青春エピローグと黄昏ティーチャー。 (禁止薬物)
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第一章:後悔と黄昏ティーチャーの帰還
EP:太陽エピローグ


 これは、オレが教師としてだとか年上としてだとかいう意地をどっかの太陽サマと、そして今まで散々に泣かしてきた生徒(おんな)たちに全ての間違いを指摘された後のこと。

 ──背中を押されたオレは音羽結良にその想いを告げた。カッコのつかねぇカッコつけた言葉に、結良は笑ってくれた。そんなハッピーエンドという蛇の足がバカみたいに伸びた、いわば惚気話であり同時に、黄昏ティーチャーとしてやり残した最後の仕事を済ませて、愛するただ一人の約束を守るまでの、くだらねぇ日記みてぇなもんだ。とりあえず告白して、約束通り夢の国に連れていくための計画を立てているところだった。日帰りにするか、泊まるならホテルは。色々考えてため息を吐くと電話が鳴り、ほぼノータイムで出る。

 

「もしもし」

『こんにちは先生! お困りごとかしら!』

「お前が電話してきたんだろうが」

『でも、困っているでしょう?』

 

 なんだコイツ、ストーカーは眠そう顔の灰髪美少女で間に合ってんだよ。いや困ってるけどな、めちゃくちゃ困ってるしなんか相談したらホイっと解決してくれそうなヤツから電話来たなぁとか思ってたけどな? 

 とはいえ、弦巻こころがこういう物言いをしたならば逃げられるわけもなく、オレは洗いざらいをしゃべっていく。

 

『なら手配するわね!』

「……悪いな」

『一成の幸せのためだもの』

 

 こころの言葉に、オレは胸を痛めた。コイツに煽られるまま結良とくっついといてアレだが、こころはおそらくあのドリームキャッチャーとやらでオレにただの男としての幸せを見せたことで未練を昇華し笑顔にしようと考えて、んで失敗したんだろう。冷静に考えて、あの世界は甘すぎる。きっと可能なら今頃アイツらはこころにタイムマシンの設計を急がせてんじゃねぇのかってくらいにな。

 

「だから報酬はそれの尻拭いでいいか?」

『ごめんなさい、想定外に先生が幸せにしすぎてしまったから』

「お、責任転嫁か?」

『一成がわがまますぎるからいけないのよ?』

 

 カウンター食らった。まったくその通りなんだけどな。オレがカッコつけて教師として過ごすためにはアイツらと一緒にはいられねぇなんてバカなこと考えたのが悪かった。

 尻拭いっててめぇのケツはてめぇでってよく言うが、今回もその例えに漏れることなく、オレが原因なんだよな。

 

「結局、黄昏ティーチャーの出勤は続くわけだ」

『頑張って、あたしはそんな一成が……好きよ』

「知ってる」

 

 そのためのバックアップは惜しまない、とは言ってくれたこころだがオレとしてはその後ろ盾を笑顔にしてやりてぇんだよな。

 ──そうなると、結論急ぎすぎたかな。けどオレとしては結良を待たせるのも、待つのも嫌だったんだ。わがままだけど、そのわがままを通さねぇと、オレは変われねぇからな。

 ベランダに向かい、タバコの火を点ける。冷える空気は、オレの悩みをどこかに凍らせておいてくれるらしく、ゆっくりと息を吐く頃には、迷いは消えていた。

 

「こころ、今から会えねぇか?」

『あたしは』

()()()()()()()()()……それじゃダメか?」

『ずるい言い方だわ』

「クズなもんでな」

 

 ほしいもんがあるなら両方取る。それがオレだったはずだ。教師として悲しませてきた生徒に最後のケジメをつけることも、清瀬一成個人として幸せにできたはずの女に平手打ちされることも、どっちも取る。クズ教師だから、オレは由美子の生徒だから。

 しばらく沈黙が続き、やがてこころはこっちに向かってくれるらしい。別にオレとしては待ち合わせでもよかったんだが、ほらオレんちのベッド狭いし。

 

『結良に言いつければいいのね!』

「冗談だよ」

『本気にしたわ』

「冗談だろ」

 

 返事はなく、ふふっと笑ったところでそれじゃあすぐ行くわと電話が切れた。あれ、もしかしてオレやらかしたか。いやでもこの現実のこころはまだそういう経験もねぇはずで、でも確かにあいつにはあの記憶もあるんだよな。

 何が厄介って、いつもの五人は手出しちまってるし、本気で愛したいと思ったくれぇのヤツらなんだけど、こころとリサはな。手も出してないのにああなったんだから。

 

「まぁくつろいでくれ」

「……狭いわね」

「だから言ったろ」

「あなたと過ごした場所は、いつも広いリビングだったから」

 

 お茶を淹れながら曖昧に返事をする。その気になれば本当に紹介できるわよと追加で言われてしまえば、お願いするとしか言えねぇ。

 何がってとりあえずは広いベッドほしい。なるべくふかふかのやつだな、それが置けるような寝室も。

 そうなるとやっぱ他のヤツらと過ごしたあの部屋に引っ越すのが早いのかもな。思案していると手配するわねと微笑まれてしまった。

 

「悪い」

「ありがとう、の方が嬉しいわ!」

「だな、ありがとな」

 

 こころの笑みには世界を笑顔にしたいだとかいう理想とはまた違った種類のものでオレは思わず苦い顔をしてしまった。こんなに愛されてるのを必死に否定しようとしてたんだな。なんつうか、バカすぎるんだよな。

 なんせ八通りだ、一つはまずオレが選ぶわけねぇとしても七通りの幸せがあった。それを見てみぬ振りをし続けた結果、オレは流す必要のねぇ涙を流させちまってた。しかも、結良を選んだだけじゃ、あいつらは救われない。真の意味で未練を解消して笑顔にはなれねぇ。

 

「やっぱ夢に頼るのがよくなかっただろうな」

「そうなのかしら」

「なんせオレだって後悔してるからな」

 

 ちゃんと覚悟を持ってれば、なんならお前らまとめて全員幸せにしてやれたのかもしれねぇって思うと、間違えちまったなぁなんて考えるよ。選べねぇからって、全員を選ばないなんてカッコつけてさ。

 ──そんな愚痴大会が開催され、こころはオレの腕の中でじっとそれを聞き続けてくれた。おかげで少し頭の整理ができたよ。

 

「とりあえず、結良との約束を守るよ」

「ええ、それがいいわ!」

 

 こころの表情もちょい明るさというか、オレの知ってる弦巻こころに戻った気がした。またたくさん頼り切りになるけどよろしくな、そんな風に玄関前まで行った去り際のこころに声を掛けるとするりと、まるで最初からそうするつもりだったかのようにオレとの距離をゼロにしてきた。

 

「お礼は……ちゃんともらっていくわね」

「お前な」

「一成が幸せになれなさそうだったら、いつでも迎えに来てあげるわね!」

「結良がいるから、それには及ばねぇよ」

「そうね、それじゃあ……頑張ってね、()()

 

 あーあ、あいつとキスはしたことなかったんだけどな。いやキスしたがりなのは知ってる。こころはめちゃくちゃ甘えん坊で、朝は五分くらいオレに抱きついて幸せそうな笑みを浮かべるようなヤツだからな。

 ──それもまた、オレやアイツらの後悔の源なんだろう。この世界じゃありえなかった一緒に過ごしている日常を体験して、覚えているからこその。

 

「もう一本、吸うか」

 

 明日の放課後は天文部だな。結良と旅行計画についてと……今日のあらまししゃべっとかねぇとな。隠すとよくねぇことが起こりそうなことくれぇ嫌でもわかる。今まで隠してきてロクな目に遭ったことねぇからな。

 

「ヒナちゃん先輩、殴っていいよ」

「おっけー!」

「殴るだけでいーの〜?」

「いやもうマジで、すいませんでし──ってぇ!」

 

 マジで殴られた、グーで。頬がジンジンするのが今まで記憶にねぇ痛みだなと思いながらオレは誠心誠意の謝罪を見せていた。

 何がヤバいってよりにもよって結良とこっちでも縁を結びたくてやってきたモカと、暇だからとかいう素晴らしく雑な理由で天文部にやってきたヒナがいたことだった。

 

「ゆーらちゃんと付き合ったんだよね、カズくん?」

「おう」

「ゆーたんかわいそ〜、よしよし〜、せんせーは死ねば?」

「反省してね」

「してます」

 

 元メンヘラクソ悪魔と元ヤンデレストーカーに挟まれる非常事態だった。助けてこころ、マジで見返りはなんでもいいからなんとかしてくれ。だがそこで、ハイハイと二人の悪魔の視線を逸した人物がいた。

 ──今井リサ、ヒナについてきたここの卒業生はグーはやめときなよ、と呆れながらオレの頬に触れてくる。

 

「あ、ごめん痛い?」

「そりゃあな」

「う……ごめん、カズくん」

「そ、そうだよヒナちゃん先輩……せめてパーにしとかないと」

「リサさ〜ん、でもその人〜、こころんと浮気したんですよ〜?」

「それでもダメ!」

 

 リサの介入で落ち着いたのか、結良が冷感シートを持ってきてくれる。何度もごめんなさいと泣きそうになるなら、あの暴走機関車に殴っていいって言うなよな。とは言え、結良の気持ち的にはそれこそグーで殴っても足りないくらいだろう。やっぱり付き合うのナシでって言われても頷く覚悟をしてるよ。

 

「……でも、別れるのは嫌だよ」

「確実に浮気するけどな、この状態じゃ」

「アタシ、この状況で言い切るのはよくないと思うな〜」

「まぁカズくんだし」

「せんせーは、相変わらずせんせーだね」

 

 というか、元々浮気をしちまうかもしれねぇから、それで信じられなくなるなら距離を置くのもアリだと言うつもりもあるんだよ。あの時はこころやコイツらに背中を押されて、それ以上にもう二度と後回しにして悔やむのは嫌だからと告白を焦っちまったけど、正直なところオレはまだ全然、結良との明日を歩むための準備ができてねぇんだ。

 

「……カズくん」

「だから、悪い。オレをもう少しだけ、クズ教師のままいさせてくれ」

「ダメ」

「結良」

「わたし、離れたくない。恋人のままでいたいよ! せっかく、カズくんのこと好きって言えたのに」

 

 絞り出すような、必死な言葉にオレの決意はあっという間にぐらりと揺れてしまう。ああ、そうだよなオレも同じ気持ちだ。離れたくねぇし、今まで遠回りしてたぶん、待つのも待たせるのも嫌なんだ。

 結良が好きだ、我ながら恥ずかしいとは思うがこんなに年の離れた彼女を幸せにしてぇって気持ちで頭がいっぱいなんだよ。

 

「落ち着いてよ、せんせー」

「……モカ」

「ゆーたんもさ」

「え、う……うん」

 

 そんな盛り上がった気持ちに冷水を浴びせてきたのが、オレと結良の考えを的確に読み取ったモカだった。

 リサとヒナが驚きに口を開けるのも無理はねぇ。なんせ、モカはいつもの鬱陶しいくらいに間延びした口調も睡魔を撒き散らしているような雰囲気も出してねぇ。目の前にいたのはオレがよく見ていたヤンデレ悪魔の正体だったんだから。

 

「も、モカ?」

「あ、そうだっけ……あたしってケッコー秘密主義てきな〜?」

「そうだな、前に紗夜と天文部来た時に当てられて不機嫌になってたろ」

「だったね〜」

 

 けどオレはそんなモカの隠し事に救われた時もあった。口車に乗せられたこともあった。オレは結局モカのことなんて理解しきることはできなかった。もしかしたらまたなんか企んでるんじゃねぇのって思う部分もある。そんな秘密主義のストーカーは結良に向けてごめんねと声を掛ける。

 

「あたしも、日菜さんもみんな……リサさんも含めて()()、目を逸して逃げてきたから」

「うん、逃げたツケって言えばいいのカナ〜? アタシも、気づかない振りばっかりしてきたよ」

「だね、あたしも……カズくんの愛を疑ったから」

 

 結良が苦しそうな顔をする。見てきちまったんだもんな、お前は。知ってる先輩が、知らなかった先輩たちが、どんな未練を抱えてて悲しんで、もしもオレがきちんと向き合えてたらどんだけ幸せになれたのか。どんだけ、ちゃんと愛を伝えていられたのか。

 だからきっと結良の中にはそんな先輩たちときちんと向き合ってほしいとオレに願う気持ちと、そうだとしても今は自分がオレの恋人なんだからという気持ちの二つを矛盾したように抱え込んでる。

 ここで前のオレならすかさず妥協案を出して絆して、って考えることだがそれはクズ教師としての大人の汚さであって、真に愛してると誓った相手に言うことじゃねぇからな。オレがなんにも言わねぇでいると、結良はふっと顔を葛藤しているようなものからいつもの表情に戻した。

 

「一年」

「は?」

「わたしが卒業するまでに全部、終わらせて」

「……おう」

「その期間なら一度の浮気だけなら許す、一人一回だからね」

「結良……それでいいの?」

 

 リサが困惑したような顔で訊ねるが結良はだって、そうするしか思いつかないんだもんと笑った。モカはもうなんか泣きそうな顔で結良の手を握って、ヒナはヒナでそうなっちゃうよねと笑っていた。

 ──まさしくオレが出そうとしていた妥協案そのままで、かくいうオレもめちゃくちゃ困惑してる。そうするしかねぇって思わせてるのがマジでオレとしては納得いってねぇけどな。

 

「あ、デートはするし普段はわたしの恋人としてじゃないとヤキモチ妬くから」

「わかった」

「ゆーらちゃん、ごめんね」

「ほんと、終わったらせんぱいぜーいんで土下座ですな〜」

「そこまでしなくていいよ、先輩たちがホントのホントに未練も後悔も全部、託してくれないと……わたしもカズくんも幸せになんてなれないもん」

 

 未練があって当然、後悔があって当然、でもそれに折り合いをつけて結良にバトンを繋いでほしい。結良は瞳の奥に星を輝かせながら三人に向かってそう言った。

 んで、デートはするってことはこの流れで夢の国でデートすんの? え、来年じゃダメなのか? 

 

「来年も」

「ごーよくだ〜」

「あはは、ゆーらちゃんらしいね」

 

 三人はそれぞれ、その初デートが終わって年度が変わってからそれぞれのタイミングでということになった。まぁオレからはなるべく春はやめてくれ新学期のあれこれがあるからな。これ守秘義務違反になるんだが来年も結良のクラスの担任だからな。特に三年生は色々準備だの進路だので忙しいんだ。

 

「じゃあ、夏休みにってことで!」

「それまではわたしだけのカズくんだからね!」

「そんなに待ってくれんのか、ありがてぇな」

「じゃなくても会いに行くケド」

「お、案外ノリノリですな〜リサさんも〜」

「そりゃ、アタシは特に関わってこれなかったし」

 

 その内容をオレは紗夜や千聖、蘭そしてこころに伝えた。

 会話はいつだって受け付ける。暇なら天文部に来ればいいしその許可を出してやれるのはオレの特権だからな。事前申告はしろよ。

 返事は全員了承だった。こうして、オレは夏までの長い長い休暇を経て、最後の黄昏ティーチャーをやらされることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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①引越ニューデイズ

 春が来る少し前、オレは引越し作業に明け暮れていた。ボロアパートとはいえ長い間暮らした、大学時代から暮らしてきた我が家だ。離れる時は少し思い出を振り返って感慨に耽るもんがあった。

 と言っても、バカやってきたダチとは別の基地があったからな。ここに誰かがいた記憶はそれこそ、女の記憶でもあるわけで。

 

「ありがとな」

 

 大学後半になって半同棲した時は狭かったもんだ。そいつのもんが帰ってきたら無くなってた喪失感も、きっと一生遭遇できねぇ後悔なんだろうな。そうであって欲しいと願うばっかりだ。結良にまで愛想を尽かされるとか考えたくもねぇ。次に暮らすところは一人じゃちょい広すぎる場所だ。そこで一人暮らしすんのは来年度だけにしておきてぇとこだな。

 

「センチメンタルになってるのはいーんだケドさ、手が進んでないよ〜?」

「悪い」

「ううん」

 

 はっとして謝罪すると手伝いに来てくれた今井リサはどうしてだか嬉しそうに首を横に振るった。結良も手伝いたいと言ったが、友達との約束を全部すっぽかすのは絶対に許さねぇからなと言い含めてなんとか了承させた。友達は大切にしろ、ただでさえオレと付き合ってんのがバレるのはまずいんだからな。

 

「ゆーらの気持ちもわかってあげなよ?」

「リサに取られるかもって気持ちか?」

「当たり前じゃん」

 

 そう言うってことは取る気があるのかと問うと、リサはアタシはフリーだからねと笑ってくる。笑えねぇ冗談だな、ロクでもねぇ。

 だが安心したのは荷物をまとめて引越し先のマンションに向かうと、そこには金髪ピカピカの太陽サマがお出迎えしてくれたことだった。コイツらは平日にもすぐ天文部に顔を出すようになってて、春休みだもんな。結良が大学生っていいなぁとかボヤいてたな。

 

「じゃあ、こころは後ヨロシク、夜は紗夜と二人で来るからね〜」

「おう」

「ええ、行ってらっしゃい!」

「……ん、行ってきます!」

 

 昼からバンドがあるらしいリサは少しだけ慌ただしく、だけど笑顔でパタンとドアを閉めた。

 するとどうだろうか同じく笑顔で見送っていたこころが、怪しい瞳を向けてオレの方を見上げてくる。けどオレはそれに向かって先回りで止めることができるくれぇには、こころの思考を把握できちまってた。

 

()()()、まだ四月じゃねぇからな」

「……ええ、わかってるわ」

「ホントか? 今ケダモノみたいな目してたからな」

「わかってるわよ」

「わかってねぇだろ実は」

 

 リサよりこころの方が二人きりになると食われかねねぇだなんて誰が想像しただろうか。今なら多分コイツはヒナや紗夜より危ねぇ猛獣のような気がしてならねぇんだよな。

 ただモカや千聖みてぇに誘い上手でもねぇし蘭みたいに覚悟決めた途端に抗えないロックを奏でるわけでもねぇからな。というかそういう男女の攻防みたいなのは金髪お嬢様には経験不足なんだよ。

 

「あたし、一成に誘われるばっかりだったわ」

「それ、正史じゃねぇから」

 

 あたしにとってはどっちも本当にあったことだわと言われて苦い顔をしちまう。そうだな、あれはいわば記憶をちょいといじられただけで精神的には実際に体験してるんだよな。全員の夢を繋げるなんつうクソみたいな未来技術(ごつごうしゅぎ)は今度二度と実装しないでいただきたいもんだ。

 

「……もしかしてアタシ、お邪魔だった?」

「まさか、助かったよ蘭」

「じゃあお礼はもらおうかな」

「こころ、助けてくれ」

「あら、自分で蒔いた種じゃない」

 

 だから、その言い方は下ネタに聞こえるから嫌なんだって。こころと攻防しているとまさかのロックで美人な美竹蘭がやってきて、二人きりじゃねぇ、助かったと思いきやコイツまで女の顔をしてくる始末だ。なんかマジでお前ら遠慮なくなってきてねぇか? 前はもっと誰かいると牽制しあってただろ。

 

「はぁ、みんなまとめて愛したかった、が未練だった男のクセに」

「うるせぇ」

「みんな一つ屋根の下で暮らしたことあるのに、今更遠慮するわけないでしょ」

 

 それは正史じゃねぇっつうの。ただあれを体験してしまった以上、全員それぞれのオレとの関係についての隠し事がなくなったようで……ああいや、千聖とかリサはまだ隠し事もあるっぽいけどな。アイツらはただ単純に甘えベタというか、モカもなんだかんだであの悪魔の本性を蘭とオレ以外には隠し通してたしな。

 

「報告、ちゃんと戻ってくること、って釘を刺されたよ」

「そっか、特に親父さんには申し訳ねぇことしてるよな」

「ホントに」

 

 結良は、許可というか覚悟って言った方が正しいのか? 甘すぎて幸せすぎる夢の国のデートで何やら腹は決まったようでオレに向かって宣言をした。四月になったらもう一回、ちゃんとみんなと向き合ってほしい。この現実で、わたしにバトンを渡してくれた大好きな先輩たち一人一人に言葉と愛を贈ってほしい。そうじゃないと結婚なんてしたくないなんて言われちまった。

 

「結良は、強いよ」

「だな」

「だからって、同じことしないでね」

「それはねぇな」

 

 二人きりの天文部はそりゃ人には言えねぇ雰囲気だし、そのまま家までお持ち帰りで狭いベッドでイチャイチャなんてザラにある展開なんだからな。まだ初デートから一ヶ月も経ってねぇけど。相手がガキだからって強がる気もねぇし、失敗したこと突きつけられたのに同じことを繰り返すわけねぇだろ。

 

「どうだか」

「なんだよ」

「あたしも、一成はやらかす気がしてくるわ!」

「こころ……お前まで」

 

 そんな信用ねぇのか、いやねぇに決まってるな。こちとらクズ教師だしお前ら何回も泣かしてりゃそうなるか。

 ため息でそのある意味での逆の信頼を生徒から送られていると、蘭はそうじゃなくてとまるでこれからオレが陥ることがわかってるかのように言葉を紡いできた。

 

「こんなことやってるオレなんて、正しくねぇ」

「……ん?」

「やっぱりオレは正しくねぇんだって、不貞腐れる可能性があるから」

「正しく、か」

「一成は正しいって言葉に囚われすぎてるから」

 

 正解にこだわり過ぎてる、か。理想を追い求めてたオレにいつかの昔、あの性格のいい後輩兼元同僚にも言われたな。なんか由美子にも言われた気がする。まぁだからこそ紗夜の言葉がオレにとってまるで鏡のようで、ついつい構っちまったって、今思えばそういう事情もあるんだろうな。

 

「正しいだけじゃ、世界中を笑顔になんてできないわ」

「そう、なんだろうな」

「ええだって、正しいやり方じゃ一成は笑顔にはならなかったもの」

 

 確かにな。オレがこうやってまたお前らと向き合えるためのきっかけも、結良という本気で幸せにしてぇ相手と恋人でいられてんのも、こころがオレにくれた正しさの欠片もねぇチャンスからなんだからな。

 そんな会話をしながら、黒服さんの引っ越しのプロ並みの作業もあり、ある程度の荷解きを終えたオレはやってきたリサと紗夜を含めた全員でメシを食って、それから蘭を送っていった。

 

「ありがと」

「おう、じゃあまたな」

「……また」

「どうした?」

「ううん、またね」

 

 蘭は心なしか嬉しそうな顔で手を振ってくる。振り返って去っていく背中が見えなくなったタイミングで、オレは息を吐き出した。

 なんつうか、みんなそうなんだが大人になったアイツらの仕草や表情がふと昔とカブる瞬間が一番ダメージがあるというか、まだちゃんと送り出せてなかったんだなぁってなんとも言えねぇ気持ちになるな。

 ──アイツらの胸の奥にはまだオレがいて、オレもアイツらをちゃんと思い出にできてねぇ。まだ男と女、教師と生徒のまま。過去のことだってあの日々を振り返れねぇままなんだなって。

 

「それは、カズくんが逃げたからでしょ?」

「言うなよ結良、言われなくたってわかってんだから」

 

 言葉にはしなかったハズなんだが()()()()()()()()()結良は的確にオレのため息を言葉で返してくる。

 逃げ続けたツケがここに来ただけ。そうなんだけどな。オレとしては結良とくっついてめでたしめでたしで結婚式にみんな呼んでハッピーエンドっつうのを所望してぇところなんだよな。もう一波乱とかいらねぇし。

 

「今日さ」

「ん?」

「泊まってっていい?」

「もう夜も遅いこの時間に助手席に乗せて振り回してるのが答えだな」

「すぐカッコつける」

「素直にいいよって言えねぇんだよ」

「そゆとこも、すき」

 

 はいはい、オレもそこで甘ったるい空気出せる結良が堪らなく愛おしいよ。

 それに、四月になったらこの二人きりで過ごせるラブラブ空間が続けられるのかって言ったら多分無理だろうしな。事前面談、という名のそれぞれに会ってサシで会話した限りじゃヒナ蘭はセーフ、紗夜モカはギリギリセーフかくらい。残りはアウトだ。間違いなくオレはコイツらのぶり返した青春に振り回されることになる。

 

「ちーちゃん先輩はなんとなく察してはいたけど」

「リサとこころは、まだ始まってすらなかったからな」

「あーそっか、まだカズくんにちゃんと愛してもらってないのか」

「……下ネタか?」

「ばか」

 

 余計なことを言ったせいで拗ねられて数分くらいを駐車場で費やすことになった。マンションの駐車場だ、他よりは安全だろうけどやはり他の住居者とかもいるわけで、まぁ誰も来なくてよかった。おかげで早く部屋行きたいという一言を引き出すことができたんだからな。ただヒナには絶対しねぇって言い含めてたんだけどなと思った。いや最後までじゃねぇからな、何がとは言わねぇけど。

 

「カズくんってホントに、えっちなんだから」

「悪い悪い……んで、風呂とどっち先にするんだよ」

「……カズくん」

「仰せのままに」

「ちょ、ここまだ玄関……っ!」

 

 それから少しして、湯船に一緒に浸かってオレを背もたれにして口を尖らせるかわいい恋人は、お風呂が先って言ったらどうするつもりだったのと問われたけど、そりゃ一緒に入ってただけだろ。それが早いか遅いかの違いだからなと笑うと耳まで真っ赤にして再びばかと罵られた。それが別に嫌じゃないのサインだって知ってるオレが我慢できるわけねぇんだよな。なにせ相手が結良だからな。

 

 

 

 



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②黄昏ラストティーチャー

 そして、無事に新学期になったオレは最後の最後まで結良に甘えっぱなしという恥ずかしい状況になりながらも、教壇に立つための覚悟を決めることができた。ここの教壇に立った瞬間、オレは生徒を送り出す気になって満足していた頃のオレでも、理想を失って死んだように過ごすオレでもなく、アイツら問題児集団と関わっていくために奔走した不良教師に戻った。

 

「よ、千聖」

「あら……先生」

「いいよ、別に呼び方は」

「カッコつけすぎると結良ちゃんに怒られるわよ?」

「それは困るな」

 

 ただ今回は相手も大人だし、当時のような大変さはねぇとは思ってる。思ってるんだが、千聖がなぁ。紗夜やモカは正直、危ないという感覚はあるけどこころやヒナと一緒にいたから割となんとかなってるところもある。あれからちょいちょい連絡来るし、結良にも会いに来てるからな。

 ──すると、コイツの激情をなんとかしなきゃいけねぇわけで。自覚のある黄昏ティーチャーの仕事は多岐に渡るんだな。

 

「今日は松原とデートか?」

「違うわよ」

「よかった、オレ、多分嫌われてっからなぁ」

「何したの?」

 

 休日にはいつもの羽沢珈琲店で独り窓側の席に座る千聖に話しかける。何したって、千聖の幸せを勝手に決めて泣かせた。勝手に二番目に成ったせいだな。当時はよくわかってなかったけどな。

 そんな説明に頬杖を突いて深い溜息を吐く千聖は、なんつうか昔のような顔をしていた。あれだな、甘えたいって気持ちをひしひしと感じる、拗れる前の千聖の顔だ。

 

「これで構ってたらそれこそ松原に殺されちまうよ」

「いいじゃない」

「よくねぇ」

「そう、ふふ……そうよね」

 

 寂しそうに笑うんじゃねぇよ。こっちは前と違って一種の縛りプレイで黄昏ティーチャーやんなきゃいけねぇんだから。ただ、千聖はそんなこと関係ねぇとばかりにオレに向かって流し目をしてきやがった。言葉少なく千聖が誘う際の仕草、または冗談が多分に交じった仕草の二択なんだが。これは前者だなってくらいはわかるようになっちまったな。

 

「千聖」

「なによ」

「二番目、なんだろ」

「そうよ」

「二番目にしか頼れねぇこととか、あるんじゃねぇの」

「ないわよ、あなたに頼れることなんて」

 

 冷たく言われちまうけど、目はどこか期待したような、だけど値踏みをしているような。なんか懐かしい気分になっちまうな。

 最初に会った時の千聖は踏み込んできてるようでその実、めちゃくちゃ慎重に近づいてくるヤツだった。

 ──変わらないんだよな、本質は。どんなに取り繕っても、どんなに必死で否定しようとも、過去や積み上げてきた人間性は変わんねぇよな。

 

「ちょっと恋人ができても、オレやお前は変わんねぇよな」

「……それ、結良ちゃんに聴かれたら」

「そん時は、必死に謝るさ」

 

 もう過去ばっかり見てるわけでもねぇ。自分がどうなってもいいからコイツらが幸せならいいとかも思ってねぇ。

 けど、別に聖人になりてぇわけでも善人になりてぇわけでもないんだ。悪者でもいい、大好きだった生徒たちの、愛してた女たちの後悔して悲しんでる後ろ姿を見ねぇフリすんのは、絶対に嫌なんだよ。

 

「千聖」

 

 だから、手を伸ばす。それが世間一般的には褒められたことじゃねぇのなんて今更で。またその正しくねぇって部分でオレが躊躇ったせいで今までコイツらを泣かせてきたのも事実だからな。

 その手の先にある甘すぎる毒に気づいたのか、千聖は驚きの表情でオレを見上げた。

 

 

「あなたは、どうして……そうバカなの?」

「好きだった女たちに好きだってマジメくさって言えなかったからな」

「バカ」

 

 お前に必要なのは、もう一番でも二番でもねぇだろ。つかオレとしてもあの優良物件に白鷺千聖ってめんどくせぇ女を押し付けた責任があるんだよなぁ。いざとなりゃ回収業者もやんなきゃいけねぇわけで。

 そりゃあの朴念仁という名の聖人が千聖を手放す気がねぇってのは知ってるけどさ。つかオレはコイツらのカレシに恨まれなきゃいけねぇのか、めんどくせぇことになってんな。オレのせいなんだが。

 

「あれ、千聖ちゃんと……清瀬先生、ですよね?」

「おう、丸山か」

「はい! なんだかお久し振りですね!」

 

 そんな誘いを掛けて揺れてる千聖に後ひと押しだって思ったところで、オレは既知の声に振り向いた。そこにはまぁすっかりあどけなさを失ったようでもありながら、それでも笑顔は正しく彼女の職業そのものだという称賛すらするような美人でありかわいい子でもある、アイドルがいた。

 ──丸山彩、花咲川に交換された時は話してみればフツーのガキだと思った記憶があるんだが、人は変わるもんだ。見違えたよ。

 

「えへへ、そうですか?」

「しゃべると安心するけどな」

「そういう先生も、変わらなさそうで安心しました」

 

 この年になると変わらないって言われる方が嬉しくなっちまうな、と笑うとそうですねと丸山が微笑む。その笑い方もすっかり大人でアイドルになってるのは、子ども成長の早さみたいなのを感じるな。

 まぁ、その間で見た目以外は特に全然変わんねぇアイドルさんもいらっしゃるわけだけど。

 

「え〜、千聖ちゃんもしかしてまた喧嘩したの?」

「……またって言い方はよくないわね」

「だって」

「そういうあなただって風の噂で痴話喧嘩してたって言ってたわよ」

「うっ、それは……」

 

 アイドルの会話とは思えねぇけど確かヒナが会議室の中でめっちゃデカい声で喧嘩してたよってゲラゲラ笑いながら教えてくれたな。どうやらあのクズマネージャーも元気にクズやってるらしい。憎まれっ子は世に憚るらしいからお互い息災だとなんとなく安堵するな。千聖がなにやらクズを見る目をしていると後ろからおずおずと声を掛けられた。

 

「あ、あの〜お席は」

「あ、私待ち合わせだからこっちで」

「この男は私と相席でお願いするわ」

「かしこまりましたっ! 清瀬先生はいつものでいいですか?」

「おう」

 

 ツインテロリっ子に声を掛けて……って言ってもあの子って宇田川妹と同年代だったっけ。まぁそれはいいや、とはいえオレは常連、顔見知りのためいつものようにブレンドコーヒーを頼み千聖の向かいに座る。

 どうやら話は訊く気になったみたいで安心したよ。

 

「どういうつもりかしら?」

「……もしかしてなんにも聞いてねぇのかお前」

「ロケよこっちは」

「あー」

 

 忘れてた、って言ったらキレられそうだけど、こいつそういや謹慎解けたんだっけか。昔の遊び友達という名のお得意様の圧力もあって即座に復帰、パスパレとしてはまだ動かすわけにはいかねぇけど女優としての仕事は舞い込んでくる、みたいな話だったか。ロケか、しまったな。そりゃ知らねぇわけだ。

 

「そ、それなら早く言ってくれればいいのに」

「悪い、連絡し忘れてたオレのミスだ」

「それに、みんな遊びに行ってたのね」

「おう」

「……ずるいわ」

 

 そう言って千聖はついに頬杖を崩して机に突っ伏した。コーヒーを運んできたロリっ子ツインテ、もとい二葉もそれには驚きの表情をしていた。悪い、気にしねぇでくれ。羽沢から常連の特徴みたいなまとめをもらっているらしい二葉は大丈夫です! とあんまり大丈夫とは思えねぇ感じに言われたが。

 

「珍しいな」

「そりゃそうよ、あの日からすぐにロケでカレにも会えない、あなたに後悔も伝えられない。そんな日々を過ごしていたのだから」

 

 頭を撫でてやるとめちゃくちゃ甘えてくる。完全に幼児退行かつ普段の仮面をどっかに置いてきちまったなコイツ。オレとしてもここまで甘えん坊な一面を出された記憶は、現実の時間軸にはねぇな。なんならあの幸せいっぱいの世界でもここまで甘えられたことってあったかってレベルだよ。

 

「甘えられなかったもの、ずっと」

「そうだったな」

「甘えたかったの、ずっと」

「そうか」

「もっと、もっと素直な言葉を言いたかった」

「オレもだ」

「すきって、泣いて縋りたかった」

「知ってる」

 

 ならカレシにもそう言ってやれよ。絶対お前がそうやって素直になる日を待ってるんだからな。ああ嫌われることなんてねぇよ絶対に。なんせ恋愛相談されてるの誰だと思ってやがる。どうしてもダメそうな時にはお願いしますとか言われて、こう言ったらめちゃくちゃ失礼なんだがこの男はもしやNTR(ネトラセ)属性あるのかと疑ったんだからな。

 

「あるんじゃないかしら、ドMだし」

「お前……」

「そうよ、あの朴念仁ったら、時々あなたと同レベルのバカなのよ?」

「引っかかる物言いだなこの野郎」

 

 なんでも、浮気しようかしらってチラ見したら真剣な顔でそれで千聖がちゃんと戻ってきてくれるならそれで構わないって言い放って、オレとマジで浮気してきてそれを報告したら()()()()って言ったってハナシだ。オレはその言葉に絶句だった。でも確かにあの後さり気なくフォローしたのに全然反応変わんねぇから大丈夫かコイツって思った記憶があったな。

 

「んで、どうすんだよ?」

「私、そういう軽い女になりたくないわ」

「じゃあ、後悔は?」

「もうそれも顔見て、甘えただけでどうでもよくなってしまったわ」

「嘘だな、それは」

「……そこは気づかないフリした方が賢いわよ?」

 

 バカでいいんだよバカで。賢いフリして千聖が後悔したまま爆発しちまうよりは、後で土下座した方がマシだよ。

 それは千聖もそうなんだよ。別に賢いフリしてなくて、わがままな魔王様でいい。むしろそうやってオレを振り回してくれよ。お前にはフツーの恋なんて必要ねぇんだろ? 

 

「気づくのが遅いわよ、早いのも嫌だけど、遅いのも嫌よ」

「知ってるよ、焦らされるのは……だろ?」

「なら、連れ出してくれるのよね? この独り退屈な日常から」

「行くか、ほら」

「……ええ♪」

 

 まぁこれは始まりに過ぎねぇ。今までは全員がオレと距離を取って誰もオレと再び関係を結んでなかったから我慢できてただけで。誰かが抜け駆けすればなし崩し的に全員が迫ってくるってのがうちの生徒たちの困ったクセで。

 そして結良はもちろん、オレは土下座しなきゃならねぇやつが増えちまって。

 

「……本来は、こんなこと報告することすら、許せることじゃねぇとは思うけど」

「そうですね、千聖が求めた手前、言葉では幾らでも言えますけど……実際に報告されると非常に腹が立ちますね」

「悪い、全部オレのせいだ」

「はい、清瀬さんはいつも、そうやっていつも自分勝手な正しさで、人を苦しめるんです」

 

 ぐうの音も出ねぇ。オレが抱えた業、オレに関わるやつらを笑顔にしようとしてこなかったせいでこの現状なんだ。その誹りは甘んじて受け入れるさ。だけど、覚悟したとしても胸が痛んだ。今、風呂に入ってのんびりしてる千聖にも、またちゃんと謝んねぇと。

 だけど、彼は優良物件というオレが評価した通りに、千聖が素敵な人だと表現した通りにまっすぐ言葉を向けてきた。

 

「信じてますよ、どちらのことも」

「ああ、ありがとう」

「はい、それじゃあ」

「私には、何かないのかしら?」

 

 そこで男との電話を終えようとすると風呂上がりの、中々刺激的な格好をした千聖がそこにはいらっしゃった。千聖は誰と電話しているのかわかっていたらしく。

 オレからスマホを引ったくり、千聖は何故か楽しそうに言葉を紡いでいく。

 

「そう、そうよわかってきたじゃない……ふふ、ええ、私も……ちゃんと戻ってくるから、安心して頂戴、なんて言っても信用しては……そこは疑いなさいよ、お風呂上がりなの、意味はわかるわよね? そう、よくないの……ええ、ごめんなさい」

 

 そこには、確かにオレのよく知ってる、けど知らねぇ千聖がいた。でも、それでいいんだ。

 やっぱり、オレの見る目は間違ってなかったな。そこに至るまでの道筋はえらく間違いが多かったけど、千聖は間違いなく幸せになれる。そういう確信があった。

 

 

 

 

 



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③大人サンフラワー

 放課後になり屋上でのんびりしているとカズくん、という声が掛かって振り返った。そこにはうちの生徒の中でのアイドルコンビが立っていた。一人は先日から元に戻って、正しい意味でやり直してる白鷺千聖、そしてもうひとりはもう呼び方の時点で説明する必要はねぇと思うが氷川日菜だった。

 

「ヒナ、千聖も」

「三年生の担任になったのに暇そーだね」

「だろ、実際は休憩中なだけだがな」

 

 千聖は何も言わないし、なんか表情が固い。そんでヒナが連絡もナシに突撃しに来たと。なるほどな、さてどうしようか、今頃結良のヤツは新入部員と色々な計画を立てている最中だからな。助けに来てくれそうな人は誰もいねぇんだよなぁ。

 ヒナのヤツ、表面上はいつもと代わった様子は見られねぇけど、オレの勘と経験が伝えてくる。

 ──メンヘラ悪魔だもんな、コイツ。安定してきてるとはいえ、根っこが変わるわけじゃねぇもんな。

 

「あは、カズくんわかってるーってカオしてる♪」

「浮気すんのか? オレじゃないやつと幸せになるとか言ってたヤツが」

「か、一成さん……あんまり煽るのは」

 

 そうだな、煽ると危ないのは理解してるけど。けどヒナはオレの横を通りすぎてポケットから見慣れたタバコを取り出して、オレに向かって手渡してくる。おいお前、一応屋上どころか学校の敷地内は全面禁煙なんだからな。それは昔から変わんなくて、いつもオレも破ってタバコ吸ってたけどさ。

 

「ライターは」

「カズくん持ってないの?」

「……いや、持ってるけど」

「じゃそれ使う」

 

 百円ライターを手渡したところで悪いけど、と目線を送ったところで巻き込まれたであろう千聖はため息混じりにそれじゃあ結良ちゃんのところに行ってるわねと去っていった。残されたのはヒナとオレの二人だけ。それこそコイツに振り回されていた頃のように、言葉ではなくタバコの煙でお互いの時間を消費していた。

 

「千聖ちゃんと、えっちしたの?」

「ああ」

「ゆーらちゃんがいいって言ったから?」

「……そうなるな」

「ふーん」

 

 怒ってる、だろうなそりゃ。結良にならって送り出したハズがこの体たらくだ。殴られてもおかしくねぇだろうよ。そう思って、殴られる覚悟も、ヘラって犯される覚悟もしていたがヒナが選んだのは肉体的な訴えではなく、紫煙をじっと見つめながらのか細い後悔の言葉たちだった。

 

「あたしのせいで、カズくんはおかしくなっちゃった」

「そうだな」

「そーじゃなくて、あたしが変に浮気したせいで……みんな」

「それはお前のせいじゃねぇだろ」

 

 それを誰かのせいにするつもりもねぇよ。そりゃあん時は裏切られた、とかやっぱり都合が良すぎたんだとか思ってヒナを突き放したけどさ。結局はオレがお前のことを信じてやれなかったせいであって、オレが素直にヒナのことを好きだって言えなかったせいだ。絶対に、そこは譲らねぇよ。

 

「つか、お前の後悔はそれなのか」

「当たり前じゃん! あたしが、カズくんの笑顔を奪ったんだから」

「……ヒナ」

 

 手すりに顔を伏せて、涙声で懺悔の言葉を紡いでいくヒナに、オレは胸が締め付けられるようだった。

 確かに、あれが始まりだったのかもしれねぇ、けどオレとしてはモカのこともあったから何かきっかけを探してたって事情もあるんだよな。そのきっかけってのを全部ヒナに持たせたオレの責任だ。

 

「カズくん」

「それに、オレは今のお前の言葉がめちゃくちゃ嬉しいって思っちまうんだよな」

「うれ、しい?」

「大人になったな、ヒナ」

 

 このやり取りそのものに、オレはヒナの成長を噛み締めていた。あのバカヒナがこうやって誰かの笑顔のことで悩んでる姿が、誰かの幸せや気持ちを汲み取ろうとする姿勢が、誰かをまっすぐに愛してるんだってわかる言葉が、全てがお前の成長の証だ。愛されないからってただヘラるだけのクソガキだったお前が、わがままにタバコ吸った後にはキスしよえっちしよって迫ることしかなかったお前が。

 

「いい女になったよ、ホントに……それでこそオレが愛した生徒だ」

「っ、うん……あは、あはは、やったぁ、カズくんに褒められちゃった」

「お前にとって、オレはちゃんとした教師にはなってあげられてねぇって、ずっと思ってたからな」

「そんなことないよ、あたしはカズくんを、()()()()()()を一生忘れない! あたしにとっての先生は……カズくんじゃないけど」

「おい」

「だって、香織ちゃんの方がセンセーって感じなんだもーん!」

 

 まさかヒナからこんな言葉を貰えるとは思ってなかった。そうか、ヒナにとって高校時代にいたオレや香織のことは、ただ数年いただけの教師じゃなくなってたのか。ただ二年間いたはずなのに一年の香織に負けてるのは納得できねぇところはあるけどな。それは、ホラ別の意味で教師っぽくねぇからな。認めてやらんでもない。

 

「だね、あたしにとってのカズくんは……初恋の人、かな?」

「オレより前にカレシいたクセにか?」

「それはどうでもいいとして〜、カズくんってカレシじゃないし?」

「……ぷっ、はは、そうだったな」

 

 いっつも口酸っぱくしてたな、オレはお前のカレシになった覚えはねぇってな。そうやって思い出を語っているうちにすっかりタバコは短くなっていて、ヒナが携帯灰皿を取り出して火を消した。

 空は黄昏の色で、ヒナと並んでその空を見上げるシチュエーションの後はいっつも同じだったな。

 

「そっかぁ、あたし大人になってたのか」

「おう、つかヒナは課題達成だな、流石ヒナ、一番乗りだ」

「あ、そだね」

 

 青春を生きて、もういいなってなるまで、お前は好きに生きてみろ。

 オレがいつか暴走したヒナを抱きしめた時に言葉にした約束っつうか、一方的に突きつけた宿題みてぇなもの。五人全員にちゃんと配っていったんだがな。どうやら真っ当に達成した最初の生徒もヒナらしい。なんだかんだでオレの抱えてた問題児軍団の中じゃ、優等生だったな、ヒナは。

 

「ご褒美はいるか?」

「せっかくだし、後悔した分はもらっちゃおうかな」

「待った、屋上は無し。結良が迎えに来るから」

 

 抱きついてキスしてこようとしやがるから止める。流石に浮気を目の前で堂々とすんのはナシで頼む。ヒナは文句言うかと思ったがそれもそっかと笑ってじゃあ暇な時にデートしよーよとオレの腕に抱きついてくる。そうだな、ついでにリサをどうしようかとかの相談に乗ってくれると助かるな。今じゃすっかりお前はオレの味方でいてくれるみたいだからな。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 カズくんとヒナちゃん先輩がくるりと振り向いたところで、わたしとちーちゃん先輩は急いで天文部の部室へと戻っていく。ちーちゃん先輩が来た頃には次の天体観測の予定は概ね決まってて、新入部員の二人と三人で駄弁ってたところだった。

 ──それからちーちゃん先輩による上の様子を出歯亀するかという問いには、二人にはあっさり断られてしまった。

 

「あれが、みんなの先生だったカズくん、か」

「ええ、そうね」

 

 あれが昔だったらちゅーして、そのまま屋上でえっちまでしてたみたい。ヒナちゃん先輩の求めるままに流されて、半ば日課と化した性行為って、本当に教師としては最低のクズだったんだなぁってことはわかった。まぁ今はわたしとうものがありながら浮気宣言してるから人間としてもクズって名称で間違ってないけどね! 

 

「あなたが許可したのでしょう?」

「じゃあ、えっちしないで、浮気したら許さないってゆったら、ちーちゃん先輩はスッキリしてた?」

「……それは」

 

 だよねぇ、浮気一番乗りはちーちゃん先輩だもんねぇ。とはいえ、わたし的にはこころん先輩とリサちー先輩のが危ないと思ってるからそこはいいんだけど。

 でもさ、ホラそれとこれは別ってゆーか、やっぱ恋人なのになぁみたいなところは感じるのがフツーなわけじゃん? 嫉妬しちゃダメって言われたら床に寝転んで暴れてやるんだから! 

 

「なーに千聖困らせてんだよ結良」

「……む、困らせてないもん」

「そ、そうよ一成さん、大丈夫だから」

 

 鬼のような形相で睨まれてしゅんとしてしまう。はい困らせてました。ちーちゃん先輩が浮気したの気にしてるの知ってて暴れてましたごめんなさい。結局そのことすら見抜かれてちーちゃん先輩はおろおろした挙げ句に感情の行き場を失ってカズくんに隣のお部屋に連れてかれてしまった。

 

「ダメだよ、千聖ちゃんはあたしとかと違って気にするんだから」

「……ヒナちゃん先輩も気にしてほしい」

「あはは、無理無理」

 

 いや無理無理じゃないんですよ。そんなカラっとした笑顔で否定しないでほしいよ。今頃ちーちゃん先輩はカズくんに甘えまくりですよ、なんならちゅーとかもしまくりですよ。それで我慢できるの? わたしは絶対無理だよ。

 ──でも、五人でカズくんを取り合ってみたりシェアしてみたりしてたヒナちゃん先輩はよしよしと笑顔でわたしの頭を撫でるだけだった。

 

「ごめんね」

「なんで、謝っちゃうの?」

「やっぱりさ、あたしのせいなんだよ」

 

 それ、ちーちゃん先輩もゆってたよ? カズくんがわたしと付き合ってるのに浮気しなきゃいけない原因は自分なんだって。みんなみんな、自分に責任があるって。きっと、蘭ちゃん先輩も、紗夜ちゃん先輩も、モカちゃん先輩も、同じことを言う。でもカズくんに訊けばなんてゆーかなんてわかりきってた。

 

「オレがダメダメでクズだったから、かな?」

「だと思う」

「……あはは、みんな考えてることはおんなじだ」

 

 本当はきっと、誰のせいでもあって誰のせいでもない。みんなその時は必死で、先輩たちは自分の青春を生きるのに一生懸命でカズくんの幸せが何かに気づいてあげられなくて、カズくんは教師としての自分を取り戻すのに一生懸命で、みんなを傷つけたことにも気付けなかった。

 ──今は、昔のやり直しをしてる。それを未来に生きてるわたしが見ちゃってるだけ。

 

「じゃあそんなゆーらちゃんに、あたしからアドバイスしてあげる」

「え、なに?」

「カズくんのこと、いーっぱい振り回してあげて、愛してよって言えばカズくんは気づいてくれるから」

「……いいのかな?」

「そーやって遠慮したから、あたしたちは今こうやってカズくんに頼らなくちゃいけなくなってるんだからね」

 

 クズ教師として忙しくてもなんでも、カノジョであるわたしの声には振り返ってくれる。ヒナちゃん先輩はそうやって笑ってくれた。そうしているとカズくんとちーちゃん先輩が戻ってきて、わたしに向かってこれ以上先輩をいじめてやるなよと声を掛けてきた。ごめんねちーちゃん先輩、と謝ると元のアダルティな余裕を取り戻した先輩は逆に借りてしまってごめんねさいねと謝られてしまった。

 

「ね、カズくん」

「どうした?」

「わたしにも遠慮なく、手出していいからね」

「……いいのか?」

 

 帰り道、最後にしてくれて二人きりの時にそう言ってみると、やっぱり遠慮しようとしていたらしい反応が帰ってきた。もう、カズくんのバカ。わたしはカズくんの恋人なんだよ? 浮気相手には手が早いのにわたしに遠慮するのって意味わかんなくない? と謎の怒りを向けたらカズくんは驚いたような顔をしてから、確かにと頷いた。

 

「後、今日も泊まるからね」

「おう……ホントは、泊まるじゃなくしてぇんだけどな」

「それはどのみち気が早すぎるから」

 

 ああ、その言葉だけでわたしはカズくんを許せてしまった。そりゃあね、高校卒業したらわたしの家になる予定とはいえさ、まだ見つかったら色々と危ない目に遭うのはカズくんなんだよ? なのにそんな寂しそうな顔されちゃったら、嬉しいに決まってるじゃん。

 ──そう、卒業したらわたしの家にもなるんだから、その時までには他の女の子連れ込んでえっちとかしないでね。

 

「ああ、ごめんな結良」

「うん、その代わりわたしも遠慮なくわがままゆっちゃうからね」

「そうしてくれ」

 

 すっかり慣れてしまったカズくんとの夜を過ごして、好きっていっぱい言いながら、名前をいっぱい呼んでもらって好きっていっぱいゆってくれて。わたしはカズくんの腕の中で荒く息を吐き出した。そのまま、また誘われながらふと、そう言えば、ヒナちゃん先輩はわたしのえっちがどうなってるのか訊いてきて、こんなこともゆってたなぁ。

 

「カズくん、あたしたちの先生やってた時はえっちしたいって誘ったことなかったんだよ」

「そうなの?」

「うん、誘われたのはカレシになってくれたあの夢だけ。つまり誘われてる結良ちゃんは、幸せものだね♪」

 

 わたしなんて自分からよりカズくんからの方が多いのに、そう思いながら太腿を触れて押し倒されてキスされると、カズくんへの愛おしさが溢れ出して止まらなくなりそうだった。

 浮気者なのに、そういうところは一途っぽいんだよねカズくんって。また一つ、カズくんのことを知れたから、とりあえず許してあげることにしたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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④陽光エンカウンター

 約束した通り、ヒナと至極フツーのデートしていると、オレは真正面から見知った顔が一人で歩いているのを見つけた。流石にオレも絶賛浮気のデート中だしスルーしようとしていたが、相手にそんな思考は残念ながらなく、いやねぇのは知ってたが、めちゃくちゃデカい声で名前を呼ばれた。

 

「なっくん!」

「……はぁ」

「出会っていきなりため息!?」

「カズくん、この人って?」

「大学の元カノで香織のダチ」

「あ、みし……じゃなかった、伊丹未来です。なっくんの生徒さん、だよね?」

「おう」

「あたしは氷川日菜です、そっか香織ちゃんのゆってたみーちゃんって」

「うんっ、わたしだね!」

 

 太陽と向日葵が出逢った。もうひとり太陽は知ってるが、そっちの組み合わせも結構オレは体力削られるんだが、初対面とはいえコッチの組み合わせはどうだろうか。

 蘭とモカは直接出逢ってたけど、日菜と未来(みみ)は初対面なんだよな。ちなみにこの前結良と結婚式行ったばっかりの新婚さんだ。なにやってんなこんなところで。

 

「青葉ちゃんに訊いたら、ここで会えるって」

「不倫はNGで」

「違うよ!」

「あ、違うんだ」

 

 青葉ちゃん、ってモカのことだよな。まぁアイツがオレのストーカー復活したのは知ってる。あのバカは一旦カレシと別れやがったからな。まぁそれはそれ、アイツは惰性で付き合ってるところあったし、きちんと付き合うためにはオレに抱いていた憎悪とか殺意とかその他諸々を精算しなくちゃならんからな。

 ──って、そんなストーカーから情報を訊き出した理由とは? オレ、みみ相手も未練とか後悔とかめちゃくちゃ残ってるんだよな。それこそヒナたちと同等かそれ以上のな。

 

「カズくん的にはやり直せたらどーするの?」

「そりゃ今度こそ素直になるさ。オレはみみの愛に応えられてねぇんじゃねぇかってさ」

「……それ、ずるい」

「不倫はやっぱナシで」

「だーかーらぁ!」

 

 そろそろハナシを逸らすのはおしまいにして、どんな用事なのかを訊き出すことにする。

 というかみみがわざわざ探しに来るんだから面倒事というか、なんか過去に取りこぼしたことのような気はしてる。オレは大学時代も結構な勢いでやらかしてるからな。

 

「えっとね、ずみくん……あ、旦那さんの和己くんね」

「かずみ、カズくんだ」

「ふざけんな」

「あはは、たしかになっくんと名前似てる」

「んで、旦那さんがどうした?」

 

 ふとオレも伊丹和己って略すとみみなんだなとかロクでもねぇこと考えてたけどな。ヒナの爆弾発言には流石のみみも苦笑いになってしまう。一瞬でまたハナシが逸れたじゃねぇかとツッコミを入れてから、軌道修正をする。

 みみは、少し瞳を惑わせてから結構重大なことを打ち明けてきた。

 

「……過去のこと、なんっにも、話してないんだ」

「──よく、結婚する気になったな旦那さん」

「つまり、カズくんのことしゃべってないってこと?」

「えと、それどころか高校の時のカレシの話もしてなくてさ……どうしようと思って」

「あ?」

 

 高校の時のカレシ? とオレが首を傾げる。待て待て、大学時代に香織から確かみーちゃんにとって初めてのカレシだからどうのって話をされた記憶があるんだが。つかオレだってお前の高校時代のこと訊いてこなかった。するとみみは目を瞬かせ、そうだったっけとか言い始めた。おいこら。

 

「昔、たしかに言いたくねぇなら言わなくていいとは伝えた気がするが」

「えーわたしなっくんに隠し事とかしてたんだ、びっくり」

「カズくん、もしかしてこのひとってかなりの天然?」

「おう、相当なバカだ」

「バカはなっくんもじゃん!」

「それは確かにねー」

 

 おいバカヒナ、お前はどっちの味方だ。そんでマジな話、高校時代の意味深な発言はされたことあるが真実は終ぞみみの口から放たれることはなかったからな。つかお前、話の流れ的に大親友たる香織にも秘密にしてたカレシいたんだろ、とりあえずはそれをゲロってくれたら相談に乗ってやらんこともねぇかな。とはいえ、オレもついこの間までみみに由美子の話をしたことなかったからそれはお互い様でもあるんだが。

 

「りーちゃんから訊いてたけどね、ユミコせんせーの話」

「……あっそう、じゃあ尚更ここでぶち撒けてくれねぇと割に合わねぇな」

「カズくんが悪ーい顔してる」

「なっくんってそゆとこ全然変わってないねっ!」

「お前が言うな」

 

 という和やかな雰囲気なのに安心したのか、みみはゆっくりと語り出した。それは間違いなくみみが抱えていた爆弾というか、痛い過去の話だった。美城未来が抱えていた、オレどころか香織にすら言えなかった過去の恋愛話。

 そして、みみがみみとしてオレの前に現れる原因ともなった話だった。

 

「そのヒトは他校の陸上部の超人気者だったんだ、大会とかで毎回顔を合わせてた」

「そういや女子校だったなお前」

「うん、それでね、きっかけは大会の後にお食事とかどうですかって誘われてさ」

 

 なるほどな、それで当時は子どもでその言葉にある陸上部くんの男女の関係を進めてぇっつう下心というか思惑みたいなのに気づくことのなかったみみはホイホイついてったんだな。

 しかも蓋を開けてみれば食事だけじゃなくて買い物や映画とか、つまりはデートだな。なにせオレが今ヒナとしてることそのまんまだからな。んで、最後には送ってもらって手を繋いで帰ったと。

 

「デートだねぇ」

「だよね、今考えたらかんっぺきにそうなんだけど……わたしは気付けなかった」

 

 当時のみみはマジに純粋で、ただ目の前にある青春を楽しく過ごしていただけだった。

 それが、違うんだってことに気づいたのはその男が人気者だったことが発端だったらしい。

 みみは人気者にくっつく悪い虫だった。それを排除しようとする陰湿な女がみみを寄ってたかって貶したのか。

 

「狭いコミュニティの中じゃスキャンダルみたいに扱われてさ」

「ファンクラブあったんだ」

「うん、それで身体使って誘ったとか、そういうのいっぱい言われた」

「高校時代のみみにそんなことできるわけねぇのにな」

「あはは、そうそう……けどなんにも知らなかったわたしは、男の子はそういうことをしたがってるってことを知っちゃって……怖くなっちゃった」

 

 色々吹き込まれたっつうか憶測の内容があまりにいかがわしい方向に行ったのが原因で男女の関係が自分が思っていたよりも怖いものだってことに気づいちまったのか。女子校あがりのみみには厳しい現実だよな。実際のところ男なんてイイ女がいれば欲しいって思うのが自然なんだし、否定する要素でもねぇけどな。

 

「わたしさ、元々陸上部でも浮いてたんだ」

「そうなのか?」

「あんまり強くなかったから、わたしだけが本気で陸上やってて……でもその本気でやってるのも大会であのヒトに会うためだとか男漁りしてるとか、そういう噂が嫌で……逃げちゃった」

 

 同時に、幾ら身長が高めっつっても男性の平均身長の時点でみみよりも上なんだ。体格もでかくて、力はモチロンみみより強い男って存在が怖くなったのか。ビッチって罵ってくる女も、話しかけてくる男も怖くて、香織に縋るようにして、香織の影でのみ輝く太陽が出来上がった。そして、大学でオレに出逢ったのか。

 

「よくカズくんに近づく気になりましたね? 大学当時のカズくんとか性欲モンスターじゃん」

「否定はしねぇな」

「あはは、なっくんは……ううん、あのヒトも違った。ホントは触れられるのも怖くなかった」

「そうやってみみは自分を守るしかなかったんだろ」

「そうなんだろうね……でも関係ないって思えればきっと、ちゃんとお付き合いできたんだろうなぁって」

 

 でも現実にはそうならなかった。今ならその気持が痛いほどわかるよ。隣にいるヒナと幸せになれた未来があった。きっと、いや確実にみみとオレが卒業後も一緒に暮らして、そのまま幸せになった可能性だって存在したさ。由美子のことを知ってて、その上自分の気持ちがあっても尚、オレとみみの幸せを見守る係だと豪語してた香織があの場にいたら絶対に状況がややこしいことになってただろうからな。

 

「でも、後悔してないんだろ?」

「なっくんとの関係は後悔してるよ」

「そういうのはいいんだよバカ」

「わたしがちゃんとなっくんの気持ちをわかってあげてれば、今みたいにややこしいことになってなかっただろうし」

 

 それは確かにな。大学時代にみみと付き合ったままいれば、少なくともヒナや蘭なんかと未練や後悔を未だにズルズルと引きずっていかなくて済んだだろうしな。飽きた、なんてわかりやすい嘘、どうせ気づいてたクセにな。そう問うとでも、なっくんが一緒にいたくないってゆったのはホントだったよと悲しそうな顔をされた。

 

「……カズくんって最近までホントになんにも変わってないんだね?」

「言うな」

「どーせあれでしょ? 自分の価値がどうのとか、明日を信じてあげられないとか思ってたんでしょ?」

「……言うなって」

「わたしは、なっくんとただ一緒にいたくて、いっぱい愛してるよって伝えれば一緒にいられるのかなって考えてただけだから」

 

 過去の女と過去の女に挟まれて痛い思いをする。

 とにかくだ。とにかくちゃんと伝えてみろよ。そうやってまっすぐ過去の傷を伝えてみればいいんだ。お前が惚れた男なんだ、それを受け止めるくらいの器はあんだろうよ、オレと違って。

 

「んー、なっくんが最高のカレシだったかな」

「旦那が泣くぞ」

「だって、わたしがずみくんのことを好きになれたのは、なっくんのことを忘れられなくて泣いてたからだもん」

「……お前それは絶対秘密にしとけよ」

 

 それを言ったらヒナカレシみたいなリアクションになること間違いなしだからな。いやヒナカレシは浮気性のクズ野郎だからまぁ少しくらい痛い目見とけっていうヒナの言葉に賛同はするが、まさか自分の結婚相手が自分との関係はほぼ浮気でしたとか言われてみろ、普通は泣くどころじゃ済まねぇからな。

 

「……はぁ、とんだデートになって悪かったな、ヒナ」

「ううん、カズくんの昔の顔が知れてちょっとお得な気分になったし♪」

「はは、みみとか香織相手はどうしてもな」

 

 みみと別れて、ヒナと歩く。仕切り直しにどっかメシに行こうぜって誘ったのはオレだった。

 昔の顔、か。香織はなんだかんだで同僚時代の記憶もあるからいいんだが、みみとの関係はあの日で止まってたからな。もしも再会が数年前だったら、オレはみみを全力で今の旦那から奪いに行ってたんじゃねぇかってくれぇには、アイツへの想いを拗らせてたからな。

 

「そういうカッコ悪くてカッコいいとこは、変わんないよね」

「それは褒めてんのか? けどまぁ、元カノってのはやっぱグレードが違ぇなって思う」

「男の子って過去の恋愛を保存しちゃうタイプって言うもんね」

 

 オレは間違いなくその別途保存タイプなんだよな。由美子から始まり、大学時代の浮気相手とか、オレに好きだとか抜かしてたクセに実は本命がいたヤツとか、みみとかな。みんな、出逢ったら当時の想いをぶり返しそうで困るんだよな。確かにヒナや蘭、モカに千聖に紗夜に……お前ら生徒たちだって十分すぎるほど愛してたけど、その時に明日を信じたいと思わせてくれた元カノってのは特別だよ。

 

「あーあ、あたしもカズくんの特別になりたかったなぁ」

「……ヒナは、特別だろ」

「え?」

 

 だから、お前はオレの中で特別なんだって前から言ってるだろ。レナの中退の件で理想も全てを失ってたオレがまたクズとはいえ教師やっていられたのは、ヒナがいてくれたからなんだって。

 幾らお前がメンヘラクソ悪魔だったとしても、氷川日菜って存在はオレを教師としてギリギリ踏みとどまらせるには十分すぎるほどのヤツだったよ。

 

「えー、それ口説いてるの?」

「違ぇよ」

「じゃあご飯食べたらホテル行こーね、カズくん♪」

「結局するのか……正直お前はそこまで戻んなくてももう後悔してねぇの知ってるんだけどな」

「あたしだけ除け者にしたらヘラってやるんだから」

「冗談に聞こえねぇな」

「本気だもーん」

 

 ヒナはそういうヤツだな。昔に戻るんなら自分も、そういう女だ。ヒナの後悔ってのは千聖なんかとは違って、自分が引き金を引いたってことだからな。ところで昔に戻りすぎててそろそろオレの腰も厳しいんだがヒナが遠慮してくれるはずもなく、けどまぁ屋上よりかは楽できたのは僥倖だったと言っておく。いやマジ、ラブホのベッドが柔らかくて助かった。

 

 

 

 

 

 

 




・伊丹(旧姓:美城)未来(みく)。クズの元カノにして元カノパワー最強の女
詳しくは「青春バッドエンド」を参照されたし。
後で差し込むと思うけど前作の後日談「夢見る青春ドリーマー」にあった結婚式云々の話の後の時系列です。


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⑤未練カミ―リア

 天体観測、となればヒナとこころの名誉部員どもは絶対に参加してくる。前回はそんな二人に蘭とモカが後から合流したという形だった。だが今回のメンバーの多さには流石の新入部員たちも驚きに顔を染めてオレを質問攻めにする始末だった。

 ヒナが卒業生で生徒会長なのはもはや羽丘の黒歴史であり武勇伝みたいなところはあるんだが、それ並の有名人がたくさん来たらなんかの撮影かと疑うんだろうな。

 

「なんでRoseliaの二人が!?」

「白鷺千聖さんってやっぱりあの女優のですよね!」

「先生とどういう関係なんですか?」

「卒業生じゃないですよね!」

 

 ──まぁそうなるわな。あとリサは卒業生だからな。

 すっかりお馴染みとなった弦巻カーを停めた駐車場前に現れたのは前回メンバーに加えて千聖、リサ、紗夜が増えていた。前回はRoseliaは番組出演の関係で忙しくて、千聖はそもそも芸能人だしな。

 

「学生時代の頃に、一成先生に色々と指導してもらったの、そうイロイロと、ね?」

「私たちの母校の花咲川に来たことと、妹がお世話になっていたので」

 

 嘘は吐いてねぇっつうか千聖は誤解、じゃねぇ真実を察知されるような言い回しをするな。一応最近はマジメな先生に戻りつつあるんだぞこの野郎。クズ教師なのほんの二年かそこらの話なんだからな実は。

 とか言いつつ一番ヤバいのは解禁されたおかげでストーカーに戻ったモカが離れねぇことなんだけど。

 

「モカ、みんな揃ったよ」

「せんせーの温もり〜、久しぶり〜、えへへ〜」

「はいはい、後で構ってやるから、蘭も」

「アタシは……いや嬉しいけど」

 

 そんな新入部員である恵理子と葵はそっちには触れてこねぇ。いやもう触れたらヤバいことはわかってるんだろう。別にオレとしては昔の女としか紹介する気ねぇしなぁみたいな。問題は結良がむくれてるところかな。二人がいる手前は恋人としてではなく生徒として接するしかねぇことで不満が溜まりに溜まってるようで。

 

「カズ先生、イチャイチャしすぎ」

「ゆーたんごめんね〜」

「モカちゃん先輩にはゆってない……まぁその通りだけど」

「それじゃあ、出発するわよ!」

 

 こころがタイミングよく音頭を取って、ヒナやリサ、千聖なんかが恵理子と葵を連れて先に車に乗り込んでいく。空気の読める生徒ばっかりで嬉しい限りだ。モカも紗夜と蘭に連れられて結良から名残惜しそうに離れていく。お前は結良を構いすぎ、オレにもイチャイチャさせる時間を残しとけよ。

 

「結良」

「……今はいい」

「そうか、んじゃ後でな」

「うん」

 

 抱き寄せようとすると拒否られてしまう。けど後ろ姿はやっぱり寂しそうで、ヤキモチでどうにかなりそうなんだなってことは察しがつく。だからとりあえずは背中を叩いて先に車に乗ることにした。もどかしいな、これが二人きりなら遠慮なく一緒にいられるんだけどな。やっぱこうやって天文部としての活動じゃダメだったか、そんなことを悶々と考えてるとモカとこころにサンドイッチされた。

 

「よしよし、お悩みですな〜せんせーは」

「大丈夫よ、ダメじゃないわ」

 

 なにこの甘やかしコンビ。そういやオレが由美子のこと思い出してクサクサしてた時もこの二人が真っ先にオレんちに来て殴ったり激飛ばしたりしてきて、そっからまた立ち直るきっかけになったんだったな。別に口に出してねぇのにそうやってオレの考えを否定したり肯定したりしてくれんのは、嬉しいけど怖いんだよな。

 

「ゆーたんは、せんせーと一緒にいるのも好きだけどさ〜」

「こうやって賑やかに星を観るのも好きだから大丈夫よ!」

「……ステレオで慰めてくんなよなぁ」

 

 昔だったらそれこそうるせぇクソガキどもと振り払うところだが、まぁコイツらすっかり大人になっちまってまぁ。もうオレが上から目線で説教することなんてほぼねぇよ。最後のクズ教師だって張り切ったはいいものの、昔みてぇにごまかせることもなくて、嬉しいような寂しいような、なんとも言えねぇな。

 

「あたしは下心ありきよ? こうやって先生のポイントを稼いでおけば、甘えても許してくれそうだもの!」

「ピュアなスマイルでクソみたいなこと言ったなお前、いやまぁその通りなんだろうけど」

「あたしは〜、せんせーがいるだけで幸せだよ〜」

「ありがとな、モカも」

「えへへ〜」

 

 ただ、昔よりもいいところは一人で後悔したり悩んだりすることがなくなったことだな。成長した生徒たちがこれでもかってくらいに甘やかしてくれるせいで、しかめっ面をすることも、ストレスの捌け口に相棒(タバコ)を頼ることもなくなったからな。

 後は、譲り合いができるようになったところかな。モカとこころはオレが大丈夫そうだと判断したらしく、オレの隣の席にリサを押し込んできた。

 

「引っ越しん時以来だな」

「そだね、Roseliaの海外ツアーとか忙しかったしさ」

「そうだったな、そっちの労い忘れてたよ……お疲れ、リサ」

「アタシだけじゃなくて紗夜にも……ん、アリガト」

 

 リサは、リサの恋は始まる前に終わってた。気付いた頃にはもうオレの周囲にはヒナがいなくなってて、千聖や蘭、モカと次々に送り出していく様子を間近で見ていて、自分の気持ちを押し留めていた。

 ──言わなければ、傍にいられると思ったから。もしかしたら、時間が解決してくれて、一人残った時が自分のチャンスじゃないかと思ってたのかは、わかんねぇけど。

 

「カズ、センセーってさ」

「別に()()()の呼び方でもいいけどな」

「……聞かないフリしてよ」

「んで?」

「それもう手遅れじゃん……えっと、一成ってさ、結局はゆーらと付き合ってるんだよね」

「そうだな」

 

 少し声のトーンを落として、事情を知らねぇ二人には聞こえないようにして訊ねてくる。

 肯定すると、予想はしていたがリサはだよねと笑う。アレなんだよなぁ、リサはどうか知らねぇけどあの未練を昇華してる最中にあったハーレム作ってた頭の悪い展開、あの時にリサもメンバーに入ってたわけだけど、どうやってこの純愛を信じるピュアガールを口説いたんだろうな。イマイチ思い出せねぇんだよなぁ。

 

「アタシも、なんでああなったのか思い出せない」

「思考を読むな」

「一成の、ことだし」

 

 参ったな強敵だ。正直な、リサは曲者っつうかオレの浮気性にキレて泣いて、関係が崩壊しかけた上で最後まで待たせて付き合ったんだよな。そもそも正史の上でも度々オレの悪癖を非難してきたヤツだし。

 ──ただこれ以上コイツを放置しとくのもよくねぇ。リサは現在進行系で未練と後悔って海に自分を沈め続けてる。オレが、なんて野暮なことを言うつもりもねぇけど、救って上を向かせてやんなきゃ、幸せな未来なんてものも見えるわけねぇしな。

 

「リサちーのこと、苦戦してるっぽいね」

「ヒナ……ああ、正直な」

「一成さんは、今井さんのことを前々から測りかねていましたよね」

「紗夜まで……ん、まぁ言われるとそうなるのか?」

 

 天体観測会の準備が終わった夕方頃、テラスに用意されたベンチに座っていると両隣に双子が座ってきた。

 アイツはそこまで積極的に関わってこようとする方じゃねぇしな。あくまでお前らの友達、知り合いって枠であって。言い方は悪いがオレって物語が紡がれたとして、メインヒロインはお前ら五人で、リサはサブヒロインみたいな感じだ。ちゃんとオレが面倒を見て生徒として絆してクズ教師らしい関わりをしてくるのにはひとまずエンディングまで言って新規データをロードしなくちゃならんくらいには、関わりが限定されてたしな。

 

「それに、リサはオレの生き方をどうしても認められねぇ。いや、アイツの失恋を考えたら認めちゃいけねぇんだよ」

「今井さんは、カレシに浮気されていた……のでしたね」

 

 その話は白金のカレシから事情聴取したな、ちょっと前に。桜田くん、だったっけ。あの大人しそうな子がご主人様で拾っていただいて云々とか抜かしてたからどんなやべぇのが出てくるかと身構えてたら、案外フツーの男が出てきて拍子抜けしたのがまだまだ真冬の寒さを醸し出す頃だった。

 

「あー、コンビニでバイトしてたタメのやつですね去年まで一緒でしたよ」

「マジか! バイト、まだしてたのか……そっか、思ったよりも近くにいたのか……そりゃリサーチ不足だったな」

「青葉も多分内緒にしてたと思うので、それくらい触れにくいってことじゃないですか?」

「モカ、そうだよな……アイツは知ってるよな」

 

 とりあえずはかつてのバイト仲間で同年代の同性としてどういうヤツかを訊ねてみた。どうやら当たり障りのないヤツではあったけど、しきりに白金と桜田くんの関係を羨んでいたのだと言っていた。桜田くん的にはあの子の言うご主人さまというのにはそれほど主従の意味は込められてないとは前置きしてくれたけど。後モカ的にはオレがこれ以上リサへ踏み込んだらどうなるかってのくらい予想できてたんだろうな。あのヤンデレストーカーの考えることだ、人数増やすのは許可してくれるわけねぇしな。

 

「リサって、ホラ、構いたがりじゃないですか」

「だな、実感してる」

「有り体に言えばあいつは構われたがりの方が好きなんですよ。下から覗き込んで、甘えて、なんなら主従のように付き従ってほしい……みたいな」

「女がステだと思い込む類か」

「まぁ、言っちゃえば」

 

 はぁまたここにクズがいたよ。リサの世界で事情はそれなりに聞いてたけど同性からもこの評価じゃあ残念ながらリサに男を観る目がねぇって評価をしなくちゃならねぇな。オレって存在も含めて。

 最初はリサの世話焼きは男としての優越感を満たすには絶好だった。だけどアイツの世話焼きは尋常じゃなくて、そのうち、自分が管理されるような錯覚に陥ったんだな。それで、甘えん坊のかわいい系の女に浮気した。指摘されてあっさりとリサを捨てるほどに。

 

「紗夜から、訊きました」

「なにをだ?」

「年下の女を囲うのが得意なクズ教師だと、先生のことを」

「……紗夜のヤツ」

 

 言うようになったじゃねぇかアイツ。ガキの頃は盲目に尻尾振ってきたヤツと同じ言葉とは思えねぇな。つか一周回って元の評価に落ち着いてるのもなんか笑っちまうな。惚れられる更に前はそうやって敵視してきたっけか。あの時の夏休みとか懐かしいな。そんな思い出に遠い目をしていると、桜田くんはでも、と言葉を続けた。

 

「燐子を拾って、元カノに捨てられて、色々な恋愛話を聞いて思ったんです。その本人たちにしかわからない愛し合う関係ってものがあるんだって」

「キミと白金のようにか?」

「そうですね、なにせ恋人(かいぬし)なんで」

「そっちの純愛をこっちの下世話な恋愛と一緒にしちまうのはヤだな、けどありがたく受け取っとくよ」

 

 フツーの恋愛なんてねぇんだなと思わされたよ。リサに度々問いかけてきたフツーの恋愛。千聖に一時期押し付けようとしたフツーの恋愛。そんなもの、きっとどこにもなくて、千差万別であり十人十色なんだってことにオレは気づくことができなかった。

 ──そもそも流されてヤリてぇって気持ちと愛おしくて仕方ねぇって気持ちが高じたヤリてぇって気持ちに区別ついてなかったオレが恋愛を語るのはおかしな話だがな。

 

「あはは、たしかに!」

「お前もだろバカヒナ」

「では、私たちは……?」

「言わせてぇだけだろ、それ」

「言ってほしいわ、一成の口から」

「愛おしくてしょうがなかったよ。腰が砕けてもいいくれぇにはな」

 

 その言葉がきっかけだったようで、紗夜がキス待ち顔になる。それに応えてやるとヒナがずるいとばかりに舌を突っ込んできやがるからまたギャーギャーと騒がしく、けど昔のような言い合いをしていた。

 それを紗夜はオレの手を握りながら愛おしそうに見つめていて、やっぱりお前は追われる恋愛より追いかける恋愛なんだなってことを再確認したのだった。

 

 

 




続く
モブ紹介
・桜田翔太
 白金燐子のご主人さま(カレシ)であり元コンビニバイトの青年。
「捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど」という過去の連載作の主人公でもある。

・恵理子と葵
 エリちゃんとアオちゃん。「黄昏ティーチャー」のアナザーエンディングにおける弦巻こころの世界で言及された「日菜、こころのキャラに耐えきれる面白さ」と「フツーの枠から抜け出した部活動についてこれる胆力」の二つを併せ持つ選ばれしものたち。アオちゃんは商店街のミッシェルとは違うキグルミのバイトをしている。オーナーは弦巻こころ。


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⑥純白カミ―リア

 夜になり、ご満悦で天体観測を続けていたはずの結良の悲鳴のような非難の声がオレの耳朶を打つ、そして思わず同じように耳を塞いだ()()が、暗い中ではあるが顔を青ざめさせたような絶望した顔をした。大丈夫、怖くはないはず。思いっきりわかりやすくしてる誤解が解けたらだけどな。

 

「……ま、また女の子を……しかもロリっぽい」

「ロリ……」

「しかもロリなのに、おっぱいはおっきい!」

「……気にしてるのに」

「おい結良、年上だからな、失礼のねぇように」

「あこちゃん先輩に遭遇した時並の衝撃を受けたよ今!」

 

 そのロリ巨乳……ではなくてれっきとした今年でハタチになるはずの彼女は結良の剣幕に限界だったようで、思わずといったようにオレの影に隠れてしまう。大学生とは思えねぇ小動物感だなぁと感心していると結良は益々眉間の皺が深くなっていく。だから別の女じゃねぇって、つか結良がいるのにヒロイン増やしてどうすんだよ。結良に生徒七人でもうお腹いっぱいだろうが。

 

「あら、ましろじゃない!」

「あ、こころさん……こんばんは」

「どうしてここにいるのかしら?」

「迷子になったんだとよ、スマホも置いてきちまってて困ってたみてぇだ」

「そうなのね!」

 

 彼女の名前は倉田ましろ。オレが彼女を知ったのはまだ彼女が高校生になったばかりの頃だった。と言っても羽丘でも花咲川でもなくて、月ノ森っていうめちゃくちゃな歴史と伝統のお嬢様学校の出身なんだけど。世間は狭いもんで、この子もうちの生徒たちと同じく共通点にガールズバンドをやってるって経緯がある。それでその時期に知り合って未だに時折顔を合わせるバンドはもうひとつあるが、それはまた羽沢珈琲店でのんびり話してる時にでも出てくるだろう。

 

「さ、最初、怖い大人かと思って……清瀬先生で、よかったです」

「倉田は、いつものアイツらとか?」

「は、はい……ちょっと作詞に行き詰まって、それじゃあって七深ちゃんちの別荘に」

 

 モニカメンツは相変わらずのようで。お嬢様学校で組まれたバンドよろしく五人中、この薄幸そうな白髪女子以外は実家が金持ちとかいう財力でテキトーに表すと弦巻こころが四人いるバンドなんだよな。その中でも土地をお持ちの広町七深はこころやヒナとも割と仲がいい。というか積極的に会話する機会どころか、会う機会すらねぇのって目の前の倉田か八潮瑠唯くらいな気がしてきた。

 

「透子に連絡しといたから、大丈夫!」

「あ、ありがとうございます……よかったぁ」

「さて、桐ヶ谷がくるまでコッチで天体観測してくか?」

「少し、騒がしいけれど」

「あはは……騒がしいのは、あんまり変わんないから大丈夫です」

 

 いや、こっちはハタチ過ぎて成長したなと思わせておいて童心忘れてねぇバカがいっぱいいるから。ヒナとかこころとか。

 ベンチで座りながら満天の星空を眺めて、思わず眺めながらタバコを吸おうとして、リサにひったくられてしまった。なんだよと思ったが、そういや隣にはゲストの倉田がいたのを忘れていて悪いと謝る。

 

「もう、カズセンセーってばすぐタバコ吸おうとする」

「そ、そういえば、初めて会った時も吸ってましたね」

「このセンセーさ、学校の屋上で吸うんだよねぇ」

「喫煙所ないんですか?」

 

 どうやら月ノ森にはちゃんと喫煙所あるらしい。羨ましいなおい。ただ駐車場は外車とか高級車まみれだそうで、やっぱ羨ましくねぇ。なるべく見た目的にカッコつけた車に乗ってはいるけど、値段の話すると高級車とは言い難いんだよなぁ。それと同時に、でもと倉田は高校の思い出を語った。

 

「先生みたいなヒトは、いなかったなぁ……」

「いてたまるか」

「せ、先生って、なんか……んーっと、太陽みたいな星、って感じ」

「……太陽も星だろ」

 

 そういえばこのおっとり薄幸娘もいい性格してる後輩(かおり)金髪太陽サマ(こころ)と同じように小宇宙を感じる部類の人間だったな。変人には変人が寄ってくる。なるほど誰が変人だおいコラ。

 倉田はオレのツッコミにそうじゃなくてと表現が難しいようで、濃紺の空を埋め尽くす白い光、そして時折見える黄色や青色、赤い光を指さして、語ってくれた。

 

「先生は、真夜中の太陽……です。あの赤い星がもっと近くにきちゃった、みたいな」

「それって、星の輝きを消しちゃう的な?」

「そう、ですね……眩しすぎて、真夜中にいるのは、星が輝けないからよくなくて」

「なるほどねぇ」

 

 リサが納得したような声を出して、オレを飛び越えて会話が成立してる。おい、その真夜中の太陽さんは置いてけぼりを食らってんだけどな。オレは全然なるほどねぇとはなってねぇんだからな。

 結局、解説がされることなく倉田は迎えにきた四人に引き取られていった。そして見えなくなってから、オレはリサに声を掛けた。

 

「なんか勝手にリサって倉田みてぇなヤツは苦手だと思ってたよ」

「まぁ苦手かも」

「だろうな……なんせ」

「言ったら怒る」

 

 なんせ、きっとリサの元カレが求めるようなカノジョ像は、きっと倉田みたいなヤツなんだからな。ああいうの女子の敵って言うんだろうなってのは察知したよ。つかいたいた、ああいうオドオドっとしてて鈍臭いけど男子にはモテてる謎の女。オレの自然消滅した初恋の子もあんな感じだった気がする。

 

「ふぅん?」

「ま、由美子にぜーんぶ上書きされたけどな」

「あのセンセ、嫉妬深いっぽいケドね」

「そうだけど、なんで知ってんだよ」

「夢の中で自己紹介されたからね〜」

 

 はぁ? と首を傾げる。詳しくはそれこそ夢の中の出来事だからボヤけてはいるけど、どうやらリサは夢枕に由美子が立ったことがあるらしい。屋上でオレと同じ銘柄のタバコ吸ってて眩しいけど淡くて悲しくなりそうなキラキラの笑顔でオレのことを語る女。うんそりゃ由美子だな。なにしてんのあのクズ教師。お祓い行った方がいいやつかこれ。

 

「守護霊なんじゃない?」

「イマの女に嫉妬向けてくるバカがか?」

「……その言い方も、ヤだな」

 

 とにかく会話の中身はよく覚えていないが、オレにとっての先生と呼べるヤツだったってことと嫉妬深そうなヒトだってことだけは強烈に覚えてたらしい。アイツは先代クズ教師であり初代メンヘラエロ悪魔だからな。なんせ屋上でいたいけな男子高校生を押し倒してキスして告白してくるようなクズだからな。

 

「一成の師匠って感じだよね」

「悲しいことにな」

「でも、一成がアタシたちに出逢うきっかけでもある」

「教師になりてぇって思ったきっかけだからな」

 

 もう既に頭が痛くなることもなくなったから、結良にも話したしみんなに伝えたけど、川澄由美子ってクズ教師はオレの愛したヒトであり、オレが教師っていう夢を抱く道筋をくれた恩師でもある。大人になって、死んだ時のあのヒトの年齢を越しても、いや一生かかたって敵わねぇ相手でもあるけどな。

 

「一成にとって、アタシはイマでいいの?」

「リサ以外にもいるけどな」

「……そだね、だから一成は、アタシにはあんまり積極的になれないんだよね」

「そうだな、浮気してんのは事実だからな」

 

 なんならその浮気相手がリサであって、残りの生徒たちであって。どんなに頑張っても本命は音羽結良ただ一人だ。オレが将来を奪ってやりたいって思った相手も、オレの生涯を懸けて笑顔を守りてぇって思ったのも、結良だけだ。言っちまえば、結良と幸せになるために必要だから、結良との幸せの邪魔になるかもしれねぇから、こうやって後悔をなんとかしようって奔走してんだからな。

 

「あー、でも、でも……なんでかな」

「なんでだろうな」

「好き、好きになっちゃったんだ、一成のこと。大好き、アタシの将来全部懸けていい。一成が欲しい。一成と一緒にいたい。結婚して、子どもができて、その子どもが大きくなっていくのを、一成の隣で笑ってたい」

「……リサ」

「この気持をちゃんと言う前に、ちゃんとフッてもらう前に……アタシの恋は終わってた」

 

 相手が浮気性のクズなハズなのに、元カレで傷ついたのにそれにさらに輪をかけてクズであるハズなのに、リサはオレに恋をした。それは諦められるどころか、時間を積み重ねる程に大きく膨らんでいって、でも言えなかった。オレが空虚な顔でずっと、生徒たちを送り出そうとしていたから、自分もそうなるのが怖かった。

 

「大学生になってさ、独り占めできたの……すっごく嬉しかった。いっぱいデートして、リサって名前呼んでくれて、それ以上のことは何もないけど、それでも……アタシにはあの時間が宝物だった」

「けど、本心は違ったんだろ?」

「当たり前じゃん、だって流されやすいって聞いたから、ここで帰りたくないって言ったらホテルとか連れてってくれるのかなとか、キスしたら絆されてくれるのかなとか、ずっと悶々としてた」

 

 

 そのくれぇ欲張りでいいと思うけどな、オレは。静かに消えてくはずの気持ちを掘り起こしたのはオレへの未練の世界だった。

 オレだってなんの冗談かと思ったよ。リサはあんなに傷を隠してオレと生徒たちの物語を見届けてくれて、なのに勝手にフェードアウトしようとしやがって。オレがそんなの許すわけねぇだろ。

 

「それはお前がよくわかってんだろ、リサ」

「でも、結良が」

「オレは()()()()()()()()()()()()()()()()

「──っ!」

 

 お前とのハッピーエンドの世界でも確か散々言ってるはずだけどな、リサ。

 周囲とかどうだっていいんだよ、そんなのを考えるのは二の次だ。今井リサは幸せになるべきだ。少なくとも、オレがいる前ではな。そのための言葉を、お前はもう持ってる。んで、そのジョーカーを、使っちまえばいいんだよ。

 

「か、カッコつけすぎでしょ……バカ」

「バカはお前だバカ」

「ばっ、すぐ……一成はすぐそうやってバカって言うんだ」

「バカにバカって言って悪いかよ」

「好きって言ってくれた方が、好きなんですケド?」

「愛してるよ、リサ」

「……ばーか」

 

 オレはリサが十分に愛されたくてにゃーにゃーうるさいヤツだってこと知ってんだからさ。遠慮なんてする必要ねぇだろ。んで、せめてみんなが落ち着くくれぇまでは傍にいてくれると助かる。リサは他のメンツのブレーキとしても超優秀だからな。

 大丈夫だ、お前は絶対に幸せにしてやる。どんな手を使ってでも、もう二度とリサが悲恋で泣くようなことにはさせねぇよ。

 

「いまさら、取り消しはナシだから」

「当たり前だろ」

「……アタシの処女まで、奪っちゃってさ」

「初めての男、に拘る気はねぇが、これは愛してたのに愛してやれなかった意地みてぇなところもあるな」

「もう、そういうとこ……バカだ」

「好きだろ?」

「……ん、好き」

 

 まるであのハッピーエンドの時のようにリサはそのままオレの腕の中で眠りについた。ストレスってわけじゃねぇが、それでもちょっとは遣る瀬無さがあったからテラスでタバコを吸っていると、いつの間にか背中に体重を掛けられていた。この感じは、結良だな。わかった自分がちょっとキモいことに気づき、気付いてねぇフリをしながら振り返った。

 

「えっちなんだ」

「開口一番がそれか」

「だって、体重掛けただけでわたしだって気付いてたクセに」

「抱き心地を覚えて──っと、暴力系ヒロインは流行んねぇからやめとけ」

「ばか、セクハラカレシ、クズ教師」

「何一つ言い返せねぇ……」

 

 もう大分短くなってたタバコの火を消して、オレは結良を抱きしめる。

 悪いな我慢させちまって。それこそ恵理子と葵がいなけりゃ、もっとオープンでよかったのにな。

 それについて結良に二人きりとか、あの二人抜きとかのデートの方がよかったかと問いかけると、やっぱり結良は首を横に振った。

 

「天文部だもん。新入生を除け者になんてできないよ」

「けど」

「我慢した分、後でカズくんちでイチャイチャするもん」

「何泊する気だよ」

「ずっと」

「よし、わかった」

「いやダメでしょってば、もう、わたしのことになると見境なくなるんだから!」

 

 そりゃ、もう手放したくねぇからな。正直、明日を信じれるようになったとかカッコつけたこと抜かしてるけど、由美子の件って結構なトラウマなわけでさ。ふと連絡取らねぇと、顔を見ねぇと怖くなるんだよ。

 ──いきなり愛した女が手の届かねぇところに逝っちまったって恐怖が、足元から登ってくるんだよ。

 

「怖がり」

「って言われてもな」

「そんなんだからリサちー先輩を泣かせちゃうんだよ?」

「うぐ……そりゃもう、身を以て」

「セクハラです」

「理不尽だなおい」

 

 マジでイッた余韻が幸せすぎたって理由で泣きじゃくるくれぇメンタルやられてたんだよな。やっぱ千聖の方がマシだった。アイツは心底嬉しそうでありながら申し訳無さそうだっただけだからな。

 ──はぁ、つかこれでリサ、千聖、ヒナか。まぁ結局は七人コンプするんだろうなぁって気がしてくる。するとこころもか、いやアイツの貞操観念ぶち壊したのオレとヒナだし、そのツケなんだよな。

 

「ましろちゃんって先輩は増えないよね?」

「増えねぇよ、増やしてどうすんだよって」

「えっちする?」

「そうなったら遠慮なく暴力系ヒロインになってくれ。結良が殴って許してくれねぇと命の危機が迫る」

 

 そんな冗談を言い合いながら、まだまだ涼しい風が吹く朝焼けのテラスでオレはたっぷり結良の成分を補充させてもらった。帰りは紗夜と千聖に挟まれて、特に千聖には結良と同じように倉田との関係を尋問されながらの下山となった。だから、結良だけでもアレなのにもう美人七人囲んでんだよコッチは! ホントなら初期のヒナと蘭の二人で限界だったっての! 

 

 

 

 

 

 

 

 




リサ攻略完了! 
・モルフォニカについて
 初期執筆時点では影も形も存在してなかったモニカさんですが、現状は羽沢珈琲店でつくしちゃんが登場するのが一番多いと思います。
・もう一つのバンドについて
 アイドル二人囲んでるのであの子が、Roseliaと二人関わってるのであの子が、商店街に出没するのであの子とあの子と面識があります。Afterglowとの関わりで出るか、アイドル関係で出るか。


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⑦初夏ホリデー

 結良に始まり、クズ教師として立つと決めてからそろそろ三ヶ月、すっかり暑さが際立つようになってからもオレの新居に独りということはほとんどなかった。

 日曜、出勤もしねぇ最高の休みの日にオレはふわふわの赤茶色の髪を撫でつけながら、微睡みの中で船を漕ぐ彼女を腕に収めていた。

 

「リサ、今日は予定ねぇの?」

「……んー」

「手帳、勝手に見ていいか?」

「ん」

「よ、っと」

 

 手を伸ばして簡単なダイアリーもつけれる緋色の手帳を手にとってパラパラとめくる。

 七月の、と今日の日付を探し、その前の日やちょいちょい記される夕日のマークになんだろうかと疑問に思ったがそんなことはスルーしてそこに青薔薇のシールと一緒に「十五時〜スタジオ」と記されているのを見つけた。

 ってことは午前はなんも予定ねぇのか、安心してオレはまた寝息を立てているリサを抱きしめた。

 

「なんか、いい匂いする」

「ん? あー確かに」

 

 そこから三十分くらい甘ったるい時間を過ごしていると、リサが目を開けてそんなことを言い始めた。確かに、これはホットケーキの匂いだ。窓は開いてねぇはずだけどやけにダイレクトに匂いがするな。不思議に思ってオレは床に落ちていた寝間着を身に着け、リサの下着を投げて寄越しながら、寝室のドアを開けた。

 

「おはようございます」

「おはよ、カズくん……ぷっ、寝癖すご」

「せんせー、ゆーたんにいつこんな料理仕込んだの〜? やりますな〜」

「モカちゃん先輩言い方、あと大げさだよ」

 

 そこに居たのは外出用の格好をした紗夜、相変わらずちょいラフなパーカーに短パンのモカ、そしてエプロン姿にスカートが揺れる結良という三人だった。いつの間に、とは思うが結良には合鍵を渡してあるからおかしくはねぇ。ホントならみんなに渡してぇところだが、流石に数が多くなりすぎるからってことで結良だけだ。

 

「かずなり、誰か……いたね〜」

 

 後ろから出てきたリサが甘えモードから一瞬で元のリサに戻った。モカがその変わり身の早さに驚いてるのがちょっと面白いな。そのまままた寝室へと引っ込んでいったリサを結良以外の全員が見守っていた。

 やらかしたかな、みたいな反応だがいいんだよ。リサは甘えるのがめちゃくちゃ下手くそなんだから。

 

「確かに〜、はーれむの時もさ〜、リサさんがべったり〜みたいなこと記憶にないもんね〜」

「そうですね、今井さんが恋人の時ですら、いつもの雰囲気は崩れませんでしたね」

「そういうヤツなんだよ。まぁオレからすればお前ら二人も負けず劣らずだったけど」

 

 紗夜がそうですねと苦笑いをしてモカが確かに〜と肯定した。まぁでも更に言うとモカがピカイチだったな、そもそも逆にその二人きりの時にしかない空気、みたいなので胸中無限にマウント取ってたみてぇだし。紗夜は時間が経てばちゃんと甘えてくれるようになったしな、と手をのばすとそわっと直立になる。

 

「ちょーきょーされてますな〜」

「か、一成さん!」

「悪い悪い、これでいいか?」

「そ、そういうことではなく……ん」

「モカちゃんにも〜」

「……ねぇ、わたしいるの忘れてない?」

「アタシのこともねぇ?」

 

 両手でわんこを二頭撫でていると唇を尖らせた結良と後ろからリサの声がした。なんだリサ、悔しかったら甘えてこいよ。視線でそう伝えると結良がこれで全部だよと皿の上にホットケーキを置いて、それから無言で両手を広げてきた。

 悪い、蚊帳の外だったな。そんな気持ちで一番の甘えん坊を抱きしめていく。

 

「おはよ、結良」

「うんおはよぉカズくん、えへへ〜」

「……ほらリサも」

「ムリムリ、ぜーったいむり!」

 

 顔を真っ赤にしてオレから一番離れた席についたリサ。その隣が紗夜で、モカの隣に結良が座った。一人暮らしなのに椅子が多いんだよなぁと普段は思うが、こころや結良はこういうのを想定してたんだろうな。

 コイツらが後悔してると知ったらオレが何をするのか、なんて決まってる。バレててもバレてなくてもきっと、オレはクズ教師としてまた失われた時間をやり直すってな。ちょっとムカつくのは結局、こころはルールを敷く側であってオレがアイツの創り出した舞台で頑張ってるだけってことだな。

 

「で、お前らこれからの予定は?」

「私は夕方まで暇なので一成さんに会ったら練習しようかと」

「ゆーたんとデート〜」

「うん」

「あ、アタシも練習カナ〜」

 

 つまり紗夜が練習ついで、モカと結良がデートついでに寄っただけってことか。んでリサは夕方まで暇だからオレの相手をしてくれるってことだな、把握した。

 なんか微妙な顔してるけどせっかく着替えたのにって言うんだったら出かけるか?

 

「いや、あの、わかってて言ってるよねセンセー」

「なんだよ、置いてくのかよ」

「あ〜、せんせーがかわいそ〜」

「そうだよリサちー先輩、寂しがりのカズくんの相手してあげてよ」

 

 お前ら背中押すフリして実は背中刺してるよな。紗夜も無言で頷いてるし。コイツはコイツでどうやらもう練習スタジオを予約してしまったらしく、リサがそれなら紗夜だってと言うもののどこ吹く風だ。

 やがて逃げ場がなくなったことを察したのか、リサはため息を吐いてわかったよと頷いた。

 

「悪いなリサ」

「もう、ホントにバカなんだから」

 

 紗夜を見送り、モカと結良の相手をして再び二人きりになる。そこでようやくまたリサが腕の中にゆっくりと吸い込まれていく。

 ホントに甘えベタなんだよお前はさ。もうちょい素直に甘えてくれてもいいと思うんだよな。まぁどんなシチュエーションでも甘えるのに時間がかかったリサに言うだけ無駄なのかもな。

 

「そもそも、今は結良のカレシなわけじゃん」

「でも、リサを愛していたい」

「浮気者」

 

 そう言われると弱いな。けど、ホントに嫌なら平手でも打って去ってくれていいんだ。リサがそんなことしねぇってのは知ってるとはいえ、こんな状況で嘘吐く意味なんてあんのかよ。

 お前の後悔は素直に甘えたい、愛してほしいと言えなかったことなんだろ? すぐ近くにあった幸せを、取り逃がしたことなんだろ? 

 

「だからって……こんな、こんなのずるいよ」

「ずるくなんかねぇよ」

「だって、結良に悪いし……一成にも」

「なら、今すぐここから出てって、全部忘れるか?」

「……無理だよ」

「じゃあ、クズに捕まったと思って諦めるんだな」

 

 もう、と文句でも言うような視線がこっちを向き、自然に唇が重なる。ゆっくりと、だけどオレの反応を確かめるようにじっくりと。

 離れようとしても腕が絡まってきて、言葉とは裏腹な貪欲さをオレは呆れ半分で受け入れる。こういうところ、言ったら絶対怒られるだろうし納得いかないって言われるだろうから黙っとくけどな。

 

「じゃあ、もっと……捕まえてて」

「朝からか?」

「だめ?」

「オレがダメって言うと思うか?」

「あはは、だよね……じゃあ」

 

 ──コイツのシたがりはヒナ並みなんだよな。全く類は友を呼ぶというべきか、蓋を開けてみればあのメンヘラクソ悪魔と同等にキスしよえっちしよの肉体言語を使ってくるのがリサなんだよな。美人に求められて据え膳で、流されやすいクズのオレがその誘惑に耐えきれた試しがねぇってのも、問題の一つな気がしてならねぇけど。

 

「送ってくれてアリガト」

「おう、また連絡あってもなくてもいいが、ちゃんと甘えに来いよ」

「うん、もう遠慮しないから」

「そうしてくれ。じゃねぇとまた寂しいって泣く羽目になるからな」

「はーい、じゃあねカズセンセ!」

 

 見送って、ようやくリサも覚悟を決めたっつうか諦めたっつうか、とにかくこれ以上我慢してもバカらしいということはわかったらしい。まぁリサの場合はああ言っといて全然来ないとかありそうなパターンだからこれは、紗夜に要相談だな。そんなことを考えながら、独りで家にいるのもアレだしと思い羽沢珈琲店へと足を運んだ。

 

「いらっしゃいませー!」

「いつものと、チーズケーキで」

「かしこまりました!」

 

 若宮に出迎えられ、ブレンドコーヒーとチーズケーキを頼む。そうしてテキトーな席へ着こうとすると、こんにちはとまるでふわふわと水中を浮遊しているかのような柔らかな声で挨拶をされ、オレはそっちに目を向けた。そういやここ数ヶ月全然会ってなかったなと思い至って久しぶりだなとなんとか声を絞り出したのは、ゆるふわかわいい系女子、松原花音だった。

 

「先生?」

「なんですか」

「なんで敬語なんですか……?」

「いや……思わず」

 

 脳裏に浮かぶのは殺気を飛ばして壁ドンしてきた記憶、もう一年経つのかあれから。早いもんで、それから数回顔は合わせたものの、いつも殺意を感じるほどの眩い笑顔で接してくるから苦手なんだ。なにせ千聖との世界でも壁ドンしてきたしな。あんなに嬉しくねぇ壁ドンもそうそう体験できるもんじゃねぇよ。

 

「もう怒ってません」

「……え、マジ?」

「だって、千聖ちゃんと向き合う気になったんですよね?」

「そうだな」

「だったら、私は先生に怒ったりしません」

 

 そうですか、とか言いつつトゲのようなものを感じるのはオレの気の所為だろうか。まぁクラゲって毒あるヤツ多いしそういうことだろう。と、そこまで話してそういえば松原に関して千聖が怒ってたことを思い出した。なんかやけにチャラい系の男と付き合い出したからあんな男に花音を、みたいなこと言ってたな。

 

「大丈夫か? 奥沢の元カレしかりオレしかり、基本女好きはロクな男いねぇよこの世界」

「チャラいの、見た目だけですから」

「あ、そうなのか」

「それにリサちゃんに紹介されたヒトなんです、幼馴染だって」

 

 へぇ、つかリサに湊以外に幼馴染だって言えるヤツいたんだ。知らんかったなと思いつつ、なんでも小学校の時の同級生らしい。じゃあ松原は健全にタメか。いいぞ、オレの知り合い、年上にしか興味ねぇやつばっかりでどうなんだろうなって思ってるから。奥沢も白金も、なんならウチの生徒みんな年上なんだよなぁ。

 

「先生が一番年の差ありますけどね……」

「言うな、愛に年齢はとかカッコつけんのも嫌なくれぇ年下なんだから」

 

 結良は今年十八だからな。そもそも松原と干支同じなんだよオレ、それより更に四つ下なんだからマジでヤバいんだよなぁ。よく考えるとオレが由美子に惚れて色々してる頃に産まれてんだもんな、やば、今更だけど犯罪とかいうレベル超え過ぎてて吐きそうになってきた。

 

「教師よりは、マシだと思います……」

「だけどバンドマンでベーシストはやめとけ、ロクでもねぇってよく言うだろ」

「それは偏見ですよ」

 

 まぁでも松原もガールズバンドやってるんだから同じ趣味に惹かれるよなぁ。そして中々奥手らしく、でもそんな奥手なことを気にしているところがかわいいんですよおと松原は惚気を爆発させてきた。

 ──やっぱクラゲは肉食だもんな。千聖、お前がずっと守ろうとしてきたゆるふわピュア女子はとっくの昔に手遅れだったみてぇだ。類は友を呼ぶって言葉、今日実感するのは二回目だな。違いは千聖は愚痴が止まらねぇタイプだがコイツは惚気が止まらねぇタイプだ、マシンガンのように惚気けてきやがる。

 

「と、ところで松原」

「はい?」

「今日はハロハピ関連で用事あったか?」

「ありましたけど、お昼で終わっちゃってますよ?」

「……そうか、やっぱりそうか」

「こころちゃんのことですか?」

「察しがいいな」

陽太(ようた)くんのことがあるので♪」

 

 もういい、もう十分だから。これ以上オレの中の松原の印象をぶち壊さないでくれ。恋をするとヒトが変わるってのはよくある話だし実際オレも体験してきてはいるが、紗夜あたりで。だからってこれはキツい。何がって千聖が守ろうとしていた宝箱の中身がとっくの昔に腐ってた並の辛さがある。アイツのことを芸能人ではない自分をまっすぐに見てくれる親友だからこそ、時折ピュアな笑顔ででかけた時のこととかを語ってくれたこととかあるしな。そして千聖があんな男とどうたらって言ってた理由もよーくわかった。

 

「カレシで忙しいところ悪いが、こころのことよく見といてくれると嬉しい」

「はいっ……ふふ」

「なんだよ」

「やっぱり、先生はそうやって誰かのために走り回ってる姿が一番、カッコいいなあって」

「惚れても手がいっぱいだからな」

「浮気はしませんよお」

 

 大人になるってこういうこともあるんだな千聖。オレは女の花を咲かせる松原になんとも言えねぇ表情をすることしかできなかった。

 じゃなくて、頭を切り替えろよ。えーっと、やっぱこころが今回の一番の難敵だな。とりあえずは蘭やモカから、Roselia関連で忙しい紗夜もなんとか時間をコッチに割きたいからもう少し待ってほしいって言われてるし、太陽サマは雲隠れも上手いらしいから、奥沢にも協力してもらうかな。確か結良がアイツの家に同居人と仲がいいはずだしな。

 

 

 

 

 

 

 




モブ紹介
・赤坂陽太くん(黄昏の世界)
一体どこのカンベくんなんだ。
黄昏時空では高校までリサとの絡みもほとんどなし(リサが中学の時に惚れてないため)な上に紗夜B時空で付き合ってたトーマがコンビニバイトをしていないので大学でばったり再会した形。その後「九歳差」の宮坂さん相手に見事に玉砕した花音にリサがクソ童貞だけどと紹介、現在お付き合いをしている。やったね花音ルート!
ビッチではないがやはり千聖の親友なので徐々に毒クラゲとしての才能を如何なく発揮し始めている。


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⑧蘭華ガールズロック

 ひとまず逃げ回るレアキャラと化したこころはまぁ置いとくとして。オレはAfterglowのライブに招待された。いや正しくはオレではなくオレと結良だが。なんなら結良がメインだけど。

 なんだかんだで、結良はライブに結構足を運んでるらしい。そりゃ先輩方がガールズバンドやってるんだからそうなるんだろうな。

 

「カズくんってロックが好きなんじゃなかったっけ?」

「オレはジャズだよ」

「あ〜」

 

 なんだそのリアクションは。それはどっちの考察なんだ。カッコつけたいから落ち着いたものを選んでるんだなぁって納得なのか、どうせ昔の女がジャズ好きでそれに釣られてハマったのかなぁってリアクションなのかどっちだ。ちなみに答えは悲しいことにどっちもなんだけどな。きっかけは後者、今も趣味になってるのは半分前者みたいな。

 

「とゆーわけで、カズくんのTシャツを頼んで確保してもらったよ、あとバングルも」

「お、おう」

「ちなみに蘭ちゃん先輩が赤で、これはアフグロの基本色、モカちゃん先輩が青緑で──」

 

 なんかめっちゃ詳しくなってるしなんでキャップとタオルもバッチリなんだよお前。しかもこれお前の白のシャツとオレの黒のシャツ柄一緒のペアルックになってんじゃん。それについてはいいじゃんと笑いながら、それに今回のライブのシャツだからペアルックいっぱいいるよと反論されてしまった。確かにそうか。

 

「ヒト多いな」

「そりゃそうだよ、商店街の人気バンドなんだし」

 

 今回はツーマンライブだから大きめのハコ、ああライブハウスのことか。ハコを用意したんだとか。大学時代遊んでた遊んでたって言われるオレだがクラブとかライブとか音楽系は触れてきてねぇんだよなぁ。前半マジメだったし後半はもっぱらスポーツ観戦の方ばっかりだったからな。あれ、思ったよりオレって健全だな。

 

「それとそれと〜、カズくんが来るってゆってくれたからこれももらってきてあげたよ!」

「なんだそれ」

「関係者パスポートっ!」

「なんでもらえてんだよ」

「モカちゃん先輩がね、楽屋に寄ってほしいって」

 

 まぁモカの頼みなら。というか結良のコネがすごいんだよな。まぁ後輩としてめちゃくちゃ可愛がられてるからな。なんならアイドルバンドとして再出発し始めたパスパレのイベントにもヒナにゴリ押しされて歓迎されたっぽいしな。コイツの方がオレの生徒攻略してんじゃねぇのってくれぇ優遇されてる気がする。

 ──そんな魔性の女の導きによって早めに到着したオレは「Afterglow」と書かれた楽屋の前に来た。これで着替えててみてぇなハプニングはお約束だがそういうのは結良に怒られるためきちんと連絡した上で扉を叩こうとしたところだった。

 

「せんせー」

「おっと、モカ外にいたのか」

「えへへぇ、蘭より先に甘えとこうと思って〜」

 

 抱きついてきた衣装姿のモカを抱きとめる。あんまやるとセットとか化粧が崩れるから気をつけろよ。髪は汗でどのみちぐちゃぐちゃになるからへーきと幸せそうな笑顔を見せてきた。

 そうかよ、つかそんな風に笑えるようになったんだな、お前は。

 

「今はせんせーがいるからね〜」

「そうか」

「さぁさ〜、入って入って〜」

 

 そう言ってまるでタイミングを測ったかのようにそのまま扉を開けやがった。するとそこには着替えかけのまま尻をコッチに見せたセクシーポーズで固まる上原の姿があった。

 ──狙ってただろ、モカ。視線を向けるとこの悪魔はまるで偶然だ〜とごまかすような顔で微笑んできた。

 

「せ、せんせっ!?」

「恨み言はコイツにぶつけてくれ」

「と、とりあえず出てってください!」

 

 モカによってお約束ハプニングを起こされ、オレはため息混じりに扉を閉めて結良の顔を見る。よかった怒ってはなさそうだ。上原はあれだな、度々モカによってそういう扱いをされるから不憫だよなぁ。オレが担任やった時も結構ヒドい目に遭ってたしなぁ。アイツの下着見た回数、数えるのもバカらしいくれぇには。

 

「今ひーちゃん先輩のパンツの色思い出してなかった?」

「思い出すまでもなくピンクだろ」

「えっち」

「不可抗力なんだよなぁ」

 

 まぁほら、上原が幾ら美人でいい身体してるからって言っても生着替えにばったり出くわしたくれぇじゃ興奮するわけでもねぇし。そもそも生着替えとか見慣れてるしなぁという感想が最初に出てくる。それは変態だと罵られても仕方ねぇ気がしてきたな。下着姿に興奮なんてこれからそいつを脱がせるんだ、って時くれぇだし。昨日の結良とか。

 

「えっち」

「認める」

「なんで思い出したの」

「新しいから見てほしいって言ったの結良だろ」

「そっ、そうだけどさ!」

「なに楽屋の前で痴話喧嘩してんの」

 

 言い合いをしていたら扉から顔を出した蘭に怒られた。どうやら蘭は上原のパンツ見たことに対しても怒ってるようで、目つきが鋭くオレを刺してくる。そうだな、モカの悪戯を無警戒だったオレも悪いな。

 いいよと言われて入ると苦笑い気味の羽沢と顔を真っ赤にしてる上原、それを気にすんなよと慰めてる宇田川と、そこからやや離れて我関せずのモカがいつものようにパンを食べていた。

 

「わ、悪いな上原」

「い、いいんです……モカのせいだし」

「それに、見せ慣れてるだろ、高校ん時なんて──」

「それは今言わなくていいのっ、巴のバカ!」

 

 そこに結良が慰めに加わって上原が抱きついて離れなくなってしまった。久々だったし結構恥ずかしいポーズまでついてたからな、立ち直るのは大変だろう。オレは他人事として処理させてもらうとさて置き、蘭の隣に座った。

 蘭は緊張してるわけではねぇだろうが静かに集中力を上げてるようだったが、オレが来るとそれを緩めて手を伸ばしてくる。

 

「いいのか?」

「今日は一成がいるから、触れ合ってる時の気持ちもステージに持っていきたい」

「オレはロックから程遠いだろ」

「そんなことない」

 

 伸ばした手に手を重ねて指を絡める。蘭の手はちょっと冷たくて、握るとじわりと暖かくなっていく。それ以上甘えてはこねぇ、でも今の蘭はそれでいいって思える気がした。今は、手一つ分くらいの甘えで十分で、後はステージを成功させてから。そんな想いが伝わってきた。

 

「あたしは甘えないとやだ〜、もっと甘えたい〜、なんならちゅーする〜」

「したら興奮するだろ」

「一成がね」

「モカもだよ」

「……否定しないんですか」

 

 ヒロイン外の生徒だった上原は知らんだろうが、オレを流されやすいクズたり得ているのはキスで割と興奮することなんだよな。これはヒナのルーティンがきっかけなんだが、主犯曰く十秒ねっとりキスしたら準備完了になって抵抗力がなくなるらしい。覚えなくていい豆知識な。

 

「カレシとライブデートって、なんかよくない?」

「そうなのか?」

「嬉しいもんだよ、恋人が自分の趣味に付き合ってくれるのって」

 

 そうしてバックヤードから抜け出し、ライブは二人で楽しんだ。わかんねぇ曲も、手を上げて汗かいて盛り上がるって結構楽しいもんだなぁと言うと、結良は笑顔でそう返してきた。すると歴代カノジョもそういう気持ちを持っててくれたのかな。それを訊ける唯一のヤツは多分、なっくんと一緒にいられるだけで幸せだったよとかマジな顔で言ってきそうだからやめとこう。

 

「楽しそうだったな、アイツらも観客も」

「だね」

 

 みんな笑顔で帰っていく姿を見て、こころが世界を笑顔にするために音楽を選んだ理由がわかる気がした。言葉を捻って捻って拗らせて伝えるよりも、音楽の方がどストレートに想いが伝わるんだよな。

 感想を言い合いながら結良を家まで送っていく。ホントはオレとしても泊まってってほしいけど、流石に何日も何日もってのはよくねぇしな。

 

「ホント、結良にベタ惚れだね一成は」

「オレは元々そういうヤツなんだよ」

「そっか」

 

 ライブが終わってオレのところに来たのは、予想に反して蘭の方だった。

 モカだと踏んでたが、もしかしたらアイツも直前で物怖じしてるんだろうか。風呂上がりの湿気を纏いながらコッチに身体を寄せてくる蘭を抱きしめながら、情報を訊き出していく。

 

「モカは、また自分が壊すんじゃないかって、怖がってるんだよ」

「相変わらずだな、アイツは」

「うん、でも傍にいたい。だから結良と仲良くなろうとするし、一成に甘えてくるんだ」

「複雑な乙女心だな」

 

 あのままじゃモカは前に進めなかった。ずっと淀んで、凪いで、そのまま停滞して不幸になっていく状態だった。だから、オレはそんなアイツがちゃんと明日を信じられる世界を作りたかった。自分が信じてねぇのにそんなこと言っても説得力なんて欠片もありゃしねぇだろうけど。

 でも、あの幸せな世界を経験してちょっとでも前に進みたいと思えるようになってくれてたらそれでいい。オレはそんなモカを愛してやれるんだ。

 

「それ、ちゃんとモカに伝えなよ」

「だな……いくらヤンデレストーカーっつっても、知らねぇことだってあるだろうしな」

「そういうこと。少なくとも今の一成の気持ちは、モカに伝わってないから」

 

 じゃあちゃんと伝えなきゃだな。モカにも、それから蘭にも。

 つかお前は手を出していいのか未だに迷ってるところなんだけど、親御さんに殺されねぇかな。あと婚約者のあの男、ノリで一緒に飲みに行った仲間だし当然オレと蘭の関係も知ってる。

 

「……まだ結婚してないし、そもそも付き合ってるわけじゃないから」

「そうだったのか?」

「だから、言ったじゃん。アタシにはアタシのぺースがあるって」

「モカの元カレとのデートのやつか」

「そう」

 

 それは知らなかったな。つうことはなんだ、お前なんだかんだで今フリーってことになるのか? それともこうなることを予測して先回り……できるほど器用なヤツじゃねぇから。アレか、未練を抱えたままじゃ嫌だったって感じか。

 蘭はその言葉に頷いて、当たり前じゃんとくっついてくる。

 

「将来とか約束とか、そんなチープなもんで、お前の明日を狭めんじゃねぇよ……って言ったクセに」

「懐かしいな」

「一成がアタシにくれた宿題だもん」

「そうだな、お前はやりてぇこと全部やって、生きたいように生きてるんだな」

「父さんにはもう一回だけ、恋をさせてほしいって……今度こそ、アタシが納得できる形で、一成に送り出してほしいから」

「わかったよ、蘭」

 

 ホントはコイツも、もうとっくにその宿題の答えを見つけてるんだろうな。まっすぐ全部こなして、青春という名のロックを奏でて、その先にオレがいねぇと知ってもそれでも。いやそれは許してなんてくれなくて、ちゃんとお別れを、納得できるお別れを欲していた。それが蘭の後悔。あの日、オレの顔はきっと曇ったまま、ひでぇ顔してたんだろうな。蘭もボロボロに泣いて怒って、ひでぇ顔だった。そんな納得できねぇ別れは、なかったことにするんだ。

 

「だからその日まで、またよろしくね……変態クズ教師」

「今度こそお前を、お前らを抱いて人生バラ色になったって宣言してやる」

「ふふ、通報していい?」

「バカ野郎」

 

 これで人間関係的に最大の恐怖だった蘭を安心して抱いて、残る標的はモカ、紗夜、こころと三人になった。

 クズ教師たるオレのエンジンもそろそろ温まりつつある中、そろそろ羽丘は夏休みが到来しようとしていた。まぁ大学生は基本的に八月まで前期あるだろうし、その間はオレも夏期講習があるからな。結良を構って、遊びに来るヒナやリサを相手にする日々だろうな。

 つか蘭も遊びに来いよ。羽丘の卒業生なんだしお前のことは担任したことあるって実績もちゃんとあるからな。

 

 

 



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第二章:追跡サマーデイズ
①波乱サマーと鈴蘭ビジット


 夏期講習って言葉を訊くと腰が痛くなるのはまず間違いなくバカヒナのせいだ。ただヒナは現状芸能活動やらで忙しいから大丈夫だと思いたい。問題は結良のヤツ、性欲面では実のところヒナの悪魔の因子を受け継いでると言っても過言じゃねぇってことなんだよな。

 しかも付き合えると思いきや最後のクズ教師と称してオレはかつての生徒を囲いまくってる。二人きりの時間が多い時にがっつくのも仕方ねぇところではあるんだよな。

 

「カズ先生、お疲れ!」

「お疲れ様です先生」

「結良と、恵理子……葵は?」

「バイトだって」

「そっか」

 

 まぁ部活はテキトーにやっといてくれみてぇなところがある。結良が学校に来る口実でありアイツらが待てる場所を作ってやるのが大きな目的だからな。ただどうやら結良は天の川が観てぇって話らしく、八月の計画を立てていた。

 あ、お盆は予定あるから引率できねぇってことだけは覚えといてくれ。

 

「先生、実家帰るんですか?」

「まぁ地元に帰るのはそうだけど、恩師に会いに行くからな」

「恩師ですか」

「あ、そっか」

 

 結良が納得の声を上げるが、今年はお前もついてくつもりなんだろ? まぁこの場では言えねぇのはわかってるけどな。そんな話をしていると扉が叩かれ、リサと紗夜の声がする。オレが何かを言う前に結良が跳ねるように飛び出していき、二人を元気な声で出迎えていた。

 

「リサちー先輩、紗夜ちゃん先輩!」

「ゆーら、勢い強いから」

「こんにちは」

「うん、入って入って〜お茶淹れるからね、先生が」

「オレかよ」

 

 気を遣ってくれた恵理子が立ち上がろうとするが、それを手で制する。結良がそれを察知してすかさず恵理子がRoseliaのファンだってことを紹介する。特に紗夜推し、というか紗夜のギターに惚れ込んでるらしく、真似するためにギター買おうか悩んでるレベルらしい。いやそれはオレも知らなかったな。そんなことを考えて準備室に置いてある元々はこころがコッチに来た時のための冷蔵庫からお茶を取り出して紙コップを取り出していると、手伝おっか? と声を掛けられた。

 

「手伝うような工程ねぇよ、麦茶だしな」

「だよねぇ」

「くっついたら暑いだろ」

「嫌だった?」

「嫌じゃねぇよ」

 

 二人きりの隙を逃さず甘えに来たのはリサだった。背中にくっついてきて、まるで猫だなと髪の毛を撫でる。それを数分して満足したようで、さっきと同じように持つの手伝うよとお盆を使わずに紙コップを三つ、持っていった。オレが残りの二つを持ってその後を追うと、紗夜が若干苦笑いをしていた。

 

「随分と抽出に時間がかかるお茶なんですね?」

「そうなんだよ、おかげで暑い思いをさせられてな」

「いーじゃん、別に」

 

 唇を尖らせたリサ相手に紗夜が肩を竦める。こういうやり取りができるくれぇにはリサは素直に甘えてくるようになったんだよな。まぁちゃんと二人きりの時を見計らうということくらいはできるが。普通できるだろと言いてぇところだがそれができねぇのがヒナだからなぁ。つかアイツ、まだちゃんとアイドルできてるが不思議なレベルなんだよな。

 

「確かに、アタシも流石にアイドルは辞めるかと思ってた」

「おかげで忙しいようだけれど」

「先生、会えなくて寂しいならイベントチケットいる?」

「……千聖ならまだしもヒナのアイドル対応が想像できねぇな」

「いつもと変わんないよ」

「アウトじゃねぇか」

 

 オレが会いに来ただけでスキャンダル発生すんのバカだろ。ヒナらしいと言えばそうなのかもしれねぇけど、と思ったけどアイツはなんだかんだで、学生時代に色々と隠しきれてた……っけ。まぁ一応な、ちゃんと対面上は先生つけろって言葉には従ってくれてた部類だしな、なんとかなるかもしれん。

 

「日菜ちゃんってそういえば天文部だったんですよね」

「ん? ああ、そうだな」

「私、日菜ちゃんのギターもカッコいいなって思ってて、パスパレは日菜ちゃん推しなんです!」

「エリちゃんの好みがよくわかるね、それ」

「確かにね〜」

「顔以外は似てないと思いますが」

 

 いーやお前ら割と似てるよ双子だもんやっぱ。そんな話題で盛り上がっているうちに最終下校時刻が迫ってきて、恵理子と結良とリサでそのまま葵に会いに行くことになったらしい。紗夜と二人きりか、それともあのレアキャラを捕まえれそうなチャンスか。ちょっと悩んだがアイツはオレがいると察知したら逃げるようで、奥沢も松原も苦い顔してたんだよな。じゃあやっぱり後回しだ。

 

「いいのですか?」

「お前だってバンドで忙しいからこそ、こんなに遅くなっちまったんだし」

「……それは、そうね」

 

 まさか前は暇さえあれば追いかけてくるようなヤツだったのにこうやって捕まえなきゃならんくなったとはな。そう言うと紗夜は露骨にしゅんとしてしまう。ああ、そういや最近仕事が立て続けで前追っかけてたバンドマンにカノジョができちまったんだっけ? そう訊ねるとそうなんですと珍しく愚痴を吐き出してきた。

 

「同年代のヒトで、少し……いいなと思える方がいたの」

「おう」

「気づけば松原さんとお付き合いしていたんです……」

 

 ああ、リサの幼馴染の確かなんだっけ、赤坂くんだっけ? そう言うとカンベさんという単語が出てきた。どうやらバンドネームらしく、アタックどころか恋愛に発展する前に玉砕したらしい。それにはタイミングとか色々ありすぎてなんとも言えねぇ、つかリサ、なんで紗夜にも松原にも紹介してるんだアイツ。

 

「いえ、どうやらそもそも可愛い系の方が好みだったらしいです」

「……さ、紗夜」

「追いかける恋は燃えますが、始まる前にフラれると、結構ショックなんですね」

「よし、リサにはオレから文句言ってやるしそのカンベとか言うヤツにも文句言ってやってもいい」

 

 よくもウチのメンタル激弱わんこをいじめたなこの野郎。紗夜はなぁ、恋に関してはポンコツもいいとこだしすぐ自分からアタックできずに尻尾振って待っちゃうタイプだけどな、超絶美人だしかわいいとこだってあるし性欲は妹に負けず劣らずなんだよ。そこは関係ねぇな。とにかく、まぁ松原のカレシに怒りに行くことはしねぇけど、通報されたら困るし。でもそのショックを絆してやる。

 

「やっぱり、まだあなた以上の方は……いないのね」

「そうみてぇだな」

「今夜は、昔みたいに抱いていただけますか?」

「もちろん、昔より夢中にさせたら悪いな」

「ふふ、音羽さんに怒られてしまうわね」

 

 紗夜の後悔は、強欲になりきれなかったことだろうな。もっとわがままでいたかったそれこそ妹のヒナみてぇに愛してほしいって小型犬のようにけたたましく、弱かろうがなんだろうがプライドをかなぐり捨てて吠えていれば、オレは振り向いたかもしれねぇってことなんだろうな。オレの言葉通り相手を見つけようと優等生で待っちまったことが、コイツの後悔だ。

 

「今は、火遊びでもいいから……あなたの身体に、明日なんてない愛に溺れさせて」

「言っただろ、とまり木にはなってやるって」

「……はい」

 

 氷川紗夜が次に羽ばたくまでのとまり木、その役目を降りるのがちっと早すぎたんだ。今度はできるだけ待っててやる。傷ついちまったその羽が癒えるまで、オレがお前のことを愛してやるから。そんな甘くロマンチックな言葉を求めていたかのように、紗夜は微笑み、艶やかな顔でオレに迫ってきた。

 

 

 

 


 

 

 

 紗夜ちゃん先輩は数日間カズくんに抱かれて、恋人みたいに過ごしていった。そりゃわたしは本物だもんカズくんにいっぱい、そりゃもうデロデロに愛してもらってるけど。少しだけ不満もある。

 カズくん、すごく生き生きと先生やってるんだよね。元々クズ教師だったてゆーからさ、多少は元通りに昔のカズくんになっちゃうんだなぁくらいに思ってたんだけど。付き合って、わたしが独占してた時に感じた違和感を思い知らされた。

 

「──そうだよね、ハーレムの世界のカズセンセはあんな感じだったよね〜」

「うん、でもやっぱり違ったんだよ。わたしが独占してた二ヶ月と、今って」

「ゆーら……」

 

 嫌だ、なんて思わない。だってむしろ独占してた時よりも感情がストレートになった。付き合いに慣れてきたってのもあるんだろうけど、めっちゃ好き好きゆってくるんだよ? 休みの日で予定ない時なんてむしろカズくんが離れてくれないくらいだし。ちょっとした二人きりの時間作って、わたしにちゅーしてくるんだもん。

 

「え、それって学校でってこと?」

「うん」

「わー、ガマンできてませーんってカンジだね〜?」

「授業中とエリちゃんアオちゃんがいる時だけ、それ以外はカズくんだもん」

 

 カズ先生はカズ先生ですーぐ天文部員ばっかり指名してくるみたいだしわたしも三年間被害に遭ってますけど。おかげで二年の時は付き合ってる疑惑持たれてたからね! 付き合ったのその後だってば。確かにその時から、わたしが片想いしてたからそういう目で見られてもおかしくないんだけどさ! 

 

「デレデレだね〜」

「それだけにさ、思っちゃうんだよね」

「ん、そっか……そうだよね」

 

 またわたしだけになったら、カズくんは今とおんなじ顔するのかなって。もしかしたら、あの時のカズくんになっちゃうんじゃないかって不安がある。そりゃみんなの後悔がなくなったからハッピーエンドになって、わたしは約束通りウェディングドレスを着せてもらえるのかもしれない。でもさ、カズくんの後悔は? もしかしたらそれってまたおんなじことに、ううん今度はカズくんだけを置いてっちゃうんじゃないかって、そう考えると怖くなっちゃう。

 

「それは、アタシたちがぜったいに防ぐから」

「リサちー先輩」

「おんなじになりそうだったらみんなでぶってでも一成を笑わせちゃうよ。そうじゃなきゃ、一成がまたクズ教師になってもいいって許してくれたゆーらに申し訳ないもん」

「……ありがと」

 

 そんなことを言いながら今日は仕事があるから先に帰ってろ、と言われていたわたしは一緒にご飯でも作ってあげようねと話し合い、ちょっとの間甘えに言ったリサちー先輩と後で合流しようと約束して校門を通り抜けたところだった。なんだかツリ目で雰囲気が怖めのおねーさんに話しかけられちゃった。

 怖めなんだけど、すごくキレイなヒトだった。短い黒髪はサラッサラで風に靡いてて、夏用パーカーにダメージジーンズというライダーな格好をしてた。

 

「あの、キミ……!」

「はい? えーっと?」

「あたし、ここに通ってた富士見(ふじみ)麗奈(れな)って言うんだけど」

「麗奈さん……ん? レナさん?」

()()()()()()ってまだいるかわかる?」

「……あー」

 

 清瀬センセーとはつまりわたしのカレシのカズくんのことだよね? うん確定でいいでしょう。どのくらい上の先輩かはわかんないけど、かわいいかキレイかの二択の女性がその名前を口にしたら女誑し清瀬一成先生のことで確定していいと思ってる。そして、わたしのカズくんアーカイブの中に名前を発見したよ。レナってカズくんが呼んでた、カズくんの教師人生の失敗を語る上では結構な重要人物であり、通称生徒ゼロ号先輩だ。そんなヒトが、この夏に、ちょうどカズくんを訊ねてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




新しい女が来た
・富士見麗奈
 生徒ゼロ号、詳しいエピソードは「バッドエンド」を参照。
 不良生徒であり、クズがクズ教師として過ごそうと腹を割った際に思い返して一番マトモに関わったなぁと思ってるやつ。ちなみに黄昏ティーチャー的に正しい意味での「生徒」でもある。女誑しめ。


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②欲深ティーチャー

 急に昔の生徒が訊ねてきたらそりゃもう仕事どころじゃなくなる。リサといちゃついていると連絡が来て、とんぼ返りしてきた結良が連れてきたのは、オレが考えてきた通りの人物だった。

 富士見麗奈、オレが初めて担任を任されたクラスにいた問題児であり、その前から話題になっていた不良生徒であり。

 ──オレが力及ばず、ここで卒業を迎えることができなかった生徒でもある。

 

「久しぶりだな、レナ」

「ホントに、久しぶりだねセンセー」

 

 万感の想いを込めた久しぶり、の応酬に目頭が熱くなりそうになる。会いたかった、って言うと多分めっちゃ後ろでそわそわしてる結良に怒られるだろうけど、またそういうのとは違う理由で会いたかった。

 会いに行こうと思えば行けたんだけど、由美子のことを立ち直った後も、コイツはなんでいなくなっちまったのかがわからなくて確認できてなかったんだよな。

 

「で、そのヒトは?」

「お前の後輩、そっちの結良と同じな」

「……ふーん、あたしが辞めた後に随分方針転換したみたいだね」

「そりゃもう、あんなくだらねぇ理想は掲げてねぇよ」

「そっか、カッコよくなってるじゃん」

 

 笑った顔は昔となんも変わってなくて、ドキっとさせられた。いやなんでオレの生徒たちはこうも美人ばっかりなんだろうな、結良。オレは困ってるよ。お前のヒトを刺しそうなその視線にも、レナから浴びせられるラブコメの波動にもリサの苦笑い混じりの視線にも、全部な。

 

「で、気になるなー、センセーがあれからどんな教師生活を送ってきたか」

「また自分語りか」

「苦手だもんね一成」

「……一成」

「えっと、どっちで呼べばいい?」

「いつも通りでいいよ、コイツには隠すつもりもねぇし」

「じゃあカズくんで」

「ホント、何があったのアンタ?」

 

 おいしれっとセンセーから格下げすんな。んでえっとあれだろ、倒れてからだろ。そう言うと思い出てるんだみたいなリアクションをされた。そうそう、思い出してるよちゃんと。やっぱりお前も由美子関連の被害者だったんだなって言うと化けて出てきそうだから、過去に縛られたオレのミスだったんだなって語句に訂正しとこう。そっからの大長編をかいつまんで聴かせてやると、みるみるうちにレナがゴミを見るような目でオレを見てきた。リサも補足してくれて、オレはこうして現在最後のクズ教師の真っ最中だってところで物語は終了した。まぁ感想なんて決まってるよな。

 

「マジでロリコンクズになってるとは思わなかった」

「ぐうの音もでねぇな」

「婚活目的、淫行教師、通報しとく」

「勘弁してくれ……」

 

 キレッキレなのはホント相変わらずだなお前。なんか懐かしくてそれも嬉しくなって笑ったらマジで引いてくるからもうどうしようもねぇなこれは。

 ただ、呑気に教師やってること事態は予想してたようで、どうやらここに来る前に羽沢珈琲店に寄ったことを話してくれた。

 

「加賀谷先生と、なんか背の高いかわいいヒトがまた昔の女がどうのって言ってたからね」

「あのコンビか」

 

 昔の女ズがなんか言ってるんだよなぁ。香織は一応未遂だけどみみの方がガッツリ昔の女なんだよなぁ。

 で、それはいいとしてなんでオレに会いに来てくれたんだ? いやめちゃくちゃ嬉しいけどな、つかなんでこんな数年経ってまたこのタイミングで? 

 

「一成に相応しい女になるために?」

「……は?」

「いやいや、今の一成なら薄々気付いてたでしょ」

「え、マジ?」

 

 流石に贅沢しすぎて邪推であってくれと思ってたところだよ。あーえっとなんだ、リサが改めてレナのことを()()なんだねと言い放ってきた。生徒をオレに惚れたJK的な意味で使用するのはやめてほしい。オレはレナとは関係持ってねぇからやめろっての。冗談はともかく、冗談じゃなかったとしてもともかく、由美子の話をしに来てくれたんだろ? 

 

「うん」

「あのメッセージにあった名前はレナだったもんな」

「そ、その時に受け止めきれなかった場合の最終手段、みたいなノリでさ」

「悪かったな、あの時は」

「そんだけショックだったんでしょ? あたしも受け止めきれんくて、それで逃げ出したんだし」

 

 リサと結良がやがてメシを作ってくれると離脱してからもしばらくそんな昔話をしていると、そろそろ時間になっちまう。もっとしゃべりてぇと思ったがレナはしばらくはコッチにいるからさと言って夕日に照らされながら笑顔で去っていった。

 ──なんか、実感わかねぇな。それと同時に、オレの中にあった後悔が少し晴れた気がした。

 

「ただいま」

「おかえりカズくん!」

「悪かったな、先に帰らせちまって」

「いいよ、その分ご飯の準備できたしね、ゆーら?」

「うん、自信作のハンバーグだよ!」

「おお、うまそうだな」

「蘭ちゃん先輩とモカちゃん先輩ももう着くってさ」

 

 そんな風に賑やかな食卓を過ごしていく中で、オレは蘭とモカにもレナの話をした。モカがそれに対してギルティだけどいいタイミングですな〜と呟いた。いいタイミングって、このドタバタしてる今の状況がか? そう訊ねると去年だったらきっとブチ切れられてただろうし、来年だったら二人の関係に尾を引くことになったかもねと蘭が言葉を引き継いだ。

 

「生徒、だもんね」

「そ〜、でも今は〜せんせー最後のクズムーブちゅーだし」

「だね、結良のダメージも少ないし」

「先輩たちに言われるとなんかびみょー」

「いつもお借りしてごめんなさ〜い」

「そう思うなら貸してあげるよ、モカちゃん先輩?」

「……ゆーたんが怖いんだけど」

「モカが煮えきらないからでしょ」

 

 おお、モカが虐められてるシーンってのも珍しいな。まぁこのヤンデレストーカーの悪魔は結良が大の天敵だしな。それに蘭は蘭で幼馴染ってパワーがあるからな。つかいつもの間延びした空気消すほど怖かったのかお前。

 流れ的にオレが甘やかす流れになって、それこそが結良や蘭の策略なんだよな。モカも大概、後悔を隠そうしてくるしな。そっちはオレ一人じゃ絶対にロクなことにならねぇし。

 

「それで、こころの方はどうだった?」

「どーもこーも、わたしまで避けられてるっぽいよ」

「あー重症だね〜、あのこころがゆーらを避けるなんて」

「まぁ本丸がダメならいつもの如く外堀から埋めさせてもらうけどな」

 

 ヒナと蘭がバトってた時にもやった手法だ。あんまやりすぎると嫌われる恐れがあるが、まぁ相手はあの金ピカ太陽サマだ。多少強引でもなんとかなるだろ。

 そんな理屈のねぇ自信を否定するやつは誰もいなかった。モカは結局明日が朝早いからと蘭と一緒に帰っちまったが。まぁ八月中に一人で泊まりに来いって約束させたからな。

 

「モカのことさ」

「ん?」

「あんな強引でよかったの、一成」

「いいんだよ」

「そうそう、モカちゃん先輩ってこっちから追い詰めなきゃダメなタイプだし」

「ゆーらまで」

 

 別れようって言ったところでやっと本音が出たレベルのヤツだからな、アイツは。マジでガンガン攻めねぇとモカは嘘みてぇに消えちまう。今だって蘭や結良、リサの力を使ってようやくオレんち来るくれぇだからな。ホントだったらオレや誰にもなんにも言わずに独りぼっちで泣いてるような、優しいヤツなんだよ。

 

「アイツはもう、青春を過ごしたお前らのことが大好きなんだよ……んで、自分の気持ちに気づけるきっかけになった結良のこともな」

「うん、だね」

「だからこそ、モカは自分が許せねぇんだよ。自分がもっと早くそれに気付いてれば、オレがバカな選択をしなかっただろうってな」

「そっか、モカは……アタシらの誰よりも傷ついてるんだ」

 

 昔いっつも自分のことを負けヒロインだって言ってたけど、ヒナや蘭が勝ちヒロインなら、モカは裏ヒロインだな。ある意味では勝ちヒロインよりも重要な存在であり、故に勝ちヒロインよりも重たくて単純なハッピーエンドにはさせてもらえねぇ、みたいな感覚なんだよな。だからオレが、ちゃんとハッピーエンドまで追っかけ続けなきゃなんねぇ。じゃねぇとアイツは、いつか勝手に死んじまう。

 

「そんなの許せるかよ」

「わたしも、許せない」

 

 あんだけオレを暗闇から救ってくれたモカの笑顔を守れねぇなんて、そんなふざけた結果には絶対にさせねぇ。つか既に四月までの間にカレシと別れてんだよなアイツ。モカの狂気を癒やす手伝いはしてくれたみてぇだけど、モカ本来の愛されたいって気持ちをまだ真に叶えてやれるのは、オレだけみたいだからな。

 

「んで、今日はモカよりお前ら二人とも残んのか?」

「うん、リサちー先輩と女子会するんだ!」

「オレんちでかよ」

「客間借りるね、一成」

「はぁ……もう勝手にしろ」

 

 ふと、夜通しだとするとそれじゃあオレの抱きまくらは誰もいねぇじゃん。そんな抗議をするがリサと結良は二人揃って意地悪な笑みをしやがった。クソが、ウチの生徒どもはたまーにオレより結良を優先するとこあるよな。その場合オレはクズ教師としての相手も恋人も取られる状態なんだが。

 

「それで、わざわざ明日も仕事の私を呼び出したの?」

「おう」

「……バカね」

「なんとでも言え」

「私も結良ちゃんとリサちゃんの女子会に混ざろうかしら」

「泣くぞこの野郎」

「いい年した男が泣かないで頂戴」

 

 ちなみにこの部屋、今は逃亡中の弦巻さんちの太陽サマがオレのためにと押し付けてきたマンションのため、部屋間でも割と防音が効いてる。じゃなきゃリサとの寝起きに結良たちが来たことがわからねぇことはねぇな。防犯上も侵入者の場合は即座に音が鳴るシステムになっているため空き巣対策もバッチリだ。どうやってオレらとそれ以外を分けてるかは企業秘密だって黒服さんが言ってたな。怖ぇよその企業秘密。

 つまりなにが言いてぇかというと、リサと結良の女子会会場に野暮な喘ぎ声が入ってくることはねぇんだよな。万が一聞こえたとしても明日も仕事なのにとか言いつつベッドに入った瞬間にスイッチ入ったクソビッチに言えよ。

 

「あら、シてくれないと言ったら帰るつもりだったわよ、私」

「千聖ってそういうヤツだったな」

「焦らされるのは嫌いだもの、ね?」

「はい、もう一回ですか」

「ええもちろん、忙しくて会えなかったのだから」

 

 結局、突如として呼び出されたはずの千聖は満足そうに風呂から出てきて、オレに抱きついて少女みてぇな顔で速攻眠りやがった。こう抱きしめると割と千聖って小柄なんだよなぁとか思いながら、女体に触れて安眠できるクズっぷりに自分でも呆れちまうくらいだった。結良だけの頃より欲張りになっちまってるなぁ、と思ったけどそれも卒業までのガマンだったのを思い出した。じゃあまぁいっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その後、ちーちゃん先輩はつやっつやのぴっかぴかでお仕事に行きましたとさ。


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③懐古リリーベル

 夏期講習、朝に泊まってた結良と一緒に出勤するのはもう隠せてねぇんじゃねぇかってたまに思うこともある。一応、駐車場に入る前にその辺に降ろしてはいるものの、こうも時間が被ってると疑われかねねぇんだよな。

 職場の方たちは基本的に卒業生とセットだからそっちとの関係を示唆されるのがまだ救いだからそっちと結良が仲良しだし、懐かれてるんですかねと笑っている。

 

「つまり女誑しの噂はそもそも教師内から出てるんだね」

「たぶんな」

「まぁ、否定できないもんね」

 

 諸々が終わり、一服と屋上へ向かうといつの間にかレナがいた。まさかコイツと一緒にこの敷地内全面禁煙の羽丘でタバコ吸うことになるなんて思わなかったなと思いながら先端を赤くして、息を吐き出すレナの横顔を見つめる。髪はどうやら染めるのを辞めたようで黒色、地毛に戻ってるけど雰囲気はあんまし変わってねぇな。

 

「なに?」

「いや、ホントにレナなんだなと思ってな」

「なにそれ」

「あれからお前のこと、考えねぇ日はなかったからな」

「どーでもよくなった、とか抜かしてたクセに」

 

 そりゃ理想の教師とか、そういうのはどうでもよくなっちまったよ。地に落ちた信用を取り戻す気にもならず、ただ最低限の仕事をこなす不良教師としての日々をダラダラと過ごしちまったよ。

 でもそんな無気力な教師生活にあっても、どこかいなくなっちまったレナを探してた。ふざけんなと呪ったこともあったさ、だけどお前がどっかで元気でいてほしい、元気ならオレの前にあらわれてほしいってずっと思ってたんだよ。

 

「似合わな」

「うるせぇよ」

「恋じゃん、もうそれ」

「別れた女を引きずるタイプだしな」

「女誑しのクセに」

「うるせぇ」

「ま、でも今の口説き文句は……ちょっとだけ嬉しかった」

 

 うるせぇと三度目の言葉を吐く。口説いてねぇ、口説いてねぇから急に温度を上げてくるな。ただでさえ夕方だったとしても真夏の日差しは日陰に逃げなきゃならんくらいに暑いってのに。流石に暑さに耐えかねたのかそれじゃあ室内行こうよとレナに誘われるままに階段を再び降りていく。

 

「卒業生じゃないけど、懐かしみたいし」

「お前が学校を懐かしむなんて誰が思ったんだろうな」

「センセーとの思い出の場所だからね」

「ヤな言い方だな、ソレ」

 

 サボり癖があったコイツがなんだかんだサボんなくなったのも、学校にちゃんと通うようになったのも、あんなことがあっても嫌いだったはずの監獄に居たいと思い続けていたのも、全部その一言で済ませてきそうな勢いだなコイツ。いや実際そうなんだろうけど、そう思って許可をちゃんと申請して通した場所は、レナが最もオレと一緒にいた場所、生徒指導室だった。

 

「生徒指導室ってさ」

「ん?」

「なんで、隔離されてるんだろう」

 

 そんな思い出の場所とやらに来ていきなりの言葉がそれだった。なんでだろうな。オレの高校も花咲川も生徒指導室って確か生徒も教師もあんまり普段は立ち入らねぇ場所にあるイメージだな。聴いた話だと学校によっては下駄箱や来客と教職員の出入口よりも一つ()にあることもあるらしい。高低差がある土地に作られた学校だとそういうこともあるみてぇだ。

 

「まぁイロイロやってもバレなさそうだもんね」

「おい今ピンク色の妄想したろ」

「あたし的には体罰のニュアンスだったんだけど」

 

 どうやら頭の中が乱れているのはオレの方だったらしい。つかそういう妄想の話はどうでもいいんだよ思い出に浸れよ。

 なんか基本的にくだらねぇ雑談してるばっかりだった気もするけどな、お前とここにいる間は。最初の態度はヒドかったよな、教師のことなんてちっとも信用しねぇし、授業もでねぇとかいうクソ問題児だったな。

 

「でも、ここでセンセーと話す日々があたしを更生した」

「……できてたか?」

「うるさいな、あの時よりはマトモだったでしょ」

「まぁ」

 

 相変わらず未成年喫煙はするわ、制服マトモに着てるの見たことないわ、始業式や終業式は制服ねぇからって出てこなかったやつがよく言ったもんだよな。その度にオレがお前をココに連れて来て、くだらねぇ話をしてサボれてラッキーみてぇなこと思ってたよ。オレも大概だったな。

 

「センセーに連れ込まれた回数、かなりあるよね」

「言い方がおかしい」

「ホントはさ、ちょっと期待してる」

「は?」

「……今ここで迫ったら、どこまでシてくれるのかなって」

 

 やっぱピンク色じゃねぇか。そう思う間もなくレナはソファに座ってたオレの隣にやってきて唇を押し付けてくる。あれだな、お前結良からなんか聞いただろ。ちゃんと恋人だって伝えたはずだけどな。そう言うと偶々カフェに居た千聖に教えてもらったとか抜かしやがった。お前かクソビッチ、なんだかんだあの呼び出した日のこと恨んでるならそう言えよ! 

 

「ほら、勝手に辞めた不良生徒のこと、指導してよ」

「その誘い文句、AVかなんかの見過ぎじゃねぇか?」

「うるさいな、好きでしょ」

「JKものが好きなわけじゃねぇよ!」

 

 そんな口論をしてもやっぱり生徒指導室は外に声は届かない。オレが確かにこれを利用してたクズもたくさんいるかもしれねぇなと考えていたところで、なんという幸運なのか生徒指導室のドアノブが捻る音がした。これにはレナもちょっとびっくりしたようで、オレの上から飛び退いて、乱れた服を戻していく。そして、開いた扉の先を睨むように見つめていて、オレも同じ場所に視線を合わせると、ドアが開き救世主の姿が眠そうな目をしてオレたちを見つめていた。

 

「ど〜も〜、もと〜ちょーっぜつ〜、びしょーじょじぇーけーの〜、モカちゃんで〜す、いえ〜い」

「……なにあれ」

「最後まで聞いてやっただけ偉いなレナ」

 

 びっくりするくらい間延びさせてくるからなあの前口上は。しかも超絶を溜めやがった。お前のその眠くなりそうな登場セリフって案外引き出しが多くてびっくりしてるよモカ。

 というわけで、まぁこの場合オレを探し当てれるのは元超絶美少女JKでありオレからのありがたいヤンデレクソ悪魔でストーカーの青葉モカくれぇだと思ってたよ。いっつもオレの救世主は眠そうな顔でパン齧ってそうなイメージあるな。

 

「ま〜、いくらきょーしのほとんどが〜婚活目的の羽丘にも〜、えっちまでできる場所って〜限られてるからね〜」

「え、そもそも複数ある?」

「保健室、実はそういう目的で使えるんだよ」

「うらおぷしょ〜ん」

「クソみたいな制度だね」

「ホントな」

 

 後は屋上と部室棟の上階のトイレとかだな、トイレはオレの倫理観というかなんか生理的なイメージで使ったことねぇけど。生徒指導室も使ったことねぇよ。あるの保健室と屋上だけ。

 まぁそんな中高エスカレーター式の女子校の闇を暴いたところで、オレはレナに毅然とした態度で言ってやった。

 

「腰が痛くなるから学校ではもうシねぇって決めてるんだ」

「そっか……ん? じゃあ学校外だったら?」

「あたしも〜、わざわざ止めませんって〜」

「抵抗したのって、そういう理由?」

 

 モカと視線を合わせてなにを当たり前のことを、とオレは笑った。柔らかいベッドこそ至高だからな。それにレナにも未練や後悔があるってんなら、オレがなんとかしてやりてぇ。今度こそ、お前を助けさせてほしい。あの日の後悔を飲み込むための偽善でしかねぇんだろうけど、それでもレナを見送らせてほしいから。

 

「そっか、それがセンセ―の後悔」

「倒れてる間にどっかいっちまったからな」

「あとせんせーはクズだもんね〜、レナさん美人だもんね〜」

「あの迫られ方は数年前なら諦めてたな」

「しょーじき、あれでガマンできたんだ〜って感心した〜」

 

 同じようなシチュエーションで散々オレをガマンさせてこなかったモカに言われると、ホントにそうなんだなと思えた。んで、モカが譲ってくれるってさ。そもそも約束したわけじゃねぇけど。

 ああまぁ、逆に今日はレナが来るってことは約束してたからモカの中でも順序がついてんのか? 

 

「せ、迫っといてアレだけど……」

「ん?」

「一成んちは……緊張する」

 

 その随分とピュアなリアクションにモカがかわいーですな〜とからかいの声を上げる。あんま先輩をいじめてやるな。十年近く前に惚れた男に会いに来るような女なんだから、見た目と男性経験が釣り合ってるわけねぇだろ。これを言うと絶対にレナは怒るだろうから口にはしねぇけどさ。

 

「ピュアだね〜」

「見習ってほしいくれぇだな」

「で、もう生徒指導する気まんまんなんでしょ〜?」

「結良を構ってやっといてくれ」

「りょーかいで〜す」

 

 結良はどうせ泊まらねぇにしても少なくともオレんちでメシは食うんだ。それなら、人数多い方がアイツも喜ぶし、なによりオレが嬉しい。でもモカの食欲を満足させるのは、今の冷蔵庫の中身じゃキツいかもしれねぇな。何が食いたいかリクエストもらって、買い物行って、そんな風にレナとも足りねぇ時間を埋めていきてぇって思う。

 

「足りてないってなに」

「だって、お前とはもう一年半くれぇ一緒に過ごしてく予定だったわけだしな」

「……そういうのやめてよ」

「やめねぇ、オレはずっと後悔してたんだ」

 

 そうだよ、オレの未練は何もアイツらのためにルールを創る側になりたかったってことだけじゃねぇ。みみのくれるバカみてぇな愛の前に素直になれてれば、そうじゃなくても香織に相談できてれば、そもそも女誑しのクズ教師になることもなかったかもしれねぇ。

 ちゃんとレナの送る小さな愛に気付いていれば、去ろうとしたお前をもっと必死に止めれたのかもしれねぇ。そうしたら卒業していくお前に告白でもされて、おろおろしながら香織に相談してただろうな。

 

「加賀谷先生に頼りすぎじゃない?」

「確かにな」

 

 けどアイツかわいい後輩で、オレとみみの幸せを見守る係だからな。相談でもすればマジメな顔で乗ってくれただろうし。まぁ当時のオレはそんなことできやしなかったんだがな。

 だから、オレはレナにも手を伸ばすよ。お前は曲がりなりにも教師としての体裁を保っていられた、教師でいたいと思わせてくれた生徒ゼロ号なんだからな。

 

「それと」

「なに?」

「お前には協力してもらわなきゃならんこともあるからな」

「あたしに?」

「そう、オレの生徒ん中でとびきりに意地っ張りなヤツがいるんでな」

 

 ソイツにはレナの話はしたけど多分、多分だがレナがココにいることを知らねぇはずだ。アイツがその気になればモカなんかよりもタチの悪いストーカーになれるのは事実なんだけどな。でもこころはそういうことはしねぇんだよ。なんなら今はオレとの関わりを断ち切ろうとしてるんじゃないかってくれぇだしな。

 

「離れるのも、自由じゃない?」

「それが本心ならな」

「……そっか、追っかけちゃうもんねセンセーは」

「そうだな」

「あたしのこともストーカーしてきたくらいだしね?」

 

 その言い方はやめろっての。ただ、あの時はなんとしてでも会いたくてやったことはあながち間違いじゃねぇのが悲しいところだ。そりゃオレだって本気で嫌われてんだなってわかってて追いかけるなんてことはしねぇよ。でもこころがそうじゃねぇってことも、あの時のレナがそうじゃなかったってこともわかっちまったからな。

 

「まぁでも、そんなセンセーだったから、あたしはここにいるんだろうけどね」

 

 そんな笑顔を向けてくるレナはいつでも力になるからと言い残して実家へと戻っていった。頼りになる生徒が帰ってきたなぁと思いつつ、オレはモカに次こそはちゃんと泊まれるようにしとくよと約束した。レナも一緒になって、この男に遠慮したら負けだと思うと煽ってくれた効果もそれなりにあったみてぇだった。

 

 



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④黄昏スピラエア

 青葉モカは、オレの愛した生徒の中で一番傷だらけの女だ。中学の時に恋をして、オレの変化を遠くで眺めてきたヤツで、蘭や幼馴染といる世界が大好きな怖がりで変化を嫌う寂しがり屋の雪柳(スピラエア)、それがオレの知るアイツだ。その過程で色んなことがありすぎて、オレが傷つけすぎた部分もあるけどな。

 

「じゃあ、モカのことよろしく」

「しっかりね、カズくん!」

「おう」

 

 蘭と一緒に学校から去っていく結良を見送り、次々と職員室からいなくなる同僚を見送りながら、黙々と仕事をしていく。いやまぁその間にリサが甘えに来たり、レナが香織とみみに食事に誘われたって報告がてら持ってきてくれたおやつを頬張ったりとちょいちょい休憩は挟まってたけど、やがて黄昏も暮れそうになるオレンジと紺色のコントラストに独りでいるとドアが開いた。

 

「ちょっと遅くなってごめんね、一成」

「いや、仕事のキリ的にはナイスタイミングだな」

「そっか」

 

 最初から素モードのモカっていうのもなんか懐かしいな。つかよく考えたら最近は誰かと一緒ってことが多かったからそれ事態も少なかったのか。

 そして、割と徹頭徹尾この状態のモカが相手の時は苦い経験が多いためオレは少しだけ身構えちまう。モカにも当然それが伝わったのかくすくすと笑われてしまう。

 

「身構えすぎ〜」

「悪い」

「ん〜恨んでるのは本当だけど」

「そうだろうな」

「気付いてた?」

「そりゃあ、モカのことだからな」

 

 モカはオレの黄昏の一番の被害者だ。なにせ唯一弦巻こころと共謀して引き剥がしにかかったやつだからな。こころに紹介された時の絶望の深さはどれくらいだったんだろうかなんて予想も付かない、それでも一年くれぇはちゃんと付き合ってくれたのは、死ねばいいほど憎んだからだろうなってことくれぇしか、オレにはわかんねぇ。

 

「凶器の類は持ち込んでねぇだろうな」

「この辺に色々あるんじゃない?」

「……確かにな」

「ホントは二人きりになるの避けたかったんだ。あたし、まだ許せてないから」

「なんでだ、もう前に進む幸せは見つけただろ?」

()()()前に進む幸せはね」

「そう、なっちまうか」

 

 だから第三者を介して関わろうとしたのか? という問いには答えてくれなさそうだった。電気つけ忘れてた職員室が、段々と宵闇に包まれていく。赤い夕日が沈み、ただ単色の黒がクーラーの冷気に乗ってオレの背中を撫でた。職員室の机を漁ればそりゃハサミでもなんでも手に入るだろう。モカが狂気に取り憑かれればオレなんてあっという間だ。

 

「モカ」

「なに」

「他の先生の机漁るのはやめとけ、後が大変だ」

「何言ってるの?」

「オレのなら許してやるから」

「……そんなに死にたいなら飛び降りればいいじゃん」

「自殺できるような思い切りのいいヤツに見えるか?」

 

 そうだったな、コイツは大人が嫌いなんだった。こんな状況なのにわかった顔して余裕ぶるオレの態度がムカつくんだったな。モカはなんにも変わってねぇ。変わってねぇって事実が、オレにため息を吐かせた。まるでガキの頃のアイツの焼き直しを見てるみてぇで、オレだってちょっとくらいムカっとする。お前ホントに蘭と同じ年かよ。

 

「お前だけには昔と同じで上から説教してやる」

「あたしだけって」

「他のヤツはみんな前に進んでるよ。歩幅はそれぞれ違うけど未来に、明日に向かってる。蹲ってんのはお前だけだモカ」

 

 未来なんてのは名前だけはキレイな真っ暗闇だ。それは今もそう思う。でも、だとしてもそこで膝を抱えててもなんにも変わりゃしねぇ。だからみんな後ろを振り向きながら、名残惜しいと光輝く過去に目を向けながらも前に進むんだよ。

 オレだって、その一人だ。つかお前らのおかげでやっと立ち上がって一歩を踏み出す決意ができたんだ。その中には当然、モカもいる。

 

「未練を見て、後悔したのはお前だけじゃねぇ。オレだって、アイツらだってみんな、戻れるなら戻りてぇって思ってるさ、少なからずな」

「じゃあ、じゃあなんで? なんで、結局みんな、いなくなろうとするの?」

「過去だからだよ」

「あの時に一成が選べば、まだ遅くなかった」

 

 ──それとも、こうやってハーレムでも作りますか? 

 これは、紗夜の言葉だったか。それを選べばまた、みんなで一緒にいられたってか? そりゃねぇな。確かにそれを選んでればきっと今頃同じ家に帰って、みんなでわいわいと楽しい時間を過ごしてたのかもしれねぇ。でも、それは長く続くもんじゃねぇんだよ。

 

「どう、して?」

「そのうちヒナと蘭がもう、帰ってこなくなる」

「そんな、こと」

「次は千聖だな、んでリサが結局離れていく」

 

 そう、今同じ道を作ってもそれは一夜の夢幻でしかねぇ。ヒナは今のカレシと落ち着いたら結婚してぇって言ってたし、蘭だって満足すれば自分のいるべき本当の場所へ帰っていく。千聖はあの王子様を捨てることができねぇし、リサは自分を愛してくれるヒトが自分以外も均等に愛してくれる世界じゃホントの幸せにはならねぇ。あの世界じゃ時間が解決してたけどな。

 そうすりゃ、紗夜も今いる場所がただのとまり木だってことに気付くだろう。こころは、よくわからねぇけど残るのは多くてお前と結良とこころの三人だろうな。

 

「……そんなの、一成の勝手な予想でしかない」

「だな、でも元通りには絶対にならねぇよ」

 

 モカは独占を求めてねぇ。それはきっとオレが強引に二人きりにならねぇ限りは、あの世界で幸せになる以外はそうなんだろう。つかそれをきっとアイツらもわかってたんだ。わかってねぇのはお前だけで。だから結良にオレの幸せを託すことにした。今は後悔を取り立ててくるけど、いつかはホントの意味でオレから卒業していく。

 

「三年」

「……は?」

「羽丘で留年できる最大年数だよ」

 

 学校によっちゃ色々あるらしいが羽丘はスタンダードに三年間の留年ができる。都合六年間は在籍できるってことだな。

 だからちょうど、今年までだ。モカがずっと羽丘にいたと計算すると、今年で除籍になっちまうからな。ちゃんと卒業してくれねぇと元担任のオレとしては困っちまうな。

 

「お前の担任になるって聞かされた時は流石に、マジかと思ったよ」

「……嫌だった?」

「だってお前、空気を読むってことしねぇし衝動で生きてるからな」

 

 何回つい、で抱きついてきた? 後から蘭にぐちぐち説教されるコッチの身にもなってくれ。まぁ他にもヤキモチなのか教師としてちゃんとしろって意味なのかわからん説教もたくさんもらったが。

 予想通りだったけどお前との噂も立ってたよ。そもそもそれを揉み消すっつうかごまかすためにアフグロメンバーと関わってたフシもあったしな。おかげで上原や羽沢、宇田川も大切な教え子になっちまったけどな。

 

「オレとモカとの間にある思い出は、なにもあのバカみてぇな一年の時だけじゃねぇだろ」

「そうだね」

「二年の時、ヒナへの未練でグダグダやってたオレの傍にいてくれた」

「あたしだけじゃなかったけど」

「そのせいで相当お前を傷つけた」

 

 どうせコイツもいなくなるんだ。そんな風にガキみたいに突き放して傷つけたこともあった。けどそう思ってもいいから傍にいさせてと言ってくれたことをオレは忘れねぇよ。

 今のオレはそういう楽しいだけじゃねぇ思い出で出来てる。お前が羽丘にいて、オレにすきと言葉にしてくれたことも、お前を愛してると言えたことも全部だ。

 

「モカがいてくれてよかった。モカがいてくれたから由美子のことも、今結良を幸せにしてぇって思えるようになったんだ」

「あたしの」

「だから、お前が幸せになるのを見守らせてくれ。それが、オレを幸せにしてくれた生徒たちにしてやりてぇことなんだ」

「……せんせー」

「モカ」

「もっと、呼んで」

「モカ」

「えへへ、うん」

「モカ」

 

 夜闇の中、モカがオレの腕の中に収まっていく。頭を撫でて、あやすように名前を呼び、愛を込めて抱きしめる。懐かしい抱き心地だな。実のところ、コイツが二年三年の間って他のメンツで色々あって、具体的には紗夜や千聖がプロとして忙しいとか、蘭が本格的に美竹として活動してたとか、ヒナがバカヒナだったとかでライバルが極端にいなかったんだよな。それでも暇さえあればオレのところに来て愛と愛欲をねだってくる困ったヤツらだったし、羽丘を卒業してからはまたしばらくヒナも増えたし。でも、その中で抜け目なくオレの傍にいてくれたのが、青葉モカだからな。

 

「あたし、実は二番なんだよね〜」

「なにが?」

「一成とえっちした回数」

「アイツらの中で?」

「流石にみみさんには負けちゃうだろうけどね〜」

 

 そりゃまるっと大学最後の二年間をずっと一緒に過ごしたし相性も抜群だったしな。じゃなくて、なんでそんなこと知ってるんですかね。流石はストーカーだな。ってことは一番は、まぁ予想するまでもなくあのバカ悪魔だな。アイツは初めて会ってから蘭モカを抱くまで独り占めだったもんな。

 

「そそ、でもあたしも独り占め期間あったから、二番」

「そんなに一緒にいたんだな」

「うん」

 

 そりゃ千聖や紗夜が羽丘組より一緒にいたとは思ってねぇけど。そりゃ蘭だもんな、そもそも一緒にデートしてもヤらねぇことだってあったくらいだし、唯一な。それでいいのかと一瞬考えたが上級生組は前々からエロ担当してたから問題外だし、モカは三大欲求にストレートな性格してるからな。

 

「あはは、それ久しぶりに言われたかも〜」

「オレん中で当たり前の事実になってるからな」

「寝るのも好きだし〜、食べるのも好きだし〜、一成とのえっちも好き」

「はいはい、じゃあ今の欲は?」

「せーよく」

「んじゃあオレんちな、ベッド広くなったから文句もねぇだろ」

「でもあの狭いのも好きだったよ、ずぅっとくっついてられるから」

 

 すっかり狂気の消えたモカと一緒に羽丘を後にしていく。きっともうコイツがオレを殺そうとすることはねぇんだろうな。いや一つあるとしたらコイツはヒナ並かそれ以上にオレの腰を破壊しかねねぇってことか。まぁその性欲にアテられてがっついちまうオレも、まだまだ若いということなのか。そう言うとモカにおっさんくさいと言われちまうんだけどな。

 

「あとは、こころんだけ?」

「おう」

「こころんは、しばらくゆーたんとレナさんに任せた方がよさそうだね」

「だろうな、アイツいないと困ることあるんだよな」

 

 そう、ヒナと結良でとある計画を立ててるんだが、それがこころがいねぇとなんともならねぇんだよ。いや誰が欠けてもダメなんだけどな。そしてそこは流石のモカ、何も言ってねぇのにオレの思考を文字通り読んでるかのようにもしかしてとその計画を当ててきやがった。

 

「そうそう、楽しそうだろ?」

「だね〜、みんなには話したの?」

「いやこころがいねぇと計画立てらんねぇし」

「大丈夫、日程決めて、こころんが素直になれば合わせてくれるよ」

 

 それに紗夜、リサ、千聖は特に日程が合いにくいからもう事前に決めた方がいいとのアドバイスにオレは頷いた。それじゃ、とりあえず集まる計画だけでも立てとくか。参加メンバーに声を掛けておくとして、後は待つ状態か。

 こっからは結良が頼りだ。レナとコンビってのは不安だからモカとかリサとかその辺と一緒に頑張ってくれよ結良。




次回は結良が主人公です。もしかしたら数話に続くかも。その間カズくんは見せられないよ的なイチャイチャしてると思ってください。


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⑤暗躍ダンデライオン

 カズくんはモカちゃん先輩を落としてみせて、残るはカズくんの生徒の中で一番堅牢な本丸を持つこころん先輩だけになった。けどこの先輩、カズくんの気配を察知するとプラチナな王様並みの速度で逃げるもんだから苦戦していた。だからわたしは愛しのカズくんに頼まれて国内どこでも好きなところに二泊三日のデートという権利を報酬に密偵をしていた。

 

「で、そんな忍者ちゃんはなんでのんびりお茶してるの?」

「レナ先輩は甘いなぁ」

「一成並にうざかったんだけど今の」

「わたしにそれは褒め言葉なんだよね!」

 

 そして相棒としてこころん先輩の認識外である富士見麗奈さん、レナ先輩を雇っていた。カズくんがだけど。ちなみに最初はレナちゃん先輩だったけど長いからとレナ先輩に改名させられた。基本的にちーちゃん先輩とヒナちゃん先輩以外はヒナちゃん先輩の呼び方に先輩をつけてるのです。他にもひーちゃん先輩やトモちん先輩というモカちゃん先輩由来の呼び方とか色々と例外はあるけど。

 

「アオちゃん曰く、最近こころん先輩の出没がめっきり減ってるっぽいんだよね」

「顔写真見せてもらったけど、道歩いてたらわかるレベルでキラッキラしてるんでしょ?」

「うん、多分近く通ったら気付くよ」

「もしかして光ってる?」

「ある意味」

「……どういう子なん?」

 

 えーっとピカピカしてる。常に眩いくらいのスマイルで活動的でおさんぽしてれば動物が集まってくるんじゃないかってくらいにあったかい先輩かな。太陽みたいな先輩ってみんな言うし、カズくんも金ピカ太陽サマって形容するくらいに光ってる。世界を笑顔にするって言葉が嘘に聞こえないほどにはいると周囲が明るくなるよ。

 

「というわけでね、でも最近は天岩戸に引っ込んじゃってるみたい」

「それはもはや神じゃん」

「太陽神だからね」

 

 そんな特徴を話していると情報提供者がわたしの名前を呼んでくれる。レナ先輩がどうもと挨拶する中でその先輩はふわりと穏やかな笑顔でこんにちはと挨拶を返した。そしてその隣でやや緊張気味に挨拶をする男のヒトも一緒だった。これがわたしの隠し玉でありあんまりこころん先輩が警戒してない人物でありながらこころん先輩に近づけるヒトだよ! 

 

「はい陽太くん、自己紹介」

「赤坂陽太です。あーっと、バンドでベースやってます」

「バンドマン……」

「レナ先輩、偏見出てるよ」

「まだ何も言ってないのに心を読むな」

 

 でもバンドマンってロクデナシが多いのにこのかわいい系は騙されてるんだなぁって思ったでしょ今。補足しとくと割と女子に人気のバンドグループ『Wanderers(ワンダラーズ)』っていう通称ワンドルさんのベーシストのカンベさんって言うんだ。ホラチャラそうって思わないでレナ先輩、中身はピュアらしいから。

 

「童貞なだけだよお」

「花音さん?」

「卒業しても童貞さんなんだ」

「そうなの」

「そうなのじゃないけど、ねぇイジメ?」

 

 どうやら高校の時に始まる前に失恋したのをバネに仲間と音楽に時間を注ぎ続けた結果、花音先輩とも時間が掛かった名誉童貞さんしいことはリサちー先輩にあらかた教えてもらった。わたしの好みじゃない。わたしの好みはあくまで大人な余裕があるけど甘えん坊なところもあって、カッコつかないカッコつけがカッコいいひとだからね。

 

「……それアイツじゃん」

「そう」

「そう、じゃなくて」

「それで、えっと結良ちゃんだっけ? 頼み事って?」

「こころん先輩の情報収集に協力してほしいんです」

「こころんって」

「弦巻こころちゃん、私のバンドの」

 

 どうやらそう面識はないようで、逆にそれでいいんだって言った。面識があると警戒されちゃうと思うんだよね。かいつまんで事情を説明するとカンベさんはうーんと唸った。まぁ、確かにそっち側に何かメリットがあるかって言われるとそうでもないもんね。それに対してレナ先輩もお願いと言葉を重ねてくれる。

 

「モテてる男って時点で敵なんだよな」

「童貞の僻みは醜いよ」

「は? めっちゃ傷ついた」

「レナ先輩、真実はヒトを傷つけるんだよ!」

「……今キミの言葉でも傷ついたよ」

「あ、ご……ごめん、言い過ぎた」

「反省されると余計に納得いかないんですがね!?」

 

 レナ先輩もほんの数日前までは処女だった、とは言わないでおこう。というか性経験が青春の全てじゃないと思うな。少なくともカズくんはそうやって説教口調でゆってくるよ。恋愛をしていてもしてなくても、青春って輝きの中で何を成すのかが大事であって、それがヒトによっては恋愛することなんだから。

 

「お、おう……なんかそれっぽいこと言ってきたな急に」

「赤坂さんの場合はそれがバンドだったってだけで、とゆーか今チョーかわいいカノジョさんもいるんだから」

「いや、でも俺の場合、モテたくてバンド始めたわけで……」

「じゃあモテない今、バンド辞めてってゆったら辞めれるんですか?」

「それは、無理だなぁ……アイツらとバカやってバンドやるの、好きだし」

「じゃあそうやってバンドする姿、きっとカッコいいって思ってくれてるヒトもいっぱいいると思うな。なのにそんなちっちゃなことで僻むのは逆に赤坂さんのカッコよさを霞ませるだけだよ」

「……そ、そっか?」

「陽太くん、論破されてるよ」

「ホントのことでしょ?」

「そうだね」

 

 勝った、勝ちました。ふふん、日夜カズくんのムーブを先輩たちから訊いたり、間近で見たりして研究した成果があったってもんだね。わたしは既に赤坂さんのことをカッコいいとか微塵にも思ってないけど。わたしの中のカッコいいの条件は清瀬一成であることが前提にあってのことだし。

 

「それに、見返りがないわけじゃないんですよ」

「え、なに?」

「こころん先輩やちーちゃん先輩が幸せになれます」

「陽太くん、頑張ろうね」

「俺への見返りじゃないんかい!」

 

 赤坂さんの喜ぶものとか性癖とか把握してないからなぁ。その点、花音先輩の協力条件は既に満たしてるからね。親友や大切なヒトだもんね。そういう輪を繋いでいく楽しさみたいなのはこころん先輩に教えてもらったことだから。

 あ、そういう意味だと赤坂さんにもメリットはあるんだよね。

 

「こころん先輩やちーちゃん先輩が幸せになれると、花音先輩が幸せになる」

「そうだねえ」

「すると、赤坂先輩も幸せになれるよ!」

「な、なるほど?」

 

 笑顔は笑顔を生むんだよ。そんな風にゴリ押しすると赤坂さんはやがて諦めたように協力を約束してくれた。後は、美咲ちゃん先輩とそのお姉ちゃんやってる喜多見さん、そして宮坂さんだっけ。あのヒトはこころん先輩とも関わりがあるからなぁ。色んなアテを使って情報網と包囲網を敷こうとしていると、レナ先輩は感心したように呟いた。

 

「ツテ、すごいね」

「まぁ、色々あって」

「そか、んでみんな、少なからず一成とも関わりがあると」

「そうそう」

 

 そういう関係ではなかったけど花音先輩も美咲ちゃん先輩もカズくんの生徒さんの一人だし、他にも喫茶店のつぐちゃん先輩を始めとしたアフグロのヒトたち、羽沢珈琲店のお向かいのにあるパン屋のさーや先輩とか、八百屋のキングとかね。後は、と思い浮かべたところでちょうどそのヒトにすれ違った。

 

「あ、結良ちゃん」

「七深ちゃんだ!」

「どーもどーも、えっとそっちのヒトは初めまして〜だよね?」

「そだね、富士見麗奈、よろしく」

「こっちのヒトは広町七深ちゃん! ヒナちゃん先輩とかこころん先輩と仲良しなんだよ!」

 

 そんな紹介をし終わったところで七深ちゃんは最近こころん先輩と会ってるか訊ねた。すると高校生の頃から続けてるらしいファミレスのバイトをしてた時に美咲ちゃん先輩とはぐ先輩と一緒に来てたってことを教えてた。どうやら二人にも結構説得されてたらしいことを七深ちゃんは語ってくれた。

 

「清瀬せんせーと何かあったの?」

「逃げてるの、カズくんから」

「なるほど〜?」

「またこころん先輩見つけたら教えてね!」

「りょーか〜い、まかせて〜」

 

 その後も、色んなヒトにこころん先輩のことを訊ねて回っていたところでエリちゃんから今日は近くを散歩してたよって連絡をもらってそっちに急行する。

 多分逃げられちゃうだろうけど、レナ先輩にも一応姿を見せとかないと。写真じゃなくて本物みればわたしの言ってることわかると思うし。

 

「あー、あの子か」

「うん」

「確かに、結良の言ってる意味わかったかもしんない」

 

 日が傾きかかっている中で、こころん先輩は公園の猫の集会で戯れていた。すっごく仲良しなんだなってことが伝わる穏やかな表情で、どこから持ってきたんだろう猫じゃらし片手に持って甘えん坊な猫たちに囲まれていた。でも、その顔は夕日のせいなのか、寂しそうに見えた。

 

「レナ先輩はここで待ってて」

「うん」

「わたしは話しかけてくる」

 

 そう言って、わたしはゆっくりとこころん先輩に近づいていく。猫と遊んであげてるので忙しかったのか、結構近づいた頃になって、ようやく先輩はぱっとわたしの顔を見上げて、それから若干諦めたように息を吐いた。

 ──こころん先輩は、カズくんの悪影響を受けた一人だと思ってる。だってカズくんの口から聞かされれるこころん先輩と、わたしが知ってるこころん先輩の印象はちょっと違うものだから。

 

「探しにきたのかしら?」

「うん」

「わざわざ?」

「レアキャラだからね」

「……あたしは結良とお話することなんてないわよ?」

「わたしもないけど、雑談くらいかな」

 

 お話することがあるのはカズくんだけ。わたしはそんなカズくんのお話したいって気持ちを持って伝えるってだけ。わたし個人としては世間話以上のことはない。

 こころん先輩は、その言葉に暗い顔をする。ちょっと苛立ってるんじゃないかって思うくらいに暗い顔、負の感情を先輩が見せることはまずないけど、まぁわたし相手じゃそうだよね。

 

「後は、こころん先輩だけだよ」

「そうなのね、モカはもうちょっと拗れると思っていたわ」

「カズくんがね──」

「一成のところには行かない」

「どうして?」

「結良はそれでいいの?」

「うん」

 

 そりゃヤキモチだなぁってなる時が絶対ないわけじゃない。今頃紗夜ちゃん先輩がカズくんちにいてイチャイチャしてるんだろうなぁと思うとちょっとだけ胸が痛む。元々はわたしだって結構、嫉妬深い性格なんだか不満だって思うよ。でもみんなの後悔のために奔走しているカズくん、そんなきっと幸せなんだろうけど痛いこともいっぱいある日々の中でわたしに見せるほっとしたような笑顔がたまらなく好きだから。

 

「なら尚更、あたしは一成のところには行かない」

「……行けない、んじゃなくて?」

「嘘を見破るのが上手なのね、結良は」

「でしょ〜?」

 

 敢えてにっこり笑顔を作る。だよね、行かないんじゃなくて行けないんじゃないかってゆってたのはちーちゃん先輩だったけど。それはさて置き、思ったよりも慎重に言葉を選んでいく。

 見た感じ、みんなが予想してたよりもずっと、ずっとずっと、先輩の精神状態は危うい感じだと思う。こんなの初めて見た。たぶんだけどカズくんも知らないんじゃないかな。

 

「あたしは、太陽じゃなくなってしまったもの」

「こころん先輩」

 

 泣きそうな声で、消え入りそうな声でこころん先輩はそうゆって小さく丸まってしまう。そしてポツリポツリと先輩は自分の話をしてくれた。珍しいって思ったことでそういえば自分語りをほとんどしないヒトだったなってことに今更ながら気付いた。ホントなら弦巻家っていう名家の一人娘で、箱入りなはずが興味と関心と笑顔だけでその箱から飛び出してきた金色の太陽の、感情に触れることになった。

 

 



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⑥太陽ロストメモリーと黄昏アンブレラ

 こころん先輩はわたしに、誰にも秘密にしていたカズくんとの関係を教えてくれた。ヒナちゃん先輩や蘭ちゃん先輩たちがカズくんを取り合ってみたり、共有してみたりしてた頃、こころん先輩は別のルートでカズくんへの想いを募らせていたこと。それこそカズくんの黄昏ティーチャーとしての物語としては幕間やサイドストーリーのような淡い恋物語を。

 

「……そう、だったんだ」

「あたしは、そこで約束通りにフラれて……笑顔で別れたわ」

 

 卒業記念の集まりで告白して、フラれても笑顔でみんなの笑顔が消えることなく会は終わりを告げた。カズくんの視点ではそこでおしまいなんだろうけど、当然そこで終わるはずがない。こころん先輩の胸には、一生を共に過ごしたいと思えたヒトを笑顔にできず、傍にいることもできなかったんだから。

 

「いや、騒がしかったね」

「そうね、でも卒業しても笑顔でいられるのはとーっても素敵なことだわ!」

「こころんの言う通りだね!」

「はいはい、まぁ楽しかったけどさ」

「でも、こころんがセンセーに告白したの、ちょーびっくりした!」

 

 そのはぐ先輩の言葉にこころん先輩はそういう予定だったのと返事をした。しかも付き合ってほしいとかそういうんじゃなくていきなり、結婚してほしいというプロポーズなんだもんね。そもそもこころん先輩の気持ちを知らなかったはぐ先輩がそう思うのは不思議じゃなかった。気付いてた美咲ちゃん先輩ですら、プロポーズにはびっくりしてたみたいだし。

 

「でも、あそこでフれるあのヒトってすごいよね」

「人前だと断りにくいって聞いたのに、バッサリだものね」

「オレはお前と結婚するつもりなんて一生ねぇよ、だっけ……でもはぐみ、ちょっとだけ酷いなって思っちゃった」

「言いたいことはわかるけど、でもそうでもしないとこころは諦めないって思ったんじゃないかな」

 

 美咲ちゃん先輩はなんだかんだカズくんのことも理解してるよね。カズくんのダメダメなところには、どうしても離れなくちゃいけないって思った時に人間関係をリセットする方法として嫌われようとするって傾向があるんだよね。それでたくさんのヒト、元カノさんを傷つけちゃうんだから、バカだなぁって思うんだけど。

 

「一生って、重たい言葉なんだなって思っちゃった」

「うん」

「はぐみなんて、言われたら絶対泣いちゃう」

「うん……だからさ、こころ」

「……なぁに、美咲?」

「もうガマンしなくていいと思う。あたしだって、はぐみだって、泣きそうなくらい酷い言葉だったんだから」

「で、でも……先生は、一成は……きっとあたしじゃ、ダメだって……わかってて」

「こころん!」

 

 ずっとずっと、カズくんの空の上でピカピカに輝いていた太陽は、そこで優しい雲に包まれて、優しい雨をこぼした。カズくんの前では絶対に見せなかった涙を、そこで流して、流して流しきって、またいつもの太陽に戻った。ううん、幾ら表面上で戻ったように取り繕っても、胸の中ではまだカズくんのことが好きって涙を流し続けたこころん先輩は、ヒナちゃん先輩やわたしと関わることでなんとか、カズくんの世界に留まり続けてきた。

 ──そして、カズくんをなんとか笑顔にしようと思って、みんなの未練を夢に乗せることに成功し、カズくんは自分の幸せをちゃんと考えてくれるようになった。それでめでたし、めでたし。

 

「でも、あたしは知ってしまったの、一成の本当の気持ちを。嘘つきだった先生があたしに抱いていた気持ちを」

「……そっか」

 

 こころん先輩が隣にいる世界では、カズくんはプロポーズを受けていいよと笑って、そして二人は恋人同士に、そして夫婦になった。その時にプロポーズをもらった時に、本当は抱きしめたいくらいに嬉しかったこと、こころん先輩のようなピカピカの太陽の一生に選ばれたことが嬉しかったことを知ってしまった。ちょうどその時はヒナちゃん先輩たちのことについて口を出すなって条件もつけられていて、それを破ると嫌われてしまいそうで怖かったみたい。

 

「そんなの無視して、あたしも一成の片棒を担いであげていれば……そうやってずっと後悔してしまっているの」

 

 結局、世界を笑顔にしたいこころん先輩は悪者にはなれなかった。自分だけがズルしてカズくんと幸せになるのはダメなんだって思っちゃった。子どもだったこころん先輩は、そんな小さな失敗をして、それが今でも胸に突き刺さっちゃってるんだ。本当は、カズくんのところに行きたくて、抱きしめて愛してほしいのに。もうそのポジションにはわたしがいるから。

 

「バチが当たったのね、嘘つきはあたしもだったから」

「だからって、カズくんに会わないのは違うよ……だってカズくんはもう」

「でも、もう()()じゃない」

 

 カズくんがこころん先輩に与える愛は有限のもの。ずっと愛してもらえるのは、わたしだから。それはこころん先輩がほしいものじゃない。でも求めてしまったら、今度は自分が大好きなヒトを傷つけることになるから。だからこころん先輩だけが傷つく道を選ぼうとしてる。みんなが去っていく姿を、昔みたいに遠くで見守るような立場に。

 

「そんなのダメだよ」

「結良」

「もう一生じゃなくたって、ずっとじゃなくたって、こころん先輩が欲しいものはカズくんが持ってるんだよ?」

「離れたくなくなってしまうわ」

「でも、だからって離れたままなのはダメ」

「それにあたしは、あたしは()()こころなのよ? 全てを奪って、一成をあたしのものにだってできちゃうわ」

 

 確かに、こころん先輩は弦巻家のお嬢様で、望めばなんでもできちゃう。離れたくないって暴走しちゃったら、わたしどころか誰にだって止める術はない。そこでわたしが言葉を詰まらせてしまう。このヒトは、わたしとは違うヒトなんだ、そんなことまで考えてしまって、こころん先輩が立ち上がったその時だった。

 

「らしくねぇ嘘を吐くようになったじゃねぇか、こころ」

「か、カズくん!?」

「よう結良、ありがとな」

「どうして、あなたがここにいるの?」

 

 レナ先輩だ。わたしとこころん先輩が話してる隙にこっそり連絡しててくれたんだ。よく見るとレナ先輩の隣には紗夜ちゃん先輩も一緒に来ていた。ごめんなさい、と駆け寄ると優しいお姉ちゃんの顔で大丈夫よと微笑んで頭を撫でてくれる。どうやら昔話をしてくれてる途中で来たみたい。でもバトンタッチしちゃったけどよかったのかな。

 

「よくなかったら、あのヒトはそれでも去っていく弦巻さんの後ろ姿を眺めていただけでしょうね」

「ずーっとあの子の言葉、マジメな顔して聞いてたし」

「そっか、カズくんの役に立てたかな?」

「結良は正直、そこにいるだけであのクズ教師の支えだと思うけどね」

「ええ、音羽さんはみんなを繋ぎ、一成さんがその全てを愛するヒトなのだから」

「……そっか」

 

 先輩たちに褒められたところで、わたしはカズくんに後は任せましたと気持ちを込めて手を振った。ここからは二人きりにしてあげるべきだ。せっかく、やっと捕まえたチャンスなんだから、カズくんも秘密にしていた物語の続きを紡いでいかないとだしね。わたしたちはカズくんちに戻って待ってることにしよう。そう言って公園を後にした。

 ──ただし、戻ってきてよねカズくん。こころん先輩とどっか行かないでね、絶対に。

 

 

 


 

 

 

 結良が手を振って公園を去っていくのを見送り、それからオレはしばらくぶりのこころに目を向けた。オレに言葉はねぇとばかりに顔を伏せて、会話を拒否する仕草は、らしくねぇの一言に尽きるな。先にオレがベンチに座って無言で座れよと隣を叩く。けどこころは微動だにしねぇまま言葉を重ねてきた。

 

「あなたと話すことなんて、ないわ」

「お前にはなくてもオレにはあるんだよ」

「まるでお説教する前みたいね、もうあたしは子どもじゃないわよ?」

「そうだな、お前は大人になった。なっちまった」

 

 大人になることがいいことばっかりじゃねぇとはよく言うけど、この時ばかりはホントにそんなテンプレに乗っかるレベルだった。けどこんな風にコイツを大人にしたのは身近な大人だったオレの責任もあるわけで、だからオレはそういう意味で言葉を向けさせてもらうことにするよ。

 

「まずは、結良に向けた嘘を怒らねぇとな」

「嘘なんて」

「オレの知る弦巻こころはヒトとは違う、なんて自分のことを表現することはねぇ」

「変わったのよ」

「いいや、お前は変わってねぇ。変わってるんならハロハピなんて夢物語はとっくに崩壊してるだろうよ」

 

 相手は弦巻家のお嬢様で他のヒトとは違う。そういうのをコイツは否定するはずだ。昔は苗字を多少疎ましいと思ってる感じもあったしな。それはさすがに無くなったみてぇだけど。結良は過去のこころなんて知る由もねぇから納得しちまったみてぇだけど、自分が権力を振り回すことが笑顔に繋がらねぇことくらいはわかってる。例え暴走しててもそれはしねぇよ。

 

「信頼されているのね、あたしは」

「してるさ」

「……ねぇ、一成」

「ん?」

()()()()?」

「その質問は、とっくに終わった答えだろ」

 

 それは、オレがバカみたいにカッコつけた覚悟を決めた時の言葉だろ。その後にお前はプロポーズしてきやがった。あの時はびっくりして言葉が出なくなりそうだったんだからな。

 けど、そのプロポーズは卒業式のあの日、断ったはずだ。くだらねぇ理由で断った、オレの後悔の一つだ。

 

「後悔?」

「知ってたか? オレはこころに傍にいてほしいって思ってたこと」

「え……それって」

 

 あの夢から覚めた朝、オレは結良に告白するために学校に出向いた。それが過去に起こった事実だった。

 でもオレの中に選択肢があったんだよこころ、お前を呼び出すって選択をしようか悩んだんだ。もちろん結良のこともこれから歩んでくれるものとして愛していた。アイツらとは違ってただそこにいて、でも次の生徒としての時間が結良への想いだった。

 

「同時に、あんなとびきりの魔法をくれたお前を、はいそうですかって放置すんのは嫌だったんだ」

「あたしを、選ぼうとしていたの?」

「結局、選ばなくちゃいけなくてアイツを選んだけど」

 

 まぁなんだ、そのくれぇにはこころに感謝してるし、なによりこころの笑顔を守りたい。お前がずっとオレの傍にいてくれたように、お前が旅に出るその日まで。オレにとってこころはそれだけ大切で、愛してやりてぇ女だったんだよ。だからこそ、今こうしてこころを傷つけちまってるんだろうけど。

 

「でも、でもあたしは……もう一成と一生はいられないの、それは結良のものよ」

「そうだな」

「あたしは一成の傍で、みんなに笑顔を届けたかった」

「そっか」

 

 ああ、手を伸ばせば今すぐにでもコイツを抱きしめてやれる。けどそれだけじゃあこころを救うことにはならねぇ。今のオレじゃこころを救ってやれねぇ。この曇った顔を、見えなくなっちまった太陽サマをまた晴れやかにしてやることはできねぇ。

 どうしたらいい、どうすれば。ベンチから立ち上がり伸ばしきれねぇ手を中途半端に伸ばしていると、ふいにトンと背中を押されたように、オレは一歩前に出て、こころの濡れた頬に触れた。

 

「一成」

「……悪い、迷っちまった。今のお前を抱きしめて何ができんのか、とかくだらねぇことばっかり」

「いいえ、あなたの気持ちが伝わってくるから……ちょっと暑いけれど」

「それは夏だからガマンしてもらうとして、まずは伝えることが大切なんだよな」

 

 何ができるとかできねぇとかじゃなくて、一方的だろうとなんだろうとこういうすれ違いに対して必要なことはオレがこころをどう思ってるのかって伝えることなんだな。この行為がなんの解決になってねぇのはわかってる。わかってても、それとは別にオレがコイツの傘になってやりたいって思ったから。

 

「その気持ちで結良を悲しませてはダメよ?」

「お前らで最後だよ、こんなの」

「あなたは魔法使いだもの、そうとは限らないわ」

「やめろやめろ、冗談じゃねぇ」

 

 こんなのが許されんのは長く見積もってもアイツが卒業するまでだろ。それ以降に浮気したらそれこそモカとヒナのハイブリッド病みとかいう危ねぇ悪魔が誕生しかねねぇんだから。けど、ちょっとだけ笑顔が戻ったな。

 つうか、最後に会ったあたりはピカピカだったクセに会わなくなったらこれなんだからもう諦めろよ。一生じゃなかろうがなんだろうが、今のお前が笑顔になるためにはオレが必要なんだろ? それならそれでいいんだよ。

 

「そんなくだらねぇとこばっか大人になってんじゃねぇよ」

「そうね、そうよね……もう少しで一成みたいな大人になってしまうところだったわ」

「その納得もやめとけ、今度はオレが泣くぞ」

「そうしたら、あたしが傘になってあげるわね」

「お前に覆われたら干からびるっての、クソ太陽サマが」

 

 まぁオレみてぇな大人がロクでもねぇってのはそうだな。ガマンばっか覚えて、言いてぇことなんにも言えねぇままくだらない嘘で塗り固めて幸せになれるチャンス何個も逃してんだから。お前らにはそうなってほしくねぇな。こころは一度も参戦なんてしてこなかったけど、自分が奪ってやるくれぇのテンションでいいんじゃねぇの? オレはアイツらのそういうギラギラ素直だったところは羨ましいって思ってたからな。だから素直でいいんだよ、素直に一生一緒にいたいくらいに好きで。オレはそういう理不尽なもんまでできるだけ受け止めてやるって決めてるんだからな。

 

 

 

 



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⑦太陽リブート

 雨上がりにちょっと笑顔の戻ったこころを送ってって、後で黒服さんに背中から撃ち抜かれねぇか本気でビクビクしながら帰路に着き、約束通りではあったが遅くなったことで紗夜も怒ってるかなと思いながら家に帰っていった。玄関の靴は少なく、もうとっくにレナも結良も帰ったみたいだった。

 

「お疲れさまでした」

「……はは、今日がお前でマジよかったよ」

「何がですか?」

「いや、ただいま」

「おかえりなさい」

 

 そうだった、この女は待てができる忠犬だったなコイツ、どっかの構ってくれなきゃ嫌だと暴れる妹と違ってな。帰ってきた瞬間に嬉しそうにオレに向かってくる紗夜と今日あったことを色々話して、求められるままに愛して、そうやって一夜を明かしていった。

 こころのこと、なんとかしてぇけどオレは結局あの時、一瞬だけアイツの痛みを和らげることしかできなかった。他のヤツらみてぇに後悔した分の取り立てじゃねぇんだから。

 

「私も、このまま離れられるか不安ですが」

「そうか? オレはなんだかんだ紗夜はちゃんと追いかけれる背中を見つける女だって信じてるよ」

「ふふ、ならあなたの生徒としてのプライドに懸けて、信頼に応えてみせます」

 

 千聖、ヒナ、蘭、あと多分モカも。ここは落ち着けば各カレシもしくは婚約者のところに戻るだろう。モカは大丈夫かどうか若干不安だが、アイツに対してオレがしてやれることはそれこそマジで信じてやることくれぇだしな。個人的にはもう十分満足してるであろうヒナには戻ってやれよと言いてぇところだ。

 

「あの子は、それこそみんなが離れるその時まで無理よ」

「だろうな、そもそもオレんところ来る理由もみんなしてずるいから、だからな」

「日菜らしいわね」

 

 要するにもう十分だと思ってた青春を延長させてるだけ。千聖と蘭は急に突き放されたのがショックだったから、ゆっくりと別れの時を楽しむ的な感覚だ。モカは前に進むための準備期間、これは紗夜もだな。

 問題が、オレがクズ教師としてお前らと背徳交わるランデブーしてる最中にはそういう関係にならなかった二人なんだよな。こころとリサは、このままじゃ根本的な解決になってねぇんだよ。

 

「時間ではなく、別の要因が必要なのね」

「そうなんだよなぁ」

 

 それこそ、お前らと同等に扱ってたらまだ救いはあったのかもしれねぇ。だけどこの二人の後悔の根本にはオレへの気持ちを素直にぶつけて、こういう言い方はどうかと思う部分もあるがヒロインとしてオレと生徒たちを取り巻く激動の一年、現在に続くまでの時間をメインキャラとして過ごせなかったってことだからな。

 オレはなんてダメなヤツなんだ。そんなことを考えて、考えている間に眠っちまったせいか夢の場所はやっぱり羽丘の屋上だった。

 

「やっ、悩める教師だね、一成?」

「……やっぱお祓いも必要だな、それも早急に」

「酷い! 守護霊だよ? キミのご先祖様とも仲良くやってるしさ」

「勝手に守護霊名乗った挙げ句に本来の守護霊サマと仲良くしてんじゃねぇよ!」

 

 屋上の夢といえば、と思ったせいか登場したのは由美子だった。オレとおんなじタバコ吸って、冗談じゃないと笑えねぇことまで言ってくる。ただ、悩みとか解決に困った思考の迷宮を整理するのに、この夢は結構都合がいいんだよな。オレの言葉を真摯に聞いて恋人として、教師として言葉をくれたのはいつだって由美子だったんだから。

 

「そうそう、ファインプレーだったでしょ?」

「あ? なにが」

「弦巻こころって子をハグしようか悩んでた時、背中押してあげたじゃん」

「……ついに現世にまで影響与えてきやがったかクソ幽霊」

「助かったでしょ?」

「なんか昔よりアンタの存在感濃くなってる気がするんだが」

「助かったでしょ?」

「はいはい、ありがとな」

 

 そう言うと由美子はまるでガキみてぇに満足した笑顔でよしっと言ってきた。あれ、数年前まで夢枕に時折立つかどうかくれぇじゃなかったか? いつの間にかオレの背中押してきやがるようにまでなりやがって、あれか。それがご先祖サマと仲良くやってる成果なのか。というかオレはオカルト否定派なんだからよくわかんねぇこと言うんじゃねぇよ。

 

「あれはオレが踏み出そうと思ったから踏み出した、別に幽霊が押してきたとかそういうのはねぇよ」

「うん、その通り。キミが踏み出せるだけの理由があったから、私が背中を押せた」

「この話はもういいっての」

「そうだね、一成が考えるべきなのは二人の女の子をどうやって送り出すかだよね」

「ああ」

 

 この際見てきたように言うのはオレの記憶の中にいる存在だからと理由をつけておく。そんなことより由美子の言う通りオレはリサやこころのこれからを幸せにするためにどうしたらいいのかってことを考えなくちゃなんねぇ。これがめちゃくちゃ難しいんだよな。

 オレってやつはどうしようもなく甘くてクズだからな。このままじゃ今度は結良との幸せすら取りこぼしちまう。それだけは嫌なんだよ。

 

「いっぱい考えてあげること、それがキミが生徒たちにできる唯一で精一杯だよ」

「解決できなくてもか?」

「この際、正しい答えとか忘れちゃったほうがどっちのためにもなるよ」

 

 正しさを捨てるって案外難しいことだよな。特にオレは正しくねぇって理由だけでこころの提案に乗らなかったような男だしな。

 一旦それは忘れちまうとして、オレに今必要なのはただアイツらのために考えてやることなのだと由美子は笑った。精一杯想うこと、それこそがオレができる唯一のことだから。

 

「さてと、それじゃあ」

「おう」

「キミの答えを楽しみにしてるよ、一成」

「ああ、見ててくれよ」

 

 どうせヒトの背中に立ってるってんなら、由美子に教師としての在り方を学んだオレがどういう結末を迎えるのか、ちゃんと見守っててほしい。間違いだらけだったとしても、正解なんて最初からないのだとしても、オレは教師として、そして一人の男として足掻き続けるから。そうして去っていく由美子を見送って、はっと気がつくとオレは朝を迎えていた。

 

「ん……」

「あ、悪い起こしたか?」

「いえ……もう、起きるじかん……」

 

 隣で身動ぎ、また寝息といつものように低血圧で寝起きに時間がかかる紗夜をしばらく抱き寄せる。なんか前は由美子の夢を見た時って結構、内容を覚えてられねぇことが多かったのに今日はえらくハッキリとおぼえていた。これも守護霊サマを説得した結果なのだとしたらいっつも由美子に見られてるってことになるのか、嫌だなそれ。まぁ用事があるらしいがまだ時間はあるだろ、なにせもう今日から八月、つまり大学生組は夏休みが始まり、夏期講習も終わったんだからな。

 ──とか言いながら紗夜を送ってった後はいつものように羽丘に向かい、天文部の部室で結良との時間を過ごしてるわけだが。

 

「それでね、ちーちゃん先輩もまとまって休みとれるって!」

「紗夜の方も大丈夫らしいから、これで全員の休みが合うな」

「後は、こころん先輩だけだね」

 

 ホワイトボードにはこれからの予定が書き記されていた。その中にある「みんなでバカンス」という文字を眺めながらオレもそうだなと頷いた。とりあえず傘になってやるとは言ったものの、アイツが望まなければそれにもなれねぇわけで。いつもならこんな予定を立ててるってわかれば真っ先に乗っかってくるんだがな。そんな風に考えていると、突如として部室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「来たわよっ!」

「び……っくりしたぁ、ってえ、こころん先輩!?」

「こころ?」

「ええ、あたしよ!」

 

 そこにいるのは金ピカの髪と笑顔をキラキラ輝かせる眩いばかりの、まだ東から南の空へと向かっているはずのソレと同じ、真夏の太陽のような輝きを放つ、弦巻こころだった。あまりに突然の登場にオレも結良もなんとか確認するまでもねぇはずの存在感に対して名前を呼ぶので精一杯で、なんでここに、ってよりはなんでまたいつものキラキラに戻ってんだよってツッコミもできねぇくらいだ。

 

「送ってってもらってから一晩、いっぱい考えたの!」

「考えただけで元通りかよ……いやお前はそういうヤツだな」

「だから、はい!」

 

 そう言ってこころはオレの前までやってきて両手を広げてきた。

 あの、あのなこころ、結良が隣にいるからな。オレだって一応は結良の前じゃそういうのは浮気になると思ってんだからと目線で同意を求めると、隣からいいよとでも言いたげな温かい目線が返ってきた。

 

「なんだよ、有限だからって今の内に甘えとこうって腹積もりか?」

「そうじゃないの、ただ……伝えたいことが多すぎて、言葉では足らないの」

「……わかったよ」

 

 立ち上がりまるでスローモーションのようにゆっくりと腕の中に吸い込まれていく太陽の温もりにオレは少しほっと息を吐いた。いつものこころだ。溢れんばかりの笑顔と輝きと、んでついでに愛と、万感の想いが込められたハグだった。いやついでって言ったら怒られるな。あと抱き心地がちょい違う……ああ、二年前だもんな。そりゃ成長してるか。でも妙に抱き慣れてんのはもしもの世界で散々ハグしてやったからだな。

 

「えっち」

「カズくん!」

「違う、誤解だ」

「今あたしの抱き心地から身体が成長していることを確かめていたわ」

「うわ、変態だ」

「いや確かめてねぇよ、気付いただけで」

「えっちじゃん、アウトだよソレは」

「結良の言う通りよ!」

 

 ちょっと待て、いやオレが悪いのかそれは謝るから待ってほしい。そんな風に糾弾する前にオレはこころに言いてぇことがあるんだよ。別にカッコつけなくちゃ言えねぇわけでも、二人きりで雰囲気良くしねぇと言えねぇわけじゃねぇけど、またピカピカの太陽サマに戻ったこころに。

 

「あら、何かしら?」

「またオレやオレの生徒たちに笑顔を届けてくれよ、こころ」

「ええ、ええ! もちろん、あたしは世界を笑顔にするんだもの!」

「じゃあじゃあ、とりあえずバカンスの予定立ててるんだけどさ!」

「とっても素敵だわ! 場所はあたしに任せておいて! 世界で一番ステキな場所に連れて行くわ!」

 

 わいわいと盛り上がってるところにヒナがやってきて更に盛り上がっていく。その姿を見て、なんか蘭とのもしもの世界でもこんな感じだったなということを思い出していた。あの時はもう他のメンツも未練が消えてて、そのおかげで昔のように過ごすことができたんだと、だからこそ今こうやってもういがみ合うことも取り合うこともねぇんだって結良が教えてくれたな。

 

「んで、こころ」

「どうしたの?」

「お前は、その……どうすんだよ」

「えっちのこと?」

「明け透けに言うなっての」

「一成が隠すのは、なんだヘンテコだわ!」

「うるせぇ」

 

 ついにこころと二人きりで家のソファに座って、お互い風呂上がりの状態になれば自然と会話はソッチの方面に突き進んでいく。それこそもしもの世界じゃよっぽど疲れてなきゃ、お互い裸で寝てたくれぇなんだけど。現実のこころはまだ処女なわけで、しかもかなり立派な貞操観念お持ちだったよな。だから一応、確認はしとくんだよ。身持ちを優先するってんならそれでいいだろうし、いやお前が今度こそ自分だけ仲間外れを良しとしねぇだろうってのも予想してるけど。

 

「寝る前にね、いつも思い出すの」

「あ?」

「あなたの指、息、舌……声も、あの気持ちよさも、全部」

「……お前、結構むっつりだったもんな」

「言い方が悪いわ、あたしは先生に教えてもらった通りに感じてしまうだけよ」

「それこそ言い方が悪いんだけどな」

 

 とか言いつつ、潤んだ瞳から放たれる熱っぽい視線と、()()()()()()()()()()()()()()()をされちまえばオレも拒否どころかその気になっちまうわけで。

 こころはいつもハグをする。オレの腕を自分の腰周辺に置いて、潜り込んでくる。んで太腿を撫でてきて、首筋に顔を押し付けてくると今日はオッケーの合図だった。

 

「後悔すんなよ」

「むしろ一成に抱かれなかったことを後悔していたわ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 それが、マトモな理性を残した最後の会話だった。これで七人とひとり予定外のが増えはしたけど、全員コンプリートすることになっちまった。けどこんなクズで悪いな結良と謝ると怒られるため、不満の溜まった結良を満足させるものも、結局は愛であることには変わりねぇんだけど。

 ただ、これでようやくスタートラインだ。こっからオレは生徒たちを本当のハッピーエンドってやつに導いてやらなきゃなんねぇ。みんなの幸せを模索して、押し付けるわけじゃなくて、それぞれと見つけていく。それが、クズ教師としての最後の仕事だ。

 

 

 

 

 

 




千聖、ヒナ、蘭、モカは時間の経過と満足度の問題

紗夜、レナは一時的な休息のようなもの

問題は、やはりリサとこころである。


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幕間:陽光アフター
①酒宴テンイヤーズ


 とりあえずオレはクズ教師として、そして一人の男として全員の後悔を聞き届けた。んで、こっからは後悔の先を見届けるって時間になるわけだが、それは夏休み終わってからゆっくりでいいよとオレを甘やかしたのは意外なことにおそらく一番損をするはずの正式な恋人、音羽結良だった。

 

「ほら、お盆のこととかもあるし。急ぎすぎてもまた一緒じゃないかな」

「まぁ、結良がいいって言うんならオレは甘えちまうけど」

「うんうん、それでいいよ! わたしもたくさんわがまま言うし!」

「そうか、ありがとな結良」

 

 そんなカノジョの甘やかしにすっかり骨抜きになり、オレとしては年甲斐もなくイチャイチャと、結良としては年相応に甘ったるい時間を過ごしていたある日のこと、結良がオレのスマホが鳴ってることに気付いて届けてくれた。それは香織がオレへの誘いっつう懐かしいメッセージだった。

 

「あ、見えちゃった」

「いいよ、隠すもんでもねぇし」

「そっか、飲み会?」

「会じゃねぇだろ」

 

 内容は一緒に飲みに行きませんかというこれまた懐かしい誘いだった。香織の結婚前にサシ飲みは二度としねぇって言ったばっかりなんだけどな、そう送るとサシじゃありませんよとすかさず返ってきたところでコイツが何を言いてぇのか予想して電話に切り替えた。んで開口一番に言い放ってやった。

 

「嫌なこった、誰が楽しくて既婚者()()の惚気を聞かされなきゃならんのだ」

『話が早くて助かります』

「断る」

『旦那さんの惚気だけじゃなくてのんちゃんの惚気もしたいのに』

「余計に断る」

 

 娘自慢も御免被るな。その言葉たちで結良も何を言いたいのかわかったようだ。あー、と微妙な顔をしてきた。同時にオレにまだ逃げてるのという非難の目線も。逃げてねぇ、マジでオレってやつはクズだからその状況で酒が入ったら何しでかすのか信用してねぇだけ、自分のことが一番信用できねぇ。

 

『素直になりましたね』

「なりましたね、じゃねぇんだよ。オレがみみに持ってる感情を読み取ってねぇとは言わせねぇからな」

『はいもちろん、みーちゃんが先輩に抱いている感情も』

「わかった上で誘うのか、いい性格してんなホントに」

 

 色んなところに誤解と語弊を招く最悪の言い方をするとオレとみみは未だ両想いだ。あの頃の、恋人同士だった時の感情で凍りついちまってんだよお互いに。別れ方が最悪極まりなかったからな、十割オレのせいだけど。けど今更言葉でなんとかなるレベルは越えてんだろ。その痛みをぶり返させて、何がしてぇんだよお前は。

 

「カズくんとみみさんの幸せを願ってる、でしょ?」

『結良ちゃん、いたんですね……そして流石です』

「二人は後悔してる、んだもんね」

 

 また後悔か、ああまぁそうだけどさ。だからってどんだけ言葉を交わしたって、それこそ一夜でもアヤマチ重ねたとしても、オレとみみの傷は塞がったりしねぇよ。それでもってんなら伊丹和己、だっけか。アイツの旦那と荻原くんに事情を説明して許可もらってこい。あと結良の許可もな。

 

「わたしはいいよ」

「不倫してもか?」

「したらお説教だからね、みんな呼んで」

「……しねぇよ」

「知ってる。だから万が一の時は覚悟してね?」

 

 結良だけでも怖いのにアイツら全員はぞっとしねぇな。特にメンヘラ悪魔とヤンデレ悪魔と氷の女王が怖い。あとリサと、一番ヤバそうなのがこころなんだよなぁ。もしもの世界では浮気なんて考えることもなくてアイツ一直線だったからアレだった。だからこそ予想つかねぇのが怖い。未知は恐怖するもんだ、それこそバカヒナや太陽サマじゃねぇんだから。

 

『私の方はオーケーだそうです』

「まぁ正直、そこまでは予想してた」

『伊丹くん、は……確かに私もわかりませんね』

 

 そうだよなぁと呟いてから、そういやアイツは旦那に自分の元カレのこと結局しゃべったのか聞いてねぇな。つか報告しろよ。そう思ってメッセージアプリの欄にいなくて、ブロックしてるんだったことを今更ながら思い出した。香織は同僚になった時に解除してくれないとみみを呼び出すって脅されて解除したんだったな。

 

『話したみたいですよ』

「そうか……まぁでもオレとの関係は旦那にもしゃべれねぇの多いだろうからな」

『どこまでしゃべったかは、どうでしょうね』

 

 そもそも結婚するきっかけ、馴れ初めからオレの話が入ってきて、全部オレを忘れたいと思っての行動だったんだから言えねぇのがフツーだよな。しかも香織から聞いた話によると結婚直前になってぶり返して、会いたいと思ったからこそオレを羽丘珈琲店に呼び出して過去の話をさせたんだから。根は深いな。

 

『それじゃあ、結果分かり次第報告しますね』

「おう」

『先輩、結良ちゃんも、おやすみなさい』

「うん、おやすみなさい」

 

 電話を切って、結良をしばらく抱きしめていると感情のさざなみが収まってきて、そこからはいつものようにまた惚気るのも遠慮するくれぇにイチャイチャと夜を過ごしていった。

 ──それから、みみの旦那から許可が降りたとメッセージが届いたのは昼過ぎになってからだった。

 

「それで悩んでいるのね」

「まぁな、一応結良もいい、とは言ってるが……今までとはワケが違うからな」

「ふふ、昔の恋に振り回されているのは、あなたも変わらないわね」

「だからこそお前に色々と上から目線で言えたんだがな」

 

 結良は天文部の後輩二人とヒナ紗夜とで水着を選ぶ、とかで出かけていって、空いた時間を羽沢珈琲店で恋愛相談、というか話を聞いてくれたのは千聖だった。千聖の隣には松原もいて、苦笑い気味に反面教師ってことですか? と訊ねてきた。当たり前だろ、オレが痛い思いしてるからこそ、そうなるなよって言えるんだからな。

 

「つかデートの邪魔してるみてぇで申し訳ねぇんだが」

「私は、千聖ちゃんが楽しそうなら」

「別に二人きりに拘らないわよ、3Pでもイケるのだから」

「……スルーでいいか?」

「はい、いつものことなので」

 

 松原にスルースキルがついてるのは喜ぶべきか否か。純粋だから守らなきゃいけないのと言ってた相手にいつものことと言われるほど自然に下ネタワードを放つのはどうなんだ。じゃなくて、正直逆の立場だったら、例えばオレがみみの旦那で、みみが元カレと親友と三人で飲みに行きたいですとか言い出したら死ぬ程反対するってところが、今回の悩みなんだよな。

 

「一成さんは昔から取られるのが嫌いだものね」

「つかそれでも幸せなら、って思えるのがわからん」

「……先生がそれを言うのはちょっと説得力が」

「私のことなんて遊びだったからそういうことが言えたのよ」

「悪かったって、その件はマジで」

 

 要するにみみの旦那がどういうロジックで送り出すって決めたのかがわかんねぇんだよ。オレにとって完全に未知の領域なわけだよ。だから怖いってか、裏があるってわけでもねぇんだけど、ホントにホイホイ三人で食事していいのかって迷ってモヤモヤしてどうしようもなくて、藁にも縋る思いだよコッチは。

 

「そんな水に流される藁の戯言なのだけれど」

「お前ひょっとして機嫌悪いのか?」

「いいえ、今日の千聖ちゃんはとってもご機嫌ですよ?」

「言葉のトゲが隠されてねぇんだけど?」

「先生とお話して、頼られてテレちゃってるんですよ、ね、千聖ちゃん?」

「……花音ったら」

 

 いや納得できねぇんだけど、水に流されてるんじゃなくて煙に巻かれてる気がしてきた。いつも煙に巻いてきたのはオレだろってそうツッコまれるのは予想してるからわざわざ口に出すなんて野暮なことはしねぇけどさ。しねぇけど、なんでそこでラブコメ始まりそうな空気出してんだちさかの。やっぱオレは邪魔者じゃねぇか。

 

「そうね、行動原理は案外とてもシンプルで、今の一成と同じじゃないかしら?」

「同じ?」

「どうして私に相談を持ちかけたのかしら?」

「そりゃ、モヤモヤを晴らしてぇって気持ちだな」

「それと同じよ」

 

 モヤモヤを晴らしてぇって、つまりはなんだ? みみとオレの関係が宙ぶらりんなのがモヤモヤしてて、決着をつけてほしいんだって思ってるってことか? オレだったら乗り込んじゃうけどな、そういうの本人たちだけ会わせてもう大丈夫だよとか言われても嫉妬で頭がイカれそうになるだろうなぁ。

 

「えっと、だったらその覚悟はした方がいいんじゃないですか……?」

「同じだって思えばそうだな、確かに」

「一発くらいは殴られてあげなさい」

「マジか」

「私が慰めてあげるわよ」

「是非頼む、クズだからそういうのが一番ダメージなんだよな」

 

 そんな情けねぇ約束をして、それほど経たずに三人は大学時代、オレの卒業の時に予約してた店に集合していた。幸いオレとみみは夏期講習も終わっているため、時間も都合も付きやすかった。香織は主婦だしな、ずっと思ってたがアイツが専業主婦ってなんか似合わねぇよな。みみにそう送ると確かにねと返事がきた。

 

「んで、幹事が一番乗りじゃねぇのかこういうのって」

「そういう堅苦しいものじゃないので、気にしないでください」

「いやお前が言うんじゃねぇよ幹事」

「なっくん、昔のノリなんだからさ」

「まぁ、そうだけどな」

 

 十年、十年なんつう長い時間を経ても、三人が揃った瞬間にまるで昔に戻ったような感覚に陥った。オレの向かいには大学時代の後輩としてずっと一緒に過ごしてきた二人がいて。そんななんでもなかったはずの光景にノスタルジーを感じたことに、ずっと一緒だと無邪気に信じていたはずの未来(さき)の道が別れ道だったことを思い出させた。

 

「えー、それでは乾杯を」

「何に対しての乾杯だよ」

「先輩の卒業&就職おめでとうの乾杯です」

「あはは、十年経ってるけどね!」

「……笑えねぇ」

 

 それドタキャンした身からすれば笑えねぇにも程があるんだよバカ野郎が。しかもその理由も今考えればくだらなくて、意味わかんなくて、カッコ悪いもんだしな。けどそんなのお構いなしどころかむしろそれをたっぷりと後悔して、あの頃の懺悔をしろとでも言わんばかりの笑顔で、香織がカンパーイとグラスを持ち上げやがった。

 

「カンパーイ! ほら、なっくんも」

「めでたくねぇ」

「テンション下げないでよ〜ほらほら、乾杯しよっ」

「うるせぇ」

 

 元気いっぱいのみみに押し切られてグラスが触れ合う音がして、生ビールに喉を鳴らしていく。香織、お前はそんなに強くねぇんだから飲みすぎるなよ。みみとオレ、特にみみにペース合わせるとすぐに昔を懐かしむ余裕すらもなくなっちまうからな。そんなオレの小言に香織は唇を尖らせた。

 

「そんなの言われるまでもありませんから」

「ねね、なっくんってどんな先生してるの?」

「……どんなって」

 

 一瞬、絆してヤって囲ってのクズ教師の方が思い浮かんだ。違う違う、通常業務の方な。まぁそこそこマジメにやってるよ、それこそ無気力状態だった頃よりはな。ただ一度サボりグセがついたら戻すのは大変だし、なんならガキ相手にキリっとすんのも面倒くさすぎてダメ教師にはなってるけどな。

 

「オレとしてはみみが先生やってる姿ってのも気になるけど」

「わたし? んー、やっぱりこういう性格だからちょっと舐められ気味かも」

「まぁ体育だと遊び半分のヤツも多いだろうし、まとめんの大変そうだよな」

「え?」

「なんだよ」

「わたし、体育じゃないよ」

「なんで?」

 

 思わず問うてしまい香織がみみの隣で肩を震わせてやがった。コイツまたやりやがったな。オレを笑い者にしやがって、お前が教えてくんなきゃわかるわけねぇだろバカが。そんな少しだけ理不尽な怒りを向けてから、別の教科担当取ってたのか、と驚きを口にした。オレの知ってるみみはお世辞にも五教科担当ができそうな頭はしてなかった気がするが。

 

「みーちゃんは現国の先生ですよ」

「……マジか」

「マジマジ、まぁ部活は陸上の顧問やってるけどね!」

 

 現国、とはまたどういう方針転換なんだか、そう口にする前にみみはその現国教師になることに決めた原因と、旦那との付き合いは密接な関係にあることを語り始めた。はぁ、やっぱ惚気じゃねぇかと思いながら本格的に語り始める前にそれなりの値段がする焼酎の一升瓶とつまみを注文した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しばらくバンドリキャラが出てきませんがとある需要のため続きます。
ごめんね。


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②陽光バッドエンド

 大学三年生になってもう数ヶ月経つのに今でも、夢に見ることがある。悲しそうな一成(なっくん)の顔、おめでとうと言ったわたしに向かって、もう一緒に居たくない、飽きたとヒドい言葉を掛けられて、なんて言ったらいいのかわかんなくて。

 ──大好きだったのに、追いかけられなかった。あの時わたしはなっくんの愛を疑った。飽きたって言葉に、一瞬でもホントにそうなのかなと思ったことがわたしをその場に凍りつかせた。

 

「……はぁ、また遅刻だ」

 

 この夢を見ると決まって、寝起きは最悪で……って当たり前なんだけど。すぐに香織(りーちゃん)に電話する。何度も繰り返してるせいか、既にりーちゃんも慣れてるみたいで、迎えに行こうかと言われて大丈夫だよと言葉を返した。まるで、昔のなっくんが取り憑いたみたいに、ダルくていっそこのまま喫茶店でサボっちゃおうかななんて考えてしまう。

 

「だから、そんなことになるくらいなら先輩に……」

「平気」

「平気だなんて、そんな……!」

「飽きられちゃったんだもん、会いに行ったって結果は一緒だよ」

 

 なっくんはわたしのことなんてずっと、遊びで好きなんて気持ちは一切なくて、わたしが二年間ずっと弄ばれてただけ。ホントはそんなことないってことくらいわかるけど、噂ではそうなってるし、わたしもそれを特に否定しない。しても、じゃあ真実はってなった時にまた大好きなヒトのあの顔を見なくちゃいけなくなるから。

 

「美城先輩、また遅刻ですか?」

「伊丹くんには関係ないでしょ?」

 

 偽りの太陽だったわたしは、本当になっくんが傍にいてくれていたって輝きがあったからこその太陽だったみたいで、それを失ったことで前までどうやってなっくんが褒めてくれた笑顔を作ればいいのかわかんなくなっちゃった。そんなわたしを構ってくるのは後輩の伊丹和己くん。マジメで優しいヒトで、きっとわたしなんか構わなければとっくにカノジョさんできてるだろうなぁって感想を抱いてた。だけど、だけど今のわたしにとっては鬱陶しいとすら思えてしまう。

 

「関係あります」

「そうじゃなくて、ほっといてほしいって意味だったんだけど」

「……すみません、ですけど」

「伊丹くん、そこまでにしておいたほうがいい」

 

 そんな伊丹くんを止めてくれたのは、学部の違う同学年でなっくんとわたしの本当の結末を知ってる数少ない人物、荻原(おぎわら)征木(まさき)くんだった。名乗られた時に征伐の征に樹木の木で、って説明されたことから由来してわたしはセイさんって呼んでる。なっくんはそれを知って名付けセンスが独特って……ああ、またなっくんのこと考えてた。

 

「ごめん、セイさん」

「いやいや、みーさんがお困りとあらば、なんて言ったら清瀬さんに怒られちゃうかな」

「……なっくんは、もうそんなことで怒ったりしないよ」

「ごめん」

「ううん」

 

 もう後期が始まったっていうのに、半年が経ったのに、なっくんがいない傷は治るどころか未だに生傷のようにジクジクと傷んでいる。胸の奥から、ドロドロと血を流し続けて痛いって叫んでた。

 りーちゃんといても、セイさんとりーちゃんの早くくっつけばいいのにとすら思えるもどかしい恋模様を眺めても、伊丹くんに世話を焼かれても、ずっと痛い。不治の病は、わたしを永遠に傷つけ続けるんだって、そう思ってすらいた。これは、なっくんを疑ったバツなのだと、言い聞かせていたそんなある日のことだった。

 

「あの……美城先輩」

「どうしたの?」

 

 ゼミの課題に追われて結構遅くまで大学に残っていたところで、伊丹くんがやってきた。まとめるの手伝ってくれて、ジュースほしいと言ったらすぐ買ってきますだなんて言って、なんだかパシリにしちゃったみたいで申し訳ないなと思っていたら、これ好きですよねと微糖の缶コーヒーを笑顔で差し出されて、その優しさに感謝しながら課題を終わらせた。

 

「はー、間に合った、よかったぁ」

「お疲れ様です」

「ありがとね、伊丹くんっ」

「い、いえっ、あ、あーっと、あの、このあと……えと、お、おれと食事とか……どうッスか。軽く食ってく、みたいな」

「確かに、頑張ってたらお腹減っちゃったよ」

「じゃ、じゃあ、行きましょう!」

「うん!」

 

 道中やご飯中の言葉に耳を傾けてすぐに、伊丹くんの気持ちには気付いた。この子は同情でも憐憫でもない。そんなの関係なく純粋に、わたしを好いてくれてるんだ。ただまっすぐに、なんの見返りもない好きって気持ちをわたしに届けようと頑張って勇気を出してるんだ。そう思うと、なんだかこっちまで嬉しくなってしまって。

 ──その日から、わたしはなっくんの夢を見なくなった。そして、クリスマス前に告白されたわたしはすぐにズミくんとお付き合いを始めた。

 

「え、付き合うことにしたの?」

「そそ、だからりーちゃんもクリスマス前にコクった方がよくない? このままじゃボッチになっちゃうよ、なんてね!」

「う、うん……そう、だよね」

 

 セイくんとりーちゃんは正式なお付き合いこそ少し遅かったけど、クリスマスは二人で過ごせたのだと知った。わたしも、ズミくんのおうちに招いてもらって幸せな夜を過ごした。その時のことだった。ズミくんに国語教師になるのって問われた。

 体育教師になるつもりだったわたしはびっくりしちゃって、どうしてって訊き返すと、更にびっくりしちゃうようなことを言われた。

 

「未来って、なんか詩人だし、言葉選びがキレイだから得意科目は国語なのかと」

「は、初めて言われたんだけど、それ」

「そう? おれ、ずっと思ってた」

 

 原因なんてすぐに思い当たった。詩的な言葉を紡いで、ちょっとカッコつけてみて、わたしへの愛を語ってくれたヒトがいたことを。そのヒトと一緒にいたことが、わたしの煩雑で、上手じゃなかった言葉選びをキレイに整理してくれたことに。後日にりーちゃんに訊ねても確かにそうだよねと微笑まれてしまった。

 

「みーちゃんの言葉、星を感じるようになったよね」

「うーん、それはよくわかんない」

「でも、みーちゃんは物語から何かを伝えるの、結構得意なんじゃないかなって思うな」

「そうかな……そっか」

 

 そこで現国の教師になろうとした理由は、単純だった。忘れたくなかった、忘れるなんて絶対に嫌だったから。お前は太陽みてぇで、あったかくて安心すると笑ってくれたなっくんがくれたものを、将来なんていう名前ばっかりの真っ暗な道を照らす道標にしたいって。そうしたら、同じ場所できっと教師をしているだろうなっくんにまた、会える気がして。

 ──もう薄れていた、というかほぼなくなっていたと思ったなっくんへのおっきな愛と後悔と未練、それを踏みしめて、ズミくんと幸せになろうって決めたわたしの最後の抵抗みたいなものだったんだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──って感じかな、と締めくくられた長い話に聞き入っていたオレは香織とゆっくりと目線を交わした。知ってたのか、いや知ってて当然だな、だってお前はいい性格してるもんな。旦那との馴れ初めを含めた話は、なるほどなぁという感慨ともう一つの気持ちが湧き出していた。どうだったと感想を求めてくるようなみみの言葉に、オレはグラスの焼酎を飲み干してから口を開いた。

 

「そんな愛しの元カレのことをつい最近まで隠してたのか」

「う……それは言わないでよ」

「まぁ、流石に大学時代に元カレがいたことは知っていたみたいですけど」

「セイさんが教えてたみたい」

「荻原くんか」

 

 荻原くんからすれば、惚れた女の親友で、自分の背中を叩いてくれた戦友で、元カレであるオレともそれなりに交流がある以上は口を出さずにはいられなかったんだろうな。にしてもまさかの飽きたっつって雑に別れたあの話、大学に広まってたのかよ。まぁオレは悪名高い男だったしな。

 

「尾鰭ついてたよ、しかもかなり」

「んでみみはそれで憐れまれ続けたと」

「相当ね」

「……悪かったな」

「なっくんの本心は知ってるから許してるよ!」

 

 そんなみみの遠回しな馴れ初めと惚気から始まり、今度は傍で見てきたみみがツッコミ混じりで荻原くんと香織が付き合う話をしてくれて、今度は結良やアイツらとの関係が今現在はどうなってんのかを問われた。そういやみみと前に会った時はヒナと一緒だったし、蘭やモカともちょい話してるんだもんな。そう思って別に隠す必要ねぇこともあり明け透けに今の自分のクズっぷりを元カノに暴露していく。

 

「それは大変だね、なっくん」

「まぁ自業自得だしな」

「それがわかるようになってくれただけ、私としては嬉しいですね」

「うるせぇよ」

「でもなっくんなら必ず、やり遂げるって信じてるよ」

「……いいのか? お前のことは裏切った男なんだけどな」

 

 自分でもかなり鬱陶しく、かつ面倒くせぇ問いかけだと思ったがそれでもみみは、それでも信じてるからねと笑ってきやがった。その顔はまさに昔のような、オレのカノジョとして過ごしていた太陽の微笑みだった。ドキっとしつつも、ちょっとリセットするためにトイレと言って離席する。ただ、これが失敗だった。

 

「なっくん、おいで〜」

「お前、酔ってんのか?」

「え、まだ飲めるよ?」

「だろうな、香織はやめとけよ」

「わかってます……ちょっと私も」

「行ってらっしゃい」

 

 少し覚束ない足取りでオレと交代するようにトイレに向かった香織、これはまだいい。やめとける理性も残ってることだしな。この後テキトーにつまみやら水やらで間を持たせればおそらく荻原くんの手を借りる必要もなくなるだろう。問題は、酔ってねぇはずのみみなんだよな。何故かコイツ、離席してる間にオレが座ってた方にいて隣に誘導してきやがった。

 

「リアクション、ビミョーじゃない?」

「不倫はNGで頼む」

「しないって!」

 

 いやオレ、そのへんの言葉マジで信用してねぇから。つか、羽沢珈琲店で再会した時からずっと思ってたんだけどさ、お前って距離の詰め方が昔となんも変わってねぇのよ。何が言いてぇかっていうとそれで不倫は絶対ないって言い切れるところが逆にすげぇなってことくれぇかな。

 

「一ヶ月だよ?」

「何が」

「出逢って付き合うまで、そこから別れて顔見なくなる時まで、ずーっとなっくんはわたしのカレシだったもん」

「……言われてみりゃそうか」

 

 変わらないんじゃなくて、わからねぇってだけか。卒業するまでずっと、つか卒業してもずっと、みみは大学の先輩後輩にはなったことねぇんだよな。だから余計に危険だって話じゃねぇかな。お互い、恋人としての関わりしかしてこなかったのに、大人になったから再会して飲んだらもはやそれだけで不倫だろ。

 

「なっくんのことだけはズミくんに一生赦されなくていい。恨まれて、それが原因でいつか離婚しちゃうとしてもずっと」

「バカ野郎、幸せになれよ」

「幸せにしてほしかった」

 

 まっすぐな瞳を向けられて、オレは思わず逸してしまう。そんなこと言われても、もうやり直しなんてできやしねぇし、オレには結良がいて、お前にももう旦那がいる。その左手の薬指にある指輪はただのオシャレじゃねぇだろ。そこに気持ちを込めて、どんな時だって共に乗り越えるって誓いの口づけをしたんだろ。それを即座に裏切るようなこと、言うんじゃねぇよ。

 

「……確かに、わたし最低だよね」

「そうだな、旦那のことちゃんと愛してるんだろ?」

「うん、大好きだよ」

「じゃあ過去ばっかり振り返ってんなよ」

「うん」

 

 こんなこと言ってるオレだって、お前のウェディングドレスを見て真っ先に感じたのは後悔だったよ。逃げねぇとかカッコつけたのはいいものの、目の前に広がってた景色は思わず眉間に皺を寄せるようなものだった。なんでオレじゃなかったんだ、なんでオレはあの時みみのことを信じられなかったんだって。でも、お前から投げられたブーケを手に満面の笑みを見せてきたヤツがいるんだよ。アイツが、オレの後悔とか痛いもん全部ひっくるめて、幸せにしてくれる。オレに幸せを届けてくれるんだ。

 

「だからオレは今まで信じてこれなかった明日の分まで、結良を信じてるんだよ」

「なっくん」

「そんな顔すんなよ、みみ」

 

 ああでも、みみは流石にオレがこの雰囲気で自分のことを突っぱねられねぇってことを熟知してやがる。もちろんこのままホテルへ、って流れじゃねぇことをも含めて全部、わかってオレに迫ってきやがる。こんな小狡い性格だったか? 

 そう言うとみみは狡くもなるよ、とオレの肩に頭を乗せてきた。

 

「せっかく、なっくんの隣にいるんだもん!」

「ふふ、仲良しですね」

「それで済ませんな」

「撫でてよ〜」

 

 酔ってんのかと思うほどベタベタに甘えてくるみみに対して、オレは結局折れて要望通りに甘やかしていく。

 その日は本当に昔に戻ったかのように、みみや香織と言葉を重ねていった。それが、とんでもなく楽しかったのは、言うまでもねぇことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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③悪役ダーリン

 飲み会から一夜が明け、伊丹和己って男の精神構造と思考回路は香織に近いらしいことを知った。違いといえばみみの幸せを見守る係なのではなく、みみの幸せそうな姿を見守りたいやつって感じか。とにかく出逢った時から陰りの太陽だった美城未来って女をどうにかして晴れさせよう。彼女の持っていた本来の表情を取り戻させようと必死だったってことだ。

 

「だから、紹介せずにいたんですが」

「なるほどなぁ、オレは悪役だもんな、しかも最悪だ」

「はい」

 

 はいじゃねぇよ。爽やかに笑うのは香織の旦那である荻原くんだった。みみにはそんなつもりはなかったらしいが少なくとも就職するくれぇまではお世辞にも元のみみとは言いづらい状態だったらしい。そもそもその伊丹くんそのものも、陸上で頑張るみみを知ってて、だからこそ輝かせたいと思ってたらしいが。つまるところずっと片想いだったわけだ。

 ──まぁそんなみみのヒーローになる彼にとってオレは大悪党なわけだ。なにせみみの笑顔を奪った諸悪の根源だからな。

 

「よく殴り込みにこなかったな」

「惚れた子を助けるために、という大義名分があっても傷つく覚悟で拳を握れるヒトは、そういませんよ」

「しねぇよオレだってんなこと」

 

 どうでしょうと笑われ、そんなことしたことと過去を思い浮かべて千聖を助けるために事務所に殴り込んだ記憶が蘇った。たぶんこれは違うだろう。ほらな、オレはそんなことしたこともねぇよ。なんせオレはとんでもねぇクズだからな。殴られることこそあるだろうがな。そんな話をしているとやっほーと底抜けに明るい声がオレと荻原くんの耳に届いた。

 

「セイさんとなっくんのツーショットって珍しくない?」

「暇だからな、話相手になってもらってたんだよ」

「それでみーさん、和己のやつは拗ねてるの?」

「ズミくん? うん、全部しゃべってあげたら落ち込んじゃった」

 

 カラリと笑いながら言うことじゃねぇんだよなぁ。飲み会であったことを包み隠さず話したらしい。みみってこんなヤツ、だったわ。やめといてやれって、ホントにカレシは元カレってもんに弱いんだからな。しかもこうやって奥さんが暇があればちょいちょい会いに行く元カレとかもうそれは不倫なんだよ。

 

「今日はセイさんに会いに来たんだもーん」

「なんだ、今度は友達の旦那と不倫か、えらく性癖歪んだな」

「なっくんのせいだね」

「その前に否定してくれるかな?」

 

 オレはそんなやり取りに肩を竦める。隣にどいて、みみが荻原くんに旦那の相談をし始める。この関係だけ切り抜くと結構ややこしいよな。女同士が親友で片方の旦那は後輩で片方の旦那は同級生、うーんややこしい。しかも同級生の旦那は女二人の先輩であり片方の元カレ(オレ)とも知り合い。うーんめちゃややこしい。

 

「でもズミくんもさ、友達付き合いとかいいつつ最近アイドルのイベント行ってるんだよ!」

「えーっと、どんな?」

「なんだっけ、なんとかパレット」

 

 思わずコーヒー吹き出すところだった。あぶねぇ、最近活動再開したなんとかパレットってアイドルはオレもよく、よくよく知っていますとも。つかオレそこの二人と身体の関係あるし。みみは荻原くんのリアクションでオレが何かを知ってると気付いたらしく、コッチを睨んでくる。オレをその愚痴に巻き込むんじゃねぇよ。

 

「パスパレだろ」

「なっくんもイベントとか行ったことあるの?」

「あるある、つかお前の旦那が行ったであろうイベントも行ってる」

 

 七月前半にあったお渡し会だろうな、結良がそのチケット渡してきてヒナちゃん先輩が絶対に連れて来いってとオレを指名してきたらしく嫌がったものの無駄な抵抗だった。当然みみはそのパスパレにオレの生徒がいることを知らなかったため、驚きの表情をしてくる。ちなみに誰推しだろうか、いや多分ヒナだろうな。

 

「うん、確かその子のグッズ持ってた気がする」

「まぁみみに惚れる男だしな」

「似てるの?」

「お前会ったことあるよ、ほらショッピングモールで会った時にオレがデートしてたやつ」

「え!」

 

 荻原くんがどんまいです、と同情の声をオレに向けていた。ああ、みみの元カレであり推しと身体の関係があるとかいう最低な敵役になっちまったな。幸い顔は知ってるから会わねぇようにしよう。サマーライブ行くんだよな、結良に引っ張られる形にはなるが。そう言うと、みみは突然立ち上がった。

 

「わたしも行くっ」

「やめとけやめとけ、ストレス溜まるだけだって」

「他人の趣味に口出すと夫婦生活って成り立たなくなるから」

「でも、でもでも全然教えてくれないんだもん! モヤモヤするじゃん!」

 

 なにこの状況めんどくさ。めちゃくちゃ面倒くせぇにオレデートなんだけど一応。元カレがせっかく幸せになろうとしてんのにそれを邪魔するんじゃないよ、馬に蹴られて地獄に落ちちまうからな。

 ただしそこは言い出したら聞かないみみなので、オレは結良に許可をもらうことにした。

 

「確かに相手の趣味って気になるもんだよ」

「それはわかる。結良の趣味とか性癖とか性感帯とか気になるもんな」

「後ろ二つは、知ってるじゃん」

「もしかして誘われてるのかオレ」

「カズくんが誘ったんでしょ〜」

 

 まぁ趣味についても写真と天体観測って知ってるからな。逆に結良はオレの趣味がカフェでのんびりすることとスポーツ鑑賞なのも知ってるけどな。後ろの二つは、さてどうだろうか。そんなイチャイチャを繰り広げてから、翌日、オレは結良()()を乗せて車を走らせていた。

 

「いつもすみませ〜ん」

「知らねぇ仲じゃねぇし、ついでだし」

「パレちゃんは友達だもん!」

「は、結良ちゃんかわいい……」

「音羽さん、友人は選んだ方がいいと思います」

「紗夜、言葉が厳しい」

 

 助手席にいるのはもちろんオレの愛しい愛しい結良だけど、後部座席にもヒトがいた。オレの真後ろにはヒナの音楽を聴くためと紗夜が、そしてその隣にいるのは、学校こそ違うが結良の同級生でもあり同じパスパレ好きを公言しているもの同士でもある、鳰原令王那が座っていた。

 

「パレオです」

「あ、はい」

 

 訂正、パレオらしい。ハンネでありRASっていうバンドのバンドネームでもあるパレオと常に名乗っている変人でもある。いや変人なのはツートンカラーのツインテールの時点で見りゃわかる。結良は友達だと彼女をかわいがっているがパレオの方は結良をどう思っているのか甚だ疑問である。つか目が怖ぇよ。

 

「すみません、パレオはかわいいに目がなくて」

「結良がかわいいのは認める」

「ですよね、特に──」

「語らなくていいよパレちゃん」

「あう……結良ちゃんは意地悪です」

 

 このように首輪とリードの見える関係を果たして友達と呼んでいいのか疑問なのは紗夜もオレもそうである。しかも彼女のご主人様である……決して白金カップルのようなものじゃねぇ、RASのチュチュっつう随分ちんまいヤツがいて、ソイツは結良にパレオを取られたと去年の今頃、バトっていたこともある。結良は持ち前のシャイニングスマイルでパレちゃんは友達だよとチュチュすらも手玉に取ったらしいが。笑顔で絆すのか、誰に似たんだろうなコイツ。

 

「弦巻さんとあなたを足せばそうなるわよ」

「……オレは、関係ねぇだろ」

「よくカズくんみたいってゆわれるよ〜」

「その補足は今必要だったか?」

 

 しかもなんで嬉しそうなんだよ。いや言わなくていい、結良の言いそうなことくれぇ想像がつく。そもそも結良はもしもの世界たちの中でそれぞれのメンバーと深く関わりすぎた結果、少なからず影響を受けてるフシがある。最初はそれがオレの気を引く方法だと思ったんだろうが、思った以上に音羽結良ってヤツにそれが馴染んだ結果なんだよな。今じゃ自然とそれが垣間見えるようになってた。

 

「もうそんなことしなくてもカズくんとわたしはラブラブだし〜?」

「そうだな」

「む、ちょっとくらい照れてよ……こっちがはずかしーじゃん」

 

 そんな甘く、胸焼けがしそうなほどの二人の世界を形成する流れは、ただし流れだけで結良がパレオに話しかけたことでストップしてしまう。まぁほら、二人きりとか特定のメンバーがいるならまだしも、パレオはまだこの空気に慣れてねぇだろうし、結良の方から敢えて断ち切ったんだろう。一人で納得をしていると後ろから首元に生暖かい吐息が掛けられた。

 

「寂しそうですね」

「運転ミスるからやめてくれ」

「そういえば、伊丹さんを連れて行かなくてよかったんですか?」

「やっぱ他人の趣味には口出しNGだろ」

 

 伊丹さんって誰だよと一瞬思ってしまったけど、みみのことか。そういう呼び方の認識違いが生み出すややこしさってのは夫婦同姓の弊害だなと謎の思考に至っていると、それを完璧に読み取ったエスパー少女の結良が突如として会話に割り込んできた。やめとけ、パレオがびっくりしてるだろうが。

 

「わたしは清瀬名乗る気満々だけどねっ!」

「……音羽さんはそうでしょうね」

「だから紗夜ちゃん先輩もそろそろ名前呼びしないとややこしくなるよ!」

「そ、そうね……」

 

 やっぱり夫婦別姓の方がわかりやすいじゃねぇか。と思うこともあるがやっぱり夫婦って書面上の繋がりでしかねぇ他人だから、とにかく見える形に繋がりを表現してぇって欲求なのかもしれねぇな。同じ名前を名乗ること、同じ指輪をすること、そういった形式に拘るのは自然なことなんだろう。今の結良みてぇに。

 

「まぁでも、だからってオレは結良の趣味に無用な口出しはしねぇし、結良に口を出されるのは嫌だけどな」

「それにお給料全部使う、とかだったらダメだけど」

「それは無用の範囲外だよ」

 

 つうわけでやっぱりみみは連れて来ない方がよかったってことで。それにオレの車じゃ後ろに三人はちょっと狭いだろう。定員オーバーだからな。みみには悪いが今回ばかりは旦那の味方だよオレはな。

 そんなこんなで、なんだかんだ雑談が途切れることなくオレたちはライブ会場までやってきた。結構ヤバめの事件で活動一時停止してたはずなのにこんなにヒトがいるんだからやっぱりアイツらってすげぇんだよな。

 

「一成さんはほぼプライベートしか知らないですからね」

「ヒナとか千聖も一度だってライブ来てとか言わなかったしな」

 

 まぁそんだけオレはあくまでプライベート側の人間だったってことだろ。強いてアイドルだって認識してたのは丸山くらいだったな。若宮は行きつけの喫茶店で働いてるし、大和は羽丘だったしなぁとか言っていると結良にスイッチを押すと様々な色に光るペンライトを手渡してくれた。使えってか。

 

「それとカズくんは紗夜ちゃん先輩と連番だからね」

「紗夜とか?」

「嫌なの?」

「そうじゃねぇけど」

「パレちゃんと先輩でもいいんだけど、わたしが一緒にいたいので!」

「ゆ、結良ちゃん……っ」

 

 オレと紗夜はそれ以上の追求をやめて大人しく二人でライブ鑑賞をすることになった。ところで忠犬かわいいとはいえ普段はちゃんとクールな紗夜がパスパレのライブで腕を振って盛り上がるイメージがつかねぇんだけど。パレオと結良は容易に想像できるから、そっちと温度差がすごいことになってねぇかこっち。

 

「な、なぁ紗夜、頑張って盛り上が……」

「はい?」

 

 なぁ紗夜、なんでお前は使い捨てのペンライト大量に持ってんの? なんで指の間という間に挟んで持とうとしてるんだ? え、もしかしてお前この後に及んで新たなキャラ崩壊をしようとしてねぇだろうな。

 ──そんな問いかけは妹のガチオタクと成り果てた紗夜には一切届かなかった。多分昔のオレもお前にこうなってほしくてヒナとの関係を説教したわけじゃねぇと思うんだよ。またひとつ、教育って難しいなと思った瞬間だった。

 

 



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幕間:ご褒美サマーバケーション
①艦橋ロマンス


 バカンス、と言えば日本人には馴染みのない長期休暇だ。思いっきりまとめて休みを取ることで心身ともにリラックスをし、その後の業務に励む。そんな自分に対してのご褒美のようなもんだ。

 ──オレもこの七月頑張ったご褒美の意味合いがあればよかったんだけどな。

 

「いつかを思い出すわね」

「……それなんだよなぁ」

「なにそれその辺、詳しく」

「あたしとか千聖ちゃんが高2の時にみんなで海に行ったことがあるんだよ」

「JKに囲まれてハーレムバカンスってこと〜?」

「ちっとも休まらねぇバカンスだったな、あの時も」

 

 そう、一番近いシチュエーションはプールか海に行きたいとか言い出したバカヒナをなだめるためにスキャンダルにならねぇようにできるならいいと条件を出した結果、どっかの太陽サマの紹介で貸し切りのプライベートビーチと別荘で、思っていた人数よりも遥かに大所帯で過ごした時のことだ。いい思い出っぽく言ってるがオレとしてはあの時と同じというのは憂鬱で仕方ねぇんだよ。

 

「当時は紗夜ちゃんとは仲良くなかったわね」

「そうだな」

「たまに出てくるけどわたしからするとツンツンしてる紗夜ちゃん先輩が想像できない」

「あはは、でもおねーちゃん、最初は本気でカズくんのこと嫌ってたんだよ」

 

 あの時は紗夜がオレのことを敵視してたから四人の相手でよかった。しかもそれぞれ松原とか奥沢とかのブレーキがいたからな。こいつらも明け透けに迫ってくることもそうなかった。

 けどあの時とは何もかもが違うことがある。

 

「やっほ〜☆」

「こんばんは」

「よう、リサも紗夜も思ってたより早かったな」

「あれ、こころはまだなんだ」

「みてぇだな」

 

 集合時間は以前とは違い夜の10時、オレは結良と一緒に四十分前から、仕事終わりの千聖とヒナが三十分前に、バンド練習が終わった紗夜とリサが集合時間の二十分前にやってきた。

 あとは幼馴染コンビが今から向かうと連絡があり、レナはおそらくギリギリ、こころも多分同じくらいだろう。

 

「にしても紗夜のテキパキさはすごかった〜、いつもそうだけど今日は本当に五割マシ?」

「そ、そんなに変わっていません」

「やっぱり想像できない!」

「どうかしたんですか?」

「いやな、昔に同じようなシチュエーションで海行ったことあったよなって」

「ありましたね」

 

 少しだけ恥ずかしそうに肯定する紗夜を見てヒナが楽しそうに、千聖がややからかい混じりに笑みを浮かべた。リサもそれで何かを察知してニヤケ顔で紗夜を見つめる。

 そういやあのバカンスに紗夜を派遣したのもリサだったな。

 

「そそ、アタシは行けないからって花音とかにも頼んだね」

「おかげで思ってたよりも快適だったよ」

「私たちが一成さんに目を光らせてましたから」

「目を光らせるべきなのは我慢のできない肉食獣どもだろうが」

「いいなぁ」

 

 結良の言葉に対して紗夜はふふと優しい笑みで頭をなでていく。

 過去に起こったことは変えられるわけがねぇ。結良はあの時はまだオレたちとは知り合ってすらなくて、つかそもそも中学生で。

 そんな結良からすれば自分のいねぇ間にあったドタバタだったり、恋愛したり、教師と生徒ってなんだっけと疑問をどっかに捨てた時間は羨ましいものなんだろうな。

 

「ゆーた〜ん」

「わ、モカちゃん先輩、蘭ちゃん先輩も」

「相変わらず早いね、みんな」

「そうだな」

「今日は思う存分、ゆーたんといちゃいちゃ〜ってするからね〜」

「オレじゃねぇのか」

「あたしは〜、ゆーたんの味方する〜って決めたも〜ん」

「なぁ蘭、これがNTR(ねとられ)ってやつか」

「自業自得でしょ」

 

 蘭の名刀のような一言で斬って落とされ、オレはよくわからねぇ感嘆しか口から出なかった。そもそも創作なんかの寝取られってたまにいやそれお前の自業自得だろってツッコミ入れたくなるのあるしなってそうじゃねぇよ。

 モカと和解したものの、やっぱりまだどうやら向き合うと感情が抑えられないんだろうな。それを結良で発散するのもどうかと思うがな。それもまぁ自業自得の範囲か。

 

「あんたらって、いつも騒がしいね」

「レナ」

「すごく盛り上がっちゃって」

「まぁ、これが本来のあいつらだからな」

 

 レナもやってきたところで、最早見慣れた車が駅のロータリーに止まった。

 その見慣れたという感想を抱いたのはオレだけでなく、むしろレナ意外の全員だったようで自然に車の近くへと移動し始めていた。

 

「こんばんは、少し準備に時間が掛かってしまったわ!」

「いや、時間的には問題なしだな」

「これで行くの?」

「おう、中はもっと広く感じると思うけどな」

「ガチのお嬢様なんだね、あの子」

 

 そう言いつつ、オレの隣で少しだけ身体をくっつけてくるレナに対して、苦笑いを浮かべたくなっちまう。

 前回は四人だった。蘭とモカと、ヒナと千聖の四人。これがオレの腰と頭を悩ませていたやつらだ。

 ──けどそれが今回はどうだ。前回安全だったはずの紗夜とこころがいて、リサがいて。果ては結良とレナも同じことを言い出しかねねぇからな。

 

「よかったじゃん、ハーレムで」

「嬉しかねぇな」

「ふん、あたしは遠慮しとくから」

「それは困るな」

「なにそれ」

「後悔させたくねぇからな」

「……変態クズ教師」

「さぁ、出発するわよ!」

 

 ありがたい罵倒をいただいたところでこころが手を引いてきて、夜にあっても太陽が出てるのかと勘違いしそうなほどキラキラの笑顔でオレを誘ってくる。

 はぁ、こんなバカンスを軽率に許可した少し前のオレを殴りてぇ。でも結良が今のこころに負けないくらいの笑顔で言うんだからしょうがねぇんだよな。

 

「ねね、みんなとどこかお出かけしたい! 夏休みだし、海とか!」

「……それは、8月中になんとかしろってことか?」

「カズくんなら、できるでしょ?」

「できる限り、誠心誠意込めてやらせていただきます」

「下ネタ?」

「ちげぇよバカ」

 

 ──とまぁこんな感じで。結良の頼みとあればオレは最高の結果を引き寄せてみせるってもんだ。それでオレの腰がとんでもねぇ結果を巻き起こそうともな。

 港までの道のりはいつもだとじゃんけん大会が始まって、上座にいるオレの両隣を争うことになるんだが。

 

「え、わたしとこころんって決めるのか」

「ゆーらちゃんが決めるのはズルくない?」

「ん?」

「……ゆーたんつよ〜」

「あたしでいいのかしら?」

「もちろん!」

「お前が許可出すのかよ……」

「な、なら……失礼するわね」

 

 つかなんで照れてんのこいつ。慣れないリアクションされるとこっちも照れそうになるじゃねぇか。

 まぁそんな照れなんて感じる暇もなくもう片方にいる結良が抱きついてくるからそっちの相手も含めてフラットに戻っちまうけど。こころはなんかそんなオレのテンションに少しほっとしたみたいな顔をしてた。

 

「一成は、やっぱり一成なのね」

「なんだ、別だったらよかったか?」

「わかっている質問をしてくるのは、いじわるなのよ?」

「誰の受け売りだ、おい千聖」

「さぁ、誰かしらね?」

 

 どうもテンションが違うな、とオレはやや戸惑っていたが、モカが大きなあくびをしたあたりで察しがついた。

 そうか、この健康良児、早寝早起きが基本の生活習慣良い子ちゃんだった。もう眠い時間なのか。そう思って手を握ると幼児よろしく体温が少し高くなっているらしい。

 

「これでも……少しは夜ふかしできるようになったのよ?」

「そうかよ」

「あなたが、寝かしてくれないもの」

「……そうだったな」

 

 でもそれは、オレであってオレじゃねぇんだよな。その会話をしたのは、今のオレじゃなくてこころに惹かれて結婚しちまったオレと、想いが通じて最高に幸せだったこころのいじらしくも愛おしい会話だ。

 ──過去形で、そうだったななんて言う権利は本当はオレにはねぇし、それに対して頬に触れてキスをする権利も本当はねぇ。

 

「はぁ……マジでどうすっかな」

「なにに悩んでるの?」

「ようレナ、タバコか?」

「ん」

 

 すうすう寝息を立てたこころをあやしているうちにいつかの時のように車ごと豪華な船に乗せられて、オレは夜の海風にあたりながらタバコを吸っていた。レナは悩めるオレの話し相手になってくれるつもりなのか口にタバコを咥えたまま火をよこせというリアクションを取ってきた。

 

「なにこれ、安物じゃん」

「別に喫煙に独自のスタイルを求めてるわけじゃねぇし」

「なんだ高いヤツだったら海に捨ててやろうと思ったのに」

「最低すぎるだろ、オレにも環境にも」

 

 百円ライターがお気に召さなかったようでオレに返してくれる。そのまま海に背を向けて口から煙を出した、すっかり軽装のそのまま就寝できますみたいな格好のレナが視線だけオレに向けて、それでと訊ねてきた。

 

「なにに悩んでんの、センセーは。今夜のお相手?」

「んなわけねぇだろ、こころとリサのことだよ」

「……どっちにするかって?」

「あのなぁ」

「ジョーダンじゃん……あの二人だけ、学生時代に抱いたことなかったんでしょ?」

「それが原因で色々拗らせてる……って言えばいいのかな」

 

 二人は、あの二人だけはまだどっかで今のオレにもしもの記憶の中にしかないオレを見てる。一緒に過ごしてても、それこそ抱いてても。リサは隠すのが上手だから普段はオレでもその瞬間はわからんが、こころは隠しごととかはクソほどに下手くそだからな。唯一上手だった隠し事は、オレのことを好きって気持ちをあの五人に隠した時だけだ。

 

「ってお前に相談すんのも、申し訳ねぇことなんだけどな」

「あたしはいいよ、ちゃんと……とは違うけど答えを見つけたんだなぁってわかるから」

「未練は、オレの傍から逃げ出したことだからだってか?」

「うん、だから今度こそこうして傍にいて、たくさん話して、伝えて……卒業する」

「レナ」

 

 自他共に認める生徒ゼロ号は、その三年間を過ごし切ることがなかった。

 それは単にオレたちに隠し事があったからとも言えるわけで。オレは隠してるっつうか蓋して忘れてたんだが、お互いに腸を見せずに終わっちまった関係だからな。

 

「その言い方だと元カノみたい」

「似たようなもんだろ、実際……きっと由美子のこと吹っ切れてたら、オレはお前に好きって言ってた気がするよ」

「ぷっ、マジ?」

「笑うなよ」

「いやぁ、一成から告白してきた未来とかもあったのかぁと思ってさ……どんな告白だったんだろう」

 

 煙を吐き出しながら空を見上げてレナはつぶやいた。周囲に灯りになるもんがねぇからか、海上は星明りが夜の紺色を埋め尽くさんとばかりに輝いていて、オレも同じように息を吐き出した。

 ──さぁな、確実に言えることは「好き」だなんてまっすぐな言葉を吐けるほどオレはまっすぐな男じゃねぇってことだけだ。

 

「カッコつけてきそう」

「ちなみに、オレはカッコつけねぇ告白をしたことがねぇんだよ」

「だっさいね、一成って」

「うるせぇ」

 

 からかうように笑ってくるレナの頭をわしゃわしゃと多少乱暴に撫でる。だが形だけでも嫌がるかと思いきや全くそんなことはなく、むしろオレに頭を寄せてくる始末だった。

 だっさいオレに甘えるお前も大概なんだよ、レナ。

 

「さ、どうする?」

「どうするってなにが」

「予定だと一時間ちょっとくらいで着くってさ」

「そんなもんか」

 

 やや名残惜しさのあった唇を離し、腕時計を眺めて黒服さんがたに言われた予定を再確認していると、レナの手がオレの腰に伸びてくる。身体がくっついて高校生の時よりも明らかにボリューミーであろうレナの凹凸を身体で感じる。

 艶かしいまでに女となった元教え子の仕草に、オレは何を言わんとするかを察した。いや察せなかったらあいつらに逆に怒られるな。

 

「だから、あの子たちとゲームして盛り上がるか」

「か?」

「……あたしと二人っきりで盛り上がるか」

「言ってて恥ずかしくねぇのそれ」

「デリカシーないの──っ!」

 

 まぁ煽られたら弱いってのはオレの悪癖なもんで。レナと同じように華奢な腰に腕を巻きつけて、ロマンスには程遠い口づけを交わす。何度か抱いたはずだがまだ慣れねぇのか、ちょっとびっくり気味なのが妙にかわいいと思うのは、もはや惚れた弱みを通り越してる気がするな。

 

「レナの部屋でいいな?」

「ん……いいよ」

 

 まさかバカンス一日目どころかゼロ日で女を抱くことになろうとは思わなかったな。しかもなんの因果か相手もゼロ号で。

 どうせモカあたりがあいつらにリークしてまた一日目からてんやわんやになるんだろう。そもそもホテル到着したらしたで誰に迫られるかわかったもんじゃねぇし。

 ──後で知ったことだが、どうやらレナの言っていたゲームってのが今晩オレの部屋に夜這いをする誰かを決めるための仁義なき戦いだったらしい。やっぱハーレムエンドなんて絶対にお断りだ。いくら一番ラクしてハッピーエンドとはいえこんな生活してたら身体が保つわけねぇだろ、オレは絶倫じゃねぇんだよ。

 

 

 

 

 

 

 



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