ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ! (栗鼠)
しおりを挟む

【一章】お 兄 さ ま♡編
愛が重い、この少女。


一回投稿したのですが、書きたい路線とどこか違うーーと思案した結果、「あ、ジークの曇らせ書きたいんや」と行きつき、一度書き直した今作です。
前回の作品を一度読んでくださった方がおりましたら、申し訳ないです。

自分で書いておいて、あれ、気持ち悪いぞこの主人公…?なラインナップになっております(えっ?)
でもこういう系が自分は好き、ハッキリわかんだね。


 生まれた時から、私は「私」だった。

 

 前世の私の最期は、所々モヤがかかっている。青い空を眺めるようにして、身体が冷たくなる感覚。身体に突き刺さった無数の矢が、私の死因だった。

 それ以上は何も覚えていない。誰に殺されたのか、自分が死ぬまでの経緯も覚えていない。年齢は?身分は?…どれもわからない。ただ、一つだけ確かなのは身体を見た時に胸があったから、女であったということくらい。また最低限の生きる上での知識が、不思議とインプットされている。

 

 そんな私は今世も女だ、まだ胸もクソもないんだけど。真っ平らに舗装されているんだけど。

 

 

 今の私は超絶に可愛い幼女だ。自分で言っておいてドン引きするが、事実可愛いのだから仕方ない。容姿はお母さまで、髪の色はお父さまに似ている。

 

 試しにこの小ちゃい紅葉のようなお手手を、一回目に入れてみるとするじゃろ?すると、なんということでしょう────失明します。当たり前のことだ。目に入れても痛くない、って言うんだったら、実際に一回入れてから言ってみろ。もちろんこれは私なりのブラックジョークだ(ニッコリ)

 

 

 話は変わって「私」の意識が目覚めたのが、どうやら今世の私の自我が芽生えたことがきっかけらしい。これまでギャン泣きクソガキ野郎だった私は突如大人しくなり、絵本ばかり読むようになった。とは言っても文字は読めないから、私に美貌を遺伝させてくれたお母さまに読んでもらって、今の世界の常識を身に付けている。

 

 ちなみに私は“エルディア人”という種族で、今住んでいる国は“マーレ帝国”。その名の通りマーレ人が治めている国だ。

 

 しかして二つの種族は仲良くお花畑を駆け回るような関係ではなく、エルディア人はマーレ人に管理されている。しかも収容区に入れられ、壁に囲まれて暮らしている。

 

 何故そのような統治体制になったかについてだが、昔マーレ人は逆にエルディア人が治めるエルディア帝国の支配下にあったらしく、何十年も前にマーレが「謀反♡」を起こし、それが成功して立場がひっくり返った。

 

 お母さま曰く、一方エルディア帝国崩壊の裏では、当時の王が数多のエルディア人とその他の種族を引き連れて、なんだかパラダイスしてそうな島へ逃げ、壁を築いたそうだ。当然これを聞いた私は思うわけです。

 

 

 ────え?何で私たちの祖先も行かなかったの?

 

 

 お母さま、そこは行きましょうよ。共に逃げていれば「()()」なんて不名誉な処遇を受けず、のんびり楽園ライフを送れていたんではないですか?話を聞く限り、マーレは謀反の最中でエルディアから奪った「巨人」なるもの力を7つも持っているそうですが、逃げた王様はなんと巨人の力の中でも頂点に立つ力を持っているそうじゃないですか。その力がエルディアにあるなら、マーレのお膝元に残る必要なんてなかったはずでしょう。

 

 まだ3ちゃいの私が「どうちて?」と舌ったらずな声で聞けば、お母さまは天使のような表情から一転して、悪魔のような顔になった。“悪魔の民”だけに、なーんて……あっ、お母さまそんなに私の肩を強く掴んでどうなさったの。そんな、私心の準備がまだ────、

 

 

「マーレに残った()()()は、革命を起こすその時を待ち望んでいるのよ、アウラ!」

 

「ま、ままっ、いちゃい…!」

 

「我が()()()()()が、必ずや……!!」

 

「ふ、ふりっちゃ??」

 

 

 ちょっと待てお母さま、「フリッツ家」ってエルディアの王様の名前じゃなかったっけ?…っていうことはですよ、もしかしなくともお母さまは、王家の血筋を引いていらっしゃる感じですか?話の内容からして、打倒マーレ帝国のために、我が先祖がパラディ島に行かなかったのはわかった。

 

 ………ということは、お母さまの血を受け継ぐ私は、当然その王家の血筋を受け継いでいるわけであって。

 

 そうなると3つ上のお兄さまも王家の血筋を引いているわけだ。ふーん……ふーん…?

 

 

「あなたの“使()()”は、我がフリッツ家の血を絶やさぬことよ。決してこのことは、他の人間に言ってはなりませんからね…アウラ」

 

 

 それはつまり──子を増やせってことでしょうか、お母さま。まだ3ちゃいの私に何を言ってるんだ。まだ自我が覚醒した私だったからいいものを、普通のガキだったら小首をかしげることしかできないよ。いや、私も理解が追いつかなくて小首を傾げているよ。側から見たら可愛いに違いない。だってお母さまの血が流れているんだもの。

 

「う、うーん……わかっちゃ!」

 

 わからないムーブを演じながら、虚しくも理解が追いついてきた脳が「子孫繁栄」のワードに頭を悩ませる。別に好きな人と結婚して赤ちゃん授かるのはいいんだけど、3歳の頃から重圧をかけられてもなぁ…。

 

 私はまだしもお兄さまなんか、まだ6歳だというのに毎日戦士になるための訓練を行っている。朝起きたら既におらず、帰ってくるのも私が夢の中にいる頃。精神が確立していても、肉体による睡眠欲求からは逃れられないのだ。お兄さまのお顔は、四六時中見ていたいというのに。

 

 

 それに“本”に私が興味を持つようになってから、両親はここぞとばかりに洗脳教育をしてくる。

 

 お祖父さまたちがマーレの教育に基づいた「エルディア人は悪魔の子孫」という思想を教えてくるなら、両親はその考えを真っ向から反対してくる。私はさておき、お兄さまの洗脳はより深刻に進んでいる。

 

 子供の時に受ける親からの影響は、きっと計り知れない。

 私が王家の血筋を紡いでいく使()()を背負わされているなら、お兄さまはいずれエルディアが返り咲く“道具”としての使()()を受け、育てられている。

 

 思うことは一つ。私たちは両親の道具ではない。

 

 

 それでも私が「アウラ・イェーガー」────否、「アウラ・フリッツ」としてこの世に奇妙な生を受けた以上、絡まった“運命”からは逃れられないのだろうか。

 

 それはまだ、ハッキリとはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私は家族を愛している。その中でも特に愛しているのが、お兄さまのジークだ。

 

 どのくらい好きかと言うと、お兄さまのお兄さま(隠喩)を目に入れても痛くないどころか、絶頂するぐらいには好きだ。──変態?違います、兄妹愛です。もちろんブラックジョークではありません、本気です。

 

 

 お兄さまは今6歳、とてもかわいい。まずお母さま似の金髪と、くせ毛がかわいい。それに白い肌、ついで柔らかいほっぺ。最後に青い瞳がそれはそれはかわいくて好きです愛してます総じて食べたいくらいには。

 

 

 私がここまでお兄さまラブといいますか、お兄さま至上主義になったのにはきちんと理由がある。

 

 それはまだ、「私」の自我が芽生え始めたばかりで、毎日精神が不安定だった頃のこと。前世と今世の()()()が混じり、私は一ヶ月以上高熱を出して寝込んだ。医者でもあるお父さまが、半ば娘の死を覚悟していたくらいには、私は死にかけの虫野郎だった。

 

 そんな私を、お兄さまは訓練帰りで疲れ切っていたはずなのに、毎日見にきては手を握って励ましてくれた。そのまま寝落ちしていることも、ザラにあったらしい。もちろん両親も心配してくれていた。けれど成熟した精神が混ざった私には、両親の愛情より、お兄さまの献身の方が心に響いた。これは多分、前世の「私」の影響もあるのかもしれない。ほとんど思い出せないけれど、不思議と確信がある。

 

 

 だからこそ私はお兄さまの喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、全て見たいわけです。さらに願わくばその感情の全てをこの身に浴びたい。愛したいし、愛されたい。食べたいし、食べられたい。

 

 

 お母さまやお父さまの教育には悪いけど、私は確かに“悪魔の民”なのでしょう。

 だってこんなに、歪んだ考えを持っているんですもの。

 それを「異常」と理解しながら受け入れて、行動にしたいと思っているのだから余計に。

 

 悪いことだとは理解している。その上で、私はお兄さまを取る。理由は「愛している」だけだからでいい。

 

 

 思い出すのは初めて私が「私」として、この世に存在していることを自覚した時、高熱の苦しみの中で涙を流しながら微笑んでくれたお兄さまの姿、言葉、その息遣いに表情すべて。

 

 

 

 

『────アウラ、死なないで、アウラ……』

 

 

 

 

 あぁ、好きです、好きです、好きです好きです、大好きです。

 

 だから私に、お兄さまの全てをください。代わりに、お兄さまに私の全てを差しあげますので。

 

 

 

 

 

 ──と、そんな私がこれからすべきことは決まっています。

 

 

 お兄さまの「喜」も「哀」も「楽」も見ました。なら次に見るのは、「怒」の感情。

 

 お兄さまはお父さまとお母さまの“洗脳”的な教育の裏で、陰った感情を持っている。それは親からの「愛」に他ならない。おうちで子を増やす使命を持つ私が、大切に、そして傷つかないよう育てられている一方で、お兄さまはいつ死ぬかわからない中にいる。この差が余計に、お兄さまを追い込む材料となっている。

 

 さらに親に認められたい欲求の反面、マーレの“戦士”を目指す中で、中々成績が優れていない現状。

 

 壁に突き当たっているお兄さま。私の行動一つで、その怒りが妹の私に向くことは想像に難くない。

 

 

「──んはっ♡」

 

 

 いけない、想像しただけで自分の部屋でとんでもない声を出してしまった。お父さまは仕事でいないので大丈夫、お母さまは……扉から覗いてキッチンの方を見てみたけど、鼻歌まじりに料理している。本当によかった。

 

 これから私が行うのは『ジークお兄さまに、いつの間にか好きな妹へ憎愛をごちゃ混ぜにした、複雑な感情抱かせよう』計画だ。…うん、長いので『曇らせジークお兄さま♡』でいいでしょう。最終的にお兄さまに殺されて死にたい。好きも嫌いも、憎愛をドロドロに溶かしてその全てを私に注いで欲しい。

 

 だから、私はお兄さま以外の誰かの子を身篭る気はないし、兄妹で子を成すタブーを理解しているから、相当なことがなければ一生独り身だろう。…いえね、まぁ、お兄さまが複雑な感情抱いてくれるなら、この身体を他人に蔑みにされていいし、他の人間と付き合ってもいい。お兄さまが求めてくれたらそれはそれで即堕ちする、絶対。

 

 もちろんお兄さまが他の女性と結婚するのは構わない、むしろ幸せになって欲しい。けれどその奥で、ずっと私という存在を飼い続けて生きてくれ。

 

 

 目先の目標として、このままお兄さまには戦士を不合格になってもらいたいところ。戦士になれば、必然的に巨人の力を継承して、ビッグお兄さまになってしま………ビッグお兄さま……!??

 なにそれしゅき────じゃなくて、死ぬ可能性が上がってしまう。

 

 ただジークお兄さまなら、合格してしまいそうな気しかしない。だって私のお兄さまだもの。

 ならば今後その上で複数の可能性を模索しながら、『曇お兄♡』計画を進めていこう。

 

 

 

 

 

 私アウラ・イェーガーは、お兄さまを心の底から愛しております。

 

 

 ですからお兄さま、一緒にいっぱい、ぐちゃぐちゃになりましょうね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おてて繋いでいきましょう。

続くと思わなかったけど続きました。しっかり骨組み立てて連載していくとなるとストック欲しいので、投稿ゆっくり目になると思います。感想や評価、お気に入り等ありがとナス!


 鏡よ鏡、この世で一番かわいいのは誰?────そう頭の中で問いかける私の前には、お母さまの手伝いで磨いている窓がある。雑巾で磨いても、果たしてきれいになっているかはわからない。元々掃除はお母さまがマメにしているし。

 

 そして先程の答えですが、答えは私じゃありません。この私の可愛さは、通りすがりの露出した中年男が汚らしい笑顔と、ヨダレを垂らして追いかけたくなるくらいにはかわいいです。ですが答えは違う。えぇ、もちろん一番かわいいのはジークお兄さまだ。異論は認めない。唱える奴らは全員駆逐してやる。この世から、全て。

 

「アウラ、お手伝いありがとうね」

 

「まま、わたちがんばる!」

 

「ふふ…怪我しないようにね」

 

 お母さまの顔がこの上なく幸せそうに綻び、笑みを作っている。

 

 

 最近知ったことだけど、お母さまの身内は私たち家族以外では既におらず、実質お父さまと結婚するまでは、お母さまは一人でフリッツ家の宿命を背負っていたようだ。

 彼女が子を為せず死んでしまえば、一族の悲願は果たされなくなってしまう。

 

 長らく孤独だったお母さまは血の繋がりに弱い。特に私には、いずれ「子を作る」という運命がある娘を自分自身と重ねているのか、優しく接してくれる。

 

 エルディア復権のため、重圧をかけているお兄さまにもう少しくらい向き合って欲しいものだけれど。ただ指摘してしまえば、お兄さまの苦しみが減ってしまう。精神的に追い込まなければ、意味がないのです。

 

 

 母親の前ではお手伝いを頑張る健気ムーブをし、父親の前では普段彼が診療で家にいない分、過剰に甘えてしまう幼女になる。

 

 頭の中で冷静にこれを考える私自身のあだ名は「クソ幼女野郎」です、どうも。

 

 

 この一連の流れを、特にお兄さまがいる前で行う。すると、劣等生のお兄さまは両親の愛情を受けるため一心に訓練を頑張っているというのに、兄の気持ちなど知らぬ妹を目にしてしまうわけです。

 

 そうなれば、嫉妬するでしょう。羨ましいでしょう。憎くもなるでしょう。

 ぬくぬく育っている妹は、努力している兄と対照的に()()()()()愛を親からもらっているのですから。

 

 お父さまもお母さまも無論、息子のことは愛している。しかしそれ以上に、彼らにはエルディア復権の大望がある。だから息子へ愛を向けるよりも先に、使命を全うさせるための教育を、お兄さまに強制しているのだ。

 

 

 

 

 

「ぱぱ!」

 

「うぉ!ははっ…ただいま、アウラ」

 

 

 それから、お母さまの夕食の手伝い(といっても食器を用意するくらいだけど)もして、ちょうど仕事から帰ったお父さまに抱きつく私。

 お父さまは気持ち悪いぐらいデレデレした顔になった。もっと可愛がってくれてええんやで?その分お兄さまが追い込まれるので助かります。

 

「今日はアウラが食器を運ぶのを手伝ってくれたんですよ」

 

「本当か!怪我しなかったかい、アウラ」

 

「だいじょぶ!おしょーじもした!」

 

 三人で他愛ない会話をしていれば、我が家の大天使、ジークお兄さまが帰ってきました。お兄さまは成績が優れないこともあり、最近遅くまで残って一人訓練の練習をしている。軍服の至る所が汚れていて、怪我をしている場所もあった。もう見ているだけで私辛いです。でもそんなお姿もかわいいですお兄さま。結婚しよ。

 

 

「ただい……っ」

 

 

 ドアを開けた瞬間お兄さまの目に入ったのは、私を抱きしめ微笑んでいるお父さまと、その隣でお父さまの上着をコート掛けにかけているお母さまの姿。

 陰った表情を浮かべたお兄さまに、必死に己の顔面が崩れないよう死力の限りを尽くした。

 

「お帰り、ジーク」

 

「……ただいま、母さん」

 

「ジーク、今日の訓練の方はどうだったんだい?」

 

 お父さまが私を下ろして、お兄さまに尋ねる。やはり思ったとおり、今日も成績は芳しくなかったらしい。

 

 クソ幼女のムーブで和やかだった雰囲気が一転、家の中に重い空気が流れる。こんな時にはこのクソ幼女たる私が、一肌脱がなくてはなりませんね。ほら、私が脱ぐんだからお兄さまも脱ぐんだよ。

 ──えぇ、もちろんいつものジョークです。しかし半分本気(ガチ)です。

 

 

 

 さて、ここで突然問題ですが、落ち込んだお兄さまに妹が投げかける言葉として正しいのはどれでしょう?

 

 

 1.「おにーたっ、おかえり!」と笑顔で抱きつく。

 

 2.「けが、いたいいたい…?」と泣きそうな顔で言う。

 

 3.「や ら な い か」

 

 

 答えはそう────4番の、「きょうわたちね、ままのことてつだったの!」です。

 

 1と2番は好感度を上げるか、現状維持になってしまうので論外。3番を回答した方は惜しかったですね。「4番がなくね?」と思われた方は、正解というものが必ずしもこの世に用意されていると思わないでくださいね、という────そう、これも私なりのジョークでした。

 

 正解か否かが毎回わかるかどうかも、わからないこの世界。所詮人間社会は、エゴの手押し相撲。その中で明日を生きていくことが、私たちには強いられている。少なくとも、管理されている土俵際のエルディア人には。

 

 

 閑話休題。

 

 して、4番であれば、私の発言から両親が娘を褒める流れに変わります。そうすれば空気は一転して明るくなる。

 しかしお兄さまにとっては、自分は頑張ったのに妹が褒められるという状況が生まれ、私に負の感情を向けること間違いなしなのです。

 

 

「そう…なん、だ」

 

 そして予想通り、ジークお兄さまはかわいらしいお顔をさらにー曇らせた。唇を噛んで下を向いてしまった息子に両親は気づかず、お母さまは料理の支度に戻って、お父さまは私を再度抱っこしたまま席に着きます。

 

「あらジーク、夕食は?」

 

「…僕は、いいや」

 

「きちんと食べないと、体力がもたないぞ?」

 

 お父さま、夕食を食べて体力が回復しても、精神の方は中々回復しないものなんですよ。

 お兄さまはそのままフラフラと、浴室の方に向かった。それに両親は「訓練で疲れているのだろう」と、その日はそっとしてやることにしたようだ。

 

「おいしい!」

 

「そう?いっぱい食べて大きくなるのよ、アウラ」

 

 

 ──えぇ、本当に美味しいですお母さま。脳内では食事の味などすっかりぶっ飛ぶほど、お兄さまの表情が渦を巻いている。

 

 もっとお兄さまを曇らせて、いつか私に激昂する姿が見たい。あくまで私は外面は優しい内面クソ幼女でいる気なので、その優しい妹が傷つき泣いて、それにやり過ぎてしまったと後悔するお兄さまも見たい(ニチャア…)

 

 

 しばらくはこのまま、少しずつお兄さまに妹への負の感情を溜めさせていこう。

 

 次の段階は、そうですね…間近にあるお兄さまの公開訓練の日でしょうか。お兄さま自ら志願したらしく、両親は息子の成長ぶりを見る機会だと、嬉しそうに語っていた。その裏でお兄さまがどれだけ苦しんでいるかわからないクセに、皮肉なものだ。

 

 かく言う私もお兄さまの訓練姿を拝見したいので行きたい。普段はまだ幼いこともあって外に出たことがないけれど、ギャン泣きクソ野郎になってでも頼み込めば連れて行ってくれるはずだ。

 

 ちなみにお外へ出たことがないのは、お父さまに止められているからだ。危ないから、という彼の本心ひっくり返すと、グリシャ・イェーガーの妹の「死」につながってくるらしいのだけれど、この辺はお母さまに少ししか話してもらったことがないからわからない。

 お父さまに、それとなく祖父母から妹の話を聞いたのだ──と話しても答えてくれないので、「フェイ」という少女がどういった人物であったかは不明だ。

 

 でも、誰しもが薄暗い過去や、感情を持っている。

 

 

 その事実が私にはとても、愛おしく感じられるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 恥もクソも捨てて両親にねだった結果、私は見事お兄さまの公開訓練を見に行けることになった。ありがとう神様──あ、いや、ここは祖先のルーツであるユミル様にしておくか。

 

 

 ともかく今か今かと訓練の日を待ち望み、当日。私はお父さまに抱っこされて訓練場にまで向かった。この日のためにあらかじめ、「外出許可証」なるものを両親は取っている。

 

 これについては収容区のエルディア人が収容区外に出る時に必要なもので、持たずに出ていることが軍人に見つかった場合、“労働”、または“制裁”を与えられる。お父さまが私を外に出させたくないのも、勝手に私が壁の外へ出て行ってしまうことを懸念しているからかもしれない。

 

「…アウラ、静かにしてるんだよ」

 

「うん」

 

 小声でそう呟き、私に帽子を目深にかぶせる父。

 

 いつも窓から眺めるだけだった外の景色は、私に衝撃を与えるほどのものではなかった。大抵は絵本の中の“知識”として、頭の中に入っている。四つ足で歩いているのが「自動車」、空を泳いでいるのが「飛行船」────といった風に。

 

 やはり収容区を出て市内へ行くと、同じ国でも生活の差を如実に感じる。エルディア人はマーレ人と比べて制限されているものが圧倒的に多い。

 

 そして何より感じるのは、好奇の視線。エルディア人であることを示す腕に付けた腕章を見るなり、マーレの人間たちは声を潜めてこちらを見る。

 

 

(エルディア人もマーレ人も、同じ人間だろうに)

 

 

「悪魔の民」が何だというのか。誰だって()()になり得る。

 

 そう言う私は間違いなく、悪魔だ。

 

 

 お父さまは向けられる好奇な視線は娘にいかないように、隠すように抱きしめている。また私がその異質さに気づいて、傷つかないように。

 

 お兄さまは訓練に行く時、両親に守られない中、差別的な視線を浴びていたのだろう。その隣にいて、お兄さまのお顔を見たかったな。そしてお兄さまに侮蔑の目を向けた奴らを皆殺しにできたら、もっと素晴らしいだろう。非現実的な考えだから、行動には起こせないけど。

 

 

 

 

 

 そんなこともありつつ、訓練場に着いた。訓練場自体、土を深く削って平らにし作られたようで、見学する場所は土嚢袋が無数に敷き詰められ、その後ろに柵が置かれている。

 

 下の方に見えるお兄さまは最後尾からさらに遅れながらも、必死に走っていた。遠くからで表情はわかりにくいけれど、汗を幾重にも流して走っているのがわかる。荒い息を吐いている姿を見てしまい、堪らずお父さまの服に顔を埋めた。

 

 お兄さまも「ハァハァ」してますが、私も「ハァハァ」しています、心の中で。

 

(かわいいっっ!!!)

 

 抑えきれないこの感情。他人には絶対に見せられない顔になっているのは承知なので、かわいい幼女ちゃんのイメージを崩さないためにも、隠さなくてはならない。

 

 

「だ、大丈夫、アウラ?」

 

「おにーた、かわいそう……」

 

 お母さまが私の背をさすってくれる。私のことはどうでもいいから、少しでもお兄さまの勇姿を目に納めとけ。

 どうにか規制確実な顔を戻し顔をあげようとした時、私の視界に入ったのはお父さまの顔。

 

「………」

 

 声も出せず、絶望したような表情でお兄さまを見ているお父さま。その中には落胆や失望といった、様々な感情が渦巻いている。お母さまを見れば、私のことを心配しながらも、お父さまと同じような表情を浮かべていた。

 

 

 なんだかそれを見てしまった私は、頭を鈍器で殴られたような気分になった。

 

 

 お兄さまの訓練の成績が良かった日には、お父さまが息子の頭を撫で、隣で微笑むお母さまの光景を見たことがあった。だからお兄さまに向く両親の「愛情」というものが、彼らの“大望”より優先されるものでないとわかりつつ、それでもエルディア復権の()()としてよりは、()()()として大切にされていると思っていた。

 

 だが、今のお父さまとお母さまの表情を見てしまっては、その考えが粉々に砕かれてしまう。

 

 

 お兄さまは二人の()()()であるより、()()として存在することの方が求められている。

 

 なら私はやはり、二人の我が子ではなく、道具なのでしょうか。

 

 

 ────いえ、大事に抱っこされている私は少なくとも、()()、我が子として愛されているのでしょう。

 

 この差は何故できたのか?私が“女”という生き物で、お兄さまは“男”だからでしょうか。

 それとも私がかわいいから?…いや、お兄さまの方がかわいい以上、この考えは成り立たない。であれば、他にどの可能性があるのだろう。

 

 お母さまであれば、それとなく理由は思いつく。それは私がいずれ、王家の血筋を引く子を産む──という定めに関わるもの。お母さまもまた孤独の中で、子孫を残す定めを課せられていた。だからこそ、同じ立場の娘をエコ贔屓してしまうのだろう。

 

 ならば、お父さまは?グリシャ・イェーガーは何故私を大切にする?

 

 考えられるのは、彼の妹の存在。名は「フェイ・イェーガー」だ、祖父母から聞いた名前である。

 

 私を外に出したがらないなど、お兄さまとは対照的に過剰なまでに愛情を注いで守るようにしているのも、私をそのフェイに重ねているならば、あり得なくはない。容姿が似ているかはともかく、己の妹と、自身の娘──という似通った二つの立ち位置を、重ねようとしても何らおかしなことではない。

 

 

 

 もしその考えが当たっているならば…お兄さま、ジークお兄さま。

 

 とても、可哀想としか言えません。私がいなければお兄さまは、両親からの愛をもっといただいていたはずなのですから。でも私は生まれてきてしまった。そして「私」が、目覚めてしまった。

 果たして「私」が目覚める前の“私”が、どんな人間であったかは詳しくわからない。「最近全く泣かなくなったわね」や、「急に成長したなぁ…」などとしか、両親から言われていないから。

 

 …あぁ、そうか。私が()()()()()()子供であったことも、両親からの愛情が向く理由であるのか。

 

 

 でも、少なくとも前の“私”の方が、お兄さまの人生はもう少し明るくなれたのでしょう。

 

 

 けれど仕方ありません、ジークお兄さま。私は既に、存在しています。このクソのような世界で、生きてしまっています。

 ですから私が生きている間だけでも、()()のような妹のために、たくさん笑って、泣いて、怒って、苦しんでください。そんなお兄さまのことが大好きです、私は。

 

 

 

 最下位のお兄さまの姿に見るに耐えきれなくなったお父さまは、私を抱えたまま背を向け歩いて行ってしまう。その後、お母さまが引き止めようとしたものの、結局お父さまに続いた。お父さまが後ろ向いたことで、ちょうど抱かれていた私からは訓練場の光景が見える。

 

 

 

「────ッ!!」

 

 

 

 目を溢れんばかりに見開いて驚き、あるいは絶望して、様々な感情を混ぜた表情を見せるお兄さま。

 

 私とは色の違う蒼い瞳が、とても綺麗で。

 

 

 美しいその表情に私はついと、見入ってしまったのでございます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼくは「おにーたん」

ジーク視点です。前回お気に入り、評価感想等ありがと♡もっとくれてもええんやで?(乞食)
今この推敲してる時は、熱出してくたばってます。コロナくんじゃねぇけど辛い。


 アウラ・イェーガーは、ジーク・イェーガーの3つ歳の離れた妹である。

 

 まだジーク少年が物心付いたばかりの頃、母に抱かれた妹の姿を今でもハッキリと覚えている。真っ赤な顔をしわくちゃにさせ大泣きする赤ん坊は、本で見た「サル」という生き物そっくりで。

 少年が母親に促されおずおずと手を伸ばして頭を撫でれば、まだ薄い髪は柔らかかった。頰を触れば、フニフニしている。やめられなくなった突っつきの手を止めたのは、小さな手。少年の人差し指を握る赤子の手の小ささよ。

 

「あら、お兄ちゃんが触ったら泣き止んじゃったわね」

 

 微笑ましげにそう呟く母親。両親とも似つかない赤児の灰色の瞳は、真っ直ぐにジークを見つめる。

 妙な緊張感に少年がゴクリ、と喉を鳴らしたその時。

 

 

「あぅぁ」

 

 

 先まで大泣きしていたのが嘘のように、笑った。美人な母親に似た──「綺麗」というよりは、「愛らしい」という表現が正しい──顔が、キャッキャと声を上げる。

 

 少年はその瞬間、この妹を、アウラ・イェーガーを守ろうと誓った。

 それは兄として、初めて彼の中で芽生えた感情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 それから時は数年流れる。

 

 三歳になったばかりのアウラは、未だ言葉が喋れなかった。容姿は母親に似て愛らしく、しかし髪色は父親に似た。背中まである長い髪を撫でてやることが、戦士を目指す訓練を始めたばかりの少年の休息の場でもあった。

 

「アウラ、一緒に遊ぼう」

 

「あーぅ」

 

 言葉はおろか、少女はまだ立つこともままならない。()()()()()()()()娘を両親は大変心配しており、夜泣きをする度に母ダイナは眠い目を擦り少女をあやした。

 そのため両親はアウラに付きっきりなことが多く、ジークは寂しい思いをすることがよくあった。何かに付け「お兄ちゃんだから」と言われるたび、育つ心のしこり。

 

「あう、あい」

 

 それでも、四つんばいで懸命に這いながら兄の元へ来ようとする妹のことを、嫌いになれるはずもなく。

 少女の屈託のない微笑みが自分に向けられることに、少年の心は救われていた。

 

 

 マーレへの“スパイ”として育てるため、父グリシャと母ダイナによる物心つく前から行われた洗脳教育。「エルディアの誇り」を抱かせつつ、敵であるマーレに忠誠を誓うよう教育を受けたジークはこの時すでに、のしかかる重圧に心が悲鳴を上げていた。

 

「アウラ…僕、頑張るから」

 

「あぅ」

 

 ジークは、妹を抱きしめる。

 

 普通の子供とは違い、発達が著しく遅れている妹。グリシャはこれが“障害”であるとし、一定以上の成長は難しいと判断していた。医者ゆえにその事実が誰よりわかっているからこそ、父親は娘に過剰に愛情を注いでいるのだろう。

 

「お前も、かわいそうだね」

 

 外に出してもらえない妹。壁の中に囲われているエルディア人よりももっと狭い世界しか、この妹は知らない。しかし、知らない方がきっと幸せなこともある。蓋を開けてみれば自分たちがマーレ人に虐げられていて、その上この世界には戦争しかないことを知ったら、妹は何を思うのだろうか。そんなことを考えることすら、アウラはできないのだろうが。

 

「大丈夫……僕が、守ってあげるから」

 

 

 何もできない妹────。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 両親の愛情の比重がアウラにばかり向き、そして“使命”と称し両親に洗脳教育を受けてきたジークの精神は、歪み始めていた。

 

 ()()()()()()ということはつまり、劣等生ながら、それでも自分で行動できる彼よりもよっぽど劣っているということ。

 

 自分よりも劣っている存在がいる。そう考えることで、少年は崩れそうな心の均衡を保っていた。

 

 

 

 しかし数ヶ月後、妹は高熱を出して以降、急速に成長を見せることになる。

 

 グリシャは「奇跡だ」と喜んだ。その言葉の中には同時に、死の淵から生還した意味合いも含む。

 ダイナもジークが見たことがないほど泣いた。そして「おかーた」と呼んだ娘を抱きしめた。

 

 

 ならジーク少年は、この時どんな心境であったのか。

 

 心の逃げ場として無意識に使っていた妹。何もできなかった妹が、急速に()()()()()()()()()なり始めた。それに乗じて、両親の関心は妹の成長のたび一心に向く。

 羨ましい、と思った。憎くも感じたし、「そのままでいればよかったのに」とも思った。

 

 しかし決して死んで欲しいとは思わなかった。彼は、妹が好きだったから。兄に積極的に突進し、そして言葉にならなくても笑いかけるその姿が、ひどく愛おしかったから。

 

 

 

 ────おにーた…?

 

 

 

 何より高熱ながら、声をかけたジークに向けた妹のその言葉が、微笑む表情が、心に残っているから。

 

 少年はアウラ・イェーガーの「おにーたん」だ。少女が成長しても、それは変わらない。むしろ成長した妹が無闇に傷つかないように、()である自分が頑張らなければならない。

 

 

 両親のために、己の“使命”のために────そして、妹のために。

 

 

 少年はまた一つ、重荷を背負った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ジークはより一層努力した。自分にかかる重圧に耐えながら、訓練に勤しんだ。

 

 成績の悪い己。ならば常人以上に練習をしなければならない。戦士を目指す子供たちを教育するマガトも、「またイェーガーか」とため息を吐きながら、内心では応援していた。だが同時に、危うさも感じていたのである。

 

 何かに取り憑かれたように練習に明け暮れる少年の姿は、もはや狂気的ですらあったのだ。

 

 

 

 

 

 ────ジーク、今日はアウラがお兄ちゃんのために、夕食作りを手伝ったのよ。

 

 母が嬉しそうに言う。妹の頑張りに対して浮かべる表情であって、彼に向くものではない。訓練を頑張ったこと以外でジーク自身にそのような笑みが向けられたのは、いったいいつ頃だったろうか。上手く思い出せない。

 

 

 ────ジークも見たかい、さっきアウラが走っていただろう?今日私が帰ってきた時も、家の中で元気に走り回っていたんだ。…心配だなぁ。

 

 父が眉を下げて語る。自力で歩けるようになり、あっという間に走り回れるようになった娘の成長を見つめ、心配そうに見つめる。ジークの努力は妹の成長の前になると、途端に霞となって消えてしまう。

 

 ならもっと、努力すれば自分を見てもらえる。褒めて、頭を撫でてくれるはずだ。

 

 

 ────容姿はあまり似ていないけど、あの元気さは子供の頃のフェイにそっくりだ。

 

 そう語っていた祖父に、瞳を細めて小さく頷いていた祖母。

 彼らは孫息子を労ってくれたが、それ以上に孫娘を目にかけている様子だった。

 

 

 

 ジークは少しずつ、でも着実に、追い込まれていった。

 

 彼が喉から欲しているものは両親からの“愛”に他ならない。まだ6歳の子供であれば例えエルディア人であれど、親から与えられて当然のものである。

 

 思い出すのは焦りが失敗を生み、成績が思ったように上がらない中、見かけたボール遊びをするエルディア人の親子の姿。彼と年の近い子供が父のボールをキャッチし、父に「よくできた」と褒められる。

 己でもわからない暗い濁流が、その身の中で渦巻くのを少年は感じた。

 

 後日成績が悪くマガトから叱責を受けた彼は、その日ばかりは残って練習をする気力がなく、早めの帰宅となった。

 

 

「おーい、そこの君!そのボールを投げてくれないか?」

 

 

 そしてジーク少年は彼の運命を大きく変えるトム・クサヴァー、────マーレの戦士であり“獣の巨人”の力を有する人物と出会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 クサヴァーと出会い、束の間のキャッチボールを楽しんだジーク。

 

 血の繋がりはない。しかし本当の親子のように過ごした時間は、彼にとってかけがえのないものとなった。

 

 

 だが一歩足を踏み出せば、待っているのは非情な現実。

 

 すっかり暗くなり帰った彼を待っていたのは、両親と、エルディア復権を目指す二人の仲間である男の会話。家の中から微かに漏れる明かりが少年を照らす中、その内容を扉の前に立ち聞いてしまったジークは、一歩上った階段から後ろへ突き飛ばされたかのような心境に至る。

 

 彼らが小声で話していたのは、ジークがマーレの戦士になれるか否かについて。仲間の男は少年が本当に戦士になれるのか、懐疑的な様子だった。

 

(僕が、いらなくなる?)

 

 戦士になれなければ、両親の期待に応えられなければ、自分が存在する理由がなくなってしまう。

 ジークは恐れた。呆然と扉の前で立ちすくんでいた彼が正気に戻ったのは、息子が帰ってきていたのを気づいたグリシャたちの足音が近づいてきた時。

 

 六つの驚きと困惑を混ぜた目が、彼を見つめる。

 

 

「ごめんな、さい…」

 

 

 直後、父に肩を掴まれ涙ながらに言われる。ジークならできる、と信じて疑わない──否、父親の()()()()()()()()()()()()()()()()姿を見た少年は、小さく頷くことしかできなかった。

 

 この時母に寝かしつけられ、夢の国の住人になっていたアウラ(クソ幼女)が起きてこの光景を見ていた暁には、脳内トリップをキメていただろう。

 

 

 

 この一件もあり、ジークはマーレの公開訓練を受けることにした。両親にしっかりした成績を収める自身の姿を見せ、同時にマーレへの忠誠を軍に示す意図だ。

 

 だが結果は散々なものであった。両親は途中で見学をやめ、マガトにはいつも以上に辛い罵声を浴びせられる。

 

 そして何より、来ると思っていなかったはずの妹が自身を見つめていたという事実。

 

 薄いグレーの瞳をまん丸にして、妹はただジークを見つめていた。父に抱かれながら遠ざかっていっても尚、その瞳が彼から外れることはなく。両親の絶望した表情とは違う、目以外は作り物のように無表情だったその顔がどこか不気味で。けれどやはり、愛らしかった。

 

 縦え両親や祖父母が彼を視界に入れることはなくても、いつだって妹だけは兄を見ている。きっと彼が訓練で活躍していれば、嬉しそうに微笑んでいたかもしれない。無様な姿を見せてしまった。

 

 さまざまな感情が、公開訓練の終わったジークの内側には残っていた。

 

 

 

 

 

 それでも、────それでも。

 

 

 彼は()()()()()()()ならなかった。

 

 他人に課せられた“使命”を背負い、または自分で背負った重荷を持って進まなければならない。そこにジークの意思があるのかと問われれば、難しいところだ。

 所詮アウラの兄であることも、両親から妹が生まれてきた時から「お兄ちゃん」と言われ続けてきたが故の感情かもしれない。

 

 だがやはり彼が、────ジーク・イェーガーがアウラ・イェーガーの“兄”であり、()()()()という感情は、ジーク自身のものだ。

 

 少年は妹の小さな手に握られた時から「兄」で、その手を振り払おうとは思わない。

 

 

 

 

 

「わたちも、“せんし”になる!」

 

 

 妹が、そう言うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 公開訓練が終わり、夜もすっかり深まってから自宅に着いたジーク。鬱々とした気持ちながら扉を開ければ、何やら騒がしい室内。家に入れば両親は夕食も途中で床を転げ回り、大泣きしている娘に戸惑っていた。これが別名、「ギャン泣きクソ幼女」である。

 

「ど、どうしたのアウラ!?」

 

「やだやだ───ッ!!!」

 

「あ、お帰りジーク。あの、えっとね…」

 

 息子が帰ってきたことにようやく気がつく母。それも仕方ないだろう。拡声器でも使ったように、室内は少女の声で鬼騒音状態なのだから。

 

 

「わたちもおにーたんとおなじ“せんし”になる!!!」

 

「え……?」

 

 

 ジークは固まった。戦士にアウラがなる?

 

 いや、意味はわかる。そして両親が困り果てている理由もわかった。

 

 ただアウラにはいずれ、フリッツの血を残す、という使命がある。女が家を守り男が働くのは、例外もあるが一般的な考えだ。

 ひとまず今日の兄の訓練を見て、妹は何か思うことがあったらしい。幼い子供の気持ちを測るのは難しいものの、「兄の力になりたい」とでも思ったのだろう。

 

「おにーた、いいでしょ?おにーたのために、わたちがんばりたい!」

 

 立ち上がった妹が、ジークに突っ込んでくる。体の制御がうまくいかず、そのまま尻餅をつく形で倒れ込んだ彼は、灰色を覗かす妹の瞳をじっと見た。散々泣きじゃくったのか、顔は真っ赤で目元は腫れている。

 

「……ダメ」

 

「なんで?わたち、おにーたのために……」

 

「ダメだよ!!」

 

 だってアウラには、子を残す役割がある。戦士になりエルディア復権を目指す役目はジークのものだ。

 それを妹が背負っていいわけがない。傷つくに決まっている。死んでしまう可能性だってあるんだ。

 

 

 ……いや、それは建前だ。

 

 

 別に逆の立場でも問題はない。エルディア復権を成し遂げられる力が妹にあるのなら、彼がフリッツの血を繋ぐ立場でもいい。しかしそれを受け入れられるか否かでは、話が違ってくる。

 戦士になろうとする妹は、少年からすれば両親から与えられた“使命”という彼の()()()()を、奪おうとしているように見えてもおかしなことではない。

 

 事実ジークはそのような感情を抱いてしまっている。

 

 そしてその感情は、今まで溜まっていた妹が家族の中心だった不満も相まって爆発する。

 

 

 愛されない自分に、愛される妹。いつだって苦しいのは彼で、妹は両親に囲まれながら楽しそうに笑っていた。

 

 同じ腹の中で生まれたにも関わらず、背負う運命がこうも大きく違うのは残酷でしかない。

 

 

 ────そうだ、少年は知っていたはずだ。

 

 戦争ばかりのこの世界。ある人種は、別の人種に虐げられ生活を余儀なくされる世界。一方は両親から愛をもらえるにも関わらず、もう一方は愛をもらうことができない。

 

 不平等で、残酷な世界だ。

 

 

 

 バチン、と乾いた音が鳴る。

 

 

 

 ジークは今、自分がどんな顔をしているかわからなかった。ただ頭が沸騰したように熱く、視界はぐちゃぐちゃでろくに見えない。

 手のひらがジワジワ痛みだし、そこでようやく彼は妹を叩いてしまったことに気づいた。咄嗟に衝撃で後ろに転がった妹を見れば、叩かれた頬を押さえて瞳を丸くしている。

 

「……あ」

 

 呆然としたままの妹を見、彼は声にならない声を上げた。

 

「アウラ、大丈夫!?」

 

「急に何をするんだ、ジーク!!」

 

 一瞬遅れて両親が駆け寄ったのは、妹の方。ジークは痺れる手を見つめ、立ち上がり逃げ出すように家を出た。

 

 途方もない感情の濁流が、ひっきりなしに脳内に流れ込む。そうして走り続け、暗い路地裏で膝を抱えた。

 

 

 

「僕は……いらないんだよ、クサヴァーさん…」

 

 

 

 静かに涙を溢す少年を照らすのは、淡く輝く月夜だけであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

わ、私に乱暴する気でしょう!? エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいに!!

なんだかんだで今書いている段階で、最初の区切りはついた感。幼女ちゃんが一段階進化した印象やね。
そいで、この作品のヒロインお兄さまな気がするんだけどどうしよう(困惑)
ショタはまだ合法(?)だけど、ゴリゴリのヒゲ面なおっさんになってヒロインはキツいよ。お登勢とキャサリンのプリキュアな図並みにキツいよ。でもオジキにとってはお登勢ヒロインなんだもんなぁ……。


 どうも、ジークお兄さまの吐いた空気を吸ってヘブン状態になるクソ幼女、私です。

 

 はてさて…公開訓練で落ち込んだであろうお兄さまに、「戦士に、おれもなる!」作戦を決行した私でございますが、お兄さま私の計画通りに──いえ、計画以上の行動を起こしてくださいました。

 

 戦士もといエルディア復権は、お兄さまに課せられた使命。子を産むための猶予期間がある私と違い、お兄さまは齢6歳にして心にのしかかる重圧に完全に追い込まれています。

 

 また、両親から「愛」を得たいという気持ちもある。それらをひっくるめて、私はお兄さまのポジを奪おうとするNTRムーブを決行したわけであります。

 

 外ヅラは、お兄さまの力になりたいかわいい幼女ちゃんです。本当清々しいほどのクソ野郎ですね、私。

 

 

 そして効果は抜群だったようで、お兄さまに激昂される以上のダイレクトアタックを受けました。まだ頰がジンジンしている。お兄さまは既に外に出て行ってしまっており、開いたままのドアからは外の風が火照った私の身体を冷やします。

 

 側から見れば突然兄が妹を叩いたのですから、両親が妹の方を心配するのは当たり前のことでしょう。

 

 しかし蓋を開ければその兄は両親の大義によって追い込まれ、挙句こんな妹野郎のせいでさらに傷ついている。

 

「…ダイナ、私はジークを探してくる。アウラのことは頼んだよ」

 

「わかり、ました。……さ、お部屋に行きましょう、アウラ」

 

「…………うん」

 

 両親が何か言っていますが、頭に入ってきません。お母さまに頰の治療を受けた後、押されるがまま、私は自室のベッドに入って寝かしつけられました。

 

 流石にこんな状況では夕食も何もないので、瞼を閉じます。スープを数口食べただけでしたが、お腹が全く空きません。

 

「……おやすみ、アウラ」

 

 お母さまがランプの火を消して、部屋を出ていく。すると室内には窓から差す月明かりが伸びて、ベッドの上の私の顔を照らした。

 

 

 

「かわい、かったぁ……」

 

 

 

 私を叩いたジークお兄さま。自分の感情のままに手を出してしまった。今まで見たことがないほど怒りとも、憎しみとも取れる表情を妹に向けた。

 

 その顔を見て、私死んだと思いましたもの。天国があるならきっとあのような感じでしょうね。フワフワと心が満たされる。

 お兄さまから初めて明確に与えられた「怒」の感情。私にくださったの、その事実だけで死んでいい。

 

 同時にどさくさに紛れて、堪能したお兄さまの身体(意訳)を思い出す。

 

 やはり鍛えている人間は違う。胸板に触れたとき、胸筋が硬かった。お顔は柔らかそうなのに身体は硬いって、何ですかお兄さま。私を殺したいんですか?殺してくださいね。

 

 それと汗の匂いもよかったです。一生嗅いでいたかったです。もちろんお風呂上がりのお兄さまが発する石鹸の香りも好きですよ?

 

 

「ハァ……」

 

 お兄さまがかわいかった。

 

 ──そう。でもかわいかったのに、どうも私は未だ痛む頰に、余韻に浸るジャマをされている。

 

 叩かれて、呆然とするしかなかった。()は嬉しい気持ちでいっぱいなはずなのに、おかしい。

 

 ジンジンする頰に触れる。冷やすようにタオルで包まれ置かれた氷嚢が、手を痺れさせる。

 

 どうして私はこんなに辛いのでしょう。…わからない。嬉しいはずなのに、心が痛い。

 

 

 考えるほど眠りから意識は遠ざかり、頭までも痛みを発してくる。次第に熱で視界がぼやけて、呼吸が荒くなった。これはあの高熱地獄に体験した感覚と似ている。マジですか、本気ですか神さま。あ、いや、ユミル様だった。

 

「ジークお兄さまジークお兄さまジークお兄さま……ジー、ク……」

 

 意図せず勝手に言葉が漏れて、その上涙まで出てくる。

 あぁ、と頭の中の私は思ったわけです。私はお兄さまを好きなわけですが、この感情はそこから来ていそうだと。

 

 

 ────()()()()()人から叩かれたから、私は傷ついている。

 

 

 兄弟愛のレベルではなく、家族の枠組みにも当てはまらないこの感情。歪すぎる愛情を、私はなぜ実の兄に持ってしまったのか。せめてもの足掻きで「お兄さま」なんて、笑えてくる。そしてその上で、兄弟愛も家族愛も持っているのだから異常だ。

 

 本当に、前世の私はどんなクソ野郎だったのだろう。実の兄にこんな、私、どうしたらいいの。

 

 

 

 結局、私は曇りお兄さまのかわいらしさと叩かれたショックの狭間で、本気で泣きながら寝た。ギャン泣き演技とは違う。声を殺して馬鹿みたいに泣き続けた。

 

 深夜になる前にお父さまが路地裏で膝を抱え、丸くなって寝ていた息子を見つけて帰ってきたらしいけれど、お兄さまは身体が冷えたせいで熱を出してしまったようだ。

 

 かく言う私も熱を出し、というかユミル様から天罰が下ったのか、再び1ヶ月の地獄へご案内されることになった。その間の記憶は曖昧なので、省くとする。

 

 ただずっと沈んだり浮いたりする意識の中で、お兄さまのことを考え続けながら、私は今後のことを考えていた。

 

 

 

『終わりよければ全て良し』────にしない、私らしいお兄さまへの愛の向け方を。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 アウラを叩いて以降、ジークは妹を避けるようになった。

 妹もまた彼を視界に入れても、黙ったまま。ただ物言いたげな様子は見てとれた。

 

 謝罪に関しては兄妹揃って熱を出したことで、うやむやになっている。妹が再び死の淵をさまよう高熱を出したことで、両親も付きっきりになり、ジークに謝らせることは頭から抜けてしまったようだ。

 

 一ヶ月だ、妹の高熱が続いたのは。

 

 

 しかしジークは妹の部屋に入らず、ただ黙々と練習に勤しんだ。公開訓練の一件以来、訓練もさせてもらえず雑用ばかりの毎日。それでも雑用が終わった後は、より一層取り憑かれたように訓練をし続けた。

 身体を心配した上司の静止も、耳に入れることなく。

 

 追い込まれた精神を覆うように、増えていく身体のケガ。

 心にできたキズはいくら身体の上から上乗せしても、消えそうにない。

 

 

 

 そんな自分を追い込み続ける少年の唯一の救い。空いた時間にキャッチボールをするようになった二人の場のみ、少年は()()()()()でいることができる。弱い自分を、さらけ出すことができる。

 

 彼のメシアはいつものように特徴的なメガネをつけ、ボールを投げる。

 

「あまり気負いすぎるなよ、ジーク」

 

「……別に、これくらい普通だよ」

 

「はは…まぁ今の時くらいは、純粋にキャッチボールを楽しみなさい」

 

「…うん」

 

 ジークが投げたボールは、クサヴァーの横をすり抜け地面に転がる。いつもは正確なコントロールさえ、上手くできない。ギシッと、少年の歯が軋んだ。

 

「君は何をそんなに悩んでいるんだ?この間の公開訓練は、散々な結果だったと聞いたが」

 

「…そのせいで、最近はずっと雑用ばかりなんだ」

 

「なるほどな。でも、それだけじゃないだろう?」

 

「それだけじゃ…ないって?」

 

「君が悩んでいることだよ。私でよければ聞こう」

 

 クサヴァーのボールが、ジークの持ったミットに勢いよく収まる。強い衝撃で少年の手はジンジンと痛んだ。まるでその痛みは妹を叩いてしまった時と同じ感覚で、途端に心臓がギュッと握られた気持ちになり、か細い息を漏らす。

 

 下を向いた少年は、ポツポツと口を開く。

 

「……クサヴァーさん、僕には妹がいるんだ」

 

「おや、そうなのか。初めて聞いたな」

 

「それで……妹がこの間の公開訓練に来ていてね」

 

 ジークは妹が自分と同じ“戦士”になりたいと言ったのだと、クサヴァーに話す。

 そして自分が妹を叩いてしまったことも。

 

「どうしてジークは、妹を叩いてしまったんだ?」

 

「……戦士になることは、両親から託された僕の“使命”なんだ。それを、妹に奪われたくなかった」

 

「フム…君はじゃあ今身を粉にして──そんなキズだらけになって一人で訓練をしているのも、両親のためなのかい?」

 

「うん、僕は両親の誇りになりたいんだ。それで……それで…」

 

 愛されたい、の言葉をうまく口にすることができない。

 喉から出かかったそれを飲み込み、ジークは沈黙した。それにクサヴァーは、息をひとつ溢す。

 

「私が詮索すべきじゃないんだろうが、君は中々複雑な家庭環境にいるだろうってことは、わかったよ」

 

「………」

 

「話を戻すけれど、君はその妹に謝ったのかな?」

 

「……!」

 

「その驚いた様子じゃ、やっぱり謝ってはないんだね。兄妹ゲンカってのは難しいからなぁ…」

 

「…クサヴァーさん()、僕が悪いっていうの?」

 

 すっかり乾いていたはずの涙が、青い瞳から落ちていく。妹を叩いた夜泣き尽くしたと思っていたが、まだ彼の心には感情の源泉が残っているらしい。

 

 クサヴァーは座っていた姿勢から立ち上がり、ジークに近づく。そして徐に、少年の金髪に手を置いた。

 

「妹を叩いたことは悪いことだと思う。でも君は私に本心を語ってくれた。その上で、君を完全な悪役にすることなんてできないよ。だから泣くな、後から私の前で泣いたことを思い出して、恥ずかしくなっても知らないぞ?」

 

「……っ、な、泣いてなんかないよッ!!」

 

 袖で溢れる涙を拭き、うわずった声で叫ぶジーク。必死に泣き止もうとすれども、頭を撫でる手つきにどうにも止まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 それから落ち着いた少年は、腫れぼったい瞳のままボールを投げる。今度こそ球はしっかり相手のミットに収まった。

 

「…あのさ、クサヴァーさんにもし息子と娘がいたら、やっぱり娘の方を大切にする?」

 

「突然だな。…まぁ、娘がいたら、そっちを可愛がりたくなってしまうかもな」

 

「………ふーん」

 

「そう、すねるなって。君も同じ立場だったら、娘の方を可愛く思ってしまうさ。こればかりはしょうがない、父親の()()ってやつだ」

 

 でもね、とクサヴァーは続ける。

 

 

()らしく思うことに差はあれど、私だったらどちらも等しく大切で、()するだろうね。それが“親”というものだから」

 

「…そんなの、わからないじゃん。僕の両親は妹の方が大切だし」

 

「愛することに差はないよ。君は不器用そうだからな…どうせ親に甘えることも苦手なんだろう?」

 

「べ、別に…そんなこと……(ゴニョゴニョ)」

 

「露骨な反応だね。甘えづらいのだったら私に甘えてもいいんだよ、ジーク」

 

「えっ!?……い、いいの…?」

 

「……あぁ」

 

 嬉しそうに笑うジークとは対照的に、クサヴァーはどこか憂いた表情であった。遠くを見るような視線に少年は首を傾げつつ、投げられたボールをキャッチし、思いきり投げた。

 

「うぐっ…今日イチの球だな。…おっと、そう言えばジーク」

 

「何、クサヴァーさん?」

 

「近頃会えなくて言い忘れていたが、誕生日おめでとう」

 

「…え、覚えてくれてたの?」

 

 前にキャッチボールをしながら、なんとはなしに少年が言った日付。その日から幾ばくか経ってしまっているが、嬉しくないわけがない。まさか、覚えてもらっているとは思わなかったのだから。家では妹が高熱を出している時と重なってしまったので、きちんと祝えなかった彼の誕生日を。

 

「生憎プレゼントは用意できなかったんだがね、すまない」

 

「い、いいよ!祝ってもらえただけで僕すごく嬉しいから!!」

 

「はは、そうか」

 

「あ、じゃあ……その、このボールもらってもいい?プレゼントに」

 

「そんなものでいいのか?構わないが…」

 

「本当!?ありがとうクサヴァーさん!」

 

 きっとこの時のジークは久し振りに心から笑えた。

 間違いなく、幸せなひとときだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

せんせーい、AちゃんがZくんを泣かせました〜!

(忘れてましたが誤字報告ありがとうございました。自分でつけたヒロインのタグで笑っているのがそう、私です。今回も主人公ちゃん視点じゃ)ないです。


「アウラが戦士、かぁ…」

 

 時刻は夜。ジークは自室のベッドで仰向けに寝転がりながら、以前クサヴァーからもらったボールを天井に向かって投げる。上にいったボールは重力で下に落ち、綺麗に少年の手の中へと収まった。

 

 相変わらず妹と会話はできていない。謝ろうと行動に移しても、余計な己の感情がそれを阻止する。しかし、行動にすることができても妹が目も合わさず逃げるようになったので、どの道謝ることができない。

 

 ジークに叩かれて以来、アウラは「戦士になる」と言うことはなくなった。

 

 またエルディア復権派のメンバーの一部が、成績を残せないジークを見限り、アウラを戦士にすることも一つの手段だ──と、両親に述べていた姿を見かけたことがある。

 

 両親がその提案に首を縦に振らなかったのは幸いか。

 ただ彼がこのままであれば、いずれは妹が戦士の道を進む可能性が出てくる。

 そうなればジークは用済みで、誰かと結婚して子を残す運命になる。

 

 

「どこまでも()()だな、僕らって」

 

 アウラも本に興味を持ち始めてから、両親に洗脳教育を受けるようになった。妹は飲み込みが早く、家で大暴れする活発さをとっても、意外と戦士向きなのかもしれない。

 

「どうせ僕は…いくら頑張ったって、ちっとも上手くならないから……」

 

 ずっと自分を追い込み続けた結果、少年は己の“使命”を手放そうと考えるようになった。

 

 これ以上努力するのは疲れた。苦しみ続けるのもたくさんだ。だったら、妹が“戦士”になればいい。本人もなりたいと言っているんだ。彼の使命を妹に与えて、妹の使命を自分が背負えばいい。

 

 

 しかしその運命は、どこまでも他人の手によって決められている。

 

 その事実を理解したジークは、歯噛みした。

 

「クサヴァーさんも前に言っていたじゃないか。「戦争ごっこに付き合ってられない」────って」

 

 少年とクサヴァーは似たもの同士だ。

 エルディア復権派が掲げる争いのために、道具でい続けることはこりごりだ。戦争ごっこは大人同士でやればいい。子供を巻き込むべきじゃない。

 

 だが、ジークが自分の使命の生贄にしようと考えている妹は、少年よりも子供で。

 

 彼は布団に潜り込み、頭を抱えた。

 

 どこまでもレールを敷かれた上で走っている、自分たちの運命を呪って。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 それからまたしばらく経ったある日。

 

 ジークは雑用として施設の掃除をしている最中、マーレ治安当局員たちの会話を聞いてしまった。扉越しに男たちが話していたのは、エルディア復権派の尻尾を掴んだ、という内容。

 

 “フクロウ”という人物が発起人のこの組織は、彼の両親も参加している。既にいくつか目星はついており、あとは証拠を揃えていく段階にまできているらしい。さすれば両親が捕まるのは時間の問題だ。それだけではない、国家に翻意を抱くものは、その親族もろとも「楽園送り」にされる。

 

 悪魔が住むパラディ島へ送られ、巨人にされてしまうのだ。ジークや関係のない祖父母、それに────。

 

「アウラ、まで」

 

 妹は何もしていない。何も知らない。両親の行いのせいで妹まで巻き込まれるなど、あってはならない。

 

 

「……僕が止めなきゃ、父さんと母さんを」

 

 

 

 

 

 そして夕食のあと、「話がある」とダイナが娘を寝かしつけたのを見計らい、ジークは話を切り出した。

 

 危ないことはしないでほしい。見つかったら両親だけじゃない、自分や祖父母、アウラまで楽園送りにされてしまうと。

 

 だが、両親は彼の言葉に聞く耳を持たなかった。

 

 二人はエルディア人の未来のために、とことん戦うことを決めていた。誰かが立ち上がらなければ、誰かが武器を持って戦わなければ、エルディア人は惨めに壁の中で死んでいく。

 

「…父さんは、僕がフェイおばさんみたいになってもいいの?」

 

「フェイが殺されたのは、そもそもこの世界が狂っているからで──」

 

「アウラが……無惨に、死んでもいいの!!?」

 

「……ッ、それは…」

 

 妹は知らない。父親の妹が、マーレの官憲の男によって殺されたことを。その一件以来、父親の人生が狂い始めたことを。

 

「…それでもジーク、私たちはマーレからかつてのエルディアを取り戻さなければならないんだ…!!」

 

 少年の願いは両親には届かなかった。いずれ訪れるであろう未来を想像し、絶望することしかできない。

 あるいは両親に復権派の正体がバレそうなのだと、隠さずに伝えればよいのか。

 

 いや、それではダメだ。仮に自分たちの組織が政府によって明るみに出されようとしていることを知ったら、どんな強硬手段に出るかわからない。

 

 何か、ほかに解決策はないのか。しかし7歳の頭では考えることにも限界がある。

 

 

 

 

 

 悩み続けるジークは、クサヴァーに自身の親が“復権派”であることを話した。絶対に明かしてはならない秘密を彼が打ち明けたのは、心の底からクサヴァーを信頼しているからだろう。本当の親のようにさえ、感じ始めているのだから。

 

「君の両親がまさか、“復権派”だったなんて……」

 

「クサヴァーさん、何か方法はないかな?せめて妹だけでも、僕…助けたいんだ」

 

「自分のことはいいのか?何故そこまで……」

 

「…だって僕、「おにーたん」だから」

 

 何より久しく見ていない妹の笑顔を失うことが、彼には苦痛だった。あの愛らしい笑顔を見れば、どんな暗いどん底でも這いあがろうと思える。

 

 

「告発…なさい」

 

 

 震えるクサヴァーの声。

 ジークは頭を抱えうずくまる男の顔を、おそるおそる覗き見る。歪んだ表情はいつもの温和な男の顔からかけ離れていた。

 

「告発って…父さんと、母さんを?」

 

「あぁ、そうすれば君と君の祖父母、そして妹も助かるはずだ」

 

「でも……僕、そんなことできなッ……!?」

 

 突如肩を掴まれ、少年は瞠目する。

 仮にも親を売るなど、絶対できない。縦え道具のように思われていても、二人の息子なのだから。

 

「ジークッ!!君の両親は君のことを、愛さなかったじゃないか…!!でなければ君がここまで傷つくわけがない。本当に息子を愛しているのなら、尚更だよ…」

 

「クサヴァーさ…」

 

「君の両親は残酷だ。前に私が言ったことを覚えているかい?私に息子と娘がいたら、同じように愛すると」

 

「…うん」

 

「あくまでアレは、私の意見に過ぎない。この世には偏った愛を向ける親もいる。きっと君の…両親のように」

 

 ぐわんぐわんと、ジークの視界が揺れる。クサヴァーに揺すられているわけではない。ぶわっと額からはいやな汗が吹き出し、頰を伝って下へ落ちる。

 

「告発するんだ…ジーク。誰でもない、君のために」

 

「……ぼく、は」

 

 

 ────君は悪くない。悪いのは、()()()()だ。

 

 

 二人の頭上ではどこまでも青い空が広がり、小鳥がさえずっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ジーク、覚悟はできたか?」

 

「……うん」

 

 両親を告発する日、あらかじめ自身と祖父母、妹の身の安全を条件にジークは両親を売ることになった。誰がマーレに謀反を翻そうとしているのか、政府の人間がいる前で指し示すのだ。これほど辛いものはないだろう。告発する人間にとっても、される人間にとっても。ましてや相互の関係は親子なのだから。

 

 両親のことは愛している。仮に自分のことを愛していなくとも。

 

 だがこれ以上親のせいで、子供たちが苦しむことはあってはならない。

 

 

 ───そうだ、悪いのは両親だ。

 

 

 自分に言い聞かせ、ジークは驚愕した表情の両親を指差した。

 その後のことは、鮮明に脳内にこびりついている。

 

 

 

 

 

 彼に向かって叫ぶ両親──「どうしてジーク!」「何故だジーク!」──と。

 

 官憲たちに連行されていく二人の姿を、少年は呆然と見つめるしかなかった。本当に感情が死んだ前では涙さえ出ないのだと、この時初めて知った。

 彼の冷えていく体温を温めるのは、側でジークのことを抱きしめるクサヴァー。

 

 哀れな一人の少年が、その場にいた。

 

 

「ぱぱ!!まま!!」

 

 

 空気を割くように、響く声。声の主は、官憲の男に抱っこされながら出てくる少女だった。黒に近い茶髪を振り乱して、必死に両親に手を伸ばす。飼い主の腕から逃げる猫のようにするりと抜け出した少女は、両親の元へ駆け寄っていく。

 

「アウラ!!」

 

 咄嗟にジークは叫んだ。だが少女が兄を振り返ることはない。連行される父親に抱きつき、官憲たちに引っ張られども離れない。

 

「やだ!いかないで!!わたちもいく!!」

 

「アウラ……」

 

「ぱぱまま、おいちぇかないで!!!」

 

 あぁ、この少女は両親がどこへ連れて行かれるか知らないのだ。「楽園送り」の意味を教えられてはおれども、まさか両親が行くとは夢にも思わないだろう。

 

「アウラ……アウラ!!」

 

 咎めるように、大声を出したジーク。その声に少女の肩が一瞬はね、兄の方を振り向く。灰色の瞳からはボロボロと涙が溢れていた。

 

「こっちに来るんだ、アウラ」

 

「……やだ」

 

「アウラ、僕の言うことを聞い──」

 

「やだ!!!」

 

 愛らしい表情が、睨めつけるような表情に変わる。妹が寝ていた時にジークは告発したが、今の状況を見て誰が両親が連れていかれる事態を作り出したのか、少女はわかっているのだ。

 

 兄の懇願を、拒絶で返した少女はそのまま、両親と共に車に乗せられる。

 ジークは車に駆け寄ろうとしたが、クサヴァーに止められた。

 

「離してよクサヴァーさん!!アウラが、アウラが!!」

 

「落ち着くんだ、せっかく告発したというのに、今君が動いては…!!」

 

「でもっ…妹が、僕の妹が!!」

 

 無情にも両親と妹を乗せた車は走り去っていく。

 黒い排気ガスが空気に溶けていくその様を、少年は見続けることしかできなかった。

 

 

 

 後に本人の頑なな意思により、妹────アウラ・イェーガーが「楽園送り」にされることを知ったジークは、祖父母が泣き崩れる中呆然とした。感じたのは、世界から色が失われていく感覚。

 

 

 

 ただ自身の時が止まっても、世界の時間は1秒1秒進んでいく。

 

 両親が“復権派”であることが知れ、彼と祖父母の身分がさらに悪くなった──かに思われたが、実際は異なる。両親を売ったことで、ジークは「驚異の子」として政府の人間に一目置かれるようになる。彼もまた危うくなった自分たちの地位を復活させるため、名誉マーレ人となるべく訓練を続けた。その結果晴れて彼は戦士候補生になるのだが、それはまた先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

「…誰も、いなくなっちゃった」

 

 

 訓練から帰った夕方、祖父母の家ではなく、両親と妹、自分の四人で住んでいた家に訪れたジーク。今頃はもう、三人は楽園送りにされているだろう。官憲が入った際荒れた室内は、そのままになっていた。

 

 祖父母がいずれ身辺整理をする。そうすれば少年の家族がいた痕跡は消えてしまう。

 

 灯もつけず暗い室内を歩き、彼が訪れた場所。そこはかつて妹の部屋だった場所だ。広くないその部屋には子供用の小さなベッドと、オモチャや本棚が置かれている。夕日が窓から差し込み、ベッドを赤く染めていた。

 

「……アウラ」

 

 意固地をはらず妹に謝っていれば、このような結末にはならなかっただろうか。両親を告発さえしていなければ──いや、告発しなければ親族全員が楽園送りにされていた。

 

「よくこのおもちゃで遊んであげたっけな…」

 

 箱の中に入れられたいくつものおもちゃ。その中にはジークが幼い頃遊んでいたお下がりもある。一つ一つ懐かしむように見ていたおり、彼は奥底に一枚の紙を見つけた。

 

 決して上手くはないそこには人のようなものが四体描かれており、手を繋いでいる。その中の二体だけ、異様に大きく描かれていた。そこには『おにーた』と『わたち』と書かれている。書いたのは妹だろう。文字は書けないから、両親に教えてもらったのか。

 

 そして家族の絵の上には、みみず文字で『おにた おたんじょび おめでと』とある。

 

 

 

「うっ……あ…!!」

 

 

 

 思わず握りしめた紙がクシャリと歪む。止まらなくなった涙もそのままに、少年は紙を抱きしめ嗚咽を殺して泣いた。

 泣いて、泣いて、すっかり暗くなっても泣き続けた。

 

 

 妹に────アウラにただ一言、「ごめんね」と言えばよかった。そうすれば妹は両親と共に行かず、ジークの元に残ったのではないか。

 

 だが、後悔あと先に立たず。

 

 彼が愛した妹は、いない。

 

 

 

 彼は両親を呪った。両親が歪む原因を作ったこの残酷な世界を呪った。

 

 そして愚かな自分を、呪った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抱擁する世界、灰色のめはひらく

ーーー灰色の目は開かれた。

ーーー光が柱を作り、一面砂の世界に芽が拓いた。

ーーー蒼い目もまた、開いた。


 やぁ、私クソ幼女ちゃん。今あなたの家の前にいるの。

 

 まぁ当然それは嘘で、私が今いるのは日が沈み始めた青に夕日を混ぜた空と、一面砂漠が広がる壁の上。どうせそれも嘘だろうって?いえいえ、本当なんですねコレが。

 

 では何故かわいい幼女が壁の上で緊縛プレイをしながら空を見つめているか、ここに至るまでの経緯をお話ししましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 まず初めに私の目標としては、ジークお兄さまに生きてもらいつつ、「私」という名の妹、アウラ・イェーガーの存在を刻みつけることでした。これは一ヶ月間、熱で死にかけながらずっと考えていたことです。

 

 私がお兄さまへ抱く感情がクソ面倒くさいものであるとわかった以上、自分の存在が不必要に感じざるを得なくなったのです。

 

 

 私が望むのはお兄さまのすべて。感情の一つ一つ、どれをとってもじっくり堪能したいわけで。

 

 ですがお兄さまに叩かれた時、私は実感してしまった。自分に()()()()があることを。

 

 正直言って、いらないんですよね。私が感じたいのはお兄さまであって、自分の感情ではない。一々些細なことで傷ついていたら、お兄さまを堪能することなどできなくなってしまうではないですか。

 

 ゆえに、自分を消すことにしました。

 お兄さまに殺してもらえないのは残念ですが、これからお兄さまの心に私を最大限刻みつけられれば満足です。

 

 

 熱が治ってからしばらくは、お兄さまはあからさまに私を避けていました。そりゃあ気まずいですよね、表情が絶対に私を叩いたことを悔やんでる、って感じでしたもの。

 

 でもお兄さまは謝ってこなかった。来ても逃げる予定だったので好都合ですが。

 

 

 しかし途中から様子が変わったのです、お兄さまがボールを家に持って帰ってきてから。少し明るくなったというか、ボールを見つめている時は年相応の子供らしくなりました。

 

 お父さまが誰にもらったか尋ねれば、お兄さまは「クサヴァーさん」なる戦士の人間からもらったのだと答えました。誕生日プレゼント…私も用意していたんですけどね。まぁこれは、お兄さまを曇らせるイベントを起こすために、熱が治ったあとお母さまに手伝ってもらい書いたもので、純粋な好意でいただいたらしいボールとは正反対でしょうね。

 

 

 クサヴァーさんについて話す時だけ、お兄さまは明るく喋った。それだけクソ幼女から受けたダメージや、“使命”への重圧が大きかったのです。その男がお兄さまの恩人のような存在であることは、すぐにわかりました。

 

 単純に言って悔しい。お兄さまの心の奥底で沈澱して、溜まっていいのは私だけ。

 

 であれば、お兄さまの一番になり得るよう行動に移すのが最適でしょう。

 

 

 ボールをゲットだぜ!して以降、私に近づき始めたお兄さま。全力で抱きしめてお触りして舐めたい欲求を抑えつつ、私は必死に逃げた。「逃げのアウラー」とは私のことだ。

 

 その時のお兄さまの愕然とした顔が、これまた可愛かったのは余談です。

 

 

 して、私の当初の計画は『お兄さまに誕生日プレゼントを渡そうとこっそり家を出たら、うっかり川へどんぶらこっこ』作戦でした。

 

 収容区には小川があり、幼児がうっかり落ちればそのまま死ねないこともない場所があります。ちょうど花がその近辺に咲いているらしいので、かわいい幼女ちゃんは兄のために取りに行っちゃうわけだ。

 

 小川の情報についてはお祖父さまから聞きました。昔よくフェイと、彼女の付き添いのお父さまが花を取ってきては、冠などを作ってプレゼントしていたらしいです。

 

 家を抜け出すのは存外簡単。夜になれば、私は自室で一人になる。今まで家を抜け出したことのない娘が、まさか急にいなくなるとは思いもしないでしょう。娘息子を一人で寝かす文化が追い風となってくれました。

 

 そして翌朝、溺死した幼女ちゃんの遺体が発見。お祖父さまはすぐに花の件を思い出すでしょう。これに合わせて私がおもちゃ箱の底に隠した手紙が見つかれば、アウラちゃんの行動はお兄さまのプレゼントのために起こしたことにされる。

 

 お兄さまに私のことを刻みつけられますね(ニチャア…)

 

 

 

 

 

 ですが突如、私の前にビックウエーブが到来します。この波に乗らなければクソ幼女失格もの。

 

 ことの発端は、ジークお兄さまがある夜、両親にこっそり話していた内容から始まります。

 

 夕食が終わった後やけに真剣な顔で「父さんと母さんに話があるんだ…」とお兄さまが言うものですから、気にならないはずがありません。必要のない私はお母さまに寝かしつけられましたが、襲いくる睡魔に全力で戦った。

 

 そして聞いた、両親にこれ以上危険なことはしないで欲しい──という内容。

 

 

 今まで両親に逆らわず、ただひたすら親の愛を求めて生きていたお兄さまが、両親にもの申した。

 

 それだけで異常事態だと私は察したわけでございます。何か、相応のことが起こっているのだろうと。

 

 お兄さまが同時に口にしていたのは、「楽園送り」という言葉。実際に親から教えられたことがあるので私も覚えています。

 

 言うなれば、巨人GO。悪魔の末裔たる我々は、巨人の脊髄液を体内に取り入れただけでビッグヒューマンへと変身する。またソイツらには知性がない。

 

 そんな歩く災害に、楽園送りにされたエルディア人はさせられてしまうのです。

 

 

 話を戻しましょう。

 

 わざわざお兄さまがお父さまとお母さまを止めた点と、「楽園送り」の言葉を受けて私が至った考えは一つ。

 

 両親が“復権派”であるとバレた可能性。あるいは、復権派の組織そのものが明るみに出始めた可能性。

 

 もし両親がバレているなら、既に捕まっているはず。ゆえにメンバーはまだ不明であれど、復権派の組織が政府に嗅ぎつかれている。お兄さまはそれを何らかの形で知った。偶然聞いてしまったか、あるいはお兄さまが信頼する「クサヴァーさん」が情報を教えた可能性もある。

 

 

 ともかく、猶予は一刻を争う。

 

 

 色々方法を考えても、やはり両親含む復権派を売るしかないでしょう。しかし私が密告したとして、政府の人間が信じるかどうか。信じたとしても私は復権派の親族に該当する。私はまだしもお兄さまが楽園送りにされるなんて許せません。

 

 …幼女パワーで「ふぇぇん」しながら、それとなく官憲に訴えればいけるでしょうか。あくまで私と兄は被害者で、両親が加害者であると。クソ幼女は顔だけは本当に愛らしいので、上手くいけば“非人間”扱いされるエルディア人でもいけなくはな……いや、流石に無理ですね。

 

 

 

 ならば、お兄さまに密告してもらうしかない。ただのエルディア人である私ではなく、戦士を目指すお兄さまなら、上層部が復権派を売る代価に、私たちの身柄の安全を保証する意見を呑んでくれる可能性が高い。

 

 お兄さまはこれまで訓練に勤しみ、マーレに忠誠を示してきた。戦士であるクサヴァーという男が一目置いている節もあるので、ことさら都合がいい。それならば最低でもお兄さまは助かる。両親は絶対に助からないけれど仕方ない。

 

 お父さまお母さま、最後くらいは息子のためになってください。私も一緒に行ってあげますから。

 

 

 そうなると、お兄さまに密告を促してくれる相手が必要だ。当然その相手はクサヴァーさん以外ありえない。

 

 戦士となれば市内にいることは確か、マーレの中心的な施設は市内にしかないしね。お父さま並みに甘いお祖父さまに頼んで早急に許可証をもらい、クサヴァーさんを探すしかない。二人がキャッチボールしている場所はお兄さま情報で把握している。なんなら「ジークおにーたん」に会いたいムーブをかまし、目立ちまくってやる。ギャン泣きクソ幼女を発動し、クサヴァーゲットだぜ──!だ。知っている名前を聞けば、クサヴァーさんも出てくるだろう。

 

 ───え?祖父母たちの胃が痛むだろう、って?知ったことじゃありませんね。

 

 お兄さまの命以上に優先するものなんて、この世にないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「……と、思ってたんだけどなぁ」

 

 

 翌日両親にごねてお祖父さまの家まで訪れ、許可証を頼めたまではよかった。発行までは不審な点がなければそう時間はかからない。例えば過去に血縁者で謀反を起こそうとした者がいる──など、よほどのことがあれば発行自体できないなど、話は変わってくるものの。

 

 これでクサヴァーさんを見つけられると思った数日後、事は起こった。私はどうやら、お兄さまを甘く見ていたらしい。

 

 

 

 

 

 昼寝の最中物音がしたので起きてみれば、扉の外に無数の人の気配がする。今日はちょうどお父さまは仕事が休みで、私を寝かしつけた。復権派のメンバーをこっそり連れ込みオトナな話をしていることはあれど、それにしても物々しすぎる。その上銃の金属音までしたのだから、何事か悟った。

 

 最初は、バレてしまったのだと思った。私の行動が遅く、復権派のメンバーを突き止めた政府の人間が来てしまったのだと。

 

 しかし扉をこっそり開けてみれば、最初に目に入ったのはお兄さま。その周りには銃を掲げた大人が複数人控えている。お兄さまは誰かを指差していて、その先にいたのは────両親。

 

 

 

(はわわわぁ……!)

 

 

 

 ユミル様は、こんなクソ幼女にどれだけご褒美をくださるのでしょうか。

 

 あの、お兄さまのお顔……!!感情を削ぎ落として、キレイな瞳を濁らせている。女性が暴漢された時に浮かべそうな、そんな真っ黒な感情をありありと瞳に宿している。

 

 かわいいってものじゃない。私にとっては()()()。自分の親を、お兄さまは売ったのです。今まで両親に心を虐げられていたお兄さまがついに親を退して、親のためではない、自分のために行動した。

 

 

 つまり、()()()()()をさらけ出した……!!

 

 

 素敵です、ジークお兄さま。今誰かに作られたお姿ではない、お兄さまの皮を裏返したような、ありのままのお姿を私は見ている!好きです好きです、好きですお兄さま……!!!

 

 

 

 私が絶頂に至っている最中、こちらに近づく革靴の足音がした。

 

 咄嗟によだれを拭いて、布団の中に潜り込む私。入ってきた人物は私の背中を軽く叩いて、起こしてきた。

 

 私の脳内では今までにないほど、素早く脳が回転している。()()に相応しいクソ幼女の最期を飾れるよう、これからすべき最適解を見出す。

 

 お兄さまは両親を売った。最低でもそれでお兄さまは救われ、最高で祖父母と私が助かる。

 

 しかし私としては生涯お兄さまに「私」を心の中で飼い殺して欲しいので、私は死にます。

 ふとした時に私を思い出して欲しい。アウラ・イェーガーが、ジーク・イェーガーの妹であったことを。

 

 妹を叩いてしまって以来、微妙な関係になった兄妹仲。まぁそう思っているのはお兄さまだけで、私はお兄さまのことを変わらず愛している。この世界とお兄さまをかけたら、もちろん私が選ぶのはお兄さま。その他は私も両親も含めて比べるまでもない。私にとっての全てが、お兄さまでできていると言っても過言ではない。

 

 

 

 ────「私」の世界は、お兄さまの涙から始まったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 それから私は幼女ちゃんを起こした政府の男によって、外へ連れられて行った。

 男曰く「君の身柄は安全だよ」と。

 

 あぁ、お兄さま、私のことも救おうとなさったのですね。ですがそう簡単に問屋は卸せません。

 

 

 私はお兄さまではなく、両親を選びました。自分の元へ来るように言ったお兄さま、その時の睨んだ私の顔をぜひ覚えていてくださいね。

 

 お兄さまはこれからご自身の手で妹を叩いたことを、そして妹に謝れなかったことで斯様な運命が出来上がってしまったことを、後悔し続けてください。私を思い出して、思い出し続けてください。私は無知性の巨人になっても、ずっとお兄さまを愛し続けておりますから。

 

 

 

 

 

 

 

 そして話は、冒頭の緊縛幼女ちゃんに戻ります。

 

 

 私は「アウラ!」と必死に叫んでいたお兄さまの顔を思い出す。

 

 空に残る青い色は、お兄さまの色そのものだ。視界については目隠しをされていたけど、「おちょらがみたい」と言ったら取ってくれた。やっぱかわいいってのは得だね。

 

 下から侵食してくる夕日の色はうっすらと黄色く、お兄さまの髪のよう。とてもキレイだ。私の名前を最後に叫んだ、お兄さまのお顔の美しさほどじゃないけれど。

 

 

 

 その景色に混じって、時折下から眩い明かりが差す。

 

 ついにやけそうになる口を堪えて、無表情を装った。腕が後ろ手に拘束されていなければ、口元を隠せたんだけど。もちろん聞こえる悲鳴に対して笑っているわけじゃない。私は精神異常者じゃないので。

 

 ただ、お兄さまのこれまで見た笑顔や怒り──悲しみといった表情が走馬灯のように頭を駆け巡って、私を満たしているだけだ。

 

 みんなも最期くらい、このお兄さまのような空を眺めて死ねばいいのに。

 

 

「あぁ……あ、あ……」

 

 私の隣では声にならない声を上げて、お父さまが項垂れる。巨人にされた復権派の仲間は人間のまま蹴落とされた人間を追って、遠く、遠くへと駆けていった。

 

 お父さまはここにくる前に尋問にあったようで、指には包帯が巻かれている。私は助かるところをクソ泣き幼女で通して無理に来たので、まさか娘が本当に楽園送りにされると思わなかったお父さまからしたら、絶望ものだろう。

 

「何でアウラまで…」と言われた際に「おとーたんといっちょにいたいから」と言った時は、今まで見たことがないほど号泣していた。

 

 よくよく見れば、ジークお兄さまと顔のパーツが似ているので(半分血を分けた父親なのだから当然だが)、お兄さまも大きくなったら似た顔立ちになるのかもしれない。

 

 成長したお兄さまも味わいたかったなぁ…まぁいいか。どうせもうすぐに理性とはおさらばになるのだ。

 

 

「よぉし、次はコイツにするか」

 

 そう言って恰幅のいい曹長の男が、お父さまを指す。しかし「クルーガー」と呼ばれた男が追加でお父さまに尋問があるようで、一旦スルーされた。次は私かなと思っていれば、遅れて連れてこられたお母さまだった。

 

 お父さまはそれに驚いているようだけれど、流石にガッツリ復権派に入っていたお母さまが助かるのは、難しいでしょう。

 

「ダイナ…」

 

「グリシャ……」

 

 ちょうど娘がサンドイッチになるようにお母さまを連れてきたの誰だよ。せめてお父さまの隣にしてやれよ。なんでわざわざ娘を挟んで両親をセットするんだよ。完全に両親がいちゃついてるのを覗き見してしまった子供の気分だよ。

 

「グリシャ、私どんな姿になっても、あなたを愛してる…あなたを必ず、見つけるから……」

 

 やめて、やめてよ。両親の熱い言葉のやりとりをこれ以上私の鼓膜を通して行わないでよ。新手の拷問ですか?

 

 その間お母さまの首元に、巨人の脊髄液入りの注射が投与される。さようならお母さま、私もすぐにそちらに行くので束の間の別れですね。

 

 

「それに────大好きよ、アウラ。私たちの元へ生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 

 

 お母さまの背が、曹長によって蹴られる。

 

 私を見つめるキレイな青い瞳、それに陽に照らされて輝く金髪。サラサラと一本一本舞う髪質は私とそっくりだ。

 

 

「わたちも、だいすき」

 

 

 ──ーあぁ、私こそありがとう、お母さま。

 

 

 悪魔のような私を産んでくれてありがとう。何より、ジークお兄さまを産んでくれてありがとう。

 

 お兄さまの人生は両親のせいで歪なものになってしまったけれど、私は決してお母さまやお父さまを恨んだりはしない。お兄さまと出会わせてくれたこと以上を、あなたたちに望むことはない。せめてもの恩返しとして、形だけ娘はあなたたちの後を追う。それであおいことしましょう。

 

 

 

 

 

 そして、お母さまは、ビッグお母さまになった。

 

「ダイナ……ダイナ…」

 

 お父さまは完全に腑抜けになってしまった。巨人化させる人間はあと二人、私とお父さまだけ。

 

 あともう少しで終わるところで曹長の指示により、クルーガーと曹長以外の人間が壁の上から去っていく。何が始まるのか見守っていれば、曹長は両親を巨人にさせ、そのあと娘を突き落とす算段らしい。私は人間のままで。

 

 

 思わず、「はい?」と思ったのは仕方ない。

 

 せっかく理性をなくす心構えをしていたのに、こんなかわいい幼女を両親に食わすとか地獄か。いやまぁ、私の所業を思い返せば、妥当と言えば妥当ですかユミル様…?

 

「ふざけるなッ、何が…何が()()だ…!!お前らに心はないのか!!?」

 

「心?エルディア人にかける心なんてないだろう、ましてや“悪魔”のお前らに」

 

 激昂したお父さまに、淡々と話す曹長の男。さらにソイツはタバコを吹かしながら、フェイ・イェーガーを息子の犬に殺させたことも語った。

 

 以前お兄さまの発言で彼女が「殺された」と知ったが、犯人が目の前にいるとは驚きである。

 

 

 …ということはこれは私への当て付けというより、お父さまへの当てつけか。

 

 娘を自分が食ってしまうという事実をグリシャ・イェーガーに突きつけて、その反応を楽しむ。我ながら私も思いつきそうな考えだ。

 

 

 私もできるなら、両親より巨人の力を手に入れたお兄さまに食べられたかった。食べられたらお兄さまの一部になれると尚嬉しい。

 

 ──というかそもそも、巨人の力ってどうやって継承するのだろう?個人的に普通の脊髄液とは違う専用の脊髄液があるのだと考えていたけど。大人の事情というやつで、そこら辺の情報は教えてもらえなかった。こういう時幼女って不便だ。

 

「どうして、お前らはこんなことを……」

 

「こんなこと?過去にエルディア人が巨人の力を使って世界にしてきたことを思えば、我々の行いは微々たるものだろう」

 

 それに、と曹長は続ける。

 

「人間は残酷なのが好きなんだよ。日夜世界のどこかで戦争が起きているのも、平和じゃ物足りないからだ」

 

 

 

 ────そうだな、謂わば()の実感ってやつだろう。

 

 

 

 その言葉が、今まで空以外を鮮明に映し出さなかった私の世界に入り込む。

 

 残酷っていうことは、即ち「生」を感じられるということ?

 

 

 ストンと、胸の中で何かが収まる。

 

 

 私の異常性は、私がお兄さまの曇り顔を見たかったのは、自分の「生」を実感することができたからだ。

 

 最初に見た、お兄さまの泣き顔。私に死んでほしくないと、ひたすらに願っていた表情。

 

 そこから「私」は始まって、今終わろうとしている。私はきっとお兄さまの苦しみを自身の生きがいにしていた。お兄さまの曇りから始まったこの人生は、どこまでもお兄さまと、その陰りから抜け出すことが出来なかった。刷り込まれた意識は絶望的なまでに「私」の根幹に根付いている。それこそ引っ張り出すには、私の死しかありえまい。

 

 

 

「───ははっ!」

 

 

 自分でもどうしてお兄さまに執着していたのか、ずっと疑問だった。それをこの曹長の男は、あっさりと答えを教えてくれたのだ。

 

 そうだ、人間は残酷の中で「生」を実感する。私が他人の苦しみや悲しみ、怒りを見て心が満たされることも、私自身が生きていることを感じているに他ならない。

 

 

 

 正しく、人間讃歌────!!

 

 その人間性を否定しない、()()()()()()姿()()()()を、肯定する。

 

 

「ア、アウラ……?アウラ!!」

 

「…ふふ、ぐひひ」

 

「なんだ、母親が巨人になっちまって頭がイカれたか」

 

 

 違う、ずっと心のどこかで否定し続けた私の生き方が肯定されて、とても嬉しいんだ。誰かの不幸を見ることは悪しきことではない。むしろ、喜ばしいことであった。

 

 私の──お兄さまに叩かれて存在を確認した人間性もまた私で、残酷を好む私も、「()」────アウラ・イェーガーであるのだと、ない胸を張って言える。

 

 

 せっかくだ、エルディア人を“悪魔”と呼んだ曹長に教えてあげよう。()()()()()が、どういう奴かを。エルディアの復権を語る両親たちでも、そんな悪魔の末裔の根絶を願う曹長のような人間でも、悪魔にはなりえない。

 

 本当の悪魔ってやつはきっと、誰のためにも動かない。自分のために、自分の欲求のためにしか動かない。それは全て「生」を享受する上で大切なことだから。

 

 クルーガーと呼ばれる男は父からみれば右にいる。私は父の左におり、クルーガーからはかなり距離が離れている。一瞬の動きは止められまい。ガキだからと、足までしっかり拘束をしなかった自分を呪え。

 

 そして曹長は私の左前方。老若男女問わずお注射(意味深)してくる変態だ。

 

 

「えるりあじんは、あくまじゃないよ」

 

「いいや、お前たちは悪魔だよ。どんなにお嬢ちゃんがかわいくても、中身がバケモノならどうしようもない」

 

「おじちゃんしらないの?」

 

「何?」

 

 

 

 ────悪魔は、誰だってなり得るんですよ。

 

 

 

 かわいい幼女ちゃんらしくない、感情のこもらない声。

 幼女の仮面を捨て、舌ったらずじゃない素の私。

 

 お兄さまがいなければ、私はどこまでも冷めた人間だ。

 

 

 そのまま身を乗り出して、空中に我が身を投げる。

 三人とも、瞳を丸くしていた。

 

 てっきり私が、曹長の男にタックルをすると思いましたか?──いえいえ、そんなことするわけないでしょう。

 

 私が曹長を殺したとなれば、お兄さままでも楽園送りにされるかもしれない。だからあるのは私の「死」のみ。別に死ぬのは構わないので、問題はどう死ぬかになってくる。

 

 曹長の思い通りには死にたくなかったので、自分で身投げすることにしました。お父さまは絶叫していて、その他二人は尚も呆然としている。

 

 

 

「アウラァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 あぁ、とてもいい響き。他人の不幸は蜜の味って、こういうことを言うのね。

 

 私今とても、()きているわ。

 

 

 真下にいた巨人の一体──お母さまが、大口を開けて落ちてくる私を迎える。お母さま、私は今からあなたの体内(おなか)に還ります。

 

 お兄さまが作られて産まれた中に戻るのって、控えめに言って最高ですね。

 

 空には、キレイな青空が広がっていた。お兄さまの色。それに手を伸ばした瞬間、私の身体は丸々暗闇へと誘われる。滑った感覚に、熱すぎる巨人の体内。丸呑みされても私の頭の中は、狂ったように幸せだった。

 

 

 だって最期に、お兄さまの色を見れたんだもの。

 

 




クソ幼女ちゃん編はとりあえずここまで。こっからはクソ少女ちゃん編にーーーあれ、特に変わってなくね?

いくつか閑話挟んで次に行きたいです。構想練り途中なんでゆっくりになるかもしれないけど、のんびり待っててくれ。

そしてここまで感想評価、お気に入り等ありがとうございました!引き続き読んでいたらけたら幸いです。モチベ続く限りは頑張ります。
なので高評価、チャンネル登録等お願いします!(YouTubeか)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】非売品の笑顔

感想評価、お気に入り等ありがとナス!素直に嬉しい。タヒぬ。
またランキング入ってたみたいで感謝しかない。本当お目汚し覚悟で書いてたんですが、読んでくださる方がいらっしゃるだけで昇天できます……ありがと………(スナァア)
本編は少し先ですが、閑話もほぼ本編扱いと思っていただいて構わないです。ではドゾ。


 青空の下、行われる青年と眼鏡をかけた男のキャッチボール。

 容姿は似ておらずとも、他人がその光景を見れば、親子と思うに違いない。しかし実際に血の繋がりはなく、戦士候補生と戦士という関係だ。

 

 それでも二者には、親子以上の絆があった。

 

「すっかりクサヴァーさんも歳を経ったね」

 

「あぁ、私の継承期間ももうすぐで終わる。君とこうしてキャッチボールができるのも数えるくらいだろうね」

 

「はは……寂しくなるなぁ」

 

 

 青年──ジーク・イェーガーは、17歳になった。戦士を目指し始めてから早十数年。彼と同期の人間はもう一人もいない。途中から少しずつ子供が減っていき、最後に彼が“候補生”の座を勝ち取ったのだ。

 

 当時皆の中で()()だった頃からしたら、考えられない出世だろう。現在いる候補生の中では一番年上であるが、まず巨人の力を継承するのは間違いない。

 

 ────なにせ彼は、「驚異の子」なのだから。

 

 復権派であった親を売りマーレに忠誠を示したその姿は、政府の人間からも一定の評価を受けている。しかしその中には、青年の底の知れなさに恐れを抱いている者もいた。

 

 

 

「ところでジーク、君は戦士になったらどうするつもりだい?」

 

「戦士になったらって?」

 

「名誉マーレ人の地位を得ることは聞いていたが、他にも何かやりたいことなんかはないのか、ってことだ」

 

 名誉マーレ人になればさまざまな特権を得られる。クサヴァーならば、巨人学の研究者として己の研究を進めた。人によって目的は違えども、やはり名誉マーレ人の地位を利用して、何かをなしたい戦士は多かろう。候補生に至る人間は、こぞって自分の目標や信念がある。

 

 逆にそれがなければ──例えば親が名誉マーレ人の地位を欲して送られた子供など──最後まで残ることはできまい。

 

「クサヴァーさんは研究の集大成として、六百年前のエルディアの王が、始祖の巨人の力を使ってユミルの民の体の設計図を書き換えた事実を発表するんだもんね」

 

「世界の人口激減の要因となった、疫病の効かない身体にしてしまったんだ。すごいってもんじゃないよ。これを聞いた時、君も驚いていたもんな」

 

「そりゃあ驚くさ。記憶改ざんを超える力が、始祖に秘められていたと知ったんだから」

 

「いやぁ…自分の研究を進められて本当によかったと思うよ。長くもない人生だったが、悔いはないかな」

 

 クサヴァーの投げたボールが、青年のミットに収まる。十年前の勢いは衰え、ジークからすれば物足りなさを覚える球となった。

 

 

「それで、君はどうなんだ?戦士ともなれば女性だってよりどりみどりなんじゃないか?」

 

「うわぁ、オッサンくさいこと言わないでよ」

 

「中年で悪かったね」

 

「でも女かぁ…あんまり興味はないかな。俺結婚しないと思うし」

 

「え、しないのかい?」

 

「うん。…あ、付き合うとかとはまた話は別だよ?結婚、っていうか──()()()()()()()ってことかな」

 

 その言葉に、クサヴァーの表情が強ばる。

 ジークは片手に持ったボールを眺めながら語った。

 

「仮に美人な人と結婚して、子供作って…家族ができたとして、幸せになるのは間違いないと思う。けどさ、巨人の継承者は力を得てから13年しか生きられない。俺が死んだら家族がどんな気持ちになるかって考えたら……やっぱり結婚はしたくないよ」

 

「ジーク……」

 

 

 10年前、ジークは両親を売った。しかしそれは必要な犠牲だった。両親を売らなければ、彼も彼の祖父母も楽園送りで今頃巨人ライフだったろう。

 

 そして同時に、青年は妹も失っている。

 

「家族を失った人間の気持ちを、俺は知っている。両親を売ったのは俺なんだから、何言ってるんだって話だけどね」

 

「それしか、方法がなかったんだ。仕方ないよ……君は悪くない」

 

「あぁ、それしか方法がなかった。必要な犠牲だった。けれど世界が違っていれば、失わずに済んだ犠牲だったと思わずにはいられないんだ」

 

「ジーク、君は…」

 

「クサヴァーさん、俺、やりたいことあるよ。…って言っても、クサヴァーさんの話を聞いてから現実味を帯びた考えになったんだけど。それまでは結構、漠然としてたんだ」

 

 

 ────この世界から、エルディア人を消す。

 

 

 それが、青年の───ジーク・イェーガーの望み。

 クサヴァー以外に打ち明けることのなかった、彼の本心である。

 

 

「まず始祖の巨人の力を使って、エルディア人が子供を産めないようにする。そうすればエルディア人の人口は減っていき、約100年後にはいなくなって、同時に巨人もいなくなる」

 

「…どうして、エルディア人を無くしたいんだ?」

 

「単純さ、エルディア人(俺たち)がいなければ世界がより良くなるからだ。マーレがエルディア帝国に謀反を起こす前、1700年近くエルディアは強大な巨人の力を使い、世界を支配していた。その過程で失われた国家や文化、人間は計り知れない。過去の民族浄化がなければ、現代の世界にはもっと“多様性”が生まれていた」

 

「それは、一理あるが…」

 

「クサヴァーさん、世界はずっと巨人の力によって虐げられてきたんだ。どれだけの人間が怯えて、苦しんで…そして死んできただろう。マーレの言っていることは正しいよ。エルディア人は悪魔だ、それだけのことを俺たちは世界にしてきた。縦え先祖の所業でも回り回ったツケは、今を生きる俺たちが払うべきなんだ」

 

 それに壁の中で囲われ続ければ、グリシャ・イェーガーのような復権派が生まれる。さすれば第二・第三のジークのような子供が生まれてしまうだろう。

 

 彼は一気にエルディア人を殺そうとしているわけではない。子を作れなくして、緩やかに人口を減らしていこうとしているのだ。

 

 

()()()()()()()()。だが逆に言えば、()()()()()()()()。俺は多分、幸せな家族のままでいられたら…こんな考え浮かばなかったと思う」

 

 

 ジークは苦笑いしながら、右手を顔の左に近づけ耳を人差し指でかく。独特の彼の癖であった。

 

 青年はボールをクサヴァーに投げた…が、コントロールがイマイチだったのか、相手の後方を抜け飛んでいく。「あっ」と漏らした声は随分とマヌケだった。

 

「君は威力は申し分ないが、割としょっちゅうコントロールを誤るよね…」

 

「はは…気をつけるよ」

 

 ため息を吐きながら、転がったボールをクサヴァーは取る。しかし途中でボールに伸びた手が止まり、動かなくなった。

 

 ジークは首を傾げ近づき、声をかける。

 

「クサヴァーさん?」

 

 何か堪えるような、そんな表情を浮かべるクサヴァー。彼は覗き込んだ青年の顔に視線を移す。

 

「大丈夫か?さっきも咳きこんでたし、無理に俺とのキャッチボールに付き合わなくても…」

 

「いや、いいんだ。君とのこの時間は、私にとっても肩の荷が下りてちょうどいい」

 

 クサヴァーは立ち上がり、ボールを直接青年のミットに入れる。そして、徐に口を開いた。

 

 

「君に、話したいことがあるんだ。私の……家族について」

 

 

 

 

 

 それは男の、罪の告白であった。

 

 

 トム・クサヴァーの罪────。

 

 自身がマーレ人だと偽り、マーレの女性と結婚して子を作った。その後、クサヴァーが本当はエルディア人だと妻にバレた結果、息子を道連れにして妻が自害してしまったという、罪。

 

 男は自分の罪から逃げるように、戦士となった。マーレのためにその身を捧げつつ、研究に没頭し生きてきた。その人生の中で出会った少年、ジーク・イェーガーは、ある意味彼の亡き息子を投影する存在だったのだろう。

 

 そしていつの間にか、本当の息子のように思うようになった。

 

 クサヴァーは語る。

 妻と息子を殺したも同然な己が、君を息子のように思うのはそれこそ罪だ───と。

 

 

「私という存在は罪深い。生きていることさえ、本来なら許されるべきではない。しかし私は逃げた。己の罪から──自殺した妻と息子の亡骸から……!!」

 

「クサヴァーさん…」

 

「あぁ、許されないことだとは分かっているとも。それでも…それでも私は、君を「息子」と呼びたい。なんて私は愚かな人間なんだ……ッ」

 

「…いいよ、もういいよクサヴァーさん。俺だってあんたを本当の親のように思っているんだ。あんたの罪も、先祖たちの罪も俺が背負って、きっとエルディア人の穏やかな終わり………「安楽死」を成し遂げてみせるから」

 

「ジーク……」

 

「だから、泣くなよ。みっともないぜ?息子の前で────()()()

 

「………ッ!!う、うぅ……!!」

 

 

 泣き崩れたクサヴァーの背を、ジークはさすった。

 

 この世は残酷だ。しかし元を辿ればかような残酷さを強いたのは、エルディア人ではなかろうか。

 他者から奪い、自分たちのものとしてきた。そこから生まれる悲劇を無視し、侵略を続ける。

 

 そして悲劇というものは繰り返す。奪われた側の人間が、今度は奪い返す。そこからまた悲劇が生まれ──といった風に、“負の連鎖”が生まれていく。

 

 これを断ち切るためにも、ジークはエルディア人の安楽死を望む。

 

 彼はこれ以上、人の悲劇を見るのはたくさんだった。

 

 その上で青年はこれから数多の悲劇を作り出すだろう。巨人の力を持って人間を殺し、殺し、殺す。

 だがそれは()()()()()なのだ。矛盾していることは本人が一番分かっている。それでも彼は進み続ける。

 

 

「もうすぐに始祖の奪還計画が始まる。俺は成し遂げるよクサヴァーさん、自分の計画のために。もう誰かを失うことは、嫌だからね」

 

 

 青年の脳裏によぎったのは、笑顔を浮かべる少女の姿。

 10年経てどもはっきりと彼の中で鮮明に残っているその姿は、こう言うのだ。

 

 

 

『おにーたん!』──────と。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】あなたが落としたのは、このやたらドベドベしている少年ですか?それともみんなに兄貴ヅラしている二重人格中途半端野郎ですか?それとも銃を口に咥えちゃうお茶目な副戦士長ですか?さぁ、選んでください。

前話の後書きのおまけ話にするはずだったのが、いつの間にか閑話になっていた。怖。
みんな大好きなあの人の登場です。

???「オマケが閑話に昇格したのも全てお前のせいだよ、ライナー」


 戦士候補生の中でもぶっちぎりのドベ、ライナー・ブラウンは落ち込んでいた。

 

 まず本日の訓練が終わった後、仲間のポルコに「ドベ」とからかわれ、べそべそしながら「ドベって言うな!」と大声で反論したところ、その大声にイラついたアニから「うるさいよドベ」と言われた。

 

 そして、ケンカになりかけたポルコとライナー。それを止めたのはポルコの兄であるマルセルである。

 ライナーの言葉にキレたマルセルが弟を宥めながら回収したことで、ようやく一悶着が過ぎ去ったかに思われた。この間ピークもいたが、彼女は我関せず、な顔で過ぎ去っている。

 

「うぐぅ……」

 

「ら、ライナー、あまり落ち込まないでよ」

 

 べそべそライナーに、声をかけたのはベルトルト・フーバー。(恐らく)戦士候補生の中で唯一の良心である。

 

「べ、ベルトルト…」

 

 誰も優しくしてくれない中、ベルトルトだけはライナーに優しかった。まぁそれは、みんなに等しく与えられるベルトルトの優しさなので、ライナーが一番というわけではないが。

 冷たいポルコやアニと比べれば、天と地ほどの差がある。

 

 

「ライナーはドベじゃない、ただ成績がいつも最下位なだけだよ…!!」

 

 

 だがこのベルトルト、かなり天然であった。

 

 

 

 

 

 そして、ライナーは落ち込んだ。べそべそと、ついでに亀のような速度でノロノロと着替える。

 

 もうみな帰っており、更衣室には彼一人だけである。部屋を出た時に遭遇したマガトには、「まだ帰ってなかったのかド……ライナー・ブラウン」と呼ばれた。

 教官にも「ドベ」と言われかけ、もうライナーはその場で泣き崩れたかった。世界はかくも残酷だ。

 

 

 

「おっ、ライナーじゃん」

 

 

 廊下を少年が歩いていた時現れたのは、「驚異の子」として政府の人間の間でも恐れられるジーク・イェーガー。荷物を持っているので向こうも帰りらしい。

 

「あ、ジ、ジークさん……」

 

「何、また成績悪かったの?しょっちゅう泣いてるよねぇ」

 

「う、うぅ……」

 

 少年はあまりこの男とは会話したことがない。戦士候補生の中で一番年上ゆえにまとめ役ではあるが、どちらかというと年下組の中で兄貴的存在はマルセルだ。

 大体ライナーたちと比べ、ジークは年齢が離れ過ぎている。絵面的に小学生の中に高校生が一人混じっているようなものなので、そりゃあ当然浮く。

 

 まぁ、つまりは、ライナーはジークとの接し方がわからなかった。いつも笑っている顔が──胡散臭い印象を受ける──こともあり、その真意が掴めない。

 

 ドベ(ライナー)的に、怖い人間なのだ。

 

 

「そう泣くなよ、俺が泣かしたみたいじゃん」

 

「お、おれだって好きで泣きたいわけじゃ……みんなっ、おれのことを「ドベ」って言うから……」

 

「それは仕方ないんじゃない?実際ライナーはドベなんだし」

 

「………ゔぅ──!!」

 

「あらま、余計泣いちゃった」

 

 何か好きなもの奢ってあげるから泣くなよ、とこれはジーク。

 泣きながらもライナーは帰り道、ちゃっかりアイスを買ってもらった。だがまだべそべそしている。

 

「おれ…向いてないんだ、戦士に……」

 

「そんなことないでしょ、戦士候補生の中に残ったんだから。才能は絶対にある。けど、才能のある連中の中では一番低い」

 

「………」

 

「言っちゃ悪いけど、今度の始祖奪還作戦には6人が選ばれるから、1人は必ず余る。候補生は俺含めてガリアード兄弟二人にピークちゃん、それにアニちゃんとベルトルトで……最後にライナー、お前ね」

 

 考えるまでもなく、あまり物になるのは最下位。つまり、ドベのライナー。

 

「まぁ諸外国で今は対巨人用の武器が作られてるって聞くし、そうじゃなくてもいつどこで、どうやって死ぬかわからないから、スペアは必要だ。いらないものはないから、残りの一人はそのまま戦士候補生として残るだろうね、()()()()()()()()()

 

「……おれ」

 

「うん?」

 

「…おれ、戦士になりたい。マーレのために戦って…それで、それで……」

 

「ライナーにも戦士になる理由があるってことか。深くは聞かないし、聞く必要もないけど。そのマーレへの忠誠心は、目を見張るものがあると俺は思うよ」

 

「……!」

 

「誰にでも得意・不得意はある。なんなら俺も昔はドベだったし」

 

「えっ、ジークさんが?」

 

 ジークのスペックは、他の戦士候補生の年齢差を踏まえども、トップクラスに秀でている。意外としか言いようがない。まさか驚異の子がドベだったとは。

 

「努力は身を結ぶさ──とは言っても適度な休みとか、色々調整は必要だけど。大概こういうのって大きくなってから気づくから嫌になる。それにただ泣いてるだけじゃ、何も始まらないからね」

 

「……はい」

 

「そんなところ、じゃあ俺はこの辺で帰るから」

 

「……あ、あのっ!」

 

 

 ライナーは咄嗟に青年に声をかけた。しかし、声をかけたはいいものの、何を言っていいかわからない。

 

 ポルコのように露骨にからかうでもなく、ベルトルトのように目に見えて優しくするでもなく、かといってピークのように無関心でもないジークの態度。それがライナーにとっては新鮮だったのだろう。だからこそ、その空気をもう少し感じたかったのだ。否定も肯定もしない──いや、否定も肯定もして、その上で上手くべそべそしていた少年を立ち直らせた。

 

 その人間性に───憧れる、とでも言うのか。その心のうちは、ライナーにも形容しがたかった。

 

「えっと…その」

 

 少し悩み、ふと思いついた内容。それは何故、青年が戦士を目指したかについて。

 

 ライナーに問われたジークはこめかみをかきながら、「うーんとねぇ…」と声を上げる。

 

「ありがちなものだよ、名誉マーレ人の地位が必要だったからさ。俺の話は結構有名だし知ってるだろ?」

 

「驚異の子の…由来についてですよね」

 

「そうそう、両親のせいで俺と祖父母の身分が危うくなった。だから両親を売った──そんな俺は「驚異の子」って……なんか恥ずかしいよねこの呼び方」

 

「え、カッコよくないですか?」

 

「…カッコいいの?」

 

「カッコいいです!!」

 

 戦士候補生の少年たちは、「驚異の子」を聞いてカッコいい二つ名に憧れた。少女たちに冷ややかな視線を送られながらも盛り上がり(あのベルトルトまでもが)、それぞれその得意なものに合う名前をつけた。

 

 ちなみにライナーが付けられたのは「ドベのライナー」である。

 

 その件を思い出してしまったライナーは、またべそべそした。

 

「今のどこに泣く要素があったの、驚きだよ俺」

 

「おれはドベじゃない……」

 

「ねぇ、せっかくいい感じに俺が慰めたのに、振り出しに戻るのやめてくれる?」

 

「ごめんなざい……お゛れなんで、おれな゛んで……どうせドベなんだぁ……!!」

 

「帰るからね、もう知らないよ」

 

 

 べそべそ、べそべそ……。

 

 そんな効果音が、少年を背にして歩く男の耳に聞こえ続ける。

 ジークは深いため息を溢し、来た道を戻った。年下の子供に泣かれると、どうも放って置けなくなってしまう性分である。

 

 それもこれも────、

 

 

「本当、妹みたいに泣くんだから……」

 

「妹?」

 

「──えっ?」

 

「え?さっき、「妹みたいに」って…」

 

「あぁ、いや……そう、本当に俺の妹みたいに泣くなぁライナーは。ポルコたちに見られたら呆れられるぞ」

 

「……ジークさんの、妹って…」

 

 

 楽園送りに、なった。

 

 この場合「された」ではなく、「なった」が正しい。

 

 当時ジーク少年が両親を売った時、その妹は自ら両親と共に楽園送りの道を選んだ。楽園送りの意味は知っておれど、所詮年端のいかぬ子供。ことの重大性をわかっていなかったのだろう。

 

 政府が連れて行く必要のない少女を両親と共に送ることにしたのは、ひとえに彼女が()()()()()からであった。

 

 いくらエルディア人と言えども、両親とはなればなれになるのは寂しかろうと、そういう理由である。

 

 しかし裏では、曹長の「娘の両親に自分たちの罪の重さを自覚させる」という意図があったのだが、彼らが謎の死を遂げた以上、その真意を知る者はいない。

 

 

 

「…あ、いや、その………ご、ごめんなさい!!」

 

 ライナーは常に笑みを浮かべていたジークが無表情になったのを見て、己の失態にようやく気づく。

 ジークの過去を知りながら、その本人がいなくとも候補生たちが話題にしなかった部分に、少年は触れてしまった。

 

 ────だから、自分はドベなんだ…!!

 

 少年は表情をさらに歪め、拳を握りしめた。視界に男を映すのが怖く、ただじっと地面を見つめる。

 

「だから泣くなって、何度言わせるんだよ」

 

「ごめんなさいごめんなさい…!!」

 

「いいよ、怒ってない。俺もちょっと口が滑っちゃったな。妹の話題はしないようにしてたんだけど、ついさ」

 

 ライナーの背を叩いて、笑いかけるジーク。その表情はいつもの張り付けた笑みとは違う、自然なものだった。

 それでいて、瞳は少年を捉えながらどこか遠くを見ている。

 

 

 聞くべきではない、それでもライナーは己の好奇心に勝てなかった。ここで聞かなくては、一生聞けないようなタイミング。正しく、千載一遇のチャンスが、目の前にあるのだ。

 

 子供の好奇心は時に残酷で、人の心の闇を暴き出してしまうものである。

 

「……妹さんも、俺みたいに泣き虫だったんですか?」

 

「いや、ライナーの比じゃないな。今から戦争が起きます、ってレベルのすごさだった」

 

「えっ……!?」

 

「大泣きして、床を転がって、一種の災害でさ………生きてれば、君より年上だったよ」

 

 その言葉に、少年は固まる。喉が無意識に鳴り、冷や汗が伝った。それでももう一歩、踏み出したかった。

 人は残酷なのを見たくなる───曹長の男の言葉どおりの展開だ。

 

「名前は…何だったんですか、妹さんの」

 

「ライナーだよ」

 

「……え!!?」

 

「嘘に決まってるじゃん」

 

「………」

 

「そんな「何だこいつ…」みたいな顔すんなって、教えてあげるからさぁ、ちゃんと」

 

 

 

 ────アウラ・イェーガーだよ。

 

 

 

 そう言いながら、そのまま「じゃあもう行くね」と、歩き出したジーク。

 ライナーはその後ろ姿を、ぼんやりと見つめた。

 妹の名前を言った時の男の顔は、動いていたため見えなかった。だが、どこまでも優しい声色だったのが印象的だった。

 

「……おれも、帰ろう」

 

 帰り道、青空と夕陽を混ぜた美しい色が少年を照らし、地面に黒い影を作り上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】女たちの墓場、尾を咥えし回遊魚

途中から結構読みづらくなるので注意。短め。崩壊系の文です。…崩壊系の文ってなんだ?
まぁ閑話なのでオマケ的な感じでゆるく見てください。あと章加えました。ネーミングセンスなくてごめんに…。
そして次回からようやく本編に戻ります。


 果てのない暗い世界。空には星のような小さな灯りが無数に輝いている。

 

 その下にあるのは、数えきれない数の裸体の女たち。地面を覆う──或いは女自体が地面なのではないかと思うほど、たくさん転がっている。

 

 その全ては、死んでいた。しかも年齢差はあれど、全て似た顔立ちに同じ髪色。同一人物の死体が果てのない世界を埋め尽くしている。

 ある者は腹から中身を溢した死体で、ある者は頭が陥没し脳みそが飛び出ている死体。

 

 その女たちの肉塊を踏みつけ、一人歩き続ける者がいる。

 

 その者もまた、死体の女たちと同じ顔をしていた。色素の濃い髪に、白でも黒でもない中間色の瞳。

 視線は虚で、口からはよだれさえ垂れている。歳は少女であろうか。服は何も身に纏っておらず、動くたびに慎ましやかな二つのそれが存在を主張しようとする。

 

 

 少女はただ、歩き続ける。

 

 彼女は求めている。自分でさえもよくわかっていないのだろう。

 しかし彼女は、求めているのだ。そして、探し続けているのだ。

 

 

 ───その時、奇妙なことが起こる。

 

 少女からいくばくか離れた前方。女たちで埋め尽くされた地面の中から、大きな何かが現れた。死体を引きずりながら、或いはくっついていたそれらを途中で振りはらって、巨大なその全体像が明らかになる。

 

 例えるならその姿は、エビの頭にムカデの身体をくっつけた──とでも言えばいいのか。ソイツの飛び出た目の頭上あたりには、二本の長い触角が伸び、下に向かって無数の触手が一定の間隔で生えている。仮にソイツが口を開けば、少女など容易く丸呑みにされてしまうだろう。

 

 ソイツは上に行くと、身体をくねらせ己の尻尾を咥える。そのままグルグル、グルグル、それがソイツにとっては楽しい()()であるかのように回り始める。

 

 その光景をとっても、ソイツの姿をとっても、奇妙なことこの上ない。

 

 だが少女はソイツを意に介さないように歩き続ける。

 

 歩く少女に、回り続けるソイツ。

 淡々とそんな光景が続いた。

 

 

 しかして、変化は突如訪れる。

 

 女たちの死体が延々と続いていた中、女たちの死体に吸い込まれるように少女の身体が消えた。ソイツは気にする様子もなく、ずっと狂ったように回る。まるでそのことがソイツにとって、普段の見慣れた光景だとでも言わんばかりに。

 

 少女が消えた先には、そこだけぽっかりと黒い穴が空いていた。

 どこまで続いているか果ての見えない、深淵たる暗闇。少女はそこに落ちたのだ。

 

 

 そしてグルグル、グルグル────。

 

 ソイツはやはり、回り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 ずっと会いたい。あの人に会いたい。その人に会いたい。

 

 ────どの人に会いたい?

 

 

 誰かを探している。「私」は誰かを探している。

 いつも死体になり、私はそして探す。

 誰を探しているのか忘れてしまった。けれど、ずっと探している。

 

 いつも私たちの死体置き場に戻ってきた時、私は思い出す。

 私たちの世界。私たちが還ってくる場所。()()()()()が回っている世界に私還ってくる。私たち還ってくる?

 

 会いたい人、誰だった。だれ、だった?

 誰かだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その人が朝で昼なら、私は夜。

 その人が晴れなら、私は曇りで雨。

 私のそれが、私の色で、私。

 

 私の髪は夜の色。

 私の瞳は曇りで雨の色。

 

 あの人はどこだろう。あの人、私探している。

 歩いて歩いて、歩いて。

 いつも目覚めるのは唐突。

 でもいつだって、あの人がいる世界に帰ってこれない。

 一度だってあの人に会えない。

 あの人って誰だろう。

 

 最初はきっと覚えていた。でも何度も何度も死んで、私たちの世界に還ってきて、またおはよう。

 起きる。目覚める。

 

 私はいつもぐちゃぐちゃになって死ぬ。クソやろうはぐちゃぐちゃな私が好き。私はクソやろうが嫌い。

 どうして私たちの世界にクソやろうがいるのだろう。わからない。

 クソやろうはクソ。それはわかる。

 全部、私という存在はクソやろうのせいだから。

 

 その子がいない。

 

 私はいつからこの世界にいるのかわからない。私がなんだったのかもよくわからない。

 ただ私は「私」。

 何になっても、私は「私」。

 

 死んで還ってきて、死んで還ってきて。

 私は私さえあやふやになり。

 私という境界線を見失う。

 それでも私が探しているのは変わらない。

 私は探している。

 私は探している?

 私は探している。

 何かを、ずっと。

 

 何を探している?

 何を、探していた?

 ぐちゃぐちゃだ、私たちのようにぐちゃぐちゃだ。

 クソやろうは回っている。

 クソやろうは何故クソやろうなんだ?

 クソやろうは誰だ?

 あれはなんだ?

 あの回ってるのは何だ?

 あれはわからない。

 わからない。

 

 歩く、それでも、歩く。

 

 すべての境界線があやふやになる。

 それでも私は歩く。

 歩き、続けなければいけない。

 私はまた会わなければいけないから。

 どうして、誰に会わなければいけないのかわからない。

 でも私は会わなきゃいけない何かに、会わなければいけない。

 涙が出る。大切な何か。私が大切に、大切にしていた何か。

 

 私は何かがなきゃ生きていけなかった。

 私はでも何かより先にどうにかなってしまった。

 どうになったのだろう?

 私はどうになって、この私たちの世界に来たのだろう?

 私たちの世界はどこにある?

 私たちの世界はここにある。

 いま、私の中にある。

 私が考えている頭の中にある。

 その中では私たちの世界があって、回る何かがいて、私たちの死体があって、私がいる。

 その中の私は何かを考えていて、その私の頭の中には私たちの世界があって回る何かがあって私たちの死体があって私がいる。

 

 そうして、私たちの世界は延々と続く。

 まるでそう、世界のように。

 回る何かは教えてくれる。

 回る何かは喋らないけど、私に教えてくれる。

 世界は未知数。

 人間の選択一つで、その人間に選ばれた選択肢の世界と、選ばれなかった世界が生まれる。

 世界は無限にある。

 人の数だけ、人の選択肢の数だけ。

 

 私はその中の一つを探している。

 私が元いた場所。

 私が本当に帰る場所。

 違う、私が帰りたい場所。

 まだ私はたどり着けていない。

 沢山の私たちが死んでも、私は探している。

 私という精神が途中で壊れても、探している。

 私はただの歩く肉塊。

 そして歩いて、探す肉塊。

 

 私が探している何かにあったら、私はどう思うだろう。

 何を感じるだろう。

 何も感じないだろうか。

 何か感じて欲しい。

 何も感じなくてもいいかも。

 何を感じる何かがあって何かが。

 

 私に感じる部分は残っているだろうか。

 その部分は、心じゃないか?と、回るソイツは言う。

 言葉にしないで、私に言ってくる。

 こいつはクソやろうだ。こいつはクソやろうに違いない。だって私がムカムカしている。だからこいつを今から、「クソやろう」と命名する。

 

 歩く、歩く。

 

 無数の世界の一つに私は帰る。絶対に帰る。

 そうしてまた、私の探す何かに会おう。

 会ったらどうしよう。

 でも、私はもうその何かを見ても、私が探しているものだとわからないかもしれない。

 もしかしたら、私たちが今まで死んだ世界に、私が探しているものがあったのかもしれない。それか私は、そのまま探している何かに会っても、気づかないで死んでしまったのかもしれない。

 でも、歩く。

 一回通ってしまったらまた歩けばいい。

 探せばいい。

 探せばいい?

 私はどうして歩いている?

 私は何をしている?

 私はなんだ?

 この死体はなんだ?

 上で回っているあいつはなんだ?

 ここはなんだ?

 

 

 

 

 

 進めない。

 

 

 

 

 

 でも、身体は勝手に動いた。

 一歩踏み出して、また一歩と踏み出す。

 上で回っているやつは、上で回っている。

 まるで私は上で回っているやつだ。

 いや、上で回っているやつが上で回っているやつだから、私は私になったのか。

 

 そうだよ、と上で回っているやつは言う。

 

 喋ってはいない、でも私に喋ってくる。

 こいつはクソやろうだ、私がムカムカしてくるから、こいつはクソやろうに違いない。こいつを今から「クソやろう」と命名する。

 

 一歩一歩進む。

 自分が何なのか、どうして体が勝手に動くのか、クソやろうがなんなのか、この世界が何なのか、下で死んでいるやつらはなんなのか、わからない。

 

 でも私、見たい。

 私の見たい何かを。

 

 人間たちが見たいの?と、クソやろうは言う。

 

 人間はいつだって同じように、等しく愚かさを持っていた。

 私を殺す。私たちを狂ったように殺す。

 でも私も狂っているから周囲が狂って私も狂う?

 違う、人間が狂っている。

 そして私は狂っている。

 死んで還って死んで還って、すべてあいまいになる。

 私が生きているのか死んでいるのかわからない。

 今死んでいるのか?

 今生きているのか?

 楽しい思い出は泡沫。

 嬉しい思い出は霧散。

 いつだって残り続けるのは負の感情。

 私はそうしてできている。

 人間がそうだから、私がそうできた。

 

 できあがったんだよ、とクソやろう。

 

 そう、できあがった。

 死んでいるのか生きているのかあいまいだから、私は生きている証拠を得たい。

 楽しいはだめ。

 嬉しいもダメ。

 残らないから。

 残るのは人間の負。

 そしてそこから生まれる人間たちの悲劇。

 

 喜劇はすぐに壊れてしまう。夢のようにあっという間に、その存在もろとも消えてしまう。

 

 だから私は悲劇を食べる。

 いや、違う。

 食べるのはクソやろうだった。

 クソやろうは私を通して食べている。

 人間の人間たる人間のドロドロした部分を食べている。

 そうするのがソイツの在り方だから。

 ソイツのプログラムされた生物としての在り方だから。

 ソイツは有機物を愛する無機物だから。

 ソイツは孤独で寂しい欲張りさんだから。

 ソイツはだから、いっぱい食べてきた。

 ソイツはだから、孤高だから。

 ソイツはそもそも、生物だったのか?

 

 生物だよ、とクソやろう。

 

 気が遠くなる。

 それでも私は進む。

 私の何かを求めて。

 

 進む。

 

 そしてまた訪れる私たちの世界との別れ。

 私はまたぐちゃぐちゃに死ぬ。

 それでも私はきっと、何かに会いに行くから。

 私が私でなくなっても、私は会いに行くから。

 私は何かをわからなくても、歩き続けるから。

 待っていて欲しい。

 忘れててもいい。

 私の、会いたい、は私の自己勝手だから。

 

 会いたい、会おう、待っていて。

 目を閉じてお別れ、私たちの世界。

 

 そしておはよう、どこかの誰かが選んで生まれた、あるいは選ばれずに生まれた世界。

 私という外れくじを引いてくれてありがとう。

 

 さぁ、歩こう。

 歩こう、歩こう。

 世界はこんなにも、残酷で美しいのだから。

 だからきっとクソやろうも、好きになってしまうんだろう。

 そして人の感情(無機物)を、食らうのだろう。

 

 私は一歩、踏み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【二章】クソデカ感情持てあまし編
砂の大地に紡がれていく足あと


二章開始。お気に入り評価、感想等いつもありがとうございます。
早々に申し訳ないですが、投稿頻度少し減らすかもしれません。狂気系主人公の一人称ってその…書いてると結構、精神が持っていかれるんやね…。


 私、クソ幼女ちゃん。

 お兄さまが作られたお母さまの体内(おなか)に入って早々ヘブン状態になり、意識を飛ばしたアウラ・イェーガーである。

 

 その後真っ暗な世界に精神が行く感覚がしたので、私は死んだのだろうと思います。意識がないまま、お母さまのお腹の中で溶けたのは幸いでしょうか。巨人の身体の作りは詳しくは知らないですが、大体は合っているでしょう。

 

「………?」

 

 奇妙な感覚だ。暗闇から一転したのち精神だけだったはずの私に、肉体の感覚がある。足元には何かサラサラしたものが。肌にくっ付くでもなく、身じろぎすれば足についたそれはあっという間に落ちて行く。

 

 瞼裏越しに明るさを感じるものの、まだ開けることは躊躇われた。私のいる場所が現実ではないと、うっすらとわかっているからだ。

 

 天国や地獄でもない。ここはもっと別の、()()()()()()場所。そんな気がした。

 

 

 一先ず目は閉じたまま手探りで辺りを触る。っていうか、私全裸じゃないか?まぁいいけど。

 

 触れたのはサラサラした物体。砂──だろうか。恐らく私がいる周辺は、確実にこの砂で覆われている。

 ついで下の方を触っていた手を上辺りに探らせて、何か柔らかい感触が触れ───「ふぇっ!!?」

 

 …残念、かわいらしい声を出したのは、私でした。ついでに触ってしまったのは感触的におっぱいでした。自分でも気持ち悪いくらい少女っぽい声が出ました。死の。

 

 

「………」

 

 ドッドッド、と心臓の音が早まる。思わず開けてしまった私の瞳に映るのは、一人の少女。

 

 自分が置かれた場所を考えるあまり、自分がどういった体勢でこの場にいるのかを失念していた。頭に砂の感覚がなかったのだから、初めに気づけというもの。しかし私が見ている少女も、気配というものが全くないのだから不思議だ。もしかしてこの人は神様なのだろうか。それで私を異世界に転生させてくれるのかもしれない。転生特典はジークお兄さまでお願いします。

 

「あの、えっと……?」

 

 私はどうやら、この少女に膝枕をされているらしい。

 

 服は現代じゃ考えられないほど古めかしい。数百年前どころじゃない昔の雰囲気で、例え方が難しいけど……端的に言うなら袖のある白いワンピースといったところか。

 所々ボロボロで、足には草履のような履き物を。髪に付けたバンダナがその少女を、特徴づけるようなアイコンに感じる。

 

「えっと、膝枕はもう結構です……あ、ダメなんですね、わかりました…」

 

 私の頭が少女の手によって相手の太ももの位置に固定されたので、大人しくそのままにすることにした。ただハッキリとその顔が見たかったので、横寝の状態から仰向けの状態に変える。

 

 少女の表情は目元が影になっていて、口元はずっと横一文字。言葉を発することはない。しかし不気味と思わないのは、容姿がお兄さまに似ているからか。

 

 太陽のような髪色に、時折見える雲ひとつない快晴のような瞳。

 

 お兄さまよりも、お母さまの方がこの少女に似ているかもしれない。

 いや、むしろお母さまよりも私の方が似ているかも。髪の長さも似ている。容姿だって────容姿だって?

 

 

(似過ぎて、ないか?)

 

 

 まるで鏡合わせのような、そんな印象。

 

 違いは幼女と少女の大きさしかない。あとは髪と瞳の色か。

 

 まぁ、世界には似ている人間が三人いると聞くし、この少女が何なのかすらよくわからないのだ。神であったら、人の前に現れる時形あるものになる上で、その人間に似た姿形を真似ることもあるのかもしれない。この少女が悪魔と言われれば、それまでなんだけど。というか胸があるので私の前世の姿な気がしてきた。

 

「んへへ」

 

 少女に、頭を撫でられる。とても気持ちいい。

 

 少女の頭上に広がる黒い空。地面から天まで昇る光の柱が無数に分かれて、雲のように空に浮かんでいる。手を伸ばせども、届かない。

 

「ねぇ、あなたのお名前はなんて言うの?」

 

『………』

 

「私はアウラ・イェーガーって言うの。クソ幼女ちゃん、って呼んでね」

 

『………』

 

「ねぇねぇ、神様か、悪魔なのか──前世の私なのかよくわからない人。ここはどこ?あなたは誰?私って死んだの?」

 

『………』

 

「ふーん、ダンマリですか。まぁそちらがその気なら結構ですよ?何も言わないならおっぱい触りますから」

 

『………』

 

 

 なので触った。というか揉んだ。少女は無表情でただ私を見つめるのみだった。

 

 私は仕方ないと目を瞑り、そのまま眠ることにした。そして、一回目を覚まして、自分が取ったさっきの行動に虚しさを覚え……体勢を再び横にし、寝ることにした。

 

 将来アウラちゃんも、お母さまのような大きさになる予定だったんだ。そうしたらお兄さまが触ってくれ……いや、小さいなら小さいで、お兄さまに揉んでもらえば大きくなる────。

 

 真剣に考え込んでいたら、頰に何か触れた。視線を移せば少女が微笑んで、私のほっぺを人差し指で突っついている。

 

 

『   』

 

 

 そして、少女は口を開く。それが音になることはなかった。赤い口内から見えたのは、途中で切れた舌。

 

 あぁ、そうか。この少女は喋らないんじゃない。()()()()()()

 

 何を言ったのか音ではわからない。でも私には少女が何を言ったのか、わかった。

 まるでその音が頭に入ってくるように、すんなりと脳に溶け込んで。

 

 

 ────「アウラ」と。

 

 

 その少女は、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 グリシャ・イェーガーは、目の前で起こった現実にただ呆然とするしかなかった。

 

 妻が巨人となり、その光景を見て気狂った娘が自ら身を投げた。その娘の姿を、その最期を直視することができず、彼はただ狂ったように叫びながらうずくまり、泣くことしかできなかった。

 

 そしてその後、グリシャは曹長の男に「娘と一緒に妻の腹の中でよろしくやりな」と、壁の上から蹴落とされそうになった。

 

 それを止めたのはクルーガーという男───否、正体不明の「フクロウ」を名乗った人物。

 

 フクロウは曹長の男を落としグリシャを助けると、次に壁の裏の海に停泊していた艦艇を持ち上げて真っ二つにした。

 

 

 ────巨人の力を、使って。

 

 

 巨人の力のうち、7つをマーレが有しているのは言わずとも知れたことである。

 しかし最も強力な始祖の力はパラディ島にある。そして残りの一つの巨人の力のみ、未だ行方知れずとなっていた。

 その力こそ、フクロウが宿していたものだったのだ。

 

 ことが公になる前に巨人となったフクロウが、船もろともいた治安当局員を殺害。残ったのは、フクロウである「エレン・クルーガー」と、グリシャのみとなった。

 

 

 

 クルーガーとグリシャは実は、これが初めての出会いではない。復権派が捕まったのち、グリシャの尋問を担当したのがクルーガーであった。グリシャはこの時、ダイナがフリッツの血を引くことを語ってしまっている。しかし、これはまだ二度目。一度目は彼が幼少期、フェイ・イェーガーと飛行船を見に収容区を抜け出した日、妹と川辺で飛行船を眺めていたところを、仕事をサボっていた曹長の男とその隣にいた男と出会った。その男こそ、クルーガーであった。

 

 仮に尋問官だったクルーガーならば、ダイナを助けることができたろう。「フリッツ家」の血はそれだけ貴重なものなのだ。ユミルの民の中で唯一、巨人の真価を引き出すことができるのだから。

 

 縦え謀反を起こそうとしていた人間でも、少なくとも楽園送りにはされなかった。そもそもグリシャにダイナを会わせるよう手引きしたのは、フクロウ本人である。

 

「何故、ダイナを…」

 

「彼女がフリッツの血を引くことが政府にバレれば、悲惨な未来しかなかっただろう。だからお前が話した事実を揉み消した」

 

「悲惨な未来…だと?」

 

「敵国のために、子を産み続ける。その苦しみはいかほどのものだろう。その上娘までいたのだからな」

 

「……ぁ」

 

「幸いジーク・イェーガーは密告した際、自身がフリッツの血を引くことを語っていなかった。彼の身は安全だろう」

 

「……むす、めは」

 

「何だ?」

 

「娘をここに連れてこないようにすることは、できたんじゃないのか、あんたなら……ッ!!」

 

「う…ッ」

 

 グリシャに襟元を掴まれ、クルーガーは呻き声を漏らす。

 

 曹長は行くと言って聞かない少女を、連れて行こうとしていた。しかしその他一部は気乗りしない顔をしていたのである。大半は曹長の気を損ねないよう、知らんぷりをしていたが。

 クルーガーは曹長の()()の時間に付き合わされるとおり、男から一定の信頼を得ていた。ゆえに彼が曹長に進言すれば、止めることも十分できた可能性が高い。

 

 彼は、少女に「楽園送り」の意味も含め、少女に話したことを思い出す。

 

 愛らしい、子供だった。まずそれが一つ。

 

 そしてどこか、寒気の感じる得体の知れない少女だった。

 

 

 普通なら死を恐れるはずだ。縦えそれが倫理観が満足に確立されていない子供でも、「楽園に行けば死ぬ」と言われれば、行くまい。子供にとって“恐怖”とはもっとも避けて通りたいもの。

 しかし少女は死ぬのをわかった上で、それでも両親と共に行きたいと言う。

 

 何故だ、と彼は問うた。

 

 それに少女はキョトンとして、首を傾げる。さながら「あんたの方が何を言ってんだ?」と言わんばかりに。まぁそれは気のせいだろう。まさか相手はただの幼児なのだから。

 

 

 ────わたちがいたら、おにーたんはずっとくるしんじゃうの。だから、いきたいの。

 

 

 少女は、そう言った。

 

 クルーガーはこの時、少女から感じた寒気の正体を理解した。

 

 彼はジーク・イェーガーがグリシャとダイナを告発したことを踏まえ、二人──特に、リーダー的立ち位置にいたグリシャがジークの育て方を誤ったと感じていた。

 両親を告発するという所業を、まさか普通の7歳の少年ができるはずがない。相応の負荷がジーク少年にかかっていたのだろう。そしてそれを、妹は敏感に感じ取っていた。

 

 少女の生い立ちは粗方知っている。その上でグリシャたちの過去の経緯を踏まえ、娘に過剰に愛情を育てたのだと考えれば…必然と、少女が「兄が苦しむ」といった話にも理由が見えてくる。

 

 

 自分がいるから、兄は愛情をもらえない。だから、死ぬ。

 

 少女の底知れなさは、死ぬことを受け入れている異常さだった。

 

 

 彼はだからこそ、少女を連れて行った。でなければ少女は別の理由を作り自害することが予想できたから。

 およそ4つの少女がそんな選択肢を取るなど、恐ろしいだろう。

 

 深い深い深淵を、クルーガーは垣間見た気がした。

 

 

 

「……俺はな、イェーガー、お前以上に巨人の力を渡していいと思う奴はいない。だが親としては最低だと思っているよ。あんな少女を、作り出したのだから」

 

「……ッ、何を…」

 

「今お前は息子に行ったことを、後悔し始めている。己が彼に十分な愛を与えなかったことを」

 

「………」

 

「だが悔いるべきは、娘もだ。かつてのお前の妹のようになることを恐れて、家の中に閉じ込め、愛した。お前の娘は「フェイ・イェーガー」だったのか?違うだろう、あの少女は「アウラ・イェーガー」だ。お前の行っていたことは、マーレ人が収容区のエルディア人に行っていたことと大差ない」

 

「違う、私は…」

 

「何も違わないッ!!」

 

 ちっぽけな世界。世界よりも小さな場所で暮らす収容区のエルディア人よりも、もっと隔離された世界。

 そこで少女は育ち続けた。少女の世界はきっと両親や祖父母、それに兄だけだろう。そして世界の中の一人、兄が苦しんでいるのを見つけた。それだけだった。

 

 だがそれだけで、少女は兄のために死のうと考えた。

 全ては少女の世界が狭かったから。

 

 それを作り出したのは、いったい誰だ?

 

 

「………アウ、ラ……アウラ…う、うあぁ……」

 

「後悔はいくらでもできる。だがお前は進み続けなくてはならない。お前が自由を求めた、代償なのだから」

 

「わ、私はこんな、結末になるのだったら…」

 

「進まなかった、か?それは違うぞイェーガー、お前はもうすでに、ダイナと出会う前から進み続けているのだ」

 

 飛行船を見たいと願ったフェイ・イェーガーを連れ、収容区を出たその日から、一歩踏み出したその時から───、全てはすでに始まっている。

 

 始めたのは誰でもない、今クルーガーの前で、無用に頭を抱えうずくまっている男だ。

 

 

 

「これが、お前が始めた物語だ」

 

 

 

 ならば進め続けなければならない。物語を始めた本人が、その手をいくら汚しても掴み取らなければならない。

 

 自由を、その手に。

 

 

 

 

 

 その時、大気が震えた。

 

 意味をなさない声。それは巨人から発せられたものである。

 

 二人が驚愕し音の元凶に視線を向ければ、壁の下にいた巨人の一体が、突如こちらに向かってくる。

 それは少女を捕食した巨人。ついでに落ちてきた曹長の下半身を噛みちぎった元、ダイナだった。

 

 巨人は壁に手をめり込ませ、壁を登ってくる。

 

「嘘だろ…無知性の巨人が、壁を……」

 

「だ、ダイナ…?」

 

 巨人は壁の上に到達し二人を見下ろす。正気に戻り、巨人化しようとクルーガーが手を噛み切ろうとした瞬間、ダイナ巨人は片足を壁の上に乗せバランスを取りながら、両手を使って腹を裂いた。

 

 聞こえるのは肉の繊維がちぎれていく音。ついでにボトボトと、熱い熱風と血をまき散らしながら臓物が壁の上にこぼれ落ちる。

 

「ッ……!」

 

 クルーガーは自傷をやめ、呆然としたままのグリシャの胴に腕を回して横へと避けた。

 

 ダイナ巨人は溢れ出た臓物の一つを掴む。それをお菓子の袋でも開封するように引き裂くと、中から現れたのは────、

 

 

 

「アウラ!!?」

 

 

 巨人の体内構造は消化器官がない。そのため腹が満たされると吐く。ここに巨人=過食嘔吐説でも成り立ちそうだ。だが胃液はあるので、中に入った人間はドロドロに溶ける。ゆえに巨人の嘔吐物の中には白骨死体も多い。

 人間で考えれば、食べ物が胃に入った後の消化時間は平均2~3時間。少女がダイナ巨人の体内に入ってから一時間程度経っている。

 

 

 この時点で、取り乱し正常な判断ができなくなっていたグリシャはともかく、クルーガーが丸呑みされた少女を助けず放置していたのは、明白な事実である。

 

 彼もまた少女の望むように死なせたかったこともあるが、これから自身の巨人の力をグリシャに継承させようとしている折、少女の存在はジャマになる。

 

 仮にアウラを助け、グリシャに巨人の力を渡したとしよう。しかしその後グリシャが少女を持ち、パラディ島の人間が住む場所まで行くのは不可能だ。巨人であっても無知性巨人に襲われる。普通の人間ならば尚更。

 

 少女を守りながら行くなど、戦士ならばまだしも、継承したばかりのグリシャには無理に等しい。

 

 

 ならば少女をそのまま死なせてやればいい。幸いグリシャ本人は娘の死に際を見られず、発狂していた。死んだと疑わず、「助けろ」とはまだ言ってこない。そして後で違和感に気づいたところで、少女は死んでいる。

 

 少々手荒だが、それでもやはり少女を死なせるしか、方法がなかった。

 

 

 

 だが、どうだろう。

 

 一時間も経ち、皮や肉がドロドロになっていなければおかしいのにも関わらず、少女はそのまま全裸で出てきた。()()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、身体だけ綺麗に。対し曹長の下半身はドロドロと溶けている。

 

「あ、アウラ!!アウラ!!!」

 

 グリシャが少女の肩を揺さぶる。アウラは動かないが、息はしていた。

 

「……いったい何がどうなっているんだ…?」

 

 クルーガーがダイナ巨人を見やれば、腹を裂いた彼女はそのまま蒸発していく。うなじを切られたわけでは、ないはずなのに。

 まるで、()()()()()()()()()()、このような奇妙なことが起こったかのようだ。

 

 一瞬始祖の巨人がクルーガーの頭の中によぎったが、それは壁の中の王家にあるはずだ。そも、九つの巨人を宿す者が力を継承させる前に死んだ場合、巨人の力はそれ以降に誕生するユミルの民の赤子に突如継承される。

 

 そう都合よく、王家が継承をし損ねるとは思えない。しかし完全に可能性を捨て切ることもできない。

 

「………」

 

「おい、クルーガー何し……!?」

 

 クルーガーはナイフを少女の手に突き立てる。それを引き抜き様子を見れど、傷口が塞がることはなかった。

 

「貴、様っ……!!」

 

「すまない。だが落ち着け、巨人の力の可能性があると思ってしまったんだ」

 

「……巨人の、力…?まさか娘がそんなわけ…」

 

「あぁ、違かった。傷が治っていないからな。なら先ほどの現象はどう説明を付ければいいと思う、イェーガー」

 

「………フリッツの、血か?」

 

「あるいは…な。その可能性が今は一番大きいだろう」

 

 クルーガーは、深く息を吐いた。運命というのはどうやら、少女を生かしたいようである。神の寵愛───いや、悪魔?まぁ、どちらでもよいか。どれでも変わらないのだから。神でも悪魔でも、それを指すのはこの世で一人だけ。

 

 

「「()()()()」なのかもしれないな、アウラ・イェーガーという少女は」

 

 

 ユミルの寵愛を受けし、フリッツ家の血を引く子。

 この子供ならば、死ぬことはあるまい。少なくともクルーガーにはそう思えてならなかった。

 

「グリシャ・イェーガー、お前に最後に託したいことがある」

 

 

 そしてクルーガーは、自身の力を彼に託したい旨と、その方法を話す。巨人の継承期間が13年であることなども。またグリシャができないのなら、娘に押し付けることも可能だ──と、半ば脅しをつけて。

 

 全ては始祖奪還をもくろみ戦士を徴兵し出したマーレよりも先に、始祖を手に入れるためである。

 

 それにグリシャは少女を見つめ、ついでクルーガーの顔を見、頷いた。

 

 

「わかった。だがこれは私の意思だ。私の意思で、進むことを決めた。そこはわかって欲しい、クルーガー……それと、すまなかった」

 

「いや、俺の方が悪かった。その子には後で代わりに謝っておいてくれ」

 

 グリシャが継承すれば、必然的にクルーガーは死ぬことになる。それは、無知性巨人が知性巨人を持つ人間を食べることで能力を得る、という性質に習って。

 

「13年か…この子と、いられるのも」

 

「その子はお前の罪の一つに過ぎない。───今一度問おう。お前は自分の罪を背負いながら、進み続ける覚悟はあるか?」

 

「……ある。迷いは、もうない」

 

「…なら、お前に託す。俺の巨人の力を」

 

 クルーガーは少女の頭を撫で、ついで懐からジークが密告したその日、グリシャの家から押収していた家族の写真を渡す。

 グリシャは娘に着ていたシャツを羽織らせ抱き上げたのち、それを受け取った。

 

「さぁ、下に行こう、グリシャ・イェーガー」

 

 そして三人は下の砂漠へ続く階段を降りていく。不意にグリシャは後ろをふり返り、ダイナ巨人が消失した場所を見やる。彼に微笑み巨人となった彼女は、異形に姿を変えても笑顔を浮かべていた。

 娘を食べながらも、また()()()()()()()()()()彼女───ダイナ・フリッツ。

 

 

「私も愛しているよ、ダイナ。…ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な、光景だ。

 

 夜が深くなり始め、青空と夕陽の境界線が混ざり合った世界。天上には無数の星がぶら下がり、陽がその下の砂の大地へと沈もうとしている。幻想的な光景は、まるで進む彼らのためにできた「道」のようだ。導いたのはきっと───。

 

「ハハッ、本当にユミルの「寵愛の子」にしか見えなくなってきたよ」

 

「……この子は私とダイナの子だ」

 

「冗談が通じんな、お前は……そう言えば」

 

 クルーガーは、眠る少女の首元を指す。グリシャが不思議に思えば、何か布のようなものがあることに気づいた。確か壁の上に連れてこられた際、娘はつけていなかったはずだ。

 

 疑問に思えども、答えは出てこない。クルーガーは手を伸ばしその布を、まるで正しい位置に戻すように付け直す。

 

「何も知らないで眠りこけやがって、いい身分な娘だ」

 

 少女の頭に、つけられた白いバンダナ。

 

 そこに吹いた風が夜に相応しい色の髪をさらい、揺らした。

 

 

 

 

 

 ────さぁ、ここからだ。

 

 

 進撃の火蓋が今、切られる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

駆逐してやる、お前の胸からーーーその、全てを。

お気に入り評価、感想等ありがとナス!
二章はその名のとおり、主人公のクソデカ感情が爆発していきます。お兄さま♡を当分出せないので仕方ないね。


 私、アウラ・イェーガー。

 謎の少女とイチャイチャ(意訳)して気づいたら、身体がものすごく揺れていた。いや、胸は揺れてないけど。あと左手がすごく痛いんですけど。

 

 暗さに慣れず這う形で明かりのある方に動けば、夕暮れに染まった世界が目前に広がっている。下には木や岩がまるでゴミのように小さく見え───、

 

「ん?」

 

 

 どうやら私今、巨人の手の中にいるみたいなの。

 

 景色を眺めるついでに偶にいる巨人たちを見るが、やはり小さい。時折近いサイズの個体はいるものの。

 体感私のいる地点で、地表から10m以上はある。ソイツらはこちらに視線を向けれども近寄ってこず、止まって静観している。

 

 いや、それより、何故私は巨人に持たれているのか。お母さまの体内に帰ったはずだったんだけど。もしかしてこの巨人はお母さまで、私を食べたはいいものの不味くて吐いたんだろうか。いや、それはないか。だってこの巨人、明らかに頭じゃない部分に毛が生えている。今体勢を保てるよう手で掴んでる感覚が、モジャシックワールドだもの。お母さまは美しいストレートだったのよ。

 

「………」

 

 とりあえず思いきり毛を引っ張ると、巨人の動きが止まった。覚悟の準備はいいですね?あなたを幼女ちゃん誘拐容疑で逮捕します。

 

 

 ────アァァ ア アァ。

 

 

 そんな言葉のようなものを、巨人は発する。私が引っ張っていたのは胸元の毛だったようだ。状況的にこの巨人は私を掌の上に乗せ、もう片方の手でその周囲を覆い、胸の位置に固定するようにして走っていたらしい。

 

 とがった耳はお母さまが読んだ絵本の「吸血鬼」のようで、髪は肩に付くほど長い。もみあげから続くようにヒゲが顎周りを覆い、それが胸元まで群生していた。

 

 私と同じ髪の色と、こちらを見つめる瞳に、見覚えがある。

 

 優しく、巨人は指で私の頭を撫でた。

 

「……おとーたん?」

 

 表情の変化はわかりにくいが、巨人が頷く。

 

 

 私は何がなんだか全くわからない状況に、混乱するしかなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 それからお父さまの胸毛をむしったりしながら時間を潰し、夜が深まってきた頃にまた寝た。お父さまはずっと走っているのに、疲れないのだろうかとも思った。しかし娘を抱えている手前、限界を超えても走り続けているだろう。

 

 

 胸毛むしりの中考えていたのは、お父さまがどうして巨人になったのかについて。基本エルディア人が脊髄液をお注射♡されたら、無知性の巨人になる。しかしお父さまには“知性”があった。

 

 ならば、私がお母さまに体内回帰した後何かが起こり、お父さまは巨人の力を得たと推測できる。私は恐らくドロドロアウラちゃんになる前に、お母さまから取りだされたのだ。元の服の代わりにお父さまのシャツを着ているから、この説はかなり有効。おしゃれに頭に布まで巻いてくれている。

 

 で、次に向かっている場所について。これは私が起きてからわかることになる。

 

 ──えぇ、そうです。幼女ちゃんはこの時点で、睡眠欲求に勝てず眠ってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

「アウラ、アウラ!!」

 

「ん………おと、たん?」

 

「……ッ、……」

 

 絵面的に半裸の男が、全裸の上に大人用のシャツを着た少女を抱きしめている光景。どうか現行犯逮捕しないでください、この人は実の父です。

 

「よかった、よかっ……」

 

「おとーたん、あれなぁに?」

 

 お父さまにも色々事情はあるのでしょうが、まずは目前にある巨大な壁について説明してくれ。

 

 

 

 して、お父さまは端的に話してくれた。

 

 あの壁は、巨人から人を守るためのものだと。昔、パラディ島へ多くのエルディア人やその他の民族を連れ壁を作った、145代フリッツ王の所業云々───と。

 

 幼女ちゃんの反応は小首を傾げるだけですが、私としては納得がいきました。

 

 お父さまは私と共に、壁の王国へと訪れた。逃げられた理由や巨人化の経緯は不明。ただ目的は考察できる。お父さまはただでここに来たというわけではないでしょう。

 

 

 “復権派”のメンバーが、マーレの始祖奪還を聞きつけ、ジークお兄さまを“戦士”にさせようとしていたのは覚えています。「眠りのアウラー」は夜のお客──という名の復権派メンバーである──が家に来た時は、頑張って起きるようにしていましたから。その多くは途中で眠ってしまったんですが…。

 

 そもマーレが5〜7歳のエルディア人の子供を中心に兵を募集していたのも、帝国の始祖奪還に先駆けてのものであった。しかし表向きは国の体裁を守るため、『パラディ島に逃げたフリッツ王から宣戦布告を受けたから』と、偽りの理由を語っていたのです。

 

 ならばお父さまがここに来た理由は必然と、始祖をマーレより先に見つけるため、と考えられる。

 

 思考していると不意に頭を撫でられ、お父さまが口を開く。

 

 

「その、大丈夫かい…アウラ?」

 

「なにが、ぱぱ?」

 

「…だ、ダイナのこと……」

 

「まま?」

 

 あら、そう言えば私死ぬと思っていたものだから、お父さまたちが見ている中で色々口走ってしまったんだ。

 

 嫌ですわ、過去の私ったら。死ねばいいのに。曹長のヤツの言葉で感極まってしまったからといって、かわいい幼女ちゃん失格な言動を取ってしまった。あの時完全に皆さん「気が狂ったな」扱いでしたものね。──あぁ、それなら気が狂った幼女ちゃんで行きましょう、これから。元々狂ってるので誤差だよ、誤差。

 

「まま?…?ままどこ……まま!」

 

 キョロキョロと辺りを見渡す私。目の当たりにしたはずの巨人になった母親の記憶を覚えていないかのように、涙を浮かべる。

 娘の様子に察してくれたらしいお父さまは、お母さまを探そうと勝手に歩き出す私を抱きしめ、泣き始めた。

 お父さま、そんな自分を責めるような顔をなさらないで。興奮する。

 

「ママは……ここにはいないんだ」

 

「そーなの?」

 

「あ、あぁ。私の仕事でアウラは一緒に来た」

 

「きょじんになるおしごと?………あっ、わかっちゃ!ぱぱ、“せんし”なのね!」

 

「そんな…ところだ。だから、ダイナとジーク……それにおじいちゃんたちとは、当分会えない」

 

「まま、じーたん、おばーたにあえないの?」

 

「……ごめん」

 

「………おにーた…」

 

「ごめん…ごめんよ、アウラ、ごめん……」

 

「おにーた……おにーたにあいたいよぉ…!!」

 

 お兄さまに会いたい。これは本当の気持ちなので、半ば本気で涙が出る。

 

 お兄さまに会えない、それって生きている意味がないもの。生きながら死んでいるようなものだもの。そのまま死ねていたら、この苦しみはなかったのでしょうね。お兄さま、お兄さま、お兄さま────!!!

 

 

 まぁ、仕方ないですね。生きてしまったのですから、ここはポジティブに行きましょう。クソ幼女ちゃんは手のひらクルーが音速なのです。

 

 ですのでお父さま、私が生きるために必要なものを、もちろん与えてくださいますよね?私を、()()の私を生かしてしまったのですから。

 

 

 人の不幸を、人の悲劇を────。

 

 それがなければ私は「私」の生を実感することができないのです。人の負の感情を食べてこそ、それは私の血となり肉となり栄養となって、悪魔()を作り上げる。

 私はクソ野郎だ。四肢を馬につなげて引きずり回されてもしょうがないほど下劣で、どうしようもない。

 

 それでもそんな私を愛してくれるお父さまが、私は好きですよ。少しでもお兄さまの面影を感じさせて。

 

 

 ギャン泣き幼女ちゃんを抱きしめながら、謝り続ける父。

 

 今にも死んでしまいそうなお父さまの歪む表情は──とても、甘かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私とお父さまはその後、門前にいたところを「キース」という馬に乗った一人のおじさんに回収されました。連行、が本当は正しい表記ですが。

 

 お父さまは事前にお仕事──“任務”のため、私に壁の()のことや、お父さまが巨人になれることは一切話してはいけないことを伝えました。でないと、自分たちの身がどうなるかわからないと。また、身の安全が得られるまでは、お父さまにの話に合わせて欲しいとも。

 

 アウラちゃんは約束を守れるいい子(一人で勝手に家を出なかった点を含めて)なので、約束すれば大丈夫、とお父さまからの信頼は厚い。

 

 私の「いつおうちにかえれるの?」に問いについては、「わからない」とお父さま。クソ幼女ちゃんは小さく頷き、暗い表情をしました。ついでお父さまも曇りました(ニチャア)

 

 

 

 

 

 そしてまず壁内に入ったはいいものの、お父さまはキースおじさんが相談したハンネスというおじさんに事情聴取を受けました。どうやら壁内には『壁の外に出てはいけない』というルールがあるそうです。

 

 それにしても、キースおじさんの私とお父さまを見た時の顔が忘れられません。これでもかというように驚愕の表情を見せて、「何をして……いるんだ?」と言っていましたから。

 

 半裸の男と、シャツ一枚の幼女。ただの事案でした。

 

 同時に壁の外に人がいたことに驚いていたようでしたが。

 

 

 して、お父さまは()()()()()記憶喪失という体を通した。私たちは壁内についてほとんど知らない。マーレの収容区に住んでいた我が身としては、壁内の世界の文化は遅れている。機械文明はいずこ。産業革命はどちら。

 利便性の乏しさのあまり驚いた。だが人間の形は同じ。

 

 お父さまが勾留されている間キースおじさんに連れられ、一足先に壁内文化を見ていた私の感想が以上である。

 

 

 一応説明しておくと、連れて行かれる際私がお父さまに「ぱぱ!!」と叫んでいるので、二人の関係性は明らかになっている。

 

 記憶のない父らしき男。

 対し私は「お母さんはどうしたんだ?」とハンネスおじさんに聞かれ、お母さまの巨人化したトラウマ設定で「ま、まま、まま…?ま」とおかしなことを言い始める。

 

 

 最終的に、家族が何らかの事件に巻き込まれ、壁の外へ出された(方法は不明)。この際母親は死亡、少女には過度のストレスがかかり気が狂れ、父はそれ以上の精神負荷がかかり記憶を無くした────というように考えられた。

 

 とんだ悲劇の家族のできあがりである。だが実際はそれ以上の悲劇の末私とお父さまがいるので、現実は非情だ。

 

 キースおじさんは、本当に私に優しくしてくれた。彼はハンネスおじさんが私に事情を聞いていた時の様子を見ていたので、余計だったのだろう。クソ幼女は演技だけは一級品なのである。

 

 

 

 とりあえず、事件性はあるものの、壁の外に出ていたことが知れると大事になってしまう点と、被害者の二人の傷をこれ以上大きくすべきではない──と判断し、ダブルおじさんはすぐにお父さまを釈放してくれた。絶対に犯人を見つける──と、語っていた二人が頼もしかった。全部私とお父さまの嘘なんですけど。

 

 お父さまはそれから「シガンシナ区」という場所で、キースおじさんたちから壁内のことを教わりながら医者をし、私はよくその手伝いをしながら過ごした。

 

 ちなみにお父さまが覚えているのが、医者の知識や私についてである。

 

 空想の悲劇に巻き込まれながら慎ましく暮らす親子に、キースおじさんはともかく、酒臭いハンネスおじさんはよく泣いていた。

 

 

 一度はジークお兄さまに捧げた命だったけれど、私はまだ生きている。

 

 今この時、お兄さまが同じ世界で生きているのだと考えれば、私はそれだけで一歩、進めるでしょう。その一歩でいくつの悲劇が生まれようとかまいません。

 

 ()()()()()()()ということはつまり、そういうことなのですから。

 

 お兄さまにはもうきっと、会えないかもしれない。しかしお兄さまがいずれ「戦士」となり、始祖奪還に向けてこの壁の世界へと訪れた時には、私は笑顔でお兄さまを迎えたいと思います。妹が生きていたのを知ったらお兄さまは泣いてくださるでしょうか。それとも壁の中の人間の一人として、情けをかけず殺すでしょうか。まぁどれでもいい。どの選択でも、お兄さまの選択なら私は受け入れます。

 

 でもきっとお会いできたその時は、私は言うでしょう。溜まりに溜まった私の感情を、ぶつけるでしょう。

 

 

 愛しております、ジークお兄さま──────と。

 

 

 その時どんな表情を、お兄さまは浮かべるでしょうか。

 

 会えない可能性が高いと思いながらもそれでも、()()()()()()の可能性を私は考える。でなければ生きていけない。お兄さまと会えないお兄さまがいないお兄さまを感じられないこの世界など、価値のない存在。

 

 

 お兄さま、お兄さま、会いに来て。ジーク……お兄さま。

 

 

 私、死にたい。




【備考】
・グリシャの巨人化について
 クルーガーから力を継承した後壁まで来たと思われるので、初期エレンよりしっかり力を使いこなせていると推測。ライナー発言の「レトルトさんは最初から力を使いこなせた」など、力の扱い慣れには個人差もあるようなので。

・静止する巨人たち
 謎の少女ちゃんが交通整理していた模様。『こ、今回だけ特別なんだからねっ!』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツムツムつみの木

成長した主人公ちゃんの身長はママ似になるかな〜、とダイナの身長体重調べたら168cmに45kgって知って、「あばばばばば」ってなってました。ボカァスレンダーな人タイプなんだ……ダイナさんの株がメチャクチャ個人の中で急上昇している。かわいい…かわいい(結婚しよ)

身長近いミカサと比べたらものすごい体重の差があr


 私、クソ幼女ちゃん。今酒臭いおっさんたちが多い場所に来ているの。

 

 5歳になったかわいいアウラちゃんが何故この場所──酒場にいるのかというと、全ての元凶は隣の席で眠りこけているおっさんのせいである。

 

 

「ヒック」と酔いつぶれているのはハンネスおじさん。お父さまが仕事の都合で遠方に出ている際、私はハンネスおじさんに預けられる。一緒に行こうとしてもお父さまは、道中何があるかわからないから、と私を残していく。

 

 キースおじさんは「調査兵団」という組織で壁外調査に出ることが多いので預けられず、必然と預け先はハンネスおじさんに限られてくる。

 

 幸いこの飲んだくれには不似合いなほどできた奥さんがいるので、もっぱらその奥さんに私はお世話になっているというわけだ。

 

 それをこの男、休みを理由に嫁に黙りこっそり私を連れてきた。ハンネスおじさんよりキースおじさんの方に私は懐いているので、その名誉を挽回したかったと思われる。私もずっと家にいるのは暇なので、「どこかいきたいなぁ…」と、言ったのもあるのでしょうけど。

 

 

 それで連れてきたのが酒場(ここ)って、酒瓶で叩き殺して欲しいのでしょうか。

 

 ちなみにこの店が一軒目ではない。後でしこたま嫁とお父さまとキースおじさんに怒られろ。

 

 

 

「お客さんご注文は──って、子供!?」

 

「うぃ〜、酒でぇ」

 

「ちょっとハンネスさん、娘を酒場に連れてきてんじゃないよ!!」

 

 ウェイトレスが持っていた木の盆で、思いきり殴られたおじさん。それいいですね、私にも貸してください。頭がもぐらのように飛び出るまで勢いよく殴るので。

 

「全く…っていうか娘いたんだね、教えてくれないなんて水くさいじゃないか」

 

「この()か?おうおう、かわいいだろ。ほらアウラちゃん、おとーたんでちゅよ〜」

 

 私は少し泣きそうな顔をしながら、腕を広げて近寄ってくる変態から逃げ、ウェイトレスの女性の後ろに隠れた。もちろん顔は演技である。

 

 して、ゴッッ、と。ハンネスおじさんは先よりも強い衝撃で叩かれ、椅子を巻き込むようにぶっ倒れた。

 

「嫌がってんだからやめな。それでもやめないってんなら、その汚いケツに酒瓶突っ込むよ」

 

「何おう!俺は駐屯兵団で毎日仕事を頑張ってんのに──」

 

「そうかい?お客さんから「またハンネスが昼間から仕事サボって飲んでたぜ」って話、私この間聞いたんだけどね」

 

「………か、カミさんには言わないでくれ…」

 

 まさか酔っぱらったら手のつけられないあのハンネスおじさんを、こうも簡単に倒してしまうとは…。

 このウェイトレス、できる。

 

 周囲も「もっとやっちまえ、カルラ!」と白熱を見せた。この女性がカルラと言うのか。

 束ねた黒髪が前に流れており、特に目立つのはその眼力か。大きな瞳が感情をありありと映し出す。

 

「ごめんねアウラちゃん、脅かせちゃって」

 

「…うん、だいじょうぶ」

 

 優しく私の頭を撫でる彼女の手つきは、先ほどの荒事など嘘のようだ。

 

「アウラちゃんって確か、イェーガー先生のお子さんでしょ?」

 

「パパのことしってるの?」

 

「えぇ、たまにキースさんと一緒に飲みに来るから、その時お話を聞くのよ」

 

 お父さまはどこの誰かと違い泥酔するまで飲むことはない、所詮付き合い程度の範疇だ。

 

 しかし全く酔わないというわけでもない。うっかり自制を外し口を滑らせないようにしながらも、ほろ酔いで娘について聞かれると、途端に「先生」から「親バカお父さん」になるらしい。おいその話……俺によく聞かせろ。

 

 

「アウラは目に入れても痛くない───とか」

 

「うん」

 

「最近は身長も伸びてきて愛らしいけど寂しい、なんだろうかこの複雑な感情は───とか」

 

「うんうん」

 

「いつか嫁に行ったら……私は死ぬしかない───とか」

 

「ヘムヘム」

 

「それで、「俺が娘ちゃんと結婚してやるよ!」ってヤジ飛ばした人に、普段は温厚な方なのにも関わらず激昂して殴りかかろうとしたところを、キースさんに止められたり───とか」

 

 とにかく娘がどれだけ大切か、話を聞けば伝わってくるとのこと。

 

 これはいい土産になった。ハンネスおじさんを犠牲にするついでに、店に来てこの話を教えてもらったことをお父さまに話そう。

 さてどんな顔をしてくださるか、もう私お父さまの帰りが楽しみすぎて夜しか眠れないわ。

 

 というか、このカルラという女性────、

 

 

「パパのことよくみてるんだね、カルラさん!」

 

 

 瞬間彼女の顔がぼっ、と赤くなった。

 血がついていそうな盆で鼻元まで顔を隠し、「き、気のせいじゃないかしら?」とそそくさと行ってしまった。

 

 私は内心面白いものを見つけた喜びでニヤケそう(某K(キラ)の顔)になるのを堪えながら、また寝そうになるハンネスおじさんを起こして帰った。

 

 そして、帰って早々。おじさんは怒っている嫁に事情を話したあと、平手打ちをかまされ気絶。

 預かっている子供を酒場に連れていくのは、流石の私でも正気を疑いますわ。飲兵衛なら絶対に連れていくだろうとは確信していましたが。

 

 

 また、後日帰ってきたお父さまにお酒の席での失態を話したところ、顔を真っ赤にさせました。

 

 大のオトナが、幼女ちゃん──それも娘に自身の失態を知られてどんな気持ち?ねぇねぇ、今どんな気持ちですか、お父さま?

 

 私本人は「パパ、わたしのこといっぱいすきなのね、うれしい!わたしもいっーぱいだいすき!!」と抱きついて、そのことを言ったのですけれど。

 

 羞恥と、嬉しさと、感情をごちゃ混ぜにしながらお父さまは医者のカバンを置く。そして座ると私のことを抱きしめて、後方でニヤニヤしているハンネスおじさんも視界に入らず、娘の肩元に顔を埋める。耳まで真っ赤ですねクォレハ…。どんだけクソ幼女ちゃんが好きなんですか?まぁ私も同レベルで好きですよ。

 

 ちはみに現在地はハンネスさん宅。玄関で、時間は夜である。

 

「………」

 

「パパ?」

 

 何も言わないお父さまに、アウラちゃんはだんだん心配になってきます。

 

 もしかしてパパは本当は、自分のことが好きでもなんでもないんじゃないだろうか。仕事の都合で連れてってもらえないのもわかっているけど、いつかそのまま自分のことを置いていってしまうのではないか───と。

 

 なので言います。幼女ちゃんはお母さんのトラウマがあるんやで?しっかり愛情向けてくれへんと、精神ガバガバになってまうで?理性なんて忘れて、クソデカ感情をさらけ出すんだよオラァァン!

 

「パパわたしのこと、すきじゃない……?」

 

 泣きそうに言う、クソ幼女ちゃん。

 それにお父さまは顔を少しだけ上げて、私の頭を撫でながらボソボソ言う。そして、一言。

 

 

「……愛してるよ、アウラ」

 

 

 その言葉で、そして表情で、私は極限の────感情の絶頂に至る。

 

 

 私を愛するお父さま。お父さまを愛する私。なんて理想な親子像。唯一の家族となった私へ向くお父さまの愛情は以前よりも大きく重く、依存さえも抱いている。これで私が死んだら本当に死にそうですねお父さま……♡

 

 まぁ、ジークお兄さまが壁内へ来る可能性を完全に捨て去らなければ、私という害虫はまだ死にませんが。

 

 お父さま、もっと私に依存して。そうすればお父さまが私に見せる感情の一つ一つが、より美しくなる。そして同時に私はお兄さまの半分をあなたからより強く、より深く感じることができる。

 

 好きですよお父さま、でも私が愛しているのはお兄さま。

 

 

 でも足りない。もっともっと、()()木を積んでいかねばならない。「積み」でも、「罪」でもある木を。

 

 それを極限まで積んで壊した時、お父さまはどうなるだろう。壊れるでしょうか。壊したいですね。だってきっとその時のお顔は素敵でしょうから。お兄さまに、似て。

 

 今はゆえに、「幸福」を積み上げる時。ですからお父さま、もっともっと幸せになってくださいね。

 

 

 あなたの、罪の裏で。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 それから、私は時折ハンネスおじさんに頼んで、カルラさんがいる酒場へ連れて来てもらうようになった。アウラちゃんはあのお盆ぶっ叩き事件以降、彼女に懐いてしまったという体である。

 

 そも私が偶然彼女と出会ったわけではないことは、勘のいい皆さまなら既にお気づきでしょう。

 

 

 最初にカルラさんを知ったのは、数ヶ月前のこと。私は普段ハンネス託児所にいますが、キース託児所に行くことも偶にあります。

 

 かわいい幼女ちゃんにデレデレなハンネスおじさんはともかく、キースおじさんは強面、それでいて不器用。しかし実際は優しい人間であり、付き合いもいい。お父さまがハンネスおじさんよりキースおじさんと親交が深いのも、馬が合うからでしょう。

 

 

 そんな彼に、真顔で肩車をしてもらいながら川辺を散歩していた時、私は軽い雑談の中である話を聞きました。

 

 それは独身な彼に、純粋な疑問として私が聞いた内容。

 

 ────キースおじさんは、すきなひといないの?

 

 

 おじさんはやはり真顔で、小さく「…いる」と言った。

 

 調査兵団は壁外調査で巨人と遭遇するので、致死率が他の兵団よりも比較にならないほど高い。

 そのため命をいつ失うかわからない中、家族を作らない者もいる。キースおじさんもその類かと思ったが、どうやら違った。

 

「おじちゃんのすきなひとって、どんなひと?」

 

「……笑顔が、素敵な女性(ひと)だよ。気が強いが、やさしい一面を持っている」

 

「「すき」っていわないの?そのひとに?」

 

「まさか、私がカルラに……いや、何でもない、忘れてくれ」

 

 

 いつ死ぬかわからないからこそ、キースおじさんは告白を渋っているようだった。

 

 だが他人のプライベートなど空気を読めない幼女には関係のない話なので、気にせずどんどん聞いた。それでも渋りながら答えるおじさんはやはり、控えめに言って好感しかない。いつもアルコール臭を振りまきながら、人の顔にヒゲを押し付けてくるおじ野郎とは大違いである。

 

 そしてその「カルラ」という女性が酒場にいることなどを知った私は、好機を探った。

 

 

 

 

 

 

 

「あらアウラちゃんと……ハンネスさん」

 

「おいおい、俺の方がオマケかよ、カルラ」

 

「何飲む?ハンネスさんの奢りだから、何でも頼んでいいわよ」

 

「はーい!」

 

 ハンネスマネーなので、とりあえず食べたい物を頼んだ。最初はカルラさんも酒場に私──幼女が来ることに難色を示していた。しかしアウラちゃんが来る理由が彼女に会いたいからなので、渋々許され、以降は歓迎されるように。

 

 

 私が彼女を使って行いたいのは、お父さまに近づけることである。

 

 元々、お父さまに女性をくっ付けたいとは思っていたことです。

 

 お父さまは未だお母さまのことを想っていらっしゃるようですが、憂いたままではいけません。私としては、ずっと同じ味のご飯を食べているようなものですから。新鮮な味わいを得るには、お父さまが変わらなければならない。もちろん私を愛したまま、そしてお母さまを愛したままで、別の女性を愛せばいい。

 

 人は器用に一つだけ愛することは難しい生き物です。

 私もお兄さまを一番に愛しながら、次に人の悲劇を愛している。

 

 

 カルラさんを選んだのは単純に、この上なく人選として最高だったから。

 

 お父さまのご友人たるキースの想い人。その女性とお父さまが結ばれたとなったら、二人の関係はどうなるでしょう。想像せずにはいられませんよね。

 

 

 ──ということで、私がカルラさんをだんだん母親代わりのようにして、キューピットになろうと目論んでいた。

 

 

 しかしなる前に、カルラさんは既にお父さまに想いを寄せていた。しょうがないよな、お父さまはジークお兄さまの血を半分も持っている。つまり世界で二番目にカッコいいわけです。美人な彼女が好きになってしまったって仕方ない。

 

「おいしい!」

 

 私は持ってきてもらったジュースを飲みながら、カルラさんを見る。任せろ、お父さまとそなたの恋の架け橋を、娘たる私が作り上げてやるからな。

 

「カルラさんやさしくてすき!」

 

「俺よりもか、アウラちゃん?」

 

「うん!ハンネスおじさんは…キースおじさんのつぎくらいにはすき!」

 

「クソッ……何で俺はいつもアイツより下なんだ…!!俺の方が面倒見てるんだぞ…!」

 

 貴様が酒臭いしベタベタするからだ、ハンネス。

 カルラさんは私の言葉に微笑みながら、「私もアウラちゃん好きよ」と言ってくる。はぁ、これが未来の母の聖母スマイルというわけですか。式場の準備はまだですか?

 

「こんど、パパといっしょにぜったいにくるね!」

 

「あの先生は絶対連れて来ないって、娘をこんな場所に」

 

「ハンネスおじさんはつれてきてくれたよ?」

 

「…アウラちゃんいいか、例のとおり俺がここに連れて来てんのは、みんなには内緒だからな」

 

「うん!ハンネスさんだいすき!」

 

「……ッ、やめろ、かわいい笑顔を向けるな、うちの子にしたくなる…!!」

 

 

 チョロいな(確信)

 

 

 

 その後、一先ず私の計画は順調に進んだ。始めにお父さまに「カルラさんにあいたい…」からのメソメソ幼女で連れて来てもらった。そして私がカルラさんに懐いている様子をお父さまに見せて、三人で笑い合うという微笑ましい光景を作り上げた。

 

 ここでカルラ嬢との恋の障害物になったのは、お父さまと私の厄介な過去(嘘)。

 

 しかしそこは、私がカルラ嬢を母親代わりにし出しているのを見せつけ、お父さまの感情を揺さぶった。ただお母さまへの愛が大きいお父さまは、少し揺らぎつつも、そう簡単には他の女性へ心を傾けません。なのでこの計画は長期に渡るものとなる。

 

 

 また、カルラ嬢がお父さまに想いを寄せ始めた理由について。前提としてこれは、私が彼女と接し話を聞く上で推測したものである。

 

 彼女は恐らくお父さまの過去(嘘)と雰囲気、そして、人柄に自然と引かれた。

 

 元嫁を亡くし、記憶にまで支障を来した過去。それから生じる()()()のオーラ。彼女は酒場の男たちをものともしない強気さを持っているからか、お父さまの紳士的で優しい人柄に惹かれやすかったのでしょう。

 

 

 私は同時にキースおじさんへ、自分がカルラ嬢に懐いているのをアピールしながら、恋の応援をした。やがて発生するお父さまとキースおじさんの溝を深めるためである。

 

 キースおじさんは奥手にも程があるので、人類が明日滅ぶレベルのことが起きなければ告白しないだろう。そう考えつつ、ギリギリのラインを私は攻めた。

 

 

 はてさて、今後の展望を考えると、実にやりがいしかない。

 

 そして────いつか幸せな家庭を、最高のタイミング、そして手段で崩壊させる方法を、考えていきましょう。

 

 

 さぁ「生」を実感するのです。

 

 人の、不幸の中で。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

割と円滑にできているらしいこの世界

 私アウラちゃん、今死にかけているの。

 

 かつて体験した二度の地獄よりは耐えられますが、虫の息なのは同然。なぜだ、私はただお父さまとカルラ嬢の距離を近づけさせつつ、キースおじさんの恋を応援しただけだというのに。

 

 

 

 始まりは、シガンシナ区で発生した流行病に遡る。

 

 お父さまは日夜運ばれてくる大量の患者に追われ、娘と一切会えず仕事の毎日。かく言う私は、ハンネスおじさんに預けられていた。しかし奥さんが流行病を患い、知り合いの夫妻へと預けられることになった。

 

 そして今後の計画にやらしい顔を浮かべていた私も、ユミル様からの天罰が当たったのか、流行病にかかった。

 

 

 お世話になった夫妻にうつる前に隔離されたので、一応二人は安全だった。

 ちなみに入院した場所は、お父さまがいる場所とは違います。死へと近づく私に、二人は慌ててお父さまに事情を話に行こうとしましたが、私はこれを拒んだ。

 

 

「わたしのめいわくは、パパにかかる。そうしたら、いまたすかるひとがたすからなくなる」────と。

 

 

 我ながら熱弁だった。この言葉に夫妻は堪えるような顔で頷いた。そして私にお父さまが現在治療法を探していることを伝え、絶対に死んではならないと、涙ながらに言われた。

 

 これがジークお兄さまだったら死んでも本望ですが、お父さま相手なのでまだまだ死ねない。

 

 

 それから日数が過ぎ、生きているのか死んでいるのかわからない状態で、高熱にうなされていた折。

 

 お父さまが見事薬を開発。のちにシガンシナ区の間で「イェーガー先生」の名が知れ渡る偉業を成し遂げた。

 

 まぁ、実際この壁の世界では「謎」であれど、マーレの知識ではすでに解明されている病気の可能性もあった。しかし些細な問題だ。お父さまが多くの人間を救ったのは、紛れもない事実なのだから。

 

 

 無事ハンネスさんの妻も回復し、まさかの病気にかかっていたカルラさんとその両親も快方に向かったと、夫妻から聞いた。間もなく私の入院する病院にも治療薬が届き、続々と人々が回復していった。

 

 私も死にかけながら、どうにか生き返ることができたのでした。退院するのは一番最後でしたが。それだけ症状が重く、危険な状態だったのです。最後の方は意識がずっとなかったもの。

 

 

 して、お父さまが娘も病気にかかっていた事実を知ったのは、治療薬を開発してから数日後のこと。

 

 しかし仕事の都合で病院から離れることができず、ひと段落してきた一週間後に、お父さまは嵐のようにやってきたのである。

 隣にはカルラ嬢がいた。ついでにハンネスおじさんも。

 

 当然のようにお父さまと距離の近いカルラ嬢に、私の「アウラーアンテナ」が、髪を一本をピンと立て反応した。

 

 

 ミッションコンプリートォ────ッ!!

 

 

 やはりユミル様は、必要のない試練などお与えにならないのですね。

 

 もう暫く時間をかけて進めていこうとした計画が、一気に進んだ。そりゃあ当然お父さまはカルラ嬢だけでなく、彼女の両親も救ったのだから、もうすでに想いを寄せていた彼女としては恋愛感情がカンストするだろう。

 お父さまもお父さまで、恐らく看病を続ける中惹かれていったか。

 

 これで幸せ家族は秒読み。あとは来るべき時に崩壊させるだけである。

 

「ゴホッ、ゲホッ……!!」

 

 そして、まだ薬の効果が効き始めたばかりの私は、身体に反して精神のテンションが高まり過ぎたせいで、過呼吸状態に陥りながら気絶した。

 

 ありがとうユミル様。でも私のこと、まだ殺さないでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「イ、イェーガー先生、実は……」

 

 グリシャ・イェーガーは、ハンネスの知り合いである夫妻の男から娘の話を聞いた時、視界が暗くなる気がした。

 

 

 それは、娘が伝染病にかかっていた──という内容。

 

 アウラは父が自分のことを気にして仕事に支障を来してしまうのを恐れ、父に知らせないよう頼んだことも聞かされた。

 

 かつて兄ジークのために、「楽園送り」を自ら選んだ時もそうだ。

 

 

 あの子はいつだって、他人のために自分を犠牲にする。そしてその苦しみを隠し、笑う。

 

 彼は息子はおろか、娘にまで歪な生き方を強いてしまった。

 それは生涯彼が背負わなければいけない“罪”であり、それでも()()続けなければならないのだ。

 

 グリシャは現場が落ち着いてから引き継ぎをし、急いで娘がいる病院まで向かった。症状が比較的軽く回復していたカルラや、妻の容態が安定したハンネスも同行して。

 

 

 グリシャとカルラの仲は、元々娘をきっかけにお互いを意識するまでに至っていた。

 

 それでもグリシャは未だダイナを愛しており、他の女性を好きになることがあっても、付き合うことはないと決めていた。

 

 また「罪」を背負う己では、きっとその人を不幸にしてしまうに違いないから──と。

 

 しかしそんな彼を、カルラは真っ直ぐに見つめ笑いかけた。娘が病気と知り明らかにやつれつつある姿を励まし、声をかけ続けたのだ。

 

 芯が強いが健気だった、カルラという───女性は。

 

 落ち込む彼もまた、彼女を看病していた中惹かれ始めていた心でより深く、カルラの存在を感じ始めたのである。

 

 

 

 

 

 そして、娘が入院している場所へと訪れた三人。

 

 病院にはグリシャが作った薬がすでに使用されており、快方に向かっている者が多かった。

 

 その中でアウラは現在危篤に近い状態から持ち直し、少しずつ回復しているという。しかし未だ予断は許さぬ状態だと、その場の医者に告げられた。少女の父としては「イェーガー先生!」とその場のみなに感謝されるよりも、一刻も早く娘の声を聞きたかった。仮に二度と聞けなくなっていたとしたら、発狂していた。

 

 それほどグリシャにとって娘は───アウラ・イェーガーは、彼の中で大切で愛おしく、守りたい存在だった。ダイナが最期に残した子でもあり、失うわけにはいかない、彼の心をこの残酷な世界に留める唯一無二の存在。

 

 

「アウラ……!!」

 

 医者の許可を取り、娘の病室に訪れたグリシャ。

 

 アウラはひどくやつれていた。ここ暫く睡眠も食事もマトモに取れず限界に近かった彼よりも、よっぽど死にそうで。

 しかし毛布のかけられた胸元は、しっかりと上下に動いていた。

 

 生きている。娘は確かに、生きている────。

 

 

「パ、パ?」

 

 

 人の気配に気づいた少女が、瞼を開ける。灰色の瞳がウロウロと天井を彷徨い、父を視界に映した。ついでハンネスを一瞬映し、最後にカルラを映して、また父親に戻ってくる。

 

 少女はゆっくり瞬き、嬉しそうに笑った。幸せそうに、目尻に涙さえ浮かべて。

 その瞼が閉じれば、溜まっていた涙が落ち、髪を通ってシーツに落ちる。

 

「アウラ、すまない。私のために……」

 

「いいの、いいのパパ…くすり、パパがつくったんだよね?わたし…うれしい」

 

「……アウラ」

 

「カルラさんも、ハンネスおじさんのおくさんも、よくなったってきいた。パパ…かっこいいよ」

 

「……ッ、だが、私はお前のことを…」

 

 医者としては誉あるべきことを成した。元々伝染病自体マーレの収容区で医者をやっていたグリシャなら、必要な素材さえ揃えば、解決方法を編み出すことができる代物だった。

 

 ──だが、父親としてはどうだろう。娘が苦しんでいる時に側にいられなかった父親など、父親失格だ。そも息子と向き合いもせず自分たちの思想を押し付けていた時点で、彼は、グリシャ・イェーガーは────、

 

 

「パパは…わたしのさいこうの、おとうさんだよ」

 

 

 その言葉に、グリシャはゆっくり顔を上げる。娘の細い手は彼の手へ伸び、弱々しく握った。

 彼もまたその手を握り返し、堪えきれない涙を流しながら、笑う。

 

 そして刹那、アウラが激しく咳き込み始める。少女は握った手を離し、天井をおぼろげに見つめた。容態が一転したのだ。慌ててハンネスが医者を呼びに行き、グリシャは冷静さを努め処置を行う。しかし、その手は震えていた。

 

 少女の瞳はフラフラと動き、必死に少女の名を呼ぶカルラの元へとたどり着く。

 アウラはその時、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「マ、マ……」

 

 

 

 

 

 これが、グリシャをカルラと結びつける最大にして、最後の一手となったのだろう。

 その後どうにかアウラは容態を持ち直し、数週間後にはすっかり元気になり退院した。

 

 そして、少女が退院した夜。グリシャは娘と夕食を食べながら、不意に食事の手を止めた。それに首を傾げる向かいの席の娘。余談だが彼女はハンネス宅で家事の手伝いをしているため、料理は卒なくできる。流石に退院したばかりなので、今晩の夕食を作ったのは父だが。

 

「パパ、どうしたの?おなかいたいの?」

 

「いや、そのだな……アウラに大切な話があるんだ」

 

「たいせつなはなし?」

 

 彼は意を決して、娘に自身がカルラに想いを寄せていることを告げる。

 

「パパが、カルラさんに…!?」

 

 アウラは始めこそ驚いた表情であったが、次第に頰を赤く染めていく。そしてモジモジと机の上で体を動かし、父をチラ見する。

 何か言い悩んでいる娘に、グリシャは質問があるのだろうと察した。話すよう娘に促すと、アウラは表情を明るくし、一気に捲し立てる。

 

 

「カルラさんのことどのくらいすき?」「いつからすき?」「わたしよりもすき?」────と、怒涛の質問。

 

 

 突如発生したクソ幼女面談に、父は気を動転しつつ答えた。「恋」のワードに反応すると、女の子という生き物はここまでがっつくものなのだろうか。グリシャが娘に視線を移すと、キラキラとした瞳が彼を捉えている。

 

 これもまた、娘の成長の証か。父は遠い目を浮かべた。

 

 

「話を戻すが、アウラは私がカルラ──カルラさんと、付き合っても大丈夫かい?」

 

「ママの…ことは?」

 

「………ッ、お前には話していなかったが、ダイナは、もう…」

 

 彼女はこの世にいない。人としても、巨人としても。その事実をまだ幼い娘に突きつけるのは、酷でしかない。しかしアウラには母親が必要だ。時折精神の安定しない様子を見せることからも、殊更に。彼がカルラとの付き合いに踏み切ろうと考えたのも、娘のそんな事情があったからだろう。アウラもカルラには、人一倍懐いている様子であったし。

 

 少女はスプーンを皿の上に置き、テーブルの木目を静かに眺める。そして、口を開いた。

 

「…ママはもう、いないんでしょ」

 

「……!知って、たのかい?」

 

「あんまりよくはおぼえてない。でもママとパパといっしょに、どこかにいったのはおぼえてる」

 

 

 アウラは兄に両親が摘発されるまでのことは、うっすらと覚えているようだ。それも3〜4歳頃の記憶ゆえ、ひどく曖昧なものだが。

 

 しかし両親が拘束され、その後自分で「二人と共に一緒に行く」──と言った点を含め、記憶が判然としなくなっている。

 

 彼女はどうやら「両親とどこかに遊びに行こうとした」という風に、記憶を改ざんしているのだ。まぁ、無理もあるまい。目の前で母親が巨人になる姿を目撃してしまっては。その上曹長の男によって、両親に生きたまま食われるという、残酷すぎる方法で殺されかけたのだから。気が狂わない方がおかしい。

 

 この点についてグリシャは、娘が記憶を書き換えたことに安堵している。でなければ苦しみを背負ったまま、少女は生き続けなければならなかっただろう。

 

 

「パパがたまにね、おにいちゃんやおじーちゃんたちがいるよりも、もっととおくをみてることがあったの」

 

 空に浮かぶ青空を、グリシャはダイナの瞳に重ねてぼんやりと眺めることがあった。もう手の届かない、亡き妻。少女はそんな父の姿を見て、母親がこの世にいないことを悟ったのだ。

 

「私が幸せになっていいのだろうか。お前やジーク、ダイナたちを不幸にした、私なんかが……」

 

「パパ、ちがうよ。それはちがう」

 

「何が、違うんだ?私はもう…罪を背負いすぎている……」

 

「しあわせのいみだよ」

 

 アウラは父親や母親、祖父母や兄を例に挙げて話す。

 少女は家族が大好きだ。一人一人大好きで、大切な存在。だからこそ、「いいんだよ」と言う。

 

「パパがママじゃないひとをすきになっても、いいんだよ。わたしがパパいがいにおにーちゃんやおじーちゃんたちをすきみたいに」

 

「……だが」

 

「あのねパパ、わたしカルラさんがおかあさんになるなら、うれしいよ?カルラさんママみたいに、すーっごく、やさしいんだもん!」

 

「………アウラ」

 

 やはり娘は、カルラにダイナの面影を重ねていた。容姿は似ていなくとも二人の共通点は、包み込むような優しさを持っているところだろう。

 

 それに、と続けるアウラ。

 

 

 

「パパは、しあわせになっていいんだよ」

 

 

 

 その言葉は、“()()”だった。

 

 グリシャ・イェーガーという男が積み上げてきた罪。その重さに自身を「幸福」から遠ざけようと、そしてその中で始祖の力を見つけようとしてきた彼に、娘はいつも微笑んで、幸せがある日向の方へ引っ張ってきた。

 

 今の彼がまだ正気でいられるのは、単に娘のおかげだ。でなければ、グリシャの心はとっくの昔に悲鳴を上げていたに違いない。

 

「…ありがとう、アウラ」

 

 もう何度も枯れ果てたと思った涙が、男の瞳から溢れる。眼鏡を取りシャツの袖で涙を拭う父を見、娘はやさしく微笑んだ。成長するにつれダイナの面影を残しつつ、愛らしい表情から、キレイな──大人の女性の美しさを匂わせるようになった笑み。

 

 少女はそんな表情を、父に向けた。

 

 

「わたしもありがとう、パパ」

 

 

 その微笑みの裏の何重にも隠された奥で悪魔(少女)が何を考えているか、グリシャは知らぬまま、時は流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 そして、グリシャ・イェーガーはカルラとしばらくの交際期間を経たのち、結婚した。

 

 式の際、呼ばれていた次期「調査兵団団長」に選ばれたキースもいたが、彼は途中で抜け出した。

 一番の友人である男が出て行く様子を見かけたグリシャもまた、式の合間を見計らい後を追いかけた。

 

 その先で待っていたのは、木に寄りかかるようにして、立ちすくんでいた後ろ姿のキース。グリシャが心配しながら近づいた時、手を───振り払われた。それは誰でもない、一番の友人によって。

 

 彼が目の当たりにしたのは、人間の“憎悪”。

 何故そんな目をキースが浮かべるのか分からず混乱し、グリシャは問いかける。

 

「どうし、たんだ…キース」

 

「貴様と話すことなどない」

 

「待ってくれ、いったいどうしたっていうんだ!」

 

 壁の外にいたグリシャと、その娘を救ってくれたのがキースであった。

 仮にあの時彼が二人を門の中に入れてくれなければ、ユミルの寵愛を受ける娘がいたとはいえ、グリシャは食われてしまった可能性が高い。彼もまたあの時巨人化の能力を使い続け、すでに残された力も少なかったのだ。

 

「貴様は()()なんだ。だが私も団長となり成果をあげ、自身の存在を示して見せれば…」

 

「キ、キース!」

 

「その時は、その時こそ私はカルラに想いを告げようと……」

 

「……!キース、君は、彼女のことを…」

 

「だがそれは叶わない。私ではない()()()()()に、貴様がなったのだ。ただ、それだけの話だろう」

 

「待ってくれ、私は君と友人で──」

 

「…そんなものッ!無理に、決まっているだろう──!!」

 

 

 カルラ(想い人)が愛した人間は、友人だった。キースとしてもグリシャを親しい友人として大切に思っていた。

 

 彼女が働くあの酒場は、キースにとって仕事の過酷さを一時でも忘れることができる安息の場所であった。そこでグリシャ(友人)と過ごし、そして「また調査兵団の勧誘かい?」と、想い人に茶々を入れられたあの頃。その懐かしくも穏やかであった日々は、戻ることはない。

 

 呆然とするグリシャに、険しい表情を浮かべるキース。

 

 

「幸せになればいい、俺の分まで。お前がな……()()()()()()()

 

 

 皮肉を交えた言葉を最後に、キースは振り向くことなく去って行った。

 

 グリシャはまさか、キースがカルラに想いを寄せていることなど知らなかった。しかし思い返せばあの堅物そうな男は、彼女のいる店によく通っていた。それはグリシャであったり、ハンネスであったり、部下であったり────。

 

 しかし、そんな、私は。

 

 頭の中に浮かぶ言葉は全て、彼にとって言い訳にしかならなかった。

 ただ俯くことしかできず、固まってしまう。

 

 そんな彼に声をかけたのは──、

 

 

「グリシャ?」

 

「パパ?」

 

 

 いなくなった新郎を不思議に思い、新婦と新郎の娘がやってきた。

 不思議そうにグリシャを見つめるカルラ。

 

「さっき、キースさんの後をあなたが追っていったってアウラに聞いたから、どうしたのかと思って。キースさんの様子も少しおかしかったから、気になってたのよ」

 

「…いや、何でもないよ。彼と少し話をしていただけさ」

 

「そうなの?…大丈夫?グリシャあなた、顔色がすごく悪いみたいだけど…」

 

「大丈夫だ。悪かったね、式場に戻ろう」

 

「…そう」

 

 まだ納得がいかない様子のカルラの手を引き、歩き出すグリシャ。空いていたもう片方の手はもちろん、娘の手を握っている。

 アウラは父親の表情を見つめながら、途端にぱぁっ、と花を咲かせた。二人は少女が突然浮かべた表情に首を傾げる。

 

 

「わかった!おとこの「()()()()()」だね!!」

 

 

 この後、娘にいらぬワードを教えたであろう酔っぱらいの男が、笑顔(意訳)の新郎新婦に締められることになるのはまた、別のお話である。

 

 クソ幼女はこの時、どんな気持ちであったのか。

 それはもう、この上なく幸せだったのだろう。人の人生で一番になれる日を、ぶち壊しにできたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた時が経ち、幼女が「少女」に相応しい年齢になった頃。

 イェーガー家に、新たな家族が増えた。

 

 

 その名は────「エレン」

 

 

 微笑ましい家族の一ページを刻む中、カルラに生まれたばかりの赤子を渡された少女は、珍しく緊張した様子で受け取る。

 ずっしりと手にかかる重さ。それは紛うことなく()()()()である。

 

 アウラは赤子の母に似た大きな目を──そしてその翡翠の色を、飽きることなく見続ける。父親に、「そろそろ代わってくれないか?」と頼まれても頑なとして渡さず、一通り眺め続けたのち、母に返した。

 

 カルラは瞳を何度もぱちぱちしている娘に尋ねる。

 

「エレンはどうだった、アウラ?」

 

「…あかくて、おもい」

 

「ふふ、赤くて重い…ね。他には何かある?」

 

「…えっと、うんと、うーんと」

 

 少女は唸りながら病室を右往左往して、カルラの元に戻ってくる。

 そしていつになく真剣な表情で、口を開いた。

 

 

「たべちゃいたいくらい、かわいいの…」

 

 

 予想の斜めを越える娘の反応に、グリシャとカルラは思わず吹き出すのだった。




エレン「ーーーで、オレが生まれたってわけ」


思ったけど、壁内の医療知識は外の世界より劣っているのは確かだとして、どこまで知識があるのか気になってる。グリシャが薬を作ってたから、最低限の医療は整ってるとは思うけれど。
点滴とか麻酔の類はおそらくない…のか?内臓にメス入れるのはまぁ無理そう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

感情が抑えきれなくなった時は…叫べ!Ms.Kuso syojo

何だこのクソタイトル(いつものこと)


 私、クソ幼女からクソ少女に進化したアウラちゃん、10歳。

 早速ですが皆さまにご紹介しましょう、弟の「エレン・イェーガー」くんです。

 

「おねーちゃ?」

 

 つい昨日まで柔らかいほっぺが愛らしかった赤ん坊のエレンきゅんは、いつの間にかハイハイをし出し、立ち上がって言葉まで喋るようになった。ちなみに私が同じ歳の頃は、「私」という名の悪魔が目覚めるまで赤子と同レベルの知性だったらしい。

 

 お父さまの成分が髪の色にしか現れていないというほど、エレンきゅんはカルラママに似ている。

 この翡翠のお目々で見つめられて、剰え「おねーちゃ、すき」なんて言われた暁には、私死にます。いえ嘘です、死にません。でも死ぬ。

 

 

「おねーちゃ、だいすき!」

 

 

 はい、死にました。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 エレンきゅんが生まれ私が感じたのは、私が“血の繋がり”に弱いということです。

 

 始めはいつか壊す弟にこれといった感情を抱くと思っていませんでしたが、姉と髪の色しか似ていないにも関わらず、私はエレンきゅんを「好き」と思ったのです。

 

 

 私と血を半分同じに持つ存在。エレンきゅんはお父さまという繋がりを通して、私に新しい扉を開いてくれた。

 

 兄だけでなく、弟もできたアウラちゃん。最高ですね、私もう毎日が幸せですもの。医者として働くお父さまに、実娘でもないのにかかわらず、息子と同様に扱ってくれるカルラママ。そして、私の後を追いかけてくるエレンきゅん。よく転んで泣いていたのが、今では姉の前だからと泣くのを堪えるようになった。泣いているエレンきゅんのお顔も大好きですが、必死に泣くまいと我慢している弟の顔も可愛いですよ。

 

 絵に描いた幸せの家族だ。

 

 だからこそ私の「欲求」は、抑えきれなくなっている。

 

 

 ぶち壊したい。幸せの家族を壊してお父さまの、カルラママの、エレンくんの悲劇を見たい。

 

 もう三年も耐えている。しかしちょうどよい機会に恵まれず、私も幸せを感じながら、一方で死んだように生きています。誰かの不幸を味わえなければ、私は真の意味で生きられない。

 

 最高のタイミングが訪れないまま過ごしているので、そろそろクソ少女ちゃんは精神が狂れてきています。そこらの幸せ家族を見たらこっそり家に忍び込んで、人道を疑われるような残忍な方法で、じっくりソイツらの顔を見ながら殺して、絶頂したいと考えてしまうくらいにはおかしくなってきています。それを表に出さないのが、演技派魂ですが。

 

 

 

 

 

 そんなわけで、クソ少女ちゃんは考えました。

 

 人の悲劇を合法的に味わえる方法はないものか──と。そこで思いついたのが、キースおじさんの職です。

 

 元々壁の中に学び小屋はありますが、しっかりとした教育機関はありません。マーレの収容区の人間の方がよっぽど質の良い教育を受けていると思うほど、劣っている。私も文字書きは学びましたが、あくまでその程度。

 

 そして一定の教育を受けたら職に就く。親の跡を継ぐなり、出稼ぎに出たり。

 

 そもこの国家自体は王政で、三重の壁のさらに内側に王都が存在する。私の住まう場所はその中で最も外、ウォールマリアの壁の突出した部分の南に位置するシガンシナ区にある。

 

 

 

 私もお父さまの仕事を継ぐのかと問われると、実際その可能性は低いでしょう。

 

 お父さまは診療のため家を外すことが多い。心配性なお父さまなら、当時わざわざハンネスおじさんに預けず娘も連れて行った方が早かったはず。しかし同行はさせなかった。それは何故か。

 

 理由は一つ────、グリシャ・イェーガーが始祖の巨人を探しているからである。

 

 

 診療と称し、情報を集める。幸い、流行病の治療法を見つけて以来お父さまの名は知れ渡り、中には有名な貴族が「イェーガー先生」を頼ることもあった。

 お父さまは私を関わらせたくないのです。一人で罪を背負って生きている。そんな精神的にも肉体的にも疲労する彼を癒すのが、家族というわけだ。

 

 しかしアウラちゃんは心が限界。そこらで無差別殺人を起こす前に、人の悲劇が見れる場所にいかないとね。

 ちょうどいい就職先を見つけたので、家族に相談だ。

 

 

 

 

 

 というわけで12歳になった私は、カルラママに事情を話した。───私、駐屯兵団に入りたいんです!(嘘)

 

 そのまま調査兵団に入りたいと言ったら、絶対に断られる。ゆえにハードルの低い方を話の掛け合いに出すのだ。それに訓練兵団の卒業時上位に入れば、自分の入りたい兵団を志願できる。調査兵団は常に人材不足なので、成績上位でなくとも志願すれば入れるでしょう。しかし確実に入れる方法があるのならやはり、成績上位を目指す方がいい。

 

 騙すようで…しかし心は痛みませんが、全ては私が他人の不幸を見て「ニチャア…」するために必要なことなので仕方ない。

 

 さぞ巨人に命をかける者たちの覚悟を決めた表情や絶叫は、私に「生」を与えてくれるでしょう。

 

 そもそも「訓練兵団のトップに入れるのか?」と疑問に思われるかもしれませんが、問題ありません。クソ少女ちゃんのスペックには、自分で言ってなんですが、光るものがあるからです。

 

 仮になくとも死ぬ気で掴み取るので、そこはご安心ください。

 

 

「ダメよ、あんたみたいなかわいい子が昼間から仕事をサボって、あんなハンネス(飲んだくれ)ばかりがいる職に就くなんて。何をされるかわかったもんじゃない」

 

「でもわたし、人の役に立つことがしたいの、お母さん」

 

「ダメったらダメ!将来良い人と結婚して子供を作った方が、きっとあなたの幸せになるから──ね?」

 

「………」

 

 カルラママは知らないのか、かわいい子には旅をさせろって言葉。

 

 

 仕方ないので昼間家の手伝いで薪拾いに行った後、私は今日も今日とて飲んでいたハンネスおじさんに話を持ちかけた。ここで大切なのはキースおじさんがいる調査兵団を持ち出し、それよりも駐屯兵団に憧れていることをアピールするのである。

 

「俺が言っちゃなんだが、どこに憧れる要素があったんだ?内地で暮らせる憲兵団ならばまだしも……」

 

「だって、おじさんってばいーっつもお酒くさいけど、でもやる時は…やる男じゃん。その姿が、カッコよかったからさ」

 

「……!今でも遅くねぇ、俺の娘になれよアウラちゃん…!!」

 

「それはごめんなさい」

 

 周囲で一緒に飲んでいた駐屯兵団のオッサンどもがドッ、と笑う。

 おじさんはそれに怒りつつ、私の意図を汲んでくれたみたいだった。

 

「ハァ…どうせカルラに反対されたんだろ。俺としてもお前が俺と同じ職に就くのは、もったいねぇとしか思えねぇよ」

 

「…うん」

 

「だがまぁ、自分で考えた道なら否定するのもお門違いだ。それとなくカルラに話しといてやるよ」

 

「……!ありがと、ハンネスさん!」

 

 私はおじさんに抱きつき、最高の美少女スマイルを見せた。素っ頓狂な声をハンネスおじさんは上げましたが、仕方ありませんね。私顔だけはかわいいので、顔だけは。

 

 

 これであとは、お父さまの説得をするのみ。そして訓練兵団入りが決まり家を開ける前には、かわいいエレンきゅんの「おねーちゃんいかないでぇ…!!」イベントが起こるでしょう。ハァ、想像するだけでヨダレが出ますね。エレンきゅんの絶望顔も、いつか私にたっぷり味わわせてくださいね(ゲス顔)

 

 交渉が難しそうなお父さまも娘息子には甘いので、私が押して押して押しまくれば、受け入れてくれるはずだ。今までもそうして、最終的にお父さまは私を拒みきれなかった。

 

 しかし、私はかつてジークお兄さまを甘く見てしまったように、お父さまも甘く見ていたのです。

 

 ──いえ、それは私が想像し得なかった、「覚悟」の違いなのでしょう。

 

 

 

 お前が本当に入りたいのは、駐屯兵団ではないのだろう?アウラ────。

 

 

 

 流石ですお父さま、やはりあなたはお兄さまの血を半分持たれる御方。

 ですが私も一歩も引けないのです。私が()きるためには、必要なことなのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 アウラ・イェーガーは、グリシャ・イェーガーの()()である。そして二番目の子が長男のエレンだ。

 

 しかし実際はアウラの上に兄がいる。その事実を知る者は、壁の世界ではアウラと、その父しかいない。

 

 三人の子供たちはそれぞれ血が繋がっているにも関わらず、容姿はバラバラだ。ジークだったら父似、アウラだったら前妻のダイナ似、エレンであれば現妻のカルラ似──というように。

 

 

 

 夜、エレンを寝かしつけるカルラに帰宅の挨拶をしてから、食事を取ったグリシャ。その前に現れたのは、アウラである。

 

「ただいま、アウラ。まだ寝ていなかったのかい?」

 

「お帰りお父さん。うん、ちょっと話したいことがあってね」

 

 娘から話とは、これまた珍しいことだ。普段はエレンを甘えさせてばかりで自分から何かを頼むことはない少女が、父に相談。

 

 嫌な予感──という名のお父さんスイッチが入ったグリシャは、スプーンを静かに置く。まさか娘はまだ12歳。妻が好きな人の話を聞いた際に耳を澄ませた時は、「いないってばお母さん!」と、顔を赤くしながら言っていた。

 

 その赤さは本当にいないゆえのものか、それともいるからこそ赤いのか。その夜の彼の寝付きは最悪だった。

 

「……待ってくれ、少し心の準備を…」

 

「待って、お父さんどうせまた明日朝早くから仕事に行っちゃうでしょ?その前に話しをさせて」

 

「……わかった」

 

 少女は父の横に向かい、耳元でボソボソと話す。座る父にしゃがむようにして話しかける様に、グリシャはふと、娘の成長を感じた。今ではカルラの肩元に迫るまで身長が伸びた。

 

 アウラはそして、言った。自身が駐屯兵団に入りたいことを。

 

 

「駐屯──」

 

 

 娘の方を向き、灰色の瞳を間近で見たグリシャ。彼は言葉を続けることができず、その瞳の中に沈澱する仄暗い()()を至近距離で見つけてしまう。

 

 そして、彼は察した。これからすることになるのは、カルラやエレンが近くにいる場では、話せる内容ではない。

 

 ゆえに娘でさえ今まで通さなかった地下室へ連れていき、その心中を聞くことにした。

 

 父親失格であれど、12年も共に過ごしてきたのだ。少女が嘘を吐いていることは何となくわかる。娘は嘘を吐いたら耳が赤くなるエレンのように、あからさまに表情に出ることはない。だが感覚的に、感じた。───簡単に通しては、いけない話だということを。

 

 

 駐屯兵団はまずあり得まい。アウラはハンネスの様子を近くで見ていたこともあり、バラのマークを背中に掲げた人間を見ると、苦手な顔をしていたのだから。

 

 ならば後は憲兵団か調査兵団だが、憲兵団の方が一見すると可能性は高いように思える。巨人の脅威が少ない内地勤務は、訓練兵の中では一番人気だ。だが憲兵団に入るなら、わざわざ「駐屯兵団に入りたい」などと言う必要性がない。確かに汚職など民衆の反感も多いが、それでも王の近衛兵さえも担う組織だ。エリート職に入りたいならば、隠す必要はなかろう。

 

 そうなると残りの一つは、調査兵団。もしこの職に就きたいのなら、カルラはもちろんのこと、ハンネスやグリシャも反対するだろう。それほど調査兵団は危険なのだ。命がいくつあっても足りない。

 就きたい理由は本人に聞かなければわからないが、アウラがよく懐いていたキースの存在もある。

 

 結果、何か思うところがあり娘は調査兵団を目指そうとしているのだ───と、グリシャは考えた。

 

 そして、その考えは当たりだ。少女の目が大きく見開かれたのだから。

 

 

 

「なぜ嘘を吐いた、アウラ」

 

「……調査兵団がいいって言ったら、お母さんは絶対に認めてくれないでしょ。ハンネスおじさんも、絶対に認めてくれない」

 

「当たり前だ、人は巨人に敵わない。それにお前が、外のことを知る必要などないだろう」

 

「わたしたちが、()()()()()()()?」

 

「……あぁ、だから…」

 

「なぜ?じゃあお父さんは仮にエレンくんが調査兵団に入りたいと言っても、受け入れないのね?」

 

「それ、は」

 

 エレンならば、受け入れるだろう。かつてジークに自分たちの望む生き方を強要させてしまったグリシャだからこそ、今の息子には自由を選ばせてやりたいと思っている。

 

 だが、この考えは矛盾している。エレンならば、いいのか。娘の自由は認めず。

 

「……お前の血は、そう簡単に失っていいものではない。わかってくれ」

 

「王家の血──だったっけ?幼い頃の記憶だから曖昧だけど、覚えているわお父さん」

 

「…そうだ、フリッツの血だ」

 

「ではわたしはお母さんが言ったとおり、子を成し、その血を繋いでいけばいいの?」

 

「違う!そういうわけでは──」

 

「何が、違うの?()()()()()は、そうあるべきなんでしょ?そうあるように、わたしは教えられた。何者でもない、お父さんとお母さんに」

 

 

 そう言った少女の瞳の中は、ドロドロと溶けている。娘の闇をそこで初めてグリシャは垣間見た気がした。

 

 “家族”という狭い壁の中で育て続けた娘。かつて兄のために死ぬことさえ望んだ、愛しい娘。

 その歪んだ──否、グリシャたちが歪めてしまった部分が、今彼の前に肥大化して現れている。

 

 思わずゴクリと、男の喉仏が上下する。

 

 

「どうして、ダメなの。どうしてお父さん、どうしてわたしは外に出てはいけないの?どうして、どうして、どうして?」

 

「アウ、ラ……」

 

「わたしは少しでも、兄さんに近づきたいの。少しでもおじいちゃんに、おばあちゃんにも近づきたい。わかっているわ、えぇ、わたしは絶対に「()()()()()()」へ帰れない。わたしの大好きな世界。お父さんがいて、お母さんがいて、おじいちゃんとおばあちゃんがいて、そして、兄さんがいた世界」

 

「……お前にはカルラやエレンが、いるじゃないか」

 

「そうね。カルラお母さんに、エレンくん。でも、でもねお父さん、わたしには眩しすぎるの。お父さんとカルラお母さんが笑って、その中にエレンくんがいる。その中にわたしという存在がいることが、おかしいように感じるの。きっと兄さんも、同じ気持ちだったの。愛を与えられなかった兄さんも、きっと今のわたしと同じ──」

 

「アウラ!!」

 

 ポツポツと、父親に視線を向けず下を向いて話し続ける少女。その肩を強く掴み、グリシャは娘の顔を見つめた。悲痛に歪んだ顔が、父を睨むように見る。

 

 

「私はエレンもカルラも───そしてアウラ、お前も同じように愛している」

 

「…じゃあ、兄さんは」

 

「ジークのことも、愛している」

 

「嘘つき」

 

「アウラ…」

 

「────嘘つき!!兄さんに会わせてよ、兄さんに…おにい、ちゃんに……」

 

「……すまない」

 

「…お父さんは、何がしたいの?お母さんが()()()()()()でも、何を求め続けているの?」

 

「────ッ!!」

 

 記憶が、そう言おうとした彼に、アウラは随分前に思い出していたことを話す。

 

 巨人になった母。そし気が狂れ、死を選んだ自分。その後何が起こったのか、ずっと彼女は聞きたかったことを告げた。

 ランプの灯が父に詰め寄る少女の、白いバンダナを淡く照らす。

 

「わたしはどうして生きていたの?わたしは、わたしという存在が怖いの…!!だって、だってわたしは、死んだはずだった…」

 

「………」

 

「少なくとも、「楽園送り」にされたお父さんが、“戦士”だとは信じられない。嘘を吐いているのは、お父さんも同じでしょ」

 

「……っ」

 

「兄さんが目指していた戦士は、いずれ壁の世界──ここへ来るのは覚えているの。だからわたしはその時、一番に兄さんに近づける存在でいたい。何より調査兵団は、()()()()を、持っているから。キースおじさんのように」

 

 グリシャは頭を抱え、地下室にある椅子に座り込む。

 娘は聡い子供だった。しかしそれも、彼が思っていた以上に。

 

 彼が一人で背負い込んでいた罪を側から見つめ、ずっとアウラもアウラなりに考え、悩み続けていたのだ。その姿は今でさえ“家族”の檻に囚われている。新しい家族ではない、もう戻ることのできないかつてのジークやダイナたちがいた世界に。

 

 

「……───わかった、話す」

 

 

 これ以上娘に隠し続けていることは無理だ、とグリシャは口を開く。

 

 アウラがどうやって助かったのかについて語った時、少女は何か考え込むように聞き続ける。そして娘の口から語られた「謎の少女」の存在に、父もまた驚くことになる。

 

 娘の頭を撫でていた、金髪の少女。名前はわからない。しかしそれが「ユミル」であることは、自ずとわかった。やはりクルーガーの言っていたとおり、アウラ・イェーガーは「フリッツ」の名の下において、始祖から寵愛を受けているのだ。

 

「そしてあとは…私の目的のことだな」

 

 

 始祖を奪還する。とは言っても実際は少し異なるだろう。

 

 マーレがこの壁の世界に侵略しようとしていることを話し、王に戦うよう求めるのだ。でなければこの壁の世界は滅び、さらに始祖を手に入れたマーレは世界への侵略を進めていくだろう。そうなれば多くの死者が出る。

 

 その話を、アウラは静かに聞き続けた。

 

 そして父の巨人の力の名や、巨人の力の代償についても、グリシャは語る。もうここまでくれば後戻りはできない。娘にも背負う覚悟があるのを見てしまったからには、やはり話すしかなかった。

 

 ()()()()、方法はないのだから。未だ断片的で、不明瞭な未来を掬い上げて。

 

 

「私はあと…そうだな。5年も生きられないだろう」

 

「…え?」

 

「巨人の力を継承すれば、その人間は13年しか生きられなくなる」

 

 グリシャもまさか、13年という期限はあるとは知らなかった。ただ戦士になれば息子がいずれどのような顛末を送るかは、想像に難くなかった。その上でかつての彼はエルディアを取り戻すために、息子を捧げた。

 

 しかし娘に真実を話すことは、なかったのだ。アウラはジークが、大好きだったから。

 

「あ」

 

 瞳を溢れんばかりに開き、少女が一言呟いた途端。

 

「ああ」

 

 髪をかきむしり、血が滴るまで顔を爪で深くえぐり出し、涙を流して────、

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 アウラは、発狂した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空は青いがお腹は黒い

 私、アウラちゃん。今病室のような場所で手足を拘束されているの。ついでにお口も。

 

 ベッドの上に仰向けになって、鎖が繋がったベルト状の器具を手足につけられ、四肢を投げ出す形でいる。

 

 かわいい少女にこんなプレイをするなんて、いったい全体私はどうなってしまうんでしょう。凌辱?拷問?まぁ別に、何をされようとどうでもいいのですが。むしろ殺してくれた方がいいんですが。というか殺してくれないんですか?

 

 

 

 私、アウラちゃん。どうして斯様な状態になったか、一度思い出してみましょう。

 

 確か私は、メガネをかけた男の人と話していたのです。駐屯兵団に入りたい──という発言が嘘であることはおろか、本当に入りたい兵団が調査兵団であることも見透かされていた。その人を説得しなければ、私は調査兵団に入れなくなってしまうので、私も覚悟を決めて話し合いに望んだ。

 

 いや、そもそも何故私は、調査兵団に入りたかったのだろう?

 

 

 

 私、アウラちゃん。

 

 メガネの男の人と地下室で話し合いになり、私は男の人が彼の息子と娘に、決められた道を歩ませようとしていたことを知っていたので、それを利用しました。どうして私がそれを知っていたかについては、置いておきましょう。何故知っているのか、わからないので。

 

 私とジークお兄さまの人生を強制させたのは、その男の人だ。

 

 私なら窮屈なカゴの鳥、お兄さまならエルディアが革命を起こすための道具────といった風に。

 

 結果、私は今でも家族に執着する少女ちゃんになってしまった。お母さまも亡くなり、お父さまと二人だけになってしまった私。

 

 新しいお母さんと弟では、本当の意味で心を満たすことはできない。だから外の世界へ出て、少しでもお兄さまと近づこうとする。狂った少女ちゃん設定です。実際はもっと狂っているのですがね。

 

 そして、()かれた少女を作ったのは、目の前の男の人。……目の前の男の人?どうしてこの人が作ったの?作ったのは、お父さまの設定だったはず。

 

 

 

 私は、アウラちゃん?途中まで話は上手く進んでいたの。

 

 会話の中で、ずっと気になっていた私が生きていた理由まで知ることができて、万々歳だった。ドロドロアウラちゃんから復活した事実と、巨人になったお母さまの腹から出てきた事実。その上謎のバンダナと、色々謎が多いですが、私は設定モリモリの主人公かなんかか?「寵愛」とか怖いですし、私が寵愛するのもされるのもお兄さまだけで結構です。

 

 

 またその男の人には、「あなたのせいで娘はこんなに狂っちまったんやで?」という罪悪感を上乗せできたし、最高でした。

 

 娘?私がその人の?

 

 しかしまさか謎の少女ちゃんに、「ユミル様」疑惑が出てくるとは思わなかった。違うとは思うけど。だって私と容姿がそっくりなんですもの。個人的には、前世の私説が一番高いです。もしかしたら本当にユミル様で、エルディア人たちの心の中に、「神」として平等にいる可能性もありますけどね。

 

 

 ───そして、男の人の目的はやはり、始祖奪還だった。

 

 マーレの戦士──即ちお兄さまがいずれ攻めてくる前に、“壁の王”に戦うよう求める。

 全てはエルディアの未来のため。さらに言えば、始祖の力を手に入れたマーレに今後奪われるかもしれない無辜の命のため。その男の人は、進み続けている。たとえそれで自分や家族を犠牲にしても。

 

 犠牲、に?犠牲?誰が?誰……。

 

 

 

 ────巨人の力を継承すれば、その人間は1()3()()()()生きられなくなる。

 

 

 

 じゃあ、お兄さま、お兄さまは13年しか生きられない?今は何年?私がここに来てから何年経った?私は今12歳、そしてここに来たのは約4歳ごろ。

 

 8年経った?8年、お兄さまがもし7歳の時巨人の力を継承していたら、あと5年しか生きられない?あと5年のうちにマーレが攻めてくるの?本当に攻めてくる?攻めてきて会えたところで、その後お兄さまが生きられる時間はわずかじゃないの?そもそもどうして13年なの?男の人が言った巨人の継承方法が本当なら、お兄さまは誰かに食べられるの?誰に?巨人に?許せない。お兄さまが死んじゃう。どうしよう、会えないままお兄さまが死んじゃったらどうしよう。その前にお兄さまはまだ生きていらっしゃるの?

 

 いつも、()()だったお兄さま。縦え戦士になれても成績を残せず処分されているかもしれない。殺してやるお兄さまを殺すやつは。お兄さま生きている?お兄さま、どうしよう。お兄さまが、お兄さま、お兄さまが、お兄さま。

 

 そもそもお兄さまは戦士になったの?戦士になっていなければ、私は本当に一生会えない。

 

 そんな、お兄さまと会えないなら生きたってしょうがないのでどうして生きているのかよくわかりませんので私は「私」であることをやめるべきだと────

 

 

 

 

 

 ────そう、思った直後、私は発狂したのでございます。喉が潰れるのもお構いなしに叫んで、目の前の男の人が何か言っているのを無視して、いつの間にか顔の肉をえぐっていた手を、首元に持って行こうとして。

 

 

「アウラ!?アウラ!!!」

 

 

 

 私はアウラと言うらしいです。私アウラちゃん。

 

 その後、女の人が何事か、と地下につながる階段を降りてこようとした。けれど男の人はそれを静止して、私の両手を掴んだまま強く抱きしめ、上へ連れて行った。

 

 女の人は私の顔を見るなり、ヒュっと、息を漏らしていた。悲痛に歪んだ表情はとても心地よくて、男の人の絶望に染まりきった顔もとても素敵。私生きている?私生きていた。生を実感した、この時。生きていたくなどないのに「生」を感じてしまった。

 

 これはいけない、これほど()()()ことはない。死にたい人間が、生きることを感じるなんておかしいでしょう。

 

 

 

 ですので私、アウラちゃん。男の人に渾身の力で殴って、蹴って、抜け出して、目先にあった包丁を掴んだの。

 

 これが最適解。死ぬことこそ最適解。

 

 死ぬのが怖くないのかって?死などは恐るるに足りぬものですよ、私にとって一番怖いのは、お兄さまを失うことですから。私が生きる理由なのですから、お兄さまは。

 

 人が呼吸をし、食べ物を取り、寝て、あるいは誰かと交尾をする。それと同じように、私にはお兄さまが必要で、なければ生きられない。

 

 私が死んだ後にお兄さまが死ぬなら、まだいいです。ですが私が生きている間にお兄さまに死なれたら、私も死ぬしかないです。

 

 

 

 私、私ちゃん。それから、どうなったのでしょう?わかりません。蒼白した男の人と女の人がいたのは覚えています。名前を呟いていた、女の子の名前。誰の名前でしょう?

 

 

 

 私、私ちゃん。そして包丁で己の首を切ろうとした時、誰かの声が聞こえた気がした。幼い子供の声だった。

 

 見れば小さな男の子が男の人と女の人がいる後ろにいて、私を見た瞬間、溢れんばかりに翡翠の瞳を開かせて。

 

 

 ────おねーちゃん!!

 

 

 そう、言った。

 

 

 

 私、おねーちゃん。その子の、おねーちゃん。

 

 お兄さまはいましたが、私には弟もいたのですね。驚きました。しかし驚いただけで、その子が私の生きる理由にはならない。その子は()()()()()()()()()()()。全て同じなのはお兄さまだけ。私の全て、私の、私の大切な人。

 

 でもその時、私に一瞬の隙ができたのもまた、事実なのです。

 

 私は男の人に止められ、その後病院のような場所に連れられていった。

 

 精神がおかしいとか、過去の話をしたせいで一時的に気が狂れ、家族のことも忘れてしまった──とか。私が拘束されている間、メガネの男の人とお医者さんみたいな人が色々言っていましたが、よく頭に入ってきません。舌を噛み切りたくても、口枷をされているのでできない。これじゃあ自分の世話さえできないじゃないですか。

 

 まぁ、どうでもいいですが。どうでもいいです全て。

 

 

 

 私、だれか。

 

 

 だれか、殺して。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 アウラ・イェーガーが、地下室で発狂してから一週間。彼女は病院で四肢を拘束されていた。

 

 固定具を外せばすぐに自傷行為、および自殺に走る。目や鼻、口元を隠すようにして顔中に巻かれた包帯は、愛らしかった顔を恐ろしいものへと変化させていた。

 

 

 何故発狂したかについては、少女の父であるグリシャ・イェーガーの発言から、過去の記憶を思い出してしまったため──とされた。

 

 しかし実際は巨人の継承期間の13年を踏まえ、父親の寿命があと5年である点と、少女の兄のジークも戦士になっていた場合、寿命が長くはなくなっている───と知ったことにより精神が壊れたからだと、グリシャは考えた。

 

 少女の世界。父親によって作られた窮屈な世界。

 

 既にその世界に母親はおらず、あとは父親と兄、祖父母しかいない。特に父と兄は共に暮らしていた家族であったため、依存の傾向が強い。その上で一人は確定で消え、もう片方も消える可能性が高いと知り、少女の世界が急速に壊れた。

 

 

 だが、実際は違う。

 

 少女の世界には、ジーク・イェーガーしかいない。この場合人の悲劇は彼女の()()()()()にはならない。あくまで人の悲劇は、彼女が()()()()()必要なものにしか過ぎない。

 

 アウラの生きる理由は兄。兄がいない世界は彼女にとって、どうでもいい世界────縦え明日滅んでも構わない、無価値な世界。

 

 

 ベッドに拘束された少女の瞳には、およそ生気というものがなかった。口枷から涎を垂らし、ただ虚空を見つめるばかり。食事を流動食にして無理やり摂らせても、水以外は全て吐いてしまうので、このままだと栄養失調で死ぬ。

 

 点滴の方法はあれど、それは壁の世界には存在しない。仮に代用品を作りグリシャが行ったとして、()()()()()()()だと、憲兵に怪しまれる可能性が出てくる。流行病の治療薬を開発したのは、まだ誤魔化しが効く。いや、そもそも治療薬を作ったのが仇となるか。

 

 一度ならず二度までも、()()を生み出す。これほど危険なことはないだろう。なれば少女の身柄を戻して家で治療すれば、或いは…。

 

 否、それもまた現実的ではない。グリシャには仕事がある。カルラに任せるのも難しい。その前に点滴で命を繋いだとして、精神が治らぬままでは────どうしようも、ない。

 

 さらに言えば廃人となった娘の姿を見続けるなど、“父”には、限界であった。

 

 結局医者であるグリシャは、病院へ娘の身を任せることにした。──否、本当に任せたのは娘を寵愛するユミル様に、か。

 

 その間急速に彼は精神的に追い込まれ、満足に食事もできず。またカルラも、ふさぎがちになった。息子の前では、笑顔を作るようにしたが。

 

 

 

 兄がいない。それでもいつか会えることを願って、生き続けていたアウラ・イェーガー。

 

 しかし他人の悲劇を体感しても、生きる理由がない8年という歳月の中で、限界が来ていた。

 

 そんな中知ってしまった巨人の力の継承者の寿命の事実が、ついに追い討ちをかけたのである。

 

 

 ────生きていたところで、どうしようもない。

 

 

 彼女は刻々と間近に迫る死を、待ち望むだけの肉塊となりかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな折、生と死の間に至ったアウラ。

 

 衰弱し意識を失うように瞼を閉じた時、彼女の精神は再び、暗い世界へと導かれた。

 

 広がるのは広大な砂の世界と、巨大な光の柱。その光は天に続き、無数に別れ世界を照らす。

 

 

 彼女は着せられていた病院服もそのまま、肢体を投げ出している。そして空を見上げ、ただ命の終わりを望んでいる。

 

 そんな彼女の顔を、一人の少女が上から覗き込んだ。顔を動かすたび、空の光に照らされ、少女の眩い髪色がキラキラと光る。その手には木製の水の入ったバケツが握られていた。

 

 謎の少女は徐にアウラの顔に巻かれた包帯を取ると、砂──あるいは土を掬い上げ、水と合わせてペタペタと、まるで修復するように直していく。

 

 その間も、アウラは身じろぎ一つしない。瞼もそのまま死体のように開かれたままだ。

 

 

 そして、えぐられた包帯の下の傷がキレイに治される。

 謎の少女は動かぬ彼女を引っ張り立たせ、どこかへ導くように歩き出す。アウラは少女の不思議な行動になされるがまま──しかし抵抗することはなく、後に続いた。

 

 

 

 

 

 して、場面は一面の砂と光の柱の世界から、どこかの街へと変わる。

 

 駆け回る子供と、仕事で忙しなく歩く大人たち。軍人の男に、出店の売り子の女。

 

 その誰一人として、外を歩くにしては異色を放つ少女二人に気づかない。時代錯誤な服装の少女と、歩く死体な様相の少女。

 髪の色や瞳の色は違えど、二人は恐ろしいほど似ている。

 

『……?』

 

 今まで反応のなかったアウラが、微かに顔を上げる。どこか見たことのある街の雰囲気だ。

 かつて両親に抱かれて通ったことのある場所に似ている。兄の公開訓練を見るため、通った────。

 

 

『お兄さま!!!』

 

 

 駆け出そうとした彼女は、足がもつれ勢いよく転んだ。無理もない、一週間以上ろくに栄養を摂っていない身体である。歩くことすら満足にできない状態で、それでも彼女は兄の姿を求める。

 

『お兄さま、お兄さま、ジークお兄さまぁぁ……』

 

 ボロボロと涙をこぼし、鼻水まで流して無用なツラをさらす。自他ともに認める美少女フェイスは見る影もない。泣いて泣いて、はねるコイキングのように──または四つん這いの貞子のように手足を動かしながら、前へと進もうとする。

 

 そんな彼女の手を金髪の少女は再度掴み、引っ張り起こして歩き出す。

 

 自分の意思で握ることのなかったアウラの手が、相手の手を軽く握った瞬間、少女の蒼い瞳が丸くなった。そして、少し嬉しそうに口角を上げる。

 

 

『ひっく、えぐっ、どごに、行ぐの゛っ……』

 

『………』

 

 少女はやはり、何も話さない。だが「ついてこい」という意思を感じ取ったアウラは、べそべそしながら歩いた。

 

 それからしばらく歩き、たどり着いた場所。大通りから横道に入り、その裏側の少し開けた場所で眼鏡をかけた中年の男と、青年の面影を持つ少年がキャッチボールをしていた。アウラは途端に金髪の少女を巻き込みながら少年に突っ込もうとした。しかし途中で転び、その巻き添いで少女も転ぶ。

 

 過去最高に泣きじゃくりながら少年の名を呼べども、やはりアウラの言葉や姿は、謎の少女を含めて見えていない様子だった。

 

「君も最近になってさらに身長が伸びてきたなぁ、ジーク」

 

「クサヴァーさんのことも、もうすぐ抜かせちゃうね」

 

「子供の成長ってのは早いよなぁ…」

 

 まるで親子のようにキャッチボールを続ける二人。兄の姿を見た妹は、八年溜まりに溜まったクソデカな感情について行けず、地べたに座り込んで泣き続ける。その隣に金髪の少女は隙間を埋めるように、ピッタリとくっついて座った。

 

 きっとこれは死ぬ間際の走馬灯なのだ──とアウラは考えながら、歪む視界で兄を見る。

 男二人の会話の最中聞こえた、ジークがまだ戦士候補生であるという事実も知り、さらに感情が爆発していく。

 

 謎の少女がクソ少女にくれた最後のビッグプレゼントだ。精神崩壊を起こしていたアウラ・イェーガーであるが、粋の良すぎるプレゼントで、死を待ち望む肉塊から一気に「()()()()()」へと戻ってきた。

 

 もう、死んでもいい。

 

 

 その感情はずっと考えていた「死にたい」とは全く異なる感情。

 

 兄を見れた。例え一方的に見ているだけでも、もしくは現実ではなく謎の少女が作り出した幻影なのだとしても、これ以上幸福なことはない。

 

 アウラ・イェーガーにとって、ジーク・イェーガーとは彼女の全てである。

 

 

『……ありがと』

 

 

 アウラは、少女を見つめ言う。

 片手でボロボロ溢れる涙を拭いながら、もう片方の手で少女の手を強く握り、笑いかける。

 

 今彼女は、幸せだった。目の前の少女のおかげで、最期に心から笑うことができた。

 

 飾ることないアウラの本当の表情を見、嬉しそうにその少女もまた微笑む。そして音を正確に紡ぐことのできない口が動き、『ア ウ ラ』と形作った。

 

 名を呼ばれたアウラも名前を言い返そうと口を開きかけ、止まる。

 

 目の前にいる謎の少女──神様なのか悪魔なのか、はたまた前世の自分なのかもよくわからない存在。ただ少女が何であれ、もし本当にエルディア人の始祖であるのなら、彼女はこう呼ぶだろう。

 

 

『ユミル』

 

 

「様」などいらない。少なくとも今彼女の隣で笑いかける少女が、神さまのようにも、悪魔のようにも見えなかった。ただの少女───少なくとも、そういう風に見えた。

 

 対し謎の少女は呆然とした表情を作り、そのままアウラを抱きしめた。頷いて、泣いて、笑う。

 

 何故少女が泣いたのか、また笑う理由もアウラにはわからないだろう。壊れている彼女にはきっと、ずっと、少女の真意を理解することはできない。

 

 それでも少女にとっては────「ユミル」にとっては、アウラ(彼女)が存在し、()()()()()()()()()()だけでよかった。

 

 

 

 ユミルはアウラの手を引っ張り、また歩き出す。

 アウラは愛する兄を名残惜しく思いながら、それでも己の終わりに満足だった。

 

 そして、戻ってきた砂と光の柱の世界。

 少女二人は手を繋いだまま、歩き続ける。行き先のわからぬアウラは不意に少女から何か言われた気がし、首を傾げる。

 

 

 ────アウラは どうするの?

 

 

 どうする?それは死後についてだろうか。

 

 彼女の死後は──いや、違う。「どうするの」の意味は、死後について聞いているわけではない。蒼い瞳はなにせ、真っ直ぐに彼女を捉えている。終わりの話ではなく、まるでこれからのことを促すような意思を感じさせる。

 

「私は……」

 

 アウラは誰かの悲劇を糧に生きている。でなければ彼女は、自分が生きていることを実感できないからだ。

 

 しかし、胸につっかえるような感覚が取れない。その違和感が何なのか彼女が考え始めたところで、脳裏によぎったのは先程の兄の様子。

 

 楽しそうにクサヴァーとキャッチボールをしていた兄。戦士候補生として残った彼は、現実で生き、そしていずれ壁の国へと侵略に来る。

 

「お兄さま、笑っていた…」

 

 あれほど楽しそうに笑っている姿を見たのは、どれほど久しぶりのことだっただろうか。かつて妹であるアウラにも、兄の笑顔は向けられていた。今でこそ、見ることは叶わないが。

 

「……違う」

 

 ボソリと、彼女は呟く。

 笑顔の兄、幸せそうに生きている兄。生きていることはむしろ喜ばしいことである。しかし()()は違う。

 

 

「────ふふ、うひひ」

 

 

 あぁ、そうであった。彼女は忘れていた。

 

 彼女の生きる理由とは違う“()()”を。アウラ・イェーガーが生きる中で、人の悲劇以上に求めてやまないものを。

 

 

 

 

 

「私は、ぐふふ、ジーク・イェーガー(お兄さま♡)の──────曇った表情を、見たいのです」

 

 

 

 

 

 うっとりと、ねっちょりと恍惚の表情を浮かべた彼女を、ユミルは静かに見つめた。

 こうしてはいられない、とアウラが思った瞬間、彼女の姿が砂と光の柱の世界から消える。

 

 一人残された少女は先まで握られていた手を見つめ、視界を空に移す。

 

 そこには果ての見えない光の道が、無数に広がっていた。




その頃のキャッチボール中の二人。

「どうしたんだ、ジーク。急に顔を青白くさせて」
「いや、なんか、ものすごい寒気が……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

右手の拳を握り、その人は何を思う。

お気に入り感想、評価等いつもありがとうございます。とりまあと2話で二章は終わりな感じです。……まだ原作に入ってないんだよな(白目)
とりあえず書く気力があるうちに、書こうと思います。沼移ったら多分書けなくなってしまう。


 一時危篤状態となったアウラ・イェーガー。

 

 目覚めることなくこのまま命を落としてしまうかに思われた彼女であったが、しばらくの昏睡状態ののち、再び目を覚ました。この時点で既に二週間以上水以外のものを摂取していなかった。細くなった身体は、さながらミイラである。

 

 少女は発声も困難な中、慌てて訪れた医師にこう言った。

 

 

 おな…か、すいた────と。

 

 

 

 

 

 そこからは劇的な回復であった。最初は固形物を胃が受け付けなかったため流動食を食べ、身体に栄養が渡ってからはみるみるうちに元気を取り戻した。また跡が残ると思われた顔の傷も、綺麗に回復していった。

 

 元の明るい少女の笑顔を目にした時、両親は涙ながらに娘を抱きしめた。特に少女が発狂する原因となった過去を掘り返してしまった──と感じていたグリシャは、ひどく憔悴していた。

 

 ゆえに元に戻った娘を見た時、どれほど安堵したことだろう。そして自身の罪を、後悔しただろう。

 

 結局自分は家族を犠牲にすることしかできない、そう自身を責め続ける父に、アウラは微笑みかける。

 

 カルラはエレンの面倒のためおらず、父と娘の二人だけの病室。

 父の手を握った少女の背後では窓から光が漏れ、逆光を作る。どこか神秘的な雰囲気を感じさせる、少女の暗いシルエット。

 

 

「パパ、ねぇパパ」

 

「……なんだい、アウラ」

 

「そんな暗い顔しないで。わたしね、ユミルちゃんに見せてもらったの。兄さんが「クサヴァーさん」って人とキャッチボールしてた。すごく、幸せそうだった」

 

「ユミル様が…ジークを?」

 

「うん。もう死にたかったけど、ユミルちゃんは兄さんのことを見せてくれた。兄さんね、戦士候補生になってたの。身長もすごく高くなってた」

 

「…そうか」

 

「それで、それでね。……えへへ、すごくパパと似てたよ。パパみたいにカッコよくて、ママみたいな髪の色と瞳でね」

 

 本当に心から嬉しそうに、ジークについて語るアウラ。「パパ=カッコいい」の部分にグリシャは心臓を抑えかけたが、なんとか平静さを保つ。

 

「ユミルちゃんは、わたしに「生」きろって、示してくれた。だからわたし、生きるわ。そして進みたい」

 

 そう語る娘の姿を、静かに見つめる父。

 

 父親がクルーガーの意志を受け継ぎ、エルディアのため()()し続ける中、少女もまた一歩踏み出そうとしている。

 

 それは何故か、グリシャは娘に問う。改めて心を決めたその意志を聞きたかったのだ。ユミルの寵愛により生かされた彼女。そこにあるのは純粋な娘の意思ではなく、ユミルの思惑が絡んでいる可能性もある。

 

「寵愛」────その一言で呑んでしまうほど、人間は簡単にできていない。同じフリッツ家であれど、ダイナは助けてもらえなかった。何か始祖に理由があるとしか思えない。考えれば考えるほど、底なしの思考回路に行きつき恐ろしさが増していく。

 

 

 だからこそ己が目で、グリシャは見定めたかった。調査兵団の選択が、アウラ・イェーガー自身のものであるか否かを。

 

 

 アウラは笑みを消し、真っ直ぐに父を見つめる。

 

「いずれ戦士は来る。私はまた、ジーク兄さんに会いたい」

 

「それが、アウラの望みか」

 

「うん。でも、それだけじゃないよ、パパ」

 

 戦士が来れば、壁の楽園は滅亡へと向かうだろう。キースによって偶然発見されたアウラとグリシャ。二人が外の世界から壁の中へ入れたのは、幸運だったに過ぎない。

 

 壁内の人類を追い込む点を踏まえ、円滑に壁内へ侵入するには、壁を破壊するのが手っ取り早い。そして混乱に乗じて巨人からヒトに戻れば、紛れることも容易となる。その上で多くの民が死ぬ。知性の巨人だけではない、無知性の巨人によって。

 

 もしそんないざとなった時、一番戦えるのは駐屯兵団でも、憲兵団でもない。立体機動装置を扱い巨人と戦う機会の多い、調査兵団だ。

 

 

「わたしの世界は、とても窮屈。けれどわたしにはパパがいる。それにカルラママとエレンも」

 

 見ないようにしていた。かつての家族の姿を追い求めて、狭い世界ばかりを見ていた。カルラやエレンに愛されていることを知っていても、どうしても受け入れることができなかった。

 

 受け入れてしまえばアウラは、()()()()()()()を知ってしまうから。

 

 突然広い世界に放り出されてしまえば怖かろう。それでも彼女は歩む。

 

 そう、全ては────、

 

 

「大切な人を守りたいから、私は進みたい」

 

 

 縦えそれで兄と戦うことになっても構わない。兄と出会い、そして戦い、その上で止めればいいだけの話だ。

 

「お前の言っていることは、途方もなく難しいことだ」

 

「うん。全部守りたいなんて、馬鹿げてる。でもわたしは失いたくない、これ以上」

 

「……少なくとも私はあと五年で死ぬ。それでもお前は、進むのか?」

 

「うん、進む。何か巨人の継承者の寿命の解決方法がないかも、ユミルちゃんに探ってみる」

 

「…わかった、アウラ」

 

 グリシャは娘を抱きしめた。いつの間にか大きくなった少女もまた、父を抱きしめ返す。

 あと数年もすれば、娘は前妻のダイナの身長を抜かしてしまうだろう。子の成長というのは早いものだ。

 

「ごめんな、お前をこんなにも、苦しめてしまって…」

 

「うぅん、パパの方がいっぱい苦しんでる。それを少しでも減らせるなら、わたしもパパと一緒に、苦しい思いをしてもいい」

 

「………ッ、う」

 

 声を殺し静かに泣く父の背を、アウラはやさしく撫で続ける。

 

 そんな、父の肩に顔を乗せる彼女の表情は、恍惚に染まっていた。

 目を細め、父の無用な姿に脳内絶頂する彼女はどこまでも────、

 

 

 

 ──────クソ少女で、あった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私、アウラ・イェーガー!ピッチピッチ(死語)の12歳!

 

 お父さまに調査兵団を目指す許可を得て、訓練兵団に入れることになりました。

 

 ただしカルラママとハンネスおじさんには、駐屯兵団に入りたいというのが嘘だったことをバラされ、カルラママにはめちゃくちゃ怒られた。ハンネスおじさんにも危険だ、と怒られた。ついでに嘘をついたことにも。

 

 お父さまとしては命をかけることに対しての覚悟を、より強く持って欲しかったのだろう。また命を簡単に失わないよう、私を大切に思う人がいるんだということを、改めて実感してもらいたかったのだ。

 

 

 裏の理由は、大切な人(家族)を守るための力が欲しい──となったが、表の理由としてはキースおじさんに憧れたから、ということにした。

 

 お父さまは私がカルラママたちに話した理由に、複雑そうな表情を浮かべていたけれど。しかし娘がキースおじさんに憧れているのは、強ち間違いではない。

 

 

 だって人類のために戦い(巨人に食われる人間の顔や、それを見て絶望する仲間の顔を合法的に見れる)、その身を(「私」自身が()きるための糧として)捧げることができるお仕事なんやで?

 

 それに命からがら帰ってきても、何の成果も得られず民衆たちにやれ「税金の無駄遣い」だの、やれ「命を粗末にしている」だの、曇りイベント満載である。以前壁外調査から帰ってきたキース団長を見たが、うっかり飛びそうなくらいには顔が死んでいた。

 

 そんな職業に就いているおじさんに、憧れないわけがないよなぁ?

 

 

 

 

 

 ともあれ、私は叱られイベントを乗り越え──というかその前に、弱っていた身体を元に戻した上で、ウォールマリア南方の訓練兵団に第97期生として入団することに。

 

 

 これから三年間は我が家に帰れない。名残惜しいですが仕方ありません。

 

 私は極めて過酷な訓練の中で、脱走したり命を落とす者もいると聞く地獄の中。

 若人たちがもがき苦しみながら走り続ける様を、よだれを垂らしながら見てくるので、安心してください。

 

 見送りに関してはカルラママとエレンきゅん、ハンネスさんの奥さんだけだった。夫はあいにく駐屯勤務で来れず、父もまた診療の仕事で不在だった。お父さまはわざと来なかったのだろう。三年もかわいい娘に会えず、しかも死ぬ可能性も十分あるのですから。

 

「……おねーちゃん」

 

「エレンくん、わたし行ってくるね」

 

「……やだ」

 

 エレンきゅんがわたしの服の裾を、グイグイ引っ張ってきます。今にも泣きそうな顔で、おねーちゃんの通行を阻止してくる。

 

 エレンきゅんとしては姉がようやく病気が治って退院したと思ったら、またしばらくいなくなってしまうのだ。お姉ちゃんとしても三年もエレンきゅんに会えないのは悲しい。ので、いっぱい今のうちに私にその可愛らしいお顔を拝ませてください。オラ、泣くんだよ(鬼畜)

 

「すききらいしないから」

 

「エレンくん…」

 

「オレいいこでいるから…!!」

 

「…ごめんね」

 

「うぅ……ふぅぅ…」

 

 あぁ、心がぴょんぴょんするんじゃ。

 ジークお兄さまの可愛らしい泣き顔も最高で絶頂(ヘブン)状態になりますが、綺麗な顔立ちのエレンきゅんのお顔も、お兄さまと違った味わいがあってとてもいい。

 

 しかしアウラお姉ちゃんはそろそろ行かないといけないので、弟を抱っこして立ち上がり、カルラママに渡します。

 おや?カルラママも涙ぐんでますね。やめてください私、ぴょんぴょんし過ぎて死んでしまいます。

 

「絶対帰ってくるのよ、アウラ」

 

「うん、立派な兵士になってくるから。安心して、お母さん」

 

「おねーちゃ……」

 

 エレンきゅんに手を振るクソ少女はクールに去るぜ……と思いましたがあまりにも大声で泣くので一旦戻り、約束をすることにした。男の子によく利く方法である。

 

 

「男の子が泣いてちゃ、恥ずかしいんだぞ」

 

 

 そう言い、人差し指で弟の額をコツンと触る。号泣していたエレンきゅんはその瞬間泣くのをやめ、口をへの字に曲げた。鼻水と涙の跡を残しながら、それでもこれ以上泣くまいと必死に堪える。かわいい。

 

「わたしがいない間、お母さんのことを守ってあげてね、エレンくん」

 

 それにエレンきゅんは小さく頷き、私が差し出した小指に小さな指を絡める。指きりげんまんだ。

 

「じゃあ行ってきます、エレンくん、お母さん、それにおばさん」

 

 イェーガー家族の様子をやさしく見つめていたハンネスおじさんの奥さんにも別れを告げ、私は歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして始まる、三年間の訓練兵時代。

 

 アウラちゃんの現段階の肉体スペック的には、当時ドベだったお兄さまと比べたら天と地ほどの才能がある。いや、流石にそれはお兄さまに失礼なので、「兎と亀」にしておきましょう。

 

 私が兎で、お兄さまが亀。

 これの言わんとしたいところは、最初は才能の差があったとしても、努力を続ける亀が兎を追い抜いてしまうということ。

 

 ユミルちゃんが見せてくれた現在のお兄さまはそれはもう、物凄かった。語彙力が死んでしまい申し訳ないですが、とにかく物凄かったのです。まず伸びた身長に、童顔から精魂な顔つきに変化しかけの凛々しいお顔。

 

 だのに、お顔は愛らしい上にカッコいいのです。──────カ ッ コ い い の で す!!(二回目)

 

 体つきがそもそもお父さまと違いました。お父さまも三十路を過ぎ、クソ少女(誰かさん)のせいでストレスがかかり痩せてしまっていますが、シャツの上からでもわかる、お兄さまの体つきはすごかった。お触りできなかったのが悔やまれます。お触りされたくもあったのですが、残念です。

 

 

 おっと、いけません。お兄さま語りで話が逸れてしまいました。

 

 つまり努力を続けるお兄さまに、才能にかまけてサボっていては勝てないということ。今後の展望として、戦士候補生であるお兄さまが、壁内に侵攻してくるのもそう遠くない未来であると推測できる。

 

 私がその時取るべき立ち位置は、巨人に食われて殺されるモブAでもいいでしょう。しかしそれではお兄さまに気付いてもらえず、また出会えることなく死んでしまう可能性が高い。

 

 であれば、敵対関係にいるのが最も美味しいポジションになる。お兄さまと出会う確率も高まり、モブの巨人たちに殺される可能性も低くなる。ともかく戦士たちの侵略前提で、行動を考えていくべきなのだ。

 

 

 お父さまに語った内容の大半が嘘になりますが、しかしお兄さまと出会いたいのは本当のことです。

 エレンきゅんや、カルラママを守りたいのも本当。最高のタイミングで家族を壊す前に死なれては困りますからね。

 

 目先の目標としては、戦う力をつけること。そして、一番最高なのはお兄さまと出会うことができた上、妹が「敵」として立ちはだかることである。その中でお兄さまに殺されてしまったら私、腹上死ものです。お兄さまに殺されて()ってしまう未来ですか……♡

 

 妹を殺してしまったお兄さま、人生で最高のお顔が見れそうです。

 

 ただし死ぬ前に解決しておきたいのは、巨人の継承者の寿命の問題ですね。ユミルちゃんに会おうと念じても出会えないので、何かきっかけが必要なのでしょう。

 

 一回目と二回目に出会った時の状況を考えると、()()()()()()()()という共通点があるので、死にかければあるいは出会えるのかもしれません。

 

 流石にこれ以上死にかけると、お父さまの精神が壊す前に壊れるのでやめましたが。訓練兵団に入っていれば、死にかける機会も多いでしょう。その時を狙い、ユミルちゃんに何か必勝法がないか尋ねてみることにします。

 

 

 

 

 

 ───そして、私、アウラ・イェーガーの三年間の地獄になるであろう火蓋が切られることになった。

 

 

 97期生一同が揃った手前、教官が名を名乗る。その後一人一人に名や出身区、志願動機を聞いていく。時折教官が意図的なのか、抜かしていく人間もいる。

 

 思った通りというべきか、私と同年代の人間はごくわずかだ。ほとんどが歳上の人間である。それもそうか、訓練兵として参加できる最低ラインが12歳。戦争が起こっているならともかく壁の中は平和だ、わざわざ兵士を目指す人間の方が少ない。それもまだ子供が、訓練兵になるなど。剰え私は性別が女。同年代で性別が同じ子供はいなさそうだった。

 

(…来た)

 

 ようやく私の順番だ…と思ったら、素通りされる。その一瞬教官と目が合った。

 教官は私の瞳を凝視し、隣の訓練兵に向かっていた身体を戻し、私の前に立つ。

 

 貴様は何者か、と尋ねられ、「シガンシナ区出身、アウラ・イェーガーです」と返す。

 

「貴様が訓練兵団に志願した理由はなんだ」

 

 志願動機か。射抜くような教官の視線に、私の奥底を掬い上げられるような感覚がした。

 

 少なくとも“教官”という立場にある人間だ。これまで数々の経験を積んできたのだろう。嘘をつけばバレる。かと言って浅い理由でもならない。一歩戻ってきたのにはやはり、意味があると考えなければならない。私の本質を見抜かれてはいないが、それでもこの教官には何か感じたのでしょう。私という、悪魔に。

 

 

 一つ息を吐き、心臓に当てた右手を強く握りしめる。

 

 私が訓練兵団に志願した理由は、調査兵団に入るため。そして人間たちの悲劇を間近で見て、「私」という存在が生きていることを実感するため。その上でさらに、いずれ来る壁内の人類の()()()の際、お兄さまと出会い、私の最後にして最大の、曇ったお兄さまを堪能するため。

 

 以上を端的に表すなら、どう言うべきか。

 一瞬のうちに考えて、言葉にする。教官の目をじっと見据えながら。

 

 

 

「────わたしが「私」として、()きるためであります!」

 

 

 

 私の言った意味がわからぬようで、周囲の訓練兵が首を傾げる。しかしこの場で大切なのは、訓練兵としてこれから過ごす人間の()()()()()ためだ。覚悟があるなら良し、ないなら活を入れる。そうやって兵士の一歩を歩ませるのだ。

 

 ゆえに意味が分からずともよい、その人間のうちにどのような過去があるのかなどは、わざわざこの場で掘り下げるべきことではない。

 

 教官は私の言葉に無言のまま、隣の兵士へと移っていった。

 

 

 内心少し疲れたが、しかしまだ始まったばかり。

 

 私は「兵士」として頑張ります、お兄さま。

 

 そしていずれ、戦い(愛し)合う未来を、心の底から待ち望んでおります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハローワールド/グッバイエブリワン

実際には成績上位者が呼ばれた後の飲み会?でみんな進路希望(入団したい場所)について話し合ってたけど、クソ主人公ちゃんを光らせたかったので、あえて成績上位者呼ばれた後に進路希望言わせてます。


 その日、ウォールマリア南方の訓練所にて、200名近い第97期生の訓練兵が卒業に漕ぎつけた。

 

 この中で憲兵団に希望することできるのは、成績優秀者上位10名のみである。その10名のほぼ全てが憲兵団入りを希望する中、一名のみ別の兵団を希望する者がいた。

 

 

 その名を、アウラ・イェーガー。成績9位を収めた少女である。

 

 

 肩にかかるほどの長さの色素の濃い髪と、僅かに青みを感じさせる白銅色の瞳。女性にしては高めの身長とスラリとした体躯は、一見すれば兵士とは思えぬ体型である。正しく「美少女」を体現するその姿に、多くの訓練兵(主に男)が救われてきた。

 

 誰にでもやさしく真面目で、男女平等に接する。時に女子陣からやっかみの視線を受けることもあったが、彼女は意に返さず進み続けてきた。彼女の果敢な姿に容姿はさておき、厳しい訓練の中で心が折れかけてきた幾人もの人間に、前へ進む原動力を与えてきた。

 

 筆記においては常に上位に食い込み、人望も悪くない。さらに瞬発性や機動力については、有無を言わさぬトップクラスを誇る。

 

 しかし唯一難点があるとすれば、他の成績上位者と比べて体力・筋力に劣るところか。人間の体型とは遺伝的なものもある。身長の割に体重があまりにも低かった彼女の母親──ダイナを例に挙げれば、それも仕方ないと言えよう。

 

 

 それらを踏まえての9位。妥当と言えば、妥当の成績である。むしろ周囲が歳上で男性が多い中、よく上位者に食い込めものだ。

 これに少女の()()()を含めてしまえば、卒業どころか訓練兵の入団を拒否されるレベルの醜悪さなのだが。

 

 しかして、彼女の裏の部分に気づくものはいなかった。少女が時折覗かせる()()()()()()()()()に教官は気づいていた節があったが、それも彼女の過去が原因ゆえと、考えられていたのである。

 

 情報によれば、詳しい経緯は不明だが、アウラ・イェーガーは幼少期生みの母親を失ったとの話がある。情報元は少女の母親からだ。

 ちなみに後者の母親とは、父親の再婚相手を指す。これだけでもなかなか複雑な家庭事情だ。

 

 

 そのトラウマが原因となり一度、それも入団する数ヶ月前に精神を病み入院している。その状態でよく回復し、入団できたものだ。

 

 もし精神が回復しきっていなかったら、最初の「通過儀礼」の洗礼さえ耐えられなかったに違いない。だが最初から最後まで残ったということは、つまりそういうことだ。

 

 アウラ・イェーガーには訓練兵の三年をやり遂げる覚悟──そして、それに相応する目的があったのだ。

 

 

 成績上位10名が並ぶ中、彼らを三年間教えた教官の男は、心臓を捧げる9位の少女に視線を向ける。

 

 初め通過儀礼として訓練兵たちを恫喝していく際、男はアウラ・イェーガーもまた、時折いる()()()()()()()()()()()()と判断しかけた。

 

「通過儀礼」とはそもそもそれまでの自分を否定し、まっさらな状態にしてから兵士に適した人材に育て上げる──という、必要な過程とされる。それを必要としない者は総じて過去に壮絶な体験をした人間が多く、己の中でその体験に準じた信念や覚悟を抱いている。

 

 普通ならば通過儀礼を終えている者に対し、教官が声をかけることはない。

 しかし男は一度アウラ・イェーガーに「必要なし」と感じたのにも関わらず、立ち止まった。それは何故か。

 

 

 その、白銅色の瞳の中に沈む何か───末恐ろしいものを、感じたからだ。

 

 研ぎ澄まされた刃のようにも、血まみれになり錆びてしまった鈍刀のようにも見える、チグハグで、狂気的な何か。

 

 この時点では一人一人の訓練兵の過去を知らない状態であったため、教官は得体の知れないその正体を測りかねたのである。

 ゆえに男は少女に問うた。少女が訓練兵団として、ここにきた理由を。

 

 

 ────わたしが「私」として、()きるためであります!

 

 

 それが、少女の理由だった。

 

 ドロドロとした奥底に秘めた真意。それは少女の過去と照らし合わせることで、ようやく正体がわかってくる。

 

 母を失った過去。その強烈な体験は、一度思い出すと少女を精神的混乱に至らす。何が起こったのかは、聞くべきではないだろう。少女は一度発狂して入院し、それを乗り越えて訓練兵に志願した。掘り返すのは藪蛇というものである。

 

 アウラ・イェーガーは最終的に、自分として生きるために、三年間努力し続けた。

 

 それは単に、()()()()()()()()ためであろう。

 その上で必死に生きて駆け上がり続けたのだ──と、教官の男は瞳を閉じる。

 

 

 ともかく、これにて第97期生は卒業し、三つのうちの一つの兵団に入団する。

 

 1から8位までは憲兵団を志願した。9位の少女もまた、憲兵団に────、

 

 

 

「わたくしアウラ・イェーガーは、調査兵団への入団を希望いたします!!」

 

 

 

 周囲がざわついた。調査兵団は三つの兵団の中で群を抜けて死亡率が高い兵団である。

 

 現在団長を務めるのはキース・シャーディスであるが、これといった成果をあげられず、ここ数年では無駄に兵士が死んでいっている。年々調査兵団を希望する者が減っていることは、隠しようのない事実。入ったところで死ぬか、生き残っても民衆の冷ややかな視線を向けられる。

 

 そも人は壁に守られ、約百年も平和に過ごしてきた。わざわざ巨人の脅威に晒されながら、命をかける行為自体バカげている───と、あざ笑う民もいる。

 

 

 しかしアウラ・イェーガーは、真っ直ぐに前を向き、心臓を捧げている。

 

 三年間教官を務めた男は、小さく「あぁ」と呟いた。

 

 

 どんなに周囲に冷たい視線を向けられようと、一人の少女は自分が自分として生きるため────他人に流されて生きるのではない、自分の夢に向かって、突き進んでいる。

 

 勇ましく、それでいて美しい。そしてその姿の裏で流れるドロドロとした人間の狂気が、不思議と少女の魅力に感じられて仕方がなかった。

 今ここにいる多くの人間が、15歳の少女に魅せられている。

 

 

 その光景は、彼女に流れる()としての資質も起因していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私アウラちゃん、15歳。

 

 何度か死にかけながらも無事に訓練兵団を卒業しました。予想以上に体力がなくてヒィヒィ言っていましたが、それでも屍にならずに済んだ。もちろん吐く時は、皆の衆がいないところでキラキラさせていましたよ。美少女ちゃんのイメージを崩すわけにはいかなんでね。

 

 身長も三年でかなり伸び、地獄の訓練の中筋肉も多少ついた。見た目はお母さまの美人な顔立ちにより近づいたと言えましょう。それでもやはりユミルちゃんにそっくりですが。えっ?胸はどうなったのかって?

 

 ……実は私、一度試してみたいことがあるんです。兵士になって当然のようにブレードの使い方を覚えたんですが、対巨人を想定してでしか使っていなくてですね。えぇ、そうです。人間に使ったらどうなるか試してみたいんです。

 

「ブレードフェラ」────実にいい響きですよね?舌や歯や肉や脊髄をブレードでかき混ぜたらどうなるでしょうか。実にイイ表情をしそうですよね。された、人間は。

 

 

 

 閑話休題。

 

 結局何度か死にかけましたが、ユミルちゃんに会うことはできませんでした。生死の判断ラインが厳しいのか、それとも猫のように向こうが気まぐれなのか。まぁ、そこは私の力ではどうにもならないので、ひとまず置いておきます。

 

 

 して、問題はここからです。

 

 調査兵団に入ることができ、次回初めて同行することになる壁外調査。新兵が初の壁外遠征で生還できる確率は、5割程度と低い。力を付けたはいいものの、どこまで通用するのかはわからない。実際に巨人(本物)と闘ってみなければ。

 

 私は体力は平凡だが、瞬発力や機動力は高い。また体重も筋肉がつきにくい分軽めであるので、素早さもある。状況把握や処理にもそれなりの適応はある。仲間内との連携も培ってきたつもりだ。

 

 それでもやはり、これからどうなるかは運命次第だろう。

 

 

 そもそもお父さまの話が本当であれば──というか幼少期の私が目撃しているのですが、お父さまが巨人化して壁の世界へ向かっている時、巨人は襲って来ず静観していた。

 

 それも「始祖の寵愛」によるものだ、とお父さまは推測されていた。

 

 調査兵団になって壁外調査に出て、巨人が私を襲ってこない──なんてことはないですよね、ユミルちゃ…ユミル様?でないと、不審に思われたアウラちゃんが尋問・解剖(らめぇ♡)されてしまいます。

 

「寵愛」というのは自身を例に挙げれば、好きなあの子の笑顔だけでなく、泣く姿を見てこそ()()()()だと私は感じている。

 

 なのでユミルたそは、私が巨人と戦い苦戦するところをネッチョリしながら見ていておくれ。

 

 しかし一度はケガをして、お父さまやカルラママにエレンきゅん、それに団長のキースおじさんに心労的負荷をかけたい。腕の一本くらいは失ってもいいですが、そうすると戦えなくなってしまうので、骨を折るなどが望ましいですね。いずれタイミングよく巨人に捕まってケガをしましょう。

 

 

 

 

 

 そうした不安は色々ありましたが、卒業して間もなく私は一団員として壁外調査に赴きました。

 

 行く前に家族の元には一度顔を見せましたが、お父さまとは仕事の都合でまた会えませんでした。

 

 代わりに大きくなったエレンきゅんを抱っこして胸いっぱいに吸い(全力で抵抗された、思春期か?)、カルラママも嬉しそうに笑っていた。すぐに壁外調査に行くのを知ったら、カルラママは落ち込んでいましたけど。

 

 対しエレンきゅんは、カルラママ曰く、三年の間に私の姿を追って調査兵団に憧れを持つようになったらしい。ついでに「調査兵団を諦めるよう説得してほしい」とも頼まれた。

 

 随分ツンツンしてるけど、お姉ちゃんがいない時はデレデレするとかかわいいな?ついと自由の羽の刺繍がされたマントを見せれば、瞳を輝かせた。けど、すぐにそっぽを向いてしまったところもかわいいな?

 

 後でお姉ちゃんがケガしてくるから待ってろよ!

 

 

 

 そして、壁外を移動中。

 

 馬を走らせながら目に留まるのは、金髪の分け目が気になる男性。その人物とは、明らかにキース団長より有能そうなエルヴィン分隊長である。現時点ですでに、次期団長は彼に決定している。今は団長の右腕ポジションと言っていい。

 

 エルヴィン分隊長の班は、毎回死者が他の班と比べて圧倒的に少ない。幸い私は彼とは別の班だ。

 

 

 使()()()()()()()()というのはそれだけ、周囲の不幸が減ってしまう。私としては実に美味しくない。

 

 人が巨人に食われる様を見るのは初めてではないですが、やはり人類のために命を掲げていく者たちが、最期にどのような表情を浮かべて死ぬのか早く見たい。

 

 ちなみに初回で見たのは、曹長殿が復権派の人間を蹴落とし、生きたまま巨人のエサにさせていた時である。

 

 当時はお兄さまの悲劇でしか輝けなかった未熟クソ幼女ちゃんでしたので、惜しいことをしました。

 もっと早くに曹長殿の言葉を聞いていれば、私はお兄さま以外の人間の悲劇に、価値を見出せたというのに。

 

 

「えっと…よろしくなイェーガー新兵!若い上に、成績上位者9位の人間が入ってくれたのはとても心強いよ」

 

 私の班の分隊長の男が声をかけてきます。エルヴィン分隊長と比べたらよっぽどモブの印象しかない。

 しかし美少女アウラちゃんは「天使」ムーブで微笑みました。

 

「よっ、よろしくお願いします、分隊長!」

 

 年齢や性別はともかく、他の成績上位者が憲兵を選んだ中調査兵団を志願した私は、すでに調査兵団内でうわさになっているようだ。

 

 まだ新兵であるので、組まれた陣形の私の配置位置は一番安全なポジション。他にも調査兵団を志願した同期もいるが、大半は緊張で顔を強張らせている。そりゃあ死ぬかもしれないしな。

 

 

 一応キース団長に視線を送ってみるが、最初に新入りたちに向けた激励の言葉を賜っただけで、個人的に話はしていない。

 

 しかしハンネスおじさんなどから、私がキースおじさんに憧れ調査兵団に入った(嘘)情報は、既に得ているだろう。

 

 元友人であるお父さまの娘でもあるので、思うところしかないだろう。そうして団長が苦しむ分私がニッコリできるので、とても美味しい立ち位置です、本当。まぁ団長でいらっしゃる方ゆえ、私情と仕事はきっちり分けているでしょう。

 

 

「前方より巨人接近!数は──ー」

 

 

 早速巨人が来た。数は二体。一方は3m級で、もう一体は10m級だ。

 現在地は森に囲まれた場所。立体機動を使うには適している。

 

 団長の言葉と共に一斉に周囲が臨戦態勢に入る。

 

 あぁ、とてもドキドキしますわ私。何人、何十人の兵士が此度の壁外調査で死ぬでしょう。彼らの命は巨人に奪われ、最後は嘔吐物となってみんなと混ざり合った肉塊になる。

 

 どんな表情で、どんな声で、どんな気持ちで彼らは死んでいくでしょう。

 

 その最期を、人間の一生の中で()()()()()()その姿をぜひ、この私に見せてくださいませ。

 

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「いやっ、私まだ、死にたくなッ───」

 

 

 ────ハァ、これが「生」なのです。

 

 私が今生きていることを、死にゆく者たちの悲劇を以って、感じさせていただきます。

 

 

 

 最初の二体を倒したと思えば、また新しい巨人が現れる。兵が一人一人と、頭を食われ、腕を噛みちぎられ死んでいく現状。

 私は班員と連携しながら巨人を駆ります。必然とブレードの鞘を握る手に力が入った。

 

 鼓膜を震わす悲鳴、絶叫、懇願。

 

 視覚に映る涙を流す男の兵士、身体の一部を食いちぎられ失禁した女の兵士。その他にも倒錯してしまう光景。

 

 こんなにも私に合う天職はありません。少なくとも壁の中で生産者の一人として生きていては、一生感じることのできない魂の躍動。

 

 思わず歪みそうになる顔を堪え、アンカーを巨人にかけ瞬時に近づき、うなじを削ぎ落とす。そのまま近くの太い枝へと移動し、不意に空を見上げた時。

 

 青い空が、広がっていた。

 そう言えば私の前世らしき記憶で見たのも、青い空だった。手を伸ばしても、届かない。私には掴めない空。

 

 それがとても美しく、視界の端に飛ぶ巨人の血、あるいは人間の血がこれまた私の心を満たす。

 

 

 まさに残酷で、美しい世界。

 

 そんな世界で私、アウラ・イェーガーは、生きている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Guess(ゲスゥ) what ?

二章最後。感じろ!が強い今話かもしれないエレン視点。
ミカサはまだ出てきません、すまんね。ただしいろんなミンはいます。
あと誤字報告いただきありがとうございます((恥))。もし見つけた場合はドシドシ進撃(ご報告)ください。


 エレン・イェーガーには7つ歳の離れた姉がいる。

 

 母似のエレンとも、父とも似ていない容姿の姉。幼少期の少年はそれを不思議に思うことはあれど、それほど深く気にしたことはなかった。

 

 

 

 

 

「エレンのお姉さんってさ、その…すごくキレイだよね?」

 

 そう呟いたのは、少年の友人であるアルミン・アルレルト。最近仲の良くなった同い年の子供である。

 

 家の手伝いが終わった後、川べりの草むらで寝転がりながら空を見上げるのが、近頃の二人の趣味。鳥の囀りに、風が草木を揺らし奏でる音。どれをとっても平和そのものだ。壁の外に出れば、巨人(バケモノ)がわんさかいるというのに。

 

「急になんだよ、アルミン」

 

 エレンがため息をつきながら隣のアルミンを見れば、頬を赤く染めて何やらモジモジしている。

 

 それに少年の翡翠の目は半目になった。今まで何度も見たことのある光景だ。もっと幼い頃姉と外に遊びにいった時、周囲の子供がよく浮かべていた表情。それをまさか、この知的な友人が浮かべるとは。

 

 

 以前二人で壁外調査から帰還した調査兵団を眺めていた際、エレンは姉が調査兵団に所属していることと、どの人物であるかをアルミンに教えた。

 

 対し人だかりの中、後方で樽の上に乗り背伸びをする弟と、その友人らしきアルミンを見た姉は、少し暗い表情ながら笑みを浮かべ小さく手を振った。

 

 それも仕方あるまい。壁外調査に出た半数以上の人間が減っていたのだ。

 

 エレンの姉が入団してからまだ一年も経っていないが、五体満足で何度も壁外調査から帰還している。

 

 ハンネス曰く、新兵でありながら中々の活躍を見せているらしい。

 “副分隊長”クラスに上がるのも、そう遠くない未来だろう、と語っていた。

 

 自由の羽を翻し、巨人と戦う姉。その姿を想像し、エレンの心は湧き立つ。少年もまた戦うことを望んでいる。戦い、進み、壁の中で家畜のように暮らす人類の姿を否定したい。

 

 ゆえに姉に()()を抱いている。いずれは自分も調査兵団に入りたい──と。

 

 しかし、しかしだ。

 

 

「言っとくけど見た目は()()()でも、家に帰ってきたらチョーウゼェからな」

 

「えっ!?そ、そうなの…?」

 

「オレにベタベタするし、「身長伸びたねエレンくん!」とか、「おねーちゃんと一緒に遊ぼ!」とか……オレはガキじゃねぇっての!!」

 

「…それって単純に、エレンのことが好きだから甘やかしてるんじゃないの?中々仕事で会えないわけだし」

 

「けどよ、毎回毎回人のこと抱っこするんだぜ?しかも「たかいたかーい」って」

 

「……いいなぁ」

 

「よくねぇよ!!」

 

 そりゃあエレンも姉が訓練兵団に入る前くらいまでは、抱っこされて嬉しかった。むしろ自分から遊んでもらいに行っていた。

 

 しかし彼もまた、思春期。

 

 姉がいない三年間、寂しくてないたことなど決してなかった。そう、なかったのだ。あるわけがないだろ、そんな過去など。

 

「そう言って、本当は泣いたことあったんでしょ?」

 

「人の心読むなよ!」

 

 エレンに近づき、「ゲスゥ…」と絶妙な笑みを浮かべるアルミン。

 

「エレンはでもさ、お姉さんのこと嫌いではないでしょ?」

 

「……嫌いではねぇけど」

 

「けど?……す」

 

「す?」

 

「すき…?」

 

「好きじゃねぇよ!!」

 

「素直になりなよエレン。甘えられるのは今のうちだよ?」

 

「別に甘えなくたって、向こうが勝手に甘やかしてくるし」

 

「いいのかい?いずれ僕が君のお兄さんになった時甘えたくなっても、絶対に甘えさせてあげないからね?」

 

「そうかよ、兄さん」

 

「え、あ、いや……き、気が早いなエレンは…僕まだお姉さんと話したこともないのに……」

 

「自分で言っといてガチで照れるなよ」

 

 赤面ミンは顔を隠しながらうずくまる。きっとエレンの前ではこうして冗談混じりに語っているが、いざ姉の前で喋るとなったら、アルミンは石像ミンになってしまうだろう。

 

 

 そもそも姉が結婚するなど、エレンには想像しがたい。職は調査兵団で致死率が高く、いつ命を無くしてもおかしくないため、独り身の者も多い。姉が母親に「いい人はいるの?」と夕食の時聞かれ、答えていた内容だ。

 

 思えばあの時、姉と久しぶりに顔を合わせた父の身体が微妙に震えていた気がする。体調でも悪かったのだろうか、医者なのに。

 

「そう言えばエレンってさ、あんまりお姉さんと似てないよね」

 

「ん?…あぁ、母親が違うからな」

 

「………え?あ、ごめっ」

 

「いいよ、オレは気にしてねぇし。というか家族みんな気にしてないし」

 

 

 エレンが姉と血が半分しか繋がってないことを知ったのは、いつだったか。

 

 姉が訓練兵団に入り帰って来ず、寂しさのあまり泣いていた当時。外でぐずっていたのを、悪ガキの子供に見られバカにされた。それにキレて殴りかかろうとし、逆にボコボコにされたのだ。

 

 

 ────男の子が泣いてちゃ恥ずかしいんだぞ。

 

 そう姉に言われたにも関わらず、以前よりも少年は泣き虫になってしまった。

 

 

 挙句、悪ガキたちにエレンと姉の容姿が似ていないことを理由に、本当に姉弟か、と言われる始末。

 

 泣きながら家に帰ったエレンはその後、母に聞いたのだ。

 自分は姉と“きょうだい”だよね?──と。

 

 当然YESの回答が返ってくるかと思いきや、母のカルラは目を見開かせ、少しの間をおき泣いているエレンの頭を撫でながら、二人の母親が違うことを話した。

 

 血は繋がっている。ただし、それは半分。

 

 まさかの事実にエレン少年は衝撃を受け、涙も引っ込んだ──が、それも一瞬で、ジワジワと襲ったのは前より大きい感情の波。

 

 母はそんな少年に言うのだ。血の繋がりは些細な問題でしかない、と。

 

 見るべきはそこではない。姉────アウラがエレンを、どのように見ているかだ。

 一時でも彼女が、弟を大切に思わないことなどあっただろうか?いつもエレンに笑いかけ、手を繋ぎ、遊んだ姉が。

 

 

 答えは「否」。

 

 姉がどれほどエレンが大好きであるか、その愛情を受けている少年本人が一番わかっているに決まっていた。

 

 

 だからこそ、思春期が早めに到来してしまったのだろうか。

 

 姉が弟を大好きである事実。成長するに連れ、その感情に対しむず痒さを感じるようになってしまった。

 それは単にエレンもまた、姉を大好きであるからだろう。

 

 

 

「はぁーあ」

 

 エレンは立ち上がり、大きく伸びをする。晴れわたる空が彼とアルミンを覗いている。

 

「アルミンオレさ、将来調査兵団に入りたいんだ」

 

「それって、お姉さんと同じの?」

 

「あぁ。それで、巨人と戦う」

 

 狭い世界で家畜同然に生きるのはごめんだ。

 そう思考する少年は側から見えれば異端に違いない。アルミンもまた、似たような意見を持っている。

 

 “普通”の枠組みに入らない人間は少数いる。その人間の一人なのだ、エレン・イェーガーは。

 

 

 そしてそのような少数の人間が集まりやすいのが、「調査兵団」という場所。

 そも壁内では、外の世界そのものに興味を示すことすら、タブー視する傾向が強い。

 

 アルミンはこの時点で調査兵団というものが、壁の世界の住人が外の世界へ興味を逸らすよう作られた意図があるのでは────?と感じている。

 その意図を持つのが王政府。彼らは壁内の人間が、外の世界に興味を持つことを禁止している。

 

 以上のような考えが浮かぶのは、以前エレンと見た壁外調査から帰還した調査兵団の姿を見てしまったからだ。

 

 ボロボロの兵たち。重傷を負って運ばれる者や、仲間の死を間近で見たのか生気のない顔をする者。

 

 あんな、あんな悲惨な姿を見てしまっては、外に出たいなど思わなくなる。人間が巨人に勝つことなど不可能。

 

 それでもアルミンの友人は「巨人と戦う」と言う。正直気が狂っている。だがアルミンもまた、友人と似ている。彼もまた外の世界に憧れを抱いているからだ。壁内に存在しない()()()()()。それは彼の心を離してやまない。

 

「僕も外に行きたいなぁ…でも人類が巨人に勝つのは、やっぱりムリだよ」

 

「戦ってみなきゃわからねぇだろ!姉さんだって巨人を何体も倒してるんだ。オレだって…」

 

「一体一体に勝てても、巨人はたくさんいるんだよ?」

 

「それでも、全部オレがぶっ殺して…」

 

「エレンが調査兵団に入ったとして、絶対に死なないなんてことあり得ない」

 

「強くなればいいだろ、その分」

 

「……君のお姉さんだって、いつ死んでしまうかわからな──」

 

 話していた最中、アルミンは胸ぐらを掴まれる。掴んだ主は翡翠の瞳をギラつかせ、彼を睨むように見ていた。

 

 

「そうだ、姉さんがいつ死んじまうかわからない。いつ死んだってきっとおかしくない」

 

「え、エレン…?」

 

 苦しさにアルミンが呻けども、エレンの手は離れない。段々と胸ぐらを掴む手は震えていき、真っ白くなる。

 

 そこでなにか友人の繊細な部分に触れてしまったのだと、アルミンは気づいた。エレンの顔を見れば、唇を強く噛んでいて────今にも、泣きそうだ。

 

「ごめ、ん」

 

「…ッ、悪い」

 

 

 

 

 

 少年の───エレン・イェーガーの、底に沈んだ暗い部分。

 

 それは幼き頃の記憶。夜、母親に寝かしつけられていた最中聞こえた、姉の絶叫。

 

 家族が目の前で殺されたのかと言わんばかりの悲鳴に、少年の目は一気に覚めた。今までやさしい姉が、斯様な声を上げたことなどなかった。誰にでもやさしく、真面目だった姿。近所では()()()娘として、有名だった。

 

 しかしエレンが見たのは、そのイメージが一瞬にして崩れる様。

 

 カルラが何事かと慌てて出ていき、開いた扉の隙間から様子を窺っていた少年。普段絶対父親に通してもらえない地下室の扉が開いており、そこから下を覗き込むように母親が腰を曲げている。

 

 下から慌てて上がってきた父親の腕の中には、両手を抑えられた姉が。

 

 姉の表情は、死んでいた。人の命が終わった後浮かぶ血の気のない顔。

 

 その後少女は暴れ、父の腕から逃れて目先にあった包丁を掴む。何をするのか一瞬エレンは理解できなかった。いや、ずっと理解できなかったのだ。理解できない光景が、ずっと続いていたのだ。

 

 だが少女の首元へ向いた包丁の刃先が鈍く光った時、声を出した。最初は掠れるような声で、動転する両親の声にかき消されてしまう。声がうまく出せない。身体だけはギシギシと動き、母親の後方までたどり着いた。

 

 そして姉の包丁の刃先と同じ鈍い色の瞳と目があった瞬間、自分でも驚くほど大きな声が出ていた。

 

 その時一瞬硬直した姉の身体が、父親に拘束される。

 

 

 それから正確な期間は覚えていないが、数週間ほど姉は家に帰って来なかった。エレンにとっては忘れられない光景で、しばらくの間悪夢として、姉が包丁を持ち自分の首を刺して死ぬ夢を見た。

 

 なぜ姉が叫んだのか、理由を聞けども両親が答えることはなく。ただ「アウラは大丈夫だ」と言うのみだった。

 しかし明らかにその表情は、嘘であるとわかる。それほど当時の二人は憔悴していた。特に父グリシャが。

 

 退院した姉は頰が痩けていたが、以前のやさしい姉に戻っていた。

 

 

 未だに何が理由で姉が狂ったのか、エレンにはわからない。だがカルラから聞いた「母親が違う」という内容を知って以来、なんとなく腑に落ちたのだ。

 

 姉が、叫んだ理由。カルラ以上にひどく憔悴していた父。そして発狂する前、姉が父と地下室で二人だけだったこと。

 

 姉は──アウラ・イェーガーは、過去に母親と何らかの形で別れた、あるいは失った。

 

 それを思い出してしまったから、叫んでしまったのではなかろうか。他に理由があるかもしれないが、エレンとしてはやはり母親の死因説が有力である。

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 当時を思い出した少年は、深く息を吐く。顔の青白い彼の隣にいたアルミンが心配そうに声をかけるが、大丈夫だ、と返す。

 不安定な心を落ち着かせるように、エレンは呟く。

 

「…姉さんは死なない」

 

「エレン…」

 

「死なせてたまるか…オレの、家族なんだ」

 

「………」

 

 巨人を倒す強い姉。反面過去の記憶にとらわれ心を壊す、弱い姉。

 どちらもエレン・イェーガーの姉の姿。少年は一度姉が死のうとする──()()()()()()()()体験をしたからこそ感じる。

 

 己が守らなければ、ならないと。

 

 調査兵団に入ったのも案外()()()()()場であったからだろうか。

 それも十分あり得るが、しかしその可能性は薄そうだと、少年は思う。

 

 

 まだ小さかったエレンの手を引いて、草原に連れて行ったアウラ。先程アルミンと眺めていたような雲ひとつない青空を、二人で眺めた。

 

 空はどこまでも、どこまでも広がる。壁外にも、広がり続けて。

 

 エレンが瞳に映していた姉の横顔は、遠い空を眺めていた。

 そして、彼女は手を伸ばす。「とどかない」と呟いて、寂しげに笑う。

 

 いつもエレンに笑いかけたり、ベタベタしてくる姉ではない。別人のような()()()少年の隣にいた。不思議な感覚だった。姉であるはずなのに、別人のように感じるなど。

 

 だがそこにいたのは、アウラ・イェーガーで間違いない。

 

 姉の誰にも見せたことがないような顔を見て、その時の少年は翡翠の目を大きく開かせていた。

 

 風に吹かれ、鼻腔を掠める草木の香り。青い天井。どれをとっても、美しい。

 

 穏やかな世界は幼児を眠りの世界に誘う。じっと見つめていた姉もまた瞼が落ちかけていて、ひどく幸せな時間だった。

 

 

 あいたい──────。

 

 

 意識が落ちる中、エレンが見たのは涙を流す姉。

 

 何故泣いたのか、わからなかった。ただ呆然と少年はこの美しい世界に意識を向けて、その感覚と一体になりながら眠りにつくことに、どうしようもない違和感を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「オレは、進むんだ」

 

 

 瞳を閉じそう語ったエレンを、アルミンは息を飲んで見つめた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【三章】ドロドロ編
前妻と後妻とそれから悪化(アッカー)マン


三章。ギャグと曇りと鬱を混ぜた楽しい章になります(?)
サブタイが結構お気に入りの19話です、ドゾ。


 私、アウラ・イェーガー、16歳。

 

 壁外調査から帰り、その他次回の壁外調査のミーティングやシミュレーションを模した訓練などを行い、久々に取れた休日。

 

 調査兵団は外への調査がメインの兵団とは言っても、その他やることは色々ある。兵団維持の資金繰りをしたり、兵器開発など割と多忙だ。特に鍛錬は訓練兵を卒業してからよりハードに行っている気がする。

 

 ちなみに基本の住居は寮だ。

 

 これは一つ怖い話ですが、寮に入っているといつの間にか、いたはずの人間が減っているんです。一人、二人、三人……。彼らはどこへ行ってしまったのでしょうか…。怖いですねぇ。

 

 

 

 ブラックジョークはさておき、久しぶりにお家に帰った私は玄関を開けて固まった。家族をビックリさせようと黙って来たんですが、まさか私がビックリさせられるとは思っていなかった。

 

「……誰」

 

 こちらを見て、小さく口を開いた黒髪の美少女。あまり見かけない顔立ちの子に、混乱が止まらない。

 カルラママは洗濯物へ行っているようでおらず、エレンきゅんの姿もない。

 

 女の子の手には包丁が握られており、もう片方の手はネコの手で野菜を固定している。

 いや、本当に誰だ。え、あ、まさか………!!

 

「…あれ、姉さん帰ってたの?お帰り」

 

「あわわわ」

 

「姉さん?……!この人が、エレンのお姉さん?」

 

「はわわわ」

 

「そうだよ、ミカサはまだ会ったことなかったっけ?」

 

「ない……はじ、初めまして…」

 

「あばばば」

 

「…さっきからうるせぇな姉さん!!」

 

 エレンきゅんはどうしていつもお姉ちゃんに優しくしてくれないんだ。最近出会ったらずっとツンツンしかしない。

 じゃなくて、この女の子は「ミカサ」というのか。ミカサちゃんは…エレンきゅんと同い年くらいだな。

 

 しかしまさか、そんな……。

 

「……おや、帰っていたのかいアウラ」

 

「!」

 

 ちょうど自室から現れたお父さま。会える機会が最近めっきり減っておりましたので、嬉しゅうございます。また少し老けたみたいだな。これも巨人化の影響なのだろうか。

 

「十三年」の寿命を考えても、お父さまに残された時間はあと少し。相変わらずユミルたそは出てきてくれないし────ですから、今はそうじゃなくて。

 

 

 

「隠し子とはどういうことですかッ!!!」

 

 

 

 カルラママにも、お父さまにも似ていないミカサちゃん。私やカルラママとはまた別の系統の美少女具合に、母親はきっと美しい人なのだとわかる。

 

 グリシャ・イェーガーとカルラ嬢をくっ付けた私が言うのもなんですが、いくらなんでも妻が生きていながら他の女性とその、あの……そういう行為をなさるのはどうかと思います。

 

 温厚なダイナお母さまだって、これを知ったらビンタからのホールド技(ジャーマン・スープレックス)をするに決まっている。

 

 

 しかしカルラママがいるはずなのに、ミカサちゃんも同居しているということは、他所で子を作っていたものの、母親が死んでしまったので預かった──ということでしょうか。何とカルラママは寛容なのだ。

 

 信じられません、信じられませんよ、お父さま。お兄さまや()、エレンきゅんという子供たちがいるというのに。

 

「隠し…………アウラ、お前は今とてつもない勘違いをしている」

 

「信じられない、近づかないでお父さん…」

 

「姉さん、ミカサは…その、色々あってうちにいるんだよ」

 

「………」

 

 ミカサちゃんは付けていたマフラーに顔を埋めるようにして、下を向いてしまった。いけない、恐らく母親を亡くしてしまった過去があるというのに、心の傷を抉るようなことを言ってしまった。それにしてもミサカちゃんの曇り顔かわいいな。

 

「少しこちらへ来なさい、アウラ」

 

 お父さまに連行という名の腕を引っ張られ、連れて行かれる私。

 

 後ろを見ましたがエレンきゅんがミカサちゃんの背をさすっていて、明らかに私が悪い状況が出来上がっている。仕方ありません、過去に起こってしまった──あるいは起こしてしまった結果の心ないし身体の傷というものは、とても重いのですから。

 

 お父さまが隠し子を作っていた事案のように。

 

 

 それからお父さまの自室に連れて行かれた私は、ミカサちゃんの事情について聞きました。

 

 曰く、最近彼女の両親が亡くなり、我が家で引き取ることになったそうです。事件については大まかに聞きましたが、山奥に住む東洋人の血を引くミカサちゃんとその母親を狙った人攫いであったらしい。

 

 お父さまがエレンくんを連れ診療に訪れた際、夫妻の死体を発見し事件が発覚。母親については抵抗したため犯人が殺してしまったようだ。

 

 その後お父さまが息子に麓に戻るよう言い、憲兵団を呼びにいっている間に、エレンくんは勝手に行動。そして犯人の男三人に捕まった後、ミカサちゃんと協力して三人を殺害。

 

 憲兵団がこの事件を処理したが、犯人側の人攫いを目的とした殺人──という極めて残忍な手口から、子供たちは正当防衛としてお咎めなしとなった。殺さなければそのままミカサちゃんは売られ、薄汚い野郎どもの所有物になっていたに違いない。

 

 エレンくんもミカサちゃんの救出に失敗していれば殺されていた。本当危なっかしい弟ですね。

 

 

「……エレンが悪人ではあれど人を殺めてしまったことについては、あまり驚かないのだな」

 

「驚くも何もお父さん、わたしは生きるか死ぬかの瀬戸際をよく知っているもの。エレンくんとミカサちゃんの行動はむしろ「()()()()()」と称賛したい。それにわたしの方がよっぽど人間を殺している」

 

 巨人の元となったエルディア人たち。名も知らぬ同胞を殺すことに罪悪感もクソもないですが、素材が人間である以上、私の行動は人殺しと言っていい。

 

 お父さまが人を救っているなら、私は人の命を奪っている。

 

「………」

 

 お父さまが無言で俯いた私の背をさすってくれる。触れられた場所からジワジワ熱が伝わってくる気がした。家族の温もりが気持ちよくて、脈が早くなる。

 

 曇ったアウラちゃんに曇るお父さま。これだからやめらんねぇぜ、かわいそうな美少女ちゃんムーブは。

 

 

 

 いや、にしてもミカサちゃんの件。もしかしなくとも私の早合点でした。

 

 誰だよお父さまの隠し子だとか言ったやつ。───私ですね、本当に申し訳ありませんでした。

 

 

「ミカサの傷は深い。今はあまり、過去に触れるようなことはしないであげて欲しい。あの子の心の傷を癒すためにも、我が家で引き取ることにしたんだ。エレンについても同様だ。正当防衛とはいえ、人を殺めてしまったあの子らの精神は、多かれ少なかれ不安定になっている」

 

「…ごめんなさい」

 

「いや、お前は知らなかったんだ、仕方ない。まさか隠し子と思われるとは思わなかったが…」

 

「……ごめんなさい」

 

 自分の失言に先とは違い本気で顔を覆う。すると不意に、頭を撫でられた。

 

 きっと同年代の少女であれば嫌がる行為でしょう。だが私には思春期というものがないので、避ける理由もない。やさしい手付き。

 

 もう少しで味わえなくなる。寂しいですね、お兄さまとの繋がりを感じられなくなる。エレンくんはカルラ嬢に似ているから、尚更。

 

「ダイナの身長も、超えてしまったな」

 

「………」

 

「本当に大きくなった」

 

「………」

 

 無言で立っていると、抱きしめられる。幼女ちゃんの時はお父さまが簡単に抱っこできるほど小さかったというのに、本当に身長が伸びた。

 

 顔立ちも前髪を分ければよりお母さまに似るでしょう。普段は目元にかかるほどの長さになったら、ブレードで一気に斬っていますが。

 

「……お父さん?」

 

「…すまない、もう少しだけ」

 

 

 震えているお父さま。どうされたのだろうか。まるで怖い夢を見て目が覚めた時のような、そんな震え方。

 

 そうして顔を上げたお父さまの瞳には、私が調査兵団を目指す時に話したよりも、鋭い色が存在している。これは───重い覚悟、であろうか。

 

「何かあったの?」

 

「…いや、何もないよ。久しぶりにお前と会えたものだから、ついね」

 

「そう…?」

 

 何か隠しているのはわかる。しかし決して娘の私でも話すまいとする意志を感じる。

 

 思い当たるのは始祖の巨人か。その所有者を知ったから震えている?いや、それにしては様子がおかしい。始祖の情報を得たのなら、もっと喜んでもいいはず。

 

「アウラ、ひとつだけいいかい?」

 

「何、お父さん」

 

 真っ直ぐに私を見つめる父。

 

「いずれこの幸せが崩れることになっても、お前は、お前の道を進みなさい」

 

「え、どういう……」

 

「いいね、たとえ私に何があってもだ」

 

「……お父、さ」

 

 涙を流すでもなく、開いた瞳孔でお父さまは言葉を紡いだ。

 幸せが崩れる?私自身の道?それにお父さまに何かがあったらって、もしかしなくとも、それは。

 

 

 

「…楽園(エルディア)の、終わり」

 

 

 

 ポツリと呟いた私の言葉を、お父さまは否定することも、肯定することもなかった。

 

 どうやって知ったのかはわからない。それでもお父さまは何かしらの方法で、戦士たちが来ることを知ったのだろう。

 

 巨人の力の詳しい能力については知らないから考察がしにくい。人が中に入って操作することや、自傷での発動。あとは回復能力が人間時にもあることくらいしか。

 

 

 お父さまの力について知っているのも、巨人の名前だけ。「進撃」する、巨人。

 

 だからお父さまは、進み続けている。

 

 

「教えては、くださらないのね」

 

「……これは、お前が歩むべき道ではないからだ」

 

「…わかったわ、お父さん」

 

 私から、父をもう一度だけ、強く抱きしめる。

 

 壁の崩壊。戦士たち。お父さまの行く末。私の道。楽園の終焉。

 

 

 時は一刻と迫っている。ジークお兄さまは、きっと来る。私は私の道を進む。それはお父さまがご想像にならないような、血と肉と、誰かの悲劇でできあがった道。

 私の道は穢らわしい。それでも私は生きて、そしてその果てに自分の一生の幸福を掴めることを願います。

 

 

 壊されて、壊す。

 崩壊は、もうすぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 17歳となったアウラ・イェーガーは、普段は調査兵団として働いている。だが仲間が壁外調査に出ているその日、彼女は同行していなかった。

 

 

 というのも、アウラは以前の壁外調査で巨人に捕まりかけたキース団長を救おうと動いた際、ケガをしたのだ。

 

 調査兵団に入ってからいくばくか経ち、「新兵」ではなくなった彼女。

 

 二年弱生き残り続けているその実力は、着実に伸びている。討伐数・討伐補佐数は二桁に及び、精鋭としての地位を確立しつつある。

 

 

 しかし、前回の壁外調査でキース団長を庇った彼女は、右足を10m級の巨人に掴まれ負傷。

 

 すぐに身体を回転させ、巨人の手を切り抜け出して急死に一生を得たものの、右足を骨折。全治数ヶ月のケガを負った。

 

 骨折した部位が負傷前の状態に戻るまでに、おおむね3か月~6か月がかかるとされた。

 

 

 将来有望な力を失うことは、調査兵団としても惜しい。通常ならば完治まで、兵団お抱えの医者による治療となる。だがアウラ・イェーガーの父親がかの有名な「イェーガー先生」ということもあり、彼女は特例で自宅での療養となった。この決定を行ったのはキース・シャーディスである。幼い頃から少女を知る男としては、複雑な心中であった。

 

 グリシャはたしかに医者ではあるが、訪問診療を多く行っているため家に不在なことが多い。

 

 その点をわかりつつ斯様な判断を下したのは、アウラ・イェーガーを失わせかけた団長なりの──そして、かつての友人に対する想いがあったのだろう。

 

 

 当の本人のアウラとしては、過去最高のタイミング──団長が巨人に殺されかけている状況を救った──でケガができ、ホクホク顔だったが。

 

 むしろ、いつケガするの?今でしょ!な場面。行動に起こさない方がおかしい。

 結果キースや調査兵団の仲間、彼女の家族に至るまで、多くの者が曇った。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこともあり、アウラは現在、足の完治まで家で休養を取っている。

 歩くことは松葉杖を使えば可能なので、弟や義妹と遊んだり、母の手伝いをすることが多い。

 

 最初短い期間だが、共に暮らすことになるミカサとの距離感に彼女も悩んでいた。だが、少女が弟に特別な感情を抱いていることを彼女の言動から見破り、それを逆手に接近することにした。

 

 

 ────ミカサちゃんって、エレンくんのこと好きでしょ?

 

 

 弟が家を飛び出して遊びに行き、その後を追おうとした少女にアウラが言った言葉。

 それにミカサは瞳を丸くして、顔を真っ赤にさせた。あたふたと、手を少し左右に動かす。

 

 クソ少女──いや、害悪女としては面白いおもちゃを発見したも同然。それから弟のことでミカサの心を揺さぶりながら、彼女は少女と接近することを可能にした。もちろん本当の妹のように思いながら少女と接したので、一応は家族的な距離も近くなった。

 

 ただしミカサへの距離は一定を保っている。少女の内側にある()()に目ざとく気付いていたからか。

 

 

 似ている、と言っていいのかもしれない。アウラ・イェーガーと、ミカサ・アッカーマンは。

 

 無論クソのようなアウラの人間性が、ミカサと似ている──というわけではない。

 

 

 一人の人間に執着している点が似ているのだ。アウラならばジーク。ミカサならエレン、といった風に。

 

 近寄り過ぎれば何をされるかわからない。だが必要とあらばその地雷を踏み抜いてでも、害悪女は進む。全ては、愛するお兄さまと美しい人間たちの悲劇のためだ。

 

 

 

 

 

「あれ、薪拾いに行くの?」

 

 午前中、家で本を読んでいたアウラは、しょいこを背負った弟と義妹に声をかける。

 

「なんだよ、来なくていいから姉さんは」

 

「エレン、お姉さんにそういうこと言わない」

 

「いいよいいよ、二人で行ってらっしゃい」

 

 休養の期間暇なのか、しょっちゅうエレンについてくる姉。しかし今日は「NO」ときた。

 

 

「…来ねぇの?」

 

 少しいじけたような声を出す弟に、アウラは笑いながら手を振る。

 

 そして家を出て行く二人。彼女は義妹が扉を閉める瞬間、サムズアップし見送った。その合図に気づいたミカサもまた少し目を見開き、赤べこのようにウンウン頷く。

 

 なんだかんだで、アウラはミカサの恋を応援している。その上で────いずれ幸せ家族を崩壊させようと画策中だ。その時こそ、楽園が終わる時。

 

 仮に家族が壊れエレンの心が崩れても、ミカサが助けるだろう。さすれば二人の世界はより強固なものとなる。

 

 

 ────私って、実にいいお姉ちゃん。

 

 

 鼻歌を歌わんばかりに、アウラは本のページを捲る。

 いずれ来る、()()()を楽しみに。

 

 楽園が地獄へと包まれてもきっとこの悪魔だけは、心から喜び笑うのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テンテン ドンガラガッシャン テン ドンガラガッシャン

「オレの狂った仲間を紹介するぜ!!崩壊した世界でたった一人、生存者がいることを願い踊り続ける仲間───「TENDON-MAN」だ!!

 ハハッ、じゃあヤツを紹介するオレは誰なのかって?そうだな、オレは────、


 ────×××だよ」


 私、アウラ・イェーガー。

 

 アウラのここ、空いてますよ。誰も入れるとは言っていませんがね。私が収めたいのはお兄さま。ついでにお兄さま(意味深)を収めたいです。

 

 

 穏やかな一日。

 午前中本を読んだり、カルラママのお手伝いをして時間を潰していました。しかし、薪拾いに出かけた弟たちが中々帰ってこない。恋の逃避行にでも旅立ってしまったのでしょうか。

 

 

 私の本日の予定としては、早朝壁外調査に出た調査兵団(仲間たち)が帰ってくるので、帰還した合図の鐘が鳴ったら団長の元へ向かう予定である。

 

 巨人の被害に遭い憔悴し、その上帰還後にヤジを飛ばされる仲間の表情を見なければなりません。

 

 巨人に殺されていく過程で堪能できる仲間たちの絶叫や絶望もよいですが、帰ってきて魂が抜け落ちた顔を味わうのもまた一興。しかも今回はヤジ馬側から見られる。ケガをして本当に正解だったと思います。

 

 むしろこんな美味しい思いをできたのに、骨折だけで済むなんて優しすぎる。足の一本二本もがれてもいい価値があります。

 

 まぁそんな私情とは裏腹に、きちんと仕事として今回の壁外調査での損害や収穫の確認。

 また、次回の調査に向けての情報を聞く必要があるので、帰ってきた仲間と合流してそのまま数日家を空けることになるでしょう。

 

 

 ────と、思っていたら鐘が鳴った。団長たちが帰って来ましたね。

 

 

 急いで団服に着替えて、料理を作っていたカルラママに断りを入れ、歩き出す。

 療養中に仕事なんて、と不満の声を上げられましたが仕方ない。

 

「ふふ、お母さんったら。私はケガ人でも「兵士」なんだよ?」

 

「……そう、よね。ごめんなさい…」

 

 アウラちゃんが初めての大怪我をしてから間もないので、カルラママ的には娘を失う恐怖があるんでしょうね。今まで大きなケガもせず帰還できていたこと自体、奇跡と言ってよかった。

 

「あの子もきっと、調査兵団に…」

 

「あれ、エレンくんの夢って変わってないの?」

 

「そうなの。危険だから、って言ってるんだけど……」

 

 私の訓練兵団入りを最後まで反対していたのが、カルラママだったしな。というか家を出る前日まで説得された。彼女は──カルラは、多分私が出会って来た誰よりも、命を尊んでいる。

 

 血のつながらない私をも大切に扱ってくれる。私とは正反対の人。

 

 

「お母さん、エレンくんは命を大切にするあなたの息子。向こう見ずな性格だけれど、命の尊さを教えられているエレンくんなら、調査兵団に入ってもそう簡単に死なない」

 

「…アウラ」

 

「まぁでも、お母さんの言葉にもう少し耳を傾けてって、次に会ったら言っておくね。じゃあ私行ってくる。数日は帰らないと思うから」

 

「…うん、気をつけて行ってらっしゃい」

 

 松葉杖を突く音が響く。

 

 足は予定より早く治っているから、次回の壁外調査は念のためを取って休んでも、次々回には参加できるだろう。

 かけておいたコートを身にまとい、フードをかぶって、私は外へ歩き出した。

 

 …と思ったら、自室から出てきたお父さまに声をかけられる。外出用のカバンを持っているから、食事を食べてから診療にでも向かうのだろうか。

 

「行ってらっしゃい」と言われたので、私も微笑んで返す。

 

 

「行ってきます、パパ」

 

 

 お父さまは柔らかく、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 あぁ、馬が欲しいんじゃ。それか、立体機動装置でも可。

 

 

 門から続く大通りまで、我が家からはかなりかかる。というか段差が松葉杖だとキツい。

 

 普段移動手段はお馬様に頼りきりですから、自分で歩くと遅く感じる。寮の隣の馬小屋にいる主人を見たらいななき勢いよく蹴り飛ばしてくる、我が愛馬ちゃんに会いたいですね。白馬なのに鬣が若干金色だから「ゴルピ」。雌馬ちゃんが大好きな馬です♂

 

 

 ヒョコヒョコ歩きようやく大通りに出ましたが、仲間たちはすでに前方へ行ってしまったらしい。人だかりはまだ多く残っており、今回のメンバーの被害について語っていた。

 

 百名以上で調査に出て、二十人も生きて帰ってこなかった。そして手柄はなし。完全なる無駄死にだ──と、騒いでいる。聞き慣れた言葉だ、特に思うこともない。ただ民衆が仲間が通りヤジを飛ばしたタイミングで、到着できなかったのが悔やまれる。

 

「そういや以前の壁外調査でいた、美人な兵士がいなかったが…」

 

「あ?あぁ…確か前に足を負傷してたはずだ。荷車で運ばれていたの、俺見たぜ」

 

 私がいる前方でかような会話をする、二人の男。わかります、120パーセント私のことですね。

 

 私が普段出歩く際フードをかぶっているのも、自分があまりにもかわいいから。冗談抜きに調査兵団に入る前、何度か攫われかけたことがあるので本当です。両親には言っていませんが。そのような場面に出会した際、相手の急所を潰すなど返り討ちにしてきたため、自分の身体能力をある程度理解していたのです。

 

 

 そして先に行った仲間たちを追うべく、人だかりの後ろを縫いながら早めに歩き続ける。

 

 途中大通りの真ん中で座り込む女性を発見し、眺めた。彼女の腕に抱かれているのは布。それに包まれている物体は──手、ですね。

 

 なるほど、仲間の死体ですか。女性に遺体を渡したのは恐らくキース団長。

 

 

 全身の遺体ならまだしも片腕だけを渡すあたり、センスを感じます。これだから団長への憧憬をやめられません。自分も傷つきながら、優しさで現実を隠さず、()()()()()を見せる。

 

 美しい。虚構で作られたハリボテの美徳とは、比べ物にならないほど。

 

 そうやってこれからも傷つけ、傷ついてください団長。その側で私は死なぬよう巨人を倒しながら、これからも調査兵団のみなを見守っていきます。功績もなくただの税金泥棒の状況が続いている現状、最近は調査兵団の存続自体危ぶまれていますが。

 

 

 

 

 

「そこのかわい子ちゃん、うちの子にならねぇか?」

 

 

 ゲス野郎になっていれば、不意に後ろから声をかけられる。

 

 振り返るといたのはハンネスおじさん。頰が赤いので飲んでますねクォレハ…。

 まぁ、いつものことだ。アウラちゃんはクールに去ります。

 

「お前さん、オヤジさんのとこで療養中じゃなかったのか?」

 

「仲間が帰ってきたから、状況を聞こうと思ってきたの。もう行っちゃったみたいだけど」

 

「ハァ、真面目だねぇ…ケガしてる時くらい休んでろっての」

 

「お仕事中にお酒を飲んでいるおじさんが言う言葉としては、この上ない皮肉だね。自分に向けての」

 

「…けっこう毒舌になったな、アウラちゃん」

 

 先に行こうとしたら、ハンネスおじさんと一緒に飲んでいたであろう駐屯兵団の数名が合流する。おじさんとよくいる見知った顔だ。酔っぱらいながら、茶々を入れてくるおっさんどものセクハラを流す。

 

 お触りしたいなら娼婦のとこに行け。美少女アウラちゃんを堪能していいのは、ジークお兄さまだけです。

 

「ツレねぇな。数年見なかったと思ったら、こんなべっぴんになっちまったんだぜ?時の流れってのは怖ェよ」

 

「はい、俺!独身です!!」

 

「おじさんたち、相変わらずね」

 

 彼らと会うのも数年ぶりか。ハンネスおじさんは何度か会う機会があったけれど。

 

 私は酒瓶片手に大声で笑う男たちにニッコリ微笑む。今日のお勤めは門兵だろうに、門から離れてほっつき歩いて、いったい全体何をしているのでしょうか。

 

「わたしの仲間が命をかけて壁外調査に臨んでいた反面、あなたたちは酒盛りですか?」

 

「違うって、ハンネスがイェーガー(医者)のせがれに言っていた曰く、飲み物の中に()()()()、酒が混じってだけなんだ」

 

「ガハハ!ハンネスも言ってやれ、俺たちもお仕事頑張ってるってな」

 

 相当酔っているおっさんどもの口は軽い。というかエレンくんとミカサちゃん、ハンネスおじさんと会っていたのか。この酔っぱらいどもに絡まれたら、そりゃあ帰りが遅くなりそうだ。ついでに調査兵団が帰還していた様子を、人混みに混じって見ていた可能性も高いな。

 

「おい、お前ら、もう少し言葉ってもんを──」

 

 おじさんが仲間たちに咎めるように話す。だが違和感を感じ彼が視線を移せば、左に収納された柄が消えているではないか。

 

 その柄を持っているのは彼の横にいた私。ブレードの刃先が、鈍く輝いた。

 

 

「最近わたし巨人を切れていなくて、腕がなまってる気がして怖いんです。だから練習台に…なってくださいますか?」

 

 

 そう言い頬笑めば、喉から息を漏らして酔っぱらいどもは酒瓶を落とす。

 

 用のなくなった柄はおじさんに返す。貸してもらった相手は顔を引き攣らせていた。ついで「カミさんみてぇに怖ェ」と漏らす。

 

 

 おっさんどもを残し再び歩き出すと、後からハンネスおじさんが追いかけてきた。

 

 仲間の先ほどのことを謝ってくる。酔ってるとはいえ仲間が犠牲になっていたのに、不謹慎な発言だった──と。

 アウラちゃん的には全く気にしていない。少し暗い顔をして、「大丈夫です」と返した。

 

「そう言えばアウラちゃん、お前さんに話しときたいことがあってな」

 

 と、その前にその足じゃ追いつけないと、駐屯兵団の馬を一頭貸してくれるとの話になった。ついでに、飯を食ってから行けとも。もう食事時もいい頃だ。もちろん奢りはおじさんである。

 

 馬の誘惑に即オチしてしまった私は、とんだチョロインです。

 

 

「で、話ってなんですか?」

 

 おじさんが話したのは、エレンについて。

 また調査兵団に入りたい云々と言っていたのを聞いたらしい。

 

「ソレお母さんにも言われました、今日」

 

「アイツももう10歳だろ?あと二年後には訓練兵団に志願できる歳になる。エレンまで調査兵団に入ったら、カルラが滅入っちまいそうでな」

 

「みんなエレンくんが好きだなぁ…」

 

「あの天使だった頃のお前さんと比べたら、生意気ボウズで可愛げなんてねぇさ」

 

 いつの間にか腹黒くなっちまったと、おじさん。

 コレは調査兵団に入るために駐屯兵団に入りたいと嘘を言ったことを、まだ根に持ってますね。

 

「でも結局、エレンくんの将来だからね」

 

 自由に、伸び伸びと暮らしている弟。

 

 対し家に閉じ込められていた私より悲惨で、その姿が愛しくて、私が追い求めてやまないお兄さま────。

 かわいそうで、かわいくて、大好きな方。

 

 

「何だ急にボーッとして………ホォ、もしかして男でもできたのか?」

 

「違います、愛している人はいますけど」

 

「………えっ!!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたおじさんを置き、食事を終えて立ち上がる。

 驚愕に染まったままのおじさんはしばらくして、現実世界に帰ってきた。「娘に男が……」と言いますが、私はあなたの子供じゃない。

 

 その後店を出て、駐屯兵団の馬がある場所まで連れてきてもらい拝借した。片足が固定されていて不自由ではありますが、騎乗時体勢を保つ分には問題ないです。乗るときは流石に、おじさんに持ち上げてもらいました。

 

「もっと食えよ、アウラちゃん」

 

 最後におじさんにものすごく心配され、私は調査兵団の後を追い始めようと────。

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 大きな、音がした。一瞬雷が落ちたような光が起こった瞬間、地面が大きく揺れたのである。私だけでなくおじさんや、周囲の駐屯兵、一般の人間たちもざわめいている。

 

 乗っていた馬が突然の衝撃に驚き暴れ、どうどう、と落ち着かせた。

 

 

 背後を見れば、かなり後方の壁から大きな煙が出ている。ついで「ドォォン」と、何かを破壊するような音。

 

 地上に舞い上がるは壁の残骸らしき物体。小さく見えるだけで、恐らく大きいもので民家以上のサイズがある。

 

 というか、何だアレ。巨人?が、壁から顔を出して……50mだぞ?それよりも大きい巨人なんて()()()()()()()────。

 

「きょ、巨人だ!!」

 

「何が起こったの!!?」

 

「壁だ、壁が壊されたんだ!!!」

 

 段々と起こった状況に気がつき、ウォールマリアと、その周りにある突出した部分のシガンシナ区を繋ぐ門へと向かって走り出す人々。

 

 ()()()違う。でも、あぁ、そうなのね。

 

 

「アウラちゃん、お前さん家壁からさほど遠くない場所にあるだろ!?急いで行かねぇ……と」

 

「………」

 

「…お前さんどうして、泣いてんだ?」

 

 

 

 来た、来た、きた、きたきたきたきた、きたきた、きた。

 

 

 

 ダメ、抑えきれない。

 

「私」が生きる理由。

「私」がこの世界に生きていい理由。

「私」が存在するために、なくてはならない理由。

 

 一人の悲鳴が伝播し、どんどん絶叫のハーモニーが奏でられていく。だがその音さえ全く頭の中に入ってこない。全ての色が白と黒の二色でできた世界。そこで視界の隅を我先に、と逃げ惑う人間たちが映る。

 

 馬が押し寄せる人の波に怯み、ぶつからぬ隅へと移動する。しかし、行かなくては。手綱を引いて前へ進ませようと、して。

 

 

「アウラ!!!」

 

 

 ハンネスに馬から引きずり下ろされ、壁の方へ行こうとする私を止める。

 顔を彼へ向ければ息を呑む音。私の邪魔をするな。

 

「お前さんはケガ人だ、避難しろ。ここは駐屯兵団の俺たちが住民を避難させて、速やかに巨人の迎撃を──」

 

「なら、どうぞやってください。私は行きます」

 

「ッ、カルラたちの元へは俺が行く、だからッ!」

 

「それは違うでしょう、ハンネスさん」

 

 住民の避難が先なら、今背を押すようにして混乱する周囲の人間から先に誘導しなくては。それをわざわざここから離れたイェーガー家へ向かうのは、矛盾している。

 

 彼にはグリシャ・イェーガーが、彼の妻を流行病から救った恩義がある。だからこそ私情で動こうとしている。キース団長とは性格の反対な彼。

 

「果敢で頼もしいですよ。しかしあなたのお仲間は、一部恐怖に負けて逃げているじゃないですか」

 

 尻尾を巻いて住民たちに混じり、駆け出していく兵士。仕事はどうした。敵前逃亡か?笑わせる。

 

 

 包帯を引きちぎって、足のギプスを捨て去る。まだ少し痛むが動ける。ハンネスの静止を無視し、逃げて行く駐屯兵団の一人を追いかけ、足をはらい転ばせた。

 鼻水と涙で汚れたツラをさらし悲鳴をあげる様は、同じ兵士とはとても思えない。

 

「何をする!貴さッ」

 

「黙れ」

 

 相手が身につけていたブレードを抜き取り、その男の首に突きつけた。私は今、とても幸せ。この人間の悲鳴など、名も知らない人間たちなどどうでもいい。

 

 どうでもよくなってしまうくらい、私はどうにかなってしまっている。

 

 

「任務をまっとうせず逃げるならば死罪。だが私はあなたと所属が違うので、どうでもいい。ただ逃げるならお荷物になる立体機動装置(コレ)を、よこして」

 

「……!貴様、調査兵団の者──」

 

「黙れと、言いましたが」

 

 少し手に力を込めれば、微かに切れた男の首から鮮血が溢れる。側から見れば異様な光景は、周囲の混乱に紛れ目立つことはない。口を開きこちらを凝視している、知り合いの男以外には。

 

「……わか、わかった、わかったから……!!」

 

 男から装置を剥ぎ取って、手早く身につける。自分のものと感覚が違うが使えないことはない。アンカーを壁にかけそのまま家の屋根に飛び乗った。

 

「アウラッ!!」

 

 ハンネスが、こちらに来ようとする。

 それに真っ直ぐに、射抜くように見つめた。

 

「私は調査兵団第四班所属、アウラ・イェーガー。駐屯兵団のあなたよりも、巨人の脅威を理解している。そして私は今療養中の身分。だから思いきり、自分の私情を挟める」

 

「だがお前さんだけでなくカルラやエレンたちに死なれたら、俺はイェーガー先生に会わせる顔がねぇんだ!!」

 

「なら、言葉を変えましょう」

 

 

 ────私を、信じなさい。

 

 

 おじさんは言葉を飲み込むようにし、静かに頷いた。

 私は視線を前に向け、勢いよく駆け出した。

 

 

 

 

 

 大型の巨人の姿は既に消えている。アレが知性巨人なのは確定だ。グリシャ・イェーガーと同じ巨人の体内にいる人間が、その巨人を操作する。

 

 消えたということはつまり、その人間はまだ近辺にいる。また調査兵団で連携して行動することが多い身としても、あの大型巨人を操った人間が一人で、壁に来たということはまずあり得ない。その中にきっと、いる。お兄さま、お兄さまが。

 

 

 走れ、もっと速く。飛ばせ、ガスを。

 

 

 カルラにミカサ、エレンくんもまだきっと家にいる。お父さまは私が出かける頃カバンを持っていた。診療ですでに別の場所へ向かっているだろう。場所はわからないが、有事でも彼には巨人の力があるのでまず心配は無用。

 

 どちらから向かう?お兄さまから?しかし混乱の中、目的の人間を発見するのは無理に等しい。

 

 なら、エレンくんの方から行くべきか。その中で途中他の巨人体と違うものを見かけた際は、そちらを優先して追う。

 

 一先ず三人の救出。そして安全を確保してからお兄さまを探す。避難経路を作りながら近づく巨人を倒せるか?

 

 

 いや、やるしかない。戦え、戦うんだ。そう、アウラ・イェーガーは「兵士」だ。戦士たるお兄さまの、ジーク・イェーガーの敵。

 

 その上でお兄さまと出会ったその時は、巨人ならば殺してもらおう。人間だった時は、抱きつこう。いっぱいいっぱい、ギュッとしよう。

 

 どれでもいい。もう、幸せだから。今日が私の最期でいい。「私」を終わりにする日。

 

 

 

「いい、天気」

 

 

 

 青い空。それが私を、嘲笑っている。いつもそうだ。

 

 届くことのないその空を一瞬見上げて、私は前へ向かって走り続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「掴もうぜ!」「何を?」「わからッない!」

 私、アウラ・イェーガー。

 

 私は今、とても()きている。この世界の誰よりも生きて、幸福を感じている。

 

 

 屋根をどんどん伝って行き、すぐに我が家の近くへたどり着く。上から覗き込むように下を見れば、なんてことはない。そこにはエレンくんとミカサ、カルラがいる。ただし家は壁の瓦礫により潰れ、その下敷きに母親がなっている。

 

 弟も義妹も必死に母を救おうと、彼女の上に乗った柱を退けようとしている。

 

 エレンくんってば、あんなに必死な顔しちゃって、かわいい。

 家族以外の他人には表情を変えないミカサちゃんも、目を見開いて、口をつぐみ懸命に柱を動かそうとしちゃって、かわいい。

 

 

 母も痛みにうめきながら、二人に何度も逃げるよう言っている。足が瓦礫によって潰れてしまっているようだ。これでは助けたところで歩けない。縦え子供二人が大人の女性を支えて逃げたとしても、巨人は甘くない。すぐに追いつかれ、捕食され、家族三人ドロドロになってしまう。

 

 三人ドロドロ。ふふ、三人ドロドロ。

 

 

 おかしいな。私は先まで、三人を助けるつもりでここに来たというのに。

 

 でも仕方ない。まさかこんな()()()状況になっているなんて、思いもしなかったのだから。ハンネスを寄越さなくてよかった。私の代わりに彼がここにいたら、すぐにカルラを助け彼女を背負い、子供二人を走らせながら門へ向かってしまっただろう。

 

 

 不意に周囲から大きな足音が近づく。視線を向ければ、自身がいる後方に7m級が一体。さらにその後ろに10m級。距離はまだある。が、二体はこちらに向かって近づいている。

 

 これもまた、神の思し召し────いや、ユミルたそが私にくれたご褒美なのだろうか。

 

 まぁ、私がすべきことはたった一つ。今、この時を、最大限に味わうこと。

 

 

 

「エレンくん!!ミカサちゃん!!」

 

 

 あたかも今到着したばかりのように、二人の元へ駆け寄る。すでに少し息が切れているが、これは先程急ピッチで走り続けた影響。

 二人は後方の頭上から現れた私に目を見開き、痛みに瞳を閉じていたカルラも目を開ける。

 

「アウラ、あんた骨折は…」

 

「わたしよりお母さんの方が先よ」

 

「姉さん!!母さんが、母さんがッ……!!」

 

「おばさんが巨人が壊した瓦礫に巻き込まれてしまったの!!」

 

「落ち着いて、三人で持ち上げるよ」

 

 私も加わり瓦礫を動かすが、コイツは中々重い。冗談抜きに肩が軋む。三人の中で一番上背があり、ちょうど瓦礫の中央を担当しているため、重さが直球で襲ってくる。もう一人いないと無理だ。

 

 その間に頭上で確認していた巨人の二体が、悠然と近づいてきた。弟と義妹は大きくなっていく足音と震える地面に、ようやく巨人が近接近していることに気づく。

 

「アウラ、エレンとミカサを連れて逃げて!!」

 

「イヤだ母さん!!母さんも一緒に逃げるんだ!!!」

 

 イヤイヤ期なエレンくんかな?母は話の通じぬ息子からミカサに変え、逃げるよう叫ぶ。しかし一年近い同居を経て、イェーガー家の「家族」の一員となった少女もまた、首を振る。おばさんと共に、逃げるのだと。

 

 

(すごく、イイ……♡)

 

 

 ────まるでそれは、宗教画のような光景。

 

 

 必死に子供たちに逃げるよう叫ぶ母親と、そんな母を救おうと懸命な息子。そして血のつながらない子供でありながら、必死に義理の母を助けようとする少女。そこに襲いくるのは絶対的な「死」。

 

 どれをとっても美しい。人間の感情をぶつけ合った、ありのままの姿。心が震える。脳も震え、瞼の裏の眼球まで震えて裏返ってしまいそう。

 

 

 顔も身体も溶けてしまいそうになるのを堪え、私は瓦礫から一歩身を引く。

 驚いた表情のエレンくんと、ミカサ。対しカルラは涙を流しながら、安心したように笑った。

 

「二人を頼んだわ、アウラ……」

 

 母の言葉に少年少女は次の展開を察したのか、私を見つめる。

 弟は、鋭い視線を。義妹は、困惑と懇願を混ぜた視線を。

 

 母さんを見捨てるのか、と気が動転しているエレンくんは叫ぶ。そうだね、見捨てる。私は彼女の命を見捨てる。

 

 しかしそれは、()()()

 

 

 表情を消し、意識を集中させる。普段の私と雰囲気が一転し、三人は息を飲んで見つめた。

 

 ブレードを抜き、こちらに接近する目標二体に向かい、アンカーを屋根へかけた。単独討伐はしたことがないが、私のスペック的には可能。今まで行ったことがないのは、以前エルヴィン分隊長に抱いた「有能すぎると死人が減る」という理由があるからだ。

 

 私がクソ真面目に本気で巨人を殺していたら、周囲の被害が減ってしまう。そうなれば壁外調査を頑張った私のご褒美──仲間の悲劇が、見れなくなってしまうではないか。

 

 だからこそ、そこそこで活躍してきた。

 

 

 しかし実際に単独討伐経験がないので、どうなるかはわからない。しかし私が積み上げた「家族」の最大にして、最高のイベントが今。

 

 やる以外に選択はない。壊すんだ、とても手が震える。恐怖ではない感情で。

 

 そもそも私はジークお兄さま関連以外のことで、恐怖に思うことなんてないのだけれど。

 

 

「姉さん!!」

 

 

 エレンくんが叫ぶと同時に、急接近していた7m級の背後へ高速で回る。我が身が他の兵と比べ極端に体重が軽いからこそ、なせる速さ。これにガスの噴射を強くすれば、通常の巨人はまず追いつけなくなる。

 

 ただし筋肉量が極端に劣る分、立体機動を使った際身体にかかる負荷は大きい。また一度巨人の打撃を受ければ、簡単にその身は壊れる。

 

 7m級の首元へアンカーを発射。そのままうなじを削ぎ落とした。その際一瞬見えた弟の顔は、衝撃と───歓喜で染まっている。

 

 そう、お姉ちゃんは強いのよ、エレンくん。ミカサもカルラも、口を開いて固まっていた。

 

 

 だが三人の表情が一斉に強ばる。えぇ、7m級を倒したばかりの宙に浮く私の後方にはもう一体、10m級が。

 

 絶望に染まった家族の表情がとてもキレイ。けれどアウラちゃんはまだ死ぬわけにはいかないので、アンカーを前方斜め右の壁にかけ、先と同様ガスを高速で噴射しながら移動。

 

 ついで壁に足がつく間もなく10m級の右肩へアンカーを固定。

 

 巨人の瞳が私に追いつく前に、遠心力で下から上へ上がった身体は、見晴らしのいいデカい頭の上へと降り立つ。頭の違和感に巨人が腕を伸ばす前に、うなじを削ぎ落とした。

 

 10mの景色はいい。建物の頭上で暴れ回っている私に気づき、近辺の巨人が歩いてくる。有名人の美少女ちゃんに会いに来たファンのようだ。

 

 ファンサとして、うなじ斬り回をしているのでよろしくな!

 

 

 このまま引き寄せて、最終的にガスが切れる私はカルラの言うとおりにせざるを得なくなる。最初から逃げてしまっては、アウラちゃんの好感度が激落ちくんしてしまうのでね。

 

 その上でエレンくんたちに()()()()()姉を見せつつ、どうしようもない現実を突きつける。

 

 弱い者が淘汰される現実。弱肉強食。力のない人間は所詮巨人のエサであるという、わかりきった構図。

 

 まぁどうあがいても、本気で瓦礫は持ち上がらないからしょうがない。

 

 

 そして、エレンくんとミカサを連れて逃げる。もちろんその時点で倒し損ねた巨人か、接近している巨人がいるので、三人が逃げている最中カルラがちょうどよく食われるだろう。

 

 その様を見やすいように、弟と義妹は両脇に抱えて、顔が後ろに向くようにする。

 二人のお顔が走っている私に見えないのが残念だが、声だけでも満足。その後門に着いたら、死にそうな二人の顔を見てあげよう。

 

 

 ────えっ、弟と義妹は殺さないのかって?

 

 流石にエレンくんは殺さない。ミカサも抱えられる以上殺す必要はない。というか彼女に関しては例外的に思う部分もある。

 

 そも弟はまだ自分の感情に気づいていないようだが、ミカサに特別な感情を持っている。私や家族に向ける笑顔とは、少し違う笑顔。ミカサに対してだけ向くそれに、お姉ちゃんレーダーは敏感に反応したのだ。

 

 お父さまだって散々傷つけてきたが、殺そうと思ったことは一度だってない。「殺したい」とは思ったことがあるが、それは文が少し足りない。

 

 自分の中では「殺したい(ほど大好き)」──または、「殺したい(ほど愛している)」という意味合い。

 

 ただ私は、大好きな人が苦しむ様を、見たいだけなのだ。死んで欲しくはない。お父さまについては巨人継承者の寿命が間近なので、仕方ない部分もあるが。しかしお兄さまだけは絶対に死なないよう、早く手を探さなければならない。

 

 

 

 真っ黒な考えを頭に流しながら倒れていく10m級の首元から、私は飛び降りる。そして壁にアンカーをかけ、一旦地面へ向かう。

 

 私に視線を奪われていたエレンくんとミカサは正気を取り戻し、また瓦礫を持ち上げようとし───、

 

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 ドォン!と音がした方向を見れば、こちらに向かい跳んでくる一体の巨人。予測のわからぬ奇行種である。また10m級か。先までいなかった個体がどうして突如現れた?

 

 音がした位置を見れば、崩壊していく建物が。巨人のサイズ的に裏に隠れていれば死角になる大きさがある。あぁ、その裏にいたのならわからない。私が周囲を確認した後に、向こうもまたこちらに気づいたというわけだ。まずいな、とてもまずい。

 

「アウラァ!!!」

 

 私の異常事態を察したカルラが叫ぶ。子供たち二人がちょうど視線を向けた時、私と奇行種の距離はすぐ近く。

 

 

「………ッ!!」

 

 アンカーを左の建物にかけ、ガスを急速に出しながら奇行種とスレスレで身体が横へと引っ張られる。

 

 咄嗟の判断で我が身は思いきり建物に打ちつけられ、そのまま地面へと落ちた。壁と衝突した際「グシャ」とか、嫌な音を聞いた気がする。

 

 ぶつけてしまった頭がガンガンと痛み、左がなんだか生ぬるい。…生ぬるい?触れば、血だ。真っ赤だ。素敵な色。

 

 

 視界がグルグルと回っている中、目の前に誰かが降り立つ。金髪。お兄さま?──いや、違う、ハンネスおじさんだ。

 来たのか、私がせっかく止めたのに。本当にこの人は義理堅い。生きづらそう。

 

「嫌な予感がすると思ってきてみれば……!!」

 

「えへへ」

 

「笑ってんじゃねぇよバカ野郎!!」

 

 肩を掴まれて立たされる。いけないな、奇行種が今度はエレンくんたちを捕食対象に変えている。

 

 私が注意を引くから三人をどうにかするよう頼み、ハンネスの声を遮り走り出して、奇行種の足元にアンカーを付ける。こちらを向いた瞬間、アンカーをかけた足とは逆の建物へ移動し、屋根に上がって駆け出す。

 

 走りながら喉から迫り上がった何かを噴き出したら、血だ。これは内臓をやられてるな。肋が折れてどこかに刺さった。本当アウラちゃんったらドジっ子なんだから。

 

 そのまま飛ばしかけている中、突然落とし穴に落ちる要領で、建物と建物の間へ落下。

 

 勢いを殺せずそのまま前へ、四足歩行で進んでいった奇行種の後ろがこれで見える。身体の痛みを無視し、そのまま再度上へあがり、奇行種の背後を取った私はうなじを削ぎ落とした。

 

 

「ハ、……ァ、ハァ」

 

 チカチカする視界に、足がふらつく。しかしエレンくんの方を見なければと視線を向けたら、カルラしかいない。あれ、しかも巨人の手の中だ。身体を潰されて、そのまま口の中へと吸い込まれていく。

 

 エレンくんは──と思ったら、カルラを捕食せんとする巨人の前方。そこにハンネスに抱えられていた。逆サイドにはミカサ。私のポジションをおじさんに取られてしまった。しかも完璧な持ち方をしている。子供たちから見たら、後ろが丸見えだ。人生で初めてハンネスを尊敬した気がする。

 

 残念ではあるが、でも今の立場の方が美味しい。

 

 

 よく見える、絶望に染まりきった弟と義妹の表情。かわいいなぁ、かわいいなかわいいな、かわいいなぁ。

 

 食べちゃいたいくらいかわいい。でも実際食べられそうになっているのは母親。

 そんなカルラは今、身体をへし折られて震えながら、口の中へ収まって。

 

 飛び出た両足がボトボトと、地面に落ちていった。既に身体を潰されていたのか、巨人の口の中から悲鳴も聞こえない。聞こえるのは肉と骨が砕かれ、あるいは潰される音。

 

 

「あぁ……ぁ」

 

 

 エレンくんは母に手を伸ばして、そのまま泣き叫びもせず、ただ呆然としていた。ミカサは母の最期を見ることができず、顔を逸らしている。

 

 仕方ないな、お姉ちゃんが仇を取ってやる。もう大分ボロボロだが大丈夫。お兄さまに会えるまではアウラちゃんは死なない。カルラを食った巨人を殺したら、お兄さまを探しに行かなきゃ。

 

 お兄さまどこだろう、お兄さま。

 

 

 我が家に戻り、一気に背後の死角から巨人を討伐。

 お兄さまの場所へ。お兄さま、お兄さま。

 

「あ……姉さ」

 

 遠ざかっていくエレンくん。距離的に何を言っているかはわからないけど、私と目が合った。今生の別れとなるので、最高の美少女スマイルやるから、見とけよ見とけよ。

 

「ねえさ、どこに…行くんだよ」

 

 ありがとうエレンくん。最後に弟の最高の曇り顔を見られて、お姉ちゃんは嬉しいゾ〜。

 

「なんでっ……泣いてんだよ…なんで……!!」

 

 

 あぁ、お兄さまに会える。お兄さまに会わなくちゃ。お兄さまどこ。

 

 

 

「姉さん!!!!」

 

 

 

 エレンくんを背にして、私は壁の方へと向かった。

 

 壁が壊れてから少し経ってしまったけれど、まだ壁を壊した戦士が近くにいる可能性は高い。お父さまが壁内へ来るために長時間巨人化していた後、私が目覚めた時彼はひどく疲弊していた。

 

 つまりは巨人化=相当なエネルギーを消耗するのだろう。先ほどの50mを超える巨人を考えても、アレは恐らく巨人化して動かすだけで相当な体力を持っていかれる。物体の大きさが大きくなるにつれて比例するように、必要とされるエネルギーも増える。

 

 マーレで見た乗り物と同じ原理だ。巨大な飛行船や列車の方が、自動車よりも有機資源を使う。

 

 また壁からであればシガンシナ区を一望できる。そこから見渡し、通常種や奇行種と異なる巨人を見つける。

 

 

「あれ」

 

 

 青いはずの空が真っ赤。おかしいな、私の届かない空。蒼い色。

 飛びそうになる意識を感じる身体の痛みで無理やり繋ぎ止めながら、私は走った。

 

 お兄さま、おにいさま。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ピッカピカの壁内一年生

ライナアアア!!ライナアアアアア!!!

は、ほぼ出てこなんだなコレが。


 シガンシナ区の壁が破壊されたその日。壁内の人類は、思い出した。

 

 自分たちが鳥籠の中の、()()()でしかなかったということを。

 

 

 超大型巨人によって破壊された壁から、無数の巨人が壁内へ侵入。シガンシナ区の人間は、一気に恐慌状態へと陥った。

 

 その悲劇を作り出した大型巨人である一人の少年と、一人の少女は、聞こえる悲鳴に顔を青白くさせる。二人の現在位置はシガンシナ区が一望できる壁の上。つまり、50mの壁の上である。

 

 立体機動装置も付けていない少年少女が、普通いるはずのない場所であった。

 

「アニ、大丈夫かい?歩ける?」

 

「……ムリそう。おぶりな、ベルトルト」

 

「え、あ、うん……わ、わかった…!」

 

「ベルトルト」と呼ばれた褐色肌の少年は、頬を少し赤らめながら、「アニ」という金髪に青い瞳が特徴的な少女を背負う。この際背中の荷物は、前方へ移動させた。

 

 少女は一歩進むだけでもフラフラとし、足元がおぼつかない。対し少年もまた、ひどく息が上がっていた。

 

 巨人化の影響だ。短時間とはいえ、少年は一度で体力をごっそり持って行かれる大型巨人となった。

 対しアニはこの壁内がある場所に来るため、ずっと巨人化し走り続けていた。

 

 二人にはもう一人、「ライナー」という仲間がいるが、その少年は巨人化し二人を壁の上へ避難させた後、内門を破壊するためそのまま内部へ侵入した。

 

 打ち合わせとしては、ベルトルトとアニはシガンシナ区の壁を右に沿って進み、ウォールマリア内の南東の方角へ進む。その後用意しておいたロープを使って下へと降り、ライナーと合流する予定だ。

 

 

 

 時折聞こえる巨人が建物を破壊する音や人間たちの悲鳴に、二人は沈黙したまま俯く。

 彼らは、マーレの戦士だ。幼くして各々が自分の目的のため、祖国に身を捧げた。

 

 彼らに託された使命とは、「始祖の巨人」の奪還。

 

 壁を破壊したのも混乱に乗じて、壁内に侵入する意図がある。またもう一つに、壁の王がこの一件を受け、どのような行動に出るのか窺う意図がある。

 

 

 それで始祖が現れるならよし。だが事前に政府のお上から聞いていた「不戦の契り」の存在がある以上、壁の王が戦う可能性は低い。しかし絶対とは言えず、仮に始祖が()()()()()()を見せてしまえば、戦士たる彼らの故郷だけではない、数多くの国々が滅ぼされてしまう可能性がある。

 

 ゆえに行動は慎重に取らなければならない。まだ幼い彼らにとって、重すぎる使命だった。

 

 人をアリのように殺す、斯様な使命など。

 

 

「アニ、僕たちならきっと…使命を成し遂げられるよね?」

 

「…そんなの、わからないだろ。どこぞの()()のせいで、マルセルを──「(アギト)」の巨人を失っちまった」

 

「………」

 

「でも、ここまで来ちまったんだ。そう簡単に後戻りはできないだろ」

 

「……うん、そうだね」

 

 ベルトルトの首に回すようにした少女の小さな手が、強く握りしめられる。

 少年もまたかすかに震えており、唇を強く噛みしめた。

 

 

「「!!」」

 

 

 その時、二人の後方から、何かワイヤーのようなものが高速で巻き取られる音がした。

 

 咄嗟にベルトルトは音の方に視線を向け、迫りくる存在を確かめようと目を凝らす。三人の中でも格闘術に秀でたアニは、今動くことができない。巨人化も同様。

 

 ならば今彼女を守れるのは、ベルトルトしかいない。その感情が無意識に出たのか、少年の手はアニの頭へと伸び、フードを深くかぶせる。

 

 最悪巨人化をしなければいけなくなってしまうが、そうなると動けぬ少女が大型巨人の爆風に巻き込まれ、地面へ落とされてしまう。また二度の巨人化を行えば、ベルトルトも確実に動けなくなってしまう。

 

 ゆえに巨人化しない方向で、接近する物体を対処するのが望ましい。

 

「来るよ、アニ」

 

「……あぁ」

 

 二人の数百メートル前方。深緑のマントをまとった人間の身体が宙へと舞い、壁の上に降り立つ。何か機械のようなものを腰に付けており、そこから発射したワイヤーのようなものを使って、ここまで降り立ったらしかった。

 

 マーレやその他諸国のどの武器とも、合致しない特殊な形状のソレ。恐らく壁内で特殊に発達した産物の機械か。

 

 マントに体型が隠され遠目からではわかりにくいが、性別は女。衣服は返り血なのか、はたまた自身の血なのか。所々赤く染まっている。

 いや、女が着地した際身体がフラついていたことから、血は女のものであろう。

 

「どうする、アニ」

 

 ベルトルトが後ろの少女に声をかけた時、アニは目を見開き少年に前を見るよう促した。

 

「え?」と少年が頓狂な声をあげたと同時に聞こえた、ガッと、何かがぶつかる──または刺さるような音。

 ついで先程聞こえた、ワイヤーが巻き取られるような音が。

 

「ッ!」

 

 数百メートル前方にいた女は一瞬の内に、二人の前方まで迫っていた。ベルトルトは右手を口元に近づけようとして、止まる。

 

 そうだ、アニがいるのだ。一旦冷静にならなくては。これ以上戦士を失ったら────否、アニを失ってしまったら。

 

 

 途中でアンカーを外した女は、地に足をつけ、滑るようにブレーキをかけながらベルトルトの数メートル手前で止まる。その風圧で少年と少女の髪や服が、フワリと揺れた。

 

 二人の前に来たのは、血まみれの女。特に左側を相当な衝撃でぶつけたのか、頭や上半身の血が服や髪を汚している。だが血で汚れながらも見てとれる美しい顔立ちに、少年は息を呑む。深冷の美人なアニとは違う、愛らしさを残す美しさ。

 

 白銅色の瞳はしかし、焦点が微妙に合っていない。合わせようしても、うまくいかない──といった風に。

 

 息も肺から漏れ出るようなヒューヒューと、ひどく荒いもの。誰が見ても、意識を失うほどの重傷を負っているのがわかる。

 

 女が一歩踏み出し、少女を背負ったベルトルトも一歩下がる。やはり巨人化しなければならないか。

 装置には柄と付け替えの刃らしきものもある。恐らくは二人のような「戦士」と似た類い。壁内を守る存在。

 

 

 

「君たち、大丈夫?」

 

 だが二人にはかけられた言葉は、ひどく優しいものだった。微笑みながら女は近寄ってくる。悪魔の民であるにも関わらず、まるで天使、それか天女のよう。

 ベルトルトだけでなく同性のアニでさえ、目を奪われてしまう。

 

「あぁ、そっか。駐屯兵団の人間がここまで避難させたのね」

 

 そう呟きながら二人に接近した女は、安心させるように二人の頭を撫でた。

 

 だがフードに隠れたアニの顔──いや、瞳だろうか?──を見た瞬間、白銅色の瞳が丸くなる。笑みが消えた女に、ベルトルトは眉を寄せた。

 

 

「おにい、さま?」

 

 

 アニのフードを取る女の手。彼女の瞳が次に少女の金髪を捉えた瞬間、口を開けて呆然と立ち尽くす。

 

 女の目を間近で見ることになったアニは、相手の瞳孔が自身の目を捉えようとしながらウロウロと動いてしまう姿に、例えようのない不安を抱く。

 今にでも意識を失いそうだというのに、とっくに失っているはずなのに、それでも女は立っている。

 

 目を開けて、懸命にその「お兄さま」とやらを、アニから導き出そうとしているのだ。

 

 しかし少女はどう考えても、女より年下。身長も去ることながら。そもアニは女だ。体術において同年代が勝てぬほど男勝りだが、外見は冷たさを感じるものの、内面は割と乙女。

 

 どこに男と勘違いする要素があるのか、わからない。ただ女が頭から血を流しているので、頭を負傷した影響で正気を失った可能性がある。

 

 

「お兄さまお兄さまお兄さま……!!」

 

 アニはどうにか、冷静を保とうとする。見ず知らずの女に──抱きしめられながら。彼女は女が「お兄さま」と呟いた刹那、ベルトルトの背中から奪われたのだ。

 

「あ、アニから離れろ!!」

 

 ベルトルトが女の腕を引っ張るが、ビクともしない。少女を「お兄さま」と勘違いしながら抱きしめ、涙を流す女の表情は綺麗であった。

 しかし周囲の二人には先と打って変わって恐怖、あるいは異質な光景にしか映らない。

 

 アニは深く息を吐き、女の肩を叩いた。

 

「私はあんたの兄じゃない。よく確認しなよ」

 

「……お兄さま…じゃ、ない……?」

 

「高い所苦手なんだ、なるべくなら早く降ろしてほしい」

 

「……アレ、おかしいな、本当だ…お兄さまじゃない」

 

 一瞬女の頭がガクリと落ち、よろめく。だが落ちかけたところを踏ん張り、血が流れる頭を抑えながら下を向いた。

 

「……ごめんなさい、気が動転していたみたい。ボクの方は歩けるかしら?女の子の方は抱えるから、着いて来れそうならきて。壁が破られていないウォールマリアまで連れて行くから」

 

 

 その言葉に、ベルトルトとアニは顔を見合わす。

 

 この人間を本当に信用していいものだろうか。明らかに正常な判断ができなくなっている、この女を。

 

 壁の上にいた二人については向こうが都合よく理由をつけたが、後から不審に思われる可能性も高い。だがまだ壁内についての情報が少なすぎる手前、「戦士」と近い存在であろうこの女から、何か情報を得られる可能性もある。普通ではない状態の女からであれば、尚更。

 

 流石にいきなり始祖の巨人の情報を得られるわけはないだろう。ただ壁内の情勢を知る手助けになる。直接的に聞けば怪しまれるゆえ、言葉を選びながら情報を得る。その後殺せばいい。

 

 幸いアニは女の背中にいる。懐に隠してあるナイフを使うなり、首に手を回し絞め殺すなりできる。体力を使い果たしているとはいえ、それくらいは可能。

 

 またはアニの援護でベルトルトがトドメも刺せる。いくら大人の女とて、厳しい訓練を行ってきた戦士二人。敵うはずがない。

 

 ベルトルトはフラつく女が落ちないように、片手を掴んで握った。ひどく、冷たい手だ。

 

 

「あの、お姉さんありがと。駐屯兵団…の人に助けてもらったはいいんだけど、その人は……」

 

「いいの、怖かったよね。大丈夫、大丈夫だから」

 

「…マントのマーク、カッコいいね」

 

 アニがマントの羽のような刺繍を話題に出す。女は微笑みながら、「自由」のマークだからね、と語った。

 また彼女が、“調査兵団”なる組織の人間であることも。本当は今日壁外調査に行く予定だったが、右足を以前ケガしたせいで、休みになったことについても。

 

 確かに女が体勢を崩すのは、右側が多い。二人に近寄ってきた段階で右足を引き摺るようにしていたことからも、負傷していること自体は気づいていた。

 

「二人はあまり見ない顔だけど、もしかしてマリア内からシガンシナ区に来てたの?」

 

「うん、親の都合でね。まさかこんなことになるなんて……思ってなかったけど…」

 

 ベルトルトが唇を結び暗い表情を浮かべ、アニもまた女の鎖骨付近に回していた手を強く掴む。おびえた子供、それを装う。

 

「両親は……いえ、聞くべきではなかったね。ごめんなさい…」

 

「気にしなくていい。あんたはどうせ、他人だから」

 

「他人……そうね。でも、同じ人間なのだから、感情を共有することはできる。辛い時は辛いって、言っていいのよ。今はそんな余裕ないかもしれないけど」

 

 

 それから三人(内一名はおぶり)は歩きながら、ウォールマリアとシガンシナ区の境目を目指す。

 

 途中不意にベルトルトは、女が語っていた「お兄さま」の存在を思い出した。

 

 ()()()と勘違いした女。恐らく性別は違えど顔のパーツ───あるいは、髪の色や瞳などが似ているのだろう。

 

「お兄さま」の存在を聞かれた女は歩を止め、天上を見上げる。

 

 青い空。うっすらと夕方の赤らんだ色を混じえて、美しく広がっている。

 

 

「お兄さま、どこかに。お兄さま、どこにいるんでしょう」

 

「……お姉、さん?」

 

「お兄さま、お兄さま……お兄さま本当に、いらっしゃるの?私、私、私────」

 

 様子が一変した女に、鳥肌が立つようなゾワゾワとした悪寒を感じた二人。

 ベルトルトは咄嗟にアニを女の背から引きずりおろし、自分の背に庇うように下がらせる。

 

「とても、空がきれいね。とどかない、空。キレイでしょう、お兄さまの瞳の色だわ」

 

「……あんたは「お兄さま」が、大好きなんだね」

 

「えぇ、会いたいの。会いたくて、大好きで……もう一度だけでいいから、あいたいな……」

 

 ゴポッと、音がする。女が口元を抑えた瞬間、噴き出たのは大量の血。

 内臓もいくらかやられているらしく、そのまま彼女は膝を突いた。

 

 無表情な顔からこぼれ落ちる水滴。作りもののような顔は、どの表情をとっても美しい。そしてどこか無機質──非人間的で、恐ろしい。

 

「あんた、その出血じゃ死ぬよ」

 

「……そう、かな?それは……イヤ、かも」

 

 

 ────お兄さまに、会えていないのに。

 

 そう呟き、立ち上がった女は一歩、踏み出す。目の前に広がるのは、巨人の災禍に見舞われた地獄のような光景。その様を見下ろした女は、冷や汗を流す少年と少女へ視線を移す。

 

 揺れるは、風にさらわれ、たなびく色素の濃い髪。白銅色の瞳は、ゆらゆら揺れる。

 

「お兄さまはいる?」

 

「お兄さまはいる…って?」

 

 眉を顰めたアニ。女は再度、「お兄さま」がここにいるのか尋ねる。

 

 質問の意味を理解することができない。死にかけの人間など、無視して行ってしまえばいいのだ。この分では助かる見込みも薄い。そも145代フリッツ王によって記憶が改ざんされ、文化が遅れている壁内に、「輸血」という知識があるとも思えない。

 

 

 しかし二人は、女から目を離すことができない。大切な人をただ求めて、命の灯火を消そうとしている人間。

 

 その光景が、美しかった。残酷な状況を作り出した張本人たる彼らが、「美しい」と思うなど。許されるべきではないというのに。

 

 

「……会えるよ」

 

「あぁ、会えるさ」

 

 

 気付けばベルトルトとアニは、女に向かって呟いていた。

 

 最期くらい、幸せな夢を見たっていいだろう。人々の不幸を作り上げてしまった彼らは、逃げるように思考が働く。両者の脳内に浮かぶ、「最低だ」という言葉。だがついで出るのは、言い訳。

 

 

 ベルトルトは、悪魔の民だから、と。

 

 アニは、父の元へ帰るためだ、と。

 

 

 女は瞳を丸くし、嬉しそうに微笑んだ。まるで少女のような幼い表情。そのまま彼女は空中へと身を投げる。そして腰につけた装置を使い下へと降り立った。その姿はすぐに遠くなり、街の中へと消えていく。

 

 だが消えても、二人は女から──否、壁から降りる直後瞳にこびりついた女の姿が、そして聞こえた言葉が、耳から離れない。

 

 

 

 

 

 ──────()()()お兄さま、「私」はここにいます。

 

 

 

 

 

 女が呟いたそのお兄さまの名は、戦士たる彼らを統括する“戦士長”と同じ名前。

 いや、気のせいだろう。同じ名前の人間など、この世には数え切れないほどいる。容姿とて、女とは似ていない。

 

 ただアニと見間違えた点を踏まえ、金髪の髪と、青い瞳は似ている。

 だがまさか、あり得るはずがない。ただの偶然だろう。

 

「…行こう、ベルトルト」

 

「……うん」

 

 ベルトルトとアニは女が見上げた空を眺める。

 

 

 綺麗な吸い込まれるような青空と、夕日のコントラスト。

 

 世界が「平和だ」と勘違いしてしまうほど、穏やかな空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして少年と少女と別れた女──アウラ・イェーガー。

 

 ろくに思考が回らず、意識がなくなりかけた瞬間ガスが切れた。軽い身体は屋根へとぶつかり転がって、地面へと落下する。

 

 指一本動かせず、アウラは仰向けの状態で空を見上げる。

 

 だがそれを邪魔するように、数体の巨人が彼女の視界を遮る。四〜五体はいるだろうか。各々口を開け、彼女へ近づく。

 周囲には誰もいない。あったとしてもそれは人間の死体のみ。

 

 

 一体の巨人に腕を掴まれ、他の巨人に足を掴まれる。

 

 ブチブチと、耳を背けたくなるような音。それでもアウラは悲鳴も漏らさず、ただ空へと手を伸ばす。その残された手さえ噛みちぎられ、次に腹を食いちぎられる。ボトボトと落ちたのは内臓。腸が巨人の指に絡まり、面白いように伸びた。

 

「……お゛にっ……さ、ぁ」

 

 空を捉えていた瞳が顔ごと、巨人の口の中へと収まる。

 

 

 

 あいして、おり────、

 

 

 

 その言葉が、最後まで続けられることはなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

接種後の多大な後遺症により

曇り顔というか鬱い回です。というか鬱です(えっ?)
誰の…とは言いませんが、圧迫面接書いてたら一万字超えてた(白目)、そして投稿もちょい遅れました。
誤字報告いつも感謝です…!!


 これからするのは、あくまで仮定の話だ。

 

 

 仮にもし、未来も過去も見ることができる人間がいたとしよう。この際同時に過去に干渉できる能力も持つとする。その人間はある時点で未来で起こることを知り、自分や仲間、世界がどうなるかを知る。

 

 これを「結末A」としよう。

 

「結末A」がその人間にとって、気に食わない未来であるなら、行動を変え「結末B」や「結末C」を作り出すことも可能だろう。

 

 だが何度繰り返しても「結末A」以外にたどり着くことはない。その人間が未来や過去を覗き見る力を手にする以前から、力を手に入れた未来のその人間が、過去の自分を「結末A」にたどり着くよう操作しているからだ。

 

 これは未来や過去を見る力を手に入れることも、操作された一つに入る。未来のその人間がこのような行動を起こすことには、理由がない。いや、理由がわからない──と表現した方が正しい。

 

 抑止力のようなものが働いているのだろうか。「結末A」以外には至らせない何かが。そんな存在がいるなら、それこそ“()”と言うべきか。

 

 

 また疑問なのは、いつからこのループする世界ができたかについて。

 

 その人間の未来の姿が、その人間の過去を操る。そしてその人間が成長し“未来の姿”になった時、また過去の自分を操作する。

 

 果てが見えない。ニワトリが先か、タマゴが先か────。

 

 

 ただ言えることは一つ。その世界線は、「結末A」を結果としてたどる道以外は存在しないということ。

 

「結果A」以降は、無数に人間の選択肢や行動によって結末が枝分かれするだろうが、「結末A」の範囲内の始めから終わりまでは、一貫して同じルートをたどる。

 

 また「結果A」以前の世界も無数に分かれており、青いタヌキを連れてきて『結末Aの世界に連れて行ってくれ!』とお願いするならば、『ぼくにまかせてよ!』などと言い、簡単に連れて行ってくれるだろう。

 

 しかし実際に「結末A」の世界を目指すのは難しいだろう。不可能と言ってもいいかもしれない。

 

 木の幹からスタートして、その木の一本の枝の先を目指して進むようなものだ。もちろんどれが「結末A」の世界であるかのヒントはない。ひたすらにスタートをやり直して行かねばなるまい。

 

 そして「結末A」以降の木の先から落ちたタネがまた、全く同じ構造の一本の木となって──と、果てしなく続く。

 

 

 してここから、話を少し変える。

 

 仮に「結末A」をたどり続ける世界に、唐突に異分子が現れたとしよう。その結果「結末A」にたどり着くのかわからなくなり、異分子が存在するがゆえの歪みも生じてしまった。本来の性質が変わってしまう、という歪み。

 

 その人間はおろか、“神”でさえ()()()()()()()()の「結末A」がどうなるか不明となった。わかるのは、「結末A」にするためのやり方だけ。異分子が存在する以上、果たして神の望む「結末A」にたどり着くかどうか。

 

 しかし望む結末にするためには、同じやり方をするしかない。神が操作し、そして神に操作されたその人間が、「結末A」を目指す。

 

 

 ただしここに感情論を持ってくれば、さらに変化が起こる。その人間ではなく、神の感情を揺さぶる異分子の存在。異分子を()()する神。これによって世界はより結末がわからなくなった。

 

 それでも神は「結末A」を最善の選択肢として世界を導く。

 いや、神は自分が一番に望む「結末A」へと至るために選んでいるだけなので、導く、という言葉は適当ではなかろう。

 

 神でさえわからくなった結末だ。これから起こることは、誰にもわからない。灯りこそ持っているが、出口のわからぬ洞窟を、手探りで探る状態へと変化したのである。

 

 今後あるべき「結末A」のたどり方と多少異なる道へ進んだ時は、神の心情をわかりやすく噛み砕いて、それでいてRTA風にするなら、きっとこう言うだろう。その神は言葉を発することはできないのだが。

 

 

 

 オリチャー発動!!──────と。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 突如現れた超大型巨人によってシガンシナ区の門が壊され、同日ウォールマリアとシガンシナを繋ぐ内門もまた、鎧の巨人により破壊された。

 

 これにて人類は、ウォールローゼまで後退せざるを得なくなったのである。

 

 

 シガンシナ区を船で脱出しトロスト区へ向かっているエレンは、ミカサとアルミンと肩を寄せ合っていた。

 

 アルミンは言葉を一切発さぬ二人に視線を向ける。

 ミカサは目を見開き膝を抱えながらマフラーに顔を埋めており、エレンは今にも誰かを殺しそうな鋭い目つきで、船の床を眺めている。

 

 時折聞こえる、ギリッという軋む歯の音。

 

 母親のカルラや姉のアウラはどうしたのか、とアルミンは聞くことができずにいる。二人は彼とシガンシナ区の船で出会ってから、ずっと喋らない。

 

 だがいるはずの母と姉がおらず、そして友人たちの表情から、何が起こったのかうっすらと察することができた。

 

「……して、やる…」

 

 ポツリと、声が聞こえる。

 

 ミカサとアルミンがその声に反応すると、エレンが立ち上がり川の先を見つめていた。

 翡翠の瞳から覗くのは、憎悪に染まった人間の狂気。そして、溢れる涙。

 

「駆逐…して、やる。駆逐してやる、駆逐してやる……!!」

 

「え、エレン!?」

 

「……エレン、落ち着いて」

 

 巨人を全てこの世から一匹残らず駆逐してやると、叫ぶエレン。

 二人はそんな少年の腕を両サイドから掴み、一歩下がらせた。そのまま進み続ければ、船から落ちてしまう。

 

 

「オレが、弱いから。オレに、力がないから……」

 

 母親が目の前で巨人に食われた。巨人の手で握りつぶされるカルラの身体、そして巨人の口の中に入り肉や骨が潰され、噛み砕かれる音。

 

 その全てが鮮明に記憶に残っている。少年に力があれば救うことができた。姉に混じり、巨人を駆逐することができた。

 

 だがどうだ。今の少年はただ巨人を憎悪して、憎み、弱い己に嘆くことしかできない。

 

「……エレン」

 

 アルミンが、横から少年の瞳を見つめる。ミカサもまた、強く片方の腕を握っている。

 

 母が、殺された。そして姉は巨人を駆逐するため、シガンシナ区に残った。あの時の姉は誰が見てもわかる、正気ではなかった。姉が少年に向けて微笑んだ姿が忘れられない。やさしく、笑って──ーその姿は夕日と青空を混ぜた色に照らされ、淡く映った。

 

 カルラを救うことができなかった。ゆえに彼女は残ったのだ。代わりに他の命を一つでも多く救おうと、心臓を捧げて。

 

 大怪我を負ってさえ戦い続ける様は勇敢だ。だが、アウラ・イェーガーの姿は異なった。もはや自分のことなど、どうでもいいように思えた。でなければハンネスに抱えられていく弟に、あんな安らかな表情を浮かべるわけがない。まるで今から死にに行くような顔で。

 

 

「エレン!!」

 

 涙の止まらぬ少年に、ミカサが強く抱きしめる。そして、彼女もまた涙を溢しながら、呟く。

 

「お姉さんは、きっと大丈夫。大丈夫だから」

 

「……ふ……う、ぅ」

 

 噛みしめた少年の唇の間から呼吸が漏れ出る。三人は今自分たちの命があることを確かめるように抱きしめ、お互いの熱を、そして心臓の音を感じあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 時刻は超大型巨人により、シガンシナの門が破壊されてから暫く経った頃。

 

 場所はとある洞窟だ。一部の者しか知らない、全体が結晶に包まれた奇妙なその場所。

 

 

 そこにいたのは、白い装束を身にまとった数名の人間たち。対し彼らの反対にいるのは、眼鏡をかけた一人の中年の男。壁が壊されたことにより洞窟に集まっていた白装束の人間たちには、予期せぬ訪問者である。

 

 男は「進撃の巨人」の継承者であった。()()()()()の未来を見ることで、進み続ける。実際には“記憶共有”と表現した方が正しいのだが、そこまで能力を使いこなせる者はいない。

 

 またこれには個人差があり、男は未だ次の継承者の視点では未来を見たことがない。あるのは、もっと別の視点から。

 

 

 ゆえに男は「進撃の巨人」の能力を、次の継承者視点──という限定的なものではなく、漠然とした“未来を見る力”と考えていた。

 

 彼に巨人の能力を託したのはクルーガーという男。その男が進撃の力について語っていた内容は、『何者にも従うことが無く、()()()()()()進み続ける存在だ────』というもの。

 

 クルーガーの発言からわかる通り、本来継承すればいずれ認識する「次の継承者の」の部分が説明されていない。つまりこれは「進撃の巨人」の能力が、実際のものと多かれ少なかれ変化しているということになる。

 

 しかして男は導かれるように、ここまでたどり着いた。

 

 壁の崩壊。そしてその日、以前突き止めた洞窟に、レイス家が集まっている未来と、その場にいる自分を見て。

 

 

 

「あなた方に、話がある」

 

 男は白装束人間たち────「レイス家」と呼ばれる彼らに、戦うことを望んだ。壁が壊れてしまった今、偽りの王ではない、本来の王が戦わなくてはならない。「始祖の巨人」を有する、レイス家が。

 

 だがレイス家には「不戦の契り」という、壁を築いた初代レイス王がユミル・フリッツと交わした契りが存在する。

 

 初代レイス王が目的とした“平和”。その思想を、始祖の巨人を継承した王家の人間が受け継ぐ、というもの。

 

 

 かつてエルディア人が行ってきた多くの虐殺。その禍根は現代にも根強く残っており、パラディ島を攻めんとする諸外国勢力は多くいる。しかしすぐに攻めることができないのは、初代が残した壁──それも巨人でできた──があるため。一度始祖が命令すれば、50mの壁の巨人たちは動き出し、世界を崩壊させる。

 

 だがこれはあくまで保険。緩やかに壁内のエルディア人が衰退するために初代が残したものだ。仮にマーレの戦士のように外から攻めてくる存在がいれば、滅びを受け入れる。

 

 斯様な思想が始祖を受け継いだ人間や、それを「是」とするレイス家の者にはある。

 

 

 して、当代の始祖の巨人を持つ女性────フリーダ・レイスは、男の言葉を聞き、初めは困惑した表情をみせた。だがその思考が初代レイス王の影響により、一つの結論を見出す。

 

 彼女は宝石のように吸い込まれるような美しい瞳を向け、男を強く睨む。

 

「我々は初代レイス王に従い、滅びを受け入れます」

 

「しかし、関係のない多くの民が犠牲になるのだぞ!!」

 

「ユミルの民が、裁きを受ける時がきたのです」

 

 不戦の契りがある以上、この結果は男にはわかっていたことだった。未来でこのようなことになることまでは知らなかったが、予想はできる。

 

 ならば方法は、一つしかない。奪うのだ。このまま放っておけば戦士たちが彼らにたどり着き、始祖を奪ってしまう。そしてマーレの手に渡れば、悲劇はパラディ島だけではない。その他の国へと伝播する。“戦争”という、最悪の形で。

 

 しかし男は────グリシャ・イェーガーは、行動に移すことができない。自傷し、始祖を持つ目の前の女を殺す。それが、できない。

 

 何故か?それは彼が、医者であるからだ。

 

 

「フリーダ!!その男を殺せ!我々のことを知られた以上、生かすことはできない!」

 

 女の父親らしき男が、彼女に向かって叫ぶ。それに女の兄弟らしき子供たちも、「殺せ」と叫ぶ。

 

 仮に初代レイス王の“平和”の思想があったとしても、それは始祖を持つフリーダのみ。他のレイス家の人間たちはどこまでも()()であり、醜いヒト本来の姿をさらしていた。

 

 彼女は家族の言葉に汗を流す。殺せ、殺せ、殺せ。

 

 さながらカエルの大合唱だ。そんな家族から視線を逸らし男を見れば、力が抜けたように座り込み、下を向いている。

 

「……どう、すれば」

 

 男を殺すことに、フリーダは躊躇いをみせる。確かに殺さなければ、レイス家の正体をバラされてしまう可能性がある。だからといって、人の命を奪う行為を軽率にできる人間ではない。縦えそれは初代レイス王の思想があろうともなかろうとも。

 

 その時だ。

 

 

 

 彼女と男のちょうど中央に、一人の人間が現れる。

 

 ボロボロのキトンのような服を身にまとった、一人の少女。表情には感情のカケラ一つ見当たらない。その姿は透けており、フリーダの奥にいる男が見える。そしてグリシャもまた、そんな少女の姿が見えていた。

 しかし突如現れた不思議な少女に、その他の人間が気づく様子はない。二人にしか少女の姿は見えていないようだ。

 

 一歩、少女が歩を進める。それに肩にかかる長い金髪が揺れる。頭につけたバンダナが、結晶が煌めく光を受け、その白さをよく映えさせる。

 

 一歩一歩と、少女が近づく先は男の元。フリーダはその少女を見たことがあった。

 

 一面の砂と、光の柱が天上へと届き無数に分かれる「道」の世界。その場にいる、一人の少女。

 

 

「ユミル……」

 

 

 ユミル・フリッツ。それが、少女の名。

 エルディア人の始祖であり、悪魔と出会ったとされる女性である。

 

 少女の瞳は影に覆われ、窺い知ることはできない。フリーダがユミルの近づく男の方へ視線を向ければ、男の顔は驚愕に染まっていた。そして彼が呟いた言葉に、フリーダもまた驚くことになる。

 

 

「アウ、ラ……?」

 

 

 アウラ?違う、その少女の名前はユミルだ。「道」にいる人間など、彼女以外あり得ない。しかし男は「アウラ」と言う。

 

「どうしたんだ?何故ここに……それに髪の色が────いや、それよりどうして小さくなっているんだ…?」

 

 グリシャは娘と異常なまでに似ているその少女を見つめる。娘の髪の色がダイナに似れば、少女とソックリだっただろう。

 

 少女はそして、座り込んだ男の前へとたどり着く。呆然とする男に顔を近づけ、二人の額がぶつかった瞬間。走ったのは「バチッ」という電流のような音。

 

 その後グリシャの顔は驚愕から、絶望へと変わる。

 

 

 少女と額がぶつかった瞬間、彼の中で流れた映像。それは、恐らく巨人の視点のもの。ハァハァと、荒い息を上げどこかへ歩み寄る巨人。そして直後視界に映ったのは、地面に仰向けで転がっている娘の姿。

 

 調査兵団の服はボロボロになり、特に左側が血まみれになっている。グリシャに似た髪の色は、血を染み込ませ異様な色へ変化していた。

 

 巨人は、彼女へ近づいていく。その他にも周囲に何体も巨人がおり、娘へ群がっていく。

 白銅色の瞳はぼんやりと空を映すのみだ。ケガにより動けないのだろう。逃げろと彼が叫べど、声が聞こえていない。

 

「あ、あぁ、やめっ」

 

 先にたどり着いた巨人の一体が、娘の腕を掴む。そして他のもう一体が足を掴み、耳を塞ぎたくなる音を伴って、彼女の四肢を引きちぎった。もはや声にもすることができず、グリシャは口元を抑える。

 

 

 息子エレンにレイス家が持っていた脊髄液入りの注射で巨人にさせ、「進撃の巨人」を託していた未来。

 

 彼の残りの命が少ないゆえ、取った行動なのだろうとはわかっていた。ジークのように道を強いた自身。だが仮にその未来を見なくとも、彼はエレンに託しただろう。他に頼れる人間など、いない。

 

 娘に継承させる方法もあったかもしれないが、それだけはできなかった。自分の目的のために進むアウラ・イェーガー。そんな彼女をこれ以上、苦しませたくなかったのだ。

 

「もう…やめッ、やめてくれ……!!!」

 

 だからこそ自分の道を進むよう、娘を見送ったつもりであった。

 

 だがその娘は今、巨人にその身体を食われている。

 

 空に手を伸ばした娘の手が、食いちぎられる。悲鳴もあげずアウラはずっと、空を見上げ続けている。

 ついで腹を食いちぎられ、赤い内臓が覗く。辺りは彼女の血で汚れ、飛沫が近くの建物まで汚していた。

 

「………やめて、くれ……」

 

 グリシャの視点と繋がっている巨人が、娘へ近づき口を大きく開ける。

 娘の、白銅色の瞳。やめてくれと、涙をこぼしながら男はうわごとのように呟いた。

 

 

 ────おにいさま。

 

 

 最後に彼女が、そう口にしたのがわかった。巨人はその肢体をきれいに平らげるように、彼女が事切れても肉を貪り続ける。

 

 生気を失ったグリシャに、少女は額を離す。その一連を見ていたフリーダは異様な光景を凝視し、他のレイス家の人間たちも訝しんだ表情を向けている。

 

「……何が、目的なんだ」

 

 男は下を向き、ポツリと呟く。次の瞬間歯を噛みしめ、瞳孔が開いた目を少女に向ける。

 

「何が、目的なんだ……!!貴様がユミルなら、娘は、娘は………」

 

 少女は、ユミル・フリッツは何も語らず、男の隣に移動する。そして男が握っていた自傷用のナイフに手を添えた。言葉には発していない。しかし少女の意図が、グリシャの脳内に流れ込む。

 何を彼が、すべきなのか。

 

 

『父親以外、殺せ』

 

 

 始祖を奪うのではない。始祖もろとも殺し、父親のみを生かす。

 あぁ、と男は息を漏らす。

 

 あぁ、娘は──アウラ・イェーガーは、ずっと始祖が仕向けていた道を歩まされているに過ぎなかったのだ。「寵愛」されているならば、あのような残酷な方法で殺されるわけがない。目的を持ったユミルに利用されただけの、人間だった。

 

 愛しい彼の、娘だった。

 

 

「………」

 

 

 笑い声さえ出ない。感情が欠如した──いや、精神が壊れた表情でグリシャはフリーダを見やり、持っていた刃物で自身の手を傷つけた。

 

 知っていたはずだ、グリシャ・イェーガーは。この世界が、残酷だということを。

 

 

 妹が殺され、その私怨が始まりとなって、エルディアの復権を望んだ彼。ジークに後悔しきれぬ生き方を強要し、娘もまた妹を失った恐怖のため家に囲い、家族に固執する歪な人格を形成させてしまった。

 

 そして息子の告発。復権派の仲間が死に、妻のダイナは死んだ。一度は失ったと思っていた娘と共にクルーガーに託された意志を以って進め、カルラとエレンが家族となり、再び幸福を感じた。

 

 だが彼が生きる支えとなっていた娘は死んだ。

 

 それは単に、グリシャ・イェーガーがここまで()()()()()ために必要だったからこそ、始祖によって用意されたものだったのだ。

 

 

 

「ごめんな、アウラ…」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、巨人化したグリシャ・イェーガーはその日、父親以外のレイス家の人間を皆殺しにした。

 

 その後彼らから奪った注射器を持ち、巨人の被害に遭ったシガンシナ区へと向かう途中。トロスト区へエレンが逃げていたことを知り、出会ったキース・シャーディスを無視し、人気のない場所へと息子を連れ込んだ。

 

 息子から妻のカルラまでも死んでいたことも知った彼の精神は、この時完全に壊れてしまっていただろう。

 

 

 ただそれでも進み続けるしかない。

 

 彼は「進撃」しなければならなかった。

 

 

()みなさい、エレン」

 

 

 それが巨人化した息子に向けた、グリシャ・イェーガーの最期の言葉である。




【現在のイェーガー家】

エレン「駆逐してやる駆逐してやる駆逐してやる駆逐してやる駆逐してしてやる駆逐してやる駆逐してや」

グリシャ(精神崩壊)

主人公(反応がない ただの屍のようだ)

ジーク「俺は必ずやり遂げてみせるよ!クサヴァーさん!!」


結論=ジーク以外地獄……いやみんな地獄。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幸福を喰らう

また風邪引いた……この間インフルの接種やってきたばっかやぞ………死の(鬱)

即堕ち2コマ主人公の回。


 森の中、聞こえるのは荒い吐息。「ハァハァ」と必死に酸素を取り込みながら、草を踏みつけ、落ちた枝を踏む音。懸命に走る正体は一人の少女。

 

 グレースケールで構成された世界を、少女は懸命に走り続ける。現実なのかも、夢なのかもわからない。

 

 何故自身が走ることになったのか、いつから走っているのかわからない。唯一わかるのは、後ろから何かが自分を追ってきているということ。それから逃げなければいけないということだけは、分かっていた。

 

 でなければ、自身の命が奪われてしまう。後ろを見れどもその正体は森の闇に隠れ窺い知ることはできない。

 

 

 少女はその時不意に、自分の右手が何かを握っていることに気づく。

 

 視線を向ければ、手が握られていた。少女と同じくらいの小さい、痩せた手。少女も同じように窶れており、繋いだ手の感覚は骨と骨がぶつかるように硬い。それでもこの手だけは離すまいと、少女は走り続ける。握った手から先はわからない。黒いモヤがかかり、顔や身体を正確に捉えることができなかった。

 

 

 少女は逃げた。逃げて、逃げ続けた。

 恐ろしい何かに身体を傷つけられても懸命に、生きようとする。

 

 

 だが先に力尽きた少女は、握っていた手の主の背を押し、逃げるよう言った。いや、言葉にはなっていなかった。それでも逃げて、生きて、と叫んだ。

 

 少女を残し、走り去っていく誰か。やはり姿形を正確に捉えることはできない。しかし森の隙間から照らされたきらめく髪の色と、少女をその中に閉じ込める空のような瞳は、しっかりと見えていた。グレースケールの世界に、その色だけは艶やかに生えている。

 

 その瞳と同じ青空を眺めながら、少女はゆっくり瞳を閉じる。

 身体から熱が失われていく感覚。流れ出た赤い血潮は少女から溶けて地面に染み込んでいく。その肢体の周りを数匹のハエが止まった。

 

 何かが近づいてくる。恐ろしい何か。少女に恐怖を与え、その命を奪わんとする何か。

 残酷な世界。けれど少女の上に広がる空は美しい。

 

 

 そうして肉体からこぼれ落ちた彼女の魂は、どこかへと沈んでいく。何も残らず、消えていく場所。真っ黒な世界だ。

 

 そんな最期でも、少女は自分と共に走っていた誰か──引っ張って連れていた誰かに、もう一度会いたいと願った。

 

 

 少女の全ては、その誰かであったから。

 

 少女はその誰かがいれば、それでよかったから。

 

 縦えそれで自分が不幸になろうとも、その誰かが幸せになれるなら、喜んでその身を捧げる少女。

 

 歪で、だがそれが少女の生き方だった。

 

 

 場面は変わり、暗い世界。そこからどこからともなく現れた巨大な何か。ムカデとも、エビのようにも見える異形。

 闇と同化しその輪郭は掴めない。その何かは上へ上へと昇り、そしてゆっくりと少女へ顔を近づけた。ぎょろりと飛び出た目。それが少女をとらえた瞬間、「ニィ」と笑った気がした。

 

 バケモノの口が開く。すると覗くのはバケモノの口の中。真っ黒だ。それも暗い世界と比較にならないほど、深淵の色。

 

 その深淵へと導くように、バケモノは少女を頭からすっぽり、その体内へと収めた。

 そしてバケモノはまた天上へ上がり、自身の尾を口で咥える。

 

 

 グルグルとソイツは、回り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私アウラちゃん。死んだの。えぇ、死んだの(二回目)。

 

 今はユミルたそがいる謎の世界にいます。例の如く全裸です。全裸美少女ちゃん。天使かな?

 

 

 明らかに戦士であろう子供二人を発見したまではよかったのだけれど、頭をぶつけたせいで意識が混濁していた私は、子供たちの言葉を完全に信じてしまった。バカなんですかね?死ねばいいの……あ、いや、死んでいたんだった。

 

 二人は「いるよ」と言ってくれましたが、そもそもお兄さまって誰ぞ?って話ですよね。というかお前誰だ、っていう話。

 

 せっかくのチャンスを無駄にしてしまった。死んで冷静に物事を思い出しているからこそダメージが大きい。死ねばいいのに。死んでいるけど死ねばいいのに、私。

 

 

 まぁあの二人に「ジーク・イェーガー」の名前を出したとして、警戒しかされませんよね。お兄さまが私のことを他の戦士たちに言っていたのかはわかりませんが、攻め込みにきた場所の兵士らしき人間が仲間の名前を出したら、戸惑うに決まっている。

 

 いや、下手すれば壁内に繋がりを作っていたとして、お兄さまが要らぬ疑いを抱かれてしまうかもしれない。

 

 ……最後にお兄さまの名前を言ってしまったんですが、どうしよう。死のう。死ねない。何故死ねないの?死んでるからだよ。

 

 

 あぁ、あの二人がお兄さまに疑いを持つ前に、殺してしまえばよかったのだ。しかし死んでいる以上殺せない。そも巨人化能力を有する人間二人に、私が敵うはずもない。

 

 お兄さまに会いたかっただけなのに。そしてあわよくば殺してもらうか、くんずほぐれつしたかったのに。

 

 家族の崩壊を成し遂げて最高にハイだった気分が、一気に地獄だ。

 

 

 それにしても、あの巨人の餌コースひどくなかったですか?美少女ちゃんをあんな肉塊にしちゃうなんて。やたら巨人が近寄ってくるとは思っていましたが、私の魅力にメロメロだったのでしょうか。

 

 昔マーレにいた際、本で読んだ東洋に位置する「ヒィルズ国」に生の魚をそのままの形であったり、捌いて食べる“おどり食い”なるものがあるらしいですが、まさしく巨人のごちそうになっている時の私そのもの。

 

 アウラちゃんは美味しかったんですかね?お兄さまに食べられるなら、美味しい私の方がいいですからね。

 

 

 ダイナお母さまの胃に収まった時は、死んでいたのか生きていたのか曖昧ですが、リボーンさせていただいた。

 

 ですが、そう何度も生き返らせてもらえるとは思っていません。この世の理とか、そういった小難しい部分に魂が引っかかりそうで怖いのです。

 

 というか私が死んだままの方が、あの二人の戦士のことを踏まえると都合がいい。

 

 仮にお兄さまの名前を呟いた女を怪しく思ったとしても、普通は「ありえないか」で済ます。こちらの名前を知られていないので、なおよし。このまま生き返って再会し、その上名前まで知られてしまったらそれこそ危険だ。

 

 私の事情を話せば、少しは違ってくるのかもしれませんが。

 

 復権派だった両親とともに楽園送りにされた幼女ちゃん。当時4歳にもなっていなかったので、「よく覚えていない」で十分通るでしょう。ただ壁内へ来る方法は飛行船でも使わなければ、巨人化する一点だけ。

 

 私か、その近辺の人間が巨人化能力者だと疑われかねない。であれば最初から、父親が巨人化能力者だと伝えた方が話がこじれないか。

 

 父親が復権派だった点と、囚われた父と私を救った人物がいる=フクロウの存在。その男から力を手に入れ、父は私を連れていった。

 フクロウが逃したとしないのは、父と私を生かす理由が何故あったのか、という疑問が起こるため。

 

 グリシャ・イェーガーが力を継いだのだとすれば、私を連れてきた理由になる。またアウラちゃんは、ただの父親の被害者なんだ──と印象を植え付けられる。完全に身の潔白を証明するのは難しい。幼い頃の記憶がほぼないながら、詳細に父やフクロウのことを語れるのですから。

 

 むしろ完全に()()の方が、返って怪しい。過去について知った理由は、私が大人になった時に聞いた──など、いくらでも理由は繕える。

 

 

 それに向こうはマーレ(同郷)の人間。そして、お兄さまのような複雑な事情を持つ者たちからなるエルディア人の戦士。不遇な私に同情するとは言わない。けれど少しは感情移入をする。完全に感情を動かされないなど、それこそサイコパスですから。

 

 街を見ていた少年と少女の目を見てもわかる。多くの人間を殺すおいし───悲惨な結末を作り出し、それに並々ならない罪悪感を抱いていた。

 

 あの、表情。とても愛らしい自分を責める彼らの表情。

 

 マーレも酷なことをする。何が良いのか悪いのか、完全に物事の善悪を理解していない子供たちに殺戮をさせるのですから。私的にはありがたいんですけどね。無数の悲劇が生まれるので。

 

 そんな彼らの感情を揺さぶるのも、難しいでしょうが不可能ではない。むしろ演技派であり、多くの人間の不幸を作った経験がある私だからこそ、可能。

 

 

 

 

 

 まぁ、死んだのでもう何を考えても仕方ないんですが。ユミルたそも久しぶりにこの砂と光の柱の世界に私が来たというのに、出てきてくれないし。

 

 試しに名前を叫べば来ますかね?個人的にお兄さまの寿命を伸ばすことを優先して、巨人のおどり食いはちょっと痛かったと言いたい。殺すならもっと一気にやって欲しかった。ジワジワ食われるんですもの。

 

 

「────ユミッ」

 

 

 立ち上がって声に出そうとしたら、いつの間にかいました。それも、隣に座って。

 

「……久しぶり、ユミル」

 

 こちらを見上げるユミルたそ。じっと見つめられ、自分が素っ裸ということもあって少し、その、居た堪れなさを覚える。私は羞恥からほど遠い人間ですが、流石に見つめ続けられると恥ずかしくもなります。

 

 というかユミルたそ私の胸の方見てないですか?喧嘩売ってるんですか?

 

「……その、えっとね」

 

 一先ずお兄さまの寿命の件を話す。しかしテレパシー的な感じで伝わる返答はなし。相変わらずこちらをじっと見つめるのみ。

 仕方なしとおどり食いの件を出したら、それらしい回答は返ってきた。

 

 以前私が初めてのおつかいならぬ、初めての壁外調査に行く前、ユミルたそにお願いした件。

 

 

 ────私が巨人と戦い苦戦するところを、ネッチョリしながら見ていておくれ。

 

 

 ユミルたそは約束を守ってくれたわけです。それを自分で頼んでおきながら、私は文句を言おうとしていたわけです。

 

「……ごめんね」

 

 ユミルちゃんは無反応。その代わり膝を擦るように私に近づいて、押し倒してきた。私の身体は少しの力で、特に抵抗感も起こらず砂の上に倒れる。

 

 

「え?」

 

 

 ……え、押し倒した?

 

 何これ?えっ?アウラちゃん急展開に追いついて行けてないんですけど。願わくば初めてはお兄さまがよかったのだけれど。そもそも女の子同士でそういうことってできるの?教えて、お父さま!「どうやってあかちゃんはできるの?」と聞いて、口に含んでいた飲み物を吹き出したお父さま。あの時のお顔、最高でした。

 

「ま、まま、待って!私にはその、お兄さまが……ジークお兄さまがッ………」

 

 そのままユミルちゃんの顔が近づく。至近距離で見ると本当に私と似ている。

 想像できてしまう次の展開に、目を強くつむった。

 

 

 するとコツンと、額に感触。

 

 

 驚き目を開ければ、ユミルちゃんの額が私の額にくっ付いている。

 

 視界の映る金髪が私の顔にかかって、キラキラ輝く。すぐ近くにある瞳はキレイだ。今にも吸い込まれてしまいそう。蒼くて、空のようでも──宝石のようでもある。

 

 そしてその瞬間、火花のような、ぶつかった額から強い衝撃が起こった。それは直接脳に伝わり、脊髄を通って身体全体を痺れるような感覚に陥る。思わず衝撃に身体が跳ね、視界がチカチカした。

 

 何かが見える。何だ?

 

 

 結晶で覆われた不思議な洞窟。そこにいる白い装束をまとった人間たち。その反対にいるのはお父さま。

 

 まるで自分がそこにいるかのように俯瞰的に、洞窟の中に反響する声や、人々の息遣い、姿が鮮明に映し出される。

 

 白い装束、「レイス家」と呼ばれる人間たちの中央、美しい顔立ちの女性に話しかけるお父さま。

 

 壁の王──「始祖の巨人」を持つ人間が、その女性らしい。視点は唐突に変わり、座り込むお父さまへ向く。どうやら周囲の会話を聞くに、この視点はユミルちゃんのものらしい。

 

 どんどんメガネをかけた顔へ近づいて、額同士がくっつく。そして、みるみる内に変わっていくお父さまの表情。

 

 様子から、ユミルちゃんに巨人に食われる私の死体を見せられたらしい。時系列にこの状況は、私が食われてからしばらく経った後。お父さまや白装束の人間たちが、壁の崩壊から多少時間が過ぎたことを話に出していた。

 

 

 

 

 

「あはぁ♡」

 

 

 

 

 

 なんて、なんて表情をなさるのお父さま。そんなお顔をされたら私、おかしくなってしまう。元々おかしいのに。ジークお兄さまでしかおかしくなれませんのに、おかしくなる。

 

 漏れ出る自身の吐息。ひっきりなしに出る喘ぐような、艶めいた声。

 

 目頭が熱くなり、身体が震える。ビリビリと、その感覚に耐えきれず口元を抑えた。息がまともにできない。身も心も最高に気持ち良すぎてどうにかなりそう。

 

 

「ははっ、ふふ、は、はぁ……は、ふふふ」

 

 

 私が死んだことに絶望なさったお父さま。何を考えているかは分かりませんが、自傷する前に見えた表情は明らかに心が壊れていた。

 

 愛する娘を失ったお父さま。

 使命の中で、私という存在に依存していたグリシャ・イェーガー。

 

 あぁ、大好きです、大好きです大好きです、大好きです…♡♡

 

 

 私に微笑みかけたお父さまも、娘に好きな意中がいると見せかけた時静かに焦りを見せたお父さまも、危ないことをすれば冷静に怒ってくださったお父さまも、幾度となく見た涙を溢すお父さまも────全て、全て、全て、大好きでございます。

 

 

 映像は続き、お父さまはエレンくんを巨人にし、「進撃」の力を託した。

 

 痛みに呻くこともなく食われていく。骨の砕かれる音が、肉を咀嚼する音が聞こえる。上から眺めていたその視点で不意に、目が合った。お父さまは空な目で、手を伸ばす。声に出せないながら口元が私の名を形作っていました。

 

 この時、今彼の前にいる人物はユミルちゃんではなく、本当に私なのでしょう。

 

 

 気付けば私もまた手を伸ばし、大きな手を掴んでいた。

 

 それにお父さまは、幸せそうに一瞬微笑んで。

 

 次の瞬間「ブチッ」という音と共に、掴んだ手が落ちた。

 

 

 あぁ。

 

 ────あぁ。

 

 

 

 ユミルちゃんの顔が離れる。「家族」を壊した時以上の感情の絶頂。呆然と、溢れる唾液も気にすることができない。

 ふわふわと身体が漂う。この絶頂のまま身体も心もドロドロに溶けたのなら、どれほど幸せなのでしょう。

 

 

「お父さま、私もお父さまのことが大好きで、大好きで、大好きですよ」

 

 

 ボロボロと涙が溢れる。お父さまがもういないという現実が、私の()()()()()()()()()に触れてしまったらしい。

 

 悲しみと、絶頂と幸福の中で、口角が歪に上がっていく。

 

 

 ありがとうユミルちゃん、キャッチボールするお兄さまを見せてくれた時並みに感謝しています。こんな悪魔にご褒美をくださり過ぎではないでしょうか。もちろん対価として何を求めても構いません。ユミルちゃんの独断行動であっても、結果私が絶頂に至ったのですから、何をされても喜んで受け入れます。

 

 するとユミルちゃんは徐に私の手を引っ張り、座らせる。ついで寝転がると、私が曲げた膝の上に頭を乗せた。

 

「こ、これが代価でいいの?」

 

 彼女は反応せず瞳を閉じて、そのまま眠りの体勢に入った。このままではご褒美をくださったユミル大先生に申し訳が立たないので、なるべく睡眠の邪魔をしないようにしながら、頭を撫でた。

 

 そして私もまた瞳を閉じる。きっと今回も死ねないのでしょう。現実に戻った後のことはその時考えるとして、今は彼女と共に過ごすこの時を心に刻もう。

 

 

「…お父さま」

 

 

 私とエレンくん、そしてお兄さまを作ってくれてありがとう。

 どうかお母さまとカルラママの板挟みにあいながら、ゆっくりとお休みになってください。




【どうしよ】


砂と光の柱の世界。死んだはずのグリシャの前には今、前妻と後妻がいた。つまりダイナとカルラである。
先ほどまで精神が死んでいたはずであるのに、冷や汗が止まらない。

「気づけばここにいたんです、あなた。そうしたらこの方ーーカルラさんと出会ったんです」

「ダイナさん本当に綺麗よねぇ…アウラとすごく似てるわ」

「………」

しかも、長年の親友のように仲良くなっている。お互い息子や娘の話で盛り上がっていた。

この謎の世界は何だ、そも何故二人がいるのか?とグリシャが考える暇もなく、二人の奥方は一歩、座り込む旦那に近づく。それはそれはもう、清々しいほどの笑顔で。

「ところで、あなた」

「ちょっといいかしら、グリシャ」

「………はい」


前妻と後妻のスーパー問いただしタイムの幕開けだ。

ダイナは後妻について。
カルラはもう一人ジーク(息子)がいたことを黙っていたいた件について。


そしてクソ少女が見ればニヤニヤする状況を作り上げた一人の少女は、真顔でその様子をこっそり眺めていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美少女(ゲス)と野獣

方言が出ますがあまり正確性には期待しないでください。もし違和感があったら教えちくり。


 私、アウラ・イェーガー。人畜有害のかわいい美少女ちゃんです。

 

 

 ユミルちゃんとイチャイチャしながら私も眠った後、気づけば壊れた建物の周辺にいました。辺りを見渡せば、見慣れたシガンシナ区の街並み。さらに地面にこびりついた大量の血。どうやら私が巨人におどり食いされた場所のようですね。側には内臓が溢れながら座っている10m級の巨人が一体。

 

 お父さまに聞いた、私がビッグお母さまの体内から出てきた時の状況と酷似している。死んだ地点が腹だったから復活地点もそこなのか。複雑な心境だ。

 

「……まぁ、何も着てませんよね」

 

 唯一あったのは、髪に付けられたユミルたそとおそろっちの白いバンダナのみ。別にいいんですけどね、死体から漁るので。

 

 

 それから歩きながら、周囲の様子を見る。巨人と遭遇もしましたが、立ち止まりじっとこちらを見るのみで、襲ってくることはない模様。流石に立体機動装置がないから助かりました。ありがとうユミルちゃん。

 

 瓦礫に潰された死体や食いかけの人間の腐敗状態を見るに、壁を破られてから数日は経過しているようだ。当たり前のごとく生き残りの人間はおらず、すっかり巨人シティになっている。

 

 一先ず民家に入って動きやすい女性ものの服を見繕い、次に駐屯兵団の人間の死体から装備一式を集めた。

 

 

 というか、シガンシナ区とウォールマリアを繋ぐ内門が破壊されていた。ということはつまり、マリア内も巨人シティになってしまったということ。

 

 ウォールローゼに行くにはまず馬がないと無理です。アウラちゃんのクソ体力的にも無理。なので優先すべきは馬。また傷が綺麗に治っているので、ローゼの手前で太ケガを負っておきたいところ。

 

 数日ウォールマリアの壁の上でくたばっていて、なんとか意識を取り戻し壁内に戻ったことにしよう。壁を伝えば近くに民家もある。そこから馬を拝借したことにする。

 

 多少無理があっても、今はまだマリア内の人間がローゼに流れ込み、混乱している状況。どさくさに紛れ、負傷兵の一人を装えるだろう。

 

 それに数日ならば、巨人もそこまで多くは侵入していない。運良く遭遇しなかったと偽りやすい。

 

 服は血で汚れたから替えた。装備はシガンシナ区で巨人と戦闘した時消耗したため、兵の死体から取ったで済む。

 私が逃げず戦った理由は一つ、()()()()()()()()()()()からで十分。

 

 

 まぁ一番の問題はジークお兄さまなんですけれどね。

 

 恐らく戦士二人の子供は、内門を破った巨人とは違う。少年少女の疲弊具合を思い出しても、すぐに巨人化できるような体力は残っていなかった。黒髪の少年はできる可能性があったが、内門の被害は超大型巨人によるものと比べれば微々たるものであった。ゆえに、少なくとも戦士は三人。

 

 内門を壊した巨人、あるいはその他のメンバーの中にお兄さまはいらっしゃるはずだ。いて欲しい。いないとまた発狂してしまうかもしれない。

 

 

 

 しかし、今後どう立ち回るか難しい。

 

 戦士の二人に顔が割れた上、「ジークお兄さま」という人間にブラコンなヤバい女(事実である)だとバレてしまった。今後絶対に会う機会がないとは言えない。

 

 例えば壁外調査から帰還した際街を通るときや、普段生活をする中。いつ、どんな場面で出会ってしまうかわからない。

 

 そも私の素性は自分で語ってしまったので、調べればわかる。その時名前も一緒に。

 

 ジーク・イェーガーと同じ「イェーガー」姓───となると、向こうは必ず接触してくる。それも殺される可能性が高い。何せ壁内に()()()()を知っている人間が、いるかもしれないのですから。

 

 彼らの計画をジャマする存在に十分なり得る。

 

 

 立ち回りは、死んだ後に考えた“お父さまの被害者アピール”がいいでしょうか。

 

 しかし完全に我が身が安全になるとは言えない。ならヤバいブラコンを踏まえて、そして私の本来の目的をギリギリまで出す。

 

 全ては兄と再び出会うために生きるアウラ・イェーガー。お父さまに過去に何があったか教えられた私は、いずれきたる戦士を待ち望んでいた。

 

 この時大切なのは、幼女アウラちゃんが何故両親と共に「楽園送り」されることを願ったのか。その理由だ。

 

 

 ──えぇ、私が生きている以上お兄さまが苦しんでしまうからですね。

 

 その究極系として、私は壁外に赴き巨人と戦う兵士となった。全てはお兄さまの手で殺してもらうため。親の愛情を奪った私をお兄さまはきっと恨んでいるだろうから、と。

 

 これがやがてお兄さまにも伝わったら、どんな表情をなさりますかね(恍惚)

 

 始祖の情報については本当にノータッチなので、聞かれても答えられない。それでもお兄さまのためなら何でもできる。たとえそれは、()()()()()()()()()()でも。

 

 つまり戦士たちに利用される立ち位置を、甘んじて受け入れるということ。

 

 情報はさながら、性処理役でも、何でもする。お兄さまのためなら本気で何でもできます。ただその代わり、一度でもいいからジーク・イェーガーに会わせて欲しい。その後殺すでも何でもしていい。

 

 壁内の人類に地獄をもたらした戦士たちの決意や目的は、普通の兵士とは一線を画すでしょう。

 

 それでも、ジークお兄さまへ全て捧げる私より勝っているとは思わない。

 

 私の狂気は、それほどドロドロとしていて、人間の暗い部分を丸ごと混ぜ合わせたような悍ましい色をしている。

 

 

「でもそれが私という人間なのですから、仕方がありませんね」

 

 

 まぁ向こうの出方を踏まえながら、最適解を見出していくのが一番良さそうでしょうね。出たとこ勝負となってしまいますが、臨機応変に彼らの精神面にうまく溶け込む美少女ちゃんを演じましょう。

 

 

 

 

 

 そして、ウォールマリアの壁に沿ってしばらく歩けば、民家を発見した。ちょうど残された馬もあり、これでウォールローゼへと向かえる。

 

 途中木の影から、こちらと仲間になりたそうに隠れている6mほどの巨人と遭遇し、アンカーをかけその肩の上に乗った。そしてジャンプし、左側が下に来るように地面へぶつかる。痛いですね。口から血がドバドバ出てきますよクォレハ…。

 

 それから地面を這うようにし、あらかじめブレードで伐採しておいた太い木を杖代わりにして、馬にしがみつき乗った。

 

 その後は馬の揺れに生じる身体への負荷と痛みに耐え、ローゼに到着した。時刻はもう夕暮れ近い。

 

 立体機動装置で壁の上へ移動し、短い間の相棒と別れ、森の中を移動しようとして────、

 

 

 意識を、失った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 アウラ・イェーガーは、動揺していた。

 

 気を失い目覚めたと思えば、ベッドの上にいたのである。街ではあまり見かけぬ木造の家を見渡し、窓から見えた景色から辺りが森に包まれていることがわかった。恐らく気絶した場所からさほど離れていない場所にあるのだろう。

 

 

 立ち上がろうと思えばケガが痛み、呻きながらベッドに逆戻りすることになる。そこで彼女は、服の下の身体が手当てされていることに気づく。

 

 ちょうどその時ノックする音が聞こえた。

 

「しょわねえか?(大丈夫ですか?)」

 

 アウラの声を聞き部屋に入ってきたのは、一人の女性。

 聞けば、女性の旦那とその娘が朝狩りに山へ入っていた最中、アウラを発見したらしい。

 

 それも見つけたのは、ウォールマリアが陥落してから()()()のことだという。また発見直後頭を打っていたせいか、アウラがひどく混乱状態だったとも。

 

 それから数日彼女はずっと()()()()()()()らしい。奥方は彼女が兵士であることも分かっていた。マントと上着は無かったものの、兵団の服装と装備を身につけていたからだ。

 

 その服については、残念ながらアウラ自身の血とボロボロであったため、処分せざるを得えなかった。立体機動装置については保管してある───とのこと。

 

 

 奥方が話す着せ替えた服とは、アウラ自身が巨人シティの家から拝借したものである。

 

 そもウォールマリアが陥落してから彼女が復活するまで、二日以上は確実に経っていた。計算として陥落したその日は戦い、次の日は移動。そして、二日後の翌朝発見された──ということになる。

 

 話の辻褄が合わないからこそ、アウラは混乱している。その混乱する様子に、やはり記憶がしっかりしていないのだと、奥方が余計に心配する始末。

 

 あまりにも()()()()が良すぎる。それも、アウラにとって。

 

 

「……!」

 

 

 その時奥方の後方にスゥーッと現れたのは、金髪の少女。ユミル大先生である。

 

 いつもの無表情を張り付け、大先生はアウラに向けサムズアップした。

 

 どうやら奥方の記憶が改ざんされているのは、ユミルの仕業らしい。全てを察した害悪女は、心の中で感謝した。同時に本当に何故こんなクソ野郎を贔屓してくれるのかも、疑問に思いながら。

 

 一先ずお膳立てしてもらった以上、話を合わせるに越したことはないだろう。

 

 アウラは頭を負傷した影響で自分の名前すら思い出せない、記憶喪失の美少女を演じる。しかし一部の巨人などの記憶は、覚えていることにして。

 

 

「あの、わたしはいったい……それにここはどこでしょうか…?」

 

 奥方は彼女に、本当であればここから離れた街まで連れて行きたかったことを話す。

 

 だが現在ウォールマリアから逃れてきた難民で、ウォールローゼ内は大混乱となっている。

 

 必ず訪れる食糧危機に、負傷した兵や住民たちの治療。逃れてきた人間は一つの避難施設にギッチリと詰められ、床を共にする状況が続いている。

 

 仮に行ったとしても、十分な治療ができるかわからない。縦えそれが治療を優先される兵士であったとしても。

 

 それ以前にアウラのケガから、荷車での移動でさえ体に負担がかかり、命の危険に晒してしまうと考えられた。

 だからこそつきっきりとなり、奥方やその娘などが看病していた。

 

 アウラは見ず知らずの人間に何故そこまでするのか、奥方に尋ねる。

 

 

「ボロボロになってん戦い続けたお人を、助けたかったんですよ」

 

 なぜ話してもいないのに断言できるのか、アウラには甚だ疑問である。

 

「わたしは兵士…?だったのかもしれません。でも巨人と戦わず、逃げた人間かもしれないじゃないですか」

 

 奥方はそれでも、戦ったんだ、と断言する。

 その理由は、奥方が狩人の夫の瞳を見ているからだ───と、呟いた。

 

 獰猛な目。普通の人間とは違う、()()()()()()()()者の目。

 

 そんな瞳を、アウラは持っている。

 

「起きたんやし、何か食べられそうなものを作ってきますね」

 

 女性はそう言い残し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 そしてしばしその一家にある程度回復するまで、お世話になることになったアウラ・イェーガー。これには記憶を取り戻せるよう過ごす意図もある。

 

 記憶の改ざんについては、一家含む集落全体に及んでいた。

 

 これについてはアウラの知らない裏で、他の人間にもユミル大先生が記憶をいじっている可能性がある。その考えに思い至った時、彼女は始祖のチートな力に思わず息を飲んだ。

 

 

 また本来なら、死亡した兵や行方不明となった兵の確認作業がある。だが名前を覚えていないので、確認することもできない。

 

 そも現段階では壁外調査も当分はできまい。焦ったところでどうしようもないのだ。まずはケガが安定してから、街へ向かおうという話になった。

 

 

 ことは概ねクソ少女の狙い通りである。アウラの行方が知れずとなるほど、弟に心労的負荷がかかる。同時にその他彼女と関わりがある人間についても。

 

 その期間募る曇りゲージを考えればヨダレもの。そして、実は生きてましたムーブをかました時、どのような顔をするだろうか。特にエレンは。

 

 

 ────グフフ。

 

 そんな声が聞こえてくるようだ。

 こだまでしょうか?いいえ、クソ少女の笑い声です。

 

 

 だが一つ問題がある。一家にお世話になる上で、彼女に這い寄るモンスターの存在。

 

 それはいつも食事時に現れる。扉の隙間から、ベッドの上で食事を取る彼女を見つめるのだ。唸り声のような、不気味な声を上げながら。

 

「食べたいぃ……食べたいぃ……」──と。

 

 

 

「……あんまり食べられないから、サシャちゃんも食べる?」

 

「いいん!?」

 

 

 

 彼女が差し出したパンを手も使わず口で奪った少女────サシャ・ブラウス。

 未知との遭遇に、アウラは内心戸惑っていた。

 

 こんな猛獣のような人間が、本当にいたのか、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

割と似てるらしいぜ、アイツら

 私だよ私、アウラちゃんだぜぇ?

 

 ブラウス家で一ヶ月ほどお世話になった私は、記憶を取り戻すイベント(嘘)を経て、一家と別れることになった。後で些細ではあるが、お返しをするつもりである。

 

 夫妻は断っていましたが、サシャ(猛獣)はこれ見よがしに食べ物を所望していたので、送ろうと思います。

 

 まだケガは完治していませんが、馬に乗る分には十分。

 涙のお別れをして彼らと別れた。ウソ泣きでも美少女ちゃんが涙ぐむと絵になるでしょうね。

 

 

 ちなみに記憶を取り戻すイベントに関しては、父親と私にカッコいいところを見せたかったサシャちゃんと共に、狩りへ行った時に起こった。

 

 サシャちゃんは保存食をこっそり食べたことを父にかなり怒られたこともあって、名誉挽回と行きたかったそうだ。

 

 私は少女に誘われた上での見学である。彼女の弓さばきについては文句なしの腕前だった。

 

 

 して、鹿などを狩っていた矢先、クマさんに出会った。本来ならもっと山奥にいるはずの猛獣。それが運悪く麓の方まで降りてきていたのだ。

 

 その際サシャちゃんが射た弓は刺さったものの、致命傷にはならず。

 

「大変!お肉好きな女の子がお肉になっちゃう!」という状況で、私は横から飛びかかり、持たされていたナイフでクマさんの目を潰した。

 

 向こうが怯んでいる隙に、バックステップで下がり後方の木の上へ移動。私にターゲットを変えたクマさんが木に激しく突進している後ろで、サシャちゃんが弓で心臓を射抜き、トドメを刺したのだった。

 

 頭でも致命傷になりそうだが、クマの頭蓋骨は銃をも貫通させないことがあるらしく、確実に殺すなら心臓を狙うのが一番だそうだ。

 

 

 これが記憶覚醒イベント。サシャちゃんの姿で弟エレンを思い出し、クマと戦ったことで自分が何者であるかを思い出した────という内容である。

 

 そのあとサシャちゃんは両親に激しく怒られ、私も私で怒られたのでした。

 

 

「うめえ食べ物楽しみにしちょんね、アウラさん!」

 

 

 馬に乗った私に笑顔でそう叫ぶサシャ・ブラウスちゃん(猛獣)

 

 私の隣にいる街までの送迎役のサシャ父は、呆れたようにため息を吐いていた。

 ああいったタイプの子は曇らせにくいので苦手ですね。かわいいとは思いますが。

 

 

 一家に手を振り、先導する馬の後に続き、私も馬を走らせる。

 

 さぁ、戻ったらまずは本部への生存報告と、これまでの事情説明。また耳に入った情報だけではない、現在のもっと詳細な壁内の状態の把握。

 

 そしてその後、エレンくんに「実はお姉ちゃん生きてたで♡」と、カルラママ死亡から始まり、溜まりにたまった絶望からの幸福を与えてあげようじゃないですか。

 

 私は曇り顔も大好きですが、それ以外の人間がさらけ出す、偽りのない()()()()()の感情も大好きなのです。

 

 さぁいきましょう。()きて()くのです、崩れかかったこの狭い世界で。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 街でサシャ父と別れ、駐屯兵に馬を一頭拝借してからしばらくして、私は調査兵団本部に帰還した。

 

 田舎まで届いていなかった情報の一つに、団長の件があった。私が尊敬してやまないキース団長が、()団長になってしまったのです。

 

 今後は未来の人材育成のため、訓練兵団の教官をやるとか。一先ずお目にかかれなかったので、後で生存報告がてら会いに行こうと思います。

 

 

 して、新しく任命された第13代団長が、エルヴィン・スミス。団長室で椅子に座る(ゲンドウポーズ)彼は迫力があった。ついでにその右隣には、腕を組み壁に寄りかかるようにして立っているリヴァイ隊員がいた。

 

 リヴァイ隊員とは、エルヴィン元分隊長と同じく班が異なった人物。

 

 巨人の単独討伐を可能とする人間兵器で、目つきが悪い。マーレの裏で流通しているクスリをキメている人間並みにヤヴァイ。

 

 一応私より後輩ではあるが、「兵士長」なるエルヴィン団長が就任時新たに作ったポジションに収まっている。「兵士長」≠「分隊長」らしいので、つまり上司ということになる。

 

 

 

「シガンシナ区での巨人との戦闘の際、頭を負傷。その後意識が朦朧としながらも、マリア内を単騎で移動。そしてローゼ南区ダウパー村の壁近辺で記憶を失っていたところを、住民に発見された──か」

 

 団長は隊員が事情を聴取し、それを記した紙に目を通している。後ろの窓から照らす光で、金髪が眩しい。青い瞳も吸い込まれそう。…あれ?お兄さまがいらっしゃる?お兄さまこんなところにおりましたの────、

 

 

「オイ、何フラフラとエルヴィンに近寄ってやがる」

 

 

 ヤヴァイ兵士長が睨んできました。怖いですね、こんな美少女ちゃんに何とも思わないのでしょうか。

 

「君が家族を助けようと巨人と戦っていたという話は、すでに駐屯兵団の方から聞いている。君のご家族には安否不明と話してある」

 

「……!弟とミカサちゃんは生きて…」

 

「現在は開拓地で労働している。また君の父親に関してだが、資料によると現在行方不明となっているそうだ。母親については……いや、君自身が現場にいた以上、私が言及することではないな。すまない」

 

「いえ………でも、そんな…父まで」

 

 お父さまはもういない。お兄さまの代わりとなる依存先がなくなり、精神的に本格的に危なくなってきている今。

 

 早くお兄さまに会えませんと、先のように団長がお兄さまに見え始める。金髪青目なら誰でもいいんでしょうか?とんだアバズレですねコレは。団長よりお兄さまの方が、比較にならないほどカッコいいのに。

 

 というか駐屯兵団情報とはおそらく、ハンネスおじさんですね。

 

「ダウパー村の位置と君のケガ、そして記憶を失っていた点を含め、生存報告ができなかったのは仕方ないだろう。遅くなったがよく戻ってきてくれた」

 

「はい、エルヴィン分隊………団長」

 

「まだ呼び方に慣れないようだね、私も現在の立場に慣れていないが。隣の彼は、すでに板についているようだが」

 

「お前が勝手に作った役職を、俺に押し付けてきたんだろうが」

 

 話によれば兵士長だけでなく、その他の班も分隊長などが代わり、班内での人材の異動も大きく行われたそうである。

 

 初対面でいきなり人の匂いを嗅いできて以来苦手なミケ・ザカリアスや、巨人関連となるとたちまち変態になるハンジ・ゾエらなどが、分隊長へと抜擢された。

 

 おかしいですね、ほとんど私が苦手な人じゃないですか。

 

 しかも私が所属している──いや、安否不明となっていた以上班から外されているのでしょうが、第四班の分隊長があのハンジ(変態)だとは…絶対に別の班でないと精神的疲労が増えてしまいます。

 

 HAHAHAと笑い合う二人と、死んだ目を常時している一人。

 

 

「ところで一つ、君に聞きたいことがあるのだが」

 

「はい、何でしょうか団長」

 

「巨人を単独討伐したというのは本当かね?それも一体だったらまだしも、複数体」

 

「ホォー…」

 

 おっ、兵士長は事前に話を聞いていなかったのでしょうか。興味深げに私を見てきます。

 

 少なくとも団長のみで済むところを兵士長が同席している以上、エルヴィン団長には何かねらいがあるのか。

 

 考えられるとしたら、最強の名を欲しいままにするリヴァイ兵士長から見て、私の実力が本物かどうかを見極めたいといったところでしょうか。

 

 まぁ今は少しでも戦力が欲しいでしょうからね。(アウラちゃん的にはしかし、頑張りたくは)ないです。

 

 

「君は討伐数・討伐補佐数を見れば、他の隊員と比べれば目を見張るものがある。それこそ“精鋭”と言っていい。しかし単独討伐は今まで行ったことがなかった。どうも私にはこの点が引っかかってね」

 

 無論私の体力面に劣る部分を踏まえ、単独討伐を行うのは相当な負荷がかかる。

 

 それも場所は壁外、万が一疲弊した中巨人に捕まったら一巻の終わりである。ゆえに力をセーブしていたと考えれば、納得がいく。

 

 それでもウォールマリア陥落以前に一体も単独討伐がなかったというのが、奇妙に感じるのだ──と、団長は続けた。

 

 

 目立ちたくなかった、では理由にならないでしょう。だったら訓練兵時代、わざわざ成績上位者に入らないでしょうから。

 

 であれば、連携することで仲間の力を底上げしたかった。調査兵団はヤヴァイ兵長が例外なのであって、「個」よりも「全」を重視する。そうして少しでも犠牲を減らし、自由を掲げて進む。

 

 この理念を上げ団長に話せば、一応は納得してくれたようだった。

 

「そう言えば聞いてくれ、リヴァイ」

 

「何だ」

 

「これもまた駐屯兵団からの情報だが、どうやら調査兵団の人間がブレードを使って脅し、駐屯兵団の隊員から立体機動を奪う事件があったそうだよ。訴えはその襲われた人物からだ。しかしその隊員は他の目撃者曰く、敵前逃亡していたこともあり、「貴公らのお咎めはなしだ」──と、ピクシス司令が大笑いしていたことがあってね」

 

「そんなゴロツキみてぇな輩が、この調査兵団にいるんだな」

 

 ヘェー、そんな人物が調査兵団に所属しているんですね。もしかしたらこの美少女であるアウラちゃんが、狙われてしまうかもしれません。え?どうして二人とも私の方を見ているんですか?もしかして私の背後にその粗暴な人間がいるっていうんですか?

 

 

「立体機動装置がなかったことを考えれば仕方ないだろう。だが褒められた行動ではないと思うよ、アウラ・イェーガー」

 

「……申し訳、ありません。言い訳になってしまうことは重々承知ですが、あの時は自分でもひどく…恐慌状態に陥っていたのです」

 

「精神面にかなり難があるのは、伺っている。しかし有事の際、巨人ではなく仲間にその刃が向けられては話にならないのだ」

 

「………はい」

 

 もう、ハンネスおじさんも口が軽いんだから。報告の詐称行為は厳重に罰せられるので、仕方なかったのでしょうが。

 

 そう考えるとお父さまと私を壁内に通し、独断で「大丈夫だろう」と判断して、その報告を上にしなかったダブルおじさんたちは結構危ない橋を渡っていたんだな。

 

 

「まぁそれが兵士を辞めろ、という理由にはならない。何度も言うが、今は戦力が欲しい。現状壁外調査へ赴くことは難しいが、準備ができれば我々調査兵団は、トロスト区からシガンシナ区へ向けたルートを開拓して行く。今この時にも、超大型巨人に開けられた穴から巨人が侵入してきているだろう」

 

 

 こちらを真っ直ぐに見つめる団長。自分ではまだ慣れていない、などとおっしゃっていましたが、十分すぎるほどすでに団長の風格が備わっている。

 

 この男とキース・シャーディースとの差異があるとすれば、やはり才能の差、あるいは人間を魅了する人格の違い。

 

 エルヴィン・スミスはその知性も去ることながら、兵士たちを()()()()力がある。命をかける調査兵団の中で、最も重要なことであり、難しいこと。

 

 それをその言葉一つで、兵士たちに覚悟を決めさせる。

 

「君にも己の信念とするところがあるだろう。だがそれを捨て去ってでも全力を尽くし、人類のために戦ってもらいたい。君の力が、私────いや、我々調査兵団には必要だ」

 

「団長…!」

 

「随分熱烈なプロボースだな、エルヴィン」

 

 人が感銘を受けたフリをしているというのに、雰囲気をぶち壊さないでくださいますか、ヤヴァイ兵長。お前絶対モテねぇだろ。いるんですよね、こういう男。女の子の心をわかりきった風に言ってくるヤツ。彼女が前髪切って、それをしばらく経ってからようやく気づくタイプだよ。

 

 勝手に人の気持ちをわかった気になるなよこのチ────、

 

 

「ヒッ!」

 

「おいっ、リヴァイ何をしているんだ!!」

 

「わからねぇ…わからねぇが、今こいつの首を斬っておけと、俺の第六感が言っている」

 

 私の襟首を掴み、鋭い刃物の先を向けてくる兵長。ブレードはあいにく持っていないので斬れませんが、首の骨を折るくらい簡単にできそうですね、このスモール・メンなら。

 

「リヴァイ!女性に乱暴をするな!!」

 

「離せエルヴィン、じゃねぇとテメェまで殴っちまうぞ」

 

 危うく兵長に馬乗りにされ、顔面を殴られかけた美少女ちゃんは誰でしょう?えぇ、私です。

 

 エルヴィン団長は兵長を背後から押さえ込み、私を救出した。兵長への好感度がグッと下がりました。

 

 元々兵長はゴロツキ出身。まだ荒い人間性が残っていると聞きましたが、まさかコレほどまでとは……。

 人類最強と言っても過言ではないので、まず巨人に殺されることもない。なるべくなら関わりたくないです、一生。

 

「すまないアウラくん、リヴァイが……ほら謝れ」

 

「エルヴィン惑わされるな、女の腹は男が思ってる以上に黒い。こいつの腹をかっ捌けば、よぉく見えるだろうぜ……その真っ黒な色がな」

 

「謝れと言ったんだ、リヴァイ」

 

「嫌だな」

 

 聞かん坊かな?でもこの人間、お兄さまより歳上らしいので怖いですよね。

 

 

 結局謝罪がないまま、私への話はあらかた終わった。班については力の分散を考慮して、ミケやハンジ分隊長たちとは別の場所へ配置するとのこと。

 

 まぁ一箇所だけ強すぎたら、他の班の人間は死に放題ですものね。また本来なら班長や副分隊長を任されてもおかしくはないのですが、すでに班の編成が決まっている以上、すぐに変えることはなるべく避けたいため、通常の隊員になるだろうとのこと。

 

「これからもよろしく頼む、アウラ・イェーガー」

 

「はっ!」

 

 団長に向け、敬礼をする。

 心臓を捧げよう。その相手は、壁内の人類のためではありませんが。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「彼女を見てどう思った、リヴァイ」

 

 アウラが退出した中、エルヴィンはリヴァイへ視線を向けることなく尋ねる。彼の後方で窓を眺めていた兵長は、瞼を閉じた。

 

「どうもこうもねぇよ、普通の人間に見えたぜ。ただ中身が腹黒そうに見えたけどな」

 

「お前はもっと行動に気をつけろよ。彼女のトラウマになったらどうする」

 

「トラウマ?母親が死んだトラウマで発狂した女が、父親が行方不明になったと聞いた時には、そこまで取り乱していないように見えたのにか?」

 

「確かにな。精神が成長した、というのもあるとは思うが…。それにウォールマリアが陥落後、巨人がさほど侵入していなかったとしても、単騎でマリア内を生きおおせたことが信じられない」

 

「不可能ではないはずだ」

 

「あぁ、だがそう簡単に納得できるものでないことは、お前もわかっているだろう」

 

「……まぁな」

 

 奇跡的に命を繋ぎとめた。果たしてそれで首肯していいものか。

 

 何かある。それは突然に現れた超大型巨人と鎧の巨人も相まって、エルヴィン・スミスという男に引っかかりを作る。

 

「我々の知らぬ何かが、動き出しているのかもしれないな」

 

「ソイツは“運命”ってヤツか?」

 

「ハハ、そうかもな。運命……運命、か」

 

 エルヴィンもまた、リヴァイが眺めていた外の景色に目を向ける。青い空の下、地上では食糧難の危機に対して、人間たちがお互いに憎悪の目を向ける実情。

 早くウォールマリアを奪還せねばならないが、そう簡単にできるものではない。

 

()は思うんだ、リヴァイ」

 

「…何だ急に」

 

 リヴァイが視線を向けた矢先、三白眼の瞳が微かに丸くなる。

 

 普段は冷静沈着な男の青い瞳。それが子供のように、輝いているように見えた。間近で見た兵士長の感想としては一言、「気持ち悪い」

 

 

「どうも彼女が気になるんだ。俺とどこか、似ているからかもしれないが」

 

「……お前…年齢差を考えろよ」

 

「何か勘違いをされているようで大変遺憾なんだが」

 

 エルヴィンはアウラ・イェーガーに自身と似たもの───、一先ず外を目指す意志、としようか。

 

 仲間の死体を踏みながらも、人類へ命を捧げる以上に彼女が優先するもの。その正体はわからない。だが己とかなり近いものであると、団長たる男は感じている。

 

「部下の多くは熱い視線を送っているようだが、俺はどうもあの女が好かねぇな」

 

 リヴァイはそう言い、ため息を吐いた。




【手の平クルーッ!主人公】

・兵長がお兄さまを痛めつけてるってよ。

→「え、あ、えっ、な、ななな、何これしゅごっっっ、えっ………R18(G)……???兵長さん一生付いていきます」

尚これを鼻血を垂らしながら言う。


・兵長がお兄さまを殺したってよ。

→「お前を殺す(すれ違いざま)」

「生」きることを完全にやめた主人公に、ユミル様が『……………』となって、スーパー地ならしタイムも始まる模様。
愛とは誠に尊きものなのじゃ…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子供会議、内一名遅刻

お気に入り、評価、感想等いつもありがとナス!
ブレオダ始めたら「クソ幼女」かそれに近しい名前で全力でジークを狙い♂、全力で獣の巨人を()って♂行きたいと考えている私は既にクソ幼女に毒されていた……!?な27話です。
いやマジでキャラデザすこ。ゲキタクは早くに終わって血涙流したから、なるべく長く続いて欲しい…。


 私、アウラ・イェーガー。第五班所属となった調査兵団の兵士である。

 

 お仕事の確認や完治していなかったケガの治療など色々あり、あっという間にまた一ヶ月が過ぎた。

 

 ようやっとかわいい弟くんと将来のお嫁さん候補に会いに行けます。馬車に乗り開拓地へ向かう私は、ルンルン気分だった。

 

 既に私が生きていた報告は弟たちにされているので、少し味気ないですが。まぁ生きていると知っていても実際会えば、エレンきゅんにも込み上げてくるものがあるでしょう。お姉ちゃんの胸でいっぱい泣いていいんやで?そしてそのお顔を見せて、お姉ちゃんを輝かせておくれ(ゲス)

 

 

 

「エレンくん、ミカサちゃん……!!」

 

 そして開拓地に着いた私は、多くのウォールマリアの難民が押し込まれている仮設住宅へと着いた。

 

 弟と義妹は隣に駐屯兵が控えている中、外で私を待っていた。本来なら働いている時間帯ですが、特別に家族と面会する時間を設けられています。団長の粋な計らいですね。

 

 ちなみに駐屯兵がいるのは、開拓地の仕事から逃げ出す輩がいるからですね。まだ備蓄で保っていますが、過去最悪の食糧難が訪れるのは秒読み。このままでは内乱が起き、壁内の人類での殺し合いが始まる。

 

 それはそれで、私としては悲劇のスパイラルが生産され最高ですが、兵団内では内乱以上の人間のエゴが行われるかもしれない──という噂が出回っている。これは駐屯兵団や、憲兵団でも同じでしょう。

 

 食料が加速度的に減るのは、狭い空間の中で人間が増え過ぎたがゆえ。そも食糧生産の上でカナメの一次産業を司るウォールマリアが陥落した以上、今まで供給されていた食料が劇的に減るのは当然のこと。

 

 ゆえに王政が行う可能性のある対処。それが、人々を巨人シティへ追いやることです。

 

 もちろん何の体裁もなしに外へ放るわけはない。巨人と戦わせる───など、もっともなことを理由付けて多くの人間を巨人のエサにするでしょう。

 

 もしそうなったら私も同行したいですね。どんどん食われる人間たちの悲鳴を、ネッチョリしながら見ていたいです。恐らくは無理でしょうが。悔しいです(カトゥー顔)

 

 

 話を戻しましょう。

 

 私を見た瞬間、エレンくんは今にも泣きそうな顔に変わった。ミカサちゃんも感情を堪えるようにしていますが、涙ぐんでいますね。

 

「ねえ、さん……ねえさん……!!」

 

 エレンくんが駆け寄って、座り込んだ私に抱きついてきます。えっ、今日が命日か…?義妹も弟ほどではないですが、私の服の裾を引っ張り声を漏らすまいとしている。

 

「お、落ち着いてよエレンくん」

 

「生ぎっ……い゛ぎてでよ゛がっだ……!!」

 

 ぎゅうぎゅうと、過去最高に甘えてきてますねコレは。いけません、弟と義妹がいる後方では、感動の家族の再会にもらい泣きしている駐屯兵がいるのです。こんなところで悦に浸った顔をしては、アウラちゃんの人間性が疑われてしまいます。え、元から腐ってるだろって?当たり前のことを言わないでください。

 

「オレ絶対に、姉さんと同じ兵士に───調査兵団に入るから……だから、だからもう勝手に、どこにも行くなよッ……!!!」

 

「エレンくん…」

 

「お姉さん、私もエレンと同じ調査兵団に入る。エレン一人じゃ、心配だから…」

 

「ミカサちゃんがいるなら、きっと大丈夫だね。こんな弟だけど」

 

「こんな弟ってなんだよ!」

 

「一人で前に突っ走って、いつもケガしてくるエレンくんのことだけど?」

 

「姉さんが言うなッッ!!」

 

 ぐへ。絶望を堪能した後の家族の幸せな時間はサイコーですな。不幸を味わってこそ幸福がより美味しくなり、逆はそれ以上。

 

 

 そして、束の間の家族タイムはあっという間に終わる。去っていく私にまた泣きそうになっている弟は、涙を拭って大きな声で叫んだ。

 

 

「オレは絶対に強くなるッ!!母さんを殺した巨人を皆殺しにするんだ!それで…姉さんやミカサ、アルミンたちを守れるくらい強くなってみせるから!!!」

 

 

 ────だから、それまで絶対に死ぬなよ。

 

 あぁ、まだまだエレンくんは子供だと思っていたけれど、一人で立ち上がれるほど大きくなっていたのか。

 

 お父さまの力を──そして使命を託されたエレン・イェーガー。

 あの子はお父さまと同じように、これから「進撃」して行くんだろう。その行き先はわからない。知っているのはきっと始祖ユミルだけ。

 

 私と進む道は違いますがね。

 

 アウラ・イェーガーが追い求めるのはただ一人、この壁内に紛れ込んでいるのか、あるいはマーレに残っているかもしれない兄のため。

 

 ────いえ、()()()()、ジーク・イェーガーただ一人のため。

 

 私は進む、血に染まった道を。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 壁の崩壊から一年後の846年。

 

 王政府がウォールマリア奪還作戦を展開し、人口の二割──約25万人もの人間が命を落とした。この際、アルミンの唯一の家族であった祖父も命を落としている。

 

 建前は奪還作戦と銘打っていたが、その裏にあるのが「口減らし」だということは、多くの者が認識していただろう。

 

 それでも命を繋いでいくため、生き残った人間たちは積み上がった骸に目を逸らした。必要な犠牲だったのだ────と。

 

 

 また同年に、長らく行われなかった壁外調査の許可が下り、調査兵団はトロスト区からウォールマリア、そしてシガンシナ区へのルート開拓を行うこととなった。

 

 遠征不可の期間が長引いた理由は一つ。そこに回される費用がなかったため。無論ウォールマリアを取り戻すことが第一に優先すべきことだ。

 

 だがそれ以上に食料困難やその他問題が山積みとなり、王政府も手が回らなかったのである。

 

 壁外調査が可能となったのも、単に口減らしが行われ壁内の問題がある程度収束してきたからこそ。民を救うための壁外調査が、逆に民の犠牲があったからこそ成り立つ。この矛盾を一番重く受け止めているのは誰でもない、エルヴィン・スミスであろう。

 

 

 そうして進み始めた壁外調査。ウォールマリアが陥落する以前まで軽視されていた調査兵団の重要性を感じているのは、彼らをあざ笑っていた民たち。結果、再評価された調査兵団。

 

 となれば「人類最強」と名高いリヴァイ兵士長の名前や、兵の生存率が飛躍的に上がることとなった、対壁外遠征用の特殊な陣形(長距離索敵陣形)を考案したエルヴィン団長。

 

 また、変わり者だが巨人の研究で何度も成果をあげるハンジ・ゾエに、兵団トップ2の実力を誇るミケ・ザカリアスの名などが、知れ渡るようになる。

 

 その中に、兵団内随一の美貌を持つと人気の女、アウラ・イェーガーの名もまた知られるようになる。

 

 その力は指折りだ。しかしその容姿ばかりに注目が向き、中々彼女の力が評価されることはなかった。正当な判断をするのは間近でその力を見たものくらいだろう。良くも悪くも“天使”と謳われるその美少女ぶりが、他人の評価を歪めているのだ。

 

 

 

 だが名が知れ渡ると言うことはつまり、世間の認知が高まるということ。

 ある時調査兵団の「アウラ・イェーガー」の噂を聞いた少女は一人、驚愕した。

 

()()()()()」の名を持つ女。そしてその人間は、調査兵団の人物であり、美しい容姿を持っている。男たちが噂していたその容姿と、少女が出会った女の見た目はほぼ一致していた。

 

 始祖奪還のため、壁内の王を調べていた少女────アニ・レオンハートは、ことを伝えるべく急いで仲間二人の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「アウラ・イェーガー……」

 

「あぁ、しかも所属しているのは調査兵団だ」

 

 アニはライナーとベルトルトがいる開拓地へと向かった。そして時間を見繕いこっそりと落ちあったのだが、一人足りない。

 

「ライナーがいないみたいだけど」

 

「ライナーは…今日のノルマ分が終わらなかった子供の手伝いをしてたよ。遅れて来るって言ってた」

 

「……ッチ、偽善者かよ」

 

 これ見よがしに舌打ちし、側にあった木を蹴りつけるアニ。それにベルトルトは宥めるように、どうどう、と手の平を向ける。

 

 一年前血まみれのアウラと出会った二人。ケガの具合から助かる見込みはかなり薄いと、二人は感じていた。

 

 アニとベルトルトと別れ巨人と戦いに行った女の後ろ姿には、死神が見えていた。あのまま命を落としたのだろうと、二人は考えていた。

 

 調べるとしても混乱状態に陥った壁内で、一人の人間を調べるのは難しい。兵士にそれらしい人物が調査兵団に生存しているのか調べてもらったとしても、後からどう足がつくかわからない。

 

 第一現団長であるエルヴィン・スミスは、相当に頭がキレる人物だと聞く。仮にアウラ・イェーガーの情報を聞いた人間が親族でも何でもない赤の他人だとバレれば、不審に思われる可能性もある。

 

 かのエルヴィン・スミスであれば、アニたちが感じた女の底知れない異質な内面に気づいているはずだ。ゆえに危険視し、そんな彼女を探る人間──それも子供に違和感を抱く可能性がある。

 

 そんな理由もあり、二人──特に情報収集を担ったアニは、下手に動くことができなかった。

 

 しかし、女は生きていた。実際に見たわけではないが、ほぼ確実だろう。

 

 

「でも、少なくとも僕たちのことはバレてないんじゃないかな?現に僕たちを探っている人間はいない」

 

「思い出してないだけかもしれないだろ。いつ思い出すかわからない以上、早急に殺すべきだ。私たちが勘付かれる前に」

 

「……思い出した上で、言ってないって可能性もあるんじゃないか?」

 

「あの女が本当に、ジーク戦士長の妹だったら…ってことかい?」

 

「うん、確証はないけど…」

 

「ッハ、どうやって壁内まで来たってのさ。まさか歩いて?外は巨人がうじゃうじゃいるってのに」

 

「それを踏まえて、やっぱり聞くしかないんじゃないかな。僕らでいくら考えても、答えは出ないと思う」

 

「……そもそもその女が偶々「イェーガー」姓で、兄貴の名前が「ジーク」ってだけだった可能性もあるだろ」

 

「アニは本当に、そう思う?」

 

「………」

 

 当時のアウラ・イェーガーは、正しく狂気を張り付けたような印象だった。

 

 もしも、もしもだ。彼女の事情はわからない。しかし同じ戦士である彼らに、兄がいるかどうかを聞いていたのだとしたら。ジーク・イェーガーを、探しているのだとしたら。

 

「話を聞いてみよう、アニ。それから生かすかどうかを決めるべきだ。少なくとも同じ同郷の人間なのかもしれないのだから」

 

「甘いねベルトルト。私は有無を言わさず殺すべきだと思うよ」

 

「………アニは、強いな」

 

 戦士である二人でさえ感じた、女が纏っていた狂気。ドロドロと、兄の姿を求める姿は、戦争の最中赤子の遺体を抱いて泣く母親より悲惨で、人を殺した罪悪感で心が壊れ、無表情で銃を向ける兵士よりも異質だった。

 

 そんな女の姿が、出会ってからしばらく二人の脳内から落ちなかった。

 ()()は、本当に強烈すぎた。人間の覗いてはいけない深淵を覗いてしまった心境だった。

 

 だからこそ女が死んでいると確信──否、()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない──した二人は、女の幻影を忘れようとし、ライナーにこの件を話すことはなかった。話せば女から感染した狂気が伝染し、その恐怖が鼠式で膨れ上がってしまう気がしたのだ。

 

 しかし女が生きている可能性が高い今、ライナーに当時のことを踏まえ話さねばならない。そしてどう動くか決める。

 

 

 

 

 

 それから日も暗くなり始め、ライナーがようやく待ち合わせの場所へと訪れた。

 

 ベルトルトは木の横に膝を抱えて座り込み、アニは木に寄りかかり瞳を閉じている。

 

「遅いよ、このクソドベ」

 

「す、すまん……」

 

「ライナー、ちょっと話があるんだ」

 

 ベルトルトを主体に、マリア陥落時二人が遭遇した女の件と、アニが壁の王の調査中手に入れた、生きていたらしい女について話す。

 ライナーは真剣にその話を聞いていた。しかし途中、表情が一変する。驚愕に満ちた顔で、ベルトルトに詰め寄る。

 

「…も、もう一回、言ってくれ」

 

「え?」

 

「だからもう一回、その女の名前を言ってくれ…!」

 

 動揺しながらベルトルトは、女の名前を話した。

 

 アウラ・イェーガー、────それが調査兵団に所属し、そしてアニとベルトルトと出会した際「ジークお兄さま」と語っていた名。

 

 ライナーは顔を青くし、ポツポツと呟く。聞こえぬその声量に溜まったアニの鬱憤が爆発し、彼女は思いきりライナーの脛を蹴った。ドベと謳われる少年はそのまま転び、手をつく間もなく顔面を地面に強くぶつける。

 

 その際鼻を折ったライナーは鼻血をしとどに流しながら、立ち上がった。

 

「……ジーク戦士長から、聞いたことがある」

 

「ハ?何が」

 

「戦士長の、妹の名前も……アウラ・イェーガーだ」

 

 ライナーの言葉に、アニとベルトルトは身体を強張らせる。

 

 

 いよいよアウラ・イェーガー=ジーク・イェーガーの妹である可能性が、確実となって来てしまった瞬間だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の側に近寄るなァ────ッ!!

一万字超えちゃった回(白目)
当作のハンジさんは女性で固定してるので悪しからず。ビッグエレンとイチャイチャ♡していた時ミカサがガン飛ばしてたり、しずかばりの「エレンくんのえっち!」って言ってるし、兵長がやたら見つめているし………ねぇ?(しゅき)


 久々の壁外調査から帰還した美少女──いえ、美女はだぁれ?そう、私ことアウラ・イェーガーちゃんです。

 

 エルヴィン団長の下で動くのは何気に初。団長が考案した対壁外遠征用の陣形を頭に入れ込み、右翼側の班で時折「ドキドキッ!巨人(あの子)と壁外デート♡」をしながら馬を走らせた。

 

 今までは巨人と遭遇したら戦うか逃げるかの二択でしたが、団長が考案したやり方では戦う必要性が減り、放たれた煙弾の色で場所を把握し巨人を避けるように進んで行くので、死者や負傷者が大きく減ってしまいました。非常にショックです…。

 

 しかし完全に被害がないわけではなく、およそ三割程度の被害は受けた。その被害の多くは、煙弾で避けて対処することのできない奇行種によるもの。

 

 通常種ならまだしも奇行種は行動が予測できない以上、遭遇した場合は狩るしかない。

 

 思い返せば、美少女アウラちゃんを壁の後ろから狙って♂いた巨人も奇行種。ユミルちゃんが恣意、あるいは意図的に操った可能性もありますが。

 

 お父さまの絶望顔を拝むためだったら安すぎたものですね。思い出してきたらアヘってしまいそうです…♡

 

 

 と、人格が疑われそう(今更)な内容を思い浮かべながら、その日私は遭遇した奇行種一体を狩って帰ってきた。

 

 ウォールマリア陥落から一度目の壁外調査。高まった調査兵団の重要性に、いつも以上に増して視線が多いです。私は相変わらず容姿が目立つので、フードをかぶり馬の手綱を握って歩きます。

 

「あ、あの、エルヴィン団長…!う、うちの息子は……」

 

 毎度のことですが、我が子は何処へ?イベントが発生。

 

 キース団長は毎回顔が死んでいて、しかも成果が残せぬ自身への葛藤も見られうま味でしたが、エルヴィン団長は……若干死んでいますがそれでも瞳孔の光は残っていますね。真っ直ぐに前を見ている。精神強者かな?

 

 どうにか団長の曇った表情も見てみたいんですが、コレは強敵そうですね。他の分隊長クラスも動じていない。

 

 というかあのハンジ(変態)に至っては、奇行種と追いかけっこができたようで、絶頂している。暗い表情をしているのも親しい仲間を失った者や、巨人の恐怖にチビっている者だけで、ごく僅か。

 

 私自身も力を隠すことができなくなってしまったので地獄。倍以上に疲れる上、同じ班の死者はゼロ。ひどいよっ…こんなのあんまりだよ……!!(鬱)

 

 

 自分の「生」を感じることができず、お兄さまの代わりに、依存対象にしていたお父さまも亡くなってしまった日々。このままではクソ(アマ)ちゃんは気が狂れてしまいます。

 

「アウラ、今日君も奇行種と遭遇して、しかも単独討伐したんだって!その時の状況を詳しく教えてくれないかな?」

 

 本部に帰ってお仕事頑張った、と思ったその夜、ハンジ分隊長が来ました。……ケテ……タス…テ…。

 

「だ、誰からそれを…」

 

「エルヴィン団長がリヴァイと話しているのを聞いてね。君は私がヒラの兵士だった頃から巨人討論に付き合ってくれた仲だ!同志がいるのは実に喜ばしい。君も同じ四班だったらよかったのに、残念だなぁ…。またエルヴィンに掛け合ってみよう」

 

「はは…」

 

 付き合ったのは、表向きはいい子ムーブをしていたからですね。一度地獄を味わって以降は上手く躱していたんですが、逃げられない事情ができてしまった。

 

 そう、私はこの人と同室なのである。同 室 な の で あ る(大切なことなので二回ry)

 

 

 元々は彼女一人の部屋だったのですが、私が一年前戻ってきた際女性の部屋が空いていなかったので、ここに入れられた。分隊長や団長クラスになれば一人部屋をもらえるので羨ましい限り。

 

 部屋が同じになった理由は一つ、ほとんどハンジ・ゾエが部屋を使っていないからでしょう。

 

 一ヶ月に数度しか来ない上、大抵寝る以外に使うことはない。置いてあるのは多少の私物くらい。ならば彼女が普段どこにいるのか?答えは研究室。そこが実質彼女の部屋だ。

 

 だが同室な以上、どうしても時折『あ! やせいのハンジが とびだしてきた!』となる。そして彼女の精神状態次第で、巨人討論(バトル)が始まる。

 

 私は何度もやせいのハンジにバトルを申し込まれ、断りきれず負けてきた。今日もまた避けられそうにない。いい子ムーブ辞めていいですか?

 

「さぁ、語り合おう!今日は私が今度エルヴィンに提案するつもりの対巨人捕獲作戦についても、君の意見が聞きたくてね。それと────」

 

 

 たすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 休みだ!お兄さまの元へ行こう!

 

 ───と思っても、いないんですね。代わりにエレンくんの元へ行きたいですが、開拓地に行ったところで労働者の勤務時間中は会うことができない。本部から開拓地まではそこまで遠くはないんですけどね。

 

 というかあまり行っていると、「コイツ仕事サボってんじゃないか?」とエレンくんたちの好感度が落ちてしまいます。だから会うのは偶になくらいがちょうどいいんですね。

 

 ゆえに近場の街で時間を潰すことにしました。

 

 装いは長袖の白シャツに青みがかった薄い緑色のロングスカート。その上にフード付きのサイズの大きめなコートを羽織って出かけます。実際休日のお出かけはほぼお兄さまを探して彷徨う旅なんですが、会えたことは一度もないですね。死のうかな。

 

 

 しかし…いやはや、口減らしがあってからいくらか経ちましたが、まだ街の雰囲気は暗いです。これは今日のメシが美味くなりますよ。

 

「…ん?」

 

 人が混雑している中、通りすがりの子供が果物を一つ落とした。拾いそれを渡そうと振り返れども、フードをかぶった子供はバスケットを提げたまま路地裏へ入っていく。

 

「………」

 

 赤いりんご。見た目は真っ赤だが、中身は白っぽい。甘くて美味して、偶にすっぱい。

 

 落ちた衝撃で表面が少し傷ついたそれを見つめ、私は子供を追うことにした。あちらはどんどん路地奥へ入っていく。時折隅でうずくまっている人間が、りんごに視線を向けてきますが無視。

 

 

「これ、落としたよ」

 

 路地の奥。人もすっかりいない。帽子をかぶった子供に声をかければ振り返る。冷えた青い瞳は、うっかりしたら舐めまわしたくなるくらいにはキレイだ。

 

 

「……ありがと」

 

 

 さてどう出てきますか、愛らしき美少女戦士さん。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「アニちゃんって言うんだ、よろしくね!わたしはアウラ・イェーガーって言うの」

 

 

 仲良く隣り合わせで、女と少女が座っている光景。

 

 

 できることなら、二度と会いたくなかった。

 

 アニ・レオンハートは隣で半分のりんごを齧る女───アウラ・イェーガーを見て思う。女の口元からは果汁が溢れ、顎を伝って下に落ちる。

 

 それを舐めとる仕草は同性であるアニが見ても色っぽく、大人の色気を感じさせる。これが男ども二人だったら、鼻の下を伸ばして見入っていたに違いない。特にゴリ……ライナーならば。

 

 

 彼女とベルトルトが遭遇した女と会う機会を窺っていたアニは、ここしばらく調査兵団近くの街にて、女が外に出るタイミングを探っていた。

 

 そうしてようやく訪れた好機。普段着で休みを取る女を追い、偶然を装い買っておいたりんごを落とし、女を路地裏まで誘き寄せた。ちなみにりんごを買った金は盗んだものである。

 

 果物についてはアニたちがいる開拓地の領主から頼まれ、買ったものとした。

 

 落ちたものは傷んでしまい渡すことができないからと、アウラに渡してある。りんごを少女から貰ったアウラはキョトンとし、半分に割って傷みが少ない部分を、アニの手に握らせた。

 

 

「………」

 

「やっぱり食べづらいかな?だったらわたしが新しいのを買ってくるね」

 

「いや、大丈夫。二、三個ぐらいなら食べてもバレない」

 

「じゃあ食べちゃいなよ、アニちゃん。今のうちに食べておかないと、大きくなれないからね」

 

 渋々、アニはりんごを口に運んだ。甘い果汁が口内に広がり、シャクシャクと音を立てる。いつも質素な物を食べているせいか、慣れない刺激に口の中がビリビリと痺れる。マーレでは普通に食べられた食事が、この壁内ではごちそうだ。

 

「おいしい…」

 

「でしょ?人のお金で食べる物って美味しいんだよ」

 

「……顔に見合わず腹黒いんだね、あんた」

 

「領主っていうのは、一つや二つ悪さをしてるんだ。だから少しくらいイイ思いさせてもらったっていいのよ」

 

 イジ悪く言うアウラ。その姿はとても、戦士たるアニたちがゾッとする狂気を纏わせていた人間とは思えない。子供っぽい一面を見せながら、ほわほわと、陽だまりのような笑顔を浮かべる。

 

 そのチグハグさがやはり気色悪いが、それでも優しい笑顔を、アニは嫌いになれそうになかった。

 

「そう言えばさ、以前はありがとね」

 

「以前って?」

 

「覚えてない?私ともう一人…ベルトルトって言うヤツと、二人であんたに助けてもらったんだけど」

 

「……あぁ!あ、あぁー………」

 

 

 女はやはり少女たちのことを覚えていた。アニの中で警戒レベルが一気に上がる。それを表に出さないよう努めた。

 

 一挙一動を見逃さないようこっそり観察するが、特に変化はない。もしアニたちを不審に思っているなら、絶対に顔に出るはずだ。

 

 超大型や鎧の巨人まで勘づいていなくとも、子供が二人壁の上。何か違和感を抱いてもおかしくない。だがフレンドリーにアニに話しかけているアウラの様子から見ても、本当にアニとベルトルトを、駐屯兵団の兵士によって助けられた人間としか思っていないようだ。

 

 戦士三人の中で、洞察力が最も高いアニに“普通”と感じさせる。これが演技なのだとしたら、少女は人間という生き物を信用できなくなりそうだ。

 

「何で顔を赤くしてるのさ」

 

「だって、えと……君に人違いしちゃったでしょ、わたし?それが、その…恥ずかしくて……」

 

 後半はほぼ消え入りそうな声で、顔を覆い話すアウラ。

 兄を「お兄さま」と呼んでいたのを知られてしまったところも、彼女的に羞恥を底上げする要因らしい。

 

「一先ずアニちゃんと…ベルトルトくんだっけ?二人が無事でよかったよ」

 

「あんたも生きてたんだね。てっきり死んだかと思ってた」

 

「はは…生きてたよ。わたしも死んじゃうかと思った」

 

 すぐにでも意識を失ってしまいそうになりながら、それでもアウラ・イェーガーは生き残った。

 

 アニたちと出会った後はほとんど記憶がないものの、所々馬に乗ってウォールマリア内を移動したことや、ウォールローゼの壁に到着した直後、気を失ったことを話す。

 

 

「あいたい、ってあんた言ってたけど、()()()()には会えたの?」

 

「えっ、わ、わたしそんなこと言ってた…?!というか、お兄さま呼びはやめて………」

 

「覚えてないのかい?」

 

「うん…実を言うとウォールローゼまでたどり着いて、その後近くに住む狩人に助けてもらったんだけど、ほとんど記憶を失ってたの」

 

「そうなんだ、よく思い出せたね」

 

「……女の子が、いてね。色々あって、その子がクマに襲われそうになったんだけど」

 

「クマに襲われそうになった…?」

 

「そう、クマ。それで、その子の姿が不意に見覚えのある男の子に見えたの。その時同時に身体が動いていて思い出したんだ。わたしには、弟がいたんだ──って。そして自分が、心臓を捧げた者であることも思い出した」

 

 

 

 ────でも結局、兄さんには会えなかったの。

 

 

「…そうか、野暮なこと聞いて悪かったよ」

 

「うぅん、いいの。気にしないで」

 

 楽しげに話していた女が一転、陰った表情をみせる。その匂いはアニたちが見た狂った女の雰囲気を微かに滲み出させていた。

 

 途端に背筋が寒くなり、アニは思わず曲げていた背筋をピンと伸ばす。口の中の味のなくなったりんごの残骸が、やけに気色悪い。

 

 それでも切り込まねばならない。女が何者であるかを暴く必要がある以上。

 

 

「あんたの兄って、確か「ジーク」って名前だったよね」

 

「…わたし、兄さんの名前も言ってたんだ」

 

「あぁ。私さ、血まみれになって必死に兄の姿を探していたあんたの姿が、忘れられなかったんだ。あの時のあんた、すごく怖かったっていうか…()()()()()()。縦え頭を打っていたとしても」

 

「……ごめんね」

 

「あんたが謝るのはおかしいだろ。…なぁ、何があったんだ?」

 

「………」

 

「あまりにも見ていられなかったから、私とベルトルトは「生きてる」って言っちまった。けどもしかしてあんたのお兄さんは、もう、死んでるんじゃ────」

 

 その時、アニの肩が勢いよく掴まれる。少女を捉えるのは大きく見開かれた白銅色の目。そこからアニが嫌悪してやまない狂気が、ドロドロと漏れ出てくる。

 

 アウラは唇を噛みしめ、今にも泣きそうだ。

 

「兄さんは死んでない!!兄さんは生きてる!!生きて…生きて……」

 

「ッ、痛いって」

 

「……ご、めん」

 

 ズルズルと、アウラの手がアニの肩から落ちる。握りしめられたその両手は真っ白くなり、身体と共に小刻みに震えていた。

 

 アニは女の次の言葉を待ったが、それ以上は黙り込んでしまった。これでは情報を聞き出せなくなってしまう。

 

 

 ゆえに少女は開拓地で出会い、最終的に首を吊った男の過去を自分の過去とすり替え語り出す。

 同情心を煽り、女の懐へ潜り込みやすくするため。

 

 ウォールマリア南東の山奥の村。その村から親に頼まれ野菜を売りに行った後、壁が破壊された。この話については、ベルトルトとライナーにも合わせるよう決めてある。

 

 その後離れ離れになっていたライナーと合流できたものの、故郷へ戻ることができぬまま、三人の子供たちは親と今生の別れと相成った。

 

「私は…父と二人暮らしだったんだ」

 

「………」

 

「あんた言ってただろ、私たちと会った時。同じ人間だからこそ、感情を共有することができるんだ──って。それに辛い時は「辛い」って、言っていいって」

 

「………」

 

「だからあんたの苦しみとか悲しみを、分かち合いたいんだよ」

 

 アウラはアニの瞳を見つめ、小さく口を開いた。

 

 

 今からするのは突拍子のない話であり、信じるか否かの判断はアニに任せる。ただ、一つだけ守って欲しいことがる。それは彼女がする話を、誰にも言わないで欲しい──ということ。すればアウラも、アニの命も危うくなる、と続けて。

 

 少女は首を縦に振った。

 

 

 

「…わたしが物心がついたばかりの頃、兄さんがいたの。もう今でこそ当時の記憶なんて、ほぼ思い出せないけれど。兄さんはママと似た髪と瞳の色で、わたしとはあまり似ていなかった。でも顔立ちはパパに似ていたわ」

 

 カッコよくて、やさしい兄。病弱だった妹に、いつも微笑みかけてくれた大好きな兄。

 外に出たことのなかった彼女にとって、「家族」は彼女の世界であった。

 

「ずっと家の中って、虐待とかじゃないよね?」

 

「いいえ、違うわ。パパとママはわたしをたくさん愛してくれたもの。ただそれが少し、()()過ぎただけ」

 

 

 両親の重い愛は、自分が病弱だったことも起因していたのだろうと、アウラ。

 

 そのせいで大好きな兄に、両親の愛情が向かうことは中々なかった。

 それから兄は親に諭され、「戦士」を目指すことになる。

 

 

 この瞬間アニの中で「ジークお兄さま」=「ジーク・イェーガー」であることが確定した。同時にアウラ・イェーガーが、壁外の住人、つまりマーレで暮らしていたエルディア人であるということも。

 

「でもある日家にたくさんの大人が来て、その中に兄さんもいた。やさしい両親は“悪い人”だった」

 

 アウラはその後両親と共に、「楽園送り」となった。

 

「その「楽園送り」ってのはよくわからないけど……あんた子供だったんだろ?兄が()()したんだったら、助かることもできたんじゃないのか?」

 

「できたよ。兵隊の人が言っていたもの、「君の身柄は安全だよ」って」

 

「なら…」

 

「でも、行くしかなかったんだ。行くしか方法が……いえ、行くべきだった。わたしという人間は」

 

 ジークが告発した際、その側にいたメガネの男が言っていた内容。

 毎日毎日戦士を目指して、ボロボロになるまで頑張っていた兄。しかし裏を返せば、兄は両親の大望のために利用されていただけだった。

 

「男の人は言っていた。両親は兄に愛を与えなかった、()()()()()()───って」

 

 

 そう、悪いのはジーク(兄さん)ではない。

 

 悪いのは、アウラ(「私」)だった。

 

 

 女のその言葉を聞いた瞬間、ゾワゾワとした感覚がアニを襲う。

 あぁ、これだ。恐らく少女が感じていた狂気の正体は。

 

 

「わたしがいたから兄さんに愛情が向かなかった。わたしが生きていたから兄さんが苦しんだ。わたしがうまれなければ兄さんは幸せに生きられた。だから、だから────」

 

「両親と一緒に、死のうと思ったんだね」

 

「……そう、結局死ねてないけど」

 

 アウラは「楽園送り」で母親が注射で巨人になり、それがトラウマになったこと。

 また直後気絶し起きれば、いつの間にか巨人になった父親に抱えられ、どこかへ向かい移動していたことも告げる。

 

「ってことは何だ、巨人の正体は人間ってことかい?そんなバカな話が……」

 

「だから、信じなくてもいいって言ったでしょ。わたし精神面に問題があって入院したこともあるし…ただの妄言でいいよ」

 

「いささか信じられないけど、これが創作だったらこれほど興味が湧く話もないだろ。続けてよ」

 

「……それで、パパは“復権派”という組織の人間だった。その組織の人間──「フクロウ」という人がパパを助けて、巨人の力を託したんだって」

 

 

「フクロウ」───それは、マーレの政府が復権派を探っていた当時、血眼になって探していた人物。

 

 楽園送りにされる場所に行けるのは、普通送られるエルディア人か、マーレ治安当局の者だけだ。

 

 一見フクロウは捕まった復権派の人間の中にいたように思えるが、一つ疑問が残る。

 今までずっと正体不明だったフクロウが、そう簡単に正体を現したと思えない点だ。

 

 捕まった復権派の中で、自身を「フクロウ」だと名乗った者はおらず、またフクロウの正体をゲロった者もいなかった。そも誰一人として、復権派のトップの正体を知らなかった。

 

 ここまで巧妙に隠れられるとなると、可能性は一択。フクロウがマーレ治安当局員として潜んでいた───という可能性。

 

 

 もしそうであれば、難なく「楽園送り」の現場へ侵入できる。

 

 力を何故アウラ・イェーガーの父に渡したのかは不明だが、フクロウにとって何かしら力を託す理由があったのだろう。

 

 そしてその力は恐らくマーレが所有する七つの巨人と始祖の巨人ではない、「進撃」の巨人の可能性が高い。今までその存在を確認できなかった力が、正体を現した。

 

(アギト)」を失った今、その代わりに「進撃」を手に入れることができれば、仮に始祖が奪還できなかったとしても、アニたちの首は繋がる。

 

 幸いアウラは巨人の継承方法を知らないときた。知っている可能性もあるが、それを疑い始めては全て疑わなければならなくなってしまう。だからこそ今は、一先ず聞いた事実を肯定する。

 

「じゃああんたのお父さんは、今も巨人になれるってことなんだ」

 

「……それは、わからない」

 

「え?」

 

「パパ……いなく、なっちゃったの」

 

 少なくともウォールマリアが陥落したその夜、トロスト区で馬車を飛ばす父イェーガーの姿を見た、という目撃情報があった。しかしそれ以降パッタリと音沙汰がない。

 

 

(仲間に力を継承させたのか…!!)

 

 

 復権派であるアウラの父の目的は、始祖の巨人をマーレよりも先に奪うことだろう。

 

 となると仲間を作っていそうだが、王政は壁内の人類が外へ興味を抱かぬようさまざまな対策を行っている。

 

 仮に王政の都合の悪いことを起こせば、すぐに憲兵団の裏の仕事で処罰される。憲兵の黒い噂は、王政を調べていたアニの耳にも入っていた。

 

 だからこそ仲間を作る行為は、危険と裏合わせとなる。そも一度組織がバレ「楽園送り」にされかけた男が、仲間を作るとも考えにくい。

 

 であれば継承させる人間はきっと限られる。口が硬く、復権派が掲げる思想に強く賛同する者。

 

 

 

 例えば今、アニの目の前にいる女はどうだろう。

 

 ウォールマリアで大怪我を負った直後、何らかの形で父から力を託されたのなら、死んだと思っていた女が生きていた理由に繋がるのではないか。巨人の力を継承し、ケガが一気に完治した。

 

 単純にアウラ・イェーガーが、強靭な生命力を持っているだけの可能性も捨てきれないが。

 

 そうなるとケガを負わさねばならない。巨人の力に慣れれば自動回復する傷を留めておくこともできるが、まだ継承して一年と少しであればいくら器用でも難しい。

 

 できたとしても全体的に多くのキズをつければ、どれか一つは再生する。意図的に回復を止めても、それは部分的な話。複数のケガを同時に、意識して治さないようにするのは至難の業である。

 

 

「あんたもその“復権派”の人間なのか?」

 

「わたしは違う、パパが…関わらせたくなかったから。外の情報もあまり詳しくは知らないの」

 

 アウラは精神を病み入院した後、父と語らうことがあったという。

 

 彼女の故郷がマーレという場所であることや、巨人化した父が向かった場所がパラディ島であるということ。

 ずっと彼女が知りたかった「楽園送り」の時に、何が起こったのかも聞いた。

 

 

「兄さんが戦士になっていれば、巨人の力を得ていずれパラディ島へ攻め込んでくるとも、パパは語っていた」

 

「攻め込んでくるって……もし、かして、ウォールマリア陥落の事件って…!!」

 

「静かに、それ以上詮索したら君がどうなるかわからないから」

 

 だが間違いなく、壁の崩壊は戦士の仕業で間違いないと、アウラは言う。

 

 ここまで知られているとなると、アニとしては味方でも敵でも殺したい。縦え今まで喋っていなくとも、いつ気づき話すかわからない。不確定要素は抹消するべきだ。アニたちが「使命」を果たすために。

 

「どうしたの、アニちゃん?顔色が少し悪いよ?」

 

「いや、衝撃の内容すぎて、頭がついて行けてないんだ」

 

「そうだよね…。本当に誰にも言っちゃダメだよ?お友だちにもね」

 

「……わかった。命は惜しいから、私も」

 

 アニは懐にある刃物に意識を向けながら、いつでも殺せるよう頭の中で算段を立てる。ここまで裏路地であれば悲鳴も聞こえない。

 

 彼女の体術で拘束し、急所に一刺し。それで終わりだ。あとは金目のものを奪い、強盗犯の所業に見せかければいい。憲兵もまさか子供がやったとは思うない。

 

「あんたの目的って何なんだ?兄に会うことなのだろうとは思うけど」

 

「…そうだね、ジーク兄さんに会う」

 

「その戦士が来てるなら、壁内に紛れ込んでる可能性もありそうだね」

 

「うーん、それは半々かな。いて欲しいとは思うけど…」

 

「仮に会えたらどうする気なんだ、あんた」

 

「兄さんに会えたら?会えたら、してもらうことは決まってるよ」

 

 アウラは微笑んだ。周囲を囲む路地裏の上から差した光が彼女に当たり、顔を半分だけ照らす。

 女の頭につけられたバンダナが、やけにその白さを際立たせた。

 

 儚げな女の表情に、アニの中で例えようのない感覚が胃から迫り上がってくる。その感情が混ざり合って気持ち悪さが増していくが、目を逸らすことができない。否、()()()()()

 

 

 

「殺してもらうんだ。きっとお兄さまは、「私」を憎んでいるから」

 

 

 

 アニは目の前の得体の知れぬ女のその表情に、しばし魅入ってしまった直後。金縛りが解けた瞬間殺すことも忘れ、勢いよく駆け出した。

 

 またゾワゾワと悪寒が駆け上がり、吐き気を抑えるように生唾を飲み込む。

 

 女がひたすらに死にたがっているのはわかった。死にたくて死にたくて、今にも死にたい。

 だが死ぬための相手がいないから死ねない。実に気色悪い。

 

 殺そうと思う裏で、頭の隅では「利用することもできるのではないか?」と、考え始めてもいた。

 

 同情を誘うつもりが、いつの間にかアウラに同情していたのはアニの方だったのである。それも仕方なかろう。

 

 親の都合でかき回された人生。そこから生まれた歪な人格は、死を希求してやまない哀れな存在となった。

 

 

「あんなの、利用できるわけがない…!!」

 

 

 恐ろしいのは誰かに心臓を捧げる者でも、確固たる目的をもって生きようとする者でもない。

 

 アニが一番恐怖に感じるのは、死にたいと考えている人間。彼らは何だってできる。「死にたい」というその他全てを退けるエゴをもって、誰かが傷つくことも厭わず、死へ向かって進む。

 

 ゆえに、怖い。そんな女を利用すれば被害はきっとアニたちにも訪れる。

 

 

 ならば殺してしまえばよかったのだ。だが殺すことができなかった。()()()()()()()()と思った。

 

 あの女を殺せば、アニはアウラ・イェーガーを殺したことになり、女と血で染まった繋がりができてしまう。

 

 あの人間は関わりを持つことさえ、全力で避けるべきだ。彼女と相対したアニの直感が、そう言った。その方が絶対に、円滑に戦士たちの使命が進められる。

 

 

 アニの直感はよく当たる。それを踏まえて敵対することはない、と二人に告げれば納得するだろう。元々ベルトルトはアニの発言にイエスマンであるし、ライナーはやたらアウラと出会っていないのにも関わらず、「大丈夫だろう」と言っていた。

 

 何を根拠に──と思うが、ライナーはアニたちが避けていたジーク戦士長の妹の話題を、唯一本人から聞いた人間である。何かライナーに思うところがあったのだろう。

 

 とにかくアニは一刻も早く、女の微笑みを脳内から消すべく駆け続けた。

 

 

 あの女は────アウラ・イェーガーは、得体の知れない存在どころではない。女の名前を知り、そして関わることすらタブーとすべき()()()だ。

 

 

 そんな女とまた関わってしまった事実に、アニはひたすら泣きたい。歯をガチガチ震わせたことなど久しぶりだ。

 

 今度女と接触せねばならない時は、ベルトルト……いや、ライナーに任せよう──と、強く心に誓った。




アニ→多分超直感持ち。

ヤヴァイ兵長→野生の研ぎ澄まされた感。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タイム風呂敷〜!

息継ぎな話です。
プッチをジョージでずっと脳内再生していた私は声優が関と聞いて訝しんだ。「だってスネオで白い幽霊で金ピカでその他etcじゃん」と。だがすぐにその認識は改められた。関は完全なるプッチであった。個人的なジョージの麻婆含めたダブル神父の夢は閉ざされたが、十分すぎるほど関はプッチだった。

(要約)6部アニメまだですか?


 私、アウラ・イェーガーちゃん。

 

 自分を「ちゃん」付けできる年齢ではなくなりましたが、平気で言えちゃう調査兵団第五班の副分隊長である。

 

 

 いやぁ、あんなに小さかったエレンくんがもうすぐ訓練兵団を卒業するなんて、時が経つのは早いですね。身長もギリギリ私の方が高いですが、ほとんど同じ大きさになってしまった。ミカサちゃんも弟の友人のアルミンくんも大きくなった。特にミカサちゃんは、服の上からでもわかるほど筋肉の付きがいい。羨ましいです。

 

 え、どうして彼らの様子を知ってるのかって?

 

 確かに訓練兵は三年間寮住まいで、休日はあるものの家に帰ることはできません。自分を鍛えるために来たのに、家族が恋しくなるなんて、そんな甘い精神不必要ですから。

 

 しかし許可を取って、外出することくらいはできる。もちろん休みの間に帰って来なければ即開拓地送りになります。

 

 

 私が弟たちの状況を知っているのは、キース教官に会いに行っているからです。

 

 きちんと教官に許可を取り、空いている時間に会っているので問題ないです。ついでに話すことは現在の調査兵団の状態や、副分隊長として班をまとめるアドバイス。壁内の内情に雑談など。

 

 通常ならキース教官が一副分隊長に会うことはありません。しかし私のことを幼い頃から知っているからか、例外としてかなり寛容的。

 

 また彼は、弟がいるから私が訪れている、ということもわかっているでしょう。

 

 人柄を見定める目は、エルヴィン団長よりも長けている。私の場合は幼い頃から接している、つまり距離が近すぎるゆえ、本質に気づきにくい。何か違和感に感じても、私には精神疾患の理由がありますから。

 

 ただブラコンなのは見抜かれている。ついでに「家族」に執着していることも。

 

 キース教官は私が家族と会うことで精神を安定させていると思っているようなので、それもまた駐屯地に訓練兵ではない人間が来ることを、許容する理由になっているのかと。

 

 

 

 でもまさか弟と同期の第104期生に、戦士たち───アニちゃんとベルトルトくん、それともう一人の仲間らしいライナーくんがいるとは思わなかった。

 

 名前は聞いていませんでしたが、唯一ベルトルトくんがずっと共に行動しているのがライナーくんだったので、間違いないかと。

 

 それに屈強な身体が正しく「鎧」の巨人にピッタリだ。

 

 三人とも成績優秀者であり、私がキース教官に聞かずとも、見どころある訓練兵の一人として各々説明を受けた。104期は粒ぞろいで、教官も教育のしがいがあると語っていた。

 

 

 おじさんからはまた、マリア陥落時アウラちゃんが行方不明となった影響もあり、エレンの訓練兵団入りの試験が落ちるよう、意図的に細工をしてしまったことを告白された。

 

 弟が試験に合格してから、一年以上経った後のことだ。

 

 私以上に弟は向こう見ずで危うい。それを一番最初の「通過儀礼」で、おじさんは弟から感じとった。

 

 さらにカルラを救えなかったことも含めて、己は無力でしかない()()()()()である───と。

 

 

 今まで溜まりに溜まった後悔の念や悲痛な思いが爆発して、完全なる鬱状態。だからたった数年で頭が寒くなったのですね。

 

 そんな鬱おじさんに私はクソのような善人ぶりで肯定し、これまでの彼の努力は調査兵団が前へ進む力となっている云々──と語った。

 

 こういった際、「そんなことない!あなたはもっと頑張れる!」などと励ますのはNG。鬱な相手には追い討ちとなって自死へ近づけてしまいます。

 

 “死”とは感情というしがらみからの解放でもありますから、大変困る。地獄のような現実で生きて、苦しんでもらわなくては。

 

 大切なのは認めることです。死にたい気持ちも込みで全て肯定してあげる。そうすることで前へ向きやる一歩を進ませることができる。

 

 

 そして、私は続けた。

 

 人材の育成の道を選んだキース教官は、少なくともただの人間ではない。エルヴィン団長とは異なった視点で、人を歩ませることができる力を持っているのだ───と。

 

 その上で弟のことをお願いした。精神的に重荷をかけるためですね。おじさんのことは本当に尊敬しているので、これからも頑張って欲しいです。

 

 だって育てた兵士は、多かれ少なかれ死んでいくんですよ?むしろガンガン人が死ぬ調査兵団に入っている私から見れば、ある程度育てられた人間を補給してくれる恩人に見える。

 

 そうしていつまでも誰かの犠牲の上で生きていてください、キースおじさん(ニチャア…)

 

 

 

 閑話休題。

 

 して、戦士たちの話に戻りますが、数年前にアニちゃんが接触してきて以降、それ以上私に関わってくることがなくなった。無害認定されたのかは不明ですが、一先ずこちらを殺して来ないようなので放っておいた。

 

 駐屯地に向かい偶然顔を見た際は、弟の「!!?」の反応はさておき、アニちゃんが死にそうな顔、ベルくんが純粋に驚いた風で、ライナーくんは口を開けたまま固まっていた。

 

 アニちゃんに関しては、どうも私を怖がっているご様子。だから過去に接近してきた後も、突然逃げ出したんですね。

 

「私」という精神が、()()であることを察した。

 

 ただし、人の不幸で飯がうまくなる歪んだ人格には気づいていない。だがその片鱗を、彼女は感じて逃げた。

 

 でなければ逃げないでしょう。あくまでも私は()()()()()()()()()()()()を装っただけですから。

 

 彼女の姿勢から、徹底的に私との接触を避けたがっているように見える。最初目が合ってから、一切合いませんでしたし。まぁ正解ですね、その判断は。

 

 私と距離が近いほど、不幸はより最悪の形で舞い降りる。他人には絶対に理解されない私の人間性。人は理解できぬものを恐れるものですから、仕方ない。でもアニちゃんの曇り顔も私、見てみたいです。

 

 

 

 それと薄々お気づきかもしれませんが、アニちゃんが逃げた後から、いきなり時間が飛んでね?────と、お思いになった方がいらっしゃるでしょう。

 

 

 ですが特筆して説明するようなイベントが、何もなかったんですよね。

 

 お兄さまがおらず、壁外調査。お兄さまがおらず、壁外調査。

 

 その間変態に巨人トークを迫られ♂たり、兵長の舌打ちを食らったり、変態に巨人トークry、“オルオ”というおじさんにしか見えない年下に告白されたり、変態にry。

 

 

 そうしてあっという間に三年以上経っていた。

 

 アウラちゃんももう22歳ですよ?お父さまだったら、既にお兄さまが生まれていた年齢ですし。時の流れは残酷です。

 

 本当いつになったら私はお兄さまに会えるのか。お兄さまが壁内にいないと認めざるを得なくなっている以上、次に起こる展開を待つしかない。

 

 やたら「ジーク」と私の関係をアニちゃんが探っていたので、お兄さまが戦士になっているのはまず間違いないと思いますが。

 

 

 

 当時を思い返すと戦士が壁を全て破壊しなかったのは、恐らく壁の王の反応を見るため。

 

 しかし壁の真の王たる「レイス家」は、お父さまによって殺され、始祖の巨人は現在行方不明となっている。

 

 巨人化の力を持つ者が死ねば、その力はその人間が死んだ以降に生まれたエルディア人の赤ん坊に受け継がれることは、レイス家とお父さまが話していた内容で知っています。

 

 仮にマーレで始祖を持つ子供が生まれていれば、すぐに政府はその子供を使って、パラディ島に来ていたはず。

 ですが今でも新たな侵攻がないということは、壁内の赤ん坊が持って生まれた可能性がある。

 

 その力があると知らないまま生きているのか、隠しながら生きているのかはわかりませんが。

 

 

 マーレ以外の国のエルディア人が持って生まれた可能性も無きにしも非ずですが、諸外国ではエルディア人は過去に多くの人間たちを侵略し虐殺したことにより、想像以上のヘイトを食らっている。

 

 それこそ争いばかりの人間が、エルディア人を全滅させる──という目的を持てば、一致団結するくらいには。

 

 それを踏まえ諸外国のエルディア人の場合、マーレ以上の迫害を受ける。

 だからこそ強制収用区にいるエルディア人は、マーレの外へ出て逃げていこうとする人が全くいないのだ。

 

 つまりマーレとパラディ島以外で生活しているエルディア人は極端に少なく、さらに生まれる赤ん坊となれば数が限られる。

 

 ゆえに私の中ではフリーダ・レイスが死んで以降の、パラディ島で生まれた子供が始祖の力を持っている可能性が高いと考えている。

 

 

 …いえ、そもそも始祖の力は王家の人間しか力の真価を発揮できないようですから、仮にどの人間に渡っても意味がないか。どんなに驚異的な力でも、使えなければ宝の持ち腐れ。

 

 ただ使えずともマーレで始祖が見つかった場合は、確実に攻めてくる。方法はわかりませんが、巨人化能力者を調べる方法があるようなので。恐らくは、血液検査などを使った方法だと思います。

 

 壁の中にマーレが恐れる一番の脅威がいないとなると、攻め放題の()り放題。以上からも、マーレで見つかっていないのは確かでしょう。

 

 

 お父さまもフリーダ・レイスまで殺さなくてもよかったのに。いや、お父さまの記憶を改ざんされる前に倒せたのはよかったのか。戦わずとも、始祖の力があれば簡単にお父さまを無力化できたはず。

 

 それができなかったということは、フリーダが力をまだ使いこなせなかった───その可能性が高い。

 

 難しいところですね。例えばお父さまが彼女を食っていたら、始祖の力を手に入れることができたのか。それとも「進撃」の力がある以上得ることはできない。要するに、二つ以上の力を同時に所有することはできないのか。

 

 教えて!ユミル大先生!と行きたいですが、ダウパー村の住民を()()()()()していたところを見かけて以降出てきていない。私自身砂と光の柱の世界に行っていない。

 

 

 ───ん?記憶改ざん?それって、始祖の力の一つで…。

 

 

 あぁ、なるほど。ユミルちゃんが始祖の力を取り戻した可能性もあるのか。肉体がない以上巨人化することはできないと思いますが、記憶改ざんなどの力は使えると。最強かな?

 

 であれば殺すことを躊躇っていたお父さまが、ユミルちゃんと出会った後突然巨人化し、父親以外のレイス家を皆殺し♡した理由も見えてくる。

 

 不思議に思っていましたが、恐らくユミルちゃんに殺すよう応援されたのでしょう。

 

 息子を犠牲にし、妻を亡くして娘まで失った。しかし止まってしまえば、グリシャ・イェーガーが進み続けてきた意味が途端に泡沫の泡と化す。

 

 そうして元に戻った始祖の力をユミルちゃんがどう使うかはわかりませんが、私とお兄さまの関係を邪魔しなければ、好きなようにやっていただいて構わないです。

 

 まぁ一つ気がかりなのはレイス家の父親だけ何故お父様が殺し損ねたかですが、それもまた何か意図があるのか。一応始祖の巨人を受け継がせるスペアを、残しておきたかったのかもしれませんね。

 

 

 一先ず私は間もなく調査兵団に確定で入ってくる二人──弟と義妹に、何を祝いとしてプレゼントしようか考える。

 脳内に同じく訓練兵団にいた猛獣少女が「肉ください!!」と言ってきましたが無視。

 

 弟にはカルラママ直伝の料理で、ミカサちゃんは彼女に似合う可愛らしい服でいいかな。エレンくんはあまり物に固執するタイプではないので、チョイスが難しい。

 

 なので懐かしい母の味を思い出させて、泣かせましょう(ゲス)

 ついでに今日くらい甘えていいんやで?と、やさしいお姉ちゃんムーブをかまそうと思います。

 

 

「………ハァ」

 

 

 ウォールマリア陥落からもう少しで5年。巨人継承者の13年という寿命を考えれば、お兄さまはあと数年も生きられない。

 

 早く、早く会いたい。明日人類が滅んでも、構わないから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

濁りし翡翠の眼

三章はここまで。次回から四章に入ります。「お ま た せ♡の回」
現状書いてるとこ主人公が多方面からの圧力がかかって、究極の尻軽女感が出ている。書きにくい。


 ある日の対人格闘戦の授業において。

 

 エレンはみんなの兄貴分、ライナー・ブラウンとペアを組んでいた。だが現在のエレンは思考が鈍っている。その原因は授業が開始する前、訓練場に集まっていた時にまで遡る。

 

 まだ人が全員が集まっていない中、エレンはミカサやアルミンと雑談していた。

 

 

 

「…エレン、この間みたいにアニとは組まないで」

 

「オレがボコボコにされてたからか?大丈夫だって、お前は心配しすぎなんだよ」

 

「………」

 

 ムゥと、口を尖らせるミカサ。二人の様子を見ていたアルミンは、相変わらず乙女心に疎い友人にため息をつく。

 

 エレンは同期の間で猪突猛進な「駆逐野郎」でかなり引かれがちだが、顔の容姿は母親に似て端正で、裏では女子にかなりモテている。それを彼女らが口に出さないのは、エレンセコムがいるからに他ならない。

 

「…あれ?」

 

 アルミンは仲睦まじい友人二人から視線を外した際、不意にキースの元へ近づく別の教官の男と、その教官の後ろに付いて歩くフードをかぶった人物に目を留める。

 

 深緑のマントを羽織る兵団の人間はそう多くない。目を凝らせば、背中に見えたのは羽の刺繍。調査兵団だ。外部の人間が訪れるのはかなり珍しい。

 

「エレン見て見て!調査兵団だよ!」

 

「はぁ?……本当だ!」

 

 憧れの調査兵団に翡翠の瞳が輝く。「カッケェ…」と呟くエレンの姿を、隣でミカサは少し頬を染めて見つめた。

 

「でも、何で調査兵団の人間が来てるんだ?」

 

「理由はわからないけれど、教官に何かしら用があるみたいなのは確かだよね」

 

 キース・シャーディスが、元調査兵団の団長であることを知らない彼ら。

 

 三人の視線を集める調査兵団の人物は、キース教官の元に着くとフードを取り、敬礼のポーズを取る。流石訓練兵を終えて巨人と戦う人間と言うべきか、後ろ姿でも堂々たる姿が美しい。

 

 背中を覆う長く色素の濃い髪が、風に揺れたなびいた。体型がフードに隠れ見えなかったが、女性だ。

 

 キース教官と一言二言話すと、女性は彼女を連れてきた教官の後に続き戻っていく。

 

 その姿を目で追う三人の表情はそれぞれ固まっている。ちょうどその時、女性と瞳が合ったエレン。瞬間女性が少し口角を上げ微笑する。

 

 途端に顔がボッと、熱くなった。トキメキではない羞恥心で。

 

 

(姉さんンンンン!!?)

 

 

 キースの元を訪れていたのはエレンの姉、アウラ・イェーガーであった。固まっていたエレンがミカサを見れば同じように驚いており、アルミンに至っては石像ミンに。こうかは ばつぐんだ!▼

 

 

 

 そんな初っ端からのパンチを食らった後、対人戦の授業に入り、ライナーがエレンに話しかけてきてペアを組むことになったというわけだ。

 

 ライナーやベルトルトとは以前、エレンが調査兵団を目指す理由になった母の死や、弟以上に死に急ぎ野郎(とエレンが思っているだけで、ミカサやアルミンは思慮深さが姉より劣る分、エレンの方が危なっかしいと思っている)の姉を守りたいから──と話し合った仲。

 

 一方で、ライナーたちの「故郷に帰るため兵士を志願した」という話も聞いている。当時立体機動をうまく操作できず、ひどく落ち込んでいた時に励ましてくれた二人に、エレンは感謝していた。

 

 ライナーたちはエレンと同じ、シガンシナ区が大型巨人に襲われた際現場にいた。つまり「オレおま同じ」というわけである。

 

 

 またベルトルトはエレンの「イェーガー」姓に興味があったのか、兄弟がいるかについても聞いてきた。

 

 曰くシガンシナで知人と二人でいた際、調査兵団の女性に助けられたらしい。後で調べると、その女性が調査兵団随一の()()()と謳われる「アウラ・イェーガー」であることを知った。

 

 当時のアウラは頭をケガし混乱状態にあったので、ベルトルトたちのことは覚えていないかもしれない──とも付け加えて。

 

 弟としては姉が助けた人物と出会えたこと。そして姉が人の命を救った事実に、込み上げるものがある。

 

 否定することでもないゆえエレンは、アウラ・イェーガーが自身の姉であることを、ベルトルトとライナーに伝えた。ただし、腹違いの姉であると。それに二人は驚いた表情をし、しばらくお互いの顔を見合っていた。

 

 

 ライナーが少し図々しくエレンと姉の過去を尋ねてもきたが、彼は姉と腹違いである事実と、彼女が過去のトラウマを抱え精神が脆いことしか知らない。

 

 そのためエレンはそれ以上詳しく語ることはできなかった。

 

 結局今でも、アウラにどんな過去があったのかはわからない。しかし知る必要はないと思っている。知ってまた姉が発狂してしまうくらいなら。

 

 暗い表情を浮かべたエレンにベルトルトはライナーを諌め、ライナーもまた他人の事情に深入りすぎたことに謝罪した。

 

 

 この時戦士二人の意見は概ね一致していた。アニに語ったアウラ・イェーガーの話が、一部ではあるが合っていたことを。

 つまりその部分だけでも、嘘を吐いていなかったということになる。

 

 またエレンの様子から、壁外の情報は全く知らないのだと推測できた。良くも悪くも、訓練兵団随一の進撃野郎。嘘をつけばすぐに顔に出る。

 

 エレンは所詮壁内で生まれ育った人間でしかなく、それ以上の存在ではないのだろう。

 

 また「進撃」の力を父から受け継ぎ有している可能性のあるエレンが、巨人の力を使ったことはない。以前ケガをした際も、急速に治ることはなかった。

 

 戦士たちの課題は「始祖」を探しつつ、もし手に入れられなかった保険として、「進撃」を確保しておきたいところ。

 

 

「進撃」の候補は今のところエレンとアウラ。だがエレンは期待薄だ。ならばアウラを探るべきだが、アニが完全にノータッチと来ている。少なくとも戦士の敵になることはない、と彼女は語っていた。

 

 まぁ今はわからずとも、戦士たちが動けば進撃や始祖を持つ人間に、動かざるを得なくなる状況ができる。その来るべき好機まで、息を潜めて待つのだ。

 

 

 

「…なぁ、エレン」

 

 授業中、ライナーは神妙な面持ちでエレンに話しかける。

 

「なんだよ、ライナー」

 

「お前、さっきの調査兵団の女見たか?」

 

「見たけど、それがどうしたんだよ」

 

「…………すげぇ、可愛くなかったか」

 

「………」

 

 みんなの兄貴分のライナーが、頬を少し赤く染めている。確かにエレンは石像ミンだけでなく、周囲の数人の訓練兵の男たちがアウラに見惚れているのをみた。

 だがいくら美人でも己の姉。ときめくわけがない。

 

「あれ、オレの姉さんだから」

 

「そうなの………はぁ!?」

 

「…あぁ、姉さんに助けてもらったのはベルトルトだったけど、ライナーは違かったんだっけ」

 

「実際に顔を見たことはないが…そうか、あの女が……」

 

 ライナーは今日一番の真剣な表情で考え込み、エレンに視線を向ける。きっと他の女性だったら黄色い声をあげていた。訓練兵の裏でモテるのがエレンなら、表でモテるのがライナーだ。

 

「……いるのか」

 

「は?もっと大きな声で言えよ」

 

「アウラ───いや、アウラ()()か?彼女にいるのか、男って」

 

「………いねぇと思うけど」

 

「そ、そうか!そうか……」

 

 何が「そうか!」なのだろう。エレンの翡翠の目がどんどん濁っていく。

 

 尊敬している男が姉に惚れてしまったらしい今、この時。どんな表情をすればいいのかわからない。とにかくとても複雑な心境である。

 

 お前の好きになった女はブラコンだ、と告げればよいのか。それとも、未だ一度もアウラに話せたことがないアルミン(ライバル)がいることを伝えればいいのか。

 

 いや、そもそもハンネスから聞いた話によれば────、

 

 

「付き合ってるかどうかはわからねぇけど、()()()()()()はいるらしいぜ?」

 

「…なん……だと……」

 

「5年くらい前の話だけどな」

 

「…なんだ、じゃあ今どうなっているかはわからないな」

 

「………」

 

「何だよエレン、その何か言いたそうな目は」

 

「別に、何でもねぇよ。ただオレはいずれお前を、“義兄(にい)さん”と呼ぶ日が来るかもしれないと思ってな」

 

「バ、バカ野郎!気が早ェよ!!」

 

 頼れる兄貴もやはり年頃の男の子だった。顔を先より真っ赤にして否定の言葉を呟いている。

 

 そんな兄貴を無視し、エレンはぼんやり空を見上げた。彼もまたハンネスから姉に意中の人がいると知った時は、驚いたものだ。それも相当入れ込んでいるらしい。ハンネスに語った時のアウラの顔は、恋する乙女そのものだったそうだから。

 

 まさか信じられない。弟にデレデレの姉に好きな男。モヤモヤとした感情が、少年の中で渦巻く。その様子を片想いミンが見たのなら、「エレンもシスコンなんだよ」と、ゲス(絶妙な)顔でモヤモヤが起きる原因を教えてくれるだろう。

 

「うおっ」

 

 その時エレンの背中に誰かがぶつかった。ぼんやりと立っていたいせいで周囲に気を遣うのを忘れていた。

 

 少年が振り向けば、そこにいたのは冷たい表情(いつものことだ)のアニ。ぶつかったせいか眉間にシワが寄っており、静かにエレンのことを見つめている。

 

「おっ、アニじゃねぇか。暇してるなら手合わせしようぜ」

 

「…私はパス。それより授業中に恋愛話なんて、あんたの方がよっぽどヒマでしょうがないみたいだね、ライナー」

 

「そう言うなって…仕方ないだろ、なぁエレン?あんな美人な女が来ちゃあ、話題にしない方がおかしい」

 

 エレンの肩に腕を回すライナー。アニは鼻で笑い、翡翠の色を死んだ魚のような瞳に変えているエレンに近づく。

 彼女の青い瞳にはうっすらと同情心が滲み出ていた。

 

「愛している人…か」

 

「聞いてたのかよ、オレとライナーの話」

 

「少しね。対人戦なんて今更学ぶこともないから」

 

 愛している人。それが誰なのか、アニならわかる。間近でアウラ・イェーガーの()()()()()を味わってしまった、彼女だからこそ。

 

 

「あんた、頑張りなよ」

 

 

 そう言い残し、アニは二人の元を去って行った。

 

 生まれ持った血の繋がりがエレンとあの女にはある。それだけでエレンが哀れで仕方なく、アニの瞳には映るのだ。

 

 彼女と違い逃げることは絶対にできない。人間の狂気たる深淵の部分が、これからもエレンには付きまとう。さらさら助ける気はないが。

 それでもアニは、「頑張りなよ」と忠告はした。

 

(まぁそれ以上に同情するのは、戦士長だけど)

 

 本当にどうやったらあそこまで、アウラ・イェーガーに偏愛されることになるのだろう。

 

 エレンが言っていた女の「愛している人」は間違いなくジークだ。エレン以上に絶対に逃げられない。何なら来世まで付きまとわれそうだ。末恐ろしい限りである。

 

 

 それにライナーもライナーだ。アウラを見た時完全に心が奪われていた。恋する人間を間違えている。

 

 マルセルの一件以来、アニの中でライナーというドベ野郎は、視界に入れたら殴りたいランキング1位に入っている。何なら時折どうやって殺そうか、真剣に悩む時もある。

 

 それでも頼れる仲間が自分を含めて三人しかいない以上、見捨てるわけにもいかない。

 

 王政に近づきやすいからと憲兵になるため訓練兵団に入った以上、まだしばらく壁内に留まらなければならないだろう。その期間ライナーがアウラと接近してしまうのかと思うと胃が痛い。ひたすらに家に帰って父に会いたい。

 

「ハァ……」

 

 それでも使命のため、アニやベルトルト、ライナーたちは進む。

 

 深くため息をついた後ろでは、どこからともなく現れたアルミンが、ライナーにアウラ・イェーガーに意中の人がいることを例に挙げ、恋が実る可能性がどれだけ低いかを理路整然と語っていた。

 

「……まさかアルミンもかい」

 

 アニは少し傷ついた。女性の魅力が自分にはあまりないのだろうか──と。

 

 そんな彼女の様子を見つめている少年がいることに気づかずに。

 

「アニ暗い顔をしてるけど、どうしたんだろ……」

 

 兵士を目指し日々励む少年少女たちの裏では、甘酸っぱい色恋沙汰が展開されている模様である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【四章】もぅマヂ無理。。編
電池が切れた時計の針は


(ニチャァ…)


 私、アウラちゃん、結婚適齢期の22歳。

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!私は壁外調査に向かっていた。

 

 しかしトロスト区方面から突如、5年前シガンシナ区で確認された謎の落雷が発生。超大型巨人が現れた前兆である。異常を察知し、早急にトロスト区へ出戻ることとなった。

 

 

 トロスト区には現在第104期の訓練兵がいる。エレンくんやミカサちゃんたちがいるわけだ。そしてもちろん戦士三人も。

 

「鎧」が恐らくライナーくんなので、「超大型」はベルくんかアニちゃん。アニちゃんは小柄なので、超大型のイメージはあまり似つかわしくない。

 

 例えばライナーくんならキース教官の話によれば、屈強な身体を生かしたパワーが凄まじい。正しく強固な身体を活かして内門を破壊した「鎧」の巨人に相応しいと言える。

 

 そう考えると、戦士は彼らの得意とする分野を活かした力を継承していると考えるのが無難。

 アニちゃんは対人戦において、ミカサちゃんと同率首位の人間。また教官からも彼女は何でも卒なくこなす、バランスがいい人間だと言われていた。

 

 ゆえに破壊神のような超大型を継承させるには、少し合わない気がする。

 

 となると残すはベルくん。彼の身長的にも「超大型」は相応しいのではないでしょうか。ぜひ機会があれば壁を破壊し、壁内の人類が多く死ぬ原因となった彼に、当時どんな気持ちだったのか知りたいですね。

 

 マーレはエルディア人の子供に、ユミルの民=「悪魔の民」とする洗脳的な教育を行う。

 

 きっと最初こそ彼らは“正義”を理由に、パラディ島の人間を殺すことにそこまで大きな罪悪感は抱いていなかったでしょう。それよりも課せられた“使命”の重圧感が大きかったに違いない。

 

 

 しかし5年近く壁内に紛れて住み、生きてきた彼ら。

 

 果たして今でも正義を盾に進むことができるのでしょうか。何せ104期生である彼らには、三年間苦楽を共にした仲間がいるのだ。少なからず情は移っている。しかしそんなお仲間がいながら「超大型」巨人が出現したということは、仲間が死ぬのも厭わない覚悟がある。

 

 実に美しい。仲間が巨人に殺される様を見ながら、自分たちは“使命”のために心を殺して始祖の奪還を目指す。

 

 もっともっと多くの骸を作るといい。

 さすれば彼らの「罪」は大きくなり、いずれその罪と向き合う機会ができた時、彼らの心は壊れる。存分に苦しんでください。

 

 そして犠牲を増やすほど、憎しみが生まれ争いが起こる。

 正しく「負」の連鎖。

 戦士の行いは、私にとってご飯を与えてくれる親鳥。私はピィピィと鳴く雛だ。

 

 

 

 

 

 して、エルヴィン団長指揮の下。調査兵団はトロスト区へ急いで出戻ることに。

 

 着き次第、駐屯兵団に加勢。しかし壁の穴の部分には巨人が複数体いるため、そこからの侵入は不可能とされた。

 となれば、大きく迂回し、東のカラネス区から入らねばならない。だが一分一秒も時間が惜しい状況。

 

 馬を飛ばしトロスト区の壁に到着すると、馬を残して精鋭メンバーが先陣をきった。

 

 当たり前のようにリヴァイ(人類最強)が先陣へ。またNo.2の強さを誇るミケ分隊長も。

 そして私もそのメンバーに選ばれた。やったぜヒーハー!これで混乱する壁内の住民や、駐屯兵団の皆様が見られますね。

 

 訓練兵もいきなり実戦に駆り出され、かなりの人間が犠牲になっていることでしょう。

 調査兵団でも通常なら新兵はいきなり壁外調査に出ず、シミュレーションや演習を通して、いざ本番に駆り出されますから。

 

 

 104期生No. 1のミカサちゃんはまず間違いなく心配ない。弟は少し気になりますが、お父さまから継承している「進撃」があるので最悪大丈夫でしょう。

 

 ただ戦士がいるので、エレンくんが巨人化した場合かなり面倒なことに。

 向こうはエレンが「進撃」か「始祖」のどちらかだと思う。

 

 まぁ私が父親の力をアニちゃんに話していた以上、継承者の候補に私やエレンくんが入っているはず。以前から怪しまれていたのは間違いない。

 

 エレンくんがマーレへお持ち帰りされてしまった場合その力が、別の人間へ継承される。

 

 ただここで一つ問題なのは、フクロウ→お父さま→エレンくんへと継承した力について。マーレからパラディ島へ移った力が、ずっと壁内に存在していた「始祖」であるとは考えにくい。

 

「進撃」か「始祖」のどちらかとは言いましたが、実際戦士たちはエレンが力を使えば、ほぼ間違いなく「進撃」であると考える可能性が高い。

 

 となると、「始祖」は何処?という話になる。「進撃」が土産になるでしょうが、戦士の目的は「始祖」の奪還。

 

 エレンの力が判明しても、すぐに弟をさらって帰ることはないはずだ。始祖に繋がるヒントを得るまでは、粘ってくれ。

 

 最悪、弟が連れて行かれる時は私も行きます。というか絶対に行きます。

 しかし願わくば戦士たちを手こずらせ、マーレ政府を焦れさせたい。

 

 さすれば援軍の戦士が来る可能性がある。既に5年経っているので、そろそろ上層部も「アイツら何やってんだ?」となっていることでしょう。

 

 壁内には電気もないですし、外部と連絡する手段もない。ただ向こうは待つしかないのです。戦士たちの帰還を。

 

 そして援軍が来れば、ずっと探しても見つからなかったお兄さまが来る可能性がある。

 

 結果、戦う(兵士)お兄さま(戦士)の最高な構図が出来上がってしまうわけです。グフフ。

 

 

 

 

 

 そして着いた現場。

 

 駐屯兵団の「超大型が出現。人間が巨人になった───」という端的な話だけ聞いて、巨人狩りに行きました。

 ()()()()()()()()()ということは、戦士たちの正体がバレてしまったのだろうか。

 

 しかし、何かやたら隅に巨人が多い。死体から湧いてるうじ虫かな?

 その上でアンカーを壁にかけ、巨人を誘き寄せているのは、駐屯の人間たち。

 

 壁の方に向かっているのは岩を持った巨人ですね。

 

 

 ────ん?

 

 

 んん?エレンくんが巨人化してるな?遠くからでもわかります。お父さまと似た尖った耳と、愛らしい印象はまさしく我が弟。

 人間が巨人化した…って、YOU(ユー)だったのかよ。

 

 ただビッグエレンくん、毛深くはありません。少し残念です。

 鍛え上げられた美しいシックスパックが、大岩を持ち上げる動きと連動してイキイキと躍動しています。舐め回したいですね。

 

 ……えっ?お前ハンジ(変態)以上に変態なことを、考えてないかって?

 

 こんなことで根を上げてたら、私がお兄さまにあった後、『したい・されたいことリスト♡』の内容を知ったら発狂しますよ。

 

 

 それにしてもビッグエレンくん、顔もイケメンだ。

 アウラちゃんの恋が──始まりません。お兄さまとしかアウラちゃんのラブストーリーは始まらないんだよ。

 

 一先ず兵長とミケ分隊長たちとは違う方角に行き、時折弟に視線を奪われながら巨人を駆逐していく。

 

 どうやらビッグエレンくんが持っている岩で、壁の穴を塞ごうとしているみたいですね。

 

 コーナーに湧くうじ虫(巨人)はエレンくんから巨人を遠ざけるため、人間をエサにしてホイホイしている模様。

 

 しかしそれで完全とは行かないので、エレン巨人の周囲を兵士が飛び回り、巨人を駆逐して道を作っている。

 

 私も弟の方が気になりますが、向こうは人類最強が向かったので大丈夫です。

 それよりも気になるのは戦士たちの居場所。

 特に壁を壊したと思われる、超大型くんの様子を窺いたい。どんなお顔をしているのか、ぜひ私に拝ませておくれ(ネッチョォ…)

 

「あっ」

 

 高い建物に乗り周囲を見渡しましたらいました。ちょうど三人揃っていますね。

 いや、もう一人いるので四人か。

 この状況下で気づかれないだろうとはいえ、相談する場所は気をつけた方がいいですよ。

 

 状況的に後ろ姿が見えるライナーくんが見覚えのない男の子を羽交締めにして、正面にいるアニちゃんに何かを言っている。

 ベルくんはライナーくんの隣で突っ立ったままだ。盛大な賢者タイムでしょうか。

 

 私はガスを高速で噴出し、四人の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「何…してるの?」

 

 

 ライナーがアニに、マルコの立体機動装置を外すよう叫んでいた中。

 

 ライナーの背後から現れたのは、調査兵団のマントをなびかせる女。

 屋根の急斜面に足を滑らせないよう大股気味に開きながら、白銅色の瞳を四人に向けている。

 

 彼らの現状を説明すると、ライナーとベルトルトが巨人化したエレンや壁についてどうするか話し合っていた中、マルコが来た。

 単なる雑談話を聞かれたのなら、まだいい。

 

 しかしマルコは二人がイコールで、「巨人になれる」というワードを耳にしてしまった。

 エレンが巨人化したということはつまり、人が巨人になれるということ。

 

 

 また5年前、突如現れ消えた超大型巨人を踏まえ、マルコは二人がエレンと同じ巨人化能力者───壁を破壊した人物たちであると行き着いてしまった。

 その優秀な頭脳は、アルミンにさえ引けを取るまい。だが優秀すぎたのが仇となった。

 

 正体を知られた以上殺すしかない。そんな折アニが訪れたのである。

 マルコは助けを求めたが、アニもまたライナー側。無慈悲な現状が展開されるのみ。

 

 そしてライナーはアニが同期を助けたことを指摘し、“戦士”としての覚悟を証明するよう、マルコの立体機動装置を外せ、と彼女に言った。

 

 正しくその時である、女が現れたのは。

 

「……!た、たす、助けてくれ…!!」

 

 マルコは恐怖に震えながらも、必死に叫ぶ。

 ライナーが口を塞ごうとした手を、顔を振り乱すことで避け、ライナーやベルトルトが壁を破壊した犯人である可能性も告げる。

 

「……ッ、う」

 

 アニはライナーの背後にいる女性から距離を置くように、数歩下がった。その身体はひどく震えている。

 対しベルトルトは沈黙。ライナーは瞳を丸くした後、鋭い表情に変わった。

 

「遠くから「戦士」って聞こえたけれど…」

 

「…ベルトルト、この女を抑えろ。アニは早くマルコの立体機動装置を奪え!!」

 

「で、でもライナー…」

 

「知られた以上殺すしかない。だからッ──」

 

 ライナーの言葉が途中で止まる。女が一歩彼らの元へ近づいたからだ。

 それも、ここに来る前にいくつもの巨人を狩った、少し刃こぼれしたブレードをしまって。

 握ったままならわかる。しかし、その刃を収めた意図が読めない。

 

「えっと…以前にもアニちゃんとベルトルトくんには会ったよね、覚えてるかな?」

 

「……アウラ・イェーガー。あのエレン(駆逐野郎)の姉だろ」

 

「そうそう!前に会った時アニちゃん急に逃げちゃって、ビックリしたんだから」

 

「…私は二度と会いたくなかったよ、あんたに」

 

 少し困った表情を浮かべながら近づくアウラ。異様な状況だというのに、そのことに対し全く反応を見せていない。

 彼女の表情はあくまでアニに対し向けられているもの。マルコの状況に対してではない。

 

 

「それ以上近づくな!」

 

 大声を上げたのはライナー。マルコの首を腕で締めながら、アウラを睨め付ける。

 

「君が…ライナー・ブラウンだね。キース教官からみんなの頼もしい兄貴分で、成績も二番目にいいって聞いてるよ。それで、そばかすの君は…確かマルコ・ボットかな?洞察力と判断力に長けている子だっけ」

 

「あなたは……!前にキース教官に会いに来てた…!!」

 

「そうです、わたしがエレンくんのお姉ちゃんです」

 

「エレンのお姉ちゃん……!?」

 

 エレンの姉だったことは初耳らしい。マルコが驚愕の表情を見せる。いったいどこの誰ミンが、変にアウラのことを勘ぐらないよう、多方面の男たちに釘を刺していたのだろうか。

 だが彼はキツくなった首の締めつけに、うめき声を上げる。

 

「アウラ・イェーガー、一つ聞きたいことがある」

 

「何かな?」

 

 ライナーはアウラが、エレンが巨人化の力を持っていたことを知っていたのか尋ねた。

 それに彼女は首を横に振る。

 駐屯兵団に先ほど聞いて、初めて知ったと。

 また、援軍として巨人を狩っている際、四人の異様な光景を目にして急いでここへ来たことも告げた。

 

 

「…お前は、ジーク・イェーガーを知っているな」

 

「………?!?何言ってんだい、ライナー!!」

 

「黙ってろアニ、俺はお前やベルトルトと違って、実際にアウラ・イェーガーと話したことはない。だから俺の目で見定める必要がある」

 

 知っているか?の問いに、アウラは表情を消して頷く。

 ライナーは自分たちがマーレから来た戦士であること。

 そして、彼女の兄ジークが彼らのリーダ───「戦士長」であることも口にする。

 

「アニからお前の目的は聞いた。戦士長に殺されたいんだってな」

 

「…えぇ、そうよ」

 

「生憎だが、戦士長は俺たちと共に壁内の侵攻には来ていない。それともう一つ」

 

「何かしら?」

 

「少なくとも戦士長は、妹のことを恨んでいない。むしろ今でも大切な妹として想っているだろうぜ。実際に俺は「アウラ・イェーガー」の名前を兄本人から聞いて、その時の戦士長の表情を見た。だから、わかる」

 

「………「()」、を……()()()る?」

 

「あぁ」

 

「ジークお兄さまが?」

 

「…あぁ」

 

 呆然と口を開けたまま、固まったアウラ。それから動かなくなった女に、戦士たちはそれぞれ怪訝な表情を向ける。

 直後女は、花が綻ぶばかりの笑顔を見せた。

 目は水分を多く含ませ潤み、眉は八の字に、そして口元も堪えるように歪む。

 

 アウラの変化を見て、ヒュウ、とか細い息を漏らしたのはアニ。震えながら彼女はベルトルトの後ろに隠れた。

 

 

「ジークお兄さまが私を、私を愛して(想って)…なんて………そんな、そんな私、私────ッ!!」

 

 

 アウラは口を抑え下を向き、屋根の上にへなへなと座り込んだ。

 

 男たちには彼女が泣いているように見えただろう。

 ジーク()(自分)を憎んでなどいなかった。むしろ愛していたのだと知り、嬉しさと悲しみが混ざり合った中で、涙を流しているのだ──と。

 

 だがアニには別に見えた。底の見えない狂気の「愛」が感じられ、ただひたすらに気味が悪い。

 

「わ、悪かった。泣かせるつもりじゃなかったんだ…」

 

 ライナーは戸惑いの声を上げた。彼はアウラの兄に抱く想いを利用し、味方側に引き抜けるかを考えた。

 

 最初は殺すべきだと思った。しかしジークがかつて話した妹への想い。

 そして、目の前の女が敢えて彼らの前で武器をしまった──つまりライナーたちに敵対しない、という意図を読み、考え直したのだ。

 対話する必要があると。

 気になる女性であるが、それは「戦士」として不必要な感情。ゆえにその点は割り切っていた。

 

 アウラもまたライナーの意図を読み取ったようで、涙を袖で拭いながら立ち上がり、視線を向ける。

 

「アウラ・イェーガー、お前は壁内の人類を裏切る覚悟があるか?」

 

「………」

 

「お前次第で、俺たちはジーク戦士長に会わせてやることもできる」

 

「……する」

 

「え?」

 

「なんでも、何でもする。お兄さまに会えるなら」

 

 

 縦え()()()()でも、何でも。ジーク・イェーガーに、もう一度だけ会えるなら──────。

 

 

 そう言い微笑んだアウラに、アニだけでなく全員の思考が停止した。

 

 美しい女を我がモノにできたらどれだけ素晴らしいだろう、と。

 そんな情欲に塗れた考えは、微塵も浮かんでこない。

 ただ()()()ことしかできぬ。目を逸らせず、女の行動一つ一つを眺めることしか。

 

 ライナーの元へ来たアウラはマルコの立体機動装置を外し始めた。

 正気に戻ったマルコが抵抗するが、ライナーの拘束はびくともしない。

 

「私がやるッ!!!」

 

 アニがその時叫んだ。アウラを押し退け外れかかっていた立体機動装置を外し、それを持ったままヨロヨロと後方へニ、三歩下がる。

 

 やるしかない。やるしかなかった。

 

 異常な女がマルコの立体機動装置を外せば、()()()()()()()()()()()()ことの証明になってしまう。それだけは避けたかった。

 これ以上異常な女との関わりができるなど、御免だった。

 

 

「……壊れてるんだ」

 

 ポツリと呟いたのは、ずっと喋らなかったベルトルト。アウラを見て、次にアニに視線を向ける。

 そしてもう一度、「壊れてるんだ」と呟く。

 アニは理解した。ベルトルトはずっと、アニと近しい感覚を女から感じていたのだと。

 

 アニは「イかれている」と感じているなら、ベルトルトは「壊れている」と感じていた。一見似ているが、しかしこの差は大きい。

 アニはアウラの人間性の“狂気”たる部分を言い、ベルトルトは“精神”の部分について語っているのだ。

 

「アニ、下がろう。巨人が近づいてきてる。…それとライナー、アニの言うとおり彼女とは関係を持つべきではないと思う」

 

「それは…残念ね」

 

「精神の壊れた人間なんて、僕らは戦場の敵兵でも仲間でも、たくさん見てきた。でもあなたは僕が見た中で、一番壊れていると思う。()()()()()()()()、が正しいのかもしれないけれど。でもあなたの過去に同情はしたくない。可哀想な人間なんて、この世には五万といるから」

 

「君たちのことは、このことを含めて言わないよ?」

 

「あぁ、言わないだろう。あなたの戦士長への想いは本当のようだから。彼の仲間である僕らに害をなすことはしない。するんだったら、とっくの昔に密告しているはずだしね」

 

「…そっか。ならせめてお兄さまに会ったら、私が生きていたことを伝えて」

 

「わかった。…ライナーも行こう」

 

「……だが、戦士長と…」

 

「彼女を故郷に連れて帰るって言うのかい?一度「楽園送り」にされた人間を?現実的な考えでないことくらいわかっているだろう、ライナー」

 

「だとしても、少しの時間でも会わせてやれるだろ」

 

「………僅かな時間の幸福を代償に、彼女に死ねって言うのか、君は」

 

「違ッ、俺は…!」

 

「アニも情に流されて仲間を助けた。でもそれはライナー、君もきっと同じだよ。頼むからもう行こう、これ以上固まっていると怪しまれる」

 

「……すまん、ベルトルト…」

 

 アウラは瞳を大きくし、大人しかったベルトルトの一変した姿を見る。

 やはりベルトルト・フーバーが間違いなく、「超大型」巨人だ。

 そして継承した理由も、何となく察せた。

 

 多くの人間を殺す立場である人間だからこそ、誰よりも冷静に、残酷になれる。言ってしまえば精神が図太く、そう簡単には揺るがない。

 

 でなければ壁を壊しトロスト区の悲劇を作り出したばかりで、ここまで平静さを保てるわけがない。

 彼女としては実に面白くないが。せっかくお兄さまと急接近できるチャンスを、逃したも同然。

 

 ただし壁内にいないことや戦士どころか「戦士長」になっていたこと。そして一番のビッグサプライズ、兄がアウラのことをずっとその内の中で想い、飼い殺してくれていた事実。

 

 その絶頂に、思わず素が出てしまい、そのまま泣きの演技でどうにか誤魔化した。

 

 脳内ではずっと気持ち悪い笑い声が響きっぱなし。誰もいなければ、ビックリユートピアが裸足で逃げ出すレベルの狂乱美女ぶりを見せただろう。もちろんR規制である。

 

 

「まって…」

 

 

 去っていく三人と一人に、かなり後方から声がかかる。マルコの声だ。

 彼の前方にはライナーたちと、その少し後方で振り返ったアウラが見えている。

 

「まってよ…」

 

 巨人の足音が近づき、屋根を揺らす。

 

()()()話し合ってないじゃないか………!!」

 

 ライナー、アニ、ベルトルト。

 一人一人の名をマルコは呟く。

 

 何度も「まって」と声がかかる。

 それに振り向くまいと堪えていた三人だったが、不意にマルコの声が止まり、ライナーが耐えきれず振り向いた。

 続いてベルトルト、最後にしばらく時間が経って、アニが振り向く。

 

 まさしくちょうど今、巨人に捕まれ食われんとするマルコ。

 

 彼は口を開けたまま何も瞳に映すことがない。死にたくないと泣きも、叫びも。

 そのまま彼は、顔の右半分を巨人に噛みちぎられた。

 悲鳴も上げないまま、その身体は巨人に貪られ、顔の位置が動き瞳の先がライナーたちに向く。

 

 血を噴きながらマルコ・ボットは、最期に呟いた。

 

 

 

 

「あ、ぐま゛めっ」

 

 

 

 

 ────悪魔。

 

 

 それはパラディ島の人間を「悪魔の末裔」と称する戦士たちにとって、この上ない皮肉である。

 

 エルディア人はマーレ人に迫害されてきた。戦士となり名誉マーレ人となった三人もかつて幾度となく蔑まれ、汚い言葉や暴力を浴びせられてきた。

 

 だが戦士となり生きる中で、彼らはどこか、自分たちとパラディ島の人間たちが違うと思っていた。

 彼らの一族は少なくとも逃げず、マーレの下で管理されることになった。

 対しパラディ島のエルディア人は逃げたのだ。フリッツ王の甘言に従い、壁を築いて。

 

 その中には迫害を受ける中で、平穏に暮らす同じ人種への妬みや羨望が少なくとも絡んでいるのだろう。

 

 単純にエルディア人を「悪」とするマーレの教育を受けてきた影響もあるが、複雑な心情がさらにその上に絡み合っている。

 

 

 だがどうだ、マルコは「悪魔」と言った。憎悪も何もないただひたすら、心の底から戦士たちに向けて呟かれた言葉。

 

 

 アニの瞳からは涙が溢れ出し、ベルトルトも血が出るほど唇を強く噛む。

 

 そしてライナーの脳内には、「悪魔」の言葉が沈澱していき、その分溢れ出た()()()が、汗と涙に混じって落ちていく。大きく震え始めた身体に、気付けば何故──と、声が出ていた。

 

 

 

「何でマルコが、食われてるんだ……?」

 

 

 

 

 

 背後で狂い始めた三人の兵士の言葉や息遣いを感じながら、一人の女は、口角をさらに歪に上げる。

 

 

 マルコ・ボットが最期に向けた言葉はライナーたちではない。

 

 去っていく仲間の足元を見、泣きながら話し合いを求め、「まって」とライナーたちに呟き続けた彼。

 

 

 そんな彼が巨人に掴まれ身体が動いた時に見たのは、マルコの心からの叫びに絶頂する、アウラ・イェーガー(本当の悪魔)の姿であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スミス「異議あり!」

嘔吐と腹痛で休日死んで更新遅れました。病弱キャラじゃないんだけどな…('ω')
あと普通に女型辺りで話作りが「ゔぉぇっ」状態なので、結構投稿遅めになると思われます。またマルコくんのでSAN値削れた方多かったようなので……スマンネ。


 私アウラ・イェーガー。

 

 戦士たちの仲間に上手くなれそうかと思いきや、過半数以上の拒否を食らい、虚しくも失敗した女である。

 

 

 アニちゃんが私の異質な人間性について、勘づいていたのは知っていた。

 

 しかしベルくんまで私をヤベェヤツ扱いするとは…正解ですね。彼の場合私の精神が壊れている、と思っていた様子。

 

 唯一お兄さまから私の話を聞いたというライナーくんだけは、私を最後までお兄さまと会わそうとしていた。

 

 強靭な身体にさらに装甲をつけたようなゴリラだと思っていましたが、イイ人だった。マルコくんの超絶かわいいシーンに、一番ダメージを負っていたのも彼。

 

 というか自分で殺そうとしておきながら「何でマルコが食われてんだ…?」と言っていたのが聞こえたんですが、重度の精神疾患かな?

 戦士が人が死ぬくらいで傷ついていたら、元も子もない。マルコくんが仲間だった分、仕方ないのかもしれませんが。

 

 まぁそれ以上に表情が愛らしくて、胸がドキドキしてしまったんですがね。これが恋…?(ニヤァ…)

 

 

 お兄さまだったら、きっと冷酷に切り捨てられますよ。何てったって()()()ですからね、戦士長。戦士を束ねるリーダーが情に流されるとは思わない。だからこそトップに選ばれている。

 

 ということは、ということはですよ?アウラちゃんが、お兄さまの心に刻まれている「私」()が敵として現れても、お兄さまは必ず殺してくださるということに他なりませんよね?

 

 最高じゃないですか。お兄さまの前に立ちはだかって、殺されて、妹を殺すお兄さまのお顔を眺めながら死ねるなんて。きっと人生で最大の幸福を味わえるに違いない。

 

 ですから戦士たちにフラれてしまった現状、明確な敵対行動は取らず、なるべく彼らが壁内に留まるよう時間稼ぎをしたい。

 

 さすればお兄さまは焦れたマーレ政府によって、他の戦士と共に送り込まれる可能性が高まる。

 

 マーレ政府が全ての戦士を派遣しなかったのは、他にも諸外国との戦争に巨人の力を利用するためでしょう。

 

 

 

「ふへへ」

 

 

 

 思い出すのは、絶頂した顔を罪悪感を堪えるような表情に変え、後ろを向いた時に見えた戦士たちの表情と。

 

 マルコくんの()しい最期。

 

 そして私がお兄さまを愛しているように、お兄さまも私を想ってくれている。「オレ()おま同じ」である事実。

 

 

 団長がエルヴィン・スミスに変わってから味気がなくなり、私の感情を発露させる機会があまりなかった。

 しかし今日は、ここ数年で最高の一日となった。

 

 その後も呆然と佇んでいた戦士と別れてから巨人を狩る作業に戻っていますが、いつも以上に身体が軽い。既に結構な数を倒しましたがまだまだ行けそうです。

 

 エレンくんも壁の穴を石で埋める♂任務を無事終えた。あとはこのまま帰還命令が出されるまで、狩り続けるだけ。

 

 この後巨人化したエレンくんを巡る一悶着が起こりそうですが、とりあえず今は最高の絶頂の余韻に浸り、私自身の()を謳歌することにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 リヴァイ兵長を筆頭とした精鋭部隊の後、他の調査兵団も合流しみんなで仲良く巨人を駆逐して丸一日。

 

 やはり普段から巨人と戦っている調査兵団と、駐屯兵団の戦力は大きく違いますね。巨人の多くを討伐したのは駐屯兵団より圧倒的に数の少ない我々。仕方ないとは思いますが。

 

 またその間二体の巨人の捕獲に成功した調査兵団。4m級と7m級にアヘっていたメガネの女性がいたんですが、彼女正気なんですかね…?(すっとぼけ)

 

 

『トロスト区奪還作戦』と呼ばれた本作戦において、犠牲となった人命は207名に及び、負傷者だけでも897名と、壁内の人類が巨人に勝ったものの決して諸手を上げて喜べる勝利ではなかった。

 

 周囲がお通夜ムードの中私はというと、巨人掃討後の遺体の回収作業があるというので、そちらへ向かおうとしていた。

 

 作業は駐屯兵団や訓練兵団の人間たちが主に行うそう。しかし私も力になりたい、と偽善者ヅラ満載で行く気満々である。

 

 だって駐屯兵はともかく訓練兵たちがいるんですよ?そんな彼らが人間団子の巨人の嘔吐物や食いかけの死体を見たら、曇ってしまうに決まっています。

 ですから私がそんな彼らを慰めながらニチャニチャするためにも、行く必要があるんですね(頑なな意志)

 

 これは現在捕縛されている弟の身柄よりも優先すべきこと。

 どうせ私一人が動いたところで、弟は救えませんし。

 

 調査兵団の仕事はないのか?と思われそうですが、丸一日巨人を狩り続けて疲労しているので、しばらく休みをいただいているゆえ無問題(モーマンタイ)。アウラちゃんに不足はない。

 

 

 というか弟は超大型巨人が現れた後、トロスト区攻防戦において一度足を巨人に食われた。その後アルミン・アルレルトを助けようとし、巨人の腹の中へ。

 

 死んだと思われたが巨人化し、復活したらしい。エレンはそのことを覚えていないようだが、弟が巨人のうなじの部分から出て来たことなどから、そのような憶測がなされた。

 

 巨人化能力者の回復能力は私も知っている。お父さま情報と、幼少期父が怪我をした時、そのキズが蒸気を発しながら回復しているのを見ましたから。傷についてはある程度本人の意思で回復を留めることもできる。

 

 となると、エレンくんが数年間ずっと巨人化しなかった理由が気になる。巨人化するには何らかのきっかけが必要なのか、はたまた自分が「巨人化能力者」であるという意識がなければ使えないのか。

 

 訓練兵時代ならケガもするでしょうし、異常治癒も恐らくは起こっていなかったはずだ。戦士三人が今まで気づかなかったのだから殊更。

 

 疑問点は多いですが、それこそ巨人化は個人によりけりなのかもしれない。

 “巨人”自体未だ謎が多い。あまり考え過ぎても仕方がないでしょう。

 

 

 

 

 

「アウラ副分隊長!エルヴィン団長が至急会議室まで来て欲しいとのことです!」

 

 

 アッ、タイミング悪く捕まってしまいました。

 

 そのまま連れられて来ましたが、狭めの会議室の正面の机に団長が座っています。ヤヴァイ兵長は…いませんね。一人だけのようです。

 

 用件はもちろん弟のことである。

 

 エルヴィン団長曰く、直に憲兵団と調査兵団がエレン・イェーガーの身柄を巡って、兵法会議が行われるとのこと。

 

 決定権を持つのは三つの兵団のトップに立つダリス・ザックレー総統。いち調査兵のアウラちゃんじゃ滅多にお目にかかれないお方です。

 

 憲兵は今のところエレンくんを解剖(らめぇ♡)して、処分したいらしい。人の弟のことをどういう風に思ってるんですかね?エレンくんを捌いたのなら、憲兵共の身体にも同じ赤い内臓が詰まっていることを教えてやらなければいけません。当然だよなぁ?

 

「そう気を立てないでくれ、アウラくん」

 

「…申し訳ありません」

 

 私はお兄さま一筋ですが、半分血の繋がっている弟のことも大切に思っています。

 

 エレンくんはお父さま以上に感情の起伏が大きく、翡翠の大きな瞳を見開き絶望を見せた時なんか、とても輝いて見える。

 

 団長は私にも兵法会議に出て欲しいと頼んだ。というか親族なので必ず出されるから、先に手をつけておきたかったご様子。

 

 他にも現場に居合わせたミカサちゃんや、アルミンくんも出席するらしい。

 

 

 団長の考えではエレンくんはトロスト区奪還の際、巨石を動かすため巨人化した直後制御不能となり、ミカサ・アッカーマンを攻撃対象にした。

 

 その後は意識を取り戻し、つつがなく任務を遂行。

 

 だが一度制御不能となり、任務の中止も出た場面。時間のロスは、エレンから巨人を遠ざけようとした多くの兵の命を奪った。仮に最初から弟が巨人化を操ることができていれば、死者も貴重な戦力も失うことはなかった。

 

 この点を憲兵団は、エレン・イェーガーが本当に人類の希望となるのか、信用できないと会議において話す可能性があると。

 

 

 また、弟が過去にミカサちゃんと共に強盗誘拐犯三人を殺したことも、人間性の是非を問う材料にされるとのこと。

 

 思った以上に不利な状況。

 しかし団長にはリヴァイ兵長を使った作戦があるようなので、一先ずそれに託すことにします。

 

 仮に弟が憲兵行きになったらその前に戦士が動くと思うので、憲兵団か調査兵団行きか、二つの可能性を考慮しなくては。

 

 まぁエルヴィン・スミスという男は、こういった博打にことごとく勝利してきた“()()”がある。ほぼ間違いなく憲兵からエレンを奪い取るでしょう。

 

 ただし弟をゲットできても、その後、本当に彼が人類に有用かどうか示さなければならない。

 一難さってまた一難。

 結果を残せるかどうか否かで、調査兵団の存続の明暗も分かれる。

 

「君はエレン・イェーガーの人間性を審議する際、家族として証言を求められるだろう」

 

「…わたしは弟が“人”であることを、語ればいいのですね」

 

「あぁ、普通に思い出話をするだけで十分だ。君たち姉弟の過去の出来事は、他人が知ることではない。ただ他者の記憶を否定することは、実際に君たちが紡いできた「人」としての姿を否定することに他ならない。それはつまり、指摘する側の人間たちの作り上げてきた家族や友人たちとの繋がりを否定することと、どう違う?」

 

 

 ()()()()だ。

 

 

 もし否定されたのなら私は憲兵が、彼ら自身のつながりを否定することを無意識に肯定しているのだ───と、言えばいい。

 

 一瞬聞いただけでは頭がこんがりそうなことを、淡々と提案する団長の脳みそはどうなっているのか。

 

「家族が危機にある立場の君が冷静に答えれば、却って感情を露骨に出す憲兵の姿は総統の目につくだろう。思うところは多いと思う。しかしだからこそ、落ち着きを見せてくれ」

 

「……はい。団長のお考えなら、まず泥舟ではないでしょうから。毅然と行きますよ」

 

「泥舟か…いつそうなってもおかしくなさそうだ」

 

 

 一応気になっていた、私に対する憲兵や駐屯兵団の反応も伺った。

 

 やはり弟が巨人化したため、私を知る者は姉も巨人になれるのでは?と、話が出ているらしい。過激なところでは、エレンと同じ地下牢に幽閉しておくべき、などの厳しい声も上がっている。

 

 しかし現状私が自由の身なのは、長らく調査兵団として心臓を捧げてきたがゆえ。

 

 多くの巨人を倒し人類に貢献してきた。その功績も含め、()()様子見中なのだと。

 

 

 ただエレンが憲兵に渡った場合、私の身柄も拘束される可能性が出てくる。

 

 そうなったら戦士たちと一緒に、弟を連れて逃げるコースしか無くなりそうですね。全力でエレンくんを弁護しなきゃ(使命感)

 誰ですか、先まで呑気に死体を回収するみんなのお顔を拝んでやろうとか言っていたヤツ?──私ですね。もうちょっと死ぬことへの危機感を持たないとダメだな。

 

「安心してくれ、調()()()()()君と共に戦い、語らい、人類の希望のため進み続けてきた同士だ。疑いを持つ者はいない。100%とは言い切れないが」

 

「それで構いませんよ、人とは疑う生き物でしょう。わたしも何故弟が巨人になったのかわりませんが、誰よりも彼が人間だと信じています」

 

「エレン・イェーガーも、君のような姉がいるなら心強いだろうな」

 

「……えへ」

 

「はは……しかしやはり君も、エレンが巨人化した理由はわからないか」

 

 団長は超大型や鎧の巨人も、エレンの能力と似たものではないかと推測しているようだ。

 つまり人が操作し、動く巨人。

 

「ここに来る前、私は憲兵団からの許可が下りたためエレン・イェーガーと話をした。もちろん見張りの憲兵は一旦下がらせての話し合いだったが……その時少し、気になった部分があってね」

 

「気になった部分…ですか?」

 

「あぁ、本当ならこの場にリヴァイ兵士長を同伴させたのだが、個人の話が絡みそうで今日は下がらせた」

 

 

 エルヴィン団長の目つきが、変わった。

 

 鋭かった青い瞳の上から、引き込まれるような爛々とした────ギラギラした色が出てくる。キレイだ。青い瞳、お兄さまと同じ色。

 

「……すまない、もう少し下がってくれ」

 

 気付けば私は、机に前のめりにして座る団長に近づいていた。いけません、アバズレアウラちゃんになってしまいました。これはお兄さまにお仕置きしてもらうしかないですね。肝心のお兄さまどこですか?

 

 

「エレンは駐屯兵団の者に、「地下室に鍵がある」と言っていたらしい」

 

 

 その鍵はウォールマリアが陥落し、トロスト区の避難所に弟たちが逃げた後。

 エレンが一眠りし、目を覚ませばいつの間にか持っていたものらしい。

 弟は父親とその間会った記憶はない。しかし一度彼の元に父親が訪れていたのではないか?と、団長は考えている。

 

 その際鍵の受け渡しがあったのなら、私が知らない間の出来事となる。

 

 

 私がユミルちゃんに見せてもらったのは、お父さまがレイス家と話し、殺す映像。

 

 そして場面は一転し、次に見えたのがエレンくんにお注射するお父さまだった。「進め」と息子に行ったお父さま。……落ち着いてください。今は当時のお父さまを思い出して、絶頂する状況ではありません。スミスがビビっちゃうだろ。

 

 思い返せば、お父さまにお注射されていた時のエレンくんの首元に、ヒモに繋がれた鍵があったような気がする。

 記憶が曖昧で申し訳ない。あの時の私の全ては、お父さまに注がれていましたから。

 

 

 お父さまがエレンくんに鍵を渡すシーンを、ユミルちゃんが私に見せなかったのは意図的なのかわからない。

 

 ただお父さまのご様子を見せていただきながら、彼女に文句を言うのはお門違いです。全ては私のせいだ、私が鍵を付けていた弟の変化に気づかないのが悪いんだ……。

 

 エレンくんも何度か会う機会があったのだから、お姉ちゃんに「お父さんにカギもらったの!」って教えてくれればよかったのに。反抗期かな?

 

 単純に伝え忘れ説と、伝える余裕がなかった説(何せ姉が久しぶりに会いにくるのですから)、伝える時間がなかった説の…全てが有効ですね。

 

「恐らくその地下室に人類の謎が隠されている。無論エレン・イェーガーが巨人化した謎含めてだ」

 

「人類の…謎」

 

「アウラ・イェーガー」

 

 

 

 ──────君は本当に父親から何も、聞いていないのかね?

 

 

 

 団長が立ち上がり、机に手をついて身体を前に傾けた。私も注意されて一歩下がっただけなので、距離が近い。

 

 青い瞳が、青い瞳。私をじっととらえて、キレイ。呼吸が変になってくる。何これ何これ?

 

 金髪もだめだ。光に当たってキラキラ輝いている。かっこいい、すき。お兄さま?お兄さまお兄さま、お兄さまだ、お兄さまがいらっしゃる、お兄さまが目の前にいるの?え、あ、うそ、どうしよ。

 

 

「違ッ…!だん、ちょ」

 

「君の過去が気に掛かり調べたが、訓練兵団に入る前精神疾患を理由に入院している。そのことについては知っていた。キース団長…いや、キース教官から個人的に伝えられた話だったからね。ゆえに精神に()があると、私は君のことを認識していた。無論あの人は大っぴらにしていなかったが、君のことを裏で気にかけていたことも知っている。幼い頃から君のことを知っていたそうだね。まぁこれが、話の本題ではない」

 

「……あ……ぁ」

 

「入院理由は確か、自宅で過去の記憶(トラウマ)を思い出したことが原因だった。四肢を拘束せねば自死行為に走る。食事も食べられなかったそうだね。それほど衰弱していた」

 

 手を握られた、どうしよ、お兄さまに手を握られちゃった、大きくてあったかくて、ゴツゴツしてる。私の手を簡単に包める、あっ(脳死)……………いっぱいしゅき。

 

 

「大事なのは、君が()()()()父親と話していた後、事が起こったということだ。エレンと地下牢で会い姉について聞いた際、彼が思い出した。弟が足を踏み入れることのできなかった場所に、君はいたのだ。本当に父親から聞いたのは、君の過去の出来事についてだったのか?以前行方不明になったイェーガー医師の件を君に話した時、反応が薄かったのも気にかかる。過去──即ち母親の件を聞き発狂していた幼き頃の君。本当に聞いたのは母親についてなのか?頼む、()に教え────」

 

 

 もう色々頭が限界だった。わかってる。お兄さまじゃないのはわかってる。でもお兄さまにしか見えない。お兄さまにしか感じられない。お兄さまがいないなんてそんなの嘘で、今目の前にお兄さまがいるのが本当なんだ。

 

 頭がショートし、涙腺が壊れる。「うぅー……」とガキみたいに泣き始めた私に、お兄さまも正気に戻ったようだった。

 

「…………あっ、いや、すまなッ…!」

 

 あたふたしているお兄さま。結婚しよ。

 

 

 その後、お兄さまはタイミングよく入ってきた兵長に、腹パンを食らって倒れた。

 

 兵長はどうやら妙な胸騒ぎがし、お兄さまが私と二人だけというのを、ここに連れてきた兵士を絞めて聞き出したらしい。お兄さまセコムか貴様。

 

 地面に座り込み、ガチ泣きしている女性とその側で本気で焦っている男、事案ですね。しかも密室で二人きり、いったいナニが起こったんですかねぇ…何も起こってないんですけど。

 

「オイ、大丈夫か。エルヴィンに何をされた。どうにも嘘泣きじゃねェみてぇだし…」

 

「ゲホッ………容赦がないな、リヴァイ」

 

「お前は黙ってろ、何があったかで今後お前への見方が変わるからな」

 

 ハンジ(クソ眼鏡)と同じ「変態」の称号が団長に付くとかなんとか。

 

 ──えっ、エルヴィン団長?いや、私が話してたのはお兄さまで……あれ、違いますね?お兄さまは?お兄さま、お兄さま?お兄さまどこですか。

 

「………ゔぅ、う゛……」

 

「………本当にすまない、過去のことを思い出させたようなら悪かった」

 

「過去のこと?オレを追い出してこの女と話していた内容か?後で洗いざらい吐けよ」

 

「……こういう時、どうすればいいんだ、リヴァイ」

 

「…クソ眼鏡でも呼んでくるか?」

 

 泣いてる美女を慰める方法を知らないんでしょうか、この二人。童貞かよ、しっかりしてくれよ。実質調査兵団のツートップと言っていいヤツらだろ。

 

 

 

「ここにいるって兵士に聞いたよ!エルヴィン!!ちょっといいかい捕まえた二体の巨人のことで………………え?」

 

 

 大量の資料を抱えて、ノックもなしに部屋に入ってきたのはハンジ・ゾエ。

 あ、眼鏡が曇って目が見えなくなりましたね。

 気のせいでしょうか、部屋の温度もグッと下がりました。

 

「………二人とも、何を…いや、ナニをしていたんだい……?その子は私の大切な友人なんだが…」

 

「これは少し──「エルヴィンが悪い」…………」

 

 電光石火の速さで団長を指差した兵長。

 この中で一番怒ったら誰が怖いか、男二人はハッキリ知ってんだね。

 

「……そうか、わかったよエルヴィン。捕獲した巨人について話したかったのだけれど、予定を変更して彼女に何をしようとしていたのか、一から全て話してくれよ」

 

「いや、ハン」

 

「いいね?」

 

「………了解した」

 

 未だ床に座り込みガチ泣きしている私の腕を引っ張って、兵長がソファーに座らせてくれます。アウラちゃんの兵長への好感度が、妙に上がっているのは気のせいじゃないですね。

 

 これが世間で言うギャップ萌えなのか。絶対に捨て犬を見たら傘をその犬のために置いて、ずぶ濡れのまま帰っちゃうタイプだよ。

 要はイケメンか?ついでにハンカチも貸してくれた。驚異的に真っ白なんだが。

 

 それから私から一人分離れた場所に兵長が座り、前方ではハンジ分隊長の拷……尋問が始まった。

 

 

 不意に空を見たら、青かった。とても、キレイだ。




【主人公のタイプが金髪青眼と知った人たちの反応】

・ユミル
「は、クリスタじゃん(ブチ切れ)?アイツは私と結婚すんだよ」

・兵士ナー
金髪以降から話が聞こえていない。ついでに以前駐屯地で目が合ったと思っている。ただし彼女が見ていたのはエレン。
「やっぱり俺に気があるのか…」

・アニ
(過呼吸)

・ベルトット
「ア……アニ大丈夫かい!!?」

・兵士長(30代)
「オイオイオイオイ………よく考えろ、アイツは中年のオッサンだぞ…」

・アルミン
「えっ……僕じゃあお姉さんの好みにドストライクな感じ……!?」
ただしアニや団長と違って、恐らく勘違いされることはない人物。

・???
(砂いじりしながら、少し頬を膨らませている模様)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もぅマヂ無理。。 タヒのぉ。。

女型編執筆むずすぎて死にそう。。


 どうにか団長殿の女兵士へわいせつ行為を行おうとしたという誤解も解け、アウラ・イェーガーが号泣した理由は、過去のトラウマを思い出したゆえ──との形で収まった。

 

 

 エルヴィン・スミスは、壁内の誰よりも()()()()()()を追い求め、進み続けている男だ。

 

 長年の夢の中で現れた巨人に変化できる人間、即ちエレン・イェーガーの存在は彼に衝撃を与えた。そしてその少年が持っていた鍵。人類の秘密が隠されているとされる、イェーガー家の地下室。

 

 積年の夢が、今まさに叶おうとしている。そんな中地下室の謎を知っている可能性が浮上した、アウラ・イェーガー。

 

 冷静沈着な男が彼女に詰め寄ってしまったことは、仕方のないことだったのだろう。

 それほどまでにエルヴィンの悲願は重く、そして、罪深いものである。

 

 

 事情をあらかた聞いたハンジ・ゾエは、大きなため息を吐き頭を抑えた。

 

「地下室の一件を聞きたかったとしても、いつものあなたらしくない」

 

「……本当に申し訳なかった」

 

「全く気をつけてくれよ…ほらアウラ、私と一緒に行こう。立てるかい?」

 

 ハンジは手に持っていた縄を、床に置いた山積みの資料の上に置く。アウラの手を引っ張りおぶると、「よしよし」と赤子のようにあやした。しかし依然副分隊長殿はガチ泣き状態。困った、としか言いようがない。

 

 ちなみにハンジが持っていた縄は、巨人捕縛に使えるか吟味していたものだ。

 最悪団長はそれで天井から吊るされ、逆エビスミスになっていた。

 

「あ、リヴァイは資料を運んでくれ」

 

「ッチ、なんで俺が…」

 

「頼んだよ。じゃあ私はこれで失礼するね、エルヴィン」

 

 一人残されたエルヴィンは、椅子の背もたれに深く腰かけ、己の失態に天井を仰いだのだった。

 

 好奇心とは、猫をも殺す。

 

 それでもエルヴィン・スミスは、己が探究心に従い追い求め続けるのだろう。それによって人類が、一歩一歩と進んでいく。彼なしでは切り開けぬ世界が、そこにはある。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 そして、いよいよ兵法会議当日。

 

 この場では通常の法は適用されない。中心人物たるエレン・イェーガーは後ろ手で腕を固定され、背と腕の間に柱を通す形で拘束された。

 

 彼の目の前、中央の法壇に座するメガネをかけた老人が、ザックレー総統。右には憲兵団、左には調査兵団。その他エレンと関わる参考人が、聴衆の隅に複数名集められていた。

 

 ミカサやアルミンも招集されており、石像ミンの左隣にはアウラ・イェーガーの姿もあった。彼女の視線は真っ直ぐに弟へと向いており、緊張や焦りといった様子は窺えない。

 

(か、会話するチャンスだぞ、僕……!!)

 

 石像ミンは意を決して、初恋の人に話しかけようとした。しかしそれを遮るようにミカサが口を開く。

 

「お姉さんは、緊張していないんですか?エレンの生死が決定する場なのに…」

 

「エルヴィン団長は策があると言っていたし、大丈夫。こういった場でこそ、冷静に、堂々としなくちゃダメよ」

 

「……でも」

 

「エレンくんのこと心配してくれてありがとね、ミカサちゃん」

 

「………」

 

 ミカサは下を向いて黙り込み、アウラは再び視線を前へ向ける。女二人の間に挟まれている男がいるはずなのだが、空気ミンと化しているらしい。

 

 

 

 して、兵法会議が始まり、概ね内容はエルヴィンがアウラに話していた通りに進んでいく。

 

 

 憲兵団は、エレンを()()()()解剖したのち処分すべきだ、等と提案。

 

 対し調査兵団は、少年の巨人の力を活用し、ウォールマリアを奪還すると提案した。前者の内容と比べ、後者───エルヴィン・スミスの内容は至って簡潔である。

 

 ザックレーは調査兵団の提案に一つ質問をする。

 

 ウォールマリアを奪還すると言えども、今まで調査兵団がトロスト区からシガンシナ区へ向けて模索した経路は、トロスト区の門が大岩に塞がれたため通行不可となった。ゆえに出発することができない。

 

 エルヴィンはこれに、東のカラネス区より一から経路を模索していくことを提案した。

 

 それに対し、毒舌兵長曰く「豚ども」たちによる言い争いが勃発する。

 

 トロスト区が超大型巨人に襲われた以上、いつまた他の場所が襲われるかわからない。ウォールローゼの内門も壊される可能性があり、土地と権力を“内側”に持つ者たちは己が地位が落ちることを危ぶみ、「門を塞ぐべきだ」などと口論が生じてしまったのだ。

 

 

 その後どうにか話が軌道修正され、議論が続く。

 

 これまたエルヴィン・スミスの予想通り、憲兵がエレンが巨人化時に起こした、トロスト区防衛戦でのミカサ・アッカーマンへの攻撃。

 そして、少年が過去にミカサと共に起こした、強盗誘拐犯三名を刺殺した件が持ち出されることになる。

 

 

「ま、待ってくださいエレン……エレン・イェーガーは、トロスト区防衛戦の際、駐屯兵が放った榴弾から私やアルミンを守ってくれました!」

 

 ミカサが憲兵に異を唱えるが、憲兵団団長ナイル・ドークは彼女の発言を、個人的感情によるものだとする。

 

 その流れでミカサとエレンが義理の家族であったという関係性と、二人が起こした過去の事件へ移行した。

 

「三人も殺したんだってよ…信じられねぇ」

 

「しかも子供の頃だろ?やっぱり人間じゃない、バケモンだよエレン・イェーガーは…」

 

 壁内人類にとって巨人の脅威とは、圧倒的なものである。過去百年間負け続けてきた彼らは所詮、鳥籠の中のエサでしかない。トロスト区の一件で人類初の勝利を収めたが、その犠牲は多大なものであった。

 

「恐怖」とは人の心を容易く縛ってしまう。

 

 犯人たちによる少年と少女の身にあった非道な行いは恐怖の前で掠れ、忌まわしいものでも見るかのように、冷ややかな視線がエレンに注がれた。

 

 しかもそれは少年だけでなく、ミカサにもだ。「人殺し」と誰かが小さく呟き、無数の目が彼女に向かった。

 

 ミカサは唇を噛みしめ、一歩前に出て、エレンに向かう心ない言葉を呟く人間どもへ噛みつこうとする。

 そんな彼女の前を挟むようにして、立ちはだかった女。

 

「退いて、ください…お姉さん」

 

「冷静にしてって、言ったでしょ」

 

「無理です…!」

 

「えいっ」

 

 アウラは前を向いたまま後ろの少女の横腹を突っつき、不意打ちを食らわせる。咄嗟にミカサは声を抑えたが、この場にそぐわない声が出そうになったことに、前の女を睨め付ける。

 

 それを意に介さずアウラは挙手し、ザックレーから発言許可が出された。

 

 

「先ほどの憲兵団ナイル団長の発言をお借りします。現状、エレン・イェーガーとミカサ・アッカーマンに対し呟かれる言葉は、過分な“()()()()()”が含まれているように見受けられます」

 

「フム、確かにな」

 

「その上で、何故ミカサ・アッカーマンの“個人的感情”は指摘されたのにも関わらず、同じ聴衆側の“個人的感情”は指摘されていないのでしょうか。これについては発言した人物が、ナイル・ドーク団長である憲兵団側であることも踏まえさせていただきます」

 

「だそうだ、ナイル・ドーク」

 

 ザックレー総統の視線が、憲兵団団長に向く。

 

 

 ナイルは眉間に皺を寄せ、何食わぬ顔で毅然と佇立するアウラを見やり、「ぐぬ…」という顔をした。エルヴィン・スミスを意識し過ぎていたがゆえの、完全なる予想外の方向からのボディーブローである。

 

 先の発言がエレンの姉、アウラ・イェーガーということもあり、向こうの発言こそ私情が入っているように見受けられる。

 

 しかし状況的にそれをナイルが言えば、総統殿の心象が悪く映る可能性が高い。

 

 彼が思考している間に、ザックレーの「一同、一旦静粛に」という言葉が入り、場は静寂に包まれた。

 

「先のナイル・ドークの発言では、エレン・イェーガーの根本的な人間性を疑問とする内容があった。その他多くも巨人になることかできるエレン・イェーガーが、真に「人間か否か」判断に決めかねる意見がある」

 

 これについては腹違いの姉であり、()()()であるアウラ・イェーガーの証言が求められた。

 

 

 ここで一つ踏まえて起きたいのは、巨人化できるエレンの姉が初めの両兵団の提案の際のこと。

 

 憲兵団がエレン解体&処分の内容の中で、アウラの名が出てこなかった点についてだ。

 

 

 あくまでこの兵法会議は、『()()()()()()()()()()身柄をどちらに渡すか』を決めるものである。よって、エレンではない姉の処遇を出さなかったのだ。

 

 無論途中で「アウラ・イェーガーも巨人になれるのではないか?」と質問が上がれば、憲兵団側は用意しておいた“巨人化できる可能性がある人間”としてアウラを拘束する内容を述べるつもりだった。

 

 最初から極端な意訳として、「エレンも巨人なんだから、姉も巨人だろ?だから問答無用で姉弟そろって拘束だ!」などと話してしまえば、それこそ話の趣旨が異なる、とエルヴィンに指摘される可能性があった。

 

 ゆえにアウラ・イェーガーの件については、エレンの人間性の是非について彼女に話が回ってきた時、周囲が起こす反応を汲みながら出すつもりだったのである。

 

 今のところは女に向く畏怖の視線は少ない。

 それは単に長年心臓を捧げながら、()()()()()調査兵団に彼女が身を置いていたがゆえか。

 

 

 

「調査兵団第五班所属、副分隊長アウラ・イェーガーです。エレン・イェーガーとは異母兄弟の姉に当たります」

 

「まず聞くが、君はエレン・イェーガーが巨人化できることを知っていたのかね?」

 

「いえ、存じ上げませんでした。これについては、()()()()にして、()()()()()()()のかについても同様に」

 

「どのようにして得たのか──ということは、あくまで君は弟が元から巨人ではなく、人間であったと主張すると」

 

「わたくしは何らかの意図的要因が影響し、エレン・イェーガーが巨人になったのでは?と推測しています」

 

 これについては、同兵団の第四班分隊長、ハンジ・ゾエと共に考察したものであると彼女は語る。ハンジもそれに同意を示した。

 

 この裏で長時間にわたる地獄の巨人討論(バトル)があったのはお察しである。しかしこれで「アウラは頑張った!完!」とはならない。

 

 むしろここからが本番。近くで見れば、彼女の隈がひどいことがわかるだろう。野々村ばりの号泣からここずっと寝ていない。

 

 彼女も彼女なりに、エルヴィンに聞かされた以外で兵法会議で行われることを予想し、対策を練っていたのだ。

 

 

「…して、弟の「人間か否か」を材料とするための話として、わたくしは具体的に何を話せばよろしいのでしょうか」

 

「まぁ一つ、過去の話でよい。この場には些か合わないだろうがね」

 

「わかりました。ではエレン・イェーガー……弟が4歳の時、母が取り込んだ洗濯物の上で寝ておね───」

 

 

 瞬間「やめろぉぉぉ!!」と、部屋に響き渡った大声。

 

 驚き皆が声の元へ目を向ければ、そこには羞恥に顔を真っ赤にしたエレンがいるではないか。

 生温かい視線が少年に向き始めたのは気のせいではない。

 

 

「……失礼。話が途中で途切れてしまったので、別の話をしてもよろしいでしょうか」

 

「まぁいいだろう」

 

「では弟が3歳の時、馬糞を刺した棒で巨人を倒す遊びをしていた折、馬糞が取れ弟の顔に───」

 

「やめろって言ってんだろ姉さん!!!」

 

「失礼、また話が途中で途切れてしまいました」

 

「構わん、次は何だ」

 

「弟が先と同じ歳の時、外からこっそり持ち込み隠していた虫の卵が孵化し、家の中が───」

 

「もうやめてくれよぉ……!!」

 

 

 エレンは姉を睨み、今にも泣きそう…いや、泣いていた。

 

 当然だ。お偉い方が集まっている前で、己の恥ずかしい過去のエピソード。それを姉は真剣に話している。何人も笑いを堪えている者がおり、憲兵団でさえ一部微かに震えている。

 

 世界は残酷なんだ、エレンは何度目か思い出した。

 

 ピリついた雰囲気が一転、何ともぬるい温度で包まれる。その空気を作った張本人はどこ吹く風。

 

 

 エレンが「人間か否か」────そして彼の人間性を問う上で、これほどインパクトの強いものはなかろう。

 その強さにイェーガー姉弟の「過去話が何だというのだ」と考えていた者たちも、一気に毒気がぬかれた。むしろ力なく項垂れる少年が哀れでさえある。

 

 この時崩れた、エルヴィンがあらかじめ考えていた流れ。

 

 風向きが予想以上に、調査兵団側に変わった。

 

 

 

 この後に憲兵は、エレン・イェーガーの力が人類にとって脅威的であることに違いはない、とした。

 

 しかしエレンの人間性を強く感じた聴衆側は、“解剖・処分”という大凡人道を疑われる憲兵団の提案に否定的な考えが芽生え始め、調査兵団へ任せた方が──との流れに。

 

 だがエレンの脅威は確かにある。

 

 それについてはエルヴィンが、人類最強であるリヴァイ兵士長にエレンの“管理”を任せる旨を提案をした。

 

 兵長のバケモノぶりはトロスト区での活躍も去ることながら、民衆には広く知れ渡っている。エルヴィン以上にその名は、良くも悪くも有名だろう。

 

 

「ではエレン・イェーガーの管理をリヴァイに任せるとし、彼の身柄は調査兵団に()()委任する。ただし民衆の巨人の力を恐れる声は多い。成果次第でいつでも憲兵団にその身柄を渡す可能性があることを、重々理解しておくように」

 

「承知しました、ザックレー総統」

 

 エルヴィンは心臓に手を当て、答えた。

 

 

 

 リヴァイの暴力イベントは起こらず、これにて兵法会議は平和的に終了する。

 

 その後アウラはエルヴィンに、本来ならリヴァイが活躍する予定だったことを聞き、ひどく瞠目することになる。

 

「黙っていてすまなかった。だが都合上、この事は一部の者にしか話せなかったんだ」

 

「いえ、弟の身柄のためなら……でも、リヴァイ兵長のリンチ…」

 

「……す、すまない」

 

 アウラのトラウマをえぐった(とエルヴィンは思っている)件もあり、団長殿は距離感を測りあぐねているようだ。

 アウラはエルヴィンの謝罪も聞こえぬのか、ぼんやりと虚空を見つめる。

 

 

 弟にリヴァイの理不尽な暴力が襲う。人類最強が殴ったり、蹴ったり。それに弟は呻いて、血反吐を吐いて────。

 

 

(あれ、私もしかしてものすごく、余計なことしちゃった…?)

 

 

 

 

 

 害悪女はその夜、自分のベッドに入り、本当ならば見られたはずの弟がボコボコにされる姿に思いを馳せ、泣いた。

 

 エレン蹂躙イベントは、恥ずかしい過去をさらけ出し姉を内心ネチョネチョさせた時よりも、よっぽど()()()()姿が見られただろう。

 

「……死の」

 

 同室の変態が捕獲した巨人のためいない中、アウラは一人呟き、寝た。




【新入部員、到来…!?】

兵法会議後、エルヴィンは馬車に向かうダリス・ザックレーの後に続いた。その間本日の話を幾許か行う。

「今日は随分と、面白いものを見れたよ」

「…イェーガー姉弟の過去の件でしょうか」

「あぁ、過去の話をしろとは言ったが、まさかあの場で斯様なぶっ飛んだ話をするとは。もっと同情にでも訴えるような、愛と感動に満ちた話ならまだしも。だからこそ、話に乗ったんだがな」

「恐れ入ります」

「畏まる事はない。私が乗らずともアウラ・イェーガーが一手を出した時点で、流れは完全に調査兵団に向いていた」

ザックレーとしても、エルヴィンとしても想定外だった。誰も予想し得なかった斜め上の事を、アウラ・イェーガーはしてみせたのだ。

「一度個人的に話してみたいものだな、彼女と」

「総統がいち副分隊長にでしょうか?」

()のつまみが合いそうだと感じてね。もしかしたら…の、話だが」

馬車に乗り際、種類のわからぬ笑みを浮かべ、ザックレーはその場を後にした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愉悦使いアウスターと巨人の女

お気に入り評価、感想などいつもありがとナス!
いつも5000字目安に書いてるのに大幅にオーバーするのは何でですかね…?


 私アウラ・イェーガー。自分の行いのせいで、弟の愛しい姿を見られなかったクソ野郎です。死のうかな。

 

 まぁ、いつまでも鬱になっていては仕方ない。

 

 

 兵法会議は無事終わり、一ヶ月後に大規模な壁外遠征が行われることになった。そこには新兵も入れられる。つまり弟やミカサちゃん、ライナーくんやベルトルトくんも参加します。

 

 一応新兵たちは班に割り振られる。ですが今回は特例として作戦決行時、新兵は訓練兵時代のコンビネーションを考慮して、別個の特殊な班編成が成されるそう。

 

 ただでさえ入って早々慣れない仲間と組み、お互い足を引っ張らないようにするためだとか。なるべく生存率を高めるためですね。

 

 その上で新兵を保護・誘導・指示する形で作戦時の班は決められる。必ずしも私が同伴になった新兵と、「オレ()おま同じ」になれる保証がないというわけだ。

 

 

 ちなみに残念ながら、アニちゃんは憲兵団に入ったそう(血涙)

 大方始祖の巨人を調べやすいからでしょう。頑張ってください。探しても始祖はもうレイス家にありませんが。

 

 また、他にも新兵には104期生のトップ十名のうち、八人が入った。異例の数字である。

 

 アルミンくんも弟曰く頭脳優秀なそうで、十位の中に入っていると思っていた。しかし知力以外が足を引っ張り、入れず。

 ミカサちゃんに関しては堂々の一位。彼女はすでに今の私より強いと思う。

 

 二位はライナーくんで、三位がベルトルトくん。五位は我が弟、エレンきゅん。よく頑張りました。

 

 今度会ったらお姉ちゃんがいっぱい抱きしめて…いえ、ミカサちゃんに悪いので頭なでなでにします。NTRはいけないからね。

 

 

 六位は面識なし。七位は私を絶頂させてくれたマルコ・ボットくん。君のことは忘れません…。

 

 八位も面識なしで、九位は…………知らない子ですね。何か「私に憧れて云々…」という情報が入っていますが、知らない子ですね。

 キース教官が毎度のこと、問題訓練兵として挙げていましたが知りません。最後に行くぞ。

 

 ラスト十位は以前駐屯地に行った時見かけましたが、私以上にかわゆいクリスタ・レンズちゃん。

 

 初めて見た時私うっかり、恋してしまったかと思った。金髪に青い瞳、どことなくお母さまと似た雰囲気を感じさせる彼女。「私」の本能が彼女に反応した。理由はうまく説明できませんが、とりあえず出会ったら抱きしめてお持ち帰りしたいくらいには、動悸がドキドキしている。

 

 何故でしょう、お兄さまと似ているからでしょうか?不思議な子です。

 

 

 また、付け加えて気になった人物が一名。調査兵団に入ったクリスタ・レンズと仲が良いらしい、「ユミル」という女性。

 

 ユミル、ユミル。

 

 マーレではエルディア人の別称で、「ユミルの民」という表現が存在する。ユミル・フリッツの子孫である我々を指しているのだ。一般的に知られている呼び方と言えよう。

 

 だがこれが壁内になると、話は大きく変わる。

 

 パラディ島は自分たちを“エルディア人”とも、“ユミルの民”とも呼ばない。「我々」や「人類」など、壁内全体の人間を表す時に使う。

 

 つまり「ユミル」を端的に表現するものが存在しない。

 

 そも私の認識で“世界”を示すならば、マーレやパラディ島を含めた丸い球体──地球全てを表す。

 だが壁内の人々の“世界”は壁に囲まれた内側。その外側は()()だ。

 

 

 以上を踏まえ、「ユミル」という人物のことが気にかかっている。キース教官も上げることがなかった名前。彼女に特筆した得意な分野はない。しかし意図的に、力を抑えていた節があることを教官は見抜いていた。

 

 私が思い浮かべる少女の名前を持っている以上、「ユミル」とは必ず接触したい。

 

 クリスタの側にいたそばかすの女性で合っているならば、容姿はユミルちゃんには似ていない。だったらむしろクリスタ・レンズの方が似ている。

 

 どうも此度の新兵たちには、謎が多そうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 第五班にも新兵が入って来ました。ちなみにエレンくんはリヴァイ兵長預かり。団長に聞けば、弟の所在地は旧調査兵団本部で、リヴァイ班の者たちと生活しているそうです。

 

 ではそろそろ、イかれた副分隊長がいる第五班新兵をご紹介しましょう。

 

 

 ベルトルト・フーバーくんに。

 

「第五班に所属になりました。よ、よろしくお願いします…」

 

 ユミルくんです。

 

「よろしく頼むぜ、これから」

 

 

 分隊長に紹介され、ベルくんがおどおどしながら自己紹介する一方。

 

 ユミルくんの方は勇ましいですね。よっぽどベルくんより漢気があります。ゆえに「ちゃん」ではなく「くん」なんですね。胸は彼女の方が大きいからって、異論は認めない。

 

 自己紹介の流れで、そのまま班の訓練が始まった。

 

 

 まさかベルトルトくんも、私の班になるとは思っていなかったでしょう。トロスト区の一件があったため、向こうは気まずいに違いない。私は表面上、普通に接している。ベルトルトくんは私とあまり接触したくないようですね。当然か。

 

 対しユミルくんは私を避ける彼を見てニヤニヤしながら、「なんだぁ?副分隊長に惚れちまったのかよ、ベルトルさん」と話しかけていた。

 

 アウラちゃんレーダーではベルくんの想い人は、恐らくアニちゃんだと言っている。彼女を見る時の目がなんていうんですかね、「好き」って言ってんだよな。

 

「ち、違うよユミル!僕には……あっ」

 

「ホォー…「()()()」……なんだよ?」

 

「何でもない…!!」

 

 ちょっとイチャイチャしないでもらえますかね?今訓練中なんですよ?私もベルトルトくんの様子に内心ニチャア…していますが、アウラちゃんは内と外を分けられる子。身体はきちんと訓練しています。

 

 指摘したら「すみませんね、副分隊長さん」とユミルくん。ベルくんも少し遅れて後に続いた。

 

 

 すれ違いざま一瞬、ユミルくんと目が合う。

 こちらを詮索するような、そんな色が窺えた。

 

 ベルトルトをからかっていた一面から見ても、彼女には享楽的な一面があるようだ。“今”を楽しんでいる。私と似通う部分があるのかもしれない。ただ私はその場その場の快楽ではなく、いずれ訪れる最高の「今」のために、鬱屈とした日々を積み上げている。

 

 彼女は私だけではなく、その他周囲の内面を探っている。まるで用心深い動物のようだ。

 どうかあまり私に近づかないで欲しいですね。

 

「私」という存在を理解しようとしても、理解できないでしょうから。

 

 

 

 

 

 そしてその日寮に帰った夜。

 寝ていた最中、部屋の扉が勢いよく開けられた。髪が乱れ隈の恐ろしいバケモノが、私を巻き添いにしてベッドの上に乗ってくる。こ、これが夜這い…?

 

 

「アウラ聞いてよアウラ!ようやく二体の巨人に付ける名前を考えたんだ!!ぜひ最初に君に聞いて欲しくて───ブハッ」

 

 

 問答無用で変態を蹴り出し寝た。こちとら今度の大規模壁外調査を予定した訓練で、忙しいんですよ毎日。

 

 しかし懲りずにまた部屋に入って来た彼女。

 

 相手に聞こえるようわざと盛大にため息を吐き、私は仕方なく「ソニー」と「ビーン」という素晴らしい名前を聞いた。

 命名式に来るよう招待されましたが、丁重にそれを断って、シャワーを浴びてから寝るよう言う。

 

「あなたはもうちょっと、女性であることを意識した方がいいですよ」

 

「え?リヴァイにもこの間同じこと言われたけど……あ、あとモブリットとエルヴィンとミケにもかな。あとは…」

 

「おやすみなさいハンジ」

 

 でないとあなたを物理的に、「おやすみ」にしないといけなくなる。

 

 

 

 しかし私はこの時、知らなかったのです。

 

 この後二体の巨人が、何者か────それも兵士によって殺されてしまうことを。

 

 

 

 犯人不明の中、調べられた立体機動装置。ですが犯人は見つからず。恐らく戦士の誰かであるとは想像がつきますがね。

 

 不穏な空気が調査兵団内に立ち込める中、私は地獄を見ることになる。その日はちょうど、二体の巨人が暗殺された日───突然の立体機動装置の調べが始まる前のことだった。

 

 私の元に訪れたのは、同じ副分隊長である第四班のモブリット・バーナー。

 

 そして彼ともう一人の兵士に引っ張られ私の前に連れて来られたのは、第四班分隊長。号泣である。以前エルヴィン団長の前で泣いた私より号泣である。純粋に引いた。この私を引かせる人材が、サシャ・ブラウス(お肉少女)以外にいるという事実が恐ろしい。

 

「あ、あの……アウラ副分隊長、分隊長のことをお願いできないでしょうか…」

 

 曰くどんなに手を尽くしても、愛しのソニーとビーンが死んだショックで、泣き止まないのだと。

 

 頭を悩ませていた折、モブリットたちは私と巨人バトルをした後のハンジが、普段以上に上機嫌だったことを思い出し、ヘルプを申し込んできたらしい。

 

 

「う〜〜うぅぅ…あんまりだ……HEEEEYYYY…あァァァんまりだァァァァ!!!私のォォォォォソニーとビーンがァァァァァ〜〜〜!!」

 

 お前のソニーとビーンじゃないだろ。

 

 

「ずっとこんな感じなんです、お願いします……これじゃあ次の仕事もできなくて…。第五班の分隊長には既にお願いして、副分隊長をお借りするよう許可を取ってあるので──」

 

「……え?」

 

 え、何を勝手に許可を取っているんですか、モブリット・バーナー?我輩の人権は?ついでにハンジ・ゾエを押し付けて、逃げ腰はやめてもらっていいですか?

 

「分隊長…ハンジ分隊長!アウラ副分隊長がじっくり話を聞いてくださるそうですよ!!」

 

「ふぇぇ…?」

 

「よかったですね!早く元の精神状態に戻ってください!!」

 

「あ、アウラァァ……」

 

 もしかしなくとも、第四班の中で私は彼女のお守りとして認識されているのだろうか。

 そりゃあこれまで散々彼女の巨人討論に付き合わされてご機嫌を取ってきたが、だからってこっちの方が「あんまりだァ」なんですが。

 

「…ハァ、わかりましたよ」

 

「……!あ、ありがとうございます!アウラ副分隊長…!!」

 

 それから私は三日間、楽しい楽しい巨人トークをハンジ・ゾエとしましたとさ。

 

 

(全くめでたしじゃ)ないです。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 大規模壁外調査まで刻々と時が迫ってきた。

 

 アウラは演習後、夕方が近づく気配を感じながら、愛馬を牧草地から厩舎へ連れ戻していた。馬については基本的に、個人に当てられた馬がいる。世話は兵団内で分担作業。だが中には自分で自身の馬を世話をする者もいる。アウラは後者だ。というより馬が彼女以外に懐いていないため、他が世話をできない。

 

 主人を振り落とす勢いで暴れる白馬は、相変わらず元気である。

 

 

「君には何が見える、ねぇ…」

 

 

 手綱を引きながら歩くアウラ。パカパカと足音が響く。

 

 脳裏によぎるのは、地獄の三日間。その途中立体機動装置の検査があったが、ほぼずっとハンジと語っていた。

 

 二日目の夜辺りから記憶がなく、三日目が過ぎた翌朝。とうとうハンジもバテ、仲良くおやすみコースに入ったのである。起きて本調子に戻った分隊長殿は、それはそれはツヤツヤしていた。

 

 モブリット含む四班から神様扱いされたが、アウラは本気で検査された己がブレードを、血で染め上げようかと思った次第。それでも天使スマイルを浮かべた彼女はよく耐えた。

 

 そして、四班に崇められながらその日の訓練に向かおうとした手前。妙に距離を置かれながら、現れたエルヴィンに意味深なワードを呟かれたのである。

 

 君には何が見える?────と。

 

 

「それは、分け目の話でしょうか」と、冗談抜きに彼女は思った。疲れていたのだ。

 

 だがそんなことを呟けば、キース・シャーディスの()を知る団長を傷つけてしまうに違いない。いや、そもそもエルヴィンの分け目は団長になる前から怪しかった。

 

 というか、わざわざ彼女とエルヴィンしかいない状況を狙って現れたのが、分け目の話をするためであろうか。

 

 アウラは脳内のお花畑で走り回る巨人を駆りながら、奥底の冷静な思考回路を引っ張り出す。

 

(あぁ、ソニーとビーンか)

 

 結局また巨人案件。死んだ目の彼女の事情を知っていたエルヴィンも、憐れんだ目を向けていた。

 

 彼女は団長の問いに対し、「巨人のうなじを狙う我々が、()()()()()()に気をつけないといけませんね」と、笑顔で返した。

 

 

 自分のうなじ、即ち“後ろに気をつけろ”。

 

 彼女たちの後ろにいるのは、同じ同胞たる調査兵団の仲間である。もっと言えば兵士、であろう。

 

 

 それだけで十分だったのか、エルヴィンは口角を上げた。

 敵は巨人二体を倒し、監視の目をかい潜って逃亡した。計画的なものである。また立体機動装置の調査を切り抜ける狡猾さを持つ。

 

 大規模な壁外調査。エルヴィンの「敵」を示唆する発言。アウラの中で点がつながっていく。結果を残さねばならないエレンならともかく、新兵まで壁外調査に出すことに疑問を感じていた。だが新兵をわざわざ出す理由があるとしたら?

 

 ウォールマリア陥落が起こったのが5年前。少なくとも“敵”はその時期から存在し始めたのだと推測できる。

 

 よってそれ以前から調査兵団にいる者の中に、“敵”はいないと考えられる。“敵”が調査兵団に潜り込むのはそれ以降に入団した人間。

 

 さらにこれに、トロスト区襲撃の際第104期生がいた現場で出現したことを踏まえ、巨人になれる人間が此度の新兵に紛れ込んでいる可能性が高い──と、判断できる。

 

 

 つまり大規模壁外調査は、鬼さんどちら(犯人探し)

 

 

 せっかく入った優秀な新兵たちが死ぬ可能性があるというのに、冷酷な判断を団長は取る。

 だがキースには足りなかった“非人間”になれるエルヴィン・スミスのその部分が、アウラは気に入っていた。

 

 何せその判断の中では、簡単に仲間や、住人を切り捨ててしまうことができるのだから。その中にアウラも、エルヴィンも入る。

 

 全ての犠牲は、人類への一歩。

 

「犯人を捕まえる作戦はもうできているのですか、エルヴィン団長」

 

「概ねは、だ。ウォールマリア陥落の際は「超大型」の出現の後、鎧の巨人がシガンシナ区の内門を破った。トロスト区の壁も一度は破られたが、しかし今回は内門が破られなかった。この差異には、大きな意味がある」

 

「……エレンくん」

 

「敵にも想定し得ない出現であったのは間違いない。そして次に起こるとすれば、エレンの奪取だ」

 

 そこを狙い、巨人を操作する人間を捕まえる。やはりエルヴィン・スミスという男は恐ろしい。いずれ彼女の本質さえ見抜かれてしまいそうだ。

 

 まぁ見抜かれたで、彼女はそれを利用し、新たな悦に浸るだろう。

 そういう女だ、アウラ・イェーガーは。

 

「それで、わたしは具体的に何をすればよいのでしょうか」

 

「特にはない。捕獲についてはハンジ主体で進めるからな。君には索敵を任せることになるだろう」

 

「そう…ですか。何か力になれることがあれば、いつでも仰ってください」

 

「了解した。人類のために、共に戦おう」

 

「……人類、ですか」

 

「何か不満があったかな?…いや、君の心情としては人類ではなく、弟に、という感情の方が強いか」

 

「えぇ…かわいい弟が、どこぞの馬の骨に拉致されるのは勘弁被りたいですから」

 

「かわいい……か?」

 

「かわいいですよ?」

 

 地下牢で団長と兵士長に向かい、鋭い眼光と共に笑っていたエレン。

 彼が二人に向けた言葉は「とにかく巨人をぶっ殺したい」

 かわいいではなく、その姿は正しく狂気。凶器、と言ってもよい。鞘もなく、刃物そのままの形で握ろうとすれば、当然その手は深く傷つく。

 だが、それはあくまでエルヴィンの意見だ。エレン・イェーガーと暮らしていた姉だからこそ、抱く感情。

 

「まぁ、()はまだ死ぬわけには行きませんので、弟を悲しませることはないですよ」

 

 エルヴィンの横を通ったアウラは不意に、彼に声をかける。

 

「団長、キレイですよ」

 

「ん?」

 

 彼女が指差した場所には青い空が広がっている。ゆったりと流れる白い雲。空は天国、地上は地獄。

 

 

「届かないんですよね、不思議」

 

 

 そう言い微笑んだ彼女は、いつも皆に向ける笑顔ではない。人を蜜柑に置き換えて、その皮を剥き、それを裏返しにして中身に着付けたような、そんな歪さがあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贋作と本物

おっまたー!(激寒)
別の趣味にうつつ抜かしたり、あ、頭が痛い、吐き気もだ……してたら投稿遅くなりました。ギルティ…。
女型のところウンウン唸りながらどうにか乗り越えたんで、後は地ならしするだけやね(違う)


 厩舎に帰り、愛馬の世話を一通り終えたアウラ。

 

 他に厩舎で作業していた兵士に挨拶してから、建物を出る。後はシャワーを浴び、食事を取って就寝と行きたい。

 

 文化の違いか、洗身の習慣が壁内にはあまりない。体臭そのものをそこまで気にしていないのだ。ゆえに朝夜マメに入っている彼女は珍しい部類。一応石鹸に近しい洗浄剤は存在する。

 

 無論彼女はヒィズル国にある風呂に入ったことはない。一度全身を湯に浸からす快感を味わってしまえば、アウラも即堕ち二コマするだろう。

 

「ん?」

 

 厩舎から出て間もなく、というか数秒。彼女は馬と見つめあっている同班の人間を発見した。

 その長身の身体を折り曲げ、膝を抱えながら猫背にして、馬の顔を見上げている少年。彼女が声をかければ、少年の肩が跳ねる。

 

「やぁ、ベルトルトくん」

 

「…アウラ副分隊長」

 

「そう畏まらずとも、アウラちゃんでいいよ?」

 

「……イェーガーさん」

 

 フレンドリーに彼女が行くほど、お互いの心理的な距離が遠ざかっていく。

 どうやら彼は五班の分隊長に彼女の居場所を聞き、律儀に数時間ここで待っていたようである。

 

 告白か?アウラ(ボブ)は訝しんだ。伊達にお姉ちゃん属性で、年下に告白されてきた女ではない。全てもっともな理由をつけて断ってきたが。

 

「そうね…じゃあ少し場所を変えましょうか。その間に心の準備をしておくね、わたし」

 

「……別に僕はあなたに告白するわけじゃないですよ?」

 

「違うの?」

 

「違いますよ……?」

 

 まぁ冗談はさておき、とアウラは人のいない森に入り込み、手頃な切り株に座る。

 ベルトルトもまた、木に寄りかかるように座った。

 

「それで、恋のお悩み相談みたいだけれど、お相手は誰かしら?」

 

「だから、そういう話を僕はしに来たんじゃ…」

 

「え、君はアニ・レオンハートが好きなんでしょう?」

 

「……へ、え、いや、────え!?」

 

「あぁ、やっぱり好きだったのね、アニちゃんのこと」

 

「………」

 

 少年は顔を膝に埋め、深くため息を吐く。

 

「僕はあなたにエレンの…弟のことをどう思っているか、聞こうと思ってきたんだ」

 

 兄、ジーク・イェーガーに執着を見せていたアウラ。

 なれば異母兄弟だと聞く弟は、彼女にとってどのような存在なのか。

 

 

 戦士たちの中で、エレンが「進撃」の可能性が高いと考えている現在。

 

 だがそれはアウラ・イェーガーの話を信じれば成り立つ可能性。それが嘘であれば、たちまちエレンが「進撃」ではなく「始祖」の可能性が出てくる。

 

 どの情報を信じるか、それを決めるのは戦士たち。仮に戦士長の妹であっても、彼女が兄のためなら何でも出来る──と言い張っても、100%の信頼には至らない。

 

「エレンくんのことは大好きよ」

 

「…僕らは僕らの“目的”のために、あなたの弟を捕まえなければならない」

 

「うん」

 

「……だから」

 

「だから?」

 

 スッと、細まった白銅色の瞳。感情の読み取れぬ女ののっぺりとした表情が、ベルトルトには異質に見えた。

 

「良心の呵責に君は今、苛まれているとでもいうの?」

 

「………」

 

「わたしに同情はしないのでしょう?ならば()()しか、方法はないんじゃないのかしら?」

 

「その過程で弟を失っても、あなたは構わないのか」

 

「構わなくなんて、ない。エレンくんが巨人じゃなければ、巻き込まれなかったのだから」

 

 全ては父グリシャから託された運命だ。

 

 

「ひどい父親だな…」

 

「お父さまを愚弄しないで。チョン切るわよ」

 

「ごめ───僕の(ナニ)をいったいどうする気なんだ、あなた……!?」

 

「斬るのは上手いから安心して」

 

「ハァ……………でも、やっぱりあなたたちの運命を揺るがしているのは、父親だよ」

 

「随分感情的になっているのね。ベルトルトくんは何か、父親に恨みでもあるの?」

 

「………」

 

「沈黙は肯定よ。詮索はしないけれどね。お父さまは何も悪くないわ」

 

「……悪いのはまた自分だって、言うのか?」

 

「えぇ、「私」が悪いわよ」

 

 

 そうだ。本当に全て、アウラが悪い。

 

「進撃」の巨人の“進む”という不思議な在り方はともかく。

 

 母親を、父親を、義理の母を、弟を、心の底から好いて、その上で苦しめる異常者。

 

 トチ狂ったその本性を理解できるものなど、この世にいようか。ましてや彼女はそんな人の不幸が、悲劇がなければ生きていけぬ。

 

 本人も己が死ぬべきだと理解していて尚、再び兄と会い見(愛交)えることを望んでいる。

 そうして彼女に愛されてしまった一番の被害者が、ジークだ。

 

 だが彼女の心中を理解することのできぬベルトルトは、思い違いする。

 

 女の言葉が()()()()()であるからこそ、外側に信憑性が生まれ、中身まで信じてしまう。「砂糖です」と謳っておきながら、実際は塩であるかのように。巧妙に騙す。

 

 いや、アウラならば薬物(白い粉)か。

 

 

「人間は複数を好きになってしまうもの。けれど器用に、その全てを同時に愛することは難しい。そんな時、人は必ず一番大事なものを選ぶ。わたしにとって一番は兄さんなの。エレンくんじゃない」

 

「……エレンが可哀想だ。姉のことを、誇らしげに語っていたのに」

 

「そのエレンくんを捕まえようとしている人間が、何を言っているのよ」

 

「………」

 

「巨人二体を殺したのも、君たちのいずれかの仕業なんでしょう?おかげでわたしはハンジ・ゾエの贄にされたんだから」

 

「…だから前に数日間姿を見かけなかったのか」

 

「えぇ、そうよ。それにしてもらしくないわ。いつも以上にジメジメしてて暗い…不安なのね」

 

「不安?」

 

「君がこうして避けていたわたしに近づいたのは、エレンくんのことをどう思っているのか、わたしに聞くためだったの?本当は別の意図がある、違う?」

 

「………」

 

「次の大規模壁外調査。そこに何か()があるかもしれないと思い、君は不安なんだ。それでも中止にしない… ───いえ、()()()()()()()?」

 

 エレンは現在、リヴァイ班と共に旧調査兵団本部で過ごしている。他の班とは隔離された状態にあるため、戦士も狙うことができない。否、そもその情報は、ごくわずかの人間にしか知らされていない。

 

 するとチャンスがあるのはエレンが外へ出る時。例えば、壁外調査に出た時などに限られる。

 

 ベルトルトやライナーが調査兵団に残ったのは、まず間違いなくエレンの監視。対しアニは憲兵団に入り、王政へ潜り込みやすい立ち位置となった。

 

 大規模壁外調査が行われることを聞いた後、戦士たちはエレン捕獲を計画したのだろう。

 

 

「…少なくともエレンで、人間が巨人になることは明らかとなった。超大型や鎧の巨人が怪しまれるのも当然だろう」

 

「ついでに二体の巨人の殺害。人類の“敵”がいると考えられる」

 

「何かずっと引っかかってはいたんだ。人が足りないから新兵も駆り出されるんだと思っていたけれど、状況が状況だ」

 

「君の様子だと、気づいたのはつい最近みたいね」

 

「……だから、計画を中止にできない。大規模遠征はすぐなのに…」

 

「はぁ、なるほど」

 

 どうやらエレン捕獲の実行犯は男二人ではなく、アニのようだ。確かに調査兵団の二人は動きにくいが、憲兵団の彼女なら何か理由をつけて休み、壁外調査中の調査兵団を襲うこともできよう。

 

 そして裏にあるエルヴィン・スミスの計画に勘づいたベルトルトであるが、内地にいる彼女に伝える時間がない、ということで焦っている様子。

 

 ほぼここずっと訓練漬けだ。休みを取る暇もない。

 

 ベルトルトの真の意図。

 それは次の壁外調査で密かに行われる計画の全貌を、アウラから聞き出すことにある。

 

 

「あなたは知っているのか、エルヴィン・スミスの意図を」

 

「恐らくは知性巨人の討伐、あるいは……」

 

「捕獲だ」

 

「アニちゃんが心配?わたしに話したのなら、このことをライナーくんも知っているのね?」

 

「……ライナーは、知らない」

 

「え?」

 

「…彼は今、()()じゃないから」

 

「………?」

 

「リスクがあるから、誰にも話せていないんだ」

 

「じゃあ第一相談相手がわたしなの…?」

 

「あぁ」

 

「君…しょ、正気……?」

 

「正気じゃないよ、とっくの昔から僕は」

 

 アウラは戸惑った。ライナーの「戦士ではない」という意味は恐らく以前マルコ・ボットを殺しておきながら、なぜ死んでいるのか理解できていなかった様子を踏まえ、精神に異常を来しているのだろうと推測できる。

 だからといって、何故彼女なのだ。

 

「アニなら成功できる()()だ。でも何が起こるかわからない」

 

「……弟の誘拐に加担しろってこと?わたしに?冗談でしょ」

 

「冗談じゃない。それに万が一の時、手助けしてくれるだけでいい」

 

「その手助けの内容は状況に応じて変わるだろうし、難しいでしょう。それにリスクが大きすぎるわ。わたしがもし敵側だと認識されたら…」

 

「そうなったらエレンを連れて行くついでに、あなたも連れて行くよ」

 

「………言っていることが、前と全く違うわよ」

 

「僕一人で、どうにかできる問題じゃないんだ。仮にあなたがアニを──戦士(僕ら)を救った事実ができれば、十分マーレに連れて行く理由ができる」

 

「……って、言われても…そう簡単にいかないと思うけれど」

 

「いや、可能性はある。全ての元凶を父親にしてしまえばいい」

 

 

「楽園送り」になったのは当然のこと。

 

 母親が死んだことを、それでアウラが精神を病んだことを、壁内で悪魔の民と共に生きることになったことを、兵士になったことを、“使命”がエレンに託されたことを、そして大好きな兄と別れることになったことを──────。

 

 全ては“復権派”の父に、利用され続けていたのだと。

 道具として、「知識」を与えられ、生きてきたアウラ・イェーガー。

 そんな父を娘は恨んでいた。

 だから彼女は戦士に手を貸し、壁内を裏切った。

 

「………でも、わたし」

 

「エレンも最初は抵抗するだろう。けれど君の父親の“罪”を告げ洗脳すれば、きっと僕らの味方になる」

 

「エレンくんはきっと無理よ」

 

「そうしたらあなたも説得すればいい。上手くいけば兄に会え、弟とも共に過ごすことができる」

 

「………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 強欲になれ。それが人間だ。

 

 

 真っ直ぐにベルトルトは、白銅色の瞳を見つめ、囁いた。誑かした。

 

 表情は繕っているが、彼の背中は汗でじっとりとしている。

 

 恐らくエレンを連れ帰ったところで、間違いなく戦士候補生に食われるだろう。あの操縦不可駆逐野郎の姿を、訓練時代を三年間共に過ごしたベルトルトはよく理解している。無論姉ならば、彼よりもよっぽど弟のことを理解しているに違いない。

 

 だが「もしかしたら」の可能性を、アウラはきっと捨てきれない。最低でも愛する兄に会える上、弟を生かすことができるのだから。断る理由がないはずだ。

 

 アニが捕まる可能性を前に、ベルトルトは追い込まれている。

 

 肝心のライナーがマルコの一件以来、精神が“兵士”と“戦士”の間で不安定になり、頼れるアテがない現状。

 

 ベルトルトたちが戦士であることを知っており、彼らに「兄のためなら何でもする」と言ったアウラ。彼女には副分隊長という順位で見れば、団長、兵長≠分隊長に次いだ地位がある。長年積んだ実績と、その信頼も然り。

 

 利用するしかないと、少年は思い至ったのだ。

 

 

「……わかった。協力する。ただし100%は絶対に無理だと思って」

 

「それはわかってるよ。少しでもアニの危険を減らせるなら…」

 

「本当に……好きなのね」

 

「………」

 

「別に戦士としての在り方以上に、アニちゃんを優先していることを、咎めているわけじゃないわ。わたしも兄さんのためなら命を捨てられるもの」

 

「恋」を前にした時、人の思考回路は焼き切れる。正常な判断を失う。時には恋の奴隷となり、その身を焦がし、燃やすのだ。

 

 愚かしくて、馬鹿げた生き方。しかしその生き方から人間は逃れられない。人間である以上、あるいは人間としての形を失ったとしても。

 

「それと…やっぱりね、お父さまのせいにはできないわ」

 

「じゃあ、どうするんだい」

 

「お兄さまに会えれば私はそれでいいから、捕らえてエレンくんを脅す材料にしたらいいんじゃないかしら」

 

「…え」

 

「ベルトルトくん、君はわかってないのよ、「私」という人間を」

 

 

 アウラ・イェーガーはお兄さまを愛している。

 

 そして誰よりも()()()()()()()()、自殺志願者。

 

 

 白銅色の瞳が、赤みがかった夕日を視界に入れる。血と、白濁が混ざり合ったような、歪な色が渦巻いた。

 それを見た少年の喉が、ゴクリと、音を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 辺りも暗くなってきた夕方。

 ベルトルトと別れたアウラの前に現れたのは、そばかすの女性。ニヤニヤと、やらしい笑みを浮かべている。

 

「ベルトルさんと森の中へ入る姿を偶々見かけたんだが…ナニしてたんだよ、副分隊長さん」

 

「何っていうか…べ、ベルトルトくんに申し訳ないから、言いませんよっ!」

 

 少し頬を膨らまし、そっぽを向くアウラ。ユミルの人間性を理解し、意図的に彼女が好きそうな、からかいがいのある人間を演じる。

 

「まぁ、後で何があったかはベルトルさんに聞くさ。「違う」とか言いながら、ちゃっかり手を付けようとしてんだもんなぁ」

 

「…オフの時はいいですけど、訓練の時はふざけないようにしてくださいね、ユミルくん」

 

「へいへい、わかってますよ。ところでさ」

 

「はい?」

 

 立ち止まったユミルは、上がっていた口角を下げ、アウラの顔を見つめた。

 

 

「あんた、誰かに似てるとか言われねぇ?」

 

「似てるって……エレンくんに、ってこと?」

 

「弟は違ぇよ。つーかあんたとエレンじゃ髪の色しか似てないだろ」

 

「失礼な…じゃあユミルくんは、私が誰に似てると思うの?」

 

「えーっと……クリスタって知ってるか?」

 

「知っているわ。上位成績十位の子よね」

 

「そうそう、私ソイツと仲良いんだけどさ、あんたに似てるんだよ。それが気になってんだ」

 

 髪の長さは、アウラの方がクリスタより長い。髪や、瞳の色も異なる。

 だが髪の質感や瞳の作りなど、些細な部分で不意に、「似ている」とユミルは感じるようだ。

 

「うーん…わたしにはわからないわね。よく似た人間は世界に三人いるって言うし、わたしとクリスタちゃんもそれなんじゃないかしら」

 

「でもよぉ、あんた見て愛しのクリスタを思い浮かべちまう、私の気持ちもわかってくれよ」

 

「愛しのクリスタ?」

 

「別の班になっちまって、今にもアイツを抱きしめやりたいけどできない」

 

「愛しの……」

 

「ハァー、早く二人で式を挙げたいぜ」

 

「………仲がいいのね」

 

 アウラは思考を放棄した。先ほどのベルトルトといい、次から次へと爆弾が降る。

 

 

「まぁわからねぇならいいや。クリスタも、あんたのことは知らない、って言ってたしよ」

 

「…そう。わたしもクリスタちゃんとは、話したことはないわね」

 

「あと最後にいいか?」

 

「うん?」

 

「何で私だけ「くん」なんだよ」

 

 ユミル的にずっと不満に思っていたことらしい。いくら男前とは言っても、ユミルは女だ。

 アウラを観察していれば、彼女が年下の新兵などには「くん」や「ちゃん」を使っていることが窺える。

 男に使う「くん」をユミルに付ける。それが少々…いや、かなり腑に落ちない。

 

「それとあんた、何か隠してんだろ。弟が巨人になって、相当気が滅入っているようには見える。だが何かさ、()()()()()んだよ。いつも兵士に微笑んで、同時に厳しく接している姿もだ。そこに亀裂を入れれば、簡単に剥がせちまいそうな皮みてぇな気がしてならない」

 

「……わたしは別に…」

 

「本当はエレンが巨人になった理由も、知ってんじゃねぇの?大方人類にはデカすぎる秘密だから、隠さざるを得ないとかさ」

 

「兵法会議でも話したけれど、わたしはエレン・イェーガーについて詳しい情報は知らない」

 

「鍵は父親が残した“地下室”だっけか?入ったことねぇのかよ」

 

「エレンくんが入らせてもらえなかった場所に、わたしが入れてもらえたと思うの?」

 

 馬鹿馬鹿しい、とアウラは首を振る。

 疲れたように眉間に手を当て、深く息を吐いた。

 

 

「これ以上話していても仕方ないでしょう」

 

「本当に何も知らねぇのか、あんた」

 

「隠す理由がないし、わたしは「兵士」よ。人類のために心臓を捧げている身。有益な情報を持っているなら話すわ」

 

「……そうか。なんか悪いな、いきなり話しかけちまって」

 

「気にしていないわ、ユミルくん。…そうだ、偶には一緒にご飯でも食べる?班内での友好も含めて」

 

「いや、いい。私は愛しのクリスタと食うからよ」

 

「そ、そう…」

 

「っていうか結局「くん」呼びかよ、私のこと」

 

 呆れた顔でアウラを見つめるユミル。

 彼女は肩を竦ませ、大股気味に先を歩いて行った。

 

 

 

「「ユミルちゃん」はね、私の中ではただ一人だけなの」

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 ───そう、呟かれた言葉。

 

 立ち止まったユミルの額から、ドッと、冷や汗が流れた。心臓が縮んだり緩んだり、ひっきりなしに動く。吐いた息は荒く、自分の異変を悟らせないよう、彼女はから笑いを零した。振り向くことはできない。

 

「あんたの知り合いに「ユミルちゃん」ってやつがいるのか」

 

「知り合いでは…ないかな」

 

「じゃあ友だちか?家族か?それとも恋人か?」

 

「よくは、わからないの」

 

「……そうかよ」

 

 そのままユミルは気持ち悪さを堪えながら、自然に歩き、それでも内心逃げるようにその場を去った。




今更感ですが、主人公のイメージをPicrewの【달조각 공장】メーカー様からお借りして作りました。イメージの参考にしたい方のみドゾ。
※使用時のルール等をきちんと把握した上で、画像を使用させていただいております。


・通常時
【挿絵表示】


・メス堕ち/絶頂ver
【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不可解な腹綿

色々直しに直して頭痛くなった回です…ぴえん。
最近進撃アニメが間近に迫ってきたからか、小説増えててうれ、うれじい……
そして毎度検索する度に自分でつけたヒロインタグに「ん?」となっている。


 私アウラちゃん、モテ期なの。

 

 スミスには、知性巨人が出たら足止めしろ。つまり「君は私のものだろ?」───だからあくせく働けやこのメス豚が、とお願い(告白)され。

 

 ベルトルトくんには、万が一の時アニを助けて欲しい。つまり「浮気相手だけど愛している」───だから兄や弟を引き目に出し脅すようなことをしてごめんね、けど全てはアニ…いや、君のためなんだ、とお願い(告白)され。

 

 挙句の果てに同性にまでモテてしまったアウラちゃん。これだから美女ってのは罪深いね。

 

 

 ユミルくんについては、少なからず外の知識を持っている。探りを入れるため敢えて「ユミル」の名前を出し、彼女を揺さぶったんですがね。

 

 親が始祖ユミル・フリッツから取ったのだろうとは思う。壁内の人類は145代フリッツ王に記憶を改ざんされ、“外”に関連する本などの焚書も執り行われた。

 

 だが完全に、とはいくまい。

 

 弟曰く、アルミンくんが外の世界を記した(ただし海や火山などを漠然と表現しているだけだ)本を、所有しているくらいですから。

 

 つまり探せば、外の知識を持っている人間もいるということ。ただ“外”を探ろうとすれば、王政の圧力がかかり、憲兵に闇討ちされる。「ユミル」の名前を持つ彼女も大分危うそうですが、生きている以上、一応憲兵の目に留まってはいないということでしょう。

 

 そも「ユミル」の意味自体、理解していないのかもしれませんが。

 

 そうなると、少し寂しいですね。マーレでは誰だって知っている名前なのに。

 

 

 

 

 

 しかし、冗談抜きに、面倒な状況になってきた。

 

 

 私個人としては戦士が壁内に留まるよう、エレンくんを捕まえさせるわけにはいかない。

 

 最初はエレンを捕まえても「始祖」の情報がなければ、マーレにはまだ帰還しないだろう、と思っていた。しかし戦士たちの精神状態はかなりボロボロ。みな少しでも早くお家に帰りたい状態である。どうしてそんなに疲れてるんですかね?(しらばっくれ)

 

 使命は「始祖奪還」ですが、情報が全く集まらない。巨人の力の継承者には寿命の猶予もあるので、時間が限られている。

 

 

 そんな折現れた、エレン・イェーガーの存在。ベルトルトくんの様子から、彼らは絶対的に「進撃」であると信じているわけではない。始祖の可能性もある、と考えている。

 

 私がここに存在している以上、巨人に連れられ逃された説は有効となる。

 マーレのフクロウ(裏切り者)からお父さまへ、そしてエレンに。この流れで継承された可能性が高いと、戦士たちも感じているはずなんだ。

 

 ですがそう簡単にはいかない。

 

 

 戦士たちはかなり性急になっている。そりゃあ壁内に突然戦士以外の巨人が現れたので、仕方ないでしょうが。

 

 お兄さまが来るまでもう少し待ってくれませんかね?……無理ですよね。

 

 一先ず翌日に迫った大規模壁外調査。私の班は作戦企画時、弟がいるリヴァイ班について「右翼後方辺り」と伝えられた。だが実際、団長から聞かされた()()()()()とは異なる。

 

 万が一、エレンが巨人に襲われたら困る。弟を配置する場所は最も危険から遠い場所、中央後方付近となる。

 

 また作戦の説明時、班別によってリヴァイ班の位置はバラバラに伝えられている。巨人が出現した位置によって、敵の内通者がいる班を見つける仕組みだ。

 

 

 

 時系列は、ソニー&ビーンのご臨終→(地獄の三日間)+立体機動装置の検査→スミスの告白→特別班ごとの作戦企画説明→ベルトルトくんのお悩み相談→大規模壁外調査となる。

 

 作戦企画説明からお悩み相談までには少しの間があり、この間にベルトルトくんはアニちゃんと接触し、エレンの位置を伝えた。対しお悩み相談と大規模壁外調査までは、数日もない。

 

 ベルトルトくんはライナーくんと同班である。また作戦企画時、エレンのいる班は「右翼側」と記されていたらしい。私の「右翼前方」も彼に伝えました。

 

 これに、班ごとにエレンの配置される場所が、別々に伝えられているかもしれない、と勘づいたベルトルトくんは、「別の班に聞いた方がいいのか…」と呟いた。

 

 しかしそうするとエレンの位置を探っている、ということで団長に怪しまれる。その危険性を伝え、変に探らせるのは止めさせた。

 

 

 ともかく、ビッグアニちゃんが出現するのは、右翼側になるだろう。この時点でベルトルトくんやライナーくんは、内通者の可能性が高まる。

 

 ただ作戦を説明した班長によって、エレンがいる場所の地図の示し方。

 また口頭における「右翼側」「右翼辺り」「右翼後方付近」とかなりバラつきが出るので、概ね右翼側の新兵たちが怪しまれることになるでしょう。班長たちも皆が皆、作戦の本質を団長から教えられているわけではないので。

 

 

 

 私はちなみに、右翼側の初列索敵担当である。

 

 作戦日前日──というかつい先ほど、団長から個別で聞いた作戦内容では、向かう先は巨大樹の森。そこで囮にするエレンくんを狙う♂敵を誘き寄せつつ、逆に狙う魂胆。

 

 右翼側と左翼側の人間たちは森の手前で巨人が入って来ぬよう、エサ役──と言っても食べられるわけではない──担当になる。

 

 私は前方索敵で通常通りのお仕事を全うし、森に着いたら手前で待つのみ。ビッグアニちゃんが現れたら、奇行種を示す【黒】の煙弾を撃つことになるでしょう。あくまで知性巨人と分かっても、知らん顔だ。仮に「ア…アレハチセイキョジンダー!!」などと宣った暁には、スミスに疑われることになるのでね。

 

 また弟は中心人物でありながら、本当の作戦内容を知らないそう。

 

 

 最悪アニちゃんに殺されますが、やるっきゃない。みんなの屍を見て元気をもらいながら、最善を尽くしましょう。

 

 勝ったら私……お兄さまとイチャイチャするんだ…(死亡フラグ)

 

 

 

 

 

 さて、問題はここから。ベルトルトくんの難題について。

 

 これについては、ベルトルトくんが巨人化すれば済む話でもない。

 

 アニちゃんを助けるにしても、()()()()()()ライナーくんが彼の行動に制限をかける。そも動こうにも単独で動けば、針の筵。

 

 それに、敵とバレればこれ以上壁内には潜伏できなくなりますし、始祖の手がかりを掴めないままマーレに帰れば、彼らの立場が危うくなり得る。

 

 しかし、戦士たちが何か掴んでいる可能性もある。私が戦士の目的が「始祖奪還」であると口にしては言っていませんが、向こうは本来の目的を私が知っていることを、薄々勘づいている。そのため協力の姿勢は見せても、必要以上に向こうの手の内を見せてはこない。当たり前ですが。

 

 

 もしも捕まった場合アニちゃん──いえ、「女型」の巨人は叫んで巨人を集め、それに乗じて逃げるそう。女型の能力の一つらしい。巨人体が食われるかなりの荒技でもある。

 

 おいおい、うなじから出る時バレるだろ?とも思いますが、兵士と同じ格好をするので問題はない、とベルトルトくん。

 巨人が集まればそもそも、調査兵団側も逃げるしかなくなる。その死角を狙い脱出するだろうと。

 

 そこから再度態勢を立て直し、アニちゃんは再び巨人化する。そしてエレンハンターになるわけだ。

 

 

 正直言ってかなり危ない。うなじごと巨人に食われる可能性がありますし、兵士に交じる……恐らくマントで顔や体型を隠し脱出するにしても、絶対に誰かの目に付かないとは言い切れない。

 

 “捕獲”という作戦の建前上、ギリギリまで団長もエレンを巨人化させたくないでしょうから。エサを使って害獣を捕まえるのと同じだ。

 

 二回巨人化した女型と、一度目の巨人化のエレン。これだけでも疲労に差がある。

 

 対人格闘戦に優れた彼女ならば恐らくは勝てる。だがそれも100%ではないし、勝てたとしてもエレンセコム・アッカーマンと、人類最強がいる。

 

 特にミカサちゃんはエレンが絡むと恐ろしい。お姉ちゃんはそれで、背筋がヒヤリとした経験が何度かある。

 

 

 ベルトルトくんは女型と単独で上手く接触できれば、逃げるよう伝えることも一つの手段だと語っていた。もしくは、エレンの本当の居場所の伝達。

 

 幸い私の配置位置は右翼側の初列索敵。右から…右から……何かが来てる現象に対応することができる。

 周辺が壊滅するのを見計らい、アニちゃんと接触するか。

 

 ただ平地では巨人の姿は目立つため、私から離れた人間でも壊滅した状況を認識することができる。会話している様子を見られたらお終いだ。

 

 そもアニちゃんは私に気付かぬまま殺してしまうかもしれないし、敵意を見せなかったところであちらは作戦中。対話に応じてくれるのか、話せたところで彼女が私を信じてくれるかどうかも怪しい。

 

 

 捕まったフリができれば一番いいのですが…。そうすれば口頭で作戦の本質を説明し、退却させられるかもしれない。

 死人に口なし。周囲が壊滅状態であれば、呻きながらでも話せる。

 

 遠目からなら会話していることも分かりませんでしょうから。その後ブレードで手を切り、逃げることもできる。まぁ、これは無理でしょう。

 

 

 対し対話の場所を巨大樹の森に変えると、周辺の目を意識せず話すことができる確率が上がる。

 

 私は森の前で待機組となっています。しかし弟が心配であることを理由に入っても、何らおかしくはあるまい。私情を持ち込むなど兵士失格だ──と言われそうですが、無視だ。団長には堂々と弟に心臓を捧げる宣言もしている。

 

 もしそれでも、説得のチャンスがなかったら、ラストチャンスはアニたそが捕縛されて脱出した後。

 

 ここまで来ると「撤退しろ」と言っても聞かないでしょう。というか絶対追い込まれて殺気立っていると思うので、殺される。

 

 本当に……もっと気づくなら早くして欲しかったですね、フーバーくんよぉ(半ギレ)

 報連相は大切、ハッキリわかんだね。

 

 

 まぁ、彼の作戦に乗るのは、私としては美味しい。

 

 アニちゃんを私が助ければ、彼女も心が揺らいでくれるはずですし。ライナーくんは元々私を連れて行くのに肯定派。

 

 ベルトルトくんはマーレに行って、弟の命が助かる云々の話の際、嘘を吐く人間の仕草がうかがえた。

 忙しなく足を動かしていたのが目立ったのです。それも、その話の時だけ。

 

 私を連れ帰る部分については、信じていい。ただしエレンくんの命の保証は難しいです。

 

 ベルトルト少年は、好きな人を助けたいがために私を利用しようとしているのだ。アニ・レオンハートを救えば、彼は私に相当な恩ができる。ほぼ高確率でマーレ行きをゲットできるだろう。

 

 お兄さまを一目見れたら、私は死んでいい。

 もし生きてしまったのなら、その後のことはその時に考えよう。

 

 

 

 

 

 とりあえず、戦士の結末予測だ。

 

 

【パターンA】

 

 _______私の介入なし、エレン捕獲成功。

 

 この場合私は戦士に協力していないので、弟のみマーレへ連れて行かれる。

 

 イェーガー兄弟の運命の再会が起こりそうで堪らない。だがその場で私が見れないから却下だ。なるべくエレンは犠牲にしたくない。その後再度戦士が攻めてくる可能性もある。

 

 しかし、それがお兄さまの代で再び行われるかわからないですし、マーレを焦れさせ戦士の増援を送り込ませる方が、私とお兄さまが出会える確率が高まる。

 

 それも私の理想の、敵と味方の図で。

 

 

【パターンB】

 

 _______私の介入あり、エレン捕獲成功。

 

 兵士への敵対行動はなるべく起こしたくない。しかし捕獲が確実な状況であれば、明確な敵対行動を味方に取らざるを得なくなる可能性もある。

 

 急に(仲間)が裏切ったら皆さま、どんな表情をしてくださりますかねぇ…。これはエレンくんについても然りです。人類の敵に姉が回ったら憎悪を向けるでしょうか。それとも殺意?

 

 私が普段善人ムーブを行うのも、十二分に私が壁内を裏切る可能性があるからです。だからって、アニちゃんのために用意したものじゃないんですけど。

 お兄さまに殺されて有終の絶頂の中死ぬのが目標ですが、仮にお仲間勧誘されたら即承諾します。

 

 というか断る理由がないですね。アウラ・イェーガーはお兄さまの()なので。

 

 

【パターンC】

 

 _______私の介入なし、エレン捕獲失敗・女型巨人捕獲成功。

 

 これはA以上に避けたい結果。捕まったらまず間違いなく、アニちゃんは人道を捨て去った方法で拷問され、情報を吐かされる。

 

 そうなればベルトルト・フーバーの精神が死んでしまいます。個人的にこの結果は一番見てみたいですが、戦士たちが正常に機能しなくなりそうなのでパスだ。

 

 精神異常のライ&ベルコンビと、拷問地獄のアニたそ…過去に戻れる力があったら、一度このルートを味わってみたいです。

 

 

【パターンD】

 

 _______私の介入なし、エレン捕獲失敗・女型巨人捕獲失敗。

 

 戦士援軍フラグはゲットできます。可能性としては一番これがあり得そうです。

 

 

【パターンE】

 

 _______私の介入あり、エレン捕獲失敗・女型巨人捕獲失敗。

 

 これが一番望ましいですね。片道マーレフラグと戦士の援軍フラグ、両方をゲットだぜ!できる。

 

 

 

 

 

 ガチガチにアニちゃんの説得ないし、救助の難易度が高すぎて笑いも起きませんが、最善を求めてやるしかないです。

 

 どのような状況が起こり得るか。その際私ができること。

 あるいは用意できるものが何か思索する中、寝つきは思った以上に悪くなる。

 

 今回の作戦ではまず多くの人間が死ぬ。いつもはそれに「生」を実感する私だが、その余裕はなくなってしまうかもしれない。

 

 運命が進み始めている感覚だ。それもエレン・イェーガーを中心に。まるで本の物語で言う「主人公」な弟に、微笑ましい感情が浮かぶ。

 

 

 しかして弱者を救い強者を打ち倒すような、そんな甘い話にはならないのだろう。

 

 現実はいつももっと、生臭い。

 五感を通して、人間の息遣いや表情の変化を伝えてくる。

 ()()()()()()()()()、実際にそこにあるのだから。

 その感覚がとても、気持ち悪い。

 

 図式で見る人間の身体の内部は大腸があって、小腸があって、胃や心臓があって。

 だが腹を捌いてナマで見れば、図とは違う赤い液体が付着している。何なら黄色い脂肪も。

 

 生々しい現実。

 瞳を開ければそこに存在している。

 その事実に、不思議に思うことがある。

 

 

 私は何故生きていて、何でできているのだろう、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕らの行進

驚異的な誤字報告があって「あわわ…」してました。いつも報告ありがとうございます…!もっと気をつけようね、自分。


 澄み渡る空の下、大地を轟かすは戛々(かつかつ)と、蹄の音を響かせる馬。

 その上に跨る者たちは自由の羽を羽ばたかせ、勇姿を示す。

 真っ直ぐに前を見つめる彼らを招き入れるは、人型を成した巨大なバケモノたち。

 

 一人の男が檄を入れたところから、此度の第57回壁外調査が始まったのであった。

 

 

 

 ────と、自分に似つかわしくない歯が浮くような前置きしたのは私、アウラ・イェーガーちゃん。

 

 壁外調査を何度も経験した者たちも、近年稀に見ぬ大規模な壁外調査に神妙な面持ちを見せている。新兵は緊張で身を固くしたり、蒼い顔をしていたりと様々だ。むしろ冷静な表情のミカサちゃんや、戦士組の方が異常であるのか。

 

 作戦決行前、調査兵団の刺繍が施されたマントを支給され、嬉しそうな新兵の先と今の温度差がすごいですね。

 

 いつもの癖でフードをかぶっているのは私くらいで、側から見れば浮いていそうだ。馬の走行スピードと風の抵抗を受けながら、フードが取れないよう乗りこなすのは少し技術が要ります。…そんなスキル、普通なら必要ないんですけど。

 

 

 

 

 

 それから市街地まで連れ添った援護班と別れ、長距離索敵陣形を展開。私は右翼初列索敵位置へと向かった。

 

 本作戦の真の意図を、エルヴィン団長から知らされている者はごく少数である。

 

 表向きの作戦目標は、“来たるべきウォール・マリア奪還作戦のための予行演習”。カラネス区から出発し、南下してシガンシナ区へ向かうルート模索に近い。

 

 内通者の条件はある程度絞れてはいるものの、確実に犯人が誰かわかっているわけではない。全員に話せない分、今作戦での死者も多くなるでしょう。

 

 

 その後全体は通常種を避けつつ、奇行種が出れば仲間と連携して狩った。

 

 基本的に新兵は次列より内側に配置されている。最も危険な位置が初列であることを踏まえれば、多少は安全な位置に彼らが配置されていることがわかる。いきなり実戦で戦え、というのも難しいですからね。

 

 まだ異変は起こっていない。しかし必ず来る、アニ・レオンハートは。

 

「ッチ、森か…」

 

 索敵班の一人が、舌打ちを溢す。平野続きではあるが、小規模の森や村に当たることもある。その場合、建物の後ろや木の横に隠れている巨人に気をつけなければいけない。

 

 異変にいつでも気付けるよう、しっかり意識を集中させておかなければ───、

 

 

(……?)

 

 右後方付近から、足音のような音が微かに聞こえた。その距離はどんどんこちらへ近づいている。巨人だ、しかし通常の個体より足が地面に着く感覚が早い。つまり相当なスピードで走ってきている。

 

 いよいよおでましか。奇行種の可能性も考えながら、異変に気づき始めた周囲も息を殺す。巨人が近づいているとわかっても、それが通常種か奇行種かを確認できるまでは煙弾は撃てない。

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 一瞬のうちだ。

 

 木と木の間から、馬車に轢かれる猫のような唐突さで、ひょっこりと現れた巨人。ウソだろ、まだ距離はあったはずなのに。

 

 基本的に巨人は男性的な肉体をしているが、その巨人には全体的に丸みがある。しかも結構胸がありやがる、巨人の分際で。私に喧嘩を売っているなら買ってやる、うなじを削ぎ落としてな。

 

 

 いえ、冗談抜きにそんなことを言っている場合ではないですよ、私。

 

 今、私の目の前にいた人間が、横から現れた女型にそのまま蹴られるようにして吹っ飛んだ。人間の7〜8倍以上ある馬も、嘶いたまま空中に弧を描く。

 

 一歩間違えれば、一瞬遅れていれば、私が愛馬と共に血を降らせて人間ボールに早変わりしていた。洒落になりませんよ、やはりあのけしからん胸を削いだ方がいいですね。一丁前に揺れやがって……(ギリィ)

 

「き、奇行種だ!!!」

 

「煙だッブァ」

 

 一人の兵士と馬を吹っ飛ばした女型はブレーキをかけて止まり、方向転換して他の兵士を蹴り飛ばした。先よりも飛んでいる。しかしアニたその蹴る動作が早すぎて、吹っ飛ぶ間際の人間の顔が見えない。悲鳴すら聞こえないじゃないですか。

 

 しかも女型一体ではなく、右翼側からどんどん巨人が来始めている。

 何故だ?確実に死ぬイメージが近づいてきていて笑えません。

 

 

(…あ)

 

 

 そうだ、ベルトルトくんが言っていたではないか、女型の能力を。

 

 女型は()()ことで、巨人を引き寄せることができる。アニちゃんを救う難題のせいで、完全に思考がそこまで回っていなかった。

 

 思い返せばシガンシナ区の崩壊の際も、中に入った巨人の数は異様に多かった。ユミルちゃんが私を美味しく食べさせるため、多めに呼び寄せたのかとも思っていた。

 

 しかしあれが、事前に女型が呼び寄せていたのなら説明がつく。

 

 恐らく移動役もアニ・レオンハートだ。そして外の壁を壊すのがベルトルト・フーバーの役目で、その穴にアニが呼んだ巨人が侵入するという仕組み。壁内を混乱に陥れるためなら、巨人は多いに越したことはない。

 

 

 

 して今、この状況。

 

 エレンを攫う上で、彼以外の調査兵団の人間は戦士にとって邪魔である。ただ一々殺すには手間がかかるため、手っ取り早く巨人を呼び寄せた。ついでに混乱させることもできますから。

 

「早く煙弾を撃てッ!女型が次列に向かう前に!!」

 

 仲間が叫び協力して巨人を狩りに行きますが、うなじを捉える間もなくワイヤーが掴まれ、そのまま地面へ盛大にキスする。グチャッと、肉の潰れる音がした。煙弾を撃とうとしていた者も、アンカーを捨てた女型が大きく跳躍し、潰され、平たくなる。

 

 その間の私といえば、女型の様子を一定の距離を空けて見ながら、立体機動で愛馬から離れ、カラ馬へ乗り換えていた。

 

 愛馬くんには目の前で二つのブレードで、「キィン」と音を立て逃がす。足を失ったら終わりだ。ゆえに愛馬は残しておきたい。他の馬では主人以外の指笛で戻ってくる可能性は低いので。

 

 完全に錯乱状態に陥った場。間違いなく壊滅するでしょう。しかも次列へ危険を知らせる前に。

 

 まだ女型には私の顔は見えていない。馬が逃げ、巨人に食われ、遂にはほぼ壊滅間近に。

 

 

 私は今、恐怖に引き攣った顔をしている。身体が震え、動くこともできない中、逃げることしか考えていない。仲間を助けることもできず、煙弾も手が震え、途中で落としてしまった。

 

 巨人に身体を掴まれた仲間の一人は、そんな私に叫ぶ。このことを早く伝えろ、と大声で叫んだ。それに糸が切れたように馬を叱咤し森の中を疾走した。

 

 

 いやしょうがないね、いきなり目の前で巨人が飛び出てきたら、そりゃあビビってしまいます。え、嘘つくんじゃない、お前絶対動けるだろって?女型さんと内密デート♡するために、最適な状況を作るしかないんですよ。みんなの壮絶な最期とその表情は決して忘れないから、安心して死んでください。

 

 

 

 まぁ当然、壊滅し終えたら、女型は私を追ってくるわけですね。

 

 状況は森の中、そして私一人。次列に様子が見える位置ではないですし、煙弾を放とうとする輩から集中的に殺されたため、緊急事態を伝えることもできていない。正に今、話すしかない。

 

 多少離れましたが、すぐに後ろから速さのおかしい巨人が追ってくる。

 

 その前に馬を乗り捨てて、立体機動で木の上に潜む。そして時を待たずして、私の乗っていた馬は蹴り飛ばされた。走ってきた女型の風圧で木が揺れる。彼女にアンカーをかけるのは危険だ。掴まれて殺される。というか近づくだけでペシャンコにされる。

 

 だが考えてみろ、彼女は私を追ってきた。そこには確かな意味がある。

 

 フードをかぶっていれば低い位置にいる人間からは私の顔が見えても、視線の高い巨人からならばまず見えない。エレンを狙っている以上彼女は、その人間の顔を確かめなければいけないというわけだ。

 

 私が意図的にフードが取れないよう気を遣っているのもこのため。ツギハギにつけた作戦ですが、それでも運は私に味方している。後はお話し合いができるかどうかにかかる。

 

 

「アニ・レオンハート」

 

 

 後ろから声をかければ、女型は振り返った。青い瞳を大きく見開かせて。

 

 あぁやっぱりその瞳、好きですわ。

 舐めて、舌で穿り出したいくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 卵が二つある。白く、見た目や大きさはほぼ同じ。

 

 それは間違いなく卵だ。

 その中から生まれてきた赤ん坊は、同じ雛。

 

 だが一方は親鳥に大切に育てられ、一方は巣から蹴落とされる。

 蹴落とされた雛は親に餌をもらい、幸せそうに鳴く赤ん坊を見た。

 何故親に捨てられたのか、わからない。何か自分に悪いことがあったのだろうか。考えども考えども、答えは見つからない。

 

 

 そしてある日、雨に打たれた雛は大きな葉の下で身体を小さくした。

 寒い、身体が。心も自分の肉体から抜けてしまうような感覚。

 

 ぼんやりと脳内に浮かぶのは、兄弟の姿。雛が死にそうな中、親に捨てられなかった方は、ぬくぬくと、こんな寒さなど知らず過ごしているのだろう。

 

 

 ピィ、と溢れる小さな鳴き声。

 

 意識が沈んでいく感覚に身を委ね、疲れ切った雛は、暗闇を受け入れんとする。

 

 そんな時、大きな手が触れた。温かい手だ。雛を包み込み、その凍てついた身体を、心を溶かしていく。

 その手に引っ張られた雛は、よろよろと歩く。気付けばいつの間にか、雛の身体は大きくなっていた。

 

 足を踏み出せば、グチャリと、ぬかるんだ土の感触。転ばぬよう下を見れば、水溜りが広がっている。

 雛は「あぁ」と、独りごちた。それに雛の手を握る温かな存在が一瞬振り向いたが、雛は何でもない、と溢す。

 

 そうだ、雛が捨てられてしまうのは当然だった。

 

 雛だったはずの自分に、いつの間にか肌色の手や足が生えていたのだ。

 こんな()()()()、兄弟はおろか親が受け入れてくれるはずもない。

 そもそも親鳥と雛は別の生き物だった。巨体を得た今の雛なら、親鳥など容易く踏み潰し、殺せてしまうだろう。

 

 

 ──いや、違う。

 

 

 頭からゆっくりと血が降りていく。歯をガタガタ振るわせ、震える手を抑え、雛は己の足の裏を見やる。

 先ほど感じた()()()()、とした感触。

 足の裏は土と、赤い液体と、肉が混じって雛の足の裏にこびりついている。

 

 鳥だった。

 

 それが親なのか、はたまた兄弟なのか。それか他の鳥なのかはわからない。原型がなくなるほどその身体は平たく薄く、まるで履き物のように足の下敷きになっていた。

 

 視界が真っ白くなり、倒れそうになった雛を、大きな手が受け止める。

 

 その手は雛が倒れてしまわぬよう、真っ直ぐに引っ張り続けた。宛ら雛が道に迷わぬように。その温もりに涙を零し、雛は大きな手を強く握りしめる。決して離さぬように。その大きな手が、雛の道標になるように。

 

 だが途中で、その大きな手が離れた。

 斜め前を歩いていた温かな手の主は立ち止まり、雛は後ろを振り返る。

 

 

 そのひとは泣いていた。

 泣いて、雛を見ていた。

 

 

『私…絶対帰ってくるから』

 

 そう呟いた雛の服が、軍服姿に変わる。腕につけられた赤い腕章。その中央には星に似たマーク。

 

『待ってて、お父さん』

 

 抱きしめている父の手を解き、雛は一歩踏み出した。

 

 踏み出したその先で、彼女はプチプチと気色の悪い、身の毛もよ立つような感触を味わいながら進み続ける。何を踏み潰したのか、踏み潰した足の裏がどうなっているのか、考えてはならない。

 

 全ては帰ってくるために。そして父に「ただいま」と一言、言うために。

 

 

 

 (アニ)は悪魔になり、自分や父と同じ姿をした何かを、踏み潰し続けた。

 途中酸が喉から競り上がり、焼けるような痛みを伴っても。

 同じ仲間が、食い殺されても。

 進み、進む。

 こんな地獄、早く終われと願って。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「アニ・レオンハート」

 

 

 静寂の中で鈴を鳴らすように、アニの耳に届いたその声。声の主は巨人化した彼女──女型の後方からだ。

 

 先ほど壊滅状態にした、一部の右翼側の索敵。残り数名生き残っている人間もいたが、女型が奇行種と比較にならないレベルで不規則に暴れたことで、馬が暴れ全員落馬。あとは彼女が連れてきた巨人の群れのエサとなるため放っておいた。

 

 ベルトルトの情報によれば、エレン含むリヴァイ班は右翼側に配置されている。

 

 一人フードをかぶっている索敵の人間がおり、顔を確認するため最後に回していたが、途中仲間に頼まれ、事を伝えるべく去っていった。

 

 

 そこで一瞬アニは疑問に感じた。最初視界に入れた時、フードの人間は目立つ白馬に乗っていたはずだ。栗毛が多い中、白い馬は中々珍しい。

 

 落馬でもして咄嗟に乗り換えたのかと思いながら、彼女はフードの人物を追った。そしてその人物が乗っていた馬を発見し、逃げられないよう蹴り飛ばして、うなじを隠して辺りの気配を探ろうとしたのだ。

 

 正しくその時、後方から声がかかったのである。

 

 

 聞き覚えのある声に、アニは冷や汗を流し後ろを振り向く。

 

 ちょうど女型の腰より少し上の部分の高さ。その位置に木の上に身を屈ませている人間がいる。

 

 アニは一瞬殺そうと考え、身体を屈ませ手を伸ばす。しかしフードを取った人物と目が合い、動きを止めた。

 

「あなたと対話したい。できることなら手短に」

 

 

 そう言い、女───アウラ・イェーガーは、()()()()()()()()()()()()()()()()、両手を挙げる。

 

 以前ブレードを収めた時とはレベルが異なる。マルコの一件の時、戦士らは人間であった。だが今アニは巨人化している。そしてそんな彼女が起こした殺戮を、フードをかぶっていたこの女は見ていたはずだ。

 

 だのに対話を求めている異常性に、彼女は裏を感じ取った。一先ず立体機動装置がない以上、脅威とはなり得ない。

 

 女型の肉体は木の上の女に背を向け、かしずく体勢を取った。そのうなじからアニは上半身だけ出し、アウラを睨め付ける。

 

「わぁ、そうやって出てくるんだ…」

 

「…何?三秒以内に言わないと、両手足だけ潰して放置するよ」

 

「あ、この作戦は罠です」

 

「………は?」

 

「エルヴィン・スミスが壁内の裏切り者を見つけるために実行しているの。エレンは知性巨人を誘き寄せるための囮、このまま行くと君は捕縛されて……」

 

「ちょ、ちょっと待ちなよ」

 

「だから撤退して欲しい。ただ班ごとにエレンの位置がバラバラに伝えられている以上、右翼側から現れた女型の巨人に、内通者が「右翼側」と伝えられた班、それも新兵が怪しまれるからこのまま一旦不規則に動いて、撤退を──」

 

「………」

 

「うわっ」

 

 アニは巨人体を動かし、アウラの肉体を掴んで前方へ移動させた。もちろんいつでも殺せるよう握ったままで。この際関わらないため殺さない、の心情は放棄している。

 

 一応周囲に視線を探らせたが、人の気配はない。また周囲が森であることと屈んでいるため、姿は接近されなければ見えない。

 

 

「囮?捕縛?何言ってんだいあんた、殺すよ」

 

「う、嘘じゃないの、信じてもらえないかもしれないけど…」

 

「もしそれが本当だとして、私はあんたを信用も信頼もしない。というか私からは絶対関わらないって決めたんだ、接触してこないでくれ。それもこんな時に…」

 

「わ、私も本当なら協力しなかった。でもベルトルトくんに頼まれたの…!」

 

「……ムリ、信じられない。あいつは私やライナー以上に物事を冷静に考えられるし、アウラ・イェーガーと関わらないと戦士間で決めた以上、ベルトルトが破るとは思えない」

 

「理由はある。けれど、それについては彼じゃない私が告げられない」

 

「ベルトルトの理由を話せないならムリ、死んで」

 

「ッ……あ゛」

 

 アウラの骨が、肉が、巨体な手に潰されるようにし悲鳴を上げる。ジワジワと与えらえるその痛みには、アニの苛立ちが込められていた。このままいけば、体の上と下が押し潰された勢いで離れ、二つを辛うじて繋ぐのは内臓のみになろう。

 

 エレンが見たら、その勢いで本当に巨人を全て駆逐しちまいそうだ───そんな考えが、ぼんやりとアニの脳裏によぎる。

 

 だが全ては父のため。

 

 戦士を知る存在は、もっと早く殺しておくべきだったのだ。そうすればアニは女の内側を、異質さを知り、漠然とした恐怖に怯えることなどなかった。

 そうだ、この女を殺して……、

 

 

 ────なんでも、何でもする。お兄さまに会えるなら。

 

 

(あっ…)

 

 

 ジークに会うために、何でもできると言ったアウラ。

 対しアニは、父に再び会うことを望んでいる。

 

 彼女はベルトルトよりも、ライナーよりもアウラの言葉に心が揺さぶられていたのだ。だが認めたくはなかった。女の異常なまでのドロドロとした「愛」と、己が父に向ける感情が同じであると信じられなかったからだ。

 

 だがどうだ、アニは父に会うためにどれだけの人間の命を犠牲にした?

 

 壁内に来る前に力の操作の練習を兼ねた戦場で、殺した人間。

 間接的ではあるが、ウォール・マリア陥落時呼び寄せた数多の巨人。

 そして今も、索敵の人間を殺したばかりだ。

 

 

 自分はアウラと違う?───否、同じだ。人を殺し、その上で己の目的にために殺す。

 

 ()()()()()()のは、アニとて同じだった。しかし罪悪感が、「悪魔の民」の中で長年生きてきた女と“戦士”である自分は違うと考える心が、彼女の思考にモヤを生み出した。

 

 涙を一筋流す彼女に、アウラは血を吹きながら瞳を丸くする。驚きの仕草がどことなく、戦士長を思わせた。

 

「…わかった。罠があるのは頭に入れとく。でも作戦は中止しない」

 

「ゴホッ……危険よ」

 

「危険?ッハ、笑わせるじゃないか。命を失う覚悟なんてできてるよ。まだ死ぬわけにはいかないけど」

 

「なら、何で」

 

()()()()()()()()()、あんたと同じさ。……ただ、それだけのことだよ」

 

「………罠は巨大樹の森の中。位置的にもうすぐ着く」

 

「エレンの位置は、あんたなら知ってるんだろ」

 

「……………」

 

「知ってるけど言いたくない、って顔だね。まぁそりゃあ、私たちはあんたの弟を拉致ろうとしてるんだ、そこまでは協力できないってことか。…いや、ベルトルトが本当に関わっていたとして、あんたに協力する条件を持ち出すなら……」

 

 

 きっとベルトルトはマーレへ彼女を連れて行くことと引き換えに、協力を望んだのだろう。

 

 そも「アウラ・イェーガーとは関わらない」と決めておきながら、協力を持ち出した彼の理由とは何なのか。

 

 アニの直感はどうも“戦士”の矜持から離れた理由があると告げている。決め事をしたのが兵士ではなく、戦士として、だったからということもある。後でベルトルトを絞めて話を聞き出そうと、アニは強く心に誓った。

 

 ベルトルトもアウラではなく、ライナーに話せばよかったの………。

 

 

(あ、ライナー(あの野郎)が戦士であることを忘れてるって、確かベルトルトが……)

 

 

 どうやらボコるべきは他にもいるようである。ベルトルトは理由がありそれを一人で抱えていた。その上で恐らくライナーに話すことができず、追い込まれてアウラに話したのだ。この可能性が最も高い。

 

 無論ブラコンイかれ女が独断で動き、口実として「ベルトルトが協力を申し出した」と述べている可能性もある。

 

 だが今まで彼女が戦士と接触して来なかったことからも、基本的にアニたちが近づかなければ、向こうは不用意に関わりを持って来ない。

 

 以前のマルコの件は偶然であったのだろうし、そもそも他にも人間がいる中、留まっていた戦士たちが迂闊だったと言える。むしろ見つけたのがアウラで幸いだったか。

 

 別の人間──それこそリヴァイ(人類最強)に見つかっていれば、どうなっていたことやら。少なくとも一人は確実に殺されていただろう。

 

 

 

 一先ず右翼側を回る。ライナーやベルトルトも右翼側にいるため、彼らを危険に晒せば、疑いの目を緩められる可能性がある。

 

 罠が巨大樹の森であるなら、囮のエレンは確実に内部へ入るだろう。であれば正面突破は危険である。

 森の横から入り、エレンを狙う。隊の混乱と情報錯乱を招く必要があるため、女型が全体的に動き回らなければならないのは必須。しかし右翼から左翼側へ行く時間や、隊を混乱させた上でエレンを捕まえる余裕はない。

 

 どの道巨大樹の森へ入ってからが、エレン奪取の肝となる。

 

 不意打ちで罠を食らった場合流石に捕まってしまうが、あると分かっているなら話は別。アニの反射神経は女型でも十分発揮される。ゆえにいざという状況でも逃げられるだろう。それも“最終手段”を使わなくてもだ。

 

「アニちゃん」

 

 アウラを立体機動装置が転がった上に戻し、巨人体の中に上半身を戻そうとしたアニに声がかけられる。

 

「調査兵団のマントをどこで手に入れたかわからないけど、その立体機動装置で…大丈夫なの?」

 

「マントはさっきの連中からかっぱらったよ。立体機動装置は……マルコの」

 

「あぁ、なるほどね。そういうこと」

 

「…知らないよ、あんた疑われても。()()()()ってことは、移動する足を残してるってことだろうし」

 

「他人の心配より自分の心配よ、アニちゃん」

 

「………思ったけどさ」

 

「?何かな」

 

 巨人体の中に沈んでいくアニの身体。女を背にし、その身を戻す少女は仰反るようにし、下にいるアウラに顔を向ける。

 

 

「あんた()大概、イかれてるよね」

 

 

 ベルトルトの協力(仮)を飲んだのも、恐らくは対価にジークと会えることを持ち出されたから。…否、アニの出現を彼女はわかっていた節があった。そう考えればベルトルトの協力要請はほぼ確実であろう。

 

 兄のためなら、アウラ・イェーガーは何でもできる。

 

 ベルトルトに大規模な壁外調査時、アニの出現を聞かされていた。その上で対話する時間を作るために()()()仲間を見殺しにしたのだ。

 

 巨人を単独討伐できる女だ。その場で力を発揮していれば、索敵はもう少し機能したはず。煙弾ぐらいは送れただろう。まぁ下手に動けば、アニに殺されると考え、静観を選んだ部分もあるだろうが。

 

 さらにアウラは戦士に向く疑惑の目をなるべく逸らすため、隊を混乱させるよう勧めた。仲間を殺せ、と言っているようなものだ。

 

 エレン・イェーガーをイかれていると思っていたアニである。だが弟以上に、姉は狂っている。

 

 それがベルトルトのように()()()()()()()()()()()()()()()()は、彼女にとって大小の差異はない。

 

 

 でもきっと、アウラ・イェーガーは、「死んだ方がいい」存在であることは間違いない。

 

 それはアニも、ベルトルトも、ライナーも当てはまる。

 

 己がために他を殺す。殺すことができる。そんな人間は等しく死んだ方がいいのだ。それでも彼女は父と会うため、惨たらしく生きる。

 

 

 

 ────確かに私たちは悪魔だよ、マルコ。

 

 

 涙が幾重にも、少女の瞳から溢れる。青い瞳は冷たく、機械的だ。

 女型は咆哮し、走り出した。

 

 このまま女は放っておく。馬が来ないまま死ぬかもしれないし、アニが誘き寄せる巨人に巻き込まれ、死ぬかもしれない。

 

 

(死んでくれ、できることなら。私も、他の人間も、誰も見ていない場所で)

 

 

 

 

 

 地上に、女型が地を踏みしめる足音が響く。

 

 ズシン、ズシンと、悪魔の行進。

 

 その裏にこびり付く罪に、雛の心は揺らぎを見せなかった。

 

 だが己が死ぬべきだと、皮肉げに思うのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ンアッーーー!!

何だこの野太い雄叫びは……。


 第57回大規模壁外調査の作戦中、右翼側から14m級の巨人が突如出現。

 

 一般的な巨人と違いその巨人は女性的な体格をしており、当初は奇行種と判断された。

 

 この「女型」の巨人は右翼側の索敵を一部壊滅に追いやった後、右翼中央に入り込んだ。同時に女型が誘導させた巨人が他の右翼側の索敵と遭遇。被害はさらに増した。煙弾と伝達によって複数の巨人の襲来が、隊全体へと伝わっていくことになる。

 

 

 

 それから間もなく、アルミン・アルレルトが女型の巨人と接触。彼はこの時、女型がうなじを狙おうとした兵士を()()()()殺していた様子を目撃。

 

 アルミンは女型が横スレスレを通った際落馬したが、殺されることはなかった。

 

「どうし…て……」

 

 

 その後彼はライナーとジャンの二人と合流。女型を追い、馬を走らせた。ライナーが心配の声をかける中、アルミンは思考を巡らせる。

 

 既に“奇行種”の煙弾を撃ったが、明らかにこの女型には他の巨人と一線を画す異質さが存在している。

 

 巨人は人間を殺す際、そこに意図など存在しない。食うために食らう。

 

 だが女型は()()()()()()()にワイヤーを手で掴み、振り落とし、そして踏み潰した。通常種とも奇行種とも異なるこの巨人はエレン・イェーガーと同じ、「知性巨人」に間違いない。

 

(でも僕は殺されなかった…何故だ?)

 

 女型は現在右翼中央へと入り込み、前方に向かって進んでいる。何故彼は殺されなかったのか。今この時現れたことには意味があるはずなのだ。

 考え込むアルミンに、ジャンは現在の状況を伝える。

 

「アルミン、右翼索敵が右翼後方から現れた大勢の巨人に襲われ、壊滅状態らしい」

 

「えっ…!?……女型も右翼索敵がいる方角から来た。でも女型の情報は来ていないよね、ジャン?」

 

「あぁ、こんな特徴あれば絶対伝わって来るっての」

 

「ということは、索敵の間をすり抜けて来たのか?…いや、そんなわけない。あり得るとすれば…」

 

 

 女型が来た方角から奇行種を示す煙弾はなかった。となると、撃つ暇なく女型に殺された一部索敵がおり、その間を通ってきた可能性が高い。

 

 また、右翼側に現れた無数の巨人と女型の関連性を見出し、アルミンの頭は「女型が巨人を率いて来た」という可能性に至る。これについては女型の前提が“知性巨人”ということもあり、可能性を飛躍的に上げている。

 

 アルミンは、誰がどこに配置されているか全てを把握しているわけではない。知っていたとしても新兵である仲間の多少の位置くらいだ。しかし奪われた命があることに、歯噛みした。

 

 その時、脳裏に疑問がよぎる。

 

(いや…待て。いくら何でも、流石に撃つ余裕ぐらいはあったはずだ)

 

 

 それこそ女型が「殺す」意図をより明確に持って、行動に移さなければあり得ない。そこで彼の中に妙な()()()()()感覚が生まれる。

 

 アルミンやジャンたちが殺されていない状況と、索敵が壊滅になったと考えた時、行き着く一つの思考。アルミン・アルレルトの頭脳は、一歩一歩、高速に前へ進んでいく。

 

 

(最初は殺していた。けれど今は恐らく僕らを泳がせていることを考えても、何か女型の中でこの作戦における目的───あるいは、行動指標が変わったと考えていいんじゃないか?索敵側に現れた無数の巨人を女型が誘導したと考えれば、現在の行動の理由は恐らく……隊を混乱させること…とか)

 

「アルミン、まずいんじゃないか?このままじゃ作戦中止もあり得るぞ?」

 

 ライナーが難しい表情を浮かべる。三人は今女型の後を追従している形だ。このままだと前方の右翼人員とぶつかってしまう。なるべくなら止めるべきだ。

 

 アルミンは立体戦術に乏しいが、二人…特にライナーは彼と打って変わり、その才能たるや、並の調査兵団の兵士より力があるだろう。

 

「そも女型はどこに向かってるんだよ…。アルミンはちと難しいが、俺とジャンなら足止めできるんじゃないか?」

 

「冗談よせよ、ライナー。あの速さ見りゃあわかんだろ…」

 

 そうは言いつつ、ジャンは冷や汗を流しながら、真っ直ぐに女型を見つめている。

 やるしかない、そんな意志が彼の様子から見てとれた。

 

 アルミンは動こうとする二人に待ったをかけ、思考を巡らす。

 

 

 

 女型の行動指標の変化。そこに何かきっかけがあったのは確かだ。しかしその原因がわからない。あの巨人が超大型や鎧の巨人の仲間であるのは間違いないだろう。

 

 ゆえに敵側は、少なくとも三人。後二人の居場所は不明だが、調査兵団の兵士に紛れ込んでいる可能性は十分にある。その人間と接触し女型の行動が変わったのなら、理由が付きそうだ。

 

(………アニ)

 

 一瞬アルミンの脳裏によぎる、マルコの立体機動装置。そしてそれを二体の巨人を殺した直後の検査で出した、アニ・レオンハートの姿。

 

 未だこのことを誰にも伝えていない事実が、一番彼にとっては恐ろしい。己の仲間を疑いたくない、敵だと信じたくないというエゴのために、彼は今兵士として行ってはならない選択を取っている。

 

 

 考える人ミンの横で、ライナーとジャンは女型の目的について話し合っていた。

 

 そして冗談のつもりでジャンが言った「あの死に急ぎ野郎(エレン)の元じゃないか?」との言葉に、ライナーが驚愕の表情を浮かべる。あまりの豹変に、ジャンは瞠目した。

 

「だ、大丈夫かよ、ライナー?」

 

「あ、あぁ……」

 

 ライナーは深く息を吐き、頭を押さえた。

 斯様な状況だ。頭の一つや二つ、痛くもなるだろう。

 

「それ……あり得るんじゃないのか?エレンを殺すのが目的だったり」

 

「ハァ!?アイツを殺すって、そんなこと…」

 

「いや、十分あり得るだろ」

 

「なら尚更、あの女型を足止めしなくちゃいけないのかよ…」

 

「……なぁ、アルミンはどう思う?」

 

「えっ?」

 

 咄嗟に顔を上げたアルミンの横にはナイスガイが。ライナーは、女型がエレンを狙っている可能性を伝える。

 

「女型がエレンを?じゃあ隊の混乱は、単純にエレンを探すためか…?でもエレンを狙うのがメインなら、邪魔な兵士は殺した方がよっぽど効率がいい。それこそ僕らを生かしている理由がわからない。やっぱり混乱がメイン───」

 

「おいアルミン……アルミン!」

 

「……あ、ごめん。エレンは確か作戦企画時の説明では、右翼前方辺りって言ってたよね?」

 

「「…え?」」

 

 ライナーとジャンは顔を見合わす。どうやらアルミンとは違い、エレン含むリヴァイ班の位置はライナーなら「右翼側」、ジャンなら「左翼後方」と伝えられていたらしい。

 

 明らかに不自然な話に、アルミンの前に“一つの道”が生じた。疑問を紐解いていくことで辿り着ける、この作戦のアンサー。

 

 

「じゃあエレンはどこにいるんだ?考えてみると、この作戦も不自然に感じるよな…」

 

「……多分わかったよ、僕」

 

「…!そいつは本当か、アルミン?」

 

「うん」

 

 思考の早い二人に蚊帳の外へ追い出されている、ジャン・キルシュタイン。彼は彼で、黙ったまま女型を真っ直ぐに見つめている。

 

「エレンは恐らく最も安全な位置にいると思う。とすると、場所は中央後方辺りだ」

 

「なるほどな…いったいエルヴィン団長は何を考えてんだか…」

 

「わからない。でも僕らのはるか先を見据えているんだろうね。この作戦にも大きな意味があるんだろう」

 

 右翼索敵の甚大な被害を伴い、さらにまだ増えるであろう犠牲の先で生まれる「結果」。

 

 その事実はアルミンにとって残酷で、受け入れ難いもの。

 疑う行為を、行うことができない。

 彼はまだ、()()()()()ことが、できずにいる。

 

 

 一先ず敵の狙いがエレンということはわかった。

 

 ジャンとライナーは協力し、女型の足止めに向かう。だが途中ジャンが女型にワイヤーを掴まれ、あわや握りつぶされんとした。その危機を救ったのはライナーである。

 

 ジャンの身体を押し退け、女型の手の内に捕まったナイスガイは、その身体を徐々に女型に潰された。

 

 ヒュッと、息を零したのはアルミン。

 

 馬を諌めライナーの元へ向かった彼が見たのは、女型の瞳。青い瞳は冷たく、訓練兵時代体験した雪山での地獄の訓練よりも、凍てつく色を秘めている。ミシミシと軋んでいく、強靭なライナーの肉体。

 

 明確な殺意が、女型から感じ取れた。

 

 

「ぐっ、…が、………アァ!!」

 

 

 女型の親指がライナーの頭部を押し、あと少しで握りつぶさようとした手前、彼はブレードで握っていた指を切り刻むようにして脱出した。

 

 痛みにうめきながらライナーは、二人に一旦撤退することを提案する。この場で一番強い人間が手負いとなり、ジャンとアルミンも頷いて逃げることになった。だがこの間三頭のうち二頭は混乱の最中、行方知れずに。

 

 手負いのライナーにジャンが肩をかしながら走り、馬に乗っているアルミンも続いた。しかし彼の視線は、後方の女型へ注がれる。

 

(さっきは明確な殺気があった…けど、今は逃げる僕らを追って来ない。何故だ……?)

 

 不可解な現状。再生する手を見つめた女型は、そのまま立ちすくんでいた。アルミンは眉を寄せながらも安全な場所へ逃げるべく、前を向き直りライナーに後ろに乗るよう告げた。

 

「すまん、アルミン」

 

「大丈夫だよ。僕こそ力になれなくてごめん…」

 

 

 アルミンの後ろに乗ったライナーは二人が前方を向いている中、後ろを向きやる。

 

 一瞬女型と目が合い、彼の背筋には薄ら寒いものが走った。

 ゾワゾワと、まるで背中にムカデでも這い回っているような。

 

 青い瞳が捉えているのは、()()の男。女型の金髪が風に揺られ、キラキラと輝きを放つ。

 彼女の口角は、微かに上がっていた。だがその瞳の奥は、未だ凍てついた色を孕んでいたのである。

 

 

 あんたを殺せなくて、残念だよ────そんな言葉が、聞こえてくるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 女型の巨人と、複数の巨人が確認された後。

 女型は右翼前方に向かい、隊を大きく混乱させた。

 

 命令指揮を執るエルヴィン・スミスに従い、全体は右翼側の脅威から逃れるように左へ移動。撤退命令が出ない状況に、兵士たちはさらに混乱することになった。

 

 

 そして行き着いたのは巨大樹の森。中央など一部を残し、左右の人員は森の外を回るようにして移動。その後は外側で待機。また巨人の迎撃態勢に。──とは言っても木の上で立ち、巨人を誘き寄せるだけであるため、間違えなければ命を落とすことはない。

 

 

 対し中央後方、森に入ったリヴァイ班は、巨大樹の森へ入っていた。

 エレンは森に入る手前聞いた「右翼索敵の壊滅」との口頭伝達に、右から何か来ている、と認識している。

 

 彼だけでなく兵長以外のリヴァイ班が動揺を見せる中、()()()は姿を現す。

 

 右翼索敵に大打撃を与えた巨人。14m級のその身体から放たれるスピードは、驚異の一言。

 

 リヴァイ班の後方に現れた「女型」の巨人に他の増援が応戦する中、エレンは戦いを求める。しかしそれに兵長は首肯することなく、進み続けた。

 

 

 最強の男はエレンに問う。力だけ持った、何も考えようとしていない少年に。そんな脳では、障害物を避けきれずそのまま死ぬのがオチだ。

 

 考えなければならない。そして、最善を導き出さなければ、人はあっけなく死んでしまう。「生」に()()を生み出すためには、頭を動かすしかない。

 

 既にエルヴィンから、エレンはヒントを得ているはずだ。

 

 

「考えろ、足りねェ頭にクソでも詰められたくなければな」

 

 リヴァイ班のペトラやオルオたちは兵長の言葉を前に、冷静さを取り戻した。彼らの役目はエレン・イェーガーを、彼らの命を賭して守り抜くことである。

 

 ただ一人まだ心を決められていないのはエレンのみ。戦わなければ、皆殺される。せっかく力を得た。エレンはかつて母の命をみすみす見逃し、姉と共に戦うこともできなかった弱い自分ではない。巨人の力さえあれば全て────、

 

 

「エレン」

 

 

 手を噛もうとした少年に声をかけるのはペトラ。

 

 その行為を咎めるように、再度「エレン」と声をかける。彼女の手には……否、彼女だけではない、オルオやエルド、グンタの手には、彼ら自身の歯形が刻まれている。

 

 巨人化の力を恐れ、エレンさえも恐怖の対象と認識したリヴァイ班の面々。

 彼らはしかして少年の心に触れ、自分の早計さを恥じ、戒めとして己の手を噛んだ。

 即ちそれはエレンを信じよう、という彼らの意志の表れ。

 

「お前は間違っていない。俺一人であのバケモノに勝てるか否か……勝てるとも言いきれねぇし、負けるとも言いきれない。戦況においていつ何時、何が起こるのか、それは誰にだってわからない。あのエルヴィンでさえな」

 

「………兵、長」

 

「やりたければやれ。お前には()()()()()力がある。どうするかは自分の判断で決めろ」

 

「……ッ」

 

 

 エレンは一人一人、リヴァイ班の顔を見た。兵長の言葉とは反対に、皆彼を見つめ、「信じろ」と目で訴える。

 

 後ろには増援を羽虫を潰すが如く殺す、女型(バケモノ)の姿。

 

 やらなければやられる、世界はいつだってそうだ。ミカサが誘拐犯に攫われた時や、母カルラが巨人に食われた時。

 

 その手を血で汚すことで少年は少女を救い、対し何もしなければ、何もできなければ母は死んだ。

 

 世界は残酷にできている。

 

 でも、それでも。

 

 

「オレは……、信じます────ッ!!」

 

 

 慟哭するように大声で叫んだエレン少年。

 彼は一人で進むのではない、仲間と共に進むことを選んだ。そうして進み、彼らの行き先に現れたのは獲物を捕らえるための罠。

 追い込まれたのはエレンたちではなく、女型(エモノ)の方である。

 

 

 

 

 

「え」

 

 

 翡翠の瞳に映ったのは、その巨体が、跳躍する様。

 

 女型は跳ぶ寸前、視界の横、木の裏に隠された特定の巨人を拘束するために生み出された、兵器の一部を見た。

 

 積載されている樽の中には、七本の鉄の筒が敷き詰められており、その筒には矢尻を両端につけたワイヤーが螺旋状に内包されている。

 その無数のワイヤーが特定の位置に入った獲物に発射されたが、辛うじて女型の右足に刺さるに留まる。

 

 それに足を取られ一度地面に身体を打ち付けた女型。しかしすぐに体勢を立て直し、拘束を振り切り、前方を走る目標のターゲットへ向かった。

 

 まさかの失敗に、場が混乱状態に陥る。作戦の指揮を担当するエルヴィンは異常事態に、エレンの防衛命令を出した。ゆっくりと世界が動く中、エルヴィンの脳内は急速に動く。

 

 

 通常なら避けられないはずであった。敵が凄まじい速度で右翼側を移動していた通り、女型の運動機能は超大型や鎧と比較にならない力を持つ。

 

 だがそれでも、確実に仕留められた。例えば予め罠があることを知っていなければ、避けられるはずがない。罠を認識したとしても、そこから跳躍するにはラグが起こる。

 

 女型の先の跳躍は、前提として罠の情報がなければなし得ない、状況処理能力の速さであった。

 

 

 元々作戦内容が敵側にバレていた?──否、であれば、今回はエレンの奪取を見送ったはずだ。敵はウォール・マリア陥落から、5年の時を経てトロスト区を襲撃した。これを鑑みても、慎重に動いているのは想像に難くない。

 

 ならば敵が最初に襲撃した時点では、罠について知らなかったと考えるのが妥当である。

 

 女型が現れたのは右翼側。よって情報を漏らした内通者は、右翼側の人間となる。

 

 

 そも知性巨人=女型がエレンを狙うのは、巨人化する彼に何かしらの有用性、あるいは必要性を抱いているからだ。

 

 シガンシナとトロスト区での一見似ているようで異なる相違点は一つ。巨人化する人間───エレン・イェーガーが現れたこと。そして、ウォール・ローゼの内門が破られなかったことからも、エレンの出現は敵にとって想像だにしないイレギュラーであった、と推測できる。

 

 エルヴィンはこの時点で、エレン・イェーガーが巨人化できる情報を持っている人間を怪しみ、ソニー&ビーンの殺害の一件で、敵が兵団関係者にいることを確信した。

 

 彼がその後、新兵勧誘式で“地下室”の存在や壁外調査の計画を訓練兵らに話したのも、敵に発破をかけるため。要は危機感を抱かせ、エレンを狙わせようと目論んだのである。此度の大規模壁外調査は、そのために作られた場であった。

 

 

 その結果、実際に今まで確認された知性巨人と異なる個体が現れた。そしてその場所は右翼側から。これでエレンが左翼側だと伝えられていた人間はシロになる。

 

 大方既にエルヴィンの中では、疑わしい人物は絞られているのだが。それも新兵勧誘式の前に。

 

 トロスト区防衛戦の時、エレンが巨人化できることを知り、箝口令を敷かれたのは一部の者。

 

 その中でエレンの巨人化をいち早く知ったのは、現場にいたミカサやアルミンなど、104期訓練兵の者たち。疑わしい者の中にはジャンやライナー、ベルトルトにアニもいた。

 

 これに立体機動装置の検査の際アルミンがアニの件を話していれば、彼女は拘束され、今回の女型の襲撃は起こらなかった可能性が高い。

 

 

 しかして間違いなくエルヴィンの意図を理解し、女型に罠の存在をこの作戦中に伝えた者はいる。

 

 

 

 

 

 一斉に兵士がエレンを狙う女型へ向かう中、一人の少年の時が止まる。

 

 ペトラたちが戦闘態勢に入る中、リヴァイの言葉がエレンの耳に入った。舌打ちし、戦力の薄さにぼやいた兵長の言葉にエレンはついと、尋ねたのだ。

 

 姉はこの場に、いないのか────と。

 

 この場とは、捕獲作戦が行われた場のこと。その場にはハンジなど主要人物がおり、巨人化できるエレンの元へ鼻息荒く彼女が訪れた時も、アウラはよく巨人について語る仲だと言っていた。その時ハンジと一夜を過ごした身(地獄)としては、姉が正気がどうか疑ったものだが。

 

 

 そんな姉だからこそ、無意識にエレンは捕獲の場にいると思った。彼が気づかなかったエルヴィンの意図を、姉なら当然気づいていると考えていたことも理由に入る。

 

 リヴァイは難しい顔をし、また一つ舌打ちを溢す。

「知らなかったのか」と、前置きして。

 

 

 

「アウラ・イェーガーは、右翼側索敵だ」

 

 

 

 右翼側、索敵。

 

 それはエレンが、「壊滅」と聞いた場所であった。

 

 瞬間ドロリと少年の中で、何かが溶けた。

 溢れた黒く粘着質なものは、少年の内側から溢れ、その狂気を現す。

 リヴァイがその時目にした、少年の表情。

 

 

 エレンは、笑っていた。

 

 しかしその目は、悍ましいほどの殺意を孕んでいた。その狂気を向けられた女型は一瞬止まり、一歩身を引く。()()()()()()狂気。正しくそれは彼女が恐れてやまぬ、女と酷似している。

 

 

 

 

 

「ころす」

 

 

 

 

 

 巨大樹の森の中。

 稲妻を落としたような眩い光が生まれ、バケモノの雄叫びが響いた。




エルヴィン+アルミン=どこに逃げ道があるっていうの?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

全て「オレおま」になりたいよ〜だ(ゴロリ感)

 指笛を鳴らしても愛馬が帰って来ず、結構焦った美女はだぁれ?

 そう、それは私、アウラ・イェーガーである。

 

 

 女型に捨て置かれた私は、立体機動装置を付け直してから、愛馬を呼んだ。しかし中々来ず、走る巨人たちの群れに遭遇。先ほど私たちを襲った群れの個体である。まるでお安い食べ物を奪い合う主婦のような恐ろしさだった。

 

 その時は咄嗟に木の上に移動し、事なきを得た。いくら何でも数が多すぎる。あの人外兵長ならまだしも、アウラちゃんはか弱き乙女なんでね。

 

 幸い巨人はこちらに見向きもせず走って行った。

 多数を狙う性質で、一人の人間に見向きもしないのは奇行種の特徴。対し我が班を襲ったのは通常種。

 

 つまり何らかの原因があり、私を無視して移動していったのだとわかる。となると、女型が呼び寄せたのだろう。

 

 巨人たちが向かった位置は、ちょうど右翼前方。恐らく前方の索敵と襲わせるためと思われる。その間彼女が私の提案通り動くかわかりませんが、最終的に巨大樹の森でエレンを狙うことになるでしょう。

 

 

 しかしまさかアニちゃんが、マルコ・ボットの立体機動装置を身に付けているとは思いませんでした。ソニーとビーンを暗殺したのも彼女。これは私がハンジ・ゾエに散々苦しめられた帳尻を合わせるために、彼女の曇らせ顔を拝まないといけませんよ。

 

 …いえ、殺した仲間の装備を身に付けているんだ。それだけで彼女の心中には罪悪感がある。

 

 その点を責めれば、きっとアニちゃんは表情を歪ませた。その代わり余計なことを言った私は殺されていたと思いますが。

 

 

 一先ずベルトルトくんの依頼はこれでいいでしょうか。罠の場所を教えたわけですし、アニちゃんの生存率は飛躍的に上がるはずです。

 

 単騎で臨む合戦で、敵側には巨人化できるエレンに、人類最強やセコム・アッカーマン。さらにハンジ・ゾエやエルヴィン団長までいますし、いくら何でも無理ゲーだ。

 

 女型は身体機能に富んでおり、巨人を引き寄せる“叫び”もある。ですが鎧と比べれば防御力が劣りますし、超大型のような破壊力もない。

 

 しかし動ける者は、二人を除きアニちゃんしかいない。

 これといった武器があれば、話は大きく変わるのでしょうがね。ベルトルトくんの不安もわかります。

 

 

 

 

 

 それから暫くし、ようやっと我が愛馬が帰還した。

 

 壁外での単騎行動は、控えめに言って自殺行為。じゃけん、早く前方に進んでいる仲間を追いましょうね。最悪巨大樹の森を目指せば大丈夫です。

 

 問題はしかし、別にある。

 

 私がいる索敵班が壊滅した中、一人生き残っていたとなると、スミスが疑惑の目を向けてくる可能性があることです。アウラちゃんは一度ウォール・マリア陥落後、単騎でマリア内を移動し、ウォール・ローゼへとたどり着いた。しかも手負いでである。

 

 この件はユミルたそに記憶改ざん(クチュクチュ)されたサシャ・ブラウス含む複数の人間から裏が取れるので、あまり心配する必要はない。反面、完全に真っ白とも言えない。

 

 仲間が壊滅した中で一人だけ生き残った点。

 また、女型が現れた右翼側に私がいたことなど。

 

 

 まず一人だけ生き残った点について。

 

 我が班は女型と巨人の群れと遭遇。しかし対処し切れず、戦っていた私は事を伝えるよう頼まれ、伝達に向かった。その際は煙弾を送る余裕さえなかったのは事実ですので、その部分は正直に話すしかない。ブレードやガスについてはある程度消耗させてあります。

 

 そして馬を走らせつつ態勢を立て直し、煙弾を送ろうとした直後。

 前方に移動し始めた女型、及びそれが連れる巨人に巻き込まれる形で落馬。この時煙弾を送る信号拳銃も無くしたことにする。

 そして足を無くした私は木の上で待機し、必死に馬を呼んでいた───。

 

 

 この場合、「何で女型お前を殺さなかったん?」となりそうなので、放っておいても死にそうだったアピールをする必要がある。

 

 そのため木の上から恒例のジャンプをかまし、右足を折りました。痛いですね。

 

 これで馬がいなくなったプラス、放っておいても移動できないため、巨人に食われるだろうと女型が判断した嘘の材料を作れる。

 

 しかし私の索敵の位置は最も右側の位置に当たり、その後方には索敵がいない。

 

 女型の現れた位置も、巨人の群れが移動するカラクリや煙弾の位置を紐解けば、どの場所であったか当たりがつく。

 

 アニちゃんは最初右翼側を確実に潰して回る予定だったみたいですが、私との遭遇で彼女の行動はエレンを捕獲する前に、隊を混乱させる意図が付け足された。エレンの居場所を教えたベルトルトくんたちの疑いが、なるべく分散できるようにするための行動。

 

 

 この女型の急な行動変化に気づかれた場合、女型の行動が変化する直後にいた人物、例えば一人だけ生き残っていた私が疑われるわけです。敵に情報を漏洩させた人物である──と。剰え女型は罠を避けてしまうわけですから。

 

 真っ先に気づきそうなのはエルヴィン・スミス。

 

 女型の出現位置。そして一人だけ生き残った部分を踏まえ、アウラ・イェーガーを怪しい人物と仮定して、私と女型の関連性を見出しそうなのもこの男だ。

 

 最悪脅された体でいくしかないかな。もちろんアニちゃんたちの名前は出しませんけど。

 

 

「……頭が痛くなる…」

 

 

 ここまで戦士サイドに足を突っ込む気はなかったのですが、困ったものだ。まぁ、私が裏切り者と知った皆の反応が見たい気持ちが、先行している部分もあります。

 

 お兄さまに出会えるまででいいので、どうかこの命が持ちますように。

 その後は煮るなり焼くなり、好きにしてください。

 

 私はきっと、美味しいですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 仲間をたずねて三千里。

 

 ──いえ、流石に三千里は嘘です。約一万二千キロ弱など、巨人化して走れたとしても当分かかる。

 

 

 女型が周辺の巨人を連れて走ってくれたおかげか、道中巨人と出会さず巨大樹の森へたどり着くことができた。

 

 この事実と、女型が巨人を率いていた様子を目撃したことを話せば、手負いで生き残ったとしても、怪しまれる可能性は減るでしょう。

 

 愛馬が来なかった分かなりのタイムロスをした。しかし巨人を避ける道のりを通った前方と、直線的に馬を走らせた私。ついでに(やる気♂を出せば)俊足を誇る我が馬をコキ使って急がせたので、想像よりは巨大樹に着いたタイムラグは少なかった。

 

 ちなみに伊達に7年調査兵団に所属してないので、概ねの巨大樹の位置は把握済み。もちろん地図があった方が、正確性は増す。

 

 

 

 

 

 して、ちょうどぶつかったのは、巨大樹の正面から大きく外れた右側。

 

 予定通りであれば森の中に巨人を入らせないため、外側で巨人を誘き寄せる役目の兵士たちがいるはず。耳を澄まし大きな音がしている方向へ向かえばいました。

 

 メンツは……おっ、ライナーくんにアルミンくん、それに馬ヅラっぽい少年と、パッとしないモブ顔の少年が二人。

 もう一人は──────お、おっふ。……か、かわいい天使が一人。名をクリスタ・レンズちゃん。誘拐します(頑なな意思)

 

「あっ」

 

 見惚れていたら巨人が襲って来てしまいました。来る前に立体機動で上に移ろうと思っていたのがですが、失敗した。

 

 誰ですか、あんな愛らしい美少女を作り出した人物は。私の動悸がムネムネして死にそうですよ。いえまぁ、物理的にも死にそうなんですけど。

 

 

 慌ててワイヤーを木にかけようとしたが、走って来た巨人の振動で、姿勢が右に崩れる。

 自業自得な足の怪我のせいで、上手く体勢を保つのが難しい状況。私の身体は馬から落ち、地面に転がる。

 

 一番私に近い巨人が手を伸ばし、アウラちゃんの喉から野太い「アッ────!!」という声が出そうになった瞬間、動いた私の肢体。

 

 視界がグルグルと回り、所々身体が地面にぶつかる。視界が正常に戻り状況を理解しようと視線を探らせれば、見えたのは金髪。直後体勢が大きく変わる。

 

 自分の肩や膝元に触れている手の感触から、どうやら私はお姫様抱っこされているらしい。立体機動装置含めたら、私の体重は60キロ近くなるんですが。筋肉お化けかな?

 

 

「………ッ!!」

 

 

 私を助けた少年にお礼を言う間もなく、彼は駆け出しワイヤーを木に取り付け、巨人の手に捕まるスレスレで逃れた。

 

 先に言っておくと、立体機動はあくまで一人用。人を抱えて動くとなれば、ワイヤーに大きな負荷がかかる上、ガスも多く減る。木の上に乗れたはいいものの、勢いを殺せず、つんのめる形で両者身体が前へ傾いた。

 

 そこを救ってくれたのは、慌てて私たちの元へ来た馬面の少年。再度「アッー!!」しかけた私を抱えている少年の腕を引っ張ってくれたおかげで、事なきを得た。

 

「バッカじゃねぇのか、ライナー!危ねぇだろ!!」

 

 馬面くんが怒髪天です。

 

 

 

 ────そう、私を助けてくれたのはライナーくんでした。やっぱりゴリラですねクォレハ…。

 

 普通の女子なら、間違いなくコロッと()ってしまう状況です。残念ながら私には「こうかが ないようだ」。お兄さまにされたら確実に絶頂不可避だった。

 

「あ、ありがとう……助けてくれて…」

 

「……いや、いい。気にするな」

 

 微笑みつつ、もう大丈夫アピールをして下りようとしますが、ガッチリ掴まれていて動けません。目元辺りに影ができていますがどうしたんですかね?まさかこのアウラちゃんに惚れてしまったのでしょうか。

 

 

 …いや、それとも現在のアニ・レオンハートの状況を考えているのか?

 

 彼は以前のベルトルト・フーバーの「()()()()()()」という言葉と、マルコ・ボットが死ぬ状況の言動を加味し、精神状態に明らかな異常が見受けられた。

 

 以上を踏まえ、“戦士のライナー”と、“戦士ではないライナー”が生まれていると考えられる。

 

 今は果たしてどちらなのか。戦力外通告をベルくんから押されているも同然なライナーくんなので、もう少し頑張って欲しいところ。

 

 仲間の死で傷つく精神は美しく愛おしいですが、壊れやすいとアウラちゃん的には物足りない。ゆえにもっと精神強度を上げて苦しみ抜いてください。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 アッ、天使が舞い降りた。私の右足の怪我に気づき、心配してくれています。

 ダメです触って具合を確かめようとしないでください死んでしまいます。

 

「お、応急処置しないとっ…!ライナー、一旦彼女のこと降ろしてあげて!」

 

「………」

 

「ライナー!!」

 

「…え、あ、あぁ…わかった」

 

 ようやく降ろされた私は、クリスタちゃんの簡易的な処置を受けつつ、この場にいた隊の班長に私がここまで来た経緯を伝え、現在の状況を聞いた。

 

 その間ライナーくんは薄っすら微笑んでいたアルミンくんに「ちょっといいかい?」と声をかけられ、場所を移す。馬面──ジャンくんはそんな二人の様子を視界に入れ、微妙な顔をしていた。

 

 

 

 一先ず我が隊の右翼索敵が森を移動中の時、「女型」の巨人が右から奇襲する形で現れ、ソレが連れる無数の巨人と遭遇したことを話す。

 

 その際煙弾を送る間もなく隊は壊滅に追い込まれ、唯一動けた私が伝達を頼まれた。

 

 しかし煙弾を撃とうとした直後、移動する女型と巨人の群れにぶつかり、信号拳銃と馬をなくした挙句、足をケガした────云々。

 

 

「女型と巨人の群れはアウラ副分隊長、あんたを襲わなかったのか?」

 

「……信じられないと思いますが、女型が叫んだ後、その後を追うように巨人の群れが続いたのです。私のことは見向きもしませんでした」

 

「その巨人の群れが全て奇行種だった、というわけではないよな?」

 

「いえ、少なくとも通常種であったはずです」

 

「足を折ってよく生きていられたものだ…」

 

「…本当に、私だけ……生き残ってしまいました」

 

 

 仲間の惨い死に出会し、一人だけ生き残ってしまったアウラ・イェーガー。

 私は今仲間の命を救えず、“伝達”と言いながら、逃げるしかできなかった。

 

 俯き絶望顔を見せる私の姿に、班長の男が肩に手を置く。「よく生きていてくれた」──と。

 

「女型が放っておいても「死ぬ」と判断したあんたはしかし、生きていた。それが全てだろう。屍は踏み抜いてでしか、俺たちは進むことができないのだから」

 

「……そう、でしたね」

 

「本当に、嫌なものだ」

 

 

 

 その後話は続き、私が馬を走らせていた時巨人と遭遇しなかった点が、女型の「巨人を呼び寄せた」という説に信憑性をもたらす。

 

 この場に来れたことについては、あらかじめエルヴィン団長から聞いていた、と話した。対しこの班長の方は、本作戦の内容については知らないようである。

 

「その本当の作戦内容って何なんだ?」

 

 ジャンくんが聞いてきましたが、教えられない、と首を振る。すると舌打ちを一つ零した彼。現場に相当イライラしているのだろう。

 

 

「それで、現在の状態について聞きたいのですが…」

 

 

 聞くと、少し前に巨大樹内部から外側にまで響く大きな音がしたらしい。恐らく罠の音と思われる。

 

 次いで起こったのは、()()()と、地面を轟かすような()()()

 

 なるほど。女型捕獲が失敗して、エレンくんが巨人化しましたか。ちょうど天使ちゃんが、木の棒などを使い右足を簡易的に固定してくれたことですし、飛ばしていきましょう。

 

 

 何かにハッとしたアウラちゃんは班長やジャンくん、天使ちゃんの制止を無視しこの場を去ります。何気この場で一番偉いのは私ですので、彼らには命令が出されるまでこのまま待機しているよう告げました。

 

 少し遠くまで移動し話し合っているらしい金髪コンビは、未だ戻ってきていないので無視。

 

 内側に入っていくと、何やらドッタンバッタン地震のような音が聞こえて来る。

 大乱闘タイタニック(巨人)ブラザーズですねわかります。

 

 恐らく異常事態を察知したミカサちゃんも、内側に入ってきているでしょう。

 

 弟VSアニちゃんの勇姿を見に行こうじゃありませんか。できるならアニちゃん優勢で頑張ってもらいたいですね。さすればエレンくんは傷つき、アニちゃんも疲労してくれるので。

 

 そして最後はピンチの弟のため、リヴァイ兵士長が女型の間合いに入り、膝裏や目などを潰し、最終的にうなじを削ぐ未来が見えます。

 

 まぁ、その前に女型が“叫び”を使って巨人を呼び、共食いが引き起こされ、混乱に乗じてアニちゃんが逃げてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ですがまぁ、想定外のことってあるものですね。

 

 

 暴れ合う巨人二体から距離を置き、兵士たちが木の上からその様子を見つめている間にさりげなく入った私。

 

 正直言って人間が入れる間がない。一歩でも彼らの内側に入れば、羽虫が如くいとも容易く殺されるでしょう。

 

 というか女型が結晶のようなものを纏わせているんですが、何ですかアレ?

 ベルトルトくん、何ですか、アレ?(二回目)

 

 ビッグエレンくんがフラフラじゃないですか……かわいい。

 

 どうやらアレはうなじにも応用できるようで、女型は粉骨砕身覚悟で拳を浴び、うなじを狙おうとするエレンくんの攻撃を、結晶をまとわせて防いでいる。恐らくブレードで狙うことは叶わないだろう。

 

 今までアニちゃんの方が劣勢だと考えていた脳内が、一気に傾く。これなら罠の存在を教えぬ方が良かった。

 

 罠ありきでも女型は優勢になった。それがないのであれば、考えるまでもない。

 

 

 あの小僧め、私を謀ったな。四肢の四本や八本切り落としてその絶叫を聞かねば、この精算は合いませんよ。

 

 

 私がアニちゃんは劣勢になると思い込ませるのも彼の策。

 

 私が助けることを見越して、アニ・レオンハートに罠の存在を伝えたかったのだ。彼やライナーが動けば怪しまれるがゆえ、()()()()()()()を利用して。

 

 向こうが知性巨人の力について、全て話していないとは思っていた。この点は、女型のメインの力が巨人を引き寄せる力だ──と、思い込んでしまった私の失敗もある。

 

 だがこちとら、かなり危険な場を踏んでいるんだぞ。スミスの思考力は怪物なので、本気で恐ろしいのに、困ったものですわ。

 

 

 何より向こうが私とお兄さまを会わせる可能性が薄まったのが、最もキレる理由。

 

 都合のいいコマでしかない私との約束を、本当に守るのかどうか。

 その答えは限りなく「否」。

 

 けれどもお兄さまと会える可能性が少しでもあれば、私は縋ってしまう。私がジーク・イェーガーへ抱く重い想いは、本物であるから。

 

 

 

「いやになるなぁ…もう」

 

 

 この場を覆す鍵のリヴァイを探せば、木の上でミカサ・アッカーマンの身体を拘束している。彼女が異変を聞きつけ、飛び出して行こうとしたところを止めたのだろう。少し彼の姿勢に違和感を感じた。

 

 身体の重心が右に傾いており、左足を少し浮かせるようにしている。…最悪だな、捻るなどして負傷している可能性が高い。恐らくミカサちゃんを止めた時に、無理な体勢を取ったのだろう。

 

 

 私の身体は自分の制御下から離れ、力なく木の上に座り込む。

 

 結局ベルトルトを責めても、最終的に悪いのはアニ・レオンハートが劣勢になる──と決めつけ、その考えを脳内に固定し、別の可能性が起こりうることを想定しなかった私。

 

 そう言えばジークお兄さまは今頃何をされているでしょう。

 

 クサヴァーさんとされていたキャッチボールを、他の戦士と行っているのかもしれないし、もしかしたら既に妻子がいて、我が子と遊んでいるかもしれない。お兄さまも25歳になっていますし、十分あり得そうです。

 

 昔スープが熱いからと、必死に息を吹きかけていた猫舌お兄さまは可愛らしかった。

 独特な耳をかく癖は、どうやらエレンくんにも遺伝しているようで、時折その姿を見るとお兄さまを思い出す。

 お父さまも時折その癖を見せていた。

 

 私だけないんですけど。猫舌も。

 

 同じになりたいのに、すべて。

 

 

 

 

 

 ブレードが一枚あります。いつの間にか私の手の中に。いえいえ、自決なんてしませんよ?アウラちゃんはバカじゃないので。ガスの残りはわずか。

 

 エレンが身体を木に打ち付け、アニに追い込まれている。

 

 弟の巨人体は右腕が肘から吹っ飛んでおり、左手は手首から先がない。無事なのは右足のみで、左足も脛付近から欠けており、左の顔も大きくえぐられている。

 

 大きく開いた女型の口元に、次の展開を悟った。

 

 うなじごと、エレンが食われる。そうなったら女型が逃げ、最悪戦士たちも壁内から離脱する可能性がある。

 

 なので助けに行かないといけませんね。助けに、行って。

 

 

 空が、青い。

 

 高い木々の上に辛うじて覗く色。

 

 ほらこんなにも青いのだから、一歩進まなくては。

 

 

 

 視線をエレンに戻したその瞬間、目が合った。翡翠の瞳が大きく開き、咆哮して。

 

 

 急速に回復した弟の左手。それが女型の顔を殴り貫いた。

 

 

──────────────────────────────────────────

【圧迫面接】

 

 アルミンに連れて来られたライナー。「戦士」である現在の彼は、相手が104期随一の頭脳を持つアルミン・アルレルトということもあり、最悪の事態を想定していた。

 

 その最悪とは、ライナーが巨人の力を持つ人間である、と勘付かれた場合である。

 

「ライナー、君は訓練兵時代の頃、男子のうちで誰が好きかの話になった時、「クリスタが好きだ」って言ってたよね」

 

「?………あ、あぁ…だが今は悩──」

 

「僕はあの時言えなかったけれど、本当は好きな人がいるんだ」

 

「え?そ、そうなのか、応援するよ」

 

「……応援してくれるんだね?今、()()()()、って言ったね?」

 

 ライナーに一歩近づき、顔を少し上げ、「ゲスゥ」と笑ったアルミン。

 

「言質は取ったぞ」

 

「あ、あぁ…?」

 

「ちなみに僕が好きな人は、エレンのお姉さんだ」

 

「…そう、だったのか?」

 

「子供の頃から好きなんだ。初恋だよ」

 

「………お、おう」

 

「応援してくれるよね、ライナー?」

 

 一歩一歩と詰め寄る初恋拗らせミン。少年から漏れ出るドス黒いオーラに、ライナーはたじろぐ。

 

 あの時は思わず戦士長の想いや自身の感情が動き助けたが、まさか斯様な目に遭うとは思わなかった。

 

「みんなの頼れる兄貴分の君なんだ、応援、してくれるよね?」

 

「え、えっと……そろそろ戻った方が良くないか?」

 

「ダメだ、話は終わってない」

 

 こうしてエレンの二度目の叫び声が聞こえるまで、ライナーはアルミンによる圧迫面接が行われることになったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザンコクな悪魔のThese(テーゼ)

いつもお気に入りや評価、感想等ありがとナス!

キシベのアニメをガン決まりして見ていた週末。ドラマ楽しみ過ぎて吐きそう。アニメも進撃と同時期で死にそう。というかもう一年終わることにトびそう。


 戦わなければ死に、戦えども相手を殺さなければ死ぬ。

 奪い奪われ、築かれる死体の山。血と肉の上で成り立つ世界の有様に、人は何を思うのか。

 

 これにジーク・イェーガーならば、歴史の最たる悪であるエルディア人の“死”によって、世界に救いを求めんとする。

 

 アウラ・イェーガーならば、兄ジーク以外は何の価値もない有象無象と捉える。ただし誰よりも()()()()()彼女は、血と肉で築かれる世界に並々ならぬエクスタシーを見出すのだ。

 

 

 ではエレン・イェーガーなら、血肉に塗れた世界はどう映るのか。

 

 残酷で、しかし美しいと思うのだろうか。大きな翡翠の瞳は、彼に世界を生々と伝える。

 

 

 力を持たぬ友───アルミンが、いじめっ子たちに虐められていた様子を。

 刃物でミカサを傷つけた強盗犯の肉を捌いた瞬間を。

 超大型巨人によって壁が壊れる瞬間を。

 カルラが巨人に食われる瞬間を。

 訓練兵時代、三年間苦しみ共に過ごした仲間たちの姿を。

 トロスト区でまた超大型が出現し、壁が壊された瞬間を。

 訓練兵の仲間が次々と死んでいった瞬間を。

 巨人に食われんとするアルミンの姿を。

 それを助けた後に見た巨人の赤い内臓の色と、息絶えたバラバラの兵士たちの死体を────。

 

 そして目覚めた、巨人の力。

 

 

 

(姉さん)

 

 

 少年の最も古い記憶。幼い彼の手を握り、ニコニコを通り越して、デレデレとした顔でエレンと遊んでいた姉の姿。

 

 優しい姉だ。

 いつもエレンに笑いかけ、彼が泣いた時でも微笑み、少年をあやす。

 

 そんな姉を嫌いになるなど、できるはずもない。両親からも愛され、近所でも評判だった少女。

 

 だが転機が起こった、地下室での一件。エレンは“死”を望む姉の姿を見た。今まで彼が見たことのなかった、アウラ・イェーガーの()()の一面。姉の心が脆いことを知った少年は、彼女を守れるくらい強くなろうと考えた。

 

 しかして回復した姉はすぐに調査兵団を目指し、弟の元からいなくなる。その三年間で少年は「寂しい」という気持ちと、思春期に苛まれながら成長した。

 

 

 そして訓練兵を卒業し、成績九位で調査兵団入りした姉。

 

 元々調査兵団を目指していた少年にとって、活躍する姉の姿は羨望そのもの。もちろん調査兵団が壁外から帰還する度、母と共にアウラの姿があるかどうかを、毎回確認していた。カルラも心配していたが、エレンもまた同じように不安を抱いていたのである。

 

 だが姉はいつも帰って来て、カルラとエレンに近づき「ただいま」と告げた。

 

 

 今でこそエレンも、「ただいま」の側になってしまったが。いや、そもそも「お帰り」と言ってくれる場所がなくなってしまった。

 

 そんな中起こった、ウォール・マリア陥落。

 

 カルラの死の直後、母を救えなかったアウラが見せた()()の一面。死を望み進んだ姿に、どれほど少年の胸中は苦しめられただろうか。

 

 この一連の一件が無力な己を強く自覚する、エレン・イェーガーの転換点であったのは間違いない。

 

 

 絶望した少年。果てのない憎悪を燻らせていた、彼の元に届いた吉報。姉が生きていた、という内容だ。

 

 姉と再会した時、エレンは人生で一番“姉を求める弟”になった。泣いて泣いて、泣き続けた。もう二度とどこにも行くな──と。そして、強くなることを誓って。

 

 

 

 

 

 そうして進み続けたエレンは知った。

 

 アウラ・イェーガーが右翼索敵にいたことを。女型と巨人の群れによって、全体の中でも最も大打撃を負った場所であり、「壊滅」と知らされた場所だった。

 

 

 目の前が真っ黒くなった瞬間少年が浮かべたのは怒りでも、悲しみでもない。笑いの表情。

 

 おかしかったのだ。おかしくて、笑うしかなかった。

 

 おかしい、力を持ったはずの少年は、何も出来なかった。姉を守ろうと誓いながら、みすみす死なせてしまった。その事実が頭の中でグツグツと煮え出し、そこから生まれたのは殺意。

 

 殺してやろうと考える。どんな方法で、どれだけ苦痛を与えて殺してやろうか考える。

 

 

 この時、己を嘲笑っていたエレンの笑みは意味を変えた。心の底から、姉の命を奪った物体を殺すことへの狂い笑い。その狂気の所以は長く共に過ごしたことで伝播した、アウラのものであるのか。もしくは元々エレンが兼ね備えている、狂気の一端であるのかもしれない。

 

 まぁ言うまでもなく、この姉弟が人を壊す狂気を持っているのは確実である。

 

 

 

 それからペトラたちの制止の言葉も頭に入らず、巨人化したエレン。その勢いに巻き込まれ、近くにいたリヴァイ班の面々は吹き飛ばされた。

 

 幸いケガを負ったものの、死傷には至っていない(ただし、リヴァイの負傷原因は異なる)。

 

 そして戦い始めたエレンと女型。場所は罠設置に利用された、森の開けた場所。

 

 両者巨人であれど、中身は人間。行われるのは対人格闘そのものであり、繰り出される怪獣大乱闘な様に、並の兵士は近づくことすら敵わない状況。

 

 エルヴィンの命令はこの間女型からエレンを守るものから、一時待機へと変わった。リヴァイも同様である。団長の意図として、女型が罠を避けてしまった現状。女型を疲労させることが最優先だと判断した。

 

 ゆえにエレンvs女型の「ファイッ!」が許されたのだ。

 

 

 予想外であったのは、ミカサ・アッカーマンの乱入。いや、彼女のエレンに対する執着具合から鑑みて、来る可能性があるとは考えられた。問題なのは彼女の乱入後起こったこと。

 

 エルヴィンの見立てでは、エレンの勝機は薄かった。女型の対人格闘技術は異常なまでに優れている。拳が振り出されればそれを寸前で躱し、エレンの足をはらい顔面に拳を叩きつける。一方的な攻撃にエレンは攻めあぐねていた。

 

 最終的に女型がうなじを狙うことを理解していたゆえ、エルヴィンは必ず生まれるその隙を狙い、リヴァイを当てようと画策した。これは女型が戦闘中見せた、硬質化の力を踏まえた上でだ。

 

 硬質化する際、女型には一瞬の動きの静止時間ができる。即ちそれは硬質化を使う場合、意識して使わなければならないことの証拠。

 

 仮にエレンをうなじごと狙うとき、女型が使う部位はどこか。

 手?──否、移動する際潰れる可能性があり、周囲に兵士がいる以上狙われやすい場所に持たないだろう。

 

 ならば、考えられるのは口の中。口であればうなじごとかみ切って、含んでしまえばそれで済む。その動作が行われる時、うなじをリヴァイに狙わせる。

 

 

 無論急遽計画した考えだ。だが流石相棒同士であるのか、エルヴィンが目配せしたのみで、リヴァイは団長の意図を理解した様子だった。

 

 そしてその直後現れたのだ、焦燥を覗かせたミカサが。

 

 

 彼女は驚愕から一転、セコム・アッカーマンたる凶悪な表情に変え、女型を狙わんとした。

 

 先も言った通り、並の兵士では巨人同士に戦闘フィールドに入っただけで、巻き込まれて死ぬ。だがミカサは、他の付随を許さぬ訓練兵の主席卒業者。その力は並の兵士100人相当。まるで100人乗っても大丈夫、な例の倉庫だ。

 

 ただ一つ彼女の欠点を挙げるとすれば、エレン・イェーガーがピンチに陥った時、周りが見えなくなってしまう点である。

 

 これは兵法会議でも如実に現れていた。最悪彼女は、エレンを罵倒する輩を平然とサンドバックにしていただろう。また女型が、どれほど驚異的な身体能力を持つのか知らなかったことも、仇となった。

 

「!!」

 

 女型のうなじを狙った一閃の攻撃。それは硬質化した手でうなじが覆われたため、失敗に終わる。

 

 攻撃が不発に終わり、滞空するミカサの身体。その隙を女型が狙い腕を振るった直後、リヴァイの助けが入った。

 

 ミカサはこの時身体を押され無傷に済んだ──が、リヴァイは女型の腕と左足が接触し負傷。動けるものの、女型のうなじを狙うことはできなくなった。彼はその後ミカサを羽交締めし、エレンに向かおうとするのを止めた。

 

 代役として考えられるなら、この場でリヴァイに次ぐ力を持つミケかミカサ。

 団長が思案し、場が緊迫状態となった中、こっそりとこの時アウラが兵士の中に紛れ込んだのである。

 

 策士トルトの策にハマり、お兄さまメーターが時折振り切れる彼女。正しく今のアウラは「FF外から失礼するゾ〜」の状態。そこには隠しスパイスとして、「()くゾ〜⤴︎」も付け足されていた。

 

 

 

 

 

(ヤ、ベェ)

 

 

 どこか似た()()()()を思わせる女型の動きに翻弄され続け、押されっぱなしでいるエレン。

 

 このままでは負け、彼は女型に連れ去られてしまう。勝つ以外に選択肢はない。だが追い込まれた巨人体はボロボロ。実際に痛みが身体にフィードバックされるわけではないが、激しく巨人体を動かし、そして負傷した箇所が再生すれば、疲労は加速度的に蓄積されていく。

 

 そもエレンと女型では、決定的に巨人体操作の力量差が存在する。

 

(クソッ……)

 

 女型の顔が近付く。

 

(クソ、クソクソ、クソッ……!!)

 

 口の端が裂け、女型の赤い口内がありありと覗く。

 必死に少年の名を呼ぶミカサの声が聞こえた。他の兵士も同じように声をかけている。

 

 このままエレン・イェーガーは、敵の思うままになって良いのか。増援が文字通り命をかけ、リヴァイ班がここまでに至る時間稼ぎをしたというのに、女型は罠を避けた。

 

 彼らの命を、そしてこの作戦そのものが“無駄”になるのかどうか、全てはエレンに託されている。

 だが身体は鉛のように重く、指一本動かすことさえ苦痛だ。

 

 

 

 ──────()みなさい、エレン。

 

 

 

 少年の頭の中に響いた、父グリシャの声。いつ聞いたものかはわからない。その声は彼を導くように、進め、進めと告げた。

 

 エレンの巨人体が唸り声を上げる。

 

 人類の命運が託されている重圧は、15歳の少年にとって重過ぎる。本来なら若人は失敗して成長していくところを、次の“成功”のために“失敗”することすら許されぬ。必要なのは“成功”のみ。

 

 トロスト区で大岩を持ち上げ、作戦を成し遂げたことがまず奇跡であった。それもその作戦では、多くの犠牲を伴い得られた勝利であったのだ。決してエレンだけの手柄ではない。

 

 むしろ彼が一時操作不能になっていなければ、もっと円滑に事は進んだ。

 

(動け、動けよ動け………クソッ!!)

 

 まだ再生しきっていない身体で、女型を押しのけようとするエレン。

 ちょうどその時彼の視界に、一人の女が映った。

 

 

(ねえ、さ)

 

 

 少年が見たのは、三度目の“死”を希求する姉の姿。

 

 生きていた姉は右足を折ったのか、木で簡易的に固定されており、顔に生気はない。弟を捉える白銅色の瞳は濁りきっており、エレンを見ているにも関わらず、彼を捉えていなかった。

 

 姉の生存の嬉しさはほんの一瞬に、少年の身の内で押し寄せた激情。

 

 

 少年の脳裏によぎる、幼き頃見た姉の姿。

 地下室で絶叫し、気狂った姉。カルラの死の後、死に急ぎ野郎になり遠くを眺めていた表情。

 

 

 エレンを置いて、遠くに行こうとするアウラ。その事実に激しい憤りを覚える。同時に少年は生きることを()()()彼女が許せず、またそんな姉を作り出してしまった原因が己にあると思い込み、歯を軋ませる。

 

 

 

「オレに、守らせろよォ────ッ!!!」

 

 

 

 もうエレン・イェーガーは、守られるだけであった子供ではない。熱くなった脳が一周回り、冷静になっていく。

 

 彼が叫ぶと同時に、巨人体も再び外にまで轟くほどの咆哮を上げた。

 大気が、木々が、地面が、激しく揺れる。

 

 

 エレンは()()()()()()()()、急速に回復させる。

 

 そして振り抜いた拳が、うなじに歯を突き立てようとした女型の右頬にぶち当たった。その衝撃で大きく開いていた女型の歯や舌が吹っ飛び、目玉も飛び出す。だがすぐに大きく損傷した顔が、蒸気を発し再生し始める。

 

 敵がフラついた隙に、ついで彼は脛から下が欠けていた左足を再生。

 無事だった右足で大きく地面を蹴り抜き、木にもたれかかった女型へ拳を振るう。

 

 女型は咄嗟に攻撃に転じようとする。しかしエレンが優勢になった一瞬の隙を突き、ミカサとミケ・ザカリアスが女型の膝裏を削いだことで、彼女は前のめりに大きく体勢を崩した。

 

 アニも長時間走り、またエレンとの戦闘で、かなり疲弊している。その疲れが二人の攻撃を許す結果に。

 

 彼女はそれでもうなじを硬質化させ、人間の本体を守る。だがおかまいなしに、転がった女型の身体をミンチにするように、踏み潰し続けるエレン。

 

 荒い息を吐きながら翡翠の瞳を光らせ、激情をぶつけるのではない、()()()()()()()()に痛めつける。

 遂には足が女型の身体を貫通し、内臓と肉、そして血が噴出する。

 あまりの惨たらしい光景に、無数の兵士が口元を覆った。

 

 

 ────バケモノだ。

 

 大勢の頭の中に過ぎった考え。

 

 

「エレン!!」

 

 

 その光景を見ていたミカサは、懸命に叫ぶ。このままではエレン・イェーガーが()()()()()()()()()()()()と、漠然とした恐怖があった。尚も彼女は最もエレンと近い木の場所から、叫び続けた。

 

 お願い、と彼女が声をかけても、少年の蹂躙は止まらない。

 ミカサは下を向き、涙を堪えながら語りかける。

 

 

 

「いっしょに、帰ろう……エレン」

 

 

 

 掲げていた少年の足が止まる。ゆっくりと顔が上がり、長い前髪から覗く翡翠の瞳が、ミカサを捉えた。

 

 その、瞬間。

 

 エレンの咆哮とは比較にならない叫び声が、森中に響き渡る。音の発生源は女型。ついで叫び声が止まり、周囲が静まり返る。だが異変はすぐに訪れた。

 

 罠が設置されていた場所へ向かい、近づいてくる無数の巨大な足音。無知性の巨人が女型の「叫び」により集まっているのである。

 

 

「………ッ、総員撤退!!」

 

 

 現状では女型を捕らえることが出来ぬと判断したエルヴィンは、撤退命令を出した。上げられた煙弾により、撤退を知った外側の兵士も続々と移動し始める。

 

 

 此度の本作戦で右翼側索敵は甚大な被害を受け、また一部の人間が重軽傷を負うケガをした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「………」

 

 荷車に乗り、俯いているエレン。少年の横には彼が巨人化した時落馬し、足を負傷したオルオや、腕を折ったペトラなどがいる。

 

 オルオは完全にエレンから視線を逸らしており、ペトラは俯くエレンに声をかけた。

 

 

「そう自分を責めないで、エレン」

 

「………でも」

 

「…っけ、エレン、お前が急に巨人化しなけりゃな、俺はみっともなく足をケガせずに済んだんだ」

 

「………オルオ」

 

 ペトラはニッコリと微笑みながら、オルオの顔を引き伸ばす。

 痛みにうめいた男の顔はまるで、しわしわピカ野郎。

 優しくない歳上の男の追撃に、エレンは三角座りの体勢で、顔を埋めてしまった。

 

「………勘違いすんじゃねぇぞ。お前が戦わなくとも、リヴァイ班(俺たち)が女型から守り通すくらい、簡単だったんだ」

 

「…すみません……」

 

「う、ぐッ………だ、だからよォ、そんなうじうじしてんじゃねぇよ!!」

 

 エレンはペトラに肩を叩かれ、ゆっくり顔を上げる。眉を下げて微かに笑いを堪えているペトラの顔が視界に入り、彼女が指差す方へ視線を向ける。

 

 少年が見たのは、ブツブツと、小さく何かを呟いているオルオの背中。

 何を言っているのか首を傾げた途端、大声で男は叫んだ。相変わらず、顔は背けているが。

 

 

「あ、ありがとなッ!!………きっとお前があの時巨人化の力を使ってなきゃ、俺たちは今頃荷馬車の上に積まれる死体の一つになってただろうからよ…」

 

「女型の力は、私たちの想像を遥かに超えていた。多分リヴァイ兵長一人だけでも……無理だったと思う」

 

「………ッ、う、……でもオレ、オレッ………!!」

 

「…今は疲れたでしょ?ゆっくり休みなさい。今度は私たちが、あなたのことを守ってあげる。だから安心して」

 

 ペトラに頭を撫でられ、精神の限界が来ていた少年の意識は、荷馬車の揺れも相まって、一気に深みへ落ちていった。

 

 

 

 こうして女型捕獲作戦は、少なくない兵士の命と費用を犠牲にしたにも関わらず、失敗へと終わる。非難の声が多くの住民から上がった。

 

 また上の決定により、エレンの身柄の引き渡しが決定する。

 

 しかして、それでも兵士の中に敵が紛れ込んでいるのは、確実となった。人類の一歩は、着実に進んでいる。

 

 ただし一人の男と一人の少年の内に、大きな疑問を残して。

 

 

 

 

 

 女型が罠についてあらかじめ知っていたと思われる点。さらに女型の侵入位置、及びその場所から煙弾がなかった点から考えられた、女型の行動指標の変化。

 

 そこから導き出される一人の怪しい人物。

 

 その人物は一人だけ怪我を負いながら生き残り、巨大樹の森へ戻ってきた。その部分に関しては女型が巨人を呼び寄せ移動していたことからも、遭遇せず生き残れた点については()()納得がいく。

 

 しかしそれ抜きに、限りなく()()と考えられた。

 

 

 そして女型の人間と思わしき人物を捕獲する前に、敵の内通者とされる人物の名前を聞いたエレンは、驚愕することになる。

 

「バカ…言ってんじゃねぇよ、アルミン」

 

「でも、怪しすぎるんだ」

 

「黙れ。そんな、わけ……ない。そもそも接点がないだろ!!」

 

「……接点はね。でも他にも不可解な点が多いんだ」

 

 エルヴィン曰く、ウォール・マリア陥落時その人物は単騎で、しかも重傷を負って壁内を移動した。

 あり得なくはない。しかし奇跡でも起こらなければ、難しい。それこそ、()()()()()()()()()()()ぐらいの奇跡がなければ。

 

 そも似たようなことが一度ならともかく、二度までも、その人物には起こっている。

 

 

 

 

 

「アウラ・イェーガーは、エルヴィン団長から女型捕獲の内容を伝えられていた、数少ないメンバーの一人でもある」

 

 

 

 女型捕獲の一件を受け、()()()()()()と努めているアルミンの言葉に、エレンは血が滲むほど、唇を強く噛んだ。




【素数を数えたし】


 壁内に帰還する調査兵団の面々。アルミンは馬を走らせながら、荷馬車を凝視する隣の少女を諌める。

「お、落ち着くんだミカサ、こういう時は落ち着いて素数を………み、ミカサ?…………に、逃げて……ペトラさーーーーん!!!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドドすこすこすこすこ「♡」注入

 私アウラちゃん、今チェスをやっているの。

 

 

 大規模壁外遠征から一夜明け、一部の104期生は私服での待機を命じられた。

 

 現在エルヴィン・スミスやリヴァイ兵士長らはお上の命令が下り、エレンの身柄引き渡しのため不在である。

 

 私も同席したく団長に訴えましたが、ケガ人ということで待機させられることになった。それも、104期生のメンバーと一緒に。

 

 

 これは完全に私が黒いと気づかれていますね、流石スミス。

 

 女型が罠を避けたことを前提として、右翼索敵で生き残った数少ないメンバーの一人であり、女型が侵入したと推測される位置にいた我が班。その場所から女型が誘導した巨人の群れが北上し、その他の右翼索敵が襲われた。

 

 逆にこれで怪しまれなかったら、おかしいラインナップの数々。

 

 

 しかし新兵とは異なり、私は武装を許されている。完全武装しているのは上司のみであり、この場の最高責任者はミケ分隊長だ。

 

 彼曰く、右翼側に女型の内通者がいる可能性が高く、彼らの監視を担当する云々───とのこと。

 

 私の武装がOKなのは、アウラ・イェーガーが疑われていることを本人に悟らせぬためだ。エルヴィン団長の意図を知らされていた私が新兵と同じ扱いを受ければ、違和感を感じるに決まっている。

 

 まぁ私としては、動くつもりはない。

 

 エルヴィン団長が、エレンをみすみす王政に渡すはずがない。一杯女型に食わされたのだ。あの男は必ず次の一手を切る。それもお得意の博打方法で。

 

 

 また、アニちゃんもエレンくんにグチャグチャ(物理)にされたままで、黙っているとは思えない。

 先日は追い込まれ撤退したが、次の好機を見計らい、彼女はエレンを狙う。

 

 団長の脳みそならば、女型の正体やその仲間にすでに気付いている可能性が高い。

 

 彼がそれを利用し事を起こすならば、その時アニ・レオンハートと調査兵団がぶつかることになる。しかし、王政にエレンの身柄が渡ったらそれでおしまいだ。となると、行動に移すならその前。

 

 案外今日中に、女型を捕まえる新しい作戦が行われるかもしれないな。

 

 どうあがいても、真っ黒アウラちゃんは同席できないんですが。

 

 

 

 それにしても、昨日のエレンくんvsアニちゃんのシーンは白熱だった。

 

 お互い血や肉、内臓をさらけ出しながらぶつかり合う。エレンくんの四肢がボロボロになっている時アウラちゃんの中で、えも言われぬ何かが芽生えそうでしたもの。

 

 グチャドロのアニたそもかわいかったですね。

 

 痛みはないでしょうが、何度も再生すれば、精神的疲労は蓄積される。あの時彼女が「叫び」を使ったのは英断であった。間違えればエレンくんに食われていたでしょうから。

 

 

 かわいい弟やアニちゃんの姿、そして死に行く仲間たちの光景。さらに帰還後、住人からも心ない言葉を浴びせられた新兵たちの姿が、これまた絶頂ものだった。

 

 また帰還中、まだ若い兵士が仲間の死体を取りに行くハプニングがあった。

 

 位置的に仲間の死体がある場所は、巨人が多かった。そのため遺体の回収がされなかったのだ。

 

 結果として、若い兵士らは仲間の死体を馬に乗せられたものの、巨人が追いかけて来てしまったのである。

 

 平地のため戦うこともできず、最終的に荷馬車の速度を上げるため、積まれていた死体が投棄されることに。

 仲間の遺体を集めた若い二人の兵士のうち、一人はその時殺されてしまった。

 

 

 美談ですね。死んだ友人のために、仲間の反対を押し切って遺体を回収した。

 

 結末は散々なものでしたが。愚かな行為であることに変わりはない。

 しかし、亡き友のため自分や他の仲間を危険に晒してまで、行動した彼らの姿は美しかったです…(ジュルリ)

 

 

 

 そうやって恍惚と絶頂できるのも、今になってからでしたが。

 

 昨日はベルなんとかさんのせいで、()()くアウラちゃんになっていたのでね。美味しい状況を堪能できる精神がなかった。

 

 普通に思考できる脳があるが、現在も頭の片隅ではどう死のうか考えている。ちょうど刃物があるため、うっかりしたら腰のブレードに手を伸ばし、首を斬ってしまいそう。ぜひとも同室の104期生の悲鳴を聞きたいです。

 

 

 ちなみに私以外の武装兵士は外にいらっしゃいます。

 

 私は名目上、ミケ分隊長から「中の監視を担当して欲しい」と言われている。向こうの嘘は重々承知です。

 

 帰ってきた後エレンくんの抱擁がなければ、まだ精神が正常に戻らなかった。

「ごめん姉さん…」なんてボロ泣きしながら弟に言われたら、そりゃあ私の心も帰って来ますよ。

 本当我が弟は、食べてしまいたいくらいに愛らしい。

 

 

 

 

 

「…強いな」

 

 

 私の左隣に座り、感嘆の声を上げているのはライナーくん。私の正面には、ずっと顔色が優れないベルトルト・フーバーもいた。

 

 どうして今日私と会ってから目を逸らそうとするんですかね?やっぱりアニちゃんより私の方が好きなんですか?(ニッコリ)

 

「……ま、負けたよ。こ、今度はライナーとやったらどうだい?イェーガー副分隊長」

 

「おいおい、俺じゃ絶対勝てないって。アウラさんも、俺より強いお前が相手の方が楽しいだろうよ」

 

「でも……ら、ライナー…」

 

 ベルトルトくんが助け舟を求めます。戦士でありながら、己の愛情を優先した君の在り方は美しいですよ。それこそよだれもので。

 

 しかしお兄さまの地雷を踏み抜いた以上、彼に向く私の好感度はグッと下がっている。もちろん、自分の考え不足が最たる要因だとは分かっています。

 

 アウラちゃんを攻略するには、ここから腕や足の数本差し出さないと、好感度は戻りません。──というわけで、二人で人気のない場所に行きましょう。安心してください、ブレードは持っていますから。

 

 

「じゃあもう一回しましょう、ベルトルトくん。次負けたら罰ゲームですよ」

 

「は、はい………えっ?」

 

「ハハッ、罰ゲームか。応援してるぜベルトルト」

 

 

 

 それからチェスを続ける私たち。

 その間ライナーくん──恐らく会話の内容や表情から、戦士の精神だと思われる──が、現状の不可解さに触れる。

 

 待機させられているメンバーは、右翼側にいた新兵の面々。

 

 クリスタ(天使)やユミルくんもおり、話したことのない坊主頭のコニー・スプリンガーという少年もいる。彼は私と背中合わせで、後方の席に座っていた。

 

 呑気に「家に帰りてぇ…」と話す彼は、キース教官曰く“二大バカ”だそうです。

 

 もう一人は通過儀礼の際、イモを食べていた少女だそう。その上、そのイモの半分(小さい方)を教官に渡したらしいのですから、精神を疑う。いったいそのおバカさんはどこの誰なんでしょうかね(すっとぼけ)

 

 

 ちょうどコニーくんの正面に座るイモ少女から、視線が来ますが無視だ。

「大丈夫でずがアウラ゛ざん゛んん」と出会い頭抱きつかれ、骨折した足を心配されましたが、やっぱり知らない人ですね。

 

「ねぇコニー、きっとお腹いっぱい食べたら、ケガも早く治りますよね?」

 

「えっ?……きゅ、急に何だよイモ女」

 

「………私のご飯を上げれば……で、でもそんなことできるわけがない…ッ!!」

 

「お前とうとう、収拾がつかなくなるほどバカになっちまったのか?」

 

「……あ、そうですよ!コニー名案があります!」

 

「何だ?」

 

「あなたのご飯をください!!」

 

「ゼッテーにやだよ!!!」

 

 

 アニちゃんや、エレンの処遇で精神がマッハな戦士たちの後ろで繰り広げられる、平穏な会話。

 アレでしょうか、彼らはこの残酷な世界における癒し要員か何かなのでしょうか。

 

 コニーくんに断られたイモ女ちゃんは、項垂れた声を上げた。

 

 耐えきれなくなり後ろを振り向きましたが、テーブルに頬をつけて虚無顔を晒している。ユミルくんが見れば爆笑しそうな顔です。

 しかし彼女は彼女で、この状況が変だと勘付いているメンバの一人。クリスタ・レンズの隣で静かに考え込み、その様子を見て天使ちゃんが心配している。

 

 

「あれ?」

 

 

 テーブルに耳を付けていた、サシャ・ブラウスの表情が突然変わる。彼女はどうやら、地鳴りのような足音を聞いたらしい。私もその言葉を聞いた直後、テーブルに耳を付ける。

 

 確かに、本当に微かにテーブルが震えるような感覚がある。

 流石獣少女。よく気づいたな。

 

 巨大な足音と言えば一つ、巨人のものしか考えられない。だが我々の現在地はウォール・ローゼ内。まさか壁が破られなければあり得ない。

 

 

 周囲がザワザワと混乱し出す中、私は思わずベルトルトくんを見る。超大型がウォール・ローゼの壁を破ったことから考えて、50mの壁を破壊する力を持つのはベルトルトくんのみ。その彼は今、目の前にいる。

 

 ならば壁を破ったのは、アニ・レオンハートか?…いや、エレンと戦っていた女型の様子から見て、壁を破るまでのパワーはない。内門を壊した鎧の巨人も違うだろう。

 

 

 だったらいったい、誰が壁を壊したというのだ?それこそ、それこそ────。

 

 

 

「大変だ!!」

 

 

 一つの可能性にたどり着いたその時、後方から聞こえた大声。

 

 後ろのテーブルの横の窓から、ナナバ兵士が顔を覗かせている。ハンジ・ゾエと同じ中性的で、性別が間違われる二大巨頭の女性である。

 

 

 彼女曰く、南方から巨人が多数接近しているらしい。位置はここから500m離れた場所。当然の如く装備を付ける時間などなく、危険な状況で新兵たちは緊急の任務を任されることになる。

 

 それは付近の住人を避難させること。場所的に私がお世話になったサシャちゃんの集落も近い。

 しかしその村があるのは南方、巨人が来た方角である。果たしてブラウス夫妻は無事であろうか。

 

 

 

 ───あぁ、でも、私の予想は間違いないのだろう。戦士二人の表情も困惑の裏で、微かな期待の色が窺えましたから。

 

 壁が本当に壊されたかはわからない。実際にそれは馬を走らせてから調べることになる。

 

 ニヤけそうになる口を全力で抑える。

 

 時は来た。マーレから新しいお客様が壁内に侵攻している。

 

 

 急いで集められた新兵と武装した兵士らは、馬を走らせる。ウォール・ローゼが突破された今、人類は敗北した。

 

 しかし負けたのは壁内の人間たちであって、戦士には援軍。私にとっては大金星。

 

 巨人の力は、壁内の場合ユミルちゃんを含めて五名。残り四名が、マーレにいる計算になる。

 

 五年経ってお上が寄越すのだ。その人物はトップと考えていいだろう。むしろトップじゃなきゃ、史上最高の“躁”から、史上最悪の“鬱”で私は間違いなく死ぬ。

 

 

 巨人の頭数を見るべく、コートを着てフードをかぶってから馬の準備(愛馬は昨日の今日のため、厩舎で休んでいる)をし、建物の上へ立体機動で移ろうとする。

 

 だがその前に屋根の上にいたミケ分隊長が降り、私の前に立った。じっと、私の顔を見つめる。

 言葉にはしないが、無言の中に「お前は何か知っているのか」という意図が読み取れた。

 

「…巨人の数は9体。用意ができ次第、四班に分かれ出発する」

 

「……はい」

 

 

 肩に、手を置かれた。思えばこの中で、彼と最も長く仲間として過ごしてきたのが私だ。

 

 班が違かったことや、最初の強烈なインパクト(匂いを嗅ぐ)を受けてから、苦手な人間として捉えていたミケ分隊長。しかし私がこのメンツの中で一番に信頼できるのは誰か、と問われたら、彼の名を挙げる。

 

 それはアウラ・イェーガーが七年間調査兵団に所属し、築かれたものに他ならない。

 

 私にはそういった正常な人間性もあることを、述べておきたい。

 

 その上で、私は彼や他の兵士───サシャ・ブラウスや、クリスタ・レンズを肉塊に変えてでも進む。私の目的のために。

 

 

 むしろお兄さまと私が会うために犠牲になれるなんてそれはとても幸せなことだと思うのです。

 

 だって、お兄さまと出会えば私は殺しにかかりますから。

 本気で殺しにかかって、そして、殺される。

 堪らないでしょう?お兄さまの手で殺されるの。

 

 考えるだけで、頭も、心も、身体も、全てが溶けて液体になり、地面に染みを作ってしまいそう。

 

 私を信じるか否かで、悩んでいる男が憐れだ。目の前のあなたのお仲間は今、あなたを人間の一人としかカウントできていません。

 

 

 

 

 

 漏れ出そうになる激情と戦っていれば、屋根に上がる間もなく全員揃う。

 

 そこから出発し、途中四班に分かれ進み始めた。ライナーやベルトルトは、コニーが主体で案内する班に。イモ女は南班へ、その他ユミルくんやクリスタも分かれていく。

 

 

 しかしその最中、こちらに気づいた巨人が走り出す。遠目からでは分かりにくく、その上周辺の木が視界の邪魔をして、個体の判別ができない。

 

 走っている馬の上でもあるため、よそ見をし過ぎていると馬があらぬ方向に向かい、事故が起こる可能性が上がるので殊更。

 

 このままでは武装していない新兵が危険に晒される。人数的に私が抜けても問題はない。そも足を骨折している身。有事の際、私の存在が班の足を引っ張る可能性がある。

 

 ゆえに囮になってきます。当然だね。みんなたっしゃでな!(遺言)

 

 

「待て、アウラ!!」

 

 

 ですが皆の元を離れて、ミケ分隊長が追ってきました。何で来るんですかね?今私は待ち合わせ場所に向かっている最中なんですよ?

 それとも彼氏ヅラして、お兄さまの精神ゲージを減らす手伝いをしてくれるんですか?それは妙案ですね。

 

「その身体でか?…笑わせるな」

 

「囮には十分なるでしょう、ミケ分隊長は早くお戻りください」

 

「……ッ」

 

 ミケは手綱を振るい、私の横に並び立つ。険しい表情で、こちらを睨め付ける。

 

 

 

「お前は、死ぬ気か!!?」

 

 

 

 何故泣いているのか、とも問われる。

 

 わかりません、と私は答えた。

 

 

「お前は本当に、エルヴィンの言うとおり……」

 

「ミケ・ザカリアス、わたしに言えることがあるとしたら、一つだけです」

 

「……何だ」

 

()()()()は、私のものではない。私の心臓は最初から、私のものではない。あなたの言わんとすることも、分かっております」

 

「………」

 

「確かに死ぬ気ですよ。…いえ、違いますね。死ぬべきなのです、私は」

 

「……ハァ」

 

 深く息を吐き、頭を抑えたミケ分隊長。

 私の言葉は、自分が「敵だ」と告げたも同然。もう命を捨て去った後のことなど、どうでもよい。

 

 

「俺も向かう。話は生き残った後、洗いざらい吐け」

 

「………」

 

「いいか、この場での上司はお前ではなく俺だ。文句は聞かん」

 

 

 どうやら去ってくれないようだ。結局囮として私が巨人を錯乱させ、ミケ分隊長がその隙に巨人を狩っていく流れとなった。

 

 素早く走るため、姿勢を変える。膝立ちの体勢を取り、太ももで馬の身体を挟む乗り方。この方法であれば馬体に干渉する人間の体重を軽減できる。

 

 対し乗っている人間は、腰の立体機動装置の重さが騎乗の負担と相まって、究極に苦しくなる。

 つまり、通常は採用されていないライディング方法です。

 

 

「ふひ」

 

 

 分隊長が去った途端、一瞬だけ笑みが溢れてしまった。いけません、最後まで耐えるのよアウラちゃん。

 

 加速度的に早くなった馬は、巨人の合間をすり抜け駆ける。私は先までいた建物の方へ、対し分隊長は森の中へ向かう。

 

 建物の南方はいくらか森が続いており、その奥は森が途切れ、ちらほらと木々が覗く地形。

 森の手前で確認されたのは9体なので、それ以上多いことはないだろう。

 

 私としてはこの隙に巨人を確認しつつ、この場にいる巨人が知性持ちでなければ森に乗じて姿を晦ませ、単独でお兄さまを探したい。

 

 

 

 ────あぁ、どうしよ、どうしよ、どうしよどうしよどうしよ。

 

 

 頭がおかしくなりそうだわ。一周回って冷静を取り戻しましたが、また思考回路がグチャグチャにトロけてしまう。脳と髄液が溶けて混ざり合っているような感覚が、バグった快感に。

 

 お兄さまがすぐに私だとは気づかないよう、見繕ったマント。完璧だ。あとは本当に会うだけ。心臓が爆発しそうなんですけどどうしたらいいの死にます。

 

 

 逃げ回っていれば目前に森が近づいてきた。後ろでは2〜3体の巨人が私を追いかけている。モテモテですね。

 

 このまま森に入り、ミケ分隊長が狩り終わるまで様子を見ましょう。

 知性ありなら、何らかの大きなアクションが起こるでしょうし。アニたそのように、馬を蹴り飛ばしてくれたら分かりやすいんですが。

 

 ────アレ?

 

 一瞬で気づかなかったが、巨人がいる後方。ちょうどさっきまで見えなかった部分ですが、建物の裏側が壊れていなかったか?…巨人がぶつかった?

 

 いや、そんなわけはない。建物の瓦礫はまとめて横に退けられている。

 まるで邪魔だったから……退けた、ような。

 

 

「え」

 

 

 拭いきれない違和感に前を向いた時には、森の中に入っていた。

 

 と、同時にゆっくりと流れる世界の中で、左に何か、木々の間に座っていた。その体躯は屈んで木々にちょうど収まるほどの高さ。向こうからは私の顔は見えまい。

 

 大きな手には私が身につけているものと同じマントがあり、下にはブレードや立体機動装置が転がっている。

 

 恐らく建物の中で、新兵たちから預かり保管していたものだ。そうか、これを取るために裏側が壊されていたのか。

 

 

 

「…ッ!!」

 

 

 身体の制御ができなくなり、私は落馬した。

 

 さっき見た巨人は全身が体毛で覆われていた。まるで、獣のように。特徴的な容姿ゆえ、高い確率で知性巨人。いえ、そもそも立体機動装置を観察していたのだから、当然か。

 

 

 落馬の衝撃に呻いていれば、身体が逆さまになる。足を誰かに掴まれたのだ。

 

 視界がよく見えない。頭が熱い。辛うじて見えたのは大きな目玉。後方にいた3−4m級の巨人が私に追いつき、右足を持ったみたいだ。

 瞬間、激痛が走る。

 

「……ッ、あ゛……!!」

 

 すんで身体が地面に落ちる。咀嚼音が、聞こえた。

 あれれー、アウラちゃんの右足の感覚が膝の少し上辺りからないぞー?食われちゃったんやね。

 

「ハ、ハ……ハァ…ゲホッ………」

 

 他の足音も聞こえます。まさか、この知性巨人さんに殺される前に、アウラちゃんは食われて殺されちゃうんですか?まぁいいかもしれませんね。目の前で食われる光景をマジマジと見せつけられるなら、もう隠す必要もない。

 

 

 フードを取って顔を見つめて、微笑んで死にましょう。

 あぁ、とても、とても気持ちいい。過去一に。

 私の頭はぶっ壊れていた。今更か。

 

 

 欲張りギョロ目くんは口を動かしながら、今度は左足を掴みます。よく噛んで食べてくださいね、あと体勢を後ろに回しましょうか。でないとギョロ目くんが邪魔で、アウラちゃんがおどり食いされるシーンが見えづらくなる。ついでに私の顔も正面に向けてね。

 

 

 

 

 

待て

 

 

 

 

 

 声が、した。あ、おにいさ、まの。あぁ、やっぱり、だって、似てたもの。お耳。お父さまやエレンくんと同じ尖っているの。それがなくても、私が見間違うわけがない。

 

 

 

 あ ああ あぁあ、

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒゲ面のオッサン、25さい児

巨人の会話のフォントどうしようかなーと、悩んだ裏がある42話です。
使いたかったホラーのコミック体なかったので妥協して水面字使った。結構いい気はするがちょい見づらい感じすんねぇ…。
いやほんと、ヒロイン(難聴)出せたのでもう悔いはない…( ˘ω˘ )


 威力偵察───それが戦士長ジーク・イェーガーと、ピーク・フィンガーに任された今回の任務であった。

 

 四名の戦士たちがパラディ島に送られ、早五年。まだ“子供”の少年少女たちに託された使命。それが始祖の巨人、即ち「座標」の奪還。

 

 作戦に選ばれたのは、マルセル、ライナー、ベルトルト、アニの四名であった。

 

 

 

「長期にわたる任務になることは間違いなかったんだろうけど、流石に上官たちも苛立って来ちゃってるよねぇ」

 

 ベランダの手すりに身を預け、外の景色を見つめながら、特徴的なメガネを付けた男は紫煙を吹かす。独り言のように聞こえるトーンをしかし、一人の人間に向けられている。

 

 男の後方、窓が開いているその中には、テーブルや本が詰まった書棚など、生活感の覗く室内が広がっている。

 

 中央の灰皿の置かれたテーブルの横にはソファーが一つ。その上で、男と同じ軍服の上着を身につけている少女が、香箱座りの体勢で乗っている。

 

 この部屋は男の自室だ。一部切り取ってこの状況を見ると、あやしい絵面である。

 

 

「少なくとも戦士に選ばれたんだ。アイツらが任務をし損なっているとは思わないけど」

 

「………」

 

「考えられるとすれば、向こうの王様が上手く潜んでいるのか…」

 

「………」

 

「ピークちゃんはどう考える?現状の壁内の状態について」

 

「………」

 

「ピークちゃん?」

 

 男は振り返り、ソファーにいる少女の様子を窺う。

 

「ピーク」と呼ばれた少女は、コクリコクリと、舟を漕いでいる。先日まで別件で任務に当たっていた彼女は、かなりお疲れのご様子。

 

「ピークちゃん、ちょっとよだれ垂らさないで。起きて、今大事な話し中」

 

「……zzz」

 

「見えちゃいけない擬音が見えてるからね」

 

「……すやすや」

 

「さては起きてるだろう」

 

 目を開いた少女は、瞳を擦りながら身体を起こす。相変わらず四つん這いだ。

 男が室内に入ったタイミングで起きたらしい。先の話については、寝ぼけ完全に右から左へ流れていた。ちなみに彼女曰く、男の自室のソファーが一番寝心地がいいらしい。

 

 

「おはようございました、おやすみなさい」

 

「ちょ、ピ、ピークちゃ……」

 

 夢の世界へ旅立たんとするピークに、ため息を吐く男。

 

 

 少女の疲労はわからなくはない。巨人の力を軍事力としているマーレには、通常タイバー家の有する「戦鎚」を除き、巨人の力を持つ六人の戦士がいる。

 

 しかし、うち四名が始祖奪還計画に当たっており、マーレに滞在しているのは二名のみ。戦士長である男とピークだ。

 

 戦争ばかりのこのご時世。戦いの際、支援的な立ち位置を担うのが「車力」のピークであり、攻めが「獣」を持つ男である。

 

 これに男の()()()()を踏まえ、戦争では基本負けなしであるマーレ。だがここ数年で対巨人兵器が各国で急速に作られており、巨人化しても危うい場面が多くなってきた。それは男が継承した「獣」の前任の時代から、表面化していた問題だ。

 

 これにさらに追い討ちをかけるのが、近代産業化における資源不足。ゆえにマーレはパラディ島に眠る豊富な地下資源を狙うべく、戦士を送った意図もある。

 

 

(どこを見ても戦争。本当に嫌になるなぁ…)

 

 

 今この時の会話も、仕掛けられている盗聴器により、お上の誰かが聞いているのだろう。

 

 プライバシーもクソもないが、所詮エルディア人は、()()()()()()()()()()()()。人権どうこうと言える立場ではない。諸外国のひどい場所のような“奴隷”扱いでないだけ、はるかにマシだ。

 

 いや、名誉マーレ人である戦士なのだから、「管理」は少し違うか。

 

「監視」という表現の方が正しいのだろう。大きな力を持っているからこそ、いつ何時裏切り、その牙が自国に向くかわからない。そのために徹底的な監視が常日頃行われている。

 

 

 タバコを灰皿に押し付けコーヒーを淹れた男は、再度ベランダに戻る。

 

 果たして壁内の状態がどうなっているのか、戦士たちの任務がどこまで進んでいるのか。長くはマーレを空けられないため、今回の任務期間は短期のものとなる。

 

 戦争状況を加味した上で行われる上、表面上は戦士二名が不在にすることを悟らせないよう、作戦は進められる。

 

 最悪の場合は、戦鎚の巨人がいる。その力は超大型に及ばずとも強力であり、マーレのピンチの時は守護神として敵兵の死体を積み上げるだろう。

 

 

 男は下で訓練している候補生の少年を見つめ、視線を移し空を眺める。

 

 ゆったりと流れる白い雲。形を絶え間なく変え、流れていく。青い色はしかし時間が経てば、地上の死体からこぼれた血を吸い上げて、紅く染まる。そうして訪れる闇は、やがて朝日に追い出され、その姿を失う。

 

 男が子供の頃から、延々と繰り返されるそのサイクル。

 

 子供の頃は純粋に百面相する空を見、きれいだ──と、感嘆していた。

 だが今はかつての頃のように、澄んだ心でその空を眺めることができない。

 

 ふとそんなことを考えた男は、ため息を吐く。

 

 

「俺も疲れてんのか…………あっつ!!!!」

 

 

 男───ジーク・イェーガーは思わず、コーヒーの入ったカップを落としかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 壁内に侵入を果たしたジークとピーク、それから一部のマーレ兵。

 

 拠点は人気のない古城。組まれた作戦に基づき、威力偵察のためコニー・スプリンガーの故郷である村人全員が、巨人化の被害に遭った。派遣されたマーレ兵は、壁内のエルディア人を巨人化させる時必要だった。

 

 使われたのはガス兵器。ある意味で毒ガスよりもタチが悪いと、ジーク本人は感じている。

 

 

 撒かれるのはジークから抽出された脊髄液。どこぞの変態美女なら、「お兄さまの体液!!!」と大喜びで飲み干す代物である。

 

 その効果は恐ろしいものであり、体内に摂取したエルディア人──ユミルの民を、巨人化させる力を持つ。

 

 これが、ジーク・イェーガーにしか存在しない()()()()なのだ。

 

 彼が“叫ぶ”ことにより、巨人化のトリガーが引かれる。

 ジークの脊髄液で巨人化した人間は、彼の意志のままに動く。夜に動くことも可能など、その性質も通常の巨人といくらか異なる。

 

 何故ジークのみに斯様な特殊な力があるのか、お上もわかっていない。だがジークは自身の特異性の所以を理解している。

 

 

 ────王家の血。

 

 

「フリッツ」の血を持った彼は、結果として間接的に同族を人間兵器さながら戦争で使い捨てるなど、誰よりも多くの骸を築いてきた。

 

 罪悪感は最初こそ、消えるものではなかった。ただ血や肉、戦争の醜さを見続けるうちにいつしか、罪悪感はなくなっていた。人の死に苦痛を見出さなくなった。

 

 華やかな祭りの中、ポツリとジークがこの言葉を呟いた時。

 ピークや彼女に半ば無理やり連れてこられたポルコは、なんとも言えぬ表情で彼を見ていた。

 

 ポルコは流したが、ピークはその真意を読み解いた。

 

 

 罪悪感は、消えてしまったのではない。

 

 ()()()()()()()しまったのだ。

 

 

 表層に積み上がる死体の山。その奥に存在する罪の意識。

 根っからの兄気質か、マルセルがいない分のポルコの心を埋め、独特な間合いのピークも甘やかす。そんな優しい一面に対し存在する、戦士としての冷静な一面と、非人間的な部分。

 

 狂っているのだろう。そして、壊れているのだろう。

 

 しかしてそれは彼だけでなく、戦士全員に当てはまるのだと、車力の彼女は感じていた。

 

 

 だがそれでも、ジーク・イェーガーは己の計画のために進み続けている。

 きっとそんな男の姿を壁内の人間が見れば、「悪魔」と呼ぶに違いない。

 

 

 

 

 

 そして計画は進められ、巨人化したラガコ村の人々は、それぞれ周辺の民家や集落を襲い始めた。

 

 一部は「獣」の巨人となったジークに操作され、近くにいた壁内の戦力と思しき兵士に当てられることになったのである。

 

 壁内の文化は外の世界と比べ圧倒的に遅れている反面、対巨人用に作られた立体機動装置など、歪な進化構造を持っている。

 

 

 威力偵察が任務内容のため、兵士の身につけていた見慣れぬ武器を調べる必要がある。しかしジークの本来の目的である『安楽死計画』上、立体機動装置の存在は、計画に利用できる材料になり得ると判断した。

 

 武器を取ってきました──と報告しなければ、お上にバレることはない。ゆえに彼は、懐にこっそり入れることを決めた。また“戦士長”という立場上、監視を避けやすい立場であることもある。

 

 ただ兵士をとっ捕まえ情報を聞き出したかったものの、巨人が接近したと同時に彼らは離脱。

 

 仕方なしと、巨人が兵士に向かっている間、ジークは先ほどまで兵士たちがいた建物を漁った。そして軍服らしきマントや、武器を回収。物陰に隠れ、武器の形状などを観察していた。

 

 

 だがそんな中、馬に乗った兵士が唐突に目前を横切り、観察タイムは強制終了。

 

 ジークがちょうど見ていた刺繍と同じマントを羽織った兵士は、通常種とは大きく異なる獣の巨人の姿や、武器を観察していた様子に驚いたのか、そのまま馬から落下。

 

 転がり木にぶつかった身体は直後、ギョロ目の巨人に右足を捕まれ、逆さまになる。固定具で止められたその足は骨折している。また、兵士の後を複数体の巨人が追っていたことを考え、囮役になっているのだと推測。

 

 他の兵士を逃すため、買って出たのだろう。となると、他にも狩る側の兵士が近辺にいる可能性が高い。

 

 

(さっさと情報を吐かせてから殺すか)

 

 と、ジークが考えていた折、兵士の右足が噛みちぎられた。聞こえたくぐもった声から、その時兵士の性別が女であるとわかった。

 

 地べたに落ちた女は、うつ伏せで小さく震えている。今度はギョロ目に左足が掴まれる。女に迫っていた他の巨人は操作主がいるため、木の陰に潜み、さながら女と仲間になりたそうに待機している。

 

 個体差によって、ジークの命令を聞くか否か差が出る。ギョロ目は聞かん坊タイプだ。

 

 待て、という制止の声を聞き、止まったギョロ目の大きく開かれた口。

 中は歯や舌の上に、骨の残骸や赤い肉がありありと残っている。

 

 

腰につけてる武器、なんて言うんですか?

 

 

 ジークが声を発した瞬間、女の肩が大きく跳ねた。その心情は“恐怖”一色に違いない。巨人が喋れるなど()()なのだ。

 

巨人と戦うための武器でしょう、ソレ

 

「………」

 

 女は両手で少し体勢を上げたまま、一切動かない。言語が違うはずはない。マーレと異なるのは文字だけであって、意思疎通はできるはず。だが一向に女は答える様子がなく、ジークは耳を掻いた。会話は望めぬようである。

 

まぁ、しょうがないか

 

 長い手を伸ばし、女の肢体を掴もうとする。その時固まっていた女の身体が動いた。

 手がゆっくりと腰の剣に伸び、柄を握りしめる。

 

 この状況で、それも圧倒的な力を前にして、戦わんとするその精神。

 

 兵士として素晴らしき在り方はしかし、戦争の中巨人の力を前にし、命を無為に捨ててきた人間たちを目の当たりにしてきたジークにとって、逆鱗に触れる行為であった。

 

 所詮勝てるわけがない。だがそれでも刃を向けようとする。

 

 勝手に「死」に意味を持たせ、勝手に死んでいく。殺す側は勝手に持たされたその“意味”の分まで、咎を背負わなければならない。

 

 何故抗おうとするのか。

 抗えばそれだけ、苦しむというのに。

 無作為に生まれる苦しみを無くすことが、彼の根底の一つにある。

 

 

嫌になるよなぁ、人間って………!!

 

 

 女が剣を地面に突きたて立ち上がり、獣の手が彼女に触れかけた瞬間。その手が切り落とされた。

 

 死角から現れジークの手を切り落とした男は、すぐに方向転換し、一瞬足を地面につけ女を抱える。そのまま女を俵持ちにすると、ワイヤーが二人分の重さで激しい音を立てつつ巻き取られ、走っていた馬に乗った。

 

 鮮やかな所業に、頭に上がっていた血が引いたジーク。

 らしくない、と首を振る。

 

 

(ワイヤーを使い飛び回るのって相当難しそうだし、相当な使い手か)

 

 しかして女の方は、巨人が喋ることや武器を観察しているのを見られた以上、生かすわけにはいかない。

 ジークは近くにいた小さい個体の巨人を掴み、投球の構えを取った。

 

 名誉や尊厳であるとか、“意味のある死”を求めていた女兵士。ならばお望み通り、殺してやろうと腕を大きく振りかぶろうと、して。

 

 

 

「こんなところで死ぬなッ──────()()()!!!」

 

 

 

 依然抱えられた状態で、男の背中に頭を向けている女兵士。顔はフードに隠れており、窺い知ることはできない。

 

 ぐったりと動かぬ身体。先まで握られていた剣は、力を無くした手からスルリと落ちる。

 

 逃げる兵士二人に、巨人の投擲がぶつかることはなかった。獣の巨人が外したわけではない。

 

 ジークは呆然と口を開く。止まった思考は馬の姿が小さくなってからようやく動き出し、いつの間にか掴んでいた巨人は、握りつぶされていた。

 永遠とも取れる時間だった。しかし実際は、そこまで経っていない。

 

 

……あーあ、逃げちゃったよ…

 

 

 巨人の血を浴びた獣の手が、蒸気を発し回復する。

 彼は頭を押さえ、首を振った。生きているわけがない。壁内にも同名の人間くらいいる。

 

 別人だと分かりきっているはずであったが、ジークは殺すことができなかった。今巨人に追わせたところで間に合わないだろう。

 

 獣の存在がバレるのは少し面倒だが、始祖奪還計画のメインは四名の戦士たちである。さほど作戦に支障は来さないと改め、彼はその場を後にした。

 

 

 

 ────おにーたん!

 

 

 そう彼を呼ぶ少女の姿は、ずっと()()()()()()()()

 

 幼き命が平然と奪われる残酷で、美しいこの世界。

 

 あの日から止まった少年の心は美しさを捉えることができず、残酷さばかりを映し続けている。




【ブチッ】


「何だよぉおもおおお、またかよぉおぉぉおおおお!!!」

そうして現れる無数の知性巨人。
影でブラック労働させられている少女のこめかみに、青筋が走った。「何だよもおおお」は、少女の台詞である。



次回、160cmの男が開催する◯遅バリの肉削ぎがジークを襲う!

「テメェ、何鼻血出してんだ……」

兵長の視線の先に映ったものとは……!?ゼッテー見てくれよな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は悪い子。

アニ視点の究極ダイジェストストヘス区編。
次回から新章入ります。


 戦士候補生にもまだなっていなかったあの頃。

 “名誉マーレ人”という地位を手に入れるため、汗水垂らし、時には吐きながら訓練に明け暮れた日々。

 

 そんな少年少女の中でアニは、「目的」を持っていなかった。

 

 彼女が戦士を目指したのは単に、父親が娘──と言っても義理であるが──を、戦士にさせたかったから。

 幼少から父親に受けた厳しい訓練や教育。アニが望んで進んだ道ではない。

 

 普通の人間では相応の覚悟がなければ、戦士候補生になることは難しい。幼少期のジークもグリシャに決められた使命であったこともあり、心のどこかでは戦士を目指すことに抵抗感があった。

 

 

 

 しかしてアニは、その高い格闘能力を評価され、戦士候補生入りを果たす。

 

 喜ぶ同期のガリアード兄弟や、号泣しながら鼻水を流すライナーの姿。アニの隣にいたピークもうっすらと微笑んでいた。おめでとう、とジークが皆に声をかけている中、彼女の視線は一人の少年に向かう。

 

 木の後ろに座り、地面を見つめている褐色肌の少年───ベルトルト・フーバー。

 

 おとなしい少年はいつも中心から離れ、仲間たちを眺めていた。彼は射撃能力が評価され、候補生入りに。あまり話したことのない少年にアニはふと、声をかけたくなった。

 

「あんたさ、さっきから何見てんだよ」

 

「え?……あ、アニ!?」

 

 まるでバケモノでも見たかのように彼女を視界に入れた瞬間、ひっくり返ったベルトルト。レディに随分と失礼な反応だ、とアニは表情にこそ出さないが、ムッとした。

 

「……え、えっと、アリを見てたんだ」

 

「アリ?」

 

 木陰の下、大きな虫の死骸に群がる無数の黒い点々。死骸を四方八方から食いちぎり、さながら協調性のない綱引きだ。左の勢力の方が強いのか、死骸は少しずつ引っ張られ、日向へ移動していく。

 

「…あのさ、あんた嬉しくないの?」

 

「嬉しい?」

 

「だって戦士候補生になれたんだ。両手上げてバンザイしろとは言わないけど、もっと顔に出したら?」

 

「ご、ごめん………ぼ、僕すごく嬉しいよ!」

 

「引き攣った笑顔で無理やり言わないくていいから」

 

「……ごめん、アニ」

 

 ベルトルトはよく謝る。彼と関わりがほとんどないアニでも、ポルコとライナーの喧嘩を宥めようとしてポルコにキレられ、「ごめん」と頭を下げる様子を見かける。

 

 優しい性格なのだ。だがそんな人間が、死骸が食われる様を無表情で見ているのは、かなり薄気味悪い。

 

「もしかして落とされた同期の人間に、同情でもしてるのかい?」

 

「同情は…しないよ。だって落とされた彼らは、適正がなかっただけだから。対し僕やアニには評価される能力があった。同情じゃなくて必要なのは、彼らの分までお国のために尽くすことだろう」

 

「……なんかあんた、冷めてんだね」

 

「冷めてるっていうか…自分と他人を()()()()()、見てるだけだよ」

 

「ふーん……ソレちょっと羨ましいかも」

 

「そ、そう…?」

 

 アニに褒められ、頰を赤らめる少年。だがアリに視線を向けている少女は、熱のこもった視線に気づかない。鈍感系ヒロインであろうか。

 

「そう言えばベルトルト、聞いたことなかったけどさ。あんたはどうして戦士になろうと思ったんだ?」

 

「…母さんのため、かな」

 

 病弱な母。大病を患いその治療のため、名誉マーレ人の恩恵を受けさせたいのだと、ベルトルトは語る。

 

 戦士の地位は母の命を繋ぐ、最も有効な手段であったから選んだ。あくまで名誉マーレ人になることで目的が成し遂げられるのであって、まだ“候補生”ではゴールに到達したとは言えない。

 

「ドベ野郎にそのこと話したらどうだい。多分違う意味で泣き始めるよ」

 

「ライナーが可哀想だから嫌だよ…」

 

「ふん、そもそもあいつが候補生に残れただけでも奇跡なんだ」

 

「相応の覚悟があったんだよ、きっと。アニは嬉しくないの?」

 

「私?私は……」

 

 

 戦士候補生に、()()()()()()()

 

 そんな感情が一番強い。ここから先はこれまで以上の地獄。戦士になれば寿命も限られる。父親に尽くすにしても、重い代償だ。それでも父に逆らわないのは何故だろうか。

 

 それはアニ・レオンハートに、()()()()、いないからだ。

 

 一見娘を己が道具として使っているように見える父でも、少女の手を包む大きな手の中に、確かな温もりがあることをアニは知っている。

 

「……家に帰ったら、嬉しくなるかもね」

 

「家に帰ったら?」

 

 父親が、いるから──と、うっかり言おうとした彼女の背後から近づく影。木の後ろに座る少年少女の元に現れたのはジークだ。表情がニヤニヤしている。

 

「お二人さん、ひっそり隠れて何イチャイチャしてるんだい」

 

「───へっ!?ち、違ッ、僕とアニはそんなんじゃ!!…いや、でも、僕としては……(ゴニョゴニョ)」

 

「ちょっと話してただけだよ」

 

 顔を真っ赤にし、首を振るベルトルト。そんな彼の様子を見たにも関わらず、「そんなに私と話していたのを茶化されて嫌だったのか?」と考える少女は、紛うことなき鈍感系美少女。

 

 

 世界の残酷さを知る前の、少年少女たちの幼き日々の一ページ。

 

 それはやがて血で染め上げられ、遠い過去のものへと変化していく。

 

 

 

 

 

 

 

(何で私…今そんなこと思い出してんだろ)

 

 

 アニの目の前にいるのは、マントで身を覆うアルミンやミカサ、エレンだった。

 

 

 

 憲兵団は本日、王都へ向かう調査兵団がストヘス区を通過する際、護送団と共に警備の強化を担当する流れになっていた。エレンの身柄の引き渡しが、調査兵団が王都へ召喚された理由だ。

 

 しかし任務を任された新米の憲兵は、護送団を()()()()()()()()()()、知らされていなかった。

 この裏にはエレンを狙った女型の存在がある。

 

 

 そして任務中、路地裏からアルミンが現れ、彼女に協力を申し出た。中身はエレンを逃すための作戦内容。その後はジャンが替え玉になっているエレンと合流してから逃げ、一時的に身を隠し、審議会をひっくり返す材料を揃える云々───。

 

 

 エレンを奪いたい彼女にとっては好機。だがわざわざアニに頼んだ点や、ストヘス区通過中に逃亡作戦を行う点。考えれば不自然な点はいくつも上がる。

 

 それらを踏まえ、自分が人類の敵であることがバレたのだと、彼女は推察した。

 

 アルミンが彼女を頼った建前上の理由は、同期である点と、ウォール・ローゼの検問を通り抜ける時、憲兵の力が必要だったゆえ。

 ストヘス区で作戦を決行する理由は、複雑な地形が逃亡の時有利になるからだ、と続ける。

 

 

 博打な方法。しかしエレンを救うためにはこれしかない。

 

 最後はアニの情に訴えた。彼女はそれに仕方なし、という風に頷く。

 心は四方八方に引っ張られ、気持ちが悪かった。

 

 

 彼女はまた、“()()()”にならなければならない。自分と同じ形をした生き物を殺して、殺し、エレンを奪う。

 

 耳鳴りがした。反面頭は冷や水をかけられたように冷静になり、心臓の音だけが異様に大きく聞こえる。

 

 先日のイェーガー姉弟の“狂気”に晒されたアニ。また、巨人体化したエレンに蹂躙された身体の再生に伴う、精神的疲労。さらに多数の巨人から命からがら逃げたことによる、肉体的疲労。

 

 余裕はあまりない。疲れた心で不意に、彼女は小さく呟いていた。

 

 

 ────いい子って、何なんだ。

 

 

 アルミンはその言葉がアニの質問だと思ったのか、彼らしい回答を返す。

 

 自分にとって、都合のいい人間。それがその人にとっての「いい人」になる。アニの行動次第で、彼女は誰かの「いい人」にも、「悪い人」にもなり得る。

 

 今更そんなことを考えたところで、彼女は罪で汚れきっている。両手を握って神に祈る資格さえ持っていない。そんなことはアニ自身が嫌というほど理解していた。

 

「ハッ……」

 

 免罪符が欲しいのかと、彼女が溢した自嘲の笑み。

 

 

 己を裁いてくれる人間はいらない。裁かれた暁には、彼女に待ち受けるのは死。父と会えずして終わることだけは絶対に望めない。

 

 しかし重過ぎる“罪”への意識から、そう簡単に逃れることはできない。

 ただ執行人はお断りだ。

 

 ならばアニが罪悪感から逃れるために、無意識に求めたのは何であったのか。

 

 ───それは誰かを救うこと。即ち悪い子である彼女が、「いい子」になること。

 

 

 

 エレンを捕まえなければいけない。

 始祖を奪還しなければいけない。

 父に会わなければ、いけない。

 

 

 

 だが彼女の直感は既に告げていたのだろう。自分の、アニ・レオンハートの終わりを。

 

 疲労しきっている自分と、狂気によって爆発的な力を見せたエレン・イェーガー。またミカサや他の兵士も大勢いる。

 

 彼女が敵と判明している以上、彼女と同郷のベルトルトやライナーは捕獲、あるいは隔離されている可能性が高い。作戦にはまず組み込まれていないだろう。援軍は望めない。アウラ・イェーガーもライナーたちと似た状況と考えていい。アニと会った時のエレンの顔は、隠しきれないほど暗く落ち込んでいたから。

 

 裏はともかく表面は一介の兵士として、ウォール・マリア陥落以前からその身を捧げていた兵士。

 

 運が悪かったとしか言えまい。ベルトルトに協力を持ち出され、結果怪しまれてしまった女。裏切り行為を平然と行い、仲間を見殺しにし、剰え女型に罠の位置を教えた。自業自得だ。

 

 他人を容易く壊してしまう兄への「愛」が、その身を滅ぼす。

 

 

 アニも似た結末を辿っているに違いない。

 父への「愛情」によって。

 

 

 

 彼女の目の前にあるのは、地獄の地下へ続く階段。彼女がそこで巨人化すれば、身動きが取れなくなるのは想像に難くない。

 

 降りれば地獄。だが降りなくとも、地獄。

 どちらの地獄を取るかは、彼女次第。

 

 降りてくるよう叫ぶエレン。話し合いを求めるアルミン。鬼の表情でブレードを構えるミカサ。

 

 

 

 

 

「──────ははっ!」

 

 

 艶めいた表情で笑ったアニ。ひとしきり笑った彼女はエレンに視線を向け、口角を微かに歪める。一見すれば魅入ってしまう表情は、ゾクリと、鳥肌を立たせる。

 

「てっきり…はは、エレン、シスコンのあんたじゃお姉ちゃんがいなくちゃ、怖くて逃げられないと思ったけど」

 

「………何が言いたい」

 

 エレンの眉間に皺が寄る。

 

「アウラ・イェーガーは、どこに行っちまったんだろうね」

 

「………」

 

「かわいそうに、何年も心臓を捧げてきたってのに、お仲間に疑われて」

 

「黙れ」

 

「ふ、ふふ………誰も、思いつかなかったのかい?例えば、そうだね」

 

 

 

 

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか。

 

 

 

 

 

 瞬間翡翠の目が大きく開かれ、ブツリと、血管の切れる音がした。

 

 殺意が少年から溢れ出し、エレンは喉が裂けんばかりにアニの名を叫び、階段を駆け上がる。

 

 敵の挑発に乗ったことで、従来の女型捕獲と違う動きをみせた作戦。が、エレンvsアニの形式は、アニが地下に入らず戦闘に陥った場合として想定済み。

 

 ストヘス区の住人の命を奪い、建物を壊し行われる知性巨人同士の戦い。

 

 巨大樹で行われた戦闘よりも苛烈さを増す格闘は、血で血を洗う。最終的にエレンが四肢をボロボロにさせながら女型の頭をもぎ、うなじの表面を噛みちぎり、終わりを迎えようとする。

 

 

 

 その時アニが見たのは、青い空。女型から噴き出た血が虹を作り、エレン巨人体の顔が近づく。

 

 彼女の脳裏によぎるのは、父の姿。

「いい子」の免罪符を片道切符に、あの世へ行くことになるのだろうか。地獄は、もう嫌だった。

 

 

(そう言えば結局、ベルトルトから私を救おうとした理由を聞けなかったな…)

 

 ベルトルトはアニの「いい人」でいたかったのだろうか。あの自分と他者を、明確に線引きできてしまう男が?

 

 もっとふさわしい理由があるはずだ。彼を動かす何かが。

 

 人が無条件に他者へ尽くすのだとしたら、考えられるのは何であろう。

 

 

(まさか、ね)

 

「アニ」と、笑いかけるベルトルト。心底嬉しそうに彼女の名前を呼んでいた。

 

(まだライナーのことも殴れてないし………あぁ、そうか)

 

 まだやり遂げていないことが、たくさん残っている。

 その事実に彼女は小さく、息を零す。

 

 

 

(まだ、私────しにたく、ない)

 

 

 

 空と同じ色の瞳からこぼれ落ちた涙。

 その涙が地面に落ち切る前に、彼女の身体は結晶へと包まれたのであった。




【戦士たちのお精神】

アニ→「悪い子でいなお父さん会いたい」

ベル→「僕はどうやら 戦士として 始祖奪還を目指している みたいだ」

ライ→「(マルセルごっこ♡)」

ジク→「  」

ポコ(例外)→「(長年“候補生”のままの苦しみ)」

ピク「地獄絵図すぎない?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【五章】“幸せ”ってあんにゃもんにゃ編
神にとっての悪魔さま


オッス、オラ筆者!新章突入だぞ!ただ文字数は少ねめだ。
いやぁ〜ぼっちクリスメスは楽しかった!リア充には元気玉をぶつけてやったぞ!(暗黒)


 一面の砂の世界と、天上に伸びる巨大な光の柱。

 

 その場所で一人の少女は、地面に仰向けの体勢で横たわる兵士服の女の側にしゃがみ、頰をつついていた。

 

 

 女の白銅色の瞳からは涙が溢れ、口元からは涎が垂れたまま。顔は完全にトロけていた。眉は限りなく八の字になり、ひっきりなしに漏れる艶めいた声。

 

 肉付きの薄い体躯は女自身の両手で抱きしめられており、胸元が微かに強調されている。足は閉じられ、時折その全身が小さく跳ねた。

 

 少女の目に、絶対に晒してはならない卑猥物。

 しかして少女に動じる様子はない。

 

 

 頰を突っつけども、色素の濃い髪を撫でてみれども、女の適切な処理(モザイク)が必要な姿は変わらない。というより女は、少女がいることさえ気づいていない。

 

 攻撃の手を変え、女がミカサにした脇腹攻撃や、幼き弟へしていたうなじを手で掴む方法。また、かつて少女自身が女に受けたπ(パイ)タッチも行ったが無反応。

 

『………』

 

 少しムゥ、と口を尖らせた少女。

 女に近づき額同士をくっつけて見えたのは、例えるなら延々と続く「♡」の文字(本文の15万字が余裕で埋まるレベル)。

 

 完全なるメス堕ちだ。少女は訝しんだ。

 

 

 女がここまでイっているのは、兄ジークと出会ってしまったためだ。

 

 本来なら、ミケ・ザカリアスが遭遇するはずだった獣の巨人。イレギュラーな女の存在は、彼女が現れた時点から、少女が知っている未来の趨勢と異なる動きを生み出す原因となっている。

 

 神の如き少女を以ってして、これからの物語がどう動くかはわからない。だが彼女自身がしがらみから()()()()()ため、そして女のため、最善を尽くしたいと願う。

 

 

 ただ、動くにしても少女には初恋相手への想いや、二千年間刻まれた“奴隷”としての在り方が存在する。

 

 そも少女が存在する「道」は、現実世界と時間の流れが異なる。キャラの戦闘力のインフレが凄まじい七つの玉を集める漫画の例を挙げるとするなら、“精神と時の部屋”だ。現実世界の一日が、その部屋では一年となる。無論少女の存在する世界は一年の方に該当する。

 

 悠久とも感じられる時間の中、その精神も人間から大きく逸脱した。女の存在を認識するまでは、少女にはごく僅かな人間性しか残っていなかった。

 

 

 だが女に触れ、少しずつ少女の心は色を取り戻し始めている。それこそここ数年重労働を強いられる主な原因の獣の巨人に対し、「ハ?」とキレかけるくらいには(ただし死んだ表情筋は、余程のことがないかぎり動かない)。

 

 今思えば、初代レイス王に半径数百キロに及ぶ壁を作らされたあの時は、数千回なぶり殺しても足りぬほど過酷な作業だった。

 

 

 初恋の想いは、女が現れてなお、少女を縛り続ける理由となっている。レイス王の所業も、獣の巨人の同時多発テロ的巨人の発注案件も、彼らが「王家」の血を引いている以上、奴隷の彼女は逆らうことができない。

 

 それが彼女の()()()()であるから。

 

『………』

 

 女もまたフリッツの血を引く人間だ。しかし、彼女と出会った歴代のフリッツ王やレイス家の人間たちとは違う。

 

 女は少女にとって特別な存在。

 

 少女を初めて、「あい」してくれた存在。

 

 

 だから少女は───ユミル・フリッツは、一人の「ユミル」として、女の幸福を願う。

 

 たとえそれで多くの人間が死のうと、彼女の心は一片の揺らぎも見せぬ。否、元よりそんな感情は、生きていた頃に失った。

 

 人の死も生も、彼女にとってはさしたる大きな違いはない。

 

 

 現在女は再起不能となり、暫くは絶頂の世界から帰ってこないだろう。

 

 本当なら、ジークの手に握りつぶされ死ぬはずだった。女の幸福は兄の元でしか存在し得ない。

 

 女に愛されるヒゲ面のおっさんに嫉妬を覚えるが、少女とて初恋の想いが未だ存在する。ゆえに女が誰かを愛することを、少女は肯定しているのだ。それが兄妹云々──という常識はない。

 

 

 また女の、人の悲劇を食らうことでしか「生」を実感できない精神構造も、少女は完全にわかってはいない。だからこそ()()()()()()、齷齪している。グリシャはその最たるとんだ被害者だ。

 

 まぁわからずとも、大好きな人間の全てを肯定する。まるで慈愛に満ちた神が如く。限定的すぎる愛の方向性だ。

 

 流石というべきか、女は愛するお兄さまに殺される間際、完全に堕ちた頭と関係なしに、()()()()()()()方法を取ろうとした。ブレードを握ったのが正しくその時。

 

 これぞジーク曇らせへの執念か。少女(ボブ)は理解しようにもできなかった。

 

 

 

 最悪少女が介入しようとも考えた。

 

 一つ留意する点があるとすれば、あの場にいた巨人たちが獣の支配下にあったこと。

 

 “王家”の血が絡む以上、少女はその巨人を操ることができない。そのため、「始祖」を利用せざるを得なくなる可能性があった。

 

 だが強硬手段に出る前に、ミケが到着。女を救い出した。

 これについてはユミルが操作したものではない。

 

 座標の力があれば、記憶操作や人間の脳内に呼びかけることも可能である。だが唐突にミケの脳内に「副分隊長が危ないで!」などと訴えかければ、それこそホラーだ。

 

 女に特別な力があると考えられれば収拾がつかなくなる。記憶改ざんの手もあるが、不自然にツギハギされた記憶は、のちにどのような歪みを生み出すかわからない。乱発はなるべく避けたい手段。

 

 

 そもそも少女が過剰に関与すること自体、世界にとってはかなり歪みの生じる行いである。

 

 オリチャーを発動したニキやネキたちに存在する、これからの展開への不安や後悔。それが少女にも付きまとう。

 

 さらに言えば、「道」の世界に縛られる彼女が現実へ手を加えることは、相当な疲労を要する。

 

 生命の根源と遭遇し、その“理”によって存在する少女。

 逸脱が過ぎれば、少女でさえ何が起こるか判断できない。

 

 しかしそれでも、多少の地雷は踏み抜いてでも、女のためにユミルは尽力する。

 

 

 捧げられた分を、捧げようと。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 獣の巨人から逃れるように、大きく西へ移動したミケ。アウラの方は助けられた直後気絶し、彼の背後にぐったりと寄りかかっている。

 

 巨人たちの姿が見えなくなったところで、ミケは周囲の安全を確認してから地面に降りた。

 

 そしてアウラが身につけていた太もものベルトを、限界まで締め止血を施す。

 だがそれだけでは心もとなく、ブレードの部分を外し柄が繋がったワイヤーでキツく縛った。

 

 

 早く病院に運びたいところであるが、ここは最前線。兵士として一人のために時間を割いている余裕はない。その上、ウォール・ローゼの壁が破壊されている可能性がある。

 

 近隣住民への避難指示は別れた四つの班が回っている。ゆえに先に調べるべきは壁。

 

 伝達人員がエルヴィンのいるストヘス区へ向かっているが、位置からして援軍が来るのは翌日になるだろう。それまでに壁の穴の場所を把握しておきたい。

 

「どう、すべきか…」

 

 再度馬にアウラを乗せたミケは、馬を走らせる。一先ずこのまま西へ行き壁に向かう。二人を乗せた馬の疲労がかなり溜まっているが、かといって彼女一人置いてはいけない。

 

 エルヴィンが非人間的になれる一方、ミケは情には熱い。一見すれば寡黙で、初対面の人間の匂いを嗅ぐ変人ではあるが。

 

 

 アウラ・イェーガーは現在敵の内通者として怪しまれている。彼女も「クロ」と匂わす発言をした。

 

 仲間を裏切る行為を為した理由はわからない。それこそ本人から聞かなければ。

 

 一方でケガがあり戦闘も満足にできないのにも関わらず、躊躇いもなく囮になったり、涙を流していた姿。

「死」へ向かおうとする行為を何故取るのか。

 

 

 それは単に、“罪悪感”に苛まれているからではないか。

 

 

 ミケと二手に分かれた時のアウラの顔は、どこまでも安らかだった。

 

 許してはならない。仲間を裏切った代償はきちんと払ってもらわなければ、死んだ者たちに示しがつかない。だがその清算は決して、彼女の死を以ってなされることではないのだ。

 

 

 だからこそミケは拭いきれぬ胸騒ぎを感じ、自身を追う巨人を狩った後、急いで彼女が向かった方角へ馬で急いだ。

 

 そこで見たのは身体が体毛で覆われた「獣」の巨人。

 そして、その巨人に肢体を掴まれようとするアウラ。

 

 

 その時ミケの視界に一番強く映ったのは獣ではない。ブレードを抜いた、女の───()()()姿()

 

 

 死にたいのであれば、そのまま抵抗しなければ望み通りになった。

 

 だが彼女は柄を握った。それ即ち、「兵士」としてあるべき姿に他ならない。

 

 ミケが獣の巨人を視界に入れた時、総毛立つ感覚がした。異質なその見た目もあったが、瞳の奥に()()を感じ取った。巨人にはあってはならない“知性”の片鱗である。

 

 もし彼がアウラの立場になっていれば、恐怖で固まってしまっただろう。

 

 

 それを踏まえ、最後まで戦い続ける。

 “進み続ける”調査兵団として最も必要な意志が、アウラ・イェーガーにはあった。

 ゆえにミケは迷っている。

 

 本当に彼女が裏切り者であるのか、と。

 また裏切ったのならば、その理由は何か。敵に利用されている可能性も十分あり得る、と。

 

 

 まぁ、考えても仕方ない。現状の最優先は穴が空いているであろう壁の箇所の確認。

 

 アウラの出血量から鑑みて、翌日調査兵団の援軍と合流し、病院へ連れて行って生きられるかどうかは半々だ。

 

 しかし一度ウォール・マリア陥落時、死地から帰ってきた女だ。そう簡単には死なない確信が、漠然とミケの内にあった。

 

 

 

 その後彼は古城の跡地を見つけ、彼女を塔の中に残し一人壁の調査を行った。

 

 不気味なことに隔離施設で遭遇してからというもの、巨人を見かけることはなかった。まるで壁の穴など気のせいである、とでもいうように。

 

 城跡地付近から一旦南方向へ向かい、壊れていると推測される範囲を壁に沿いながら北上する形で調べる。

 

 

 その途中ミケは近隣の住民を誘導し終え、壁を調査していた仲間と遭遇。

 

 時刻はこの時点で暗くなってきており、壁に穴が存在しないという結論に至ったのち、すぐさま彼が進んできた道を引き返し、同じように調べていた仲間と合流した。

 

 ナナバやゲルガーが深刻な面持ちの中、一行は暗くなってきたことも受け、その夜は城の跡地で一泊することになる。

 

 

 長い夜の、始まりであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四伍話 理不尽な、痛み

(例の使徒と戦うBGM)

KISIBEえがった……原作はもちろんアニメもドラマもいいとか神かよ、神だよ。例の映画は「一章」の次が来てないんですけども。
いつも通り(?)主人公がhentaiしてる回です。


 知らない天井だ。

 思わず至近距離にあった顔を殴ってしまったお茶目さんは私、アウラ・イェーガーちゃん。

 

 何で私、生きてるの。

 

 

「グハッ」

 

 

 おかしい。巨人化してもイケメン過ぎたジークお兄さまに殺されたはず。なのにどうして生きてるんだ、どうして。

 

「い゛っ……!!」

 

 その時右足に激痛が走り、呻きながら視線を向ける。右膝の少し上辺りから欠けていた。

 

 寒気がひどいですね。身体を少し起こしましたが頭痛がし、吐き気もする。身体の上にかけられていたのは、サイズの大きな調査兵団の上着。また上下には薄い毛布がある。立体機動は外され、この場にはなかった。側ではパチパチと、燃える薪音。

 

 

 頭の方はまだぼんやりとしている。お兄さまのお声を聞いてから記憶がほとんどないんですが、何があったのか。

 

 辛うじて思い出せるのは、ろくに回っていない思考の中、誰かが側にいた感覚。あの砂の感触はユミルたその世界。

 

 つまり私は規制御免、な様子を見られていたわけだ。それもそれで興奮する(末期)

 

 どれほど痴態を晒していたのかわからない。しかし相当あの世界で意識をトばしていたことはわかる。現実ではそれほど時間が経っていないでしょう。巨人に食われた右足の痛みから考えても。

 

 

「だい、丈夫か?」

 

 私の右ストレートパンチを受け壁に吹っ飛んだ相手が戻ってきた。この美女ちゃんに顔を近づけて、いったい何をしようとしていたのでしょうか。あなたを猥褻罪で訴えます。覚悟の準備をする暇も与えません。

 

「すまない……心配だったんだ」

 

 申し訳なさそうに謝るライナーくん。瞳を開けたらゴリラがいた。そりゃあ私でも理不尽に一発殴ってしまいます。いや、むしろ私じゃなかったら、変態扱いで彼の人生終わりだったのでは?

 

 

「なに、が」

 

「状況は説明する。無理に今は動かなくていい」

 

 ライナーくん曰く、今の現在地は隔離施設からしばらく西に行った城の跡地。近くには壁がある。

 

 私はミケ分隊長に獣の巨人に握られそうになったところを寸前で助けられ、そのままこの場所に運ばれたそうだ。分隊長はその後壁の調査に向かい、仲間と合流。四班に分かれた彼らも、無事近辺の住人たちに避難誘導を終えた。

 

 ちなみに穴については無かったらしい。

 

 時刻は夜であり、一晩をこの場所で過ごす。翌日には、伝達から事を知った調査兵団の増援が来るとのこと。

 

 ちなみに私は重傷者のため、皆がいる場所とは離れた場所で寝かされていたみたいだ。ミケ分隊長や他の武装した兵士は現在屋上で見張り。その他新兵らは塔の中で各々休息をとっている。

 

 

 何故ミケ・ザカリアス、私を助けたんだ。何故、何故、何故。

 

 

 ブレードで足の指から少しずつ、頭に向かって薄く切り刻んでやらなければ。でなければこんな仕打ち、到底受け入れられない。否、刻んでも足りない。

 

「私」の終わりが、また、遠い。空みたいに。

 

 

「ちょうど盗賊が最近ここを寝ぐらにしていたみたいでな。一晩過ごす分には十分な食料があったんだ」

 

「………」

 

「アウラ副分隊長、あんたは今失った分の血を補わなくちゃならん。顔色もほぼ死人だ。何か食えそうか?」

 

「………」

 

「…やっぱり、調子が悪いか?」

 

「…………った」

 

「えっ?」

 

 

 ────殺され、たかった。

 

 

 

 潰されて、そのままお兄さまの手の中で血と肉を身体から溢れさせながら、「私」で汚したかった。私が付着したお兄さま。本当は敵対してその上でお顔を拝んで死にたかったけれど、お兄さまに殺されるならそれだけで私は生きていてよかったと思える。もっとお兄さまに私を刻みたかった。私で穢れて欲しかった。私でお兄さまがグチャグチャになって欲しいのもっと。そして私をグチャグチャにして欲しい。

 

 だってそれって、とても「愛」でしょう?

 

 

 

「あんたが死んだら、エレンが悲しむぞ」

 

「…今のライナーくんはどっち?兵士なの?それとも──」

 

「兵士に決まってるだろ?逆にそれ以外に何があるっていうんだ」

 

「………そっか、ならいいよ」

 

 今私の前にいるのは「戦士」のライナーではない、ということ。これでは話せるものも話せない。

 

 ベルトルトくんはずっと、斯様な要介護者と共にいたというわけか。そりゃあ唯一お家事情を理解できる私に話を持ちかけてもおかしくない。それ込みで利用されたんですが。

 

 

 それにしても穴がないというならば、いったいどうやって巨人が現れたというのか。

 

 ビッグお兄さまが巨人を抱えて運んだ可能性もありますが、現実的ではない。多くの巨人を運ぶくらいなら、壁をどうにかして壊した方が手っ取り早いでしょう。

 

 いや、そもそも何故巨人を壁内に入れる必要があった?少なくとも混乱させるのが目的ではあるまい。

 

 仮に派遣した戦士が中々戻って来ないとして、痺れを切らしたマーレのお上が増援を寄越す。壁内を襲撃するならわざわざウォール・ローゼの南東の隅で現れるより、紛れ込んで中心地で事を起こした方が襲撃としては適切。

 

(っあ)

 

 脳裏によぎったのは、お兄さまが物色していたもの。それはマントや、立体機動装置。

 

 兵士の武器を観察していた点や、穴の空いていない壁内に現れた巨人を踏まえて。

 

 

(───敵情視察か)

 

 

 巨人を連れて来たのは、敵の戦力を窺うため。ゆえにお兄さまは武器なども観察していたのだ。

 

 急に壊滅的な被害をもたらす襲撃を行った場合、既に送り込まれている戦士たちの作戦の進行を阻害する可能性もある。

 

 ということは視察メインなら、お兄さまが早々に帰ってしまう。え、あっ…(死)………いえ、今日出会えたのですから、まだ流石にいらっしゃるでしょう。お兄さまが帰還する前に全力で殺されに行かないと。殺されなくとも死にます。

 

 

(というか、えっ)

 

 お兄さまのお声を聞いた時、「待て」とおっしゃっていたんですが。既にこの時点でお父さまや、ハンジ・ゾエに聞いたエレンと比較して、()()()点で大きな違いが存在する。

 

 女型も話すことはできなかった。わざわざアニちゃんはうなじから出て来て会話したくらいですし。

 

 知性巨人にも話せる個体がいるとして、お兄さまはどうしてあの時「待て」と言った?

 

 その直後頭がイかれてしまった記憶をどうにか手繰り寄せて、現状を把握し──ジークお兄さま本当格好よかったです目が、目がァァ!

 

 

 

 確か、獣の巨人が「待て」と言った後、ギョロ目巨人の動きが止まった。

 

 

 ────()()()()

 

 

 待て、待て。お兄さまの言葉に従ったとでもいうのか?まさか、そんなわけ……いや、奇行種以上に特異性を持つ巨人の存在は、物的証拠や目撃情報がある。

 

 約一年前メガネの変態がリヴァイ兵士長から預かった“興味深いもの”として、私と討論を交わしたもの。

 

 それが調査兵団兵士「イルゼ・ラングナーの日記」

 

 

 彼女は壁外調査の際馬を失い、立体機動装置が使えなくなった中、徒歩での帰還を目指した。

 

 そんな彼女が遭遇したのが()()()()()巨人である。

 

 6メートルのその個体は彼女を『ユミルサマ』と呼び、敬意を示した。この際ハンジは『ユミルサマ』とは誰なのか、あるいは何であるのか調べたが、「ユミル」にまつわる情報は得られなかった。

 

 当然のことだろう、既に記憶改ざんと共に抹消された単語であるのだから。私など一部の者しかその“意味”を理解することはない。

 

 何故その巨人が『ユミルサマ』と呼んだのかは、私にもわからない。本人かもしれない少女に聞くのも忘れていた。

 

 しかし巨人によって通常種と奇行種ができることからも、何かの要因が存在し、その巨人が言葉を発したのではないのか?と個人的には考えている。

 

 

 

 して、知性のない巨人が言葉を発した事例は存在する。

 ならばお兄さまの命令を聞いた巨人は、言葉を発した巨人のように特異な個体であったのか?

 

 否、違う。

 

 ()()()()()()ではなく、()()()()()に何か特別な理由が存在する。

 

 お兄さまは存在だけで特別ですが、特筆して挙げるならば何か。

 考えるまでもない、「フリッツ」──王家の血だ。

 

 特別な血が影響し、無知性巨人は獣の巨人の命令を聞いた。チート過ぎないでしょうか。

 

 言うことを聞くならば、壁を自力で登らせ侵入させることも可能でしょう。巨人化の最中にしか使えないのか、人間の状態でも使えるのかは不明ですが。恐ろしい力です、流石お兄さま。

 

 

 

「大丈夫か?ぼんやりして」

 

 思考に耽っていれば、ライナーくんが手を伸ばし私のおでこに付けた。身体は寒いですが心はグツグツと煮えたぎっています。お兄さまの愛でな。

 

「熱はないか。無理、するなよ」

 

「……うん」

 

 儚げ美女スマイルを浮かべると、ライナーくんの顔に影ができた。これは今度こそアウラちゃんに惚れてしまったみたいですね。まぁ重傷の私に盛ってこようものなら、何を、とは言いませんが本気で潰す。そも彼なら再生するので問題ない。

 

 躾ってのに一番効くのは痛みである。どこぞの160cmの男が呟いていた言葉です。

 

「………何か食えるものを持ってくる」

 

「私のことは構わずに、休んでていいよ?」

 

「いや、俺がやりたいからやるんだ。気にするな」

 

 そう言い、ライナーくんは部屋を出て行った。

 

 

「ハァ……」

 

 お兄さまはまだ壁内にいる可能性が高い以上、どうにか隙を見てこの場から抜け出したい。

 激しく動けばその分血が流れて本気で死にますが、殺されに行くので無問題。

 

 夜ならば隔離施設からそう離れていない場所で、休憩を取っているだろう。単身で壁外の移動はかなり無理があるので、恐らく他にも仲間の戦士はいる。

 

 

 お兄さまが送り込んだ巨人のせいで、「妹が足を食われちゃったんやで♡」プレイができるの控えめに言って最高ですね(ドロォ…)

 

 ただ、食われたのは完全に予想外だった。お兄さまのためなら、四肢も五感も内臓も肉も骨も私の全てを失っても、かまいませんが。

 

(抜け出すならまず杖になるものと、外の様子を窺うことか。立体機動装置も隙をみて奪いたい)

 

 幸い部屋──と言っても周囲が石造りで囲まれ、そこにくり抜かれた窓の部分から、月明かりが差している部屋──の隅にかつて使われたであろう鍬があった。高さは腰ほど。持ち手を握り、地面と接する鉄の平たい部分でうまくバランスを取りながら歩く。

 

 進みたびぶっ倒れそうになりますが、身体に鞭を打ちます。死ぬならお兄さまの前で死にましょうね。

 

 

 

「「………あっ」」

 

 

 

 木の扉を開けて出ようとしたら、この部屋に向かっていたらしい少女と出会してしまった。ユミルくんは今日もイケメンですね。

 

「さては脱走しようとしてたな、あんた」

 

「ふぇっ」

 

「ホォー…図星か」

 

「………」

 

「てっきり顔が真っ青だから幽霊かと思ったぜ。っま、そんなの私は微塵も信じてないけどな」

 

 豪快に笑いながら、ユミルくんに背を押され中に戻されてしまったアウラちゃん。仕方ないので、持っている鍬で頭を殴って殺しましょう。急がないとお兄さまが帰ってしまう。

 

 と、思いましたが鍬は彼女に奪われ、体勢を崩した私は前のめりに転ける。それをユミルくんが抱きしめて受け止めてくれ───何だこの胸は。

 

「うわっ、見かけ以上にあんた()ッそいな」

 

「………」

 

「そう怒んなって、飯も持って来てやったし、ちょっと話そうぜ」

 

「……わかりました」

 

 

 ユミルくんはこっそり食料を漁り部屋を出た時、ライナーくんとすれ違ったそうだ。

 

 そして彼の腫れた左頬と、ライナーくんが私が寝ている部屋の様子を見に行く、と言っていたことを関連づけ、彼に爆笑したのち代わりに食料を持って行くことを願い出たとのこと。

 

 今も思い出し笑いか、堪えきれず床を叩いている。

 

「どうせあんたが寝てるからって、手ェ出そうとしたんだろ?クリスタもアイツに狙われてるし、私が一肌脱がないとな」

 

 ()ったら死んじまうかな、とユミルくん。この子物騒なこと考えてませんかね?(おまいう)

 

 ユミルくんは私から一人分離れた場所に座り、缶詰を渡してくる。スプーンはないので手掴みで食べろと。ワイルド過ぎやしないですか?

 

 缶詰の表記を見ると、『ニシン』と書かれている。

 

「………」

 

「何だよ、食べられないのなら──」

 

「食べる。全部残さず汁一滴全て」

 

「…お、おう」

 

 壁外の文字で書かれている缶詰のパッケージ。そも、海水魚のニシンが海のない壁内に存在しているはずもなく。

 

 つまりこれは外の人間が持ち込んだもの、と推測できる。現在お兄さまが任務中であることを考えると、彼が持ち込んだものである可能性が高い。拠点にしていたのでしょう。この古城跡地の近辺には人もいなかったようですし。

 

 お、お兄さまの、お兄さまのニシン………。

 

 

「おい゛じぃ…」

 

「泣くほど美味いのかよ………な、なぁ?そんな美味いなら、ちこっと私にもくれないか?」

 

 だが断る。お兄さまのものは私のもの。ついでに「私」と私のものはお兄様のもの。

 

 汁一滴残らずお兄さまのニシン(もの)をゴックンしました。味がとても濃いですね。美味しゅうございました。

 

 舌で口元を舐めとれば、ユミルくんは少し目を細めて顔を赤らめる。「クリスタに(伏せ字)したらこんな感じになるのか…」と言っていますが、何を考えているんだこの女。というか聞こえているんだが。

 

 

 

 食べ終わったのち、ユミルくんが去ると思いましたが、部屋を出て行きません。

 

 それとなくクリスタちゃんを出し、ライナーくんも一緒にいるけど心配ではないのか?と、誘導する。しかし既にライナーくんには脅し済みらしい。この娘はクリスタ専用のセコムなのか。

 

()()()()──って、私言ったろ?」

 

「あら、そうだったね。じゃあ今日そちらであった内容でも教えて欲しいかな」

 

 ユミルくんは洞察力に優れている。ゆえに隔離施設にいた時も、なぜ自分やクリスタたちがこの場にいるのか。また、大規模壁外調査の真の意図を考えていたのだろう。

 

 

 どこまで把握しているかはわかりません。しかし私にフランクに接しながら、わずかに警戒心を覗かせている辺り、隔離施設にいた非武装の人間が、エルヴィンらに怪しまれているとは考えたはず。

 

 そして疑われる内容は、「敵」の内通者であるかどうかということを。

 

 私を怪しむ理由は、右翼索敵で唯一生き残った人間だから、で十分。

 

 イマイチ彼女の意図はわからない。が、クリスタ・レンズに親愛であるのか友愛であるのか──ともかく、特別な感情をユミルくんは抱いている。クリスタを守るため、動いている節は見受けられた。

 

 

「───とまぁ、私の班で起こったのはそんなもんだな。……あ、そういや」

 

「何?」

 

「…いや、コニーの故郷なんだけどよ、村が壊滅していたらしい。それも他の集落と比べて圧倒的な被害だ」

 

 班を村へ案内したコニー・スプリンガー曰く、家は巨人によって破壊された跡があり、村人は全員おらず。唯一その場にいた巨人は、コニー家をぶち壊し仰向けで寝転がっていた一体のみ。その個体は手足が異様に細く、移動もままならない状態であった。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「コニーもライナーも、()()()()()()って言ってたんだ。バカバカしい話だよな。しかもコニーはソイツが母ちゃんに似てる、って」

 

 コレは絶対後で、ハンジ・ゾエが鼻息荒くして向かうんですねわかります。私も連れて行かれるのだろうか。いや、その前にこの内容について数日間討論を申し出されるかもしれない早いとこお兄さまに殺されに行かないと私の明日がホワイトホールどころかブラックホール。

 

「なぁ……副分隊長さんよぉ。あんたもこの話、()()()()()()って思うよなぁ?」

 

 こちらを観察する視線。私がどこまでの情報を持っているのか、探ろうとしている。

 

 

 先まではジーク・イェーガーが巨人を操作し、壁内に侵入させたのだと思っていた。

 

 しかし不可解なコニー・スプリンガーの村や彼の母の状況を考え、外から材料を持ってきたのではなく、恐らく中の素材を使ったのだ。

 

 エルディア人であれば、巨人の脊髄液を投与すれば巨人になる。注射器を使ったのか、あるいは別の方法を使ったのかはわからない。だがコニーの故郷、ラガコ村の人間は間違いなく総じて巨人化させられたのだろう。

 

 

「興味深い話ね。これは一部の調査兵団の人間しか知らないけれど、喋る巨人というのは、一度確認されているの」

 

「ホォー…、それ私に話してもいいのか?」

 

「大丈夫でしょう。一人の兵士が壁外で喋る巨人と遭遇し、日記に命の終わる直前までその様子を記したの」

 

「その巨人はなんて喋ったんだ?」

 

「その巨人は兵士───イルゼ・ラングナーに『ユミルサマ』と言った」

 

「……え?」

 

「偶然ってあるものね、あなたの名前と一緒よ」

 

 大きく開かれたユミルくんの目。壁外を彷徨う巨人は元はエルディア人であり、さらに言えば「楽園送り」にされた者たちだ。その巨人になった人間ももしかしたら、ヒトの形を失う前に、神に縋ったのかもしれない。

 

 一人の少女に、救いを求めて。

 

 

「そのイルゼ……って、どんな奴、だったんだ?」

 

「イルゼ・ラングナー?わたしとは交流がなかったけれど、どんな窮地でも諦めず戦う女性であったそうよ。身長は小柄で、容姿は黒髪の……ちょうどあなたと同じそばかすがあったとも言っていた。彼女と仲の良かった兵士がね」

 

 

 実を言えば、彼女を殺した巨人についてはもう一つ謎がある。それはイルゼ・ラングナーの日記が発見されたすぐ近くで、話した巨人がいた点。

 

 日記が発見された当時、彼女の死後から一年経っていた。しかしその巨人は移動することはなく、ずっとその場にいたのだ。

 

 中にイルゼの死体がある、樹の側で。

 

 何故死体が樹の中にあったのか。その点についてハンジ・ゾエは、その巨人が埋葬した説を推した。同時に巨人が死体の側を離れなかったのも、守っていたからではないか──と。

 

 イルゼの容姿を考えても、始祖ユミルとは全く似ていない。考えどもやはりこの件は、疑問が多い話である。

 

 

 

「────ハ、ハハッ」

 

 

 

 静寂の中に響いた、笑い声。引き攣った笑顔を浮かべ、眉を寄せているユミルくん。

 

 狂ったように笑い始め、涙を流す彼女。どうしたのでしょうか、急に精神が振り切れてしまったようですが。狂った笑いの中にある心の悲痛が、コハクの色に瞳の中に現れていて、かわいいですね。

 

「ど、どうし、たの…?」

 

「ハハハ、ハハ、ハァ…………はは」

 

 彼女はボロボロと溢れる涙を服の裾で拭うが、次から次へと落ちる。

 

 何か彼女の心に触れる原因があったのか?例えばイルゼ・ラングナーが彼女の家族であった、とか。…いや、それはないだろう。彼女の名前を聞いた時点で表情に変化は見られなかった。

 

「………悪い、急に取り乱しちまって」

 

「…別に、大丈夫だけれど」

 

「ハハ…やっぱり“運命”って奴からはさ、逃れられないんだな。誰かの犠牲の上で成り立つ、人生、なんて……」

 

 普段のユミルくんと一転し、ひどく憔悴している。本当に急に可愛くなってしまってアウラちゃんをどうしたいんでしょうか。

 

「あれ、もう行っちゃうの?」

 

 立ち上がり、部屋を去ろうとするユミルくん。私が缶詰の文字を見た時の一瞬、視線が鋭くなった理由も知りたいんですが。

 

「そう言えば缶詰(コレ)、何の魚だったの?ユミルくん」

 

「…さぁな。私にはその缶詰の文字、読めなかったし」

 

「え?」

 

「ア?」

 

 目元が少し腫れた彼女が、こちらを鋭い眼光で睨めつけてくる。

 私一応あなたの上司なんですが。

 

 

「わたしは“魚”の話をしたのに、どうしてここで、“()()()()()”の話が出てくるのかしら?」

 

「────ッ!!」

 

「ふふ、まるで最初からあなたの関心が、話し合いよりもこの文字に対するわたしのリアクションだった──みたいじゃない」

 

「私は、別にッ」

 

「あらあら、否定する余裕もないのかしら?もしかして君はこの文字、読めるんじゃないの?」

 

 

 美女スマイルを浮かべれば、一歩、ユミルくんは後ろに下がる。

「ユミル」の名前と、壁外の文字。想像以上にこの人間は()()()()を有している。

 

 大きな裏があるように思えてならない。先ほど『ユミルサマ』の話を聞き、突然様子が変わったことを含めて。

 

 

 彼女の裏には──否、彼女の闇には、私が望む人の不幸がある。その闇を暴いた時、ユミルくんはどんな表情を浮かべてくれるのか。私に教えてください。さぁ、私をあなたで刻んでみせてちょうだい。

 

 四つん這いで彼女に這い寄り、下から震える身体を見つめた、その時。

 

 外の階段を駆け上がってくる音が聞こえた。ついで扉が開き、現れた女兵士が声を荒げる。

 

 

「急いで屋上に向かってくれ!!」

 

 

 突然のことに驚きながら、汁一滴残らず舐めとった缶詰(ユミルくんは食い入るように見ていた)を懐に入れ、兵士に支えられながら階段を上がる。呆然としていたユミルくんも我に返り、兵士が支えていた逆の肩を持ち、私を上がらせてくれた。え、天使か?(チョロイン)

 

 

 上に着けば混乱している新兵たち。一瞬ベルトルトくんが私に気づいてビクッ、とした。失礼ですね。

 

 見れば、森から巨人の群れがこちらに向かって移動して来ている。

 

 日が暮れてからかなり時間が経っており、巨人の暗闇では行動しなくなる性質上、個体差はありますが、普通なら活動を停止しているはず。月明かりが出ていようがなかろうが、関係ない。

 

 奇行種、というわけではあるまい。それこそ誰かに()()()()()いなければ。

 

 女兵士とユミルくんの腕を払い左足でジャンプしながら、掴まる分にはこの上なく安定するナイスガイの肩を掴む。

 彼の隣にいたベルトットくんはまた肩を揺らした。ストレスでV字ハゲにさせましょうか。

 

 

「あ、アレ見ろ!!」

 

 

 コニーが叫び、一斉に少年が指差した方向へ視線を向ける。月明かりの中、地面につきそうな長い手を前後に揺らし、ゆっくり歩いているイケメン。

 

 この世で一番私が愛してやまない人です……♡

 

 

「獣の、巨人……」

 

 

 兵士の一人が、そう呟いた。

 

 あぁ、私を()して、ジークお兄さま。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月光(ゼッコー)チョー?

今年最後の投稿だぎゃ。来年のファイナルに向けて執筆頑張りたいです。
けどコタツ沼がすごいんじゃあ。みるみる内に眠たzzz


 月明かりがウドガルド城跡を照らす。

 

 静寂だった中、唐突に兵士たちの前に現れたのは巨人の群れと、獣の巨人。

 

 上着をまとっていないミケが、屋上にいた新兵らに中で待機するよう呼びかける。ただし、緊急時には屋上に上がってくるように、と。切羽詰まった状況の中、なるべく簡潔に説明は済まされた。

 

 分隊長が兵士ら──特にゲルガーに、ガスやブレードの消費を抑え戦うよう命令する中、口を開けたまま固まる二人の少年、ライナーとベルトルト。

 

 

「獣」の巨人、その姿を戦士である彼らは見たことがある。その正体とはジーク・イェーガー、戦士長である男だ。

 

 ウォール・ローゼ内に巨人が侵入している時点で違和感はあった。壁を破壊できる力を持つのは、超大型のベルトルトくらいだ。彼らが動いていない以上、壁の破壊はないと考えられる。であれば巨人が“外から入った”のではなく、“中に出現した”と考えるのが妥当。

 

 巨人を同時に多数出現させることができる者はいる、戦士長だ。まさに「驚異の子」と呼ぶに相応しい。彼の血には()()が宿っている。

 

 ジーク・イェーガーの脊髄液を摂取したエルディア人は、もれなく彼の“叫び”により巨人化する。

 

 

 ゆえに、壁内に戦士長含むマーレの増援が来ている可能性はあった。

 

 しかしいきなり出現すれば、念頭に「もし」を考えていても驚いてしまう。そも向こうはライナーとベルトルトがいることに完全に気づいておらず、壁に向かい歩いている。

 

 無数の巨人に襲われている現状、二人はかなり追い込まれていた。軽率に巨人化できるわけもない。あくまでまだ始祖の情報を掴めず、任務を遂行できていないのだから。

 

「兵士」だったライナーは、突然の戦士長の登場に、一気に「戦士」へと思考が戻される。

 

 一先ずこの場はミケ分隊長の言葉に従うべきかと、ベルトルトに顔を向ける。ちょうどその時、視界に人が横切った。

 

 夜に溶け込む髪色が月光に照らされ、作られるは天使のリング。

 

 

「何ッ…してんだ!!」

 

 

 立体機動装置を付けていないのにも関わらず、空中へダイナミックダイブをかまそうとした女、アウラ・イェーガー。

 

 ライナーに落ちる寸前のところで足を掴まれ、彼女は引き戻された。大きく開かれた白銅色の瞳が、助けた少年へと向けられる。

 

「離せ」

 

「落ちたら死ぬぞ!」

 

「離せ!!」

 

 ライナーの手は彼女の腰を抱える形で回されている。その拘束に抵抗するアウラの右手は背後の少年の髪をわし掴み、左手は脇腹を押す。飼い主と、その腕から逃れるべくスライムになった猫のような光景。

 

 アウラ・イェーガーの視線は獣の巨人に固定されており、その後ろ姿を追い続けている。

 

 

 まさか、とライナーは思った。しかし先ほど「殺されたかった」と、彼女本人から聞いている。

 

 その前に続くのはてっきり「巨人に」という言葉だと思った。だが実際は「お兄さまに」だったのだろう。となると、新兵たちがいた施設から彼女とミケ・ザカリアスが別れた後、アウラがジークと接触した可能性がある。

 

(仮に戦士長が妹と出会っていたなら、連れて……いや、難しいか。連れて行ったとしても、元はパラディ島の兵士だ)

 

 アウラは恐らく声を聞くなりし、獣の巨人がジークだと勘づいたのだろう。そのため突貫紛いのことをしたのだ。対し兄の方は現在の様子から考え、気づいていない可能性が高い。さすがに気づいているなら、妹を一瞥くらいするはずだ。

 

 

 しかして女と同じ場所にいたミケならば、獣の巨人を見ていてもおかしくない。特徴的な見た目なのだ、少なくとも話題には出るはず。

 

 だがライナーたちに「獣」の巨人についての情報は教えられておらず、アウラ・イェーガーの負傷理由も、「戦闘中巨人に食われたから」───だった。

 

(……ってことは何だ?()()()言わなかったってわけか)

 

 大規模調査から帰還し、「戦士」の彼がベルトルトと話した際、ベルトルトがアウラを利用したことを聞いた。エレン奪取の作戦を円滑に進めるために、と。この時ライナーはアルミンから聞いたエレンの居場所を、アニに伝えたことも話している。

 

 何故無断で彼女を利用したのか、また戦士には関わらせないことを三人で決めたはずだ──と、彼は問いただした。

 

 ベルトルトの返答は「君が“兵士”だったから」と、一言。

 

 

 意味がわからなかった。ライナー・ブラウンはマーレの「戦士」だ。「兵士」ではない。

 

 それ以上は関係の悪化を恐れ、問い詰めなかった。しかしアニを交えた時、もう一度きちんと話を聞くことを予定に入れて。

 

 

 少なくともアウラ・イェーガーは現在疑われている。

 ただ「鎧」と「超大型」がいる以上、まだ他に敵はいる。

 

 疑いの目が彼女に向いているからといって、他の人間が疑われていない、というわけではない。

 

 だからこそ、ミケは()()()()()()()()女型の内通者を考え、獣の巨人について話さなかったのだ。話せば敵が動くかもしれない可能性を考えて。

 

 

 

 

 

「おい!いつまで副分隊長にセクハラしてる気だ、この淫獣!!」

 

「………い、いんじゅっ…!?」

 

「こんな時に何やってるの、二人とも!」

 

 あまりのユミルの言いように、抗議しようとしたライナー。しかしクリスタに声をかけられ、未だ兄の元へ向かおうとする女を俵持ちし走った。彼から斜めの位置にある彼女の腰布がめくれ、小ぶりな尻が強調される。視線を向けぬよう少年は前を真っ直ぐ見つめた。

 

 ライナーの後にベルトルトが続き、前を先導する形で走るクリスタの後にユミルが続く。一人残されたコニーも、みなの後に続き中に入った。

 

 

 一応ナイスガイのために弁明すると、彼は純粋に副分隊長のケガを心配し、様子を見に行っただけである。

 

 確かにキレイな寝顔に少し近づき過ぎてしまった部分はある。だが少年というもの、少しは邪な気持ちを抱いてしまうもの。けしてレッドラインを越えるつもりはなかった。

 

 ちなみに腫れた頬で戻った彼を見たベルトルトの第一声は、「君ってヤツは…」

 

 他二名は寝ており、上司に声をかけられ目を覚ました後、ライナーの頬を見て心配した。

 

 

「おに、さま……」

 

 

 階段を駆け下りていた時に聞こえた、かすかな声。ライナーは後ろを振り向き女の表情を見ないようにし、歯を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「どうして私を…死なせてくれないんだ…」と呟きたい私は、アウラ・イェーガーちゃん。

 ヨロイの彼に太ももや胸を触られてしまった女です。これではもうお兄さまのお嫁に行けません。

 

 いえ、前後不覚な私を助けようとして偶々触れてしまったので、故意ではないのですが。そろそろ下ろしてくれないでしょうか。

 

 

「あ、今下ろ……」

 

 屋上の下の部屋にたどり着いた私と新兵。俵持ちしていた私をライナーくんが下ろそうとした瞬間、何故か強く握られた。

 

 ちょうど彼の手に触れている部分は、アウラちゃんの際どい太ももの位置。今更ラッキーすけべを堪能していることに気付きましたね。

 

「がッ……!」

 

 ライナーくんは脛にユミルくんの容赦ない蹴りを食らい、体勢を崩した。彼の咄嗟の判断でケガ人の私を巻き添いにしまいと、手が離れる。後方に投げ出された私の身体は、屈んだベルトルトくんにキャッチされた。

 

「動物の睾丸ってどうして二つあるのか知ってるか、ライナー」

 

 邪悪な笑みを浮かべたユミルくん。天使クリスタが止めに入り事なきを得ましたが、男子は皆彼女の言葉の続きを想像し、震え上がっていた。

 

 

「……話す暇があったら、早く下を確認した方がいいわよ」

 

 

 屋上にいた時は中へ続く扉は破壊されていなかった。しかし、壊され小さな個体が侵入している可能性も十分ある───と私が続ければ、ハッと表情を変えた新兵たち。先程相当鈍い音がしたというのに起き上がったライナーくんが、下の確認を買って出た。

 

 当然の如くライナーくんのひっつき虫なベルトルトくんが彼を追い、そんな二人を案じてクリスタ&ユミルくんペアも動く。「ちょ、待てよ!(キ◯タク)」と妙にイケメンボイスを出したコニーくんも続き、部屋に残されたのは私だけ。計画通りだ。

 

「動くなよッ!!」と、下に向かうライナーくんに言われましたが、知らない子ですね。

 

 

 私は仲間の様子が心配なので上に向かうだけですから(建前)

 

 お兄さま行っちゃう(本音)

 

 

「ハァ………」

 

 重傷の身でアクティブに動き過ぎたせいで今にも意識がトびそうですが、気にせず階段を上がります。ちなみに塔の階段は、螺旋を描くように外側に設置されている。

 

 ゆえに立って歩くとフラついた衝撃で身体が傾き、真っ逆さまに落ちかねないので、四つん這いで上がります。速度はかなり鈍いですが仕方ない。上に行き兵士が来たら絞めて気絶させ、立体機動装置を奪いましょう。

 

 案の定外の騒音に混じって、下から大きな音が響いてくる。やはり侵入していたか。トップ2と精鋭クラスがいるとはいえ、屋上から見た巨人の数はかなり多かった。

 

 また、ミケ・ザカリアスのブレードはともかく、ガスは多少消費済み。巨人を倒し切る前か、その直後に底を尽きる可能性が高い。そのため彼は仲間に極力最小限に戦うよう指摘した。

 

 

 

 そうしてかなり時間をかけ、ようやく屋上の手前にたどり着いた私。

 

 死へのバージンロードはすぐ目の前。心なしかユミルちゃんも応援してくれている気がします。私が新郎でお兄さまが新婦……間違えました。私が新婦で、お兄さまが新郎。お父さまはいらっしゃらないため、新婦の父役はユミルちゃんに任せます。

 

 と、考えていた折外で轟音が響き、ついで頭上で塔全体が震える衝撃が起こった。

 

 幸い屋上への入り口は崩れていなかった。上がれば人間が二つ転がっていた。近づいて脈を確認するがない。即死だった模様。下から上がってきたナナバに首を振る。

 

 

「何を、して…いるんだ、アウラ副分隊長?」

 

 

 困惑と悲痛の色を浮かべながら、こちらの行動を凝視するナナバ。

 

 私の手は女兵士に伸び、彼女が身につけていた立体機動装置を外す。慣れた手つきで、淡々と。

 

「何をしていると、聞いているんだ!!」

 

 月明かりを受けブレードが鈍く光る。刃こぼれが目立った。

 

 彼女の様子からして、ミケ分隊長と同じく私が敵の内通者である可能性を知らされているのだろう。表情には微かな恐怖がのぞいている。

 もし私が本当に「クロ」であれば、彼女の目の前には仲間の命を売った、“悪魔”がいることに他ならない。

 彼女の綺麗な表情はしかし、お兄さま(ご馳走)の前では取るに足りぬ一品。

 

 

「何を…ですか。見て分かりそうなものですが」

 

「……立体機動装置を外せ、今すぐに」

 

「刃を向ける相手が違いますよ、ナナバ。わたしではなく、巨人に向けなくては」

 

「外せ」

 

「いいえ、外せません。外すわけにはいかない」

 

 立体機動装置を付け終え、彼女の足にしがみつく。一瞬身がまえた彼女は私を突き放そうとしますが、腕を掴んで倒れぬよう堪えた。視線の位置はほとんど同じ。

 

 私を本気で疑うのならば、武力行使に出てでも、立体機動装置を奪えばよいのに。

 心のどこかでは信じられないのだ、彼女は。それはミケ・ザカリアスも同じ。

 

 長年死戦を共にした絆というのは、そう簡単に振り解けない。できるのはエルヴィン・スミスなど、非人間になれるごく一部の者。

 

 

 しかして甘い感情に縋ってしまう彼女やミケ分隊長も、私はとても好きです。

 

 自分の本能のままに過ごす人間も、理性で己の感情を断ち切れてしまう人間も、本能と理性の間で揺らぐ人間も、等しく美しい生き方なのだ。

 

 私は肯定します。肯定した上で、あなたたちの悲劇を心から、渇望する。

 少なくとも私が「いただく」側なのですから。むしろ彼らの生き方を否定しては失礼になってしまうでしょう。

 

「ナナバ、“疑わしきは罰せず”──っていうのは、甘い考えですよ」

 

「………」

 

「推定有罪にするくらいの意志がなければ、わたしたちは時に重大な過ちを犯してしまう。無論罰した人間が本当は無罪だった場合、罪悪感に苛まれてしまうかもしれない。しかし大いなる一歩を前にして、無実の犠牲や罪悪感なしでは、なし得ない人類の明日がある」

 

 彼女を押し退け、一歩前へ進んだ。場所は獣の巨人が向かった方向です。先のコニーくん並みに「ちょ、待てよ」しなければ。

 

 

「その身体で戦う気か」

 

 

 飛び跳ねながら縁に着き座り込んだ手前、背後から声がかかる。

 

「ミケ…」

 

「ガスが尽きた。倒し終えたばかりだが、ナナバ、お前は至急ゲルガーと共に臨戦態勢に入ってくれ。まだ距離はあるものの、巨人が来た方角から先の二倍近い数が襲来している」

 

「えっ……!?」

 

 最初の一度目の轟音は、大岩が馬にぶつかった音。そして二度目は、塔の上にいた兵士二人が岩にぶつかった音。

 

 

 状況からして、巨人たちが連携を取っているようにしか見えない。大岩を投擲した「獣」の異常性から鑑みて、やはり奴は知性巨人だ──と、ミケ分隊長は考え付ける。

 

「クソッ、どうなっているんだ…!?ミケが過半数以上狩ったから、まだ半分近くはガスが残っているが……」

 

 冷や汗を流しながら、ナナバは空中に身を落とした。

 分隊長は彼女と共にGO!しようとする私の首根っこを掴む。

 

新兵(アイツ)らに、この問題児を任せたつもりだったんだが」

 

「ひどい言われようですね、わたし」

 

「中には巨人が侵入していただろう。非常時は屋上に逃げて来い、とは伝えておいた。だが登って来なかったということは、お前が唆した。違うか?」

 

「言葉が悪いですね、分隊長。悪いことはさせてないので「助言」と言ってください。わたしは巨人が侵入している可能性を告げただけですよ」

 

「エルヴィンに突き出すまでは死なさんからな」

 

「………チッ」

 

 おっといけません。美女アウラちゃんとしたことが、舌打ちを零してしまいました。

 

 ミケが驚愕の表情を浮かべる。天使で通しているアウラ・イェーガーの皮が剥がれてしまったので、当然の反応だ。

 

「リヴァイがお前のことを「腹黒い」と言っていたが、割と本当なのか……」

 

「あなたのことは変人、ハンジ・ゾエは変態、団長はヅラ、兵士長は160cmの男、と思っていますよ」

 

「変人なのか、俺は」

 

「匂いを嗅がれた時は、結構本気で憲兵に被害届を出そうと思いました。書いていた届出はハンジに没収されましたが」

 

「………すまない。というかハンジはともかく、エルヴィンとリヴァイはやめておけよ。アイツらも気にし───いや、何でもない」

 

 ミケは死体になった仲間二人に瞳を伏せつつ、私のブレードとガスを奪った。畜生。

 

「お前はケガ人だ。これ以上動いてくれるな」

 

 しかし諦めるわけにはいかないので、這いずって階段に向かう。盛大なため息が後ろから聞こえましたが聞こえません(難聴)

 

 

 

 その時、下からコニーとライナー、ついでベルトルトとクリスタが現れた。

 

 新兵への状況説明は私に任せる、とミケ分隊長が去っていく。岩との衝撃で装置に不備とかできてませんかね?そうすればおどり食いの道がひらけますよ。

 

 というかどうしてライナーくんは、手を仰々しくケガしているんですか?再生させないんですか?そうして知性巨人であることが露見し、緊急離脱せざるを得ない状況を作れ、作れ作れ。

 

 

「あ、お、えっ?」

 

 二足歩行ができず、四足歩行に退化しているアウラちゃん。ライナーくんの丸太のような足にしがみついて、ガン決まった目で見つめる。

 

 少年の瞳に映る私は必死の形相を浮かべ、知らず知らずのうちに涙を溢れさせていた。食いしばった唇からは、血が漏れている。

 

 ベルトルトくんが私を引き剥がしにかかりますが、必死にしがみつく。顔が胸筋にぶち当たりかなり痛い。

 というか────ハ?コイツ私より胸があるんだが……?(殺意)

 

「ど、どうしちまったんだよ、エレンのねーちゃん!?」

 

「おっ、落ち着いてアウラさん!!」

 

「きっとケガのせいで混乱しているんだ…!!」

 

 ベルトルトくんがそれとなくフォローしてくれる。

 しかし元から私は、アウラ・イェーガーは、狂っている。

 

 

 虚しくも自分よりタッパのいいベルトルトの力には勝てず、しがみついていた少年から手が離れる。

 

 形容しがたい複雑な表情を浮かべているライナー・ブラウン。君は戦士の中で誰よりも、お兄さまに、そして私に同情している。

 だからこそ、可能性があるのは彼しかいない。

 

 

 お兄さまに近づかせて、お兄さまに殺されたい。ただ、それだけなんだ、「私」にあるのは。

 

 

 

 

 

「どうしたんだよ、お前ら」

 

 

 混乱状態の中、階段から上がってきたのは一人の少女。ユミルくんは眉をひそめ周囲を見渡し、首を傾げる。

 

「ユミル!付いてきてなかったの?」

 

「悪い、下の窓から外の様子見てたんだ。それよりどうなってんだ、コイツら?」

 

「え、あ、それはね──」

 

 

 クリスタが彼女に状況を説明する。彼女は静かに話を聞きながら、一瞬こちらを向いた。

 

 茶とも、黄色とも付かないその瞳に、何故か私は魅入られた。




ベッドッド「それOPPAIちゃう、大胸筋や」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失敗したら30分待たなきゃいけないリスキーな踊りより、ポタラさんを使った方が早いじゃないか…!(ただし副作用あり)

あけおめ今年一発目です。
よろしくお願いしますッッッ!!!(サマウォ感)


 これは、一人の少女のお話だ。

 

 孤児であった少女が、皆に崇められる“始祖ユミル”になったお話。

 

 

 道端で寒さに震えることも、飢えに苦しむことも、人々から冷ややかな視線を向けられることもない。

 衣食住が約束され、人々は彼女を“神”と崇め、地に額をすりつける。

 

 今まで誰にも必要とされなかった少女は、「ユミル」であれば、大切にされる。微かな優越感に浸り神としての人生を送っていたある日、訪れる終焉。

 

 政府に見つかった彼らは神も信者も、一人残らず楽園送りにされた。少女もまた、短い人生の幕を閉じたのである。

 最後まで、皆に必要とされる「ユミル」を演じ続けて。

 

 都合のいい神として祀り上げられ、彼女の人生は終幕した。他人に操作された運命に、翻弄される人生だった。

 

 

 

 しかしこのお話は、少女が「罪人」として裁かれ終わる話ではない。

 

 彼女の物語はまだ終わらなかった。

 

 長い時を巨人として過ごした彼女は、突然自由を手に入れる。夢のような、地獄の日々から抜け出した時、少女が見たのはどこまでも遠い空。暗闇の中に落とされた無数の火花たちは、自己主張をし合って、夜空を彩る。

 

 

 ───美しかった。

 

 こぼれ落ちる涙は、地面に吸い込まれる。

 

 

 この時自由を得た少女は、今度は誰かのためではない、自分のために人生を生きようと決意した。巨人化から戻れた、奇跡のような出来事に誓って。

 そして己が名前に、復讐することを誓い。

 

 少女は自身を「ユミル」と、呼んだ。

 

 

 それから少女は超大型巨人がウォール・マリアの壁を破壊した一件に紛れ壁内に侵入し、孤児として教会の世話になった。その際、壁の秘密を握る一族の妾の子の存在を知り、その妾の子が入る訓練兵団に入団した。

 

 自分を偽って生きる妾の子に、ユミルは彼女自身の過去を重ねていたのだろう。

 

 予想外だったのは、想像以上に少女───クリスタ・レンズが、彼女の内で大きすぎる存在になってしまったことか。

 

 それこそ己の命をかけて守ると、ユミルは本気で考えている。

 

 

 そしてエレンの巨人化や、調査兵団入りから長いようで、短い日々が過ぎる。

 

 ユミルは「ベルトルさん」と共に第五班所属となり、クリスタ似の副分隊長に興味を持つ。

 アウラ・イェーガー、エレンの七つ上の姉だ。

 

 女はクリスタのように皆にやさしく振る舞う反面、厳しい部分もあった。ベルトルトを揶揄うたびに、「訓練中よ」と、眉を寄せて怒られた。

 

 表面上は力も強く、尊敬できる副分隊長。

 

 だがユミルは彼女の裏に、何か形容しがたい──薄ら寒いものを感じていた。探ろうとすれども、のらりくらりと躱される。エレンの“地下室”の件もあり、「もしかしたら外の知識を持っているのではないか?」と、疑いを持ち続けていた。

 

 

 

 そんな折、ベルトルトと共に森へ向かう副分隊長を見かけたユミルは、待ち伏せして話す機会をうかがった。

 

 流石に後はつけなかった。勘というヤツか、尾ければすぐにバレると思ったからだ。

 

 して、暫くし森から戻ってきたアウラ・イェーガーに、雑談を踏まえながら女の裏を探った。しかし。

 

 

「ユミルちゃん」はね、私の中ではただ一人だけなの────。

 

 

 手痛いしっぺ返しを食らったのは、ユミルの方だった。

 

 女の口ぶりからして、彼女が挙げていたのは()()()“始祖ユミル”。

 

 同時に「()()()()()()()」と告げられた瞬間、視界がぐわんと、歪んだ気がした。

 

 

「ユミル」の存在全てを、否定された気がしたのだ。

 

 確かに彼女は本物ではない。偽物だ。それでも「ユミル」を否定されることは、彼女の人生や、運命にあらがおうともがいている彼女自身が、嘲笑われている心地しかせず。

 

 アウラ・イェーガーの存在がユミルにとって、恐ろしいものとなった。

 

 まさかユミルの過去を知っているはずはない。しかしエレンとは違い、外の知識を持っている確信だけは得られた。

 

 なるべくなら、関わりたくはない。だが現実とは非情なもので、ユミルはアウラと同じ班である。何なら上司だ。

 

 震える心を払拭するために、団長らに「アウラが外の知識を有している」と言う方法もあったかもしれない。ただその場合、なぜ斯様な可能性に至ったのか言及される。流石にエルヴィン・スミスと正面から話し合う度胸などなかった。元より彼女は巨人化できる力を持つ。変に相手に勘繰られれば、それこそユミルの秘密が露見しかねない。

 

 

 

 ゆえに必要最低限に関わった。ただし表面上は、いつもの「ユミル」を装って。

 

 ベルトルトを揶揄い、副分隊長に叱られる。そんな日々が過ぎた後は大規模壁外調査。そして無事生き延びたと思えば、新兵らへの待機命令だ。

 

 この時彼女の中で浮上した、アウラ・イェーガーが女型の内通者である説。

 

 右翼索敵で唯一生き残っていた女だ。女型が侵入したのが右翼側であることも考え、意図的に殺されなかったとしか思えない。

 

 クリスタを守るのが最優先事項の彼女にとって、不穏因子は脅威の対象である。

 

 

 知性巨人たちの狙いが、壁内人類の滅亡なのかはわからない。しかしどの道壁内の世界に夜明けはないと、彼女は感じていた。その上でクリスタを守るためには、ユミルはどの選択を取ったら良いのか。

 

 壁内が無理であるのなら、壁外に目を向けるしかない。クリスタを生かす最善手を掴むべく、彼女は動いた。ウドガルド城で、クリスタやベルトルトたちが寝入ったのを見て。

 

 口実は食べ物を持って行くことで作ろうとした。が、予想の斜め上を行った缶詰の存在。それにはマーレで使われている文字が表記されていた。

 

 何故この場にあったのか、そこまで思考を回す余裕はなく。

 しかし使()()()と、ユミルは考えた。

 

 

 途中野獣(ライナー)の腫れた頬に爆笑しながら、訪れた重傷の女が寝ている部屋。否、訪れようとした部屋。

 

 室内に入る前に脱走者を捕まえたユミル。いつも薄っぺらに感じる善人を演じている女は、驚くほど憔悴していた。ケガのせいもあっただろう。だがそれ以上に、精神が疲労している印象を受けた。

 

 その後は缶詰の文字を使い、カマをかけようとしたが上手く行かず、逆にユミルが足を掬われる結果に。

 

 

「イルゼ・ラングナー」の日記の件と、『ユミルサマ』と呟いた巨人の話が、彼女に衝撃を与えた。荒唐無稽な話であると、いつもの彼女なら突っぱねられた。だができない理由が彼女には存在する。

 

 まさか、まさかと、脳内の汁が顔の穴から溢れそうな感覚を感じながら、イルゼの特徴を聞く。

 それこそ巨人が話したのは、偽物ではなく、「本物」のことに違いない。

 

「ユミル」では、ない。

 

 

 ──────小柄な身長。黒髪。そばかす。

 

 

 ユミルは巨人化された当時、12歳だった。今でこそ長身の部類だが、数年前は小柄な部類に入った。流石にクリスタほどではないものの。

 

 黒髪も同じだ。そして何より巨人が話した『ユミルサマ』が「偽物」だと、感じてしまった原因が、そばかす。

 

 

 ユミルは偽物に過ぎない。しかしマーレ政府に見つかった時、ユミルは自分を神に仕立て上げた者たちへの憤りを覚えながら、縋る信者のため、「ユミル」で居続けた。それこそ自分の命をかけて、他の人間の無罪を乞うた。

 

 その姿に、多くの信者が心を打たれたのだ。結局は全員、仲良く楽園送りにされてしまったが。

 

 

 

「────ハ、ハハッ」

 

 

 

 信者が未だ地獄の中で彷徨っているというのに、彼女は、ユミルだけは解放され、「自由」に生きている。

 その事実が、そして途方もない罪悪感が、その時彼女を襲った。

 

 人はどうしようもない感情の波に襲われた時、笑うのかと、どこか冷静な部分の彼女が俯瞰的に考える。

 

 誰かの犠牲──ユミルであれば信者たち──の上で、彼女は息を吸い、心臓の音を感じながら、この世の美しい部分に目を向けることができる。

 

 狂おしい激情を宿したまま、兵士に声をかけられ上に向かったユミル。

 

 会話の中で、やはり“クロ”としか思えぬ女に肩を貸した時、向こうは目を見開かせていた。当然だろう、お互いがお互いの内情を探ろうとしていた者同士だ。相手が距離を空けると、アウラ・イェーガーは思っていたに違いない。

 

 

 

 その時ユミルはわかったのだ。自分は、やはり運命から逃れることなどできないと。

 

 逃れるということはつまり、臭いものに蓋をすることに他ならない。彼女の裏に存在する地獄に囚われたままの信者たちを、考えずに生きる。

 

 耐えきれなかった。

 同じように六十年近く無知性巨人であったからこそ、夢現に、何も感じることなく生きるあの地獄を、知っているからこそ。

 

 だから彼女は「ユミル」として、手を伸ばした。偽りの人生に戻り、善人の行動を取った。

 

 無論そのまま生き続けることなど、できるわけがない。

 

 

 

 その後、塔の中に侵入した巨人を倒し終えた新兵たちは、外の轟音を聞きつけ屋上へ向かうことになる。

 

 クリスタに手当てしてもらったライナーに本気で殺意を抱きつつ、皆の後を追うようにして、立ち止まった彼女。

 

 瞳を閉じ、息を深く吐いた。

 クリスタを己の命の最期まで、守ろうとは考えている。その上で彼女を守る時間が短くなってしまうことに、申し訳なさを抱いた。

 

「ははっ……バカだな、私」

 

 

「偽物」にもなれず、ただ一人の「ユミル」にもなれない。中途半端に生きて、死んでいく。

 

 きっとクリスタならばそんな彼女でも、受け入れただろう。だがそれすら、今のユミルには苦痛であった。

 偽物のユミルを、見せたくはない。中途半端な「ユミル」なら殊更。

 

「まぁ最後くらいはさ、私の花道飾ってくれよ、巨人共」

 

 ユミルの手の中にあるのは、コニーが持っていたナイフ。この場では使い道がない云々──と話していた時、ならば、と借りたのだ。

 

 階段の途中にある空いた窓に足をかけ、下を見る。そうすれば夜風が彼女の髪をさらい、パサパサと音を立てた。

 

 その命が尽きるまで、暴れ倒す。少しでもクリスタに向かう脅威を消すため、彼女を生かすために。

 

 

「────ごめんな、クリスタ」

 

 

 やはり最後くらい、お別れくらいは言った方がよかったかもしれない。

 苦笑しつつ手のひらをナイフで切った瞬間。

 

 ユミルの意識は、どこか遠くへと引っ張られた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 砂と、光の柱の世界。

 そこでユミルは、目を覚ました。

 

 

「大丈夫か、あんた」

 

 

 身体を起こした彼女に声をかけたのは、隣にいた茶髪の少年。膝を抱え、顔を少し埋めている。

 

 少年の視線の先にユミルが目を向けると、一人の少女が佇んでいた。顔には影がかかり、口元は一直線に結ばれている。まるで表情を示さぬ人形のようだ。

 

「……ハ?」

 

 ストレートな金髪に、蒼い瞳。白いバンダナを付けた少女の姿は、クリスタにひどく似ている。だがそれ以上に第五班の副分隊長を子供にして、瞳と髪の色を変えたと言わんばかりに、少女はアウラ・イェーガーに酷似している。

 

「お、おい、なんの冗談だよ、副分隊長さんよぉ?せっかく私が有終の美を飾ろうって時に…」

 

『………』

 

「なんか喋れよ!!」

 

「落ち着け」

 

 立ち上がり少女へ詰め寄ろうとしたユミルの前に手を出し、制止させた少年。

 

 彼が名前を尋ねてきたので、彼女は一つ舌打ちをこぼし、「ユミルだ」と答える。少年は目を丸くし、「俺はマルセルだ」と返した。

 

「始祖ユミルと同じ名前なんだな、あんた」

 

「──ッ!?」

 

「たいそうな名前を付けられたもんだ」

 

「………お前、何者なんだよ」

 

「何者、か。………お国のために、()()()()()()()人間だよ」

 

「戦うはずだった?なんか上手く躱された気しかしねェんだが」

 

「“信用”はできない相手に、そうホイホイ情報は出せない」

 

「っけ、ガキのクセに頭がよろしいようで」

 

 煽りを交えたユミルの言葉に、少年は反応を示さない。何が何だかわからないが、お互いの共通点があるとすれば、「気づけばここにいた」──ということ。

 彼女はマルセルに、謎の少女を指差し、誰であるか尋ねる。

 

 

「あの少女の存在を知るには、まずこの世界について話さなきゃいけなくなる」

 

「…なんだ、「気づけばここにいた」なんてお前さんは言ったが、ここにいる理由は知ってんのか」

 

「知っているというか、教えられた、っていうか。……操作されているっていうか」

 

「ハ?」

 

「俺の意思はあるけれど、俺が望むようにこれから会話が進むわけじゃない。それはわかってくれ」

 

「つまり、お前はあの少女の操り人形ってことか?」

 

「違う。例えるなら複数この世界にゴールがあるとして、()()()()によって、一つずつ退路が塞がれて行く感じだ」

 

「………犬にケツ追っかけ回されて、柵の中に入る家畜みたいなもんか」

 

「その認識でいいよ。ただ一応言っておくと、あくまで俺の自由意志でもあるんだ、コレは。あの少女の話を呑んだのは俺だ」

 

「呑んだって、何を?」

 

「色々見せてもらったんだ。あまり詳しくは言えないけどさ」

 

「…そうかよ」

 

 

 マルセルは少女に従うことが、罪滅ぼしになるとも言う。

 理由はいくつもある、と続けて。

 

「俺の行動で、仲間を傷つけちまったんだ。だが弟のためだったんだ。……けどそれすらも、俺を苦しめる行為になっちまった」

 

「漠然としてるが、それがお前の「罪」ってわけか」

 

「…あぁ」

 

「その罪を私に語ってどうするんだ?まさか私に解決しろとでも?冗談よせよ」

 

「……俺はもう、何もできない。あんたが消えれば、俺は大きな本流の中の一つに還るから」

 

「な、に…言ってるか、わからないんだが」

 

「生きてここにいるなら、ここが()()()()()()理解できない。けど()んでここに還ってきたのなら、この場所を理解できる」

 

「お前………死んでるのか?」

 

「なぁ「ユミル」、俺とあんたがこうして今話すだけでも、大きな意味があるんだ」

 

 今は肉体が存在せず、精神を晒し合う者同士。会話し、お互いを知る──理解を深めていくだけでも、魂の距離は近づき、溶け合う。

 

「………」

 

「口を閉じたってムダだ。あんたが話さなくとも、俺は俺の話をする」

 

「………」

 

「耳を塞いだってムダだし、目を閉じたってムダだ。今動かしていると思う肉体だって、精神の情報から作られたものに過ぎない」

 

「……クソッ!私にどうしろっていうんだよ!!」

 

「意味は後から付いてくる。観念して話し合おうぜ」

 

「わかった……わかったよ!!じゃあ話してやるさ!────私はクリスタに×××(ピー)して、×××××(ピーーー)してやりたい!!」

 

 瞬間スッと、ユミルから離れたマルセル。少年の頭は、今目の前にいる女をケダモノとして認識した。だが心のカンバスレーションは始まっている。

 

「……俺はね」

 

 

 

 

 

 そうしてお互いが直接的な表現(自分はマーレ出身だ、など)を避け話し合う、奇妙な時間が終わりを迎える。情報は隠しておれど、お互いが同郷であることに気づくなど、隠しきれない部分はあった。

 

 ただ間違えれば、情報を利用されかねない。マルセルならライナーたちや弟を。ユミルもまた「生者」にしか見えない少年を怪しみ、直接的な情報は控えた。思わず「クリスタ」の名前は言ってしまったのだが。

 

 

「大体理解したぜ、マルセル・ガリアード、さてはお前クソブラコン野郎だな」

 

「俺もわかったよ、あんたのこと。クリスタ逃げろ」

 

 

 ユミルはマルセルが死した後だからこそ生じた、弟が“使命を果たす者”になれなかった苦しみを。

 

 マルセルはユミルが”多くの犠牲”を出して、一人だけ生き残ってしまった罪悪感を。

 また偽りの人生か、一人の「ユミル」として生きるのか、中途半端に生きざるを得ない苦悩を。

 

 

「死んだって救いはない」

 

「言ってくれるね、私よりガキのクセに」

 

「生きている間にしか、なし得ないものがある。死んだ後じゃ、何もできないんだ」

 

「………」

 

「あんたには、“力”があるんだろ?」

 

「は?力ってなんだよ」

 

「大切な人間を守れるだけの力だ」

 

 

 ────俺を食って、手に入れた。

 

 

 ヒュッと、ユミルの喉が鳴る。

 

 少年の瞳は、彼女を映していない。空を見つめ、遠くを眺めていた。

 どうにか声を出そうにも、彼女の力は掠れた声しか出ない。

 

「……俺はこの世界の()()()()()だ。意識だって存在しない、本当なら。だが例外として、あんたとはいつも繋がっている。“自由”を手に入れた時からの、これまでのことを」

 

「………」

 

「なぁ、俺はブラコン野郎なんだ」

 

「………」

 

「ポルコに───弟に、会いてぇよ……」

 

 その言葉の直後、マルセルの身体が崩れていく。溢れた涙は砂の上に落ち、シミを作った。

 

 

「………」

 

 呆然と、動けぬユミルの元に、少女がゆっくりと歩み寄る。

 アウラ・イェーガーと瓜二つの少女。

 

 ようやっと目の前の少女が何であるのか、ユミルは理解した。無表情な顔は、感情を全く表さない。まだ副分隊長の方がよっぽど人間的だ。否、彼女の目の前にいる存在は、()()ではないのだ。

 

 

 

「神なんか、嫌いだ」

 

 

 

 歯を軋ませ、少女を睨めつけるユミル。溢れ出る涙は彼女自身のものなのか、それとも彼女と繋がっているマルセルのものであるのか、彼女にはわからなかった。

 

 ただ無性に涙が出る。こんがらがった感情の渦の中、少女の顔が近づき、額同士が触れ合う。

 

 コツン、と音を立てた瞬間、ユミルの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 永遠とも取れる時間。だが目を開ければ、先と変わらぬ光景が、目の前に広がっている。

 

 ユミルは深く息を吐き、零れ落ちる涙を拭った。

 誰かの犠牲の上で、生きている彼女。

 

 彼女はナイフをしまい、一歩、階段を踏みしめる。

 

 

「クソッタレ……」

 

 

 残酷な世界から逃げることを、ユミルはまだ許されていない。

 

 その事実だけは、ハッキリとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スヤァ( ˘ω˘ )

コメディー要素が強い回です(コメディ以外ないとは言ってない)
現段階の書いてた分が1万5千字近くなった…分割せざるをない。


 ジーク・イェーガーに陵辱されたい美女は私、アウラちゃん22歳。

 

 ベルトルトくんに羽交い締めされており、お兄さまを追うこともできない。ヒョロい男だと思っていたが流石戦士、ビクともしない。足を踏みつけ急所を右足で蹴り抜こうとしたところで、ユミルくんが目の前に来た。

 

「目ェ血走ってるぜ、アウラ副分隊長さんよぉ」

 

 口角を上げながら、話す彼女。人を揶揄っているように見えるが、瞳は真剣そのもの。

 

「なぁあんた、何者なんだ?」

 

「…?私はアウラ・イェーガーよ」

 

「……答えてくれねぇってわけか。まぁ、いいけどさ」

 

 ユミルくんが「何者か」と私に問うた時、背後のベルトルトが微かに息を呑んだ。裏切り者の私が情報を吐けば、途端に彼らが敵であることがバレてしまう。

 言うわきゃねぇだろ、との意味を込め、少年の足を踏み躙った。

 

「何つーか、マジでヤバい状況だな」

 

 巨人の群れは第一波の二倍。五人で連携し最小限で戦えていた。しかし二人死に、三人──しかも残量の少ないガスとブレードで戦わなくてはならない現状。

 

 仲間が食われる様子を眺めたくはありますが、すぐに塔へ魔の手が迫る。お兄さまの姿が壁の下へ消えた以上、猶予はない。

 

 

 

 いやだ。殺されるんだ。お兄さまにようやく会えたんだ。「私」が終わるんだ。

 でなければまた、()きなきゃいけなくなる。

 そんなのは、もう。

 私は、もう。

 

 

 

 

 

「クリスタ、あのさ」

 

「何、ユミル?」

 

 世界が段々と色を失い、無機質に感じられていく中、少女二人の会話が耳に入った。

 

「…もし助かったら、私と結婚してくれないか?」

 

「なっ……!?」と、驚愕の表情を浮かべたゴリ……ライナー。コニーやベルトルトもこの状況で、何言ってんだコイツ?と、正気を疑う視線を向けていた。

 

 クリスタは動揺を一切見せず受け流す。それよりも、今の状況をどうにかすることを考えなければ、と怒った。かわいい。

 

「ユミルはいつも冗談ばっかり言うんだから」

 

「冗談じゃねぇんだけど……それとな」

 

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何か含みを持った言葉だ。周囲は彼女の真意を読み取れず首をかしげる。

 ただ一人クリスタだけは彼女をまっすぐ見つめ、強く微笑んだ。

 

 

「当たり前だよ。ユミルは私の大切な人だから」

 

 

 その一言を聞いた少女の瞳が大きく開かれた。涙が溢れてはこぼれて行く。

 

 思わず私はユミルくんの表情に魅入ってしまう。絶望や苦しみを混ぜ合わせた中に存在した、先ほどの彼女の姿。しかし今はしがらみから解放されたように、安らかな表情を浮かべている。

 

 まるで棺に収まった死体のようだ。これ以上壊されることのない精神。同時に、“無”に還る肉体。

 

 キレイな彼女の姿は、我が心に清涼の風をもたらさんとする。

 

 

「ハハッ…クリスタ、お前やっぱスゲェよ」

 

「……ユミル?」

 

「本当…なんかそれ聞いただけで、グダグダ悩んでた自分が馬鹿に思えてきた。聞くの、怖かったんだけどな……」

 

「ね、ねぇユミル?そっちは危な──」

 

「なぁ」

 

 いつの間にかナイフを取り出し、片手に握っていたユミルくん。彼女の視線の先は、巨人の群れ。塔の下ではすでに戦闘が開始し、大きな音が響いている。

 

 一呼吸した彼女は、塔のへりに足を乗せる。クリスタの制止を無視し、ユミルくんは後ろを振り返った。

 

 

「私も胸張って生きるからさ。お前も胸張って生きろ……クリスタ」

 

 

 瞬間、飛び降りた彼女。

 

 全員(私は羽交い締めのままベルトルトに引きずられた)走り、落ちた彼女を覗き込んだ中、突如起こった眩い光。

 

「ユミル!!」

 

 光の中で彼女の身体を覆い形成されていく肉体。

 

 身体のバランスは赤ん坊の身体を筋肉質にし、顔を大きくしたよう。上と下が噛み合うように伸びた鋭い歯。肉食動物の犬歯の如き長さを誇りながら、サメのように一定の間隔と大きさで生えている。

 特徴的なのは毛で覆われた手足か。三本の指と、円を描くように伸びた黒く長い上に、太さのある爪。

 

 巨人化したユミルくんに、みな息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……!な心境の私。

 

 下の状況はかなり悪化していたようで、ガスが切れたゲルガーが巨人に捕まっている。食われかけた彼を寸前で、うなじを斬り救ったのはミケ。しかし無情にもゲルガーの肢体は下へ落ちていく。

 

「俺まだ死にたくねぇよぉ!!」と心地よい悲鳴が聞こえた直後、ゲルガーの身体が掴まれた。無知性の巨人たちに、ではない。ビッグユミルくんに。

 

 戦っていたため巨人化した彼女に気づくのが遅れた兵士たち。ナナバがユミルくんに斬りかかろうとしたが、ミケが止めた。邪魔だ、と言わんばかりにユミルくんに上に投げられた男。

 

 その肢体はちょうど塔の上へと向かい、大声を上げていたゲルガーはコニーとぶつかり転がった。

 

「何すんだよブスッ!!」

 

 怒り心頭のコニー。ゲルガーも呻いているので死んではいないようだ。

 

 再度下に視線を向ければ、長い爪と歯を使い、次々に巨人のうなじを狙っていくユミルくんが見える。彼女の顔はキレイ系だというのに、何故か巨人化した顔はかなり下方修正がかかっている。

 

 一瞬状況を理解できなかったミケも、出現した巨人が今は味方に回っていると判断したのか、ナナバに声をかけ、兵士&知性巨人のタッグが組まれることになった。戦力が最初の五人より一気に上がり、死体の山が築かれていく。だがすぐにナナバとミケのガスも切れるだろう。そうなれば状況は一転する。

 

 

 

「嘘…だ」

 

 ポツリと、後ろから聞こえた声。振り向けばベルトルトが驚愕の表情を浮かべていた。ライナーも然り。どうしてお前らが曇っているんだよ(歓喜)

 

 今盛大に叫んで死にたいのは私の方だ。

 

 返せよ私のお兄さまを。私の幸福を。最大の絶頂を。

 

「あっ…」

 

 怪訝に眉を寄せる私の顔に気づいたベルトルト。未だに彼の足は、私の左足に踏み躙られ続けている。ガンを飛ばすと冷や汗を流しながら逸らされた。

 

 

 戦士は四人だったのか?…いや、戦士二人の表情からして、あり得ないだろう。仲間の出現に何故曇る必要があるのだ。

 

 だが彼らの仲間でないのなら、ユミルくんはなぜ巨人の力を持っていた?

 

 少なくとも「始祖」と「進撃」以外はマーレの所有物。この事実は揺らがない。ユミルくんが「始祖」の可能性はまずない。

 

 お父さま、グリシャ・イェーガーによって、レイス家から始祖が奪われたのは五年前。その後始祖は行方知れずとなった。私の見立てでは現在ユミルちゃんの元に「始祖」が戻っているはずですし、ユミルくんが5歳なわけがない。

 

 ならばどのようにして力を手に入れ、どの能力を持っているのか。

 

 

 正直どの能力かはわからない。が、おおよその入手経路は考えられそうだ。

 

 ユミルくんが戦士である可能性がほぼない以上、何かの手違いでマーレから一つの力が失われてしまったのならどうだろうか。

 

 手違いが起こり、十年以上前に一人の巨人化能力者が死に、その人間の死後に生まれたエルディア人に、力が渡ってしまった可能性。マーレは軍事国家だ。一つでも戦力が失われたことが露見すれば、諸外国勢力が侵攻の手を強める。ゆえに情報を秘匿した可能性がある。

 

 だがこの場合、さすがに十年以上経てば諸外国にバレる。ずっと戦場に一つの力が現れなければ、「なくなった」のだと判断できる。そうなれば秘匿し切れなくなり、国内でも大騒ぎになったはず。

 

 ただ赤子のユミルくんに力が渡ったとして、彼女が“外の知識”を有していることに疑問が湧く。彼女の一族が外の知識を受け継いでいるとして、あまりにも偶然が良すぎる。

 ユミルちゃんが彼女に力が渡るよう操作した可能性もありますが。

 

 

 そもずっと壁内に潜んでいたとして、自分が巨人化できることをどのように知った?

 

 過去に巨人化したのか。はたまた異常治癒は昔からあり、巨人化したエレンとの共通点を知り、自分が「巨人化能力者だ」という考えに至ったのか。

 

(──ダメだ、わからない)

 

 いっそユミルくんが元々無知性巨人で、巨人化能力者を食って人間に戻った──なら、話はつくというのに。

 

 壁外の人間の正体は、楽園送りにされたエルディア人。

 ユミルくんが元楽園送りにされた人間なら、マーレの知識を持っていることにも理由ができる。

 

 …いやでも、割とこの考えはいい線をいっているのかもしれない。

 

 ただ彼女が巨人化能力者を食べたのなら、その人間はいったい誰だったのか、という疑問がさらに浮上する。

 

 

 

 思考の渦にハマっていた時、超絶愛らしい悲鳴が聞こえ顔を上げる。「GO GO YUMIRU!!」と誰よりも荒ぶっていた天使が、塔から落ちかけたらしい。かわいいな?

 

 ゴリラ……イナーが足を掴み事なきを得た様子。───おい待てよ、今宙吊りになった天使のスカートがめくれて、下着が見えてなかったか?まさかこの戦士少年、アウラちゃんの時と同じように、ラッキースケベして「ヌッ」となってしまったのか?

 

 ちょうどゲルガーに続きナナバもガスが切れ、塔の上へ投げられる。またぶち当たったコニーくんがキレていますが無視しましょう。それよりもかなりピンチになってきた下。ミケも疲労の色が強い。彼が戦えるのもあとわずか。

 

 アウラちゃんは空気を読める子ですので、ユミルくんに声援を送ります。天使に代わって応援よ。

 

 

 

「ユミルくん!!クリスタの下着を、ライナーくんが見ていたわ!!!」

 

 

 

 ベルトルトの視線が刺さり、ライナーくんの「……………えっ?」という顔がこちらに向く。随分と間が長いですね。

 

 対しクリスタちゃんは顔を真っ赤にした。結婚します。アウラちゃんの婿ポジは埋まっているので、嫁に来てください。

 

 

『コロスッッ!!』と雄叫びが聞こえ、ガスの切れたミケが塔の上へ投げられる。コニーは身構えたが当たることはなく、ライナーくんにぶち当たった。ちなみにミケ・ザカリアスは2メートル近い身長があり、体重は0.1トンである。

 

 流石のナイスガイでも生じた衝撃に耐え切れず、そのまま二人仲良く床に転がった。

 

 

 

「なんて、恐ろしいことをするんだ…」

 

 背後の少年が震えの混じった声で呟いた。確かに巨人化した挙句、上司三名を投げつけたユミルくん。恐ろしいですね。

 

「何か、共感した表情を浮かべているが…僕が言っているのはあなただからな?どうしてユミルの地雷を踏み抜いたんだ……。あとずっと、足を踏み躙られているんだが」

 

「え、わたしだったの?」

 

「あなた以外いないだろう。こんな、狂ったこと」

 

 しかしベルトルト・フーバー、見てみるといい。三人の戦力がなくなった中、怒りで力を激らせたユミルくんが、どんどん巨人を倒している。倒れる巨人の衝撃で、時折塔が大きく揺れるのはヒヤヒヤしますけど。

 

 次第に世界も明け始めており、どうにか増援が来るまでは持ち堪えそうじゃないですか。

 

 

「…あなたは何を今、考えているんだ?」

 

 眉間から汗を流した少年が言う。

 

 今私は、何を考えているのだろう。お兄さまが去ってしまい、私の悲願は達成できそうにない。

 ミケ・ザカリアスの助けがなければ、人生の最高の中で死ねた。けれど現実は、まだ、生きねばならない状況が出来上がっている。

 

 またお兄さまと会えるその時まで生きる。生きなければ、ならない。

 

 

 

 

 

「皆これで、助かりますね、ベルトルトくん」

 

 

 他人の“不幸”ではなく、“幸福”を今、私は生み出そうとしている。

 即ちそれは「生」を謳歌するのとは対極の状況。

 

 

 

 もう生きるのは、無理です。

 

 ならせめて、愛しい弟の前で、死んでやりたい。

 かわいい表情を私に見せて、エレンくん。もうお姉ちゃんは、限界です。いえ、限界でした。

 

 とっくの昔から私は、死を望む生き物です。




・巨人化ユミル
 顔はほぼ同じ(ブスじゃない愛嬌があると言えコニ僧)、歯はさらに鋭くなっている。手足の先はナマケモノと同じ構造。森の中だと爪をカギのように引っかけて回転しながら移動できる。厄介。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どうして空は青いんじゃ?

いつもお気に入り評価、感想ありがとナス!モチベにつながってます。

つべのマンガ紹介から最近フランケン・ふらん読んだけど、フランちゃんかわいいな?毎度発想がエグくてすき。グロさはあるけど。

追記)後半ちょっち読みにくいです。ので軽めに流してください。。


 夕焼けと似た朝景色。冷たい空気を取り入れれば、肺がギュウと、拒絶する。

 

 ウドガルド城に現れた、獣の巨人と無知性巨人の群れ。一時全員の命が危ぶまれた戦いで、二人の尊い兵士の命を失ってしまったが、まだ他の人間たちは生きていた。

 

 

 雄叫びを上げ、塔をうまく使い巨人を狩っていくのは一体の巨人。

 

 サイズは女型や鎧と比べれば小柄なものの、その俊敏性はダントツ。カギ状の長い三本の爪で巨人のうなじを斬り裂いたと思えば、そのまま巨人の首を回り、遠心力で宙高く飛翔する。

 そして次の巨人へ飛びかかる──と、圧倒的な力を見せた。

 

 巨人化したユミルは『コロスッ、コロス!!』と声を荒らげ続けている。その暴れっぷりに呆気に取られる兵士らを他所に、若干一名のみ顔を青ざめさせ震え上がっていた。「何が」とは言わないが、ヒュンヒュンと、しっ放しである。

 

 

 

 だが状況が一転する。

 

 ユミルが時折爪を立てたり、巨人が倒れぶつかったせいか、塔自体が崩れかかっていたのだ。

 

 さながら斧で根元を削られた巨木のように、下から傾き始めた塔。

 

 屋上の人の数が多いこともあり、傾いた拍子に全員の身体が片方に寄ると、さらに負担がかかる。クリスタの悲鳴が聞こえ我に返ったユミルは、急いで屋上へ上がった。

 

 このままでは全員落下してしまう。落ちて助かったとしても、下にはまだ巨人が多数残っている。舌打ちをこぼしたユミルは、自身に掴まるよう叫んだ。

 

 

 そして塔が崩れるのに合わせ、大きく跳躍する。巨人たちは派手に倒壊した建物の下敷きになった。

 

 5メートル級のユミルの髪にしがみつく八人。最初クリスタやコニー、ベルトルトに肩を支えられる形で乗ったアウラ辺りまでは、さほど重くはなかった。しかしライナーが乗った辺りで急に足腰に力が入り、ナナバとゲルガーに最後のミケで、ミシリ、と足に嫌な音が走った。

 

 内心ライナーは置き去りにしたかったが、助けたユミル。後でケガをした逆の腕も同じように使い物にならなくさせようと、心に誓った。

 

 

「ユミル…!」

 

 

 クリスタがユミルに駆け寄ろうとする。だが背後の崩れた瓦礫の山から巨人が起き上がり始め、ユミルは後ろ髪を引かれる思いで駆ける。

 

 大切な人を、守るために。

 

 

『!』

 

 

 彼女が地面から跳び上がり、巨人のうなじを狙おうとした瞬間、瓦礫の中から突如腕が飛び出る。巨人の手が彼女の足を掴むと、ユミルは凄まじい力で地面に体を打ちつけた。

 

 崩れた瓦礫が巨人を下敷きにしたことによる、弊害。

 不意を突かれた形で、ユミルは捕まってしまった。

 

 次々と彼女に伸びる手の数々。足を、顔を、髪を、腕を、首を、腹を。

 

 四方八方から、その四肢を引きちぎらんばかりに力がかかる。彼女を食らい始めた巨人たちの姿を見たクリスタの喉から、ヒュ、と息が漏れ出た。

 

 

「ユミルッ!!!」

 

 仲間の制止を無視し走り出したクリスタは、手を伸ばす。

 

 ユミルの巨人体の足がプツプツと音を立て、筋肉の繊維や肉が食いちぎられる。右手がもがれ、腹に食い込んだ巨人の手が彼女の腹を裂き、内臓がこぼれる。髪が引っ張られ抜け落ち、眉間に食いつかれた拍子に目玉が溶けるように落ちた。

 

「やめ、やめてっ……」

 

 悲鳴さえ、巨人たちが食らう音によってかき消される。まだ残っていたユミルの手がクリスタに向かって伸ばされ、その手にも、巨人が噛み付く。

 

 

「い…や、いや、ユミル………ユミル!!」

 

 

 しかし、大きな瓦礫の横を通りすぎようとした瞬間、クリスタの視界に現れた巨人。瓦礫の裏にいたため、彼女の死角になっていた。大きな手が、彼女に伸ばされる。

 

 

 ゆっくりと進む世界。

 このまま死んでしまうのかと、クリスタが瞳を閉じた、その時。

 

 

 

 

 

「   」

 

 

 

 クリスタの背後から伸びた、細い手。

 

 その手が彼女を突き飛ばし、クリスタは地面に転がった。

 何事か、状況を判断しようと少女が視線を向け見えたのは、肢体を巨人に掴まれた女の───アウラ・イェーガーの姿。片足でどうやって走ったのか、と場違いな感想を抱く。

 

 

 アウラはクリスタが駆け出した直後、ベルトルトの急所を手加減なしで蹴り、その拘束から逃れた。再起不能となり地面に転がった少年を他所に、四足歩行──否、三足歩行で軋む身体を動かした彼女は、少女に近づいたところで立ち上がり、背を押した。

 

「え」

 

 状況が掴めぬクリスタの頭上で、巨人が大きく口を開ける。

 

 今まさに巨人に食われんとする女の白銅色の瞳は、まっすぐ彼女を捉えていた。

 優しげに、愛おしげに微笑むアウラ。

 

 その表情にゾクリと、彼女の背に震えが走った。

 

 嬉しさのようでも、恐怖のようでもある、得体の知れない感情。

 

「あ、や、めて」

 

 クリスタの視界に、糸を引く巨人の唾液が映る。

 彼女が自分を見つめていることに目を細めた女の瞳が一瞬、夜空の星々をかき集めて作られたような、不思議な色へと変わって。

 

 

 

「死ッ、ねェェェェ!!!」

 

 

 

 女を掴んでいた巨人のうなじが、切り裂かれた。アウラの窮地を救った人物は、ワイヤーが絡まり瓦礫の上を転がる。直後次々と自由の羽をまとった人間たちが、空を翔けた。

 

「バカッ!あんたは出なくていいんだよ!!」

 

 ハンジの批難の声がその人物───エレン・イェーガーに向く。

 残った巨人が駆逐されていく中、エレンはぶつかった頭を押さえながら姉の元へ駆けた。

 

「姉さん!!」

 

 クリスタが既にアウラの側におり、様子を見ている。少年が目を向ければまず目に入ったのは、欠けた右足。あるべきはずの部分に触れようとすれども、触るのは下の瓦礫の冷たい感触のみ。

 

「あの、ね、エレン……お姉さんの足は、巨人に食べられてしまったの」

 

「………」

 

「……エレン?」

 

 巨人を殺した時、鬼の表情を浮かべていたエレンの顔は、無表情に変わっている。瞳を閉じる姉の頭に手を差し入れ、「姉さん、姉さん」と、小さく呟いた。

 

 その問いかけに応えるように、微かにアウラの瞳が開く。

 

「…………ぅ、あ」

 

「姉さん」

 

「そ、ら」

 

「……姉さん」

 

「あお、くて」

 

 

 ────さわれた。

 

 

 その言葉を残し、ゆっくりと閉じた、アウラ・イェーガーの瞼。

 

 弟に微笑みかけた姉の姿を見たエレンの瞳からは涙がこぼれ出し、声を殺したくぐもった声が、辺りに響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「………お姉さんの脈はあるから、まだ死んでないよ、エレン」

 

「ゔぇっ?」

 

 

 クリスタがそう言った瞬間、視界不良のエレンの顔が上がる。少年は咄嗟に姉の呼吸をみる。

 

 すると細々とだが、まだ息はあった。その事実を随分ゆっくり噛み砕いて認識した少年は、とうとう人目も憚らず、声をあげて泣き始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 結晶化したアニ・レオンハートの捕獲と、ウォール・ローゼ陥落(仮)及び、ウドガルド城襲撃が続いた濃い一日。

 

 ストヘス区戦では住民や兵士の多数の死傷者。ウドガルド城襲撃では死者二名、負傷者二名が出ることとなった。その負傷者二名───ユミルとアウラ副分隊長は、どちらも重傷である。

 

 

 ハンジ指揮の援軍はミケらと合流し、壁上へと移動した。

 

 ハンジはストヘス区戦でのことを話し、ミケは壁の穴がなかったこと。また、彼とアウラ・イェーガーが遭遇した知性巨人と思しき「獣」の巨人について話した。

 

 獣の巨人が“知性巨人”とみなされる理由は、岩の投球や、女型と同じ人間を()()()()()殺そうとしていたため。

 

 ウドガルド城において巨人がまるで()()()()()()彼らを襲ったことを踏まえ、ミケは獣の巨人が女型以上に巨人を操作できる可能性を言及する。

 

 

 

「へぇー…「獣」の巨人か。体毛に覆われていたんだよね?超大型や鎧、女型はそれぞれ得意な分野があり、役割分担をしているような印象があったけれど……実に興味深い。獣の巨人が兵士に敵対行動を取っていた以上、女型たちの仲間であることには間違いないだろう。ただ問題はユミルの方だ。彼女は兵士たちを守るために戦った。その行動を理由に、我々人類の仲間である、という判断材料にするには少し難しいけれど…。少なくともコニーやクリスタ曰く、彼女はエレンとは違い“力”の使い方を知っている節があった。つまり、巨人化できることを意図して隠していたわけだ。これだけで敵対意思があると王政に判断されかねない。厳しい現実だよ。まぁそれはともかく、今は壁内の穴についてさらに詳しく調べなければならない。私としてはとても気になるんだけどね、ユミルが巨人化した姿。今彼女は重傷だし見れないのが残念だ。私も……私もミケたちの現場にいたら見られたのに。しかも助けてもらったんだろ?ユミルの巨人体の髪に掴まって。いいなぁ…………。ねぇ、どんな感触だったの、ミケ?匂いとかは?そう言えば知性巨人って、普通の巨人とは違う匂いがするのかい?あと────」

 

「少し黙れ、ハンジ」

 

 巨人のことになると、話が長い&オタクのような早口になるゾエ。ミケに睨まれ我に返った彼女は一つ咳払いをし、小さく謝罪を口にする。

 

 

 それから間もなくして、駐屯兵団の先遣隊が到着。

 彼らが詳しく調べたところ、壁の穴は見つからなかった、という。

 

 100パーセントとは言い切れないが、これでローゼが陥落した疑いが消えた。しかし何故巨人が壁内に現れたのか、疑問が深まっていく。

 

 各々が仲間の傷を案じたり、現状の考察や、命が助かったことに安堵する中、バタバタと、揺れる旗。

 

 

 この時、ストヘス区戦に参加した人間たちの深層下では、別の大きな問題が目まぐるしく動いていた。

 

 アニを捕獲した後、彼女の情報を調べる際に発覚した事実。

 彼女と同じウォール・マリア南東の出身者、二名について。

 

 

 

 

 

「なぁエレン、ちょっといいか?」

 

 

 激しい風が吹き荒れる中、一人の「nice guy」が、エレンに話しかける。

 

 エレンは姉を救出した後、ずっとその側にいた。しかし先遣隊にいたハンネスが訪れ、アウラの様子を目にした時の表情を見るなり、堪えきれなくなり移動したのだ。

 

 エレンやミカサよりも、ずっと昔からハンネスはアウラ・イェーガーのことを知っていた。それこそ少女がまだ三つだった頃から。

 

 元々調査兵団に少女が入った時から、いずれ死ぬか、ケガをする可能性は大いにあると理解していた。

 

 だが実際「兵士」として戦えなくなるほどの重傷を前にし、大きなショックを受けた。

 その時ハンネスが呟いた声。その内容が、エレンの脳内にこびり付いている。

 

 

 ────すまねぇな、イェーガー先生。

 

 

 娘を守ってやることができなくて、と。

 

 

 その内容は、エレンが痛いほど感じていたことである。だからこそ少年は、ハンネスやアルミンたちがいた場所から逃げるように去った。

 姉を守れなかった、弱い自分を責めて。

 

 

 そして彼が一人になった時に、負傷した腕のせいで、上にあがることに苦戦しているライナーと出会した。

 

 登るのを助けたエレンは、ライナーとしばらく会話していた。直後上がってきたベルトルトが、ライナーの隣に立った。104期生でも頭ひとつ飛び抜けた男が暗い表情を浮かべているのが、やけに印象的だったのである。

 

 その際ハンジとミケがトロスト区で一時待機する判断を出し、皆が移動し始めた気配を察知したエレンも、移動しようとしてライナーに呼び止められたのだ。

 

 

「実は五年前、俺たちは壁を破壊したんだ」

 

 その一言に、「え?」と、頓狂な声を上げたベルトルト。彼が目を白黒させていることも気に留めず、ライナーは自分が「鎧」でベルトルトが「超大型」であることも語る。

 

「……何を、言っているんだ、ライナー?」

 

 ベルトルトが肩を掴んだ手を振り払い、ライナーは続ける。

 

 彼らの目的は壁内の人類を滅ぼすこと。

 だがエレンが共に来るなら、その必要がなくなったことも。

 

 

 

 この時「戦士」ライナーの思考には、焦りがあった。

 

 その最たる理由が「獣」の巨人、ジーク・イェーガーの存在である。

 

 四名の戦士が始祖の奪還を任されてから五年。突如戦士長が壁内に登場したことから、ライナーはマーレの上層部がいよいよ痺れを切らしたことを悟った。

 

 獣は女型や車力と違い、巨人化の持続力には欠けるため、同伴で車力も来ている可能性が高い。

 

 つまり現在のマーレの戦力は、「戦鎚」のみとなる。

 

 

 多少の危険性を伴ってでも戦士を追加で二名送っていることが、上層部が苛立っていることの裏付けとなる。これ以上時間がかかっては、ライナーやベルトルトの立場が危うくなる。

 

 幸い一度失ったマルセルの「顎」は見つかっており、これまで行方知れずだった「進撃」も発見。

 

 また「始祖」の発見までとは行かずとも、クリスタ・レンズが壁内の()()()()であることも知った(アニの情報収集の賜物)。

 

 おおむね「進撃」の継承者と考えられるエレンを連れて行けば、十分アドバンテージにはなる。クリスタはエレンとユミルより優先順位が低いので、逃亡する際捕まえられればいいくらいだ。

 

 何より現在、まだ戦士長とピークが壁内を出て、そう遠くない場所にいると考えられる。今動けば、十分合流することが可能だろう。

 

 

 問題はアニだ。彼女もできることなら連れて行きたかったが、そうすると故郷へ帰るチャンスを失うことになる。

 

 ただ「始祖」の奪還がメインな以上、またパラディ島へ訪れることになる。その時女型と合流すればいいだろう。

 

 

 ライナーは知らないのだ。結晶化した彼女がすでに捕まっていることを。

 

 その可能性を見出しているのはベルトルトのみ。ゆえに状況は理解しているが、消極的に動こうと考えていたベルトルトの考えを、ライナーは見事にぶち破った。

 

 だが皮肉にもこのライナーの行動が、彼らの明暗を分ける。

 このままハンジたちについて行けば、二人は地下で幽閉されていた。たとえアニの共犯であっても、そうでなくとも。

 

 

 

 

 

「ハァー…」

 

 

 ひと通りライナーの話を聞いたエレンは、深いため息を吐く。

 頼れるみんなの兄貴分、ライナー・ブラウン。と、彼のオマケで付いてくるベルトルト。

 

 信じられない、まさか人類の敵であるなど。

 

 否、()()()()()()のだ。

 

 

「ライナーお前、疲れてんだよ」

 

 エレンの言葉に大仰に頷くベルトルト。ウドガルド城での一件があり、その場にいた者たちはほとんど寝ていない。それはエレンたちも同様だが、立体機動装置という武器もなく一日中過ごしたライナーたちの方が、精神・肉体的ストレスが多いに違いない。

 

 

 だがエレンの願いも虚しく、ライナーの様子が豹変する。ポツポツと、呟く男。自分を「半端なクソ野郎」と表現するその内情を、エレンは理解することができなかった。

 

「…なぁ、ライナー」

 

 ゆっくりと少年の心臓が、血液が、頭が、全身が冷えていく。

 能面の顔を貼りつけたエレンは、ライナーに視線を向けた。

 

「お前さ、オレの姉さんが好きなんだよな」

 

「……それが、なんだ」

 

「なぁ、お前今どんな気持ちなんだよ?お前の好きな人間が大ケガ負って、どんな気持ちなんだ。教えてくれよ」

 

「………」

 

「答えたくありません、ってか。オレは今姉さんが死にかけてるこの気持ちを、自分にぶつけてる。いつも大切な人を守れない自分が、愚かしくて」

 

「……エレン」

 

「自分で自分を、殺してやりたい」

 

 けど、と続けたエレン。

 

 

 

「今一番ブッ殺してぇのは、テメェだ」

 

 

 

 翡翠の目が大きく見開かれ、ギラギラと輝く。

 

 直後その圧に押された戦士二人が身構えた瞬間、エレンの後方から立体機動で急接近したミカサ。一瞬でライナーとベルトルトの間合いに入った彼女は、二人に致命傷を与える。

 

 だが仕留め切るまでには至らず、ベルトルトに追撃を行おうとしたところを、ライナーにタックルされ失敗した。

 

 

 バチバチと、体が光り始めた二人。エレンは手のひらを噛み巨人化し、ライナーに殴りかかった。

 

 しかし鎧の身体は想像以上に固く、逆に腕を掴まれたエレンが押し込まれ、壁の上から外へ向かって落ちることに。そのまま鎧の巨人はタックルしながら走り出す。そのため兵士たちは左右へ緊急離脱した。

 

 鎧の巨人が壁の上を疾走してその手に捕まえたのは、アウラ・イェーガー。

 

 

(姉さん!!)

 

 

 直後壁に指をかけながら降りたったライナーは、エレンの前に立つ。

 握られたアウラに、強く歯噛みする弟。

 

 それは少年にとって、“()()()人質”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 

 

 その子の蒼い瞳は、天上に広がる空の色。

 その子の戯れる金の糸は、太陽の色。

 

 掴むことができませんでした。

 空はいつも上にあります。手の届かない場所に。

 伸ばせども触れないのです。何故だろう。

 

 

「私」の目の前を誰かが走っていました。

 いえ、私の視界にはその子しか映りませんでした。世界にはその子しかいませんでした。

 結われた金の髪。それがその子が走るたび、揺れました。その子は手を伸ばしています。私ではない誰かに、手を伸ばしています。

 

 私はここにいます。

 私はここにいました。

 

 

 

 私は見つけました。

 私は「私」がずっと探していたものを見つけました。

 私が探していたもので間違いないのです。きっと?

 

 その子は私です。私はその子です。

 私はその子でできています。その子は私でできています。

 

 

 その子が走り始めました。私は手を伸ばしました。一瞬だけ、その髪に触れました。

 

 私は「私」をその時、私になりました。

 

 私は走りました。私には右足がありませんでした。私は私を食べた獣になって走りました。

 

 

 その子を助けることができました。私は大きい人間に掴まれました。

 その子が私を見ていました。蒼い瞳には私しか映っていませんでした。嬉しいです。嬉しいです。

 

 私はその子でできています。その子の中へ()()たいです。

 

 

 しかし、違和感がありました。

 

 その子にあるはずのものがありませんでした。その子がいつも身につけていたもの。その子の、何か。

 その子の蒼い瞳の中には私が住んでいます。その子の瞳の中に住んでいる私にはありました。その子の何かが。私にありました。

 

 

 走っていたその子はその子ではありませんでした。

 私がその子でした。その子は私でした。嬉しいです。私は還れたのでしょうか。

 

 

 脳裏によぎったのはかつてのその子の姿。

 その子の手を引っ張って私は走りました、その子の背を押して。その子に生きて欲しかったのです。

 

 その子は最後に私を見て────、

 

 

 

 私を、見て?

 

 

 あ。ああ。

 

 

 

 

 

 その子の瞳の色を、見た記憶がありません。私が背を押した後、その子は走っていきました。

 走って、走っていきました。私を見ませんでした。最後まで、最後まで。

 

 だから私は空に手を伸ばしました。空はその子そのものだったからです。

 見て欲しかった。そうすれば「私」は安らかに眠れたでしょう。

 私は私をわからなくなることもなかったでしょう。

 憎くはありません。ただただ、私はその子を愛しています。その子の中へ還りたいです。その子の一部になりたいです。

 

 

 でも、どうして、その子は私を見てくれなかったのでしょうか。

 

 

 それは私が生まれた時から不良品だったからでしょうか。

 

 私はずっと、その子になりたかった。その子の中へ還りたかった。

 

 私はその子を探している。

 その子はどこにいるのでしょうか。

 

 分かることは、ただひとつ。

 

 

 

 空はいつも、青いです。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愛想笑いはいらなyear(イヤー)

ちょっと視点変わり気味かもしれない回です。スマソ。
前回の最後の部分が読みにくかったぜェ、という方が多く申しわけなかったです。主観強めな崩壊系(?)の文なのでまぁ軽く流してください。
正月明けはキツゥイね(白眼(ビャクガン))


 アウラ・イェーガーが鎧の巨人に捕まり、エレンは動けなくなった。裏切り者を殺したいと思えども、殺せない。

 

 鎧が近づき、巨人体のエレンの足を蹴り地面に手をつけさせ、本体ごとうなじを食いちぎろうと口を開ける。

 

 

「させないッ!!」

 

 

 叫び、鎧の巨人のうなじを狙ったミカサ。しかし硬い甲殻に覆われたうなじは頑丈で、ブレードの刃が一瞬で折れてしまう。彼女はライナーに手で払いのけられそうになり、ガスで軌道を調整しながら壁にワイヤーを付け、難を逃れた。

 

 このままではエレンが奪われる。彼女の、ミカサの世界が壊される。

 

 残酷な世界でエレン・イェーガーを失った時、彼女の世界は色を失う。

 青空も、自由に羽ばたく鳥も、木々も、花々も。無機質に変わったその世界で、彼女はひとり。

 

「エレン」

 

 アウラ・イェーガーはミカサにとって、本当の姉のような存在だ。だがエレンと比べることができてしまう以上、唯一無二の存在ではない。ミカサの“特別”はエレンしかいない。彼女がこの世界の残酷さを知ってから、ずっと。

 

 

()()()()()()()()()()。あなたが、教えてくれた言葉」

 

 

 だから、戦え。たとえ誰かを失うことになっても、このままではエレンは負ける。

 言った本人が守らないなどあってはならない。静かに、真っ直ぐに彼女は翡翠の瞳を見つめた。

 

 

 

「戦え……戦え!エレン・イェーガー!!」

 

 

 

 

 

 ミカサの言葉を聞いた瞬間、エレンがけたたましく咆哮する。大気が震え、一瞬怯んだライナーの首を両手で掴み、壁に叩きつけた。

 大きく見開かれた瞳を向け、少年は尚も咆える。

 

『グァ』と、呻き声を漏らした鎧は、人質を持っていない反対の左手でエレンの髪を掴む。だが全く相手は怯まず、むしろそのまま絞め殺す勢いで首の気道が締まっていく。

 

 このままではまずいと判断したライナーは、思いきり頭突きをかました。

 数歩エレンが後ろによろけた隙に、体勢を立て直しタックルを行う。

 

 だが、ギリギリで右に避けたエレンはライナーの首に腕を引っかけるようにして、鎧の後頭部を地面に叩きつけさせた。プロレスでいうところの「ランニング・ネックブリーカー・ドロップ」である。

 

 タックルの衝撃を受けたエレンの右腕は、当たった瞬間メキメキ、と嫌な音を立てた。中の骨が粉々になっている。

 

 対しライナーも後頭部に受けた衝撃は大きく、うなじにいる本体にもその凄まじい衝撃が伝わった。地面がぶち当たった分大きくえぐれている。

 

 

(姉さん!!)

 

 

 先ほどの衝撃の途中、ライナーの開いた右手から滑り落ちたアウラ・イェーガーの身体は、宙を舞っている。親方、空から女の子がッ!

 

 エレンはすぐさま立ち上がり、その身体が地面にぶつかる前に受け止めた。震える手で手のひらを開いたが、姉が鎧に握りつぶされた様子はない。戦いの中でも、絶妙にライナーが加減していたということだろう。

 

 よかった、と安堵の息を溢したエレン。

 

 

 ミカサの言葉を聞いた直後、少年の中によぎったのは「進め」という言葉。

 

 進んで、進むしかない。この残酷な世界で生きるためには、戻るどころか、停滞さえ許されない。

 

 現実の在り方をきっと誰よりも理解している少年だったからこそ、“姉”と“進むこと”を天秤にかけ、進むことを選んだ。仮にそれで姉が握りつぶされ死んでいたら、少年は自分とライナーを憎悪しただろう。

 

 それでも戦わないことは、姉が死ぬ以上に()()()()()

 

 そのまま持っていては戦闘ができないため、エレンは20メートルほどの位置に穴を空け、姉を突っ込んだ。壁の上で「あぁ!」と声を上げたのは、騒ぎを聞きつけ戻ってきていた駐屯兵の面々。お仕事が増やされる瞬間を目撃してしまった。

 

 

(来いよ、ライナー)

 

 エレンは対人格闘の構えを取る。立ち上がったライナーもまたエレンに視線を向け、巨人二体の戦いが再度幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 これは、一人の少年のお話です。

 

 

 その少年は浅黒い肌と、黒い髪、鉛色の瞳を持っていました。

 

 少年は物心ついた時から、いつも身体のどこかが痛みました。

 ある日は腕、ある日は腹、ある日は頰。

 

 肌色を無くした赤や紫の場所に触れれば、さらにズキズキと痛みます。

 

 自分を傷つける存在が、少年は怖かったのです。しかし病弱な身体で働いている母を守るため、少年はいつもその人間に立ちはだかりました。

 

 そうするとぶたれます。殴られます。蹴られます。

 ある時は、酒ビンや灰皿で叩かれます。

 

 ソレは、彼の父でした。少年とよく似た容姿の上背のある男。

 

 少年はその人間が怖かったのです。

 

 

 その人間がマーレ人であったのなら、少年はまだ恐れなかったでしょう。

 

 それはマーレ人がエルディア人よりも身分が高いことを、幼心に理解していたがゆえ。

 

 ゆえに暴力を受けても、「自分がエルディア人だから殴られる」という理由が作れます。

 

 

 しかし現実は非情でした。

 

 その人間は少年と同じエルディア人でした。なぜ同じエルディア人で、それも息子を殴るのか、少年は理解できませんでした。

 

 もしかしたら、本当の父親ではないのかもしれない。だから自分は殴られるのかもしれない。

 そう思った少年が母親に尋ねれども、その人間は正真正銘、少年の父親でした。

 

 少年は、自分が暴力を受ける“理由”を作れませんでした。

 

 

 そしてある日、母を庇い身も心もボロボロになった時、少年はふと気付きます。

 倒れている自分が、少年の瞳に映ったのです。

 

 俯瞰的に、身体のどこをケガしたのか観察する自分。

 

 同時にその時少年は、いつも痛む心が、軽くなっていることに気づいたのです。

 

 いえ、軽くなっている、は違いました。

 

 

 その心の中には何もありませんでした。

 

 あるのはただ、「ぼくは あのひとに なぐられたのか」という思考だけでした。

 

 

 それから間もなくして、不摂生で身体を壊した男は死にます。

 少年は喜ぶことはなく、死んだのか、と淡々と思いました。

 

 また不幸なことに母親が大病にかかりました。

 

 その日その日の食べ物は、母方の祖父母の支援もあり、どうにか凌げていました。

 しかし病気は別。

 

 少年は母のため、「戦士」を目指し始めます。

 

 戦士を目指す日々はつらいものでしたが、少年は努力し続けました。ただ過酷な練習の中で、父親に壊された心は、過度なストレスで軋んでいった。

 

 寝込む母親に、甘えることもできない。

 

 

 そんなある日、少年はとうとう倒れます。走り込んでいた中、世界が回ったのです。実際は平衡機能に異常が起こり、引き起こされていました。

 

 その後少年は運ばれ、目を覚ました時には医務室のベッドの上にいました。

 時刻は既に夕方。

 

 お礼を言いフラフラと、更衣室に向かった少年。着替え終わると、カメのような速度で歩きました。

 

「ゔっ…」

 

 しばし歩けていたものの、建物を出てから程なくして訪れた、また世界が回る感覚。同時に急激な吐き気も襲い、少年は木陰に寄って蹲りました。

 

 強く目をつむり、嘔吐感が過ぎ去るのをひたすら待つ拷問タイム。

 

 いつもは吐きそうな自分を頭上から眺めている自分が存在せず、ただ気持ち悪さが身体を支配した。いつの間にか流れていた涙は、地面に吸い込まれていく。

 

 

「大丈夫かい」

 

 

 その時、背後から聞こえた声。

 思わず振り返った少年の瞳に映ったのは、金髪の少女。

 

 青い瞳が彼を見つめている中、少年は耐えきれなくなり、

 

「おえ゛っ」

 

 ーー吐いた。

 

 

 黄色い液体と胃液臭が、少年の顔や手、地面を汚す。幸いにも服は汚れなかった。

 

 少女は嫌な顔を隠しもせず、眉間にシワを寄せる。

 かといってそのまま去ることはなく、少年の隣に向かい、地面の胃液に靴で土をかぶせた。

 

「立てる?あんた」

 

「……う、ん」

 

 少女に連れられ、少年は近くの水飲み場で汚れた部分を洗い、少し水を飲んだ。

 幾分か苦しさが和らぎ、少女にお礼を言おうとしたところで、遠ざかっていた小柄な背中。

 

 私はクールに去るぜ、にはまだ早すぎたようだ。少年としては。

 

「あ、あのっ!あ、ありがとう……」

 

「……別に」

 

 振り向くこともなく、そっけない返事を返すのみの少女。

 夕日に染まった少女の姿が、少年には輝いて見え、心臓の音がやけに早くなる。

 

「ぼ、ぼぼ、僕、ベルトルトって言うんだ!君の名前は……」

 

「…私はアニ・レオンハートだよ。アニでいい」

 

「う、うん、ありがとうアニ!」

 

「もう礼はいいって」

 

「あ、ごめん……」

 

 

 ───それが少年ベルトルト・フーバーが、アニ・レオンハートに初めて会った時の出来事だった。

 

 以来少年の世界は大きく、暗闇から引きずり上げられることになる。

 

 しかして少女へ抱く感情が「恋」だと知るのは、まだ少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 エレンvsライナーの戦闘は最終的にエレンの締め技が決まり、鎧の巨人が窮地に立たされた。

 

 それを超大型が、頭上から頭と上半身の一部を落としエレンを食らう形で助け、ライナーのピンチは免れた。

 

 その後エレンとユミル、そして、ユミルをつかんだ際同時に捕まえていた兵士からどさくさに紛れ、立体機動装置を奪い身につけていたベルトルトは、鎧の巨人に乗り移動した。

 

 

 現在は休息のため、巨大樹の森にいる。巨人の活動が収まる夜になるまでの間だ。

 

 エレンより先に目覚めたユミルは、戦士二人と根元からきれいに両腕がなくなっているエレンを見たのち、いくつか質問をしようとした。だがライナーの返答は「エレンが起きてから」。

 

 それから彼女は静かに、空を眺め待っていた。

 

 特に取り乱しもせず落ち着いている様子が、ベルトルトには不気味に映った。

 

 

 そしてエレンが目覚めた後、巨人化しようとしたエレンをユミルが止める。

 

 下にはサイズの小さな巨人が無数におり、10メートルを超える個体もスタンバっている。ライナーとベルトルトは立体機動装置を付けており、さらにエレンは疲労困憊の身。巨人化したところで、勝機は薄い──と。

 

 どうにか抑えたエレンだが、翡翠の瞳は変わらずさまざまな感情で煮えたぎっている。

 

 

「俺たちはこれから、お前らを“故郷”へ連れて行く」

 

 

 ライナーが二人に話す。それを黙って聞くベルトルトには、()()()()自分がいた。頭上から、ベルトルト・フーバーという人間が見える。

 

 だがずっと心中の奥底にあるのは、アニの状態。

 

 真っ暗な少年の世界に、横からひょっこりと現れた天使の存在。

 多少…否、かなり暴力的だが、そこがイイ。案外少女っぽいものが好きなところもカワイイ。

 

 “兵士”のライナーに、“戦士”であることを言及しながら、ベルトルトの精神は残してきてしまったアニに向いている。

 

 過呼吸を起こし焦点がかすかに合わなくなっているライナーに、進撃モードのエレン。殺意マシマシの少年の方は、ライナーが姉を人質にしたことも話に上げ、荒ぶっている。

 

 そんな二人を上手くフォローするのは、まさかのユミル。

 

 

 

「落ち着けエレン。ウドガルド城の時、ライナーがお前の姉貴に夜這いかけたからって」

 

「…………ハ?」

 

「あと俵持ちした時、内太もものきわどい部分を堪能してたからって」

 

「……ユミル、君は何を言っているんだ?」

 

「何って、ナニだろ?私はこの目で見た事実を言ったまでだ。ちなみに夜這いは失敗したみたいだぜ。証拠は今はなくなっちまったが、頰の腫れだよ」

 

 深刻な状況に似つかわしくない下世話な話。ベルトルトは唖然とした。

 

 まさかクリスタの下着の件の恨みを今、ここで晴らそうとしているのだろうか。視線を錆びたブリキのおもちゃの如く移せば、見えてしまうエレンの表情。

 

「………」

 

 無言で、ライナーを凝視していた。ベルトルトの心臓が止まった。いや、止まりかけた。

 

 当のライナーはまだ少し過呼吸が続いている。ユミルが「息をゆっくり吐き出せ」とアドバイスしたことで、ようやく落ち着いた。

 

「まぁ今は動けない以上、私たち四人はここにいるしかない。険悪なムードのままでいられるのも、私としては嫌なんだよ」

 

「なら、この人間じゃねェ大量殺人鬼のクソ野郎二人と仲良くしろってか?ユミル、そもそもオレはお前自体信じられてねェ」

 

「信じるか否かの前に、頭を動かさなきゃいけないんだよ、エレン」

 

 それに、とユミル。

 

 

「ライナーも、頑張ったんだ」

 

 

 三人の視線が一斉に彼女に向いた。

 

「……テメェもやっぱり、アイツらの仲間か」

 

「バカ言えエレン。こんな背がでかいだけが取り柄のヒョロいモヤシと、淫獣野郎の味方な訳があるか!私はクリスタの───ヒストリアの味方だ。これまでだって……これからだって」

 

「じゃあ、さっきの言葉はなんなんだよ」

 

「…よく、わからない。すまない」

 

「ハァ?頭イかれ始めてんじゃねぇのか?」

 

 お前が言うな。ナイスガイを除く二人が思った。

 

 

「そう言えば私さ、夜に活動していた巨人や、「獣」の巨人が気になってたんだけどよ。ベルトルさんは何か知らねぇのか?」

 

「………」

 

「黙秘か…まぁいいか。なら後もう一つ。お前らと、アウラ・イェーガーの繋がりはなんだ?」

 

 ユミルに向いていたエレンの視線が、戦士二人に向く。

 

「……お前らは、姉さんを利用していたのか?女型にワナの場所を教えさせるために」

 

「やっぱあの女は“クロ”だったわ………そう睨むなよ、エレン。私はあの副分隊長殿が、利用されて終わる女だとは思えない。何か交渉材料か、脅す材料を持ってたんじゃないのか?」

 

 その問いにライナーが口を開く前に、ベルトルトが手を挙げる。「僕だよ」と。

 

「僕が、利用した。エレンの──君のお姉さんを」

 

「テ、メェが……()()()使()()()?」

 

「…………あぁ、君を脅しの材料に使ってね。イェーガー副分隊長は、家族想いの人だったから」

 

「殺す!!!」

 

「落ち着けバカ」

 

 ユミルに頭を叩かれ、エレンの自傷が間一髪で止まる。

 

 この時ベルトルトはアニの発言を知らなかったため、エレンの憶測だろう、と考えた。流石に戦士長云々の話をするわけにはいかない。風呂敷が広がりすぎてしまう。

 

 

「だいたい話の輪郭は掴めた。一つ違和感があるとしたら、エレンの話が正しけりゃ、ライナーは巨人化した時アウラ・イェーガーを手に握って人質にしたんだよな?」

 

「そうだよ。でもそれが何……」

 

「よく考えてみろ。お前と戦いながら人質を握っていた。でもお前の様子からしても、姉は死んでないだろ?」

 

「…オレが助けたからな」

 

「そこだ、そこなんだよ。なぜ()()()()()()かだ。それこそ相当気を遣わなきゃ、戦闘中に潰れちまうはずだぜ」

 

「………あ」

 

「なぁライナー、ベルトルさん、お前たちは……さ」

 

 

 ──────あの女が何か、知っているのか?

 

 

 戦士二人はその言葉に首を傾げる。

 

 それでユミルは察した。彼らがアウラ・イェーガーとイコールで、繋がる存在を知らないことを。

 

 なぜアウラと、あの金髪の少女が瓜二つなのかはわからない。だが、相互にまず間違いなく何か関係がある。到底信じられないが、アウラが「始祖」の生まれ変わりなのかもしれないし、少女に一目置かれている人間なのかもしれない。

 

 

 だが一つだけ確かなことを、ユミルは目撃している。

 

 彼女の目の前で、起こった出来事。クリスタが巨人に襲われようとした時、彼女の背を押して助けたアウラの姿。必死に手を伸ばしたその姿に、偽りなどなかった。ただひたすら、クリスタを救おうとしていた。死をも厭わず。

 

 アウラの意志があの少女の意志とは言い切れない。しかし壁内に、アウラ・イェーガーの───引いては始祖ユミルの存在があるのなら、クリスタは安全だ、と考えられた。

 

 

「どういう意味だ、ユミル」

 

 ライナーが口を開く。

 

「おいおい、聞いてんのはこっちだぜ?質問を質問で返すなよ。わからねぇのならいいさ」

 

 腑に落ちない表情を戦士が浮かべた、その時。

 パァンと、遠くで響いた発砲音。

 

「もう、来たのか……!!」

 

 緑の煙が、日が沈みゆく世界に生まれ、消えてゆく。

 

 調査兵団の進撃の音が、地面を轟かした。




ライナーにとっては嬉しい帰郷。
ベルトルトはカオナシの「ア・・・アッ・・・」状態。
アニとマルセルは「( ˘ω˘ )」
ユミルは長編映画でいうところのクライマックスな状況。
ポルコは鍛錬に励んでる。
ジークはまぁ、妹が足を失ったのはお前のせいだから…。
ビッグピークちゃんはおねむ(香箱座り)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チュンチュンチュン、チュチュンがチュン

「ヒッチは今頃寝てるんだろうなぁ、チュン」

「起きろよもおおおおお、チュン!!」

「私はセフィロスだ」


 わたし、は、アウラ・イェーガー。

 

 一瞬のような、はたまた悠久のような夢を見ていた気がする。

 

 

 目覚めたら眩ゆい光線に目をやられ、呻きながら身体を起こす。すると部屋にいたらしい女兵士に「大丈夫ですか?」と声をかけられ、その人は誰かを呼びに部屋を出た。

 

「………ん?」

 

 さっきの女、憲兵の服を着ていなかったか?

 

 いや、その前にここはどこだ?ウドガルド城が倒壊し、ユミルくんが助けてくれた後、クリスタ・レンズを助けたことまでは覚えている。あの時は身体が勝手に動いていた。自分の意思なのかもよくわからず、少女の背を押して。

 

 それからの記憶はない。

 ただ、嬉しかった。

 

 

 

「失礼します」

 

 ノックをし中に入ってきたのは、髪を一括りにし、数本前髪が落ちているブロンド髪の女性。調査兵団ではなく憲兵団の人間がいる時点で、嫌な予感しかしませんね。

 

 色々な資料片手に私が寝ているベッドの横に立った女の名は、「トラウテ・カーフェン」。中央第一憲兵団所属。

 

 中央第一憲兵──またの名を中央憲兵は、王政直轄の憲兵団であり、通常の憲兵団とは指揮系統が異なる。裏で王政から頼まれた汚いお仕事をしている方々だ。

 

 エリート中のエリートで、王政への忠誠心は異常。

 一言でいうとヤバい連中です。もちろん全員が全員ではないでしょうけれど。

 

「調査兵団第五班所属副分隊長、アウラ・イェーガー。あなたは現在「女型」及び、「超大型」や「鎧」に協力した容疑で疑われている。──否、“協力した”とするウラは、アニ・レオンハートやベルトルト・フーバーからすでに取れている。否定する気はありますか?」

 

「…いえ」

 

 やはりというか、私が隔離施設にいた時、ストヘス区でアニちゃんを捕まえる作戦が組まれていたらしい。

 最終的にエレン・イェーガーが、彼女をあと一歩のところまで追い込んだ。

 

 だが身体全体を覆う結晶化によって、アニはそのまま情報を吐くことなく、眠りについた。白雪姫かな?

 

 その際彼女は巨人化する前、大笑いしながら私を利用した旨を話した。

 弟、エレンを利用して。

 

 

 表には出さないが困惑だ。大規模壁外調査からアニちゃんがベルトルトくんたちと会う時間はなかったでしょうし、その発言はおそらく彼女単独の行動。

 

 何故私を庇うようなマネをした?確かに彼女なら、ベルトルトくんが私を利用したことを思いつく。

 そも利用されたこと自体は本当だ。

 

 しかし本当の理由はエレンを守る云々ではなく、ジーク・イェーガーに会うこと。

 

 これについても彼女なら早々思いついたに違いない。考えられるとするなら、お国の事情を匂わさないために、「お兄さま」のところを「エレン」に変えたのか。

 

 いや、そうすると一周回ってやはり、何故彼女が私を庇うようなマネをしたのかわからなくなる。

 

 純粋に私を()()()()()だと思って、情けをかけたのか?

 

 

(……ダメだ、わからないな。それこそ本人に聞かなければ)

 

 

 アニ・レオンハートを保留にすると、次はベルトルトくんか。

 

 ストヘス区で戦った面々の一部はウォール・ローゼ陥落の可能性があり、送られた伝達人員から事情を聞いて、ハンジ・ゾエがエレンやミカサたちを引き連れ増援を組んだ。そう言えばクリスタを助けた後薄っすらと、エレンくんの声が聞こえたような記憶がある。

 

 ちなみに壁は破られていなかったそうだ。現在は確認された「獣」の巨人が、壁内に巨人が出現した現象と因果関係があったのではないか?───というのが、有力な説となっている。概ね正解です。

 

 

 して、そのあと移動したハンジ&ミケ分隊長たち。

 

 この時ライナーとベルトルトは、アニの仲間として疑われていたらしい。

 

 というのもちょうどハンジらが増援に向かう前、彼女が頼んだアニの身辺調査が届いた。その際彼女と同郷の人間が()()()いることが判明した。

 

 そのため増援がきた時点で、戦士二人は動かなくてはならない状況が出来上がっていたわけです。

 行動に起こさなければ幽閉。それを悟らせぬよう、エレンくんたちは動いた。

 

 しかし間が悪かったと言いますか、戦士長が来ていた以上、戦士二人もマーレのお上が痺れを切らしていることに気づいてしまったのでしょう。始祖の情報は掴めなかったですが、手土産になる巨人が二体もいる。

 

 ゆえにライナーくんは行動に移した。ベルトルトくんの方はアニちゃんが気がかりだったと思います。ただ結局彼は逃げざるを得なかった。

 

 

 結果、エレンVSライナーの巨人対決が勃発。

 

 この時ライナーくんは私をゲットし、人質にしていた。エレンくんは最初手が出せなかったものの、攻撃に出た。お姉ちゃんの死覚悟で戦ったエレンくんの精神状態ステキだな?

 

 私が死んでない以上、ライナーくんはかなり気をつけてこの身体を掴んでいたことも推測できますし、その行動の裏を読み取ると、私をマーレに連れて行こうとしたことも考えられる。

 

 ライナーくん、キミは本当にナイスガイだ…この御恩は忘れません。もし次に彼と出会った時は、奉公の気持ちを込めて、精一杯曇らせ(おもてなし)したいと思います。

 

 

 最後はベルトルトの助力で、危うくなった鎧の巨人は助けられ、エレンが連れ去られた。ついでにユミルくんも。

 

 そして捕まったエレンくんは巨大樹の森で目を覚ましたあと、ベルトルトくんに「アニに罠を教えるため、姉を利用したのか?」と、尋ねた。エレンくんを脅しの材料に使って。

 

 アニちゃんが言ったことだとは弟が告げていない中、ベルトルトくんは肯定した。彼が私を利用したのは本当ですので、弟の発言をそのまま解釈したと思われる。

 

 

 それから夜が訪れるまで待っていた戦士たちの元に、ミケ分隊長と合流していた団長指揮の調査兵団が到着。

 

 多くの死傷者を出しながら、どうにかエレンの奪取には成功した。作戦中エルヴィン・スミスは鎧の巨人の進行方向から巨人を引き連れ、衝突させた。104期生が鎧の後ろから追いつき、戦士二人の説得ないし裏切られたことの内心を吐露している間の所業です。

 

 104期生が緊急離脱すると、鎧の巨人に巨人の群れが襲いかかり、捕まっていたエレンをどうにか取り戻すことができた。

 

 さすが我らが団長。ライナーくんたちの意識を新兵たちに向けさせておいて、多少の犠牲を払ってでも、確実にエレン奪還を目指す。言い換えれば戦士二人と104期生の精神をえぐりながら、仲間たちを殺すのだ。

 

 まさに命を、「生死」をかける美しき魂のやりとり。

 脳汁が目から流れてきそうです。さらに団長はその作戦で右腕を失った。自ら命を賭すその様が本当に、圧巻です。

 

 

 ただし、ユミルくんはクリスタに別れを告げ、去ってしまった。

 

 クリスタ・レンズを守りたいのであれば、ユミルくんは残る選択肢を取ったはず。なぜ戦士と共にマーレに向かったのだろうか。今更戦士だった、というのはあり得ないし。相変わらず謎が多い少女だった。その内の闇を見たかったというのに。

 

 

 

 ちなみに現在はエレン奪還から、数日経っている。

 

「エレンくんは巨人化していなかったそうですが、よく助かりましたね」

 

「調査兵団が死力を尽くし、守ったがゆえでしょう」

 

 エレン・イェーガーは鎧の巨人から逃れたあと、巨人化できずにいた。目の前で、巨人に襲われる仲間たちの姿が見えているにも関わらず、だ。

 

 ライナーとの戦闘でうなじを本体ごと食われた時、腕を根本から失っていたらしいので、それが原因で疲労が蓄積し、巨人化できなかったのではないかと思う。

 

「その際先遣隊として派遣されていた駐屯兵団のハンネスが同行しており、エレン・イェーガーを守るため死亡しています」

 

「え?」

 

 おじさんが亡くなってしまったの…ですか?エレンくんの前で?

 いえ、聞けばミカサちゃんも弟の隣にいたそうなので、正確には二人か。

 

 二人の前で巨人に食われてしまったハンネスおじさん。どうして私もその場にいさせてくれなかったんですか?というか巨人に身体を掴まれ、重傷を負いながらエレンくんを守ろうと側にいたミカサちゃん、愛のラブストーリー過ぎませんか?

 

 我が弟よ、早くミカサちゃんを「ミカサ・イェーガー」にしてやれ。

 

 

 というか……何故?なぜ私が気絶している間に悲劇が起こり、そして終わってしまったん?

 

 しかもおじさんが先遣隊で壁に来ていたようなので、絶対右足を無くして眠っていた私を見たじゃないですか。なんて言ってたんですか、どんな曇った表情を浮かべていたのですか……!

 

「泣いているところ申し訳ないけど、話を進めるわね」

 

「………はい」

 

 エレンとミカサが巨人に襲われそうになった時、弟は生身で巨人に殴りかかろうとした。

 そして、その直後。

 

 

 

「────他の巨人が、二人を食らおうとした巨人に襲いかかった?」

 

「えぇ、信じ難いことですが。その場にいた多くの人間が目の当たりにしています」

 

 巨人たちはその一体を食い殺したのち、次の標的を鎧の巨人に。

 その隙を突き、兵士たちは撤退することができた。

 

 

 完全に、ユミルちゃんの仕業だ。むしろ彼女以外あり得ない。お父さまの時と同じように、私が気絶してから、その後の一連の流れを拝見することってできませんか?どうにか私の片足料金で…なんなら片腕か、片足をもう一本捧げるので。

 

 ……祈りましたが無反応でした。

 

 やはり、自分で築き上げた他人の不幸でないとダメだ!という、ユミルたそのお導きなんですかね。偶然通りかかっただけで美味しい思いをするのは小賢しいでしょう、アウラちゃん──と。

 

 ので(唐突)、これからは精進して皆さんの悲劇を作り出していこうと思います。

 これからの行く末を想像すると、余裕があれば、の話になりますが。

 

 

「あなたが眠っていた間の大まかな内容は、以上です」

 

「ありがとうございます。…それで、わたしの処遇をお聞きしたいのですが」

 

「処遇、ですか。現在のあなた、アウラ・イェーガーの管理は、我々に任されております。少なくとも即処刑にはなりませんよ。()()()()()()()は」

 

「中央憲兵の方々は、噂だと“黒いこと”をなさっているそうですから、怖いですね」

 

「…随分と、余裕がおありで」

 

「いえ、余裕などありませんよ。わたしはいつも、土俵際で生きていますから」

 

 生と死の狭間に私自身も身を置いて、隣の人間をどう落とそうか考えている。

 

 

 

 

 

 それから目隠しと、手を拘束された状態で担架で運ばれ、荷馬車のような場所に乗せられた。トラウテ以外に、数名の気配がする。殺伐とした雰囲気だ。

 

「ここからはしばらく移動します。小休憩は挟むので、その時に食事や手洗いは済ませてください。同行は女兵士が付きます」

 

 拘束プレイなんて久しぶりだ。精神疾患で入院させられていた時と比べれば、まだかわいい。一応私が自死行為に走っていたのは知っているのだから、口枷などはしないのだろうか。舌をかみ切る可能性もあるでしょう。

 

 聞けば、真っ黒いお仕事をやっている方特有のお返事が。

 

「舌をかみ切ってもそう簡単に死にませんよ、人間は」

 

「へぇー、そうなんですか」

 

「第一今のあなたに自傷する空気はありませんから」

 

「よく観察されてるんですね」

 

 確かに今は死ぬ気はない。それよりも舌の話で一つ、思い出した。

 ユミルちゃんにも、舌の一部がなかった。

 

 トラウテ曰く、舌をかみ切っても出血死になることはごく稀で、死因の多くはかみ切った後の舌が奥へ引っ込むことで起きるそう。つまり窒息死。

 

 なので口内へ指を突っ込み、舌を引っ張って呼吸の気道を作れば死ぬことはない。そのプレイ、ジークお兄さまにされたい。

 

 これから私がされる「らめぇ♡」な行為も願わくばお兄さまにしていただくか、ノーカットで妹が絶叫する様を見ていてほしい。無理ですけれど(血涙)

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「ねぇトラウテさん、そう言えばひとつお願いしてもいいかしら」

 

「何ですか?」

 

「買って欲しいものがあるの。その分は私の給料から差し引いていいから」

 

 頼めば、疑問の声色をのぞかせつつ彼女は承諾してくれた。

 同じものが二つ。一つは指定の家に送ってもらい、もう一つは自分用に。

 

「わかりました。メッセージは入りますか?」

 

「気が利くんですね。じゃあ、ラベルの裏に代筆でお願いします」

 

 

 

 ────奥さんがいないからって、飲みすぎないでね。

 

 

 

 いつも酒臭く、ザリザリとしたヒゲの感触が嫌いだった。

 

 でもその温かさは、嫌いではなかった。

 本人に言うことは、ついぞなかったですが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おじさんと私とイッヌのおまわりさん

ヒェ、進撃アニメ始まっちゃった。opもedも最高かよ…。今年は他にもモブサイとかうたわれあるから死ねねぇ。
ところでピークちゃんのお口の中に入ったガビ羨ましんだが…?

追記)一部修正箇所あったので直しました。


 ウォール・ローゼが突破された可能性があるとの一報を受け、多くのローゼの人間がウォール・シーナの旧地下都市への避難を余儀なくされた。

 

 しかし残された人類の食糧の備蓄はかつてのウォール・マリア陥落時同様限られており、それでも半数しか食わせることができない。

 

 そのため備蓄がなくなる一週間後のタイミングで、安全宣言が当局より出された。

 

 

 また、今回の巨人の発生源とされるラガコ村。

 

 その村が調査された折、104期生コニー・スプリンガーの家に不自然な形で寝転がっていた巨人と、彼の家族の肖像画が比較され、その巨人がコニーの母親であることが判明した。そしてこの一件で、かつてからあった一つの説が、現実味を帯びた。

 

 それは巨人が、()()()であるという可能性。

 

 この事実を知った調査兵団の上層部に、激震が走ることになる。

 まだ絶対とは言い切れないこの可能性。

 だがこれまでの多くの巨人を狩ってきた人間にとっては、“人殺し”という罪の意識が重くのしかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「僕が新リヴァイ班に…ですか?」

 

「えぇ、リヴァイ兵長が選んだのよ」

 

 ライナーとベルトルトが人類の敵であることが判明してから一週間。

 

 エレンの奪還作戦で負傷した多くの兵士が、まだ全快には至っていない状況。

 回復しても今作戦での始末書やら、今後のウォール・マリア奪還に向けて、特に上は目がキマった状態で働いている。

 

 

 アルミンもまたこれまで活躍してきたその頭脳が評価され、たびたび上の仕事を手伝っている。そうして資料を運んでいた時、ペトラが現れたのだ。彼女とオルオは女型捕獲の一件で負傷していたため、ストヘス区の作戦とエレン奪還の件には関わっていなかった。

 

「私は“旧”リヴァイ班の人間としてみんなのサポートに当たるから、よろしくね」

 

「………ペトラ、さん」

 

「そんな暗い顔しないでよ。メンバーが四人になっちゃったんだし、仕方…ないのよ。チームワークや信頼関係は、重要なものだから」

 

 気丈に笑おうとするペトラ。

 だが、目元の隈が腕のギプスと相まって、痛々しく感じさせる。

 

 リヴァイ班で出た犠牲。エレン奪還に参加し、その“使命”を───エレンを守るため戦い続けた二名の兵士。彼らは鎧の巨人の腕から逃れた少年に近づく巨人を狩り続けた。

 

 

「グンタとエルドは、人類の一歩のために最後まであがいた」

 

「………」

 

「エレンにはこれまで以上に重い重圧がかかる。だからアルミンくんたちが側で、しっかり支えてあげて欲しいの」

 

「…僕に、できるんでしょうか」

 

 エレン・イェーガーは今、精神的にかなり追い込まれている。ストヘス区急襲で亡くなった民間人(人がいなくなると不自然に思われるため、あらかじめ避難勧告は出されていなかった)や兵士。さらにエレン奪還時にも兵士が死に、仲間と思っていたライナーとベルトルトの裏切りにもあった。

 

 そしてアニやベルトルトの発言からわかった事実。彼らはエレンを引き合いに出し、アウラ・イェーガーを利用した。

 

 

 アウラの件は()()()()()()()していたアルミンにとって、衝撃的なものだった。

 

 無論可能性の一つには、「彼女が利用されているのではないか?」という考えもあった。だがアルミンはアウラを「初恋の相手」としつつ、実際に会話したことはない。今まで見たことがあるのは、他人と話している様子。謂わば、第一印象のままで止まっている。

 

 自分と話した時、どのようなことを喋り、表情を見せてくれるのかわからない。

 

 だからこそアルミンは自分でも思った以上に、簡単にアウラ・イェーガーを線引きすることができてしまった。

 ベルトルトの動揺を狙い、「アニが拷問を受けている」と言った時もそうだ。

 

 

 少なくとも少年には、冷えた部分がある。エルヴィンと同じ“非人間”になれる部分が。彼は冷酷になれる一面を無意識に、理性と感情の裏に隠して生きてきた。

 

 周りにはいつも激情的なエレンや、少々怖いが仲間想いのミカサがいたから。

 

 非人間な己の一面を、アルミンは否定していたのだ。

 

 

「本当は一番エレンの支えになるのは、お姉さんなんです。でも彼女は、今……」

 

「憲兵団に、捕まっている」

 

「……はい」

 

 エレンを救出し戻ってきた時にはすでに、アウラ・イェーガーの身柄は憲兵に捕らえられていた。

 

 元々調査兵団の一部では敵の協力者の可能性として出ていた。しかしアニ・レオンハートの発言により、彼女が敵と関係があったことがストヘス区にいた憲兵にも伝わってしまった。

 

 彼女の身柄の処遇については、一旦隔離施設にいた彼女を確保してから、ということになった。

 

 エルヴィンはこの時、ナイル・ドークにアウラ・イェーガーに関して、独断的な行動を憲兵が起こさないよう提案した。

 遠回しな、情報を吐かせるため勝手に拷問すんなよ、という意味だ。

 

 エレンの時以上に、「女型」という脅威が出てきてしまった以上、同じ壁内の人間同士でいがみ合っている場合ではない。優先すべきは人類の安全。

 

 エルヴィンの意図を理解したナイルも、首肯した。

 

 

 

 が、調査兵団団長の許可を待たずして、憲兵はアウラの身柄を捕らえた。

 

 彼らには治安組織の一面があるゆえ、強制的に出られてしまえば、団長でもヘタに動くことはできない。否、エルヴィンが大怪我を負っていたからこそ、憲兵は動きやすいうちに動いた。

 

 表上はアニ・レオンハートの発言が裏づけとなり、治療を踏まえ現状は隔離されている───ということになっている。

 もちろん普通なら許可を取れば会うことは可能だ。例えば“見舞い”という形を取れば。

 

 だが全面的に面会は禁止されている。

 

 

 ペロ、こ、これは王政(中央)案件だ────!

 

 誰よりも早くスミスは気づいた。

 

 

 しかし中央政府が絡んでいるにしても、アニの発言からアウラ・イェーガー確保までの流れが早すぎる。

 

 それこそ元々マークされていなければあり得まい。

 考えられるのは一つ、エレン・イェーガーの巨人化の一件。約一ヶ月前、トロスト区攻防戦においてエレンは初めて巨人化した。

 

 彼女が目をつけられたのはその時点である可能性が高い。

 

 巨人化できるかもしれない人間として、候補に入っていたのか。

 はたまた中央にとって、()()()()()情報を握っている可能性があるとして、危険視されていたのか。

 

 

 エルヴィンの考えは後者だ。かつて中央政府の闇によって父親を殺されたからこそ、彼の胸中にはたしかな確信として存在する。同時にその考えが正しければ、アウラが仲間を──ひいては人類を騙していた、と思わざるを得ない。

 

 イェーガー家の地下室に眠る“人類の秘密”を、彼女は持っている。

 

 またその秘密があったからこそ、アニたちは彼女を利用したのではないのか、と。

 

 

 

 事態は一刻の猶予を争う。

 

 アウラ・イェーガーの情報が一切入ってこない以上、彼女が目を覚ましたのか、はたまた情報を吐かされているかもわからない。

 

 ただその事実を知った場合、王政に本気でカチコミに行きかねない脳内進撃野郎が一名いる。ゆえに裏の事情を知っているのはエルヴィンやリヴァイ、ミケにハンジなどごくわずかの人間のみ。

 

 というより、精神が完全にマッハ状態のエレンに「お姉ちゃんが拷問パーティーやで♡」と告げたら最後、本気で心が壊れかねない。

 

 それほどまでに少年は今ボロボロだ。だからこその、精神セラピスト104期生ズであろうか。

 この中にはエレンと同様に一名、セラピーを必要とする少女がいる。

 

 

 

 

 

「エレンも気づいていると思うんです。姉が拷問される可能性があるって…」

 

「重傷者にさすがに行わないわよ」

 

「じゃあ快方に向かったら?団長は憲兵団にかけ合っているんですか?」

 

「かけ合ってはいるみたいだけど、まだ許可が下りてないらしいの。まだ面会できる状況ではないから、って」

 

「………」

 

「大丈夫、ミケ分隊長やハンジ分隊長が色々動いているみたいだし、アルミンくんはエレンのことを気にかけてあげて」

 

「……はい」

 

「元気がないわね」

 

「…はいッ!」

 

 握った拳を、左胸に当てるアルミン。目を閉じ、背筋をピンと伸ばした少年に、ペトラは小さく微笑んだ。かすかに滲む疲労をのぞかせて。

 

 ここ最近の出来事で、皆それぞれ大きく心と身体を消耗させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 とある一室で、一人の女がベッドの上に横になっていた。長いこと荷馬車に揺られた彼女は現在、眠りについている。精神面はともかく欠損した肉体の疲労は、確実に出ていた。

 

 一時は危険な状態だったが、ゴキブリのよう驚異的な生命力というべきか。医師も驚かせるほどの回復をみせ、エレン奪還から一週間ほどで元気に食事を食べられるまでに至った。ケガの経過観察や歩行訓練も含め、予想以上に早く退院できるだろう、と。

 

 

 だが退院はできたとしても、その後待ち受けるのは幽閉生活である。

 

 女の誤算が一つあったとすれば、すぐにGOU⭐︎MONされるかと思ったが、普通の部屋でゆっくり過ごせている点だ。さすがに頼んだ酒は病人ということで医者に没収されたが。

 

 拘束も移動時にされていたが現在は受けていない。武装した中央の見張り(女)が四六時中一人は付いていることや、身体のケガもあり、拘束せずとも大丈夫だと判断されているのだろう。

 

 彼女がトラウテ・カーフェンに「てっきり拷問されるのかと」と言った時は、トラウテは常識を語った。

 

 目覚めたばかりの重傷者に行うわけがないでしょう、と。

 

 

 しかしその言葉の意味合いには「今は」というニュアンスが含まれている。

 

 回復した暁には、悲鳴が耳に心地よい拷⭐︎問。女はかつて父グリシャがマーレ治安当局に受けた内容を思い出した。

 楽園送りの時、医者であった父の手に巻かれていた包帯。明らかにあるはずの指の部分が欠けていた。

 

 相当痛かっただろうな、と鬼畜女は脳汁を垂らしそうな勢いで想いにふける。

 

 存外彼女は調査兵団より、憲兵団の方が合っていたかもしれない。彼女の技量なら中央第一憲兵団にも入れただろう。そして壁内の秘密に近づく者を必殺仕事人。拷問時は脳内で嬉々として、悲鳴の雨を浴びていたに違いない。おまわりさん、コイツです。

 

 

 

 

 

 そうして入院生活が続くある日。

 

 入院する場所を移した疑問がいまだ払拭されない中、その日だけ彼女はベッドに身体を拘束された。

 ついに(拷問が)来たか、と女本人は考えた。が、そんなことはなく。

 

 

 間もなくして見張りの女兵士が退出させられ、彼女の一室に現れたのは一人の男。

 

 貴族らしい男は一目で上質とわかるシルクハットとコートを身にまとっている。恰幅はよく、腹回りがふくよかだ。

 

 帽子を外した男の後ろには扉に額を打ち付けんばかりの長身の男もおり、上品な男とうって変わり、触れただけでこちらが大ケガしそうな気性の荒さがうかがえた。

 例えるなら「狂犬」。女がこれまで見た人間の中で、トップに入る力の底知れなさ。

 

 そんな男を従える上品な男は、まず間違いなくただの貴族の男ではない。そも敵の内通者である彼女に会いにきているのだ。仲間の調査兵団の人間さえ面会が許されていないというのに。

 

 否、それ以上に帽子を取った男の姿を、女は一度見たことがあった。

 

 

「初めまして、君がアウラ・イェーガーだね。私はロッド・レイスと言う」

 

 

 かつて父、グリシャ・イェーガーが殺した「レイス家」の唯一の生き残り。

 

 その男が今、彼女の目の前にいる。

 

 

 ほんの少しでも表情の機微を読み取られてはならない。

 アウラは最近ガバガバな顔を繕い、少し困惑を交えて「初めまして」と返す。

 

「貴族の方…ですよね?確かレイス家は、オルブド区の北に領土を持つお方では……そんな方が何故私に?」

 

 入院する場所の疑問は解けた。身柄を捕獲するなら、憲兵の活動範囲である王都に近い場所がふさわしい。しかし彼女がいる場所は窓の景色の街の様子を見ても、王都かその近辺ではなかった。

 

 

 であれば場所はどこか。それは彼女が場所を移した理由を含め、貴族の男を踏まえれば答えは出る。

 

 場所を移した理由は、レイス卿と対面しやすい場所に移動させるため。恐らく場所はオルブド区だろう。

 

 だがさらなる疑問が生じる。何故真の壁の王が、彼女に会いに来たのか。

 

 

 神は言っている。どうせお父さま関連だろ?────と。

 

 

「ちなみに後ろの長身の方は、中央憲兵の方ですか?」

 

「彼は私の護衛だ。途中で退出させるかもしれないが、気にしなくていい」

 

「そう…ですか」

 

「私は君に話があって来たんだ」

 

「……敵と、内通していた件でしょうか?」

 

「それも知りたいところではあるが、用件は他にある」

 

 ロッドは椅子を引き寄せ、女の隣に座る。拘束された美女と、体型がまさしく女性をわからせちゃう(意味深)貴族の男と、長身の狂犬護衛。意味深な構図になりそうでならない、不思議な絵ヅラ。

 

(この人間と私は、遠からず血が繋がっているのか…)

 

 ロッドの髪が黒だからか、始祖の少女と同じ髪色を持つダイナやジークとはあまり似ていない。しかし青い瞳は、共通して似ていた。思わずその目だけえぐって舐め回したいくらいには、アウラ(変態)の劣情を誘っている。

 

 憲兵(おまわり)さん……はすぐ側にいた。

 

 

 不意にアウラの脳裏によぎったのは、ユミルに見せられた記憶。

 

 そう言えばグリシャとフリーダの前にユミルがサプライズ登場した時、父は娘の名───つまり、「アウラ」の名を語っていた。

 

 その場にいたロッドもまた、混乱状態であったとはいえ、しっかり聴こえていただろう。娘息子を殺した男が語った名前なのだ、調べていておかしくない。

 

 あの一件が起こったのは今から五年前であり、調べれば早々に調査兵団の「アウラ・イェーガー」の存在に行き当たったはず。そして彼女を調べれば、必然的に「グリシャ・イェーガー」に行き着く。

 

 

 しかしレイス卿が接触してきたのは、事件が起こってから五年後の今。相手の様子をうかがえど、やはりアウラを元から知っていた様子はない。

 

 恐らく知ったのはアニ・レオンハートが彼女の関与を語った時か、エレンが巨人化したトロストの件の後の可能性が高い。

 

 “敵”ではないエレン・イェーガーの力が、かつて家族を殺した男から受け継がれたものであることは、想像がついただろう。そして調べれば、それは一発でわかってしまう。

 

 ゆえにエレンの兵法会議の一件は、少年の運命の分かれ道でもあった。

 

 

 だが今はエレンが人間でありながら“()()()()()()”ということで、王政がザワザワしている。

 

 その話は交代で見張りになるトラウテから聞いた。情報収集のため、なるべく友好関係を築こうとアウラは動いている。完全に繕われたやさしき人間像で。

 

 しかし中々向こうの心に入り込むことができない。時間をかけようやく手に入れたのが「王政ザワザワ」だ。さすが中央第一憲兵団の人間。

 

 というかアウラがあまりにもずっと話しかけるため、トラウテは仕方なく少しだけ情報を出した、と言った方がよいか。無論アウラの情報収集の意図を理解した上で。

 

 

 ただ「王政ザワザワ」だけでも、十分な情報だった。

 

 通常の知性巨人の能力とは一線を画す力。必然的にそれが、失われた「始祖」の力であると考えられる。

 

 となると、エレンは兵法会議の時以上に、狙われている可能性が高い。仮にエレンの受け渡し命令が出されるなら、エルヴィンは黙っていまい。アニを捕獲した時も命綱なしのギリギリな賭けで、調査兵団は首の皮一枚つながった。

 

 無茶な作戦でありながらも、それ以上の成果を残す。団長の存在は上にとってもかなり邪魔だ。

 

 最悪面倒なエルヴィンやその他兵士が動かないよう、調査兵団そのものが凍結させられる可能性もある。そうなってはエレンは簡単に王政にわたってしまう。

 

 

(王政……か)

 

 

 ひとまず「アウラ」の存在が調べられなかったのは、理由がある。心当たりがあるのは一人の少女。

 

 当時はちょうどサシャ・ブラウスとその仲間たちの記憶改ざんの一件があったので、彼女の知らない裏でユミルが動いたのだろうなと、アウラは結論づけた。

 

 今もずっと始祖の少女の目的が何なのかはわからないままだが、エレンを助けたことにも必ず意味がある。始祖の疑いを少年にかけさせたのも、ロッド・レイスを生かしたことを踏まえ、何か理由があるのだ。

 

 

(君は何を成したいの……ユミル)

 

 

 ────わからない。

 

 

 しかしアウラは少女の成したいことであれば、自身も手伝いたいと思う。それこそ自身を捨てゴマにしていい。

 

 もちろん優先事項はジークだ。

 ただ「この世で二番目に誰が好きか?」と問われれば、彼女は迷いなく「ユミル」と答える。

 

 理由は必要ない。少女がアウラを好いてくれているのだ。それ以上の理由など必要なものか。

 

 

「君の父親は、有名な「イェーガー」医師であったそうだね」

 

 

 ロッドの言葉に、彼女は小さく頷いた。

 自身にはないその青い瞳に、強い嫉妬を覚えながら。

 

 

 

 地上は血の海で、空はいつだって青い。

 

 アウラは知っている。知っていた。その空が、掴めないほど遠くにあることも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私たちのパラノイア[上]

ひひぃん!……一万五千字超えてた回、上下に分かれてます(賢者タイム)
コイツはちょっと無理じゃね?な部分が出てきますがまぁ…兄関連になると主人公がゴリラになると思ってください。


 私アウラちゃん、今モブおじ体型の男と意味深なこと(話し合い)をしているの。

 

 

 突如この美女の前に現れたのはロッド・レイス卿。この半径数百キロの世界の真の王である。

 

 やはりと言うべきか、私の名前についてユミルたそに記憶改ざんされてしまったらしい男は、お父さま目的で私と話し合いにきた。

 

 レイス卿はエセ忠犬男に視線を向けると、外へ出るよう促す。それに「へいへい、わかりましたよ」と、いかにも昔はヤンチャでした、な雰囲気を漂わせて男は出て行った。閉まった扉を、私はじっと見つめる。

 

 それから卿は私に向き直り、話を進めた。

 

 

「五年前───ウォール・マリアの陥落があったあの日、君の父親は私の家族を殺した」

 

「……え?」

 

 

 何々?グリシャ・イェーガーがユミルちゃんの指示で、父親以外殺した事件があったんですって?(しらばっくれ)

 

 その事件は後にどうなったのか調べたこともあったが、表面上は地方貴族の強盗事件として処理されていた。教会に家族が集まっていた際に強盗犯が彼らを襲い、父親以外は殺されてしまった挙句、教会が燃やされた。

 

 王政にとっては「始祖」がなくなったわけですから、相当な騒ぎになったでしょう。…いや、少し違うか?

 

 なにせロッド・レイスは未だ“貴族”の地位でいる。始祖を失った一件があれば、その追及を受けているはず。それこそ貴族の地位を剥奪されかねない。

 

 

 ならばこの男が私に接触してきたのは、失った始祖を取り戻すためか?

 

 だが始祖を取り戻すなら、エレン・イェーガーを捕まえた方が早い。私を弟を誘き寄せるエサにする可能性もありますけれど。

 

 そうなると、私への接触はお父さまの行いをどれだけ知っているのか。また、グリシャ・イェーガーが何者なのかなど、“()”の知識をどれだけ有しているか確かめる節もあるのか。

 

 少なくともお父さまはこの男にとって、家族の仇。良い印象は持たれていないだろう。

 

 

「君が()()()()知っているか、私は知らない。その上で話を進めていくことになるが、構わないね?」

 

「…わかりました」

 

「無論ここで私が話した情報は、他言しないと約束してくれ。でなければ君の命は確実になくなる」

 

 ()()()、か。まるで話さなくとも、私が死んでしまうような言い方をするな、この男。

 しかし表ヅラはツバを飲み込み、小さく頷くアウラちゃんです。

 

「……不躾ながら、わたしがこれからする話も他言無用にしていただけないでしょうか。王政府(そちら)も事を荒立てたくないのは同じでしょうから」

 

「わかった、善処しよう」

 

 できる限り私はこの男から情報を聞き出さねばならない。壁内の状況や彼の目的、それに自分の多くは知らぬ「始祖」関連のことなども。

 

 お母さまでさえ知り得なかった情報を、持っている可能性は高い。代々能力を受け継いできた一族ですから。

 

 

 私の情報は話さないだろう。正しくは、()()()()

 それでも多少漏れてしまうのは仕方ない。

 

 私が話すことは直結して、壁外の情報につながる。それを無闇に漏洩させることはできない。

 

 あくまで私が同じフリッツの血を引いている事実は奥の手。話しても物的証拠がない以上、信じてもらえないだろうが。

 

 

 

「では話を戻そうか」

 

 それからレイス卿は、五年前のことについて語り出す。

 

 私は一部始終を見ているので、説明を受けても大体は知っている内容だ。殺された五名の子供の名前と年齢も教えてくださいましたが、その部分はどうでもよい。私に同情は効きません。

 

「君の父親は巨人化したフリーダの“ある力”を狙っていた。それは今、君の弟エレン・イェーガーが有している」

 

 フリーダ・レイスの巨人体の首をもぎ取り投げ捨てた男は、次に四人の子供と卿の妻を殺した。

 その間命からがらでロッドは逃げ、グリシャが破壊した教会から炎が燃え移る様を見た。

 

 この続きを彼は知らないが、お父さまはその後うなじから這い出てきたフリーダを踏み潰している。血が繋がっている以上、彼女には多少私との類似点があった。娘に似た女性を殺したお父さまの気持ちを想像すると……いけませんよだれが出そう。

 

 

 輝きそう(意味深)になっていたところ、どうにか思考を戻す。

 

 どうやらレイス卿はお父さまがフリーダを物理的に平らにした様子を見ていないため、()()()()()()、と認識しているらしい。

 

 確かにエレンくんが始祖の能力の一端を見せたら、斯様な思考回路に至りますね。全ては我らが先祖のお導きなんですけど。

 

「君はどこまで、父親の計画を知っていたのかね?またあの男が、()()であるのかを」

 

「……父は人里離れた場所にも訪問して診療を行うやさしい方だった。でもそれ以上に、お偉い方の診察に行くことが多かったのを覚えています」

 

 

 当時を振り返れば、それは“情報収集”のためだったのだろう、と私は白々しく語る。

 

「卿、貴方にはこの世界───壁の内側が、どのように映っていらっしゃいますか?」

 

「神が根を下ろす、理想郷だ」

 

「理想郷ですか。わたしにはカゴの中に囚われた、ちっぽけな世界にしか見えない。あるいは周りに自身を狩らんとする捕食者がいるにもかかわらず、“無知”を以って生きている哀れな被食者だと」

 

「……興味深い、とは言えない答えだな」

 

「ふふ…もう少し的を射た話をするならば、確かにここは「楽園」です。しかし悠久のものではない」

 

 

 ────わたしはしがない、「楽園」に送られた人間ですよ。

 

 

 レイス卿は私やお父さまが何者なのか、これでわかってくれたようだ。

 王政に関わる者の多くは、記憶の改ざんを受けない人間たちが関わっている。“外”の秘密を漏らさぬ代わりに、ある程度の地位が約束されているのだ。

 

 ただし中にはミカサちゃんの父親や母親のような、少数一族でも迫害を受けている者たちがいる。彼女の父方のアッカーマン家は詳しく知りませんが、母方の東洋の一族は恐らく位置や人種の見た目的に、ヒィズル国に近しい出身でしょう。

 

 

「まぁあくまで父から聞いた話です。当時わたしは四つにも満たない年齢でしたので、ほとんど記憶にはありません」

 

「君は…いや、グリシャ・イェーガーは何をして、楽園へ送られた?」

 

「父はユミルの民として、誇りを取り戻そうとしたのです。復権派として無き帝国の復活を願った」

 

「………!」

 

「しかし企みは明るみに出て、流罪になった。ヒトとしての形を失う方法で」

 

 幼女時代の私は詳しい事情も知らず、両親について行って地獄の目に遭ったことにします。ほぼ事実を交え話しているので、少しの嘘はわからない。

 

 しかし母が巨人になりアウラちゃんが殺される間際、父に力を託した敵のスパイが父と私を助けた。

 その男は寿命の関係で、父に力と、帝国の復権を願った──と。

 

 

 この時母親も助けたらよかったじゃろ?とのガバが生まれますので、レイス卿が子供を殺されたことを踏まえ、「わたしは温情をかけられ助かったのでしょう…」と語る。もちろん母親の胃袋に収まったことは語りません。

 

「あの男は娘を救ってもらいながら、私の子供たちを殺したというのか……!!」

 

 卿が顔を歪め、憎悪を露わにしました。いったい誰ですか、大のオトナを曇らせてやろうと、意図して彼の子供の話を想起させたやつは。

 

 ただあまり憎しみを狩り立たせすぎると、犯人の娘である私が絞め殺されかねないので程々にしましょう。

 

 

「父の計画には協力してはいません。わたしが父の秘密を知ったのも、訓練兵団に入る前でしたから。幼い頃から母が巨人に変わる悪夢を見ることがあったのです。それが真実だと知った時──つまり人間が巨人になると知った時、「夢だったらどんなによかっただろう」と思った。皮肉なものですね」

 

 これに加えて私が調査兵団に入ったことに話を移す。大切なのは憲兵ではなく、調査兵団に入った点です。

 

 父に協力するなら、王政に近づける憲兵を選ぶ。しかし私は最もリスキーな兵団に()()()()したことを踏まえ、父への関与を薄めることができよう。

 

 私が調査兵団に入った理由は、望郷におはす兄にもう一度だけでも会いたいがため。

 少しでも近づきたいと、壁外調査に出ている。

 

「兄のことはよく覚えています。とても、とてもやさしい兄だった。「私」の大好きな兄」

 

「君の兄は共に送られなかったのだね」

 

「父を…いえ、両親を密告したのが兄ですから」

 

 

 青い瞳を丸くしたレイス卿。

 

 親を売った云々…と口を挟んでくる前に、私や祖父母を守るために密告せざるを得なかった旨を話す。お兄さまを侮辱したら、拘束を外してこの男が死ぬまで殴るのをやめない。

 

「当時のわたしは兄の心など知りませんでした。復権を望んだ両親の気持ちも。ただ“無知”で、“無力”で、愚かで……。だからこそわたしは力が欲しかった。自由が欲しかった。調査兵団はわたしにとって相応しい場だったのですよ」

 

「元人間である巨人を殺すことに、抵抗はなかったのかい?」

 

「百パーセント無いとは言えません。しかし所詮赤の他人。例えば知り合いの知り合いが死んでも心に響くことはないように、わたしの心も都合よくできている。わたしだけじゃなくて、これは人間大多数に当てはまるでしょう」

 

「……そうか。グリシャ・イェーガーは娘や息子を巻き込んだことに、後悔はしていたのか?」

 

「していたからこそ、わたしを関わらせなかったのだと思っています」

 

 どうあがいてもロッド・レイスにとってお父さまは、自分の家族を殺した“悪魔”にしかなり得ないようだ。話を追うごとに纏う闇が増している。

 

 

「…父が、貴方の家族を殺したのは事実なのでしょう。しかし話し合いもなしに暴力に出る人ではありません。父は貴方たちに対話を求めはしなかったのですか?父が探していた無き帝国を復活させることができるほどの「力」とは、いったい何なのですか?」

 

「詳しくは教える気はない。少なくともこの楽園の象徴たる壁を、一瞬で作り上げることができる圧倒的な御業であることには間違いない。君こそ巨人の力についてはどこまで知っていた?」

 

「人のカラダでの異常再生能力や、寿命のことは知っていました。再生については父が昔ケガをした様子を見て。後者は父本人から教えられて」

 

 “十三年” ───それが能力を継承した人間の寿命。

 ゆえにレイス家は多くの人間が、代わる代わる継いでいったのだろう。

 

 この問題はいまだ残っている。ユミルちゃんに幾度と頼みましたが、解決策が出ていない。

 

 ジークお兄さまが死ぬ代わりに全人類が滅んでいいから、お兄さまだけは死なせるわけにはいかない。お兄さまがいない世界などむしろ滅んで当然だ、お兄さまが存在しないのだから。

 

 

「……確かに君の父は、巨人の力を使うようフリーダに求めた。だが私たちは戦いを望まない」

 

「初代レイス王が、楽園を築いて逃げたようにか」

 

「レイス王のことを知っているのか。ならば“記憶操作”についても、知っているのだろうな」

 

 少し言葉が荒くなってしまった私に、レイス卿は視線を細くした。

 

「正確に言えば、()()()()のだ。私や弟もかつては巨人を駆逐し、人類の解放を望んだ。だが初代レイス王の思想の呪縛がある」

 

「思想の呪縛?」

 

「人類が巨人に支配される世界を望み、初代王はそれこそが真の平和だと信じた。“不戦の契り”と呼ばれるものだ。それについては知らなかったようだね」

 

「………」

 

「ユミル・フリッツから始まり、レイス王から受け継がれてきた()の力。その力は王家の人間、即ちレイス家の血を継ぐ者でなければ真価を発揮することはできない」

 

「え」

 

「君の父親はムダなことしたんだ。フリーダから力を奪い息子へ託そうと、使うことはできない。なぜエレン・イェーガーが一瞬でも使えたのかは不明だが」

 

 レイス卿はエレンから始祖の力を取り戻そうとしている。弟にあるのは「進撃」だけなのでやめてもらっていいですか?しかし、私が言えるはずもなく。

 

「力は貴方が継承するのですね」

 

「いや、私は継承しない。…おや、知らなかったのか?」

 

「?」

 

「私には妻との子供の他にもう一人、妾の間にできた子供がいる。その子に能力は継がせる」

 

 

 ────その子供の名は、「ヒストリア・レイス」

 

 

 妾の子ということもあり一悶着あったのち、その子供は名を「クリスタ・レンズ」に変えたという。不思議と私によく似ていると卿は語って……え?

 

「え?」

 

「何だ、人の顔を凝視して」

 

 え?あの天使がこの男から──いえ、お父上様から作られたっていうのか?

 

 確かに瞳の色や大きさは似ている。しかし他に似ている要素が…そう言えば身長の低さも似ている。私より一回り近く低いですものこのお父上様。私前にあなたの娘さんを嫁にしようと思ったんですけどダメですかね?

 

 というか、血のつながりがあったのか。私とクリスタ・レンズは。

 

 アウラちゃんは性質上血のつながりがあると即堕ちしがちなので、これで初対面の時、天使に恋してしまった理由がわかった。いや恋というより、“血への執着”といった方が正しいのかもしれないですが。

 お兄さまと近しい血。ドキドキしてしまいます。きっと私はお兄さまの血を飲んだら、廃人化するでしょう。

 

 

「レイス卿は何故ご自身で力を継承されないのでしょうか」

 

「私は神がこの世に降臨する様を、見届けなければならない。そのために祈りを捧げる役目があるのだ」

 

「そのための教会ですか」

 

 それから少し話をしたが、向こうはこれ以上得られるものはないと判断したのか立ち上がる。

 

 向こうしか知り得ぬはずの外の世界──マーレのことや人間が巨人化するなどの情報を交えて話したので、全てとはいかぬものの、ある程度は信頼のおける情報だと判断されているでしょう。

 

「一応お止めしますが、弟を殺さないでいただけませんか?」

 

「それは無理な話だ。私は奪われたものを取り返そうとしているだけに過ぎない。君と会うことも、もうないだろう」

 

「…そうですか」

 

「これで私は失礼するよ」

 

 そう言い扉を開けたレイス卿。しかしかすかに肩を跳ねさせ、視線を横に向けたまま固まる。卿の恰幅の良さで扉の向こうがうかがえないが、少しテンガロンハットの先が見えています。

 

「……私は外に出るよう命令したはずだが、ケニー」

 

「あぁ?しっかり待ってただろ、()()()でよ」

 

「ケニー…!!」

 

「そう怒んなって、そこの嬢ちゃんは油断ならねェと部下から聞いていた。拘束されてはいても万が一の時があった」

 

「いくら兵士と言っても、片足のない、それも女性に遅れは──」

 

 

 何ということでしょう。レイス卿が驚きの表情を浮かべているではありませんか。

 

 私の身体はベッドの上に仰向けの体勢で、まっすぐに伸ばした状態。その上で身体を一周するように、足から首の下あたりまで複数の縄で分けて拘束された。ベッドには直接括りつけられてはいない。しかしかなりキツく縛られているので、簡単に抜け出すことはできない。

 

 ただあらかじめ手を拳骨にしておき、開いた時に少しだけ手首周りに余裕ができるようにした。布団をかけられていたため、卿の視線が外れている時にコソコソ取っていた。

 

「そのピースしてる可愛いおててをへし折られたくなきゃ止めろ」

 

 狂犬が腰のホルスターから銃を取り出します。私は怖がって布団の中に手を戻しました。

 

「危害を加えるつもりはありませんでしたよ。ただ子供の頃身体を拘束されている時期があり、あまり良い思い出がなかったもので、つい」

 

「どうするよレイス卿、ドタマぶち抜く準備はできてるぜ。ついでに空いた穴にシャレた花でも飾ってな」

 

「…いや、いい。お前はこのまま次の任務に当たってくれ」

 

 それから小声で何か話し合い、天使のお父上は帰っていった。彼もまた私と血のつながりがあるのにも関わらず、滾らないのは彼が家族よりも、自分を優先しているからだろう。

 

 

 自身ではなく娘に継がせる男は、お父さまの強襲の時にも()()()()()に、逃げたのだから。

 それも殺される子供の様子を、見ながら。

 

 自分本位な悲劇役者を、私が好くことはない。本当の悲劇役者は自分も他人も不幸にして生きる。そんな人間こそ残酷な舞台の上で、光り輝くのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私たちのパラノイア[下]

前回の続き。ちょっと中途半端な部分からの始まりです。

あと寝ぼけて足の薬指折りました。前歴として、顔面ぶつけて鼻折れかけた過去もある。地獄か?まぁ夜中起きて布団の上でねんざしたことあるし、これがドジっ子キャラですね。


 私アウラ・イェーガー。

 レイス卿が部屋を後にして、今長身痩躯のテンガロンハットおじさんといっしょにいるの。

 

 

「吐いてない情報もあるだろうから、後でじっくり吐かせろだとよ。怖ェ王サマだ」

 

「…全部声に出てますよ?」

 

 

 さっき小声で話していた内容をこの男暴露したぞ。しかもうまく卿が隠していた“王”の単語を出した。誰ですか、この狂犬を忠犬と思い込んだ人は。明らかに卿の「外へ行け」の意味を理解しながら、扉の前にいましたし。

 

「嬢ちゃんよ、俺の気配に気づいてただろ。わざとロッド(あの野郎)に伝えなかったな」

 

「護衛をしていると思っただけですよ、忠犬のように」

 

「だぁれがご主人サマにしっぽ振る犬ッコロだって?」

 

 これみよがしに銃がこめかみに当てられた。パワハラで訴えます。

 

 

「おじさまの目的が何かはわかりませんが、目がギラギラし過ぎですよ」

 

「おじさま言うな、俺はケニー・アッカーマン。肩書きとしては、中央第一憲兵団「対人制圧部隊」の隊長だ」

 

「───アッカーマン?」

 

「隊長の方じゃなくてそっちに食いつくのかよ」

 

「いえ、その、弟の暫定婚約者な少女も「アッカーマン」というので」

 

「……あぁ、確か分家のアッカーマンのガキが調査兵団に入ったって聞いたな。つーか暫定婚約者って何だ」

 

「両片想いなんですよ。…あ、ミカサちゃんが弟と結婚したら、間接的に親戚になりますねわたしたち」

 

 おしゃべりがすぎたのか、冷たい銃口が肌に食い込んできたので、談笑タイムは終わりです。

 

 銃がなくともこの男の雰囲気だと、恐らくミカサちゃんでも時間を要さず制圧されるだろう。それほどまでに獰猛な、凛々しいケモノの雰囲気を感じる。

 

 体感的に人間の赤ちゃんが、冬ごもりに失敗した2メートルを優に超える、飢えたオス熊♂に遭遇してしまった時のような圧だ。

 つまり生きた心地がしません。渇いた喉を潤すべく、無性に水が飲みたい。

 

 

 

「ハァー…嫌になっちまうねぇ」

 

 ケニーは銃をしまい、帽子を目深にかぶって壁に重心をかける。そのままズルズルと長身の身体が折り畳まれた。

 

「やっぱり何か悪だくみをされていたんですね」

 

「悪だくみじゃねぇ。俺にとっては真剣な夢だ。ロッドが敵と内通していた人間と会うと聞いて、怪しいと思っちゃいたが…俺がエレンを食っても、真の王になれないときた。こりゃあ傑作だな」

 

「それが、あなたの夢ですか」

 

「そうさ、このクソみてぇな世界をひっくり返してやろうと思っていたんだが、上手くいかねェ。オマケに世界は俺が思ってる以上にデカかった」

 

「……そもそも、あなたが巨人になれるかも怪しいですよ」

 

「あ?どういう意味だそりゃ」

 

「アッカーマン家が迫害を受けていたのは、ミカサちゃ…ミカサ・アッカーマンから聞いています。壁内の人類は記憶操作を受けましたが、一部例外もいる。それが少数一族。()()()()()()がない者たち。王政を構成する多くはその少数一族の人間である反面、何かしら理由があって迫害を受けている一族もいた。それと照らし合わせてアッカーマン家が迫害を受けていた事実を考えると、やはりあなたが巨人になれる可能性は薄い」

 

「………俺は昔「記憶をのぞけない」と言われたんだが」

 

「えっと…誰にですか?」

 

「フリーダの前に力を継承していた男。ロッドの弟だ」

 

「あぁ、卿がおっしゃっていた方ですか」

 

 名は「ウーリ・レイス」という人物だったらしい。ケニーはその人物の暗殺に失敗し、返り討ちにあったそうだ。一時は死を覚悟したものの、ウーリからアッカーマン家の迫害の歴史の詫びを受け、二人はズッ友になった。

 

 ケニー曰く、下賤にこうべを垂れたウーリの姿が衝撃的だった──と。

 少なくとも、ロッド()は下の者と上の者を線引きしている。

 

 ウーリの傘下に降り、その男亡き後もレイス家のしもべであるのは忠実だ。しかしかつて王政にねらわれ、憲兵を数えきれないほど殺した狂犬。いつ手を噛まれるか油断ならない。

 

「ロッドの野郎に付く理由もなくなったしなぁ…どうすっかねぇ」

 

「あの、アッカーマンさん、今外はどうなっているのでしょうか?……弟はまだ、拉致などはされてませんよね?」

 

「さてな。それより嬢ちゃんはこれから待ってる()()()()()の、心の準備でもしときな」

 

「………」

 

 睨んだものの、完全なる格下扱いで意にも介されない。せめてもの抵抗で水を要求した。怪訝な表情をされましたが、今の私は拘束を解けても歩けません。松葉杖は凶器になり得るので、使用を許されておらず。

 

 いつも手洗いに行く時に、女兵士に姫だっこプレイを要求される私の羞恥を誰か察してくれ。お兄さまに介護されたい。

 

 ケニーおじちゃんは「やれやれだぜ」といった様子で、離れた卓上にあった吸飲みを取ってくれた。だがしかし、持って来られたそれは、まるで好きなあの子にイタズラする男子のように頭上高く持ち上げられる。

 

「俺は今、衝撃的なことを知りすぎて頭が混乱していてよ」

 

「…はい?」

 

「まぁ軽い冗談だと思って聞け」

 

 

 ────お前、ウーリの隠し子とかじゃねぇよな?

 

 

 思わず「は?」と言ってしまった。正真正銘私はグリシャ・イェーガーとダイナ・フリッツの娘だ。これ以上うちの家庭事情をややこしくされたら困る。

 

「だから冗談だと思って聞け、って言っただろ。だが似てんだよ、本当に。ロッドの野郎はヒストリア似と言ったが、それよりもウーリに似ている。髪を切ったら特にな」

 

「……疲れているんですか?」

 

「そうかもな。どうかしちまってんだ」

 

 ケニーおじちゃんはこちらの拘束を解き、身体を起こした私の頭の上に吸飲みを置いた。どうしてイジワルするんですか?(静かな怒り)

 

 私はお母さま似だ。ダイナ・フリッツとウーリ・レイスが似ているならば、必然と私との類似点も多くなるだろう。ウーリという方の顔は存じ上げないんですけどね。

 

「髪を切ったら」の部分を取り上げると、ウーリが私より短髪であったことが察せる。レイス卿が弟より娘の方に似ていると感じたのは、私とクリスタ───ヒストリアちゃんの髪の長さがほぼ同じだからでしょう。

 

 

 

 

 

「ねぇアッカーマンさん、レイス家に付く義理がなくなったのなら、調査兵団側に寝返りませんか?」

 

「……ア?」

 

「無論対人制圧部隊ごと。王政がエレンの奪取を行うなら、必然と調査兵団側との対立が起こります。となると駐屯兵団はともかく、王政側の憲兵団と調査兵団の戦闘は免れなくなる。……いえ、エルヴィン・スミスのことだ。駐屯兵団を味方側に付けてしまうでしょう」

 

「ほう、で?」

 

 ニッコリと笑ったケニーおじちゃん。

 あぁ、身体が震える。頭の上の吸飲みから水の音がひっきりなしに聞こえた。ついでに心臓の音も。

 

 狂犬の目が細まり、突き刺さる殺気。心はまだしも身体が本能的に命の危機を察し、誤作動を起こし始めた。ケニーは吸飲みを取って、口をつける部分を私の首に食い込ませる。

 

 アウラちゃんでも頑張るのよ、弟の生存フラグを立てるために。

 そしてその後、拷問を受けた姉の悲惨な姿を見せて、傷つくエレンくんの姿が見たいです。

 

 

「“外”の世界を知ったなら、壁内に未来がないことはわかるはずだ。狂犬に見えるが、あなたは冷静な人間だ。己の野心が潰えた今も、動揺を上手く抑え込んでいる」

 

「だからって、みんなで仲良しこよししろってか?お断りだね。俺はつまらねェことは嫌いだ。今回の件で“個人的な楽しみ”もあるんでね。それにまだ俺が絶対に巨人化できないかどうか、わからねぇだろ」

 

「…対人制圧部隊を甘く見ているわけじゃない。ですが、私たちには規格外の団長様がいる。弟のことになったら怖いアッカーマンも。それに、人類最強の男がいますよ」

 

「ハハァ、あのチビが「人類最強」ね」

 

「?」

 

「イイこと教えてやろうか。幼少期のアイツを拾って処世術を教えてやったのが、この俺だ」

 

「……!?」

 

 なるほど。こんな狂犬に生き方レクチャーをされたから、私のような可愛い美女ちゃんでも平気で殴ろうとする兵士長が爆誕してしまったわけですね。

 

 160cmの男と戦ったことはないので、舐めプしているこの男と兵士長のどちらが強いかわからない。

 だが巨人相手に戦うリヴァイと対人相手に戦うケニーでは、軍配は後者に上がりそうだ。

 

「敵に協力した挙句、王政を裏切る教唆か。コイツァ今俺が処刑しなくちゃいけないかもな」

 

「仲良しこよしを我慢すれば、もっと強い敵が待っていると思いますけどね」

 

「俺は別に戦闘狂ってわけじゃない。人生を楽しむことが、血を見ることばかりじゃねェ」

 

「なら理想を失ったあなたは、何を目的に生きるのですか?その瞳の奥は、乾いてきているように思える」

 

「失ったのなら、新しく見つけるしかないだろ。俺も何度も失ってきたからな」

 

「前向きですね、すごく」

 

「ッハ、気に入らねなぁ、嬢ちゃん。お前は他人のことを探るばかりで、自分の内を見せようとしない。ロッドはともかく、俺の目が誤魔化せると思うなよ」

 

 吸飲みが皮膚を破り、透明な先を伝って、中の水に血が混じっていく。

 どうやらレイス卿と話していた内容に多少嘘が混じっているのを、気づいているらしい。それも、ケモノのような勘で。

 

「敵に協力したのも、弟のためじゃねェな」

 

「鋭いですね。兄に会わせてくれるからと、協力を持ちかけられました」

 

「家族を売った兄──」

 

「お兄さまをバカにするなッ!!!」

 

 

 喉に吸飲みがさらに深く刺さることも構わず、男に掴みかかろうとした。しかし呆気なく体重を乗せられ、片足で左手、片手で右腕を拘束された。ついでに首を掴まれる。取手から手が離れた吸飲みは、刺さったままベッドに転がり、赤い中身を溢した。このクソ野郎ッ、長身痩躯のクセに重────?!……し、しんじゃう。

 

「おーおー、お兄ちゃん大好きっ子か」

 

「……ッ!………!!」

 

「兵士のクセして紙みてぇな身体だな。ちゃんとメシ食ってんのか?」

 

「〜〜〜!!!」

 

 蹴っ飛ばされた布団からのぞいていた私の上半身。めくれたシャツをさらに捲られ、薄い腹筋を見られた。露骨なセクハラだった。

 

 お兄さまを貶したヤツは殺す。殺す。

 

 

「嬢ちゃんが人類を裏切ってまで、行動を起こすのは兄貴のためか」

 

「……あいたい、から。それが理由で何が悪い」

 

「仲間を、友人を、弟を捨ててまでか?何故そこまで執心する」

 

「好きだから。愛してるから。大好きだから」

 

「………」

 

 眉間を寄せ、深い皺を作ったケニー。

 ジーク教を本気で作りたいくらいにはイカれブラコン野郎であることは自負しているので、珍妙な生き物との遭遇に未知を感じているのかもしれない。

 

「理由はそれだけか?兄貴に会って、幸せになりたいのか?」

 

「………ころされ、たい。お兄さまの、すべてになりたい」

 

「……随分と気持ち悪い野郎だな」

 

「おまえにはわからない。「私」という生き物を、理解できない」

 

「わからねぇし、理解したくもねェよ」

 

「ころしてやる……おまえのくびを王政のクソどもにおくりつけてやる」

 

 

 最悪だ。お兄さまに殺され損ねてから全てが。いっそのこと、何も考えず拷問を受けるのを待てばよかった。

 

 私自身、自分が生きている理由がよくわからない。

 でも、でも生きてしまったから、浅ましくお兄さまに会うことを望んでしまう。

 

 お兄さまと話したい、笑いかけてもらいたい、悲しんでもらいたい、苦しんでもらいたい、愛してもらいたい、殺されたい、穢したい。

 

 

 

 

 

()()()()()な人間だな、嬢ちゃんは」

 

 

 ケニー・アッカーマンの瞳に、憐れみの色はなかった。どこか遠くを見つめている。遠いどこか。まるで、私の愛する空のように。

 

 溢れていた涙は引っ込んで、凍った水の中に脳みそでも沈めたように、頭の中が冷えていく。

 

 

「「私」は同情される人間ではない。この世界で「かわいそう」と表現していいのは、一人だけだ」

 

「お前の兄貴か?」

 

「違う。確かにお兄さまは、かわいそうだけど。かわいそうと思っていいのは私だけ」

 

「………」

 

 オェ、という顔をされた。本当絶対殺しますからね。せいぜい夜道には気をつけるんだな(フラグ)

 

 

 

「「かわいそう」な、一人の奴隷の少女」

 

 

 

 長い夢を見た。その夢のほとんどは記憶の底に残らなかったけれど、一人の少女が暗い水の底で『悪魔』と出会い、死ぬまでのお話。それだけはしっかり覚えている。

 

「愛」に翻弄された彼女の人生。

 

 私はそんな少女が、愛おしい。抱きしめて、誘拐したい。

 願わくば救ってあげたい。

 

 

 

 

 

 いつの間にか私の口角は上がっていた。首から男の手が離れ、身体にかかっていた重みもなくなる。

 ケニー・アッカーマンはなぜか、呆けたツラを晒していた。

 

「お前、目が」

 

「目?」

 

「……気づいて、ねぇのか?」

 

 指摘され窓に視線を向けたが、いつもの魚の濁ったようなお目々があるだけだ。

 ケニーは口を何度も開閉させ、何か言おうとするが、言葉が出てこない様子。

 

「………お前、フリーダを食ったのか?」

 

「フリーダ・レイスを食べたのはグリシャ・イェーガーなのでしょう?レイス卿が話していたじゃないですか」

 

「じゃあ何故、目が変わった?さっきの目は、()()()()()だったぞ」

 

「王である証?それは今ユミ──────あっ」

 

 ベッドの隅に逃げましたが、ケニーおじちゃんに手も足も出ないのは、先ほどの調教(意訳)で十分わからせられた。

 微かに口角を上げ、しかし額から汗を流す怖い顔が近づく。銃を下ろしてください、あなたの目の前にいる美女は無抵抗です。

 

 しらばっくれてもいいですか?…無理ですよね。

 

 話さないと、「死orデッド」の選択を迫るそうだ。どの道頭に風穴が開くじゃねぇか。

 

 

「王家の力は、始祖ユミル・フリッツに戻っている」

 

「本当か?確証は?そのユミル・フリッツってのは誰だ?仮に本当なら何故お前がそれを知っている」

 

「ユ、ユミルちゃんはレイス家の祖先に当たる人です。知っているのは、本人に教えてもらったとしか……」

 

「ア゛ァ?」

 

「うぅ、お、教えるって言ったって、生きている人じゃないし…!」

 

「………」

 

「…銃で頭をグリグリするの、やめてもらっていいですか?彼女は砂と光の柱の世界にいて、現実に姿を現すことはできるけど、普通は見えなくて……」

 

「………」

 

 ユミルちゃん、ユミルちゃん出てきてくれませんか?悪いおじさんに私今、乱暴されています。このままだと、私……。

 

 ───と、思ったら、隣で透けたユミルちゃんが寝ていた。いえ、正確には私の右隣で両手を組んで、仰向けで寝ている。目だけは開いてこちらを見ています。

 

 

「今私の隣で寝転がって、くつろいでいます」

 

「見えねぇよ」

 

「心の汚い人には見えないです」

 

「じゃあ嬢ちゃんも見えないはずだよなァ?」

 

「私の瞳をよく見てください。澄み渡っているじゃないですか」

 

「濁りきってるな」

 

 

 ハァ、と深く息を吐いて、ケニーは銃を下ろした。

 

 自身の瞳で見たことしか信じられないらしい。「始祖」は私ではなく、ユミルちゃんだというのに。ケニーおじちゃんがエレンくんの代わりに、私を誘拐する気になっているじゃないか。

 

 何故だいユミルちゃん?今微かに微笑んでいますが、それは愉悦の笑みですか?かわいいですね。

 

「よく考えてください、エレン・イェーガーには巨人を操った事実があるじゃないですか」

 

「嬢ちゃんが何かしら力を使ったんだろ。…いや待て、王の力はレイス家の人間しか使えないはずだ」

 

「だから、ユミルちゃんが使ったんですよ」

 

「………そのユミルってのの目的は何だ」

 

「ユミルちゃんの目的は──」

 

 横を見れば、視界に入ったのは鼻ちょうちん。安らかな表情で少女は眠っている。どうして君はそんなに…ゴーイングマイウェイなの…?

 

「…話したくないそうです」

 

「ダンマリってか」

 

「ダンマリです…」

 

 何故か、ドッと疲れた。瞳云々辺りから全身がダルい。まさか霊的なものじゃないでしょうに、ユミルちゃんは。

 

 

「……嬢ちゃんが望むのは、対人制圧部隊と調査兵団との結託か」

 

「…はい」

 

「お前の話を信じるなら、エレン・イェーガーが王の力を持ってねェってことだが、その場合父親の件はどうなる」

 

「グリシャ・イェーガーは……フリーダ・レイスを食べていません。殺したのです」

 

「それもユミルに教えてもらったってか」

 

「……はい」

 

 ケニーは、私と彼女の関係を問うた。

 何故私にユミル・フリッツが視えるのか。まるで私が()()()()()ではないか、と。

 

 もう自分の内心を暴きすぎた。それこそ情報の漏洩を恐れこの人間を殺さなければ、後々面倒ごとが舞い込みそうで。

 

 ユミルちゃんに一度視線を向けた。…薄目を開けてこちらを見ている。

 判断は私に任せる、ということだろうか。

 

 

「……誰にも、口外はしないでください」

 

「約束はできねェな」

 

「ケニー・アッカーマン。私はあなたを、()()します。

 

 

 

「アウラ・フリッツ」──────それが、私のもう一つの名です」

 

 

 

 楽園に渡らず、孤独に闘うことを選んだ「フリッツ家」の末裔。ダイナ・フリッツの娘が、私。

 

 別に信じなくていい。…いや、信じてもらえないだろう。目の前の女が王家の血を引くなど、あまりにも都合が良すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、似てんのか」

 

 

 長い間の後に、そう呟いたケニー。

 逸らしていた視線を戻せば、驚くほどまっすぐに私を見ていた。キレイで、哀しい瞳。

 

「…わかったよ、協力してやる。ただしこっちも中央憲兵の目があるんでな。仲間の被害は出したくねェ。そもそもすでに王政はエレンとヒストリアの奪取に動き出している。今動いても遅い状況だぞ」

 

 

 憲兵団の指揮系統は複雑であり、殊に第一憲兵団は議会───とりわけ、真の王家直属の秘密警察としての役割を果たす。

 

 そして第一憲兵の中でもエリートを集めたのが、「対人立体機動部隊(対人制圧部隊とも言う)」。

 ケニー・アッカーマンが議会メンバーとなり、中央第一憲兵に新設された部隊らしい。

 

 設立の名目上は、力を有する調査兵団が、反乱を起こした際対処する組織。

 

 しかして実際はケニーが自身の野望を果たすために作った部隊であり、仲間はこの世界をひっくり返す彼の意思に賛同した上で従っている。

 

 つまり、対人立体機動部隊はケニーの私兵。王政ではなく、隊長の意思によって動く。

 

 だが本来のケニー・アッカーマンの野望は実現不可能である。その点問題はないのか聞いたが、根底は変わらないだろう、とのこと。

 

 このまま王政と中央憲兵が動けば、調査兵団はエレンを死守するため、反逆とも取れる行動を取らざるを得なくなる。

 

 

「仮に調査兵団の団長が本当に駐屯兵団と組んだとして、起こるのはクーデターだろうな」

 

 この世界をひっくり返すという意味は、「王政を崩す」という内容にすり替えることができる。

 ケニーは面白そうじゃねェか、とニヒルに笑った。

 

 クーデターですか…あの団長なら本当にやらかしそうで恐ろしい……。

 

 そうなると、予想できるのは調査兵団(&駐屯兵団)の勢力と、王政&憲兵団勢力。

 

 これが動く場合、調査兵団、王政命令で動く中央憲兵(中央第一憲兵団)にナイルが指揮する他の憲兵、そしてケニーおじちゃんの部隊という………頭がこんがらがる組織展開がなされそうだ。

 

 懸念すべきはダリス・ザックレーの存在。全兵団のトップに立つ男が仮に王政についた場合、駐屯兵団がザックレーの意思を尊重する可能性がある。ピクシス司令の人物像をつかみ切れていないので、どうにもその動きが読みにくい。

 

 しかしこれまで暗部に関わってきたケニー・アッカーマンの予想として、クーデターの可能性が出てきた以上、私も色々と思考を動かさなければならないようだ。

 

 

「……では従うフリをしながら、機会をうかがってください。私はどうせ動けないでしょうから。エレンくんが助かればいいです」

 

「冷たいねぇ、お仲間が死ぬかもしれないってのに」

 

「アッカーマンさんは「協力する」と言った人の仲間を殺すような、血も涙もない人なんですね」

 

「………イイ性格してんな、嬢ちゃん」

 

 私の身柄については中央憲兵に「俺たちが拷問担当するぜ!」でごまかし、部下に秘密裏で匿ってもらうことになった。

 

 またそれと、とケニーは続けた。

 

 曰く、私に協力する代わりに、一つお願いしたいらしい。「夜のお誘いですか?」と言ったら殴られた。冗談で聞いたわけじゃないんですが。返答は「冗談じゃないなら尚更だ」と眼光鋭い一喝。ユミルちゃんがケニーおじちゃんの顔を無表情で見ている。

 

 

「血筋の秘密を墓場まで持っていく代わりに、髪を切って欲しい」

 

 

 ユミルちゃんが身体を起こした。彼女をステイさせる私の動きに、何も知らぬ男は不審な表情を浮かべるばかりである。要求が不可解………あぁ。

 

 

「そんなにウーリ・レイスと私は似ているのですか?」

 

「娘と聞いても驚かねェくらいにはな。多分ロッドも切った姿を見たら驚くぞ」

 

「……あなたが王家の力を求めたのは、その男の人が関係しているのですか?」

 

「まぁな、ないものねだりだ。上の景色がどんなもんか、知りたかったんだよ」

 

 

 どこまで切るのか聞いたら、肩上ぐらいまでだそうだ。本格的にお母さまカットじゃないか。流石に今は切りません。

 

「頼んだ俺が言っちゃなんだが、本当にいいのか?髪は女の命っていうだろ」

 

「髪なんてどうでもいいですよ。伸ばすのは周囲の評判がいいからってだけで」

 

「腹が黒いねぇ」

 

「兵士長と同じこと言わないでくださいますか?」

 

「げっ…」

 

 今日イチ渋い顔をしたケニーおじちゃん。口癖なのか「おいおいおい」ラッシュしてくる様がリヴァイと似ているが、身長含め表情豊かなところは似ていない。

 

「まぁアッカーマンさんが協力してくださる代金としては、安いでしょう」

 

「アッカーマンさんはやめろ、最初から思ってたが背中がむず痒くなる」

 

「ケニーおじちゃん」

 

「ア?」

 

「ケニーさん」

 

「………」

 

「け、ケニー」

 

 睨まれるだけで足腰抜けちゃいそうになるとか、本格的に自分の身体が調教されつつある。私の身体はお兄さまのものなのに…兵長にあることないこと話そうと思います。

 

 

 不意にユミルちゃんに視線を向けましたが、半分消えかかりながら、私に背を向けて膝を抱えている。

「切ってもアウラちゃの美貌は変わらんで?」と念じたら、こちらに視線を少しだけ向けて消えていった。

 

 どうやったら彼女が気を取り直してくれるか、後でしっかり考えましょう。




【アッカーマンの重さ】

・リヴァイ/160cm 65kg
・ミカサ/170cm (乙女体重)kg
・ケニー/190cm 120kg(質量が大きすぎひんか?)

強さは対巨人戦でなければ、ケニー≧リヴァイ>ミカサな個人的印象。
巨人戦だったらリヴァイに軍配上がりそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドーナツのようなこのカラダ

カッチカチではない。

ハァァ〜〜ジーク……(アニメ77話感想)


 ヒストリア・レイスは、孤独だった。

 

 幼い頃から小さな牧場を営む祖父母の手伝いをし、本を読んで、動物とたわむれ、夜は薄い毛布に包まり目をつむる。

 

 レイス家の妾の子として生まれた彼女は産みの親だけでなく、祖父母や周囲の人間からも疎まれていた。時折木の後ろに隠れ彼女を見つめてくる一人の男の子がいたが、ついぞ話すことはなかった。

 

 いつも友人は動物か、本の中の「クリスタ」という少女。その少女はいつも他の人を思いやっている優しい子。ぽっかりと空いたヒストリアの心を埋めるように、笑いかけてくれる。所詮は空想の友だちでしかなかったが、不思議とよく頭を撫でられていたような気がした。

 

 

 そんな彼女はある日から、「クリスタ・レンズ」として生きることになる。本の中の少女の名前を父親からもらった彼女は、地面を見つめた。

 

 赤い水たまり。夜風に吹かれ、かすかに漂う鉄の匂い。

 

 それは、母の死体だった。

 

 父と母と共に生きることになるはずだったが、母はコートと帽子をかぶった大人たちに殺された。父は共に暮らすことを撤回し、少女は別人として生きねばなくなった。詳しい大人の事情はヒストリアにはわからなかった。

 

 だが「ヒストリア」は死んだのだと、地面に染み込んだ赤黒い跡を見て感じた。

 

 

 

 それからクリスタは訓練兵団に入り、「優しい子」を努める。笑顔も、怒りも、涙も、何もかも、薄っぺらい上辺。しかし優しい彼女は皆から好意を持たれた。まさしく荒廃した世界に舞い降りた天使のように。

 

 ただ本当の彼女は無表情で、無感動だ。いつもどこか冷めた気持ちを抱き、終わることを望んでいた。

 

 親からマトモな愛情を得られなかった少女。彼女はやはり一人。───否。

 

 

「なぁ、お前…“()()()()”しようとしてるだろ」

 

 

 初めての友人。

「クリスタ」ではなく、「ヒストリア」の部分を見抜いて、自分に話しかけてくれる人間。

 

 その一言一言がクリスタを想っての言葉だとわかるからこそ、少女は「ユミル」を特別な人間と思うようになった。

 

 人を揶揄うのが好きで辛口なコメントが多いが、存外その多くは向けた相手の内面を的確に表しており、ユミルなりの優しさがこもっている。

 

 雪山で半ば死ぬ気で仲間を助けようとした一件や、訓練兵団を卒業し調査兵団になってからも、何度もユミルはクリスタを引っ張り、道に迷わぬよう進ませてきた。

 

 その温かい手に、彼女は甘んじていたのかもしれない。子供の頃から孤独だった心を埋めようと、まるで幼子が母に甘えるように。

 

 

 ずっとその手は離れないと思っていた。

 

 でも、離れた。

 

 

 

 ウドガルド城の一件の後、ライナーとベルトルトに誘拐されたユミルを追って、どうにか許可を取りクリスタは巨大樹の森へ向かった。

 

 そこで彼女は森の中で待ち伏せしていたユミルに攫われ、二人きりになった場所でうなじから出てきた彼女に、「もう一度だけ会いたかった」と告げられた。

 

()()()()()()って、何よユミル!あなたも一緒に…」

 

「いや、ダメなんだ。私は……私は、アイツらと一緒に行く」

 

「どうし、て?アイツらってライナーたちと?もしかして脅されてるの?だったら──」

 

「脅されてない。これは私の意志なんだ。…ごめんな、自分勝手で」

 

 ユミルは調査兵団の煙弾が上がったのを見た時、堪えきれなくなったと言う。

 きっとあのクリスタ(バカ)なら、自分を追ってきているだろう、と。

 

「……じゃあ、私も一緒に行く」

 

 そうクリスタが呟いた瞬間、ユミルの頓狂な声が響く。

「バカ野郎」と4、5回は言われた気がする。その顔はしかし嬉しそうで、悲しそうに歪んでいた。

 

 だがその直後けたたましい音が聞こえ、ユミルはそちらに視線を向け目を凝らすと、血相を変え巨人体に戻り走り出した。対しクリスタも相手の意思を無視し、ユミルの巨人体にアンカーをかけ、掴まった。

 

 

 それからはあっという間だ。

 

 エルヴィン・スミスが先回りし連れてきた巨人の群れと、鎧の巨人の衝突。その間エレンの奪取には成功したが、肝心のエレンが巨人化できずピンチになるなど、状況は芳しくなく。

 

 しかしてまるで神の御技のように、ハンネスの死を間近で見た少年の叫びに合わせ、無数の巨人がハンネスを殺した巨人に食らいかかった。

 

 

 その後駆逐モードの「悪・即・斬」なヌッ殺の矛先は、ライナーたちへ向いた。

 人間の姿であるにも関わらず、目を血走らせたエレンの姿に、戦士たちの肝は震え上がった。

 

 そして森から走り現場に追いついたユミルはライナーたちの援護に向かおうとし、クリスタに止められることになる。

 

「待ってユミル!!あなたはライナーたちの仲間じゃないんでしょ?どうして、どうして……っ」

 

『………』

 

 人間とは異なる黒い虹彩の中に浮かぶ白い瞳孔。その瞳はまっすぐにクリスタに向けられた。

 

 小さく微笑み、周囲をうろついていたカラ馬に少女を乗せたユミルは、金の髪を壊れものを扱うように、優しく撫でる。

 

 

ヒストリア(ヒスオリア) 私は(ワアシア) お前だけの(オマエアエノ) 味方だ(ミカタア)

 

 

 生きろ(イキオ)、そう続け、遠ざかっていくユミルの姿。

 クリスタ──ヒストリアがどんなに伸ばしても、その手が届くことはなく。

 

 彼女はエルヴィンの撤退命令を聞き側にきたコニーに手を引っ張られ、連れられていった。

 

 

 

 ウドガルド城にてユミルに「胸張って生きろ」と告げられ、一度は前向きに生きようとしたヒストリア。

 

 だが彼女のぽっかりと空いた穴を埋めていた温かな存在は目の前から消え、少女はまた寂しさに自分の身体を抱きしめることになる。

 

 新リヴァイ班に加入した後も孤独な心が埋まることはなかった。

 

 

 そして一日一日と時が過ぎていく中、エレンの硬質化の実験を行った夜起こった、ニック司祭の殺害。その事件は翌日ヒストリア含むリヴァイ班にも伝えられた。犯人は恐らく中央憲兵だろう、と。

 

 ニック司祭は壁の秘密を知る手がかりとなる人物として、「ヒストリア・レイス」の名前を調査兵団に教えた。ニック司祭の行動は王政への裏切り行為と言ってもいい。都合の悪い人間は始末される。このことに一番責任を感じたのは、情報を聞き出そうとする中で彼と関わることの多かったハンジ・ゾエであった。

 

 また話し合っていた最中、エルヴィンに伝達に行っていたハンジ班の「ニファ」という女兵士が、王政(中央)から『調査兵団の壁外調査の全面凍結』、およびエレン・イェーガー、ヒストリア・レイス二名の引き渡し命令が下ったことを話した。

 

 さらにエルヴィンの元に、ナイル・ドーク率いる憲兵団が訪れたとのこと。幽閉とまでは行かずとも、エルヴィンが迂闊に行動できなくなることは容易に想像できる。

 

 

 となると団長の指示なしで、調査兵団は動かなければいけない。

 

 エルヴィンのみならず、エレンやヒストリアたちがいた小屋にも武装した憲兵が訪れ、リヴァイ班はトロスト区へと移動することになる。

 

 現在王政方面へ向かうのは危険である。トロスト区ならば以前の襲撃の混乱がまだ残っており、身を隠すにはちょうど良いとされた。向かうのは、いざという時立体機動が活かせる街中。

 

 ちなみに一部の第四班はペトラとオルオがまだ手負いで戦力にならないため、待機となる二人の代わりに、リヴァイ班と行動。対しハンジやモブリットは、エルヴィンに付いているミケ班と合流することになった。

 

 

 その後変装をしたジャンとアルミンが、それぞれエレンとヒストリアの身代わりとなった。誘拐されたアルミン(ヒストリア変装)が、「ハァ…ハァ…」おじさんの尊い犠牲になりかけたのは余談だ。

 

 これは敵の目を身代わりに集中させ、その間に本物をこっそりと馬車で移動させる算段である。

 

 だがしかし、中央第一憲兵団の中でも厄介な魔の手が、彼らに襲いかかった。

 

 

 

 作戦の状況を考えながら、建物の上でニファと下の様子をうかがっていたリヴァイ。

 その時背後に感じた微かな衣擦れの音に、彼は反応した。

 

 銃声の音が届く一瞬前に、咄嗟に煙突の後ろに隠れた兵長。

 対しニファは足を撃たれ、うめきながら屋根を転がり、下に落ちる。

 

「……ッ!」

 

 背後でリヴァイに向かい近づいてくる気配。

 

 先ほどまでトロスト区に入ってから、中央憲兵にしては()()───と言うべきか、敵のやり方に違和感を感じていた兵長。中央憲兵が動いている上でこのような野犬を思わせる方法を取るならば、一つ、思い当たる節があった。

 

 昔の顔馴染みの男。リヴァイに()()()としての生き方を教えた、ニヒルな笑みが似合う野郎。

 

「おおっと、いけねェ。手が滑っちまったぜ」

 

 聞こえた声に、リヴァイは舌打ちを零した。気分で言えば死刑判決。しかしいくらでも地下街にいた頃、死にかけたことはある。

 

 相手の「手が滑った」という言葉に妙な引っかかりを覚えたものの、今は悠長に考えている暇はない。

 

 歯を剥き出しにし、喉元に食らいつく覚悟で、リヴァイはブレードを抜いた。瞬間彼のいる後ろ側の煙突にアンカーを付けた人物が、ガスを派手に噴出させながら宙を舞い、彼の正面に逆さまの状態で現れた。

 

「あれ、お前縮んだか?」

 

 仲間を傷つけられ灯った怒りの炎。その火が別の導火線に引火した。

 

 恩人でもある男に歯を剥き出しにして、リヴァイは吠える。

 

 

「ケニィィィ!!」

 

 

 狂犬と狂犬の、ぶつかり合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 時は過ぎ、トロスト区でリヴァイ班と一部のハンジ班が、中央第一憲兵団の「対人立体機動部隊」と戦闘に陥った日の夜。

 

 幸い兵士に死者は出なかったが、複数のメンバーが重軽傷を負った。調査兵団はブレードで接近戦に臨まなければならない反面、向こうは銃持ちの上、同じく立体機動を使う。対人に特化した一撃で兵士らは足や腕を撃たれ、戦闘不能にされた。

 

 エレンとヒストリアは守りきることができず、奪われてしまった。またその夜、憲兵団に依頼され、エレン誘拐に関わりリヴァイたちに捕まっていたリーブス商会の会長が、翌日になり何者かによって殺された、と推測された。

 

 断定できないのは、遺体が見つからなかったからである。

 

 

 リーブスはどの道依頼に失敗したため、憲兵に殺される運命にあった。ゆえにリヴァイたちの言葉を受け、寝返ることを決めた直後だった。

 

 朝発見されたのは、ディモ・リーブスがいた馬車の横に残されていた致死量の血。中央の仕業だろう、とリヴァイ班は考えた。

 

 さらに憲兵はこのリーブスの死を利用し、王政の引き渡し命令を回避するために調査兵団がおこなった自作自演である──とした。

 

 協力させたリーブスを口止めとして夜にこっそりと殺害し、遺体を破棄。実行犯はエレンと共に逃亡中。この首謀者がエルヴィンであるとし、同時に調査兵団全兵士の身柄拘束が行われることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 場所は変わり、とある一室。

 

「…ん?」

 

 いつの間にか眠っていたヒストリアは、ベッドの上で身体を起こした。

 視線をさまよわすと、窓の外は暗くなっており、星が出ていた。

 

「……エレン?それに…」

 

 口枷をされ、手足を縛られ床に転がっているエレン。しかし部屋にはもう一人いた。

 

 少女の眠たげな瞳が、自身と同じ色の瞳と合わさる。その人物に彼女は一度会ったことがあった。大きな手が伸び、ヒストリアの頭を優しく撫でる。温かい、手だ。

 

「おとう、さん?」

 

「そうだよ、ヒストリア」

 

 上半身を起こした少女の身体を、彼女の父───レイス卿が抱きしめる。

 ぼんやりとした頭で、彼女は夢うつつに抱きしめ返した。恰幅のいい身体は柔らかく、耳を胸元に近づければ、心臓の音が聞こえる。

 

「すまない、今までお前を一人にして……」

 

 何度も謝り、レイス卿は少女の背中をあやすように叩いた。

 ヒストリアの孤独の穴に、その温もりは毒なほど染み渡っていく。段々と視界が歪んでいき、少女は父の胸に顔を埋めた。

 

「いつもお前のことを考えていた。寂しい思いをさせた私を、どうか許しておくれ」

 

「ゆるす……いや、ちがう。私、怒ってない。お父さんがいてくれるだけで…いい」

 

「…ヒストリア」

 

「だから、だから……」

 

 

 ────もう私を、一人にしないで。

 

 そう続けようとした言葉は、上手く音にならなかった。ただ今、父に()()()()()()()()ことは、痛いほど感じる。

 

 

 ヒストリアはレイス家が真の王であることを伝えられた。

 そのために彼女の力が必要なことも。

 

 少女は手を引く父の顔を見て、呟く。掠れそうになる声を抑えて、一つ一つ音を紡いでいく。

 

 

「おとうさんは、私のことを愛してくださいますか?」

 

 

 それにロッドは目を丸くし、顔を歪めた。男の瞳から水滴が溢れ、「当たり前だ」と告げる。

 

「子を愛さぬ親などいない。私はお前を愛しているよ」

 

「でも母は…私を愛してくれませんでした」

 

「私がお前の母親と、同じだと思うかい?」

 

 ヒストリアは父を見つめた。大きな手が彼女の涙を拭う。

 

 温かい父。彼女のために泣き、優しく抱きしめてくれる。いつも無反応で、触れれば拒絶反応を起こした母とは違う。

 

「あの女性(ひと)はもしかしたら、父と違う生き物だったのかもしれない」とさえ、思えた。

 

 

 

「これが……「()」なんだ」

 

 

 

 しばし窓から差す月夜に当たりながら、抱きしめ合う親子。

 その様子を、翡翠の瞳がじっと見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤裸々カーニバル

ロッド・レイスってまる子のお父さんと同じ声かよおおおおおお……!!

というか最近「斉Ψ」のアニメを見返していて、楠雄(リヴァイ)と燃堂(エルヴィン)という事実に震えている。小野Dどこに声帯持ってんだよ。ついでに明智(エレン)と窪谷須(ライ……おっふ)もいる。何なんだこの亜空間は。


 結晶に覆われた洞窟。地上の光が入らぬその場所は、まるで昼のように明るく輝いていた。結晶そのものが発光しているのだ。広い空洞は上と支えるようにし、同じように結晶でできあがった大きな支柱が無数に存在する。

 

 その場所の階段を登った場所。さながら処刑台のような場所に、一人の少年が四肢と口を拘束されていた。

 

 

 少年の背後には真の王家の血を継ぐ二人の親子がいる。父親は娘に手を出すよううながすと、少女は息を呑み、ゆっくりと少年の背中に触れた。

 

 瞬間、少年と少女の身体に電流が走る。

 

 少女が見たのは、失っていた幼き頃の記憶。小さな牧場で母から愛されず、祖父母や周囲の人間から疎まれていた彼女。そんな少女に唯一接してくれた、長い黒髪をもつ美しい女性。その女性(ひと)こそ、腹違いであれど、ヒストリアを実の妹のように「愛」してくれた、フリーダ・レイスだった。

 

 しかしすでにフリーダがこの世にいないことを告げられ、ヒストリアは呆然とする。

 

 レイス卿は娘をなだめ、話を続ける。

 

 

「私の子供たちと妻は、ある男に殺されたのだ」

 

 そう言い男が見つめたのは、翡翠の瞳を濁らせたエレン。

 

 

 

「始祖」は王家の血を継ぐ者しか扱うことができず、継いだとしてもその思想は初代レイス王の“不戦の契り”によって縛られる。来るべき時に、滅びを受け入れんとして。

 

 対し王家ではないエルディア人では、たとえ「始祖」を得てもその力を使いこなすことはできない。

 

 しかしこの時王家の人間がいるのならば話は変わる。ロッドは一つの方法を、受け継がれるレイス家の知識の中で知り得ていた。

 

 

 例えるならエレンはリモコンで、王家の血を継ぐ人間が電池。

 電池を入れれば、リモコンが使える。この場合取り扱う側に該当する人間がおらず、リモコンを操作して機械を動かすことはできない。

 

 通常ならオフの「始祖」の力は、レイス家の人間との接触で、一時オンの状態に切り替わった。

 

 その中エレンが見たのは、自分ではない()()()()()

 

 

 子供たちやロッドらしき男を守るように前に立つ、黒髪の女性。

 

 その女性が自傷し、こちらに殴りかかってくる光景。

 

 そして巨人化したその女性の首を、引きちぎる大きな手。

 

 足にこびりついた子供の死体。

 

 燃える教会らしき建物。

 

 どこか見覚えのある長身の男が、こちらを振り返る姿。

 

 小さな手の上にあるカギ。

 

 そのカギを握り、驚いている幼い自分の姿と、視界の隅に映る注射器。

 

 巨人になった自分(オレ)

 

「オレ」が近づく。

 

「オレ」は、口を開いて。

 

 その瞳に映ったのは、父グリシャの姿。

 

 生気を無くした男は小さく呟く。

 

 

 

 ──────()みなさい、エレン。

 

 

 

 少年の瞳から、訳もわからず涙がこぼれた。

 

 レイス家の人間を父親が殺した。ロッドがヒストリアに語っている、王の力を奪った人間が、グリシャ・イェーガー。

 そしてその力を託されたのがエレン。

 

「進」まなければいけない、エレン・イェーガーは。

 

 だがそれは果たして、犠牲の上に成り立ってよいものなのか。

 

 エレンに人類の未来を託し、死んでいった兵士たち。ストヘス区の例を挙げれば、関係のない民間人も亡くなっている。死体で築かれた山の上から望む景色は、決していいものではない。鼻腔は常に鉄くさい匂いで満たされ、身体には他人の肉と血潮がこびり付く。

 

 

 ベルトルトやライナー、アニに利用された姉の一件を受け、これまでどうにか堪えていた十字架の重さ。それにとうとう限界が来た。

 

 アウラ・イェーガーは弟を守るため、敵に加担し人類への反逆行為をおこなった。現在は憲兵団に隔離され、治療が進んでいると聞く。

 

 だが本当に無事であるとは思えない。エレンは兵法会議において、憲兵団に解剖のち、処分の案を出されている。非人道的な行いが姉に及んでいないと考えるのは、難しい話だった。

 

 アウラは拷問を受け、情報を吐かされているかもしれない。もしかしたら、ニック司祭のように殺されている可能性も。

 

 恐ろしい考えを抱きながら、それでもエレンは堪えた。

 

 感情を抑え、ウォール・マリア奪還を目指し硬質化実験を行う。彼がムリをしているのは、妖怪パァン泥棒(サシャ・ブラウス)にまで伝わっていた。

 

 

(オレは、何のために進んでいるんだ?オレは……どれほどの人間を、犠牲にすれば………)

 

 

 会話をするロッドとヒストリアの声が、エレンの耳からだんだん遠ざかっていくような感覚。

 視界が歪み始め、少年は無性に吐き気を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「フリーダが巨人の力を使いこなすことができれば、この世の巨人を駆逐することもできただろう。その力はエレンの父、グリシャ・イェーガーに奪われてしまったが…」

 

 

 ロッドによって語られる、代々レイス家に受け継がれてきた巨人の力。その力によって三重の巨大な壁が作られ、壁内の人間の記憶は改ざんされた。

 

「さぁ、力をエレンから取り戻すんだ、ヒストリア」

 

 ロッドはカバンから取り出した注射器を、娘に握らせる。

 

 注射器の細い針先が、洞窟の清浄な輝きにより煌めいた。ヒストリアは息を吞み、針先に映る、小さな自分を見つめる。

 

 これを使えば、彼女は巨人になる。そうやって王の力は、レイス家に受け継がれてきた。先々代のロッドの弟ウーリから、フリーダ・レイスに受け継がれたように。ヒストリアは巨人化し、エレンを喰らう。仲間を、殺す。

 

 父親は彼女に求めている。自分を愛してくれる父の気持ちに報いたい。そして牧場に訪れ、彼女を本当の妹のように接し、微笑みかけてくれたフリーダを、取り戻したかった。

 

 王の力は「フリーダ(お姉ちゃん)」がこの世に残した、唯一のつながり。

 

 

「注射を打っても、巨人になった時の記憶はない。だから安心しなさい」

 

「……う、ん」

 

 震えるヒストリアの背を、ロッドが優しく撫でた、その時。

 ワイヤーの巻き取られる音が、洞窟内に響いた。

 

 

「ケニーか、どうした」

 

 

 レイス家親子の側に降り立ったのは、テンガロンハットの似合う長身痩躯の男。その両手には()()()()()()()()

 

 ケニーは少し焦った様子で、外の状況を説明した。

 

 

 

 曰く、調査兵団がクーデターを起こしたとのこと。

 

 王政を動かす中心人物たちと、同席する駐屯兵団や憲兵団のトップの前でエルヴィンへの判決が下る中、急転した事態。

 

 ちなみにエルヴィン・スミスは王政へのエレンの引き渡しの拒否や、ディモ・リーブスを利用しエレンを誘拐したように見せかけ、その罪を中央憲兵になすりつけようとした自作自演、およびディモ・リーブス殺害の罪を問われていた。

 

 これらの行いは、エレン・イェーガーの力を調査兵団の私物化するための行動であり、人類の脅威に十二分につながる行為である────と。

 

 そんなエルヴィンに科せられたのは死刑。

 

 

 だがしかしまるでタイミングを見計らったように、ウォール・ローゼが突破された、との情報が駐屯兵から入った。

 

 この時すでにエルヴィンとピクシス司令の間には、“仮”の協力関係があった。

 

 エルヴィンはディモ・リーブスの殺害の首謀者として連行される前、ピクシスと面会していたのである。

 

 この際真の王家の存在が「レイス家」であることが明かされ、真の王を即位させる計画をエルヴィンは伝えたのだ。レイス家が真の王家であったことは、ハンジらがニック司祭を殺した中央憲兵の人間を自白させることにより、得られた情報である。

 

 ピクシスはエルヴィンの提案に乗った。だが駐屯兵団のトップに立つ男は、調査兵団か王政か──ではなく、人類の命をどれだけ救えるか──を、選択の上で重要視する。

 

 先ほど“仮”の協力関係と言ったが、エルヴィンの作戦次第で、彼は十分王政側につく可能性もあった。人類の命がより多く、救えると判断したのなら。

 

 しかしてウォール・ローゼが突破された(嘘)との報告に、王政を動かす重鎮たちは、こぞってウォール・シーナの門を塞ぐ選択をとった。これは半数の人類の命を見殺しにすると、暗に言ったようなもの。

 

 これにてピクシスは完全に調査兵団側についた。

 

 

 対し憲兵団側は、王政の指示に従おうとした。ただここにも策士エルヴィンの手がすでに回っていたのである。

 

 エルヴィンの策にハマっていたのは、憲兵団団長ナイル・ドーク。彼は訓練兵時代、エルヴィンの同期でもあった。

 

 ナイルの家族はウォール・ローゼに住んでいる。王政に命令され、実行するか否かの最終決定を、憲兵団の行動を決めるのは、団長たる彼。

 ウォール・シーナの門を閉じれば、家族は死ぬ。

 

 

 ────選ぶのは誰だ。

 

 

 ナイルが捕まったかつての同胞にあった時、エルヴィン・スミスが語った内容。

 

 選ぶのはナイル・ドーク。

 王政に媚びへつらうのか、それとも家族───そして人類のため、行動を起こすのか。

 

 

 結果、内門を閉じることはできないと決定したナイル。

 

 調査兵団・駐屯兵団・憲兵団の三者が揃った。

 さらにまるで王政にトドメを刺すかにように現れたのは、ダリス・ザックレー総統。恐らくこの時、誰よりも一番「オラ、ワクワクすっぞ!」していた。

 

 総統殿もまた、王政をかつてから気嫌いしていた人物。

 

 この時王政の使えるコマは中央憲兵のみ。しかし大半がリヴァイ班の捕獲やレイス家の近衛に当たっており、待機していた兵士はザックレーが現れた時点で制圧済みだった。

 

 全てが王政の敵に回り、これにてクーデターが完了した。

 

 あとは攫われたヒストリア・レイスと、エレン・イェーガーを取り戻すのみ。彼らの奪還にはクーデターが成功し晴れて自由の身となった、調査兵団のリヴァイ班が動いた。

 

 王政府の重鎮たちの最後の命綱は、レイス家。エレンから力を取り戻し、記憶改ざんさえできれば勝機はある。

 毅然と、余裕の笑みを浮かべようとした彼らだった。

 

 しかしエレン奪還に備え、レイス家の守備に当たっている「対人制圧部隊」もまた、すでにどこぞのブラコン女の毒牙にかかっている。

 

 重鎮たちに待ち受けるのは、ワクワクおじさんの愉快痛快な拷問♡コースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「────ってわけだ。全兵団寝返って、王がニセモノであることがバレた。お偉い方も捕まっちまったし、急がねェとここにも人が来るぞ」

 

「わかった。君は対人制圧部隊とともに入り口の防備を固めてくれ」

 

「仰せのままに、王サマ」

 

 そう言い、半歩下がったケニーの視線がヒストリアに向く。

 憐れみを含んだ目で、「かわいそうになぁ」と彼は続けた。

 

「ヒストリア、お前はこれから巨人(バケモノ)になるんだ。父親が巨人になるのを怖がるからよぉ」

 

「……何を言っている、ケニー」

 

「何って、事実を言ってるまでだろ?あんたは弟や娘に運命を押しつけた」

 

「勘違いをするな。私には“使命”がある。だからこそ、私が継ぐわけにはいかんのだ」

 

 ロッドは娘を抱き寄せ、近づく男をまっすぐに見つめる。

 

 

「その“使命”ってのは何だ?ウーリやフリーダ、そしてヒストリアに押しつけてまでなさなければならないモンなのか?」

 

「神のために、神がこの世に再び現れることを祈る。ウーリが継承することを買って出たときに、私に託したのだ。『祈ってくれ』────と」

 

「ッハ、ウーリ(アイツ)のことだ。本来あんたが継承するものを、兄が恐れていることをわかっていたからこそ、代わりに継承したんだろうよ」

 

「私は、恐れてなどいない」

 

「恐れてねェだって?ウソ言え、お前ほどの怖がりはそういねぇさ。少なくとも弟や娘を見ていたあんたには、信心の裏にベッタリと、()()の心が透けて見えてたぜ」

 

 表情を崩さぬロッドに、その長い足で詰め寄るケニー。長いコンパスの前に立ち塞がったのは、ヒストリアだった。

 父を庇うように両手を広げ、顔をほぼ直角に上げて眉を吊りあげる。

 

「私は……私の運命を、私に託された使命を受け入れる。力を継承して、この世から巨人を駆逐する…!」

 

 それを聞き、ケニーは深いため息を吐き、頭を抑えた。

 まるで聞かん坊の子供に呆れる大人のように、首を振る。

 

「お前の答えはそれか、ヒストリア。この楽園のために、命を懸けると」

 

「そうよ」

 

「……つまんねぇ答えだな。期待はずれだ」

 

 カチャ、と音を立て、銃口の先が二人に向く。

 

 

「やはりお前は信頼ならないな、ケニー」

 

「何言ってんだ王サマ。俺の企みを知った上で、ずっと利用してたのはあんたの方だろ?“あのオハナシ”の件でどれほど俺が傷ついたことか。王の力を奪って、この世をひっくり返してやりたかったのによ」

 

「…あのお話って何?お父さん」

 

 ヒストリアが父に尋ねる。ロッドは娘に目をやり「アウラ・イェーガーの件だ」と話す。

 

 それにまた三人の後方で、上裸で拘束プレイな少年も反応した。口枷から唾液と共に、くぐもった声が漏れる。

 

「王サマに頼まれて尋問したが、あんたが聞いた以上の内容は得られなかったぜ。そこの弟くんには悪いが、()()()()()()()ものは、もう戻って来ねェよ」

 

「…そうか。それでお前はここからどう出るつもりだ。私を撃つのか?それともヒストリアを撃つのか?」

 

「そりゃあ決まってんだろ」

 

 

 一発の銃声が、洞窟内に響く。

 

 直後ロッドとヒストリアは、()()()()聞こえたうめき声に、視線を向けた。

 

 ケニーが撃ったのはエレン・イェーガー。右腕や腹、腰辺りから複数出血している少年に、親子の意識が向いている最中、一瞬のうちにヒストリアに近づいたケニーが注射器を持っていた彼女の腕を掴み、奪い取る。ロッドには足払いをかけ転ばせ、首根っこをつかんだ。

 

「散弾銃でちこっと痛いだろうが、これで負傷したエレンは巨人化できる。巨人化したロッド(コイツ)とエレン、どっちが勝つか試してみようじゃねぇか」

 

「お父さん!!」

 

「おっと、こっちに近づくなよヒストリア。さっきも言ったが俺が持ってるのは散弾銃だ。父親の頭をハチの巣みたいにしたくないだろ?」

 

「………ッ」

 

 ヒストリアは親の仇と言わんばかりにケニーを睨んだ。父と似た大きく青い瞳が、グツグツと煮えたぎる。

 その視線を受け流しながら、ケニーはロッドの頭に銃を当てつつ、顎でエレンを指す。

 

「巨人化できるはずなのに、そこで項垂れてるヤツに()()()()遺言くらい、聞いてやろうじゃねェか」

 

「……わか、った」

 

 

 口枷を外すよう言われたヒストリアは階段を登り、エレンの顔を持ち上げようとし、少年の膝下に目が向かった。

 

 ボトムスに転々と水が滴った跡があり、今もまた上から雫が落ちてくる。

 

 泣いている───そう気づいた彼女は、息を呑んだ。震える手で口枷を外し、一歩、後ろに下がる。

 

「エレン……どうして、どうして泣いてるの?それに…巨人化しないの?でないとあなたは、このままじゃ……」

 

「……ない」

 

「え?」

 

 

 ────オレは、いらない。

 

 

 多くのカバネの上で、成り立つ命。これからも少年の命は誰かの犠牲の上で存在し続ける。人類を救うという、大きな使命を伴って。

 進み続ける。それがエレン・イェーガーの運命。

 

 しかし少年は自分を、“普通”の人間だと感じている。

 

 ミカサのように、圧倒的な力はない。アルミンのように、窮地を乗り越える頭脳もない。母のように強く凛々しい心を持っているわけでもなく、父のように他人を殺してまで、進む強さもない。

 

 そして姉のように、大切な存在のために人類を裏切ってまで守ろうとする覚悟も、ない。

 

 

「オレは、“特別”なんかじゃなかった。これ以上犠牲を生まずに人類を救えるなら、オレは食われていい……。いや、食われるべきなんだ」

 

「………」

 

「殺して、くれ……()()()()()なんて………」

 

 静かに泣き始めたエレン。時折しゃくりあげ、それでも声を殺そうとする。

 

 その時ヒストリアが感じたのは悲しみではない。

 

 

 

 

 

「“こんなオレ”って、何よ」

 

 

 

 それは、──────「怒り」だ。

 

 

 

「エレンはいつだって、頑張ってきたじゃない」

 

「でも、オレは……」

 

「みんな、あなたに命を懸けた。それは同時に、人類のために捧げた行為でもある」

 

 青い瞳が、涙で歪むヒスイの瞳と合わさった。「けど」と弱音を吐く少年の頰を、ヒストリアは思いきり抓る。

 

 

「エレンのために命を捧げた人たちには、大切な人がいた。家族や友人、仲間────尊い存在を守るために、彼らは戦った」

 

 ヒストリアの脳裏にそばかすの少女の姿がよぎる。

 

 少女はいつだって、ヒストリアを守っていた。母親や祖父母にも大切にされなかった妾の子を、“特別”に想ってくれた。そんな少女をヒストリアもまたいつしか大切な友人として、“特別”に、想っていた。

 

 

 そうだ──そうであった。

 

 

 ヒストリア・レイスは、そばかすの少女の───ユミルの、“特別”な人間だ。

 

 “普通”じゃない人間なんていない。

 誰にだってその人を“特別”に想ってくれる人がいる。

 

 即ち生きているだけで、人は誰かの“特別”になるのだ。

 

 ヒストリアはそんなことも、忘れていた。

 ユミルの手が離れ、寂しさから、牧場にいた頃の愛されなかった少女に戻ろうとしていた。…否、あの時だって彼女は覚えていなかっただけで、フリーダから大切にされていた。

 

 

 

「あなたが“こんなオレ”なら、エレンに命を捧げた人たちはどうなるの?彼らの想いはどうなるの?────バカ言わないで!「こんなエレン」に、みんな命を懸けたわけじゃない。あなたが自分を卑下することは、彼らの犠牲にドロを塗ることに他ならない。他人があなたのことを罵倒しても、エレン自身が自分をバカにしちゃいけない…!!」

 

 

 

 ヒストリアもまた、同じだ。自分を卑下してはならない。

 ユミルに「胸張って生きろ」と言われた。

 

 胸を張って、前を見て、現実から逃げようとしてはいけない。

 

「いい子のクリスタ」はもういらない。()()()()()に生きるのではない。自分のために生きる。それが胸を張って生きることだ。

 

 

「でももう、オレ、生きたくない…」

 

「泣くなバカ!弱虫!!シスコン!!!つらくても「戦う」って決めたのなら、最後まで最後まで、あがいて生きろ!!それが犠牲の上で生きて、そして命を背負って戦う者の責任だ!!!」

 

「ねえさ、しんで、オレ、オレ………」

 

「私だって……私だってユミルがいなくなってつらい!!けど………それでも、生きなくちゃいけない。エレンがつらいなら、私が手を引っ張ってってやる!!」

 

「ヒス、トリア……」

 

「だから一緒に、前を向こう。歩くって決めたのなら、隣の誰かがいなくなっても、それでも進め。私たちは、自由なんだから」

 

「………う、っあ…」

 

「……ごめんエレン、あなたを犠牲にしようとして」

 

 ヒストリアはボロボロと涙をこぼす少年を抱きしめた。その場にいなかった一人の少女(セコム)が「ピクッ」と反応した気がしたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「────ハハッ!!」

 

 

 感動的な少年少女の光景に、目尻にシワを作り、大笑いし始めた一人の男。

 ケニーは片手でロッドの首を軽く締めながら、ひとしきり笑った。ヒストリアは今日イチの鋭い眼光を向ける。

 

「いいね、いいねぇ。つまらねェなら殺していたが、()()()じゃねぇか、お嬢ちゃんよぉ」

 

「………は?」

 

「俺をちゃんと楽しませてくれたわけだ」

 

 

 いいぜ、認めてやる──と小声で呟いた部分は、ロッドにしか聞こえなかった。

 

 ケニーは銃をしまうと、ロッドを拘束したままヒストリアの下に落ちていたカバンから、エレンの拘束を外す鍵を取り出すよう告げる。

 

「それで外しといてやれ」

 

「え……えっ?」

 

「早く戻らねェと、ドチビが俺の仲間を殺しちまうかもしれねぇからな」

 

「どういう、こと……」

 

 そこでヒストリアは、ケニーがこの儀式の間に来た時、銃を持っていた違和感に気づいた。

 

 普通なら王の前だ。武器を持つなど許されないだろう。その後彼女やロッドに銃を突きつけたが、最初から抜いているのはおかしい。仮に武器を使うなら最初はしまっておいて、油断させる。

 

「まさか……!」

 

「お察しのとおり、姫さんを悪いヤツから助ける騎士(ナイト)が来てるってわけだ。一旦交戦になったが、どうにか態勢を崩させて、ヤツらが通れないよう途中の道で大アミを張ったわけよ」

 

「みん、なが…」

 

「安心しろ、殺してはねェ」

 

 多少負傷した兵士は出たが。殺しはしない代わりに、戦闘できぬよう人体の一部を狙う。その交戦で対人制圧部隊にも少なくない被害が出た。

 

「まぁ向こうも加減しているように見えたあたり、俺たちの意図に気づいているだろうな」

 

「……!ケニー貴様、まさか」

 

「あぁロッド、あんたのご想像通りだ。俺はしっかり、()()()()()()()と言っただろ?お前に尻尾を振る忠犬はもういない」

 

「…ウーリへの恩を忘れたか」

 

「アイツには感謝している。だがアイツが死んじまった時点で……いや、王家の力が無くなった時点で、俺がレイス家に従順でいる理由はなくなっていたさ」

 

「……お前のようなノラ犬を、あのトチ狂った弟が引き入れさえしなければ──」

 

「ウーリを、侮辱するなよ」

 

 一瞬銃を抜きかけたケニーは、娘の視線に気づき、手を止める。

 忌々しく舌打ちを一つこぼし、ロッドを拘束する首への圧を強めた。

 

「お前がこれからどうなるか、楽しみにしてろよ。聞きたいことが山ほどあるだろうからなぁ、特に調査兵団のヤツらは」

 

「ま、待って!」

 

「……ヒストリア、お前はコイツから娘や息子が殺された話について聞いたか?」

 

「?聞いたけれど…」

 

「じゃあよく考えてみるんだな。コイツが家族が死ぬ様子について語ったことと、()()()()()()()()()事実を踏まえてな」

 

「…?」

 

 首を傾げた少女から視線を外し、ケニーは帽子を深くかぶり直す。

 そして背を向け歩き出そうとした時、「あっ」とわざとらしい声を上げた。

 

 

「ヒストリア、何か勘違いしているらしいそのガキに言っといてくれ。───何で姉貴は生きてるのに、死んでると思い込んでるのか、ってな」

 

 

 エレンとヒストリアの「えっ?」という声がハモる。ロッドもまた二人と同じ解釈だったのか、瞳を丸くする。

 

 ニヒルな笑みを作った男は、ロッドの両手を後ろに拘束させ、そのまま去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 これにて一件落着に思えた──が、しかし。

 

 

 ケニーのいない間に、対人制圧部隊が味方(こちら)側ではないか──と、疑っていたハンジやリヴァイたち。

 

 トロスト区で一戦を交えてから、疑問はあった。それこそ「対人」戦に特化した部隊。そして王政の命により、人を殺してきた暗部でもある。

 

 だが死者が出なかったのは、明らかにおかしかった。この違和感にいの一番に気づいたのはリヴァイ。かつて『切り裂きケニー』と謳われた男にしては、生ぬるいやり方であると。

 

 リヴァイと戦った時は、お互い本気だったが。

 

 

 またディモ・リーブスの件に関してもだ。

 

 殺すなら、わざわざ遺体を回収する必要はなかったはずだ。のちにリーブスの殺害を、調査兵団の仕業であることに仕立て上げたことを踏まえても、遺体があった方が民衆に悪感情を抱かせることができた。

 

 この殺害の犯人は中央憲兵であることに違いない。

 

 だが本当にディモ・リーブスが殺されたかどうかは怪しい。

 

 彼が殺害された夜、その息子が現場近くの路地裏でムスコをさらし、立ちションしていたことは判明している。調査兵団の窮地を救おうと、ハンジやミケたちが動いていた中、彼らは「中央に殺される」と怯えていたリーブスの息子と接触することができたのだ。

 

 息子はその際殴るような音と、「ビチャッ」という音を聞いた。必死に声を抑え、出しっぱなしのムスコを震わせて。

 

 ついで聞こえたのは現場にあったリーブスが使っていたものとは違う、荷馬車の音。内容はわからないものに男女の声が聞こえ、ドサッ、という音が聞こえた。遺体を載せた音であると、リーブスの息子は判断した。

 

 その後犯人と思われる二人も荷馬車に乗り込む気配がし、姿を消したのである。

 

 

 トロスト区での戦いを踏まえ、ディモ・リーブスを殺した───否、さらったのが対人制圧部隊である可能性を見出したのは、アルミン・アルレルト。

 

 それと同時に、もしかしたら彼らが味方であるかもしれない、と考えた。

 

 調査兵団とは異なり、憲兵団の内側は指揮系統が分かれる。ケニーという男の人間性を知るリヴァイは、王政に()()()()()()ができたのなら裏切る可能性もある、と言及した。

 

 

 それからエルヴィンのクーデターが成功し、エレンとヒストリアの救出に向かったリヴァイとハンジたち。対しミケ班はエルヴィンと合流するため、別れた。

 

 向かうはレイス領。そしてかつてその地の教会で起きた、レイス家の人間が強盗によって殺害された場所。

 

 この事件が五年前、それもウォール・マリアが破壊された日に起こったとなっては、むしろ怪しまない方がおかしい。

 

 

 そしてその場に着き、対人制圧部隊と戦闘になった調査兵団一行。

 

 相手の出方をうかがいながら一度戦った後、態勢を立て直した彼ら。出方を考えるハンジに手を挙げたのは恥しょ……智将アルレルト。内容は、敵の前で武装を外し対話を求める───という、驚きの方法だった。

 

 話に出るのはアルミン本人。彼はミカサの反対を押し切り、こう告げる。

 

 

「人には本当に、たたかう術しかないのかな?」

 

 

 アルミンは平和的な解決を望んだ。仮に話し合いの最中敵が銃を使ったのなら、その時は戦うしかない。

 

 だがエレンやヒストリアを救う上で血を見る可能性が少なくなるのなら、それに越したことはない、と。

 

 そしてアルミンは、洞窟を遮るように張られた大アミの前で対人制圧部隊の副リーダー、トラウテ・カーフェンと話し合いを行った。少年の覚悟と意志を尊重した彼女は、仲間に銃を下ろさせた。

 

 結果、彼ら(正確には隊長の意思に従っている)が、調査兵団側であることが判明する。

 

 だが事が終わるまでは、待ってほしい──とトラウテは語った。曰く今は隊長である男の、「お楽しみタイム」なのだと。

 

 

「あの人は気分を損ねると面倒なので、少し待っていてください。エレン・イェーガーと、ヒストリア・レイスを傷つけるつもりは最初からありませんから」

 

「お楽しみタイム…?」

 

 怪訝な表情を浮かべたアルミンの後方で、相手の様子を見ていたハンジとリヴァイたちが合流する。

 トラウテがため息を吐きながら、語った内容。

 

 

「───()に相応しいかどうか、見物するそうですよ」

 

 

 

 その後ロッドを拘束したケニーが合流し、ミカサと彼女の後を追ったアルミン、そして104期生のメンバー以外が、外へ出ることになる。

 

 セコム・アッカーマンはケニーから「二人は後で…」まで聞いたところで、重機機関車ばりの勢いで駆けていった。一瞬全員沈黙したが、何事もなかったように歩き出した。

 

 地下に続く扉から出た面々は教会に出る。そして外に出た際ケニーからハンジへと、ロッド・レイスの身柄は移された。

 

「あなたが真の王か…」

 

 そう呟いた彼女に腕を引かれるロッド。彼はリヴァイに噛みつかれそうになっている、かつての忠犬へと目を向けた。

 

 

 

「君は私を甘く見すぎだ、ケニー。お前が前に話を聞いていた時から、予定通りにいかない可能性は考えていた」

 

 

 

 そう言った瞬間ロッドは片手を懐に入れ、むき出しの注射器を手にする。咄嗟にハンジが注射器を持ったその手をはたき落とした。しかしその勢いでロッドは倒れ、地面に転がる。

 

 ちょうど彼の顔の位置は、割れた注射器の場所。

 

「あっ」

 

 ハンジの掠れた声が漏れた刹那、ロッドの肢体が光った。

 巨人の脊髄液を舐めとった男の身体は、瞬く間に巨大化していく。

 

 全員は急いでその場を離脱し、距離を取る。通常の巨人の大きさを遥かに超すロッドの巨人体は、その重みにより地下に広がる空間を壊し、沈む。

 

 圧倒的熱量によって周囲の木々を燃やすその光景は、まるで地獄の業火のようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遺伝ってのはそんなにアテにならない

前回誤字報告過去一にヤバかったです。いつもありがとうございます。
なかなか進み具合が遅くて自分でももだもだしてます…_(┐「ε:)_


 レイス領にて巨人化したロッド・レイス。その大きさは「超大型」を優に超える100メートル以上。あまりの巨体さから本体は自重に耐えきれず、うつ伏せの体勢で身体や顔を地面に擦りつけ移動した。

 

 奇行種の分類に入るこの巨人は南に移動し、オルブド区を襲った。最終的にロッド・レイスは調査兵団の活躍により、討伐された。

 

 使用されたのは無数の樽に入った爆薬。それらをアミで一纏めにしたものを、エレン・イェーガーがロッドの口にぶち込んだ。

 

 結果、ロッドのうなじに当たる部位が周囲に飛び散り、それを斬ることで討伐を可能にしたのである。

 

 ロッド・レイスにトドメを刺したのは、ヒストリア・レイス。彼女はクーデター後、エルヴィンから自身を女王に即位させたい旨を聞いた。元々壁内は王政国家、その体制が突如変わっては、民の間に混乱が生じる。

 

 ゆえに真の王家であるヒストリアに白羽の矢が立った。

 

 

 彼女はその話を呑んだ。その上で、ロッドを討伐する作戦に参加することを求めた。

 

 手柄を彼女のものとし、民衆の求心力を得るためである───と。

 エルヴィンはヒストリアの提案を認め、本当に彼女は自身の手で親との決別を果たす。

 

 それからしばらくして、壁の世界に新たな女王が誕生することになった。

 

 オルブド区を救った英雄。小柄な身体ながら、人々のために命をかけた女王。真の王家である父の暴走を止めた彼女は、戴冠式の場で多くの民衆から温かい拍手をもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 時は少し遡り、ロッド・レイスが討伐されたその夜。

 

 朝の混乱もようやく少しは収まってきた中、オルブド区のとある地下の一室に、ゴーグルが特徴的な女の姿と、いかにも仕事のできるキャリアウーマンといった容姿の女が向かっていた。

 

 ゴーグルの女性の後ろには、パッと見、モブ顔の男の姿もある。実際名前にも「モブ」がつく。

 

「へぇー、憲兵団が()()で使う部屋ねぇ…こういった場所がこのオルブド区以外にも、複数あると思うと頭が痛いよ」

 

「ハンジ分隊長、揉め事は起こさないようにしてくださいね」

 

「モブリット、君は私のことをなんだと思ってるんだい?」

 

「いえ、あなたがミケ分隊長の代わりに来ると言ったんです。覚悟を決めておいてもらわないと困ります」

 

「あぁもちろん、決めてるとも」

 

 そう言うハンジのゴーグルの奥は、なぜか窺い知れない。まるで週刊誌のお色気シーンを読んだ時、青少年の欲望のジャマをする謎の光やケムリのように、彼女の瞳の奥は隠されていた。

 

「こちらです」

 

 トラウテがカギを使い鉄の門を開ける。すると室内に響く、「ギギギ」という地面と鉄がこすれ合う不協和音。

 

「…ッ」

 

 入って香ったのはまず血の匂い。ハンジは顔をしかめ、中へ一歩入る。石で囲まれた四角い部屋は壁上につけられたランプの淡い光で照らされており、室内の中央には丸テーブルとイスが二つ。右側には棚があり、その上に尋問をに使うらしい器具が複数置いてあった。

 

 

 ──否、これは“尋問部屋”ではない、“拷問部屋”だ。

 

 左にはベットが一つあり、その上でシャツに深緑のロングスカートを身にまとった女が横たわっていた。

 

 両手、左足首には拘束具がつけられ、そこから伸びた鎖はベッドの三隅に繋がっている。

 

 女の両手は包帯が巻かれ、尋問した際殴られたであろう痕が複数あった。ハンジが気にかかったのは、髪の部分だ。肩につかない程度の長さに変わっている。

 

「彼女の拷……尋問をされた方は誰なんですか?」

 

「尋問を担当したのはアッカーマン隊長です。ロッド・レイスからの指示を受けて」

 

「ハハ…リヴァイが噛みついてたあの男か」

 

 ハンジはニック司祭の殺害事件を調べる上で、中央憲兵の人間を拷問した。リヴァイ曰く、情報を吐かない人間は、爪を全部剥がされても語らない。逆に吐く人間は一枚でも吐く。

 

 また拷問方法でも肉体以外に、精神的に揺さぶりをかける方法もある。きっと王政の一件がなければ、ハンジが知ることもなかった世界だ。

 

 

「アウラ・イェーガーの身柄は私たち調査兵団が預かりますが、よろしいのですね?」

 

「かまいません。今は中央政府が崩れ、憲兵団も中央第一憲兵団が身柄を拘束されている状況ですから。今のところはそちらで問題ないかと。捕まえる時は改めて手続きを行ってからになるでしょうし」

 

 トラウテが属する「対人制圧部隊」も、調査兵団側に回ったからこそ捕まってはいない。

 

 しかし新王女が即位し体制が大きく変化する中で、どうなるかわからない部分が多い。今どの兵団も手探りの状態だ。

 

「ひとまず殺されてなくてよかったよ、アウラ」

 

 

 ───いっぱい聞きたいことや、話したいことがあるんだ。

 

 と、続いたハンジの言葉。その七割は巨人についてだ。

 

 途端に丸くなっていたアウラの身体が震えた。眉間にシワを寄せ「うぅ…」と唸った彼女の夢には、お花畑で走り回るソニーとビーンと、ゴーグルをつけた変態の姿があったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私はアウラ・イェーガー、美女です。

 

 レイス卿が巨人化してオルブド区を襲ったという、とんでもない事実を聞かされたその日の午後。

 

 私の身柄は憲兵団から調査兵団へと戻された。元々王政の命令で中央憲兵が動き、私の身柄が拘束されていた。きちんとした段取りを踏んでから身柄のやりとりが行われるそうです。

 

 

 ちなみに現在地は調査兵団本部。部屋の外には監視の人間が一名おり、手洗いなど出歩く際は声をかけて出る。

 

 窓はなぜか開かないように釘で固定されていました。まさか私がここから飛び降りるかもしれないなどという、愉快痛快な考えを持っていたんですかね?(前科アリ)

 

 当然のごとく武器類はなく、松葉づえが手離せない。立体機動は訓練次第で行える可能性もありますが、今のアウラちゃんは完全な戦力外。そも厄介ごとは山のように残っている。

 

 

「アウラ副分隊長」

 

 その時ノックが聞こえた。どうやら私にお客のようです。昨日はハンジ・ゾエが私の運搬を担当したそうですが、まさか彼女じゃないよな?帰ってくれ。

 

「兵士長がお見えです」

 

 帰ってくれ。…念じましたが無理でした。

 

 いつも隈どころか顔に影があるリヴァイ兵士長は、部屋に入ると隅にあったイスに腰かける。そして外の兵士に紅茶を持って来るよう頼んだ後、こちらを見た。

 

 

「テメェ、ケニーと組んでいやがったな」

 

 

 最初から爆弾発言だった。組んでるって何をですか?たしかにエレンが死なぬようケニーを懐柔しようとはしましたが。

 

「昨日色々と気になっていたことを、ヤツに問い詰めた」

 

 兵長たちがトロスト区で対人制圧部隊と交戦した際、死者が出なかったことにまず大きな違和感を感じたと言います。

 

 また殺されたとされていたディモ・リーブスが、対人制圧部隊によってその死を隠ぺいされていたことも明らかとなった。

 

 殺害(嘘)に関しては現場でリーブスを気絶させ、あらかじめ動物の血を入れておいた革袋を刺し、あたかもリーブスが殺され、その遺体が遺棄されたようにみせかけた。

 

 

「あの部隊はケニーの私兵だ。アイツの意志によって動く。つまりは俺たちを殺さねェよう仕向けたのも、ディモ・リーブスを死んだように見せかけたのも、ケニーの意向ってことになる」

 

「随分やさしい人間なんですね。私を尋問した時は怖かったというのに」

 

「バカ言え、あの野郎が進んで人の命を救うわけがねぇ。殺すならまだしも」

 

 ケニー・アッカーマンという男は、かつて「切り裂きケニー」という名で知られていたらしい。都市伝説レベルの話だ。

 かく言う私も兵長が出すまで、頭の片隅に埋もれていた知識。

 

 おそらくケニーおじちゃんから聞いた、“アッカーマン家の迫害の歴史”に多かれ少なかれ関わっているのだろう。

 

「アイツは自分の野望、王の力を奪うことが叶わないと知ったことで、ロッド・レイスを裏切ることを決めたと言っていた」

 

「狂犬ですね」

 

 そう私が呟いた時、再びノックの音がして、兵長の頼んだ紅茶が届く。兵士は律儀に私の分まで持ってきてくれたので受け取った。

 

 リヴァイはいつもの取手を摘まない、行儀のなっていない飲み方をする。

 

 

「ヒストリア・レイスが次期王になることは聞いたな」

 

「えぇ、英雄の女王様ですよね、民衆を救った」

 

「ケニー・アッカーマンは洞窟内でヒストリアにまるでその器を問うような、()()()()をした」

 

「それが、何ですか?」

 

「お前が唆したのかと、聞いている」

 

「私が?」

 

 冗談はやめてくださいよ兵士長。ご覧のとおりアウラちゃんは満身創痍の状態。そもそも尋問をした相手の言うことを、なぜ聞く必要があるのですか。

 

「ケニーは面白いものが見られるなら食いつく。トロスト区で奴と戦った時も、俺だけ本気で(タマ)を取りに来ていたからな」

 

「仮に私がうまくケニー・アッカーマンに取り入ったとして、利点はないでしょう」

 

「何言ってやがる、理由ならあるだろうが」

 

 

 ────弟、エレン・イェーガーを救うため。

 

 私が動いた理由。リヴァイ兵長は紅茶を飲みながら、瞳だけはこちらを見ていた。

 

 

 

「奴はテメェとの関係性を最後までしらばっくれていた」

 

 同時にケニーは「俺は()()なもんでね。知りたきゃテメェで考えろ」とも言っていたらしい。

 だから兵長は自分で考え、そして私の前にいる。

 

 今回エレン・イェーガーを救うことが、私の第一目標だった。

 

 

 彼を失うわけにはいかない。客観視して、この壁の世界を見たときに感じるもの。お父さまから「進撃」を託された少年。なぜその名が「進撃」なのかはわからないが、お父さまと同じように、エレンくんは()()()()()()()進み続けている。

 

 その先にあるものの正体はわからない。しかしエレンを導く存在はわかる。ユミル・フリッツだ。

 

 彼女がお父さまにレイス卿だけ逃がさせた意味が、今なら理解できる。今回の一件を引き起こすため、ロッド・レイスは生かされたのだろう。

 

 その中心にいたのはヒストリアと───エレン。

 

 ユミルにはエレンが必要なのだ。だから殺すわけにはいかない。

 無論私個人としても、かわゆい(難聴)弟を死なせるわけにはいかないんですね。

 

 

 またエルヴィン・スミスが、都合よく王政まで打倒してくれた。これから事はウォール・マリア奪還に向け、大きく動いていくだろう。

 

 幸いエレンくんは、次の作戦に必要な硬質化能力を手にしている。ロッド・レイスの巨人体がその重さによって地面に陥没し、地下洞窟を壊した時、エレンくんはヒストリアが父親のカバンの中から発見した『ヨロイ』の小瓶を摂取した。

 

 そして硬質化を身につけ洞窟の崩落を防ぐことにより、ヒストリアやミカサたちを救ったのである。

 

 レイス家はやはり、さまざまな物を隠し持っていたのでしょう。ロッド・レイスが異常なまでに大きくなったのも、何か理由があったのかもしれない。

 

 “王家の血筋”だから、で済ませるのは難しい。なにせお母さまは巨人化しましたが、普通の巨人でしたから。

 

 それらを調べるのはハンジ・ゾエの役目。当分彼女とは距離を置きましょう。絡まれて、睡眠不足で死にたくはないので。

 

「…ちょっと疲れたので、もう退室していただいていいですか?」

 

「何様のつもりだ、お前は一応捕まっている身だからな」

 

「兵長だってわかっているでしょう」

 

「ア?」

 

 ケニーとの関わりは別にバレてもいいです。そもそもロッド・レイスに自分の素性を話してしまった時から、隠し通せる問題ではなくなった。壁内の人類は“内側”ではなく、すでに“外側”に目を向け始めている。

 

 外から来た私の存在というのも、そう時間はかからず明るみに出る。グリシャ・イェーガーが始祖の力を奪ったことがわかれば、ズルズルと私も疑われるわけですし。

 

「地下室」で発狂した過去や、単騎で巨人シティになりかけていたウォール・マリア内を移動した負傷兵()。ついでに敵に協力した件。

 

 そんな女は王家の力を奪った男の娘で、巨人化できる無知な弟の姉。実に怪しい(ガリレ◯感)

 

 

 私がみなが知らぬ情報を、ずっと黙っていたのは事実。それこそロッド・レイスが語った以上のことを、有している。

 

 レイス卿は恐らく私が外の人間であることは語らなかったでしょう。でなければ昨日ゆっくり眠れるわけがない。朝から晩まで事情聴取待ったなしである。

 

 

 私はこれ以上話す気はない。私が話してユミルちゃんのジャマになるのは嫌です。

 

 それ以上に吐いた情報が利用されて、ジークお兄さまに厄介ごとを持ち込んだら嫌ですから。

 

 本当は“尋問した”という体を作ったとき、情報を吐けないよう舌を噛み切ろうとしたんですけどね。ケニーおじちゃんに止められました。王家の件を持ち出されたらそりゃあ、「失礼、噛みまみた」ができなくなる。というか墓場まで持ってくんじゃなかったのかよ。

 

 ちなみに尋問してもらったのは、ケニーと私の関係を薄めるためですね。

 

 べ、別にエレンきゅんが曇る姿が見たくて、強引に頼んだわけじゃないんだからねっ!(ニタァ…)

 

 

「ヒストリアが聞いていた、ロッドとお前が二人で話していた件についても気にかかるが……まぁ今はいい」

 

「そうですか。時にリヴァイ兵長」

 

「何だ」

 

「実はケニー・アッカーマンに押し倒されて、乱暴されました」

 

「アイツがこのゲテモノを食っただと…?」

 

「おい、誰がゲテモノだ」

 

 珍味種(ゲテモノ)はむしろハンジ・ゾエの方では?

 うっかり「このドチビ」とも言いそうになりましたが堪えました。まだ自分の命は惜しいです。

 

「冗談です。あの男はシャツを捲って、私のお腹を見て嘲笑っていただけです」

 

「その紙みてぇな腹筋か」

 

「………同じことを言うんですね、あなたたち」

 

 リヴァイがあからさまに不機嫌になった。さすが育ての親と言うべきか。驚くほど似ている。身長はともかく。

 

 

「奴は俺の母親の兄……らしい」

 

 

 兵士長は空になったカップをテーブルに置き、こちらに視線を向けることはない。

 つまりソレって────。

 

 

「兄妹、愛……!!?」

 

「どこからその考えに至った」

 

 何だ、違うのか。兄と妹の禁断の愛の中で生まれたのが、兵長というわけではなかった。……………ん?

 

「つまりあなたも、アッカーマン?」

 

「らしい」

 

「身ちょ」

 

 最後まで言い切ることはできませんでした。兵長から感じた圧が本気で、エモノを狩るオーラ。ケニーおじちゃんに調教された私の身体が震えた。

 

 リヴァイは現在武装しておらず普段着ですが、一瞬でも腰に手が動いた様子が見えましたからね。ブレードがあったら、いったいどうするつもりだったのでしょうか。

 

 

「……まぁいい。後でエルヴィンが来るだろうからな」

 

 

 そう言い残し、兵長はカップを持ち去って行った。

 

 最後に今日一番の地雷が残されていった、アウラちゃんの明日は果たしてあるのか。

 

 どうせ何も話す気はありませんがね。それこそ陵辱でも拷問を受けても。さすがに命が奪われることはないでしょう。憲兵団ならともかく、調査兵団だ。

 

 しかしそれでもクーデターを画策し、成功してしまった男への警戒心は、捨てることはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クッパ戦

女の子が無惨に散っていく系が好きな人にオススメ「残機✖︎99」
女の子の絡みが好きな人にもオヌヌメ。
ただしグロい。


 朝から雨だった。空が見えない。私の瞳と同じ曇天の世界。

 

 ぼんやりとした頭のまま、テーブルにあった食事に手をつける気力もなく、再びベッドに身体を戻した。

 

 今はロッド・レイスの件から二週間経っている。いまだ我が身は調査兵団本部で軟禁状態。リヴァイが語っていたエルヴィンは誰よりも忙しい状況で、まだ訪れていない。

 

 ヒストリア・レイスの戴冠式はもう終わったそうだ。その日は窓から見える街の景色が華やかに彩られていた。たなびく旗に楽しそうな人々の声。対し廊下の方は、朝から日が暮れるまでバタバタと大忙しだった。大きなイベントがあると、仕事も増える。

 

 エレン・イェーガーに会いたい。血の温もりを感じたい。「私」の一部を感じたい。本当はジークお兄さまがいい。しかしお兄さまはいない。

 

 

 歌詞も何もないとって付けた鼻歌を奏でながら、瞳を閉じる。棺に入る人間の体勢で、瞼のウラの暗闇を享受した。

 

 

 

 ふと思い出したのは、少し前のこと。

 

 地下にある冷たく、カビ臭い四角い部屋での一件。舌を噛み切ろうとして、ケニー・アッカーマンに止められた時。

 

 私としては悪い話じゃなかった。舌を切れば発声せずに済み、情報を吐けなくなる。話せなくなるのは多少不便だが、ユミルちゃんと同じになれるのだと思うと嬉しい。

 

 今おこなっても構わない。しかし後で「噛みまみた」したことがケニーにバレたら、王家である情報がバラされるので、行動に起こせない。

 

 

 あの男は私をウーリ・レイスと重ねていた。実際髪を切ったら本当によく似ていたらしい。

 

 ケニー曰く、アッカーマン家はかつて王家の武家だったそうだ。祖父から聞いた情報なのだという。

 

 しかし彼らの一族と東洋の一族は王の思想に逆らった。結果迫害が生まれ、二つの一族はその数を大きく減らし今に至る。ただしアッカーマン家はケニーがウーリとズッ友になったことで、迫害が終わった。

 

 何かしら彼の血筋には秘密があるのかもしれない。リヴァイやケニーに、ミカサ。言い換えると旅団一個分をほこる「人類最強」の男に、エリート中のエリートの中央憲兵の死体を積み上げた殺人鬼、そして恋する乙女──そのパワーは並の兵士百人分♡──なエレンの将来の嫁。

 

 戦力がおかしい。人間を作るとき、神が配合成分を間違えたとしか思えない。

 

 

 また不思議と共通しているのは、一人の人間に固執しているところだ。

 

 ミカサはエレン・イェーガー、リヴァイはエルヴィン・スミス、ケニーはウーリ・レイス。

 

 この構図を作ると、どうもアッカーマン家と固執の対象の人間を、犬と飼い主───というような構図で見てしまう。

 

 詳しく言えば、“尽くす人間”が必要、とでもいうのか。

 

 それは恋であったり、忠義であったり、友愛(あるいは信仰心)であったり。

 

 現にケニー・アッカーマンはウーリ・レイスが死んだのち、友人と同じ景色を見ようと、「始祖」の力を奪おうと考えていた。その思考の根底はウーリの存在があり、そこに縛られていた。

 しかしその計画も、頓挫する。

 

 

 

 そのため彼は私にウーリ・レイスを見出そうとしたのだろう。同じ王家であり、容姿も似ている。後でウーリの肖像画があったら見せてもらいたいところだ。

 

 ただ私を投影材料にしてもらっては困る。是が非でも私はお兄さまに再び会う。抱きしめてもらって声を聞いて殺されて──と、自分の中で相反する考えが湯水の如く出てきますが、とにかく会う。できればウコチャヌㇷ゚コㇿしたい。

 

 だからこそケニーから、調査兵団側がヒストリアを新しい女王として即位させようと画策している情報を聞いた時、思いついた。

 

 要は彼に気にいる人間を見出させればいい。ヒストリアはウーリの姪に当たるわけですから、問題ないと判断した。

 

 

『気に入らなければ、殺しても構いませんよ』

 

 

 と、随分と人間性を疑われる発言をしたアウラちゃん。元々お前の人間性は終わっているだろう、という賞賛の声が聞こえます。

 

 またケニーを自身から遠ざける以外に、いくつか目的があった。

 

 

 一つはヒストリア・レイスの精神性を育てるため。

 

 父親ロッドの言いなりなままの人間なら、助けて王にしたところで民衆はついて来ない。物事には“覚悟”が必要だ。

 

 鬼畜ロードを突っ切るエルヴィンのように、自分や他を殺してでも進む覚悟のある者でなければならない。キース・シャーディスのように途中で折れてもらっては困る。

 

 これについては私も同じ王家の血を持つ人間として、辛口コメになってしまったところはあった。

 

 最終的に彼女は王女としての覚悟を持ったのですから、一件落着と言えましょう。ケニーも一応は認めたようですし。結果としてヒストリアが即位すると同時に、「対人制圧部隊」は王直属の護衛部隊になったそうですし、収まるところに収まった。

 

 仮にヒストリアが王女になれず殺されていたなら、その時は私がケニーおじちゃんに首根っこを掴まれ、「フリッツ」の名とともに団長の前に突き出されていた。

 

 そういう約束だった。私にもリスクがなければあの男は動かなかった。…いえ、()()()()()()()。非常に厄介な男であることに、間違いはない。

 

 

 

 そして二つ目の理由は、調査兵団の求心力を高めるためですね。これはエレン奪還が成功していれば、必然と起きたことです。

 

 私のよだれが垂れるのはここから。

 

 

 求心力が高まるということは、民衆から声援を送られるだけではない。その他兵団から「調査兵団カッケェ……」ということで、編入希望者が出る可能性が高まるのです。

 

 実践慣れしていない人間が壁外調査に出れば、より多くの悲劇が生まれることに他ならない。たまりませんよね。

 

 調査兵団は常に人員不足。いったいどれほどの命知らずな方たちが編入したのか知りたいです。

 

 盛大なガバは存在するんですけどね。私が壁外調査に行けないというガバが。

 

 しかしここは調査兵団本部。いくらでも帰ってきた彼らの顔を拝むことができる。憲兵団に身柄が移動させられたら、見れないんですけど(血涙)

 

 というか、弟の面会さえまだなんですけど。どうやら一般兵士は入室する許可が出ていないらしい。部屋に来たのはリヴァイ兵長やミケ分隊長に、我が第五班の分隊長。

 

 何度かゴーグルをつけた女の人も来ましたが、全て寝たフリをしました。ケニーおじちゃんの殺気を浴びた時以上に身体が震えたのは、気のせいなはずです。彼女のせいでノックが鳴ったら、一度は寝たフリをする癖がついた。頼むから来ないでくれ。

 

 

「アウラ副分隊長」

 

 

 そんなことを考えていたからでしょうか、ノックが鳴った。

 兵士がお客さんの名前を告げるまでは発声しません。

 

 

「団長がお見えです」

 

 

 ▶︎ラスボスが きた!

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私アウラちゃん、興奮しているの。

 

 エルヴィン・スミスが来た、と心臓が止まった束の間、団長が一声かけてから入ってきた。どこぞの兵士長やハンジは中の様子を確認せず入ってくるので、紳士ポイントが高い。仮に私が着替え中だったらどうするつもりなのか。別にハンジは構いませんが。

 

 

 ──いけません、興奮している話でしたね(違う)。

 

 団長とお会いするのは、大規模壁外調査が行われて以来。本当に右上腕の途中から腕が欠けている。行き場をなくした袖が、スミスが動くたびに揺れる。

 

 失われた部位に想いを馳せ、その間起きた苦痛に途方もないエクスタシーを感じてしまった私は変態でした。身体を起こした私に団長は隣に座っていいか尋ねます。頷くとイスを引っ張ってきて座った。本当に腕がない。触りたい。

 

 ()()()()()()()()()()っていうのは、どうしてこうも滾ってしまうのでしょう。

 

 

「すまないね、突然訪ねてきて。リヴァイは冗談を言う元気があると言っていたが……かなり窶れたね」

 

 団長は手をつけていない私の食事を見た。純粋に食欲がないだけなので心配しないでください。

 

「触れていいですか?」

 

「え?」

 

「右腕」

 

「……?別に、構わないが…」

 

 しかし淑女が男性に──と、続けているのを無視して触った。

 

 本当にない。すごい。負傷兵なんて散々見てきたし、それが原因で除隊してきた人間も見てきた。ただほとんどのケースは人体が欠ける、イコール「死」である。

 

 ないのに生きている。欠けた肉体の分、“命”は残った部分の中に詰まっている。

 生命の美しさじゃありませんか。削れば削るほど、人間の命が凝縮されていく。

 

「…あまり触られても困るのだが」

 

 シャツの上から堪能していると、団長は戸惑いの声を上げた。何を、とは言いませんが、元気百倍になってしまったのでしょうか。まぁ私は美女ですからね、仕方ありません。

 

「いえ、以前泣かされた分の仕返しをしようと思いまして」

 

「………」

 

「冗談ですよ。仕返しの方は」

 

「なら何故触るんだい?」

 

「ドキドキするからですね」

 

「君の嗜好に寒気を覚えた私がいる」

 

 右腕は引っ込んでしまった。私たち欠け友じゃないですか、仲良く触り合いっこしましょうよ。

「触れますか?」と聞いたら丁重に断られた。

 

 

「本題に入らせてもらうよ」

 

 

 一連のアウラちゃんジョークの流れが遮られ、まっすぐな青い瞳が私を捉えた。あぁ、頭がシビれます。やはりキレイな瞳だ。

 

 ヒストリアやレイス卿のもよかった。しかしこれほど純度の高いものはない。悲劇を多く見てきた者の目。染みついた血の色はしかし、青い意志の色にかき消されている。なんて罪深き瞳なのだろう。

 

 近い、と言いエルヴィンは椅子ごと少し下がった。椅子の足の部分と床の擦れる音が耳につく。

 

 

 

 

 

 エルヴィン・スミスが問うたのは、私がケニー・アッカーマンと組んでいたか否か。

 

 聞けばようやくゴタゴタが収まり、私の状態も安定してきたので兵法会議が行われるとのこと。

 

 会議ではなぜ敵に協力したのか、またどこまで敵の情報を持っているかについても聞かれる。父親や外の件についても聞かれるだろう。

 

 父親の計画、およびレイス家殺害についてはロッド・レイスに教えられるまで知らなかった。“外”についても詳しくは知らない体で通す。

 

 ただ過去に発狂して入院した云々は、幼い頃母親が巨人になる姿を思い出したことにします。この場合私が訓練兵になる前から、“巨人=人間”であるとわかっていたことになる。敵の共謀罪のほかに、隠匿罪も加えられるだろう。まぁそこは父親に、「王政に目をつけられる可能性があるため他言してはならない」と言われたことにする。

 

 アウラちゃんが調査兵団に入ったのも、お父さまに教えられなかった“外”の真実を知りたかったからですね。

 

 

 

 話を戻します。

 

 仮に私がケニーに協力していたことを認めれば、陰で調査兵団の力になろうとしていたとして、温情判決が認められる可能性がある。私はアニやベルトルトの発言もあり、弟を使って脅されたことになっている。

 

 またミケ分隊長らが、大規模壁外調査で見殺しにした仲間の罪の意識に苛まれる私が、死のうとしていた様子を見ていたと。

 

 ───それただお兄さまが行っちゃうから、()きそうになっていただけなんですけどね。

 

 ミケは「獣」の巨人から私を助けた時、アウラちゃんがブレードを抜く姿も見たそうだ。……えっ?何ですかソレ、知らないんですけど。

 

 私お兄さまに刃を向けていたんですか?絶頂タイムで意識がなかったのに、身体はしっかりお兄さまを曇らせようと動いていたというの?さすがは私ですね。最高すぎるタイミングでしたのに、どうしてミケ・ザカリアスは私を助けたのだ(殺意)

 

 しかし罪は罪。どんなに善行を行おうが、人類を裏切ったことに変わりない。殺されなければいいです。次お兄さまに会うときまでに、命が残っていれば。

 

 むしろボロ雑巾のように肉体を壊してくれれば、お兄さまがとても歪んでくださるのでお願いしたい。

 

 

 して、否定した場合は間違いなくお縄だと。同時に兵法会議以降からは、私の身柄は憲兵団に移される。これは結果がどうであれ、ほぼ間違いなく確定事項だ。

 

 今は一応“副分隊長”の身分ですが、捕まればただの「アウラ・イェーガー」

 

 兵法会議がある前に、エレンくんに会いませんと。どれだけ傷ついているんですかねぇ…(ニチャア)

 

()()()()()、君に認めてほしい。…いや、物的証拠がないだけで、君は間違いなくケニー・アッカーマンと組んでいる。アウラ・イェーガーが認めれば、ケニーも認めるだろう。この選択を取れば、十分な温情も望める」

 

「認めない場合はどうされますか?」

 

「認めない場合は…私たちも、協力することが難しくなる。なるべくなら重い罪を科せられないようにしたい」

 

「なんだか、普段の団長らしくありませんね」

 

「何がだ?」

 

「いつものエルヴィン・スミスであれば「私としては」ではなく、「調査兵団としては」とおっしゃるでしょう」

 

 前にエレンの兵法会議の前、この男と話した時もそうだ。

 私が発狂したとき“地下室”にいたことをエレンから聞き、らしくもなく私に詰め寄った。

 

 ギラギラと、輝く青き瞳。色とは反対にヤケドしそうな熱量を誇っている。今もまたその色が、うっすらとのぞいていた。

 

 

「認めれば、私は必然的にケニー・アッカーマンを動かせる“材料”を、持っていることに他ならなくなる。これにロッド・レイスと話していたことを踏まえれば、あたかも私が「()()()()()」のようになってしまうじゃあないですか」

 

 

 微笑んでみせるが、エルヴィンは表情を一切崩さない。ただかすかに瞳孔が小さくなった。まるで獲物をねらうケモノだ。

 

「…君と会うしばらく前に、ハンジやリヴァイたちと会議をしていてね。イェーガー医師の件などを話し合っていた時、君の話になった」

 

 ハンジやミケ分隊長は私の擁護に賛成で、兵長は中立。ほかの分隊長の意見を踏まえると、賛成と反対は半々。中には右翼索敵で部下の兵士を失った者もいるので、当然の反応だ。むしろハンジとミケ分隊長は甘めすぎる。

 

 特にハンジ・ゾエは利用するために友好的になったわけじゃない。むしろ地球の裏側まで離れてほしい(トラウマ)

 

「不意に思い出したんだ。キース元団長が、幼少期の君を知っていたことをね」

 

 エルヴィンはそこで、幼い頃の私がキース・シャーディスと関わりがあったということはつまり、その父親、グリシャ・イェーガーとも関わりがあったのではないのか?──と思い至った。

 

 エレンと関わりのあったハンネスも、グリシャと関わりがあった。

 

 ゆえにエルヴィンの考えはほぼ確信に変わり、自身が忙しい代わりにハンジやリヴァイ、エレンたちがキースの元へ向かったそうだ。

 

 

 お父さまと私が“外”にいたことを知っている人物が、壁内にはいた。キースおじさんはグリシャと友人であったことや、壁の外にいたお父さまと美幼女ちゃんを回収し、その事実をハンネスと共に隠蔽したことなどを語ったらしい。

 

 現状の私に対しおじさんがどう思っているのか、ものすごく知りたい。

 

 

 

「グリシャ・イェーガーと君が“外”からきたのは事実であり、「鎧」や「超大型」のように壁外を巨人化して渡ってきたと考えられる」

 

 

 ライナーやベルトルト、アニが壁内の人間を滅ぼそうとしていたのに対し、グリシャは壁内の人間に少なくとも敵対はしていなかった。ただしその娘はライナー側に加担している。

 

 エルヴィン・スミスはトロスト区でのアニの発言が、()()()()()()()と感じたようだ。

 

 アニ・レオンハートは「かわいい弟のために、裏切らざるを得なかった、とか」────などと、嘲笑するようにエレンやミカサたちの前で語った。何故あの場所で言う必要があったのか、その真意を団長は測りあぐねている。

 

 少なくとも彼女の発言で、弟はブチ切れた。相手から余裕を奪い、自分の優位に動かすためだったのなら、アニの言動にも納得がいく。

 

 しかしこれが普通の人間ならまだしも、エレン・イェーガーは違う。

 “スイッチ”が入ると、周囲の人間がゾッとするほどの()()を見せる。

 

 アニはその狂気を、巨大樹の森でエレンと戦った時体験した。エレン・イェーガーは追い込めば追い込むほど、獰猛に殺しにかかってくることを。

 

 ゆえにストヘス区急襲でアニ・レオンハートは然るべくして、もっと慎重な行動を取るはずだった。否、逆に取らない方がおかしい。

 

 

「私にはまるで疑いの目を、君から逸らそうとしているようにしか見えないんだ。そもそもエレンを人質にして脅すような人間であるのなら、何故アニ・レオンハートは協力者の君を殺さなかった?

 罠の位置を教えた時点で、アウラ・イェーガーの存在は「自分たちの正体を知る邪魔者」に変わる。だが君はいまこうして生きている。

 

 右翼側索敵が、ほぼ壊滅した中で」

 

 

 そうなると前提として「エレン・イェーガーを使い脅された」という話も、本当かどうか怪しいところだ、とエルヴィン。

 

 そもそも本当に私が弟に命をかけるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()──とも続ける。

 仲間を殺した罪悪感に命を捨てるような、脆い精神であるのなら。

 

 また人類を裏切るほどの覚悟があるのなら、必然的に調査兵団を目指した理由も、エレンを守る理由に直結するべきである──と。

 

 団長はどこから仕入れてきたのか、私が訓練兵時代の通過儀礼の話も持ってきた。

 アウラ・イェーガーはその際教官に、『私が私であるため』と語っている。

 

 

「君が『アウラ・イェーガー()』であるため、それが入団理由だった。『エレンを守るため』……ではない。裏切りの重さはどうにもその「私が私であるため」にあるように、私には思えてならない」

 

 

『私が私であるため』に訓練兵団入りしたアウラ・イェーガーは、()()()()して、調査兵団に入る。

 自由を求め、()へ羽ばたき戦う者たち。

 

 エルヴィンは以上を踏まえ、私という人間が私であるために、“外”を目指そうとする人間であると考えた。

 

 

 

「例えば君の母親が本当は生きていて、“外”の世界にいるがゆえに求めているのかもしれない。一つ確実なのはアウラ、君の内側は私たちが今まで見てきた善人ではないということだ」

 

「ははぁ…女が怖いとでも、言ってくれるんですか?」

 

「いや、女性が──ではなく、君が怖い。人類のためではなく、己の目的のために他を殺すことができる」

 

 団長はウォール・マリアの件はともかく、女型の巨人との戦いで足を負傷したのは、味方を欺くためのものだろう、と見抜いてきた。

 

「折った足は無くなってたんですけどねぇ」

 

「ウォールマリア陥落の時、君は本当に単騎で移動したのか?」

 

「鎧や女型に運んでもらった可能性を考えているなら、ソレはないですよ。単騎で移動したのは本当だ」

 

「君が巨人化能力者かもしれない可能性は、捨てきれないところではあるが…」

 

「ならお好きに実験すればいい」

 

「……困ったな」

 

 少し眉を下げて、本当に困った顔をするエルヴィン。

 

 

「そう言えばキース教官が話していたらしいが、君は幼い頃あの人の恋路を応援していたそうだね」

 

「……わたしが記憶の曖昧な話をされましても」

 

「「あの生き物は天使だった…」とキース教官は語っていたらしい」

 

「それが何でしょうか。今は仲間を裏切る悪魔のような人間だと?」

 

「いや、これについては純粋に見てみたかったと思っただけだ」

 

 団長は幼女趣味だったということか。内心団長との間に深い線引きを作ったところで、「何か勘違いしていないか?」と言われる。アレですよね?「ロリコンじゃありません、フェミニストです」ということですよね。

 

 スミスは無言で額に手をつけた。疲れてるんでしょうね、連日のブラック労働で。

 

「君はキース教官を助けたこともある。他にも君に助けられた兵士は少なくない」

 

 一方でアウラ・イェーガーは、巨人を単独討伐できる技量を隠し、力をセーブしていた。

 

 肯定的にとらえれば、自分の体力面を考慮し、また仲間とのチームワークを作るための方法と考えられる。ただ私は仲間を裏切って見殺しにできる人間性を持つ。ずいぶん冷めた向こうの物言いに軽く抗議した。

 

 アウラちゃんが仲間を見殺しにした罪悪感で苦しんでいた、と教えてくれたのは、月島(エルヴィン)さんじゃないか……!

 

 

「アウラ、君は訓練兵団に入る前に、死にたがっていた」

 

 

 医療記録も残っているから、それは本当なのだろう──と。

 

 

 “外”についての最後のカードに出そうと思っていたが、今切らざるを得ないようだ。

 

 お母さまが巨人化する悪夢が本当だと知っちゃったからですにぇ〜(某テト神感)と、お話しする私。知った場所は地下室。何故いたかは「訓練兵団に入りたい」と言った私に、お父さまが真剣にお話し合いするため。

 

 壁の上から注射器を打たれ蹴落とされた母。異形へと変わる母。

 

 当然そのような事件は壁内にはない。つまり壁内(ここ)ではない、別の場所で起こった出来事だと判断できる。

 それはどこか?少女の私は考えた。きっとそれは、“外”にあると。

 

 

 

 

 

「……人間が巨人化できる事実を知っていたわけか」

 

「何故教えなかった?───とは、言わないでくださいね。王政の目があると、父に止められていたので」

 

 父親はそれ以上は何も教えなかったとする。これ以上語る気はない。

 

()()()()()な君は、何も知らないと」

 

「えぇ、エルヴィン・スミス」

 

「本当に、困るね……」

 

 普段表情を崩さない完全無欠な団長さまのお顔が歪むと、途方もなくアヘドキする。じっと見つめていたら、青い瞳が私を映した。団長はかすかに微笑む。

 お兄さまに全てを捧げていなかったら、私はもしかしたらこの人間に恋をしていたかもしれない。

 

 

 

「なかなか、()()()()だな」

 

 

 

 瞬間私は反射的に、相手の首を掴んでいた。とてもいい笑顔で魅入ってしまう。私年上で、金髪で、青目の人に弱いんですよ。

 

 いつも部屋の前にいる兵士の気配はない。この男が入る前に席を外させた。話す内容が、内容だからだろう。

 

 

「イヤだな、アウラちゃんは清純な性格なんですよ」

 

「清、純…か?と、いうか一人称が痛いぞ…」

 

「いつからご存じで?私の本性はお父さまも気づいておりませんでしたのに。エルヴィン・スミス、あなた本当に怖い人だ」

 

「私も……っ、わかったのは最近だ」

 

 少なくとも私が敵に協力しなければ、本性には気づかなかったという。善人ヅラが嘘なことには気づいていたようですが。

 

 彼はピースが揃ってようやく「私」という人間像の違和感に気づき、思考し直した。まるでパズルのように。埋めていってようやく、何が描かれているのかわかる。

 

 このピースの中には、私が嬉々として向かおうとした、トロスト区戦での遺体の確認作業も含まれていた。たしかに善行のツラをかぶっている人間が何故そこに行こうとしたのか、疑問しかないよな。

 

 団長の首を掴んでいた手を放し、咳き込む相手の顔を食い入るように見つめる。片腕であれ私とこの人間の体格差なら、向こうに軍配が上がるだろうに。抵抗しないなんてマゾなんだろうか。

 

 

「嗜虐趣味というべきか……難儀な性格だな」

 

「あはぁ…♡嗜虐趣味で済むなら、いいですね。私は被虐趣味でもあるので」

 

「………そうか」

 

「まぁそう簡単に、「私」をわかった気にならないでくださいね」

 

 私の人間性の深いところまでは、わかるまい。というより理解できまい。

 私は趣味の範疇ではなく、「悲劇」がなければ生きていけない。生きていることを、実感できない。人として重要な部分が()()している。

 そもそも、だ。

 

 

「私でさえ「アウラ()」を、よく理解できていないのだから」

 

 

 団長は少し目を見開き、「なるほどな」と小さく呟く。

 

 私でさえ理解しきれていない自分を、他人が正確に理解することはできない。例えるなら私は白紙。思うがままに羽ペンで、自分が求める人物像を描くことができる。それが役者上手の所以に違いない。

 

 

 私が絶対に“外”について話す気はないことを察すると、団長は席を立った。帰り際の彼に、私は告げなくてはならない。

 

 

 

 ────あなたは“()()”を知ったら、進めなくなる。

 

 

 

 それ即ち調査兵団のみならず、壁内人類にとっての大きな痛手。

 エルヴィン・スミスは進まなくてはならない。殺した兵士の分の罪を背負って、彼自身が死ぬまで。

 

 それは私が「生」を実感する云々の前の話で、彼が生きる上で逃げてはならない運命なのだ。グリシャ・イェーガーのように、自分が始めた物語は、自分で終わらせる。

 

 それがこの、残酷なこの世界での生き方だ。

 

 




【書いてないけどある展開】(箇条書き)

ケニーがヒストリアにかつて彼女の母親を殺したことを明かす。
儀式の間でケニーと会った時は思い出していなかったけど、後々にそのことを思い出していたヒストリア。

「これで、許します」

ケニーの腹に一発殴る(1ダメージ)

同時にヒストリアの方から、「対人制圧部隊」を王直属の護衛部隊にすることを提案する。
女王の正気を疑ってるおじちゃん。

「おいおい、正気か姫サン?」

ヒストリアは大真面目に頷く。気に入らなければいつでも首を狙えばいいーーと。ただし身体はかすかに震えている。

それを見たケニーが、巨人体のロッドの討伐にヒストリア自ら志願し成し遂げてしまったことを踏まえ、彼女を再度“王女”として認める流れ。


多分部下の間ではロリコン疑惑が広まっている。
ケニー・アッカーマンはおよそ50代以上であると思われる(リヴァイを二十年くらい前に拾ったと仮定)ので、ヘタしたら女王様は孫の年齢。

部下「(ざわ……ざわ……)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここから入れる保険ってありますか?

このお話しを書いた後で、前に書いた部分でちょっとしたミスを見つけたので直しました。本文にはほぼ支障ないのであまり気にしないでください。
次回が終わったら新章行きます。


 某日、ヒストリア・レイスの戴冠式からしばらく経ち、兵法会議が執り行われた。最高責任者は拷問大好きおぢさん、ダリス・ザックレー総統。会議の参加者は通常の兵士をのぞく、それぞれの兵団の上役たち。今回話の中心となるのがシークレットな内容であるため、市民の傍聴人は不在となった。

 

 ちなみにエレンはステイさせられており、傍聴席にはいない。

 

 

 議題の中心の内容は、『アウラ・イェーガーがなぜ敵に関与したのか』。

 また、『敵の情報をどこまで持っているのか』について。

 

 彼女の処遇うんぬんはオマケの話で、メインは少しでも敵勢力の情報収集である。実質彼女の弁護側の立ち回りをおこなう調査兵団も、“情報を聞き出す”という括りでは、味方でないようなものだ。つまり四面楚歌という現状。

 

 もちろんハンジなどのように、純粋にアウラの身の心配をしている人間もいる。

 

 元王政府が彼女を捕まえた際、アウラは尋問を受けても情報を吐かなかった。曰く、己は敵については何も知らないと。

 

 通常なら会議の後に尋問(暴力行使)の順だが逆だ。痛みがきかぬのなら話し合いに持ち込むしかない。“兵法会議”なぞとわざわざ形式ばった場を用意したのも、彼女にプレッシャーをかけるため。人の目に晒されれば、粗も出るとの考えだ。

 

 

 イスに腰かけたアウラは、敵への関与について認めた。理由は「協力しなければエレン・イェーガーの命はない」と脅されたため。結果彼女は大規模壁外調査の際、右翼索敵側で「女型」およびアニ・レオンハートと接触。巨大樹の森に罠が仕掛けられていることを話した。

 

 彼女を脅したのはベルトルト・フーバー。彼は次の大規模壁外調査でアニがねらわれている可能性にたどり着き、アウラに協力を求めた。ここで彼は彼女から「捕獲作戦」について聞き出し、罠の場所を団長から聞き出しアニに伝えるよう頼んだ。

 

 彼女を協力者に選んだのは、目標のエレンの姉であり利用するには最適だったことや、副分隊長としての地位。また、ベルトルトと同班であったことが選ばれた理由ではないか?───と、兵団側は推測を立てる。

 

 さらに女型が出現した「右」の位置から、あらかじめエレンの位置(ニセ)を、ベルトルトとライナーがアニにリークしていたことがわかる。これにアウラが右翼索敵であったことを踏まえ、利用するにはむしろ最適すぎた。

 

 しかし気がかりなのは、ベルトルトがアウラ・イェーガーに協力を求めた理由だ。女型が捕まる可能性に気づいたのなら、自分で作戦前に教えればいい。

 

 また「女型」の脅威を知る調査兵団や憲兵団側からしてみれば、たとえベルトルトが助力せずとも、アニがエレンを奪えた可能性は十分ある。

 

 これに対し前者は、伝える時間がなかったから。

 後者については、ベルトルト・フーバーがアニ・レオンハートに「惚れてまうやろ」していたことを、アウラが語った。ついで彼女は、妖しく微笑む。

 

 

「私も()()()()()のためなら他を殺せる。それは、自分であっても。だから利用された身の上であれど、ベルトルト・フーバーの気持ちも共感できる」

 

 

 大規模壁外調査や、ストヘス区の一件で仲間を亡くした兵士からすれば、アウラの発言は火に油を注ぐような内容だ。

 

 しかして彼女の白銅色の瞳は()()だった。まるでその色は人間の死体が浮かべる濁った瞳のようでもあり、背筋をゾゾゾと、震わす気味の悪さが存在する。彼女は愛する家族のためなら───即ちエレン・イェーガーのためなら、人の命を奪うことができてしまう。

 

 そして実際、アウラは仲間を見殺しにした。さらに彼女自身も命を捨てられるのも本当のことだろう。

 

 

 イジョウシャ(、、、、、、)だ。

 

 アウラ・イェーガーの善人の皮を知っている者は彼女の本質を知り、言葉を発することもできぬ。部屋の温度が何度か下がったような気さえする。彼女を罵倒する声もなく、場はシンと、静まり返った。

 

 

 

 その場の空気を壊すように一つ、ザックレーが咳をこぼすと、会議はまた動き出す。

 

 新たに生まれた疑問はアウラが生き残った点だ。元々彼女が生き残ったのは、落馬し足を折ったアウラを、女型が「殺さずとも死ぬ」と判断したからだ。

 

 だがこれについて、エルヴィンがストヘス区戦におけるアニ・レオンハートの違和感を述べる。

 

 

 それはアニの言動が、狂言じみていた点である。

 その説明を行いつつ、エルヴィンは女型が意図的にアウラを逃した可能性があることを語った。

 

 ベルトルト(仲間)が利用した女を同情したのではないか?──など、複数の意見が出る。

 

 だが果たして兵士たちを殺した人物が、一人の女に同情などするだろうか。するならば相応な理由があるのではなかろうか?

 

 

 エルヴィンはレイス家を襲い“王の力”を奪ったグリシャ・イェーガー。そして、元調査兵団団長キース・シャーディスがまだイチ兵士でしかなかった頃───約十八年前に、壁外でグリシャとその娘と出会ったことを明かした。過去の話であれどキースの隠匿罪や、グリシャが記憶を失っていたなどの内容が続くが、もっとも重要な部分。

 

 

 それは“外”に人間がいた点。まさしく壁内の人類を襲ったライナーやベルトルトたちと同じだ。

 

 外から来た彼らの相違点は、「超大型」が人類を襲ったのに対し、エレンの前継承者であるグリシャはレイス家を襲ったものの、少なくとも壁内人類に対し友好的であった点だ。

 

 一つ、幼い娘を抱えて父親が巨人のいる壁外を移動した部分に、はたして可能なのか疑問を持つ者もいた。

 

 だがウォール・マリア陥落時“叫び”を使って巨人を集めながら、仲間を抱え走ってきたと考えられる「女型」の存在もある。ゆえに可能なのだろう、と判断された。

 

 

 そもレイス家から力を奪ったのも、力を受け継ぐ王家の人間が戦わず、滅びゆく定めを受け入れていたがためだ。現在エレンが持つ力は謎が多い。壁内の秘密に関してもだ。

 

 だがその鍵となるのが、グリシャ・イェーガーが人類の秘密を残したとされる“地下室”の存在。

 

 

「アニ・レオンハートはアウラ・イェーガーが同じ“外”の人間……敵の表現を借りるなら「故郷」が同じ者であると知ったからこそ、強いシンパシーを感じ、そこからアウラ・イェーガーを助けるに値する感情が生まれたのではないでしょうか。無論、彼女の「エレンを引け目に出し脅された」という内容が真っ赤なウソで、今も敵と繋がっている可能性は十分にあります」

 

 

 単純に敵とは断定しないエルヴィンの物言いに、小言を漏らしたのはナイル・ドーク。

 調査兵団団長の意中の相手を嫁にしても、スミスの計画には踊らされっぱなしの男である。

 

 エレンを使い脅されたとはいえ、兵団を裏切ったのは事実。以前の中央政府であれば情報が得られれば即処刑ものであり、現体制に変わっても隠匿罪や共謀罪など、重罪であることに違いはない。

 

 エルヴィンはナイルを一瞬視界に入れ、ザックレーからその根拠を話すよう命じられた。

 

 彼は「獣」の巨人や無数の巨人と、ミケ班&104期生が遭遇した際のアウラの命を捨てる言動から、“罪”の意識に本人が苛まれていた可能性を告げる。

 

 また、過去にキース・シャーディスを命がけで助けたことや、シガンシナ区に「超大型」が現れたとき敵前逃亡の駐屯兵から立体機動装置を奪ってまで戦ったこと。

 さらにヒストリア・レイスを重傷ながら助け、巨人に食われかけたことについて語った。

 

 

 これらをすべて人類を騙す演技と考えるなら、アウラ・イェーガーは最早人間をやめている。それこそ心のない悪魔としか言いようがない。

 

 何より彼女は調査兵団として必要な“戦い抜く意志”を持っている。

 負傷の身ながら、単身でシガンシナ区で巨人に挑んだこと。そして「獣」の巨人を前にして、右足を失ってもブレードを抜いたその姿。

 

 

 アウラは人類を裏切った。だが同時に、「兵士」である。

 

 

 少なくとも彼女が()()であると、エルヴィンは言い切った。調査兵団の兵士はそれぞれ小さく頷く者や、下を向き複雑な表情を浮かべる者など、さまざまな反応をみせる。

 

 ただしシガンシナ区が襲われた際、ベルトルト・フーバーの内容が正しければ、彼女は彼とその知人(「鎧」が内門を破るため移動していたので、この“知人”はアニ・レオンハートであると推測できる)と遭遇している。

 

 この前に彼女はエレンやミカサを救うため行動し、頭を強く打っていた。この件を尋ねられたアウラ自身は、所々記憶がなく、遭遇したかどうかはハッキリと覚えていない旨を話した。彼女についてはウォール・マリアを単騎で移動したという些か信じられない内容も残っているが、これについてはウォール・ローゼ内でブッ倒れ、一時記憶喪失になっていた彼女を保護したサシャ・ブラウス含む住人たちの証言が存在する。

 

 この内容の真相はともあれ、ベルトルトたちがアウラに助けられたのならば、アニが彼女をかばうようなマネをしたことにも一つ理由ができそうであった。

 

 

 

「アウラ・イェーガーには「善」と「悪」、両方の一面が見受けられます。矛盾する両者が存在する所以は、彼女の内側───それも、過去に存在すると私は考えます」

 

 

 エルヴィンはそう続け、アウラの方を見た。彼女は曇った瞳でじぃと、エルヴィンの青い瞳を見つめている。

 

「彼女は訓練兵団に入団する前、精神病院に入院していました。死ぬ寸前まで精神を病んだ彼女は、発狂していたのです。それも、グリシャ・イェーガーが残したとされる人類の秘密が眠る「地下室」で。当時まだ幼かったエレン・イェーガーは、父親に地下室から連れ戻された姉が自死に及ぼうとした姿を目撃したそうです」

 

 この裏に存在する内容が、“外”につながる大きな手がかりになり得る。

 

 団長の言葉にアウラは顔を上にあげた。窓からは光が差し込み、外の景色を映している。

 

 

 最初に彼女に向く仲間の視線で、エルヴィンが彼女の本性を明かしていないことは察せた。でなければもっと刺すような視線が向かっただろう。仲間が傷つきそれに興奮を覚えるなど、異常者(ヘンタイ)だ。

 

 アウラの本当の異常性に勘づいた男はそれを伏せながら、「同じ兵士であり、仲間だ」と語った。

 

 キレイごとだ。歯の浮くような言葉だ。

 

 真っ黒な彼女を理解しながら、エルヴィンはその上で「信じる」と言う。

 

 お得意の賭けの戦法か、とアウラは考えて、考えて……思考を止める。

 

 エルヴィン・スミスはこの場にいる人間の中で、あるいは人類の中で、誰よりも“外”について知りたいと考えている。その熱は、海を見たいと考えているアルミンよりも深いだろう。でなければ、多くの仲間を犠牲にすることなどできない。否、「人類のため」という言葉さえ、団長の夢の前では詭弁になってしまうのではなかろうか。

 

 

 ──ともあれ、多くを犠牲にしてきた団長殿は、“外”の真実を知れば歩みが止まりかねない。

 

 アウラは自身とエルヴィンが似ていると感じているからこそ思う。

 彼女がジークならば、団長は“外”の真実。

 

 右腕を失い自分を犠牲にしている男に、彼女はもっと苦しみ抜いてほしいと考えている。そしてその上で地下室にたどり着き、最大の絶頂を感じるべきである───と。エルヴィンはけして、お前のような変態ではない。

 

 けれど。

 

 

(……けれど?)

 

 

 なぜかアウラの口は、開こうとしている。

 

 別に自身の本性を暴かれようが、彼女は一向に構わない。むしろそれを聞き、歪む聴衆や仲間たちの表情を拝もうという愉しみさえ存在した。

 

 だがエルヴィンは語らなかった。

 

 それがまるで彼女の()()()を、試しているように感じられた。

 

 以前、団長がアウラに面会した時わざわざ人を払ったのも、彼女が首を絞めたとき抵抗を見せなかったのもすべて、エルヴィンは身を呈することで「信頼」と「仲間」の意志を表していたのだ。

 

 そして実際、団長殿は()()()アウラを信じようとしている。その上で彼女の情報を引き出そうと、利用しようとしている。

 変態の女の背筋に走るのは、甘い痺れ。彼女は今たまらなく、興奮している。

 

 

 エルヴィン・スミスは、果たしてアウラ・イェーガーという人間が、人を苦しめる嗜虐趣味のペテン師な「悪魔」なのか。

 

 はたまた同じ人間なのか、見極めようとしている。

 

 

 

 その答えは両方だ。

 

 彼女は()()()悪魔であり、人間でもある。

 

 人間の悲劇がなければ生きられない悪魔はしかして、心があった。ちっぽけなその心の中に、時折彼女でさえ驚くほどの人間味が残されている。

 

 例えばハンネスの妻に送った酒。それを頼んだ後になり、アウラは自分の一連の行動を疑問に思った。

 

 そして、うっとうしかったヒゲ面の男の死に感情が揺らいだのだと、気づいた。

 

 ハンネスの死によって歪むエレンたちの表情を見られなかったことに対し流れた涙の中には、人の死を悼む心があったのだ。

 

 

 そんなたまに姿を表す自身の“人間味”を、アウラ・イェーガーは()()()()感じている。

 ゆっくりと彼女の口角が上がり、白銅色の瞳はドロリと溶けた。

 

 

 

「人は、残酷なのが好きなんだ。────でも空は青くてキレイで、下は地獄。みんなどうして空を見ないのか、不思議だった。

 

 届かないから見ないのでしょうか?いえ、見る余裕がないのです。目の前にある地獄の前で、世界の美しさなんて目に入らない。

 

 巨人になる人間たちも、私を挟んで話していた両親も、見ていなかった空。お母さまは注射器を打たれて、壁から落ちていった。

 私たちは生きているだけで罪深い人間なのだと。唯一巨人化できる「悪魔の民」であると。

 

 お母さまは笑っていた。どうして笑っていた?お父さまを愛していたから笑ったんです。そして私にも微笑んだ。()()()()()()()()()()()()愛されていた。やっぱり下は地獄だった。

 

 この悪夢が本当であると知った時の私の気持ちは、貴方たちにはわからないでしょう。ここは「楽園」で、外の地獄を知らない人間たちが安穏と生きている。それも束の間の幸福でしか、なかったですが。

 

 やっぱり下は地獄だ。

 

「生」きることには意味が必要なんです。でもこの壁の世界は窮屈で、生きづらい。“悪夢”が本当だと知った私が“外”を求めて何が悪いのか。自由の翼を求めて、何が悪いのでしょう?私はこの楽園の人間ではなくて、もっと別の世界の人間だった。元の世界を求めて、何が悪いのか。でも求めるには進むしかない。

 

 進んで、進んで、生きるしかない。やっぱり下は地獄で、私を導いてくれる空だけは、青い。青くて、美しい」

 

 

 

 ポツポツと語った女は微笑みを消し、窓を見つめながら続けて語る。

 

 

「命を燃やして生きるしか、我々に術はない」

 

 

 静まり返った室内。それを打ち消すように響く木槌(ガベル)の音。

 

 幼い彼女が知り得ない情報を誰から聞いたのかザックレーが尋ねれば、アウラは「グリシャ・イェーガー」と小さく呟く。同時にレイス家を父親が殺害した件を含め、父の計画には関与していなかったことも明かした。

 

 彼女は地下室で母親が巨人になる悪夢が真実だと知り、自分が外から来た人間であることや、父親が巨人になれることを知った。その力が、「悪魔の民」───「ユミルの民」を救うために、父と彼女を救った男から託され、継承したことなども。

 

 

「「ユミル」とは何だ?」

 

 エルヴィンの問いに、アウラは「壁内人類の共通の先祖」と語った。また、巨人の力を与えたとされる『悪魔』と出会った人間であることも。

 

 それ以上は、彼女は「詳しくは知らない」と返し、話すことはなかった。

 

 これについては彼女がいた「故郷」の場所や、「戦士」とは何なのか、という内容にあたる。レイス卿と密会した際に語った内容は、先ほどと同じであるとした。

 

 そうして最終的にアウラ・イェーガーは、憲兵団が正式に身柄を預かることに決まった。

 幽閉生活が待つ彼女は呟く。

 

 

「空は見えますか?」

 

 

 至近距離でその言葉を聞いてしまったナイル・ドークの喉からは、ヒュウ、とか細い息が漏れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旋回する海鳥、翠の猟師。

 窓から溢れる日の光。着々とウォール・マリア奪還作戦に向け準備が進む中、部屋の前に一人の少年の姿があった。

 憲兵に許可を得た少年は、中へと一歩踏み出す。

 

 

「やぁ、エレン」

 

 

 ベッドの上で上半身を起こし、本を読んでいる女性。短くなった髪がかすかに開く窓の風を受け、ゆらゆらと揺れる。「ミカサのような長さになったなぁ」と、ぼんやりと少年は思った。前見たよりも細くなった生白い腕に、胸の奥がツキツキと痛む。

 

 女の瞳は弧を描き、柔らかく微笑んでいる。実の姉弟にも関わらず、何と声をかけていいのかわからぬエレンは、居心地の悪さに耳をかいた。すると女の表情はより一層、嬉しそうになる。

 

「まぁ座りなよ、久しぶりなんだし」

 

「……おう」

 

 トロスト区が「超大型」巨人に襲われるところから始まり、王政のクーデターが終わって、今に至るまでの数ヶ月間。

 人生のエッセンスを凝縮したような、あまりにも濃すぎる毎日だった。

 

 何度も死にかけながら、しかし多くの犠牲のおかげで生き残ってきたエレン。彼はただ「駆逐してやる!!」と憎悪の感情を滾らせていた頃から、一回りも二回りも成長していた。

 

「イスに座るんじゃないのね」

 

 自然な動作でちょうど女の脚があるベッドの端に座った少年に、アウラはニコニコと笑うばかりだ。「気持ち悪ィ」と弟の辛辣な言葉を受けると、途端に静かになった。

 

「エレンくんは最近元気?」

 

「…まぁな」

 

「ミカサちゃんやアルミンくんたちとは仲良くやってる?」

 

「…あぁ」

 

「ミカサちゃんには告白した?」

 

「あぁ……は?何でオレがミカサに告白する必要があるんだよ」

 

「えぇ…まだしてないの?」

 

「しねぇよ、アイツはオレの家族なんだし」

 

 どうやらまだ少年は自身の感情に気づいていないらしい。鈍感少女(アニ)の上を行く鈍感少年である。また、絶賛反抗期なのは変わらないようだ。謎に間をためて一言発している様子から、思春期の少年が発症する病を患っている可能性もある。

 

 アウラは弟に失礼な感想を抱きながら、手に持っていた本をサイドデーブルの上に置いた。

 

「よく憲兵団はエレンくんに面会を許したものね」

 

「ハンジさんたちがかけ合ってくれたんだ。…にしても、オレの時とは違って幽閉されてるわけじゃないんだな」

 

「既に地下牢で“楽しいこと”はしたからね。軟禁状態にして、私の様子を見ているのよ。今、エレンくんと会っているこの時もね」

 

「………」

 

「あはぁ、お姉ちゃんの前で暗い顔はしない」

 

「うるせぇ、バーカ」

 

「……クーン」

 

 エレンのツンデレが、ツンツンへと進化した。アウラとしてはこれまで溜まりに溜まった弟の感情が爆発し、抱きついて号泣してくれる予定だった。しかしエレンは精神的にしっかり成長している。ただ時折垣間見える姉への罪悪感からくる曇った表情が、この上ない劣情──興奮を誘う。

 

 愛おしい、愛おしいと、抱きしめてドロドロに甘やかしてやりたい気分だ。

 

「硬質化実験の方は上手くいっているの?」

 

「あぁ、壁の隙間にクモの巣みてぇに硬質化で張り巡らせた結晶を作って、そこに巨人を誘い込む方法をハンジ分隊長が考えだしてな」

 

「ふむ、ハンジがねぇ」

 

「結晶の中には兵士を配置しておく。その人間を捕らえようと巨人が首を突っ込んだ上から、丸太を落とすんだ」

 

「その方法は成功したの?」

 

「ボチボチな。まだデカい奴を仕留めるまでには至ってないけど、10メートルに近い個体は倒せている」

 

 この方法で、直接戦うリスクを伴わず、巨人を倒せるようになった。

 ついでにエレンは、ハンジがアウラから毎回「体調が悪いから…」と面会拒否を食らっていると、小言を言っていたことを話す。

 

「ただでさえ彼女には以前三日三晩ぶっ通しで話されたんだ。今度は最悪一週間語り続けられそうで怖い…。わかるでしょ、エレン?」

 

「ハンジ分隊長に言っておくな」

 

「えっ?…………やめてよ、殺生な!!」

 

「体調が悪いけど、本当はハンジさんとたくさん話したがってたって」

 

「エレン!!くん!!!」

 

「……ふはっ」

 

 姉の本気で必死な形相に、耐えきれず吹き出したエレン。

 そのまま涙を流しながら笑い、途中からその表情は楽しそうなものから、堪えるようなものへと変わっていった。

 

 

「本当ッ……はは、予想以上に元気そうじゃねぇかよ……オレ、すげぇ心配…したんだからな」

 

「お互いさまなんじゃないかなぁ、それは。アニに攫われかけたり、ライナーに攫われたり、挙句には王政に攫われて。ミカサちゃんがどれだけツラい思いをしているか」

 

姉さん(テメー)だってオレが小さい時包丁持って死のうとしたり、足ケガしたり、また勝手に死のうとして、重傷負ってひょっこり戻ってきたと思ったら、記憶なくして帰ってこなかったり、「オレのため」とか言ってみんなを裏切って敵に協力したり、また足ケガしたと思ったら、オレがアニと戦ってる時急に現れて死のうとしてたり、“罪悪感”がどうとかで死のうとしたり、右足は巨人に食われちまうし、ライナーの野郎に囮にされちまうし、帰ってきたと思ったら中央憲兵に捕まってるし、全部が終わったと思ったら拷問受けてたって聞かされたし、髪いつの間にか短くなってるし、オレも知らされてねぇこと父さんから聞かされてたみてぇだし………。

 オレは……オレは何にも知らなくて、弱くて、いっつも守れなくて──────!」

 

 

 ヒスイの瞳が大きく見開かれ、そこからとめどなく涙が落ちてくる。シーツを握りしめ、床を睨むように見つめながら震わせた感情をこぼしていく少年。長らく溜まりに溜まっていた感情の栓。その蛇口が緩められ、エレンの本音が姉にぶつけられる。

 

 アウラは小さく「うん」と頷きながら、無表情に、そんな弟の様子を見つめた。

 

 

「……辛いし、どうしてオレなんだって思う」

 

「エレンくんの力は、お父さんが、グリシャ・イェーガーが託したものだね」

 

「オレじゃない誰かでも、きっとよかったんだ。それこそこの力はヒストリアに返された方が、よっぽどよかったんだと思う」

 

「うん」

 

「でも、オレは進まなきゃならない」

 

 たとえ仲間を犠牲にしてでもエレン・イェーガーは進む。なぜ進むのか、どこへ進むのか、アウラは尋ねた。

 

 その答えはエレンでさえ詳しくはわかっていない。ただまるで大いなる流れに沿うように、動いている感覚はあるのだと言う。

 ただ、と少年は続ける。

 

「オレは“自由”が欲しい。どこへでも飛んでいける鳥みたいに、オレは生きたい」

 

 だからエレン・イェーガーは戦う。何者にも虐げられない、自由な世界を求めている。

 それを聞いたアウラは目を丸くし、「そう」と呟いた。

 

「姉さんも自由が欲しいんだろ?そのために調査兵団に入った」

 

「イヤだな、私が兵法会議で言った内容知ってるの?」

 

「団長たちから大体のことは聞いた」

 

「…そう」

 

「それで、元の場所に帰りたいんだろ?それも多分、ライナーたちが言っていた「故郷」ってところに」

 

「……どうだろう、自分でもよくわからないかな」

 

「わからないじゃねェ、ハッキリしろ。帰りたいのか、帰りたくないのか」

 

「…わからないってば。お姉ちゃんだって悩んでるんだ、色々」

 

「その色々ってなんだよ」

 

「色々は、色々」

 

「オレが知らないことか?弟のオレでも教えられないことか?」

 

「教える云々っていうか、もう全部話したんだけどな…」

 

「何で隠してたんだよ。何で一人で抱えて黙ってたんだよ。すげぇムカつくしイラつく」

 

「だって…」

 

「「オレを巻き込みたくなかったから」とか、そういう理由はナシだからな」

 

「ご……強情〜!!」

 

 さながらジャ◯アン。強引なエレンをミカサが見たら、火照ってしまうに違いない。「そんなダメよエレン…!」という風に。

 

 

 

 はてさて、情緒不安定な弟をどう宥めるか、アウラは頭を悩ます。

 泣いていたエレンのかわいらしい姿は引っ込んで、眉が吊り上がっている。若干拗ねた雰囲気も感じるので、これはこれで愛らしい。

 

 これ以上何も話す気がないのは相変わらずだ。彼女を懐柔しようと積極的に憲兵が話しかけてくるが、毎度肝心な部分は右から左へ受け流して、雑談がてら外の情報を聞き出している。

 

 拷問では情報を吐かなかったがゆえの方法。実際アウラの人間性を試すエルヴィンの策に負け、彼女はいささか喋りすぎてしまった。

 

「悪魔の民」というエルディア人の蔑称や、母親が巨人になった詳細な過去──ぼかして話すつもりだったが「楽園」に送られた、即ち流刑に近い罪を受けたことが明らかになっている──などを話してしまった。また「ユミル」の名や、有機生物の起源とされる『悪魔』についても。

 

 

 暗い水の底で、少女が出会った『悪魔』。それは人の脊髄のような形をしており、ムカデのような存在だ。

 

 アウラは夢の中で、その『悪魔』を見ている。なぜ砂と光の柱の世界の少女の過去(?)のようなものを見たのか、理由はわかっていない。仮に前世がその少女だったとしても、アウラの片隅の記憶にある「私」の最期は、身体に刺さった複数の矢だ。それから意識は暗い底へと沈むように消えていった。

 

 同時に彼女の最期を包み込んでいたのは、青い空である。

 

 もしかしたら前々世が、少女(ユミル)(これが正しいなら、なぜ「ユミル」の自我が光と柱の世界に残っているのか疑問が残る)だったのかもしれないし、全く違うのかもしれない。

 単純にユミルの子孫であり容姿が瓜二つであるから、少女に気に入られた可能性もある。

 

「アウラ」が何者なのか、彼女はやはりわからずにいる。

 

 

 ただ確かなのは、ユミルとの関係がどうであれ、前世が矢に刺されて死んだこと。それだけは確か……確かだと信じたい。死んだ人間の魂が複数混ざって転生したとか、そういった複雑な設定はごめんである。

 

 まぁ色々考えて、最終的に「ジークお兄さまがいればいいや」で終わるのが、アウラ・イェーガーという残念な変態だ。

 

 

「単純に初恋の人に会いたいからかもねぇ………なんちゃって♡」

 

「ハ?」

 

 

 ▶︎エレンの ハラをつねる こうげき!

 

 ▶︎アウラは 喘ぎ声(へんなこえ)を あげた!

 

 

 

「キモい声出すんじゃねぇよ」

 

「お姉ちゃんになんてことするの…?それに思い返せば、私実の弟にさっき「テメー」って言われてなかった?」

 

「お前が昔オレによくやったんだろ」

 

「はい、ほら今も「お前」って言いました。「おねーちゃん」って言ってご覧?」

 

「ハンジさんに「姉さんが巨人トークをした過ぎて干からびてた」って言っとくな」

 

「やめて?」

 

 昔のように問答無用で「死ね」と言わない辺り、弟の思春期はもしかしたら緩和されているのかもしれない。

 久々の家族の団欒に、エレンの表情も冷ややかな視線とは別に、柔らかくなっていた。アウラもまた弟の泣き顔や苦悩する顔など、存分に堪能できたようでご満悦そうである。

 

「まぁいいよ、言う気がねぇなら。オレは強制できないし、する気もないし」

 

「さっき思いきり無理やり言わせようとしてなかった?」

 

「オレは、姉さんを信じてるから」

 

「………」

 

「それに姉さんが話したところで、オレたちがライナーたちと戦わなきゃいけない未来はきっと変わらない」

 

「…うん」

 

「だから、オレは進む。仲間と一緒に。そして────仲間が死んでも」

 

「……つよく、なっちゃったなぁ」

 

「ケガ人の姉さんはここで時間でも潰してろ。その身体じゃ戦えねぇだろうし、そもそも捕まってるし」

 

「ふふ、私も行きたいなぁ。ウォール・マリア奪還作戦」

 

「来んな、お荷物だ」

 

「じゃあ「いってらっしゃい」ぐらい、言っておくね」

 

「………おう」

 

 唇を尖らし、視線をウロウロとさまよわせるエレン。

 突然の弟のデレに、アウラ(ヘンタイ)の心臓が締まった。弟が照れている。照れているぞ、ユミル(ジョジョ)────ッ!

 

「ふへへ」

 

「気色悪い顔すんな」

 

「だってエレンくんが久しぶりに照れてるから」

 

「……ばーか」

 

 立ち上がったエレンは、振り返らず歩いていく。そのまま扉に手をかけようとする間際、一言。

 

 

「………いって、きます」

 

 

 アウラは「ん゛っ」と、変な声を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【六章】交通事故編
夢の国の変態


新章だッッ!心なしか執筆速度が早い状態。

※始祖ユミルにまつわる進撃の核心をつくネタバレがあるので、苦手な方はご注意ください。個人的なネタバレ範囲はアニメ基準です。


 暗闇の中、少女(ユミル)が沈んでいく。

 

アウラ()」はその子に手を伸ばすが、届かない。これは私の記憶ではない、彼女(ユミル)の記憶だ。もう何度目かに見る夢。

 

 彼女は得体の知れない『悪魔』と出会った。一見してムカデのような、気味の悪いそのヤロウは沈んでいく彼女の背に近づき、そして触れた。

 

 瞬間、木々がアリのように見えるほどの巨大な巨人へと、彼女は姿を変える。『悪魔』と接触した彼女は、バケモノの力を手に入れた。

 

 

 

 次の場面に変わると、少女から女性へと近づいたユミルが王の下にかしずく。圧倒的な力を手に入れたのだから、殺してしまえばいいものを。

 踏み潰して、自身を虐げていた者たちの悲鳴を聞いていくのは、何とも心の踊る光景でしょう。

 人の不幸は蜜の味。その悲劇を享受してこそ、「生」は花開く。私の場合は、だが。

 

 ユミルはしかし、殺さなかった。王は彼女を“奴隷”と呼ぶ。

 

 彼女は奴隷だった。力を手に入れても心に課せられた“奴隷”としての在り方は、彼女から自由を奪うのです。

 長年支配されてきた人間の心は、容易く歪んでしまう。

 

 そもそも狭い世界で生きてきた人間が急に世界が広いことを知ってしまったら、どう歩めばいいのかわからなくなってしまうのかもしれない。ゆえに後ろを向いて、これまで縛られてきた人生に奇妙な安心を覚え得るのかも…しれない。

 

 

「私」に彼女の心はわからないから結局、想像するしかない。

 

 

 

 ユミルは橋などの建築に大きく貢献した。同時に多くの人間を殺した。すべて王の命令だ。

 

 王は彼女に「*1ひひぃん」した。アウラ()は激怒した。

 

 

 王の命令に従って、ユミルはマーレを蹴散らした。巨大な巨人を前にして、機械文明に遠く及ばない重装歩兵の人間たち。見ろ、人がゴミのようだ。

 

「ひひぃん」の結果、子供も産まれた、三人だ。三人の娘たち。壁内の名前の元になった娘たちの名前。

 

 激怒している私とは反対に、彼女は意外にも幸せそうだった。相変わらず喋ることはないけれど。治るはずの舌は、ずっとそのまま。“奴隷”であるから、舌を治さないのか。それとも治せないほど、彼女は“奴隷”であるのか。どちらにせよ、ユミルに舌はない。

 

 欠けたその部分に魅入ってしまった私は、新しい性癖の扉でも開いてしまったのだろう。

 

 

 彼女の最期はあっけない。

 謀反を起こし、王を殺そうとした兵士が放った槍を受けて死ぬ。王を守るために。

 

 なぜ助けたのだろう───と、私が悩み始めたところでいつもなら夢は終わる。

 

 しかし今日は、まだ続くようだった。

 

 

 

「奴隷」と、ユミルを見て言い放った王。ユミルは瞳を閉じて、そのまま死んでいった。傷を治せるはずなのに、彼女は死んでいった。子供たちは彼女に走り寄って涙を流している。可愛らしい娘たちだ。

 

 愛らしい娘たちはその後、口元を真っ赤にして、涙も流せず食べている。ユミルを食べている?ユミルは美味しいのだろうか。ユミルを食べている。

 

 皮も、肉も、骨も、内臓も、髪も、目玉も、すべて娘たちの胃の中へ収まっていく。

 

 いったい彼女が死んだというのに、私は誰の目線でこの夢を見ているのだろう。

 

 不意に気配がして隣を見れば、少女の姿になったユミルが三人の娘と、その後ろで母親の遺体を食うように命令している王の姿を見ていた。

 

 ユミルは憎悪も何も浮かべず、無表情にその光景を見ている。名前を呼んでも、彼女は反応しない。この彼女すら、ユミルの記憶なのかもしれない。手を握ろうとしても、触れることはできなかった。

 

 

 変化のない表情の中で一滴だけ、蒼い瞳から涙がこぼれ落ちた。空の色だ。

 

 

 

 王は、ユミルの死骸に()()する。

 

 ユミルの力を娘たちが受け継いでいく。その娘たちは子を産んで、その力を永遠に引き継がせ続ける。王亡き後も、エルディアの君臨を。

 

 ユミルが消えていく。私も消えていく。

 

 

 次の場面は砂と柱の世界。そこで彼女は巨人を作っている。王の命令に従って、死んだ後も“奴隷”で居続ける。

 

 彼女はなぜ王の命令に従い続けるのだろう。“奴隷”だからか?

 しかし死んでまで従い続ける義理なんてない。私だったら転生して、ジークお兄さまを見つけ出して生涯ストーカーする。

 

『ユミルちゃん、教えてよ』

 

 私の問いかけに、彼女は反応しない。せっせと砂をこねこねして、桶に入れた水を運んできて、またこねこねする。全ての巨人を作っているのが彼女であるなら、鬼畜すぎる労働環境だ。恐らくエレンの巨人もユミルが作っ────、

 

 

 

『お兄さまもこねこね♡してるの!!!??』

 

 

 

 ユミルちゃん!!ユミルちゃん!!!あぁん無視しないでユミルちゃん!!!!ユミルちゃん!!!!!

 

 

 その時、服の裾を引っ張られた。

 

 よだれやら涙やら、他にも色々ビジョビジョになっている美女の横に、ユミルちゃんがいる。向こうにもこねこね中のユミルちゃんがいるんですがね?ということは、今隣にいるのは……本物のユミルちゃんということですね。

 

『お兄さまこねこねしてるの!!!??ねぇ、ねぇ!!!!!』

 

『………』

 

 何だか無表情の中から読み取れる表情が、「そういう意味で見せてるんじゃないんだよなぁ…」と物語っている。

 

 お兄さまこねこねを自慢するために見せてるんじゃないんですか?王───カール・フリッツが、娘たちにユミルちゃんを食べさせたというトンデモな内容があった気もしますが、大事なのはお兄さまこねこねの部分です。むしろ世界の真理はお兄さまこねこねです。断言できます。

 

 お兄さまこねこね私もしたいです。させろ(豹変)

 

 お構いなしに彼女の肩を掴んで揺すりますが、相変わらずユミルちゃんは無表情だった。

 

『いいなぁ…アウラちゃんに隠れてお兄さまこねこねしてたんだ。ふーん、そうですか、ふーん……』

 

 傷ついたので、もう起きて現実に帰ります。ウォール・マリア奪還作戦ももうすぐであり、それまでに私は英気を養わなければならないのです。

 

 

『…帰れないんですねぇ』

 

 

 当然か。この夢ないし記憶を見せているのは、ユミルだ。

 

 彼女は私の脳内に、何をするのか尋ねてきた。どうせアウラちゃんのやることどころか、世界の全てがお見通しなクセに。反対に私はユミルちゃんが何を目的としているのかわからずじまい。

 

 

 

()()()()()()を私にもたらしたのは、ケニー・アッカーマン』

 

 

 私の瞳が変わった、と話していた男。

 

 ユミルちゃんが勝手に瞳を変えただけなのかもしれない。それこそケニーが私から、ウーリ・レイスの面影をより強く感じるように。

 

 ただ「もしも」を考えてしまった。

 エレンくんが今発症している年頃の男の子特有な、「俺には秘められた力が──」云々の話。

 

 私は巨人の力を継承していないわけですし、本来ならあり得ない。しかし一つだけ過去を振り返って、不自然な点に思い至ってしまった。

 

 それは私がウォール・マリアの時に、巨人におどり食いされた過去。

 

 長年、お父さまの最高の最期を飾るバージンロードに手向けられた花束(私の死)かと思っていました。

 そして最終的に、娘の死を見てお父さまの心はポッキリいったわけだ。

 

 だがこれまでの展開を考えて、わざわざエレンくんが「始祖」の力を使っているように見せかけるのだったら、よっぽどフリーダをお父さまに食わせてエレンに「始祖」を継承させた方が、ユミルちゃんの苦労も減った。

 

 その場合王家の血筋を引く私は、エレンくんと接触できなくなるのですが。触れかけたらユミルちゃんが現れて、私に「ステイ!」してくれればいい。

 

 

 ────というかそもそもの話、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一回目はお母さまの胃の中でドロドロに。二回目はおどり食いだ。

 

 一回目は胃に収まる前に意識が飛んだので、少々判定がし難い。しかし二回目は間違いなく絶命した。

 

 ユミルちゃんに人を生き返らせる力があるのなら、それこそ彼女自身が生き返ることだってできるはずだ。

 

『教えて、ユミル大先生』

 

 ユミル大先生は唇を尖らして私から視線を外し、口笛を吹いている。音が掠れて、あまり上手ではないその音。舌はなくても口笛は吹けるという、豆知識を得ました。ありがとう、先生。答えは教えてくれないそうですけど。

 

 個人的には人が生き返るなんて話、信じられない。命をユミルが与えられるなら、彼女は神以上の何かだ。それこそ『悪魔』のヤロウのような。

 

 人が決して及ばぬ領域。彼女は今なおカール・フリッツの“奴隷”として、存在しているようだ。

 

 

 しかしユミルは人間だ。神でも悪魔でも、奴隷でもない。「フリッツ」の名前さえ、いらない。

 ユミルは、ユミル。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

 仮に私が死んでいないとして、一度目に丸呑みにされた身体を治すことは可能なのだろうか。巨人化能力者も傷が治りますし、それくらいならばユミルちゃんもできそうに思える。

 

 二度目は頭を最後に食われて絶命した。彼女はその、完全に死ぬ前の絶妙なタイミングを見計らい、私をこの砂と光の柱の世界に取り込んで修復したというのはどうだろう。

 

 前提として修復するには、この世界でないとダメなはずだ。巨人化能力者と違って自動治癒は起こらない。ユミルがこの世界で巨人を作っていることを鑑みても、やはり彼女が私に手を加えるには現実では無理なのだと推測できる。

 

 

 まぁ色々と考えて行き着くのは、やはりアウラ()が好待遇を受けすぎている点だ。いくら容姿が似ているからって、ここまで優遇されているのはおかしい。少なくとも「お前のこと好きやで」オーラは、無表情でもひしひしと伝わってくる。そんなお前が私も好きや。

 

 

 ユミルちゃんが手を握ってきた。…ブンブン振っている。

 

 

 

 彼女が私に良くしてくれる理由はわからないままとして、これまでのことを照らし合わせる。

 

 わざわざフリーダを殺すようお父さまにお願いする、遠回りな方法を選んだ点。

 ユミルたそにはエレン・イェーガーという存在が必要だ。そんなエレンくんに多数現れている、「始祖」の力の発動ポイント。やはりエレンくんに継がせた方がよっぽど都合がよかったでしょう。

 

 ユミルちゃんはしかし「始祖」をエレンくんには渡さなかった。

 

 ならばその始祖の力はユミルの元に戻ったのか。

 

 これについては記憶改ざんの場面を見たので、確かだと思います。ただ、なぜ百年などかわいらしく感じる時間が経った頃に力を己の元に戻したのか、疑問が残る。

 

 ユミルの目的が成就するのが間近なのだろうか。

 それとも別の理由があったのか。

 

 

 そして、私が復活したタイミング。私がおどり食いされた後にフリーダは殺された。ついでお父さまの精神崩壊シーンを見た後に、私は食われてから数日経って復活したのです。

 

 一回目の時は、そう時間がかからず復活したようですし、二回目の時の不可思議な空白の時間が気になる。すぐに復活させれば、ユミルちゃんも記憶改ざんだなんだと忙しくはなかったはずだ。

 

 お隣で繋いだ手をブンブンしているユミルちゃんの様子からして、長く一緒にいたいから引き止めていただけなのかもしれない。私も彼女を膝枕している時間は悪くなかった。何だかあったかいような、そのままその熱で溶けて混ざり合うような、不思議な感覚があった。それがどうにも私には、心地よかったらしい。

 

 

 

 まぁ色々と話しましたが、結論はすでに出ている。

 

 というより、実践済みである。

 

 純粋な実践理由は、「瞳が変わったのなら、ワンチャンユミルたその力を使えるんじゃね?」という、不埒なものだった。どの結果でも囚われの美女になることはわかっていたからこそ、現状を打破するカギが欲しかった。

 

 調査兵団がウォール・マリア奪還を目指すのは、ライナーやベルトルトたちも予想できるはずだ。彼らの狙いは「始祖の巨人」。

 つまり巨人を一時であれ操った、エレン・イェーガー。

 

 ユミルちゃんがエレンに手を貸したのも、後のウォール・マリア奪還作戦を見越してのことだったのかもしれない。

 

 

「始祖」を奪わなければならない戦士たちは、必ず訪れるエレンと調査兵団を待っている。

 そして調査兵団もまた、敵の狙いがエレンであることがわかっている。ゆえにライナーたちがスタンバっているのを予想しているだろう。

 

 お互い戦いを免れないのは理解しており、命懸けの争いとなる。

 

「始祖」の関わるこの戦いに戦士長たるジーク・イェーガーがいないはずがない。お兄さまが待っているその場所に私は絶対に行けないわけですから、生きていたって仕方ない。

 

 もう十分待った。十八年も待った。赤ん坊が大人になる年月を耐えたのだ。お兄さまが会いに来てくれたのだから、今度は私が行く。会いに、行って………正直どうしてもらいたいのか、自分でもまだわからない。

 

 けれど会いに行きます。

 

 愛に、生きます。

 

 

 

 そうしてこの窮地を脱するカギを探した私。

 

 ケニーおじちゃんが再び現れるまで、本の紙で指を切ってみたり(自傷)、介護してくれる憲兵の肌に接触してみたり、念じてみたりしたが、特に変化はなく。

 

 何がいけないのか考えた時ふと、ハンジ講座を思い出した。

 

 彼女曰く、巨人化能力者が巨人化する際、自傷とは別に“目的”が必要なのだそうだ。薮からに「巨人化したい」と思うのではダメだ。大切なのは「何を」するために、巨人になるのかということ。

 

 例えば「敵を倒す」であったり、「仲間を守る」であったり。

 

 その“目的”の大小には大きな差がある。小さいものでは「スプーンを持つ」という意識でさえ、“目的”になり得てしまう。

 これらはハンジがエレンくんを実験していた時に判明した内容である。

 

 

 以上を踏まえ、私は“目的”をもった行動に変えた。

 

 この“目的”は言わずもがな、「お兄さまとイチャイ………会うこと」である。

 

 結果他人と接触した時、大きな変化が現れた。

 バチッ、という頭の中に稲妻が落ちたような衝撃の後、歪に分かれる細い光の道のようなものをたどって見えた、「私」ではない他人の記憶。

 

 その兵士の記憶をのぞく私は第三者視点である。しかして私の意識は、その人間の主観と同調している。私が私ではない感覚。その中に身を浸していると、私が誰なのか、わからなくなっていった。

 

 私は「アウラ()」ではなくその兵士だと、思い込むなんて生やさしいものじゃなく、()()()()()()ところで、弾けたように私の意識は現実に戻った。

 

 呆然とする兵士に、咄嗟に“目的”の上で「忘れろ」と念じてその場は事なきを得た。

 

 しかし身体は天地をひっくり返して激しく揺さぶっているような感覚。立つことはおろか、寝ることさえ出来ぬほどすべてが気持ち悪い。

 

 外気に触れる肌も、瞼の裏と触れている眼球も、耳に入ってくる音も、動く心臓も、血液が流れる脈の感覚も、「私」という精神が身体の中に収まっている感覚も、何もかもが気色悪い。まだ全身にナメクジが這う方がよほどマシである。

 

 

 そこから正気に戻るまでに、丸一日。

 身体と精神が「私」に戻ってくるまでに数日かかった。

 

 この鬼畜な症状は私が王家の血を引く点と、「不戦の契り」が影響しているのかもしれない。憶測にすぎないですけれど。

 

 しかし勝機は見えた。果たしてユミルちゃんが力を貸してくれただけなのかもしれないが、それでも十分。

 

 その後ケニーと再会し、王政がヒストリアとエレンの引き渡し命令を出した等の内容を聞いたのだ。

 

 

 他人の記憶をのぞくことはできる。しかし連発はできない。すると「私」が私でなくなって、精神が()()()に戻ってこれなくなる。

 改ざんは微々たるものしかできない。それこそ壁内人類全てなんて、大掛かりなことは不可能だ。精々同時でも数名、それに部分的な何かを忘れさせることしかできない。これについても精神がドッと疲れる。

 巨人化はできません。傷も治りません。というかお兄さまにつけてもらった傷を治すわけがないだろ。

 

 やはり限定すぎる内容を考えて、私のこの力はユミルちゃんから()()()()()、という解釈でいいのだろう。

 

 普通の人間では不可能だと思うので、おどり食いされた後にユミルに身体を少し弄られたのかもしれない。別に気にしませんがね。なぜ胸は大きくしてくれなかったんですか?

 

 

 ハンジの面会を拒否していたのは、本当に体調が悪かったせいもある。でなければ、憲兵の兵士も流石に通すでしょう。

 

 逆に言えばそれは、何度も私が力を試したことに他ならない。

 

 

 

 此度の目的に必要な情報は得ている。

 

「眠りの姫」の居場所はウォール・ローゼ北のユトピア区の地下深く。

 そして私の居場所は憲兵団の本部がある王都ミットラス。詰み案件かな?内門の憲兵の目をかい潜るのが至難の業ですね。

 

 でもやるしかない。たとい無理ゲーであろうが、何だろうが。

 

 

『お兄さまに、会うんだから』

 

 

 そう呟いた私の手が、強く握られた。

 ブンブン振られていた勢いは収まって、碧い瞳が私をとらえている。普段無表情がデフォルトの彼女はうっすらと微笑んでいた。おっふ…こんなところに天使が。

 

 

『   』

 

 

 パクパクと魚のように開いた口。そんな可愛らしい表情で『アウラ』なんて呼ばれたら私、まだ死にませんが死にます。

 

 兎にも角にもユミルちゃんが嬉しそうなら、私も嬉しいです。

 

 

 

 

 

 「私」はあなたとおなじになりたい。

*1
『宇佐美 ひひぃん』で検索 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誤作動、作動中・・・

アンインストール〜って歌が流れている今は鬱の気分。休日はただただ眠りたい…。


 ウォール・マリア奪還作戦に向けての準備期間。

 

 その間に肉弾戦を必要としない、巨人のうなじへ向けて巨大な丸太を落とす対巨人伐採兵器「地獄の処刑人」の開発がされた。また、ケニー・アッカーマンの手に渡っていたヒストリアから奪った注射器───それがエルヴィンに移され、効果について調査兵団の兵士に伝えられた。

 

 どんな重傷者でも()()()()()()()()、注射器を使って無知性巨人にさせ、生存の糸口をつかむことができる。

 これはウォール・マリアで待ち構えているであろうライナーやベルトルト、「獣」の巨人を見越しての説明だ。

 

 無知性巨人になった者は、知性巨人を食らうことにより人間に戻れる。

 

 これはエレンが王家の血筋を持つロッドとヒストリアと接触したことで見た、グリシャ・イェーガーの記憶により得た事実だ。

 

 注射器を打たれたエレンは知性巨人の父親を食らうことで、人間に戻った。

 

 

 注射器をエルヴィンから託されたのは、リヴァイ兵士長。

 この一本の使用権限は、人類最強に預けられることになった。

 

 彼は裏でエルヴィンを止めた。右腕の無くなった団長に戦闘能力はない。あるのは変わらず人類を先陣切って引っ張り続ける頭と精神と、仲間の犠牲を背負い続けた背中だけ。

 

 

()は、止まってはならない」

 

 

 それがエルヴィン・スミスが兵長に返した内容。

 

 同時に、たとえ人類を犠牲にしてでも“地下室”へ行きたいこと。自分の手で、人類の秘密を明らかにしたいことも語った。

 

 団長が動かずとも、リヴァイ班やハンジ班、ミケ班など、動ける戦力は大いに残っている。オマケに本作戦での活躍はまだ見込めないものの、クーデター後から一段と世間の目を集めるようになった調査兵団に編入してきた、新人も多数いる。

 

 

 まるでエルヴィンが底なし沼に片足を突っ込んでいる印象を受けたリヴァイは、まさか、と思った。

 

 以前の「兵法会議」以来、雰囲気が変わった者が複数いる。

 あの場に居合わせた者は全員、目を逸らすことの許されない一人の女の()()を見た。

 

 それは長らく、ひた隠しにされていた顔。裏返しになっていた赤い皮を戻してみると、元の女の肌が見える。それこそが善人ではないアウラ・イェーガーの本性であった。

 

 ライナーたちと同じ“故郷”に戻ろうとするアウラ。弟のためなら彼女は仲間であろうと殺せる。“非人間性”を持っている一方でしかし、彼女は“人間性”も持っている。

 

 そんな共存してはならない両面を持ち合わせている女の姿は、歪であった。

 

 

 身体も精神もボロボロになっているであろう彼女は、人が魅入ってしまう()()()があった。あるいはそれは「不完全の美学」なのかもしれない。

 

 美術に於ける作品のような、「完全」ではないからこそ人の心を惹きつける。

「完全」が謂わば人の憧れならば、「不完全」は人間が完全にできていないがゆえに、親近感を抱きやすいものなのだろう。

 

 

 アウラ・イェーガーの姿に心をつかまれてしまった者もまた、彼女の「不完全」さに同調したのだろう。そして彼女が掲示した「進むしかない」という言葉を、そのまま丸々呑み込んでしまった。

 

 エルヴィンもまた同じなのかとリヴァイが詰め寄れば、団長は青い瞳を大きくする。

 

 

()()()()()()()()()()は、きっと許されないだろうと思ったんだ」

 

 

 ───子供の姿をして、手を挙げる少年エルヴィンではなく。

 

 ───白馬にまたがり、天へと剣を掲げ仲間たちを進ませる調査兵団団長、エルヴィン・スミス。

 

 

 頼むよ、と団長に告げられたリヴァイの手にある注射器の入った箱。

 それがミシリと、音を立てて軋んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 思春期を飛び越して、秘めたる力に目覚めてしまった系美女は私、アウラちゃん。

 

 ただし力は「私tueeee!」ムーブをした代償に、もれなく精神崩壊がついてくるもので、しかも使える部分に縛りがある。

 

 

 暫くの間お兄さまに会いに行く方法を色々と考えましたが、やはり難しいです。

 

 まず幽閉されているアニちゃんの居場所はウォール・ローゼの北にあるユトピア区。壁内を移動するのは困難なため、ウォール・ローゼの外側を走るとして、シガンシナ区に着くまでに余裕で数日かかる。

 

 巨人化時間には限りがあるだろうし、そもそもアニと私が合流することが難しい。

 

 

 私の現在地は王都ミットラス。憲兵を操作することはできないので、脅して移動する他ない。そのあと殺すか、私のことを忘れさせる。だがしかし、それで検問を複数突破するとなると無理がある。

 

 それに私やアニがいなくなれば騒ぎになる。数日前から行動を起こしたとして、すぐさま調査兵団にも事情が伝わるだろう。そうなると奪還作戦そのものが行われなくなる可能性が高い。

 

 お兄さまに会うことはできても、調査兵団vs戦士の戦いが拝めなくなってしまう。

 

 ユミルちゃんのエレンくん始祖化(偽)を踏まえると、両者の戦いが起きなくなってしまうのは彼女の望むところではない。

 私もぜひ「兵士」だった時の仲間を殺すライナーやベルトルトの姿、そして無惨に散っていく兵士たちの姿を見たいのです。

 

 

 私単独でも移動は難しいでしょう。ひとえに私がアニ・レオンハートを連れて行くのは、彼女に売られた恩を返すためですね。

 

 無論、私が生きてしまいマーレに行った時のことを考えて、「私がアニちゃんを助けたんやで?」アピールをして、こちらの立場を少しでも優位に置けたらという打算的な考えもあります。ベルトルトくんには悪いですが、眠り姫に目覚めのキッス(意訳)をするのは俺だ。

 

 ちなみに私に恩を返す心があったのね、と驚いている皆さん。アウラちゃんにも恩を仇で返す以外の優しさはあります。

 

 ぜひともアニちゃんには現実から逃げないで、またこの世界で残酷に生きて苦しんで欲しいです。

 

 

 

 

 

 ──とまぁ、結局方法が見つからず悩んでいた私。

 

 夢の中でユミルちゃんに呼び出され、彼女の世界で砂のお城を一緒に作っていたとき、私はひとつ閃いた。

 

 エルディア人は始祖ユミルとカール・フリッツの子孫である。そして「ユミルの民」は揃って巨人になれる。その非人間性やかつてのエルディア帝国がおこなった民族浄化が積もりに積もり、現在の中指を立てて「タヒねやオラァァン」という諸外国のヘイトがエルディア人に向かっている。

 

 特にその矛先は壁内の人類へだ。

 

 

 我々ユミルの民はとどのつまり、“血”によって繋がっている。

 

 そのつながる先というのが、ユミルちゃんだ。即ちこの不思議な砂と光の柱の世界。

 私は当初からこの場所を、()()()()()()()()というような認識を抱いていた。漠然とした印象だったが、強ち間違ってはいなかったのだろう。

 

 例えるなら私は今、ユミル(母親)の腹の中に回帰している。羊水に浸かりながらお城を作っているのだ。…何とも奇妙な表現である。

 

 

「それでね、ユミルに聞きたいことがあるの」

 

『?』

 

 

 小首を傾げ、城の頂上部分を作るユミル。

 

 私は過去に二回、おそらくこの世界でユミルに身体を修復されて現実に戻ってきた。しかしてこの世界の「私」は、精神で存在している。無論、今砂に触れている感覚はある。それどころか五感がイキイキとしている。現実と違う点は、右足があるところでしょう。

 

 この世界で肉体のように感じているものは、精神から生じる感覚的なものなのだと思う。

 表現が難しいですが、例えば夢で、自分の身体を動かしているような体験をしたことはないでしょうか?それをよりリアルにした感覚が、この世界にいる「私」なのです。

 

 そう考えると、この世界で治された私の身体は、ユミルにプログラミングされた情報に過ぎないのかもしれない。

 

 実際に治されるのは巨人の肉体の中。巨人は再生能力がありますし、それを活用して彼女が刻んだ情報が、私の身体に適用されているのだろう。

 

 結構この考えが相応しい答えな気がする。

 

 

 それで、だ。

 

 血の繋がりや私の再生した肉体を踏まえて、ユミルちゃんに尋ねたい。

 

 

「人体をワープさせることって、できないかな?」

 

 

 ユミルちゃんは城の細かな装飾に移っていた手を止め、私の顔をじっと見つめる。かく言う私は、城の下のそり立つ岩肌を表現するべく尽力している。ちなみにアウラちゃんに芸術センスはなかったりします。ハンジ・ゾエの勉強会で巨人を描かされた時は、長い間の後に「何これ………バケモノ?」と言われました。

 

 ユミルたそは暫く私を見つめた末、砂のついた手をゆっくりと上げる。そして握られていた手の形が変化し、親指が立てられた。OKらしい。

 

 思いましたが彼女、かなり私に毒されてきていますか?エルディア人の始祖がアウラ色に染まる……背徳的で興奮しますね。

 

 

 

 しかし、問題点はあるようだ。

 

 アニちゃんも連れて行きたいことを話した上で、テレパシーの要領で伝わった内容を端的に表すと、以下の通りになる。

 

 まず私の精神ならばまだしも肉体の情報を伴う変化を起こすには、仲介役となる巨人の媒体が必要らしい。巨人化能力者はこれをスキップできるとのこと。より密接に、ユミルの世界と関わっているからだそうだ。

 また仲介役の巨人は、見張りの兵士を巨人にさせることになった。

 

 対し私はユミルから力を借りているだけの人間。要は、巨人の体内に入らないといけない。食われるのはちとキツイですがまぁ構いません。──えっ?巨人のお腹を開けて体内に入れるコースもあるんですか?ならそちらでお願いします。

 

 

 次にアニ・レオンハートの結晶化問題ですね。

 

 彼女は現在引きこもり状態。ユミルちゃんのイメージだと、壁の礎になっている大型巨人と非常に似た状態らしい。アニは追い込まれて結晶化した。謂わば“世界の拒絶”と表現してもいいのかもしれない。

 

 結晶をどうにかするには、彼女の心を動かすしかない。そしてその心は今なおぼんやりと、現実と夢の狭間を彷徨っている。これについては彼女をこちらの世界に引きずり込めばいいとのこと。説得は私が担当します。

 

 

 最後はこの方法を行った後、ユミルちゃんがかなり疲れてしまうことだった。

 

 当分私をこの世界に招くことができないほど、彼女は消耗してしまうらしい。

 それは嫌だ。でも、私はお兄さまに会いたい。会わなければならない。けど……。

 

 

 

「────え?」

 

 

 

 何で私、悩んでいるんだ?

 

 そんなのお兄さまが一番に決まっているだろ。なのに何で私は今悩んでいる?

 最終的に選ぶのはお兄さまだ。しかし()()()()()()()()()というのが、おかしい。私ってそんなにユミルのことが好きだったのか?

 

 

『   』

 

 

 ニパァッと、笑ったユミルちゃん。

 

 私の心臓はその位置がありありとわかるほど、強く脈打っている。いつも無表情な彼女が天真爛漫に笑うのはずるい、ずるいぞ。

 

 最初に出たのは深いため息で、頭を押さえる。自然と彼女につられて笑った自分が、自分ではないかのような気がした。

 

「私」は今ここにいて、ユミルの側にいる。

 私は誰なんだろう。自分の手から自分が離れて行く気がする。

 しかし、離れていった私の場所には、私がいて────?

 

 

『 ! 』

 

 

 聞こえるのはだれかの頬を両手で、パシパシと叩く小さな手の音。その手の主はユミル。そのだれかは、だれかは…………そうだ、私だった。アウラ、アウラ・イェーガーだった。

 

 ジーク・イェーガーの全てを愛している、アウラちゃん。

 

 

「ふふ」

 

 

 寂しいけれど、永久の別れというわけではない。ユミルちゃんとはまた会えます。もし死んだらこの世界にお邪魔しますし。

 

 生きた場合はそのまま生きるでしょう。

 本当にお兄さまと会ったら「私」がどうなってしまうかわからないから、選択肢は複数残しておいた方がいい。

 

 

 

 ひとまずスポーン地点はウォール・マリアの内側、シガンシナ区から少し離れた東の壁沿いにしてもらった。

 

 敢えて中央から離れた壁沿いであるのは、「遅刻遅刻ゥ〜☆(脳内再生:お肉少女)」と、パンを咥えて訓練場まで突っ走る訓練兵の如く、バッタリ調査兵団と出会さないようにするためです。外側は内側より純度の高い巨人シティなので却下だ。

 

 私とユミルの関係性や、一部「始祖」の力を使える情報は戦士側には控えたい。ただしこの世界で私と接触するアニは別である。それを見越しての()()()()だ。彼女の弱みは頭を覗いて見させてもらう。

 

 

 対し突然消えた私とアニに驚愕待ったなしの壁内についてですが、この件が終われば去ります。そのためのアニ・レオンハートという保険である。

 

 所詮マーレ側は私がどのようにしてアニを救出したかはわからない。これは壁内人類も然り。

 

 マーレには憲兵の私兵をこっそりと作って、逃げる算段を作っていた──で十分だろう。アニたそが結晶化していた事実を戦士たちは知らないので、ユトピア区で憲兵に拷問されていた(アルミン・アルレルトがベルトルトに言ったウソ情報である)と、話せばいい。

 そして裏でアニの脱出を手引きした私は、調査兵団が動いたのを見計らって彼女と逃亡した───。

 

 壁内とマーレ側で情報の差異ができるが、敵同士共有することは現時点ではまずない。将来はわからないが、その頃に私が生きているかもわからないし、面倒ごとになったら死にます。ジーク・イェーガーを感じることができればそれで、私が過ごした虚の十八年の想いは果たされる。

 

 でもその前に、十三年の寿命の呪いをどうにかしなければならないのか。

 

 

 ────案外まだ、死ねないのか。

 

 

 お兄さまを苦しめて、幸せにするまでは。

 

 生きることは難しいな。死ぬのは簡単なのに。

 

 

 これについてユミルちゃんに尋ねてみましたが、彼女はせっせと城を作っている。

 返答は望めなかったので、仕方なく私も城作りを進めた。

 

 結果私とユミル作の、全長数メートルに亘るビッグサイズの砂の城が出来上がることになる。

 

 私、何やってんだろ(賢者タイム)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3P

感情がノって書いてると「私の主観、詰められすぎ…!?」と思い始めたこの頃。やっぱ理性的に落ち着いて書かなぁ…。でもそうなると理性でお前変態文書いてるの?って思われそうで……今更か。


「君の大切なものは、父親か」

 

 

 そう言い、アウラ(悪魔)は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 現実と夢の境界線。まるで一瞬のような、はたまた悠久の時を茫洋とした意識の中、彷徨っていたアニ・レオンハート。不思議と外にいる人の声だけは、聞こえていた。

 

 ところが突然彼女の意識はさらに奥へと引きずり込まれ、気づけば地平線まで続く砂と、光が柱を作りあげる奇妙な世界にいた。

 

 寝転がっていた彼女はそのまま、枝のように夜空に広がる無数の糸を眺めた。それはウネウネと、遥か遠くまで広がっている。その行き先がどこなのか、ぼんやりとした思考で手を伸ばす。そこで見覚えのある兵士服の袖が目に入った時、彼女は思い出した。自身がエレンとの戦いに負け、結晶化したことを。

 

「私は、いったいどうなって…」

 

 とうとう地獄にきてしまったのだろうか。静寂に包まれたこの世界は不思議と、地獄のようには思えない。反対に天国のようにも思えなかった。妙な安らぎを覚えてしまう自分に、アニは困惑する。

 

「え」

 

 その時。四肢を投げ出していた彼女の上に、誰かが覆いかぶさる。

 

 突如アニの上に跨ってきた人物は、彼女の顔の横に手をつく。作り物のように美しい顔立ちには見覚えがあった。ただし髪の長さは大きく変わっている。

 

 擦れ合う服の感触はまるで本物。現実であるかのように、情報の一つ一つがリアルに伝わる。

 

 

「アウラ、イェーガー……!?」

 

 

 少女漫画で幾度と繰り返されてきたシチュエーション。もしこれがベルトルトだったら、草食に見合わぬ強引さに思わずときめいてしまったかもしれない。

 

 ……と、例えに出したのがベルトルトということに気づいたアニの思考は、さらに停止する。

 

 女の顔は、すぐ側にまで迫っていた。

 我に返ったアニが足を曲げ腹を蹴り飛ばそうとした矢先、額同士が触れ合う。視界の隅に映る色素の濃い髪は頭上の光を受け、うっすらと金色に輝いた。

 

 

「少し、君を見せてね」

 

 

 瞬間、巨人化する時身体に流れるような衝撃がアニを襲う。悍ましい感覚がついで身体中に広がった。

 

 頭の中を、自分ではない誰かがのぞいている。痛みはない。だが麻酔をかけられた上で頭蓋骨を開かれ、脳味噌をいじっている様子を鏡越しに見せられているような───ともかく、ひたすらに気色が悪い。

 

 

 そして拷問に等しい時間を耐えている最中、アウラは彼女に微笑み、アニ・レオンハートの大切な人を言い当てた。世界を敵に回しても、アニにとっては代え難い人物。彼女が望まぬ道に進めさせた人物であれど、ぶっきらぼうな裏には確かな愛情が存在する。

 

「わたっ、しに……何をした!!」

 

 己の記憶をのぞいた犯人の胸元を突き飛ばし、上半身を起こしたアニは問い詰める。頭は未だジクジクとした気持ち悪さが残っていた。

 

 砂の上に盛大に尻餅をついたアウラはそのまま倒れ、両手で頭を抱えるようにし動かなくなる。聞こえる荒い息は、呼吸が儘になっていない。

 

 

「…大丈夫かい?」

 

 アニの問いかけに返答はない。女を突き飛ばした時に感じた軽さ。体格が優っているライナーをいとも容易くあしらえてしまうアニだからこそ、力任せに相手を押し退けた行動は彼女らしくなかった。

 であるというのに簡単に突き飛ばせたことには、理由がある。

 

 アウラのスカートから覗く脚は片方欠けている。残っている脚も、兵士らしからぬ細さだった。

 

 敵に協力したとして、幽閉されていたのは想像に容易い。だが仮に足を失うほどの非人道的な拷問が行われていたのだとしたら、思うところもある。

 

 ──いやその前に、疑問はたくさんあるのだが。

 

 

「…悪かったよ」

 

 アニは起き上がるのを手伝おうと、手を伸ばす。

 そして腕を掴み引き上げた時、顔を覆っていたアウラの片手が外れ、白銅色の瞳が長い前髪の隙間から垣間見えた。

 

 

 

「おにいしゃまぁ………♡」

 

 

 

 濁った瞳はグスグズに溶け、潤んだ側から涙が溢れている。しかしてその色は悲しみではない。もっと卑しく、妖しく、淫らな光景である。

 口元は半開きで唾液が糸を引き、艶めいた吐息が漏れている。これが男であったなら、美女が発情している姿に元気百倍(意味深)になっただろう。

 だが相手は女でしかもクール美少女。

 

 

 純粋にアニは、ドン引きした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 変態の国から帰ってきたアウラは、己の痴態に頬を染めながら一つ咳払いする。いくら変態美女とて、我に返った時「うわっ……」という白い目で見られれば、羞恥が湧く。

 

 リスク覚悟でアニの記憶を覗いたまではよかった。他者の記憶に浸かるほど彼女の自己は「アウラ」から、その他者へと変わっていく。引き際を間違えればアウラが「アウラ」ではなくなってしまうということであり、連続して同様のことを行えば、いよいよ精神崩壊は免れなくなる。

 

 情報を得られるというメリットに対し、危険があまりにも多いこの能力。

 

 

 そのため最小限にアニの記憶の糸を辿っていたアウラは、「アニ」になりかけながら少女の父親の情報を得た。

 “戦士”にすべく厳しくアニを躾けた父親。少女の望まぬ道であったが、彼女は最終的に戦士となり、「始祖奪還計画」の大任を仰せつかった。

 

 そんな彼女に父親は、戦士の地位も名誉マーレ人の称号も捨てて帰ってくることを願った。厳しい父親が見せた涙。血の繋がらない親であったにも関わらず、そこには深い“愛情”があった。

 

 アニ・レオンハートの大切な存在が父親であると分かったアウラは、意識を戻そうとし、見てしまった。

 

 

 ────今日も訓練頑張ってるね、アニちゃん。

 

 

 兄だ。アニの隣に兄。

 

 瞬間、アニ色に染まっていた女の意識は「アウラ」になり、さらにメーターが吹っ切れた。

 

 マーレに住んでいた頃のグリシャの面影を色濃く残すジークの姿。かつてユミル大先生にボーナス支給してもらった時よりも、少し大人びた印象を受けた。

 

 眩い金髪も、麗しい青い瞳も何もかもが彼女の脳を破壊する。アニと同じ訓練中だったのか、額から流れる汗はさながら聖水の如し。

 

 アウラはこの時理解した。世界はジーク・イェーガーを中心に回っていると。いや、そんなことはジークが生まれる前から決まっていたことであり、彼女も周知の事実だった。

 兄がいるからこそ世界は成り立ち、逆にいない世界は無価値の存在である。

 

 ハレルヤ人々よ、この争いばかりの世界にはやはりジーク教が必要なのだ。

 

 

 そうしてアニに存在するジークの姿を追い戻ってきた時には、アウラは完全に()ってしまっていた。

 

 ビチョビチョの美女から距離を置くアニに、段々とその冷たい視線が羞恥から興奮に変わっていく変態(アウラ)。そして、変態の後ろからひょっこりと現れたユミル。

 

 同時刻、現実ではウォール・マリア奪還に向けて調査兵団が死地に赴く覚悟で暗闇に包まれたウォール・ローゼを進軍している中、この空間には例えようのないヌメついた空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 一通りアウラから事情を聞いたアニは、深いため息を吐き、状況を整理し始めた。

 

 

「つまり────まず、あんたの隣にいるのがユミル・フリッツで、「始祖の巨人」はユミルに戻っていて、あんたはその力を借りてさっき私の頭の中を見たと。…で、力を借りられる理由はアウラ・イェーガーが王家の人間であり、ユミルの寵愛を受けているから。それでこの世界は、全てのエルディア人が繋がっている“()”のような場所である……と」

 

「うん、理解してくれた?」

 

「バカ言わないで、全くできてないから」

 

 始祖の力がユミルに戻っていると言われた時点で、訳がわかっていない。

 

 何故力が戻ったのかアニが尋ねれば、「進撃」の前継承者であるグリシャ・イェーガーが始祖を継承していた人間を殺し、ユミルに戻ったのだという。

 しかもグリシャに殺すよう命じたのは、ユミル本人であると。

 

「何で力を自分に戻したんだ?というかあんたがその事をどうして知っているんだ」

 

「ユミルちゃんに()せてもらったり、教えてもらったからだよ」

 

「…あんた本当に王家の人間なのかい?そうなるとジーク・イェーガーも……」

 

「えぇ、思い当たる節はあるんじゃない?」

 

「………!!ジークの脊髄液ッ!」

 

「そ、アニちゃんの記憶の中でちょっと見たけど、お兄さまは巨人を操れる。お兄さまの脊髄液で巨人化するのは初めて知ったけど」

 

 

 飲みたいなぁ…と、続いたアウラの言葉。

 

 アニが知ったアウラ・イェーガーの本性。この女、彼女を見た百人中百人が「美人である」と認める美しさを持ちながら、とんでもない変態であった。

 現にアニの中にあるジークの記憶を覗いたらしい変態は、発情していた。

 

 アウラが現実で兄に並々ならない執着を見せている場面は多々あった。

 しかしてまさか、瞳に「♡」を浮かべるような本性など知りたくもなかった。

 

 

「そもそもどうしてあんたは始祖ユミルに似てるんだ?…いや、似てるってもんじゃない」

 

「それは私も知らないの。ユミルちゃんに聞いてみて」

 

 始祖様は現在アウラの膝の上で、銭湯上がりにマッサージチェアに座り「あ゛ぁ゛〜〜⤴︎」と声を震わす老人のようにくつろぎきっている。

 

 本当に、本当にこの少女がエルディア人の祖先(ルーツ)であるというのか。アニにはフリーダム少女にしか見えない。

 ただ一切変化のない表情は異様で、その部分だけは人間を超えた神か悪魔のように感じられた。

 

「あんたずっと「始祖」の居場所を知りながら、黙ってたってわけ?」

 

「逆に言う必要があったの?現実ではアニちゃんが眠り姫になった後ね、紆余曲折を経て、エレンが「始祖」であることになったんだ。中央王政に攫われたり、色々大変だったみたいよ。私は囚われの美女になっていたけどね」

 

「…………ライナーとベルトルトは?」

 

「無事だとは思うわ。あなたがエレン・イェーガーとストヘス区でドンパチやっていた時に、私やライナーくんが隔離されていた場所でも一悶着あったの」

 

「獣の巨人」の襲来に、右足を失ったアウラ。ウドガルド城での戦いや、ライナーたちのエレン誘拐事件。

 

 変態女が兄の巨人に、しかもジークの目の前で右足を食われたことをうっとりと語った時、アニは戦士長に心底同情を覚えた。普段は誰かを「かわいそう」などと思うことがないのにも関わらず、である。

 

 

「アニちゃん、それとね──」

 

 

 アウラは戦士候補生時代のジーク巡りをしていた中で、ユミルらしき人物がいなかったことを確認している。

 それについて尋ねられたアニは瞳を丸くし、黙り込んだ。

 

 曰く、始祖奪還計画に当たった戦士は元々四名だったらしい。その一人の「マルセル・ガリアード」という人物は、壁外を移動中ライナーをかばい、無垢の巨人に食われてしまった。

 その無垢の巨人が人に戻った姿が、おそらくユミルであるのだろうと、アニは推測した。

 

「アイツが、マルセルを食った巨人……」

 

「理由はわからないけれど、彼女はライナーたちと共にマーレへ向かった。戦士候補生に食われるのは目に見えているというのに」

 

「…取り敢えずベルトルトたちが無事だったのなら、それに越したことはない」

 

 アウラはアニを連れて、これからシガンシナ区で起こる調査兵団VS戦士の戦いに向かおうとしている。

 

 移動手段はこの“道”を通して肉体を転送し、巨人の体内から出てくるという、始祖の力をゴリ押しに使ったような方法。果たしてそんなことが可能なのか疑問であるが、アウラは何度かこの世界にお世話になっているという。

 

 具体的には二回。「楽園送り」にされた時と、「超大型巨人」がシガンシナ区を襲った時。

 死にかけた女は、巨人の体内に取り込まれ、肉体を修復して復活した。

 

 ユミルの寵愛を受ける者。女にべったりとくっ付いている始祖様の様子からして、寵愛は本当だろう。その理由は王家の血を引き継ぐ人間であるからか、それともユミルとアウラの容姿がそっくりであるからなのか。詳しくはわからない。

 

 

「私を連れて行ってどうする気?調査兵団に加勢しろっていうの?」

 

「連れて行くのはまぁ、君への恩を返すためかな。敢えて覗かなかったけれど、どうして私を庇うようなマネをしたの?」

 

「……何が?」

 

「ストヘス区の一件でアニ、君は私があなたたちに脅されていると語った。その理由を聞きたい」

 

「別に、ただの………免罪符だよ」

 

「免罪符?」

 

「生きるだけで地獄だった私は、死んでも地獄に行くのは決まってた。…だからだよ、少しでも救いを求めたっていいだろ」

 

「でも、君は死んでいない」

 

「………」

 

「それはどうして?」

 

 白銅色の瞳は、不思議な色へと変化した。夜空をかき集めて星をトッピングしたような、吸い込まれそうな幻惑的な色。思わず地面に手をつき体を前のめりにしたアニは、慌てて姿勢を戻す。

 

 

 理由は単純だ。

 生きたかった。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

「───ふふ、私に付いてくれば、アニちゃんはマーレに帰れる。そうしたらお父さんに会えるよ」

 

「………」

 

「別にそのまま楽園に残りたいなら、残っててもいいよ。これはあくまで着せられた恩を返したい、謂わば私のエゴであるのだから。私はこのままジーク・イェーガーに会いに行く。ただし、結晶化しているあなたが今後元に戻れるという保証はないけれどね」

 

 戻れるなら、隙を窺い逃げているはずだ。しかしアニ・レオンハートが逃げたという情報は出ていない。

 当のアニにもエレンに殺される手前で結晶化したものの、戻れる算段はない。そもそも結晶化の中では彼女自身の意識がおぼつかない。受動的に入ってくる外界の音を、聞くばかりだ。

 

 

 このままでは、父に────。

 

 

 ずるい話である。アニの弱みを握った時点で、彼女の答えはわかっていたはずだ。

 だが同時にアニも、アウラ・イェーガーの重大な情報を手に入れている。

 

「始祖」の居場所(ユミル・フリッツに渡っているのなら、力を手に入れるにはその力を借りているアウラを食えばいいのかもしれない)に、彼女とジークが「フリッツ」の末裔である情報。特に後者に関してはジーク・イェーガーの特異な能力も相まって、信憑性が高い。

 

 だが、なぜわざわざ重大な情報を漏らしたのか。手っ取り早くアニを信じさせるための方法でもあるのだろうが。

 

 星の瞳はキラキラと輝きながら、アニ・レオンハートを捉える。

 瞬間薄ら寒いものが、彼女の背筋を這い回った。ドッドッドと、早まっていく心臓の音。

 

 

 

 

 

「君が付いてきてくれるなら、私はあなたを連れて行く。望まないのならばそのまま眠っていてもいい。しかし付いて来るのなら、一つ約束を守りなさい。

 

 私が話したことをマーレの上層部でも、仲間でも誰でもバラせば、お前の父親を殺す。お前も殺す。

 お前の父親をお前の前で殺して、お前を殺す。

 

 私がいないならバレないという話ではない。「道」はいつだって繋がっているのだから。隠し通せるなどと思うなよ。我々がエルディア人である限り、全てはこの場所へと帰結する。

 

 

 ────と、いうわけなんだけど、それを守った上で付いて来てくれるなら、私の手を取って。無論秘密をバラさないなら、それ以上のことは私からは求めない。戦争をしようが、パラディ島の人間を殺そうが、好きにするといい。

 

 お兄さまを害さないのなら、何でもしていいよ」

 

 

 

 微笑んだアウラ・イェーガーの瞳は、ドロドロとした白濁色に戻っていた。

 

 その妖しさは美貌を伴って、人間に厄災をもたらさんとする悪魔のようにも見える。その手を握るか否かは、アニの判断に決まる。

 彼女は一つ生唾を飲んで、おずおずと手を伸ばした。

 

 

「いいの?」

 

「……しょうがないだろ。私は、父に会いたいんだ」

 

「本当の、本当に?」

 

「…ッ、あんたが聞いたんだろ、しつこく聞き返さないで」

 

「ははぁ、じゃあよろしくね、アニたそ」

 

「あぁ…………アニ()()?」

 

「私のことはアウラちゃん、って呼んでね。呼び捨てでもいいよ」

 

 つい先ほどまで零下を下回る空気を放っていた女は、アニが呆然とするほど砕けた印象に変わった。

 彼女は細い手を握り、「…アウラ」と、小さく呟いたのだった。

 

 

 それから二人はユミルに連れられ城型の巨大滑り台をひとしきり滑り、一人の少女を除いて賢者タイムに入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、薄明るくなった現実で巨人のご開帳した腹から出てきた二人。

 

 憲兵の服を着ているアニに対し、アウラは何も着ていなかった。いつも身につけている白いバンダナだけは首元に絡まっている。

 

「………」

 

 どうしてユミルちゃん?──と、顔を覆うアウラ。

 アニはそっと、羽織っていた上着を全裸の変態にかぶせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦士鍋

煮込むよぉー煮込むよぉー………うぇへへ〜い。

原作超えて予想以上にアニメのグリシャが発狂してて、私の心の言峰先生が「ニッコニコ( ◠‿◠ )」していました。まるでgay術回だった。


 調査兵団のウォール・マリア奪還作戦が進む中、敵の予測できる戦力は「鎧」のライナー・ブラウンや「超大型」のベルトルト・フーバーに、「獣」の巨人の少なくとも三体。またそれ+αで、戦士が留まっている可能性があった。

 

 巨人が壁内へ侵入するのを防ぐため、先に外門を塞いでその次に内門を塞ぎ、独立したシガンシナ区内の巨人の掃討が行われる。

 

 戦士たちがどこに潜んでいるかわからない以上、慎重に行動する必要がある。最初から巨人化して戦うよりも、潜んでおいて巨人化した方が兵士の隙を狙えるだろう。

 

 エレンが連続して巨人化できる回数は三回であり、内門と外門を塞ぐ計二回を除いて、敵との戦闘で巨人化できる回数は一回となる。

 

 

「超大型」は圧倒的な力を誇る代わりに持続力に欠ける。硬質化は使えないものの、高熱の蒸気を意図的に噴出させる力を持つ。

 立体機動との相性は悪く、容易にうなじを狙うことができないため攻略が難しい。

 

「鎧」に対しては、その装甲を打ち破るカギになる『雷槍(らいそう)』と呼ばれる武器が開発された。

 

 元々中央憲兵が隠し持っていた技術をハンジ・ゾエが技術班に依頼して作らせたものであり、見かけはただの鉄の棒♂

 

 その威力は凄まじい反面、手動で鉄の棒を敵に突っ込ま(意味深)なければならないため、使用には熟練度が必須。

 

 さらに注意点が一つ。雷槍を使う際は前方に建物がなければ使えない。敵に打ち込んですぐに退避しなければ、爆風に使用者本人が巻き込まれてしまうためだ。

 

 

 そして「獣」の巨人。この巨人は「女型」より精密に無知性巨人を操ることができる。非常に厄介だ。それだけでなくミケ・ザカリアスがアウラ・イェーガーを回収した時に、「獣」が巨人を掴み投げようとしていた光景を目の当たりにしている。

 

 その際敵が攻撃しなかったという不可解な点はある。だが獣の巨人に“投擲”という武器があるのは明らかとなっている。これはウドガルド城戦でも確認された。一度目は馬、二度目は屋上にいた兵士。

 

 岩の投球によって行われた攻撃の精密さは十分な脅威に足りる。

 

 

 

 これらを踏まえエルヴィンは、シガンシナ区に入った調査兵団が敵に挟み撃ちにされる可能性に至った。獣の巨人の“投擲”を踏まえた時に考えられるのは退路を塞ぐこと。前例としてエレンがベルトルトによって壊されたトロスト区の内門を大岩で塞いだ件がある。

 

 そのため似たような状況を作られる可能性があると考えた。

 

 シガンシナ区の内門を塞いでしまえば、少なくとも馬は移動できない。となるとカゴの鳥だ、逃げ場がなくなる。まさか外門へ行くのは自殺行為だ。巨人がわんさかいる。

 

 立体機動で壁を伝い内門の外に広がる街に移動しても、そこから戻るにはやはり馬が必要だ。敵の配置は予想としてシガンシナ区内とウォール・マリア側。どの道分散して戦う必要が出てくる。幸い街はどちらにもあるゆえ、立体機動が使えない、という状況は出てこない。

 

 ただし獣の巨人は無知性巨人を操れる。巨人を使い兵士を追い込んで、岩の投擲を使いその兵士がいる場所を狙われる可能性は十分ある。

 

 この投擲の防御策として「エレンの硬質化を使ったらどうか?」という考えもあったが、エレンの巨人化回数を踏まえ、実践的ではない、と却下された。

 

 また同様に「シガンシナ区内に馬を入れてしまい、前提として獣の巨人が馬を狙えないようにしてしまってはどうか?」という考えもあった。内門を塞がれてもエレンに馬を運ばせれば移動はできる。しかして馬の数は数百騎以上に及び、それをエレンに往復で運ばせるには無理がある。そもいくら巨人に対してパニックにならないよう品種改良された馬でも、巨人に掴まれれば興奮して暴れてしまい収拾がつかなくなる。

 

 そのためこの考えも却下された。

 

 

 

 ───というように、上記のような内容が作戦会議において行われた。

 

 

 その間腕を組んで団長や分隊長らの話を聞いていた一人の男は、獣の“投擲”というワードを耳にした時、「フム…」といった様子で何か考え込んでいた。

 

 そして、一通り話が終わり一旦下火モードとなった皆をよそに、唐突に兵士長は席を立った。

 

 大半が「クソか?」と思う中、彼と付き合いの長い団長などは嫌な予感を感じていた。

 

 

 そして数分後、兵長は石を握って戻ってきた。中央に座っていたエルヴィンは「オイ、退いてろ」の一声で静かに移動し、周囲も被害を被るであろう位置から逃れ、隅に固まった。団長がいた後方の壁に向かってブン投げられた石。人類最強の男によって投げられたそれは本気の投球でないものの、聞こえてはならない音が聞こえ、壁にめり込んだ。

 

 実演販売には絶対に向かない男、リヴァイ。

 

「コイツが当たったら死んじまうかもなぁ……」と振り返りざま団長を見た男に、ミケは鼻を鳴らし、ハンジは兵長の奇行にツボってしまったのか声を殺して笑った。

 

 肝心のエルヴィンはというと少し微笑んで、「修理代はお前の給料から精算するからな、リヴァイ」と語り、この一言でついにゾエは耐えきれず爆笑し始めたのだった。ここに第四班の副分隊長がいたら、「空気を読んでください、ハンジ分隊長!」と彼女を叱っていただろう。

 

 

 

 

 

 ……そのようなこともあり、三人(+α?)の敵勢力の中で最も厄介なのは、獣の巨人であると判断された。

 

 

 本作戦のカナメを改めてまとめると、外門と内門をエレンの硬質化で塞くこと、敵(知性巨人)の殲滅、地下室の秘密を暴くことの概ね三つに分けられる。

 

 予想できる現状において、この作戦は今まで以上の死者を出す。穴を塞いでお終いにすることはできない。ここで戦わなければ、戦争の先延ばしになる。戦いが続けば必然と兵士は死に、壁内の戦力は削れていく。今はまだ戦士だけだが、長引けば通常の敵兵士までもが攻め入ってくる可能性もある。つまり総力戦だ。そうなっては本当に壁内人類に未来はない。

 

 消費される命。それでも進まなければならない。

 

 

 

 人類の明日のためにと、兵士等は毒を飲み込むように暗闇の中、光る鉱石で作られたランプを見つめる。

 

 夜明けは、もうすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ────おにーた!

 

 

 男の夢の中に出てくる一人の少女。セミロングの父に似た色の髪を揺らしながら手を前に出して、小さい生き物とは思えぬほど強い力で飛び込んでくる。その衝撃を全身で受けると、彼はそのまま耐え切れず後ろに転がってしまう。

 

 少女を受け止める男は無精髭を生やした、いかにも通報されかねない姿ではなく、在りし日の少年の姿。

 

 訓練で疲れた身体に感じる少女の高い体温と心臓の音は、彼に晩ごはんを食べて風呂に入り、ベッドに向かうまでの気力を取り戻させる。お返しに抱きしめてやれば、キャッキャと、心底嬉しそうに笑うのだ。

 

 

 少女は彼の妹だった。年の三つ離れた少女は彼以上に、両親に愛されていた。

 その事実に幼少期の少年はうつ暗い感情を抱いたこともあったが、全て遠い昔の話である。

 

 少年の姿が青年に変わっても、夢の住人たる妹の姿は変わらない。青年がメガネをかけるようになっても、無精髭になっても、妹は変わらなかった。

 

 なぜ変わらないのか男が尋ねても、妹はニコニコと笑うばかり。

 

 少女は背を向けると、そのまま歩いて行く。いつの間にか少女の両隣には両親が現れ、それぞれ妹の手を繋いで歩いて行く。彼は追いかけようとした。しかし足は赤黒い地面に呑まれ、追いかけることができない。

 

「待ってくれ」と叫んでも、三人は振り返らない。呑まれていく身体は腰にまで届き、どんどん男は沈んでいく。

 

 なぜ置いて行くのか。なぜ────と、よぎった思考。

 

 

 

『お前が選んだんじゃないか』

 

 

 

 男が声の先を辿れば、後ろにいたのは少年の姿をした自分(ジーク)

 

 土で汚れた制服を着た少年はしゃがみ込み、男の後頭部へ顔を近づける。そして耳元でボソボソと、囁いた。

 

 

『密告したのはお前だ』

 

『家族を捨てたのはお前だ』

 

『お前を愛さなかった両親が悪いんだ』

 

『お前は悪くない』

 

『お前は世界を救うんだ』

 

『エルディア人をこの世から無くして、世界を平和にする』

 

『罪深きユミルの民』

 

『そんなお前も、罪深い人間だ』

 

 

 ドロついた、血のような液体に呑まれた男はついに目元まで沈む。瞳を閉じ、そのまま闇へと意識を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「────ゔっ」

 

 

 まだ外も真っ暗な夜。突如腹を襲った衝撃に、ジークは目を覚ました。

 

 魘されていた寝つきはただでさえ悪いというのに、自身の腹に乗っかっているのは足。その足の主は片足を彼の腹に乗せ、身体を海老反りにして両腕を羽ばたく鳥のように左右へ広げている。対しベルトルトの片手が頭に乗っているライナーは、胎児の形で静かに寝ていた。

 

 180センチを超える図体の、しかも重量(筋肉)のある野郎が三人。彼らがウォール・マリアの壁上で敵が来るのを待ち構えて、三週間は経つ。夜の見張りは夜目が利く「車力の巨人」のピークが行い、それ以外は男三人交代で行っている。

 

 そんな野郎どもは、一つのテント内で寝ている。

 

 

 男三人、密室、戦士たち。何も起きないはずがなく………一つの問題が浮上した。

 

 

 それはベルトルト・フーバーが、規格外の寝相であったことだ。

 

 ライナーは兵士時代にベルトルトの被害に幾度かあってきたようで、もう慣れた様子だった。蹴りの一つや二つでは微動だにしない。

 一方でジークは慣れない。慣れるわけがない。そして強制的に起こされる。

 

 流石に寒い外にベルトルトを蹴り出すわけにもいかず耐えている。…が、そう遠くないうちにベルトルトは戦士長によって蹴り出されるだろう。

 

 某SNSの青い鳥のロゴのごとき寝相の少年を尻目に、毛布を引きずりながらジークは外へ出た。片手に持った恩人の遺品であるメガネをかけ、深い息を吐く。もう何度見たかわからない悪夢に流れた汗は、外気に触れて身体の温度を下げる。温かいコーヒーでも飲みたい気分だった。余計眠れなくなりそうだが。

 

 

 

「エレン・イェーガーね…」

 

 

始祖(座標)」の力を持っている少年。ライナーたちから聞いた情報で明かされた「イェーガー」の名は、ジークと同じ姓であった。その父親は現在行方不明であり、医者をやっていたという。

 

 その男とは間違いなく、グリシャ・イェーガーである。

 

 壁外を移動したグリシャの力は、消去法的に行方知れずだった「進撃」の巨人と考えるのが妥当。グリシャは王家から始祖の力を奪い、エレンに託した。

 

 

 だがここに、一つの疑問が浮上する。

 

「始祖」の力を扱うには例外を除き王家の人間でなければならないのにも関わらず、なぜエレンは始祖の力を使えたのか。

 

 エルディア人の“安楽死計画”を進めているジークは、クサヴァーから「不戦の契り」の内容や、その()()についての方法を聞かされ知っていた。王家の人間が「始祖」を継承すると初代レイス王の思想にとらわれ、力を使うことはできない。ゆえにジークが力を奪っても意味はない。

 

 ただし「始祖」を持つ人間と、王家の血を継ぎ、尚且つ巨人化能力者が接触すれば「始祖」の巨人の真価を発揮することができる。この場合王家の血を継いでいても、巨人化の力を持つ人間でなければ意味がない。クサヴァーが巨人について研究していたからこそ、分かりえた内容である。

 

 ヒストリアでは不可能だ。全てに合致するのはジークのみ。

 

 まさか「始祖」を受け継いだのが兄弟であったとは、奇妙な運命としか言いようがない。

 

 

 そして疑問の部分だが、エレンはライナーたちに攫われかけた際、始祖の力を使い巨人を操ったという。正確に言えばエレンの知人らしき男(ハンネス)が巨人に殺され、その巨人に殴りかかった後、少年の意思に同調するかのように周囲の巨人が動いた。

 

 ライナーやベルトルトは危うく死にかけたものの、ユミルが加勢したことにより九死に一生を得た。

 

 可能性の一つとして、ジークはエレンが巨人化した母親(ダイナ)(もしくは妹)と接触した結果、一瞬座標の力が開かれた可能性を考えた。

 

 にわかには信じがたい話である。しかしこれまでの偶然の数々を踏まえると、あり得ない話ではなかった。

 

 

 同時にもう一つの可能性が、彼の中によぎる。

 

 

 きっとその名前を聞かなければ、思い至らなかった可能性。威力偵察でウォール・ローゼ内に侵入したジークが遭遇した、妹と同じ名前を持つ女兵士。

 

 あり得ない、あり得ないと、再送の丸い矢印を押してページを更新させるように、何度も否定の言葉がリフレインする。

 

 作戦の参加に支障が出るかもしれないため、今この段階でジークとエレンが異母兄弟であることを、ライナーやベルトルトに勘付かれるのは避けたい。(だが「アウラ・イェーガー」と出会っている二人は、すでにジークとエレンが腹違いの兄弟であることを知っている)

 

 対しジークは妹と同じ名前を持った兵士に遭遇したことを踏まえ、「アウラ」という人間がいたかを尋ねる分には怪しまれないだろう、と考えた。

 

 女兵士は自由の羽が刺繍されたマントを着ており、ライナーたちと同じ調査兵団の人間だった。

 彼がウドガルド城を襲った時二人もいたため、前後で女兵士と行動を共にしていた可能性は十分ある。

 

 

『────なぁ、ちょっといいか』

 

 と、あらかた報告を終えたライナーたちに彼は切り出して、「アウラ」という女兵士と遭遇したことを語った。無論、ウドガルド城の一件で命からがらな思いをした二人に謝罪の言葉を交えて。まぁ気付けという方が難しい話だ。

 

 

『「アウラ」という兵士は確かにいましたよ』

 

 

 そう声を発したのはベルトルト。ライナーが中心に報告を述べる中、彼はやけに落ち着いた様子でいた。てっきり意中のアニを壁内に残してきてしまったことに少なくないショックを受けているかと思ったが、ジークの杞憂に終わった。

 

 ベルトルトは語る。

 

 ライナーがかつてジークから聞いた妹の名前と同じ「アウラ」という兵士はいたが、その姓は違かったこと。

 そしてその女性とは同じ班であり、ベルトルトはよく面倒を見られていたために、印象によく残っていた───と。

 

『……そう、だよな。悪いな、忘れてくれ』

 

 あぁ、やはり、生きているわけがない。何を(自分)は考えているのか。

 

 戦士長という立場でありながら、何よりクサヴァーとの悲願を果たすため、世界を救うためにその身を捧げる彼が私情に呑まれようとしていた。これでは死んだ後にクサヴァーに合わせる顔がない。

 

 自分の感情から逃げるようにベルトルトから視線を逸らし頬をかいたジークは、二人に労いの言葉をかけながら立ち上がった。

 

 その時、ライナーが唇を強く結んでいたことも気付かず。他人の表情に気が回るほど、彼に余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「お前もお姉ちゃんだぞ、アウラ」

 

 

 持ってきていたタバコを切らし口寂しさを覚えながら、ジークは白い息を吐く。

 夜空には雲がかかり、その隙間から月が覗く。世界に散らばっている星を、彼はぼんやり見つめ続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼくらはみんな生きていて、生きているから苦しいんだ。

「「デュアルオーロラウェーブ!」」

「鎧の使者、ライブラック!(裏声)」「超大型の使者、ベルホワイト!」

「「ふたりはマレキュア!!」」

「悪魔の民の末裔たちよ!」「とっととあの世に帰りなさいっ!(裏声)」


 夜明けと共にシガンシナ区にたどり着いた兵士たち。「獣の巨人」に操られている可能性のある巨人を探りつつ、立体機動に移った。周囲は不気味なほど静寂に包まれている。内門に入る前の街と、そして中に入ってからも、いつ敵が出現してもいいよう警戒は怠らない。

 

 この間兵士らはフードを被り行動した。これは顔を隠して、エレンの居場所をわかりにくくする意図である。

 

 このまま予定どおり進めばエレンの硬質化で外門を塞いだ後に内門を塞ぎ、シガンシナ区内の巨人を掃討する。

 

 

 そんな折、隊が分かれウォール・マリアの壁に立ったアルミンが、壁の上にあった焚き火の跡を発見した。やはり敵は潜んでいる。だが移動時間を含めたタイムリミットもあるため、作戦は進み、まずは外門を塞いだ。

 

 次に内門を──と行きたいところだが、敵の動きは未だなし。

 それは巨人が周辺に一体もいないことも相まって、異質な雰囲気を醸していた。

 

 

「エルヴィン団長」

 

 壁上から敵の出方をエルヴィンが窺う中、その側に降り立ったのはアルミン。

 

 焚き火の跡を発見し周囲を探っていた少年は、下に敵が落としたと思われる冷えた鉄のカップを発見した。その数は三人分。敵が野営していた痕跡であり、鉄のカップが冷え切っていたことから、調査兵団が到着する前に敵が身を潜めるに十分な時間があったと団長は推測し、敵の捜索の指揮をアルミンに任せた。

 

 これまで幾度と窮地に陥った時、活路を見出してきた少年を信頼しているがゆえの、エルヴィンの判断。

 

 

 アルミン・アルレルトはまだ15歳の少年。人類の希望を背負うエレンや、愛する人間のためなら全てを捧げられるミカサと違うという自覚が、彼にはあった。

 

 いつも二人の後ろを見て追いかけるばかりだった毎日。だがそんな二人はいざという時彼を頼った。それは決して、判断の押し付けではない。信頼と友情の中で育まれてきた三人の関係性である。

 

 アルミンがエレンとミカサがどういう人間で、どんなものが好きか、些細なことまで知っているように。二人もまた、アルミンのことを知っている。

 

 

 重責に全身から汗を流しながらも、それでもアルミンは己と戦った。

 ここで敵を見つけなければ、仲間の退路はどんどん絶たれる。何より彼の夢が遠のいてしまう。

 

 

 

 そして精神的に追い込まれながらも、アルミンは敵が潜んでいる場所の見当を付けた。

 それは壁の中。建物内など見つかりやすい場所では意味がない。敵の意表、即ち調査兵団の意表を突ける場所。そんな場所こそ敵が隠れる位置。

 

 

 結果、壁の捜索により飛び出してきたのは、「戦士」ライナー・ブラウン。

 

 隙を突かれた兵士がライナーに殺され、突然のことに周りが動けない中、誰よりも早く動いたのは人類最強の男。

 

 まるで即堕ち二コマのように、次の瞬間には兵長のブレードが首に刺さり、ついで胸を刺されたライナー。白目を剥き()くかと思いきや、彼は死ななかった。さながら何者かの寵愛を受けているかの如く、かろうじて意識が戻ったライナーは巨人化する。

 

 

 事態の急変はそれだけに止まらない。

 

 

 内門の頭上で指揮を執るべくエルヴィンが声を上げようとした時、背後に無数の眩い光が出現した。

 その勢いは地面を轟かし、壁上に立っている兵士たちにまで振動が届く。

 

 内門の外側に出現したのは、「獣の巨人」含めた無数の巨人。

 

 獣に操られている巨人の姿はなかったはずだ。人間を巨人化するにしても、巨人の脊髄液が必要となる。注射器で一人一人巨人化させる方法を取れないと考えたからこそ、兵士たちは巨人の存在を過剰気味に探っていた。

 

 何か「獣の巨人」が同時多発的巨人の出現に関わっているのは間違いない。しかし今はその“なぜ”を考える余裕はない。

 

 

 内門をねらい投げられた獣の第一投球。

 

 それが見事にぶち当たり、調査兵団と戦士たちの戦いの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 戦局は大きく分けて二つに別れた。

 

 戦士側はまず調査兵団の足を絶たせるため、馬を狙った。ウォール・マリア側の「獣の巨人」と無数の巨人は内門を半円球状に囲んでおり、中心には獣と「四足歩行の巨人」、その左右には二重に並んだ無知性巨人が配置されている。その前方は小型の巨人で、後方は10メートルを超えるサイズだ。

 

 馬さえ倒してしまえば、調査兵団は移動ができなくなる。戦士はその後、兵士たちが動けなくなるまでただ待てばいい。そして最後は「始祖の巨人」を有するエレンを捕獲する。

 

 

 獣は小型の巨人に馬を狙わせ、それに合わせるようにシガンシナ区側に落ちた「鎧の巨人」も壁を登り馬を狙おうとした。

 

 しかしライナーを引きつけるためにエレンが巨人化し、鎧とは反対方向に走り出す。

 

 シガンシナ区の外を出て、ウォール・マリア内の壁を登ればエレン単体でも逃げることができる。それをライナーが予測すると見越してのエルヴィンが考えた“エレン囮作戦”。

 

 ライナーもまた始祖を逃すわけには行かず、調査兵団側の意図を考える間もなくエレンを追った。

 

 

 こうしてシガンシナ区側では、エレンVSライナーの構図ができあがる。

 こちら側の戦力はリヴァイ班(+ペトラ&オルオ)とハンジ班。エレンが鎧の隙を作った間に、「雷槍」をぶち込む。

 

 対しウォール・マリア側の兵士は、小型の巨人から馬を死守するため動いた。

 こちらはミケ班などの分隊が割り振られており、リヴァイもエルヴィンの命によってこちら側にいる。

 

 編入した新兵などは巨人を駆逐することは難しいゆえに、馬の誘導に当てられた。

 

 

 

 して、シガンシナ区側は進撃と鎧の交戦が続き、エレンが負傷しつつも敵の隙を作った。それにより鎧のうなじに“太くてぶっといの(雷槍)”が何本も投擲され、ライナーは雄叫びを上げることになる。結果、人体の下顎から上が消失するという、少年誌には載せられない色々丸出しなナイスガイができあがった。

 

 裏切り者とはいえ、ライナーに雷槍をぶち込むことになった104期生のメンバーは、重々しい気持ちを抱えた。

 

 その感情は「己の手で殺してしまった」という罪の意識からくるものに他ならない。

 生まれさえ違ければ、敵でさえなければ、昨日の友が今日の敵になることもなかった。

 

 だが敵である以上、ライナーやベルトルトを倒さねばならない。

 

 それは戦士である二人も同じ。たとえマルコを殺し、そして「悪魔」と言われようと、譲れないものがある。それはお国であったり、仲間であったり、友人や恋人、家族であったり。

 

 それぞれは何かのために戦い、生きて、死んでいくのだ。

 

 

 その時、沈痛な面持ちのリヴァイ班の耳に入ったのは「鎧の巨人」の叫び。先程とは比較にならないその声量は、命を終わらす蛍が最期の灯火を見せるかのような響きだった。しかしてそれは本当の終わりではない。

 

 一度リヴァイに首を狙われたライナーは、“全身に意識を移す”という芸当を再びやって退け、死を免れた。神の寵愛を受けし男は、一筋縄では終わらない。

 

 

 ライナーの一声を樽の中で聞いていた、ひとりの少年。

 

 時は来た。「獣の巨人」の投球によりシガンシナ区のはるか頭上に舞い上がった彼は、ゆっくりと瞳を開け、世界を見つめた。

 

 

 

 ──────親方!空からベルトルト・フーバーが!!

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 誰しも、その人間にとっての一番は存在する。

 

 ベルトルトという少年にとっての一番は、心を奪われたその日から、一人の寡黙な少女だった。

 

 

 いつもふわふわと宙に浮いて現実と精神が乖離しがちだった少年に強い衝撃を与え、その曖昧な狭間から現実へと引き戻してくれるアニ。

 

 彼どころか、仲間に笑顔を見せることがなかった少女。ただ偶に同期との訓練帰り、ふいに人通りの奥で彼女が立ち止まっている姿が見えた時は、大抵散歩中の犬や屋根の上でひなたぼっこに興じる猫を眺めている。その時だけ見せるアニの微笑み。口角を少し上げて目元を緩ませている表情は、目が眩むほど輝いていた。

 

 そしてその事に気づいているのが自分だけという事実に、ベルトルトは優越感を抱いていた。

 

 もっと彼女の色んな表情を見たい。同時にアニを見ているだけで感じる胸の痛み。

 

 

 これは、これは何かおかしいと、訓練に支障が出るほどもだもだした毎日が続く日々。気づけばいつでも少女を視界に入れてしまう。

 

 その視線に鬱陶しさを感じたアニ本人に睨まれると余計に身体の体温が上がり、ベルトルトの変化に気づき始めた周囲(マルセルは苦笑い、ピークはニコニコ、ドベちゃん(ライナー)とポルコは気づいていない)。戦士候補生を指導するテオ・マガトも、訓練中厳しく注意しながら寛容的に見ていた。

 

 そんなベルトルトは意を決して、一番年上のジークに相談した。そのジークと言えばピークと同時期にベルトルトのアニへの想いに気づいて、内心ニヤニヤしていた男である。

 

 

 ズバリそれは恋だね────と、教えられた少年。

 

 宇宙猫となったベルトルトはこの世の秘密を明らかにされたような衝撃と共に、フラフラとその場を後にした。自称「恋愛プロフェッショナル」と名乗った、ジークの言葉は最後まで聞かずに。残ったのは、一人の男の長い長い沈黙だけだった。

 

 

 

 そう、つまり言わんとしたいことは、ベルトルト・フーバーがアニ・レオンハートに恋をしているということ。

 

 

 あのブラコン()かれ美女とまでは行かずとも、少年はアニのためなら自分の手を汚せる。

 ──否、汚すも何も、彼は手どころか全身が返り血で真っ赤だった。

 

 ゲスミン(アルミン)からアニがユトピア区で拷問をされていると教えられたベルトルトは一時、自分でも驚くほど怒りの感情が沸いた。

 

 父親(あのひと)に自分や母が殴られても抱かなかった感情。

 

 鮮烈な激情は、捕まえていたエレンを兵士たちに奪われてしまう隙を作ってしまった。大きな失態だ。その後エレン・イェーガーが「始祖の巨人」を有することが発覚し、失態はさらに大きな過失となった。

 

 だがそれ以上にアニへの気持ちが、少年の中では燻っていた。

 

 拷問されるアニ。ありとあらゆる方法で、辱めを、苦痛を、人としての尊厳を奪われる。ベルトルトは彼女を拷問しているであろう人間たちに、強く強く──────嫉妬した。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 殺意や怒り、嫉妬、さまざまな感情が彼の内に過る。

 

 しかして純粋に彼らを殺す理由が、「悪魔の民」だから、とはならなかった。

 

 三年間を共にした104期生のメンバー。首を吊ったおじさん。調査兵団の兵士たち。マーレと比べれば利便性が乏しいながら生活をする老若男女の住人。

 

 同じ人間の形をしていて、同じように生きている。収容区でマーレ人に管理されているエルディア人の方が、よっぽど惨めに暮らしているようにさえ思える。

 

 壁内の人類は「悪魔の民」と称されるほど、罪深いことをなしているわけではない。狭い世界で、懸命に生きている。

 

 

 でも殺す。

 

 殺さなければならない。

 

 生きる価値がないというわけでもない。

 ただ世界が、()()()()()に出来上がってしまっているだけだ。

 

 エルディア帝国はかつて民族浄化で多くの人間を殺し、犯し、その数を増やした。それは昔の話だが、今のエルディア人たちが虐げられる理由になっている。だからといって、その罪をパラディ島の人間に「償うために死ね」というのも、きっと違う。

 

 ただ、ただベルトルトは殺すしかない。それが彼の役目であるから。背負いきれない“罪悪感”はいつもの空中に漂う自分に押し付けて、アリのように人間を殺戮する。

 

 心と身体の線引きを誰よりも行うことができるからこそ、彼は「超大型巨人」を継承したのだろう。

 

 

 でも一つ、思った。

 

 彼がパラディ島の人間を殺して、それが死んだ骸とエルディア人を憎む人間たちの救いになればいい───と。

 

 

 

 ただし本題はアニの救出だ。

 

 心の整頓がついた後にエレン奪取に失敗し、ウォール・マリアへとたどり着いた彼はユミルが寝ているのを見計らい、ライナーに相談を持ちかけた。

 

 それは「アウラ・イェーガー」の存在を戦士長に伏せること。

 

 壁内にいた「獣の巨人」とベルトルトたちは一日違いの行動となっており、向こうには移動を考えて「車力の巨人」のピークもいる。現在時刻は朝であり、休憩して日が沈むのを見計らい移動する。船着場にはまだ船が滞在しているはずだ。

 

 展開としてエレンが座標であるとわかった以上、今度は戦士の総力戦で敵と戦うことになるのは予想がつく。ウドガルド城でのアウラの様子から、彼女が囮になった後にジークと遭遇した可能性は考えていた。だが当の兄の方といえば、()()()()()()()というのに、何もアクションを起こさなかった。

 

 つまり、妹の生存を知らない可能性が高い。

 

 持って帰るのが無理であれば、声の一つくらいかけてもいいだろう。当の過激派ブラコン女も兄と会話の一つでもすれば、その狂気性が多少は浄化されるはず。

 

 少なくとも、ジークに殺してもらおうと前後不覚になる美女は誕生しなかった。思い出すと踏みにじられていた足が痛む気がする。

 

 

 して、敵との戦いになった時、妹が敵の兵士側にいるからと、戦士長の攻撃の手が緩んでしまってはならない。

 

 そのための情報の秘匿。その方が戦う上では都合がいい。

 

「だが…」と口を開いたライナーであったが、ベルトルトはさらに続ける。

 

 すでに彼女は戦士たちと繋がりがあったことがバレている身。理由は何であれ、幽閉は免れない。憲兵に捕まれば拷問のち殺されている可能性もある。

 

 懸念すべきは戦士などの情報についてだが、話されることはないと彼は断言できた。

 

 アウラ・イェーガーは絶対に、ジーク・イェーガーの不利につながる情報は吐かない。ゆえにこれについては心配ないと。

 

 

 そも彼女が捕まる原因となったのは、ベルトルトがアウラに協力するよう求めたからだ。

 

 このことを話せば、ベルトルトはジークに恨まれるかもしれない。ライナーの良心に付け込んだベルトルトの策である。

 

 右足を失ったアウラ・イェーガーが仮に生き残っていたとしても、奪還作戦に参加することは不可能。敵と戦士が交戦になった時点では死なない。しかし遅かれ早かれ、パラディ島の人間は殺される。その中にはアウラも入っているわけだ。

 

 殺す対象に妹が入っているのを知りながら、戦わなければならないジークの心情はいかほどか。ならば知らない方がいい。

 

 そこまでベルトルトが語って、ライナーは長い間をおき「……わかった」と、小さく頷いた。

 

 

 のちにジークと再会した際も、戦士長は「アウラ」という名前のフードをかぶった女兵士と遭遇しただけであると分かった。顔については見えなかったと。ついでに「獣の巨人」の情報の流出を懸念して殺そうとしたが、敵の邪魔が入り殺し損ねてしまったことなども。

 

 結果として、妹の生存がジークに伝えられることはなかった。

 

 これで戦士長の攻撃の手が緩むことはなくなる。

 

 殺すならば徹底的にやらなければならない。以前のゲスミンの策にハマった時のような失態は起こさない。

 

 

 空中で「鎧の巨人」が倒れていることを視認したベルトルトは、一度自傷を止め立体機動で地上に降り立ち、辛うじて生きているライナーにうつ伏せから仰向けの体勢に変わるよう頼んだ。

 

 それができなければうなじが『雷槍』でえぐられ、そこから本体が剥き出しになっている鎧では、ライナーは巨人化したベルトルトの爆風に巻き込まれて死んでしまう。そのため仰向けになり、衝撃を免れるよう頼んだのだ。

 

 ライナーが動けることに賭け、少し距離を置き鎧が動くのを待っている最中、彼は遠方よりアルミンに交渉を持ちかけられる。

 無論ベルトルトの答えは「否」。

 

 対話はいらない。敵同士、何を話し合うことがあろうか。アニの件を持ち出したアルミンの言葉にむしろ、思考は前向きになる。

 

 同期の戦士の中で誰よりも対人戦に秀でた彼女が負けるはずがない。

 

 例えるならベルトルトは、退屈しのぎに「オオカミが来た!」と叫ぶ羊飼いの少年がいる同じ村に住む少年。

 他の村人が少年の嘘を信じなくなったように、ベルトルトもまた嘘の内容に耳を貸さなくなる。もちろんそれだけでなく、無意識下ではアニの悲惨な姿を否定したいという気持ちも働いていただろう。

 

「同じ手はもう、僕には通用しない」

 

 

 104期生の()()()()は今から殺されるのだ、「超大型巨人」によって。“無”へと帰る彼らの命は雨風にさらされる蝋燭の灯火の如し。

 

「僕がちゃんと君たちを、殺すから」

 

 アルミンや白刃戦になりかけたミカサを見据えて、ベルトルトはゆっくり呟く。

 

 巨人化の恐れがあるため、必要以上に近寄ることのできないアルミンたちから遠ざかった彼は、鎧が仰向けになったのを見届け、誰よりも高く空へ舞い上がる。

 

 

「アニ、待っていてね」

 

 

 瞬間、シガンシナ区内で大きな爆風が巻き起こった。

 

 




(後書きでそのうちやりたいもの)

・教えて!◯◯◯先生!!(金◯先生的なもの)
・変態暴走列車と化しそうなスクカ時空のアレやソレ
・その他、考え中……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「どうか祈ってくれ」と、誰かが言った。

ーーー果たして祈ったところでこの世界に救いはあるのだろうかと、誰かは、思わずにはいられなかった。


 シガンシナ区では内門に近づく「超大型巨人」が建物を手で弾き上げ、その熱によって燃える家々が落下する。エレンや104期生の面々は無事だったものの、「鎧の巨人」の側にいたハンジ班の安否は不明となった。

 

 対し、ウォール・マリア側では小型の巨人を倒すべく動いていた兵士たちに、岩───否、粉々に砕かれた石が襲った。「獣の巨人」は岩を手で砕き細かくしたものを投擲し始めたのだ。その速さと威力は銃弾の雨といってよい。

 

 これにより前方の家々は更地となり、戦っていた多くの兵士が死亡した。

 

 

 あえて小型の巨人が後方へほとんど攻め入って来なかったのも、「獣の巨人」の策であった。

 

 戦力になる兵士は前方で巨人の討伐に徹する。そこを狙えば調査兵団の戦力を大きく削ることができる。

 

 元々、前方・中央・後方と大まかに配置を命じられた兵士たち。

 

 残ったのは馬を誘導していた新兵に、彼らを含め馬を守備していたミケ班。また前方よりの中央で、前の班が取りこぼした巨人を狩っていた第五班(投擲攻撃が始まったあと、間一髪で後方に逃れた)。そして咄嗟に石の雨を避けたリヴァイに、後方で指示を出していたエルヴィンのみとなった。

 

 

「エルヴィンどうするんだ、先の投石でディルク班とクラース班が壊滅したぞ!!」

 

 

 団長に詰め寄るのはミケ・ザカリアス。

 

 兵長についで調査兵団のNo.2の実力を誇る男はなぜか、前線に出されず後方で馬と新兵の守備を任されていた。

 

 もっとも守る優先度の高い馬や、新兵にいざという時があった場合を考えれば、確かにミケほどの技量があれば心強いだろう。しかし守りは他の班でも十分担えたはずだ。

 

 長年エルヴィンの右腕を担っている彼はその判断に信頼を置いている。ゆえに、疑問は残りつつも指示に従っていた。

 

 エルヴィンはミケを横目に入れ、それから「獣の巨人」へと視線を移す。

 

「戦場において、不測の事態はいつでも起こりうる。だから戦力となる力は最後まで残しておきたかった」

 

「…ッ、お前は投石が広範囲に及ぶ可能性を考えていたのか!?」

 

「いや、予想がつかなかった。私の判断は間違っていただろうか、ミケ?」

 

「………」

 

 単純な投石攻撃であったのなら、まだ脅威は薄かった。しかし細かく砕かれた岩の恐ろしさは、前方の更地になった家々と兵士の死体を見れば痛感させられる。

 ミケは少しの間を置き、「お前は正しすぎるがゆえに恐ろしい」と、呟いた。

 

 

 

 打開策を僅かな時間で見出さねばならなくなった現状。

 

 まさしく、前門の虎うんぬん──を例えて『前門の獣、肛も……後門の超大型&鎧』と言ったところか。「四足歩行の巨人」は獣が投げやすい岩を集めており、今のところ大きな脅威ではない。しかしあの補給路がある限りは「獣の巨人」のピッチングが続く。

 

 壁を登りシガンシナ区に向かったところで、超大型が降らす炎の雨が待ち受けている。

 

 馬を使って散っても獣がひと叫びすれば、逃げた兵士を追って大型の巨人が動く。

 

 後方に下がる兵士たちは混乱し、特に新兵たちは身を縮こませ待ち受ける“死”に震えた。

 

 

 そんな中、団長のお前とエレンだけでも逃げるべきだ────と、エルヴィンに告げたのはリヴァイ。

 

 

 ここまで壁内人類を導いてきた“頭脳”と王家の力を持つエレンだけでも逃れれば、まだ人類の未来が完全に断たれることはない。

 

 それはリヴァイの、エルヴィンに生き残って欲しい、というエゴもあった。彼は本気でエルヴィン・スミスという男を認めている。その忠誠を誓う姿は、かつて王家の武家だったアッカーマン家の在り方と酷似している。

 愛から成り立つミカサよりも、友愛と信仰を同時に抱えたケニーよりも。

 

 ひょんなことから地下街という世界から、リヴァイを外の自由な世界へ導いた男。

 

 

 

「策は、ある」

 

 

 獣を見据えながら、エルヴィンは語った。

 

 リヴァイは男の青い瞳の奥に、深い感情を見出した気がした。

 

 ウォール・マリア奪還作戦の前から言葉と、さらに言外でも「お前はお山の大将よろしく、おとなしく待っていろ」と団長に脅しをかけていた兵長。彼は団長にある時期から、“死”の気配を感じていた。

 

 注射器を渡された時から、その気配は既にあった。何か根底的な部分が変わり、エルヴィンは己の死を覚悟するようになった。

 

 それはアウラ・イェーガーに感化された、一部の兵士の死地へ行進する姿よりも重く、血の匂いをまとっていた。

 

 エルヴィンが変わった時期を思い返した時ひとつ、思い当たる節があった。

 

 

「兵法会議」以前、しばらく時間が経ち一人の女に会った団長。

 

 軍旗を翻すが如く、一部の兵士を死地へ導かんとする旗手の女。

 血で濡れたその女の姿に団長もまた、毒されてしまったのだろう。それも誰よりも深く。

 

 失った兵士の想いを背負ってその清算を成し遂げるのは、もっとも美しくある姿なのかもしれない。

 

 しかしリヴァイはエルヴィン・スミスをここで、魂なき骸にするわけにはいかなかった。

 

 エルヴィンと場所を移動した彼は、座った男を見下ろす。普段見えることのない金髪のつむじがありありと窺えた。団長はリヴァイの揺らぐ心情を察した上で、自身の目的を話す。

 

 さながら今のエルヴィンは旗手を務めていた女から軍旗を託され、女に感化されなかった兵士までも常世へ誘う案内人のようだ。

 

 

「俺は、地下室に行きたかった」

 

 

 “外”の事情を独自で調べていたエルヴィンの父。その男は幼い息子に壁内人類が記憶を改ざんされている可能性を伝えた。そして息子が他の人間に話していたところを憲兵に目を付けられた結果、少年の父は死んだ。

 

 父親の死を招いたのは、エルヴィンであった。

 

 それから“外”の秘密を探ろうと、調査兵団に入り多くの仲間が死んでも、進み続けた彼。

 やがて団長にまで上り詰めた男はしかし、人類のためではなく、自分の目的のために進んでいる。

 

 だがそれもここで───とエルヴィンは続けようとして、口を噤む。

 

 

 アウラ・イェーガーは外の事実を知った上で、団長に語ることはなかった。仮に教えられていたら、その時すでにエルヴィン・スミスの歩みは止まっていただろう。そのあり得た未来を誰よりも自覚していたのはエルヴィン本人だ。

 

 だからこそ彼は自分の足で歩み、世界の真相を知らなければならない。

 

 そこまで考えた時エルヴィンの脳裏に過ぎったのは、死んだ仲間たちの姿である。

 

 悪夢に魘される時は大抵、仲間たちの死体が彼を見つめている。到底両手では足りない数の死体。

 

 そうして起きたあと自身に挨拶する兵士の姿を見た時、エルヴィンはその兵士が死体になる幻想を抱くのだ。いつかその兵士も無惨な姿へと変わり果てる。

 

 彼はそれでも進み続けている。

 進み続けて────、

 

 

 この世の秘密を知った後は、きっと、死ぬのだ。

 

 

 その時は、もう歩むことはできなくなるだろう。

 

 来るべき時、今まで死んでいった仲間たちの想いを晴らせずに?

 

 

 ──いや、違う。エルヴィンの自由は“この世の真実”だ、だが本当の自由は、もっと遥か先にある。壁内人類を滅ぼさんとする者たちと戦わなければならない。「戦士」を倒しても、戦いはまだ終わらない。

 

 背負った分の命は、最良の形で果たさなければならない。それはエルヴィンがこの世の真実を知ることで果たされるものではない。

 

 ならば彼の清算は、どのようにして果たされるのか?

 

 

 間違いなく己の命だと、エルヴィンは思っている。

 

 同時に“本当の自由”まで歩むことのできない自分の終わりは、必然的に彼の目的が達成する前になってしまうと。

 

 

 エルヴィン・スミスの中でこの時、「死」の覚悟ができあがった。

 

 

 無論、ウォール・マリア奪還作戦で命を消費せず戦いに勝つことができるのなら、彼は己の目的を果たした。しかしそれが難しい───彼の命を捧げねばならない時が来たのなら、進むしかないと。

 

 

 エルヴィンは、調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人類に勝利をもたらすべく戦う。

 

 

 

 

 

「リヴァイ、お前は突っ立っている巨人を伝って右側から「獣の巨人」を狙ってくれ。左側からはミケ班に「四足歩行の巨人」を狙わせる。お前ならば、狩りながらでも移動が可能だろう」

 

 対しミケたちは獣に気づかれないようにしつつ、「四足歩行の巨人」を死角から狙う。この場合通常の巨人は狩らない。

 

 サポートという立場は状況を見極める判断力や情報処理能力が必要であり、頭が利く可能性が高いと考え、慎重に行動すべきだろうとエルヴィンは作戦を立てた。このあとミケらにも作戦の詳細を伝えると。

 

 

「私は新兵に覚悟を決めさせる。先陣を切り、煙弾で獣から視界を奪いつつ、左右へ意識が向かぬように……」

 

 

 と、その時、エルヴィンの胸ぐらが掴まれた。

 その犯人たるリヴァイは燃え盛るような己の感情を飛び火させるように、青い瞳を睨んだ。尚も周囲では投石の音が響く。

 

「リヴァイお前にしか、「獣の巨人」は狩れない」

 

「………」

 

「頼んだぞ」

 

「………チッ」

 

 大きな舌打ちをこぼし、エルヴィンの胸ぐらを離した兵長は深く息を吐いて、その場にかしずく。

 太ももに置いた拳を握りしめ、団長を見上げる。「了解した、エルヴィン」と語り、続けた。

 

 

「俺が絶対に「獣の巨人」を倒す。お前は兵士を死地に導け、死んでも………死んだ後も」

 

 

 その言葉にエルヴィンは一瞬、安らかな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 一方、シガンシナ区にて。

 

「超大型巨人」の爆風に巻き込まれたハンジ班の安否は不明となっていた。彼らは一旦ベルトルトの登場によって態勢が崩れたものの、再度鎧にトドメを刺すべく動いていたのである。

 

 超大型の進行方向は内門。エレンたちがその歩みを止めなければ、エルヴィン側が獣と超大型の挟み撃ちにされる。

 

 一時、頭が真っ白になり指揮を執っていたアルミンは、ジャンへと判断を任せた。「鎧の巨人」を爆風に巻き込んでしまう以上、ベルトルトはまだ巨人化しないと考えていたのが仇となった。すでにライナーの命を繋ぐ策は取られていたのである。

 

 エレンが超大型に挑むものの、容易く蹴り飛ばされてしまい、内門に衝突して気絶してしまう。

 

 最悪の状態は続き、寵愛の元に蘇ったライナーも起き上がった。

 

 

 もう無理かと思われた時、アルミン・アルレルトは一つのことに気づく。それは時間を追うごとにスリムになる超大型の姿について。

 

 この着眼点が、アルミンに一つの勝機を見出させる。

 

 以前エレンの巨人化実験の中でハンジが推測していたこと。超大型は意図的に爆風を起こすことが可能であり、その熱量は言うまでもなく圧倒的。

 

 まず兵士が近寄れる温度ではなく、そも風圧によってワイヤーを付けることができない。

 

 

 ならばその爆風を生み出す熱は、どこから作られているのか。

 

 それはスリムになったボディから分かるとおり筋肉だ。超大型は筋肉の消費により、熱を生み出す。

 と、同時にその巨体ゆえ、燃費効率は九つの巨人の中でもトップクラスに悪い。

 

 ミカサたちにライナーを任せたアルミンは、内門の上で伸びているエレンの場所に向かい、人体のあるうなじにブレードを突き立てた。

 

 

 ウォール・マリア側で“死”へと進む一人の男のように、少年もまた“死”へと向かおうとしている。

 

 アルミン・アルレルトの夢。広大な、地平線まで続く青い塩の海。

 

 幼い頃エレンやミカサに語った夢を目指して、少年は進み続けてきた。きっとこの戦いに勝てば、海を見ることができる。

 

 だが彼が見たいのは海だけではない。本に載っていた「世界」を、彼は求めている。炎の海、氷の大地、砂の雪原………。

 

 

 少年の未知が満ち溢れた世界。

 

 世界は残酷なだけではない、美しくできていることを、彼は証明したいのだ。

 

 

 

 アルミンはエレンに起きるよう呼びかける。そしてかつて約束した海を見に行くこと、また作戦についても語る。

 

「超大型は筋肉を消費して動く。逆に言えば、大元の骨格は変わっていない。骨は消費していないんだ」

 

 アルミンは自ら超大型の骨にアンカーを突きつけ、ベルトルトの意識を引く囮になるという。

 

 さすればベルトルトはアルミンを振り落とそうと熱風を放つ。過去にライナーがエレンを攫おうとした際、巨人化したベルトルトが熱風を放ったとき動かなかったことを踏まえ、熱を生み出している間は動くことができないはずだ──とも、彼は続ける。

 

「熱風の間は僕らだけじゃない、ベルトルトも視界が悪くなる。エレンはその間に硬質化で巨人体を作り、蒸気に紛れて超大型のうなじを立体機動で討ち取ってくれ」

 

 僕の命はないけれど、と内心呟いたアルミン。

 

 

 お互い夢を追う者同士であるエルヴィンとの違いがあるならば、少年は誰かに背を押されずとも、自分の意思で最良の“死”を選択できる。

 

 夢以上にアルミンの心に浮かぶのは、エレンとミカサの姿。

 

 いじめられっ子だった彼を庇って戦う少年と、その少年がやり返された後に駆けつけて、いじめっ子を秒殺する少女。

 

 理不尽ないじめに遭いつつも、存在した幸せの日々。まだ五年前のことだというのに、アルミンには遠い昔のように感じられた。それは故郷たるシガンシナ区が寂れてしまったせいもあるだろう。

 

 

「ベルトルトの隙を作ることができれば、必ず作戦は成功する」

 

『………』

 

 大きな翡翠の目は、真っ直ぐにアルミンを捉える。

 エレンは身体を起こし肩の上に乗った友人を見つめ、小さく頷いた。

 

 

「エレン、ありがとう」

 

 

 兵士を地獄へ導く男の瞳が空を映すならば、熱の中へ飛び込もうとする少年の瞳は海を映す。

 

 血の色とは正反対の美しい色が、そこには存在した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喉奥クチュクチュ

今回はかなり視点変わり気味なので注意。

ユミル=フェイの声っていったい全体私どうしたらいいのーーー!?な80話だった。脳内マヒ確定回やった。


「無知」というものは残酷と優しさを内包していると、ジーク・イェーガーは思う。

 

 

 今彼の前に立ちはだかるのは、馬にまたがり特攻をかける兵士たち。その表情は迫り来る投石を前にして、悲痛に歪んでいた。これから彼らは無意味に死んでいく。

 

 そんな彼らに同情心はいらない。

 人を殺した末に精神を病む兵士は少なからずいるものの、戦士たる男が人を殺すなど日常茶飯だ。必要とあれば老若男女関係なく殺す。

 

 

 何事も楽しむべきだ───と、ジークは岩を手で砕き、それを振りかぶった。

 次の瞬間には兵士の悲鳴と、彼が放った投石の轟音が轟く。

 

 初代レイス王によって記憶を改ざんされ、壁内が「楽園」であると思い込んでいる人間たち。謂わばこれが「無知」たる人間の象徴である。

 

 歴史の過ちを知らないがゆえに、何度も同じ間違いを繰り返す。学ぶことで成長する人間の性質を、根底から潰されている。

 

 哀れだ。

 

 しかし同時に、エルディア人に向かう()()()()()を知らぬまま死ねることは、幸せなのかもしれない。「無知」の中に存在する優しさがこれだ。

 

 広い世界で待ち受けるのは、同じ種族の人間が「悪魔の民」としてマーレに管理されている現実。

 どこまで行っても人間は何かのしがらみに縛られている。本当の自由があるのかすら分からない。

 

 だが少なくともエルディア人が生きている限りは、世界は巨人の恐怖に怯え続ける。

 

 

(俺が終わらす。……この世界の苦しみを少しでも減らさなければならない)

 

 

 最初は陣形をわけて「獣の巨人」に近づいていた兵士も減り、ついにジークの視界を遮っていた煙弾が彼の横を通り過ぎるまでに近づいてきた。

 

 辺りには緑色の煙幕と投石によって生じた土煙、そして血の色が混じり、異様な空気に包まれる。

 

 数百メートルはおろか、数十メートル先が見えにくい。まだ残っている兵士がいる可能性を考え、ジークが前を見据えながら岩を取ろうとしたところで、その指先が地面に触れた。

 

(────え?)

 

 視線を向ければ岩がない。岩の収集についてはピーク・フィンガーの担当だった。何事かと、彼が後方を向いたその一瞬、視界に右側の巨人たちが目に入る。

 

 異変は左側から起こった。何かを巻き取るような音───何度かジークが耳にしたことのある音が聞こえた。

 

 それはライナーたちも使っていた立体機動装置のワイヤーが巻き取られる音だ。

 咄嗟に身体を戻し、左を向こうとした彼の鎖骨付近に、ワイヤーが突き刺さる。

 

 

 直後ジークの目に映ったのは、煙幕の中から空を切るようにして出現した人類最強の男(リヴァイ)の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「私はアウラ・イェーガー」

 

 

 そう、私はキメ顔で言った。

 

 ついでに巨人なチャンアニに「何やこいつ」という目で見られた。

 

 

 

 

 

 アニ・レオンハートと恋の逃避行を始めてから暫く経つ。

 

 (ユミルちゃんが忘れたのだと思いたい)全裸で現実に戻った私は、アニちゃんの服一式を身につけている。ゆったりとしたパーカーはともかく、その上に着たジャケットの肩幅が若干狭く、身長の違い(約20センチの差)で上と下は問答無用で七分袖になっていた。

 

 

 服については、上着だけではもしヨロイの彼が私を見てしまった場合、よこしまな感情を抱くから危険だ──と、アニに着せられた。

 自分は巨人化するので、下着になっても問題はないから、と。

 

 脱衣中に見た彼女の腹筋は見事に六つに割れていて、おさわりを所望したら断られた。

 

 あと彼女、普通にライナーくんのことを「ゴリラ」と言っていました。

 

 

 まだ夜の気配を残していた空も段々と明るくなり、朝特有の清浄な空気が肺を満たす。最初は東に沈む月の位置とシガンシナ区の位置を照らし合わせ、南下していた。

 

 ちなみに走る彼女の首元に私はしがみついているというか、押し付けられているというか………大きなお手手につかまれている。アニが走る中で、たまに手に圧力が加わるたびに胸が「キュン♡」とする。私の心はお兄さまだけのものなのにっ……!!

 

 いやはや、父さまが如何に幼女の私を気づかって走っていたのか思い知らされました。

 

 

 

 

 

 それからウォール・マリアの壁にぶつかり、それに沿うようにアニは走った。

 

 日も昇り始め、いよいよ巨人も活動的になり始めるか──と思いきや、巨人と遭遇しないまま私たちは行動している。

 

 ユミルが関係している可能性も考えたが、彼女は例えるなら、連日徹夜が続いた労働者の状態。

『( ˘ω˘ )』の顔を浮かべて眠っている……あるいは休んでいるはずだ。

 

 違和感はアニも感じているようで、時折私の方を見てくる。実験したことがないので巨人を操れるかはわかりませんが、少なくとも同時に多数の巨人を寄せ付けないようにすることは私には不可能だ。

 

 異常な空気というのは、どんどん強くなっている。

 

 

 

『「!」』

 

 

 その時私たちの視界に映ったのは、天を貫く稲妻。音は発している騒音にまぎれ聞こえませんでしたが、あの規模の巨人化は見たことがある。「超大型巨人」だ。シガンシナ区はもうすぐだ。

 

 そうして森を抜け、地平線がよく見えるようになった平地の先に、見えた。

 

 豆粒サイズの巨人の姿と、その奥の壁の中から上がる火の手。

 

 死に行く兵士たちの幻聴が聞こえていた中、一つの姿を捉えた瞬間、私の世界の全てがその一つ以外の色を残して消える。

 移りゆく景色が、恐ろしいほどにゆっくりと刻まれていく。

 

 あぁ──────あぁ、私の空。

 

 私の、すべての色。

 

 

 アウラ・イェーガーは今、この時のために生きてきたのだと、断言できる。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ジークの前に突如現れた小柄な男。その顔に付着している血を鑑みれば、左側にいた巨人たちがいなくなった原因だと推測できる。

 

 男は「獣の巨人」の振りかざした手を、アンカーを外し腕の周囲を目にも留まらぬ速さで切り刻みながら避け、後方へと通り過ぎた。

 

 まばたき一つ許されぬコンマの所業。理解の追いつかぬジークは「えぇ?」と、思わずマヌケな声を漏らした。

 

 

 そう言えば──とジークが思い出したのは、ライナーが以前()()()()()()()として挙げていた人物。

 

 その名は「リヴァイ」。壁内人類の中でも群を抜いて強い男は別名、「人類最強」とも呼ばれている。

 

 機械兵器ならともかく、特殊に発達した武器を使い、宙をかけ回るだけの人間がそこまで脅威たり得るのか。そんな疑問がマーレの上層部内で生じつつ、念には念を入れて、敵兵が立体機動を行えぬように作戦が立てられた。

 

 しかして敵は予想のナナメ上のことをやってのける。

 

 ちょうど良い立体物があるではないか───と、目を付けられたのはジークが巨人化させた人間たち。

 敵が逃げられぬよう、内門を囲む形で用意した巨人を逆手にとられた。

 

 

 人類最強の男は思考の追いつかないジークを待たず、次の攻撃へと移る。後方から獣の肩甲骨付近にアンカーを射出され、リヴァイの血に染まったブレードが獲物をねらう。

 

 咄嗟に獣が左手でうなじを守りつつ、右手を振るうべく後ろを向こうとした途中で、今度は目を切り裂かれた。

 

 奪われたジークの視界。しかし煮えたぎる怒りを燃やすリヴァイの攻撃は止まらない。そのまま前方へ向かった身体をガスの噴出によって獣の頭のまわりを一周し、後方へ再度出た兵長が人体最大の腱たる“アキレス腱”を斬ったことで、獣の身体が前方へと派手な音をたてて崩れた。

 

 

 ここまで十秒にも満たない間に起きた出来事。

 

 

 自由の羽を掲げる深緑のマントが風の抵抗により激しく揺れる。

 倒れた「獣の巨人」の頭上へ高く飛翔したリヴァイは獰猛な瞳を宿し、無用にうなじをさらす獣へとねらいを定めた。

 

 女型やエレンのように、「獣の巨人」が硬質化を身につけている可能性は十分にある。否、巨人の精密な操作(無知性の巨人と同時に獣が出現したため、何かしらこの発生原因と関わっている可能性がある)を踏まえ、硬質化できることをまず前提とすべきだろう。

 

 そうなれば相手が硬質化するよりも早く動き、うなじを狙う必要がある。

 

 それが唯一可能であるとエルヴィンが判断したからこそ、獣の討伐にリヴァイが選ばれた。

 

 

「どんなクソ面が出てくるかッ、楽しみだ!」

 

 

 毛に覆われた皮膚は一度では斬るに至らず、高速で振るわれる斬撃がうなじを削る。

 そしてついにリヴァイの元に、敵の大将たるジークの姿が晒された。

 

 無理くり巨人の中から引きずり出された男の両腕はちぎれ、中途半端に欠けてしまっていた。

 

 

 

「楽しかったか、俺の仲間を殺してよ……」

 

 

 ジークの口内に突き立てられるブレード。先まで使われていた鉛色の刃には血が付着している。その味に男がえづきそうになった矢先、ブレードが躊躇いなく、さらに奥へと進んだ。より濃くなった鉄臭さ。食道へと流れ出るそれに、溺れるかの如くジークは咽せる。

 

「げ、ホッ!!」

 

「巨人化した人間は直後、カラダに激しい損傷がある場合、その再生に労力を取られ巨人化することはできない。まぁ仮に生えてきても、俺が綺麗に刻んでやる」

 

「ぐ……が…ッ」

 

「アァ?何言ってるか分からねぇよ」

 

 それはお前が喉を刺しているからだ──と内心ジークは毒づいたが、薄いグレーの瞳は絶対零度の色を放っていた。

 

 ピークがどうなったか気になるところだが、岩の件から考えるに同様に狙われた可能性が高い。

 ブレードのせいで頭を動かすことができないため、ジークは瞳だけ動かす。それに釣られリヴァイも視線を移した。

 

 

 辺りは獣の巨人の体の蒸発と煙幕により、少し先でも視界が不明瞭となっている。

 

「四足歩行の奴は俺の仲間が狙った。全員仲良く捕まえてやるから安心しろ」

 

 リヴァイはジークの襟首を掴もうとしたが、上裸なため髪をわし掴む。

 今人類最強の脳裏に過るのは、エルヴィン・スミスの顔だった。

 生きていろ───と、願う気持ちで馬か、誰か生きている人間を探そうとした兵長の後ろで、何か音がした。

 

 蒸発音に紛れ、急接近してくる何か。ミケたちが殺られたのかと考えたが、「四足歩行の巨人」にしては足音が少ない。ジークの口内に刺さっていた刃を抜き、咳き込む音を聞きながら後方を睨めつけた。

 

 リヴァイがブレードを構えた瞬間に煙の中から現れたのは、手。そこから覗いたのは────、

 

 

()がっ………!?」

 

 

 結晶化したことにより、捕らえられていたはずのアニ・レオンハート。

 

 巨人化したその女が血を吐いている男を掴み、そのまま内門へと向かう。女型の口からは生白い女のものと思われる足が飛び出ており、途中で咥え直していた。ミケたちがどうなったのか回す思考はない。それよりも問題なのは女型と、ジークを持つ手とは反対の手に握られていた人物。

 

 一瞬リヴァイと目が合った女は、形容しがたい瞳で、無表情に彼を見ていた。

 

 それは地下街に住んでいたリヴァイが親しんできた殺意であったり、怒りであったり……絡まり合った感情が元の女の瞳の色とは異なった色の中で、凝縮されていた。

 

 気味が悪いのは負の感情だけではなく、その中に「正」の感情もあったことだ。

 総合して突き刺さったのは、ドス黒い殺気の塊だったが。

 

 

 

 

 

 リヴァイ・アッカーマンはわからない、何一つ。

 

 だが仲間の死により煮詰まっていた感情の中でさらに、劇薬を投下されたことだけは確かであった。

 

 その感情を例えることはできない。

 後に燃える劫火が鎮火した時にようやく、彼はそれがどんな感情であったか名前をつけることができるだろう。

 

 

 

「俺は、誓った!あいつに……エルヴィンに、誓ったんだ────ッ!!」

 

 

 

「獣の巨人」を殺す。

 

 喉が回復したジークが叫び、立っていた巨人が動き始めた中、リヴァイは鬼神の如き面持ちで歯を軋ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 対し、予想だにしなかった女型の助けが入ったピーク・フィンガーはというと、女型の口内で粘液まみれになりながら状況を整理していた。

 

 

 彼女は投球していた「獣の巨人」の後方で岩を運んでいた中、初手、煙幕にまぎれ現れたモヒカン頭の男と女が飛び出してきたところを、咄嗟に右手で払いのけようとした。

 

 男には当たったものの、女の方は車力につけたアンカーを途中で上手く外し、ピークの後方に回った。

 

 四足歩行の身体上、手でうなじを守るのは難しい。そのため急所を硬質化させながら、彼女はあえて敵に背を向け、煙へと視線を凝らした。

 

 無論、何の考えもなしに無防備な後ろをさらしたわけではない。二人の兵士が煙の中から飛び出てきたが、自身を狙うにしては戦力不足だと感じた手前、()()()を刺す人間が存在するとピークは考えたのだ。

 

 つまり最初の二人は陽動である。

 

 

 思惑は当たり、車力の前に飛び出てきたのは金髪の男だった。

 

 

 彼女が口を開けその身体を食い潰さんとした時、その男は怯むどころか逆にガスを噴出させ、()()()()()()()()()()()

 

 男はそのまま上下の顎と舌を巻き込みながら回転斬りをし、喉奥へとブレードを叩き込んだ。その一撃は本体のピークの腹に届くまでに至り、ついで女兵士が車力の口の横の筋肉を削いだことで空いた隙間から、金髪の男がヌルンと出た。

 

 そして本体に生じた激痛に硬質化が解けてしまった「車力の巨人」の背後を狙ったのは、口元を真っ赤に染めたモヒカンの男だった。

 

 その後彼女は口に布を咬まされ、金髪の男に体を押さえられ、巨人化できぬよう女兵士に両腕を付け根から斬り落とされた。

 残りの男の方は虫の息であり、荒い息と血を吐きながら彼女を睨めつけていた。

 

 

 そんなところを、ピークは煙幕に紛れて現れたアニに助けられたのだ。

 

 

 

(それにしても、()ったいぃ…)

 

 

 ピークは考える。

 ベルトルトが敵から聞いた情報が正しければ、アニは拷問を受けて捕まっていたはずである。

 

(そもそも、あの女性は誰…?)

 

 アニの口の中に投げ込まれる前に見えた、女型が握っていた一人の女。

 素性は不明だがアニが連れてきた以上、彼女の関係者であるのは間違いないのだろう。

 

 

(……腕を斬られるのはもう、こりごりだなぁ)

 

 彼女はうっすらと涙目で、ため息をついた。




・担当場所について

 ジークが右利きでピークちゃんは利き手側に岩を集めていた=エルヴィン側から見ると左にいるのでミケら(補助役はナナバとゲルガー)が左から、対しリヴァイが右からとなった。
 個人的なピークの印象は「さすピー」だが(手首切られるシーン見ながら)ちょいと抜けてる部分があると思う。かわいい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ッア、ソーレ!昼ドラ日和

出しきったのでしばらく燃え尽きます…( ˘ω˘ )


 アニに救出され、その腕の中で血を吐きながら、巨人を操作しリヴァイを襲わせたジーク。

 

 ピークが自身と同様に敵兵士に襲われた可能性が高くどうなっているのか、またアニがなぜ突然現れたのか考えたい。しかしバトンよろしく走る女型に掴まれたままのため、吐き気に負け思考が回らない。

 

「車力の巨人」がメリーゴーランドなら、女型は安全バーのないジェットコースターだ。

 

「吐く…」と、瞳を閉じうわ言のように呟いていた言葉がアニの耳に届き、彼の体は逆の手に持ちかえられ、女型の鎖骨部分に押しつけられるように固定された。

 

 

 数段マシになった揺れにジークが一息ついたと当時に、首元にヒヤリとした感触がした。

 

 それに驚き瞳を開ければ、冷たい感覚は首の後ろに回りうなじを通って、肩甲骨辺りに触れる。

 その冷たさが人間の手から伝わっているのだと少しの間をおいて理解し、自身を抱きしめる人物へと視線を下げた。

 

 肩につくかという長さのこげ茶色の髪と、敵の兵士が着ているものと同じ服。ただし刺繍のマークと、サイズがいささか合っていない。

 

 それらが目に入り、音で表すなら「ギュウギュウ」と、めいっぱいジークに抱きついている。

 

 何がなんだかわからぬまま抱きしめ返そうとした男の腕は、両方肘より先から再生中である。

 

 

『………』

 

 

「えっ」「……え?」───と状況を把握できていないジークを見兼ねて、人間二人を掴まえている女型の手に圧が加わる。

 

 アニからすれば、「もっと他に何か言うことがあるだろ」というおせっかい気味なメッセージ。

 

 それを、ぼんやりしてないで現状を把握しろ、という意味に受け取った戦士長たる男の頭は、ようやく動き出した。

 

 正面にある女型の口が時折もごもごと動くため、ピークは回収されていると考えていい。

 車力は獣より後方で岩を集めていた。ウォール・マリア側から女型が来たことを踏まえれば、ジークより先に助けられている。

 

 リヴァイに関しては、「獣の巨人」を狩るために、左側に並んでいた巨人を殺しながらやってきた。立体機動に使うブレードやガスは残り少ないと考えるのが妥当で、尽きればジークの巨人によって殺されるだろう。

 

 後はライナーとベルトルトのコンビが座標を持つエレンを奪取できていれば、作戦は成功。戦士側の勝利となる。

 

 

 しかして、ピークまで倒されるとは誤算だった。彼女は戦士の中でその頭脳を買われ、状況処理能力が必要とされる「車力の巨人」を継承したのである。そう簡単にヤられる(タマ)ではない。

 

 徹底的に敵を殺すつもりであったが、知性巨人の数で比較すると四対一という状況で、戦士側に「負けるはずがない」という油断があったのか。はたまた、想像以上に敵の戦力が強かったのか。

 

 答えはそのどちらも当てはまるだろう。

 

 

 また、アニの方もだ。

 

 調査兵団が来るのを待っている間、彼女を助けたいライナー&ベルトルトとエレンの奪取を優先するジークとで争いになり、巨人化で勝敗を決め、勝った方に従うという約束で戦った。

 

 整合性を踏まえて戦いはライナーとジーク間で行われ、結果「獣の巨人」が「鎧の巨人」に勝利した。

 

 その男同士の戦いがあったにも関わらず、ヌルッと女型が現れたことに「ちょっとソレってどうなの?」と思うところもあるが、生きて帰って来たのなら現状は良しとすべきだろう。

 

 今の最優先事項は「始祖の巨人」である。

 

 

 ジーク・イェーガーの異母兄弟が果たしてどんな人物なのか、彼の“安楽死計画”のため見極める必要がある。

 

 何よりグリシャ(あの男)に巨人の力を()()()()()()()であろう弟を救いたいという気持ちが、ジークの内に存在する。

 

 彼と妹を犠牲にしておきながら、さらにエレン(息子)をもうけて幸せにするならまだしも、二人と同じようにエレンを犠牲にしたグリシャ・イェーガー。

 

 彼の腹の中に燻る父への憎悪。それはライナーに「エレン・イェーガー」の存在を知らされてから、これ以上増えることがないと思っていた量を容易く超えた。

 

 

(というか、待てよ?)

 

 

 後ろを向き、シガンシナ区に近づいていることを窺ったジークは、再度最初に抱きそこねた疑問へと戻ってくる。

 今なお自身にしがみついている女は誰だ?

 

 いや、そもそもの話。

 

 

 

 ──────俺、何で()()()()()()()()したんだ?

 

 

 

 無意識に、動いていた腕を見つめるジーク。

 

 その部位は蒸気を発して回復中であり、まだ完治には時間がかかる。一先ず離れてもらうべく(上裸なため、ガッチリ抱きついている女の感触が直に伝わっている)、彼は右肘で背中を軽く叩いた。

 

 そこでまた彼は一つ、自分が女に嫌悪感を抱いていないことに疑問を持った。

 

 普通見ず知らずの人間が突然抱きついてくれば、多少は嫌悪感を抱くものだろう。

 であるというのに、ジークは()()()、抱きついた女を受け入れていた。

 

 おかしい、と脳内が再度混乱し始めた男から少し離れた女の顔。互いの熱で生ぬるくなった女の手は男の両肩に置かれた。

 

 

 目元までかかった長めの前髪。綺麗な顔は涙と鼻水で汚れており、声を必死に殺すようにして泣いている。

 歪んだその表情はかつて青年が少年であった時に慣れ親しんだもので、白とも黒ともつかない中間色の瞳を、ジークは愛おしく思っていた。

 

 その瞳はいつも彼を捉えると大きく見開かれ、兄だけを映し出す。

 

 さながら彼を“一人の少年”として見てくれたクサヴァーのように。

 

 当時両親が自分をろくに見てくれなかったと感じていた彼を───、ジーク・イェーガーを見て、必要としてくれた存在。

 

 

 

「アウ、ラ」

 

 

 

 それを聞いた女の瞳からボロボロと涙がこぼれる。どうにか言葉を発したいらしいが、「お゛に゛……っ」のところで何度もつっかえてしまい、最後まで続かない。

 

 だが何を言いたいのかは、わかった。

 

 同時に前に出会った女兵士と、真ん中分けの長身の男を殺し損ねた事実について思い出す。

 

 ───ジークは巨人を投げなかった。()()()()()()()()

 

 戦場では許されないことだ。たといそれが威力視察であっても。

 

 普段の彼ならば殺せただろう。仲間を巻き込むことになっても、必要とあれば切り捨てることができる。それが実行できるからこそ男は“戦士長”という立場を任されている。

 

 そんな彼が敵を殺せなかった事実。「アウラ」という言葉を聞いて思考が止まってしまったとしても、すぐに思考を切り替え殺せたはずだった。

 

 

 でも、できなかった。

 

 それが全てである。

 

 

 

 彼が無意識に女を抱きしめようとした事実。

 突然の抱擁に嫌悪感ひとつ湧かなかった事実。

 そして、あの時殺せなかった事実。

 

 

 ジーク・イェーガーは、無意識に()()()()()()()()()()、わかっていた。

 

 

 だからこそ、今出すべきではない“人間性”の部分が皮ごと剥かれるようにして、出血し始めている。骨も肉もえぐっているかもしれない。傷は心臓にまで届いて、彼の心音は狂い始めていた。ジワリジワリと体からは汗が吹き出し、頭と視界が熱くなる。本人も泣きたいのか笑いたいのか分からず、荒波に揉まれて混ざり合っていく感情に、理性の部分が追いつかない。

 

 謝りきれないことを為してしまったのは、女の右足を見ればわかる。

 

 それは……それはやはり、女兵士が食われた部位と同じである。

 それと同時にかつて叩いてしまったことを、自分よりも幼い少女が「楽園送り」を自ら選ぶ原因を作ったことを、謝りたい。

 

 謝罪の言葉ばかり浮かんでしまう自分自身が、卑怯な人間であると、ジークは毒づいた。

 

 

 膨れ上がった罪悪感は優に十年を超える。一の位で四捨五入すれば二十年だ。

 

 心の奥底の隠された部分では女兵士が生きているかもしれないと思いながら、「あの出血量では…」と、諦めていた。

 そうして諦めて隠して、これ以上自分に罪が生まれないように、意識の表層へと浮上しないよう沈めていた。

 

 だが女兵士は生きていて、今、ジークの前にいる。

 

 いるのだ。そう、いる。触れることができる。

 夢の中の亡霊ではなくて、幼い幼女の姿ではない。

 母親に似た美しい容貌で、グリシャ・イェーガーに似た髪の色で、そして妹にしかない白銅色の瞳を持っている。

 

 

 

「おに、……ちゃ」

 

「………」

 

 

 ジークは感情が吹き出しそうになるのを抑えて、唇を噛み締める。そのまま妹を────アウラを、強く抱きしめた。

 

 その瞬間女の瞳が見開かれ、「ぁ」と、小さい声が漏れた。

 白銅色の瞳からは水滴がとめどなく溢れ、男が呻くほど強く強く、抱きしめ返し、泣いた。

 

 

 

 子どものようにアウラ・イェーガーは、泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 何度も「私」は、アウラ・イェーガーは、「死」を望んできた。

 

 兄がいない世界は私にとっては無色の世界にしか映らず、たとえグリシャ・イェーガーでもエレン・イェーガーであっても、私の根本を本当の意味で揺るがすには至らない。

 

 ジーク・イェーガーが明日死ぬのなら、この世界が存在する意味は無い。

 そして私は彼が死ぬ前に死ぬ。もしそんな状況であるなら、彼に殺されて、彼の腕の中で死にたい。

 

 

 兄の体温は温かかった。人間の体温はこんなにも、温かいのだった。

 

 心の中ではどこか怖かったのだ。兄が私に何と言うか、もしかしたら拒絶されるかもしれないと。

 アニ・レオンハートの首に掴まりながらずっと、どうしようか考えていた。出会ったら抱きしめようか、それとも襲いかかって殺されようか。

 

 しかし、それ以上に怖かった。

 

 天下の変態が何を恐れているのかと思われるでしょうが、怖いものは怖い。薄っぺらくとも人間性があるのだから。

 絶対にあってはならない欠陥した“人間の負”を愉しむ他にも、私にはココロ()がある。

 

 

 私は腐っていても人間で、腐り切っても人間だった。

 

 

 

 

 

 内門の右側に進みウォール・マリアの壁に着くと、アニは両足を壁に突っ込んで片手を使い器用に登っていく。

 その間、お兄さまにより密着していた。血の匂いがよくした。

 

 そのまま上へ登り切った女型は壁をずり落ち、壁上で大体の位置を把握した戦士二人の元へ向かった。現在地から最も近い場所にいたのはライナー・ブラウン。ハンジ・ゾエと二人の104期生がライナーの側にいた。

 

 驚きを隠せない彼らは、女型が建物を巻き込んで放った蹴りから緊急退避した。

 アニはその隙に毛根と四肢がない目隠し状態の男をつかみ、一瞬ものすごく嫌そうな顔をして口の中に放り込んだ。

 

 女型を追おうとした坊主頭の少年を止めたハンジは、こちらを見ていた。女型の出現は当然予想外のものであったに違いない。

 

 

「なん、で」

 

 

 と、微かに聞こえたハンジの声。負傷したのか、包帯を巻いた左目がかわいい。

 

 彼女が巨人関係以外で悲痛に表情を歪めるのは、久しぶりに見たかもしれない。仲間の死を悼む心はあれども、それを滅多に表に出さない女性だった。

 

 私はこの状況でも心からヒトの“悲劇”に喜んでしまう人間で、私の笑顔を、彼女は呆然と見ていた。

 

 それに痛んだ私の心はどうやら彼女を、きちんと「友人」と思っていたようです。

 

 

 さようなら、ハンジ・ゾエ。我が友。

 

 

 

 

 

 次にして最後の、そして最大の悲劇の舞台となっていたのはベルトルト・フーバー。

 

 彼もまた、狩られてしまったようだ。気絶しているようで意識はない。目の前にはベルトルトの背後から首にブレード当てて、先程まで「近づいたらコイツを殺す!」と叫んでいた弟と、その隣で立ったまま柄を両手に握りしめている義妹がいる。その後方では焦げている人型の物体があった。超大型の爆風にでも巻き込まれたのだろう。

 

 二人は口を開けて固まったまま、見ていた。見ている?誰を?兄を?

 

 渡さない。弟であっても義妹であっても渡さない。殺させない。絶対に。

 

 

「ち、ちょ、ちょっと離してって!!」

 

 

 焦った声を上げる兄。二度と離すもんか。

 けれどアニが兄の要求を呑んだせいで離れていく。死にます。

 

 

「ねえさ………?」

 

 

 エレンくんの声が聞こえた。

 

 そうです、私はエレン・イェーガーの姉で、ジーク・イェーガーの妹です。そしてジーク・イェーガーはエレン・イェーガーの兄です。

 

 つまり今、ここに兄弟三人が揃っている。その事実にようやく気づいた私。

 あぁ、だから兄は私に離れるように言ったのか。弟と、話したいから。

 

 しかし兄が言葉を発する前に、大きな翡翠の瞳にありありと混乱を覗かせるエレンが叫ぶ。

 

「何でここにいるんだよ!!何で!!!」

 

「……?」

 

「何でアニと、一緒に……ソイツ誰だよ?何が、どうなってんだよ!!?」

 

「………?」

 

 アニと私が一緒にいるのは、私が彼女を抱き込んだからだ。

 

 エレンは私のように兄だと見抜けないのだろうか。こんなにも父親に似ているのに。──え、待ってお兄さまヒゲが生えてる?(今更)………余計に父に似ている。

 

 

 ゆっくりと動く脳。弟の質問に答えようとする私の口を、アニが指で押さえるようにして止める。

 大きすぎる指は余裕で私の顔全体を覆った。息ができない。

 

 私が息苦しさに悶えている間、兄弟の会話は進んでいる。「テメェ誰だ」と噛みつく弟を諭しながら、エレンがグリシャに似ていないことや、必ず助け出すと、語る兄。

 兄はどうやら、弟が父に洗脳されていると思っているらしい。まぁ、それも仕方のないことか。兄が戦士を目指していた頃を考えれば。

 

 そしてやっと手が離れて、アニがエレンたちと距離を詰めようと動こうとした矢先、内門のウォール・マリアの方へ彼女とお兄さまが視線を向けた。蒸気を全身から発するそこにいるのは…人間?

 

 

 ──いや、待て、兵士長だ。黄泉の国から兵士長が帰ってきた。

 

 兄は顔を蒼白させていた。絶対に私が守ります。死んでも守ります。

 

 

 人間四人を抱えている手前、また人類最強とそれに次ぐ力を持つ女、「アッカーマン」の脅威が二人もいる。

 

 撤退を余儀なくされた状況。

 それでもアニは外門の方へ後退しながらベルトルト・フーバーを見て────。

 

 

 

「ア、ニ…?」

 

 

 

 ベルトルトの目が開いた。彼女を、アニを見ている。それにアニもまた見つめていて、少年は微笑んだ。

 

 すごく、嬉しそうに。「よかった」と、呟く。

 

 少年が微笑んだ瞬間その周りにキラキラと、眩い火花に似た星が煌めいたのは錯覚だろうか。

 美しくて、鬱くしくて、狂おしく愛おしい。

 

 これは、消えゆく魂の美しさに私の心が影響を受けているのか?

 

 兎にも角にも、とても()()()()()

 

 

 

『──────ッ!!』

 

 

 直後アニは弾かれたようにベルトルトから視線を外して、走り出す。

 

 空中に大きな滴が一滴舞ったのが、見えた気がした。

 

 

 

 

 

 ジーク・イェーガーと出会ってから自分の感情に追いつけなくなってきた脳は、いよいよスリープ状態に入る。

 

 瞼が閉じた中聞こえたのは、弟の声。私の名前を呼んだ気がする。遠くでも聞こえるくらい大きな声。喉が潰れてはいないだろうか。弟にはユミルの導きがある。だから大丈夫だろう。大丈夫だ。

 

 もうエレンくんは、()がいなくても十分歩けるくらい、大きくなっていたから。

 

 最後に弟の、もはや感情が暴力的なまでに凝縮された絶叫を聞いたのは、よかった。やはりとても気持ちがいい。「私」が生きていることの証だ。

 

 

 さようならエレンくん。ミカサちゃん。結婚しろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、もうお腹いっぱいだ。

 このまま死んでいいと、心から思える。

 

 

 

「私」は死を望んでいる生き物で。

 

 それはまるで“()”に還るようだと、ずっと昔から思っていた。

 それほど私は死にたがりであるというだけなのかもしれないけれど。

 

 

 とにかく今は疲れたので、寝ます。

 

 おやすみなさい。





ーーー深淵の中、一匹の回遊魚は目を開けた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこに「愛」はあるんか?

次でこの章は終わります。
あと後書きにいつも以上に深く考えないオマケがあります。


 ウォール・マリア奪還作戦において、調査兵団は多くの英雄を失いながらも壁の穴を塞ぎ、グリシャ・イェーガーが地下室に残した“三冊の本”を得た。

 

 しかし敵の殲滅には至れず、「超大型巨人」の力を得るのみとなった。

 

 

 本作戦における生存者は、104期生のエレン・イェーガーやミカサ・アッカーマン。サシャ・ブラウスやコニー・スプリンガーに、ジャン・キルシュタイン。そして、超大型を継承したアルミン・アルレルトに、駐屯兵団から転属していたフロック・ホルスター。

 

 また第一分隊長実動旅団長のミケ・ザカリアスに、同班のナナバと、四足歩行の巨人の一撃に一時は瀕死となったゲルガー。

 

 さらに特別作戦班班長のリヴァイ・アッカーマンと、旧リヴァイ班のペトラとオルオ。フロック同様囮となった上で、「獣の巨人」の投石から免れた数名の兵士も生存している。

 

 

 最後に調査兵団14代団長────ハンジ・ゾエ。

 

 

 彼女は奪還作戦の前、エルヴィン・スミスから()()()の時、次の団長を任されていた。

 

 任された本人としては、エルヴィンの意思を量りかねる内容であった。リヴァイやミケが団長の「死」の気配を感じていたのに対し、彼女もまたエルヴィンの雰囲気の変化に気づいていた。

 

「次期団長にするなら、ミケの方が相応しい」と言った彼女に、エルヴィンはミケ・ザカリアスの確かな腕と、冷静に物事を判断できる点に関しては評価した。

 

 しかし時折熱くなりすぎてしまう部分と、団長に必要な活路を見出す思考能力がハンジの方がより優れているとして、彼女を次期団長に任命したのである。

 

 ミケはすでにそのことについて聞いていたようで、彼もまたハンジの方が適役だろう、と語った。

 

 

 以上が奪還作戦の生存者である。

 

 エルヴィン・スミス含む200名近い兵士が亡くなった。

 しかしそれは決して、無駄死にではない。

 

 彼ら彼女らの墓標の上で、人類は大きな一歩を歩んだ。その一歩の先に見えたのは新たな脅威であったが、それでも英雄たちの死に、人類の前進という大きな意味が付与されたのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 調査兵団が帰還ししばらく経ったのち、各兵団の上層部と調査兵団の生存者(負傷者除く)と女王陛下(ヒストリア)を交え、此度のウォール・マリア奪還後の状況整理と今後の方針についてまとめる御前会議が開かれた。

 

 

 三冊の本からわかったことは、大まかに分けて『巨人と知りうる歴史の全て』『壁外世界の情報』『グリシャ・イェーガーの半生』である。

 

 

『巨人と知りうる歴史の全て』については、まず()()()()()()()()()()()というところから始まる。

 

 

 約1850年前、壁内人類──エルディア人の共通の先祖となった「ユミル・フリッツ(別名:始祖ユミル)」は、『悪魔』と称される()()と接触し、巨人の力を手に入れた。

 

 エルディア帝国はその巨人の力を手に入れることで、強大な力を誇ったのである。

 

 始祖ユミルは巨人の力を手に入れてから“十三年”後に亡くなり、以後彼女は九つの巨人に魂を分けたとされる。

 

 それがエレンの「進撃の巨人」や、アルミンの「超大型巨人」などに当たる。また巨人化能力者には始祖ユミルの呪縛と言うべき、十三年という寿命の限りが存在する。

 

 そしてエルディアは「民族浄化」として、他民族を襲い無理やり子を産ませ、その数を増やした。

 巨人の力によって繁栄した大国はしかし、反旗を翻したマーレとの大戦で敗北を喫する。これは「巨人大戦」と呼ばれるものである。

 

 その敗北の内実は、その平和的思想を以てして戦争を「非」とした第145代フリッツ王(カール・フリッツ)が、戦いを放棄したことにより起こったもの。

 

 約110年前、カール・フリッツは自身の思想に賛同するエルディア人を従え、パラディ島へと都を移し、始祖ユミルの三人の娘たちの名にちなんだ三つの壁を作り、壁内人類の記憶を改ざんした。

 

 

 壁内以外の人類は、巨人によって滅ぼされた────と。

 

 

 同時に“レイス王”に名を改めたカール・フリッツは、始祖ユミルとの間に「不戦の契り」なる契約をした。

 

 これは「始祖の巨人」の力の真価を発揮できるのが王家の人間のみであることを踏まえた上で、カール・フリッツ以降の力を宿した王家の人間が、初代レイス王の思想に囚われる───というものであった。

 

 いずれ来るべきマーレ、あるいは諸外国の侵攻を受け入れる。

 その代わり、束の間の「楽園」を民たちに捧げる。

 

 端的に言ってしまえば、スケールの規模が大きすぎる「集団自殺」と言ってよいだろう。

 

 これに関して、王家の人間ではないエレン・イェーガーが始祖の力を扱えたことに疑問が生じた。結果、理由になりそうな根拠が見出されぬまま、エレン自身に何か特別な力があるのかもしれない、と判断された。

 

 

 

 

 

 次に、『壁外世界の情報』について。

 

 

 これは人類が滅んでいなかった内容から転じて、「マーレ」という話の部分に関連する。

 

 この国には壁内人類には想像のつかない文化・文明が進んでおり、中でも「戦士」という存在がいる。

 

 幼いエルディア人の子どもを対象に募集し、「戦士」として育て上げ、八つの巨人のうち一つを継承させるのだ。

 そうして戦士となった子どもは、一族を含め一定の人権を得ることができる。

 

 グリシャの手記に書かれた時代より昔の人選がどのようであったかは、記述がなかったため不明である。しかし少なくとも彼がエルディア復権派に入ってから暫くして、マーレはエルディア人の子どもを募集した。

 

 マーレが戦士を育てていたのは、枯渇する国内の資源により、パラディ島に眠る莫大な資源に目をつけていたため。それを奪う算段があった。

 

 そして、それ以上に発展する機械兵器が巨人の力に追いついている実態を受け、「始祖の力」を奪うという目的があった。

 ライナーやベルトルト、アニが壁内を襲ったのはマーレ政府の思惑が絡んでいたことになる。

 

 

 敵は巨人ではなく、()()だった。

 

 

 それも単純にマーレだけでなく、かつて民族浄化を行ったエルディア人に対し世界中の敵意が向かっていることは想像に難くない。

 

 さらに言えば、パラディ島を襲ったのは同じエルディア人である「戦士」。

 

 そんな同胞たるマーレに残ったユミルの民たちは、マーレ人に白い目を向けられ収用区で生きている。

 

 そこに住む彼らが罪を犯した場合、「楽園送り」になるのだ。巨人の脊髄液を投与することで生じる、巨人化。壁外に存在する巨人たちは同胞であり、悲惨な末路をたどった者たちであるという真実。知らない方がよっぽど…と思わずにはいられないほど、ショックの大きい内容だった。

 

 

 

 

 

 そして最後に、『グリシャ・イェーガーの半生』について。

 

 

 彼の半生について書かれていた本の最初のページには、一枚の精密に描かれた肖像画のような、“写真”というものが挟まれており、それには正装する四人の姿──幼い少年を抱いて立つ若いグリシャ・イェーガーと、その隣にあるソファに指を咥えている赤子を抱き腰かけている女性──が写っていた。

 

 空を飛ぶ“飛行船”なる乗り物を見たいがため、妹の手を引き収容区の外に出たイェーガー少年。

 

 “外出許可証”を、持たぬまま。

 

 

 その時からグリシャ・イェーガーの歯車は狂い、妹がマーレ治安局の男に殺されてから「楽園送り」にされるまでの人生。

 

 エルディア復権派に入った男は、奇しくも自身が父親から思想の強制を受けたように、自分の思想を押しつけた息子によって密告され、「楽園送り」にされた。

 ()()であった、幼い娘を巻き込んで。

 

 失った妹を重ね、男は娘を家に仕舞いこんで愛した。そして狭い世界しか知らなかった娘は“家族”に依存し、両親の愛情をマトモに感じられなかった兄を想い、両親についていくことを決めた。苦しむ兄を見たくないからと、「楽園送り」が何たるかを詳しく知らないまま。地獄へと足を踏み入れてしまった。

 

 息子と娘への悔やみきれない念は、本から沸々と感じられた。

 

 

 グリシャはマーレ治安局員として潜んでいた復権派のリーダーである「フクロウ」によって助けられ、「始祖の巨人」の奪還を託される。

 

「進撃の巨人」────それが現在父親から託され、エレンが始祖とは別に保有している巨人の力の名前。

 

 グリシャ・イェーガーがレイス家を強襲した事の、真の理由が明らかとなったのである。

 

 

 またこの手記にて、他にも判明したことがある。

 

 グリシャはエレンの母親カルラの前に前妻がおり、その女性とはフクロウが彼女を復権派の会合に送った時に出会った。

 

 彼女は大陸に残った「フリッツ家」の末裔であった。

 その一族はカール・フリッツと思想を違え、戦うべく残ったのだ。

 

 そんな二人の間にできた子どもが「ジーク」と「アウラ」。王家の血を引く子どもである。ジークの記述については戦士にすべく教育した──とある一方、アウラの方は『娘にはフリッツの血を残す使命──』等と書かれていた。

 

 

 そう、アウラ・イェーガーは、王家の血を継ぐ人間であった。ヒストリアと同様に。

 

 

 それだけでなく、グリシャがフクロウから進撃の力を託される前に、読み飛ばすことのできない記述があったのである。

 

『娘は始祖ユミルの「寵愛の子」であった』──という部分。

 

 その「寵愛の子」の所以とは、母親が巨人化させられた後に気狂った娘が自らその身を壁の上から投げたことから始まり、一度アウラは母親に食われた。しかし。

 

 

 

()()()()()()()()()()()にして、巨人化した妻は壁を登り、彼女が裂いた腹の中から娘が現れたのだ』──────と。

 

 

 

 その内容によって、一つの大きな疑問のヒントが与えられた。

 

 

 始祖ユミルの寵愛の理由は、王家の血を継ぐ者であるから、と考えるのが妥当であろう。

 

 しかし、ならばヒストリアやロッドなど、それ以外の王家の人間たちがアウラのように寵愛を受けているかと問われれば、「否」だ。もし王家の人間がユミルの寵愛を受けるなら、遠縁のヒストリアたちはまだしも、アウラの母であるダイナ・フリッツを始祖ユミルが救っていない理由がつかない。

 

 よって「王家の人間であるから」という理由が最も相応しそうではあるが、それ以外の理由も存在しうるかもしれないと考えられた。

 

 

 アウラ・イェーガーは、ウォール・マリア奪還作戦の終盤に突如女型のアニ・レオンハートと共に現れた。

 

 これに関して、アニは奪還作戦の前日までは結晶化した姿を兵士によって確認されている。結晶化後のアニはユトピア区の地下室に送られ、管理されていた。

 

 最初こそ彼女へ各兵団のお上の来客が多かったものの、日が経つにつれ人は減った。

 ずっと見張りがついているというわけではなく、日に一度、彼女の状態を兵士が確認するという状況だった。

 

 そしてアニがいたはずの場所には、大きな水たまりが残されていたのである。

 

 

 対しアウラの身柄は王都ミットラスの憲兵団本部にあった。

 

 まさかドラ◯もんの力がなければ逃げられないような場所であり、彼女の部屋の前には常に見張りがいた。

 

 そんな彼女は忽然と、姿を消した。就寝前に見張りと共にトイレへ向かった彼女の姿が憲兵に目撃されており、それから明朝、交代の見張りが部屋の前に兵士がいないことに気づき、中に入ったその場所には誰もいなかった。

 

 室内は寝具が少し乱れている程度で、争った形跡はなし。

 一つ不可解だったのは、憲兵の服や装備がバラバラになり部屋に散乱していた点。

 

 何か事件があったのは明白だ。当初はアニ・レオンハートとアウラ・イェーガーを逃すために協力した人間、それも複数の人間がいると考えられたが、造反者と疑われる人物は判明しなかった。

 

 ちなみに発見が遅れたのは、その日人類の命運がかかる奪還作戦の決行を受け、各兵団忙しかった影響もあるだろう。

 

 

 そしてこれらについて、「ユミルの寵愛」という言葉が関連づけられることとなる。

 

 アウラ・イェーガーはマーレ(故郷)へ帰ることを願っていた。

 

 そんな娘の思いを始祖ユミルは叶えたのではないだろうか、と。

 

 方法について明確にはわからない、しかし議論が交わされる中で、グリシャがフクロウから聞いた「道」というキーワードが、可能性の一つとして浮かび上がった。

 

 巨人化できるエルディア人は一つの「道」のようなもので繋がっている。

 その繋がる先が始祖ユミルであり、「始祖の巨人」であると。

 

 

 

 その「道」がどのようなものであるかは不明。ただ現場にあった不可解な憲兵の服や武器、また()()()()()ダイナ・フリッツが娘を体外へ取り出した後消えたことを踏まえ、一つの仮説を見出したのがアルミン・アルレルト。

 

 誠に突拍子のない内容であるとしつつ、アルミンは語る。

 

 見張りをしていた兵士が巨人化してアウラ・イェーガーを体内に取り込み、「道」を通じて移動させたのではないか──と。

 

 

 そもそも「道」の存在がわかる前まで、巨人の肉体には謎が多かった。

 

 その巨体さであるにも関わらず質量が異様に軽い点や、うなじを狩られた後に消失してしまう点。それに、硬質化を形成する結晶など。

 

 それらが「道」から供給されている可能性が出たことにより、アルミンは巨人を構成する物質を、()()となる「道」を通して現実へ送っているのなら、逆に現実から「道」へと“物体”である体が入り、現実へ再び移動できるのではないのか?ーーという可能性を思いついたのだ。

 この場合「道」への進入の出入り口として、バラバラになっていた兵士の服や武器を踏まえ、巨人の可能性が考えられた。

 

 アニに関しては彼女自身が()()()能力者であり、より密接に「道」と繋がっているので、アウラと異なり媒体とするような巨人が必要なかったのではないだろうか?──とも。

 

 

 ただしこの仮説が仮に合っているとして、始祖ユミルがアウラ・イェーガーの意思を尊重しているのだとしたら、アニ・レオンハートを助け出したのがアウラの意思ということになる。

 

 そうなれば、本格的に彼女が壁内人類へ仇なす思考を持っていたことに他ならず。

 同時にこの事実を探るのは、それこそ本人に直接確かめなければ真相がつかめぬ問題となった。

 

 何かしら、アウラの真意を知っている可能性のある男はいた。ヒストリアの後方で控えていた護衛部隊の隊長である男だ。

 射抜くようなリヴァイ(狂犬)の視線が男に向いたが、当の本人は、我関せず、な表情を浮かべていた。

 

 ケニー・アッカーマンもまた、開示された情報とアウラから聞いた内容との答え合わせ。そして、それがほぼ同じだったことにより生じた「始祖ユミル」の存在を踏まえ、下手に情報を口にするのは始祖の地雷を踏むことになると考えたのだ。

 

 

 余談だが、ケニーを睨む兵士長に便所だと思ったハンジは、小声で「我慢せず行きなよ」といらぬ優しさをみせた。

 

 

 

 一先ず敵の正体がわかった今、それに備え壁内人類は戦う算段を立てなければならない。それもエルヴィン・スミスという英雄を失った中で。

 

 優先すべきは、ウォール・マリア内に残る巨人の掃討である。討伐に活躍するのは、以前開発された丸太落下方式だ。

 

 そして話し合いの最後、女王ヒストリアにより、壁内人類に()()を明かすことも決定され、御前会議は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 会議が終わった後、その足で少年───エレン・イェーガーは心配するミカサとアルミンに「一人にして欲しい」と告げ、調査兵団の兵士の墓がある場所に向かった。

 

 多くの墓がそこにはあり、奪還作戦で亡くなった兵士たちのまだ新しい墓も増えている。

 そこには多くの献花が供えられており、いっとう多い場所もあった。

 

 心臓に手を当て、一人、一人、今回亡くなった者たちの名を読み上げながら、ゆっくりと歩くエレン。

 

 時間をかけ読み上げた彼は隅に座り込み、空を見上げた。

 

 

 青い空。どこまでも遠く、掴むことのできないもの。

 

 

 注射器をエルヴィンかアルミンのどちらかに打つことになった時、エレンは使用権限を持つリヴァイに逆らった。

 兵士長はエルヴィンに打たせようとしていたのだ。それを無理に止めようとミカサと共に動いた。

 

 自由の羽を掲げ、兵士たちを死地へと向かわせたものの死にはぐれたフォルスター(兵士)によって、連れられてきた男と。

 

 女型が去った後、間もなく奇跡的に息を吹き返した少年。

 

 

 結局その注射は、アルミンに打たれることになったのだが。

 

 団長の命を背負ったアルミンは、「なぜエルヴィンではなくお前が生きたのか」という周囲の目に晒されることになった。

 

 しかしてそれでもエレンやミカサ、そしてジャンたちはアルミンが生き残ったことを心から喜んだ。同時に壮絶な最期を遂げた団長含む仲間たちの死に、精神が摩耗している。

 

 そしてリヴァイに逆らったとして、戻ってからエレンとミカサは「兵規違反」を受け、一定期間牢屋に収容されることになった。途中で今日の御前会議があり中途半端に終わったものの、それがなければまだ今のように空を仰ぎ見ることは叶わなかっただろう。

 

 

 

「敵は巨人じゃなくて人間で……」

 

 空に浮かぶ雲が、ゆったりと流れる。

 

「父さんは色んなもののために戦い抜いた」

 

 側の木に止まった白い鳥が、フンを落とす。

 

「オレには兄もいた。腹違いの……兄」

 

 木々が風に揺れ、鳥が唄う。

 

「………オレは本当に何も、知らなかった」

 

 

 エレンとは比べものにならないほど壮絶な過去を送ったであろうグリシャと、姉。

 

 アウラ・イェーガーの真意を周囲が測りあぐねている中、エレンはその()()を見出していた。

 

 

 彼に「必ず助ける」と語っていた男。最初は半裸の、しかもヒゲ面な絶賛不審者スタイルの男に姉が抱きついているという状況に、なぜ姉とアニがここにいるのかという疑問も相まって、思考が停止した。

 

 しかしよくよく見ればその男はグリシャの面影を色濃く残しており、向こうも「父親と全然似てないな」と、エレンに向けて言った。

 

 目の周囲に巨人化痕のあった男はライナーたちと同じ戦士であり、「あのクソヒゲ面野郎は俺が絶対にブッ◯す……」と獣の本体について語っていたリヴァイの証言から、半裸の男が「獣の巨人」の正体であることもわかっている。

 

 グリシャが息子を戦士に育てようとしていたことからも、その男が「ジーク」であることは確かだ。

 

 

 そんな男に抱きついていた時のアウラは、エレンがこれまで見たことのない表情だった。

 

 どこか幼い、まるで精神が子どもになったような───とても、不安定な様子。

 

 それとかつてエレンがもっと幼い時に見た、草原でのワンシーン。

 そこに寝転がり、青い空を眺めていた時に聞いた姉の言葉。

 

 

『──────あいたい』

 

 

 その時姉が泣いた理由が、少年にはわからなかった。

 けれど今のエレンなら、姉がなぜ泣いたのか、誰に会いたかったのかわかる。

 

 そして同時に、アウラ・イェーガーにはずっと焦がれ続けた存在以上に大切な人間はいないのだろうと、わかった。

 

 わかって、しまった。

 

 

 

「オレは、姉さんに本当に…()されてたのかな………」

 

 

 

 少年の頭上で囀っていた鳥は羽ばたき、青い空へと溶けるように消えていった。

 

 

 




【何だコレ】(深く考えては行けないオマケ)


頭に発光する輪っかを浮かばせて、見慣れない住宅のような場所の道を走る一人の少年。パンを咥えた彼は、その長身に合っていない丈の短いスカートを舞わせなが学校へ向かう。

(僕はいったい何をしているんだ……!?)

少年は全くもって今の状況を理解できていなかった。
しかしとにかく、明らかに男物ではない服を着て学校に向かわなければならないという事だけはわかっている。

「うわっ!!」

曲がり角でぶつかった少年。
尻もちを付いた彼の前にいた人物とはーーー。


「痛ッてェ……誰だよおま…………って、もしかしてベルトルトか!!?」

やはり少年と同じく頭に発光した輪っかを付けているマルセル・ガリアード(当時の大きさのまま)が、襟詰の学生服を着て倒れていた。
その側では、マルセルと同様の襟詰の服を着たそばかすのイケメンが少年の格好を見て爆笑している。

「だははっ!ベルトルさん、イけてるぜその格好!!」

「訳が……わからないよ」

そう言った少年にユミルは、一つのアンサーをもたらす。


「ここは()()のお遊戯上さ」ーーーーと。





【……ケテ……タ………テ】(その2)


「皆に転校生を紹介します」


そう言いクサヴァー先生の紹介で教室に入ってきたのは、襟詰・スミス。彼もまたクサヴァーと同様に頭に輪っかを付けている。
生徒であるマルセルは知人ではないため首を傾げ、ユミルは吹き出しかけ、ベルトルトは「何で僕だけこんな珍妙な服を着ているんだ…?」と、切実に思った。

生徒たちはこの時、思いもしなかった。

この後溢れる知識欲に覚醒したエルヴィンの質問が続き、それに対し教師として熱くなったクサヴァーの熱の入った授業が続けられ、長い長い「歴史(+巨人)」の授業が行われることを。





【オチ】(その3)


「何か変な夢を見ていた気がする……」


柔らかいソファーから身を起こし目覚めたアウラは、瞳を擦った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『×××××』

×× ××× ××× ×× ××××、× ×××?


 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 人間を最も端的に表すのだとしたら、“奪う側”と“奪われる側”に分けられる。

 武装した人が槍を用いて戦った時代。『ア××××』は、奪われる側の人間であった。

 

 彼女には全く同じ容姿を持つ、もう一人の「自分」がいた。現代で言えばそれは双子というものであり、彼女ともう一人の「自分」は一卵性の双子。

 どちらが姉で、どちらが妹であるか区別する事はさして大した問題ではないその昔。遺伝子的に同じである二人は、最初こそ同じように扱われた。

 

 特異な点は分かれた卵子の一つが、後から遺伝子的な欠陥を起こしたこと。

 

 その欠陥を起こして生まれたのが『××××ラ』だった。もう一人の「自分」と容姿は全く同じである。

 

 しかし彼女の髪は色素が濃く、瞳は白内障のように白く濁っていた。ただし視力に関しては問題なく、普通の子どもと何ら変わりない。

 

 その、精神さえ除けば。

 

 

 

 もう一人の「自分」は、美しい金髪に蒼い瞳を持っていた。

 

『××ウ××』は、もう一人の「自分」が好きだった。透き通る金髪は太陽が姿を現しているようであり、蒼い瞳は雲ひとつない空のようだった。

 

 彼女はもう一人の「自分」と比較して、もう一人の「自分」が“朝・昼“で“晴れ”なら、自身は“夜”で“曇り・雨”だと思っていた。

 

 彼女の髪は色素が濃いから、夜。

 瞳は雨を降らす、あるいは降らしている雲のような色であったから、曇りで雨。

 

 二人がいれば、()()を表すことができる。

 

 だからより強く、『ア××××』は思った。

 

 

 

 ──────「ユミル(自分)」の中へ、()()()()と。

 

 

 

「ユミル」、それがもう一人の「自分」の名前だった。

 

『××××ラ』は本能的に、いつもユミルの中へ還りたがっていた。

 

 母の胎の中で一つから二つへと分かれてしまった自分たち。

『××ウ××』の精神は決定的な何かの部分で壊れており、もう一人の「自分」への執着は並々ならなかった。

 

 自分が還れば、ユミルは完璧になる。自分たちは一つになって、あるべき姿に戻る。

 

 しかし分かれてしまった以上、戻ることは絶対にできない。だからこそ彼女の理想はユミルに食われて、「自分」の一部になることだった。

 それが『ア××××』の幸せであり、「ユミル」の幸せであり、自分たちの幸せであると。

 

 

 お互い物心がついた段階で、片時も離れずべったりと張りつくそんな『××××ラ』を、ユミルは煩わしく思っていた。

 朝から晩まで、物理的にずっと付いてくる同じ顔をした存在。

 

 オマケに常日頃「かえりたい」と言われる。

「たべて」とも。

 

 そうしたら『××ウ××』と「ユミル」はあるべき「私」になれる───と。

 

 

 ユミルだけでなく周囲はそんな彼女を見て、気味悪がった。両親でさえも、『ア××××』を遠ざけていた。

 誰も彼女に近寄らない。そして彼女が引っ付いているユミルにも近寄らない。

 

 ユミルが怒っても、蹴っても叩いても、彼女は嬉しそうに笑うだけで、またユミルに引っ付く。

 

『××××ラ』にいくら行動を起こしても意味がないとわかったユミルは、その存在を無視することに決めた。

『××ウ××』はこの世に存在しない。それは視界に映る木々のような風景の中のひとつであって、意識するだけ無駄であると。

 

 その日からユミルは『ア××××』と話すこともなくなり、いつしか本当にいないものとして認識できるようになった。それから暫くして、「たべて」と言われることもなくなった。

 

 

 しかし間もなく、運命の針が狂う。

 

 

 

 上がるのは戦禍の火。村の家々が燃え盛る中、二人の少女は鎖に繋がれた。両親は殺され、『××××ラ』は舌を切られた。

 

 他族から領土や人民を確保する略奪民族「エルディア」によって、奴隷にされた人間たち。その一人に『××ウ××』とユミルはなった。

 

『ア××××』は以降、その名前を略し『アウラ』と呼ばれるようになった。

 奴隷を呼ぶのに、長い名前は不必要であるとして。

 

 

『アウラ』にとっては二人ぼっちの世界。

 

 ユミルにとっては一人ぼっちの世界。

 

 奴隷の中でも一段と幼かった彼女たちも、強制的に働かされる。

 

 元からユミルしかいない『アウラ』の世界には変わったことはない。両親が死んだことに悲しみもしたし、舌を切られた痛みもあった。奴隷として働かされる毎日も苦痛である。けれどそれまでで、彼女の根幹を担うのはユミルへの回帰。

 

 相変わらず彼女は言葉にせずともユミルへ還ることを願い、そんな彼女をユミルは無視し続けた。異様な二人に焼き払われた彼女たちの故郷の人間と同様、奴隷たちは二人に関わることをしなかった。

 

 いや、誰も自分たちのことで手一杯な手前、他人に向ける思いやりの一つすらその中にはなかった。

 あるのは陽が出てから暮れるまで働かされ続け、“人”としての尊厳が奪われていくだけの毎日である。

 

 

 

 

 

 そしてある時、家畜である豚が逃げたと、王は奴隷たちの前で宣った。

 

 逃したのは誰であるのか、名乗り出ぬのならその責任は奴隷たちの身体の一部を以てして償わせると。

 

 柵を開けて放置したのが誰であるのか。『アウラ』は知っていた。もう一人の「自分」がその柵に手をかけるのを、一緒にいた彼女は見ていた。

 なぜユミルが豚を逃すようなマネをしたのか、彼女は分からない。

 

 ──否、物心ついてからユミルが何を考えているのか、『アウラ』には一度も分からなかった。

 

 

 もう一人の「自分」の中に還りたいと願えば、ユミルは怒る。蹴る。殴る。

 

 それはユミルが彼女を食いたくないがための行動だと、思っていた。そこにユミルからの“()”を彼女は感じていた。

 無視されるようになっても、これは“愛”の延長線上の行動であると。

 

 だがそれが長く続き、『アウラ』はようやく気づいた。ユミルの無視は“愛”ゆえのものではないと。むしろ、彼女を嫌っているのだと。

 

 二人が生まれた日。こっそりと一人花畑で作った二人分の白い冠。それを持って帰りユミルの頭に乗せた彼女。位置が悪かったのかそれは二人の間に落ち、そのままユミルは真っ直ぐに進み、『アウラ』とぶつかった。

 

 

 よろけて倒れた彼女が見たものは踏まれて形の崩れた、白い花冠。

 

 

 それから彼女はユミルに「たべて」とも言わなくなった。

 

 何も言わず、ただ側に居続ける。「自分」と離れることは彼女にとって死と同義であり、一人で花冠を作ろうと行動した時も、内心ユミルがそばに居ないという事実が恐ろしかった。

 

『アウラ』はユミルの心を知りたい。ユミルに食われて一つになれば、きっとその気持ちを理解することができる。しかしユミルがそれを望まない以上、彼女はただ共にいることしかできない。

 

 

 豚をユミルが逃した時もそうだ。その真意を理解できなかった。

 

 けれど意味のないことを「自分」が行わないことは知っている。ユミルが『アウラ』を嫌いなことにも理由があった。であるなら、豚を逃したことにも理由がある。ましてや王の家畜を逃すなど重罪である。

 

 それを理解しながらも行ったのなら、相応の理由がユミルに存在する。

 

 

 

 

 

 だから『アウラ』は王の発言を聞いた後震えながら、手を上げた。

 

 奴隷たちの中でも幼い二人。それも少年ではなくひ弱な少女。豚を逃した犯人がわからずとも、奴隷の中で最も価値の薄い存在。自分のかわいさ余っての行動ではなく、生きるだけで辛い人間たちが二人のうちどちらかを犯人に仕立て上げるのは、仕方のないことと言える。

 

 ここで一つ踏まえることは、『アウラ』が奴隷にされる前から、村で不気味がられる原因となった発言を取らなくなったことである。

 

 そのため同郷の者ではない大多数の奴隷たちの目には双子が、片方にいつも付いていく『アウラ』と、その片方を無視し続けるユミル───という光景に映る。

(舌を切られた奴隷たちはマトモな言葉を発せないため、情報を共有することがろくにできなかったことにも留意しておきたい)

 

 ゆえに悪感情を抱かれやすかったのは、故郷と一転してユミルであった。

 

 そのため仮に『アウラ』が手を挙げなければ、その手の多くがユミルに向けられていただろう。

 

 

 王は手を挙げた『アウラ』を見て、告げる。

 

 

 

 ────()()()()()()()()

 

 

 

 ずっと共にいた二人。片方の罪は、もう片方の罪であると。

 

 すなわち『アウラ(自分)』の罪は、ユミル(自分)の罪。

 

 その内容を告げられた時、『アウラ』は喜んだ。二人が同じ存在であると、王自ら認めてくれた。ついと笑ってしまった彼女の表情を、少し瞳を開けて見つめていたユミル。彼女はユミルが長らくぶりに自分を見てくれた事実に、さらに途方もない喜びを覚えた。

 

 しかして同時に過ぎったのは、王への殺意である。

 もう一人の「自分」を守ろうと、『アウラ』がとった行動は無為に帰した。

 

 この時彼女は初めて、心から世界の理不尽を体感した。

 

 

 二人に科せられたのは“自由”という名の追放。

 

 

 

『アウラ』は無気力なユミルの手を引っ張り、走り続ける。

 追ってくるのは四足歩行の(イヌ)と、弓と矢を持つ同族。

 

 ここでユミルを死なせるわけにはいかなかった。たとえ自分が死んでも、ユミルに食べてもらえず彼女の中に還ることや、あるべき姿の「私」になることができなくとも、それでも。

 

 

 “愛”する人間を、守りたかった。

 

 

 

 そして先に力尽きたのは、『アウラ』だった。

 矢が何本も身体に突き刺さり、流れた血と痛みにより動けなくなる。その中でも大切な人の背を押し、生きてくれることを願った。

 

 地に伏した『アウラ』。

 

 

 ユミルは走って行く。

 ユミルが走って行く。

 ユミルは走って行って。

 

 

 

 

 

 ──────彼女(アウラ)を、振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 ユミルの姿が消える。すぐ近くにまで、犬の足音と荒い息遣いが近づいていた。

 全身が冷えて行く中『アウラ』は、仰向けになる。

 

 脳を支配するのは自分でも形容しがたい感情。愛する「自分」に生きてほしいと願う傍ら、とめどなく溢れる涙。

 

 見てくれなかった。王に追放を告げられた時、ユミルは見てくれたはずであるのに。

 

 ずっと抱き続けていた自分の愛情がようやく伝わったのだと、彼女は思っていた。しかし違かった。

 

 

 最後までユミルは『アウラ』を見ず。

 

 そんなユミルの心を、『アウラ』は理解することができなかった。

 

 

 大声で泣く力もなく、冷たくなる身体を享受するばかりの心。

 

 

 空に広がるのは青い空。

 その色の中に、『アウラ』は「自分」の色を幻視した。

 

 

 世界はかくも残酷であるがしかし、「自分」の、ユミルの色を持っている。美しいと、思った。

 

 

 

『×××××』は────『アウラ』は、生まれてからずっと不良品で。

 

 もう一人の「自分(ユミル)」の中へと還りたかった。

 ユミルの中へ帰りあるべき「私」になることを望んだのである。欠けていたからこそ、ユミルの中へ戻ろうとした。

 

 

 彼女は最期に、青い空に手を伸ばす。遠く届かないその色へ、蒼い色(ユミル)へと。

 

 

 彼女はそして意識を失いながら、その肢体を犬に噛みちぎられ、絶命した。

 

 最期にユミルに見てもらいたかったと。

 

 

 そして死んだその意識は、暗い暗い深淵へと誘われたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 そこは、尾を咥えた回遊魚が司る深淵。

 

 

 或いは人の魂。或いは人間たちの感情。そういった実体として存在しない「無機質」が沈殿する場所には、裸の女たちの死体が積み重なっている。白い肌は闇の中で浮かび上がり、地平線を形作っていた。

 

 それは年齢の違いはあれ、全て同じ人間の死体。

 

 闇に包まれた空の上で回るその回遊魚は、尾から口を離し、死体の山の上に佇む女の顔を咥え込んでいた。そこから回遊魚が口を離すと、口を開けたまま涙を流す女の顔が露わになる。

 

 

 ────「ユミル」 カクしてた

 

 

 その言葉が、女の脳内に届く。

 

 普段は女と交わることがない回遊魚の世界。それは()()()()()()()の一瞬の隙を突き、深淵から這い上がってくる。

 

 

 ────ツゴウのいいところだけ ミせる 『×××××』のブブン カクす

 

 女が目覚めたところで、この場所についても、回遊魚についても、思い出すことはない。残るのは女がこの世界へ回帰する理由となった記憶だけ。すなわち先程女が見ていた「アウラ」の記憶だけ。

 

 矢を射られ、犬のエサになった女はこの世界に回遊魚の意思によって()()()()()()()()時、(ねご)うたのだ。

 

 

 

 もう一度だけ、ユミル(彼女)に会いたい、と。

 

 

 

 願った。願ってしまった。

 

 そして、回遊魚はその願いを聞き入れる。

 

 彼女が『アウラ(彼女)』を忘れるやり方で。それどころか、彼女が最も大切にしたユミル(存在)をも忘れてしまうやり方で。

 

 

 回遊魚の腹の中に入った彼女は、その中で延々とグルグルと回り続けたのである。

 

 殺されて死に、生きて、殺されて死に、生きて、殺されて死ぬ………。

 

 

 回遊魚のエサ。それは人の感情(無機質)。もっと言えば人の“負の感情”。

 

 それこそ「人の不幸は蜜の味」を表すかのように、甘い蜜を回遊魚は彼女が壊れ続けても吸った。彼女の悲劇を、人間の悲劇をオカズに。

 

 この世界では壊れることに果てはない。死ねば壊れた体をこの世界に捨て、新しい体を得て戻り、死ねばまた戻るのだから。唯一変わらないのはその精神だけ。壊れ続けた心はやがて自分が壊れていることすら理解できず、最初の目的を忘れただ生き続けることになる。

 

 どれほど長い時間を得て、『×××××』が元の世界にたどり着いたのか、蜜を啜っていた回遊魚でさえわからない。

 

 というより時間の感覚など、回遊魚にはないのかもしれない。

 ソイツは例えるなら、人間を超越した存在。

 

 神に近しいユミルをも超える、何か。

 

 

 回遊魚は女から離れると、また空を回り出す。

 これから待ち受けるメインディッシュを、今か今かと待ち望むのである。

 

 

 ()()()()()

 

 有象無象の何かが生じては消え、また生じては消えていた太古の昔。「無機質」な世界を見出した回遊魚がそこに移った後。それは変化を繰り返す世界で、唯一生き残った「有機物」の源となる。

 

 

 

 それは人が、「生命」と呼ぶものであった。

 

 




アウラ「( ˘ω˘ )」

ジーク「( ˘ω˘ )」

エレン「( ˘ω˘ )」

ユミル「( ˘ω˘ )zzz」


ブレオダ初回にサシャが来て爆笑せざるを得なかった。
そしてパンも盗まれた。私の情緒をどこまで壊す気なんだサシャ・ブラウス……?(有無を言わさず推しチーム)

ジーク・イェーガー実装はまだですか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【七章】新婚生活編
あ゛ぁ〜〜〜⤴︎⤴︎


新章でぃす。しばらくは平穏という名の変態でお送りします。


 マーレ国は「始祖奪還計画」に失敗し、「超大型巨人」をパラディ島に奪われる結果となった。

 

 戦力でみればマーレの戦士《知性巨人四体》&ジークの巨人と、調査兵&エレン《知性巨人一体》の戦い。

 マーレの上層部はおろか、戦士たちでさえ負ける未来は想像がつかなかった。それほどまでに巨人の力とは強大なものなのだ。

 

 しかし、戦士は敗北を喫した。

 

 一時は四人全員倒され、最悪四つの力がパラディ島にわたり、「戦鎚の巨人」のみとなったマーレが他国に攻め込まれるどころか、壁内人類が世界情勢をひっくり返してしまう可能性さえあった。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()、アニ・レオンハートである。

 

 

 彼女はライナーとベルトルトがエレンの誘拐に失敗し、一旦パラディ島を去った後。()()()()()()、調査兵団がウォール・マリア奪還作戦に乗り出したのを見計らい、行動を起こした。調査兵団と戦士がぶつかるのを見越して。

 

 それまで動かなかった理由はライナーたちがしくじり、アニが彼らの仲間であるとバレてしまったため。

 だが「始祖奪還計画」の建前、収穫なしにマーレに帰還するわけにはいかない。そのためエレンが外に出るタイミングを待っていた、と。

 

 もちろん敵であることが判明している以上、単独で、それも長期間身を潜めるのは難しい。

 同時に憲兵団に身を置けなくなったことにより、調査兵団の動向も掴みにくくなった。

 

 

 ゆえにアニやベルトルトたちが協力者においたのが、アウラ・イェーガー。

「始祖」と「進撃の巨人」と持つ少年の姉であり、戦士長たる男、ジーク・イェーガーの妹である。

 

 かつて「楽園送り」にされた彼女はマーレ治安局にまぎれ込んでいた“フクロウ”によって助けられ、マーレより先に始祖奪還を目論むフクロウから託された進撃を継承した父、グリシャ・イェーガーと共に壁内へと渡った。

 

 以後彼女は壁の中で暮らす。

 

 胸中で巨人となった母親の幻影と、おぼろげな兄の姿を求めながら。

 

 そしてある時、父親からすべての“真相”を告げられた彼女は、息子娘に復権派の思想を押しつけ、自分やジーク、祖父母を「楽園送り」にするような業をなした両親を憎んだ。

 挙句、その父親は前妻を亡くしたにも関わらず、新しい妻と息子をもうけ、幸せそうに暮らしていたのだ。

 

 斯様な人生を送っていたアウラ・イェーガーと、さまざまな過程を経るうちに彼女がジークの妹であると確信し、その心中を悟ったアニたちは彼女を「協力者」に仕立て上げた。

 

 ライナーとベルトルトが尻尾を巻いてパラディ島を離脱した後も、アニは協力者であるアウラの手助けがあり、スムーズに隠れ情報も得ることができた──────。

 

 

 

 ────というのは、()()()()()である。

 

 

 

 実際アニの報告では、彼女はトロスト区にて身柄を拘束され、のちにユトピア区へと移され拷問を受けていた。

 そこを救ったのがアウラ・イェーガーである。

 

 女はベルトルトやアニと()()()協力関係を結んでいた(ライナーは精神疾患にあったため、この情報の共有はしていなかった)。

 

 だが協力していた彼女はライナーとベルトルトが逃亡し、アニが捕まった後で、協力者であることがバレてしまった。

 

 アウラもまた憲兵に捕まったがしかし、アニは「弟を脅しに使い、アウラ・イェーガーを利用していた(、、、、、、)」と嘘を吐いた。協力者までも地獄に引きずり込まないために。少なくとも彼女は同情心を抱いていたことになる。

 

 アニが嘘を吐いた本当の理由は、待ち受ける“死”への些細な抵抗からきた発言であった。

 

 だがまったくブラコン野郎に同情心を抱いていないかと聞かれれば、アニ本人もわからない。

 アウラ・イェーガーが変態であることを知った今は、もう哀れみの心などなくなってしまった気もするが。

 

 また、ベルトルトとライナーがアウラの存在を語らなかった理由については、妹が生きていたと知った場合ジークの精神が不安定になると考えたから──と、ライナーがのちに語った。アウラの情報をライナーに秘匿させたのはベルトルトで、調査兵団との戦いには戦士長の力が必須であると考えたために、黙っていたとも。

 

 この隠していたことについては、その理由も踏まえてお咎めはなかった。

 

 

 

 憲兵の私兵をこさえたアウラは、捕まっていたアニを秘密裏で解放し、さらにウォール・マリア奪還作戦で戦士と調査兵団がぶつかることを見越して、アニと共にシガンシナ区に向かった。

 

(ちなみに私兵については一部を証拠隠滅で殺し、消し損ねた部分に関してもマーレの不利になる情報は一切話していないため問題はない、とアニは続けた)

 

 

 しかし果たして、一介の兵士がマーレ治安局と似たはたらきを持つ憲兵の人間を、仲間うちに引きずり込むことなどできるものなのか。

 

 それに関してアニはアウラが長年その()を隠し、何年も調査兵団に入っていたことを含め、人心掌握に長けた人間であることを語った。

 おまけに演技力も高い。()()さえ出なければ、戦士でも気づけなかっただろう、と。

 

 ならばアウラ・イェーガーのその“綻び”とは何なのであろうか。

 

 これは女の「目的」に直結するものであり、彼女が“牙”を隠し続けた理由や、アニたちが()()()関係を結んだことに由来する。

 

 

 

 ────アウラ・イェーガーは「ジーク・イェーガー」に会うためだけに生きてきた、()かれた野郎である。

 

 

 

 事前にアウラから()()()()()()()()(一部は嘘であろう)を聞かされていたアニは、自分で話しながら顔色が悪くなっていくのを自覚した。

 

 

「楽園送り」を選んだのは、幼心に自分が生きていると兄が傷つくことを分かっていたため。

 

 調査兵団を目指したのは、純粋な戦闘力をつけていずれ来る「戦士」になったジークに殺されるため。

 親の愛情を一身に受けられなかった原因の自分を、兄は恨んでいるから、と。

 

 超大型が現れれば「戦士」が来たと、重傷の状態で錯乱気味にアニたちとファーストミートし。

 

「ジーク・イェーガー」に関しては、絶対に裏切らないと悟った彼らが協力関係を結べば、長年ともに戦った仲間であろうが見殺しにする上、必要あれば自分の足を折る。

 

「獣の巨人」の威力偵察で違和感を覚え、そこから新たな「戦士」が来た可能性を見出して兄と出会えば、殺されに行き。…いや、そもそも巨人化している状態でジークと見抜けるのが恐ろしい。

 そして殺され損ねれば、発狂間近になる(右足を失った件は、アウラ本人に「この部分は言わないでね」と聞かされたので言えなかった)。

 

 そしてウォール・マリア奪還作戦に向けた私兵の確保と、アニの救助。

 

 ジークと再会を果たした後のアウラは、戦士たちがマーレに帰還した未だに、糸の切れた人形のように眠り続けている。

 

 

 このことを最初に報告を受けたテオ・マガトも、思わず長い沈黙をせざるを得なかった。

「驚異の子」の妹は「ヤベェ子」だ。いや、ヤバいというものではない。“狂気”をそのまま、穴という穴から漏れ出させているような異常さだ。

 

 少なくとも十数年いたパラディ島の仲間を裏切り、戦士たちを救い出したのだ。女の根底には絶対に揺るがない目的、あるいは信念が存在する。

 

 そして戦士の中でも表情を滅多に崩さないアニが、生気のない表情を浮かべている。

 

 後で本人に確認するにしても、本当にアウラ・イェーガーのすべてが、「ジーク」であるのだろう。

 

 

 

 だがアニの報告をすべて鵜呑みにしたとして、残る事実は「イジョウシャ(、、、、、、)に戦士四人が助けられた」というもの。

 

 まさかその事実が本当だとしても、容易に認めることはできない。

 ただパラディ島の人間を甘く見ていたのは、変えようのない事実である。

 

 マガトはアニから聞いたアウラの異常者エピソードを一旦誰にも他言しないよう伏せさせ、後日上層部と「始祖奪還作戦」の当事者であるライナー・アニがマガトの後ろに控えた中で会議が行われた。

 

 この時アウラ・イェーガーの狂人ぶりを知ったお上の精神は、もはや「悪魔の末裔」云々どころの話ではなかったに違いない。

 

 そしてマガトの隣に座る戦士長の男は、無言でその内容を聞いた。

 反射したレンズの奥に、己の感情を隠して。

 

 

 

 そうした話し合いの結果、都合のいい“表上の理由”ができた。

 

 “裏の理由”は総合すると、「兄を愛する妹」が再びジークと会うことを望んでアニを救い出し、結果戦士三人を救うことに繋がった───といったところか。

 

 狂人エピソードの部分は、上層部とその場にいた数名の戦士の間で秘され、その代わりにオブラートに包んだ「兄を愛する妹」という体ができた。

 

「兄を愛する妹」が壁内を裏切っている時点でその異常性は隠し通せていないが、女の狂人ぶりを知るよりはよっぽど精神衛生が保たれる。

 

 同時にアウラがアニを救ったという部分で、アウラ・イェーガーのまた別の目的が窺い知れる。

 

 彼女がアニを救ったのは、自身の保身のためでもある。

 戦士たる女を救い、マーレに「楽園送り」となった己の居場所を作る。

 

 

 お上の判断次第で、いくらでもアウラ・イェーガーの処分は決まる。たとえ超大型を抜いた戦士四人を救った人物であってもだ。

 

 ──否、上層部も前例のない《バックトゥーザ・マーレ》に頭を悩ませざるを得ないといった方が正しい。

 

 表上の理由ができたのも、この「楽園送り」にされた人間が戻ってきたという事実が存在しているがゆえ。それにただでさえ超大型を失ったことにより、戦況面が大きく動く可能性が出てきている。諸外国にマーレが超大型を失ったことが露見するのも時間の問題。さすれば戦争をふっかけられるのも秒読みだろう。

 

 

 

 

 

 そして、最終的にマーレの不利益にならぬ情報──“表上の理由”と異なる内容や、パラディ島の情報、また「悪魔の民」たる島の人間たちを肯定的にとる発言など──を話さない代わりに、アウラ・イェーガーは市民権を得た。

 

 この場合「楽園送り」になったことは隠せないため、表上の理由に沿った内容で、マーレに帰還したことになった。

 ジークが戦士であるため、彼女も祖父母と同様に「名誉マーレ人」となる。

 

 

 ただ裏では単純に斯様な特例を認めたわけではない。

 

 大きな理由がもうひとつあるとすれば、それはまた別の()()()()()()()()()会議にて、テオ・マガトが語った発言に由来する。

 

 

 

「我々は、「驚異の子」を繋ぐ手綱を得たと考えてよいでしょう」

 

 

 

 ジーク・イェーガーが齢五つの頃から教官を務めているマガト。

 二十年という歳月が流れているにもかかわらず、未だ彼は戦士長である男を「底知れぬガキ」と感じている。

 

 他の上層部の連中は、ジークの“()()”と称すべき本当の部分をつかめていない。そも彼奴等は「所詮エルディア人だ」と決めつけ、戦士であろうが見下している。

 

 厳しい言動ではあるが、悪魔の末裔であろうと偏見を持たぬマガトであるからこそ、戦士と信頼関係を築くことができる。

 

 ただその例外としてその腹の内をずっと探ることができないのが、ジーク・イェーガーであった。

 男が何か企んでいるとマガトは勘づきながらも、長年その尻尾を掴めずにいた。

 

 

 しかし、都合のいい存在が現れる。

 

 マガトはマーレに帰還し、眠る妹のそばに寄り添う男の姿を見て確信した。

 

 

 

 その姿はまさしく、妹を心配する兄そのもの。

 

 ただその兄の瞳に浮かぶ感情は、推しはかれぬほどグチャグチャに、煮詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 私、アウラちゃん。

 

 マーレのお上の黒い事情で色々と約束事を決められつつ、この国の人間の一人として返り咲いた女である。お兄さまと同じ国に住んでいるってだけで、ヤバい薬を決めている気分になります。

 

 

 そんな私はウォール・マリア奪還作戦の件から二週間後に目を覚まし、さらに面倒な取引を終えたのち、作戦から一ヶ月経った現在、軍事施設の病院から移され一般の病院に入院している。点滴やら何やら、医療技術も何もかもが違う。数える程度しかお外に出られなかった幼女ちゃん時代ですから、目新しいものが多い。

 

 “名誉マーレ人”である今、収容区の外で暮らすことはできます。エルディア人であることに変わりはないので、多少の偏見の目からは逃れられないでしょうが。

 

 うっかり路地裏に連れ込まれて、危ない目に遭わないようにしないといけません。ただでさえ戦闘能力が落ちていますし、私がマーレ人を殴ったら、今の身分でも立場はかなり不利でしょう。それほどマーレ人とエルディア人の垣根は深いですから。

 

 

 

 ちなみに目が覚めて一番最初にお見舞いにきたアニちゃんからは、ある程度情報は伺っている。

 

 と言っても、テレパシー会話です。

 

 やり方としては、話したい相手とパスを繋ぐ感じですね。

 例えるならアニがコンセントで、私が電源プラグ。こちらから相手に挿します♂

 

 この方法は軍事施設の病院に入院していた時、情報が周囲にバレないよう編み出しました。ユミルちゃんがいつも私に行う方法をマネただけとも言えますけれど。

 

 そしてその後、「盗聴器」という機械の存在をアニに教えてもらったので、余計にテレパシー会話が必需品となりました。記憶を覗くより疲労は少ないですが、それでも多少は疲れます。

 

 感覚としては、脳内で喋るように言葉を思い浮かべます。

 ただし、その時考えていることは双方気をつけないと垂れ流しになるため、話す際はテレパシーのオンオフはまめに行う。

 

 このようなことが行えるのは、やはり同じ“血”が流れているからでしょうね。

 恐らく別の人種には不可能だ。アッカーマン家の人間も難しいと思います。

 

 

 

 女子三人───そのうち二名が死んだ目でキャッキャと遊んでいる時に、アニと大まかな相談はしていた。アウラちゃんの狂人エピソードを話したのもこの時です。

 

 マーレ政府に「何で君戦士に協力したん?」と聞かれることは目に見えていたので、模範回答を用意しておいたわけですね。それも強烈なのを。

 

 げへへ……一番知っていただきたい方にこのエピソードを聞いてもらえたので、楽しみです。アニちゃんの記憶からどんな表情を浮かべておられたのか拝見したいところではありますが、それは今度会うまでのお楽しみにしておきました。そのためワクワクし過ぎて夜も眠れず、毎日睡眠薬を投与されています。

 

 

 お恥ずかしながら、ジークお兄さまと運命の再会を果たしたものの、あの時の私は完全に幼児退行していました。

 

 感情がコントロールできていなかったのです。いつものことのような気もしますがね。

 

 週に何回か来てくれるアニたそ(天使か?ついでに現在この国の文字に慣れるべく、本を差し入れてもらっている)に、週に一回ほど、病室に飾る花を持ってきてくれるライナー(ナイスガイ)

 車力のピークちゃんも一度来て、お礼を言われた。アニの記憶で彼女のことは知っていたものの、初対面のフリをした。同じ松葉杖の仲間同士、仲良くなれるといいです。

 

 

 あともう暫くは経過観察を行う。いつも接するマーレ人のナースや医者には、営業スマイルで多少エルディア人の偏見を取り払った。それでも一度病室を出ると、居心地が悪く感じる。

 

 衣食住については、祖父母の元へ戻ってから決めます。私が願うなら手配はしてくれるとアニちゃんから聞いているので、その時はお願いしましょう。

 

 ちなみに祖父母がまだ来ていないのは、「孫が生きていた」という衝撃にまだ回復できていないからですね。それに私が生きていた事実を知らされてから、そう時間が経っていないようでもあるので。その内に祖父母でニチャア…はできるでしょう。

 

 

「なんか、現実感がないな……」

 

 

 やはりまだ、今の状況が体に馴染まない。

 

 パラディ島と違う文字であったり、文化であったり、人間の様子や物の違いなど。

 それに、心の方も。

 

 “人間”している私の精神がまだ、エレンくんや仲間たちのことを引きずっている。睡眠はともかく、食事もさほど取れない。

 

 無理やり口に食事を突っ込まれるアニの介護はこりごりだ。

 対しライナーくんは毎度「………」と、私の腕を見つめてくる。病院服から覗く細さに目が行ってしまうんでしょう。

 

 ただでさえアウラちゃんは美女なのに、儚ささえプラスされている。この悪魔的な魅力と天使属性(?)があるからこそ、マーレ人の看護婦や医者を懐柔できてしまったんですね。さすが私、罪深いエルディア人だ。

 

 

 今日もアニが来ると言っていたので、午後の日の光を浴びながら本を読みます。開けていた窓から吹く風が少し強くなってきた。一旦本を枕の横に置いて、松葉杖に手を伸ばす。車椅子というハイテクな移動手段もありますが、筋力が落ちそうなので普段は松葉杖だ。

 

 床にコツコツと音が響き、窓にたどり着く。見える風景は慣れ親しんだものではない。

 車の音に、賑やかな街の声。空気はパラディ島の方が美味しい気がする。

 

「いつだって変わらないものは……一つだけだ」

 

 壁に松葉杖を置き、空を眺めていればノックの音がした。いきなりテレパシーを使って、もしアニたそじゃなかったら大事件なので、入ってくるのを待つ。

 

 彼女は最初こそ、入るよ、と言っていた。しかし最近はノックだけで何も言わずに入ってくる。というか私の扱いが雑になってきている。何でや?【A:お前の人間性】

 

 

「……?」

 

 ノックが鳴ってから数十秒、まだアニちゃんは入ってこない。

 

 私に焦らしプレイなんてご褒美にしかならないということを、いい加減学んだらどうなんでしょうか。それとも私から招き入れて欲しい気分なんでしょうか?ツンドラだな。

 

「どうぞ、アニちゃん」

 

 また待つこと数十秒。スライド式の扉は開かない。

 面倒なので足音を消して、素足を晒した片足で跳ねながら扉までたどり着く。そのまま扉の窪みに手をかけて、勢いよく開けた。

 

 

 

「ぐえっ!」

 

 

 

 一瞬固まった脳内はすぐさま突進命令を下し、遠慮なくジャンプして。

 

 めいっぱい花を持ったその人に抱きつき、呻き声を堪能した。

 

 首元に腕を回し、足を少し後ろに浮かしてしがみ付く。戦士が普段着ている上着に顔を埋めると、ほのかにタバコの香りがした。深呼吸をすると脳内が痺れて、完全にヤク中のトリップ(それ)になった。

 

 躊躇いがちに背中に回された、大きな手の感触。

 心臓は異常に早くなって、ビジョ美女になっていく。

 

 

「アウラちょっと、く、苦しい……」

 

 

 幼少期とは異なる低いその声を改めて聞いて、(耳が)孕んでしまったアウラちゃんだった。

 

 責任とって結婚しろ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぽぽぽーぽ・ぽーぽぽぅ

アニのメイドに鼻の下伸ばしてたらまさかの我らが女神が来ました。10連のその中にユミルが二人いたんで、「あぁ……」と察した。そして高級な肉を用意したら、イモ食ってる教官の横でコソコソと肉を食らう少女の影があったそうな……。

結論:ブレオダたのちい。

改善点としては早くジーク・イェーガーを隔離したいし、獣の巨人を狩りたいですね(アウラ脳)


 雲一つない空。

 

 マーレに来てから一ヶ月、外に出ていなかったアウラはジークに促され、車いすで移動しながら外の物を見学することになった。病院では個室にいる時は腕章を外しており、出る時はつける。

 

 最初は車いすではなく松葉杖を使おうとしたものの、「危ないから」と兄に言われてしまえば、即堕ちで了承した。

 

 

 

 十八年前の記憶を遡り彼女が思い出す過去と、今のマーレ。

 人の雰囲気こそ大きく変わっていないが、出店など気になるものは多くあった。本質は変態ブラコン野郎であれど、目新しいものに好奇心を抱く心はある。

 

 本人も気づかぬ内に瞳を輝かせ、一つ一つ質問する妹の様子に、ジークは車椅子を押しながら小さく笑った。大きくなった体に反して、戦士候補生時代のライナーやポルコたちのように幼く見える。

 

 周囲も少し遠巻きにしながら、そんな二人の様子を見ていた。

 

 ただでさえ軍服と「赤」の腕章から“戦士”とわかる男と、同じ色の腕章をつけている名誉マーレ人である女の組み合わせ。

 しかも女の方は男なら一度視界に入れれば、思わずもう一度振り向いてしまうくらいには()()()である。

 

 

 出店を覗いては、感嘆の声を上げるアウラ。串に刺して焼かれた棒状の肉の詰め物の上に、ペーストしたトマトをかけた物や、奇妙な色をした飲み物。肌色の三角錐型のものに、白いブツを渦を巻くようにして乗せた冷たい食べ物など。

 

 それらを嬉々として頼んでは食べ、頼んでは食べる。

 

 しかし元々彼女はそこまで食べられるタイプではない。

 

 “そふとくりーむ”なるものを食べた後、次のターゲットとして頼んだ雲のような、ほのかに甘い香りのする食べ物。棒に絡まった人間の顔よりも大きいそれは、彼女の手の中で弄ばれる状態となった。

 

「食べないのか?」

 

「もう食べられない…」

 

「はは、昔はよく食べてたのになぁ」

 

「…もう子どもじゃないもの」

 

 ムゥ、とアウラは頬を膨らます。

 

 白い雲は所在なさげに、右へ左へ動く。しばしの沈黙が訪れ、ジークは妹にどこへ行きたいか尋ねた。かなり距離はあるが、祖父母の住まう場所へ行くこともできる。

 

 アウラが唸るような、けれど少し間伸びした声を上げる中、目的地の定まらない車いすは人の流れに沿って進んだ。

 

 

「ねぇ兄さん、今更だけど私が外に出ても大丈夫なの?」

 

「問題ないよ。上と話は終わってるんだし」

 

「……じゃあ、図書館の場所を知りたいわ。あ、でも、寄らなくて大丈夫」

 

「いいのか?」

 

「うん。だってせっかく一緒なんだもの、……兄さんと」

 

 最後の方はボソボソと、小さい声で呟いたアウラ。

 

 入院している以上は、一人で出かけるのは難しい。だが退院した暁には、現在の世界情勢やら歴史やら文化やら科学やら、“知識”として付けなくてはならないことがたくさんある。

 

 パラディ島の常識が、マーレ、ひいては世界の常識とはならない。島の中で得た力も立体機動なしでは半減し、さらに右脚なき今、さらに力は半減する。さすれば彼女に残るものは少ない。

 

 あるのはズバ抜けた演技力や、それに付属する人心掌握。それでも勘のいい人間や、人の裏を見抜く力のある人間には通用しない。

 

 となると、今までとは違った力を彼女はつける必要がある。

 

 それこそ“知識”に他ならないだろう。考えた時思いつく方法が一つと二つとでは、生まれる結果は大きく異なる。

 ゆえに彼女は本の虫なのだ。他にも本を読むのには別の理由もあるが。

 

 

「……うーん…」

 

 ド直球に「お兄ちゃんいっぱいしゅき♡」を漂わせる妹の発言に、耳をかくジーク。気恥ずかしさの裏で、仄暗い底の感情が波立った。

 

 このまま図書館を教えた後、フラフラ街を彷徨うのもいいだろう。だが妹を連れ出した理由はもっと別にある。

 軍用の病院ではない一般の病院でもありえる盗聴を考え、わざわざ場所を移した。

 

 さすがに外に出てしまえば会話を聴かれることはなく、また親類の家に仕掛けられてもいない。さらに言えば街を出歩く戦士に、よっぽどのこと──例えば造反を疑われているなど──がなければ、見張りをつけることもない。ガッツリと『壁に耳あり障子に目あり』であるのは、軍の施設内や自室だ。

 

「兄さんの好きな場所が知りたいな」

 

「好きな場所って言われてもねぇ…」

 

「その…どこでもいいの。()()()場所なら」

 

 アウラが振り向くと、瞳を丸くした兄の視線とぶつかった。

 彼女もまた、このお出かけの真の意味を理解している。単純に今のマーレの様子を見物するだけではない。兄は妹と話すために連れ出したのだ。

 

「「おにーたん」って言ってた、あの頃のかわいいお前はどこに行っちまったんだ…」

 

「ん゛っ」

 

「え?」

 

 突如珍妙な声を上げた妹。ジークが見れば、その耳は真っ赤になっているではないか。

 

 アウラは背を丸め、両の手の甲に顔を押しつけるようにして固まってしまった。

 

 どうやら「おにーたん」の部分にダメージを受けてしまったらしいと、妹の様子を見た兄は推測する。果たしてアウラがどこまで過去のことを覚えているのかはわからないが、当時マーレにいた記憶は少しは覚えているようだ。それも、兄を舌ったらずな声で呼んでいたことを。

 

「まぁ当時の呼び方で、とは言わないけど、もう少し()()()()()的には歩み寄ってほしいわけだ」

 

「………兄さ」

 

「お兄ちゃん的には」

 

「に…」

 

「お兄ちゃん」

 

「に……にっ…」

 

 側から見れば若くビジンな女に「お兄ちゃん」呼びを強要しているヒゲ面な男という光景で。

 

 ジークからすればかなり真剣な頼み。

 

 そして変態ブラコン女からすれば、いっぱいちゅき♡な兄からの「かわいい妹」発言に、脳内ではハンジ主催のソニー&ビーンによるびっくりユートピアが開催されていた。

 

 

「………ジーク、お兄ちゃん」

 

 

 瞬間嬉しそうに笑った兄を見て、アウラは本日何十回目かの脳内絶頂死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 着いた場所は港。周囲の人気は少ない。日は傾き始め、うっすらと紅く空や海が色づいている。

 

 そこで潮風を浴びながら、地平線に浮かぶ漁船を二人は見つめた。

 

 道中アウラが少しずつ減らしたわた飴。一口また彼女が啄むと、横から伸びた手が雲をちぎりさらっていく。

 

 思わず「あっ」と、アウラは声を漏らした。

 

 ジークの一挙一動に心が持って行かれている。兄の体内に入った綿菓子を想像し、途方もない羨ましさを覚える。物理的に兄に食われてしまうのだ。もし彼女がそうなったら、それが“性”でも“食”の意味だとしても幸福で死んでしまうだろう。

 

 

 また体を丸め顔を隠すようにして、行き場のないデカすぎる感情に耐えるアウラ。

 

 そんな彼女の葛藤をよそに、ジークは車いすから手を離して妹の右隣に座る。途端に近くなった兄との距離に、変態(アウラ)は固まった。顔の熱を無理やりに引っ込めて唇を噛み、さざなみを立てる海を眺めて心頭を滅却する。

 

「海を見たことなかったよな、パラディ島を船で出た間も寝てたし」

 

「…うん」

 

「……あ、でもどうなんだ?帰りは寝てても、()()の時は……」

 

 ひとり言のトーンでボソボソと話すジークは、あごに手を当て少し目を細め、海の方角に視線を向けている。

 ジークに見られている間ろくにその顔を見れなかったアウラは、ここぞとばかりに凝視する。

 

 やはり顔立ちはグリシャとよく似ており、鼻筋や輪郭、眉などどれを取っても親子の血を感じさせる。その点髪や瞳はダイナ譲りの───ユミルの色を、濃く残している。若干くせ毛なのはアウラの瞳と同じように、ジークだけの特長だ。

 

 惚れ惚れとするこのイケメン具合(当社比)。その顔立ちの良さは無精髭とメガネで隠されてしまっているが、それもまたカッコいい。もはや変態の目には世界が兄を着飾っているのではなく、兄が世界を着飾っているように見えた。

 

 

 そこでふと彼女は、見覚えのあるメガネに気づく。

 どこかで見たことのあるそれを記憶をたどって思い返し、兄の恩人たる存在を思い出した。

 

 トム・クサヴァー。当時精神的に限界だったジークを救い出した男が、つけていたものと同じである。アニの記憶から、「獣の巨人」の前継承者はクサヴァーであった。

 

 ということは、ジークは恩人の力を受け継いだということになる。

 

 

(死んでもなお、()()()()()()()になってるんだ……いいな…)

 

 

 ぼんやりとメガネを見つめていたアウラに、視線を向けた兄。

 彼女は慌てて開いていた口を閉じ、顔を逸らす。

 

「あぁ、んーとね………グリシャ・イェーガーから過去に何があったかは、大体聞いてるんだよな」

 

「うん」

 

「自分で覚えてる記憶はどこまであるんだ?もちろん思い出したくない部分は、無理に話さなくていい」

 

「……わかった」

 

 

 ジークはライナーやアニから、完全にオーバーキル気味にアウラの精神が脆いことを聞いていた。

 

 

 

 パラディ島で協力関係にあったライナーやアニ、それに会議で妹の話を聞いたジークはともかく、ピーク(その明晰さで真意にたどり着いているかもしれない)や戦士候補生辺りは、さらに状況を理解できていない。

 

 

 表上の理由は要約すると父親への憎しみにより、アニたちに協力した──。

 

 裏の理由は愛する兄と再び会える可能性が生じたため、アニたちに協力した──。

 

 

 少なくともジークがグリシャの件を持ち出して、アウラが嫌な表情をした様子はなかった。

 その裏を返せば壁内で暮らしている時も、変わらず父親の愛情を受けていたのだと分かる。

 

 港まで向かう道中、パラディ島で過ごした内容は基本的に口外禁止のため、色々とボカしつつ「これまでの生活はどうだった?」やら、「エレンはどんな子どもだった?」やらと、ジークは質問していた。

 

 そして、グリシャがエレンを愛していたのか、気にかかっていたその内容は聞けずに終わる。

 喉元を通そうとしてもうまく外に出ず、港に着いたためだ。

 

 

「マーレで過ごしたことは、少しは覚えてるよ。高熱を出して魘されてた時とか、兄さ……お兄ちゃんの帰りをお母さんと待ってた時とか。あとはママが巨人になって……後は、あんまり」

 

「……そうか」

 

「…うん、こんな色だった。今の空みたいな」

 

「空?」

 

 アウラが指した方向にあったのは、夕焼けと青空が混じった幻想的な色。

 その境界線はうっすらと白んで、二者の色を寄せ付けない。

 やがてその色は全てを覆う闇に包まれ、空には月が支配する世界が広がり、無数の星が散らばる。

 

「地に染みついた血が空を穢して、暗闇に呑まれて。けれど人を照らす無数の灯火は消えずに、やがてその灯りが人が進む道へと結びついて、また明日がやってくる」

 

「…急に詩的なこと言うね。お兄ちゃんびっくりしたぞ」

 

「お兄ちゃんをびっくりさせたかったんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「ふふ…どうだろう。わかんない」

 

 世界がどんな色を映しても、アウラには関係がない。彼女の世界にはジーク・イェーガーしか映らない。

 

()」の彼女の蒼い空は、兄ただ一人。

 

 

 

 ジークは気づけば逸らしている視線を堪え、妹を見つめる。

 

 子どもの頃辛いときに何気なく思った、「世界が滅んでしまえば……」が、今の脳内に浮かんでは消える。それほどまでに妹と向き合うことから、逃げてしまいたい。

 

 怖いのだ。怖くてたまらない。

 

 

 妹は兄を愛していた───。

 

 楽園送りを自ら選んだのも、自分がいると兄が傷つくことをわかっていたから。

 幼心に“戦士”の使命を背負わされ苦しんでいたジークと、両親に大切にされていたアウラ。

 

 なぜそこまで妹を傷つけた兄を好いてくれるのか、最初は意味がわからなかった。

 ましてや兄が自分を恨んでいるから、と考えて殺されようとするなど。

 

 そして、兄のために仲間はおろか弟のエレンでさえ裏切ったアウラのことを、ジークは()()()()()()()と、思ってしまった。

 

 それでも一人、夜風を浴びながらタバコを消費する日々を過ごして、思い至った。

 

 妹が、兄を愛する理由。

 

 ───否、アウラが()()()()()()()理由。

 

 

 親の愛を感じることができずとも広い世界の中で足掻いて、一人の恩人(クサヴァー)と出会った少年。

 それに対し親に愛されていても、狭い世界しか知らなかった幼女。

 

 その狭い世界とは、グリシャがいて、ダイナがいて、ジークとアウラがいた世界だ。

「楽園送り」となりこの世の地獄を知ったアウラからすればきっと、四人で暮らした世界は温かな“愛”で抱擁された世界だったに違いない。

 

 

 しかしその世界を壊したのは、両親を密告したジークで。

 

 ならば妹を壊したのは、それは──────、

 

 

 

 そこまで考えた日の夜。

 

 彼は妹を叩いてしまった当時の冷たい外の空気を鮮明に思い出し、タバコを持った手のひらに熱が溜まり、ジワジワと痛むような錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 そうして精神的に参ってしまった中、最終的に「早よ行け」とアニに尻を物理的に蹴られ、床の上で悶え苦しみながらも腹を決めた。帰還したアニの気性がより荒くなったのは、気のせいではない。特にライナーは事あるごとに問答無用で蹴られている。

 マルセル・ガリアードの一件で、アニとライナーの間で一悶着あったことを踏まえると、アニの反応も仕方のない部分があるだろう。

 

《顎の巨人》を奪われた点や、ライナーの発言でそれでも計画を実行した点は失態だ。

 

 しかし顎を取り戻し、始祖の奪還までとは行かずとも、現在の座標の所有者は分かった。プラマイで言えばプラスであり、アニの方は結果として三人の戦士を救うに至ったため、表面上は評価された。

 

 相対的な評価ではアニ>>ライナーとなっている。実際作戦の中で最も働いたのは彼女であるので、当然の評価と言えば評価なのだが。

 

 

 ──まぁ、とにもかくにも、ジークはもう逃げてはいられない。

 

 向き合わなければならない。

 

 己の、罪と。

 

 

 

 まるで、麻縄で首を少しずつ絞められるような感覚を覚えながら、ジークは言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「お前は、覚えてないかもしれない」

 

「うん?」

 

「グリシャがそのことまで伝えているかも、わからない」

 

「…うん」

 

「けれどどの過程を挟んでも、俺がお前にしたことは揺るぎない事実として残っている。……俺の中に、残っている」

 

 震える唇を開き、そのまま固まったジークの様子を映す白銅色の瞳。

 その瞳が細まって、じっと兄を見つめる。兄の言葉を待つように、ゆっくりとまばたきが繰り返される。

 

 潮風に吹かれ、色素の濃い髪がパラパラと泳ぐ。それを細い手が邪魔だ、と言わんばかりに耳にかけて。

 

 地平線の上で、汽笛が響いた。

 

 

 

「ごめん、な」

 

 

 

 船の音に簡単にかき消されてしまうほど小さく、掠れた声。

 その声はしかし、妹の耳にしかと届いた。

 

 その一言ですべての力を使い果たしたと思えるほどジークの全身から力が抜けて、ゆっくりと頭が下がる。

 

 

「妹をたたく兄が、それこそ「兄」なんて……本当は、呼ばれていい訳がない。」

 

「………」

 

「お前にただ、謝りたかった。謝ればもっと何かが、変わっていたかもれないと、何度も───何度も思って」

 

「おにいちゃん」

 

「……ダメなんだ、怖いんだ。怖い。お前に嫌われて、家族のカタチが壊れたら、もう、俺はきっと、ダメになる」

 

 失った存在(家族)が唐突に戻り、その居心地の良さを思い出してしまえば心は急速にぐらつく。

 

 “家族”を壊した男には二度と手に入らないものであり、手に入れられたとしても「安楽死計画」上、絶対にジーク自身が手に入れてはならないものだった。

 たとえ祖父母がいても、クサヴァーのような本当の温もりは、もう二度と手に入ることがない。

 

 

 だが、妹は生きていた。

 

 

 彼の前にあるその事実が、狂おしいほどにジークの感情をグチャグチャと、遠慮なくかき回すのだ。

 

 どう妹と向き合えばよいのか、何を話したらよいのか、どう接したらよいのか。何が正解で何が不正解であるのか、わからない。

 わからないことが恐ろしく、わかったとしても恐ろしい。

 

 そしてそうやって考えることすら、妹から逃げるためなのだと、彼は思わずにはいられない。

 

 

「兄さん、私怒ってないよ。恨むわけがない」

 

「………許さないで、くれ」

 

「許すも何もない。だって兄さんは何も悪くないもの。悪いのは全部……私だから」

 

「違う、お前は何も悪くない」

 

「ううん、私悪い子よ。仲間を裏切って、エレンくんまで捨てて、その上で私はジーク兄さんを選んだんだもん」

 

「……お前は、何も…」

 

 沸騰した感情に耐えきれず妹の側から一歩分、離れようとしたジーク。その時腕の裾を引っ張られた感触に、彼はハッとした。

 一人にしないで、と眉を少し下げた妹の瞳には、薄い膜が張っている。

 

 

「私……私ね、兄さんとどう距離をとっていいのかわからないの。昔みたいに突進したくなっちゃうけど、私は子どもじゃない。大人で────そう、大人。“十八年”っていう大きな壁があって、子どもだった私も兄さんも、理性に縛られる面倒な大人になった」

 

 

 でも、とアウラは続けて、兄に手を伸ばし抱きつく。

 彼女は瞳を閉じて、タバコの香るその匂いと、息遣いと、心音を感じた。

 

「ずっとずっと会いたかった人にこうして触れられて、私幸せだよ」

 

「…アウ、ラ」

 

「大好きで、愛していて、「私」でさえわからないほど私は兄さんを、ジーク・イェーガーを愛している」

 

「……わからないって、なんだよ」

 

「わからないんだもん。本当にずっとずっと、マーレにいた時から大好きだった」

 

「………知ってるよ」

 

 はいはいを覚えてから、デレデレとした顔で手を叩いている父ではなく、オモチャで遊んでいるジークの元に向かってグリシャを泣かせかけるほど、いつもアウラは兄に向かっていた。

 そして熱を出した時も、その後も。ずっと妹は兄を愛している。

 

 

「私に嫌われた方が、兄さんの心としては救いがあるのかもしれない。でも私の「好き」は天変地異が起こっても変わらないんだから。たとえ、人類が滅んでも」

 

「俺はお前の右あ「嫌いになりません!」………でも」

 

「大好きです」

 

「………」

 

「お兄ちゃんのことが大好きです!!」

 

「……アウラ」

 

「大好きです!!!」

 

「……わかったよ」

 

「大好きッッ(結婚しよ)!!!!!!!」

 

「わ、わかったから!」

 

 

 地平線に響く汽笛がその声量に負けるほど、アウラの声はその感情に比例するようにクソデカかった。

 

 耳を押さえていたジークは眉間に皺を寄せつつ、深いため息を溢す。

 そしてそのまま一旦体の力を抜いた後、妹の背に手を回し、以前の仕返しと言わんばかりに強く抱きしめた。

 

 

 

「 ヴィヤァッ 」

 

 

 

 しかし、メイドイン筋肉による体重差約二倍の兄妹。奇声とうめき声が混じったアウラの声に、兄は咄嗟に力を緩める。大人が感情的に動いてはならない例がまさに今できあがった。

 

「…悪い」

 

「………」

 

「でも女の子なんだし、せっかく母さんに似て美人なんだし…もっとこう、淑やかになれよ」

 

「ヒッ、ヒ、フィッ……」

 

 本当に大丈夫……いや絶対大丈夫じゃないなコレ過呼吸になってるし───。

 と、ボブ訝を交えつつジークが妹の表情を窺えば、顔が耳まで真っ赤である。

 

 コイツは相当に奇声が恥ずかしかったらしい。

 まるで、ラノベのヒロインの想いに気づかない主人公のような鈍感さを限定的に発揮した兄がそう解釈したところで、妹の首はそのままガクリと、力を失い後ろへ傾いた。

 

 

「……え?」

 

 

 三桁を超える絶頂を迎えた変態はそのまま()き、残ったのは血相を変えた兄のみとなった。

 

 後日、日を改めて彼女の元へ訪れたアニがこの件をテレパシーで聞いた時、心底「知らねぇよ」と思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

法華(ホッケー)ジェンガ☆〜君の曇りにレボリューション〜

何だこのタイトル(N回目)


 私、アウラちゃん。

 

 マーレ版にリニューアルされたばかりなの。

 

 

 マーレに来てから一ヶ月強が経ち、ようやく退院できる運びとなった。松葉杖での移動はスムーズに行えている。なにせ両刀♂使いですので。

 

 また入院していた最中、アニちゃんの紹介で同じ病院に入院する「フーバー」さんという女性とお会いした。その姓のとおり、彼女はベルトルトくんの母親だった。寝たきりの彼女は体が細く、容姿はあまり息子と似ていない。

 

 ちなみに“名誉マーレ人”の称号は、一度なれば戦士が亡くなった後も無くなることはない。ベルトルトくんの安否が不明ながら、彼の母親が十分な医療を受けられているのは、斯様な理由がある。

 

 ただし、何らかの理由で戦士の力が剥奪された場合は、称号は取り消しとなる。

 つまり戦士になれても、命ある限りはその身をマーレに尽くさなければならないということです。

 

 アニちゃんはよく彼女の元に通って、息子のことを色々と話しているようだ。

 

 ……というより、フーバー婦人の見舞いがメインで、私の方がオマケだと知った時は結構ショックを受けた。私たち、「曇ッ友(曇らせでつながる歪な輪)」だと思っていたのに。弄ばれてしまったのね、私の純情は。

 

 

 

 また、祖父母も私がジークお兄さまと「デート♡」をした数日後にいらっしゃった。

 

 記憶の祖父母と照らし合わせて、老けた、というのが第一印象。祖母は私を抱きしめて泣き、祖父は扉の前で固まった。

 

 

 そして一言、「フェイ……?」────と。

 

 

 祖父は息子とその嫁、そして孫娘が「楽園送り」になって以来、少しずつ精神を病んでいったらしい。

 ここ数年はボケ(、、)も合わせてひどくなっていると。

 

 私が子どもの頃、お父さまと同様に祖父は私をフェイ・イェーガーと重ねる節が多々あった。

 

 だからって、成長した私を亡くなった娘と思い込むなんて………初っ端からお祖父さまったら、飛ばし過ぎじゃありませんこと?アウラちゃんはまだ、豪速球のご褒美を受け入れる準備すらできていなかったというのに。

 

 終始私を「フェイ」と呼んでいらしたお祖父さまは、ほどよく狂っていてとても良かったです。

 そんな夫にどう言葉を紡いでよいのかわからず、困惑の表情を露わにしていたお祖母さまもよかった。

 

 次は私から会いに行きたいと思います。お兄さまを連れてな(暗黒微笑)

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 頼めば色々と用意してくれる、とアニ・レオンハートから聞いていた私は、彼女に一つお願いした。

 

 それはお兄さまと暮らしたい──というもの。

 

 

 祖父母の曇り顔は堪能できたので十分です。そもそも祖父の様子からして、私が「フェイ」ではなく「アウラ」とわかったら、余計に事態がややこしくなる。ゆえに一緒に暮らすことを提案した祖母の話を断りました。

 

 そんなこともあり行く宛のない私は、一人暮らしも考えた。

 しかし慣れない地での、慣れない生活様式は自分の不自由な体も相まって、非常に不便なのです。

 

 そのためお兄さまと暮らさなければならないんですね。むしろ十八年の溝を埋めるには、一分一秒お兄さまと運命共同体のように暮らさなければなりまません。

 

 兄が吐いた空気は全てこの私が吸うんや(頑なな意志)

 

 

 本当はジークお兄さまがいらっしゃった時に話を切り出すつもりでした。

 しかし唐突の兄の訪問から、連続絶頂の果てに()き絶えてしまったアウラちゃん。

 

 気づいたら次の日の朝で、突然気絶した私を血相を変えて兄が病院まで運んできたのだ、と看護婦から聞いた時は昨日の自分を呪った。

 

 でも仕方ないね。むしろよく本当に死ななかったと思いますもの。

 内心「腹上死ってこういうことか…」と納得しながら、理性と感情の葛藤の狭間でこれまでの走馬灯を見ていた気さえする。

 

 ジークお兄さまがひたすらに格好よく美しくて、【世界の真理=ジーク・イェーガー】という答えにまでたどり着いてしまった。過去に何回もこの答えには、()き付いていますけれど。

 

 

 

 して、アニちゃんは私のお願いに最初あまりいい顔をしなかった。

 

 理由については、私と暮らす戦士長への心配の他にもう一つ。

 

 彼女曰く、戦士は軍専用の住居があり、お兄さまだけでなくアニもそこで暮らしている。まぁ彼女の場合は今の所ほとんど使っておらず、父の元で暮らしているようだ。ライナーくんやピークちゃんたちがどのように暮らしているかは知らない。

 

 

 要するに、軍の敷地内にある場所に、ただの一般人が住めないということだ。

 たとえ“名誉マーレ人”の恩恵を受けて、“一般人”の枠組みに入ることができるエルディア人でも。

 

 無理ならば仕方ないと諦め、アニ宅にでも居候を考えていた──この件を話したら全力で彼女に断られた──矢先、なんとどんな風の吹き回しか、許可が下りたのである。

 

 誰が許可を出したのか尋ねれば、戦士隊の隊長であるマーレ人の「テオ・マガト」という男だった。

 

 私の立場というのは要約しても長くなる経歴ですが、上層部は私がアニを助けたことを知った上で「所詮はエルディア人」という認識を持っている。

 

 つまり、侮られている。その部分については構わない。

 実際私はユミルの力を借りて、アニを裏技もいいところな方法で連れ出したわけですから。

 

 よって、パラディ島のスパイの可能性が完全には消えていない中、今こうして命がある。

 仮にスパイであったとしても一人でできることは限られ、マーレからパラディ島へ帰還する術もない。

 

 いや、そもそもスパイの線自体考えられていないかもしれない。

 

 

 スパイの人間が果たして、壁内人類の脅威となる戦士を救うだろうか。

 

 ──否、救わない。

 

 それほどまでに危機的状態であるのだ、壁内人類は。

 スパイを送るようなマネをして、逆に情報を抜き取られでもすればパラディ島は終わる。

 

 リスクを冒すことができず、仮に無理やりにでも冒した結果、生じたハイリスクを受けてもジ・エンド。

 

 マーレの“敵”だと認識されるのが厄介だから、絶対に揺るぎない「お兄さま♡」という理由を用意したのも、疑惑の視線を減らす要因にするため。

 

 逆に私の精神性が、却って「危険分子」として認識されている可能性もなくはないですが。

 

 

 

 まぁ、お兄さまと一緒に暮らしていいのなら、それに甘んじよう。

 一応言っておきますと、お兄さまの許可は下りています。

 

 ただしノーテンキには過ごせない。軍事基地内はどこに盗聴器があるかわからないので、下手な発言は控えましょう。流石にずっと、監視の目があるわけではないと思いますけど。

 

 例えば「ユミルちゃんが見えるんやで」やら、「始祖の力をわいは使えるで!」やら、「わいは王家の人間やでぇ!」やら────。

 

 もし出すなら、私のお兄さまラブな発言・言動。そして、二人の新婚生活のイチャイチャ模様くらいにしておきます。さぞ聞いている方たちは、お兄さまと暮らしている私が羨ましくなってしまうでしょう。だって世界宝級の人間と暮らしているんですもの。

 

 

 

 またアニから、マガト隊長に何か思惑がある可能性が高いと聞いている。

 

 勘のいい彼女は候補生時代から、ジーク・イェーガーを見る時の教官の目が、たまに鋭くなることに気づいていた。ゆえに私がマーレ国に住めることになった裏に、何か関わっているかもしれないと。それも、お兄さま関連で。

 

 私はともかく、ジーク・イェーガーをなぜ怪しんでいるのか理由がわからない。

 

 何か、お兄さまにも計画があるのだろうか。もしあるのなら、協力したい。

 でも私からは聞けない、おこがましいですもの。

 

 もし話してくださるなら、その時まで待ちます。けれど私の行く“道”が、お兄さまの障害になってしまう可能性もある。だからなるべくなら疾く、教えていただきたいところです。

 

 

(……純粋に考えて、立場上面倒な(存在)を手っ取り早く、監視下に置いておきたい魂胆もあるのか。そうすればスパイだろうが何だろうが、()()がしやすい)

 

 

 考えれば考えるほど、やはりアウラ・イェーガーを処分した方がマーレにとって都合がいいとしか思えないのは、私が捻くれているからだろうか。

 

 実を言えば、テオ・マガトとは私が意識を取り戻して間もなくして会った。向こうが私の病室を訪れる形で。

 マーレ人にしては稀有なエルディア人であろうと差別しない、個々人の能力を重んずる人間だった。

 

 アニと事前に打ち合わせした内容を話したので、相互の情報のムラは出なかったでしょう。私の狂人エピソードが誠か否か、確認している時は終始眉間に皺を作っていた。

 

 その後に私がマーレに戻った来歴や、パラディ島に関する内容は基本的に伏せろ、とのご命令をいただいた。少なくとも自分からは口外するなと。

 

 

 上層部や戦士には私がアニを助けた──という内容が伝わっていて。

 

 その下になってくると、マーレ国の威信のためにも、戦士を助けたのはあくまでアニ・レオンハート。彼女はその身を潜めて信頼できる協力者(私)を使いながら、戦士の窮地を救った──という内容が伝わっている。

 

 無論戦士には、アニが助けられた事実を口外しないよう命令が出ている。

 

 だがわざわざそんなことをせずとも、私という存在を秘匿して暮らさせればいいだろう……とも思ってしまうが、それが難しい問題が存在する。

 

 

 それが父、グリシャ・イェーガーを始めとした“エルディア帝国復権派”の件である。

 

 

 規模として大きなこの事件は十年以上経った今でも、世間に知られている。

 だからこそ、彼らを密告したジーク・イェーガーはかなり有名なのだ。それこそ「驚異の子」という異名を賜るような。さすお兄。

 

 これに関してはグリシャ・イェーガーの娘が戻ってきた時点で、隠し通せる問題ではなかった。

 

 隠蔽しようにも盗聴器という存在を例として挙げてしまえばわかりますように、情報というのは外部へと漏れやすい時代となった。

 なので後から私の存在がバレて世間が騒ぐなら、真実をマーレ政府の都合のいいように曲げつつ、きちんと()()()()()()()()()おいた方が楽なのです。

 

 ただ政府も一々紙面に出して、『復権派のリーダーであった男の娘が帰ってきた』と言うわけはなく。

 

 こういったものは「戦士(アニ)の協力者」──から始まって、少しずつその噂というのが広まっていくのです。そしてやがて私の存在が突き止められ、協力者=私、という図が出来上がる。

 

 これが、政府が私を目の届くところに置いておいた方が楽だ、という思考に至る理由の一つになっているのだろう。

 

 

(………やっぱ何で私、殺されてないんだろ…)

 

 

 

 思考のドツボにハマった私は、新婚生活スタートに向けて「曇ッ友」のアニたそに拉致されて、生活必需品を見繕いに向かった。

 

「何でお兄さまじゃないの……?」

 

「仕方ないだろ。私だって嫌だよ、アンタとニコイチ扱いにされてるの。でもジークに「アウラと仲いいだろ?頼むよアニちゃん」って言われたんだ、文句言わないで。むしろ文句を言いたいのは私」

 

「アニたそって結構喋るようになったよね」

 

「………」

 

 こちらを無言で睨めつけたアニちゃんはすごく………可愛いです。

 

「私もお兄さまに「アウラ()()()」って、言われたい」

 

「………」

 

「今「うざ」って、思ったでしょう」

 

「さっさと行くよ」

 

 そう言い車いすを押してくれるアニちゃんは、もしかしたらものすごくツンデレなのかもしれません。

 

「………」

 

「痛ッ」

 

 私の頭を無言で叩いた、ツンデ・レオンハート。

 

 こうやって彼女と話をするのはとても有意義である。

 日常にその身を浸して、取り留めもない会話をする。しかして彼女は戦士。そのうちに宿す暗い闇が、日常生活の中で時折覗く。

 

 その一瞬。

 

 その一瞬だ。

 

 

 

「……あのさ」

 

「ん?何かな、アニちゃん」

 

「ベルトルトは……生きてると、思うかい?」

 

「…ベルトルトくんか」

 

 正直言ってベルトルト・フーバーの生存の可能性は薄いと見ている。結晶化の事例を考えたら、もしかしたら、の可能性も十分ある。ただ超大型はその巨体さに特化しているゆえか、硬質化自体が出来なかったはずだ。

 

 そもそも脳ぢるがドバドバしそうな、あんなに素晴らしい()()()()()を飾れたのだ。好きな人を最後に見れるなんて、果報者じゃないか。アニがこの世に未練を残して結晶化したことを踏まえてやはり、彼の最期はきっと穏やかだったに違いない。だからこそ彼はそのまま、眠りについたのではないかと思う。

 

 アニとしては、彼女と「道」を通じて精神をリンクさせた時のように、ベルトルトくんと精神がリンクするか知りたい所ではあるのだろう。仮にできる場合は、私だけでなくアニ自身もベルトルトに精神を繋げられるかどうか──なども。

 

 しかし肝心の始祖の力の起動源であるユミルたそがスリープ状態の今、私ができる範囲以上のことはしてあげられない。

 

「道」の表現を抽象的にしつつそのことを話せば、「……わかった」と小さく返した。

 

 

「でも私は信じてるよ。アイツが────生きてるって」

 

「…そう。なら、信じましょう」

 

 

 戦士(キミ)たちの苦しむ姿が見れて、私は今こうして「生」を実感できて。

 同時に、狂おしいほどのお兄さまへの気持ちを紛らわせている。

 

 他人で発散させないと私、お兄さまを壊してしまいそうで、怖いわ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破壊的思想なYOU(ユー)◯殳()っちゃいなYO!

また後書きに深く考えないオマケがあります。
今更だけどこの章は全ての情緒が不安定で変態です(?)


 コーヒーの匂いを感じて起きるのが私、アウラちゃんの朝の始まりとなっている。

 

 

 退院後、私を誘拐にきたアニちゃんとその足で生活必需品を買いに行って、夕方ごろに軍事基地内にある戦士用の住宅に案内された。

 

 軍関係者専用以外の場所であれば、一応行ってもいいそうです。

 

 どこまでOKなのか細かい所までは把握し損ねたので、後で確認する必要があるでしょう。恐らく出歩ける場所はかなり限られると思います。

 トレーニングスペースは行けるので、使用許可が下りるならこの鈍った体を鍛えたいです。簡単に折れそうな美女ちゃんはそろそろ卒業して、筋力を取り戻したい。

 

 

 大量の荷物を持ち、尚かつ車いすを押しても息が切れないアニちゃんは流石シックスパック。触ろうとしたらもの凄い形相で睨まれた。そんなに見つめられたら、恋の予感を感じちゃうだろ。

 

 お兄さまの方は部屋の移動を行っていたようで、そのためアニに私のことを任せたらしい。今の部屋では二人住むには手狭だから、と。

 戦士長で色々と忙しい中、愚妹に気を回してくださるジークお兄さまはこの世のメシアです。崇め讃えて祀らなければ。

 

 ちなみに大量の書類やら本やらが詰まった段ボールを三、四個積んで歩いているライナーくんもいた。人手として駆り出されたらしい。

 

 アニちゃん見た瞬間、あからさまに肩を揺らしていたんだが大丈夫だろうか。彼とも後でじっくりお話をしたい(ニッチョ)

 

 

 そんなこともあり始まった、お兄さまとの新婚生活(?)。

 

 私アウラ・イェーガーの修行の日々が始まったわけです。

 

 一緒に住みたかったのは純粋に一分一秒でもお兄さまを感じたいためもありますが、他にも慣れる、という意味があります。

 

 微笑まれただけで今の私は即イキ(絶頂)してしまい、これでは心臓がいくつあっても足りない状況なのです。

 ジーク・イェーガーを曇らせることが私の人生の指針ですのに、このままでは何も行動に起こせず脳内停止女になってしまいます。

 

 それはいけません、あってはならない。

 

 できるだけお兄さまが苦しんで幸せになるようにすることが、私の存在意義と言っても過言ではないのだから。

 

 

 

 

 

 ベッドはまだのため、ここ数日の間は面白いように沈むロングソファーで寝ている私。

 

 ベッドを譲ろうとするお兄さまのお申し出は丁重に断った。眠れるわけがないだろ、興奮して。

 

 私の就寝場所は戦士たちの会議室に使うこともあるらしく、明らかに複数の椅子やテーブル、部屋の隅にはぎっしり詰まっている複数の本棚がある。本については、入らないものは棚の上に載せられ天井にまで達し、それでも置けないものは棚の横に山のように積み重なっている。

 

 部屋に入って、細い通路のすぐ左にあるのがセパレートタイプのバスルームとトイレ(水洗式しゅごい)。その通路の少し先を行ったところがリビングで、奥がダイニング。右手に見えます魔の本地獄から視線を逸らして左を向くと、二つの扉があり、ベランダにつながる奥側の扉が兄の寝所。手前の扉が私の少しの私物が置いてある部屋だ。

 

 今のところ、寝心地がいいソファーをこのままベッドにしてしまいたい。兄は早目に買いに行った方がいい、とおっしゃっておりましたが。

 

 

 

 頭の中がまだポヤポヤしつつ、瞼の裏に感じる光に誘われるように瞳を開ければ、シャツの上に薄手のカーディガンを羽織ったお兄さまの後ろ姿が見えた。

 

 あぁ………逆光になった背中がより神々しさを増して、私の貧相な語彙力では表現しきれない程の美しさなんじゃ…。

 

 一見したら小型のジョウロにしか見えない鉄製のドリップポットなるもので、カップにコーヒーを注ぐお兄さま。

 顔付近までかかった毛布の中で体をもぞもぞさせながら、私は朝の寒さと決別し、温もりとの脱却を試みる。

 

 その身じろぐ音に気づいたお兄さまが、振り返った。

 

 

「おはよう、アウラ」

 

 

 微笑んだお兄さまに、私はそのまま毛布の中に隠れた。

 

 今心臓が「ウ゛ッ」となった気がしたんですが、生きてますかアウラちゃん?いや、死んだかもしれない。完全に心臓が止まった感覚がしたもの。

 というかカップが二つあった事実に、私はもうエデン行き直行便の飛行船に乗っているわけであって。

 

 

「お前は本当に、朝が苦手だなぁ」

 

 少し呆れが交じった声と共に近づく足音。

 ちょっと嬉しそうな気配がするのは、子どもの頃朝から幼い体に負けて、食べながら眠るという偉業を何度も成し遂げた幼女ちゃんを、思い出しているからかもしれない。

 

 妹=朝が弱いという図。

 

 確かに朝は眠い。しかし調査兵団の時は壁外調査に行くため、夜もまだ深い時間帯に起きるのが普通だったので、克服している。

 

 起きろ、と揺り起こそうとしたお兄さまの手が腹辺りに触れた瞬間。

「み゛ゃっ」という、可愛らしい奇声を発してしまった私。

 

 もっと女の子として淑やかにしたらどうなん?というお兄さまの意向に沿うことができません。無理に決まってるでしょう、お兄さまが好きすぎて狂ってるんだから(半ギレ)

 

 

 お兄さまの笑う声が聞こえて、コーヒーに砂糖を何個入れるのか聞いてきた。

 

 朝=おねむの件といい、砂糖の件といい、完全に子ども扱いされている。どうやったら私のこの家族愛と兄弟愛と恋慕が混じった“()()”を、お兄さまに伝えることができるのか。

 

 きっとその一線を越えれば、今のような穏やかな時間は過ごせない。それを心から恐れる「私」が存在する一方で、ジーク・イェーガーの全てを手に入れたい「私」は少しずつこの関係性までもぶち壊して、二人でドロドロに溶け合いたいと切に願っている。

 

 

 壊れゆく関係の中でお兄さまはきっと、私にさまざまな感情を向けてくださる。

 

 嬉しさや怒り、憎しみや哀しみ────全部全部、手に入れたい。

 

 お父さま以上に、ジーク・イェーガーの精神の形が保てなくなるくらいグチャグチャに、一緒になりたい。

 

 でも、少なくとも今はまだ、私の内に存在する歪んだ愛情と純粋な愛情の心の天秤は、釣り合っている。

 この兄妹としての生活を、心から享受したいのだ。

 

 その上で少しずつ、お兄さまの首を絞めて差し上げたい。

 

 

「いっぱいいれて、お兄さ…──あっ」

 

 

 そう言った私に兄は少し間を置いて、「お兄さ?」と返してきた。

 

 誰だよやらかしてしまったの。私だよ。…死にたい。

 

 

「ライナーに荷物運びを手伝わせた時に言ってたけど……へぇ、本当にねぇ………」

 

「………」

 

 毛布の中からでも、その声色からお兄さまがニヤニヤしているのがわかる。後でライナーくんはきっちり懲らしめないといけませんね。アニちゃんに頼んでおこう。

 

 恥ずかしさに悶え苦しんでいる私に、お兄さまは「兄さん」「お兄ちゃん」「お兄さま」と呼ぶ時の妹の心情パターンを推測し始めました。やめ…やめ……。

 

 違うのです。お兄さまに苦しめられるのは十分ご褒美ですが、私がお兄さまを苦しめたいのです。

 

 

 

「お前は俺を少し美化した目で見てるかもしれないけど、俺は……普通のお兄ちゃんだよ」

 

 

 お前と、エレン・イェーガーのね──と、続いたジークお兄さまの言葉。

 遠ざかる足音に、私の脳裏では翡翠の色がゆらゆらと、揺れた。

 

 元気だろうか、エレンくん。

 

 たくさん苦しんでいるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 ここ毎日朝から夕方まで図書館に入り浸っている私。

 

 周囲には当然マーレ人しかおらず、ただでさえ私の美しさに見惚れてしまうというのに、赤い腕章が嫌でも目立つ。なので人通りの少ない窓際の席に座っている。

 

 机を占領するのは大量の本。お兄さまは気になるなら蔵書を読んでもいいと仰っておりましたが、恐れ多くて断った。あの奇跡的にバランスを保っている本の山に触れでもしたら、大災害が起こりそうだもの。お兄さまが許してくださるなら、絶対に掃除しなければならない。あの魔境を。

 

 

 ちなみに今は歴史書を漁っている。最初の内は私でも読みやすい児童用の本から始めて、ここ二ヶ月程で多少時間はかかりますが小難しいものでも読めるようになった。

 

 最近過去の歴史書や巨人関連の本を読んで興味深かった内容を挙げるとすれば、「アッカーマン家」について。

 彼らは別名、「巨人科学副産物」と言われている。

 

 アッカーマン家はエルディア帝国がその長い歴史の中で、ユミルの民を人体実験をした結果生まれた一族であり、実験の根本にあった目的は人間のまま巨人の力を引き出させるようにする──というものであった。

 

 これについてはミカサやリヴァイ、ケニーの三人の力を踏まえて、実験は成功を収めていると言える。

 

 ただし人のまま巨人の力を使える影響か、彼らは脊髄液を投与されても巨人化せず、また始祖の洗脳などが効かない。

 

 そして私が感じていた『飼い主と犬』という関係性は、()()間違いではなかった。

 

 元々王を守るために人為的に作られた彼らは、その名残かある人物を己の主人(宿主)として認識した途端、さまざまな条件が揃った時、秘められたアッカーマンの力を発揮する。

 その条件とは、極限状態に追い込まれた中、主人の命令を聞くなどして発動されるらしい。

 

 これについて絶対的に正しい…とは言えないだろう。

 

 ミカサちゃんは当てはまりますが、ケニーの場合ウーリ・レイスと出会う前から、憲兵を大量に殺すという人間離れした技量を見せていた。兵士長の方はそもそも過去について、地下街出身の元ゴロツキということしか知らない。あと一時期ケニーに育てられていたことは知っていますが。

 

 

 これまで謎であった「アッカーマン家」の正体について知れたのは、大きな収穫だった。

 

 お兄さまにもこの話はして、リアクションを愉しんだ。

「獣の巨人」であるジーク・イェーガーは一度、リヴァイ・アッカーマンに陵じょ───失礼、噛みまみた。

 

 一度兵士長にギッタギタのボッコボコにされたお兄さまは、その事を少なからずトラウマに思っている。今思い出すだけでも、腕を斬られて口元を血で汚していた愛らしいお兄さまの姿に、頭が脳みそを具にして沸騰しちゃう。

 

 兵士長には本当に感謝していますし、ブチ◯殳したいです。

 

 人類最強の男の正体が「アッカーマン」だと分かったお兄さまは、「なるほどなぁ…」と言いながら、顔を青ざめさせていた。

 

 朝から気分を悪くするお兄さまの姿はそれはそれはもう、オカズいらずです。ゆえにその時の朝食は、砂糖たっぷりのゲロ甘コーヒーしか飲まなかった。もう少し甘さを控えめにして欲しい。でもお兄さまが挿れ……淹れてくださるんですから断れません。そのままアウラちゃんを糖分過剰摂取で殺してください。

 

 

 

 

 

 この美女救えねぇな…という幻聴が聴こえつつ、昼に外でサンドイッチ休憩を挟み、夕方まで本を読み続けた。

 そして借りれる最大数の本をバックパックに詰め、帰路に就く。

 

 落ちた筋力を取り戻すためにも歩くのはやはり大切だ。両脇に挟んで松葉杖を突き歩き続けると、肩幅が広くなってしまいそうで怖いです。

 

 車いすには車輪部分の外側に連結して繋がる部分を回して動かすことで、一人で移動できるタイプもあるそうなので、それを用意していただけるならそれを使ってもいいかもしれない。…いや待て、それでも結局腕を使うから上半身だけ鍛えられてしまうんじゃ……アウラ()は訝しんだ。

 

 それから軍事基地に着いて、施設の門で警備している兵士の方に頭を下げて──もちろん美女スマイルも忘れずに──入る。

 

 内心、マーレ人だろうがエルディア人だろうが、私をどう思っていようと構わない。しかし政府のお膝元である以上、そして戦士長たる兄に迷惑が及ばないように従順で、()()()()、いい子でいなければ。

 

 

「ハァ……」

 

 この程度で疲れてしまう軟弱者がここにいる。

 

 軍事基地内は迷子になってしまうほどの広さがあり、戦士を目指す子どもたちが訓練に励む場所でもある。

 

 そのためこうして夕方ごろ帰ってくると、訓練終わりの子どもや、自主的に居残って訓練を続けている子どもを見かける。物珍しさに見つめてくる幼児の瞳は丸々としていて愛らしい。パラディ島は女性の結婚年齢も早いから必然と、子どもができる年齢も早い。

 

 自分の子どもでもあり得なくはない年齢だ。かく言う私はお兄さまに一生を捧げるから、結婚も出産もしないでしょう。

 

 ジーク・イェーガーの残りの戦士としての任期期間はあと五年。ライナーやアニは六年だ。

 

 私が本の虫になる理由は、始祖ユミルの呪縛とも言える“十三年”という寿命に、打開策がないか探している節もある。

 

 

 

 そして同時に──というかメインとして調べているのが、「ユミル・フリッツ」について。

 

 

 約1850年前にユミルは「大地の悪魔」と契約し、エルディア人(ユミルの民)の始祖となった。実際その悪魔とは、「光るムカデ」ヤロウだ。

 

 この「大地の悪魔」の表記は歴史書、またはそれを題材にした小説などによって多少変わるものの、概ねユミルが出会った存在は「大地の悪魔」と解釈されている。

 物によっては「有機生物の根源」であったり、「()()()()()()」などと記述されている。

 

 ユミルが死後魂を九つに分けて生まれたのが────始祖、超大型、鎧、女型、顎、獣、車力、戦鎚、進撃。

 うち始祖と進撃、超大型以外はマーレ側にある。

 その中でもアニ・レオンハートからの情報を踏まえて、《戦鎚の巨人》はマーレ軍の所有下になく、タイバー家が保有している。継承者は戦士であるアニでさえ知らないらしい。

 

 ちなみにこのタイバー家は「巨人大戦」において、マーレの英雄たるへーロスらと共に最初にカール・フリッツに反旗を翻した家系で、「救世主の末裔」とも呼ばれ、エルディア人ながら腕章はおろかマーレ人やその他諸国から英雄視されている。その逆に、エルディア人の一部ではタイバー家をよく思っていない人間がいる。

 

 

 九つの巨人の継承者は十三年しか生きられない。その「十三年」という期間は、ユミルがムカデ野郎に接触されて死ぬまでの年月である。

 

 どのようにして巨人の力が分けられたかは、現代の人間は知らないのだ。だからこそどの文献にも「魂を九つに分けた」という曖昧な書かれ方をしている。

 ユミルの死体をフリッツ王が娘たちに食わせた──という事実を今の人間たちは知らなくて、ユミルが約二千年もの間、巨人を作り続けていることも知らない。

 

 なぜ彼女が王の命令に従い続ける“奴隷”で居続けるのか、私にはわからないんだ。

 

 ユミルのことを知ろうとするほど、あなたのことがわからなくなる。

 

 

 またカール・フリッツは興味深い内容を残している。パラディ島に「楽園」を築いた王は、もしその平和が脅かされることがあれば、壁の礎となった巨人を目覚めさせ、「()()()()」を行う───と告げたのだ。

 

「不戦の契り」を作って子孫を平和的思想かつ、楽園の中で集団自殺をヨシとするような王なら絶対に行わないだろう。ケニー伝いに聞いたウーリ・レイスが「つかの間の平和を…」と語っていたことからも、世界を危機に陥れることはまずしない。

 

 

 

 でも、世界を()()()()()方法はある。

 

 

 私はどうにもマーレに来て目が覚めた時から、このアブナイ思考を持ってしまったらしい。

 

 ……というか、まぁ、ちょっとした自暴自棄なのかもしれない。

 

 色々とお話ししたいユミルはまだ寝ているのか、出てきてくれないし。けれど“()()()”は偽りではないと確信できてしまう。それは単純に、()()()()が本当に体験したものであるからだ。でなければお兄さま一筋の私が、ジーク・イェーガー以外のことで「もうどうにでもな〜れ♡」になるわけがない。

 

 

 個人的にはユミルをフリッツ王の呪縛から解放したいし、前世の私について色々思うことはあるし、そんな私を如何ような感情を以てユミルが接しているのか、最早訳がわからないよ、だし。

 

 そもそもユミルが見せた夢だったのだろうか、アレは。

 彼女が()()()を好いてくれているのは確かだから、わざわざ嫌いになるかもしれない夢を見せるとは思いにくいし。

 

 であるなら、単純に私が思い出してしまっただけなのかもしれない。

 

 そしてまだ砂と光の柱の世界に行けないのは、ユミルが寝ているからなのか。それとも彼女が伏せたかった部分を私が思い出してしまったから、精神的に落ち込んでしまっているからなのか。

 まぁ、彼女が暗い水の底に沈む前───私と共にいた内容を見せなかったことを考えたら、やはりその部分はユミルにとっての地雷原であるのだろう。

 

 

「……わかんないなぁ…」

 

 

 ユミルの目的が。

 

「私」が生まれ変わっている理由も。

 

 何か企んでいるお兄さまの計画についても。

 

 

 

 

 

 ────あぁ、()()()()()

 

 

 悩んでしまう事は多い。もっと純粋にお兄さまの曇らせを楽しめたらよいのに。

 一先ずユミルちゃんからの接触を待って、お兄さまの企みについても話してくれることを待とう。

 

 でももし何もアクションがなく、「十三年」の呪縛の解決方法が見つからないままジークお兄さまがこの世から消えてしまったその時は、私の存在意義は無くなる。

 

 そしてお兄さまが感じられなくなった果ての私がどうなるのか、自分にも想像が付かない。

 

 ただきっと狂って、死ぬでしょう。

 その狂った私が何を仕出かすのか分かりませんが、恐らくは「お兄さまがいないこの世はいらない だってお兄さまがいないから」──という、傲慢も大概な回答を導き出す。いや、決定している。

 

 “綺麗にする方法”はもう、見つけてしまったのだから。

 

 そしてユミルちゃんが私を好いてくれているのなら、不可能ではないのだと思う。

 

 

 

(──────()()()()()を導く前に、最高のタイミングで死ななくちゃあなぁ)

 

 

 

 お兄さまをグチャグチャにして死ぬんだ。

 

 前の私の大切な人がユミルであっても。

 今の「私」の一番は、ジークお兄さまだから。

 

 それだけは絶対に、揺るぎない事実だ。

 

 




【ユミル劇場】〜スナック編〜


スナックルーガー。

闇の中紫のネオンを妖しく光らせるその店の中には、その店の常連客である一人の医者の男と、スナックルーガーのママがいた。二人の頭には輪っかのついた棒が頭に刺さっている。

双方死んだ目で酒を飲んでいる。
ママとは言いつつ、肩と背中が剥き出しになる黒のドレスを着ているのは長身痩躯の男だ。対し丸渕のメガネをかけた医者の男は、頭を抱えていた。

「なぜ俺がこんな、骨格をイヤという程強調しなければならない服を着ているかわかるか、イェーガー」

「聞いてくれ、クルーガーママ…」

「ーーーー次俺の姓の後にそのふざけた二文字の呼称をつけてみろ、殺す」

「………すまない。クルーガー、実はな」

医者の男にはどうやら現妻の他にもう一つ家庭がある(という設定にされている)。所謂フリンという奴で、それが両者にバレ締められることになったらしい。最終的に一夫多妻の形で解決したようだが。以来意気投合した妻たちは、夫を尻に敷いて精神的に追い込んでいる。特に、娘息子関係で話を持ち出されると、男はポッキリ折れてしまう。

「私は……私はダメな父親だ………」

「お前が父親失格なのは、元よりわかっているだろう」

「………うぅ…」

と言いつつ、的確なフォローをその後に行うママ。

のちにサイズの合わない三輪車に乗った、娘そっくりな金髪蒼目の少女が妻たちの元に現れ、より事態が混沌と化すのはまた別の話である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マグマグ永久凍土

前話でガバっていたところのご指摘をいただき直しました。ありがとうございます。

あと、死役所アニメ!!ーーで見たら、シ村の声が子安だった。うっほほい(白目)


 朝から妹が女の子とイチャイチャ(語弊)しているのを目撃したジーク・イェーガーが、開けた自室の扉を閉め、何も見なかったことにしようとしたハプニングを起こしてしまったのは私、アウラちゃん。

 

 珍しく魘されて起き、頭上にある棚の時計に目をやって、確認した時刻は6時まであともう少しという頃。

 

 お兄さまがそろそろ起きてくると思いつつ、「ほら起きろ」と言われたいがために、毎朝二度寝を決め込む私。

 めくれた毛布を直そうとした矢先、体が動かせないことに気づいた。

 

「え?」

 

 ちょうど仰向けの私の腹の部分にある頭。薄暗い部屋の中で、ボサボサな長い黒髪とツムジが見えた。

 

 そこでようやく自分の上に人間が乗っかっていることに気づいた私は仰天し、「ぎゃあっ!」と叫んでしまって、その可愛らしい声に飛び起きたお兄さまが、妹の様子を見に来てくださったわけです。その開けられた扉はゆっくりと閉められてしまったわけですが。

 

「………お邪魔しました」という声と共に。

 

 そして、お兄さまに誤解されることになった原因を作った人物はというと、私の上で安らかに寝ていた。

 

 その後、不眠症のある少女──ピークちゃんが、どうしても眠れない時にここのソファーを求めて、部屋にやってくるという内容をコーヒーを飲むお兄さまから聞いた。

 

 ちなみに最近気づきましたが、お兄さまの猫舌が治っていない。

 なので今後早起きしてアッツアツ♡のコーヒーを淹れ、お兄さまが叫ぶ様子を聞きたいと思います(ニッチャ)

 

 

 しかし冷静に考えると、部屋の鍵はきちんと閉めてあったはずだ。

 

 それに返ってきたお兄さまの答えが【A:ピッキング】

 

 ピーク・フィンガーの技量を素晴らしいと思う反面、女の子が勝手に部屋に入ってきているにも関わらず、冷静なお兄さまに危機感を覚えた。

 

 私は妹ですし、シャワー上がりにバスタオルを巻いた姿でも風邪を引く心配しかされない。髪を拭いていただくプレイは「おふぅ…(全身が溶ける様子)」ものですけれど。ドジっ子を装ってバスローブを落としかけても、転んでスカートが大胆不敵に捲れ上がっても全く効果がない。

 

 けれどピークちゃんは分からない。彼女は少し抜けている部分があるから、それがラブハプニングを引き起こすかもしれない。

 

 具体的に言うと彼女がドジをして転んで、それを助けた戦士長に過剰なボディタッチをして、ToLOVE(トラブ)るを起こしてしまう──みたいな。

 

 別にお兄さまが幸せになるなら、私は応援しますけど。………ピークちゃんが上に乗っかっている時に感じたけど、やはり胸なんだろうか。たわわじゃない女はいくら美人でもきっと意味がないし生きていたってしょうがないし死の。

 

「そんな落ち込むなよ。さっきのは冗談だからさ」

 

「………どうせ私は」

 

「一緒にベッド買いに行ってやるから」

 

「小さい……」

 

「アウラ?」

 

 計画の一つにあったお兄さまに揉んでもらう“チチ育成計画”を告げる勇気などなく──、心配する兄の声が右から左へと突き抜けて行った。

 こうなったらアニちゃんでもいいから頼んでみよう。

 

 当然断られましたが。

「(精神)病院を紹介してやろうか?」という風に。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 図書館が休みの日は、そのまま家に閉じこもっていることが多いアウラちゃん。

 

 ジークお兄さまがいないのを見計らってこっそり寝所に入り、ベッドでゴロゴロしている。そんな私にお兄さまは気づきながら咎めることはない。書類など、室内の物を勝手にイジったら怒られるでしょうけど。

 

 まぁ、ベッドぐらいなら……という認識なんでしょう。

 

 距離感の近すぎる妹に、兄は困りつつも許容している。お兄さまの私の認識は、“お兄ちゃんに甘えたいけどその仕方がわからない妹”────。

 私としては都合が良い。このまま少しずつお兄さまの心を浸食して、削っていきたいです。

 

 

 

 そして、現在地は外。

 

 今日もまた引きこもる私を見かね、お兄さまは戦士候補生の訓練でも見てきたらどうか、と仰り、付き添い役にライナーくんを提案した。

 

 流石に勝手に私が訓練場を出歩くのはまずいと思う。

 お兄さまもどこまで私が出歩いていいか覚えていなかったものの、戦士が側にいれば教官も許すだろう──とのことです。

 

 咎められた場合は、ライナーに責任転嫁すればいいよ、とお兄さまは少しイタズラっぽい笑みを浮かべて私を()き殺した後、部屋を出て行った。

 

 最近は《超大型巨人》をパラディ島に奪われたマーレ国の情報を聞きつけて、大陸続きに隣接している中東連合が動きを見せている。

 

 そのため政府の上層部はピリピリしている。お兄さまも戦士長として忙しく、帰ってこないことが増えた。

 

 戦争が始まったら、会える機会はもっと減るでしょう。中東連合の勢力の大きさを考えて、数年単位の戦争になる。お酒の入った兄が愚痴交じりに呟いていた、“対巨人用兵器”が発展を続ければ、巨人の力もいずれ絶対的な物ではなくなる。

 

 

 世界は戦争の歴史だ。

 

 約二千年間、他民族を犯してその数を増やしたエルディア帝国が仮に存在しなければ──エルディアが栄光を送る理由となった、ユミル・フリッツが「光るムカデ(ヤロウ)」と出会っていなければ──、世界は戦争がない、秩序の保たれた平和な世の中へと変わっていたのか。

 

 いや、どうせ別の理由が生じて、今度はエルディア人ではない者たちが別の人種を虐げる。

 

 その例がマーレ国だ。巨人の力をエルディア帝国から手に入れたマーレは、侵略戦争に勤しんでいる。

 

 人間は生きて苦しむことにこそ、意味がある。命というものは苦しみや絶望の中で最も美しく、そして()()()()輝く。

 

 けれど、ジークお兄さま以外に本当の価値を見出せない私は、()()()()()()()()()()を一気に壊したら、気持ちいいだろうとも考えてしまう。

 

 エレンくんやミカサちゃん、調査兵団の仲間。それにアニちゃんたちを。

 

 ────ドログチャに。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 松葉杖を突いて歩く私に、心配そうに話しかけてくるライナーくん。

 

 彼は最近ヒゲを生やし始めて、頬が少し痩けた。ここ数ヶ月は寝ても覚めても脳内ジーク・イェーガー祭りだった私もお兄さまに少し慣れてきて、抱きしめられてもそのまま()くことはなくなった。

 

 普段は「いってらっしゃい」と、「お帰り」の時に全力でハグをして兄の胸筋に顔を埋めている。

(別に変態では)ないです。

 

 ライナーくんもライナーくんで、精神的に疲労が溜まっているのでしょう。

 一周回って逞しくなったアニちゃんのように、今度はライナーくんが逞しくなっちゃう番ですね。そのためにも、一度さらに精神的に追い込んでやりましょう(鬼畜の変態)

 

 

 フェンス越しに小さく映るのは、銃を持ち駆けている子どもたち。

 

 ちょうど木陰の下の背もたれがないベンチに腰かけ、木に松葉杖を立てかける。ライナーくんは陽の当たる場所で腕を組み、真剣な様子で子どもたちを眺めていた。

 

「今、先頭を走っている子どもがいるだろ?俺の従妹なんだ」

 

「へぇー…アニちゃんから聞いたけど、ライナーくんは確か、候補生時代はあまり成績がよくなかったんだよね?」

 

「……あぁ、その点ガビは───あっ、従妹の名前が「ガビ・ブラウン」って言うんだが、アイツは優秀だよ」

 

 同じ血とは思えないほど、と話すライナーくんはどこか皮肉気だった。

 しかもその皮肉は従妹ではなく、彼自身に向けられている。自分で自分を罵るとは……マゾなんでしょう。

 

 “従妹”とは言ったものの、あまり二人の容姿は似ていない。ツバ広の軍帽から覗く少女の髪は濃い茶髪で、その名の通りブラウンの大きな瞳と少し太めのつり上がった眉が、強い意志を感じさせる。

 

 対しライナーくんは髪と瞳が黄金色で、特に眉が特徴的である。この調子で行くと、くたびれたおじさん臭が増す。

 

「ちゃんとご飯食べてる?」

 

「……食べてる」

 

「ライナーくんはまだ大きくなりそうだし、しっかり栄養摂らないと。あと睡眠もね、隈がある」

 

「………あぁ」

 

 ベンチの端に寄って隣を叩いて、座るよう促した。

 

 その間に子どもたちはゴールしたようで、一着が全員の中でも一段背が高い少年。二番目がガビ……と続いて、最後にかなり遅れて金髪の少年がゴールした。二着で悔しがっている少女や、最後に着いた少年の背を叩いている一着の少年など、お国のために命を捧げることになる少年少女であれ、そこには年相応の子どもたちの姿があった。

 

「最後に着いた子はなんて言うの?あの金髪の…」

 

「アイツは「ファルコ・グライス」、ガビと同い年の子どもだ。それで一着だった少年がファルコの兄の「コルト」だ」

 

「年齢差がありそうだけれど、訓練は同じなのね」

 

「今は、だな。正式に候補生になれば、訓練内容も変わってくる。ファルコは分からんが……コルトの方は現状の成績であれば間違いなく候補生入りするだろう」

 

「………継承期間と年齢で考えたら、あの子が獣を継承するのかな」

 

「多分な。まだ正式にはおろか、候補生選びももう少し時間が要る」

 

「お兄さまは五年……か」

 

「………」

 

 やはり物理的な寿命の“十三年”の解決策は難しいか。

 

 黙ったライナーくんを見れば、眉を下げてどう発言してよいか、困ったご様子。

 

 そう言えば、このナイスガイが兄に「お兄さま」の件をチクったことを思い出し、意趣返しに横腹を掴んだ。ライナーは驚いた表情で跳び上がり、ベンチの下に転がる。

 オレは上、貴様は下だ。

 

 

「──ッ!?な、なっ、なん…」

 

「そう言えば思い出したけれど、復権派に「グライス」姓が付くあの兄弟に似た男性がいたのだけれど…もしかして関係者かしら?」

 

「いや、きゅ、急に何を……」

 

「質問を質問で返さない。答えるのは君の方、そのあとに聞いてあげるから…ねっ?」

 

 人差し指でライナーくんの眉間をツンツンすると、さらに困った顔になる。アウラちゃんに眠るサドの精神がこのナイスガイを追い込んで、そしてグスグスに甘やかしてやりたいと言っている。

 

 鞭だけではダメなんですね、飴もなければ。精神をより深い深淵へ導くには。

 

「……グライス兄弟は確かに、叔父が復権派の幹部だった。アイツらは一族の潔白を証明するためにも、戦士を目指している」

 

「…やっぱりか」

 

「覚えているのか?「楽園送り」にされた中に、グライスの叔父がいたことを…」

 

「私もあまりに幼かったから、詳しくは覚えていない。…ただ、お母さまが巨人にされたところは、鮮明に覚えている」

 

 

 無論嘘だ。

 

「私」が曹長殿の言葉を受けて、人の不幸に───悲劇に、“()”を生み出したその日。

 私の人生が180度変わった日のことは全て、鮮烈に、鮮明に、頭に刻まれている。

 

 そんな中でお父さまを「役立たず」呼ばわりしただけに留まらず、復権派を密告したジーク・イェーガーに対しても怒りを露わにした男。曹長殿曰く、巨人にしたエルディア人を壁から遠ざける意図で人の姿のまま落とされた男は、地平線へと走って行き、その後を巨人たちが追いかけて行った。

 

 

 

「悪いことをした人間は、相応の罰を得なければならない。貴族であろうが、平民であろうが、罪を前にした“罰”というものは、悪行に比例して平等に下されるべきだ」

 

 

 お兄さまを愚弄したのだから、死んで当然だ。その部分に関しては、勝手にお兄さまを復権派の道具のように扱ったお父さまやお母さまにも思うところはある。流石に「殺してやる」までは行きませんけれど。

 

 しかし、両親でもない赤の他人がジーク・イェーガーを侮辱したのなら、話は別。あの男は相応の罰として、巨人に食い殺されたのだ。ただ、それだけの話である。

 

 ──この話をもしグライス兄弟にしたらと思うと、少しゾクゾクしてしまいますね。

 

「マーレ国で敷かれたルールを破ったのだから、そこには“罪”がきちんと生じて、「楽園送り」という“罰”が与えられた。グライスだけではなく、お父さまもお母さまも」

 

「……あなたは、違かったんだろ」

 

「私には兄を傷つけた“罪”があった」

 

「それは、「楽園送り」にされて成り立つ“罰”じゃないだろ…!」

 

「成り立つの。それほど私にとってお兄さまの存在は大きくて、どうしようもないのよ」

 

「………じゃあ」

 

「じゃあ?」

 

 ライナーくんは俯いて、頭を抱えてしまった。オイオイ……一体全体どうして、そんなに苦しんでいるっていうんだ?これじゃあまるで、私がライナーくんを苦しめているみたいじゃあないですか。

 

 アニちゃんやベルトルトくんと違ってライナーくんは精神的に自分を追い込みやすいことも相まって、苦痛に歪む表情がとても愛らしいです。

 よだれを垂らさないように気をつけましょう。ついでにお顔が歪まないように。

 

 

「俺の“罪”は、どうすればいいんだ。相応の“罰”があるなら、俺は……」

 

「ライナーくんはどうしたいの?まだ君の任期は6年あるし、お国のために命を捧げているのだから、最後まで戦い抜くことが、戦士であるあなたに求められる姿だと思うけれど」

 

「人をたくさん、殺したのにか…?」

 

「何を今更。それが“戦士”でしょう。それを言うなら私も巨人の正体がエルディア人であると知りながら、調査兵団に入って、お兄さまと会うために殺し続けた」

 

「それだけじゃ、ない。マルセルは俺のせいで死んで、作戦をベルトルトやアニに言って無理やり実行させた挙句、最終的にベルトルトを……失わせた」

 

「ベルトルトくんもアニちゃんと同様に監禁されていたら、まだ命はある。だからアニちゃんもその可能性を信じて、フーバー婦人の元へよく訪れて、励ましている」

 

「でも、俺は、マルコのことだって………俺は、俺は戦士で…兵士じゃ、な……ッ」

 

「……落ち着いて、大丈夫だから」

 

 今にも過呼吸になりそうな少年の背を撫でる。人格が分離していた点を考えるとこの子、塩梅を間違えたら精神が簡単に壊れるな。気をつけながら追い込んであげないと。

 

 

 何となく、お兄さまが私にライナーくんを同伴させた理由が分かった気がする。

 

 彼の精神面をフォローして欲しかったのだ。確かに戦士がこの調子では目に余る。

 

 精神病院に入院歴のある私から見て、今のライナーくんは生きること、命を奪うこと、戦うことに疲れている。

 このまま放っておけばいずれ()()になる道を選んでしまいかねない。そんな危うさがある。

 

 アニちゃんがよく彼を蹴っている、とお兄さまから聞きましたが、存外彼女はこの少年を心底嫌いながらも、励ましているのかもしれない。

 

 そう簡単に死ねると思うなよ──という意味合いも、含まれていると思いますが。

 

「冷たい言葉を言ってしまうと、あなたのその“罪”は私のものではない。私や他人に相談したところで、君の“罪”はなくならない。背負うしかないのよ。そんな覚悟もないのなら、君は戦士になるべきではなかった」

 

「……ッ」

 

「けど」

 

 ベンチから落ちた後、そのまま地面に腰を付けていた彼の元に近づいて、座り直す。

 そして太い膝に手を置き、伏し目がちに相手の顔は見ないまま、こちらの横顔が少し見える程度に視線を斜めに向ける。

 

 

「苦しいのは君だけじゃないんだよ、ライナー・ブラウン。アニ・レオンハートやベルトルト・フーバー、それにジーク・イェーガーも、その心中に暗い闇を抱えている。

 それもあなたたちにのし掛かるのは、「死にたい」という気持ちさえ許されない“罪”なんだ。

 だから腕を失おうが、足を失おうが、精神が壊れようが────その命が()()()()()に向かうまでは、進み続けなければならない」

 

「………」

 

「でも…それでもね」

 

 悲痛に歪んだ金色の瞳に目を合わせて、後頭部に手を回し撫でてやる。なるたけ優しいトーンに声を落とし、微笑みかけた。

 

「実際に“罪”を抱えている側からしたら、私の言葉なんて煩いものでしかない。どこにでも逃げ道は必要なんだ。だから辛い時やどうしようもない時は、酒でも女でもいい、気分を紛らわすといいよ。もちろん完全に逃げてはならないけれど。少なくとも、ライナーくん自身の大切なものがある以上は」

 

「……俺の、大切なもの…」

 

「アニやベルトルトくんにも、大切な存在がいるでしょう」

 

「………言われ、たんだ」

 

「言われた?」

 

「……エレンに、言われた」

 

 ボソボソと話すライナーには、在りし日のナイスガイの姿はない。

 

 彼曰く、エレン誘拐に失敗した時、『お前らができるだけ苦しんで死ぬように努力する』宣言をされたそうだ。

 エレンくんは瞳をかっ開き、笑っていたらしい。その表情がライナーくんは忘れられないと。

 

 お姉ちゃんがいない間に他人をここまで曇らせるなんて──流石私の弟。

 

「忘れられないんだ。俺を裁くのはきっと、アイツだって…」

 

「じゃあ裁かれることに希望を持って、生きてもいいんじゃない?その方が、君の心が楽になると言うなら」

 

「………」

 

「裁いてくれる人間がいるだけでもきっと、“罪”を持った人間には多少の救いになる。私もお兄さまがいなくちゃ早々に死んでた。…いえ、というか、よくまだ生きていると思う」

 

「………」

 

「それに君が死んだら、悲しむ子がいるじゃない。すぐ近くに」

 

 正面には遠くの方でテオ・マガトの前で整列し、話を聞いている子どもたちがいる。中央辺りで背筋をピンと伸ばし、教官の話を一字一句聞き漏らさないようにしている少女の姿は、可愛らしくさえあった。

 

「ガビ……」

 

「私もライナーくんがいなくなったら、悲しいよ。アニちゃんはどう思うか…ちょっと微妙だけど」

 

「………アウラ、さんも」

 

「うん?」

 

「……アウラさんも、悲しんでくれるのか?」

 

「そりゃあ、悲しくなるよ」

 

「そう、か…」

 

 また下を向いてしまったライナーくん。私の「曇曇ヨシヨシ」が効かなかったのだろうか。

 

 と、思ったら彼は立ち上がって、こちらを向く。私の両肩を掴むと、視線を彷徨わせながら餌を求める魚のように口を動かす。握力を考えて私に触れてほしいです。これでも加減しているのかもしれませんが。

 軋む肩に、アニの「ゴリラ」発言を身に染みて感じた。

 

「ゴ……ライナーくん?」

 

「お…俺は」

 

「う、うん」

 

「アウラ、さんのこと………」

 

 次の展開を予想していた折、ゴリライナーの後方で近付く影が見えた。痛みに若干呻いてみせている私の反応を見ると、眉間に寄っていた皺がさらに深くなる。そして握られた拳が、目の前の男の脳天にぶつかった。ゴッ、という勢いに火花さえ見えた気がする。

 

 

「何発情してんだ、クソドベ」

 

 

 オールバックの金髪と、左右のサイドを刈り上げにした独特なヘアスタイルの少年。ライナーと同期の彼は、戦士の男性陣と比べると一回り小さい。私とそこまで身長は変わらないでしょう。

 

 少年────ポルコ・ガリアードは、深緑のジャケットのポケットに両手を突っ込んで、地面に転がったライナーくんを睨め付ける。

 

 控えめにお礼を言うと、鼻を鳴らしてポルコくんは去って行った。

 単純に私を助けたというよりは、《鎧の巨人》の継承権を巡って火花をぶつけていた関係だったがゆえに仲が悪く、そこから転じて鼻についたライナーくんにストレスをぶつけたのでしょう。ヨロイの君ってば、なんて不幸で可哀想で、かわいいボーイなんだ。

 

「だ、大丈夫?」

 

「……あ、あぁ…」

 

 少しよろめきながらライナーは立ち上がった。

 

 先ほどの話は上手くうやむやになり、二人揃って()()()腕章を付けた、少年の後ろ姿を見つめる。

 視線を横に向ければ、ジッと、深緑の背中を黄金の瞳が捉えていた。そこに縋るような色が一瞬映る。

 

 そう簡単に救いを与えてはやれないよ、ライナー・ブラウン。私は甘くないのだから。殊に己の「生」の欲求が関係すれば。

 

「ねぇ、ライナーくん」

 

「…ん?何だ」

 

「あのね」

 

 

 

 ────彼にヨロイを()()()()()()なんて、思ってないよね?

 

 

 

 見つめていた黄金の瞳が丸くなる。私の読みは間違っていないようだ。

 まだ任期は六年ある。ここから先は戦争が待ち構え、そして“世界の秘密”を知ったパラディ島の人間も動き出すだろう。

 

 だからまだ死ぬには早い。最後まで最後まで、苦しみ抜いた先に命を散らす美しい様を、私にぜひ見せてほしい。それこそグリシャ・イェーガーやベルトルト・フーバーのような人生の中で最も輝く姿を、私に見せてくれ。そして……感極まらせてくれ。

 

 

 同時に、悲劇の舞台は複数残されている。

 

 長年候補生でありながら、巨人を継承していないポルコ・ガリアードや、アニ・レオンハート。お兄さまやエレンくんは当然のこととして、他にも巨人の継承者関連なら──ーそうですね。

 

 

 

 

 

 ユミル。

 

「フリッツ」ではない、ただのユミル。

 

 

 彼女が死んでいないことをアニちゃんから聞いた後、すぐに過去の歴史的事実を漁って、時間をかけてたどり着いた仮説。ユミルくんが「楽園送り」にされた元マーレに住んでいたエルディア人であることは、容易に想像がつく。

 

 そこから調べて、かつて──約六十年以上前に政府が行った大規模な弾圧にたどり着いた。

 

 それは、「始祖ユミル」を崇拝するエルディア人たちによって構成されていた組織であり、彼らはひとりの少女を「ユミル」として崇め讃えていた。

 

 ただの偶然かもしれない。

 しかし『イルゼ・ラングナーの日記』の件を話した後の彼女の取り乱しようといい、その後のまるで覚悟を決して巨人化した姿といい、この偶然を“ただの偶然”で済ませる事ができなくなっている。

 

 もし私の推測、「ユミル」として祀られた少女=「ユミルくん」なら、私は彼女のお話を聞かなければならない。

 

 その苦悩を、絶望を、悲劇を、私に浴びさせて欲しい………♡

 

 

 しかして、現在のユミルくんの様子を見たアニちゃんの記憶だと、彼女と話すことは叶わないでしょう。元々顎をポルコくんが継承する予定だったみたいですが。

 

 継承を行う儀式の間において、ポルコ・ガリアードが注射器を打つ直前に聞いた言葉。

 

 彼女は、微笑んで言った。

 

 

 

()()()()」──────と。

 

 

 

 その言葉を聞き、注射器を持ったポルコの手が止まった後、彼女の体は結晶に包まれた。

 

 ──そう、つまりユミルくんは今、アニと同じ状態にある。

 

 顎の能力は硬質化をも噛み砕く能力があるらしい。だが肝心の顎が眠り姫な以上、手出しができない。他にも方法はあるかもしれませんが、無理やり壊せばその中身の本体が壊れて死に、巨人の力が行方知れずとなる可能性もあるため、上層部も下手に手を出せない状態のまま、保管されているようだ。

 

 その結晶に接触できれば、ユミルくんとコンタクトが取れるかもしれない。

 果たして彼女の意思によって結晶化が起こったのか、それともユミルちゃんの仕業なのか。今のところは分からない。

 

 けれどこの一件で、一つの可能性に私は思い至る。

 

 それはこれからユミルくんの経過を見て考えていきますが、仮にもし可能であるのならば──60年以上も経って人間に戻った彼女の姿が、当時と変わっていなかったのならば──。

 

 

 ()()()()()()()()()()ことができるなら、お兄さまにも魔法を掛けることができるはずだ。

 

 そうすれば永久に、ジーク・イェーガーを我が物にできる。




・実現しなかったネタ

アウラ「おっぱい揉んで」
ライナ「え?」


・光る円環の物体
 一人だけ描写されていない人間がいるような……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後ろを知らない少年少女

お願いマッスルしろ、ジーク・イェーガー(唐突)

ラッコ鍋食え、ライナー(狂気)

腹筋見たいです、アニちゃん(変態)


 戦争だ。

 

 先のパラディ島攻略の失敗によって《超大型巨人》を失い、また《顎の巨人》の結晶化を受けて、実質二体の巨人の力を無くしたマーレ国。中東連合はマーレは弱体化したと見做し、これを好機として宣戦布告を行ったことにより、戦争が始まった。

 

 前線で戦わされるのはマーレ兵ではなく、エルディア人である。そもそも現在は志願兵制はあるものの、マーレ人の徴兵制度はない。「悪魔の民」の兵士の一部は戦場にてバケモノへと姿を変え、敵の兵士を、民を貪り食らうのだ。

 

《獣の巨人》の叫びによって引き起こされる悪夢は、まさしく地獄絵図である。

 

 マーレ国が主な軍事戦力として巨人を使うため、より一層エルディア人が忌避され、生存権すら危ぶまれる状態へと陥っている。

 

 そのため、巨人の脅威というものはエルディア帝国が無くなったにも関わらず、根強く存在する。

 

 

 

 

 

 そんな状況で上層部がピリついている中、将来戦士を目指す少年少女は“名誉マーレ人”、あるいは別の目的をもって訓練に励んでいた。

 

 今日もまた基礎体力作りや座学や戦闘訓練など、頭の先から爪先まで溶けそうな疲労を抱え、帰路につく。

 必然と子どもたちのグループは分かれる。隅の一角では、五人の子どもたちが固まっていた。

 

 

「だらしない、ファルコったら。兄貴におぶってもらっちゃって」

 

「そう言ってやるなよ、ガビ。お前もこの間こっそりライナーさんに肩ぐる──」

 

「わっー!言わないでよ!!」

 

 従兄のライナーの件を持ち出され、顔を真っ赤にしているのはガビ・ブラウン。

 

 対し疲れバテてしまった弟、ファルコ・グライスを背負って歩いているのは、兄のコルト。

 

 ちょうど第二次性徴期のコルトの体は、ここ最近ぐんぐん伸びている。それと比べればファルコやガビ、そして三人の様子を後方で見ながら笑っている銀髪の少し冷たさを感じる少女、ゾフィアや、もっさりとした黒髪で楕円のフレームの眼鏡が特徴的な少年、ウドは一回り以上小さい。

 

 常は良きライバルでありながらも、彼らは仲良く過ごしている。

 

 五人揃って戦士候補生になれたらいいな(コルト談)──や、ファルコじゃ無理だね(ガビ談)──や、継承できるなら誰がどの巨人を手に入れるかなど、楽しげに話し合う子どもたち。

 

 一番年上であるコルトは中東との戦争のことや、その展開など悩ましく思うことはあれど、話をガビたちに合わせる。

 

 パラディ島の一件があったものの、子どもたちにはやはり巨人の圧倒的な力への信頼が存在する。

 

 そこにはもちろん、戦士たちへの大きな尊敬も含まれている。だからこそ戦争に入った中でも、幼い子どもたちには緊張感が足りないのだろう。

 

 

 現状まず候補生入りが確実とされているのはコルトであり、教官のお墨付きである。

 

 次点のガビに続いて、ゾフィアやウドも上位に入っている。唯一ファルコは下から数えた方が早い順位であった。それに一番悩んでいるのは、ファルコ本人である。

 

 巨人を継承するならば、鎧はまず間違いなく戦士候補生のポルコだ。

 彼はファルコたちとは訓練メニューが全く異なる。仮にコルトが同じメニューを行えば、半分も終えられずに今の弟と同じ目に遭うだろう。

 

 ポルコの継承が《獣の巨人》でないのは、単純にその人による得意・不得意が関係する。彼は頭よりも体を使うタイプだ。

 

 ライナーが“始祖奪還計画”の失敗の後、肩身が狭くなっているのはコルトだけでなくガビも感じている。

 

 

 もし此度の中東連合との戦果次第では、ライナーの鎧が剥奪される可能性も十分ある。──否、すでにされてもおかしくはなかったのかもしれない。

 

 宣戦布告の気配を感じながらポルコに継承させたとして、すぐに実戦に駆り出すのは危険だ。使い慣れていないという理由で死なれては困る。ただでさえ対巨人用兵器の開発は諸外国で進んでいるというのに、

 

 そのため不振が続いているライナーでも、ポルコよりは戦場慣れしているから──と、まだ継承は行われていないのだ。

 

 ライナーの鎧を継承する気満々だったガビとしては、ショックの大きいものだった。

 

 それでも闘志を燃やし、年上のポルコから必ずや鎧を勝ち取ってみせる!と意気込む姿は、ドベ時代の従兄と大きく異なる。

 

 

「でも、あの筋肉に勝てるかなぁ…」

 

 母親から写真で聞かされていた今のコルトと同年代くらいの従兄の姿は、五年ぶりに故郷に帰ってきた時は分厚い筋肉に包まれていた。

 

 その上腕二頭筋につかまり、「高いたかーい」をしてもらうのが、ガビの中で密かなブームであったりする。

 

 しかし、その上腕二頭筋に打ち勝つ筋肉の隆盛を誇っているのがポルコの肉体である。

 シャツから浮かび上がるその形は、筋肉の躍動を隠しきれていない。

 

 アニがよくライナーを「ゴリラ」と呼んでいるのを、ガビだけでなく他の子どもたちも見かけたことがある。しかしそれに対して、ピークがアニに「ポルコの方がすごいよ、筋肉」と言ったことがある程だ。

 その後アニは無情にも「ライナー(アイツ)は顔がゴリラだから」と返した。

 

 

 ──とまぁ、鎧の継承はすでに埋まったようなものであり、獣に関しても、統率能力や状況処理能力などが評価されているコルトが適任だろう……と、考えられている。

 

 そのためか、ガビは鎧を諦めてはいないものの《女型の巨人》にも目を付けており、アニと雰囲気が少し似ているゾフィアも、女型がいいな、と内心考えている。

 

 ただしその前に少年少女には、戦士候補生の選抜がある。

 

 近い未来ではなく遠い景色を見ようとしてしまうのは、幼さゆえの視点であろう。

 まだ戦士の「地獄」を経験する前の、血に塗れていない、無垢な彼ら。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇコルト、ちょっといい?」

 

「ん、何だ?」

 

 帰宅路、夕暮れの陽を浴びて赤く染まった子どもたちは収容区に着く。

 ゾフィアやウドと別れ、今いるのはガビとコルト、そして兄の背に揺られ眠ってしまったファルコ。

 

「あのね、お願いしたいことっていうか…協力してもらいたいことがあって」

 

「俺にか?」

 

「うん。その、ライナーのことでね」

 

 ガビは従兄の立場が危ういことを肌で感じており、同時に精神的にひどく落ち込んでいることにも気づいていた。

 ガビや家族の前では無理をして笑ってみせるが、少し痩けた頬と、うっすらとある目元の隈は隠せていない。

 

「あの島で五年も過ごして、ライナーはすごく辛かったんだと思う。詳しくは教えてもらえないけど、教えてもらわなくても分かるよ。奴等は……悪魔だから」

 

「ガビ……」

 

「だから私は絶対戦士になって、ライナーの分まで頑張る。あの悪魔どもを──私たちを苦しめる奴等を、皆殺しにするんだ」

 

「…お前のその部分はいいところでもあるけど、悪いところでもあるからな」

 

「なに、パラディ島の人間たちは悪魔じゃないっていうの?」

 

「そうじゃなくてだなぁ、なんて言えばいいのか……お前の「こうだ!」と決めたら限界を超えて突っ走るところが、危なっかしいって言いたいんだ」

 

「この私に短所なんてあるわけないじゃない!」

 

「あるんだなぁ、それが……現に今も」

 

 冷静にガビを見るコルトに、ムッキャァー!と、子猿のように怒るガビ。

 騒ぐ少女の声に眠っているファルコが唸ったところで、コルトは口元に人差し指をつけて荒ぶる少女に鎮まるよう求めた。

 

 

「フン、じゃあ手伝ってくれたら許してあげる」

 

「手厳しいなぁ…まぁいいよ。何を手伝って欲しいんだ?」

 

「それはね……ライナーを励ましたいの」

 

 ガビたちが戦争でさらに精神的にも肉体的にも疲れるであろうライナーのために、エールを送る。

 具体的な方法については、まだ考えていないようだ。

 

「まぁー美味しいごはんを作ったり、かわゆい私が励ましたり……。そのほかに何か思いつきそうなこととかない?」

 

「かわゆいガビねぇ…」

 

「何よその半目!よく見てよ、かわいいさしかないじゃん!!」

 

「うんうん、かわいいかわいい」

 

「ムキィー!」

 

「おっ、かわいい猿の声がするぞ?」

 

「本ッ当に怒るよ!!」

 

 そう言いつつ、コルトの腹に容赦ないパンチを繰り出すガビ。

 それを受けるコルトはガビに対し【かわいいフィルター】が常にかかって見えている弟のことを思い、苦笑いした。本当にかわいい少女は、暴力行使になど出ない。

 

 

 そうだ、本当のかわいいってヤツは────と、コルトが思ったその時。

 

 彼の脳裏に過ぎったのは、一人の女性の姿。

 

 

 

 時たま訓練場に隣接したベンチに腰かけて、読書をしている女性の後ろ姿。

 

 特殊な事情で一般人──と言っても“名誉マーレ人”であるが──ながら、軍事基地内の戦士用の住居に住んでいるという人。

 

 訓練中遠くに座るその姿を見つけてしまうと、そのあといくら意識しても、視線がそこへ吸い込まれてしまう。

 

 他の子どもがマガトに彼女について尋ねたこともあった。

 内容は「あの場にいていいのですか」であった気がするし、彼女の事情について把握し切れていないところから、「だれでしょうか」だった気もする。

 

 

 マガト自身は質問に対し、パラディ島の作戦において戦士たちに協力した人物である──と、端的に語った。

 

 また、禁止されている区域には入っていないため、あの場所で本を読んでいても別段問題はない──とも。

 

 ついで、不用意に外部へ情報を漏らさないように──とも告げていた辺り、コルトはかすかに政府の闇のようなものを感じ取った。詮索はしなかったが。

 

 

 その話はやがて子どもたちの間で点と点がつながり、彼女が戦士長と関連があることがわかった。

 妹であると判明するまでは、夫婦説が濃厚だった。兄妹と聞いても容姿がほとんど似ていないため、疑わしい声を上げる者もいた。

 

 女性の年齢は20代前半で、肩に少しつく程の焦げ茶色のストレートな髪。瞳は青みを帯びた明るい灰色だ。

 

 かく言うコルトは帰り際、出先から帰ってきた女性の姿を見かけた時なんかは、こっそりと見る。

 

 まだ年が一桁の子どもからしてみれば、大人の女性の良さというのは分かるまい。皆、最初こそ女性の珍しさに視線を向けていたが、その内慣れれば挨拶をするか、視界にも入れず通り過ぎるといったリアクションを取る。

 挨拶を受ければ女性はきちんと返す。それも、極上の微笑みで。

 

 コルト少年もまた声をかけようと思いつつ、一度もできた試しがない。毎度脳内「おっふ」で終わる。

 

 

 思春期も真っ盛りな彼の年齢からすると、大人の、それも眉目秀麗な女性というのはど直球に欲をくすぐる。

 

 だからこそ仲間が以前、女性がライナーと共にいて、さらに距離が近かったという話を聞き彼は思った。

 

 彼女と年の近いライナーが、羨ましいと。

 

 コルトと女性の年齢差は、約10歳はあるだろう。そこまで年齢に差があると、話しかけづらい。かと言って、彼よりもっと年が離れている少年少女は女性にやましい心などなく話しかけられる。

 

 戦争が本格化し始める中で、血に染まっていない子どもたちとまた違った方向で、コルト・グライスは懊悩した。

 無論自分の目的や、国の状況を分かりながらも。

 

 

 

「俺はこのままじゃダメだ……」

 

「ハ、何が?」

 

 思春期に心を乱される少年の心などつゆ知らず、アニ以上の鈍感ガールの気配を漂わせるガビは、コルトに胡乱な目を向ける。

 

「……ガビはさ、あの女性(ひと)のことどう思ってるんだ?」

 

「あの人って?」

 

「ほら、偶に外で本を読んでいる片足の……」

 

「あぁ、戦士長の妹さんでしょ?」

 

 戦士長の過去を踏まえれば必然と、女性がかつて「楽園送り」にされた人間だと分かる。それを抜きにしても「悪魔の末裔」の中で長く過ごしたのだ。同じ収容区のエルディア人の仲間であっても、パラディ島で過ごしたならば……ということを考えると、想像できるガビの反応は二つに分かれる。

 

 しかして少女は肯定とも、否定とも取れない微妙な顔をする。

 

 

「うーん…ライナーに聞いたことあったけど、すごくいい人なんだって。でも同時に、大切な人のためなら、切り捨てられる人でもあるって」

 

「……聞いてたのか」

 

「うん、だって戦士でもない一般人が始祖の奪還作戦に協力してたって知っちゃ、気にもなるよ。そこら辺はライナーも言えないことがあるから、結構ボカされてたな」

 

「そ、そうか」

 

「もし気になるなら、自分で話して確かめてみろ、って言ってた。まだ話してないけどね」

 

「意外だな。お前は気になったらすぐ特攻するタイプなのに」

 

「ん〜……なんかちょっと近寄りにくいっていうか、私一人で行く勇気がないの。自分でも、普段の私じゃあり得ない…って思うくらい」

 

「………じゃあ、行ってみるか?」

 

「え、マジ?」

 

「マジだ」

 

 コルトはまた、関係性はわからぬものの、ライナーと距離の近い彼女が声援を送れば力になるのではないか、と提案する。

 

「あと本当に付き合っているか探りたい。俺の今後のために」

 

「え、ライナーって付き合ってんの、あの人と!!?」

 

「ばっ、まだわからないって!まだ……そう、まだ」

 

「じゃあ私ライナーに聞いてみるよ、あの人のこと好きかどうか。戦争で本格的に駆り出される前に、私たちで元気づけなくちゃね!」

 

 二人の意向は決まった。ゾフィアとウド、ファルコも交ぜての計画であるが、コルトは女性と会う際はガビと自分二人だけで行こうと話す。弟ファルコの想いに気づかない鈍感少女はともかく、自身の思春期なハートを年下二人や弟に知られたらと思うと、顔から火が出そうになるためだ。

 

 

「………」

 

 

 そんな兄の背にいる途中から起きていた弟は、薄目を開けつつ居眠りを続けた。

 

 しかしガビがそんな少年の薄目に気づき、結局ファルコもまた連れて行かれることになるのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヨォ〜〜〜シッ!!ヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシコシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシ

カビ+砂糖うっほほい♂=がアウラじゃね?と軽率に思ったこの頃。
昼ドラがおいでましそうで怖い…。


 ベンチに腰掛けて日光浴を楽しむようになった、はかなげ美女ちゃんはだぁれだ?

 

 ────そう、それは私、アウラ・イェーガーである。

 

 

 戦争が始まって生まれる人間の悲劇にオラワックワクしている反面、まだ本格的な戦いが始まっていないものの家にいることが少なくなったジークお兄さまに、気狂いそうなほど寂しさを覚えている私。

 

 最早お兄さまが帰ってきても兄の自室から出ず、逆に見せつけるように寂しい妹をアピールしている。

 

 ただベッドの上でそのまま寝てしまった翌朝。代わりにソファーで寝ていたお兄さまを見た時は、寝顔を堪能した後に迷惑をかけたことに、本気で死のうとベランダから飛び降りようとして、異変を察知したお兄さまに止められた。お兄さまの曇り顔は、相も変わらず輝いていた。

 

 

 そんな、寂しくて死ぬうさぎのような精神状態で送る我が日常。

 

 本日は図書館に赴いて、夕方ごろに帰還した。門前の衛兵の方たちとは軽い会話程度なら交わすようになり、初めは距離を置いてこちらを眺めるだけだった戦士志望の子どもたちも、声をかけてくるようになった。

 

 子どもは天真爛漫でよいですね。その分少年少女が見せる絶望というのは純度が高く、とても気持ちの良いものです。

 過去にもし戻れるのなら、ドベ時代のお兄さまをヨシヨシペロペロしたいですね。

 

 今心の中の金髪の女憲兵さんが「逮捕だよ、この変態ブラコン少年性愛(ショタコン)女」と、ファイティングポーズを構えて、彼女が求めた死刑判決は裁判官の金髪蒼目の少女ちゃんにより、棄却されて無罪になった。これにて妄想閉廷。

 

 

 

「……ん?」

 

 コツコツ音を立てて歩いていた折、隅を歩いているこちらと反対側の木陰の後ろから、視線を感じた。広い道にはポツポツと子どもが通っている。

 

 目を凝らしたそこに居たのは、しゃがみ込んでいる少女と、その後ろで立って同じようにこちらを窺っている少年。以前ライナーくんと話したガビ・ブラウンと、グライス兄弟の上の方だ。

 

 ガビちゃんは丸い瞳をさらに大きくして、こちらを観察している。

 対し子どもたちの中でも頭一つ飛び抜けているグライス兄からは、熱視線を感じた。

 

 

 これはもしかしなくとも、コルトくんの方は私の魅力に参ってしまっているな?

 

 ──仕方ないね、美女だもの。それも傾国の美女だもの。

 

 年上からは甘やかされてばかりで、告白された回数は少ない。団長や兵士長、ミケ分隊長などは例外だ。全くこの美貌が効かなかった。

 

 逆に年下からは無数にある。エレンくんで培われたお姉ちゃん属性が作用しているのでしょう。“年下キラー”とはこの私のことだ。

 

 また一人、被害者を作ってしまった。コルトくんは親族に復権派を持った繋がりがあるので、関わりができたら叔父のことを持ち出して心を揺すってあげましょう(ゲス)

 

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 と、こちらへ駆け寄ってきたガビちゃん。コルトくんは完全に恋する乙女状態で、尚も木の陰からこちらを見たまま。可愛いな。

 

 ガビは片方が付いてきていないことに気付くと、走って戻り、腕を引っ張りながら連れてきた。

 

「えーっと…何かな?」

 

 人畜無害の美女を装って微笑むと、ガビちゃんは口を一瞬への字にする。

 それで、この子が勘が鋭いタイプだと悟った。

 

 また、それこそ少女本人が気づかない程のわずかな恐怖が瞳の中に過ぎったのも、感じ取った。

 

 あまりこの子の前では黒い考えを持たない方が良さそうだ。私としても曇らせがいのあるライナーと違って、この少女が曇らせにくいタイプであることはナイスガイの情報で分かっているから、関わる利点があまりない。

 

 ただし、ライナーくんの感情を翻弄するために利用する可能性は大いにある。

 

 

「お願いしたいことがあるんです、ジーク戦士長の妹さんに」

 

 ガビ曰く、ライナーくんを励ますために協力して欲しいそうだ。

 ライナーを元気付けて欲しい──とのこと。子どもたちの方は、後で各々用意したプレゼントを渡すらしい。

 

 精神的疲労が子どもたちにまで伝わっているって、大丈夫じゃないですね、ライナーくん。

 初回のアウラセラピーでは追い込むことを前提とした“鞭”でしたので、ちょうどいい機会です。今度は“飴”の出番が来たというわけだ。

 

 それで私にお願いしたのは、彼と共にいる姿を見たことがあるから──と。それも、至近距離だった二人を。

 

 恐らくこの間、ライナーくんを「ゴリラ」と言おうとしてしまった時の出来事ですね。

 

 

 ガビちゃんはついでに、ライナーのことをどう思っているのか尋ねてきた。ど直球かな?

 

 思考に残っていた「ゴリラ」と言いそうになり止めて、「優しくて強い子かな」と、返す。

 

 少女は難しそうな顔をしたのち、ついてきて欲しいと頼まれたので、OKした。

 いつも私が座っているベンチでライナーくんと、彼を呼びに行ったグライス弟が待っているそうだ。

 

 

 

 移動している間は私が本当にアニたちに協力したのか──や、壁内はどんな所だったのか(コレについては口外禁止の部分に該当するので話さなかった)。

 

 また、一度「楽園送り」にされた私がマーレや壁内人類をどう思っているかなど、ガビに聞かれた。

 

 アニの件は首肯する。マーレについては特に恨みはないとして、ライナーにも話した“罪”と“罰”の件を子どもでも分かりやすいように、且つあまり生々しくならないように噛み砕く。

 壁内人類については心残りは多けれど、それ以上に大切な人がいるから今ここにいるんだ──と話す。

 

「大切な人って、ライナー?」

 

「……ライナーくんではないかな」

 

「ハッ…!」とした顔をしたけれど、それにひしひしとライナー大好きなオーラを感じ始めたけれど…ガビちゃん、私の全部はジーク・イェーガーに捧げられていて、ライナーくんに「生」を感じることはあっても、彼が私の生きる理由にはなり得ないんだよ。残念ながら。

 

 それを言外には出さず、お兄さまが大切な人であることを話すと、少女は瞳を今日イチに開く。

 

 私を見つめるその瞳の中はゆらゆら揺れて、めいっぱいの同情心を含ませる。アレ、この子結構………愛らしい。

 

「ガビちゃんはライナーくんのこと、大好きなんだね」

 

「……うん」

 

「きっと彼は、優しい()()()()()だろうね」

 

 

 似た共通点を見つけて、それを利用するのが話しづらい相手には使える。

 

 ガビちゃんのキーポイントはやはりライナーだ。それも年が大きく離れている彼女にとって、戦士である彼は憧れを抱く存在に違いない。従妹だけでなくグライス兄弟やその他の子どもたちにも、みんなの兄貴分は文字どおり「兄」のような存在と考えられる。

 

 

 

 

 

 そしてベンチにたどり着くと、ライナーくんとグライス弟が座って雑談をしており、ガビに声をかけられてこちらに気づいたライナーくんが目を白黒させた。

 

 どうやら私が来ることを知らされていなかったらしい。

 

 ガビちゃんは「じゃあ私たちは行くね!」と言い残し、三人は駆けて行った。本当に去るわけではないだろう。陰でこっそりこちらを観察する気だ、絶対。

 

 というか結局、何かもの言いたげだったグライス兄は話しかけて来なかった。既視感を感じたものの喉元まで出かかって、そのまま思い出せずに終わる。

 最後に微かに「さ…なら、俺のは……い」という途切れ途切れになった声が、聞こえた気もしましたが。

 

 

 さて、どうしたものか。ライナーくんは走り去っていく子どもたちに眉を寄せつつ、空いた場所に座ろうとする私を見ると、途端に困った表情を浮かべる。

 

「悪い、ガビたちが勝手に……」

 

「いや、いいよ。可愛い子たちじゃない、ライナーくんを励ましたいからって、私に協力を持ちかけたのよ」

 

「それが、アウラさんがここに来た理由になるのか?」

 

「うん、そうみたい」

 

 座るこちらに過剰なまでに隅によって、場所を空けるライナー。ありがとう、と呟いて、ほぼ中央に座った。独特な形の眉が下がって「!?」と、モロに顔に出ている。私の嗜虐心をくすぐらないでくれ。

 

 まぁ今回は“飴”のセラピーですので、これ以上虐めては元も子もない。早速“飴”タイムに参りましょう。

 

 端に座り直した私は、膝を軽く叩く。こちらの意図がわからず首を傾げる少年を無視して、黙って膝を叩き続ける。

 

「どういうこと…ですか?」

 

「………」

 

「あの……??」

 

 ちなみに本日の私の服装は、シャツの上に羽織った肌色のボタンのないカーディガンと、深い紅色のロングスカートです。

 

 尚も膝を叩く私に、敬語になった彼はようやく状況を飲み込めたようだった。しかしそれを行動に移せない。場所は外で、周囲に()今の所人はいないものの、いつ誰が通りがかってもおかしくない。

 

 

「それは、その……ダメかと、色々」

 

「………」

 

「女性の膝には流石に、しかもここで…」

 

「………」

 

「アウラさん…?」

 

 私はただ膝を叩き続けるだけ。ライナーくんが決めることだ、美女の膝に頭をライドオンするか否かは。私に想いを寄せていることを知っている以上、最後にとる選択は自ずと分かっていますけれど。

 

 ここで重要なのは、私の方は何も喋らず膝を叩いていることです。

 別にライナーくんに対し「頭を乗せていいよ」と言っているわけではない。──そう、私は膝を本当に叩いているだけなのです(ニッコリ)

 

 後で不都合が起こったら、全てまるっと彼のせいにしましょう。お兄さまも「ライナーのせいにしていいよ」と仰っておりましたのでね。

 

「……あの、いいんですか?本当に…」

 

「………」

 

「聞いてますよね…?」

 

 彼は私の圧に諦めたのか、はたまた誘惑に負けたのか───そのどちらでもあるのか。

 体を横にして、頭を私の膝の上に乗せる。長身の体を丸くしたものの、脛から先はベンチから飛びてていた。

 

「よいしょ」

 

 その顔を無理やり上向きに直すと、ライナーくんは呻き声をあげて、慌てて姿勢を仰向けに直した。

 下から覗き込む私の顔はやはり美人でしょう。瞳が丸くなって──ガビちゃんと不意に似ていると感じた──逞しい喉元が上下した。

 

 頭を撫でて始まる、飴のタイム。

 

 

 

「ヨシヨシ」

 

「……」

 

「ガビちゃんたちが君のこと心配してたよ」

 

「……はい」

 

「あまり、子どもに心配をかけるんじゃないよ」

 

「………すみません」

 

「私に謝るんじゃない。ただし、遠くの木の後ろで隠れている三人にも謝るんじゃないよ。謝罪ではなく行動で、彼らの気持ちに応えなさい」

 

「は…………アイツらやっぱり!!」

 

「おっと、動くなよ」

 

 頭を両手で掴むと、起きあがろうとした彼の首からグキッ、という音が聞こえましたが気のせいにします。

 

「というわけだからまぁ…中東との戦争は過酷になるでしょうけれど、必ず生きて帰ってくるんだよ」

 

「あぁ……。本当に俺って、ダメな、奴だ…」

 

「ヨシヨシ」

 

 瞳を閉じたライナーくんは、憑き物が少し落ちた顔をした。戦績次第では鎧を剥奪される可能性があったため、それも精神的にキていたのではないかと思う。

 

 一見してその感情は、「鎧をポルコ・ガリアードに渡したい」という自殺願望じみた感情と相容れないようにも思える。しかし人間は複雑に思考する生き物だ。死にたいと言いつつ生きたいと思うなんて、ザラにある。

 

「死」を目前にして恐怖を抱くのがそれこそ、「生」への渇望を求めるいい例ではないか。

 

 私はそんな矛盾しながら、そして壊れながら、その上で自分で敷いたレールを突っ走る人間を好ましく思うよ。

 

 そうして最後まで生き抜いて死んでいく人間は、途方もなく煌めく。命の灯火を爆発させて消えていくんだ。

 これを「美しい」と言わずして、何と呼ぶ。

 

 

 お兄さまを────ジーク・イェーガーを()()()壊してしまいたいこの途方もない衝動を、受け止めて欲しい。その器として戦士はいい。アニも、ライナーも。

 

 

 そう思いながらヨシヨシを繰り返していたら、ライナーくんが小さく「……好きです」と言った。

 

 それに、膝枕が好きなんやね?と、鈍感美女を装う私。

 

 この少年はこれまで関わって来た様子からして、直球に行くのが苦手だ。それこそ、本当に好きな人を前にしては。

 

 でも言外にはちゃんと行動で示しているのだから、本当に鈍くなければまず気づくだろう。兵士ナーくんは一度私を助けたり、エレンの囮にしつつ(おそらくマーレに私も連れて行こうとして)巨人化した状態で一切ケガをさせなかったし。

 

 私でなければ惚れる人間は数多にいる。ただ、天使ヒストリアは渡さんがね?

 絶対に──絶対にだ。

 

 女神と人間は釣り合わないのです。それを言ったら、お兄さまに釣り合う人間なんてこの世に存在しないですけれど。

 

 

 

「………あなたが、好きです」

 

 

 ヨシヨシをする私の手。彼は「恋愛の方で」と、続ける。

 

 うんうん、ヨシヨ……………うん?

 

 

 思った以上にというか、ヒストリアちゃんと私で優柔不断に悩む精神があったと思っていたのだけれど、戦士ナーくんったら結構本気で私のこと好きなのか?

 

 もしかして、ヨシヨシしちゃいけなかったのか?視線が熱を帯びていない。

 真っ直ぐに向けられた黄金の眼は、真剣そのもの。

 

 

「あぁ、うーんと?」

 

「好きです」

 

「うん……うん?」

 

「付き合って欲しい…です」

 

「う〜〜ん?」

 

 私はひとまず止まっていたヨシヨシを再開して、膝の上の少年を見て、空を見て───、どうしたものかと頭を悩ます。

 ハッキリ断ってしまった方がよい、と口に出そうとしたものの、寸前で口元を無骨な手で覆われる。

 

「考えてみて、くれませんか?」

 

「今返そうと思ったのだけれど」

 

「今は……ダメだ。答えがわかる」

 

「なら尚のこと、もだもだしたままで戦場に行っていいの?」

 

「それは……」

 

 ほらやはり、白黒つけた方が精神衛生上いいでしょう。

 

 

 

「────俺が帰ってくる理由に、なる」

 

 

 

 アウラ・イェーガーちゃん、日頃のツケが返ってきたイベントを起こしてしまったのでした。

 取り敢えず、お兄さまに相談だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

微熱

 兵隊さん、兵隊さん。足をそろえて歩きます。

 

 兵隊さん、兵隊さん。お空に鳥が飛んでいる。

 

 兵隊さん、兵隊さん。悪魔がお口を開きます。

 

 兵隊さん、兵隊さん。地上はどうして真っ赤なの。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 戦争が本格化し始め、戦士がいよいよ戦場に駆り出される。

 

 連日の忙しさで夜もすっかり更けた頃に帰宅したジーク。シャワーを浴びた後乱雑に髪を拭って、冷蔵庫から取り出した酒瓶を片手に自室に入った。

 

 最初の頃こそソファーの上で寝ていた妹は、兄のベッドを占領するようになった。彼としては「自分の部屋があるだろ」と、思わずにはいられない。妹の部屋は依然物がほとんどなく、結局ベッドもまだ買っていなかった。

 

 寂しいのだろう。それはジークにもわかる。

 彼もまた幼い頃、人一倍孤独を感じてしていたから。

 

 家族がいないことを寂しく思い、兄のベッドで眠る妹───と表現してみれば、微笑ましい光景かもしれない。

 

 だがその微笑ましさは子どもであればの話で、双方20代だ。イイ大人である。

 

 

「まぁ、カワイイものはしょうがないよな」

 

 兄に甘える妹というのは、やはりどうしても構いたくなってしまうし、ジークは両親を告発した過去からわかる通り、“家族”というものの正確な距離感を掴めていない。

 

 一人になった後も祖父母の元で大切にされ、クサヴァーもジークを気にかけてくれた。しかしそれが逆に、妹との距離を掴みあぐねる理由になっている。

 

 “家族”とは、いったいどういうものであったのか。

 

 小さな妹のことを抱きしめていた、当時のジーク・イェーガーに聞きたい程である。

 

 

 

「……ハァ」

 

 これまでの経験から此度の中東との戦争は、長引きそうだった。

 

 彼に残された期間は五年。その間に計画は大詰めに入る。ここでもたもたしている場合ではないと焦る気持ちの一方、だからこそより慎重に行動しなければならなかった。

 

 エルディア人だから、と戦士をあなどる上層部は別として、特にテオ・マガトには真意を悟られてはまずい。

 

 

 一応すでに、今後の算段は立ててある。

 

 計画されているパラディ島への調査船団の派遣。そこでジークは自身の協力者を送り、壁内人類に取引を持ちかける。

 

 その内容にあるのはパラディ島の安全の保障や、武器や技術の提供、そしてかつてエルディア帝国と同盟国だったヒィズル国への橋渡しに、マーレへの情報工作の支援など────。

 

 その対価としてジークが求めるのが、彼自身を亡命させ、エレンと引き合わせることである。

 

 

 ジークはエレン・イェーガーの心中を確かめた上で、「安楽死計画」の協力を求める。

 グリシャ・イェーガーの同じ()()()として、きっと計画に賛同してくれると信じているのだ。

 

 ここで妹の件を持ち出さないのは、アウラが調査兵団を裏切ったからだ。交渉相手の中には調査兵団が含まれ、そもそも「安楽死計画」の鍵となるエレンが、姉をどう思っているか判断が付かない。

 

 それとなく妹から聞いた話では、小さい時は姉の後ろを追いかけてくるかわいらしい弟だっだという。

 少し大きくなったらすぐに思春期に入ってしまったが、それでもかわいかったと。

 

 

 エレンのことを語るアウラは“妹”ではなく、“お姉ちゃん”の表情だった。

 

 それに不思議な感情になった反面、エレンと暮らした妹を羨ましく感じた。それほどまでにエレンを好いている感情が、アウラの顔に出ていた。

 

 そんな妹はしかし弟以上に兄を愛していて、狂い気味である。その点はジークも実感している。兄妹間の距離がわからないと言いつつも、その距離感が近すぎることに。

 

 アウラが彼を見る目は、協力者でありジークを神格化している女と似たところがある。

 

 

 マーレに滅ぼされた小国の出身の人物であり、兵士として徴用されていた女──イェレナ。

 

 戦地の中、その女を救ったのがジークであった。以来協力者となった彼女は彼に信仰めいた感情を抱いている。

 

 そんなイェレナはまだしも、妹に神でも見るかのような視線を向けられるのはどうにも得心がいかない。

(例えるならアウラの視線は、推しのアイドルを応援する熱狂的なファンであろうか)

 

「十八年」の歳月の中で、ジークの理解に及ばぬほど妹の兄のビジョンというのは歪んで、本人は正されることがないまま突き進んで狂っている。

 

 最終的にそれらを考えてたどり着く兄の答えが「俺が悪い」であるのだから、報われない。

 そんな兄を見て妹は興奮する。最低最悪の悪循環だ。

 

「まぁお前も……一緒だからな」

 

 交渉の段階ではアウラの件は持ち出さないが、その時が来れば必ず連れて行く。妹が、アウラ・イェーガーが兄狂いに至るまでの過程を知れば、情状酌量の余地があってもいいだろう。

 

 そもそも悪いのは──と、また先の鋭い針が男の心臓に刺さる。

 

 

 ジークは自己嫌悪のスパイラルに陥った脳で、ベランダに立ち夜空を眺めながら酒を飲む。

 喉を熱く潤して、酒瓶の代わりにテーブルに置いたタバコとジッポを取った。

 

 思考を一旦全て捨てて、体の中に煙を取り込む。それが体を悪くするものであると知りつつ、実際感じるのは浄化されるような感覚だ。さまざまなしがらみから、その時ばかりは解放された心地になれる。

 

 初めてタバコを吸ったのは、いつだったか。

 

 亡き恩人が裏でコッソリと吸っているのを見かけ、それ以来タバコを吸うことに憧れを抱くようになって。子どもの頃一度だけ祖父のものを試し激しく咽せて、「これがオトナの味かぁ…」などと、感慨深く思い。

 

 しかして今は憧れの気持ちはすっかり消え、ストレスの緩和剤と、無性な口寂しさを覚えた時の誤魔化しのクスリとなっている。

 

 

 

 

 

「……おに、…ま?」

 

「ん?」

 

 かすれた声が聞こえ、そちらに視線を向けたジーク。

 ベランダの柵に前のめりにしていた体を後ろに向けると、ベッドの上でモゾモゾと動く影があった。

 

 室内を照らす月明かりにぼんやりと白い肌が浮かび上がり、顔だけ出した妹が落ちかけの瞼を上げようとしながら、眠りの国へ戻ろうとしている。

 

「そういうとこだぞ、お前の子どもっぽいとこ」

 

「………?」

 

「眠いなら寝ろ」

 

「……ライナーくんがね」

 

「ん?」

 

「好きって、わたしのこと」

 

 唐突なその発言に、ジークは紫煙を燻らして目を細めた。

 どうやらとうとう、ライナー・ブラウンはアウラに想いを告げたらしい。

 

 鎧の少年が妹へ恋慕を募らせているのは、普段の言動から読み取れた。

 

 パラディ島から帰還して、さらに暴力的に進化したアニに対し、ライナーは精神的に摩耗していた。今回の戦争次第では、上層部が鎧をポルコに──とも考えられた。

 

 そんな少年を気にかけるのは、ジークもまたかつては()()であったからだ。

 

 ライナーを励ます役は自分より妹が適任そうだと考えて、アウラの同伴を任せた。その結果はというと、一見すれば特に変わったところはなし。精神的に疲労しているのは相変わらず。ただぼんやりと、虚空を眺めている機会は減った。

 

 他人の恋に茶々を入れる行為は、それこそエルディア人から生殖機能を奪おうとしている彼が行ってよいものではないのだろう。

 ジーク自身も誰かを愛する行為は、家族愛や友愛のみであったように思う。

 

 矛盾しつつも、しかしライナーに手を貸した。

 

 

「………」

 

 ジークは、妹を見る。

 

 

 フリッツの血を残す定めを課せられていたアウラ。「安楽死計画」の上で子どもを作る必要がなくなれば、妹の救いになるはずである。

 

 その上で誰かを愛して、添い遂げる未来を望んで欲しい。何か縋るものがなければきっと、この妹はすぐに壊れてしまうから。だから自分ではない誰かに早く、拠り所を見つけて欲しい。

 

 それは別に──少し悪い気もしつつ──ライナーでなくともよいのだ。

 どこの馬の骨ともわからない男よりも、幼い時から知っている少年の方がいいと思い手を貸したが、結局のところ選ぶのはアウラで、兄でもライナーでもない。

 

「返事はしたのか?」

 

「断ろうとしたら、考えて、って逃げられちゃった」

 

「ライナーは結構悪くないと思うけどね」

 

「六年しか、生きられないでしょ」

 

「───ってことは、本当は脈アリか?」

 

「ない」

 

「言い切ったな…かわいそうに、アイツも」

 

 布団に包まっているお姫様はベッドから落ちて、そのまま芋虫のように這いずる。進行方向は兄。

 

 咥えタバコのままジークは妹の腹に手を回して持ちあげ、ベッドに戻した。するとバサバサと垂れた女の髪の隙間から、唸り声が上がる。

 

 彼は妹を下ろした側に腰かけ、親が子を寝かしつけるように、一定のリズムで背中を叩いてやる。

 だが途中でK.O.を知らせるアウラの手が、兄の腕を掴んだ。

 

「ヤメ……ヤメテ…」

 

「お前が本当に小さかった時、俺があやすと秒速で寝てたんだぞ」

 

「オ……オボエテナイ…ヨケイネムレナイ…」

 

「でも、俺は覚えてるよ」

 

 妹は最初発達が遅く、言葉や歩くなどのことができず、ハイハイくらいしかできなかった。

 手のかかる妹ではあったが、その分愛おしさは大きかった。

 

 

 

「なぁアウラ、お前は赤ちゃん欲しいか?」

 

「……………………ふぇ?」

 

「産みたいかって、話だ」

 

「……………え?え、えっ────え!!?」

 

 これ以上なく顔を真っ赤にさせ、汗を垂らしながら瞳をぐるぐると回す妹。

 

 自分からすまき状態にした拘束を解こうとして失敗する妹の姿を見つめながら、ジークは耳を掻いた。

 

 子孫を残す運命を課せられていたために、子ども云々に関しては嫌悪感すら抱いているかもしれないと考えていたが、それは兄の思い込みに過ぎなかったのだろうか。

 

 嫌ならば、ライナーの返事と同様にキッパリと答えるはずだ。

 

 

「ライナーは望み薄だとしても、いずれお前にも好きな人ができて、結婚するかもしれない。俺としては……()()()()()()()、お前に幸せになってほしいんだ」

 

「………あぁ」

 

「俺の任期はあと五年もない。純粋に、心配なんだよ」

 

「……うん」

 

 先程の慌てようは形を潜め、丸まった体勢でアウラは暗闇の中を見つめる。

 

 細まった白銅色の瞳はいったい、何を考えているのか。

 無骨な手は、落ちかけた灰をガラスの皿に押しつける。闇世の中で、紫煙が空中へと溶け込んだ。

 

「エレンは、あと八年だよ」

 

「……そうか」

 

「お兄さまは知らないでしょ。私が本に、入り浸っている理由を」

 

「まさか…始祖ユミルの呪縛か?」

 

「死んだら死ぬから。私は死ぬから。お兄さまが、死んだら」

 

「それは、ダメだ。……絶対に」

 

「どうせ、私の気持ちをわかってて、言ってるんでしょ」

 

 

 兄が好きで、好きで仕方なく、そのためなら異常な行動を平然と取れてしまうアウラ・イェーガー。

 

 そんな妹が兄が死んでしまえばどのような行動を取るか、その愛を向けられているジークなら分かる。そもそも一度、アウラは兄のために「楽園送り」を選んだのだから。

 

「今生きていることがどれほど「私」にとって苦痛なのか、お兄さまは知らない」

 

「…アウラ」

 

「何度、何度終わりを望んだことか、お兄さまは知らない。「楽園送り」にされて終わると思ったら生きて、お父さまがいてカルラママがいてエレンくんがいて私がいて……でも違うの。私の居場所はそこじゃないの。私は…、私はお兄さまがいる世界じゃないとダメなの。お兄さまがいない世界なんて、それは、だって………生きてたってどうしようもない」

 

「そんなこと、言うな」

 

「“()()”に「生」きられない私の苦悩なんて、誰もわからない。誰も私を理解できない。私も私をわからない。私が何なのかもわからない。どうして私は生きていて私が生きなくちゃいけなくて私が存在しているのかわからない」

 

 アウラは歯を噛みしめ、瞳から涙を流しながらシーツを濡らす。

 その瞳は、瞳孔の中から外に向けて薄い青から紫へとグラデーションを彩り、その中には無数の煌めきがばら撒かれている。

 

 明らかにおかしい様子の妹へジークが伸ばした手。それが触れかけた時、アウラは弾かれるようにして避け、ベッド傍の壁にぶつかった。

 

 兄が呆然とする中、瞳を丸くした彼女はかすかに息を荒くさせ、その手を凝視している。

 

「…大丈夫か?」

 

「うぅ」

 

「……アウラ?」

 

「う゛ぅー………」

 

「おおっと…?」

 

 

 

 コレは────アレだ。察した兄。

 

 瞬間、ギャン泣き幼女を彷彿とさせる号泣のアウラ・イェーガーが爆誕した。

 

 

 それを宥めすかして、どうにか会話できるにまで戻すのに小一時間。

 

 疲労の色を覗かすジークがギャン泣き妹に尋ねれば、どうやら兄を拒絶するような態度を自分が取ってしまったことに対し、ショックを受けたようである。ついで必死に謝るアウラに、ジークは頭を痛めた。どれだけ兄のことが好きなのだ。嬉しいが。

 

 避けた理由については、本能的に()()()()()──と、察知したかららしい。

 

「何がまずかったんだ?」

 

()()がまずかったのかもしれない…」

 

「?」

 

「あ、違う、アウラちゃんは凸のないかわゆい美女だった…」

 

「………大丈夫か、本当に?」

 

 突然ライナーの従妹のようになった妹に、ジークは“ボブ訝”になる。完全に動転した挙句の美女のシモ話は、鈍感系ヒロインの器を発揮した兄により流された。

 

 

 

 不思議な色に変わったアウラの瞳に気がかりはあるものの、一先ず妹をあやしたことで一気に疲れと眠気が襲った兄は、タバコを灰皿に押しつけ部屋を後にしようとする。

 

 しかしそれを阻止したのは、彼の腕を掴んだ妹の手。

 

「お兄ちゃん」

 

「目をウルウルさせても、流石に一緒には寝ないからな」

 

「おにいちゃん……」

 

「ダメダメ、早く寝ろ」

 

「ジーク……おにーたん」

 

「ぐっ…………!」

 

 

 兄は敗北した。

 

 妹という名のあざとさの暴力に、戦士長たる男は即堕ち二コマのごとく陥落してしまった。

 

 

 すまきになっていた妹の毛布を掴みベッドの上で転がし、取れた毛布を片手に横になるジーク。男の体格でも余裕のあるシングルベッドは、流石に二人では狭い。

 

 転がされた拍子に壁にぶつかったアウラは、兄の腹筋に吸い寄せられるように腹に手を回して、がっしり抱きついた。

 

「筋肉しゅごい…」

 

「鍛えてるからな、当然だけど」

 

「………」

 

「コラ」

 

 無言で胸筋に触れようとした妹の手を掴み、横向きになったジークはアウラの頭を撫で、寝かしつける。

 すると兄がいる安心感からか、ゆっくりとその瞼が落ちて行った。

 

 全くもって、手のかかる妹である。

 

「なぁ後で、()()お兄ちゃんと話し合おうか」

 

「うん……?」

 

「お前が死んだら俺は悲しいし、エレンも悲しむよ。爺ちゃんや婆ちゃんだって」

 

「………う、ん」

 

「幸せになってくれよ、俺の分まで」

 

「……幸せは、ここにあるのに」

 

お兄ちゃん()以外の幸せだって、きっとある」

 

「………」

 

 

 ──────「幸せ」って、なに。

 

 

 そう言ったのち、小さな寝息を立て始めた妹の言葉に、ジークは答えを返すことができなかった。

 

 

 妹が生きていたことによって、腹の底に少しずつ溜まっていく温かい感覚。

 上がった溜飲を無理やり飲み込んで、窓越しの夜空に目を向ける。

 

 今の彼には多くの人間を犠牲にする赤いスイッチを押す勇気があるのかどうか、わからない。

 

 テーブルの上に置いてある恩人のメガネを視界に入れたジークは、深い息を吐き瞳を閉じた。

 

 

 妹の体温は、昔よりも生ぬるく。

 

 でもそれはきっと、いのちの温度に他ならなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前なんか、お前なんか。

容姿に関しての顕性とか潜性遺伝うんぬんがあると思いますが、そこは軽く流してください。漫画のキャラの髪の色がド派手色になってるのに「なんでや?」ってなるのを、まぁそんなもんなのか……って感じで。でもガバってたら……教えて(コソ)


 一面の砂と、光の柱の世界。

 

 兄の自室で一人、眠りについていたはずの女は、体を覆っていた布団の感触が無くなり身じろぐ。

 

 夢うつつに兄の姿を求めて伸びた手が、あたりの砂を叩いていると、柔らかい感触に触れる。そこでようやく、アウラは目を開けた。

 

 

「……やっほ」

 

 手が乗った場所は少女の太ももの上。顔を上げればそこには、膝を曲げて覗き込む少女の顔がある。

 不自然に目元を隠す影は相変わらず。影の下で、蒼い瞳はうす暗いオーバーレイを加えていた。

 

 アウラは転がりながら少女の許可も無しに、膝の上に頭を乗せた。

 その圧力に少女の姿勢は崩れ、尻餅をつく。太々しい女の態度に、しかし少女は嫌な顔一つせず、女の髪を手で梳き始めた。

 

 ショートボブほどだった髪は、ミディアムにまで伸びた。色素の濃い髪は細く滑らかで、少女の指に引っかかることはない。

 

 

「お兄さまが戦場に出て寂しい……って思ってたから、出てきてくれたの?」

 

『   』

 

「ん?寝てたら突然、巨人の発注がたくさん来たんだって?」

 

 パクパクと動く少女の口元。無表情なその顔はもはやデフォルトであるが、今日は微かに眉間に皺が寄っている。

 

 いったい誰が少女に重労働を強いたのだ──と考えたアウラは、口を噤む。

 

 一人、思い当たる節のある男がいる。というか実の兄だった。

 自分の脊髄液を仕込んだエルディア人を“叫ぶ”ことで巨人にしてしまう、ヒゲ面のオッサンである。

 

「何でさ………」

 

『?』

 

「何で私を呼んでくれなかったのさ!お兄さまこねこね♡したい、って前に言ったのにッ!!この裏切りものがァ……!!!」

 

『………』

 

 少女は巨人を一体生産するだけでもどれほど大変か説明すれども、アウラは嘆き悲しむばかり。

 

「ヒンッ!!」と声を上げる女は、どこぞのアイヌの少女を想起させるシワクチャ電気ねずみの顔に変化した。これでは美しい容貌も台無しだ。否、ブラコン変態野郎な時点で全てが台無しだった。

 

「まぁいいよ。許してあげる」

 

『   』

 

「ふふ……嬉しそうに笑うあなたは、やっぱり太陽みたいね」

 

『?』

 

「こんな夜空しかない世界は、ユミルには似合わない。キミの瞳は空そのもので、髪はお日さまなんだから」

 

『……?』

 

「ねぇ、ユミル。………ユミル・フリッツ」

 

 

 

 

 ──────『×××××』。

 

 

 名前のようなものをアウラが口にした瞬間、少女の、ユミルの手が止まる。彼女の指に絡まっていた髪が落ち、女の口元にかかった。

 

 長い、長い沈黙。

 

 普段は穏やかな空間が流れる二人の間には、シャボンの膜のように薄く、けれど頑丈な壁が立ちはだかっているようで。

 アウラは今その壁に体をスキマなく密着させて、少女へと距離を詰めようとしている。

 

「やっぱりその反応じゃ、ユミルが見せた夢じゃなかったんだね。私が………思い出しちゃったのか」

 

『………』

 

「いいんだ、暗い顔しないで。()()()()()は、苦しむ顔を見たくない」

 

 だが、アウラとしては、切り出さないわけにはいかない。

 思い出してしまった以上、生じる疑問を少しでも払拭しなければならない。

 

 そうしなければ彼女は「今」をのうのうと、生きることができないから。

 

 

「どうしてあなたが暗い水の底に沈む前の記憶を見せなかったのか、今考えると疑問に思うところはあったのよね。でもユミルが見せたくなかった部分なんでしょ?『×××××』との部分は」

 

『………』

 

「なら、あなたが「見せたくない」と判断したのだから、私は口を挟まない。あなたの思考全てを私は肯定する。否定なんてしない、するものか」

 

『……』

 

「ハァー………この通り、自分でも嫌になっちゃう()()()()を思い出しても、アウラちゃんはユミルのことを嫌いになれないのだから、相当好きなんでしょうね。というか好きだ、好き。大好きだ」

 

 どのカテゴリーに入る“好き”なのかは、アウラ自身にもわからない。

 どれにも当てはまる気がするし、どれにも当てはまらない気もする。厄介な感情であることに変わりはない。

 

 だがしかし、「愛」にまでは及ばない。

 “今”のアウラ・イェーガーを構成するのは、ジーク・イェーガーだ。

 

 彼女が世界で「愛」する、ただ一人のお兄さま。

 

 

「思い返すと、私がヒストリアをウドガルド城で助けたのも、無意識に彼女をユミルと重ねていたからだと思うの。肝心の「私」の意識はぶっ飛んでいて、その時のことはほぼ覚えていないんだけれど」

 

『………』

 

「私はどうにも“血”というものに固執している。それも王家の血にだ。執着の理由は、ユミルの血が流れているから。特にあなたと似ているほど、私の本能が……いえ、『×××××』の本能が歓喜する。あなたの体内に今でも還りたいのかもしれない。あなたの血となり肉となり、細胞を構成する物質となってユミルの中に回帰する。私がお兄さまに食われたいと思うのもそこにある」

 

 兄に(フォ)ーリンラブした理由も、ユミルの血が関係するのだろう。

 

『×××××』がユミルと一卵性双生児であり、“()()”存在にクソデカ感情カム着火ファイヤーしていたことを踏まえて、今のアウラと最も“同じ”存在が、ジークであるのだ。

 

 もちろん遺伝子の一致率は、兄弟姉妹で必ず一致するわけではない。要は確率の問題だ。精子と卵子もその時々によって持つDNAは異なる。

 

 父親50%、母親50%として、その二つが♂♀(合体)したのち生じる確率は、【50%×50%で25%】。ゆえに4分の1。

 

 その25%の確率を、アウラは引いたのだ。

 

 

「「私」はジーク・イェーガーの涙から始まった。妹を心配するお兄さまの姿は、人類が危機に瀕した時に現れる神そのものよ」

 

『……』

 

「その「……」だけちょっと意味が違うでしょ、ユミルちゃん」

 

『………』

 

「それに、その血以上に愛してしまっている。家族愛を、友愛を、恋愛を、全てごった返しにした“狂愛”を抱いてしまっている。実の兄によ?本当にアウラちゃんたら、罪深い美女なんだから」

 

 両手の先を頬に当て、うっとりと微笑むアウラ。

 彼女は、そもそも、と続ける。

 

 

「重度の発達障害だった私が、急に確立した自我(、、、、、、)を手に入れたのもおかしいの」

 

 

 アウラは一度高熱を出し、この世界に「I(アイ)(私)」がいることを自覚し、そして彼女の全てになる兄を認識した。

 

 それは、本当はもしかしたらジークが妹のために涙を流したから、アウラは自分という存在を認識したのかもしれないし、純粋に彼女が自分を認識した時、偶然目の前にジークがいただけなのかもしれない。

 

 答えはわからない。

 

 それは今のアウラが『×××××』の延長線上にある人格なのか、それとも生まれてから存在する「(アウラ)」の人格なのかについても。

 

 だがうっすらと彼女は、ユミルが関係しているのではないかと感じている。

 

 

「もしかしたらユミルが幼い私に接触したから、その勢いで「私」が一気に目覚めたんじゃないか……っていう憶測もあってね」

 

 少女はその言葉に、首を小さく縦に振る。

 

「……え、本当に?」

 

『(うなずき)』

 

 

 

 ユミルが「アウラ」を認識した時。

 

 王家の子孫であり、あまりにも『×××××』と似ている幼子。その子どもを観察し、その精神を()()()()して────。

 

 結果、アウラ・イェーガーは『×××××』の部分が目覚め(元々前世である『×××××』の部分が幼女の中にあったと考えるのが妥当だろう)、この世に爆誕してしまった。いずれ人々に曇らせという名の厄災をもたらす、害悪女が。

 

「何で『×××××』が生まれ変わって今の私になったのかとか、疑問はある。でも生まれてしまった以上は、生きなければならない」

 

『………』

 

「私が……アウラ・イェーガーが結局何者なのか、よくわかんなくなっちゃったな。まぁ、ジークお兄さまがいればそれでいいわ。それだけでいい、全て」

 

 人の膝に頭を乗せたまま大の字になった女は、目を閉じて深い息を吐く。瞼を開けると見えるのは、ユミルの顔と肩元でしなだれかかった金髪。

 

 ユミルの瞼は落ち、口はキュッと結ばれている。

 

 少女がどういった感情を今その胸に内包しているのか、アウラは考えようとして、やめる。

 どうせ、わからないから──と。

 

 

 

 

 

「キミは『×××××』のことが嫌いで、『×××××』はキミのことが好きだった。「愛」していた。

 

 ──ははぁ、あんな()かれた奴を好きになれ、って言う方が難しいよね。ユミルちゃんはよく耐えたと思うよ。

 

 別にいいんだ。別にキミが『×××××』のことを嫌いでも。

 キミが本当は豚を逃していたことも、何か理由があるのだろうから構わない。

 

 それで二人で逃避行に洒落込んだことも、キミを助けて『×××××』が死んだことも別に構わない。

 ユミルのために死ねてむしろ本望だったろうから。あなたの一部になれなかったことだけは、最後まで心残りだったろうけど。

 

 逃げて、振り返らなかったのも……まぁ、子種をばらまくことしか脳のなさそうなあのドグサレクソ王に追放を言い渡された時、『×××××』が笑ってたものだから、ユミルが気味悪く思っても仕方なかったんだよね。いや、元々気持ち悪かったよね、『×××××()』。どうして生きてたんだろうね、本当。母親の胎の中で別れなければよかったのに。そのまま生まれてこなければよかったのに、私。

 

 

 でも、色々思っちゃうけどさ…………ユミル」

 

 

 

 ──────()てくれるだけで、よかったの。

 

 

 

 そうすれば『×××××』は、形容できないほどの深淵の感情を抱くこともなく、安らかに死んだ。

 

 そうすれば人の不幸を心から喜ぶ今のアウラはきっと、生まれなかった。

 

 この世に、産まれずに済んだ。

 

「生」きずに、済んだ。

 

 

 

「かえりたい」

 

『   』

 

「おかしいよね。ずっと、心のどこかでは思っているの。「かえりたい」って。でもそれはユミルの中じゃない。違うの。かえりたいの、何もない場所に。“無”へと、かえりたい」

 

『   』

 

「私はずっと、「死」を望む生き物なのよ。───お兄さまに欲情して、人の不幸を啜って「生」きて、そして最初から「死」にたい」

 

『   』

 

「はは、ずっと私の名前呼んでるね。そうだね、私はアウラ、アウラちゃん。わかってるよ、どうして呼ぶの?」

 

『   !!』

 

「イヤだな。人が苦しんでも、お兄さまを苦しめても、ユミルちゃんのことだけは苦しめたくないって思っちゃうんだから、疲れてるのかな」

 

『      』

 

「……死なないよ。そんな、泣きそうな顔しないでよ」

 

『………』

 

「ねぇ、ユミル。……どうしてキミは、私のことが好きなの?私の何がいいっていうの?嫌いだったのに。嫌いだった、クセに。今更「好き」って示されてもさ、訳わかんないんだよ。どうせキミにとって私は『×××××』の代わりなんだ。それでいいけどね。うん。それがいい」

 

『……………』

 

「泣きたいのは、こっちだよ」

 

 

 顔を両手で覆ったアウラの口が、ギシリと軋む。肌と手の隙間からは雫が溢れ、頬骨を伝い耳の後ろへと流れた。

 

 ユミルは力いっぱい抱きしめる。

 女がこのまま、堕ちていかないように。

 

「行くなって、どこに?」

 

『   』

 

「どこにも、って……ワガママな子どもですか、ユミルちゃんは?まるでママに甘えるバブちゃんじゃん」

 

『  』

 

「…………今「バブ」って言った?」

 

『    』

 

「ば、「バブバブ」って言った!!」

 

 

 ▶︎ユミルは 【ボケ】を おぼえた!

 

 

「──いや、そういうことじゃないんだよ。今の流れはふざける所じゃないんだよ、ユミル」

 

『      』

 

「「失礼、噛みました」じゃない。絶対わざとだ」

 

『    !』

 

「拳をこめかみに当てて、舌を出して「噛みまみた!」でもなくて……って、────わざとじゃない!?」

 

『        』

 

「「神ですよろしくおねがいします」………うん、わかったよ」

 

 あわれ、普段は人を振り回す方なはずのアウラ・イェーガー。

 精神的に疲れきっていながら、これも悪くないと思ってしまった。

 

 伸ばされた女の両手は少女の頬へたどり着き、箸で餅でも摘むように、あってないような肉を「ムニィ…」とつかむ。

 無い肉なのでここは、「無肉(むにぃくぅ)…」でもいいかもしれない。

 

「キミは笑っていて。『×××××』のために。そうじゃないと、今のアウラちゃんの精神状態がガバガバのゆるゆるになってしまうから」

 

『   』

 

「そうそう……ははぁ。キミを苦しめる存在は消してあげるから。きっとフリッツ王の“奴隷”の呪縛も、一人寂しくここにいるユミルちゃんのことも、救い出してあげるから」

 

『………』

 

「だから、教えて欲しい。ユミルちゃんの目的は何?私はどうやったら、あなたを救える?もし私と共にいることが救いになるというのなら、死んだ後に一緒に此処にいてもいいよ」

 

『………』

 

「どうしたいの、キミは?ユミルはあの時の──『×××××』が手を引っ張った時に感じた、無気力になったあなたじゃない。少なくとも、私を置いてでも生きようとする理由があったのだから。教えて。目的がないなんてこと、言わないでね」

 

 ユミルは瞳を伏せ、ポツリと口を動かす。

 

 三文字の紡がれたその動きに、白銅色の瞳は大きく見開かれ、口角が上がる。

 やっぱりか、という気持ちが女の中で巡った。

 

「どうして()()()に、価値を見出しているの?」

 

『     』

 

「「私と似ているから」……か」

 

 

 

 “自由”を求めて、進み続ける少年。初めは壁の中に囚われた、巨人の家畜だった。

 

 ユミルもまたそんな少年に自己を投影した。予想だにしなかったアウラ(イレギュラー)の発生により、少女が知り得ていたこの世界の流れは大きく変わってしまったものの。

 

 ユミルも少年も、まるで家畜だった。

 “自由”のない、家畜。

 

 だからあの時──柵の中で寝転がるブタを見た時、少女の心は不意に大きく歪んで、その手を、動かした。

 

 

「ほら…やっぱり、意味のないことをユミルはしない。それなら言ってくれれば…あぁ、でもキミも私も喋れなかったんだ。でも何か伝える手段があったのなら、奴隷も王も全員焼き殺してでも、“自由”にしてあげたのに。…………いやでも、そうなったらお兄さまが生まれないからナシだな」

 

『   』

 

「そんな辛そうに謝らないで………興奮しちゃう。昂っちゃいけないってわかってるのに」

 

『………』

 

 ユミルは同時に少年を想う一人の少女についても、シンパシーを感じている。

 

 世界を舞台にして、二人の少年と少女の「愛」の演目が開演されている。

 

 進撃の果てに少年は何を得て、失うのか。そして少女はそんな少年を、どう想うのか────と、まるであらすじでも語るようなユミルの内容を、アウラは聞く。

 

「あの子がお話の「主人公」で、そんな主人公を一途に想う少女が「ヒロイン」ってことか。……ユミルは二人の結末を見届けたら、どうなるの?」

 

『    』

 

「解放される?何から……いや、それってまさか」

 

『   』

 

「え、あのドグサレクソ………精力野郎のどこがいいの?ジークお兄さまの方が──いえ、それこそ比較することすらおこがましいくらいカッコいいのに??人類の宝なのに…???訳がわからないよ」

 

「落ち着け」という意味と、いくらアウラでも「あの人をバカにするな」という気持ちを込めて、ユミルは女の頬をつねった。

 というか言い直そうとして言い直せていない。

 

 対し「ドグサレクソ」と形容する男をユミルが好いていることを知ってしまったアウラは、今日一番の頭の痛みを覚えた。

 思えば彼女にもユミルの血が流れる反面、その男の血が薄くとも流れている。否、むしろ王家の血はその男の方がメインだ。

 

 愛する兄にも流れていることを考えると……いや、逆に流れているにも関わらずあんな聖人が爆誕しているのだ。やはりジーク・イェーガーはすごい、と()き着くのが、安心と信頼の変態クオリティ。

 

 ただ、ヒストリアやロッドのように好き嫌いが分かれやすいことからも、彼女にとってユミルと「ドグサレクソ」の血を継ぐ王家の人間の存在は、中々複雑なものであることに変わりない。例外は兄一人である。

 

 

「まぁ、なるほどね。キミを王の呪縛から解放させるためにあの子と、彼女が必要ってことはわかったよ。それだけでも大きな収穫だ」

 

『   』

 

「ん?……え?呪縛はもしかしたら大丈夫かもしれないの?じゃあ何でまだこの世界にいるの…?」

 

『   』

 

「あぁ、二人の行く末を見届けることはしたいのね。でも、また何で呪縛が……」

 

 ユミルは人差し指で女の頬をつつく。

 

 それにアウラは暫くぼんやりしながら眺め、突如瞳をかっ開いた。

 

 まさか──いや、そのまさかか。

 

 

 

「わた、し?」

 

『   』

 

「私がキミを好きだから、それで呪縛は解消されたかもしれないの…?」

 

『(にぱぁ)』

 

「……………今、可愛い、の感情が過剰生産されてトンデモねぇや」

 

 

『×××××』が喜んでいるのか、それともアウラ自身が喜んでいるのか。

 正の感情に振り回されつつ、アウラは笑った。

 

「そっか……まぁ、ユミルちゃんの進めたいように進めて。必要とあれば手伝うから」

 

『   』

 

「私のやりたいことを優先したいって?それはお兄さまの計画次第になるしな……多分、あの子を推すユミルちゃんとじゃ道が違うかもしれないよ」

 

『………』

 

「まだ、いいかな。お兄さまがやりたいことを知って、その上で私の方針が決まったら、その少年少女の結末ってのを教えてよ」

 

 

 ────その()()を見るころには私、多分死んでると思うから。

 

 

 綺麗に笑う女の姿。

 

 ユミルは唇を噛み、眠りに入ろうとするアウラの顔を見つめ、そして二人の影が重なり黒くなった地面に視線を移した。

 

 深淵に潜む()()()は今もきっと、彼女を通して世界を見ているのだろう。

 ユミルは、ソイツにだけは、アウラ・イェーガーを渡すわけにはいかなかった。

 

 

 無数の『×××××』の死体が積み上がった世界の中で回る、その、悍ましい回遊魚に。




・「光るムカデ」
 ユミルに寄生しちゃったドジっ子(?)

・「回遊魚(奇妙なエビくん)」
 光るムカデくんのケツ♂を狙う捕食者(ハンター)


思ったけどエルディア人って光るムカデの要素(巨人)が入っているわけだから、言い換えれば「ムカデ人間」ってことだよね。
みんな つ な が っ て いるんだね(ニチョ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あっ!くまの子【表】

次第に変態がかっとビングしていくぜ、ネチョォ!


 最近はレベリオ区の病院で看護婦の真似事をしているのは私、アウラ・イェーガー。

 

 足がないアウラちゃんはむしろ患者側だろ?と思いもしますが、ご奉仕する側なのです。

 

 

 マーレが中東連合と濃厚なセッ……ン争をしているため、兵士たちが戦争から帰ってくる度に心的外傷で狂ったり、足や手を無くして苦しむエルディア人が増えている現状。

 

 所詮は政府にとって、ユミルの民は捨てゴマでしかない。戦争帰りの負傷兵に優しく接するのは有意義な時間です。

 

 ここで手伝うようになった経緯はというと、区の診療医でいらっしゃるお祖父さま伝いに紹介されたからです。

 

 ちなみにお祖父さまの中で私の設定は、“「楽園送り」から帰ってきた娘” ───という風になっている。

 

 他の医者の方曰く、やはり無理に否定するとお祖父さまに過度の精神的ストレスが生じて、より症状が悪化してしまう…とのことなので、お祖父さまに「フェイ」と言われれば、私は笑顔で「なぁに、お父さん」と返すのです。その時のお祖母さまやお兄さまの表情といったら………ぐひひ。

 

 

 

 幼い頃にお父さまのお手伝いをしていた時期もあり、多少は治療の心得がある。ジークお兄さまがいないせいで精神的にも参っていた私にとって、多くの負傷兵が入院するこの場所はとても「生」を実感できる。

 

 人心掌握に向いていることもあり、人を励ますのがうまいアウラちゃんです。

 

 さすがに働かないでずっと読書に耽っているのは、イイ大人としてどうかというもの。

 

 内心、お兄さまのお嫁さん気分で家事をこなすのも楽しかったですけれど。

 それに兄の金を使うのも心苦しさがありましたし。だから自分のものは、なるべく最低限の日用品しか買わなかった。

 

 お給料がもらえて、しかも人が発狂している姿やベッドの上で痛みにうめいている姿を見れる今のお仕事は、私の天職かもしれない。

 

 

 日によってはそのまま病院に泊まり込むことも増えた。純白の看護服を着た私はさぞ天使に見えることでしょう。

 

 看護服は上はエプロンに近い形で、肩にかかる紐は背後でクロスして下の布地に繋がっている。下はロングスカートのようになっており、ウエストは腰の紐で調整して前の部分でリボン縛りにし、最後に布で頭をまとめれば、天使アウラ・イェーガーちゃんの完成だ。

 

 この姿で苦しむ負傷兵の方たちに「ガンバレ♡ガンバレ♡」と応援してあげる。すると皆さんとても元気(意味深)になってしまいます。

 

 善人プレイで微笑む私の評判は患者だけでなく、他の看護婦や医者からもよい。

 私の場合足がないこともあるため、負傷兵の方はシンパシーを抱きやすかったりもする。

 

 お祖父さまには、跡を継がないか?──という話も受けた。当のお祖父さまは医者ではなく、入院する側の患者なんですけれど。精神の方の。

 

 

 

 一先ずお兄さまの“お話し合い”があるまでは待ちます。

 

 先日はユミルちゃんも復活して、心的外傷を持つ患者と外のベンチで日に当たりながらお話していると、突然現れて人の側でウロウロすることが増えた。出歩くのはいいですが、くれぐれも他の人間に見えた…なんてことないようにして欲しい。

 

 彼女が見えていたお父さまやフリーダの例を挙げると、もしかしたら巨人化能力者には見えるのかもしれない。

 …いや、でもお兄さまがトム・クサヴァーとキャッチボールしている宗教画のようなシーンを見た時、トムさんに私の姿は見えていなかったようだから、結局彼女の匙加減なのだろう。

 

 またユミル曰く、過去二回にわたって──ダイナ巨人に食われた時と、複数の巨人におどり食いされた時──捕食された中で、私を少々()()()()ことも告白している。

 

 私が始祖の一部の力を使えるのも、これが原因なのでしょう。

 別に承諾無しでイジったことは構いませんが、今度魔改造(クチュクチュ)する時は私に一言断りを入れて欲しい。

 

 

 ユミルちゃんとしては、“()()()()()()()()”から────らしい。

 

 

 まぁ私のアグレッシブ自殺未遂の数々を思えば、彼女の行動も仕方ないのかもしれない。

 

 ユミルの目的を知った今は、やはりエレンくんに《始祖の巨人》を託した方が、彼女の目的はより円滑に、手がかからず進んだだろう。

 

 それでもエレンに継承させなかったのは、私という目を離したら「ヤベェ奴」がいたため。

 

 そんな野犬状態のアウラちゃんをうまく繋いでおく手段として、始祖の力は有用だったのだろう。

 それにユミル自身私の目的に協力的だ。こちらが動きやすいよう用意した意図もあったのかもしれない。

 

 過去の『×××××』の記憶を思い出して、もう全てがどうでもよい状態になった時もあった。しかしユミルと対話し、一周回って清々しささえ感じている。

 

 それは上手く、『×××××』と今の「(アウラ)」の線引きができたからに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

「今日も、空は青いねぇ」

 

 

 屋上で洗濯したシーツやタオルなどを干し終え、汗を拭う。

 

 雲一つない快晴日和。地上では今この瞬間も人の血で大地が穢れているというのに、憎々しいほど青い。そんな不可侵な空が、私は好きだ。

 

 不自由な体なものの、調査兵団で長年働いていたこともあり、バランス感覚はある。立体機動装置を扱う以上、空中に晒す我が身をコントロールする必要がある。

 その経験が、一本足で立っても余程のことがないかぎり不動のバランスを保つ所以です。

 

『   』

 

 ひと息吐いたこちらを見つめる透けた少女は、空になったカゴを掴もうとして失敗する。

 

 無表情ながら、ムスッ…とした雰囲気を漂わせた彼女ははためくシーツの裏に隠れ、時折首を伸ばして私を見ては、視線が合うと顔を引っ込める。

 

 ご覧ください、この愛らしい生き物を。

 

 彼女の実年齢を考えると、亡くなった時点ですでに成人していたはず。“奴隷”であるがゆえに切れたままの舌のように、その見た目が子どもなのも彼女の精神が影響しているのだと思う。

 

 死んだ後も考えたら千は優に超えているユミル・フリッツが幼い少女────あ、今目が合った。

 

 こちらの考えがバレたのか、頬を膨らます。あざといな?

 

 

 というか、フリッツ王の呪縛が解かれているなら、ユミルちゃんは別に奴隷でいる必要はないんじゃないか?いやでも彼女が巨人を作らなかったら、巨人が生成されないのか。

 

 そうしたら戦争中のお兄さまが巨人化できなくて、もし敵国に殺されてしまったら………私はイかれてしまう。いや、すでにイかれていた。

 

 王への「愛」という名の呪縛は、まだ完全には解けきっていないと考えるのが妥当か。ユミルが抱くアウラ・イェーガーへの愛と、王へ抱く「愛」の種類は違う。

 

 対し私はすべて混ぜ合わせた“狂愛”だ。

 

 大変遺憾ではございますが、ジーク・イェーガーもあの子種王の血を引いている事実を踏まえ、【ユミル→フリッツ王】と【私→お兄さま】の構図は似ているのかもしれない。それを言ったら、ユミルが推している【ミカサ→(←)エレン】も似た図だ。

 

 

 

 とにもかくにも、私の進むのはジークお兄さまのお話を聞いてから。

 そう思いカゴを横に挟むように抱えて、壁に立てかけておいた松葉杖を掴み歩き出す。

 

 その途中風に吹かれて、まるで雲の代わりに空へ飛んで行きそうな白い戯れの隙間の中、屋上のベンチに腰かけている人間が見えた。見かけたことのない患者だ。最近入院したばかりなのだろうか。

 

 ここは心的外傷を持つ患者が多いため、屋上の柵は乗り越えられないよう高くできている。

 

 ただ病人の療養として外の空気を吸わすことや、洗濯物を干すことなどに使うため封鎖はされておらず、誰でも立ち入ることができる。

 

 

 その人物は頭をケガしているようで、おでこや片目を隠すように包帯が巻かれていた。

 

 長身痩躯の人物。下は普通のもので、上は白いシャツの上に些か大きめな黒いジャケットを羽織っている。黒く長い髪はボサついていて、顔を覆うように前髪が降りている。顎ひげは少し、フラットな小顔のその顔には不釣り合いな気がした。

 

 一応看護婦もどきとして、挨拶くらいはしませんと。

 

 屋上へ続く扉は開けっぱなしにしていたので、私が干している間に入ってきたのだろう。

 

 近づいて「こんにちは」と微笑みながら声をかけると、干された洗濯物を眺めていた人物がこちらに気づく。

 

 髪と同じ真っ黒な──深淵のごとき瞳が片方、ギョロリ、と動く。

 大丈夫だろうか、瞳に全く光がない。レイプ目ってヤツだ。

 

「………こんにちは」

 

 躊躇いがちに、そう呟いた目の前の人間。

 高くも低くもない中性的な声のその人は、「へレン」と名乗った。

 

 

「わたしはアウラ・イェーガーです。最近ここでお手伝いさせてもらっている……看護婦見習い、みたいなものです」

 

「イェーガーさん、ですか」

 

 レイプ目さんは戦争でケガをして、銃弾が頭に当たってしまったらしい。奇跡的に助かったものの精神的に参ってしまい、負傷兵の心のケアも請け負っているここに入院することになったそうだ。包帯については頭のケガを隠すものとのこと。

 

 まだここに来たばかりな上、精神的に心がぴょんぴょんしている他の患者に気後れして、静かな場所を求めてヘレンさんは屋上にたどり着いたという。

 

 少しお話ししたいようなので営業スマイルで頷き、相手の隣に腰かけた。

 

 色々私の右足の件などを持ち出し、「イェーガーさんも大変だったんですね」と話すレイプ目さん。

 

 この欠損はお兄さまからいただいた愛おしいキズです。むしろお兄さまをたった足一本の犠牲だけで、グチャグチャにできてしまったのが怖いくらいです。

 

「大丈夫ですか?上の空ですが」

 

「……あ、いえ、少し考え事をしてました」

 

 いけません、気を引き締めないと。みっともない(アヘ)顔にならないように。

 

 

 

 それから、当たり障りのないことを話した。

 

 戦争で多くのエルディア兵士が犠牲になっている──とか、マーレが滅ぼした国の人間が兵士として使われている──とか。

 この世をどう思うか、と尋ねるヘレンさんは平和主義者なのかもしれない。

 

 この世がどれだけ歪んでいようと、私にはどうでもいい。

 

 けれど口では「残酷」を呟く。

 その事実だけは、覆しようのない事実であるから。

 

「すみません…こんな話をして」

 

「いえ、いいんですよ。ヘレンさんもさぞお辛かったでしょうね……ふふ、何だか弟の名前に似ていて、親近感が湧いてしまいますわ」

 

「弟ですか?」

 

「えぇ、エレン、って言うんです。……あぁでもこれ、内緒にしてくださいね?」

 

「エレン、ですか」

 

「かわいい弟ですよ。かわいくて、愛らしい弟」

 

 大きな瞳を見開かせて、翡翠の中を負の感情で満たすその姿を愛らしいと言わずして、なんというのでしょう。

 

 翅をもいだ蝶が地面で体をくねらせて必死に空へ戻ろうとしているように、あがいてあがいて、懸命に生きようとする少年の姿は本当に、私に「生」を実感させてくれる。

 

 弟が苦しめば苦しむほど、私は幸せになってしまう。なんとひどい姉なのでしょう。でも仕方ないですね。私の弟として、生まれてしまったのだから。逃れられない。逃す気もない。

 

 まるでそれは巣の中にかかったエモノを、わざわざ逃す捕食者(クモ)などいないように。

 

 

「イェーガーさんはもしかして、戦士隊のジーク・イェーガーの関係者ですか?同じ「イェーガー」姓で、腕章も赤なので」

 

「妻です」

 

「……………………え?」

 

「ふふ、冗談ですよ。妹です」

 

 そんなに驚くことはないだろう。たしかに傾国の美貌を持つアウラちゃんでもジークお兄さまと釣り合いませんが、夢を見るくらいよいでしょう。

 

 そのまま話はお兄さまへと変遷し、ヘレンさんは興味深そうに内容を聞く。

 私のノロケ話を真面目に聞く人なんて早々いないぞ。比較対象がアニ・レオンハートしかいないですけど。

 

 私のお兄さまラブ♡を肯定的に、頷いて聞いてくれるレイプ目さんに私の言葉も「兄」から「お兄さま」呼びに変わった。

 

「やっぱりこの世にはジーク教が必要なんです」

 

「えっと……猫舌の話からだいぶ飛びましたね」

 

「お兄さまの素晴らしさをこの世に知らしめることこそ、わたしの役目なんです」

 

「…いいと、思いますよ」

 

 両手を握り合わせてうっとりする私に、向こうは若干面白くない顔をした。ジーク教を否定するなら殲滅します。残らず全員。

 

 

「本当に兄君がお好きなのですね」

 

「はい。わたしの全てですから」

 

「イェーガーさんの全て…ですか」

 

「えぇ、兄のためなら「私」は悪魔にもなれます」

 

「そうですか……」

 

 そろそろ他の仕事もあるので──と切り出して、席を立つ。レイプ目さんに背を向けて、松葉杖を取り地面に置いていたカゴを拾おうと腰を曲げた。

 

 伸ばした手の先で、ずっとレイプ目さんを無表情に見ていたユミルが、私の背後を凝視していた。

 隙を見せた美女ちゃんに発情してしまったのでしょうね。

 

 

 

 

 

「な────ッ!!」

 

 

 一瞬肌をざわりと立てるような殺気を感じた直後、拾ったカゴを相手の顔面に向けて叩きつける。

 

 相手が怯んだ隙に懐から取り出したらしいナイフを松葉杖ではたき落として、加減なしにそのまま杖の軌道を戻し、相手の横腹に当てた。

 

 痛みにうめいたレイプ目さんは腹を手で押さえ、ベンチになだれ込むように倒れる。

 その間人が来て見つかったら面倒になるナイフを拾い、自身の懐に入れた。

 

「甘く見ないでほしいな。これでも私、超絶ハードな兵士ライフを何年も送ってたんだから」

 

「う゛っ………気づいて、たのか」

 

「胡散臭いヒゲは取ったら?長身で気づきにくいし、ゆとりのある服でうまく骨格を隠しているようだけど、あなた女性でしょう」

 

「……驚きました。そこにも、気づかれましたか」

 

 多分、今日イチニッコリ笑っている私。表情筋が一周回ってイキイキしている。

 

 初めは男性と思っていた。けれどお兄さまの件を話した時に、わかった。彼女のレイプ目の奥で、男女間におけるドロドロとした()()が覗くのを。

 

 

「うふふ、ふふ…………()()の目だったわよ、あなた」

 

 

 たった一瞬の、その感情を私が見逃すわけがない。

 

 お兄さまに私以外の人間が「愛」を向けている。本当なら許さないといけないことだとわかっていますが、私の支配欲が中々、それを許してくださらないのです。

 

 ちなみに盗聴については問題ない。ここは軍事関係のない普通の病院であるから。

 

「初めは政府の人間かと思ったけれど……どういった関係の方かしら?」

 

 ユミルちゃんの番犬ガオガオ(しかし無表情である)の反応を抜きにして、この人間、初めから私を見る目が冷たかった。美女だから嫉妬しているわけではないでしょう。顔については向こうもイイ。

 

 

 私に悪感情を抱く政府の人間とも考えましたが、まさかマーレ人が()()()()()()()()()()()、絶対にするわけがない。

 忌まわしく思っている、悪魔の民であることを示す証を。

 

 ゆえに別の線を考えた。一応エルディア人であるかこっそり力を使って探ってみれども、リンクしない。

 

 ここに潜入できるだけのバックがあるのは確かで、同時にレイプ目にはそれを可能とする潜入スキルもある。また、腕章を付けることに臆さない精神も。

 

 さらに言えば名前の件だ。偽名を使うにしてもあからさま過ぎる。弟と似た名前を出して私の心につけ込みやすいようにするための方法かもしれないが。

 

 しかし今の嬉しそうな──安堵を浮かべる彼女の表情や、お兄さまの件を聞いていた部分に違和感を感じるところからして、政府の人間でないことは間違いなさそうだった。

 

 

「試すようなマネをして申し訳ありません、アウラ」

 

「急に呼び捨てになるのね…」

 

「嫌でしたら先ほどの呼び方に戻しましょうか?」

 

「いえ、いいわ。「ちゃん」をつけるなら」

 

「わかりました、アウラちゃん」

 

「………ほ、本当に「ちゃん」をつけちゃうの?」

 

 彼女の本当の名前は「イェレナ」と言うらしい。

 

 受けた説明を端的にすると、彼女はマーレに滅ぼされた国の人間で、兵士として戦争に駆り出された時にたまたまお兄さまに助けてもらった、と。

 以来彼女はジーク・イェーガーを信奉し、“協力者”として暗躍しているそうだ。

 

 その肝心の「計画」の部分は話してもらえなかった。

 

 それで、人を殺すようなマネをしたのは、お兄さまから聞いていた私の実力が本物かどうかを知りたかったから──らしい。知ってどうするのかとも思いましたが、お兄さまの「計画」に私を使う上で、信頼に足りる人格や力があるか否かを確かめたい節があったそうだ。

 

「お兄さまが私を協力者にする、って言ったの?」

 

「いえ、()()言っておりません。ですがジークはあなたと話をすると言っていたので、その時にきっと話すでしょう」

 

「ふーん……その計画の部分は、話してくれないのね」

 

「それは兄君から聞いた方がよいでしょう」

 

「………それもそっか」

 

 イェレナはどうにも最近「計画」に対し、足取りが重くなったジーク・イェーガーを説得してもらいたいようだ。その原因は、おそらく私にあると。

 

 

「あなたとお話しして、確信できました。()()()()()()()()()は、ジークの計画を否定することはない。むしろその力になろうとしてくださる」

 

「だから私のお兄さま談義に付き合ってくれたのね、イェレナは」

 

「はい。特にジーク教の部分は素晴らしかったと思います。…ただ」

 

「ただ?」

 

「創始者には、私がなりたいです」

 

 深淵たる瞳をこちらに向けて、猛烈にお兄さまへの信奉心をアピールしてくるイェレナ。その座は渡さない。というか何でノリ気なんだよ。アニは死んだ魚の目で聞いていた話を。

 

「イェレナはじゃあ、今ここにいるのはお兄さまに頼まれて…ってわけじゃなさそうね」

 

「今回は私の独断です。私とあなたが会うことは、ジークは否定的だったので」

 

「まぁお互い話して、あまり相性が良くないのはわかったでしょう?お兄さまもそれに勘づいていたのよ」

 

「そうですか?私は気が合うと思いますが」

 

 と、言う彼女の目は笑っていない。信奉うんぬんの話は本当でしょう。ですが彼女からはメスの匂いがする。

 まるでミケ・ザカリアスのような発言で大変遺憾ですが、この女絶対にお兄さまに信仰心以上の感情を持っている。

 

「私の頼みは、ジークの後押しをしていただきたい。それが彼自身のためになり、ひいては“人類のため”になる」

 

「…人類のため?」

 

「彼の計画は壮大なものです。そのために長年ジークは計画を進めてきた」

 

「お兄さまが、長年…」

 

「そうです。その根幹には「楽園送り」となった妹への、贖罪に似た気持ちもあったことでしょう」

 

「………」

 

「それを噛み砕くと、計画自体、()()()()()()()()()である────と、言っても過言ではない」

 

 

 腹を押さえながら立ち上がり、こちらに近づくイェレナ。

 

 お兄さまが、私のために。お兄さまが私のために?それが本当なら、耳が孕むほど甘美な響きで。お兄さまがいないのにうっかり絶頂してしまう。

 

「……わかりました。肯定的に考えておきます」

 

「そうしてくださると私としても助かります。ここまで来たジークの歩みを、無下にしたくはありませんから」

 

「…えぇ、お兄さまが望むなら………ジーク・イェーガーが()()()()()()()道なら、私は全力で、私の命をかけてその手助けになるよう尽力します」

 

「そうです──」

 

「それがお兄さまの、望みなら」

 

「……?」

 

 首を傾げる目の前の、女。アウラちゃんはジーク・イェーガーに全てを捧げていて、お兄さまのためなら死ねる。その望みが世界の滅亡なら、今イェレナの横で無表情に彼女を見つめている少女に、この世をキレイにしてもらうようお願いする。

 

 でも、それ以外の誰かに動かされることは────ましてや()()()()()()()は、心底吐き気がする。

 

 そしてそれ以上に、私だけでなくお兄さままでもその手が触れているように感じられて………目の前の人間の絶叫を聞いて「生」の精算をとってもお釣りにならないほど、はらわたが煮えくりかえっている。

 

 

「イェレナはお兄さまの良き理解者なのね、うらやましいな」

 

「……まぁ、私もあなたが羨ましく思うところがありますよ」

 

「そう?………わたしなんかは、肯定することしかできないから」

 

「それがあなたの良さなのではないですか?」

 

「いえ、“本当の理解者”というものは、肯定だけでなく否定もできるものよ。イェレナはきっと、必要とあらばお兄さまを否定することもできるのでしょうね……」

 

「そうですね。…私とジークで、意見が食い違うこともありますよ」

 

「……イェレナちゃん、お兄さまのことお願いね。今のわたしより、あなたの方ができることは圧倒的に多いから」

 

「元よりそのつもりです、ご安心を」

 

 こちらが差し出した手をジッと見つめ、彼女は微笑み握った。冷たい手だ。私の温度を侵食して奪うかのように。

 彼女がお兄さまに触れたら、その熱が奪われてしまう。

 

 

 

 ボキリと、なった音。

 

 漏れた悲鳴。噛み殺した口の中から聞こえる呼吸音。ヒュウ、とか細い息。

 

 冷たい手の温度。

 

 歪む真っ黒な目に、にじむ涙。

 

 その中に映る私の、()けた顔。

 

 悲鳴を聞いて、ネジが外れているドロドロとした顔。

 

 

 

 

 

()()()()()を叶えることはない、「私」は」

 

 

 

 お兄さま以外の望みを聞き入れるわけがない。ユミルは例外として。

 

 そもそも、そもそもの話。

 

 お兄さまの計画に私が相応しい、などとほざいていたその口。

 その口がある体から感じられた一瞬の“殺気”は、どう説明してくれるのか。

 

 お兄さまに愛されている私に嫉妬したのだろうか?イェレナは。

 

 

 ──否、違う。「愛」というものはもっと狂気的でエクスタシーにまみれた享楽なんだ。殺すならもっともっと、殺気を垂れ流しにして、憎愛に満ち満ちているべきであって、刺し殺すならもっともっと痛めつけてやらないと、それは「愛」の証明にならなくて────。

 

 

 しかしイェレナは、殺意を一瞬だけみせた。それは逆に言うと、一度出したものを引っ込めたということ。

 こちらに、バレないように。

 

 そして私を狙った部分は首元。背後から頸動脈を狙う気だったのだろう。

 

 その後の処理はどうするのかとも思ったが、きっと適当な人物に濡れ衣を着せてしまうのだろう。ここには()()()()()エルディア人がいくらでもいるから。

 

 兄にも適当な理由をつけて話す。

 

 死んだ私をどう思ってくださるかとても知りたくはあるけれど、彼女に殺されて終わる結末を享受する気は毛頭ない。

 

 この場合悲劇のヒロインぶるのは私ではなく彼女。それもお兄さまにヒロインぶる。そんなの許せるわけがないでしょう。

 

 この女にだけは絶対お兄さまを、穢させるわけにはいかない。

 

 

 

「あはっ♡」

 

「……ァ、ッ……!!」

 

「ジーク・イェーガーをいっぺんたりとも穢してみろ、殺す。殺す、殺す。お前をお前が一番屈辱に思う方法でお前を殺してお前を殺す、絶対に殺す、殺す」

 

 

 どこまで複雑に折れたかはわからない女の手を離して、真っ白くなった己の手を見た。歪に力をかけたせいで自分の手にもひどい痛みが走る。

 

 こちらを親の仇と言わんばかりに折れた手をかばいながら、イェレナは私を見る。

 アウラちゃんの地雷を踏みぬいて、そのまま突き進もうとした彼女が悪い。むしろ今殺さないことを感謝してほしい。

 

「あなたのお願いは呑むよ。ただお兄さまにその計画を実行する意思がないのなら、無理に進めることはない」

 

「………気狂いッ、め…!!」

 

「あら、お兄さまから聞いていたのでしょう?私が兄のために壁内を裏切った人間だって」

 

「聞いて、いたが……!」

 

「実際に体験してみるのとじゃ違うでしょうね。あぁどうぞ、このことはお兄さまに言っていいわよ。私もあなたがジーク・イェーガーの妹を殺そうとしたことを言うから」

 

「………」

 

「不思議そうな顔ね。今とても殺したいあなたを殺さないのは、ジークお兄さまがあなたを仲間として使っているからよ。無論、ここまで踏み込んでいるあなたにも相応の目的があるのでしょうね。しかしそれを尊重する理由が全く私にはない。というかどうでもいい。兄以外全て、この世界がどうなろうと」

 

「……ハハッ、イかれていますね、あなた」

 

「えぇ、知っているわ、私は私がイかれていることを自覚した上でイかれている、厄介な人間で、そして────」

 

 

 

 ──────本当の、「()()」よ。

 

 

 

 荒い吐息を吐き、絶頂と愉悦とさまざまな感情が混じり合って浮かべた私の笑みを、イェレナは呆然と、口を開けて見つめる。

 

 闇色の瞳孔に、一筋の光が浮かんだ気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちょっと待ってくださいよォー〜ンッ【裏】

イェレナぴっぴの過去捏造アリ。彼女の生き様に肯定性を持たせたかったんや。というか長くなり過ぎた。


 ごく一般家庭に生まれた少女は、幼い頃から本を読むことが好きだった。

 

 特に好きであったのは女の子ということもあり、王子さまとヒロインのお話である。不遇なヒロインの前に救いの王子が現れ、最終的に物語はハッピーエンドとなるのだ。

 

 成長してもその憧れは抱き続けていた。

 

 その理由は少女が周囲の男の子のように、もしくはそれ以上に長身であったから。

 生まれ持っての遺伝で奪われた“女の子らしさ”。

 

 男子にからかわれ、王子とヒロインのお話にときめく純真な少女では、女の子たちの腹黒さに引けを取ってしまう。

 

 身長のせいで可愛らしい服は躊躇われ、ユニセックスな衣料品を身につけていれば、大人に少年と間違われることはしょっちゅう。

 そんな幼少期を過ごし、人の輪に加わることが少女は苦手になった。

 

 両親はしかし普通に少女を愛し、接してくれた。長身に産んだ親に「どうして」と悩むことはあれど、少女もまた両親を愛していた。

 

 

 

 そんな平凡と鬱屈を抱え育った少女は、「恋」を経験する。

 

 夢や希望を薄みに感じて、“現実”をひしひしと感じるようになった彼女の初恋は、やはり王子的存在だった。

 

 そして、その恋は実る。周囲にバレたら気恥ずかしいから──と少年は“ナイショの恋”として、少女に微笑んだ。

 

 手を繋ぐと、相手と話をすると、心臓は正常に機能しなくなる。

 文字が綴る「ドキドキ」という音は、実際にそう感じられるから書かれるのだと体感し、うわついた気持ちのまま少女は少年に尽くした。

 

 その頃には、少女は苦手ではあるが、他人と普通に会話をするようになった。彼氏ができ、自己肯定感が増したことが要因である。

 

 また恋人ができる前に、友人もできていた。みんなの中心にいるカースト上位の人物。

 いつも学舎の隅で本を読んでいた()()()()()の彼女は、ひょんなことからその人物と話し仲良くなった。

 

 ありきたりな毎日。それが心を満たす。本と向き合う時間は減り、少女は毎日を笑って過ごした。

 

 

 だが、いつ読んだ内容だったか。

 

 人生というものには坂がある。

 上り坂と、下り坂だ。

 

 

 

 友人と、彼氏が付き合っていた。少女は同時に、二つの裏切りを経験する。

 

 王が初恋の相手だとして、王と婚約している()()の公爵令嬢が彼女。そして没落貴族の少女が友人──といったところか。

 

 なぜそのような例えをするか。それは二人がいる場面で詰め寄った彼女が知らされた事実に基づく。

 

 

 先に付き合っていたのは、彼氏と友人の方だった。

 彼女は、後から付き合った人間。言うなれば男のフリン(、、、)相手。

 

 彼女は友人に好きな相手について、相談していたはずだった。

 そして男の方は付き合っている人間がいながら、彼女と付き合った。

 

 友人を庇うように立つ恋人。対し彼女は怒りのあまり、今にも友人に掴みかかろうとする。他の少年少女がいる面前で行われたその一幕は、まさしく彼女を「悪女」にするものだった。

 

 後々冷静に考えれば、不可思議な点は多く上がるのだ。

 “ナイショの恋”や、恋人に尽くすばかりで──言い換えれば貢いでいるような状況。

 

 少女は二人にハメられたのだ。

 

 側を通れば周囲の女子が色めき立つ少年と、長身の一見すれば「イケメン」の部類に入ってしまう彼女。

 

 いつも皆の中心にいる“女の子らしい”友人と、他人と関わりをあまり持たず本の虫だった彼女。

 

 

 彼女の容姿は悪くない。むしろ比肩する者などその小さな学舎の中にはいなかった。だからこそ窓際の、人と話さないクールでミステリアスな…というのが周囲の印象で、近寄りがたいオーラを彼女は持っていたのである。

 

 ゆえにその地位はカースト下位ではなく、「カースト外」という特殊な立ち位置となった。少女本人は知らなかったことだが。

 

 そんな彼女を、友人になる前の少女は面白くないと思い。

 

 逆に恋人となった少年は、彼女をモノにしたい(、、、、、、)と思った。それも一度追い込んでから彼女を手にしたいという、歪な愛情表現で。その時が来れば、付き合っている少女など簡単に捨ててしまっただろう。

 

 

 そして、そんな女と男の痴情に板挟みにされてしまった彼女は、人間というものに不信感を募らせる結果となり。

 自分の世界へと、本の世界へと閉じこもった。

 

 現実は見えない弾丸が飛び交う。その銃弾は彼女の心をエグり、透明な液体を噴き出させる。それはいつも少女の瞳から溢れた。闇を内包する眼は、冷たい美しさに合う色である。

 

 男とは何か、女とは何か。彼女は考える。

 

 やがてそれは、ニンゲンとは何か──という小難しい内容へと変遷し、彼女の思考はどんどんと入り組んでいって。人間の()()()を見つめさせるきっかけとなる。

 

 

 人間のウラ側。そこには何があるのか。

 

 人間の皮を剥がせば、そこには赤い色がある。肉や筋肉があって、骨があって、内臓があって………。

 

 その血肉はどこにあるのか。人間の中にある。人間という形は肉体と精神で成り立っていて、その二つは人間を、人間たらしめる要素である。どちらかが欠ければそれはもう人間ではない。肉体が壊れれば死ぬし、精神が死んだらそれも、人間としての「死」と言える。

 

 人間の「死」は────、

 

 人間の「生」は───、

 

 人間は──、

 

 人間は……………。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして考え続けた彼女は、()()()()()()に気づいてしまう。

 

 戦争ばかりの世界。残酷なこの世界。

 その要因たる存在は果たして、長きにわたって「民族浄化」を行なったエルディア人であるのか?

 

 答えは一般的に見れば「YES」だ。

 

 彼女もまた両親や学舎で教えられたその思考を、肯定的にとらえている。

 だがしかし、それよりも、それ以上に悪しき存在がいる。

 

 

 それは今、エルディア帝国から奪った七つの巨人の力をもってして、他国へ攻め入っている大国マーレである。

 

 初めこそマーレはエルディア帝国を滅ぼし、巨人の脅威から人類を救った英雄だった。だがその奪った力を兵器として利用し、人類を虐げている。

 しかも戦争で戦っているのはマーレ人ではなく、エルディア人だ。かつてあったマーレ人の徴兵制度はなくなり、志願兵制のみに限られている。

 

 多くのエルディア人が死に、そして敵国が滅ぼされている中でのうのうとマーレ人は生きている。そんな彼女も、マーレ人だった。

 

 自分を裏切った友人や恋人と、同じマーレ人。

 

 巨人の力を使い、あとは高みの見物をしている政府を構成しているのも、同じマーレ人。

 

 

 (自分)は、マーレ人?

 

 

 真っ黒な感情が彼女を支配する。

 同時に彼女の思考に過ぎったのは、王子とヒロインの物語。

 

 物語のヒロインは基本不遇な人物だ。

 

 しかし彼女はどうだろうか。

 確かにツラい目には遭ったものの、それでもエルディア人と比べてしまえば普通だ。常にマーレ人に虐げられている「悪魔の末裔」。その響きも不遇を強調している。

 

 

 

 ────彼女は、ヒロインになりたかった。

 

 初めは可愛らしかったその感情は鬱暗い執着へと昇華され、少女は王子様を求める。

 ヒロインでいるためには、彼女自身が不幸へ足を踏み入らなければならない。そのため少女は志願兵制の規定された年齢となった時、自ら兵士となった。

 

 彼女は一歩、不幸へと近づく。

 

 戦場を経験し、エルディア人の扱いや凄惨な敵兵士を実際に見て、兼ねてより抱くようになったマーレへの悪感情が高まっていた。

 

 

 そして彼女は、王子と出会う。

 

 表現としては「美女と野獣」であるものの、その比率が明らかにおかしい王子様。

 見上げる逞しい背中に守られ救われた彼女は沸き立つ心と同時に、巨人(悪魔)が彼女を守るため振るったその力に、魅入られた。

 

 圧倒的な蹂躙。その力に敵うものなどいない。

 

 その感情とは、信仰心である。

 神のような力だと、思わずにはいられなかった。

 

 

 彼女は王子と出会った時から、自身を「マーレに併合された小国出身の者」と名乗った。不遇なヒロインとして、自身を偽ったのだ。

 ただしこの嘘は調べられればわかってしまう。

 

 ゆえにバレないよう、慎重に行動する必要があった。第一に注意すべきは彼女を知るマーレ兵士への対処。だが元々ボッチ兵士ライフだったため、彼女と顔見知りの人間は少ない。またマーレ兵は陸軍だけでも一師団およそ二万人で構成され、総五十師団で百万人にも及ぶ。その中の一人が彼女である。よほどの事がなければ身バレする心配はなかった。

 

 そして戸籍云々についてもマーレ人であればしっかりと存在するが、エルディア人や元敵国の人間となるとかなり杜撰になる。ただし血液検査を踏まえると、「エルディア人」と名乗ることはできない。調べれば一発でわかる。だから彼女は自身を「小国出身の者」とした。

 

 

 それから王子の協力者となった彼女は秘密裏ではたらき、マーレに併合された国出身の同胞を集め、「反マーレ派義勇兵」を組織した。

 

 彼らの表向きの理由はマーレの支配からの脱却と、エルディア人の解放である。しかし裏の目的は、王子の「エルディア人安楽死計画」。この計画を知る者は組織の中では彼女のみであり、王子が本当に「王家」の人間であると知らされた時、彼女はこれをもはや()()と呼ばずにはいられなかった。

 

 王子の場合は計画上、始祖を継承させる“信頼”のおける人間として、自身に信奉を抱く彼女を利用しようと思っていたのだが。

 

 しかし彼女はそれを理解した上で、この運命につき従っていくことを決めた。

 

 そして彼女はひとつの物語を紡ごうと決める。

 彼女にとっての物語。

 

 それは、王子と世界を救う物語である。

 

「安楽死計画」の全貌を知ったのちに、彼女のこの物語はできあがったのだ。

 王子と共に自身の名が刻まれる。

 

 

 ()()()()()()()()()()彼女にとって、この響きはあまりにも甘美すぎた。

 

 

 

 

 

 だが────だが。

 

 

 王子の前に現れた女。「楽園送り」の肩書きを持ったその人物は、彼女よりもよっぽど()()()()であった。

 

 悲劇のヒロインは王子を愛し、王子だけを愛し、狂気にその身を染めて愛する者へとたどり着く。そんなヒロインを王子は、誰よりも愛している。相思相愛の兄妹だ。

 

 それは、その内容は彼女にとって、出来すぎた物語に感じられた。しかし、現実だった。

 

 物語ではない現実に存在する、悲劇のお話だった。

 

 王子は、彼女の王子ではなく。

 彼女は、ヒロインではない。

 

 

 

 なら、その座を奪い取ってしまえばいい。

 

 ヒロインになれないのならば、ヒロインを消して彼女がなればよいのだ。彼女は「悪女」ではなく、ヒロインなのである。

 

 冷えた感情を笑顔の裏で煮えたぎらせ、彼女は王子に妹を計画に利用することを提案した。

 

 

「安楽死計画」上において、エルディア人から生殖機能を奪った後に、《始祖の巨人》と「王家」の血を引く巨人の両者の保有者の持続的な維持が必要となる。

 

 王子の目論みは、この世からエルディア人を無くし、巨人の脅威をこの世から取り除いて世界を平和にすることである。

 

 しかしさすがにエルディア人をいきなり全て根絶するわけではない。それは「生殖機能を奪う」という方法からも察せるだろう。ただあくまでもエルディア人の滅亡は譲れない根幹として、王子の中に存在する。

 

 そして巨人の継承に関して、王子の弟エレン・イェーガーが持つ《始祖の巨人》は、任意の信頼のおけるものに継承させるとして、「王家」の血を引く人間については壁内に正統な血を継ぐ王女がいるため、計画の実行前までに彼女に子をなるべく多く残させ、《獣の巨人》を継承させていく算段となっている。

 

 

 無論、壁内人類が「安楽死計画」の内容を伝えられ、賛同するとは思っていない。

 否、遠回しな「集団自殺しようぜ!」という内容にうなずくわけがない。

 

 そのため、パラディ島の人間が納得できる理由にすり替えて話す。仮題は『エルディア人救済計画』────とでもしよう。世界情勢が本格的にパラディ島侵攻へ向いていることを話せば、壁内人類も首肯せざるを得なくなる。

 

「安楽死計画」の実体は、表層下でひっそりと進んでいくのだ。

 

 ただヒストリアとその子どもが継承したとして、期間としては26年。もし王女が子を産めなければ期間はもっと短くなる。

 

 巨人の脅威がなくなった後も、パラディ島のために抑止力は必要だ。

 その抑止力となるのが「地ならし」である。

 

「王家」の血を引く巨人の力が無くなれば、この抑止力は機能しなくなる。

 

「王家」の血を引く……だけで考えれば、知性巨人でなくともよいのかもしれない。だが仮に両者の意思が一致しないと起こせない場合、思考能力のない無垢の巨人では意味がなくなる。

 

 そも実験を行うにしても、壁内人類は王女───あるいはその子どもを使わなければならないため、まず難しいだろう。

 

 

 

 それらを踏まえ、彼女は「王家」の血を継ぐ王子の妹を、その力を継承させる人員として使うべきだと提案した。もちろん子を増やさせることも踏まえて。

 

 だが、王子は首を縦に振らなかった。その理由はひとえに、妹を愛しているがゆえ。妹の幸せにならないことを彼は強要したくなかった。

 

 そしてそんな男の様子を見た彼女は、気づいてしまった。

 

 王子のその「安楽死計画」の土台自体が、揺らぎ始めていることを。

 

 男は無意識に、もしくは本人が自覚している。計画をこのまま続けられるか否か、わからないことを。

 

 男は揺らいでしまったのだ。悲劇の妹が生きていたがゆえに。王子の───ジーク・イェーガーの計画の根幹に存在したのは、“妹の死”。

 それが崩れてしまったため、ジークの計画がぐらつき出した。

 

 ヒロインの座を男の妹に奪われた彼女としては、これ以上なく面白くないものである。

 

 

 

 だからこそ彼女は計画を不動のものとすべく、妹へと接触した。それもジークの許可なく。

 

 ヒロインへの執着と、王子への想い。さらに計画遂行への望み。

 さまざまな感情が絡まり合った彼女の心は、もはや解けぬ真っ黒な糸。

 

 

 ヒロインになるために殺そうと考え、しかし王子のことを想い殺すことが躊躇され。

 

 計画のために殺そうと思い、計画のために協力させようと考え。

 

 

 ──結論、彼女はいとも容易く反撃にあった。

 

 向こうは元兵士であれ片足を失ったことや、ここ数ヶ月閉じこもってばかりの生活(ジーク談)ということもあり、現役の兵士である彼女はまさか負けるとは思いもよらなかった。雑念が隙を生んでいたこともあるだろうが。

 

 両者ドロドロとした感情が流れあって、濃密な空気が場を支配する。

 

 女はジークの言うとおり────いや、それ以上に兄狂いで、兄以外の人間がろくに見えていない人間で、兄を愛していた。愛しすぎて、狂っていた。

 

 彼女の内心はみかんの皮でも剥くように暴かれ、女の狂気の下に晒された。

 

 

 結局のところ、彼女には確かにジークへの想いが存在する。信仰心の他に、色恋の感情が。

 それはしかしヒロインへの執着が基となっていて、彼女に「愛」の感情を見出させている。

 

 その部分が女の逆鱗に触れてしまったのか。はたまた彼女の全てが妹の気に食わなかったのか。

 

 とにもかくにも、女の地雷を踏み抜いてしまった彼女は握られた手に激痛を受け、みっともなく呻く。

 

 

 女は────アウラ・イェーガーは狂気そのものだ。殊に兄が関わると壁内人類を裏切ったように、()()はいずれかに、誰かの元へ大厄災をもたらす。その行き先はきっと兄の元にまで及ぶだろう。否、及んでいるに違いない。兄への「愛」が、その兄の首を絞めることになっている。

 

 ()かれている女にしかし、彼女は見出してしまった。

 

 殺してやりたいとも、とことんムカつく女だとも思った中で見てしまった女の笑み。

 

 

 アウラ・イェーガーの歓喜や狂気、怒りが混じりあったそれは、口角が微かに持ち上がり白銅色の瞳はトけて、下がった眉は媚びを誘っているようで。ほのかに染まった頬は、女自身が彼女に言った「()()」そのもの。

 

 その笑みはかつてマルコが死に際に見た女の笑みと酷似していた。

 アウラ・イェーガーが心からみせる狂気の微笑。

 

 

 

 それはまさしく、()()()()()()()

 

 

 

 それを見た彼女の中で、何かが崩れて落ちた。

 彼女のヒロインへの執着だとか、王子への想いであるとか、計画への悲願だとか。そういったものが女の狂気に侵食され、壊される。

 

 彼女はいつぞや、ジークに助けられ魅入ってしまった感覚を体感したのだ。

 

 ジークが「神」だったならば、女は「悪魔」。

 

 人の心を魅了し、付け入って、食い物にする。

 

 彼女の精神をその狂気で犯した女は、美しかった。風に吹かれなびく色素の濃い髪も、その濁った瞳も、細身の体も何もかも、美人な彼女からして美しいと思わせる。そしてその体内には、悪魔のごとき魂が入っている。

 

 

 彼女は───イェレナは、本物の悪魔にひたすらの憎悪を覚えたマルコ・ボットとは異なり、畏怖し、魅了された。

 

 

 正しき道を歩むマルコにはその笑みは毒にしかならず、しかして歪んでしまった彼女には蠱惑的な蜜となり。

 

 彼女の変わった雰囲気に片眉をあげたアウラは一歩後退る。逆にイェレナは顔を赤らめて、痛む手の事さえ忘れ両手を胸元で握り合わせる。

 

「はぁ………ッ」と漏らした彼女の声を聞き、いよいよアウラは逃げ腰になった。

 

 

 

「私の──────悪魔様ぁ……♡」

 

 




メインヒロイン→お兄さま(ジーク)
裏ヒロイン→ユミルたそ
サブヒロイン→イェレナ……だと……!?
変態取締役→アニ
ともだち→ゾエ(えっ?)
ディアウラボロ→サシャ
ライナー→(この欄に入るのはおかしいやろ)誰だぁお前ェ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アニチャンブリケ

 ジーク・イェーガーの信者だった女が何故かその妹までも信奉し始めた事態に、驚き桃の木山椒の木な悪魔野郎は私、アウラちゃん。

 

 イェレナはジークお兄さまへは「信奉」を、私には「心酔」を抱えている。

 微々たる違いですが、「心酔」の方が悪魔ちゃんな私に向ける感情として正しいでしょう。

 

 

 

 

 

 夕陽が沈み、空は赤らんで遠くの景色が黒く染まっている。

 その下で陽を受けてほのかに朱をおびた川が流れ、耳を澄ますと聞こえる水の音。

 

 勾配のある草むら。スカートの下で生い茂る草のチクチクとした感触から逃げるように身じろいで、真っ赤に染まった世界に訪れる紫煙を眺めた。

 

 隣であぐらをかいて煙を吸うお兄さまの横顔が、夕陽に侵されて、照らされている。

 

 祖父母とともに戦場帰りの兄を出迎えて、収容区の祖父母の家で食卓を囲んだ。そしてその後、ふたり帰路についた中での寄り道。

 

 周囲の人影はほとんどない。収容区からさほど離れていない場所にあるこの川。

 向こう岸には発着場があって、飛行船を拝むことができる。今は空を遊泳するその姿はない。

 

 疲れているはずのお兄さまは、祖父母の前では笑っていた。実家で食事をしている時も。

 

 “イイ年”をして相手のいない()に祖父が、「ジークが嫁にもらってくれたらなぁ…」と告げた言葉にも、「ジョーダン抜かすくらい元気があるならまだ大丈夫だな」──と、言って。

 祖母の方は祖父の隣で目に見えて固まっていた。

 

 

 でも今は瞳が虚で、飛行船も何もない遠くを視界に入れて、ぼんやりとしている。絶好のシャッターチャンスですね。誰か写真機を持ってこい。後で使う(意味深)

 

 何か考えているのかもしれないし、何も考えたくないのかもしれない。

 

 

 美しい姿に見惚れていたら、伸びた手がポンポンと、私の頭を叩いた。

 

 お兄さまは祖父の発言を気にするな、と言う。

 

 私としてはバンザイ三唱だった。お祖父さまの中のフェイ()は40代(見た目が若すぎないか?)で、孫息子が25歳。

 

 年は一回り以上離れつつ、ビジンでも年齢が年齢のため結婚が難しい娘と、恋人のひとりも連れてこない孫息子が一緒になれば互いによいかもしれない──という善意で話したのでしょう。ちなみに兄と私が一緒に暮らしているのは祖母しか知りません。

 

 祖父から見たら、距離感の近い娘とその甥に感じる部分があったのだろう。その理由は兄妹だから、近いのですが。

 

 

 実際は祖父と接している時、それとなく私が恋人の話に持ち込んで、ついでに未だ相手のいないお兄さまを心配してみせた結果、引く確率の高い「当たりくじ」だったのです。

 

 私はお兄さまと擬似恋愛ムードが楽しめて最高でしたし、ほどよく狂った祖父や何も言えず口を噤む祖母も見れる。

 そして何より、お兄さまの苦しさを無理に隠そうとするお顔を拝見できる。

 

 やめられない、とまらない、曇らせえびせん。

 

 

 ただ、本音を言えば、お兄さまの相手が本当にいないのか気になる。

 

 表向きにはいないだけで、裏では恋人、あるいは意中の人がいるかもしれない。少なくとも王家の血を引く以上、その希少な血を残す必要性があることはわかっているはずだ。

 

 ヒストリアがウォール教の重要人物であることは、アニが王政とその周囲を調べていた時に判明していたようで、壁内のクーデター後、彼女が王女になったことは三人(私、ユミル、アニ)で遊んでいる時に話した。そこから、マーレ政府はすでにヒストリアが王家の血を継ぐ人間であることを知っている。仮に私が話さずとも、ヒストリア=王家の件は予想がついたことでしょう。

 

 存在する王家は彼女と、私と、ジークお兄さま。

 

 ヒストリアの場合は壁内に王家の人間が彼女しかいないから、どの道後継ぎを作る必要がある。

 

 女はそう簡単に子どもを増やせないけれど、男ならそう難しいことではない。でも麗しき兄に、あんな子種王(シンプルイズベストな暴言)のようなことはして欲しくないです。

 

 

『──────!!』

 

 

 幻聴か、金髪碧目少女の激おこプンプンな声が聞こえた。気のせいでしょう(すっとぼけ)

 

 

 

 

 

 

 

「ジークお兄さまは」

 

「ん?」

 

「け、結婚とかは…されないのですか?」

 

 好きな、人とかも──と、続けた声はかすれた。うまく音にならなかったかもしれない。

 でもちゃんと聞こえていたようで、お兄さまはこちらを見る。

 蒼い瞳はキレイで、どうしようもなく私の心をかき乱す。

 

「そうだなぁ………アウラが結婚するまでは、結婚しないよ」

 

「じゃあ一生結婚できませんね」

 

「お兄ちゃんを泣かせる気か」

 

 えーん、とわざとらしく泣いてみせるお兄さま。おっふ…。

 それと久しぶりの再会に妹が敬語になっていることも、不服らしい。

 

 と言っても、お兄さまといると常時心拍数が高い私は、間を置くとすぐに距離感がわからなくなってしまう。それでも少しずつ、確実に壁の隅に追い込んでいる。

 

「だって俺に好きな人ができて、結婚したらお前がひとりになっちゃうだろ」

 

「私も同居する」

 

「やめろ、新婚生活の場に妹が居候するな」

 

「姑ポジで嫁を精神的に追い込みます」

 

「本当にやりかねない、この妹なら」

 

「それだけこの妹はお兄ちゃんが好きです」

 

「愛が重いよ、アウラ」

 

「お兄ちゃんが受け止めてくれないと死んじゃいます」

 

 そのまま体を倒してお兄さまの太ももに頭を乗せると、胡座の高低差で首が直角に傾く。胡乱げな視線が突き刺さり、直後大きなため息が聞こえて、自分の頭が大きく動いたと同時に首の角度がゆるやかになった。胡座をかいていた足が伸ばされている。

 

 ────やったぜアウラちゃん!

 

 兄の前面に移動した私はさながら兄を人間椅子にしてズルズルと体を下げ、頭を両足の間に埋め込むことに成功した。お兄さまのお兄さま♂のまくら………ひひぃん!(トキメキの音)

 

 

 これが、驚異の子…………!!

 

 

 

「……あのねぇ、兄妹間でする体勢じゃないよ」

 

「と言いながら、お兄ちゃんは許してくれるのでした」

 

「こういうのは父お──」

 

 父親の地雷を踏んだお兄さまは険しい顔つきになる。容姿は本当に似ているし、丸渕眼鏡とヒゲまで同じだから寝ぼけていると、妹が時折間違えてしまうこともある。もちろん故意ではありませんよ?(ニチャア)

 

「お父さま?」と言うと、毎度不快そうな顔をするのでやめられません。クサヴァーさんの遺品である眼鏡は絶対に外しませんが、一度無精ヒゲと今生の別れをされそうになっていた時は止めました。今でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上イケメンになったら本気で死にます。興奮で、()っちゃう。

 

 そもそもヒゲを生やしたのは、若い頃のグリシャ・イェーガーと容姿が似ているから──だそうで。

 

 どのお兄さまでも私は大好きです。

 

 

 

「なぁアウラ、お兄ちゃん前に色々話そうって言っただろ」

 

 

 こちらを覗き込むお兄さまの顔が真っ赤に染まる。一瞬それが血に見えて、瞳をこすった。

 

 急に怖さを覚えてしまった自分を不思議に思う。今こうしてメガネの奥の瞼は瞬いているし、熱を感じるのだから死んでるわけないのに。

 

「お前が幸せになってくれないと…いや、幸せを見つけてくれないと、お兄ちゃんは死んでも死にきれないよ」

 

「じゃあ、死なないでください」

 

「無茶言うなって」

 

「妹を、私を愛しているなら、死なないで」

 

「………」

 

「────生きて」

 

 青い瞳が赤に侵食されて、オレンジに染まった髪の色が、ユミルと重なる。

 愛する人が生きて欲しいと願うことの、何が悪いというのだろう。なのに結局、この世界はそれ以上の仕打ちを返してくるじゃないか。ユミルにだって、きっと……お兄さまにだって。

 

 今度こそ幸せにしたいんだ。

 でも同時に一生引きずるくらい、私でジーク・イェーガーを侵したい。

 

 

「それに将来、エルディア人に安息の未来があるとは思えない。対巨人用の兵器開発が進めば、マーレの地位は危うくなる。崩壊したら、必然的に収容区のエルディア人も住処がなくなる。大量虐殺だってあり得る。それほどまでにかつてのエルディア帝国や、マーレの巨人の軍事使用の影響が出ている」

 

 今回の戦争で勝って、またパラディ島に侵攻するとして、壁内人類が黙っているとは思えない。グリシャ・イェーガーが残した世界にまつわる秘密を手に入れていれば尚更。すでにパラディ島の敵はマーレ、そして世界であることが判明している。

 

 それにユミルがエレミカ推しである以上、パラディ島がそう簡単に負けるとも思えない。

 

 生きていても明るい未来が無さそう──というのが、正直な私の感想です。

 

 一応言っておくと、自分の不利になる情報は言っていないし、私の秘密を握っている(あえて握らせていると言ってもいい)アニにも情報を漏らさないように頼んでいる。

 

 例えば、始祖の真価を発揮させるのに必要な条件ですとかね。マーレでも知らない始祖に関する情報だ。《始祖の巨人》を奪えば、それで終わりだと思っている。王家のスイッチがなければ動かないんですねぇ…。

 

 

「お前も色々考えてるんだな…」

 

「そう言われると、普段は何も考えてない、みたいに聞こえるんだけどお兄ちゃん」

 

「普段は俺のことしか考えてないだろ」

 

「ど、どどど、どうしてわかったの…!?」

 

 お兄さまを見ている私のことを、お兄さまは見てくださっているという事ですか?………ひひぃん!(二回目)

 

「妹の一挙一動に愛情を感じて俺は怖いよ、たまに」

 

「嫌なときは拒絶して、じゃないと私わからな………いたっ」

 

 無言でアウラちゃんの可愛らしいほっぺをつねったお兄さま。痛みと気持ちよさに全身が暴れ馬になりそうですけど、手のひらを握って堪えます。

 

 兄の脳内では私を叩いた記憶が再生されているのかもしれない。

 そんな簡単に、曇らせの落とし穴に引っかからないでください。妹が狂ってしまいます。いいえ、狂っていました。

 

 

「お前は本当に…俺が好きだね」

 

「だって、愛しておりますから」

 

「……お兄ちゃん(、、、、、)も、好きだよ」

 

 

 ボッと、堪えきれず顔から火が出る勢いで熱が溜まっていく私の顔。

 尚もボボボッ、と弱火になるどころか熱さが増していく。

 

 今期最絶頂を迎えてしまい、脳内処理ができなくなった妹を見る兄は微笑んでいて、でも眉が少し下がっていて、困ってしまっている。ひひぃんっ(三回目)

 

 顔を手で覆って、私が素数を数えるようにハンジ・ゾエと愉快な巨人たちを数えている中、兄が横に寝転がる気配がした。

 

 

「星は好きか?」

 

「………う」

 

「じゃあ見てこうぜ、少し」

 

「……うぅ」

 

 ついでに軍服のジャケットが体の上にかけられた。お兄さまの匂いと着ていた熱が全身を包んで、眼球が裏返る。顔を覆っていてよかった。つま先がピンと伸びる。死ぬかもしれない。

 

「アウラ、寝ないでちゃんと聞けよ」

 

「………フィッ」

 

 

 お兄さまはそして、話し出す。

 

 エルディア人を微睡の中で眠りにつかす計画を。

 妹には協力させないことも、あらかじめ話して。その上で────その上で、悩んでいることも。

 

 

 

「俺はお前を、巻き込みたくない。でもエルディア人である以上、計画を実行に移せばお前も巻き込まれる」

 

 

 

 計画をしようともしなかろうとも私は、アウラ・イェーガーはお兄さまが死ねば死ぬ。

 

 どうあがいてもその結論から逃れられない中で、お兄さまは懊悩して、苦しんでいる。

 

 イェレナの言うことは本当だった。確かに壮大な計画だ。エルディア人から生殖機能を奪うなんて。歴史的事情を読み解くと《始祖の巨人》が記憶のみならず、肉体への干渉も可能であるという事実が存在することが恐ろしい。

 

 というか、それができるなら、無限の可能性を感じざるを得ない。

 

 だって、例えばアウラちゃんが(メス)から(オス)になることもできるということじゃないですか。流石にしませんけどね。私は肉体も精神もお兄さま専用のメス豚奴隷なので。

 

 まぁ、男の子になったアウラちゃんもさぞかしイケメンでしょう。しかし本当のイケメン(お兄さま)の前では霞みます。

 

 妹がろくでもないことを考えている横で、お兄さまは真剣な表情を浮かべる。

 

 

 イェレナが私と接触したことも後々わかることでしょう。だから今のうち、話を進める材料に使っても問題ない。

 

 彼女、私を恍惚と抱きしめて、ハァ…ハァ……していた気もしますが、それは全て夢です。

 

 彼女が抱く私への感情は「心酔」であってそれ以外ではないです。ただその度が過ぎるだけです。でなければあの時私はそのまま「アッ──!」となっていた。

 

 ライナーの時と同様にイェレナについてはしくじった部分がある。距離感を間違えたと言うべきか。彼女とは境界線を引いて冷戦とすべきであったのに、激情のあまり私がその境界線を無視して進んで戦争を起こしてしまったから、狂気を至近距離で見た彼女が悪魔を信仰するきっかけを作ってしまった。

 

 

 まぁその代わり、今後利用しますけれど。

 

 最終的に引き剥がした彼女とは、協力関係(私の方が有利の立ち位置)を結んだ。その壮大な計画とやらは、お兄さまの口から直接聞きたかったので説明を断って、イェレナと別れた。何か彼女個人に用がある場合は、指定の方法と、指定の場所でコンタクトを取ってください──と、言い残して。

 

 また表面上は、お互い水と油な間柄を装うことにした。二者に関係性がないと思われる方が、双方動きやすいですから。

 

 裏切ったら裏切ったで別に構わない。お兄さまさえ裏切らなければ、殺しはしません。

 

「イェレナ」という人物が偽名を使って私と接触してきたことをお兄さまに話すと、一瞬眉間に皺が寄った。

 

 

「その「計画」の見通しが心配で来たみたいなの。兄さんからいずれ話があるだろうから、途中で頓挫しないように説得して欲しいって。計画の内容については抽象的な表現だったから、詳細は知らなかったわ」

 

「………大丈夫だったか?」

 

「何が?」

 

「多分、イェレナちゃんとお前じゃ相性が悪いだろ」

 

「大丈夫よ兄さん、()()()

 

 ニッコリ笑った私に、お兄さまの口角がひくついた。のちに彼女の包帯まみれな手を見たら、女同士のどんぱちがあったことがわかるでしょう。罪深いジークお兄さま。

 

「後でよく言っておく。悪かった」

 

「兄さんが謝ることじゃないわ。あのお………イェレナ()()が勝手に行動したことですもの」

 

 うふふ、と笑う私に、お兄さまの顔から血の気が引く。

 女って怖い──などと思っていらっしゃるのだろうか。

 

 

 今のお兄さまは妹が生きていたことによって、計画そのものが揺れ動く事態となっている。

 

 私が生きているから苦しんでいる。

 私のことで苦しんでいる。

 私のせいで苦しんでいる。

 私はお兄さまを苦しめている。

 私がお兄さまを苦しめている。

 

 

 

 ──────…………♡♡

 

 

 

 お兄さまを苦しめているのは私。私がお兄さまを苦しめている。

 その事実が途方もない刺激となって脳を犯し、うっかり絶頂した顔を晒しそうになる。

 

「お兄さまは、どうなさるおつもりなのですか?」

 

 イェレナのことはあったものの、あくまで私から強制するつもりはない。我が身が子を作れぬ体になろうが、構いません。どれだけお兄さまが私を想って悩んで苦しんでくださろうと、意味がない。ただ私が気持ち良くなってしまうだけです。

 

「まだ、わからない。…ただ」

 

「ただ?」

 

「俺がいくら悩んでも、最後に行き着く答えはわかってるんだ」

 

「──え?」

 

 お兄さまの顔は、空に向いている。

 陽が傾いて、星がちらほらと浮かぶようになった空を見つめる兄の口が動く。

 

 

 

「俺は計画を実行するよ。それが────クサヴァーさんとの約束だから」

 

 

 

 音が、聞こえなくなった。

 

 視界に映るお兄さまは空を見つめるばかりで、私を見ない。

 兄の自室に飾ってあったボールが脳裏によぎって。

 

 私の内側でグルグルと、黒いナニカが渦巻く。

 自分の表情筋がビタ一文も動かない。お兄さまがこちらを向いたというのに。

 

 

「………アウラ?」

 

 

 ジーク・イェーガーの中に深く残っているのは、私じゃない。私じゃない。私じゃ、私じゃない?

 

 私じゃなきゃダメなのに。お兄さまの中に存在するのは私だけでいいのに。それ以外何もいらないお兄さまを構成するのは私だけでいい。私だけがお兄さまを構成してお兄さまになってお兄さまになることでお兄さま私がお兄さま──────。

 

 

 

 

 

「ははっ」

 

 

 気づけば兄の上に覆いかぶさって───私は、

 禁忌とか何だとか、その思考が回ってきたのはけれど、随分後のことで。

 

 視界に映ったのは見開かれた青い瞳。キレイだった。

 

 

 口元に感じたのは、タバコの苦い味。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愛の重機「ロ…」

「お兄さま…………もう他の女性とちゅーはされたのですか?まだですよねぇ。初ちゅーの相手はそこらの誰ともわからない女じゃないッ!
この私だァーーーーッ!」

「初めてじゃないけど」

「えっ」

「……えっ?むしろどうして初めてだと思うんだ」

「ぢぐじょうっっ………!!!(人類を)ロードローラーだッ!!」

〜ロードローラーend〜


 戦争帰り。戦士アニ・レオンハートは義父といつもより豪華な食事をテーブルに並べて、穏やかな晩食を楽しむはずだった。

 

 しかし食事の途中、家のノックが鳴りほろ酔いの父──娘が帰ってきたことで羽目を外している──の代わりに出れば、扉の前にいたのは松葉杖を突いた女。

 

 腕には一升瓶の入った袋が複数ぶら下がっていて、それよりサイズの小さい口の開いた酒瓶が手に握られている。

 

 女の顔は真っ赤で、目は虚。夜が更けてきた時間帯であり、ここに来るまでにかなり飲んだのだろう。

 

 女の容貌は美しい。収容区内でも市街地でも治安の悪い場所は存在する。最悪そのままどこぞの男に目をつけられて、裏路地に連れ込まれる可能性さえある。アニの場合はあり得ないが、今の隙しかない目の前の女ならば危険な目に遭う可能性があった。

 

 

「……何でここにいんだい、アンタ」

 

 アニは少しの隙間を残して扉を閉じ、そこから顔を覗かす形で泥酔の酔っぱらいを見る。家に入れたくはない。せっかくの家族の団欒だというのに。しかしこのまま放っておいて、翌日路地裏で全裸に剥かれて転がされているのを発見された暁には、始祖様によって人類が滅ぼされるかもしれない。

 

 

 結局どうしたものか、悩むこと数秒。

 

 

 アニは一旦酔っぱらいを保護して、食事を終えたら別の人間に任せてしまおうと考えた。ピークはダメだ。彼女もアニと同様に、唯一の肉親である父と家族の時間を過ごしているはず。

 

 ライナー(ゴリラ)は論外。帰ってきた時にジークに抱きついている女への視線が()()だった。ヤロウ、本気でねらいに来ている。

 

 そもそもなぜジークはこの女の手綱を離してしまったのだろうか。マトモに制御できるのは彼しかいないというのに。

 

 兄と共にいないということは、それ関連で何かあり泥酔するまでに至ったのだろう。

 

 女の祖父母も考えたが、住む場所を知らない。女に聞こうと思えども、完全に酔いが回って呂律すらうまく回らなくなっている。そしてわざわざここから軍事基地まで運ぶ労力も願い下げだ。

 何度も言うが彼女は戦争帰り。疲れきっている。

 

 

「……いや、ゴリラでも大丈夫か。親戚が揃ってるだろうからガビもいる」

 

 

 ひとまず今にも倒れそうな女を回収し、壁にもたれさせて食事を再開したアニ。

 

 迷惑料として一升瓶はもらい、(一応異物が混入してないか味見してから)父親に渡した。

 ほろ酔い──いや、着実に酒に呑まれ始めた父は、女をアニの友人と思い哄笑する。「お前に友だちがいたのか!」と。

 

 友だちくらい……いる───と、彼女が考えた脳内に、それらしい顔は浮かんでこなかった。ピークがギリギリ友人だと思うものの。

 

 

 そして食事を終えて食器を片づけ、酔いの回った父親が寝室に向かうのを見届けてから、水の入ったコップをもう一人の酔っぱらいに届ける。

 

 それを飲んで少し正気に戻った女は半目で何度か瞬き、「しにてぇ」と言った。

 

 ここまでの経緯を聞けば祖父母と食事を共にして、その帰り際ジークと一悶着あり、酒場に寄って飲んだ後アニの元へ来たらしい。心情的に家に帰ることもできず、かといって祖父母のもとではなくアニの家。女の中で祖父母よりも彼女の方が頼れるから来た。

 

 

 帰れ。ツンドラハートは思った。

 

 

「何でジークと一悶着あったんだい」

 

「しにてぇ、しにてぇしにてぇ…………」

 

「死んでもいいけど周囲は巻き込まないでよ」

 

「……つんどら。この、つんどらはーと」

 

「ハ?」

 

 ビキッと、アニのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

 今暴力を使っては世界が滅ぶ。そう思い込ませ、深く息を吐いた彼女は身支度をして、この酔いどれブラコン女をさっさと他所へなすり付けようと決める。この女が何か失言しても、エルディア人用の収容区だ。後でいくらでも記憶をいじるなりできるだろう。

 

「どうしよ……どうしたらいいとおもう、つんどらちゃん」

 

「……フゥー……………何が?」

 

「あうらちゃんってばいけないこ」

 

「だから、何が?」

 

「ちゅー」

 

「………ちゅ、ちゅー?」

 

 アニの頬が少し赤く染まる。別にそれは「ちゅー」の形をした女の唇が魅力的であったとかそういうわけではなく、そういうことを覚えるのはゴリラであって──、「ちゅー」の言葉に反応してしまったのだ。彼女を構成する因子に多く含まれるのが乙女属性である。

 

 

 

「ちゅー………しちゃった、おにーしゃまに」

 

 

 

 思い出したのか、酔いとは別で顔を真っ赤にしていく女。顔は嬉しそうで、しかし何かが決壊したように水滴がボロボロと瞳から溢れる。

 

 事の重大さを理解したアニは他所へ押しつけることをやめ、仕方なく家に泊めることにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 レオンハート家で一晩を過ごしたアウラはその後、アニに勧められたブラウン家(すでにライナーの恋路が伝わっているのか、快く受け入れてくれた)や祖父母の下、手伝いに行く病院で寝泊まるなどして過ごした。

 

 最低限の物資をバックパックに詰め移動する様は完全に旅人のソレである。もちろんジークと出会さないよう配慮し、世話になる人々にも曇った美女を装って「兄とケンカして…」と話している。理由の追求はうまく躱した。

 

 また自分がいることはなるべく兄に伝えないで欲しい、とも告げてある。

 

 日が経つにつれ、ジークが妹のことを心配するだろう──と周囲も思ったものの、イェーガー家の複雑な家庭の都合上、無理に言うことはなかった。

 

 ガビについては従兄の恋を応援しつつ、優しい姉ができた気分で、すっかり懐いた。

 最初こそ警戒心と、()()()()()()()()を感じていたが。

 

 

 

 

 

 アウラは“家族”として超えてはならない一線を越えた。

 

 狂った頭で──いや、狂っている頭がより狂った中で──衝動のまま、理性を失って行動を起こした。

 

 そして、放心した兄から逃げた。

 

 

 元より家族間でタブーとする感情を兄に抱いていることは、幼き日に理解した。それと同時に家族愛を有しているのが、彼女の異常性の一つでもある。

 

 “狂っている部分”の女は、自分の()()()()を捧げられたことにイかれて、兄の見開かれた青い瞳に興奮を覚えて、脳ぢるが瞳から耳から溢れてきそうなまでに()き狂っている。

 

 ただ────ただ、“人間の部分”の彼女は踏んでしまった禁忌の地雷に、文字どおり「死にてぇ」となっている。

 

 

 最高の最期を計画する中で、兄を曇らせながら、その距離を縮めていきたいとは思っていた。

 

 肉体も精神も兄に犯されたいとも思う彼女はしかして、やはりその超えてはならない一線というものを越える勇気はなく、越える気も本来ならなかった。絶対に、とは言えないが。

 

 その一線を越えた暁には、極上のジークの曇った顔を見られる反面、彼女自身も、それこそかつて頬を叩かれたとき以上に傷つくことがわかっていた。

 

 狂気と、人間性の部分で作られるアウラ・イェーガーの精神は、絶妙なバランスを保っている。

 絶妙がゆえに影響を受ければ崩れやすく、脆い。

 

 

 彼女から言わせてみれば、傷ついた自分の感情に、兄の苦しみを()()1()0()0()%()()()()()()()()()()から────と、言ったところだ。

 

 

 ジークはアウラの全てで。

 何より、兄の曇った顔を見ることに命を懸けるフェティシズムの究極系と称せる「変態」を、女は持っている。

 

 

 

 そして後悔と思い出し絶頂と、喜怒哀楽を日々のスパイスに精神的に摩耗し続けるアウラは、図書館に赴いた。

 

 再び戦士の出征ののちに、帰還。

 

 

 そうして過ぎた日数は片手では足りない。一ヶ月、二ヶ月……と経ち、事情を相談されていたアニも、いい加減逃げ続けるのはやめろ、と女を蹴りたい気持ちをライナーにぶつけ、イラついている。彼女としてはさっさと気の迷いということで終わらせて欲しかった。その方が兄妹としてもよいだろう。

 

 何せ『アニちゃん入れて────どうして開けてくれないの?』と、まるで歌うようにブラコン女が家にやって来る。

 しかもレオンハート(父)だけでは気まずいからと、アニがいる時に限って。

 

 戦争と精神負荷をかける女のタブルタッグ。サンドバックナーは、そろそろ理不尽な蹴りに尻が使い物にならなくなる。

 

 ちなみにアニの中のタブーの認識としては、あのブラコン女ならばやる……という考えである。さすが一度変態の絶頂シーンを見てしまっただけはあって、思考が達観している。

 

 ジークも表面上はいつも通りだが、その内心は相当参っているに違いない。哀れに思いつつ、それを顔に出さないようにと、また彼女の疲労が増える。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…」

 

 

 アウラは、兄とどう接していいのかわからなかった。

 

 どう切り出して謝れば許してもらえるのか、元の関係に戻れるのか。だが彼女のした行為は妹を想う兄への“裏切り”に他ならず、到底許してもらえるとは思えない。ジークの方から接触の気配が一切ないことも、その考えを加速させている。

 

 このまま距離を置いて、また置かれ続けて、感情の壁が築かれていけば関係の修復は不可能になる。

 

 ──いや、もうダメかもしれない。

 

 世界が巻き戻ればよかった。だが彼女の耳にはチクタクと、図書館に置かれた大きめの古時計の音が響く。一秒一秒進んで、「今」が過ぎ去って、過去になる。

 

 戻れない。進むしかない。

 

 ならアウラは、どうすればよいのか。やる事については概ね決まっている。そのためにイェレナと接触し、一つお願いごとをした。

 

 それがうまく行くかはわからないものの成功して、そして条件が揃えば、彼女は最高の最期を迎えられるだろう。兄どころか、弟にも自分を刻みつける形で。

 

 

 

「相席、いいかしら」

 

 

 頭を抱えていた彼女が顔を上げれば、そこにいたのは松葉杖を突いた女性。猫背とウエーブした長い黒髪が特徴的である。

 手には何冊か本が握られており、一見すると調べ物か何かに来たらしい。

 兵士の服と、赤い腕章を目に留めたアウラは思わず胸を凝視した。相変わらずデカい。

 

 女性────ピーク・フィンガーは相席の許可をもらうと、相手の正面に座る。

 

 テーブルの上に散らかっていた本はその犯人によって隅に追いやられ、ピークの本が載せられた。

 

 静閑な図書館に本来ならかなり響くであろう松葉杖の音。それにアウラが気づかなかったということは、相当悩んでしまっていたようである。

 

 

「以前はごめんなさいね。上に乗っかったまま寝ちゃって」

 

「いえ、驚きましたが大丈夫ですよ」

 

 二人の対面は「ドキドキ♡ソファーの上で禁断の添い寝」ぶりだ。実際上に乗られていた当事者としては、薄暗い中に見えた黒髪はホラーであった。

 

「結構色々読むのね。ふーん、サスペンスに、歴史書に……」

 

「えぇ、まぁ…知らないことがたくさんあるので」

 

「大変だねぇ、色々。じゃあこの本も読む?」

 

 ピークがずいっと差し出した数冊の本。積まれたその上の表紙に目をやって、アウラは固まる。最近貸りて読んだばかりの本だった。その下も、その下の本も。

 

 どうやら、偶然の出会いではないらしい。まぁ、他の席も空いているというのにわざわざ彼女の前に座ったのだから、何かあるのだろうとは思っていた。既読の本を持っているということは、貸出履歴でも図書館員に頼んだのだろう。

 

 

 ちなみに本を借りる際は、住所や名前、個別番号が書かれた図書カード(発行する際は身分証を必要とする)と本を持ち込む。

 

 図書館員はそれに合わせて、本の内部にあるブックカードに個別番号や貸し出し期限を記載する。同時にどの本を誰に差し出したかも、別に記録して保管しておく。

 

 その別に保管したデータをピークは調べたのだろう。アウラが何を読んでいるのかを。王家の本ばかり読んでいたら怪しまれる可能性もあるが、彼女はバラバラに貸りて読んでいる。

 

 どこでどう彼女、あるいは兄に不信を抱いている人間がいて、調べられるかわからない。気をつけるのは当然のことと言える。強いて言えば歴史書の割合が多いかもしれないが、誤差の範疇だろう。

 

 だが今回はあまりに借りた本が露骨すぎた。そこまで気が回らなかった。

 

 

 そんな中で、今彼女の状況と借りた本を照らし合わせると、アウラが何を思っていて、そしてピークがいかような目的で来たのか読めてくる。

 

 

 

「『ソニー・ビーン』『滅んだフリッツ王家の分家とその血筋』『青肌の謎』────他にもエトセトラ、一つのテーマに沿った本を借りたらしいね」

 

「…何が目的なの」

 

「「()()()()」って……なんか私怪しまれてる?」

 

 彼女の言葉の真意がわからない、とばかりに首を傾げるピーク。

 

「あの時、部屋に侵入して一騒動終わった後、あなたソファーの上で起きていたでしょう」

 

「あ、バレちゃった?」

 

 

 テオ・マガトがジークを怪しんでいることはアニから聞いている。

 

 そんな中で隊長殿がみすみす放って置かないだろうことは想像につく。過去と今のジークに違いがあるとすれば、妹の存在。兄の弱みに自分がなっていると思いたいが、弱みができれば自ずと隙も増える。そこを狙って戦士長の企みをマガトが暴こうとするだろう、と。

 

 その弱みの点を考えれば、彼女の存在を認可したことや、わざわざマーレ政府の管下──軍事基地内に住まいの許可を認めたことにも一理通る。アウラが政府の見える範囲にいれば、ジークも動きにくくなる。

 

 そしてマガトの意図を読んだ先で考えられるのは協力者の存在。マガトのみではジークのことを調べるのは難しい。

 ゆえに協力者───それも、戦士長の懐に違和感なくつけ入れる人材が必要となる。

 

 

 アウラと仲の良いアニ(虚しくも周囲はそう認識している)やライナーは除外される。マガトとしても信用を置くには欠ける。ジーク云々の前に、壁内を裏切った女を信頼できないと考えるのは当然であろう。

 

 ポルコも“懐”を考えれば決定打に欠け、戦士を目指す少年少女は言わずもがな。

 

 そうして協力者の候補を消していった中で、最後に残った有力な候補がピークというわけである。

 

 潜入など得意な部分を踏まえて、これ以上の適任はないだろう。彼女は始祖奪還計画が実行されている中、長年マーレで戦士長と共に行動してきた人物でもある。ジークも信頼を置いていると考えてよい。だからこそより近づきやすい。

 

 そう考えていたアウラの読みは、兄妹が朝の騒動を終えてコーヒーを飲んでいる横で、タヌキ寝入りをしているピークを見て、“()()()()()()”として認識されるようになった。

 

 

「どうして寝てないってわかったの?」

 

「人の上に乗っていた時と、ソファーで寝ている時の呼吸とか、腹の沈み方が少し違ったから」

 

「へぇー…観察眼があるんだね」

 

「で、結局何が目的なんでしょうか」

 

「聞きたい?」

 

「別に言わなくてもいいですけど」

 

 今の兄妹の状況を隙だとマガトが感じているなら、これ以上アウラは話すつもりはない。

 席を立とうとする彼女に、少し慌てたピークが止める。

 

「私のおせっかいで来たようなものなの」

 

「……おせっかい?おせっかい焼きのピーク・フィンガー?」

 

「二つ名みたいに言わないで欲しいな。あなたのお兄さんが……ね?」

 

 アウラは口をつぐんで、席につく。

 

 

「ジーク戦士長の様子がいつも通りに見えて、変なことには気づいていたの。アニも本人の前じゃ顔に出さないようにしてたけど、裏でドッと疲れた顔してたし。勘のイイ人とか、鋭い人は気づいていると思う。ライナー(ドベちゃん)は気づいてなくて、「喧嘩してるんですか…?」ってデリカシーなく本人に聞いてたけど」

 

「ドベちゃん…」

 

「本当頼りになるんだか、ならないんだか、わからないドベちゃんだよ」

 

 ライナーが前線で活躍していると、アウラは耳が痛くなるほどガビから聞かされている

 

「それでつい先日、いつものソファーで寝ようと思ったんだけど、戦士長に相談されたの」

 

「また……」

 

「不眠症なのは本当なの。許してって。で、何とも重い話を聞かされてしまったわけですよ」

 

 

「家族の距離感とは?」から始まり、最終的にピークは大分前に妹から明らかに“家族”の距離感でない接触───口づけをされてしまったことを聞いて、せっかく眠れると思った中、思考が一気に浮上することになった。

 

 その時浮かべていたジークの顔は、コーヒーの湯気でメガネが曇り感情が読み取れなかった。

 しかし繕っていた表の“戦士長”の皮が剥がれて、心が外界に晒されていた。粉々に砕かれてしまったような、心の臓を。

 

 

「すぐに正気に戻ったのか、「忘れてくれ」って言われたけど、鈍器で殴られるような衝撃を受けたら、忘れられるわけないじゃない?」

 

「だからって、どうしてあなたが兄妹の問題に顔を突っ込むのよ」

 

「キスに関してはそっちの問題だけど、その問題が私たちの方にまで被ったら困るから。仮にもジーク・イェーガーは戦士隊の戦士長。その判断ミスで、私たち戦士……いえ、マーレ政府が巨人の力を主戦力としていることを踏まえたら、マーレ全体の問題になってくることだって考えられる」

 

「………そう」

 

「ねぇ、ここは私に相談してみない?これでも恋愛経験は豊富なんだ」

 

「私だってモテます」

 

「お兄さん一筋じゃないの?ライナーのことも噂で一回断ろうとした、って聞いたけど。その分じゃ恋愛経験はないんじゃない?」

 

「………ぐうの音も、出ない」

 

 それこそ告白された回数は生涯すべてを数えたら、三桁は超えるだろう。兄のためならその身を他の男に利用することだって厭わない彼女はしかし、キッスが未経験(家族はカウントしないものとする。だがそれを言ったらジークも家族だが、今回はノーカンとする)だった。交尾は言わずもがな。

 

 いくら一人で悩んでも仕方ない。アニは積極的な意見を出さず早期解決策しか掲示してこないので、アウラとしての最善策が見つからない。

 

 結局彼女は、おせっかい焼きのピーク・フィンガーに相談することにした。

 

 

 

「まず、どうして実の兄にキスなんかしちゃったの?」

 

「……す、好きだから」

 

「それは家族として好きなのか、それとも禁断の愛?」

 

「………全部、グチャグチャ」

 

「じゃあどの“好き”なのかはわからないのね?」

 

「……いえ、どれもあって、家族としても、その…………異性とかの、方……でも」

 

「その感情が世間一般からしたら、()()って思われる自覚はある?」

 

「…あります」

 

「うーん、そっか。これはまた中々、難しいね」

 

 アウラはどうすればよいのか、率直に聞いた。アニに相談した時掲示された、「なかったことにした方がいい」という内容も踏まえて。

 やはりアニに相談していたか──と瞳を閉じたピークは、深く息を吐く。

 

 

 チクタクと響く、時計の針の音。

 

 

 少しの静寂を待って、背もたれに深く寄りかかっていたピークは体を前のめりにし、顔を正面の女に近づける。

 テーブルに押し付けられたそれに、アウラの目が向いた。まるで親の仇とも言わんばかりに。

 

「まぁ、あなたの気持ちも共感できる。戦士長は今でこそヒゲ面のおじさんになっ──「ハ?」………おっと、地雷だったか、ごめんね。貶してるわけじゃないから。今は実年齢より年上に見えるけど、候補生時代は格好よかったからね」

 

「お兄さまはずっとイケメンよ」

 

「……うん。話が逸れるような発言は少し控えてて。それで、ぶっちゃけると」

 

「…何」

 

「好きだった時期があります、私も」

 

「………」

 

「そんな怖い顔しないでよ。飴ちゃんあげるから」

 

 そう言い、ピークが上着のポケットから取り出した飴の包装が解かれ、白い色の楕円のそれが薄い口元に近づけられた。

 何か入っていると怪しむアウラに、何も入っていない、と一度ピークは食べてみせて二個目を取り出す。

 

 サスペンスでよくある手口、最初はフェイクで二回目が本命や──とまたもや訝しむ女。

 それが繰り返され、ピークが意地汚い(、、、、)ハムスターのようになったところで、ようやくアウラは飴を食べた。ミルクの味だ。悪くない。

 

「ふぉれで……ンンッ、ふぉっと待っふぇふぇ」

 

 ガリゴリと噛み砕く音が響く。飲食禁止の貼り紙の存在は、完全に意味をなしていなかった。

 

 

「それで、これは私の話になるけど、私が不眠症なのはあなたもすでに知っているでしょう?」

 

「えぇ」

 

「今に限った話じゃなくて、どちらかというと子供の頃の方が眠れなかったの。私は戦士だけど、周りよりも精神が弱めなのはわかってるから」

 

「でも、ドベちゃんほどじゃないでしょ」

 

「ドベちゃんはむしろ強い方よ。じゃなきゃドベのドベちゃんが戦士になるなんて、できなかっただろうから。マーレへの忠誠心や我慢強さ──言い換えれば強い心が評価されているもの、彼」

 

「………」

 

「それでもボロボロになっちゃったのは、()()()()()()を持ってないからよ。全部受け止めようとしちゃうから、ドベちゃんは。そこが我慢強さの要因なのかもしれないけど、同時に弱点でもある。その点私は心の負荷を分散させる仕方を弁えている。だからドベちゃんより崩れにくいし、現に崩れていない、ずっと」

 

「……さすが、と言うべきなのでしょうね。ピークちゃんのその…頭の回転っていうのかな」

 

「でも、それでも眠れなくなる時がある。戦士な以上仕方のないことだとは思っている。候補生になる前はとにかく戦士になることに意識を向けていたから、辛いことが多かった」

 

「ピークちゃんも家の事情が関係しているの?」

 

「そう。戦士のほとんどは、家族や親族関係で色々と抱えていることが多いと思うよ」

 

「……そっか」

 

「話を戻すけど、眠れないことが続いて精神的に参ってた時に、戦士長が膝を貸してくれたの」

 

「………ホォー…」

 

「ちょうど外で、ベンチの上で、お日さまが当たっていて…よく眠れたわ。それがきっかけだったかな」

 

「ソーナンダァ…」

 

 白銅色の瞳がより濁り、沸々と肌が栗立つような冷気が場に漂う。お兄さま至上主義の変態の地雷がいくつも爆破されていく中で、特大の地雷が踏まれた。メーデーメーデー、ただちに図書館から避難せよ。

 

 

 

 

 

「で、キスをしました」

 

 

 

 瞬間、美女の口から長い間の後に、「ア゛?」とドスの利いた声が漏れた。

 

 内容はわからぬものの、種類の違う美女が気になり遠くから様子をうかがっていたモブ図書館員の男は、思わず棚に戻していた本を落とした。静かな館内に、響いた氷点下を知らせる声。二人の美女。翌日図書館員の間で壮絶な修羅場が話題で持ちきりになるのはまた、別の話。

 

 

「休憩中に寝てて、周りに誰もいなかったし、思わずね」

 

「………」

 

「直後目を覚ました戦士長に想いを伝えたけど、断られちゃって」

 

「………」

 

「子どもだからとか、年齢差だからとか、そういった理由で断ったわけじゃなくて。純粋に気持ちは嬉しい、って言ってた。でも恋はしないんだって、あの人。当時の私は戦士長の過去は知ってたからわかったんだ。きっと家族のことが関係してるんだろうな──って。実際に今でもドベちゃんとは違って浮ついた話を聞いたことがないから、恋人とかは作ってないと思うよ」

 

「………」

 

「そんな食ってかかりそうに私を見ないでよ。怖いなぁ。好きだった気持ちは過去のことだし、今はポッコをからかうのが好きだから」

 

「……ポッコ?」

 

「「ポッコ」はポルコのあだ名。それで呼ぶといつも怒るの。頑張りすぎてるから、ほっとけないんだ」

 

 ニンマリと笑うピークは、可愛らしい。深冷のアニとはまた対照的な美人である。

 

 アウラはイェレナと対面した時のような嫉妬で腹を満たしつつ、しかしピークの内心が()()のものであると感じてしまうからこそ、手を出す気はなかった。

 純粋に兄を想ってくれる人がいるのは嬉しい。いや、正しくは「想ってくれた」か。

 

「ただ、どうしても戦士長のソファーで寝ちゃうのは……許してね?」

 

「許さない」

 

「刷り込みみたいなものなんだもの。あの膝の感覚っていうか…今は本当に恋愛感情はないから、安心して」

 

「できない」

 

「複雑な乙女心だね…」

 

 テーブルに肘を置いて、両の手の甲に顎を乗せたピークは歯を少し覗かせて微笑する。

 

 アウラ・イェーガーは確かにイかれたブラコン野郎であるが、同時に付随して人間の一面をしっかり持っているようである。その方向性は禁忌にズブズブ浸かっているが。

 

 

「結局のところ、話し合うしかないと思うよ。本で調べたりしてないで。そもそも自分の感情を知るために調べてそれがタブーだとわかったのか、その逆なのかはさて置き、逃げ続けるのは愚かだ」

 

「……わかってる」

 

「近親について調べていたのは、もしかしてその感情を正当化させるためでもあったの?だとしたら、それはやっぱり逃げている」

 

「…わかってるって、言ってるじゃない」

 

「素直に謝るのも手だと思う。少なくとも行動に移したのはあなたなんだから。この場合被害者は戦士長の方。あなたのその感情が派生するに至った原因となったのが、かつて7歳のジーク・イェーガーの行動に起因していたとしても」

 

 

 とある社会学者が提唱した内容によれば、幼い頃から同一の環境で育った者には性的興味を抱くことは少なくなるという。

 それに基づく研究がいくつか行われた記録も存在する。

 

 これに正当性があるなら、幼少期兄と別れてしまった幼女が成長して、性的な感情を抱くこともあり得るのだろう────と、そういう風にピークはいくらか知識を入れて、考えついた。

 

 

「謝れないわ」

 

「どうして?」

 

「……私の「好き」が本物だからよ。謝ったら自分の感情に嘘を吐くことになる。これまでいくらでも嘘を吐いてきたけど、そこは、それだけは……譲りたくない。こんな感情ない方が自分のためにもなるのに、ってわかってるのに。でも、捨てきれない」

 

「なら尚更話し合って、その感情を説明した上で、向き合わないと」

 

「………むり」

 

「けれどお兄さんは、きっとあなたに──妹に向き合ったんでしょ」

 

「……それは」

 

「最後にどうするのかは、あなたが決めること。私はアドバイスをすることしかできない」

 

 ピークは最後の一個の飴を取り出して、固く閉じられている口元に押し込み、包装の紙をポケットに突っ込む。大量の屑が入ったそこは、彼女が動くたびにカサカサと音を立てた。

 

「後悔しない選択を取ってね。私はそろそろ行くから」

 

 持ってきた本を置いたまま、席を立つピーク。

 もだもだと、後ろに向かって突っ走っていたアウラの背を押したのは、接点のあまりなかった車力の少女。

 

 口の中で転がるそのほのかな甘さにふと彼女は感じた。もしかしたらだが、いや、もしかするのか。

 その考えが正解なら、ソファーで寝ていた件も、アウラの深読みのし過ぎとなる。

 

 

「……車力の恩返しってこと?」

 

 

 松葉杖を持ったピークはその一言に目を丸くし、さぁね、と首を傾げてみせた。

 

 果たしてそれが図らずとも、戦士たちを救う結果になったアニの協力者への貸りを返したものだったのか、アウラには分からなかった。

 

「後悔」という言葉が、前世のユミルを理解することのできなかった狂った少女(自分)と重なり、深い──深い息を吐く。

 

 きっとこのまま今の問題を放置して、自分の目的を進めることはできる。

 ただその果てに待ち受けるのが、ドス黒い腹をのたうち回る感情になってしまったらと思うと、やはり目を開けて進むしかなかった。

 

 今度は、前を向いて。

 

 




・『ソニー・ビーン』

お ま え く い た い。


・『滅んだフリッツ王家の分家とその血筋』
ハプスブルク家のようにその血の純血を保つために近親を繰り返して滅んだ家系もいるやろ、って妄想。

・『青肌の謎』
青くなっちゃったんやね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アウラ、()っきまーす!!

次回から新章に入ります。ここまで付いて来てくださったニキ・ネキたち、本当に………ありがとナス!
(こんな言い方してるけど、まだ最終章には入ら)ないです。

これからも多方面の性癖と地雷に触れるアウラ・イェーガーちゃんを書いていきたいです(えっ?)


「エプロン」とは、衣服の汚れを防ぐために使われる前掛けである。

 調理や食事、手工業など、さまざまな用途で用いられる。

 

 

 

 戦場に駆り出され、帰還しても仕事で忙しい男は、その日は珍しく夜が更ける前に自宅に帰ることができた。疲れた体と頭でカギを開けた先にいたのは、純白のエプロンを身につけている女。

 丈の長さは膝上で、所々フリルのついているソレは世が世なら、メイドエプロンと呼ばれるものだった。

 

 その女は男の妹であり、今会うには非常に気不味い───否、意図的に避けようとしていたほどには男にとって地雷である。

 

 そんな妹は「お兄さま、ご飯にする?お風呂にする?」と宣ってきた。

 

 彼女に想いを寄せるライナー・ブラウンであればきっと、オルガナーとなり左手を前に伸ばして倒れ、例の名言を聞かせてくれたことだろう。

 

 

 問題は、女の肌が青白くなっていることだ。口元はうっすらと紫に染まり、体温が著しく下がっている。

 

 では、何故体温が下がっているのか。それは側から見れば一目瞭然だ。

 妹がマーレに来てからその奇行を度々目撃してきた兄であるが、その中でも中々にパンチの効いた衝撃である。

 

 その、エプロンの下。覗くのはシャツでも何でもない、地肌だ。

 肌の上にエプロン。訂正すると裸の上にエプロン。くっ付けて「裸エプロン」。

 

 馬鹿なのか?男は思った。

 

 心配と同時に、呆れと怒りが沸々と沸いてくる。兄が帰ってくるまでキテレツな格好で待っていたことは想像に容易い。さらに言えば自分がいることを悟らせないため、カギをかけた上で暗闇の中で待っていたことも。

 

 

 

「それとも、わ た し♡──────と、お話し合い?」

 

 

 

 男は先の一件からずっと悩んでいた感情がまるっと吹き飛んで、その時ばかりは体を気遣わない妹に怒った。女に自身の着ていた上着を無理やり羽織らせ、ソファーの上に正座させて。

 

 シュン…として見せている女はしかし、内心ビジョビジョになっていた。変態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 アウラちゃん。今コーヒーを飲んでいるの。

 

 

 普通に会えば暗い雰囲気に包まれることはわかっていたので、それを打ち破るために裸エプロン(強硬策)に出た。

 

 強硬策がソレでいいのかと疑問の声があるかもしれませんが、全裸にエプロンだけの姿でお兄さまの前に出る恥ずかしさを考えたら、これ以上なく私に相応しい方法でしょう。

 むしろどうして今まで私は、裸エプロンという最上級のご奉仕スタイルを思いつかなかったのか。きっとこの衣装は革命をもたらすはずです。

 

 

 結果として、私は怒られてしまった。眉間に皺を寄せて「お前ねぇ…」と一〇分ほどお怒りになられたお兄さまは私を殺す気でした。()き殺す気でした。

 

 そして私は昇天して、途中でソファーの上でぐんにゃりと倒れたことでお説教タイムは強制終了した。

 

 一応掴みとしては十分だったでしょう。気まずさは少しは払拭されていましたから。

 心底呆れてため息を吐きながら自室からブランケットを持ってきたお兄さまは、私の体を包んだ。

 

 

 砂糖を入れ忘れたのか、本日のコーヒーはかなり苦い。対し兄の方はいつも通り「熱ァ」と怯んでから飲み始める。

 

 豆知識ですが、猫舌の人は舌の使い方(、、、、、)が下手なことが原因の場合が多い。特徴として苦手な人は神経の多い舌の先で熱い飲料を受け止めようとするため、熱さをビンカンに感じてしまう。飲むとするなら舌の中央や奥側で飲むことを意識すると、意外にあっさり飲めるようになります。もちろん生まれもっての舌の厚さや、神経の多寡で変わってもくる。

 

 お兄さまも舌の先で飲まなければ、毎度熱さに不意打ちを食らわずに済む。しかし毛頭私に教える気はありません。当然だろ、苦しむ姿が見たいんだから。

 

 

 

 

 

「……で、話し合いに来たんだよな」

 

 

 テーブルを挟んで私の対面のソファーに座ったお兄さまは、白い陶磁器に入った黒い水面を見つめながら口を開く。

 

 少し、痩せた気もする。「お筋肉(=お兄さまの筋肉)」も減少してしまったのだろうか。お筋肉が、ソンナ…。

 

「話すって、何をだ」

 

「……前、のことを」

 

「前のこと?具体的にきちんと言え」

 

「………その」

 

 兄は一切、私を見ない。湯気で曇ったメガネのせいで、その青い瞳がどんな色を孕んでいるかもわからない。今の現状を作り出したのは他でもない、私の責任で。

 

 自分の軽率な行動が私自身を苦しめている。こんなはずじゃ、なかったんだけどな。

 腹の中で疼くこの「死にたい」は確実に、逃げから来ている。本当に嫌になってしまう。

 

 

「私アウラ・イェーガーは、実の兄に……キスを、してしまいました」

 

「そうだな」

 

「そのことについて、話をしに来たの」

 

「話ができると思っているのか」

 

「……私は、したい」

 

「無かったことにするんだったら、もっと早く来ていただろうな。でもお前はずっと逃げていた。俺も逃げていた。なのに何で急に来たんだよ」

 

「このままじゃいけないと思ったから、だから…」

 

「どうして来たんだ、今頃」

 

「……ごめんな、さ」

 

「………」

 

「ごめんな……さい」

 

 私がどう周囲に頼んでもやはり、兄に隠しきれないのはわかっていた。

 一方的に被害を受けて、一方的に避けられて、そんな妹に会いに行く方がおかしい。妹の方から謝りに来るならまだしも。

 

 ここまで冷えたお兄さまの雰囲気は初めてだ。戦場に行く前で、ピリピリしている時と似ている。

 

 結局とことん精神がえぐれた兄を前にして、私は謝ることしかできない。家族間以上の接触をしてしまったことに対して、そして、逃げたことに対して。

 

 でも自分の感情にだけは嘘を吐きたくないから、そこは話さなきゃいけない。

 拒絶されてもいいから、話さないと私は後悔してしまうから。

 

 もう二度と、悔いのある終わり方だけはしたくない。

 

 

「………ァ」

 

 

 しかし上手く、言葉にできない。舌はあるはずなのにどうして発声できないのだろうか。

 

 もしかしたら無くなってしまったのかと指で摘んでみても、そこには触った感触がリンクして伝わる私の舌が存在する。少し奥に指を入れすぎたせいで嘔吐き、目尻に涙が溜まった。

 

「……ッ」

 

 あれ?

 

「………ィ゛」

 

 あれ。

 

「…ぅ………」

 

 ────あれ?

 

 

 視界が歪んで、正常に機能しなくなる。涙は溢れないけど、頭が熱い。だのに体は寒い。

 

 空気を吸おうとして、肺から溢れてくるのは自分の息だけ。喉元を思わず手で押さえて、苦しさに背を丸めた。その拍子に落ちたカップが割れて、床に広がる黒い液体が視界の隅に映る。

 喘ぐ自分の声が、やけに冷静に耳に入った。どうしたというのだろう。

 

 

 瞬間、腕に痛みが走った。手だ。お兄さまの手だ。

 

 おかしな状態の妹を前にして、曇りが取れたレンズの奥では見開かれた瞳が見える。そのまま背をさすられて、自分の膝におでこをつけるように丸まった。

 

 そうして暫くして、正常にできるようになった呼吸。暴れていた心音も緩やかになり、でも頭だけは中にマグマが入っているんじゃないかというほど煮えている。

 

 そのままソファーの上に横にさせられて、胎児のように毛布に包まりながら、溢れたコーヒーや割れたカップの後始末をしている兄の姿をぼんやりと見つめた。

 

 室内を照らす灯りが眩しくて、ついと目が細まる。

 

 

(あぁ…そっか)

 

 

 そこでようやく自分が過呼吸を起こしたのだと気づいた。

 

 発狂したことはあれど、過呼吸は初経験だ。精神的に相当参っていたのか。アウラちゃんたら自己管理が疎かなんだから。

 

 声は出るのかと思い、「あ゛…あー」から始めて、「ゴリラ、あー、ゴリラ」と発声できた。喋った妹に、布巾を持ったままお兄さまは何故か驚愕の表情を浮かべる。突然話した私に驚いたのでしょう。

 

 

 このままお兄さまの上着と、お兄さまの毛布に包まれて永眠したい。

 

 すべて夢ならよかった。前世も今世も何も無い。「私」という自我がない。ユミルの一部で、思考する必要のない存在でありたい。

 どうしようもなく思考することが辛い。その本心は、生きることが辛い。

 

 

「大丈夫か?」

 

 大きな手が伸びてきて、視界に影が差したと同時に頭を撫でられた。兄の手だ。兄の体温だ。

 

「……好き」

 

 うわ言のように呟いた言葉に、横で屈んでいるお兄さまの目元が歪む。返事はないけれど。

 

 

 

 

 

 兄として愛していて、家族として愛していて、同じ血を持つ人間だから愛していて、異性としても愛している。全部を混ぜた結果私の愛は「狂愛」となって、今お兄さまを苦しめて、私の首も絞めている。

 

 ──要約すればそんな内容を、ポツポツと話した。

 

 お兄さまは何も言わない。ただ頭に触れている手は離れずに、優しく撫でてくれている。

 静かに聞いてくれている。

 

「どれも持ってる。どの「愛」も持ってる。好きなの」

 

「………」

 

「おかしいの、わかってる。でも本当の感情。好き。お兄さまが好き」

 

「家族愛と恋は、成り立たない」

 

「私は成り立つからおかしいの、お兄さま」

 

 全部の「愛」を持ってはダメなのだろうか。ならば私はどうやって存在すればよいのか。

 愛情がなければ私がお兄さまを曇らせることもなくなる。愛しているからこそ傷つけたい。曇らせたい。狂わせたい。

 

 

「………どうしてあんなことしたんだ」

 

「一番じゃないから」

 

「……は?」

 

「ジークお兄さまの一番が私じゃなくて、トム・クサヴァーだったから。そしたら自分の中の何かが切れて、気づいたらちゅーしてた」

 

「それで、したのか…?」

 

「私はお兄さまの一番になりたい。一番じゃなきゃ嫌だ」

 

「────まて、待て待て、ソレはどこから来る感情なんだ?性的感情ではないだろ」

 

「うん?……そう言われればそうかもしれないけど、でも好きなのは本当だし、恋愛感情もある」

 

 お兄さまは頭を抱えてしまった。ブツブツと「いやでもやっぱり…」と、考え込む。

 

 そうやって心と葛藤している兄の姿を凝視していたら、顔が上がった。漏れたため息はうわずっている。口元は若干震えていた。目元は額に手を当てているので、レンズの光の反射と相まってよく見えない。

 

 しかし確実にこれは……これは…………!!(トゥンク)

 

 いえ、昂っちゃダメよアウラちゃん。流石にこの場でトキメいては、最上級のクソ野郎の烙印を自分で押すことになってしまう。

 

 

「……俺はお前のことを妹として想っているし、正直、裏切られた気分だった」

 

 

 でも、とお兄さまは続ける。

 

「愛」というのは変質する。普通家族は幼少期から共に育っているため、性的感情は抱かない。

 逆に言えば、家族でも幼い頃に離れて暮らせば性的興味を抱く場合がある──というような仮説的な心理現象がある。

 

 それが私に当てはまるなら、妹の歪んだ愛情を生み出したのは自分に他ならないと、お兄さまは思った。

 同時に調べた矢先で、図書館にある蔵書の裏のブックポケットに妹の名を見つけた。…え?

 

 ブワワっと、自分の顔が赤くなる。羞恥だ。羞恥の雨だ。

 

 ということは、ピーク・フィンガーはお兄さまの名前があることも知った上で話していたのだろうか。お兄さまが本を借りていたら、の話だけど。もし本当なら冗談だと言ってくれよ、ドベちゃん。

 

 

「お前逃げた時泣いてただろ、傷ついた顔で。傷ついたのは俺の方なのに。兄妹仲良く揃ってバカ正直に悩んで、逃げてたってわけだ」

 

「……お兄、さま」

 

「気づいてたよ。お前がさ、家族愛や信仰心めいた感情とは別の感情を持ってるのを」

 

「───ッ」

 

「これでも戦士長なんだ。家族のことで、気が狂れそうになっているけど」

 

「黙ってたの?」

 

「言えるわけがないだろ。言って何になる?兄妹の関係が崩れるのが望みなのか?…違うだろ。お前も俺が気づいているのを薄々わかった上で、接してたんじゃないのか」

 

「そうだとしたら…どうするの?私が死んでいた方がよかった?」

 

「……冗談でもそういうこと、言うな。お兄ちゃん本気で泣きそうなんだから」

 

「でも、妹が生きていたからお兄さまは苦しいんじゃない」

 

「そうだよ。苦しいよ。けどお前が死ぬ方が嫌だよ」

 

 

 大切な妹だから。

 ジーク・イェーガーと血の繋がった兄弟の一人だから。

 

 私だけでなく、エレンも愛していると言うお兄さま。

 

 共に住んだこともない上に怒り心頭なエレンとのファーストミートだったにも関わらず、盲目的な愛情だった。私は比較対象にならないけれど、お兄さまの家族観というのも、かつてと比べて大きく歪んでいる。

 両親と妹を「楽園送り」にした過去を、ずっと足枷として引きずり続けている。

 

 これは言ってしまえば“依存”。

 

 家族というものへの依存。

 

 だからこそ私の感情を知りながら、拒むことが出来なかった。妹の接触に性的な意図があればそりゃあ気持ち悪くなるでしょう。でも拒まない。拒めない。

 だって私が妹だから。

 

 悪魔の女が、ジークお兄さまの妹だから。

 

 

 

「アウラ、お前は勘違いしてるよ。俺の一番は家族で………お前だよ」

 

「嘘だ」

 

「嘘じゃない。何をどう勘違いしたのかわからないが、クサヴァーさんは確かに俺によくしてくれたし、今でも大切な恩人だ。父親のようにも思っている。その上で俺が()()()()、────戦士として進むのは、俺の今が恩人の命の上にあるからだ。もう止まれないし、止まってはならない。進むしかない」

 

「……じゃあ、何で飾ってないの」

 

「何をだ?」

 

「私の………絵、とか」

 

「覚えてるのか」

 

「…いや、やっぱりいい」

 

 あんな絵(結構頑張ったのに、ゴミのような画力のせいで人間の形すらろくに描けなかった)、むしろ飾られていた方が私の精神値が下がる。無い方がいいんだ。無い、方が。

 

 

「紙は日光に当てると変色するだろ」

 

「えっ」

 

「……あぁ、なるほど。あの時俺の部屋のボールでも思い出したのか」

 

 何なら証拠の絵を持ってこようとする兄を止めた。あのハンジ・ゾエに引かれた画力など見たくない。せっかくのこの美貌が、描いた絵のせいでマイナス点をいただく程のある意味芸術的な絵を。

 

 

「…お兄さま、私は実の兄にクソデカな感情しか抱けません。それでも側に居たいです。あと五年しかないのなら尚更」

 

「女の子が“クソ”とか言うんじゃない」

 

「私もう成人してるんですけど……?とにかく、離れたくない。もう十分過ぎるほど離れた」

 

「………難しいよ」

 

()()()ちゅーもしたい」

 

「最低のレベルがクソ高い」

 

「お兄さまが“クソ”なんて使わないでください」

 

「俺は別にいいだろ」

 

「最高セッ「言わせねぇよ」………ムゥ」

 

 仕方ありません。押してダメなら引いてみる。

 交渉事は最初に無理難題を掲示して、後から本命をぶち込むものです。

 

「ちゅーだけでいいから」

 

「ダメ」

 

「ピーク・フィンガーとはしたのに?」

 

「………やっぱり、ピークちゃんの入れ知恵か」

 

「か、家族だってちゅーぐらいするじゃないですか!」

 

「お前の言うキスの範囲がまず間違ってるからな」

 

「え?」

 

「……え?もしかしてお前の普通の範囲が()()なのか…?」

 

「アレって?ちゅーはちゅーじゃないですか」

 

「待て、認識の相違だ。是正しなければならない問題が起きた」

 

 まるで160cmの男のように手を前に出して、オイオイオイ…な雰囲気を出すお兄さま。いったいどうなされたのでしょうか。キスはキスです。キスはキス。大切なことなので二回言いますし、訂正することなんて何一つございません。

 

 

 

 

 

「お前がしたの、ベロチューだから」

 

「……?」

 

「小首を傾げて「言っている意味がわからない…」って顔してもダメだよ。というか俺が許さねぇよ。ピークちゃんにはボカさざるを得なかったけどさ」

 

「私が初ちゅーだったことも言った方がいいですか?」

 

「…………それは、知りたくなかった情報だな…」

 

 タガが外れている時のアウラちゃんは自分でも驚くほど馬鹿力です。人間のリミッターが外れた状態になるのでしょう。

 

 そんな私がお兄さまを───そう、もうお分かりですね。変態美女の逮捕案件です。

 

 幸いアニ・レオンハートはすでに憲兵ではありません。ピークちゃんが図書館で会った時に私に引いている様子はなかったので、お兄さまがちゅーの詳細について語っていないだろうことも想像が付いていた。

 

 まぁだからこそ、関係修復が無理だと思う要因になっていたのですが。

 

 

「じゃ、じゃあ頬でいいから…」

 

「………」

 

「ほんの先っちょだけでいいから…」

 

「暗にハードルを上げただろ」

 

「…っち、バレやがりましたか」

 

 こっそり仕込んだ凸凹(合体)の件は見抜かれてしまった。さすお兄。

 

 お兄さまは俯きがちに暫し黙って、への字にしていた口を開いた。

 小さく、わかった、と話す。

 

「ただし次過剰な接触をしたら、俺は本当にお前と……どう接していいかわからなくなるからな」

 

「おかしくならなければ大丈夫です」

 

「地雷を踏んだ例が()()()()上がってるから怖いんだよ」

 

「き、気をつけましゅ」

 

「………ハァ」

 

 遅くまで仕事をして帰ってくる時より疲れた顔のお兄さまは、私を抱きしめてあやすように背を叩く。私の心音と精神が異常値を来していますが、我慢した。

 先ほどの今でどうして過剰なスキンシップをなさるの死ぬ。

 

「十八年ぶりに妹に会って、少なくともあの時のアウラはちゃんと“妹”だったよ。泣いて、泣き疲れちまったお前がな」

 

「……うん」

 

「兄妹のボーダーラインを守ろうともしていた。だから……ごめん」

 

「お兄さま?」

 

 鼻を啜る音がする。お顔、お顔が見たいのにガッツリ抱かれているせいで金髪とうなじしか見えない。

 お兄さまの泣き顔が見れない………うわあああぁぁぁぁぁ(シ◯ジの絶叫感)

 

 

 

「受け止めるしかできない、(兄貴)で………ごめんな」

 

 

 

 でもお声だけで十分絶頂できるくらい、お兄さまは曇っておられました………♡



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【八章】MADE-IN-ホニャララ編
売れないロックバンド


新章でございます。
今回もいっぱい主人公の変態が吸える回です。


 天上天下唯我独尊な兄を持ってしまった世界一ラッキーな妹は私、アウラ・イェーガーちゃん。

 

 26歳になった私の美貌は衰えを知らず。髪もすっかり伸びて腰を優に超える長さになりました。毛先に行くほど明るい金色に近づきます。無論ダメージを受けて髪が傷んだ結果の色ではない。極上のキューティクルをお母さまから賜りしこの髪は、そう簡単に傷つかない。

 

 ちなみに切らなかった──というか切れなかったのは、ユミル()から圧力がかかっているからです。()だけに(激寒)

 

 

 

 

 

 四年続いた中東連合との戦争もマーレ国の勝利で終わり、講和条約が締結された。号外の新聞で見た内容である。

 お兄さまもご無事でよかったです。戦士が死ねば記事に載る事態になりますから。

 

 偏にここまで時間がかかってしまったのは、「始祖奪還計画」に失敗し、国力(=巨人)の一部をパラディ島に奪われ弱体化したため。

 

 失った《超大型巨人》は謂わば爆弾。それも通常の物と比較にならない威力の兵器だ。

 それが無くなった痛手は戦争を行った当事者らが一番体験したことだろう。

 

 基本の戦闘では《獣の巨人》が投擲攻撃による“矛”で、《鎧の巨人》が“盾”。援護が《車力の巨人》。

 

 そして、状況に応じてオールラウンダーに動くのが《女型の巨人》。仕事量が多いのは相変わらずアニのようだ。南無。

 

 今回は勝利できましたが、対巨人用兵器がさらに発展を遂げれば、マーレの大国の地位も揺らぐでしょう。そう遠くない未来に。

 

 ようやくジーク・イェーガーの「俺のターン(、ドロー!)」がきたわけです。

 

 お兄さまも戦争が長引くと分かっていても、流石に四年もかかるとは思っていなかったのではなかろうか。それは戦士長だけでなく、マーレ政府も同じに。

 

 

『安楽死計画』に向けてお兄さまは布石を打って行っている。そこら辺は私はノータッチなので、ガンバレ、としか言えません。

 

 最初の調査船団でパラディ島に向かったイェレナが、うまくやっていればいいんですけどね。

 調査船団はすべて帰還していないため、義勇兵が潜入できたことはほぼ間違いないと思いますが。

 

 一応言うと、お兄さまの計画の邪魔になるようなことは彼女に頼んでいない。

 

 あくまで、エレンくんが私へ抱く感情に対して多少のテコ入れを行ってほしい──といった具合だ。

 

 忠犬かどうか百パーセントは信じられないレナ公は、悪魔なご主人にヨシペロしてもらいながら「がんばりまひゅう…♡」と言っていた。

 まぁ彼女が失敗しても、私自らエレンくんとお話し合いする機会を作って、感情を誘導してあげましょう。

 

 私の出番は弟とお兄さまに挟まれた時。果たしてその場面にまで持ち込められるか分かりませんが、“最高の最期”に向けて頑張ります。

 

 

 ただしお兄さまの中で、巨人の力を持つ王家の人間との接触なしでエレンが始祖の力を一時的に使った点や、人間であれど王家の血筋を引く私なら、エレンと接触して何かしら反応が起こる可能性があるにも関わらず特に何もなかった点を踏まえ、疑問を抱く箇所はいくつかあるようです。

 

 いったいどこの金髪蒼目美少女ちゃんの仕業なんでしょうねぇ…。

 

 

 どの道残りの任期は一年しかないから、計画を実行せざるをないのでしょうけれど。

 

 あと一年です。あと一年。約365日。

 

 365日後に死ぬお兄さま………この世なんていらねぇな(本気(ガチ)

 私の寿命はそれより短いですね。お兄さまより長く生きる気なんて、天変地異が起こっても絶対にあり得ないのでご安心ください。

 

 進むしかないこの残酷な世界で、アウラちゃんは有終の曇らせを味わって、余生はユミルたそとキャッキャウフフ♡と過ごしてやります。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、戦争を終えた兵士らがマーレに帰還し、レベリオ収容区の外へ出る巨大な門の場所で私含め多くの人間が家族の帰りを待った。

 

 祖父母と待っていつものフェイ()ムーブでお兄さまを曇らすのもよいですが、今日は二人から離れて後方で人々の姿を観察する。

 

 そりゃあ誰よりも先に、それこそ門が開いた瞬間脱兎の如き勢いでジークお兄さまに抱きつきたいですが、暫しの辛抱です。祖父母の後、絞殺する勢いで抱擁します。

 

 

 門が開いて家族の元へ向かうエルディア人兵士。

 

 私の目当ては知り合いの様子をうかがうこと。家族の対面を果たして早速家に帰り始めた人々の隙間を縫うように視線を巡らして、最初に発見したのはフィンガー家。

 

 今回のスラバ要塞の作戦では巨人の次期継承者を見定める意味合いもあり、戦士候補生らも参加した。その中のウドくんやゾフィアちゃんも家族に抱きしめられている。

 

 美しい光景ですね。家族が涙ながらに、生きて生還した兵士を抱きしめる。

 

 これを見たいがために、最初にお兄さまの元へ向かって脳内がドロドロになる前に、後ろでスタンバっていたわけです。脳内絶頂モードでは他の不幸を享受できませんので。

 

 お兄さまのお姿も見えた。というか、一番最初に私が群衆の中で見つけた人なんですけど。

 首を傾げ周囲を見渡した後、祖父母を抱きしめた。

 

 

 美しい……これ以上のゲイ術作品(宗教画)は存在し得ないでしょう。

 

 

 グライス兄弟はなぜか兄の方が青白い顔で頭を抑え、父親に肩を持ってもらっている。戦士候補生になった子どもたちは、今や私の胸元に顔が迫るまでに大きくなった。それを言うと、コルトくんには抜かされてしまったんですが。

 

 エレンやミカサちゃんで実感した子どもの成長というのをひしひしと感じている。

 

 また、万年ドベだったファルコくんは努力の末、好成績を残して無事に戦士候補生入りした。

 ガビについて色々とファルコ少年から聞かれる身としては、愛の力にニチャニチャしてしまいます。

 

 アニちゃんの方はいつも通りで、父親を抱きしめている。彼女については髪が伸びた以外、何も変わっていません。ピークちゃんが少し背が伸びて、胸もさらに成長したにも関わらず(ギリィ)。

 

 これを言うとアニ本人に殺されるので気をつけましょう(4敗)。

 

 

 最後にブラウン家は……ガビちゃんの笑顔が眩しいです。

 

 両親の元へ駆け寄った従妹と離れたライナー(ナイスガイ)の方はというと、視線を彷徨わせています。

 

 未だに返事を聞かれて断り続けている美女ちゃんとしては、せっかくの家族との時間を邪魔したくないのでね。こちらに視線が向きそうになったら、人の後ろに紛れて姿勢を低くします。戦争で活躍して“副戦士長”にまでなったのだから、早くイイ人を見つけてしまえばいいものを。

 

 アウラセラピーで飴と鞭を使い追い込んであげていますが、「恋」の感情がそれを阻害してナイスガイの精神を奮い立たせる結果になっている。

 

 物事とはなかなか上手くいかないものですね…。

 

 

 

 

 

 そろそろ人もまばらになってきて、座り込む美女に気づくと顔を赤く染めたり、訝しむ。隠れられなくなってきたから観察タイムも終わりだ。

 

 人間魚雷アウラ・イェーガーちゃんの出番である。

 目標位置は「ONIーSAMA」。これから特攻作戦にかかる。

 

 松葉杖で重心を取りながら立ち上がり、攻撃態勢に入ったところで、事前に目視していた目標の位置が大きく変わっていた。目の前……だと……?

 

 祖父母は元の位置から変わっていない。こんな愚妹を探しにきてくださったとでもいうの?

 

 ───今日を命日にします。(我が人生の終わりに)乾杯。

 

 

「何をコソコソしてるのかな」

 

「おっと、こんなところに石がッ──!」

 

 松葉杖がつまずいた拍子に手から滑り落ちてしまいました。自分から離したように見えるって?気のせいです。

 倒れた可愛い妹をまさか兄が助けないわけがありません。

 

 角度は完璧。このまま倒れれば兄の胸元へと顔が突っ込む。もし斯様な競技があるのだとしたら、私に勝てるものなどいないでしょう。

 

 さぁお兄さま、手を開いて「お筋肉」を堪能させろ(血眼)。

 

「えっ」

 

 しかし事前に予期していたように、お兄さまは倒れる妹の両肩を掴んで転倒を防いでしまった。なぜ?私の策略が見抜かれていたというの?さすお兄。

 

「前に同じ手を使ったからな」

 

 私としたことが、しくじってしまいました。倒れたフリをして、ラッキーすけべを敢行したツケが回ってきてしまった。

 

 転んだまま前に突き出した手で胸筋に触れて、揉んでしまったことがダメだったんでしょうか。…いや、絶対ソレか。

 

 

 

 色々とございましたが、お兄さまはすっかり奇行が多い妹の扱いに慣れてしまわれた。

 ドライな対応を取られる度に、アウラちゃんは毎度のことメス堕ちしてしまいます、

 

 

「祖父母には抱擁したのに、妹にはしてくれないんですね……」

 

「中身も可愛い妹だったら抱きしめてあげるよ」

 

「……じゃあ、いいもん」

 

 自分の年齢はさておき、頬を膨らませて松葉杖を拾おうとしたら、大きなため息が聞こえた。「ったく、もぉー……」と呟いたお兄さまの両手が自分のお腹あたりに回り、抱きしめられたまま持ち上げられる。

 

 突然の事態に思考が停止した私は、大きく揺れた体を抑えようと兄の頭に抱きついた。

 ナニが、とは言いませんが、大きければ押し付けられたのに。

 

「お、おお、おに、お兄ちゃん!?」

 

 周囲の目が向いているんですけれど。微笑ましそうだったり、驚いていたり。一部始終を見てしまった知り合いの視線が突き刺さるんですけれど。ほらガビちゃんなんか、ニッコニコしているぞ。

 

 はず、恥ずか、し……(遺言)

 

 

 

「ようやく戦争が終わったぞ────アウラ!」

 

 

 

 そのままグルグル回された私は、途中で気持ちが昂りすぎて失神したのでした。

 

 お兄さまも戦争が終結して嬉しかったのでしょう。でも公衆の面前で妹を絶頂死させるプレイは…………好きぃ♡♡

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 戦争からジークお兄さまが帰ってくることは嬉しいです。しかしその都度銃声がパァンパァンと飛び交い、手榴弾がドピュドピュと舞う戦場で心的外傷を負った兵士も量産されるため、戦争帰りの後は仕事が忙しくなる。その分アウラちゃんのオカズが増えてしまうわけですが(ニチャ)

 

 本職ではないにしろ、人手が足りなくなるので半ば無理やりな形で病院にお願いされる。

 

 アウラセラピー(初心者向け)は中々評判が良いのです。

 まぁ当然ですね。美女が親身になってケアをしてくれるわけですから。むしろ元気にならない方が(息子♂さんを)疑ってしまいます。

 

 

 そして、お兄さまの羞恥プレイを受けて私が失神した日のこと。

 

 祖父母との食事も吹っ飛ばして、気づいたら夜、自分のベッドで目覚めた。お兄さまがずっと運んでくれたわけである。

 

 こっそり兄の自室を窺いましたが、すでに寝ていた。酒瓶があったので飲んでから寝たと思われる。

 流石に疲れ切っているお兄さまを邪魔をするわけにはいかないので、シャワーを浴びてから大人しく自分のベッドで寝ました。

 

 

 

 それから翌日。

 

 患者の皆さんの砕けた心のエサを求めて私は病院へ向かい、天使アウラ・イェーガーちゃんへと変身した。

 

 一日があっという間に過ぎ去り、夕方。

 屋上に干した洗濯物を取りこみにきた折、柵に身を預けて空を眺めている負傷兵を発見した。

 

 何度か無理にでも高い柵を乗り越えようとするエルディア人を見たことがあり、そのたびに発狂する兵士を引きずり下ろしてきた。

 

 落ちても死にはしない高さですけど、骨折でもしたら看護婦や医者の仕事が増えるんでね。逆に言うと死ねないがゆえに、落ちてしまったら痛みに苦しむ姿を見れてしまうというわけですが。

 

 

「こんにちは、新しく入院された患者さんですか?」

 

 カゴを置いて負傷兵の元へ近づくと、負傷兵はゆっくりとこちらを向いた。

 

 身長はお兄さまとほとんど変わらない。右足の膝から少し上が欠けていて、髪は男性にしては長い。伸ばしっぱなしか。左目と額を覆うようにして巻かれた包帯に、うっすらと生えたヒゲ。一瞬レナ公の線を疑っていましたが違うようだ。

 

 綺麗だった翡翠の瞳は、深い深い闇に沈んでいる。

 

 私を捉える深い深淵にうっかり絶頂しないよう気をつけながら微笑むと、負傷兵は口を開いた。

 

 

「どうも……エレン・クルーガーです」

 

 

 イェーガーさん、と続けたクルーガー。

 

 私でさえ読み取れないほどの深い深淵の奥深くで彼が何を抱いているのか、楽しみで仕方なかった。




【グルグル兄妹】

アニ「何やってんの…?」
ピク「あらあら(ニコ)」
コル「オロロロ…」
ファ「に、兄さん!!」
ガビ「ライナー、私にもやって!」
ライ「おっふ…」

???「………」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

われわれは。

約二話分の(そーんな)文字数で大丈夫か?

A.大丈夫じゃない。


 ウォール・マリア奪還作戦から一年後。

 

 パラディ島の巨人はすべて掃討され、ウォール・マリアへの入植許可が出されるとともに、およそ六年ぶりの壁外調査が行われた。

 

 そして調査兵団は地平線まで広がる青い世界を、────“海”を知る。

 

 また同年、マーレから送られてきた第一次調査船団がパラディ島へ到着する。

 その中にいたのが、ジーク・イェーガーの協力者である「反マーレ義勇兵」。

 

 偶然船団と鉢合わせた調査兵団は、エレンの巨人の力を使い船を陸へ上げ、一部のマーレ兵を人質に取り話し合いを求めた。しかしそれは失敗に終わり、本格的な戦闘になりかけた。

 

 その時組織のまとめ役である「イェレナ」ら、義勇兵の裏切りによって、残りのマーレ兵は拘束された。

 

 そして義勇兵らは、ジークの目的が「()()()()()()()()()()」であることや、弱体化したマーレが諸外国と戦争になっている現状。さらにパラディ島が置かれている状況について説明した。

 

 なぜ戦士長たる男が祖国を裏切るようなマネをするのかと問われれば、彼が父グリシャ・イェーガーの意志を継いだ()()「エルディア復権派」だからである──とした。

 

 この計画において、必要となるのは《始祖の巨人》と王家の血を継ぐ巨人の二つ。

 

 パラディ島を守るため、“抑止力”として「地ならし」の方法が打ち出されたのだ。

 

 

 

 そして女王やザックレー総統、三兵団のトップを揃えて話し合いが行われることになった。

 

 ジーク・イェーガーと言えば《獣の巨人》であり、ラガコ村の一件を引き起こした張本人とされている。

 当然そんな男を信じられる者は少なく、同様に義勇兵らに不信をいだく者が後を絶たない。

 

 だが今の文化・文明の遅れた壁内人類にとって、義勇兵らが提供せんとする世界事情や技術は、あまりにも目から鱗の話であった。

 

 ジークの要求は王家であり《獣の巨人》の継承者である自分を亡命させ、《始祖の巨人》を持つエレンを引き合わせること。

 

 対価としてパラディ島の安全の保障や、上記でも述べた武器や最新技術の提供。

 さらに、エルディア友好国であるヒィズル国の橋渡しやマーレの情報工作の支援など、多くの恩恵をパラディ島は受けることができる。

 

 ジークの計画が本当であるかどうか、信頼に足りるかどうか、肯定する者は中々現れない。

 

 ただこれからも続々と調査船が来る以上、エレンがワッショイした船の無線機が必要となる。

 それを操作できるのは捕虜にしたマーレ兵を除いて、義勇兵のみだ。

 

 今回最初の調査船団を止められたのは本当に偶然である。次からいつ、どのタイミングで現れるかわからない調査船を待ち受けるとなると、かなり難しい。

 ずっと港周辺で、スタンバってました(ヅラ感)をするわけにもいかない。

 

 

 また、もし仮に「地ならし」の件が可能だとして、問題となるのは今後のパラディ島について。

 

 仮に地ならしを行ったとして、その効果がどれだけ続くかわからない。

 パラディ島の継続した安全性を考えるなら、ジークの寿命が短いと考えられる以上、その代わりに白羽の矢が立つとすればヒストリア。彼女の存在が必須となる。

 

 これまでのレイス家のように、親から子へと巨人の力を継承させていくのか。それも十三年の期限付きで。

 

 ヒストリアと同期だった104期生からすると、酷な話である。

 

 女王と同様に王家の血を継ぐアウラ・イェーガーの存在もあったが、それについては交渉の中に入っていなかった。

 

 ハンジらが事前にイェレナに尋ねたが、ジークの信奉者らしき彼女は眉間に皺を寄せ、調査兵団の裏切り者たるアウラが介入すると交渉の軋轢を生む可能性があるため、その身柄も含めて計画には関わっていないことを明かした。

 

 

 果たしてそのイェレナの反応が、アウラ・イェーガーが始祖ユミルの「寵愛の子」であることを知った上で、有用な手駒となるため隠しているのか──。

 

 それとも単純にアウラがジークに打ち明けていないのか──判断がつかなかった。

 

 それに思いきって、真意を確かめたハンジ団長。

 右にリヴァイが座り、左に腕を組んで仁王立ちしながら事の様子を見守るミケに挟まれ、紅茶を啜るイェレナを見やった。

 

 

 

 結果、話を聞いたイェレナの反応は驚愕、といった様子。彼女の隣にいた、同じ義勇兵のオニャンコポンは咽せていたほど。

 

 アウラが兄にも「寵愛の子」の件を話していないことは、百パーセントでないにしろ、一定の確信が持てた。

 まぁ、一度巨人化した母親の腹の中から出てきたと知れれば、()()()()兄はショックを受けてしまうだろう。あるいは恐れられる可能性もある。

 

 そして「寵愛」の件を受けて、ウォール・マリア陥落当時。彼女がマリア内を重傷で移動したことにも一つ、仮説が立てられた。

 

 

 それは一度だけでなく、二度───あるいはそれ以上に、アウラが始祖ユミルによって復活させられている、というもの。

 

 これは超大型を継承したアルミンが前継承者のベルトルトの記憶の一部を見たことで分かったことであるが、アウラは一度ベルトルトとアニに遭遇している。それも、壁の上で。

 その時のケガの様子から、到底マリア内を単騎で移動するのは不可能に近い、と判断されたのだ。

 

 またベルトルトがアニの身を案じ、彼女に協力を打ち出した時の記憶も一部、アルミンは見た。

 兄を、ジークを愛する女の姿。

 

 それはエレンに見せた愛情の比ではなく、ドロドロと全てを溶かす酸のような──存在が許されぬ「愛」の姿。

 狂った愛、と言ってよいだろう。

 

 即ち、「狂愛」。

 

 

 そんな女を好きだったアルミンは鬱屈とした気持ちに追いやられ、エレンの内心の方はもはや想像もできなかった。

 

 ウォール・マリア奪還作戦以来、無自覚シスコンだった少年の姿は消えて、一切姉の話題を口にすることは無くなったのだから。

 エレンの心のネジが取れて、そこからドロドロとした感情が漏れていることにアルミンは気づきつつ、具体的な解決策を見出せずにいた。

 

 

 

 結局壁内人類は、有用すぎる条件を前にして、呑むことしかできなかった。ただ相手の腹の底が知れない以上、完全に信頼はできない。無論信用も。

 ゆえに表面上は友好をみせ、警戒を怠らぬ形で交渉はまとまった。

 

 ただし向こうの意図はともかく、ジークだけでなくアウラも確保する形で。

 

 始祖ユミルに寵愛されし王家の子。今後の展開において、何かキーになる可能性は十分にあった。

 特異な存在であるとわかりながらマーレに置いておくのは危険である。

 一度裏切った人間を回収するというのは、中々複雑な心境であるが。

 

 アルミンが荒唐無稽であるとしつつ、エレンが()()()()()始祖の力を使えたのは何か姉の存在が関わっているのでは────?と思う中、話し合いは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 それから無線機を使って第二、第三の調査船団の兵士を無事に捕え、時が経ち、翌年パラディ島に港が完成し、ヒィズル国の特使であるキヨミ・アズマビトが訪れた。

 

 そこで東洋の血を引くミカサの体にある刺青から、彼女がヒィズルの忘れ形見である将軍家の末裔であることも判明しつつ、キヨミはジークの「三つの秘策」を持ち出した。

 

 

 一つ目は「地鳴らし」を実験的に行い、その脅威を世界に知らしめること。

 

 二つ目はヒィズル国が介入し、パラディ島の軍事力を世界レベルに引き上げること。

 

 そして最後が《始祖の巨人》と、王家の血を引く巨人の二つの持続的な維持。

 

 

 まずキヨミがパラディ島に訪れたのはジークの介入があったからであり、両者間で事前に話が行われている。

 アズマビトの金の匂いに敏感な部分を利用し、ジークはパラディ島の地下に眠る莫大な「氷瀑石」と呼ばれる資源と、ミカサの存在を持ち出してキヨミと取引を結んだのだ。

 

 ミカサの情報については、彼女が「アッカーマン家」ということもあり調べられた中、東洋の血を引く点とかつて将軍家の末裔が巨人大戦の混乱の中、壁内に置き去りにされてしまった事実を踏まえて、将軍家の可能性を見出したと思われる。

 

 もちろん絶対な話ではない。あくまで可能性がある──というだけだ。

 

 そしてやはりと言うべきか、ジークの《獣の巨人》を継承する話がヒストリアにきた。

 王家の血を引く彼女は十三年の任期を終えるまで、可能な限り子を産む。

 

 

 なぜ、ヒストリアなのか。

 

 それは別段、妹でもよいはずだ。

 

 

 その理由にあるのが、アウラ・イェーガーが子を残すように幼い頃から告げられていた点である。

 イェレナ曰く、ジークがそれとなく聞いた限りでは彼女に“子を残す意思”はない。

 

 それは周囲が認める美貌を持ちながらついぞ彼女が恋人を作らなかったことを挙げると、一つの裏付けになる。

 

 だからといって、ヒストリアのみにその重責を押し付けるのはどうなのか。女王はその運命を受け入れたが、簡単に首肯できない者も多い。

 

 もし壁内に連れてきたアウラが協力を受け入れるなら、獣の継承の話は彼女に回る可能性もある。無論無理やり…ということはない。

(一部の過激派を除いて)その多くはいくら裏切り者といえど、非人道的な行いを強いるつもりはない。それにした場合、彼女を寵愛する始祖様がどのような反応をするか、想像にできない。

 

 それを言い出したらなぜ彼女はユミルに愛されているのか──と、疑問の沼にズブズブと浸かってしまう。

 

 そもそも計画に加わっていないというが、ジークは妹に計画を話したのか。残る疑問は多かった。

 

 

 それでも人類は明日へ向けて進むしかなかった。

 

 生きるためには、前へ進撃する他なかった。

 

 

 

 

 

 それからさらに翌年。港に続き鉄道の開発が進む一方で、アズマビト家と貿易交渉がうまく行かず、アズマビト家を介して他国と貿易を図る策は見送られることになった。

 

 そのためハンジはマーレに拠点を作る作戦を見出し、潜入調査が計画された。

 

 

 姉の裏切りから三年。その間、瞳から光を失うことが増えたエレンに寄り添ったのは、ミカサ。

 

 少女におせっかいを焼かれれば「やめろよ!」と怒っていた少年の姿はなく、世話を焼くミカサの言動を受け入れるがままのことが増えた。この変化にジャン以外は「おおっ…?」といった反応である。

 

 いよいよ鈍感ボーイもミカサの家族愛ではない感情や、エレン自身の感情に気づいたのか。

 ともかく、二人の間で一つの転換点を迎えたのは周囲も気づいていた。

 

 この時期どこかの金髪蒼目の少女が、変態美女よりもこちらを熱く観戦していたかもしれない。神のみぞ知る。

 

 

 

 そして、鉄道もようやく完成した頃。

 

 イェレナとの密会を経て、進撃する少年の一歩は仲間から大きく外れる。

 鮮やかな翡翠を失った、その闇を含んだ瞳は何を見つめるのか。

 

 少年をこっそり眺める始祖様はそんな表情を見るたび、自分でもわからぬ()()()()()()()()を覚えるようになってしまった。

 

 変態女の歯牙が、いよいよ彼女に及んできてしまった瞬間である。合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「まず前提として、ここには盗聴器…音や声をこっそり聞ける機械とかはないから、安心して」

 

 そう言い、ベンチに誘導した少年を隣に座らせるアウラ。

 

 弟の方がわずかに低かった身長は、今やエレンの方が高い。

 元より兵士にも関わらず華奢だった女の体は服の下からでもわかる、より細くなっている。列車用のレールを数本かつげるミカサと比べれば天と地の差だ。

 

 突如現れた弟を前にして、姉は取り乱した様子はない。しかしエレンの登場を予期していたわけではないだろう。

 まだ少年はジークにはおろか、自身がマーレにいることを仲間にも伝えていないのだから。

 

 彼は視察に訪れた調査兵団に何も告げず行方をくらまし、単独行動のままマーレに留まり潜伏している。

 

 

「老けたね。まだ19でしょ?四年どころか十年以上経ってしまった気分だよ」

 

 久しぶりの弟の再会ゆえか、嬉しそうに語るアウラ。その内に何を思っているのかエレンは理解できず、姉もまた、すっかり闇に染まった弟の内心を量りあぐねている。

 

 YOU(ユー)は何しにマーレへ?との問いに、エレンは簡潔に「ジークのお持ち帰り」という内容を話した。

 また、まだジークと接触していないことについても。

 

 

「私がここで働いているのは知っていたの?」

 

「いや。祖父がいるとは思っていた」

 

「あぁ、なるほど。お祖父さまはレベリオ区の診療医だからね。見当としてはここになるか。それでミカサちゃんとは結婚した?」

 

「………」

 

「何だい、ツレないな。前のエレンくんだったらツンツンしながら、デレっとしてくれたのに」

 

 グッピーも逃げ出す二人の温度差。弟は終始無機質な声のトーンである。

 ここに三人兄弟の兄が召喚されれば、空気に耐えきれず胃を押さえて、その姿が妹のオカズになるだろう。

 

「まぁその歳になって、自分の感情に気づかない愚かな弟だとは思わないからね。ミカサちゃんの件は流そうか。ジーク・イェーガーを連れて行こうとしているということはつまり、義勇兵はしっかり仕事をしたんだね」

 

「お前はどこまで聞かされているんだ」

 

「お前、か……。兄さんからエルディア人の救済計画については聞いたよ」

 

()()じゃない。聞かされてるんだろ、ジークの妹なら」

 

「…と言っても、それじゃないってなったら、「エルディア人安楽死(みんなでおやすみ)計画」しか、おねえちゃん知らないぞ」

 

 計画については全貌を知っているのみで、関わってはいない──と続けるアウラ。

 反応のないエレンは「そうか」とだけ呟いて、姉の、白銅色の瞳を見つめた。

 

 

「なぜ、調査兵団を裏切った」

 

 

 オレを、とは言わない少年。アウラの口角は下がり、瞳を伏せて沈黙する。

 そして「兄のため」と返した。

 

 

「私は兄さんに、会いたかった」

 

「それが理由か」

 

「えぇ。兄さんに会いたくて、兄さんに殺されたくて、兄さんに愛されたくて、兄さんと一緒になりたくて、私は兄さんで構成されていて、兄さんしか目が入らない。私の世界に区別があるとしたら、“兄”と“その他”。その二つに分けられる。エレンくんは後者よ」

 

「…そうか」

 

「お父さまの本は見たのでしょう?なら私の家族への固執────延いてはお兄さまへの執着も、書かれていたんじゃない?」

 

「全部知ってたんだな。壁外のことも、巨人のことも」

 

「概ねは、ね。十年以上いなかったツケというのは大きくて、マーレに来てから知識を付けるのは大変だったけれど、同時に面白くもあったわ」

 

「あの日、ウォール・マリアの奪還作戦の時、どうやって現れた」

 

「……うん。まぁ、その話になるよねぇ」

 

 アウラとしては、マーレには私兵を作って逃げる時に協力させた──と話している。

 だが当然、壁内で彼女の協力者がいないことはわかっているはず。

 

 ゆえに持ち合わせる解答がない。矛盾点が露見し、事が大きくなる前には死ねる算段だったが、エレンの予期せぬ登場により、今「why?」の部分が突きつけられている。

 

 弟の死んだ表情を見ると、イェレナは彼女の思惑通り上手くやってくれたのは確かだ。

 

 

 

 アウラがイェレナに頼んだのは至極シンプルなもので、壁内にいる間それとなくエレンに姉がジークと幸せそうに暮らしている──というような内容を、伝えてほしい、というものだった。

 

 そのため敢えてイェレナとアウラの二人はジークの事で、互いに嫌悪し合う間柄とした。

 一方は信奉者で、一方はブラコン女。

 

 そうすればアウラの話が出た時、イェレナなら「ジークにベタベタしているブラコン野郎」、アウラなら「兄にベタベタするアバ◯レ女」────という風に、話すことができる。さらにアウラの企みも、イェレナを通してバレにくくなる。

 

 イェレナの演技力を見抜いた上での、アウラの頼みだった。

 

 そして弟を差し置いて、しかも人類を裏切った中で兄と楽しく過ごしている妹の図というのは、当然弟には憎々しく映るだろう。

 

 それをアウラは狙った。

 

 全ては、最高の最期を迎えるために。

 

 

 黒い感情を抑えきれなくなった愛しい弟が、姉と再会した後に、激情に任せて殺すよう仕向けるために。

 もちろん激情を誘うためなら、彼女は()()()()さえ見せて、人の苦しみに絶頂するクソ野郎として殺されただろう。

 

 死ぬ舞台は無論主役であるジークがいなくては始まらない。

 

 兄を前に殺され、弟によって殺される。

 どんな表情を兄は浮かべてくれるのか。弟はどれほどの激情を見せて自身を殺すのか。想像するだけで変態は脳内絶頂をキメる。

 

 だが弟の出会いとは突然で、兄の居ない間に出会ってしまった。予想外の事態である。流石にこの場で殺されては元も子もない。

 

 

 

 

 

「────ユミル」

 

 

 それにアウラは、瞳を見開く。

 

「私が王家の人間であることはバレていると思っていたけど、どうしてユミル・フリッツの名前が出るの?」

 

「とぼけるな。始祖ユミルの「()()()()」なんだろ」

 

「………お父さまの、記述にあったのか」

 

「母親の腹から再び生まれた寵愛の子。それがアウラ・イェーガー、26歳」

 

「何で年齢を言うのよ」

 

「26歳」

 

「お黙りなさい、老け顔小僧」

 

 また可能性として立てられていたウォール・マリア陥落時の仮説について聞かれた姉は、存外簡単に認める。

 

 

「もう隠しても仕方ないことだものね。戦士が来たなら、お兄さまも来たと思ったのだけれどいなくてね。美味しく巨人の皆さんにいただかれたわ。復活……?というか目覚めたのはそれからしばらく後で、お母さまの時と同じように巨人のお腹から出てきた。ここら辺は神のさじ加減というか、私も図りあぐねている部分ではある。アニの時も少し手順は複雑になるけど、エルディア人が繋がる“道”のようなものを通って、気づいたらマリア内に居た」

 

「なぜアニも一緒に行った?」

 

「マーレに行くにも何の土産もなしじゃ、遅かれ早かれ「楽園送り」から帰ってきた異例の、それもパラディ島育ちの兵士なんて殺されていたからね。始祖ユミルの粋な計らい、とでも言えばいいのかしら」

 

「………」

 

「何て言えばいいのかな……エレンくんだけでなく調査兵団も、「何でユミルがお前に寵愛を?」って感想なのだろうね。例えるなら彼女は私で、私は彼女なの」

 

「……は?」

 

「見れば一目瞭然だよ。ユミルは私とそっくりなんだ。驚くくらいにね。初めて会ったのはお母さまに食べられて、意識を失った後。それからはたまに夢の中に現れた。私は“血”の繋がりとは別に、同じ容姿を持つ娘だから彼女がエコ贔屓しているんじゃないかと考えている」

 

「………」

 

 熟考し始めたエレンの長い沈黙が続き、それに耐えかねたアウラが洗濯物を取り込もうとした矢先、立とうとした彼女の膝が重くなった。

 太ももに置かれた弟の手が、これ見よがしに圧力をかけている。

「エレンくんのえっち♡」の言葉には流石に、絶対零度のヒスイ光線が女に突き刺さった。

 

 

「ユミルの……生まれ変わり?」

 

「そこは私もわからないから、ご想像にお任せするしかない。ただ「寵愛」の事実はホンモノ。…で、そんな寵愛の子をパラディ島の人たちはどうするつもりなのかしら?」

 

「持ち帰る」

 

「ふふ、そう。複雑だね、裏切り者を回収しなくちゃいけないなんて」

 

「ジークは知っているのか、寵愛のことを」

 

「知らないわよ。教えたら()()()()が深くなってしまうから」

 

「………」

 

「大丈夫よエレンくん。あなたも私の、家族だから」

 

 ゆっくりと弧を描く口角。微笑んだ女の口元は柔らかい楕円を描き、慈悲を覗かせた瞳で弟を見た。

 愛情をたっぷりと染み込ませて、弟の傷口に塩を塗る。さらにキズが悪化するように。

 

 

「…ジークの計画も、ユミルを通せばすぐに叶いそうだな」

 

「叶うでしょうね」

 

「兄が好きなら、どうして計画を実行に移さない?」

 

「移さないわ。だってお兄さまの意思を私は肯定して協力もしたいけど、兄の目的=私の目的ではないもの。それに自分の足でこの地獄を突き進まない者に、褒美を受ける資格はない」

 

「進む……か」

 

「エレンくんも進んでいる。ジークお兄さまも進んでいる。私も進んでいる。みなそれぞれ己の指針に沿って進んでいる。時に衝突しながらも。動かない者はずっと、止まったままなのよ」

 

「……オレは」

 

 

 

 ──────どうして、進んでいるのか。

 

 わからない、とエレンは言う。

 

 

 

「“自由”のため、でしょう?」

 

「あぁ、自由になりたい。だからオレは進み続けている。でもわからない」

 

「壁が壊されたその日から──いや、その前からエレン・イェーガーは巨人の()()でしかない人間に辟易として、自由を求めていた。そこに否定のしようなんてないじゃない」

 

「親父はオレに脊髄液を注射する時に、「進みなさい、エレン」と言った。なぜ、言ったんだ?継承したのが《 ()()の巨人 》だからか?「進」んで他者を「撃」退していく。《始祖の巨人》が分かれて九つになった内の一つが、オレの進撃。一つ一つの力に何が意味があるのだとしたら、オレの進んでいる道は本当に、オレ自身の意志で進んでいるものなのか?親父もオレも、敷かれたレールの上を進んでいるだけなんじゃないのか?」

 

「じゃあ誰の意思だっていうの?」

 

「…ユミル・フリッツ。それか、お前」

 

「私の全ては兄だ、って言ったじゃん。そうなるとエレンくんの行き着く場所も“自由”じゃなくて、ジーク・イェーガーになっちゃうよ」

 

「じゃあ始祖ユミルなのか?」

 

「さぁ、私に聞かれてもわからないよ。「私」は()()()()()()()んだから」

 

 不意にアウラの膝に圧力をかけていた手が離れ、ベンチに置かれていた彼女の手の上に重ねられた。

 熱い体温に一瞬引っ込みかけた彼女の手は、そのまま掴まり手を繋ぐ。

 相変わらず、その犯人の無表情は変わらない。ユミルを相手にでもしている気分だ。

 

 

「冷たいな」

 

「女性は男性より体温が低いらしいよ」

 

「冷たいけど死体じゃないんだな」

 

「生きているからね」

 

「死体なら、よかったのにな」

 

「随分と、怖いことをいう弟だねぇ」

 

「ヒストリアに触れた時だ」

 

「うん?」

 

 元「対人制圧部隊」に捕まりヒストリアとロッドに触れられた時、エレンは父親の記憶の一部を見た。

 

 王家の血とは一種の“鍵”のような役目を果たしているのか、接触した場合巨人化能力者の“錠”が緩みやすくなる傾向が強いらしい。

 ただそれとはまったく別口で、アルミンもベルトルトの記憶の一部を見た。

 

 そのためか今のアルミンは、初恋拗らせミンから、アニ拗らせミンに進化している。ベルトルトが彼女に想いを寄せていた影響だろう。

 

 

 話を戻して、エレンがレイス親子に触れられた時に記憶の扉が開いたのは、“王家の血筋”が関係しているのだろう──ということは、既に分かっているわけで。

 

 それが正しいならば、エレンはなぜ始祖を持っている間に姉に触れた時、何も起こらなかったのだろうか。

 

 それは巨人の力に目覚めなかった「五年」の時を含め、一つの疑問を残している。

 

 開拓地で重労働をした中、ケガをしたことは何度もあった。訓練兵時代もだ。意図的にケガを留めておける方法を知らなかったにも関わらず、彼のキズが急速に治る──なんて、人間離れしたことはなかった。

 

 仮に訓練兵時代ライナーらにバレていれば、その時点でエレンは捕まっていただろう。

 

 

 その不可思議な点や、王家の血を引く姉に触れてもヒストリアと違って何も起きない点。

 

 何なら父親の記憶を覗いたのは一回きりで、アルミンのように何度も前継承者の記憶を見ていない。

 

 人によってバラつきがあるのかもしれないが、まるで()()()()何者かの介入が存在するように、彼には思えてならないのだ。

 それこそ始祖ユミルの介入────そして、彼女が寵愛するアウラ・イェーガーの意思が絡んでいるのではないか、と。

 

 

「人を黒幕扱いしちゃうんだ。血も涙もない弟だ」

 

「ジークの内容が正しいとして、王家の血を継ぐ巨人と接触していないオレが一時的に始祖の力を使えたのも、お前の仕業なんじゃないのか」

 

「……私はそんな大それたことはできないよ。「()」ではないのだから」

 

「じゃあ何ができる」

 

「人を誑かすのは上手だよ?」

 

「何をしたいんだ、お前は」

 

「私の目的は兄さんと一緒にいる時点で叶っているようなものよ」

 

「…裏切った壁の人類には、仲間には、何も抱いていないのか」

 

「申し訳ないとは思っている。最初の頃は結構引きずっていたよ。調査兵団のこと、お世話になった人のこと、エレンくんのことだって考えていた」

 

「……オレはお前に…姉さん(、、、)に………」

 

 

「愛」されて、いたのだろうか────。

 

 

 無機質だった表情の中にその一瞬、エレンの感情が浮上する。

 

 ずっと抱え続けていた感情。ずっと姉が兄を追いかけ続けていたとわかってしまった時、少年に笑いかけていた姉の像にはヒビが入って、粉々に砕けてしまった。

 

 そして散らばったガラスの中を素足のまま歩き、体をボロボロに傷つけ、身も心も至るところから出血し始めた。

 その傷を止めようとアルミンやジャンたちがフォローする中で、誰よりも親身になって接したのがミカサである。

 

 仲間がいなければ今エレンはどうなっていたのか、想像すらできない。否、想像もしたくない。

 

 

 

「愛していたと私が言って、エレンは信じられるのか?」

 

「…わからねェ」

 

「自分の心を紛らわすためにウソでもいいから聞きたいっていうのなら、やめておきなよ」

 

「……それが、答えか」

 

「バカだね。まだ話の途中だから」

 

「でもジークが一番なんだろ」

 

「そうだよ。「愛」しているのは兄さんだけよ。私が「愛」の感情を抱けるのはジーク・イェーガーだけ」

 

「……は」

 

「で、エレンくんは大好きだ。お父さまもお母さまも大好きで、ミカサちゃんもカルラも好きだ。あの飲んだくれハンネスも好きだったし、キースおじさんも、妖怪メシくれ少女も、誠に遺憾ではありますがハンジという変人も好きだ。好きだけれど、私はでも、裏切ってしまう。()()()()()()()。大きな矛盾だ。…ふふ、おかしいねぇ」

 

「…何だよ、それ」

 

「お姉ちゃんは頭のネジが数本外れてしまっているから、仕方ないと思って。私と距離を置いた方が、その方が幸せに生きられるのよ」

 

「………」

 

「それに君はもう、自分の足で歩けるだろう」

 

 物理的に、という意味ではない。欠けている少年の右足はこの際問題ではない。

 

 激動の15歳という中でエレンは一人の訓練兵から、人類の希望を背負う存在へと変わった。

 正しく「主人公(ヒーロー)」なのだ。

 

 いずれ雛は巣立って、空を己が羽で飛び回る。“自由”を手にして、時に自分を狙う脅威にさらされながらも生きる。

 

 

「君は15歳の時から、子どもではなく立派な大人だったよ。よっぽど私より、自分のためにしか生きられないアウラ・イェーガーより」

 

「………」

 

「黒幕だなんだと疑うのは結構だが、君のやりたい事を私が一度でも否定したことがあったか?

 トイレを我慢しているのを知りつつ「やめろ」………お日さまの匂いのする洗濯物の誘惑に負けて、寝てしまった時も。

 刺さり具合が甘い「やめろおい」………馬糞を振り回していた時も。

 虫の卵をこっそり持ち込ん「やめ…」………でいるのを見かけても黙ってあげて、その後怒髪天のカルラに正座させられてい──」

 

 

「────やめろって言ってんだろ!!!」

 

 

「って、いう話を兄さんに」

 

「ハ?………殺す」

 

「…は、してないから安心してね」

 

 

 

 負傷兵に胸ぐらを掴まれ、手加減なしに揺すられるナースという奇妙な光景。

 

 姉の最後の一言で、一気に気が削がれたエレンは突き飛ばした。勢い余った彼女はそのままベンチをすり抜け、地べたに尻餅をつく。

 ハァ、ハァと顔を真っ赤にして、荒い息を上げる少年は痛みに呻いた姉に、わずかに表情を歪める。

 

「ふぇぇん…負傷兵さんに乱暴されちゃった。アウラちゃんもうお嫁に行けない」

 

「何が「ふぇぇん」だよ、キモ。……あ、謝らねぇからな」

 

「えー反抗期?……いや、ずっと反抗期か」

 

 

 真面目な顔でそう呟いたアウラは、地べたに転がった拍子に落ちた松葉杖を拾い立ち上がる。

 

 

「結局エレンくんってさ、私と会って何を話したかったの?…いや、何を一番に聞きたかったの?」

 

「……「愛」されていたのか、どうかについてだよ」

 

「そう。まぁ、出会いが本当に偶然なのか否かにしろ、元気じゃなさそうでよかったよ」

 

「あ?」

 

「むしろこれで元気いっぱいで私に会っていたら、精神状態を疑ったからね」

 

「………」

 

「私としてはエレンの邪魔をする気はないし、兄の計画に加担する気もないし、私は私として「生」きる。ただそれだけだよ」

 

()()()弟には協力できないってか」

 

「可愛くないからヤだよ、今は。よく鏡を見てご覧?映るのは目の死んだヒゲ面の不精な男の姿だから。本気で最初誰かわからなかったから」

 

「ッチ」

 

「ははぁ、でもやっぱり、私を巻き込む算段でここに来た節もあったのね。そりゃあ「寵愛の子」となっちゃ、引き入れたくもなるか」

 

「…オレの目的は聞かないんだな」

 

「聞かないよ。むしろ教えないで。これから弟が起こす“未来”というものが楽しみになったからさ」

 

「………死ね」

 

 どこで覚えたのか、ジェスチャー付きで姉への思いを伝えたエレン。

 

 それに対してアウラは、可愛くない見た目の弟のかわいい仕草に、キュン、としてしまった。

 コピペしたような笑顔を貼り付けた彼女は、持っていた松葉杖を弟の右足に近づけ、縛ってある裾の部分を先でつつく。

 

 

 

()()()()なぁ、エレンくんは」

 

 

 

 普段の笑みとは違う、種類の違う微笑。

 眉間に皺を寄せたエレンから離れ、アウラは弟の存在は誰にも他言しない事を伝え、そのまま洗濯物を取りこみに戻る。

 

 その後ろ姿を見つめていたエレンは、無性な気持ち悪さを覚えた。

 白銅色の瞳の中にうず巻く粘着質な、ナニカの存在を感じて。

 

 

 距離を置いた中で見えた姉の一瞬の姿は、少年にはまるで別の生き物のように感じられたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キミが生まれたその日から。

誤字が、誤字がいっぺぇ…報告ありがとうございました(白目)
金カムとサン◯オのコラボてぇてぇ。クロミ、クロミ、俺はここだ……。


「イェーガーさんは、ご家庭の都合で当分は病院にいらっしゃらないそうですよ」

 

 

 エレンが姉と話した翌日。

 彼が看護婦から聞かされたのは、そんな内容だった。

 

 曰く、昨日話した負傷兵の人間とまた話す約束をしていたものの、諸事情で暫くは病院で会えなくなるため伝えて欲しい──と、アウラから頼まれたと。

 

 エレンは自身の名をグリシャの本にあったフクロウの名前「エレン・クルーガー」から取り、偽名として使っている。

 捻りもなくそのままだが、そこがエレンらしいと言えば、らしいとも言える。

 

 現在は記憶障害だと偽り、病院に入院していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ハンジの提案から、アズマビト家の力を借りてマーレへ視察に来た調査兵団の面々。

 

 エレンもまた同行し、父親の記述にあった車など、未知のものに息を呑んだ。

 

 はしゃぐサシャやコニー。目立つその二人を止めようと、大声を上げて逆に目立つジャン。アルミンも海を見た時のように瞳を輝かせる。

 大人組(ちびっ子ギャング(リヴァイ)とハンジ)はそんな彼らを諭しつつも見守り、案内役のオニャンコポンは微笑ましげに彼らを見ていた。

 

 知らない物が満ちあふれた世界。

 好奇心をくすぐられると同時に、少年の中では仄暗い感情が回遊する。

 

 

 父親が“この世の真実”────残酷な世界を知った場所。

 あるいは、幼い叔母が理不尽に犬に食い殺された場所。

 あるいは異母兄が「安楽死計画」などという、彼からすれば到底認められない計画を作るに至った、人生を強要させた場所。

 あるいは、姉が狭い世界しか知らず、歪む結果を作り出した場所。

 

 それがマーレ。巨人の力を使い、植民地を広げる軍事国家。

 

 

 

 柵に寄りかかり新聞を読む男も、子供の手を引き歩いている女も、買い物途中の腰の曲がった老人も、壁内と同じありふれた人間が存在している。

 

 未知のものを抜きにして、ヒトの在り方というものは同じだった。

 

 

 そうして仲間から少し離れた場所で、憂鬱としていた彼の元に訪れたのはミカサ。

 

「アイスクリーム」という物に興奮しているサシャやコニーを尻目にパタパタと駆けてきた彼女は、エレンの隣で一口食べ、その甘さに舌鼓を打つ。

 そして食べかけのそれを、徐に彼の前に差し出す。

 

 

 エレンも一口食べてみて、と。

 

 

 興奮ぎみで目新しい物に食いついている同期と違い、ミカサの一番はやはりエレンだ。

 

 暗い表情を察して彼女が差し出したアイスクリームは、翡翠の下にさらされる。

 

 次の瞬間、大きく開いた口。

 覗いた赤い舌に少女が思わず顔を真っ赤にした間に、渦を巻いた白い物体は消え、残ったのはコーンのみ。

 

 あ、とミカサが声を漏らした時にはすでに、アイスの大部分は少年の口に吸い込まれていた。

 

 頬をがめついリスのようにさせたエレンはしかし、“一口”を欲張りすぎた天誅が下り、キーンと痛む頭を押さえる。

 

 呆然としていたミカサはすぐに彼の背をさすり、「アイスに異物が混入していたのでは?」と、凶悪な視線をアイス屋へ送った。それに気づいた店主は悲鳴を上げ、カオスな状況ができあがる。

 周囲の視線が向きかけたが、その後スリの騒動が起こり、ミカサの件はうやむやに終わった。

 

 そんな二人の光景を、不可視の存在がすぐ近くで見守っていたのだが、誰も知らないことである。

 

 

 

 話が逸れたが、調査兵団がマーレへ来た理由には、和平の道を開拓する──という大義が存在する。

 

 現在は、ジーク・イェーガーの“地鳴らし”の脅威をチラつかせて壁内の平和を守る策に肯定しているが、それ以外の方法も当然考えられた。

 

 その中の一つが、諸外国へ友好を図る作戦である。

 

 マーレの視察の傍ら、調査兵団は友好策の糸口をつかむ前哨戦として、「ユミルの民保護団体」という組織にアプローチをかける予定であった。

 団体が国際討論会へはじめて登壇することを受け、その組織の理念を聞く。その上で、今後の友好策を見出していく方針で。

 

 

 それから調査兵団はアズマビト家の屋敷に招かれ、キヨミと話した。

 

 キヨミが語る、壁外のエルディア人の扱いというのは、正しくゴミを漁る野犬を追い払うような──そんな目も当てられない状況であると。

 

 エルディア帝国時代は、ユミルの民の血をその家柄に取り込むことが高貴である証とされたが、今やその価値観は真逆のものと言ってよい。

 これでもマーレの方がエルディア人への待遇が良いというのだから。その他諸外国となれば、想像以上の現実が待っているのだろう。

 

 作戦自体困難なものとキヨミはしつつ、それでもアズマビト家は和平の協力を惜しまない、と。

 

 一筋の光を頼りに暗闇を歩く術しか、調査兵団には──否、パラディ島には方法がない。

 

 

 エレンに残された道は和平か、ジークの真の計画である「エルディア人安楽死計画」のどちらかだ。

 

 悩む中で再び視察タイムとなった時、一人輪から外れたエレン。

 そして、その後を追いかけるミカサ。

 

 歩く一人とその後を追う一人は、何の因果か、路地裏でサシャの財布をスろうとした少年を見つける。

 

 

 この件については周囲が敵国の移民か、または悪魔の民ではないかと制裁を加えようとして、リヴァイが助けに入った経緯がある。

 

 そのため、その一連の出来事を目撃した一部の人間が少年を偶然見つけてしまったのだろう。

 少年が複数の大人に胸ぐらをつかみ上げられていた中、その間に入ったエレン。

 

 まるで、かつてアルミンを助けた時のような構図だった。

 

 

 男たちが突然の乱入者に眉間にシワを寄せた直後、エレンの背後から泣く子もチビる絶対零度アッカーマンの鋭い眼光が向く。結果男たちは暴力の手段を放棄し、尻尾を巻いて逃げた。

 

 その助けた二人が昼間スリをした人物の仲間だったことに気づくと、少年は深く頭を下げ、身振り手振りで何かを伝えた。

 喋れないというわけではなく、純粋に言葉が違うため、相互のコミュニケーションを取るための方法らしい。

 

 そして、少年の言わんとすることがおそらく「ついてきて」ということだと察すると、エレンはミカサの制止を無視して歩き出す。

 

 ミカサは視線を彷徨わせ、結局駆け足で二人の後に続いた。

 

 

 

 

 

 そうして着いたのは、難民用のテント。少年の方は手のひらを前に出して「まってて」というジェスチャーの後、その中へと入って行く。

 

 陽が傾き始めた中、テントからのぞく淡く光るランプの光は、儚く少年の目に映る。

 その灯りに心をとらわれた二人はしばし、立ったままぼんやりとした。

 

 ミカサは虚な瞳のエレンの手を握り、「大丈夫?」と声をかける。

 

 

 調査兵団に入りたての当時はほとんど同じだった二人の身長は、ミカサが少し見上げるほどの違いができた。

 

 それは周囲も同じだ。それこそ104期の同期が並びその中にリヴァイが入ると、三十路の男が一番若く見られることがあるほど。

 さすがに壁内では斯様な命知らずはいないが、壁外では“ちびっ子ギャング”の異名が付けられてしまうほどに、兵士長の身長は低い。

 

 ミカサにとってはその見上げる高さが妙に心臓を昂らせる。気恥ずかしい、と言うべきか。

 二人で黙って立っていると、そんな感情を露骨に感じてしまう。

 

 

「…なぁ、ミカサ」

 

 

 先に話し出したのはエレンだった。

 その言葉とともにミカサが握った手が、強く握り返される。

 

 姉の裏切りの一件以来誰よりも神経が衰弱した少年。だがその時ばかりは、かつての強い意志を宿しているようであった。

 カルラを失って、巨人を駆逐する、と叫んでいた時のように。

 

「オレは、仲間が大切だ」

 

「…うん」

 

「お前も、大切だ」

 

「……うん」

 

「お前にはいつも守られてばっかりだな」

 

「当然。エレンは私が守る」

 

「何でオレを守るんだ?壁内の重要人物だからか?それとも家族だからか?」

 

「……かっ、家族だから!」

 

「家族なのか?」

 

「えっ?」

 

 ミカサの瞳が、大きく見開かれた。

 

 エレンの「家族なのか?」の部分はまるで、家族じゃない、とでも言っているようではないか。

 思わぬ否定の言葉に彼女の視界がぐらついた中、エレンは合わせていた瞳を逸らして、再びテントを見つめる。

 

 

「……オレが守っちゃダメなのか」

 

「え?」

 

「オレがお前を守ったらダメなのか?」

 

「え?え、だ、ダメじゃないけど…いやでも、エレンは私が守らないと……」

 

「嫌なのかよ」

 

「い、イヤじゃないけど…!!」

 

「けど、何だ?」

 

「…………ッ!………」

 

 一歩ミカサが身を引こうとするが、繋がれた手がそれを阻む。マフラーがあれば顔を隠したが、今、のぼせたように赤い彼女の顔を隠すものはない。

 その様子を表情ひとつ変えず見つめるエレンはゆっくりと、その距離を詰めた。

 

 思考回路が停止した彼女に迫るのはエレン────の、顔。

 

 心臓が過去一番に異常値を記録した中、彼女は瞳を強く瞑った。

 

 

 

 だが、しかし。

 

 

 いつまでも訪れない接触にうっすらと瞳を開ければ、エレンの顔は隣の斜め下に向けられている。若干驚いた様子にミカサが同じ場所に視線を向ければ、そこにいたのは帽子をかぶり髭を蓄えた老人。

 熱い二人に微笑ましそうな老人の手には、盆の上に置かれた湯気の立つコップが二つある。

 

 一気に顔が熱くなったミカサがエレンを見れば、そこには唇を少し噛み、耳まで顔を赤くしている少年の姿があった。

 

 

 それから二人を探していた調査兵団も合流し、難民らのもてなしを受けた彼らは、飲めや歌えやの大騒ぎが始まる。

 人種や言葉の壁がありながらまるで旧友のように接する両者には、溝などなく。

 

 そんな中にいる一人の少年と、一人の少女の手は、周囲の目を盗んでこっそりと握られていた。

 

 一方騒がしいテントの外では、顔を両手で覆い、地面に転がっている金髪蒼目少女の姿があったそうな。

 

 

 

 

 

 そして訪れた国際討論会。

 

 

「ユミルの民保護団体」の内容とは、各国に散ったユミルの民の援助を求めるものであり、難民はエルディア人ではなく、エルディア帝国の危険思想────ひいては()()()()()()()()()()()()()()というもの。

 

 難民はエルディア帝国に交配を強いられた哀れな被害者でしかない、としたのだ。

 

 キヨミは団体の活動理念に不信感を抱いていたようであったが、それが事実のものとして当たってしまった。

 

 当然これでは()()()()である調査兵団は団体との協力はおろか、接触すらできない。

 

 

 エレンは討論会の内容を聞き、見えた光明が閉ざされていく感覚を覚えた。

 このままではパラディ島は本当にジークの作戦に乗らざるを得なくなる。それ即ち、エルディア人の安楽死を意味する。

 

 どの道マーレや全世界の脅威から島を守るためには「地鳴らし」が必須となる。

 たとえ調査兵団が戦ったとして、幾千の兵士や兵器に勝てる道理はない。

 

 何よりどこを見ても島の人間を「悪魔」としか見ない人間の有様が、エレンの心に深く突き刺さった。

 

 同じ人間であるにも関わらず、あるいは同じ巨人化する人種であるにも関わらず、否定され、その存在を憎まれる。

 

 

 エレンの母カルラは、かつて赤ん坊だった彼を抱きながら、シャーディス元団長に命の尊さを語った。

 特別な人間でなくともいい。可愛らしい赤子を見つめ、そして微笑みながら。

 

 

「生」きているだけで偉いのだ──と。

 

 

 

 だがエレンや仲間、パラディ島の人間は生きていることさえ否定されている。死ぬべき存在だと。

 

 過去のエルディア帝国の罪は、今のユミルの民が背負わなくてはならないのだろうか?

 

 

 ──────否、否、否。

 

 違う。それを言ってしまえば、誰にだって「罪」はある。

 先祖を辿れば“死”に値する罪を成した人間も存在するだろう。

 

 他者をそうして責め続けていれば、人間など全員が何かしらの「罪」を背負っていることになってしまうではないか。

 ただ少なくともエレンにはこれまでの戦いの中で、自分を守るために死んでいった仲間の死という、「罪」がある。

 

 何度も死にたいと思うことはあれど、それでもエレンは進み続けてきた。先の見えない暗闇の中を仲間とともに彷徨いながら。

 

 

 そんな仲間もこのままでは未来がない。

 不器用な彼は「生きて欲しい」とうまく言葉にできずとも、それでもアルミンやミカサ、調査兵団の面々などに思っている。

 

 特にいつも自分を守り、支え続けてきたミカサには生きて欲しかった。幸せになって欲しかった。

 

 その感情が何なのか。家族愛ではないと気づいた時、答えはもう出ていた。

 

 しかし、その気持ちを言葉として彼が告げることはない。きっとその言葉を告げてしまえば、二人の心は本当に結ばれてしまうから。十三年の寿命がある以上、エレンはミカサを縛りたくはなかったのだ。

 

 

 

 ──して、ミカサやアルミン、大切な人々を守るため一つの意思が決まった少年は仲間から離れ、そのまま歩いていく。

 討論会があったその日。彼は仲間から姿を消したのである。

 

 キーはジークと「地鳴らし」、そして始祖ユミルの寵愛を受けるアウラ。

 

 異母兄はエレンと初めて会った時、「必ず救い出してやる」と言っていた。

 その過去を踏まえて、父親が弟に自由を奪うような教育をしたと思い込んでいる。

 

 ゆえに最初は同調するそぶりを見せ、“その時”が来れば裏切り、エレンの意思を貫く。

 あくまで人類の命運を決定するのはジークではなく、始祖を持つエレンなのだ。

 

 

 だが懸念すべき存在はアウラだ。

 

 始祖ユミルの「寵愛の子」という、不確定な存在。彼女は兄をこの世で一番愛している。またその兄が計画の内容を妹に話していない、とも考えにくかった。

 

 ゆえにエレンがジークを裏切っても、兄の計画を肯定するだろうアウラの思想を読み取って、始祖ユミルが邪魔をする可能性がある。

 

 だからこそエレンの心を病ませた姉を懐柔することが、少年のファーストミッション。

 

 幸い政府の目に気をつけながら調べれば、その存在の噂を耳にすることはできた。本当か否か、情報の正誤性に欠けるものがほとんどだったが。

 それから戦場に紛れ込み、エルディア人の負傷兵を偽って潜り込んだエレン。

 

 

 彼が姉を内輪に引き込み起こすのは、()()()()()行為である。

 

 

 パラディ島以外の全てが、言ってしまえば敵。

 その敵を駆逐する術を彼はすでに知ってしまった。実の兄によって、もたらされていた。

 

 それこそが「地鳴らし」。

 

 

 

 

 

 そして、負傷兵としてレベリオ区にある病院に紛れ込んだエレンは、情報通りアウラ・イェーガーがいることを願った。

 結論、姉は確かにいた。“片足の看護婦”として。

 

 はたして女に怒りを持っているのか、憎しみを持っているのか、はたまた会えた嬉しさや悲しさを抱いているのか。

 殺意さえ抱いていたのも本当であるし、抱きしめたい気持ちもあった。

 

 すべての感情が相反せず彼の内側で渦を巻き、エレン自身も自分の感情を理解できない。

 

 

 それでも「姉」と二度と表現しないと思っていた口は開き、アウラを「姉さん」と呼んでいた。そして目的とは本来関係のない内容を、聞いてしまった。

 

 姉は文字通り壊れていて、壊れ切ってしまっていて、兄に並々ならない執着を抱えている。彼女の過去を鑑みても、壁内の裏切り行為は到底許されるものではない。

 それでエレンだけでなく、ミカサやアルミン、サシャやハンジなど、多くの人間が心に傷を負った。その清算をきっちりとつけるべきである。

 

 だが懐かしい微笑みを浮かべられてしまえば、エレンの奥底に眠らせようとしたボロボロの「弟」という存在は顔を出して、少年の心をさらに痛めつける。

 

 

 

 結局彼は姉に「もうオトナだろ」として、見放されてしまった。

 

 ただ、単純に突き飛ばされたわけではない。確かな愛情がアウラにはあり、少年から距離を取った。

 

 26歳の姉に縋ろうとする19歳の弟というのは、確かに気色悪い。

 それを言ったら、三十路に近い兄に縋る26歳の妹もどうかと思うが。

 

 

 エレンは己の力でつかむしかなくなった。仲間の未来を。島の将来を、世界の脅威から守るために。

 

 本当かどうかはわからないが、アウラは兄にも弟にも不干渉を貫くとは言っている。ひとまずそれを信じるしか、今はないだろう。

 

 同時に彼は負傷兵としてレベリオ区の収容所に入った時目撃した、妹を抱き上げて振り回す兄───ジークの姿を思い出し、一つの策を見出す。

 

 

 その光景を見た時の少年の内情は察するにあまりあるとして、アウラがジークに、始祖ユミルがアウラへ同調するならば、その元となるジークの思想自体をどうにか動かすことができれば、不確定要素の多いアウラの存在があっても、エレンは自分の望む結末へ導くことができるのではないか────?と、思い至った。

 

 つまりジークを説得するのだ。エルディア人を殺すのではなく、その他を排除する。

 

 その引き合いに妹を出せば可能性があると、ジークの過去や嬉しそうに妹を振り回しているヒゲ面なオッサンの姿を踏まえ、エレンは感じた。

 

 そも計画を行えば妹までも巻き込むことになる。そこを重点的に突けば、一つの活路を見出せる可能性は十分にある。

 

 

 肝心のアウラは病院をしばらく休むと言ったが、姿を消したのは想像に難くない。

 

「寵愛の子」の内容はジークに言っていようといなかろうと、対面すればエレンはその話は持ち出す。それを懸念して彼女は身をくらませたのだろう。

 おそらくは周囲にも偽って、どこかへと身を潜めているはずである。少なくとも、ジークに見つからない場所に。

 

 ただし兄がマーレにいる以上は逃げることはない。そしてジークを連れて行く際は必ず現れるはずだ。その機をねらい姉は捕獲すればいい。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 屋上に一人立っているエレンは、昨日とは一転した曇り空を仰ぎ見た。雨が降りそうだ。

 

 今もどこかで流れている人の血も、彼が踏み潰せば世界は満遍なく平らになると同時に、赤く彩られるに違いない。その骸を作り出すのが、自分になるのだ。

 

 

「……でもそれしか、方法はないだろ」

 

 

 少年は大切な人間のために、悪魔になる。

 

 ()()()()()にエレンがなった時、仲間はそんな彼をどう思うだろうか。止めに入るかもしれない。エレンを否定して。あるいは全肯定エレンマンのミカサも。

 

 もしそうなったとしたら、彼の心は引き裂かれるだろう。だが同時に安堵を覚える気もする。

 

 

 それでもエレン・イェーガーは、進撃する。

 

 望むべく未来を、切り開くために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君はどうしてフリーダム。

最近長い話が多かった反動で短めでスン…('ω')


 ピスピース!

「寵愛の子」の二つ名が元仲間に広まってしまった私は、みんなの目の保養担当、アウラちゃんだぞ!

 

 

 お父さまったらドジっ子なんですから。いくら何でも、始祖ユミルと関連があることをバラしてしまったらダメでしょうに。

 

 これで晴れて私はおたずね者です。

 ただ今のエレンはおそらく単独行動だ。でなければ、私はすでに元仲間に捕まっていたでしょう。

 

 それに病院に見覚えのある顔もなかった。エレンが始祖を持っていると思われていることは変わっていないから、敵地で動く場合普通なら精鋭且つ、弟が信頼のおける104期生が同行するはず。

 姉の知らない弟の協力者が紛れ込んでいる可能性もある。しかし私がまだ自由な身の以上、やはり弟は一人だろう。

 

 まさかキャワゆいお顔にヒゲが生えるとは思いませんでしたが。

 

 身長は別によいのです。

 ドブの上に発生した藻のような濁りきった翡翠の瞳も、想像以上にお姉ちゃんのせいで精神負荷がかかっていたことが窺えて、たいへん良い。

 

 さらに私と同じ部位を欠損しているところなんか、うっかり絶頂して(アヘって)しまいそうでしたもの。

 

 ただしヒゲ、テメーはダメだ。エレンくんの可愛らしいお顔に生えてはいけない。巨人より駆逐対象にすべき存在です。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 負傷兵エレンくんと別れた後、仕事の都合で会えなかったジークお兄さまには『病院の方が忙しいため……』と、当分は家に帰らない旨の手紙を残した。病院にも朝イチに休むと伝えている。

 

 エレンの周囲にいれば、いずれ調査兵団が現れる可能性もある。まだ確保されるわけにはいかないのです。

 

 ()()()()()具合として、今のエレンはすごくイイ。

 裏切った姉に憎しみを抱いて、お兄さまへの嫉妬も窺えて。だのに私と接してた時、結局“弟”の部分が出てしまっていた。

 

 心がグチャグチャにかき乱されている。あとはそこに劇薬を投与すれば、エレンくんは爆発してきっと私を殺してくれるだろう…♡

 

 お兄さまに殺されるのが一番いいですが、絶対に私を殺してはくれないでしょう。だって、一番に愛する妹ですから(ドヤァ)

 

 

 姉を殺す弟と、妹を弟に殺される兄。

 兄弟そろって感情という渦の中でドロドロになれるなんて、最高じゃないですか。

 

 その後に姉を殺したエレンくんは何を思うのだろうか。

 妹を殺されたお兄さまはどうなって、そして弟にどんな感情を抱くのだろうか。

 

 けれど結局お兄さまは、エレンを見限ることはないでしょう。腹違いの弟なのですから。

 血のつながった存在で、「家族」というものに飢えたジーク・イェーガーは妹の血で汚れた弟の手を取る。

 

 きっとその光景は美しいに違いない。死んだ後だと見ることはできませんが、そこはユミルたそに頼みましょう。

 また私がご臨終した後の世界がどんな結末を辿るのかも、彼女の世界で観戦する。

 

 巨人化能力者の寿命はどうあがいても覆せないものだから、お兄さまをアニやユミルくんのように封印する。

 ただし《鎧の巨人》と同じ配列を持つ結晶は、戦争でヨロイの装甲が砕かれてしまった事実がある。

 

 そのため壊すことのみに重きをおけば、人体を包む結晶が砕かれて、お兄さまがバラバラになってしまう可能性があるのだ。

 

 

 そのためにはどうしても、消す必要がある────人類を。

 

 だって、あと一年しかない。あと一年。お兄さまのいない世界があと一年で訪れてしまうというんだもの。お兄さまのいない世界の存在の(てぇて)さを見出そうとして、結局ずっと失敗し続けているんだもの、私。

 

 

「私」という存在はもうすぐに消えますが、お兄さまはあと一年?

 

 

 狂おしい、狂おしい。罪深い。世界が罪深い。

 

 存在する価値がないのですね?ないのです。

 世界の価値が存在しないのです。

 存在しない世界は無へと帰すのです。

 無は無です。

 無はそこにいます。

 無は私たちの──────、

 

 

 

 

 

『     !』

 

 

 

「ゆみる ぱんち!」と、誰かが殴ってきて、その手が私の体をすり抜けた。

 バッグを枕にして路地裏で寝転がっている私の目の前にいたのは、ユミルちゃんだ。

 

 ちょうど、人類さんをお掃除するしかないじゃないか……!と、考えていた折に現れた少女。私が心配で出てきたらしい。

 

 本当なら彼女に頼んで、収容区の独り身な人間に当たりをつけて、記憶改ざんしてもらいそこに留まる予定だった。

 私の力では部分的なところまでしか記憶をいじれないので、始祖様の力が必要になってしまうのです。

 

 しかし、ユミルはつい先日までこねこね♡作業があったことを思い出し、疲れているだろうからとやめた。

 

 

「私が急に居なくなったせいで、お兄さまにテオ・マガトの目が向くかもしれない。でもそれ以上に私が始祖様のトクベツ(、、、、)である事が知れているから、どうしても身を潜めるしかないんだよ」

 

 

 と、話すと、ユミルちゃんは怒った。

 

 まぁここ一週間、変なおじさんたちに襲われ♂そうになったり、明らかに危ないクスリを勧められそうになった。

 その度に、杖で急所を潰してあげたのです(ちなみに現在地は収容区の中でもホームレスな人間が集まる、壁内でいう所の「地下街」のような一角である)。

 

 身なりは襲ってきた連中の身ぐるみを剥いで、場に相応しい小汚いアウラちゃんである。髪もボサボサにしています。

 

 

 

 ここからの展開ですが、新聞で近くにレベリオ区で盛大な祭事が行われる──と記載されていた。

 各国から主要人物が集まる。

 内容の中にはあのタイバー家当主が取りしきる催し物もある、とのこと。

 

 通常ならエルディア人が住まうレベリオ区で、各国のお偉い方が集まるなどあり得ない。

 

 この点とタイバー家が絡むことを考えて、必然と導き出されるのは宣戦布告の流れ。

 

 イェレナがエレンに本当の計画の意図を話し、マーレへ向かわせる。

 その時の“()()”を作り上げるのがお兄さまで、その舞台で踊る“主人公”がエレン。そしてこの舞台の語り手が、タイバー家。

 

 練られた計画は一つでもズレれば大きく捻じ曲がってしまうだろう。トム・クサヴァーとの約束のためにアズマビト家さえ動かしてしまうお兄さまは策士だ。結婚して。

 

 

 ただひとつだけ言わせていただくと、前提としてこの計画には問題がある。

 

 エレン・イェーガーと暮らしていた姉からすると、エルディア人の安楽死に弟が賛同するわけがないということ。

 

 

 世界のためにエルディア人(自分たち)が死ぬか、他人が死ぬか。

 

 もし斯様な選択肢があるなら、ジーク・イェーガーは自分たちを犠牲にして、他を救う。

 

 対しエレン・イェーガーは自分たちを生かして他を殺す。

 厳密に言えば弟の根底の中でエレン自身の存在は薄く、もっぱらその対象はミカサやアルミンなど、仲間に向けられている。あの子は妙なところで自己認識が低い。

 

 

 でも、そうやってエレンは進み続けてきた。

 大切なものを守るために。そして自由を求めて生き、輝き続けてきた。

 

 弟の性格をわかっているからこそ、ユミルが見届けたいエレンの未来というものの、おおよその見当はつくのだ。

 

 エレンとお兄さまが接触した時、この世の決定権を持つのは兄ではなく弟。

 

 パラディ島の敵が、巨人ではなく外の世界だと知ってしまった少年は、止まれないところにまできている。

 このままでは世界がパラディ島の悪魔を滅ぼさんとする以上、方法は限られている。

 

 その限られた手段の中で、一番大切なものを守るために有用な方法が何であるかも、すでにわかっているだろう。

 

 即ちそれは「地ならし」。

 

 

 もちろん確定とは言わない。未だエレンくんは和平の道を探しているかもしれないし、もっと別の方法を探しているかもしれない。

 それでもお兄さまの計画に賛同しないことだけは、ハッキリと言える。

 

 もし計画を実行すればミカサちゃんも巻き込まれる。彼女は特異なアッカーマン家であるが、ユミルの民全体に影響を及ぼす大規模な変質を、絶対に受けないとは言いきれない。

 

 エレンが選ぶのは減退するばかりの暗い未来じゃない、未来に()()が存在する世界だ。

 そのためにその他の自由を奪ってでも進む。

 

 本当に、どうして弟はユミルとここまで似ているのか。

 

 その生き方が愛おしくて、少しばかり恨めしい。

 

 

 

 一先ず、兄と会う前に私に出会ってくれて幸いだった。

 私が動くのは祭事がある日でいい。その前後で事が動く可能性もあるから、気を引き締めないと。

 

 

『   』

 

「ん、何?」

 

 こちらを手招きするユミルちゃん。あざとい仕草に釣られて近づくと、壁にもたれ掛かって胡座をかくように頼まれた。ついでに顔は少し下げるような形で。

 そのままの体勢でしばらくいて欲しいとのことだが、何をする気なのだろうか、彼女。

 

「えっ、待って、ユミルちゃんどこ行くの?」

 

 焦った私を置き去りに、ユミルは背景に溶けこむように消えて行った。

 許可が出るまで私はこのままということ?お尻に伝わる地面の冷えた感じも、肌寒さも慣れないんですけど。

 

 何より放置プレイって………興奮しちゃうじゃないですか(末期)

 

 

 

 沈む夕日を見つめながら、一つ大きなくしゃみを溢して、少女の命令を聞く成人女性の図を思い浮かべてしまう私。

 

 そんな濃厚なプレイが続き、夜も更け始めた頃。

 眠気が襲ってきた中、耳に入ったのは女性の声。

 

 顔を上げると隣──というか背後にはユミルが立っていて、前方には月明かりを受けて黒く映る人の姿があった。その人物はローブを羽織っており、フードをかぶっている。低めの身長から、聞こえた声の主がその女性で間違いないのだろうと思った。

 

「誰…」

 

 その女性はフードを取ってかがみ込む。調査兵団の人間ではない。ローブの下に、何か武器を装備している様子はないためだ。

 

 静寂な世界に精神を研ぎ澄ませると、ちらほら周囲に人間がいることがわかる。いつでも動けるように待機しているというわけですか。

 

 

 

「お初にお目にかかります。貴女が────フリッツ王の()()()()、でしょうか」

 

 

 

 そう続けた女性は名を、「ラーラ・タイバー」と名乗った。

 

 思わずユミルを見ると無表情ながら「ドヤ!」という顔をしている。何をしてくれはっているん?

 女性にもユミルのことが見えているようで、少女を認識している私に何か納得したような表情を浮かべた。

 

 

 家なきアウ子はこうして、始祖様の粋な計らいにより、タイバーさんのお家に拾われることになった。

 

 だからあれほど報・連・相を大事にしろと……(白目)




【ユミル劇場】〜青春編〜


場所は学校の屋上。
昼休みに学食のパァンを頬張りながら寝転がっているのは、ユミルとマルセル。
対しユミルにマルセルの分までパァンをパシらされたベルトルトは、「僕が何でこんなことを…」と思いながら、側のベンチに座りモソモソと昼食を口に運ぶ。

「あーぁ、どうにかしてヒストリアと結婚できねぇかなぁ」

「ポルコは元気にしてるかな…」

「アニ………」

頭上に広がる青空を眺めながら、三人はおのおの感慨に耽った。



・校長(ウーリ)
・用務員のおじさん(ロッド)
・ユミルたちより年上の女子高生(フリーダ)
・マルコ(不登校ぎみの鬱少年)
・エルド&グンタ(テニス部・ダブルス)
・ハンネス(駐在所の酔っぱらい警察官)
・理事長(始祖様)


ちなみにゴルピ♂の方は、ブラウン家に引き取られて種馬として生きていたりする。優秀な子種…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドンブラコンコッコ

むかしむかしあるところに、リヴァイおじいさんとジークおじいさんが住んでいました。
共同生活がうまくいかず、ジークおじいさんを◯してしまったリヴァじいさんが川に死体を遺棄しに行くと……。
なんと蘇ったジークが反撃を食らわせたのです。
瀕死になったリヴァイは別居していたハンジおばあさんにかろうじて助けられ、二人は川の中へと落ちて逃げましたとさ。

どんぶらこっこ、どんぶらこ。


 ピスピース!疲れてるだろうと少女を気遣ったら、逆に気遣われたものの、その気遣い方が予想の斜め上だった体験をした私はマーレの美女担当、アウラちゃんだゾ〜!

 

 

 私はそのままラーラとその一味に秘密裏で輸送された。

 

 何を言っているかわからねぇと思うが、私も何をされたのかわからなかった。

 催眠術だとか、巨人の力ですとか、そんなチャチなものじゃございません。本当に、恐ろしい(始祖様の)片鱗を味わったぜ…。

 

 冗談はさておき、天井がオープンではない車に乗せられた後、対面式の座席の中で相手の前に座った。

 ローブを脱いだラーラは詳しい内容について話し出す。

 

 ちなみにローブの下はメイドの格好だった。年は私と然程変わらないでしょう。

 

 

 

 曰く、一週間ほど前に彼女は地平線まで続く砂の大地と、巨大な光の柱がそびえ立つ世界で謎の少女と出会った。

 そして『……ケテ…タ…ケテ』というような声が脳内に直接届き、子孫を助けてほしい、と頼まれた。

 

 普通なら不可思議な夢を真に受けるはずがない。ただ透き通ったその少女が現実にまで現れ、ラーラ以外に見えないとなって、彼女はその少女が「始祖ユミル」であると認識せざるを得なくなった。

 

 また調べた所、カール・フリッツがパラディ島に王都を移した時、私の先祖にあたる移住を拒否した王族が一名のみいた────という事実が存在したことを知った。

 

 これはタイバー家に伝わる古い資料に記載されていたもので、政府なども知り得ない情報とのこと。

 なぜそんな重大な事実がタイバー家に眠っているのか疑問に思いましたが、さらなる爆弾が投下される。

 

 

「それは、巨人大戦の真相に直結する内容でございます」

 

 

 と言い、ラーラは当時のフリッツ王がタイバー家と結託し、巨人大戦を引き起こしたと語った。

 

 これを知った私の命って危ないんじゃないか?と思いましたが、この内容はのちの祭事でも話されることらしい。

 世界が驚愕する事実を一歩先に知ってしまったというわけだ。

 

 カール・フリッツは“不戦の契り”を生み出した通り、平和というものを誰よりも求めている。

 そんな王はこれまでのエルディア帝国が行った虐殺の数々を憂いて、巨人の歴史に終止符を打とうと画策した。

 

 その協力者がタイバー家。

 

 また英雄ヘーロスは、仮初の英雄に過ぎないものである、と。

 

 

 だが皮肉と言うべきか。パラディ島へ移り、つかの間の「楽園」を守るため幾千もの巨人の壁を作り出したレイス王の行いは、回りに回って世界を脅かす脅威として残っている。

 

 平和どころか世界滅亡レベルの案件だ。

 

 

 

 そして現在のタイバー家はカール・フリッツに協力した恩恵を受け、約百年経った現在でもエルディア人であるにも関わらず、腕章を必要としない──それどころか、敵国にさえ一定の敬意を抱かれる一族となっている。

 

 密かにエルディア帝国の復権を願い生きていたお母さまとは対照的だ。

 

 華々しい人生。話を静かに聞く私に、ラーラはタイバー家を憎く思うか尋ねた。

 

 

 現状はまだ、彼女は私の詳しい素性については知らないようである。

 

 しかし「片足の美女」などと調べて行けば、すぐに何者であるか判明するだろう。そうなると、必然的にジーク・イェーガーの存在も明るみになる。

 

 本当にユミルっちは何を考えているのか。

 いくら私でもお兄さまを巻き込むなら、「あうら ぱんち!」を繰り出さなければならなくなる。

 

 まぁ、タイバー家の人間はエルディア人ですので、いざという時は彼女に責任を取って記憶改ざん(脳みそクチュクチュ)してもらいましょう。

 

 

 そもそもエルディア帝国の元貴族にしては、動かしている手駒の規模が大きい。

 彼女は秘密裏に動いているようだが、通常エルディア人の収容区に入って人を運ぶとなると、いくら何でも誰かの目にはつく。

 

 だがラーラに焦った様子はない。このような行動を勝手に起こせば政府も黙っていないだろう──と質問しても、「大丈夫」という返答のみ。

 

 よってタイバー家は推測するに、政府を欺くだけの力か、あるいは()()()()()()()力があるのだろう。

 

 そんなお家に誘拐されちゃったアウラちゃん。本当に大丈夫なのだろうか。

 

 

「前提として、私は自身の血筋について知っています。一族がエルディアの革命を待ち望んでいたことも。ですが一族のことなど、私にとっては些細な問題です。“血”に想うことは多けれど、抱える思想はどうでもよい。私は「私」であって、何者にも染まる気はないのですから」

 

「…マーレに残った王家の人間は、その姿を晦ましたそうです。実際にその子孫が残っていたとなりますと、容易に看過できる問題ではありません」

 

 私の先祖がレイス王と思想を違えたということがわかっているなら、今日(こんにち)のマーレ国を打ち倒し、エルディア帝国を取り戻そうとしている───と考えるのは当然だ。

 

 だからこそ、私自身の思考を確かめる必要がある。

 

 短い話でそれを為すのは難しいでしょう。

 しかし“()()()()”の余地を今こうしてタイバー家が残しているのだから、十分にこちらも応える意味はある。

 

 ちなみにラーラはユミルに導かれてここにたどり着いたらしい。

 

 

 時系列にすると、

 

 ①彼女の前に始祖様が現れて誘導。

 

 ②私が家なきアウ子を堪能している最中に、ユミルが登場する。

(この間ラーラの前から一時的に消えていたようである)

 

 ③突如アウラちゃんから逃亡するユミル。

 

 ④「た だ い ま(ドヤァ)」

 

 ────というような、流れになる。

 

 

 相当好き勝手に動いている始祖様。

 そこまで動く力が残っていたなら、普通に一般家庭のお宅の記憶改ざんを頼んで、そこに居候しましたのに。

 

 いや、大戦の真相を聞いた我が身としては、タイバー家につるんだ方が後々私の思うように動きやすいから──と、彼女は考えたのかもしれない。

 

 当の少女は疲れたのか、ほぼ消えかけながら人の膝の上で寝ている。本当に好き勝手して……イイ夢見ろよ。

 

 

「他の一族の者は、始祖ユミルのことが視えるのでしょうか」

 

「いえ、私にしか視えません。王家の血を持った母も視えませんでした」

 

「視え()()()()───ということはつまり、母君は亡くなられているのでしょうか」

 

「……さぁ、どうでしょう。タイバー家ほどのお力があるのなら、時間を要さず私については調べられるのでしょう?」

 

「そうでございますが…、貴女ご自身の信頼を勝ち取るために立ち回られる方が、賢明だと存じます」

 

「すべて自分の口から吐け、と?」

 

「強制は致しません。あくまで私はユミル・フリッツの意思を尊重したまでですから」

 

 人の膝で口をモゴモゴと動かしながら眠りについている少女。

 そんな少女を見たラーラの表情は、少し微笑ましげだった。

 

 

 向こうとしては、亡霊であるはずの始祖ユミルが普通の人のように動いているのだから、不思議なものだろう。

 

 事実、私が最初に会った時の彼女と比べれば、よっぽど人間らしくなった。

 それまでは初代フリッツ王の呪縛に囚われ続け、巨人生産機と化していたのだから。

 

 ユミルは程よくアウラ色に染まって、私もまたユミル色に染まる。二つは決して混ざることはないけれど、お互いがお互いを影響し合う。

 これがあるべき人間としての、理想の形なのかもしれない。

 

 ()()では為せなかったことを今できているのだと思うと、複雑な気持ちになる。でも、悪い気はしない。

 

 

「ユミル・フリッツと私が似ていることに、あなたは驚かないのですね」

 

「最初見た時は驚きましたが、始祖ユミルが貴女を特別に扱う理由にその容姿が入っているのだと思うと、少し納得がいったのです」

 

「…それで、私を回収してどうするおつもりなのでしょうか、そちらは」

 

「最終的な決定は現当主のヴィリー・タイバーが行いますが、危害を加えるつもりはございません」

 

「……一つ条件をいいですか」

 

「えぇ、なんでしょう」

 

 どうせ私の素性がバレるならば、その前に先手を打つしかない。

 

 

 こちらの用件として、私の情報を明かす。無論すべては話さない。

 

 自分の大まかな人生でよいでしょう。それこそ名前や家族について。それに「楽園送り」など最低限話せば、あとは向こうが確認してそれが正しいとわかる。

 うっかり話し過ぎてもどこで矛盾を暴かれるかわからないから、その方法が一番良いだろう。

 

 そして代価として、ジーク・イェーガーの安全を保証してもらう。

 

 私も含めた兄の情報をタイバー家以外の外部に漏らさないこと。何らかの危害を被った暁には、俺のユミルっちが黙っていない。

 完全に始祖様任せですが仕方ないね。むしろ少女をすでに知っているラーラなら、これだけでも十分な脅しになる。

 

 結果としてユミルも少し動くだけで、タイバー家へ私を取り入れさせることができる。よっぽど路地裏で寝ているより安全である。

 

 考えれば考えるほど、ユミルの手のひらで事が転がされているように思えてならない。

 

 

「もし、条件を破った場合は……」

 

 寝ている少女へ視線を向ける。すると私の言葉が続いている途中に開いた、蒼い瞳。

 

 起き上がった少女は私の隣に座って──────()()()()

 

 

 

 瞬間、ラーラの顔が強張る。かくいう私も今まで見たことのない種類の異なるユミルの笑みに、固まった。

 

 

 そうだ、忘れてはいけないのです。私がいつも「ちゃん」づけして構っている少女は、光るムカデ野郎に出会って強大な力を得てしまった人間で、その魂の理は私たちから外れているのだと。

 

 単純に考えれば、ユミル・フリッツが亡くなってから約二千年が経つ。しかし現実世界での時間と、あの砂と光の柱の世界では時の進み方は大きく異なるのだ。

 あちらの方が体感する時間としては長い印象を受ける。それこそ悠久に続くような。

 

 そんな世界で延々と巨人を作り続けていたら、そりゃあ感情も失ってしまう。

 

 ある意味今の感情豊かになったユミルは、奇跡なのかもしれない。その奇跡が『×××××()』と出会ったからなのだとしたら、純粋に嬉しい。

 

 

 そんな、私をもビックリさせたユミルたそは、再び眠りの世界へと戻られてしまった。

 

 訪れる車内の静寂。とても、気まずい。

 

「……父曰く、特異な私の在り方は、それこそ「ユミルの寵愛」だそうですよ。始祖ユミルを前にして誓ってくださるというなら、私はお話しします」

 

「貴女への行動一つで、恐ろしい末路もあり得る…ということでしょうか」

 

「もしそうならご覧の通り、足を失った段階で彼女が黙っていませんよ」

 

「………それも、そうですね」

 

 行き過ぎた牽制になったものの、ひとまず落ち着いた。

 

 その後ラーラは私の条件を受け入れたので、大まかな素性について話した。

 やはりジーク・イェーガーの部分には驚いた様子だった。歴代の《獣の巨人》が持たない特質した力の理由がついたことには、なるほど、といった様子。

 

 

 自分の素性を語る場合、不利益が多いものの、一つの大きなアドバンテージはできる。

 

 完全に──とは言わないけれど、私がエルディア帝国を取り戻さんとする先祖の思想を持っていないこと。それが証明できる。

 

 私の人生をたどった中でわかるのは、「こいつブラコンやん」という内容だけだ。

 そしてそのために何でも為せる異常者である、と。

 

 仮にタイバー家が私を利用するとしてジーク・イェーガーを弱みに使うなら、始祖様が黙っていない。

 逆にジーク・イェーガーを利用するために私を利用するとしても、ユミルガードが発揮される。

 

 

「兄の任期はあと一年。その任期が終わる頃には、私は死ぬつもりです。今更「楽園送り」となった両親の思想を継ごうなどという気はないですし……ただ、静かに兄と暮らしたい」

 

「そう…です、か。……ではなぜ現在は離れて居られるのですか?それこそ始祖ユミルが助けを求めて……」

 

「………それは」

 

 どうしたらいいと思う、ユミルちゃん。どうせ狸寝入りなんだろ。

 しかしフリーダム少女は起きない。後の尻拭いは私が行えと…?

 

 この場合事実を言うしかないでしょう。ただ弟と会った、などと言うわけにはいきません。始祖を宿す(嘘)彼はマーレで最重要捕獲対象なのだから。

 

 それこそいることがバレて上層部に情報が渡ったら、その瞬間から戦争開始である。

 

 四年間お国のために働いた戦士たちに、もっと休む暇を与えたらどうなんですかね。ただでさえ戦争のせいで兄といる時間が減ったのに。上層部の首を狩ってそれを並べ、苦痛に満ちた表情を眺める鑑賞タイムをとっても、全く割に合わない。

 

 

 話すなら、「かつての仲間と遭遇した」と言うのがベストです。

 エレンくんも同じ調査兵団の仲間でしたし、嘘は言っていないんだな、コレが。

 

 壁内を裏切った身ですので、私が元仲間に出会ったらどうなるか、想像に容易いですね。本当は問答無用で捕まってパラディ島に連れてかれてしまうのでしょうが、向こうが私を「寵愛の子」だと知っていることは話していない。

 

 

 元仲間に遭ってねらわれたアウラちゃんは逃げた、という体だ。

 

 当然、政府のお膝元である軍事基地にいるのが最善策だろ、とツッコまれる。

 その点はパラディ島にいるはずの調査兵団がマーレに潜入していた部分を踏まえ、彼らをここまで招いた「()()()」が内部にいる可能性を懸念したため、軍事基地に行けないことにした。

 

 仮に政府の内部に「協力者」がいるなら、必然的にねらわれている自分が近づけば、兄を巻き込んでしまうかもしれない。

 

 肝心のその協力者が兄なのですが。ここまでの矛盾も中々ないですね。

 

 

「……本当に、兄君が大切なのですね」

 

 ラーラは一応納得してくれたようだった。

 同時にマーレ内にすでにパラディ島の人間が侵入していることを受け、調べる必要性が出てきた──とも。

 

 

 エレンの話が正しければ調査兵団はかなり前から、すでにマーレにたどり着いている。

 それに未だ気づいていない政府。兵団自体もおそらく少人数で、できる限り隠密に行動したに違いない。

 

 ただエレンが動き、お兄さまの用意した舞台が完成しつつある今、調査兵団も大きく動かざるを得なくなる。少人数ならともかく大きな動きを見せれば、流石に政府も勘づくだろう。

 

 

「────わかりました。当主にこの件は申しますが、貴女の身はこちらでお守りすることになるでしょう。ご安心ください。タイバー家には他の息のかかった人間はおりませんから」

 

「…それは政府も、ですか?」

 

「はい。むしろタイバー家は()()()()()と言った方が、よろしいでしょう」

 

「え?」

 

 

 マーレはなんとタイバー家の権限下にあるらしい。統治自体はマーレ政府に委任しているが……え?

 

「今のマーレの在り方はあくまでマーレ自身の意思。タイバー家の意思ではありません。ただ、我々が巨人の力を託した結果生まれた多くの犠牲を思えば、その贖罪は決して目を逸らせぬものにまで膨れ上がっています」

 

「………」

 

「当主は……いえ、()()()は、その贖罪を一身に背負っておられる。私ができることといえば、そのお勤めを最後まで見届けることくらいです」

 

「ヴィリー・タイバーの妹なのですか、あなたは…」

 

「はい。私の、自慢の兄さんですよ」

 

 頬を少し赤く染めて微笑んだラーラは、私と同胞だった。

 さすがに恋愛感情はないでしょうけれど、絶対にお兄ちゃん子ではある。私のブラコンセンサーが「YES!YES!」と喧しいもの。

 

 

「わ、私のお兄さまの方がカッコいいですから!!!」

 

 

 と、ジーク・イェーガーが国宝級の人間である事実を語ってしまったアウラちゃん。

 私の言葉を受け、瞳を丸くしたラーラはにっこりと微笑んだ。両手を合わせて、ふふ、と息をこぼす。

 

 

「兄さんという存在は、格好いいですよね」────と。

 

 

 それに私は無性に敗北感を味わったのである。

 少なくとも彼女は言葉の矛を握らなかった。

 

 純粋に彼女は、同じ兄が好きなもの同士嬉しかったようですが、それも敗北感を誘う結果になった。

 

 でも「愛」の大きさだけは、絶対に負けません。




ユミル「っま、アウラなら何とかするやろ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「瞳を閉じなさい 手を握りなさい そして祈りなさい」

アンケート置いたのでよければお願いします(本編に直接関わるものではないです)

パラグライダージーク実装されて発狂しながら170連したらナイスガイが来ました。でもジークは来ませんでした。死にます(遺言)


「驚異の子」ジーク・イェーガー。

 

 7歳だった少年が両親を含めたエルディア復権派を密告したことは、当時大きな話題となった。

 

 

 ドベだった少年はやがて候補生入りし、トム・クサヴァーの《獣の巨人》を継承した後、これまでの戦士とは一線を画す特異な能力を発揮した。

 その脊髄液を摂取したエルディア人は、彼の“叫び”により巨人化する。

 

 まさしく「驚異」を体現する彼は戦争で大きな活躍を果たし、戦士長にまで上り詰める。10年以上をかけて積み上げたその信頼は大きく、マーレの元帥が会議にて彼の発言を聞き入れるほど。

 

 そんな男に疑心を抱く者はテオ・マガトくらいであろうか。

 付き合いだけで言えば、マガトとジークはそれこそ20年を超える。

 

 両親の期待に応えようと、心も体も限界まで追い込む少年を見ては、「体を壊しては意味がない。そんなことも分からないのか!」などと、厳しい口調ながら見守っていた。

 

 マーレ人であろうとエルディア人であろうと、差別しない価値観を持つマガトは政府の中でも稀有な存在である。

 

 同時に九年前の“始祖奪還計画”を四人の子どもに託すことに、反対したのも彼だった。

 

 いくら訓練を積み、そこらの兵士よりも洗練した力を持つとはいえ、まだ子ども。

 マーレの命運を託すにはあまりにもその重責は重すぎたはずだ。

 

 

 現マーレ政府は腐敗している。

 

 だからこそ彼は巨人に頼らない兵器開発推進の提唱や、マーレ人の徴兵制の復活を上に提言している。

 その反応はイマイチ、といった様子だ。

 

 このままではマーレに未来がないことを、男は感じていたのである。

 

 

 

 そんな彼に接触を図ったのがヴィリー・タイバー。現タイバー家の当主である。

 

 マガト同様に、今のマーレ政府を憂へていたヴィリー。

 彼は本来なら知らぬ、タイバー家がマーレを真に牛耳る存在であることを見抜いていたマガトの思慮深さに、やはりこの男しかいない──と、改めて認識した。

 

 再び必要となるマーレの英雄。

 “協力者”としてマガトを選んだヴィリーの手が、握られる。

 

 

 その後ヴィリーは一つ、マガトに頼み事をする。

 

 それは“()()()”が潜り込んでいる────というもの。

 

 マーレの裏のトップであるタイバー家には、政府とは別の直轄の近衛兵が存在する。その存在はタイバー家一行が来訪した際に、マガトも見ていた。

 

 彼らは秘密裏に動き、タイバー家の護衛のほかに情報収集なども行うという。

 

 そんな近衛兵が掴んだ情報というのが“ネズミ”の存在だった。

 この場合比喩として“ネズミ”と呼んだが、その正体はパラディ島の脅威を指す。

 

 ヴィリーは潜んでいる連中の調査を、マガトに依頼した。これからヴィリーは祭事に向けて動かなければならなくなり、必然とその護衛に近衛兵も当たる。

 協力関係を結ぶ上で先に信用を勝ち取るという意味でも、この提案は双方にとって悪くないものだ。

 

 

 

「しかしネズミ……ですか」

 

 

 マガトの脳裏に過ぎったのは、現在行方知れずとなっているジークの妹の存在。

 

 発端はファルコが彼女が勤める病院に行く機会があり、そこでアウラ・イェーガーが所用で休んでいることを知った。

 その話をライナーにし、またその話がジークに伝わり発覚したのである。

 

 どうやら病院には家の事情を理由に休み、対し兄には置き手紙で『仕事が忙しくなるため当分帰れない──』と説明してあったようだ。

 

 突然姿を消した妹に、ジークは数年ぶりの鬱状態に差しかかっている。

 兄妹間で()()()あったことはマガトの耳にも入っている。しかし家族間の問題であると、空気を読み深入りはしなかった。

 

 イェーガー兄妹の在り方は歪で、ボコボコと空いた穴を互いにうまく埋め合うようにして、絶妙なバランスを保っている。少なくとも彼にはそのように見えている。

 

 

 相互依存────と言うべきだろうか。

 

 

 ジークはトム・クサヴァーを実の父親のように慕っていたように、「家族」に対しかなり歪んだ、盲目的な愛情を持っている。

 

 対し妹の方はマガトでも表現しにくいが、例えるなら突貫する爆弾。究極のブラコンモンスター。

 

 アウラ・イェーガーの狂ったエピソードを聞いてしまった男は、残念ながらそのような感想しか抱けない。むしろそれ以外の感想を持てない。

 

 だがしかし、()かれているにも関わらず人の懐に入ることに長けている。

 戦士であれば、潜入を得意とする優秀な人材となっただろう。

 

 壁内で私兵を作っていたという点は、戦士(あのアニとまで距離を詰められている)や候補生たちと友好的な関係を作っているところをみると、納得はいく。

 

 

 それは逆に言えば、アウラ・イェーガーが戦士を取り込む可能性もある、ということ。

 

 彼女の両親が「復権派」であったことを踏まえれば、いつ何時、牙を向けるかわからない。

 あり得る可能性を予想しておくことも、戦争において必要な能力である。

 

 無論マガトは、そんな軟弱者に戦士を育てた覚えはない。ただ幼少から刷り込まれた場合───ガビたちなどは、かなり危うい。

 

 しかし彼女の首を繋ぐリードは存在する。ジークだ。

 対しジークも妹の存在が有効な手綱となっている。

 

 互いが互いを縛り合う。()()する側としては非常に扱いやすい。一方でその扱い方を間違えれば、大変なことになる。しかし長年戦士を育ててきた男はそのラインを見極めている。深入りしすぎると特に妹の方は爆発しやすい。

 

 体をかすかに身震いさせて、()()が報告していたほどには。

 

 

 だからこそ、一番よい方法は放っておくこと。もちろんバレない程度で一定の目は付ける。

 

 その体制で四年間過ごしていたが、急転直下に動いた事態。消えたアウラ・イェーガーの存在にジークを訝しんでいたマガト。

 

 彼が知らない裏で着実に事は動いている──と考えていた矢先の、ヴィリーの「ネズミ」の発言だった。

 

 女は元パラディ島の兵士であり、仲間と接触した可能性が高い。

 裏切り者と見せかけたスパイ。ジークの存在があり薄らいでいたその可能性が急浮上する。

 

 だがマガトの考えを読み取っていたのか、ヴィリーは「そう言えば」と、少し大仰に語る。

 

 

 曰く、タイバー家が調べていた中、偶然救った存在がいると。

 

 どんな物語でも裏切り者の末路というのは悲惨だ。

 それはしかして、因果応報である。

 

「襲われた彼女はネズミが入り込んだ事態を受けて、政府に協力者がいる可能性を考えた。一隻も戻ってきていない調査船団のことを考えれば、一理あるとは思いませんか」

 

「……たしかに。船団に内通者がいたとすれば、一人や二人の規模ではなさそうだ」

 

「ゆえに政府を信用できない彼女を、一時的に身を匿わせることになった。こちらもネズミの情報を一つでも知りたかったのでね。芳しい情報は得られなかったが」

 

 

 一先ずまだ、こちらで身柄は預かっておく───としつつ、ヴィリーは身柄を渡すことも検討に入れていた。

 マガトは少し考え込み、首を振る。

 

 政府内に敵の協力者がいるならば、身柄を預かったところで、百パーセント安全を保証できるとは限らない。

 仮に女が殺されれば、ジーク・イェーガーのリードは外れる。

 

 同時に彼の脳内では、家族を「楽園送り」にした後、生きたまま死んでいるようだった少年の姿が思い浮かぶ。少年の心の穴を少しずつ埋めたクサヴァーがいなければ、少年はとっくの昔に折れて……いや、その前に巨人になり楽園を彷徨い続けるバケモノになっていただろう。

 

 

 この件はなるべく信頼のおけるものにだけ留めてほしい──ともヴィリーに告げられ、マガトは頷いた。

 

 ライナーやアニには伏せておいた方がいいだろう。戦士であるが彼らは壁内にいた以上、協力者の可能性はある。

 

 ピークは大丈夫だ。問題はジークであるが、話さないわけにはいかない。腑抜けになられても困る。疑惑はある反面、戦士長であることは事実だ。

 敵が潜伏しているかもしれない今、いつ戦いが勃発してもおかしくはない。

 

 いざという時戦えなければ、直結してその被害はマーレ国とその民が受ける。

 四年間の中東連合との戦争も相まって、より慎重な対応が必要とされる。

 

 

 そうして二人の内談は終わりを迎える。

 

 最後にヴィリーはマガトに問うた。

 神を信じるか、否か。そして、仮に信じるなら。

 

 

 

 神は罪深きエルディア人(われわれ)をどう思っているのだろう──────と。

 

 

 

 奇妙なその内容にマガトは眉を寄せ、信じてはいない、と返す。

 それを聞いたヴィリーは、自嘲げに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 祭事当日。

 

 エルディア人収容区には普段では考えられない数の人間が入り、朝からさまざまな出店が開かれていた。

 

 美味しそうな品物を目にした戦士候補生たちは、年相応にはしゃぎながら食べ歩く。金は副戦士長払いだ。子どもたちはまだしも、ピークや彼女に連れられてきたポルコもライナーマネーを使う(アニは一人で回っている)。

 

 財布の中身は減るものの、嬉しそうなガビやファルコたちの様子に、ライナーの口角も自然と上がった。

 

 

 

 

 そして夜。いよいよタイバー家当主、ヴィリー・タイバーが初演出する劇が始まるという手前。

 

 ライナーは知り合いを見かけたらしく、まだ戻って来ていないファルコを案じ、ウドとゾフィアとともに人の群れに揉まれながら探した。

 ちなみにガビは「どうせションベンでしょ!」と、そっぽを向いてコルトに宥められていた。

 

 

 少年がここ最近何度か病院へ赴いているという話は、ガビからも聞いている。

 少し付き合いが悪くなり、しかも訓練で一時的ではあれどガビすら上回ったファルコに対して、少女はライバル心を燃え上がらせているようだ。

 

 誰と会っているかファルコ本人は言っていない。だが恐らくは負傷兵だろう。

 

 見かけた知り合いというのも、その人物なのかもしれない。

 まさか意中の相手が看護婦だから通っている──というわけではあるまいし。少年の想い人は変わらずガビだ。

 

 

 ライナーの任期は後二年であり、その頃にはガビは14歳。次期ヨロイの継承者としてトップに立つポルコは20代前半。

 そこから十三年の任期を担うとなると、ポルコの場合は終了の頃には三十を超える。

 

 元々巨人の力を子どもに継承させるようになったのは、「始祖奪還計画」に向けての他に、大人よりも洗脳がしやすくマーレの忠実なコマを作りやすい点。また巨人化において、身体面が若い頃のピークの時期に重なるように、という趣旨がある。

 

 

 極端な話老人が継承したとして、巨人の力を百パーセント扱えるかどうかとなると、答えは「否」である。

 

 巨人の力は相応しい人材を使うのが望ましい。

 

 そのためポルコは現状だと花丸合格だが、年齢面を考慮した場合、十分にガビが継承できる可能性もでてきている。

 

 それはファルコも同様だ。少年は少女に寿命の際限を作ってほしくないからと、懸命に訓練に励んでいる。

 その少年の想いをライナーは肯定し、時に厳しく叱りながらも応援していた。

 

 しかしてこの裏には、妹のように思うガビを守りたいライナーの意思。

 弟を守りたいコルトの意思(彼についてはすでに獣の継承が決まっている)。

 そして、かつてポルコにヨロイを継承させまいと上司に印象操作をした、マルセルの意思が存在する。

 

 それぞれの思惑が絡み合い、()が存在する。

 

 

 またポルコと同期のライナーからすれば、彼の心情を思うと、腹の底がグッと縮まり吐きたい気分になる。

 ポルコ・ガリアードの首を絞めているのは《鎧の巨人》を継承したライナーだ。

 

 何より兄マルセルを失うきっかけになったのが彼である。

 

 そんな負い目から、たとえ「クソドベ」と言われようと、「ゴリラ」と言われようと、全て己の責任であるから──と、受け止めている。

 

 …いや、「ゴリラ」と言っているのはアニであった。

 

 彼女に関しても我が身のかわいさの余り、脅すようなマネをしてでも作戦の続行を強制したり、マルコの時もアニが兵士を助けたことを引き合いに出して、立体機動装置を外すよう命じた。

 

 だからこそ、今の自分がアニのサンドバッグになるのは仕方のないことであり、むしろこれは「()」の一つなのだと、考えている。

 

 

 

 罰──────そう、罰だ。

 

 

 

 四年前、死を望むまでに精神的に追い込まれていたライナーに、彼の想い人が勧めた生き方。

「罪」で染まった自分を裁く「罰」。そしてその処刑を行う人間。

 

 今でも時折悪夢として、彼の夢に激情に駆られたヒスイの瞳が出てくる。

 己を殺すのはエレンである、と。

 

 アニよりもポルコよりも、ライナー・ブラウンを殺す資格を持つのがエレン・イェーガーなのである。

 

 

 それほどのことを自分はした。

 少なくとも彼はそういう風に考えて止まず、まるで神に祈りでも捧げるように()()()を待ち望んでいる。

 

 多くのパラディ島の人間を殺した自分が。仲間を殺した自分が。戦争で敵兵を殺した自分が。殺して、殺し続けている、「罪」で穢れきった己が。

 

 生きていいはずがない。

 生きていいわけがない。

 死ぬべきであり、今こうして生きていることすらも「罪」なのだと。

 

 

 少しずつ少しずつ、彼が天使と思っている女の言葉によって歪められてきたライナーはすでに、悪魔の狂気に感染しているのだろう。

 

 当の悪魔な女は現在行方不明である。

 

 ファルコからその件が知れた。ガビたちが心配し、ライナーもその身を案じた。戦士長はといえば隠しきれないほどの通夜ムードであり、アニだけは「戦士長が生きている限りはどっかで生きているでしょ」と、全く動じていなかった。

 

 戦士の中(ジーク除く)で最もアウラと関わりの深い女は、ツラ構えが違かった。

 

 

 

 

 

「あっ、見つけた」

 

 

 ゾフィアが群衆の中をかき分けて戻ってきたファルコを発見した。

 同期に小言を言われる中、ファルコは小さく謝る。

 

「知り合いと話すのはいいが、開幕はもうすぐなんだ。行動は慎めよ」

 

「すみません、ブラウン副長…」

 

 今回の演目のためにマーレ軍の中枢だけでなく、各国の大使や名家の数々、さらに諸外国の記者が一堂にそろう。

 そんな場で仕出かせば、どんな処分が下るかわからない。

 

「お前が会っていたのはもしかして、いつもコソコソと会いに行っている奴か?」

 

「ギクッ」

 

「口で驚いた音を出すなよ……そんなに仲がいいんだな」

 

「はい。たまたま戦争から帰った時に会った方なんですけど、それ以来仲良くさせていただいているんです」

 

 その人物とは「クルーガー」さんと言うらしい。その人物の代わりに手紙を運ぶなど、優しい少年は度々パシられていたようだ。

 

 

「クルーガーさんはご家庭の事情で、色々と大変だったみたいです」

 

「そうか。他人に優しくするのもいいが、もう少し自分のことも気遣えよ」

 

「は、はいっ!」

 

 敬礼したファルコはウドとゾフィアに挟まれ、ライナーの前方を歩いていく。

 

「どんな人なんだよ?」とニヤニヤしながら尋ねるウドは、その「クルーガー」を女性かと疑っているらしい。

 それをスッパリと切るゾフィア。ガビの件を少女に持ち出されたファルコは、頓狂な声を上げた。

 

 ワイワイと楽しげな彼らの姿にふとライナーの中で、幼き頃の自分たちの姿が過ぎる。

 

 自分を抜いた少年少女。その中の少年二人のうち一人は、骸も残さず死に、もう一人は安否不明となっている。

 

 

 

「だからその人はッ、「()()()・クルーガー」っていう男の人で!!」

 

 

 

 聞こえたその言葉に、「えっ?」と呟いたライナー。思ったよりもその声が大きかったのか、振り返った子どもたちの視線が刺さる。

 

 汗が唐突に吹き出し、浅い呼吸を繰り返しそうになるのを無理やり抑え、ライナーは恐る恐る聞いた。

 きっと、気のせいだと思いつつ。

 

 しかし今、まさに宣戦布告の狼煙がこの日、しかもこの場所で行われるという時に出た「エレン」という言葉は、決して無視できないものである。

 

「その男の瞳は……何色だった?」

 

 ファルコは副長の様子の変化に心配そうな顔をしつつ、「緑っぽい色です」と答える。

 

 震えた息を漏らしたライナーは、その人物が旧友であるかもしれないと告げ、先ほどまで男といたファルコに案内を頼んだ。

 ウドたちには先に戻ってもらい、自分たちが遅くなることを戦士長らに告げてもらうよう頼んで。

 

 

「クルーガーさんの向かう場所は聞いたのでだいたい知っていますけど、まさか副長の友人だとは知らなかったです……」

 

「……俺も、驚いてるよ」

 

 ライナーは今自分が銃の的になりに行っているのか、それとも“戦士”として行動しているのか、分からなかった。

 さながら兵士か戦士か、自分が何者であるのか分からなくなっていたあの頃のように。

 

 祭りの喧騒は彼の耳の中に入り、そのまま通り過ぎて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬱だナー

トップのヒロインの座を勝ち取っているユミル……最強かな?次点でジーク、そして圧倒的な差が開いてのライナー。

個人的にミカサの0を見て、「ミカサはエレンのヒロイン」という、みんながisym先生と始祖ymrによる調教済みな思想を持っていることが知れて、私は嬉しいんだ(ドM)

アンケは引き続き、個人の気がすむまで設置しておきます。投票してくださった方ありがとナス!


 私アウラ・フリッツちゃん。フリーダム始祖様の子孫なの。

 

 

 現在劇が始まり、私はそれをタイバー家の関係者という体で、各国のさまざまな名家がいる場所でコッソリと眺めている。

 

 衣服は華美すぎないシンプルな漆黒のドレス。首元が広く見えるもので、袖部分は生地が薄いため肌が透ける。

 浮かび上がる花の紋様と生地の質感に「ゴッツ高いヤツやん」と実感する。

 

 その上には白いカーディガンを羽織っており、金髪のウィッグを付けていた。これで瞳を青に変えられれば完全にユミルちゃんである。

 

 車椅子に乗る美女ちゃんに、複数の男性に「お美しいですね」から始まって、どこの家の者か尋ねられる私。これだから美女って罪深い。その度に「お忍びですの、ですから…」と言い、はぐらかす。

 

 口元に手を当てて、クスリと微笑むだけで、相手は息を呑んでしまうのですから。

 普段あまりしない化粧と高価な衣装の効果で、いつもの数倍アウラちゃんの魅力が増してしまっていた。

 

 ちなみに車椅子を押してくださっているのはタイバー家の近衛兵の方で、スーツを着ていらっしゃいます。

 

 

 ここに至るまで、ヴィリー・タイバーの協力を無事得られたのは幸いでした。

 ユミルちゃんの存在は偉大なんやね。

 

 歴史の転換点に現れた存在に、当主殿は運命を感じ、そして己の立場を悟った。

 

 巨人大戦の真実を語る彼は、今宵タイバー家と英雄へーロスの名誉を捨て、その上で迫る脅威───始祖の力を持ったエレン・イェーガーの存在を明らかにする。

 そして争い合う世界の人間たちに、武器を取らせるのだ。

 

 すべては幾千もの壁を構成する、大型巨人の脅威から世界を守るために。

 

 

 たとえ敵がマーレに侵入し、ねらわれることが分かっていても、己を犠牲にして世界に変革をもたらさんとする。

 

 そんな男は本当の“英雄”となるのだろう。

 

 その姿をヴィリー・タイバーは王家の血を継ぐ私と、始祖ユミルに見届けてもらいたいそうだ。

 当日、敵の奇襲に遭う可能性が高いと知りつつ、それでも立ち会って欲しかった。

 

 私としても是が非でも行きたかったので、相互の意見は一致していた。もし危険でも「ユミルの寵愛があるから大丈夫」とごり押しすれば、問題ない(モーマンタイ)

 

 ウィッグをしていても既知の人間には見抜かれてしまう可能性はありますが、そこは仕方ないでしょう。

 バレてもこちらは来賓客の席だ。来ると不自然なため近寄れない。

 

 

 

 

 

 そしていよいよ壮大な音楽が鳴り響き、舞台が始まる。

 

 

 こういった劇を鑑賞する機会は何気にはじめてなので、純粋に楽しめた。

 

 一番の見どころは巨人の被害に遭った人間たちをイメージするため、役者たちが呻いていたところですね。少しわざとらしさも感じられましたが。

 

 もっとリアルに叫んでもよかった。こちとら本当に巨人に食われる仲間たちの姿を経験しているのでね。採点は厳しいですよ。

 

 

 それから順当に進んでいく劇。大戦の真実を明かされ騒然とする周囲は、ひとりの語り手であるヴィリー・タイバーの重い決意からくる言葉に聞き入る。

 彼の男は偽りの地位を抜きにして、純粋に人の上に立つ器量を持っている。

 

 世界を滅ぼそうとする強大なエレン()を前にして、共に立ち上がることを呼びかけるヴィリー。

 鼻を啜る音が聞こえて隣を見れば、男が泣いている。その他も、その他も。

 

 感涙し、盛大な拍手を送る周囲を見て、私もゆっくりと手を叩いた。

 

 

 美しい。一つの脅威を前にして、共に戦おうと呼びかけるヴィリー・タイバーの言葉も。その言葉に感銘を受け、手を取り合い武器を取ることを決める人間たちの姿も。

 

 これが、お兄さまが用意した舞台。

 

 

 涙を流す者たちとは対照的に顔が熱くなり、今自分の顔が恍惚としているのがわかる。

 

 きっとエレンもすでにこの場に潜んでいるのだろう。この劇は一般のエルディア人も見ることができる。ゆえに負傷兵を偽っている彼も入り込むことは可能だ。

 

 いつ戦いの狼煙が上がるのか。

 

 そして混乱の中、どれだけ多くの無垢の命が消えて、死にゆく間際にその煌めきを見せるのか。

 

 知りたい。見たい。堪能して狂いたい。

 

 私が「生」きていることを、実感させて欲しい。

 

 死んではいない証明を、してほしい。

 

 

 

「パラディ島勢力へ、宣戦布告を──────!!」

 

 

 

 その、瞬間。

 

 

 爆発するような音とともに、ヴィリー・タイバーがいる舞台の頭上から、建物の瓦礫を吹き飛ばしながら巨人が生えてきた。

 

 慟哭し、雄叫びを上げる巨人。まさしく今この時、「主人公」がそろったのだ。

 

 タイバー家の件でフリーダムに動いて以来出てきていないユミルは、この光景を見ているのだろうか。見逃していたらもったいないですね。

 

 

 瓦礫が遠くのこちらにも届く中、巨人に宙へ放り投げられたヴィリーは、その口の中へ消えて行った。

 

 どうやら、タイバー家が戦鎚を保有していることもしっかり伝わっているらしい。でないとエレンがヴィリーを食らった理由にならないものな。

 

 突然の事態に、周囲は悲鳴を上げて逃げ始める。近衛兵の方も「逃げましょう」とおっしゃったが、もう少し見ていたい。

 

 どうせ車椅子ですと逃げる際に、どうしても周囲より遅れてしまい混乱に巻き込まれやすい。

 ですので人の移動が落ち着いてから動いた方が安全でしょう。

 

《戦鎚の巨人》が誰であるかは聞かされていないものの、始祖ユミルが見えていたことからも、誰かはわかっている。

 そして私が見当がついていることも、あちらは分かっているでしょう。

 

 

「ん?」

 

 ヴィリーを美味しくいただいたエレンが軍の人間の方へ視線を向けようとした時、一瞬動きを止める。こちらを見ていますね。

 

 お姉ちゃんがより美女になっていることに気づいてしまったのでしょうか(建前)。

 

 来るんじゃねぇ(本音)。

 

 

 すぐに視線を戻すと、エレンは驚異のスタートを決めて軍部の人間を潰した。

 そろそろ戦鎚の彼女も動くでしょうし、逃げるとしましょう。

 

 と言っても、完全な安全圏に逃げる気はない。私をお持ち帰りしたいという話に嘘偽りがなければ、調査兵団は私を見つけ次第回収するでしょう。

 

 四年が経てば私の容姿を知らない者も増えるだろうが、似顔絵なりなんなり、情報はもらっているだろう。

 

 またジーク・イェーガーの側にいることも、大方予想はついているはずだ。少なくとも、私と会った負傷兵エレンくんは。

 

 

 あとは事が終わり次第だ。兄弟が揃った時に、「私」をさらけ出して殺されましょう。ふひ。

 

 車椅子を押されながらウィッグを捨てて、前髪をかき上げながら違和感のなくなった頭部の清涼感を味わう。同時に瓦礫に巻き込まれた人間や四方八方で聞こえる叫び声に、口元を隠しながら笑った。

 

 みな死と生の間で、今の絶望を味わっている。

 まさかこんな事態になるなんて、一部を除いて思いもよらなかっただろう。

 

 

「生」きているって素晴らしい。

 

 だから早く、殺して。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 タイバー家の演説する広場にて起こった、エレン・イェーガーの強襲。

 

 ヴィリー・タイバーとテオ・マガトが、マーレ国内に潜んでいる“ネズミ”の存在に気づきながらも、今宵の演目はとり行われた。

 すべては腐敗したマーレ政府の打開と、「地ならし」の脅威を止めるため。

 

 ヴィリー・タイバーは自らの命がねらわれることを理解した上で、舞台に立った。

 また軍部の中心を一気に抹消するために、わざと舞台の近くに配置して。

 

 結果、タイバー家の当主は《進撃の巨人》に食い殺され、軍部の人間も殺された。

 

 その後、兄の最期を見届けた当主の妹──ラーラが巨人化し、進撃VS戦鎚の火蓋が切られ、ラーラ側の援護としてマガトらが参戦する。

 

 

 ヴィリーとマガトの思惑どおり、各国の主要人物がいた中起きた歴史的大事件。

 

 これで世界はパラディ島を人類の脅威とみなし、スムーズに戦いへ移行することができる。

 

 ただしパラディ島側も今ことを起こせば、戦いが避けられなくなることはわかっていたはずだ。

 その意図を含め、慎重に行動する必要がある。

 

 

 

 

 

 そして、広場から離れた場所。

 

 大勢の人間が逃げまどい、押し合う群れがある程度おさまった中。

 戦士候補生らの姿がそこにはあった。

 

 演目が始まる前、マガトの呼び出しの命を伝えにきた兵士に付いていった戦士たち。そのためヴィリー・タイバーが襲われた際、広場に戦士はいなかった。

 

 

 彼らもまたすでに敵の策にハマっていたのである。

 

 パラディ島勢力の共謀者であるジークは正門へ。

 対し、アニとピークは建物内へ。彼らを案内した兵士こそ、似合わないヒゲをつけたイェレナだ。

 

 床を踏んだ時、一部分だけ感触が違うと感じたアニは、すぐに後方にいた兵士の体を壁に押さえつけ、腕を押し当てるようにして首を締めた。

 

 一瞬のできごとにピークは驚いたが、その前から戦士二人は妙な違和感を抱いていた。

 アニならばその生まれもっての勘で。ピークならば、その鋭い洞察力で。

 

 

 しかしアニは兵士に耳元で何かを囁かれると、目を見開き数歩下がった。

 

 その隙にイェレナはトラップにつながるヒモを切り、二人を床の底へ落とす。巨人化できないようにするための策である。

 

 遠い天井を見上げることになったピークは、やられた──と思いつつ、隣で拳を握りしめるアニを見つめる。

 

 なぜ兵士を離したのか問えば、青い瞳はゆらゆらと揺らいで、小さく「ごめん…」と呟くのみ。

 兵士に言われた内容も、話せないらしい。

 付き合いの長いピークであっても、見たことのないアニの表情だった。

 

 

 ピークは状況を整理する傍ら、深い息を吐く。

 

 ()()()()()()つけヒゲの兵士の件といい、戦士長のみ正門に向かわされた件といい、募る疑問は多い。アニの件も然りだ。

 

 念のためにジークと別れ、建物へ来る途中で出会ったパンツァー隊(車力の巨人が機関銃を装備した時、それを操作するメンバーである)にかけ寄り、こっそりと後を追うよう頼んでいた。

 ゆえに助けはそう時間を要さず来る。

 

 

「……ねぇアニ、「戦士」として戦う覚悟はあるわよね?」

 

 

 そう呟いたピークの言葉に、見返したアニは小さくうなずく。

 車力の女の瞳は変わらず彼女を、“仲間”と信じると、告げているようで。

 

 同時にアニの中で、兵士がささやいた言葉がよぎった。

 

 

 ──────あなたは()()()()()()に逆らう気ですか?

 

 

 兵士の声色はゾッとするような、冷たさを内包していた。

 

 悪魔のご慈悲。

 なぜかその言葉を聞いた時彼女の中には、一人の女の笑みが浮かんだのである。

 

 見る者を魅了する女────アウラ・イェーガーの、その笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 対し話を戻して、戦士候補生たちの現状。

 

 エレンの強襲の直後、舞ったガレキから咄嗟に子どもたちを守るように動いたポルコ。

 位置としてピークの前方におり、子どもたちは彼からみて右側にいた。

 

 ポルコは隣にいたゾフィアとガビを抱きしめ、地面へ伏せさせるように転がった。

 

 そのあと子どもたちやコルトにケガはなかったものの、ちょうどゾフィアが先程までいた位置に大きなガレキが落ち、ポルコの左足に当たってしまったのである。

 

 

 激痛に叫びながら彼は潰れた足をブチブチと、無理やり引きずり出す。

 骨が粉々に砕け、足の形を失ったそこは、靴とともに肉と皮がくっつくように平たくなり、引きずった場所には血が続く。

 

 歩行は困難だと一目瞭然の様にガビは顔を歪め、ゾフィアは恐怖により言葉をなくす。

 一歩間違えれば少女の体全体が、ポルコの足のように潰れていただろう。

 

 その間、広がった恐怖の波紋は周囲に広がり、ヒトの群れが一斉に動き出す。

 

 それに巻き込まれないようにと、コルトはウドを、ポルコはガビと震えるゾフィアを抱きしめ、ガレキの後ろに身を寄せるように隠れた。

 

 人の雪崩が収まったあとは、ポルコはコルトに背負われ、ウドとガビは「ヒッ、ヒッ」と、しゃっくりをあげるように息を漏らすゾフィアの背中に手を回して歩かせた。

 

 

 ポルコをすぐにでも病院に連れて行かねばならない。

 そんな中、ガビは戻ってきていないライナーを、コルトはファルコを案ずる。

 

 一行のスピードはあまり早くない。手負いのポルコをコルトがおぶっているためだ。

 

 身長がコルトの方が5cm高いながら、両者のウェイト差は10kg以上ある。どちらが重いかは明白であろう。ピークの趣味が、筋トレ中のポルコの筋肉をつつくことからも。

 

 

 

 道に転がる大小細かなガレキや、その下敷きになった死体。立ち込めるケムリに見通しは不明瞭である。

 出店を回っていた時とは一転した地獄のような光景に、ガビは喉から意味もなく声がもれそうになる。

 

 泣いたところで、叫んだところで、この地獄は変わらない。終わらない。

 

 悲惨な死体と血生臭い香りに、ゾフィアを挟んでガビの隣にいるウドは、込みあげた胃酸を飲み込んだ。

 

 まさに天国と地獄。

 

 一瞬にして世界は、進撃の足音をその耳にすることになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「俺を……殺してくれ……!!」

 

 

 時は少し遡り、ヴィリー・タイバーが強襲される前。

 クルーガーの元へライナーを連れてきたファルコが見たのは、四つん這いになり死を乞う男の姿だった。

 

 

 

 クルーガーは最初、旧友であるはずのライナーを見た時、一瞬驚いた表情を浮かべた。

 

 彼はすぐに無機質さを宿す顔へと戻り、少しの間をおいてライナーに座るようにうながした。ファルコについては、その場に残るよう続けて。

 

 幸いイスはクルーガーが座っている分ともう一つ、隅にあった。

 それを引っ張り男の正面に座ったライナーは、ファルコが見たことのないほど、不安定に映った。

 

 

 そして、いくつか言葉を交わしていった二人。クルーガーの様子は変わらなかったが、話が進むごとにライナーの震えがひどくなっていく。

 ちょうど彼らのいる上は舞台となっており、話をしている最中、ヴィリー・タイバーの声や音楽の音がよく聞こえた。

 

「最近はどうだ?」やら、「相変わらずアウラ・イェーガーのことが好きなのか?」やら、他愛ない会話をするクルーガー。

 

 

 だがそんな男の言葉に耐えかねたように、立ち上がったライナーは叫んだのだ。

 

 お前がここへ来た目的は、()()()()()──────と。

 

 

「「お前らができるだけ苦しんで死ぬように努力するよ」と、お前はあの時、俺に言ったじゃないか…!!」

 

 ここにきてファルコが「()()()()」という言葉の違和感や、ライナーの普通ではない状態に一つの可能性───エレン・クルーガーの存在に疑惑を持ち始めた中、クルーガーは耳をかく。

 

 

 

「言ったっけ、そんなこと…」

 

 

 

 まるで今まで忘れていた、と言わんばかりの様子。

 クルーガーの態度に「へ?」と頓狂な声を出し、ライナーは固まる。

 

 

 クルーガーは──否、エレン・イェーガーは、マーレで見たことを語る。

 

 壁の中で見ていた世界と、外で見た世界というのは“同じ”だった。

 善人と悪人。虐げる者に、虐げられる者。支配する者と、管理される者。

 

 そんな世界の同一の部分を目の当たりにした男は、ライナーたちが行った行為も、これからエレンが起こそうとしていることと()()()()()と思った。

 

 大切なもののために、誰かを傷つける。そうしなければ守れない何かが、失ってしまう何かがある。それは人それぞれ違うものの、作りは同じだ。

 

 奪う側だったライナーたちの側に、今度はエレンが回る。

 

 同じなのだ、どこまでも。

 

 

 だがエレンの言葉に、ライナーは「違うんだ」と返す。

 

 エレンの母親を含めて、多くの人間を殺してきたライナー。

 重い十字架にすでに耐えきれなくなっていた男を裁くはずの「罰」はしかし、正常に執行されない。処刑人のはずのエレンに、ライナーを殺そうとする様子は窺えないのだ。

 

 

 

 そうしてファルコの前で涙を流しながら「罰」を乞う、男の姿ができあがった。

 

 少年もまたエレンに利用された件──送り届けていた手紙が、敵の仲間の元へ送られていた事実──を知り、深く項垂れる。

 

 

「顔を上げろよ、ライナー」

 

 差し伸ばされたのは、エレンの手。

 蒸気を発しながら再生していくその右足に息を呑みながら、ライナーは翡翠の瞳を見つめた。

 

「お前も辛かったんだな」

 

「ちがっ、違うんだ!」

 

「何も違わないだろ。オレたちは同じだ」

 

「俺はお前に、殺されないと…!」

 

「なぜそんなに殺されたいんだ、オレに?」

 

「だからそれは、俺がお前の母親を殺して──」

 

 ライナーを引っ張りあげた手が不意に、強く握られた。

 仕方がなかったんだろ、と呟いたのはエレン。

 

 

「進む中で犠牲は生まれる。母さんもその犠牲の一人だった。でも進むしか方法はないんだ。だから、仕方ない(、、、、)。そうだろ、ライナー」

 

 

 濁った瞳はそのままに、エレンは微笑む。

 

 ゾワゾワとした悪寒がライナーの背筋に走った中、部屋につながる階段の上から、人の気配がした。

 おそらくはマーレ兵士だ──と思ったところで、彼が視線を戻すと、目の前の男の口元にあったのは手。

 

 最後に、自身が止まらないことを告げたエレンは手を噛み切り、稲妻とともに発光した。

 ライナーは咄嗟にファルコの元へかけ寄り、その体を抱きしめる。

 

 

 そして進撃の咆哮が、舞台上に響くことになったのだった。




【ハイテンションガール】


砂と光の柱の世界。

そこで製造中の巨人の上に乗り、拳を高く掲げている少女の姿がある。その巨人と少女の周囲では、無数の人間が集まり同じように拳を上へ突き出していた。

「イェイイェイ!」

「ユミル最高!」

「ユミル最高!」

まるでカルト宗教の信徒と始祖のような、カオスな狂気があたりに蔓延している。
気づいた時にその後方に佇んでいた一人のヒゲ面な男は、困惑していた。

そんな男に側にいた、そばかすが特徴的な少女が声をかける。エルボー付きで。


「お前もユミル様最高と叫べ!!」


そのまま顔に激しい衝撃を起こし、軽い脳震盪を起こした男はそのまま気絶する。
そして起きた時、奇妙な体験はすでに忘れ去られていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

苦しいんだナー

いやぁ…エレンの誕生日に投稿間に合ってよかったです。
いよいよ次回で本作も終わり。巨人に囚われたジークをどうやって主人公が救い、そして物語は結末を迎えるのか。こうご期待ください。

エッ、今日の日付?8月45日です。


 私、アウラ・イェーガーちゃん。今広場からだいぶ離れた場所にいるの。

 

 

 途中後方でまばゆい光が起こったため、戦鎚が登場したと思われる。

 

 それから広場の方角は、まるで怪獣大乱闘のような大騒ぎだ。時折空へガレキが飛ぶ。

 両者大暴れしているのだろう。特にエレン・イェーガーくん19歳児は。

 

 無力化されるはずのお兄さま以外の戦士たちは、今頃どうなっているだろうか。

 

 勘のいいアニならば、途中で罠の存在に気づいて無効化してしまいそうだ。そうなると多少の計画の誤差は生まれるかもしれない。そもそもエレンが広場にいる以上、他のマーレ兵が集結する。

 

 今は狭い路地裏に入って、息を潜めながら大通りを監視しているが、兵士を乗せた装甲車が横切るのが何度か見えた。

 

 

 マーレ兵がいるなら自ずと調査兵団も集まる。タイバー公からの情報で、マーレ国に彼らが侵入していることは確かですから。

 そしてアニが罠を無効化すれば、戦士長以外の戦士も広場につどう。

 

 アニたそについては始祖の件を話さないなら、存分に暴れていただいて結構である。

 

 ベルトルトについてエレンから聞きそびれてしまったものの、後で聞けるでしょう。

 仮にすでに死んでいるなら、その力を持った人物がマーレに侵入している可能性も大いにある。

 

 

 ユミルの寵愛や王家の血筋の件において、前者はエレンたちにすでにバレているから、マーレ政府に伝わってもいい。

 

 その政府すら重鎮たちはこぞって殺されたから、指揮はテオ・マガトに回るだろう。

 後者はジーク・イェーガーがマーレから逃亡すれば、もう明らかになっていい事実です。

 

 まぁアニも塩梅がわからないでしょう。どこまで話していいのか、ダメなのか。

 地雷を踏むリスクを考えたら、ほとんど話さないと思います。

 

 

 

「!」

 

 

 ──と、のんきに考えていた折、強風が襲った。

 

 建物が揺れる衝撃。粉塵と、飛び散る窓ガラスから私をかばうように、お供の方が地面に伏せさせてくれた。

 何が起きたのか、制止の声を無視して地面を這う形で、路地裏から顔をのぞかす。

 

 位置はちょうど軍港がある方角。夜を照らす光源の正体は、凄まじい爆発である。

 

 マーレは《進撃の巨人》の登場に合わせて、急いで兵士を集めているはずだ。陸だけでなく、海からも。それを踏まえて現状について考える。

 

 おそらくは軍艦を排除するためにあの爆発は起こったのだろう。であれば、あの爆風の原因は何か。

 

 間違いなく《超大型巨人》だろう。

 まさか戦士であるベルトルト・フーバーが、マーレへ反旗を翻すような行為を起こすわけがない。

 

 

 つまり超大型はパラディ島勢力に奪われた。

 継承した人間が誰であるかはともかく、この事実にアニ・レオンハートが気づいたら、どうなるか。

 

 ────えぇ、曇るでしょう(ニチャ)

 

 

 ちょっと広場に行ってきていいですか?もしかしたらカノジョがいるかもしれないので。

 しかし、お供の人に「正気ですか!!?」と言われてしまった。

 

 見に行きたい。見に行きたいけれど、私が最高の最期を迎える前に巨人大乱闘に巻き込まれて、死んでしまう可能性が跳ねあがる。

 

 ……仕方ありません。ここは苦汁を飲んで諦めましょう。

 

 アニちゃんが発狂していたらどうしよう。きっと可哀想で、可愛らしくて、発狂パワーを片手にエレンくんがフルボッコされているかもしれない。戦鎚もおりますのに。

 

 まぁ、大丈夫でしょう。アッカーマン二人に、ミケやハンジらもいるでしょうから。

 

 

 

 こうして改めて考えると、巨人の力を人間ながらに発揮できるアッカーマン(うち一人はイコールで、単体で知性巨人を倒せる規格外の力を持つ)二名に、調査兵団No.2の男、ミケ・ザカリアス。

 

 それに104期生たちも相当強くなっているでしょう。新しく入った新兵も強いはず。

 

 アウラちゃんも適度なトレーニングはしていましたが、すっかり体力が落ちてしまった。頭に知識を詰め込んだ分だけ、失った力。

 それでも立体機動装置を使いこなせない──とは思わない。七年慣れ親しんだ感覚は、そう簡単には忘れない。

 

 

「ヌウッ!」

 

 

 その時聞こえた、ワイヤーが巻かれる音。路地裏に引っこみ、なるべく姿勢を低くして、壁に張りつき息を殺す。

 上から聞こえる音は間違いなく立体機動装置の音。頭上で兵士が動いているのだろう。

 

 すると間もなく夜空の灯りしかなかった空に、光がついた。

 何か照明のようなものを屋根に設置しているようである。

 

 こちらに気づかれないように静かに動いて大通りへ近づくと、道を挟んだ向かい側の建物の上にも兵士が照明を取り付けている。

 ついでに調査兵団の服が進化していることもうかがえた。しかも無数の長い筒状のものを、腕に複数セットしている。

 

 お試しで始祖の力を試していた時に兵士の情報で得た、新兵器の内容と一致する。それが正しいなら「雷槍」という名前だったはずだ。

 

 ハンジ・ゾエがウォール・マリア奪還作戦に向けて、技術班に開発させていたもの。

 彼女がやたらと私の病室へ訪れていたのも、その武器について意見交換をしたかった旨もあったのかもしれない。私の側に近寄るな(迫真)

 

 従来の武器と比べて、その総重量はさらに増えているだろう。榴弾の類の武器である。

 

 

「灯りね……」

 

 なぜ調査兵団は、照明を取り付けているのだろうか。

 その場所を制圧したことの証としては、少し違和感がある。明かりは一つの道に沿うようにして取りつけられていた。

 

 ──いや、待て。そもそもエレンたちが仕掛けてきたのはいいけれど、帰りはどうする気なのだ。

 

 行きはアズマビト家の力を借りるなりし、船などを使った移動はできるだろう。

 だが超大型が暴れた海上側は、そこに隣接する建物含めてぶっ飛んだはずだ。ゆえに立体物がない。立体機動で移動することはできまい。

 

 ならば帰る手段は何を使うのか。

 

 陸はダメ。で、あるなら後は……。

 

 

「────空、か」

 

 

 アズマビト家なら飛行船の一つや二つ、提供することはできるだろう。あるいは混乱に乗じて、奪うこともできる。

 

 立体機動でそのまま乗り込めば、スムーズに逃げることもできますし。

 とすると、照明は飛行船へ送る目印のようなものだろう。

 

 この方法を思いついた人間は中々に上手いやり方を考える。エルヴィン団長だとは思いますが。それかトロスト区の大岩の案を編み出した、アルミンくんの可能性もある。

 

 ひとまず飛行船が来るとしたら、タイミングを見て兵士に捕まっておいた方がいいだろう。

 ここら辺でお供の方ともお別れだ。タイバー公もラーラも私の望みは知らない。私の最高の最期への望みを。

 

 

 一時、逃げる際の車椅子の揺れで吐き気を覚えていた体で、路地裏へと隠れていた私。

 

 ただ敵兵士が現れてこの場もまずいから──と、お供におぶるよう頼む。護衛を任されている男はうなずき、私を背負った。

 

 最初から背負われなかったのは私が女性なので、過度な接触を避けるためです。

 タイバー公から任務を仰せつかった護衛相手に、そりゃあ不埒なことをするわけにはいかない。

 

 

 そして、自然な動作で背後から伸ばした両手で相手の頭をつかんで、そのまま横へと動かす。

 

 グキッ、という音とともに「あ゛えっ?」と声を漏らしたお供の方は、そのまま倒れた。これならば松葉杖も携帯させた方がよかったですね。

 

 地面を四つん這いで移動するのは中々骨が折れそうですから、車椅子を杖代わりにしましょう。ドレスも動きが制限されて動きにくい。

 

 そのため裾を太ももの際どいところまで裂いて、私は大通りへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 広場では《戦鎚の巨人》の正体を見抜いたエレンが、ミカサの助力を得つつ、結晶に包まれ巨人を操っていた地中のラーラ・タイバーを引きずり出した。

 

 その直後、パンツァー隊により助けられたアニが到着し、進撃VS女型の火蓋が再び切られたのだ。

 ピークは武装をする必要があるため、少し遅れての登場となる。

 

 広場には進撃のほかに、アッカーマンが二人にミケ班もいた。歴戦の精鋭ぞろいである。

 特にリヴァイに関しては《獣の巨人》を単独で討ち取る、もはや人外じみた戦績を残している。

 

 ただ女型はアニ・レオンハートの戦闘能力の高さも相まって、そう易々と勝てる相手ではないことは、調査兵団もまた女型の捕獲作戦や、ストヘス区での戦いで経験している。

 

 リヴァイであっても勝てる相手ではない、と思わせる相手。

 しかし彼らには鎧の装甲を打ち破った雷槍が存在する。

 

 

 その新武器の脅威について、ライナーの報告によりマーレ側も認識していた。

 

 ゆえにアニは前提として刺さらないように硬質化した手で雷槍をはらいのけながら、広場の周囲の建物を()()()()()()回る。

 

 辺りには建物が多く存在する。一見パラディ島勢力だけでなくマーレ側も「何やってんだ?」と思ったアニの行動は、立体物をなくす方法。

 調査兵団が飛び回れないように。また、散らばるガレキを避けざるを得ない状況を作り、ヘタに動けないようにする意図があった。

 この際建物の被害など、やすいものだろう。

 

 この時の彼女の中には間違いなく、不在のライナーに対する怒りもあったに違いない。

 

 当のナイスガイはファルコを守り、巨人化したまま地中に埋まっている。生きる意思を失った状態で。

 

 

 広場中央で戦鎚の本体を硬質化した手で殴り破壊しようとするエレンと、その周囲を回りながら建物を破壊するアニ。シュールな光景がしばし続いた。

 

 だが、散らばるガレキがエレンにぶち当たり、戦況は動く。

 

 あらかた調査兵団の立体物となる建物を、破壊し終えたアニが放った攻撃。

 ちょうどそこに武装を終えた車力も到着。

《獣の巨人》もついで現れ、戦士とパラディ島勢力の戦闘が始まった。

 

 この際に矛となる獣を守るため、車力と女型は倒壊していない建物がある近辺にまで移動した。

 

 

 

 

 

 そして起こった、軍港の大爆発。

 超大型がパラディ島に奪われていたことが明らかとなった。

 

 爆風の衝撃とともに突きつけられた事実にアニの思考が止まった中、敵の総攻撃が襲来。

 

 

 港の爆発に気を取られていた獣の隙をつき、リヴァイがうなじを削いだ後、そこに雷槍を爆破。

 

 ピークもまた車力の上で武器を操作するパンツァー隊がねらわれ、彼女も雷槍の攻撃に遭い重傷を負った。

 彼女は悲惨な状況を受けて、エレン・イェーガー絶対殺すマンと化していたガビを追って、戦場まできていたファルコに助けられた。それがなければ、死んでいた可能性が高い。

 

 ちなみにトドメの雷槍を外したのはジャンである。彼は現れた子どもを前にして、判断が鈍った。

 

 またファルコについては、少年を守るようにして巨人化した鎧の隙間から、外へと脱出していた。

 鎧の体は確かに地中に埋もれていたものの、ファルコがいる部分は地上へと吐出していたのである。

 

 

 相次いで戦士が倒され、残るはアニと、エレンとのハートフル面談で生きる意思を失っているナイスガイ。

 

 戦鎚はすでにエレンとの戦闘で戦う体力が残っていない。

 硬質化によって武器を作るその力は強大であるが、同時に消耗も激しいのだ。

 

 

 

 アニはそんな中、空を仰ぎ、咆哮した。

 

 それは巨人を呼び寄せる叫びと似ているようで、違う。彼女の心の中で生まれた痛みが、外へと漏れ出る。

 涙は、不思議と出なかった。

 

 彼女もまたベルトルト・フーバーが生きていると思いながら、その可能性を──この世にはもういないかもしれないとを、わかっていたからかもしれない。

 

 見舞いに定期的に通っていたベルトルトの母親が亡くなった時は、涙が出たというのに。

 

 それとも彼女は知っているからだろうか。

 世界が、残酷だということを。

 

 自分と同じ形をしている生き物を潰していた彼女もまた、潰される側になる。

 奪う側が、奪われる側になる。

 

 

 

 女型は叫んだ後、視線をエレンに向け、駆け出した。

 

 四年前はストヘス区の時、進撃が女型へと殴りかかったが、今度は逆だ。

 怒れる獅子(アニ)はしかし、その瞳に理性を失わない。なぜなら彼女は「戦士」である。感情に流されず、使命にしたがう。

 

 エレンとアニの戦いは、激化する。

 

 

 体術を交えて戦う両者。リミッターが外れているのか、アニの動きはかつてエレンが体験したものとキレが違う。

 

 しかしその周囲には、絶対エレン・イェーガー殺すマンの少女とは正反対の、セコムが控えていることを忘れてはならない。

 

 周囲の建物が破壊されている中で、巨人同士の戦いに巻き込まれないように瞬時に判断しながら、正確に、最大限の力をもって体を操る。

 

 そうしてミカサは二者の巨人にアンカーをかけながら、縦横無尽に宙を翔ける。

 “アッカーマン”でなければ、到底マネできない芸当だ。

 

 

 女型はエレン一人に意識を集中させていれば雷槍を食らい、かといって周囲へ意識を向けていればエレンの攻撃が襲う。

 そしてそんな状況が続けば、いくらアニとて隙はできる。

 

 それをねらいエレンの決め技が入り、拘束された彼女の足の腱が、ミカサによって切られる。

 抵抗が弱くなるとさらにエレンが優位となり、大きく開かれた口が女型のうなじへと近づいた。

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

 ひとりの寵愛を受けし者が、稲妻とともに立ち上がる。

 絶望した状況の中で、助けを求めたガビやファルコの声を受け、彼は瞳を開けた。

 

 

 ────頼んでも、静かにさせてもらえない。

 

 ────願っても、死なせてもらえない。

 

 

 そんな彼には守りたいと思う家族や仲間、そしてガビたちがいる。

 

 

 

 

 

 拳を向け殴りかかった男はしかし、エレンの硬質化した拳を受けて吹っ飛び、建物へとぶつかる。

「ライナァァァ」と叫んでいたガビとファルコも、一瞬固まった。

 

 だがライナーはただ殴ったのではない。彼の放った拳は女型を掴んでいたエレンの手にブチ当たり、アニを離させることに成功した。

 

 彼女はその間に切られた腱を再生させながら立ち上がり、青い瞳を向ける。

 

 

 エレンは背後の彼女へ体を向けるように飛び退き、一旦地面へ転がしていた戦鎚の結晶体の側へと移動した。

 

 ライナーは力を使いきったのか、再起不能。あとはアニだが、すでに飛行船が着いている。

 時間的にも残された体力的にも、撤退せねばならない頃合いとなっていた。

 

 戦鎚を食らう算段がエレンにはあったが、肝心の結晶が壊せず食らうに至っていない。

 回収するにしても重量と大きさがあり、もし飛行船の中で巨人の力を使われた暁には、全員に危害が及ぶ。

 

 

 そのため置いていくしかないか──と彼が考えた時。

 女型の視線が彼より少し下の場所で、止まっていることに気づいた。

 

 エレンが同じ場所へ視線を向けると、そこはちょうど下。地面に転がっている結晶体の場所。

 

 そこに一人のボロ切れのような服を身にまとった少女が、結晶の横に立っている。その後ろ姿はうっすらと透けており、その先に少女を見つめているであろう戦鎚の本体の姿が見える。

 

 

 エレンは思わず、息を呑んだ。

 

 

 それは少女が結晶に触れた瞬間、その硬質化がパシャン、と一気に溶けたこともある。また少女が透けていることからも、人間ではないとわかるところも。

 

 しかしそれ以上に少女が振り返った際、見えた顔。

 

 エレンを見上げるようにのぞいたその顔は、あまりにも姉と────アウラ・イェーガーと似ていた。それこそ同一人物と言ってもいいほどに。

 異なるのは金の髪と蒼い瞳に、その身長くらいだ。

 

 

 少女は大きなあくびを一つ溢すと、そのまま消えていく。

 

 突然の事態にしかし、エレンの手は戦鎚の本体をつかみ上げる。チャンスは今しかない。

 理解の追いつかないラーラは体を握りつぶされ、くの字に曲がり、進撃の口の中へと招かれた。

 

 一連を目撃し固まっていたアニは行動を起こそうとしたが、不意をつく形でミカサに背後からうなじへ雷槍を叩き込まれる。

 咄嗟に硬質化で防ごうとしたものの、不完全に終わり人体に爆撃を受ける結果になった彼女は、地面へ倒れ込んだ。

 

 最後まで立っていた巨人は、進撃のみ。

 エレンはうなじから体を出し、小さく呟く。

 

 

 

 始祖、ユミル?──────と。




【誕生日】

過去に妹から、子どもには見せられないーー見せるわけにはいかないご奉仕をされそうになってきたジーク。このご奉仕は、完全にプレゼントとは別途である。

今年はどのような胃痛が待ち受けているのかと思いながら、男はその日帰宅した。

プレゼントについてはネクタイだった。過去にせがむ妹に任せたのち、首を絞められる結果になったことを思い出す。本人曰く、縛り方がわからなかったらしい。お詫びにリビングで縊死を図った妹を全力で止めた。夜にこっそり行おうとするものだから、余計にタチが悪い。


「おにーちゃんおかえり!」


して、今年の妹は、兄が望むであろう妹の理想像を再現することにしたようである。

年齢を問うたら、そもそもの話になってしまうので割愛するとして、兄は不覚にも、きゅんとしてしまったのだった(チョロイン)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ああああああああああ(文字数制限

 飛行船を操縦するのはオニャンコポン。その隣では団長であるハンジ・ゾエ、すでに回収されたアルミンやミカサ、リヴァイにミケなど幹部組の面々が並ぶ。

 

 同室には死体を偽装するため、四肢を残してきたジークと、今回の惨劇を生み出すにあたったエレン・イェーガーもいる。

 また、イェレナもダルマな男の傍に控えていた。

 

 調査兵団の死者が六名だったのに対し、マーレ側は大きな打撃を受けた。少なくとも当分のパラディ島への侵攻は難しいだろう。「地ならし」を試験的に試す猶予期間は十分稼げた。

 

 続々と兵士が飛行船へ帰還する中、コニーが大通りで回収した女も、また船に乗りこんだ。

 曰く、車いすを支えにしながら歩いていたところを発見した──とのこと。

 

 

 

 裏切り者、アウラ・イェーガー。

 同時に始祖ユミルの寵愛を受けし女。

 

 ウォール・マリア奪還作戦に参加したフロック・フォルスターも、間近で女を見るのははじめてであり、奪還作戦以降に調査兵団に入った兵士は言わずもがな。

 

 なぜ女がドレスを身にまとっているかはともかく、「裏切り者」と知れている以上、兵士らの心情は穏やかではない。

 それは彼女を実際に知るコニーたちよりも、伝聞で得た情報が壁外への敵対心も相まって、新参者の方が純粋な憎しみを抱いている。

 

 睨みつける視線をしかし、意にも介さない様子の女。

 緊迫した中で兵士の一人がブレードを握る音が聞こえた直後、それを制するようにフロックが前に出た。

 

 

「裏切り者の、ご登場ですか」

 

 

 皮肉の交じった言葉に、アウラはフロックへ視線を向ける。白銅色の瞳が何をとらえているか、窺い知れない。

「ジーク・イェーガーはどこだ」と言い出すとも思われた。しかし女は兵士の顔を確認するように見ているようだ。

 

「団長たちは奥にいらっしゃるのですか?」

 

「ハンジ団長は奥にいるよ」

 

「ハンジ…………()()?」

 

 どうやら、エレンと接触しただろうことは予想がついていたが、エルヴィンがすでに亡くなっている件などは伝えられていないらしい。

 

 コニーの返答に、アウラは眉間にシワを寄せる。

 ハンジ・ゾエよりもミケ・ザカリアスの方がよいだろう──と彼女が思った束の間、胸ぐらをつかまれる。

 

 つかみかかった犯人の男は、激しい憎悪と怒りをにじませて、睨めつける。

 至近距離になったフロックの瞳を女は見つめ、困ったように眉を下げた。

 

 

「貴様のエゴのために、どれだけの兵士が死んだと思っている!!」

 

「乱暴はよしてよ、怖いなぁ」

 

「……ッ、最初から情報を包み隠さず話していれば──」

 

「何か変わっていたかもしれないって?」

 

 女の瞳がスゥ、と細まる。

 

 確かに壁外の情報を知る彼女がエルヴィンたちに話していれば、戦況は大きく変わっていたかもしれない。

 

 中央憲兵の脅威についても、情報が漏れないようにエルヴィンが情報を伝える人間を信頼のおける人物に限れば、それで済む。

 だが当のエルヴィン・スミスが知りたかった“世界の真実”を知ってしまえば、進めなくなっていた。

 

 

 四年前超大型が出現した時。

 あるいは女型がエレンをねらった時。

 あるいはストヘス区戦、あるいはライナーとベルトルトがエレンを攫った時。

 

 人類は大きな節目で活路を見出してきたエルヴィン団長の推進力を失い、早くに滅びを迎えていたかもしれない。

 改めてエルヴィン・スミスがどれほどパラディ島にとって必要不可欠な存在だったか、考えると枚挙に暇がない。

 

 調査兵団は偉大な英雄を亡くした。

 その場面がおそらくウォール・マリア奪還作戦時だろう──と、アウラも予想がついた。

 

 だからこそ彼女の反応に、目の前の男の逆鱗に触れたのだろうとも、考えて。

 

 深く、息を吐く。

 

 

 

「自分で進まぬ者に、夜明けは来ないんだよ」

 

 

 現にエルヴィン団長が亡くなっても、調査兵団は進み続けている。一人一人が歩んでいるからこそ、機能し続けているのだ。

 

 アウラの答えに胸ぐらを離したフロックは、静かに「そうですか」と返す。

 そして徐にブレードを抜いた。コニーが咄嗟に反応したが、フロックの周囲にいた兵士が肩をつかんで阻む。

 

「何考えてんだフロック!!」

 

「コニー、考えてみろ。本当にこの女が「寵愛の子」っていうのなら、()()()()()()()()はずだろ?」

 

「ハ!?ん、なの………」

 

「普通なら死ぬだろうな。でも俺たちは実際にアウラ・イェーガーが寵愛を受けている様子なんて、見たことがないわけだ。つまり本当かどうかわからない。だから俺は試してみよう、って言ってるんだよ」

 

「お前の私情でか?それは……間違ってんだろ」

 

「お前はこの女の肩を持つのか?お前の母親を巨人にした男のためなら、パラディ島を裏切れる女に?」

 

「………ッ、でも、それと今のお前の行動とは…」

 

「関係がないって?俺たちは裏切られた者同士、同じなんだよコニー。同じ恨む相手を持つ仲間だ」

 

 それに殺すわけじゃないと、フロックは女の左足へブレードを当てる。

 

 

「死なない程度に……そうだな。足首を試しに切ってみるだけさ」

 

 

 異質な空気が場を支配する。それは例えるなら、現代におけるいじめを肯定する教室の雰囲気、といったところか。

 いじめの場面を見て悦ぶ者もいれば、その空気に耐えかねて表情を歪める者もいる。

 

 だが「裏切り」の事実が存在するからこそ、誰も止める者は現れない。それこそコニーを除いて。

 当の彼もフロックの言葉を受け、感情が揺らいでいる。

 

 ジークの被害に遭ったラガコ村唯一の()()()生き残りとして、人一倍ジーク・イェーガーに不信感を抱いている。

 そんな男のために何でもするアウラの存在は、心象悪く映っても仕方のないことだ。

 元より104期生の中で女と関わりが少なかったことからも。直接話したのは今回がはじめてだろう。

 

 

 

「何しよんのか!!!」

 

 

 

 だが異様な雰囲気に包まれた中で聞こえた声に、一同の視線が出入り口へ向く。

 そこにいたのは、今戻ってきたらしいサシャ。

 

 四年の間にすっかり大人びた──見た目はビジョ、頭脳はハングリー。その名は…………妖怪パァン女!──彼女はフロックへ詰め寄ると、言葉を発そうとした彼を無視して、頬に拳を叩き込んだ。

 

 周囲が騒然とする中、よろけて彼女へ物申そうとしたフロックに再度、肘打ちを食らわす。

 とうとう彼は倒れ、理由のない二回目のエルボーに困惑した。

 

「な、何すんだよサシャ!!」

 

「女性に暴力をするような人は、私が許しません!!」

 

「お、お前だってこいつに裏切られたんだろ!」

 

「だからってあなたがブレードを抜く理由にはなりませんよ!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着けよフロック、それにサシャも──」

 

「コニーは黙っていてください!!」

 

 サシャのエルボーが、今度はコニーに炸裂した。吹き飛んだ彼は頬を押さえ、しばし固まる。

 なぜ俺は今殴られたんだ……?と。

 

 興奮収まらない彼女は周囲の兵士に睨みをきかせ、語る。

 

 

「恨むお気持ちもわかりますが、あなたたちより私やコニーたちの方が、よっぽど複雑な気持ちを抱いているんです。だから……だからこそ、軽率な行動は控えてください」

 

「……お、俺は今夢を見ているのか?あのサシャがマトモなことを言っている…」

 

「失礼なこと言わないでください、コニー」

 

 瞳をこするコニーに心外だ、と言わんばかりのサシャ。

 ついで彼女の向いた視線に、頬を押さえていたフロックは唇を噛み、「悪かった」と小さくこぼした。

 

 そんな騒ぎがあったためか、奥の部屋で話し合っていたリヴァイが顔を覗かす。

 小汚い、と称したエレンを蹴ったばかりの男は、その姉を見るなり瞳孔を少し大きくして中へ戻った。

 

 そのすぐ後現れたのは、ハンジ団長。一時的に指揮をアルミンに任せた彼女は、近くにいたサシャとコニーに事情を聞く。

 

 そしてフロックを一瞥し深く息を吐いた彼女は、床に座り込んでいるアウラの前に立った。

 

 

「やぁ、久しぶりだね、アウラ・イェーガー」

 

 

 ニッコリと微笑んだハンジにアウラが言葉を返そうとした瞬間、顔へ強い衝撃が起こった。

 床に手をつく形になった彼女は、ジン、と痛む頬を押さえる。

 視線をハンジへ向ければ、握りこぶしが空中の中途半端なところで止まっている。

 

 自分は殴られたらしい────と、理解したところで、彼女は口元を隠した。

 

 歪みかけた、口角。それをハンジやその周囲に見られてはまずい。

 

 依然微笑んだままのハンジは表情を消し、コニーとサシャに奥へ女を連れて行くよう命じ、中へ戻る。

 団長の行為が兵士への牽制行為でありつつ、()()()()()だと、フロックたちも気づいた。

 

 だからこそアウラは激ってしまったのだ。本当に、救えない変態である。

 

 

 そして二人に肩を持たれる女。

 その時ジャンも帰還し、あとは最後尾を担当する兵士だけとなった。

 

 ジャンが戻ったため一旦止まった二人は、ジャンと一言二言言葉を交わす。

 対し空気を変え、今回の勝利の余韻を味わおうと大声をあげたフロック。それに続き、周囲の兵士が拳を掲げた。

 

 ジャンはアウラを見るなり、苦い顔をする。ついでサシャへ視線を向け、代わると申し出た。

 

「大丈夫ですよ、代わってもらわなくても。重くありませんし」

 

「バカ、そういう問題じゃねぇよ。無理してんのが丸わかりだっつーの」

 

「む、無理なんかしてませんって!」

 

「いいからほら、代わった代わった」

 

 サシャを横へ追い出し、アウラの肩を持ったジャン。だが男二人で両脇を固めるより、おぶって連れて行った方が早いと判断し、コニーを外させる。

 コニー、サシャ、ともに複雑な心境を抱いているとわかっているがゆえの、彼の判断。

 馬面だなんだと言われていた少年は、間違いなく真のナイスガイである。

 

「やましいことを考えたら許しませんからね」

 

「そうだぜジャン、いくら思春期だからって」

 

「………オメーらは俺の気遣いをなんだと思ってんだよ!!」

 

 女の肩を支えるように持ったジャンへ向く、コニーとサシャの胡乱な目。コニーの方は冗談だが、サシャの方はガチだ。彼が大声を上げると、二人はたまらず噴き出す。

 

 その光景を見ていたアウラは瞳を伏せて、小さく微笑んだ。

 

 

(────えっ?)

 

 

 そして、自分の口元が緩んでいることを、疑問に思った。

 微笑んでいた笑みは自嘲に変わり、頭を押さえたい気持ちに駆られる。

 

 ハンジに殴られたことも、パァン少女がパァン美女になって、自身へ複雑な思いを抱いていることも。

 それに周囲から向く裏切り者への憎悪も、どれも彼女の心をかき回して、心地よくする。

 

 そんな中で人間性の琴線にも触れて、複雑な感情を抱いてしまっている。

 

 かなり賭けだった飛行船への搭乗も成功し、あとは最高の最期を飾るだけだ。

 摩耗した精神と、「生」への余韻を感じる中で、彼女はため息を吐いた。

 

「…ん?」

 

 その時視界に入ったのは、出入り口の場所。息を吐いた拍子に見えたのは、子どもの手らしきもの。

 

 つい先ほど、何か音がした、とサシャが振りかえっていた場所でもあった。その際は何もなかったはずだ。

 ──否、まだ見えていなかっただけか。

 

 銃口の先が見えていることに気づいたアウラは、手を伸ばしていた。

 背中を晒している、サシャやコニーの背を押す。

 

 

 

 自分で何をしているのか、アウラにもわからない。

 

 

 はじめての感覚であった。体が考えるよりも先に、動くというのは。

 いや、今まで何度かあったのかもしれないが、どれも彼女の意識が正常にはたらいていなかった時に起こったもののように思う。

 

 ともかく「何をバカなことをしているのだろう」と自分で思った直後、腹に熱い感覚が走った。

 

 ゆったりと時間が流れる中で、宙に舞うのは己の腹から漏れた鮮血。

 倒れ込む間に押されて床に倒れたサシャとコニーは、瞳を丸くし固まっていた。その上に落ちるように彼女の体は倒れる。

 

 対し、最後尾の兵士を殺し、船と繋がっていたアンカーを利用して飛行船へ侵入したガビは、撃った人間を見て硬直する。

 同時に少女を守るため、兄の制止を無視して付いてきたファルコも言葉を失った。

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 腹から血をこぼしているのは、敵兵ではなく、アウラ。

 ガビは持っていた銃を、思わず落とす。

 

 レベリオ区襲撃を受け、悪魔の民が住む島で育った女と接する中で、少女が抱くようになっていた感情。

 

 たしかにパラディ島の人間は悪魔かもしれない。だがもしかしたら、思ったよりも()()()()()()()()()()──と。

 

 ガビの遊びにつき合い、微笑んでくれた女性はいつもやさしく、悪魔には見えなかった。

 

 

 だが違ったのだ。

 

 罪のないレベリオ区の人間が死んでいく様子。

 大怪我を負ったポルコに、病院に着いた後、狂ったように笑い始めてしまったゾフィア。

 

 多くの人間が呻き声をあげ、涙を流す。病院の外に並べられた死体だけではなく、道の至るところにもガレキに巻き込まれた死体があった。

 少女と仲の良かった門兵の男たちも目の前で殺され、死体が彼女の中で積み重なって行く。

 

 パラディ島の人間は悪魔だった。

 

 アウラが悪魔でないのは、彼女が結局、マーレで生まれたエルディア人だからである。

 

 

 収容区の人間たちとは違う。ガビたちとは似て非なる生き物なのだ、悪魔の民は。

 ゆえに殺さなければならない。殺して、殺し尽くさねばならない。

 

 少なくともパラディ島勢力はガビから()()()。ならば奪われる覚悟も当然あるだろうと考え────そして、撃ったのは知り合いの女性。

 

 少女が悪魔ではないとした、アウラ・イェーガー。

 

 血だまりの中で倒れた女に、門兵を撃った女──サシャが大声で呼びかけている。

 周囲も突然の事態に固まっていたが、我に返ったフロックがすぐに二人を取り押さえるように命じ、ガビとファルコは床に押さえつけられるように拘束された。その間にも、床に流れた鮮血が広がって行く。

 

 

 誰の血だ?

 

 誰の、血……。

 

 

 そこまで考えたところで、少女は大声をあげた。

 意味もなく叫び、終いには口を布で塞がれる。

 

 なぜ彼女がここにいるのかわからない。その理由を思考する前に、殺された収容区の人間の姿と撃った感覚が脳を支配して、意味のある言葉を紡げない。

 少女に声をかけるファルコも、「黙れ」と、より強く拘束される。

 

 

 

 

 

 

「──────ははっ!」

 

 

 血を噴きながらも、「は、はは」と、息をこぼすように笑い始める女。

 

 静まり返った中でアウラはしとどに血をこぼしながら、床を這う。場所は通路の先にある奥の部屋だ。

 誰も動けぬ中でズリズリと這っていき、扉を開けようとして、失敗する。

 

 銃声は兵士たちが騒ぐ音に混じり、奥には正確に聞こえてはいない。また、出入り口から入る風などの外界の音もある。

 そのためハンジたちがいる場所からすれば、突然静かになったように聞こえているだろう。

 

 ガリガリと扉が引っかかれていた矢先、開く。開けた主はサシャだ。

 

 アウラの血で汚れた服のまま背後から彼女を抱えると、サシャはそのまま通路を通り、ハンジたちがいる操縦室まで連れて行く。

 そのあとに一歩遅れて、コニーとジャンも続いた。

 

 

 そしてアウラは、望む元へとたどり着く。

 

 兄弟そろって状況が理解できない中、ジークの膝に頭を乗せた彼女は仰向けになり、兄の瞳を見つめた。

 その側にいたイェレナも、弟も、ハンジも、連れてきたサシャも、リヴァイやミケたちも。

 

 すべて今の彼女の、アウラの世界には映らない。

 その金の髪と蒼い瞳のみが心に染み渡り、彼女を揺るがす。

 

 これはこれで、いい最期かもしれない。

 

 そう思い、「もういい」と掠れた声で呟いた。もう、終わりにしてよい、と。

 

 

 

 

「………て」

 

「………アウラ」

 

「みて……わたしを、みて」

 

「アウラッ!!」

 

 

 妹に触れるための手が、今のジークにはない。

 アウラは兄の中にあるその色(、、、)を見つめながら、重くなる瞼を閉じた。

 

 懐かしい感覚だった。

『×××××』が体験した感覚と同じだ。

 

 もう生きることもない。

 

 死ぬだけだ。終わって、そうして彼女は終わる。

 

 ────終わる?

 

 

 

「やっと、おわれ、る」

 

 

 

 暗闇に吸い込まれるように、彼女は意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アウラ・イェーガーがその中で見たのは、深淵。

 そして、回遊魚。

 エビのような形をした、奇妙な回遊魚。

 

 それと接触した時、彼女は口を開け、発狂した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠りのアンバサダー

おはよう。朝ナリよ。
おはよう。朝ナリよ。
おは  。   よ
      ナ


 レベリオ強襲作戦から凱旋した調査兵団。

 兵士7名を失った戦いで、マーレに与えた大きな打撃。

 

 その後、亡くなった兵士の葬式が執り行われ、英雄たちが眠る場所に彼らの名が刻まれた。

 パラディ島では戦勝報道がなされ、民たちは歓喜に打ち震えたのである。

 

 

 一方で単独行動を起こし、調査兵団の意にそぐわぬ形で事を起こしたエレン・イェーガーは、地下独房へ収監された。

 彼が戦う道を選べば、調査兵団は始祖を持つ男をマーレから守るために、戦わなければならなくなる。

 

 これによって、ハンジらが進めていた和平の道は完全に閉ざされた。

 

 今回の一件を受けて、いずれ世界連合軍がパラディ島へ侵攻する。そのため、早急に“地ならし”の段階的実験を行わなければならない。

 

 しかし政府はエレン、およびジーク・イェーガー。またその協力者である義勇兵に不信感を抱いており、政府権によってイェレナたちも軟禁されることになった。

 この際に、巨人を継承していく上で必要な脊髄液入りの注射器について、義勇兵がマーレから奪ったものが政府にわたっている。

 

 同時にジークもまたリヴァイ監視の下、巨大樹の森へ移送されることになった。

 

 さらにガビとファルコも、飛行船で取り押さえられた後、地下牢に拘束された。

 

 

 ちなみに現調査兵団の関係において、団長がハンジなのは変わらず。

 その相談役として古参のミケが。兵士らの先陣を切るのはリヴァイである。

 

 ウォール・マリアの一件で兵士は減ったが、四年の間にかなりの数が増えた。人類を守る大任を担うことからも、その人気は高くなっている。

 

 104期生の面々は指折りの精鋭であり、ミカサもまたさらに強くなった。

 アルミンも今回の飛行船の作戦を思いつくなど、頭脳としての頭角を現している。

 

 

 対し、新兵のまとめ役として働いているのがペトラとオルオ。

 ペトラの方は隊長に昇格している。みなの頼れるお姉さん──と言ったところだろう。

 

 レベリオの作戦では参加した多くは粒ぞろいの精鋭であり、新兵は参加していない。

 

 目に見えた派閥が存在しているわけではないものの、ペトラたちに付いていく者がいる一方で、しばしば過激な一面を見せるフロックにしたがう者も多い。

 

 世界からの敵視を受けるパラディ島で、平穏な思想より過激な思想が支持されやすいのもまた、仕方のないことであった。

 

 

 そして、ペトラとオルオに関しては作戦に参加していない。

 

 理由として挙げられるのは、前者で述べたフロックの存在である。

 

 新兵と接する機会の多いペトラは、ひとつの懸念を抱いていた。

 マーレへ視察に向かう前から目立ち始めていたエレンの単独行動を受け、その姿に賛同を示す者が現れると考えたのだ。

 現に新兵の中には、救世主とエレンをとらえる者もいた。

 

 

 内部波乱の危険性は、義勇兵らを抱えている時点で兵団が可能性の中に入れていたものである。

 

 ハンジにそれを相談した彼女は、団長らがマーレへ赴く間、反乱分子のリストアップを任された。

 彼女はオルオとともに普段どおり新兵と接しながら、瞳を光らせていた。

 

 

 また、ミケ班において。

 

 四年前の一件で重傷を負ったゲルガーは、一線を引き、酒くさい教官として訓練兵の育成に尽力している。

 

 ナナバについては現在育児中につき、実質退役している。

 当初、彼女が結婚する話と、ついでに第一子を懐妊していることを聞いた団長と兵長は、スン、としている男へ視線を向けた経緯がある。

「何で黙ってたんだよぉぉ!!もおおぉぉ!!」と、団長はその日叫んだそうな。

 

 またこちらは身分が異なる女王も、現在一般男性との子を身ごもっている。

 

 兵団内では、すぐにジークの獣を彼女に継承させるべきだ──という意見も出た。しかし懐妊している以上、彼女を巨人にすれば子は死ぬ。

 

 それもあり、ジークを一旦リヴァイの下で様子見させる状態となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「……なぁ、そんなに睨むなって」

 

 道を走る馬車の中。

 ジーク・イェーガーの前にいるのは、これから共に過ごさなければならないリヴァイ。

 

 自身が兵長の監視下に置かれることを知った男としては、まさに絶望的状況。

 なにせ身をもって、その人類最強たる力を一度味わっているのだから。

 

 ジークはこのまま場所を移し、そこで違う意味のドキドキ♡を味わいながらの共同生活を送るわけだが、その場所まではまだ知らされていない。

 

 エレンや、自身が首謀者であると明かされたファルコたちが心配であるが、それよりも。

 

 

「……妹に、会わせてほしいんだけど」

 

 

 彼の妹。アウラ・イェーガー。

 

 サシャ・ブラウスをその弾丸の軌道から外させ、ガビの撃ったそれが腹に当たった。

 普通ならそのまま死ぬだろう。しかしエレンから「寵愛の子」の件を聞かされていたジークは、アウラが二度は蘇ったことを知っている。

 

 巨人化したダイナの腹から出てきたのが一回目。

 二回目は九年前、パラディ島が超大型によって、絶望を味わった日。巨人に食われたという。

 

 つまり、死んで生き返った。あるいは死にかけのところを、始祖ユミルによって治された。

 

 どちらにしろ、妹が特異な存在であることは変わらない。

 紆余曲折を経て、その異常性をも受けとめて理解しようと努めていたジークだが、妹はまだ秘密を隠し持っていた。

 

 

 疑問は多くある。

 

 なぜ同じ王家であるにも関わらず、妹だけが特別なのか。

 少なくともダイナは救ってもらえなかった。幼少期苦しんでいた自分に、始祖の手が伸ばされることもなかった。

 

 また足の件もそうだ。始祖ならジークの巨人が妹の足を食わないようにすることも、できたはずではないのか。

 ただこれは妹が兄に殺されたいと願っていたことからも、その意志を尊重したのではないか──と、一応は考えられる。

 

 エレンもアウラから伝え聞いた内容で、その寵愛の方向性は妹自身にもわからないという。

 

 まぁ、九年前の時も巨人に食われている。結局神──もしくは悪魔の意志を、人間のものさしで測るのは難しいということなのだろう。

 

 

 しかし、アウラがジークに黙っていたのはどの道事実。

 

「寵愛の子」の事実を聞かされたところで、もう数多くの爆撃を妹に食らってきた。

 アウラ・イェーガーが何者であろうと、彼の妹であることに変わりない。

 

 けれど、アウラが話さなかったということは、()()()()見られていないのか。

 

 歪んだ妹の気持ちに寄り添いながら、それでも兄になろうと努めたジークの行動も、想いも、すべて無駄だったのか。

 

 

「オイ、気色悪いヒゲツラで気持ち悪そうな顔をしてやがるが……吐くんじゃねぇぞ」

 

「一言多いんだよ、お前。…馬車なんて慣れてないんだよ」

 

 体を縄で繋がれて、そのまま馬車に引きずり回されている気分だ。

 ジークの中にある感情が回る思考に追いつかない。溢れんばかりのそれは、身体に影響を及ぼすほどの苛烈さ。

 

 その上妹がすぐ側で死にゆく様を見てしまっては、夢見も悪くなる。

 

 

 

 ガビに撃たれた彼女はそのあと、ジークに身を預けるようにして目を瞑った。

 かすれた「もういい」という言葉は、もしかしたら、始祖へ向けられた言葉だったのだろう。

 

 ジークに殺されたいと願って、愛されたいと願って、それでも生きて。

 

 その根底にあったのは、その言葉も含めて、“死”だったのではないかと思う。

 

 家族の────兄という狭い世界で構成されていた妹が、広い世界で生きる。そのことすら本人にとっては相当なストレスだったのかもしれない。

 

 結局想像するしかないが。本人に聞かなくてはわからない。

 

 その本人は今もきっと、眠っているのだろう。

 

 

 

 

 

「クソヒゲ」

 

「……何だよリヴァイ」

 

「お前の妹がなぜバカみてぇな大声で叫んだか、わかるか?」

 

「…知らねぇよ」

 

 

 兄の膝の上で瞳を瞑り、脱力したアウラ。その姿は人の命がこと切れる瞬間と同じ。

 肉体が命を無くしたことで、動かなくなる。無情な現実そのもの。

 

 しかしその直後。見開かれた瞳は白銅色をのぞかさず、白眼をむき絶叫した。喉が潰れることなどお構いなしに。

 もはやその調整すら失ったように意味のない言葉を叫んで、叫んで、叫び続けて。

 

 その髪は、真っ白く変色していった。

 

 

 例えば戦争に行っていた兵士が過度なストレスを受け、戦争帰りには髪が白くなってしまった──という話は、事例として存在する。

 

 しかして目に見える速度で色が変質していくというのは、誰が見ても異常であった。

 

 最終的に髪の色が変わりきった後、アウラは泡を吹いた状態で動かなくなった。

 痙攣していた体も収まり、かろうじて息はあったのである。腹の傷については、血が止まって。

 

 

 

 一応生きていることだけは、ジークも聞かされている。目を覚ます様子がないことも。

 

 何がアウラに起こったのか、誰もわからない。異常な状態へ陥る何があったのか知ろうにも、その本人は意識を取り戻さない。

 

「面会くらいはさ、いいだろ」

 

「ダメだ。また発狂したらどうする。あの女がどうなってるのか、誰もわからねぇってのに。それともやっぱり何か知ってて起こす気か、テメェ」

 

「…本当に、会いたいだけなんだけど」

 

 ここでは心の慰みになるタバコもない。

 頭を抱え、下を向いた彼にリヴァイは窓へ向けていた視線を外し、一瞥する。

 

 

「………ダメだ」

 

 

 そう呟くような男の声に、ジークは堪えるような吐息を一つ、こぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 とある一室にて。

 

 眠り姫となった女の元へ、見舞いに訪れている兵士───サシャ・ブラウスの姿があった。

 

 

 病室として使われているその部屋には、常に見張りがいる。

 

 ただしアウラ・イェーガーのワープ事件を受けて、拘束自体が難しいとされているため、気持ち程度の配置となっている。

 見張る側としては恐ろしいものだろうが、監視をつけない訳にもいかない。

 

 一番よいのは、信頼できる調査船団に乗っていたマーレ人に任せること。

 

 しかしその多くは“悪魔の民”に対する差別心を抱いており、理解し合うことは難しい。

 一方で就労許可を取りはたらいている者など、パラディ島の人間と接する中で、認識を改めているマーレ人もいる。

 

 

 その例に入るのが、サシャがよく通うレストランに勤める男、「ニコロ」。

 

 彼は、自身ではなく彼の料理にハートを射抜かれているサシャに対し、想いを寄せている。側から見れば[ニコロ→サシャ]の様子はあからさまだ。

 

 だがごちそうにばかり目がいく女は、それに気づく様子がない。

 

 彼女の両親や、その厩舎ではたらく孤児のひとりであるカヤという少女──サシャに四年前、助けられた経緯がある──は、額に手をつけてため息を吐く思いだった。

 

 

 

 そんなハングリー精神のサシャの中で、眠る女は一言でいえば、憧憬の存在。

 

 はじめは、“残す食事をくれる人”。

 

 それから『ある日 クマさんと 出会った』事件を経て、果敢にナイフ一本で狩人も恐れるクマを怯ませたところから、憧れるようになった。

 

 そして女が記憶を取り戻し去った後、しばらくして送られてきた肉と、世話になったことへの謝礼を告げる手紙。

 

 シャレた匂いづけされた手紙など、肉を前にした少女の眼中にはない。

 

 

 ウォール・マリア陥落以前は狩人の家柄、食べる機会は多かった。

 だが肉はいくら食べてもうまい。むしろ毎食肉でもいい。

 

 この肉については、ブラウス家に助けられた女が事の経緯をエルヴィンに話し、生きて帰った褒美を踏まえて勝ち取ったものであった。

 

 そしてその肉は、奪おうとするサシャと両親の間で壮絶な戦いがくり広げられ、夕食のごちそうとなった。

 食いものは争いを呼ぶ。ブラウス家の教訓である。

 

 

 

 

 

「……あなたはどうして、私を助けたんですか」

 

 

 見舞いに持ってきた果物を皮ごとかじりながら、サシャは眠る女を、アウラを見つめる。

 

 目覚めなければ果物も腐る。だからといって、自分で持ってきた見舞いの品を食べるのはいかがなものか。

 ほかに人間がいれば、サシャの行動にツッコんだ。

 

 しかし今はミカサやアルミンたちはエレンの行動に悩み、ハンジらもパラディ島勢力を勝利に導いたエレン・イェーガーを監禁していることに対し、住民や報道陣から質問責めにあっている。

 

 サシャもまた勝利した事実よりも、多くの人間を殺したレベリオの一件で気を重くしている。

 ニコロに家族共々レストランへ招かれたが、それでも気分は重い。

 

 周囲から食べ物のことしか考えていないと思われる彼女も、食事以外で悩み、苦しみ、そのどうしようもない感情を払拭させようと、うまい物を食べたくなる。

 

 

「どうし、て……」

 

 事情を知る一部の者は、一連の女の行動を自殺志願ととらえている。

 所詮は兄の元で死ぬための都合のいいきっかけであり、そこに他意はないのだ、と。

 

 ジーク・イェーガーがすべての女だ。

 

 その行動や思考はすべて兄に直結する。ゆえにサシャやコニーの背を押した行動に、二人を助けよう、といった気持ちなど存在しない。

 その裏付けになる証拠が、パラディ島を裏切った一件。

 

 その言葉にうなずく者もいた。憎ましい表情を浮かべる者も。本当にそうなのか、疑問に思う者も。

 

 

 当のサシャは、わからずにいる。

 

 なぜ助けたのか。その理由は兄にまつわるものなのか。その感情が起因して、自分を助けたのか。それとも純粋にサシャを助けたい気持ちがあり、アウラは背を押したのか。

 

 聞きたいと思えども、その本人は眠ったまま。

 

 しかし助けた事実は、確かに存在する。

 それに──────。

 

 

「ウドガルド城の時、あなたはヒストリアを助けたと聞きました。そのことのお礼を言えずじまいになっちゃったって、彼女は言ってましたよ」

 

 またミケも《獣の巨人》を前にして、ブレードを抜いたアウラの様子を目撃している。

 その意図は果たして、兄と気づいた上でわざと殺されにいったのか。それとも気づかず戦おうとしたのか、わからない。

 

 しかし7年間調査兵団にいた彼女が、仲間にまったく感情を動かさないとも、サシャは思えなかった。

 確かに敵と共謀していた一件では、仲間を見殺しにしている。まるでヒトの心などないように思えてしまう。

 

 でも、それでも。

 

 仲間へ笑いかけていたすべてが偽りだったのか。

 心から笑い、そして泣いたことなど一瞬もなかったのか。

 

 

 否、ほんの一瞬でも仲間を“仲間”として想ったことはあったはずだ。

 きっと壁を壊したベルトルトやライナー、アニたちも複雑な心境だったに違いない。

 

 捕虜となっているマーレ人を侮蔑するエルディア人も、エルディア人を「悪魔の民」と罵るマーレ人も、ニコロなどのように話し合えば距離を縮めることもできる。

 

 

 

「…そう。本当に、話し合わな何もわからん。何も始まらんのや」

 

 

 

 だから早く、起きてほしい。

 

 サシャはそう呟き、持ってきた果物をすべて平らげたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永享・享受・受胎

『──────進みなさい、エレン』

 

 

 もう何度聞いたかわからない父の幻聴。

 地下独房の中、目を覚ましたエレンはベッドから起き上がる。

 

 牢屋の外にある薄い光を頼りに、上裸な男は洗面台へ近づくと、髪をハーフアップにする。そして顔を乱雑に洗った。

 鏡に映るのは、生やしていたヒゲが剃られた顔。年相応に戻っている。

 

 母カルラに似た、キレイな顔立ち。エレン自身に美丈夫の意識はないが、少なくともかわいくはないだろう、とは感じる。

 太い眉と鋭い目つきは、子どもに怖がられがちである。

 

 数年前に孤児の施設をヒストリア指示のもと、仲間とともに手伝った時も、男は子どもから遠巻きにされていた。

 精神からくる暗い雰囲氣に、子どもが臆していたこともあるだろうが。

 

 

 

「………ねえ、さん」

 

 

 そんなエレンを──弟を“かわいい”と言ってのける女、アウラ・イェーガー。

 

 飛行船での一部始終が、脳裏に鮮明によぎる。

 狂ったように叫んでいたその姿に、エレンはかつて姉が地下室で発狂した日の姿を思い出した。

 

 アウラはたしかに、ジークのことになるとブレーキを失う。

 

 しかして飛行船での狂った様子や地下室での発狂は、もっと質が違うように思える。

 もっと、純度の濃い狂気。

 それは弟の右足を松葉杖でつついた時に見せた、背筋が寒くなる微笑みを想起させる。

 

 触れれば己まで狂ってしまいそうな、そんな感覚。

 

 距離感が離れたことで見えた姉の姿。

 近かった頃のエレンはそれに気づかず接していたのかと思うと、少しゾッとする。

 

 

 だが同時に、心配の気持ちもある。

 

 銃創については、ハンジがキズ自体は塞がっていないものの、血が止まったことを確認している。

 

 エレンは異常な姉の姿に、終始動けずにいて。

 固まったままの弟とは対照的に、兄は必死に妹の名を叫んでいた。

 

 その後ジークはイェレナになだめられるようにして、別室へ運ばれていくアウラの姿を呆然と見ていた。

 

 

 伸ばす手があった青年に対し、伸ばす手がなかった兄。

 

 動けなかったエレンと、動いたジーク。

 

 その事実が、エレンの心のしこりになってしまったらしい。

 

 過去の青年なら──それこそ15歳の頃のエレン・イェーガーなら、自分の命も惜しまず姉を助けたに違いない。

 でも今は姉と接するたびに、心の距離が開いていく感覚がする。

 

 それは果たしてアウラがエレンを遠ざけているのか。それともエレンが遠ざけ、逃げているのか。

 どちらでもあるのかもしれない。

 

 浮かんでは消えず、浮かんでは消えない様々な考えを、青年は振り切るように鏡を見つめる。

 

 

 ────戦え、戦え。

 

 

 自問自答のように繰り返される言葉。

 それを突然現れたハンジに聞かれたエレンは、グッ、と息を飲み込んだ。

 

 今回の一件で色々と事情を聞きにきた団長殿は、「キミってまだ、男の子の()()()()()()なのかい?」と、少し引きぎみに尋ねる。

 

 エレンは唇を噛み、静かにハンジを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 一方、地下牢に捕らえられているガビとファルコ。

 

 ガビは姉のように慕っていたアウラを撃ってしまってから、精神的に不安定になっている。

 

 撃ってしまったことへの罪悪感や後悔。

 それに対し、悪魔の民への憎悪がこんがらがって、呼吸を乱す原因となっている。

 

 そんな少女に食事を勧め、励ましているのがファルコだ。

 

 初期の少女は「楽園送り」から戻ってきた異例の女に、警戒心を持っていた。しかし女と接するうちにそのやさしさに触れ、すっかり懐いた。

 エレンで培われた“おねえちゃん属性”が、存分にガビに発揮されたのである。

 

 

 

 ジーク・イェーガーの裏切りを二人が知った今、その妹であるアウラ・イェーガーも怪しい。

 ただ彼女が壁内を裏切っている手前、連れ戻したことに疑問がある。

 

 ジークが何らかの取り引きを、パラディ島に持ちかけたのは確かだ。

 でなければ、敵と協力を結ぶはずがない。

 そして彼と調査兵団が組んでいた以上、その取り引きは成立している。その内容まではわからないものの。

 

 ジークは取り引きの中に妹の身柄も入れたのか。それともアウラも最初から兄と組んでいたのか。

 

 

 今思えば彼女が突然いなくなったのも、元仲間と接触したからなのではないか?──とも考えられる。

 

 実際ジークは妹の失踪を知り、本気で焦っていた。その焦りには、アウラがパラディ島勢力に襲われた可能性の「()()()」があったのかもしれない。

 

 結局アウラが身を潜めた理由は、わからずじまい。

 

 さらに二人は飛行船にたどり着いた後、中で大きな物音を聞いている。

 女の頬が赤くなっていたことからも、殴られた音だったのだろう。

 

 

 だがもし計画に関わらず、アウラは兄に付いていっているだけなのだとしたら。

 

 

 その可能性は十分ある。なにせジークと会うためにパラディ島勢力を裏切ってみせた女だ。

 どの道アウラ・イェーガーがマーレを裏切っているにしろ、いないにせよ、兄が動けばそれにつきそう。

 

 

 

「大丈夫か、ガビ」

 

「……大丈夫よ」

 

 ベッドの上で膝を抱えて座るガビ。少女の後ろで背をさするファルコは手に伝わる体温に、はぁ、とかすかな息をこぼした。

 

 温かさを感じるということはつまりガビは生きていて、その熱を感じるファルコもまた、生きている。

 そう。まだ、死んではいない。

 

「これからどうしようか…」

 

「逃げるに……決まってるでしょ。やらなくちゃいけないことがたくさんある」

 

 

 壁内の情報収集に、マーレへ戻る方法の調査。首謀者であったジーク・イェーガーの目的や、理由を明るみにするなど。

 

 エレン・イェーガーについては、今にも少女は殺したいところ。

 だが始祖の力を中途半端に失わせるわけにはいかない。その力を奪う術があるならまだしも。

 

 ゆえにひとまず、見逃す他ない。

 

 パラディ島勢力によって大打撃を受けたマーレ。

 

 しばらく時間がかかるだろうが、やがて今回の一件を受けて立ち上がった世界連合軍が、この島を潰しにやって来る。それまでになるべく脱出する方法を考えなければなるまい。

 

「ねぇ、ファルコ」

 

「…何だ?」

 

 

 ────ヒトの血って、どうして赤いの。

 

 

 ファルコは少女の背をさすっていた手を止める。

 ゴクリと、意図せず鳴ったのは、少年の喉。

 

 ガビもファルコも知らない。撃たれた女が、()()()()()ことを。

 敵にわざわざアウラが生きていることを、教える義理もないというものだが。

 

 

 だからこそアウラ・イェーガーを殺したと信じてやまない少女は、己の震える手を見つめて言う。

 

 撃った時、銃から伝わった手の痺れる感覚。

 部屋に広がる鉄くさい匂い。

 視界に映る赤い色。

 荒い呼吸と、女の狂ったような笑い声。

 

 それと、奥から聞こえた絶叫。アウラのものだった。

 

 

 時間が経っても消えない鮮烈な映像が、リアルに少女の脳内で再生される。

 

 慕っていた女を撃った罪悪感が腹の中で渦巻いて。

 マーレの裏切りものであるはずだと、願う気持ちがあり。

 女の狂った姿は少女の理解を超えて、トラウマを残す。

 

 すべてを抱えたガビ・ブラウンは、心臓の部分に手を強く押し当てて、背を丸めた。

 

 

「たすけてよ、ライナー…ッ」

 

 

 少女の憧れるその人は、今はいない。幼少期からブラウン家の誇りとして、両親から教えられていた従兄。

 

 むしろ拒絶されてしまうかもしれない。ガビはライナーの長年の想い人を、殺してしまったのだから。

 

 

 今、副戦士長の男の代わりにいるのは、一人の少年。

 少女を守ると決めた、ファルコ・グライス。

 

 

「俺がいる」

 

「………」

 

「だから大丈夫だ。俺が絶対に、お前を守る」

 

「……何よ、それ」

 

「何って…意思表明だよ」

 

「なんか告白みたいじゃん」

 

「えっ?……………………ば、ばっ、そんなんじゃねぇよ!!!」

 

 顔を真っ赤にした少年に、ガビは「何で急に顔を赤くしたんだ?」と、胡乱な目を向ける。

 

 あくまで、告白みたい、という彼女の感想。

 そこに少年の想いに気づいた上でからかおう──などという、まるで、性根の腐りきったどこぞのブラコン女のような意思はない。

 

 そして、ガビがまったく自分の気持ちに気づいていないことを察したファルコは、深くうなだれる。

 

 よかった、と思う反面、もだもだとした感情が燻った。

 

 

 

 それから二人はガビが迫真の腹痛の演技をし、中に入った兵士の意識を刈り取り、地下牢から脱出する。

 

 逃げた先で二人が出会ったのは、彼らより年が少し上の金髪の少女。

 

 その少女こそ、何の因果か、かつてサシャが助けた少女だった。

 そしてガビとファルコは少女を含めた孤児が住まう、“ブラウス厩舎”に引き取られることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 壁内は着実に、内部波乱の動きを見せていた。

 

 レベリオ区での勝利を導いたエレン・イェーガーが、独房へ収監された情報が世間に広まった件。

 それをリークした、フロック含めた数名の兵士の存在。彼らはハンジの命令で処罰として、懲罰房へと入れられた。

 

 フロックを抜いたその数名の兵士は新兵であり、ペトラたちがリストにあげていた中の一部だった。

 

 この反乱因子の見極めは難しく、フロックのようにオモテに出している者もいれば、そういった発言を一切行わず、隠している者もいる。全体像をつかみ取るのは非常に困難とされた。

 

 また、エレンが単独行動を行うようになった時期に、彼が義勇兵と接触した可能性が浮上するなど、付けられた導火線の火が、少しずつ進んでいる。

 

 

 エレンと義勇兵の接触が明らかとなったことで、彼と会い話し合おうとする望みが、絶たれたミカサとアルミン。

 

 ザックレーによると、現在エレンとの密会を企てた首謀者や、その近辺の調査中である──らしい。

 

 ゆえにどのような可能性があるかわからない以上、総統も信頼を置く二人とて、今は面会を許可することができなかった。

 

 現在はエレンがジークに操られている可能性が高いとみて、総統らは調査に及んでいる。

 

 

 義勇兵から得た脊髄液入りの注射器が、兵団にわたっていることを知っているミカサとアルミンは、ひとつの可能性を思い至った。

 それは《始祖の巨人》を、別の人間へ移す可能性。

 

 だからこそエレンの真意を聞くべく話し合いを求めたが、その方法ができない。

 

 

 

 それから総統の部屋を二人が退室した後、起こった爆発。

 これによりダリス・ザックレーと、居合わせた数名の憲兵が死亡した。

 

 二人が総統の元を訪れる前に、本部で見かけた調査兵団の新兵。

 

 そして爆発した本体と思われる、新調されたイスを運んだのが新兵であった────という内容をザックレー本人から聞かされていたアルミンの証言から、今回の犯行がエレンが捕まった情報を外部へ漏らした、フロックらによるものではないか──と判断された。

 

 さらに訪れた、エレン・イェーガーが戦鎚の力を使い、地下牢から逃亡した一報。

 

 

 兵士を総動員し捜索が始まる中、ミカサとアルミンはガラガラと、何かが崩壊する音を聞いた。

 

 それはかつての、自分たちの姿。

 幼かった三人が過ごした時間。

 

 馬車に揺られたミカサが空を見上げれば、そこにはあの頃と変わらない青空が広がっている。

 

 

「エレン…どうして……」

 

 

 二人を置いて、走って行ってしまう少年の後ろ姿。

 俯いたミカサの横でアルミンもまた、唇を強く噛む。

 

 空の上では一匹の白い鳥が、木から羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 対しマーレでも、両手足の肉片しか見つからない不自然なジークの遺体から、彼が敵の協力者である──と判断された。

 

 死をよそおい、パラディ島勢力とともに逃げた、と。

 

 立体機動装置についてはマーレの技術が取り入れられており、ピークがジークの信奉者であったイェレナをはじめの調査船団で目撃していたことからも、ジークが同志を忍ばせたのだろう──と推測できる。

 

 さらに逃走用に敵に奪われた飛行船についても、訓練された人間でなければ操縦ができない。

 壁内人類には不可能なものであり、これについても同志がおこなったのだろう、と考えられた。

 

 

 ガビとファルコについては、パラディ島に侵攻した際に保護する。

 

 二名は特に優秀な戦士候補生である。候補生の育成に多大な時間と金がかかることを踏まえると、失うわけにはいかない。

 

 そしてそれ以上に“元帥”の立場となったマガトとしては、大切な教え子をみすみす死なせるわけにはいかなかった。

 

 現在ほかの候補生は、ポルコが重傷につき入院。ゾフィアもまた精神的なショックが大きく、しばらくは治療が必要とされる。

 ウドはパラディ島の侵攻作戦への同行を願い出ていたが、待機となる。ガビとファルコの身を案じての言葉だったのだろう。

 

 

 また敵兵に何かしら言葉をかけられ、その内容を沈黙したままのアニ。

 彼女はマガトに問い詰められても下を向くばかりで、答えなかった。

 

 アニ・レオンハートの精神性を知るマガトは、尋問に切り替えても意味はない──と判断した。

 

 だからといって拘束はしなかった。何か秘密を隠したままでも、彼女はマーレへの忠義をしっかりと示している。エレン・イェーガーの一件もそうだ。その身を呈して、戦いに臨んだ。

 

 仮に彼女も裏切っていたならば、ジークとともにマーレを去っていただろう。しかし彼女は残っている。

 ジークらに彼女がハメられた可能性も視野に入れ、元帥殿は思案する。

 

 

 軍艦や兵士など大打撃を受けたマーレは、すぐにはパラディ島侵攻に乗り出すことができない。

 

 戦力が大幅に削られている。だからこそマーレの戦力のカナメたる巨人の力を持つアニを、まだ疑惑は残れど失うわけにはいかないのだ。

 

 一応戦士候補生に継承させる手はある。

 

 だがすぐに戦力として使うとなると、やはり実戦経験を積んでから戦わせたい。そもパラディ島侵攻となれば、今回のレベリオ以上の激戦が予想される。超大型に引き続き女型まで失えば、いよいよマーレの使()()()手駒はライナーのみとなる。

 

 少なくとも、アニの弱みが義父であるとわかっている内は、彼女も裏切らないだろう。

 

 

 はたしてアニが隠し持つ秘密────()()()()()()とは、何であるのか。

 

 ふいにマガトの中でよぎったのは、故タイバー公の言葉。

 聞いた時少し不自然に思った、その内容。

 

 

 

『神は罪深きエルディア人(われわれ)をどう思っているのだろう──────』

 

 

 

 神、神。

 

 エルディア帝国の民族浄化の歴史があったものの、現代でも宗教や民族によって、信仰する神とはそれぞれ異なる。だからこそ戦争は起こるべくして起こってしまうのだが。

 

 タイバー公が語る“神”を指すのは、おそらくユミル・フリッツ。

 

 同時にマガトの脳裏に浮かぶ、戦鎚の結晶が不自然に溶けた事実。

 結晶さえ砕ける()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に硬質化が溶けた。

 

 それこそ戦鎚の本体が意思を持って操作しなければ、結晶は解除されないはずだ。

 その後ラーラ・タイバーは側にいたエレン・イェーガーによって捕まり、捕食された。

 

 

 不可解なこの一件は、タイバー公が残した「神」の発言も相まって、マガトに大きな引っかかりを残す。

 

 そしてタイバー家といえば、当日護衛を伴って訪れていたらしいアウラ・イェーガーも、護衛についていた男の死体と、使っていたであろう車椅子を残して消えている。

 護衛の男の死体は、首を折られて殺された形跡があった。

 

 彼女についても、ジークとともにパラディ島へ渡った可能性が高い。

 

 しかし裏切り者の女を元仲間が受け入れるのだろうか。

 あるいは兄が先に交渉の中で、妹の身柄の安全を含めて入れていたのか。

 

 ならば女をタイバー家が保護した件はどうなる?

 

 ヴィリー・タイバーが嘘をつくとも考えにくい。たかが一人の女を擁護する理由もないはずだからだ。

 

 妹が失踪した時のジークの反応も、マガトが見るかぎり本物だった。

 ゆえにジークを怪しみつつも、「協力者」の存在は彼ではないのだろう──と考えていた。

 

 

 だが実際その協力者こそ、ジーク・イェーガーで。

 

 まさかアウラ・イェーガーはタイバー家まで手中に入れてみせたのか。

 

 ──否、それはない。ヴィリー・タイバーと組んだマガトは、一人の人間の内情に彼が動かされないことを知っている。

 

 ()()()()()であれど、()()()()()()にはなり得ない男であった、と。

 

 

 

「神……か」

 

 会議中、小さくつぶやいたマガト。

 同席するのはパラディ島侵攻作戦へ向け話し合っていた元帥や戦士に、候補生のコルト。

 

 その後ライナーの提言により、早急のパラディ島奇襲の作戦が出された。

 

 曰く、ジークはマーレが世界連合軍を待ち動くのを予想しているはずであり、マーレを出し抜いてみせた男が、何の策もなしに待っているはずはない。

 

 そのため敵に準備をさせず、パラディ島へ侵攻する。

 

 

 一時期誰より精神的に落ち込んでいた、ライナー・ブラウン。

 

 彼はガビとファルコの身や、傷ついた仲間。

 そして切断せざるを得なかった足で訪れた、「いつまで寝てんだ、クソドベ」というポルコの言葉を受け、拳を強くにぎった。

 

 

 戦わなければならない────と。

 

 

 このライナーの発言に、肯定をみせたマガトやピーク。

 

 新たな戦いの火蓋が、切られようとしていた。




【とある病室での会話】

泣き腫らした顔で病人の手を握っている女。
男のなだめる声も耳に入らず、彼女は言う。


「わだじ、がっ………ポッコのごど、およめ゛にもらってあげるから……ぁ!!」

「お、おう………え?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

胎生

もうちょっとで100話になる…(白目)
終着点が見つからず長引いてしまっている感覚はありますが、もうしばしお付き合いいただけたら嬉しいナス!


 エレン・イェーガーの離反につき、反乱分子として捕らえられていた百名余りの兵士も、監視ごと逃走した。

 彼らはエレンの脱獄と同時に離反したのだ。

 

 イェーガー派の目的は、エレンが捕まったという情報を外部に漏洩させていたことから察せるとおり、エレンを中心とした兵団の改革である。

 

 ザックレーがねらわれたのは、エレンの始祖を他のものへ移す考えが出ていたからだろう。

 離反者は調査兵団からが最も多く、その責任をハンジ・ゾエは問われた。

 

 しかして彼女が責任を取ったとして、どの兵団に、どれだけのエレンを信奉する人間が潜んでいるかわからない今の現状。

 ハンジが団長の座を退いたところで、調査兵団の統率が乱れより状況が悪化するだけだ。

 

 

 エレンの目的はジークとの接触である。そのために居場所を探るべく動くだろう。

 

 ジーク・イェーガーの居どころを知るのはハンジやリヴァイ、そして兵長とともにジークを監視する約30名の兵士と、補給や連絡を担う3名の兵士だ。

 

 また王家の血を継ぐ女王や、同じくエレンの姉もねらわれる可能性がある。

 

 ヒストリア女王については、絶対的な守りの旧対人制圧部隊がいる。故に問題はない。

 過去に何度か女王を脅かさんとする勢力が現れたが、ことごとく裏で暗殺されてきた。

 

 対しアウラ・イェーガーに関しては、ジークと女王同様にその居場所を知る者は限られている。彼女についても護衛を増やす命令がピクシスによって出された。

 

 

 

 此度の離反は徹底的にあぶり出したところで、多くの血が流れるだけだ。

 エレン・イェーガーの行動の結果、世界がパラディ島を滅ぼそうと動き出している手前、内側で揉め合っている場合ではなかった。

 

 命の天秤をはかるピクシスは、ザックレーの殺害を不当とする判断を下した。

 

 それに反対する者もいたが、彼らも内輪で争っている状況でないことは重々承知だった。

 

 だが、ただエレンを信奉する“イェーガー派”にこうべを垂れるわけではない。

 

 連中にはジークの居場所を教える代わりに、交渉を図る。そして当初のとおり、「地ならし」の段階的な実験に臨む。

 これに対しパラディ島に滞在しているアズマビト家は、一時港で待機することとなった。

 

 

 それからそれぞれの兵士が、命令にしたがい動き始める。

 

 ミカサやアルミンたちにも「イェーガー派ではないのか?」と疑惑の目が向く中、ハンジはジークやイェレナらにより設置されていた保険が今になって発揮している旨を語る。

 

 用意周到に準備されている布石に、他にも“保険”が存在するのでは──?と感じたハンジ。

 イェレナのこれまでの動向を振り返れば、引っかかる点が存在する。

 

 それは彼女が捕まったマーレ人捕虜の人権に対し、兵政権(クーデター後、ヒストリアを女王に掲げた調査兵団・憲兵団・駐屯兵団から成り立つ現政権のこと)に反発してまで譲らなかった内容である。

 

 この話し合いの前にピクシス司令がもっとも疑わしいイェレナと話していた裏で、ハンジはオニャンコポンと会っていた。

 エレンとイェレナが密会していた件については、オニャンコポンも知らなかった。

 

 つまり密会は、イェレナの単独行動によるものだった。

 

 オニャンコポン曰く、義勇兵を組織したのはイェレナらしい。

 

 イェレナは当初、疑心暗鬼だったメンバーに自らの手を汚すことで、ジークや組織に忠義を示した。

 寝食を共にした友であろうと、義勇兵を疑うマーレ人であろうと殺す。

 

 冷徹な一面があることを、彼女の近くにいたオニャンコポンはたびたび目撃していた。

 

 彼らは彼女の行動が祖国を取り戻すためのものだと信じ、目を伏せてきたのである。

 その後、オニャンコポンはハンジに同行を求められ、ともに行動している。

 

 

 ────ジークや組織のためにマーレ人を殺す。

 一方で、マーレ人の人権を守ろうと兵政権に反発する。

 

 

 このイェレナの矛盾に、ハンジは彼女が守ろうとしたマーレ人捕虜の場所が怪しいと感じ、調べることにした。

 

 そして団長とミカサたちは、手始めにマーレ人が就労するレストランへと向かうことにしたのだった。

 

 パラディ島で内部波乱をみせる裏では、すでに戦士の一人が壁内に潜り込んでいることをまだ知らずに────。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 マーレ人捕虜が働くレストランへと訪れた調査兵団御一行。

 彼らはオニャンコポンのフォローを受けつつ、聞き込み調査を進めた。

 

 現在レストランでは、そこに勤めるニコロの大切な客──ブラウス家が食事をとっている。

 本来ならサシャも招かれるはずだったが、連日の仕事で忙しく、彼女だけまた別の機会に…ということになっていた。

 

 ニコロはサシャを見るなり驚きながらも、苦笑いした。

 

 というのも、眼前で繰り広げられる光景。

 そこにはよだれを野獣のように垂らしながら瞳を光らせるサシャと、それを取り押さえるコニーとジャンの姿があったのである。

 

 

「ほんのっ、ほんのちょっとだけ食べるだけですから!!!」

 

「お前の「ちょっと」は、ちょっとじゃねぇだろ!」

 

「仕事中だろうが、このバカ野郎がッ!」

 

「ぐあぁぁう゛うぅぅ……私の、私の家族は美味しいもの食べてるのにぃ………!!」

 

 レストランとサシャ・ブラウス。

 そして惚れた弱みで、彼女にごちそうを振る舞いたいニコロ。

 

 まさしく忙しい調査兵団にとっては、最悪の状況だ。レストランに来るとわかっていたのだから、サシャは連れて来るべきではなかった。

 

 結局猛獣と化した女は柱に縄でくくりつけられ、調査が開始する。

 

 ニコロは心配したが、コニーが「アイツ一度ああなると、腹を満たすまでダメなんだよ」と話すと、苦笑いをした。コニーの表情は、完全に悟りの境地だった。

 

 

 そしてその後、調査兵団のメンバーはニコロに中を案内され、部屋で待機するよう言われた。

 

 その際に部屋の酒が並べられた棚で、あるワインを発見したジャン。それは上官たちしか飲めないとうわさの酒である。

 手に取られたワインはしかし、横から伸びた手に奪われる。

 

「何すんだよ、ニコロ。流石に仕事中に飲む気はねぇって」

 

「………」

 

「そう言っておいて、コッソリ味見する時だったんじゃねぇの〜ジャン」

 

「なっ……!!その坊主な頭をさらに刈り上げられたくなかったら黙れよ」

 

 おちゃらけた様子のコニーに呆れ混じりにジャンがため息を吐いた。

 だがそんな二人の耳に、黙り込んでいたニコロの言葉が耳に入る。

 

「コレは、エルディア人のお前らにはもったいない代物だ」

 

 この発言は、マーレ人であるもののニコロと信頼関係を結べていたと思っていたジャンたちにとって、容易に見過ごせるものではなかった。

 拗れた雰囲気のまま、ニコロはワインを抱えて逃げるように部屋を去った。

 

 

 

「え」

 

 

 しかしニコロは途中で、柱にくくられていた女がいないことに気づく。

 

 縄は女の腹の周囲を何重にも巻いてあった。肝心のその縄は、一ヶ所がボロボロになってちぎれている。恐らく体をイモムシみたいに動かして、縄を噛みきれる位置にまで無理くり持ってきたのだろう。

 

「サシャ………」

 

 ニコロの中で、悟り顔のコニーの表情がよぎる。

 

 急いで厨房に向かった男は、開いている扉と、その中で周囲の様子をうかがいながら、料理中の品物へ手を伸ばそうとする女を発見する。

 女はしゃがんだ体勢で、手だけテーブルに伸ばしていた。

 

 厨房に人がいないのは幸いだった。

 調査兵団が突然来たことで、ほかのマーレ人捕虜も一旦料理の手を止めなければならなくなった。

 仮に今の女の光景を見られでもしたら、誰も望まぬ形でエルディア人の株が下がることになる。そんな虚しいことがあってたまるか。

 

 

「オホン!……サシャ」

 

「っ!!」

 

 ニコロが声をかければ、面白いように女の肩が跳ねる。

 

「え、えへへ……」と、頬をかきながら、しかしもう片方の女の手は料理の皿をつかんでいる。天使か何かだろうか(ニコロフィルター)。

 

 だが彼も料理人。他人へ出す料理を食われるわけにはいかない。

 ここで発揮されるのが、ニコロの料理を食べたことで、サシャに刻まれた効果だ。

 

 それは例えるなら犬の「おて」や「ふせ」。

 

 食べてはならない、とニコロに注意されたサシャの体は、餌づけされた力がはたらきその皿をテーブルへと戻す。

 

 この効果を知れば、104期生のメンバーは天変地異の前触れかと思うだろう。

 しかしその事実に当事者のニコロもサシャも、まったく気づいていなかった。

 

 

 今にも死にそうな顔をするサシャに、困った表情をニコロが浮かべていたその時。

 

 二人の少年と少女が現れた。

 ファルコ・グライスと、ガビ・ブラウンである。

 

 

 

 二人はサシャがかつて助けた少女カヤと出会い、ブラウス厩舎で働くことになった。

 

「悪魔の民」と食事をともにすることさえ耐えかねたガビだったが、ブラウス夫妻やカヤ、他の孤児の子どもたちと接することで、次第に悪魔の民への認識が変わっていった。

 

 ちなみに戦士候補生二人が逃げたことをサシャは知っていたものの、両親の元にいることは知らなかった。

 

 逆にカヤ以外の人間も、二人の素性は知らない。

 カヤについては、ガビが付けていたマーレの腕章や二人の会話を聞くなど、厩舎へ誘う前から彼らが何者であるか知っていた。その上で助けたい、と思ったのだ。

 

 

 ガビとファルコはカヤの助力もあり、マーレ人捕虜がいるレストランにたどり着くことができた。

 二人はマーレへ戻る糸口を探すべく、捕虜を頼りに来たのである。

 

 それから食事中。ワインを持ったマーレ人捕虜が駆け足で廊下を走っていく姿──扉はないため、人が通るとすぐにわかる──をとらえ、ファルコが腹痛のフリをして、ガビもその付き添いとして部屋を出た。

 

 

 そしてサシャとガビは、遭遇することになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ガビが見たのは、マーレで彼女たちと親しくしていた門兵の男たちを撃った、女の姿。

 

 兵士たちに「サシャ」と呼ばれていた女だった。

 血を流すアウラに声をかけていたことからも、二人が旧知の間柄であったことは知っている。

 

「アウラさんを撃った、子ども…」

 

 お互い固まり、長い沈黙の後に、ポツリとつぶやかれた女の言葉。

 それを耳にしたガビの中で、プツンと、糸が切れた音がした。

 

 

 ──────そもそもの話。

 

 

 女が門兵の男たちを撃たなければ、彼らの死体から拾った銃でガビは撃たなかった。

 

 脳内にこびりつくのは死体の数々。

 

 口を開けて悲痛に歪んだ顔のまま、事きれていた死体。

 あるいはガレキに潰されて、はみ出ていた腕や足の肉片。

 地面を彩る新鮮な赤色に、爆発音。

 鼻腔をかすめる鉄臭さと、鼻につくケムリの臭い。

 

 

 どれをとっても、最悪の状況を作り出したのは悪魔の民だ。その民の一人である、サシャという女は。

 

 その報復をガビは行わなければならない。傷ついた者たちのために。失った者のために。

 

 自身の行為は正当なものであると、ガビは信じて疑わない。

 少女は万が一の時のため裾の中へ忍ばせていたフォークを手のひらに滑らせ、それを握りしめる。こっそりと、席を立つ時に持って来ていたのだ。

 所詮、鉄製の道具。

 しかし厳しい訓練を行なってきた少女にかかれば、たちまち凶悪な武器へと変貌する。

 

 

 

「やめろガビ!!」

 

 だが今にも女を殺さんと動こうとした少女を、ファルコが慌てて止めた。

 背後から羽交締めされたガビの手からフォークが、カランと、音を立てて落ちる。

 

「なんで……なんで止めるのよ、ファルコ!!」

 

「止めるに決まってるだろ!」

 

「コイツらはエレン・イェーガーの仲間だ!門兵のおじさんたちを殺して、関係のないレベリオ区の人間を巻き込んで、ゾフィアを傷つけて、ガリアードさんも傷つけた!!」

 

「……ッ、女のひとの顔を見てくれよ!!」

 

 少年により顔を無理やり正面に向けさせられた少女の目に映る、サシャの顔。

 サシャは堪えるような表情で、まっすぐにガビを見つめている。

 少なくとも、少女に撃たれたアウラに必死に声をかけていたのだ。ガビを憎く思っているはずなのだ。

 

 なのに。

 

 思わず少女は、「どうして」と、小さく声を漏らしていた。

 

 

 長い沈黙が訪れる。

 その静寂を打ち破ったのはやはりというか、サシャである。

 

 サシャはニコロへ視線を向けると、真剣な様子で口を開く。

 

 

「今から美味しいものを作ってください、ニコロさん」

 

 

 直後、「えっ?」と、その場にいる三人の声が重なった。

 

 卓を囲んで美味しいものを食べよう──という、サシャの考えらしい。

 状況を理解できない少年少女は困惑する。対しニコロは、サシャの言動をうっすらと理解し始めたようだ。

 

「候補生のあなたたちが逃げ出した話は聞いています。ここにいるのも何か理由があるのでしょうけど……ひとまずお腹を満たしませんか?」

 

「…サシャ、この子たちはブラウスさんたちと共に今日レストランに来たんだぞ」

 

「エッ……じゃあ、私が食べるはずだったご飯を彼らが………?」

 

 絶望しきった表情で床に手をついた女。

 

 ニコロは一応釘を刺すように、二人に調査兵団がレストランに訪れていることを告げる。ただしガビたちのこととは別件で訪れている、と。

 

 

「もしサシャに手を出せば、お前らには相応の処罰が下されるだろう。ブラウス夫妻や孤児の子供たちだって許さない。それは………俺もな」

 

 先ほどガビが殺意をむき出しにしサシャへ襲いかかろうとした姿を思い出し、ニコロの眉間にシワが寄り、険しい顔つきになる。

 一方でサシャの家族がブラウス夫妻である事実を知ったガビとファルコは驚いていた。

 

 同時に少女はあまりにも偶然なこの一連の出来事が、仕組まれていたものではないのか──と疑惑を持つ。

 候補生の二人を懐柔させるための、パラディ島の策だったのだろうか。

 そしてマーレの情報を抜き取るつもりだったのかもしれない。あるいはスパイとして仕立てるつもりだったのかもしれない。

 

「………っ」

 

 だが、そこまで思ったところでガビの脳裏によぎった、ブラウス夫妻やカヤの笑顔。

 

 自分やファルコに向けられたその表情が、ウソのものであるとは思えなかった。否、()()()()()()()()

 

 心から心配し、喜び、世話をしてくれた彼らの姿が。

 ガビにはいつからか、悪魔には、見えなくなっていたのかもしれない。

 

 

 

「──で」

 

 少女の口から漏れたかすれた声。

 サシャは静かに、ガビを見つめる。

 

「なんで、憎くないの。私はアウラさんを撃ったのに………!!」

 

「…あなたは、彼女の知り合いだったんですね」

 

「あんたは門兵のおじさんたちを撃ったくせに…なんで、なんでッ!!!」

 

 天井を仰ぎ見、瞳を閉じたサシャ。彼女は深く息を吐くと、ハッキリと「憎い」と答えた。

 途端にヒュウと、か細い息がガビの口から漏れる。

 

 

「もちろんこの「にくい」は、お肉の方の意味じゃないです」

 

「「「………」」」

 

「アウラさんは私にとって憧れの兵士だった。それは今も変わりません。でも同時に彼女は私たちを裏切った人で……言葉にするには少し難しい感情を、私は彼女に抱いています。

 あなたの──ガビさんの憎しみも元をたどれば、私が原因なのでしょう。

 けれど私たちも、九年前に悲劇を経験した。………そうして憎しみを持ち続けていたら、この真っ暗な連鎖は止まらない。

 私が憎んで、あなたが憎んで、また私が憎んで。

 だからこそ私は憎しみで武器を取りたくはない。仮にあなたが私を今殺そうとして、自分の身を守るために力を使うことはある。ただ、憎しみを理由にあなたを殺すことはない」

 

 

 それだけはわかってほしい、とサシャは続けた。

 

 

 憎いなら殺していい、とキレイ事は吐かない。何故なら命の重さをサシャは知っている。

 あまりにも軽すぎるそれは、簡単に奪われてしまうことを。

 

 死にたくはない。しかしガビとわだかまりを残したままにすることも、ヨシとできない。幸い、武器を取らずに話せる余地がある。

 

 美味しいものを食べて、一歩一歩、歩み寄っていく。

 話し合いの精神をサシャ・ブラウスは求めたのである。

 

「………」

 

 ガビは震える拳を握りしめる。

 脳内では、悪魔の民なのに、悪魔の民なのに、悪魔の民なのに────と、何度も呪いの言葉が反響する。

 

 少なからず調査兵団がレストランにいる以上、二人が逃げることは不可能に近いだろう。

 彼らが来た理由が、本当は候補生の二人であるかはわからない。

 

 それでも歩み寄りの姿勢をみせた少女の一番の要因は、サシャの両親やカヤ、孤児の子どもたちにやさしくされたことが大きかった。

 

 もし、こんな自分が許されるのなら。

 

 

「………アウラ・イェーガーの墓に、行かせて」

 

 

 うつむき、呟いたガビ。

 重々しい様子に、サシャは首を傾げる。

 

 

「彼女は生きてますよ。知らなかったんですか?」

 

 

 瞳を丸くした少女はサシャの顔を凝視して、へなへなと、力が抜けたように座り込む。

 

 そして、これまで堰き止めていた感情が限界に至ったのか、顔を覆い静かに泣き始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生子(うまれご)

神は言っている……その痛みは歯肉炎だと……。


 サシャとガビの一件の直後、厨房へと走ってきたハンジ。

 彼女はニコロが親しかったはずのジャンやコニーに向けた態度を不審に思ったようで、アルミンと意見を交わしていた。

 

 そして酒が上官らへ優先して振る舞われていた事実を踏まえて、そのワインに大きな違和感を感じたのである。

 

 ハンジがニコロに詰め寄れば、彼は持ったままだった酒を握りしめたじろぐ。

 ジャンやコニー、またサシャの向く視線に耐えきれなくなった男は、ついに口を開いた。

 

 

 曰くその酒は、イェレナに高官たちに優先して振る舞うよう頼まれたらしい。

 

 ワイン自体は第一次調査船から積まれていたもので、ニコロはイェレナの頼みから、それがジークの脊髄液入りだと察していたようである。

 だからこそジャンたちがワインを手に取った時に奪ったのだ。

 

 万が一彼らが飲んでは、取り返しのつかないことになるから──と。

 

 義勇兵であるオニャンコポンも、イェレナのその命令をはじめて知ったようだった。

 

 

 ここで疑問なのは、ワインを飲んでも体が一切硬直する、といった症状が出ていない点。

 

 その情報の出どころはジーク・イェーガー本人によるものである。

 

 仮にその内容が、嘘であるとしたら。

 すでにジークの脊髄液入りのワインを摂取済みの人間が、兵団内に複数いることになる。

 

 ラガコ村やウォール・マリア奪還作戦でその脅威を実感しているからこそ、そこらの武器よりよっぽど有効な()()となるだろう。

 

 

 

 皆が衝撃の事実に騒然とする中。

 

 一旦情報を整理しようと、彼らは手狭な厨房からロビーへと移った。

 一般の客(と言ってもサシャの家族だが)から離れた一室を使って。

 

 そんな折、新たな客が訪れる。イェーガー派だ。

 

 ワインの事実が発覚して店内が騒がしかった間、ニコロと同じマーレ捕虜である男が有していた連絡手段を用いて、イェーガー派に調査兵団の居場所を密告したのである。

 

 客を人質に取られ、調査兵団は手を上げざるを得なかった。

 

 

 アルミンとミカサだけ別室へ移動させられる中、イェーガー派の中心であるフロックは、一派が兵団の取り引きに乗らないことを告げた。

 

 この取り引きとはピクシス司令が提案した、ジークの居場所を教える代わりに交渉を図る──というもの。

 

 なぜ交渉に応じないのか、ハンジは尋ねる。

 

 するとフロックは、兵団がエレンの始祖を他者へ移す算段を立てていることを見抜いている旨を話した。

 またその判断は、エレン自身のものであると。

 

 どうにか彼らの説得を試みるハンジだが、フロックは聞く耳を持たない。

 それどころか彼の一言で、彼女は息を詰まらす。

 

 

 酒を飲んだ、()()が──────。

 

 

 話の中でハンジは一言も、憲兵の人間が酒を飲まされたことは語らなかった。しかし、フロックは知っていた。

 それすなわち、彼らがジークの脊髄液入りのワインの存在を、以前から知っていたことに他ならない。

 

 人差し指を口に当て歪んだ笑みを浮かべたフロックは、アルミンを上回るゲスを見せつけた。

 

 そして団長であるハンジはジーク・イェーガーの居場所を知る存在として、フロックらに連行された。

 

 

 

 

 

 

 

 また先にフロックがレストランを出た後、エレン・イェーガーもミカサとアルミンと会話し、二人との決別を示した。

 

 二人が聞きたかったレベリオでの行動も、ジークに操られたものではなく、自分の意志で行ったものであるとして。

 

 

 自由。エレンが選び、そして突き進む道。

 

 超大型を継承して以来、アニ・レオンハートに想いを寄せるようになったアルミンは、ベルトルトに操られているのだと。

 

 ミカサは「アッカーマン」という特殊な血が起因するからこそ、彼女の血が覚醒するきっかけとなったエレンに執着しているのだと。

 つまりエレンでなくとも彼女のきっかけとなれば、それは誰でもいい。ミカサの想いは本能によるものでしかない。

 

 さながらそれは、奴隷。

 アッカーマンの血に縛られた、従うしか脳のない生き物。

 

 ミカサをそう称し、エレンは続ける。

 

 

「自由に生きることができないお前が哀れで────オレはそんなお前が、大きらい(、、、、)だった」

 

 

 ポタリとテーブルに落ちた涙。それはミカサの色白な肌を伝い、落ちている。

 

「……っ、エレンッ!!!」

 

 アルミンは一瞬のうちに呼吸をすべて吐き出し、衝動的に目の前に座るエレンに掴みかかっていた。

 

 だが、それを止めたのはミカサ。彼女は無意識に動き、アルミンを止めていた。

 その事実が先に説明されたアッカーマンの性質と相まって、余計に彼女の頭を熱くする。

 

 そして激情収まらぬアルミンがエレンに拳を繰り出したことで、ケンカが勃発する。しかしその拳は数度当たったのみで、本気を出したエレンには敵わない。

 

 徹底的に殴られ、鳩尾を蹴られ、大量の血を噴き出したアルミン。

 彼にかけ寄ったミカサは、悲痛な目でエレンを見つめた。

 

 長らく曇っていた翡翠の瞳は、鋭い色を放っていた。静かに二人を見下ろすその目に、ミカサは唇を震わせる。

 

 

「エレン、どうして…」

 

「………」

 

()()()エレンは私を守ってくれるって、言ってくれた」

 

「それが何だ」

 

「仲間が大切だとも、言っていた。なのに……どうして?」

 

「………」

 

「私は、あなたのことが────」

 

 言葉を続けようとしたミカサの横を通り過ぎて、エレンは去っていく。

 座り込む二人に、ケンカの騒音を聞き駆けつけていたイェーガー派の兵士は、ミカサとアルミンを立たせ連行する。

 

 廊下を出た二人が見た、幼なじみの後ろ姿。

 

 小さくなっていくその姿に、ミカサもアルミンも、それ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 とある地下へと続く階段。

 

 その奥にあるかつて中央憲兵が使っていた尋問部屋にアウラ・イェーガーが収容されていた。その先頭を歩くのは、背後から銃を突きつけられたハンジである。

 

 傍にランプが付けられているとはいえ、薄暗い道を進む一行。

 

 ピクシス司令の命を受け、女王などの警備がより一層強化された今。眠り姫の警護に当たっていたのは、ミケ班。

 部屋の前にいた男はハンジとフロックたちが現れたのを見るなり、腰にあったブレードに手をかける。

 しかしハンジがそれを手で制し、武装を解くよう頼んだ。

 

「頼むミケ、私の指示に従ってくれ」

 

「……わかった」

 

 

 それから武装を解いたミケが数名の兵士に銃口を向けられている間、ハンジはフロックらと共に部屋に入る。

 

 薄暗い部屋の中、ベッドの上で眠り続ける女の白い肌と髪が異様に目につく。

 思わず男の兵士が、息を呑んだ。

 

 例えるならその光景は、夜を照らす淡い月光であろうか。

 

 ヒトを魅了するその蠱惑さは、アウラが元より持つもの。

 しかしてそれは目覚めている時よりも、今死んだように眠っているこの時の方が、より如実に感じられる。

 

 

「……君たちがどういうつもりでアウラ・イェーガーを連れて行くのかわからないが、彼女はこうして寝たままだ。連れて行ったところで、何もすることができないんじゃないかな?」

 

「いや、エレンの命令だ。連れて行く」

 

「へぇー…、エレンの命令なんだ」

 

「…ッチ、口が滑ったな」

 

 眉を寄せアウラを見ていたフロックは、思わず舌を打つ。

 

 しかしそのことがハンジに知れたところで、どうもすることもできまい。このまま連れていく算段だったが、まだ眠り続けていたのは予想外だった。

 

 レベリオの一件から、それなりに日が経つ。

 パラディ島も世界情勢も大きく動く中で、ひとり眠り呆けたままだとは。

 

「何をやっても起きないのか?」

 

「………………()()をする気なんだい、君」

 

「はい?」

 

「いくら何でもエッチなことをしたら、許さないからね」

 

「…………」

 

 そういうつもりで言ったわけではないフロック。

 対し、そういうつもりでフロックが言っていなかったことに気づいたゾエ。

 

 静寂………。

 

 身じろぎ一つがイヤに聞こえるほど部屋が静まり返った後、眠る女に近づいたフロックは銃口でその体をつついた。目覚める様子はない。

 

「無駄だと思うよ。くすぐったり色々しても起きなかったから」

 

「……何をしているのはあなたの方じゃないですか、ハンジ・ゾエ」

 

「起きないんだから仕方ないだろう。私も団長として、事情聴取しなければならなかったんだ」

 

「ジークの名前を口にしても起きなかったんですか?」

 

「アウラ・イェーガーを、「お兄ちゃん大好き狂人野郎」と思ってないかい、君?彼女の大好きな巨人の話をしても、なぜか唸るばかりで起きなかったというのに」

 

 巨人が大好きなのはハンジ・ゾエの方だろう。

 全員の意見が一致したが、誰もこの状況で口にはしなかった。代表の鈍感ボーイと違って、空気の読める子イェーガー派である。

 

 

「でしたら……」

 

 ベッドに近づいたフロックは、腰を屈めて女の耳元でボソボソと、何かを語る。

 その一瞬アウラの表情が歪んだが、起きない。

 

「何を言ったんだい?」

 

「「ハンジ・ゾエの巨人語りがこれから開催される」──と」

 

「え、もしかしてイェーガー派のみんなは巨人について私と語り合いたいの!?」

 

「違います」

 

 瞳を煌めかせたハンジは、すぐにその光を失う。

 フロックはついでまた、何か耳元で話す。

 

 するとアウラの閉じられていた瞳が、ゆっくりと開いた。

 何かをつぶやいたフロックもハンジも、ウロウロとさまよう白銅色の瞳を目に留めて、固まる。

 

「な、何を話したんだ、フロック」

 

「……結婚する、と」

 

「ケッコン?誰と誰が」

 

「あなたとジークが」

 

「………はぁ?」

 

 すっとんきょうな声を上げた団長殿の声が部屋に響いた中、アウラはベッドから起きあがろうとした。

 しかしずっと寝たきりで体力が極端に落ちているようで、起き上がるのにも手こずっている。

 

 見かけた兵士の一人が手を差し出し、体勢を起こさせる。

 

 ゆっくりと彼女は瞬きすると、深い呼吸を何度か繰り返した。

 そして部屋を見渡すように一周させ、その視線が最後にハンジで止まる。

 

 無表情なアウラの顔に、ハンジは首を振った。彼女は無罪である。

《獣の巨人》の毛を採取したり、触れたり、舐めたりしたい気持ちはあれど、本体にはまったく興味がない。

 

 

 

「────ゴホッ」

 

 

 だがその視線は、女が咳き込んだことで逸れる。

 

 そのまま何度か咳を繰り返すアウラにフロックは仲間に声をかけ、兵士が携帯する紐がついた平たい形の水筒を取り出させ、蓋をあけてゆっくりと飲ませる。

 

 数口飲んだのちに、咳はおさまった。

 ハンジは何とも言えない表情で、目を覚ました女へ視線を向ける。

 

「……アウラ」

 

 視線はぼんやりと、宙をさまよっている。フロックが声をかけているが、反応する様子はなし。

 

「名前は答えられますか?」

 

「………」

 

「ここがどこかは?今のご自分の状況を理解できていますか?」

 

「………」

 

 ベッドを椅子代わりにしている状態で、女の体は右へ左へ小さく揺れる。

 ダメだな、とフロックは呟いた。先ほどの反応は偶然だったのだろう。

 

 一方ハンジが無言ののち「ジーク」と呟けば、虚空を眺めていた視線が彼女へ向く。

 

 

「ジーク・イェーガー」

 

「………」

 

「君のお兄さんだ、わかるかい?」

 

「………」

 

「私のことはわかるかい?」

 

「………」

 

「うーん……一時的に記憶が混濁してるのかな」

 

 ひとまず仕方ないと、ろくに立てない女は一人の兵士が背負い、次の目的地へ移動することになった。

 

 ここからは二手に分かれ、兵団本部を制圧する人員と、ジークの元へ向かう兵士で行動する。

 後者にはフロックと彼が選んだ仲間、そしてハンジとアウラが赴く。

 

 幸いアウラ・イェーガーが監視されていた場所は、不穏分子を側に置いておきたい意図がはたらいたのか、さほど兵団本部から離れてはいない。

 

 イェーガー派がハンジらを捕まえたことがピクシス指令に伝わり、時間を稼げれば、何かしら手は打てるかもしれない。

 

 ────いや、ワインの件が明るみになった以上、すでに上官たちはエレンやジークに逆らえない。

 

 

(このままどうすることもできないのか?私はどうしたらいい、エルヴィン……)

 

 

 背負われる時もされるがままのアウラを見ていたハンジは、深いため息を吐いた。

 自分が不甲斐ない団長であると、しみじみと感じながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子安

 人類最強の男や約30名の完全武装した兵士と過ごすドキドキ♡の巨大樹生活。

 

 ジーク・イェーガーは常に視姦プレイを受けながら、()()()が来るのを切望していた。

 

 

 

 

 

 マーレで負傷兵を装う弟と話したジーク。

 

 妹の「寵愛の子」の事実を知らされる中、ジークもまたエレンに「安楽死計画」を行う上で、その意思の確認をとった。

 少なくともイェレナに計画の真の全貌を明かされ、それに首肯したからこそ弟は兄と密会に及んだはずだ。

 

 しかし当のエレンは、真っ向からジークを否定した。

「安楽死計画」に、到底賛同できないことを。

 

 鋭い目つきで、射抜くように向けられた翡翠の瞳は、夕陽に照らされながらもそれに侵されぬ色を放っていた。

 

 

 やはり────やはり、エレンはグリシャ・イェーガーの洗脳を受けていたのだ!

 ジークはそう確信をもって言えた。

 

 幼かった自分にエルディア復権派の思想を植え付けて、さらに娘を狭い家の中に閉じ込めた男。

 ジークにとっての“父”はトム・クサヴァーであり、グリシャを「父さん」と呼ぶことは決してない。

 

 そしてエレンもまた、父の思想を植え付けられた()()()()()な息子だった。

 

 

 

『違う』

 

 

 だがエレンはそれすら否定して誰の思想にもとらわれていないことを強調し、自分が進んでいる道は自身の意志で選び進んでいるものだ、と語る。

 

『オレは自由なんだ、兄さん。グリシャでも、フクロウでも、あんたでも、姉さんでも……ましてや始祖ユミルでもない。これはオレが選んだ“道”で。オレが進むことによって、はじめて切り開かれるものなんだ』

 

 エレンはむしろジークの方が未だに父親に縛り付けられていると、キッパリと告げた。

 父に反発して進んだ先に生まれたのが、「安楽死計画」であると。

 

『グリシャを否定しようとするあまり、逆にあんたは自分を縛り付け、未来のない生き方を選んでいる。その先にあるエルディア人の行く末はなんだ?少しずつ少しずつ、老いていくだけ。夢も希望もないじゃないか』

 

 ジークは淡々と話す弟の言葉を黙って聞きながら、憐れんだ。

 そして、弟を救い出す方法を考えた時耳に入った、とある言葉。

 

 

『兄さんは結局、アウラ・イェーガーを巻き添いにして死にたいんだろ』

 

 

 瞬間ジークは声を荒げ、「違う!」と叫んでいた。

 相手のウロコをわざと逆立てるように会話を進めていたエレンは、話の主導権を握る。

 その時二人はどちらも己の道のために真剣で、本気だった。

 

『目でわかる。兄さんはオレを「可哀想でしょうがない」と思っている。だがオレからすればジーク、あんたの方が可哀想だよ。だってもうあんたは戻れないところにまで来ている。それについては、オレも同じだけどな』

 

『………わかった風な口を利くな』

 

『あんたは姉さんとあんまり似てないが、やっぱり兄妹なんだな。似てるよ』

 

 

 

 ──────死にたくて、仕方ない。

 

 

 エルディア人は生まれてくるべきではなかったと、クサヴァーに話していた当時の少年。

 裏を返せばそれはつまり、一種の自殺願望が透けて見える。

 

 生まれてくるべきではなかった。

 生まれない方がよかった。

 自分の存在価値を見出すことができない。

 

 家族を「楽園送り」にし、ずっと苦しみ続けていたジーク。来るところまできていた段階でもたらされたのが、クサヴァーの始祖の力にまつわる話。

 それは記憶の改ざんどころか、エルディア人の肉体へ干渉することすらできる──というもの。

 

 そこに一つの可能性を感じた時、ジークは自分自身に、“使()()”を生み出した。

 その使命は恩人が肯定してくれたことを受けて、より強固なものとなる。

 

「安楽死計画」とはクサヴァーとの約束であり、父親のしがらみから解放されるためのものでもあり、()()()エルディア人を救済するための措置であり……。

 

 

 そしてジーク・イェーガーが死ぬための、最良の選択である。

 

 

 簡単に死ぬことは許されない。己は“罪”を持っているのだから。

 だからこそ世界を救い、同時にエルディア人も救う。その上で死を果たす。

 

 でなければジークは生きることができなかった。

 父を、母を、復権派の人間を、そして妹を殺したジーク・イェーガーが生きることはできなかった。

 

 

 

 エレンは兄の根底にある感情をめざとく見抜いていた。

 恋愛話になればポンコツだが、元々その他の感情の機微には聡い。

 

 ジークは歯を噛みしめ、思わず手が出そうになりながら拳を握りしめる。

 

 王家の血を引く巨人の力を持つ兄と、始祖を持つ弟。接触すればひとたび事は動く。

 準備が整っていない状況で接触を起こせば、世界はおろかパラディ島全土が混乱状態に陥る。

 

『酷だな。殴りたくても殴れない』

 

『……俺の計画を否定して、お前は何が目的なんだよ』

 

『オレはただ、兄さんに違う提案をしたいだけだ』

 

 

 エルディア人(自分たち)が犠牲になるのではない。

 世界を犠牲にして、自分たちが生きる。

 

「地ならし」を用いた究極の排他行為の過去最悪の進撃脳な弟の提案に、ジークは絶句した。

 

 人類のほとんどを殺す。

 

 倫理観がどうとかいうレベルの話ではなく、もはや自然の理を完全に冒涜するような行為である。

 人間どころか多くの生き物が、自然が、その過程によって破壊される。

 

 

『お前は、何を……かんが、えて』

 

『オレたちがレベリオ区を襲撃しようとしなかろうと、いずれ世界の脅威はパラディ島の人間を殺し尽くした。将来はユミルの民自体が一人残らず駆逐されるかもしれない。なぜだ?なぜオレたちが死ななければならない?自由を奪われなければならない?オレには今の世界の在り方そのものが許せない。だからこそ壊すしかないんだ』

 

『バカ言うな。お前は正気じゃない。それもグリ──』

 

『すべて、オレの意志だって、言ってんだろ』

 

 長い前髪の隙間からのぞく大きく見開かれた翡翠の瞳。

 有無を言わさぬその視線に、グッと、ジークは押し黙った。この弟怖い。

 

 

『それに、あんたは妹を道連れにしたいと思いながら、それ以上に生きてほしいと願っている』

 

『…断言するような物言いだな』

 

『戦争帰りに姉さんを抱き上げて、振り回すくらいには好きだもんな』

 

『え?──────あ、えっ、見っ……!!!』

 

 しどろもどろになった男は顔を真っ赤にして、どうにか弟へ弁明しようとする。しかし羞恥に染まった脳は、都合のいい答えをそう簡単に与えはしない。

 

『……お前に罪の意識はないのか?』

 

 兄の問いに、エレンは口を一瞬つぐむ。

 

 

『オレには大切な人がいる。守りたいと思う奴らがいる。オレの分だけアイツらに長生きしてほしい。幸せになってほしい。誰にも侵害されることのない本当の自由を、掴んでほしい』

 

『………』

 

『それにアウラ・イェーガーにも────姉さんにも、幸せになってほしい』

 

『…アイツはテコでも動かず、俺より先に死ぬ気だぞ』

 

『全身全霊でどうにかしろよ、ジーク』

 

『え、えぇー………?』

 

 脳の処理が追いつかない男は新鮮な空気を肺に取り入れて、吐き出す。

 このままではエレンの返答もままならないと察した。ゆえに一つの提案を持ち出す。

 

 

『……先に、お前のお姉ちゃんに話をさせてくれ』

 

 

 心の整理をつけてからでないと、ジークは本来の「安楽死計画」にも影響を受けると感じた。

 一度妹と話し合う。そうして答えを導き出す。

 

 エレンは兄の提案を呑み、異母兄弟の話し合いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 その一件から、ジーク・イェーガーは悩み続けている。

 

 巨大樹での生活が続いた今、ついにエレンが動いた話を補給・連絡をつとめる兵士がリヴァイに話しているのを、耳にした。

 

 ちょうど兵士長を「絶対アンタ、非モテ男ぢゃんww(ギャル感)」と称したばかりであり、目の前にいる男は気が立っている。

 アッカーマンの恐怖に怯えるばかりの戦士長殿ではない。マーレに裏切りがバレた以上、「元」をつけるのが正しいが。

 

 エレンが自分の計画を進めるためにもアウラを救い出し、イェーガー派閥の人間とともにジークの元へ送らすだろう。

 さすがにかなり日が経った今、妹も目覚めているはずだ。

 

 まずはここから逃げ出すのがファーストミッション。

 

 すでにジークの脊髄液入りのワインを監視を行う30名あまりの兵士が飲んでいる。

 意図的に兵士らにワインが渡るよう仕組んだのはイェレナだ。

 

 巨人化実験の副産物であるアッカーマンには飲んだところで効かない。

 しかし少なくとも、巨人にされた仲間に刃を向けることに抵抗を受けるはずだ。そんな中での巨人約30体VSリヴァイ。勝機はある。

 

 向こうはイェーガー派にジークとエレンを引き合わせる交渉を持ち込むように見せかけ、その道中でエレンの始祖を他人へ奪わせる気だ。

 

 だがそれに待ったをかけたのはリヴァイ。

 兵士長はエレンではなく、ジークを巨人にしたイェーガー派の人間のエサにしようとしている。

 

 妹の救出時間を含めて、まだ動くタイミングではない。

 

 

 リヴァイがジークを捕食させる旨を伝えるように補給・連絡人員に頼んだ後、ジークへ視線を向ける。

 

「自分が食われるってのに随分余裕そうじゃねぇか、クソヒゲ」

 

「冗談言えよ、リヴァイ。怖くて今にもションベン漏らしそうさ」

 

 パチパチと鳴る、焚き火の音。

 高い木々に囲まれ、陽が出ていようと薄暗い森の中を淡く照らす光源。

 

 己の真意を悟らせまいと、ジークは息を詰めながら文字の羅列を視線で愛撫する。

 

 そんな男の様子を見ていたリヴァイは深緑のマントを翻し、離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 シガンシナ区の本部を訪れた、フロックとその一部を除くイェーガー派。

 

 そこを占拠した彼らはついで、シガンシナ区の防衛訓練に当たっていた訓練兵に同志を募った。エルディアの民を救う救世主の一員として。

 

 その上で訓練兵らに、旧体制を象徴するキース・シャーディスを粛清させた。

 

 しかし幾人もの訓練兵が拳を血で染める中、教官は煽るような態度を取りながらも、一度とて反撃を行わなかったのである。

 

 

 

 その一方で、アウラ・イェーガーを加えた後、巨大樹へ向かったフロック含む数名のイェーガー派とハンジたち。

 

 連れられたアウラは馬に乗れる状態ではないため、団長殿が前へ座らせるようにして乗せている。

 最初は男の兵士が乗せる予定だった。

 だがアウラに触れたのち生唾を飲みこんだ様子を見て、ハンジが回収した。

 彼女がアウラを抱えたまま逃げる可能性もあったが、周囲は銃持ち。ハンジがアウラを連れて逃げたところですぐに撃たれる。ゆえに許されていた。

 

 

 そして馬を走らせてから間もなくして、起こった異変。

 ハンジの前でうなだれるように乗っていたアウラの体が突如、痙攣したのだ。

 

 ぼんやりと虚空を眺めるのみだった女はうめき、痙攣の衝撃に耐えきれず落馬する。

 持続的に体が震えたわけではない。一瞬、まるで雷に打たれたように体が跳ねた。

 

 女が落馬した際に巻き込まれかけたハンジは、慌てて手綱を引き馬を止める。

 

 異変に遅れて気づいたフロックたちも、その少し先で馬を制止させた。どうどう、となだめられた馬の足音が地面に響く。

 

 落馬した女から一番距離の近いハンジはその時、仰向けの体勢で上半身を反らせ、口をうっすらと開けているアウラを見た。

 見開かれたその瞳は、白銅色ではない。

 

 不思議な色だ。銀とも、白とも、薄紫とも取れる色。

 その中に散りばめられた無数の光。さながらそれは夜空に浮かぶ星のようである。

 

 

 あ、と声を漏らした直後、アウラ・イェーガーの体が発光した。

 

 

 

「ッ………!?」

 

 

 吹き荒れた強風が、ハンジのかぶったフードをはらう。

 

 現れたのは、目測13m級の巨人。仰向けの体勢で転がる巨人に、ハンジは一瞬恋に落ちる。

 

 腹は平たく、無数の長いあばらが皮膚を突きやぶって飛び出ている。

 顔は眼球と鼻がなく、ヒトの頭蓋骨をそのまま一部露出させたような造りをしている。顔を覆うバサバサとした髪は金色だ。

 

 人間が側にいるにも関わらず、その巨人は顔を向けるどころか、動く様子がない。

 

「何が、起き……て」

 

 興奮に早鐘を打つ鼓動とは裏腹に、状況を理解できないハンジの額から汗が吹き出す。

 

 その後ろからポツリと聞こえたのは、フロックの声。側にいた彼女にしか聞こえないほどの微かなものである。

 

 

()()()……」

 

 

 ハンジはとっさにフロックへ視線を向ける。

 

 何が、「まさか」なのだろうか。アウラ・イェーガーが巨人になったことに、思い当たる節でもあるというのか。

 

 

「君は何を知っているんだ、フロック。…いや、待て────()()()()()()?」

 

 

 ふと彼女の脳内でよぎったのは、アウラが起きたばかりの一場面。

 

 フロックは咳き込む女に、水筒の中身を飲ませていた。アレはしかし、透明だった。ただの水だったはずだ。

 

 だが何も混入していなかった、とは限らない。

 ワインの色という先入観があったため、怪しむこともなく流してしまった。

 

 もし数滴その中身が水に混じっていたとしたら?色はほとんど変わらない。

 

 そもそも脊髄液入りのワインは、レストランを訪れたときにでも手に入れることができた。

 しかしもし本当に飲ませたのだとしたら、理由がわからない。

 

 眉を寄せた団長に、フロックは瞳を細める。

 

 

「そう睨まないでくださいよ、ハンジ団長」

 

 

 空にはだんだんと、雲が増え始めていた。




【問題】

Q.妹弟に精神的圧力をかけられる兄の気持ちを考えなさい。

A./(^o^)\


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

安永

連日投稿頑張ると疲れちゃうので程々にします(戒め)


 フロック・フォルスターはエレン及び104期生の同期である。

 当初駐屯兵団に入ったフロックは、数多くの激戦を経て調査兵団に編入した。

 

 その時はまだ、人類のためにウォール・マリア奪還を目指す兵士の一人に過ぎず。

 しかして彼は、悪夢を知る。

 

 迫りくる投石。死んでいく仲間。大地に降る血の雨。

 

 共に調査兵団に移った仲間も死に、最後に生き残ったのは自分だけ。

 地獄の中、かろうじて生きていたエルヴィン・スミスをリヴァイの元へ運んだのもフロックだ。

 

 地獄を作ったのは《獣の巨人》に他ならないが、兵士を地獄へ招いたのはエルヴィンである。

 

 フロックの団長を救った行動は善意などではなく、むしろ悪意によるものだった。

 

 多くの兵士が死ぬに至った理由を作り出した男への、報復。

 

 それは結局リヴァイの苦渋の決断の末、超大型を仕留めるに至り、全身にヤケドを負ったアルミンに使われることになった。

 

 

 以来、いち兵士でしかなかったフロック・フォルスターの人格は、大きく歪むことになる。

 そのきっかけが兵士を死地へ赴かせたエルヴィンの行動や、仲間の死であったことは言うまでもない。

 

 彼の憎悪の矛先は、マーレに向いている。

 同時に過剰すぎる愛国心を、フロックは抱えているのだ。

 

 その意志を見抜いた上で、エレンはイェレナと密会した後、彼に“()()()()()”について話した。

 

 パラディ島以外の人間を駆逐していく、究極の排他行為。

 おそろしい考えにしかし、フロックは絶句しつつも協力の申し出を飲んだ。

 

 エレンがこのままではユミルの民に未来がないと思っていたように、彼もまた、今後の展望を見据えていたのであろう。

 

 

 

 そんなフロックにとって仲間を殺したジーク・イェーガーの妹で、信奉するエレン・イェーガーの姉────アウラ・イェーガーとは、どのような存在であろうか。

 

 

 ジークと同じく、憎悪を向ける対象であることは確かである。パラディ島を裏切った点を踏まえても。

 

 仮に始祖ユミルの寵愛を受ける女が、兄ではなくパラディ島を愛していれば、もっと多くの人間が救われたはずだ。

 しかしアウラ・イェーガーは兄を愛している。

 

 正直言って、アウラの人間性をフロックも理解できていない。

 狂った思考を理解しようとしたところで、普通の人間が理解できるわけがなく、ただひたすらの嫌悪感を味わうだろう。

 

 

 殺すべきなのだ、狂った女は。

 

 だが始祖ユミルは趣味が悪いのか、()かれた女を寵愛している。

 

 アウラ・イェーガーを殺すことはきっと難しい。そもそも飛行船でフロックがアウラにつかみかかったことを知ったエレンは、イェーガー派を脱出させた際に彼に念を押した。

 余計なマネはしないように、と。

 

 

 エレン・イェーガーは姉にひどい仕打ちを受けたにも関わらず、未だ好いていることをフロックは悟った。

 

 エレンが元々シスコンであったことは仲間から聞かされている。調査兵団を目指す中、姉を守る目的があったことも。

 

 だが愛する姉は弟を見ず、兄しか見ていなかった。

「弟のため」と言っていたのも、すべては兄のための虚言でしかない。

 

 エレンがどう考えているかは省くとして、フロックはアウラが弟を愛していなかった──と、思っている。

 

 本当に愛しているなら、エレンを苦しませなかったはずだ。

 

 ウォール・マリア奪還作戦の後、だれよりも苦しんでいた少年。もし上手いやり方がなかったのだとしても、もっと弟を苦しませない方法があったはずである。

 

 仲間を長年欺く演技力や思考があったのだ、そのくらいの芸当はできただろう。

 

 

 

『もし姉さんを殺したら、その時は、オレが──────お前を殺す』

 

 

 エレンは言った。

 面と向かって、ジークに妹を引き合わすことをフロックに任せた時に。

 

 ジークを騙し「地ならし」を利用する予定だったが、エレンはそれを変更して、兄を説得する方向に出た。その方が計画を遂行する上で、成功率が高いと判断した。

 

 ジークが条件として持ち出したのは、妹との対話。それからエレンへ答えを出す。

 

 

 フロックの目的は、エレンと概ね一致している。

 むしろ“悪魔”の手助けがなければ、パラディ島の未来はないとさえ確信している。

 

 だからこそ、邪魔者が疎ましい。

 その邪魔者は言わずもがな、アウラ・イェーガーだ。

 

 もしジークが妹と話し合い考えをまとめ、出た答えが「安楽死計画」の続行だったとしよう。

 妹はそれに賛同するだろう。

 

 問題は「寵愛の子」という不確定な要素。

 

 始祖ユミルはアウラを寵愛し、アウラは兄を狂愛する。

 このプロセスの行き着く場所は、ジーク・イェーガーだ。ゆえにエレンも兄を説得しようと画策した。

 

 

 これを踏まえてアウラ・イェーガーを殺すなら、どうすればよいだろうか。

 

 一歩間違えれば始祖ユミルの地雷を踏む。本当にそのような存在がいるかは不明であるが、前提として信じなければ話は進まない。

 

 フロックは考え、そして、一つの案を見出す。

 別段殺すのは自分でなくともよい。もっと適任者がいる。

 

 アウラが殺してほしい──と望む相手。ジーク・イェーガーに妹を殺させれば、アウラの望みが叶うことになり、始祖の地雷も踏まないと考えた。

 

 無論、直接ジークに妹を殺させることは不可能だろう。

 飛行船で発狂する声を聞き、妹を心配する一部始終を見た感想として、エレン以上に兄は妹を愛している。

 

 であれば、間接的な手段を用いるのだ。

 幸い、これ以上なく都合の良い道具があった。ジークの脊髄液入りのワインである。

 

 

 フロックはワインをレストランでくすねた後、数滴ほど水の入った水筒に混入させた。

 それを部下に持たせ(飲まないように念を押して)必要となった時、アウラに飲ませられるようにした。

 

 結果、ハンジに怪しまれることなく、咳き込んだ女に脊髄液入りのワインを飲ませることができた。もし女が起きていなければ、ハンジの目が届いていない移動中にでもこっそりと飲ませただろう。

 

 愛してやまない兄の脊髄液を飲めた上に、それが原因となって死ねるのだ。アウラ・イェーガーも本望だろう。

 

 

 ただいつ巨人化するかは、状況と、ジーク次第。

 

 しかし遠からず、“叫び”を使わざるを得ない状況がくる。大打撃を受けたマーレが、そのまま黙っているとも思えない。

 否、すでにその前兆は現れている。

 

 連日の騒動でその調査どころではないが、()()()()()が調査兵団の兵士によって発見されている。

 また詳しい調査はできずとも、特徴的な四足歩行の痕跡から、《車力の巨人》が壁内に侵入している可能性が高い。

 

 

 そのため、事は性急に運ばねばならない。

 

 アウラがワインを飲んだことを知る者はごく一部であり、もしジークが叫びそのことが明るみになったとしても、アウラ・イェーガーは巨人化済み。巨人化能力者を食わせる以外、人間に戻る方法はなくなる。

 

 始祖の力と王家の関係を考えればエレンの力を継承させることはできず、ジークの力を継承させたとして、兄を食った事実を知った女が自死の道を選ぶことは想像に難くない。

 

 また、アルミンを差し出すわけにもいくまい。

 

 超大型の力はアルミンだからこそ信頼を置いて任せることができるほどの、脅威的な力を持つ。

 それをわざわざ裏切り者に継承させるなど、納得できるわけがない。

 エルヴィン・スミスの死を代償に生き残ったのが、アルミンであることを知っているなら尚更。

 

 

 一連のフロックの行いは、大きなリスクを伴うものである。

 そもそもエレンの牽制をまるっきり無視してまで、なぜ彼は殺害を目論むのか。

 

 理由を挙げれば、それこそたくさん出てくるだろう。仲間の死に、裏切り。

 

 だが何より彼は、狂った女の姿を見て、思った。

 女の叫び声を聞き目にした、発狂するアウラの姿。

 

 

 

 ──────()()()()()()()()()()

 

 

 漠然としたそんな考えが、フロック・フォルスターの内によぎったのである。

 生かしてはならないと、死体に帰さなければならぬと思った。

 

 その息の根を、一分一秒でも早く止めなければならない。

 一種の強迫観念じみた感情を抱え、そして、行動に移したフロック。

 

 企みはほぼ成功した。失敗点──というより予想外の事態は、女が突如巨人化したことだ。

 

 ジークが叫んだ事は間違いない。しかしその叫びにも、ある程度効果の範囲があった。巨大樹の森までにはまだかなり距離がある。仮に現在地の場所で効果があるなら、その他の脊髄液を摂取した人間にも反応が起こりかねない。それもワインを飲んだ人間は複数いる。

 

 一度フロックが目にしたことのある、同時多発的に出現した巨人。

 

 眩い光が起こってもおかしくはないが、空に変化はなかった。

 

 

 ハンジも状況が掴めていないが、フロックもまた状況を理解できていない。

 巨人の様子を見るが、動く気配はない。その巨体は空を仰ぐような体勢で、地面に転がっている。

 

 巨人化したのは、王家の血筋が関係しているのか。はたまた始祖ユミルの所業であるのか。

 

 疑問は尽きぬまま、一行は一旦その巨人を置き去りに、巨大樹の森へ急いだ。

 異変が起こっていることはまず間違いない。ハンジの鋭い視線が向く中で、フロックは深いため息をつく。

 

 

「俺を疑うのは別にかまいません。ですが裏切り者に、あなたは同情でもしているというのですか?」

 

 

 フロックは、アウラが兄以外に向ける感情に、中身はないものだ──と考えている。

 だがその他の中では、未だに女に“正”の感情を向ける者もいる。サシャを助けた点で、よりアウラの人物像が不明瞭となった。

 

 隣で並走するハンジは前を向いたまま瞳を伏せ、沈黙を選ぶ。

 彼女もまたアウラ・イェーガーと長く共に戦った人間であり、悩むところは多い。

 

 

「こんな時エルヴィン団長なら……どうしたでしょうね」

 

 

 皮肉を混じえて呟かれたフロックの言葉に、ハンジは小さく「…わからない」と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 空の色。

 空。

 そこにある。

 

 知っている。遠い。届かない。

 なぜ空が青いのか、わからない。

 

 赤い。

 体にまとわりつく赤い色。

 肌を、肉を、骨を、内臓を、侵すおびただしい赤色。

 それに浸って、感じる痛みに意図せず口から声が漏れて。

 その時私は、「私」が生きているのだと知る。

 

「私」ではない私は死んでいる。

 私である私たちは悲劇の中で死ぬ。

 痛みに溺れて、苦痛の中で生より死を望んで、そしてその死すら果てがないことを知る。

 

 不幸が降りかかるのではなく、不幸が私を中心に回っている。

 

 私のはじまりがなんだったのか、わからない。

 私の終わりがどこにあるのかわからない。

 死にたい。死にたくない。生きたい。生きたくない。

 

 死んでも絶望で死ぬ思いがして、生きても絶望で死ぬ思いがする。

 飽和する絶望。

 呼吸ができない。

 

 

 私がなぜ存在するのか聞いた。

 上で回っているヤツに聞いた。

 上で回っているヤツはクソヤロウだ。

 理由はわからない。けれど私の本能が言っている。

 きっとこれまで不幸を刻み込まれて、肉塊になった私たちが言っていた。

 

 おなかががすいた────。

 

 言っていた。回るクソヤロウは言っていた。

 

 クソヤロウは教えてくれる。

 クソヤロウは捕食者で。

 無機質の中にしか生きられない不完全な生き物で。

 ニンゲンとは違うベクトルで存在していて。

 厳密に言えば、()きても、()んでもいない。

 ただ、存在するだけ。

 いや、存在さえしていないのかもしれない。

 だってクソヤロウは無機質な物体だから。

 文字どおり、「ない」。

 

 コイツがかわいそうだとは思わない。

 だって私の下には、私たちが転がっているから。

 私たちは死んでいる。

 

 

 クソヤロウは求めてきた。

 私に求めることを求めてきた。

 

 何を求めればいいというのだろう。

 私は私たちの中へ還って、私はまた私であることをはじめる。

 そんな私が求めることなどない。

 

 クソヤロウは言う。

 新たな望み。

 

 ──────新たな望み?

 

 私の願いは、叶ったのだと言う。

 私に願いなどあったのだろうか。

 それはいったいどんな願いだったのだろう。

 それは「私」がはじまったことのキッカケだったのだろうか。

 ともかく、私は還らなければならない。

 “無”に、還らなければならない。

 

 ソイツはけれど、還してくれないようだった。

 お腹が空いているから、還してくれないそうだ。

 なら私を食べれば私もクソヤロウも、ウィンウィンだと思った。

 けれど私はもう飽きたらしい。

 同じものは流石に、飽きるらしい。

 コイツは私を食べていたのか?

 だから私たちは転がっているのだろうか。

 わからなかった。

 そもそもどうして私がクソヤロウがいるこの場所にいるのか、わからない。

 

 

 私は私の願いをわからないけれど、願わなければならないそうだ。

 

 私は何を願おうか。

 

 私は私の願うことの私の願いを私は私願う。

 

 私は。

 

 私は?

 

 

 

『────アウラ、死なないで』

 

 

 

 誰かが泣いていた。

 

 いったい誰が、泣いているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ポツポツと降り始めた雨。

 葉の上に落ちた水滴は緑の表面をすべり、地面へ落ちてゆく。

 

 馬が荷車を引く中、顔に落ちた雨粒を受けて男の意識が戻った。

 

 その側で監視をしていたのはリヴァイ。フードをかぶった兵長はいつでも男を殺せるように、ブレードを握りしめたままである。

 ところどころ血が付着し、刃こぼれの目立つそれは、荷車の上で上裸で寝転がる男に振る舞われた。

 

 すでにリヴァイ以外の仲間は死んだ。

 彼が殺した、という表現が正しいが。

 

 

 巨大樹の森で一つの貴重な娯楽として、兵士らが兵長に飲酒の許可を求めたワイン。

 そこにジークの脊髄液が入っているなど、誰も想像だにしなかった。

 

 隙をついて逃走したジーク・イェーガーが叫び兵士が巨人化して、そんな彼らを自らの手でリヴァイは殺した。そして兵士長は巨人化した男を雷槍で打ち倒し、今に至る。

 

 一度ジークが目覚めた時、静かな激情をたぎらせた兵士長は、男の足を細切れにしている。

 

 四年前の雪辱が、ようやく果たされた。

 

 亡きエルヴィンとの約束。

《獣の巨人》を倒した男の内によぎるのは、底の見えない怒りと、空虚。

 

 何度も仲間を失ってきた。その穴の溝が埋まったことなど、一度とてない。それでもリヴァイが進み続けるのは、ひとえに死んでいった仲間たちのためである。

 

 人類の希望のために、進み続ける。

 

 

 だが肝心のエレン(その希望)に、暗雲が立ち込めている。

 

 ピクシスらは、エレンがジークに利用されていると考えている。その上でレベリオ区の襲撃を実行させたエレンの始祖を、他の者へ移す案がまさに今、進んでいる。

 

 兵長はしかしエレンを犠牲にするならば、ジークの命を差し出すことを選ぶ。

 

 イェーガー兄弟の計画が何であれ、王家の血を引く巨人を奪ってしまえばすべてが頓挫する。

 

「地ならし」も行えなくなってしまうが、その時はその時。今はまず、目先の脅威を摘まねばならない。

 

 

 

 

 

「汚ねぇツラだ…」

 

 ジークの腹には現在、行動を制限させるための雷槍が突き刺さっている。

 

 当の男は足を切られた痛みで、気を失っていた。意識が戻った顔の周囲では、吐いた跡がある。普段かけていたメガネは、戦いの最中で無くなってしまっていた。

 

「ううっ……」

 

 青い瞳が開き、朦朧と辺りをさまよう。

 意識を取り戻したジークはメガネを探し、無いとわかるとリヴァイ──ではなく、雨粒を降らす空を見上げた。

 

「テメェ、どこを見てやがる」

 

 走馬灯、という奴なのかもしれない。

 

 人類最強たる男も、人生で何度も体験したことがある。

 ジークの瞳は正確に外界を認識できていないように見える。だがそれでも死ぬことはない。巨人化能力者なのだから。

 

 

 

「そ、ら」

 

「ア?」

 

「いろ……ウ、ラ」

 

 焦点の合わない瞳は、フラフラと揺れ動く。

 

 ついで漏れた、死にたい、という言葉。

 その内容がリヴァイの逆鱗に触れた。

 

 多くの兵士の命を奪っておきながら、簡単に死なせるわけがない。

 最低でも自分が食われる咀嚼音を聞かせながら、巨人のエサにする。

 

「安らかな死を、テメェが送れると思うなよ」

 

「やすら、か……死」

 

「……さっきからテメェ、何をブツブツと言ってやがる」

 

「うまれな……うが、よかった?」

 

「生まれない?」

 

「しめい……クサヴァー、さん」

 

 クサヴァーとは、ジークと関わりのある人間だろうか。

 思考を回しながら、リヴァイはブレードを伸びてきた足へ向ける。

 

 

「ぼくは…わからないよ」

 

 

 再び振り落とされた刃は、まるでそれが元の形だと言わんばかりに切り刻んでいく。

 先ほどの激痛でもはや絶叫する力も弱まっているジークは、とぎれとぎれに落ちる意識の中、曇天を眺めた。

 

 妹の色だ。白銅色の、濁った瞳。

 

 痛みによる生理的なものなのか、はたまたただの雨の雫なのか。

 彼のこめかみを伝って、水滴が落ちる。

 

 

 この残酷な世界で生きることは、それだけで苦痛だ。

 苦痛から逃れる方法は、“死”しかない。

 

 そうして彼はどれだけの数の人間を殺して────()()()きただろう。

 

 エルディア人でなければもっと違う、幸福に満ちた人生を送ることができたかもしれない。誰かと結婚して子を作り、ありふれた幸せを手に入れる。

 

 だがその“もしも”は叶うことがなく。

 非情な現実はエルディア人でなくとも争い合うということを、戦争を通して彼は嫌というほど学んだ。

 

 どうすればよいのかわからず、このまま死んだ方がラクだと思える。

 使命も果たさず死ぬことは許されない。

 しかし彼はとっくの昔から、限界を迎えている。ずっともう無理であることを騙して、騙し続けて生きてきた。

 

 

 

「ご、めん」

 

 

 

 ジークの首に付けられていた、雷槍の信管につながるワイヤー。

 それが引っ張られ、大きな爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 雨が降っている。

 

 雨は、降り続けている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永永(エーンエーン)

連日投稿控える?ありゃ嘘になった。
次回から新章入ります。


 静寂。

 

 白い花が雨粒をはね返す。

 しかし聞こえるはずのサァサァ、という音は聞こえない。

 

 

 意識が沈んでいく中でジークが見たのは、不思議な世界だった。

 

 天上に広がる無数の星。それと実物は見たことないが、まるでオーロラの如き白い光。

 その光をたどった先にある、光の柱。そこから無数の光が、まるで枝のように空に広がっている。

 

 ここはいったいどこなのかと、空ばかりに気を取られていた男は、ふと気配を感じた。

 

 気配のある場所にいたのは一人の少女。

 光に照らされて淡く浮かび上がる金髪に、顔を覆う影の奥に存在する蒼い瞳。

 

 ジークは思わず息を呑む。あまりにもその少女は、妹と似ていた。

 妹────アウラ・イェーガーに。

 

 

「……アウラ?」

 

 

 少女は男の言葉に反応せず、地面の土のような──しかし色としては砂のようにも見える──を両手で掬いあげると、男の体の上にかける。そして側にある桶の水を掬って、ジークの体に触れる。

 

「俺の……体?」

 

 上半身はかろうじて動く。体を少し起こしてみてわかったが、骨盤から下がない。

 

 正確に言うと左足がなく、右足の太もも部分を少女が現在進行形で作っている。自由なのは右手と、上半身だけ。あとは感覚がなく、欠けている部分は地面の土と混ざり合うようにして欠けている。

 

 もし無理に動けば、制作中の部分からボロボロと崩れてしまいそうだ。さながら砂浜に作られた城のように。

 

 いや、それよりも、少女を認識してから気になってやまないことがジークにはある。

 

 

「何で、泣いてるんだ?」

 

 

 堪えようとして失敗し、涙を流している少女。

 悲痛なその表情にジークが思わず手を伸ばせば、叩かれる。それは、明確な拒絶である。

 

「お前は……始祖ユミルなのか?」

 

 瞳を伏せ、少女の手を見つめながら、男は呟いた。

 

 エレンが兄に語っていた内容。妹の話を伝え聞いた話によれば、始祖ユミルはアウラ・イェーガーにそっくりだという。

 状況が理解できずその話を忘れていたが、現状を整理する中で唐突に彼は思い出した。

 

 妹の寵愛の件や、始祖の目的など、聞かなければならないことは山ほどある。

 しかして少女の涙を前にして、その考えはジークの中で雲散霧消した。

 

 大声をあげて泣けばいいものを、必死に堪えようとする。とてもではないが見ていられなかった。こちらまで胸が苦しくなる。

 

 その感情はひとりの兄としての思い。始祖ユミルを妹と重ねて、その上でジークは慰めてやりたかった。

 

 

「作るよりほら、お兄ちゃ………俺の胸貸してやるぞ?」

 

『………』

 

 ジークが伸ばした手はしかし、また叩き落とされる。妹であったらこれで一発で機嫌が直るというのに。

 

「……というかその前にここ、どこなんだ?」

 

 ようやっと彼ははじめの疑問に行きつく。答えを知っている少女は泣きながら自分の体を作るばかり。

 

 そうして、途中少女が水を汲みに行く様子を眺めたり、ウネウネとミミズのように蠢く空の光を見たり、中心(意味深)に伸びる少女の手を反射的に掴んだり。

 

 一瞬のような、はたまた悠久のような。奇妙な時間の流れだった。

 

 元よりおしゃべり好きな男は、暇つぶしとばかりに少女に話しかけた。質問をしたところで何も返ってこないため、一方的な思い出話に留めて。

 その間何度も手を伸ばしたが、やはり拒絶される。その度にジークは感じた。

 

 

 ──────人間のようだ、と。

 

 

 始祖ユミルはとっくの昔に死んだ存在である。

 その少女がジークの体を作っている。あるいは生成される巨人も少女が作っているのではないのかと、長い思考の中で彼は思った。

 

 ずっとここにいたのであろうか、一人で。

 

 孤独に、巨人を作り続けながら?

 

 

 なぜこの不思議な場所にユミルが居続けるのかジークにはわからない。否、この場所の正体には、気づき始めていた。

 

 道。クサヴァーが語っていた、エルディア人をつなぐ座標。

 それこそがこの世界ではないのか、と。

 

 そんな場所で孤独であり続ける存在は、きっと人間ではない。あるいは、人間ではいられない。

 人間としての感情があるなら、殺風景もいいところな場所で奴隷のようにあり続けるなど、到底耐えられるわけがない。

 

 しかし、ジークにはユミルが一人の人間にしか見えなかった。

 泣いて、睨みつけて、鼻水が出ている少女が。

 

 

 

「鼻水で顔ぐしょぐしょにするところも、アウラと似てるんだな」

 

『………』

 

「……なぁ、ユミルちゃん」

 

『………』

 

「お前はどうして、俺の妹を特別に想っているんだ?」

 

 男の左足を作っていたユミルの手が止まる。

 

 少女はうつむき、はじめて口を開く。そこから音が紡がれることはない。パクパクと動いたその口に対して、原理は不明だがジークは正確にその意味を理解する。奇妙な感覚だ。脳内に直接言葉が送られているような。

 

 その声はジークの補正がかかっているのかもしれないが、妹のものと酷似している。

 

 

 

 ──────わたしを最初に、「()」してくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ユミルを愛した。

 

 世界中の誰よりも彼女を愛して、愛し続けてくれた。

「愛」を捧げて、捧げ続けた。

 

 それを理解できなかったユミル。わかったのは彼女が死ぬ時だった。

 

 自分を愛してくれていると思っていたフリッツ王が、彼女をただの“奴隷”としてしか最期まで見ていなかった現実。

 

 彼女がはじめて愛したのが王だった。その「愛」はけれど、どこまでも一方通行だった。

 彼女が死に、そしてその遺体の周りで泣いていた娘たちは、ユミルを愛していただろう。

 

 だがそれは、最初ではない。

 

 生きることに絶望し、死を選んだ女。

 その果てに待っていたのは、王の命令に従いつづける虚無な存在としての在り方である。

 

 

 奴隷「ユミル」。

 彼女はそれ以上にも、それ以下にもなれない。

 

 誰かの下で、自由なき人生を歩む。

 それは人間に食われるためだけに存在する家畜と、何が違うというのだろう。搾取されるだけで、自分で羽ばたくことが許されない。

 

 だからこそ彼女は“自由”を欲した。

 あの日────家畜の柵に手を伸ばしたことは、ユミルが起こした世界への小さな()()だった。

 

 

 その反逆は大きな代償を伴い、少女の自由をより奪う。

 

 彼女の人生の中で同じ姿、形をした少女の存在は、忌まわしいものでしかなかった。みな、気色の悪い少女を嫌っていた。ユミルもまた、嫌いだった。

 

 ずっと、ずっとずっと、付いてくる存在。物心ついた時から側にいた。離れることはなく、離そうと思っても離れない。

 

 それは、ユミルの自由を奪う存在だった。

 ユミルから自由を、奪った存在だった。

 

 そんな存在が王の「自由」の言葉を受けて笑った時、ユミルは人生ではじめて人を殺したいと思った。

 両親が殺されても抱かなかった感情を、同じ存在(きょうだい)に抱いた。

 

 

 だが誰よりもユミルを愛してくれたのは、『×××××』で。

 

 王の愛がなかったことを知り、そして『×××××』の愛を自覚したときにはすでに、その少女はいなかった。

 死んでいた。もうこの世に、いなかった。

 

 殺したのはきっと、ユミルに他ならない。

 

 自由を求めて家畜を逃さなければ、その少女は死なず。

 腹の中でのたうち回るような激情を抑えて生きるために走っていれば、その少女が自分を助ける状況はできず。

 

 そもそも『×××××』がユミルへ向けるものが「愛」であると理解できていれば、もっと違った人生だったはずだ。

 

 あるいは二人とも幸せに暮らして、生きられたかもしれない。

 

 

 後悔しきれない感情を抱えて、奴隷として束縛され続けた長い長い時間。

 自分の自我さえ薄れ、その先で見出した解放。

 

 少年(エレン)少女(ミカサ)が彼女を呪縛の時から解き放つ前にしかし、現れる。

 

『×××××』と似た存在。

『×××××』が“奴隷”として呼ばれていた名を持つ「アウラ」。

 

 少女は道を通して、その存在を観察した。

 そして自我が育たぬ幼児を不思議に思いのぞいた時、見てしまった。

 

 

 死体。死体。死体。

 

『×××××』の死体。地平線の果てまで狂ったように世界を覆う、死体。

 真っ暗な世界。その上で回るエビのような、奇妙な回遊魚。

 

 ユミルは知った。幼児が『×××××』と似た存在ではなく、『×××××』そのもので。

 

 奇妙なエビのようなものが、彼女と接触した光るムカデと似た存在であることを。

 

 否、似ていると言っても、それは人間を超越したものである──という意味で、その二つはまったく似て非なる生き物なのだと。

 何が異なるのかは、ユミルにもわからない。

 

 だがその奇妙なエビが『×××××』を束縛し続けているのはわかった。

 

 ゆえに最初のテコ入れとしてダイナ巨人に食われた時、アウラを自分のなるべく近い場所におけるよう改造した。

 二回目は死に急ぎ野郎(エレン)より死に急ぐ女を考慮しての魔改造だった。

 

 さまざまな手回しを経て、万が一ユミルの意識が向いていない時でも、死にかけた場合()()が起動できるようにした。

 アウラが一部分でも始祖の力を使えるのは、これが関係している。

 

 

 だが、長らく動きをみせなかった回遊魚が動いた。

 

 あっという間にアウラをたぐり寄せ、暗闇に導いた。ユミルの、一瞬の隙をついて。

 

 元よりそれはどうにもならないことだったのだ。いくら彼女がアウラを助けようとしたところで、ずっと女と回遊魚はつながっている。切り離せない。それはまるで、ユミルと光るムカデの関係のように。

 

 彼女はアウラの腹のキズを、()()()()()()

 

 治したのは回遊魚。

 いや、違う。殺したのが回遊魚。

 

 そうしてきっとアウラは、『×××××』は、死に続けている。

 

 なぜ死んだはずの『×××××』が蘇ったのか、ユミルは知らない。

 奇妙なエビの目的も、わからない。

 そもそもエビに目的があるかどうかもわからない。

 

 ただ、ユミルは救いたかったのだ。狂ったように殺されて、捨てられ続ける『×××××』を救いたかった。

 

 

 どうすれば『×××××』は地獄を見ずに済んだのだろうか。

 どうすればエビに再び捕まってしまった『×××××』を、救えるのだろうか。

 

 回遊魚と接触して以降、アウラとのリンクは取れない。この道へ導くことも、アウラが何を思っているかもわからない。

 

 わからない。

 

 ユミルはあの時───『×××××』が死んだ時、どうすればよかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロと、少女の瞳から涙がこぼれる。

 男を直していた手も止まり、涙を拭う。

 

 ジークは困ったように頬をかき、そっと手を伸ばした。払われることを覚悟の上で。

 

 しかし今度は少女の髪に触れることができた。そのまま撫でれば、柔らかい撫心地とともに、指にからまった金の糸が輝きながら落ちてゆく。

 

 

「もしかして、何かケンカしたのか?アウラと」

 

『………』

 

「俺困っちゃうんだよ、妹に泣かれてるみたいで」

 

『   !』

 

 少女の拳がジークの顔面に炸裂する。小さな体格から繰り出されるその拳は大した威力にもならないが、より男の心臓をえぐる。

 何度も何度も、その拳が体に当たる。少しのこそばゆさを覚えつつ、ジークは少女の体を抱きしめた。

 

 瞬間、男の脳内で流れた「憲兵さん(アニたそ)コイツです!!!」という言葉。

 たいへん遺憾である。

 

 

「俺は少女趣味じゃないから。というか、どこでそんな言葉覚えたんだ…」

 

『   』

 

「あ……………アウラかッッ!!!」

 

 アウラ・イェーガーはろくな知識を始祖ユミルに与えていないらしい。これは現実に戻ったら問い詰めなければならない。

 

 というより、ジークは自分がここへ来た経緯もイマイチ覚えていない。

 戻ってから何が起こったのか思い出すだろう。ここへ来る前に起こったことを。そして夢のように、少女との奇妙な邂逅は、虫食いの記憶になるに違いない。

 

 

 だが不思議と少女の涙は忘れないだろうと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ハンジたちが移動する中、()()()()は聞こえた。

 

 雨が今にも降りそうな天気の下、揺れる地面。おそろしいスピードで近づくそれに、一度女型の速度を経験したことのあるハンジは目を見開く。

 例えば他の足止めがなければ、簡単に追いつかれてしまう巨人の速度。その主はまっすぐに、巨大樹のある方角へ向かって走った。

 

 全体一度、ねらわれる可能性を感じた兵士らは、馬に指示を出し周囲へと散らばる。巨人がいる中で壁外調査を行っていた時代ならまだしも、今はわざわざ長距離索敵陣形をとる必要性もない。

 

 そのためハンジは連携の取れないイェーガー派の移動に、思わず眉を寄せた。

 

 

 しかしそれよりも気にかかるのは、頭蓋の巨人体。

 その元が王家の血であるがゆえか、他の巨人とは異なる体つきである。

 

 助骨の飛び出た巨人は、ハンジも何度か見たことがある。だが顔の骨が出ているのは初だ。厳密に言えば耳元や首元へいくと、肉がうっすらと付き始める。

 

 また女型と同様に、胸がある。本人には失礼かもしれないが、人間の時よりその胸囲はあった。同室であったゾエは何度か、恨みがましげな視線をアウラから受けたことがある。自身の胸に向かって。

 

 

「ジークの命令で動いているのか……?」

 

 

 先ほどまでは反応がなかった頭蓋の巨人。

 それに動きがあった以上、何かしらジークが命令を出したと考えるのが自然である。

 

 巨人はみるみるうちにその姿が見えなくなる。

 驚き体勢を崩した兵士らは立て直し、馬を走らせた。連日の不安定な天気でぬかるんでいたため、残っていた巨人の足跡を追跡するようにして。

 

 

 

 

 

 それから雨が降り始め、しばらくして聞こえた爆発音。

 

 音の元をたどると、そこには重体と見られるリヴァイや、体にキズを負った馬。また爆発の衝撃で壊れた荷車に、巨人の姿があった。足の跡がここまで続いていたとおり、アウラ巨人体である。

 

 その巨人は顔を上に向け、佇んでいる。

 

 奇妙な体勢にハンジが疑問に思いながら、周囲にいるはずのジークを探した。音の爆発音から、その正体が雷槍のものであることはわかっている。

 

 そして直後、起こった爆風。

 

 巨人は倒れ、そこから出てきたのはmappa(マッパ)の男。巨人がうなじを削がれていないのにも関わらず蒸発して消えていく異常事態に、その中から出てくるジークという光景。

 彼は腹の部分の骨あたりから落ち、転がる。そして側の骨をつかみ、ふらつきながら立ち上がった。

 

 何度も言うが、全裸である。

 

 

「………?」

 

 

 ジークは状況を理解できていないようだった。それはイェーガー派も同様に。

 

 ハンジは一同ジークへ視線が向いている隙に、重体のリヴァイを抱え川へ飛び込んだ。彼女はフロックに兵長が死んだ──と言っていたものの、脈を見た時一応まだ息はあった。

 

 人類最強の男は生きている。それだけで今のハンジには十分である。

 

 銃声とともに弾丸が川へ向けられる間、フロックはジークへ近寄った。

 

「いったい……何があったんですか?」

 

「……わから、ない」

 

 ジークは返事もおざなりに、周囲を見渡す。

 エレンとの約束であれば妹も来ているはずだ。しかし姿がない。

 

 それにフロックは重々しく口を開く。

 

 

 元より今いるイェーガー派は、少なからずアウラ・イェーガーに憎しみを抱く面々で構成されている。意図的に選んだのはフロックだ。

 

 憎まれる理由を作ったのはアウラ本人。ゆえにフロックは手にかけた。それはひとえに姉のせいで苦しみ続けたエレンを、側で見ていたことも理由として。

 

 フロックの行いを正当化する。当然それをジークが納得するかどうかはわからない。だが難しければ、彼はアウラ・イェーガーが狂った理由の元凶が兄であることを引き合いに出して話す。

 

 そこまで言われればジークも反論はできまい。なにせ男が妹を「楽園送り」にしたことは、まごう事なき事実であるのだから。

 

 無論エレンに知れれば、かなりの確率で殺される。

 

 だがそれを覚悟の上で、フロックは行った。()()()()()()()()()()()()

 狂った女を、殺すことを。誰かがやらなければならなかった。

 

 そう信じてやまない彼もどこか、狂っているのかもしれない。

 

 まさしく、感染する狂気─────と、言ったところか。

 

 

「アウラ、イェーガーは……」

 

 

 その時。蒸気が辺りに蔓延する中で、音がした。

 音に反応したジークとフロックが、視線を向ける。瞳を凝らしてその正体を探り、そして見えた、黒い人影。

 

 巨人のうなじの部分にいるその人影は、また何か音を立ててうごめく。ブチブチという音に、ジークは聞き覚えがあった。

 

 巨人のうなじに潜む人間が体を出す時に、つながる巨人体と自身の体を引き剥がす時に聞こえる音。

 それにひどく似ていた。

 

「エレン?いや、違………」

 

 壁内にいる知性巨人はジークとエレンのみのはず。無知性巨人についても、すべて討伐されている。

 ならば、いったい──────。

 

 

 立ち込める蒸気の中で見えたのは、見覚えのある髪色。それが蒸気に吹かれて揺らめく。

 いつも付けていた純白のバンダナは見当たらない。

 

 腕を出し、そして下半身も取り出したその人物は、うなじの部分に立ち上がる。白いシャツと、紅い血のような長いスカートが覗く。

 そのまま右足へ重心をかけてフラついた女は、つまずき、骨の上を転がって地面に落ちる。

 

 ジークはしかしその髪の色が見えてから、すでに駆け出していた。

 

 

 

「アウラ!!」

 

 

 

 腕の中に妹を捕まえた兄は、地面を転がる。

 妹の名を呼ぶ声に閉じていたまつ毛が震えると、その瞳がのぞく。

 

 それはかつて、ジークが見た色。

 

 薄い紫のような、銀のような──ー不可思議な色の中で無数の光が散らばる。

 さながら星を集めたような瞳が、そこにあった。

 

 思わず息を呑んだ男の頬に触れる手。その手はひどく冷たい。

 

 

「じぃーく」

 

 

 うっそりと、微笑んだアウラ。

 彼女はジークに抱きつく。

 

 そして愉しそうに、狂ったように。

 

 笑った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【九章】「神聖悪魔ちゃん」編
私は私の選択をするとき、私ではない他人の選択を見て私の選択を選ぶようだ。


新章ディス。
一部切り取ると18禁にしか見えない部分があるので注意してください。許されなかったら修正します。


「私」は知っている。

 

 私が狂う理由を知っている。

 私は人の狂気で「私」ができあがったことを知っている。私たちの肉塊がその証拠。狂ったように殺されて狂うことを知っている。

 

「私」は知っている。

 

 私が人を狂わせることを知っている。

 人を私が狂わせて狂った人が私を殺すことを私は知っている。

 

「私」は知っている。

 

 回るあのクソヤロウが狂っていることを知っている。

 狂ったように回り続けて、すべてを狂わす狂気そのものだと知っている。そのクソヤロウは人間の狂気を食べて狂い、そして狂ったクソヤロウが人間を狂わせることを知っている。

 

「私」は知っている。

 

 誰かが誰かを狂わせて、その誰かがまた誰かを狂わせて、そうして狂気が回り続けていることを知っている。

 クソヤロウはだからこそ回る。

 終わりのない回遊。

 だからこそ終わりを求めて。

 

 

「私」もクソヤロウも、回っている。

 

 ぬくぬくとした、狂気の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 ……あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

 

 この私、アウラ・イェーガーちゃんが目を覚ましたと思ったら、目の前に素っ裸のジーク・イェーガーがいた。

 

 な…何を言っているのかわからないと思いますが、私も何をされたのかわからなかった。元々どうにかなっている頭がさらにどうにかなりそうだった。

 

 なぜかお兄さまに全力で抱きついていた私は我に返って、まずその上半身を凝視した。「お筋肉」が丸出しだった。もうこの時点で鼻血が出ていた。

 

 そしてそのまま視線がゆっくり下に行き、臍のところにまで向かい、あるはずのボトムスがないことに気づいた。丹田に浮き出ている血管がえっっっ。

 

 つまり、お兄さまのお兄さま♂が少し視線をずらせば見えるということ。

 四年の共同生活でも、難攻不落の防御力を誇っていた、お兄さま♂

 

 しかしついに拝む時がきたわけです。

 

 

 驚異の子の、驚異の子♂をなァ──────ッ!!

 

 

 

 

 

「ふひゃんっ」

 

 

 が、物事とはそう上手くいくものではありません。というか私が限界でした。

 

 興奮のあまり私は気絶した。気を失った時間は一瞬のことでしたが。

 

 終始固まったままだったお兄さまは、反射的にこの愚妹の体を支えてくださった。

 その接触だけで甘()きしてしまう私はビンカン処女。兄様、私のバージンをもらえ。

 

 気が戻った時視界に入ったのは、逆さまになった兵士の顔です。

 背中を支えられた私はのけぞるようにして後ろを向き、その体勢で彼らの顔を見た。

 

 蒼白する者や、口を開けたまま固まっている人間。総合すると怯えと、ドン引く視線がこちらに向いている。

 

 公衆の面前で()ってしまったことに羞恥と更なる興奮を覚えつつ、フラつく体を支えようと兄の肩をつかんだ。

 

「大丈夫か……?」と屈んで、こちらの顔を覗き込み、本気で心配するお兄さまはイケメンで。

 私はまた、ブッ倒れそうになった。

 

 

 

 その後顔を覆いながら、ガチ目に泣きつつ服を着てもらうよう懇願して、お兄さまはようやく何一つ身に纏っていないことに気づかれた。そして私の顔が真っ赤な理由を察し、頬をかきながら小さく謝る。

 

 しかし兵士らの面々が急きょ取りつくろった服は、ボトムスのみ。アウラちゃんはもうお兄さまを直視できません。

 

 〜完〜

 

 

「悪いが、約束どおり少し時間をもらう」

 

 

 ジークお兄さまは「フロック」と呼ばれる兵士にそう告げ、彼らから距離を置いた森に移動した。

 

 妹の手を引っ張る兄は上裸。まともに前を見れない上、いつの間にか生えていた右足の感覚に慣れずつまずき、結局抱えられた。お姫さまだっこです。これが天国か………(享年、26歳)

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ジーク・イェーガーの前には今、美人な容貌を台無しにしたばかりの妹がいる。

 

 人目を忍び移動したジークは妹を木に寄りかかるように座らせ、自身も屈み視線を合わせる。

 未だほんのりと赤い妹の顔が、逃げるように逸らされた。

 

 側から見て明らかに異常だったアウラの様子は、兄の知るいつも通りの姿に戻っている。ジークを好きすぎるがあまり狂う、そんな妹。

 

 聞きたいことはたくさんある。だが、時間はあまりない。すでに兵団はイェーガー兄弟を阻止すべく動いている。

 

 

 まず彼はマーレ国で共に暮らしていた間、始祖ユミルの寵愛の件をなぜ黙っていたのか尋ねた。

 

 すると予想通りというか、アウラは兄との関係性の悪化を懸念して、話さなかったことを明かした。

 

 失踪したのも、接触してきたエレンがこの事をジークに知らせた後のことを考え、逃げたため。

 

 タイバー家の擁護下にいたのは、始祖ユミルがモブおじさんたちから危険な目に遭う彼女を心配して、意図的に取り入れさせたから。またタイバー家ならその権力もあり、愛する子(アウラ)が動きやすいだろう、と。

 

 さらにアニ・レオンハートを利用したことも、アウラは語った。

 彼女については、マーレに来た時アウラ自身の身の安全を確保するために、用意した存在である。

 

 エレンにアニの件も聞かされていたジークだが、どれも始祖の力をゴリ押しした案件ばかりで、頭の痛む思いがした。

 

 というよりさらっと強姦に遭いかけていたことを知り、兄の情緒がさらに死んだ。

 

 

「…飛行船で撃たれた時のことは、覚えているか?発狂したことも」

 

「撃たれた?発狂?………あ、そうだ、撃たれてた」

 

 今思い出したと言わんばかりに、アウラは服の上から腹を触る。それからシャツをめくり上げると、白い肌が見え、細い体が現れた。

 そしてあるはずのキズが無いことを確認し、「おぅ…」と、何とも言えない声を上げた。

 

「お前な、俺の前だからって平然と腹を出すな」

 

「全裸だったお兄ちゃんが言わないで」

 

「うっ」

 

 ぐうの音も出ない。いや、そんな兄に鼻血を出した妹の方こそどうなのだ。

 

 

 しかしジークが全裸になった経緯をかいつまんで話すと、途端に逸らされていた白銅色の瞳が兄をとらえ、朱に染まっていた顔が青白くなる。

 

 雷槍を爆発させた理由については、リヴァイから逃れるための賭け(、、)だった、と彼は話した。

 本当のことを言えば、妹が発狂するかもしれない。

 

「あ、う、い、生き……生きてる?」

 

「生きてるだろ」

 

「じ、ジーク、ジーク・イェーガーは生きてる?」

 

「…生きてるよ」

 

 アウラは兄の胴に手を回し、心臓の位置に耳を当てた。

 

 ジークは異常なほど震える妹の背を宥めるように叩いて、落ち着かせる。その間白銅色の瞳はチカチカと不安定な灯りのように、その色を何度も変えた。

 

「死んじゃダメ死んじゃダメ死んじゃダメ」

 

「……ごめんって」

 

「だめ、いやだいやだ、だめ、だめだめだめ……!!!」

 

「…苦しい、アウラ」

 

 細い腕はあばらを折って内臓に食い込ませんとするほどに、男の腹に巻きつく。

 

 鈍い痛みが積み重なっていき、うめいたジーク。止めようと動かした手で妹の横腹をくすぐると、途端にすっとんきょうな声を出したアウラは地面に倒れた。

 

 

 

「は、はひぃ……♡」

 

 

 ヤムチャしやがった体勢の女の、めくれたスカートから細い右足が覗く。

 

 それを徐にジークがつかむと、一瞬大きく体が跳ねたのち妹は動かなくなった。手羽先感覚でいいようにその足が動かされていると、黄泉の国から戻ってきたアウラの瞳が開く。

 

「お前、巨人のうなじから出てきたんだけど、覚えてるか?」

 

「は、ふっ…………え?」

 

「正直に答えないと、後悔することになるぞ」

 

「え?え、え?」

 

「………」

 

「あ、しょ、しょこはらめぇ……!」

 

 靴が脱がされ、晒された足の裏に無骨な手が伸びる。

 髪を振り乱しこそばゆい尋問を受けつつ、妹は涙ながらに何も知らないことを語った。

 

 

「本当に何も知らないのか?」

 

「し、しら、んんっ……ない!!」

 

「じゃあ何で俺がお前が出てきた巨人の中から出てきたんだよ」

 

「わ、わかん、な、い!」

 

「嘘ばっかりで、お兄ちゃんお前のこと信用できないんだけど」

 

「ほ、本当にしらな、おっ、おか…っ、おかしくなっひゃうぅ……♡♡」

 

 本当にアウラは何も知らなさそうである。兄が手を離すと、荒い息を吐きながらよだれを垂らし、放心する妹ができあがった。

 

 妹がヘブン状態の中ジークは、やりすぎたか?と、心配の色を覗かす。

 

 フロックが見れば、完全にヒゲ面の男、現行犯逮捕案件だった。

 当の男は妹の脳内に「♡」が乱舞していることに気づいていない。そこで鈍感系ヒロインを発揮するのか(ボブ訝)

 

 

「……え?っていうことは、お兄さまが言ってた巨人が私だったの?」

 

「…本当に覚えてないんだな」

 

「産んだの?アウラちゃんが??処女懐胎?」

 

「しょ………俺蒸発した巨人から出てきた、って言ったよね」

 

「何で私が巨人になってたの?」

 

「俺が聞きたい」

 

「ユミルちゃんが私を巨人にしたの??」

 

「だから、俺が知らないって」

 

「ま、待ってね。こういう時は巨人の数を数えればいいってゾエが言ってた。ソニーが一匹、ビーンが二匹、ハンジ・ゾエが三匹───」

 

「人間が混ざってるけど」

 

「私が巨人化してお兄さまを体内に取り込んで、そこから蒸発してお兄さまが全裸?」

 

「落ち着け」

 

 ケモノのように唸りながら、アウラは頭を抱える。

 そしてふと、止んだ雨の後にできた水たまりに映る己の姿を見て、固まった。

 

 その瞳は夜の世界を照らす小さな灯りを、かき集める大罪を犯して作られたような、不可思議な色。

 目を瞬かせ己の瞳を見ていた女は、そのままゆっくりと、水たまりに顔を近づける。

 

 

 

「いる」

 

「何がいるんだ?」

 

()()()

 

「私たち?」

 

「「私」になれない、終わったまま終われない私たち」

 

「………は?」

 

 水滴が地面に落ち、シミを作る。雨ではない。女の瞳からポロポロと、蛇口を少しずつ緩めていくように水が溢れているのだ。ただ、涙を流す女の口角は、わずかに上がっていた。

 

 呼吸を忘れて妹を見ていたジークは、思い出したように息を吸い込む。

 

 おかしい。その四文字で表せられる今の、アウラ・イェーガーの様子。

 

 

「瀕死の兄を私は食べて、ジーク・イェーガーは死の淵から蘇った。私の時と同じだ。私も食べられて、復活した」

 

 

 その行いはユミルによるもの。ジークはそこで夢のような世界──と言っても、土の感触や視界に入る情報があまりにリアルだった──を思い出し、あ、と声を漏らす。

 

 エレンの言うとおり、始祖ユミルと瓜二つだった妹。

 寵愛の理由を裏付けるような発見が、今の今まで頭から抜けていた。

 

 

「ジーク・イェーガーはユミルを見た?“奴隷”のユミル。王の束縛から逃れられない、かわいそうな少女。王に愛されなかった女。彼女は「自由」の奴隷。自由になろうとして、さらに地獄を見続けている」

 

 

 アウラはジークの知らぬ内容まで、ユミルから聞かされているらしい。

 それはきっとどの文献にも残っていない、歴史の真実に他ならないのだろう。

 

 男の中で“奴隷”の言葉が反響する。ふいに「自由」と聞いて思い浮かべたのは、エレンの姿だった。

 

 

「あれが“道”で正しいなら……お前にそっくりな女の子が、泣いていた気がする」

 

「泣いていた?」

 

「お前とケンカでもしたんじゃないのか?」

 

「会ってないよ。私はあの子に会ってない」

 

 相変わらずアウラの視線は水たまりの中に固定されていて、お世辞にもキレイとは言えない水面が些細な衝撃で波紋を作り、それが全体に広がると女の顔も歪む。

 ブヨブヨと、あるいはドロドロと、悍ましい形に変わる。

 

「ユミルがジーク・イェーガーを治したんだ」

 

「…あぁ」

 

「私の願いだから聞いたのかな?それとも私が王家の人間だから逆らえないのかな?まぁどれでもいい。だって治すしかないんだから。私にとっての一番はジーク・イェーガーなんだもん。ユミルじゃないんだもん。やっぱりあの子は奴隷だね」

 

 くすくすと、息をこぼすように、女は笑う。

 少女のような、無邪気さで。

 

 そして瞳をかすかに伏せて、彼女は立ち上がった。

 

 

「お兄ちゃん戻ろうよ。みんなが首を長くして待ってるよ」

 

「待て、まだ本題を話し合えてない」

 

「本題?」

 

「計画の件だ。エレンに「地ならし」を利用した、人類の大多数を殺す選択を迫られている」

 

「何を迷うことがあるの?ジーク・イェーガーの本願は、トム・クサヴァーとの約束を果たすことでしょ?」

 

「そう…だが、………わからないんだ」

 

 結論が出せないからこそ、ジークがが悩む根幹にある妹の生死の答えを見出すべく、アウラと話し合おうと思った。

 

 妹はけれど、兄の出す答えに従うと言う。

 どの道ジークより先に死ぬ気で、兄の寿命の延命が不可能な以上、あがいてもどうにもならない死。

 

「ギリギリまで悩むしかないよ。幸い、二人が接触して行き着くのは“道”。一瞬が悠久のあの場所ならいくらでも時間はある。それより早く行こう。兵士の一人も敵が迫っているって、言ってた」

 

「……俺は」

 

「大丈夫だよ、ジーク・イェーガー(お兄ちゃん)

 

 

 ──────私はずっと、いっしょにいるよ。

 

 

 兄を引くように握られた、妹の手。

 冷たい感触が伝わり、自分の手の脈の音を、ジークは感じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アウリンTV

小説そっちのけで休み中必死にゴッカム読んでました。今最新話まで無料期間なので、一日30話ぐらいの勢いで読んでくれよな!ヒヒィン!
谷垣ニシパはライナーなので死なない、ハッキリわかんだね。


 ピスピース!

 

 シガンシナ区の兵団本部に向かうことになった私は悪魔ちゃんな美女、アウラ・イェーガーちゃんだゾ〜!

 

 

 ジーク・イェーガーのせいで、情緒のアップダウンが激しすぎる私。そんなに緩急をつけられたらおかしくなってしまいます。

 

 いえね、まぁ、くすぐりプレイを受けた時は、本気で痴態を晒したんですけど。

 明らかに絶頂している妹の様子を見ても平常心を保っているって、お兄さまの精神はどうなっているのでしょう。

 

 

 

 しかし、アウラちゃんが巨人になっていたのは驚きでした。ユミルが何か細工をしていたのかもしれない。

 

 状況を確かめるべく戻った時に、“イェーガー派”なるエレンを信奉(ヨイショ)する組織から、私が巨人化した様子を見たのか尋ねた。

 

 いや、その前に、ガビに撃たれてそのまま意識を失った私が、正気を取り戻した時に見たのがジーク・イェーガーの全裸って、一体全体どういうことなんでしょう。

 ユミルによるサービスタイムということか?あ゛り゛がどゔっ……(血涙)

 

 きっとお兄さまの体を治したのも彼女だ。コレは今度会ったら、メイド服でも着てご奉仕しないとなりません。

 

 

 肝心の目撃情報はというと、兵士たちが巨人化する私を見たらしい。

 案内役としてハンジもいたようですが、お兄さまの爆発に巻き添えになったリヴァイを連れて、どんぶらこと川下へ流れていったそうです。ヒィズル国の童話で有名な『もも太郎』かな?

 

 イェーガー派の中心人物は「フロック」という兵士のようです。飛行船の時に私に嫌悪感を露骨に出していた男ですね。

 

 私を見ると、苦虫でも噛み潰したような表情を浮かべる。まぁ仕方ないね、私は裏切り者ですから。

 

 本当ならここで「ねぇ、今どんな気持ち?調査兵団を裏切った女がいてどんな気持ち?(yyutニキ並感)」と、煽って差し上げたいところですが、私も鬼ではないのでね。また今度にしましょう。

 

 

 ちなみに私についてはエレンの指示があったため、収容されていた場所から連れてきたらしいです。

 

 そのことについては全く覚えていません。私のリアクションにフロックは、やはり、という顔をした。

 目覚めた時も意識はあったものの、魂だけ抜け落ちたような状態だったらしい。

 そしてその後、馬で移動中に私が巨人化した。

 

 ユミルがお兄さまのピンチを察して巨人化させたのだと思う一方で、私の必要性があったのか?とも思ってしまいます。

 

 

 

「うーん……」

 

 

 私が考えている最中だった。視線を感じて其方を向くと、フロックがこちらを見ている。ついで彼はお兄さまを見て、ゲロった。

 

 フロックが明かしたのは、私にジーク・イェーガーの脊髄液を飲ませたことでした。ふぇぇぇ…?(歓喜)

 

「どういう…ことだ?」

 

 お兄さまはフロックを睨んだ。

 

 フロックは、自分が行った行動がエレンの指示ではなく、自身の独断であるものである、と語る。

 さらに続けて、私を恨んでいることを本人を前にして語り、その兄もまた、憎んでいる──と告げた。

 

 

「俺の仲間はあんたに殺された、ジーク。アイツらの犠牲は()()()()()()()ものかもしれないが、納得はいかない。それでも今の俺は“イェーガー派”として、エルディアの未来のために動いている。それもまた、事実なんです」

 

「………」

 

「お前もだ、アウラ・イェーガー。俺たちを裏切ったがゆえに、憎い。何より異常なんだ(、、、、、)、お前は」

 

 お兄さまが庇うように私の前に立った。今トキメキで膝がガクガクして、すぐにでも倒れそうなんですけど。

 ただ、協力関係なのに争われても困るんですよね。

 

 お兄さまはただでさえ、リヴァイ・アッカーマンに陵辱(語弊)されたばかりだというのに。その結果服も無くなって全裸になっているんですよ?

 

 身も心も疲れ切っているお兄さまに、これ以上の疲労は可哀想、というもの。

 

 そもジーク・イェーガーを精神的にフルボッコにしていいのは妹たる私だけです。

 

 でも、他人が曇らせたお兄さまもステキなのでやはり許します。

 ですがリヴァイの件は許しません。ユミルに頼んで、何が何でもさらにヤツの身長を10センチ縮めさせてやります。

 

 

 

 話を戻して、ここは私が一肌脱ぎましょう。安心してください、シャツは脱ぎません。

 

 

「お兄しゃまの()きず()()()ぃ……」

 

 

 と、メス堕ち待ったなしの発情を見せるアウラちゃん。

 

 顔全体ウットリとさせるイメージで口角を少し上げて、吐息を少し漏らすような感じで、人差し指を口元に押し当てます。

 

 惚けきった私の様子に、数人の兵士が目を丸くして息を呑みました。美女の恍惚とした表情は堪らないでしょう。

 

 例外は一様にドン引きしている。それでもあなたたち棒♂を持っている方々ですか?アウラちゃんの魅力に堕ちろ!特にお兄さま。

 

「………」

 

「ひゃんっ!」

 

 半目になったお兄さまが、アウラちゃんのうなじを徐につかんだ。不意打ちすぎて変な声を出してしまいましたが仕方ないね。

 

 フロックの、まるでもう助からない重体の患者を見るような視線がこちらに突き刺さります。

 人を変態扱いするのやめてもらっていいですか?(あうゆき)

 

 

 

 ですがこれで険悪ムードだった雰囲気がうやむやになり、場を仲裁することができました。

 

「あ、そう言えば……」

 

 そして馬での移動になった時、不意に思い出した。結局なぜ私が連れてこられたのか、その理由がわかっていない。

 

 アウラ・イェーガーを嫌悪しているフロックが連れてくる義理もないですし、何かしらエレンに頼まれたのか。それともジーク・イェーガーに頼まれたのか。

 

「お兄さま、お兄さま」

 

 小声で兄の肩をつつくと、こちらに視線を向け、お兄さまは眉を寄せつつも耳を近づけてくださる。しゅき(即オチ)

 

「…なんだよ」

 

 若干嫌そうな顔の兄に耳打ちするように、なぜ私が連れてこられたのか尋ねた。

 正直言うと、くすぐりプレイを受けてから記憶が飛び飛びになって、よく覚えていません。

 

 

「は?」

 

 

 不思議そうな顔をするならまだしも、兄は本気で私の言っていることがわからない様子。無意識の内に大きな声が出ていたお兄さまは周囲から集まった視線に気づいて、何でもない──と返す。

 

 先ほどの今で、周りは私がまた頓狂な事を兄に言ったと思ったのか、馬の手綱を引く。

 

 唯一フロックの視線だけ外れぬ中、お兄さまは今度顔ごと近づける。

 

 ちゅーかと思って瞳を閉じて背伸びをしたら、片手で頰をつかまれた。冷えきった視線がご褒美です。

 

 そう言えばこうして見ると、トム・クサヴァーのメガネが無くなっている。

 爆発の衝撃で喪失してしまったのか。長い時間の直視は私がキャパオーバーしてしまうため、程々で視線を逸らします。

 

 

「話しただろ、俺」

 

「話したって、何を?」

 

「だから、お前との話し合いでだ」

 

 兄の下げた声のトーンに合わせて会話をすれども、一向に意味がわからない。

 確かに話し合ったけれど、それはお兄さまが色々と私に聞いたことについてではないようで、その後、くすぐりプレイの後のことを尋ねている。

 

 何か話しただろうか?くすぐられた後に息も絶え絶えで話して、そして水たまりを見て──────見て?

 

 

 何か見た気がするけれど、私は何を見たのだろう。

 

 自分の瞳を見たような気もする。もっと別の何かだったのかもしれない。自分で表現しておいて、ひどく曖昧な表記になる。

 

 なんだか雲でも見ている気分だ。思い出す度に、自分の体験した内容が形を変えてしまう。結果自分が何を見たのか、上手く思い出せない。

 

 

「────あれ?」

 

 

 待て、私の瞳が奇妙な色に変わっていなかったか?死体の濁った瞳のような色ではなく、星のような色。例えるのが難しいですが、似た瞳を私は一度見たことがある。

 

 それは、グリシャ・イェーガーがレイス家を強襲した時。

 

 家族を守るように立っていた女性、フリーダ・レイス。

 彼女が瞳に宿していたものと、酷似している。

 

 四年前たしかケニー・アッカーマンが、瞳のことについては言及していた。私の瞳は、「王である証」だったと。

 

 この場合の「王である証」とは、フリッツの血筋の話ではなく、始祖の力を持つことを意味する。

 私もそれをわかっていたからこそうっかりユミルの名を口にして、ケニーに詰め寄られることになった。

 

 その時点でもっと、深く考えるべきだったのかもしれない。

 

 

 私はずっと、ユミルから力を借りているのだと思っていた。けれど流石に巨人化するのはおかしいだろう。度を越えている。

 

 もちろん巨人化した原因が、お兄さまの“叫び”がきっかけであるのだとは思います。

 

 しかし“叫び”の効果範囲はアニに聞いていた範囲と、お兄さまが叫んだ場所を想定して、せいぜい巨大樹の森の中が限度のはず。その外になると、効果は期待できない。

 

 ただし効果範囲を抜きにして、お兄さまの脊髄液を摂取している人間には何かしら影響があったかもしれない。

 

 エルディア人が“道”でつながっている以上、あり得なくはない。仮に影響があるなら、その症状や効果はわかりません。

 

 

「私……が?」

 

 

 ユミルから借りているのではなく、私が始祖そのものなのだとしたら?

 

 あり得ないとは思う。だって王家が始祖を継承した場合、その思想はカール・フリッツの“不戦の契り”に支配されるのだから。

 

 でもユミルがわざわざお父さまに、フリーダを殺させたことにも違和感があった。それに、私が巨人に食われたことも。

 すべてはお父さまの発狂を見るために用意されたものだと思っていた。

 

 けれど、その悲劇が偶発的に起こったものなのだとしたら?ユミルの目的はグリシャの発狂ではなく、始祖の力に関するものだったとしたら?

 

 

 レイス家強襲と、私が食われた出来事の前後は定かではない。

 

 しかし私がお母さまに食われた時と巨人におどり食いされた時を比べて、後者の方がなぜか日数が経ってから目覚めた。よく考えてみればそこも違和感を覚える。

 

 ユミルがもし私に始祖を宿らせたとして、その作業に時間がかかったのだとしたら、辻褄は合うのかもしれない。

 

 アウラちゃんが部分的に始祖の力を使えたのも、もしかしたら「使えた」ではなく、「使()()()()()()」のかもしれない。

 

 私が「不戦の契り」の影響を受けないように、ユミルが意図的に調整していたのだとしたら?

 

 それがもしだ、もし正しいとして、私に宿らせた理由は何なのだろう。

 手元に置いておくためか?それとも別の理由があるのだろうか。

 

「………」

 

 でも始祖が私なら、もしかして先程から私が部分的に記憶を覚えていないのは、「不戦の契り」が影響し始めたから──という可能性も考えられる。

 

 腹の中が髪の毛でも詰まって消化不良を起こしているような──ゾワゾワとした、気持ちの悪い感覚がうずまく。

 うずをまく?ま………?

 

 マワ、マ、

 

 

 

 

 

「アウラ?」

 

 

 怪訝な兄の顔が至近距離で見えて、視界に映る青色に息がつまった。

 一気に吸い込んだ空気を細々と出して、妙にチカチカと光る景色に自然と眉間にチカラが入る。

 

 気づけば額には汗が滲んでいた。その気持ち悪さに手で拭うと、すべった滴が宙を舞って、鉛色の空を反射する。

 

「…覚えてないんだな?」

 

「う、ん…」

 

「……そうか、わかった」

 

 

 お兄さまはそれ以上、深くは聞いてこなかった。代わりに手を強く握ってくれる。

 そのまま引っ張るように歩いた姿がなんだか、古い古い、少女の姿と重なった気がした。

 

 その在り方は逆だった。あの時は『×××××』が彼女の手を引いたのだから。手に伝わる感触だって、まったく違う。彼女の手はもっと細くて骨の感触がする。それはでも、『×××××』も似たり寄ったりな形だ。

 

 でもお兄さまの手はゴツゴツしている。男と女の違い。大人と子供の違い。

 

 それを全部ひっくるめて今の私が覚えたのは、無性な安心感。

 そこから込み上げてくるのは、自分でも形容しがたい感情である。

 

 

 溢れてきた感情は眼球のある場所から滲み出てくる。自分の表情がバレないように下を向くと、またそこには水たまりがあって。

 

 

 私がいる。私がいて、私がいて、私がいて私がいて私がいて私がい

 

 

 

 

 

 

 

 私がいる。

 

 私は知っている。

 

 私がこれから、すべきことを。

 

 “私たち”が教えてくれる。

 

 私たちが教えてくれた。

 

『×××××』──────「アウラ」の、存在の仕方を。

 

 

 向かう先はシガンシナ区。

 

 エレンがどうなっているか、会いたいね。




アウ「フロックくん(ニチャ)」
ジク「恐れることはないんだよ(子安ボ)」
エレ「友だちになれよ…(圧迫面接)」

フロ「」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地雷系ビジョ

ゴッカム実写化だそうです。ジョジョ四部の映画でキャッキャウフフとした経験を活かして死にます。
来世は鶴見中尉の額当てになってガビガビになりたい。パオパオ。


 場所はシガンシナ区。

 

 イェーガー派とイェレナにより、全兵団がシガンシナ区へ招集されることになった。

 

 ピクシス司令はジークの脊髄液とイェーガー派に回った兵士に銃を向けられ、逆らっても無駄であると判断し、一切の抵抗を禁じた。

 

 兵士については腕に色違いの布を巻くことになった。区分は、イェーガー派が“白”、脊髄液を摂取した上で服従した者が“赤”、脊髄液を摂取した上でワインの事実を知ったばかりの者は“黒”────といった具合である。

 

 一方連れて来られたアルミンやブラウス家、ニコロも監禁されることになり、地下牢から脱出し逃亡していた戦士候補生二人は、また地下に幽閉されることになった。

 

 

 そしてアルミンたちの元へ、イェレナやオニャンコポンが現れる。

 

 その中にはハンジたちの居場所をイェーガー派に密告したニコロと同僚、「グリーズ」という男もいた。グリーズは膝を抱えて空腹に唸るサシャを見るなり、鼻で笑い、ニコロを嘲笑った。

 

 マーレ人のクセに、売女(ばいた)になんぞうつつを抜かされやがって──と。

 

 険悪なムードが辺りに漂う。尚もガメツイ女のどこがいいのか、などと語る男に、ニコロの顔が少しずつ赤くなっていった。

 そんな、震え、拳を握りしめ、今にも掴みかかろうとする男を止めたのはサシャだった。

 

 

「ニコロさん、その手は人を殴るためじゃなくて、美味しいものを作るためにあるんですよ」

 

 

 サシャは続けて牢の前に立っているイェレナに近づき、メシを催促する。一瞬、敵味方問わず「は?」という声が漏れた。

 

 レストランでの騒動から移動、そして地下に捕らわれるまでの間、長い時間パァン女ははメシにあり付けていない。

 それは仲間も皆同じだが、彼女の場合は死活問題になっている。レストランでごちそうの匂いを嗅ぐだけで終わってしまったため、殊更にである。

 

 檻をつかみよだれを垂らす女にイェレナは瞳を丸くし、わかりました、と返した。

 

 むしろ今の状況にアルミンたちをしていることを、申し訳ありません──とも告げる。

 

「どうかジークとエレンが接触するまで、もう暫しお待ちください」

 

 そう言い残し、踵を返すイェレナ。その後にダリーズと、ジャンたちを複雑な表情で見つめていたオニャンコポンも、少し遅れて続いた、その時。

 

 叛逆の指揮を執る女の耳に、微かな声が聞こえた。

 その内容は、前方にいた彼女にしか聞こえないほど小さなもの。

 

 

「まだ抱くんだったら、()()()ってうわさのアウラ・イェーガーのほ──」

 

 

 男の、ダリーズの言葉が、最後まで続くことはなかった。

 

 硝煙が辺りに漂い、狭い空間の中で反響した発砲音に子どもたちの悲鳴が上がった。幼い少年少女はサシャの両親に抱きつき、ギュウと目を瞑る。

 

 撃った犯人であるイェレナは、頭をぶちぬかれ倒れた男の死体を、無表情で見つめる。

 そして突然の事態に驚く面々に詫びた。

 

 まだサシャのことを貶すような発言を取ったため、私の堪忍袋の緒が切れました、と。

 

 

「このような状況ではありますが、私はあなたたちと四年間共に過ごしてきました。マーレ人であろうとエルディア人であろうと、そこに存在する溝が深いだけで、理解し合えることを知っています。また、分かち合う喜びも。それを侮辱するような発言を……どうしても許せませんでした。誠に申し訳ありません」

 

 唇を歪め、そう語ったイェレナ。

 

 本心からの言葉のように見えて、どこか違和感を一部の者は感じた。

 薄っぺらいピエロのメイクのような。うっかりその化粧を落としたら、鳥肌が立つようなチグハグさである。

 

「…すみません。本当なら簡易的ではありますが、軽食でも召し上がってもらいながらお話ししようと思ったのですが、私の方が気分を害してしまい………やはり今、お話しさせていただきます」

 

「……その話っていうのは、なんだい?」

 

「それは、ジ──」

 

「すらごとやろ!?わしんご飯!!!

(嘘でしょう!?私のご飯!!!)」

 

 一名メシの供給が絶たれ絶望する女は、ニコロに回収される。

 死体の方はオニャンコポンが険しい表情を浮かべながら、ズルズルと地上へ運んでいった。

 

 気を取り直しイェレナは、ジークの本当の計画────「安楽死計画」について、語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 また同時刻、戦士候補生が捕らえられている部屋にて。

 ガビとファルコの前に現れたのは、エレン・イェーガーだった。

 

 青年はレストランではじっくりと話す機会のなかったガビを見やり、目を細めた。途端に少女は肩を跳ねさせる。

 それは恐れ──から来るものではなく、罪悪感の延長線上による感情だ。

 

 エレンの姉がアウラだということは知っている。

 

 

 始祖を保有する人間=エレン・イェーガーであることは、これまで上層部のみが知るトップシークレットな情報であり、一介の戦士候補生であるガビが知り得る情報ではなかった。

 

 しかしヴィリー・タイバーがその名を明かしたことで、全世界にエレン・イェーガーの名が知れ渡ることになる。

 

 少女はアウラと接する上で、名前は知らなかったが、弟がいることは聞かされていた。

 可愛い弟で、ガビと似ているところがあり、そんな少女を構いたくなってしまうのだと。

 

 やさしい微笑みを浮かべ女が少女の頭を撫でる度、幾度「私にも姉がいたらなぁ」と、思い描いたことだろう。

 

 

 ただ「イェーガー」だけでは、本当に兄弟であるかどうかはわからない。

 

 しかし飛行船でアウラが別室へ移され、首謀者たる男の元──ジークのいる部屋へ案内された時、ガビははじめてエレン・イェーガーを見た。

 

 二人が兄弟ということが周囲の言葉によって知らされたのである。

 

 兄、妹、弟、並べてみると三者三様で、全く似ていない容姿。

 兄と弟の類似点は見受けられず、兄と妹も似ているとことが見つからない。だが妹と弟には似ているところがあった。髪の色だ。

 

 

 

「……私に、何の用」

 

 

 震えるガビを隠すように、ファルコが前に出る。ガビも気付かぬうちに縋るように、少年の服を掴んでいた。

 

 そんな二人にエレンは、協力を求めた。

 そこには省略されているが、「(敵を炙り出すために)協力しろ」という意味が込められている。青年は二人を囮に使う気である。

 

 エレンの意図を理解したファルコはどうするべきか、悩む。

 

 二人が戦士候補生だとしても、巨人化能力者の前ではその鍛え上げられた力も役に立たない。

 

 ただエレンの不可解な言葉の裏を読みとって導いた可能性────マーレ軍が来ているのだとしたら、このまま助けが来るまで待った方がいい。だが、エレンはそれを許さないだろう。

 

 となると、どうにか相手の一瞬の隙を突き、逃げるしかない。

 仲間の近くにまで来れば、助力をもらい逃げることも可能になるかもしれない。

 

 失敗した時のリスクは高いが、しかしそれ以外に方法は無さそうだった。

 

 

「ガビ・ブラウン、ライナーの従妹」

 

「ッ!」

 

 思考するファルコをよそに、エレンに声をかけられた少女はさらに少年の服を掴む力を強める。

 翡翠の瞳は、見ているだけでその奥へ誘うような、恐ろしさがあった。

 

「協力すれば、アウラ・イェーガーに会わせてやる」

 

「……アウラ、さんに…」

 

「姉さんは謝られたら、お前のこと許しちまうだろうな」

 

「そんな、わけない。だって私が……」

 

「許すさ。お前に撃たれたことはきっと、アウラ・イェーガーにとって()()()()()でしかない」

 

「……え?」

 

「もしかしたら、気にも留めてないかもしれねぇな」

 

「そんなはずない!撃った人間を許せるわけがないじゃないッ!!」

 

「許す、絶対に」

 

 

 ──────ガビ・ブラウンという存在は所詮、姉さんにとって()()()()()()()でしかない。

 

 

 さながら人間の下でせっせと食料を運んでいる、アリのように。

 目に留まることはあれど、そのちっぽけな存在がアウラの中で溜まる事はない。

 

「姉さんにとってはジーク・イェーガーがすべてで」

 

「ちが…」

 

 だって、女はいつも、ガビだけでなく他の戦士候補生たちにも優しく接していた。

 

 

「お前のことを何とも思っちゃいない」

 

「違う!」

 

 辛い訓練の中で励まし、応援の言葉をかけ、時には菓子を差し入れる女に、彼女たちは救われてきたのだ。だから。

 

 

「それが真実だ。俺のように」

 

「……え」

 

「「愛」されていない。愛していても、愛されない。虚しいな」

 

 

 レベリオ区を強襲し、多くの人間を殺した青年。

 

 その青年の表情は歪むでもなく、ただ凪いだ水面のように静けさをもって、ガビを見つめている。

 

 その感情はアウラを撃ち、悩み続けていた少女よりもよっぽど粘ついていて、底が見えない。

 足を取られたらそのまま溺死してしまいそうな闇が垣間見え、ガビは釘付けになってしまった。ファルコもまた呼吸をするのも忘れて、眉間に冷や汗を垂らす。

 

「……?」

 

 息をするのも憚れるような空気が場を支配した時、ふいにエレンは背後に人の気配を感じ、振り向く。

 

「ピークさん!!」

 

 ファルコが声を上げる。

 

 エレンの背後の扉から現れたのは、ピーク・フィンガーだった。

 彼女はナイフで扉の側に控えていた兵士の首を突き刺し、銃の照準をエレンに合わせる。

 

 突然のピークの登場にガビとファルコは安堵に包まれたが、まさかの事態が起きる。

 

 

 優位に立っていたはずのピークはエレンに撃つよう煽られた上、始祖を殺してはピークに責任がいく“軍機違反”の内容を述べられ、逆に脅される形になった。

 

 そしてエレン側に寝返ろうとする姿勢を見せた彼女に、ファルコたちは固まる。

 父を救うために、マーレ人を殺したい──と、ピークは語った。

 

「何、言ってるの?ピークさ…」

 

「………よく考えて、ガビ」

 

 四年の歳月を経て集結した戦争。その戦いで巨人の力が通用しなくなっていることは、マーレだけでなく他国も知る「事実」となった。

 

 兵器の発達はより進んでいく。さすればエルディア人の命が危うくなることは明白である。

 

 巨人になれるバケモノ。()()()()()()者たちを、黙って見ているはずがない。

 

 

 力を失くしたように下を向いてしまった少女。ガビに視線を合わせていたピークと、ファルコの視線が一瞬絡む。

 

「……?」

 

 その時、少年は何かピークに含むような意図があったのを見逃さなかった。

 

 何か────何かある。

 

 ピークはエレンから協力する証明を求められ、仲間の居場所を伝えることを告げた。すでに仲間はピーク以外にも潜んでいる──と。

 

 ずっとポケットに入れていた男の指先からは、血が一滴一滴、したたり落ちている。

 やはり何の準備も無しに行動しないのは、エレンも同じ。

 

「指すわ、仲間の居る場所を。…そうね、でも、どこから指した方が……」

 

「…だったら、屋上とかなら、見やすいんじゃないんですか?」

 

 ファルコはピークの言葉の後にそう続け、エレンは少年へ視線をやった後、同意した。

 

 

 

 それから場所を移動し始めた彼らは、今いる建物の屋上へと向かい始める。

 

 その道中。後ろから腕に白い腕章をつけた数名の兵士が続く中、階段を登っていたファルコは一瞬、()()姿()をとらえる。

 

 まるでファンサするアイドルのように兵士たちへ手を振るピーク。その笑顔に少ない数の男たちがざわざわとしながら、頬を染めた。

 

 彼女が手を上げた拍子に、つられて上がったガビの左手。少女は困惑の表情を浮かべる。対してガビの右手は、ファルコの左手と繋がっていた。

 

「……っ!」

 

 少年はピークが笑顔で視線を向けた方角に、アニがいるのを発見した。

 ものすごく嫌そうな顔で、「何やってんだアイツ」とでも言いたげな表情の女を。

 

 

 しかしアニ・レオンハートは憲兵に一度入っていた手前、その素性を知る者はいる。

 

 そのためか、もっさりとした黒髪のウィッグを付けていた。目元を隠すため前髪は長く、メガネも付けており、兵士の中に上手く紛れ込んでいる。胸元が服の上から強調されていないため、そこもサラシを巻くなりしているのだろう。

 

 前方を歩くピークの背中が、少年には大きく感じられた。頼りになる仲間である。

 

 一方、まったく気づかず暗い表情を浮かべるガビの手を握り、少年は「大丈夫だ」と小さく声をかけた。

 

 

「何があっても、俺がお前を絶対守るから」

 

 

 ガビは目頭が熱くなると同時に、妙な胸の高鳴りを覚えた。

 

 そして辿り着いた屋上で、ピークが味方の位置を指し示す。その場所──正確には下から建物を破壊しつつ現れたのは、女型の巨人。

 

 104期生に「安楽死計画」の全貌を話し、アルミンに感激の涙を受けた後屋上へ訪れていたイェレナたちも、突然の事態に動転する。

 

 女型がかろうじてエレンの捕食に失敗したが、戦いの場はそろった。

 

 吹き飛ばされた直後巨人化したエレンは、空から迫りくる物体に視線を向けた。

 

 

 泳ぐ飛行船。そしてその中にいる男、ナイスガイ・ブラウン。

 

 レベリオの雪辱を果たすべく今ここに、新たな火蓋が切られたのであった。




女型「オラ、オラオラオラオラァ!!!」
車力「ウラウラウラウラウラァァ!!!!」

ーーーー復讐を抱え戦う二人。その拳が、一人の青年にぶち当たる。


次回、ライナー死す!?デュエルスタンバイ!


ライナー「えっ?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私になれなかった私を愛してくれる男を愛している私は私の名前を知っている。

ご紹介するのが遅れたのですが、チア=サンからえっっっっ(昇天)なアウラちゃんをいただきました。ぜひご覧なすってください。。

【挿絵表示】


【挿絵表示】



 シガンシナ区にて切られた火蓋。

 

 戦士たちはレベリオで受けた雪辱を果たすため、エレン・イェーガーやパラディ島勢力と対峙した。

 

 一方候補生二人も助けに来たコルトと再会を果たし、その上で候補生として残ることを決意する。

 頑なな意志を示すガビとファルコに、なるべく安全な位置で待機するようマガトは命じた。

 

 また、ファルコが飛行船で聞いたパラディ島の兵士の「始祖と王家の血を引く巨人がそろった…」という内容から、その“王家の血を継ぐ巨人”に該当する人物が、ジーク・イェーガーであることが考えられた。

 

 さらに敵の情報とジークが現場に不在であることを調べていたピークは、現状「始祖の力」を使われる可能性は著しく低い──と見解を述べた。

 

 王家の血の情報が正しいなら、アウラ・イェーガーもまた王家の血を継ぐ人間ということになる。

 

 それを踏まえ、マガトはヴィリー・タイバーの不可解な発言を思い出し、やはり何かしらこの二者に関わりがあったのだろう、と思い至った。

 

 

 

 

 

 戦場では民家を破壊しながら、鎧&女型VS進撃の戦いが繰り広げられる。

 

 通常なら単独でも十分すぎる力を発揮するアニが協力して戦うと、より強い。

 

 エレンが戦鎚の能力を使い、地面から杭状の物体を無数に生やして女型の動きを止めれども、できた隙を許さないとばかりに鎧の装甲を活かしたライナーのタックルが炸裂する。

 

 ミカサたちがいればもう少し戦況は変わったかもしれないが、104期生の面々は現在拘束されている。

 

 敵はしかも対巨人用の砲弾を用いて狙撃してくる、遠距離担当の車力の巨人も存在する。さらに飛行船から舞い降りたマーレ兵もだ。

 

 

 イェーガー派が雷槍を使いエレンの助力やマーレ兵の掃討に躍起になるが、戦況はエレン側が押されている。

 

 仮に進撃が戦鎚の力を奪っていなければ、早々にエレンは女型なり鎧なりに食われて、その力を奪われていただろう。

 

 そして、マーレ軍の中で普段以上に殺意が高いのが、女型と車力である。

 

 女子力(?)が発揮される中、その間にヌルっと交ざっているライナーに、格好のチャンスが訪れる。

 

 

 車力に搭載された武器を操縦するマガト。その弾が進撃の巨人の頭に被弾し、脳に著しい損傷を負ったことで、エレンの動きが停止した。

 

 その隙を狙い、後方から顔面の右半分に大きな損傷を負った鎧の巨人が、進撃のうなじをねらう。

 

 ここまでか────と思われたその時、鎧の頭にぶち当たった、投石。

 

 それを投げた主は壁の上に立ち、街の至る所で立ち込めるケムリに目を細めながら、弟へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 放置プレイだ。

 

 

 失礼、自己紹介が遅れました。私はアウヌンティウスと申す。

 私は友人が邪智暴虐の王にカチコミをかけてあっけなく捕まり、奴が処刑される代わりに王に差し出されてしまった悲劇の人間である。

 奴は妹の結婚式に赴くとかで、必ず3日以内に帰ってくると言っていたが、到底私は信じられぬ。人間不信だからだ。

 まるでそう、王のように。むしろ王の方に共感ができてしまうくらいには人を信頼できぬ。

 そんな私は周囲の人間の「友人の代わりに身を差し出すなど、なんてイイヤツなんだ…」という、すでに私が奴の代わりに捕らえられることが前提のような視線に、「ノー」とも言えず、捕らえられることになってしまった。空気の読めない人間は社会で淘汰されてしまうのだ。私が人間不信になる理由の一つである。

 きっとこれも私が断れないようにする、奴の策略だったに違いない。「絶対に帰って来る」の宣っていた奴が信じられぬ。

 そんな、夜な夜な奴の暴言を吐く私の言葉に王はシンパシーを感じ、以来私たちは意気投合した。

 そして最終的に奴は、ギリギリ間に合わず帰ってきた。

 きっと民衆の前で処刑された私の死体を見ながら嘆き、悲劇の主人公ヅラを浮かべ、民衆に哀れみを向けられるよう役者を演じたに違いない。

 まぁよいのだ。結果として私は死なず、それどころか生涯の友を得たのだから。

 王と共にいる私を見て、奴は絶望したような顔を浮かべ、この話は幕を閉じ──────え?アウヌンティウスじゃないだろうお前、って?

 

 

 そうです。アウヌンティウスではない私の本当の名前は、アウラ・イェーガーちゃんです。

 

 だっふんだ!

 

 

 

 

 

 話を戻しましょう。

 

 放置プレイを受けているのは本当です。久々の騎乗に調査兵団に入っていた当時を思い出していたら、シガンシナ区が視界に入った時に異変が起こりました。

 

 上空に見えた数隻の飛行船。それがマーレの物であるとわかり、馬を急がすことに。

 

 

 そして受けた、放置プレイです。

 

 イェーガー派が立体機動で壁上に向かい、ジーク・イェーガーも巨人化して登っていった。

 危険なため、絶対に私は来ないよう念を押して。

 

 俺も行くぜぇ!と意気揚々と向かいたいところですが、今の私には生えた右足があるものの、立体機動装置がありません。

 側にいるのは置いて行かれた馬のみ。内門も閉じているので入れません。詰みかな?

 

 

 アウラちゃんは未だに“最高の最期”を諦めていません。

 

 自分が始祖の力を持っているかもしれないという可能性に至った以上、殊更にこの力をエレンに渡さなければならない。

 

 ユミルも流石にできることと、できないことがある。

 

 今まで彼女は、エレンに始祖があるように見せかけるため手回しをしていましたが、「地ならし」を行うとなると、難しくなるでしょう。

 

 というより地ならしが始まってしまったら、エレンに殺されてお兄さまに看取られて──の機会がいつ訪れるかわからなくなる。

 

 ガビ・ブラウンに撃たれて、そのままお兄さまの膝の上で終わってもよかったんですけどね。

 やはりユミルも「本願をなさずに終わっていいのか、アウラッ──!!」という心境だったのでしょう。

 

 ユミルに背を押されて、また目覚めてしまったのですから、自分の最高のエンドに向けて私も突き進まなければなりません。

 

 肝心のユミルの方は史上最高に疲れているのかもしれない。

 普段なら私が撃たれた後に彼女の世界に招いて、お兄さまの反応をじっくり堪能させてくれそうなものを、ずっと会っていない。

 

 それに加えて彼女が制御していたはずの始祖の力が緩んで、“不戦の契り”の影響を受ける結果、私の意識が飛び飛びになる状態が続いている。

 

 

「……そうか、自傷すればワンチャン行けるかも」

 

 

 受験料が精神疲労のハンジ講座で、巨人になるために必要なことは知っています。

 

 自傷の他に巨人化するには、“目的”が必要。その内容は大きくとも小さくともよいのです。極端に言うと「アイツを殺してやりたい」でも「棒を握る♂」でも巨人化する。

 

 

 問題は自傷の範囲についてです。

 

 エレンは手を噛みちぎるという正気を疑う方法を使いがちだったのに対し、戦士たちは戦争の中で巨人化する時、ナイフなどを使うことが多いそうです。

 

 特にアニは最小限のキズ、指を少し切った程度で巨人化できるといいます。

 

 その関連について、自傷行為には文字どおり自分を傷つける行為として、その人間に相応の覚悟が必要となるのだと思います。

 

 それは直結して、“目的”をなす上での意思に比例するのでしょう。

 

 

 例えば明確な意思をもって人を殺す時、殺す側には相当な精神的ストレスがかかる。

 

 その目的を果たす上で行う自傷行為が些細な痛みでは、その目的に対して釣り合わないものであると、本能的に感じてしまうのかもしれない。

 

 そう考えていくと、巨人化することに不可欠なのは目的を果たす“覚悟”に、痛みを享受する“覚悟”。

 そしてその二つの“覚悟”が釣り合ってこそ、巨人化が行えるのかもしれませんね。

 

 

 所詮、私の憶測に過ぎませんが。それこそ、巨人に詳しいハンジと意見を交わしてみないことにはどうにも──────あれ?私今、自分で地獄を見に行こうとしていた……?(洗脳・調教済み)

 

 ただ、人によって感情のコントロールや覚悟の決め方など異なるわけであり、その点を考えるとアニは相当その類が上手いのでしょう。

 また巨人化は“慣れ”もあるはずです。

 

 手を噛みまくっていたエレンも今は過剰に自傷せずとも、巨人化できるようになっているかもしれない。

 

 

 ともかく、どの道私が巨人化できたとして、必要なのは自傷と目的。

 痛いのは嫌ですね。散々足を折るなりしてきた奴が何を言っているんだ、と思われるかもしれませんが。

 

 目的は「最高の最期を送りたい」で十分な気がします。

 

 しかし、本当に巨人化できるのでしょうか。

 

 お兄さまの脊髄液を摂取したのは本当のようですし、始祖を有していない可能性も捨てきれない。

 

 そもそもお兄さまが叫んだから巨人化できただけかもしれませんし、巨人化した時の記憶は一切ない。

 

 エレンもトロスト区ではじめて巨人化した時は、記憶がなかったと言いますし。

 単純にその例に私が当てはまるのか、それとも無知性巨人になっただけなのか。

 

 それにお兄さまを私に食わせたのは、兄を助けるための私自身の意思だったのか、ユミルの計らいだったのか。

 

 まぁどちらせよ、彼女がフォローしてくれることを願い、やるしかありません。

 

 

 

 考えている最中にも中からはこんこんと黒いケムリが立ち込め、轟音がひっきりなしに響き渡る。

 

 壁の上に立っているお兄さまはつかんだ壁を破壊して、その破片を次々と投げては頭上の飛行船に命中させるに留まらず、壁内目がけて投擲する。ぜひ私にもぶち当てて、肉片にしてください。

 

 頬を蒸気させてウットリと魅入っていたら、獣の巨人(お兄さま)の体勢が大きく崩れた。

 小さくて詳しくは見えませんが、右の鎖骨より上部に砲弾が当たったらしい。

 

 お兄さまが落ちて行く、下に。見えなくなる。

 

 まるでブラウス家で狩猟に付き合った時に見た、鳥が撃ち落とされる様と似ていた。

 

 

「…あぁ」

 

 

 気づけば私の口内に広がっていた鉄臭い味。それと、肉。親指に食らいついていたようで、骨が見えていた。そのまま咀嚼して飲み込んでみると、美味いのかまずいのか、痛みにまぎれてよくわからない。

 

 ただ、己の肉体が発光したのはわかった。

 

 

 

 

 

「私」はお兄さまのためだけに存在して。

 

 あなたの涙が、愛おしい。

 

 ユミル()になれなかった『×××××』()を愛してくれるジーク・イェーガーを愛しているアウラ()は私の名前を知っている。

 

 

 アウズンブラ。

 

 だから「アウラ」。

 

 私は雌牛の奴隷。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 イェーガー派、そしてオニャンコポンの救援を求める声と、イェレナから「安楽死計画」の全貌を聞いたアルミン。

 

 彼は、エレンの行動の裏にあるのがエルディア人の犠牲ではなく、ジークを利用して仲間を守るために「地ならし」を行おうとしていると察し、発言した。

 

 それによって、エレン側に力を貸すことを決めた104期生のメンバーの加勢を受け、今度はマーレ側は押され始めた。

 

 

 しかしイェーガー派の猛攻を受けやられた──と見せかけていたピークとマガトにより、ジークに不意打ちを食らわすなど、一進一退の状況が続く。

 

 また過剰な戦鎚の力の行使によってガス欠になっていたエレンは、女型と鎧に大きなキズを与えているものの、戦闘不能に追い込む明確な一手を決めることができずにいる。

 

 どうにか隙をつき地面に落ちた獣の巨人の元へ近づきたいが、そう簡単にライナーたちが許すはずもなかった。

 

 時間が経つにつれて、鎧&女型VS進撃の構図は前者に軍配が傾いていく。

 

 

 

 だがその女型の視線がふいに、頭上へと向く。

 

 アニの向いている場所はエレンの後方。そこはジークが倒れている場所の上────ちょうど内門がある壁上の場所。

 

 そこに大きな手が二つ肘から先がのぞいており、壁を掴んでいる。

 

 そしてその二つの手がある中央の位置に、首がある。

 人骨の頭のようであるが、肩につかないほどの金髪を壁の上にばら撒いて、小首をかしげるように、“ソレ”はいた。

 

 

 不気味なその巨人は一直線にエレンを見つめている。途中笑うように何度もカタカタと、上下の歯が付いたり離れたり──を繰り返した。

 

 異質な巨人の様子を目に留めた者たちの一部に浮かんでくるのは、なぜウォール・マリア内に巨人がいるのか、という疑問である。

 すでに三年前にパラディ島の巨人は掃討された。

 

 巨人はそのまま壁の上を這い上がると、ケモノのようにジャンプし、地面に落ちた。

 突如現れた巨人に、敵味方関係なくチラホラと気づき始める者が現れる。

 

 

 ソイツは地面を這って、ゆっくりとエレンに近づく。

 

 対し、我に返ったライナーが攻撃の手を加えようとするが、アニの方は動かなくなった。彼女の体は微かに震えている。

 歯を鳴らして笑った巨人の笑みにアニは、一人の女を想起せざるを得なかった。ゆえに、動けない。動かないのではなく。

 

 異常を察知したイェーガー派が投げた雷槍。それがその巨人のうなじに当たりかけた。しかしソイツは関節を無視して首を180度動かすと、口を開け噛み砕いた拍子に爆発する。目元のくぼみや顎が完全に破壊されたが、蒸気を振りまきながらソイツはまた進み出す。

 

 

 そしてナイスガイがエレンに馬乗りにされ、顔面を何度も殴打され動かなくなった頃、その巨人はエレンの元にたどり着いた。

 

 正体のわからぬその巨人にエレンが手を伸ばした時、ソイツもまた手を伸ばし────人差し指同士が、触れあった。




〜『E.◯.』END〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「ざぁーーーこ♡♡♡」

アウラちゃんがメスガキムーブしてます。いや、やっぱりアウラちゃんじゃないかもしれない。


 エレン・イェーガーは見る。

 

 人は死の間際、今生の出来事が一瞬のうちに蘇るというが、それと似た状況なのだろう。

 

 ただし自分が死んだという自覚はなく、意識のみがどこか遠くへと引きずり込まれるような感覚だ。

 

 

 

 それは、稚児が少年の涙を認識するところから始まる。

 

 

 エレンはその少年を見たことがあった。父が残した手記に挟んであった写真の子どもとそっくりである。即ちその人物は、腹違いの兄、ジーク・イェーガーその人。

 

 今でこそヒゲヅラのおっさんな外見だが、幼少期はふくふくとした頬が特徴的な、愛嬌のある子どもだったらしい。

 

 ついで場面は、少年が妹の発言に激情あまって叩いてしまったところに変わる。

 

 両親は娘へ駆け寄る。一方で息子の元にその手が伸びることはなく、少年は両親が見ていないほんの一瞬、表情を死にそうなものに変え、外に飛び出して行った。

 

 

 その後、母に寝かしつけられた少女の寝室。

 

 窓から差し込む月夜が当たるベッド。そこから、吐息を零すような声が聞こえる。

 ふ、ふふ、と笑い声らしいものは断続的に続き、それに合わせるようにしてベッドの膨らみも蠢いた。

 

 窓のそばで月明かりを一心不乱に浴びていた男は、ジットリとした汗が額から頬に流れていくのを感じながら、一歩、近づく。

 

 膨らみの場所は境界線ができていて、それを踏み越えれば、暗い世界が覗き見える。

 

 ハッと、男の口から漏れた短い息。まるで酸欠の魚のようだ。

 

 

 闇の世界に溶け込むようにして存在するのは、エレンと似た色の焦茶に近い髪。

 

 背を向けて丸まっている少女の顔を覗き込むと、首元から上の顔が見える。

 

 少女は口元を押さえて泣いていた。それだけ切り取れば、兄に叩かれたショックで泣いているのだろう──と思える。

 

 しかしまるで堪えきれないというように、少女は泣きながら笑う。

 心から嬉しそうに口角を三日月にして、本気で泣いている。

 

 両立し得ないはずの感情が、同時に幼い体の中に存在していた。

 

 

 なぜ嬉しそうなのか、エレンにはわからなかった。

 

 ただ、その笑顔の意味が()()()()ものであると、本能的に察した。

 

 

 

 そして場面は変わり、両親を指差す少年と、連れられて行く両親の姿になる。

 

 官憲の人間に抱かれて現れた少女は、兄の止める声を無視して両親の元へ駆けて行った。

 その後を追おうとした少年はメガネの男に止められ、家族が乗せられた車を呆然と見つめる。

 

 一方で少女の視点を客観的に眺め続けている男は、娘を抱きしめている父と前妻を、向かい合う反対側の座席に座って眺めた。

 

 彼の隣にいる銃を持った官憲は、いくらエルディア人でマーレに反逆を企てた人間だとしても、少女まで犠牲になった光景が見ていられないのだろう、険しい表情を浮かべ、彼らから視線を逸らしている。

 

 

 その時、エレンは見た。

 

 

 両親から抱きしめられている中、顔を覆って泣いている少女のスキマから、覗いた紅い口元を。

 

 うっすらと上がった口角。不気味な声こそ漏らしていないが、その笑みは男が先ほど見たものと同じだった。

 

 エレンはその笑顔の意味を、理解してしまう。

 

 まだ3歳という年齢とは思えない言動を取る少女。

 他人の目を欺くのが上手いところは、昔も今も変わらないらしい。

 

 

 そんな少女が「愛」しているはずの兄に対し見せる、常軌を逸した狂気の笑み。

 

 愛しているのならば、傷つけることはしないだろう。しかし少年は妹の()()()()言動によって、怒り、泣き、苦しめられた。

 

 四年間姉によって苦しみ続けた男は、あぁ、と声を漏らす。ついでギシリと、歯が軋む。

 

 

 

『──────それが本当の、アウラ・イェーガーか』

 

 

 

 さらに場面は変わり、少女とその父が壁内へ移り住んだところまで進む。

 慎ましい幸せを送る二人の家族。そこに兆す、一人の女性の存在。

 

 九年前に巨人に喰われて死んだエレンの母、カルラ。

 

 まだ口元に小ジワもなく、若々しい。居酒屋の場面でウェイトレスを務める彼女のそばに立っていたエレンは、カルラとの身長の差に目を見張った。当時は胸元あたりに自分の顔がきていたというのに、ツムジが見える。

 

 カルラはエレンをすり抜けると、少女と、こちらもまた驚くほど若いハンネスに食事を運ぶ。

 

 他愛ないやり取りをしつつ、途中で父親の酒の失態を耳にした少女は、やけに真剣に聞いていた。

 

 その後、娘は失態話を父親本人にし、強く抱きしめられる。

 

 笑った姿は普通の嬉しそうな表情に見えたが、何度もその異質な笑顔を見たエレンは、にじみ出る狂気に眉を寄せた。

 

 

 それからカルラに懐いていた少女は、一度流行病にかかり死のフチをさまよう。助かった後は流行病の一件で親密になった父とカルラが結婚し、彼らは三人家族になった。

 

 少女のまるで、両親を意図的に意識させるような場面を見た男は、父親からカルラと付き合う話を持ち出され、「ありがとう」と言葉をかける姉を凝視する。

 

 やはり、その笑みは狂っていた。

 普通のようで、まったく普通には見えない。

 

 もしかしたらもう、エレンは姉が本当に心から笑ったとしても、狂気に染まった笑みにしか見えないかもしれない。

 

 

 キースの件も悟った男はそして、顔のパーツを中心にぎゅっ、と縮める赤子の自分を抱く少女を見る。

 

 食べたいほどかわいい────そんなことを、少女は言う。

 

 鳥肌が立つと同時に、男の中で焚べられた大量の薪が着火した。

 

 

 少女の人生の中心には兄と、そして人の苦しみが存在する。

 

 兄が最低最悪のその行為の、最大の被害者で。父親もまた、被害者。

 その他も見ていないだけで、数多くいるのだろう。

 

 父親を苦しめる過程で生まれたのがエレン(自分)なら、彼はもう己の人生であるとか、幸福であるとか、すべてが激しい憎悪に呑まれてしまいそうで────否、もうすでに火はついている。

 

 もし壁が壊されたあの日弟を、そしてミカサやグリシャを苦しめるために、女がカルラを見殺しにしたのだとしたら。

 

 思い出すのは三人で母を救おうと、ガレキを持ち上げていた瞬間。

 

 本当は持ち上げられたのではないのか?

 もしそうなら、エレンは。

 

 

 エレンは──────!!

 

 

 それでも彼には仲間という繋がりがあるからこそ、道を踏み外すわけにはいかない。

 ミカサやアルミンと決別し別の道を歩んでいるが、その道から逸れるわけにはいかない。

 

 

 

 エレンはでも、ダメかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 グリシャがレイス家を殺す。ロッド以外を皆殺しにする。

 

 それはしかし、フリーダも例外ではなかった。

 

 ロッドが逃げた後に始祖の巨人の首がもがれ、うなじから飛び出ていた彼女の意識が戻った時、つかまれた細い体は簡単に折れて、大量の血を口や体から溢れさせて絶命した。

 

 死んだ。グリシャは始祖の力を手に入れていなかった。

 

 その指示を出したのはユミルである。

 父から《進撃の巨人》を継承したエレンはその時の父の記憶と混線し、脳内にユミルが出した指示を聞いた。

 

 グリシャはその前に、娘の死に際を見せられていた。

 

 巨人に食われていく娘。エレンたちと別れた後、死んだ姉。

 それを見せられた時にはすでに、父親の心は壊れてしまっていた。

 

 

 場面が移る。エレンの中で自身の記憶と、グリシャの記憶が混濁する。

 

 レイス家と接触した時には見なかった内容。あるいはこの記憶は、意図的に始祖ユミルによって押さえられていたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 

 心が壊れ切った父の姿は見るに堪えず、そんなグリシャを見て狂ったように笑う姉。

 

 そこは一面に砂が広がり、光の柱が聳え立つ世界。

 不思議なその場所で一糸まとわぬ女は、ユミルのそばで狂ったように笑って、狂っていた。

 

 幸せそうだった。同時に泣いていた。

 

 

 エレンはずっとその本質を理解してから、狂っている姉を理解することができなかった。

 

 

 グリシャを苦しめながら「大好き」と言う姿が。

 

 自身が体験した女の「大好き」から来る、苦しみの味が。

 

 そしてそんな女に「愛」されてしまった、兄の人生が。

 

 

 硫酸でも無理やり飲まされてしまったかのように、ただただ気持ち悪さだけが、エレンの内に渦巻く。

 

 同時に混濁する激情の中で肥大していった火が、臨界点を迎えた。

 

 

 四年前までは守りたいと思っていた姉。

 それ以降は複雑な感情を抱きながら、苦しみ。

 そして今は、殺そうと思う。

 

 殺す以外に方法がない。

 

 それ以外の選択はすべて燃え尽きてしまった。

 

 

 

 なぜ始祖ユミルがグリシャにフリーダを殺させたのか。

 

 なぜエレンがその力を継承していないにも関わらず、使えたのか。その力は今どこにあるのか。

 

 さまざまな疑問がよぎり、そして自分と接触したガイコツの巨人の存在に至り、その巨人が姉なのだとエレンは気づいた。

 

 父親が見た娘の最期。その後に起こったフリーダの殺害。

 

 点と点で繋がっていくとは、まさにこの事で。彼は始祖を今誰が有しているのか、たどり着く。

 ずっと隠していたのか。有しているならなぜ王家の人間であるはずの女が、“不戦の契り”に縛られていないのか。

 

 

 尽きぬ疑問。しかしそれも始祖の寵愛を前にすれば、薄れてしまう。

 

 わざと接触して彼女自身の記憶を見せたのも、エレンに殺させて、苦しませるためなのかもしれない。

 でなければずっと他人に隠し続けた女の本質を、悟らせるようなマネをするわけがない。

 

 彼が姉を殺せばどんなにクソ野郎と思っても、苦しんでしまうだろう。女を殺した弟を見たら、兄はもっと苦しむに違いない。その他の人間も苦しむに違いない。

 

 でも、そのすべてを放棄しなければならない。

 

 なぜなら、殺さなければならないのだから。

 

 

 

 エレンは女を──────本当の悪魔(アウラ・イェーガー)をこの世から、駆逐しなければならない。

 

 

 

 現実に戻った瞬間、進撃の咆哮が、シガンシナ区に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 シガンシナ区に何重にも反響するようにして響いた、進撃の叫び。

 

 マーレ兵やイェーガー派、義勇兵などその声を耳にした者たちの視線が向く中で、エレン・イェーガーは突如現れた巨人の顔面を殴り、足を潰し、腕をもぎ取り、腹を裂く。

 

 その拍子に漏れ出た肉片や内臓が、周辺の建物や地面に飛び散った。

 

 固まったままのアニや回復中のライナーが見つめるしかない中、最後に首をもぎ取り口を開けた進撃は、そのうなじへと、食らいつく。

 

 

 

 そしてエレンが叫んだ声を聞き、意識を取り戻していたジーク。

 

 彼は心の整理がつかぬ中、それでも弟を救おうと戦いに参戦した。

 

 投石攻撃でマーレ勢力を追い込んでいたものの、マガトの狙撃を浴びることになり、本体が背中と右腕を大きく損傷する重傷を負った。通常の人間なら即死である。

 

 ジークが体を起き上がらせた時見たのは、エレンが巨人の首をもぎ取る姿。

 

 ボロボロになったその巨人はもはや見る影もない。しかし弟が投げ捨てた巨人の特徴的な頭部のガイコツを目の当たりにして、ジークの思考が止まった。

 

 

『「や、めっ」』

 

 

 重なった本体と、獣の巨人の声。

 

 伸ばした長い手はしかし、届かない。

 うなじを噛みちぎった進撃の喉元が、上下する。

 

 

 視界が歪んでいく光景に、ジークはそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空前絶後のォ、超絶怒涛のヒゲ面ヒロインンン

途中で完璧なチャートだぁ…と思ってから、どうにか最後までの道筋が見えてきた最近。最終回迎えられるよう頑張ります。。
あとまた個人的アンケートがあるので、よければお願いします。


 建物から上がるケムリが。風に吹かれて踊る木の葉が。地面に倒れ行く兵士が。そこから噴き出た赤い血潮が。

 

 ゆっくりと、緩慢に移ろう。

 

 

 

 体を修復した鎧の巨人がエレンにつかみかかる一方で、その近くにいる女型の巨人は呆然と立ち尽くす。

 

 マーレ兵は建物から敵の頭部に照準を当て、イェーガー派や104期生は雷槍を用いて迎撃し、義勇兵の一人の女はこの戦場で指揮者となり、悪魔の行進曲を奏でる。

 

 エレンに想いを寄せる一人の女は、複雑な思いを抱えながら戦って。

 

 ナイスガイは何度も死にたいと願った先で、仲間のために戦い。

 

 マーレの総帥と車力の女は敵の攻撃に遭いながら、私兵となる巨人を量産しうる獣の巨人を狙い。

 

 戦士候補生の少年少女は、獣の巨人の「叫び」の脅威を止めるべく、一芝居打つことを決め。

 そして弟を守りたいがため、二人に付きしたがう青年。

 

 

 さまざまな思惑が交差し、この戦いが紡がれる。

 

 かつて巨人の脅威を受けたシガンシナ区に、今度は人間の脅威が刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 そんな中でジーク・イェーガーは、砲弾でえぐり取られた背中とは別にポッカリと腹に穴を空けられた気がしていた。

 鳴り響く轟音が、異様に遠くに聞こえる。

 

 眼前で起こった光景。弟が、巨人化した妹を食った。食い殺した。

 

 なぜジークが「叫び」を使っていないのにも関わらず、アウラは再び巨人化したのか。

 

 ジークの脊髄液とは関係なく、始祖ユミルが巨人化させたのか。

 巨人となった妹は一度、うなじから出てきた。巨人化能力者ではないというのに。それもまた、ユミルの寵愛の賜物なのだろうか。

 

 しかしてもし始祖ユミルの仕業なら、アウラを巨人にさせた理由がつかない。

 

 普段の様子と比べて、水たまりを見た直後の妹は明らかにおかしかった。

 

 

 

 アウラが言っていたことをまとめると、「私の願いを聞いた」「始祖ユミルは王家の人間であるアウラ・イェーガーに逆らえない」「私の一番はユミルではなく、ジーク・イェーガー」「ユミル(あの子)は奴隷」と、大まかに分けられる。

 

 

 願いについては、ジークを治すことだろう。

 

 ユミルが寵愛するアウラが、ジークが死ぬことをヨシとしないために、妹の意思を汲み取って治した。

 

 ただし、夢現な中でユミルに拒絶の意思が見て取れたことからも、ユミル自体はジークのことを嫌っているのだろう。まるで人間のようである。

 

 愛しているはずのアウラ()が自分ではなくジークを愛しているがゆえに、嫉妬に近い感情を抱いている。

 

 ここから来る疑問こそが、巨人になる必要性が妹にあったのか、というもの。

 真相はアウラも知らなさそうであったゆえ、始祖ユミルのみぞ知る──のだろうか。

 

 

 次に、始祖ユミルが王家の人間に逆らえない点について。

 これは恐らく「ユミル=奴隷」という話にも関わる。

 

 ユミルが逆らえない存在が王家の人間であり、彼女は元々奴隷だった。

 この事実が本当であれば推測できるのは、ユミル・フリッツが初代フリッツ王の奴隷であった────という可能性。

 

 これが本当であれば、歴史が大きくひっくり返る。

 かつて世界を巨人の力によって恐怖で縛りつけたエルディア人が、奴隷の子孫。

 

 始祖が“道”に居続けるのも子孫のためなのか、はたまた王のためなのか。

 

 いや、アウラが「奴隷」を多用していたことからも、ユミルを縛り付けているのは文字どおり“奴隷”の在り方なのかもしれない。

 

 

 また王家の人間に逆らえないならば、ジークにも逆らえないということである。

 

 逆らえない。このワードを切り取った際ジークの中で浮かんだのは、彼の命令に従う巨人だった。

 

 通常なら命令に従うはずのない無知性巨人。それが自分の命令は聞く。さながらジークの脊髄液を摂取して巨人化した人間が、奴隷のようではないだろうか。

 

 

 ゆえにジークは、この二つに関連性を見出す。

 

 ユミルが王家の人間に逆らえないという構図が、自分の巨人にも適応されているのではないか──と。

 

 

 元よりジーク・イェーガーの「驚異」たる部分は、“叫び”を使い彼自身の脊髄液を摂取した人間を巨人化させることと、その巨人を意のままに操れることにある。無論、投石攻撃による圧倒的な“矛”としての攻撃性もあるが。

 

 脊髄液で言ってしまえば、例えば他の知性巨人から作られた巨人化薬でもエルディア人は巨人化する。

 

 ジークの特異な点は脊髄液を摂取した段階では巨人にならず、彼の意図的なタイミングで巨人化させられる──という点だ。

 

 

 以上を踏まえ、過去の疑問に焦点を当てよう。

 

 アウラがジークの巨人に右足を食われた時、ユミルが間に入らなかったのは、助けなかった──のではなく、()()()()()()()()のではないだろうか。

 

 王家の人間の命令で動く巨人だからこそ、ユミルは逆らうことができなかった。

 

 そう考えていくと、かつての罪悪感でジークの精神に追い討ちがかかる。

 

 

 残ったのは、アウラの一番がジーク・イェーガーという話だが、これについては言うべくもない。

 

 妹のど直球デッドボールをエブリデイ受けていた兄だ。最初こそデッドボールの痛みに死にかけていたが、回数を重ねれば流石に慣れる。軽い刺激を与えてやる方が妹が黙ることも兄は学んだ。(それはしかし、ただの賢者タイムである)

 

 

 

 

 

 

 

 つらつらと思考を重ねた中で、現実は変わらない。

 

 迫り上がる胃酸。巨大樹生活での食事はジークだけ…というわけではなく、兵士も含めてみな質素だった。

 

 吐くものも別段胃の中にはなし。だが、強烈な気持ち悪さは消えない。

 

 外界の音が今度は耳の鼓膜をブチ破らんとするほど、鋭敏に突き刺さる。

 細長い棒が耳に侵入し、そのまま脳みそをブチュブチュと貫いて、反対側の耳から抜け出しているような気分だ。

 

 

 なぜエレンはアウラを食ったのだろう。

 

 ジークは、わからない。

 

 愛する弟が愛する妹を殺した。

 

 わからない。

 

 自分の進むべき道がわからない。

 

 うつ伏せになったまま上体だけ起こすようにして、なぜ己が今この場所にいるのかわからない。

 

 ジーク・イェーガーはなぜ生きているのだろう。

 

 彼はクサヴァーとの使命を果たすため生きているはずなのに、どうして迷い続けているのか。恩人の────、“父”のために、世界を救うことが彼自身が課した使命であるというのに。

 

 わからない。なぜ死んでいないのか、わからない。

 

 呼吸を止めれば、苦しさに負けて酸素を取り入れてしまう。子どもの頃はそうして息を止めて、その息苦しさに涙が出て、また呼吸をしなければならなかった。呼吸をしたくないのにも関わらず、体は勝手に「生」に向けて舵を切る。本人の意思など、知らないと言わんばかりに。

 

 わからなかった。ジークは自分が存在していい理由を見出したにも関わらず、自分が存在する理由の根底が揺らぎ、もうどうすればいいのかわからない。

 

 話し合えばいいのだろうか。“道”で接触したエレンと?

 愛する妹を殺した、愛する弟と?

 

 彼はでも、エレンを拒絶することができない。

 

 両親の愛に飢えて、飢え続けて、その両親を殺す選択をした幼少期。彼は悪くないのだと、クサヴァーは言う。

 

 そうだ、ジークは何も悪くないと、当時の少年は思った。

 しかし心の奥底に住み着いた罪悪感や、後悔など、重くて真っ黒な感情は彼に苦しみばかりを与えた。

 

 よくもまぁ、まだ生きている。ジーク自身がたっぷりと皮肉をまじえて、斯様に思う。

 

 クサヴァーに支えられて、ジークの精神状態を知った祖父母に支えられて、戦士候補生を目指す幼い子どもたちの姿に救われて、陰の功労者たるマガトにも支えられた。知らず知らずのうちに、支えられてばかりの人生だった。

 

 

「ぐっ、う゛……ハァー…ッ」

 

 

 巨人体の中で漏らす息はひどく熱い。背骨までえぐり取られた背中と左腕の痛みも、もうよくわからない。

 視界が歪む。溢れては落ちる水滴の感覚に気を取られ、外界の認識がおろそかになる。

 

 そんな状態のジークをねらい、獣の巨人のうなじに着弾したマガトの狙撃。

 

 しかして前方から当たったそれは、獣の巨人が上体だけ起き上がらせた体勢だったためか、中のジークを削ったものの頭部を破壊するには至らなかった。

 

 リヴァイといい、いったい何度激痛を味わえばよいのだろう。

 戦争で負傷慣れしているとはいえ、精神的にも肉体的にも疲労する。

 

 

「クサヴァーさん……」

 

 

 もう、いいだろうか。これ以上進むことはできそうにない。

 肉体の余裕はまだあるかもしれないが、心がどうにも先ほど妹が食われてしまった姿を見て、バキバキと、ぶっ壊されてしまったらしい。

 

 何も考えたくない。

 

 けれど、男の思考はその意に反して回り続ける。最適解を見出そうと動いてしまう。

 

 

 

 

 

 地面に倒れ込んだ獣の巨人を見て、エレンは自身に馬乗りになっている鎧の動きを全身を硬質化させて止め、走り出す。

 瞳だけ弟の姿を追っていたジークは、よぎった感情に震える息をこぼす。

 

 

「守らなきゃ、なんて…………は、ははっ」

 

 

 愛する妹を食ったエレン。その弟をジークは守らなければならない。

 

 なぜなら彼は、弟を妹と同じように「愛」しているから。

 エレンはジークの腹違いであれど、兄弟であり、家族だから。

 

 何より()()()()()として弟を守るのは、当然の義務である。

 

 

 もはや病的なその思考にジークはから笑いし、蒸発していた巨人体の煙にまぎれて匍匐前進する。

 

 もう終わってよいと巨人を動かす気力も、キズを治す気力もなくしていた。

 しかし懸命に自分に向かって走る弟の姿を見てしまっては、助けざるを得ない。

 

 エレンは接触を目論んでいるのだろう。ならばジークは接触しやすいように巨人の体外に出て、スタンバイしておく。

 

 話し合ったところで妹を殺した弟と意思疎通を図れるか、自信はない。

 そもそも今のジーク自身、自分がどうすればよいのかわからない。

 

 

 それでも駆け寄る家族を抱きとめてやるのが、「()()()()()」としての役目だ。

 

 

 硬質化に巻き込まれたライナーがエレンへ手を伸ばすが、ジャンたちの雷槍によって止められ、進撃の歩は進む。

 

 それを阻まんとするのは、一丁のライフル。

 コルトから借り受けた銃を握りしめ、静かに息を潜めるはガビ・ブラウン。

 

 ブラウス家やファルコたちによって再起を果たした少女。彼女は得意とする狙撃を用いて、照準を定める。

 ねらう場所はエレン・イェーガーの足。

 

 鎮まる心には、レベリオ区で燃え滾った憎悪の何もかもが沈澱される。

 

 エレンはジークと接触する気である。「地ならし」が始まってはすべてが終わる。

 兄の方は蒸気によって視認できないため、ねらう的は自ずとエレンに搾られる。

 

 

「えっ」

 

 

 トリガーを引く、ガビの目に映った物体。

 

 走る男に絡みつくようにして、透けた何かががいた。まるで、人間の体を限界まで引き伸ばしたような何か。

 人間とわかるのも肌色がかろうじて認識できるためで、視界に入れるだけでその形の悍ましさに吐き気がしてくる。

 

 ソイツは渦を描くように、男の胴や、手や足に絡み付いていた。

 

 その首から上が、男のうなじの後ろからのぞいて見える。

 顔らしき部分は一直線にガビの方に向いていて、口元は三日月の形。赤いはずのその中は、真っ暗に染まっていた。

 

 直後響いた、発砲音。

 

 

 軌道が狂った弾は、エレンの首に当たる。

 

 そして、落ちゆく生首。

 

 それは伸ばしたジークの手の上へと、落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 次にジークが目を覚ました時、彼は地面に転がっていた。

 辺りを見回すと、そこには一面に砂と光の柱の世界が広がっている。

 

 寝転がっていた男は体を起こそうとして、途中で首に衝撃が走り尻もちをつく。

 

 手で探ると、首についていたのは首輪のようなもの。そこから無数の鎖が繋がっており、それは地面から生えていた。動くたびにジャラジャラと、大きな音を立てる。

 

「……なるほど、これが「不戦の契り」か」

 

 王家の人間に作用しているとなると、それしかあるまい。

 ただジークの思想自体に変化が起きているわけではないため、思想がカール・フリッツに縛られていないからこそ、枷が繋がれているのだろう──と、判断した。

 

 

「よぉ、ジーク」

 

 

 背後から声が聞こえた。ジークが振り向くとそこにいたのは、弟だった。

 髪が少し伸びており、負傷兵を偽っていた時のようなスタイルに戻っている。

 

 その側では始祖ユミルが横たわっている。

 心配し、ジークは少女の元へ向かおうとするものの、自由を奪う枷がそれを阻む。

 

「安心しろよ、寝てるだけだ」

 

 どうやらユミルは、泣き疲れて寝ているらしい。エレンが目覚めた時からずっと眠っているそうだ。少女の目元からは時折うっすらと、涙が溢れる。

 

「ここがどこかは予想が付いてるだろ」

 

「……座標だろ。すべてのエルディア人が繋がる場所」

 

「あぁ、そうだ。ずっとあんたが起きるのを待ってたんだぜ」

 

「………」

 

「そう怖い顔するなよ、ジーク」

 

 妹を食い殺した弟。

 そんなエレンに話しかける言葉が見つからない。ユミルがジークを治してからずっと泣いていたのかはわからないが、ともかく、弟は話し合いを求めているようだ。

 

 

「……何でだよ、エレン」

 

「なぜアウラ・イェーガーをオレが殺したか、って話か?」

 

「……!どうしてあの巨人がアウラだって……わかったんだ?」

 

「あの女の記憶を見た」

 

「アウラの?」

 

「始祖を持つのがあの女だった」

 

「──────は?」

 

 エレンは兄へ近寄ると、青い瞳を見つめた。誰よりも悪魔(アウラ)に傷つけられてきた男。そしてそれ以上に、「愛」されてきた。

 

 

 これからエレンが起こす行動さえ、女の思う壺なのかもしれない。

 壊して、壊して、壊し尽くす。その果てにジークは狂うかもしれない。

 

 それでもエレンは伝える。アウラ・イェーガーがこの世で最も恐れることはきっと、兄に嫌われることに他ならないから。

 

 ジークが苦しむ姿によって一瞬の享楽を得ても、その先は一生のヘイトが待つ。

 

 その女はすでに殺された。エレンが殺した。

 

 もしかしたらユミルが生き返らせるかもしれないし、グリシャの時のように、死んだ後から堪能するのかもしれない。

 

 どの道、エレンは女が最も傷つく選択をとる。

 

 憎んでいて、恨んでいて、殺した上でさらに殺したくて、そしてまだ「愛」している自分に、吐き気がした。

 

 

 

「本当のアウラ・イェーガーが何だったのか教えてやる、兄さん」

 

 

 

 エレンは笑う。

 

 ジークはそんな弟のネジの外れた表情を見て顔がこわばったと同時に、両者の額がコツンと、音を立てて合わさる。

 瞬間電流が、二人の間に走った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前が大きらいな私が大すきなお前が大きらい。

次回、最終章に入ります。(と言いつつ終わらなかったらどうしよう)

この作品はハートフルラブストーリーだった…?という集団幻覚を見れて嬉しかったです。


 ジークとエレンが消えた中、砂と光の柱の世界に取り残されたひとりの少女。

 

 眠りにつく少女の側で、ボロボロのキトンのような服を身にまとった子どもが、ジッとユミルを見つめていた。

 

 その子どもの身体には複数の矢が刺さっており、また体中の至る所が、まるでケモノに食いちぎられたように欠けている。

 

 特に顔は右半分が欠損し、食い漁られたそこからは脳が漏れ出ていた。

 

 

『ゆみる』

 

 

 少女はユミルを指で突く。笑いながら、何度も。

 

 それが続き、ようやく金色のまつ毛がふるふると震え、蒼い瞳が覗いた。

 少女は上から蒼い瞳を凝視すると、さらに口角を吊り上げる。

 

『ゆみるゆみる』

 

『………?』

 

『ゆみるあいたかった、ゆみる』

 

 体中を自分の血と肉で汚している少女に抱きつかれながら、ユミルはしかし、拒まない。拒めないのではない。

 むしろ少女の胴に手を回して、その名を呟く。この少女は「アウラ」ではない。『×××××』だと、ユミルはすぐにわかった。

 

 

 

『わたしがしんだとおもってないてたんだね、わかるよ』

 

『   』

 

『ゆみるのことわからないけど、わかるよ』

 

『………』

 

 ユミルの手から離れて、完全に回遊魚の手へと堕ちたアウラ。

 

 万が一のために宿した始祖の力を回遊魚に利用され、その力はエレンへと渡った。アウラが自身を食わせたことによって。

 アウラの目的が“最高の最期”である以上、エレンに食わせることはユミルにとって予想の範囲内だった。

 

 そしてそのまま、アウラの魂を保管しておく。

 

 普通のエルディア人なら死んでしまえば、蘇らせることはたとえ始祖ユミルであっても「命」というものの理から外れるため、行うことはできない。

 人が死ねば魂は座標の大いなる本流に還り、肉体はやがて朽ちる。

 

 魂だけならば、あるいはできる可能性もあるが。

 

 これはアウラ・イェーガーだからこそ、息を吹き返すことができるのだ。

 

 

 

 彼女の性質。奇妙なエビに取り憑かれている女は、生き返る。何度でも。

 

 この詳しい仕組みについて、ユミルは知らない。

 

 ただ、回遊魚の世界に転がっていた無数の『×××××』の死体から、()()が生き返ることに関係しているのだと推測することはできる。

 

 

 ユミルがその性質をはじめて理解したのは、アウラがダイナ巨人に食われた時である。

 

 この時のユミルはまだ、アウラに生きてほしいとは思っていなかった。

 無論、死んでほしいとも思っていない。

 

 アウラが望むべく死を遂げられた以上は、これでよいだろう────と。

 

 その後はエレンとミカサの純愛ラブストーリーで心を浄化しつつ、二人で過ごす気でいた。

 アウラがそのまま死を望むなら、「おやすみ」を言うつもりで。

 

 しかしアウラ・イェーガーは死ななかった。

 

 正しくは、()()()()()()

 

 

 母親の胃の中で死んでは肉体が再生し、死んでは再生し、死んでは再生し。

 酸の中で再生と溶解のさるかに合戦が開幕したことで、慌てて回収する羽目になった。

 

 そして回遊魚の世界にあった無数の『×××××』の意味を、ユミルは理解することになる。

 

 

 そのため、最初はユミルがアウラに干渉しやすいよう改造し。

 

 二回目は始祖の力を宿らせ、「不戦の契り」の影響を避けるために制限をかけた。制御担当はユミル本人である。

 

 未来についてあえて情報を与えなかったのも、知らせること自体にリスクが伴ったがゆえだ。

 

 アウラは回遊魚と繋がっている。

 そのリンクをユミルが断ち切ることはできない。

 

 つまり彼女が流した情報が、そのまま回遊魚に流れてしまう可能性がある。

 

 ユミルと繋がる光るムカデは、本能のままに生きている。

 

 原初的な人間の欲求。もっと言えば、生物のシステムの根幹に存在するもの。

 

 

「増殖」──────それが光るムカデの本質。

 

 

 思考というものを、()の生物は有していない。

 対し奇妙なエビは、おそらく人間的な思考を持つ。少なくともユミルはそう考えている。

 

『×××××』と「アウラ」は姿こそ同じだが、その中身が大きく違う。

 

 歪みきっている点では似ていても、人を苦しめて至上の喜びを得るような精神を、『×××××』は持っていなかった。

 

 それこそアウラの精神と無数に死んでいた『×××××』の死体を考えたら、アウラが奇妙なエビの影響を受けているからこそ、人を曇らせて悦に浸る精神ができあがったのだ──と、考えるのが妥当だろう。

 

 

 

 そして本来ならアウラの魂を保管しておき、奇妙なエビの性質を利用してすべてが終わった後にこっそりと現世に戻す予定だった。

 

 そのすべて終わった後というのは、文字どおり“最後”。

 

 エレンとミカサの純愛ラブストーリーの、クライマックスシーンの後である。

 

 

 光るムカデが消えて巨人の脅威が無くなった世界で、アウラに生きてもらう。

 そうすればユミルとアウラの繋がりは消え、もう二度と会えなくなる。

 

 そもそもユミル自体、最高のエレン&ミカサの余韻に浸ってスナァァ……(昇天)になる予定なのだ。

 

 問題はジークであるが、ユミルが全面協力すれば、ジークを使わずともエレンを最終形態にすることができる。

 

 むしろアウラが生きるためにはジークが必要不可欠な以上、絶対に死なせるわけにはいかない。

 

 しかし着火するための“キッカケ”はどうしても必要になる。

 そのためエレンとジークの接触は、必須事項だった。

 

 

 現在の思想違いを引き起こしているイェーガー兄弟の状況は、ユミルにとって格好のチャンスである。

 

 仮にジークがエレンの計画に従おうとするなら、クサヴァーを召喚すればそれで全て解決する。

「ジーク……」と恩人の言葉を聞けば、あのヒゲ面な男(チョロイン)など一発で即堕ちするに決まっている。

 

 そう考えてしまう始祖様は完全に、手遅れなまでにアウラに毒されていた。

 

 その後はエレンと組んだユミルが予定どおり事を行う。

 

 ジークが紆余曲折を経てミカサたちに協力するかもしれないが、その時はその時。

 どの道、ジーク・イェーガーが世界から除外される可能性は薄い。

 

 

 なぜなら、ジークが進めていた「安楽死計画」。

 

 マーレ側からすると裏切りが発覚した時点で敵認定されているものの、そのジークの行為は最終的に世界を救うことにつながる。

 

 またこの思想は、ヴィリー・タイバーによって明かされた、当時のカール・フリッツの意向に則している。

 歴史の中で無数に繰り返されてきた争いを憂え、壁の内側で束の間の平穏を享受したいと願ったかつての王。

 

「地ならし」が利用されはするものの、やがてエルディア人は世界から消える。

 

 イェレナの言うとおり、世界の救済に繋がる行為である。

 よって、ジークの本当の計画が明らかになれば、世界を救おうとした人間として認められる可能性が高い。

 

 そのままアルミンたちと上手く和解できるならよし。できないのならば、アウラとひっそり過ごすのもよし。

 器量良くたち回れる点については、信頼の高い兄妹である。

 

 

 しかし、回遊魚はユミルの思惑どおりに事を運ばせる気は毛頭ないらしい。

 

 奇妙なエビの目的がいったい何なのか。

 

 アウラを取り込んで、始祖をエレンに引き渡させて。

 

 そして『×××××』を、ユミルの元に寄越させて。

 

 

 

 

 

 

 

『ゆみるずっといっしょ、わたしといっしょ』

 

 

 ギュウギュウと抱きつくその姿はやはり、ユミルが知る『×××××』だ。

 ユミルが大嫌いだった、『×××××』だ。

 

 少女はそのままユミルを押し倒し、ニンマリと笑う。

 

 開いた少女の口は奇妙なエビが住まう深淵のように真っ暗で、白い歯も、紅い口内も見えない。

 人間ではないかのようだった。

『×××××』が人間でなくとも、ユミルは拒まないが。

 

 ぼとりと、あるいはボタボタと、赤い肉や血がユミルの顔に落ちる。

 心から幸せそうに笑う『×××××』は、手を伸ばす。

 

 そしてそのまま少しずつ、ユミルの首をしめていった。

 

 

『だーいすき』

 

『おまえのせい』

 

『おまえのせいだ』

 

『おまえのせい』

 

『おわらないおわれないわたしおわらないわたしたちおわらないわたしたちわたし』

 

『ずっとまわってる』

 

『おまえのせい』

 

『あいしてるよ』

 

『おまえにくい』

 

『おまえしね』

 

『おまえがしね』

 

『おまえがまわりつづけろ』

 

『おまえがしにつづけろ』

 

『おまえをころしたい』

 

『いっぱいすき』

 

『しねしねしねしねしねしね』

 

『おまえのせいでおまえのせいでおまえのせいで』

 

『ころしてやる』

 

『しね』

 

『だいすきだよゆみる』

 

 

 開いたままの口から、まるでその中に複数の人間が住んでいるかのように、憎悪に満ちた声が漏れ続ける。

 

 だのに深い深い、『×××××』が向けていたユミルへの愛情も存在する。

 

 気道が絞まりながらユミルは、何も返せなかった。

 恨まれて当然であると、わかっているから。

 

 だから涙を流しながら、黙って首を絞められ続ける。

 心はでもどうしてか、四方八方に引っ張られているように痛む。

 

 今ユミル自身が抱いている感情の正体がわからない中、ずっと笑っていたアウラの表情が消えた。

 

 

 

『ゆみる、だいきらい』

 

 

 

 おまえがだいきらいなわたしがだいきらいなおまえがだいきらいなわたしがだいきらいなおまえがだいきらいなわたしがだいきらいな──────。

 

 

 延々と続く、その言葉。

 

 ユミルは聞いた。自身の内側でボロボロと、何かが崩落していく音を聞いた。

 

 それは今までアウラと接する中で取り戻した、人間らしさだったのかもしれない。

 

 嬉しさや楽しさ、自分を酷使するヒゲ面な男への怒りや、その比にならないあの初代レイス王(クソヤロウ)への殺意──世界を更地にできる三重の壁を彼女に築かせたのがカール・フリッツであることを考えると、ユミルの感情も妥当であろう──。

 あとは大切な人が死んだ時に感じる、悲しさ。

 

 その一つ一つが首を絞められていく感覚と、心の張り裂けそうな痛みに混じって、壊れていく気がする。

 

 ただただ、苦しかった。

 

『   』

 

 ユミルは名を呼ぶ。それはけれど『×××××』の名前ではない。

「アウラ」と彼女が呼んだ瞬間、白銅色の瞳から一滴、しずくが溢れた。

 

 

 

「お前は奴隷。「自由」を求めて、自由を奪われた奴隷。フリッツ王への「愛」に縛られて、囚われ続けているかわいそうな奴隷。そんなお前が『アウズンブラ()』は大嫌い」

 

 

 

 ユミルは静かに、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 追憶旅行からようやく戻ってきたイェーガー兄弟。

 

 お兄さま(お前)が苦しんで、それを私が堪能できるよう努力するよ────な、アウラ・イェーガーの本性を知ってしまったジークである。

 

 エレンもまた自分が見たものをもう一度辿ったことで、精神的に疲労した。

 

 互いに付けていた額が離れ、そのままジークは砂の上に尻もちをつく。

 エレンもフラつき、ニ、三歩後退した。

 

 ジークは完全に放心した状態で、固まっている。

 

 

「お前の妹は、人が苦しむのを見て喜ぶような、そんなどうしようもないクソ野郎だったんだよ」

 

「………」

 

「その中でも一番愛していて、苦しめたいのがアンタだったんだ、ジーク」

 

「………」

 

「オレは巨人化したアウラ・イェーガーと接触して、さっきと同じものを見させられた。ははっ、一体どれだけの人間があの女の不幸()になって来たんだろうな……。きっと、オレが始祖を奪うことも、奴の企みどおりだったんだろうよ」

 

「……」

 

「アンタがずっと加害者だと思っていたグリシャもまた、あの女の被害者だった」

 

 俯いたジークの瞳は曇っている。

 澱んで、注がれ続けた妹の歪んだ愛情の正体を明かされて、思考が動くことを拒む。

 

 

「……「姉さん」とは、言わないんだな」

 

「もう兄弟とも、思いたくねぇ」

 

「…そうか」

 

 ジークはゆっくりと顔を上げて、弟を見つめる。

 翡翠の瞳はまっすぐに兄に向けられていた。同時に手も、伸ばされている。

 

「オレに協力してくれ」

 

「………」

 

「オレはジークの計画に賛同できないし、アンタもオレの計画に賛同できない。だからこそ、どちらかが歩み寄らなきゃならない」

 

「兄貴の俺が、お前に歩み寄れってか?」

 

「現にアンタは巨人化して、オレを助けた。首を撃たれた時も手を伸ばしてだだろ、それも必死な顔で」

 

「……しょうがないだろ、兄弟を守るのが兄貴の役目なんだから」

 

「頼むよ、()()()

 

「………」

 

「……………お兄ちゃん」

 

「別に「お兄ちゃん」って一声を待つために、黙ったわけじゃねぇからな」

 

「おにーた「やめろ、自棄になるな」……」

 

 そもそも「お兄ちゃん」呼びは妹だからそれなりの威力を伴うのであって、弟の、それも負傷兵ルックのエレンでは、精神疾患を疑うものにしかならない。

 

 両者精神にダメージを負った兄弟の間に、静寂が生まれた。

 

 

 

 その、長い沈黙を破ったのは、兄の方だった。

 

 

「……やっぱり俺には無理だ、エレン。人類のほとんどを殺すなんて、恐ろしいこと」

 

「どうしてだ」

 

「そんな勇気、俺にはない。────いや、それを“勇気”と称するのは違うか。“覚悟”がないんだ」

 

「…どの道決定権はオレにある。兄さんの意思を尊重しなくとも、ここまで来れれば後は関係ない」

 

「それでもこうして俺と話し合ってるってことは、お前に同意を求める意思があるってことだろ、エレン」

 

「……なら答えをハッキリさせろ、ジーク・イェーガー」

 

 ジークはエレンを見て、砂を見て、空を見て──ーそして、始祖ユミルへと視線を向ける。だが、眠っていたはずの少女は消えていた。

 

 

 

「まだ、話し合えてない」

 

「何をだ?」

 

()()だよ、エレン」

 

「………は?」

 

 意図せず上がる口角に眉を下げつつ、ジークはどうしたものか、と思考を巡らす。その笑みの感情は何からくるのか、彼自身理解できない。

 もうわからないを通り越して、自暴自棄になってしまいたい。

 

 それでもエレンが見せたものをひっくるめて、妹に聞かねばならない。

 

 それに。

 

 

「どんなに歪んでても、ちゃんとアイツが一人の人間だって、俺は知ってるからさ」

 

 

 笑って、泣いて、楽しんで(愉悦して)、即堕ちして。

 

 狂っているけれど、歪んでいるけれど。

 ジークはアウラの愛情が本物であることを知っている。

 

 それは種類の違う「愛」を交えて狂気じみているが、それでも兄が時折驚くほど、透明でまっすぐな感情を向けてくることもある。

 

 そんな兄の言葉を、エレンは「「愛」されている者だからこそ言える言葉だ」と、感じた。

 

 

「……そうか、残念だジーク」

 

「俺が話し合いを求めている間は無理なんじゃないか、エレン」

 

「………」

 

【ユミル→アウラ→ジーク】の図は始祖をエレンが有しているとて、覆せない。

 両者、視線の刺し合いになる中、ふいにエレンの背後から人影が現れた。

 

 

「「……ユミル?」」

 

 

 兄弟そろって似たように驚いた直後、少女が手を握る。

 

 

 

 ──────エレンの、手を。

 

 

 

 瞬間、ジークの意識が遠のいていく。

 彼が最後に見たのはユミルを凝視している弟と、悲しみに歪んだ、少女の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、行進が始まる。

 

 世界を平らにする、悪魔の行進だ。




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【十章】丹碧の境界線編
帰るときによく泣いていた子どもの手は、小さかった。


終わらなかったら怖いので、十章表記にしてる最終章です。
もうちょっとだけお付き合いいただけたら幸いです。


 壁に入った無数の亀裂は、シガンシナ区だけでなく壁全域に引き起こされる。

 

 アルミンが当初考えていた。エレン・イェーガーの目的。

 誰よりも付き合いは長いため、エレンの人間性はよく知っている。

 

 だからこそ『安楽死計画』に賛同するとは思えず、エレンがジークやイェレナに賛同すると見せかけ裏切ると考えていた。

 

 

「地ならし」は、すべての巨人の硬質化を解く必要はない。

 

 世界最強の軍事力を誇るマーレがシガンシナ区に集結しているのだ。その周囲の壁の硬質化を解いて襲わせればよい。

 さすればパラディ島は、数十年の間は他国に手を出されずに済む。

 

 しかし、壁はウォール・マリアまで壊れている。

 

 そこから覗くのは巨人の頭。そして、胴体。

 

 

 エレン・イェーガーの首の切断面から飛び出たのは、触手のようなものだった。

 

 長いそれはヒトの脊髄のようでもあり、うごめく様はミミズとでも言える異様さ。

 そして巨人化が始まると、巨大な骨組みが浮かび上がっていく。

 

 超大型はおろか、推定約120メートルとされたロッド・レイスを優に凌ぐ、圧倒的な大きさ。

 

 アルミンたちはエレンが始祖を掌握したことを認識したと同時に、ウォール・マリアの壁の異変に気づいた。

 

 直後アルミンとミカサ、そして二人だけでなく、すべてのユミルの民の意識が座標へと引き込まれた。

 

 

 そこで耳にしたのは、エレン・イェーガーの宣言。

 

 すべてのユミルの民を殺すまで、止まらない世界。

 だからこそ彼は数多の巨人を引き連れ、世界に侵攻する。

 壁の中をおびやかす脅威を、駆逐する。

 

 

 

 空を仰いで悠々と青い世界を泳ぐ鳥に、思いを寄せていた少年は。

 

 本当の悪魔へと、その身を昇華させた。

 

 人々は耳にすることだろう。

 進撃の、その轟を。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 場所は変わり、マーレ。

 

 同時刻、収容区の人々がエレンの“人類駆逐放送”を聞き、騒然となった。

 この放送はユミルの血を継ぐ者にしか聞こえない。

 

 アニの父やライナーの母、戦士隊の親族たちもその言葉を耳にしたのである。

 

 

 一方でこの言葉をベッドの上で逆立ちになり、その重心を親指のみで一身に受け止めていた男も聞いていた。

 

 白いタンクトップの上からでもわかる、隆々としたその筋肉。

 

 まるで彫刻家が美しい人間の筋肉像を作らんとして、掘り続けた末に生み出された作品のような肉体が、呼吸ひとつで躍動する。

 

 足に大ケガを負い、切断したばかりだというのにこの男、医者が止めてもまったく言うことを聞かず鍛錬を怠らない。

 

 シーツに汗を染み込ませ、それを頻繁に片づけなければならない看護師の小言もまた、仕方のないことだった。

 

 

 

 逆さになっていた体を正位置に戻したポルコ・ガリアードは深く息を吐く。

 頭に溜まっていた血が下へ降りてゆく感覚を味わいながら、サイドテーブルにあった水に手を伸ばして渇いた喉を潤した。

 

 

「そこにある命を駆逐するまで………ねぇ」

 

 

 エレン・イェーガーが語っていた言葉。

 

「地ならし」が始まると、瞬時にポルコは察した。マーレ側がジークやエレンを止めることに失敗したのだろう、とも。

 

 数日のうちに、マーレにも地をならす進撃の足音が響くのだろう。

 その後に残されるものは何もない。

 

「っま、アニやピークでもダメだったんだろ?俺にできることなんて何もねぇしな…」

 

 世界連合軍が集まったところで、飛んで火に入る夏の虫。

 

 大型巨人によって、あっという間にペシャンコにされて終わる。

 ポルコの中で一瞬ライナーの顔が脳裏によぎり、「何してんだあの野郎は」と、悪態づいた。

 

 

 ポルコに代わってヨロイを継承した、ライナー・ブラウンという男。

 

 

 兄のマルセルが、ライナーをかばって死んだことも。

 アギトを失わせておきながら己の保身のために、ベルトルトやアニを脅迫して「始祖奪還計画」を続行させたことも。

 それが失敗して、最終的に超大型まで奪われたことも。

 アギトを継承していた女が結晶化し、「戦士」にまたなれなかったポルコに、同情心であれ何であれ、ヨロイを託したいと考えていたことも。

 ウダウダと悩んで自分を追い込み、苦しんでいる……と思っていれば恋をして、精神的に立ち直ったことも。

 

 ライナー・ブラウンのすべてが、ポルコの逆鱗に触れる。

 とにかく気に食わなかった。

 

 

 しかし結局、「戦士」に選ばれたのはライナーで。

 

 選ばれなかったのが、ポルコ。

 

 

 その線引きは彼の中で、あまりにも大きなものになり過ぎていた。

 

 現状の足では多少の不自由はあるが、巨人の力を継承すれば問題ない。肝心の鎧が誰に継承されるかはわからないが。

 

 すでに軍部の中枢の人間はレベリオ区の一件で一掃された。判断はマガトによる。

 

 戦士を目指す気持ちはある一方で、合理的に継承した後のことを考えると、ガビたちに継承させた方がよいのだろう。

 

 そこらの感情に区切りをつけるにせよ、あまりにも複雑で、脳を動かすより先にポルコは肉体を動かすようにしている。考え過ぎれば先に精神の方が参るからだ。

 

 

「全部殺されたら、名誉マーレ人もクソもねぇよ…」

 

 

 マルセルが一度戦士になった手前、ガリアード家には名誉マーレ人の称号がある。

 それでも戦士を目指すのはもはや意地なのだろう。

 

 11年前、場を共にした7人の子どもの中で、唯一選ばれなかったポルコ。

 

 選ばれなかった者の努力や思いが、報いを受けることはない。

 

 名誉マーレ人になれたのだから、と簡単に片づけられる感情でもないのだ、ポルコの抱くものは。

 

 

「……どうすっかなぁ…」

 

 

 現在彼がいる場所は、軍事基地内にある医療施設。そこでリハビリと療養を行っている。

 

 兵はレベリオでの戦いに続き、パラディ島侵攻作戦で多くが投入されているため、マーレの守備は薄っぺらだ。

 しかしその状況を見てマーレに侵攻する国もいない。

 

 今は全世界の共通の敵が、エレン・イェーガーとして認識されているのだから。

 

「最後くらい家族といるか、それとも…」

 

 ピークは死んでしまっただろうか。ポルコにやたらと絡んでくる女は。

 

 もしかしたらまだ生きており、エレンの侵攻を止めるべくあがいているかもしれない。アニや、ドベ野郎も。

 

 何も行動に起こさず終わるのはどうにも腑に落ちない。

 ただ今の状態の自分が何かの役に立てるとも、思えない。

 

「………」

 

 何をするべきか悩んでいた時、ポルコの脳裏に不意によぎったのは、そばかすの女だった。

 

 軍事関係者の、しかも限られた者のみしか入れない場所に保管されている少女。名は皮肉にも、始祖と同じ名前の「ユミル」。

 

 力を継承することになったあの日、注射器を握りしめた感覚をよく覚えている。周りの空気の冷たさも。

 それに、女が己に投げかけた言葉も。

 

 

 

『ただいま』

 

 

 

 その意味はいったい何であったのか。

 

 元々少女は「楽園送り」にされた人間であるため、故郷マーレに帰ったことに対する言葉だったのかもしれない。

 あるいは、故郷に残してきた者たちへの言葉であったのかも。

 

 しかし、ポルコは不思議とその言葉が自分に向けられたものであると感じていた。

 

 まっすぐに彼を見つめていたユミル。そして、言った。

 

 ポルコとユミルは面識がない。

 うっすらと考えられるのは、女がマルセルの記憶に影響されて、言葉を発した可能性である。

 

 だからこそ彼は、打とうとした注射器の手を止めてしまったのかもしれない。

 

 

「兄貴……」

 

 

 なぜ女は結晶に包まれたのか。『ただいま』の真意が何だったのか。

 

 巡る思考にポルコが唸りはじめた中聞こえた、部屋をノックする音。

 

「ハァ、ハァ……ッ」

 

「よう、ウド」

 

 入ってきたのはウドだった。ちょうどポルコやゾフィアの様子を見にきていた最中だったらしい。

 少年は顔を真っ青にしてエレン・イェーガーの件を話し出す。

 

「ど、どうすればいいですか、ガリアードさん!!」

 

「落ち着け、まず先にゾフィアの様子を見てこい」

 

「は……はい!」

 

 ドアも開けっぱなしのまま、嵐のようにウドは走り去っていった。

 

 ポルコは深く息を吐いて、立てかけておいた松葉杖を取り歩き出す。

 今なら結晶が保管されている地下へ行くことも可能だろう────と、考えて。

 

 

 ちょうどその頃、一人の少女もまた激しく咳き込みながら、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 四方がレンガで囲まれた部屋の中、壁に取り付けられたランプの光が揺れる。

 

 意識がおぼつかないまま床に倒れていた少女は、上の灯りをぼんやりと眺めた。

 段々と現状を理解するまでに数分。外気に晒され、濡れた体が冷えていく。

 

 

「あー……」

 

 

 少女────ユミルは目を覚ます前に見た、聞き覚えのある声を思い出す。

 

 エレン・イェーガーと、聞き覚えのあるその声の主は名乗った。

 その者がパラディ島以外の人間を皆殺しにすると言う。

 

 ヒストリアが生きられるならよかった、と己のことは二の次に彼女は思った。

 

 継承儀式の前に着せられた白いワンピースのような服は、ビショビショに濡れている。

 両手両足を拘束していた鎖は中途半端に切れたまま残っていて、ユミルが少し動く度にジャラジャラと煩わしい音を立てた。

 

 

 

「………ポルコ、ガリアード」

 

 

 空気に溶けるように呟かれた男の名前。マルセル・ガリアードの、弟。

 

 食われる覚悟は決まり、それでもヒストリアと結婚したいと切に思いながら、瞳を閉じたユミル。

 処刑台をカタチ取った高台の下には、注射器を持った少年がいた。

 

 最期に愛しの少女を脳裏に思い浮かべようとして、しかしユミルが視界に入れたのは、マルセルの弟だった。

 

 袖をまくった腕に注射器を近づけながら、その針の先を見ていた男。

 かすかに震えるその姿を見て、直後二人の視線が交差した。

 

 

 その時ユミルは、不思議な感慨を抱いたのである。

 

 温かいような、泣きたいような、心に注がれる今まで経験したことのない感情。その出所はきっと、マルセルのものだったのだろう。

 

 彼女が抱いたのは、“家族”への想い。

 

 孤児だった少女が今まで得られなかったもの。その感情がマルセルを通して、彼女の中に流れ込んだ。

 そして気づけば「ただいま」と、声を漏らしていた。

 

 果たしてその言葉を言ったのはユミルだったのか、それともマルセルだったのか。

 

 

「余計なことしてくれんじゃねぇかよ、あの弟大好き野郎…」

 

 

 ヒストリアよりも、ベルトルトやライナーの顔を立てることを選び、その果てに起こったのは結晶化。

 

 夢を見ていた気がする。内容は詳しく思い出せない。

 その感覚は長いこと巨人としてパラディ島を彷徨っていた時のものと、似ている気もした。

 しかし不思議と自分が結晶に包まれていた、という認識はある。

 

 床に広がる水溜まりを見る限りでは、ユミルの容姿は変わっていないようだ。

 

 エレンが生きているということはつまり、彼女が眠ってから驚くほど時が経っている──ということでもないだろう。

 

 

 ユミルの中に過ぎった、結晶化直後に聞いた声。それと、その人物の表情。

 

 視界が氷越しに世界を見ているかのようになり、体の自由が一切きかなくなる。そして意識が暗闇へと引っ張られていく。

 結晶の中でもわずかに動く瞼は閉じて、視界も真っ黒く染まった。

 

 その時聞いた声。正確には、言の葉。

 

 

『ごめんな………ごめんな』

 

 

 マルセルは謝っていた。

 

 弟に謝っていて、そして彼女の感覚的に、ユミルにも謝っていた。

 

 それで、彼女は察したのだ。

 一度は弟に自身の力を渡してほしいと願っていた様子で、それが長年「戦士」になれず苦しんでいたポルコへの罪滅ぼしになるのだと、マルセルは考えていた。

 

 しかして継承を間近にして、やはり嫌だと思った。

 

 弟に巨人の力を継承させたくない、と。

 普通の幸せを掴んでほしい、と。

 

 なんとも甘ったれた男だと、彼女は思った。

 さらにその甘い矛先が自分にも向いていることに、無性な腹立たしさを覚えて。

 

 マルセルはきっとユミルにも、偽りの「始祖様(ユミル)」として生きるしかなかった過去や、自由を手に入れた上でそれを自分から返納した姿に、同情したのだろう。

 

 そしてユミルを死なせたくないと、思った。

 

 

 ユミルとマルセルは今も繋がっている。だからこそ相手の感情が伝わった。

 

 その結果、起きた結晶化だったのだ。

 

 きっとまた力を継承できなかった弟は苦しんでいるはずで、ヒストリアも深く傷ついたに違いない。

 

 

「……ヒストリア」

 

 

 会いに行かなければならない。ユミルは、愛しの少女に。

 

 その笑みをまた向けられたいがために、彼女は行動を起こすことを決めた。

 

 しかし場所はマーレ。その上彼女の祖国の知識は、数十年遅れのもの。

 脱出することもまず難しいと悩んでいた折、引き合う磁石のようにユミルはポルコと接触する。

 

 そして互いに警戒しつつ、それでも多少の歩み寄りをみせた。

 

 ユミルが結晶化した件や、「ただいま」の意味。

 また、マルセルがわざと上官への印象操作を行って弟を「戦士」の継承権から外させ、それがきっかけで長年ポルコが苦しむ原因となり、そのことを悔いていた────などを、話し合った。

 

 

「………ふ、ははっ!」

 

 

 兄が印象操作を行っていた内容を聞いた後、ポルコは今までの感情が噴き出したように笑い出し、涙をこぼす。

 ユミルは口を引き結んで、静かにその様子を見つめた。

 

「やっぱり、やっぱり俺が上だったんだ!あのドベよりも、ライナーよりも……!!」

 

「へぇー…あの淫獣って昔ドベだったのか」

 

「いん……何だって?」

 

「あれ、知らないのか?」

 

 

 4年越しに明かされる、ウドガルド城で起こった“どすけべマタギ(ライナー・ブラウン)ムッワァァ事件(?)”

 この事件で二人の女性が被害に遭っている。

 

 

「あぁー………思い出すだけでムカついてきた。あの野郎のイチモツを切り取って、汚ねぇケツにブチ込んでやる…」

 

「………」

 

「何だよ、黙り込んで?」

 

「………」

 

 この女ならやりかねない、そんなスゴ味を感じたポルコ。「どうせ治るんだしよ…」と続いた言葉に、タマがヒュンとした。

 

 

「まぁ話はこれくらいにして、私はパラディ島に行きたいんだけどさ、何かイイ方法ってないか?」

 

「その前にお前は今世界がどんな状況なのかわかってるのか?」

 

「エレンが壁内以外をぶっ壊そうとしてんだろ、聞いたよ。…それ以外はよくわからない」

 

「何で行く必要があるんだ。まさか自分だけでも助かりたいのか?」

 

「ッハ、バカ言え。私は愛しのヒストリアに会いに行くだけだ」

 

「…ソイツと会ってどうするんだよ」

 

「結婚する」

 

「………ン?おい、待て、そのヒストリアって名前からして女じゃ…」

 

「「愛」は自由の時代だよ、ポルコ。…で、簡易的に今の状況を説明して欲しんだけど」

 

 

 それから大まかな世界の状態を知ったユミルは、マーレの兵士がパラディ島に招集され守りが薄くなっている部分に目をつけ、脱走ルートを考える。

 

 ポルコの戦士候補生という地位と、ユミルの《顎の巨人》を継承していることを利用すれば、マガトの隠し戦力として騙せるかもしれない。

 

 無理なら巨人の力を使って脅し、無理やり逃げる。

 

 移動手段には飛行船を使えばよいだろう。そもそも世界が終わるか否かの瀬戸際だ。

 エレンの宣言を聞いたユミルの民が今マーレ国内で騒ぎ始めているだろうし、その混乱もマーレ兵の目を盗む手段となる。

 

 

「お前って操縦できるか、飛行船」

 

「無理だ、さすがに」

 

「じゃあできるヤツを見つけないとな」

 

「……本当に行く気なのか?」

 

「行く。お前の仲間だって、今パラディ島で戦ってるんだろ?だったら十分行く理由になる」

 

「………」

 

「その足じゃ…って話かもしれないが、もしもの時は私を食えよ。脊髄液入りの注射器も、マーレが強襲された時に盗まれたんだろ?だからできるはずだ。私ももう腹は括ってある。ただ…今のヒストリアに会ってからで頼みたい」

 

「兄貴の気持ちを聞いた後で、俺にアギトを継げってか?……ふざけんな」

 

「大まじめだよ、私は。決めるのは私でもマルセルでもダメなんだ。やっぱりさ、物事は流されず、最後は自分で決めるべきなんだって……私は思うぜ」

 

「………」

 

「ほら、他にも戦士候補生がいるんだろ?仲間になるヤツを集めてさっさと行くぞ。ついでに兵士用の服と、この枷も頼む」

 

 軍事基地内ならば、パラディ島作戦に使われているものとは別に、飛行船が残っているはずだ。

 

 問題はポルコやその他の親族だが、レベリオ区へわざわざ向かっている暇はない。

 そも動けば動くほど、兵士に見つかるリスクは高まる。

 

 その危険性やレベリオ区が混乱状態にある事を考えれば、今集められる仲間内で行動する方が、より安全に事を進められる。

 

「まぁどうしてもっていうなら、両親を連れて来るまで待つ」

 

「……その前について行くって、俺は一言も言ってねぇ」

 

「いや、お前は連れて行く、絶対に。死なせるわけにはいかない」

 

「…それはお前の意思じゃないだろ」

 

「そうかもな。でもそれが今の私なんだから、仕方ないだろ」

 

 ユミルはポルコに手を差し出した。

 

 

「私と来い、ポルコ」

 

「………ふざけんじゃねぇよ。人の気持ちも、知らねぇで」

 

 

 ポルコはしかし、女の手を取る。

 ユミルは握られたその感触に目を見開いて、ジッと、その手を見つめた。

 

 

 

「あれ……こんなにお前の手って、大きかったっけ?」

 

 

 マルセルの体験した感覚が、彼女の中によぎる。

 

 時折のぞく兄の面影に、ポルコは目を伏せた。

 死んだはずの兄は、ユミルの中で生きている。そんな風に感じられて。

 

 なぜだかひどく、泣きたい気持ちになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チキチキ☆ラブマシーン

作中に「え、それは流石に無理じゃね?」なところがあるかもしれませんが、まぁアニちゃんだったらイケるやろ…と思ってください(洗脳)

あとお気づきだと思いますが、あらすじとタグをちょいと変えました。


「地ならし」が始まっても、地上での争いは続いていた。

 

 マーレ側に当初の勢いはなく、どんどんパラディ島勢力に押されている。

 

 それも当然だろう。世界を平らにするエレン(悪魔)の進行は、すでに始まってしまった。

 もう止めることは不可能であると、兵士たちの顔には諦念の色が浮かぶ。

 

 また《鎧の巨人》も、壁の崩落に巻き込まれそうになったガビたちを庇ったのち、エレンが()()()()()()()を解いたことが災いしてヨロイが剥がれ、本体に大きなケガを負った。

 

 さらに戦いの合間でアルミンたちも、エレンの選択に混乱を見せる。

 104期生は幼なじみを非難するアルミンや、エレンの行動を肯定するジャンなど、仲間内でも亀裂が生じた。

 

 

 そんな中、「地ならし」の発動でマーレ軍の生存を絶望視し、撤退する飛行船。

 

 地上からその様子を見ていたのは、マガトとピーク。

 すべての硬質化が解かれた時に壁の上で戦っていた彼らは、ピークがマガトを咥え内側の建物に飛び乗ることで事なきを得た。

 

「賢明な判断だろう。今はマーレにこの事態を一刻も早く知らせることが先決だ」

 

「マガト隊長、地ならし(アレ)を止める術はないのでしょうか……」

 

「…無理だろうな。その前にまだ、こちらの戦いは続いている」

 

 銃を持ち戦うマーレ兵と、雷槍を打ち込むパラディ島勢力。

 どちらかが全滅するまで、このまま殺し合わなければならないのか。

 

 ──否、「地ならし」を止められなかった以上、今のマーレ軍がこのまま戦うのは得策ではない。無駄に死人を増やすだけだ。

 

 であれば降伏も視野に入れなければならないと、マガトは判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 

 地を鳴らし、血で均される世界。

 始まった悪魔の行進を聞きながら、アニは荒い息を吐いた。その側では巨人体が蒸発している。

 

 

 戦鎚の力を手に入れたエレン・イェーガーと戦い、体力的にも限界を迎えていた彼女。

 

 そんなアニが目にしたのは、エレンが撃たれ、その生首がジークと接触する姿だった。

 

 そしてその直後、撃たれた男の首の断面から伸びていった、白いゲジのようなもの。

 エレンの瞳がギョロリと動くと、そのゲジは視線の先にいたジークを補食するように蠢き、眩い光が地を覆った。

 

 

 我に返ったアニは、どんどん巨大化していくエレンから逃れるように移動した。

 生首がジークと接触してその大きさを増していくまで、針に糸を通すような、ごくわずかな間に起きた出来事である。

 

 彼女はそして、大型巨人の隙間を縫うように内側から抜け出し、外側へと逃れた。幸いにも街を囲うようにして一列ずつ並び進み出したその間にはまだ、逃走できる余地があった。

 

 わざわざ巨人に踏みつぶされるリスクを負ってまで逃げた理由は複数あるが、一つはこれ以上の争いが無意味だと判断したためである。

 

 マーレ側の目的は「地ならし」の阻止である。しかしそれができなかった以上、たどる未来はパラディ島以外の壊滅。

 

 世界連合軍が今更立ち向かったところで、幾千もの大型巨人に勝てる見込みなど毛頭ない。

 

 しかし、巨人の行進に閉じ込められたマーレ兵とパラディ島勢力はまだ戦っている。

 

 内門側も崩落した壁により、その先へ立体機動があればともかく、容易に逃げられなくなった。そもそも敵がまだ残っている以上、どちらかが壊滅するまで戦い続けるだろう。

 

 戦う理由がなくなったというのに、これ以上争うのはアニはごめんだった。

 

 

 

 

 

「……本当に、わけがわからない…」

 

 

 そう言うアニの横で、眠っている人間。

 見つけた時は全裸だったため、今は戦士服の上着を体にかけている。

 

 その人間がいたのは、エレンに食い散らかされた巨人の肉片の場所。蒸発するそのすぐ近くに横たわっていた。

 

 アニがガイコツの巨人を見た時、脳裏に過ぎったのはアウラ・イェーガーである。

 笑う姿に既視感を覚え、見覚えのあるその正体に気づいたとき、背筋を震わすことになった。

 

 

 そして彼女が内側から逃げだした理由のもう一つにあるのが、このアウラの存在。

 

 見つけた際、女の目元に巨人化の跡はなかった。しかし確かな証拠はないが、アニの勘はガイコツの巨人=アウラ・イェーガーであると告げている。

 

 なぜアウラが巨人化していたのかは不明である。ただし、無知性巨人ではなかったはずだ。

 ガイコツの巨人は人を襲うことなく、エレンにまるで接触する意図があるように移動していたのだから。

 

 最初は驚いたようにガイコツの巨人を見つめていた進撃がキバを剥いたのも、その巨人と接触してからだった。

 

 何かアウラが弟に行ったのだろう、とは推測できる。

 

 

「ハァ……訳がわかんない」

 

 

 巨人化できたのは、やはり始祖ユミルが関わっているのか。

 

 10個目の巨人の力を生み出すくらいはやりそうである。

 もしくはすでに存在する巨人の力、例えばアギトを盗んでくる──だとか。

 案外ユミルが硬質化したのも、これがねらいだったかもしれない。

 

「あの、脳内クソ進撃野郎もふざけんじゃないよ……ッ!」

 

 アニも聞いた、エレンラジオ。ユミルの民の皆さんがお呼びされた回だった。

 

 そこでのエレン・イェーガーの発言どおり、パラディ島以外の人間は殺される。一匹残らずこの世から駆逐されるのだ。

 

 つまりアニの父親も死ぬ。

 ちょうどエレンが進み始めた方角は、マーレがある大陸である。

 

 進撃を止めることはできないだろう。だが正攻法以外の道を、彼女は転がっていたアウラを見つけた時思いついた。

 

 ユミルに「寵愛」を受ける女。そんな女に頼めば、父親だけでも救ってもらえる可能性はある。

 

 

 ただしこの方法は“禁忌”であると、アニは感じ始めていた。

 

 それはレベリオ区襲撃の時に現れた、始祖ユミルを見てから。

 くたばっていたライナーはともかく、あの時エレンにも少女が見えていたようだった。

 

 しかしその他は、その存在にまったく気づいていなかったのである。

 多くの兵士がその現場を目撃していたのだ。突然少女が現れれば騒ぎになっていただろう。

 

 剰えその少女が戦鎚の本体に触れた直後に硬質化が解かれたのだから、自ずとその存在が「ユミル・フリッツ」であるとわかりそうなものであるというのに。

 

 結論、あの時始祖の少女が見えていたのは、巨人化能力者だけだった。

 

 

 

 そしてその一件以来、アニは世界が始祖ユミル、あるいはアウラ・イェーガーの計画どおりに動かされているのではないか?────と、思い始めた。

 

 それから度々、背筋に悪寒を覚える。

 まるで、自分が悪魔にでも魂を売ってしまったように思えて、仕方ないのだ。

 

 

「もう、今更だけど…」

 

 4年前アニは、自分の意思で悪魔の誘惑にノったのだ。もはやこれ以上失うものなどない。

 失いたくないものは二つ(正確には“二人”)あったが、内一つは失って、残るはあと一つだけ。それが父親。

 

 彼女は父親を救えるなら、自分の命を犠牲にしても構わない。失う苦しみはもうたくさんだった。

 

 最後に自分に微笑んだ少年をなくして、その母親が息子の帰還を信じながら静かに息を引き取る姿を看取って。

 そして、多くの人間が彼女自身の手で殺されていく姿を見て。

 

 

「ねぇ、起きてよ」

 

 

 アニは女の顔をのぞき見て、低い声で言う。その声はかすかに震えていた。

 

「お父さんを助けてよ……。ねぇ、アウラ…」

 

 エレンから奪ったアニたちは今度、()()()()()になる。自業自得なのかもしれない。

 それでも黙って父親が死ぬことだけは、許せなかった。

 

 

「んう……」

 

 

 女のまつ毛が震える。その瞬間、アウラの肩をつかんだアニはお構いなしに揺すった。

 その衝撃にカッ、と開いた瞼からのぞく、白銅色の瞳。

 

 至近距離にある歪んだアニの表情を見たアウラは、自分の格好を見て、もう一度顔を上げて、口を開いた。

 

 

「ご…ごめん、私ジーク・イェーガーひと筋だから……」

 

 

 アニちゃんの気持ちには答えられな──まで女の言葉が続いたところで、ゴォンと、激しい衝撃が起こる。

 

 アウラは左頬をかすった拳と、その背後にある拳がめり込んだ木。

 そしてさらに近くにある今にも人を射殺さんばかりのアニの凶悪顔を見て、とっさにブラコン女は両足を閉じる。

 体がこわばった直後に全身が一気に弛緩して、危うくイイ歳で痴態を晒すところだった。

 

「おはよう、話、いいよね…?」

 

「……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 それから、アニから事情を聞いたアウラ。

 

 彼女はイェーガー派に連れられ、巨大樹の森へ向かったこと。

 またジークの脊髄液入りワインを飲まされてしまった件や、巨人化した後に一度ジークを救ったこと。

 そしてそのあとにシガンシナ区へ向かい、放置プレイを受けていた最中に、倒れる《獣の巨人》を見て巨人化したことなど、順々に話す。

 さらに目覚めてからや、巨人化している最中など、所々記憶がないことも。

 

 その一連の原因が、アウラ自身が「始祖」そのものの可能性が高いため……ということを知ったアニは、固まる。

 

 巨人化したことなど一応の辻褄がそれで合うが、アウラ自身が「始祖ユミルに力が戻っている」と嘘をついていたことになる。

 

 

「まぁそれも、複雑な理由があってね──」

 

 アウラは「不戦の契り」の件を持ち出し、事情を語る。

 

 

「……要は、あんた自身も知らなかったってわけ?ていうか、始祖の力が王家にしか使えないことも、「不戦の契り」によって王家の人間がカール・フリッツの思想に縛られることも、はじめて知ったんだけど」

 

「だろうね。だって、マーレに「不戦の契り」に関する本当の詳細はないわけだから。それこそ壁内でも王家の人間、レイス家の当主しかこの内容を知らなかった」

 

 ただしジークはトム・クサヴァーから「不戦の契り」の効果を知らされていた。

 クサヴァーが巨人学の研究者であったからこそ、知り得た情報であったのだろう。

 

「じゃあずっとマーレの探し物はマーレにいたってわけ?四年間も?……ハァ、呆れた………」

 

「イェーイ、ピースピース」

 

「殺すよ」

 

「アニちゃんはキメ顔でそう言った」

 

「殺す」

 

 豪速球で放たれた蹴り技は先ほどの被害者、木へとめり込む。

 寸前で避けたアウラは地面に尻もちをついて、羽織った上着の上から腕をさすった。

 

 

「……で、始祖の力は今もあんたにあるの?」

 

「え?あぁー…多分それはないんじゃないかな。アウラちゃんってエレンに食われちゃったんでしょ?その段階で力は渡ってると思う」

 

「でもあんた、生き返ってるだろ」

 

「それは恒例のユミルの仕業だよ。私は何度だって蘇る、さながらヒーローのようにね」

 

「「悪魔」の間違いでしょ」

 

「あっ、熊?」

 

「……もういい」

 

 普段以上におふざけに磨きがかかっているアウラに、アニは頭を押さえた。真剣に話している自分がバカらしくなってくる。

 

 

「そもそも何でジークを助けるはずが、エレンに食われたんだよ」

 

「それはわからない。巨人化してた時の記憶ないし。ユミルが操作したんじゃないかな?」

 

「……それって、始祖をエレンに託させるのが、ユミル・フリッツの意思だったってこと?」

 

「アウラちゃんはあくまでジーク・イェーガーの前で、華々しい最期を飾れればそれでいいからね。何だかまた生き返ってしまっているわけですが」

 

「…じゃあ、何?待ってよ………始祖ユミルはエレンが「地ならし」を起こすのも、始祖ユミルは肯定してるってわけ?」

 

「そうかも」

 

「ッ……!!」

 

 アニはアウラの襟を掴み、木に叩きつける。

「地ならし」が始まって少しは驚いていいものだというのに、まったくアウラは取り乱していない。

 

 少なくとも、エレンがジークに取り込まれてしまったのだ。その時点でもっと取り乱しておかしくない。否、取り乱さない方がおかしい。

 

 

 まさか、と思う。

 

 アウラ・イェーガーはこうなることを、予め知っていたのではないのか?────と。

 

 まるでその疑問に答えるように、アウラは口を開く。

 

 

「ユミルの目的は知っている。彼女にとっての「主人公」がエレンで、「ヒロイン」がミカサ」

 

「……は?」

 

「彼女はずっと初代フリッツ王に縛られている、哀れな“奴隷”でしかない。王を愛し、そして王から愛されず彼女は“奴隷”のまま王を守って死んだ。それから“道”で彼女は孤独に、巨人を作るだけの存在となっている」

 

「ま、待って、何を…言って……」

 

「ユミルの民はね、そんな“奴隷”の子孫。何かに囚われ続けているのは同じ。現代のわれわれは「巨人」というものに縛られて、世界の悪意を向けられている。自由なんてない。自由になることなんてできない。ふふ、哀れな民だと思うでしょ?」

 

 瞳を細めて、アウラは笑う。

 

「あんたは、一体……」

 

 マーレでジークを除き一番彼女と接してきたアニは、目の前にいる女が別人に見えた。

 アウラ・イェーガーでは、ないような。しかし何が違うのか、ハッキリとわからない。

 

「ユミルは「愛」の束縛から逃れたい。だからこそ今起こっている「地ならし」も、その大詰めに起こっている出来事である」

 

「……じゃあ、世界は滅ぶの?私の、お父さんは………」

 

「このまま行けば、パラディ島以外は滅ぶね」

 

「………どうにか、してよ」

 

「どうにかって?」

 

「あんたがっ、どうにかしてよ……!!!」

 

 再度襟首をつかまれたアウラは、苦しげに息を詰める。

 アニは泣きそうになりながら、怒りと悲しみと、さまざまな感情でごちゃごちゃになった頭で、女の胸元に頭を押しつけた。

 

 その時また、ふふ、と息をこぼすような笑い声が聞こえた。

 

 

「………え」

 

 

 アニが見たのは、笑っているアウラ。

 

 心底嬉しそうに口角が上がっていて、目元からはぼたぼたと涙が溢れている。

 笑い声は次第に嗚咽が交じっていき、そのままアウラはうずくまってしまった。

 

「……何で、あんたが泣くのよ」

 

「お゛に゛いさま゛がじんでほじぐない゛ぃからぁ゛ぁ゛……!!!!!」

 

「汚い声出さないで」

 

美声(びぜい゛)でじょ゛う゛がぁ゛ぁ…!!」

 

「うるさい」

 

 美女の顔が鼻水と涙と、散々に汚れていく。

 その顔を見ていたアニはかえって冷静になっていき、息を吐いたところで顔を逸らす。

 

「……!」

 

 尚も続く巨人の騒々しい行進の音で意識が霧散してしまうが、人の気配を感じる。

 後方から感じたその場所は転々と木が立ち、草が生い茂っている。

 

 その場所をアニが睨みつけていれば、両手を上げて誰かが立ち上がった。片目を眼帯で覆った姿に、アウラもアニも目を見開く。

 

 その人物は頭に葉っぱをつけたまま、「いやぁ〜」と間伸びした声で話す。

 

 

 

「たまたま通りがかった時、声が聞こえたものでつい……ね?」

 

「………ハンジ・ゾエ…」

 

「こうして女型のあなたと会えたのも何かの縁なのかな?それに………アウラ・イェーガー、生きてたんだね」

 

「オッス!オラ、アウラ・イェーガーちゃん!」

 

「えっと……君ってそんな感じだったっけ?」

 

「ハンジ、私は元々こういう人間ですよ」

 

 訝しんだ表情のハンジは、アニヘと視線を向ける。

 アニは無言で首を縦に振り、肯定を示した。

 

「それよりいつからそこにいたんだ、あんた」

 

「えぇー……アニ、君が「あの、脳内クソ進撃野郎……ッ」って言ってたところからかな」

 

 ほとんど最初からだった。アニは余裕のなかった状態だとはいえ、人の気配に気づかなかった己に苦い表情を浮かべる。

 

 ハンジは笑っていた表情を消し目を細めながら、二人を見た。

 

 

「色々と聞きたいところではある。ユミル・フリッツの目的のところや、想像以上に始祖について、アウラ・イェーガーが情報を持っているところもね。始祖の件も驚いちゃったよ」

 

 

 アウラが巨人化した点については、本人の口から語られていたことゆえ謎が解けた。

 

 その上で、ユミルの深い情報まで知り得るアウラと始祖の関係が「寵愛」で済むものなのか、疑問なところである。

 

 まぁそれも、アウラに尋ねればよいだろう。話し合いができれば、の話だが。

 

 今のところ父を助けたいアニと、ジークを救いたいアウラ、そしてエレンを止めたいハンジたちの目的は一致している。これを利用しない手はない。

 

 

「どうかな?ここは一つ穏便に、話し合いと行かないかい?もう一人死に損ないを呼んできて」

 

「……死に損ない?」

 

 アニが眉を寄せたのに対し、何か察したアウラの表情に殺気が混じっていく。

 

「私たちは「地ならし」を止めたい。それはアニもアウラ、君も同じはずだ」

 

「あのクソチビが何をしたのか、お兄さまから聞いてる」

 

「………絶対リヴァイの前で「クソチビ」って言わないでね?」

 

「160cmの男」

 

「それもダメ」

 

 アニの方は少し悩んだ様子を見せたものの、ハンジの提案に乗るようだ。

 アウラはハンジに説得され、結局リヴァイ抜きでの話し合いに承諾した。

 

 


 

【オイオイオイ…】(1年E組!クサヴァーせんせーい!!)

 

 

 意識が遠くに沈んでいったリヴァイ。

 雷槍を受けた彼はいつの間にか、机と椅子が等間隔に並ぶ不思議な空間にいた。

 

「何だ、コレは…」

 

 顔を顰めている彼の隣で、一人の黒い軍服?のようなものをまとった男が、高く手を挙げる。

 その男が「クサヴァー先生」と呼ばれる人物に指され、立ち上がった。

 

「先生、教科書3026ページのこの部分について質問なのですが…」

 

「……エル、ヴィン…?」

 

 リヴァイに声をかけられた男、襟詰・スミスは目を丸くし、隣を見る。

 よく見ればエルヴィンの頭には、何か輪っかのようなものがある。

 

「ア゛…?」

 

 そして理解できない状況に無意識に頭をかこうとすれば、自分にも何か輪っかのようなものがついていた。頭とその間には何かつなげるものは付いておらず、宙に浮いている。

 

「おや、リヴァイ。君もクサヴァー先生の授業を受けにきたのか?」

 

「………?」

 

「ハハ、これが結構楽しいぞ」

 

 訳もわからぬまま、授業を受けることになったリヴァイ。後から気づいたが、見知った顔も複数いる。その誰もが死にそうな顔をしていた。

 

 1時間受けただけで頭の痛くなった彼はしかし、子どものように笑う男を見て拍子抜けしたような、でも悪くない気分を感じたのだった。

 しかし眠気には勝てず、だんだんと瞼が落ちてくる。

 

 

 

「まだお前は死ぬなよ、リヴァイ」

 

 

 

 最後にそんな言葉を、聴いた気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実に、美しい……(絶頂)

ここからイェーガー派討伐RTAが開催されます。物足りないって方はスマンネ…。


 兵士長を除いて、座り込む三人。

 

 アウラの方はアニの上着だけだったため、ハンジが身につけていた調査兵団のマントを渡した。

 自由の羽が刺繍されたその部分を、アウラはジッと見つめてから羽織る。

 

 壁の規模を考えて、今日中に巨人の進行が終わることはないだろう。

 

 その前に三人も疲労しており、話し合うと決めた以上、無為に争うことはしない。少なくとも、現状においては。

 

 

 

「まず聞きたいんだが…アウラ、君が始祖の力を手に入れたのは、時系列的にレイス家がグリシャ・イェーガーに襲われた時で間違いないね?」

 

「えぇ、その前後かはわかりませんけど、シガンシナ区で巨人に食い殺されて、数日後に目覚めた時にはすでに始祖の力があったと思います」

 

「食い、殺……??」

 

「ハンジ、これから私と話す場合は、頭を空っぽにされた方がいいですよ」

 

 ハンジはその言葉に一つ咳払いをして、「…わかった」と返す。

 

 

「…で、自分が始祖の力を持っているかもしれないと気づいたのはいつなんだ?」

 

「片鱗はありましたよ。王政の件で外が騒がしい時に、ロッド・レイスや彼の護衛だったケニー・アッカーマンと会いましてね。──あっ、その前に、ケニーとは組んでいたわけですが」

 

「………」

 

「その時彼に言われたんです、「目が王の証である」──と。その王とは、始祖を持つ人間を意味する。この言葉がきっかけで、私がその力を使えるのではないかと思った。けれど完全には使えなかったので、この時は「始祖ユミルから力を借りている」と解釈していました。始祖の力そのものを持っていると気づいたのは、今日のことですよ」

 

 巨人化して人間に戻った点を挙げて、度を越した変化が始祖を自分が持っていると、半ば確信を抱く理由になった──と話すアウラ。

 

 

「力って、どの程度の範囲で使えたんだい?」

 

「できても、他人の記憶をのぞくとかくらいですよ。人を巨人にするとか、ましてや「地ならし」を起こすとかはできません。それに一人の記憶をのぞくだけでも、精神がすり減ります。ねっ、アニたそ」

 

「…もしかして、君は記憶をのぞかれたのかい?アニ・レオンハート」

 

「あぁ、そうだよ。ついでにそこの変態は私の記憶の中の兄貴を見て、発情してたからね」

 

「………」

 

 ブラコン畜生女を見て、露骨に引いた顔を浮かべたハンジ。

 

 心外だ、とアウラは訴えた。

 しかし彼女が変態であることは誰も覆せない。世界の真理である。

 

 

「……それでユミル・フリッツの過去や、始祖の目的も知っていたんだね?」

 

「そうですよ。ジーク・イェーガーがエレンに取り込まれて、どうしよう、って状態ですけど」

 

「それは始祖ユミルが君の意思に反して、行動を起こしてる……って、ことかな?」

 

「…わかりませんよ。私は、彼女のことを何でも知っているわけじゃない」

 

「ではジークを助けたい、と思う気持ちはあるんだね?」

 

「それしかありませんよ。むしろお兄さまが助かるなら、全人類が滅んでも構わない」

 

「……そうか」

 

 ハンジが顔を下げた拍子に、ゴーグルが光を反射して、その奥の瞳が見えなくなる。

 

 三人の意思は各々の目標は違えど、「地ならし」を止めたいという点でおおむね一致している。

 

 しかしハンジの中で現在エレンを止める有効な手は、一つしか見出せていない。

 

 50mの大型巨人がかわいらしく見えるほどの、エレンの巨人体。

 たとえ超大型の力を使っても、物理的に倒すのは難しいように思える。

 どうやって接近するのか、という問題もあるが。

 

 

 そしてエレン本体を狙うのが難しいなら、ジークを狙う手もある。

 それが今のところハンジが考えている方法である。

 

 エレンがジークを取り込んだということはつまり、あの規格外の巨人が動くには、王家の血を継ぐ巨人が必要ということ。

 

 その元を探して倒せば、止まる可能性はある。引きずり出すのは囚われている以上、難しいだろう。

 

 だがこの手段を、アウラが認めるはずがない。

 

 現に、恐々とした感情をオモテに出さないようにしながらハンジが話せば、白銅色の瞳がドロついた。背筋が凍るような、容赦のない殺気がハンジに刺さる。

 

「……ハンジ、私言いましたよね?お兄さまが助かるなら、全人類が滅んでもいいって。お兄さまが死んだなら、全人類を滅ぼすくらいの気狂いを、私はきっと起こしますよ」

 

「できないだろ、君はただの人間だ。始祖の力を今、本当に持っていないなら」

 

「それぐらい狂う、と言っているだけです。実際に滅ぼせるとは思っていない。でも……でも、ジーク・イェーガーが死ぬことだけは許せない」

 

「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」

 

「………方法はあります」

 

「「え?」」

 

 アニと、ハンジの声が重なる。

 アウラは自分がユミルと話し合えば、止められる可能性が高いと語る。

 

 

「あの巨人に接触さえできれば、ユミルと話し合えるかもしれない」

 

「……君を、一緒に連れて行けってことかい?」

 

「絶対とは言えない。でも、可能性はゼロじゃない」

 

 ハンジは考えこんだ。確かにこれまでのユミルの寵愛の件を考えれば、可能性はあるかもしれない。

 

 だが、矛盾はある。

 

 始祖ユミルは今、アウラが愛してやまない兄を犠牲にするようにして、ユミルの目的とやらを成し遂げようとしている。

 ならばいくら「寵愛の子」と言えども、ユミルがその言葉に耳を貸すだろうか。

 

 しかし、アウラの提案以上の有効打も思いつかない。

 

 

「…わかった。君を連れて行こう。ただし、難しかったら私たちはジークを殺すことも吝かでない。無論、エレンを殺すことも」

 

「絶対、ユミルを説得します」

 

「頼むよ。…まぁその前に、色々と課題は残っているだろうがね」

 

 地ならしは続いている。

 そしてその内側では、マーレとパラディ島勢力の戦いが続いているのだろう。

 

 それを収めて────あるいは、その混乱に紛れてアルミンといったエレンの行動に反対を示す者を集め、裏で行動する。移動の頼りになるのはアズマビト家しかいない。

 

 ヒィズル国が「地ならし」のターゲットに入っているかは不明だが、エレンは壁外以外を踏みならす旨を話した。

 ならばキヨミの説得も、そこまで難しくはないだろう。

 

「……できればマーレを、こちら側に付けたいね」

 

「マガト隊長を?」

 

「アニがどうにか説得できないかな?」

 

「…向こうが戦っている中で難しいんじゃないの。流石にマーレ側が動けば、イェーガー派にもこっちの動きが勘付かれちまうと思うよ」

 

「そうだよねぇー…」

 

 やはり、最善は争いを収めた上で、行動することだろう。

 しかし「地ならし」が起こっている以上、そう長く時間はかけていられない。

 

「ひとまず我々が動くのは、この巨人たちが過ぎ去ってからだな…」

 

 アニに巨人化する力はもう残っていない。

 回復するにも時間を要するし、純粋に大型巨人の間を通るのは危険である。

 

 さらにエレンを止めるなら、なるべく戦力となる巨人化能力者は、体力を温存させなければならない。

 

 

「おなか、空いたなぁ…」

 

 

 ハンジとアニの視線が巨人の進行に向いている中で、空を仰ぎ見たアウラ。

 彼女がポツリとつぶやいた声は響く足音にまぎれ、二人に聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 シガンシナ区では変化が起き始めていた。

 

 時は壁が崩壊し、ガビたちがそれに巻き込まれた場面にまで遡る。

 

 

 瓦礫から咄嗟に子どもたちを守ろうとしたのは、コルトだった。しかし破片は三人を容易く潰せる大きさを誇る。

 もうダメか、そう思われた時。彼らを救ったのが《鎧の巨人》であった。

 

 しかしその鎧は、壁の硬質化が解かれたと同時に剥がれていた。ライナーは三人を守れたものの、本体に大きなケガを負うことになる。

 

 彼らはひとまず気を失った眠り姫(ライナー)が戦いに巻き込まれないよう、人気のない民家へと移した。

 

 比較的、コルトたちと近い場所にいたはずの女型については姿を消していた。

 混乱の中で彼女がどうなったのかわからずどうすべきか話し合った結果、マガトの元へ向かおう、という話になったのである。

 

 そして、戦士候補生三人が向かっていた中遭遇したのが、アルミンだった。

 屋根の上にいた彼が、下で敵に見つからないよう行動していた三人を見つけたのだ。

 

 

「動かないで!」

 

 

 銃口を向けるガビ。

 対し、武装し、雷槍を含めれば優位な立ち位置にいるはずのアルミンは手を挙げ、三人の元に降り立った。

 

「こんなことを言われて信じられないと思うけど、君たちと話がしたいんだ」

 

 青年の顔は、鬼気迫るものだった。

 

 さらに上でワイヤーの音が響き、ジャンやコニーなど、104期の面々が突如下に降りたアルミンを不審に思い駆けつけた。この時点でガビたちに勝ち目はないと言っていい。

 

 

「……話って、なんだ」

 

 ガビとファルコを背に隠し、コルトは一歩前に出た。ガビが驚いた表情を浮かべた中、手で銃口を下げさせる。

 争えば確実に命はないと判断しての、コルトの行動である。

 

「…ありがとう、話を聞いてくれて。ジャンたちも武器をしまってくれないか?」

 

 アルミンの頼みに仲間たちが戸惑う中、誰よりも先に武器を納めたのが、一歩遅れて到着したサシャである。

 その瞬間、サシャとガビの視線が交差した。

 

「アルミンの言うとおりにしましょう、ジャン、コニー」

 

 二人はサシャを視界に入れ、敵の三人を見た後、ブレードをしまい両手を挙げた。

 ずっと思いつめた表情を浮かべているミカサについても、武器をしまった。

 

 

 

「話っていうのはね────」

 

 

 そう言いアルミンが切り出したのは、エレンを止めたい、という内容だった。

 

 未だ104期生の中で、意見はまとまっていない。

 

 エレンを止めなければならない、と考えているのがアルミンで、ジャンは苦渋の判断ながらエレンの行動に賛成派でいる。

 対しコニーは迷っており、サシャも迷いながら、アルミンの意見に賛成の考えを強めていた。

 

 そしてミカサは、おそらく誰よりも悩み、苦しんでいる。

 

 

「僕らの方も、まだ意見が纏まっているわけじゃない。エレンはパラディ島の人間を救おうとしているけれど、そのために大量の人間が死ぬことは看過できない。決して、許されるべきものではない…!!」

 

「……それで、私たちにどうしろっていうの」

 

「協力…できないだろうか。僕らと、マーレ側で」

 

 まずはアルミンたちがマーレ側と組む。そして戦いの矛先を、イェーガー派に向ける。

 

 その後に味方につけるべきなのが、ピクシス司令。彼もまた、エレンの行動を容認しないだろう。

 ピクシスはヒトの命を天秤にかけられる男であるが、その天秤はいつも、より多くを助ける選択に向く。

 

 その天秤はこれまで、壁内人類を乗せてきた。

 

 だがエレンの行動で、その天秤の中に世界の人間も含まれることになった。

 必ずピクシスは自分の考えに賛同してくれると、アルミンには確信があった。

 

 だからこそ、まずはマーレ側から。

 

 

「今中央を仕切っているのはイェーガー派だ。彼らを押さえるには数が必要になる。その点、彼らが脅しに使っていたジークの脊髄液は、今効力がない」

 

「…なぜ言いきれるんだ?」

 

 コルトがアルミンに尋ねる。

 アルミンは瞳を伏せて、一つの考えを示した。

 

「そもそもジークはどうして“叫び”を使わなかったのか、って話になるんだ」

 

 使うタイミングはいくつもあった。

 エレンがヨロイと女型に追い込まれている時。あるいは、車力とマガトのコンビが放った攻撃が命中した後などだろうか。

 

 ともかくピンチの場面で使うべき“叫び”だったはず。そのためにも、脊髄液入りのワインが用意されていたはずなのだ。

 

 

「心情的に“叫び”を使えなかったのか。もしくは……使()()()()()()ができていたのか。わからないけれど、必要な場面がいくつもあったのに、結局ジークは叫ばなかった」

 

 ゆえにワインの脅しは、効力をなさないと考えた方がいいと、アルミンは言う。

 

 その上でピクシスとワインを飲まされた兵士たちを加えることができれば、イェーガー派を押さえ込める可能性は高まる。

 

 

「…あの、ちょっといいですか?」

 

「何かな?」

 

 

 恐る恐る、といった様子で手を挙げたのはファルコ。

 

 ガビがエレンを狙撃し、その銃撃の反動でひっくり返った少女をコルトが受け止めたその間に、少年はエレンの一部始終を目撃していた。

 

 ほんの一瞬の中の出来事。

 エレンの首から伸びた脊髄のようなものと、それがジークに絡みついたこと。

 

 そして、その事を知らされていなかったガビとコルトは、ファルコに詰め寄る。

 

「「何でそんな大切なこと教えなかった(のよ・んだ)!!」」

 

「いや、アレが何だったのか、ずっと考えてて…」

 

 白く、脊髄液のような、奇妙な物体。それが少年の心を引きつけ、離さなかったそうだ。

 

 

 

 ファルコの発言で、ジークの“叫び”の脅威は、今のところ発現しないとの考えが強まった。

 

 この間にガビがエレンを狙撃したこと(首を狙うつもりはなかったことを踏まえて)が明らかになり、ミカサがプッツンして同期全員がかりで取り押さえるなどしつつ、仮のアルミンたちと、戦士候補生たちの共同戦線が組まれることになった。

 

 スムーズにいったのは、斯様な場面でもっとも拒否反応を起こしうるガビがすんなりとOKしたからだろう。

 

 その理由に、アルミンたちの中にサシャがいたことが大きいのは言うまでもない。

 

 

 ちなみに義勇兵については、そこまでの脅威にはならない、と判断された。

 

 中心のイェレナはジークの計画がエレンに阻止された以上混乱しているはずであり、その時点で義勇兵の力は半減する。

 それだけイェレナが、恐ろしい人物の裏付けにもなっている。

 

 彼らは兵士であるが、立体機動を駆使するパラディ島の勢力と比べると、相性が悪い。

 仮に戦うことになっても、押さえることは簡単である。

 

 そのため脅威の度合いが、[イェーガー派>>>義勇兵]となっているのだ。

 

 

 そして、それから戦士候補生は説得も含め、マガトたちの元へ向かった。

 

 対しアルミンたちはピクシスの元へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

「表情が暗いけど……どうしたんだ、ガビ」

 

「…ううん、大丈夫だよ、ファルコ」

 

 

 104期生の面々と別れた後、少女は少し顔色を悪くした。

 

 ガビの中でよぎったのは、エレンに巻きついていた奇妙な人間らしき物体。

 

 アレが何なのか、わからずにいた。少なくともファルコやコルトに見えていれば、話に出たはずだ。

 しかし出ていないということは、あれは、あの不気味なものは、ガビにしか見えていなかったということになる。

 

「フゥー……」

 

 ゾワゾワとした感覚を断ち切るように、ガビは首を振った。

 

 どこか見覚えのある不気味な物体を、頭の外へ出そうと努めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 そして内部では戦士候補生の話を受け、マガトはアルミンたちに協力することを決める。

 

 また事情を聞いたピクシスも、頷いた。

 彼としてはマーレとこのまま戦い続け、仲間が死ぬことを憂慮していたこともある。

 

 

「なら、あの男も必要になるじゃろうな」

 

 

 すでに逃られる状態のはずだが姿の見えない男、キース・シャーディス。

 

 人には──それも仲間には、ブレードを抜かまいとしているに違いない。

 

 ピクシスはやれやれ、という風に頭を押さえる。

 訓練兵の安全を考え、あえて彼らをイェーガー派に付かせたのだろうとも、容易に想像できる。

 

 シャーディスの拳に傷がなかったことも踏まえ、雄弁なアルミンが事情を語れば、それだけでイェーガー派の一部を仲間にできるに違いない。

 

「しかし本当にエレンを止める気か、アルミン」

 

 ピクシスに尋ねられたアルミンは瞳を大きくさせ、唇を噛む。

 

 

「……一人で勝手に行くバカを止めるのが、幼なじみの役目ですよ」

 

 

 

 あぁ、とピクシスは息をこぼした。

 

 エレン・イェーガーは、この上ない友人を持ったに違いない。

 

 同時に彼はおっさんを逆さにして、その隠部に繋がるホースを元貴族の男の口に突っ込み、「美しい…」と絶頂する友人の姿を思い出した。

 

 

「いや、もっと友情に満ちた思い出もあったはずなんじゃが…」

 

 

 どうにも拷問しながら笑っている姿しか思い出せない。

 顔色を悪くしていくピクシスに、アルミンは心配の表情を見せた。

 

 

 今宵は、ザックレー(美の)星が見えるかもしれない。

 

 それは正直見たくないな、とピクシスは冷静に思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

んんんん(∞)

あと5話で最終回になります…。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
イェーガー派へのRTAが敢行されてる回です。


「地ならし」が始まってから一夜明けても、大型巨人の進行は続いていた。

 

 夜になってからはマーレ側が歩哨を立て一時戦闘を中止したことで、イェーガー派も戦闘の疲れを回復させるため、同様に歩哨を立て休息に入った。この間敵前逃亡を「否」とする流れも、イェーガー派の中にはあった。

 

 

 そしてイェーガー派に気づかれないよう動いた、マーレ側とアルミンたち。

 

 数名で密かに合流した彼らは作戦を組み、翌日の陽が上がって間もない頃、イェーガー派を取り押さえることに成功したのである。

 

 義勇兵については、一部以外は念のため拘束された。

 ジークの真の計画を知っていたイェレナについては、言わずもがな。

 

 また、彼女についてはエレンが向かう行き先を知っている可能性があるため、情報を吐かされている。これについてはイェーガー派も同じである。

 

 この際イェレナの尋問──否、拷問を行ったのは、マガトだった。

 

 

 

 そんな中、懸念視されたのは、エレンやイェーガー派を推す住民たちの声。

 

 しかし壁内でも壁の崩壊に巻き込まれ、少なくない被害が出ていると予想でき、エレンに不信を募らせている者も現れていると推測できる。

 

 どの道エレンを止めれば、世界の悪意がパラディ島に向く。さすれば混乱も当然起きる。

 要は、遅いか早いかの話だ。それでも彼らはエレン・イェーガーを止めようと動く。

 

 島の人間の命の代わりに、その外にいる種や生命が淘汰されることを、「否」として。

 

 

 ひとまず巨人の行進が止まるまでは、動くことができない。

 超大型を持つアルミンなら別かもしれないが、彼が巨人化すればシガンシナ区にいる人間を危険に晒す。

 

 そのあと動く場合、アルミンたちはアズマビト家の力を貸りる必要がある。

 

 彼らについては、エレンがユミルの民に告げた「壁内以外が地ならしによって踏みならされる」事実を告げれば、十分力を得られるだろう。

 

 ただし、硬質化が解かれたことによってライナーのヨロイ(ガビ談)も剥がれたり、バラバラに進むのではなく列を成して巨人が進んでいる点から、エレンの意思が反映されている可能性がある。

 

 そのため、パラディ島の味方であるヒィズルが地ならしの標的にそもそも入っていない可能性も考えられた。

 

 

 

 

 

 

 

「…ミカサ?」

 

 各々が一時の休息を取っている中、ノックの音とともに、アルミンの声が響く。

 返事がないため彼が部屋の中に入れば、部屋の隅でうずくまっているミカサの姿が目に入った。ミカサは赤いマフラーに顔を埋めている。

 

「パン……持ってきたんだ。何か食べないと、体が保たないよ」

 

「………」

 

「…マフラー、付けたんだね」

 

 その言葉に、ミカサが少し顔を上げる。

 彼女の隣に座ったアルミンは、半分パンをちぎり、ミカサの手に握らせた。

 

「マフラー…ルイーゼが付けてた」

 

「ルイーゼが?」

 

 ルイーゼとは、四年前トロスト区の壁が壊された時、ミカサが助けた少女の名前である。

 

 彼女に憧れ調査兵団に入った少女はしかし、イェーガー派の一員となる。

 どのような心境の変遷があり一派に加わったのか、ミカサにはわからない。そこまで興味がないと言ってしまえば薄情になってしまうが。

 

 でも、事実なのだ。

 

 彼女の中の世界は両親が死んでからエレンでできていて、その中にいつの間にかアルミンやイェーガー夫妻、104期生など、エレンを押しやって彼女の中に入ってきた。

 

 それが心地いいと思うミカサは、精神的に大きく成長している。

 

 

 それでもエレン・イェーガーに依存しているのは、変わっていない。

 

 エレンがどのような感情を抱いているのか、彼女はわからずにいる。

 少なくともミカサは彼のことが好きだ。家族として、異性として。

 

 エレンも自分のことを好いていてくれれば、嬉しいと思う。

 

 向こうがキスをしようと顔を近づけてきた経験があるにも関わらず、自信を持って「エレンは私のことが好き」と言えないのは、ひとえにミカサの精神性のせいである。ちゅーと、好きの回路が繋がっていない。これを繋げるにはお互い言葉として、「愛」を表現する必要がある。

 

 

 少し話は逸れたが、件のルイーゼは、今回の戦いで雷槍の破片が腹に当たり、もう長くは生きられない状態となった。

 

 ルイーゼがマフラーを持っていた経緯については、マーレの襲撃が起こる前に、エレンが彼女にマフラーを捨てるよう頼んだ。

 そしてその持ち主が恩人のミカサのものであったこともあり、捨てられずに身につけていた結果、マフラーがミカサの元に戻ってきたのである。

 

 ちばみにミカサがマフラーを持っていなかったのは、イェーガー派に捕らえられた後に、武器と共に取られたからだった。

 

 

「…エレンはこのマフラーを、捨てようとしていた」

 

 

 その内容が、ミカサとアルミンに突き放すようなマネをした、エレンの姿と重なる。

 

 アルミンの言うとおり、エレンがジークに従うフリをしていたのは確かだ。

 その理由は仲間を、ひいてはパラディ島を守るためである。

 

 その気持ちは嬉しい。けれどその過程で多くの人間が死ぬことは、あってはならない。

 

「私たちを拒絶しなくても、よかったはず。でもエレンは言った。私のことが「大きらい」だ……って………」

 

「……ミカサ」

 

「私は、私はエレンのことが好き……でも、でもっ……」

 

 ミカサはまた顔を埋め、肩を小さく震わす。

 

 

「…エレンはきっと、僕たちをわざと遠ざけたんだよ」

 

「………」

 

「言っておくけど、ミカサ。僕だけじゃなくて104期生のみんなも、二人が互いを想い合ってるって気づいてるからね。もちろんこれは“ライク”じゃなくて、“ラブ”の方だよ」

 

「……え?」

 

「マーレの難民キャンプの場所で、二人がキスしそうになってたのも知ってるからね」

 

「えっ……!?」

 

「二人が居なくなったから探して、そしたらスリをした子どもについて行く姿を発見してね。その後をみんなでコッソリ追ったら……ね?」

 

「……ッ、〜〜!!」

 

「そういうわけだよ。ミカサが違うと思っていても、側から見た10人中10人、キミらを恋人同士って思うよ」

 

 イイ雰囲気になった二人を目の当たりににし、一人のイケメンが血涙を流しながら沈んだ地平線に駆けていきそうになったが、それはまた別の話である。

 

 アルミンはトドメに、テントで二人が手をつないでいた件を話そうと思った。

 ただミカサは顔を真っ赤にして呆けてしまっている。これ以上追い詰めれば、倒れてしまうかもしれない。

 

 しかし彼は話した。ゲス顔で。

 

 

「……………」

 

 

 ハニワのようになったミカサは、ズシャリと横に倒れる。

 アルミンが「多分テントのやつに気づいたのは僕だけだよ」と言うが、今のミカサには何の慰みにもならない。

 

「…ねぇ、ミカサ。ここまできて、エレンが本当にキミのことを嫌いだと思うかい?」

 

「……ううん」

 

「その言葉が聞けてよかったよ」

 

 アルミンはミカサを引っ張り起こし、二人並んでもそもそとパンをかじる。

 ここにいるべきはずのもう一人は、いない。その無視できない居心地の悪さを、二人は感じている。

 

 

「…アルミン、エレンはどうして、私たちを遠ざけるようなマネをしたんだろう」

 

「……これは、僕の憶測でしかないよ」

 

 大切に思うからこそ、突き放したのではないのか、と。

 エレンの言葉の一部にその真意が出ていたと、彼は言う。

 

「アッカーマン家の性質について、エレンは語っていたでしょ?一人の主君に云々……って」

 

「…うん」

 

「その性質の真偽についてはさておいて、ミカサは実際エレンに依存している。それを見越しての発言だったんじゃないかな」

 

 エレンもアルミンも、寿命が限られている。特にエレンはあと四年の命である。

 

 それだけでなく「地ならし」を行った後、エレンは止めようとする勢力は現れる。

 それにミカサを巻き込みたくなかったのかもしれない。

 仮に地ならしを終えても、壁内に反イェーガー派を掲げる人間も現れるはずである。

 

 

「もしくは……止めて欲しいのかもね」

 

「止めて…ほしい?」

 

「わからないけど、エレンは少なくとも「もうこの方法しかない」と思って、その上で地ならしを行ったんだ。僕がもし同じ状況に追い込まれて、そして命を冒涜する行為を行わざるを得なくなったなら、救いを求める」

 

「……それが、私たちってこと?」

 

「わからない。わからないんだ………でも、僕はそう信じたい。エレンが心のどこかで、僕らに止めて欲しいと、願ってるって」

 

 残ったパンを口に詰め込んだアルミンは、持っていた水筒の水を胃に流し込んで立ち上がると、背筋を伸ばし、右手を心臓に当てる。そして、ミカサに向き直った。

 

 

「4年前にトロスト区襲撃が起こった時、エレンは僕をかばって巨人に食われた。そのあと腑抜けになった僕をミカサ、キミが立たせてくれた。戦意を失ったみんなに刃を掲げて、己の力を示した。ミカサは強い。それは、間違いない」

 

「………」

 

「でもキミは人間だ。僕も人間だ。そしてエレンだって……人間だ」

 

 強さばかりじゃない。弱さも持ち合わせるこそ人間なのだ。

 

 だからこそアルミンは戦う。仲間のために、壁外の人間のために、そしてエレンのために。

 

 

「僕たちといっしょにエレンを止めてくれ、ミカサ。あのバカを止めるには、絶対にキミが必要だ」

 

 

 差し伸ばされた、アルミンの手。

 

 それを見つめていたミカサはパンを口に詰め込み、アルミンから水筒を引ったくる。咽せるのも構わず胃に水を流し込みと、アルミンの手を握った。

 

 その漆黒の瞳はまっすぐな意志を伴い、彼女に剣を握らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 シガンシナ区側ではエレン阻止に向け、メンバーが決まっていった。

 

 メンバーはまず、巨人化能力者は参加必須である。

 

 その他については、一歩間違えればエレンを阻止しようと動く彼らがパラディ島にとっての「反逆者」となり得るため、メンバーの人選も言い方としては変だが、()()()()()()()()()()()()()()────に、限られた。

 

 

 そして、一夜経ってぐっすり寝ていたナイスガイも話し合いに加わり、本当にどうしようもない男にジャンの「んんんん」が決まった。マルコの死の真相をジャンが知ったためである。

 

 マルコを殺した巨人を、怒りに任せて殺した兵士ライナー。

 

 対し、マルコを巨人に食い殺させたのが戦士ライナー。

 

 

 一回聞いただけでは意味がわからないが、これが事実なのだから本当にどうしようもない。

 

 過呼吸ぎみに「俺を許さないでくれ…」と語った彼の望みは叶っただろう。

 どんな形であれ、ジャンがマルコのことについて、戦士たちを許すことはないのだから。

 

 それとはまた別で、共同戦線を行うメンバーとして歩み寄りを見せたものの。

 

 

 

 して、巨人化能力者の他に、104期生の面々も参加。

 

 戦士候補生については、生き残ったマーレ兵同様、ピクシスにより安全を保障された上でパラディ島に留まることになった。

 

 マーレ人にとっては複雑な心境だが、彼らが「悪魔の民」と称するこの場所が、皮肉にも今世界で一番安全な場所なのだ。マガトの判断に否定する者はいなかった。

 

 またマガトも参加し、オニャンコポンも自らの意志で参加を選んだ。

 

 対しハンジと兵長についてはフロックの証言で、生存が望み薄とされている。特に雷槍を受けたリヴァイに関しては。

 エレンの目的地については結局、イェレナもフロックも吐かなかった。

 

 さらにアニが混乱のどさくさに紛れて行方をくらませたため、マガトらは彼女への不審も強めていた。

 

 

 

 そしてようやく、巨人の足音が止んだ頃。

 

 被害の状況確認やガレキの撤去作業に向けて、シガンシナ区に集められていた憲兵や駐屯兵団が、目まぐるしく働く中。

 

 ハンジたちが、アルミンたちに合流する。

 ちょうど彼らがキヨミがいる港へ向かうべく、列車の準備をしていた時だった。

 

 

 イェーガー派がすでに全員取り押さえられていた事実を知り、驚いたハンジたち。さらにその中にしれっと混ざっているアニ&アウラ。

 

 ちなみにフロックから、アウラ・イェーガーにジークの脊髄液を飲ませた件や、ジークの“叫び”に反応して(?)彼女が巨人化したのち、腹から兄を生み出してうなじから出てきたこと。

 また、シガンシナ区に現れたガイコツの巨人=アウラであることは、語られている。

 

 

 ということは、エレンが姉を食い殺したことに他ならない。

 

 この情報についてはアルミンやピクシスに、フロックを尋問した兵士など、ごく一部の者しか知らなかった。

 

 事前に事情を知っていたアルミンとしては、本当にわけがわからない。

 しかしそれ以上にアニを前にして、彼は心臓を抑えるハメになった。

 

 

 互いに情報交換が必要となり、一同がアウラが語る内容に衝撃を受ける中。

 

 アニを見つめ、もじもじとするアルミンにアニが煩わしそうにしつつ、話が進む。

 

 そして参加する巨人化能力者の中にアルミンが入っていたことで、アニは消去法で彼が超大型を継承していることに気づいてしまった。

 

 

 

 本日二回目の、「んんんん」が起こった。

 

 

 ライナーの時以上の暴力がアルミンを襲う。

 血で溺れかけ、息ができず、理性を失ったアニを止めようとジャンやコニーが動いて、吹っ飛ばされる始末。

 

 最終的にミカサが動き止めることができたが、一歩間違えればアルミンは死んでいた。いや、むしろ死ななかったのが奇跡というほどである。

 

 激昂するアニ・レオンハートをしかし、誰も咎めることはできなかった。

 

 誰もきっと、見たことがなかった。それこそ付き合いの長いライナーやピーク、マガトでさえ。

 

 

 そこにあったのは、ミカサに羽交締めにされ、涙を流すひとりの女の姿。

 

 

 アルミンは「…ごめん」とつぶやいた。

 

 その姿さえアニには、ベルトルトと重なって見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



ナイスガイの括約筋。

個人的なネタバレ基準がアニメとして、それに該当する部分がチラホラ出てくるので、苦手な方はご注意ください。


 日もまだ高い中、おおむねの準備が整い走り出した列車。

 ここから港までしばしの旅路である。

 

 敵と味方が入り交じる奇妙な相席だった。

 当然と言えば当然だが、みな口数が少なく中には疲れのせいで船を漕いでいる者や、持ってきた食料を口に入れたまま大の字で眠っている猛者もいる。

 

 その中に、隅で空を仰いでいる女がいた。

 

 アウラ・イェーガー、残念ブラコン美女である。

 

 

 アニの件に内心ニコニコしているこの畜生女もまた、作戦に参加する流れとなった。

 

 ユミルの「寵愛」を受けし女。彼女が語った始祖の本当の保有者や、ユミル・フリッツの目的は全員を驚愕させた。

 

 マーレ側からすれば、目と鼻の先に目的の人間がいたことになる。

 この際アニがアウラと組んでいたことも、明らかになっている。

 

 しかしてアウラ本人が彼女を利用したことを強調して告げたため、アニへの批判的な視線は少なかった。

 

 また、マガトが疑問に思っていたヴィリー・タイバーの件。それについてもアウラは語った。

 

 歴史の転換点になる場面で現れた、始祖ユミルと王家の血を継ぐ女。

 これをひとつの“()()”としてヴィリーは受け取ったのだろうと、マガトは推察した。

 

 だからこその、『神は罪深きエルディア人(われわれ)をどう思っているのだろう』という発言だったのだろう、と。

 

 

 無論アウラが作戦に参加するに至って、難色を示した者もいる。

 

 そもそも、多くの人間を騙してきた女の発言を信用することができない。

 

 しかしユミルの「寵愛」という事実はホンモノであり、気になる矛盾を除いても彼女がユミルを説得すれば始祖を止められる可能性は十分にあった。

 そして、アウラがエレンたちを止める理由もある。

 

 ──────ジークを助ける。

 

 その一点のみを鑑みれば、これ以上に彼女を信頼できる理由があるだろうか。

 逆に言えば、それしか難色を示すメンバーを説得できる理由がなかったのだが。

 

 この説得を行ったのはやはりというか、アルミンだった。

 エレン・イェーガーを止めるべく、短期間の間に彼はもやしのような成長速度で育っている。

 

 

 

 

 

 

 

「何を見ているんだい?」

 

 

 体育座りをし、縁に頭を乗せて上を見ていたアウラ。

 彼女の隣に腰かけたのはハンジだった。

 

「思い返せば君ってさ、よく空を眺めていることが多かったよね。壁外調査中なんかもさ」

 

「……ずいぶんフレンドリーに、話されるんですね」

 

「なに、もうムカムカしていた分は殴ったからさ。何なら着くまで巨人につい「嫌です」…………」

 

 しかめっ面を隠さず、「NO」とアウラは告げる。

 

 頬をかいたハンジは複雑な心境ながら、今は不思議と懐かしさの方が勝っていた。

 なぜだか考えて、彼女の服を見て、あぁ、と独りごちる。

 

 アウラが着ている服。急きょ用意された末に彼女が着たのが、調査兵団の服。

 新式のそれに袖を通した姿に、仲間だった頃のことを思い出してしまったのだろう。

 

 

 片や副分隊長で、片や分隊長。

 

 それが今や、パラディ島とマーレの裏切り者と、調査兵団団長。

 

 しかしその距離感は、変わっていないように思えた。少なくともハンジは遠ざけていたが、アウラは変わっていない。だからこそハンジはその距離を縮めてみようと思ったのだ。

 

 知りたいこともまだ、あったため。

 

 

「これまでのことをすべて水に流そうとは思わない。けれどその上で私は、今の君と話がしたい」

 

「巨人の話はしませんからね」

 

「わ、わかったって」

 

 どうやら相当アウラ・イェーガーにとって、ハンジとの楽しい(語弊)巨人トークはトラウマを残すものだったようだ。

 畜生女の顔色が若干悪くなっている。ゾエは悲しんだ。

 

 

 

「まぁ、質問になってしまうのだけれど、君は四年前の《獣の巨人》が威力偵察に来たとき、右足を食われたそうじゃないか。始祖ユミルなら、普通止めそうだと思ったんだけど」

 

 

 それにアウラは「個人の推測である」と前置きして、ユミルが初代フリッツ王の奴隷だったことを挙げ、似たような構図がジークにも起こっていたのだろう、と語る。

 

 要約すればジークが命令を下した巨人に、ユミルが介入できなかった──というもの。

 

 なるほどねぇ、とハンジはつぶやいた。

 

 

「というか、ミケ・ザカリアスはいないんですね」

 

「ミケかい?彼については参加する話もあったが、妻がいるからね。死ぬ可能性の高い旅路に、巻き込むわけにはいかないからって、私たちが合流する前に参加させないことになったみたいだよ。その代わりとして団長の私が抜けるから、その間に代理団長として調査兵団の指揮を頼んだ」

 

「ツマ………?」

 

「あれ、知らなかったかい?……いや、知らないか。結婚したんだよ、ナナバと」

 

「……………え゛っ!!?」

 

「子どももいるよ」

 

「ふえぇ………」

 

 驚いたまま固まったアウラ。

 ミケ本人から衝撃の事実を聞かされた時のハンジと、同じリアクションをしている。

 

 

「それと、ヒストリア・レイスを助けた件だ。あの場面については、君の利点になることは一切なかったように思える」

 

「……似ていたからですよ」

 

「ジーク・イェーガーと?」

 

「私の思考回路がすべてお兄さまに直結すると思うなよ」

 

「じゃあ空を見るのは?」

 

「お兄さまを感じるからです」

 

「………」

 

 ハンジの胡乱な視線を無視し、アウラは話す。

 

 彼女曰く、意識が朦朧としていたこともあり、ヒストリアをユミルと勘違いしたそうだ。

 それならばまだ納得が行くのかもしれない。ハンジはユミル・フリッツを見たことがないため、比較できないが。

 

 

「では、サシャ・ブラウスを助けたのは、なぜだい?」

 

 

 ゴーグルを付けた顔が近づく。まるで逸らすことを許さないというように。

 白銅色の瞼がゆっくりと瞬いて、ハァ、と息をこぼした。

 

「撃たれて、それで、お兄さまのすぐそばで死のうとしたからですよ」

 

「本当かい?」

 

「えぇ」

 

「じゃあ君は首尾一貫として、これまでずっとジーク・イェーガーのために生きてきて、他の人間には見向きもしなかったってことかい?私たちのことをなんとも思っていなかったと?」

 

「…さぁ」

 

「はぐらかすな」

 

「……あなたやっぱり、まだ根に持っているじゃないか。私が裏切ったこと」

 

 

 ハンジは口を噤み、距離を離す。

 

 例えばフロックの言っていた通り、アウラがジーク・イェーガー以外に何の感情も抱かない人間であったのなら、彼女も線引きできただろう。

 

 だが共に過ごした期間が長いからこそ、うまく否定することができない。

 

 いつものようにキッパリと、切り捨てることができない。情けない話だった。

 エルヴィンであれば、自身の感情ひとつ、強靭な精神力をもってして抑えることができただろう。

 

 

「正直に言ってあげましょうか?気持ち悪くなると思いますけど」

 

「…あぁ」

 

「友人と思っていましたよ、一応。その上であなたや仲間、そしてエレンを切り捨てた美女がこの私、アウラ・イェーガーちゃんです」

 

「………」

 

 一応、友人だったのか。それに自分を美女と形容する美女がいるのか。

 

「あのがめつい少女を助けたのは、助けたいと思ったから。それだけですよ」

 

「………それ、サシャ本人には絶対言ってないだろ?」

 

「言いませんよ。言いたいなら勝手にあなたが言ってください」

 

 もういいですか?──と、アウラはまた顔を上げる。

 

「最後にもう一つだけ、いいかな」

 

「…まだ何か?

 

「ウォール・マリア奪還作戦のとき、私と目が合っただろう?何をその時思ったんだい、君は」

 

「そうですね…」

 

 白銅色の瞳はぼんやりと、どこか遠くを捉えている。

 

 

「あなたが片っぽになった瞳で私を見ている事実が、嬉しくて、さみしかったですよ」

 

 

 そう言い、アウラは自嘲げに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 港へと到着した一行。

 

 キヨミの協力を得られたものの、沖では大量の蒸気が上がっていた。巨人の熱が海水を蒸発させているせいである。

 

 また飛行船の整備には半日かかるとし、その進行速度から「地ならし」によりすべての大陸は踏み潰されるまで、4日程度しかかからないとされた。

 

 時刻は夕暮れを間近としており、そこから夜を跨いで急ピッチで用意したとして、朝になってしまうだろう。

 つまり地ならし開始から3日目の朝となる。

 

 さらに準備ができ、観測できる巨人の進行方向の先を割り出した上で言えることは、彼らがマーレ大陸に向かった頃にはすでに、巨人が上陸しているだろう、ということ。

 

 巨人が向かう先はパラディ島から南西。

 マーレに巨人がたどり着いた場合最初に被害を受けるのは、北東部である。

 

 

 マーレ────特に戦士らは、沈黙した。

 

 大陸の北東部には、レベリオ区もある。突きつけられた現実は、「今向かったところで、家族は死んでいるだろう」というもの。

 

 

「…それでも、俺は行く」

 

 ライナーが言う。

 

 

 その言葉に「私も」と、ピークが続いた。

 マガトは険しい表情ながら、戦士たちの顔を順々に見つめた。男が最後に視界に入れたのは、アニ。

 

 アルミンの顔だけでなく、腕や足、腹まで蹴りつけていた彼女。その後は一人、ずっと思いつめた様子で黙ったままだった。

 

 アニを幼少期から見てきたマガトは、肉親を救えないと知った彼女が、戦いに不参加を示す可能性を考えていた。

 彼女は誰よりも肉体的戦闘に長け、その手や足で人間を壊し、殺してきた。

 

 だからこそ戦士の誰より戦いに辟易としていることは、隊長たる男もわかっていた。しかし戦士が戦争への出兵を拒もうものなら、戦士候補生に食われるだけ。

 

 しかし今は彼女が拒んでも、それを理由に彼女を殺すことはない。

 

 

「……私も、行くよ」

 

 アニは言った。それを聞いた瞬間、戦士やマガトが目を見開く。三人が三人、予想外の返答だったのだ。

 

 

「何、面食らった顔してんだい。私が参加しないとでも思ったわけ?エレン(あの野郎)をこの手で嬲るまでは、私も止まらないから」

 

 殴るではなく、嬲る。その違いに彼女の殺意が透けて見えた。

 マーレ側が思い描いた、アニの反応との差異。

 

 それが引き起こされた原因がアウラかもしれないと行き着くのは、そう難しいことではなかった。少なくともアニは父親を引き合いに出して、脅されている。

 

 四年前から精神的に暴力性が増していたのも、これが所以なのかもしれない。

 

 

「………」

 

 ライナーは無意識に、ケツを押さえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半シンの母体

半身✖︎半神、略してハンターハンター。どがじぜんぜぇぇ…(禁断症状)


 夜も更けてきた中、港で話し合われたのはエレン・イェーガーがマーレに上陸した際、最初に狙う場所についてである。

 

 イェレナもエレンの腹心と思われるフロックも、ついぞ情報を吐くことはなかった。

 爪を剥がされようが腕を折られようが、決して話さない。

 

 リヴァイ論で言う、拷問を受けて爪一枚剥がされても情報を吐かないヤツは、二枚三枚剥いでも同じ、といったところだろう。

 

 

 予想として、まず最初にねらわれると考えられるのは、マーレの北部にある「カリフア軍港」。

 

 そこにはマーレ組の情報によると、世界連合艦隊が集まる場所であるという。

 地図から見てその軍港がある場所は、巨人が進んでいる方角と一致している。

 

 また他に攻撃目標となる場所がないか、ないならそのままマーレ国が踏み鳴らされ、陸続きの中東に被害が出るのか──など議論される。

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 と、手を出し、話を一旦止めたのはピーク。

 

 

 彼女が目に付けたのは、マーレ大陸の南にある砦、「スラトア要塞」。

 この場所は飛行艇の研究基地が存在する。

 

 エレン・イェーガーはパラディ島以外の人間を全員駆逐しようとしている。

 そうなった場合、彼が手出しできない物がある。それが空に逃げた人間だ。

 

 世界連合軍を倒しても、そのスラトア要塞に兵を集め、空から攻撃をしかけてくる可能性もある。

 

 以上を踏まえ、スラトア要塞がカリフア軍港に次ぐ、第二の攻撃目標となり得るかもしれないとピークは結論づけた。

 

 

「エレン・イェーガーの進行経路としては、ここから北西に向かって第一攻撃目標へ。その次に大陸と海をまたいでやや南西よりの南に進み、第二攻撃目標に到達すると考えられます」

 

 

 時間を考慮した場合カリフア軍港には間に合わないと考えられるため、彼らが向かうのはスラトア要塞。

 そこにエレンが到達するまでには、先回りすることができる。

 

 

「アウラ・イェーガー」

 

「何でしょうか」

 

 卓に置かれた地図を囲んでいる人々。

 ランプの光が部屋をゆらゆらと照らす中で、ピークはアウラに問いかける。

 

「この際余計な疑惑は捨て去った上で、あなたをエレン・イェーガーに接触させるとしましょう。して、具体的にその“接触”とは、物理的にあの巨大な巨人に触れたことを「接触」と言っていいんですか?」

 

「えぇ、触れれば何かしらアクションは起きると思います」

 

「確信を持って言えるのは、なぜですか?」

 

 その疑問を他の人間も抱いていたようで、無数の目がアウラに向く。

 視線の中心の女はジッと、地図を見つめた。

 

 

「信じてもらえないと思いますけど、よろしいですか?」

 

 

 そう言いアウラは、みながなぜアウラ・イェーガーが始祖ユミルの「寵愛」を受けているのか、疑問に思っているだろうと前振りする。

 

 実際に、王家の人間であるから、では済まない度を越したその「寵愛」に、コニーとサシャ(ツーバカ)を除いた者が首を傾げている。

 

 その疑問を含めてアウラは、答えるという。

 

 

 

「“前世”──────と、言えばいいのでしょうか」

 

 

 

 その記憶自体は最初から思い出していたものではないとして、彼女は語る。

 

 

 ユミルと『×××××』。

 

 双子だった二人は当時…と言っても恐ろしく古い時代だが、民族浄化を行うエルディア人によって両親が殺され、奴隷にされた。

 

 そして自由を求めていたユミルと共に『×××××』も逃げたものの、追ってきた人間によりアウラの方が先に死んでしまった。

 

 ここまでが、『×××××』の記憶。

 

 

 その中に内包されている『×××××』の欠陥した異常性や、ユミルが『×××××』を嫌っていた真実は伏せられた。

 

 前世であるからと、完全には覚えていないという体でアウラは端的に話した。

 

 かいつまんで語ったそれは事実だが、例えるなら物の表面を説明しただけで、肝心の中身については触れていない。

 

 アウラやユミルがお互いをどう思っていたか話されていない彼らは、「()()()()()()()()」「()()()()()()()()()」と、まるで物語の文章の問題で、該当する人物の行動や様子からその人間の気持ちを読み取れ────と言わんばかりのアウラの語りに、「二人はお互いにとって唯一無二の存在であった」というような印象を植え付けられたのである。

 

 それそもユミルとアウラの関係性を知るのは、その二人だけである。

 

 ユミル・フリッツの過去について、歴史に残っているわけでもない。

 伝えられた彼らがそれを“真実”として認識してしまえば、それが正しいということになる。

 

 

 この場でアウラの話に誰よりも先に、「誘導された真実」に納得したのがアニだった。

 

 彼女はこの中で唯一ユミルと“座標”で会った人物であり、少女の容姿がアウラとそっくりであることを知っている。

 

「あっ」と声を漏らした彼女にみなの視線が向き、しまった、と言わんばかりにアニは口を押さえた。

 

 そもそも彼女はユミルを見たことがあることを、誰にも話していなかった。

(それを言ったら、レベリオ区でユミルを見たことも黙っていたのだが)

 

 

 そしてアニの証言を受け、アウラの話は信憑性の高いものとして確立し、信じられることになる。

 

 なにせ双子は容姿が似る。一卵性ならば尚更。

 

 自由になりたかったユミルの望みは今、エレンに託されているのだろう。

 そして少女を「愛」の呪縛から解き放つ存在こそ、“ヒロイン”のミカサであるのだ。

 

 しかしなぜアウラが再び転生したかについては、疑問が残る。

 

 そもそも『×××××』が生まれ変わったとして、かつての容姿とそっくりな赤子として生まれたのは、あまりにも出来すぎた話ではないだろうか、と。

 

 それについてはアウラ本人も、「わからない」と答えた。

 

 

 

 

 

「とりあえず接触させるなら、上から落とすのがベストと思うんですけど、どうでしょう」

 

 ピークは用意した白紙の紙に巨人や飛行船の図を描いて、矢印を書き足す。

 わかりやすく、かつ中々上手い絵を見たハンジは、無言でアウラを見た。

 

「何ですか、その目は」

 

「いやぁ………何でもないよ」

 

 落とす場合──いや、落ちる場合は飛行船の高度を落とし、立体機動を駆使すればエレンの元へ到着することも可能である。

 

 目標の始祖は規格外の大きさのため、その上に乗ること自体は造作ない。

 鎧や女型と比べても、明確な差があるだろう。

 

 

「わかっちゃいると思うが、テメェが無理なら俺がジークを殺す」

 

 

 皆の一歩後ろで、椅子に座りながら話を聞いていたリヴァイ。

 

 三白眼の瞳と、白銅色の瞳が交差する。アウラの方は瞳孔が完全に開ききっているが、一瞬顔を兵長に向けたのみで、すぐに視線を地図に戻した。

 

 この二人、行動を共にしてからこれまで一度も会話を交わしていなかった。

 

 アウラ・イェーガーがユミルを説得できないなら、ジークを殺してエレンを止めることも念頭に置かれている。

 それを誰より()る♂気でいるのが、リヴァイ・アッカーマンである。

 

 重体であったにも関わらずこの男、驚異的な回復力をみせ、他人の手を借りてではあるが歩けるようにまでなった。

 

 右手の人差し指と薬指を失ってもなお、ブレードを震わせながら握るほど残っている、ジーク(エモノ)への執着心。

 

 リヴァイを残す話も出たが、頑として彼は拒んだ。

 

 エルヴィン・スミスに託された()()を見届けるまでは、戦い続けなければならない。

 たとえそれで四肢をすべて失ったとしても、である。

 

 

「私が絶対にユミルを説得するので、兵士長の出番はないでしょう」

 

「お前の言葉は甚だ信じられねェがな」

 

「だまれこの、チッ、もごっ」

 

「はいはい、イイ子にしましょーね、アウラちゃん」

 

 もごご、と不満たらたらな唸り声が上がる。

 アウラの口を押さえたハンジは、気にせず話を続けるよう言った。

 

 

 

 それから燃料についてはスラトア要塞まで保たないと判断され、キヨミの発案によってアズマビトが所有する格納庫へ一度寄ることに決まった。

 

 場所はここから南にある、マーレ海岸都市オディハ。そこで燃料を補給して、スラトア要塞に向かう。

 

 時間的にオディハに向かうまでにエレンの侵攻が迫るかもしれないが、致し方ない。

 

 そしてアウラ・イェーガーの説得が失敗した場合は、ジークを探し出して殺害。

 もしくは頭部部分にいるであろうエレンを、アルミンの《超大型巨人》を使い吹き飛ばす。そのような方法が考えられた。

 

 しかしアルミンとしては、大型巨人の力を使うのは最終手段で、その前にエレンとの対話を望みたかった。

 

 だがアウラもアルミンも、実際に対話ができるかわからない。

 

 それでもアルミンは、胸中にある一つの考えを信じて突き進む。

 

 

「エレンが止めて欲しいと願う気持ちがあるのかどうか、何で勝手に一人で行動を起こしてしまったのか、聞かなくちゃいけないことがたくさんある。ミカサやジャンたちも、そうだろう?」

 

 104期生のメンバーは、静かに首を縦に振る。

 

 

 また、エレンが内心止めてほしい────と願っているかもしれない裏付けとして、始祖を掌握したエレンが、他の巨人化能力者の力を奪っていない例が挙げられた。

 

 始祖は文字通り、何でも可能とする。それこそ九つの巨人の継承者が巨人化できないよう、手を回すこともできるはずなのだ。

 

 しかしエレンが巨人化した後起こったのは、ライナーのヨロイが剥がれたことのみ。

 

 現状の行き過ぎた被害を踏まえれば、元々の計画にあった50年はおろか、さらに長期間パラディ島へ害をなそうとする人間は現れなくなるだろう。

 

 

 まだ、()()()()()()()()()、きっと。

 

 そして止めることができると、信じて。

 

 相入れないはずのメンバーは、手を取り合う。

 

 

 

「………」

 

 

 そんな彼らの光景を見ていたアウラ。

 

 ふと脳裏に過ぎったのは、血に塗れたユミルと、初代フリッツ王の姿。

 

 その映像が次第に歪んで、血に塗れているのは『×××××』、それを見ているのがユミルに変わる。

 

 理解し合えない者と、理解し合える者の違いが何なのか、彼女にはわからない。

 

 ゆえに、不思議に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 陽が地平線にのぞき始めた頃、アルミンたちはパラディ島を出た。

 

 大騒ぎの末、大陸から東に進む経路を経て、一つの飛行船がパラディ島西部に到着していたことを知らずに。

 ウォール・マリアから大きく外れる形で、到着したその一行である。

 

 

 アルミンたちはその後、まだ地ならしの脅威が届いていなかったオディハで無事、燃料を補給。

 そしてすぐにそこを発ち、スラトア要塞へ向かった。

 

 すでに巨人の進行は届いており、この時点でレベリオ区が巨人に踏み均された後であるとわかった。

 彼らがオディハを出発し空から見た景色で、北側に大型巨人の姿が見えたのだから。

 

 戦士たちはその光景を見て、すぐに前を向いた。泣き言をいう軟弱者はいない。

 そんな部下たちの姿を、マガトは静かに見つめていたのである。

 

 

 それから進んだ飛行船は、右手に見える地平線の奥で()()姿()をとらえた。

 

 巨人の進みは場所によってまちまちであったが、南西に進むごとに巨人との距離は近づいていき、やがて眼下一面に巨人を一望できるまでになった。

 

 そんな中、現れた小さな物体。

 

 下が巨人の赤い色で覆われている中で、白いその姿はよく映える。

 

 ムカデやゲジなどの、多足類の虫の体を骨にしてできあがったような、異様な見た目。

 悍ましい姿の巨人こそ、エレン・イェーガーその人である。

 

 立体機動装置を身につけたアウラは、その異形の姿を静かに見つめた。

 

 

「四年のブランクがあるけど…大丈夫だろうね、アウラ?」

 

「えぇ、ご心配なく、ハンジ。イけますよ」

 

 エレンも船の存在に気づいたようで、首を動かす。

 直後、始祖の巨人の背骨から突き出たトゲのような部分の先が発光する。そしてそのトゲから生まれる、巨人。

 

 

「ふふっ」

 

 その姿を目にしたアウラは、笑った。

 

 その笑みを間近で見ていたハンジは、ヒュッと、息を漏らす。

 あまりにもその時の、アウラ・イェーガーの表情は、柔らかかった。

 

 

 まるで、そう────まるで。

 

 寝棺に入れられた、死体のように。

 

 

 

「待てッ、攻撃される可能性が────!!」

 

 

 

 ハンジの制止を無視し、アウラは構わず、開けていたハッチから飛び降りる。

 

 地上は踏みつぶされた人間の血と、巨人の赤い色で覆われている。

 

 空はしかし、青空だ。

 

 青と赤の境界線は、うっすらと白んで存在している。

 彼女を祝福するように、存在している。

 

 

 

 

 

 

「イイ天気だよ、ユミル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちて行く人間めがけて振るわれた、エレンが作り出した《獣》の巨人の投石攻撃。

 飛行船と距離があったため、中にいた人間たちはその攻撃を免れた。

 

 地上の紅いシミに混じるようにして、大型巨人の中へと石にぶち当たったアウラの姿が消えてゆく。

 

 

 

 その直後、彼女が落ちた場所から、()()()()()が現れた。

 

 

 まるで飽和するようにその白い物体は大きさを増していき、やがて大型巨人を優に超える大きさとなり、一見すれば現状のエレンと遜色ない大きさへと変わる。

 

 飛行船に乗っていた者たちはその白い物体を見て、息を呑んだ。

 

 

 白い物体には、人間のような頭と胴体が存在する。

 足は股間節部分から下がなく、地面に癒着している。

 

 異様なのはその胴体。本来ある二本の腕のほかにその下、縦一列に無数の腕が生えていることである。

 

 下の二本の腕はバランスが心もとない体を地面に固定するように押さえていて、その他はゆらゆらと蠢いている。また異形には柔らかい曲線と胸があり、女性の姿をしていた。

 

 前のめりの姿勢で下を向いている頭から生えた白い髪は長く、地面に付いている。

 

 しかし、その異形の目は見えるのだ。

 

 まるでカタツムリのように、顔のこめかみから飛び出た巨大なそれは、ギョロギョロと蠢いている。

 

 

 その異形はエレンの巨人体に目を留めると、地を無数の手で這いながら動き出す。

 

 同時にその白い質量は増え続ける。異形の下からは小さな人らしきものが次々と生まれ、周囲の巨人にまとわりついて行った。

 

 その増加のスピードは目に見えてわかるほどで、どんどんと巨人を──────()()()()()()

 

 その小さな一つ一つ、……否、()()()()が同じ形をし、あまつさえ見覚えのある人間だと望遠鏡越しに気づいたハンジは、言葉を失う。

 

 

「アウ、ラ………なのか…?」

 

 

 それは決して、人間と呼べる代物ではない。

 

 それだけは全員、理解できた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年少女のラプソディー

かわいいおにゃのこ(?)が膨れたお腹をさすってる感動的な映画があってですね、『スケアリーストーリーズ』っていうんですけど。


 巨人を次々と呑み込んでいく白い群衆。

 それは、接触した肉体の部分から巨人を取り込んでいく。

 

 白い異形は始祖に食らいつこうとするが、それに抵抗するエレンが無数の巨人を生成し、攻撃をしかける。

 しかしその攻撃をもろともせず、ついに白いバケモノは始祖にたどり着いた。

 

 

『■■■ ■■ ■■■■ ■■』

 

 

 大気を震わせ、大地を轟かし、白いバケモノの狂ったような笑い声が響く。

 

 音は飛行船に乗っていた者たちにも届き、耳から入った声が脳を溶かすように彼らの頭の中で反響した。数人が堪えきれず口を押さえる。

 

 白いバケモノは始祖の背骨をつかみ、口を近づける。

 長い白髪からのぞいた口内には、放射状に無数の鋭い歯が生えている。さらにその奥には、白とは対照的な暗闇が鎮座していた。

 

 

『──────!!』

 

 

 抵抗する始祖の声が響く。

 

 その瞬間、ミカサが外へ飛び出そうとした。とっさにアルミンは彼女の腕を掴む。

 

「ミカサ、ダメだ!」

 

「でも、エレンがッ!!」

 

「今行ったら巻き込まれる!!」

 

 しかし彼一人で、アッカーマン家の筋力に勝てるはずもなく。

 逆にミカサが腕を振り解いた衝撃で後ろに吹っ飛んだアルミンは、ぶつかった頭を押さえた。

 正気に戻った他の面々も二人に気づき、止めようと動く。

 

 

「……ごめん」

 

 

 ミカサは手を伸ばしたアルミンに背を向け、ハッチから飛び降りた。

 

 そしてアンカーを射出し、大型巨人を伝って、始祖を食らおうとする白いバケモノの口に雷槍をぶち込んだ。

 

「えっ」

 

 だが口の中に入ったはずのそれは、爆発した様子がない。

 いくら大きさがあったとしても、わずかでも異形にダメージを負わせられるはずだ。体内に入ったのなら、殊更。

 

 

「あ」

 

 

 宙を移動する中で、異形の手の一つがミカサの頭上に現れる。

 避けようにもそのサイズから、ガスを著しく消費させたところで間に合わない。

 

 次の瞬間訪れる、激しい衝撃を覚悟したミカサ。

 

 しかし、衝撃は起こらなかった。目を開いた彼女の目前に映ったのは、視界全てを覆う白。直後、意識が奪われる。

 

 そのまま吸い込まれるように、異形の中へミカサの姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 お────サ。

 

 

 風の音が聞こえる。

 

 髪が顔にかかる感触を感じながら、ミカサはマフラーに顔を埋めた。

 草木の匂いがなぜかひどく懐かしく感じられて、小さく鼻を啜る。

 

 

「おい、ミカサ」

 

「…え?」

 

 

 背を丸めるようにして座っていた彼女が顔を上げた時、正面に人がいた。

 

 周りにはかつてよく薪拾いに行ったシガンシナ区の景色が広がっているのだが、それすら驚きの人物を前にして、意識に入らない。

 

 その人物はいわゆるヤンキー座りで、ミカサの顔を覗き込んでいる。

 途端に彼女の顔がボボボ、と赤くなった。

 

 

「え、ええ、エレン…!?」

 

 

 エレン・イェーガー。今現在、「地ならし」を行っている人間──とまで考えたところで、ミカサは目を見開いた。

 

 そう言えば、自分はこの青年を止めようと動いていたのだと、思い出して。

 そして無意識に体が動き、仲間の制止を無視した挙句、白い異形におそらく食われて(?)しまったのだ。

 

 そこまで考えた時ミカサは、ツバを飲み込んだ。

 

 ここにエレンがいるということはつまり、彼も白いバケモノに食われてしまったのではないのか、と。

 

 

「エレン、は…」

 

「……食われたよ、お前と同じで」

 

「……っ!」

 

「そんな泣きそうな顔すんなよ、めんどくせぇな…」

 

 徐に、エレンはミカサの右隣に座った。

 青年は耳をかいて、左手を所在なくウロウロとさせ、そっと、ミカサの左肩に置く。

 

 そのまま抱き寄せられた少女は、いよいよ心臓が誤作動を起こし、バクバクと言い出し始めた。

 

 しかし、ここはもう流れに身を任せるしかない。腹を決め、瞳を強く瞑ったミカサはエレンの肩に頭を乗せた。

 

「……え?」

 

 そして、彼女の耳に、早鐘を打つ自分のものではない音が耳に入った。

 

 

「エ、エレン……?」

 

「………」

 

「………」

 

 

 まるで中学生のような、「ド」が10個ほどつくほどのピュアさを発揮させる両者。エレミカチャートを爆走する某実況者の金髪蒼目ネキ(ユミル)が見れば、机にあるパソコンやマウスをすべて吹き飛ばし、そのままひっくり返ってブリッジをかます勢いで悶えるだろう。

 

 そのまましばし二人は、無言になった。

 

 

 

 

 

 長いことそうして、先に口を開いたのはミカサだった。

 

 

「ねぇ、エレン」

 

「…何だ」

 

「エレンはどうして、「地ならし」を行ったの?多くの人間を殺す必要は、なかったはず」

 

「……お前たちを、守りたかったから」

 

「他に方法はなかった?きっと探せば道はあったと、私は思う」

 

「ねェよ。オレだって悩んだ。悩んで、悩んで、それでもお前やアルミンたちが幸せに生きるには────()()()()()()を手に入れるためには、多くの犠牲を生み出さずして、なし得なかった」

 

「………エレンはお姉さんが「始祖」だってこと、知ってた?」

 

 瞬間、翡翠の瞳が大きく開いた。ドロドロとした負の感情が、今にもそこから噴き出して来そうだ。

 

 エレンはアウラ・イェーガーの本性と、彼女が彼に何を行ったのかミカサに教えた。当然それを聞かされたミカサは呆然とする。

 

 

「けどあの女は生きてたッ!!オレが、殺したのに……」

 

「……エレン」

 

「殺しても、殺しても殺してもどうしようもなくて…でも、やっぱり……」

 

 弟に向けていた柔らかい姉の笑顔を、エレンは忘れることができなかった。

 憎しみの裏でその笑顔がこびりついて、取れない。気がどうにかなってしまいそうなほどに。

 

「…お姉さんは“白いナニカ”になっていた。アレが何なのか、エレンは知っている?」

 

「知らねぇよ。でも、もしかしたら…」

 

「もしかしたら?」

 

 エレン曰く、彼はユミルがジークではなくエレンを選んだ後、少女の記憶にほんの少しだけ触れたのだという。

 

 その中で青年は暗闇の中に浮かんでいた、光るムカデのようなものを見た。

 暗い水底に落ちていったユミルはそれと接触し、巨人の力を手に入れる。

 

 その光るムカデこそ、エルディア人がつながる元凶であり、「悪魔」なのだろうと彼は察した。

 

 そして光るムカデと白い異形が似た存在であることを、感じ取った。

 その類似性を言葉で表現するのは難しい。だが自分とは別の次元にあるのだと、理解したのだ。

 

 

「あの女はきっと、人間じゃなかったんだ。人間のフリをした、バケモノだった」

 

「そうかな?」

 

「……ミカサもジークと同じで、アウラ・イェーガーのことを肯定するのか?」

 

「…正直、お姉さんとはあまり関わりがなかったから、もし死んでもカルラさんの時みたいに、そこまで悲しくはならないと思う」

 

「………」

 

「でも、お姉さんがひどい人だったとしても、エレンと過ごしている時はすごく、幸せそうな顔をしていた。二人ともすごく楽しそうで、私は少し、居心地が悪かった」

 

「…わ、悪かった」

 

「謝ってほしいわけじゃない。でもお姉さんが家に療養していた時は、エレンは「姉さん、姉さん」って、ずっとお姉さんの事ばかり考えてた」

 

「…怒ってるのか?」

 

「怒ってない」

 

 そっぽを向いてしまったミカサ。

 エレンがその顔を見ようとするが、少女がその度に体を動かすせいで叶わない。

 

 

「どっ、どうしたら許してくれんだよ…」

 

「みんなの元に戻ってきてくれたら、許す」

 

「無理だろ、オレたち死んだんだから」

 

「死んだのならどうして今、私とエレンは会話しているの?」

 

「……?それは…何でだ?」

 

「あの白いバケモノがお姉さんの意思で動いてるかわからないけど、私とエレンの意識はまだある。だから、死んでないかもしれない」

 

「………それでもオレは戻らねェよ」

 

「何で……!!」

 

()()()()()。オレはもう後戻りできないところまで、進んじまったんだから」

 

 

 大勢の人間を「地ならし」で殺した。

 

 仲間を救う上でこの方法を選んだ時、エレンは死ぬ覚悟を持って行った。むしろ「地ならし」=エレン・イェーガーの死であると、決めていた。

 

 大罪人はどんな形でも裁かれなければならない──と、彼が考えた時。

 

 

 

「エレンは私たちに、止めて欲しかったの?」

 

 ミカサが、言う。

 

 

 

「だからアルミンやライナーに、巨人化できる余地を残した。《獣の巨人》を生成させてお姉さんを攻撃した時だって、そのあと白いバケモノと戦っていた時だって、飛行船には攻撃が当たらないようにしていた」

 

「………」

 

「エレン、答えて」

 

「……やだよ」

 

「こっ、答えないと……」

 

「…ッハ、どうするっていうんだ、オレに?」

 

 ミカサはエレンの正面に向きやり、瞳を閉じて翡翠の瞳に距離を詰め────ようとして、すぐに戻った。むしろ十歩ほど下がって、そのまま逃げ出す。

 

 煽るような視線を先ほどまで送っていた青年も、これには堪らず追いかけた。

 

 

「何で逃げんだよ!!」

 

「エレンだって難民キャンプにいた時、途中でやめた!」

 

「生殺しにすんなよッ…!」

 

「アルミンたちにだって見られてた!!!」

 

「えっ………ハァ!!!?」

 

 ひとしきり走った二人は、たどり着いた花畑に寝転ぶ。

 随分走らされたエレンは息も絶え絶えで、ミカサは呼吸一つ乱していないものの、顔が真っ赤である。

 

「さっきの話ってもしかして、リヴァイ兵長やハンジさんにも見られてたってことか…?」

 

「そう…らしい」

 

「………死にてぇー…」

 

 顔を両手で覆い意気消沈した青年の頭上には、ゲスミン型の雲が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「……お前たちが止めればさ」

 

「え?」

 

「だから、止めて欲しい云々の話だ。お前らがオレを止めれば、「英雄」になるって思ったんだ」

 

 

 それはヴィリー・タイバーの演説を聞いた中で、エレンの中に生まれた考えである。

 

 当時「地ならし」を行うことは決めていた。しかしその後のことまでは、まだどうすればよいか決め悩んでいた。

 しかしタイバー公の「英雄」を必要とする言葉で、彼は閃いた。

 

 世界の敵がエレンになるのなら、その彼を止めた人間は自ずと「英雄」になる。タイバー公はこの英雄の座に据える人間を、マガトにすべく目論んでいた。

 

 

 だがそれを利用して、アルミンたちを「英雄」に仕立て上げようとエレンは考えたのだ。

 無論自分が事を起こせば、親友のアルミンなら必ず止めると理解した上で。

 

 だからこそ、ミカサやアルミンに突き放すような行動を取った。

 

 その上で彼は、その衷心を語る。

 

 

「お前たちに長生きして欲しい。前に夕暮れの中でさ、列車に乗って……お前らと話しただろ?あの時は恥ずかしくて、言えなかったけど………」

 

「………」

 

「そんで、お前に一番幸せになって欲しい。オレがいない世界で──っていうのは、すげぇ嫌だけど。つーかオレ以外のヤツと幸せになるのが嫌だ。それでも……それでもやっぱり、ミカサ、幸せになってくれ」

 

「エレンがいなきゃ、イヤ」

 

 寝転がっていたミカサは、エレンの腕を握りしめる。

 

 エレン・イェーガーのいない世界など、彼女には考えられない。想像もしたくない。

 

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 

 翡翠の瞳が近づいて、黒い瞳と交わる。

 

 距離が離れ、少しぼんやりとした目でミカサはエレンを見つめた。

 

 

「だから、幸せになれよ」

 

「………私も」

 

「あぁ」

 

「私も、エレンのことが好き……っ、大好き……!!」

 

「…オレもだ、ミカサ」

 

 

 ボロボロと涙をこぼし、ミカサはエレンのうなじに腕を回す。

 

 青年もまた微笑みながら泣いて、二人は微睡の中で、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 そして()()が目を覚ました時にはすでに、ミカサの姿はなかった。

 

 夕暮れに色づく世界を眺めながら、エレンは風に吹かれ、頭上に舞い上がる花を眺める。

 

 

「……オレ、何してたんだっけ」

 

 

 心地よい夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。

 そろそろ家に帰らなければならないと、そばに置いてあった背負子を背負う。()()()()()()のは、姉だった。

 

「姉さん、オレなんか優しい夢を見てた気がすんだ。…よく、覚えてねェけど」

 

『   ?』

 

「赤いマフラーを巻いた女の子と、一緒にいた気がするんだ。でもまぁ…いいよ。帰るんだ、これから」

 

 段々と世界が、暗くなっていく。

 そう言えばと、エレンはなぜか()()()()姉に、首を傾げた。肌はおろか、服も真っ白だ。

 

 姉は少年に近づくと、小さな体を抱きしめる。

 

 

 ──────ごめんね。

 

 

 そう、アウラは言っていた。

 

「…何で、謝るんだ?今日の姉さんはヘンだな」

 

『   ?』

 

「ん?うん。ちょっと、眠くなってきた……なぁ」

 

『    』

 

「うん…………おやすみ、ねえさん」

 

 ゆっくりと、エレンの瞼が降りていく。すると少年の体は白い中へ、吸い込まれていった。

 

 

 

 白いその人間は膨らんだ腹をさすると、愛おしげに、笑ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おにいちゃん

次回で最終回です。長かったね…。みんな今までありがと…(遺言)


 白。白。白。

 

 飽和する白。始祖のエレンを喰らい、それでもなおその白は増え続ける。

 

 地上にばら撒かれ続ける狂気の中心におはすのは、白い母体。

 

 始祖の首を食いちぎったのち、始祖の体の切断面の部分から飛び出した光るムカデのようなものも、その白いバケモノがつかみ食らった。

 

 その直後、白い人間の数はさらに増殖のスピードを増し、それまで上半身しかなかったバケモノに、下半身が生えた。

 天にもそびえんとする、その巨体。また顔や腕も変化し、完全なヒト型へと変わった。

 

 白い姿は豊満な胸と、地にまでつく髪の長さを除き、アウラ・イェーガーそのもの。

 そのバケモノは瞳を閉じたまま天をあおぐ形で、動きを止めた。

 

 しかして、地面に落ちたエレンの首が呑まれたにも関わらず、一向に大型巨人は止まらない。

 このままでは地上にある赤色が、白色に変わるまでそう時間はかからない。

 

 アルミンらは頭上から、その光景を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 その世界の時間は一瞬にして、悠久。

 矛盾した言葉であるが、実際体験する側としては、そのように感じられる。

 

 目覚めてから、砂と光の柱の世界で囚われたままのジーク。

 

 その側にはユミルがおり、途中せっせと巨人を作っていた。しかしそれも無くなってから、小さな砂の城を作っている。

 

 

 二人だけの世界で、少しずつ少しずつ、ジークはユミル・フリッツのことを理解し始めていた。

 

 この世界はすべてのユミルの民と繋がっており、それは死んだ人間も例外ではない。

 彼らの記憶や感情などが、目に見えた物体であるわけではないものの、ここに存在する。それを自由に読み取ることはできないものの。

 

 ということはつまり、ユミルの記憶や感情も存在するということ。

 

 不思議ではあるが、少女とともにずっといるためか、その記憶が時折ジークの中に流れ込んでくる。

 

 そうして、気の遠くなるような時間を過ごした。

 

 

 

 おおむねわかったことは、ユミルの過去。

『アウズンブラ』という双子の少女についても、ジークは知った。

 

 ユミルが大嫌いだった『アウズンブラ』。そして今は、大好きなアウラ。

 

 何ならユミルが『アウズンブラ』に「大きらい」と、言われたことも。

 始祖がエレンごと白い異形に食われたことも知っている。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 おそらく先に旅立ったのだろう。

 

 しかし座標はまだ消えていない。ユミルが接触した光るムカデが、白い異形に食われたというのに。

 

 光るムカデは謂わば、ユミルの民の根源だ。その存在がいなくなれば何が起こるのか、ジークは長い思考の末にたどり着いた。

 

 それは、巨人からの解放である。

 

 ユミルの民はバケモノではなくなり、普通の人間となる。

 

 

「アウラは何であんなひどいこと、ユミルちゃんに言ったんだろうな」

 

『………』

 

「ずっと答えてくれないな、ユミルちゃん。「ちゃん」をつけたら最初は睨んできたのに」

 

『………』

 

「ユミルちゃんの記憶はわかっても、心まではわからない。…なんだか皮肉だよ」

 

 ユミルは『アウズンブラ』の気持ちを、最後まで理解できなかった。

 

 同時に『アウズンブラ』も、ユミルの気持ちを最後までわからなかった。

 

 あるいはジークがユミルの記憶のみわかるのは、彼女が心を閉ざしているからかもしれない。

 むしろ記憶が見れるのは、始祖によって、エレンとジークが繋がっていたせいなのかもしれない。

 

 

「エレンは先に行っちまったみたいだし、俺も死ぬ流れだよな」

 

 始祖が食われて以降の世界がいったいどうなっているのか。

 ユミルが見た奇妙なエビが、世界を侵略しているのかもしれない。

 

 思い返せばガビに撃たれて発狂してから、妹は「アウラ」では、なくなっていたのかもしれない。

 

 兄の全裸を見て鼻血を流していたのは、間違いなくアウラだと思うが。むしろ残念な妹以外あり得ない。

 

「死ぬ前にクサヴァーさんに会いたいよ、ユミルちゃん」

 

『………』

 

「会わせてくれないと、妹みたいに駄々をこねるぞ」

 

『………』

 

 ジークは砂の上に転がり、手足をバタつかせた。ギャン泣き幼女のマネで、「やだやだー、クサヴァーさんに会わせてよー!!」と宣ってみるが、少女は無反応。

 

 ただただ、アラサーの尊厳が破壊されただけである。

 

 長い拘束の中で、ジークの精神もイかれ始めているのは確かだった。

 

 

 

 ────ま。

 

 

 そんな折聞こえた、何者かの声。

 

 だんだん近づいてくる声にジークが耳を澄ませば、その声はさらに近づいてくる。

 そしてその声が聞こえる方角が上からだと気づいた時、彼は目の当たりにした。

 

「アウラ?!」

 

 親方、空から変態ブラコン女がッ!──────襲来した。

 

 

「ジークお兄しゃまぁぁぁんっ!!!」

 

 

 瞬間ジークは、落ちてきた調査兵団の服を身にまとった妹に潰されることになる。

 クレーターができた中で、狙うようにして貧相な胸を顔に押しつけられた男は、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ユミル」

 

 伸びたジークから離れたアウラは、ユミルの元に向かい抱きつく。

 

 そのまま少女の頬をすり寄せたと思えば、頭に顔を押し付けて呼吸し、ひたすらに抱きしめて、ともに砂の上に転がる。

 

 それでもユミルは、無反応のままだ。

 

 アウラはジッと、その様子を見つめる。

 そして少女の上に覆いかぶさると、額同士をコツンと押し当てた。

 

 

 

 ユミルが見たのは、エレミカのイチャイチャシーン。

 とうとう両片想いではなく両想いになった、普段の始祖様なら地平線の果てまで転がっていきそうなシーンを見ても、表情一つ変えない。

 

 額を離したアウラは、「あれ…?」と、戸惑いの声を上げる。

 

「ゆ、ユミルの大好きなエレミカだよ!?しっかりしてユミル、ユミルゥ────ッ!!」

 

 なすがままにアウラに肩を揺さぶられているが、心ここにあらずといった風に、ユミルは反応を示さない。

 どうしたものか、アウラは頬をかく。

 

「えっと……なんて言うの?「大きらい」っていうのは、()()()()()、本当じゃないっていうか…。それ以上に大好きの方が「()()()」は強いよ」

 

『………』

 

「……ごめんね」

 

 お互い、無言になった。

 

 その中で、意思を持って動かなかった少女の手が動き、アウラの手を掴む。

 影になった顔からは、表情をうまく読み取ることができない。

 

 

「「私たち」はもう一度キミに会いたかった。ただそれだけだった。あの回遊魚(クソヤロウ)と契約してでも」

 

 

 それから、()()()()は回り続けた。

 

 

『アウズンブラ』が愛したユミルにたどり着くまで、彼女は死に続けた。死体へと還り続けた。

 

 そしてようやく彼女は、ユミルのもとにたどり着いた。

 

 もう『×××××(自分)』の名前だけでなく、彼女が愛したユミルのことも、すべて忘れてしまっても。

 

 ユミルのためだけに捧げたその回遊人生で死に続けた彼女たちは、だからこそユミルを憎んでいるし、それ以上に狂気の「愛」をひしめき合わせている。

 

 

「でも「私たち」はキミに会えた。もう終わっていい」

 

『………』

 

「けど最後のお願いがね、一つだけあったの。だからもう一度だけ、回遊魚(クソヤロウ)と契約した」

 

『………?』

 

「「私」は『アウズンブラ』じゃない。「アウラ」として、アウラ・イェーガーとして死ぬ。あの回遊魚(クソヤロウ)光るムカデ(クソッタレ)を食う代わりに、私がこの世で一番愛している人間を、救う」

 

『   』

 

 ユミルが指したのは、彼女(ユミル)自身。

 アウラはモゴモゴと、「キミも大切なんだけど…」と口ごもり、少し頬を赤くさせながら一つ咳払いをこぼした。

 

 

「名づけて、[ジーク・イェーガー(お兄さま)は絶対死なせねぇ作戦]です!」

 

 

 その壊滅的ネーミングセンスの作戦のために、アウラはユミルに「大きらい」と言ってでも、事を起こした。

 

 すべては光るムカデを引きずり出すために。

 そしてムカデを捕食し終えたエビは、進化を果たす。

 

 

 

「光るムカデが“有”ならば、あのクソヤロウは“無”。二つが合わさって奇妙なエビはようやく「命」を手に入れることができる。そして生きて、────()ねるんだ」

 

『………』

 

「ユミルは光るムカデと遭遇して、『アウズンブラ』は奇妙なエビに出会った。これが偶然だとしても、仕組まれた運命だとしても、どうだっていい。やっぱり私たちは唯一無二なんだ。ふふふ……それにキミと一緒になることも、こうしてようやくできた」

 

 嬉しそうにユミルを抱きしめるアウラは、泣いていた。

 

 彼女自身、今自分が『アウズンブラ』なのか、「アウラ」なのか、それともこれまで死んでいった自分たちの中のうちの誰かなのか、わからない。

 

 

「キミが意思を持っちゃダメなんだ。何かを成し遂げようとしちゃ、ダメなんだ。だって光るムカデは「命そのもの」であって、感情を持つことは許されないのだから。その本質と異なる在り方をしたら、光るムカデが出てこなくなってしまう」

 

 

 逆にその「感情」を司るものこそ、奇妙なエビ。

 

 それはいわゆる、“理”というものなのかもしれない。かく言うアウラとて、奇妙なエビの内側をすべて理解しているわけではない。

 

 ただ彼女は契約して、そのコマとして動くだけの人形である。

 その先でユミルと出会えたように、ジークを助けられるなら、本望なのだ。

 

 

「ずっと、ずっと………会いたかったよ」

 

『………』

 

「私のユミル。私だけのユミル…」

 

 

 ユミルの姿が、変化する。

 背丈が伸び、少女から妙齢の女性の姿へと。

 

 並んだ二人は見た目も、身長も、すべて同じ。違うのはその胸の大きさと、髪の色と、瞳の色である。

 

 アウラを抱きしめ返したユミル・フリッツは、安らかな表情を浮かべ、その肩元に顔を埋めた。

 

 

 

 

『…アウラ』

 

 

 

 

 瞬間、目を丸くしたアウラ。

 

 唇を震わせ、顔を伏せ、嗚咽をこぼす。

 ずっと聞きたかったその声を、ようやく聞くことができた。

 

 それはつまり、ユミルの舌が治ったことに他ならなくて。

 

 これの意味するところは、彼女が王の呪縛から完全に解放されたということであった。

 

 

 ユミルの体が少しずつ、空気に溶けていく。

 それに従って、柱を作っていた光が失われていく。

 

 

『だいすき、アウラ』

 

 

 そして、穏やかな表情を浮かべていたユミルの姿が、完全に消えた。

 

 

「……っ、………!!」

 

 下の砂が地面に吸い込まれるようにして消失していく中、アウラは涙を拭いて、兄の元へ駆ける。

 

 

 

 一方ジークはというと、クレーターの中で大の字になって仰向けに転がっていた。青い瞳はぱっちりと開いており、斜面を滑る妹を視界に入れると目を留める。

 

 そこで兄が起きていたことを知ったアウラは、急ブレーキをかけて固まった。

 ジークは半目になっており、彼女は先ほどのユミルとの話を全て聞かれていたことを察する。

 

 とっさにアウラはUターンを決めようとして、強制力に物を言わす兄の声が届いた。

 

「来い」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 アウラがジークに勝てるわけがない。

 

 自分が何者なのかひどく曖昧になっていたはずが、兄の一言で一気に「アウラ・イェーガー」へと引き戻された。これがジークに全てを捧げている変態女の力であり、末路である。

 

 

 

 

 

「なに、勝手に死のうとしているんだ?」

 

「え……?だ、だって死にたいから…」

 

「始祖ユミルと死ぬってことか?散々好き勝手していたお前が?ふざけるなよ…」

 

「お兄さまの頼みでも、こればっかりは。やっと死ねるのに……」

 

「………」

 

 これまで連続して衝撃的な内容を暴露されてきた中で、元戦士長殿の頭はすでに考えることを放棄している。

 

 ただ純粋に今あるのは、妹を死なせたくない思いと、ついでにこれまで受けてきた被害への怒りやら、悲しみやら。感情がメッタメタのバッキバキである。

 

「世界をメチャクチャにしてでも、お前が助けたかったお兄ちゃんの“お願い”を聞けないわけだ、へぇー…?」

 

「ま、まぁ、今後のミカサちゃんたちのためにも、人類の大半は死ぬ必要があったっていうか…」

 

「………」

 

「貴方は知らないだけ。()()()()()はもっと、残酷なのだから」

 

 ──と、言ったアウラは、途端に口を押さえて自分の発言に眉を寄せる。

 思わず話してしまったというより、アウラではない方の“彼女たち”が出てきてしまったらしい。

 

 

「…何だ、本当の世界って」

 

「……ユミルが、見ていた世界。あるいは「私たち」が()きた中の一つにあった、ユミルが見ていた内容と同じ世界線。詳細は言う時間がないけど、お兄さまは死んじゃうの。そんなの絶対許せるわけないじゃん」

 

「………」

 

「私というイレギュラーが現れたから、世界は大きく変わった。ユミルでさえわかっていた未来が予想がつかなくなって、結構彼女に迷惑をかけちゃった」

 

 崩落する世界は、砂の上にいた二人をも巻き込む。

 

 手や足の一部が砂に巻き込まれていく中、ジークは妹の手を強く握った。

 

 

「どうしたら、生きようって思える。俺が生きていても“死”を選ぶくらいには、死にたいのはわかったから」

 

「セッ「ダメ」────じゃあお兄さまの」

 

「……何だよ」

 

「赤ちゃ「ダメ」………」

 

 どこまでも、歪みない妹だ。

 これが二人の最後になるかもしれないのに、なぜ斯様な会話をしなければならないのか。ジークの頭が痛む。

 

「お前はッ、お前というヤツは本当に……」

 

「ふふふ、兄のことが好きすぎる妹を持って大変だね、おにーちゃん」

 

「………」

 

 

 妹が望むことを()たら、本当に生きようと思ってくれるのか────。

 

 一瞬よぎった血迷った考えにジークがこれでもかと唸っていれば、アウラは嬉しそうにする。

 今の兄の苦しむ表情さえ、好きで好きでしょうがないという顔だ。

 

「アウラちゃんはね、ジーク・イェーガーの涙からはじまったの。だからお兄ちゃんをいっぱいいっぱい苦しめて、苦しめたかった」

 

「最悪な妹だな…」

 

「それで、これまでもこれからも、そんな最悪な妹がお兄さまの中の大半を占めてくれたら、すごく嬉しい」

 

「………アウラ」

 

「今、泣きそうなお兄さまの顔も、ステキだよ」

 

 

 幸せそうに、アウラは笑った。

 

 手を繋いだまま、二人の体は沈んでいく。

 

 

 

 

 

「私のお兄ちゃんでいてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 ジークの意識は、暗闇へと沈んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!

最終回です。


 空を仰いでいた白いバケモノの瞳が開く。

 のぞいたその奥に宿るのは、深い深淵。眼球のすべてが黒く、三日月を描いた口内も黒い。

 

 眩い太陽に手を伸ばした異形は狂ったように笑いながら、そのままゆっくりと地面に倒れていった。

 

 そのバケモノをアルミンの超大型によって吹き飛ばすべきか、と作戦が立てられていた中、飛行船は急きょ高度を上げる。

 巨大な物体が倒れれば必然、爆風が起こるからだ。

 

 全員が側の物につかまった中、ソイツは地面にぶつかり、まるで液体のようにドプンとその形を崩した。

 

 しかし生じるはずの爆風は起きず、おろか音さえ生まれない。

 

 異様なほど辺りは静寂に包まれる。

 聞こえるのは飛行船が宙を飛ぶ中で生み出す、外の空気を揺るがす音だけ。

 

 白いバケモノが波打った瞬間、地に広がっていた白い群れも次々にその姿を溶かしていく。

 そして、あっという間に白い姿は無くなり、残ったのは蒸発し始めた大型巨人だけになった。

 

 何が起こったのかわからない。

 だが一同は「地ならし」が終わったことは理解した。

 同時につい先ほどまでそこにいた白いバケモノが、静寂の中で消えたことも。

 

 狐につままれたようです──と、乗船していたキヨミは思わず呟く。

 

 

 そんな中、地上では一人の男が体を起こし、またエレン(その姿)を探していた一人の女が、生首を発見する。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 この「地ならし」により、およそ7()()の人類が虐殺されるに至った。

 

 この主犯である、エレン・イェーガーは死亡。

 そしてその男を止めたのが、テオ・マガトが率いる戦士と、彼らと手を組んだパラディ島の()()()()

 

 ミカサによってエレンの真の目的を聞いたアルミンが、自分たちがエレンを殺したことにしよう──と、打ち出したのである。

 

 この意見にマガトも賛同し、これによってエレン討伐に向かった彼らは英雄として、歴史にその名を刻むこととなった。

 

 

 しかしアウラ・イェーガーと思しき光るムカデ(?)を食った白いバケモノなど、疑問はいくつか残る。

 

 その「光るムカデ」の正体を知る男こそ、ミカサとともに白いバケモノの中から生還した、ジーク・イェーガーその人。

 

 彼曰く、光るムカデとは、はるか昔に有象無象の“何か”が生じては消えて────を繰り返し、やがて生き残ったものだという。

 それこそが「生命」。

 その正体はユミル・フリッツが出会ったとされる、「悪魔」であるのだ、と。

 

 そして光るムカデは、白いバケモノにより食われた。

 

 ユミルの民(われわれ)は、ただの人間になったのだ──と。

 

 

 にわかには信じがたい話である。一方でジークの話を聞き、巨人化能力者たちが感じていた違和感に説明がついた。

 彼らは“喪失感”ないし、自身の体の変化を感じ取っていたのである。

 

 その変化は同時に、“巨人科学の副産物”たるアッカーマンにも起こっていた。

 

 巨人の力を人間でありながら使いこなすことができる特異な一族。

 彼らはその力の代わりに、巨人化の影響を受けない。

 

 そんなミカサやリヴァイは、目に見えて体の変化を感じていた。

 今まで自身の中にあった、体の内側からあふれる“力”。その感覚がなくなったのである。

 

 それがもし本当であるなら、血液検査を行えば確実にわかる。

 

 ユミルの民に存在する彼らが「バケモノ」であると明確に区別される、特有の血の構造。それが変わっていれば、物理的な証拠になる。

 

 

 

 

 

「何があったのだ、ジーク」

 

 

 飛行船を着陸させ、話し合いに至った中、呆けたツラのまま座っていた男に容赦のない蹴りを入れたのは、テオ・マガト。

 それからジークによって、これまた衝撃的な内容が語られたのだ。

 

「………」

 

 ジークは、ミカサの腕の中で安らかな表情で眠る生首を見る。

 その瞳が開き翡翠の色をのぞかすことは、もう二度とない。ミカサの周囲には調査兵団のメンバーが集まり、みな堪えきれず、涙を溢していた。

 

 道を違え、あるいはすれ違ってしまったとしても。到底、積み重ねてきたエレン・イェーガーと仲間たちの思い出が、なかったものになるはずがなかった。

 

 

「……いい天気ですね、マガト隊長」

 

「…貴様は裏切り者の身だ。相応の処罰があることは、覚悟しておけ」

 

 とは言いつつ、一周回ってジークの行動は、カール・フリッツの意志を踏襲した計画であったことは間違いない。

 

『エルディア人安楽死計画』について、マガトはアルミンから知らされている。

 

 そのラインは微妙だった。

 ジーク・イェーガーの行動は世界から見れば“救い”であり、対しパラディ島側からすれば、決して容認できない計画である。

 

 そもそもそのような計画に至るまでの男の人生に同情しきれない部分があることを、ジークが少年だった頃から知る元帥殿は理解している。

 現状マーレのトップはマガトだ。ゆえにジークの処罰は、彼の手中にある。

 

「アウラ・イェーガーはどうした」

 

「……アイツは…」

 

 と、二人が話していた折、感じた殺気にジークは肩を跳ねさせた。

 

 その出どころはやはり、無愛想な顔をはりつけた160センチの男である。男の三白眼がより細まり、手にはブレードを握られている。ただその足取りは、ひどくおぼつかない。

 

「元気そうじゃねェか、リヴァイ」

 

「よぉ、クソヒゲ」

 

「俺を殺しにあの世から戻ってきたってわけか。おっかないねぇ」

 

「ちょ、ちょ、リヴァイ!!」

 

 ハンジが慌てて背後からリヴァイを羽交締めにする。

 その勢いでわずかに足が地面から離れた兵長殿は、射殺さん目つきでハンジを睨めつけた。

 

「テメェから先に殺すぞ、クソメガネ」

 

「ごめんって、でも落ち着こう?ジーク・イェーガーは後でいくらでも斬ったり殴ったり、蹴ったりしていいから」

 

「え……?」

 

 完全に兵長を止めてくれるかと思っていたジークは、豆鉄砲を食らった顔をさらす。

 かく言うハンジの目も笑っておらず、そこに深い私怨があることに気づいた男は、静かに目を伏せた。

 

「あなたが私たちの仲間を大勢殺したことは事実だからね。……大事な副分隊長も、あの時私は失っているから。まぁそれは、ベルトルトの爆風が原因で、死んだんだけど……」

 

 ベルトルト、の部分に反応したアニが、それぞれの輪から離れた場所から視線を向けた。

 彼女の周囲には、104期生を見つめているライナーと、あくびをしているピークもいる。

 

 

「だが元々作戦を立てたのは、我々マーレの上層部だ」

 

 ピリついた雰囲気の間に入ったのは、マガト。

 

 マガトは反対したものの、子どもたちに「始祖奪還計画」を託したのは今は亡きマーレの上層部である。

 無垢な幼子を洗脳するようなマネをして、人間兵器としての有用性を作り出した。

 

「もっとも咎められるべきは、私にある」

 

 言い切った元帥に、ジークは耳をかいた。ひどく居心地が悪い気分になったのだ。

 戦士と戦士候補生たちに向くマガトの“親心”が、透けて見えていた。

 

 

「……ハァ、責め合っていてもしょうがないね。私たちだって「地ならし」が始まる前の段階で、エレンを止めることができなかったんだから。むしろ私がマーレに視察に行くことを決定しなければ、エレンは和平の道に見切りを付けなかったのかもしれないし……。ということだ、リヴァイ。今は一旦、抑えようか。私も、あなたも」

 

「…………ッチ」

 

 団長命令ならば、仕方ない。

 そう続けたリヴァイは、ブレードをしまった。ジークはホッと、胸を撫で下ろす。目先の脅威は一時去った。

 

「それで、結局アウラ・イェーガーはどこに行ったんだい?……いや、そもそも彼女は()()()()()()?」

 

 光が反射したレンズの奥で、難しい表情を浮かべるハンジ。

 ジークは今一度、空を見る。

 

 

 青い空。晴朗な日和だ。血生臭い地上など、我知らずというように存在する。

 

 胸のうちに存在するポッカリと空いた感覚は拭えず、心が開いた口から漏れてしまいそうで。

 それを止めようと、ジーク・イェーガーは口を閉じた。

 

 

 

「アイツはようやく、眠れたんだ」

 

 

 

 その全貌を語るには、途方もなく時間がかかってしまうだろう。心の整理をしながら、事実を語らなければならないのだから。

 

 ジークが見上げた空は遠く、とても、蒼かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「天と地の戦い」と呼ばれたその戦いから、3年の月日が経った。

 

 アルミンやジャン、サシャやコニーに、ハンジ。そしてライナーやアニ、ピークたちは連合国の大使となった。

 

 スムーズに彼らが──いや、彼らが連合国の大使となるまで途方もない苦労があったものの、元敵国側に身を置き、現在彼らはパラディ島に和平条約に赴くという、奇妙な構図ができあがっていた。

 

 

 多忙を極める彼らの一方で、リヴァイ・アッカーマンはオニャンコポンと世界を巡っている。

 

 仲間の想いや死を見続けボロボロになった男は、エルヴィン・スミスが求めた先の世界を見ることができた。

 この輪の中にハンジも一息ついたら合流しようと考えている。

 

 

 またパラディ島ではピクシスやヒストリアが中心となり、民衆をうまくまとめている。

 

 しかし、尚もエレン・イェーガーを信奉する民衆による「イェーガー派」がいる。

 彼らは世界の報復を恐れ、戦うことを切望しているのだ。

 

 交渉についてはマーレ側が取り仕切り、両者は一度、連合国大使の仕事の賜物で停戦協議を行った。

 

 協議には複数の内容があった。そのひとつに義勇兵の身柄や、パラディ島に駐留せざるを得なかったマーレ人兵士の身柄を引き渡す、というものがあった。

 そのかわり、マーレは一方的な軍事侵攻をパラディ島に行わない──など。

 

 その前に起こったマーレとパラディ島の戦いの勝敗については、形式上マーレの勝利とし、パラディ島を管理するという形で落ち着いた。

 

 地ならしの影響で滅亡をたどった国が多い中、かろうじて滅びを免れた国も再建に向け四苦八苦している現状。国内の問題で手いっぱいでパラディ島に戦争をけしかける可能性は限りなく低いが、パラディ島の安全を確実に保障するという上ではやはり、マーレ側の勝利にした方が余計な軋轢を生まずに済む。

 

 

 戦士候補生たちも無事マーレに帰還し、スラトア要塞に飛行艇を求めて逃げ込んでいた家族と再会することができた。

 

 アニやライナー、ピークたちの家族も生きのびていた。

 

 対し、キヨミらについては停戦交渉をする際、マーレとパラディ島の架け橋を担う立場で、ヒィズル国を牽引している。

 停戦協議についても、ヒィズル国で行われている。

 

 というのも、ヒィズルは地ならしの影響を受けなかったのだ。エレン・イェーガーの意思によって滅亡を免れたのは想像に難くない。

 

 かの国もまた、微妙な立ち位置であるが、マーレと不戦を結んだ。

 

 

 

 ちなみに紆余曲折を経てヒストリアと再会したユミルは、その旦那の顔面にドロップキックを食らわす、()()()()()()事件を起こしている。

 

 側にいた護衛部隊は女王が危険だと察知すれば動く。その旦那も守る対象ではあるが、何せほんのちょっとした事件ゆえ、動くことはなかった。

 むしろこの一件を、一番腹を抱えて笑っていたのがケニーだった。

 

 そしてユミルは自分の手紙が、ヒストリアにきちんと渡っていたことにイイ男(ライナー)に感謝するとともに、悶絶した。

 純粋に恥ずかしかったのだ。「結婚できなくてごめんね、ユミル…」とマジレスされたことが。

 

 でも、少し頬を赤らめて視線を逸らしたヒストリアはやはり、かわいかった。結婚しよ。

 

 その時はまだ膨れていた腹をいとしげに撫でるヒストリアを見て、ユミルは来世は必ず男に生まれると誓ったとか、誓わなかったとか。

 

 その間ウドやゾフィアも、ガビたちと再会している。

 

 

 この件でおそらく一番驚くべきできごとは、ユミルとポルコが()()()()()になっていたことだろう。

 これを聞いたピークは、邪智暴虐の王にブチギレたメロスレベルに激怒した。

 

 先ほどの「紆余曲折を経て」の中には、二人がイイ雰囲気になるまでのエピソードも含まれているのだが、詳細に語ると長くなるため、今回は省くとしよう。

 

 後日、ピークに詰め寄られたポルコ曰く、ピークのことは“大切な友人”と認識していたようだ。結婚の話も、冗談だったんだろう、と。

 

 

「だってお前が嫁にくるならまだわかるけど、俺は男だから、「嫁」には行けねぇだろ」

 

 

 こちらもまたマジレスだった。脳内まで筋肉でできているんじゃないかと、ピークはまた激怒した。

 

 しかし結局、ポルコの恋を応援することにしたのである。

 ユミルと共にいる男の姿は、色々と吹っ切れたように幸せそうであったから。

 

 その二人については現在、マーレで暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ミカサは元気にしてるかなぁ…」

 

 船の外で潮風を浴びながら、そう呟いたのはアルミン。彼の横にはアニがいる。

 現在彼らは和平条約の締結のため、パラディ島に向かっていた。

 

「アイツなら大丈夫だろ」

 

「…うん、そうだね」

 

 3年前は、一方は死にかけて、一方はその一方を殴り殺さんとしていた間柄の二人。

 

 今は時間も過ぎ、アニの中のわだかまりも次第に解けていった。ライナーに対しては今でも容赦のない蹴りを入れるくらいには嫌いだが。

 

「……ねぇ、アニ」

 

「何だい」

 

「その………ううん、やっぱり何でもない」

 

「…そう」

 

 何か言おうとして、口をつぐんだアルミン。

 もう何度目かのこのやりとり。頬を赤くしながら海へ視線を向けた青年に、アニは深く息を吐いた。

 

 まどろっこしいうちは、答えてやる義理はない。

 

 もし「好きだ」と言ってきた時は、盛大に、それもみんなの前でフってやろう──という気持ちで。

 

「………」

 

 ふと思い出すのは、3年前のこと。

 

 果たしてアルミンが覚えているかはわからないが、飛行船から蒸発していく大型巨人をアニが眺めていた中、声がかけられた。

 

 

 ──────アニ。

 

 

 声の主はアルミンだった。

 ただ、その浮かべる表情が、口調が、そして自身に向かう既視感のあるものが。

 

 まるでそこにベルトルト・フーバーがいるように、感じられた。

 

 その一言だけを呟き、すぐにハッとした様子でアルミンは地上を見た。

 

 アレが何だったのか、アニにはわからない。しかし、もしかしたら消える前に、ベルトルトが彼女に会いに来たのではないかとも、思うのだ。

 

「…ふふっ」

 

「ど、どうしたの、アニ?急に笑って」

 

「何でもないよ、ばーか」

 

「え、えぇー…」

 

 

 アニ・レオンハートはかすかに口角を上げ、今の安穏とした気持ちを享受する。

 

 二人の頭上では、一匹の白い鳥が羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、飛んでいったその白い鳥が羽休めに選んだ木の上。

 

 その下では、花が飾られた小さな墓石の隣で、赤いマフラーを首に巻いた女性が座っている。

 

 もうすぐアルミンたちが来る。彼女は────ミカサは、墓石をそっと撫でた。

 

 

「あっ、ここにいたのね、ミカサ!」

 

 

 その時、彼女の元にやって来た人物。

 子どもを抱えながら歩いてきたのはヒストリア。側では護衛隊も控えている。

 

 どうやらもうすぐアルミンたちが来るため、ここ、シガンシナ区まで女王は足を運んでいるようだ。そのついでとヒストリアは久しぶりにミカサに会いに来た。頭に冠も置かず、そこらの庶民と変わらぬ出立で。

 

「…不用意に動いたら、危ない」

 

「大丈夫、護衛がいるもの」

 

「……なんかヒストリア、カルラさんみたいになった」

 

 要は、“お母さん”のようになった、と。

 

 久しぶりの会話ということもあり、二人の話も弾む。

 

 その声につられて、うぅ、と声が上がった。ヒストリアの腕の中にいた子どもは周囲をキョロキョロと見渡して、ふいにミカサに目を留める。

 

「あら、この子が泣かないなんて珍しい」

 

「……か、かわいい」

 

「ミカサと会うのははじめてだよね。ほら、私のお友だちだよ」

 

 もう少しで3歳になろうという子どもは髪の色こそヒストリアと似ていないが、くりくりとした大きな目は似ている。少し濃い目の眉も。

 

 ジッと、ミカサを見つめていた子どもは、徐に手を伸ばす。

 その意思を汲み取ったヒストリアがミカサへ子どもを渡した。ミカサは戸惑いの声を上げたものの、恐る恐る受け取る。

 

 

「おもい、結構…」

 

「ふふ、こう見たらミカサがお母さんになったみたいだね。持ち方はもう少しこうするの」

 

「う、うん」

 

 指を咥えていた子どもの手がペタペタと、ミカサに触れる。ついたよだれで汚れる顔に反射的に彼女はうめきつつ、子どもを下ろすことはない。

 

 不思議とその幼子の瞳に、心が吸い込まれる気がした。

 

「みかちゃ」

 

「……!か、かわいい…」

 

「みかちゃ!」

 

「かわいいばっかり言ってるね、ミカサ」

 

「でも、本当にかわいい……」

 

「みかちゃ、ちゃっちゃーまん」

 

「ちゃっちゃーまん…?」

 

「ちゃっちゃーまん」とは、何だろうか。首を傾げたミカサにヒストリアは、「アッカーマンって言いたいんじゃない?」と告げる。しかし言った側で、ヒストリアは首を傾げる。

 

「あれ、この子にミカサの苗字は教えてないはずなのに……」

 

 子どもはぎゅう、と抱きついて、至近距離で黒い瞳をのぞき込んだ。

 

 

「みかちゃはね、オレがちあわちぇにしゅるの!」

 

 

 キラキラと輝く翡翠の瞳に、ミカサは固まって。

 

 そして思わず、聞き返した。

 

 

「あなたの名前を……教えて?」

 

 

 マフラーをつけた、震えるその体。我が子の名前を言おうとしたヒストリアも、そのただならぬミカサの様子に出かけた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「オレのなまえは、エリェン・イェーガー!!」

 

 

 

 ミカサは腰を抜かしたように子どもを抱きしめたまま、座り込み。

 

 そして声を上げて、泣き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 これは和平交渉があった日から随分と遡った、とある某日。

 

 仕事で疲れ果てた一人の男は家に帰宅した直後、そのまま玄関で倒れ夢の世界へ旅立とうとした。

 

 件の一件で極刑も免れないと腹を括っていた男────ジーク・イェーガーは、マガトの采配により、再びマーレ軍に拝任された。

 

 当然、ジークの存在はマーレ兵士の反感を買った。だが裏切りの事実を、マガト元帥は「ジーク・イェーガーは裏でエレン・イェーガーを止めるため動いていた」という風に変えたのである。義勇兵についても同様に。ただしイェレナは、しばし牢屋行きになっていた。

 

 

 マーレを裏切ったと見せかけ、実は裏切っていなかった。

 

 ややこしい設定を背負わされたジークだが、すでにそれ以上にややこしい妹の被害に遭ってきたため、そこまで苦労することはなかった。

 

 ──いや、苦労はしている。マーレ復興に尽力するマガトに馬車馬のように働かされ、まだ戦士時代の方が数倍ラクだった目に遭わされている。

 

 これまで多くの人間を殺してきた男には、甘すぎる罰だろう。毎日「過労死」の言葉が脳裏をよぎっているが。

 

 マガトがジークへ処罰を下さなかったのは、もしかしたら彼がすべてを語り終え、アウラ・イェーガーにヘイトが向いたのが原因だったのかもしれない。

 

 まぁ、最たる理由は別にある。それはレベリオ区襲撃事件でマーレの上層部が一掃され、トップの地位にマガトが就任したが、その下がほぼ並の兵士しか残っていなかったためだ。

 

 その点、ジークは「戦士長」として培われた能力がある。

 その力がマガトのお眼鏡にかなった。マーレを裏切った罪人として処理するより、再利用した方が有用性が高いと判断したのだ。

 

 

 ちなみに、「お兄さまができるだけ苦しんで、それを私が堪能できるよう努力するよ…」な人間だった妹。改めて文字にするとひどい。

 

 この一件で、どうやら戦士とパラディ勢力のジャン・キルシュタインという男の間で、マルコ・ボットの死に関してひと悶着あったらしい。

 

 最終的に「あのマルコが本当にライナーたちに「悪魔」と言ったのか……?」と疑問に思っていたジャンは、アウラに対し「人間じゃねェ…!」と、憎悪マシマシに憤りを見せていた。

 

 新たに知った妹のクズエピソードに、ジークは死ぬ思いがした。

 

 

 

 

 

 とまぁ、度々胃が死につつも、彼はまだ生きている。

 

 祖父母もほかの戦士の家族に連れられ、列車でスラトア要塞に逃げおおせていた。そのためジークと無事再会を果たした。

 詳細を省き端的にアウラが死んだことを二人に話せば、膝から崩れ落ちていたが。

 

 どの道隠しておくことも、ジークの精神状態からしてできなかった。

「アウラは元気?」などと微笑まれながら聞かれた瞬間、銃口を口に突っ込んで、引き金を引く自信がある。

 

 であれば先に事実を告げて、その痛みを分かち合った方がまだ遥かにマシだった。

 

 

 

「あら、そんなところでぶっ倒れてどうしたんですか、ジーク戦士長。…いや、もう戦士長じゃなかったですね」

 

「……また勝手に入ってたの、ピークちゃん」

 

 

 ピーク・フィンガー。ポルコとユミルの熱愛報道で史上最大級に荒れ、その怒りの矛先がなぜかジークに向かった女である。

 

 仕事終わりに酒を浴びるように飲み、彼女はしょっちゅうこの部屋に入り浸った。それを介抱してやるのが、もっぱらジークの役目になっていた。

 

 連合軍の大使となったピークは未だマーレ軍部と深い繋がりがあり(まぁ、マガト関連だろう)、こうして新しく建設された軍事基地内にある兵士用の住居にも、難なく侵入することができる。

 

 最近はそこまで荒れなくなったが、それでも酒を飲むと毎回ポルコの話題が出る。

 今日は酒を飲んでおらず、シラフだった。

 

 

「仕方ない、運んであげますよ」

 

「うん、ありが……押しつけないでくれるか」

 

「何をですか?」

 

 ジークの背後に質量のものすごい二つのそれが、存在感を放って押し当てられている。

 そのままピークは素知らぬ顔でジークをベッドに引きずって行った。

 

 嫌な予感しかしないが、チャクラ切れを起こしたKKS先生の如き男は指一本すら動かすことが億劫になっている。

 

 

「そう言えばジークさん、ヒゲ剃りましたよね」

 

「俺にも色々、心境の変化があったからね」

 

「頬も痩けてましたけど、ライナー(ドベちゃん)みたいに健康的になったっていうか」

 

「ピークちゃん……?」

 

 うつ伏せの形で、ベッドに乗せられた男。

 ベッドの隅にもう一人分の体重が乗り、音を立てて軋んだ。

 

「メガネもつけないで、飾っておくようになりましたね」

 

 そう言ったピークの視線の先に映っているのは、棚の上に飾られたボールの傍にあるメガネ。クサヴァーの遺品だ。

 

 おそらくアウラの仕業だろうが、ジークが元に戻った時に、無くしたはずのそれをかけていたのである。

 

 

「どうしよう、俺なんかドキドキしてきちゃったんだけど。色んな意味で」

 

「私もドキドキしてますよ、ジークさんが10歳ぐらい若返ったみたいで」

 

 

 ジークは、キャー助けてェー!!と、生娘のように叫ぼうとして、自分が三十路のおっさんだったことを思い出した。おっさんは生娘のように叫ばない。そんなことを考えている頭は、明らかに疲れている。

 

 ポルコの件で親身になって話を聞いていた時点で、ピークの視線が昔の────戦士候補生時代に向けられていたものに変わったことには、気づいていた。

 

 しかしここまで肉食系であったのか。

 

 いや、奥手のおっとり女子に見せかけて、実際かなりの肉食だった。むしろよくポルコは貞操を守れたと思う。アレはアレで究極に鈍い男だ。

 

 

「……ダメですか、ジークさん」

 

 ジークは首だけ動かし、ピークを見た。ジャケットを脱いだ彼女がじっと見ている。

 

 ゴクリと、喉が鳴る。出どころは喉仏のある逞しい首からで。肝心の青い瞳は揺れていた。

 

 それは情慾に浮かされたものではなく、例えるなら帆を失い大海原を漂流する羽目になったような色を孕んでいる。

 

 

 

「ハァ………ピークちゃんはさ、俺を絶対幸せにしてくれる?」

 

「します。何なら今から天国を見せてあげますよ」

 

「それ俺のセリフな気もするけど……それでさ」

 

「はい」

 

「俺の一番にはなれないけど、それでもいい?」

 

「えぇ、いいですよ」

 

「……本当に?俺たぶん、人間の愛し方とかスゲェ下手になっちゃったと思うよ?つーか、分かんないかも」

 

「なら、また誰かに教えて貰えばいいんですよ、ジークさん。あなたを愛してくれる人間は別に、この世に一人しかいないわけじゃないんですから」

 

 ピークは目に弧を描いて、笑う。

 

 両親の愛を十分に受けられず、クサヴァーにしかし本当の子のように愛され、安楽死計画の中で情愛を切り離していた男。特に、性愛とは程遠かった。そして妹の人類を滅ぼすレベルの狂愛にフルボッコにされた結果、もう立ち直れないところまで来ている。

 

 

 愛って、何だったっけか。

 

 今のジークはずっと、そんな感じだ。

 

 

「怖いですか?誰かを愛するのも、愛されるのも」

 

「……あぁ、おっかないね。でも、ずっとこのままってわけにもいかないんだよ」

 

「…何だ、分かってるんじゃないんですか」

 

「そりゃあ生きちまったんだから、ビクビク怯えてるわけにもいかんでしょ」

 

「ジークさんはドベちゃんみたいに、もう少し可愛げがあってもいいと思いますけどね」

 

「ハハ、面白いジョークだな」

 

 

 重い体を動かし、仰向けになったジークは耳をかく。

 それでさ、と続けて。

 

 

「もし俺の妹みたいな人間でも、幽霊でも、現れて殺されたとしても文句は言わないな?」

 

「もちろん」

 

「……うん、そっか」

 

 じゃあと、手を広げたジーク。

 その中にピークは思い切り飛び込んで、その勢いに「うぐっ」と、彼はうめいた。

 

 

 ベランダの奥では、夜空がキラキラと光っているのが見える。

 

 不意にその色を目に留めたジークは、妹を思い出し小さく笑う。

 

 

 

 最後にジーク・イェーガーが、アウラ・イェーガーの兄であったことに感謝した妹。

 

 ジークの意識が落ちる中でもう一言、彼女は言葉を残していた。

 

 

 

『来世は私が()()()、幸せにするから』

 

 

 

 その言葉の裏に、「今世を幸せに生きて欲しい」という意味があったのを、兄は理解した。

 ついでに、「来世も絶対に付きまとってやるぜ!!!」という意味の宣言も。

 

 だから、ジークは幸せになろうと思う。時折、死にたい気持ちに駆られながら。

 

 その中には、自分を残して死んだ妹への皮肉も込めて。

 

 

 

「本当に、イヤな妹だよ」

 

 

 

 そんな妹を、ジークは忘れない。忘れようと思っても、忘れられないだろう。

 

 

 

 ジーク・イェーガーは、アウラ・イェーガーを「愛」している。

 

 大切な妹として、これまでも、この先も。

 

 

 

 

 

 -END-

 

 

 

 

 

 

 


 

【小話とあとがき】

 

 -小話(箇条書き)-

 

 

 ・エレン&ミカサ

 アウラの粋な計らい(?)によってヒストリアのお腹に召喚されたエレン。記憶については部分的にしか思い出していない。仲間の前では「エレン」になるが、そのほかの前では普通の子どもになる。ヒストリアには基本普通。彼女が「エレン」と言った場合は、エレンになる。そう遠くないうちにミカサにプロポーズする。ミカサも受け入れる。でも年齢差が約20歳なんじゃあ…(ノブ感)周囲は混乱したけど、かなり寛容的。両親も。今は温かな目で見守っておこうスタイル。

 

 ・アルミン&アニ

 アルミンが諦めずアタックし続ければ道はある。何だかんだでアニも絆されつつある。

 

 ・コニー・サシャ・ジャン

 いつもの三人。コニーはカーチャン戻ってよかったね。

 サシャも「お前のために美味いご飯を作るから、俺と…」な感じでニコロにその内プロポーズされた。でも「美味しいご飯」のところしか聞かずに頷いた。まぁ、いいか、な様子のサシャだった。

 ジャンは血涙を流した。

 

 ・リヴァイ&ハンジ

 雷槍でリヴァイが大怪我を負ってイェーガー派から逃げた時、「二人で暮らそうか」の言葉を聞いていたリヴァイ。ハンジが合流した時に何か話があるそうだ。え、アレってプロポーズじゃなかったんですか…?

 

 ・パラディ島

 みんな常通り働いている。進展があったのはオルオとペトラ。

 

 ・ライナー

 アウラの本性知った後でも、まだ想いを引きずっている。でもヒストリアの手紙の匂いは嗅ぐ。アニはいつまで俺の尻を蹴るんだ……?

 

 ・ピーク

 荒れた。でも復活した。男にはモテるけど男運がない。

 

 ・戦士候補生

 コルトはそのまま軍に入る。ジークとの距離感は微妙。

 その他は戦士自体がなくなったため、普通に生活。ファルコとガビはいい感じ。けど将来はマガトへの想いもあるだろうし、支えたいという気持ちでいずれ軍に入るかもしれない。

 

 ・ポルコとユミル

 ユミルのお兄ちゃんオーラにいつの間にか惹かれていたポルコ。この二人結構倒錯した感情抱いてそう。

 

 ・イェレナ

 自由の身になった後は、「悪魔教」を作りたいそうです。

 

 ・ジーク

 これからも妹のことで苦しんで生きてもろて、ドゾ。

 でもまぁ幸せになれ。来世は(スクカー時空)は一切容赦のなくなった妹が襲来する。多分。

 

 ・奇妙なエビ(回遊魚)

 元イメージはアノマロカリス。引きこもり。片想いしてた光るムカデにアタック(捕食)して、無事幸せになりました。よかったね。

 

 ・光るムカデ

「えっ?」

 

 ・ユミル

 エレミカチャートを堪能できてよかったね。何だかんだで最後は幸せになった。おやすみ。

 

 ・アウラ

 (ニッコリ)

 

 

 




 -あとがき-


 感想やお気に入り、評価に誤字脱字報告などもありがとうございました。

 まさかこんなに(100話越え)長くなるとは思ってなかったんや…。そして終わらせ方を考えて、結局アウ子を生かしておく道を作れなかった。まぁそれでジークが曇るなら……。

 はじめて挿絵をいただいて鯉登ばりに「キェェェ」と叫んだり、進撃アニメの完結が先送りになってまた鯉登になったり。
 モチベ的に続かない時もありつつひとえに続けられたのは、読んでくださる方がいらっしゃったからです。本当にありがとうございました!

 今後は前にいただいたリクエスト消化しつつ、スクカー書きたい所存です。でも今は真っ白に燃え尽きたぜ…状態なので、投稿ペースはかなりゆっくりになると思います。そもそも番外になるので、別枠作って投稿しようかとも検討中。そこら辺はアンケート置きますので、よければお願いします。いや…でも、さらに暴走しそうだから分けた方がいい希ガス…。



 最後に、性癖闇鍋(カオス)な作品に約7ヶ月間もお付き合いいただきありがとうございました!
 出発地点はショタジークの絶望顔だった……(ニチャ)

 また別の機会でお会いできましたら、幸いです。

 栗鼠でございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。