しずかなのけもの (くにむらせいじ)
しおりを挟む
第1話「イレギュラーなルーティン」
まえがき
『 しずかなのけもの 』 第1話です。
このおはなしは、『ジャパリ・フラグメンツ』内の短編、〈 しずかなのけもの 〉をふくらませて、一人称にしたものです。(向こうとはセリフ等が違う箇所があり、矛盾が生じています)
独自設定が暴走しています。
全4話です。加えて、『あとがき・設定』が1話あります。
横書きで、PC版を基準に書いています。スマホは横向きが良いかもしれません。
マウスオーバーで脚注が出ますが、ウィンドウの幅によっては右にはみ出して切れます。
ウィンドウをディスプレイの幅いっぱいに広げるか、文の幅ギリギリまで狭めるかすれば、全部見えるはずです。
わたしは、『なみみ』。
とってもヒマだから、昔の記憶を開いてみよう。ちょっと前に編集したガラクタが、奥の奥にいっぱい詰まっていたはず。偽物の記憶……嘘と間違いと矛盾だらけの思い出だ。
時折、暗くて退屈な日常がキラキラ輝く瞬間があった。短い人生の中の、数瞬……。
まだ、ジャパリパークがヒトと共にあった頃。思い出すと胸が苦しくなる、平穏な時代。
ジャパリパークの西寄り、森の中にある、『アンイン第4炊事場』。お堅い名前だからか、飼育員の間では『妖怪キッチン』って呼ばれている。地元の伝説にちなむ、親しみを込めたあだ名だ。 *1
華やかなレストランが併設されている第3炊事場とは違い、ここには閉鎖された大食堂が残るのみ。かつてはお客さんで賑わっていたけど、今は “アニマルガールではない動物” 向けのごはん作りがメインだ。
早朝の、まだ暗い時間に、わたしの一日は始まる。
軽く朝食を食べて、作業服を着て寮を出て、隣の建物の調理場へ向かう。
調理場ではエプロンを着ける。工場みたいでかわいくない、厚手の白い大きなエプロンだ。
壁にかかっているのは、『普通の時計』と『ジャパリパーク標準時』の時計。
ジャパリパーク標準時の時計は、盤面が虹色の二重円で、数字も目盛りも無い。これの読み方を知っているのは、古参の飼育員くらいだろう。 *2
動物たちの生活リズムをベースにして、季節や気候に合わせて盤面や針の動きが変化する、生きている時計。ヒトは、目盛りの上を一定の速さで回る時計に慣れすぎていて、変動する表示に馴染めなかったから、今ではあまり見かけない。職員の勤怠管理も普通の時計が基準だ。
でも、わたしはパーク標準時が好き。とっても心地いい時間だから。
『普通の時計』の5時頃に、おんぼろのトラックがやってくる。ドライバーのおじさんと一緒に、段ボール箱に入った大量の食材を降ろし、ウォークイン冷蔵庫へ詰め込む。わたしは台車に乗せて運ぶけど、ドライバーさんは台車を使わない。『手で運んだ方が速い』んだって。*3 もうひとり欲しいところだけど、早番ができる人がいないんだ。
このドライバーさんとは長い付き合いだ。言葉足らずで会話が苦手なわたしのことを理解してくれていて、何もしゃべらなくても作業が進む。
ドライバーさんは、手早く仕事を終えて去って行く。あの人は、港に荷揚げされた資材をトラックに積み、各所を回って資材を届け、不要品を回収する。だから、わたしより早起きで力持ち。寡黙なおじさんだけど、ちょっと格好いいなって思う。*4
わたしは、タブレット端末に送られて来るオーダーをもとに、野菜、お肉、お魚、栄養剤などを準備していく。動物によっては毒になる食材もある。稀にオーダー内容にミスがあるから、それを指摘できる知識も必要。栄養士……というより、薬剤師みたいな仕事なんだ。飼育員になるために学んだことは、ちゃんと役立っている。
アニマルガールはヒトと同じものが食べられるし、各個体に合わせて栄養素が調整できるジャパリまんも開発中。だけど、 “アニマルガールではない動物” には、本来の食べ物が必要なんだ。 *5
調理器具の準備と下ごしらえが、わたしのメインの仕事。動物たちはものすごい偏食で、信じられない量を食べる。材料をカットして、フードプロセッサーにかけるだけでも大変だ。
この大きな野菜スライサーが難物だ。刃の切れ味が悪いうえに部品がガタガタで、野菜を上手くセットしないと引っかかって止まっちゃう。交換刃は高いから買ってくれないし、機械ごと買い替えてほしい……なんて言えないよね……。
日が昇る頃に、電動スクーターの音が聞こえて、マグ先輩がやってくる。先輩というより師匠みたいな人だ。*6 とっても心強いけど、朝が弱いんだよね……。ふたりで協力して、重労働の下ごしらえを終えたら、ガスコンロやオーブンやフライヤーを使う調理が始まる……とは言っても、生で食べる動物が多いのだけれど。調理と同時進行で、各方面への仕分け作業もする。
リンゴが余ってるから、内緒でレッサーパンダ舎に送ろう。こういうイタズラは、わたしのささやかな楽しみ。
程なくして、近隣で働く飼育員たちが、動物たちのごはんを受け取りに来る。*7 この、 “おつかい” は、主に新人の仕事だ。その初々しい姿を見て、 “わたし、ちょっと怖がられてるかな?" なんて思う。
昼前に、遅番のふたりがやってきて、4人体制になる。昼はバラバラに食事。昼間はイートインのお客さんが来るから結構忙しい。*8
妖怪キッチンには、かわいい制服なんてないし、わたしも着たいとは思わない。そして、料理はどれも大盛り。肉体労働をする作業員向けの、実用性一点張りな調理場だ。
マグ先輩 「うちはレストランじゃねえ。うまいメシで力をつけてもらえばいいのさ」
この先輩も格好いい。めっちゃくちゃ怖いひとだけど。
昼を過ぎると、わたしは食材の残りをチェックして、足りないものを発注する。そして、業務日報を書いて寮に戻る。夕食を食べてお風呂に入り、早めに寝て、明日に備える。
これがわたしの一日。シフトは時々変わるけど、このパターンが多いね。
大抵、ぐったり疲れてるから、すぐに眠れる。この仕事に休みはない。
もうひとり欲しい……なんて贅沢は言えない。パークはどこも人手不足だし、優秀な子はセントラルに行っちゃうから。
ジャパリパークの職員が少ないのには、悲しい理由がある。
お客さんが減っているんだ。アニマルガールは珍しくなくなったし、アトラクションも飽きられている。寄付も減っているし補助金は増えない。もともと莫大な運営費がかかるのに、老朽化した施設の修繕*9、新しいアトラクション、ガイドロボットの開発、セルリアン対策などで、パークの運営費は膨らむ一方。
この前、入園料の引き上げが決まった。頑なに値上げを拒んできた園長がついに折れたんだ。『パークをお金持ちの娯楽施設にしたくない』って言っていたのに……。でも、閉園になったら、たくさんの動物が行き場を失う。みんな動物もパークも大好きだから、意見がぶつかるんだよね。
いちばん大きい経費は人件費。何人もの先輩が辞めて行った。『私が知ってるパークじゃなくなっちゃった』って言って、寂しそうだった。後輩も辞めて行った。『仕事がつらい』って。せっかくパークに就職したのに動物とふれ合えないから、嫌になっちゃったんだろうね。なら、辞めて正解だよ。
ガイドロボットの性能が上がれば仕事は楽になるだろう。でもそうなると、もっとヒトが減る。特に、わたしたちみたいな裏方のきつい仕事は。
わたしは、ひとりになっても、妖怪キッチンに残るって決めている。
あこがれていた飼育員になれなくて、妥協してこの仕事を選んだ。わたしは、お料理は好きじゃないし、得意でもない。*10 でも、やってみたら意外とできたし、ちょっぴり楽しさもあった。
今は、この仕事を誇りに思っている。……そのうち本物の妖怪になっちゃうね。わたし。
キリっと冷えた秋の早朝。まだ真っ暗な時間。
わたしは、いつものように調理場に一番乗り……と思ったけれど……。
調理場の中から、カリカリカリ、ガリガリ……と音がする。まあ多分、怖いおばけじゃなくて、食いしんぼうな
わたしは調理場に入り、明かりをつけた。
なみみ 「………かりかりしちゃだめ……」
小さくて、ぼそぼそした声が出た。これじゃ、わたしの方がおばけだね……。
ネコの子 「わわ! ごめんなさい!」
調理場にいたのは、大きなネコ……サーバルのアニマルガールだった。
彼女は、シンクのわきに立てかけてあった特大のまな板で爪とぎをしていた。外が寒いから入っちゃったのかな?
この子はいろいろと有名だ。自覚は無さそうだけど、とっても人気がある。
サーバル 「こんにちは! ……じゃなくて、こんばんは、かな?」
みんなに好かれる、キラキラした輝きを持った子だ。……わたしとは真逆だね……。
って、そうじゃなくて! ここは……
なみみ 「……おはよう……」
なんて暗い声なの! ダメだよわたし! 挨拶はもっと明るく大きな声で言わなきゃ!
サーバル 「おはよう! なみみさん! きょうも早いね!」
サーバルの明るい笑顔。……まぶしすぎて、つらい。どうやったらこんなふうに笑えるの?
わたしは、醜悪な笑顔を見られるのが恥ずかしくて、我慢しちゃうのに……。 *12
今日は集配のトラックが来ない日だ。
なみみ 「……ジャパまん、食べる?」 *13
何の気まぐれか、わたしは、そんなことを言ってしまった。
つづく
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
次話では、複雑な気持ちになったなみみさんが……やらかします。
[ 初投稿日時 2021/11/01 11:21 ]
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第2話「防御の刺突」
まえがき
『 しずかなのけもの 』 第2話です。
サーバル 「静かにしてると、いろんな音が聞こえるね」
なみみ 「…………」
わたしは……時計の音が気になる。
サーバル 「ほら……葉っぱの音、虫の声。……むこうに鳥の子がいるよ」
サーバルが窓の外を見た。この子には、目に見えるように聞こえるのだろう。
なみみ 「……?」
わたしは、窓の外を見た。かすかに空が白み始めていて、木々のシルエットが見えた。
なみみ 「……見えない……」
わたしはいつも通り、動物たちの食事の下ごしらえを始めた。
サーバル 「すっごーい!! なにこれ! お野菜がバラバラだよー!」
サーバルが、例のおんぼろスライサーを見て目を輝かせた。
そして機械に触れた……
……カバーがベコッと内側にズレて、ガリガリっと嫌な音がした。
サーバル 「んみゃ?」
スライサーが止まり、エラーの赤ランプが点灯した。見慣れた緊急停止だ。
サーバル 「ぅわー!! ごめんなさい!! わたしのせいかも!!」
サーバルがあわてた。カバーが外れてる所さわっちゃったかな?
なみみ 「……だいじょうぶ……いつもの……」
スライサーのカバーを開けて見ると、回転刃が外れていた。
わたしは、刃を付け直そうとしたが、ポロっと取れてしまった。よく見ると取り付け部分が折れていた。これ、この前みたいに応急処置できるレベルじゃない。マグ先輩でも直せないかも。
なみみ 「間に合わない……」
手作業では、先輩とふたりでやっても厳しいね……。
サーバル 「わたしにやらせて! こういうの得意だから!」
……焦って混乱したわたしは、あろうことか、ネコの手を借りてしまった。
サーバル 「みみみっ!……ねむぃ……ふみゃみゃみゃ!」
サーバルは、半分寝ながら、野菜を投げ上げ、爪でカットしていった。速すぎて、どう切っているのか見えなかった。*1
なみみ 「怪我するよ……」
ああ…細かく切りすぎて飛び散ってる……片付けが大変だ……。
だめ! キャベツは古い方から使ってよ!
何も仕事を知らない子が手伝うと、かえって やることが増えちゃうんだよね……。
なみみ 「えっと……」
わたしは、人に指示を出すのも教えるのもすごく苦手だから、ひとりでやった方が速くて楽なんだ。でも、善意で手伝ってくれているのに、邪魔者扱いするわけにいかないよね……。
なみみ 「……このくらいで…………」
わたしはキャベツを包丁で切って見せた。
野菜のカットだけに専念してもらおう。いろいろ教えると、わたしの方が混乱しちゃうから。
サーバル 「みゃみゃっ!! こんなかんじかな?」
サーバルは、言葉足らずなわたしの意図をくんでくれた。じんわり嬉しくなった。
ふたりで、プラスチック製のバケツに、大量の刻んだ野菜を入れた。
なみみ 「……これで、おしまい」
やることは、まだまだたくさんあるのだけれど。
サーバル 「おかたづけ、やらせて!」
サーバルが元気に手を上げた。
困ったな……正直、仕事の邪魔なんだよ。
……ああ……何考えてるのわたし!! 最低だよっ!! 手伝ってもらっておいて!!
最低な考えから目をそらすと、『ジャパリパーク標準時』の時計が『朝はじめ』になっていた。
なみみ 「……もういいから……よい子は寝る時間」
この子は夜行性だからね。
屋外が明るくなり、“ 明け方のパーク ” から “ 朝のパーク ” へと変わっていった。
鳥の声は聞こえるけれど、電動スクーターの音は聞こえない。マグ先輩、また寝坊しちゃったのかも。
サーバル 「きょうは、なみみさんに会えてよかったよ」
サーバルの明るい声。
なみみ 「へ?」
わたしは耳を疑った。
サーバル 「なみみさん、あしたも会おうね! わたし、この時間ひとりだから、さみしくて」
サーバルは、にっこりと、少し恥ずかしそうに笑った。
わたしの中に、理解不能な熱がわいてきて、心臓がキューっとなった。
この子は、わたしがいると さみしくない、ってこと? そんなことありえないよ……。
普通嫌がるでしょ? わたしがいたら。*2
でも、この子が嘘をつくとは思えない。
サーバルが、不思議そうな顔をして、わたしの胸を見た……じゃなくて耳を向けた。
サーバル 「どうしたの? ドキドキしてるよ?」
耳が良すぎだよこの子……恥ずかしい……。
なみみ 「………こんなふうに……求められたこと、無かった………」
サーバルが、きょとんとした。
サーバル 「どういうこと?」
そのままの意味だよ。
なみみ 「……友達いないから、わたし」
今も昔も、本当にひとりもいないんだ。 “顔見知り” ならたくさんいるけどね。
サーバル 「そうなんだ…………えぇ!! えっと……そ、そんなことないでしょ!」
サーバルは驚いて動揺していた。 *3
なみみ 「……そういう子がいるの……ヒトの世界では」
大抵、クラスにひとりくらいいるね。 *4
サーバル 「でも、あなたと おともだちになりたい子、いっぱいいたでしょ?」
なみみ 「……近づいてくるひとはいたけど、わたしを、いじってるだけだった。
変なやつがいる、って」
サーバル 「それはかんちがいだよ! その子、あなたとなかよくしたかったんだよ!」
サーバルは、強めの口調で言った。
確かに、わたしと仲良くなろうとした子はいた。いたけど……からかい半分にしか見えなかったよ。『あなた、ひとりでかわいそうだね。これで遊ばない?』って、笑顔で ねこじゃらしを振られて……。
わたしは冷たく無視したけど、内心、頭にきていたんだ。“バカにしないで! わたし、あなたのペットじゃないんだよ! 『かわいそう』じゃないんだよ! しゃべらなくても怒るんだよ!” って。 *5
今思えば矛盾している話だね。いちいち怒っていたら心が持たないよ。
なみみ 「……なんにもしゃべらない。話しかけても無視。
そんな子と、仲良くなりたいなんて思わない」
最初は、無視じゃなかったんだけどね。
サーバル 「どうしてしゃべらなかったの?」
わたしが会話が苦手な理由は、いくつもあって複雑だ。中でも、根っこにあるものは……
なみみ 「わたしは、言葉をうまく組み立てられなかったの」
考えすぎて、声に出すまでに時間がかかってしまう。それが “こいつ無視してる”って誤解されたんだ。そして、いろんなことが原因でいじめられて、意地になって本当に無視して……。
これは、“ニワトリが先か卵が先か” なんだ。黙るのが先か、会話が苦手になるのが先か …… いずれにせよ、わたしは悪循環に陥っていたんだ。
どこが始まりかな……幼稚園の頃、先生に『静かにしなさい』と言われたのを愚直に守り続けて …… って、なにその理由!? 理屈は分けるけど極端すぎるよ! *6
……説明が難しいね……簡単に言うなら…… *7
なみみ 「めんどくさくて黙ってたら……じゃべれなくなっちゃった」
こうやって普通に会話ができるのは、ずいぶん進歩したんだよ。自分でも驚くくらい。
サーバル 「つらかったんだね……」
違う。信じてくれないと思うけど……
なみみ 「わたしは、ひとりが当たり前だから、つらくない」 *8
これは強がりではなく本音なんだ。普通は、 悲しい とか 寂しい とか感じるらしいけど……わたしは多分、『普通』じゃないんだろうな……。 *9
サーバル 「わたしがおともだちになるよ! たのしいこと教えてあげる!」
サーバルは屈託なく笑った。
この子、いい子すぎてイライラする。天然モノの、まっすぐで、しなやかな芯がある。それはわたしには無いものだ。しかも……怖いくらいやさしい。
この子とわたしじゃ釣り合わないよ。わたしと友達になるなんて、この子が かわいそうだよ。
*10 どう言えば良い? 突き放して、あきらめさせなきゃ。
なみみ 「……もっと早く出会えていたら……でも、この歳じゃ手遅れ」 *11
サーバル 「おともだちに歳は関係ないよ!」 *12
ダメだ……粘る気だこの子……。
ここは思い切って、ストレートに言おう。
なみみ 「……友達は、いらない」
サーバル 「え……」
サーバルの笑顔が消えた。
胸がズキっと痛かった。
だから、わたしは “恋人も、子供もいらない” とまでは言えなかった。
なみみ 「あきらめたら、ラクになったの」
あきらめると本当に楽なんだ。わたしは、毎日おいしいごはん*13 が食べられて、寒さがしのげる家とお風呂があれば十分。それ以上を求めるのは贅沢だと思う。*14 つまり、今の暮らしが幸せなんだよ。この子も、わたしをあきらめてほしい。
サーバル 「あ、あきらめちゃだめだよ! わたしについてきて! おともだち、いっぱい、
いーっぱいいるから!」
サーバルは、焦ってうろたえながらも、笑顔をくれた。
やめて! わたし、仲良く楽しくなんてできないんだよ!
なみみ 「そういうの、苦手……」 *15
本当に苦手なんだ。いじめられるよりも、仲良くするほうが難しいから。
あきらめさせるには、もっと強い言葉が必要かな……。
心の底で、ナイフを握りしめるような感覚があった。抑えなきゃだめだよ。わたし。
サーバル 「怖くないよ! みんな、あなたをいじめたりしないから!」 *16
……………………。
なみみ 「押し付けないで……迷惑なの」
静かで怖い声が出てしまった。
サーバル 「!」
サーバルが、ぱっちりとした目をさらに丸くした。何が起きたのか理解できていない顔だった。
やっちゃった。
なみみ 「……重いの……友達は……」
サーバルはしばらく呆然としていた。まつ毛がふるえていた。こんなふうに拒絶されたことが無かったのだろう。
シュワーって頭の中に広がっていく白っぽい炭酸水と、沈殿していく黒っぽいドロドロ。
サーバルがうつむき加減になった。
わたしは彼女を正視できず、目をそらしてしまった。
サーバル 「……じゃあ、どうしてあなたはここに、パークに来たの……」
普段の彼女からは考えられない、暗い声だった。
聞かないで……ブレーキが効くのも遅いんだよ。わたし。
なみみ 「しゃべらない動物が、好きだから」
それが、わたしの正直な気持ち。
わたしは、ヒトたいなアニマルガールじゃなくて、 “普通の動物” が好きなんだよ。
サーバル 「…………」
長い沈黙があった。
…………わたし、なんてことを…………
気がつくと、サーバルがいなくなっていた。
灰色の不快な浮遊物が、頭の中に残った。
つづく
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
なみみさん、やっちゃいました。
もちろん、ふたりは次話で仲直りします(ネタバレ)。いや、気まずくなっただけで、ケンカなんてしてないですけど。
[ 初投稿日時 2021/11/05 20:25 ]
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第3話「情けは己がため」
まえがき
『 しずかなのけもの 』 第3話です。
夜。寮のベッド。
わたしは、眠れそうで眠れなくて、布団のなかでぼーっとしていた。
灰色の記憶が、わたしの脳の裏側にこびりついていた。これは一生消えないものだ。この先、何度も思い出すのだろう。 *1
わたしは、サーバルの無防備な心に、鋭利な言葉をグサって刺して、追い打ちをかけて、傷口を広げて……ごめんね、痛かったよね……。なんでわたし、サーバルに『ごめんなさい』って言えなかったんだろう……気づくのが遅い。遅いにもほどがある。
思考が回り始めた。スイッチが入っちゃったかも。
謝るどころか、わたしは傷ついたサーバルを見て喜んでいたんだ。 “やってやった” “いい気味だ” って……。本当に最低。悪魔みたいだね、わたし。
あれは謝っても許されない言葉だ。わたしは、あの子の、自分ではどうにもできない事実…… “アニマルガールだから” 友達になりたくないって拒絶したんだ。わたしは、それがどれほど痛いか知っているのに…… “自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない” って、そんなの子供でも分かることだよ。
わたしはサーバルを拒絶したんじゃない。友達ができるのが嫌だったんだ*2 ……そんなの言い訳にならないよ!! あの子から見れば一緒だよ!!
あの子は好意を向けてくれたのに、がんばって手伝ってくれたのに、わたしは恩を仇で……でも仕方ないじゃない。ひとりで居たいのは本当だもの……。我慢して付き合えば良かったかな? だめだ! そんな嘘失礼だよ! もっとやわらかく断る言い方があったでしょ! じゃあどう言えば良かったの? それが分からないから、言えないから、わたしはいつもいつも、のけもの……。
『のけもの』? 違う!! わたしが他人から逃げてるんでしょ!! 自分が悪いんでしょ!!
ああ……今夜は眠れないかも………………
……ふっ……と、意識が途切れた…………
……………………………………
……………………
…………ぽこっ、と、泡のように、小中学校の頃の思い出が浮かんだ。
あれは、いじめとしては、かわいいものだった。
教科書が無くなったり、就学旅行で、寝てる間に髪を切られたり……そういうのは、大して痛くなかった。でも、靴の中が温かいスープでびちょびちょになっていた時は泣きたくなったな……。
怪我するとか、お金を巻き上げられるみたいな犯罪レベルの事は無かったし*3 、悪い噂を流されるような陰湿さも無かった。わたしが鈍感だから気づかなかったのかもしれないけれど。
いちばん嫌だったのは……
体育の、チームで対戦する授業のあと、着替えの時間に『あんたのせいで負けたじゃない! 』 って、毎回のように詰め寄られたこと。これは事実だからつらかった。がんばって必死に動いても、『ロボットみたい』って笑われた。あの子たちは、わたしがチームに加わるのをひどく嫌がった。*4 おかげで球技が大嫌いになったよ。 *5
わたしは、いじめる子たちを徹底的に無視した。何を言われて黙ったまま。これはわたしの意地であり、せめてもの抵抗だった。……逆効果だったんだけどね。無視すればするほど怒るから。
中学の卒業間際、わたしをいじめたあの子から手紙をもらった。卒業の記念品と一緒に、先生を経由して受け取った。手紙を開封するまでに2年ほどかかった。何が書かれているか怖くて。
『いじめてごめんなさい』……手紙には、そんなことが書かれていた。
予想通りだった。先生に書かされただけでしょ? って、疑ってしまう自分が嫌だった。
直接言われなくて良かった。こんなの謝らなくていいんだよ。わたしは恨んでなんかいない。思い出しても怒りは湧いてこない。そんな思い出もあったなーっていうだけ。
それだけなんだけど……確かに、今の自分に影響している。性格とか考え方とか……。透き通った灰色の何かが、心の深いところに沈んでいるんだ。
わたしは、やせ我慢が得意になった。苦しいことからも楽しいことからも目をそらして、手遅れになっても気付かない。 *6
こうなったのは自分のせい。あのいじめは、わたしを形作った要素の一つに過ぎない。
再び、ぽこぽこぽこっ、と、灰色の記憶が、泡のように浮かんできた。
……………………
やめてっ!! そんなの思い出したくない!!
…………………………………
……嫌だ! ……いやだ…………いやぁ………………
………………………………………………
………………………
…………しっかり眠ってしまった。
……頭が重い。ひどい夢を見ていた気がする。
外はまだ暗い。枕元の『普通の時計』を見た。お仕事だ。わたしにできることは、それだけ。
サーバル 「おはよー! なみみさん!」
調理場にサーバルがいて、明るく元気に挨拶した。
なんで? 予想はしてたけど……予想以上にゆるい。なんでこんなに明るくいられるの?
なみみ 「…………」
ああ! 黙っちゃだめだよわたし!! えっと、まず挨拶を!!
サーバルは、明るい顔のまま待ってくれた。
なみみ 「……おはよ……」
よかった。言えた。昨日のこと謝らなきゃ。この子を傷つけない言い方……
……だめだ……言葉が出ない。いっぱい考えたのに……。
サーバル 「お手伝いさせて! なにすればいい!?」
やめてよ。わたし、ひとを動かすの苦手なんだってば。
なみみ 「…………」
しまった! 謝る機を逃した!
サーバル 「あ……じゃま、かな?」
サーバルが困ってるよ。何か返さないと。
邪魔じゃないんだよ。上手く指示ができない?、教えるのが難しい?
……どう言えばいいんだろう?
なみみ 「…………」
サーバル 「えっと、じゃあ、応援するよ!」
なに言ってるの、この子。
とりあえず、いつもの作業に入った。
そんな、じーっと見られてるとやりにくいんだけど……。しかも笑顔で。
なみみ 「……切るの、手伝って」
とっても速くて上手だったからね。
サーバル 「うーみゃみゃみゃみゃみゃーーー!!」
やっぱりサーバルはすごかった。爆速なだけじゃない。ちょっと教えたら、切る形や大きさも自由自在になった。おんぼろスライサーなんて比較にならないよ。
サーバル 「みゃっ!?」
サーバルがビクッとして、切りかけのニンジンがまな板に落ちた。
なみみ 「みゃ?」
サーバル 「……手、切っちゃった……」
サーバルの親指の根本あたりから血が出ていた。傷は小さいけど、痛そうだな……。*7
なみみ 「ああ……消毒液と……ばんそうこうが……」
ばんそうこうは、防水のものを常備している。
サーバル 「こんなの舐めれば治るよ!」 *8
多分、本当に治るのだろうけど……
なみみ 「ぬれると痛いから」
ここでは強力な洗剤を使うし、タマネギや柑橘類の汁が傷に入ったら目もあてられない。 *9
この子ドジっ子だけど、教えたことはがんばってやるし、失敗しても結果的に上手くいってる。不思議だ。わたしは教えるのが下手なのに……。
なみみ 「ここで、ちょっと休憩 」
そんな暇無いけれど……なんというか、そうしたくなった。
サーバル 「んみゃぁ……ねむひ……」
サーバルがわたしに寄り掛かって、べったりくっついてきた。
熱い。ヒト化しても体温は高いんだね。
サーバル 「んみゃ……」
サーバルが腕をまわして……。
なみみ 「やめ……」
なんで抱きついてくるの!? 力つよいって!!
わああ!! おでこスリスリするのやめて! *10
サーバル 「ぐるる、ぐるる……」
なみみ 「うくっ……」
喉鳴らしで神経をくすぐられちゃう! きもちぃ……。
サーバル 「ぐるる、ぐるる……ぐるみゃー……んみゃう……ごろろろ……」 *11
ネコが出す謎の音に、眠たげな鳴き声を混ぜたカクテル…………ごちそうさまです…… *12
……酔っちゃだめだよわたし! これはこの子の作戦なんだ。絶対に負けたりしない。
会話が苦手なら “別の方法” もある。この子、そういうの好きみたいだね……。
よし! ひさびさに本気出しちゃうよ!
サーバルを、やさしく抱き寄せて、頭をなでた。最初は、やさしく手ぐしで、スーッ…スーッ…っと指を滑らせる。髪の中の熱が心地よい。
サーバル 「え? なみみさ……なにしてみゃっ……」
次は、シャンプーするように くしゃくしゃと グルーミング。痛いほど強くせず、くすぐったいほど弱くない、気持ちいい力加減で頭皮を刺激する。指の動きはランダムじゃなくて、毛の流れを意識したパターンがあるんだ。指先を震わせながら、うねうねと波のように愛撫する。
サーバル 「あっ、あっ……みゃああ……」
限界までやさしく、けだるい声を出そう。ため息のように……
なみみ 「かゆぅいとこないですかぁ?」 *13
こういう時は、声かけも大切だからね。
サーバル 「え……えと……」
びっくりちゃったかな? 少し目が泳いで、うるんできたよ。
この子の気持ちが、筋肉のふるえや呼吸で伝わってくる。言葉よりもずっと強く。
なみみ 「全身のちからを抜いてー……リラーックス……」
サーバル 「……んふふっ……ふみゃー……」
かわいい声しちゃって……しおらしくなってきたね。
次は、頭の上……耳の間やおでこを人差し指でこりこりする。
サーバル 「み…ぁふ……」
中指と親指も使おう。こりこり、ぐりぐりぐり……
けもの耳はとっても敏感でデリケートだから、やさしく、慎重に。
なみみ 「ほら、おみみ、きもちーきもちー……」
声かけと指をシンクロさせて、耳にやさしい振動をあげる。
わたしの、言葉にできない気持ち、精一杯、指先に込めて……。
サーバル 「みゃんぅう……んみゃぁー……」
サーバルが脱力して、とろけ始めた。
ほっぺたを親指でマッサージ。押して、くるくるくる……軽くつまんで、むにむにむに……ふっくら、もちもちだね。
サーバル 「ぐるる、ぐるぅみゃー……ごろろ……ごろろ……」
なみみ 「あごの下もいいよねぇ?」
こしょこしょこしょ……指をしならせて、あごに沿って手前に滑らせるのがポイント。ちょっぴり えっちな くすぐり方だよ。
サーバル 「ふへ、ふへえぇ……」
なみみ 「そんなによだれ出したらぁ、おぼれちゃうよー?」
肩から背中を、ゆーっくり、もみん……もみん……もみん……ほぐさなくても 柔らかいね。でも、しなやかで、すっごく強い筋肉。やっぱりネコだなぁ……。
なみみ 「わたしの親指、じーっくり味わってね……」
毛細血管を広げて、老廃物を押し流し、筋繊維の一本一本まで、ほろほろにほぐしちゃうよ。
サーバル 「……み……ぅ…………」
サーバル、目を閉じて、しあわせそうな表情だ。
なみみ 「もう、声も出ないかなぁー?」
でも、まだ寝かせてあげないよ。
箸休め的に、肉球マッサージいってみよう。いや肉球無いけどね。お手手 もみもみもみ……。
サーバル 「……ぅ………………」
ネコの えっちなツボは、背中からしっぽの付け根あたり。服の上から刺激してみよう。
サーバル 「お゛ほっ!!」
サーバルが、出ちゃいけない声を出した。ここだ! この子、感じやすいタイプみたい。
トントン叩くよりも、全部の指を使ってくすぐる方が気持ちいいんだよね。
サーバル 「う…うみゃぁあんぅ……」
今度は色っぽい声が出た。……スカートが邪魔だね!
わたしは、吸い込まれるようにサーバルのハイウエストスカートに手を入れ、もぞもぞしながら一番奥、腰まで差し込んで、さっき探り当てたツボを直接くすぐった。
なみみ 「ほれほれ……ここがいいんでしょー?」
サーバル 「……ぅみゃふ! ……んんっ! ……にゃうんみぃ……はぅ! ……みゃふふっ……」
かーわいいぃー……とろけてすぎてあぶない顔が最高…………。
液状化したサーバルを休憩室のソファーに寝かせて、ごはん作りを再開した。
チラッと『普通の時計』を見た。マグ先輩、また寝坊だね……。
……わたしは気づいていた。サーバルに作戦なんか無いんだって。とんでもない強敵だ。
つづく
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
ハカセ 「なみみさんのスキンシップは、えげつないのです」
助手 「彼女は、会話が苦手すぎることに加えて、子供の頃から “しゃべらない動物” と
ふれ合っていたので、けもの的なコミュニケーション能力に目覚めてしまったのです」
ハカセ 「これは、触覚と声やにおいなどを組み合わせる、とても高度なコミュニケーション
ですが、ヒトの世界では、使える相手や場面が限られるのが残念なのです」
次話が本編の最終話です。カラカルが登場します。なみみさんが、いろんな気づきを得ます。
(その後に『あとがき・設定』があります)
「情けは己がため」は、「情けは人の為ならず」の言い換えです。「情けは人の為ならず」は、よく誤用されることわざとして有名ですね。筆者は、否定形だから分かりにくいのでは? と思い、言い換えてみました。
でも「情けは人の為ならず」は、当たり前の「情けは人の為」を否定するからこそ意味があり、ことわざになるのでしょう。それに、「情けは人の為ならず」は、「情けは人の為」を完全否定しているわけではないと思います。
「情けは己がため」には、前提の「情けは人の為」が無いので、打算的かつ自己中心的です。
「情けは人の為ならず めぐりめぐって己がため」
と言う場合もあります。
これは分かりやすいですね。めぐって来ないことも多い気がしますが……。
ちょっと調べてみたのですが、新渡戸稲造の言葉では、
「ほどこせし 情けは人の為ならず 己がこころの 慰めと知れ」
と、なっています。上とは少し意味が違いますね。
「他人に親切にすると自分も良い気分になるよ(自分の糧になるよ)」という感じでしょうか。
確かにそうなのですが、筆者は、 “それは自己満足じゃないか?” と思ってしまいます。
※ 「情けは人の為ならず」は、新渡戸稲造が作った言葉ではなく、もっと古くからあったようです。
「善意の押し付け」、「ありがた迷惑」という言葉もあります。
第2話で書いたのが「ありがた迷惑」の極端な例です。でもサーバルちゃんは悪くないです。なみみさんの考え方が世間一般と大きくズレているだけです。
フレンズ、特にサーバルちゃんには、「情けは己が為」のような打算的な考えが皆無です。困っているひとを見ると反射的に助けてしまうようです。「情けは人の為」とさえ考えていないような……これを真似できるヒトは滅多にいないでしょう。……いや、かばんちゃんがいましたね。
新渡戸稲造の言葉には続きがあります。
「我ひとに かけし恵みは忘れども ひとの恩をば ながく忘るな」
一部分(情けは人の為ならず)だけ切り抜かれて、それが独り歩きしている感がありますね。ちゃんと読まないと、その人が本当に言いたかったことは分からないな、と再認識しました。
[ 初投稿日時 2021/11/08 21:11 ]
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第4話「残酷なひざまくら」
まえがき
『 しずかなのけもの 』 第4話、本編の最終話です。
2日後、ネコが2匹に増えてしまった。
サーバルが、お友達のカラカルを連れてきたのだ。そして、なぜかこの子も仕事を手伝うと言い出した。止めても無駄なことは分かっていたから、手伝ってもらうことにした。
カラカル 「まぜまぜする棒なら、こっちの方がいいわ」
カラカルが、背伸びして、シンクの上の棚を調べていた。
この子は、サーバルより常識的なしっかり者だね。
と、思ったら……棚から袋が……
カラカル 「わ! いやぁーー!!」
カラカルが、棚から落ちてきた白い粉をかぶった。
……この子もドジっ子だった。
カラカル 「けほっけほっ! もう! なによこれー!」
めでたい紅白猫*1 と化したカラカルが、大きな耳をパタパタ動かして粉を飛ばした。
あんな所に小麦粉があったんだ……ドジっ子というか運が悪くて不憫だな……。サーバルは考えないで行動して失敗するけど、カラカルは考えすぎて余計なことをして失敗するタイプだね。
仕事を覚えるには、たくさん失敗すればいい。教える側に必要なのは、危ないことはさせないこと、質問にちゃんと答えること、上手くできたらたっぷり褒めること……わたしが苦手なことだ。ふたりは、そんな当たり前のことを教えてくれた。ふたりとも、失敗したら自分で反省して、次に活かしていく。そして恐ろしくポジティブ。だから、わたしが導くまでもなく成長していった。
それから彼女たちは、毎日のように……ではなく、気が向いた時にお手伝いに来てくれた。その行動は、なんとなく、パーク標準時にシンクロしていた。でも天気予報よりハズレる。彼女たちの体内時計はみんな違うし、“お日さま” “ぽかぽか” “おなかすいた” “ねむい” などが基準だから、どんな時計も合わないんだ。そもそも、けものに時計なんて必要ないよね。
つまり『ジャパリパーク標準時』は、固い時間で生きているヒトが、けもの の気持ちに戻るためのものなんだよ。
わたしは、気まぐれな時間に、両手に花……両手ににゃんこ状態で、死ぬほどゴロゴロなでなで……いや仕事だよ仕事!
資材の搬入では……
サーバル 「ほら! こんなに持ち上げられるよ!!」
サーバルは、大きくて重い段ボール箱を、片腕で4箱ずつ、計8箱を軽々と持ち上げた。箱は大きさが違うのだけど、無茶な積み方でバランスを取っていた。
なみみ 「また落とさないでね……」
サーバル 「だいじょぶだいじょぶ! よっ、と……」
サーバルは、箱が入り口に引っかからないように腰を落とし、入り口を通ると再び上げた。普通のヒトがやったら腰が壊れるだろう。
カラカル 「あたしは10個!」
ドライバー「今ので終わりだ」
トラックの荷台*2 に乗っていたドライバーさんが言った。
カラカル 「ぅええ!!」
台車なんていらないね。
ドライバーのおじさんが荷台から降りて、つぶやいた。
ドライバー「相棒にひとり欲しい」
なみみ 「女の子といっしょに居たいんですよね?」
わたしは、冗談めかしてそう言った。いつもより、ちょっとだけ明るい声が出せた。
ドライバー「いや……」
ドライバーのおじさんが、ふっと顔をそらした。なぜか照れているようだった。
なみみ 「どうしたんですか?」
そして、わたしの顔を見て、表情をゆるめた。
ドライバー「なみみさん、そんなかわいく笑えるんだな」
なみみ 「へ? 失礼ですよ……」
笑顔見られちゃった。恥ずかしい……。
わたしは変わっていない。たぶん戻って来たんだ。幼い頃の自分が。
お風呂に浸かりながら、ふと思った。
わたし、
ヒトにねこじゃらしを振られるのは、嫌でたまらないけれど、
ネコにねこじゃらしを振るのは、すっごく楽しいんだよね。
それって傲慢じゃないかな?
ネコのかみさま、
こんなわたしを、ゆるしてください。
じゃあ、わたしが、
ネコにねこじゃらしを振られたら、楽しいのかな?
早朝の休憩室。
なみみ 「えっと……ふたりに、お願いがあるの……」
言っちゃうの?
サーバル 「うん! なんでも聞くよ!」
カラカル 「あたしにできることなら」
本当に言っちゃうのね?
なみみ 「おしりを……叩いて……」
サーバル&カラカル 「みゃ?」
小さな声だけど、このふたりにはしっかり聞こえただろう。
なみみ 「おしりを叩いて、だめなわたしを叱って……奮い立たせてほしいの」
サーバル 「んみゃーー!!」
カラカル 「ぅえぇーー!!」
ふたりともいい感じに引いた。
カラカル 「あんたなに言ってんの!!」
それはわたしが訊きたいよ。
なみみ 「…………」
なにを血迷ったんだろう……わたし……。
カラカル 「しないわよそんな! おしりぺちぺち……なんて……」
カラカルは、ちょっぴりツンデレな うま味を出していた。
サーバル 「カラカルは、ぺちぺち されるほう が好きだもんね!」
サーバルは、いつも通り明るかった。
カラカル 「そうよ。赤くなるまで……って! そんなへんたいじゃないわよっ!!」 *3
このふたりが仲良しなのと、ノリツッコミが苦手なのが分かった。
わたしは気づいた。こういうのが友達なんだ、って。
なみみ 「……ほんとに叩くんじゃなくて……例えで言ったの」
サーバル 「なみみさんは、だめな子じゃないよ! すっごくがんばってるじゃない」
カラカル 「わたしを叱って! なんて、なかなか言えないわ。ちょっとアレだけど」
サーバル 「あれってなあに?」
たしかにアレだね。 *4
カラカル 「まあ、叱ってあげるのも、ともだちね」
サーバル 「なみみさんに、叱るとこなんてないと思うけどな……」
カラカル 「あんたねぇ……あんなひどいこと言われたのに、怒らないの?」
叱るとこだらけだよね……わたし。
サーバル 「怒るとか叱るとかじゃなくて……うーん……なんて言えばいいのかな?」
難しいよね。わたしも分からないよ。
カラカル 「ほら、アレよ」
カラカルが何かを思い出したみたい。
カラカル 「ともだちは、生まれたときから赤いなんかでつながってる、とか……」
唐突だね。そんなのどこで聞いたんだろう?
サーバル 「なにそれ?」
この子たちに分かりやすく言うなら……。
なみみ 「赤い糸でつながってるのは、つがいになる相手」
カラカル 「へ?」
なみみ 「小指と小指を結ぶ、見えない赤い糸。運命のひと」 *5
今時、そんなこと言う人いないけどね。
サーバル 「すっごーい!!」
カラカル 「あうう……」
カラカルが顔を赤くしてそっぽを向いた。かわいい。
サーバル 「でも、きっと、ともだちも初めからつながってるよ!」
この子にとっては、全ての けもの が友達候補なのだろう。だれかに出会って、ちょっと一緒に過ごせば友達。わたしが『友達いない』って言った時、びっくりしたのも当然だね。
わたしはいつものクセで、ちらりと『普通の時計』を見た。
なみみ 「いけない……お仕事に戻らないと……」
サーバル 「…………」
カラカル 「…………」
ふたりが静かになって、わたしを見つめた。本能的な恐怖でゾクッとした。
ふたりは、獲物を狙う肉食獣の目をしていた。
サーバルが、にっこりと笑った。
サーバル 「わかった! なみみさん! おしりぺちぺち してあげるよ!」
天使の笑顔だ。……わたし、地雷を踏んだっぽい。
サーバルがわたしの肩をつかんだ。
なみみ 「ほへ?」
彼女はそのまま座り込んだ。わたしは、肩を引っ張られてしゃがんだ。
サーバル 「ほら! ここにおいで!」
あれれ? わたしは、半ば強制的に寝かされた。サーバルのふとももを枕にして。
カラカル 「ちょっとサーバル!! なにしてんのよ!」
サーバル 「なみみさんを、叱ってあげるんだ!」
サーバルの笑顔が怖かった。
たぶん、残酷な拷問 “ひざまくらの刑” が始まるのだろう。
……絶対に負ける気しかしない。
わたしは、サーバルに、やさしく甘く叱られた。
ふとももがやわらかくて……すっごく気持ちよかった。
サーバル 「なみみさんは、がんばりすぎだよ。たまには休んでね」
やさしい声が降ってきて、耳をこしょこしょくすぐって……とろける……。
なみみ 「……お野菜、切らないとぉ、待ってるからぁ……」 *6
あれ? わたし、ろれつが回ってない?
カラカルが顔をのぞき込んできた。
カラカル 「だめよ。休みなさい」
ふたりとも近すぎて、ものすごく美人だった。
サーバル 「あとはカラカルがやってくれるよ! もちろん、わたしもがんばるよ!」
それは不安しかないよ。 *7
サーバル 「疲れちゃったかな? よくがんばったね。いーこいーこ……」
じんわりあったかい手で頭をなでなでされて、わたしは子供に戻ってしまう。不器用な指先からやさしい好意が伝わってくる。この前のおかえしなんだね。
サーバル 「なみみさんは、ちからを抜くと、すっごーくかわいいんだよ」
サーバルのスカートから、甘酸っぱくて、ほんのりスパイシーなにおいがする。わたしは反射的にサーバルの腰に腕を回した。おいしくてちょっぴりクサい、クセになるにおい……
サーバル 「んみゃー……もっともっーと、甘えていいよ」
……そのにおいは、するするっと血液脳関門を突破して、わたしの頭の中を泳いでいく……。これは、けものが気持ちを伝える物質だ。
サーバル 「……ごろごろ……ぐるる……ぐるる……」
頭蓋骨をふるわせるゴロゴロが、わたしのココロの周波数に重なった。
純粋な好意が、
“ひざまくらの刑” は、あまりにも過酷だった。
フレンズには勝てなかったよ……。
サーバル 「どうしてこんなことに……」
……こんな、ぐいぐいくるたのしさ……何年ぶりだろう……。
なみみ 「…………んふふっ……サーバルぅー……」
わたしは、サーバルに抱きついて頬ずりした。泥酔なんてしてない、してないよ……。 *8
たまらずに、サーバルのしっぽを、くしゃくしゃもふもふした。
サーバル 「みゃふふっ! しっぽはだめだよ!」
ああ……かわいい……。
カラカル 「あーあ……やっちゃったわねぇ、サーバル」
カラカルの、からかう声が聞こえた。
恥ずかしさは、気持ちを加速させる燃料だ。ブレーキ壊れちゃったみたい。
なみみ 「んぅ……」
わたしは、暴走する想いにまかせて、サーバルを、ぎゅーっと抱きしめた。
サーバル 「わわ! ちょっと、たすけてカラカル……」
『たすけて』と言いつつも、くすぐったそうにするだけで逃げないんだ、この子。
友達って、作るものじゃないんだね。いつの間にか、いっしょにいるんだ。
……………………。
サーバル 「なみみさん?」
やっと分かった。いちばんのドジっ子は、わたしだったんだ。
うれしかったこと、間違ってごみ箱に捨てちゃって……。
鼻の奥がツーンってなった。
ごめん……ちょっと胸を貸してね。
なみみ 「むぅ……」
わたしは、サーバルの胸に顔をうずめた。
……ふわふわ熱くて、おいしいにおい……。
サーバル 「わわわ! なみみさ!」
じゅわーっと熱くなった。
なみみ 「………くっ………むううぅ…………」
歯を食いしばったけど、涙がにじんだ。
サーバル 「なんで泣いてるのー!!」
恥ずかしいよ……こんな、泣いちゃうなんて……。
カラカル 「ほら、がまんしないで、身をまかせなさい」
どうなるか怖かったけれど、カラカルの言う通り、わき上がって来るものに身を任せた。
なみみ 「く!」
ぷつっ…… と、最後の糸が切れた。ちょっぴり痛い。
なみみ 「……う…………」
あれ?
なみみ 「 ぅわああぁーーーあぁーっ!!! 」
カラダがふるえる。
なみみ 「……ああぁ……あ、ありがっ…ぅ゛……んううっ! えぐっ…うう……ぐす……」
ごちゃごちゃが水で流れて、頭の中、まっしろになっていく…………
なみみ 「……うあぁ!……こほっ、うぅ……ぐしゅ……くふっ!……あ……あ、ああぁ……」
…………泣くって、こんなに……こんなに、気持ちよかったんだ…………。
まっしろな中、やさしく頭をなでられている感覚が、ずーっと続いていた。
カラカル 「こういうとき、言葉は邪魔なのよね……」
おわり
普通に考えれば(?)、カラカルは叩く側でサーバルが叩かれる側です。でもいつの間にか逆転していたら面白いかも。って、またアホなこと考えてるな……。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
あとがきは、長いので次の話に書きます。
[ 初投稿日時 2021/11/11 11:11 ]
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
あとがき・設定
まえがき
『しずかなのけもの』の、あとがきと設定 です。長いので1話分として投稿しました。
読んでいただきありがとうございます。
欲張って詰め込みすぎましたね……なみみさんの頭の中のように、ごちゃごちゃです。
要点は三つくらいに絞ろうよ、と書いてから思いました。
あまりにも原作から離れていますが、こんな視点とテーマで書いた けものフレンズの二次創作は他にないだろう、という変な自信はあります。
書いているうちに、短編集『ジャパリ・フラグメンツ』に書いた〈 しずかなのけもの 〉とは、少し違うものになりました。裏表の関係になっていますが、完全互換ではありません。
このおはなしを書き進めるうちに、 “華やかなジャパリパークの裏で、地味な仕事をしているヒトがたくさんいるのでは?” という考えが生まれました。本物の動物園では、飼育員さんが様々な業務をこなしていますが、ジャパリパークはあまりにも巨大なので、一人でいくつもの業務を掛け持ちするのは無理だろうと筆者は思います。
料理人、トラックドライバー、清掃員、警備員、事務員、車両整備士、土木建築関係者……そんな裏方のヒトたち。これらの仕事には知識と技術が必要です。ジャパリパークの場合は、動物に関する知識も必要ですし、建物も車両も特殊な設計のものが多いです。外部の業者に委託するとお金がかかるので、パークには、なみみさんのような『動物のお世話をしない飼育員』が必要なのです。驚くほど低賃金できつい仕事ですが、無料で利用できる寮があるので、それなりに生活できます。なみみさんは考え方が特殊なので、それでも居心地が良い場所なのです。(ジャパリパークは、世間一般から見ればホワイトな労働環境です)
近い将来、こういった仕事はラッキービーストが行うようになり、たくさんのヒトが仕事を失います。その結果、ヒトがいなくなっても(不完全ながら)パークが機能し続けるわけです。
ただ、ラッキービーストがヒトの仕事を全部代行するのは無理だと思います。複雑な料理はできないようですし、あの体でどうやってバスのタイヤを交換するんだろう? などの疑問もあります。(車両整備は、自動化された工場や専用の装置があれば可能かも)やはり、ジャパリパークの運営には、舞台裏で働くたくさんのヒトが必要なんです。
そして、ジャパリパークの従業員の間でも、格差が生じている……。ヒトの世の縮図です。
なんだか、けものフレンズに似つかわしくない、生々しい話ですね。私はそんなもの書きたくないですし、読者もそんなもの求めていないと思います。でもそれでも書いちゃうのが、くにむらせいじなのね(オオミミギツネ)。
なみみさんに感情移入する読者は少ないと思います。彼女は “サイレントマイノリティ” ですから。一人称の主人公には向いていないキャラクターだと思うのです。でも、 “痛い本物のコミュ障” の内面を描くって、ちょっと珍しいかな? と思い、こんな主人公にしました。内面と言動にギャップがあるのがポイントです。
大人しくて何もしゃべらず無反応な子は、感情や考えの表現が苦手(あるいは嫌い)なだけで、その裏には、激しい感情や複雑な考えが隠れている……こともあるようです。
しゃべらないのは “行動” であり、 “性格” ではありません。“何をされても怒らない” “楽しむことができない” というのは大きな間違いです。
なみみさんが号泣しちゃうのは不自然かな? とも思いましたが、ここは理屈ではないのです。
大人が号泣するって、現実には滅多にないですよね。(『号泣』は、 “声をあげて泣くこと” です。テレビなどで号泣と言っているのは、そこまで泣いていない事が多いです)
“自称コミュ障” の人は、大抵コミュ障ではないです。相手のことを考えて意思疎通ができるなら、コミュ障ではないと私は思います。意思疎通の方法は、言葉以外にもたくさんありますから、自分に合った方法を使えば良いのです(なみみさんのような特殊な方法は、使える相手や場面が少ないですが)。ゆっくりでも不器用でも構わないのです。人に好かれようとか、人を好きになろうとか、無理をする必要はありません。思っていることを全部伝えるのも、相手の考えを全部理解するのも不可能なのですから。
【 なみみ 】
・ 年齢不詳(20代後半?)の女性。実年齢より若く見える。
・ 書類上の肩書は飼育員だが、実際は餌の調理が専門の職員。
・ 『20代前半で就職→現20代後半』、あるいは、『10代後半で就職→現20代中頃』。
・ 外見は地味。服は大抵ジャージか作業服。自分を着飾ることには全く興味が無い。
・ スーツより作業服が好きなタイプのヒト。
・ 周囲のひとからは、暗くて無気力に見られる。ひとを寄せ付けない雰囲気もある。
・ クーデレではなく、もっと痛い本物のコミュ障。クラスにひとりくらい居るタイプ。
サイレントマイノリティ。
・ 周囲のひととは、自ら積極的に距離をとっている。
・ 話しかけられても黙っているのは、無視しているのではなく、どう返すか考えているから。
考えを言葉にして文章を組み立てるのに時間がかかる。考えている間は、相手が話している
ことが頭に入らなくなる。よって、会話の流れについて行けない。
・ コミュニケーション能力が極端に低いうえに、じっくり考えてからでないと動けないため、
チームで対戦する球技が非常に苦手。
・ 会話が終わって時間が経ってから、言えば良かった、言わなきゃ良かった、と後悔する。
これが会話への恐怖や慎重さにつながり、さらに会話が苦手になる悪循環に陥っている。
・ 上記の性質は、社会に出てかなり改善したが、やはり普通よりは会話が苦手である。
・ 小学校、中学校時代はいじめられていた。
・ “アニマルガールではない動物”が大好き。アニマルガールも、どちらかと言えば好き。
・ (ヒト以外の)動物とふれあっている時だけ、やさしくゆるんだ顔を見せる。
・ 動物のお世話がしたくてジャパリパークに就職したが、研修が上手くこなせず、不本意な
“餌の調理” の仕事に就いた。だが、パークを支える仕事に誇りを持つようになった。
・ 料理をするのは、どちらかと言えば嫌いであり、どちらかと言えば苦手。
・ 動物についてしっかりと勉強していて、職業柄、特に食べものや栄養に関して詳しい。
・ 本人はわりと今の仕事を楽しんでいる。
だが、きつい単調な仕事を黙々とやっているせいで、楽しんでいるようには見えない。
・ 勤務時間は、暗い早朝~昼過ぎまで。起床も就寝も早い。たまに昼間だけの勤務もある。
・ なみみが早朝出勤するのは餌やりの時間に合わせるためだが、自身の仕事が遅いのを時間で
補っているためでもある。
・ そこそこ経験を積んでいるが、勤務歴の割に未熟な面がある。
成長が遅いのではなく、 “上の立場になりたくない” のが本音。
・ 毎日早朝出勤ができて、動物の知識もあるので、替えの効かない貴重な人材でもある。
・ アンイン第4炊事場の隣の寮で生活している。
・ 動物をなでまわしてマッサージするのが得意。ほとんどの けもの をとろけさせる程の腕前。
テクニックがあるだけではなく、指先のふるえ・声・におい・呼吸・心拍などにより、相手に
好意が伝わるので、異常に気持ちよく、えげつない癒し効果がある。
なみみ自身の感受性も高い。
これは、言葉による意思疎通が苦手なのをカバーするために目覚めた特殊能力。だが本人は
過小評価しており、周囲はその能力に気づいていない。仕事にも活かせず宝の持ち腐れ状態。
・ 友人、恋人、結婚、子供、仕事、お金……いろいろあきらめたら、すごく楽になった。
・ 『寝る場所とお風呂があって、質素なごはんが毎日食べられれば十分幸せ』と考えている。
・ トラックドライバーさん のことがちょっと気になっている模様。
【 トラックドライバー 】
・ 見た目は冴えないおじさん。寡黙で渋い大人。顔はいまいちだが、背中が格好いい。
・ 飼育員ではなく、最初からトラックドライバーとして雇用された。
・ 体力があり、重量物を運ぶのが得意。
・ 生きることに不器用なヒト。
・ 主にアンインエリアの早朝便を担当していて、昼夜逆転に近い生活をしている。
・ 『俺は夜行性だから大丈夫だ』が口癖。
・ スケジュールは変動しており、第4炊事場に来ない日もある。稀に昼の便も担当する。
・ 集配業務が無くても、倉庫の整理、清掃、車両の整備などを行っており、結構忙しい。
・ 一度結婚と離婚をしており(生活スタイルが合わなかったため)現在(作中の時点)は独身。
・ パークに来る前は、宅配業者で働いていたらしい。
・ なみみさん のことがちょっと気になっている模様。
【 マグ先輩 】
・ アンイン第4炊事場のヌシ的なベテラン飼育員。女性。
・ 元は『マグロ先輩』と呼ばれていたが、短縮されて『マグ先輩』になった。由来は不明。
・ 明るい姉御肌。仕事には厳しい。なみみの師匠的な存在。
・ 早起きが苦手で、しょっちゅう遅刻(早朝は時間外勤務だが)している。
・ 遅刻の原因の一つは勤務時間が長すぎるためであり、彼女だけに非があるわけではない。
・ 仕事の成長が遅いなみみを心配している。
その半面、(自分にはできない)早朝勤務が毎日できる なみみを、高く評価してもいる。
・ 少し離れた場所から電動スクーターで通勤している。
・ 彼女の作る料理は、豪快で大盛りで早くてうまい。特にチャーハンが絶品。
・ 経験と知識が豊富。昔は、動物の(直接的な)お世話もしていたらしい。
【 遅番のふたり 】
・ 若い凸凹コンビ。体力がある。性別の設定は無し。
・ 主に昼~夜までの勤務。清掃などで深夜に及ぶこともある。
・ なみみが休むと徹夜から早朝までの勤務になってしまう。
・ なみみと同じ寮に住んでいる。
【 アンイン第4炊事場 】 通称 『妖怪キッチン』
・ 小さな食品加工工場のような施設。
・ 主な業務は2つ。
☆ “アニマルガールではない動物” 向けの餌を作る。生鮮食品の加工など。こちらがメイン。
☆ 従業員向けの食堂。社員食堂的なもの。余った食材を活用するために行っている。
・ 『妖怪キッチン』は、『地元の伝説』にちなむ、親しみを込めたあだ名。
・ 『地元の伝説』というのは “森の奥深くに、妖怪が絵物語を描く小屋があり、
入ると、その人の人生を絵物語のモデルにされてしまう” というもの。
・ アンインの森の中にある。それなりにしっかりした道路が通っている。
・ 『大食堂』が併設されていたが、公式には閉鎖されたことになっている。
・ 『大食堂』の設備は残っており、それが従業員向けの隠れ食堂として機能している。
・ 広さは小さめのファミレス並みだが、客は少なく閑散としている。昼がピーク。
・ ガイドブック等には掲載されていないため、パークの客(ゲスト)はほとんど訪れない。
・ たまにアニマルガールの客も訪れる。
・ 食事は有料。従業員向けなので、パーク内のレストランよりもかなり安い。
・ アニマルガールのお客に対しては、持ち合わせが無ければ無料で食事を提供する事もある。
・ ここの売り上げは、一応パークの売り上げ扱いになる。
・ ウォークインの大きな冷蔵庫と冷凍庫がある。
・ 夜間は機械警備。従業員はセキュリティー解除キーを持っている。
・ 隣に職員用の寮がある。しっかりした作りのアパートっぽい建物。通勤時間徒歩1分。
・ 夏は蒸し暑く冬は厳寒な場所。雪も降る。
・ 水は近くの湧水をひいている。
・ かなり遠くにある地熱発電所から送電している。
・ 電気だけでは熱源が足りず、灯油やプロパンガス的なものを使っている。
・ 非常用として、薪を燃やす炉もある。これは古めかしいものではなく、近代的な装置である。
・ 似たような施設(炊事場・調理場・食品工場)はパーク内に 数10か所あり、それぞれ
担当する範囲が決まっている。 例 : キョウシュウ第3キッチン
・ 本作より後、ラッキービーストが本格的に運用されるようになると、ここは単なる倉庫と化し、ほとんどのヒトに忘れ去られてしまった。なみみがどうなったのかは謎。
【 アンイン第3炊事場 】 通称 『リストランテ』
・ 『リストランテ』の名は、『リストラ』に引っかけた皮肉。イタリア料理店ではない。
・ 見晴らしの良い丘の上にある。
・ アニマルガール向け食品と、アニマルガールではない動物向け食品の両方を作っている。
・ レストランとしては、割と繁盛している。明るい雰囲気。
・ 最小限の従業員しかおらず、アニマルガールに手伝ってもらってなんとか運営できている。
※ 『アンイン第2炊事場』は欠番であり存在しない。『アンイン第1炊事場』は駅近物件。
【 集配システム 】
・ トラックで各所を回り、資材を配達し不用品を回収する仕組み。
・ 港の倉庫などに併設して、小規模なトラックターミナルがある。
・ 倉庫などは、パークの客(ゲスト)が立ち入らない場所にある。
・ 数台のトラックが同時に動いており、一台で担当する範囲が決まっている。作中の時代では、
経費節減のため一台で担当する範囲が広がりつつあり、ドライバーの負荷が増えてきている。
・ 早朝、昼、午後、夕方の4便が基本だが、全く走らない日もある。稀に臨時便もある。
・ あらかじめ必要な荷物をオーダーし、それをもとに時間とルートを決めて運行されている。
・ コスト削減のため、荷物が少ない場所には立ち寄らず、ルートをショートカットする。
・ ツアーバスのルートや時間に重ならないように動いている。
・ パークの客が通らない道を走っているため、客がトラックの姿を見ることは滅多に無い。
・ トラックは古くてボロい車両が多い。中には古いバスを改造したものもある。
【 業務用タブレット端末 】
・ 食品の受注、発注、勤怠管理、在庫管理などを行う。
・ 異常に頑丈。トラックにひかれても、業務用食洗機で洗っても壊れない。
【 ジャパリパーク標準時(の時計) 】
・ 動物の生体リズムを基準にした時間を表示する時計。
・ 気温、湿度、気圧、日光の量などの影響を受けて盤面の色が変わり、針の速さも変動する。
・ 盤面は虹色の二重円で、目盛りや数字は無い。針は形の違うものが3本ある。
・ 針の回転方向は基本的に普通の時計と同じだが、たまに逆方向に回る。
・ 読み方は簡単だが、少しセンスとコツが要る。
・ 不正確な時刻を表示するように設計されているため、独特の “ゆらぎ” がある。
・ ほとんどのヒトは、その曖昧で気まぐれな(ように見える)表示になじめず、作中の時代の
パーク内では、あまり見かけない。
・ 専用のAIが内蔵されていると思われる。
・ この時計に意思は無く、あくまでも『不確定な時刻を表示する装置』である。
・ 設計者が行方不明になっており、アルゴリズムの詳細は不明。
・ 水晶(クオーツ)の代わりにサンドスターが使われているという噂がある。
・ 無用の長物であることに意味があるモノ。
・ 時刻を知らせるためではなく、整然とした時間からヒトを解放するために作られた。
つまり、 “パークにいる間は けもの の時間で生きよう”ということである。
〈 第2話と第3話の間のおはなし 〉
夕方。
カラカル 「すごいわあのひと。サーバルを怒らせるなんて」
広い食堂のような部屋の一角で、サーバルとカラカルが立ち話をしていた。
サーバル 「怒ってないよ! すっごく悲しくて……」
カラカル 「……あたしだったら、ひっぱたいてるわ」
腕組みをしたカラカルが視線を向けた先……部屋の対角に、調理場の入り口があった。
サーバル 「だめだよカラカル。なみみさん、おはなし得意じゃないだけで、
やさしくて、すっごくいいひとだよ?」
カラカル 「そうは見えないけど?」
サーバル 「なみみさん、朝早くにごはんの準備して、すっごーくきれいに おそうじ
してるんだよ。みんな嫌がる大変なお仕事を、黙ってやるの」
カラカル 「たしかにね……。そういうとこはすごいわ」
サーバル 「でしょ! それに、わたし見たよ! なみみさん、動物に食べものあげるとき、
とろーんとかわいい顔になるんだ! きっと、とってもやさしいひとだよ!」 *1
カラカル 「……まあ、そんなに話してくれたのは、サーバルだからね」
サーバル 「ん?」
サーバルが、不思議そうに首をかしげた。
カラカル 「あんたはなにも考えてないから、話しやすいのよ」 *2
サーバル 「ひどいよー!」
カラカル 「……どうするの? あのひと、セルリアンより強敵よ?」
サーバル 「敵じゃないよ。おともだちだよ!」
サーバルは、にっこりと笑った。
カラカル 「はぁ……どうしてこの子は……」
サーバル 「たのしく遊ぶだけがともだちじゃないよ?」
カラカル 「そうね。むりしないのがいいんじゃない? 距離をおいて付き合うのよ」
サーバル 「それはちょっとさみしいなぁ……」
サーバルは、明るい苦笑いをした。
カラカル 「……で、作戦は?」
カラカルの目が、獲物を狩る肉食獣のものに変わった。
サーバル 「おはなしが得意じゃないなら、ちょっと離れたところから笑いかけて……」
カラカル 「じーーっと機をうかがって……」
サーバル 「ちょっとずつ、じわじわ近づいて……」
カラカル 「相手が油断して……」
サーバル 「向こうから近づいてきたら、大チャンス!」
カラカル 「びゅーん!! って飛びかかって!」
サーバル 「がぶーっ!! って……食べないよっ!!」
カラカル 「案外、いいかんじの攻略法じゃない?」
カラカルが、いつもの感じに戻った。
サーバル 「がしっ! て 抱きついて すりすりしたら、めいわく、なんて言ってられないね!」
カラカル 「……ちかっぱ嫌われるわよ?」 *3
カラカルはちょっとあきれた感じで言った。
サーバル 「そんなことないない! はじめは嫌がるかもだけど……いつかきっと……」
カラカル 「……落ちるわ」
カラカルが、ぼそっと言った。
サーバル 「なんか、ネコになったみたいで、わくわくしてきたよ!」
こんな所まで読んでいただき、ありがとうございました。
[ 初投稿日時 2021/11/12 21:12 ]
目次 感想へのリンク しおりを挟む