遊☆戯☆王デュエルモンスターズ【Highlander・Twelve】 (CO2)
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― 序章 ―
プロローグ Overture from the ultimate


皆さん、こんにちは。僕の名前は真田(さなだ)遊香(ゆうか)

「ゆうか」なんて女みたいな名前だけど、僕はれっきとした男だ。

18歳。血液型はO型で、生まれた日にちは4月16日。すなわち牡羊座。僕のプロフィールはこんなところか。

 

 僕は今、船上にいる。孤島に建造されたデュエリスト養成学校である「デュエル・アカデミア」を卒業し、船での帰路に着いていた。

 

 ここで「決闘者(デュエリスト)」というワードの意味合いを説明しておこう。

まず、この世界には「デュエルモンスターズ」というカードゲームが存在する。まあ簡単に言えば、「デュエルモンスターズ」を使って遊ぶ事をこの世界では「決闘(デュエル)」と言い、「デュエルモンスターズ」を使って遊ぶ者の事たちを「決闘者(デュエリスト)」という。

 

 そして単にカードゲームとは言うものの、それは子供同士の遊びなどでは無く、れっきとしたスポーツとして確立されいる。

ひとたび街を歩けば、決闘(デュエル)を行う決闘者(デュエリスト)の何十人を見かける事か。

まあ、決闘者(デュエリスト)を育てる学校が世の中に存在するくらいだから、「デュエルモンスターズ」がただの遊びを逸脱していることは簡単に分かるだろう。

そして、僕その学校(デュエル・アカデミア)の卒業生というわけだ。

 

 単刀直入になるが、僕には前世の記憶がある。それもフラッシュバックするなんて曖昧なものじゃなく、鮮明な記憶。どうやら僕は、記憶を持ったまま生まれ変わってきてしまったわけだ。

 僕のその時の名前は何だったか、どんな性格だったか、何歳で死んだのか、なぜ死んだのか、友達は何人いたか、恋人はいたのか…etc

そんなことを事細かにきっちりと、まるで昨日のことのように覚えている。

 それを思い出すたび、あの頃に戻りたいと感じる事があるが、それはかなわない事だと自覚して思考を止める……。

そんな事を時々繰り返すのが、今の僕の現世での日常となっている。

と、そう考えているあいだにも僕はこの思考を繰り返し、そんな自分に愁えを覚えているわけだが。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は過去の事より、僕の今の日常の話をしよう。

 

はっきり言うが、ここは遊戯王の世界である。

 驚く事に、テレビを付ければデュエル大会の中継が放送されていたり、歴史の本を読み漁ってみれば、ヒトデ頭の初代決闘王の顔写真が載っていたり、一度町を歩けば2人の人間が向かい合わせに立って得体の知れないモンスターを従えていたり、挙句の果てに実家のある町の隣町の名前がネオ童実野シティだったりと、本当に前世で言う遊戯王の世界なのだ

 まあ僕にとってはもはや当たり前な現実だから今更な気分。

 

そして、繰り返すが僕はそんな世界で、デュエルを学ぶ為の学校であるデュエルアカデミアを卒業したわけだ。

 島に建設されたアカデミア本校は、確か遊城十代(彼も教科書に載っていた)が主人公であるアニメ「遊戯王デュエルモンスターズGX」の舞台。今は丁度、現世で言うアニメ「遊戯王5D's」の時代。「遊戯王デュエルモンスターズGX」の時代から数十年が経過してしまっているのだ。

 それこそ遊城十代や初代決闘王が教科書に載っている時代なのだ。確か、主人公は不動遊星だっけ。

だが彼らに関して覚えている情報はほんの少しだけ。

 遊城十代と武藤遊戯に関してはこの世界の教科書に載っている程度にしか分からず、不動遊星に関しては名前のみを覚えている状態だ。

つまり、俗に言う原作知識は無いに等しいのである。

 

余談だが、この世界のネットやテレビを見てみると、どうも「現実世界」という小説が存在するらしい。

もちろん二次創作物ではなく、それも有名な一世紀以上前の小説家が書いた作品だ。

その小説の内容は現実世界(僕にとっては前世の世界)そのものであり、ただの一般人の日常を描いたものだった。

どうやらこの世界における日常的な風景と僕の前世の日常的な風景は大きく違っているらしく、この世界では不思議な力で○○というのが当たり前になっているわけだ。

そんななかで、“もしこの世界に不思議な事が起こらなかったら”というテーマを題材とした「現実世界」という作品は大いにヒットし、その作品を書き上げた作家、三沢大地は、その影響で世界的に有名になった。という話だ。

 

ふと思考を止め、腕時計を見る。どうやらこの船に乗って、あと5、6分ほどで2時間が経過するようだ。

航行時間は丁度2時間を予定しているとの話だが、陸が一切見えてこない。おまけに船も10分ほど前から動いていないようだ。いったいどういうことだろうか……?

 



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Episode1 Victim

「な、なあ、この船、さっきからずっと止まってないか?」

 

「ああ、お前もそう思ってたか。変だよな、もう本国に到着してもいい頃だぜ?」

 

 他の乗客の声が聞こえる。どうやらこの船、僕の気のせいではなく、本当に動いていないようだ。だが、アナウンスや乗組員による呼びかけも行われていない。

 この海域をずっと漂っているつもりだろうか?そもそも、途中までは通常通りの航行を続けていたはずなのだが……。

 

 デュエル・アカデミアでの在校中の休み期間には、何度か帰郷の機会があったため、僕はこの船を毎年利用していたのだが、こんな事が起こるのは初めてだ。ましてやこんな事が起こるなど聞いた事も無い。明らかに異常だ。

 余談だが僕は性格柄、こういうことに関しては調べられずにはいられない。早速行動を開始した僕は、まずは乗組員や操舵士がいる操舵室へ向かう。

 通常、操舵室には乗組員にしか入れない。普段は乗組員が操舵室の入り口を門番のように塞いでいるからだ。……が、やはりと言うべきか、入り口を塞ぐ乗組員はいなかった。

 好機とにらんだ僕は、操舵室への扉に近づき、そっとその扉を開けた。

 

 だが……、操舵室はもぬけの空。操舵士はおろか、何故か船長さえそこにはいなかった。さすがにこれでは、船が動くわけが無かった。否、動いている方がおかしいだろう。

 しかし、船員が一人もいないとは……。ここ乗客を乗せた船の上だぞ?集団ストライキか?

 

 こんな状況では人はパニックになってしまうのが当たり前なのだが、不思議なことに僕は“慣れ”と言って良いのか冷静に頭を動かす事ができていた。

だがいくら冷静な考え方ができようとも、それだけで今のこの現状を打開する術は簡単には見つけられないわけで。ともかくまずは情報収集を……と考え、しゃがんだ状態から身体を起こした瞬間。

 ガチャ……。という音と共に、僕の後頭部に鉄の様な硬いものが押し付けられた。

 

「……ここにまだ人がいたとはな、驚きだ…。しかもこの状況でパニックすら覚えていない……。オマエ何者だ?」

 

 口調は男性のものだが、声質は明らかに女性特有の声。そして、後頭部に押し付けられたのは間違いなくハンドガン。銃を持つ女、いない乗組員、「ここにまだ人がいたとは」という言動。間違いなくこの人物がこの状態を引き起こしたのだろう。

 だが、いくらこのような冷静な考え方ができようとも、後頭部に銃を突きつけられては抵抗はできない。まさしく絶体絶命だ。

 

「よし、ゆっくりとこちらを向け」

 

 そう指示された。銃を向けられているのだ、抵抗のしようが無い。僕は言われた通り、その人物がたっている方向に身体を向けた。

 そこにいたのは僕と年齢が同じくらいの、しかもデュエル・アカデミアの女子制服を着た少女だった。

 

「なんだ、オマエ、真田遊香(さなだゆうか)じゃないか。そうか、オマエならこの状況で冷静でいられるのも納得がいく」

 

 彼女は僕を覚えているようだ。

実を言えば、僕も彼女には見覚えがある。名前は月河王流(つきかわおうる)。男性の様な言動と高校生とは思えないほどの美貌が特徴の女子生徒で、成績は当然の如く優秀。そのミステリアスな雰囲気と特徴的な言動で、男女問わず人気が高く、そのくせ目立ちたがりで有名な生徒だ。

 そんな彼女が、まさかテロリストだとでもいうのだろうか…?

ふと彼女が銃を降ろし、表情を威圧感の漂うものから、ニヤリと不適に笑うようなものへと変えた。いわゆる『ドヤ顔』である。

 それが彼女――月河王流(つきかわおうる)のスタンダードな表情だ。こちらへの警戒心を解いたという事だろうか?対する僕は、相当険しい表情をしているのだろうか。王流(おうる)が言った。

 

「ほら、そんな顔をするな」

 

「銃を持っている相手の前だよ?こんな表情しか出来ないよ」

 

 冗談交じりの様な声で返答しようとした僕だが、いざ声を出すと震えたような声音が出てしまう。

当然だ、話している相手は銃を持っているのだから、怯えてしまうのも仕方が無い。格好が悪いと思うだろうが、今の僕にはそんなことを気にしている余裕は無い。

 人間はやはり、自分の命が大切なんだなと率直に思った瞬間でもあった。そして、王流は再び僕に銃を向ける。そして引き金を引き…って万事休す!?

 

「って冷たっ?!」

 

 一瞬、何が起こったのかわからなかったが、額に僕は冷たい……いや、少しぬるめの水が掛かったことだけは分かった。

 銃を向けられていた為か思わぬオーバーリアクションを取った僕だが、わずか数秒で平静を取り戻した。

 どうやら僕は、銃の形をした金属製の水鉄砲を向けられていたらしい。そして僕はこう言った。

 

「だ、騙したのか!!」

 

「ああ」

 

「ああって何なの?!怖かったんだからね!?っていうかそれ作り込まれ過ぎだよ!!何なのそれ!!無駄に制作費掛かってない?!」

 

「とりあえず落ち付け。制作費に関しては知らんぞ。たまたま商店街を歩いていたらこれを見つけて買っただけだ。制作費どころか製作者さえ知らん。」

 

「ど、どこで売ってるのそれ?」

 

「中古玩具店で買ったからな、これ一つしかなかった。店主に聞いたら、あまり売れなくて廃品になったもの一つ貰って店に置いてみたらしい」

 

「そのクオリティで売れないってどんだけ贅沢なのこの世界の人……。……なら君はどうしてここに?それに乗組員は……」

 

 僕のこの問いに王流は、困ったような笑みを作りながら応えた。

 

「それも知らんよ。船の様子を不審に思い、ブリッジに入ったが誰も居なかった。オマエも私と同じだろう?お互い、無駄に行動力と好奇心が旺盛だな。」

 

 無駄かはどうかは分から……いや、もはや何も言うまい。

 しかしどうしたものか?このまま王流(おうる)と話していても現状に進展は無いだろう。

 僕たちで船を動かす?いや待て、馬鹿馬鹿しい、そんなことできるはず無いだろう。

 

「しかし困ったものだな、どうやらここでは携帯も通じないようだし……」

 

 ふむ、……本当だ、携帯を開いてみても、表示は圏外。普通は船自体にアンテナが設置されていて携帯は通じるようになっているのだが……。

 完全に詰みのようだ。僕たち卒業生はこのままこの海域を彷徨い続けるんだろうか?そして やがて船内の食料が底を尽き……。こうなったら僕たちだけで船を動かすしかないのか?

 

「おい」

 

「な、なんだよ王流?」

 

「まさかオマエ、船員がいないからこの船を自分達で動かすしかないとか考えてないか?」

 

「……………」

 

 図星なので何も言い返せない僕である。

 

「フン。馬鹿だな、こういう時は船を動かす云々より救難信号だろう」

 

「……あ」

 

 正に「言われてみれば確かに」である。

 人を乗せるものには大抵、救難信号を発生させる装置が取り付けてあるのが普通だ。この船にも然り、それが存在するだろう。

 

 しかし、こういう状況で頭が働く王流(おうる)を僕は切に羨ましく思うものだ。

 僕は普段、無駄な知識を溜め込んでるくせにこういう時はあまり頭が動かない。冷静にはなれるのだが。

 本当は冷静さと思考能力は関係性など無いのだろうか?それとも、僕が普段からこういう無駄な事を考えているからいけないのか?………こんな話題は後回しでいいか。

 既に王流は僕を放って救難信号発生装置を探している。僕も手伝わねば――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海がある。海は薄暗く、空には既に月が小麦色の光を纏い浮かんでおり、その光は海上に浮かぶボートを照らしていた。

 ボートには、ボロボロの革のローブの様な衣服に身を包んだ男が1人、左手首にリボルバー拳銃を乗せて左腕を構えていた。また、拳銃からは(ボード)が伸びており、カード状のモノを通す様な窪みと乗せるような箇所が5つずつあった。

 これは俗に言う決闘盤(デュエルディスク)と呼ばれるものであり、幾つかのバリエーションの中の1つで、クラッシュタウンと呼ばれる街に住む住人が所持するガンマンズディスクである。

 

 決闘盤(デュエルディスク)はデュエルモンスターズを行う為の装置だが、男は今、誰かとそれを行っているわけではない。

 男が構えたガンマンズディスクには、カードが1枚挿さっていた。永続魔法と呼ばれる種類のカードであり、挿されたカードは名を『次元の裂け目』という。

 そのカードの効果は「墓地へ送られるモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。」というもの。

 そして男の乗るボートの正面には、そのカードの名とそれに描かれたイラストの通りの“裂け目”が存在し、男はじっとそれを見つめていた。

 

「定期船が行方を晦ませてから2日が経過するが、やはり異次元に……」

 

 二日前の午後4時ごろだった。

 俺たち卒業生は定期船として使用されている船へと乗り、本国――つまり日本列島へ向かう予定だった。

 しかし少し事情もあって、俺だけはその船に乗り遅れてしまったのだ。仕方なく、明日戻やってくるという貨物船をアカデミアで待つことにした俺だったのだが、突如、アカデミアは騒がしさに包まれた。

 何かのトラブルかと思い教諭に事情を問うてみたところ、船からの到着したとの連絡がまだ無いとのことだ。アカデミアのある島から本国まで船で行き来するには2時間ほどで済む。予定通りの航路を辿っていれば、船はとっくに本国についていてもおかしくは無いらしい。

 その時の時計は午後8時を示していた。単純に計算すれば到着が2時間近く遅れている計算になる。確かにこれは異常だ。

 無謀と考えるものもいるだろうが、俺は個人的に定期船を捜索することに決め、6人乗りほどのボートへと乗り込んだ。それから一日近く捜索を続けていた俺は、もしやと思い『力』を使った。

 それが俺の目の前に存在する『次元の裂け目』だ。俺の『力』で生み出したそれは確かに現実に存在し、裂け目を通れば文字通り異次元へと抜けることができる。

 ……問題は船のある地点へたどり着けるかどうか。そしてその問題を解決する手は用意してある。

 

「魔法カード発動、異次元の指名者!」

 

 決闘盤(デュエルディスク)にそれを通す。俺の『力』の原理を考えれば、これを使用する事で指定した場所へとたどり着く事ができる。

 

「……宣言するのは俺自身、深森握徒(しんもりあくと)!!」

 

 俺の姿はボートごと、裂け目に吸い込まれた――――。

 



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Episode2 Apprehension

 

「これでよし…。とりあえず、これで救難信号が発信され始めた。あとはちゃんと拾ってくれる者がいればいいのだが……」

「だけど、よくこんな物を操作できたね。」

「私はこういうのに関して強くてな、昔から直感で理解できていた。…頭より身体が優先して動くような人間だからな、私は。」

 

 王流(おうる)は発信装置の操作を終えて立ち上がり、恥ずかしげに苦笑しながらそう言った。

 どうやら彼女は感性で動く人間らしい。もしかしたらアカデミアでの行動もそうだったのだとしたら、彼女は目立ちたがりと言うより、天然なのだろうか?

 まあ、どちらにせよ、この一瞬で僕の彼女に対しての印象が変わったのは間違いない。

 ……それはさて置き、第一目標は達成できたが、次はどう行動するかだね。

 

「僕はとりあえず、居なくなった船員を探そうと思うんだけど、王流、君はどうする?」

「うむ、私もオマエと同じ事を考えていたところだ。共に()こう」

「…あ、うん…」

 

 なんだその『ともにゆこう』って。やっぱり王流って宝塚出身?じゃないとしても演劇部か何かなの?

そんな視線を飛ばしていると怪訝な表情をされたので視線を外す。

 ともかく僕たちは共に操舵室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエル・アカデミアの定期船の船首部甲板。そこにはボートに乗っていた少年、深森握徒(しんもりあくと)がいた。彼が裂け目を(くぐ)ってから、既に約30分が経過していた。

 彼は拳銃型のフレームとそこから(ボード)が伸びたガンマンズディスクを左腕に装着している。

 ガンマンズディスクには『次元の裂け目』と『異次元の指名者』のカードが挿さっている。

 そのため、握徒(あくと)がボートを着けた場所付近には、裂け目が現出したままだ。だから彼はいつでも元の空間に戻る事ができる。そして彼は船首部の甲板から甲板全体を見渡すが…

 

「…生徒――、卒業生は見かけるが、船員がいない…?」

 

 通常は船員が交代性で見回りを行っているが、今は船員を全く見かけない。何かしらの異常が発生していたのは明白だったのだが、握徒にこの状況は予測できていなかった。

 ともかくまずは更なる状況の把握が必要。そう感じた握徒は、まず船首部甲板から階段を降り、操舵室へつ続く扉を開けた。だが…

 

「…………」

 

 操舵室にもやはり影一つ無かった。しかし握徒は操舵席に一つの違和感を見つける。何かが赤い点滅を発しているのだ。

 近づくと、握徒はその光の正体をすぐに理解した。光っていたのは、操舵席のパネルに設置された救難信号発生装置だった。卒業生の誰かが異変を察知して救難信号を出したのだろう。操作はどうやったのかは分からんが。

 

「だが意味が無い……」

 

 そう、握徒の考えによればここは異次元。 つまり、救難信号を発生させようと、それを拾ってくれる船舶も恐らく存在しない。可能性が無いわけではないが確立は低い。なにしろ自分を含む船の乗組員には、ここは未開の空間だ、異次元なのだから。

 まあ、俺のこの話を信じる者は皆無に近いだろうが。

 しかし、この船の異次元への移動は、一体誰の手によるものなのか。彼の自らの知識に依れば、自然に起きたという事はまず無い。そういうものだとしか言いようが無いが。

 考えられるのは、何処かの誰かが何か膨大な力を使用した。それによる波がたまたま、または誰かが意図的にこの海域の空間に異次元への扉を開けた、そう考えるのが妥当。

 

 まあ、もしそうだとしても今の俺にその『膨大な力』がいったい何なのかを調べる術は無い。まずはこの船を元の空間に戻す事だ。

 

 握徒(あくと)はガンマンズディスクのリボルバーの部分に挿し込まれた自身のデッキに手を掛け

 

「ドロー!」

 

 引き抜き、握徒はそのカードを確認する。そして握徒は、ディスクの(ボード)の差込口の一つに引き抜いたカードを挿し込む。その後、一度構えを解いた握徒は、再びディスクに手を掛け、スイッチを一つ押し込む。そして彼は宣言する。

 

「罠カード発動!」

 

 だが彼の宣言は遮られる。

 

「待ってもらおうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕、真田遊香(さなだゆうか)は、船内で卒業式以来の再会をした月河王流(つきかわおうる)と共に、船員を探しに船内を回っていた。

 この船の内部はそんなに広くない。甲板に存在する操舵室から最深部である機関室へ向かうのにそう時間は掛からない。そして、機関室と操舵室以外の場所は船員個別の部屋などしか存在しない。だから僕たちが操舵室から順に個室の扉をノックして行きつつ機関室へとたどり着き、甲板まで戻ってくるのに5分と掛からないのだ。

 だから僕たちは、5分も掛けずにこの船を一周してきた。

 そうして甲板に戻ってきた僕たちを待っていたのは、僕や王流(おうる)の同級生の青年だった。

 すなわち彼も、僕たちと同じでデュエルアカデミアの卒業生だということだ。僕の記憶によれば、彼の名は深森握徒(しんもりあくと)。深き森を握る彼は、僕たちの級を代表する人物と言える。

 カイザーの再来と呼ばれる彼は、しかしカイザーとは違い、在校中は敗北どころか引き分けすらしなかった。首席卒業は僕が取ったのだが、それが霞むほど彼のアカデミアでの存在価値は大きかった。

 そんな彼が、今、僕たちと――いや、王流(おうる)と相対していた。

 

「オマエ、深森握徒(しんもりあくと)だろう?そこで何をしているんだ?んん?」

 

 王流の問いに対し、深森は口すら開かない。見れば、彼の左腕には独特の形状をした決闘盤(デュエルディスク)が装着されていた。彼は在学時にもそれを使用していたが、今、対戦相手は居ないようだ。

 ……え、てことは一人決闘(ひとりデュエル)

 いや、まあ僕も新しくデッキを作成した時とかよく一人決闘(ひとりデュエル)するけど……、屋外で、しかも決闘盤(デュエルディスク)付けてするのはちょっと引くというか……。

 うん、あれだね。カラオケボックスで力を込めて歌うのは違和感無いけど、道端で歩きながら全力で歌うのは変なのと一緒だね。…………この例えじゃあ分かりにくいか。

 まあともかく、彼が対戦相手を置かずに(ディスク)を起動させているのは明らかに不自然。

 一般人には彼が行っている事を理解できないだろう。っていうか僕ができてない。何してんの?

 

「……正直に言うなら、救援だろうか。」

「救援?」

「ああ、救援。お前達を助けに来た。」

「ふむ、救援か。安心しろ真田、彼はどうやら私達を助けに来たらしいぞ」

「えっ!?」

 

 え、し、信じちゃううんですか王流(おうる)さん!?っていうか何なのこの子?大らか過ぎるよ王流さん?

 っていうか何か名言らしきものできちゃったよ、「大らか過ぎるよ王流さん」って。

 それはともかくとして、本当に深森を信じて良いんだろうか?今のところ、彼から敵意は感じられないが、何をしようとしていたのか怪しい。第一、カードと決闘盤(でゅえるでぃすく)でどうやって僕たちを――いや、この船を助けるというのか?

 僕のこの思いを代弁するかのように王流が彼に問う。

 

「しかし、これから私達卒業生を救おうとしているようには見えないな。オマエは今、一人で決闘(デュエル)なんてして遊んでいるじゃないか。それに、どうやって私達を救おうというんだ?」

 

決闘(デュエル)をしているわけではない。」

「……オマエ、決闘盤(デュエルディスク)決闘(デュエル)以外の何をするって言うんだ?」

 

 王流のその問いに、深森は口を開こうとする同時、船尾付近の甲板で喧騒が巻き起こった。

 

「うおお?!なんだなんだ…!?」

「何か黒いのが浮かんでるわ!」

「ありゃ、確か次元の裂け目だよな!」

 

「次元の裂け目…?」

 

 疑問符を浮かべる僕と王流に、深森は更に答える。

 

「説明する手間が一つ省けたな。あれは俺が出したものだ」

「オマエが出したとは、ソリッドビジョンで…?」

「いいや、違う」

「なんだと?」

 

 見たところ、現出している黒いものは、次元の裂け目のカードのイラストに、空を背景に描かれているものと同じだった。アカデミアでも決闘(デュエル)中に現れているのを何度か見たことがあるが、元々、カードのイラストが現実に現れるのは決闘盤(デュエルディスク)によるソリッドビジョンシステムによるものだ。

 それ以外に現出させる技術はこの世界にはまだ存在しない。なのに、深森はソリッドビジョンによるものではないと言う。深森と王流の台詞は続く。

 

「あれはソリッドビジョンによって現れたものではない」

「……フン、馬鹿を言うな。ソリッドビジョン以外のシステムを開発しているという話は聞いた事が無い。

それにカードイラストの現出システムであるソリッドビジョンシステムは、海馬コーポレーションが特許を取得しているはずだ。あれがソリッドビジョンでないなら何だというのだ?」

「現実に、実際に現れているものだ」

「……オマエにそんなことができるというのか?何を世迷い言を……」

 

 王流(おうる)の言うとおりだ。カードのイラストが現実に現れるなんて。もしそうだというなら、あの黒い裂け目は異世界に通じているという事になる。そんな事はありえない

 と、考えたところで僕は思い出した。そうだ、ありえないなんて無い。この世界は不思議に満ちた世界。『不思議な力で何かが起こる』。それが起こりうる世界なんだ。僕の前世とは違う。

 何処でも起こりうるが、起こしうるわけではないだけ。そういう意味で、王流は深森の言動を世迷い言と称しているのだ。だから、僕は深森にこう問う。

 

「深森君」

「やっと口を開いたか真田遊香。何だ?」

「真田…?」

「本当にそんなことができると言うなら、証拠を見せてくれるかい?」

 

 その言葉に2人はそれぞれ違う反応を示す。

 王流は、ほう?というように目を見開き、深森は眉間の一つも動かさずに決闘盤(デュエルディスク)を装着した左腕を胸の前に構えて、一言だけ答えた。「いいだろう」と――――。

 



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Episode3 Preface

 証拠を見せろという僕の言葉に、深森握徒(しんもりあくと)は応えた。

 彼は無言で、掲げた左腕の決闘盤(デュエルディスク)のボタンを押し込み、そしてこう宣言した。

 

「トラップカード発動!」

「なに?」

 

 王流が怪訝な表情で疑問を発したと同時、彼の言葉に呼応し、息を吹き返したかのように地面が振動を始める。

 いや、地面ではない。船だ、船自体が動いている。僕たちが乗る船自体が揺れているのだ。

 その現象に、甲板上に居る者は騒ぎ出し、更には船の異常な現象に危機感を抱いてか船内から出てくる者もいた。そんな中でも船は揺れ続けるが、やがてその振動は動きを止めた。

 

「……深森、いったい」

 

 これは何だ…?と言葉を続けようとした僕の言葉は遮られた。

 船は再び、しかし先ほどとは違う種類の振動に襲われ、僕は不思議な感覚に襲われる。…これは、浮遊感…?

 そう、まるでエレベーターで上階へ昇り始める瞬間に感じるような浮遊感が感じられたのだ。

 そして僕はそれに気付く。…海面が下降を始めたのだ。いや、海が下がっているのではない、この船自体が、巨人の指で摘み上げられるようにして上昇しているのだ。

 今度こそ、僕は深森に対し疑問を投げかける。

 

「一体何をしたんだ?」

「……罠カードを発動した。これをな」

 

 そう言って彼が決闘盤(デュエルディスク)から引き抜いたのは、罠カードを表す梅色の

カード『異次元からの帰還』。その効果はまさしく異次元からの帰還。ライフポイントを半分払って発動、ゲームから除外されている自分のモンスターを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚するという効果を持っている。このカードは除外されたカードを置く場を異次元に例えているわけだ。

 そして深森は、自らはカードの現実化を行えると言う。つまり、『異次元からの帰還』を現実化しようというのだ。

 

「俺はこの力によって、この船を元の空間へ戻す」

 

 元の空間…?待て、おかしい、彼はいったい何を言っているんだ?

 その新たなる疑問を口にしたのは、僕ではなく王流(おうる)だった。

 

「元の空間とは、どういうことだ?」

「そのままの意味だ。ここは異次元、お前達がいた世界とは違う世界だ。それに、元の世界では既に半日が経過している。いまごろ真夜中だろうな。」

「そんな馬鹿なことが………」

 

 2人がそんな問答を続ける間にも船は動き、反転し、やがて進路を定め始める。

 船首が向いているすぐ先には次元の裂け目がある。そしてやがて、船はそこ向けて進み始めた。裂け目はそれ従順するように、まるで無理矢理こじ開けるかのように範囲を広げていく。

 5秒も経たぬうちに船首部分が裂け目の中に潜り込み、やがて僕達にも裂け目が迫り、そのまま吸い込んでいった。暗闇に投げ込まれるように、僕は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の上。見渡しても島影一つ見えない海の上に、一つのコテージが存在した。

 そのベランダ部で、髪の右側を深紅に、左側を深緑に染めた少女が、双眼鏡で北の方角を見つめながらこう言った。

 

「……面白くないなあ。」

 

 その一言に、髪の上側を蒼に、下側を金に染めた少女が応える。

 

「……エミル、面白そうだから連れてきたわけじゃありませんわよ。まあ、あのように早々に帰られては確かにそういう意見にも頷けます。そういう意味では同意見ですわ」

 

 その言葉に、少なからず機嫌を良くした(あか)と緑の少女、エミルは双眼鏡から視線を外して蒼と金の少女に顔を向ける。

 

「そうよ、ルミエの言うとおりよ。あいつら帰るの速過ぎなのよ。せっかく私達のお家に招待してあげようとしたのにね。」

(わたくし)が見たところ、誰かが介入してきたようですわよ。先ほどのあれは、恐らく守護精霊による現実化の術だと思いますわ」

「ルミエ、そういうの詳しいもんね。私はカードの精霊とかさっぱり」

「第一、(わたくし)と違ってエミルは精霊が見えないじゃありませんの」

「そうなんだよねえ……」

 

 その言葉を最後にエミルは再び機嫌を沈めてしまう。

 彼女の機嫌を浮かせるにはどうしたものかとエミルを見つめるルミエだが、精霊の可視不可視は生まれつきのものなのでどうしようもないものだと諦める事にする。

 ならばと、ルミエは話題を変えることに決めた。

 

「でしたらエミル、次は私達が向こうに遊びに行きましょう?そうすれば、きっと面白くなりますわよ」

「あ、そっれいい~!」

 

 一瞬で機嫌を復活させたエミルの様子を見てルミエは微笑む。

 妹エミルと姉ルミエは双子で、いつも2人きり。2人で居ると楽しい。2人で話しているだけで楽しい。2人で決闘(デュエル)をしているのが楽しい。

 2人は楽しい事が好きだ。でも外の世界に行く気は無かった。

 彼女達は母と姉妹だけで暮らすので一番楽しかったし、何より彼女達は外の世界を知らない。

 人間というのは分からないものに恐怖するものだ。赤子を除けば、人間は皆そうだ。だからエミルもルミエも、外の世界というものに興味を示していなかった。

 だが突如、彼女達にとって人生最初の転機は訪れた。

 信愛する母が、外の世界に行ってきたというのだ。母はここに帰ってきた時こう言った。「凄く楽しかったわ」。

 2人はすぐにその心境を変えた。そして彼女達は考え、お互い話し合った。

 そんなに楽しい世界だというなら、私達も行ってみようではないか。 何より、信愛する母が楽しかったと言っているのだ。楽しいもの好きの私達が行かないでどうする。

 結論はすぐに出た。あとはその日程だ。

 するとそばで2人の様子を見ていた母が言った。「いきなり行くのは気が早いわ。まずはお友達をここに招待しなきゃ。」

 母の意図は分からなかったが、二人はそういうものなのだと結論付け、母の意向に従う事にした。

 

「今回の招待は失敗に終わりましたけど、招待はしたのですからきっとお母様も許してくださいますわ」

「よ~し!そうと決まれば、いつにしよっか!?」

(わたくし)、1日以上も待っていられませんわ。明日早朝に出発いたしましょう」

「やった~!私もそう思ってたんだ~!」

 

 やはり(わたくし)達は気が合いますわ。と、そうルミエは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕達卒業生が、異次元空間へと遭難してから、約3日が経過しようとしていた。

 僕は2日眠って、病院のベッドにて目を覚ました。その時、看病してくれていた王流(おうる)が言うには、異次元の裂け目を潜った(のち)、僕を含む数十名が意識を失っていたそうだ。

 ちなみに、僕が一番最後に目を覚ましたらしい。

 深森に聞いたそうだが、気絶したのは何でも『次元酔い』というものなのだそうだ。ああいった方法で次元の境目を潜ると『次元酔い』によって気絶してしまう事があるとか。

 俄かには信じがたいが、確かに深森の言う事は正しかったらしい。

 何故かと言えば、他でもない王流(おうる)が彼の言っていた事を今では信用していたからだ。実際、聞けば裂け目を潜った先の時刻は午前3時だったそうだ。僕に色々話した後、王流は帰って行った。

 僕はこのまま1日だけ様子を見て、問題が無ければ退院だそうだ。そして今は正午。退院は翌日だね。

 

「はあ……。しかし……」

 

 いや、しかし……、暇である。何もする事がない。母は昨日、連絡を受けて着替えを持ってきてくれていたみたいだが、ゲームや本などの娯楽品などは持ってきてはくれなかった。目覚めたらすぐ退院だと思っていたらしい。

 医者は数十名が同時に運び込まれていたにもかかわらず、単なる疲労による疲れと診断したらしく、そのせいで誰も見舞いに来る事は無かった。一人を除けば……。

 

「やあ、待たせたな真田」

 

 病室の扉をガラガラピシャン!!と開けて入ってきたのは、他でもない王流だった。

 もう少し静かに開けてもらえないだろうか……。そんな視線を送っていると当然の如く

 

「……?」

 

 と、キョトンとされたので諦めるように視線を外す。

 王流(おうる)って、ホントに感性だけで動いてるんじゃなかろうか。

 何と言うか、人間の本能に逆らわず動いているような感じだ。口調と違って行動は野性的だし。

 この時点で、僕の彼女に対する第一印象(イメージ)は、もはや崩れ去ってしまっていた。

 

「ふむ、もう疲れは取れているようだな。しかし、どうやら暇みたいだな?

そろそろ1日中ベッドの上の生活は飽き飽きしている頃か。」

 

 だのにこの観察力である。これも彼女の感性の最たるものか。

 

「よし、ならば決闘(デュエル)でもするか」

「え、い、いまから?」

「そうだ、今からだ。オマエ卒業決闘(そつぎょうデュエル)以降は決闘(デュエル)してないだろう?そろそろ腕が鈍るぞ」

 

 確かに王流の言う通りだな。丁度よく、この病院には患者の娯楽用に衝撃効果無しのテーブルデュエルスペースが設けてあるため、可能ではある。そうと決まれば。

 

「分かった、デュエルスペースに行こう」

「ふむ、2回にあった設置スペースだな。心得た。」

 

 王流のこの口調にも慣れたな。………流石に『心得た』はないと思うけど―――。

 

 

 

 



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Character Introduction Ⅰ

 

 

yuka sanada

 真田 遊香

主人公。年齢は18歳。一人称は「僕」。二人称は「君」。うろ覚え程度の前世の記憶を持つ。

性格は大人しく温厚だが、実は裏では腹黒。心の中を曝け出すことはあまりせず、ある意味ではへタレと言えるか。そうは言っても芯は強く、こうと決めたことには一切妥協しない頑固な節がある。

アカデミアを首席卒業しており、学年の卒業決闘(そつぎょうデュエル)を飾る等、成績は優秀。

 

 

ouru tukikawa

 月河 王流

年齢18歳。一人称は「私」。二人称は「オマエ」。スリーサイズはB89/W55/H84。

メインヒロイン(?)。男口調で話す不思議な雰囲気を持つ美女。遊香曰く、感性で動く人間。

頭は働くタイプだが、無意識で病室のドアを勢い良く開けたりと細かいところで野性的。

遊香とは在校時での公的な学校行事以外では面識が無かったが、卒業式後の船の遭難事件をきっかけに交流を持ち始める。

 

 

akuto sinmori

 深森 握徒

年齢18歳。一人称は「俺」。二人称は「お前」。首席である遊香以上の実力を持つ少年。

知名度では完全に遊香の比ではなく、学園では「深き森の掌握者」と密かに呼ばれていたが、本人はその呼び名を毛嫌いしている。

精霊の宿る特殊なカードを所持しており、そのカードの能力により、決闘盤(デュエルディスク)を介して発動したカードの現実化を行う事が可能。その能力を用い、遊香たち卒業生の乗る船を救出した。

 

 

Emil、Rumie

エミル、ルミエ

遊香たちの乗る船が迷い込んだ異次元世界の海上に建てられた、水上コテージで暮らす双子の少女達。

特徴として、エミルは髪の右側を深紅に、左側を深緑に染めており、ルミエは髪の上側を蒼に、下側を金に染めている。

遊香たちの乗る船を自分達の住む異次元に導いたのは彼女達であるようだが、詳細は不明。

 



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―第一章― 龍と獣
Episode1 Rejected from peace


一応この小説は五龍の世界観を踏襲しています。


 

 4階の病室から、エレベーターを使って2階へと降り、デュエルスペースへと移動する。

 デュエルスペースは、5m四方の広い空間を挟んでテーブル型のデュエルデバイスが、2メートル四方のスペースを挟んで設置されていた。

 

「デッキはきちんと用意しているな、遊香」

 

「まあ、一応。」

 

 ホントに「一応」としか言えない。今、僕が持っているのは、入院前に持っていたデッキ数個のみ。

 もちろんアカデミアでずっと使用してきた以上、このデッキが弱いわけではないのだが、残りのカードは船に乗る前に郵送で実家へ届けてしまったため、細かい調整が一切行えない。

 まあ、これから行うのは気分転換に行うデュエルだ。

 そこまで気負う必要も無いんだけど、どうせなら勝ちたい。

 気付けば、既にデュエルスペースにたどり着いていたようだ、王流は既に準備を終えて片方のデュエルテーブルで僕の準備を待っていた。

 

「どうした?ボーっとしていたようだが…?」

 

 初対面レベルと言っていい関係にも関わらず心配そうに見つめてくれる王流に思わず顔が綻ぶ。

 ……不審に思われるわけにもいかないので直ぐに顔面を矯正して準備を始める。

 テーブルの凹みの部分にデッキをセットすると、テーブルから光の筋がフィールドへと流れ、モーメントシステムの特徴である淡い虹色の光がフィールド全体を包み、パネルが起動して文字が表示される。

 

  『Please enter your Duelist name』

 

 あなたのデュエリスト名を入力しなさい?

 えっと、ローマ字入力か。『sanada yuka』と。

 

「よし、準備はいいな」

 

「うん」

 

「「デュエル!」」

 

 デュエルテーブルが指定した先攻は僕だ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 勢い良くカードを引き抜く。王流は僕の様子を見て口角を上げニヤリと笑う。

「そうだ、楽しめ」と、その瞳は言っているようだ。僕も彼女に瞳で答える。「ああ、もちろん」と。

 

「魔法カード、増援を発動!

 デッキの戦士族モンスター、エヴォルテクター・シュバリエを手札に加える

 そしてカードを2枚伏せ、エヴォルテクター・シュバリエを召喚!」

 

 紅の鎧を纏う騎士が現れる。

 左腕には炎を纏い、右手には剣を掲げ、その切っ先を王流へと向けている。

 

「ターンエンドだ」

 

 遊香LP4000

 モンスター:【エヴォルテクター・シュバリエ/攻1900】

 魔法・罠:伏せ2枚

 手札:3枚

 

 ターンは王流に移る。王流は僕のターン終了を確認すると、自身のターンの宣言と同時、テーブルに置いたカードの束から勢い良くカードを引き抜く。

 

「私のターン、ドロー!

 私はコア濃度圧縮を発動!手札のコアキメイルの鋼核の公開、及びコアキメイルと名のついたモンスター1体をコストとし、カードを2枚ドローする。

 私はコアキメイル・ガーディアンを捨て、2枚ドロー!」

 

 いきなりドロー補助を行うか。手札から捨てたのが岩石族であるコアキメイル・ガーディアンだということは、手札にそれ以外の岩石族が存在していなかったのだろうか。

 

 王流が用いるカードは「コアキメイル」。

 コアキメイルと名のついたモンスターは、エンドフェイズ毎にそれぞれが指定する種のカードを手札から公開するか、「コアキメイルの鋼核」というカードを墓地へ捨てなければ持続させる事ができず破壊されてしまう共通の効果を持つ。

 例えば、先ほどのコアキメイル・ガーディアンを持続させるには岩石族モンスターを手札から公開する必要がある。そのデメリットの大きさから敬遠される事も多いカードシリーズだが、そのデメリットと引き換えにコアキメイルの能力は総じて高い。まさしくハイリスク・ハイリターン。

 

「よし、D.D.アサイラントを召喚する」

 

 王流の場に現れるのは、|大鉈(おおなた)を構えたー鎧の戦士、D.D.アサイラント。

 ちなみに『D.D.』とはDifferent Dimensionの略で、異次元という意味だ。

 アサイラントはAssailantと訳し、加害者を意味する。

 つまりD.D.アサイラントとは、異次元の加害者を意味する。

 うーん、異次元出身の殺人鬼ってことだろうか?

 

 D.D.アサイラントは戦闘で破壊された時、その時の相手モンスターを除外するという、相対的に防御能力の高い効果を持つモンスターだ。

 恐らくこの除外効果は名前からきているんだろう。あるいは効果から名付けられたモンスターなのか。

 

 本来、王流のデッキはコアキメイルモンスターで占められているが、D.D.アサイラントはコアキメイルではない。

 だがコアキメイルには、持続に戦士族モンスターを必要とするものも存在する。

 その事から、戦士族であり性能の高いD.D.アサイラントが採用されているということだろう。

 

「バトルフェイズに移る。D.D.アサイラントでエヴォルテクター・シュバリエを攻撃だ!」

 

 大鉈を構えた女戦士が焔の騎士に迫る。

 この場合、戦闘結果により王流は200ポイントのダメージを負うが、D.D.アサイラントの効果でエヴォルテクター・シュバリエを除外することはできる。

 つまり戦闘を行う事が出来れば、200ポイントのダメージを対価に、エヴォルテクター・シュバリエを確実に除去する事が出来るのだ。

 

 しかしそう簡単には通さない。

 戦闘を行わせてはならないなら、戦闘が出来ないようにしてやればいい。

 

「速攻魔法発動、月の書!」

 

 D.D.アサイラントは姿を消し、代わりに裏側となったカードが現れる。

 アサイラントが裏側守備表示になった証拠だ。

 

「むう……、メインフェイズ2、カードを2枚伏せてターン終了だ」

 

 王流LP4000

 モンスター:裏側守備表示モンスター1体

 魔法・罠:伏せカード2枚

 手札:3枚

 

「僕のターン、ドロー!よし…」

「むっ……」

 

 王流の表情が軽く引きつったように見えたが、まあ気にしない。

 

「装備魔法、スーペルヴィスを発動!エヴォルテクター・シュバリエに装備!これにより、通常モンスター扱いだったエヴォルテクター・シュバリエは、効果を得る!」

 

 デュアルモンスター。一度目の召喚で通常モンスターとして現れ、更に召喚権をスイッチとして消費することで、効果モンスターとして力を発揮するようになる特殊なモンスター。

 今回はデュアルモンスターを効果モンスター化させる効果を持つスーペルヴィスを使ったが。

 

「更にヴァイロン・プリズムを召喚し、装備魔法、ヴァイロン・セグメントをヴァイロン・プリズムに装備!これにより、ヴァイロン・プリズムは相手の罠、効果モンスターの効果の対象にならない!

 更にエヴォルテクター・シュバリエの効果発動!自分フィールド上の装備魔法を墓地へ送る事で、相手フィールド上のカード1枚を破壊する!セットモンスターを破壊!」

 

 シュバリエが持つ剣の切っ先から、裏側になったD.D.アサイラントへ向けて炎が放たれる。D.D.アサイラントは姿を現すことなく粉々になった。

 

「更にコストとして墓地へ送られたセグメントの効果を発動!このカードが墓地へ送られた時、デッキからヴァイロンと名のついた装備魔法を手札に加える!

 僕はヴァイロン・マテリアルを手札に加え、再びヴァイロン・プリズムに装備する!」

 

 ヴァイロンと名の付く装備魔法には全てヴァイロン・セグメントと同じ効果が存在する。

 つまりヴァイロンと名のついた装備魔法はデッキから尽きない限り、いくらでも消費する事が出来る。

 

 こうして【装備、墓地へ送って破壊、手札に加える、装備、……】と循環させる事で、デッキからヴァイロンの装備魔法が尽きない限り、相手のフィールドをいくらでも焼き尽くすことが可能なのだ。

 

 非常に強力なコンボだが、やはり弱点はある。

 今回は序盤でここまでの布陣を敷く事ができたが、実は妨害策などいくらでもある。

 例えばエヴォルテクター・シュバリエの効果を無効化され破壊されてもこの戦術は簡単に崩壊するし、そもそもバウンスや除外など、装備魔法を墓地へ送らせない方法で除去されれば元も子もない。

 場に大量のカードを用意する必要があるため、一度妨害されれば建て直しは難しい。

 

「これ以上はやらせん!魔法発動、サイクロン!スーペルヴィスを破壊だ!」

 

 言わんこっちゃ無い。

 あっけなくエヴォルテクター・シュバリエに装備されていたスーペルヴィスが破壊され、シュバリエはたじろぐ様に片足を下げる。その様子はまるで油断していた相手から思わぬ反撃を受けたかのような動揺が感じられた。

 こういうリアルな表現……、流石は創業数十年以上の海馬コーポレーションだ。

 

 さて、本来ならスーペルヴィスには破壊された時、墓地の通常モンスターを復活させるという置き土産的な効果が存在するのだが、生憎と僕の墓地に通常モンスターはおろか、墓地では通常モンスターとして扱われるデュアルモンスターも存在しないので不発に終わってしまった。

 D.D.アサイラントを除去できているだけまだマシと言うべきだな。今のところライフも減っていないし。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 遊香LP4000

 モンスター:【エヴォルテクター・シュバリエ/攻1900】

 【ヴァイロン・プリズム/攻2100】

 魔法:罠:伏せ1枚

 ヴァイロン・マテリアル

 手札:1枚

 

 さて、フィールドは起点となるエヴォルテクター・シュバリエ、装備魔法であるヴァイロン・マテリアル、その装備対象のヴァイロン・プリズムが存在する状況。

 僕が次のターン、シュバリエを再度召喚すればコンボの復活が可能だが、それは王流も当然分かっているはず。ヴァイロン・プリズムと違い、他で替えが利かないシュバリエを消しに掛かってくるだろう。対抗策は伏せカード1枚のみ。少し不安。

 

「ドロー!よし、コアキメイル・ガーディアンを召喚!」

 

 2mを越える岩の巨人が、同質の剣と楯を携え現れる。

 たいていの人間が想像する神話上の『ゴーレム』はこんな姿をしているのだろう。

 

 しかし困った事になった。コアキメイル・ガーディアンは、リリースする事で発動した効果モンスターの効果を無効にし、破壊する効果を持つ。こいつが居るだけで、僕のデッキのコンボは瓦解してしまう。

 

 ヴァイロン・プリズムが攻撃力で勝ってはいるが、だのに王流は攻撃力が下回っているはずのコアキメイル・ガーディアンを召喚した。攻撃表示で。つまり何らかの防衛手段か、除去手段を持っているのか。いや、そもそも破壊されても構わない戦術を取ってくる可能性もある。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ。コアキメイル・ガーディアンの維持には、ギガンテスを公開する」

「…………」

 

 王流LP4000

 モンスター:【コアキメイル・ガーディアン/攻1900】

 魔法・罠:伏せ2枚

 手札:2枚

 

 そうか、防御を固めたと言う事か。ならコアキメイル・ガーディアンよりも、あの伏せカードを警戒する必要があるかもしれない。

 

「僕のターン、ドロー!

 エヴォルテクター・シュバリエを再度召喚!」

「掛かったな遊香」

「えっ…!?」

「罠カード発動、奈落の落とし穴!相手が攻撃力1500以上のモンスターを

 召喚・反転召喚・特殊召喚した時、そのモンスターを破壊しゲームから除外する!」

 

 しまった、召喚に対する罠だったのか!奈落の男落とし穴は対召喚の罠としては最も安定したものだ。

 デュアルモンスターの再度召喚も通常召喚の一つに含まれる。つまり落とし穴などにも引っかかってしまうのだ。しかし、今シュバリエを失うわけには行かない。

 

「カウンター罠発動!神の宣告!ライフを半分払い、魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する!」

 

 遊香LP4000÷2=2000

 

「ふっ、こんな序盤にライフ2000は辛いな?」

「何それいやらしい」

 

 いやホントいやらしい。確かに2000ライフの損失は辛い。だが、エヴォルテクター・シュバリエを守る事は出来た。あとはコアキメイル・ガーディアンを突破しなければならない。

 だが、あのもう一つの伏せカードも気になる。あのカードは最初のターンから伏せられていた。そして僕はまだこのデュエルが始まってから戦闘を行っていない。つまりあの伏せカードは攻撃対処のカードである可能性がある。

 だからこそコアキメイル・ガーディアンを攻撃表示で出したのだとすれば辻褄が合う。

 ならば、モンスター効果でもない、戦闘でも無い方法で突破する必要がある。なら……

 その時、ふと地が揺れた。

 

 ドドオオオオオオオオオオオ!!!

 



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Episode2 Branch

 

 ネオ童実野シティの市立病院。そのとある病棟の廊下で、デュエルキングだった男、ジャック・アトラスは、一人の男と対峙していた。

 フォーチュン・カップでの怪我で腕を負傷した彼は、たまたまそこに居た丸眼鏡のナースを臨時の手としていた。その時ジャックの言葉は「俺の手となれ!」。

 新手のプローポーズに聞こえてしまうは気のせいだろうか。

 

 対する男はセキュリティ制服を見に纏った牛尾だか鮫尾だとか呼ばれる男。辛うじて顔は覚えていた。

 彼らの周囲には青白い炎が囲み、逃げる事は出来ない。無論ジャックに、逃げる気は毛頭無かった。

 

「ストロング・ウィンド・ドラゴンで、ウォーム・ワームを攻撃!ストロングハリケーン!!」

 

 ストロング・ウィンド・ドラゴンの放った3400ポイントの熱線に、ウォーム・ワームが焼き尽くされる。

 

海尾?LP4000-2000=2000

 

ここまではジャックの予測通りだったが、ここで思わぬ事態が起こる。

 

 ドドオオオオオオオオオオオ!!!

 

 ストロング・ウィンド・ドラゴンの熱線は、敵モンスターばかりか、廊下の床をも焼き砕いたのだ。

 それはまるで、現実に彼の|僕(しもべ)の竜が、本当に熱線を放ったかのようだった。

 青白い炎のリングといい、実に非現実的だ。

 

「なんだこれは…」

「よくわかんないけど、本当に命がけのデュエルらしいんです…!」

「実際に衝撃が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだろ?今の振動。地震にしては妙な音がしたけど」

「さあ。でも異常であることは確かだし、これ以上デュエルは続けられないな」

 

 デュエルは中止され、ソリッドヴィジョンは消えていった。

 さっきの音、あれは確実に爆発音だ、病院で爆発音なんて異常すぎるだろ。

 普通に考えて火事だろうが、非常ベルが鳴っていないのは火事じゃないにしてもおかしい。

 

「気になるみたいだな?」

 

 挑発気味にこちらを見る|王流(おうる)。

 

「いや、そんな事…」

「顔にそう書いてあるように見えるがな」

 

 ハハハと笑う王流。僕を煽っているつもりだろうか?今回ばかりはのん気な奴だ。

 まあ、確かに気にはなってるんだけど、この前の船みたいな厄介なことに巻き込まれるのもゴメンだ。という気持ちも僕にはあった。

 だから迷っている。

 

「まあいいか、私は気になるから言ってくる。じゃあな」

「えっ、ちょ」

 

 僕の意見も聞かず、王流は非常階段のある方向へと走り去ってしまった。

 野次馬根性ってやつだろいうか?

 仕方ない、何だか王流なら大丈夫って気もするが一応あれも女性だし危険だ。心配だし付いていこう。

 

 そうして非常階段へ向かう途中の病室。僕は、最初からそうするつもりがあったかのように、僕の足は一つの病室の前で止まってしまった。

 『え、なんで?』僕の感情はそれだった。王流は非常階段へと向かった。心配して彼女を追いかけたはずだった。なのに僕はそれ以上廊下を進めない。いや、そんな気が起きない。

 『王流なんてどうでも良いや、この部屋に入らないと』『何でそうなる、王流が危険になってもいいのか!?速く彼女を追いかけないと!』

 僕の意識はこの時2つだった。まるで僕の頭の中で、デフォルメされた天使と悪魔が言い争うような。

 自分が何を考えているのかさえ分からなくなっていく。僕の足は非常階段へは向かわず、病室へと入っていた。

 もはや身体さえ一切の言う事を聞かない。意識だけが取り残され、僕の身体は個室のベッドの前で止まった。

 

 ベッドで眠っていたのは、30代を過ぎたほどであろう女性だった。女性は僕の来訪に反応してか、スクッと上体を起こし、僕へと顔を向けまぶたを開いた。

 

「あら、来たのね」

 

 女性は驚くでもなく、まるで僕が最初からここに居て、さも僕と親しい仲かのような態度をとった。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 「なんでもない」と、「部屋を間違えた」と、そう言おうとしたのは分かっている。だが、その台詞はどちらも僕の喉から大気中に解き放たれる事は無かった。

 

「ああ、そうね。彼女達の……」

 

 一方的過ぎるだろこのBB…女。彼女達?いったい何のことなんだ。何を言ってるんだこの女は。

 付き合ってられない。今すぐここから出て王流を追いかけたい。だが身体は全く動かない。金縛りだ。

 

「いいわ、邪神から守ってあげる。たった2人の娘のためだものね」

「じゃ、邪神……?守る……?」

 

 僕の疑問も気にせず、女性の言葉は続く。

 

「地縛神かあ……。もうそんな時期なのね。これで私が経験するのは5度目かしら」

 

 「ああもう、一人で勝手に喋らないでくれ!」そんな声もまた出なかった。

 

「お母さん……?」

 

 僕の背後から突如響く声。聞き覚えのある声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロード・ウィング・ドラゴン、漆黒のズムウォルトを攻撃!キングストォーム!!」

 

 王流が衝撃音を聞いた場所へたどり着くと、その場でジャックのデュエルはクライマックスを迎えようとしていた。牛尾のライフは2000。今しがた攻撃を行ったエクスプロード・ウィング・ドラゴンの攻撃力は2400。攻撃を受けた漆黒のズムウォルトの攻撃力は2000。エクスプロード・ウィング・ドラゴンの効果により、牛尾には丁度2000のダメージが与えられ、牛尾は敗北する。

 その通りになった。牛尾は倒れ、そして彼の腕にあった紫の蜘蛛の紋は消えた。

 ソリッドビジョンが消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「漆黒のズムウォルト?確かさっきは黒いカードだったはずだが……」

 

 王流が拾ったそれは、漆黒のズムウォルト。先ほど牛尾が使っていたカードだった。

 彼の使用時はカードの縁取りが禍々しい黒となっていたが、今はシンクロモンスターの証である白。

 レベルも今は、マイナスではなくプラスになっている。

 

 いや、それよりもまずはセキュリティの男を助けるべきかと考えた王流は、彼に駆け寄った・

 

「おい、大丈夫か?」

「あ?ああ……、いってて、俺は何を……」

 

 覚えていないのか……?正気ではなかった……?

 

 だとすれば誰かが彼を催眠に掛けていて、デュエルが終わったと同時にその際民が解けるように細工していた。と考えるのが自然だ。そう王流は考えた。

 だが、その先は私が考える事ではない。として王流はそこで思考を止め、目の前の人間を助ける事に専念した。

 

「ここは病院だが、こんな様子ではオマエはここで休めないな」

「な、何でだよ」

「いいか、オマエはこんな地面が陥没しかけのボロボロの場所にいたんだぞ。どうなるか分からないわけではないだろう。最良で弁償、最悪器物破損で訴えられる事になるだろうな」

「……………」

 

 絶句する牛尾。表情は青白い。不謹慎ながらも噴き出しそうな王流だったが。

 

「仕方ない、私がなんとかしてやろう」

「え?」

 

 牛尾の前には女神がいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん……?」

 

 聞き覚えのある声に振り返る遊香。だがそれは予想した人物の姿ではなかった。

 現れたのは、髪の右側を深紅に、左側を深緑に染めた少女だった。

 

「あらルミエ、いらっしゃい」

「いらっしゃいじゃ無いわ。こんなところで油売ってないで戻ってきてよ」

「そうね、さっきのナスカの闘いは終わったみたいだし」

 

 遊香を置いてけぼりにして、彼女達は去っていった。

 

「なんなんだいったい」

 

 病室に残ったのは遊香のその呟きだけだった。

 




遊香って主人公だよね……?


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Episode3 Change to unstoppable

 

 そこには2人の男と1人の女がいた。

 青緑色の髪を後ろで纏めた青年と、それに相対する目つきの鋭い黒髪の長身の少年。そして、その相対を見守る、青年と同じ青緑髪の髪をストレートにした女性。

 2人の男は、アンティデュエルを行っていた。

 

「聖刻神龍-エネアードで、ライフ・ストリーム・ドラゴンを攻撃!」

 

 黒髪の少年の宣言によりデュエルは動く。装甲の龍の放った閃光に金色の竜が包み込まれる。

 エネアードの攻撃力は2800、ライフ・ストリーム・ドラゴンの攻撃力は今、3300。攻撃を行った側の攻撃力が負けている。

 だが攻撃を受けた青緑髪の青年の表情はむしろ、劣勢の者のそれだった。

 一方黒髪の少年の表情は、覇気に満ちており、明らかに優勢を語っていた。黒髪の少年が更に動く。

 

「エネアードが戦闘で負けた事により、罠カード、エクシーズ熱戦!!を発動!

俺は1000ライフを払い、お互いは破壊されたモンスターのランク以下のランクを持つエクシーズモンスター1体をそれぞれのエクストラデッキから選んで相手に見せなければならない。」

 

黒髪の少年LP1600⇒600

 

「そしてその攻撃力差で負けた者はその数値のダメージを受け、見せられなかった者は更に見せられたモンスターの攻撃力分のダメージを受ける!俺が見せるのは攻撃力3000、サンダーエンド・ドラゴン!お前は?」

「…分かってて言うなよ、チクショウ!」

 

 手札を地へ叩きつける青緑髪の青年。彼はエクシーズモンスターを持っていなかった。それどころかそんなカードは見たことも聞いたことも無い。本来ならライフ・ストリーム・ドラゴンの効果により、カードの効果で、カードの効果によるダメージを受けないはずだった。

 だが黒髪の少年は事前に、攻撃力を400アップさせカード効果を無効化させる、禁じられた聖杯を使用していた。ライフ・ストリーム・ドラゴンの攻撃力が3300にアップしていたのはそのせいだ。

 

 龍亜LP2200-3000=0

 

 アンティデュエルで賭けていたのは、龍亜の仲間との絆の証である唯一無二のパートナーであるライフ・ストリーム・ドラゴン。龍亜にとって、その仲間達との友情は何があっても揺るぎ無いものだ。

 だが、ライフ・ストリーム・ドラゴンを奪われる事は、その絆をヤスリで削るに等しかった。

 

「どうしてオレが……!くっそう…!」

 

 思わず|跪(ひざまず)き、右手の拳で地を叩く龍亜。

 最近、ライディングデュエルでもスタンディングデュエルでも龍亜は負けがなかった。

 その快進が、誰しも経験しうる『慢心』という落とし穴を龍亜の死角に作っていたのだ。

 

「龍亜が、負けるなんて……」

 

 彼の妹である龍可も、彼の敗北を予想できなかった。

 

「なにか勘違いをしているようだな?」

 

「「えっ……?」」

 

 思わず声が重なる兄妹。『え、勘違い?』その疑問を放つ言葉さえも声帯から出なかった。

 

「言っただろう、俺が勝てばライフ・ストリーム・ドラゴンを“借りる”と」

 

「「え」」 

 

 また声が重なる。2人の思考は完全に止まった。そしてまた動き出し、2人はようやく理解した。

 『自分たちは思わぬ大きな勘違いをしてしまっていたのだ』と。

 そして理解した途端、2人の顔は熱くなっていく。

 

「え、えっと……」

 

「ご、ごめんな。最近、ライフ・ストリームを賭けてデュエルを挑んでくる奴が多くってさ」

 

「ふん、全くだ。とんだ悪役じゃないか俺は」

 

「ご、ごめんって!今日1日貸してやるからさ!」

 

 思わず軽いテンションでそんな事を言ってしまう龍亜。

 最も、アンティデュエルで負けた以上、賭けたカードを勝者に渡さなければならないのだが、その台詞は絆はどうしたと思わず突っ込みたくなるものであろう。

 

「ああ、元々それが賭けの内容だったからな。では借りていくぞ」

 

 そう言って黒髪の少年は龍亜が差し出したライフ・ストリーム・ドラゴンを受け取る。

 その瞬間……。

 

「あれっ?」

 

 そこには、黒い髪の少年など存在しなかった様な空間があった。

 龍亜が、少年は着えてしまった事を認識する前に

 

「私達、何をしてたんだっけ?」

 

 そんな事を言う龍可。

 

「何ってアイツと……アイツ?誰だそれ?俺何言ってんだ?」

 

 龍亜が黒髪の少年、深森握徒とデュエルをしていた事、それを知っているのは最早、龍亜の足元に落ちているライフ・ストリーム・ドラゴンだけだった。

 

 

 

 

「………………」

 

 そして現代。

 ここへ戻ってきた深森の右手にもまた、ライフ・ストリーム・ドラゴンが握られていたのだった。

 彼に話しかける存在が一つ。その声は、老化して動かなくなった声帯を無理矢理機械で動かしたようなものだった。

 

『アポリアを倒した存在。シグナーの竜の1体ですか』

「ああ」

『それをあの少年、龍亜に渡すと?』

「この時代のな。なんだ、不満か?」

『………………』

 

 その彼の沈黙は、肯定を意味していた。

 過ぎた力は世界を滅ぼしかねない、それが彼の考えだった。この時代の龍亜に対して、ライフ・ストリーム・ドラゴンは間違いなく過ぎた力だ。それに、そんな事をすれば大きな歴史改変となってしまう。

 後戻りは出来なくなる。だが……。

 

『いえ、私は貴方に対して意見できる立場ではない。いくら不満を持とうと、貴方は私の命の恩人。

それに貴方の行動は、世界を救うことに起因するものだ。例えそれが間違った道へ進むきっかけになるとしても、私は本来なら死んでいる身なのだ。ならば、私は任せるしかない。

あなたと、この時代のZ-ONEに』

「わかってるじゃないか。そうだ、お前は見守ってくれていればいい。俺たちの世界をな」

『ええ……。この世界を見守る。それが私にあなたが与えた役目。

私はその為だけに、生かされる身……。ならば、私はそれを全うするまでです。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな映像が流れたらキングも貴方も終わりね」

 

 ネオ童実野シティ長官の秘書である狭霧御影は、王流(おうる)に肩を借りている牛尾に対しそう言った。

 牛尾は口を閉じている。疑問の声を上げるのは王流だ。

 

「ふむ、弁償だけではすまないと?」

「そんな金が何処にあるというの?」

 

 狭霧の言葉に、王流は心の中で密かに笑った。

 

「勿論、弁償だけではすまないわよ。最悪留置所入りね、キングも彼も」

「つまり証拠隠滅か。」

「仕方ないでしょう?」

 

 王流の言葉に刺々しく言葉を返す狭霧。苛立っている事が手に取るように分かる。

 王流は確信した。この狭霧と言う女性、接する相手によって大きく性格が変わるタイプの人間だ。このタイプの人間には大抵『意中の相手』がいる事も王流は知っていた。

 

「とにかく、この女の居場所を調べるわ、貴女もついて来なさい」

 

 モニターの中の看護士を指差してそう言う狭霧。王流は牛尾とキングのデュエルを目撃した人物でもある。キングを慕う狭霧としては、放ってはおけなかった。

 

「目的は聴取か?まあ、目撃者は私と監視カメラだけだからな。いいだろう」

 

 彼女は上手く勘違いしてくれたようだ。そう狭霧は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャックが目覚めると、そこは誰かの寝室らしき場所だった。

 思考を巡らせるジャック。

 

 「そうだ、俺は確か……」

 

 その時、戸を叩くものらしき音が聞こえた。直後に聞こえてきたその声はジャックの見知った声だった。恐らく自分を探しに来たであろうと踏んだジャックはベッドから降り、玄関へ向かう。

 

「その女に責任は無い、俺が頼んだのだ。」

「あ、アトラス様、いらしたのですね!さあ、帰りましょう?」

「ああ、ちょっと待ってくれるか」 

 

 突如、玄関先から現れる見知らぬ女。その雰囲気は、男装女優を思わせた。

 眉尻を軽く上げながら微笑んだその女は、自分とそう年齢も変わらないように思えた。

 

「やあキング」

「……俺はもうキングではない」

「ああ知っている。だが呼び名など関係ない。呼びやすいからそう呼んだだけだ。アトラス様と呼ばれるほうが好みか?」

「俺に何の用だ!」

 

 この女、何か気に食わん。それがジャックの王流に対する印象だった。

 何故かこいつの喋り方にはイライラさせられる。まるで挑発しておいてこちらの意見をまんまと受け流されているような鬱陶しさが感じられた。

 

「ああ、すまん。誰にでも余計な事を喋りすぎる癖があってな。私は月河王流。学生だ」

「何用だと聞いている!」

「いやなに、これをしたいんだが?」

 

 月河が見せ付けるように掲げたのは、デッキだった。

 

「オマエ確かカーリーだったな?」

「うぇ!?は、はい!」

 

 突然、話を振られて慌てるカーリー渚。彼女等がここに来てから、自分そっちのけで勝手に話が進んでいたのに、急に話を振られれば仕方ないが。

 

「見る限りこのマンションの屋上、いいスペースがありそうだが?」

「う、うん、そりゃデュエルくらい出来るけど……」

「では良いな?アトラス」

 

 ジャックはそこまで言われて、引き受けないデュエリストではなかった。

 

「フン、無論だ!受けて立つ!」

「あ、あなた、相手が誰かわかって…」

「デュエリストなら、売られたデュエルは買う。それがデュエリストだ!お前は俺の何を見ていた!」

 

 ジャックにデュエルを挑むと言う王流に意見する狭霧だったが、ジャックの喝破に狭霧は黙るしかなかった。

 



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