃校が回避されれば転校手続きの書類も必要なくなるな」

 

「作っといて損は無いでしょ、現状じゃ状況は何も変わってませんし」

 

戦車道連盟は敵とは言えないが、表だって動けない事を考えるとまだ味方として動いては貰えない。

 

「状況なら変わっている、君がここに居る事だろう」

 

「…それは買いかぶりですよ」

 

「一人の伏兵が戦況を覆す事はそう珍しい事じゃない、君だってそのつもりでここに来たのだろう」

 

「まぁ、やれるだけの事はやってみますよ」

 

しかし、相変わらず例えが戦車脳だなこの人…、まぁ一周回ってわかりやすいまであるけど。

 

「…転校、か」

 

「…?」

 

ふと、姉住さんの横顔が憂いを帯びた物に見えた気がした、西住流お犬様…いや、なんかもう面倒臭いし犬住さんでいいや。その犬住さんの頭を優しく撫でるその仕草には寂しさも見える。

 

「もしそうなれば…みほは、黒森峰に戻って来るのだろうか」

 

「………」

 

ふと呟いたその一言の意味に気付いた姉住さんはすぐに気付いたようにこちらを振り向いた。

 

「…すまない、失言だった」

 

…まぁ、それだと大洗の廃校はむしろ都合が良いとまで聞こえるんだろうが。

 

「別に失言でもなんでもないでしょ。妹と同じ学校で、戦車道をまた一緒にやりたいって、それだけの話なんですから」

 

「だが、これではまるで大洗の廃校を願っているようではないか…」

 

「そう簡単に割りきれるもんじゃないでしょ、俺だって小町が天秤に乗っかったら余裕で小町選んじゃいますし」

 

「…そうだな、君はそういう人だったな」

 

あなたもね…。まぁ、なんだかんだ言って結局、お互い妹超可愛い!!って結論付くんだよね…だって小町だよ?いや、むしろB小町といえば完璧で究極のアイドルだかんね!!

 

「そういえばエリカが前に君をこう言っていたな…、シス…シスコン?というやつだろうか?」

 

それ、むしろ遠回しにあなたにも言ってるんじゃないかなぁ…。

 

「まっ、小町だって大洗の受験を望んでますし、戦車道やりたいみたいですから、大洗の廃校が回避されれば俺は両得ですけどね」

 

「…むぅ、さすがにそれはちょっとズルいな」

 

ちょっと拗ねた表情でズルいとか言っちゃう姉住さんの表情は年相応…いや、むしろそれよりも幼くさえ見えてドキリとさせられる。

 

「だが、それで良い。君がここに来たという事はお母様に用があるのだろう」

 

「文科省を相手にするにはどうしても西住流の後ろ楯が必要ですからね」

 

まぁそれくらい、察しはついてるだろう。

 

「娘の私が言うのもなんだが…お母様は手強いぞ」

 

「知ってますよ」

 

なんなら身に染みてるまである。あの人との対面はどれも身の縮む思いだった。

 

「すまない、私にも何か出来る事があればいいが…立場上そうもいかないだろう」

 

この人も西住流だ、家元であるしほさんの意見を無視して勝手に動く事は出来ないだろう。

 

「あー…じゃあ一つだけ、いいですか?」

 

「あぁ、私にできる事ならなんでも聞こう」

 

その手の発言は『ん?今なんでも』ハンターがやってくるから気を付けてね。

 

「…アイスとか売ってるとこ、知りません?」

 

いや、いい加減さすがに暑いんですよ、だんだん日陰もなくなって来てるし。

 

「わんっ!わんわん!!」

 

しかしほんっと、犬住さん元気に走り回ってんなぁ…。え?犬住さんの名前聞かないのかって?何言ってんの、犬住さんは犬住さんだよ(断言)。

 

「…そうだな、ここからなら駅の売店が一番近いだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「お姉ちゃん…と、え?えぇえ!?は、八幡君!?」

 

「みほ」

 

「…あー、うん、ども?」

 

…ごめんね、なんかゴタゴタしててすっかり忘れてたけど、本当ごめん。



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きっとその当たり棒には、様々な意味がある。

ふと書いてて昔、オモチャの缶詰めが欲しくて銀の天使を集めていた事を思い出しました。
何枚か持っていたのは覚えてるんですが、いったいどこに消えたのか…だいたい五枚集める前に飽きるか諦めるかで集まらないんですよね。


「は、八幡君?え?なんでここに八幡君が?」

 

『なんでここに八幡君が?』とか漫画にありそうなタイトルを口にする西住だが、その疑問は至極当然のものだ。

 

久しぶりに地元に帰ったら現地に何故か同級生の男子生徒が居た。…うーん、これはサイコ味の効いたホラー。

 

「…なんでお姉ちゃんと?」

 

ん?いやまぁ、そっちも気にはなるんだろうが、なんか声のトーンがさっきの驚きと違わない?それはそれでサイコ味効いたホラー感がマシマシなんですが…。

 

「いや、まぁ…その、あれな」

 

考えてみればそもそも姉住さんは西住の帰りに合わせて帰省してる訳で、その姉住さんが居るなら西住がまだ地元に着いてないのは当然だったか。

 

しかしなんという鉢合わせ。アイスを買いに来た売店が駅前とはいえ、そんなことある?

 

さて、なんて説明したもんか…。いや、姉住さんとはたまたま、さっき偶然会っただけなんだが。

 

姉といい、妹といい、なんか西住姉妹のエンカウント率高くない?この流れだとアポなんて取らなくても母住さんに会えそうまである。…ラスボスとフィールドエンカウントとか恐ろしいんだが?

 

「みほ、心配しなくてもいい」

 

そんな俺と西住の雰囲気を察したのか、姉住さんが間に入ってくれる。さっすが隊長!頼りになるぅ!!

 

「比企谷はお母様に会いに来ただけだ」

 

しまった!この人戦車道外だとわりとド天然なポンコツ見せるんだった!!

 

「え?えぇえ!?お母さんにって…そ、それってお、お姉ちゃんの事、で?」

 

…なぜここで姉住さんの事で?西住関連だけでなく、そのお姉ちゃん関連にまで西住流に目をつけられてるの?

 

「? いや、どちらかといえばお前の為に、だろう」

 

姉住さんはとりあえずちょっと黙っててくれませんかね…、なんか口を開いてもポンコッツな発言しか出てこない気さえする。何?久しぶりに妹に会えてテンション上がっちゃった?

 

「わ、私の…為?それって…その、そういう事…なのかな?」

 

顔を真っ赤にしていじいじと両手の指を絡ませながら、西住はチラリとこちらを向いた。

 

「西住」

 

「は、はい!?」

 

「…とりあえず落ち着け、今話すから」

 

「あぅ…」

 

…もうここまで来たら隠し事は出来ないというか、これ以上隠そうとしても余計ボロが出るだけだろう。なお、ボロを出すのは俺というよりお隣のお姉ちゃんの方だろうが。

 

「話の前に、私達はアイスを買いに来たんだが、みほも食べるだろう?」

 

「あ、うん!ありがとうお姉ちゃん」

 

…まぁそりゃね、久しぶりに妹に会えたんだし、テンションも上がっちゃうよねー、仕方ない。

 

「今日は暑いからな、体調の方は問題ないか?」

 

「うん、電車だったからクーラーも効いてたし大丈夫だよ」

 

「そうか?それにしては先ほどからずっと顔が赤いのだが…」

 

「そ、そうだね!きっと暑さのせいだと思うから、早くアイス食べよ!!」

 

なお、仕方ないには限度はある模様。本当にこの人…妹が絡むとわりとアレな所あるから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…そんな事があったんだ」

 

そんな訳で三人で並んでベンチに座ってソーダアイスをパクつきながら、現状を西住に話す。

 

戦車道連盟の立ち位置と、文科省を交渉の場に引きずり落とす為に西住流の家元の後ろ楯が必要な事。

 

あと、姉住さんとはさっき偶然会った(ここ大事)事等。

 

ちなみに犬住さんは走り疲れたのか、日陰でまったり中だ。さっきまで西住に久しぶりに会えたのが嬉しくてわんわんおと大はしゃぎだったが。

 

「…でも良かった」

 

「いや、まだなんも解決してないんだが」

 

「そうじゃなくってね…八幡君、最近ずっと思い詰めてたみたいだったから」

 

きっと全部バレバレだったのだろう。久しぶりに会ったあの現副隊長にさえ指摘された被害者面だ。ほぼ毎日顔を合わせていた彼女達なら余計にだろう。

 

「私達も心配で何かしたくて…でも、何かすると八幡君、もっと辛くなりそうで」

 

「…今回はやらかした責任が返ってきただけで、単なる自業自得だったりする。だから…西住達から心配される資格は無いはない」

 

「お友達を心配するのに、資格なんていらないと思うな」

 

そう言って西住は少し寂しそうな表情を見せる。

 

「だって麻子さんの時、八幡君は心配してたよね?」

 

「いや、冷泉だぞ?あいつが率先して仕事しだすとか病気を疑うだろ」

 

「八幡君の麻子さんへの信頼って…」

 

いや、仕事の有能っぷりには信頼置いてますけどね、基本面倒臭がりだからあの娘。

 

「自分は相手を心配するのに、相手が自分を心配するのは許せないか」

 

「…お姉ちゃん」

 

「比企谷、その考えは周りに一方的に気持ちを押し付けているだけだ。それこそ君にとって嫌いな考え方ではないのか?」

 

「…耳が痛いですね」

 

一人で居るぼっちを周りは「寂しい奴」「つまらなそう」「悪い」とレッテルを貼り、時には嘲笑い、時には同情の目を向ける。

 

別に一人でも、いや、ぼっちだからこそ楽しめる事はたくさんあるし、そういう気持ちの押し付けは俺の忌み嫌うものの一つだった。

 

「…ぼっち生活が長かったんで。その…慣れてないんですよ、人に心配される事に」

 

「なら、これから慣れていけば良い。…私だって君を心配していたんだ、それを拒絶されてしまって寂しく思う」

 

「…心配、だったんですか?」

 

「もちろんだ。…なにかおかしいだろうか?」

 

「いえ…ありがとうございます」

 

素直に頭を下げる。自然と長く話していたせいか、溶けかけてきたソーダアイスが見えたので慌ててパクりと食べきる。

 

「…うーん、ハズレかぁ」

 

それは西住も同じだったのか。だが違うのは西住は食べきったアイスの棒をしげしげと眺めながら少し残念そうに呟いていた。

 

「なに?なんかあんのこれ」

 

「えっとね…このアイス、当たりが出たらもう一本貰えるやつだったから」

 

あぁ、あまり考えず買ったんだがその手のタイプか。この手の当たり付きアイスや駄菓子は小学生の頃、重宝したものだ。

 

有名なのは金とか銀の天使が出てくるあれだろう。クエックエッなオモチャの缶詰めが貰えるやつ。クラスで「オモチャの缶詰め当たったぜー」とか大々的に自慢していた奴を思い出す。

 

なお、翌日学校に来たそいつは周りから感想を聞かれ「あー、うん…」みたいな反応だった模様。

 

「まだ食べるのか…」

 

さすがに暑いとはいえ、二本連続でアイスを頂くのも…お腹冷えちゃわない?

 

「ち、違うよ!食べたいとかそんなんじゃなくって…ほら!なんとなく当たったら嬉しいっていうか…」

 

まぁわかるけどね。当たり付きのジュースの自販機とか、別にもう一本出てきても絶対飲みきれないんだけどハズレるとそれはそれでなんか残念な気持ちになるやつ。

 

「八幡君はどうだったの?」

 

「ハズレ…だな」

 

まぁそんなものだ。確か一説によるとアイスの当たり棒の当選確率は2%くらいなもんらしい。なんだ、ソシャゲのピックアップ引き抜くより軽いじゃないか!!…ピックアップとは?出現率アップとは?

 

毎日おはガチャした所でお目当ての星5キャラが出ないというのに。今日ふらっと寄った売店のアイスが当たる…なんて確率、そう起きないものだ。

 

「…当たりだ」

 

マジですか姉住さん。これから毎朝俺のおはガチャ引いてくれません?…なにその文句、新手のプロポーズかなんかかな?

 

「すごい!さすがお姉ちゃん!!」

 

しかし、サクッと当たり引いちゃうとか、やっぱこの人なにか持ってるんだよなぁ。

 

「そういえば昔、小さかった時もお姉ちゃんがアイス当たった事あったよね」

 

「あぁ、あれは確かみほにあげたんだったか」

 

「…覚えてるの?」

 

「もちろんだ、あの後戦車から落ちて、二人で泥だらけになって帰ってお母様に叱られたからな」

 

「そ、そこは忘れてて欲しかったかも…」

 

顔を赤くする西住の反応から、たぶん西住が原因で戦車から落ちたんだろう。昔の西住は相当ヤンチャっ子だったらしい。

 

しかし子供の頃の回想でサラッと戦車が登場する辺り、西住流の英才教育ヤバない?

 

「…そういえば、あの時の当たり棒はもう交換したのか?」

 

「ううん、なんか交換するのが勿体無いなって取っておいたら、機会が無くなっちゃって」

 

「…そうなのか?遠慮しなくてもいいと思うが」

 

「うーん…ほら、なんとなくだけどお守りみたいになるかもって、今もとってあるんだ」

 

わかる。駄菓子の当たりとか、交換するより財布に入れとけば金運とか上がるんじゃね?とか思ってた小学生のあの頃。

 

実際交換したアイスがまた当たる…なんてそうそう無いので、なんとなく交換するのが勿体無いと感じるのだ。

 

あとあれだ、コンビニで店員に当たり棒アイス渡したら、めっちゃ先っぽの方を嫌々つまんでいたのを見てから交換しずらいんだよ。

 

「…お守りか」

 

当たり棒を見つめる姉住さんはボソリと呟く。まぁ戦車道としても、『当たり』という言葉は縁起が良いのかもしれない。

 

敵に砲撃が『当たる』とかね。…相手からの砲撃に『当たる』って可能性もあるんだけど。

 

「比企谷」

 

「はい」

 

「なら、これは君に持っていて欲しい」

 

「…はい?」

 

姉住さんがその当たり棒を俺に差し出してくる。…いや、はい?

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「ん?みほもやはり欲しいのか?前に一度あげたから二本も必要ないかと思ったが」

 

「えと…そうじゃないんだけど、だってそのアイス、お姉ちゃんの…」

 

はい、ばっちり姉住さんが食べた後のアイス棒です。…姉妹なら微笑ましいんだけど、いやいや、これはさすがに。

 

「これからお母様に会うのだろう。なら、お守り代わりにでも持っていて欲しい」

 

「え?むしろ会うのにお守り必要なレベルなの?あの人」

 

しかも娘から渡されるとか、どれだけ恐れられてるんだよあの人。

 

「…私が君にできる事は少ないが、せめてお守りくらい良いだろう。必要ないならそのまま交換して貰えばいい」

 

とは言ってますけどね…。これ交換しちゃったら渡したお守り目の前で売却した感じになっちゃわない?

 

…とりあえずティッシュで丁寧に当たり棒を包む。…最早御神体を扱う感じでマジでお守りめいてるなこれ。

 

この当たり棒をどうするかはとりあえず置いておこう…。不用意に触れちゃいけない聖遺物として。

 

「う、うぅ…、わ、私…もう一本、アイス食べよっかなー」

 

わざとらしく立ち上がると西住は売店のアイスコーナーにふらふらと。

 

「アイスの食べ過ぎは身体に悪いが…一本では足りなかったか?」

 

「うん!今日は暑いし!!…それに次はなんか当たる気がするから」

 

そう言って真剣な表情でアイスコーナーを物色し始める。止めて!これ以上聖遺物増やされたら八幡のフォニックゲインが高まっちゃう!!



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ついに、比企谷 八幡は西住家の門を潜る。

前も一度前書きで書きましたが知らない人は絶対知らないと思うので一応、もう一度。

菊代さんはオリジナルキャラクターではなく、漫画版『ガールズ&パンツァー』やスピンオフ作品の『リトルアーミー』に登場しているキャラクターです。
和服の似合う年齢不詳な美人さん、気になる人はそれらの作品を要チェック!!(ダイレクトマーケティング)。

…最終章にも登場とか、しませんかね?


「うぅ…」

 

「だからアイスの食べ過ぎは身体に悪いと言ったのに…」

 

歩きながら頭を抑えてうーんと唸っている西住に姉住さんが心配しながら声をかける。

 

結局当たり棒は引けなかったようだが仕方ない。単発引きで星5が出ないのは当然だが、そこから泣きの一回を回した所でお目当てが引ける訳でもなく、もう一回もう一回とズブズブとガチャ沼にハマっていくものだ。

 

…もしボコを題材にしたソシャゲとか出たら西住の破滅する姿が見えそうなんでボコ人気はこのまま下火のまま過ぎて欲しいものである。

 

まぁ今回は物がアイスの当たり棒という事で「出るまで回せば出現率は100%」理論も通用しない。ガチャの天井より早く、アイスを食べ続けるのにはすぐに限界がくる。

 

「うぅ、ごめんね、お姉ちゃん」

 

「全く…仕方のないやつだ」

 

ま、西住も久しぶりに姉に会えて甘えたかったのかもしれない。小町だってまた俺に会ったらこんな風に甘えてくれるだろうしね。くれるだろうしね!!(確信)。

 

「…あ」

 

ふと西住が立ち止まる。その意味は言われなくてもその建物を見れば一目でわかるものだ。

 

古風ながら立派な屋敷、表札なんてなくても西住の実家の前まで来たのだろう。

 

…何より庭先にⅡ号戦車置いてあるからね、これを見て空き巣や強盗を考えるチャレンジャーはそう居ないだろう。

 

「………」

 

門の前まで来て、西住は立ち止まる。思えば大洗で西住が帰省する事は今まで無かったか。

 

あの黒森峰の決勝戦の一件から大洗に来て、一度も家に帰らなかった西住の帰省がこんな形になるとは思わなかっただろう。

 

立ち止まったまま、西住は動かない。それを見た姉住さんは西住より先に一人門を潜った。

 

「…お姉ちゃん?」

 

「みほ、ここはお前の家だ。戻ってくるのになんの遠慮がある?」

 

そう言って優しく微笑みかけ、西住に手を差し出す。

 

「…うん!ただいま、お姉ちゃん」

 

「あぁ、おかえりみほ」

 

西住はそんな姉の手を嬉しそうに掴むと門を潜る。…姉住さんが黒森峰から帰ってきてて良かった。久しぶりに実家で再開した二人を見てそう思える。

 

「…あ、えへへ、ごめんね八幡君、なんか恥ずかしい所見られちゃたかも」

 

ふと西住が俺に気付いて少し顔を赤くしている。まぁ知り合いに姉に全力で甘えている姿を見られるのは恥ずかしいものだろう。小町が普段周りに人が居る時には塩対応になるあれだ。

 

「いや、気にするな。俺も将来的に実家になんの遠慮も無しに戻れるんだなと再確認できたしな」

 

「…そこは遠慮しようよ」

 

「…そうだな、君は少し遠慮した方が良い」

 

あれれー?姉住さん?さっきと言ってる事違くないですか?妹さんとの対応の差が露骨なんだが。

 

ま、これで西住は大丈夫だろ。なんてったって対応の差が露骨な姉住さんが付いてるんだし。

 

「…んじゃ西住、また後でな」

 

そんな姉妹のゆりゆりゆるゆりも見届けたので軽く手を上げてその場から立ち去ろうとする。ゆるゆりに挟まってはいけない、比企谷 八幡はクールに去るぜ!!

 

「え?えぇ!?八幡君どこ行くの?」

 

「どこって…とりあえずさっきの駅の売店か?」

 

そう聞かれてもあては無いのでふと思い付いたように答えた。姉住さんと会った最初の公園でも良いんだが、そこよりはまだ暑さを凌ぐ手段はありそうだし。

 

「…なんで?」

 

「いやなんでって、まだ蝶野教官から連絡ないし」

 

そもそも俺が一人で放置少年やってたのも蝶野教官と会長からの連絡待ちだ。…あの二人が頑張ってアポ取ってる中、西住家の前まで来ちゃったんだが。

 

「その、今日は暑いし、家で待たない…かな?」

 

「その家に入る為に待たされてるんだよなぁ…」

 

何この矛盾?しかも連絡も無いのにお目当ての家に先にお邪魔するのはどうかと思うんだが。

 

「許可なく勝手に入るのも悪いだろ」

 

「…そっか、うん、そうだよね」

 

しゅんとした表情を見せる西住だが、まぁ納得はしてくれただろう。

 

「…勝手に、ではないだろう」

 

そんな俺達の要素を見て姉住さんが声をかけてきた。

 

「君は私とみほの友人だ。その…友達を家に招待するのに、許可は必要ないのではないか?」

 

「お姉ちゃん…うん!そうだよ八幡君!!お友達をうちに呼ぶだけだもんね!!」

 

からっと表情を変えた西住は嬉しそうに俺に向き合う、今度は強きに、ぐいぐいと。

 

「いや…それはだな」

 

「ね!」

 

「そうかな?そうかも…」

 

ほんとにそうか?(カカロット感)。とはいえ、こうまで言われてしまえばこっちも断る理由がなくなってしまう。

 

「…じゃあ、お邪魔します?」

 

「えぇっと…うん、どうぞ?」

 

西住からしても久しぶりの我が家という事でお互い少し気恥ずかしくも感じながら、西住家の門を潜る。

 

「…いや本当に良いんですかこれ、お母さんに見つかるかもですが?」

 

「心配しなくても良い、こっちだ」

 

そう言いながら先を歩く姉住さんを見ると玄関とは違う方へ歩いていく、あぁ…裏口でもあるのね。

 

いや、裏口通らなきゃいけない時点で不安になってくるんですが?

 

「お母さん…えへへ、お母さんかぁ…なんか変な感じかも」

 

西住の方は当然裏口の方も知ってるんだろうが…なんかぽやぽやしてない?大丈夫?

 

「まほ」

 

「!?」

 

ビクッと心配全体が硬直したのがわかる、声の主は間違いない。西住の母親、しほさんだ。

 

しかしその声は障子で仕切られた奥から聞こえてきたので、俺達の姿が見られた訳ではないのに少し安堵した。

 

「お客様?」

 

…いや、いやいや。どこに安堵する要素があるのこれ?障子越しでこっちの姿が見えないはずなのに、姉住さんと、他にも誰か居るのさえばっちり把握されてるんですが?

 

これが西住流…。え?これも西住流なの?本当は戦車流派一本だけじゃなくていろいろ実戦的な裏流派があったりしそう。

 

…さて、どうする?ここで逃げようとすればすぐにでもあの障子が開いて来そうだし、西住はさっきのぽやぽやから一転、怯えた様子だ。

 

となれば頼みの綱は姉住さんだ。チラリと姉住さんを見ると彼女は大丈夫だと言いたげに頷いた。

 

先ほども心配しなくても良いと言ってくれたくらいだし、きっと何か策があるのだろう。…良かった、これでなんとか。

 

「学校の友人です」

 

…姉住さん?黒森峰は今絶賛新学期ですよ?あなた今帰省の許可貰って来てるんですよね?あと学校に友達居たんですね。

 

いや!嘘下手かよ!?…まぁ下手だよね、生真面目な性格してますから…。

 

抗議の意味を込めて視線を再び姉住さんへと向けると彼女は無表情で頷き返してくれた。…いや、ありがとうとかそういう意味で見てる訳じゃないからねこれ…。

 

…仕方ない、ここは見つかるのを覚悟して逃げとくか。…なんなら土下座のスタンバイしてても良いかもしれない。

 

「…そう」

 

だが、障子の奥からの声はそれだけの短いもので、その障子が開かれる様子は無かった。

 

「………」

 

これで誤魔化せるなら母住さんも相当天然さんなんだが…これは西住の家系か。いや、たぶん違う、きっとこの人は…。

 

あれこれ考えは浮かんだが、今はこの場にとどまる場合じゃない。先を進む姉住さんの後をついていくとやはり裏口が見えた。

 

「おかえりなさいませ、みほ様」

 

「菊代さん!!」

 

出迎えてくれたのは西住家のお手伝いをしている和風美人の菊代さんだ。ゆりえさんではない、菊代さん。

 

「すいません、せっかく帰ってきていただけたというのにお出迎えもせず」

 

「ううん、私もきちんと連絡してなかったから」

 

…本当、西住は姉住さん帰ってきてなかったらどうするつもりだったのか。

 

「しかも男性の方を連れてとは…そうと知っていれば私も存分に準備をしていたんですが」

 

「え?ち、違うの、八幡君とはさっき偶然会ったっていうか…その、えぇっと…」

 

「ふふっ、大洗からお客様が来る、という話は聞いてますよ。やはりあなたでしたか、比企谷さん」

 

「…知ってたんですね」

 

それを踏まえてさっきは西住をからかっていたと…。もう!菊代さんってばお茶目!!…年齢いくつですか?

 

「本来はこちらの準備が出来るまでもう少しお待ち頂く予定でしたが…」

 

「菊代さん、彼は今は友人として家に招いています」

 

「えぇ、わかっています。比企谷さん、まほ様とみほ様のご友人として、歓迎しますよ」

 

物腰柔らかに菊代さんは俺に家に入るよう促してくれる。…とはいえ、裏口で、そして先ほどの姉住さんの言い方も気がかりではあった。

 

『今は友人として』やはり、本来の目的の方となると、この人は味方にはなれないのだろう。

 

「…さて、しかしそうなると待つのにどの部屋を使うのがいいか」

 

どの部屋を使うか迷うくらい部屋多いんですね…まぁ多いだろうね、だって家超デカイもん。

 

ただいくら部屋が多くてもしほさんの居る近場の部屋を使う事は出来ないし、見つからない為には普段使ってない部屋がベストだろうが。

 

「でしたらまほ様、みほ様のお部屋はどうでしょう」

 

「…え?わ、私の部屋なの!?」

 

驚く西住だが、それ以上に俺の方が驚きというか、戸惑いが大きい。

 

「みほ様のお部屋なら、奥様が不意に訪れる事もないでしょう」

 

「…いや、お手伝いさんとして良いんですかそれ?」

 

「ふふっ、奥様には内緒ですよ」

 

そう言って菊代さんは片目だけ閉じて人指し指でしーっとポーズを取った。本当に可愛らしいお茶目な人だなぁ…。年齢いくつだろう?

 

「えと、でも…ほら、私の部屋もちょっと…恥ずかしい、かも」

 

「あら、みほ様は大洗で比企谷さんをお部屋に呼んだ事があると聞いたのですが」

 

…その話をどこで?まぁたぶん前に大洗の西住の部屋に行った時に聞いたのだろう。本来、家政婦っていろいろな物を見たり聞いたりするものだから…。

 

「…ほう?」

 

ゾクリと冷たい視線を背中から感じる…やだ!超怖い!!先ほどのしほさんと良い、プレッシャーのかけ方がマジ親子!!

 

「…あれ?そういえばあの時はそんなに抵抗無かったかも。…なんでだろね?八幡君」

 

「いや、知らんけど…」

 

一人首を傾げてうーんと考える西住、君はそのままで居てね…頼むから。

 

「…だが、そうだな。みほの部屋ならお母様もそう来る事はないだろう」

 

「う、うん…そうだね。…大丈夫かなぁ、き、汚くない?」

 

まぁ、当の本人でさえずっと帰ってなかった部屋だ。いきなり他人をあげるのは抵抗はあるだろう。

 

「心配はいらない」

 

「う、うん…八幡君、こっち」

 

「お、おう…」

 

だが俺としては右も左も、トイレの場所さえわからない他人の家、ここは大人しく西住の後をついていくしかないだろう。…マジでトイレ行きたくなったらどうしよう?

 

これが冷泉の家なら勝手は知ってるので、トイレ行きたくなっても問題ないのに。…ん?それはそれである意味問題しかないのでは?八幡は訝しんだ。



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意外にも、比企谷 八幡は手段を選ぶ。

ガルパン最終章4話まで残す所あと数日!!
もちろん公開から数日はネタバレコメントは禁止でお願いします。

…ん?あれ?3話やってたのいつだったっけ?


「…そんな訳で今ちょっと西住の家にお邪魔してるんですが」

 

『比企谷君、私達は今その西住さんのお宅に伺う為の約束を取り付けていたのよ?』

 

はい、おっしゃる通りで…。

 

電話越しから蝶野教官の圧が伝わってくる。…いろいろと根回しして貰ってる間に勝手に本丸にご到着してしまった訳だし、連絡くらい入れようと報告してる訳だが。

 

『んー、比企谷ちゃんはアレだね、一人にさせとくと何するかわかんない所あるから』

 

「なんですかそれ、それを言うなら去年とかほとんど単独行動でしたが?」

 

『何するかわかんない所あったなぁ…』

 

扱い方が危険人物のそれじゃねぇか。別に騒ぎとかもめ事を起こした事なんてないんだけど?なんせもめる相手が居なかったんで。

 

しかし…なんだろうか?戦車道やってから単独行動してる度に何かしらの事態に遭遇している気がするんだが。犬も歩けば棒に当たるし、ぼっちも一人になれば問題にぶち当たる。

 

『ま、今は西住ちゃんが一緒に居るなら問題ないか。いやー、まさか実家に一緒に帰るなんてね』

 

この人わざとやってる。絶対やってる。

 

「…さっきも言いましたけどお姉さんも居ますよ」

 

『まさか姉妹連れて一緒に実家に帰るなんてねぇ』

 

おや、これはもうどう見繕っても詰んでるのでは?

 

「会長、西住はーーー」

 

『わかってるわかってる。…西住ちゃんの事は任せたよ』

 

少し乱暴に会長は俺の言葉を切る。何を言いたいのかはなんとなく察しているんだろう。

 

『ま、私達は駅前の売店でアイス食べて待ってるから』

 

あぁ、会長達今あそこの売店に居るのか。ほとんど入れ違いみたいになってんだな。

 

『角谷会長、すごいのよ?さっきからアイスの当たりを連続で引き続けてるんだから』

 

止めたげてぇ!当たり棒欲しくて頑張ってアイス食べてた娘だってここには居るんですから!!

 

…本当、こういう時の会長は確率バグってんな。大洗がお金が無くて廃校なら、この人に宝くじでも買って貰うのが一番なのでは?

 

「会長、大丈夫だったの?」

 

会長や蝶野教官との電話を切ると西住が少し心配したような表情を見せる。

 

「むしろあの人が大丈夫じゃない場面を見てみたいまである」

 

「あはは…大丈夫そうだね」

 

俺の適当な返答に安心したのか、西住は改めて自分の部屋を見直した。

 

母住さんに俺がもう西住の家に居る事がバレるのもアレなので、菊代さんの紹介で西住の部屋に通された訳だが。

 

「なんだか不思議、懐かしいけど…何も変わってない」

 

沢山ある包帯ぐるぐる巻きの熊のキャラクター、ボコのぬいぐるみ。おそらくだが大洗には持っていけなかった分だろうか。

 

少しの戦車関連のアイテム、壁にかけられた黒森峰の頃の西住の制服。

 

…机にある西住姉妹の小さな頃の写真。

 

別に西住の部屋に入るのは初めてでもないはずだが、やはり気持ち的にはどうにも落ち着かない。

 

いや、うん。実家の部屋は初めてだけどね。意識しないようにはしてるんだが、しないようにしてるだけで出来るとは言ってないんだよなぁ…。

 

「…みほ、書類は?」

 

「え?うん…これだけど」

 

姉住さんに言われて西住が転校手続きの書類を取り出す、それを受け取った姉住さんはしげしげと書類を眺めると。

 

「少し待っていろ、比企谷、君もな」

 

「…はい?」

 

それだけ言うと俺の返事は聞かずに書類を持って部屋を出て行ってしまった。…え?こうなると西住と二人きりなんですが?

 

「えーと、は、八幡君、とりあえず座って、ね?」

 

「お、おう」

 

…え?今までずっと立っていたのかって?そりゃここで遠慮無しに座れる程神経図太くありませんから。

 

そもそもシチュエーションがね。西住の実家の部屋に、母親に内緒で二人きりとか…字面だけ書くと完全アウト。

 

「…えぇっと」

 

西住もそれがわかっているのだろう、先ほどからどうにも動きがぎこちない。

 

「…そういや、ボコのグッズはここにもあるんだな」

 

「!?、うん!そうなの!!この子なんてとくにお気に入りでね、本当は大洗にも持って行きたかったんだけどさすがに大きくて」

 

ベッドに置かれたひときわ大きなボコのぬいぐるみの頭を撫でながら西住は嬉しそうに話し出した。

 

「こっちの子は熊本限定なんだよ!ほら、ボコってクマだから熊本でも代表的っていうか」

 

「いや、熊本でクマのキャラクターといえばくまもーーー」

 

「ボコだよ」

 

「…いや、でもほら、居るだろ?真っ黒なクマのゆるキャラでくまもーーー」

 

「ボコだよ、ね?」

 

「…はい」

 

千葉県にチーバくん、大洗にあらいっぺが居るように、熊本で有名なクマのキャラクターといえばボコ。ジョーシキジョーシキ。ただの洗脳なんだよなぁ…。

 

まぁ、普段の調子に戻ったのならなによりだ。…いや、普段の調子じゃねぇなこれ。西住ってボコの事になると早口になるよね。

 

「八幡君」

 

「ん?」

 

西住はお気に入りらしい大きめのボコのぬいぐるみを持ち上げるとひょいと自分の膝元へ。

 

「…八幡君はお母さんを説得する為にここに来たんだよね?」

 

そのままいじいじとボコのぬいぐるみを撫でたり、手を掴んで動かしたりしつつ、やがて意を決したようにこちらを見つめた。

 

「…まぁ、そうだな。文科省と話し合うにしても西住流の協力は必要不可欠だ」

 

だから、その為にここに来た。

 

「だったら…私も手伝う、一緒にお母さんを説得しよう!!」

 

…知ってた。西住なら、彼女ならきっとそう言うだろう。

 

事情を知れば大洗の為に立ち上がるのが西住だ、彼女が隣に居てくれればなにより心強いだろう。

 

だから、俺は。

 

「いや、いい。今回西住は待機しててくれ」

 

きっぱり、彼女の助けを断る事にする。

 

「…え?えぇえ!?」

 

当の本人も断られるとは思ってなかったのか、驚きの声をあげる。…ちょっと、母住さんに聞こえちゃうだろ。

 

「な、なんでなの?」

 

「そりゃ…まぁ、西住がここに居たのは偶然だし」

 

そもそもが西住の実家帰りと俺達の西住家訪問は偶然重なっただけで、元々西住の存分は考慮していなかった。

 

だから会長も俺に任せると言ったのだ、あの人の真意は知らないし、なんなら知ったこっちゃない。

 

任せると言ったなら、西住の事は任せて貰う。

 

「…私、そんなに役に立たないかな?」

 

あ、やべ…そこまで落ち込まれると罪悪感がハンパないんだが。

 

「…いや、そういう話じゃなくてだな、そもそも西住はまだ母ちゃんとなんの決着もついてないだろ」

 

「それは…、うん」

 

去年の黒森峰の一件で西住は一度戦車道から離れた。

 

その時母親とどんなやり取りがあったのかはわからない。…だが姉住さんとでさえ、久しぶりに会った時はあの様子だ。

 

だったら母親との確執の方は…、西住が実家に帰る事を伝えていない事がなによりの証拠だろう。

 

「なら、説得より先にその問題に決着を付けるのが筋だ。だが、それは今回のついでで解決して良い話じゃない」

 

むしろそれは西住流に大洗の後ろ楯になって貰うより難しい問題なのかもしれない。

 

「で、でも…」

 

「いや、違うな…単純に俺が嫌なんだよ」

 

「…八幡君が?」

 

「大洗の廃校を全面に押し出せばあの人だって何かしらアクションは起こしてくれるかもしれない。だが、もしその場に西住が居れば、“和解せざるを得ない”状況さえ作れてしまう」

 

西住にお願いされればしほさんは大洗の為に動く、だけではなく娘の為に動く事にもなる。

 

しかし娘の為に動くには、今のわだかまりを中途半端のままお互いに飲み込んで、和解せざるおえないだろう。

 

「…正直、たぶんそれが一番効率が良いし、楽ではある」

 

西住の親子問題と西住流が大洗の後ろ楯になる理由。その2つは上手くやればお互いがお互いに納得させる言い訳を作れる。

 

西住親子が和解すれば西住流が大洗の後ろ楯になる理由になるし、西住流が大洗の後ろ楯になる事は親子問題を和解する理由にもなる。

 

問題は解決しないが、問題をうやむやにして解消するくらいは出来るだろう。

 

「だけどそういうやり方は…まぁ、あれだ、手段を選べるうちはしたくないんだよ」

 

「手段を選べなくなったらするんだ…」

 

ノーコメントで。

 

「だから、母ちゃんとの決着はこんな形じゃなくて、西住が自分で決めた時にすれば良い」

 

「あ…でも私、転校手続きの書類があるからお母さんには会わないと」

 

うぐっ…。そういや転校手続きの書類には親の判とサインがいるんだったか。

 

「あー…。判子はどっかで【西住】って名字のやつ買えば良いし、サインなんかそれこそ適当に誤魔化せるだろ」

 

別に印鑑証明や筆跡鑑定をする訳でもないんだから。

 

「…手段を選んでない八幡君が怖い…」

 

いや、俺だって自分用に【比企谷】の判子持ってるし…。なかなか無いんだよなぁ、【比企谷】の判子。

 

「…どうした?何かあったのか」

 

コンコンとノックされて姉住さんが戻ってきた、だいぶ時間がかかっていたが、どこに行っていたのやら。

 

「…いや、そっちこそ何かあったんですか?」

 

だがそれ以上に気がかりだったのは姉住さんの格好だ、先ほどの犬の散歩スタイルが一変、着物姿に変わっている。

 

「えと、それってもしかして部屋着ですか?」

 

とはいえ似合ってないかと聞かれれば着物姿が超似合っている。さすが西住流、由緒正しい武芸の出だ。

 

「…これはお客様を出迎える正装だとでも思って貰えれば良い、つまり君達だ」

 

「…って事は」

 

「あぁ、お母様の準備は出来た」

 

…要するに、ここからは西住流として迎えてくれるという事だろう。この着物姿はこの人なりの意思表示なのか。

 

ここから先、この人は味方ではない。もちろん敵でもないが頼れない事に違いはない。

 

「あぁ、それとみほ、これを」

 

ゴクリと思わず唾を飲んだ俺の隣で姉住さんは先ほど預かって持っていった書類を西住に返した。

 

「お姉ちゃん…これ」

 

その書類にはしほさんの名前が書かれ、判子ががっつり押されている。…母住さんがやった訳じゃないよねこれ。

 

「…手段を選ばない人って怖いなぁ」

 

「八幡君がそれを言うんだ!?」

 

いや、むしろ親の実印無断で拝借してる時点でやってる事は俺の提案よりよほど悪質なのでは?このシスコンさん。

 

「蝶野教官と角谷もすでに到着している、後は君だけだ」

 

「…わかりました」

 

姉住さんに促されて立ち上がる、ふと後ろから心配する西住の声が聞こえてきた。

 

「…八幡君、本当に大丈夫なの?」

 

「別に魔王に会いに行こうって訳じゃないんだから、そこまで心配する程じゃないだろ」

 

「…そう、だね」

 

「ちょっと、今の間はなに?あと声のトーンの落ち具合」

 

冗談で言ったつもりなのに余計に心配になってきた。姉住さんもそうだけど娘達からどれだけ恐れられてるんだよ母住さん。

 

だけど…まぁ、なんとかなる…はず。

 

「入った時から思ってたんだが…部屋、思ったより綺麗だな」

 

「…八幡君、私の部屋が汚いって思ってたの?」

 

突然の俺の言葉に西住が少しムッと頬を膨らませる。まぁ…ボコ関連のグッズは多いとは思ってましたよ。なお、部屋のボコグッズは思ってた以上だったが。

 

「いや、そうじゃなくてだな…、西住はずっと部屋に帰ってなかったのに、埃とか全然無いんだよ」

 

「…あ、うん。そう言われればそうかも」

 

ずっと誰も使ってなくて、誰も入らない部屋だとしても埃は自然とどこからか落ちてくる。…あれ、本当になんでかね?

 

「…誰かがちゃんと定期的に掃除してくれてたんだろ。っても、まほさんは学校ある」

 

「…菊代さんがやってくれてるのかもしれないよ」

 

「そうかもしれないし、違うかもしれない。…たぶん大丈夫だろ」

 

西住の言う通り、菊代さんが掃除をしているかもしれない。それだって自主的にか、言われてかはわからない。

 

たが、どちらにせよ家を出ていった娘の部屋を綺麗に残しているんだよ、あの人は。

 

姉住さんの後をついて歩く。広い屋敷とはいえ、さすがに魔王城程のスケールではない。

 

お目当ての部屋の前で姉住さんは立ち止まる。ふと視線を背後に向けると心配そうに遠くからこちらを見る西住が居た。

 

…不安なのはわかるけど、さっきも言ったが西住をこの先に連れていくつもりはない。さて、どうしたもんか。

 

「………」

 

だが姉住さんはちょいちょいと西住を手招きするので西住は恐る恐るこちらに近付いてきた。

 

「…襖越しで悪いが、ここに居るといい」

 

そっと優しく、小さな声で西住に耳打ちをする。

 

「…良いの?お姉ちゃん」

 

驚く西住に姉住さんはイタズラをするように人差し指を立ててしっーとジェスチャーを送る。

 

いや、もう…本当にさっきの書類の件といい、妹にはダダ甘ですねあなた。

 

「…いくぞ」

 

そしてそのダダ甘さをほんとちょっとでもいいから俺にも分けてくんないかなぁ…。西住流モードマジ怖いんですけど。

 

「はい」

 

だが、姉住さんの西住流モードにビビっていてはこの先、この部屋に入る資格すらない。其ハンター漫画のトランプを武器にしそうな顔のやつに「まだ早い♡」とか言われるだろう。

 

「お母様、大洗学園から最後のお客様を連れてきました」

 

「わかりました、入りなさい」

 

母住さん…しほさんの言葉を待って姉住さんが襖を開ける。

 

部屋にはすでに蝶野教官と会長が正座で座っていた。俺も用意されている座布団に正座する。

 

相対するように向こう側では中央にしほさん、その左右を姉住さんと菊代さんが座る。

 

「………」

 

ふと、しほさんの視線は俺…というより。俺よりも後ろ、襖の先に向けられた。…気がする。

 

「お母様」

 

「…いえ、なんでもないわ」

 

だがそれも一瞬の事でしほさんの鋭い眼光はこちらへと向けられる。

 

「では、話を聞きましょう」



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ようやく、比企谷 八幡はその問に答えを出す。

いろいろ忙しくて一ヶ月も更新遅れちゃって申し訳ありませんでした、最近マジ忙しい。

そして最終章4話!この小説をここまで読んでくれた皆さんにはわかって貰えるかもしれませんが自分以上にニヤニヤしながら最終章4話を見れる人は居ないのでは?とさえ思えるいろいろなネタ!!

てかあの戦車戦のシーンとか小説で書ける訳ないでしょ!無理!絶対無理!!


「ーーー私達からは以上です」

 

会長は今の大洗の状況、文科省による廃校取り消しの約束の反故を説明する。

 

これば半ば形式的な意味合いが強いだろう。実際、今の大洗の現状なんてこの人達の耳にはとっくに入っているだろうし、ならば俺達がここに来た理由もすでに察しているはずだ。

 

「文科省を説得する上で、西住流家元のお力をお貸し頂けないでしょうか」

 

…本当に、こういう時の会長の胆力ハンパねぇな。西住流を前にしても全く臆する事なく言葉を続けている。

 

え?俺?一言も喋ってませんけど何か?いや、下手に口を挟もうもんなら場の空気乱しちゃうだろうし、ここは【見】に徹するのが得策というものだ。

 

というより、俺が余計な事をしなくてもしほさんなら動いてくれるという確信まである。

 

娘の通う大洗学園の廃校の危機。…それももちろんあるだろうが、それより重要なのはその廃校に戦車道が絡んでいる事だ。

 

古くから続く由緒正しい戦車道の名門、西住流、そしてこの人はまさに【西住流そのもの】とまで言われている。

 

そんな人が、今回の文科省のやり口に何も思う所が無いはずがない。

 

「…来年の戦車道全国大会に大洗学園が出てこなければ、黒森峰が大洗に勝つことが出来なくなるわね」

 

だから、きっかけの一つでもあれば…それこそ、今俺達がここに来た事でこの人も動く理由は十分に出来たのだ。

 

口ではそう言いつつも…いや、たぶんこれも全くの0じゃねぇな、大洗へのリベンジはリベンジでヤル気満々なのがよくわかります。

 

まぁ…自分達に土を付けた相手が今後試合に出てこないとか、ある意味永遠に勝ち逃げされたようなもんですからね。

 

黒森峰に土を付けたといえばプラウダもそうだが、あそこは廃校とは無縁だろうし、この先リベンジの機会なんかいくらでもあるだろう。

 

だがこのまま大洗が廃校となればたった一敗ではあるが、【黒森峰女学園は大洗学園に一度も勝った事が無い】という結果だけが残る。…うーん、これは黒森峰の現副隊長さんがわざわざ俺の所に来るのもわかるなぁ。

 

なんならうちに勝った所って練習試合とはいえ聖グロリアーナくらいになるのか…エキシビションじゃプラウダもそうだが、ダージリンさんがどんだけかよくわかるよね。

 

…すっかりあれこれ考えてしまったが、やはり【西住流】として、この人は【大洗の為に】に動いてくれる。だから…きっと大丈夫だ。

 

…西住流として、大洗の為に?

 

自分でそう結論付けたはずなのに、妙な違和感を感じた。

 

安心できるはずのその結論に感じる。言い様の無い不安感。…何かを見落としている?

 

「一つ、聞きたい事があります」

 

「…なんでしょうか?」

 

「いえ、角谷さんにではありません。比企谷さん、あなたに聞きたい事があります」

 

「…はい」

 

しほさんの鋭い眼光に真っ直ぐ見つめられ、違和感の正体はすぐにわかった。

 

前に西住にも言われた事だ。なんなら癖というより、ここまで来たら呪い染みてまである。

 

「あなたにとって戦車道とはなんですか」

 

やはり俺はどうにも自分という選択肢を外しがちになるらしい。

 

【西住流】として、【比企谷 八幡】個人の為に動く理由なんて、何一つない事を今の今まで気付けなかった。

 

「家元、これは大洗の廃校とは関係が無いのでは?」

 

「文科省の言い分の一つに彼の存在もある以上、無視は出来ません」

 

「我々戦車道連盟の理事長も男性です、彼が戦車道に関わる事になんの問題もないと思いますが」

 

「そういう事を言っているのではありません」

 

フォローに入ろうとしてくれた蝶野教官の言葉をしほさんはばっさりと切り捨てる。

 

「児玉理事長の事ならよく知っています、あの方がなんの覚悟もなく、今の立場まで来れたとは言えないでしょう」

 

…そりゃ男が戦車好きってだけで妙な目で見られて来てましたからね。その上であの人は女性ばかりの戦車道の中を連盟の理事長にまで登り詰めた。

 

…理事長がハゲたの、ストレスが原因って事も考えられるのでは?

 

「児玉理事長にとってそれだけの理由が戦車道にはあるという事です。では比企谷さん、あなたはどうですか?」

 

「…俺は」

 

…言葉が出てこない、当然だ。そんな覚悟なんて持っている訳がない。

 

そもそも、始まりだって生徒会からの強制だ、流された上での行動なんてこの人が一番嫌う事だろう。

 

「あなたにとって戦車道は、それほど好きになれるものですか?」

 

「…っ!」

 

まるで見透かされたようにその言葉は俺の脳に突き刺さる。

 

何度も聞かれ、何度も同じ答えを繰り返し続けた。

 

西住にも、蝶野教官にも、そしてなにより自問自答を続けても、俺の答えは変わらない。

 

戦車道は嫌いだ。

 

ずっと嫌いで、そして、嫌いであり続けなければいけない問題だ。

 

勝手に決め付けて嫌っていた物だ、それを今更手のひら返しなんてできる訳がない。

 

…だったら、どうする?それをしほさんに言うのか?正直に?

 

そんな事をすれば西住流が大洗の為に動く理由は無くなるだろう。…なぁなぁで流されて戦車道をやっている男子の為に動く理由は無い

 

…あるとすれば俺が今後二度と戦車道とは関わらない事か。

 

それなら問題の解決はしないが、消す事くらいはできる。文科省の言い分の一つを潰し、西住流は大洗の為に動く。

 

きっとそれが一番丸く収まるまであるだろうが…それは無い。被害者面して逃げ回るのは止めろと現副隊長…逸見エリカにも言われたばかりだ。

 

…なら、好きだと言えばいいのか?

 

戦車道が好きだと、こんな曖昧な気持ちを抱えたまま?

 

それは本心から、本物の答えと言えるのか?

 

考えろ…戦車道が好きと答えれるような理由、この人を納得させられる程の言い訳を。

 

ていのいい言葉をどれだけ並べ立てて取り繕った所で、きっとこの人には通用しないだろう。

 

…全く、嫌っている理由ならスラスラ出てくるのが本当に俺らしくて嫌になる。

 

「…あ」

 

いや、違う…。たぶん、本当に俺は。

 

「家元、やっぱり俺は…戦車道は嫌いです」

 

戦車道が、嫌いなのだろう。

 

「…そう」

 

しほさんは俺のその答えにそれだけ短く答えた、俺が言葉の続きを言うのを待ってくれるのだろう。

 

「知っての通りだとは思いますが大洗学園の戦車道メンバーは西住以外全員初心者です、戦車を見た事すら無い奴らもいるくらいで」

 

…今更だけど、学園艦のあちこちに戦車が落ちてたんだよね。いや、俺も長いこと住んでて知らなかったんだが。

 

「そんな素人集団が集まって、朝練から戦車道の授業はもちろん、放課後だって練習三昧でした、ぶっちゃけブラック企業みたいなもんですねアレ」

 

「比企谷ちゃん、雇用主を前にそれ言っちゃうんだ」

 

へー、ふーん。みたいな悪い顔してる会長がめっちゃ怖いんだけど!ちょっと、話の腰折らないで!!次の新しい雇用主(生徒会)にはド天然な人を希望したい…。

 

「経験者から見れば付け焼き刃かもしれませんが、素人集団のあいつらが必死に努力して身に付けたその刃は多くの強豪校に届いて大洗学園を優勝させました」

 

前に西に大洗の強さの秘訣を聞かれた時、俺は相手の舐めプと初見殺しの作戦、そして運と答えた。

 

それらは別に間違っていないと思うが、それだってそもそも戦う力がある前提の話だ。

 

高校生の青春真っ只中だというのに、花の女子高生が朝練から始まり、選択授業、放課後の訓練、土日だって返上して戦車に乗ってきた。

 

それをずっと見ていたからこそわかるし、言える事がある。

 

「…んで、その優勝が無意味にされたんです。そんな…その程度の競技、好きになる要素なんて無いでしょ?」

 

努力が必ず報われるとは限らない…とは使い古された言葉ではあるが別に間違っていないと思う。

 

だが、努力そのものが無意味だった…なんて笑い話にもなりはしない。

 

「…だから、俺は戦車道が嫌いですね」

 

結局、どれだけ考えても明確に好きな理由が出てこない辺り、俺が戦車道が嫌いなのは変わっていないのだろう。

 

ただ、嫌う理由が変わったのは確かだ。きっと俺は、許せなかったのだろう。

 

「…上手く答えをはぐらかすものね」

 

…バレましたか。まぁ、俺にとって戦車道とは?という最初の問には何一つ答えてない。

 

「…ですが、このまま大洗の状況が変わらなければ戦車道はその程度の競技と言う事ですか」

 

「えぇ、上の都合で全国大会の勝敗すら揉み消される、そんなの糞競技も良いところじゃないですか?」

 

「…西住流としても、戦車道の格を落とす訳にはいきません、菊代」

 

「はい、奥様」

 

「至急、文科省へ連絡を」

 

「わかりました」

 

…ふぅ、と全身の力が抜けた。これで西住流は大洗の後ろ楯になってくれるだろう。

 

「…協力、感謝します」

 

「そう仕向けたのはあなたでしょう、決して誉められたやり方とは言えませんが」

 

まぁ…そうだろう。なんだったら俺がやった事なんて遠回しな脅しみたいなものだ。

 

大洗の優勝取り消しとか戦車道の試合って意味無いよねー、糞競技だよねーとくれば由緒ある西住流としても黙っている訳にもいかなくなるだろう。

 

「…ですがお見事です、比企谷さん」

 

「…今さっき、誉められたやり方とは言えないって言いませんでした?」

 

「やり方を誉めたつもりはありません、ですが、勝つことこそ西住流、あなたは見事にそれを成し遂げました」

 

「…どもっす」

 

なんだか急に気恥ずかしく感じて、それを隠すように頭を下げる、下げた視線の先にそういえばと置いてあった紙袋を今更ながら見つける。

 

「あー、会長、これ」

 

「ん?あぁ、比企谷ちゃん渡しちゃって」

 

えー…それが嫌だったから一回この人に話を振ったんだけどなぁ。

 

「あの…これ、お土産というか、菓子折りというか」

 

…ワイロというか。いや、そうならない為に先に出さなかったんだけどね。

 

「…これは?」

 

「あー、茨城の名産なんですけど」

 

紙袋を受け取ったしほさんは何故か姉住さんと意味ありげに視線をかわすと。

 

「…そう、干しいもの羊羮ね」

 

「え?知ってるんですか?」

 

え?やだこの人もしかして茨木大好きだったりする?もしくはうちの会長の如く干しいもジャンキーだったり?

 

「…えぇ、さっきね」

 

…気のせいだろうか、一瞬しほさんの表情がとても柔らかいものに変わった気がする。そんなに干しいも羊羮食べたかったの?

 

「奥様、文科省への連絡が取れました」

 

ふと扉を開けて菊代さんが戻ってきた。…そういえば外には西住も居たんだったな…まぁ菊代さんなら大丈夫だろうが。

 

「奥様が来る事を知って慌ててましたよ」

 

「慌てさせておけばいいのよ」

 

いたずらっ子のように笑う菊代さんが可愛いのと、無表情ながらあーこの人も今回の文科省のやり口には思う所があったんだなーとわかるしほさんの声のマジトーン。

 

って、いや待て、今しほさんが部屋から出ちゃったら西住と鉢合わせするんじゃないか?

 

「…私と菊代はこれから文科省へ向かう打ち合わせをします、まほ」

 

「はい、お母様」

 

「…あとをお願いするわ」

 

「…はい」

 

姉住さんが立ち上がったので俺達もそれに続いて立ち上がる、しほさんと菊代さんは部屋に残るのか…打ち合わせと言ってもたいした事はないはずだが。

 

…まぁ、たぶん全部バレてんだろうなこれ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「…あ」

 

部屋の外で扉に寄りかかって座っていた西住が俺達が外に出た事に気付いて立ち上がった。

 

「…えーと、その、八幡君」

 

「お、おう」

 

…今更だけど、中でのやり取りって全部西住に聞かれてたんだよな。

 

え?壁越しだからそう簡単には聞こえないだろうって?西住舐めんなよ、戦車道の試合で履帯音とかエンジン音聞き分けて戦車の位置を把握してくる程度の聴力あるからねこの子。…やっぱ、西住流ぱねぇ。

 

いや、今はそんな事よりだ。中でのやり取りが丸聞こえという事はさっきの俺の恥ずかしい口上も全部聞こえてたって事じゃん。…うわっ!恥ずかしい!!

 

何が付け焼き刃ながらその刃は強豪校に届いて…だよ!上手い事言ったつもりかよ…いや、上手い事言ったつもりなんですけどね(ドヤァッ)。

 

そして何より恥ずかしいのはだ。俺が戦車道嫌いな理由が変わっちゃってるのがバレバレだし、しかも理由が恥ずかし案件と来ている。まだ意地を張って嫌いとか言ってた方がマシだった。

 

「あー、その、恥ずかしい所見られたな」

 

「…ううん!すっごく格好良かったよ!!」

 

だがこうして西住に嬉しそうに満面の笑みで微笑まれてしまえば俺も何も言えなくなる。

 

「そーそ、比企谷ちゃんはうちの戦車道チームが大好きみたいだしねぇ」

 

っていうかこの人が現場に居た時点でもう詰みなのでは?

 

「…ふっ、さっきの君を見ても思ったが、やはり大洗は良いチームだな」

 

「お姉ちゃん、うん!!」

 

「だが、来年こそは黒森峰が優勝する、エリカは強いぞ」

 

「わかってる、でも私達も負けないよ」

 

…この二人はほっとくと延々の姉妹百合を続けちゃいそうなので話の腰を折りたくはないんだが。

 

「まだ廃校が回避できたかはわかりませんよ…」

 

西住流という切り札はもはや神のカード的レベルに強力だが、文科省もあっさり折れる程馬鹿じゃない。そもそもここまで強行で廃校を進めてきた文科省が簡単に首を縦に振るとは思えない。

 

「あぁ、だからこそ、その時は私の番だ」

 

決意するように、姉住さんそう呟いた。そう、たぶんまだ何も終わっていない。

 

…むしろ、ようやくスタート地点に立てたのだ。ようやく文科省との交渉まで進める事ができたのだから。

 

「あ、あの!えっとね…八幡君!!」

 

「…ん?」

 

「この後なんだけどね。い、一緒に大洗に帰ったり…とか」

 

…西住と二人切りで一緒に大洗に帰る(熊本→茨木)。いや、いやいや、さすがにそれはまずいのでは?

 

「…比企谷ちゃん、私も居るんだけどなー」

 

「それは(俺の心労的な意味で)まずいのでは?」

 

「どういう意味?」

 

いや、それはもう日頃の行い的な意味だととらえて下さい。

 

「…悪いが西住、まだやる事は残ってんだ」

 

そもそも今から文科省へと向かわなくてはならないのだ、戦車道連盟から西住流邸、そして文科省と今日1日でだいぶ日本横断している。

 

「…うん、そうだよね、ちょっと言ってみただけだから」

 

「珍しいな、西住がそんな冗談いうなんて」

 

「…冗談じゃなかったんだけどなぁ」

 

「ん?」

 

「ううん、頑張ってね、八幡君」

 

「いや、俺の仕事はもうほとんど終わったようなもんだから、頑張る所もないだろ」

 

文科省との交渉のメインは母住さんに任せる事になるだろうから、文科省での俺の仕事はほぼ無いと考えて良いだろう。

 

「そうか、恐らく次の移動はお母様と一緒になると思うが」

 

わー、八幡超頑張んなきゃいけないやつだこれ。



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そして、比企谷 八幡は決断する。

今年の投稿はたぶんこれが最後になると思います、皆さん良いお年を!!

そしてここまで来るのが本当に長かったぁ…。
どうすれば男子学生である八幡が試合に出る大義名分を作り出せるか、ずっと捻ってました…やっぱ女装かな?


「そうと決まれば早速文科省へ乗り込むわよ!さぁ!ハリアップ!!」

 

蝶野教官の号令と共にヘリは次の目的地へと飛び立つ。

 

大洗学園から戦車道連盟の本部、そして西住流の総本山と続いた弾丸ツアーも次でラストになるだろう。

 

操縦するのはもちろん蝶野教官、その助手席に座るのは会長である。

 

そうなると自然と俺の隣に座るのは一緒に文科省に行く事になった西住流家元、西住 しほさんになるんだが。

 

「………」

 

「………」

 

…なにこれ普通に気まずいんですが?なんで隣の席にラスボスが座ってるの?

 

『隣の席のラスボスさん』とかいうまーた新しいラノベ作っちゃえそうだよ。なお、隣のラスボスさんは同級生の母親な模様。

 

「…そういえば戦車道連盟の理事長はどうするんです?」

 

いよいよ文科省へ乗り込むとなれば戦車道連盟のトップにも出張って来て貰いたいのだが。

 

「そうね、連絡は入れてあるからついでに拾っておきましょうか」

 

「扱い軽っるぅ…」

 

一応あなたの所属する連盟のトップなんですよ、あの人…。

 

「ノープロブレム、理事長だっていつでも出発できる準備はしているはずよ」

 

「それは…ありがたいですね」

 

スタンバっててくれてるのはありがたいんだが。しほさんが大洗の後ろ楯になってくれたから良かったものの…もしダメだったらどうするつもりだったのか。

 

「人を動かす、というのはそういうものです。あなた方が戦車道連盟を訪れた事で連盟は大洗学園の存続に対する決断を決めなければなりません」

 

「…巻き込んだ自覚くらいはありますよ」

 

事実、文科省とのメンツ問題やらなんやらな大人の事情で静観に徹していた戦車道連盟は俺達大洗学園の訪問で対応を余儀なくされている。

 

戦車道連盟だけではない、そもそも西住流のこの人だって渦中に巻き込んで強制的に舞台に立たせたようなものだ。

 

だから、それくらいの自覚はある。

 

「そう、なら…あの子もこうして巻き込んだ自覚はあるかしら」

 

「………」

 

ピリッとした空気に喉が一気に渇いた気さえする、本当にあっさりと核心をついてくる。

 

それは今回の廃校問題よりももっと前、戦車道が嫌になって大洗に逃げてきた西住を俺は戦車道に巻き込んだ。

 

「…はい。当然西住の事情は知ってましたし、知った上で巻き込みました。…遅くなりましたが謝ります」

 

「私に謝る必要はありません。そしてみほにも、あの子が自分で決めた事ならば必要ないでしょう」

 

…西住が自分で決めた事か、確かにあの時の西住は武部と五十鈴、友達の為に戦車道を再び再開する決断をした。

 

だが、それだって俺がそうなるように仕向けたようなものだ。きっとそんな話をして謝った所で西住は怒るか悲しむのだろうが。

 

「それでも、巻き込んだ自覚はありますんで責任はとるつもりです」

 

西住がこの先も戦車道を続けるというなら、彼女を戦車道に巻き込んだ俺にはそれを叶える責任がある。

 

「せき…にん?」

 

…おや、なんかしほさんの様子がおかしいのでは?この人のこんな呆けた顔初めて見るんだが。

 

「…コホンッ」

 

だがそれも一瞬、咳払いと共にいつものピリッとした雰囲気を纏うしほさんが戻ってくる。

 

「…どう責任を取るつもりですか、具体的に、聞きたいのですが」

 

…やけに具体的にの所強調してくんな、やっぱ娘さん勝手に巻き込んで怒ってんじゃないのこれ。

 

「どうって…大洗の廃校阻止じゃないですか」

 

「…なんの話ですか?」

 

えぇ…そこまで具体的に話さないとダメなの?普通にちょっと恥ずかしいんですが。

 

「西住を戦車道に巻き込んだんです。その西住が大洗で戦車道を続けたいって言うなら、その…責任もって叶えますよ」

 

「………」

 

「えーと、どうしました?」

 

「いえ、なんでもありません。…その責任ならあなたはもう充分取っています。ここに私が、そして戦車道連盟が文科省へ向かっている、それが答えです」

 

「…って言ってもまだ何も解決してませんし、だいたいあの文科省が素直に言うこと聞きますかね?」

 

「心配いりません、西住流に敗北は無いのですから」

 

…本当、味方にすると超頼もしい。ラスボスが常に仲間にいる安心感よ。

 

「…それはそれとして、あなたには別の責任を取って貰う必要があるかもしれませんが」

 

「急になんの話ですか!?」

 

…安心感、ねぇな。よくよく考えたらすぐ隣にラスボスが居るってやべぇだろ、其りゅうのおう様だって海挟んだ島に城を構えてるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

文科省、応接室に通された俺達を出迎えたのは例の大洗に廃校を伝えにも来てた七三分けにスーツなメガネの役人だ。

 

会長とも顔見知りっぽかったし、たぶんこいつが大洗廃校計画の責任者なのだろう。

 

まぁその挙動を見れば明らかに歓迎されていないのがわかるが、さすがに西住流家元を相手に追い返すような真似は出来まい。

 

「若手の育成なくしてプロ選手の育成は成し得ません、これだけ考えの隔たりがあってはプロリーグ設置委員会の委員長を私が務めるのは難しいかと」

 

…なんせ初っぱなからこれである。さすが西住流、初手から文科省に取って一番嫌なカードを切ってくる。

 

「ま、まぁ落ち着いて下さい!そうだ!!アイスでもいかがですか?これは茨城から取り寄せた物で干し芋も入っているんですよ」

 

なんとか話題を反らそうとするメガネ役人だが、ここで茨城産アイスとか…完全に煽っているとしか思えない。

 

「………」

 

当然、ここでアイスに手を伸ばす者が居るはずもなく。…さすがの干し妹好きな会長もじっと二人の出方を見守っている。

 

あ、一応言っとくけどマジで道中で拾った児玉理事長も居ますからね。立場上しほさんと文科省の板挟みでずっと冷や汗をかきっぱなしだが。

 

「んんっ…今年度中にプロリーグを設立しないと、戦車道世界大会の誘致が出来なくなってしまう事は先生もご存じでしょう?」

 

「優勝した学校を廃校にするのは文科省が掲げるスポーツ振興の理念に反するのでは?」

 

続けるメガネ役人の言葉をしほさんがばっさりと切り捨てる。つーか文科省、裏で廃校計画とか進めてるのにそんな理念掲げてんのかよ…。

 

…やはり文科省にとって西住流が世界大会から降りるのは相当な痛手なんだろう。なんせ戦車道の最大流派だ。

 

さぁ、次はどう出る?なんならしほさん、出された水をぐびぐび飲んでてまだまだヤル気満々なご様子。

 

「しかし…まぐれで優勝した学校ですから」

 

ダンッ、としほさんの持っていたコップが机に置かれる。

 

…その役人の言葉に俺だって思うところがない訳じゃない、きっと会長だってそうだろう。

 

だが、それを考えるよりも早く、しほさんのその行動は俺達全員の視線を彼女へと集めた。

 

「戦車道にまぐれ無し、あるのは実力のみ」

 

それを俺達の、西住 みほの率いる大洗学園の生徒の前でこの人は言ってくれたのだ。

 

…きっと、西住の事だってもうとっくに認めているのかもしれない。いや、そこは俺が言うことでもないが。

 

「…どうしたら認めていただけますか?」

 

しほさんがじっとメガネ役人を見る、メガネ役人はその視線に耐えきれないのか目をそらして逃げている。…うん、気持ちは良くわかるよ、怖いもんね。

 

だが、どれだけ目をそらしても身体を動かす訳にもいかない。戦車道連盟が、西住流がそうであったようにこのメガネ役人にも決断する時がきたのだ。

 

だがここで大洗の廃校を撤回…なんて一番都合の良い言葉は出てこないだろう。文科省がここまで急ピッチで進めてきた大洗学園の廃校には何か裏がありそうだ。

 

それはしほさんもわかっている。だからこそこの人は「どうしたら認めてくれますか?」と聞いたのだ。

 

要するに…これはメガネ役人に対する逃げ道のような物だ。

 

「ま、まぁ…大学選抜チームに勝ちでもすればーーー」

 

まぁ、それも罠なんですけどね。

 

「わかりました!!」

 

ここぞとばかりに会長が立ち上がる。

 

「勝ったら廃校は撤回して貰えますよね」

 

「えっ!?」

 

これである。わざと敵に逃げ道用意しといて、そこに逃げる相手を潰すとか、西住流…と、うちの会長は鬼か。

 

「今、ここで覚書を交わして下さい」

 

ずずぃっと会長は『せいやくしょ』とわざとらしく書いた紙をメガネ役人に突きつける。

 

「噂では口約束は約束ではないようですからねぇ~」

 

…本当はちゃんとした『誓約書』も持ってきてる辺り、この人マジ良い性格してんなぁ。

 

「………………!!」

 

苦し紛れにメガネ役人がそらした視線はちょうど俺へ、やべぇ、目と目が合っちゃったよ。

 

「…いえ、待って下さい、まだ解決していない問題が残ってますよ」

 

だがそれがメガネ役人にとって幸運だったのか、とたんに冷静さを取り戻してくる。

 

「…彼の、えぇっと…そう、ヒキタニ君の問題がまだ残ってます」

 

…誰だよヒキタニ君、呼ばれてんぞ。

 

つーか、最初からずっと比企谷君ならここに居たんですけどね、それをここまで追い詰められるまで問題にしなかった辺り、マジで相手にされてないな俺。

 

「男子生徒による戦車道介入は優勝校にふさわしくありません、これでは大学選抜チームとの試合以前の問題ですね」

 

…ふっ、やっぱりそう来るか。悪いけど読んでいたぜ!!

 

文科省の大洗学園廃校の理由に男子学生の戦車道介入がある以上、俺の事が指摘されるのは織り込み済みだ。

 

だからこそ、そこにもきちんと対策を…してないんだよなぁ。

 

いや、マジで無いんだよ…。いや、正確には教えて貰えなかったというか。

 

文科省がそこをついてくる事はわかっていたし、どうするが蝶野教官としほさんにも聞いてみたんだが、あの二人…なんか意味深にお互いアイコンタクト交わして頷くだけなんだよ。

 

つまりノープランというか、プランは完全に二人任せなんだけど。

 

「彼が戦車道に関わる事に問題があるとは思えません」

 

「戦車道は由緒ある女性の武芸、そこに男子生徒が関わる事は問題でしょう」

 

蝶野教官の言葉にメガネ役人がメガネをクィッと上げる、優位差を取り戻したとでも言わんばかりだ。

 

「彼は男子戦車道の候補生ですから、その生徒が戦車道に関わる事に、何か問題が?」

 

「…はい?」

 

…はい?

 

と思わずメガネ役人と同じリアクションをとってしまった、え?なにそれ初耳。

 

戦車道の男子部門を立ち上げる話がある。というのは戦車道全国大会の後、蝶野教官から聞かされた事はあった。

 

まぁ断ったが。【比企谷 八幡 男子戦車道編】なんて無いんだが…。え?断ったよね?

 

「まだ試験段階ですが、文科省の役人ともある人が戦車道の男子部門立ち上げを知らないとでも?」

 

「…それくらい知っています、ですが、頂いた候補生リストに彼の名前が無い事は確認しています」

 

「はて、おかしいですな、ここにはきちんと名前が載っているのですが」

 

理事長が困惑する役人に持っている資料を見せ、慌てて確認した役人が顔を上げた。

 

「なっ…そんな、偽装じゃないのか!?」

 

「なんせまだ立ち上げたばかりですからね、書類に何かしら不備があったのかもしれませんな」

 

メガネ役人の悪態に理事長は持っていた扇子もぱたぱたと仰ぎながら涼しい顔で答えた。

 

『理事長だっていつでも出発できる準備はしているはずよ』

 

ふと、到着前の蝶野教官の言葉を思い出す。…これ、まぁ間違いなく偽装なんだろうが。

 

そんな危ない橋を渡ってまで、戦車道連盟が決断してくれたんだろう。

 

「戦車道の男子部門の候補生は厳選して選んでいるはずだ!それをこんな一般の男子生徒が選ばれるはずが無いでしょう!!」

 

「我々西住流の推薦です。…何か問題が?」

 

「…いえ、それは」

 

「納得いただけないようですね、では…こうしましょう」

 

しほさんは居住まいを正すとメガネ役人…ではなく、はっきりと俺を見た。

 

「大学選抜チームとの試合、それに彼にも出場して貰い、その実力を見せれば納得頂けるのではないでしょうか」

 

「…俺が、試合に」

 

先のエキシビションマッチのような、半ば練習試合や記念試合のように負けていい試合とは訳が違う。

 

正真正銘、大洗の命運がかかった試合に…出る?

 

「…いえ、ちょっと待って下さい」

 

メガネ役人は慌てた様子でなにやら資料を取り出して見つめている…が、やがて頬を緩めながら。

 

「…私は構いませんよ、特例で彼の出場を認めましょう」

 

努めて冷静を装っているのだろうが、笑いを堪えるのに必死なのが見てわかる。…たぶんあれ、俺の資料かなんかだろうか。

 

大洗廃校の為にいろいろ調べたんだろうが…そりゃ笑うわ、俺は別に戦車道の経験者なんて肩書きは一つも持っちゃいない。

 

というか、そんな資料あんならふりがなくらいちゃんとふっておけよ、ヒキタニ君可哀想だろ。

 

「いいんですかねぇ、こっちの覚書もちゃんと書いて貰いますよ?」

 

「えぇ、構いませんよ」

 

このメガネ役人からすれば大洗に足手まといを増やせる絶対の機会なのだろう。

 

「では、比企谷さん、後はあなたが決断するだけです」

 

しほさんの視線は変わらず、ずっと俺を見ている。

 

大洗学園の廃校問題だけなら、俺が戦車道に関わる事を止めれば解決する話だ。

 

俺抜きでも大学選抜チームに勝てば、大洗が廃校を撤回する事も出来るのだろう。

 

「自分の居場所なら、自分で勝ち取りなさい」

 

それでも、多くの人を巻き込んだ。

 

多くの人に決断させてきた。

 

「俺はーーー」

 

だったら…今さら自分だけ、都合良く決断から逃げる訳にもいかないだろう。

 

「…戦車道、やります」




もちろんわかっているとは思いますが男子戦車道部門辺りは完全にオリジナルですので悪しからず。

比企谷八幡男子戦車道編は…葉山や戸塚や材木座とかとチーム組んでるの勝手に妄想して愚腐腐してます(笑)


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彼を加え、大洗学園戦車道チームは決意する。

ようやく落ち着きました、書きたい事はいろいろあるんですがここはあくまでも小説の前書きの場所なので止めて置きます。


ピンポンパンポン。

 

『非常呼集非常呼集!会長が帰還されました!!』

 

大洗の仮校舎…いや、その周囲全域にも響くアナウンス。

 

『うぇぇーんっ!えんえーんっ!うえーんっ!!』

 

…と、同時に響く、河嶋さんの泣き声がこれである。いやこれ、事情を知らない一般生徒からすればマジホラーだろ。

 

『戦車道受講者はただちに講堂へ集まって下さい、繰り返します…』

 

放送室のマイクを持った小山さんの集合の合図と、その小山さんに抱きついてえんえんと泣いている河嶋さん。

 

「桃ちゃん…泣きすぎ」

 

まったくだ。帰って来たときに見えたこの人は大量のパイプ椅子を弱音も吐かずに運んでいたというのに、会長の顔を見たとたんにこれである。

 

まぁでも…この顔見てるとなんか帰って来た感はあるな。

 

…ところであのパイプ椅子なに?なんの理由があれば大量のパイプ椅子をリアカーに乗せて運ぶ事になるの?

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

「全員揃ったようだね」

 

講堂に集合した戦車道メンバーを壇上に上がった会長が確認する。その隣には小山さんと河嶋さん、そして俺。はいそこ、生徒会メンバーに俺をカウントしないように。

 

突然の呼び出しに困惑している戦車道メンバー達だが、なんなら小山さんと河嶋さんもまだこの召集の意味を聞いていない。

 

「みんな!試合が決まった!!」

 

「!?」

 

その彼女達に向け、会長は高らかに宣言する。

 

「試合!?あ、相手は?」

 

「大学強化チームとだ」

 

「「!!」」

 

その名前が出た瞬間、西住と秋山が反応を見せる辺り…まぁ、この二人は気付くよな。

 

「大学強化チームとの試合に勝てば、今度こそ廃校は撤回される!!」

 

そして会長は文科省の役人に書かせた念書を見せる。

 

「文科省局長から念書も取ってきた、戦車道連盟、大学戦車道連盟、高校戦車道連盟の承認も貰った」

 

文部科学省大臣【牟田 正志】

 

文科省学園艦局長【辻 廉太】

 

戦車道連盟理事長【児玉 七郎】

 

大学戦車道連盟理事長【島田 千代】

 

高校戦車道連盟理事長【西住 しほ】

 

およそ戦車道に関係するお偉いさんの署名が並んだ誓約書だ。

 

実際、このサインを集めるのが実は一番苦労した。というか、このサイン待ちのせいで大洗への帰宅が遅れたんだが、まぁ西住が帰ってくるのに間に合ったので結果OKというものだろう。

 

え?辻 廉太って誰だって?あの七三スーツメガネの役人だよ。学園艦局長の肩書きを見ると思ったよりお偉いさんだったようだ。

 

書類にサインを貰うだけなので文部科学省大臣と大学戦車道連盟理事長の二人には会う事は無かったが…。そもそも大学戦車道連盟理事長の方は対戦相手だし。

 

それにしても…【島田】って名字はなんか引っ掛かるな。

 

「さすが会長~ッ!!」

 

「まだチャンスは残っているんですね!!」

 

いや、本当にその後のなんやかんやは全部この人がやってたんで、もうこの人だけでいいのでは?と思ったくらいだ。

 

「会長、もう隠してる事はないんですよね?」

 

カバチームのカエサルが会長に疑いの目を向ける。…まぁそう言いたくなる気持ちもわかるよ、前科があるからね。いろいろと。

 

「んないっ!と言いたい所だけど…比企谷ちゃん」

 

「…はい?」

 

会長はちょいちょいと俺を手招きすると自分は横にズレた、中央に立て、とでも言いたげだ。

 

「ほら、なんか言う事あんでしょ?」

 

「いや…ここでですか?」

 

「他にどこがあるの?大丈夫大丈夫、問題ないから」

 

と、もちろん満面の笑みだ。…別に話の流れのまま、この人が言えば良かったのでは?

 

「八幡君?」

 

「何?比企谷が何かしたの?」

 

だが、ご指名を受ければ当然注目を集める訳で…戦車道メンバーの視線は会長から俺へと移る。

 

「はぁ…」

 

本当に、性格の悪い人だ。その注目を浴びながら俺は会長の居た場所へと立った。

 

「あー…その、なんだ」

 

壇上から戦車道メンバーを見回す。…今更だが、大丈夫だろうか?こいつらにとって、この話はどう思うのか。

 

「…この試合だけどな、なんか流れで俺も出る事になったっぽいんだが」

 

「「「「「「「…………………………」」」」」」」

 

沈黙、まぁ…そうだろう。戦車道の試合で、男である俺が参加とか、こいつらにとっても戸惑うのは当然というか。

 

俺が大洗で戦車道を続けるには試合に出るしかない。ただ、それは俺の自分勝手な都合だ。こいつらがそれにどう思うか、俺は考えていなかった。

 

いや、考えたくは無かった。もし…ここで拒絶されたらーーー。

 

「「「「「やったあぁぁぁああッ!!」」」」」

 

…歓声だった。

 

手と手を取り合って、彼女達は俺の試合参加をまるで自分の事のように喜んで見せる。

 

「ほら、問題ない」

 

「…ですね」

 

本当、全部杞憂だったな…。

 

「あれ?でも戦車道の試合に男の人が出ても良いの?」

 

「わかった!比企谷先輩は実は女の人だったんだよ!!」

 

「桂利奈かしこい~」

 

いや、賢くねぇし…。こんな目が腐った女性居るか?

 

「えー、こんな目が腐ってるのに?」

 

「おい、目ぇ腐ってるの関係ねぇだろ、全世界の目が腐ってる女の人に謝れ」

 

…なんだろ、自分で言うのは別にいいんだが、他人に言われるのは妙に腹立つなこれ。

 

「男の人が戦車道…」

 

「い、良いのかなそど子…私は良いと思うんだけど、風紀的には…」

 

「規則違反…になるかも?」

 

「むむむ…」

 

パゾ美とゴモ代の二人に言われてそど子さんは難しい表情で唸っている、さすがに風紀の鬼(不良経験有り)を納得させるのは厳しいか。

 

「問題無いわッ!ゴモ代、パゾ美!!そもそも比企谷君は一緒にラーメンを食べた、私達の仲間よ!!」

 

「「そど子…」」

 

「…そど子さん」

 

一緒にラーメンを食べれば義兄弟の誓いを交わしたも当然とか、どっかの三国ブラザーズも言っていたしな、いや、別に義兄弟ではないけど。

 

「そもそも、比企谷君に女の子になって貰えば全部解決じゃない!ゴモ代、風紀委員で使ってるハサミを持って来てちょうだい!!」

 

「いやいや!何を切る用のハサミですかそれ!?」

 

「何って…髪に決まってるでしょう?風紀的に男子は丸刈りなんだけど、とりあえず私達と同じおかっぱにして貰うわ」

 

…良かった、何がなにじゃなくて。いや、何一つ良くないし、なになに言うのはもっと良くない。

 

「その為に試合に出るんだよ、男の俺が大洗の戦車道に関わってても問題無いって実力を見せる為にな」

 

「うむ、戦働きで功績を上げよ、という事だな」

 

なにやらわかった風にうんうんと腕を組んで頷くカバチーム。

 

「かつての新撰組も浪士組時代ではたいした任務を受ける事が無かったと聞くぜよ」

 

「立身出世にもまた争乱が必要という事か…」

 

「脱走兵も軍服を拾うような機会があれば将校にさえなりえる、今がまさにその時という事だろう」

 

「「「それだっ!!」」」

 

「どれだよ…。その流れだと俺どころかお前ら全員バットエンドの未来しか見えないんだが?」

 

もうそれあの映画…てか実話そのままに独裁者コース一直線じゃん…。最後には処刑しか待ってないやつ。

 

「比企谷コーチも試合に…」

 

「これはつまり、キャプテン!!」

 

「あぁ、比企谷が戦車道の試合に出ても問題無いなら、バレーの試合に出ても問題ないという事だ!!」

 

「ついに五人目のメンバーですね!キャプテン!!」

 

「いや、出ねぇから…」

 

うちを入れなくて四人や。大会出場の残り一人は自力でなんとかして貰いたい。

 

「むぅ、しかしバレーの試合に出て実力を見せれば比企谷の試合出場もきっと認めて貰えるはず!!」

 

「それだと普通に男子バレー部に行けって言われるだけなんだよなぁ…」

 

いや、行きませんけどね、そもそもバレーなんてハイでキューな知識しかありませんから。

 

「ここに来てフレンド登録だにゃー」

 

「ラスボス戦前の最後の仲間なり!!」

 

「あー、あれな、仲間になったはいいけど参入が遅すぎたせいで味方パーティーのレベルがもう高いからレベル差で結局使わなくなるやつ」

 

「だ、大丈夫ぴよ!きっとバトルアックスを持ったドラゴンがついてくるっちゃ!!」

 

「引換券どころか雷鳴の剣すら持ってないんだよなぁ…」

 

これはもう、ルイーダさんの営業する酒場でマックスなコーヒーをちびちびやってた方が良いのでは?

 

まぁ実際、ずっと試合に出ていたこいつらと試合を見ていただけの俺とじゃレベル差があるのは当然だ。

 

「比企谷さん…その、ダンベルどうぞ?」

 

「いや、いらんし…」

 

なんだよその「大丈夫?筋肉鍛える?」みたいなノリは。

 

「まぁ、心配はいらないよ」

 

「…ナカジマさん?」

 

「比企谷の仕事はどっちかというとオイルに近いかな」

 

「…いや、例えが全くわかりませんが?」

 

「良いオイルっていうのはね、エンジンの調子を良くするもんだから」

 

「だね、ドリフトの仕上がりにも磨きがかかるってもんだよ」

 

…うん、さっぱりわからないんだが。

 

「…この試合、厳しい戦いなのはわかってる」

 

俺の試合参加宣言によるわちゃわちゃがある程度収まった事を察した会長がまた宣言する。

 

「だが、必ず勝って…」

 

さっきの自動車部の例え話はよくわからないが、それでも…わかった事はある。

 

「みんなで大洗に…学園艦に帰ろう!!」

 

「「「「「「「おーーーーーっ!!」」」」」」」

 

…この試合、絶対に勝つ。

 

「…って事だ、今回の試合だが…よろしくな」

 

「八幡君、うん…よろしくお願いします!!」

 

「えぇ、お待ちしていましたよ」

 

「ようやく比企谷殿と一緒に戦える日が来るんですね…」

 

「本当だよ!この前のエキシビションも結局敵だったんだから!!」

 

「なんなら…私達とは戦った事の方が多いんじゃないか?」

 

…いや、ほんとそれ、マジそれな。なんなの?その度に俺がボコボコにやられてるんですが。

 

「ところで…えと、あの、八幡君」

 

「…ん?」

 

「…もう隠してる事、ないよね?」

 

西住が不安そうにじっとこちらを見てくる。…そんな目で見られれば隠してる事の一つや二つ、三つに四つと言いそうになってしまう。やだ…私の隠し事多すぎ。

 

「…会長が言ってたろ、無いって」

 

「八幡君に聞いてるんだけどな」

 

…やっぱこんなバレバレな逃げは西住には通用しないか。いや、西住だけじゃなくてあんこうチームにか。

 

ここで適当に答えれば「嘘だっっっ!!」とか言われてひぐらしが鳴くまでありそうである。

 

「そりゃ…まぁ、あるけど」

 

「あるんだ!?」

 

「そこはもう、比企谷さんですから…」

 

「諦めるしかありませんね…」

 

「まったくだ…」

 

いや、本当にごめんなさいね。そこはもう諦めて貰いたい。

 

…絶対に勝つ。となると…ある程度手段を選んでいる場合ではない、こっちも持っている手札全てで勝負をかけるべきだろう。



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予想通り、大学選抜チームはヤバい。

実際、大学選抜チームに黒森峰のOGっているんでしょうかね?さすがにモブ選手の誰かには居るとは思いますが。
あとアールグレイ先輩とか…うん、出てきたら確実に大学選抜チームのキャラ食いかねないですね(笑)


「社会人を破ったチーム!?」

 

戦車道新聞の一面を飾るのは【大学選抜、社会人チームを撃破!まるで下克上!!】の記事。

 

「無理ですよそんなのぉ~!!」

 

「無理は承知だよん」

 

とりあえずの嘆きスタートな河嶋さんを会長が宥めている。

 

戦車道チームの各車長とあんこうチームメンバーはそのまま作戦会議へと仮生徒会室の奥にある旧校長室へと集まった。

 

「やっぱり大学生って強いんですね…」

 

「そりゃ私達よりずっと経験豊富だもんね、いいなぁ…きっとモテモテよ!!」

 

「この場合…モテるかどうかはたいした問題ではないのでは?」

 

「そもそも経験なら社会人チームの方が上じゃないのか?」

 

まだ武部は戦車道がモテる説を諦めていなかった事に驚きつつ…、冷泉の言う通り、単純な経験だけで言えば社会人チームの方が上だろう。

 

「大学側は強化チーム、つまり大学生の中でも選抜された、言うなれば大学選抜チームですからね、各大学の優れた選手が集まっているのでしょう」

 

「なにそれズルい!!」

 

いや、ほんとそれな…。たかだか高校生の一チーム潰すのに大学生総出でかかるって、年上として恥ずかしくないの?

 

いや、このマッチングを組んだのはあのメガネ役人なんだけどね。…西住流の家元に睨まれながら苦し紛れで口から出たとはいえ、しっかりこちらにとって最大限の不利な条件ときた。

 

つーか、【優勝校としての実力を認める条件が大学生の選抜チームに勝つ】ってなんだよ?これからは高校生戦車道全国大会の優勝校は大学の選抜されたチームに勝たないと優勝取り消しなの?

 

「ほーん…じゃあ秋山、ここに載ってる三人も有名な選手なのか?」

 

新聞の一覧には顔写真入りで選手が紹介されている。

 

【ルミ選手】【アズミ選手】【メグミ選手】とミミミ三姉妹…いや、姉妹じゃないか。とりあえず三人揃ってミミミ四天王とでも言うか。

 

「もちろんです、その三人は各々中隊長として、バミューダ三姉妹として有名ですから」

 

「え?やっぱ姉妹なの?てかバミューダって…バミューダトライアングル的な?」

 

「いえ、あくまでファンが付けた名称ですけど、三人揃ってのコンビネーションプレイがバミューダアタックというものですから」

 

「大学生のネーミングセンスじゃねぇ…」

 

…とはいえ、三人揃うとヤバい事になるのは間違いなさそうとかどこの黒い三連星だよ、もういっそジェットでストリームな三姉妹に改名した方が良いんじゃねぇの?

 

あぁ…うん、良い年こいたおっさん三人組の必殺技がジェットなストリームアタックだもんね。それ考えたら女子大生がバミューダアタックってネーミング付けても良いと思うよ。

 

「ちなみにメグミ選手はサンダース出身ですよ、私も当時の試合は見てました」

 

「あぁ、大学生だもんな。必然的に各高校のOGになるのか」

 

つまりケイさんやアリサ、ナオミの知り合いかもしれないのか。

 

「…なんか弱点とか聞けねぇかな?」

 

「真っ先に出る発想がそれなんだ!?」

 

「冗談だ、そもそもケイさんがそういうの教えてくれるとは思えないからな」

 

「教えて貰えるなら貰う気満々に聞こえるが」

 

いや、相手の弱点を調べるとか試合前の偵察の範疇だし、別にアンフェアでも無い気がするが。

 

「じゃあ他の二人も知ってる学校か?」

 

「ルミ選手は継続高校ですね」

 

「継続かぁ…」

 

あのミカさんにも後輩時代ってあったのかね…、なんか先輩の小言の全てをカンテレとあの言動でかわしてそうではあるが。

 

「そしてアズミ選手はなんとあのBC自由学園です!!」

 

「…どこのだよ?」

 

全く知らん学校が出てきた。いや、トーナメント表にも名前はあったので全国大会に出場してたのは知ってるけど…。

 

確か一回戦でダージリンさんの聖グロリアーナと当たって負けてたところだ。

 

「BC自由学園を知らないんですか!?この学校は歴史が深くてですね…」

 

「いや、長くなりそうだし解説はいいんだが…」

 

そんなご存知無い!?と言いたげにぐいぐいこられても困るんだが…。

 

「プラウダ高校や聖グロリアーナ、黒森峰の選手ではないのだな」

 

ふむ、とカエサルが当然の疑問を口にする。

 

「そもそも今の大学生って事は黒森峰が9連覇の真っ最中は高校生だったんだろ、学校の強さよりも選手個人の強さに注目されてんのかもな」

 

そもそも黒森峰は姉住さんが入学する前から連覇を続けていた訳で、時代は正に黒森峰の一強時代。

 

つまり、大学に選抜された選手は学校の強さよりも個人の実力で選ばれた選りすぐりの選手…という事だろう。

 

「まっ…そんだけの選手を集めるのにどれだけの手間と金がかかってるのかは知らんけど」

 

「レースでもお金のある所はタイヤもガソリンも使い放題だからね」

 

「許すマジ課金製!いったいいくら注ぎ込んだんだにゃー!!」

 

そもそもが今回の試合相手に指名できるくらいだ、文科省が後ろ楯にでもなっているのだろう。

 

大学選抜チームとはそれだけヤバいチーム、という事だ。廃校撤回の対戦相手がここと言われた時、西住と秋山が素直に浮かれる事ができなかった理由もそこだろう。

 

「…八幡君、あのね」

 

「…ん?どうした西住」

 

「えっと…その、…向こうの隊長の事なんだけど、わざと見ないふりしてたりしない?」

 

「いや…まぁ」

 

そりゃ…うん、新聞の一面にでかでかと載ってるからね。見ないふりをしろってのも無理な話だ。

 

大学選抜チーム隊長【島田 愛里寿】。

 

その写真に載っているのはいつぞやのボコミュージアムで出会ったボコ好きの少女。

 

そして恐らく、そこでの一件で相当俺に恨みを持っているであろう、少女だ。

 

「これ、間違いじゃないのか?」

 

「私も驚いちゃたけど、うん…間違いないと思う」

 

…なんでこの子が大学選抜チームの隊長に?そもそも年齢的に無理だよね?

 

「わ、可愛い子!…だけど、この子が大学生の隊長なの?」

 

「プラウダの隊長みたいなものか?」

 

「天才少女と言われてるらしいな…なんでも飛び級したとか」

 

飛び級て…ちよちゃん以外にも出来る子居たんですね。つーか中学、高校をすっ飛ばして大学生ってちょっとやりすぎなのでは?

 

あと、プラウダの隊長さんこと、地吹雪のカチューシャさんは実年齢が高校三年生なので【みたいなもの】扱いは止めたげてよぉ…。

 

「みぽりんと比企谷、この子の知り合いなの?」

 

「うん、ボコミュージアムで一緒にボコのショーを見たんだ」

 

「まぁ、三人でボコさんのショーをですか?」

 

ちょっと五十鈴さん、然り気無く他に観客が居なかったと決めつけないでね?いや、まぁ…居なかったけど。

 

「いや、俺は…まぁ見たか、一回は」

 

「八幡君はね!ボコになったの!!」

 

「…え?えぇっと…西住殿、それはどういう?」

 

「八幡君はボコになったの!!」

 

「えーと…なるほど?」

 

フンッ!と両手をぐっと握って力説する西住にはさすがに普段の西住至上主義な秋山もたじろぐらしい。

 

「可哀想に…比企谷先輩、ついにおかしくなっちゃったんですね」

 

「はいそこ哀れまない。むしろおかしくなってるの西住だからね?現在進行形で…」

 

このままでは大事な試合を前に脳がボコで汚染されかねない。なんか「やってやる♪やってやーる♪」とか口ずさみながら敵陣に突撃する西住が思い浮かんでしまった。

 

「…つまり一緒にボコのショーを見ただけだ。知り合い…てか、知り合いでもないな」

 

「…八幡君」

 

ふと西住の視線が気になった。あの後の一件について、彼女は何も知らないはずだ。

 

「…なんだよ?」

 

「そうだよね!一緒にボコのショーを見たならもう知り合いじゃなくて、立派なボコ仲間だもんね!!」

 

「…あーうん、そうね、あとこの子対戦相手だからね」

 

仲間判定がゆるゆるすぎて感染力がへたなウイルスよりも強力なのでは?ボコ怖いなぁ…。

 

「島田流、家元の娘と書いてありますね」

 

「つまり、この試合は西住流対島田流の対決でもあるんだなぁ」

 

日本戦車道の最大流派ともいえる西住流と双璧をなす、もう一つの流派【島田流】。

 

本来なら大学戦車道連盟の理事長の名前が【島田 千代】だった時点で気付くべきだったのだろう。

 

大学戦車道連盟の理事長が島田流なら、その連盟が主軸となっている大学選抜チームも島田流の系譜である事は考えついたはずだ。

 

いや、飛び級した娘が隊長やってるとか、気付けというのが無理な話なんだけどね。

 

「世間的には、ですけどね」

 

そもそも大洗の戦車道は隊長こそ西住だが、戦いかたは西住流とはまるで違う。それを一緒くたにして西住流VS島田流と名付けるのはいかがなものか?せめてダークライさんくらい参戦させてあげて欲しいものだ。

 

だが、西住が西住流家元の娘である事は間違いない。そこで大学側が今回の試合を拒んだら島田流は西住流から逃げた。と邪推に考える連中も出てくるだろう。

 

日本を代表する二大流派だ。…流派間の仲が悪いかどうかは知らないが、決定的な優劣をつけるのはどちらも避けたい所だろう。

 

…本当、あのメガネ役人は嫌らしい手をとってくる。

 

「相手は何両出してくるんですか?」

 

バレー部、磯辺が一番大事な事を聞いてくれる。戦いにおいて数とは分かりやすく、そして圧倒的な優劣の差だ。戦いは数だよ、と偉い人も言っている。

 

戦車道全国大会の決勝戦。黒森峰との戦力差は8両VS20両、なんとも馬鹿馬鹿しい戦力差だが、大洗はなんとかそれを突破し、優勝した。

 

「…30両」

 

ついに戦力差が4倍近くになったんですが、それは?

 

【試合の規則、形態等については主催者たるものが定める権限を有する。】

 

この試合を行う時、誓約書を作るにあたって文科省のメガネ役人がガンとして譲らなかった項目がここにある。

 

メガネ役人曰く…「男子生徒を特例で参加させるのです、こういう項目は必要でしょう?」との事だが、実際は自分の都合の良い試合形式にしたいのがバレバレだ。

 

…バレバレだが、俺という存在が試合に出る事を認めて貰う以上、確かに必要な項目ではある、ここもまた嫌らしいところだ。

 

そして決められたのが試合参加可能戦車の上限30両、メガネ役人が言うには大学側の試合に合わせた…らしい。

 

どんなに頑張っても戦車が8両しかない大洗にとっては参加可能戦車の上限なんてあってないようなものだと知っているだろうに。

 

「もう駄目だぁ~!西住からも勝つのは無理だと言ってくれ!!」

 

…うん、気持ちはわかるんだけどね。河嶋さん、それやっちゃうと今までの全部が無駄になっちゃうからね?

 

「確かに…今の状況では勝てません」

 

動揺しまくっている河嶋さんと違い、西住は落ち着いた様子で資料を見る。良かった…ボコボコしてた頭はすっかり戦車道脳へとシフトチェンジしてくれたようだ。

 

「ですが、この条件を取り付けるのも大変だったはずです。…ね?」

 

「…まぁ、たいした事じゃない」

 

西住がチラリと俺を見る。まぁ…西住家に行って家元と直接交渉するとか、正直寿命が少し縮まったまであるが。

 

俺が適当つけて誤魔化すと西住は少しだけ微笑んで戦車道メンバーを見渡す。

 

「普通は無理でも、戦車に通れない道はありません。戦車は火砕流の中だって進むんです」

 

…進めるの?だって火砕流って…あの火砕流だよ?

 

いや、まぁ…砲弾の直撃浮けても平気へっちゃらな謎カーボンもあるからね。戦車は火砕流の中も進める。いいね?

 

「困難な道ですが、勝てる手を考えましょう」

 

「はい!」

 

「わかりました!!」

 

いや…違うな。他の誰でもない、西住が。彼女が言うなら、本当に火砕流の中だって進めるかもしれない。か。

 

「それに、今回の試合は八幡君も居るから…ね?」

 

「さすがに火砕流の中に突撃するのはちょっと遠慮願いたいが…」

 

今さらだけど、試合に参加するって事は西住の下で戦うんだよな…。この子、平気な顔してわりと無茶な指示飛ばすんだよね。

 

「そ、それはさすがにものの例えというかね…えと、うぅ…」

 

「いや、まぁわかってる、勝てる手…だろ」

 

「うん!!」

 

「正直戦力差はクソだが、やる事は全国大会と一緒だ。相手のフラッグ車さえ潰せば勝てるならやりようはいくらでもある」

 

結局、相手の車両が何両だとしてもやる事は全国大会と変わらない訳で、フラッグ車をなんとか潰す事を考えれば良い。

 

「おぉ、さすが比企谷殿!頼りになります!!」

 

「ふむ、狡いやり方をさせたら右に出る者は居ないな」

 

「それ絶対誉めてねぇだろ…」

 

「でも、なんだかイケる気がしました!!」

 

…いや、そこはまだ全然ノープランだったんだが。うん、さすがに言い出せねぇな。

 

試合前になんとか相手フラッグ車を確実に潰せる方法を考えてーーー。

 

「会長!!」

 

「ん、どうしたの小山?」

 

会議室…になっている旧校長室に慌てて小山さんが入ってきた。そういえば途中で居なくなっていたが、なんかあったのか?

 

「大変です!今文科省から連絡があったんですが…」

 

小山さんの慌てようから緊急事態なのは察するが。…また文科省か、あそこが絡むと録な事が起きないのは目に見えている。

 

「大学選抜チームとの試合形式ですが…殲滅戦ルールで行う、との事です!!」

 

…本当に、碌な事が起きない。



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当然だが、比企谷 八幡も隠し事をされる。

文科省役人の大洗学園廃校への熱意はガチ、中の人も含めて(笑)
ここら辺の役人の徹底的な大洗潰す算段の暗躍、正直嫌いだけど好き。


戦車道の試合形式には大きく分けて2つのルールがある。

 

一つはフラッグ戦。文字通りフラッグ車に定められた戦車を撃破すれば勝利のまるで将棋だなルール。

 

高校の戦車道全国大会では基本的にこのフラッグ戦ルールが適応されている。まぁ…そうでもしないと強い戦車を数分揃えた学校が力押しでなんとでもできてしまうからだ。

 

そしてそのなんとでもできてしまうルールが殲滅戦である。

 

ルールは単純明快、どちらかのチームが全滅すれば決着。

 

他にも時間内まで耐えきる耐久戦や指定されたチェックポイントを巡って素早くゴールを目指す、自動車部歓喜な目標地点到達ルールなんかもあるらしいが…試合で行われる形式は主にこの2つだろう。

 

無論、大洗だって殲滅戦が初めてという事はない。聖グロリアーナとの練習試合では殲滅戦ルールで戦った。

 

ただ、それはダージリンさんがこちらに合わせて参加車両を5両にしてくれたから成り立ったようなものだ。…成り立ってたかな?こっちは素人集団だったんだけど。

 

8VS30の戦力差で、どちらかが全滅するまでの殲滅戦?そんなもの、どう考えても試合として成り立つはずがない。

 

「あ、あの…8両に対して30両で、それもいきなり殲滅戦というのは…」

 

『予定されているプロリーグでは殲滅戦が基本ルールとなっているので、それに合わせて頂きたい』

 

テレビ電話のモニターに映っているのはメガネ役人と戦車道理事長だ。西住の言葉にも当然、聞く耳を持っていない。

 

しほさんの前ではあんだけたじたじだった癖に…、その子あのしほさんの娘さんですからね?あんまり怒らせない方が良いんじゃない?

 

「えと…その」

 

…うん、時々はやっぱり親子だなーとか思う時あるけど、あくまでも時々なんだよなぁ。あと、そう思う時ってたいてい俺に対してなのでは…?

 

『もう試合準備は殲滅戦で進めてるんだって…』

 

戦車道連盟の理事長が申し訳なさそうに答える。…そりゃずいぶんと準備が良いこって。どこぞの検討するばっかりな政治家辺りは見習って欲しいくらいだ。

 

だいたい、殲滅戦で試合準備を進めているからって別に今からフラッグ戦に変えて何か問題でもあるのかって話だが。

 

そもそも本来ならプロリーグの試合形式に高校生であるこちらが合わせる必要だってない。だが、このメガネ役人に何を言っても無駄だろう。

 

【試合の規則、形態等については主催者たるものが定める権限を有する】

 

誓約書のこの一文を主張されればそれまでだ。

 

『辞退するなら、早めに申し出るように』

 

メガネ役人はそれだけ伝えると通話を切る。

 

全国大会ではフラッグ戦が試合形式だったのもあり、殲滅戦を仕掛けてくるのは完全に想定外だ。

 

…正直、してやられた。事態が良い方へと傾いてきた事で気持ち的に気が緩んでいた。

 

本当、何やってんだ…まだ全然気が抜ける所じゃねぇだろ。

 

「わ、私達8両で相手の車両30両を…全部倒さないといけないんですか?」

 

「…そういう事になるな」

 

「も、もう駄目だ!おしまいだぁ!!」

 

河嶋さんがどこかのサイヤの王子のようにへなへなと床に膝をつく。

 

「大丈夫!私達バレー部だって人数が居なくてもなんとかなってますから!!」

 

「お前ら人数居ないからそもそも試合してないだろ…」

 

「戦車道は人数足りなくても試合出来ていいなぁ…」

 

あー…うん、なんかごめんね。あと足りてないのは人数もそうだけど戦車がそもそも足りないんだよ。

 

人だけなら最悪、大洗の一般生徒から助っ人を募集するって手があるだろうが、戦車だけはどうしようもない。

 

「………」

 

どうしようもない…事もない、か。いや、この際形振り構ってもいられないのは事実だ。

 

「会長」

 

「…何?比企谷ちゃん」

 

フラッグ戦だと思っていた時から8VS30の戦力差をどう埋めるかはずっと考えていた。

 

しかし大洗の保有戦車は8両、これはどうやっても埋めようがない。

 

「…これから試合会場まで行くとなればまだ時間ありますよね?」

 

「そうなるね、会場は北海道だから船の移動になるかな」

 

ちなみに試合会場は北海道にある。ちなみになぜ北海道?と言われても試合会場は相手側の大学選抜チームが決めたのでわからない。

 

そう、誓約書でさらっと決められたが試合会場はなぜか対戦チームの大学側に選ぶ権利が与えられたのだ。

 

資料を見た所山岳地帯と潰れた遊園地跡が目立つフィールドだが大学側がここにした辺り、向こうにとって有利な地形の可能性は高い。

 

8両VS30両、殲滅戦、試合会場は相手側へ決める権利を与える。

 

…あのメガネ役人はずいぶんと嫌がらせが得意なようだ。

 

「なら、これから俺はちょっと別行動してもいいですか?」

 

だったらこっちも遠慮はいらないだろう。…むしろ、今までの相手と比べれば気持ち的にずいぶん気が楽なまである。

 

「…もうすぐ試合なのに今からどこ行くっていうのよ?」

 

「安心しろ、試合前にはちゃんと戻るつもりだ」

 

「あ!わかりました!!大学選抜チームへの潜入偵察ですね?」

 

秋山がウキウキとしながら答えた。あー…そうか、試合前に動くといえばそれもあったな。偵察とかしばらくしてなかったからなぁ。

 

「なら!もちろん私もお供させていただきます!!」

 

「秋山院…」

 

「ええっと…優花里さんですが」

 

「院ってなんだ?どっから出た?」

 

いや、だってそんな「やはり偵察ですか…、いつ出発します?私も同行しましょう!!」みたいノリされたらね。

 

「悪いけど同行はいらないから。つか、そもそも潜入偵察行かないし…」

 

「えぇ!せっかく大学選抜チームのパンツァージャケットを着る機会だったのに!!」

 

「やっぱそっちが主目的かよ…」

 

つーか高校戦車道だけじゃなくて大学選抜チームのパンツァージャケットまで持ってるのね…。こいつのクローゼット、いろんな学校の制服やらパンツァージャケットやらがぎゅうぎゅうに詰まってそう。

 

「そもそも…ほら。今回は俺も試合に出るからな、偵察に出て捕まったら元も子もないだろ」

 

今までなら捕まって捕虜扱いにされてもどうせ試合には出ないのでダメージは無かった訳だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 

捕まって試合に出れませんでしたー!!とか、男子学生である俺の試合参加の為に労力をさいてくれた戦車道連盟やらしほさんやらに申し訳なさすぎる。

 

「じゃあどこ行くのよ…」

 

「これって八幡君の隠してた事…かな」

 

あんこうチームがじっと俺を見てくる。…これは、まぁ、誤魔化す訳にもいかないか。

 

「…聖グロリアーナ、ダージリンさんの所」

 

「えぇっ!?」

 

俺の言葉があまりにも意外だったのか、あんこうチームの5人は顔を見合わせた。

 

「は、八幡君…大丈夫なの?」

 

「え?何が?」

 

「何がって…ダージリンさんに決まってるじゃないの!!」

 

それ、遠回しにダージリンさんが大丈夫か?って聞いてない?まぁ俺も時々、この人大丈夫かな?って思う事はあるが。

 

「いや、まぁ…なんか警戒しすぎじゃないか?」

 

「…それは、その、相手がダージリンさんですから」

 

「比企谷殿が心配です…」

 

「だから何の心配だよ…」

 

「知らぬが仏、だな」

 

心なしか少し機嫌が悪いようにも見える冷泉がボソッと呟いた。なんか異様なまでにあんこうチームの面々がそわそわとしている。

 

まぁダージリンさん、大洗との戦いには全戦全勝であんこうチームも毎回やられてるからな、警戒する気持ちもわからんでもない。

 

「大丈夫だろ、別に取って食われる訳じゃないんだから」

 

「取って…」

 

「食われる」

 

「いや、そこ繰り返すなよ…、なんか不安になるだろ」

 

…とはいえ、やはりダージリンさんに連絡を取るしかない。これが上手くいくかは別として、ここで何もしないのは論外だ。

 

『遅かったわね、マックス』

 

数回のコールでは繋がらず。…さすがにいきなりはまずかったかと一度電話を切ろうかと考えたがダージリンさんが出てくれた。

 

あのエキシビションマッチからまだそれほど日はたっていないというのに、ずいぶんと久しぶりにこの人の声を聞いた気がする。

 

それにしても、遅かった…か。この人の事だ、もしかしたらおおよその状況はもう掴んでいるのかもしれない。アッサムさんとか、情報収集得意だし。

 

「…ずいぶんと待たせてしまいましたね」

 

『待つ事は嫌いではないわ。Good things come to those who wait、待つ者には良い事がやってくると言うでしょう?』

 

『19世紀のイギリスの詩人、ヴァイオレット・フェインですね。マックスさん、こんにちは』

 

電話越しでもきちんと解説が入るペコの有能っぷりよ。要するに【果報は寝て待て】とか、【待てば海路の日和あり】みたいなもんだろうか。

 

「あぁ、ペコも久しぶりだな」

 

『ふふっ…はい、エキシビション以来ですね』

 

『ペコ、今は私がマックスと話しているのだけど?淑女として、人の電話に割り込むのはどうかしらね』

 

『なかなか電話に出ないダージリン様に代わって、私から電話しても良かったんですが』

 

『残念ね、マックスは私に電話をくれたのよ』

 

『そんな事言ってもダージリン様、最初は電話に出ようかずいぶんと悩んでいたじゃないですか』

 

…なにこれ?もしかして地獄のホットラインにでも繋がっちゃったの?通話料安そう。

 

『こほん…それで、あなたの方はもう大丈夫かしら?』

 

「そりゃあもう、風邪も引いてませんよ」

 

『そう、それは良かった』

 

その彼女の声色に、本当に心配してくれていた事が伝わってくる。

 

思えばエキシビションマッチが終わってからすぐ大洗廃校の問題が起きたおかげでろくな挨拶も出来なかったのが今さらながら申し訳なく思う。

 

「…俺は問題ありませんが、大洗に関して、その、ちょっと相談したい事があります。今から会えませんか?」

 

アポも無しの当日。ぶしつけなのはわかっているが、大学選抜チームとの試合まではとにかく時間がない。

 

『えぇ、構いません事よ』

 

だが、ダージリンさんは悩む素振りもなく、すぐに答えてくれた。…なんか電話出るのに悩んでたっぽいので不安だったんだが。

 

「…助かります」

 

『いいのよ、私もちょうどあなたに相談したい事があるの』

 

「はぁ…俺に相談ですか?いや、こっちがお願いしてる手前、もちろん構いませんけど」

 

もうこの際プロムでもなんでもやったって構わない。なんなら芸能人の格付けをチェックする社交ダンス部門で絶対選んではアカンクラスのダンスを見せても良いだろう。

 

『それは良かった、あなたが聖グロリアーナに転校して来た時に着る執事服のデザインについて、是非あなたの意見も聞かせて貰いたいの』

 

「…はい?」

 

『あぁ、サイズの方は心配いらないわ。前に着て貰ったタキシードのデータはアッサムが残してくれてますのよ』

 

…やべーよ、取って食われそうだぞこれ。

 

「まぁ、そういうのも含めた相談って事で」

 

とはいえ…まぁ、行かないといけないよな。

 

結局、文科省との交渉はそのほとんどがしほさんと戦車道連盟、そして会長によって進められていた。

 

情けないが俺はといえば、後半ほとんどやる事もなかったので出されてた干し芋アイスをモグモグと食べてたくらいだ。いや、アイス溶けちゃうと勿体無いし…。

 

だから…まぁ、ここからは俺の番、という事だろう。結局、試合に出ても出なくても、試合前にやれる事は全部やっておかなくてはいけない事に変わりは無いのだ。

 

『えぇ、素敵なお茶の場をご用意しますわ』

 

…これがたぶん、最後の交渉の舞台になるだろう。

 

「…そんな訳で俺は別行動で聖グロリアーナに行ってくる」

 

後は細かい打ち合わせ…というか、主に俺の移動の手段だが、そこは聖グロリアーナ、迎えは寄越してくれるらしい。

 

「そもそも私達はどういう理由で聖グロリアーナに行くのかも聞かせていませんが」

 

あんこうチームがじーっと俺を見てくるのに居心地の悪さを感じるが、それは当然の疑問だろう。

 

「…あー、うん、ちょっと一杯飲みに?」

 

だが、その疑問に答える訳にはいかない。そもそもが俺のやろうとしている事は実現するかもわからない、言ってみれば机上の空論でさえある。

 

まだ作戦に組み込める段階でもないし、下手に話して実現出来なかった日には最悪の結末しか想像できないまである。

 

「そんなうちのお父さんみたいな事を…」

 

「私達にも内緒で、しかも聖グロリアーナだよ!ダージリンさんの所だよ!!」

 

「いや、だからダージリンさんの事警戒しすぎだろ…」

 

今から大学選抜チームとの試合だというのに、なんならダージリンさんの方を警戒してるまであるんだが…。

 

「…八幡君にはなにか作戦があるんだけど、今はまだ言えないんだよね?」

 

「まぁ…そんな所だ」

 

ずっと黙っていた西住が確認するように聞いてくる。その表情は真剣で、いつもの戦車道をやる西住のものだ。

 

「…うん、わかった」

 

だが、彼女はそれを了承してくれた。

 

…隊長である彼女にとって、理由も話さない俺のこの行動は厄介なものでしかないだろうに。

 

「西住殿…」

 

「みぽりん、いいの?」

 

「八幡君には何か考えがあると思うから…任せてみよう」

 

「…悪いな」

 

…俺のこんなやり方を彼女は信じて任せてくれる。なら、この交渉は絶対にしくじる訳にはいかなくなったな。

 

「それと…みんな、ちょっと良いかな?お願いがあるんだけど」

 

「え?なになに?」

 

「どうしました?みほさん」

 

「わかった」

 

「なんでもおっしゃって下さい!西住殿のお願いならなんでも聞きますから!!」

 

秋山の模範解答に心の中で頷きながら…ここまでの信用を貰ったのだ。俺だってなんでもはともかく、できる事があるならしようと思う。

 

例えば女子五人に混ざって輪を作るのが恥ずかしいとか、そんな事も今さら言ってられない。そこは仕方ないので許して欲しい。

 

はて?しかしここに来てお願いとは、まだ何かあるのかしらと近寄ると…ビッと手でストップのジェスチャーを食らわされた。

 

「…えーと、西住さん?」

 

「八幡君には…えと、その、内緒の話だから」

 

「…むしろ俺にだけ内緒なの?」

 

…まぁ、俺も聖グロリアーナに行く理由を内緒にしてるから人の事とやかく言えた義理じゃないんだが、こうして本人が目の前に居るのに内緒話はさすがにひどくない?

 

「うん。私達も八幡君に隠してる事、作るから」

 

…そうそうその感じ。それをさっきのメガネ役人とのやり取りで発揮できないもんですかね。うーん…やはりあのしほさんの娘さんだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

【おまけ:八幡捕虜ルート】※ノリと勢いで書いたマジおまけです。深く考えず、適当に見て下さい。

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、潜入ルートじゃなくて、もうこれ捕まってんの?展開はしょりすぎだろ」

 

しかも捕虜として連れてこられたこの部屋、テレビとレコーダーのセットが一つ置いてあるだけなんだが…。

 

「ここはあなたの為に用意した部屋」

 

この子は…大学選抜チームの隊長、島田 愛里寿?まさか隊長自らが捕虜に拷問…は、さすがに無いか、そもそもこんな小さい子どもだし。

 

「あなたにはここでボコの良さを知って貰う為にボコのアニメを見てもらう」

 

「…はい?」

 

「まずテレビシリーズのDVDから」

 

…まぁ、どうせ捕虜の間退屈だろうし、良いんだけど。

 

「それが終わったらブルーレイ版」

 

…はい?

 

「それが終わったら私が録画したバージョンも」

 

「それ、中身全部同じじゃないの?」

 

「…全然違う、やっぱりボコの事がわかってない」

 

「全部同じじゃないですか!?」と言った俺に対して「これだから素人だ駄目だ」とでも言いたげに、彼女はDVDをセットするとちょこんと俺の隣に座った。

 

「ちなみに私がここに居るのはあなたの監視があるから」

 

…あー、うん。ボコのアニメ見たいのねこの子。

 

「…ちなみにテレビシリーズ全部見終わったらどうすんの?」

 

「大丈夫、劇場版もあるから」

 

「劇場版もあるのかぁ…」

 

「それが終わったら最終章…はまだ4章までだけど」

 

「なるべく早く5章が公開されるといいな…」

 

「…うん、待ってる、あと最終章だけど、それが終わってもボコはまだ続くはず」

 

「そうだな、続くといいな…」

 

「うん」




ガルパン最終章も4章が公開され、残す所あと2つ…早く来て欲しいような、そうでないような…。


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これが、アッサム流潜入偵察術だったりする。

毎年書いてる気がするいつか書いてみたいバレンタインの話…もう温めすぎてチョコ溶けちゃってるから湯せんしてまた作り直さなきゃ(笑)


大洗の港にもっとも多く停泊する船は何か?と聞かれれば大洗学園艦と答えるのが当然だ。

 

これは別に大洗に限った話ではなく、各学園艦には母校ならぬ母港がある、大洗学園ならばもちろん、大洗港が母港なので必然的に大洗港にはよく停泊する事になる。

 

だが、大洗学園艦は廃校…はまだ決定ではないが、今は文科省の管理下、長らく大洗の港に船を停める事は無い。

 

そうなると次におそらく有名なのはこのサントアンヌ…じゃなかった、さんふらわあフェリーだろう。

 

大洗の命運を懸けた大学選抜チームとの試合。その会場はなぜか北海道だが学園艦を失った今の大洗学園にはまず足が無い。

 

そこに戦車があるじゃろ?とでも言うものなら例え戦車でも陸路で北海道へ向かうとか、急行系カードもぶっとび系カードも使わずに地道にサイコロ降って北海道目指せと言ってるようなもんだ。

 

下手すれば試合に間に合わず不戦敗。つーかそもそもそこまで行ける燃料費が無い。

 

そこでさんふらわの登場だ、陸路が駄目なら海路、さんふらわあなら普段から大洗と北海道を行き来している。

 

大洗メンバーを乗せ、戦車も積んださんふらわあは大洗港から出港する、目指すは北の地、北海道。

 

北海道は試される大地。それゆえアイヌの金塊を巡ってゴールデンでカムイ的な争いも起きるし、なんならなまらめんこいギャルだっているらしい。

 

それは学園存続の為の試合へと向かう大洗学園も例外ではない、試される大地…試しすぎだろ。

 

さんふらわあの出港を大洗港から見送った俺はさて、どうしたもんかと暇をもてあました。聖グロリアーナから迎えが来るらしいがそれらしい連絡はまだ無い。

 

試合に向かう戦車道メンバーに向け、激励をしに集まっていた大洗の一般生徒達や大洗の町の人達もポツポツと帰り支度をしている。

 

もちろん彼ら彼女らはこの試合が大洗の廃校撤回をかけたものだとは知らない、生徒会は全国大会優勝記念による、最後の記念試合とだけ知らせた。

 

あの会長らしい。思えば全国大会の時なんかも戦車道メンバーにさえ、負ければ廃校の主旨はギリギリまで伝えなかった。

 

たぶん、正解なんだろう。大洗の一般生徒や大洗の町の人達がこの事実を知ればこの船出の際の激励もまた違った形になっていただろう。

 

期待が膨らみ、希望が混じり、そしてそこには重圧が生まれる。

 

応援なんてしょせんプラスな事ばかりじゃない、なんならされた方はプレッシャーが確実に生まれるし、マイナスの側面だって必ずある。

 

そもそも実際に試合をするのは彼女達だ、どんなに応援をした所で、何も出来ない事は今までの俺が一番よくわかっている。

 

「優勝記念…最後の試合かぁ」

 

「なんか急な試合だよね?」

 

「ギリギリで相手側の都合がついたんだって」

 

適当にしゃがみこんで聖グロリアーナからのアクションを待っていると、帰ろうとしている大洗生徒達の会話が聞こえてきた。

 

「でも…なんか変じゃないかな?戦車道全国大会の時だって、実は廃校がかかってたって聞いたし、今回も何かあるのかも?」

 

「まぁ…あの生徒会だから」

 

はい、あの生徒会ですからね…。もう日頃からいろいろとやらかしまくってるからね、そりゃ感付かれもする。

 

「でも…ま、その生徒会だから、最後まで好きにやらせようよ、私らは帰って来た時の為に何か旨いもんでも用意してやろうか」

 

「うん、私…水産科の友達に声かけてみる!!」

 

「あ、じゃあ私は農業科に、なんか学園艦を降りる前に食材はたっぷり下ろしたから、まだ備蓄があるって」

 

そんな会話をしながら、彼女達は俺の前を通り過ぎていく。

 

「………」

 

戦車道全国大会。カメチームの38(t)は大洗一般生徒の義援金によりヘッツァー改造キットを購入した事でヘッツァー仕様へ、Ⅳ号もシュルツェンを装着したH型へ改造された。

 

…応援なんてプラスの側面ばかりじゃない。ただ、それをマイナスでしか無いと決めつけるものでもないのかもしれない。

 

「…大洗の生徒もなかなかたくましいものですね」

 

「アッサムさ…アッサムさん?」

 

「…なぜ二回言い直すのです?」

 

ふと俺に向かって歩いて来た彼女を見て…うん、アッサムさんかと思ったけどたぶん違うなこの人、なんか頭に二本の木の枝をハチマキで固定して引っ付けてるし。

 

「…いえ、私は…そうね、セイロンと、そう呼んで貰えないかしら?」

 

「あ、はい、セイロンさん」

 

良かった…俺の知るアッサムさんはデータマニアではあるが聖グロリアーナでも貴重なツッコミ役でこんな八つ墓スタイルを決める人ではない。

 

…はいそこ、お嬢様学校でツッコミ役が必要な疑問は置いておくこと。

 

「…あっさり了承されると、それはそれで複雑なのですけど」

 

「…で、なんですか?その格好」

 

「この大洗の制服ですか?ふふっ、潜入偵察はなにも大洗学園の専売特許という訳ではありませんよ」

 

…いや、その八つ墓スタイルの事を言ってるんですけどね、得意気にクルリと一回転する優雅さも全部台無しにする二本の木の枝とハチマキが強すぎる。

 

「今の私は大洗学園のセイロン…と、そう呼んで下さいな」

 

「大洗学園に紅茶の襲名制度はありませんけどね」

 

まぁ自分をカエサルだとかエルヴィンだとか名乗ってる奴もいるし、セイロンが大して目立たないのが悲しいなぁ。

 

「ちなみに設定はあなたの同級生とかはどうでしょうか?」

 

「もう設定って言っちゃってるじゃん…。そもそもセイロンさんは三年生でしょうに」

 

「あら?大洗学園のセイロンはあなたの同級生、それでいいじゃありませんか。それとも、私は同じ歳には見えないと?」

 

「いや、そんな事はまったくないんですが」

 

なんならこの人、身長的に小さめなので年下と言われても納得してしまう。

 

「マックスとはたまたま家が近所で小さい頃から一緒に遊んだ幼なじみみたいなもの…えぇ、ではこれでいきましょうか」

 

「ちょっと…俺に存在しない記憶植え付けるの止めてくれません?」

 

突如八幡の脳内に溢れ出した、存在しない記憶ーーー!!

 

「私、設定からしっかりと入るタイプなので」

 

「セイロンみたいな幼なじみが居たら俺の学園生活はさぞ華やかだったでしょうがね…」

 

「そ、そうかしら…」

 

もじもじとしおらしく、彼女はハチマキをほどいて八つ墓スタイルを止める。…はっ!そうだ、この人セイロンじゃなくてアッサムさんじゃん!!

 

危ない危ない、危うくセイロンと小さい頃に遊んだ存在しない記憶まで溢れ出てくるまであった。潜入能力…恐るべし。

 

でも幼い頃に遊んだセイロンもしっかり頭にハチマキで木の枝二本固定してんだよなぁ…、ちょっと八つ墓スタイルが強すぎる。

 

「てか、大洗の制服なんて持ってたんですね」

 

「各高校の制服を抑える事は潜入偵察の基本ですから、大洗もそうではないのですか?」

 

いやぁ…こっちは半ば趣味というか、半ば所か八割は秋山の趣味なのでは?と。

 

「各高校の制服と先ほどの擬装、これでも私、見つかった事はないんですよ?」

 

「ザルすぎる…」

 

なんなの?他所の学園の生徒全員ゲノム兵かなんかなの?「気のせいか…」の一言で全て解決するの?

 

「…ん?というか、そもそも今って俺を迎えに来ただけだから別に変装する必要なんて無かったのでは?」

 

「いえ、それは…ちょっと着てみたかったんです」

 

…秋山もそうだけど、女子ってやっぱり他所の学校の制服に興味があったりするもんなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

聖グロリアーナへの移動は彼女達の保有する爆撃機を魔改造した旅客機、ランカストリアンによって速いものだ、たぶんサラマンダーよりもずっと速い。

 

サンダースのスーパーギャラクシーもそうだけど、お金のある学園艦ってこういう事普通に出来ちゃうからね…。

 

空路で戦車と北海道とか、貧乏な大洗にとって発想すら出来ない悲しさ。

 

アッサムさんに案内されて通されのは前回、エキシビションマッチの打ち合わせでも使われた紅茶の園。

 

…しかし聖グロリアーナに来たのはこれが初めてという訳ではないが、今回は前回とは訳が違う。

 

「待っていたわ、マックス」

 

「ダージリンさん…」

 

ダージリンさんはその紅茶の園で俺を待ってくれていた、傍らにはペコも居る。

 

「お茶会の準備は済んでいてよ、それとも…ここに来るまでにまたマックスコーヒーでも飲んでいたのかしら?」

 

「…まさか、こう見えてマッ缶も飲まずに駆け付けたんですよ」

 

「ふふっ、あなたがマックスコーヒーも飲まずに来るなんて…よほど私達のお茶会が楽しみだったのかしら」

 

いや、お茶会で飲むって確定してるのにマッ缶腹に入れるのは利尿作用的にね…。てか、この人俺が四六時中マッ缶飲んでるって思ってない?

 

「それとも、例の相談がよほど大切な事なのかしら?」

 

「………」

 

核心をつこうとする一言、ここまで来たら腹の探り合いは最早時間の無駄ともいえるだろう。

 

「…大洗学園は廃校撤回の為の試合が決定しました、場所は北海道、相手は大学強化チームです」

 

「そう」

 

「大学強化チームといえば、島田流家元の娘さんが隊長を勤めてますね」

 

ダージリンさんの表情を見るとこの情報は知っていたのか、アッサムさんの情報収集能力もさすがだ、あんな変装なのに。

 

「試合形式は殲滅戦、このままじゃ大洗は8両で30両の相手と戦う事になります」

 

「は、8両対30両で殲滅戦ですか!?」

 

ペコの驚き具合からもこの試合形式がどれほど異常なのかはよくわかる。いや、そもそも試合の体裁すら成り立たない戦力差だ。

 

「そこでダージリンさんにお願いがあります」

 

「…何かしら?」

 

「…聖グロリアーナの力を貸して下さい。大洗には戦車も人も足りない、正直…このままじゃ勝ち目が無い」

 

深々と頭を下げる、なんなら土下座だってしても良いが…土下座なんてものは見方を変えれば腰が低いだけの脅迫みたいなものだ、この人を相手にそれはしたくなかった。

 

「…マックスさん」

 

だから、今の俺にはこれしか無い。頭を下げ、ただ懇願する。恥もプライドもとっくに捨てた俺だが、この願いには嘘も偽りも無い。

 

「…頭を上げなさい、マックス」

 

「………」

 

ダージリンさんに声をかけられ、恐る恐る頭を上げる。不安そうな表情のペコ、チラリとダージリンさんの様子を伺うアッサムさん。

 

そして、彼女は手に持っていたティーカップを静かに置いた。

 

「残念ながらこれは大洗学園の問題よ、聖グロリアーナとして、あなたに協力できる事はないわ」



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かくして、秋の詩は各校へ届けられる。

ガルパンの影響で紅茶飲み始めた人も居ると思います!!
…居ますよね?
俺ガイルの影響でマックスコーヒー飲み始めた人も居ると思います!!
…居るよね?


短く吸った息を飲み込む。

 

…まぁ、そうだろう。ダージリンさんの答えを責めるつもりは無い、俺の申し出はひどく自分勝手なものだ。

 

そもそも他所の学園艦の窮地に聖グロリアーナが手を貸す理由が無い。

 

「それで、話は終わりかしら?マックス」

 

「…そうですね、いきなり不躾な事を言ってすいませんでした」

 

「…そう」

 

少しだけ目を伏せたダージリンさんが再び紅茶を手に…と、思ったら中身がもう空だったのか、ペコに視線を送る。

 

「ペコ、紅茶のおかわりを貰えるかしら?」

 

「ダージリン様!!」

 

だがペコはおかわりのティーポットも手に取らず、ダージリンさんに向けて声をかける。

 

「…なにかしら?」

 

「あ、あの…、本当に大洗に協力は出来ないんですか?今回のやり方はあまりに酷すぎると思います」

 

「そのやり方をしているのが文科省と聞いているわ、そんな中で聖グロリアーナが大洗に協力すれば…どうなるかわかるでしょう?」

 

間違いなく文科省から目をつけられる。聖グロリアーナにとって、大洗に協力する事はデメリットでしかない。

 

格式あるお嬢様学校として名高い聖グロリアーナだ、平凡高校の大洗と違って文科省もおいそれと手出しは出来ないだろうが…それでも、今後なにかしら仕掛けてくる可能性だってある。

 

「私達の勝手な都合で学園艦全体を巻き込む訳にもいかないもの、そうでしょう?」

 

「…それでも、私はひどいと思います」

 

「いや、無理言ってるのはこっちの方だ、ペコが気に病む事じゃない」

 

ダージリンさんの言葉は正しい、なにも聖グロリアーナの生徒全員が戦車道関係者という訳でもない。

 

大洗学園の一般生徒、そして俺の親父やお袋も含めた大洗の学園艦で仕事をしていた人達すら巻き込んだのが文科省だ。

 

事態は聖グロリアーナの戦車道チームが大洗に手を貸した…だけで済まなくなる可能性も十分にあり得る。

 

それは聖グロリアーナ以外の学園艦にも同じ事が言える。例えば俺が今から他所の学園艦に助力を頼んだところで返ってくる返事はダージリンさんと同じだろう。

 

…元々が薄い希望ではあったが、こうして現実に直面してしまうとキツイものがあるな。

 

「ペコ、紅茶のおかわりと…それと彼にも例のお茶を。マックス、あなたも座るといいわ、お茶会を始めましょう」

 

「…失礼します」

 

ダージリンさんに言われて座りはしたものの…どんな感情でお茶を飲めば良いのかもわからず出されたお茶を見つめてしまう。

 

「…まず一口飲むと良いわ、心が落ち着くもの」

 

そんな俺の気持ちを察してくれたのか、ダージリンさんが優しく微笑んでそう促してくれた。

 

「いただきます…」

 

そうなるとさすがにこれ以上紅茶とにらめっこを続ける訳にもいかず、まずは一口。

 

「…美味しいですね」

 

一口飲むと意識もせずに声が出てしまった、これまでのお茶会でいろいろと紅茶を飲ませては貰っていたが、また違った味わいだ。

 

「今日はとっておきのカモミールが手に入りましたので。厳密にはカモミールティーは紅茶というよりハーブティーなんですが、心をリラックスさせる効果があるんですよ」

 

「へぇ…そうなのか」

 

ペコの解説に生返事を返すのはカモミールティーの効果を信用してないというより、単に俺の知識不足が原因だろう。この手の効果はどうしてもプラシーボ効果なイメージが強い。

 

「ちなみにリラックス効果の他に不眠改善、鎮痛、抗炎症作用、風邪の初期症状の緩和、ストレスによる胃潰瘍や過敏性腸症候群にも効果があるとされています」

 

「えぇ…なにそれ万能なの?」

 

アッサムさんの追加説明にもうこれ飲んどけば良いんじゃない?的な万能風邪薬感を感じる。

 

「このカモミールティーに限らず、お茶というのは古来、薬として扱われていたものですから」

 

「私達聖グロリアーナが頻繁にお茶会を開く理由がこれでわかって貰えたかしら」

 

うん、要するに何かしら理由つけて飲みたいんですよね…。場末のスナックかな?…思えばあれも北海道、したっけ北海道はなまらヤバい。

 

「どうでしょう?マックスコーヒーも良いですけど、健康の為にもこういうお茶も良いと思いますよ」

 

ペコが自信満々にオススメしてくる。この子、ちょいちょい俺を紅茶党に勧誘しようとするよね…。いや、別に紅茶が嫌いって訳じゃないんだが。

 

「ふっ、マッ缶なめすぎだな。糖分ってのは脳の働きをよくする神経伝達物質のひとつ「セロトニン」の合成を促すし。そのセロトニンは幸せホルモンって言われるくらいには精神をリラックスさせる働きもあったりするんだぜ」

 

だが、明らかにマッ缶を意識したその発言、此方への挑戦と受けても構わんのだろう?

 

「さらにマックスコーヒーには欠かせない練乳、これにはカルシウム、ビタミンB2、パントテン酸があり、どれもなんか身体に良さそうな成分だろ」

 

そしてマックスコーヒーの主な構成は練乳、砂糖、コーヒー。これが身体に悪い訳がないじゃないか!!

 

「そこだけ聞くとすごく身体に良さそうに聞こえるんですよね…」

 

「実際、良い所だけを言っていますからね。データによるとマックスコーヒー1缶の砂糖の量はおおよそ角砂糖6個分です」

 

「…具体的に数にすると重いですね」

 

「彼がマックスコーヒーを飲むのは幸せホルモンであるセロトニンを求めて…でしょうか?」

 

「ちょっと…人の事勝手に分析して哀れむの止めてくれません?好きだから飲んでるだけですよ」

 

「ふふっ、それでカモミールティーはどう?気に入ったかしら?」

 

「そうですね、まぁ…良いと思います」

 

ズズズッ…と気付けばカップが空になるくらいには飲んでいたらしい。

 

「それは良かったわ。ペコ、おかわりを差し上げて」

 

自分から進んでおかわりを要求できる程厚かましくない俺の気持ちを察してか、ダージリンさんがペコに声をかける。…なんだか上機嫌だな。

 

「じつはこのカモミールはダージリン様の提供なんですよ、本来は特別な日にしか出さない秘蔵物です」

 

おかわりを注ぎながらボソッと小さくペコが教えてくれる。…そういえば、とっておきのカモミールとか言ってたが良いんだろうか?そんな秘蔵品をここで頂いてしまっても。

 

「ちなみに特別な日ってやっぱり試合で勝った日とか?」

 

例えば強豪校に勝った時とか、締め切りに間に合った時、仕事に一区切りついた時、そういう日に飲む特別な1杯。なお、仕事に終わりは無い模様。

 

「いえ…その、OG会の方々が来られた日の、その人達が帰った後です」

 

あっ…(察し)。

 

聖グロリアーナのOG会といえばチャーチル会、マチルダ会、クルセイダー会の3会があり、戦車道のチーム運営にさえあれやこれやと口出ししてくるらしい。

 

なんでもその3つ以外の戦車はなかなか購入させて貰えないとの事、しかし資金提供等をして貰っているスポンサーみたいなものなので無下にも出来ない。

 

「心をリラックスさせるにはカモミールティーが効果的なのよ」

 

…うーん、この説得力。この人も裏で苦労してるんだよなぁ。

 

しかし…言われてみればここに来るまでは聖グロリアーナに協力を申し出る事で頭がいっぱいだったし、断られた時は頭が真っ白にさえなった。

 

それほど余裕が無かったとも言える。しかし、こうして落ち着いてみると違和感はたくさんある。

 

…アッサムさん、あの人なんでまだ大洗の制服着てるの?

 

「大洗の制服、気に入ったんですか?」

 

「…あら、ご存知ないのかしら?大洗学園の制服って結構人気があるのよ、みんな着てみたいんじゃないかしら」

 

なにそれ初耳。まぁ聖グロリアーナはブレザーだし、大洗の制服は王道といえば王道のセーラー服だ。…どの層に向けての王道なのかは知らんけど。

 

「私も機会があれば着てみたいものね、どうかしら?」

 

「どうかしらって…そもそもその機会は」

 

大洗が廃校になれば延々に来ないんですが…。それ抜きにしてもこの人も大洗に潜入するつもりなの?なんならもういっそ転校してくれば良いのに…。

 

「…あ」

 

ドクンと心臓が強く鼓動する。自分でもなんとも馬鹿げた発想だとは思うが、決して不可能ではない。

 

「…良いですねそれ、たぶん…いえ、間違いなく似合いますよ」

 

「嬉しい事を言ってくれるわね、ふふっ…この場合、2つの意味でかしら」

 

俺がそのやり方に気付いた事が彼女にもわかったのだろう、ダージリンさんは柔らかく微笑んだ。

 

『聖グロリアーナとして、大洗学園に協力は出来ない』

 

思えば最初からこの人はヒントを与えてくれていたのに、俺の方がいっぱいいっぱいで気付けなかっただけだった。

 

「それにしたって…少し意地が悪いのでは?」

 

「あら?私はただ聖グロリアーナの力を借りたい…と言ったあなたの問いに答えただけよ」

 

いや…ほんとそういうところですからね?あの時はわりとガチでもう詰んだとまで思ったんですから。

 

「それに、今までずっと連絡の一つもくれなかったもの、意地悪の一つくらいはしたくもなるものでなくて?」

 

「…返す言葉も無いッス」

 

いや…本当にね。

 

「えぇっと…つまりどういう事でしょうか?」

 

いまいち状況を把握しきれていないペコが戸惑いながら訪ねてくるので、はて、どう説明するべきか考える。

 

「マックスが素敵なお茶会を開いてくれるという話よ」

 

「…そういう話なんでしたっけ?」

 

「そういう話よ。そもそも、いつも私達ばかりが招待するのも不公平ではなくて?プラウダとはお互い、交互にお茶を楽しんでるのよ」

 

いや、わりといつも強引に呼ばれてる感はあるんだけど…、だが言われてみれば確かに。貰ってばかりというのも元ぼっちとしてのプライドに関わるというものだ。

 

ぼっちは借りパクされる事はあっても借りを借りっぱなしで終わらせる事はしない。…それを踏まえると、またこの人には大きな借りを作ってしまった事にはなるが。

 

「…そうですね、正直お茶会とかそういう人が集まるパーティー的なノリの主催なんてやった事ありませんが、今回は会のお題目だけははっきりしてますし」

 

「…えーと、それは?」

 

「【大洗学園への転校生の歓迎会】、…この場合新歓コンパじゃなくて転歓コンパになるんですかね?」

 

「そもそもコンパとお茶会は違うものです」

 

いや、歓迎会と飲むってキーワードが組み合わされるとそれはもんコンパみたいなものなのでは?春先の大学生が駅前で鬱陶しいアレである。

 

学園艦として協力が出来なくても、個人として協力が出来るなら。

 

簡単に言ってしまえば、大洗学園に転校し、大洗の生徒として試合に参加するのであれば文科省も文句は言えないだろう。

 

「そもそもコンパと言ってもアレですから、転校生も交えてレクリエーションでちょっと試合してその後お茶会する超健全なやつ」

 

「…なぜかしら?健全を強調されると途端に逆に不健全に感じてしまうんですが」

 

それに関しては超同意、そもそも本当に健全だと言うなら健全なのを売り文句にしないのでは?

 

「大洗学園への、転校生歓迎会…、ダ、ダージリン様、あの…先ほどはすいませんでした。私、何も考えずにダージリン様にあんな態度を」

 

その言葉の意味に気付いたペコが慌ててダージリンさんに頭を下げる。聖グロリアーナが大洗に協力しないと話した時、一番反対していたのが彼女だった。

 

「いいのよペコ、あなたのそのまっすぐな所はとても素敵だと私は思うわ」

 

「…ダージリン様」

 

「ですが今後はこういうやり方も学ぶ必要があるわね。幸いにも身近にマックスのようなお手本も居る事ですし」

 

「いや、人を悪い事する手本みたいに扱うの止めてくれません?」

 

そもそも俺よりもさらに身近に良い手本になる本人が何言ってんですか…。俺よりも早くこのやり方に気付いてた人が。

 

「それでマックス…あなたはどういうお手本を見せてくれるのかしら?」

 

「わ、私!参考にします!!」

 

いや、そんなじっと見られるとかえってやりづらいというか…純真無垢なペコの闇落ちの原因にはなりたくないんですけど?

 

「どうもこうも…そもそも学園って縛りを考えなくていいなら、招待状なんてどこにどれだけ送っても自由でしょ?まぁ、お茶会の会場が北海道なんでちょっと遠くはありますが」

 

聖グロリアーナ女学院。

 

黒森峰女学園。

 

プラウダ高校。

 

サンダース大学付属高校。

 

アンツィオ高校。

 

継続高校。

 

知波単学園。

 

「向こうが大学選抜チーム…大学生のオールスターチームなら、こっちは当然、高校生オールスターチームで組むべきだ」

 

厳密には高校生オールスターといっても大洗が今まで関わった学園艦の中で…という話だが。いや、さすがにたいして関わりの無い学校が来てくれるとも思えないし。

 

「…す、すごいメンバーが集まりそうですね」

 

「まぁ集まってくれればの話だけどな…」

 

結局はそこだ。もちろん転校といってもこれから大洗にずっと居て貰う訳じゃない。あくまで短期転校として、一時的に大洗の生徒になって貰うにすぎない。

 

それでも、わざわざ他所の学園艦の為に北海道まで駆けつけてくれる学校がどれだけあるかって話だが。

 

「あら?今さらその手の心配をする辺り、あなたもまだまだのようね」

 

「…ダージリンさん」

 

「もし大洗学園がこのまま廃校になるのなら、私はあなたを聖グロリアーナに転校させるつもりだったのよ」

 

「いや、転校先は選べませんし、そもそも聖グロリアーナ女子校なのでは?」

 

「…ふふっ、それはどうかしら?」

 

いや、怖いんでその笑顔止めて貰っていいですか?具体的なやり方を一切説明しないのが逆に怖いよぉ…。

 

「それでも私はこのお茶会に参加させて頂きますわ。勝利を友の為に、友人であるみほさん達の窮地に動かない理由はないもの」

 

「…ありがとうございます、頼りにしてますよ」

 

「知ってるわ。この大洗の窮地に、一番に私達聖グロリアーナを頼って来てくれたんですものね」

 

…単純な戦力なら、黒森峰の方がおそらく強いだろう。

 

「そっちは見事にフラれましたけどね」

 

だが、言われてみれば確かに。大洗の窮地で他所の学園艦に協力を頼むに当たり、真っ先に思い浮かんだのはこの人だ。

 

もちろん、隊長として頼りになるのは間違いない。だが、本当にそれだけで俺はこの人を頼ったのか?

 

「なら、次は私がきちんと答えられる告白を用意しておく事ね」

 

「…善処します」

 

…まぁ、今はこれからの試合に集中するのが先だろう。

 

「それで各高校への招待状なのだけど…文科省の目がある以上、少し暗号化した方が良いのではなくて?」

 

「はぁ…?それはアレですか、なんか格言っぽくニュアンスを利かせるやつで?」

 

「あなたは私をなんだと思ってるの?」

 

ほんと、なんだと思ってるんでしょうかね…。

 

 

 

 

 

 

こうしてダージリンさんは一つの詩を綴る。

 

『秋の日の

ヴィオロンのタメ息の

ひたぶるに身にしみて

うら悲し

北の地にて

飲み交わすべし』

 

 

 

 

 

それはきっと…とても熱い紅茶になるだろう。




おまけ【カモミールの花言葉】

「すまん、五十鈴、いきなりで悪いが少し聞きたい事がある」

『比企谷さん?何か問題でもありましたか?』

「いや、問題って程じゃないんだが、カモミールの花言葉がちょっと知りたくてな」

【あぁ、それとマックス、カモミールには素敵な花言葉があるのよ】

とはダージリンさんの言葉だが、結局その花言葉がなんなのか、そういえば聞けてなかった。

いや、なんか聞こうとしても上手く格言ではぐらかすんだよあの人、あんなのもう格言バリアじゃん。

『カモミール、カミツレの花言葉なら前に一度、教えたはずですが?』

「…え“」

『ふふっ、大洗に戻ったらまた華道教室のやり直しですね』

いやぁ…それはちょっと…ね?てか、華道と花言葉ってそこまで関係あるの?

「あー、えと、それでカモミールの花言葉なんだが…」

『そうですね、いくつかありますが…中でもとても素敵で、今の私達にとっても大切な言葉があります』





【逆境に負けない・苦難の中に力がある】


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その為に、比企谷 八幡は大洗学園被服科を訪ねる。

これは大洗学園に限った話では無いが学園艦には数多くの学科が存在する。

 

俺や戦車道メンバーも含め、多くの生徒は普通科に所属しているが学園艦は海上を行き来する船だ、それを一般生徒だけでは運航出来ないのが当然だろう。

 

そこで割り振られている学科はーーー。

 

船舶科。

 

農業科。

 

水産科。

 

商業科。

 

栄養科。

 

情報科。

 

被服科。

 

他所の学園艦にはこれ以外にも学科はあるのかもしれないが、メイン所を並べるとここら辺だろう。

 

船舶科は学園艦の運航全般に関わる科目でなんでもそこの生徒達は8時間三交代制で学園艦運航に携わるとか、しかももちろん学生という立場なので授業もしっかりと受けなければならない。うーん…とんでもブラック。

 

一応、学費は免除されているが…まぁ、割には合わない。授業受つつ、8時間学園艦を動かしての生活とか、あの人達いつ寝てるの?

 

そして農業科と水産科、栄養科の生徒達は海上生活において必要不可欠な【食】を担当している。

 

場合によっては何日も港を離れる生活をしている訳で、そうなると学園艦に住むおよそ三万人の食糧の確保が必要になってくる。

 

もちろん港に着ければそこである程度の食糧は確保できるが、どうしても日持ちはしないので、農業科や水産科の食糧提供は必須レベルだ。

 

そして栄養科、海上生活では崩しがちになるだろう栄養バランスの管理が重要なのは其麦わら海賊団のコックが証明してくれている。

 

しかし、今俺にとって必要なのはそれら食を支える学科でもなければ、当然船舶科でもない。そもそもここ、陸の上だし。

 

「被服科の生徒は…ここか?」

 

生徒会から貰った資料は旧校舎の生徒達が寝泊まりしている空き教室のリストだ。奉仕活動を条件に一人部屋も頂いた俺とは違い、基本的に生徒達は数人での相部屋か、外でのテント生活を余儀なくされている。

 

被服科。学園艦の運航に携わる船舶科や食に関わる学科に比べてどうにも地味なイメージがあるが、大洗学園の衣食住の衣を担当する学科だ。

 

およそオシャレには疎い俺だが、その担当いる?と聞かれれば…まぁ、必要無いとは言えない学科ではある。

 

そもそも港に着くのが不定期なのだ。最悪、天気が悪いと何日も同じ服を着る可能性だってある。

 

というか学園艦がそもそも季節感が無い、戦車道全国大会の準決勝でプラウダと戦った時のように雪の降る地域への移動だってある。

 

そこで被服科の登場だ。夏物、冬物なんでもござれ、春夏秋冬、オールシーズンに対応可と学園艦内の衣服の多くはここで生産されている。

 

まぁ武部ぐらいオシャレに気を使うやつからするとどうしても被りがあるらしいが…俺はあまり気にしない。

 

そもそも陸に上がって見てみてもユニでクロなブランド着てるやつとかごまんといるし、その理屈ならユニでクロブランド着てるやつ全員被りになるの?…恐ろしくてもう外歩けねぇよ。

 

「………」

 

目当ての教室に着いたと思うのでとりあえずノックをしてみる…が、特に返事が返って来ない。

 

留守か…、あまり時間が無いのでこんな所でタイムロスはしたくないんだが。

 

ダメ元でもう一回ノックをかます…が、やはり返事が無い。ただのしかばねさんでも「へんじがない、ただのしかばねのようだ」と返事してくれるのに。

 

…仕方ない、出直すかと引き返そうとしたらガラガラと空き教室のドアが開いた。

 

「…何?」

 

長身で長い髪をポニーテールで纏めた女子生徒がいかにも不機嫌そうにこちらを見ていた。

 

「…あぁ、いや」

 

これ、完全にヤンキーじゃん、「顔は止めな、ボディにしときなよ、ボディに」とかいかにも言い出しそうな系のヤンキー女子。

 

慌てて生徒会の資料を見る。え?被服科の生徒でいいんだよね?ヤンキー科じゃなくて?なんだよヤンキー科って、めっちゃ母校に帰りそう。

 

「被服科の生徒…であってる、よな?」

 

「…そうだけど、何?」

 

女子生徒は益々不機嫌そうにこちらを見てくる、やっべーよ、腹パンを予測してお腹にジャンプでも仕込んどいた方が良かったか…。え?サンデー?今のサンデーじゃペラペラで防御力的に…ね。

 

とはいえ、ここでジャンプを腹に仕込みに戻る訳にもいかない。予想とは違ったが被服科の生徒である事に間違いは無いようだ、ここはタイムロスにならなかった事を素直に喜ぶべきだろう。

 

「…被服科の生徒に頼みたい事がある」

 

「無理。そもそももう学校も無いんだから、学科とか関係なくない?」

 

おぉ…バッサリ。ヤンキー流会話術なのそれ?…そもそも普通科以外の生徒とそこまで関わった事は無かったが、こうまではっきりと断られるとはちょっと想定外だ。

 

船舶科も農業科も、間違いなくブラック科目ではあるだろうが、それでもそこに所属している以上、好きだから…という理由が強いと思っていた。

 

船を動かすのが好きだから、農業をするのが好きだから、あるいは将来の為、という事とあるだろう。じゃなければあんなブラック環境、すぐにバックレるはずだ。誰だってそーする、俺ならそーする。

 

なら、被服科の生徒ならもっとわかりやすく、服を作るのが好きだったり、将来そういう進歩を見据えている事もあるだろう。

 

「悪いけど私バイトあるから、もうそんな暇ないの」

 

「…バイトしてんのか?」

 

あぁ、確かにそれもこの退屈な仮校舎住まい生活の有意義な時間の使い方ではあるんだろう。

 

「…転校先で必ず被服科に入れるとは限らないでしょ、そうしたら学費も必要だし」

 

何この子超真面目、見た目ヤンキーなのに学費の為にバイトしちゃう系女子だったりするのか。

 

実際、船舶科は学費免除とは聞くが他の科目もなにかしら特典はあるのだろう、このポニーテールの女子のように、それらが必要な生徒も居るという事だ。

 

…文科省はそこん所、ちゃんと考えてんのか?

 

だが、その言葉を聞けて安心した。俺の目的と、彼女の行動理由は矛盾しない、むしろ最適解にもなりえる。

 

「なら、話くらいは聞いても損は無いはずだ、話だけならタダだろ?」

 

「それ、詐欺師の常套句にしか聞こえないんだけど?」

 

いやいや、ほんと話だけだからさ。さきっちょだけ、さきっちょだけだから、ね?

 

「…まぁ良いけどね、話くらいなら」

 

かかった。…じゃなくて、ほら、別に高い絵画買わせたりしないからね。

 

「で、何?私らに用って事は何か作って欲しい服でもあるの?」

 

「あぁ、それも大至急でだ、悪いけどあまり時間がなくてな…」

 

こういうなるはやの短納期な依頼は正直、クライアントとしては最低な部類にはなるだろうが、とにかく時間が無いのも事実だ。

 

「ふーん…で、どんなの?」

 

「…どんなのって?」

 

「いや、衣装デザインのイラストとか、そういうのあるでしょ?」

 

…そういうのあるんですか?まぁファッションには疎いんで、基本的に八幡には小町という専属デザイナーがついてるので、そういうのあんまり意識した事無かった。

 

「あぁ…いや、そういうのじゃねぇんだ、欲しいのは制服だ、もちろん大洗のな」

 

もちろん、被服科の生徒が制作する服は私服だけじゃない、そもそも大洗学園の被服科だ、大洗の制服は当然担当している。

 

「は?馬鹿にしてんの?学校無くなるから、記念に欲しいとか、そんなのに付き合ってる暇無いんだけど」

 

…まぁ、普通はそう思うだろう。廃校になる学校、せめて、自分が通っていた学校の制服くらいは残したい。そんなセンチメンタルでグラフティな感情を持つ生徒も中には居るのかもしれない。

 

だが、もちろん俺は違う。なにより、これは前へ進む為の戦いだ。

 

…いや、これ考えたダージリンさんマジ鬼畜にして悪役令嬢!!レベル99!!裏ボス!!!

 

「あー…それはだな、必要なのは男子の制服じゃなくて、ごにょごにょ…」

 

「は?なに?聞こえないんだけど」

 

「…必要なのは女子の制服なんだわ、悪いが大量に」

 

「…バカじゃないの?」

 

怖ッ…今日一怖ぁ…。思わずボディに拳が飛んできそうでお腹ガードしちゃいそうになっちゃう。

 

「いや待て、もちろん俺が使うんじゃなくてだな…転校生が来んだよ、それ用な」

 

…っべーよ、思わず間違って着るじゃなくて使うって言っちゃったくらい動揺してるよ、マジ動揺してるだけだからね?どう使うとか八幡しっらなーい。

 

「転校生って…んなの来る訳無いでしょ、学校、もう無いんだから」

 

「来る」

 

「………」

 

ふとポニーテールの女子生徒は不意でもつかれたかのようにボーッとこちらを見つめていた。

 

「…なんだよ?」

 

「な、なんでも…。ていうか、まだ全然ちゃんとした理由、聞いてないんだけど」

 

まぁ…確かに。言われてみれば今の状況っていきなりやってきた男子生徒が女子の制服を大量に注文しただけだしな。…字面だけ見るとただの変態じゃねぇか。

 

「…まだ一般生徒には秘密の段階だから、口外はしないでくれると助かるんだが」

 

「無駄にベラベラとお喋りをするつもりは無いんだけど」

 

まぁ、彼女には、そして彼女達には話しても良いだろう。俺達とは違う形で、これから彼女達の戦いが始まるのだから。

 

大洗の廃校問題の撤回がかかった試合と、各高校の生徒が転校生という形でその試合に来る、その為に必要な女子の制服、という訳だ。…まぁ、俺の事は別に伏せといていいだろうが。

 

「悪いがクソ短納期な上に予算もこれっぽっちも無い、依頼しに来た奴が言うのもなんだが、仕事としちゃ最低な部類だ」

 

「ほんとにね、このリストに書かれてる全員の制服を、この期間で作れっての?しかも作業場所だった学校も無いんだけど?」

 

渡した資料を眺めながらポニーテールの女子生徒は不機嫌そうだ。その気持ち…よくわかる。生徒会と一緒に活動してたらマジそうなるから。

 

しかし、各高校に必要な制服の数はもちろん、サイズもそれぞれしっかりとリストに記載している辺り、ダージリンさん、どんだけ下準備をしていたのか…あの人なんかもうループ8回くらいはしてるレベルのスペックしてない?

 

…ところでプラウダなんだけど、カチューシャさんの制服のサイズ、あれで良かったんだろうか?絶対ノンナさんの申請だろ。

 

「…必要なら生徒会案件として処理して貰って構わないが、間に合わなそうなら早めに言ってくれ、最悪業者に手配やらなんやらするにも準備がーーー」

 

「は?私らなめてんの?」

 

え?ここに来て睨むの?やっぱ怖ぁ…。

 

「間に合う間に合わないの話じゃなくて、間に合わせるから、今からでも何人か声かけて作業始めるし」

 

「…助かる」

 

大洗学園艦の住人、およそ三万人の衣を担当し続けた彼女達だからこそ言える、自信がそこにはあるように思えた。

 

「あぁ、ちょい待ち…あんた、もしかして比企谷って奴?」

 

「…え?あ、まぁ…そうだけど」

 

そうだけど、さっきも言ったが俺に被服科の知り合いは居ない、なんなら他のどの学科の知り合いも居ないまであるが。

 

そもそも普通科も戦車道メンバー以外の知り合いなんてたいして居ないんだが、このポニーテールの女子生徒とは間違いなく初対面のはずだ。

 

「そう、さっき生徒会って言ってたし、やっぱあんたがそうなんだ」

 

そう言うとポニーテールの女子生徒は教室の奥からなにやら袋を持ってきた。

 

「…はいこれ」

 

「いや、なにこれ?」

 

袋の中に手を突っ込んで中を取り出してみると。

 

「…これ」

 

「生徒会に頼まれてたから、本当は北海道に送るつもりだったけど、本人が居るなら直接渡せばいいし、サイズも調整できるから」

 

袋の中身はパンツァージャケットだ。

 

彼女達大洗のメンバーが試合で着ていた戦車に乗る為の、大洗学園のパンツァージャケット。

 

ただ一つ、大きな違いをあげるとすれば彼女達はスカートだが、これにはズボンが入っている。…いや、まぁそこは当然なんだが。

 

つまり、これはーーー。

 

「男子用のパンツァージャケット、になるのか?」

 

「私ら被服科が最後の仕事だと思って気合い入れて作ったんだから、まぁ…最後の仕事はまた別になったんだけど」

 

…生徒会。あの人達、これを被服科に依頼していたのか、あー…もう、本当にやってくれる。

 

「…いや、それだって最後の仕事にはならねぇよ」

 

「……そ」

 

「あぁ、だってそもそもの話、仕事に終わりなんてものは無いからな、やってもやってもまた新しい仕事が増えていく、それが仕事ってもんだろ」

 

「そのパンツァージャケット、返してくんない?」

 

ヤダ、絶対ヤダ。

 

「…だから、ま、来年うちの妹が高校に上がるんだわ」

 

「…?」

 

「そん時はまた最高の制服、仕立ててくれ」

 

「…いいよ」

 

最高の制服を着た最高の小町、こんなのもう…最高の暴力かよ、ヤベェな、それだけでもうモチベーションマックスなんだけど。

 

「…ふーん、あんた妹居るんだ、私の弟も来年高校に上がるから同じ歳になるね」

 

「…あ?」

 

小町と同じ歳の男子?なにそれ虫なの?間違いなく悪い虫だ。ヤベェ、小町に虫除けスプレー持たせないと…。

 

「…あ?なに?なんか文句あんの?」

 

…怖ぁ、初対面なのに今日1日で怖ぁ記録をどんだけ更新し続けているのか、このポニーテール女子生徒さんは。

 

しっかし姉住さんと良い、このポニーテール女子生徒といい、世の中シスコン、ブラコン率ちょっと多くない…?軽く引くんですが。




ずーっと虎視眈々と狙っていた特別ゲスト!まさかまさかの八幡と小町ちゃん以外の俺ガイルキャラが彼女になるとは…。
いや、まぁあくまでメインはガルパン時空なのでレギュラーの予定はありませんが。


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