遠吠えは遥か彼方に (真白拉麺)
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一、演習編
1.泡羅止頬伏筈兎修道.


 おめでとう、君には魔法の才能があるよ、と。お医者さんは言った。一般家庭で一般両親と一般妹と一般姉のいる私に魔法の素質があるのだと。故に家族のために、お国のために、魔法少女と呼ばれる職に就けと。泣いて喜びましたとも、家族が。それはもう。だってエリートもエリートだ。お給金もさることながら、家族の待遇もUPするときたものだから、それはもうお祭り騒ぎ。

 けれど勿論、学寮に入らなきゃいけないからと、涙のお別れもした。まだまだ一緒に居たかったと。次に会えるのは五年後ね、と。あれよあれよのままに全てが決まって、私は魔法少女達の通う学園に転入することになりました。

 

 となれば必要になってくるのは自己紹介。申し遅れました、梓・ライラック。ライラック家が次女にして【即死】の魔法に目覚めし魔法少女。一般中学校から魔法少女学園の中等部にこの度転入いたしましては、前世が男なだけの一般魔法少女でございます。

 

 

 無理があーる。

 

 

えはか彼

 

 

「ライラック! 何を呆けている! ここは戦場だぞ!」

「呆けているというか、諦めているというか。ここはひとつ撤退など如何でしょうか?」

「ふざけるのは学園内だけでにしろ──退路はない。ここを守り切らなければ、我々に待ち受けるのは死のみだ!」

「だから諦めてるんだけどなぁ」

 

 スコープを覗く。 

 2-4倍のスコープは、しっかりとソレ──ムラサキで、ヌルテカしていて、ウネウネと動く触手を無数に持つ化け物を捉えている。

 遠隔魔法の得意な魔法少女たちが光線だの光弾だのを飛ばしているけれど、あんまり効いている様子はない。魔法が効かないのだから、当然とばかりに銃火器も効かない。むしろマズルフラッシュで自らの位置を悟らせる結果になりかねないので出来れば使いたくない所存。

 近接魔法を得意とする魔法少女たちは、しかしそのほぼすべてが取り込まれてしまっている。一度あの気持ち悪い色で全身を弄られ、体力を消耗させられた後にぱっくんちょ。魔法少女のエネルギー源である魔力を吸いだされながら、当然の様に息が出来ないため窒息寸前。衰弱寸前。

 

「ライラック!」

「とは言いますがねぇ、指揮官さん。アレSS級じゃないですか。私C級ですよ。格下も格下。これならアイツの情報細かに記録して本部に持ち帰った方がまだ実のある、」

「仲間を見捨てる等、あり得ない!」

「……ですかい」

 

 魔力煙草を咥える。

 点火の必要ないこの煙草は、魔力回復のポーションに使う薬草が練り込まれているため、気持ち程度の魔力回復効果が見込み得る。ホントに気持ち程度だけど。ただし恐ろしく不味い。

 

「きゃ、ぁぁあああ!?」

「アイツ、こっちまで──グゥ!?」

 

 ありゃりゃのりゃ。

 指揮官殿と問答をしている間に、魔法少女達から魔力を吸い上げて成長した紫触手君が、更なる攻撃手段を得てしまったらしい。先ほどまでは近づいてくる近接魔法少女をはたいて墜とすだけ、絡みついて取り込むだけだったところを、今やズガーンズガーンと触手を伸ばしての遠距離攻撃。

 相当煩わしかったのだろう、光線や光弾を撃っていた遠隔魔法少女までもが触手に連れられて、お約束通り身体を弄られてアレヨアレヨと取り込まれていく。あ~れ~。

 

「この状況でも撤退は?」

「無しだ!」

「さいで」

 

 なら──仕方がない。

 退けないというのなら、お相手しましょう。R18っぽい触手──あるいは格上の化け物よ。

 

 込めるのは一発の弾丸。俺の魔法を込めたその弾丸は、付与効果として【即死】を持つ。

 退かば死だと、指揮官殿は言った。

 あるいはアレらが──取り込まれた子達を救う手段があったのだとしても、退いてはならぬと仰った。

 

 ならば使おう。仕方がない。俺は悪くない。

 悪く思うなと、恨んでくれるなと──触手の化け物を照準に収める。

 

「ライラック!」

「今更遅い」

 

 死の気配でも悟ったか、完全に茂みに隠れ切っていた俺に伸びてくる触手。あァ、好都合だ。

 その触手とて、お前の一部なんだから──近づけば当てやすくなる。

 

 

 軽い音が響く。サイレンサーの役割をするパーツは、本来のソレより効果が高い。

 放たれるは銃弾。弾丸。螺旋状を描いて飛ぶソレが、俺に向かう触手に触れて──その勢い、一切衰える事無く進み続ける。

 瞬く間に触手は力を失った。あっという間に弾丸は化け物の本体に届き──その体を即死させる。

 

 即死させたのだ。

 

 ──取り込まれた魔法少女ごと。

 

「……完了」

「よくやった、ライラック」

 

 俺に目覚めた、芽生えた魔法は【即死】。

 効果は対象を【即死】させる──ただそれだけ。

 化け物の苗床になった魔法少女だって、化け物の一部なのだから、当然に。

 

 

 

 ここなりしはエデン。魔法少女育成学園エデン。

 国を狙い、迫り、侵略せんとする化け物たちを撃滅する、生体兵器の育成学園である。

 

 

 

 

 

 ベランダでパラソル開いて倒したチェアに寝転がり、足を組んで煙草を吸って、アイマスクとイヤホンで外部刺激をシャットアウト。喉が渇けばトロピカルジュースを飲んで、あァさ南国。いや南国じゃないんだけど、いやさバカンスバカンス。

 ここエデンは結構な高空にある。守るべき国の上空。襲われたらすぐに急行できるように、あるいは近づく兆候があれば文字通り飛んでいけるように。

 

 昨夜の作戦で出た死者は総勢22名。ま、軍人なんだ、死にもする。殺したのが俺という事を除けば、そう珍しい話でもない。取り込まれた奴らが悪いんだ、俺は悪くない。

 

「あ! ここにいましたの、梓さん!」

 

 聞こえないフリ聞こえないフリ。疲れて寝ているフリ。実際疲れてるし。実際微睡にあったし。イヤホンしてるし。

 

「梓さん。……梓さん? もう、寝てますの? ……寝ているのなら、襲ってしまいますわよ?」

「少しは節操を持ったらどうだお嬢様」

「あ、やっぱり起きていましたのね!」

 

 見事に引っかかってしまった。

 仕方なく頭に被せた本とアイマスクを取る。魔煙草は匂いもつかないのが素晴らしい。燃えないし。

 んでまぁ、本当に仕方なく安眠セットを取りますれば、陽光と共に現れるは金髪ロールのお嬢様。SS級、なんて高等なランクにいらっしゃるこのお嬢様は、C級の俺に何故かご執心なのだ。

 さてここで魔法少女のランクについての説明とかこのお嬢様との出会いの話とか、そういう面倒な説明はしないのでなんとなくで察してほしい。ヒントを出すなら、彼女は俺の魔法を知っている、ということくらいか。

 

「もう授業が始まりますのよ。だというのに、こんなところで何をしていましたの?」

「何をしていたか、という質問については容易に答えられよう。昨日死んだお仲間を追悼していたのさ。ああ死んじゃったね、可哀想だね、ってな」

「その方々も既に教室にいますので、わざわざ追悼する必要はないと思いますが……」

「……そうかい。そりゃそうだな、いやお嬢様、提案があるんだ。私は動きたくないので椅子ごと持って行ってはくれないだろうか?」

「間違って投げ落としてもいいのなら」

「いいよー」

「……はぁ」

 

 まぁ、実を言うとそうなのだ。

 ネクロマンシーかクローン技術か、ここエデンでは死と終わりが同等ではない。時間は多少かかるものの、化け物との戦いで死したとしても蘇る事が出来る──故にみんな、あんな無策に突っ込むんですねぇ。俺の罪悪感とか一切気にせず突っ込んでパタパタ死んでいくものだから、いや困って困って仕方がない。

 ちなみにこの蘇生が叶うのは魔法少女限定だ。エデンの下で震えて怯える一般市民には一個の命しかない。だから死んでも守れってのはまァ本当。撤退なんか以ての外、ってのも理解できる。異端は俺の方なんだろうなぁ、なんて自覚もある。

 

 だけどさぁ。

 生き返るからってさぁ。

 

 今の今まで──ついさっきまで世間話や雑談をしていた仲間を躊躇なく殺せ、ってのはさぁ。

 無理でしょ、普通に。

 

「なァお嬢様。ふわふわすんだけど、もしかして真面目に持ち上げてたりする?」

「そうでもしないと動かないでしょう、アナタ。そんなだから昇級に至らないのですのよ?」

「いやさ、C級で十分なお給金なんだって。ランク上げる必要性がみつからねぇのよ」

「SSS級になることは全魔法少女の夢ですの! 必要性とかそういうことじゃないですわ」

「あらそう? じゃ頑張ってよあと一つじゃん」

「貴女も頑張りますの!!」

 

 近接魔法少女は基本怪力だ。身体強化の面に魔力リソースを割いているから、俺の乗ったデッキチェアごと持ち上げて運ぶ、なんてのも難なく行える。逆に遠隔魔法少女は肉体はからっきしだけど、視力だの聴力だのといった五感に優れる……だったっけな。近接でも五感に優れてるヤツいるから一概には言えないんだけど。

 俺はアレよ。C級らしく、どっちもダメ。だから銃とスコープなんてもんを使ってんだ。本来は魔法の素質に目覚めなかった軍隊が使うモンだってのにな。

 

「……まだ、気まずいですの?」

「そりゃァなぁ。自分が殺した相手とご対面、なんてのは無理だろうよ。フツーは。ここに来るまでは。でも二度も三度もあったらまぁ慣れるよ」

「慣れた顔をしていませんが」

「顔見えんのかぃ?」

「いいえ。でも、そんな気がしたので」

 

 魔法少女の命は軽い。

 死んでもいい、なんて保険があるんだ、そりゃ軽くもなる。軽くもなるだろうけど、軽すぎるというか。

 死に際する痛みはあるはずなんだ。昨日のだって、息が出来なくて苦しいだとか、体力を限界まで奪われて苦しいだとか。触手の締め付けで骨が折れるまでに至った子もいただろう。喉に入り込んだソレに不快感の度を越えた子もいただろう。触手の突きを腹に食らって、痛かった子もいるんだろう。

 それをまるで、無かったことであるかのように。

 昨日は大変だったねー、なんて。

 

 いやァ、こえェのよオジサンはさ。あ、俺前世男ね。43歳。今おにゃのこだけど。

 

「……本当に優しいですのね、梓さんは」

「本当に優しい奴が同級生に椅子ごと運べ、なんて頼むかよ」

「私の知っている本当に優しい方は頼みますわ」

「そォかい。そいつァ最低だな」

 

 くすぐってぇっつーの?

 このお嬢様だけじゃない、他の娘たちも純朴も純朴でさぁ、俺が殺した奴でさえ、俺の感性を優しいだのなんだの言ってくるのよ。ショージキ堪ったもんじゃないよね。生き返るからって死んでもいい、なんてのを受け入れられない、ってのが、どうして優しいに繋がんだよ。こえぇよ。

 

「さ、着きましたわ。デッキチェアごと入りますか?」

「遠慮しておくよ。先公からぶっ飛ばされそうだ」

「賢明ですわね」

 

 よっこいしょ、なんてのは言葉に出さず、デッキチェアを降りる。

 俺には使えない亜空間ポケットっつーのにデッキチェアをしまっていくお嬢様を尻目に、教室へイン。おやまぁ注目の的。だよね。だって俺とお嬢様以外全員席に就いているもの。

 

「1分の遅刻だ、ライラック」

「あァすんません。ちょいと道に迷ったお婆さんを助けてまして」

「エデンでお婆さんとなると、学園長になるが、確認をとっても?」

「ああいえ、道に迷った鳩を助けてまして」

「そうか。……アールレイデ、連行ご苦労だった。そちらへの咎めはないので安心しろ」

「つーと私にはあるんですかい?」

「魔法少女たるもの時間は厳守だ、莫迦者。罰として午後の森の掃除は単身で行ってもらうぞ」

「ワォ鬼畜教師。午後の森つったらA級危険域じゃないですか。私C級ですよ~?」

「だから罰になる。一度死んで、頭を冷やしてこい」

 

 ……いやァ、そりゃ勘弁願いたい。

 生き返らせられるから、蘇らせられるからって、死を罰に使うのは倫理としてどーなんよ、って話。道徳の授業とかないんですかね。あるけどね。命の尊さは一般市民に向けてのみだよね。

 

 ちなみに俺はまだ一度も死んでいない。怖いじゃないか。死んで、生き返って、その次の俺とやらは、果たして俺なのか、っつーやつ。いや前世の俺が死んでも俺だったから俺は俺なのかもしれないけどさぁ。オレオ! オレオレオレオ!

 

 とりあえず席に就く。廊下からすぐの席。所謂主人公席の真反対。お嬢様も席に就いて、さぁ授業の開始。

 魔法の扱い方、魔力運用の効率化、禁則事項に罰則事項。化け物の生態調査等々などなどetc.

 何が言いたいかって、ツマンネーのだ。教本に全部書いてあるし。死にたくないから全部読んだし。じゃあなんのための授業なのかって、読んでない奴と読んだとしても勘違いしてる奴のための確認作業なんだろうけど、俺はもうページ番号と行数聞かれて一言一句間違わずに言えるので優等生として処理してくださりませんかね。

 

「ライラック」

「へい」

「魔法少女にとって一番大切なコトは、なんだ」

「そりゃ自分の命ですわ。誰が何と言おうと」

 

 笑いが起きる。クスクスという馬鹿にしたものじゃなく、梓さんまたふざけてる~、みたいな。ふざけてないのよお嬢ちゃんたち。大真面目なのよお嬢ちゃんたち。

 

「なれば、ライラック」

「ほい」

「一般市民の命と魔法少女の命──この際であれば、お前の家族とお前の命でも良い。どちらが大切だ。言ってみろ」

 

 ひでー問題だしやがる。

 まだ俺中学生だぜ? 中等部だぜ? そんな倫理の問題ふっかけてくんじゃねぇよ鬼教師。

 

 つっても答えは決まってる。

 んなのとっくに決まってる。

 

「──どちらも助けます。それで十分では?」

「そういう大言壮語はSS級にでも上がってから言えC級」

「イエスマム」

 

 そりゃ俺にだってありますよ、使命感っつーか。

 大切な家族を守りたい、って意思くらいは。ただ自己を犠牲にしてまで、じゃないだけで。

 

 同じ天秤にないんですよそれは。問いが間違ってんだYO。

 

「──だが」

「ん?」

「それでいい、ライラック。貴様の粗暴な口調とは裏腹の、どこまでも深い優しさは──そのままであれ。私達が正道を外れたとしても、貴様だけはその慈悲深き心のまま、私達を掬い上げてくれ。それでいい」

「えぇ……重っ」

 

 皆が皆、揃ってうんうんと頷く。

 慈悲深い。優しい。やめてやめて、おじさん褒められるの慣れてないの。つか褒められることでもねーからやめてやめて。

 

「つまり一生C級でいろってことですかいね」

「授業は真面目に受けろ、莫迦者」

「はーい」

 

 俺がC級に居続けている理由。

 んなの簡単に、魔力が少ないのと──内申点が、クソ程低いからである。

 

 魔法少女のランクに内申点とかあるのおかしくね? おかしいよね?

 

 

えはか彼

 

 

 さて、言われた通りの森──午後の森。

 これ別に放課後の森、とかいう意味じゃなくて、年がら年中、ひねもすひねもすその森の周りだけ午後……夕暮れ時だから、午後の森、って名前。実際空は赤暗く、生い茂る木々の葉がそれさえも隠して、いやは真っ暗な森の様相を成す。

 そこの掃除とは、お察しの通り湧いて出てくる化け物共のお掃除だ。A級危険域午後の森。つまりA級以上じゃないと入っちゃだめですよ、ってェ所に放り込まれた単身C級可哀想俺。泣いちゃうぜ。

 いっぺん死んで来い、というのは冗談じゃないのだ。恐怖に溺れ、苦痛に苦しみ、そして死んで──もう授業をさぼらんように、遅れないように反省しろと。恐怖政治だよね。怖い怖い。

 

「で、だよ」

「なんですの?」

「なんでついてきてんのか、っつー問いかけは面倒だからしないけどさ。いいの? SS級が手伝ったとあらば、私への罰になんねーじゃん」

「あら、梓さんにマトモに罰を受けるつもりがあったとは、驚きですわね」

「いやァんなつもりは欠片もねーんだけどよ。他人への罰を勝手に肩代わりしちまったら、なんか言われんじゃねーの? ヤだぜ、私。私に付き合わせたせいでお嬢まで罰受ける、なんてのは」

「ご安心を。そも、私がもっと早く運べば梓さんも遅刻はしなかったのです。なればこの罰は私のものでもあると言えるでしょう」

「言えねーと思うけど」

 

 魔煙草を取り出し、その箱の側面に擦り付ける。マッチ箱みたいなもんだ。コレで魔煙草は起動する。

 あー、苦い。不味い。けど匂いが結構好きなんだよな。

 

「なら、もっと尤もらしい理由を述べましょうか?」

「あァいーよいーよ。何言っても引かねえのはわかってるし」

「意中の相手と放課後デートをしたい……それ以外に理由はありませんのよ?」

「言わなくていーつったろぅに」

 

 いやまァ、マージでありがたいことに、なんだろうね。

 俺ァこの金髪ロールなお嬢様に、好かれている、らしいんだわ。明確な何かがあったとかじゃない、いつの間にか好かれてて割合辟易してるんだが、色々差し置いても見てくれがいい。あと性格も良い。声もカワイイ。なんだ、優良物件じゃないか。

 魔法の素質があるのが女性だけ、っつーこともあって、この世界に同性愛を忌避するような文化は無い。というかパートナーがいた方が連携やら何やらが上がるのでカップリングは推奨されていたりいなかったり。こんだけ述べた命の軽い世界であるくせに、相方やられたらちゃんと激昂して強くなるんだからまぁ難しいオトシゴロだよなぁ。

 

「そろそろ始めるか。とっとと終わらせて帰ってゲームでもしよう」

「ちなみに何割くださいますの?」

「十割……つーと先公が気付きそうだから、七割くらいで頼むわ。C級らしく三割はちゃんと片付けておくからよ」

「ええ、了解しましたわ」

 

 直後──お嬢様の姿が掻き消える。

 近接特化SS級お嬢様。神速にして最鋭。気付かれない程早く近づいて、斬る。ただそれだけ。こわーいこわーいお嬢様なのだ。

 

「んじゃまぁ、私もぼちぼち、ってな」

 

 取り出したるは拳銃。例によって【即死】の弾丸の込められたピストルで、午後の森へと入っていく。

 ──あァ、そうそう。

 

「変身バンクはお預けだ。何故って、常に変身してるからなァ、エデンの魔法少女は」

 

 真っ黒のスライムにソレを撃ち込みながら。

 俺もお掃除を始めたのだった。

 



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2.藍飼育因尾自防頬伏.

残酷な描写あり


 魔法少女は捨て駒である。

 近接は突っ込んで死ぬまで戦い、遠隔は守りなく死ぬまで戦う。背後に守るべき市民がいるから、大事な人達がいるから──何より死んでも問題ないから。

 魔法少女は死兵である。

 怪我も欠損も気にせず突っ込んできて、己が有する【魔法】によって化け物の討滅を成す。それはあるいは、他の魔法少女を巻き込むモノであっても──敵を滅するためならば忌避せずに行使する。

 魔法少女は、けれど少女である。

 その精神はまだ、いたいけな少女なのだ。

 

 

えはか彼

 

 

 梓・ライラックとして生を受けたのは13年前。まぁ今13歳なので当然なのだけど、当時はびつくりぎゃうてんしたものだ。だって前世の俺は43歳のおじさん。中年も過ぎ行かんとしていた頃合いに、ちょいと色々あって気が付いたらばぶーばぶー。

 自身を取り囲う大きな人間達──まァ俺が小さくなってたって話なんだが、その巨大さに当時は恐怖したものだ。ガリバー旅行記もびっくりな縮尺だったからな。

 んでもまぁ俺も現代っ子。と言えるほど流行に乗れてるわけじゃあなかったが、異世界転生系っちゅー概念があるのは知っていたもんで、割合すんなり受け入れる事が出来た。割合すんなり受け入れて、割合すんなり幼稚園と小学校に通った。

 いやさ、ベンキョーで無双してやろう、とかは一瞬考えたけど、数学はともかく他の科目はてんで違うでやんの。歴史は勿論だけど、この国の言葉、あと魔法があるせいで物理法則も違うし、だから理科も違う。

 あ、コレは真面目に勉強しなきゃダメだな、と気付けたのが小学一年生の頃で本当に良かったと思う。ラクショーラクショーとか思ってたら真面目にやばかった。特に薬学……ポーション関係の調合知識は、エデンでは知っていて当たり前の知識であるため、すみません知りませんじゃ話にならない。

 

 とはいえ、おじさんが子供に戻ったのである。

 いやさラッキーというか、遊ぶ時間の多いこと多い事。前世と違う媒体のゲーム機やソフト、アニメーションも楽しめて、効率よく仕事、じゃねぇや、お勉強して、適度に友達付き合いをして。

 これが20代前半くらいまで続くんだろ? サイコーじゃん、とか考えていたのも束の間。

 

 中等部に上がってすぐに、「君には魔法の才能があるよ」と来ての──コレ。

 捨て駒にして死兵。エリート職というか、国防の要であるからお給金はたんまり貰えるものの、お仕事は常に死と隣り合わせ。いやまァ俺が魔法少女になったことで家族の家格も上がって色々恩返しできたっつーのはすげー嬉しいんだけどさ、なんでまた中等部から仕事三昧になんなきゃいけねーのかって話。

 だから割とサボる。魔法少女は解雇とかされないので、どんだけサボっても内申点が落ちるくらいで問題ない。D~SSSの等級の中で、一応殺傷能力がピカイチってんで最低から一個上のC級を頂いて、国家防衛機構・浮遊母艦EDENで優雅な暮らしを――。

 

「あー! いました! 梓さん発見ですの!! 皆さん! いましたのよー!!」

「ホントだ、あんなとこにいる」

「どうやって昇ったんだ……? アイツ、飛行魔法は使えないはずだが」

 

 ……きゃいのきゃいのと煩い声が下方から。

 

 ここはエデン。魔法少女育成学園エデン。あァそうそう転生は転生でもTS転生で、俺ぁ今女の子で、魔法少女しかいねー学園だから当然女子校で。

 パラダイスって程パラダイスな職場じゃないが、腹ァ探んなくていい純朴な子ばっかでおじさん楽しいよ。お節介な子とか純粋過ぎて扱いづらい子とか除けばみんな優しくて良い子だしな。

 

 さて、エデンは構造として浮遊する逆三角錐にでっけぇ城が乗っかってる、みたいな形をしている。中央に一番高い塔──学園長なるヒトがいる塔と、それを囲う五つの監視塔。監視塔はちょいと外縁部に突き出してて、下にある国に近づく敵がいないか見張ってる。

 おじさんはその監視塔の上にあるちまっこいスペースにパラソルとデッキチェアを置いて、優雅なバカンスと洒落込んでいたワケですねぇ。見つかったが。何故分かったこんな僻地。

 

「よ、っと」

「うぉ!?」

 

 どうしようかなー、降りようかなー、無視しようかなー、とか考えていたら、このちまっこいスペースに降り立つ存在が一人。よ、っと。なんてかんるい感じで来てくれちゃいましたけど、俺がここまでパラソルとデッキチェア運ぶのにどんだけ苦労したと思ってんだ。俺ァお前達みたいな亜空間ポケット使えないんだぞ。

 なァんて文句を言う暇もなく、パラソルをしまわれる。金髪ロールお嬢様もそうだけど、どうしてこう他人のモンを勝手に奪いますかね。毎度毎度買ってんだぞ自腹で。まぁ毎回買っても特に問題ないお給金は貰ってんだけどさ。

 

「……これだから近接は」

「お前も一応近接の括りだろう、梓」

「私の得物知りません事ォ? 銃ですよ銃。拳銃とスナイパー。どーみても遠隔でしょォ」

「魔法は嘘を吐かん。何なら今この場で手合わせするか? お前が近接である理由は一目瞭然になるが」

「手合わせしたら死ぬじゃん何言ってんの」

「別に、一人が死んだ所で問題ないだろう。今日は遠征に行っている奴もいないしな」

 

 青い籠手を腰に括りつけ、結構深いスリットの入った緑と白の衣服を纏うながーいポニテの少女。

 なんでもないことかのように言う"問題ないこと"に、少しばかり顔を顰めた。

 

「ああ……すまない。梓は苦手だったか。人死にが」

「好きな奴がいるかいね。で、何用さ。今の時間、授業は無いはずだけど?」

「授業は無いが実技演習がある。毎日の予定表を全て把握しているお前が知らぬはずがない。私達の班はお前を入れて一つだ。故に全員でお前を捜索し、連れ戻しに来た」

「私ァ今休んでんのよ。いいじゃん、いなくてもどうにかなるでしょ」

「演習項目は全員の連携力の向上及び市民奪還時の動き方について、だ。簡潔に言うとお前が来なければ私達の演習は始められない。故に私達は演習項目が達成できず、それぞれの成績に傷跡を残す。それでもお前が休みたいと言うのなら仕方がない。潔く諦めよう」

「連れてって~」

「ああ。姫抱きでいいな」

「なんでなンッ!?」

 

 人質って奴だ。いやさ確かに、俺のせいでみんなの成績に傷をつけるのは良く無いね。失敗だった。

 でもさぁ、マジで真面目に俺いらんのよ。連携力の向上と市民奪還時の動き方について、にさ。どうして【即死】が役に立つっていうんだ。そもそも五人の班で俺以外が全員A級以上。動きについて行けも何も、早くて見てらんねーちゃん。

 

 あとお姫様抱っこは本当に止めて欲しい。

 近接だから身体能力高いのはわかんだけど、知ってる? お姫様抱っこって上からの支えないからピョンピョン跳ねての移動だと結構浮遊感あって怖いんだよ? 

 ちなみにお姫様抱っこ自体はおじさんもう慣れちゃった。エデンに来てからみんなしてくるんだもんな。みんな俺より身長高いんだもんな。別に妬ましかねェけどさ、でけぇのにヒョイと持ち上げられるのは割と怖いんだぜ。

 

「あっ! あっあっ、ミサキさん! 変わってください! 梓さんを抱っこするのは私の役目ですの!」

「拒否する。さ、とっとと行くぞ」

「あ~!!」

 

 これまた下の方でお嬢様が叫んでいるが、こっちァそれどころじゃない。

 戦場をヒョイヒョイ跳ねまわる近接魔法少女はやっぱちげーというか、エデンのクソ高い屋根やら外壁やらを、俺を抱いたままに飛び回るのだ。姿勢を崩すことなく、明らかに垂直な壁に止まったりしながら……いやこえーのよ。安定感あるから逆にこえーのよ。

 

「そんなに震えるな、梓。今回は演習だ。死人は出ない」

「嫌なフラグを立てるねェ」

「フラグ?」

 

 いんやさ、そんなこと言ったら起こりそうじゃん。

 演習中に異例の何かが、とか。突然化け物が湧いて出て、とか。

 そんで演習がガチの実戦になる奴。俺ァ知ってんだぞ。流行には疎いつったって限度があるからな!

 

 んでまぁ、ぴょいぴょいしてって、辿り着いたのはエデンの外。つか下。

 市民のいる街を囲う外壁の外。廃墟。なんだ、化け物の湧きポイントが近いせいで人の住めなくなった土地、って感じ。

 そうそう、化け物には突然湧いて出る奴と湧きポイントが決まってる奴がいる。先日の午後の森とかは後者で、その前の触手の化け物とかは前者。基本的に前者の方が強い。強いというか対処しづらい。研究されて無いからな。

 で、今回の演習はその湧きポ固定の化け物相手に連携しての攻撃をするのと、市民に見立てた人形を放り込んで無傷で奪還しろ、っちゅー奴なワケね。

 

「……A班。ギリギリだったな」

「はい」

「……縁に感謝しろ、ライラック。今回はお咎め無しだ」

「んじゃありがたく」

「それは感謝とは言わん」

 

 ちなみにこの担任といいあの指揮官といい、エデンには大人の魔法少女がいる。

 というのも、"魔法少女"が発現する年齢は人に寄ってまちまちで、エデンの学園長のように老婆の時点で成る者もいれば、5歳とかの時点で発現する者もいるのだと。

 んで、魔法少女になると肉体の成長が止まる。歳を取らなくなるワケで、だから見た目の年齢と魔法少女歴はイコールで結ばれないし、それこそが俺の掲げる陰謀論……魔法少女実は蘇ってるんじゃなくてクローン説を押している要素の一つなワケである。掲げるっつって言葉に出したことは無いんだけどさ。

 

「よし、ではA班。点呼を取る。ミサキ・縁」

「はい」

「シェーリース」

「はい」

「ユノン」

「此処に」

「梓・ライラック」

「うい」

「そして班長、フェリカ・アールレイデ」

「はい!」

 

 以上五名がA班と呼ばれるグループ。上からA、S、A、C、SSの等級となる。

 わかるかね。この場違い感。キャリーオブキャリー。Cて。A以上の班にCて。

 

「この廃墟群東の家に、あらゆるものを溶かすスライムが群生している。それを、どんな手を使っても良い。消してこい。ただし、建物を破壊するような行為は禁止だ」

「わかりましたの」

「それが終了したら、私の所へ戻ってこい」

「了解ですの!」

「よろしい。では行け!」

 

 担任の言葉と共に、散ッ! って感じで一斉に走り出すみんな。

 ちなみに俺はまだ降ろされていない。俺の足で走ってもみんなに追いつけない、なんてのは担任もわかっているので何も言われない。

 

 しかしさぁ、いる場所がわかってて、対策法も知られているとはいえ、あらゆるものを溶かすスライム、なんてのを演習に取り入れんなよ。あぶねーだろ。都合よく服だけ溶かすスライムじゃないんだぞ。マジであらゆるもの──魔法で強化された人肌だろうと骨だろうとグズグズに溶かすスライムなんだぞ。

 ポニテスリットは演習だから死人は出ない、とか言ったけどさ。出るよ多分普通に。近接連中が突っ込んでいって溶かされながら悲痛な悲鳴上げて死ぬよ。やだよオジサン女の子が溶けるの見るの。

 

「安心しろ、梓」

「何が」

「私達は強い。この学園に来た時よりもさらに強くなっている。お前が死を忌避するというのなら、死にはしない。お前を悲しませるくらいなら、死なない方法を取る。それでいいだろう?」

「……怪我も無しで」

「ははっ、それは確約出来ないな!」

 

 笑いごとじゃないんですよ。

 死なない方法を取る、って言ってくれるのはめっちゃ助かる。ちょっとキュンと来たくらいには助かる。でも怪我をするな、って言葉に笑いを返すあたり、本質的な理解をしてくれてないのもわかる。怪我をする。苦痛を負う。欠損を背負う。死ぬ。それらは等価に嫌だ。俺自身もだし、みんながそうなるのも嫌だ。

 蘇るから死んでもいい。蘇るからケガしても良い。

 なんだそれ。倫理舐めてんのかコノヤロー。

 

 や、でもホントにちょっとキュンと来たよ。おじさんだけど。

 やめてほしい。本来なら俺が前に出て守ってやるべき年齢だろうに。いや魔法少女歴しらねーけどさ。

 

 ……強く、ねぇ。

 

「ミサキさん、梓さん! あの建物ですの! ──先行しますわ!」

「あ、ちょっと」

 

 あのお嬢様、担任の話聞いてたんだろうか。

 連携力を高める演習だってのに、一人で片づける気だぞアレ。

 

「続く」

「参ります!」

 

 神速のお嬢様に続くのは、背中メッシュ(シェーリース)太腿忍者(ユノン)。建物の中では不利としか言えない魔法を持つ背中メッシュ。建物の破壊禁止命令が出てるので閉所じゃ上手く戦えないだろう太腿忍者。どう考えてもどうにかこうにか屋外に引きずり出して戦え、って話だろうに、なーんで突っ込むのか。

 しかもあの二人近接じゃねェのにさぁ。

 

「私達も行くぞ、梓!」

「いやちょい待ちちょい待ち、一旦外に引きずり出してから──」

 

 作戦とすら呼べない一般論をぶつけようとした──その時。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁッ!?」

「い──ぐ、ぁ……!」

 

 ……後から入った二人の、それはもう苦痛を知らせる悲鳴が轟いたのであった。

 

えはか彼

 

 

 ポニテスリットに湧きポから向かいの廃墟に降ろしてもらい、彼女は突撃。まァポニテスリットは近接だからわからんでもないんだが、背中メッシュと太腿忍者はどうしたもんか。

 愛用の2-4倍スコープで廃墟内を覗く。

 覗いて、後悔した。

 

「……だから言ったのによォ」

 

 背中メッシュは肘から先を、太腿忍者は、その片方の太腿を――溶かされている。当然そこからの流血は止まらず、苦痛も苦痛だろうに、額に脂汗を浮かべながら自身の魔法を放とうとする姿は……なんつーか、もうちょっと自分を労われよ、っていう。

 死んでも問題ないから、痛いのも一時の我慢、という考えが根付きすぎている。あんなん慣れるはずがないのに、それを忌避する魔法少女があまりにも少ない。いるにはいるんだけどな。ちゃんと痛みを恐れる奴も。

 

 SRを使う距離でもない。だから拳銃を取り出して、狙いを定める。

 あらゆるものを溶かすスライム──アシッドスライム。色は黄色と緑。本来の討伐法は全身をぶっ潰したり消し飛ばしたりするか、どっかにあるコアを破壊する……なんだけど、部屋中に群生したアシッドスライムはどこがどれなのか、どのスライムがどこに繋がっているのかが分かりづらい。恐らく背中メッシュはその魔法【神鳴】で大規模殲滅を、太腿忍者は【光線】で貫通討滅を図ったのだろうけど、どちらも遠隔故にチャージが必要で、その隙を突かれて纏わりつかれてぐじゅるじゅる、ってカンジだろうなぁ。

 【神鳴】なんざそもそも使えたのか怪しい。この廃墟普通に天井あるし。

 今は太腿忍者が本来の戦い方……魔法少女に目覚める前から忍者だったという忍者スキル、手裏剣投げと苦無投げを駆使して迎撃を行っているけれど、そこはあらゆるものを溶かすスライム君、全部飲み込んで溶かしてしまっている。ジリ貧って奴。

 そんな太腿忍者は片足を失っているので、肘から先を失った背中メッシュが肩を貸し、どうにか建物外へ逃げようとしている……みたいな状況。

 

 二人を逃がすために殿を務めるはポニテスリット。彼女の魔法は【波動】。全身から振動を発する事の出来る近接魔法少女で、拳や蹴りから対象に触れる事無く打撃を与えられる。まさに今回みたいな触れちゃいけない系の相手に有効な魔法の持ち主であり、連携としてはまず彼女が行って、スライム達を大通りに吐き出してから、全員で叩く、が理想形。だと思うんだよなぁ。

 ちなみにさっきからチラチラと視界に入る金色の線。そして忽然といなくなるアシッドスライムの一部。

 それらはお嬢様の仕業だ。その得物とて溶かされないわけではないのだろうに、恐らく最小限の被害で留めながら殲滅を行っている。

 

 ……これなら確かに、出来はするのだろう。

 目標の達成。連携力もクソもへったくれもあったもんじゃないが、SS級の殺傷能力とA級の殲滅力によって、課題はクリア、になるのだろう。

 

 果たしてそう上手く行くもんかなぁ、というのが今のおじさんの懸念。

 SS級一人いればどうにかなる、なんて状況を演習に使うとは思えないのだ。今はヘマした二人のためにポニテスリットも出ているが、お嬢様一人でもなんとかなっただろうこの演習。さてはて、隠し玉は何か。

 

「……梓、お願い」

「ふぅっ、ふっ……お願い、します」

「──もしかしないでもさ、殺せ、って言ってんの?」

 

 なんとか。

 なんとか、こうにか、どうにか。

 俺の所へ辿り着いた二人が──俺に懇願する。

 だくだくと流血し、顔は蒼白、目には涙と、もう見るだけで痛々しい二人が言うのだ。

 俺に。

 銃を持った俺に。

 

「お願い、します」

「痛くて──たまらないから、どうか」

 

 殺してください、と。

 

「……馬鹿が。ヤだよ。つか多分、まだ終わってない。痛むだろうが止血する。それで保って数分だろうけど、まだお前達には役目がある」

「……わかり、ました」

「ふぅ、ふぅ──ッ!」

 

 止血用のポーションというものがある。ほら、欠損部位を焼いて止血する、みたいなのあるだろ、ドラマとかで。あれのポーション版。振りかける事で周囲の皮を集め、傷口を塞ぐ。皮膚が引っ張られる事による苦痛が発生するし、欠損が酷すぎれば皮が足りずに終わる、なんてことも少なくはない。ただこの分なら大丈夫だ。

 

「ゥ──ァアアアア!!」

「ヅ、ぐ……!」

 

 どちらの方が痛いのか。

 全身を溶かされて死ぬ痛みと、全身の皮を引っ張られる痛み。

 ……知らんな。知りたくもない。

 とにかく、俺に殺人を強請ってきた二人は痛みにのたうち回るも、一命は取り留めたらしい。といっても出血量が出血量だ、そう長くはない。輸血云々じゃなく、失った部位が大きすぎる。だからこの二人は、この演習がどうなろうとも死ぬ。それは確定。

 はぁ。やだね。やだやだ。

 なんでそんな危険な演習にさァ。しかも──殺してくれ、なんてさ。

 

「おぉいお嬢様! ポニテスリット! 一旦戻ってこい!」

「はい戻りましたわ梓さん!」

「……その仇名、やめてくれと何度言ったらわかるんだ?」

 

 流石は近接、呼びかけたら一瞬で戻ってくる。お嬢様の方は一瞬どころじゃあないが。

 

 そして、俺の後ろで苦痛に喘ぐ二人を見た。

 

「やはり、殺してはやらないのか」

「ヤだってば。つかダメなんだよ。多分殺しちゃだめだ。お嬢様一人でアレを殲滅するのもNG。多分っつか絶対、遠隔魔法少女の力が必要になる場面が来る」

「ほう」

 

 だからちょいと離れて観察を――と言おうとしたところで、それは起きた。

 もうタイミング良過ぎるだろってツッコミたくなるタイミングだ。タイミングオブタイミングだ。タイミングインタイミングかもしれない。

 一匹のアシッドスライムが、湧きポの外に出る。

 即座に半分ほどにまで溶かされた剣を構えるお嬢様を制し、観察を続ける。

 二匹目。三匹目。四匹五匹……そのままどんどん、増えて行く。

 

 スライム達は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこから出てくる。

 

「ポニテスリット、飛来する酸を弾くのも出来ると見て良いよな?」

「ああ、可能だ」

「お嬢様も防御で頼む。後ろの二人のチャージが終わるまでの」

「わかりましたの」

 

 まだ荒い息を吐く二人に振り返って──少しばかり強い口調で言う。

 この班のリーダー俺じゃねェけど、ま頼むわぁ。

 

「お前らは、今できる最大火力の充填を開始してくれ。目標は廃墟の上方。出来るか?」

「……了解、です」

「最大火力……チャージ開始……」

 

 遠隔魔法少女の弱点はこれだ。

 自分を守る術がないのと、魔法を撃つのにチャージ時間を必要とする。戦場のように前衛がバンバン戦ってくれりゃ問題ないんだが、単身では自身の安全を完全に確保してからでないとヤバイっつー。近接は有る程度自分を魔力でコーティングできるし、そもそもが拳に炎纏わせて爆発させる、とか、クソでかい剣を創り出して斬る、とかだから問題ない場合が多い。その代わり捕まったらジ・エンドなんだけど。

 

 さて。

 

「アシッドスライムが、どんどん融合して行きますのね」

「ああ……これは、スライムが天敵や強敵を前にした時に行う防衛法の一つだな。融合し、巨大になり、威嚇兼リーチを伸ばす、あとは食われづらくする、か」

「私達を天敵認定した、というワケではなさそうですわね」

 

 大きくなっていく。大きくなっていく。

 アシッドスライムが、あらゆるものを溶かすスライムが──大通りにて、大きくなる。既に湧きポには一匹もいないのだろう。あるいは新しく湧いた者も融合したか。

 その大きさは、俺達のいる廃ビルを超える程。黄色と緑の円柱──それが、竜巻のように立ち昇る。

 ぶるりと震えるだけで、酸が飛び散る。此方へ来るものはポニテスリットが【波動】で弾き、他の建物へ向かうものはお嬢様が叩き切る。建物の破壊は禁止だからな。

 

「チャージ、そろそろ……」

「あれに、撃てば……」

「いや、違う。もうちょい待ってくれ」

「ッ……!」

 

 つらいだろう。痛いのだろう。

 すまないとは思う。お前等が悪いんだぞとも思う。だからやめてくれ、その悲痛な顔を見せるのは。心が痛くて仕方がない。

 この世界に【治癒】や【回復】といった魔法を持つ魔法少女は存在しない。

 故にこその、俺、なのだろうが。

 

 知った事か。

 

「──来るぞ!」

 

 それは金切り声に近かった。女性の悲鳴を彷彿とさせる、キィィイイという声。

 遠方。上方。高空。

 スライムに目があるのか知らんが、巨大になった円柱スライムもそちらを向いている。

 

 そこに、いた。

 そこに、来た。

 

「天鷲!? S級の魔物ですのよ!?」

「なるほど──アシッドスライムは、餌か!」

 

 超、超、超巨大な──鷲。

 赤黒い羽毛はいっそうに化け物感を出していて、昏く妖しく光る眼が、ソレを完全に捉えている。

 即ちアシッドスライム。研究者らによると、強靭な喉や胃袋を持つ天鷲等の鳥系化け物はスライムを美味しくいただくらしい。炭酸ジュース的な感覚で。クソどうでもいい考察ありがとう教本に載ってた研究者。

 

「今だ、ぶちかませ!」

「──!」

 

 天鷲がアシッドスライムに食いついた──その瞬間に、チャージを終えた二人の魔法が飛ぶ。

 太腿忍者の【光線】は一条、真っ直ぐに。スライムと天鷲の咥内を頭蓋に至るまで貫き通し、背中メッシュの【神鳴】はその巨体へ轟雷を落とす。片やA級、片やS級の魔法だ。効くだろう。つか死ぬだろう。

 

 ぐらり、と倒れてくる酸性の円柱。

 

「ポニテスリット、頼む!」

「ああ──」

 

 それを弾くは、【波動】の魔法。俺達の周囲に張られた振動の壁は、半固体であるスライムを通さない。

 

「っ、もいっかい……!」

「おい、そんな無理しなくても」

「どうせ死ぬなら──最後まで!!」

 

 これで終わりだと思った。神速のお嬢様でも無理な量の酸が落ちてきてしまうため、多少の損壊は仕方がないだろうな、なんて思いながら守られていたら──背中メッシュが、再チャージを始めたではないか。

 ……その傍らに横たわるは、血の気の無い顔の太腿忍者。その胸はもう、上下していない。

 

 なんでだよ。

 友達がさ、仲間が死んで、そんなに怒るならさぁ。

 最初から死なない方法を取れよ。ヤだろ、身体が痛いのも、心が痛いのも。

 

「【神鳴】──!!」

 

 落ちる。落ちる。

 神なりし怒槌が落ちる。それはアシッドスライムの円柱を的確に貫き、蒸発させる。ポニテスリットの【波動】ギリギリのラインを攻めたその一撃は、S級らしくアシッドスライムを完全に消滅させた。

 完全に、だ。

 こちらの被害はない。

 

「……任務、完了」

「まだですの!」

 

 呼気と共に、言葉と共に。

 神速お嬢様の姿が掻き消える。次の瞬間、彼女は天鷲の上にいた。

 

 そう、口腔から頭蓋を貫かれて尚──再び羽ばたかんとしていたコレを、地へと叩き落さんがために。

 

「あず、さ」

「──」

「がんばった、から──ころし、て。もう……つらい」

 

 言う。背中メッシュが言う。

 両腕の肘から先を失くした彼女が、涙を浮かべて。

 死ねないと。痛いのに死ねないからと。

 

 死にたいと。殺してくれと。

 

「やってやれ、梓。このまま、というのは……可哀想だ」

 

 神速お嬢様への援護、なんてのは必要ない。

 今まさに背景が如く視界の端っこで天鷲を細切れにしている最中だ。あちらは問題ない。

 

「梓。頼む」

「ッ……!」

「あずさ……ごめん、ね」

 

 ポニテスリットが、背中メッシュが、言うのだ。

 俺に彼女を殺せと。最後の最後まで頑張った彼女を殺せと。自分をどうか。

 

 どうか──救ってくれ、と。

 

「……馬鹿が。痛いのが嫌なら、初めから無理すんじゃねぇよ」

「うん……ごめんね」

 

 彼女に。

 触れる。

 

 ただのそれだけで──彼女は倒れた。背中メッシュ。その仇名の通り、背中を大きく露出させた少女が倒れる。俺の元に、ぱたりと。

 

 事切れた。

 

「終わりましたの」

「ああ。すまないな、手伝えばよかったのだが」

「いいえ、問題ありませんわ。それより……大丈夫ですの、()()()

 

 天鷲を殺し終えて戻ってきたお嬢様が気遣うのは、俺。

 あぁ──本当に、ヤだ。嫌な世界だ。

 

 救いになるんだ。

 俺の【即死】は、回復も治癒の魔法も無いこの世界で──苦痛に喘ぐ少女らを、苦痛なく殺す手段として。

 全魔法少女にとっての、救いなのだ。俺の【即死】こそが──唯一の。

 

「大丈夫だ。背中メッシュと太腿忍者と合流してから、担任の元へ行こう」

「……いや前から思っていたのだが、あだ名安直すぎないか?」

「変身中の魔法少女は衣装が変わらないんだ。安直で良いだろ」

「私だけ服装で呼ばれてないのは疎外感を覚えますわ……」

 

 そんな、雑談を。

 ……ごめんな、二人とも。気を遣わせてしまって。殺してしまって。救えなくて。

 

 強く……ねぇ。

 

えはか彼

 




登場人物
A班
名前【魔法】等級
フェリカ・アールレイデ【神速】SS
シェーリース【神鳴】S
ユノン【光線】A
ミサキ・縁【波動】A
梓・ライラック【即死】C


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3.舞判杏鳶否太掬伏絵鰤寝具阿伏.

 魔法少女の蘇生には多少の時間がかかる。死んですぐに、あるいはその場で蘇生、なんてものが叶っていたのなら、戦場でのゾンビ戦法もやりかねんエデンにおける唯一の救い。安眠の──文字通り安らかに眠っていられる時間が少しでもある、というのを救いというのは、些か嫌悪感を抱かないでもないのだが。

 

 とりあえず、演習の第一課目はクリアした。アシッドスライムの駆除、及びそれを餌にしている湧きポが固定されていない化け物の討伐。最初からヘンだとは思ってたんだ。だって、アシッドスライムは等級で言えばB級相当。群れる事が厄介なのと、半固体であるために物理が通り難い、なんて耐性は持っているものの、遠くからちまちまやれば俺でも倒せんことはない。時間はかかるが。

 それをこんな、平均A級の班で、連携力の向上、だなんて。ちゃんちゃらおかしいにも程があるって話。

 天鷲が現れることまで予測していたのかどうかまでは定かではないが、ランダム湧きの化け物が出てくる事は織り込み済みでの演習だったのだろう。本来はアシッドスライムを近接が外に出して、遠隔で仕留めている所に襲い掛かってきて、緊急時における連携力の試験……的な奴だったんだろうけど、悲しいかな、阿呆二人と馬鹿一人が先に突っ込みやがったもんで色々と台無しになったってワケだ。

 

 こちらの損害としては死者二名、一名の武器の損傷、止血ポーション二個。

 それで天鷲を仕留められたのは、まぁまぁ十分な成果ではある。お嬢様はSS級とはいえ近接だし、S級の背中メッシュは動かない敵に対してはめっぽう強いが、天鷲みたいな素早い敵には翻弄されがちだ。残るA級二人とC級の俺では天鷲を仕留めるには至らなかっただろう。

 つまり、割合十二分に危険な敵だった、という話。それを死者二名で抑えられたのは僥倖……と、指揮官殿や担任は言うのだろうなぁ。俺ァんなこと口が裂けても言いたかないんだが。

 

「梓、ユノンとシェーリースが還ってきたぞ」

「ん。ああ、行くよ」

「歩けるか?」

「別に、今回私は何もして無いからな、疲れちゃいないよ」

「肉体的疲労の話ではなく精神的な疲労の話をしているんだが」

「それも大丈夫。……じゃないけど、四の五の言ってらんないでしょ」

 

 まだ演習中なのだ。

 もう一つの課題……市民に見立てた人形を化け物から取り戻す、というミッションが残っている。

 うだうだ悩んでたって、時間は解決してくれない。

 というより。

 

「戻った」

「戻りました」

「あー……その、大丈夫か? 痛い所とか」

「問題ない。むしろ快適。ありがとう、梓。おかげで楽に逝けた」

「私は痛くて苦しかったです、梓さん」

「……そォかい」

 

 言外の言葉は聞かなかった事にする。

 もっと早く殺して欲しかった──なんて。知るかよ、求めんなそんな事。

 

「皆さん! 準備が整いましたら、先生の元に向かいますのよ!」

「ん……お嬢、武器はいいのか?」

「武器、ですの?」

「溶かされてただろ、半分くらい」

「ああ」

 

 金髪お嬢様が、中空を抓むように指を形作って──ジッパーでも開けるみたいに、一気に引き下ろす。

 そこに開くは亜空間。A級以上の魔法少女が使う、余剰魔力による空間圧縮ポケット。亜空間ポケット。そんなかに、これまたズラリズラリの剣剣剣。

 

「予備は十分ですのよ!」

「さいで。んじゃま、行くか」

「はいですの!」

 

 班長はソッチなんだがね、なんて思いながら。

 俺達は、演習場の入り口で待つ先公……あー、担任の元へ向かった。

 

 

えはか彼

 

 

「来たか」

「はい。一つ目の課題は死者二名の損害を出しましたが、アシッドスライム凡そ50体、天鷲一体を仕留める結果に終わりましたわ」

「ふむ。十分だ」

 

 想像通りの報告と想定通りの評価に嫌気が差す。

 二人とも当然のことのように言ってるが、死んだんだぜ、二人も。

 

「では次の課題に向かえ。場所は先の廃墟を抜けた先にある湿地帯。そこにワームが巣を作っている。人間に見立てた人形は既に投入済みだ。失敗条件は人形の破壊、部位欠損、及び目標のロスト。わかったな?」

「質問いいスか」

「なんだ、ライラック」

「人形が投入されたのっていつですか」

「良い質問だ、ライラック。人形の投入時間は此度の演習開始時と同刻。この意味がわかるな?」

「も一ついいスか」

「……今私は一刻も早く演習に向かえ、と言ったのだ」

「いんやさ、わかってますよ。理解してます。その上で聞いとかなくちゃいけないんで、質問です」

「……いいだろう。なんだ」

「私ァ湿地帯で巣作りするワームってーと、マッドワームとアビスワームしか知らないんですわ。D級とS級の奴なんスわ。どっちスかね、相手すんのは」

「聞くまでもない事を聞いてまで大切な時間を減らすのか、ライラック」

 

 はァ。

 

「──ポニテスリット、運搬頼まぁ!」

「了解した──フェリカ、先行してくれ。ただし」

「突撃はしない、ですわよね! わかってますわ!」

 

 またも姫抱きにされる。

 背中メッシュと太腿忍者は遠隔だけど、A級で、しかも復活したてなので余剰魔力がある。走力強化くらいは可能だ。

 一瞬にして姿が掻き消える金髪お嬢様。その後を追う。

 

 廃墟群の、道ではな屋根をヒョイヒョイ進んで、追う。その背は見えやしない。当然だろう。見えちまったら神速の名が廃るというもの。

 まぁ、それはいい。とりあえずいい。

 

「背中メッシュと太腿忍者、今回は突っ込むなよ」

「……わかった、けど。その呼び方、気に入らない」

「わかりましたが名前でよんでください!」

「そこは譲れんポリシーって奴だ。で、作戦を説明する。聞く気はあるか?」

「大丈夫、言って」

 

 ま、この班の良い所はこれだ。

 魔法少女の中には高飛車な……要はC級のクセに私に指示しないでくださいまし!? みたいなのもいるんだ。まァ魔法少女の等級は努力と内申点なんで、頑張りゃ上げられる──D級、C級は頑張ってない証みたいなもんだから、気持ちはわからんでもないんだが。

 最も上げられるのはA級まで。それ以上は才能の領域だと思う。

 

「先公は巣作りしてるっつってた。つーことは、最低二体以上のアビスワームがいる。最悪五、六はいる。幼体もいるかもしれねぇ。つまり危険度はSじゃなくSSだってワケ。これは理解してくれるな?」

「……間違っても、先に幼体を仕留めるのは、まずい」

「だな。幼体を傷つけられるか、近づくだけでも成体のワームが怒り狂って襲い掛かってくる事だろう。まずは成体から倒すべきだ」

「ですが、湿地帯。対象は地中に潜っていると思われます。どのようにしておびき出しますか」

 

 問題点はまずそこなんだよな。

 【神鳴】は不味い。感電で幼体に刺激が行く可能性があるのと、人形の損壊が考えられる。あと五、六体いた場合に全匹呼び出しちまう可能性がある。アビスワームってな、文字通り深淵に引き摺り込むってカンジのワームだ。獲物を地中に引き摺り込んで、窒息させて捕食する。泳ぎやすいから湿地帯にいるだけで、別にふつーの地面でも潜れる。

 だから最悪六匹に気付かれちまうと全員引き込まれて終わり、なんてこともあり得なくはない。お嬢様は大丈夫だろうが。あと俺も。

 

「私の魔法で行くか?」

「【波動】も微妙だろう。自然界には起こりえない振動というのは、奴らに外敵を気取らせる結果になりかねん」

「ならば私の【光線】で」

「現状それが一番だとは思う。湿地に向かって照射、当たりゃあ御の字だし、掻き混ざすだけでも一匹二匹は釣れる。そこを金髪お嬢様に刈り取ってもらうのがベスト。あるいは私が撃ってもいいんだが、銃声は余計な刺激をしかねんのがな」

「ではそのように」

「──が、だ」

「?」

 

 そもそもの話。

 この課題は、連れ去られた市民の奪還、である。

 別にアビスワームを全滅させる必要はないのだ。

 

「それは、そう」

「確かに……失念していました」

「ならば、【光線】で攪乱し、混乱の隙に人形を奪取するのが一番か?」

「あァ。金髪お嬢様にはそれをやってもらうつもりだ。勿論太腿忍者の護衛は俺達で全力でやる」

「任せて」

 

 ……これが一番簡単で、一番被害の出ない解決法、だと思うんだけど。

 なーんかな。

 

 そんな簡単に終わるワケないじゃん、みたいなさ。第六感っていうの? 

 いんやさ、先公の言葉にちょいと引っかかる所があったっつーか。

 

 みたいな懸念は。

 

「きゃ、ぁあああぁああ!?」

 

 ……先行していた金髪お嬢様の悲鳴によって、的中を知らされた。

 

えはか彼

 

 俺達が湿地帯に辿り着いた時、そこに金髪お嬢様の姿はなかった。

 速すぎて見えない、ってヤツじゃない。それだったらすぐにでも「やっと来ましたのね!」なんて言って俺達の元に合流するはずだ。

 つまるところ。

 

「引き摺り込まれたか!」

「四の五の言ってらんなくなったな──人命最優先だ、人形なんざどうでもいい!」

「え」

「いえ、これは機なのでは? アビスワームたちがフェリカさんに気を取られている内に、私達でどうにかして人形を奪還すれば任務達成です」

「……」

 

 ポニテスリットは割合俺の感性に理解がある。

 だから黙ってくれてはいる。けど、アイツもその方が合理的だとは思ってんだろうな。

 実際座学……市民が奪われた時の対処法として習うのはソッチだ。もし近接が一人捕まって、群れがそっちに気を向けたら──ソイツは見捨てて市民の奪還を優先しろ、と。市民の命は一つ。魔法少女の命は無限。故に当然だ、と。

 

 ヤなこった。

 

「ポニテスリット! 泥に向かって【波動】だ! 全力で、この湿地帯全土を揺らす勢いで!」

「そんなことをすれば、ワームに気取られる」

「梓さん! 今はその優しさ捨ててください! たった一人の犠牲で全てが解決するんです! フェリカさんは後で生き返ります! 何が問題なんですか!」

「問題はねェらしいが私が嫌だっつってんだよ」

「……一つ聞くぞ、梓」

 

 ちょいと*1ギスり始めた班内に、ポニテスリットが冷静な言葉を挟む。

 

「【波動】を撃つのは構わない。だがそれをして、全アビスワームがこちらに来た場合──()()()()()()という可能性もある。それは理解しているのか?」

「──!」

 

 理解しているのか、なんて。

 してないに決まってる。どうにかこうにか金髪お嬢様を救出して、一目散に逃げる算段だったんだ。お前等なら逃げられるだろ、っていう信頼の元だ。

 けれど──もし逃げられなかったら?

 俺は死にたくない。みんなが死ぬのも嫌だ。金髪お嬢様が死ぬのも嫌だ。人形は心底どうでもいい。 

 じゃあ、どうする。

 

「理解してる。んで──私が囮になる」

「……本気で言っているのか、それは」

「違いが、わからない」

 

 おいおい、何舐めた事いってくれやがる。

 こちとら殺傷能力だけはSS級に届くんだぞ。殲滅力がゴミ過ぎるのと魔力少なすぎ問題がC級に落ち着かせてるだけで。

 

「大丈夫だ。つか、時間が無ェ。やってくれポニテスリット」

「……断る」

「は?」

「結果的に囮にする、という作戦には同意しよう。だが、故意に仲間を囮にして自分達は逃げる、など。あり得ん」

「自分の言っている意味、理解してる?」

「梓さんは自己犠牲をカッコいいと思う方でしたか?」

 

 やばいな。断られるとは思ってなかった。

 さて説得……あァ、じゃあ任務を盾にすればいい。

 

「金髪お嬢様がこのまま死んだとして、誰があの人形を取りに行けるよ。湿地の泥沼ン中には多量のアビスワーム、巣には幼体がいるかもしれない。そしてまだ、誰も人形の位置を判ってない。私達の中でソレを取りに行ける奴がいるか?」

「……それは」

「む。確かに私達では無理です」

「金髪お嬢様はまだ死んでない。泥の中でもがいてる。お前等の言うように()()()()()()()ってんなら、あのお嬢様は抵抗を止めて死ぬはずだ。死んで蘇生して、すぐにでも態勢を立て直しに合流しに来る。それをしない理由は一つだろう」

「……自分がいなくなったが最後、奴らはこっちに来る、か」

「それだけならいいんだがな」

「?」

 

 とにかく、と。

 金髪お嬢様が今どうやって抵抗しているのかは知らんが、あまり長くは持たないだろう。

 救出した方がいい理由は述べた通り。先行した金髪お嬢様にしかわからない情報……俺達にとっての不確定情報で危険な情報を持っていて、なんとしてでもそれを俺達に伝えなきゃいけない。つーことは、助けて欲しいってことだ。助けた方がいいって事だ。

 

 いいだろ、これで。

 ゴリ押しの不確定要素入れまくりだが、納得しろや。

 

「わかった。フェリカの救出に同意する」

「私も賛意します」

「あァ、ありがとう。二人はチャージ始めておいてくれ。ポニテスリット、一発目の【波動】は全力で頼む」

「わかった」

 

 三方。前方、後方左右で力が集い始める。

 【波動】は近接だが、チャージが可能。可能なだけでしなくても使えるのが近接たる所以なのだが、最大火力時は物凄い振動を──アダマンタイタン、と呼ばれるクソ硬いゴーレムをも砕く衝撃を出せる。

 それを沼地に向かって、今吐き出そう、というわけだ。

 右腕を上に、左手でその肘を掴み──目を瞑って、魔力を集中させる。

 俺ぁ煙草を一本。魔煙草だ。今は魔力満タンだが、こっから使うからな。あらかじめ咥えといて損はない。

 

「行くぞ!」

 

 ポニテスリットの右腕が振り下ろされる。その腕、その手。その拳が水面に着いた瞬間──湿地帯の全域が、半球状に凹む。まるで上空から巨大な空気法でも打ったみたいに、ボコっと。

 

「いた! 太腿忍者、11時の方向だ!」

「【光線】発射します!」

 

 ドームの中に、ボコりと膨らむ山。正直もー少しばかり弱めの威力の想定だったから驚いちゃいるんだが、んなこた言ってらんない。

 膨らんだ形はお嬢様のソレではない。蛇腹っつーか体節っつーか、まぁ──ワームの胴体だ。そこに向かって、太腿忍者が【光線】を照射する。天鷲の頭蓋をも貫通した【光線】だ。ワームの胴体程度、なんてことはない。それは確実にワームの身体を貫通し──その痛みにだろう、ソイツが泥面に全体を現す。マンボウかイルカかクジラか、なんてのはどうでもいい。問題は、──大当たり、って事だ。

 

「アレだ! アイツの中にお嬢様はいる!」

「再チャージには時間がかかります! それまでどうか、逃がさぬよう!」

「背中メッシュ、幼体のいる巣に向かって【神鳴】を頼む!」

「人形、壊れる。いいの?」

「あそこに人形は無い! 思いっきりやれ!」

「そうなの? ……なら、やる」

 

 確信は無いが、多分そうだ。

 そうじゃなかったとしても俺ァ金髪お嬢様を殺したくないので、演習失敗の方を取る。

 

 空。

 暗雲も無いのに──突如出現した紫電迸る雷球が、轟音を立てて──落ちる。

 一瞬だ。光より音の方が速いとか、この距離なら関係ない。光も轟音も同時につんざき、幼体とアビスワームの巣を粉砕する。

 となればもう、カンカンだ。

 何がってアビスワームが。

 

 半球状から元の平面に戻りつつある水面で、金髪お嬢様を飲み込んでるヤツ含めた()()()()()()()()()()()が怒り狂ったようにその身を立ち上げた。

 

「ポニテスリット! 太腿忍者の護衛頼む!」

「梓、お前まさか囮になる、などと言い出すわけではないだろうな」

「はン、馬鹿言え──私がアイツラ殺すつってんだよ!」

 

 自らの腿や二の腕に巻き付けてあるマガジンから銃弾を取り出す。亜空間ポケットつかえねーからな、こういう工夫大事。

 その銃弾は、俺専用の弾丸だ。魔法の付与を受け付ける──弾頭がスカスカで、弾丸自体の耐久性は普通のものに比べて天と地ほどの差がある特殊弾。威力は人体を貫くに至らないまである。

 そこに詰め込んであるのは魔石と呼ばれる鉱石だ。簡単に言えば周囲の魔法や魔力の影響を受けた石のことで、本来は何も入ってない空っぽの綺麗な石なんだが、コイツに魔法を注入してやることで結構まがまがしい見た目になる。ソイツを更に砕いて弾薬に混ぜ込んだのがコレ。

 

 それを――ばら蒔く。

 撃つのではなく、湿地に向かって、散米が如くばらーっと。

 

 当然、投擲したわけでもないそれはポチャンポチャンと沼に落ちた。

 

「チャージ、完了しまし──梓さん、危ない!」

「足元だ梓!」

「わーってるよ!」

 

 愚直に真っ直ぐ突っ込んできた四体。

 それらが俺のばら蒔いた弾丸に触れて──【即死】した。へっへっへ、殺傷能力だけはピカイチなんだよ。ソレ、文字通り死ぬほどあぶねえ障害物だ。見えねえだろ、小さすぎて。泥ン中なら尚更な。

 

 んで、足元に来た──俺の足に巻き付いてきた奴には。

 

「私ァ一応近接魔法少女だっつの」

 

 そのまま【即死】をプレゼントする。これで五体。

 魔煙草をもう一本吸う。ヒェー、図体デカい相手を【即死】させんのはマジで燃費悪いんだよな。

 

「え」

「ん、どうし」

「ぁ」

 

 一瞬だった。

 悲鳴も無く、ただ驚きを一瞬だけあげて──背中メッシュが地中に引き摺り込まれる。

 

「ポニテスリット、直下に【波動】だ!」

「わかって、いる──!」

 

 指示をするまでもなかった。既に足を振り上げていたポニテスリットの、文字通りの震脚。

 辺り一帯を襲う大地震。自らの外殻を全面から破壊せんとする振動だ、それには堪らんとばかりに二体のアビスワームが地面から飛び出す。

 その内の一体の口には、今まさに飲み込まれんとする背中メッシュの姿が。

 

「太腿忍者ァ! あのワームの胴体ぶった切れ!」

「承知!」

 

 【光線】は何も一点照射だけの魔法じゃない。

 照射中にも方向を変えられるので、レーザーカッターが如き切断力を持つ。

 腐ってもA級だ、その威力は推して知るべし。

 

 さて、胴体を割断されたアビスワームの上体が地面へベチャリと落ちる。

 既に絶命しているソイツから這い出てくるは、下半身の衣装がかなり溶けた背中メッシュ。あられもない姿におじさんは目を背けたくなるのだけど、ふざけていられる場合じゃない。

 地上に出てきたもう一体の方を対処せねば──と思ったら、ポニテスリットが頭部を粉砕していた。無数の触手を持つ口腔からある程度の距離までを、内側に入れた拳からの【波動】でパァンと。超絶グロキモい。

 

「これで七体! 金髪お嬢様は──」

「こ・こ・で・す・の!!」

 

 沼から一匹、アビスワームが打ちあがる。

 くの字に折れ曲がった体は、その頂点から突き破られた。それはもう、ドパァンと。こっちもグロキモい。

 そのままソイツを蹴り飛ばして、こちらへ合流してくるお嬢様。

 

 ……。

 

「申し訳ありませんの! ご心配おかけしました──が、まだやれますのよ!」

「あー。亜空間ポケットにコートとかないのか、お嬢様」

「コート、ですの? ありますけれど、作戦に用いるのですか?」

「フツーに着てくれ。全裸だぜ、今」

「……きゃっ、梓さんのえっち」

 

 魔法少女の衣装というのは魔力で編まれている。

 だから魔力を使い果たしたり、魔力を吸収されたりすると、あられもない姿になってしまうのだ。

 ……しかし、おじさんお嬢様のカラダ注視したワケじゃないけど……無傷だった、か?

 

「金髪お嬢様、傷は?」

「無いですわ。あいつら、私を飲み込むだけ飲み込んで、体内で服の中に触手を入れてきたり、魔力を吸ってきたり……そればかりでした。多分、幼体に与えるために魔力が必要で、殺してしまっては安定した魔力供給源にならない事を知っているのかと」

「私も、そう。衣装だけ溶かされて、吸い取られた」

「成程ね」

 

 これで八体。

 残り二体がどこぞかへ潜伏している。俺達の脅威度がそれなりに伝わったのだろう、様子見、だろうな。

 

「が、その幼体が死んだんだ。形振り構わず復讐してくるだろう」

「……金髪お嬢様、アンタが負けたのはなんだ? アビスワームじゃないだろ。アンタの速度に奴らがついてこれるとは思えねえ。私が思うに、他の化け物がいると思うんだが」

「あ! そう! それを言うために息を止めて待っていたのですの。梓さんなら必ず助けてくれると──わかっていましたから!」

「あァよ、その信頼はありがてえ。で、危険つーのは?」

「ええ──あの人形、精神体が宿っていますわ!」

 

 その声と同時。

 沼に潜伏していたのだろうアビスワームの残り二体が、天高く持ち上げられた。

 その身を、ぐちゃ、ぐちゃ、と。丸めて、潰して、丸めて、潰して──。

 

「ッ、ポニテスリット! 防御頼む!!」

 

 その二つが、凄まじい速度で射出された。

 こちら側に。

 

 

えはか彼

 

 

「うへぇ……」

 

 被害は甚大……ってほどでもない。

 ポニテスリットの【波動】が間に合ったので、衝撃自体はこちらに届いてはいない。

 が。

 

「流石にこれは、気持ち悪いですわね」

「臓腑の、かたまり……」

「臭いです」

 

 グチャグチャにされたアビスワームは絶命していた。多分丸められた時点で絶命していたのだろうが、そのグチャグチャボールを【波動】で弾いたものだから、臓腑がそのまま俺達の周囲に降りかかったワケだ。

 しょうみ金髪お嬢様がアビスワームの腹から突き出てきた時も同じくらいにはグロキモかったのだけど、こっちは広範囲である分余計ヤバイ。潰れてるし。変な液出てるし。

 

「で、精神体か。人形を依代に憑りついて、アビスワームを手玉に取れるほどってなると、少なく見積もってもS、ヤバくてSSだな」

「驚きましたの。ワームの巣の中に人形が無い事に気付いた時には遅くて、人形ですから気配も感じ取れず……いつの間にか背後にいたソレに羽交い締めにされて、そのまま泥の中まで連行。人形をどうにかこうにか引き剥がそうともがいている内に、アビスワームに食べられてしまって」

「さっきの悲鳴はソレか」

「ええ」

 

 ま、いきなり後ろから抱き着かれたら誰だって驚く。

 

 で、だ。

 さてこの場合の問題は。

 

「何故人形に精神体が憑りついたのか、何故その精神体はフェリカを沼に引き摺り込んだのか、何故その精神体はSS級に届かんとするほどの念動力を持っているか。この三つだな」

「あァいや、それはどうでもいい。化け物の発生原因なんざ知るかよ。私達がすべきはなんだ。アレの奪還だろ。謂わば今はその精神体に人形を奪われてる状態だ。この事態が突発的だったのか故意的なモンなのかはこの際おいといて、私達ァアレを無力化、拘束する必要がある」

「でも、壊しちゃダメ」

「むむ……では、殺傷能力及び破壊力のある魔法は使えませんね」

「となると」

 

 まァ、それも自然だ。

 俺なんだよなぁ。対象に傷をつける事なく相手を殺せる魔法の持ち主。

 精神体つっても化け物の一種で、ユーレーだとかそういうんじゃない。ちゃんと死ぬ。だから【即死】も効く。

 問題は、どうやって俺があの人形に接触するか、だ。

 アビスワームを丸めてぶっ飛ばすほどの念動力。俺が近づいても同じ結果になるだろう。潰れて丸めてポイだ。考えたくもない。

 

「私が運ぶ、というのはどうでしょう。先は後れを取りましたけれど、相手の知覚出来ない速度で動けば問題はありませんのよ」

「……それがまぁベストだわな。三人は周辺の警戒を。何かあった時のためにチャージもしといてくれ。魔力が足りない場合は下がってくれていい」

「いえ! 私にはこの苦無がありますので!」

「いざとなれば拳で戦う」

「……何も、出来ない」

「あァさ、背中メッシュは下がっててくれていい。一応魔力回復に努めて、もう一発くらいは撃てるようにしといてくれや」

「了解、した」

 

 では、と。

 金髪お嬢様に姫抱きにされる俺。

 

「これじゃ両手使えねえだろ」

「実際に攻撃、というかタッチするのは梓さんですの。私は運ぶに徹しますわ」

「……まァそうか。じゃ、頼むわ」

「はいですの!」

 

 コートは着ている。

 けど、それだけだ。スタイルの良いこのお嬢様のあれやそれがコート越しにダイレクトに伝わってくる。抑えるものまで溶かされてたからな、それはもう、うん。

 おじさん女の子で良かったよ。これ犯罪だよ普通に。いや心はおじさんだから今も犯罪だと思うんだよ。

 

「行きますのよ」

「あ、あぁ」

 

 目指すは中空に浮遊する人形。

 何をしているのか、何もしていないのか、精神体はその場にとどまったまま動かない。ならば好都合と──金髪お嬢様が少しばかり姿勢を屈める。

 

 次の瞬間、俺とお嬢様は人形の真後ろにいた。

 ──速すぎる。流石神速。けどね、おじさん一般人なの。そんな早い展開ついていけないの。

 

「ッ、離脱しますの!」

 

 グゥン、なんて音がして、今の今まで俺とお嬢のいた空間が歪む。そのままこちらに追い縋る様にして球形の歪みが迫ってくるが、金髪お嬢様は器用にも足元に展開した亜空間ポケットを蹴って空中を移動。みんなのところへ辿り着いたころには、追撃も止んでいた。

 

「──すまん。速さについていけなかった」

「いえ、私の方こそ少し張り切り過ぎましたわ。コート越しとはいえ直で感じる梓さんの体温……ふふ」

「うわぁ」

「イチャついている所悪いが、二人とも──来るぞ」

 

 何が、って。

 

 泥の砲弾が。

 

「ポニスリ!」

「とうとう略されたか。まぁ、わかっている。防護はしてやるからとっとと作戦を考えてくれ」

「助かる。……つっても、もっかい同じことするだけなんだが」

「ええ。今度は掛け声を言いますの。3カウント。それが0になったらあの人形の背後を取っていると考えてくださいまし」

「了解した。……怖いのは、相手が迎撃を考えていた場合だが」

「大丈夫。私に秘策がありますの。梓さんは安心して、というか集中して、魔法の使用をお願いしますの」

「……わかった。信じる」

 

 泥の砲弾。最初は大きかったそれが、小さく、ガトリングが如き礫の雨に変化している。それすらも弾く【波動】は流石の一言だが、これでは接近は難しいか、なんて考えていた所に、「3,2」とカウントが入った。

 オイオイ、これで行く気ですか。そうですか。じゃあ今度こそ失敗しないように集中しますねオジサンは。もう43歳の身体じゃないんだ、若い反射神経と動体視力は十二分に追いつけるはずだ。

 だから。

 

「1──0!」

「ここ!」

 

 触れる。しっかり人形に触れる。発動するは【即死】。

 あっさりと人形は力を失い──重力に従って落ちて行く。

 

 それは、俺も同じく。

 

「お嬢──ッ!?」

 

 自由落下だ。

 俺を支える金髪お嬢様。その手に力はない。

 当然だろう。

 

「……対策の、対策は──ばっちり、ですのよ」

 

 彼女は俺を抱きしめていた。

 その全身に、泥を固めた礫を食らった状態で。

 ──背中から下半身にかけてを半球状に抉り取られた状態で。

 

 尚も。

 

 ごふ、と。

 大きく血液を吐く金髪お嬢様。その身がもう保たないことなど一目瞭然。

 そのまま落ちても──地面にぶち当たる痛みを味わうだけだ。

 

「……大丈夫です、あずさ、さん」

「何を」

 

 落ちて行く。

 落ちて行く中で、金髪お嬢様が言う。血まみれの口で、苦痛に塗れた顔で。

 

「勝手に……死にます、から、殺さなくても──大丈夫、ですわ」

「──ッ!」

 

 落ちて行く。 

 地面までの距離はもう数mとない。

 

 違う。そうじゃない。そういうことじゃない!

 

 ああ。けれど、俺は。

 俺は。

 

 彼女を──殺した。

 

 

えはか彼

*1
俺のせいで



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4.有迷伸炙途方琉度班図,蝙蝠有侠.

平和回
少し長いです。


「梓に避けられているような気がする? ……気のせいじゃないか?」

「気のせいではないですわ! 教室では勿論、いつもなら探せばすぐにいるような場所にいなかったり、視界に入ったかと思ったら次の瞬間には撒かれていたり……」

「【神速】を撒くのは相当だな……」

「……やっぱり、あの作戦がだめだったのでしょうか」

「まぁ、彼女は身を挺して守るタイプの作戦を嫌うからな」

 

 教室。

 魔法少女育成学園にはいくつかの教室といくつかの修練場、いくつかの秘密の部屋など、その全体構造を把握している者が限りなく少ない事を除けば、割合ちゃんとした学園の体を成している。

 教室は同じ等級の者に偏りが出るようにはなっていない。各クラスに一人ずつはSS級がいる、くらいの振り分けがされている。少女フェリカ・アールレイデと梓・ライラックは同じクラス──でありながら、ここ最近どうにも話しかける機会が無いと、同じくクラスを共にするミサキ・縁に相談を持ち掛けている最中だ。

 金髪ロールの、如何にもお嬢様然としたフェリカが物思いに耽っている──それだけでも絵になるのに、クール美人の名が相応しいミサキが共にいると、それだけで何か眩しいものをみてしまったかのような気持ちになり、周囲の少女らは二人の会話に入ろうとしない。たとえ「そこに梓さん隠れてるけどね」とか思ってても何も言わない。

 

「でも、確かに反省はしていますの。あの後結局意識を失った私は自由落下。当然梓さんも、そして人形も。演習の失敗項目である人形の損壊が起きてしまって、百点満点の演習だった、とは言い難くなってしまいましたし……」

「一応、教師陣もあのクラスの精神体が人形に憑りついていた事は把握していなかったようだがな。後で成績表を見たら、多少の色は付けられていたよ」

「難しい、ですわよね。今までが──怪我や死など、作戦の一部でしかなかったが故に。梓さんに嫌われないようにするには、それらを避けなければ……いつか本当に愛想を尽かされてしまうというか、今がまさにその状態というか……」

「彼女は優しすぎるからな……」

 

 梓・ライラック。

 数か月前にこの学園に転入してきた【即死】の魔法を持つ少女。

 等級区分はCに認定されるも、殺傷能力だけで言えばSSに届かんとされるピーキーな魔法を有す──少々の三倍くらいは、粗暴な口調の少女。

 

 フェリカ・アールレイデは彼女に惚れている。

 ミサキ・縁も好ましくは思っている。

 

 彼女は優しいのだ。

 みんなに怪我をしないで欲しい。死なないで欲しい。そんなことをするくらいなら、遠回りになっても、時間がかかっても、別の方法を取る。危ない事はしない。だからどうか、死ぬ事だけは。苦しむくらいなら怪我をするな。痛いと思うのなら自分を大切にしろ。

 

 魔法少女になってから、そんなことを言われたのは初めてだった。

 フェリカもミサキも魔法少女歴はそこそこだが──教えられた事含め、自らの理念として"魔法少女は市民の盾"という認識がある。だって死んでも蘇るのだ。だから死を忌避する必要は無いし、たとえ大怪我を……例えば歩けなくなる程とか、のたうち回る事さえ出来ない程の、とか。そういう怪我を負ったとしても。

 

 死ねば、治るのだ。

 だから魔法少女は盾になり得る。

 

「しかしまぁ、あの場ではあの作戦が最上であったと思うぞ。あの精神体の念動力は私の【波動】と相性が悪かったし、シェーリースは魔力切れ、ユノンはチャージこそしていたが、決定打を与えられたかどうかは怪しい。【光線】では人形の損壊は免れないしな。どうにか梓を人形に近づけて【即死】させる。あれ以上の作戦はないだろう」

「でも避けられていますの現に」

「……それはまぁ、気まずいんじゃないか? 曲がりなりにも自身を守らせてしまった……飛び交う礫の一切を無視して突貫し、念動力の盾になったお前は当然の事をしたまで、と思うのかもしれないが、彼女からすれば自身の走力や機動力が無いが為にお前に負債の全てを押し付けた形になっている。優しすぎる彼女にとっては重荷だろう、それは」

「うぅ、どうすればいいんですの? 私梓さんともっともっと触れあっていちゃいちゃしてあわよくばお付き合いしたいというのに……」

「こういうのは時間が解決する、としか言えんな。あるいは他の奴に頼んで、お前の事をどう思っているか、なぜ避けているのかを聞いてもらう、とかだが……」

 

 フェリカが周囲を見渡す。

 周囲にいた者は全員サッと顔を背ける。

 別にフェリカが嫌われている、とかそういうわけじゃない。

 

 蹴られたくないだけだ。誰しも馬には。

 

「ミサキさん……」

「はぁ。まぁ適任か。わかった、今度聞いてくる。余り急かすな、私にも授業がある」

「ありがとうございますわ! お礼といってはなんですが、欲しい素材とか触媒があれば10秒とかけずに取ってきますわ!」

「要らん要らん。友達だろう、私達は。そういう七面倒な貸し借りは無しだ」

「持つべきは友人……!」

 

 クラスメイト達は「いや梓さんならそこに」とか思ったけど、何も言わない。いなくなってたし。

 ただ──少しばかり、興味を持つようになったかもしれない。このなんともいえない捕り物劇というか、痴話喧嘩というか、オトシゴロの少女達の騒動に。

 とっとと付き合っちゃえよ、はクラスの総意だから。総意は言い過ぎたかもしれない。嫉妬もあるかもしれない。私の方が先に好きだったのに、もあるかもしれない。

 

 一つ言えるのは、今日のエデンは平和である、ということくらいだろうか。

 

えはか彼

 

 そんな一部始終というか全部始終を聞いていたわけであるおじさんは、ハァ、と深いため息を吐いている。

 いんやさ、確かに悩んでいるし、ちょっと気まずくて避けているのは事実なんだけど、そういう理由じゃないっていうか、いやそれも含まれているけれど大部分は違うっていうか。

 とりあえず気持ちの整理がつくまであの二人とは話したくない。というか純朴な魔法少女とは話したくない。あんまり理解してもらえなそうだし、なまじ理解してくれたとしても、この悩みばかりは俺の問題というか、解決しないというか……。

 

 あぁもう、女々しいなァ俺。情けない、ほんと。この歳になって……前世含めれば50超えてるんだぞ。

 

「ライラック」

「あァ今は話しかけんでもろて」

「ほう? 上官相手に用件の拒否とは、貴様も中々偉くなったものだな」

 

 やらかしたな、と素直に思った。

 魔法少女育成学園は学園だけど、国家防衛機構でもある。軍隊なのだ。普段は学園っぽく学生ライフを送らせていただけているけれど、軍人である事には変わらない。上官の命令は絶対だ。上官が敵に突っ込めといったら従うのが普通だ。俺ァあんまり従わないんだけど。

 でまぁ、今見つかって、今やらかした相手。

 鬼教官──なんて言われるくらいには厳しいとされる、いつぞやの指揮官殿よりも上の階級を持つやべー相手。もう見るからに厳しいですよ、という見た目をしていて、魔法少女らしくその魔法も苛烈──【痛烈】という、A級の魔法を扱う女性だ。効果は対象に痛みを与える、っていうヤツ。殺傷能力も殲滅力もないけれど、相手が痛みを覚える化け物なら確実に怯むくらいの苦痛を与えられるらしい。しかも遠隔魔法少女なので、近づくことなく敵にデバフをかけられる有能さから、殺傷能力と殲滅力だけで見たらB止まりが良い所をA級に収まっている……まぁ、ちゃんとしたお方。

 俺ァもう【痛烈】の名前からして罰を与える刻は絶対痛みを与えてくんだろな、って思って避けに避けてたんだが、いんやさお嬢から逃げるあまりこちらに捕まってしまうとは。

 

「あー、何用で」

「来い」

「あい」

 

 どうしてとか何故とかwhyとかそういうのは挟んじゃいけないってわかった。

 拒否したら痛いの来そうで怖い。

 だから従順についていく。

 

 各教室のある塔*1じゃない。教員塔も修練場のある塔も抜けて、生徒がほとんど立ち寄る事のない……名前の知らない塔に来た。

 おどろおどろしい雰囲気漂うその塔。あれこれすわ拷問とかされる流れか? とか思ったので逃げようとした。

 

「私の魔法の効果範囲は目に見える範囲全てだ。覚えておけ」

「逃げんなって事スねハーイ」

「……別に、そう怖がらずとも良い。罰を与えようというわけではない。だから、素直についてこい」

「あ、そうなんスか。了解です」

 

 それは僥倖。重畳か? どっちでもいいというかどっちも違う気がするけど。

 ……にしても目の届く範囲全てに遠隔で魔法かけられんのは普通にやべーな。多分強い痛みである程チャージが長くなる、とかではあるんだろうけど、そのデバフはめちゃくちゃ役に立つ。まァ痛み感じない奴らには滅法弱そうだけど。

 

 入った事のない塔……黒いその外壁とは打って変わって、中は清潔というかなんというか、病院、みたいだった。

 実際病院なのかもしれない。白衣を着た女性や前世で言う看護師っぽい格好をした女性もいる。っぽいだけで細かい所は違うんだけど、あ、おじさんが看護師の服装に超絶詳しいとかそういうわけじゃないぞ。おじさんは不健康おじさんだったので厄介になることが多かっただけだ。

 

「ここだ」

「へい」

 

 促されるまま、そこへ入る。

 部屋……だけど、病室って感じはしない。患者さん達の憩いの場、休憩スペースって感じかな? 今誰もいないけど。

 フリーにテレビなんかが見られる場所と、少し奥まった所に個室……パーテーションで区切られた場所がある。どうやら目的地はそこらしい。

 

 座れ、と言われたので、んじゃお先に失礼して、と言って座る。

 対面に鬼教官が座った。

 

 ……面談か何か?

 

「二つ、話がある。ライラック」

「はぁ」

「一つはお前について。もう一つは私について」

「へぇ」

「前者はお前の悩みを聞いてやる、という話だ。後者は私の悩みを聞いてくれ、という話だ」

「ほぉ」

「……お前はマトモな相槌が打てないのか?」

 

 いんやさ。

 いきなり連れて来られて、んなこた言われましても、って感じ。

 いいよ? おじさんいいよ? 相談とかなら全然乗るよ? この世界ではともかく、前の世界では43歳のおじさんは経験豊富だから色々聞けるよ?

 でもそれ知らないでしょうに。こっちでは13歳のおにゃのこですよおじさん。俺にわざわざ相談してくる理由が一切わからん。それともあれか、目に留まったから、程度か?

 

「えーと、じゃあどっちから話しますか。私ァ別に後で良いんで、先におに……じゃねェや、教官の話からでいいスか?」

「キリバチという。上官の名くらい覚えておけ。それと、鬼教官と呼ばれていることは把握している。だからそんなに怯えるな。私が味方に魔法使う事はほぼない」

「少しはあるんだ……」

「懲罰の際はな。それにしても極稀だが」

 

 キリバチさん。

 名前もイカつい事で。

 

「じゃあキリバチ教官。悩みってのは、なんですかね。どうして私に、っつーのは後で聞きますんで、結論からどうぞ」

「……()()()()()()()()()()()

「──」

 

 えぇ。

 いや今俺ァそれで悩んで、っつか何その相談。依頼? いんやさ、なまじっか依頼だったとして、誰? 誰を? 魔法少女だったら死なないから……まさか一般市民を? いいの? それっていいの? 俺ァ最初に習ったよ、一般市民に向けて魔法を使う事は固く禁ずる、みたいなの。いいの? いいのっていうか俺やりたくないよ?

 

「混乱しているようだな」

「そりゃァ、まァ。こんな病院みてぇなトコで、殺しの依頼っつーのは些か場違いですし」

「殺しの依頼とはまた物騒な捉え方をする」

「いんやそうでしょ、どう聞いても」

「ふむ。……ふむ。そうかもしれん。今のは私が悪かった。許せ」

 

 ありゃ、もしかしてこの人天然なのか?

 あと普通に生徒相手にも謝るんだな。なんというか、ちょっとイメージ変わったわ。ダメだねー、人をうわさで判断しちゃ。んなこた前世で嫌という程知ってたはずなのに、新しい環境になったからかそういう経験値がリセットされてる気がする。意識改革しねーと嫌な奴になっちゃうな。

 

 で。

 殺して欲しい相手がいる、が。殺しの依頼じゃないなら、なんだってんだって話。

 

「私には妹がいるんだ、ライラック」

「ほむ」

「妹も魔法少女でな。なんなら妹の方が魔法少女歴は長い。故に実年齢は少しばかりややこしいのだが、妹は妹だ。どれだけ幼かろうと、妹は妹だ」

「はむ」

「……その妹を、殺してやってほしい。それが私からの相談であり、依頼だ」

「へむ」

「どれだけ相槌でふざけて怒られないか、のラインを探っている、という事は無いだろうな?」

「ええ勿論ちゃんと聞いていますよ」

 

 図星も図星だったけど、ちゃんと聞いてたのはホントなのでセーフ。

 えーと、要するに、幼い頃に魔法少女になって成長の止まってしまった妹さんがいるんだと。キリバチさんには。んでキリバチさんは今の見た目年齢……25歳くらいかな? それで魔法少女になったから、見た目的にはかなり年の離れた姉妹になってると。それでも妹だから、……えー、あー。殺してやってほしい、と。

 ひむ。

 

「お断りします」

「……理由を聞いても?」

「私ァ殺しをしたくないんですよ。人死にが大嫌いなんです。私の【即死】はあくまで化け物共に使うものであって、仲間に使うもんじゃねェ。その相手が幼い少女だってんなら尚更だ。まァ年齢関係なく嫌なんですが」

「だが、魔法少女は蘇る。お前のその魔法は……相手を痛みなく、苦しみなく、葛藤の間さえなく殺し得る最良の魔法だ。エデンにある魔法の中でも、もっとも優しい魔法と言えるだろう」

「ホントに私の悩み聞いてくれる気あるんスか」

「すまない。失言だった。重ねて謝る。……やはりまず、お前の悩みから聞こう。そっちを解決しなければ、私の依頼も受けてはもらえなそうだ」

「解決ねェ」

 

 ホントにちゃんと謝る人だな、この人。気遣いもある程度できるらしい。

 すげー印象変わったわ。

 

「私の悩みは知ってるんで?」

「ああ。お前の担任から聞いている。仲間の死と怪我を極端に嫌う魔法少女。効率よりも仲間が傷付かない方法を取る魔法少女。その結果演習や実技の評価が下がったとしても、一切気にせずに逃走を選ぶ……異端にして慈悲深い魔法少女、と」

「どンな評価送ってんだあの人」

「とにかくお前は魔法少女でありながら、本来人間が持っているべき倫理観を失わずにいる稀有な存在であるという事は分かっている。そのせいで悩んでいるのだ、ということも」

 

 ……ん?

 今、"本来人間が持っているべき倫理観を失わずにいる"、って言ったよな。

 んじゃ、わかってンのか? この人。魔法少女達の……エデンのみんな常識がおかしいって。死を忌避しないのが、馬鹿みてぇな事だって。

 

「つい数ヶ月前までは、私はエデンに染まり切った……魔法少女とは盾であるべき、という考えの持ち主だった。それが当然だと思っていたし、私のこの地位はそれによって得た地位であるともいえる。だが」

「†」

「あまりふざけるのは止せ。魔法を使いたくなる」

「はいすみません」

「……これは先の話にも繋がるのだがな。妹が、戦場においてPTSDを発症した。わかるか?」

「トラウマって奴ですね。戦場での悲劇やショックが夢だったり幻覚としてフラッシュバックする奴」

「ああ、そうだ。……自らの班員を、すべて食われたそうだ。その魔物自体は倒し得たが、その時の光景が余程ショックだったらしい。嗜虐的にも一人ずつ、念入りに……手足を一本ずつ噛み千切られ、下半身から小刻みに、そして頭部を……という具合で、四人。あの子の目の前で、それが行われた」

「うへぇ……」

「班員の一人が【劇毒】という魔法の使い手でな、死の間際に魔物を体内から弱らせ、そこを妹が叩いて事なきを得た……ああいや、すまない。そういう言い方をするべきではなかった。まぁ、魔物は倒せたのだが……妹はあれから塞ぎ込んでしまって、"自分はリーダーになるべきじゃなかった"、"判断ミスが怖い"、"みんなが死ぬのが、傷付くのが怖い"と……そう言って、自室から出て来なくなった。その時にようやく私も理解したよ。そうなのだと。仲間が死ぬのは、仲間が傷付いていくのは──怖いのだと」

 

 怖い。

 嫌だ。

 そうだ。その通りだ。俺のそれとは状況が違うけど、そうなのだ。

 仲間が死んでいくのは怖い。仲間が傷付くのは怖い。たとえ生き返るとわかっていても、その悲痛な声を聴くのは、その苦痛に満ちた顔を見るのは──この、どうしても埋められない喪失感を覚えるのは。

 

 怖いんだ。

 嫌なんだよ。

 

「だから、お前の気持ちは分かる。実戦であろうと演習であろうと、仲間が傷付かないように作戦を組み立てるその気持ちも。【即死】──殺傷能力がSSに届く程のソレでありながら、それを苦痛に喘ぐ仲間に使わないその気持ちも。全部わかる。ようやくわかるようになった、というべきだろう」

「……でも、それだけじゃないんスわ」

「殺したくない、だろう?」

 

 あァ。すげーな、教官ってー生きモンは。

 ちゃんと生徒の事見ててくれてんだね。おじさんちょっと感涙しそうだよ。感涙するって動詞としてどうなんだろうね。

 

「お前の悩みは通常の倫理に基づいたものだ。もしお前のその魔法が【回復】や【治癒】といったものであれば迷うことなく使っていただろう。苦痛に喘ぐ仲間に、死にゆく仲間に、自分がしてやれることならば、と。なんの躊躇いもなく使っていた事だろう」

「そりゃァ、まァ」

「だが、そんな魔法は存在せず、お前の魔法は【即死】……たとえ結果が同じだとしても。たとえ仲間が、苦痛から解放され、救いになるのだとしても──仲間は殺したくない。だから()()()()

「……そりゃ、どういう」

「お前は普通だ。お前は異端じゃない。私が認めてやる。私はこの学園においてもそれなりの地位を持っている。階級を有している。その私がお前を認めてやる。仲間を殺したくない、という感情は、相手から懇願されようとも使いたくないという嫌悪感は、決して異常ではない。お前は正しいんだ。そしてそれは──()()()()()()()()()

「!」

 

 やばい、オジサンちょっとこの人好きになっちゃうかもしれない。

 前世で考えたら歳の差すんごいけど、今来たよ完全にキュンと来た。オジサンの悩みの一つを完全にぶち抜いてくれた。

 キリバチ教官。尊敬します。今度ご飯とかどうですか。

 

「ありがとうございます。……私ァ、いいんですね、これで。この感性を優しいだの慈悲深いだの言われて辟易してたんスよ。違うだろ、って。こっちが普通で、お前達が……言い方は悪いけど、壊れちゃってるんだろ、って。だから……あァいや、だけど。いいんスね。私ァ……このままで」

「ああ。お前はそのままでいろ。お前はそのままであれ。私達が……エデンが正道を外れたとしても、お前だけはそのままに、その場所から私達を掬い上げてくれ。その時にはもう、私達は深く暗い穴の底で、行先を見失ってしまっているはずだから」

「……あァ、担任にも似たような事言われましたわ。ま、わかりました。つか真面目にありがとうございます。そうやって……理解してくれる人がいるんだ、ってわかっただけで、大分胸のつっかえは取れた気がします」

「ああ」

「──が」

「む?」

 

 む? じゃねェのよ。

 そんだけ理解があってさ、そんだけ倫理をわかっててさ。

 なんだよ。

 

「これが解決した上で──どういう事スか。妹を殺して欲しい、ってのは。私ァ言いますよ、嫌だって。何度も」

「……まず、現状を見てもらった方が早いだろう。着いてこい、妹の部屋に案内する」

「……まァみるだけなら」

 

 なんだかね。

 そんだけわかっててさ、それでもそういう相談をしてきたってことは……大体察しはつくんだけどさ。

 

 察しが付くだけに、つらいよ。

 それは。俺も、キリバチさんも。つらいよ。

 

 

えはか彼

 

 

 ここだ、と言われて辿り着いた部屋──っつか、病室か。

 ネームプレートの類はかかっていない。中から物音もしない。寝てんのか?

 

「入るぞ」

「はい」

 

 ちょいと尊敬度が爆上がりしたのでちゃんと相槌する。

 あ、別に普段から相手を尊敬してないとかそういうわけじゃないぞ。ふざけてもいいかな、と思ってるだけだ。

 

 で。

 入って──それが目に入った。

 

「……繭?」

「そう。繭だ。妹の魔法は【壊糸】と言ってな。触れたものを徐々に壊していく糸を出す事が出来る。それで作られた自己防衛の繭……もう何も見たくないと、もう何も聞きたくないと。私の声でさえ、届けないで欲しいと。そういう心の現れだ」

「そりゃァ、また」

「これを、殺してほしい」

「……嫌ですが」

 

 魔法少女の中には近接にも遠隔にも振り分けられないものが幾つかいる。特殊魔法って奴だな。要は自身の強化でも、遠隔で何かを打ち出すでもない……生物に似た何かを生み出す魔法の事。自立して光弾打ち出すふわふわ鼠とか、コッソリ対象に近づいてその体躯に入り込む【寄生】とか。

 そういう特殊魔法は、殺せる。死がある。魔法に命がある。

 だから【即死】が効く。

 

 ただし──魔法は魔法少女の一部だ。

 魔法が死ねば、魔法少女も死ぬ。だから近接と遠隔の中間なんだよな、特殊って。そこまで優位性を保てるってわけでもないから。

 

 で、この【壊糸】もその特殊なのだと。

 だから──コレが死ねば、中の妹さんも死ぬわけだ。

 

「もう戦いたくないって言ってんでしょ? もう嫌だって……仲間が死ぬのは嫌だ、って。みんなが傷付くのは嫌だ、って。んな奴わざわざ戦場に引き摺りだして戦わせるとか、無い。キリバチさんも思うトコあるとこあると思いますけど、私ァ嫌です。殺したくない」

「……そんなお前に、これを渡そう」

「あ……ン? 通信端末?」

 

 渡される。受け取る。

 通話は繋がった状態らしく、その画面に一人の少女が映った。

 あァ、どことなくキチバチさんに面影を感じる。

 

「誰ですかね、アンタは」

 ──"エミリー。そこにいる姉の妹です。初めまして、私を殺してくれる方。お名前を窺っても?"

「殺してくれる方じゃないんで、名は名乗らんときますわ」

「エミリー、コイツは梓という。梓・ライラック。最近エデンに入った魔法少女で──お前を殺し得る存在だ」

 ──"お願いします、ライラック様。私を殺してください"

 

 はい、はい、はいよっと。

 情報量情報量……はそんなでもねぇけど、話がはえーのよ。おじさんさ、気持ちまだぐちゃぐちゃなんよ。もうちょっと整理する時間くれない?

 

「嫌だ。私ァ仲間を殺したくない」

 ──"そうは言わずに! 私、もう何か月もこの繭に閉じ込められていて、そろそろ我慢の限界なのです"

「あン? 自分で閉じこもったんじゃねェのか。つか制御できねェのかよ、自分の魔法なのに」

 ──"お恥ずかしい限りですが。この繭の状態は、私がPTSDを発症した時に形成したもの。ですが、もう心の整理は付きましたので、大丈夫なのです。なのですが"

「【壊糸】は中々に耐久性のある魔法でな。暴走状態で出したためかエミリーからの干渉も受け付けず、外部からは……」

 

 キリバチさんが自身の手袋を脱ぐ。そしてそれを繭に向かって投げる。

 

 するとそれに──罅が入った。革手袋だぞ。なんだよ罅って。

 んなツッコミする間もなく、ピシリピシリと罅は広がって──最後には砕けちまった。いや革手袋だぞ。なんだよ砕けるって。

 

「この通り、触れたものを徐々に壊してしまう。【壊糸】はS級でな、攻撃においても防御においても非常に効果的な魔法だ。用途の幅も広い。病室自体は反魔鉱石で出来ているから問題はないが、この繭を壊す手段がエデンには存在しないのだ」

「SS級の攻撃ぶつける、とかじゃダメなんスか」

「【凍融】や【青陽】に本気のものを撃ち込んでもらったが、無駄だったよ。多少削りはするが──それよりも先に、【壊糸】がそれら魔法を壊す」

 ──"この暴走した【壊糸】には何物も寄せ付けない、という拒絶の意思がふんだんに練り込まれていますので、恐らくはそれが原因かと。ですが、この通り私はもう大丈夫なので……班員にも心配をかけていますし、何より戦場に復帰するためにも、一度殺していただけないかな、と"

「PTSDは?」

 ── "克服した、とは言い難いです。ですから、次からは仲間が出来るだけ傷付かない方法を取ります。たとえそれによって降格しても、私にはもう無理そうなので"

「そりゃ良い判断だな、暴走繭」

 ──"ぼ、暴走繭?"

「今付けたあだ名だよ。んで、──断る。私ァ殺したくない。懇願されても、アンタにどんだけやる気があっても、アンタがどんだけ仲間に謝罪したくても、嫌だ。私は殺したくない」

 ──"そう、ですか"

 

 良い事だと思う。そういう考えの魔法少女がもっと増えたらいいと思うし、戦場へ復帰して、そういう……犠牲の出ない方向を選ぶ指揮官が増えると言うのは願ったり叶ったりだ。

 だけど。

 

「解けるはずだ。私が殺すまでもなく──本当に戦場に復帰できるくらい、回復した、っていうんなら」

 ──"それは"

「克服できたとは言い難いつったろ。つまりはそういうことなんだよ。魔法の方が、【壊糸】の方がアンタの事をよくわかってる。アンタはまだ戦場に戻っちゃダメなんだ。アンタはまだ心の整理がついちゃいない。アンタの心の中には、まだ、その時の光景を拒絶する心が残っている。今は誰にも近づいてほしくない。今は一人でいたい。今はどうか、そっとしておいて欲しい、って思いがな」

 ──"いいえ、ライラック様。それは違います。私は私を信じてくれた子達を指揮する立場として"

「それを吹き込んだの、アンタだろ、鬼教官」

「……それは、どういう意味だ、ライラック」

 

 どういう意味も何もねェんだよな。

 

「アンタ、説得したんだろ。仲間が待ってる、って。それでいい、犠牲を避ける方向で全く構わない。お前はそうあっていい、って。私ン時みたいにさ。んで──だから、出てきてほしい、とか言ったんだろ」

「それは……言ったが」

「暴走繭はさ、仲間を傷つけたくないんだわ。もう傷付いてほしくないんだわ。当然そン中には、アンタも含まれるんだよ鬼教官」

 ──"……"

「嫌なんだよ。私のせいで誰かが傷付くの。私のせいで誰かが心を痛めるの。嫌なんだよ。だから、アンタがそうやって毎日毎日自分トコ来て、大丈夫か、だの、無理はするな、だの……お前は間違っていない、だのって、気を遣えば遣うほど、苦しくなんだよ。自分のせいで姉を苦しめている。自分のせいで姉は毎日奔走して、自分のせいで姉は心を苛んでる……つってな。だから暴走繭は、心の整理がついたってことにして、出て行こうとした。そうすれば少なくともアンタは安心するだろ。落ち着くだろ。自分はもう大丈夫だっつーアピールをすりゃあ、少なくともアンタの心労は減るって、そう考えちまったんだよ。傷付けたくねぇから、苦しませるのが嫌だから」

 

 すげぇわかる。

 暴走繭の気持ちが。嫌なんだよな。自分の事で、相手を煩わせるの。

 戦場で傷付いてほしくないだけじゃないんだよ。自分の大切な人には、身内には──出来るだけ幸せで、平和でいて欲しいんだ。

 んなのがエゴだっつーのはわかってる。独り善がりなコトだってのも理解してる。

 でもさ、嫌なのは嫌で、それは治らないんだよ。

 

 俺が──お嬢様を。

 あの時、「勝手に死にますから」なんてほざいたお嬢様を──初めて、自ら、殺してしまった俺を。自分自身を、許せない──ただそれだけで避けちまってる自分が嫌になるように。

 

 どんだけ諭されたって、どんだけ慰められたって、どんだけ理解してもらったって。

 無理なんだよ。嫌なのは、嫌。我慢とかできねーんだわ。オトシゴロだからよ。

 

「嫌、なのか。私が……お前の事を、想うのは」

「あー、そういう解釈しちまうか。ちょいと違ェんだがな。心配してほしくないだけだよ。大丈夫なんだよ。アンタの妹はそんな弱かねェんだよ。苦しくて苦しくてたまらないし、怖くて怖くてたまらないし、嫌で嫌で仕方がないけど──弱くないんだよ」

「弱くない……」

「コイツにはもっと休養が必要だ。本当の意味で心の整理がつくまでな。んで心の整理がついたら、たとえ暴走状態だった時に出した魔法だとしても、本当に落ち付けたなら、克服できたなら──解ける。どの時代においても魔法ってのは解けるモンさ。だからよ、鬼教官」

 

 さっきの言葉を。

 貰った言葉を。

 返す。

 

「だから、安心しろ」

「……」

「強いぜ、アンタの妹は。私だったら、私なんかがそんな状態に陥ったら──死にかねん。死ねないらしいが、自死を選ぶ可能性が高い。でもアンタの妹は違った。ちょっと待ってくれってさ、一度待ってくれって、籠ったんだ。自衛したんだ。少しだけ時間をくれたら、頑張るから、って。それが強さだろ。何もずっとずっと前向いて歩き続けて何があっても動じないっつーのだけが強さじゃねえんだよ。立ち止まって自分省みて無理なものは無理だって割り切ってやりたくないことはやりたくないって言えるくらい強いんだよ、アンタの妹は」

 ──"姉さん。ごめんなさい。ライラック様の──言う通りです。私はまだ、ホントは、……戦場が怖い。魔法少女が国の盾であり、資源であり、兵器であることなど十も承知です。……けれど、ごめんなさい。本当にごめんなさい。もう少しだけ、時間をください。私が……鬼教官キリバチの妹として、再度自身を誇れるようになるまで、もう少しだけ"

「……揃いも揃って、鬼教官などと呼んでくれる。それでは……教官として、正しい判断をしなくてはならないではないか」

 

 さァて、んじゃこっからは姉妹の会話かね。

 邪魔者はお暇しますか。えぇと、通信端末を棚に置いて、と。

 

「おい待て功労者」

「ぐぇ」

「まだそこにいろ。病室を出るはいいが、逃げるな。逃げたら魔法を撃つ」

「ここにいます」

「よろしい」

 

 首元を引っ張るとかはあるけど首を掴まれて引き戻されたのは初めてです。

 ……いんやさ、何を聞かせるってんだよ。こっからは姉妹の、妹と姉のしばしのお別れの、感動のシーンだろうが。そこにカンケーないおじさんいたら場違いでしょおかしいでしょ。

 

「エミリー」

 ──"はい、姉さん"

「お前の意見はよくわかった。だからもう催促はしないし、大丈夫か、とも聞かない」

 ──"ありがとうございます"

「ただし」

 ──"……"

「その……私が寂しいので、たまに会いに来て、話をするくらいは許してくれないか。私はお前と話す事で、この地獄が如き戦場でのストレスを発散できている……気がする、のだ。その、癒し、というか」

「ワォ可愛らしイッタい!?」

 

 バチってきた!

 睨まれた瞬間静電気みたいなのがバチってきた! こわ、こっわ! これが【痛烈】か。やば。からかわんとこ。やっばー。

 

「ふん。……もう心配はしない。お前が強い子だというのはコイツに言われる前から知っていたしな。だからその、私が会いに来たいので、会いに来るのを許して欲しい。……ダメだろうか」

 ──"ふふ、勿論大丈夫ですよ。姉さんは寂しがり屋ですものね、昔から"

「昔の話は……ああ、いや。ありがとう。……ありがとう」

 ──"はい。姉さんも鬼教官、頑張ってくださいね?"

「ああ。ビシバシ行く。そこなライラック含めてな」

 

 あァ、姉妹仲がいいのは微笑ましいね。

 おじさん前世で弟いたけど折り合い悪かったしなぁ。いやアイツが毎日パチスロ行ってんのが悪いんだけど。あ、パチスロ批判したわけじゃなくて、働かないアイツを批判しただけだからね。

 ちなみにこの世界にパチスロはない。無いが、国営のカジノとかはある。賭博は別に違法じゃないノネ。

 

「そろそろ行くよ、エミリー。また来る」

 ──"はい、姉さん。また"

「ああ」

 

 言って、通信端末が切れる。

 魔石が動力源のため、魔力さえ尽きなければいつでもどこでも使えるこの通信端末は、けれど電波……電波なのか? まぁ通信可能範囲が狭いため、遠征に行っている奴らとかとは話せない。

 んで。

 で。

 

 目で促されるままに病室を出て……先ほどの休憩スペースまで行くらしい。

 結構長い時間いたけど、まぁまぁ言いたい事も言えたのでちょっとはスッキリしたかな。

 

 ……鬼教官もまァ晴れやかな顔してるし、おじさんの年長者としての威厳は果たせたんじゃねェかなぁと。そう思うわけですよ。

 

 だから何用かなぁとも思うわけですよ。

 もう帰っていいんじゃないか、って。あ、でも帰るとお嬢たちと鉢合わせかねんから、夜までここにいようかなぁ。

 

「ライラック、どうした。座れ」

「ん、あァ、じゃあ失礼して」

 

 いつのまにか休憩スペースまで付いていたらしい。

 座って──何も切り出してこない鬼教官に何事か、と思っていたら、ウェイトレスさんがトロピカルなパフェっぽいのを持ってきてくれた。鬼教官はお茶だけだが、俺にはこんな……えぇ、いいんですか? 俺今回何もしてないスよ。依頼された殺しもしてないし。

 

「奢りだ。お前は授業をさぼる時、必ず監視塔や外壁の上でトロピカルジュースを飲んでいる、との報告を受けている」

「誰だそんな報告したヤツ」

「違っていたか?」

「いやあってるスけど。いただきます」

「うむ」

 

 ……美味いな。

 いや美味いなオイ。これ市販してくれよ。なんで病院でしか食べられないんだよ。俺これ買うよ毎日レベルで。うま。あまー。

 

「世話になった」

「んー。べぷになにもひてないれふよ」

「うむ。口に物を入れて喋るな」

「んぐ。いんやさ、口に入れるモン目の前にだしといてそれは酷いスわ」

「……それは確かに、そうなのだが」

 

 認めるんだ。

 暴論だと思うんだけど、今はしおらしいのかな。

 なんにせよっつかなんだこれめっちゃ美味い。誰? 作ってるの誰? ファンになりそう。

 

「……そんなお前に、少しばかり聞きたい事がある」

「そんな私とは」

「いいから、聞きたい事があるのだ」

「まァいいんですが。んー。美味い。で、なんスか」

「フェリカ・アールレイデを避けていると、聞いた」

「んー。ソレ担任からの報告じゃないスね。ポニテスリットとなんか繋がりあるんスか?」

「……鋭いな。一撃で看破されるとは。というより、縁の事をポニテスリットと……ああまぁ見た目的にそうか」

 

 あの担任は案外友人関係のいざこざには介入してこないからな。いじめなんかが発生したらすぐにでも対策取るんだろうが、こういう場合のは担任の仕業じゃない。んであの話を聞いてたクラスメイトも違う。そういうのをわざわざこの鬼教官にまで言いに来る奴らじゃない。んじゃまぁあの時それとなく探ってみる、なんてことを言っていたポニテスリットくらいしかいないだろ。

 そもそもあの時鬼教官に丁度捕まったのが妙過ぎたしな。何らかの手段で近くにいる事を察して通信端末で依頼したんだろ。

 

「内容を言え、っつー話であってますか」

「単刀直入に言えばそうだ。何故彼女を避けているのか教えて欲しい。先日の演習で起きた内容は粗方知っている」

「ん-」

 

 美味いパフェを食べながらしたい話じゃないんだけどなぁ。

 ま、他人様にあんだけ言っておいて俺だけうだうだ悩んでるってのもアレか。俺ももう少し大人になんねェとなぁ。

 

「正直な話、庇ってもらった、っつーのは、悩みの三割くらいなんスよ。お嬢様はそういうことをしかねないって心のどこかで思っていたし、あの状況ならアレがベスト、ってのも理解してるんで」

「自分のせいで誰かが傷付くのが嫌、と言っていたが、それが三割なのか」

「はい。それは勿論嫌です。けど、私が悩んでんのはその後で……満身創痍で、地面に落ちたら更なる苦痛が待ってるお嬢様を。落下の最中でさえ、苦しそうなお嬢様を。……殺したんスよ、私ァ。【即死】で、死にそうなお嬢様を殺しました」

「……最善の判断、ではないのだな。お前の中では」

「いや、これ以上の苦しみを背負わせたくない、っつー気持ちもあるんスよ。心のどこかには。お嬢様はどうあっても死ぬ状態だった。背中から下半身の全部持ってかれてたんだ、喋れてたのが奇跡ってくらいには、死ぬ状態だった」

「では、何を悩んでいる?」

 

 あの時。

 お嬢様は、「勝手に死にますから、大丈夫です」と言った。「殺さなくても大丈夫です」と。俺が【即死】を仲間に使うのを嫌がってるって知ってたから、そう言ったんだ。

 

 でも、そういうことじゃない。

 そして俺の悩みはそこじゃない。今述べたのは三割の理由。残り四割は、そうじゃない。

 

「初めて、殺しました」

「どういう……報告に有る限りでは、班員を【即死】させた回数は少ないながらもあるようだったが」

「初めて自分から殺したんスよ。懇願されてでなく──殺さなくていい、って言われたのに、私ァ彼女がこれ以上苦しい思いをしてほしくない、なんて……まさに、その倫理の欠如した感情論で、私が一番忌み嫌ってた方法で……救済として、私ァお嬢様を【即死】させた。……っとに嫌になるスよ。結局その程度だったんだ、って。私の……私の常識とか、倫理観とか、諸々含めた私っつーのは、一時の感情に流されて、ずっとずっと頑張って踏ん張って我慢してきた一線を軽々と越えちまうくらいには、その程度だったんだ、って。私にとって【即死】を仲間に使う事は決して救済なんかじゃない、殺人なのに……私は」

 

 自分の意思で、金髪お嬢様を殺したんだ。

 

「そういう、ことでしたのね」

「!」

 

 ふわ、と。

 背後から抱きしめられた。パーテーションのある個室スペースに音もなく入ってきて背後を取られたっつー恐ろしい体験でありながら、その抱擁が余りにも温かくて、その声に感情が乗りすぎていて──声が、出ない。

 

「ごめんなさい。貴女に殺人を行わせてしまって、ごめんなさい。私は……貴女が、ただ人を害する事を嫌っているのだとばかり、そう勘違いしていましたわ」

「……お嬢」

「ごめんなさい。貴女はそうではないのですね。貴女はもっと深い所で死を、殺しを嫌っている。……重ねて謝ります。私はその感覚をまだ理解できていません。魔法少女は兵器であり、資源であり、盾であり矛である。その理念を、あるいは呪縛と捉える方もいるのでしょう。ですが、私は……そちら側であり、そちら側であれとされ、そちら側として生きてきましたの」

 

 温かい吐息が頬を撫でる。

 背中に体温を感じる。今ばかりは邪な気持ちではなく、人肌という名の体温を。

 

 あの時。

 徐々に冷たくなっていくのがわかった──それでも俺を抱きしめたまま離さなかったお嬢様の。あの、記憶が。

 少しずつ上塗りされて、上書きされて……靄が晴れて行く。

 

「申し訳ありませんわ。私が、あるいは学園の皆が、貴女の理想に寄り添うのは難しいかもしれないと、現時点で思います。私自身でさえ──そう。けれど。けれど。……私は、貴女に救われました。独善的な懺悔で本当にごめんなさい。私は貴女に救われたのです。貴女が決してそう思っていなくとも、貴女のその自発的な殺人で──私は、痛い思いをせずに済みました。だから、ごめんなさい。貴女が今以上に悩むのだとしても、言わせてくださいまし」

 

 ぎゅ、と。

 強く、お嬢様は。

 

「ありがとうございます、梓さん。私を──()()()()()()

「ッ」

「何度も申し上げます。ごめんなさい。貴女に重荷を背負わせてしまって、貴女に自身を責めさせてしまって。けれど……私は救われました。助けていただきました。だから、貴女が嫌おうとも、貴女が拒否しようとも、何度でも言わせていただきます。梓さん。貴女は優しい方ですわ。恐らくこのエデンにいる、誰よりも」

 

 ……いんやさ。

 そこまで言われてさ。いや、そこまで言われたとしても、はいそうですか、じゃあこれから殺しまくります、にはならねェんだけどさ。

 でもさ。

 自分より年下も年下な女の子にさァ。そんだけ言われてさ。

 

「……頼みがあンだわ、金髪お嬢様」

「なんなりと」

「次からは、懇願してほしい。殺してくれ、って。私ァ、どうにも、自分から殺すって行為が……とてつもないストレスらしいから、せめて。せめて、責任を押し付けさせてくれ。殺してくれ。殺して欲しい。痛いから、苦しいから、お願いだから殺して欲しいって……そう言ってくれ。私ァ弱いんだよ。死ぬほど弱いから、ごめん。ごめんな。押し付ける形になるけれど……そう言ってくれないと、無理そうだ」

「わかりましたの。これからはちゃんと面と向かって言いますわ。痛いから、苦しいから、──殺してください、って」

「あァ。ま、そもそも怪我しないでくれるのが一番なんだがな」

「ごめんなさい。私達が国を守る盾である限り、それは確約できませんわ」

「わーってるよ」

 

 わかってんだ、そんなこと。

 それが魔法少女の在るべき姿だってことくらい、知ってんだ。

 それでも。

 

 ダメだね、弱いね、俺ァ。弱いわ。暴走繭とは比べ物にならないくらい弱い。お嬢様の方が、鬼教官の方が、エデンにいるあらゆる少女の方が、俺より強いんだと思うわ。

 ごめんな。ほんとに。

 

「ところで、なのですけど」

「ん?」

「そのパフェ、一口頂いても?」

「あァ、いいよいいよ。食べな。めっちゃ美味いから」

「ほ──ホントに良いんですの?」

「え、いいよ。何、私ァそんなに独占欲強い奴に見える?」

「いえ。いいえ。では……では、頂きますわ!」

 

 おう。

 なんだ、急に元気出たな。

 

 あァそうだ、新しいスプーンを店側に貰いに行かねェと。つか店なんかあんのかここ。マジでどっからでて来たんだこのパフェ。

 

「……本当に美味しいですのね。これ、パルリ・ミラのパフェですの?」

「おぉ、よく知っていたな、アールレイデ。いや、お前達の話に口を挟むのは良くないと黙ってはいたんだが……」

「パルリ・ミラ。覚えたぞ」

「それよりいいのか、ライラック」

「何がですかい」

「スプーン、返す気はない様子だが」

「ん。ん-、まぁいいスよ。お嬢様にはちょいとばかり悲しい思いさせてたんで、上げます。パフェ食べてチャラで」

「そうか。……どちらの意味も分かっている、と見るが」

「ノーコメントで」

 

 んじゃま、そういうことで。

 今日は。今日一日は──血みどろ戦場が当たり前のエデンの毎日の中でも。

 

 トクベツ、平和な日だった、っつーことで。

 ……毎日こうなら、いいんだけどな。

 

えはか彼

 

*1
棟ではなく塔なのは、監視塔に繋がっているため



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二、襲撃編
5.伏理伊豆律寸外間疣椅子.


 魔法少女の本業は学業ではなく国防にある。

 国家防衛機構・浮遊母艦EDENが守護する国。俺の生まれた国。そして皆の生まれた国を、なんとしてでも守る事。それが至上命令だ。その点についてはまぁ、理解はしている。やらなきゃ家族がやられるんだから、やる。

 んで、そもそもなんでそんなものが必要なのか、なんでそんなシステムになったのかっつーのは……実はちょいと曖昧。曖昧にされている、っつーべきかな。そもそもなんでこんな仕組みになったのかを探っていくと、「魔法少女は国防の要であり資源であり生体兵器である」みたいな教本の一番に載ってるような答えに辿り着く。

 なんか、隠してる。

 それがとりあえずの所感。

 

 ただ、襲ってくるモンはマジで襲ってくるので、どれだけお上が怪しかろうが戦わなきゃいけない。文字通り死ぬ気で、死ぬまで。

 

「ライラック、状況は?」

「今んとこは特に。触手の……あァ、エメラルドローパー二体は完全に死にました。こちらの損害も軽微。死者一人も無し。怪我人もありません」

「ふむ。素晴らしい成果だな」

 

 俺達のクラスは大体この指揮官に当たる。鬼教官とは違う、S級の魔法少女である指揮官殿。

 今回の作戦も同じ。

 五つの監視塔の内、一方から化け物の大群が発見されたとの報告を受けて、そちら側に防衛の陣を敷き、他の方向も見回りつつ遠征出来る組が大本を叩きに突貫。その間にエメラルドローパーっつー、なんだ、R18っぽい緑色の触手の化け物がこっち来たんで、防衛に残ってて俺の作戦聞いてくれる奴集めて対処した、って感じ。

 監視塔が発見した化け物の大群のある"大本"は通信端末の通話可能範囲外なので、遠征組が成功したか失敗したかはそいつらが帰ってからじゃないとわからない。普通に帰ってくるか──還ってくるか、っつーな。クソめ。

 

 一応万事滞りなく、ではある。

 あるが。

 

「あー、指揮官殿。発言しても?」

「良い。お前の意見は稀にためになる。言え」

「稀スか。まァいいスけど。今回の侵攻、いくつか疑問点があって」

「何故魔物どもが群れを成しているのか──か?」

「それも、スね」

「ほう?」

 

 そもそも化け物共はあんまり協力しないというか、アシッドスライムと天鷲やアビスワームと精神体のように、基本は敵対関係にある。化け物の餌が化け物だったり、獲物や敵を前にしても協力しなかったり。

 だから今回の侵攻は少しばかりおかしいのだ。

 監視塔の報告に寄れば、化け物の大群は様々な種類で構成されていたと。その構成の中には捕食関係にあるものや群れを良しとしないものもいて、それらが大人しく徒党を組んでいるというのは、今までの常識、研究結果からすればあり得ないと。

 

「それについては多分、あっちにも指揮官みてーな化けモンがいるんじゃねェかって私ァ思ってますよ」

「魔物を指揮する魔物か。……頭の隅に入れておこう。それで、それも、ということはもう一つあるんだな?」

「あー、ま、これについちゃ勘なんスけど」

「いいから言え」

「へい」

 

 ちゃんと話聞いてくれるときは聞いてくれるんだよな。

 撤退はナシなだけで。

 

「さっき来たエメラルドローパー……なんつーか、殺意が無かったんスわ」

「殺意?」

「えェ。ローパー種っつーと、この前のみてェにご自慢の触手で近接も遠隔も取り込んでその魔力自分の糧にして成長してく、っつー化けモンだ。魔法少女を敵ではなく獲物であるとしか見ていない……言い方は悪いスけど、自分の周り飛んでるハエを食ってるくらいの感覚だと思うんスよ」

「確かに表現は良くないが、それは正しい」

「あァすんませんね。んで本題は、その……さっきのエメラルドローパーは、それが無かった。殺意っつーか捕食本能? 食いたい、って気持ちが無いように思えた。あー、なんつーのかな。すげー人間的な気持ちの表現しますけど、"やらされている"あるいは、"仕方なく来た"みたいな……そんな感じで」

 

 化け物だって命は一つだ。

 だから戦いとなれば死力を尽くすはず、なのに。

 アイツラは、なんかなぁなぁで戦ってた。そんな気がするのだ。だからこっちの魔法少女も怪我無しで終えられた。本来はあり得ないんだ。無傷、っつーのは。多かれ少なかれ、負傷はする。湧きポ固定の化け物じゃない、ランダム湧きのちゃんとした化け物だ。それを無傷で、ってーと、俺に指揮の才能がありすぎるか──あっちにやる気が無かったか。

 それしか考えられない。

 

「ふむ」

「さっき言ったアッチにいもいそうな指揮官みてーな化けモン含めて、なんつーかな。本命は他にある、みたいな……そんな気がするんス」

「……良い意見だ。だが、かもしれないもののために戦力を割くことは難しい。遠征に行った組もまだ戻ってきてはいない上、監視塔からは魔物共が全滅した、などという報告も届いてはいない。そうである以上、私達は今見えている脅威に対応するしかない。大本を叩き、こちらに来るものを殺す。それしかない」

「ま、そうスよね」

「だが」

 

 指揮官殿は──こちらを正眼に捉えて、言う。

 

「正直、こちらの……防衛拠点の戦力は十分だ。()()()()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あァ、そうスか」

「それでは、私は他の場所を確認しに行く。……ああ、そうだ。一つだけ言っておくぞ、ライラック」

「なんスか」

「SSは流石に無理だが、A級がもう一人くらいいなくなっても問題は無い。それだけだ」

 

 ……いんやさ。

 何あの人。ツンデレ?

 

 というかまァ、自分は動けないから、もし本当に気になるなら見てきてくれ、っつーことなんだろう。なんだ、結構信頼されてんのかね、俺ァ。

 んで、A級を一人連れて行っていい権限までくれました、と。

 

「──話は聞いていたぞ、梓」

「ずるいですのー!!」

 

 そんで、茂みに此奴らが隠れていたのも知っていました、と。

 

えはか彼

 

 相も変わらず姫抱きで、エデン下方……というか街中の屋根の上を疾走する俺。いやさ疾走してんのは俺じゃないんだけど。

 

「どうだ?」

「今ンとこは、何にも。……いや、懐かしいね。たった数ヶ月だってのに……随分長く離れていたような気がする」

「懐古を否定する気はないが、出来れば集中してくれ」

「あいや、すまん」

 

 国だ。

 俺の生まれた国。俺が守るべき国。

 

 そして──監視塔の、死角。

 

「確かにここは監視塔の死角だ。エデンが上にある以上、どうしても見えない部分がある。そういう意味で、もし敵に……あの大群が陽動で、本命があるとしたら、狙うのはここだろう、という事も理解できる。だが、どのように入り込む?」

「それがわかりゃ苦労はしねェんだがよ。まァいくつか思い浮かぶ。一つは正攻法……監視塔の目ェ潜り抜けて、外部から侵入するってェ方法」

「それは、無理だな。監視塔は何も肉眼で周囲を監視しているわけではない。この国の周囲全域を覆って余る程にはしっかりと監視網が敷かれている」

「わーってる」

 

 ついてきてもらったのは、ポニテスリット。攻撃も防御も出来る魔法少女だ、護衛にも火力にも申し分ない。遠隔はまァ、俺の銃があるしな。

 んでそんなポニテスリットに抱いてもらってこんな街中駆け回ってるのは、敵が狙うとしたらここだから。何かあった時に急行できるように、っつーのと、俺の知らない部分……中学生までは普通にここで過ごすと思ってたからな、この国の知らねえ部分を目で見ようって魂胆がある。地図だけじゃあわからないものも多い。

 

「次、瞬間移動の類」

「瞬間移動?」

「あるものを地点Aから地点Bに一瞬で移動させる、っつー奴だ」

「……そんなことが出来る魔物が存在するのなら、とっくにこの国は壊滅しているぞ」

「だよなぁ」

 

 意外っつーのか、魔法にも化け物にもテレポーテーションを扱う奴はいない。

 まァいたら困るもんな。金髪お嬢様のソレが近いとはいえ、ありゃ速く動いてるだけだし。

 

「次。地下の水道を通っての出現」

「それも、難しいだろう。水道が外に繋がっている事に関しては、エデン側も把握している。故に魔物を検知する仕組みがしかれている」

「あァ知ってる。でもそれがぶち抜かれてきたら?」

「……過去一度も抜かれた事は無いはずだが、それをされたら……噴水や各家の水道に魔物が流れることになるな」

「やべェよなぁ」

「だが、違う。そう思っているんだろう、梓」

「……なんだ、ポニテスリット。私の事よくわかってんな」

「お前は自身が最も信じている説を最後に置く癖がある。今までのものは誰もが考え付く杞憂だ。だが、お前は違う所に視点を置いている。お前が私にただ街を駆け回らせるだけでなく──目的地を明確にして、そこに行ってくれ、などと言っている時点で明白ではあるがな」

 

 なんだいね。

 すんげー分析されてら。

 

 そうか、おじさんそんな癖あったんだ。知らなかった。

 もしかして前世からだったりすんのかな。

 

「……湧きポイント、っつーのがあるだろ」

「魔物の、だな」

「あァよ。あのアシッドスライムみてェな、化け物が固定された頻度で生まれてくる地点。あれがどういう理屈で生成されんのか、ってのはまだわかってなかったはずだ」

「ああ。自然環境によるもの、と考える学者は多いが、立証には至っていない」

「それがよ、もし──()()()()()()()()?」

 

 ゲーム的な知識で言えば、モンスターの湧きポっつーのはなんでか街中に寄らない。モンスターが湧かない場所に街を作っているから、っつーのは理解できるんだが……ほら、先日の演習場。

 廃墟群。あれは、街中に湧きポが出来ちまった結果、人が住めなくなって廃墟になった、って場所だ。

 

 まさに、じゃねェ?

 

「それが、今向かっている場所だと?」

「あァ。これは私の持論なんだがね、湧きポっつーんは、最低でも近くに食いモンが必要だ。無いと死んじまうからな、化け物共も。だから、魔力が豊富で、餌も豊富な場所。そこに湧きポが出現する。……今回の場合は──作られる、が正しいか」

「お前が指揮官と話していた魔物を指揮する魔物のことか」

「あァさ。もしそいつらの目的が新しい湧きポの作成で、今回の事は全部陽動だった、って場合よ。何が生まれると思う?」

「地獄、だろうな。一般市民は魔物に対する攻撃及び防衛手段を持たん」

「あー、そういう概念的なのじゃなくて。どんな化け物が生まれると思うか、っつー話だ」

 

 人間の国の内部に湧きポが出来たら。

 まず、食べ放題だ。人間を。だがまぁ、ここまで語っといておかしな話、化け物は魔力を好む傾向にある。だからホントはオカシイんだよな。魔法少女の素質を持たないただの人間が狙われる、っつーのは。それが多分、お上が隠している何かに繋がるんだろうけど。

 んで話を戻すと、つまりここに現れる化け物は、人間を狙って食うような奴になると思うんだわ。苔だのなんだので増えるスライム種と違って、もっと──。

 

「肉食の……ウルフ系か」

「多分な。化け物指揮してんのもウルフ系だと思ってる。あいつらの遠吠えは統率効果のあるものが多い。本来は同種にしか効かねえソレを、他種の化け物にまで届かせられる程やべーのがいて、ソイツが自分達のために新たな湧きポを作ろうとしてる、ってんなら」

「──それが、ここか」

「あァ」

 

 辿り着く。

 そこは──学校。

 広い運動場を持つ、俺の通っていたのとは違う小学校。

 

 地図で見た限り、この辺はポーション屋が多いんだ。ポーションっつーのは別に魔法少女にだけ効く薬じゃねェからな、一般人も使う。だから国にあっても不思議じゃないが、なんだ、ここは激戦区なのか、妙にポーション屋が多い。そのほぼ中心に位置するのがこの小学校。

 

 ちょいと離れた所に着地して、運動場を眺める。

 小さな子供たちが楽しそうに、あるいは辛そうに走り回る運動場。特段、不思議なことは無い。

 

「……本当にここに現れるというのなら、避難命令を出すべきだ。上に連絡して」

「あー。多分そりゃ聞き入れてもらえねェわ。俺ァC級だからな」

「私はA級だ」

「それでもダメっぽい。指揮官殿の言葉通りなら、"何かあってからでないと上は動かない"……っつー話だ。あの人もあの人で色々抱えてんだろな」

「そんなこと言っていたか?」

「言ってたよ。言外に」

 

 だから、待つしかない。

 国内での魔法使用は原則禁止されている。ただし、国内に化け物が現れた場合はその限りではない。全力を賭して国民を守れ。それが魔法少女の義務だ。

 

 さて、一度下ろしてもらって、銃を構える。

 

「……傍から見ると、小さな子をスコープ越しに狙う変態のようだな」

「ポニテスリットの語彙に変態なんて言葉があったのが意外だよ」

「む、そうか?」

「あァさ。ま、どうでもいいんだが」

 

 つってもまァ、スコープはまだ使っていない。

 異常が現れたら肉眼で見た方が早いしな。ただ倍率確かめてただけだ。

 

「……ちなみに、これで何も起きなかったら、徒労も徒労、なんなら指揮官殿の命令無視してサボってた、っつーことになるが、それはいいのかい?」

「問題ない。魔法少女は解雇されんからな。降級されたとしても、また上がればいいだけの話だ」

「流石だねェ、真面目真面目」

「お前も少しは真面目な態度を取れば、すぐに昇級できるだろうに……」

「私ァいいのさ。だって昇級したら忙しくなるだろ。そんなの御免──」

 

 軽口を叩き合う──合っている時に。

 

 来た。

 空間の──歪み!

 

「来た、ポニテスリット!!」

「まさか本当に来るとは、な!」

 

 近接魔法少女のポニテスリットが急行する。金髪お嬢様には遠く及ばないものの、物凄い速度で現場へ到着し、自身の身分と状況を叫ぶ。子供たちは何が何だかわかっていない様子だったが、教師陣はちゃんと対応してくれた。必死の形相で子供たちに声をかけ、呼び集め、校舎内に誘導していく。

 空間の歪みは徐々に大きくなる。脈動する。どくんどくんと、胎動するかのように。

 通信端末に一つ連絡を入れて、スコープを覗いた。

 

「──死ね」

 

 歪みの中心に影が生まれた──その瞬間に、射撃する。

 形成なんてさせない。【即死】を纏う弾丸が、まだ芽生えてもいない意識を肉体ごと刈り取る。

 

 だが。

 

 空間の歪みは、それだけではなかった。

 運動場に、一つ、また一つと増えて行く。そしてそれぞれの中心に化け物が形成され始める。

 

 一発、二発、三発。

 俺の魔法の特性上、掠めりゃいい。だからそこまで狙いを定める必要はない。だが、もしポニテスリットに当たったら。あるいは逃げ遅れた子供に当たったら、なんてことを考えた日には恐ろしい。だからちゃんと確認して撃たないといけない──が、んなこと言ってられる量じゃねェぞ!?

 

「ポニテスリット! 昇降口だ! 攻撃じゃなく、守りに転じろ──やべぇぞこの数は!」

「ッ、これだから私の魔法は、殲滅力に乏しい……!」

 

 スナイパーなんて使ってられない。急いで降りて、拳銃に持ち替える。

 全力で走って、さっきのポニテスリットの何十倍も遅い速度で運動場に辿り着いて。

 

 辿り、着いて。

 

「……オオカミの巣かよ」

「守りは任せろ、梓! だが──」

「あァ、大丈夫だ。出さねえよ、こっからは──死んでも」

 

 ウルフの狙いは決して小学生だけじゃあない。

 周囲のポーション屋、人々を含め、あらゆるところに餌がある状態だ。

 小学校の柵は決して高くはない。こいつらなら軽々飛び越えられるだろう。それも阻止しなきゃいけねェが、あんまり上方に向かって銃を撃ちたくない。子供や周囲の家の二階に住む奴に当たる可能性がある。魔法少女が一般市民を殺す、なんてのは有り得ねえ。そんくらいは俺でもわかるし俺でも遵守する。つか殺したくないしな。

 だから、出来るだけ平面で──仕留める。

 

 声を張り上げたりはしねェ。しねェで、一匹。

 何の言葉もなく──【即死】させる。一匹じゃすまねェ。二匹、三匹、四匹と、ポニテスリットの言うようにA級に届きかねん殲滅力と殺傷能力を以て化け物を殺していく。

 もう魔煙草は起動済み。クソ不味い味が、思考をクリアにしてくれる。

 

 流石にそこまでくれば──ウルフ共の注目はこちらに向く。

 そしたらようやく口を開く。魔煙草は一旦口の中にしまって、わりィ笑みを浮かべて。うわ不味。パルリ・ミラのパフェ食べたい。

 

「おォよ化け物共。いっちょ遊ぼうぜ。んじゃねェと──」

 

 殺意だ。

 殺意が向いた。食い殺す、という意思を感じる。唸り声が耳朶を打つ。

 

 その、足を踏み出した──踏み出そうとした一匹を、撃つ。

 

「この地は、踏ませねェからよ」

 

 狼っつーんは連携力の獣だ。

 だが、まだ生まれたて。となれば──その連携は使えない。死という恐怖を前に、そして見るからに弱そうな魔力しか持っていない魔法少女に。

 

 奴らは、一斉にとびかかる。

 

 その爪が、その牙が、その体が俺の身体に触れた。

 

「……いってぇな」

 

 瞬間、すべてのウルフが崩れ落ちる。

 俺は無傷……ではない。鋭利な爪や牙が身体に触れて、そのまま崩れ落ちたんだ。ひっかき傷みてェなのがいっぱい出来た。めっちゃ痛い。

 

「つか消費魔力やべーわ。この量は流石に」

 

 魔煙草を吐き出し、全力で吸う。

 少しずつ回復していく魔力と。

 

「……おいおい」

 

 ──またも一斉に湧き出る、ウルフの群れ。

 

 湧きポだ。この空間の歪み一つ一つが、沸きポなんだ。

 

「これァよ、なァ」

 

 銃を構えて。

 頬を引くつかせて。

 

「絶望、って奴かい? なァよ、オオカミさん」

 

 その問いかけは、高い遠吠えによって掻き消された。

 

えはか彼

 



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6.地湾堕輪僅利井戸塔経分.

 ところ変わって防衛拠点。

 そこには魔物の軍勢が押し寄せていた。それはもう、軍勢が。

 けれど種類はわからない。何故って。

 

「……アールレイデ。凄まじいな、SS級というのは」

「多分鬱憤も含まれているかと」

「ついて、いけなかった」

 

 押し寄せる軍勢──その全てが死んでいく。細切れになって、液体になって。

 駆け巡るは金色の風。それはもうグロテスクな戦場を、美しき煌めきが縦横無尽に走り回る。

 

 無論、それ以外が何もしていない、というわけではない。

 空中を来る鳥系や蝙蝠系統の魔物には遠隔が、精神体系統には特殊やそういったものに特化した近接が対応しているし、金色の風の外側でもちゃんと戦闘が起きている。

 

 彼女の殲滅力が桁違い過ぎる、というだけで。

 

「……しかし、遠征隊は全滅、ですか」

「ああ。全員還ってきたが、まだ蘇生は終わっていない。終わり次第報告させなければいけないが……その前に詰められた場合は、少々激戦となるだろうな」

「梓と、ミサキは?」

「サボりだ」

「?」

 

 そんなわけがない、という顔に、指揮官──ジュニラは苦笑する。

 随分と信頼されている。C級、というのも、内申点が低すぎるせいなのだろうことはわかる。あの少女……梓・ライラックは、銃器という補助が必要ではあるものの、A級に届き得る資質を持っている。それは魔法【即死】だけでなく……作戦を立てる、ブレイン、あるいは己と同じ指揮官としての資質を。

 あれは将来大物になるだろう。その性格上色々と難はあるだろうが、あるいは肩を並べて戦場に立つ日も近いかもしれない。否、追い抜かされる日も──。

 

「指揮官! ヤバイのが来ましたわ!!」

「アールレイデ、ライラックの適当な口調が移っているぞ」

「それは嬉しい、でなくて! S()S()S()()()()()()()()()()()!!」

「──なんだと?」

 

 どこだ、と。

 見渡して──気付く。

 

 先程まで戦っていた、アールレイデの攻撃範囲外で戦っていた魔法少女の姿が見えない。

 

「ッ、危ない!」

「!?」

 

 硬質な音が鳴り響いた。

 いつの間にか眼前に来ていたアールレイデの剣に、何かがぶつかったのだ。

 

「ギ、ぃ……!?」

「カ──」

 

 次の瞬間には、横で【光線】と【神鳴】をチャージしていた二人が悲鳴を上げる。【光線】……ユノンは腹を、【神鳴】シェーリースは喉を──食い破られていた。

 みれば、アールレイデも片腕に噛み痕がある。

 

「ウルフか!」

「体の透明な、非常に迅いウルフですわ! 恐らく体躯はそこまで大きくは──そこ!」

 

 アールレイデが剣を突き刺した先に、一瞬だけ剣先が見えなくなったことが判断できた。

 身体も、体内のものも透明にするウルフ系の魔物。

 新種だ。

 

「とにかく、防御が出来る方は全力で防御を! この魔物──私達を殺してはくれませんのよ!」

「……そこまでの知能持ちは、不味いな」

「だからヤバイって言ったんですのー!」

 

 殺してはくれない。

 つまり、魔法少女を殺したら、時間はかかるものの復活するとわかっている、ということだ。だから致命傷に至るか至らないかくらいの傷を与えて、動けなくして、こちらの戦力を削ってきている。実際腹を抉られたユノンと喉を嚙み千切られたシェーリースは息も絶え絶えではあるが──まだ死ねていない。

 

「──アールレイデ。介錯を」

「ッ……いえ、わかりましたの」

 

 一瞬、驚いたような顔を見せたアールレイデだったが、即座にその速さを以て、二人の首を斬り落とした。

 ライラックの【即死】程便利ではないが、人体の首を斬り落とすくらいワケはない。

 

「アールレイデ。私に攻撃が向かった時、次は守らなくていい」

「ど、どういうことですの!?」

 

 先程のアールレイデの反撃に様子見を選んだのか、攻撃の止んだ相手を良い事に、作戦を伝える。

 ああ、そうか。今の魔法少女は私の魔法を知らないのか。

 

「私の魔法は【自爆】だ。噛みつかれたら、千切られる前に道連れにする」

「……わかりましたの。ですが! そもそも噛みつかせませんわ。現場から指揮官がいなくなることは、こちらの陣の瓦解をも示しますの! それを選ぶのは最後! いいですわね!」

「わかった。なら、全力で相手をしてくれ。私はこの門を死守する」

「はいですの!」

 

 剣を構えるアールレイデ。

 

 ……透明なウルフ。それも、アールレイデに匹敵する程の、か。

 もし、アールレイデが戦闘不能に陥り──私の【自爆】も効果を成さなかった場合、最悪の事態が起こり得る。

 連絡を一つ、入れておくか。

 

 そうはならないと祈りつつ、だが。

 

えはか彼

 

 発砲音が響き続ける。

 あるいは遠い昔の記憶。自らも通っていたような小学校で、銃声が叫びをあげ続ける。

 

 こちらへ来るものは【波動】で弾き砕いてはいるものの、あきらかにあちらの方に攻撃が偏っている。梓の挑発は成功した、ということだろうが──少々、不味い。

 消耗が激しい。元々【即死】はそれなりに魔力を食う魔法だ。それを何百に至らん相手に使用するのは、意識をも朦朧とさせるだろう。それに、少なくない傷が……梓の身に刻まれていく。

 その身に触れたものを即座に殺す、殺傷能力だけで見ればSS級に届かんという魔法【即死】。だが、魔石の銃弾を使わない場合は近接魔法少女らしく触れなければいけない、という制約を持つ。生まれたてとはいえウルフは素早い種族だ。身体強化に回す魔力リソースの無い梓では、全く傷を負わない、というのは難しい。

 

 加勢に行きたいが……。

 

「魔法少女様!」

「む、どうかされましたか?」

「学生、及び教員の避難終了しました! 裏口から軍に護衛頂き、家に帰しました。ので」

「──ありがたい」

「いえ! お勤めご苦労様です……いいえ、頑張ってください! 貴女達の無事を、祈っています!」

「はい。ありがとうございます。貴方も、すぐに避難を」

 

 気の良い校長だ。

 国民の中には守って当たり前、そもそも魔物をこんなところに近づけた時点で義務を果たしていない、などとやっかみをつけて来るものも少なくはないというのに。

 

 そんなことをされたら。

 ……やる気が出るな、ふむ。

 

「梓! 加勢するぞ、一般市民の避難は終わったそうだ!」

「そいつァ重畳! ところで魔煙草持ってねェか? そろそろ魔力が限界なんだ」

「残念だが無い。私は吸わんのでな」

「そりゃ羨ましいこって!」

 

 良かった、まだ元気だ。

 全身から血を流してはいるが、深い傷は無い。どれもが浅い、ひっかき傷のようなものばかり。

 ただやはり感じ取れる魔力が少ない。消費しすぎ、だろう。

 

「──だが、もう安心しろ。A級、【波動】。ミサキ・縁。……守るべき者のいない私は強いぞ?」

 

 防御に使えるからと防衛に回されがちだが、私は近接魔法少女。それも、打って出て殴って粉砕する──そういう戦闘スタイルだ。

 たかだかウルフの百や二百、すべて打ち砕いて見せよう。

 

 ……梓が少しでも、休めるように。

 

「ばァか、休むかよ。私もやる。七割任せた」

「……負けず嫌いめ」

「ちげェって。勝算があっから言ってんだよ。あと十分くらいだ。そこまで保てば、私達の勝ちだ」

「成程。詳細を聞きたい所だが、お相手が待ってはくれなそうだ。十分だな。いいだろう、全力で叩き潰す」

「余力は残しとけ。最悪のケースもある」

「……お前はノリ、というものを知らんらしい」

「あン?」

 

 少しくらい、カッコつけさせてくれたっていいじゃないか。

 ……お前ばかりカッコいいのはずるいだろ。

 

えはか彼

 

 さァて、所変わらず今ここだ。

 ポニテスリットの加勢によって大分ラクにはなった。が、正直もう俺の魔力は底を突いてる。今はあらかじめ魔石に込めてある【即死】で戦ってるだけで、もし噛みつかれたら終わる自信がある。

 ……ついに死んじまうのかなァ、なんて弱気も出るが、同時にさっき通信端末に入った"10分待て"という短いメッセージがやる気を起こさせてくれる。

 

 フン! とかハア! とか言いながらウルフの頭蓋を砕いていくポニスリの姿は圧巻……だが、やっぱり殲滅力に欠ける。こないだみたいに全力の【波動】を、っつーんならチャージが必要だし、何よりこの小学校が全壊しかねん。だからああいう戦い方しか出来ないんだろうが……おっと。

 

「柵は乗り越えさせないっつーの。……残弾が少々やべェが、まぁなんとかならァよ」

 

 湧きポからは未だ無尽蔵にウルフが湧いて出てきている。

 大してこっちはジリ貧。言葉ではなんとかなる、なんて言ったが、正直何とかはならないと思っている。応援が来たとしても、この小学校及び周辺区域は廃墟と化すだろう。

 ……そりゃ、嫌だな。

 魔法少女としても、俺としても……。あのチビ達は大事な学校を捨てなきゃいけねえし、住民も家を放棄しなきゃいけない。つか、結果的な撤退ならここでの抵抗は……まァ無意味にはならんが、今回の黒幕の思うつぼだ。

 

 湧きポを消さなきゃならん。

 

「ポニスリ、沸きポ消す方法って知ってっか?」

「知らん、な! ──知っていたら、全魔法少女が全力を賭してすべての地点を潰しに行くだろう!」

「だよな」

 

 だが。

 だがよ。

 故意に生成できるってんなら、消せるのが道理じゃねェか?

 一般に化け物は自然環境と魔力から生まれる、と言われてる。通説って奴だ。今回はポーション屋が近くにあるっつー条件が整っているとはいえ、エデンの直下で、街中、なんつーのは自然環境としてはこう……よくない気がすんだよな。日も当たらねえ場所多いし。人間以外の餌いねェし。

 そもそもここ……運動場には魔力なんか無かった。ポーションには多少宿ってる。薬草が魔力持ってっからな。だから宿っちゃいる。だが、小学校にんなもんはない。自然環境も魔力も整ってねェのに発生した湧きポってことは、相当無理して作ってるって可能性がある。

 

 なら。

 

「おい、梓!?」

「え──」

 

 あ。

 やばい。

 目の前だ。

 

 これは──死。

 

 

「死なせん。恩人だからな。ほうほう、随分とまた、地獄を呈している。よく頑張った──来たぞ、私達が!」

 

 ななかった。

 割合ちゃんと死を覚悟したけど、なんだよ、狙ってたんじゃないかってタイミングで、俺の顔を食い千切ろうとしてたウルフがギャインと跳ねた。もう、かっけぇタイミングで登場しやがる。タイミングオブタイミングだよホント。なんだよそれ。

 

 見れば、ポニテスリットの戦っているものも、今しがた生まれたばかりのものも、その全てが吠え声を上げ、地に伏し、否、のたうち回っている。

 運動場にいるウルフの全て。それが──痛みに喘いでいるのだ。

 

「助かりました、鬼教官」

「こういう場でくらいは名前で呼べ、と言いたいが、まぁ良い。既にここの封鎖は指示してある。周辺住民の避難勧告もな」

「手の早い事で。……けど、ちょいと試したい事があるんで、それだけやらせてくれませんかね。そのために魔煙草とか持ってませんかね」

「試したい事とやらを告げてからにしろ。魔煙草の持ち合わせは無いが、原材料であるフリューリ草ならある」

「んじゃそれ貰います」

 

 鬼教官。

 キリバチさん。

 俺が連絡したのは、この人だった。まァ正確には連絡してもらったんだが、今は良い。

 その魔法、【痛烈】。目に届く範囲全てに痛みを与える魔法。ウルフは動物系で、痛みをちゃんと覚える化け物だ。

 どんだけ痛いか、っつーのは、運動場に転がってる奴らを見ればわかる。

 逃げる事も出来ない、反撃する事も出来ない。ただただ、痛みに喘いで、叫ぶ事しか出来ない。

 

 こえー魔法だこと。

 

「キリバチ上官、処理に当たります」

「ああ。頼む」

 

 そして、鬼教官だけじゃない。

 指揮官殿は言った。"事が起きない限りはお上は動かん"と。いや言外だから言っちゃいないんだが。

 っつーのはまァ、事が起きりゃァ動いてくれるってわけだ。ちゃんとした魔法少女引き連れて、上官殿がな。

 

「ミサキ・縁殿、加勢いたします」

「コーネリアス・ローグン!? また大物が……」

「いえ。自分はB級の木っ端者ですよ」

「貴女が木っ端となると、エデンの魔法少女の八割が塵芥になるのだが」

 

 へぇ。

 有名な人なんだ。

 その後も、次々と知らない魔法少女たちが湧きポに張り付き、形成と同時に殺害を繰り返していく。

 ……クラスメイトしか知らなかったけど、やっぱいっぱいいるんだな、魔法少女。とーぜんではなるけどさ。

 

「それで、なんだ。試したい事というのは」

「あァさ、ちょいと湧きポを潰して見ようかって、魂胆でね」

「……何?」

 

 手を差し出す。

 話したんだからそのフリューリ草っつーのを寄越してください、と。

 

 鬼教官は何やら難しい顔をしながら、亜空間ポケットを開いてそれをくれた。

 

 もしゃり。

 ……うわー。魔煙草より不味いー。

 

「けど、とりあえず一発分は回復したか……うげぇ、苦いし不味いし、食う奴の気が知れねえ」

「私は今そう思っているが」

 

 誰がコレ魔煙草にしようとしたん?

 もっと改良出来ないん?

 

 っつー不平不満はおいといて、だ。

 

 湧きポの一つ。

 今まさに複数の魔法少女達が湧いては殺して、湧いては殺してを繰り返しているそこへ近づく。

 

「どうされましたか?」

「ローグン。魔物の殺害はそのままに、少しやりたいことをさせてやってくれ」

「了解いたしました、キリバチ上官」

 

 何故、とか挟まないんだが。

 なんかすげー軍人って感じするわ。

 

 ……んじゃあまぁ、お邪魔して、と。

 

「梓、大丈夫か?」

「あァよ。だがまァ、多分今からすることやったらぶっ倒れるから、支えてくれると助かる」

「そんな危険な事をするつもりなのか……」

「危険っつーか、魔力切れでな」

「成程」

 

 先日、良い例があった。

 鬼教官の妹。暴走繭。

 特殊魔法っつー奴で、遠隔でも近接でもない、使用者と命を共にする魔法。それは、魔法を殺せば使用者も死ぬ、っつー代物だ。

 

 それなんじゃね? って。

 

 自然発生じゃない、無理矢理な場所に無理矢理作り上げた湧きポ。下手人が魔法少女なのか化け物なのかっつーのはわからん。魔法少女だったら何故、って思うし、その場合殺したら……多分、俺は自分を許せなくなる、が、とりあえず今はやんないとどうしようもない。下手人が魔法少女じゃない事を祈って──俺はこの湧きポを。

 

 ──殺す。

 

「死ね」

 

 声に出す必要はあんまりないんだけど。

 ただ、それこそ暴走繭が言っていたように、拒絶の意思をふんだんに練り込んだ【壊糸】が本来以上の防御能力を発揮したように──思いは魔法に乗るんじゃないかな、って。

 

 だから、殺意を込めて。

 湧きポを──【即死】させる。

 

 瞬間、俺の意識は真っ暗闇に落ちていった。

 

えはか彼

 

 詰め込まれる。

 詰め込まれる。

 クソ不味いものが、クソ苦いものが、口に詰め込まれているのを感じる。

 

「まァ待てよ、な? ちょっと待てよ。起き抜けで状況把握してないんだがよ、なァ、その手に持ってるフリューリ草一旦置いてくれや、な?」

「そのような時間はない。今も防衛拠点で仲間が戦っている。だからお前には早く回復してもらう必要がある。本当は殺すべきだと思ったのだが、上官が許さないので、こうしてお前の口に魔力回復の薬草を詰め込んでいる最中だ早く口を開けろ」

 

 知らない魔法少女が、すげー怖い顔で見てんの。

 膝枕でさ、すげー怖い顔で俺の口にフリューリ草を詰め込んでくんの。

 

 こえーって。あと不味いよマジで。

 

「っつか、そういうってことは」

「喋る暇があれば食え。状況は説明してやる。お前の魔法【即死】により魔物の湧き地点の一つは完全に死んだ。キリバチ上官は湧き地点の死を認め、之が効果的であるとした。故にお前は現時点において魔物の湧き地点を壊し得る唯一の魔法少女となった。なれば意識を失っている暇はない。食え。たんと食え。食って【即死】をあれら全てに発動しろ。何度意識を失えど、終わるまでは終わらせん。近くのポーション屋からフリューリ草を買い込んできている。お前の為だけにだ。さぁ食え。わかったなら食え」

「はい」

 

 食べる食べる食べる。

 つかさ、魔煙草ってフリューリ草を魔煙草そのものの変換原理とかで起動して、その上澄みである魔力だけを吸うってモンなんだよ。フリューリ草そのものを食ってるわけじゃねェんだよ。

 だからさ、いやさ、そんな詰め込まれても。

 

 ちゃんと魔力が回復している自分が悔しい。

 

「起きたか、ライラック」

「あ」

「いや喋らなくていい。食べろ。たんと食べろ。私が勝手にしゃべるから食べろ」

 

 頷く。

 うわーんあの部下にしてこの上官ありだよー。あァいや逆なのかもしれんが。

 

「大体の話はリヴィルから聞いたな? あぁ、コイツの事だ」

 

 頷く。

 

「お前は現状唯一の湧き地点を破壊できる魔法少女になった。その有用さは計り知れん。が、縁に話を聞いた限り、すべての湧き地点を潰せるわけではなさそうだな。お前の言う、故意に創られた湧き地点……それを特殊魔法よろしく殺したのだと」

 

 そうだ。

 もしゃもしゃ食いながら頷く。

 だから、そんな期待されても困る。

 

「だが、それは仮説だろう」

「ム?」

「まだ試していない。もしかしたら、お前の【即死】は──全ての湧き地点に有効かもしれない、という事だ」

 

 ……いんやさ、それはそうなんだよね。

 それは。

 本当にそうだったら、俺は。マジの救世主になる、かもしれない。いや湧きポ固定されてない化け物も多いから救世主にはならねェんだけどさ。

 

「忙しくなるぞ、これが終わったら」

「うい」

「……よし、魔力も粗方回復したな! 早速だが」

「はい。殺します」

 

 鬼教官の言う通り、七割方回復した魔力。

 寝てる間にどんだけ詰め込まれたんだ。そんな効率良いモンじゃないぞ魔煙草って。

 ……それともフリューリ草そのものの方が効果高いのか? フリューリ草の煎茶とか探してみるか?

 

「──死ね」

 

 声に出して。

 世界に告げて。

 

「──死ね」

 

 呪いの言葉を。

 ただその命尽きる事を願う──恐ろしい言葉を。

 

「死ね」

「死ね」

「死ね」

「死ね──」

 

 何度も、何度も、言い続けた。

 

 何度もぶっ倒れ、その度にクソ不味い草を食べさせられながら。

 

 

えはか彼

 

 

 それは唐突だった。

 ドサ、ドサと。

 何かが倒れて行く。何かが──死んでいく。

 

「なんだ……?」

「わかりませんの。けれど──好機、ですわ!」

 

 自らの誇る、【神速】の突き。

 それは確実に相手を捉える。動揺の隙を狙ってようやく当たった──直撃したその突きは、確かに相手の頭蓋を貫いた感触がした。

 

 そして、それを貫いた瞬間。

 

「こ、れは」

「……成程。統率した魔物を透明にする能力、という事ですのね」

「こんなに、いたのか」

 

 自身も勘違いしていた。

 敵はSSS級に匹敵する透明なウルフ一匹だと。

 

 だが、違ったらしい。

 透明なウルフは一匹のウルフの能力によって隠されていただけで、他は……新種ではあるが、自ら透明になる能力を持っていないのだろう、命の尽きたウルフ。

 ……この死に方は、【即死】?

 

「……終わった、のか?」

「まだわかりませんの。遠征組の蘇生は」

「──申し訳ありません、遅れました! 遠征組突撃班ヴェネット隊以下五名、蘇生完了いたしました!」

 

 丁度、来てくれたらしい。

 自らと同じSS級魔法少女、ヴェネットさん。彼女の率いる遠征組の全員が、無事、失った魔力も傷もきれいさっぱり無くなった状態で復活した。

 ……自分でそんなことを考え、少し苦笑する。そんな当たり前のことを考えてしまうくらいには、梓さんの影響が大きいのかもしれませんね。

 

「報告を。お前達を襲ったのは透明なウルフ種で相違ないか?」

「いえ、違います」

「……では、なんだ」

 

 簡潔な報告を求められているというのに、言い淀むヴェネットさん。

 これは。

 

「私達を全滅させたのは──魔法少女です、ジュニラ指揮官。その魔法は恐らく、魔物を指揮する、あるいは洗脳する、といった類の」

「そうか。……それは、最悪の事態の一つだな」

「はい。ですが、対象も私達の反撃により少なくはない傷を負いました。これにより対象が撤退した事も確認済みです。その後私達は魔力切れにより魔物の餌となりましたが……とりあえずは問題ないと、そう言えるかと。件の魔法少女ですが、エデン所属ではないと、先ほどリストから確認も終了しています。完全に外部の魔法少女です。故に」

「少なくともエデン内部で蘇生する事は無い、か。だが、それでは」

「はい。脅威は残ったままです」

 

 あまり梓さんには聞かせたくない情報ですわね、なんて独り言ちる。

 今までは相手が魔物だったからよかったものの、敵が魔法少女だと知ったら……あの方は。

 

「その魔法少女の特徴を出来る限り事細かに書き出しておけ。容姿もな」

「はい」

「そして、次に遭遇したら、殺すのではなく捕縛しろ。蘇生されては敵わん故、自死も封じた形で──封印処置を行う」

 

 封印?

 ……知らない言葉ですのね。

 

「封印、ですか?」

 

 あぁ、ヴェネットさんも知らなかったと。

 

「……ああ、知らないのか。魔法少女というのは死なん。それはわかるだろう」

「はい」

「だから、国に、一般市民に仇名す魔法少女用の懲罰手段が用意されている」

「それが封印、ですか」

「ああ。全身を拘束し、溶かした反魔鉱石によって全身を固める。昔は石化、などと揶揄する者もいたが、封印が正しい言葉だ」

 

 ……石化。

 そういえばエデンの七不思議にありましたわね。どこかの監視塔の地下牢に、石となった魔法少女が多く保管されている、みたいなの。

 もしかして、そういう事ですの?

 

「気を引き締めろ。監視は引き続き強化。防衛拠点も残したままにする。お前達は」

「私達は周辺域の魔物の掃討にかかります。恐らく今回の侵攻で、侵攻ルートを外れた魔物もいると思うので」

「わかった。頼んだぞ」

「はい!」

 

 元気、と言って良いのかわかりませんけれど。

 仕事熱心ですわねぇ、ヴェネットさん。私は早く梓さんの元に行きたくて仕方がないですの。

 

「アールレイデ」

「はい」

「お前と私は、周辺域で死ぬ事も出来ずに致命傷を負ったままな魔法少女がいないかの確認だ。見つけ次第殺してやれ」

「……わかりましたの」

 

 そういえば、そうだ。

 あのウルフたちはそういう戦法を取っていた。なら、どこかに、瀕死のまま苦痛に喘いでいる仲間がいるかもしれない。

 

 梓さんは、それも嫌うのでしょうけれど。

 やっぱり私は──救いとして、捉えてしまう。……どこかに、互いが歩み寄れる点があればいいのですけれどね。

 

 そんな事をまた独り言ちて──【神速】を使用した。



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7.藍初種藍句得度三糸有寒泥.

「おォ、安藤さん。悪ィね、急な注文で」

「何言ってんだい。ウチは元々閑古鳥が鳴く武器屋さ、アンタの支払いだけが命綱なんだよ。それで食ってんだ、無視なんかできるかって」

「あー、そりゃァまァ、そうだよな。武器使う魔法少女あんまいねェもんな」

「まったくさ!」

 

 ここはEDEN商業区。

 ……の、片隅も片隅。

 エデンの下には国があって、そこでも当然の様に市場っつーんはあるんだが、如何せん魔法少女がソッチに降りて行くことは少ない。エデンにいた方が色々楽だしな。

 んじゃどーやって菓子類やら欲しいもんやらを手に入れてるかっつーと、このEDEN商業区と呼ばれる出張店舗群から購入してるってワケ。魔法少女に理解のあるというか、"国を守れ! 盾になれ! 遊んでないで働け!"みてーな事言いやがる国民、じゃない方の一般市民。

 俺達を少女として、あるいは人間として扱ってくれるお方々の出張店舗群が、ここになる。

 ま、単純に儲かるから、ってのもあんだろけどね。俺達魔法少女は金払いめっちゃ良いから。

 

 んで今日俺が来たのは『安藤武器工具店』っつーシンプルな名前の付けられた、店。出張店舗群の中心からはちょいと外れた場所にあって、つかここに関してはもう下には戻らずずっと上で続けてくれてる稀有な店。売りモンは店名の通り武器や工具で、魔石も扱う。

 ま、なんでずっとエデンに居られるか、っつーのは、結構単純な話。

 

「もっとこう、派手に爆弾とか大砲とか撃ち込めばいいものを、アンタら魔法少女は長いチャージしてその隙を突かれたり、近接で戦って取り込まれたり……。文明の利器、ってモンを知らな過ぎる!」

「ははは、そりゃァ仕方ねェよ安藤さん。アンタの時代がどうだったかは知らねえが、今じゃ武器持ちは補助有つってな、あんま好かれねえんだ。単純な剣みてぇなのだったら良いんだが、銃となるとな」

「そりゃアタシの時代でもそうだよ! 全く、本当に変わらないねぇ学園は」

 

 安藤さんも、魔法少女なのだ。

 正確には──エデンに出張している間に魔法少女として覚醒した、というべきか。故に魔法少女に理解があるし、学園での生活も経験済み。この店やってない時はちゃんと魔法少女としても戦ってる。なんならS級と、色々情報盛りだくさんな女将さん。あァ別にお宿ってワケじゃねェから女将でもなんでもないんだけど。

 

「で、どうかね。今回は多くなっちまったが」

「全部出来てるよ! 空の魔石砕いて入れた弾丸1000発!」

「ありがてェ」

 

 そう、俺のいつも使っている【即死】を込めた弾丸っつーんは、ここで購入している。まァ【即死】を込めるのは後からやる事で、この弾丸自体は魔石が詰まったモンでしかないんだが。

 ちなみに拳銃とSRは普通に軍用の奴な。

 

「そいで、今回はまたなんか新しいモン作ってねェのか?」

「ふふん! よく聞いてくれたね……あるよ!」

「おォ!」

 

 安藤さんは発明家、というか、武器の改良も得意としている。

 顧客が俺しかいねェから、最近はもっぱら銃弾の改良ばっかやってるらしいが、前は剣だの斧だのが斬撃と同時に爆発する、みてェなのも作ってたとか。なんだそりゃ、自滅するだろ、つったら、だから売れなかったんだよって返ってきた。

 

「コレさ」

「ソレか」

「コイツは炸裂弾! 対象へ着弾した後、周囲の魔物にもその破片が突き刺さるって代物さ! 撒き散らされる破片は当然魔石で、その範囲は5mくらいかね」

「……買いだな」

「あいよ! とりあえず50は用意した。使いやすかったらまた発注しな、千だろうが万だろうが揃えてやるさ」

「助かる」

 

 クラスター弾か。

 俺の低すぎる殲滅力を補うに持って来いだな。ただ、味方への誤射が怖い。味方のいねェとこに、且つ化け物の集まってるトコに撃ち込む弾だ。

 いいね、これは俺のパワーアップって奴だ。今回の件で痛感したことでもある。俺ァマジでピーキーだ。殺傷能力はSS、殲滅力はCどころかDを下回るかもしれねェ。身体強化用の魔力リソースが無いのは割ときちィ。仲間がいりゃあ色々となんとなんだが、一人になると真面目に死ぬ。

 そういう場合に生きそうな弾だ。ありがてェや、流石安藤さん。

 

「そォだ安藤さん、魔煙草って知ってっか?」

「そりゃ知ってるが……なんだい、アンタ、そんなナリして煙草吸うのか」

「魔煙草は別に毒じゃねェからいいだろ。まァんな事聞きたいんじゃなくてよ、アレより魔力回復量のたけェもん知らねェかな、って。安藤さん色々知ってっから、ちょいとアテにしてんだ」

「魔力回復か。確かにアンタ、魔力少ないもんねえ」

「だから銃使ってんだろィ」

 

 先日の一件。

 フリューリ草を死ぬほど食わされたあの時、明らかに魔煙草より魔力回復量が多かった。量もあんだろうが、何かこう……純度が違う、っていうか。

 

「魔煙草の原材料がフリューリ草って花だってことは知っているのかい?」

「花? 花なのか。私が食ったのは草だったが」

「……アンタ、正気かい? フリューリ草の葉は誰もが悶絶する程不味い事で有名だよ。だから煙草にして少しでも軽減を狙ってる」

「あァ知ってる知ってる。でもちょいと必要な工程でな、悶絶する程不味かったが、常に魔煙草吸ってるおかげか、ちったぁ耐性ついてたよ。……で、フリューリ草の花について教えてくれ。多分それが私の必要なものだ」

 

 フリューリ草が魔力回復の役に立つ、って事は広く知られている、らしい。ポーション調合の勉強過程では習わなかった事だが、なんでも学校では教えてくれない、ポーション屋に就職すると教えられる知識、なんだとか。なんでそんなことになってるかっつーと、乱獲を防ぐためだの絶滅を危惧してだのと言われたが、単純に危ねェからだ。フリューリ草は国の外に生える。そんな、魔法少女相手に高く売れそうなモンを子供が習っちまったら……みてェな話なんだと。

 じゃあポーション屋はいいのか、って事になるんだが、なんでも軍が採集したものを買い取ってるらしい。軍っつーのは魔法少女じゃなくて、魔法少女の素質に恵まれなかったこの国の兵隊さんの事な。

 あの場で鬼教師がフリューリ草を亜空間ポケットにしまってたのも、そんな感じの理由。ポーションの調合材料になるから、常備している魔法少女も多いんだと。

 ……A級未満の魔法少女は、だが。

 

「フリューリ草は魔力回復の効果がある。それは魔物共も知ってる。だから昔は食われまくってたんだけど、いつしか進化して、フリューリ草は苦味や不味さを獲得した。結果魔物はフリューリ草を食べなくなって、奴らは絶滅の危機を免れた……ってのが、あの草が不味い理由なんだ」

「へェ、すげェな、自然の知恵っつー奴か」

「だけど、フリューリ草は一応増えなきゃいけない。植物として当然のように種をばら蒔いて、ってね」

「あァ。広がる必要があるとかはンなこたない、って学者に否定されるだろォけど、種の存続は大事だろォな」

「だから、フリューリ草は、枯れると花をその場に落とすようになった。面白い生態だと思うけどね、花弁が開いたまんまで、それが閉じるより先に茎や葉、根の方が枯れるんだ。落下したフリューリ草の花はそこからまた芽を出す。というのも、魔力回復を行う成分を花弁に全て集中させているから、枯れるのも魔力を失った花弁以外だし、成長の基盤となるのも魔力を豊富に含んだ花弁だし、って具合さね」

「ほーォ……つーことは、その花」

「ああ。採集出来れば普通に草を食べるより高い回復効果が見込めるだろうね。問題は」

「んなの見つけんのは至難、って事ね」

 

 おじさんそんなに草花に詳しく無いから偉そうなこと言えないんだけど、花弁ってな花粉を運んでくれる虫だのなんだのを誘引するもんだと思ってたよ。そうじゃないのもいるんだな。前世でもいたん……だろうなぁ。俺が不勉強だっただけで。

 あーあ、折角そういうのに詳しそうなやつが近くにいたのに、なーんも聞かなかったな。アイツとは麻雀ばかりで……。

 

「見た目は真っ赤な花だ。本当に稀にだけど、地面に落ちている事がある。枯れた直後、あるいは芽を出す前の花弁だね」

「見つけたら拾えって事ね。ちなみに味は」

「美味いと思うのかい?」

「ハハ、覚悟しておくよ」

「……ま、食べた事のある奴はいない。少なくとも私は聞いたことが無い。そんだけ稀少なんだ、外でくまなく探す、ってのは徒労に終わる可能性が高いよ」

「あァよ、見っけたら儲けモン、程度に考えとくよ。何にせよ、情報ありがとうな」

 

 真っ赤な花弁、ね。

 最悪の状況に陥ったら探してみよう。魔力切れ残弾切れ仲間もいないで逃げ回る、みたいな時に見つけたら最高だ。主人公になれるなソレは。

 

「普通のフリューリ草の茎や葉で良ければ、アタシのトコにも仕入れてやってもいいよ。それくらいのラインナップは増やせる」

「おォ、そりゃァ助かる。ついでといっちゃなんだが、それの煎茶も作ってみてくれねェか?」

「……死ぬほど不味い茶が出来上がる未来しか見えないねえ」

「味はいいんだ、別に。草をもしゃもしゃ食うより高い効果が見込めるなら、水筒にでも入れて持ち歩きたい」

「ま、わかったよ。その代わり今後ともご贔屓に、ってね」

「そりゃ勿論」

 

 魔石の弾薬扱ってくれるトコなんかここしか知らねえし。

 ……つーか、ん? 

 

「アンタさっき閑古鳥だから支払いが命綱とかって言ってたけど、給金は出てねェのか? 魔法少女としてもやってんだろ?」

「そんなもん全部実家に仕送りしてるさ。子供がいるんだ、魔法少女じゃない普通の子がね。その子らの養育費もそうだけど、寂しい思いさせてる分遊びの部分は不自由なくしてやりたいだろ?」

「やべェな、偉すぎて涙が出る。私もそうしようかな」

「何言ってんだい。アタシは親だからそうしてんだよ。別にアタシはここで武器作ってりゃそれでいいんだ。やりたいこともない。だがアンタは違うだろう。魔法少女になったのは13の時だったね? それで、まだ数ヶ月……魔法少女歴も浅い。アンタはまだ子供なんだよ。子供はちゃんと自分のために金を使いな。家族を想うのは、大人になってからでいい」

「つっても成長しねェだろ、魔法少女は」

「元の年齢に魔法少女歴足して成人越えたら大人だよ!」

 

 至極当たり前のことを言われた。

 そりゃそうだ。

 ……だけど実はおじさん、前世含めると50超えてるんですよ。子供じゃないんですよ。

 

「そも、魔法少女の家族は待遇もよくなるはずだ。……仕送りなんて考えんじゃないよ、親の気持ち考えてからモノ言いな」

「あァ、そうするよ。確かにあんだけ泣いて送り出してくれた両親だ、私が金なんて送ってきたら、顔真っ赤にして怒って送り返してきそうだ。なんならエデンに乗り込んでくる可能性もある」

「よくわかってんじゃないかい。そうだよ、とんだクソ親でもない限り、親ってのは子に幸せであってほしいんだ。……アンタは自分が子供っぽくない、みたいな自覚があるみたいだけどね、アンタがアンタの両親の子である事は間違いないのさ。だから」

「あァよ。せめてもの恩返しに、ちゃんと子供をするさ」

「……引っかかる言い方だけど、聞かないことにしとくよ」

「助かる」

 

 安藤さんは空気を読んでくれるからホント助かる。

 気の良い肝っ玉母さん、って感じなんだけど、前世含めた歳が近いからか、クラブのママさんと話してる気分になんだよな。

 

「んじゃ、1000発確かに。炸裂弾もありがたく。金は後で振り込んでおく」

「ああ。……そうだ、梓。一つ聞きたい事があったんだ」

「ん?」

 

 久しぶりに名前呼ばれたな、とか思いながら。

 振り返る。

 

「ルルゥ・ガル、って魔法少女、知らないかい?」

「あァ、すまん。私ァ自分のクラスメイト以外にゃとんと疎くてな」

「そうかい。ま、知らないなら良いんだ」

「見つけたら安藤さんが呼んでた、って伝えときゃいいか?」

「いや、それもいいよ。すまないね、気になって眠れなくなりそうなことを聞いちまった」

「んなこたねェけど、気にはしておくよ。せめてもの礼だ。じゃァな、安藤さん」

「また来な!」

 

 知らねえ知らねえ。

 魔法少女の名前、マジで知らねェ。もっと交友関係広めねェとなァ。おじさんになると交友関係ってあんまり広がらないんだよな。同じ会社の奴か、営業関係とかでちみっと増える事はあっても、出会いの場、っつーんは行かねえし。

 ……いや友達が少ないとかではなく。

 

「ソイツ見つけたら、友達になろう、って……なんだ、少女らしく強引に行くのもアリかね」

 

 なんて。

 少女らしくない事を言いながら、俺ァパルリ・ミラを探しに行った。

 まだ見つけてないんだよな、その店。

 

えはか彼

 

 

「B級への昇級おめでとうですわ!」

「ああ、めでたいな」

「おめでとう」

「おめでたいです!」

 

 称賛の声に。

 

「あーァ、いや、ありがてェんだけど……いやありがとうな、お前ら」

 

 なんとも言えない表情になってしまう自分がいた。

 

 

 

 事の発端は、っつーか先日の件が功績として認められたっつー話だ。

 いち早く国内に発生した化け物に対処した……って方じゃなく、化け物の湧き地点を完全に破壊した、っつー方な。化け物の対処は魔法少女が当然としてやるべき事だ。褒められることじゃねェんだと。

 まだ自然生成の湧きポにまで有効かどうかはわかっていないものの、その有用性から()()()()()()()()()()()C級からB級へ昇級した。D級、C級は遠征に連れていかれないんだよ。足手まといだから。

 だから、戦力的にはC級だけど、実用込みでBにしといてやるよ、っつー措置。素直に喜べるモンじゃねェし、何より俺ァ昇級自体したくなかったよ。仕事ふえっから。

 

「でも、寂しくもありますわ」

「ン?」

「だって梓さん、もう少ししたら遠征に行ってしまわれるのでしょう? 私は遠征向きの魔法少女じゃないので呼ばれる事はありませんし、その間に……遠征組の魔法少女に梓さんを奪われてしまったらと思うと気が気でなく……」

「奪われるも何も、私ァお嬢のモンじゃないがね」

「はぅっ!?」

「梓。それはフェリカを振った、という事でいいのか?」

「あー。そういうワケじゃ、っつか告られてるワケ……でもあるか。んー」

 

 おじさんは清いお付き合いをしたいんですよ。友達として。

 純朴な女の子達の好き好きイチャイチャにはついていけねェってーか、でもなァ、今の言い方は確かにマズったな。フったフラれたはデリケートな話題だ、それで友人関係に亀裂が入るのは……あー、でもなァ。

 

「すまない、余計なコトを言った。フェリカ、お前も必要以上に傷付いたような反応を見せるな。梓が困っている」

「必要以上じゃないですけれど、けれど、けれど……! 梓さん! あくまでこれは、私が貴女を好いているという話であって、答えて欲しいとか、あわよくばキスをしたいとか、いつか私の家に招待したいとか、そういう事ではないですの!」

「どう聞いても、そういうこと」

「読心術を使うまでもないですね」

 

 わかってる。すげー好意向けてくれてんのはわかってんだ。

 わかってるけど……。

 

 でも、まだ無理そう、というか。

 この──死が文字通り隣り合わせの世界で、そういう理念の元にある子と付き合う、っていうのは。

 

 ……鈍る。おじさん弱いからよ、あんまり……大切過ぎるモン作りたくねェんだ。ひでェ事言ってる自覚はあんだがな。

 俺の手は広くない。もし、もしも、家族より大切なモンが出来ちまったら。

 俺ァ国防じゃなく、ソイツを取る可能性がある。……それは、多分、ダメなんだろう。今でさえダメなのに、そうなっちまったら俺は。

 

「おい、フェリカ。どうするんだ、梓が押し黙る程悩んでしまったぞ」

「責任転嫁が凄いですわミサキさん。今のは貴女も悪いと思いますのよ……!?」

「なんにせよ、二人に朗報がある」

「あ、そうでしたね。良いお知らせがあります!」

「なんだ?」

「なんですの?」

 

 あー、ダメダメ。悩むな悩むな。

 俺ァ自分一人で悩んだって解決しないタイプだ。明日の事は明日の俺に任せよう。今は今の俺がやり遂げるからよ。

 気持ち切り替え気持ち切り替え。

 

「すまんな、お嬢様。私ァ」

「今回の遠征! 私達はついていけるそうです!」

「開いていた枠、もぎとった」

「ええええ──!! ずるいですのー!!」

「待て、流石に【神鳴】より私の方が遠征向きじゃないか?」

「もう決まった事」

「遠隔魔法少女は有用なので空き枠に入りやすいのです!」

 

 ……なんか言い出す雰囲気じゃねェな。

 背中メッシュと太腿忍者がふんぞり返って……あァ、遠征の話か。そうそう、こいつら付いてくる事になったんだよな。

 太腿忍者の【光線】は汎用性の高い魔法だし、そもそも忍者っつーのが結構有用だ。サバイバルに長けてる。背中メッシュの【神鳴】は固定された湧きポを叩くのにうってつけ。湧きポの周囲にゃ化け物がわんさかいるからな、そこにバチバチドーンよ。

 

「梓さん!」

「お、おゥ。なんだお嬢」

「……私の方が、貴女の事を想っていますわ!」

「おいその話蒸し返すのか」

「諦めが、悪い」

「あー。ま、すまんが保留にさせてくれ。自分でも優柔不断だとは思うけどさ、ちょいと……私にも譲れないモンってのがある。私も決してお嬢の事嫌いじゃねェからよ。ポニテスリットも背中メッシュも太腿忍者も大事な仲間だ。友達だ。他の知らねえ奴より遥かに好きだ。だから、っつかだけど、か。少しばかり待ってくれ。私ァ……まだ、魔法少女として未熟過ぎて、お前らに並び立てる所にいねェからさ」

 

 おじさんはおじさんだからさ。

 もし本当にお付き合い、って事になるとしたら、色々ちゃんと考えたいしさ。

 ……いやおじさんがこんな小さな子達と付き合うのはやべーんだけど。魔法少女歴どんくらいなんだろなこの子ら。

 

「すまん。梓」

「ん?」

「私はお前を見くびっていたらしい。それを謝った」

「お、おう。いいよ、許すよ」

「感謝する」

 

 いつになく……ってことでもねェけど、ポニテスリットがめちゃくちゃ真剣な目でンなこと言ってくるもんだから、驚いちまった。

 なんだ、いい目、っつーのかね、覚悟の決まった目をしてる、って感じ。若いね、青春だね。

 

「つか、そろそろミーティングの時間だな。お嬢、ポニスリ。悪いが」

「私も!! 私も……私も、」

「そりゃダメだお嬢様。流石に付いてくるのは無理だって」

「そ、そういう事ではなく!」

「梓、行こう。遅いと、怒られそう」

「では梓さんの事は私が運びますね」

「いやいいよいいよ、園内だろ。流石にそんな走力はいらねェって」

 

 いやァ、青春だねェ。

 おじさんは蚊帳の外でありたかったよ。ちょいと、眩しすぎる。

 なんだって俺なんざに……なんてとこまで卑下するつもりはないが、そんな好かれるような事したかねェ、俺ァ。

 罪作りなおじさんだよホント。あ女の子だった。

 

 ……ジッサイ、どうなんだろな。お嬢たちが、俺の中身は50超えたオジサンです、って知ったら。

 愛想尽かすんじゃねェかな。はは、怖い怖い。

 

 お嬢とポニテスリットを後に、教室を出る。廊下を行く。

 ミーティングルームは別塔だからな。遠征準備室もソッチにある。各塔それぞれに役割があるんだわさ。

 

「梓」

「なんだ背中メッシュ」

「遠征は、少しだけ……梓も楽が出来る、かもしれない」

「ん、そりゃァどういう」

「遠征は目標達成以外での死が許されないからですね!」

「……ははァ、なるほど」

 

 そうか。

 死んじまったらエデンからの蘇生になる。それは一人欠ける事に外ならないし、ソイツが追いつくまで待ってるってのも難しい。ソイツ一人で追いつくのも難しいかもしれねェ。

 だから、死や怪我はちゃんと忌避されるってことか。

 ……目標達成のため、以外では、って冠がつくが。

 

「死なんでくれよ、二人とも。私ァ一人じゃ弱いぞ、物凄く」

「知ってる」

「知ってます!」

「ちったァ否定しろよい」

 

 なんて軽口を叩きながら。

 俺達は、ミーティングルームへ向かった。

 

えはか彼

 

 

「来たか」

「ん、鬼教官。なんだ、今回の班長はアンタなんですかい?」

「いいや、私は作戦説明役だ」

「あらそゥ」

 

 ミーティングルームには、五人がいた。

 鬼教官と四人の魔法少女。確か遠征は俺含めて八人だったはずだから、あと一人いねェな。まさか俺が一番最後じゃないとは。

 とりあえず空いてる席に座る。上座とかあんのかね。知らんなぁ軍隊のそういう事。でも咎められないから良いだろ別に。

 

 背中メッシュと太腿忍者に挟まれる形での着席。なんだいね、なんか守られてる気がする。

 

「君が梓・ライラックか」

「ン?」

 

 席に就いたら、いきなり目の前から声がかかった。

 なんつーの。宝の塚みてェなかっけェ声。ハスキーでちょいとボーイッシュな感じの。

 

「あー。すんませんね、不勉強で。どちらさんで?」

「ヴェネット、という。魔法【凍融】を扱う魔法少女だ。等級はSS、此度の遠征組の班長となる。よろしく頼むよ」

「んじゃま、改めて。【即死】を使う梓・ライラックっつーもんスわ。等級はB。お飾りスけどね」

「はは、そんな無理矢理畏まったような口調にならずともいい。私は上下関係などに気を割かない性質でね、普通にしてくれ」

「あァよ」

「……対応が早いな君は」

 

 さてあだ名は……まァ班長でいいか。呼びやすいし。

 その隣にいる他三人は話す気はねェのかね。遠征組だ、仲良くしといた方がいいんじゃ……って、何期待してんだ俺ァ。自分からやれよ、そういうことは。

 

「お三方も、名前教えてもらってもいいかい?」

「……」

「……」

「……あるるらら」

「あんがとよ、右端のお嬢さん」

 

 他二人は仲良くする気無いらしい。

 まァそうだよな。ぽっと出の、魔法だけを買われた魔法少女だ。前にも述べたが、A級以下の魔法少女ってな内申点だのなんだので頑張ってない奴を指す。まァ殲滅力も殺傷能力もない魔法であるが故にD級に区分される奴もいるんだが、C級ってのは大体頑張って無い奴だ。

 そんなのに話しかけられて、名前を言えっつーのはまァ、気ィ悪いよな。だってこいつら全員A級以上だろ、多分。頑張った奴だ。頑張ってエリートだろう班長の班に入って遠征してるっつーのに、頑張ってない奴に掻きまわされるのは嫌だろ。

 

「えーと? あるるららサンは、もしや西方出身で?」

「! わかるの?」

「あァ、まァちょいと勉強したことがあってな。西方……今は亡きもう一つの国。ん、あァ、すまんデリカシーの無い事言った。謝る」

「いい。もう50年は前の事」

 

 こんな幼い少女の見た目をしておいて。

 そんな幼い少女の喋り方をしておいて。

 魔法少女歴は50年以上前か。わかんないもんだねェ。

 

 この、エデンの下にある国。

 今や世界で唯一の国だ。なんでって、他は滅んだから。昔はあったんだ。化け物に対抗できるのは魔法少女だけ、ってこたないからな。魔法少女が最も効率よく殺せるってだけで、銃が効く奴はいるし、毒やら罠やらが効く奴も多い。

 だから、その国ごとの軍隊があって、化け物に対抗してたんだが……ま、それが破られたら終わり。

 そうやって滅んでった国は数知れず。この国はそっからの難民が集まってる場所でもある。だからこんなに名前にバリエーションがあんだよな。

 

「魔法は【透過】。等級はA。よろしくね、ライラックさん」

「おゥ、よろしくなキラキラツインテ」

「……? それ、私のあだ名?」

「あァよ。私ァちょいと事情あって、あんまり他人を名前で呼びたかねェんだ。嫌なら変えるが、どうかいね」

「別に良いよ。むしろちょっと嬉しい。あだ名とか、つけてもらったことないから」

「そりゃァ重畳」

 

 なんだいね、この子はすげェ話しやすいじゃないか。良い子っぽそうだし。

 ま、不和は連携の崩壊を生むって知ってんだろね。魔法少女歴がなげぇからさ。

 

「梓。不満がある」

「私もです」

「なんだ」

「嫌なら、変えると言った。背中メッシュ、嫌」

「私も太腿忍者はやめてほしいです!」

「お前らはもう呼び慣れたからダメだ」

 

 ぶーぶー文句を言う二人をあやす。

 嫌ならもっと早くに……いや言ってたわ。呼び始めた当初から言ってたわ。けどもう定着しちゃったからごめんな。

 

「梓」

「なんですかィ班長」

「私には、無いのかな。その……あだ名は」

「エ? 班長は班長でいいんじゃ?」

「そう、か……」

 

 何、欲しいの?

 欲しいなら考えるけど。

 

「いや、それより。こっちの二人は人見知りでね、悪い奴じゃないんだ。奥のがザイフォン・英。こっちがカネミツ。二人ともA級だ。よろしく頼むよ」

「あァ、了解スわ。ちなみにもう一人は?」

「……た、多分もうすぐ来る。来るはずだ。来なかったら叩き起こしに行くから、安心してほしい」

「来ると良いね、ルナちゃん」

 

 ルナちゃん、というのか。

 キラキラツインテが、にっこりと……「そうはならないと知っているけどそうなるといいですね」みたいな顔で、班長に言う。班長も頬を引きつらせている。

 ……これは、遅刻常習者か。俺と同じだァね。

 

「時間だ。自己紹介は終わったようで何より」

「あ、シェーリース。等級は、S。魔法は、【神鳴】」

「ユノンと申します! 等級はAで、魔法は【光線】です! よろしくお願いいたします!」

「……終わったようで何よりだ。ルナ・ウィーマーンは」

「申し訳ございません。多分、まだ夢の中かと……」

「そうか。まぁいい。アレ抜きでもミーティングは問題ないだろう」

「はい……本当に申し訳ございません。次は強く言って聞かせますので」

「言って聞いた試しないけどね」

 

 苦労してるんだなァ班長。キラキラツインテも。

 つか、ミーティングが要らないってどういう事だ。アレか。ミーティング中も寝ちまうような奴なのか。

 

「遠征組突撃班。今回は監視塔より観測された魔物の群れ……海洋に面した廃墟群に群生していると思われる魔物の掃討が目的となる。及び調査、でもあるな。そこに魔物の湧き地点は無かったはずだが、密集の仕方が湧き地点と同等だ。故にこれを掃討、監視し、湧き地点となっているかどうかの確認。そして──それが壊せるかどうかの確認をする。その際、梓・ライラックの護衛及び補助は全力でやれ。魔物側も自らの形成地点が壊されるとなれば、全力の反撃をしてくるやもしれん。気を引き締めてかかれ」

 

 成程。いやなるほどっつか。

 ちょいと疑問ではあったんだ。なんで演習場とかにある、つまり近場の湧きポで試さねェんだろう、って。

 今回のこの掃討作戦が丁度都合が良いから、ってことね。突然現れた湧きポ。自然発生のもんか故意のもんかわからんから【即死】の有効性についてのソースにはならんが、着いていかせて壊せりゃ御の字だ。それが終わってから、それこそあのアシッドスライムの湧きポとかで試しゃあいい。

 ……ってことで、あってるかね。ちょいと……疑問も残るが。

 

「あァ鬼教官。発言は?」

「構わん。なんだ」

「その廃墟群が滅んだ理由を知りたいんスわ。そこには無かったはずの湧きポが出来て、今密集してる、ってんなら、その前は湧きポなんかなくて、でも滅んでた。なんで滅んだんスか」

「魔物の湧き地点は海中にも存在する。それが原因だ」

「成程。んじゃ、自然発生のを試すなら、ソッチでもありスかね」

「いいや。そこは海中である上に、S級の魔物が生まれる地点でもある。近づくには向かん。やるとしても一個中隊は必要だろう」

「なーる。了解スわ。続きがあるなら続けてくだせェ」

 

 つまり、最悪その海中の湧きポからもS級魔物が上がってくるかもしれねェってことね。ただでさえ海洋には高ランクの化け物がいるんだ、気を付に越したことは無い。

 なんだろね。クラーケンとかかね。いんやさ、この世界の化け物触手とかスライムとか多すぎなんだわ。魔法少女つったら確かに……ああいや、余計なコトは考えんとこ。

 

「続きは無い。作戦説明は以上だ」

「キリバチ上官。私からも良いでしょうか?」

「ああ。構わん」

「その廃墟群は、破壊しても問題ないと……そう捉えてよろしいのでしょうか」

「許可は出ている。更地にして構わん」

「ありがとうございます」

 

 こえー質問する。

 けど、両隣の二人も明るい顔をしている辺り、破壊していいってのは楽なんだろうな。【神鳴】とか建物気にしてたら撃てねえし。

 

「私からもいい? キリバチ」

「なんだあるるらら。お前が質問とは珍しい」

「たとえ効率を無視したとしても──班員に譲れないものがあったら、そっちの手段を取っても良い?」

「……曖昧だな。どうした?」

「ううん。ちょっとお気に入りが増えただけ」

「ふむ。まぁそこは班内で相談しろ。最高効率を取れ、とは言わん。遠征故、出来得る限り損害の少ない形で収めろ」

「りょうかい」

 

 仲いいのかな、って思った。

 というかもしかしたらこのキラキラツインテが最年長まである。見た目9歳くらいの子なのに。俺より年下っぽいのに。

 

「もうないな? よろしい、では作戦を開始しろ。出立時にはルナ・ウィーマーンを引っ張り出して連れていけ」

「あァ忘れてた。そいつァどんな方なんで?」

「S級の魔法少女だ。魔法は【氷壊】。一日の八割を眠りに使うような奴だが、殲滅力は十分だ」

「さいで」

 

 いいなァ、それ許されるの。

 ……いや許されてるワケじゃねェのか。だからこれから引っ張り出されるワケだし。

 

 っつーところで、んじゃ、まァ。

 初めての遠征任務。頑張りましょうかね。

 

えはか彼

 




登場人物
遠征組
名前【魔法】等級
ヴェネット【凍融】SS
ルナ・ウィーマーン【氷壊】S
あるるらら【透過】A
ザイフォン・英【吸呑】A
カネミツ【飛斬】A



その他
名前【魔法】等級
ジュニラ(指揮官)【自爆】S
キリバチ(鬼教官)【痛烈】A
エミリー(暴走繭)【壊糸】S
安藤さん【業焔】S
コーネリアス・ローグン【侵食】B
コーネリアス・リヴィル【劇毒】B


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三、遠征編
8.有鈍戸羽生登内.鈍戸能死.


 遠征組突撃班、というのは、書いて文字通り遠征組の中でも化け物の群れに突撃していく班を指す。他にも調査班や観測班ってのがいて、そういうトコに配属される魔法少女ってな基本固定。何故って知識が物いうから。あと、俺にとっちゃ気分の良くねェ話なんだが、固定メンバーで誰か一人が欠けてもいいよーに訓練積んで、遠征先で()()()()()情報を持ち帰る、みたいなこともしてるんだと。

 死んでも死なねえ、蘇生可能な魔法少女って奴ァ、瞬間移動だの長距離通話だのが無ェこの世界唯一のメール便なワケだ。

 

「あまりサバイバル技術などは使われないのですね……」

「まァ食事は嗜好品だからなァ」

「忍者らしいところをお見せできるかと思ったのですが」

「っつーとなんだ、太腿忍者は遠征初めてなのか?」

「そうです。だからちょっと新鮮です!」

 

 魔法少女は魔法少女になった時点で成長が止まる。

 だからまァ、食事だのなんだのってのは本来必要無い。味覚だのなんだのは生きてるし、美味ェもんを美味いと感じる心は生きてっからパフェだのケーキだのジュースだのを飲むんだがな。んじゃ体内に入ったものがどう排泄されるかっつーのはまァ乙女の秘密だ。おじさんの秘密だ。

 あとはまァ、フリューリ草よろしくポーションの類は普通に飲んだりかけたりするから、胃やら内臓やらが死んでるワケじゃねェのもヒントの一つかね。

 

 よーは遠征において魔力回復以外の休息はいらねェっつー話だ。

 

「本当に魔力少ないんだね」

「すんませんね、こればっかりはお飾りB級の見せ所って奴でさ」

「問題はないさ。今回の任務は【即死】が魔物の湧き地点に有効かどうか、の検証も含まれている。そも、新しく出来た形成地点が人工的なものなのか、自然由来のものなのか、という調査も兼ねてね。故に現地に到着して魔物を掃討し、けれど君が魔力切れでは話にならない。上官殿も全力で補佐しろ、と言っていたように、私達は君の事をお姫様が如く扱わせてもらうよ」

「ヒメサマにしちゃ口が悪いが、ありがたく頼らせてもらわァ」

「……」

 

 全速力ってワケでないにしろ、結構なスピードでの行軍。俺ァいつも通り姫抱きで、だけど抱いてる奴がポニテスリットじゃなくて班長だ。SS級魔法少女。座った状態で宝の塚みてェな容姿と評したが、立ったら立ったですげェ頭身。身長もたけェし、声もかっけェし。年頃の娘なら一発でコロっといっちまいそうな魔法少女だ。

 おじさんもなんか新鮮だよ。今までがそうじゃなかったとは言わないが、本当にオヒメサマみてェに扱われてる。さっきから時たま発生する戦闘にも参加させてもらえねェ。これでいいのかね、なんて思ってると、すぐに班長が「不安にさせてしまったかな?」とか「それでいいんだ。君の任務に戦闘は含まれていないからね」とか……めちゃくちゃ気遣ってくれる。

 

 いんやさ、これ絶対ホの字だわ。

 

 ……さっきから俺にすげー目線向けてきてる、自己紹介してくんなかった二人が。

 

「二時の方向、鳥系の魔物」

「チャージ開始します!」

 

 背中メッシュと太腿忍者はいつも通りだ。目の良い背中メッシュが索敵して、消費魔力少ねェのにすんげェ距離まで届く【光線】を使える太腿忍者がコッチに寄って来そうなのを殺す。なんでもザイフォン・英サンの魔法は【吸呑】つって、指定した地点に化け物を吸い込む、みてェな魔法なんで移動中にはあんま使わねェんだと。

 もう一人のカネミツサンは【飛斬】っつー一応遠隔の括りながら近接に対応できる魔法を使うんだが、さっきから報告も無しに一人で刈り取ってる。そういう役割なンだろうな。

 キラキラツインテは完全な近接だからいいとして、班長も俺運んでるからいいとして。

 

 もう一人。

 

「班長、ありゃ本当に大丈夫なんですかね」

「まあ慣れていないと驚くのは無理のない事だけど、大丈夫。彼女はあれでいてS級だからね」

「いやァ強さの話じゃなくて」

「わかっているさ。ぶつかってしまわないのか、落ちてしまわないのか、という心配だろう?」

 

 そう。

 もう一人の、遅刻どころかミーティングに来なかったヒト。

 名をルナ・ウィーマーン。【氷壊】の使い手にしてS級魔法少女。一日の八割を眠っているとかいうやべー人。俺も結構ねてるけど。

 そして今。

 

「むむむ……忍者としては見習わなければならないスキルです……!」

「寝ながら、正確に木々を踏んでる」

 

 ルナ・ウィーマーンサンは、寝ていた。寝てるんだ。完全に寝てる。

 けど、身体は動いてる。俺達っつか班長達と同じ速度で、森の上を、木々のテッペンをぴょんぴょん飛び跳ねながら移動してる。遠隔魔法少女なのに身体強化して、寝たまま動いて……いやすげェっつかこえーのよ。

 ちなみに飛行魔法は使ってない。亜空間ポケットや身体強化と同じ括り……つまり各魔法少女固有の魔法でなく、余剰魔力オンリーで使えるこれら魔法は、その便利さと引き換えにそれなりの魔力を食う。近接であれば身体強化に回す魔力の効率化も図れるらしいんだけど、彼女は遠隔だ。だから多分、よっぽど魔力が多いって話だろうな。

 ちなみに俺ァ当然の如く魔力の効率化なんて出来ない。【即死】が結構な魔力消費のする魔法である以上出来た方が良いんだろうが、余剰魔力なんざ出ねェんで仕方ないと思う。

 

「よし、みんな! あそこの湖の近くで一旦休憩にしよう。各自魔力回復に努めてくれ!」

「了解」

 

 返事をしたのは背中メッシュだけ。

 太腿忍者は忍者スキルを活かせると思ってか、その湖とやらにぶっ飛んでった。多分返事はしたんだろうが聞こえなかった、の方が正しいか。

 しかし、いるのかね。ヒトの住める環境づくりとか。多分いらねェと思うんだけど。

 

「いつもはこうではないよ、梓」

「あァ、わかってるんで、気にしてねェよ。思春期って奴だろう?」

「ははは、私達魔法少女に思春期とは面白い。けれど、確かにそうかもしれない。私達は──多感な時期で停められた子も多い。それ故、自省しているつもりでも少しばかり漏れてしまう、という事がある。でも、悪い子達ではないんだ。だから」

「保護者は大変だねェ。ま、大丈夫さ。私ァこう見えて結構スレててね。そういうのにも理解がある。っつーか自分で移動できない私が悪ィんだしな、こればっかりは」

「スレてるって……君、数か月前に魔法少女になったばかりじゃなかったかい?」

「それはそォだけど、あァ魔法少女歴ってことかい? そりゃまだ短いがね」

「いや、だから、13歳だろう? ……国の中学校はそんなにも荒れているのかい?」

 

 あー。

 そう捉えるか。いんやさ別に、あそこは普通の中学校だったし、なんなら良い子ばっかだったけど……なんつーかな。なんて言い訳をするか。

 いや言い訳とかいいか、別に。

 

「これァ生来のモンさ。人を見る眼はあるつもりだぜ、班長」

「なるほどね。ちなみにだけど、君の目に私はどう映っているのかな」

「苦労人で仕事人だが、少しばかり仕事中毒な部分が大きいな。部下に休めって言われると休んでるよって返すタイプだ。んで、上官に休み与えられたらどうしていいかわかんなくて部下の悩みとか聞いたり他の魔法少女の相談に乗ったりして、結局休んでないって事になる。裏を返せば何かをしてないと不安になる奴、だな」

「大正解」

「あ、ちょっとあるるらら、勝手なことを言わないでくれ!」

 

 まァ典型的なワーカーホリックだ。いたよ、そういう人。ウチの会社にも。目の下にでっけェ隈作って明らかに体調悪ィのに休まねェの。休んでくださいって言われても「まだ仕事がある」の一点張りで、無理矢理休み作らせても翌日に企画案とかまとめてきやがる。休めっつってんのが聞こえねェのかと思って無理矢理に飲みに誘って話聞けば、何もしてねェと自分が求められてねェみてーで怖いんだそうだ。自分に自信が無ェから、少しでも成果を上げねェと、って強迫観念に襲われちまってる。

 己の実力は関係ない。この班長もアイツも、ちゃんとした成果を残してるし、ちゃんとした実力を持ってる。けどそればっかりは申し訳ないが変えられない、性格だから、とかいって……あァ、懐かしい話だな。

 

 ま、そういう奴に限ってマジでぶっ倒れたとしても慕ってる部下がいる。支えてくれる奴がいるんだよ。気付けてねェだけでな。

 

 ……なんて、俺とおんなじくらいのおじさんの話を班長に当てはめたんだが、キラキラツインテから大正解を貰ったので良しとしよう。経験は豊富だよおじさん。43歳だからね……。決して若くはないけど、御所って程じゃない歳で死んじゃったねおじさんね……。

 

「キラキラツインテと班長は長ェのか?」

「ああ、同期だよ。あるるららの国が亡くなってしまった時からだから、50年程だね」

「そりゃァ長ェや。そっからずっと遠征組で?」

「まさか! 私達もちゃんと君達のような学園生活を送ったよ。そもそもその頃には遠征組というのが無かった……というよりは、そこまで明確に振り分けが為されていなかった、が正しいかな。こうして組織化が図られたのは近年の話なんだ」

「へェ、そりゃ知らなんだ。っつても、キラキラツインテと班長は卒園後もずっと一緒だったワケか。こうして一緒に遠征組になれるくらいには」

「いや、それは」

「ヴェネットが一人じゃ不安だからと私を呼んだんだよ。知らない人ばかりの環境でやっていくには難しいとね」

「ほーォ、そりゃ可愛らしい事で」

「あるるらら、お願いだからあまり私の威厳を損なう事を言わないでくれ……」

「威厳なんて最初から無いと思うよ」

 

 いんやさ、やっぱり少女だねェ。いや男女差別をするつもりはねェんだけどさ。

 かっけェ人だと思ってたけど、可愛らしいとこもある、っつー話な。新しい事始める時に知己がいねェのは男女関係なく不安だろうよ。単純にギャップが可愛らしいっつー……まァ、おじさん心だわな。

 ……女の子に可愛らしいって表現使う時におじさんおじさん言ってるとなんか変態みたいで嫌になってくるなァ。

 

 てな所で、ようやくその湖っつーのが見えてきた。

 いやマジで言われた時見えなかったんだよな。どこの話してんだって思ってたよ。

 

「到着だ。っと……これは、椅子? それにテーブル……」

「はい! 用意しておきました!!」

「凄いな、これは。自然由来のものか。でも君、A級だろう? 亜空間ポケットを使う事は出来るんじゃないのかい?」

「……実はそれを言われると弱いです! なんなら簡易キャンプセットも亜空間ポケット内にありますので!」

「太腿忍者、無理だって。魔法少女の遠征に忍者スキルいらねェって」

「うぅ……」

 

 はりきったんだろうなァってのは伝わる。

 でも亜空間ポケットが便利過ぎていらねェ。これが全員B級以下の魔法少女だってんなら重宝したかもしれねェが、太腿忍者自体がA級だしな……。

 ま、俺ァありがたく座らせてもらうが。いいねェ、ツーリングキャンプとかしてた時代を思い出すよおじさん。

 

「優しいね、君は」

「ン?」

「いや、なんでもない。ちなみにどうかな、魔力は」

「そりゃ勿論、万全さ。なんせ完全に運んでもらったからな、振動もほとんど伝わってこねェ上質な乗り物だったよ」

「梓、ミサキは?」

「ポニテスリットは実ァ結構揺れる」

「今度、言っとく」

「……冗談だからな?」

 

 いやマジで冗談だからな?

 

えはか彼

 

 各自の魔力回復も恙なく終わり、さぁ出立しよう、といったところで、彼女が「チョイといいですかね」なんて言ってきた。

 

「どうしたのかな」

「あァさ、杞憂ならいいんですがね」

 

 そう言って──彼女は、軍用の拳銃を背後の茂みに向ける。

 向けて、発砲した。渇いた音が響く。

 銃弾は茂みを揺らし──何?

 

「各自、散開!」

 

 空へ飛ぶ。身体強化による跳躍ではなく飛行魔法で。

 彼女、梓も勿論連れてきている。日も暮れてきた頃合いだけど、はっきりと見えた。

 

 舌を出して、「やってしまったかな」みたいな顔をしている彼女が。いやはや、本当に顔に出やすい子だ。フェリカさんが可愛い可愛いというのも頷ける。

 

「簡潔に説明をくれるかな、梓」

「なんか、言葉には表し難いんだがよ、殺意みてェなのを感じたんだ。囲まれてるっつーか、狙われてる? まるでウルフが餌を前に唸り声をあげてる、みてェなさ。そんで、一際やばそうなのが背後にいる感じがしたから、撃ってみたらアラまァ。本当にいて無駄な刺激しちまったみてェでやべーって顔してんだわ今」

「うん、それは伝わったよ」

 

 今のはわざと顔に出していたのか。引っかけられたな。

 

「ザイフォン!」

「はい」

 

 遠征が始まってからようやく声を出したザイフォンが、その手に【吸呑】を発生させる。

 遠隔魔法少女の中でも特殊寄りな彼女の魔法は、地面に投下、設置することで効果を発揮する。

 

「投下します」

 

 ザイフォンの【吸呑】が、地面に着弾した瞬間。

 透明な何かが激しい音を立てて、【吸呑】へと吸い込まれ始めたのを観測できた。

 いる。何かがいる。

 

「こいつァ」

「ああ。先日の侵攻時にいた新種のウルフだ。周囲のウルフを透明にする統率者たる一体と、それに従って獲物に傷をつける複数体で構成されている。が、そこまでの跳躍力は無いから、空に逃げてしまえばさほど問題にはならない」

「はン、てーと……背中メッシュ」

「了解……といいたいけど、今回の班長は梓じゃない」

「あァ、そうだったわ。班長、背中メッシュに【神鳴】を使わせても良いかね?」

「構わないけれど、どうして【神鳴】の選択なのか教えてくれるかい?」

「ん……まァ今安全だからいいけど、あんまそういうの効かねェよ。んで、理由か。暗いからだな。光ったら怯むだろ。上手く行けば影も見える。影が見えりゃ数も見える。単純に【神鳴】は威力が高い。理由なんざそのくらいだ」

 

 なるほど。

 キリバチさんやフェリカさんから色々聞いてはいたけれど、随分と瞬時に頭を回す。仲間の魔法の特性を把握しているからこそ、だろうね。私やルナを頼らなかったのは魔法を知らないからでもあるのだろうけど、単純に最も適しているのが【神鳴】であると考え付いたから、でもあるか。

 うん。いいね。

 お飾りのB級なんて言っていたけれど、普通に遠征組に入れても問題はなさそうだ。今回の任務は魔力を使わせるわけにはいかないから無理だけど、他の戦場でなら肩を並べるのも面白そうだね。

 

「チャージ完了」

「ああ、頼む!」

「了解」

 

 シェーリースさん。

 寡黙気味な子だけど、その魔法は結構有名だ。遠くからでも目立つからね。

 彼女の【神鳴】──文字通り、神鳴りし怒槌を落とす魔法。S級の名に恥じぬ殲滅力を誇るその魔法が──落ちる。

 

「見えました! 数は十と一! その他周囲に魔物の影は見えません!」

「急激な周囲の風景変化には追いつけねェっつーことは、光学迷彩の類か。カメレオンだな。なら透明ってワケじゃねェし、身体が透けるってワケでもねェ。となると、森で戦うのは不利だな。もっと開けたトコ……あァいや、班長、どうするね?」

「いや、いいよ。そのまま思考を続けてくれ。私達は突撃班でね、考えるより先に潰す方が得意なんだ」

「あァそうかい」

 

 自分が弱い分、分析力に長けているのだろうね。

 ……けど、少しばかり知識に欠けがある。有利位置に誘い込むのはいい判断だろう。だけどね、こっちにもそれなりの鬱憤というものがある。

 

「──前回、魔力の切れた私達を散々に食い散らかしてくれたお礼だよ」

 

 魔法を発動する。

 十と一。大丈夫、私も見えていたよ。黒い、突然の光に目を焼かれたウルフたちの影。

 それらをしっかりと視認した。【神鳴】によるダメージも入っているのだろう。もう、丸見えだ。

 

 だから──【凍融】を起こす。

 

「……な、ン」

「SS級魔法少女ヴェネット。私の扱う魔法は【凍融】といってね。温度変化なしに対象を凍らせたり融かしたり出来る。どうかな、お姫様。君を守る騎士として、少しは認めてくれたかい?」

「少し所じゃァねェが」

「それは良かった」

 

 折角ブレインが来てくれたんだ。

 今回の遠征は久方ぶりに、何も考えずに暴れられそうで嬉しいよ。

 

 ……けど、少しばかり杞憂もあるかな。

 例の件……あの魔法少女。アレが使役していたウルフ種がこちらにもいた、となると……今回の遠征先は。

 

「あ、あんまり遺骸を見ない方がいいよ。刺激的だからね」

「そうさせてもらわァ。こえーこえー魔法だことで」

「怖くない魔法があるのかい?」

「……そりゃ、ごもっともだ。なんなら私の方がこえーわ」

「はは、そうだね」

 

 怖くない魔法は無い。

 ……といいたいけど、あるるららの魔法とかは、そんなに怖くないかな。使い方が怖いだけで。

 

「それじゃ、改めて出発しよう。みんな、大丈夫かい?」

「問題ない」

「了解です!」

「はい」

 

 お。少なくともザイフォンは心を開いてくれたかな?

 カネミツは……もう少しかかりそうだけど、大丈夫だろう。二人とも、悪い子じゃないからね。

 

 悪いのは──あの魔法少女だけだから。

 次に会ったら、確実に。

 

えはか彼

 

 行軍は徹夜で行われた。

 まァ睡眠とか必要無いしな。魔力回復には役立つらしいんだが、脳を休める必要はないんだと。だからルナ・ウィーマーンサンが眠りこけてんのは趣味だろうな。寝るのが趣味って奴。

 おじさんは寝るのが習慣づいちゃってるからちゃんと寝ないとなんか気持ち悪いんで寝てる。あとサボる時に早く時間すぎねぇかなって眠る。

 

「梓、昨夜の湖でのことだけど」

「ン」

「その、殺意のようなもの、だったか。それを感じたらすぐに報告してくれ。それでちゃんと、昨日コトがあったわけだからね」

「あァさ。ま、外れたらすまんとしか言いようがないんだが」

「何、なにもないならそれでいいのさ。杞憂はするに越したことは無いよ」

「そォかい。なんとも過ごしやすい職場な事で」

 

 時間の無駄だ、とか言わねェでちゃんと対処してくれるってんだ、そんなありがてェ事は無い。

 お飾りB級でも少しァ役に立つと思われたのかね。……魔法や実力じゃなくて勘が、ってーのがなんとも悲しい事実だが。

 

 さて、俺の肉眼でも見えてきた目的地。

 海洋に面した廃墟群。……の、はずなンだが。

 

「題して触腕の森だね」

「群生しているというよりはひしめき合っている、といった方がいいかな」

「正直、気持ち悪い」

「うねうねしてます!」

 

 廃墟なんて見当たらねェ、キラキラツインテの言う通り、そこには白と赤の触腕で溢れたナニカがあった。立ち昇る触腕……互いに絡み合い、押しあい退けあい、ひしめき合ってのうねうねり。触手じゃなくて触腕なのは、ソイツに吸盤がついてるからだ。

 イカかタコか、クラーケンか。とかくそういう類の化け物がいるってワケさ。だが。

 

「本体が見えねェな」

「うん。触腕ばかりが大きくて本体が限りなく小さい種、という事も考えられるけれど」

「んな低い可能性の方より、普通に地中や海中にいるって考えた方が建設的だろうよ」

 

 さァて、どうすっかねコレは。

 とりあえず近くの丘に降り立って、眺める。攻略法っつーワケじゃねェが、どう切り崩したもんかと。

 背中メッシュか太腿忍者か班長か。ブラックホールはあんま意味無さそうだし、カネミツサンの【飛斬】とか適してそうなンだが……どうかね。あ、ザイフォン・英サンに付けたあだ名がブラックホールな。この世界宇宙技術とか天文学とかそんなに進んでないみたいだから良いだろ。

 

「あるるらら、頼んだよ」

「了解」

 

 なんてツラツラ悩んでたら、班長が指示を出していた。

 いや指示っつか。

 突撃命令、っつか。

 

「お、」

「何、無駄死にをさせようというわけではないよ。あるるららは特殊魔法寄りの近接魔法少女なんだ。まぁ見ていて」

「……あァよ」

 

 言い方にちょいと引っかかりを覚えたが、素直に従う。

 キラキラツインテが向かう。触腕の森。その根元に。

 そしてそのまま……()()()()()()

 

「んん?」

「彼女の魔法は【透過】といってね。建造物だろうと魔物だろうと、素通りする事が出来るんだ。件のウルフのように透明になれる、というわけではないのだけどね」

「そいつァ、こえー魔法だな」

「おや、怖いと思うのかい?」

「思うさ。どんな外皮の硬い化け物でも貫けるって事だろ?」

「その通りだよ。参ったな、私の班では最も怖くない魔法だ、なんて嘯いてみたかったのだけど、君は騙せそうにないね」

「ハナから騙そうとしねーでくれると助かるんだが」

 

 昨日の【神鳴】の時といい、ちょくちょく俺を試そうとしてくるの、ヒヤっとするからやめてくんねェかな。なんだろ、見定められてる? アレか、本当にB級に足り得るかどうか、みたいな? これ終わって自然の湧きポ壊せなかったら降級すんのかね俺ァ。いやそれは全く以て問題ないんだが。

 

 ……にしても、ちょいとおかしいな。

 遅い。

 

「あァ班長、【凍融】のチャージはどんくらいかかるんで?」

「10秒もあれば昨日の威力は出せるよ」

「んじゃ今すぐ撃ってくれ。アレに向かって」

「まぁまぁ、あるるららがすぐに帰ってくるから、それを待って」

「んじゃ私が撃たせてもらいますわ」

 

 背負っていたSRを取り出して、ほとんど覗かずに撃つ。

 炸裂弾じゃなく、普通の【即死】が込められた弾。

 それは触腕の一本を、いやさ二本、三本とを貫き、即死させた。

 

 べろん、とめくれる触腕。

 その中心に。

 

「な──あるるらら!?」

「良かった、死んでなかったか。班長、【凍融】は除外設定できるんで?」

「ああ、今すぐあるるらら以外を融かす!」

「いんやさ、凍らせた方がいい。太腿忍者はチャージ開始、背中メッシュは一旦待機だ。チャージもしなくていい」

「了解です!」

「……わかった」

 

 キラキラツインテはベテランもベテランって感じだった。そんな奴がかけていい時間じゃねェし、そもそも本体見つからなかったら単身地中に潜ってくより戻ってくる方を選ぶと思うンだよな。突撃班つったって何も考え無しの集団じゃねェのはわかってる。

 ってことを考えた上で、そうしねェってことは、それができねェってことだ。

 具体的には今──数多の触腕に捕まって、身体を締め付けられている、みてェな感じで。

 

「【凍融】! だが、これでは」

「太腿、キラキラツインテを締め付けてるのだけ【光線】で切ってくれ。斬り終わったら班長、それを融かしてくれていい。他二人はキラキラツインテの救助に走ってくれると助かるんだが、いいか?」

「……いいだろう」

「班長、指示を」

「頼むよ、ザイフォン、カネミツ。今彼女を失うわけにはいかないんだ」

「承知」

 

 意外にも、直で返事してくれたのはブラックホールじゃなくてカネミツサンだった。

 この人もかっけェ声してんなァ。

 

「あァお二人さん。出来るだけ凍ってる触腕は傷つけずに行ってくれ。どうしても無理なら気にしなくていい。こっちで援護はする」

「承知した」

「……」

 

 今はまだ何も反応を起こしていない触腕。【凍融】の効果で凍ってるっつーことなんだろうが……。

 チラっとルナ・ウィーマーンサンを見る。寝てんなァ。大丈夫かありゃ。

 

「班長、新しい触腕が生えてきたらすぐに凍らせてくれ」

「わかった。地面だね」

「いんやさ、廃墟のどっかだ。今しがた私の殺した触腕がいるあたりから、新しいのが生える可能性が高い」

「理由を聞いても?」

「多分だが、本体なんざいねェっつー話だよ。裏付けはキラキラツインテを救出してからだが、アレは触腕のみの化け物だ。だから探しても探しても本体なんざ見つからねェ」

「成程。けれど、それではあるるららが捕まった理由にはならない。どうして彼女は【透過】を解除されてしまったんだと思う?」

「それも多分だが──」

 

 来た。

 ぐじゅるっ、と嫌な水音を立てて──キラキラツインテと、今救出に向かった二人に新たな触腕が殺到する。……も、それは到達せずに凍り付いた。

 流石だ。

 

「大丈夫、監視は怠っていないよ。多分で構わない。君の意見を聞かせてくれ、梓」

「あァさ。恐らくは、どっかに反魔鉱石があるんじゃねェかと思ってる。置き忘れか罠の類かはわからねェが、目の前に来なけりゃわからねェくらい小せェ反魔鉱石があの触腕の中にあンだよ。キラキラツインテはそれにぶつかっちまって、捕まった」

「そう思う理由は?」

「キラキラツインテが捕まる理由がそれしか考えられないってのと、私が良く使う手段だからだ」

 

 湿地帯でやった時みたいに、【即死】の銃弾ばら蒔いてな。

 地中潜る系や水ン中泳ぐ系の化け物には効果覿面なんだ。小さくて見えねえから。

 

「融かすのではなく、凍らせたのは何故かな」

「増えそうだな、と思ったからさ。私が撃ったのは仕方ねェにしても、アレ全部殺してアレ全部が倍々になったら厄介だ。キラキラツインテが押しつぶされちまう」

「……ここまで、全部"多分"や"思った"、だね。君はそれだけで──真実を見抜いたわけだ」

「なにもないならそれでいい。なにかあったらじゃ遅い。違うか、班長」

「その通りだ。私も少し気が抜けていたらしい。カッコつけようとしすぎたね」

「あァよ、そういうのはエデンでやってくれ。ここは生死別たれる戦場、って奴なんだろ?」

 

 ま、死んでも構わねェっつー理念の魔法少女なら、そんな気の引き締めはしてくれねェかもしれねぇが。

 ……いや、んなこたないか。みんな真剣にやってる。今は情報を、国じゃ国民を守るために必死で戦ってんだ。なぁなぁの奴がいるかよ。

 

「ヴェネットさん! あるるららさんの救助成功したみたいです!」

「っとに目がいいな太腿忍者! よォし、救出組がこっちに来るまで全力で援護だ! こうなりゃどんだけ壊しても良い! 殺しても良い!」

「私はまだ凍結でいくよ。三人に追い縋る触腕を止める」

「あァよ。背中メッシュ、太腿忍者、あとねぼすけ! チャージ開始しとけ! こっからはちゃんと殲滅任務だ!」

「了解」

「チャージ完了してます!」

 

 お飾りB級が場ァ仕切っちゃってすまねェが、人命最優先が求められる現場ってんなら俺もフルスロットルで行かせてもらう。

 通常弾薬も、あれだけの密集地帯なら炸裂弾も使えそうだしな。

 

「ふぁあ……ん。んー。ね、そこの子。ねぼすけ、って、わたしの事?」

「なんだ聞こえてたのか。起き抜けで悪いが最大火力チャージしてくれ。アレ、ぶっ壊すからよ」

「りょーかーい」

 

 圧。

 ──を、感じる程の魔力が集中していくのを感じる。オイオイ、他人の集める魔力を感じ取れるって、相当だぞ。

 

「最大火力は不味い指示だったかもしれないね、梓」

「あー範囲どんくらいで?」

「大丈夫、三人が巻き込まれないよう私が攻撃の合図をするよ」

「んじゃそればっかりは頼まァ」

 

 S級ってまさか……内申点低いから、とかじゃないよな。

 ねぼすけ、ルナ・ウィーマーン。その魔力は、明らかに──。

 

「やれ、ルナ!」

「りょーかーい!」

 

 心なしか張り切った声で。

 ソレは。

 その魔力は。

 

 ──視界一面を、氷山に変えてしまったのだった。

 

えはか彼

 

 

 

 

 

 



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9.鼻腔図湯阿週根巣伊豆湯上止連虞須.

 正直自分でも引いてる部分がある。

 勘が当たりすぎる。班長にはカッコつけたが、どうにもおかしい。なんつーのかな、俺だったらそーする、を的確にやられてる感じ?

 

 キラキラツインテを無事救助した二人と、目標地点を完全な氷山にしちまったねぼすけ。多分反魔鉱石があるからこの氷山はすぐ崩れると思うんだけど、そっからどうするかって話だよな。

 

「こわしていーい?」

「ああ」

 

 ん。

 ねぼすけの問いは──うわ、そういう魔法なのか。

 班長の返事の直後、視界いっぱいの氷山は砕け散り、キラキラと綺麗な氷片を降らせながら、そこを更地にした。更地だ。廃墟群も触腕の森も、周囲の木々も──全てが凍り、砕け散った。

 文字通り【氷壊】。凍らせて壊すまでが一つなのね。そしてゴリっと減ったねぼすけの魔力。ひねもす寝てんのはやっぱ膨大な魔力使うからか?

 

「梓、次はどうなると思う?」

「……普通に考えたら再度触腕が湧く。が」

 

 そもそも、化け物としてどーなんだ、って感じはあるよな。触腕オンリーって。

 キラキラツインテを捕えたまではいいが、あれじゃ殺すだけだ。食えねェから糧にならねェ。化け物だって生物だ、食えなきゃ死ぬ。ふつーに餓死する。食うモンが人間と違うって点はあれど、そこは同じだ。触腕だけじゃ移動もままならねェはずだし、実際あそこまで密集してたあたりアイツラもどうしようもなくて困ってた、って感じなんだろう。

 つってーと、アレはやっぱり人工的な湧きポと考えるのが普通だよな。まるで海中や地中にタコだのイカだののがいる、って見せかけるための。わざわざ反魔鉱石が置いてあったのも、置き忘れなんて言葉を口にァしたが、罠の線が高いと思ってる。

 

 嫌だねェ。

 敵が人間……あるいは魔法少女の可能性もあるってワケだ。

 

「キラキラツインテは意識失ったままかい?」

「ああ、どうやら強く頭部を打たれたらしい。気付けのポーションはあるから、出来るだけ早く起こすけれど」

「ま、相手さんとしても情報取られたまんまなワケだ。このまま何もしてこねェわけがねェ」

「相手さん?」

「ん……まァ、比喩だよ。これも多分の奴だ」

 

 キラキラツインテに内部事情を聞きたい所だが、まァ無理にってわけでもない。こっちには遠隔がわんさかいるんだ、何か起きたらすぐ魔法を撃ち込んで──。

 

「って、考えてるワケだ」

「何を」

「とすると」

 

 前回のコトを考えてみる。

 狼の湧きポを小学校の運動場につくる、なんてのがもし化け物じゃなく魔法少女の考えだったとした場合、ソイツァかなり安直な考えをしてる。人間を殺すには何がいいか。肉食で素早くて、群れで行動する生き物! ってな具合にな。獅子だの虎だのは群れねェから、軍に倒される可能性もあった。銃が当たらねェくらい小さくて速くて、且つ殺傷能力のたけェ狼を選んだ……とすると。

 あそこに触腕置いて、あんだけ目立たせて、中探らせて捕える罠──までが囮。遠隔魔法少女をアッチに向けさせて、監視させて、となれば狙うのがどこか、なんつーのは。

 

「背中メッシュ、チャージ頼む。太腿忍者、あの触腕の森と私達を結んだ後方直線状に【光線】だ」

「了解です!」

「わかった」

「ねぼすけも今度は小規模で良い、チャージを頼む。班長は引き続き湧きポの監視、ブラックホールと尖り前髪はキラキラツインテの護衛」

「はーい」

「梓、出来ればどうしてそう思ったのかまで教えて欲しいのだけど……ああ、監視は続行するとも。簡潔で良いから、頼む」

「……指示は了解したが、呼称の変更を要請する」

「もしやブラックホールというのは私か?」

 

 いいだろ尖ってんだから前髪。Mの字って奴? サムライガールと迷ったんだが、そもそも魔法少女ガールしかいねェから他に刀使うヤツ現れたら被るなって思ったんだよ。

 

「チャージ完了しました。撃ちます!」

「頼む」

 

 太腿忍者の指先から、一条の【光線】が放たれる。

 何も無い丘陵──なだらかな丘の広がる、一見平和そうな場所。

 

 そこに、【光線】がぶち当たる。

 

「! 何かいます!」

「背中メッシュ!」

「ん──最大チャージじゃないけど、撃つ」

「おう!」

 

 太腿忍者の【光線】が途絶えた先。ありゃ凄まじい距離まで届く魔法だ。だから、あんな手前で途切れるなんてありえない。あり得ないし──景色、いや空間? わからんが、なんかが歪んでるのは見える。

 だからそこに、背中メッシュの【神鳴】を落としてもらった。

 

「直撃した、けど」

「依然姿は見えずです!」

「ねぼすけ、いけるか?」

「あーい」

 

 そこに何かがいて、結構でかい、ってのがわかりゃァいい。

 班長の魔法は鬼教官の【痛烈】と同じく対象が見えなきゃ発動できねェみたいだからな、何も見えねェもんに対してはねぼすけの方が向いてる。

 俺は俺で、SRを構えてる。スコープは覗いてない。覗いてたら多分【神鳴】で目ェ焼かれてるしこれからできる氷の反射でも目ェ焼かれる。

 

「新しいのが湧いた! 凍らせるよ!」

「頼んだ。ねぼすけ、どうだ?」

「んー、ま、いっか。えいや~」

 

 一瞬発動を躊躇う素振りを見せたねぼすけだったが、何かに妥協したのだろう、【氷壊】を発動してくれた。

 

 そして形成されるは──これまたでけェ氷山。小規模でいいっつったんだがな。

 これでも、なのか。

 

「ッ、中に何かいるぞ!」

「あァよ、わかってる。尖り前髪とブラックホールはキラキラツインテ引っ張ってそっちの稜線切れ。班長もソッチだ。多分、そろそろ湧きが激化する。対処できなくなったら言ってくれ」

「大丈夫、まだ魔力は十二分さ」

「そりゃァ良かった。背中メッシュと太腿忍者はこの氷山見といてくれ。あー、ねぼすけ。これ、壊さないでおけるのか?」

「いーけどー、ねむくなるー」

「維持は魔力食うのか。半分切ったら砕いてくれていい。それまで維持で頼む」

「りょーかーい」

 

 ここでようやく2-4倍の登場だ。尖り前髪の言っていた中にいるナニカ──ソイツを見る。

 ……眩しいな。朝日め。

 

「あ、やばいかもー」

「どうしたねぼすけ」

「うちがわから、けずられてるー」

「んじゃ即砕いてくれ!」

「あーい」

 

 完全に凍った身でも動けるってか。化け物め、どんな生物だそりゃァ。

 ……いや、熱系の魔法少女が溶かしたって可能性もあるな。化け物従える、湧きポ作る、だけじゃなく、そういう魔法も使えんのか? ずるくね? 一人一個までだぞ魔法って。

 

 氷山に罅が入る。さっき見た、砕ける光景──とは、ちょっと違う!

 

「全員下がれッ!」

「!」

 

 稜線に上げていた三人に指示を出して──俺は、【即死】を発動。ねぼすけもねぼすけだがS級らしく、その即座の指示に対応してくれた。

 対応できなかったのはただ一人。

 

 まァ俺なんだが。自分で指示しといてなんだけど、そんな早く動くとかおじさん無理よ。

 

「う──ぐ、ぅ」

「梓!?」

 

 まァ無理だった。無理だってわかったから【即死】使ったんだ。

 100%避けれねェ攻撃ってことは、100%【即死】が入る攻撃でもある。

 

 っかァ、いったいね。腹ァ思い切りぶん殴られた。俺の身体に触れた瞬間死んだからいいものを、そのままだったら地平の彼方までぶっ飛ばされてたんじゃないか?

 ……つか、やべー。何がって、魔力消費が。

 クソでけェもん【即死】させちまったらしい。【即死】を防御に使うって手段は前々から考えちゃいたが、相手のデカさわかってねェ状態でやるのはこういうデメリットがあんのな……。

 

「で、っけぇ、透明なタコ、だ! 陸上移動……頭に誰か乗ってた!」

「透明……まさか、あのウルフが近くにいるのか!?」

「可能性はある、っぷ、あー、クソ。久しぶりに腹なんざ殴られたな……まァ、タコは殺したからよ、一旦空中に逃げて」

「梓さん!? どこに──まさか、もう噛みつかれて!?」

「ウルフ種は、まずい」

「みんな空中へ!」

 

 ……あ?

 なんだ、声が聞こえてねェ。すぐ近くにいるのに、みんな──飛んでいっちまった。

 これァ、必死で呼びかけるってのは愚策、だな?

 

「く……梓を失ったのなら、どちらにせよ任務は失敗だ。相手が魔法少女、という可能性もある。一旦帰投する選択肢も有りだろう」

「まだ、梓は生きているかも」

「……可能性は低いだろう。生きていたとしても致命傷を負っている可能性が高い。あの新種のウルフは、そういう攻撃をしてくる」

「どーするー? しぬー?」

 

 ──待て。

 え、どういう事だ。遠征組ってな、情報持ち帰る場合はちゃんと生きて戻ってくるんじゃなかったのか?

 待てよ。何してんだ班長。

 

「それが最善だろうね。ここから全速力でエデンに帰るより、死んで還った方が早い」

「了解です!」

「仕方が、ない」

「……異論はない」

「おっけー」

 

 何言ってんだみんな。

 おい。待て。何してんだ。

 背中メッシュも太腿忍者も……なんで、そんな軽く。

 

「大丈夫、頭から融かすよ。痛みはほとんどない」

「班長は、どうする?」

「私は適当に溺れるか首を斬るさ」

「ならこれを使ってください! 私の家系で自決用に使われてきた苦無です! 持ち手の方向に刃が反っているので、思い切りやれば苦しみなく死ねます!」

「ありがとう、助かるよ」

 

 待て。おい。

 何やってんだよ。なんでそんな。

 

「再度の作戦立案はあちらに帰ってから念入りにする。梓の蘇生も待たなければならないしね」

「それでは」

「ああ──【凍融】」

 

 融ける。みんなが──どろりと、融ける。一瞬で。

 なんでだよ。

 なんでそんな──まるで、便利なツールみたいに。

 

 死を、扱うんだ。

 

 

えはか彼

 

 

 見殺しにした。

 ……そうさ。俺ァ、我が身可愛さに見殺しにしたんだ。みんなを。

 どうせ聞こえねェのはわかってたし、叫べば叫ぶ程──敵に俺の位置を知らせる事になるってわかってたから、呼びかけなかった。

 俺一人が生きるために。死なないために。

 みんなが死ぬのを、見ていた。

 

「……」

 

 なんて悔恨は後だ。

 今はこの状況をどう乗り切るかっつーのが先だ。

 

 多分だけど、俺は今透明にされてる。

 あんだけでけェタコが後ろにいたってのに、足音の一つ聞こえなかった。草むら掻き分ける音さえなかった。ってことは、透明にするだけじゃなく、完全に気配っつーのを消す魔法だ。【隠蔽】とかそんな辺りだろう。D級もイイトコな魔法だが、暗殺には持って来いだ。

 あの時、途中まで俺の声は聞こえていた。けど途中から聞こえなくなった。ってことは、ホントに近くに敵がいて──俺が中心になってるって気付いた、とかそんな辺りだろう。ずっと叫んで指示してたからな、指揮官潰せば陣は瓦解するってな、猿でもわかる。いや猿はわかんねェか。まァいい。

 

 しかし、厄介な魔法だな。

 そういう魔法だって知らなきゃ一瞬で持ってかれたって考えんのも当然だ。確か一体の統率者たるウルフが他のウルフを透明にしている、みてェな話だったが、どォだろうな。湧きポの作成、化け物の統率、透明化。

 俺にァ全部魔法少女の魔法にしか思えねェ。あるいは魔法を使う化け物って線もあるが……。

 

「……」

 

 息を潜める。

 俺にかけられた仮称【隠蔽】がいつ切れるかわかんねェ以上、敵に俺の位置を気取らせないに越したことは無い。こんな森の中くんだりで【隠蔽】されてねェ狼をわんさか放ってるくらいだ、俺が死んでない事も知られてる。

 殺す気はないのか? それとも何かを待っている?

 どちらにせよ、自分の意思で魔法の解除が出来ねェのは未熟の証拠だ。そォいうのはちゃんと学園で教えるからな。学園に通ってねェ魔法少女と見た。はン、不勉強な己を呪え。

 

 ……いやまァ、俺が圧倒的に不利ってのもなんにも変わんねェんだけどさ。

 

 魔煙草は吸ってない。ありゃ匂いが多少出る。それまで【隠蔽】してくれんのかわからねェから吸うのが怖い。フリューリ草はちょいと食ったんで、狼一匹を【即死】させるだけの魔力は有る。

 あるいは、安藤さんに教えてもらった赤い花を見つけられりゃ御の字って所か。

 

 魔法少女の蘇生にかかる時間は約15分~30分。個人差があるのがまずおかしィんだが、まァそんくらいかかる。だからみんな蘇生はもう終わってるはずだ。んで、俺が死んでないって事にも気付いてるはず。だから俺ァここで、昨日の行軍と同じくらいの時間を待てばいいはずだ。援軍が来てくれる、と。そう信じてる。

 

 ……怖いのは、結局あの班長達も魔法少女の理念に基づいて行動してる、って事だな。

 つまり、何故死なねェのかと。俺が死なないのは何か理由があるんじゃないかと、変に勘繰ってる場合がちょいとやべェ。班長達目線、俺は敵に捕まってるか、そもそも帰る気がないのかの二択くらいになる。生き返るんだ、死んでも損は無いって奴だ。当然の様に俺もそうだと思ってる可能性は十二分にある。

 前者なら、ちゃんと作戦を練って、大量の戦力引き連れて来てくれるだろう。俺の奪還を目指してくれる、と信じたい。俺ァ一応今重要人物で、湧きポを唯一壊せる魔法少女だからな。ちゃんと救出してくれると願ってる。

 後者は考えたくもねェ。純朴で善人の多い魔法少女達だ、そんな裏切りみてェな事は考えないと思いたい。

 

 ……一番キツいのは、どっちでもねェ──話聞いた金髪お嬢様やポニテスリット辺りが命令無視して助けに来る、ってパターンだな。俺個人としてァ嬉しい限りだが、完璧な軍法会議モンだ。二人の降級も有り得る。

 俺のために、っつってな。一番クるんだ、それが。

 

 といっても、後ろ二つを避けるには、俺がここを無傷で抜け出して、エデンまで走って帰る必要があるってのがまたネック。

 行軍の速度は凄まじいの一言だった。それでたった一日の徹夜で辿り着けた場所だ。その距離を俺が走ったらどうなるか、っつー。道中には普通に化け物もいるし、魔力も万全じゃない。RPGよろしく補給できる村でもあったらよかったんだがな、村どころか国まで全部滅んでると来た。

 

 万事休す、ってヤツ?

 

「ああもう! どこにいんのよ!! こんだけ探していないって何!? かくれんぼ名人!?」

 

 ……驚いて声出さなくてホント良かった。

 結構な距離だ。結構な──至近距離から、その苛立ちの声は聞こえた。キンキンする声。大分幼いな。同い年か、それよりも少し下か。

 スコープで覗くまでもない。そこに、ソイツはいた。

 

 黒い髪の……短髪の少女。ハロウィンで仮装する魔女、みたいな恰好で、これまたコスプレ魔女みてェな星付きのステッキを持ってる。

 

 その周囲には──いるわいるわの狼の群れ。

 森にいる種と同じだ。つまるところ、アイツは敵で──恐らくは、首魁。

 

 化け物共を操って俺達を攻撃してきた奴。仮称【隠蔽】の使い手。あるいは湧きポの作成者。もしくは化け物を操る魔法の所有者。

 ……もし全部だったらやべェが、まァ多分どれか一つだろォな。

 

「あー! そろそろお風呂入りたい! この辺潮風うっとおしいから嫌ーい!」

 

 そいつァ同感だ。ベタベタして敵わねェ。こういうとこ、車停めといたらフロントガラス真白になるんだろォな。

 

「もうやめちゃおっかな、面倒だし。あんなの一匹逃がしたってどっかで野垂れ死ぬでしょ。ちょー弱そうだったし!」

 

 正解だ。俺ァ超弱いぜ。

 死ぬほど弱い。お飾りB級だ、本来C級のおじさん舐めんな。

 

「……ちぇ。撃ってこないか。こんだけ騒げば狙ってくると思ったんだけどなー」

 

 おォさ。それ狙ってると思ってた。そもそも声の聞こえてくる場所が違ェ。ありゃ人形か分身か、また別の魔法だろう。魔法のバーゲンセールかよ。ずりィな、ほんと。

 

 でも──見えてるぜ。

 アンタの頭。隠れてる本体がどこにいるのかもばっちりと見えてる。

 

「【即死】、絶対使いやすいと思うのになぁ」

 

 引き金に指をかける。

 通常弾。【即死】が込められた弾丸。ソレを──ヒトに向ける。

 

「もーいーよ、みんな。帰ろっか。あ、あっちのバチバチ石誰か回収しといて~」

 

 撃てる。

 今なら撃てる。別に頭じゃなくてもいい。身体に当たれば【即死】は発動する。時間足んなくて安藤さんに貰った弾全部に【即死】を込められたワケじゃないが、それなりのストックはある。外しても、四発はリロードできる。

 撃てる。撃てるんだ。

 

 今なら殺せる。指揮官をやれば陣は瓦解するってな、犬でもわかる話だ。狼か。

 

 だからやれよ。

 撃てよ。

 

 殺せよ──アイツを、殺せ。

 

「ッ……!」

「てっしゅうてっしゅー! あ、乗せてって~」

 

 撃てるんだ。

 愛用のスコープに、完全に収まってる。

 魔法少女だ、死んでも蘇るって原理は同じだろう。だからここで──俺の安全のために、一旦殺すだけ。出来るだろう。今までだって化け物は何匹も殺してきただろう。仲間だって──殺しただろう。さっきも見殺しにした。散々殺してきたんだ。

 アイツは明確な敵。わかってる。そんなこたわかってんだよ。

 

 ──帰ろうとしてんのが嘘だって事さえわかってんだ。そういう作戦で、俺を安心させようって魂胆だって。

 

 だから撃て。唯一勝ってる情報……俺がアイツの位置を知ってるって事を活かすために。

 

 撃て!

 

 

「はぁ。今日から君のあだ名、かくれんぼ名人ね」

 

 

 その声は。

 ()()()()()()()()

 

えはか彼

 



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10.糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途.

「何事ですの?」

「指令塔が何やら慌ただしい。遠征組に何かあったのかもしれない」

 

 国家防衛機構・浮遊母艦EDENには、五つの監視塔が存在する。

 その中の一つ、指令塔。学園塔の隣にあるソレに、慌ただしく人が出入りしていくのが散見できた。

 

「……何があったら、こんなに慌ただしくなると思いますの?」

「わからん。調査先で何か進展があったか……だとすれば、誰か死んで、情報を持ち帰ってきたという可能性はあるな」

「それが指令室をこうさせる要因、と?」

「余程の緊急事態、だろう。すぐにでも多数の魔法少女を動かさなければならないような」

 

 たとえば、前回のように魔物が徒党を組んでこちらに向かってきている、とか。

 たとえば、国に対して何か攻撃が行われている、とか。

 

 遠征組が持ち帰った情報が何かはわからない以上はなんとも言えないが、非常事態であるのは間違いない。

 となれば、SS級には招集がかかるだろう。

 

「フェリカ」

「ええ、ちょっと行ってきますの」

「いや、私も行く。死んで還ってきたのが梓という可能性もある。正直に言って、一番弱いからな。だが……」

「そういえば梓さんは、まだ死んでないと言っていましたわ!」

「そうだ。初めての死と蘇生なら、動揺も激しいかもしれない。フェリカ、お前は指令塔に。私は中央塔へ」

「私も中央塔へ行きますの!!!」

「……そうだな。二人で梓を慰めに行こう」

 

 中央塔。監視塔に囲まれる、エデンの中心部。

 そこに魔法少女たちが蘇生される部屋がある。

 

 私達はそこへ向かって。

 塔を出た時には、走り出していた。

 

えはか彼

 

 結論から言えば、撃たなくて正解だった。

 撃てなかった。撃てなかったんだ。ホントは。敵だってわかってたし、蘇るって知ってたのに、撃てなかった。撃たなくて良かったけれど、撃てなかったのは事実なんだ。

 

 そしてまだ、その脅威は去っていない。心臓はバクバク言ってる。悔恨に浸る暇なんか与えてくれない。アイツはまだ、この森にいる。

 

「みんな、絶対見つけてね。それがゆくゆくは、私達のためになるんだから」

 

 冷静な声だ。さっきまでのうるせェのとは違う。キンキンさせてたのもブラフか。

 さっきまで俺が狙ってたのも、最初からデコイになってる方も未だ健在。やっぱりこれも魔法か。

 

 どうなってるんだ、っつー疑問はまァ、自己解決している。

 さっき言ってた。【即死】は役に立つ、って。

 

 ……つまりまァ、奪えるとかその辺だろ。【簒奪】とか。魔法少女の魔法を奪えるんだ。で、その方法は殺しではなく何かしらの準備が必要。殺して奪えるんだったらこんな面倒なことはしない。生け捕りにしてその魔法を俺に使って、【即死】を奪い取るつもりってのはわかった。

 多分、【隠蔽】も【統率】あるいは【洗脳】も湧きポ作成も、どっかの魔法少女から奪った魔法かね。……いや、となると湧きポ作成ができた魔法少女がいたってことになるが……。ソイツからも奪ったのか? 明らかに人類の敵っぽい魔法な辺り、コイツと仲間だのなんだのの可能性の方が高そうだが。

 いや待てよ、化け物統率してるのが本来の魔法なら、それは魔法少女にも及ぶって可能性もあるな。それで【隠蔽】や湧きポ作成の出来る魔法少女を操ってて、【即死】の使い手である俺も操ろうとしてる、ってことなら理解できる。それなら殺さねェのも納得だ。殺したらエデンに還っちまうから。

 

 ……全部不確定だ。情報が少なすぎるのもそうだが、敵の全容が一切掴めねェ。個人なのか組織なのかすらもあやふやだ。ワンチャンこの魔法少女が狼に操られてるって可能性もある。……無いか。

 

「ね、かくれんぼ名人さん。別に痛い事をするってわけじゃないんだ。むしろとーっても気持ちいいコト。だから、そろそろ出てきてほしいな。じゃないと──この森焼き払っちゃうかもよ?」

 

 はっはっは、そういうセリフを言うにァ、ちょいと年齢が足りな過ぎるな。

 もっとバインバインの姉ちゃんなら……ってェ、何考えてんだ俺ァ。歳考えろよおっさん。つか場を弁えろ。

 

「言っておくけど、脅しじゃないからね。そういう魔法がこっちにはある。貴女みたいな弱い魔法少女は、すぐに焼け死んじゃうかも。あ、でも大丈夫。死なないギリギリで助けてあげる。でも、限界まで苦しめる。炎で息が吸えなくて、肺を焼かれて痛くてつらくて……ね? 怖いでしょ。今ならそれナシで、きもちーことだけで済むの。どう? 魅力的じゃない?」

 

 魅力的だ。魅力的過ぎて反吐が出る。

 みんながいなくなってからそろそろ三時間くらいか。っとに根気のある魔法少女だことで。三時間探し回っていなかったら帰るだろふつー。身体が疲労しないつったって脳は多少疲れんだから。

 

「ん、わかった。丸焼きがいいんだね。じゃ──精々苦しんで」

 

 熱。

 端っこから燃やしていく、とかじゃない。

 森を囲うようにして炎が走っていく。まさかとは思うが──これが範囲、じゃ、ねェよな?

 

「【皇爛】」

 

 瞬間、全てが炎に包まれた。

 

 

 

 ……視界いっぱいが。

 

 いんやさ、ソレが範囲ですよ、ってわかったら、その外に逃げるのは普通だよな。

 まだ俺の【隠蔽】は切れていないようで、狼共も魔法少女もこっちに目線を向けて無い。んじゃあ一目散に逃げる──。

 

「ってのは無理そうだなァおい!」

「やっと見つけた。そこにいたのね」

 

 あァさ、俺が使った方法だ!

 あんときは背中メッシュの【神鳴】だったが──この、俺にかけられた魔法は急激な周囲風景の変化にァ対応出来ねェ。光学迷彩の類だ。だから、こんな突然真隣に炎の柱が現れたら、影が出来る。

 まだ魔法は解かれてねェのかつい出しちまった声は聞こえてねェようだが、完全に位置がバレた。

 

「みんな!」

 

 その、声と同時。

 おうおう、集まってくるわ狼の群れ。それだけじゃねェな、他の種類の化け物もいる。透明じゃねェのが救いか? いんやさ、俺にかけられたくらいだ、遠隔での透明化も可能と見て間違いない。となると、相手が突然消えるかもしれねェのか。

 そいつァやべーな。

 

「行って!」

「安藤さんに感謝ァ、つってな!」

 

 だが、纏まってくるってんならこっちにも勝機がある。前方ではなく後方の狼の群れに対し、炸裂弾を発射。拳銃だ。もうSRは背負ってる。

 それは物の見事に着弾した狼と周囲の狼六匹くらいを【即死】させ、穴を作った。

 まだだ。右に左にと、ガンガン撃ち続ける。

 

「ッ、逃げた方に集中!」

「まだ見えねェのは愚策も愚策だなオイ。隙だらけだぜアンタの周り」

 

 撃つ。炸裂弾じゃねェ方の弾込めた拳銃で、魔法少女の……足元を。

 

「なんだ、ただ逃げるだけじゃなかったのね。それなら──私と遊びましょうか、かくれんぼ名人さん?」

「だァから、そういうのはもちっと歳食ってから言えっつーの」

 

 相手が挑発してきてる内に、狼の輪を抜ける。その際、進行方向に近い狼を撃って【即死】させる。範囲はきっちり5mだ。流石安藤さん、腕がいい。

 これで、相手は俺が反対方向に逃げたって思う──あぶねっ!?

 

「……避けられた? 完全に当たったと思ったのだけど」

「馬鹿が、一番危ねー奴から目ェ離すわけねェだろ。つかそんだけ魔法持っててまだ隠し玉あるとは驚きだよ。どんだけ持ってんだい?」

「……やっぱり銃って嫌い。狙って撃たないと当たらないとか、武器として欠陥にも程があるわ」

「狙わねェで当たる魔法がおかしいんだよ」

 

 聞こえてねェからこれ幸いと声を出しちゃいるが、いつ【隠蔽】が解けるかわからん以上止めといた方がいいのかもしれん。わからん。単純にそろそろストレスだったんで愚痴を吐いてたんだが。

 だが、これでわかったことは一つ。

 コイツマジで俺と考える事一緒だ。俺が安直に考えた作戦は全部見抜かれてるって思った方がいい。

 が、おじさんは銃好きだぜ。遠くまで飛ぶからな!

 

「ん-、適当にもう一回【皇爛】いっとこうかな」

 

 狼の群れに炸裂弾を当てる。あんだけの規模の魔法だ、チャージに時間はかかるし、魔力消費も馬鹿にはなんねェはず。問題はコイツが撃ってるかどうかわかんねェって点か。魔法名言うのを合図にしてるだけで、他の魔法少女がいる可能性もある。

 となると、もうチャージは終わってるかもな。適当にもう一回、ってのは嘘じゃなさそうだ。

 

 ならまァ、逃げるか。

 

「【皇爛】──あっ、そこ! みんな追いかけて──海の方よ!」

 

 こっから先は下り坂。多少の擦り傷は構わねェんで、逃げる。

 相手が火なら弱点は水だろ、つってな。こんだけ海が近いんだ、わざわざ丘上だの森だので戦うかよ。

 

「と見せかけて、こっちだったり?」

「イッ!?」

「あ、今のは掠めたんじゃない?」

 

 相手の魔法に合わせて狼の死体ぶん投げて囮にする作戦失敗。銃弾が頬を掠めたよ。あァ痛ェ。

 

「でも、いいの? そっちは──私達のホームだけど」

「はン、だからだよ!」

 

 逃げる。いんやさ、向かう。

 向かう先は──触腕の森。既に再湧きして、これまたウネウネグニャグニャと気持ちわりーことこの上ないそこに、突っ走っていく。

 

 追い縋る狼の群れには炸裂弾を、適当に乱射してくる銃はもうどうしようもないんで射線切りながらお祈りして、向かう。

 いやマージで。

 諦めてくんねェかな、ホントに。

 

 俺は諦めないんだけどさァ。

 

「どこまで逃げても、私は諦めないよー?」

 

 ……つくづく気の合うこって。

 

えはか彼

 

 炸裂しない方の通常弾を撃ちまくる。

 ウネウネと気持ち悪い触腕に。死んでも死んでも湧いてくるコレに、知らねェ知らねェと撃ちまくる。撃ちまくって、歩く。

 背後からの銃声は止んだ。狼の唸り声も聞こえない。触腕も無尽蔵に湧いては来るが、俺を捉えることは出来ていない。

 

 壁だ。

 高隈で立ち昇る赤と白の触腕。肉厚でひしめきあってるコレなら、狼も入って来れやしねェと踏んだ。単なる銃弾も通らねェとな。

 そいつァ正解だったらしい。俺の考えている事がわかったとしても、わかったからっつってどうしようもないモンに囲まれちまえば関係ない。アイツと俺の違いは、【即死】ってピーキーな魔法の有無だ。考えが一緒である以上、ああやって先手を取られ続ければ一生後手に回る。昨夜から今朝方みてェに俺が先手取ってりゃ完全に封じ込める。

 だから、一旦のリセットが必要だった。

 そのためにここへ来た。

 

 そして。

 

「お、合った。これか」

 

 触腕の森の中心。

 そこでようやく見つけるのは、真っ白な鉱石。

 反魔鉱石だ。

 

「……よし」

 

 覚悟を決める。

 この触腕のどこに獲物を感知する器官があるのかはしらねェが──まァ、キラキラツインテが捕まってた以上、あるにはあるんだろう。

 その上で。

 

 その上で──触れる。

 

 反魔鉱石に。

 

「──止まれ!」

 

 止まる。

 何がって、俺に殺到してた触腕の全てが。もう、今まさに俺を押し潰さんとしていた全てが、ピタリと止まる。

 俺にかかっていた魔法が解けたのだ。仮称【隠蔽】が。反魔鉱石は、魔法を打ち消す力を持っている。

 

「もしかして、馬鹿なの? かくれんぼ名人ちゃん。死ぬ気としか思えない……今私が止めなかった、貴女は死んでいたのよ?

「私が死んだら困るのはそっちだろゥ? 【即死】はなんとしてでも手に入れてェもんな。死んだらまた囲いの面倒臭ェエデンに還っちまう。だから止めたんだ。コイツラが私を殺すに足ると理解しているから」

「……かくれんぼ名人ちゃん、とっても粗暴な話し方なのね。さっき見た時は私と同じくらいだと思ったのだけど」

「アンタは見た目が語彙に追いついてねェな。きもちーことだァ? そういうのは大人になってから言えよ、ちびっこ」

「野蛮ね。嫌になるわ。私、もっと文明のある人と喋りたいのに」

「自ら魔法の解除も出来ねェ奴連れてきといて文明人気取りかよ。学園じゃ初歩の初歩として習うぜ、知らねェのか?」

「あだ名、かくれんぼ名人から野蛮人に変えてあげる。ね、野蛮人ちゃん。取引をしましょう。文明が無くても物々交換くらいはわかるでしょう?」

「あァそいつァ残念だちびっこ。俺からやれるもんは死くらいでよ、ソイツを交換しちまったらアンタが死んじまう。それで良けりゃ今すぐにでもプレゼントするぜ」

「あら、素敵ね。是非頂戴な。今すぐに」

「何言ってんだ、物々交換なんだろ? とりあえずこの壁の向こうに控えさせてるウルフの群れ引かせてから話そうぜ。対等な取引にしよう」

「対等? 野蛮人と私が? 何故?」

「何故ってそりゃァお前」

 

 発砲ではなく魔法の方の【即死】を発動する。

 消える触腕。当然の様に殺到する狼の群れ。

 

「可哀想だからだよ。無為に死ぬこいつらが」

 

 撃つ。

 炸裂弾──【即死】の込められたそれは、入って来た狼の全てを殺し尽くす。

 

「ッ、どこに──」

「おォっと注意報だ。晴れ時々鉛、所により死──っつってな!」

「上!?」

 

 そう、上だ。

 話してる間に頑張って上ったんだ。はン、いっつも監視塔の上登ってサボってる俺をなめんなよ。吸盤なんて足場のついてる壁なんざ楽勝だっての。

 

「もう動いていいわ! ソイツを殺さない程度にぼこぼこにしなさい!」

「そいつァ不味いな。じゃあ仕方がねェや。死んでくれ」

 

 撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

 四発──それは正確に。

 

「く──、ぅ!?」

「アンタの適当ショットと一緒にすんなよ。こちとらコレばっかりが命綱なんだ。こんだけ近けりゃ、手足ぶち抜くくらいワケねーんだわ」

「……驚いた。貴女、人を撃てないのだとばかり思っていたのだけれど」

「あァそりゃわりィ事をした。アンタ()()を人体だと思ってたのか。うっかりうっかり、あぶねェ玩具だと思ったんでつい壊しちまったよ。すまねェな」

 

 撃ちぬいたのは、やっこさんの手足。

 もう【即死】の弾丸なんざ残ってねェからな、ただの威力の低い弾丸を撃ち込ませてもらった。

 この威力でも頭だの目だのに当たれば死ぬ。それは恐ろしかったが、まァ流石にそんなヘマはしねェ。アレが義手義足だってのもわかってたしな。

 銃が下手なのも、俺を追いかける時にてめェで走らねェのもそういう理由だろう。あんだけの魔法使える奴だ、普通にA級以上はある。つーことは身体強化に使える余剰魔力もあるはずなんだ。それを使えば、わざわざ狼操って見えない敵捕えようとするより、自分で叩きに行った方が早い。

 

「手足を潰せば──魔法が使えないとでも?」

「いんやさ、逃げさせてもらうよ。アンタさえ追っかけてこなくなれば、少なくともこの化け物共に追加の命令は出せねえだろ?」

 

 自分にひっついてる虫を叩き落とそうとビタンビタンしてる触腕からうまいこと飛び降りて、返事も待たずに逃げる。四肢の無い少女を置いてけぼりにする、っつーのはおじさんとしてはかなり心苦しいんだが、同時に命狙ってきた相手だ。容赦はいらねェだろ。

 

「──あぁ、わかった。貴女、人を撃てないんじゃなくて──殺せないのね」

「はァ!? 後ろッ──!?」

 

 ああ。

 そればっかりは、普通に驚いてしまった。

 完全に勝ったと思った。完封したと思った。完璧だと思った。

 だから、背後から聞こえたその声に余りに驚いて。

 

 振り返るよりも早く。

 

 塵一つ残さず──切り刻まれた。

 

 

えは

 

 

 いやまァ、お察しの通りソイツが、なんだが。

 

「危ない所でしたの!!」

「お、おゥ。お嬢……か。あぁ……ありがとう、お嬢」

「いいえ、いいえ! 当然の事ですのよ!」

 

 金色の風だった。

 触腕の森も、狼の群れも──ちびっこも。

 その全てが細切れにされた。たった一人の少女によって。

 

 金髪お嬢様。SS級魔法少女【神速】のフェリカ・アールレイデ。

 いやはや。

 

「やっぱ、すげェな、お嬢様は……」

 

 その殲滅力も。その殺傷能力も。

 敵を──ヒトを殺す、という事に対して、一切躊躇の無い所も。

 

 俺とは全く違う。

 そうありたいとは、まだ思えない。けれど、やっぱりすごいと思う。

 

「あー。お嬢様。一個頼んでいいか」

「はい! なんですの?」

「その辺の、湧きポ。あれまで連れてってくれ」

「……わかりましたの」

 

 幸い、ここに設置されてる湧きポは多くない。四つか。廃墟群の四方にあった、って感じかね。

 となれば、やっぱりこれは故意に創られたもの。知ってたが、アイツラによるもんだろう。

 

 じゃ、殺しとかなきゃな。

 

「魔力は大丈夫ですの?」

「今からクソ不味い草食べて回復するよ。ただ、その間に化け物が湧いたら」

「一瞬で切り刻みますわ!」

「あァさ、頼むぜ」

 

 亜空間ポケットは使えないので、身体中に仕込んであるフリューリ草を取り出す。取り出して食べる。

 森で狼の群れから逃げてる時にも食べてたけど、コレ、本当に不味いので思考をクリアにしてくれる。そういう……それこそ気付け薬としてもいいんじゃないか? キラキラツインテに食わせりゃよかったかな。

 

「──死ね」

 

 まず一つ、殺す。

 湧きポ一個殺すのに大型の化け物【即死】させた時と同じくらいの魔力消費するの、結構やべェよなァ、とか思いながらモシャモシャ。

 

「──死ね」

 

 金髪お嬢様が湧こうとする触腕を全て叩き切ってくれる。安心だ。安全でもある。

 

「──死ね」

 

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 消えろ。この世から。この世界から。生まれる前に──死ね。

 

「最後だ。──後は任せた、お嬢様」

「え?」

「──死ね」

 

 言いながら──崩れ落ちる。ぶっ倒れる。

 フリューリ草が底尽きてたからな。丁度、ギリギリ、最後の魔力って奴だ。あァ魔煙草はまだあったな。ソレ使えばよかった。

 なんにせよ。

 

 これで──ミッション達成、っつーことで。

 

えはか彼



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四、迷宮編
11.藍最後尾夜有.


 金髪お嬢様及び後から追い付いたポニテスリットの命令無視に関する罰──は、"未だ在園中の身である"ということで少々の緩和が図られた。

 加えてそもそもが遠征組突撃班班長の判断ミスであったこと、及び少しだけ明確になった敵──化け物を従える魔法少女に【即死】を奪われずに済んだことも相俟って、少々強引な緩和に緩和が重ねられ──。

 

「ひと月の給金5割カット、及びエデン下部の清掃、と。まァありがたい措置だな」

「別に、梓さんは罰を受けていないのですから、付き合わなくてもいいのですのに……」

「いやさ、私を助けに来るために命令無視して突っ走ってきてくれたんだ。それに付き合わなきゃ私の心が苦しくてね。私の苦痛を和らげるコトだと思って参加ァ許可してくれや」

「勿論拒否はしませんけれど……でも、いいんですの? ()()()()()()?」

「あァ、そりゃ──今、身をもって感じてるよ」

 

 二人の降級もなし、禁固刑とかにもならず、こうして自由にさせてもらってる時点ですんげェ措置だと思う。まァさっき述べた敵に【即死】を奪われなかったってのがデカそうだが、その辺はお上の判断基準を知らねェことにはな。

 

 んで、今。

 俺達の通い住む魔法少女育成学園エデン、及び国家防衛機構・浮遊母艦EDENっつーのは、逆三角錐の浮遊島の上に建てられた五角形の城から成ってる。その城の内部構造はまァいいとして、じゃあこの逆三角錐の浮遊島ってェのはなんなんだ、ってトコ。

 どー見ても自然物じゃねェ、人工物なこの島は、なんと学園長殿による魔法の結果、なんだそうな。EDENにおける最上級のSSS級魔法少女でありながら、その覚醒が起きたのは年老いてから。少女幼女が多く、見た目召してても40代くらいの女性が多いこのエデンにおいて、ただ一人老婆の姿をした魔法少女。

 

 いんやさ、魔法少女とは、ってなるのは俺もそうなんだが、まァ多分前世でいう魔法使いみたいなニュアンスなんだろう。

 

 そんなすんげー学園長殿によってつくられたこの逆三角錐島には、内部っつーもんがある。地下迷宮っつーの? なんぞやべェ迷路になってて、たまにランダム湧きの方の化け物が湧いて出るんだそうな。なんでそんなコトになってるかってーと、そもそも迷宮だったものを浮かせた、って話らしい。

 

 逆三角錐の建造物が先にあって、それを学園長か他の魔法少女かが攻略して、その建造物を学園長が浮かせて、その上にEDENを作った、と。

 だから当初EDENの下に国は無かった……はずだ。周囲にはあったかもしれねェが。あの廃墟群見る限り。

 あんまりEDENやエデンの歴史についてを綴っている本無いんだよな、学園塔内の図書館。お上が隠したいのか、本気で誰も記録してないのかのどっちかだ。魔法少女は死なねェから、記憶してりゃ問題ないって考えの可能性もある。文字通り生きた辞書だから。

 

「すまない梓、一匹逃した!」

「ん? あァ、こんくらい小さけりゃ流石に大丈夫、うげっ!?」

「梓さん!?」

 

 で。でだよ。

 今ァ俺達ァその迷宮にいるワケだ。午後の森よろしく清掃という名の掃討。まァ掃除もしていってるんだが、メインは掃討だな。

 迷宮ってだけあって、出てくる化け物も外のとはちょいと違う。ネズミだのコウモリだの、小動物っぽい化け物が多いんだ。外の世界じゃ他の化け物に食われちまうような奴らがな。

 つっても化け物は化け物、普通の獣とは違う。ちゃんと攻撃してくるし、ちゃんと危ねェ。普通にB級くらいの力持ってる奴もいる。

 

 SS級とA級がいればなんてことはない……と思っていたら、いんやさ、そんなことはなかった。

 

 当然ながらこの迷宮ってな学園の所有物。だから壊しちゃいけねェ。だからポニテスリットの【波動】はそんなにたけェ威力出せねェ。迷宮は迷路だから色々と狭い。だから金髪お嬢様の【神速】も本領を発揮できねェ。直線状の通路が少ねェからな、結構ぶつかりそうになるんだとか。

 なんかそーいう、本来は高火力でドン! みたいな戦い方をする魔法少女にはうってつけの罰というべきか、繊細に、且つ丁寧に戦う必要があるんで鍛錬にも持って来いなんだと。

 

「大丈夫ですの?」

「あァ、【即死】で防いだよ。……これ、もちっと精度上げてェなァ」

「触れた瞬間に【即死】させることによる絶対防御……だが、勢いを殺せないとあってはな」

「ん-、でも今のみてェな本体ごとぶっ飛んでくるのはともかく、タコだのローパーだのが触手伸ばしてパンチしてくるのだったら、一瞬で【即死】させりゃある程度緩和できるはずなんだわ。問題は私がその速度に対応できるのかってのと、複数敵には向かねェってことかね」

 

 俺は元々そーいう高火力がないんで戦闘スタイルはあんまり変わんねェんだが、SRと炸裂弾は使えねェんで封印。今は元々の【即死】……触れて殺すか、向かってきたのを殺すかだけでなんとかしてる。この【即死】防御、もう少し精度をあげりゃ、マジの絶対防御になりそうなんだが……如何せん俺の反射神経が悪い。

 あと殺すだけで消すわけじゃねェから、ポニテスリットの言うように勢い殺せねェで普通に食らうのもだるい。紙一重で避けながら触る、みてェな大道芸が出来たら話は違うんだろうが、お飾りB級じゃそんな身体強化は出来ねェんだわ。

 

「で、今進捗率どんくらいよ」

「地図に寄れば、1割にも満たんな」

「マージか」

 

 迷宮迷路と言っちゃいるが、一応地図はある。何度も掃除されてきたし、そもそもが攻略済みの迷宮だからな。それはちゃんと支給されてる。

 が、それがなんだ、ってくらい長い。この迷宮、デカい。まァEDENと同じか少し小さいくらいの広さがあるって考えりゃ当たり前なんだが、いんやさ、魔力持つかねェ。

 

「ちょいと魔煙草吸うわ」

「……」

「ン? どうした二人そろって」

 

 結局件の遠征じゃフリューリ草の花は見つけられなかったし、安藤さんもまだフリューリ草を仕入れてねェみてェで煎じ茶はもう少し先になりそうだしで、結局はこの魔煙草とフリューリ草そのものにたよりっぱになってる。

 基礎魔力増やす方法も調べちゃいるんだが、「え? 魔力量ですの? ……使っていれば増えますわ!」とか「ふむ。昔は限界まで使って倒れるを繰り返せば上がる、などと言われていたが……それが答えでないことはお前が証明しているしな」とか「えー? ねてればいいよー」とか。

 A級以上の魔法少女の話は参考にならねェ。んじゃあ俺と同じB級以下の魔法少女に聞いてみよう、と思ったんだが、俺の知ってるB級以下の魔法少女は鬼教官に従ってた奴と、自室に引きこもったまま出て来ねェ二人しかいねェと来た。前者はどこにいるか知らん。声もかけられん。後者は俺より魔力低い。

 

 八方塞がりだ。ちなみに図書館やら教本やらにはそれら手段の掲載は無かった。

 やっぱり元々の素質、なんかねェ。

 

「それ、一本貰えたりしますの?」

「……いや、いいけどよ。SS級にゃ微々たるモン過ぎてわからねェと思うぞ」

「いえ、味が気になって」

「私も気になるな。お前がよく吸っているもの、という印象でしかなかったが」

「でも不味いって知識はあンだろ。やめとけよ、本気で不味いぞ」

 

 匂いが良いのは認める。めちゃくちゃ微かなシトラスハーブって感じだ。

 が、味は……なんだろォな。"生きとし生けるものが絶対食っちゃいけねぇモン"みたいな味がする。安藤さんの話通り、フリューリ草が自己防衛をするために集めた苦味とえぐみと不味さの結晶なんだろォことはよーく伝わってくる。

 

「あー。わかった、わかった。ほらよ」

「ありがとうですの!」

「すまんな」

 

 いんやさ、おじさんそんなにジーっと見つめられたら折れちゃうよ。

 無理無理。純朴な少女の目には耐えられねェって。

 

 仕方ねェんで二本取り出して、箱の側面で起動。二人に渡す。

 二人は何度か匂いを確かめた後。

 

「では──」

「……」

 

 一息に、吸い付いた。

 

 ……いやまァ、何を挟むでもねェ、見る間もなく見るも無残に変わっていく二人の顔。すぐに口を離して、恐ろしいモンを見るような目で俺を見る。

 

「ほらな、言ったろ? 慣れてねェ奴が吸うもんじゃねェのよ」

「……言葉が出ないですの」

「こんなに不味いものがこの世にあったのか」

「んじゃ返してくれ」

「え?」

「え? じゃねェよ。一瞬口付けただけだろ。捨てるの勿体ねェから返してくれよ」

 

 いやさ、他人が口付けた煙草吸うのがキショいってなわかるけど。

 お飾りB級には勿体ねェ魔力に見えんのさ。まだまだ先は長いしな。

 

「いや、慣れてきた……コホッ、ああ、んん、ぅ、……大丈夫だ。吸える」

「私も大丈夫ですの! 匂いはとても良いですし!」

「……ならいいけどよ」

 

 これはキモいと気遣いが両立したアレか?

 ……ダメだねーおじさん。効率だのなんだのを気にするあまり、年下の女の子に気ィ遣わせちゃって、空気悪くして。典型的な空気読めないおじさんじゃねェか。

 うわー、そういうのならねェように気を付けてたのになァ。もしかして前世でも俺の事空気読めねェって言ってた部下いんのかなァ。悲しいなァ。

 

「あー、二人とも、歩けるか?」

「ぐ……だ、大丈夫だ」

「まずい、ですの……」

 

 そんな足元が覚束なくなるくらい不味いかね。

 ……不味いか。俺も初めて吸った時天地がひっくり返ったかと思ったくらいだ。なまじ前世で煙草を知ってただけに、驚いた。いや前世の煙草が特別美味いってワケじゃねェんだけどよ。

 ちなみに安藤さんも言ってた事だけど、この世界にも普通に煙草はある。魔じゃねェ方の煙草。本当に稀にだけど、吸ってる魔法少女もいる。肺悪くなっても死ねば治るからな、なんて言ってたっけ。……やめやめ、嫌なコト思い出したわ。

 

「ま、捨てても火事とかにゃならねェから」

「あ、梓さんから貰ったものですもの。捨てませんわ……ぅ」

「無理を言ったのはこちらだ。……捨てはしない」

 

 あーあー。また気を遣わせて。

 おじさんダメダメじゃね? 若者になれてなくね? アレか。っぱねー、まじっぱねーわとか言ってかないとダメか。っぱねー。

 

 いやまァ、そんな感じで。

 俺達三人の迷宮探索は始まりました、と。

 

えはか彼

 

 にしても、だ。

 

「……多くねェか、化け物」

「そう、ですわね。前に入った時は……ここまで多くは無かったのですが」

「ふむ……」

 

 なんとか吸いきった……ように見せかけちゃいるが、多分亜空間ポケットなりにしまったんだろォな、って二人は、未だ口に残る不味さに不快感を示しながらも、ようやっと通常通りの足取りに戻った。

 魔煙草のせいで少しばかり遅れた清掃進捗は未だ1割に届かず。とはいえ魔煙草のせいだけじゃない。どうにも化け物が多いのだ。化け物を国民から守る国家防衛機構がこんなに化け物を野放しにしてていいのか、ってくらい多い。

 これ、溢れ出したりしねェのかな。

 ……あァいや、そのための清掃か。俺達以外にも色んな魔法少女がやらされてんだろうな。

 

「それは当然だよ? こんなに食べるモノの少ない迷宮で、そんなに魔力を含んだ植物を見せていたら、魔物が集まってくる」

「あァ成程。そーいうことか」

 

 確かにまァ、不味い不味いっちゃ言っても、魔力の塊だからな、フリューリ草ってな。魔煙草もそォだが、俺の身体の至る所に草そのものが仕込んである。亜空間ポケットが使えない以上は仕方ねェんだが、なるほどこれは匂いやら何やらをばら蒔いてたってことになるのか。

 

「下がれ梓!」

「何者──!?」

 

 必死な声に、なんだなんだと振り返る。

 直後駆け抜ける金色の風。お嬢の剣。

 

 それは。

 

「危ないことするね、君」

「すり抜けッ──精神体ですの!? ならば──」

「危ない子には、お仕置きだ」

「ヒ──ぇ、あ……!?」

 

 当然のようにすり抜ける。

 故にと何か策を講じようとしたお嬢は、けれど突然苦しそうな顔をして、喉を押さえた。

 

「待て待て、やめてくれ。今のはどう考えてもそっちが悪い。脅かすつもり満々だっただろ」

「そうだね。ごめん。謝るよ」

「──ケホッ、ごほっ……」

 

 これだからA級以上は。

 展開が早いんだって。おじさん付いていけないから何事もゆっくりやってくれ。

 

 未だ警戒を解かないポニテスリットと、可哀想に咳き込んじまっている金髪お嬢様を横目に、俺はそいつへ話しかける。

 身体の半分が、壁に埋まった──ソイツ。

 

「よォキラキラツインテ。何用で?」

「ただちょっと、先日のお詫びにね」

 

 魔法少女あるるらら。【透過】の魔法の持ち主が、そこにいた。

 

 

 

「すみませんでしたの。早とちりをしてしまって……」

「こっちこそいきなり出てきていきなり攻撃してごめんね」

「十割キラキラツインテが悪いが、まァお嬢も早計だったな。でも多分私を助けようとしてくれたんだろ? だからやっぱり十割キラキラツインテが悪ィよ」

「キラキラツインテ……なるほど」

 

 俺のあだ名センスに何か納得しているポニテスリットは置いといて、少しばかり散らかった状況を整頓する。

 

 突然俺に話しかけてきて、化け物が多い理由を教えてくれたキラキラツインテ。

 そのキラキラツインテに驚いて【神速】を用い、撃退しようとした金髪お嬢様。

 金髪お嬢様がいきなり攻撃してきたものだからお仕置きにと、その喉にネズミを詰めたキラキラツインテ。

 

 ……うん。やっぱりキラキラツインテが悪いわ。

 

「で? 詫びにしちゃァ随分だが」

「ごめんね。驚かすつもりしかなかったんだけど」

「つもりしかなかったんじゃねェか」

「うん。でも期待してた反応とは少し違ったかな。もっと悲鳴を上げてくれるかと思ったら、あとちょっとで切られてしまう所だった」

「魔法少女にユーレーへの恐怖を期待すんのァ無理だろ」

 

 キラキラツインテは【透過】状態から実体化し、迷宮に降り立った。

 班長と違ってあんまり知られてねェのか、ポニテスリットも金髪お嬢様もキラキラツインテを知らない様子で、遠征組の一人だと話せばかなりの納得を得られた。

 何って、その詫びが動機ってのと、自分達が知らない事に対して。

 

「遠征組は……私とはあまり関わりませんものね」

「私も突撃班に回される事は無いから知らなかったな」

「改めて、初めまして。遠征組突撃班のあるるららだよ」

「ああこれはご丁寧に。学園AクラスA班班長のフェリカ・アールレイデですわ」

「同じくA班のミサキ・縁だ。よろしく頼む」

 

 お嬢は【神速】で遠征先のどこにでも行けそう……という印象を持たれがちだが、実はそんなことは無い。お嬢の【神速】は他人にかける事が出来ないからな。集団行動で遠征する遠征組において、一人だけ突出してしまうお嬢はあんまり合わないんだと。基本遠隔で構成されるってのもある。キラキラツインテは近接だが。

 遠征先のどこにでも行けそう、ってのはまァ別に間違いじゃないんだが。俺を助けに来てくれたようにな。

 

 ポニテスリットは逆に防御面が超絶優秀なんで、観測班や調査班に回されるそうだ。突撃班ってな突貫して殲滅して、ってのがメインだから、防御なんか考えねェと。

 

「で、詫びってなンだよ。私ァキラキラツインテに謝られるような事された覚えは無ェぞ」

「ヴェネットの判断ミスや君の窮地は、私が捕まった事から始まったからね」

「あー。いんやさ、そりゃ不可抗力だろ。誰だってあの触腕の中に罠がある、なんて思わねェって」

「仕方がなかったら自分は悪くない?」

「……いんやさ、それを否定すると、お嬢の罰に付き合ってついてきてる私の苦痛を否定することになるワケだ」

「うん。これはお詫びだけど、私の罪悪感を晴らす行為だから、そこもごめんね」

 

 成程ねェ。

 ふわふわしてる奴だと思ってたが、ちゃァんと善人でやんの。いやお嬢を脅かしたっつか俺達を驚かせようとしたのはまァ悪戯心だろォし、自分捕まっちまって全てが狂ったからお詫びしたい、罪悪感で押し潰されそうってな、まさに善人の証拠だわな。

 善人っつか、純朴? んなもん敵が悪いで踏み倒しちまえばいいのによ。

 ……俺もそれが出来なくてここにいるわけだが。

 

「ええと、あるるららさんは、どのようにしてここに?」

「うん? 真っ直ぐ、降りてきただけだよ?」

「それは……先ほどの様に、壁をすり抜けて、ですの?」

「そう。私はどこにでもいけるからね」

 

 反魔鉱石の無い所にはだろ、……って茶々を入れたくなったけど、やめた。おじさんは空気を読む練習をするのだ。

 

「では……もしかして、この迷宮の最深部にも行った事がありますの?」

「うん。あるよ」

「え、お嬢は無いのか? 前に来た事があるような口ぶりだったけど」

「最深部に行く前に死んでしまいましたから、無理でしたの」

「私も最深部は行った事がない。魔物が強すぎてな、行くならSS級が三人は必要だろう」

「え」

 

 ……え。

 ん?

 あれ、ここって攻略済みの迷宮で、ランダム湧きの化け物がいる程度、の場所じゃなかったん?

 危険つってもB級クラスの化け物がいるからー、みたいな。そういう風に聞いてたんだけど。

 

「それで、どんなところなのですか? 最深部というのは……」

「それは教えられないかな。実力を付けて正式に攻略して、自分で確かめて」

「うぬぬ……やっぱり教えてくれませんのね……」

「フェリカ、お前まさか、迷宮最下部の秘宝なんて噂を信じているわけじゃないだろうな……?」

「噂じゃなくて七不思議ですの! "エデンの下の迷宮の、さらに下の最深部には、不思議な不思議なお宝が眠っている──"なんて、ロマンですわ!」

 

 えーと。

 何、待って。追いつけないよおじさん。

 ここ普通に迷宮なの? 攻略済み──だからといって、もしかして化け物が湧かなくなるワケじゃない、とか?

 ……いやそうだよな。そりゃそうだ。

 だって湧きポがあるんなら、化け物は永遠に湧き続ける。俺の【即死】が唯一の湧きポを壊せる魔法って言われたくらいだ、今までは封じる方法が無かったって事だ。

 つかまだ自然発生の湧きポに対する有効度の調査やってないんだけどいいのかな。あの廃墟群のアシッドスライム湧きポとか適当に【即死】させればわかると思うんだけど、なんでそういう命令出してこないんだろう。

 

「梓さん? 行きますのよ?」

「ん。え、あァ。……えーと、お嬢、一個確認したいんだが」

「なんですの?」

「この清掃って、目的はなんだっけ」

「この迷宮のお掃除ですわ」

「……じゃあ、最深部には」

「当然行きますわ! あ、けれど梓さんは罰の対象ではないので、その前にあるるららさんと帰ってくださいまし。私とミサキは前回の挑戦からどれだけ自身の実力が上がったのかを調べる事も兼ねて、挑戦しますので」

 

 ……それは。

 死ぬ、ってことか。

 

 そっか。

 そこも、か。

 

 俺に【即死】を使わせたくない。俺に仲間を殺させたくない。俺が仲間を殺す事を嫌っている。任務で死んでほしくない。俺が死ぬのも嫌だ。

 そこまで理解が及んで──それでもまだ、なのか。

 エデンの中で、ある種──迷宮攻略という"コンテンツ"の中で死ぬのは、問題ないと。そういう場所だから、と。

 

 そういう、考えなのか。

 

「ダメだな、そりゃ」

「え?」

「私も挑戦する。んで、三人……あー、いや、四人で最深部見に行こう。私も秘宝ってのに興味がある」

「え、え、でも危ないですのよ? 危ないというか──その、今の梓さんには……」

「無理だ、梓。最深部前の魔物は、作戦どうこうでどうにかなるものじゃない。単純な殺傷能力が物を言う。その点、お前は──」

「おいおいポニテスリット、【即死】の殺傷能力はSSに届くんだァわ。なんならお前より高いって事忘れんなよ?」

 

 あー。

 俺ダメだわ。なんか、どんどん……どんどん、大切になってきちまってる。

 死をそんな便利に扱うな、ってのはあくまで俺の考えだ。俺の中の理念だ。俺の中の信条だ。だってのにそれを押し付けて……。

 

 お嬢にも、ポニスリにも……もう死んでほしくないとか、思ってる。

 

「……あるるららさん。梓さんはその」

「死にたくない、でしょ? 知っているよ。キリバチさんから聞いたから」

「理解があるなら助かる。いざとなれば、無理矢理連れ帰ってほしい。梓はその優しさ故に、私達だけを危険に晒す事が無理なのだと思う」

「そういう相談、本人のいないトコでしねェ?」

「わかった。君たちへのお詫びもあるからね、護衛は任せて」

 

 お荷物、なんだろォな。

 ホントなら本気で足手纏いなんだろう。俺ァ殺傷能力だけなんだ、SSに届き得るのは。身体能力も動体視力や反射神経もA級には程遠い。B級にもなってねェんだろう。そんな奴を守んのは、守りながら戦うのは難しいはずだ。

 キラキラツインテだって護衛なんつっても【波動】みてェな便利なモンじゃねェから、俺を守るために傷を負うかもしれない。死ぬ、かもしれない。

 

 ……やっぱり引き下がった方がいいんじゃねェかと、効率の面では思えてくる。

 

 けど。

 

「ごめんな、二人とも」

「え。いいんですのよそんな! 謝る事では!」

「そうだぞ、これはそもそも私達への罰だ」

「ごめん。……私ァ、二人のこと、大切過ぎてさ。ダメなんだ。死ぬのが……怖い。私も死にたくない。けど、二人にも死んでほしくない。ごめんな。死っつーのは、どうにも──」

 

 ダメだわ。マジで。

 感情が抑えられねェや。おじさんになると涙もろくなっていけねェ。あいや今は少女なんだが、どっちにしろ涙脆いだろォよ。

 死が当然。死んでも蘇る。死んで失うものはない。死んだ所で何が変わるわけでもない。

 それが常識の彼女らに、死とは喪失であると押し付けるのが、どんだけ無理矢理な、どんだけエゴに寄ったコトか、なんて。わかってんだ。わかってんだけど。

 

「梓さん……」

「梓……」

「ふふふ、青春だね」

 

 そんな綺麗なもんじゃねェよ。

 でも、二人とも、理解してくれた──みてェな顔じゃねェなァ。 

 

「それでも──梓さん。そのお気持ちは、とても嬉しいです。けれど」

「すまないが、感情でどうにかなる場所ではない。死ぬときは死ぬ。だから、助けてくれるのは良い。お前がついてきたいと言うのなら止めはしない。だが──期待はするな」

「これから向かうのは文字通りの死地──幾百もの魔法少女が挑み、そして敗れ、死んでいった境地ですわ」

 

 小声で「私はスルーしたけどね」とか言ってくるキラキラツインテにちょみっと苛つきながら、あァでも、二人を見る。

 

「……わかった。高望みはしない。期待はしない。でも──もし、死なねェで、少しでも可能性を掴み取れる余地があんなら──諦めないでくれ」

「ええ、それは勿論ですわ。私とて、死にに行くためだけに向かう、というわけではありませんから!」

「当然だな」

 

 あァ、ダメだね。

 至難だっつーんなら──いいよ、俺が攻略してやらァ。この迷宮。俺が殺してやらァよ。

 

 そうすりゃ、もうここで死ぬ魔法少女もいなくなるワケだろ。はン、一石百鳥だな。

 

「まぁ、まだここって迷宮の一割くらいの場所なんだけどね」

「先は長いですわ!」

「気力削ぐこというんじゃねェよキラキラツインテ」

 

 そうだった。

 まずは、その最深部前、とやらまでいかねェとな。

 

 さァ──改めて、出発だ。

 

えはか彼

 



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12.沙栗符哀須絵鰤寝具符応澄無.

 キラキラツインテが加わった事で、迷宮探索はサクサクになった……なんてことはない。【透過】は特に殲滅力に長けるわけでもない上、小さいものに対しては普通に殺した方が早いと、あのふわふわした感じからは考えられない程武闘派な姿を見せつけられた。

 具体的には、ネズミは蹴って、蝙蝠は掴んで潰して。

 50年も魔法少女やってるとなると、どこに何が来るのかは割とわかる、のだとか。あくまで割とであって、罠には弱いんだけどね、なんて自虐も混ぜてくるキラキラツインテに、俺は渇いた笑いしか出ない。

 

 A級ねェ。

 遠いな。つか無理だろ。魔力増やせねェとどうしようもない。

 

「なぁキラキラツインテ。魔力ってどうやったら増えるんだ?」

「難しい質問をするね。それが知られていたら、今頃魔法少女はS級だらけになっているよ」

「知らねェのか。じゃあ最初からそんだけ魔力あったのか、お前は」

「うん。あんまり増えた減ったという例は聞いたことがないかな」

「そうかい。じゃ、A級になるってなどうしたらいいんだ」

「魔法の効率化。これに尽きるね」

 

 なんか前線二人が張り切っちまって見る敵出る敵全部潰していくもんだから、俺のやる事がマジでない。背後から来るのや横合いから来るのはキラキラツインテが的確に処理するし、遠征の時よろしく運ばれているだけ、って感じだ。

 

 だから、比較的暇なキラキラツインテに魔力量向上についてを聞いてるんだが……予想通りの答えが返ってきた、って次第。

 

「効率化、ねェ。使いまくって覚えんのが一番なんだろォが」

「君の場合、相手が必要だから、難しいよね」

「そォなんだよ。……あ、私で試す? とか聞いてきたら怒るからな」

「怒りそうだったから、言おうと思ってた」

「わかってンのに言おうとしてたのかよ」

 

 EDENには修練塔っつー魔法の修練をするための塔もあるんだが、【即死】に関してはそこに行ったってなんにもならなねェ。相手がいねェと練習できねェ魔法でありながら、ピーキー過ぎんだよこの魔法。だからっつって化け物相手に単身で、ってのも難しい。俺は弱いから。

 本来なら死をも厭わぬ戦い方で掴んでく、ってのが近接魔法少女の効率の掴み方なんだろーけど、……死にたかねェしなァ。

 

「ちょっとだけ助言をしてあげようか」

「助言?」

「私も、本来はD級かC級の所を、使い方でA級にまで上がった魔法少女だからね」

「あァ、確かにそォか。【透過】に殲滅力も殺傷能力も無ェもんな」

「うん」

 

 工夫、って奴だ。

 キラキラツインテは本来ただ通り抜けるだけの魔法を──どんな敵でもぶち抜ける槍にまで拵えた。

 効率化もそうだが、【即死】にも別の使い道がある、ってか?

 

「例えばだけど──このケイブバット」

「お、おゥ」

「どうやって【即死】させる?」

 

 いきなり素早く手ェ動かして、鷲掴みにしたコウモリを眼前に、って。

 驚くってば。

 

「そりゃ、触れて、だが」

「その時──どういうイメージをしているのかな。手に【即死】を纏わせている? 【即死】で相手を貫いている? それとも、【即死】で相手を覆ってる?」

「ン……ん? ちょいと待ってくれ」

「うん」

 

 どういうイメージ、か。

 ふむ。

 考えた事も無かったけど、そういえば俺ってどうやって魔法使ってんだ?

 

 いや、魔力を集中する方法とか、魔法の発動方法はわかってる。学園で習う事だから。

 でも……確かに、近接魔法少女ってそォだよな。こう……変幻自在とまではいかねェけど、ポニスリの【波動】みてェに形変えられたり、出力変えられたりは出来るはずだ。

 俺は……どうやって敵を【即死】させてる?

 

「とりあえずやってみようか」

「……あァ、わかった」

 

 キラキラツインテからコウモリを受け取る。

 もう十分に弱ってて抵抗する力も無ェらしいコウモリに、【即死】を使う。

 

 当然、コウモリは死んだ。

 

「今ので、わかったね」

「わかったのか?」

「うん。君は、相手を【即死】で浸す事で殺している。ケイブバットが痙攣もせずに死んだのがその証。心臓を殺すとか、内臓を殺すとかじゃなくて、このケイブバット全部を殺してる」

「……なるほど」

 

 確かに、そうかもしれない。

 つかそォだ。あの遠征の時に腹殴られながら殺したあの透明なタコも、アレが透明なタコだ、ってわかったのは、その形を一回認識したからだ。

 外ならぬ【即死】で浸して、無意識にタコだって認識した。でけェタコだって気付いたのは魔力消費量からだって勝手に思ってたけど、あの時口が先に動いてたはずだ。はず、だ。

 

「多分それは、それが最も苦痛の少ない殺し方だって理解しているからじゃないかな」

「苦痛の……」

「苦痛に喘ぐ仲間を【即死】させるのが嫌というのは聞いたよ。けれど、懇願されると、苦しみながらもやっている、ということも知っている。その時、出来るだけ苦しませずに殺すために、【即死】で相手を浸して、全部を殺しているんじゃないかな。そしてそれが癖になっている」

 

 キラキラツインテは、まるで見てきたかのように言う。

 その通りだ。俺は、仲間に【即死】を使う時……これ以上苦まねェように、って。だから、何も感じねェように、って。そうやって殺してた。

 

 全体を浸して、全部を殺す。

 心臓も内臓も脳も細胞も何もかも──【即死】させる。

 

「それじゃ、効率が悪い」

「……あァよ。ようやく理解した」

「じゃあ、はい、これ」

 

 渡されるコウモリ。

 先程のより抵抗の激しい化け物は、隙あらば俺の手に噛みつこうとしてくる。

 

 それの、胸の部分に、指で触れる。

 

「【即死】」

 

 普段魔法名をいう事は無いんだが──あァ、なるほど。

 言葉にすると、形が分かりやすいな。

 

 俺の滴り落ちた【即死】は、指先から直線状にある細胞と心臓だけを死滅させた。それにより、コウモリの化け物はビクンと跳ねて、ピクピクと翼を痙攣させたのち──動かなくなる。

 

「これだけ小さいと、消費魔力の差はわかりづらいかな」

「いんやさ、十分にわかる。すげェ差だ。これが効率化か」

「私からあげられる助言はこれくらいだけど、他にも私みたいに工夫をしている魔法少女はいっぱいいるから、そういう子に聞いてみるといいよ」

「あァ、礼を言う」

「いいよ。これはお詫びだからね」

 

 成程。成程な。

 魔法ってな、こう使うのか。こうやって工夫を図るのか。

 

 ……どの道修練塔じゃわかんなかった事だが、俺ァもっと【即死】について知る必要があるな。今のだって細胞と心臓が【即死】しただけで、コウモリが【即死】したわけじゃない。やろうと思えば翼だけ【即死】させるとか、脳だけ【即死】させるとかも出来るわけだ。その結果まだコウモリが生きていようと、魔法はちゃんと発動してる。んで死んでるから回復もしねェ、と。

 これさ、ちゃんと練習すりゃ……ヒト相手にも戦えるようになるよな。俺だって博愛主義じゃねェ、命を奪うのには抵抗あるが、ソイツの腕を殺すくらいなら出来る。たとえその腕が一生使えなくなったとしても──出来る。まァ敵の魔法少女は何の気兼ねなく死んで蘇生してきそうだが。

 

 いやすげェな、ベテランってのは。

 ちゃんと知識持ってんだ。あァ、久しく忘れてたな。先輩に頼る気持ち、っての。俺が教えるのがもっぱらになって来ちまってたのが悪ィ。俺ァ今生徒なんだ、ガンガン乞うてかねェと遅れちまう。

 

「二人ともー! ようやく休憩地点ですのよー!」

「ん、あァ! 今行く!」

 

 死なせねェ、ってんなら、俺が強くならなきゃいけねェ。

 ……A級に上がる努力、ちゃんとするかね。

 

えはか彼

 

 迷宮には休憩地点ってモンがある……んだと、今さっき聞いた。

 そもそも他で迷宮ってのを見た事がねェからほーんって感じなんだが、化け物もなんでか寄って来ねえ休息ポイントが用意されてんだと。

 

 ってなると、やっぱりこの迷宮ってのも人工物臭ェよな。学園長殿が浮かせたって話だが、そもそもなんで当時の魔法少女達はこれを攻略しようとしたのか、にも繋がって来そうだ。

 たとえば──敵の拠点だった、とか。

 

「梓、何をしているんだ?」

「ん? あァ、ちょいと魔法の……って、危ねェから近づくなよ」

「危ない?」

 

 魔力を放出せずに、形を変える練習をしながらの考え事。

 当然この魔力は【即死】の効果がある。遠隔魔法少女ならここから更に遠くへ伸ばしたり飛ばしたり、飛ばしたモンを操ったりと色々出来るんだが、俺ァ近接なので無理。精々体のどこに【即死】を表出させるか選ぶとか、さっきみてェに触れた対象にどうこうする、とかしか出来ねェ。から、そのバリエーションを増やせねェかって練習。

 

「そういやポニテスリットはどうやって魔法使ってんだ?」

「どうやって、とは?」

「あー。なんつーの? どういうイメージで【波動】を出してんだ?」

「ふむ。この籠手もそうだが、鎧のようなもの、として認識している。変幻自在に形を変える事の出来る金属、でもいい。いや、金属ではないか。……いざ言われると難しいな」

「何の話ですの?」

「あァお嬢も」

 

 同様の説明をすると、お嬢は「それなら簡単ですわ!」と目を輝かせて言う。

 

「簡単?」

「あァまァ【神速】は足とかか」

「いえ、()()()()()()()という方が正しいですの」

「……んん?」

 

 お嬢今さっき簡単、っつったよな。

 その概念的な表現が簡単、なのか。

 

「私の中から、私の外に出た時、魔力は世界に触れますわ。それを使って、世界の手を妨害する……といえばわかりやすいかもしれませんわね」

「いや全くわかりやすくないんだが」

「ええー!?」

 

 金髪お嬢様的には自信満々の回答だったらしい。

 自分の中から、自分の外に出た時、魔力は世界に触れる。

 それを使って世界に干渉する。だから世界は金髪お嬢様に干渉できなくなって、金髪お嬢様は速くなったように見える……って感じか? 嚙み砕くと。

 ……お嬢は、世界、というものを……完全に捉えている?

 

「あるるららさんは、どう使っていますの?」

「私は、世界に溶ける感じ」

「ほら! 似てますわ!」

「言われてみれば、私も世界を押している……圧力をかけて、押しのけているような感覚だな」

 

 待って、待って待って。

 これ、俺がおかしいのか、もしかして。

 俺に──俺に、前世なんてモンがあるから。純粋なこの世界出身じゃねェから、世界を感じ取れていない? 

 

「……」

「どうしましょう、更に考え込んでしまいましたわ……」

「効率化の工夫を教えたのは私だけど、そんなに深く考えすぎてもあんまり意味はないよ」

「言葉にすると言うのは、難しいな……」

 

 世界。世界ってなんだ。

 この世界ってなんだ。

 

「じゃあ、面白いことをしてあげよう」

「ん?」

 

 考えに耽っていた俺の前に──キラキラツインテが来る。

 キラキラツインテは、座り込んだ俺を無理矢理立たせて。

 

 ぎゅ、と。抱きしめた。

 

「え、ちょ、ちょっと何してますの!?」

「なんだキラキラツインテ、どうし……う、ン……?」

 

 少女の温もりに包まれた──のも束の間。

 じわり、と。水が浸み込むように。

 何かが溶け込んでくるように。

 

 キラキラツインテの身体が……俺の中に入っていく。

 

「なん……だ、こ、れ」

「世界に対して、私を溶かすように。君に対して、私を溶かしただけ」

「わ──わ、わかったから、出て行ってくれ!」

「どうしようかな」

 

 気持ちが悪い、のとは違う。不快感は無い。けど、奇妙だ。

 自分と似た形の何か温かいものが、自分に重なっている。酷く、眠くなる。立たされたけど、そのまま崩れてしまいそうになる。風呂にでも入っているような気分だ。

 これは──不味い。

 

「あ」

「……ふゥ。あァそうか、【透過】は別に憑りついているってわけじゃねェもんな。私が動けば、ついてこれねェのか」

「ばれちゃった」

 

 バックステップで抜け出せた。

 抜けたら抜けたで喪失感っつーか、底冷えするような感覚を覚える。

 

「今の……なんだか、とてもイケナイモノを見てしまったかのような……」

「これが50年か……」

「何言ってんだお前ら」

 

 アホ二人は置いておくにしても、少しだけわかったことはあるかもしれない。

 俺とキラキラツインテは違う、ってことだ。

 何を今更な話だが、アイツが溶け込んできてわかった。アイツは俺じゃない。だから異物だと認識した。

 

 ──"世界に対して、私を溶かすように。君に対して、私を溶かしただけ"

 

 これがそういう事なら、世界ってのは、俺じゃないモノ、か。

 

「いつか必要になるかもね」

「……いつか世界を、ってか?」

「さあ。私は未来が見えるわけではないし」

 

 つくづくふわふわした奴だ。

 けど……確かに、今の感覚をここで得られたのは、良かったのかもしれない。

 化け物も、そしてそれらを統率する魔法少女も。何をしてくるかわからねェ敵ってのがいる以上、知識は大いに越したこたねェんだ。

 A級を目指すってんなら、尚更な。

 

「そろそろ行こうか。あんまり休んでいると、行方不明者扱いになっちゃうからね」

「そんな時間はかかんねェだろ。……この中にいると外の時間が速く進む、とか無いよな?」

「どういう発想だそれは。どこにいたとしても、時間の歩みが変わるわけがないだろう」

「私は遅くできますのよ!」

「そりゃ体感だろって」

 

 良かった。

 そォいうファンタジーは無いらしい。いんやさ、魔法にはありそうで怖いよな。時間停止とか遅延とか。

 魔法って括りだと、なんでも有りに思えてくる。……【即死】だって何でもありの一つだけどよ。

 

「では──最深部目指してはりきっていきましょう!」

 

 よォし、こっからは俺も戦うとするかァ。

 

えはか彼

 

 まァ無理だった。諦めが早いって、だってアイツラ二人が全部やっちゃうんだもん。

 

「が……種類が変わってきたな」

「この辺に小さな魔物が寄ってくると、食べられちゃうからね」

「アレとかに?」

「そう」

 

 今、二人が戦っているもの。

 大蛇だ。このクソ狭い迷宮で、大蛇。

 苦戦はしてい……る? いない? 外皮が固いから攻撃が通んねェと。で、頭探して口から剣突き刺せば死ぬだろうと。

 だから今二人は蛇の頭を探し回ってる。が、蛇も蛇でちゃんと抵抗するっつーか、上に乗られて走られたら不快なんだろう、じたばたするんで、走りづらくて苦戦してるって感じかね。

 

「これさ、私がやったらダメかな」

「良いと思うよ。けれど、全体を覆ったら」

「あァさ、このデカさは無理だろォよ。だが」

 

 だからといって部分的に殺したってあんまり意味はないと思う。それこそ頭部をやらなきゃ無理だ。

 しかし、そんならコイツの出番、ってな。

 

「銃を使うんだ」

「ン? あァそうか、遠征の時は、キラキラツインテが捕まってから武器使ったからお前は見てねェのか」

「そう。無様にも気絶していたからね」

「いやそこまでは言ってねェよ」

 

 俺の使う銃弾ってのは、毎日寝る前に【即死】を込めた空の魔石入り弾丸だ。戦闘の無い日は10発、演習だので使った後は出来て4発。だから安藤さんに1000発の注文したりしたが、アレ全部にすぐ【即死】を入れられるかっつったら無理だ。

 その代わり、今の今まで普通に【即死】だと思ってた量の【即死】……つまり、全体を包んで浸して殺す、っつー想いが込められているし、空の魔石いっぱいになるまで【即死】が込められてるんで、威力は折り紙付きってな。

 

 それを、蛇の胴体に撃ち込む。

 

「……あン?」

「答えは、わかるかな?」

「いやいや、嘘だろ。この前のエメラルドローパーだって一撃で仕留めたんだぞ。あんときはSRの方の弾丸だったけど。あの大きさを仕留めきれて──コイツには足りない、ってのか?」

 

 そんなはずはない。あの触手の化け物は、十二分にデカかった。他の魔法少女の魔力も取り込んでたし、少なく見積もってもS級くらいの強さがあった。

 それを、こんなたかだかでけェだけの蛇が超えるワケ──って。

 

「貫けて、ないのか」

「うん。正直に言って、その威力では【神速】ちゃんの適当な一振りにも敵わないよ。あの子が切り裂けなかった外皮を、そんな弾で貫けるわけないよね?」

「だが、私のコレァ、掠っただけでも【即死】の効果を与えんだ。たとえ外皮が固かろうと……」

「だから、掠ってすらいないんだよ。さっきみんなで話していた世界と自分の話。このスネイクは、自分に世界の侵食を許さない。今までその弾丸が掠めた事で【即死】していた魔物は、掠めたから【即死】したんじゃなくて、その弾丸に詰め込まれた【即死】に浸されて死んでいた」

「ってェことはアレか。コイツを殺すには、私自らが触るか、それこそ口ン中にでも弾丸撃ち込まねェと無理なのか」

「もしくは、だけど」

 

 言って、キラキラツインテは俺の太腿辺りを触る。一瞬くすぐったい温かさが通り抜けて──弾倉が一個抜き取られた。

 それを持って蛇の胴体に近づき。

 

「こうすることも、出来るよね」

 

 弾倉を──蛇の中に突き入れた。

 

「……え、今それ、どうやった? お前の【透過】は他人にはかけられないんじゃないのか?」

「他人にも、物にもかけられないよ。けれど、私の身体が何を【透過】するのか、しないのかは選べるから、握り締めたものを【透過】しないで、スネイクの身体だけを【透過】して、置いてくる事はできる」

「手がフィルターになるってことか……?」

「そんな感じ」

 

 その説明の後──大蛇の身体が、ビクンと跳ねる。

 キラキラツインテが手を引き抜く頃には、その体から生命力は感じられなくなっていた。

 

「さっきやった、ケイブバットのでも、まだだめ。【即死】させたいものだけを殺して、させたくないものは殺さない。それが出来るようになったら、君はもっと強くなれるよ」

「……もしかして、あれの身体に触れて──心臓だけを【即死】させる、ってことも」

「出来るだろうね。君にスネイクの構造の理解があれば、だけど」

 

 ある。

 ヘビの解体はやったことがある。どこにあるかはわかるが、このヘビの大きさがわからない以上は意味が無い。だが──たとえば、コイツそのものは無理でも。

 こっから上だけを【即死】させる、とかやれたら……半分の消費魔力で済むわけだ。

 指向性。展開。

 魔力量と効率化だけじゃない、工夫すりゃ出来る事はいっぱいあんのか。

 

 つか、そォだよな。

 俺ってまだ魔法少女になってから数ヶ月なんだわ。さっきも思ったけど、学びの身なんだ。凝り固まった偏見でかかっちゃいけねェ。ベテランの前で得意ぶるのもそろそろ無しだ。前世での経験なんざ、魔法の前には簡単に打ち砕かれんだから。

 キラキラツインテはふわふわしてるけど、魔法少女歴50年の大先輩。班長にだってそォだが、あんまり偉そうなこと言えたもんじゃねェ。後で思い返して恥ずかしくなるだけだな、こりゃ。

 

「……あるいは」

「何かに気付いた?」

「いや」

 

 ちょっと、考えただけだ。

 魔法を使う対象を選べる、というのは。【即死】させたいものだけを【即死】させる、というのは。

 

 医療にも、発展できるんじゃねェかな、って。

 この──苦痛に喘ぐ魔法少女を痛み無く殺せる、なんて悲しい価値だけじゃなくてさ。たとえば癌だとか、あるいは体内に入り込んだ何かだとか。そういうのを取り除ける……そういうのだけを殺せる、ちゃんとした価値のある魔法なんじゃねェかって。

 

「ちょいと、希望っつーのかな。展望が見えただけだ」

「それはよかった」

 

 俺の生まれた意味がさ、【即死】なんて魔法に目覚めた理由がさ。

 そんな悲しい、ヤなモンじゃなくてさ。

 本当に何かを救えるものだったら最高だ。【回復】だの【治癒】だのが無いこの世界で──ヒトを救い得る魔法なら。

 

「梓さん! 大丈夫ですの!? こんなに大きいものを【即死】させたら、魔力が!!」

「別にお前は戦わなくてもいいというのに……」

「あァ大丈夫。銃使ったからよ」

「……あぁ、あるるららさんが【透過】したんですの?」

「そンなに即座にバレんのかい」

「だってあの銃、そんな威力出せませんもの。それができるなら私がやってますのよ!」

「ソレが通用するなら私の【波動】でも潰せる」

 

 そんなボコボコに言わなくても。

 ……え、この銃そんなに威力低いの? 低いのは知ってるけど、そこまでじゃ……いや、違う。コイツラが強すぎるだけだ。そうだ。あぶねェ、A級以上の常識に騙されるトコだった。

 

「ま、私もちったァ役に立つってことで」

「今の実力じゃ、この先で役に立つ機会があるとは思えないかな」

「悲しいこと言うなよキラキラツインテ……」

 

 助けさせてくれ、とか。強くならなきゃ、とか言ったけど。

 真剣にやんなら、武器の見直しからってことね。安藤さんと相談だなー。

 

「もうすぐで半分ですわ!」

「おォ。……5割でこんな化け物が出てくんのか」

「進めば進むほど強くなる。この程度の魔物ではないぞ、最深部周辺は」

「あァ、気を引き締めるよ」

 

 尚も心配そうな目で見てくる二人に。

 少しでも安心させようと……あァ、これ何言っても無理だな。ホントに強いんだろう、奥の奥は。

 いつでも【即死】防御が出来るようにしておかなきゃな。

 

「心配ですけど、行きますのよ」

「止はしないといった手前何も言えんが……引き際という言葉もあるからな」

「わーったって」

 

 足手纏い、なんだろォなァ。

 

 ……引き際、か。

 

えはか彼



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13.意分畏怖侠絵鰤寝具,藍侠戸椎糸.

 迷宮探索は順調だ。

 まァ地図があるってのがデカい。その道中に化け物はいるものの、超攻撃的且つ回避に長けた金髪お嬢様と、ある程度は面の攻撃が出来て防御に秀でるポニテスリットのコンビは強かった。攻守ともに充実しているから傷も負わないし、殺傷能力も殲滅力もバランスがいい。

 魔法少女ってな覚醒や発見が周期的ってワケでもねェから、俺にァ同期らしい同期はいねェものの、この二人は多分長いんだろう。魔法少女歴が何年か、っつーのは、なんだ、女性に歳聞くみてェでやれてねェんだが、機会があったら聞いてみるのもいいだろう。

 さっきのポニテスリットの反応からして50年以内なのはわかってるしな。

 

「強いね、あの子達」

「あァ。……私はホントにいらねェみてェで」

「不要なのはそうだね。でも、【即死】が役に立たないわけではないと思うよ」

「あン? この先役に立つことは無いって言ってたじゃねェか」

「君の実力はあの子達についていけるほどではないよ。けれど、【即死】自体は強い魔法だ。君がB級なだけで、使う人が使えば、あるいは君がもっと強くなれば、【即死】はSSSにも届き得る」

「そりゃ、どの魔法もそォなんじゃねェのか」

「いいや。どれだけ頑張ってもSSSには踏み込めない魔法は数多く存在するよ。本人がどれだけ頑張っても、SSとSSSには大きな隔たりがある」

 

 ……そういうモンかね。

 殲滅力と殺傷能力が魔法少女の等級を決める。SもSSもSSSも俺的にァそう大差ないと思うんだが、ベテランの意見ってな貴重だ。

 何かあンのかね。隔たるに足る差って奴が。

 そういや、学園長殿はこの迷宮を浮かせたって話だが、それでSSSに認定される魔法ってのはどういう了見なんだろな。浮かせることに殲滅力も殺傷能力もないように思うが。

 

「しかし、この迷宮の化け物共はどォして外に出て来ないんだ? さっきから見てる限りじゃ、A級だのS級だの、外に出ても通用しそォなのがいんのに」

「迷宮の外では、身体を保つことができないからね」

「保つことができない?」

 

 そりゃ……なんだ。また知らねェ知識だな。

 だってんなら掃除の必要も無さそうだが。

 

「迷宮の魔物は迷宮専用の魔物だよ。後から住みついた小さな魔物は外に出ても問題は無いけど、迷宮の魔物は迷宮以外では生きられない。代わりに、迷宮ではずっと生きていられる」

「でも湧きポはあンだろ?」

「無いよ。あれらは必ず同じ場所に形成されるけれど、明確な形成地点は存在しない。あるいはこの迷宮自体が形成地点といえるのかもしれないけどね」

「……じゃァ、この迷宮の攻略ってな、どういう意味だ。過去に攻略されたンだろ? 何か……こう、征服した、っつー証あってこその攻略じゃねェのか」

「迷宮の主を倒したからね。迷宮の主を倒した事と、迷宮の魔物が迷宮内で形成され続けること、迷宮の魔物が迷宮外で生きられないことは、何も関係ないよ」

 

 そりゃ、困る。

 さっきの決意はなんだったんだ。俺がこの迷宮の湧きポ全部潰してここで死ぬ魔法少女を生まなくする、なんてのは……前提からしてできねェってのか。

 

「この迷宮から、化け物の一切を消すってな、無理か?」

「不可能ではないよ。けれど、出来得るのはSSS級の魔法少女だろうね」

「そォか。じゃ、私はできる可能性があンのな」

「うん。そう言った。君が【即死】をもっと理解することで、あるいは──あらゆる魔物を殺す事も可能になるだろうね」

「今は無理なのか? まァ魔力量的にデカすぎんのは無理ってわかるが」

「そういう意味ではないけれど、これ以上説明する気はないよ」

「そォかい」

 

 ま、全部聞いてちゃ学びは無ェか。ちったァ自分で考えねェとな。

 それに……なんだ。

 キラキラツインテが全てを知っている、というわけではないようにも思う。俺が知らない事で、俺が知りたい事で、キラキラツインテが知らないことで──誰にも知られていないこと。

 それがあるように、思う。それこそ、【即死】で湧きポが殺せるって誰も知らなかったように。前例を作らなければ、誰もできると思わない、みたいな常識の壁がある気がするんだ。

 

「ほら、言っている内に、【即死】が役に立つときが来たよ」

「ン?」

「梓さん! 色々言っておいてとても申し訳ないのですが──お願いしますの!」

「すまん、防御はする! 頼む、梓!」

 

 んん?

 なンだ、二人揃って。お前らに倒せねェ敵が俺に倒せるって。

 

 あァ。

 

「なるほど」

 

 そこにいたのは──半透明の青いヒトガタ。

 ポニテスリットの【波動】やお嬢の斬撃に雲散されて、けれど霧消せずにもとのカタチに戻る。

 

「精神体ね」

 

 そういや精神体を殺せる近接って、もしかして俺だけか?

 

えはか彼

 

 精神体を【即死】させた分の魔力を魔煙草で回復しつつ、それ以外なら問題ないとばかりにガンガン進む二人を追う迷宮散歩。……いやマジで散歩なんだよな。全然こっちに敵回してもらえないし。まァ回されたらされたで死にかねんので良いんだが……良いのか、俺、って。

 ポニテスリットに言われた引き際という言葉が反芻する。

 確かにそろそろ──敵の姿が見えなくなってきた。そンなちいせェ敵ってワケでもねェのに、姿が見えねェ。なんなら俺より図体のデカい化け物もいンのに、その姿を目で追えねェことがある。

 

「ほら、余所見しない」

「ッ! ……すまねェ、してたつもりはないんだが」

「じゃあ、完全についてこれていないね。もう無理なんじゃないかな、君では」

 

 気付いたら、目の前にトカゲみてェな化け物がいた。

 キラキラツインテがその突撃を受け止めてくれてなかったら、俺の頭はぶっ飛んでただろう。キラキラツインテはそのままトカゲの頭蓋に手を入れて──何かを潰す。

 ぐじゅっ、と。まァ、場所的に、脳を。

 

「……いやこえー魔法だなホント」

「でも、私ではAで限界だね」

「限界、か」

 

 限界。言っちゃなんだが、こういう敵の漏らしが出てきたってのも、二人に余裕がなくなってきた証拠だろう。俺を守ってちゃ、後ろを気にしてちゃ、本気で戦えない……か。

 けど、俺が引き下がって……帰ったとして。

 本気で戦っても、死ぬんだろう。

 

「そろそろ帰る?」

「いいや。二人に迷惑かけてでも、私ァ二人を死なせたくない」

「矛盾している自覚はあるんだね」

「ある。全体を見たら、あるいは魔法少女として考えたら、帰った方がいいってのはわかンだ。お飾りB級がいていい領域じゃねェってのはもう身に染みてわかってる。感情でどうにかなる場所じゃないってのもな」

「ふむ。その上で、譲れないものがあるんだね。……私達にとって、苦痛とは死を跨ぐための手段でしかないけれど、君にとっては違う。どうしてそう思うのかな。まだ、死んだことが無いから?」

「私にとって、死ぬことは喪失だから、だ」

「……どこで育てば、その価値観に行きつくんだろうね」

「別に、国の子供でもそォなるだろ」

「いいや。13歳でそうも死を忌避するのは、尋常ではないかな。思うに、そこまで死を嫌うのは──魔法少女ではない、誰かを、亡くした事があるのかな?」

 

 鋭いなァ。

 あァ、あるよ。何度も何度も。その度に泣いたし、永遠の別れに……途方もない喪失感を覚えて、それでも前に進んで。そういうモンだってのが、43年分染みついてる。死ってな、痛い程の傷を心につけるもんなんだよ。

 

 それに。

 

「じゃあよ、キラキラツインテ。お前は、いつ悲しいんだ?」

「……」

「私ァよ、あいつらが死んだら悲しいんだ。いてェって、苦しいって言うのが悲しいんだ。それが嫌でさ。まァ、蘇生したら、また会えるんだろう。また話せるんだろう。そっから楽しい思い出でも作れるんだろう。実際今までそうだったし、なんなら私が殺したこともあった。……でも嫌なんだよ。その度に私ァ苦しくてさ。痛くてさ。悲しくてさ。私ァ死が悲しいから、死を嫌う」

「悲しい、か」

「あァさ。悲しいのは嫌だろ。私ァ他は別にいいんだよ。苦痛と死以外なら受け入れる。何が起きたって何をされたって別に良い。ただ、その二つは悲しいから嫌だ」

 

 それは我儘とか大人になれてねェとかじゃない。おじさんになってもそうだった。身内が苦しんでンのは、死ぬのは、つらくて、苦しくて、痛くて、悲しいんだ。

 どォしたって割り切れない。どォしたって引けない。本人から懇願されたら──流石に折れる。それは。だってそれは、願いだから。だけど、俺から、ってのは無理だ。どォ頑張っても俺ァ、それを受け止め切れねェ。

 

 俺が俺である限り。

 

「最後に悲しかったのは、国が滅んだ時かな」

「……魔法少女になってからは?」

「無いよ。死が、終わりが。──とても、軽くなってしまったから」

 

 やっぱりそォいう事なのか。

 50年。50年も魔法少女やってたら。あるいはアイツラも、長年魔法少女をしていたら。

 死が、軽くなっちまうんだ。

 

 ……俺はまだ短いから、なんて。そんな怖い事は無い。

 俺はこの先、変わっちまうんだろうか。

 

「でも、わかった。私も……また、滅びを。このエデンが滅びたら、悲しいと思う。それが嫌だという気持ちはあるよ。君にとっては、それが死なんだね」

 

 そうか。

 魔法少女達は、国のため、EDENのため、エデンのために戦ってる。

 それは失いたくないからだ。俺にとっての終わりが死であるように、彼女らにとっての死はエデンの滅亡。あるいは国の滅亡。見てる距離が違うってだけだ。

 終わらせないために、滅ぼさせないために、死を手段として見ている。あるいは俺が、死を回避するために、効率を捨てた作戦を取るように──過程はまァ、逆だが。

 

「君の嫌が、ただの我儘ではないとわかった。だから、もう一つ助言をしてあげる」

「ありがてェ」

「身体強化という魔法は部分的にかけることができる。身体全体では魔力が厳しいのなら、頭部だけ、とかね」

「そいつァ、確かにそうだな。学園で習ったよ。足だけ強化して、とか、腕だけ強化して、とか」

「でも、使っていない。どうしてかな」

「目で見えても身体がついていかなかったら意味ねェんじゃねェかって」

「君の【即死】は、何か、動作が必要なのかな」

 

 ……あァ。

 っとにダメだな、俺ァ。近接っつーのは全身を強化してぶん殴りに行く、みてェな偏見があったんだ。周りがそういうのばっかだから。違うんだ。

 たとえ身体がついていかなくとも──俺ァ、いいんだ。

 

 ダメだ。魔法に関して勉強してきたつもりだったけど、全然だ。

 もっともっと知識を付けなきゃなんねェ。

 

 んで。

 

「ほら、いま()()()()()()

 

 世界が遅くなる。

 自分と、自分以外。いやさ、頭とそれ以外かもしれねェ。

 その世界で──死ぬほど重い身体と、その中でも俺が走るくらいの速度で向かってくる銀色のトカゲの化け物。

 その口先が、俺の顔を噛み千切らんと開く。

 触れる。身体は重い。避けられはしない。けれど、触れた。俺からじゃねェが、確実に触れた。

 

 だからソイツは──【即死】した。

 

 口を閉じる力が無くなったのを感じる。それを察知して、世界を段々速くする。

 頭とそれ以外の境を曖昧にして──そんで。

 

 ぐわん、と。俺ァ大きく仰け反った。

 

「ッ……勢いはやっぱ殺せねェか」

「でも、死んでない」

「あァ」

 

 元の重さに戻った体で、顔に張り付いたトカゲを取る。

 ……ちょいと遅かったか。側頭にピリっとした痛みを感じる。噛まれたな。

 それに、集中が強化に行きすぎて、部分的に【即死】させるってのが出来なかった。いつも通り全体を浸して【即死】させちまった。

 もっと、もっと効率化出来る。

 

「……流石にこんなレベルのたけェとこで練習すんのはキツいが、適当な等級のトコでやれば……私ァ、もっと強くなれる」

「そう。でも、今はここを進むしかない。あの子達を救いたのなら──ここで実戦を積むしかない。魔力はどうかな」

「結構減った。全体の【即死】を使っちまったせいだ。だが、これならフリューリ草食えば大丈夫だ」

「……フリューリ草を直で食べる子は、初めて見たかな。どうして持っているんだろうとは思っていたけれど」

「魔力増やす方法わかったらこんな不味い草食べねェよ」

「じゃあ、好きになるしかないね」

 

 目だけ強化しても意味はない。目と脳だな。だが俺ァそんな器用な事は出来ねェ、っつか、結構強化入れたつもりだったんだがそれでもあのトカゲは速かった。さっきはキラキラツインテが来るタイミング教えてくれたからいいものを、突然来た時に目と脳だけ、って判断は今ンとこ無理だ。

 常に頭部を強化しつつ、フリューリ草を食いつつで行くか。

 

 身体は超絶重い。ダメだ、常に強化だとダメだ。

 もっと上手くやらねェと動けねェ。これ修練塔で試す事であってこんな場所でやることじゃねェな。くそ、C級で構わねェとか言ってた過去の俺を殴りたい。なんだ監視塔の上でトロピカルジュースって。なめてんのか。

 あァ、C級は努力してねェって言われる理由がわかる。知識として知っちゃいたが、っとに何にもやってなかったんだな、俺ァ。

 

 ──強化して、【即死】させる。

 

「え?」

「ん?」

「……今の、どうしてわかったのかな」

「何がだ? あァ、後ろから来たのに、ってか? 音がしたからよ。……あァそうか、頭部強化は聴力の強化にもなるのか。なるほどね、そうやって気配っつーモンを探るのか」

 

 目と脳と耳だけを。

 ……いやいや、今すぐにってのは無理だ。もっと身体を慣らさねェときつい。

 でも、今のは上手くいったな。飛んできたのがトカゲだってのもわかったから、脳だけを【即死】させられた。跳躍の瞬間を聞き取れたから、身体を反らして直撃も避けられた。

 

 もしや、目より耳の方が大事か?

 いや、早計だ。何が大事なのかはもっと実戦積まなきゃわからねェ。脳はマストとして、他のどこにリソース割くかを考えねェと。魔力量は限られてる。回復できるからっつってバカスカ使えるモンじゃねェ。効率化だ。脳だって、脳全体である必要はあんのか? 反射神経……っつか、知覚神経とか反射そのものとか姿勢反射とか、そういうのを強化した方がいいんじゃねェか?

 ……仮にそうだとしても、今脳の中身を探るのはきちィな。どこになにがあんのか、とか感覚じゃわかんねェし。

 

 ──強化して、【即死】させる。

 

 後頭部に鈍痛。避け切れなくてその図体がぶつかったンだ。あァ、やっぱ聴覚刺激を鋭敏にすんのは大事だな。動作の始まりを聞き取るっつーのは全方位に及ぶ。目ってな前だけしか見れねェ。いやまァ耳も構造上前の音の方が聞き取りやすいんだが、後方を悟るのは耳に頼るしかねェ。

 

「……中々上手くいかねェもんだな」

「でも今等級試験を受けたら、君は実力だけでB級に至れるよ」

「お飾りじゃなく、か」

「そう」

 

 消費した魔力をフリューリ草で回復する。

 脳だけを【即死】させる場合、相手の脳がどこにあるかを知っておく必要がある。今でこそ俺の知ってる動物っぽい化け物ばかりだからいいものを、話に聞くアダマンタイタンみてェなのは脳も心臓も無ェだろう。ああいうのを相手取るなら、部分的に殺していくべきか。腕から、あるいは手から、とか。

 

 ……ン? じゃあよ。

 

 強化された聴力が音を捉える。正面からだ。視覚強化に切り替えて、暗がりから飛び出してくる──小せェヘビみたいな化け物を見る。

 鋭い牙だ。パカっと開いた口は俺の顔に噛みつき、食い破るつもりか。それとも毒でも流し込むつもりか。

 もう、触れる。

 触れた。【即死】。全体を浸してから殺す──ではなく。

 

 少しずつ、化け物の細胞一片一片を──全て死滅させていく。

 死んでいく。死んでいく。即座に死んでいく。

 

 そんで、潰れて行くんだ。

 ヘビが俺の顔にぶち当たるより、俺がヘビを殺す方が早い。なんたって【即死】だからな。死滅したヘビの頭部に後続がぶち当たって潰れる。それも殺して、その先が詰まる。脆い。いや、脆くなった、か。死んだから。もう生きてはいないから。筋肉も骨も何もかもが死んで、砕けて行く。

 遅くなった世界で込める。意思を込める。死ね。速く死ね。死ね、死ね。死滅しろ。【即死】しろと。ヘビを──その身を構成する全てを。

 

「──できたな」

「消費魔力は?」

「全体を浸してた頃と変わらねェ。いや、強化の分こっちの方が多い。だが」

 

 だが、だ。

 だが──俺の身体は、仰け反ってもいないし、痛みを覚えてもいない。

 顔面にヘビの死骸がぶつかったっつー不快感はあれど、一応これで、完成だ。

 

「ノーダメージだ。【即死】による絶対防御……あァ、あとは効率化だ。強化の割り振り、切り替えのタイミング。そういうのをちゃんとやれば、私にァ何も効かなくなる」

「うん。いいね。私とおんなじ」

「あァそォか。つーことは、反魔鉱石投げられたらやべェな、私ァ」

「……折角助言してあげたのに」

「冗談だよ。つか自分で自虐してたクセに弄られんのは嫌なのかよ」

 

 オトシゴロか。

 ……いやまァ、無かったよ。俺のデリカシーも。調子に乗りすぎたな。

 

「さて、あいつら追いかけるか」

「それが良いと思うよ。結構離れてしまったから」

「んじゃ脚を強化して、とか調子に乗るとすぐ死にそうだからよ、そっちはまだ普通で行かせてもらうぜ」

「うん。走力を上げたとしても、君の耐久性が変わるわけではないからね。硬い魔物にぶつかったら君がさっきのスネイクみたいに潰れちゃうんじゃないかな」

「怖い事言うなァ」

 

 ……お嬢も、自分の【神速】に慣れるために、努力したんだろォな。

 だからこそのSS級だ。ポニテスリットだって、背中メッシュだって太腿忍者だって。

 みんな頑張っての、A級以上だ。

 

「いつか君が、戦場を歩くだけで、進む先にいる魔物の全てを死滅させる……そんな、SS級のような光景を見る日が来るかもね」

「それになるにァ、効率化しまくらねェとなァ」

「魔力量も」

「いやそれは増やせねェんじゃねェのかよ」

「私が知らないだけだよ。誰に聞いてもわからないだけ。増えたという話は聞かないし、減ったという話も聞かないだけ。それだけ」

 

 可能性はゼロじゃねェって?

 あァさ、まさに俺の考えてた事だ。俺の考え付くことくらい、キラキラツインテにも思いつくか。そォだよな、コイツだって努力でAに上り詰めた側の奴だ。

 

 ……よし。

 

「この迷宮無事に出たら、私ァA級目指すよ。そのために、こんな迷宮さっさと踏破して、外の空気でも吸いに行かねェと息が詰まる」

「この迷宮を踏破出来るのなら、S級に届くと思うけれどね」

「ちったァやる気の出る発言はできねェのかお前」

「現実を教えてあげているだけだよ」

 

 まァ、それはわかってるけどよ。

 

 ……いいか。今はとりあえず、あいつらに追いつこう。

 話はそっからだ。

 

 そっから、俺を新しく始めよう。

 死なせたくねェなら──見合う実力を付けた俺になるために。

 

えはか彼



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14.間軸伊豆和宙鵜恩戸塔吏部.

「おーい、お嬢、ポニスリ、大丈夫か?」

「それはこちらが言いたい事ですのよ梓さん! まったく、私達がどれだけ探したと……」

「いやすまん、上階でキラキラツインテと魔法の勉強しててよ」

「ほう? 何か進展があったのか?」

「あァさ。ちったァ強くなったぜ、私ァ。ま、お前らの足元にも及ばねェが」

 

 ……一瞬、試されるんじゃねェかって聴力の強化をしたが、二人はそんなことしてこなかった。あの班長のせいだ。調子乗った事いうと試されるんじゃねェかって身構えちまうのは。

 魔煙草を取り出して、吸う。ふぅ、不味い不味い。余計な魔力使っちまったからな、回復しねェと。

 

「なるほど、部分強化ですのね。それならば確かに、今までよりは強くなれたかもしれませんわ」

「だが、それだけでは無理だぞ、梓。この先は……今までの比ではない」

 

 ここは第二の休憩地点。

 第二にして最後。つまりこっから先が、最深部周辺って奴だ。今までのも十分ヤバかったが、俺が相手したのはこいつらに殲滅された撃ち漏らしと、キラキラツインテに見逃された奴だけだからな。これ以上、なんだろう。

 まったく、国の奴らは知ってんのかね。

 ンな危ねェもんがわんさか湧いてる迷宮が、自分達の頭上にある、ってコトを。……あァいや、迷宮の化け物は迷宮外じゃ生きられねェんだったか。だが、あのヘビだのトカゲだのは固定湧きって感じしなかったよな。普通にいる化け物って感じだった。

 そう考えりゃ定期的に掃除しねェとダメって理由もわかるか。上の弱い奴らを追って、あんなのがわんさか出てきたら大変だ。まァ上の弱いのでも魔法少女以外なら簡単に殺せそうだが。

 

「引かないんだな」

「あァさ。私ァ踏破するよ、ここを」

「部分強化程度で調子に乗るな、と言いたい所だが……いいだろう。ここから先は、私達も余裕がない。お前を守りながら、というのは厳しい。だから、自分の身は自分で守れ。あるるららさんのことだ、そのための技術を教え込んでくれたのだろう?」

「大正解」

「おォ、防御方法をな。教えてもらった」

「なら、いい。フェリカも私も、前に集中できる」

「ええ──ここから先は、至難にして至高。一度は攻略された迷宮なれど、倒れていった魔法少女は数知れず。迷宮の材質も変わるので本気を出しても問題ない──最上の修練場ですわ」

 

 へェ。そーなのか。

 確かに今までは、迷宮を壊しちゃいけねェからセーブしてたんだったな。

 ……ポニテスリットや金髪お嬢様の攻撃に耐え得る材質が使われてて、そこに住んでる化け物、か。そりゃまァ、強いんだろォな。

 

「梓さんの死んでほしくない、死にたくない、という思いは受け取りました。けれど、はっきり言います。無理なものは無理ですわ。貴女を守る事を含めて──この先、私達は必ず死に至るでしょう。ですが、もう逃げてくださいとも、帰ってくださいともいいませんの。ですから」

「あァさ、一緒に戦わせてくれ。そこばっかりはそっちの懇願じゃなくて、私の意思でよ」

「……一緒に戦ってください、と。格好つけようとしたんだろう、フェリカ?」

「梓さんってたまにノリというものを理解してくれませんわよね……」

 

 いんやさ、俺だってカッコつけてェのさ。

 よく被るだけで。

 

「じゃあ、私はここまでかな」

「ん。そォか。ここまでありがとうな、キラキラツインテ」

「うん。君達が誰一人死なずに帰ってくる事を、中央塔で祈って待ってるよ」

「死ぬと思ってンじゃねェか」

 

 蘇生してくる前提じゃねェか。

 

「またね」

 

 言って。

 キラキラツインテは、ふわーっと浮かんで、天井に吸い込まれるようにして消えて行く。

 

 ……【透過】、ずりィな。

 

「【透過】ってずるいですの……」

「ま、彼女にも私達の魔法をずるいと思う事はあるだろう。得意不得意はそれぞれだからな」

 

 その通りなんだがよ。

 いやでもずりィだろ。どこでも行き放題って。

 

「気を取り直して──魔力回復も十分ですわね?」

「ああ。問題ない」

「おォさ、行けるぜ」

「では──行きますのよ、迷宮の最奥!」

 

 やべェやべェと噂の迷宮最深部周辺。

 攻略開始、ってな。

 

えはか彼

 

 やっべーわ。っぱねー。

 

「ミサキさん! 後ろですの!」

「分かっている──くッ!?」

「止まりゃこっちのモンさ! って、オイ避けんな!」

「逃がしませんの!」

 

 速い。何だってんだってくらい速い。視覚強化は意味ねェってわかった。遅くなった世界の中でも自動車くらいのスピードで向かってきやがる。あとお嬢がその中でも更に速い。見えねェくらい速い。

 その上で、凄まじい威力の攻撃だ。ポニテスリットが大半は防いでいるが、しっかり押されてる。力逃がして壁に叩きつけさせたりもしてるみてェだが、そん時の音が尋常じゃねェ。くそでけェ鉄球同士を射出してぶつけあったみてェな音がする。アレでいて殴った側の拳が潰れてねェのもやべェ。

 つか俺の銃、弾速おっせェ。化け物の速度に一切追いつけてねェ。これァばら蒔いた方がまだ使えるな。

 

「後方、左角! さっきの鎧騎士だ!」

「【波動】!」

「からの、ほらよ!」

 

 強化された聴力が金属の擦れる音を聞く。口は簡潔な報告をし、手は弾丸を一つ握る。

 その瞬間にはポニスリの【波動】が俺の後ろに展開されていて、鎧を纏う精神体の斬撃をガード。握った弾丸を放れば──その弾丸ごと、お嬢が鎧騎士を突き貫く。

 

「梓さん、もっと速く投げられますの!?」

「あァよすまんな! もうちょいいける!」

 

 さっき開発した連携だ。俺の弾丸じゃ鎧騎士の鎧を貫けなかったンで、俺の弾丸を剣先にお嬢に貫いてもらう作戦。それでもしっかり【即死】は発動するんで、お嬢の攻撃に【即死】のエンチャントがされた、みてェな感じだ。

 ただそれにァ俺の対応が必要。四の五の言ってらンねェんで腕の強化もしてある。

 当然消費魔力は膨れ上がるが、【即死】の分の魔力は使ってねェ、元から込めてあったモンだからな、そこの差分でなんとか、だ。

 ちょいと休憩があればすぐにフリューリ草を食べる。不味いとかの話じゃねェ、食わなきゃ死ぬんだ。

 

「ポニスリ、上!」

「お前の後ろもだ、梓!」

「そいつァわかってるよ!」

 

 ノールックで炸裂弾を連発。壁や地面に向かってな。

 銃弾を避けられるってンなら、避けられねェ面攻撃をすりゃいい。後ろには味方がいねェんだ、俺から5m離れてりゃどこに撃ってもいい。

 

 頭を下げる。

 

「すまん、撃ち漏らしだ!」

「問題ありませんの!」

 

 聴力だ、強化すべきは。

 その音が何かを判断する前に、どこに向かってるのかさえわかりゃ避けられる。相手が俺より小さけりゃ、だが。

 

「謝る暇があれば戦え、梓! 敵は待ってはくれないぞ!」

「あァさ! ──お嬢、右に跳ねろ!」

「──ッ!」

 

 落ちてきたのは、鉱石が如き拳。

 ゴーレム種だ。精神体の宿った岩人形。無限に再生し続ける厄介な化け物。凍らせるとか縛り付けるとか、行動封じ以外では倒せない近接魔法少女殺し。まァ精神体系の化け物は大体そうなんだがよ。

 

「おら、たんと食え!」

「突き入れますの──!」

 

 それに対し──だが、殺し得る手段を放り投げ、ばら蒔く。

 銃弾。発砲ではなくただただ放られたソレを、お嬢が【神速】を用いて的確に突いていく。百突きって奴さな。百発もねェけど。

 それは確実にゴーレムの体内に入る。

 

「ポニスリ!」

「ああ──砕け散れ!」

 

 トドメはポニテスリットの【波動】。こういう硬い系にはめっぽう強いからな、【波動】は。無論柔らかいのにも強いんだが。

 ゴーレムの体内にあった弾丸がそれぞれ【即死】を発動する。行動封じをしなければ殺せないゴーレムを──中の精神体が逃げる間も場もなく、完全に殺し尽くす魔法。

 

「ハッハァ──精神体が私に勝てるかよ!」

「突き入れたのは私ですわ!」

「砕いたのは私だ」

「なンでそこで対抗してくンだよ」

 

 あァ。どうだ。おい。

 戦えてんじゃねェか、少しは。

 

 ……なんて調子には乗らねェ。俺ァ今お嬢とポニスリのサポートをしてるだけだ。便利な【即死】をばら蒔いてるだけだ。

 

「──【即死】!」

「何を──上か!」

「助かりましたわ、梓さん! 下がって!」

 

 殺気を感じた、なんて言ったらファンタジーかね。

 さっきの鎧騎士もそォなんだが、どうにも俺ァ殺気や殺意ってモンを理解できるようになってきた気がする。いんやさ、遠征の時のアレも気のせいじゃなかったし、なんか来るんだよな。

 殺してェ。あるいは死ね、っつー感情が、流れてくる。

 

 ネズミやコウモリ、ヘビやトカゲにァ無かった感覚だ。

 ……知能が上がっている、とかかね?

 

「今のは完全に助けられたな」

「いんやさ、とどめ刺したのはお嬢だ。私ァ腕を殺したに過ぎねェ。……あー、なんだこりゃ。これもゴーレムか?」

「マリオネッタという。精神体の一種だが、コアがある分近接魔法少女でも倒し得る魔物だ」

「あァ近接魔法少女でも精神体って倒せんのね」

「当然だろう。得意不得意はあれど、我々魔法少女に倒せぬ魔物がいるものか」

 

 いんやさ。

 俺のレアリティはやっぱそんなでもないんだなー、とか。

 別に落ち込んじゃいませんよ。

 

「お二人とも! 雑談している余裕はないですわよ!」

「あァよ! つかお嬢、しゃがめ!」

「ッ!?」

 

 SRを大して狙いもつけずに撃つ。

 お嬢には当たらねェコースだが、化け物にも当たらねェか、これじゃ!

 

「場所が分からずとも!」

 

 しゃがんだお嬢が仰け反るように跳躍する。

 ピンと伸ばした切っ先は俺の弾丸を確実に捉え──そのまま、背後にいた化け物を貫き殺した。おいおい、どんな反射神経してんだ。つか体のバネどーなってんだ。

 

 足音。

 

「ポニスリ、背中側全面に【波動】を展開しろ!」

「っ、またゴーレムか!」

「踏み止まるな、そのままぶっ飛べポニスリ!」

 

 ポニテスリットの後方に展開された【波動】はゴーレムの拳を受け止めている。その衝撃そのものは殺せているけれど、ゴーレム側に引く気がないんでポニテスリットは押されるしかない。が、人間の構造上後ろからの衝撃ってな前からのモンより耐え難いはずだ。だからそのまま押し出されてもらう。

 その、腕。ポニスリのじゃねェ、ゴーレムの腕だ。それに触れて──【即死】させる。

 背後、ゴーレムに触れてねぇ方の手で投げるは【即死】の弾丸。

 

「【神速】──っ!」

 

 ゴーレムは防御をしようとした。同族の死を見て学習しているのか、弾丸を体内に入れなきゃ問題ないと悟ったのかはわからねェ。が、防御しようとしたのは事実だ。

 出来なかったが。

 

「ははは! わからねェだろ、腕が死ぬってな感覚は! 体験したことねェだろ!」

 

 その腕は俺が殺している。

 戸惑いが見て取れる。お嬢の突きが身体に入るまでの短い間、ピクりとも言わねェ腕に困惑したまま、ゴーレムは【即死】した。

 ……やっぱり知性があンな。厳しい環境で生きて行くために身に着けたってトコか。

 知性がありゃ、殺気も感じ取れる。

 

「二人とも、こっちだ! 下層への階段を見つけた!」

「ナイスだポニスリ! 行くぞお嬢!」

「っ、ええ!」

 

 見逃さない。俺ァそういうのには聡い。

 けど、今は言ってられねェ。だから行くしかねェ。

 

 無理なものは無理?

 嫌だね。

 

えはか彼

 

 戦闘は激化する。

 マトモに相手をするのではなく、弾いて生きて防御して逃げて、下層への階段を見つけるしかなくなってきた。地図なんざ見てる暇ないンで、ある程度の場所だけ覚えて方向感覚を頼りに進んでるだけだ。

 地面に少しばかりの水が張ってるせいか、滑りやすい。その分化け物の歩く音は聞き取りやすいんだが、同時に俺達の歩く音も化け物に聞こえてるはずだ。聴力強化してんのは何も俺だけじゃねェようで。

 

「っはぁ、っはぁ……ふぅ」

「大丈夫か、梓」

「梓さん……」

 

 フリューリ草を食う。つかもう飲む。噛まずに飲む。咽る。やっぱちゃんと噛もう。

 なんだ、反応は出来てる。ギリギリだが、聴力の強化がいい仕事してる。脳の強化も。

 

 だが魔力が足りねェ。回復においつかねェ量の敵が来るもんで、【即死】弾丸以外の……つまり通常の【即死】も求められる。上にいた大蛇みてェに、外皮のかてェ奴とか、図体のでけェ奴に、だ。

 このままじゃジリ貧もジリ貧。んなこたわかってるが、どうしようもねェと来た。

 

「私ァ大丈夫だ。つか、見逃してねェぞお嬢。お嬢も結構魔力キツいんだろ?」

「えっ?」

「【神速】がどんだけ魔力食うのか知らねェけどよ、さっきからずっと使いっぱなしだ。私達よりもずっと長い間、身体強化と【神速】を使い続けてる」

「だ、大丈夫ですの。これくらいではSS級は負けませんのよ!」

「何強がってんだよ。ほれ、食え」

「あそっち……じゃなくて! 嫌ですの、それ不味いのでしょう!?」

 

 何がそっちなんだ。おじさんにわかる言葉で話してくれ。

 つか不味いから嫌って子供か。

 

「どうせ魔煙草も亜空間ポケットにしまったままなんだろ。微々たるモンだろうが、回復量は馬鹿にできねェぞ。ポニスリ、お前も食うか?」

「私は遠慮するが、確かにフェリカの魔法は発動時間が長い。その消費も激しいだろう。食べた方がいいと思うぞ」

「うぅ……うー。……でも、そうですわね。我儘は言っていられませんわ……」

 

 フリューリ草を渡す。手に取るお嬢。

 匂いを嗅いで、一瞬安心したような顔を見せる。そのまま、恐る恐る舌を突き出し、葉に触れて──この世の終わりをみた、みてェな顔をした。

 

「よく、これ、たべられ、ますの、ね」

「あァさ。生きるためだ。不味ィもんも苦ェもんも生きるために必要なら食える」

「……なら、私も貰うか」

「ん。なんだ、ポニテスリット。お前は割と効率的に魔法を使ってるように見えたが」

「いや、生きるため、と聞いてはな」

 

 俺からフリューリ草を受け取り、舌を付け、やっぱりおんなじような顔をするポニテスリット。

 今化け物がいなくて良かった。こんな状態の二人じゃ戦えたかわからねェ。

 

「……そうですわね。私達は……生かすための戦いはしてきましたけれど、生きるための戦いというのはしたことが無かったかもしれません。魔法少女は生体兵器。故に国の壁となり矛となり死兵となれ。それこそが私達でしたが──今の敵は、国に仇為すモノではありませんわ」

「あァよ、死ななきゃ罰になんねェって考えなんだろ? 今回の命令違反への罰ってなよ。じゃあ、無傷で帰って、生きて帰って、すまねェ罰になんなかったわ、つってよ、開き直ってやろうぜ」

「そんなことをすれば更なる刑罰が待っていそうだが……中々面白い考えだ。乗った」

 

 苦い顔をしながら。

 けれど、なんだか……ちょっとだけ、楽しそうにしながら。

 

「不味いので、もう一枚貰えますの?」

「あァさ。私も食べる。ポニテスリットは? まださっきの飲み込めてねェか?」

「んぐ。いや、今のみ込んだ。貰おう」

「強がるねェ」

 

 意識改革になったかどうかはわかんねェ。んなことする必要があるのかもわかんねェし、俺の理念に付き合わせることもねェってわかってる。

 だが、今はよ。

 少なくとも死に行くのではなく、生きるためにいくんだと。そう思ってくれたみたいでよかったよ。

 

 

「んじゃ──【即死】」

「……!」

「今のは」

 

 はっはっは、読めてきたぜ段々。

 物食った後が一番隙だらけって知ってるよな、知性付けた獣なら。あァ、群れてる相手を絶望させんならそこだ。狙い目だ。そうして一匹やった後に、動揺して一緒の方向に逃げねェ散らばったのを、一匹ずつ食っていくんだ。

 強い奴のやることさ。獅子の考えだぜ、そいつァよ。

 

「ポニテスリット、次に私が合図したら、この通路塞ぐくらいでけェ【波動】張ってくれ。強度はそんなになくてもいい」

「わかった」

「お嬢はその後ろで待機だ。神経研ぎ澄ませて、後続に来るだろう奴らを狙ってくれ」

「……それは、梓さんが前に出ると。そういうことを言いたいんですの?」

「あァさ。ここまでくれば、私の独擅場さ」

「……」

 

 心配、って顔してるな。

 まァそうだろう。俺ァさっきキラキラツインテにB級と認めてもらったくらいの奴だ。戦闘に関しちゃ素人に毛が生えた程度で、強化もそこまで上手くない。

 

 だがよ、敵の狙いがわかるってなら、話は別だ。

 数も少ない。逆三角錐だ、迷宮も狭くなってきた。ははは、俺ァ死地を前に笑う奴だったかね? なんぞか知らんが、どうにも昂揚感みてェのが抑えられねェ。

 なんでか、あァ、どーにも──テンションが高い。ボルテージが上がってるってー奴だ。

 

「お嬢もポニスリも、私より強ェからな。私の前にいたら上手くいかねェんだ。私の強さは信じなくていいんで、私の考えだけ信じてくれ」

「いえ。信じていますわ。梓さんの全てを」

「そりゃァいいな」

 

 言って、引き下がる金髪お嬢様。

 あァ、いいな。信じられるなら応えたくなる。後ろにいるヤツの信頼に応えんのが前を進む者の役目さ。

 

「さァ来いよ、クソデカライオン。あァいやスフィンクスか? どうでもいいか。四角推でもねェしな」

 

 そこに、いた。

 なんぞ──ちいせェ獣をわんさか引き連れる、四足の化け物。さっきの様子見みてェな攻撃をした後から、ずっと。ずっとこっちを静観する、まァ、なんだ。

 ボス、って感じの奴。見た目的に一番近いのは、メスライオンかね。鬣の無ェライオンだ。翼生えてるが。

 まだ最深部じゃねェはずなのに、はは、このフロアの主ってか?

 

「まずは一発、ドカンだ」

 

 発砲。SRじゃなく拳銃。

 だが──この弾丸に込められた【即死】はさっき詰めた代物だ。いつものなァなァなそれじゃねェ。

 

 死ねと。殺すと。世界を呪う想いを──殺意を込めて作り上げた、他の弾より禍々しさの増した弾丸。

 

 それは真っ直ぐに獅子へと突き進み。

 

「今だ!」

 

 ほぼ同時、俺の身体は【波動】と獅子に挟まれていた。

 

 クソ程速い。嫌になる程重い。

 だが──止めたぜ。

 

「すまんな相棒! 安藤さんトコでまた会える日を願ってる!」

 

 止めた。手じゃねェ。身体じゃねェ。

 背後を【波動】に任せて、SRの銃身で獅子を止めた。

  

 一瞬だ。一瞬だけだ。もう銃身は曲がりつつある。否、折れつつある。

 大きく口を開けた獅子に、その鋭い爪に。

 引き裂かれそうになる身体は──しかし、【波動】の丸みに助けられる。それだって一瞬だ。耐久度を求めてねェから、すぐに破られるだろう。

 絵面的にはもう、俺の身体が獅子の口ン中に入っている形だ。

 

「ハハハハハ! 知らなかったかよ、百獣の王! 拾ったもん食ったら腹ァ壊すぜ!」

 

 その咥内を。

 その喉を。

 その頭蓋を──殺す。死ね。死ね。速く死ね。即座に死ねと。

 発動する。【即死】を──今回ばかりは、あのヘビと同じく、全てに。顎の筋肉を、脊椎を、翼を、脳を、瞳を胃を頭蓋骨を腱を肋骨をいんやさ全部だ全部を全部さ殺す。

 

 知ってるよ。プライドあんだろ。一番弱い奴殺して号令だ。俺ァ知ってんだよ。考えがおんなじだからな。

 お前が来るって知ってたし、誰を狙うかも知ってたし、お前が──最後の最期まで全力を尽くすのも知ってんのさ!

 

「生きるためだもんなァ! ああ、そりゃ私と一緒さ!」

 

 あの弾丸で悟ったはずだ。

 コイツは弱いが、自らを死に至らしめる者だと。なれば絶対に殺す。王であることは関係ねェ。子供のためさ。後ろにわんさかいる子ライオンのために、次なる王のために、あるいは番のために。後ろに続く奴らのために、前に出る奴がすることさ。

 

 何も無いならそれでいい。何かあってからじゃ遅い。

 勝てるならそれでいい。だが、勝てねェんなら、死力を尽くす。

 

 おんなじさ。

 

「だからよ、お前に何ができたのかは知らねェが──ソレごと潰すぜ!」

 

 何かをしようとしていたのはわかる。

 全身が死滅し、崩れ落ちて行く中で、けれど瞳はこちらを向いて、何かをしようとしていた。魔法の類か。精神体のようなものを放つつもりだったのか。

 知らねェ。知らねェのさ。生きるために何かをするつもりだった。生かすために、多分、自分ごと俺達をどうにかするつもりだったんだ。侵入者は俺達の方だ。誰も入って来なけりゃ、誰かがどっかで諦めてりゃ、こいつらは平和だったんだ。

 

 それを脅かすものとして。

 お前を食い破って、生きて行く者として。

 

「お嬢!」

 

 波打つ壁を破壊して、金色の風が俺の横を駆け抜ける。

 

 敬意を払う。

 一瞬の戦いさ。一瞬だ。お前達の築き上げたものは一瞬で崩れ去る。

 だから、あァ、生きるために向かってきたお前は──俺が殺してやる。

 

 死にゆくものでなく、死を願うものでもなく。意思のないものでも、知性をつけたばかりのものでもない。

 

 明確に、生きるために殺す、というのなら。

 

「私達が! 生きるために──死ね!」

 

 世界を呪う言葉ではなく。

 俺達が進むための、障害を払う言葉として。

 

 死ね、死ね、死ねと。散々吐いてきた言葉の中で、初めて。

 禍々しくない──何か、眩しいものが生まれた気がする。世界と自己。その中に、別のものが。

 

「ポニテスリット! 私をお嬢の元へぶっ飛ばせ!」

「馬鹿が、誰が味方に攻撃するものか。共に行くぞ、梓!」

「あァさ!」

 

 グン、と引っ張られる。

 何かを成そうとして、けれどなにも成せずに塵となっていく王を崩して。

 俺とポニテスリットは──その金色の風の中に、突っ込んでいった。

 

 

 

 

えはか彼

 

 

 

「危ないので次からはやめてくださいの!!」

「おォ、そんな怒らなくていいじゃねェか。万事上手く行ったんだし」

「もう少しで私が梓さんを斬ってしまう所でしたわ!!」

「すまねェって」

 

 いんやさ、普通に怒られた。

 どうにも本気で子ライオン共を殲滅していたらしく、そこに突然現れた俺とポニテスリットに大層驚いたそうだ。まァそォだよな。見えるモン全部殺す気でいたところに仲間が現れたら驚くわな。

 

「一緒に突っ込んだポニテスリットも悪い」

「お前がぶっ飛ばせ、などというものだから、何か策があるのかと思ったのだ。まさか無策に加勢に行こうとしただけとは思わないだろう」

「無策じゃねーって母ライオン殺したら子ライオンもいけるんじゃねェかって思っただけだよ絶対動揺するし」

「ならば、どのようにして加勢しようとしていたか言ってみろ」

「……そりゃ、なんだ。銃撃ってよ」

「どっちも同じですの!」

 

 割と決戦に近い雰囲気だったんだが、ほっかりしちまった。いやさお嬢が強い強い。

 俺の大一番は確かに役に立ったが、他の化け物を殲滅したのはお嬢様だ。殲滅力、ってのは【即死】じゃどーにもならんのかねェ。

 

「でも、梓さん。凄いですのよ。あれはアンヴァルといって、SS級の魔物ですわ。速度は私に匹敵しますの。膂力に至っては、私を超える程。それをああも華麗に【即死】させるとなると、A級も夢ではないですわ!」

「いんやさ、ありゃ状況が整ってたからだよ。平地でアレと戦ったら普通に死ぬ。だから逃げるね」

「それでも反応できたのが凄いと言っているんですの!」

「反応も何も、視力強化もしてねェからな、アレは。来るってわかってたトコに来た感じだ」

「そうだったのか? まったく、危ない事をする……」

 

 目ェ見てわかったんだ。

 コイツは俺とおんなじだって。生きるために相手を殺すヤツで、俺より覚悟決まってる奴だ、って。

 

 なら、俺みたいに遠回りじゃなく、真っ直ぐ来るって思った。そんだけだ。

 

「で、これでどんくらいなンだ、迷宮は」

「あと1層ですわ! その奥が最深部!」

「おォ? んじゃなンだ、私は戦えてンのか、結構」

「戦えていると思うぞ。魔力もまだ底を尽きてはいないだろう。あれほどのものを【即死】させたというのに、だ」

「……確かに」

 

 あれ、そォいやそォだな。

 なんでだ? あんなでけェライオン【即死】させたのに、魔力は十全に近い。そんなワケねェんだけど。

 

 ……十全、っていうか。

 

「ちょっと、増えた……か?」

「何?」

 

 気のせいでなければ。

 十全に近い、という感覚は、上限があがったからで、元の魔力量的には十全、というか。

 

 ……なんだ、これ。

 あの眩しいものが原因か?

 

「なんにせよ、回復したのなら良かったですの。さぁ向かいましょう!」

「ちなみに次の層でフェリカは、私は今の層で死んだ。前回の話だが」

「気を引き締めろ、って事か」

「お前は十分に戦えている、という事だ」

「へェ、ポニテスリットが褒めるのは珍しいな」

「そうか?」

「いーきーまーすーのーよー!」

 

 あァさ。

 なんで魔力が回復したのかとか、さっきの高揚感みてェな感覚はなんだったのかとか、まァ色々気になる事はあるんだが。

 

 次と、次で最後。

 ──割と行けるんじゃねェか、なんて油断はしねェよ、もう。

 

えはか彼

 



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15.藍日亜土湯上薄井栖.

 ぶっ飛ばされたと分かった時には、金髪お嬢様が後ろにいた。

 

「──ッ!?」

「くそっ!」

 

 あァよ、骨折したなコリャ。いてーいてーの。まァ前世のバイクでずっこけた時よりはマシかね。お嬢がだいぶん助けてくれたみてェで、いんやさ、油断したつもりはなかったんだが。

 

 階段降りてすぐ、だ。あらかじめ待ち構えてたのか、降りてきてすぐに反応したのか。

 どちらにせよ無理だな。反応できねェや。どんだけ強化したって今の俺にァ無理だ。反応できたとしても、完全に避けなきゃ死ぬ。ハハ、小せェ身体で良かったよ。少女の体躯だからこそ、軽くていいカンジにぶっ飛ばされた。

 腕はポッキリ逝っちまったが。

 

「お嬢、離れろ! 狙いは私だ!」

「ッ!」

 

 そこで我儘いうお嬢様じゃァねェ。しっかり離れてくれた。

 んで、もっかいぶっ飛ばされる俺ね。うわやべェ、マジで反応できねェ。狙われてるのが俺だってわかってんのに──コイツ、殺意がねェ。ただ、一番弱いのを狙ってるだけだ。

 

 迷宮の端の方まで飛ばされて、床転がって壁にドン、だ。

 転がれたのはでけェ。そこである程度時間稼ぎができた。一瞬だけ全身強化ってのをしてみたんだが、あァ、多少はダメージを削げたよ。っとに気分程度な。

 

 ……いやよ、俺ァ、久方ぶりにこんな大怪我したんじゃねェか。

 そォだ。確か、魔法に【回復】や【治癒】が無ェって知った時から、怪我負ったら死ぬしかねェんだって忌避感があった。だから、あの敵の魔法少女と戦った時でさえ、ちゃんと怪我はしないようにしてた。

 が、なんだ。こんな──なんでもねェ、俺がついていきたいといった場所で、片腕バキボキさ。

 

 

 遠く。っつか、俺が端っこにいったンで、階層の中心部で二人が戦ってる。

 金髪お嬢様はまだ戦えてる。けど、ポニテスリットがキツそうだ。【波動】の防御が間に合っていない時があるし、間に合ったとしても押し返されて飛ばされてる。【波動】そのものもへこんじまってるように見える。魔力の干渉……強度か。あの大蛇と同じさね。

 

 あー。

 なンだ。おいおい。

 意気揚々ってワケじゃねェ。この先必ず死ぬと、無理なものは無理と言われて、嫌だって拒否してさ。

 

 この程度、じゃ……カッコつかねェだろ。

 ハハ、無理だってよ。敵じゃなく、他ならぬ仲間に言われてさ。

 

「ひひ……あァ、ダメだな、っとに。てめェで言ったんだろ、仲間が傷付いていくのは悲しいって。苦痛を負うのはつらいってさ。……なんで笑ってんだよ、オイ」

 

 誰に向けるでもない、俺に向けた罵倒だ。雑言だ。

 なんでだ。ホントにさっきから──気分が高まって仕方ねェ。俺ァよ、こんな奴だったか? 前世にあっても、別にそこまで蛮勇な奴じゃなかっただろ。ちったァ前に出ることはあったよ。部下を持つ身だ、それくらいはあった。けどちゃんと冷や汗かいてたし、ちゃんと腹ァ痛めてただろ。

 何が変わったんだよ。前世の俺と、今生の俺で──何が変わったよ。

 

「ンなもん、決まってらァな──」

 

 片手で、拳銃を構える。

 魔法少女だ。別に強化しなくとも、片手で銃撃てるくらいの力はある。変わったことはンなことじゃねェが──あァ、それはイイコトだ。

 

 視界の真ん中で──金髪お嬢様が、打ち上げられたのが見えた。ポニテスリットじゃねェ。お嬢が追いつかれたんだ。

 打ち上げられて、その落下地点に槍を構える奴がいる。敵がいる。

 ようやく見えたんだ。ようやく化け物の姿が見えた。あァ──皮肉な格好してやがる。

 

 白い翼。鋼のような胴体。手に持つ槍は鋭く長く、その眼孔は何を映す事もない。荘厳な装飾の為された籠手と、目に見える程に圧縮された魔力。それらは光球と天輪を召し上げ──この階層を、強く照らす。

 ここだけ迷路になってねェんだ。ここは、ただ、奴と戦うためだけの場所。

 

 虚ろなる天使──そんなヤツだ。あの化け物は。

 天使が、少女を相手に、その命を摘み取らんとしている、なんて。

 

「天使が死なねェって、んなこたねェさ。死なねェのは神さんだけなんだよ。お前に永遠は与えられちゃいねェ」

 

 撃つ。

 弾速は遅い。天使の速度にも、お嬢の速度にも、ポニスリの速度にさえ敵わないだろう弾丸が──お嬢を待ち構える天使にすっ飛んでく。

 

 それに対し、天使は。

 

「──!」

 

 手に持つ槍で弾丸を打ち払うと同時、コッチに向かってきた。

 お嬢からも、ポニスリからも意識を逸らして、コッチへ。一番脅威度の低いはずの俺を、狙って。

 速いなんてモンじゃねェ。おかしいんだ。こっちに真っ直ぐ向かってきてんのに、消えたように思う。もう目の前にいるってな、一体どういうコトだって。

 

「ばァか」

「!」

 

 超至近距離で炸裂が起きる。

 絶対来ると思ってたから、撃った直後にばら蒔いておいた弾倉だ。全弾だ。後の事とか知らねェ知らねェ、今を生きるために全部やってやる。

 

 ──が。天使は、それさえも避けやがった。なんだ、槍の一振りで全ての【即死】を発動させて、自分は一瞬で後ろに退いたンだ。近接魔法少女みてェな戦い方をしやがる。あるいはてめェの方が先か?

 強制的に発動された【即死】の魔力が大気に溶けていく。あーあー、勿体ねェことしやがる。俺の毎日の頑張りがよ。

 

 ──"死ネ(理単.)"

「!」

 

 寸前で避ける。

 避けた? 俺が?

 見えてもいねェのに?

 

 ──"死ネ(兎修)死ネ(伏理伊豆)死ネ(遭上意.)"

「……!」

 

 避ける。避ける。

 わかるってワケじゃねェ。何の攻撃されてんのかもわかンねェけど、避ける。斬られてンのか、突かれてンのか、薙がれてンのか、あるいは別の何かか。

 一切理解のできないまま、理解のできない攻撃を避け続ける。

 

 ──"死ネ、我々ヲ脅カス者(泥椅子伊豆能登湯上伏零須.)"

「──死ね」

 

 今、わかった。

 いや何されてンのかは何にもわかンねェままだが、わかった。

 どこへ行けば、死なないのか。わかった。

 

 ──"死ネ、此処ハ聖域ナリ(理単戸減琉,葉阿歩止琉.)"

「──死ね」

 

 攻撃が見えたわけじゃねェ。相変わらず反応はできてねェ。けど、わかる。俺の死なない位置が。どこにどう身体を動かせば、俺に死が訪れないのか。全てが必殺。全てが必死。

 だから、か?

 敵の攻撃が、俺にとって【即死】だからこそ──わかる、みてェな?

 

 ──"死ネ、彼女ノ愛シキ子(悪世伏戸恵田兄茶印地迎斗負不出栖.)"

「──死ねよ、そろそろ」

 

 言葉に従い、意思に従い、【即死】が発動する。

 

 今まで俺が触れた場所。今まで俺に触れていた場所。掠めただろう。気付かなかっただろう。俺を傷つける度に──俺から漏れていた、微々たる魔力に、など。

 魔法とは魔力によって為される。目に見える程濃密な魔力があるなら、感じ取れぬほど希薄な魔力も存在する。魔法少女達はそれを、余剰魔力と呼ぶ。

 自らの魔法を発動するにあたって、込め過ぎた魔力。敵を殺傷することにおいて、使わなかった魔力。それらが本来世界へと溶けて行く所を、掴んで、引き戻して──己が魔力と再認させる。

 

 世界に、だ。誰にでもない。自己と世界。自分がそうだと言っているから、世界にもそうだと認めさせる。

 

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 ──"死ネ()! 世界ノ忌ミ子ヨ(寝具栖座頭集琉鈍斗微陽亜)──!!"

藍出内沙米紫遠(私は救いを否定する).」

 

 

 触ったんだ。触れたんだ。浸透したんだ。

 俺の中でそうなったから──世界(お前)も認めろ。

 

 

 死んだんだ。コイツは。俺の中で──もう、とっくに。

 

 

「……ん?」

 

 倒れてくるのは、わかった。もう速く無いから。

 ただ──めちゃくちゃ重そうな鎧が。俺の方に──倒れてきたのだけ、わかった。

 

「ワァオ」

 

 それを避ける余力は残って無かった。

 

えはか彼

 

 何が起きたのか、と問い詰められて、腕折られたんだよ、と答えたら、知ってますの! って言われた。

 

「いんやさ、すまねェけど、何が起きたのかはわからねェんだわ。ただなんか、アイツの意思が分かったような気がして、殺されねェとこに移動しまくって……最後ァよくわからねェが、【即死】させられた。そんだけ」

「そんだけ、じゃないですの! 倒したんですのよ!? 迷宮の! 最深部前の! SS級が束になっても敵わなかった魔物を! ほぼ梓さんお一人で!」

「……フェリカを打ち上げた後、お前の元にアンゲルが向かったのはわかった。だが……それ以降は、見えなかった。フェリカよりも速い奴の攻撃を、お前が躱していたというのなら、お前はフェリカよりも速く動き得るということになる」

「いや、なんねェよ。どこに行けばいいかわかったってだけだ。つか、んなことより止血ポーション持ってねェか?」

「あるが……痛むぞ?」

「知ってるよ、んなこた」

 

 魔力に余裕があるのだろう、ポニテスリットが亜空間ポケットを開き、それをくれる。

 知ってる知ってる。超絶いてェって知ってる。

 

 けど片腕グチャグチャでよ、やべェんだわ。だから、血ィ止めに──。

 

「い──ッてェなァおい!」

「そも、腕を折られた時点で十二分な怪我だと思うのだが……死には、しないのか。それでも」

「たりめェだろ馬鹿かお前。すげェんだろ、アレ倒したのって。やべーよ。クソ痛ェ。けど生きたんだぞ。なんで痛いことなんかのために死ななきゃなンねェんだアホか」

「……いや、そう、だな。……そうだった。私達は、生きるために戦ったのだから、そうか」

「そォだよ。今更だろ」

 

 いてーいてーよ。死ぬほどいてェ。ポーションふりかけた腕が無理矢理内部で動きまくってるカンジ。やべーわ。死ぬほど痛い。いや、つか、魔法少女って骨折とか治んのかな。切り傷擦り傷くらいなら治るのは知ってンだが、ここまで来ると自然治癒じゃどォしようもねェぞ。

 死ねば治る、が魔法少女だから病院ってのもエデンには無ェし。

 

 ……まァ、死ぬよりはマシだがね。片腕だとしても。

 どうせ人間の頃でもこんなんは治らなかったんだ。同じだろ。なんなら神経殺して痛み感じねェ盾にでもする。

 

「まだ私は納得していませんのよ梓さん!」

「いやそォ言われてもな。私だってもっかいやれって言われたら無理だよ。極限状態だったからこそだし、敵がアイツだったからこそだ。アイツは多分、ここに生まれてから長かったんだ。だから知性があった。知能が高かった。じゃなきゃ私に意思なんか届けられねェ」

「それが! 何故! 梓さんが勝てる理由になりますの!!」

「なんだよお嬢、私のこと信じて無かったのか?」

「階層初めに何も出来ずに二回も吹き飛ばされた方が何言ってるんですの──!!」

「そりゃそォだったわ」

 

 あー、じゃァあれか。

 随分とご心配をおかけして申し訳ねェ、って奴だ。

 

「まぁ、フェリカの言いたい事もわかる。梓、本当にあり得ないことなんだ。私はアンゲルについて知識では知っていたものの、このフロアは未踏だったし、アンゲルとも戦闘経験はない。ただ書物で知っているだけ。戦闘経験のある者に話を聞いただけ。それだけで、その恐ろしさがわかる。SS級を束ねても、遠隔をどれほど揃えても、死者が出る。討伐した、という話がないわけじゃない。ただ、恐ろしい時間をかけて、凄まじい損害を受けて、の話だ。怪我はしたが、全員が生き残ったというのも、これほどまでに短時間で討伐したというのも、こうして話している今でさえ信じられない」

「私が何度挑戦しても、他のSS級を誘っても攻略できなかった相手を、初見で! こんな短時間で!! ……信じるとは! 言いましたけれど!!」

「ぜってェ無理だろって思ってたワケだ」

「だって無理に決まってますのよ……。そんな練度の低い部分強化と、よくてA級な使い方の魔法で……倒せるはずがないのですわ……」

 

 ま、こればっかりは【即死】のピーキーさが出たってことで一つ。

 相手が単体で助かったってのもある。天使っつったら軍勢なイメージだからな、これで複数いて、全部が俺を狙ってきてたら今頃ハチの巣だろう。

 上の階の獅子もそうだが、俺ァ一対一ならやりようがあンのかもしれねェ。あと背後が壁であることな。

 

「……よし、血も止まった。お嬢とポニスリは大丈夫か? 身体」

「大丈夫、とは言い難い。私も骨折やら打撲が無数にある。……フェリカもそうだろう」

「私はそこまででもないですのよ。まだ戦えました。……打ち上げられて一瞬意識を失っている間に、梓さんが全て終わらせてしまいましたけれど」

「意識失うくらいダメージ食らってんじゃねェか」

 

 相当だろそりゃ。

 

「で、どうするよ」

「何がですの?」

「どう、とは?」

「この先だよ。最深部。私ァ行くぜ。お前ら休むか? 大丈夫じゃねェんだろ?」

 

 二人は顔を見合わせる。

 そして溜息を吐いた。

 

「私達、そこまで安い挑発で激情すると思われているんですのね……」

「梓、少しばかり私達をなめすぎじゃないか?」

「あァさ、私から見たらどっちもちびっこだからな」

「一番身長の低い奴が何を言っているのやら……」

 

 お嬢にだって、ポニスリにだって、プライドがあんだろ。

 俺に気遣って、俺を否定したくなくて、言葉を濁しまくったけどさ。

 

 A級が、SS級が、手も足も出なかったヤツを……良くてB級な奴がさっさと倒しちまう、なんてのは。

 

 積み上げてきたものに対して、譲れないモンがあるんだろう。

 それは心の狭い事なんかじゃねェし、なんなら俺だって何が起きたかよくわかってねェんだ、実力で勝ったって感じはしねェから悔しい。

 ずりィんだ。理解できねェものってなな。

 プライドも先入観も常識も、決して悪ィモンじゃねェ。強いて言うなら今のは俺が悪ィ。俺がちゃんとやったこと理解して、二人に納得させられる説明ができりゃよかったんだが……マジで何が起きたのかよくわかってないと来た。

 そんななぁなぁな奴に負けた、ってのは。

 やっぱ受け入れらんねぇだろ。

 

「んじゃ先行くぜー」

「あ、待て! ここから先は情報が無いのだ、もっと慎重に行け!」

「私が先に行きますの!!」

 

 ……やっぱちびっこじゃねェか。

 特にお嬢。

 

えはか彼

 

「ようこそ迷宮最深部へ。お疲れだろう、肩でも揉んであげよーか?」

「……いや、遠慮しとくがよ」

 

 あれ。

 俺達さ、なんか死線くぐってさ。いざ秘宝のある最深部へ、みたいなさ。

 ……あれ。

 

「ここ、は?」

終の因(ついのよすが)……と呼ばれていたのは過去の話。数十年前かな、数百年前かなー。魔法少女を名乗る団体さんによって迷宮の主は倒され、征服され、絶対服従を誓った事で、ここは楽園と呼ばれるようになりましたー。みたいな」

「迷宮の主、とは」

「勿論あたしの事だけど」

 

 褐色肌に、プラチナブロンドの長髪が美しい、スラっとした女性。ポニテスリットよりも深いスリットの入った黒い服は、ところどころがシースルーで目に悪い。いんやさ、魔法少女は結構露出激しい子もいるから慣れてきたつもりだったんだが、妙齢の女性ってなるとやっぱり話が違う。

 色気っつーの? おじさんさ、色々思い出しちゃうなー。

 

「ええと、魔物、ですの?」

「分類上は? 君達が、君達と人間と獣以外を魔物と呼ぶのなら、魔物で合ってる」

「じゃあ、戦いますの?」

「えー。やだー。っていうかできないー。さっき言ったでしょ、征服されて絶対服従を誓った、って。その時さ、詐欺られたんだよね。絶対服従の相手は目の前の相手だけかと思ったら、ギアススクロールには魔法少女に、って書いてあってさー。あたし、魔法少女には絶対服従なのであります」

「なら、お前はここで何をしているんだ?」

「なにって」

 

 女性は。一応魔物だという迷宮の主は、俺達三人を見て。見まわして。

 ぱちぱち、と。拍手をした。

 

「……迷宮踏破のお祝い?」

「安い報酬だなァ」

「あ、そう! それですの! エデンの地下迷宮の最深部には秘宝が眠っている──という噂! 真実ですの!?」

「この部屋に秘宝とかあると思うの?」

「……」

 

 この部屋。

 なんか、学園塔の寮の部屋、みてェな、クッソ普通の部屋。

 上階へ続く階段だけが異色だが、それ以外はマジで普通の女性の部屋、って感じ。

 

 ……あァよ、なんだったんだ、さっきまでのは。

 

「あ、でもあたし迷宮の主だから、結構色々できるよ。何かしてほしいことあるー?」

「えーと。では帰還のため、地上への直通ルートをお願いしますわ」

「おっけおっけー。迷宮の主だからね、迷宮を作り変えるのはカンタン! はい次の子!」

「……私達全員の怪我を癒す、という事は可能か? 高位の魔物は、同族へ体力を分け与える、というのを聞いたことがあるんだが」

「君たちとあたしは同族じゃないので無理! 他は?」

「ならば、この籠手……これの材質をより硬いものに変える、というのは」

「おっけおっけおっけー! はい、変えましたー。次!」

 

 ちゃんと、迷宮の主らしいことはできるらしい。

 怪我は治せねェと。了解、と。

 

 でも、欲しいモンはなんでもくれそうだな。

 結構融通が利きそうだ。

 

「……ならよ、この迷宮に、もう化け物が生まれないよォに、ってのは、できンのか?」

「えー。君さ、酷いよー。私達を否定するだけじゃなくて、居場所まで奪おうっていうのー?」

「できンのか、できねェのか」

「ちょっと、怖いこーわーいー! できる、できますぅ。できるけど、やりたくないですぅ~!」

「いいからや──むごっ!?」

 

 いいからやれ、とっととやれ、と言おうとした所、背後から口を塞がれた。

 

「やらなくていいですの!」

「おー、君は優しい! 良い子良い子! そっちの悪い子とは違うねー」

「っぷは、おいお嬢!」

「やるなら私が勝ってからにしてほしいですの!!」

 

 オイやっぱ子供じゃねェか。

 またとないチャンスなんだぞ。この迷宮で死ぬ魔法少女を無くせる、最早唯一かもしれねェチャンスだ。それを不意にしろってのか。

 

「君さー、自覚無いだろうからちょっと言わせてもらうけど、ホント酷いよー? あの子達だって生きてるんだよー? それをさ、生きる機会まで奪って、生まれる可能性すら取り上げて……君の魔法自体酷いのに、そこまでするー?」

「ンだよさっきから。否定否定って。別に私ァ化け物を否定してなんかいねェよ」

「してるよー! だってそれ、あの子達が積み上げてきた経験とか、感情とか、そういう記憶の一切を無に帰す魔法でしょー? 生きるために必死で身に着けた術も、君の魔法の前には意味が無い。強きとして生まれた種としての堆積も、君の魔法に触れたら全部消えちゃう。本能に取り残された使命も、絶対を誓う約束も、全部全部なかった事にして、無理矢理"終われ"っていう魔法じゃん。否定だよ、それは」

 

 ……。

 やかましいな。こっちだって生きるのに必死なんだよ。知るかよ、化け物の気持ちなんざ。

 

「他のにしてよー。お願いだからさー」

「私からもお願いしますの! というか、もう一度言おうとしたらその口に手を突っ込みますのよ!」

「……ンなことを懇願されたって、私ァここで誰かが死ぬのが嫌で、だから攻略してやろうってここまで来たんだぞ。否定否定言うなら、それこそ私の否定だ。私の決意の否定だ」

 

 だから、そんな顔するなよ。

 そんな、泣き落としなんかが通じるかよ。

 

「わかった! じゃあ、こうしよう! ──もう、魔法少女は殺さない。意識を摘み取るに終わらせる。そうして、気絶した魔法少女は地上に戻す」

「ンなことできンのか?」

「私は迷宮の主だからね。それくらいはできるよ」

 

 ……だが、怪我は負うんだろう。

 それじゃ……、意味は。

 

「梓。ここは迷宮だが、魔法少女達の実践的な修練場でもある。修練塔とは別に、な。その上、ここは学園の所有物だ。それを勝手に変えたとあれば」

「あ! さっき言った直通ルート、私達が通った後は元に戻して欲しいですの!」

「うん、それは勿論だよー」

「……変えたとあれば──所有者が黙ってはいない、かもしれない」

「いいよ。誰か知らねェけど、魔法少女への罰は死ななきゃ意味がねェとか言ってる奴らと同じだろ。真っ向から反抗してやる」

 

 ポニテスリットまでそっち側か。

 当然、なんだろうな。ここはもうすんげェ前からそういう場所で、俺がおかしいってだけで。

 

「頼む、梓。怪我は負うのだろう。だが、負った上で生きて帰ったのなら、それは指針となる。その後どうするかはその者の勝手だが、少なくともここまでならば死なない、ここまでやったら死ぬ、という境界線を見つける事には繋がるだろう。そしてそれは、ゆくゆくの魔法少女の練度を上げる事にもつながる」

「そんな説得で、私が納得するとでも?」

「だから、頼んでいる」

「ッ」

 

 お前まで、そんな顔を。

 ……なんでそんな、寂しそうな顔をするんだ。

 

「あ、じゃあもう一個! ここの子達を消しちゃいけない理由いいまーす!」

 

 空気の読めねェ奴が、声を張り上げる。

 

「ンだよ。何言われたって私ァ」

「当然の事だけど、ここで生まれる事が出来なくなったら。居場所を失ったら。ここの子達は外で生まれるようになる。外に順応した身体になって、生まれ出でるようになる。──さっき君達が戦った子みたいなのがね」

「──オイ、そりゃ特大のデメリットだ。先に言えアホ」

 

 もし、あんなのが外の世界を闊歩するンなら。

 やべーなんてモンじゃねェだろ。世界滅亡だわ。

 

「やめだやめ。消さなくていい。つかこの場にずっと留めてろ。その上で、さっき言ってた通り、戦闘は気絶に留めてくれ。餌とかが必要なら私が何とかする」

「いらないよー。勝手に湧くし。あの子達は魔法少女を食べているわけじゃないからねー」

「んじゃそれでいい。はァ、あぶねェ」

 

 あやうく世界が終わる所だった。

 あんな天使が外に降臨してみろ。国なんか一瞬だぞ。

 

「おっけー。それじゃ、はい」

 

 ゴゴゴゴ、と。

 上の方で何かが動いて──天井に、ぽっかりと四角い穴が空いた。

 

「直通ルート!」

「ええ、ありがとうございます、」

「そして──重力阻害!」

 

 ふわ、と。

 身体が浮く。

 

「の──ッ!?」

「クソ、やっぱり魔物か!?」

「あーこりゃ、快適なこって。地上についたら解除してくれるンだろうな? オイ」

「勿論! じゃーねー!」

 

 そんな感じで。

 

 俺達の迷宮探索は終わりを告げた。

 正直失ったモンはでけェ。色々。得たモンもでけェが、あー、なンだ。

 

 腕一本で、【即死】への理解やA級への向上心を得たって思えば、安い買い物だったのかもしれねェな。

 

えはか彼

 



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五、休養編
16.鈍斗業是亜.


「では──行きますのよ」

「おォ、来い……アレ」

「……今、梓さんは四回ほど死にましたの。本来ならば」

「あー。じゃ、やっぱ無理なのかァ」

 

 修練塔。

 近接、遠隔、どちらの魔法も修練が可能なように作られた塔で、五つの監視塔の内2時の方向にある塔だ。そこで、金髪お嬢様と対面している。金髪お嬢様は剣を持って、俺は無手で。

 んで──。

 

「では、これはどうでしょうか!」

「これって?」

「……今ユノンさんの苦無が梓さんの首筋に触れているのですけれど、気付いていませんの?」

「え。おわ!?」

 

 まァ、修練しているわけだ。

 俺が迷宮で見せた回避と、部分強化の精度上げの訓練って奴。

 背中メッシュとポニテスリットは授業があるってんで、金髪お嬢様と太腿忍者に相手役になってもらいながら、速度のある攻撃っつーのをやってもらってンだが。

 

 いんやさ。

 

「えーと、フェリカさん。アンゲルの攻撃を避けた、というの、何か誇張が入っていませんか!」

「私も意識の無い間でしたのでなんとも……ミサキさんが嘘を言うとは思えないのですが」

 

 なんだ。

 てんでダメ、って奴。

 素の状態じゃァこいつらの攻撃なんざ見えやしねェし、避けるなんて以ての外。反応のハの字もできないと来た。勿論、どこにいけば死なないかわかる、なんてのも無い。

 もう何度眼前に剣を突きつけられた事か。もう何度背後を取られて首掻っ切られそうになったことか。

 

 極限状態にならねェと発揮できねェのか?

 つーかあン時の異常な昂揚感も無ェのがな。流石にB級のままでいーや、にァなってねェけどよ、ヒヒ、だのハハ、だの、戦闘中に、死地にあって笑み見せるような戦闘狂じゃァなくなっちまってる。なんつーか、普通に怖い。そういう奴。

 

「あー。じゃァ次だ。部分強化。ちょいと感覚神経強化するからよ、今のをもっかい頼むわ」

「わかりました!」

 

 聴力と脳を強化。

 音。右から来たのを、首を傾けて避け……れんな。重い。太腿忍者の苦無の速度に、俺の身体の一切が追いついていない。来たのはわかったがこれじゃ何もできずに斬られるだけだ。

 えーと、なら。あー。んー? 脚でいいのか、これは。脚の部分強化……いや、足だけじゃ無理だな。腰と、つか体幹系全部……となると腕以外の全部? なんだそりゃ、結局全身強化と変わんねじゃねェか。

 

 あ。

 

「攻撃そのものには反応できていますのね。身体強化が追いつかないようですが、梓さんの魔法なら魔物相手には問題ないでしょう」

「遠隔攻撃してくる奴相手にするにァ無理か」

「ええ。まぁ、早々にそんな機会が訪れるとは思えませんけれど」

「先日の演習にいた精神体や、地下迷宮にいるというアンヴァルは高位の魔物ですよ! 魔物が魔力を扱ったり念動力で何かをする、というのは知性の象徴ですから!」

「そりゃ……困るな」

「?」

 

 多分だけど、俺ァ相手に知性があって、且つ殺意が……本気で殺す、っつー殺意が乗ってねェとピクりとも感じ取れねェんだ。それは迷宮で理解した。

 でもんな知性持ってんのが早々いねェとなると、俺は普通の戦場じゃ特に役に立たねェってことになる。所謂B級、あるいはA級に適した相手じゃ、俺の知覚は揮わねェと。

 

 ……いやまァ、ンなもんに頼ってねェで、この身体強化の切り替えをスムーズにできるようになれって話なンだが。

 

「【即死】の使い方を練習するってなると、ここじゃできねェしなァ」

「私が相手をしましょうか?」

「……やめてくれ、ンなこと。何かあったらコトだ」

「何かあっても蘇生すれば問題ないので!」

 

 あァ、そーだった。

 背中メッシュと太腿忍者はまだ"こう"なんだ。いやさ、金髪お嬢様とポニテスリットも変わってくれたのかどうかはわかりゃしねェんだが。少なくともコイツは死をツールにしか捉えてない。

 

「ユノンさん、それでは効率が悪いのですのよ。貴女の蘇生にかかる時間は20分ほど。対し、【即死】は一瞬です。その間梓さんは待ち惚けになってしまいますわ」

「あ、なるほど! 確かにです!」

 

 お嬢の目配せ。

 ありがてェな。そォいう気遣いは。

 

「……けれど、それ。その……本当に蘇生しなくていいんですの?」

「あン?」

 

 今まさにこっちをわかってくれてる、みたいな気遣いしてくれといて、なんだそりゃ。

 

「いえ、死んでほしいというわけでは……その、結果的にはそう、なってしまいます……けれど」

「正直見ていて痛々しいです!」

「そいつァすまねェな」

 

 太腿忍者がはっきりと言ってくれた。

 ま、そう思われてんのはわかってる。つか作ってくれた安藤さんもそう言ってた。

 

 会う人会う人、みんな言う。

 なんでンなモンつけてんだ、って。なんでそのままにしてンだ、って。

 

「あァよ、勘弁さ。()()()は、私が生きたって証拠だからよ」

 

 右腕を持ち上げる。

 そこにあるのは──武骨な鉄塊。鉄じゃねェけど。

 先端に指も無ければ肌色ですらない。鉄柱、っつー表現が一番似合う。

 

 つまりまァ、義手さな。

 

「これでも結構仕込んであんだぜ。ちゃんと武器さ。つってもまァ、弾薬やら魔煙草やらの保管庫って扱いが一番なんだが」

「確かに、梓さんの素手で殴るより、そちらで殴った方が強そうです!」

「馬鹿お前、ンなことしたら接合面が痛ェだろ。普通に銃使うよ」

「えぇ、勿体ない……」

 

 義手。義手だ。

 死ねば助かる。死ねば復活する。死ねば完全な五体満足で蘇生する魔法少女が、義手。いやさ、迷宮で骨折した腕はもう骨がバキゴキでよ。その上に止血ポーションなんつー筋線維グチャグチャにしてでも止血するモンふっかけたせいで再起不可。仕方ねェんで安藤さんに泣きついたら、国の軍用医療に義手義足作ってるトコあるから相談してくれるってんで、そうして拵えてもらった一品だ。

 仲介してくれた安藤さんも「別に一回死んだらいいじゃないか」とは言ってたけど、それなりに俺の事わかってくれる人だからな。「ま、アンタがいいならいいんだけどね」と引き下がってくれた。

 

 ついでにお釈迦になっちまったSRの発注と、もうちょい威力の出せる拳銃ってのを打診中。この腕にウイーンガシャガシャっつって変形機構でも組み込めねェかと聞いてみたら、少なくともこの国の技術じゃ無理だそうだ。

 他の国は滅んだんで、この国が無理だったら無理だわな。

 

 ……でも一応まだ望みはある。

 っつーのは、あの狼の化け物を従えていた魔法少女。アレも四肢が義手義足だった。

 となれば、アイツの所属している組織だのなんだのにそういう技術があンじゃねェかって。まァどうやって作ってもらうのかは考えてねぇし、そもそもアイツが組織に属しているのかもわかんねェんだけどさ。

 

「つってもまァ二丁拳銃はできなくなっちまったし、総合的な戦力は下がったンじゃねェかなァ」

「アンヴァルとアンゲルを倒しておいて?」

「いやァよ、アレはまぐれで……って」

 

 二人の声じゃァなかった。

 その声は下から聞こえてきて──いやさ、溜めるまでもねェ。キラキラツインテなんだが。

 脅かすの好きすぎだろコイツ。

 

「よォ。中央塔には行かなかったぜ」

「うん。とても驚いたよ。あ、少し前ぶりだね」

「あるるららさん! お久しぶりです!」

「そんなにかな」

「いえ、そんなにではないですね!」

 

 遠征の日が遠い昔のよォだが、そんなこともない。

 ま、遠征が終わった次の日に二人の懲罰で、今日はそっから三日くらい過ぎたってくれェの日にちだ。いやさ、体験する物事が濃密だと時間を長く感じるってなこういう事さな。

 

「で、何の用だ?」

「私じゃなくて、ヴェネットがね」

「ほォ。班長が」

「うん。お詫びしたい、って」

 

 またかい。

 いやさ、あの人罪悪感とかめっちゃ覚えるだろうなァってのはわかるんだけど、もういーって。忙しいだろうに、俺なんざに構わなくていーってのに。

 しないと心が折れちまうってンなら、受けるけどさァ。

 

「こ、ここか! あるるらら! 先に行くね、じゃないんだ! 私は彼女らがどこにいるか知らないんだから、修練塔の一つ一つを確認しなければいけなかったんだぞ!」

「おー、お久しぶりで、班長」

「あ──あぁ、久しぶり……か? そうでもない気がするけれど、久しぶりだね、梓」

「ム」

 

 班長だ。

 結局なー、遠征任務から帰ってきて、一度も会って無かったんだよな。遠征内での報告ってな俺ァ個別で済ませることになっちまって、班長はまた違う任務への遠征に行かなきゃで、すれ違い。んでまァ俺が迷宮に行っちまって、帰ってきたらば腕作るために滅多に学園に顔出さねェんで、園内で会うこともなかった。

 

 班長は。

 ……すゥっげェ気まずそうな顔してる。気にしなくてもいいのにな。俺ァこうして生きてんだし。

 つか、任務で置き去りなんざままあることなんじゃねェのかね。

 

「ちょっと、梓さん」

「ン?」

「……どういうことですの? AクラスA班班長はわ・た・く・し……ですのよ?」

「あァ、遠征組突撃班の班長だったからよ」

「……私が金髪お嬢様で、ヴェネットさんが班長呼びなのは……ずるいですの」

「ンなこと言われてもなァ」

 

 ずるいって何だよ。

 ……金髪お嬢様は金髪お嬢様だしなァ。

 

「梓」

「ん? あ、おゥ」

 

 お嬢とこそこそ話してたら、いつの間にか班長が近くにいた。

 いて、マジな顔で。流石に何かを悟ったのか、お嬢がちょいと離れる。

 

「──ごめん」

「いやいーって、お、おい?」

「心細かっただろう。君を置き去りにしてしまって……本当にごめん」

 

 そのまま──抱きしめられた。

 なんだ、遠征組ってなハグ流行ってんのか? キラキラツインテも自己と世界を認識させるためとはいえ似たようなことしてきたし。

 

「私の判断ミスで……君から様々なものを失わせてしまった事。どうか償わせてほしい」

「待て待て、私が何失ったってんだ」

「え? いや、あるるららの話では、君は心神喪失状態で、自己判断もできなくなって、死をも忌避するようになって、その腕も……あるるらら!」

「ヴェネットの判断ミスがなければ、【神速】の子も【波動】の子も罰をうけることはなかったからね。周り廻って、巡り廻って、すべての原因はヴェネットにあるんじゃないか、と思っただけだよ」

「極論が過ぎる」

 

 バタフライエフェクトも真っ青だ。

 

「……ヴェネットさん。勘違いが解けたのなら、そろそろ梓さんを放してくださいますの?」

「ああ、アールレイデさん。君にも迷惑を……」

「いいですから! 一旦梓さんを解放してから、お話はそれからですの!」

「じゃあ、私も溶けてみよう」

「うわっ!? おい、キラキラツインテやめろってそれ、なンかヘンになンだよ! ちょ、オイ、班長放してくれ、って、おォう!?」

「放さないなら私も抱き着きますの──!!」

 

 早いんだって、展開が。

 太腿忍者は巻き込まれねェようにさっさと逃げてるし、キラキラツインテは何してんのかわからねェがとにかくぜってー良からぬこと企んでるし、お嬢はいつも通りっちゃいつも通りだけどなんか暴走してるし。

 あと班長も、お嬢の言う通り誤解は解けたはずなのに……一切離れてくれない。

 アレこれ、おじさんモテ期か? いんやさお嬢が俺に好意抱いてくれてンのは知ってんだよ。だからこの暴走が嫉妬に由来するってのはわからんでもないんだが、キラキラツインテと班長はマジでなんだ。前者は特に意味のない行為をすンのはわかるが、マジで班長は何を思って俺から離れないんだ。

 

「よし、いいことを思いついた。君達、今日は私の部屋に来てくれないか? そこで、色々お詫びをさせてほしいんだ」

「おォい班長、一旦放してくれ」

「ん? ……何をしているんだ、あるるらら。それにアールレイデさんも」

「あァ何で償ったらいいか考え込んでてマジに気付かなかっただけかい」

「ヴェネットはそういうところがあるよ」

 

 いいから、わかったから。

 おじさんそろそろ限界よ。一応男なンよおじさんは! 今女の子でも、43歳のおじさんに少女三人が抱き着くって絵面がどンだけ恐ろしいかってわかってくれ。

 少女の体温に、気恥ずかしさとかよりも罪悪感を覚えちまう。

 

「梓さんは奪わせませんのよ……!」

「お菓子パーティをしよう。女の子らしく、だ」

「ヴェネットに女の子らしくする、なんて概念があったことに驚いたよ」

 

 そりゃ、全く以て同意なんだがよ。

 お菓子パーティ。いいよいいよ、いいからいいから、行くから放してくれ。

 

 な?

 

「──歓談中申し訳ないのですが、梓・ライラック様。キリバチ上官がお呼びです。どうぞこちらへ」

「おわ!?」

 

 いつのまにか、そこにいた。

 メイド服姿の女性。いつぞやの魔法少女たる衣装ではなく、わざわざ普通の服を着た女性が──俺を奪い去っていた。

 

「え」

「あれ」

「きゃ!?」

 

 突然のことに団子になる三人。

 既にこの場からいなくなってた太腿忍者。

 

「それではみなさん、良い学園生活を」

「ちょ──」

 

 確か名前は──コーネリアス・ローグン。

 小学校に現れた狼の化け物退治ン時にいた、鬼教官殿の部下。

 

 それが、俺を姫抱きにしていた。

 

えはか彼

 

「連行してきました、キリバチ上官」

「ああ。次の命令まで待機しておいてくれ」

「承知いたしました」

 

 結構な高さにあったさっきの修練場*1から、俺を姫抱きにしたままピョイピョイEDENを飛んでって、あれよあれよのままに軍事塔……教員塔とも呼ばれるそこに辿り着いた。

 コーネリアス・ローグンは監視塔のすぐ下にある部屋へ窓から侵入。すってーとそこに鬼教官殿がいて、今。

 

「手荒いことはされなかったか?」

「あァよ、そいつァ大丈夫だが、何の説明もなしに連れて来られたっつーのは文句として言っていいのか?」

「私もローグンに何の説明もしていないからな。ただお前を連れて来てくれと命じただけだ」

「アンタが原因かい」

「はっはっは、まあそう邪険に扱わないでくれ」

「扱っちゃいねェがよ。軍事塔に呼ぶくらいだ、またなんかあンだろ?」

「いや? 少し、久方ぶりに話したくなっただけだ」

「あァそォかい。じゃ帰るわ」

「待て待て、積もる話があるのだ」

 

 鬼教官殿とそこまで親密な関係になったつもりはねェんだがな

 暴走繭の件と、狼襲撃の件くらいだろ? まァ助かったがよ。そこまでってほどでもねェ。

 

「聞いたぞ。アンヴァルにアンゲルと、SS級でも手こずる高位魔物を単独で討伐したそうじゃないか」

「あー。その話。単独じゃねェよ、お嬢とポニテスリットがいたし」

「アールレイデと縁は、お前が単独で討伐したと言っていたが……それは虚偽の報告だったと?」

「ここでそォだ、つったらアンタは"なら更なる罰を与えなければならないな"とか言いだすンだろ? じゃァそォでいいよ。私がやった。つっても再現できるか怪しいけどな」

「良い。それでこそ、だ」

「あン?」

 

 何がだ。

 

 鬼教官殿は、ペラ紙を一枚取り出す。

 ペラ紙っつか、一応ちゃんとした書類……いや。

 

「A級推薦状?」

「そうだ。これから先、お前は重宝されることになる。自然生成の形成地点の破壊が可能かどうかの検証と、そもそもそれが自然形成のものであるかの調査。今確認されているすべての形成地点に【即死】が有効なのかどうかの調査及び破壊任務。形成地点など無ければ無い程いい。そのために、突撃班だけでなく様々な遠征班に組み込まれていくことが予想される」

「忙しくなるってか」

「ああ。その中で、B級を良く思わない者もいる。単純に信頼を預けない者もいる。そういうのを黙らせるのがA級という称号だ」

「今度はお飾りA級ってか」

 

 忙しねェこって。つい先日お飾りB級になったばっかだってのに、大した実力もつけねェまま昇級なんざ、嫌な未来を引き寄せる結果にしかならねェと思うんだがな。

 A級としての働きを期待されてもできねェし。亜空間ポケットも全身強化もマトモに使えねェA級がどこにいんだよ。あァ、飛行魔法も。

 

「流石にA級魔法少女はお飾りではなれん。故に、お前には無理矢理にでもA級になってもらう」

「……できンなら、やるが。なんだ、死地に単身放り込まれる、とかか?」

「いいや。少し前までのEDENならそれもできたが、お前の【即死】は貴重過ぎるのでな、上が手厚い保護をしろとのことだ。これより先、お前はどこに行くにも護衛が着く。EDEN内ならまだしも、外部に放り出して【即死】を奪われる、なんてことはあってはならないからな」

「あー、そりゃ助かるが」

「当然、その護衛の者には──死したとしてもお前を守り切る、という任務が課される。その上で、お前は外部の任務に出される。その意味が分かるな?」

 

 ──最悪ってことね。

 なンだよそりゃ。お上ってな、俺が嫌がる事しかしねェのか?

 

「……ああ。そいつらを死なせたくなかったら、修練塔なんぞでぬりィ修練してねェで、ガンガン実戦経験して強くなンなきゃならねェと」

「そうだ。お前が死を嫌えど、忌避せど、護衛となる者はお前のために死ぬ。お前のために傷付く。お前が無事でよかったといって死んでいくだろう。お前を逃がすために全力を賭す」

「嫌な話をすンなよ。最悪の気分だぜ今」

「だが、理解はできたな? お前が強くならなければならない理由。お前が大切に想う者だけでなく、全ての者の死を拒むというのなら、A級、S級、SS級と、それらに匹敵する強さを手に入れなければならない。そして、その可能性をお前は見せた。単独でのアンヴァル及びアンゲルの討伐。SSS級にも届くだろう成果を、これでもかというタイミングで見せてしまった」

「お上にも期待されてると」

「SSS級とは全魔法少女の憧れであり、誰よりも前を行く者の称号だ。あらゆる魔法少女を導く存在を指す。未だ学園長や創設者達のみしか辿り着けていないその境地に、お前は辿り着くと、そう期待されている」

「重いなァおい」

 

 だから俺ァ数か月前に魔法少女になったばっかのヒヨっ子なんだっつの。

 そんな奴にどんな期待のかけかたしてやがる。発散でもしてンのか。

 

「だがよ、すぐにでも強くなれつったって、無理なモンは無理だろ」

「無理なものは無理だと言ったアールレイデの言葉を覆したそうじゃないか」

「その弄りは死ぬほどウザィんだが、そうじゃなくてよ、魔力量っつー問題があンだよ。私の魔力量じゃ亜空間ポケットは開けねェし、全身強化も飛行魔法も使えねェ。どんだけ戦闘経験積んだってそこの壁はどうしようもねェだろ」

「奇縁というのは続くものでな。お前に限定して、それが可能になり得る手段を持っているだろう人物に心当たりがある」

「……それァよ、他の魔法少女にはできなくて、私限定で、ってなると……コレか?」

「正解だ」

 

 持ち上げるのは──義手。

 鉱石の塊にして、俺以外の魔法少女がやってねェこと。あるいはあの敵の魔法少女がやってた事。

 

「国家防衛機構・浮遊母艦EDEN。ほぼすべての魔法少女はここに属し、生活を送っている。だが、EDENに属さぬ魔法少女というのもいるにはいる。お前が相対した……敵対した者は未確認だったが、EDENと連携や同盟を組みつつ、けれどEDENには与さぬという魔法少女がな」

「へェ。いやまァ、そうか。誰もが戦いたいってワケでもねェし、この国に思い入れの無ェ奴もいるよな」

「まさに、だ。この国に対して何の思い入れもなく、戦いを好まぬ魔法少女。一応区分としてはSになる、【鉱水】のディミトラ。EDENより遥か南西部に位置する人工島に住まう、世界で唯一反魔鉱石を加工し得る魔法少女になる」

「……あー」

 

 まァ、そうか。

 俺のパワーアップのためだけに、ってワケにはいかねェよな。組織だし。

 それも込みで、なんだろォが。

 

「気付いたか。そう、敵の魔法少女が遺した、極小の反魔鉱石。あれにはディミトラの手が入っていると判断された。故に上はディミトラへの事情聴取及び情報収集を決定。その班員に、お前が選出された」

 

 なーにが久方ぶりに話したくなっただけ、だ。

 しっかり任務の話じゃねェか。期待させンじゃねェよ。

 

「ディミトラの人となりを知っている私から言える事はただ一つ。呑まれるな、だ」

「なンだ、老獪な奴なのか、そいつァ」

「老獪というよりは奇怪だな。特殊魔法【鉱水】には十二分に気を付けろ。敵の魔法少女と組んでいた場合は──戦闘になる」

「あァよ。それ以上の情報はくれねェと」

「それを含めて、A級の仕事だ。推薦状は受け取ってくれるな?」

「……わーったよ。つか、断れなさそうだしな」

「それでいい」

 

 A級だ。

 なるぞ、って向上心見せたところにコレだ。

 お飾りA級。でもまァ、ソイツなら、俺のコレをパワーアップアイテムにしてくれる、ってワケだ。いいよ、なら行ってやる。

 まァた遠征だ。ったく、学園生活ってな送らせてもらえねェのかね。

 

「出発は?」

「もう少し後になる。それまでに装備の調整はしておけ。修練塔での訓練も、その日までに仕上げろ」

「でなけりゃ死人が出るぞ、って? ひでェ脅しだことで」

「だが、そうとなればお前は本気になれるだろう」

「流石は鬼教官殿だァな」

 

 あーあー。

 修練塔の、ほんわか少女達との戯れに戻りてェ。

 

 今回突撃じゃねェから班長達とも班違うだろうし、お嬢もまたついてこれねェだろうし。

 ……いんやさ、遊びに行くんじゃねェんだ、そこばっかりは弁えねェとなのはわかっちゃいるがよ。おじさんそろそろ気の休まる時間ってのが欲しいよ。

 

「ローグン」

「はい」

「此度の遠征には、ローグンを同行させる。お前の護衛として、だ」

「B級魔法少女、コーネリアス・ローグン。命を賭して御身を守らせていただきます」

「今の話聞いてただろ。命は賭すんじゃねェよ。なんとしてでも生きろ。生きて私を逃がせよ。私ァ一人じゃ逃げらんねェぞ」

「承知いたしました」

 

 ホントに承知してくれてんのかね。

 ……でもまァ、あのこえーこえー方の部下サンじゃなくて良かったってのは思ってる。リヴィルサンだっけ? 俺の口にフリューリ草を詰め込み続けた人。アッチよりァコッチのが……。

 

「……」

「何か?」

「いや」

 

 ……あの人は始終怒り顔だったが、こっちのメイドは一生無表情なのがな。

 どっちも感情読めねェからあんま変わらねェや。怖さは。

 

「それでは、下がって良いぞ。出立日時まで、精々励めよ、若人」

「んな若くねーって」

「……13歳だろう」

 

 そォだがよ。

 つかそれは幼いっていうんだ。若くねーよ。少なくとも。

 

 さて。

 んじゃま、準備ってのをしますかね。

 お嬢や班長にも、謝んねェと。お菓子パーティなー。おじさん雰囲気に耐え得る気はしなかったけど、一回くらい付き合ったってよかったよなー。

 女の子らしいこと、とか言ってたっけ。

 

 無理だな、俺にァ。

 

 やっぱ行かなくて良かったわ。きゃいのきゃいのはマジモンの少女に任せよう。

 ……アレ、魔法少女歴50年とか言ってたっけ? まァ幾つになっても少女は少女さな。

 

えはか彼

 

*1
修練塔内部に何フロアも修練場がある



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17.座頭伊豆亜捨邸琉初場風泥不意津御土.

 遅い。

 身体が重い。

 鋭敏化された聴力は既にソレを捉えている。高速回転する脳は命令を出し終えている。

 ただ、身体が。反応しない。重い。重い。重い。

 

 重いが──動け!

 

「──だァ! っはァ、はァ、っは」

「ほう。避けたか」

「あァさ……だが、ダメだなこれじゃ。集中に体力使い過ぎて意味がねェ」

「ふむ」

 

 随分と手加減されて、ゆーっくり振り下ろされた刀。

 それを避けて、ぜぇぜぇと息を荒くする。

 なンだ、何が悪いんだ。マジで進歩しねェな俺。

 

「思うに、強化をしすぎているやもしれん。今の半分……いや、四分の一ほどの魔力で知覚神経の強化をしてみるがいい」

「なる、ほど?」

 

 助言に従う。

 聴力と脳にかける魔力を1/4に──刀を構える音。逆袈裟。左から右へ向かっての振り上げ。速い──が、俺の身体も、そこまでは重くない。これなら、強化をかけて回避ができる。

 上体を後ろに逸らす。鼻先を掠める刀身に少しばかりぞっとしながらも、休息に時間の早くなっていく世界に浮上して──言う。

 

「すげェ、っとに教えるの上手ェな、尖り前髪!」

「褒めるのは良いが、呼称の変更を要求する」

「悪ィがそれはできねェ。もう定着しちまったからよ」

「……もう、いいが」

 

 俺はまだ、訓練中である。

 

えはか彼

 

 遠征の日が近づく中で、詫びる気持ちがあンならと、ちょいと班長に相談をしてみた。キラキラツインテがあンだけの助言をくれて、俺ァちゃんと強くなったからな。とすると、班長からも色々貰えばすげェのが出てくんじゃねェかと。

 まァ出て来なかったんだが。

 

 というのも、班長は最初からすんげー強かったそうで。魔力量もピカイチでそこに【凍融】なンてすんげー魔法があったんで、強化に際してなんぞか工夫ってのはあんまりしてないんだと。その分自分の魔法に関する研究はしたって話だけど、遠隔な【凍融】と近接な【即死】とじゃ色々と勝手が違い過ぎて、参考にァならなかった。

 役に立たなくてごめん、なんて謝ってくる班長に、じゃァ誰か紹介してくれ、なんつって罪悪感の逃れ先を与えたら、この尖り前髪が教えてくれることになったって次第なんだが……。

 

 いやこのサムライガール、教え方が上手いのなんのって。

 

「今のは良かったな。当然の事だが、強化後の身体能力と強化前の身体能力に差があればあるほど、余計な集中力を使う。魔法少女故素の身体能力を鍛え上げるということはできないが、その差を段階付ける事はできる」

「なるほど。つまり、見極めの時は最大限強化して、避けるにあたって緩めていけばいいわけだ」

「そうだ。そして、身体の強化にも同じことが言える。腕部や脚部の強化は非常に強力な攻撃力を生むが、立ち尽くしている状態で強化していても意味はない。接触の瞬間だけ、回避の瞬間だけ。それが理想だ」

「つってーと、もしかして他の魔法少女もそォなのか?」

「完全に切り替え式にしている者もいるだろうが、近接魔法少女は段階的な者が多いな。その切り替えをどれだけ滑らかな段階に分けられるか。己の中においては段階的であるそれも、傍から見たら一瞬一瞬のものになる。故に切り替えているように見えるやもしれないが、最大強化を常にしている者はいない」

 

 面白い、というのもある。

 尖り前髪は【飛斬】っつー遠隔にも近接にも対応できる魔法を使う。戦闘スタイルは近接そのもので、前回の遠征時にァ見られなかったが、突撃班の中でも最も近距離での戦闘を得意とするんだそうだ。

 そんな奴の、しかも魔法少女になる前から戦ってたとか言う奴の話。その教え。

 すげェ面白い。

 

「もう一度行くぞ」

「あァ、頼む」

 

 じわり、と。

 水が滲むように──強化をしていく。一瞬じゃない、段階的に、けれど余計な魔力を使うわけにァいかねェんで、素早く。

 刀が構えられる。今度は横薙ぎだ。身体は重い。だが、横薙ぎを避けるなら上体を逸らすんじゃダメってなわかる。頭がわかってりゃ、遅くした世界の中でも次の行動が判断できる。

 選ぶべきはバックステップ。脳や目に回してた魔力を減らしていくと同時、足への強化を増やしていく。すでに脚は曲がり始めていて、つま先にも力が入ってる。段々と軽くなっていく身体。当然動きやすくなるし、強化に関する集中力も要らなくなる。

 

 ヒュ、と。

 先程まで俺がいた場所を通り抜ける刀。

 さっきみてェなギリギリじゃなく、ちゃんとした──回避。

 

 消費魔力はさっきよりも多いが、迷宮でやってた頃に比べたら天地の差がある程効率化されてる。

 

「今のは完全に避けたな」

「あァよ。今ので、等級区分はどンくらいだ?」

「B級の魔物、といったところだろう」

「成程ね」

 

 ま、ホントに尖り前髪を相手にしてンだったら、今の選択はミスだ。斬撃飛んでくるから、姿勢低くしないといけねェ。

 今は魔法使ってこねェからよかったけど、そういう判断もあったな。多分及第点はもらえてンだろうが、百点満点じゃァねェんだろう。

 

「回避で教えられるのはこれくらいだ。【即死】による防御だったか。それにも応用できるだろう」

「あァさ、ありがとう」

「まだだ。攻撃の指導もしておく」

「ありがてェ」

 

 教えるのが上手い、だけじゃねェ。

 面倒見も良い。最初班長に抱かれた俺を見てた視線からは考えられねェ程良い奴に見える。いや、あの嫉妬は正当なものだたァ思うけどな?

 

「回避と違い、攻撃は己が意思によるものである、ということを前提に考えろ」

「あァ、それはカウンターでもか?」

「そうだ。敵の攻撃を回避した後、自らの攻撃をする。反撃とはその二段階を踏む。回避については教えた通りだが、攻撃も同じ、というわけにはいかない。何故かわかるか?」

「ふむ」

 

 回避と攻撃の違いか。

 普通に考えるなら、相手の出方を窺ってから判断や選択をする、ってのが回避で、相手に狙いを付けてから判断や選択をする攻撃と、そォ大した差は無ェように思うが。

 

 ……いや。

 

「回避を継続するかどうかの判断か?」

「継続かどうかはその状況によるが、回避を選択するかどうかの判断でいい」

「なるほど」

「理解したようだが、説明はするぞ。敵を攻撃するにあたり、考えなければならないことは二つ。自らの攻撃をどう当てるかと、攻撃した場合に己を守り得るかどうか、だ。先に反撃に関する問いをしてきたが、その通り、魔物とて反撃を行う。回避や防御という選択をしない魔物もいる。そんなものに攻撃を選択することは、自らそれに当たりに行くことに等しい」

 

 そりゃそォだ。

 回避はただ見りゃいい。聞きゃいい。相手の出方さえわかりゃなんとでもなる。

 だが、こっちから攻撃するってなると、相手の隙を窺わなきゃいけねェと。そういうこったな。隙の無ェ奴相手に愚策に愚直に突っ込めば、待ってる未来なんざ知れてると。

 当たり前だが大事な話だ。

 

「故に、攻撃の際には知覚神経の強化、姿勢制御、そして攻撃における強化と、回避よりも多い工程と魔力を求められる。さらには魔法の魔力も使用しなければならないとなると、お前の魔力量では些か厳しい」

「つまり、絶好のタイミングで絶対に殺す、ってことか」

「そうだ。幸いにして【即死】の殺傷能力はSSに届き得る。故にお前はどんな強敵と当たろうとも、攻撃を考えてはならない。回避と防御を徹底しろ。たとえその腕で殴り得る機会が訪れたとしても、たとえその他の手段で……拳銃などで攻撃できたとしても、【即死】を確実に行える機会だけを見極めろ」

「あー、ならよ、拳銃はどこに使い道あンだ? 一応威力も上げてもらったンだが」

「自分より劣る敵。【即死】を使うに値しない敵だ。一瞬でも自らに勝ると思ったのなら。あるいは初見の相手であったら、拳銃の使用は諦めろ」

「わかった」

 

 素直に従う。

 多分だけど、殺意を最高点にまで込めた弾丸であろうとも、尖り前髪の言う事は聞いた方が良いんだと思う。初見の相手。確かに、弱そうに見えても、ということはあるだろうしな。

 ためになる。

 

「とはいえ、部位の【即死】を行えるほど判断に優れてきたら、この考えは捨ててもいい。あくまで今のお前の実力を鑑みての話だ」

「あァ、っとにありがとうな、尖り前髪」

「……謝意だけは受け取っておく」

 

 全部が全部、細かい話ではある。多分近接魔法少女の一部は考えずにもできることなんだろう。

 だが、今の俺にとっては至極ありがたい。凄くありがたい。

 

 班長にも感謝しねェとだな。

 

「もう一つ」

「ン?」

「お前の、殺意、あるいは殺気を感知する、という能力についてだ」

「あァ」

 

 ──強化、回避。無理だ。しゃがめ。全身強化だ。これ以上ないってくらい強化しろ!

 

「ッ!」

「ほう」

 

 避けた。避けた。

 真上を飛んでいく。いやさ斬り裂いていく、半透明の何か。それは背後、修練用に作られた非常に耐久性の高い人形をバターみてェにスッパり両断し、そのまま反魔鉱石の壁にぶち当たるまで飛んでいった。

 

 確実に、殺す気だった。

 

「その能力が確かなものであると、これでわかったな」

「いや──試し方」

「【神速】や【波動】、【神鳴】に【光線】。お前を本気で殺し得る者がいるか? あるいは班長やあるるららでもいい」

「……あァさ、助かった。もうこの感覚には逆らわねェし疑わねェ」

「そうするといい」

 

 いんやさ。

 やっぱこえーわこの人。

 

 でも。

 

「世話になった」

「ああ。お前が死ぬ事なく、奪われる事なく、そしてA級としての務めを果たして帰ってくる事を祈っている」

「ありがとう」

 

 本当に、ありがとう。

 

えはか彼

 

「自分でつくっといてなんだけどね、本当に飲むのかい?」

「あァさ、一回は確かめとかねェと」

「……おすすめはしない、と言っておくよ」

 

 フリューリ草の煎茶が完成した、ってんで、安藤さんのトコに来ている。

 見た目は結構いい。ティーカップに淹れられた茶の色はオレンジがかったブラウン……なンだ、紅茶っぽい。匂いもシトラスハーブが強いから、ハーブティーかなんかみてェだ。

 ま、味はアレなんだろォが。

 

 口を付ける。

 

 !?!??

 

「あ!? ぇ、ぁ……っげっほ、ぇ!? ぁ、う!?」

 

 舌が斬られた。

 マジでそう思った。灼熱の何かに舌を突き入れちまったか、斬られたか。どっちかだと思った。

 

「だから言ったじゃないか……」

「ぅ、ぅ? ぅ?」

「アタシもそうだったよ、最初に飲んだ時はね。喋れないんだ。舌の感覚が無いだろう?」

 

 頷く。

 舌先半分がどっかいっちまったって感じだ。舌も、なんなら唇も。

 煎茶に触れた咥内全てに、感覚が無い。

 

「……ぁ、あー。あー。あァ。あーァ。か……あー」

「慣れてきたかい」

「ん。……あァよ、ちったァ耐性あったな。っけほ、あァ、こりゃやべェ。間違ってもお嬢たちにァ飲ませられねェや」

「回復量は、どうだい?」

「……すげェな」

「だろ?」

 

 すげェ。

 今、口を付けただけだ。口にちょみっと含んだだけ。

 それで──フリューリ草10枚くらい食った時と同じ回復量がある。

 

「これァ、武器になる。けど、これ一杯で。いんやさ、水筒にたっぷり入れて、フリューリ草どんくらい使うんだ?」

「100や200はくだらないね。どれだけ煎じても、ほとんど魔力回復になる成分を出さない。ま、花の方に回してるからだろうけどね。花の無いフリューリ草じゃこれが限界さ」

「……自分で栽培するのもテだな」

「どこに生えているかすらわかっていないのにかい?」

「なンだ、国の植物学者だのでもわかんねェのか」

「軍が哨戒帰りに見つけてくることはあるけど、生息地がわかってるってワケじゃない。仕入れてんのはもう死んだフリューリ草だし、栽培方法もわからない。誰かが育ててるって話も聞いたことはないねぇ」

「だが、花さえ手に入ればいいんだろ? 花から芽を出すって安藤さん言ってたじゃねェか」

「手に入ればね」

「……まァ私も見つけてねェけどよ」

 

 フリューリ草。謎の多い植物だ。

 つか、他の草花はなンで魔力を溜めなかったンだろうな。溜めれねェのか?

 

「一説によると、だけど」

「ん」

「フリューリ草は──魔法少女が死んだ場所に咲く、とか。そんな噂もあるね」

「……そりゃこえー話だな。つか嫌な話だ」

「まぁ、それが本当なら、大規模な侵攻のあった場所や激しい損害の出た戦場がフリューリ草の花畑になる。そんな話は聞いたことが無いから、噂は噂ってことさね」

「そォかい。そればっかりはそれでよかったよ」

 

 だが、もし。

 見つけられたのなら。その株を、栽培方法を。

 ……この煎茶を常備できたら。

 

「あー、不味ィ。まっっっずィな」

「よく飲み干せたね、それ……」

「勿体ねェもんよ。それに、今の内に慣れとかねェと、戦場で不味い不味い言ってられねェだろ」

「なんだい、またどっか行くのかい?」

「あァ、ディミトラっつー魔法少女に会いにな。つか、すまん。そういや忘れてたわ、ルルゥ・ガルだっけ? その子の捜索」

「……【鉱水】か」

「ん、ああ。ディミトラの方な」

「別に、捜索はしなくていいよ。知らないならそれでいい。で、【鉱水】に会いに行くんだね」

「おう」

 

 何か思うところがあンのか、安藤さんは難しい顔をして──「ちょっと待ってな」と言い、店の奥へと入っていった。

 安藤さんも歴戦の魔法少女だ。何か知ってンのかもしれねェ。

 

 待つ事──約10分。

 いんやさ、ちょっとってそンなかね。

 

「安藤さーん?」

「もうちょい待ちな!」

「……おゥ」

 

 更に10分。いやさ20分。

 ……もうちょいって、そんなかね?

 

えはか彼

 

 結局一時間くらい待たされて、ようやく安藤さんは出てきた。

 

「有った有った、ようやく見つけた!」

「おォ、そいつァ良かった」

「これを持っていきな」

 

 そう渡されるのは……ワッペン?

 何か、得体の知れない力を感じるワッペンだ。

 ……なンだよ得体の知れない力って。

 

「こいつはディミトラの作った紋章でね。つけてると、アイツの作品に嫌われずに済む」

「作品? なんだ、作家か何かなのか?」

「なんだ、そんなことも知らずに行くのかい? ディミトラは彫金師だよ。【鉱水】を用いてあらゆる鉱石を扱う造形芸術家。【鉱水】は特殊魔法の中でも更に特殊な魔法でね。魔法をかけた鉱物に、命を分け与えることができるのさ」

「ン? 特殊ってな全部そォだろ? だから魔法を殺すと魔法少女も死ぬっつー」

「共有じゃない、分け与えるんだよ。ディミトラの作品は個別の命になる。その上で死んでも蘇生する魔法少女とくれば、あの島がどうなっているか想像がつくだろう?」

「ははァ、通りでEDENの庇護無しにいられるわけだ。自軍もってるってワケか」

「そういうことさ」

 

 そんで、このワッペンつけてるとそのガーゴイル達に嫌われなくて済む、と。

 こえーよ。着けずにいったらどーなってたんだよ。

 

「これ、くれンのか?」

「貸すだけ、といいたいところだけどね。どの道アタシにはもう必要ないものだから、永久に貸し出しておくよ」

「あァ、ありがたく貰っとく」

 

 ディミトラ、ね。

 中々厄介そォだ。ま、鬼教官的にァ、あるいはお上様的にァそれでこそ、って奴なんだろォが。

 

「ちなみにだがよ、安藤さん」

「なんだい」

「ディミトラってな、魔法少女歴で言うとどんくらいなンだ?」

「少なくとも100年は超えているね。EDENが反魔鉱石の加工技術を得るまで、ほぼすべての反魔鉱石技術はディミトラが握っていたと言われるくらいだ。100年、ないしは200年。あるいはEDENの創立者たちの時代まで遡るかもねぇ」

「油断するな、ってことだな」

「ああ。アイツは敵じゃないけど、味方でもないからね」

「りょーかい」

 

 んじゃ、と。

 ワッペン付けて、水筒受け取って。

 

「行ってくる。またな、安藤さん」

「無事は願っとくよ。次はもう片方の腕も、とかなってたら承知しないからね!」

「あァよ!」

 

 っとに、良い人だな。

 

えはか彼

 

「で?」

「……なんだ」

「なんだ、じゃねェよ。四六時中尾行けてきやがって、何の用だっつってんだ」

「別に、用など無い」

 

 尖り前髪の印象がガラっと変わっただけに、コントラストでコイツの株が急落中。

 ブラックホール。容姿でのあだ名じゃねェ、魔法の見た目でのあだ名だったンだが、よくよく見りゃ黒い衣装に胸ンとこぽっかり穴あいてるんで、あながち間違っちゃいなかったなって。

 

「用がねェならついてくんじゃねーって」

「ついてきてもいない」

「あァそォかい」

 

 何か用があンのはわかってんだ、さっさと済ませてほしいモンだが、一向に話したがらねェ。んじゃ他の塔や学園塔に行こうってな思えば、一定の距離保ってついてきやがる。何をしてくるってわけでもねェけど、気になって気になって仕方ねェ。

 

「……しにきただけだ」

「なんてェ? 聞こえねェよ。もっとはっきり喋ってくれ」

「助言を! しにきただけだ!」

「ほォ。そりゃ助かるな。何言ってくれンだ?」

 

 なんだ、ねぼすけ以外の突撃班全員が来てるワケだが、それで自分だけ行かないのは耐えられなかったとかかね?

 ねぼすけには一応魔力の増幅法聞いたしな。「えーねてればいいよー」だそォで参考にァならなかったが。

 

「……あの時敵性存在が使ってきた、仮称【隠蔽】という魔法について……特殊寄りの遠隔魔法を使う者として少し纏めてきた。それと、あるるららの【透過】やお前の【即死】などの、殲滅力はないが殺傷能力に長ける魔法の使い方についても一通り纏めてきた」

 

 言って、ブラックホールはそれを出す。

 分厚いってほどじゃねェが、結構な文量のしたためられた手帳サイズの書類。綺麗にファイル化されたそれは、付箋での目次やら色ペンでの強調やらと、随分とまァ見やすくされてる。

 渡されたそれを素直に受け取って中身を見てみりゃ、これまた事細かに書かれた分析と対策、傾向、そのソースと……。

 

「すげェな、これァ」

「私からお前にできることはこれくらいだ。感覚や経験などは……私ではお、教えられない、が……」

「いやさ、助かるよ。すまねェ、ちっと短気が過ぎた。謝る」

「別に……問題は無い。私の方こそ、あれだけの敵意を送っていた、のだし……嫌われても当然だ」

「嫌っちゃいねェって。大好きな班長がぽっと出のよくわからねェのに取られたら誰だってあーなるよ。ま、安心しな。盗らねェからさ」

「だ、だ、大好き、などでは……ある、のだが」

 

 すげェ。今はまだ軽く見てるだけだが、図解付きでわかりやすく纏められてるうえに、色合いも鮮やか過ぎないおじさんの目に優しい仕様。俺が書き込める余地も残してあるし、聞き込みでもしたのか、班長やキラキラツインテ、尖り前髪のコメントもある。

 いやさ、頑張りすぎじゃねェ? これ売れるよ普通に。

 

「その……私は、長い間B級だった。遠征において役に立つという理由であの班に入れられ、あの方に出会い……それでもまだ、私はA級を目指さなかった。目指そうとしなかった。己の魔法はB級止まりだと思い込み、信じ込み、それ以上を追求しなかった」

「そォなのか」

「私の【吸呑】は、元は周囲の物体全てを吸い込む魔法だった。魔物だろうと地形だろうと何もかも。当然消費魔力は莫大で、膨大で……だが、あの方が改良してみないか、と言ってくださって、その……色々と付き合って頂いて、いまの形に収まった。地形に干渉せず、命ある魔物だけを吸い込む【吸吞】に。そうなってから、魔法を研究、改良するようになって……つい最近、私はA級として認められた」

「そこまで変えられるのか」

「──そう。魔法は使い方次第でその形を変える。お前の【即死】も、何か別解とでもいうべきものがあるはずだ。……これで助言になった、だろうか」

 

 そう、不安そうに。

 俯いて、ちょいと悔しそうに言うブラックホールに。

 

 いやさ。

 おじさん感動しちゃってさ。

 

「十分だよ。十二分だ。すげェよブラックホール。この手帳も、その助言も。私にとってめちゃくちゃ助かる情報だ。貴重な情報だ。ありがとな」

「そ、そうか。あ、ではなく、そう、ええと。ふん! これが全てと思うなよ、じゃない、ああ……なんだ。その、油断はするな。お前の死を恐れる理念は、私には理解できないものだが、お前の【即死】が奪われてはならない、ということくらいはわかる。だから、決して油断をするな。敵にも──状況にも」

「状況?」

「どんな場合でも、可能性は必ずある。魔法がそうであるように、世界もそうだ。だから──その、だから、……」

 

 この子、見た目ちょいキツめなんだよな。釣り目でよ、初見でキツい印象を与える。

 けどすげェ良い子だ。純朴な子だ。

 言葉っ足らずだし、言い淀みがちだが──ちゃんと相手のことを考えられる子だ。

 

 おじさんは良い子には優しいぞ。思わずなでなでしたくなる。

 キモがられるだろうからしないけど。

 

「だから、どんなに絶望的な状況になっても、お前次第で世界は変わる。状況は好転する。その可能性は、必ずどこかにある」

「あァよ」

「諦めるな。油断するな。妥協するな。──そして、死ぬな。……私から言えるのは、これくらいだ」

「肝に銘じるよ。ありがとうな」

「ふ、ふん!」

 

 っとに魔法少女ってな、純粋無垢な子ばっかりで。

 おじさんほっこりしちゃったよ。

 

 ありがとうな、ホント。

 

 必ず無事に帰ってくるからさ。

 

えはか彼



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18.是亜伊豆脳泥符阿連須尾藤韻武最後笛身安堵符阿椅子.

 いつぞやの海洋に面した廃墟群。

 懐かしいってほどでもないが、苦い思い出の詰まったそこに俺達はいた。

 

「こっから、真っ直ぐスか」

「ええ、そう。ここから真っ直ぐに二日海を渡ると、ディミトラの牙城である人工島・クルメーナに着くの。特に急ぎの任務ではないから慎重に行くわ。途中で休憩地点を作るから、実際にクルメーナに辿り着くのは三日後か四日後になるでしょうね」

「休憩地点をつくる?」

「……その、私が短期間のみ保つ足場を形成する、ので、その」

「この子の魔法はそういった悪環境での基地作りにおいて部類の強さを発揮するのよ」

「へェ。そりゃ楽しみスね」

 

 俺達、といっても。

 冷静メイド以外は初対面。

 遠征組調査班オーレイア隊の皆々様方と俺と冷静メイドの即席部隊で、ディミトラの所へ向かう。

 突撃班は攻撃特化な面々だったが、調査班の魔法少女はサポート向きの魔法少女が多く、明確なアタッカーは二人だけなのだそうで。

 

 つまりまァ、できるだけ穏便に、って奴な。

 

「ライラック様はその魔法の特性上、出来得る限りの温存をしていただかなければならないため、私が運ばせていただきます」

「わかりました。それでは出発します。みんな、準備はいいかしら?」

 

 頷く面々。

 遠征のはじまりはじまり、である。

 

えはか彼

 

 ぴょーん、ぴょーんと。

 結構な高さを跳ねる移動方は、飛行魔法のそれではない。身体強化の一部、脚力強化で行っているのだろうけれど、おかしな点が一つ。

 何って、ここが海上であるという点だ。

 

「海を、足場にしてる……?」

「いいえ。着水の瞬間に魔法を用いることで、極僅かな時間だけ保つ足場を形成しております。私が跳躍し、身体が上昇した後すぐに崩壊するものですが、後に戻ることを考えなければ海上を走行する事も可能です」

「なンだ、海を固めてるとかなのか?」

「いいえ。私の魔法は【侵食】。自己を世界に浸し、変質させる魔法です」

「……じゃァ、なンだ。その極僅かな時間形成される足場ってのァ」

「私でございます。無論、全身を形成するような無駄はしておりません。手のみ。指のみ。それさえあれば問題はありませんので」

 

 いんやさ、怖いっつかグロいっつか、ホラーな魔法だ。

 あるいは分身もできるってことか? そりゃ普通にやべェんだが。どうなるんだ、その形成された方の意思とか。考えるとゾっとすンな。

 

「この私も、最初の私であるかどうかは怪しいですね」

「……」

「冗談です」

「怖いって」

 

 冷静に無表情でンなこと言うんじゃねェよ。こえーよ。

 ……ま、正直どォなんだろォなって感じはあるけどな。俺ァまだ疑ってるぜ。魔法少女の蘇生……そいつァよ、クローン技術とかそういうのなんじゃねェかってトコ。

 わかんねェよな、他人からじゃ。ソイツが元のソイツかどうか、なんざ。死に際して途切れた意識を、記憶を、どうやって持ち帰ってンのか……なんて。

 

 怖い話だ。

 

「ローグンさん、周辺域にシャーク種の形成地点があります。お気を付けを」

「ありがとうございます」

 

 冷静メイドの滞空時間に、ふわふわとコッチに寄って情報提供してくれたのは、俺が虹色ロングとあだ名をつけた唯・グランセって魔法少女。なんとD級の魔法少女であり、俺と同様亜空間ポケットも飛行魔法も使えない。一応分類は遠隔だが殺傷能力も殲滅力も持たないマジのD級らしい。

 じゃあなンで飛べてんだってトコは、同じくオーレイア隊のフィニキア・各務っつー……なんだ、ザ・委員長みてェな奴の魔法のおかげ。

 魔法名【引力】。つってもまァ惑星だのなんだののソレってよりか、見えねェ触れねェ紐がくっついてる感じに近い。一度に付けられる数には限りがあるものの、一度くっつけたら本人の意思がない限り離すことのできないって特性で、だから拘束にも持って来いなんだと。

 そんな魔法なんで、俺達よりもずゥっと高ェとこを委員長は飛んでて、D級の虹色ロングともう一人いるB級の魔法少女を引っ張りながら飛んでる。維持には魔力がかからなねェエコ仕様らしく、遠征向きな魔法だって自慢された。羨ましかねェけど確かに便利そうではあるよな。

 

 今俺達は、オーレイア隊が少し先を行って、その後をついていくって形で進んでいる。

 だから、あんまり話す機会が無いのがちょいとな。おじさんコミュニケーションあらかじめ取っておいた方が連携とかよくなるんじゃないかって思っちゃうタイプだから、ちィっとでも話しときたい所。

 ……が、一応紐を出すの自体には魔力がかかるって話の委員長に、俺も吊り下げてくれ~、なんてのはまた厚かましいというか図々しいというか。初対面でンなお願いは難しいというか。

 

「──冷静メイド、次の着地はちょいと右方にしろ」

「はい」

 

 こうなってくるとやることないんでまァ、俺ァ索敵をすることにした。

 姫抱きにされてるンで海面が見えねェのがネックだが、だからこそ強化してない状態での知覚を訓練するのにもってこいだ。

 殺意も、な。

 

 俺の指示通り、ちょいと右の方に着地……着水? した冷静メイドの横合い。さっきまでの進行ルートだったら踏んでいたはずの地点を、灰色の巨体が飲み込んだ。

 サメだ。クソでけェサメ。そいつがトビウオよろしく……いやマンボウか? なんでもいいが、垂直方向に大ジャンプをかましたんだ。確実に食いつく気だったンだろう、これまたでっけェ口を、歯を、金属同士がぶつかったみてェな音出しながら閉じて、海ン中に戻ってった。

 

「囲まれていますね」

「みてェだな。いけるか?」

「問題ありません」

 

 見える見える、サメの尾びれ。海中にいンのは数えられねェが、一瞬見えた限りじゃ二十はいる。姫抱きだと顔の向きがきちーのよ。いやさ俵抱きにしてくれってワケじゃねェけどさ。

 

 海ン中にいる化け物ってな、地上のソレより基本巨大だ。前世基準の魚介類をそのまま何十倍にもしたのが棲んでる。クラーケン然り、このサメ然り。あとァ文献で読んだだけだが、イルカやクジラみてーなのもいるんだとか。クジラの化け物は一つの島よりも大きいとか書かれてたんだが流石にどォだろなって思ってる。誇張じゃね? って。

 

 それはおいといて。

 

「無理そォなら、私が殺すが」

「問題はありません。あれらは形成地点で湧いた種ですので、縄張り外に出てしまえば追ってはきません」

「なるほど。んじゃアレは?」

 

 アレ、と。

 抱えられたままに指を差すは──サメの尾びれの中にある、一際でっけェ黒いナニカ。

 円形のそれァサメがいることも気にせず、一直線にこっちに向かってきてる。サメ避けのために冷静メイドが身を振れば、その円も追従する。

 確実に俺達を狙ってきているナニカ。

 

「……自然形成のタートル種ですか」

「あれ亀かよ」

「私の走行速度では追いつかれますね。ですが、問題はありません。ライラック様は何もしないでください」

「あァよ、予定外のことされるとむしろやりづれェって事だろ?」

「肯定します」

 

 否定してくれてもいいんだぜ。

 

 なンて冗談はいいとして。

 冷静メイドは、俺を抱く姿勢を少しばかり変えた。姫抱きから──片腕で、強く抱きしめる感じに。

 ……いやさ、あんまりに自然だったから戸惑いすら覚えなかったけど、情熱的……じゃねェや、ああいや、一応戦闘中にこんな事考えンのはアレなんだが、少しばかりキュンときちまったね、これァ。

 お嬢たちと違って、冷静メイドは結構な美人さんというか、年のころ26か27か、そンくらいの見た目をしてる。それでいて声も落ち着きあって、雰囲気も落ち着いてて。そいでそんな情熱的に抱き寄せられたら、なァ。

 罪悪感覚えちまうような少女ってワケでもねェから、おじさん普通に恥ずかしいよ。っとァ俺がこういうことしたいんだけどな、二次性徴も起きる前に魔法少女になっちまったんで、俺の身長も容姿も永劫このままと来た。

 

 ……恋愛、ねェ。

 子を成せない魔法少女は、だからこそフォーマルな恋愛ができるんだって力説してるクラスメイトがいたが、まァ、おじさんには縁遠い……こと、でもないのか。

 お嬢があンだけ好意寄せてくれてンのは無視できねェよなァ。ただまァ、答えを出すにしろ、全部終わってからさな。全部っつーのがどこまで全部かはわからねェけど、ヤなコト全部終わって……俺っつー奴の事を、知ってもらってさ。

 あるいは俺がおじさんだってことをバラして。

 それでも尚、っつーなら俺も揺らぐかもしれねェけど、ま、無理だろ。フツーに嫌われそうだ。エデンは女の子達しかいないからこそ、みてェなトコあるしな。

 

「終わりました」

「ちなみに何をしたのか聞いても?」

「姉謹製の【劇毒】ポーションを用いました。周辺域のシャーク種含め、ここら一帯の魔物は死滅したかと」

「環境問題になりそォなことしてんなァ」

「この海は国領ではありませんので問題ありません」

 

 あると思うけどなァ。

 ……罪なきおさかなさん達も死んだって事だろ。南無。あ、いねェか。いたら全部化け物に食われちまってるか。

 

「かがめ!」

「!」

 

 ぐんと空中で前屈姿勢になる冷静メイド。

 その頭のあった場所を突き抜ける水。水の、糸。

 

「高圧水流──鉄砲魚か!? こんな沖合で!?」

「新種ですね。自然形成の類だと思われます」

「避けられるか?」

「問題ありません。攻撃方法さえわかれば、対処可能です。問題は」

「アンタの姉の【劇毒】ポーションを逃れてきた、ってトコか」

「はい。通常の生物・魔物であれば凡そ三時間は痛みにのたうち回り、呼吸も食事もできずに死んでいく代物なのですが……毒に耐性があるようですね」

 

 毒物や病魔に耐性を持つ化け物、ってな結構いる。

 なんでかってーと、化け物側にもそォいうの使ってくるのが結構いるからだ。太腿忍者が言ってたよォに、魔力や念動力を操る化け物ってな高位のもの。それ以下はじゃあどォやって生存競争を生き抜いてんのかってーと、そーやって耐性つけたり逆に毒物を身体に含んだりして、短期間での目まぐるしい進化を繰り返している……んだと。

 迷宮の主の言っていた種としての堆積っつー奴だ。ランダム湧きであっても、湧きポの化け物であっても、種として形成された以上は存続を目指す。つっても化け物には基本寿命らしい寿命が無くて、殺されない限りは生き続けるから、進化が目まぐるしいのはこういう生存競争の厳しい環境にある化け物だけ。

 

 それこそアシッドスライムだのマッドワームだのはそこまで特異な進化を遂げていない。常に天敵がいる、みてェな環境にいねェからな、あいつらは。

 

 んで、今俺達を狙ってきた鉄砲魚っぽい化け物。

 遠隔で獲物を仕留めるだけに飽き足らず、毒物にまで耐性をもっている、と。逆に言えば近くに毒を持つ化け物がいる証左だし、遠隔を使わなければならない……空を飛ぶ化け物がいるって事でもある。

 

 化け物の事情なんざ興味ねェとは迷宮の主に言いはしたが、尖り前髪との訓練やブラックホールの手帳の情報から初見の相手を少しでも減らそォと思って図書館でそーいう研究書物を読み漁ってきたんだ。嫌うにも殺すにも、相手を知っとかなきゃ無理だ、ってのは身に染みてるしな。

 一応前世の教養も補助になって、そォいう化け物の生態連鎖、みてェなのは一通り理解した。学園ではこれから先で教える内容だったらしィんだが、俺に関しちゃ四の五の言ってらんねェんで勘弁だ。授業自体全然受けれてねェしな。

 

「仕方がありませんね」

「策があンのか?」

「策と言えるほどのものではありません。海を【侵食】し、私を半分ほど形成いたします。あの魔物含め、周辺域の魔物全てが集まる事が予想されますので、着水の10秒後に起爆するポーションを体内に仕込み、一網打尽にいたします」

「……」

 

 淡々と、そんなことを言う。

 誰に許可を取るわけでもない。説明はした、とばかりに、着水し──その足元に、ソレが形成されていくのが見えた。

 ソレ。

 まず──髪が出来て、頭が出来て、肩が出来て腕が出来て胸が出来て──。

 

 それ以上は流石に見ちゃ不味ィと思って目を瞑った。まさか服無しで形成されるとは思わねェだろうよ。

 だが、目ェ瞑ってもわかる。鼻がそれを捉える。

 

 血の匂い。

 

「大丈夫、なのか」

「問題ありません。【侵食】は侵食したものを自己に変質させる魔法です。ここに形成した私は元は海であり、私自身に欠損はありません」

「……それァよ、何にでも使えンのか。たとえば──化け物とか」

「可能です」

 

 コイツ、B級だったよな?

 いや、そうか。確かに殲滅力もなければ殺傷能力もない魔法だ。殺傷ではないだけでこえー魔法であることに変わりはないが、少なくともEDENの等級区分ってな殲滅力と殺傷能力がどれほど高いか、で決まる。コイツとその姉は完全に鬼教官殿に付き従う部下ってこともあって、あるいは突撃班に見られるような工夫しての殺傷能力、ってのを見せる事はあまりないんだろう。

 あるいは単純に昇級試験受けてねェかのどっちかだ。後者の可能性も十二分にある。

 

「血は、お嫌いですか」

「ん……ま、好きじゃねェよ」

「申し訳ございませんでした。以後気を付けます」

 

 あァ。

 俺が目を閉じたのが、血を見たくねェからだって思ったのか。ま、それもあるか。だって100%グロいもんな、ソレ。魔法で作ったとはいえ……女性の上半身が、化け物共に啄まれていくトコ、なんて。

 見たかねェ。見るべきじゃないと思ったのはそういう意味でも正解だったな。

 

「冷静メイド。あっちのお前って……あァ、いや。聞かないでおく。こえーから」

「賢明な判断です。その答えを私は有していますが──決して、気分の良いものではございませんので」

「それ答えじゃねェか」

「冗談です」

 

 ……どこまで、っつか何が冗談だったんだよ。こえーよ。

 

「先を急ぎます。少しばかり離れてしまいました」

「あァよ。ま、あちらさんもちょいと進行速度遅らせてくれてるみてェだけどな」

「それも踏まえて、急いで追いつきます」

 

 さっき言ってた──自分が最初の自分じゃねェかも、っての。

 あながち、本当だったりしてな。

 

 なんて。

 やめとこやめとこ。怖い話はあんま好きじゃねェんだ。特にサイコホラーは、対処のしようがねェからさ。

 

えはか彼

 

 海のど真ん中。

 そこに──球体の、シャボン玉みてェなのがあった。

 

「あら、追いついたのね。大丈夫でしたか、ローグンさん」

「問題はありません。これは、突入しても大丈夫でしょうか?」

「今開くわ。知子」

「……はい」

 

 さっきのおどおどしてた子が、オーレイア隊長……銀バングルに言われて前に出る。彼女が両手の甲をこちらに向けて、ゆっくりと離すような仕草をすると──シャボン玉の上部が、むにゅーん、って感じに開いた。

 なんだこれ。

 

 冷静メイドと俺がそこに入ると、またむにゅーんと閉じる。

 なんだこれー!

 

「ふふ、興味津々、といった顔ね。粗暴な口調には面食らったけれど、可愛い所もあるじゃない。知子、説明してあげ……ても、いいかしら?」

「お、お願い、します」

 

 多分説明してあげて、と言おうとしたのだろうけど、おどおどしてた子……眼鏡をかけたその子があんまりにも遠慮しますって顔してるんで、銀バングルが前に出た。

 銀バングルも高飛車令嬢って印象だったのに、なんつーか面倒見のいい姐さんって感じなんだな、って。

 

「この子の魔法【排析】は、こうして一定の空間を押しのける事ができるのよ。その上、押しのけた空間の周辺域を探査することもできる。どう? 調査班として、とても素晴らしい魔法だと思わないかしら?」

「おォ、おー。すっげェ、なんぞ感触が良い……これめっちゃいいな!」

「……想像していた喜び方とは違うけれど、良かったわね、褒められたわ、知子」

「う、うん。……嬉しい」

 

 降り立った感触は、猫だの犬だのの小動物に近い。シャボン玉みてェなつるっとした見た目なのに、ふにふにしてる。アレだ、隣のナンタラの猫のナンタラ。アレだ。

 すげェ。すげェ気持ちいい。感触良過ぎてやべェ。ここで眠りてェ。これ俺の部屋のベッドに欲しい。

 

「しかも海の中まで見えると……最高か?」

「う、嬉しい、です」

「いやもっと誇っていいよ光眼鏡! すげェよこれ!」

「わ、ひっ!?」

 

 ぴゃっと銀バングルの後ろに隠れる光眼鏡。

 ……やべー、おじさん何やってんだ。子供怖がらせるとかダメだろ。

 

「あァすまねェ、怖がらせちまったな。そんなつもりはなかったんだ。なんぞ、感動しちまってよ」

「ひ……光、眼鏡?」

「あそっちか。あだ名だよあだ名。お前さんの」

 

 ダメだね、セーブセーブ。自省自省。

 ……でもマジでこれ欲しい。めちゃくちゃ気持ちいい。

 

「周辺域に大型魔物の陰はありませんね。小型のものはいますが、【排析】を貫けるほどの力を持つものはいないでしょう」

「お疲れ様、フィニキア。ケトゥアンも警戒を解いていいわよ」

「……」

 

 何かをしていた委員長と一切言葉を発そうとしない魔法少女がこちらにくる。虹色ロングは……寝てるな。やっぱ寝るよな、この材質。

 

「小休憩にしましょう。ローグンさんも、魔法を使ったでしょう? 遠征はまだまだ長いわ。しっかりと魔力回復に努めること」

「お気遣いいただきありがとうございます」

「そして、貴女はこっち」

 

 こっち、と言われた時には、抱きかかえられていた。

 銀バングルは身長がかなり高い。加えてモデルみてェなグラマラスボディで、ええ、おじさんちょっと、ね。

 少女少女してた学園とは一切違う、突撃班の宝の塚みてェな雰囲気とも違う……こう、なんだ。

 冷静メイド含めて、大人の女性、が沢山いる空間と言うのは……色々毒すぎる。あんまりスキンシップしないでほしい。色々出てきちゃうから。おじさんが頑張って隠してるおじさん要素が出てきちゃうから。

 

「さ、親睦を深めましょう。行きに四日、滞在がどれくらいかかるかはわからないけれど、二日か三日はかかるでしょう。そして帰りに四日。つまり、十日近い時間を私達は一緒に過ごすの。それなら、初めの内にお互いを知っていおいた方が何かと役に立つわ」

「そりゃァ完璧に同意なんだがよ、銀バングル。ちょいと離してくれねェかな」

「ダーメ。聞けば貴女、13歳で、魔法少女になってから数か月なんでしょう? ならここにいるみんなはお姉さんよ。貴女は末っ子として、大人しくお姉さんに抱きしめられなさい」

 

 あー。こーいう人かー。

 高飛車令嬢でも面倒見のいい姐さんでもない。

 そういう系かァ。

 

「みんなもそれでいいわね?」

 

 頷く面々。無口な奴まで頷いてるからもうダメだねこれァ。

 逃れられねェや。どの道このシャボン玉光眼鏡が操作しねェと開かなそうだし。逃げたとして海のど真ん中だし。

 

 嵌められたな、これァ。

 

えはか彼

 



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19.織座頭亜上佚伊豆阿佐渡笛意図.

「まず、改めての自己紹介から行きましょう。私はオーレイア。この遠征組調査班オーレイア隊の隊長を務める魔法少女よ。魔法少女になったのは24の時。魔法少女歴は40年程ね。魔法は【白亜】。S級よ。はい次ケトゥアン」

「……ケトゥアン。【槍玄】。A級」

「次、結」

「はーい。結・グランセです。D級の【弱化】って魔法使うよ。魔法少女になったのは15歳の時で、魔法少女歴は10年くらいかな?」

「フィニキア・各務です。A級で、【引力】という魔法を使います。戦闘より探査や調査を得意としていますが、戦闘ができないというわけではありません。魔法少女になったのは17歳の頃ですが、魔法少女歴は40年と、隊長に並びますね」

「最後、知子」

「あ……う、そ、その。残府知子、っていい、いいいいい、マス……えと、B級の【排析】が魔法で、その、魔法少女になったのは15歳の時で……えと」

「こー見えて、実は知子ちゃんの魔法少女歴20年だったりするんだよね。驚いた?」

「めちゃくちゃ驚いた」

「あ、そそそ、その、ベテラン、とかじゃないので、その、あんまり期待は、その」

「いんやさ、頼りにさせてもらうよ、光眼鏡」

「そのあだ名は、はじめて、だけど……」

 

 バラエティ豊か、っつゥか。

 なんぞ、きゃぴきゃぴはしてねェが、やっぱり女の子って感じだな。まァ無口の奴以外魔法少女歴がなげェんであんまし若い感じはしねェが。無口の奴も結構行ってんだろな。調査班ってな人員変わらずにずっと、っていうし。

 

「貴女も今みたいな感じで、自己紹介できるかしら?」

「あンま子供扱いされても面倒なンだが、あァよ。私ァ梓・ライラックだ。つい最近A級になったが、実力はBもいいとこだな。魔法は【即死】。つっても近接だからよ、遠くから殺す、なんてのはあんまりできねェ。一切できねェワケじゃねェんだけどな? ……あー、で? そうそう、魔法少女なったのァ13の時だ。歴は一年にも満ちてねェが、だからつってンな子供じゃねェんで、普通に接してくれると助かる」

「それは無理な相談ね。貴女がどう思っても、私達は全力でお姉さんをさせてもらうわ」

「あァそォかい。そりゃ難儀だな。面倒だ」

 

 最初はスかね、みてェな敬語モドキ使ってたけど、やめだやめ。銀バングルにァもう素でいいだろ。

 

 ……あとはまァ、コレか。

 

「気ィ遣ってくれてんのはわかるからよ、私から言うが。コイツは魔法少女になる前からこうだった、ってワケじゃねェ。魔法少女になってからこォなったンだ。私ァ死ぬのが大嫌いでね。片腕失って蘇生で回復、なんてのをするくらいなら、腕斬り落として義手にする方を選ぶ。それくらい死を嫌ってるって思ってくれりゃいい」

「話したくない事なら聞かないでおこう、と思っていたのだけれど……なるほど、そういう事情があったのね。大丈夫よ。遠征隊調査班は野蛮な突撃班とは違って、対象からは距離をおいて冷静に調査をするの。勿論時には戦闘も起こるけれど、頻度はそう高くないわ。危険だと思ったらすぐに撤退するし、ね?」

「……だが、調査対象を調査し終わったら──最悪、死んでEDENに帰るンだろ。それが緊急を要する情報なら、三日も四日もかけて戻ってられねェから」

「それは、ごめんなさい。私達にも守りたいものがあるから」

 

 あァ。それァ、俺も理解した。

 あの迷宮で──俺とは見ているものが、距離が違うんだって。

 

 それでもやっぱり、死は嫌だよ、俺ァ。

 

「優しい子なのね、梓は」

「……」

 

 やっぱり、ソレを優しいと捉えるんだな。

 鬼教官殿や暴走繭が理解の良い方だった、ってだけだ。大半の魔法少女にとって、死も苦痛も過程でしかない。怖いモンじゃねェんだ。

 だから、それを未だに怖いと捉える俺を、優しいなんて言葉で包んでおいておく。オブラートだよ。それが剥がれりゃ、未熟、にでもなるんだろォな。

 

「えーと、場がしんみりしてるとこ申し訳ないんだけど、そろそろお菓子でも食べない? あんまり真剣な空気って苦手でさー。隊長、ダメ?」

「あァさ、ありがとうな虹色ロング。私も別に得意ってわけじゃねェからよ、空気ぶち壊してくれンのは助かる」

「虹色ロングってもしかして私のあだ名だったりする?」

「だってお前、髪虹色じゃねェか。長髪で」

「安直すぎー!?」

 

 いやさおじさん驚いたよ。

 現地集合したら背面虹色の奴いンだもん。目立つだろソレ、とか思ったけど、まァファッションの自由くらいはあっていいだろ。魔法少女の衣装で変わっちまってる場合もあるしな。

 

「他人をあだ名で呼ぶのは、失った時に悲しいから?」

「おいおい銀バングル、話蒸し返すなよ。いまコメディになりかけてただろォが」

「隊長は貴女のような捻くれた子供を見ると優しく甘やかして素直にさせたくなる厄介な人なので、あんまり気にしない方がいいですよ。はい、これ。お菓子です。あ、甘いもの大丈夫ですか?」

「大好物だ。あんがとな、委員長」

「……委員長?」

「あァさ。つか、冷静メイドもこっち来いよ。アンタも菓子くらい食うだろ?」

「問題ありません。私は魔力回復に努めていますので、ご歓談のほどを」

「じゃあ来い。私が気になるから来い」

「はい」

 

 さっきからマジで無口なケトゥアンも、きゃいのきゃいのと喋りはしないもののお菓子パーティには参加するらしい。普通に紅茶とお菓子を受け取っているし、光眼鏡もそれは同じ。

 未だに俺を離さず、慈しむような手つきで俺の頭を撫でてる銀バングル以外、全員お菓子パーティのノリだ。

 

「アンタが誘ったんだ、アンタが乗らねェってことはねェよな、銀バングル」

「……そうね。お姉さん色々思い出しちゃってしんみりしちゃったけど……そうね。今は親睦を深める会。ということで、梓には私が食べさせてあげるから、楽にしててね」

「それもう子供扱いっつゥか赤子扱いじゃねェか。離してくれよ、普通に食わせてくれ」

「え? 口移しがいい?」

「難聴にも程があンだろ」

 

 あー、なンだ。

 やっぱ人って、話して見ると印象変わるよな、って。

 

 ……残念な方向に変わるとは思ってなかったけどさ。あァいや、班長もそんな感じか。

 

「あ、梓、ちゃん」

「ン?」

「ここ、これ……」

「お、クッキーか。ありがと、」

「はい、あーん」

「……」

 

 いやさ。

 銀バングルだけじゃねェのかー。つか第二波が光眼鏡だとは思わなかったよ俺ァ。

 つかマジで恥ずィんでやめてくんねェかな。43歳のおっさんの赤ちゃんプレイなんて誰が望んでんだよ。きめェだろ。いや43歳のおっさんの女学園生活ってのも望まれちゃいねェだろォが。今更ではあるンだがよ。

 ……口を開ける。

 

「あ、ふふ。いいこ、いいこ……」

「……」

 

 光眼鏡も光眼鏡で……あァいいや。うめェクッキーだなオイ。いやいいな。やっぱ糖分って最高だよな。

 ちょいとA級目指すってんで己に色々と課してて、パフェだのトロピカルジュースだのなんてのは以ての外、つって縛ってたんだが……あー。久しぶりに食べる菓子類の美味さよ。パルリ・ミラのパフェ食いてえ。

 おじさんだった頃から好きなんだよな菓子類。バレると馬鹿にされそうで誰にも言えなかったが、割と有名ケーキ店とかの持ち帰りとかやってたなァ。

 

「あ、ずるいずるい! 私もやるやる。はいあーん」

「いやよ、虹色ロングそれモガ」

「どう? 美味しい?」

 

 美味しい。美味しいんだがよ、ショートケーキフォークにぶっ刺して丸ごと突っ込むのは無理だろ。色々無理だろ。咀嚼に時間かかるわアホか。

 つか口元べとべとなんだけど。拭いてェのに両腕抑えられてんだけど。なァ。

 

「ああもう、そんなことをしたら、汚れてしまうじゃないですか。はい、梓さん。お口拭き拭きしましょうねー」

「……んぐ。っぷ、まァ待て委員長。アンタ銀バングルのこの赤子扱いを気にするな、みてェに言ってた癖に、ソッチ側なのかよ」

「一々気にしていたら身が持たないので、流れに身を任せるというのも処世術ですよ」

「あァ……諦めね」

 

 ケトゥアンサンの方をチラっと見る。

 良かった、あの人は普通だ。普通に黙々と抹茶みてェな色したケーキ食べてる。

 抹茶なんてあるんだな。緑茶自体国でもエデンでも見かけなかったが、俺のサーチ不足か。

 

 ん?

 

「……」

「え、いいって。別にくれ、ってわけじゃなくて」

「……」

「いや、アンタ随分と美味そうに食ってたじゃねェか。いいよ、好きなんだろ? 自分で食えよ」

「……」

「ちょ、押し付けてくんなって、あ、ちょ」

「……」

 

 喋らねェでフォーク押し付けてきやがる。先端に抹茶ケーキ刺さってるとはいえ普通に危ねェだろうが。

 

「……」

「わかった、わかったから。食べるから押し付けんな危ねェから」

「……」

 

 食べる。

 ……うめェ。いやマジで。

 あー。あーあ。班長のお菓子パーティも参加しときゃよかったなァ。いやまァあん時は冷静メイドに拉致られたンだが。

 

 ……なんかヤな予感がしたので、顔を背ける。

 

「強制はいたしませんが、どうでしょうか?」

「しねェんなら回り込むのやめろ」

「冗談です」

「うわ目の前で食われるのも色々思うトコあんな」

 

 冷静メイド。無表情だが、感情が無いってワケじゃねェようで。

 それなりに菓子パーティを楽しんでいるらしい。あと俺への揶揄い含めて。特に揶揄いは任務開始時からずっとされてっからな……。

 

「みんな、ずるいわ。私もやるから、誰か腕抑えるの変わってくれない?」

「では、私が」

「いやなンでお前がそんなノリ良いんだよ」

「キリバチ上官のご命令は似たようなものが多いので」

「あー」

 

 納得してしまった。

 鬼教官殿は確かに、そォいうどーでもいい命令しそう。忠誠心に篤い方、だのと言われてたが、そういう冗談は言えるのね。

 

「いやまァ、もういいよ。好きにしてくれ。私ァ甘いモン好きだからよ、くれるってんなら貰、」

 

 ──強化。冷静メイドと銀バングルの胴体に手をかけて、思い切り前進!

 

「きゃ!?」

「ッ!」

 

 突き出でたのは──黒い槍。

 ギザギザとした鋸の刃みてェなのがついたそれは、確実に俺達三人を突き殺そうとしてた。

 

「光眼鏡、上開けろ! 委員長、とりあえず全員引っ張って飛行魔法!」

「はは、はい!」

「ケトゥアン、頼みました」

「……」

 

 もにゅーん、と、シャボン玉の上部が開く。そこから真っ先に出て行くのはケトゥアンサン。次いで委員長が出て、それに引っ張られて光眼鏡と虹色ロングが浮いていく。

 こっちには無理か。あるいは、つけたつもりだけど付かなかったとかそんなトコか? 委員長は明らかに全員引っ張るつもりで全速力で上に上がってる。なンかあったな、これ。

 

「同じのが来る!」

「──来る場所が下だとわかっていれば、問題ありません」

「まったく、どうしてこう……お姉さんの邪魔をするのかしらね、魔物というのは」

 

 ヒョイ、と抱えあげられる。冷静メイドに。

 姫抱きじゃなく、また片腕で抱き寄せる感じに。

 

 海中。シャボン玉こと【排析】によって露になってる暗い海を、まっすぐに向かってくる巨体。尖った鼻先──その魚影。

 

「カジキ、いやイッカクか!」

「オーレイア様。私が固定しますので、任せても?」

「ええ。お願いするわ」

 

 言って、冷静メイドはその足元から自己を形成し始める。作り上げられるのは手。腕から先の無い手が──無数に形成された。

 そこに突っ込んでくるは長く鋭い牙を持った化け物。イッカク。

 ただその大きさが尋常じゃない。漁船くらいの体躯に、牙は5m近くと、いややべェ化け物だことで。

 

 それが、ぶっ刺さった。

 ──冷静メイドの作り上げた手の群体に。

 

「止めます」

 

 そしてその手は、それぞれが個別に動き、イッカクの牙を掴んでいく。

 獲物を仕留めきれなかった事を察したイッカクが身を戻そうとしても、できない。冷静メイドは、その手を。その全ての手を──強化している。【侵食】で形成した部位も強化できるのか。そりゃ、またやべェ話だな。

 

「【白亜】」

 

 完全に捕まったイッカクの牙に触れるは銀バングル。

 魔法名と共に──イッカクの牙が。そして手の群体が。

 

 骨、みてェなものに変わっていく。

 ……石灰質、か? 白亜って、文字通りの白亜質かよ。

 

 それは勿論、牙の持ち主であるイッカクにも及び──それでもまだ抵抗をするソイツに、今度は手の群体がパラパラと崩れ落ちてしまった。イッカクの牙ごと、脆い石灰が如く、真っ白に。

 だが、それで奴は窮地を脱した。口先が【白亜】化しているとはいえ、まだ体全体には及んでいない。触れ続けて無ければいけないのか、それ以上の進行も無い様子。

 

 まァ、逃げるならそれでいい。牙ァ失ったんだ、もう攻撃してこねェだろうしな。イッカクの牙ってな、一回折れたら二度と生え変わらねぇっていうし。

 

 なーんて思ってたんだが。

 

「──【槍玄】」

 

 その、逃げる巨影を。

 ヒトガタの──いやさ溜めるまでもねェ、ケトゥアンサンが貫いた。その身で。その体で。凄まじい奔流を纏いながら、凄まじい速度で突っ込んできて、イッカクの身体をぶち抜いたんだ。

 

 ……決めた。

 あだ名は、過激無口な。

 

えはか彼

 

 ンなことがあったんで、お菓子パーティなんぞは中断。

 あのイッカク自体はランダム湧きだったっぽいんだが、もうちょい安全な海まで移動する、とかで、今度は飛行魔法を使用しての移動となった。B級なのに飛行魔法使えんのかい。っつーツッコミは、そォいや鬼教官殿も実力で上り詰めただけで魔法自体はC級かB級だってのに普通に亜空間ポケット使ってたな、と思い出す。

 なんかコツとかあンのかね。

 ……あるいは単純にこの冷静メイドがA級になってねェ、なれるけどなってねェ、って奴だけかもしれんが。

 

 あァそうそう、委員長が俺達を連れて行かなかったのは、なンでも【引力】の対象ってな選ぶっつかくっつけんのに結構集中して狙いを定める必要があるとかで、単純に当たらなかったそォだ。すんげー平謝りされた。

 

「冷静メイド、魔力は大丈夫か?」

「問題ありません。回復は終えていました」

「その後に使った分は?」

「問題ありません。私はB級ですが、魔力量はS級に届きます」

「あァか。ならいいんだ」

 

 やっぱりコイツ昇級試験受けてないだけだな?

 いんやさ俺も受けてねェけどさ。

 

「……殺意を感じ取る、でしたか」

「ん? あァ、さっきのか」

「非常に有用な能力であると言えます。ライラック様の生存において、その直感に従うことは最優先で行われるべきことです。ですが」

「"私達まで助けようとするのはおやめください"、とか言ったら怒るぞ。まだクルメーナって島についてもいねェ内から死のうとしてんじゃねェよ。着いたところで死なせねェが」

「……申し訳ございません。口を慎ませていただきます」

「あァ」

 

 姫抱きにされながらだとちとカッコつかねェけど。

 ……助けなくて良かった、とかさ。やめてくれねェかな、マジで。

 

 滅入るよ。ンなこと言われたら。

 

「険悪な雰囲気だけど、お姉さんも参戦していいかしら」

「ダメだ。アンタはあっち行ってな」

「あら酷い。私梓に何かした?」

「何ってほどはされてねェが、アンタが面倒な手合いだってことはわかったよ」

「ま、いいわ。この遠征中になんとしてでもデレさせてあげるから」

 

 デレさせる、って。

 ……いんやさ、俺ァしねェよそんなこと。きめェだろ。

 

「謝ろうって。思ってね」

「……何をだ。さっきのことか?」

「ええ、そう。私達は調査班で、あの空間は【排析】……周辺域の探査が可能な魔法内だった。にもかかわらず魔物の襲撃を許してしまった。これ、どういうことかわかるかしら?」

「サボってたから、って言いてェんだろォが、そいつァ違ェな。私を気遣ってンのはバレバレなんだよ。初めての長期間の遠征任務に、同クラスの子もいないんじゃ絶対に寂しい思いしてるから少しでも盛り上げてあげなきゃ、とか思ってのアレだろ?」

「……誰から聞いたの?」

「誰にも聞いてねーって。わかるよそンくらい。年長者として、新人だの研修だので周りに馴染めてねェ奴がいたらどォにも放っておけなくなっちまって、世話焼いちまう。でも気ィ遣ってるってバレると余計に焦らせちまうし遠慮させちまうから、わざわざ面倒な奴装って下手打って安心させる。どーせそんなこったろ」

 

 班長にもしたことだが、どォにも昔の経験談を当て嵌めちまうな。

 ウチにもいたんだ、そういうの。なんつーかな、世話焼きのおばちゃん、って感じの経理だったんだが、歓迎会だのなんだのでレクリエーションあるたびに、誰とも話せてない奴にダル絡みしにいって、ソイツが周囲に助けを求めることで、あるいは周囲が動いて経理が退くことで、新たなコミュニケーションを生んでいた。

 自分を悪役にするって程じゃないが、自分から面倒くさい奴になることで不和を破ろうとする奴もいるってな話。

 

「ま、それが今回ばかりは裏目に出ちまったってそンだけだよ。謝られる筋合いは無ェ」

「……そ」

「"の歳でそこまでの考えに至るなんて、どれほどつらい環境にあったのかしら"……的なコト言おうとしてンなら、それァ見当違いだ。家族も友人も真っ当だったよ。良い人達だった。魔法少女になるまでの私の人生に何の苦難もなかったし、なった後だってそうさ。価値観の違いにゃ悩まされちゃいるが、友人も教官殿たちも良くしてくれてる。あァ、お上だけァどーにも考えが合わなそうだがな」

「それで、どうしてこんな粗暴な子になってしまったのかしら……」

「はン、生来さ。国のガッコにいた頃からこんなんだよ、私ァ」

 

 なんつーかな。

 気を遣ってくれてンのはひしひと伝わってンだ。

 でも、それ以上に……なンかと重ねられてんのもわかる。トラウマ、かね。銀バングルには銀バングルの、なんか抱えてるモンがあるって感じがする。

 その抱えてるモンが、俺と似た要素を持ってるんだろう。

 

「まァよ、銀バングル。アンタが何を思って、どういう思想で魔法少女やってンのか知らねェけどさ。私ァさっき話した通り、誰も死なせたくねェんだ。戦闘でも調査でも、どんな時でも。だから、私に暗い顔させたくねェってんなら、頼むから死なないでくれ。どんなに急を要する情報が手に入っても、全力で帰ってくれ。死なずに、帰ってくれ。私を置いてっても構わねェからさ」

「……どうしてそこまで、死を嫌うの? 死んでも……何も失うものはないのに」

「死自体が喪失だからだよ。つってもまァ、すぐに理解してくれとは思わねェ。アンタにはアンタの信条がある。私ァそれを欠片たりともしらねェ。だから、今はただ、私がそォだってのを理解してくれたらいい」

 

 この先、何度この話をしなきゃなんねェんだろォな。

 数百といる魔法少女相手に、その全員に、俺の思想だのなんだのと……死は怖いものだ、って。そう言い続けなきゃならねェのか。

 やめるつもりはねェけどよ。なんか、思っちまう。

 なんか。

 

 悲しくなっちまうな。

 

「ごめんね、梓」

「ん?」

「そんな悲しい顔をさせたくて謝りに来たわけではないのよ。ただ……お姉さん。いえ、私も、喪失の悲しみはわかるから。貴女には、最大限寄り添えると思う。でも、本当に……本当に、必要な時は。ごめんなさい。調査班は、情報をEDENに持ち帰るのが使命だから。そこだけは、譲れないのよ」

「……あァよ。んじゃ、止めるさ。アンタやアイツらが死にそうになってたら、私が必死で止める。早まるなってな」

「そうね。小さい子からお願いされたら、止まるかも。その時はちゃんと"お姉ちゃん"って言うのよ?」

「言わねェよアホ」

「本当に口が悪いわね」

 

 誰が言うかっつの。

 ……いやさ、それもこのしんみりを拭うためのアレソレなんだろォが、絶対言わねェからな。

 

「もうすぐで安全な海域に着くわ。そこに着いたら、もう一度お菓子パーティをしましょう。そのまま夜を明かすことになると思うから、パジャマパーティーでもいいわよ。貴女、さっき【排析】の踏み心地に癒されて、眠りそうだったものね」

「そォいうトコばっか見てやがんのな」

「だってお姉さんだもの」

 

 しねェよパジャマパーティーなんざ。

 んなのは少女同士でやってろ。おじさんの混ざるべき場所じゃねーって。

 

 ……ただ、あのシャボン玉みてェなのの中で寝たいのは事実。

 ぜってぇ寝心地いいもんアレ。欲しいわァ。あれすげー欲しいわァ。

 

「余程【排析】が気に入ったみたいね。知子も喜ぶわ」

「いや気に入らねえ奴ァいねェよあれ。ねぼすけ……あァ、突撃班にも寝るの好きな奴がいんだがよ、ソイツにも紹介してェくらい気に入った。今度普通にエデンで寝かせてくれねぇかな、こんな危ねェ場所じゃなく」

「突撃班……あの野蛮な班に、そんな子がいるのね。意外だわ」

「さっきから突撃班にちょいちょい棘あるが、なんかされたのか?」

「……それは、もう少しお姉さんと仲良くなったら教えてあげるわ」

「あァいいよいいよ。突撃班の連中に聞くから」

「もっと興味を持ってくれないと寂しいわ」

「そォかい。そいつァ残念だったな」

「……冷たい。ね、ローグンさん。梓を抱く役目、変わってくれないかしら」

「申し訳ございませんが、ライラック様を抱くのはキリバチ上官から仰せつかった大事な役目ですので、はいどうぞ」

「おォい!?」

「冗談です」

 

 冗談に聞こえねェんだって。

 ……や、ホント。

 

 なんかやりづれェなァ、今回の遠征は。

 

 まだ二回目なンだが。

 

えはか彼



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六、造物編
20.是阿亜須無伏零須有集琉土能登捨手伏恩.


 昨日の夜は別になんも無かった。

 安全な海域──海のど真ん中にぽっかりと出来たサンゴ礁での、【排析】を用いた一泊。予想通りの寝心地の良さと、予想通りにウザ絡みしてくるオーレイア隊の面々。つってもまァ撫でられまくるくらいなンで放置して寝たら、朝には銀バングルと委員長に挟まれて起きたンだから驚いた。

 魔法少女は寝る必要無ェからさ、久しぶりに眠ったって委員長は言ってたよ。ちなみに虹色ロングは普通に寝るらしい。

 

 全員の魔力回復が終わったところで、また出発。【排析】を使ってる光眼鏡は委員長の【引力】でぶら下げられてる時に回復するとかで、なるほどもォシステムが組みあがってんのなと感心したもんだ。

 

 サメだのカメだのイッカクだのがいた海域からは、海の色も結構明るくなってきてる。

 温暖な気候に入ったってのもあるだろォが、海が浅いんだろォな。透明度もあがってるンで、化け物がどこにいンのかもわかりやすくなってる。いたとしてもそこまでデカくねェのも大きい。

 段々陸地に近づいてる証拠かね、なんて思いながら、けどクルメーナってなは人工島だったなと思い出す。

 

「なァ、冷静メイドはクルメーナに行った事あンのか?」

「はい。30年程前に一度向かいました」

「ほォか。んで、どんなトコなんだ?」

「美しくも荘厳。儚くも危険。妖しくも武骨。そんな場所でした」

「……それで伝わると思ってンのか?」

「いいえ。クルメーナについては、当時の様相を述べてもあまり意味を成しません。ディミトラは彫金師である、という情報は既につかんでいますね?」

「あァ」

「故にあの島は【鉱水】の魔法により、常に形を変えます。様相も地形も雰囲気も大きさも、なにもかもがディミトラの意思一つで変わるのです」

 

 EDENに属さぬ魔法少女、ディミトラ。

 一応の等級区分で言えばSだったか。なるほど、殺傷能力も殲滅力もありそォだが、それ以上に色々と厄介そォだな。

 島全体がソイツの魔法となると……たとえば、EDENに見られちゃマズいモンを隠すのもお茶の子さいさいってワケだ。物だろォが者だろォが、な。

 

「ですが、もし襲われた場合、ライラック様の魔法は無類の強さを発揮するでしょう」

「あァ、分け与えられた生命だから、か」

「はい。倒せども倒せども一度【鉱水】に還る事で復活を果たすあの島のガーゴイル種も、ライラック様の【即死】であれば死にます。精神体……ゴーレム種との戦闘経験はありますか?」

「あァ、迷宮最深部周辺でな」

「なるほど、そうでしたね。それならば問題はありません。基本的な対処法は同じです。ただし、ガーゴイル種は飛行するものも多く存在しますので、そこにだけ注意を払っていただければ問題は無いでしょう」

 

 ガーゴイル種。 

 本来は石像やら銅像やらに精神体が宿って成る化け物を指すんだが、【鉱水】で作られたそれも一応ガーゴイル種と見做されるって話だ。ただまァ順序が逆だな。初めから命あるものとして生み出された石像か、単なる石像に命あるものが宿ったか。

 過程が違っても結果が同じなら同じものとして見做されるワケだ。

 

「ディミトラ自身は戦うのか?」

「少なくとも私の行った30年前、及び今に至るまでに、EDEN側と敵対、交戦した、という記録は残っていませんね」

「情報が無ェわけだ」

「ですが、流体を操る魔法少女はEDENにも存在しますので、大まかな戦闘スタイルは変わらないものと思われます」

「あァよ、その辺は大体抑えてあるよ」

 

 敵についてわかってンのは魔法少女ってことくらいだ。んなら、魔法についての造詣も深いに越したこたねェ。特に【鉱水】なんて名前だ、水系統の魔法の使い方は大体調べてきた。

 鉄砲魚よろしく貫通力の高い水鉄砲や、水を用いての拘束、霧や雨での攻撃、中には指定対象をピンポイントに窒息させる、なんつーこえーのもあった。

 

 水っつーのが不定形であるから、かなり色々出来るって印象が深い。

 代わりと言っちゃなんだが、俺の【即死】や光眼鏡の【排析】、あるいは班長の【凍融】みてェな、明らかに自然にァ発生し得ない現象みてェなのには弱い感じだ。汎用性ァあるが、際立っちゃいない、ってな所感。

 その中で、唯一際立ったのが【鉱水】って話なンだろォが。

 

「……さっきからよ、海ン中泳いでるの。気付いてるか?」

「肯定します」

「魚、じゃねェよな」

「ガーゴイル種かと。水中を潜航可能なガーゴイル種となると、自然形成ではありませんね。恐らくはディミトラの作品です」

「監視、か?」

「恐らくは」

 

 浅い海で、透明度のたけェ海だからでけェ化け物がいねェんだとばかり思ってたが……こいつァ、掃除屋がいるから、だな?

 主の元へ危険になりそォなのを近付けさせねェための、国で言う軍みてェな哨戒班。たァ言え遠隔にメッセージのやり取りだのをできるってワケじゃないんだろう。だったら鳥みてェなの作ってコッチに寄越せばいい話だし、そもそもEDENにそういう端末みてェなのおいてないって事は、あくまで一個の命を作るに過ぎねェ、ってことだ。ケータイなんざ夢の夢、国でもそォいう技術ァ発展してないしな。

 

 なんにせよ、不気味であることにァ間違いない。

 石の魚──ソレがこうも、ゆらゆらと。一匹二匹じゃねェ、周辺海域に数十はいやがる。俺がわかってねェだけで数百かもしれねェが。

 

「あーこれ、あんまり気にしなくていいよん。魔法少女に対しては無害だから」

「なンだ虹色ロングもクルメーナにァ行った事あんのか?」

「何度かねー。えーと。あ、ほらあれ。あそこ」

 

 ふよふよ近づいてきた虹色ロング──よォく観察すりゃ、確かに吊り下げられているなっつー動きをしてる──が、少し遠くの雲を指差す。

 

 そこに、いた。

 

「天鷲ッ!?」

「あれは嵐鷲ですね。天鷲よりも高位の魔物です」

「いや何をそンな冷静に……な」

 

 いたんだ。

 ソイツ。嵐鷲、だけじゃない。

 

 ──数十からなる、翼をもった石像の群れ。

 遠目だからこまけぇディティールはわからねェが、太い腕とゴツい体躯に、くそでけェ翼でバッサバッサと、空を飛んでいる。飛んで、飛びながら──嵐鷲を追い詰めている。

 主な攻撃手段は殴打だ。そのクソ硬ェなだろう拳で殴って、たまにいる武器……トライデントかなンかを持った奴がぶっ刺して。

 連携の取れた、秩序だった動きで嵐鷲を退治しにかかってる。

 

「海も空も、島も。ディミトラの作品がいっぱいいるから、この辺りは安全な海域なんだよね」

「安全、ね……」

 

 嵐鷲も抵抗していないワケじゃない。

 だが──数が数だ。それに、一度壊されたとて、ガーゴイル種。落下し、海に落ちても……ものの数秒で元の身体になって帰ってきやがる。

 精神体だからな、効かねェんだ、物理攻撃ァ。

 

 あ。

 ああ。

 ……あー。

 

「討伐されたようですね」

「ねー。私達がやったら多分、もっともっと時間かかっちゃうだろうから、ありがたい限りだよねー」

 

 翼に穴開けられて、バランス崩したトコを一網打尽。

 

 ……安全。ありがたい限り。

 俺にはどォもそーは思えねェや。

 

 が、まァ。

 ガーゴイルってのをあらかじめ見とけたのは、でけェな。

 

えはか彼

 

「主ディミトラの作り給うた造物島・クルメーナにようこそいらっしゃいました、EDENの魔法少女の皆さま。私は主ディミトラの作り上げた汎用型給仕ガーゴイル・シエナと申します。主ディミトラは現在作業中のため、今しばらくお待ちください」

「……」

 

 開いた口が塞がらねェってな、こういう時のための言葉だ。

 そしてそれは──オーレイア隊の面々も同じらしかった。つまり、前はいなかった、新しい技術。新しいガーゴイルってワケだ。

 

 その中で、ただ一人。

 

「国家防衛機構・浮遊母艦EDENより参りました、遠征組調査班オーレイア隊に仮配属されています、コーネリアス・ローグンと申します。本件は緊急を要する調査のため、ディミトラ様へ可能な限り性急な対応を求めます。これはEDEN軍事部キリバチ及びEDEN中央部ジャハンナムからの要請です。以上、お伝えください」

「かしこまりました。では、遠征組調査班オーレイア隊の皆さま。客間へとご案内いたしますので、こちらへ」

 

 冷静メイドが用件を伝える……って、知らねェ名前が出たな、今。

 ジャハンナム。中央部ってことは、お上の一人だな? ソイツが俺をこの遠征に組み込んだ奴か。俺の腕の強化のためにってのはやっぱ鬼教官殿の後付けだな。

 あるいは可能性として──俺と敵対する可能性のある奴ってこった。

 その思想の違いから。

 

 ……ま、ンなこたないとァ思うが。

 

 こちらへ、と促されたンで、大人しくついていく。

 

 なるほど、美しくも荘厳。儚くも危険。妖しくも武骨、ってな、今もそォ変わらねェらしい。

 島のあちこちに石像がある。よくわかンねェモニュメントとか、柱だの壁だのに走る意匠だとか、そういうのもわんわんさかさか。わんさかある。

 俺ァ芸術にァちょいと疎いんでよ、それがすげェのかどうかわかんねェんだが、確かに価値はありそォだなって素人考えがつらつら出てくる。剣だの盾だのを持った石像。槍だの弓だのを構えた石像。別に石だけじゃねェ、銅像やらなんぞわからねェ鉱石の像もある。石像が多めだが。

 ……アレか? 銅像は今──哨戒に出てるから、とか。

 はは。

 

「こちらでお待ちください」

「あァ、ありがとな」

「……失礼します」

 

 客間から出て行くシエナ。

 ん。なんか溜めあったな。

 アレか、礼言われるのは慣れてねェのか? つかそォか、AIみてェなもんだもんな。前世でAIと喋る事ァ無かったとはいえ、あれだ、ヘルプデスクとかのチャットボットに礼言ってるみてェなもんか。そりゃ確かにおかしいかもしれねェ。

 

 まァたまにァいいだろ。それで感情が芽生える、なんて感動秘話にでもしといてくれ。

 

「……驚いたわね、本当に」

「はい。前回訪れた時にはいませんでした。新作ということなのでしょうが……あれほどまでに人間を模し得るものなのでしょうか?」

「知子、どう?」

「い、いまの所は、おかしな魔力反応とか、なな、ないです」

「何かあったらすぐに教えてね」

 

 なんの話かと思ったら、光眼鏡の手先。

 そこに極々小さな【排析】が展開されていた。

 

 へェ、そォいうこともできんのか。周囲の探査ができるってな、別に全身入ってなくともいいと。

 そりゃ確かに有用だ。銀バングルがあんだけ褒めて欲しそうにしてたのもわかる。これは自慢できる奴だ。

 

「……」

「ケトゥアン、どうしたの?」

「……気配。多い。……ここ。苦手だ」

「過激無口。適当で良い、一番やばそうなのはどこにいる? 私ァ気配ってのがわかんねェからよ。教えてくれ」

「……下と、上」

 

 お、すんなりあだ名受け入れてくれた。

 ホントに受け入れてくれたのかどォかは置いとくとして、ちゃんと話してくれるのはありがてェ。

 

 下と上、ね。

 頭においておこう。

 

「さっきのメイドさんさ、可愛かったねー」

「ん? あァ、なンだ、それは当然なンじゃねェのか? ガーゴイル、つまり造形物だろ? 化け物のカッコよさってなあんま理解できねェが、ヒトガタ作るってんならできるだけ美形にしてェもんなんじゃねェのか」

「ってことは、あのメイドさんがディミトラの理想のカタチなのかなー?」

「あー。確かに。魔法少女ってな成長しねェし変わらねェんだ、理想の自分ってなありそォだな」

「……ねね、梓はさ。どっちが好き?」

「何が?」

「おっきいのと、ちいさいの」

 

 ……ンン?

 虹色ロングは15歳の時に魔法少女になって、魔法少女歴もまだ10年、とか言ってたよな。

 

 なんだその話題。

 男子高校生か?

 

「もう一度聞くが、何が?」

「えー? わかんないか。梓はまだまだお子様だねー。いい? ──おっぱいのこと。大きいのがいいか、小さいのがいいか。永遠に変わらない魔法少女を語る上で外せない議題だよー」

「あァ。生憎誰かと魔法少女を語ったってことがないんでな」

「え。え? 国の学校とかで、どの魔法少女が好きかとか、えっちだとか、そういうの話さなかった? 私の時はもうみんなそういう話題で持ちきりだったよ? ちなみに私は隊長くらいの持ちやすい大きさで、且つおしりは大きめなのが好き」

 

 んー。

 なんだコイツ。

 おっさんか? いいよ? こんな大っぴらなトコじゃなければ話すよ? 話せるよ? おじさんはちゃんとおじさんだから少女についてァともかく大人の女性については話せるよ?

 いやいや。

 話さねェよガッコでそんなこと。そもそも魔法少女についての話題なんか……ああいや、男子連中たちがそォいや話してたっけ? なんぞ、魔法少女を特集した雑誌があったよォな、無かったよォな。

 

「魔法少女はさ、もう人間とは結婚できないから。魔法少女同士で恋愛するしかないから、梓も早い内にコッチへ来た方がいいよー。それで悩む子も結構いるからねー」

「コッチってな、どっちだ」

「ん? 女の子同士でイチャイチャする道、ってこと。ちなみにウチは、隊長と全員が関係持ってるよん」

「……」

「へー? そういう知識はあるんだ。進んでるねー。あ、13歳ならそれくらい普通か」

 

 いんやさ。

 なんだコイツ。いや、コイツだけじゃねェ、って事か?

 ……爛れてんなァ。

 

「梓はさ、学園に誰か好きな人いる?」

「今んところはいねェな。みんな良い子だとァ思うが、妹……いやさ、娘か? 違うな、良くて娘の友達かね。それくらいにしか思えねェよ」

「娘って……え、結婚、じゃない、もしかして産んでたの?」

「比喩だよアホ。13歳でそれァ色々無理だろ」

「だよね、びっくりした。……え? 比喩にしてもおかしくない? 私ですら自分の子供、なんて感覚を持つ魔法少女いないよ?」

「私ァ早熟なんだよ。ちなみに虹色ロングも光眼鏡も委員長もそォ見えてるよ」

「む。なにそれー。自分の方が大人です、って言いたいワケー? ──じゃ、今度教えてあげようか。ホントのオトナがどーゆーことしてるのか、って」

「あァ、はいはい。今度な」

「……ほんとにやるからね」

 

 いんやさ、あの狼引き連れてた魔法少女もそォだったが、あんまりそーいう言葉を少女の見た目で言わねェでほしい。言われてる俺が犯罪やってるみてェになるからよ。

 つーか、確か安藤さんの話だと元の年齢に魔法少女歴足して成人したら成人っつてなかったか? だから俺に手ェ出したら普通にロリコンの誹りを受けると思うンだが。つかその辺の法律ってなどォなってんだろな。あんま詳しく調べてねェや。

 

「それはおいといてさ、どっちが好きなの? おっきいのとちいさいの」

「話終わったンじゃねェのかよ」

「だって暇なんだもん。ね、梓はちょっと小さめじゃん? まぁ13歳って考えても背もちっちゃいし、身体が大きくなる前に魔法少女になっちゃったからなんだろうけど……自分のが小さいと、大きいのに憧れたりするの?」

「……憧れるだのなンだのは、別に無ェなァ。それこそさっきの話じゃねェが、私にァ理想の姿ってのが無いんでね。中学にいた頃も、このまま順当に成長して、なるよォになんだろな、くらいにしか思ってなかったし。まァ妹に背ェ抜かされた時はちっとばかしキたがよ、そんくらいだ」

「正直に言うとさ、梓って結構ど真ん中なんだよね。ちっちゃいくせに生意気で、ちょっと陰あって胸もちっちゃくて、その上で──少し、カッコイイ」

「あァそォかい。そりゃありがてェ評価だこと」

「その塩対応もいいよねー。その顔が夜にどう蕩けるのかも見てみたい……」

 

 ん-。過激無口に過激なんてあだ名つけた手前アレなんだが、虹色ロングも過激だなァ。

 過激の種類が違うが。

 

「なンだ、委員長とかはそォいう過激なのァ苦手そォに見えたが」

「委員長って、フェニキアのことだよね?」

「あァさ」

「全然。隊長と一番に付き合い始めたのフェニキアだし」

「へェ。そりゃ意外だな。告ったのはどっちからなンだ?」

「それもフェニキアからだよ。というか、隊長から私達に手を出す、みたいなのは一回も無いよ。あの人そういうとこの線引きちゃんとしてるからねー。だからみんなで協定組んで襲ったんだけど」

「……災難な」

「ちなみにちゃんと魔法使ったんだよね。私の魔法って【弱化】っていうんだけど、文字通り相手を弱くできるんだ。弱くしたところで殺せるわけじゃないからいつまでたってもD級抜けられないんだけどさ、他に近接がいる場合は別。赤ちゃんみたいに弱い力しか出せなくなった隊長をみんなで抑えて……ね?」

「ね? じゃねェよ。つかこえー魔法だなオイ。それ、心臓だの肺だのに使えァ殺傷能力上げられるだろ。心臓弱めりゃ生き物は死ぬぞ」

「瀕死にはもっていけるんだけど、機能停止まで持っていけないんだよねー。あくまで弱めるだけ」

「……使い方次第でどォとでもなりそォだがなァ」

 

 要はデバフ要員か。

 確かに過激無口のあの突撃する魔法とは相性良さそうだな。委員長が引っ張った相手の耐久性能【弱化】して地面だのに叩きつけてぶっ壊す、なんて連携もできンだろうし、単純に敵の攻撃威力の低下も狙える。虹色ロングの言う通り機能停止までもっていけねェってな確かに不便そォだが、そいつァ俺の領分だしな。

 何より遠隔で使えるっぽいのがやべェわ。魔力さえどォにかなれば、目に映る全ての化け物【弱化】させて、S級だのSS級だのが殲滅すりゃいい話。

 

 なるほど、確かに魔法自体はD級かC級なンだろォが、そォいうのもいるって話だな。

 サポートに特化した魔法少女。突撃しねェで撤退が基本な調査班には持って来いか。

 ……それを魔法少女に、しかも自分の隊の隊長に使うのはどォかしてると思うんだが。

 

「だからたとえば、こういうこともできちゃう」

「ん? ──ひゃっ!?」

「あははっ! ひゃ、だって。やっぱカワイー!」

 

 あァよ自分でも思ってねェ声が出てびっくりしたわ。

 ……なんだ、お嬢ばりの速度で背後に回られて……脇に手を入れられた。そのまま脇のやわらけェとこを拘束でもにゅもにゅされた後、元の位置に戻って……それを、口へ。

 

「変態かよ……」

「えー? 今更? 今までの会話聞いてたらもっと早い段階でそう思うと思ってたんだけど」

「あァ、今身に染みたってだけだ。……で? 今のはなンだ。身体強化使ったよォには見えなかったが」

「だから、【弱化】だよ。梓の目と脳にかるーく【弱化】をかけて、反応できなくしただけ。私はそんなに速く動いてないよ。今のは梓がゆーっくりになってただけ」

「……やっぱりこえー魔法じゃ、ひぁっ!?」

「えへへ、ゆっくりになってる間に蓄積した"触れられた刺激"は消えないからね。くすぐったいでしょ。身体には【弱化】かけてないから触覚はそのままに、頭だけおいついていかないカンジ。そして唐突に流れ込んでくる感覚。……どう? 今のはお腹をこちょこちょしただけだけど……病みつきになっちゃった?」

「……」

「へー? 無視する気? じゃあもうちょっと強めの【弱化】かけて、みんなでくすぐっちゃおっかなー?」

「……対策は思いついたが、あんま余計な魔力使わせねェでくれ。私ァ魔力低いんだよ。そっちもそォだろ」

 

 やべーわ。

 コイツ、何の躊躇もなく魔法使いやがる。一応敵地になり得るかもしれねェって場所で、いたずらのためだけに魔力浪費とか何考えてんだホント。

 対策はまァ思いついた。強化すりゃいいんだ。【弱化】された分戻せるくらい強化すりゃいい。ただし、先手として【弱化】打たれたらきつい。強化の逆……世界の方が速すぎるってなってる中で、虹色ロングの手が俺に触れる前に強化を、ってなると、多分かなりキツい。

 

 この魔法、殲滅力と殺傷能力がないだけで、本気でこえー魔法だ。

 知性ある化け物相手にァ効きすぎるんじゃないかってくらい。

 

「結、あんまりいじめちゃダメよ?」

「はーい。あーあ。怒られちゃった」

「そのまま怒られまくって禁固刑にでもなってくれると助かる」

「あれ? 今の今までもう生意気なこと言っちゃダメだよ、って躾をしたつもりだったのに、まだ言うんだ?」

「あァよ、学園に帰ったらもうオーレイア隊にァ近づかねェでおくわ」

「つまり遠征中にヤれってこと? 結構難しいこと言うねー。でもわかった。検討しとくよ」

「頭パッパラパーかよ。常に【弱化】発動してんじゃねェか」

 

 あー。

 苦手だ、こういう手合いは。

 オーレイア隊、今んとこ銀バングルも虹色ロングも苦手だ……。多分だけど光眼鏡も苦手な部類。

 

 ……過激無口と委員長はこォでないことを祈る。

 

えはか彼

 

 

「お待たせいたしました。主ディミトラがお呼びです。こちらへどうぞ」

「ええ。みんな、行くわよ」

 

 よォやく、と言ったところか。

 それなりの時間を待たされたが、ついにディミトラってのとご対面らしい。

 

 客間を出て、シエナについていく。

 冷静メイドは護衛だってな話で俺にぴったりとついてくるが、オーレイア隊の面々は結構自由だ。前回来た時と変わってるっつー場所をきゃいきゃい喋りながら、主に虹色ロングと委員長が「あー!」とか「あれ前もあったよねー」とか「あれは……可愛らしい猫ですね」とか、なんだ、観光にでも来たんじゃねェかってはしゃぎ方で、それはもう煩い。

 アレのどこをオトナの女性に見ろってんだよ。修学旅行中の女学生が、良くて若いOLの旅行って感じじゃねェか。

 

「ライラック様」

「あァ、気付いてるよ」

「もしもの場合は、盾にお使いください。問題はありません。私は貴女が思っているよりは、死に難くできています」

「……ヤだね、とは返しとくよ」

「はい」

 

 尾行されている。

 上空に一匹、でけェの。通路の外に一匹、小さェの。俺達の真後ろから、足音しねェの。

 過激無口も気付いているようで、臨戦態勢って感じの雰囲気出してる。他の奴らはどォか知らねェが、虹色ロングと委員長は守った方が良さそうだな。

 

 しかし、なんだって尾行なんざするんだ。

 これから向かうのはディミトラ本人のトコで、案内人もディミトラ作のガーゴイル。俺達が不審な行動すりゃすぐにわかるし、ディミトラのトコに誰か一人でも辿り着かなかったらその時点でお察し。だから尾行なんざする意味は無いと思うんだが。

 

 それとも、こいつらはディミトラのガーゴイルじゃねェのか?

 

「こちらです」

「ええ」

 

 シエナが立ち止まる。

 そこには、外の荘厳なそれらとは違って、結構普通めな扉。殺意の類は感じないンで少なくとも即死トラップなんぞかは仕掛けられていないんだろう。

 その扉の中に、銀バングルと過激無口、光眼鏡、委員長と虹色ロングの順番で入っていく。

 

「……」

「どうかされましたか?」

「いや。……案内ありがとうな、シエナ」

「……」

 

 なんか気になったんで、もっかい言ってみた。

 すると──。

 

「……これを」

「ん」

 

 小せェ声で、くしゃくしゃに丸められた紙、っつか何かの切れ端か。それを渡してきた。

 

 やっぱり、そォいうことか。

 特に詳細も聞かずに受け取れば、今度こそシエナは沈黙。俺の後ろにいる冷静メイドにも何も言うなのジェスチャーをして、俺達も扉に入る。

 

 尾行されていたのは──シエナの方、ってこったな。

 

 

 

「これで全員ね。で? 改めて聞くけど、何用? 緊急を要する調査って、何?」

 

 そこに──いた。

 ちっせェ子供が。

 

「……」

「あ! そこのチビ! 今私の事ちっちゃ、って思ったでしょ。許さないからね!」

「そりゃすまんな。事実を心に浮かべただけなンだが」

「な──むっかァァァア! ちょっと、オーレイア! 何なのよコイツ! 失礼過ぎない!?」

 

 いやさ。

 老獪というより奇怪、だの。呑まれるな、だのさ。

 随分とこえーこえー奴を想像してきたんだが……なんだこのちびっこは。

 

「ごめんなさいね、ディミトラ。梓はまだ魔法少女になったばかりで、貴女の凄さを知らないのよ」

「……ちなみになったばっかりって、どれくらい?」

「まだ一年と経っていないわ」

「そ……それなら、仕方がないわね。エデンで私の伝説を習うのって五年度以降でしょ? まだ入ったばっかりの子だっていうなら、失礼も許してあげる」

「ほォか。あンがとよ、ちびっこ」

「ね、殺していい? アレ」

「ディミトラ、あの子は貴女より遥かに年下よ? そんなムキになって、淑女たる自分、はどこへ行ったの?」

 

 いんやさスマン。煽るべきじゃないのはわかってたんだが……どうにもちょっと、なんかキちまって。

 久しぶり……ってほどでもないか。

 あれだ。狼引き連れた魔法少女とも、なんぞこういう子供みてェな煽り合いした覚えがある。アイツもちびっこだったな。

 なンだ、俺ァちびっこと煽り合うタチだったっけか?

 

「そ……そうね。そう、私は淑女よ。もう500年も生きているんだから、そろそろ貞淑さを身に付けないと」

「500年。へェ、すげェな。その間ずっとチもご」

「ありがとうフェニキア。ちょっと梓抑えといてね。話進まないから」

 

 いや口塞がれたが、ありがたい。

 俺自身もびっくりするくらい軽口が出てくるんで困ってたんだ。

 

 ……いや。

 おかしくねェか、流石に。俺ァ……もうちっと自省できたはずだ。

 こんな、軽口叩きまくるって性格でも……いやあるにァあるが、心内に留めて置けるくらいの冷静さは持っている。

 

 さっき貰った紙を、見る。

 

「ディミトラ。最近、反魔鉱石の加工はしている?」

「ええ、勿論。何、追加発注なの?」

「いいえ。そうではなくて」

 

 "主はそこにいません"。ただそれだけが書かれた紙を。

 ──強化し、委員長の拘束を振りほどく。

 

「っぷは、銀バングル下がれ! 光眼鏡、【排析】だ!」

「ありゃ、気付いちゃうんだ? 凄いね、殺意は向けて無いんだけど。聞いてたのと違うじゃない」

 

 ドパァ! と。

 周囲──チビの座ってた椅子だの、作りかけの工芸品だの銅像だのなんだのなんだの全部が全部──液体になった。それだけじゃない、地面も壁も、天井もだ。

 それらは光眼鏡や委員長の身体に纏わりつき、その黒い液体の中に沈めて行く。

 

「ディミトラ、何を──!」

「何を、も何も。──叛逆だけど?」

 

 液体は銀バングルにも纏わりつく。魔法を発動しようとしていた過激無口にもグジュリと巻き付いて、その両者ともの変身が解除された。魔法少女の衣装から、普通の服になる。

 

「反魔鉱石か!」

「そりゃねー、魔法少女を捕えるためだもん。使ってくるよ。でも」

 

 身体が後ろに投げられたのを感じた。

 黒い液体の部屋から急激に遠ざかる。視界。視界いっぱいに溢れる黒。閉じる黒。その中で、虹色ロングが笑顔でこっちに手を振っていた。

 自分は巻き込まれてンのに──笑顔で。

 

「ッ、冷静メイド!」

「すでに布石は打ちました。シエナさんとお逃げ下さい、ライラック様」

「ちょ、うッ!?」

 

 ぶん投げられた身体を、更にラリアットで押し出す冷静メイド。大分腹に来たが、そういう事言ってられない。

 見れば──冷静メイドもまた、その身に黒を纏わりつかせている。魔法少女の衣装が剥がれ、下のメイド服が見えたまま、ぺこり、と彼女は目礼をした。

 

 背後、扉が開く音。 

 硬いモンに身体がキャッチされたのを感じる。

 

「脱出します」

「ちょ、待てシエナ、まだアイツらが──」

「申し訳ございません。脱出を最優先とさせていただきます」

 

 通路に大穴を開けて。

 シエナが、俺を担いで、外に出る。

 急速にクリアになっていく思考。そォだ、そもそもなンで、俺ァあんなにも無策に敵陣に突っ込んだんだ。保険の一つくらいかけておけ。

 

「──敵性存在を確認。排除──不能。逃走経路計算中」

「シエナ、ちょいと離せ、私も戦う!」

「梓・ライラック様を敵に奪われない事。それが私の至上命令です」

 

 なンだと?

 ンなこと言うってことは、コイツEDEN側か? いや、でも、確かにこの感触は鉱石……。

 

「逃走経路算出終了。疑似飛行魔法・背面噴射機構解放。人格分割型戦闘用ガーゴイル死得無(シエナ)、発進します」

「馬鹿、空は──」

 

 何言ってンのか全然わからねェが、それだけはわかった。

 それがだめなのもわかった。過激無口が言ってただろ、上と下は危険だって。

 

 だってのに。

 

「噴射」

「ダメ、ッ──!?」

 

 シエナは──高く高く、空へと打ちあがった。

 その速度、その轟音。

 

 空中で噴射を停止し、姿勢を変え──再噴射。

 風圧も、かかるGも。

 

 ……ジェット機かよ。

 

 俺は意識を失って──そのまま、どこぞへと連れていかれたのだった。

 

えはか彼

 




名前あだ名【魔法】等級
オーレイア銀バングル【白亜】S
ケトゥアン過激無口【槍玄】A
フィニキア・各務委員長【引力】A
残府知子光眼鏡【排析】B
結・グランセ虹色ロング【弱化】D


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21.韻地刑事,亜凝琉度土利無安堵佐渡例韻利位置会疎.

「起きてください、梓・ライラック様」

「──……あァ。……あ?」

 

 起きる。それはもう勢いよく起きる。

 周囲を見渡せば──そこは、絶海の孤島。美しい意匠も荘厳な石像も無い、ただの小島。

 

「こ、こは」

「ここはクルメーナより北方に200㎞程進んだ海域にある島です。梓・ライラック様。これを」

「ん? ──うわっ!?」

 

 これを、なんて軽い言葉で渡されたのは──人間の手。

 いやいや。

 いやいやいや。手だ。手だぞ? 手首から先の千切られた手。

 

「な、なんだこれ」

「貴女様方が主ディミトラの部屋へ入る際、ローグン様より預かったものです」

「預かった、って……あ、じゃあアイツの魔法なのか」

「いえ。あの方は自らの手首を斬り落とし、これを私に預けました」

「……」

 

 ……息を飲む。呑まざるを得ない。唾も飲む。

 なんだ、そりゃ。

 

「これ……生きて、る?」

「膨大な魔力を検知しております」

「……じゃァもしかして」

 

 受け取った手首を──地面に置く。

 その瞬間、ザァッ──と地面……孤島の砂浜の砂が、一気に集まり始めた。

 砂は手首に触れると、それが骨となり、筋となり肉となり皮膚となり──腕となる。

 腕はクネクネと、あるいはじたばたと何かを探すように動き回り、けれど周りに何も無い事を悟ると、ぐ、と。

 まるで、その腕の先に。あるいは肩の先に、人間がいるかのような仕草で力を込め。

 

 そのままその通り、砂の中から一糸纏わぬ冷静メイドが出てきたではないか。

 

 ……いや、ではないか、じゃねェよ。

 

「お前……冷静メイド、か?」

「はい」

「はい、ってお前……だが、あの時確かに」

「言ったはずです。私は貴女が想定しているより死に難いと。【侵食】は大気以外のあらゆるものに侵食し、世界を己に変質させます。問題はありません。この身が反魔鉱石によって封じられようと、髪の一本でも世界にある限り、私は続きます。問題があるとすれば」

 

 冷静メイドは、空間をなぞる。

 そこに亜空間ポケットが開いた。

 

「復活の際、衣服がない事くらいでしょうか」

「……いや、こえーって。つか絶対B級じゃねェだろお前」

 

 成程、鬼教官殿がくれた護衛。最初の一人だ。相当に信頼できる奴を渡してくれた、ってことだろう。俺の理念も鑑みて──相当、死に難い奴を。

 ……でも、魔法で復活するから大丈夫ってなよ。エデンで蘇生するから大丈夫と、なんら変わんねェんだわ。そこんとこは、わかってくれてないのかね。

 

「そうですね。では、改めて自己紹介をば。私はコーネリアス・ローグン。EDEN防衛班エミリー隊隊員、元S級魔法少女です。魔法は【侵食】。エミリー様を守ることができず、あの方の心に多大なる傷を負わせてしまった責より、姉と共に中央部に降級を願いました」

「ああ……そォいや言ってたな、暴走繭。目の前で仲間を食われて……それが、アンタだったのか」

「はい」

 

 そォだ、確か言ってた。

 手足の一本一本、指の一本一本を食ってく悪質な化け物で、【劇毒】のおかげでなんとかなったものの、トラウマになっちまった、って。

 それが。

 それをされたのが、コイツと、その仲間か。

 

「で、そっちの紹介も頼む。結局なんなんだ、アンタ。あの島で起きてる事含めて、洗いざらい話してくれや」

 

 亜空間ポケットから服を取り出し、それを着込んでいる冷静メイドから視線を外し、こっちの話し合いに一切かかわらずに待ってたガーゴイルに目を向ける。

 

 シエナ。一応、俺を助けてくれた奴。

 

「はい。私は主ディミトラの造形物。汎用型給仕ガーゴイル・シエナとは仮の呼称であり、本来は人格分割型戦闘用ガーゴイル・死得無(Ashes)と申します。主ディミトラの最高傑作であると同時に──遺作、と。そう呼び得る作品であると言えるでしょう」

「遺作……おい、まさか」

「その辺りの説明も含めて、どうぞこちらへ。島の奥に洞窟があります。そこが私達の本拠地となりますので」

「あ、おい。待てって!」

 

 チラ、っと冷静メイドを見る。

 そこにはもう、メイド服姿でもない、魔法少女としての衣装を身にまとった彼女がそこにいた。

 

「問題ありません。向かいましょう」

「あァよ。……っとに大丈夫なんだろォな?」

「これが道中での答えとなります。いかがでしょうか?」

「……あんまり嬉しかねェよ。アッチのアイツが死んだ事にァ変わりねェんだ。……あ? いや、つか、それだったら……EDENにもお前が蘇生されてることになンねェか?」

「なりません。その場合、こちらでの【侵食】は起きませんので。あちらの私はまだ生きていますが、行動が完全に封じられてしまったため、人格権を放棄しました。よってこちらの私が【侵食】により形成、人格権を得ました」

「……みんなも生きてる、ってことか?」

「恐らくは。最後に確認した限りでは、皆様一様に拘束されてはいましたが、死んではおりませんでしたので」

 

 それは。

 ……それは、良かった。本当に。

 

 良かった、が。

 

「人質……いや、生け捕り、か?」

「はい。ですが、詳細をここで考えるより先に、シエナ様の主に会いに行きましょう。議論はそこで」

「あァよ。……ン、主?」

「恐らくは、ここに。【鉱水】のディミトラが」

「……なンで、って疑問も、とりあえず行ってみてからか。今回も罠ってこたねェよな?」

「ライラック様がそうも冷静に様々なコトを考える事が出来ている時点でないかと。私も自らの手を切り落とすまで、妙な安心感に包まれていました。精神に作用する系統の魔法が使われていたのだと思われます」

「気付けに手首斬り落とすのはやべェな」

 

 魔法のためとはいえ。

 ……なんにせよ、行くか。

 今度は最大限警戒して──その、ホントの主の元とやらに。

 

えはか彼

 

「よ」

「……あー、アンタがディミトラで?」

「そ。私がディミトラ。そっちは梓・ライラックであってる? 合ってなかったらシエナの認識装置直さないといけないんだけど」

「あってるよ。間違いねェ。だが、アンタほんとにディミトラか?」

「なによ。チビって言いたい? 別にいいわよ、事実だし。ただ、私がディミトラであることも事実」

 

 おォ。

 どォやらホントのディミトラらしい。

 

 容姿はクルメーナのディミトラとまんま同じだが、中身が大人だねコリャ。500年だっけ? その意思を感じる。歴戦感出てる。軽口も叩く気にならん。

 

「状況はどれくらい把握してる? 何もしてないなら、イチから説明するけど」

「何も把握してねェに等しい。コッチで考察はしたが、先にそっちの持ってる情報貰ってから色々考えてェんで、頼む」

「りょーかい。えーと、じゃまず事の起こりから話すわよ」

 

 アッチの島のディミトラの部屋に似ちゃいるが、コッチのが工房って感じがあるな。

 洞窟の奥深くによくこんな設備を作ったもんだ。

 

「──少し前、クルメーナは襲撃にあった。数多の高位魔物を従える魔法少女によって、クルメーナは壊滅状態に陥ったの。情けない話だけど、私の魔法で作り上げたガーゴイルの軍隊も、なすすべなく飲み込まれたわ」

「ソイツの容姿は?」

「青い髪。毛先は燃えるように紅く、年の頃は9歳くらい。衣装は白と黒を基調として、寒色の装飾が所々に為されたもの。髪飾りに六芒星と、手には五芒星のついた杖を持っていた」

「あァ、私を襲ったのと一緒だ」

「そ。続けてもいい?」

「頼む」

 

 今尚EDENにおいて指名手配中であり、俺を追い詰め、しかしお嬢に細切れにされた魔法少女。その容姿と合致している。細かいとこまでばっちりだ。

 

「私も一応抵抗したのだけど、勝てなかった。手足を全部持っていけたのは上々よ。それでもとどめを刺す前に殺されてしまった。……問題はここから」

「……」

「エデンのように、私の島にも蘇生槽が存在するわ。そこに戻るはずだった私は、けれどそうならなかった。多分蘇生槽に何か細工をされたのね。私の造物に対してそんなことができるのは私くらい。……なのだけど、実際にやられてしまってはぐぅの音も出ない。偶然というか不始末というか、遥か昔に作ったまま放置してあった試作品の蘇生槽の方で蘇生できたからいいものの、【鉱水】は奪われてしまった」

「奪われた、ってな。どういうこった」

「完全に理解したわけじゃないけど、いい?」

「ああ、所感でいい」

「多分だけど、あっちには魔法の使える私がいるのよ。魔法と魔法少女が一心同体であることは知っているわね? まぁ知らなくてもそうなのだけど、なんらかの方法で魔法と魔法少女が分離される、なんてことが起きた場合──魔法の使えない、つまり単なる肉人形であるアッチと、ディミトラの精神である私に別たれる。魔法少女は人間には戻れないから、当然ではあるけれど、同時にありえないことでもある」

「単なる、肉人形?」

「そ。だって私が本物だもの」

 

 なるほどなるほど、ってなるにァ結構な情報が入ってきてるが、一応見えては来たな。

 あの敵の魔法少女は【洗脳】でも【簒奪】でもなく【分離】を使うってことだ。いやさ、呼称はどうでもいいんだが。

 分離して……魔法だけを使っている? 自身の手駒にして……。

 いや、違うな。

 

「アンタの【鉱水】は造形物に命を与えると聞いた。それァどういう原理だ? 【鉱水】にァそういう作用無いだろ」

「目の付け所がいいわね。そう、【鉱水】にはガーゴイルに命を与える、なんて力はない。だからそれは私の技術力によるもの。作り上げた石像や銅像に、()()()()()()()()を詰める事でガーゴイル化する技法」

「……精神体化した、だと?」

「そ。長年に渡って魔物を、とりわけ精神体を研究してきた私は、ある一つの結論にたどり着いた。魔物、人間、魔法少女。それらは全て精神体が操っている肉人形であり、精神体を押さえつつ肉体から乖離させれば、その精神体が取り出せる、とね」

 

 ……魂、って奴か。

 嫌な話をする。そんで、嫌な技術を思いつきやがる。

 

「嫌悪感むき出しね。でも、私はそれを魔物にしか使ってなかった。クルメーナを襲ってくる魔物から精神体を抜き出して、精神体化した魔物を銅像に詰め込む。すると、銅像はガーゴイルになる。まぁ肉人形から銅像に肉体を替えただけよ」

「そォいう風に言うってことァ、アンタもその可能性に行きついたって事だ」

「勿論。……私のこの長年の、本当に長年の苦労と苦難の結晶は、恐らく魔法少女にも使われてしまった。私のようにEDENに属さない魔法少女を狙っての襲撃。それによって生け捕りにした魔法少女を精神体と肉人形に分離して、精神体はガーゴイルに、肉人形には魔物の精神体を入れて、それもある種のガーゴイルよね。マリオネッタが近いかしら」

 

 あァ、嫌な話ばかりしやがる。

 コイツに限って言えば殺されたのが幸いした。しっかり殺されたから、別の蘇生槽を使って蘇生する事ができたが──EDENに属さぬ魔法少女や、そして今しがた捕まったオーレイア隊の面々は違う。

 冷静メイドの証言によればあいつらは生きたままだ。

 生きたまま、精神体を抜かれてガーゴイルに、魔法の使える肉体は生かされたまま次なる魂……化け物の精神体を入れられ、そちらも魔法少女のガーゴイルに。【隠蔽】、湧きポ作成、【統率】、【皇爛】。その他数多の魔法は、そういう工程を経て作られた、化け物の入った魔法少女によるもの、と見てよさそうだ。

 

「なんで抵抗しねェ、と言いたいが、してるか、十分」

「そ。こっちの私は魔法使えないから、技術と知識だけでどうにかするしかなかった。悲しい話、周辺海域空域共に私の放ったガーゴイルがわんさかといて、それらの制御権も奪われちゃっててどうしようもない。私自身【鉱水】以外の魔法は使えるとはいえどこに助けを求めることもできない。遠回りしてEDENまで行くにはちょっと遠すぎるし、何より私がここにいるってバレたくなかったから」

「それで──コイツを作ったのか」

「ん。シエナはね、私の精神を少し切り分けて稼働させてるの。【鉱水】を用いない、500年以上に及ぶ知識と技術のみで作り上げたガーゴイル。他のガーゴイルより精密で壊れやすいのが難点だけど、他のガーゴイルにはできないことが沢山できる。たとえば──敵に乗っ取られた基地の調査、とか」

 

 あァ、もう完全にロボット、いやさアンドロイドだった。

 ウィーンガシャガシャと背中に穴開いてジェットパックが出てくンのも、空中で姿勢制御するために足先から噴射したり、両腕からメタリックな翼出てくんのも、ホントにアンドロイドだ。鉄腕ナンタラだ。

 

 これを、この化け物共によって文明の滅びまくっていく世界で、たかだか500年で辿り着き、完成させきるってな、相当な天才なンだろう。

 もうちっと倫理を持ち合わせて欲しかったが。

 

「その、ガーゴイルにされた魔法少女を救う手立てってなあンのか?」

「あるわ。そのために貴女を調べさせてもらったわけだし」

「……あァさ、そういうことかよ」

 

 なンで俺の名前知ってンのか、とか。シエナの至上命令が俺を奪われないようにする事ってなどォいう事だ、とか。

 そォかそォか。

 

 クソが。

 

「殺せ、ってか」

「そ。EDENの魔法少女の蘇生槽は、EDENが厳重に管理している。だから、ガーゴイルになってしまった精神体の方と、魔物の精神体を入れられてしまった肉人形の方。そのどちらもを殺せば、EDENの魔法少女はEDENの蘇生槽に還る。そこで蘇生する。肉人形の方はこっちでもなんとかできるかもしれないけど、ガーゴイルは無理。【即死】させることでしか殺し得ない。だからこその、貴女。梓・ライラック」

「……──」

 

 あー。

 あァ。

 

 あァ。

 

「それァ、断る事はできンのか」

「別に良いわよ? その場合、敵勢力はさらに拡大し、オーレイア隊の面々も還っては来ない。利用されるだけにあるEDENに所属しない魔法少女も、勿論私も泣き寝入り。貴女の嫌悪する外道の増大を、ただただ見ているだけ、なんて。それを良いと言えるのなら、別に良い。どう? 梓・ライラック?」

 

 なんなんだよ。

 なんだってんだよ。

 

 なんでそんな、俺にそれを求めんだ。折角見つけたかと思ったのによ。そんな悲しい理由じゃない、ちゃんとした理由で、俺が使いたいと思える理由で、この魔法を使えるかもしれないって可能性を。折角教えてもらったんだ。魔法は使い方次第で、可能性はいくらでもあるって。俺がどうにかすれば、どうにかなる可能性は絶対にあるって。

 そんな風に言われたんだ。無事に帰って来いって、願ってるって、祈ってるってさ。

 言われてさ。

 

 それで、仕方が無かったから、仲間を殺して帰ってきました、って。

 

 そんな。

 

「なんで、死が救いになるようなコトばっか起きるんだ」

「……それ、貴女が言う?」

「何が」

「いいえ。なんでもないわ。やりたくないならそう言って。そうしたら私は、貴女を殺すから」

「ッ、どういう」

「少なくとも今ここで貴女を殺せば、敵に貴女を奪われない。貴女の【即死】は唯一ガーゴイルから精神体を解放できる手段だから、私はなんとしてでも貴女をEDENに還す。貴女があの島に向かい、彼女らを、そして私の島を解放しないというのなら、私は私のために、その手段を取る」

「脅し、かよ」

「貴女が貴女のために殺さないという手段を取るなら、よ。勿論今の私は魔法を使えない。だから貴女を殺せず、貴女に殺される事も十二分に考えられる。そのままここの蘇生槽を破壊してしまえばはいオシマイ」

 

 俺が、俺のために。

 ……死なないで欲しいから、なんてのは。

 俺の心が傷付かないためのエゴだ。俺が悲しくなりたくないから、ただそれだけのために、死んでほしくない。そんな、エゴ。

 

 やめてくれよ。

 怪我をして、苦痛を背負って。それで俺に死を懇願してくるのは、キツい。

 どうしようもなくなって、捕まっちまって、ただ利用されるだけだからって──殺さなきゃいけない、なんて。そんなのも、キツい。

 やめてくれよ。

 俺はそういう風に、【即死】を救いみたいに扱いたくないんだよ。死ぬってのは怖い事なんだ。死ぬって言うのは悲しいことなんだよ。

 やめてくれよ。

 

 そう、せざるを得ない、なんて。

 やめてくれよ。

 本当に。

 

「……わかった。みんなを──殺す」

「ん。理解があって何よりね。そうしてくれるというのなら、私も最大限手を貸すわ。まずは貴女のその義手。作りが粗いにも程がある。多機能且つ高性能で耐久性の高いものに代えてあげる」

「いや、機能も性能も要らねェ。耐久性は欲しいが、もっと欲しいモンがある」

「そ。何かしら。注文主の要望には応えるわ。私は彫金師、造形芸術家だから」

「魔力だ。私ァ魔力量がちょいと低くてな。そも、アンタを訪ねたのはそれが理由でもあった。この腕に、魔力の増強を施す仕組みを付けたせねェか?」

「……なるほど。なるほど。キリバチかしら、その提言をしたのは。それに、その紋章。私が昔アニマにあげた奴。良いわ。良い。凄く良い。とっても良いね」

 

 ちょいと、雰囲気が変わった。

 今までの飄々としてたのから──なんぞか、マッドな空気を感じる。口調も女性的なソレから、どこか無機質な──けれど妄執を感じさせるそれに変わっていく。

 

「良いね。あァ──とても好い。好ましい。ソレはさ、私への課題。私への挑戦だ。過去、唯一応えられなかった要望。それが完成しているのだと思ったのかな。ああ、それは、それはさ、私への期待だ。素晴らしいよ。EDEN。本当に、依頼主としても注文主としても素晴らしい。だから君たちとは同盟を組んでいるんだ。──貸して、それ。そして三日欲しい。【鉱水】の無い私ではそれくらいの時間がかかるけれど、仕上げて見せる」

 

 鬼気迫る、というか。

 そのやべェ雰囲気に、「あ、あァ」なんて言って、俺ァ腕を外す。

 一応自分で色々できるように着脱方法は覚えてンだ。

 

 ゴトン、と外れたそれを、シエナがひょいと持ち上げた。

 

「主ディミトラ。どうぞ」

「うん。貴女達は三日間、ここには入らないで。入ってきたら外敵として処理する。それくらい集中する。天候的にここから五日は雨も降らないだろうから、三日。島で過ごして。あまり南側には寄らないように。クルメーナから見られる可能性があるから、そこも注意ね」

 

 そんな感じで。

 

 俺達は洞窟の工房から追い出されてしまったのである。

 

えはか彼

 

 ……。

 ふゥ。

 

「冷静メイド」

「はい」

「ちょいと、考えたい。都度都度助言をくれ」

「わかりました」

 

 まず、ここから三日の間に何が起きるか、だ。

 あっちのディミトラ……あだ名、マッドチビとかでいいか。マッドチビは銀バングルに「叛逆」という言葉を残していた。それが文字通りのソレなら、EDENへの叛逆、という事だ。だが、何からの叛逆だ。EDENがあっちの魔法少女に何かしたのか?

 ……そもそもの問題。

 結局あの魔法少女はなんなんだ、って話。

 

「冷静メイド。化け物を従える魔法ってな、EDENにも存在すンのか?」

「魔物への洗脳、催眠効果を持つ魔法は記録されていません。ですが、SS級魔法少女ネイビー・ブルー様の【寄生】であれば、疑似的にではありますが、似たような事も可能でしょう」

「あァ、特殊魔法少女の到達点か」

「はい。【寄生】は文字通り対象に己を寄生させる魔法であり、その対象は自然物、人間、魔物と、ありとあらゆるものに及びます。【寄生】された対象はネイビー・ブルー様の意のままに操られ、その身その命の終わりまで自己を取り戻す事はありません。その状態で死が訪れた場合、ネイビー・ブルー様は死にますが、魔法少女ですので蘇生が可能です」

「……だがまァ、多分ソイツじゃねェな。ソイツ普通にEDEN側だろォし」

「はい。軍事部も中央部も関与を一度は疑いましたが、特に怪しい繋がりは見えませんでした。そも、ネイビー・ブルー様は基本的にEDEN内にいらっしゃるため、外部との接触が極めて少ないのです」

 

 違うが、似たようなコトなんじゃねェか、とは思ってる。

 化け物を従える。そして化け物と心を通わせる。あン時、あの魔法少女は確実に狼の化け物と喋ってた。思えば狼の化け物が小学校に現れた時の外部からの侵攻。あの化け物共もなんぞかなぁなぁで、様子がおかしかった。

 やる気が無かったのは、囮だって知らされていたから、か?

 

「EDENに所属していない魔法少女ってな、自然に湧いて出るモンなのか?」

「魔物の様に形成されるわけではありませんが、人間として生まれ、唐突に魔法少女に覚醒する、ということであれば、当然の様にあります。ライラック様も、そして私も。EDENに所属する魔法少女の全てがそうであったように」

「あァ、そォか。つまり、国民じゃねェ奴で、外のどっかで生き残ってる人間の集落なりがあったら、そこで魔法少女が生まれる可能性もあるワケね」

「はい。ただし、その場合蘇生槽を確保する事が難しいため、死が訪れたのであればそのまま死ぬ、という事も多いです。それら魔法少女にEDENから蘇生槽を貸出することもありますが、その場合その方の魔法はEDENに記録されます」

「ってこたァ、蘇生槽を元から有していて、且つEDENじゃねェ集落で生まれた魔法少女なワケだ。蘇生槽ってなそんな簡単に作れるモンなのか?」

「否定します。その製法は知らされていませんが、数を生成できるのならば、EDENは各地に支部などを作る事ができているかと」

「そいつァ、そうか」

 

 やっぱりちょいと無理がある。

 製法の知られてねェ蘇生槽をEDENに隠し持ってた人間の集落? んなもんあったら目立つだろ。どこぞに隠れ住んでいた……ってのを言うには、地下だの天空だのじゃねェとキツい。EDENの魔法少女は遠征に行ってるんだ。もう何百年と。それからどォやって逃げて生きてきたってんだ。

 

 あんましEDENを妄信すんのも良くねえたァ思うが、どォにもしっくり来ない。

 来ないが、こっから先は何とでも言える。推測予測ってなしっかりした情報あってこそだ。妄想混じりじゃ単なる憶測に終わる。んじゃ意味は無ェ。

 

「これ以上は無理だな。とにかく、こっから三日で何が起きるかを想定しておく。まず、一番やべェのは化け物の精神体ってのが入ったオーレイア隊の面々がEDENに帰投するってパターンだ。マッドチビの叛逆をEDENに伝えるのやもしれねェし、蘇生槽に細工ってのをするのかもしれねェ。そうされたらお手上げ。だが、三日じゃEDENにギリギリ辿り着けるかどォか、ってとこだ。海を渡るのに二日、あの廃墟群からEDENまで一日半。私の腕の改良が終わったら、速攻で全部を片付けりゃあるいは、だな」

「……魔物の精神体の入った魔法少女のガーゴイルなるものが、人間の言語を喋り得るのでしょうか?」

「あァ、そォいやソレがあったな。……言語を教えるのにちィと時間がかかるんじゃねェか? そォでなくとも、人間らしい振舞いや元のアイツらっぽい言動にさせねェと、EDENに帰した時怪しまれる。……となると、そう簡単には帰さねェか」

「楽観視することは危険ですが、悲観的過ぎる考えは焦りを生みます。最悪の場合を想定しつつ、どのような状況にも耐え得る中立の状態で動くのが最善です」

「あァよ」

 

 確かに中身が化け物だったら気付きそォなもんだ。

 ただそォなると、銅像だのに入れられてガーゴイルになってる魔法少女はどォなんだってとこだよな。なんで大人しく付き従ってんだって。あるいは強制する何かがある、とかか。制御権がどォのとか言ってたしな。

 

「……冷静メイド。お前の魔力量でクルメーナ及びガーゴイルらの警戒域を避けて遠回りしてEDENに帰る場合、どんくらい時間がかかる?」

「四日は要します。ですが、今ここで死を選べば問題ありません」

「ダメだ」

「事態の緊急性、及びオーレイア隊の面々を殺す事について承知したものだと思いましたが、違いましたか?」

「……」

 

 ダメ、だ。

 それは。俺が一番嫌いな奴だ。

 

 だけど、冷静メイドのその問いはもっともだ。

 オーレイア隊の奴らを殺すのを納得しといて、EDENへの伝達のために死ぬ冷静メイドを看過できねェなんてのは、ダブスタにも程がある。仕方が無いから。仕方がなく無いから、なんて。

 そんな理由で死への態度を簡単に変えるンなら、そんなエゴとっとと捨てちまえって話だ。

 

 けど。

 

「……い、や……だ」

「嫌、ですか」

「無理言ってる自覚はある。意味わかんねェってその顔も理解できる。でも、私ァお前に死んでほしくない」

「……ひとつ、問うてもよろしいでしょうか」

「あァ……なんだ」

 

 事態の緊急性。その通りだ。今すぐにでもEDENに仔細を伝える必要がある。応援が欲しいのもそォだし、蘇生槽の管理を厳重にっつーのも伝えなきゃならねェ。本当にその通りだ。だから、通達手段は可能な限り早いものがいい。

 唯一敵の魔法少女の拘束から逃れ、情報を有して帰ってきた冷静メイドは、それらをEDENに持ち帰る義務がある。使命がある。それを阻害する、というのは。

 

 言った。俺はマッドチビに言った。あいつらを殺すと、わかったって、はっきり言ったんだ。

 それを、今更、なんて。

 

「ライラック様。貴女は、貴女のその死を忌避する言動、及び作戦方針において──その結果、更なる死を生んでしまった場合。貴女の心は、それに耐えられますか?」

「……」

「比較することが失礼であると承知の上で言わせていただきます。私達の隊の隊長であるエミリー様は、私達を失うことに耐えられませんでした。私自身、あの時は大層絶望したものですが、その作戦そのものには納得していました。【侵食】や【劇毒】はその凶悪性とは裏腹に、触れなければならない近接魔法です。故に私や姉、隊の面々が近接によってあの魔物を削り、出来た穴にエミリー様が【壊糸】を入れ、壊す。魔法少女として、多少の被害は出るだろうと思っていました。私や姉、隊の面々、あるいはエミリー様。誰もが無事であることは難しく、そして死した方が楽だな、とも。私と姉などの場合それは顕著ですね。捕食された方が、【侵食】や【劇毒】の効果を発揮しやすくなる。故に私は納得いたしました。()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 淡々と。

 けれどどこか──後悔するように。

 

 冷静メイドは、言う。続ける。

 

「故に私達は、私と姉は、特に抵抗らしい抵抗をしなかったのです。悪意のある捕食……高位の魔物故、遊ぶ、という事を覚えていたのでしょう。私の身体を少しずつ千切って食べて行くソレに嫌悪感を覚えましたし、多大なる苦痛を背負いました。けれど、それが最も近道であると知っていたため、抵抗しなかったのです。捕食されてから【侵食】を行えば。捕食されてから【劇毒】を放てば。問題は無い。作戦に問題は無い。無駄に抵抗して戦闘を長引かせる方が悪であると、私は私のために、効率という名の信条を取りました」

 

 懺悔だ。

 目を閉じて、手を組んで。

 何かに、告白する様に。

 

「──結果。私達が無抵抗で捕食される様相は……エミリー様の心に多大なる傷を負わせてしまいました。私も姉も、それを望んではいませんでした。当然の事だったのです。私達にとって死は手段であり、それを取る事は当たり前の事でした。効率を、あるいはEDENの守護を目的にするのなら、私達の命が失われることなど当然だと。……けれど。いいえ、ですが、ですね」

 

 冷静メイドは。

 コーネリアス・ローグンは。

 

「ですが、違ったのです。私の取った手法は──最終的に、エミリー様の心を傷つけるだけに終わってしまった。今尚隔離塔に籠るエミリー様と会話をしました。【壊糸】の繭に籠り、心を閉ざすエミリー様と、話をしました。……あの方と。彼女と、話をした時。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あァ──そォか。

 俺と比較してンのは、暴走繭じゃなくて。

 お前、か。

 

「私は嫌で、それを取ったのです。私がエミリー様の手を煩わせるのが、作戦が失敗するのが、非効率であるのが嫌で、抵抗せずに捕食される、という手段を取ったのです。その結果、作戦こそ成功したものの、効率的とは言い難く、さらには傷付く必要のないエミリー様の心まで傷つけて、彼女に必要以上の恐怖を与えてしまいました。……それが、耐え難かった。冷静メイド、などと呼んでくださっていますが、そんなことはありません。私は今も後悔しています。今も動揺しています。今も──恐れています。私の効率を重視する行動が。私の信条に、信念に基づいた行動が。もっと、大きな、私の大切にするものにまで被害を及ぼす結果にならないか、と」

 

 故に、問うと。

 俺に。冷静メイドは、問うのだと。

 

「もう一度、同じ問いをします。ライラック様。貴女は、貴女のその死を忌避する言動、及び作戦方針において──その結果、更なる死を生んでしまった場合。貴女の心は、それに耐えられますか?」

 

 その問いに。

 俺の心は、ようやく決まった。

 

えはか彼



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22.泥土有脳邸須糸?

 どこか、酔っているような。

 昂揚感に包まれている、気がする。

 けれど、その問いに。冷静メイドの問いに──俺の本心は、ようやく決まった。

 

()()

「──」

「あァ、あァ。そうさ。そうだな。私のコレによって、更なる死が訪れる可能性は十二分にある。私が殺すってだけでも嫌なのに、私のせいで死ぬってな、最悪だ。なんなら虹色ロングだって私のせいで捕まったようなもんだ。アイツ、自分は逃げれただろうに、私ぶん投げて手ェ振ってよ、私を逃がしたんだ。あー。あァ、そうさ。そうだな。そうだったわ。そうだよ」

 

 違うんだって。

 違ェんだって。

 

「ああ──耐えられねェに決まってんだろ、馬鹿が。だから、そォなんねェようにすんだよ。アホか。死を嫌ってんだよ。死ぬのが嫌なんだ。今ここで嫌った結果、大勢が死ぬのは嫌だ。けど今アイツらが死ぬのも嫌だ。お前が死ぬのも嫌だ。お前が死ななかったせいで、私が死を止めたせいで、EDENの奴らが死ぬのは嫌だ。国が、国民が、いやさそこにいる家族が死ぬのも嫌だよ。全部嫌だ」

「……では、どうしますか」

「決まってンだろ、んなこた」

 

 決まってる。最初から、ンなこた決まってらァよ。

 

「救うんだよ。アイツら救って、国もEDENも救うんだよ。死なんか手段にすんじゃねェ、馬鹿が。クソ野郎共が。死んだから救われるモンなんざクソ食らえだ。失う事で得られるモンなんざハナから求めてんじゃねェよ」

「……悲観的になりすぎるな、とは言いました。ですが、理想だけでは現実は変えられません」

「何言ってんだてめェ。あのな、暴走繭が傷付いたのは、お前が効率を取ったからじゃねェぞ」

「それは」

「お前が傷付いたからだよ。お前も、お前の姉も、その隊の面々も。暴走繭の前で苦痛を背負ったから、傷付いたから、アイツはあんなにも戦場を怖がってんだ。死んだから、アイツはあんなにも苦しんでんだ。お前が効率を取る、って選択を取ったから、じゃねェんだよ」

「同じことです。私が効率を取った結果、私は苦痛を負い、死にました。故にエミリー様は」

「違う。もういいや、お前達の信条とか理念とか知らねェから今ここで理解しろ。お前にどんな意思があったのか、お前にどんな思惑があったのか、なんざ関係無ェんだよ。残された奴が何を思うか、だ。死を前に、苦痛を前に、それを選んだ奴の気持ちなんざどーだっていい。何の決意があったのかとか、どんな理想を追い求めてたのかと、心の底からどうでもいい」

 

 どうでもいいんだよ。

 俺が。俺が。お・れ・が!

 

 俺が嫌だって言ってんだよ。

 俺が嫌だって言ってんだよ。

 

「暴走繭は、お前らが傷付くのが、死ぬのが嫌だったから、あんだけ傷付いたんだ。結果的に更なる死を生む、だァ? うるせェな、嫌に決まってんだろそんなコト。クソどうでもいい事言わせやがって、頭来た。じゃあ聞くがよ、お前は暴走繭がああなるって知ってたら、どんな作戦を取ったんだよ。暴走繭たちと話し合って決めた作戦に同意して、効率を取ったお前は、暴走繭の心が傷付くって知ってたら何をした」

「……出来得る限り、誰も傷付かない方法を取りました。それが──非効率だとしても」

「なんでだ。事態は緊急を要してただろォし、魔法少女なんだ、死ぬのも仕方ないンだろ」

「エミリー様に傷付いてほしく無いからです。……そして、私も。この途方もない罪の意識を、背負いたくはない」

「そこに緊急性ってのは介在すンのか。暴走繭の心を傷つけたくないって思いによ、罪悪感を背負いたくないって逃避によ、事態の緊急性ってのァ、その非効率な手段を取る事で、EDENが危険に晒されるかもしれねェってなっても、今さ、今。今その場にいたら、どォいう行動を取るよ。全部が終わった今、もしやり直せるとして。お前は何をするよ。何を優先するよ」

 

 んなことは、聞くまでも無い。

 

「エミリー様を優先いたします。……いえ、それ以前に、作戦から見直すでしょう。あれなる魔物をどう近づけないか。我々に被害を齎さぬ方法で、且つ迅速に。あの作戦は、犠牲を前提にしすぎていた。効率などとは言いましたが、もっとあったはずです。もっと──もっと、作戦と呼ぶべきものが。呼べるようなものが」

「そォさ。犠牲前提の作戦なんざクソ食らえだ。死が前提の作戦なんざ化け物共に食わせておけ。アイツらを殺して解放する、だァ? 三日待つ、だァ? ──なんでだよ、オイ」

 

 俺ァ何のためにA級にさせられて、この任務に就かされたんだっけ? あ?

 俺のために身を挺す護衛を死なせねェため、だっけ。はン、お笑い種だな。なんだよ死なせねェためって。んなネガティブな話があるかよ。

 

 そもそも死なんてモンを近付けねェのがベストだろ。

 なんで無策に無謀に敵陣に突っ込ませたんだ。アホか。アホだろ。

 

「シエナ」

「はい」

「アンタ、私達を連れてクルメーナまで行けるか? 近くの海に放り出すでもいい。私ァ片腕でも泳げるからな」

「……可能か不可能かで言えば、可能です。ですが……」

「危険です、って? はン、何言ってやがる。腕つけて行く頃にァ敵の準備も終わっちまってるかもしれねェだろ。まさか思わねェよ、逃げた直後に戻ってくるなんざ。あァ腕は完成したら持ってきてくれってマッドチビに言っといてくれ。運びたくねェってんなら、冷静メイドに頼む。いけるか?」

「行けます」

「へェ、小娘の口の悪ィ要領を得ねェ説得に頷いてくれるたァ思わなかったよ」

「此度の私の任務は、遠征調査ではなく、ライラック様を敵に奪われぬよう守る事です。私がここで死した場合、貴女は単身敵地へ突貫する事が考えられます。それでは任務失敗です。故に私は死にません。貴女が敵地へ向かうと言うのならそれについていき、貴女の盾となり矛となります。何か問題はありますか?」

「問題は無ェよ」

 

 あァさ。

 なンだ? どんどん楽しくなってきやがる。迷宮で感じた昂揚感だ。

 どんな条件でこォなってんのか知らねェが、いいね、調子がいい。

 

「……わかりました。貴女方二人をクルメーナまで運びます。加え、戦闘にも参加させていただきます」

「ン、いいのかよ。マッドチビの命令無視にならねェか?」

「主ディミトラを救いに行くのでしょう? 何故、私が手伝わないと思われるのでしょうか」

 

 はン?

 いいね、いいじゃねェか。

 なんぞか、覚悟の決まった目ェしてやがる。

 

「んじゃ行くか。挨拶は要らねェな。多分、今から敵地突っ込むっつったら"貴女を殺すわ"とか言ってきそうだし」

「言わないわよそんなこと。はいこれ。とりあえずの簡易義手。あっちの義手の改良は続けておくけれど、隻腕じゃバランスも取りづらいでしょ。あと、中に入っていた薬草やら水筒やらも出しておいたから」

「……おォ、マッドチビ。いつからそこにいたんだ」

「なにそれ。変なあだ名つけるのね、貴女。まぁいいけど。いつからそこにいたとか、気にする時間ないんでしょ? いいから行きなさいよ。私、馬鹿って大好きなのよ。私もとんだ彫金馬鹿だから」

 

 すんげェ、悪ィ笑み浮かべたマッドチビが。

 俺達の──そして、シエナの背中を押す。

 

「いってらっしゃい。無理して小難しい事考えてるだろうアッチの私と、敵。全部ぶっ飛ばしてきて。殺す殺さないは任せるわ。勝手にして。ただ、一応助言になるのかしらね。私の技術で作り上げたガーゴイルを【即死】させても、精神体が死ぬ、というわけではないわ。ちゃんと肉人形の方も殺さないと死なない。精神体っていうのは結構特殊でね。自身に最も適合する肉人形が無くなって初めて死に至り得るのよ。つまり」

「ガーゴイルは殺しまくって、どォにかアイツらの肉体確保すりゃ問題ねェってことだな?」

「そういうこと」

 

 おいおい、なんでそんな希望隠してたんだよお前。

 いんやさ、いいね。いいね。風が吹いてきた。

 

 この昂揚感含めて──向いてる、って感じがする。

 

「行ってきます、主ディミトラ」

「ええ。頑張りなさい、シエナ」

 

 シエナが、俺と冷静メイドの胴体を抱く。

 ──耐G覚悟!

 

「発進します!」

 

 ──……覚悟で、どうにかなる、もんじゃ。

 

えはか彼

 

 高速飛行の寒さでちったァ冷めた頭で、少しばかり考える。

 今の俺ァ、確実にオカシイ。昂揚感も口数も性格も、一段階も二段階もアッパーになっている。それこそパッパラパーになっている気はする。迷宮でもあったことだけど、どうにもこう……打倒せんとするものが難しければ難しいほど、気分が上がる……とかか?

 ……そんな熱血漢じゃないが。

 

 さっきの冷静メイドとの話し合いでもちょいちょい出てたが、感情論に寄りすぎている気がする。

 暴論が過ぎる、というか。押しが強すぎる、というか。

 俺ァもとから感情で押し切るのが多いタイプだけど、それにしたってどォにも……なんだ、幼児退行している、とでも言えばいいか。幼い暴論と幼い感情論で押し切るのが多い、気がする。

 

「冷静メイド」

「なんでしょう」

「次に私が、明らかにおかしくなっても、止めないでくれ。多分、大丈夫だから」

「……? はい、わかりました」

 

 クルメーナで俺含め全員が無策過ぎた、ってのもオカシイ事の一つ。多分、そういう魔法が使われているだろォってな納得している。

 けどこれは……今の俺のおかしさってな、悪いモンじゃねェ気がすンだよな。

 

 どこか、暖かい、というか。

 何かに──見守られているような。

 

「もうすぐ、戦闘用ガーゴイルによる空域警戒網に突入します。梓・ライラック様、ご命令を。いかがいたしましょうか?」

「決まってらァよ。強硬突破だ。だがシエナ。アンタが壊れる事は許さねェ。気合で避けろ、全部」

「了解いたしました」

 

 拳銃を握る。

 この高速移動の中だ、狙いを付けられるかどォかは怪しいが、あんだけいるんだ、適当でもいいだろう。

 

 早速尖り前髪に言われた事破っちまうな。

 明らかな強敵だが──はン、攻撃させてもらう。

 

「接敵します!」

 

 来た。

 わんさか、だ。それはもう、めいっぱいの、これでもかってくらいの──ガーゴイル。

 そいつらに向かって拳銃を乱射する。

 威力上げてもらったンでな、石くらいなら貫かずともめり込ませられる。破壊力じゃなく、硬い外皮を貫通し、内部に入り込む事を目的とした弾丸も、この状況にァもってこいだ。

 一応迷宮のゴーレム種の耐久性基準にしてンだぜ、ちったァ堪えてくれると助かるンだが──。

 

「ハ──効くなァ! ありがてェ、安藤さん! 流石の腕だ!」

 

 適当に乱射したそれの一発が、ガーゴイルの一体に当たった。

 その瞬間──ガーゴイルが、ぼろぼろと崩れ落ちる。単なる銃弾なら一発で砕ける威力じゃねェのは明白だ。実際当たった瞬間はほっとんど破壊は起きて無かった。

 けど、崩壊する。カタチを保てなくなって──崩れ落ちる。

 

 死んだんだ。

 ガーゴイルが死んで、中の精神体が抜けた。人形は鉱石に戻った。

 

「シエナ、オーレイア隊の面々が入れられるとしたら、どんなガーゴイルだと思うよ」

「確証はありませんが、魔法少女の精神体はああいった尖兵に入れられる事は少ないかと思われます。必ず敵に、あるいは偽の主ディミトラに。それらの役に立つような場所に配置されるかと」

「ン? 精神体側は魔法使えねェんじゃねェのか?」

「使う事ができないのは魔法少女の固有魔法です。【鉱水】、【侵食】、【即死】といったもの。ですが、魔力そのものを操ることはできます。故に魔力を扱うガーゴイルは、高度な知性を有している魔物か、魔法少女の精神体が封入されていると考えてよろしいかと思われます」

「成程。んで、逆に──肉体の方は、化け物共が使ってると。魔法はソッチに使われる、ンだよな?」

「主ディミトラの場合はそのようでした。主ディミトラの肉体を操る何者かは、意のままに【鉱水】を操ります。私が探る事が出来たのはここまでです。私の存在自体は主ディミトラの過去作だと思われていたようなのですが、制御権がないことや私の調査行動から不信感を持たれ、それ以上の調査ができていませんでした」

 

 撃つ。撃つ。撃つ。

 脅威とは認定してくれたのか、無策に突貫してくる個体はいなくなった。遠距離攻撃持ってねェみたいだからな、近付けば死だって思って、それを怖がってくれるなら──そんなにいい事は無い。

 制御権だのなんだので統率されてる尖兵じゃなく、そいつァ単なる生物だ。それなら、俺だってやりようがある。

 

「ライラック様。右舷後方に突撃個体です。三叉槍を持ったガーゴイル──対処いただけますでしょうか」

「あァよ!」

 

 殺意。それを感じなかったンで一切気付けなかったけど、冷静メイドがよく見ていてくれた。

 ……待て、殺意がない? 一応クルメーナにいるマッドチビを守るために外敵を迎撃する部隊、ってな感じじゃねェのか。

 迎撃に殺意が乗らねェ、なんてことあるか?

 

「的中。お見事です」

「まァ横だの縦だのに動かれなきゃな。まっすぐ向かってきてんならちったァ狙いも定めやすい」

 

 あの迷宮で、殺意──それも、俺が即死するレベルの攻撃になら、俺の直感みてェなのは必ず発動した。尖り前髪の【飛斬】でもそォだ。お嬢や太腿忍者との訓練で俺のコレが発揮されなかったのァ、アイツらに俺を本気で殺すって意思がないからだ。多分。その攻撃自体は即死級だったとしても、本気でヤる気が無いんなら俺は気付けない。

 それと、同じ。

 

 つまるところ──アイツらも嫌々付き合わされてンな?

 中の化け物の精神体。魂ってやつァ、制御権とやらに無理矢理従わされてるだけで、化け物達はもう解放されたがってるンじゃねェか?

 それは、敵の魔法少女に使われ始めた時から、だけじゃなく──マッドチビに魂引っこ抜かれて扱き使われた時から、なンだろう。

 

 ……化け物に同情するほど俺にァ余裕無ェけどさ。なんか、な。

 

「見えました! クルメーナです!」

「外から入り込むンじゃ化け物に囲まれちまう。門番だのなんだのもいるだろうしな。だから、屋根に取り付いて直接あの部屋にまで行きたい。シエナ、偽ディミトラや敵の魔法少女ってなあの部屋にいると思うか?」

「いえ、私の調査中、件の敵の魔法少女、というのに出会うことはありませんでした。島内にいるとすれば新しく作られた隠し部屋、あるいは主ディミトラの蘇生槽にいるものと思われます。主ディミトラの蘇生槽はクルメーナの最下層にあります」

「過激無口が言ってた上と下の危険な気配の一つだろォな」

 

 問題は、どう入り込むか、だ。

 流石にシエナに突っ込めってなキツい。壊れちまう可能性が高い。

 あの人工島は見るからに耐久性能高そォだからな。魔法でぶち抜くにもキツそォだ。

 

「ライラック様。ここは私が」

「なンかできンのか」

「あの屋敷の壁材がなんであれ──【侵食】し、人体に置き換えます。そこを私が貫き、穴を開けますので、突入してください」

「……人体ってェのは」

「ご安心ください、ライラック様。生きたものは作りません。では、お先に失礼いたします」

 

 シエナの手から離れた冷静メイドが、飛行魔法を用いてクルメーナに突撃する。一応援護として近づくガーゴイルを撃ちつつ、その様子を見る。シエナと俺は少しばかり速度を落とし、穴が空くまで待機。つってもガーゴイルは避けるし殺すんだが。

 

 クルメーナに建てられた、マッドチビの屋敷。

 鉱石の意匠が美しい屋敷の屋根の一角に──肌色ができる。人二人が入れるくらいの面積のそれ。皮、だろうか。冷静メイドの手を当てるそこに、肌色の区画が出来て、恐らくはソレが内部にまで浸透していっている。

 世界に己を【侵食】させ、自己に変質させる魔法。

 

 こえーな、ホント。

 

「っ……あれァ、骨、か?」

「はい。形状的に、女性の大腿骨です」

 

 手を離した冷静メイドが、同じく屋根から引き抜いたのは、真っ白い剣。否、骨だ。

 長く太く、白く──文字通り武骨な骨を持ち、魔力を高める冷静メイド。

 

 そして、それを。

 ──突き入れた。

 

「貫通を確認。突撃します!」

「頼む!」

 

 轟音鳴り響く屋敷に向かい、再度全速力で以て向かうシエナ。その際、冷静メイドとすれ違った。後から来る、という意のアイコンタクトなんだろォけど、この速度の中目ェ合わせてくんのはこえーって。

 後屋敷の穴にべったりくっついた、元の材質に戻っていく際中の──皮。

 こえーよ。こえーってこの魔法。アイツもだけど、怖すぎるだろ。

 

「反魔鉱石の壁も無いようです! 梓・ライラック様!」

「あァよ──もう油断はしねェからよ、突っ込んでくれ!」

 

 その懸念は一応俺もしてたんだが、無いらしい。

 ま、反魔鉱石ってなそこまで量が取れるモンでも無いらしいからな。【鉱水】での攻撃手段としちゃ有用も有用だが、耐久性高めるために壁材に、ってなな使い方はしねェってこったろ。

 ……となると、アイツらの肉体ってなそこには無い、もう化け物の魂が入れられたってことにァなんだろォけど。

 

「着地の衝撃に備えてください!」

 

 グン、と凄まじい衝撃が身体にかかる。

 言うのちょっと遅いよ。

 

 なンて泣き言も言ってらンねェんで──あァ、そこに降り立った。

 久方ぶり、って感じはしねェ。さっきぶりだ。ハハ。

 

「周囲に熱源反応2。──警戒を」

「大丈夫だ、気付いてる」

 

 あン時、偽マッドチビの座っていた椅子。

 そこに二人──いた。

 前屈姿勢でしゃがみ込んでいる、二人。

 

 委員長と過激無口だ。

 

「──ぅ?」

「ぁ──」

 

 こちらに気付いたのだろう。

 振り返って、立ち上がって──犬みてェに、四つ足で。

 

「ぅ──ぁぁああっ!」

 

 突然、とびかかってきた。

 

 

 

「ッ、シエナ、殺すなよ!」

「了解いたしました!」

 

 流石にンなわかりやすい攻撃は避けられる。

 身体強化も使ってねェとびかかりだ。そのまま、地面に着地しても四つ足のまま……舌をだらんとだして、涎がダラダラ垂れて。

 血走った目は、餌を見るソレで。

 

「化け物の精神体って奴か」

「そのようですね」

「ン、冷静メイド。来たか」

 

 俺の後ろに降り立った冷静メイド。魔力量含め、消耗はほとんど無さそォだ。外のガーゴイルに攻撃されねェか心配してたんだが、コイツも近接魔法少女の一人だからな。俺が心配するまでもねェっちゃねェんだろゥ。俺なんかより、遥かにつえーだろォし。

 

「殺さずの拘束をご所望ですか、ライラック様」

「あァよ。まさか、ここまできて事態の緊急性だのなんだの説かねェよな」

「貴女とは議論にならないと判断できましたので、問題ありません。【侵食】を用い、拘束します」

「……人体の【侵食】ってなァ、元に戻ンのか?」

「元には戻りますが、細胞に甚大な断裂を与えてしまいます。ので、他の手段で拘束いたします」

 

 冷静メイドが近くにあった銅像に触れる。

 それが──ざァ、と。流れるように崩れた。

 

「……髪か」

「はい。これによる拘束後、【侵食】を解くことで、鉱石の強度を持った紐が出来上がります」

「いいね。つか、案外汎用性のある魔法だな、それァ」

「ありがとうございます。ですが──彼女らの、主にケトゥアン様の【槍玄】を使用された場合、破られてしまう事が推測されます。また、フェニキア様の【引力】にも十二分の注意を。あれなる者達が彼女らの魔法を十全に扱い熟せるかは未知数ですが、警戒に越したことはありません」

 

 言いながら、そのサラッサラの髪を渡してくる冷静メイド。

 ……女性の髪を持って戦うとか、俺ァ色々と思うとこあるよ。感触は完全に髪の毛だ。そォいう魔法だから当然なンだが、いやさ、怖い怖い。

 

「【侵食】によって変質している間は単なる毛髪です。耐久性能はお察しを。私の手にある内は強化も可能ですが」

「私のコレァただの髪の毛だから、拘束すンならちゃんと弱らせてから、ってこったろ」

「はい」

 

 新しく現れた獲物。あるいは敵に、様子見をする素振りを見せていた二人。……いんやさ、二匹。

 けれど、それも終わったのだろう。

 

 うう、ああと──ゾンビみてェな唸り声をあげて。

 

 再度、来た。

 

「まずは──食らえよ」

 

 発砲する。

 獣みてェに向かってくる委員長に向かって、拳銃を撃つ。

 

 それを避ける委員長。よし、屍兵ってなモンじゃァねェな。怪我も気にせず、とかなら色々とあったが、コイツも生物だ。犬か狼か、はたまた別のモンかは知らねェが、化け物の入れられた、化け物の思考で行動する委員長の肉体ってこった。

 

 視覚神経と脳を強化。

 

 左手の振り下ろし。キチンと揃えられた爪にァ大した殺傷能力は無さそォだが、捕まれるって可能性もある。四足の獣にそォいう択があンのかは知らねェが、避けるに越したことはない。

 知覚強化を下げて行きながら、半歩下がり、上体を後ろに反らす。身体強化はするほどじゃない。大丈夫、避けられる。

 

 避けられた。

 

「ぁあ──ぅぅッ!」

「はン、なんだ、お前まだその身体に慣れてねェな? リーチが足りてねェし、獣の頃より俊敏性も無ェんだ、そんなんだから──私程度に負けちま、」

 

 隙。確実な隙だ。

 腕を振り下ろした後の、身体がどォにもならねェ確実な隙。そこにパンチなりなんなりを入れたらいい。【即死】を使わねェで、身体強化だけの掌底か、マッドチビに貰った簡易義手での拳を。

 

 ──"故にお前はどんな強敵と当たろうとも、攻撃を考えてはならない。回避と防御を徹底しろ。たとえその腕で殴り得る機会が訪れたとしても、たとえその他の手段で……拳銃などで攻撃できたとしても"

 

「ッ、だが別に強敵ってワケじゃ──ッ!?」

 

 思いっきりバックステップ。

 一瞬脳裏を反芻した尖り前髪の言葉を否定しかけて、けれど直感の方が警鐘を鳴らしてくれた。

 今まさに攻撃をしようとしていた──隙だらけの身体に殴りを入れようとしていた身体を引き戻す。

 

「……チ」

「お前ら気を付けろ! こいつら──ちゃんと知性があるぞ!」

「そのよう、ですね!」

「……!」

 

 ゾンビみてェだと思った。身体を十全に扱いきれていない、言葉も持たねェ化け物の魂が入れられているだけだと思った。

 

 違う。

 ちゃんと──ある。

 

「どうして気付いたのか、教えてもらってもいいですか?」

「……演技。完璧。……問題はなかった」

 

 それも。

 それも。

 

 あァ、クソ。なんだって。

 

「梓さん。後学のために、違和感のあるところは直しておかなければいけないんです」

「……勝負」

 

 なんだって──元の人格と同じような言動すンだよ。

 

えはか彼

 

 考えろ。

 その攻撃を避けながらでいい。考えろ。

 

「難しいですね。中々当たりません」

「そりゃ私が避けてっからな。だがよ、教えを乞うってンならこっちからもだ。お前さん、誰だ。私になんて呼ばれてたか覚えてるか?」

「はい? 私はフェニキア・各務ですよ。委員長というあだ名をつけてもらったフェニキアです」

「そォかい。しかし、なんだってそんな攻撃すンだよ。──まるで、獣みてェなさ」

 

 そう。

 まだ、攻撃は単調なままだ。

 四足の獣みてェな攻撃。どう頑張ってみても、委員長の動きだとは思えない。

 

「少し前まで獣の肉体にありましたからね、私は。でも、こうして主に魔法少女の肉体を用意していただきました。この身体は便利ですよ? たとえばこうやって──」

「ッ、っとォ!」

「あ、避けないでください。この魔法の素晴らしさを説明しようと思ったんですから」

 

 見えない。触れない。

 だが、何かが近づいてくる感覚はあった。出した瞬間に魔力を感じられたのもでけェ。

 

 あれァ【引力】だな。

 

「お前に使いこなせんのか、そいつァよ」

「使いこなすも何も、私のものなんですから──こういう事もできます」

 

 ──知覚強化。轟音。金属と金属の擦れ合う音。位置は委員長の背後。何かに引っかかって跳ねる音。高速で巨大な物体が移動する音。脚部強化へ魔力を移動。さらに背後に後退を選択。知覚強化を切り、予測される()()()()から距離を取れ!

 

「──!」

「あれ、これも避けますか。思っていたより動けますね。魔法に頼り切りの魔法少女だとばかり思っていましたが」

「はン、残念だがその辺の弱点はしっかり教育されててな。回避や防御に関しちゃ、私ァちゃんとできんだよ」

 

 落ちてきたのは、銅像だ。

 でけェ作りかけのガーゴイル。それに、多分予め【引力】の紐をつけてたんだろォが、引っ張ってきてコッチにぶつけてくるってな、多分委員長の戦い方だな。戦闘ができねェわけじゃねェと言っていた。

 ……いやさ、ちょいとまだ考えてる最中だ。

 言動にちょいちょいおかしな点がある。だが、それにコイツは気付いてねェ。だから多分、記憶を混ぜられてるとか洗脳されてるとか催眠されてるとか、その辺なんだろォこたわかる。

 

 コイツがなんらかの獣の化け物であることは間違いない。だが、その化け物の精神ァ自身を委員長だって思い込んでる。戦い方に獣であった頃との変化はないものの、単純に魔法……【引力】は使えるようになってるし、その使い方もわかる、って感じか?

 ならなんだって人間の戦い方しねェんだ、ってのァ思ったが、別にヒトガタで戦う事の方が優れてるかどォかって判断は俺にァつかねェ。二足で戦うより四足で戦った方が戦いやすいってンならそっちを使うだろう。言うなりゃハイブリットか。どっちが優れてるか、じゃねェよな。

 

「委員長」

「何ですか?」

「銀バングルのことはどう思ってるよ」

「どう、とは?」

「好きか嫌いかさ」

 

 ちょいとカマをかけてみる。

 さて──。

 

「勿論、愛していますよ。EDENへの侵攻も二人で行くことを約束していますから」

「……あァよ、藪つついたら蛇も鬼も出てきたな」

 

 EDENへの侵攻ってな、なんですかィ?

 

えはか彼



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23.地羅止湾藍符哀鳴符阿雲度.

「ライラック様!」

「ン──問題ねェよ」

 

 EDENへの侵攻。

 聞きてェ事が増えたが、まァ腹積もりはわかった。委員長の記憶を持ってァいるが、コイツは敵側だ。敵だ。ただその肉体を傷つけちゃいけねェだけの、敵。

 

 飛んできた鉄の棒みてェなのを避ける。

 殺意は感じなかった。流れ弾かね。

 

 っ、いや違う、全身強化で屈め!

 

「──【槍玄】」

「な、ァ!?」

 

 壁。壁に、突き刺さった。

 過激無口が。そのコースは、俺を巻き込むもの。屈まなかったら壁にぐしゃってなってた。

 

 だが、隙だらけの腹だ。今の内に冷静メイドの髪を……いや、逃げるが先!

 冷静メイドとシエナの方に合流する。

 

 ダメだ、さっきから昂揚感による酔いのせいで、隙あらば攻撃だの拘束だのを考えてる自分がいる。今のだって髪の毛巻き付けてる間に過激無口が復活する可能性は十分にあったし、そもそもきかねェ可能性もあった。隙あらばどころか隙じゃねェかもしれなかったんだ。

 確かに【即死】を撃ち込む隙でァあるんだろう。【即死】させられる相手なら、今の判断で攻撃しにいくのは正しいように思う。

 だが、他の手段で──絶対でない手段での攻撃はダメだ。俺ァそんなに強かない。思い出せ、自分がお飾りA級だってこと。

 

「冷静メイド、どォだ。糸口ってな、ありそォか?」

「フェニキア様ならば拘束は可能です。問題ありません。ですが、ケトゥアン様は……」

「お二人とも、来ます!」

 

 シエナの声と共に、俺は左に、冷静メイドは上に逃げる。

 過激無口の【槍玄】。その魔法について詳しく知ってるワケじゃねェが、道中の戦いや今のあれそれを見るに、己の身体を槍に見立てて突っ込んでくるっつー、すんげェ近接も近接な魔法ってなモンなんだろう。突撃中は貫通力を増す上、推進力もあンな。海の中を突き進めるくらいの推進力があって、水平方向に突っ込んでくるのもできるって感じか?

 だが、一度狙いを定めたら何かにぶち当たるか魔法を解除するまで止まれなそォだな。そこが狙い目か。

 

「……俊敏」

「そうですね。ではケトゥアン、これを」

「……」

 

 委員長の元に戻った過激無口。仲間意識は消えてねェっつか、銀バングルへの愛情ってながちゃんと残ってる以上、普通に委員長や過激無口としての戦い方も消えてねェと見るべきだ。

 つまり、連携力も十二分。あるいは同じ種族の化け物が入ってて、そこでも群れだったンならそれ以上の可能性もあンな。

 

「【槍玄】」

 

 まァでも愚直な直線の突撃に当たる程俺ァ──。

 

「ライラック様!」

「!?」

 

 知覚強化はちゃんとした。そのコースは確かに俺を狙ってきていたけれど、その貫通範囲を踏まえた上で避けた、はずだった。

 

 だが、今こうして──守られている。

 回避を行った俺を押しのけて、真っ白い盾を持った冷静メイドに。

 

「長くは持ちません、退避を!」

「ッ」

 

 転がるようにして冷静メイドの背後から外れる。

 ──いや、違う。こっちじゃない。

 

「冷静メイド、委員長から離れた方へ逸れろ!」

「承、知……!」

 

 盾で過激無口を弾き、俺が逃げ直した方へその身を翻す。

 衝撃でばらばらと崩れ落ちる盾。白いそれは、地面へと落ちると、真黒な金属へと変じた。

 

「【侵食】でその辺のもんを骨にして組み合わせて盾にしてたのか」

「はい。ライラック様は私が怪我を負う事も忌むかと思いましたので」

「いいね、私の事をわかってきたな」

 

 少し離れた所にいるシエナを見る。

 ……分析中って感じか? 何か見てるな。

 

「今のは」

「多分、【引力】と【槍玄】の合わせ技だな。【引力】の紐を付けた過激無口が突っ込んできて、その紐を引っ張る事で無理矢理【槍玄】の軌道を変える。助かったよ、ほんと。今のはやられてたかもしれねェ」

「いえ。……ですが、そういう原理であるのなら」

「あァ。無防備な奴がいらァな」

 

 弾かれ、壁にぶち当たった過激無口が出てくる。

 さっきから殺意ってな感じねェが、どォにも狙いは俺らしい。

 

 んじゃ、囮は任せろってな。

 

「ちょいと吸わせてもらうぜ」

 

 魔煙草を取り出し、起動。

 義手ン中に全部入れてたやつだが、マッドチビに返してもらって良かったぜ。ったく、昂揚に溢れた俺ってな、ちょいと考え無しが過ぎる。

 あ──いいね、慣れ親しんだ、良い不味さだ。脳がクリアになる……。

 

 ──聴力強化。踏み込みではなく、風を切る音を聞く。まっすぐに進むソレは俺を突き破るコースだが、委員長の位置からして左側には曲がれねェな。【引力】ってな引っ張る魔法であって押し出す魔法じゃねェ。んじゃ左側に……いや、待て。委員長の記憶まで持ってンなら、そんなもう見破られた戦略使うか? 聴力強化。思考速度も上げる。どんどんゆっくりになる世界に、深く深く潜っていく。

 

 一度見破られた技。且つ、自分達だって弱点はわかってるはずだ。その上でもっかい同じことしてくるってこた、委員長もその戦略も囮。確実に俺を仕留める──あるいは捕まえるための一手に過ぎない。そォだ、敵は俺の【即死】を欲しがってたんだ、殺意なんかあるわけがねェ。【槍玄】の威力を理解してンのかどうかはともかく、生きてさえいればいい、程度の考えで来てる可能性が高い。

 直感は発動しねェってことだ。んでもって、たとえ委員長が拘束されようと、確実に俺を捕まえに来る。範囲の分かってる攻撃、なンかじゃなく──。

 

 視覚強化。部屋全体を見て、ソレを探す。

 あァ、やっぱりあった。ギシ、という音。

 

「だから、取るべきは、下!」

 

 思考を一気に浮上させ、全身強化で寝そべるくらいしゃがみ込む。

 そのスレッスレを通り過ぎて行く過激無口。その軌道は、委員長側、ではない。

 

「きゃ!?」

「拘束します」

「何するんですか、ローグンさん!」

「拘束です」

 

 偽マッドチビのいた椅子の辺りで棒立ちだった委員長に、それはもう馬乗りになって、その周辺の床からざぁざぁと髪の毛を出し、めちゃくちゃの雁字搦めにする冷静メイド。

 効率的な縛り方、などではない。これでもかというほどの髪の毛を委員長の身体に絡めさせ、【侵食】を解く。

 

「う……!」

「──分析完了。対象の魔法【槍玄】の破壊力は、最初の勢いが無ければ発揮されません。梓・ライラック様、これを!」

 

 シエナによって投げつけられるは──肘で折り畳まれた女性の腕2本。オイオイなんてものを投げてやがる、なんてツッコミをしてる暇はない。

 投げられたソレを受け取り、過激無口の胴体に絡ませる。

 その【侵食】も、解けた。

 

「……む。……だが」

「なら、私が抑えます!」

 

 まだ腹に金属の枷二個つけたまま、けれどまだ動こうとしていた過激無口。その背にドスンと鈍い音を立てて、シエナが降り立った。

 背骨、大丈夫だよな?

 

「……!」

「シエナ様。お任せを」

 

 そこに冷静メイドが来る。委員長と同じように髪の毛をふんだんに絡めて絡めて絡めまくって、いやささらに念入りに、指の一本一本に至るまでを縛って──【侵食】を解いた。

 

「──制圧完了。お怪我はありませんか、お二方」

「損傷はありません。戦闘続行可能です」

「あァ、私も問題ねェよ。先を急ごう」

 

 金属やら石やら何やらで構成された細い紐に雁字搦めにされた二人。

 過激無口の方は未だ抵抗しようとしてるが、動けやしねェ様子だ。あァ、【侵食】ってなこえー魔法だが、使い方次第だな、ホント。

 

「下階への扉はこっちです」

 

 とりあえずァ、無力化完了ってことで。

 

えはか彼

 

 階段を下っていく。これァ、結構潜るな。

 

「ライラック様。何故あの場で下を選択したのでしょうか」

「ん? あァさっきのか。いんやさ、委員長ってなもっと賢い奴だと思ったからよ。確実に私を仕留めるか捕えるかすンなら、もっと自由度のある攻撃をしてくるって思ったんだ。んで【引力】は引っ張る魔法ってなわかってたが、その長さはあんなモンじゃァねェ。この二つを加味すると、どっかに委員長側じゃねェ方向にも引っ張れる【引力】を仕込んでる可能性が高ェんじゃねェかって考えたのさ」

 

 押し出せないなら、反対から引っ張りゃいい。それで同じ結果を出せる。

 どうやって反対側から引っ張るかって、そりゃ。

 

「部屋の隅のどっかに【引力】の紐をひっかけて、そっちも過激無口の身体につけとく。そうすりゃ、獲物がどっち行こうと仕留められる。最初にアレを見せた時は冷静メイドが傍にいたからな。その奥の手を見せたらお前は私の傍から離れようとしなかっただろ? お前が私から離れるとしたら、種も仕掛けもわかって、最優先に潰すべきモンが見えた状況って時だけだ。絶好の隙なのさ、そこが」

 

 冷静メイドは反射神経だけで俺を守り得る可能性があった。シエナは離れたトコにいたんで問題は無いが、冷静メイドがいるってだけで確実性を欠く。

 だから、目に見えた餌……制圧しやすそォな委員長っつー餌をぶら下げて、冷静メイドを引き剥がそうとしたってワケだ。その目論見は成功しつつ、俺も高ァ括ってなんでもなく左側に逃げようとしてた。もしそォしてたら、過激無口は俺を捕まえて逃げるなりしたンだろう。んで敵の魔法少女の元に献上ってな具合だ。

 

 シエナが追いついてァくれたかもしれねェが、数十のガーゴイルの群れに入っちまったら終わり。シエナ一人じゃ対処しきれねェだろうからな。

 そんなシナリオだったんだと思う。細部まで合ってるかどォかは知らん。委員長ともそんな腹ァ割って話したわけじゃねェしな。

 

「なるほど。ご教授ありがとうございます」

「んな大したモンじゃねェがよ。で、シエナは何してたんだ? 分析の類だと思うんだが」

「私には魔力を検知する機能や、対象魔法の発動条件などを計算、調査する機能が備わっています。それらを用い、【引力】及び【槍玄】の効果範囲や必要魔力などを分析していました。申し訳ございません。戦闘のお手伝いをすると言ったにもかかわらず……」

「いんやさ、適材適所だ。私ァどォにも敵さんから狙われるみてェなんで、囮として役に立つ。冷静メイドは色々できる上、拘束に長けてるから役に立つ。お前さんはその機能ってなで、私達のわからねェ事に気付けるから役に立つってこったろ?」

「はい。次は、必ず」

 

 二人ともよくやってくれてる方だ。

 多分だけど、シエナが戦闘にあんまり参加しなかったのは、その武装に殺傷能力がありすぎるから、ってのもあるんだと思う。俺が最初に言った殺すなって言葉に従うと、選択できる武装に限りがあンだろう。だから戦闘でなく、分析に徹したってトコか。

 冷静メイドの方もちゃんと防御と拘束に振ってくれてる。ありがてェよ、ほんと。

 

「次。そォだな。次だ。次を考えよう。まず、気を付けるべきは虹色ロングだ。アイツの【弱化】は果てしなく厄介だ。アイツの話聞いてる限りじゃ、生物以外にァ効かなそうなのが救いか。拘束ァ今と同じ方法でいいだろォが、どォやるかだな」

「先手必勝、ではどうでしょうか」

「そォ言って突っ込んだら思うつぼだ。【弱化】は遠隔魔法だから、触れなくとも発動できる。……光眼鏡の【排析】の中にいたりしたら最悪だ。そン時は、ちっと作戦立てるために引き返す必要があるかもしれねェ」

「【排析】の強度は、どれほどと思われますか?」

「あのイッカクの突きってなどんくらいの攻撃だった? 化け物の等級区分でいい」

「恐らくはAからSです」

「なら、それくらいにァ負ける程度の強度だ。シエナ、お前の武装ってな、一番つえーのでどんくらいの威力が出せる?」

「魔法少女の等級区分に従うのなら、殲滅力はS、殺傷能力はA程度です」

「なるほど」

 

 マルチミサイルかなんかでも積んでんのかね。その殲滅力の高さは。

 

「熱源反応を2つ検知」

「あァ、多分光眼鏡と虹色ロングだ。組み合わせとしちゃ絶好だからな。さて、どォするか──」

「ッ、魔力を検知! 後退してください──!」

 

 ぐい、と引っ張られる。襟首を冷静メイドに持たれて──階段の上にまでぶん投げられたんだ。

 シエナは飛んで逃げて。

 

 その、冷静メイドは。

 

「──問題、ありません」

 

 身体の半分以上を真っ白に染めて、そんなことを宣った。

 

えは

 

「大丈夫、です……が、ご命令に、したがえぬ、こと、を、おゆるしください」

「何言って」

 

 ガチン、と。

 冷静メイドは、どう見ても大丈夫じゃない冷静メイドは、自らの指を噛み千切る。そしてそれを、ぷっ、と階段に吐き捨てた。

 

 そして──そこから、あの砂浜の時と同じように。

 階段を【侵食】し、()()()()()冷静メイド。勿論、衣服の無い状態で。

 

「問題は無いと言いました」

「……ソッチは」

「人格権を手放したため、単なる肉体になりました。申し訳ございません。この手法での脱出も嫌だと仰られていたにも関わらず……」

「……いや、いい。今はそんなこと言ってられねェし、お前は……死んで、ないんだよな。じゃ、早く服着てくれ」

「承知いたしました」

 

 そこの割り切りってな、俺にァどうにも難しい。

 それを割り切っちまったら、魔法少女の蘇生まで行っちまう気がする。

 

 けど、今その問答はできねェ。そんな事やってる場合じゃねェ。

 

「どォいうこった、シエナ。中にいるのは光眼鏡と虹色ロングじゃねェのか?」

「──この白色の物質は、生物の歯と同じセメント質ですね。恐らくこれが【白亜】かと」

「あァさ、そいつァ知ってんだ。中にいる熱源ってな、身長ァどんくらいかわかるか?」

「申し訳ありません。私に搭載されている機能では、対象物の大きさは測る事ができません」

「そォかい。そいつァ無理言ってすまなかったな」

 

 そこまで高性能な熱源感知センサーは無理か。

 ま、熱源が感知できるってだけで十分だな。

 

「さて、どォやって入るか。【白亜】ってな、生物以外にもイケんだな」

「……ならば、【侵食】し返しましょう」

 

 言って──冷静メイドが、地面に手をつける。

 途端、広がっていく白。【白亜】の白によく似た、けれどザラザラ、ぼこぼことした白。材質自体は同じだが──こっちは、その一つ一つが骨だ。

 ドアも壁も【白亜】化していたそこを、骨が骨が骨が覆っていく。それらは上に行くほどにバランスを保てなくなり、ガラガラと崩れ落ちた。

 

「コーネリアス・ローグン。元S級魔法少女にして、私と同じく世界を変質させる魔法を使う魔法少女の憧れ。まさかこのような形で対立することになるとは思ってなかったわ」

「同じ言葉を返しましょう。【白亜】の美しさは私達の耳にも届いております。戦場の全てを白に染める魔法の使い手、オーレイア様。地形も魔物も全て白亜に染める様は圧巻だった、と」

「そう。ローグンさん、初めは私達に興味無さそうだったから、知られていないものだと思っていたけれど……ちゃんと、知っていてくれたのね」

「無論です。──私は私の範囲で、キリバチ様やエミリー様を守るため──()()()()()()()魔法を使う魔法少女については調べています。同系統ともなれば、殊更に」

 

 いた。

 光眼鏡と銀バングル。

 虹色ロングはいない。

 

 だが、ンなこと以上に──なンか、バチバチしてらァ。

 

「知子」

「は、はい」

「梓以外は殺してもいいとの事だったけれど、ローグンさんには手を出さないで。私がやりたいの」

「わわ、わかりました。では──あのガーゴイルを、破壊します」

 

 そォいや、オーレイア隊にァ明確なアタッカーってのが二人しかいねェって言ってた。

 一人は過激無口だとして。

 

 明確なアタッカーってな、もう一人は、誰だ。

 

「シエナ! 逃げろ!」

「──ッ!?」

 

 委員長はアタッカーってよりサポーターだ。銀バングルもこの分なら遠隔で戦った方が良い。虹色ロングは俺が見てわかる程に魔力が低く、その魔法もサポート向き。

 じゃァ、もう一人ってのァ誰なのか。

 ンなもん決まってる。他に見つからないなら、ソイツしかいない。

 

「【排析】」

「【即死】──!」

「!?」

 

 知覚強化と腕部強化で、ソレを掠める。

 そして、殺した。……あァ、ちゃんと殺せたな。

 

「わ、わわっ!?」

「……驚いた。梓、貴女のことだから、仲間は殺せないかと思っていたのに──【即死】を使ってくるのね」

「馬鹿が。仲間は殺せねェに決まってんだろ。だが、仲間の魔法なら殺せんだよ、私ァ。【排析】が特殊魔法じゃねェってな、あのイッカクの時にわかったしな」

「申し訳ありません、助かりました、梓・ライラック様」

 

 おどおどした声を出しながら、けどしっかり後退する光眼鏡。

 今の踏み込み。速さ。的確さ。どれをとってもB級のそれじゃァなかった。それに、拳に纏った小せェ【排析】。AからS級の攻撃に対する耐久力があるってンなら、そりゃそォだよな。攻撃に使うのだって、使い方の一つだ。

 むしろそれで空間を押しやれる、んだったか。そりゃ、威力もすげェんだろォよ。

 アタッカーやるにァ十分な効果だ。

 

 だが──ハハ。

 風ってなまだ、俺に向いているらしい。

 

「あんま、試した事なかったんだけどな。特殊魔法を殺せることは知ってたが、やる機会も無かった。やりたくなかったから。が──そォいう遠隔魔法も殺せるってな、そォいや習った気がするよ。周りにいる遠隔が一瞬で消えちまうのばっかだったし、触れたら私の手がやばそォだったんで試す機会は無かったが──そォいうタイプなら、話は違ェや」

「……わ、私と、戦う、んですか……?」

「あァよ。魔法少女歴20年の大ベテランなンだろ? 胸貸してくれや、先輩」

「……!」

 

 あァ──また、いけねェ昂揚感に包まれてやがる。

 引かなきゃいけねェはずだ。相手は大ベテランなんだから、シエナに逃げ回ってもらえばいいだけの話じゃねェのか。俺を殺さねェって言ってんならそれでいいはずだ。冷静メイドは銀バングルとやりあうってんだからそっちのサポートも期待できねェ。

 なら、俺が取るべきはどォにかして銀バングルを無力化するって手段であって、シエナにァ悪いが光眼鏡をトレインしたまま逃げてもらうのが最善だろォに。

 

 はは。

 ははは!

 

「シエナ! すまねェな、まだ戦闘にァ参加させてやれそォにねェ。分析は続けてくれ。私ァちょいと、光眼鏡と遊ぶからよ!」

「……わかりました。お気を付けください」

「あァさ!」

 

 心に何か、満ちて行くものがある。

 誰かが俺を見ている気がする。誰かが俺を認めている気がする。

 なァ、俺は誰だ。あァさ、梓・ライラック。そォだ。ちゃんと、そォだ。いいな? 忘れるなよ。呑まれるなよ?

 

「──ハハハ! いいね、いいね。いいじゃないか──なァ、光眼鏡」

「は、はは、はい。な、なんでしょう、か?」

「お前さ、神ってな、信じるか?」

 

 祈るかよ、神に。

 願うかよ、神に。

 

「い、いえ……西方には、そういう、しゅ、宗教もあったと聞きますが、わたっ、私は別に……」

「そォかいそォかい!」

 

 笑みが止まらねェ。

 やめろやめろ、あんまり近づいてくンな。違うだろ、まだ。

 

「──この20年。神に祈っても、神は何もしてくれなかった、ですから」

「じゃ──(非善)だ」

 

 光眼鏡が四つ足で、猫みてェな構えを取る。

 俺ァ俺で、両の腕を、生身と義手の両方をかっぴらいて待つ。

 

 なンだなンだ、おいおい、余計なコト考えさせんのやめろよ。

 俺ァ一体どォしちまったんだ。オカシイぜ、ホント。

 

「行きます!」

「あァ来いよ、光眼鏡!」

 

 なんで俺が、構える側になってンだ?

 

えはか彼

 

 避ける。

 避ける、避ける、避ける避ける避ける。

 

「っ、ちょこ、まかと……!」

「はン、やっぱ人間の身体は馴染まねェか? どォしてちっとも身体強化を使わねェんだ、お前ら」

「何の、はは、話ですか!」

 

 避ける──!

 

 見える。見える。

 知覚強化はしてある。手足の強化も都度都度している。

 それくらいには速い。それくらいには鋭い。

 けれど同時に、その程度だ。

 オーレイア隊のアタッカー。過激無口には及ばないが、なるほど、アタッカーと言うだけはある。先ほどから俺を捉えることが出来ずに叩きつけられる床のへこみ具合。【排析】を用いたそれの威力は、なるほどなるほど、A級の化け物共を殺すには十二分なンだろう。それ以上は過激無口がやるし、銀バングルや虹色ロングのサポートもある。やばくなったらでけェ【排析】を張るか、委員長に引っ張ってもらやいいんだ。そういう風にできてる。

 いいね、ちゃんとしてる。ちゃんと歴戦だ、こいつらは。

 

 だが、その程度じゃ俺ァ殺せねェよ。

 

「──死ね」

「っ!」

 

 俺の脇を掠めた【排析】を、殺す。

 シャボン玉みてェだと評したが、まさにそんな感じに爆ぜるソレ。バックステップで下がる光眼鏡に、さらに笑みを深める。

 

 怖いか。

 怖いよな。死は──怖ェよなァ。

 

「なんで逃げンだ。魔法少女だろ? 死んでも死なねェ魔法少女が、何を恐れる。獣だった頃とァ違ェんだぞ。魔法少女ってな、死んだって蘇生する。私に殺されても、蘇生すンだ。どォだよ、夢のようだろ? だったら逃げずにかかってこいよ。死兵としての務めを果たせ。私を捕まえるンだろ? 献上しなきゃいけねェんだろ? なァ。なァ!」

「ひ……な、何を言ってるのか、よ、よくわかりませんが──無力化します!」

「わかるだろォがよ!!」

 

 知覚強化の上を行く速度で突っ込んできた光眼鏡を、思いっきり蹴る。

 拳に纏った【排析】を殺しつつ、その身を蹴り上げてぶっ飛ばした。

 

 ……いってェ。あァ、忘れてた。脚ってな強化しねェとダメだったな。失敗した。

 

「く、ぅ……!」

「わかんねェだと? 今更何言ってやがる。てめェらが課してきた苦しみだろォが。私に! わ・た・し・に! 私が苦しむって知ってて、わかってて、それでも突き通すって理念だろォが! あァ!? それをわかんねェだと? ふざけんじゃねェよ。速く来い。今すぐに来い。来て──殺されろ」

「た、隊長、梓さんは、今の梓さんは、ふふ、普通じゃないです、お、オカシイです!!」

「そうみたいね。けど、ごめんなさい、知子。こっちも余裕が無いのよ。【侵食】、これほどとは思ってなかったわ。いいえ、思っていたけれど──想像以上だった、というべきね。けど、いいのかしら? 梓は本当におかしくなっているみたいよ、ローグンさん」

「ライラック様には自分がおかしくなっても止めるな、と言われております。故、明らかに異常な発言をしている事を加味した上で、貴女に集中させていただいております」

「それは光栄、ね!」

 

 ざわ、と。

 アッチで、無数の腕が突き出てンのが見えた。それらを次から次へと【白亜】に染めるも、染めた傍から──【白亜】になった腕から腕が、染めた腕からまた腕がと、凄まじい量の腕が銀バングルに襲い掛かってる。

 いやさ、こえー魔法だよ【侵食】ってな。殺すにも細心の注意を払わなきゃ……って、何考えてんだ俺ァ。冷静メイドは仲間だろォが。

 

「オカシイ。オカシイ? はン、おかしいのはてめェらだろ。死は終わりだ。死は喪失だ。死とは安寧の暗闇に身を預ける唯一の手段だ。それを拒否して、それを利用して、それを見下すてめェらに、他者を否定する資格ァ無ェよ」

「……なら、黙って殺されろ、と?」

「お、なンだ。言いてェ事があンのか」

「他者を否定する資格、ですか。ええ、そこには同意します。魔法少女に他生物を否定する資格など無い。あれらは愚昧にして愚蒙なりし存在。同意します。同意します。ですが──お前にも、その資格はない」

 

 光眼鏡の身体に、薄い膜のようなものが張られる。

 ……あれァ、【排析】か? だが、球形じゃねェときた。元からそォいうのを使えたのか──あるいは。

 

 中の化け物が、新しい使用法を編み出したか、だな。

 

オ前ニモ、ソノ資格ハナイ(藍侠斗最後尾夜座頭.)我ラノ足掻キハ、オ前等ニ阻マレタ所デ(是阿伊豆葉阿歩止琉.)終ワリハシナイ(藍歯符塔照有.)!」

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 

 纏った【排析】の厚みが、密度が増していく。世界を押し退け、解析する魔法。

 速いし、鋭い。避け切る事は難しいだろう。何より、その身に纏う【排析】が突然膨らむのだろうから。そういう戦い方をするのだろうから。

 だから、避けない。

 

 避けないで──掴む。

 

藍出内沙米紫遠(私は救いを否定する).」

 

 死ぬ──死滅する、光眼鏡の魔法。

 そのまま、深く、深く、深い所にまで【即死】を通す。

 

 腕でもない。肩でもない。胸でも肋骨でも肺でも心臓でもない。

 もっと奥の。

 もっと中の。

 

 もっと──大切な、もの。

 

「──見つけた」

 

 死ね。

 

えはか彼



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24.藍宇恩斗有塔寝具初図阿美優邸符応簿井栖.

「殺し、た……の?」

「実力に拮抗が見えるのならば、隙を見せるのは愚策です」

「あっ、く──!?」

 

 余所見をした銀バングルの眼前に、冷静メイドの姿があった。

 強化を用いた踏み込み。からの、【白亜】より抜き出した腕を銀バングルの顔に巻き付けて、その【侵食】を解く。

 元の【白亜】に戻った腕は、そうであるが故に【白亜】化できない。銀バングルの弱点はソレだ。自らが【白亜】で浸した物質で拘束されると、それ以上の干渉ができなくなる。そんな状況は滅多にないはずだが、まァ、相性が悪かったな。

 そのまま銀バングルの身体を【白亜】から抜き出した髪の毛で拘束していく冷静メイド。

 

 そっちから視線を外し、俺ァ──俺の腕にもたれかかる、物言わぬ肉体を見る。

 

「……魔力検知不可。ですが、心臓及び各器官は動いています。生命活動に支障は来していません。ですが、梓・ライラック様。今のは……」

「ん-」

 

 ふむ。

 今の、ってな。なンだ?

 

 昂揚感が抜けちまってる。なンだなンだ。えーと。俺今何した。つかなんかすげー笑ってた気がする。すっげェ楽しかった気がする。

 光眼鏡の攻撃を、その【排析】ごと殺して──更なる【即死】を用いた。

 だが、何に? 俺ァ何を殺した?

 

 現にこうして、光眼鏡は生きてる。その精神とやらがどォなってンのかは知らないが、意識の無ェ様子で俺の腕の中にいる。

 なら、命を奪ったってわけじゃァねェ。だが確実に【即死】は発動したはずだ。

 

「ライラック様。残府様も拘束いたしますので、その身体をいただけますか?」

「あァよ。……お前は、大丈夫か?」

「問題ありません。戦闘中においてはライラック様の方に異常性が見られましたが、ライラック様はご無事でしょうか?」

「異常性、ね。……あァ、なんぞ昂ってただけだ。今は落ち着いてる。魔力も……ンな減ってねェし」

「あれほど【即死】を連発しておいて、となると、とても効率的な魔力消費であった、という事ですね。訓練の成果なるものが出ているのだと判じます」

「……私もそォ思っとくよ。努力の成果だってな」

 

 光眼鏡を冷静メイドに引き渡し、目の前でまた雁字搦めにされる光眼鏡。

 ちょいと怖いのは、光眼鏡の【排析】ってな見えようが見えなかろうが関係なく使えるってトコだ。周囲の空間を押しやる【排析】なら、この拘束も解けちまう可能性がある。

 

 ……いや、()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「シエナ、冷静メイド。問題ねェんなら、先を急ごう。ここに虹色ロングがいなかったのがちょいと気になる」

「はい。問題ありません」

「私は戦闘に参加していませんので、異常ありません」

 

 よし。

 まァ、何が起きたのかはよくわかんねェけど。

 多分大丈夫だろう、って確信がある。だから、大丈夫なんだろう。少なくともアレは死んだのだから。

 

 下階へ繋がる階段を行く。

 結構下ってきたが、どこまで下がるのかね。

 

えはか彼

 

 警戒を最大限にしたままその部屋に入って、初めにでた言葉は「は?」なんていう間の抜けたものだった。

 

「あれ、来たんだ。遅いよー」

「──虹色ロング。お前、一人か?」

「うん。だってオーレイア隊は私以外、みんな倒されちゃったんでしょ? 酷いよねー、五人で一つの隊なのに、二つと二つと一つに分けちゃったら、そりゃ実力も発揮できないでしょ」

「……じゃあよ、それァ、なんだ」

「これ?」

 

 俺が、指を差す。

 虹色ロングが、肩を撫でる。

 

 そこに、いた。

 四人。一糸纏わぬ姿の、四人。

 

 オーレイア隊の、今しがた倒してきた四人が、そこにいた。

 

「人形だよ。みんなのお人形さん。欲しいっていったら、作ってくれたんだー」

「そォかい。だが人形遊びにしちゃ、ちょいと悪趣味だな。服くらい着せてやったらどォだ」

「ディミトラは彫金師であって裁縫師じゃないから、作れないってさー。でも、このままでも十分でしょ。──だってみんな、キレイだし」

「本物の肉体は上階で捕まってるぜ。いいのか、助けに行かなくて」

「あれ? もしかしてわかってないの? 上のみんなは偽物だよ。確かにカラダはみんなのだけど、中身は全く別。魔物とイチャイチャなんてしても楽しくないでしょ」

「何?」

 

 まるで。

 そんな、まるで。

 

 自分は違ェ、みてェな言い方を。

 

「──私は裏切っただけだよ、梓」

「ひ、ぁ!?」

「あはは! やっぱいい声で啼くよね、梓って!」

 

 魔法少女の衣装の隙間から手を入れられて、胸を揉まれた。

 いつの間に近づいた。いや、んなこたわかってる。

 

「ちょっと油断しすぎだよ……? はむ」

「や、離れ」

「こっちこっち~!」

 

 耳に息を吹きかけられて、耳を食まれて、それを振りほどこうと腕を振るえば、軸足の太腿に舌を這わせられる。

 

 悪寒が凄い。今までの敵にンなことしてくる奴ァいなかった。勿論味方にも。

 つか、冷静メイドとシエナは何やってんだ。助けてくれたって。

 

「はい、捕まえたー」

「ひぃっ」

「ね、どう? 腕にも足にも身体にも、全然力が入らないでしょ。魔力回すのは無駄になっちゃうからやめた方が良いよ。そんなことしても逃れられないから」

「やめ、さわるな、ぁっ!?」

 

 無様に捕まる。羽交い絞めのまま持ち上げられて、膝の上に乗せられて。その言葉の通り全身に力が入らなくなって、けれど感覚はそのままで──だから、腕を勝手に持ち上げられたり、胸を揉まれたり、腹を弄られたり首筋を舐められたり足をふにふにされたり。

 もう、完璧に成すがままだ。【即死】は、ダメ。殺してしまう。

 やばい。どうしよう。

 

 助けてくれたっていいだろ、ふたりとも。

 

「無理無理。今二人はみんなと戦ってるからさ。ね、梓。ローグンさんとメイドさんがやられていくとこ、特等席で見ていようか」

「ん、ぅ……」

「ふふふ……赤ちゃんみたいでかわいい」

 

 ようやく視界に、二人を捉えることができた。

 ああ、本当だ。さっきのオーレイア隊の人形たちに寄って集られて、ふたりが苦戦している。何をしているんだろう。あれはただの人形なんだから、壊してもいいんだから、いつも通りの、本気で戦えばいいのに。

 

「ね、梓。今って捕まっちゃって、どうしようもない状況なんだよね。……だから、変身解いていいよ。実は変身するだけで、魔法少女の衣装を維持するだけで、少しずつ魔力って減っていくんだよ。EDENは()()()だから問題なかったけど」

「そう、なのか。……わかった」

 

 言われた通り、変身を解く。

 EDENの魔法少女は普段から変身しているけれど、冷静メイドみたいに好きな服装でいる……つまり、変身を解除して、普通に着飾っている子も多い。

 俺はあんまりそういうの気にしないし、しなくていいと思ってたから、変身を解いた時に着ているものは。

 

「わ! 制服じゃん! これ、梓の中学校の指定制服ってことだよね。へー、今の子こんな可愛いの着てるんだー」

 

 そうだ。

 一番フォーマルな服装を考えた時、学生なら学生らしい姿でいけばいいだろ、って。

 EDENに上がる時、制服で行ったんだ。そっからそのまま、同じ。

 魔法少女に変身している間、元の服は亜空間に行く、とか、そういう説明を受けたきがする。だから本当にあの日のままの制服だ。

 俺が魔法少女になる前の。そのままの。

 

「くんくん。あ──あぁ、っは。これ。これこれ! 女子中学生の匂いがする……懐かしい~!」

「かぐなよ、へんたい……」

「おりょ? 随分と従順になったなって思ってたけど、まだそういう生意気言う余裕あるんだ~?」

「んん……」

「ねぇ、前に言ったよね。生意気なコト言ったらさ──今度こそ本気で、躾けてやる、って。あれ、言ったっけ? 心の中で思っただけかも」

 

 どんどん閉じて行く視界の隅で、二人が何かを叫んでいる様子が見える。

 でも、聞こえない。甘ったるい……虹色ロングの声が、耳元で響いているから、何も聞こえない。あぁ、また胸を揉まれている。制服に手を突っ込んで。

 でも、悪寒、も。もう覚えなくなってきた。

 別にどうでもいい。何されても……別に。

 

 うまく考えが纏まらないし。

 なんだかすごく眠たいし。

 身体がだるくて、虹色ロングの身体が、手足が──温かくて。

 

 もういいや。

 なにしにきたんだっけ、おれ。

 

「良い子、良い子。そうだよ。そうやって、もう何も抵抗しないでいてくれたら、痛い事は何にもしないから。気持ちいでしょ? 頭を弱くさせられるの。強化なんて無理矢理な手段で酷使されるより、ずっとずっと──気持ちいいでしょ」

「んにゅ……」

「うわ可愛い。今素で可愛いと思っちゃったよ口に出ちゃったよ。いいよ、眠って。いいこいいこ。梓は13歳だもんね。思春期は迎えたかもしれないけど、まだまだ育ち盛りだし、こんなに運動したら眠いよね」

「……ん」

「いいよ。お姉ちゃんがいいこいいこしてあげるから。私の温もりで、ゆっくり眠って。次起きた時には──全部終わってるからさ」

 

 だめだ。だめな、はずだ。

 わかんない。よくわかんない。なんでだめなんだっけ。

 からだをおこせって、だれかがいっている。へんしんして、まりょくできょうかしろ、って。

 

 なんで?

 

「大丈夫。大丈夫。梓のことは、私が守ってあげるから。偉かったね。良い子だったね。ここまでよく頑張ったね」

 

 ああ。偉かったのか。

 良い子だったのか。俺は。頑張ったのか。

 

 じゃあ。

 

「みんなは、もう」

「うん?」

「しなない?」

「──」

 

 だって。

 俺が頑張って、俺が何も悪い事をしていないのなら。

 俺が俺を──そう、認め。もう何もかもを放り出すとするのなら。

 

 もうみんなが死なない、って。そういう時の、はずだ。

 

「うん。勿論。みんな死なない。誰も死なない。怪我もしない。苦痛も負わない。誰も──梓の傍から、離れて行かない」

「そっか。よかった。じゃあ」

 

 その言葉が聞けたなら、安心だ。

 

 安心して──。

 

「──死ね」

「ッ!?」

 

 誰も死なねェなら。

 殺しても、問題ねェってことだよな。

 

えはか彼

 

「あー。……ああ。あー。……か、かっかっか。はー。はははいやキモすぎるだろさっきの私」

 

 不快感を露に言う。

 なんださっきの幼児退行。おいおい、お前43のおっさんだって忘れてねェか? あァよ、確かに前世で風俗に行くことはあったさ。付き合いだのなんだので誘われることも別に珍しかなかった。だがそォいうプレイァお断りでな。俺ァノーマルなんだよ。35過ぎた辺りから行くのもやめたしな。

 

 はー。

 はは。キッモ。キッショ。

 若者言葉で罵るぞ。俺きめェよさっきのは流石に。なんだよ「んにゅ」って。おじさんが出していい声じゃねェって。

 

「あ、あぶなー。わかってるの? 私は別に魔物の精神体の入った肉体でも、私の精神体の入ったガーゴイルってわけでもないから……普通に死ぬよ?」

「あァよわかってる。ごめんな虹色ロング。悪ィことしたわ。みっともねェトコ見せたな。ちょいと己の頭カチ割りてェとこだが、んなこた言ってらんねェや。それと、煙草吸わせてもらうぜ。色々嫌なコト思い出しちまってイライラしてんだよ。魔煙草にイライラ鎮静する効果なんざねェけどさ」

 

 魔煙草を起動し、吸う。

 あー。これこれ。この不味さ。

 

 そのまま、変身。いんやさ、この一瞬裸になるのどォにかなんねェのかね。まァさっきまでされてた事に比べりゃどォってこたないが。

 不味いなァ。不味すぎて思考がクリアになる。はは、いやマジでさっきまでの俺キッショ。

 

「……ねー。さっきの可愛い梓に戻ってよ。そのちょっとカッコいい感じもいいけどさ、やっぱり見た目のまんまの可愛い方がお姉ちゃん好きだなー」

「あァさソイツァ悪いな。私ァ乳幼児の頃からこんなんだ、かわい子ぶりっ子の仕方なんざ知らねェのさ」

「また生意気な口利いて……こうしてやる!」

 

 虹色ロングが近づいてくる。

 歩くよりは早い速度だが、何の強化も乗ってねェ小走りで。

 

 だから、それをひょいと躱した。

 

「あれ?」

「はっはっは。お前、何やってんだ? そんな遅ェ攻撃あたるワケねェだろ。いやさ、今の攻撃だったのか?」

「……【弱化】」

「なんだよ。いきなり魔法名なんざ言って、どォした?」

「え、なんで? なんで魔法が発動しないの? ……もしかして、反魔鉱石か何か持ってる?」

「持ってたら変身できねェだろアホか」

 

 その後も何度も「【弱化】」「【弱化】!」と魔法名を言う虹色ロング。

 けど、その魔法が発動する事は無い。あんまりにも滑稽な姿にさしもの俺も同情するってモンだ。

 

 たとえ相手が、化け物でもよ。

 

「呑まれちまったな、お前。忘れちまったんだろ。自分が化け物だった頃の記憶。虹色ロングの思考っつか思想か? わかんねェけど、その記憶が強すぎて、毒々しすぎて、自分が化け物として生きてきた頃の記憶全部塗りつぶされちまってんだろ。ははは、その上で虹色ロングの事を知らな過ぎたな、お前」

「な、何言ってるの? 私は本物だよ。本物の結・グランセ!」

 

 再度──今度は攻撃としてだろう、掴みかかってくる虹色ロング。

 その攻撃を、強化するまでもなく見て避ける。

 あァ。いやはや、まだ馴染んでねェってな事ァ委員長に言ったが、その通りなんだろう。馴染んでねェのさ。今の今まで──ソイツらは、魔力なんて使ってこなかったのだから。

 

「馬鹿が。D級魔法少女がそんな何度も何度もポンポン魔法連発できるワケねーだろ。魔力量増やしてからモノ言えや」

「──う!?」

 

 身体を強化して、虹色ロングに馬乗りになる。

 じたばたと抵抗する虹色ロング。こちらを睨んでは【弱化】を使おうとしているが、発動しない。

 

「おい、冷静メイド! シエナ! それァマジの人形だ! 中身もアイツらじゃねェ──ぶっ壊していいぞ!」

「承知」

「了解いたしました!」

 

 魔煙草を吸う。

 なんで壊さなかったか、って? ンなの簡単だ。確証持てなかったからだろ。俺がアイツらに怪我してほしくないだの殺したくないだの言ってたから、万が一を考えて防戦一方だったんだ。助けてくれたっていい? 馬鹿言え、自分が防戦一方で相手を傷つけられねェってのに、明らかに【弱化】かけられてる俺を人質に取られた状態で突っ込んでこられるワケねェだろ。

 敵は俺の事を殺さねェ。だが、殺さねェだけだ。手足の一本や二本はヤってた可能性も十分にある。そんな愚策を二人は取らねェよ。あとはまァ、冷静メイドは経験で、シエナは魔力感知で気付いていただろォからな。虹色ロングの魔力量について、なんざ。

 

「破壊します」

「両腕解放。格納鋼管杭射出。打込確認。圧力上昇──粉砕します!」

 

 部屋の奥、四つの銅像が砕け散る。

 二つは全身を骨やら腕やらに変えられ形を保てなくなり、もう二つは内部からの巨大な圧力によって粉砕した。

 

 ……やっぱり、シエナの武装は攻撃力高すぎの類ね。理解理解。

 

「続けてで悪ィが、コイツの拘束もたのまァ」

「問題ありません」

 

 抑えつけたままの虹色ロング。はン、こうやってみると、マジに少女だな。

 女の子に馬乗りになるだの力でどうこうするだのってな嫌いだが、何もできねェでちィと涙目にすらなってるのを見ると、今の今までされてた分の仕返しみてェな嗜虐心が湧いて……来たりはしねェや。やっぱダメだな。女性、までいかねェと、少女にゃそそらねェや。

 

「拘束します」

「あァさ」

 

 退く。

 直後早業で雁字搦めにされる虹色ロング。

 

 よし。

 

「これで、とりあえず肉体は全員押さえたな」

「はい。魔力は大丈夫ですか?」

「あァよ、問題ねェ。お前らは……大丈夫、か?」

「私は問題ありませんが、シエナさんの装甲が一部陥没してしまっているように見受けられます」

「作戦続行に支障をきたすほどのものではありません。進みましょう」

「……やばくなったら、言えよ。マッドチビや、あるいはお前の考え方にもし、"壊れても直せるから"、なんてのがあンなら即座に捨てろ。今のお前はお前しかいねェよ。いいな?」

「ありがとうございます」

 

 はン、そこで礼を言えるってな、ロボットだのアンドロイドじゃなく、一端の人間だわな。

 

 あァ。

 

 ……いや、今思い返してもきめェなァ、さっきの俺。魔煙草君さ、もっと脳クリアにして都合よく忘れさせてくれないか?

 

「ライラック様。進む前に、申しあげておきたい事があります」

「ん? どォした、冷静メイド。んな改まって」

 

 神妙な顔で。

 

「──先ほどのライラック様はとても可愛らしかったので、会話や仕草の逐一をキリバチ様に報告させていただきます。ご了承ください」

「了承するワケねェだろボケ」

 

 からかってきてんじゃねェよ。まだ敵地だぞ、オイ。

 ……やめろよ?

 

えはか彼

 

 進む。進む。

 階段を下っていく。

 

「……この辺、確か浅い海だったよな。水平方向の距離を加味しても……」

「はい。海底よりは既に下です。位置も、クルメーナからはかなり離れています」

「となると、ちょいとおかしいな。過激無口は上と下、つってた。強敵らしいモンがいンのはそこだ、って。だが、この階段の先がそォでないなら、クルメーナの下にいたっつゥやべー敵ってな、なんだ?」

「少なくとも主ディミトラの蘇生槽のある場所へ続く階段はここで間違いありません。故に、島の下、となると、何か、別のものであると推測できます」

「確かクルメーナってな人工島なンだよな? 元はここに何があったのか、とか知らねェのか?」

「……申し訳ありません。主ディミトラに教えられた知識の中に、その答えは無いようです」

「謝らなくてもいいけどよ。冷静メイドはなんか知らねェか?」

「ふむ。事実を知っている、というわけではありませんが、推測は可能です。聞きますか?」

「あァよ、頼む」

 

 階段は先が長い。奥が見えねェくらい長い。

 壁についた燭台がなんとか視界を保っちゃいるが、その明かりも揺らめくせいでどこかおどろおどろしい。魔法少女だから問題はねェが、人間ならちょいと寒いくらいの温度にもなってきてる。

 

 なんか。

 冥界にでも、向かっている、みたいな。

 

「そも、ライラック様は、EDENにおける魔法少女がどうして変身し続けていられるのか。そしてあの浮遊島が、何故浮き続けていられるのかをご存知でしょうか」

「なンかさっき聞いたな。EDENは供給源だから、って」

「その通りです。魔力とは己が内にあり、己が内より出でて、己にのみ扱い得るもの。ですが、魔法少女は死と蘇生を通し、その身体をEDENに巡らせます。つまり、魔力を含んだ肉体をEDENの蘇生槽で作っているのです。己が内にあり、己が内より出でて、己の身に扱い得るものであるはずの魔力を、EDENは作り得る。それが何故か、わかりますか」

「……なるほど。それが供給源って奴か。あそこは……なんぞか、魔力の放出する地点か何かなのかね」

「逆ですが、考えは間違っていません。EDEN及び我が国は、世界にある僅かな魔力吸入点に存在しています。EDENはその吸入点の中でももっとも大きなもの。あるいは、過去において(つい)(よすが)と呼ばれていた迷宮であるが故のもの。古い言葉ではこれを地脈点と呼び、世界に満ちる魔力が大地へ帰っていくための場所、とされています」

 

 その言葉も、あの迷宮の主から聞いた。

 終の因。あの迷宮の名前。字面だけで見りゃ、確かに終わりの集まりそォな場所だ。

 

「それが、ここにもあると?」

「はい。ディミトラ様がここに人工島を作り上げた理由。蘇生槽の稼働のために必要であったから、小さな地脈点を見つけ、そこに島を作り上げた。蘇生槽そのものの製法を私は知りませんが、ここを島にした理由はそれであると思われます」

「ふむ」

 

 吸入点と、供給源。

 意味合いとしちゃ真逆だが、EDENやこの島に魔力の吸入を阻害し、受け止める、みてェな力があンなら話は別だ。要は充電池か。バカでけェ充電池が常に充電されてて、俺達魔法少女の変身維持や蘇生にソイツが使われている、と。

 

 ……そォなると、偽マッドチビの言ってた叛逆って言葉もちっとばかし意味が出てくるな。

 なンでアイツが行ったのかってなともかくとして、例えば化け物が世界の意思だの云々で、勝手に使われてる、あるいは阻害されてるからEDENを壊してェ、みてェな。

 いや、だとしても叛逆なんて言葉は使わないか。……ん-。

 

「あ? 待て、じゃあなンだ。ちょいとおかしいだろ。私達が向かう先ァ、人工島の真下じゃねェんだよ。過激無口が言った上と下の下にそれがあって、そこになんかやべーのがいるとして、じゃァなんでマッドチビは一切関係ないとこに蘇生槽作ったんだ。蘇生にァその地脈点っつーのが必要なンだろ?」

「加え、ディミトラ様は別の島でも蘇生を可能としています。それらを考えるに」

「あのマッドチビ、まだ何か隠してやがんな?」

 

 そもそも化け物の精神体化なんつーやべェ技術を作り上げたマッドチビなんだ。たかだか500年でこんな高性能なアンドロイドを作っちまうマッドチビだ。地脈点とやらのことを知らねェはずもねェし、観測する手段も持ってるはず。

 

「シエナ。あっちの島ってな、どれくらい昔に使われてたモンなんだ。マッドチビの試作品が置いてあったっていうくらいだ、ちったァ使ってた場所なんだろ」

「申し訳ありません。私が作られたのはごく最近であるため、あまり多くの知識はございません。その上、主ディミトラについてを窺う、という機会はほぼなかったので……」

「あー、そォか。わざわざ聞かねェか、自分の親のことなんて。それに、すぐ調査に出されたんだもンな。いや、いや。謝る必要は無ェよ。大丈夫だ」

 

 そォだったそォだった。シエナは最近作られたんだ。マッドチビの、【鉱水】を用いない技術の結晶。だからそこまで多くを知らなくても無理はない。なンだ、コンピューターだのデータベースだのを使ってカタカタカタカタ知識を入力した、ってワケでも無さそうだからな。

 おじさん機械工学だのITだのには疎いからあんま詳しい事言えねェけど、あの部屋にァそォいった電子機器は無かったように思う。電力自体があんま発展してねェんだけどさ、この世界。通話端末とかはあるものの。

 

「この通路が蘇生槽への道ってな、間違い無ェんだよな?」

「主ディミトラより齎された情報を信じるのであれば、です」

「いや、いいよ。つれェだろ、創造主を疑うってなよ。信じるさ。あァ、もう余計なことは言わねェ。どの道引き返したって意味はねェしな。一本道だ。とりあえず進むしかねェさ」

「ありがとうございます」

 

 話しながら歩いている間に。

 よォやく、見えてきたしな。

 

 扉。

 

 恐らくは──偽マッドチビのいる、部屋。

 海底より深い、寒々しい地下のこの場所に。

 

 果たして何が待ち受けているのやら、ってな。

 

えはか彼



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七、漂流編
25.是阿伊豆乃伊豆是阿.


 そこは。

 広く、広い空間だった。

 海の下にあるとは思えない程に広い空間。明かりが無いため天井は見えない。ただ、横の広さはわかる。

 

 だって。

 

「あれ、来たんだ。どうだった? 仲間と戦う、みたいな趣向。結構苦戦した?」

「はン、何言ってんだお前。中身化け物のアイツらが仲間? 馬鹿言え、敵だろ」

「気付いたんだ、っていうか、もっと人間っぽい動きしないとバレるって言ったのに、聞かなかったとかその辺?」

「あァよ。普通に獣みてェな動きで攻撃してきたぜ。教育はちゃんとしとけよ、そォいう作戦取んならよ」

「あちゃー。ま、いいんだけどね。あんまりおもしろくない魔法だったし、どの道、アンタの事だから殺さなかっただろうし。あ、殺せない、が正しいんだっけ?」

「煽りにしちゃ弱ェな。又聞きの情報じゃ意味は無ェぞ。もっとちゃんと、体感してからにしろよ」

「アンタの事は私が直々に処理してあげるから、待ってなさい。ま、この子達を退けられたら、だけどね」

 

 それは、巨大だった。

 ただただ、巨大だった。

 

 巨大な──あー。ここまで描写しといてなンだが。

 

「なんだ、これァ」

「え、わかんない?」

「……ヒ、ト……? いやでも翼あるしな。顔は……牛っぽいが、手足はヒト……にしちゃ、いっぱいありすぎるが。えー。あー。……ん-?」

「わかりなさいよ!! ドラゴンよ! ド・ラ・ゴ・ン! どう見てもドラゴンでしょ!?」

「……ドラゴン? どこが? つか、何が?」

 

 牛みてェな顔で、手が四本で、足も四本で、上体は起きてて、翼があって、尾は無くて。

 何がドラゴンなんだ、これの。

 いんやさ、俺だって知ってるよ、ドラゴンくらい。色々あるって知ってるよ。なんぞ色々な形があるって知ってるよ?

 

 これは、無かったなァ。少なくとも俺ァ見た事ねェや。

 

「何よ! それは、もしかして、それは、私に……この天才彫金師ディミトラに!」

「センスというものが見受けられませんね。姉の粘土細工の方がまだ褒められるでしょう」

「──~~~!?!?」

「なンだ、あの怒り顔……リヴィルだっけか。あいつァそんなに"酷ェ"のか」

「それはもう。絵を描けば呪符と言われ、造形をすれば邪教崇拝と罵られ、歌を歌えば聞く者の耳を破壊し、音を奏でたのなら悲鳴にしか聞こえない……凡そ芸術という方面における最下層。それが私の姉です」

「で、アレがそれ以下?」

「アレをドラゴン種であるというのならば、です。他の……えー。……前衛的芸術であるというのならば、姉にも勝り得るでしょう」

 

 冷静メイドが言い淀むなんて珍しい事もあったモンだ。

 シエナはなんぞ冷静に分析してくれているみたいだが、俺達はもうなんかほんわかしちまって。

 

 鼻を鳴らす。

 

「なァこれなんて魔法なンだ? 最初に屋敷に来た時もかけてきたよな。この、警戒心だのなんだのを無くす魔法。【弱化】に似てるが、流石にここまで露骨なら気付くぞ」

「……【宥和】よ。D級もいいところな魔法。もう効かなそうだから言うけど、正直借りた時はあんまり役に立つと思ってなかったわ。オーレイア隊のコ達にはとっても有効だったから驚いたわ」

「借りた、ね」

 

 近くに魔法少女の姿はないように思う。

 化け物の入った肉体、ってなが近くになくて、その上でそれを使い、貸し借りできると。

 まだ知らねェことがあンなァこりゃ。マッドチビも隠してる事がありそォだ。

 

「ま、アンタたちに私の天才的な芸術を理解できるとは思ってないし。──何より、ここで終わるんだから、どうでもいいわよね」

「【鉱水】は使わねェのか?」

「使ったらアンタたちに勝ち目が無くなっちゃうじゃない。私は優しいのよ。淑女なの。だから、勝ち筋くらいは残してあげる。──さぁ、起きなさい! そして、この塵芥共を──殺せ、ドラゴン!」

 

 上の方。

 一対五つの目が光る。ビコーンて。

 そして──凄まじい音を立てながら、それらは動き出した。

 

 未だ正しい形容の言葉の見つからねェ、巨大なもの。

 偽マッドチビ曰くドラゴン。

 

 その──ガーゴイル。

 

「行っけぇぇええ!」

 

 それが、五体いっぺんに命を吹き込まれたのだ。

 

えはか彼

 

「冷静メイド、あの規模のモンの【侵食】ァ、どんくらい時間がかかる?」

「少なくとも触れている間に殺されてしまう可能性が高いですね。それに、この魔力は」

「高密度魔力反応を検知! 身体強化による蹴撃を観測! 避けて!」

「ライラック様、失礼いたします」

「うおっ!?」

 

 背面の噴射機構を解放したシエナが宙へ浮かぶと同時、冷静メイドが俺の身体を担ぎ上げて、大きく跳躍をする。

 

 そこに──巨大質量の蹴りが突き込まれた。

 

「や、べェな。ありゃ」

「何がどうドラゴンなのかは未だ理解に及びませんが、脅威度はSSに届くと推測されます」

「あァ……冷静メイド、横だ!」

「──ッ、ぐ、ぅ!」

 

 咄嗟に俺を抱き込んだ冷静メイドの身を、巨大な平手打ちが打撃する。

 そのままぶっ飛ばされる俺達。

 

 いやさ、空中でシエナがキャッチしてくれた。ありがてェ。

 

「大丈夫ですか!?」

「あァ、私ァ大丈夫だが」

「問題、ありません。単なる脱臼です。ッ、今、嵌めました」

 

 痛ェ音がして、冷静メイドの不自然な形になってた肩が戻る。

 前世でバイクで大コケした時に脱臼した事あるけど、あれマジで痛いんだよな。

 

「すまねェ、私を守って……」

「護衛、ですので。それより、私では機動力に劣ります。シエナ様、ライラック様を運搬しながらの戦闘は可能ですか?」

「腕部武装を使用しなければ可能です」

「では、お願いいたします」

 

 渡される。

 ……あー、クソ。部分強化がモノになったからって、魔力量がガツンと増えたわけじゃァねェ。俺もみんなみてェにぴょんぴょん跳ねられたら、こんなおんぶ抱っこじゃなくて済むんだが。

 

「ライラック様の命を最優先にお願いいたします。ですが、彼女の指示には従ってください。たとえそれが、ライラック様の命を脅かしかねないものであっても。ライラック様は、時に私達より視野を広くとる事が出来ますので」

「わかりました」

「──来るぞ! 突進だ!」

 

 シエナの噴射口から物凄い熱が放たれる。冷静メイドが落ちる。落ちながら壁沿い*1に──そこに【侵食】による足場を作りながら、駆けて行く。

 大丈夫そォだ。あっちは歴戦だしな。

 ちょいと怖いのは魔力量だが、やばくなったら言うだろ。言ったらフリューリ草と魔煙草をプレゼントしてやる。煎じ茶もまだあるしな。

 

「シエナ、ちょいと距離取れるか? あんまり速度はつけなくていい、冷静メイドとは反対側に。この空間がどンだけ広いのか知りてェのと、あの仮称ドラゴンについて観察したい」

「わかりました」

 

 飛ぶ。飛ぶ。

 疑似飛行魔法、とか言ってたっけ。なるほど、よくこうも自由自在に飛べるものだ。

 

 石像の伸ばしてくる腕も突き出してくる拳も避けて、どんどん距離を取っていく。

 

 さて。

 まァ、観察してェとは言ったが、多分あン中入ってンのァオーレイア隊の面々だろう。他は知らんが、さっき突進してきたのァ確実に過激無口。姿勢がそォっぽかったからな。いんやさ仮称ドラゴンの姿勢なんざ知らねェが。

 

 しかし、どォするか、だな。

 とりあえずSRは持ってる。虹色ロングが俺を【弱化】させた時に奪ってこなかったのは幸いだ。今までの戦闘でも一回も使ってない。安藤さんトコで直してもらっといて良かった。

 

 シエナには一旦降りてもらって、と。

 

 スコープを覗いて──とりあえず、目を狙って射撃。

 ガーゴイルの弱点なんざ【即死】の前には全身だとァ思うんだが、あれほど巨大となると材質が分かり難い。少なくとも拳銃じゃ無理そォだなって所感。

 んなことツラツラ考えながら撃ったSRの弾は──カン、なんて軽い音ともに、弾かれちまった。

 

 ガーゴイルは健在。

 つまり、迷宮での大蛇と同じくめり込んですらいねェってこった。

 

 ……いや待てよ?

 

「シエナ、さっき出してた杭。アレってな、何度でも使えるモンか?」

「冷却に時間を要しますが、可能です。ですが、私の杭を打ち込んだ所で、あれほど巨大なものを粉砕する事は不可能でしょう」

「いんやさ、穴ァ空けるだけでいいんだ」

「それであれば可能です。ただ、杭打機は両腕武装であるため」

「私を抱えながらはできねェってこったろ。いいよ、ここに置いていってくれ。んで、冷静メイドにも伝えてくれ。倒さなくていいから、穴だらけにしてほしいってよ」

「わかりました。ですが、あれらガーゴイルが梓・ライラック様を狙わないとは限りません。その場合、私が遠くにいると」

「それも大丈夫だ。私を信じろ、シエナ」

「……わかりました。では、行って参ります」

 

 シュゴーっと噴射音を上げて飛んでいくシエナに、さァてと魔煙草を吸いながら考える。

 

 いやさ、何にも大丈夫じゃねェからな。さっき冷静メイドの言った、俺の命を脅かさんとする指示であっても聞け、っつーのを利用しただけだ。

 狙われたらキツい。が、まァ無策ってこともねェ。

 

「狙うは指揮官。指揮官の不在は陣形の乱れを表す……ってな」

 

 スコープを覗く。

 特に何をするでもなく、「行けー!」とか「潰しちゃえ!」とか言ってる偽マッドチビが映る。いんやさ声は聞こえねェんだが、雰囲気だ雰囲気。

 

 あれを、撃ちぬけば。

 ……どォにかなりそォではある。

 

「問題は、私にァアイツを殺せねェってトコだな。……マッドチビの身体。殺すワケにゃいかねェだろ」

 

 事態の緊急性。あァ理解してる。今まさに冷静メイドとシエナが頑張ってくれてンだ。早くどォにかしてやるべきだと思う。今回の状況ってな前の時とは違う。撃つのは正体不明の魔法少女じゃなく、その中身が偽物だってわかってる肉体だ。

 なんなら本物は仮初の肉体を有し、他の島にいると来た。

 だから、殺しても、殺したってことにはならねェはずだ。強いて言うなら壊したであって、殺した、じゃねェ。外のガーゴイルにしてきたように、その入れ物を壊すってだけ。

 

 だけ、だってのに。

 

「っとに、ダメだな私ァ」

 

 苦笑いも出る。

 クソが。敵も殺せねェのに戦場に出てくんじゃねェよ。邪魔だろォが。

 

 撃つ。

 

 シエナの開けた穴に、SRの弾が吸い込まれる。

 そしてソレは着弾と同時に真っ黒な煌めきを発し、ソレを殺した。

 

 ……弾丸一発に含有される魔力じゃ、部位一つで限界か。

 

 ガーゴイルの一体がこっちを向く。今まさに腕を殺された奴だ。 

 やっべー。

 

「だが、やっぱりいい仕事すンなァ、冷静メイドは」

 

 距離ゆえにのっしのっしと向かってくるように見えるソレも、近付けば速いんだろう。その面積を考えるに、俺じゃ避けられないほどデカいんだろう。

 だが、あァ──いい目印だ。

 あンまり撃ちたかねェ色だけどよ。見えてるぜ──足についた、無数の肌色が!

 

「そら、食らえ」

 

 二発撃つ。逃げずに、伏せた姿勢で。SRの銃口から放たれたその弾は、丁度ガーゴイルが地を捉えるタイミングで、その肌色の部分に突き刺さった。

 

 ……あー。SR撃つ時にちょいと部分強化をしてみたんだが、これァ実戦でいきなり使うモンじゃねェな。こーいうのも訓練しておくべきだった。計算速度は格段に上がったが、銃もつ感覚に齟齬があった。光で目も痛ければ音で耳も痛い。

 ちったァ考えろよ、ってな。視野が広い? 馬鹿いえ、俺ァ咄嗟の場合に頭が回るってだけだ。こォいう自分達からどォにかしてく、みてェな時ァ割と無策だぞ俺ァ。

 

「だが、効くな。なら簡単だ」

 

 四つの足の内、一本に一切の力が入らなくなったためだろう、大きくバランスを崩した仮称ドラゴンは、柱に激突した。

 あそこ、柱なんかあったのか。暗くて見えて無かった。

 

 激突したガーゴイルの翼。そこにも肌色の目印がある。いいね、見やすい。人体撃ってるみたいで嫌ではあるが、流石に俺も肌のみのものを命だとは捉えねェ。それくらいの弁えはある。

 射撃。翼から力が抜ける。はは、戦えるじゃないか。

 

 ──全身強化。SRを持っていくのは無理だ。諦めろ。諦めて駆け抜けろ!

 

「ライラック様!」

「避けて!」

 

 避けた。

 上空から降ってきた巨大質量を、なんとか避けた。足の間に挟まって、だが。

 

 あーあー。

 調子に乗ったらすぐこれだ。折角直してもらった相棒が一瞬でオシャカになっちまったよ。どォしてくれンだ。アンヴァルだっけ? あの獅子の化け物を殺す時にァあんなにカッコつけて別れたってのに、二代目は別れを言う暇も無かった。

 

 ……どォしてくれんだっつってんだよ、オイ。

 

 拳銃で撃つ。肌色の目印と、粉砕の痕跡。

 義手故二丁拳銃ができねェのが悔やまれる。まァどうだっていい。片手で撃てば問題は無い。軽く強化をして、一発も外さなければ問題ない。

 

 四発だ。降ってきた奴の足全部。

 ンなことすりゃ当然……あァ、足の間に挟まって難を逃れた俺ァ、体重を支えられずに崩れ落ちるガーゴイルに押しつぶされちまうワケだが。

 

 その寸前で、シエナに運び出された。

 

「助かった」

「梓・ライラック様。貴女の"大丈夫"が"何も大丈夫ではない"ことの意であると理解しました」

「バレたか」

 

 舌を出す。

 ……いやオイ、なんだそのキモい仕草は。おじさんだぞお前は。忘れるなよ。可愛い13歳の女の子じゃねェんだぞ。

 

「シエナ。粉砕はもういいからよ、冷静メイドのつけた目印と、お前の壊した所に私を連れて行ってくれ。全部撃ち抜いてやる」

「わかりました」

 

 再度、抱っこスタイルで行く。

 いやさ、姫抱きじゃねェのは新鮮だよな。はは。

 

 ……何がはは、だ。普通だろォよそれが。

 

「行きます!」

「あァさ」

 

 なンか、ちょいと。

 昂揚感たァ違ェ何かが、キてんな。おい。

 

えはか彼

 

 

「そん、な」

「あァ。勝ち筋、だったか。ありがとうよ。使わせてもらったよ」

 

 数十分後。

 そこには、ガラクタになったガーゴイルの群れが転がっていた。中にアイツらが入ってるっぽいからといって、特に関係はない。でけェ高位ゴーレムでしかない。ガーゴイル殺したって中の精神体にァ影響ないって言われてるしな。

 

「う、嘘よ! なんで!? 私の最高傑作たちが負けるわけないのに!」

「単純に造形ミスだろ。四つ足のくせに上体が起きてて、足の下は自身の死角になる。でけェ翼はでけェだけだ。長時間飛んでるってなできねェから、跳躍時に使うくらいしかない。それもまた自分の死角になる。牛の顔は正解かね。全部が全部猪突猛進だ。ま、魔法を使えねェから仕方ねえ。身体強化しかできねェんじゃ突っ込むしか択は無い。アイツらを中に入れた意味がまるで無ェのさ」

「うぅ、うぅう!」

 

 どこか底冷えする感覚に襲われている。

 笑いなんて起きない。ただ何か、冷たい怒りがある。

 

「で──でも、私には【鉱水】がある! いいわ、アンタ達三人共纏めて相手してあげ、」

「まァ待てよ、偽マッドチビ」

「え、ぁ、ぐっ!?」

 

 きゃいのきゃいの喚く偽マッドチビに近づいて、その首を掴む。

 首。首だ。そこを圧迫されて苦しそうに顔を歪める偽マッドチビ。

 

 苦しそうに。

 苦し、そう、に?

 

 ……なァ。なァ。

 

「──お前、誰だ」

「は、ぁ……? きま、てるでしょ、わたし、ぁ、てんさい……うぅっ!?」

「そんな都合のいい話が、あるか?」

「きゃっ!? ぅ──けほ、けほっ! ぅ、あ」

 

 放す。

 捨てる。

 

 待て。

 待て。

 

 待て!

 

「ガーゴイル殺しても、中の精神体が死ぬわけじゃねェ、だと? そんな──そんな、都合のいい、とってつけたような話、あるか?」

「ライラック様……?」

「私達を逃がさねェと、捕えるためにって構えてたのが、こんなゴミみてェな……数十分かけりゃ倒せる石ころだけってこと、あるか?」

「梓・ライラック様、如何されま」

「待て。ちょっと待て。待てよ。おい。ここに無いぞ。蘇生槽。マッドチビの蘇生槽なんざ、ここにはないぞ!?」

「ッ──!」

 

 シエナが周囲を見渡す。冷静メイドもそうだ。

 ここにある、って。言ったよな。

 だがその反応、シエナが騙してたってワケじゃァねェだろ。

 

 探せど、探せど。

 ないんだ。どんなセンサーで探しても、この階に、ここに蘇生槽なんざなくて。

 さらに下へ行く階段なんかも無ければ──ここには、何も無い。

 

「おい、お前!」

「ぅ、ぅう! なな、何よ! くそ、見てなさい。今すぐアンタ達なんて【鉱水】で殺してやるんだから」

「お前、いつからお前だ? お前はいつ、ディミトラになった?」

「何、言ってるのよ、さっきから! 私は天才彫金師ディミトラ本人だって言ってるでしょ!?」

「ありえねェだろ。なンで魔法を使える肉体の方を先に配置した? なンでこんなゴミみてェな石像に精神体を入れた? なンで、なんだってこんな──回りくどいことを、コイツはした?」

 

 ──ふと、頬に。

 水が落ちる。

 

 涙?

 

「ッ、梓・ライラック様! 早くこちらへ──崩壊します!」

「あァ──間に合わねェよ、流石にな」

 

 潮の匂いのする、その液体は。

 直後、轟音と共に──すべてが降ってきた。

 

えはか彼

 

 

 人工島クルメーナの崩壊。

 その報せがEDENに届けられたのは、崩壊から五日経った日の夜だった。

 

 遠征組調査班オーレイア隊は蘇生していない。魔法【即死】の使い手、梓・ライラックは近海域を捜索するも、見つからなかったとの報告が上がった。

 報告者は梓・ライラックと共にオーレイア隊に同行したB級魔法少女、コーネリアス・ローグン。

 彼女が状況証拠として持ち帰ったのは、シエナと名乗る人型のガーゴイル一体。

 

 及び。

 梓・ライラックの愛用拳銃二丁。

 近くの島に打ちあがっていたソレは、けれど持ち主の居場所を知らせるものではなく。

 

 ただ──遺品として。

 EDEN中央部は、彼女の捜索の打ち切り、及び敵対者に関する今後の対策会議を開くものとして、処理した。

 

 この事件は、長らく不変であったEDENを揺るがす未曽有の事態の始まり──。

 その序章を告げる鐘として、後の世に語られることになる。

 


 

えはか彼

 

 

「みてェな事言われてると思うんだが、どォだいね」

「知らないわよ、そんなこと……」

 

 ざざぁん、ざざぁんと波の音が心地いい砂浜。

 太陽燦々カンカン照りの、絶好のバカンス日和って奴だ。

 

 状況が最悪じゃなけりゃ、な。

 

「なァよ、ここどこだと思う?」

「……クルメーナ近海じゃないのは確かよ。私はこの辺りにずっと住んでいるから、詳しいの。その私をして言わせてもらうけれど、こんな島も、こんな環境も見たことはない」

「使えねェチビってことで」

「アンタも一緒でしょ……」

 

 絶海の孤島、ってわけじゃない。

 諸島って感じの場所だ。透明度の高い浅い海が広がり、真っ白い砂が結構な距離まで続く。背の高ェ奴なら泳がずにも歩けるんじゃねェかって程度の深さが、周辺諸島の諸々に繋がってる。

 島々自体は結構高い。切り立った崖を持つものも少なくは無いし、登るってなったらちとキツいモンがある。

 

 何より──。

 

「なァ、あの化け物さ、何だと思う?」

「……既存の種ではない事は確かね。バット種に似た薄い皮膜。足はバード系、顔は……一応バード系かしら。でも、あんなのは見た事が無いわ」

「そォかい。私ァ知ってんだけどな、あれの名前」

「そうなの? なら教えなさいよ。EDENの魔法少女だけが知っているとなると、北方の魔物なのかしら」

「いんやさ」

 

 ぎゃいぎゃいと煩いそれ。

 こっちにァ気付いていないが──多分、マッドチビの想定の10倍くらいはでけェソレ。

 

「プテラノドン、っつーんだけどな。私の知識通りなら──云千万と昔に滅びた化け物さ」

「なにそれ。なんでそんなのEDENに記録されてんのよ」

「さてな、っと」

 

 砂を払って、立ち上がる。

 拳銃は無くした。ホルダーごとどっかいっちまった。太腿だの腕だのに巻き付けてある弾丸は生きてるんで遠隔に一切対応できねェってこたねェが、パワーダウンも大概にしろって感じだ。

 反対に魔煙草、フリューリ草、フリューリ草の煎茶は全部無事。まァ水筒は肩にかけてたし、魔煙草とフリューリ草も全身の至る所に隠してあるからな。そォ簡単にァ流されねェ。魔煙草が湿気ちまったのァ痛い。別に湿気てても起動はできるんだが、単純に不味さが増す。

 

「あ、ちょっと。どこいくのよ」

「決まってんだろ。とりあえずどォすっか考えるために散歩に行くんだよ」

「何がどう決まってるのよ……。あ、待って、私も行く!」

 

 ちょこちょこついてくるマッドチビ。

 

 ……あァ、そうだ。

 もうわかってる。

 

 こっちが、本物だ。

 

「そいやよ、【鉱水】は使えるのか、お前」

「ええ、使えるわ。ほら」

 

 砂浜にあった中くらいの石を触るマッドチビ。

 途端、それは石色の液体になり、マッドチビの周辺をぐるぐる渦巻いたり、さっきのプテラノドンの形を作ったりする。へェ、模造は上手ェんだな。

 

「……一つ、聞きてェ」

「なによ」

「あのガーゴイルに入ってたオーレイア隊の面々ってな、どォなったんだ」

「死んだわ。アンタが殺したんじゃない」

「……そォ、だな」

 

 殺したか。

 殺したんだ。

 

 ガーゴイルに入れられた精神体が、ガーゴイルを【即死】させられても死なねェ、ってのは。

 ま、嘘だった、ってわけだ。

 

「んじゃ、オーレイア隊はEDENに還ってるのか?」

「肉体は死んでいないから、今頃意思の無い魔力としてどこかを彷徨ってるんじゃない? ちぇ、勿体ない。魔力を十全に扱える精神体なんて魔法少女くらいからしか抽出できないのに」

「肉体に興味無ェなら、なンであんなことしたンだ。化け物の精神体入れて、記憶を混ぜて、戦わせるってなよ、何の意図があった」

「別に、仲間の姿をしてたら油断するかなと思っただけよ。アンタの【即死】が欲しいってのは注文主からの要望だもの。反魔鉱石は持っていかれちゃったから、仕方なく他の手段でアンタを捕えようと頑張ってたのよ」

「持っていかれちゃった?」

「注文主にね。持って行かないでー、って言ったんだけど、聞く耳持たずって感じだったわ。一度受けた依頼は完遂するのが私の信条だけど、工房のモノ盗まれてはいそうですか、になる私じゃない。次に来たら本気で捕まえる気だったんだけど、先にアンタ達が来ちゃって目論見ガラガラ。とりあえずアンタさえ捕まえておけば、反魔鉱石も返してくれるかなって」

「行き当たりばったりが過ぎる上に目的も手段も入れ子構造になってんな」

 

 賢そォだったマッドチビが偽物で、このアホみてェなマッドチビが本物ってな、無情なモンだな。

 

 ……はァ。

 

「オーレイア隊の面々を戻すにァ、どうすりゃいいんだ」

「肉体が死ねば、EDENに還るでしょ。クルメーナが今どうなっているのかわからないし、アンタ達があのコ達をどうやって無力化してきたのかは知らないけど、精神体が死んだ以上、もう肉体がどうだとしても、どうなったとしても、蘇生槽以外での蘇生は不可能よ」

「そォかい」

「あるいは、注文主に回収されちゃったかもしれないけど」

「……狼の化け物を引き連れた魔法少女。青髪の魔法少女が、注文主、ってなことで合ってンのか」

「合ってるわ。名前はルルゥ・ガル。何の魔法を使うのかは定かじゃないわ」

 

 ルルゥ・ガル。

 あァそォかい。それじゃァエデンで聞いても誰も知らねェはずだよ。

 ソイツがそォなら、じゃあ安藤さんはなんなんだ。なんでアイツの名を知ってた?

 

「付き合いはどれくらいなンだ」

「そんなに長くはないわ。気を失った魔法少女を連れてきて、これに魔物の精神体を入れて欲しい、その精神体はあげるから、って言われたの。丁度私も欲しかったのよ。魔力を操り得る精神体。動きはこっちで制御するから、あとは動力源である魔力の扱える精神体さえいれば、私の理想のガーゴイル軍団はもっともっと強くなれた。逆に肉体の方は邪魔にしかならないし、造形に役立たない魔法も同じ。だから快諾したわ。そういう技術と資材の物々交換がそれなりに続いて、今に至る、って感じね」

「聞いているだけでイライラしてくる話をどォもありがとうよ」

「言っとくけど、今回のオーレイア隊はこっちに余計な疑惑を向けてきたからやっただけで、私はEDENへの敵対行為なんて取るつもりなかったんだからね。EDENとは長い間良い付き合いをしていたし、クルメーナじゃ取れない鉱石の払いも良かったし。オーレイア隊の面々とだって、普通にお茶会をしたりしていたんだし」

「じゃァなんで叛逆だのなんだのを言ったんだ」

「……それは、だって、EDENを落とせばあそこの資材好き放題できるってことじゃない。魔法少女に入れる魔物の精神体は提供してくれる、って言ったから、つい……やってみてもいいかな、とか、思っちゃって」

 

 だーめだ。

 コイツ、500年の研鑽とかゼロに等しい。

 馬鹿だ。馬鹿だ。大馬鹿だ。おいおい、呑まれるな、だの奇怪、だのってな誰を差した言葉なンだよ。

 

 ……いや。

 

「待て、お前。中身も身体もマッドチビ……ディミトラなんだよな?」

「そのあだ名ムカつくからやめてくれない? それと、それも何度も何度も同じこと返すけれど、そうよ。私がディミトラよ。ガーゴイルでもなければ魔物が入っていたりもしないわ」

「……じゃあ、私達が出会った偽マッドチビは何なんだ?」

「さっきから言ってるけど、それ。本気で知らないのよね。あのガーゴイルに関してもだけど、私の一切あずかり知らぬ所で私を名乗る誰かがいる、ってことでしょ? 考えただけでぞっとするわ。恐怖よね」

「……安藤、えー。安藤アニマ。キリバチ。この二人の名前に聞き覚えは?」

「キリバチは知ってるわ。前に島に来た事あるし。【侵食】使うメイドと一緒にね。安藤アニマってのは全然知らない。誰?」

「──」

 

 ()()()()()()()()、って話な。

 少なくともあの偽マッドチビは最近作られた存在じゃない。どころか、EDENから来た魔法少女に対応している可能性がある。こっちの真マッドチビに気付かれない内に、やり取りをしている可能性がある。

 俺の義手についての要望を出した時もそォだ。面識はあって、接触していて、課題を投げられた、と言っていた。今区別をつけるために偽だの真だの言っているが、どっちも真、って可能性もあるわけだよな。

 

「なによ、そんな怖い顔して」

「……いや、ちょいと考える事が多くてな。なァよ、マッドチビ。お前はシエナ……あの人型ガーゴイル作るのは可能か?」

「無理ね。私の知識じゃどうしようもない。わかるわよ、私のドラゴンとの戦いを見ていて、アレがどれほど複雑なガーゴイルか、ってことくらいは。余程凄い技師が作ったのだろうことはかろうじてわかるけれど、私が真似をするなら、数年はかかるわ」

「数年で済むのか」

「今まで作ってこなかったのは、そういう発想に至らなかったから、ってだけだし。そういうのがあるってわかったら、後は材料さえあれば作って見せるわ」

「なるほどね」

 

 やっぱり、どっちも真のマッドチビ説は有効そうだな。

 そしてこっちのマッドチビだけが二人いることに気付いていない?

 

「……」

「それが何? もしかして今すぐに作れって、むぐ」

「ちょいと静かにしてくれ」

 

 マッドチビの口を塞ぎ、背の高い木の裏に隠れる。

 足音。ズシンズシンという、大きな足音。

 

 ……あァさ、いるんじゃねェかとは、確かに思ってたよ。

 プテラノドンがいたんだ。生きた時代は違えど、別に今がその時代ってワケじゃねェんなら、化け物として当然のよォに存在するんじゃねェかって。

 

 だがよ、なんでも最近の学説じゃ、鳥みてェな姿じゃなかったかね、お前さん。

 

「んー!?」

「あ、ちょ叫ぶな! ……おお、叫んじまったわ」

 

 なんて、コメディちっくなバレかたをした。

 ソイツ──もっと初期の初期の頃に説として挙げられていた、二足歩行の恐竜。

 小さな手と、ギザギザの口と、長い尾と、つるっとした体皮。あと緑っぽい色合い。

 

「っぷは、なにあれ、なにあれ!?」

「──ティラノサウルス、って奴だなァ。私の知ってる姿とァ違うが」

 

 それが──もう、これでもかってくらい涎を垂らして。

 

 俺達二人に向かって、ダッシュしてきたのである。

 

 

えはか彼

 

*1
横幅はわからないが、入り口側の壁がある



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26.糸和寸斗有風噛無獏.

「この、貫け!」

「うぉ!?」

 

 とびかかってきたソイツに殺到するは、白色の槍。

 さっきマッドチビが液体化して造形に使っていた砂浜の石だ。

 魔法【鉱水】による造形と凝固、射出。それは的確に仮称ティラノサウルスを刺し貫いた。

 

「ふふん! どうよ、少しは尊敬したかし」

「危ねェ!」

「きゃっ!?」

 

 マッドチビを抱き寄せて後ろに回避。眼前をティラノサウルスの尻尾が通り抜ける。

 俺より小せェからな、いつもは俺がやってもらってる事を俺がやってやれる。

 

 が、そんな自尊心よりどォにかしなけりゃいけねェ事を先にしねェと。

 

「う……嘘!? だってあれ、あれ、全身に十の槍が刺さってて、なんで倒れないの!?」

「ガーゴイルに狩りやらせすぎて退化したンじゃねェか、お前。相手は化け物だぞ。そりゃ、死ぬまで戦うだろ」

「……!」

 

 奴の外皮はそこまで固くなさそォに見える。

 だから拳銃かSRがありゃ【即死】をぶち込めそうなンだが、いやはや、どっちも無ェんなら他の手段を立てるしかねェ。

 一応マッドチビの言う通り、全身に十本も石槍刺さってんだからとっとと死んでほしいモンだが、血ィだらだら流してんのに一切衰えねェ生命力がそれァないって物語ってる。

 

 俺がやるしかない。

 

「マッドチビ、私が近づく。近づいて殺す。攻撃が来たらなるたけ避けるが、やばそォだったら【鉱水】で防御してくれ」

「はあ!? なんで私がアンタの補助なんかしないといけないのよ! あんなの私一人で十分だし!」

「……そォかい」

 

 あァそォだった。そォだった。

 別にコイツ、仲間でも身内でもないんだった。敵だ。完膚なきまでに敵だ。だから、協力なんざしてくれるはずもないし、たっけェプライドあるから助力も求めねェだろう。

 

「えーと、石、石……」

「んじゃ先行かせてもらうぜ」

「あ、待ちなさいよ!」

 

 砂ァ操れねェのか、手ごろな石を探すマッドチビを置いて前に出る。

 知覚強化。脚部に力が集中している。両脚だ。だから駆けだそうとしているワケじゃねェ。これァ、飛び掛かりだろォな。馬乗りになって噛みつく気とかそんなトコだろう。

 思考を浮上させつつ、左足に強化を流していく。

 右に避ける──と見せかけて。

 

「そら!」

「──!?」

 

 強化した左足で、思いっきり砂を蹴る。すなかけ、って奴さ。どォだい、目潰しァ効くだろ?

 

 目ェ見えなくなったからか、目に砂が入って痛ェのか、どっちかは定かじゃねェがティラノが仰け反った。いける。これァ紛う方なき隙だろう。

 

「くらえ!」

「は? ──危ねェ!?」

 

 今度は助けるためとかじゃなく、マジで俺が危ないっつー叫びで。

 今まさに踏み出そうとしていた身体をそのまま倒して、砂浜に寝そべる形となる。その後頭部を、風が通り抜けた。

 風。いや、音。

 

 前を見りゃ──その口に、くそでけェ石柱が入った事で、顎が外れちまってるティラノが一匹。元々でっけェ口が更に開いていて、頭部もちょいと変形している。

 ……えげつねェな、オイ。

 

「つか今の私も殺すつもりだったろ」

「え~? 何のことかしら~?」

「……いいが、まだ死んじゃいねェぞアレ」

「えー!? まだ!? どんだけ生命力あんのよ!」

「そいつァ同感、ってな!」

 

 今度こそ、俺の番だ。

 口に入った馬鹿でけェ石柱に苦しむティラノの、胸。まァ多分胸だろォ場所を、一点じゃなく浸す形でイメージ──【即死】を発動する。

 ガリ、っと減る魔力に辟易しながらも、その身体から生命力が失われたことを確認。一応あの天使の例があるんでそそくさと離れたら、案の定その巨体はこっちに倒れてきた。

 マッドチビが石柱なんてモンを口に入れてるからな、重心がコッチ向いたってトコか。

 

「……だァ、はぁ……っはぁ」

「なに? なんでこの程度で息切れしてるの? もしかして魔力切れ?」

「うるせェなS級が。こちとらちょっと前までC級だったんだぞ。……ふゥ、んな魔力あるかよ」

「C級! へー。あれ、C級って遠征出させてもらえるんだっけ? あ、でも結はD級か。EDENも色々変わってきてるのねー」

「……ふゥ」

 

 久しぶりにマトモな【即死】を使った気がする。魔法を殺すってな時ァあんまし消費しねェんだよな。やっぱ命を奪うのが一番消費する感じがある。全体を浸したワケでも無ェのに、かなりの量を持っていかれた。

 段々と渇いてきた魔煙草を起動し、吸う。

 

 あ゛ー。

 

「それ、フリューリ草の煙草?」

「ん。あァ。……なンだ、やらねェぞ」

「いいじゃない、一本くらい」

「……ん?」

 

 なんだその反応。

 いらないわよ、じゃねェのか。

 

「……好きなのか、フリューリ草」

「特別好きってことはないけれど、根詰めて研究する時とかに食べると頭スッキリするわよね」

「へェ。そォかい、んじゃ、一本やるよ。ちょいと湿気てンのは勘弁してくれ」

「ありがと」

 

 ティラノの死骸を前に、少女二人。マッドチビは幼児だが。

 それが煙草吸ってるってな絵ァ、色々な団体に怒られそォだな。この世界にゃそンなのいねェが。

 

「……あー。ったく、何なんだろォな、ここ」

「んー。さっき使った石の成分を見るに、クルメーナからはかなり西方の諸島っぽいのは確かね。正直何日流されたらこんなトコに漂流できるのかわからないけど、多分そうよ」

「へー。そォいうのわかンのァすげェな。【鉱水】使うにあたって、やっぱ石だの鉱石だのにァ詳しいのか」

「ま、自分の強さに直結することだし。石の種類を知っていたら、ガーゴイルもどれにどんな石を混ぜて、どういう動きができるよう設定するか、とか、耐久性能はどれくらいになるのか、とか。色々わかるでしょ」

「……案外勤勉だな。マッドチビの割に」

「どういう意味よソレ!」

 

 西方。

 西方か。西方ってーと、キラキラツインテみてェな名前の奴が沢山いた、結構でけェ国があったってことくらいしか知識に無ェな。50年前に滅んだ、それまでは保ってた国。

 が、クルメーナ自体がEDENより遥か南西なンで、またぞっとするくらい遠い可能性もある。

 どうやって流れ着いたのか、なンで二人一緒に流れつけたのかわからねェってな話。

 

 ……冷静メイドとシエナは逃げられたのかね。

 

「マッドチビ」

「だから呼び方!」

「いいから、ちょいと移動しようぜ。血の匂いってな化け物を引き寄せる。それくらいの知識はあンだろ?」

「……わかったわ」

 

 そこの理解はあるよォで何よりだ。

 

 といってもどこ行きゃいいのかわからん。わからんが、砂浜に居て良い事はあンまり無い気がする。遮蔽も無いってのがやべェ。さっきのプテラ然り、上からァ見放題だし、多数のティラノだのに囲まれるとキツい。

 どっか洞窟を見つけたいトコだァな。

 

「……こっちよ」

「なンだ、やっぱこの辺はお前の縄張りか?」

「そんなんじゃないけど、ま、一本貰ったし。これくらいは教えてあげても損はないでしょ」

「?」

 

 よくわからんが、促されるままについていく。

 他に行くトコねェしな。罠でもあんまり関係ない。ここにいたってどの道恐竜の餌だろォし。

 

 しかし、暑いね。

 魔法少女が暑がるってな、相当だぞ、っとに。

 

えはか彼

 

 道中ちっせェ恐竜に遭遇しかけた事が何度かあったが、流石のマッドチビも息を殺して隠れるって事を覚えてくれた。

 そォして、日の暮れる頃になってよーやく辿り着いたのが、ここ。

 

「洞窟、か」

「湧き水も流れているみたいね。あぁ、飲食の必要のない魔法少女といえど、身体が汚れるのは嫌でしょ? 暑くてベタベタするし、砂も張り付いてて気持ち悪いし。水浴びついでにとりあえずの拠点にしましょう」

「……そいつァ構わねェが、水浴びは各自でいいだろ」

「なんでよ。これでも私とアンタは敵対関係って事を考慮しての提案なんだけど? どっちかが水浴びをしていてどっちかが万全の状態、なんて、心休まらないでしょ。どっちも丸腰で一旦休戦にした方が効率的じゃない」

「丸腰も何も、武器なんざ無くとも魔法ァ使えるだろォが」

「……そうね。失念していたわ」

「えェ……」

 

 一瞬賢いっぽい事言っといてマジでアホなだけなのやめてくれ。

 無駄に頭使わせんなアホ。

 

「ま、ここを拠点にってな同意だ。一旦休戦ってのもな。EDENに帰るにせよクルメーナに帰るにせよ、とりあえずァ生き延びなきゃなンねェ。お前が真っ先に死のうとしねェのも、クルメーナの蘇生槽になンかあったからなンだろ?」

「うわ、そういう所には聡いのね、アンタ。……そうよ。ルルゥ・ガルが来てから、私の蘇生槽に異常が出た。何かされたんだろうと思って色々調べたのだけど、異常はなし。ただ、私と蘇生槽との経路が完全に絶たれているから、絶対に何かをされたのは事実」

「蘇生槽との経路、ってな、なんだ」

 

 洞窟に入る。

 外のカンカン照りとァ打って変わってひんやりとした内部に、別に大した汗もかいちゃいねェのにほゥ、なんて溜息が出る。

 なるほど、確かに湧き水が流れている。加え、マッドチビの好きそォな鉱石がわんさかとある。なンだ、【鉱水】の魔法ってな、鉱石の位置もわかったりすンのか?

 

「そんなことも知らないの? EDENって妙な事隠すわよね」

「あァ、お上が何か隠してンのァ知ってる。が、蘇生槽についてァほとんど知らねェ。魔法少女が蘇生してくるポッドに、経路なんてモンがあンのか」

「有るに決まってるでしょ。無かったらどうやって還るのよ。……その顔。本当に何も知らないって顔ね。いいわ、少し教えてあげる。ディミトラ先生、って呼んだら教えてあげる」

「じゃァいいや。自分で考えるよ、マッドチビ」

「じゃあもう絶対教えないわよ! この口悪ちび!」

 

 ま、単純に考えりゃ魔法少女と蘇生槽を繋ぐモンなんだろう。

 登録だのなんだのをして、その蘇生槽でのみ蘇生が可能になっている、とかか? マッドチビの場合はそれに異常が発生していて、還れないと。死ぬ前に気付けたのァマッドチビの知識が故か。

 

 しかし、口悪ちびか。

 いいねェ、俺ァ初めてあだ名貰ったんじゃねェか?

 

「ほら、さっさと変身解除して服脱ぎなさい」

「だから、各自でいいだろ」

「何よさっきから。妙に拒否するじゃない。もしかしてアレ? 結みたいに誰彼構わず発情するタチ? その上で、私みたいなのが好き、とか?」

「そォいうのはもちっと大人になってから言え」

「違うなら、いいじゃない。とっとと脱ぎなさいよ」

「お前こそ、なンでそんな押し強ェんだ。どうあっても一緒に水浴びしてェって聞こえるが」

「別に。ちょっとその腕の接合部をじっくり見たいとか、その義手をじっくり見たいとか、全然思ってないし」

「あァそォいうことね」

 

 カラダにきょーみあンのァそっちじゃねェか。

 

 ……まァいいか、もう。

 チビの身体にァなんとも思わねェが、流石に一緒に風呂ってなると色々ある。娘でも妹でもねェのと一緒ってな、なんだ……気を許し過ぎてる気がして、嫌だったんだが。

 クルメーナに着く前に銀バングルに言われた通りなンだよな、俺ァ。他人を名前で呼ばねェのは死んだ時の悲しみに耐えられないからだ。できるだけ距離を置きたい。愛恋だのの類をしたくねェのも同じ理由。好ましく思われていると知っていて、俺からもお嬢の気風ってな好ましいモンだとァ思うが、如何せんあの理念のままじゃ、ちょいと厳しい。

 

 名前を呼ぶってな、結構大事な事だ。

 四六時中共に過ごすってだけでも結構苦手だが、それよりも、な。

 

 でまァ、一緒に風呂、っつーのも俺の中でァ結構な奴なんだよ。……なンだが、あんまり断り続けてもダルいか。どっちもな。

 

 変身を解除する。

 

「……その服、何? 今のEDENってそういうのが流行ってるの?」

「中学の制服だよ。あァ、ちょいと着崩れてンのァ虹色ロングのせいだ」

「制服。へぇー。じゃあ何? エデンの下の国の、アンタくらいの歳の子は、みんなこれ着てるの?」

「同じ中学の奴ァな。……なンだ、全く知らねェ、って感じだな」

「そりゃそうよ。私、8歳の時に魔法少女になったんだし。そもそも昔はEDENの下の国もなければ、そんな……なんだっけ、中学? なんてのも無かったのよ」

「あァ、魔法少女歴500年ァ違ェってか。だったらもちっとどっしり構えてほしいもんだがね」

「何よ!」

 

 きゃいのきゃいのうるせェマッドチビも、変身を解く。

 どこか修道女を思わせるデザインだった魔法少女衣装から──襤褸切れを纏ったチビになった。

 

「……」

「なによ、その目。いっとくけど、この服は私気に入ってるんだから、襤褸切れとか言ったら怒るからね」

「あァよすまねェな」

「心の中で思ったに留められるなら留めておきなさいよ!」

 

 一瞬で色々考えちまった。

 500年前ってながどんなんだったのかァわからねェが、どんなんだとしても、もちっとマトモな服なんじゃねェか、って。

 なんでこんな、肌もロクに隠せねェ布切れを。

 

「ほら、早く脱ぎなさい。服濡れちゃうでしょ」

「ん。……あァ」

「……昔の事。少しくらいは話してあげるから、早く脱ぎなさい」

 

 マッドチビは、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、しんみりした声で。

 

 ……あァ。そォだな。

 なんぞかを抱えてンのァ、別に俺だけじゃねェよな。

 

 脱ぐかァ。

 

えはか彼

 

 ちゃぷちゃぷと水音が響く。

 魔法少女の身体だ、人間が入ったら冷たすぎるだろォ水温も、そこまでァ感じない。むしろ外での汗が洗い流されて心地がいい。湧き水の流れてた場所をマッドチビがいい感じに整形してくれたのもでかい。便利な魔法だな、【鉱水】ってな。

 洞窟の入り口からの光はあンまり届かない。ただ、蓄光作用でもあンのか、青く光る苔が洞窟内を幻想的に照らしている。

 

「あァ、ホントに言いたくねェ事なら、言わなくていい。そこまで強制はしねェからよ」

「別にいいわ。流石に気になるでしょ。けど、私同情とかされたくないから。けど、私のを話したら、アンタのこともちょっと聞かせてもらうから」

「ん。わかった。いいよ、そんくらいなら」

 

 失敗したな。

 襤褸切れだったから、そォいう思考巡らせちまって、それが透けたか。

 ダメだね俺ァ。同情ってなが悪感情だってな知ってんのに、前世の頃から隠せねェし抑えられねェ。それで失敗した事だってあったってのに、またやっちまったか。

 

 マッドチビが口を開く。

 

「奴隷の子だったわ。奴隷と奴隷が愛し合い、その間に生まれた禁忌の子供。それが私」

「いやそれァちと重いわ」

「両親は私を隠して育てたわ。奴隷の置かれた洞窟の檻の片隅で、少しだけ掘られた穴と、積まれた死骸の中で、私は育った。ロクな食べ物もないのにね。両親が自分の分を私に与えていたのか、その頃から魔力の才覚でもあったのか。それはわからない。わからないけど、それが6年間続いた」

「……」

「凄いでしょう? 6年間も隠し通したのよ。赤子一人を、奴隷商の目から。6年目で、発覚してしまったけれどね」

「……あー」

「当然奴隷商は怒ったわ。怒って、使い物にならなくなった、と言って、二人を安値で売り払った。そして私はそのまま奴隷になった。そもそも両親がそうも長い間残されていたのは、見た目が良かったからよ。商人は二人を目玉商品にしていたから、あんまり人目に着くことも無かった。だから私を育てられたのでしょうね」

 

 同情するな、って?

 無理だろ。

 なんつー話を聞かせやがるんだコイツ。

 

「5歳児の私もそれは同じ。わかるでしょ、この可愛さ。天に恵まれた可愛さが」

「……あァ。そォ、だな」

「だから私は次なる目玉商品として、3年間を過ごしたわ。待遇は他のに比べたら良かった方よ。この布を取り上げられなかった事も含めて、他の奴隷には考えられないほどの好待遇だった」

「そ、か」

「3年。その終わり。私が八歳の時──奴隷商を。いいえ、その国を。ある集団が襲撃した。たった5人の集団。たった5人で──魔物よりも、軍隊よりも、他の何よりも強かったそいつらは、魔法少女、と名乗っていたわ」

 

 青い光に包まれて。

 水を手で救い、零すマッドチビ。その様相は確かに──美しいものであると言えた。

 魔法少女の衣装ではわからなかった、透き通るような肌。紺碧の瞳。金砂が如き髪。お嬢のソレとは違う、流れるようなソレが、青に濡れて輝きを増す。

 

 8歳児、だ。

 だが、確かに神聖を思わせる──あるいは、言葉に直すのなら、造形美、みたいなものを感じる。

 

 ……おっさんが何言ってんだ。

 本格的に取っ捕まんぞホントに。

 

「魔法少女達は、国を滅ぼした。国の悉くを滅ぼしたわ。全てを。本当に全てを。その最中──私に会った」

「……なンで、そいつらァンなことしたんだ」

「私に出会って──問うてきた。"貴女は魔物?"ってね」

 

 こっちの問いァ聞く気ァねェらしい。

 ただの独白に近いそれが、続く。

 

「私は答えた。"違う"って。彼女らは聞いたわ。"じゃあ何?"と。だから私は答えた」

 

 マッドチビが、手を広げる。

 その手に、透明な水が集まる。

 水、っつか。水晶、か。

 

「"魔法少女よ"、ってね。こうやって、【鉱水】を浮かべて」

「……嘘じゃねェか、そりゃ」

「嘘じゃないわ。その時なったのよ、私は。魔法少女になったの」

「そォかい」

「ええ、そう。それで、彼女らはこうも聞いてきたわ。"それなら話が早い。これから魔法少女のための楽園を作る。一緒に来ない?"って。知っての通り、私はそれを断ったのだけど」

「……ん?」

 

 待て。

 そォいや前もちょいと気にした話だが、なンかおかしくねェか?

 

 前後が、逆じゃねェか?

 

「だから、同情される所以は無いのよ。私は救いの手を自ら振りほどいて、自立を選んだ。その出生こそはそういう対象にあるかもしれないけれど、私は私の道を行ったのよ。だから」

()()()()()()()()()()()?」

「……何がよ。というか、詰め寄ってこないで」

 

 EDEN。魔法少女育成学園エデンを含む、国家防衛機構・浮遊母艦EDEN。

 (つい)(よすが)が先にあった。学園長がそれを浮かして、そこにEDENを作り上げた。だからその下に、最初は国なんて無かった。

 マッドチビの国を襲撃した魔法少女達は"これから楽園を作る"と言った。当然、その頃に国なんて無かった。

 

 守るべき国なんか、どこにもなかった。

 魔法少女の方が先にいたんだ。あとから、国が出来て、いつのまにかEDENが国家防衛機構になった。

 

 それァ、おかしくねェか。

 じゃァなンだ。EDENの最初の役割ってな、なんだ? 魔法少女のための楽園、か。それァなンだ。なンでそんなもんを作ろうと──。

 

「ひゃ!?」

「私のは話したんだから、ちょっと見せなさいよ。ついでにアンタにも聞きたい事があるの。いいわよね?」

「わ、わかったから、あんまり脇を触るな。くすぐったいだろ」

「ちょっと動かないでよ。上手く見えないじゃない」

 

 マッドチビが指を動かす。 

 ──それにより、身体に巻き付いてくるは液体化した水晶。瞬く間に右腕を除く全身を覆ったそれは、これまた瞬時にカッチリと固まった。

 

 ……これァよ、明確な敵対行為だよなァ。

 

「ちょっと見る間固まってもらうだけだから、敵対行為とかじゃないわ。一旦の休戦は受け入れたんでしょ?」

「こっちの台詞なんだが」

「いいから。それで? そもそもなんでこんなもの付けてるの? 魔法少女になる前から無かったの?」

 

 右腕の付け根と顔だけを出した状態で固められ、湧き水の風呂に置かれる、ってな。

 結構怖いぞ、コレ。

 

「ちげェよ。魔法少女になってからだ」

「……どういうこと? なんで……いや、もしかして」

「あァさ。私ァ死んでねェのさ。まだ一回もな。そンで、これからも死ぬつもりァ無い」

「右腕がない事より。それが痛む事より。その不便より──死ぬのが、嫌?」

「そォだよ。当たり前だろ」

 

 流石にこんなカッコじゃつくもんもつかねェが。

 何度も言った、何度も何度も説いてきた事を、言う。ま、こんな命を命とも思わねェ奴にわかるとは思えねェが──。

 

「その方がずっと、可哀想じゃない」

「……は?」

 

 あ──ン?

 俺ァ今何に同情されたンだ?

 

「死ぬの、嫌なんでしょ? 聞いた話じゃ殺すのも嫌。じゃあどうしてEDENにいるのよ。なんで戦わされているの? EDENはいつのまに、そんな、そんな──」

「どォしたんだよ、おい」

「そんな。魔法少女を、奴隷みたいに扱うようになったの?」

 

 ……あー。

 なンだよ。やっぱり傷にァなってんじゃねェか。500年経ったって、最初の9年のこた忘れられてねェじゃねェか。

 奴隷扱いァ、嫌か。

 だがお前も同じことしてただろ。化け物に……いや、だからこそ、か?

 

「可哀想じゃない。なんでそんなことしてるのよ、アンタ。EDENなんかから抜け出して、私の所……は嫌か。けど、他にもEDENに所属していない魔法少女の組合はあるから、そこに身を寄せなさいよ。ダメよ、死ぬのも殺すのも嫌なら、戦場にいちゃダメ」

 

 おいおい、敵だろォが。

 なんて目してやがる。泣きそォじゃねェか。

 

 ……変身する。

 亜空より呼び出される魔法少女衣装が水晶を砕く。金属類とァ違って、耐久性能はほとんどねェな。別に部分強化で壊してもよかったか。

 

 ま、今はいい。

 悔恨は後で良い。

 

「な……何よ。た、戦うの? 待ちなさい、今変身するから」

「戦うかよ、今更」

 

 手で、指で、その涙をぬぐって。

 抱きしめる。

 

 ……あー、こんな暗い場所で、裸の幼児を抱きしめる43歳おっさんってなやべー絵面だが。

 悪いな。誰も見てねェからよ、勘弁してくれや。

 

「すまねェ。ヤな事話させたし、ヤな事思い出させちまったな。私ァさ、大丈夫だから。死は怖いし、殺すのも嫌だ。けど、みんなが死ぬも嫌だから、戦うしかないんだ。戦わされてるとかじゃねェよ。私ァちゃんと、自分から戦って」

「──やめなさいよ、その強がり」

 

 抱きしめ──返された。 

 ……何がだ。

 何がどう、強がってるよ。

 

「結局仕方がないから戦ってるんじゃない。それは戦わされているのと同じよ。状況が、環境が、()()()を使役している。あなたはわかっているんでしょ? 魔法少女がおかしな存在だ、って。死んでも生き返るから、死をも恐れない、なんて──生物として、おかしい、って」

「!」

 

 おい。

 おい。

 敵だろ、こいつァ。どの面下げて、だろ。オーレイア隊のみんなを俺と戦わせたのもコイツで、その精神体を殺させたのもコイツだろ。

 

 おい。情に弱すぎだろ、俺。

 なんで──泣きそうになってやがる。

 

 こんなの、こんな言葉なんか、その場しのぎに決まってる。

 わかったふりして、理解したふりして、信じたと思ったら後ろから刺すとかだろ。おかしい。おかしいじゃねェか。みんなにあんだけ散々な扱いしといてよ。ルルゥ・ガルが攫ってきた魔法少女も何の躊躇も無く研究材料にしといてよ。

 そんな、俺程度に同情できるわけねェだろ。

 こいつにそんな倫理観が。道徳心が。

 

 他者を想う心、なんてのが。

 

「強がるのはやめなさい。あなたは戦場に出て良い子じゃない。そんなに強い心は持っていない。……戦う事を自ら選んだ魔法少女だけが、生きるために抗った魔法少女だけが、初めて戦場に立てるの。それ以外はそうして戦う子達を、温かく迎える役目を持つのよ。戦う力があるとか、戦うしかないとか、そういうのは関係ない。いい? あなたは戦っちゃダメな子よ」

「……あァ、知ってる」

「言ってもわからないか。……よし、決めた」

 

 知ってるよ、ンなこと。

 俺の心が弱いって、ンなの言われなくても、ずっと前から知ってるよ。

 わかるよ。わかるから、やめてくれないか。

 

 泣きそうになるだろ。

 43歳のおっさんだぞこちとら。8歳児に諭されるモンかよ。……あァ500歳児かもしれんが。

 

 お前みたいな、きゃいのきゃいの騒ぐ奴に。命を命とも思ってねェような奴に。

 なんで俺が──理解されなきゃいけねェ。

 

 理不尽だろ。

 

「何を、決めたって」

「アンタをEDENに連れて行く。そして、直談判してやるわ。今すぐアンタを解放しなさい、ってね。他の、戦うことが嫌な魔法少女もまとめて解放させる。それで、まぁ私の所はともかく、他の組合に連れて行ってあげる」

「余計な世話だよ、それァ」

「馬鹿ね。自分で自分の面倒も見られない子が目の前にいるのに、どうして年長者が世話を焼かないっていうのよ。自分で自分の道を選べないのなら、自立ができないのなら、差し伸べられた手を払う事も取る事もできないのなら」

 

 なんでこんな──カッコよく見えんだよ、こんな奴が。なんでこんな、──あァ、クソ。

 

()()()()()()()()

「……うるせェよ、マッドチビのくせに」

「そういう粋がった事言うなら、私の背中に涙落とすの止めてからにしたら?」

「うるせェよ、チビ」

「アンタこそね、ちび」

 

 あァ──。

 ダメだな、どォにも。

 

 優しくされるってな、慣れねェや。

 

えはか彼



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27.保歪泥鈍斗有照身? / 鼻腔図糸僅内途...

「泣き止んだかしら?」

「うるせェ」

「ふふん、ああもちゃんと泣かれると、その生意気な口ぶりも可愛く聞こえてくるわね」

「うるせェなオリジナルドラゴンセンス無さすぎクソマッドチビ」

「もう一回、今度はとっても硬い鉱石で固めてあげてもいいのよ。死ぬ事のできない身体で銅像になったまま街中に設置してあげる」

「バーカバーカチービチービ」

「……いつか必ずディミトラ様って呼ばせてやるんだから」

 

 はァ。

 ったく、ガラにも無ェことをした。

 

 泣くて。8歳児に抱きしめられて泣くて。

 まァおっさんの頃から涙脆かった方ではあンだけどさ。映画とかで結構ボロボロ泣くタイプだったし。

 

「で、どォすんだよ。私をEDENに連れてくんだろ。アテはあンのか?」

「ないわ!」

「だろォな」

 

 あったらとっくに行ってるだろォし、クルメーナも位置くらい計算できそォだ。

 

「けど、ここにはこんなにも鉱石があるのよ」

「……そりゃそォだな。それがどうした?」

「アンタ、私のドラゴンと戦った時の事忘れたの?」

「あァ、薄味過ぎて記憶に無ェな」

「おかしいわね。魔法少女は記憶力の衰えなんて起きないはずなのだけど。魔法少女になる前からそうだった、としか思えないわ」

「そもそもドラゴンなんざいなかっただろォよ。ここの恐竜のがまだドラゴンだわ」

「それよ」

「あン?」

 

 マッドチビは、その手に水晶のプテラノドンとティラノサウルスを作り上げる。

 やっぱ模造はマジに上手いな。虹色ロングと戦った時のオーレイア隊の面々も本人そっくりだったし、そういう才能ァピカイチってか。

 

「ここには、ちゃんと飛べる身体を持った魔物が沢山いる。ちゃんと走れて、ちゃんと攻撃できて、ちゃんと……生きるに特化した魔物がね。そしてこれだけの鉱石があれば」

「──今度こそホントのドラゴンを作れる、ってか? だが、精神体はどォすんだ。魔法少女のを使う、ってンなら私ァ反対だぞ。力づくで止める」

「そんなこと言わないわよ。というか、魔法少女の調達なんてルルゥ・ガルが来なければ夢のまた夢だったし。……そんな目で見ないでよ。こればっかりは私の研究者気質のものだもの。そう簡単には変えられないし、変える気もないわ」

「あァ、そォかい」

 

 まだ夜だ。

 別に暖を取る必要もねェから、ただただ夜明を待つ。睡眠もいらねェからな。俺ァ寝てェが、マッドチビは、そォでもねェみたいだし。

 

「魔物を使うならいいんでしょ?」

「快ァねェが、別に化け物に同情ァしねェよ」

「その線引きがどうなっているのかも気になる所だけど、精神体はここの魔物のものを使うわ。肉体的に強靭な魔物がああも島の外周を闊歩しているって事は、島の中心部には高位な魔物がいる可能性も高い」

「島の中心たァ言うが、この辺ァ島々の集まりだろ。どこが中心だってなわからねェよ」

「何言ってるのよ。ひときわ大きな力を感じる場所あるでしょ? そこが中心よ」

「……?」

「え、ホントにわからないの?」

 

 こればっかりは煽りじゃなく。

 本当に驚いた、みてェに。

 

「……アレか、地脈点、って奴か?」

「なんだ、やっぱりわかってるんじゃない。そうよ、丁度地脈点になってる島が一つだけある。あそこには強大にして高位な魔物がいるはず」

「知識で知ってるだけだよ。感じ取れるワケじゃァねェ。……そォいや、この洞窟を見つけた時もそォだが、なんかわかんのか? 【鉱水】だから鉱石の場所がわかる、的なのが」

「……エデンでは魔力の流れとか、感じ方とかも教えないのね。呆れたわ。知識の独占をして、魔法少女が何の疑念も持たずに戦うように仕向けている、とか。そんな辺りかしらね」

「魔力の、流れ」

 

 そォいや、地脈点ってな、世界を巡る魔力が世界に還る吸入地点のこと、だったか。

 そもそもなンだ、世界を巡る魔力ってなは。

 

「ふむ。じゃ、ちょっと感じてみる? 世界の魔力の流れ。荒業になるから、抵抗しない事を約束してほしいんだけど」

「……わかった。信じる」

「いいの? ここまで色々言って、アンタを助けるだのなんだの言っといて、だけど、私は敵よ?」

「いいよ、もう。そういうの。私ァそこまで頭硬くねェのさ。いいから、やってみてくれ」

「わかったわ」

 

 言って──マッドチビが、膝を突いた姿勢でこっちに来る。

 荒業っつーんだ、ちょいと痛ェとかなのかな、とか覚悟していたそこに。

 

 俺の、顔に。

 ちゅ、と。……キスが来た。

 

「いってらっしゃい」

 

 余りに突然のことで混乱の極致にある俺に手を振るマッドチビ。

 ディープなキスよろしく俺とマッドチビの間に出来る唾液の端は、けれど色が唾液のソレじゃァねェ。

 

 口に付いたソレを拭う、なんて暇はない。

 身体が、沈む。沈んでいく。あり得ない感覚に、けれど何もできない。

 

 あァ、マッドチビが地面に手を当てている。

 洞窟の岩が波を打つ。手を中心に、波紋を描いて広がっていく。

 

 やべェ、と思った時には遅かった。

 俺の身体は──ポチャン、と。

 

 岩の水の中に、沈んでいったのである。

 

えはか彼

 

 光が流れている。

 遠くの空から流れ込