それでもわたしは夢女子にはならない【完結】 (龍流)
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噛ませ犬が弱いとは限らない

スクアーロってかっこいいよね


 わたしは転生者である。

 両親がギャング稼業に精を出し、家庭環境が普通と明らかに異なることを除けば、いたって普通の、ほんとうにどこにでもいるようなごく普通の子どもだった。

 あれ? ここ、もしかして『家庭教師ヒットマンREBORN!』の世界じゃね? と気がついたのは、両親の口から「ボンゴレ」という単語が出てきた時である。

 

 やったぁあああああああああ! 

 

 と、喜ぶのも束の間、わたしはひどく落胆した。何故か? 理由は単純だ。

 わたしの性別が、女だったからである。

 

(最悪だ。どうしてわたしは、せっかくREBORNの世界に生まれたのに、女になってしまったんだろう……)

 

『家庭教師ヒットマンREBORN!』という作品は、コテコテのギャグ路線からシリアススタイリッシュアクションに舵を切り直して大成功した、いわばジャンプの路線変更の代名詞とでも言える作品である。序盤にパンツ一つで駆け回る主人公はいつの間にか消え、死ぬ気の零地点突破だの、リング争奪戦だの、はたまた未来へタイムスリップしての近未来バトルだの、すっかりジャンプの黄金期を支える激アツバトルストーリーに成長した。

 そう。『家庭教師ヒットマンREBORN!』は、少年の心をくすぐる、王道バトルマンガなのだ。

 

(うう、でも、女じゃなあ)

 

 だからこそ、わたしは涙した。それはもう、大量の悔し涙を流した。

 雲雀恭弥然り、六道骸然り、白蘭然り、REBORNの世界で第一線を張る強キャラは、そのほとんどが男だ。作画の雰囲気も相まって、女性ファンが多かったのはよく理解しているし、女キャラよりも男キャラが強いのは少年マンガの宿命とも言える常だが、それにしたってREBORNの世界は男ばっかり強いように思える。クローム髑髏ちゃんなんて、大体敵にボコされたり、触手の餌食になっていた印象しかない。超エロかったのであれはあれで最高だったが、しかし自分がボコボコにされて触手プレイを受ける側になりたいかと聞かれれば、断固としてノーである。わたしはべつにMではない。それはそれとしてグロ・キシニアさんはとてもリスペクトしています。

 

(ブルーベルちゃんとかも鳴り物入りで登場した割には、あっさり干物にされっちゃってたよなぁ……ラル・ミルチとかはそこそこ強かったし、キャラとしては好きだったけど、あんまり活躍してるイメージはないし)

 

 とはいえ、いつまでもうじうじと悩んでいてもはじまらない。

 わたしには、大いなる夢があった。野望があった。生涯の悲願があった。

 それは……

 

(リングの炎使って、(ボックス)兵器でスタイリッシュに戦いてぇ)

 

 バトルである。浪漫である。

 REBORNに出てくる武器は、そのほとんどがとにかくかっこいい。

 そもそも六属性の炎とかいう概念そのものがイカしているし、守護者のリングも洒落ているし、専用の匣兵器なんてもう最高だ。

 わたしは前世では一個200円くらいで売っていたリングのガシャポンを死ぬほど回し、ボンゴレリングをコンプリートしては喜び、ヘルリングのあの気持ち悪い目玉のやつばかり3個連続で出てきてはキレ散らかすタイプの厄介オタクであった。

 

(せめて、せめて自分の炎の属性がわかるまでは絶対に死ねないなぁ……)

 

 炎を使って、兵器でスタイリッシュに戦うためにはどうすれば良いか? 

 

 これもまた、単純な話である。強くなるしかない。

 

(修行、するか!)

 

 とはいえ、ここはREBORNの世界。生半可な覚悟で修行したところで、そこらへんのちょっとかわいいモブ雑魚兵士になるのが関の山である。もしくは触手プレイ。

 なのでとりあえず、何かを一つ。極めよう。その分野で、最強と呼べる頂点に至れるように、すべてを捨てて、それに打ち込もう。

 

「お前も、もう大きくなった。どうだろう? 護身のために、剣術でも習ってみては」

「やります。剣術習います」

 

 すべては、自分の将来のため。スタイリッシュバトルのために! 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

「お前の親は、俺が殺した。今日からは、俺がボスだ」

 

 現実は甘くない。

 ほどなくして、わたしは生きるための選択を突きつけられた。

 

「選べ。このまま死ぬか、俺の奴隷になるか」

「やります。奴隷やります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペルビ・スクアーロがその噂を耳にしたのは、単なる偶然であった。

 

「地下闘技場に、負けなしの剣士がいる、だぁ?」

「ええ。そうなのよぉ」

 

 奇抜なファッションの筋骨隆々のオカマ、ルッスーリアは、相変わらず生理的嫌悪を感じさせる動きで体をくねらながら、うねうねと頷いた。

 

「場所は?」

「お、フ、ラ、ン、ス! なんでも、ギャングとか闇のブローカーとか、表には出れない人間を集めてコロシアイをさせてるらしいわ。コロッセオといえばイタリア(ウチ)の名物だっていうのに、なんだかお株を奪われたみたいでやーねぇ」

 

 はいこれ、とルッスーリアはさらに詳しい情報が記されたメモ書きを、スクアーロに手渡した。

 

「ゔお゛ぉい! ずいぶんと用意がいいじゃねぇかぁ」

「ほらぁ、あなたそういうのお好きでしょう?」

「もちろん大好物だぁ」

 

 一見、粗暴に見えて、こと剣の探求については誰よりもストイックなのがスペルビ・スクアーロという男である。

 剣の帝王と謳われた現代最強の剣士、テュールを倒した後、スクアーロは端的に言ってしまえば燃え尽き症候群に近い状態に陥っていた。

 西に剣士がいると聞けば赴いて潰し、極東に負けなしの流派がいると聞けば、また赴いて潰す。そんな繰り返しにも、少し飽きてきた頃だった。

 負けなし、という言葉に期待を抱くには、スクアーロはもう強くなりすぎてしまっていたが、とはいえそれでも期待がないと言えば嘘になる。

 

「おもしろそうじゃねぇかあ……行ってくるぜ」

「ボスに連絡は?」

「いらん! そもそもお前はプライベートで出かける度に、あのクソボスから許可を貰う気かあ?」

「おほほほ! あまり笑わせないでスクアーロ! 私の美しい腹筋がもっと美しく割れてしまうわ!」

「うっせぇーぞぉ! とにかく留守は任せるからなぁ!」

「はいはーい! いってらーしゃーい!」

 

 即断即決、即行動がスクアーロのモットーである。

 そのまますぐ出て行こうとした彼を、しかしルッスーリアは呼び止めた。

 

「あ! ちょっと待ってスク! 一つ言い忘れていたわ!」

「あぁ!? なんだぁ?」

「その無敗の剣士、()()()()()()()()()らしいわよ」

 

 

 

 

 

 スクアーロがフランスに入国した後、その地下コロシアムとやらへの参加は、トントン拍子に進んだ。

 どうやら噂の剣士とやらがあまりにも強すぎるらしく、対戦相手を募集するのも難しい状況だったらしい。噂に違わぬ評判に、スクアーロの胸は柄にもなく弾んだ。

 だが、地下に降り、コロシアムに入れられ、対戦相手と向き合って。そこで、スクアーロの抱いていた期待のすべては、あっさりと裏返った。

 負けなしの剣士、というのは年端もいかない少女だった。

 およそ、戦いには向いていないように見える、黒いドレス。色素が抜けた、金髪のショートヘア。とてもじゃないが、きちんと栄養を摂っているようには思えない、青白い肌。

 そして、少女が構えた得物を見て、スクアーロはひどく落胆した。

 

「貴様ぁ……ふざけているのかぁあ!?」

「……なにが?」

 

 その剣には、刃がなかった。

 針のように細く鋭い剣身と、華やかな曲線が特徴的な柄。少女が構えたそれは、レイピアと呼ばれるフランス発祥の片手剣であった。簡潔に説明するならば、催事に用いられる儀礼剣に近い。まともな武器として見るには、それは少々華美に過ぎた。

 だが、スクアーロが何よりも気に入らなかったのは、その少女の得物ではない。

 

 瞳である。

 

「戦いを前にして、なんだぁ? 貴様の、その死んだ眼はぁ……!」

 

 少女の碧色の眼は、端的に言って腐りきっていた。覇気も生気も、まるで感じられない。

 性別は良い。女でも、強い剣士には山ほど会ってきた。

 剣は良い。どのような(なまく)らであっても、それに己の武器としての誇りを込めているのなら。

 だが、眼だけはダメだ。戦おうとしているのではなく、戦わされている。その腐りきった眼を見ているだけで、スクアーロの闘志は削がれてしまった。

 

「ちっ……無駄足だったなぁ」

 

 殺し合いの開始を告げる、ベルが鳴り響く。

 速攻で終わらせよう、と。スクアーロは左腕の剣を構えた。

 だが、それを上回るスピードで。開始と同時に、まるで呼吸を一息。それが当然であるかのように、少女は深く踏み込んだ。

 

「……っ!?」

 

 斬らない剣士。その異名の意味を、事ここに至って、スクアーロは正しく理解する。

 

「ゔお゛ぉい……はぇえじゃねぇかぁ」

 

 称賛の声を漏らしたスクアーロの頬が裂け、鮮血が流れ落ちた。

 

「……なるほど。悪くねぇ」

 

 それは手放しで称賛できる、素晴らしい()()だった。

 レイピアという武器は、基本的に相手を斬るのではなく、突くことを主眼としている。故に、この細身の剣を握る剣士に求められるのは、相手の肉体を断ち切る剛力ではなく、純粋に磨き上げられたスピードである。

 レイピアはめずらしい剣ではあるが、使い手が皆無というわけではない。スクアーロは剣士として、これまで数え切れないほどのレイピア使いと対峙してきた。当然、一度たりとも不覚を取ったことがない。

 そんな自分が、攻撃を受けて、血を流した。その理由は、あまりにも単純。

 今まで対峙してきた剣士の中で、この女の剣は最も疾い。あの剣帝テュールよりも。

 斬らない剣。その異名は、間違っていなかった。

 

「……初手で頭を刺して、殺せなかったの。あなたが、はじめて」

 

 こいつは、今まで対峙してきたすべての敵を、斬るのではなく突き刺して、殺してきたのだ。

 

「認識を改める必要が、ありそうだなぁ!」

 

 歓喜の叫びを伴って、スクアーロは一気に踏み込んだ。

 レイピアは、その性質上、突きによる最高速の攻撃に特化している。細く刃のない剣身は、防御に適しているようには見えない。

 では、レイピア使いは、受けに回ったらそれで終わりなのだろうか? 

 

「良い反応だ! 判断能力も申し分ねえ!」

 

 答えはNOである。

 スクアーロが左手で無造作に振るう剣戟のすべてを、少女はすべて剣先でいなしていた。受けて、止めるのではない。あくまでもその攻撃を、受けた上で、流している。

 西洋で最もメジャーな剣を使うスポーツである、フェンシング。騎士たちの嗜みでもあったその競技の語源は身を守る『Fence(フェンス)』という単語を由来としている。細い剣身は、決して防御に適していないわけではない。

 右足を前に出し、肩幅に開いた左足は大きく下げ、つま先と剣先を相手に向けて正対させる。スクアーロの眼前で殺気を迸らせる、少女のその構えこそが……西洋剣術の守りの技術の結晶だった。

 

(この女ぁ……フェンシングの競技台(レスト)がねぇ分、ステップで距離を取りながら、どこまでも下がって受けやがる!)

 

 ただし、

 

「が、まだ(ぬる)いっ!」

 

 古今東西、ありとあらゆる剣技を、尋常ならざるスピードで喰らいつくしてきたのが、スペルビ・スクアーロという男である。

 

「ゔお゛ぉい! オレを焦らすなぁ!」

 

 徐々にその守りに、綻びが生まれ始める。

 

 その技の名は鮫の牙(ザンナ・ディ・スクアーロ)

 空間を噛り取るかのような斬撃の連続が、少女に片膝をつかせる。

 スクアーロは、剣を振り下ろすことを止め、叫んだ。

 

「技の出し惜しみをするなぁ! 気合いを入れろ! そんなものではないはずだ!」

 

 もっと、もっと、もっと。

 

「もう加減はしねぇぞぉ……オレを、楽しませろ!」

 

 暗く、淀んでいた少女の瞳の中に。

 僅かに、けれど確かな炎が灯るのを、スクアーロは一人の剣士として感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 生きるために、見世物になった。奴隷になって、生きるために剣を学んだ。下品な嘲笑と乾いた喝采の中で、剣を振るい続けた。

 毎日ひたすらに、剣を突く。突いて、突いて、突き続ける。その鋭さを、一心不乱に磨き上げていく中で、わたしの中にあったどこか大切な部分は、少しずつ摩耗していった。

 喉を突いて殺す。頭を突いて殺す。胸を突いて殺す。そこに、技巧の競い合いはない。燃えるような闘志のぶつかり合いもない。殺しが滑らかになっていくのと同時に、ルーチンワークのような戦いに、どんどん心が冷めていった。

 

 その銀髪を見た時。ああ、知っている顔だと思った。

 よく知っている噛ませ犬だと、そう思ってしまった。

 山本武に負け、幻騎士に手を抜かれ、マグマ風呂野郎に歯が立たず、心臓を貫かれて死にかけた、まったく良いところのない思わせぶりな強キャラ。

 だが、こうして対峙して、実際に剣を交えて理解した。

 

 

 ──最強が、ここにいる。

 

 

 一太刀を交える度に、心が揺さぶられる。一突きを捌かれる度に、全身が熱く沸騰する。

 

 剣帝を倒した、現代最強の剣士。

 

「そういえば、名乗るのがまだだったなぁ!」

 

 剣技も強さも型破り。東洋から西洋に至るまで、あらゆる剣術家と対峙し、そのスタイルを自分のモノにしてきた、獰猛極まる鮫。

 

 名乗りを聞かなくても、わかる。

 

 その名を、わたしは知っている。

 

 

 

「オレは、スペルビ・スクアーロだ!」

 

 

 

 わたしが想像していたよりも、遥かにその声は(やかま)しかった。

 

「名前を聞かせろぉ! 小娘ぇ!」

 

 全身が、歓喜に打ち震える。

 ようやく見つけた。遂に、巡り逢えた。

 目的を見失いながら、磨き抜いてきたこの刃で、

 

「──オルカ・グルマンディーズ」

 

 殺すべき相手を見つけることができた。

 

「オルカかぁ! 覚えたぞぉ!」

「覚えなくても、いい」

 

 強者との対峙。

 

「あなたに勝つことができたら、わたしも喜んで死ぬ」

 

 この日。わたしは、はじめて生きる(よろこ)びを知った。

 そして、同様に。対峙する彼も歯を剥き出しにして笑った。

 

「おもしれー女だぁ……!」




登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
悠々自適にスタイリッシュでかっこいい剣の道を極めようと思ったら、親が殺されて地下コロシアムで決闘を強いられるようになった奴隷系主人公。スクアーロくんのことは舐めていたが、剣が強くて綺麗だったので惚れた。

『スペルビ・スクアーロ』
噛ませ犬のカス鮫。作中でまともに勝ったことのない正真正銘のスーパー噛ませ犬。しかしかっこよくてそこそこ人気がある。最近リボーンのカフェメニューが告知されたが、彼をイメージした商品はソルティライチドリンクだった。ソルティライチドリンクってなに?

『ルッスーリア』
オカマ


この作品はスクアーロかっこいいなぁ、活躍させたいなぁ、という作者のスクアーロ愛で構築されています。リボーンとスクアーロが好きな人に読んでもらえたらうれしいです


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噛ませ犬に勝てるとは限らない

作者のオススメのスクアーロは、山本に負けたあとに「剣士としてのオレの誇りを汚すな」って言ってるスクアーロです


 これまで、わたし(オルカ・グルマンディーズ)を相手に、5分以上立っていた相手はいない。

 平均で3分。最長で、4分46秒。どんな相手であろうと、わたしはそれまで、自身の剣だけで、すべての相手を捻じ伏せてきた。捻じ伏せなければ死ぬので、どんな相手にも全力で望んできた。

 それが、今はどうだろう?

 

「どうしたぁ!? 息があがってきたかぁ!?」

 

 観客たちが、ざわつく。賭け金のレートが、目に見えて変動していく。

 それまで気にしたこともなかった、時計のカウンターを横目で確認する。わたしとスペルビ・スクアーロとの戦闘開始から、すでに6分46秒が経過していた。

 呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が早鐘のように耳まで響く。流れる汗で、スポンサーの趣味で着せられている黒いドレスが肌に貼り付き、これ以上ないほどに鬱陶しい。

 

 だが、だとしても……

 

「……ははっ」

「あぁ! そうだ、いいぞぉ! ようやくマシな眼になってきたじゃねぇかぁ……ついてこい! もっとだ! ギアをあげろぉ!」

 

 ()()()

 見たことないのない剣技。受けたことのない斬撃。それらすべてが、楽しくて楽しくて仕方がない。

 斬撃が体を掠める度に痛いほど実感する。自分がコロシアムで対峙してきた相手は、こんなにも浅かったのか、と。わたしは今、目の前の相手を通して、全世界の剣技を体感している。

 スクアーロの扱う片手剣は、左腕に直接刃を括り付けているような……見ようによっては、不格好なものだ。本来、剣の柄を握ることで確保される手首の可動域よりも、彼に許された斬撃の自由度は、おそろしいほどに狭い。

 にも関わらず、無造作に振るわれる刃の閃光は、わたしがこれまで経験してきたどんなものよりも、圧倒的な速度と膂力を伴っている。

 

「とばすぜぇ!」

 

 咆哮と同時、振り上げた刃から『何か』が炸裂した。

 爆音が響くと同時、深く後ろへとステップを踏んで、その衝撃ごと体を後ろへと流す。

 

「……仕込み火薬」

「ほう。見抜いた上に、こいつを避けるか。勘がいいな」

 

 剣だけでも充分に強いくせに、マフィアらしく全身に武器まで仕込んでいるから、この男は手に負えない。

 だけど、それで良い。殺し合いには、武器がいくらあっても困らない。

 

「だがなぁ! タネがわかったところで、そう何度も避けられるかぁ!?」

 

 達人の剣速で、殺人的な加速で爆薬が射出される。

 先ほどのように、回避するには量が多い。受けて流そうとすれば、わたしの軽い身体は簡単に吹っ飛ばされる。その瞬間を見逃す相手ではない。

 

「……なら、落とす」

 

 着弾が回避できないなら、着弾する前に、斬ってしまえば良い。

 瞬間に、三連。前に突き出した剣先が爆薬を捉え、爆風そのものを、突き刺して流す。

 

「悪くないッ! ()()は、はじめてだ!」

「どうも」

 

 刺突のスピードだけなら、わたしはこの男と対等である自信がある。

 だからこそ、攻防の入れ替わりに、息吐く暇がない。レイピアをメインに、フェンシングのスタイルでコイツの剣を受けるわたしは、どうしても攻撃を受ける度に下がらなければならない。ただ後ろに後退するのではなく、円を描くように下がって誤魔化しても、フィールドの広さには限度がある。

 故に、針の穴に糸を通すような、瞬間の隙を見計らって、前に出なければならない。突いて、突いて、突き貫いて、攻撃の主導権を強引にでも握り返す。

 

「受けて流し、切り返すスタイルなのは、よくわかった……わかったが」

 

 瞬間、流したはずの斬撃の衝撃が、強烈にわたしの腕を震わせた。

 手のひらから、愛剣の柄が零れ落ちる。

 

「避けずに受け過ぎたのが、命取りだぁ!」

 

 宣誓と共に、リングに血の花が咲いた。

 

 

 

 

 

 スペルビ・スクアーロの剣術は、古今東西、流派を問わず、あらゆる剣術を独自に吸収し、強引に噛み合わせることで発展させた、我流に近い。

 その剣は、例えるならば深海。潜っても潜っても、積み重ねた底が見えない、深く暗い海。奥底まで見据えようと踏み込んだが最後、どこまでも吸い込まれてしまうような光の届かない深淵。技の種類に限りはなく、繰り出される斬撃はさざめく波のように変幻自在である。

 逆に言ってしまえば、あらゆる技を極め、模倣し、吸収してきたその中で、彼の得意技と称される剣技の数々は、そのいずれもが『剣士殺し』とも言える必殺の威力を誇る。

 眼前の少女を仕留めるべく、スクアーロが繰り出したのは『鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)』。渾身の力で放つ斬撃の一閃を強力な振動波に変換。受け太刀した瞬間に、その振動波を以て相手の腕を麻痺させる、一種の衝撃剣である。

 剣士の立ち会いにおいて、刀を強く握れない、ということはイコールで死に直結する。つまるところ『鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)』が決まった瞬間に、スクアーロと対峙する剣士は、敗北の二文字を突きつけられる。

 

 そう。相手が、普通の剣士であれば。

 

「な……にぃ……っ!?」

 

 絞り出された驚愕の言葉と共に、幾重にも鮮血が吹き出す。

 それは、スクアーロが仕留めたと確信した、少女の血……ではない。

 右脚と左肩を抉り抜き、右腕に突き刺さったそれらは、短剣。麻痺させられた右腕ではなく、空いている左腕でオルカが投げ放った、もう一つの刃だった。

 華美なドレスの下。太ももに巻きつけられたベルトを見て、スクアーロは呻く。

 

短剣(ダガー)かぁ……!」

「ご明察だよ」

 

 片手剣であるレイピアは、そもそも本来()()()()()()()

 貴族が決闘に用いる剣として、レイピアの存在が全盛であった時代。彼らは常に、空いた片手でマントや鞘を防御用の道具として用いた。そして、隠し持っていた短剣を第二の刃とした。スポーツ競技であるフェンシングに形を変えて発展していった片手剣は、その過程で短剣(ダガー)の存在を切り捨てていったが、スペルビ・スクアーロという一流の剣士が、刃に火薬を仕込むように、

 

「殺し合いに、ルールはない」

 

 ぞくり、と。

 スクアーロの背中を、快感に近い感覚が駆け抜ける。興奮が痛みを上回り、瞬間が永遠に引き伸ばされていくような、この感覚。

 

「やるなぁ! 気に入ったぞぉ!」

 

 倒れかけた体を、スクアーロは気力と咆哮で強引に立て直した。

 不意打ちで食らった短剣(ダガー)で受けた傷は、予想以上に深い。だが、反撃を受けたとはいえ『鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)』で彼女の利き腕は完全に殺してある。

 いくら手負いであったとしても、不意を突いても殺しきれない、玩具のように短い短剣(ダガー)の刃で、スクアーロの剣は受け切れない。

 

「もう一つ……あなたに、バッドニュース」

 

 そんなことは、それまでスクアーロの剣をひたすらに受け続けてきた、他ならぬオルカ自身が最もよく理解していた。

 スクアーロが刃を振りかぶるのと同時に、少女は右半身を後ろに下げた。かんっ、と。乾いた音を伴って、華奢な爪先がレイピアの柄を蹴り上げる。

 愛剣が、オルカの左手の中に、再び舞い戻る。

 

 

「わたしは、両利きだ」

 

 

 集中が、極まった。呼吸が、全身の動作に同調した。

 それは紛れもなく、これまでで最も美しい連撃だった。

 一撃、二撃、三撃。

 短剣(ダガー)の刃を全身に浴び、手負いとなったスクアーロに、それら神速の刺突を、捌き切るだけの余裕は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

「っ……ハァ、ハァハァ……」

「ッ……ふぅぅ……」

 

 わたしは、驚愕していた。この10分にも満たない立ち会いの中で、一生分の驚きを吐き出していた。

 いやだって、おかしい。これはもう、絶対におかしい。

 

 なんで死なないの? 

 

 今のは、絶対に殺した。殺しきっていた。タイミングも、呼吸も、全身の筋肉も、駆け引きも、すべてがわたしに味方をしていた。限界という壁があるのなら、わたしはすでにそれを一つか二つ、確実にぶち破っている自信がある。

 だというのに、目の前のカス鮫は、まだ肩で荒く息をしているのだ。

 もう面倒なので、疑問をそのまま問いかける。

 

「……あなた、どうして倒れないの?」

「ゔお゛ぉい! おもしれぇジョークだぁ! 剣だけじゃなく、口までよく回るようになってきたようだなぁ! オレはうれしいぞぉっ! ゴフっ……」

 

 声うるせぇ。ていうか、途中で血反吐吐いてるし。本当にどうして死なないのだ、コイツは。むしろ、どこをどう斬ったら息の根が止まるのだ。

 

「次が、最後の一撃だ」

「まだやるの? 正気?」

「当たり前だぁ……オレはまだ、負けてねぇからなぁ!」

 

 咆哮と共に、愚直な突進。

 わたしは、目を見開いてそれを見る。

 動けなかったわけではない。気圧されたわけでもない。

 ただ純粋に。その刹那、彼が振るう剣に宿る殺意に、深淵を見た。

 地面が、抉られていく。

 それは、剣帝テュールを倒した絶技。スペルビ・スクアーロが振るう、真の必殺。

 

 『鮫特攻(スコントロ・ディ・スクアーロ)

 

 わかってしまった。確信してしまった。

 ああ、これに負けるなら、本望だ。

 斬撃に全身を吹き飛ばされる経験なんて、もう二度とできないだろう、と。そんな無駄な思考が脳の裏側を巡って、地面に体を叩きつけられた衝撃が、遅れてやってきた。

 全身から、血を滴らせながら。その銀髪を、わたしの血で濡らしながら。鮫は笑った。

 

「……オレの、勝ちだな」

「……うん。わたしの、負けだ」

 

 倒れたまま、もう立ち上がる気力すらないわたしに向けて、スクアーロは告げる。

 

「お前は負けた」

 

 うるさいな。わかってるよ。

 

「情けは、剣士の誇りを汚すものだ」

 

 赤く染まった剣先が、わたしの首筋に突きつけられる。

 

 

「だが、お前は剣士ですらない!」

 

 

 

「は?」

 

 あ? 今なんつったコイツ。

 わたしにここまでボロボロにされておきながら、わたしのことを剣士じゃないとかほざいたのか? 

 

 ゆ、ゆるせねぇ……! 

 

「お前は奴隷として飼い慣らされ、戦わされていたぁ……こんな勝負を、オレは剣士として認めるわけにはいかん!」

 

 わたしの首先に突きつけていた剣を引き戻して、スクアーロは問う。

 

「今すぐに選べぇ! ここで野垂れ死ぬか、おれと一緒にイタリアに来るか!」

「あ、いきます。イタリアいきます」

 

 即答した。

 非常に申し訳ないが、わたしにはまだ剣士の誇りとやらがよくわからない。コイツ曰く、わたしは剣士じゃないらしいので、それも仕方ないのかもしれない。

 とにかく、わたしは生きたい。恥を捨てても泥を啜っても生きて、生き抜いて、再び剣を握りたい。

 だって……わたしはこんなにも魅力的な、命のやりとりを知ってしまったから。

 

「よぉし……!」

 

 わたしの返事を聞いて、スペルビ・スクアーロは、それまでとはまったく種類の違う笑みを浮かべた。

 コロシアムの外に群がっている、餌を睨み据えて、ただ一言。

 

「さぁて……第二ラウンドといくかぁ!」

 

 

 

 まさか死ぬとは欠片も思っていなかったが、予想以上に全身傷だらけのスクアーロを出迎えて、ルッスーリアは目を剥いた。

 

「あっらぁ〜!? どうしたの!? これはまた随分と、男前が上がったわねぇスクアーロ……ってなに? あらやだ、一体誰なの? そのカワイコちゃんは!?」

 

 血だらけの満身創痍で扉を開けたスクアーロは、鼻を鳴らして、片手に抱えたボロ雑巾のような少女をルッスーリアに向けて放り投げた。

 

「フランス土産だぁ」




今回の登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
原作の噛ませ犬にボコボコにされた噛ませの噛ませ。スクアーロとのバトルで剣の楽しさに目覚めた。フランス土産になった。

『スペルビ・スクアーロ』
原作では勝ち星なしだが、早速一勝した。原作では散々馬鹿にされているが、これくらいは強いと思う。多分、おそらく、きっと。剣士だが、剣の刃には火薬を仕込むタイプ。

『ルッスーリア』
オカマ


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ヴァリアーには入りたくない

結局、氷漬けのXANXUSの封印を解いたのは誰なんだろうとずっと考えている


「オルカ。ヴァリアーに入れ」

「あ、いやです。入りません。ヴァリアーには入りません」

 

 束の間の沈黙があった。

 

「なにぃい!?」

 

 いや、声うるさ……

 わたしは包帯でぐるぐる巻きになっている手で、なんとか耳を塞いだ。

 あれから数日。わたしはスクアーロにボコボコのボコにされた傷を癒やすべく、ベッドで横になって回復に励んでいた。わたしの何を気に入ってくれたのかよくわからないが、ルッスーリアさんがせっせと看病に励んで、わたしの側に付いてくれている。

 そこそこ回復し、まともに喋れるくらいの状態になるのを見計らっていたのだろう。話がある、というので何かと思ったら……やはりその内容は、ヴァリアーへの勧誘だった。

 

「貴様ぁ! オレに助けられておきながら、組織に入ることを拒むとはどういうことだぁ!?」

 

 正直、どうもこうもない。それはもう単純に純粋に、今言った通り、ヴァリアーに入りたくないだけだ。

 そもそもヴァリアーとは、ボンゴレファミリー最強と謳われる独立暗殺部隊である。マフィアという裏稼業の中でも実行が難しいような暗殺、汚れ仕事を請け負う存在で、その任務の特性から作戦に失敗は許されず、任務の完遂率は90%以上。その高い任務達成率、戦闘能力の高さは『ヴァリアー・クオリティ』と呼ばれ、讃えられている。

 また、様々な国に潜入する機会があるため、ヴァリアーに入隊する人間は7ヶ国語以上の言語に精通していることを求められる。

 

「正直に答えろぉ……お前、言葉は何ヶ国語話せる?」

「フランス語と英語しか話せません」

「ゔお゛ぉい! つまんねぇ嘘をつくなぁ! オレと今、イタリア語で喋ってるだろうが!」

「ちっ。じゃあ、イタリア語も追加で」

「追加とはなんだぁ!? このカス娘がっ!」

「あらあら、この子。ロシア語とスペイン語もいけるみたいよ」

「んん!? なぜわかる、ルッスーリア」

「個人情報を調べたら、いろいろ出てきたわ」

 

 流石はマフィアの暗殺組織というべきだろうか。吹けば飛ぶような小さな組織に所属していた人間の情報なんて、その気になればいくらでも調べられるのだろう。

 

「もう一度聞くぞぉ。正確に答えなければ、その首と胴体は泣き別れすると思え」

 

 ベッドの上の怪我人に対して、そんな物騒なことを脅しをかけないでほしい。

 

「えーっとですね。ドイツ語とトルコ語と、あと日本語もいけます」

「英語、フランス語、イタリア語。ロシアにドイツにスペインとトルコ。それに日本語か。十分じゃねぇか」

 

 十分だから言いたくなかったんですよね。言語に関しては幼少の頃に両親からアホみたいに仕込まれたので、それなり以上に喋ることができる。とても感謝していたのだが、この瞬間だけは恨みたい。だってヴァリアーの入隊条件とか死んでも満たしたくないから。

 

「なぜそこまで、ヴァリアー入隊を拒む?」

「いや、普通の人間は暗殺組織に入るか、って聞かれたら、拒む人の方が多いと思うんですけど」

「あらやだちょっと! 聞いたスクアーロ!? この子の言ってること、ド正論よ!」

「お前はすっこんでろぉ……」

 

 明らかにイライラしながら、銀髪がかきむしられる。隣のルッスーリアさんはニコニコと全身をくねくねさせているが、この人も一見まともなオカマに見えて、その実態は死体マニアの結構危ないムエタイオカマなんだよなぁ。まあ、そもそもマフィアの暗殺部隊に所属する人間なんて、最初からまともな人格でないに決まっているんだけど。

 

「……いいか、一度しか言わないから、よく聞け、カス娘ぇ。オレはお前には、剣士として貴重な才が眠っていると、そう思っている」

「それは……えっと、ありがとうございます?」

「お前は剣の道に喜びを見出す、オレと似たタイプの人間だぁ」

「会ったばかりなのに、よくそんなことがわかりますね?」

「剣を交えてわからないことはねぇ。オレを舐めるな」

 

 それはなんというか、完全に敗北した身の上なので、言い返そうにも何も言い返せない。

 

「その才、腐らせておくには惜しい」

「……」

「だから答えろぉ、小娘ぇ! 何が不満だ!?」

 

 ここまで来たら、もう言い逃れのしようがない。

 わたしは意を決して、スクアーロの瞳を正面から見返して、答えた。

 

 

 

「正直にいうと、労働環境に不安が……」

 

 

 

「は?」

 

 スペルビ・スクアーロは呆気にとられた様子で、目を何回か瞬かせた。

 いや、は? じゃないんだよなぁ。わたしにとっては、これ以上ないほどに重要な問題だ。

 

「だって、ヴァリアーって上下関係に厳しくて、上司から理不尽な制裁とか受けそうだし」

「……そんなことはねぇ。任務の失敗が許されねぇだけだ。働きには、それ相応の対価が支払われているぞぉ」

「じゃあ、ヴァリアーのトップは部下に理解があるホワイトな上司なんですか?」

 

 スクアーロは、わたしがあの闘技場でどんな鋭い踏み込みを行った時よりも困り果てた顔になって、天井を仰いだ。

 そりゃそうだろう。ヴァリアーのボスは傍若無人をそのまま擬人化したような人物である。とてもじゃないが、ホワイトな上司ではない。

 

「……あのクソボスは、今はいろいろな事情が重なって、氷漬けになっている」

「でもスクアーロったら、彼への定期報告は欠かさないのよぉ。マメよねぇ!」

「ゔお゛ぉい! 余計なことを言うな、ルッスーリア!」

 

 ああ、そうか。今のヴァリアーは、XANXUSが氷漬けになっている、そういう時期か。

 

「そもそも、クソボスと直接会話する機会が多いのは、オレだぁ。お前がミスをせず、立ち回りに気をつけていれば、問題はねぇ」

 

 ほんとかな……

 

「お休みってあります?」

「ある」

「週休二日取れます?」

「……取れる」

「有給いけます?」

「希望して出せぇ! オレが受理してやる!」

 

 うーん、うーん……

 事務仕事のほとんどはスクアーロがやってるだろうし、給料が良いことは多分間違いない。失敗さえしなければ良いから、そこそこホワイト……ホワイトなのか? 制服は真っ暗だけど。

 さらに労働条件について重ねて質問をしようとしたわたしを見かねてか、ルッスーリアさんが片手を上げて口を挟んだ。

 

「でもねぇ、オルカちゃん。これから就職する職場に不安を覚えるのはわかるけど……結局のところ、仕事で一番大事なのは、や、り、が、いよぉ?」

 

 うわ、出ましたよ。やりがいとかいうブラックな職場の常套句。そういうふわふわした言葉が、一番信用ならないのだ、まったく……

 

「でも、ウチのメンバーになれば、いつでもスクアーロと戦えるようになるわよ?」

「あ、やります。入ります。ヴァリアー入ります」

「ゔお゛ぉい!?」

 

 

 

 

 

 

 だが、それから数年が経って、わたしはその選択を深く後悔することになる。

 

「さぁ……日本に行くぞぉ!」

 

 そう。ヴァリアー所属になった以上、絶対に避けて通ることができない試練。

 ハーフリングを賭けて戦う、守護者たちによるボンゴレリング争奪戦。

 

「準備はいいかぁ? カス娘ぇ」

「いやだ……行きたくない」

「ゔお゛ぉい!?」

 

 どうやって乗り越えよう、この負けイベント?




今回の登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
ヴァリアーに入った。

『スペルビ・スクアーロ』
ヴァリアーに入れた。

『ルッスーリア』
オカマ


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VSヴァリアー編
咬み殺されたくない


作者が好きなスクアーロは、未来編で「土産だぁ」って言いながらマグロを渡すスクアーロです。手土産を忘れない男。


 やってきてしまった、日本に。

 やってきてしまった、敗北必至のクソイベントが。

 

「君達、何の群れ? 目障りだ。消えないと殺すよ」

 

 原作でも、屈指の強キャラ、雲雀恭弥が、わたしの目の前にいた。

 

 た、戦いたくねぇ……

 

 雲雀恭弥は、家庭教師ヒットマンREBORN!という作品において最強格と言っても良い戦績を誇る。黒曜編では六道骸にちょっと不覚を取ったものの、雲のリング争奪戦では入念に最新兵器としての株を上げてフラグを高めたゴーラ・モスカを瞬殺。未来編でも単騎でメローネ基地に侵入し、炎が強すぎてリングが保たないとかいうわけのわからない理論で、幻騎士相手には終始押されながらも、余裕の笑みを保っていた。

 要するに雲雀は、スクアーロなどとは比較にならない、いわば存在そのものが勝利に直結する、生ける勝利フラグとでも呼ぶべきキャラなのだ。

 雲の守護者になんてなりたくなかったが、こればっかりは適性もあるので仕方がない。ワンパンKOされるモスカポジションだけは本当にいやだったので、出発前にレヴィ先輩に「今回だけ守護者交換しませんか? 雷と同じくらい雲もかっこいいですよ」って提案してみたんだけど「オレがボスから賜った役目を譲るわけがないだろう! ふざけるな小娘!」と一蹴されてしまった。柔軟性のない人はほんとにダメですね。頼むからワンパンKO代わってくれよ。

 

「何してやがる。早く行け小娘ぇ」

 

 それに加えて、問題はまだある。

 わたしの隣には今、元気ピンピンのスクアーロがいる。そう、本来であれば雨の守護者戦で負けているはずの、スクアーロがいるのだ。

 端的に言ってしまえば、我々ヴァリアー陣営は、雨の守護者戦に勝利した。

 まさかスクアーロが勝つなんて、と。応援する立場でありながら、わたしは目を疑ってしまった。本来なら鮫の餌になるはずの山本武まで引っ張り上げて、ボンゴレ陣営に投げつけた上での完勝である。不思議に思ったので「どうして助けたの?」と聞くと「お前と同じだぁ。ヤツはまだ剣士ですらねぇ」と仏頂面で返された。

 その代わりと言うのもおかしいかもしれないが、ベル先輩は獄寺くんに紙一重で敗北。ルッスーリアさんと並んでベッドで包帯ぐるぐる巻きになっている。

 つまり、現在の状況は……

 

 一回戦・晴の守護者戦 ✕

 笹川了平VSルッスーリア

 勝者 笹川了平

 

 二回戦・雷の守護者戦 ○

 ランボVSレヴィ・ア・タン

 勝者 レヴィ・ア・タン

 

 三回戦・嵐の守護者戦 ✕

 獄寺隼人VSベルフェゴール

 勝者 獄寺隼人

 

 四回戦・雨の守護者戦 ○

 山本武VSスペルビ・スクアーロ

 勝者 スペルビ・スクアーロ

 

 五回戦・霧の守護者戦 ✕

 クローム髑髏VSマーモン

 勝者 クローム髑髏

 

 六回戦・雲の守護者対決←今ココ

 雲雀恭弥VSオルカ・グルマンディーズ

 

 こんな感じである。うん、わたしこれ責任重大ですね

 

「ルールをご説明します。これが、雲の守護者の戦闘フィールド。クラウドグラウンドです」

 

 案内されたのは、有刺鉄線が張り巡らされたグラウンド場。校舎の中を水浸しにしていた雨の守護者戦とかと比べると味気ない感じだけれど、おそらく危険性でいえばまったく引けを取らない。

 

「雲の守護者の使命とは、何者にも囚われることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮き雲。故に、最も過酷なフィールドを用意しました」

「四方は有刺鉄線で囲まれ、逃げ場はなく、外縁部に設置された8門の自動砲台が、30メートル以内の動く物体に対して、自動で攻撃をくわえます」

 

 はー、なるほど。だからあんなにかっこいいガトリング砲があるんですね。バカなんじゃないの? 

 

「また地中には重量感知式の罠が設置されているので、こちらもお気をつけください」

「踏むとどうなるんですか?」

「一応、音で警報は鳴りますが、直後に爆発します」

 

 もういやだ。そんな戦場のど真ん中みたいな場所で殺し合いをさせないでほしい。

 

「どうする、オルカ? 怖ければ逃げても構わんのだぞ」

「じゃあ行ってきます」

「おい! 無視するな!」

 

 レヴィ先輩が煽ってくるが、いつも通りスルーしてフィールドに入る。いや、だめでしょ。こんなところで敵前逃亡でもしようものなら、スクアーロに三枚に卸されて、ボスにかっ消されるに決まっている。最初からわたしには、戦う以外の選択肢が残されていないのだ。

 まあ、幸いなことに敗北したルッスーリアさんもベル先輩も包帯ぐるぐる巻きで生存しているので、わたしが負けてもなんとか死亡は避けられるだろう。大空のリング戦では毒とか打ち込まれるかもしれないが、ボンゴレファミリーのみなさんなら解毒してくれるに違いない。

 

「そうか。君を、噛み殺せばいいんだ」

 

 冷めた視線でわたしを見据えながら、雲雀恭弥は悠々と愛用のトンファーを構えた。

 

「レイピアか。変わった武器だね」

 

 いや、あなただけには言われたくない。

 ううん、見れば見るほど、トンチキな得物だ。

 トンファーの起源は、一般には沖縄の琉球、より厳密に言えば大陸から伝わってきた中国武術が日本人に合うように最適化されたものだと言われている。まあ、アメリカやヨーロッパにもトンファーバトンとして逆輸入されているくらいなので、その有用性は認められている。

 すぐに終わらせる、とでも言わんばかりに彼は飛び上がってトンファーを振りかぶって……

 

「……へえ」

 

 おそらく、わたしと対峙してからはじめて、雲雀恭弥は驚きで目を見開いた。

 

「なに? もしかして、一撃で倒せると思ってたの?」

 

 そうだよね。原作では、モスカを一撃だったもんね。もっとも、わたしはモスカではないので、一撃でやられる気はさらさらないけど。

 

「それは舐め過ぎだよ、風紀委員さん」

 

 だって、たった一発で無様に負けようものなら、次の瞬間にはボスにかっ消されるに決まっている。モスカが瞬殺されても許されたのは、あれが兵器で、中身が九代目で、あれを暴走させることがボスの目的だったからだ。わたしはなるべく良い感じに善戦して、良い感じに死なない程度の余力を残して負けなければならない。

 真上から無遠慮に振り下ろされたトンファーを受け流し、弾く。空中、身を踊らせた学ランに向けて、刺突の雨を浴びせかける。が、それらは逃げ場のない空中で、両手に構えられたトンファーで払い除けられた。

 

「なるほど。思ってたより、やるね」

 

 おお、すごい。軽く小手調べで踏み込んだだけとはいえ、片眉すら動かさずに防御されてしまった。

 トンファーの強みは、打って、突いて、払って、絡め取る。これらの攻防が、トンファーという武器のみで完結することにある。当然のことではあるが、彼の動きはそれらが高いレベルで習熟していた。

 

 これはヤバい。非常にヤバいが──

 

 

 ──楽しい!!! 

 

 

 適当に相手をして、死なない程度に余力を残して負ければいいと思っていた。どうせ、ヴァリアーはボンゴレに負ける運命なのだから、わたしが何をしようと変わらない、とそう思っていた。

 

 しかし、気が変わった。

 

 なるほど。この雲雀恭弥という男は強い。明らかに強い。しかも、スクアーロの剣士としての強さとはまた違う、別種の強さだ。率直に言って、めちゃくちゃワクワクしてきた。

 

 適当にやるのは、やめた。だって、あまりにも勿体ない。

 

「死ぬまでやろ」

「いいよ。噛み殺されるのは、君だけどね」

 

 

 

 修行を終え、なんとか守護者戦に間に合った……と思った沢田綱吉は、その凄まじい戦闘を見て言葉を失った。

 ヴァリアーは敵陣営とはいえ、その中に女性がいるのはやはり気になった。それが、おそらく同年代の、金髪のかわいらしい少女なら尚更だ。

 だが、ガトリングの十字砲火と、爆散する地雷の中で。凄惨な笑みを浮かべながら戦闘を繰り広げている2人を見て、言葉を失った。

 綱吉の戦う意思は、根本的に「仲間を守る」という意志に支えられている。そこに、愉しみはない。

 

 だが、あの2人は明らかに戦いを楽しんでいる。

 

「こえぇか?」

「ッ……! XANXUS!」

「そう身構えんな。世間話をしにきただけだ」

 

 本来は敵対する立場にあるはずのヴァリアーのボス、XANXUSは綱吉に向かって気安く声をかけた。

 

「この雲の守護者戦には、ゴーラ・モスカを出すつもりだった」

「ゴーラ・モスカ……?」

「大戦後、旧イタリア軍が揉み消そうとした過去の遺物。両手には5連装マシンガン、腹部には圧縮粒子砲、ホーミングミサイルまで装備している、最高の人間兵器だ」

 

 そんなものの存在をチラつかせて、何の脅しだ、と。綱吉はますます身構えた。

 

「……だが、あの女がぶっ壊した」

「……え?」

「あの女がぶっ壊した」

 

 大事なことだったのだろう。XANXUSはどこか遠い目で、2回言った。




今回の登場人物
『オルカ・グルマンディーズ』
ボスとなるべく関わりたくないのでフラフラしてたら、雲の守護者に変なロボが選ばれそうになったので、あわててぶっ壊して守護者アピールをした。このあと雲雀とめちゃくちゃ殺し合った

『スペルビ・スクアーロ』
噛ませ犬脱却

『雲雀恭弥』
ふーん、おもしろい女

『沢田綱吉』
あの子こわい

『XANXUS』
あの女、せっかく作ったモスカを……


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未来編
幻騎士はどこだ? 野郎ぶっ殺してやる


あっという間に未来編です


 メローネ基地に新たな侵入者が現れた。

 入江正一がそう報告を受けた時には、既に現地の部隊は壊滅状態に近い打撃を受けていた。

 

「どうなっている!? 雲雀は別働隊が抑えているはずだろう!?」

 

 困惑する入江の叫びに、部下の返事もはっきりしない。

 

「それが……」

「状況は正確に報告しろ!」

 

 雲雀恭弥に向けて差し向けた部隊からの連絡は途絶えたのは、まだ良い。相手はボンゴレファミリーの中でも最強と名高い守護者だ。それ相応の被害が出るのはわかる。

 だが、基地に侵入してきた10年前のボンゴレファミリーとは別に、別ルートから単騎で侵入してきた戦力に、こんなにも基地内の戦力が削られるのは、大きな誤算だ。

 

「入江様! 現場と繋がりました!」

「ようやくか」

 

 ノイズがはしるモニターに、いやになるほどの爆音が響き渡る。思わず耳を塞ぎたくなる欲求を堪えながら、入江はそれでも懸命に報告の声を拾おうとした。

 

「応答しろ!」

「……い、入江司令。ご報告、します。敵は単騎、しかしその強さ、尋常ではなく……」

 

息も絶え絶えに、ホワイトスペル所属の隊員は、その組織の名を告げた。

 

「相手は『ヴァリアー』です!」

 

 

 

 

 

 極東の戦いとは異なる場所で展開されている、イタリアの主力戦。

 ボンゴレ九代目直属暗殺部隊、ヴァリアーは端的に言って窮地に追い込まれていた。

 

「アホみたいな戦力差だなぁ」

 

 ボンゴレ側の連合勢力を1とするならば、ミルフィオーレ側は8。つまり、1対8。まともな神経の指揮官なら、勝負を投げ出してもおかしくない戦力差である。加えて、ヴァリアーの手勢は僅か33名。少数精鋭が持ち味とはいえ、これではあまりにも戦力に差がありすぎる。

 

「す、スクアーロ作戦隊長。指示を」

「びびってんじゃねぇ。まずはあの城を落とすぞ」

 

 遠方にそびえ立つ古城を見据えて、スクアーロは言う。しかし、その指示に加入したばかりの新兵は裏返った声を上げた。

 

「あの古城を落とすんですか!? しかし、あそこにはおそらく敵の指揮官が」

「バカかお前はぁ! だから頭から潰しに行くんだろうが!」

「しかし、仮に突入に成功したとしても、その後はどうするのです!?」

「拠点さえ確保しちまえばこっちのものだぁ。いいからお前らは黙ってついて来い」

 

 こんなことなら、あのカス娘を日本に向かわせるべきではなかったな、と。そんな愚痴は心の中に留めて、スクアーロは作戦隊長として先頭に立つ。

 

「レヴィ!」

「うむ」

「ベル!」

「へーい」

「ルッスリーア!」

「はいはーい」

「フラン!」

「ミーも行くんですかぁ?」

 

 約1名、やる気の感じられない応答が聞こえたが、それは一切無視して、声高に叫んだ。

 

「まずは、あの城を10分で落とす!」

 

 懐から取り出すのは、この時代の戦闘の主流となった、兵器と呼ぶにはあまりにも小さな匣。

 リングに炎を灯し、その熱を流し込む。

 

「──開匣(かいこう)

 

 それは、青海を蹂躙する、彼の新たなる剣。

人々に大海原への恐怖を植え付けた巨体と威容が、雨の炎を伴って姿を現す。

 

 その名は、

 

「いくぞぉ! アーロ!」

 

 

 暴雨鮫(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)

 

 

 獰猛極まる死神が、喜びと共に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 暇だ。

 

「入江司令! 増援を……ぞ……」

 

 あまりにも暇だ。

 わざわざこんな極東の島国までやってきて、せっかく敵の本拠地に乗り込んで暴れているのに、全然歯応えのある相手が出てこない。

 日本に行きたい!跳ね馬だけじゃ心配でしょ!?わたしも行く!行くったら行く!と駄々を捏ねたのはわたしだが……これはもしかしなくても失敗だったのかもしれない。イタリアの主力戦に参加した方が、ずっとずっと楽しかった可能性がある。

 

「……うーん。しくじったな」

「そうだ! 貴様はしくじった! すでにこの俺の匣兵器の射程に……ギャァァァ!」

 

 しかも、同じように敵部隊相手に暴れ回っているはずの雲雀くんとの連絡が全然取れない。まあ、こまめに通信を繋げる性格じゃないし、これも仕方ないといえば仕方ないのだが……

 10年前から来た綱吉くんたちに合流してもいいのだが、今ここにいる1()0()()()()()()()と彼らは初対面であるわけだし、警戒されるかもしれない。

 とりあえず、このまま暴れておけば『お目当ての相手』は出てこなくても、幹部格の1人や2人は出てくるだろう、と。

 

「派手に暴れてくれたな」

 

 そんなわたしの退屈を見計らったように、その男は姿を現した。

 6弔花、筆頭。同時にミルフィオーレ最強の剣士としての呼び声も高い、最高戦力。

 

「だが、それもここまでにしてもらおう」

 

 霧のマーレリングの守護者、幻騎士。

 霧のマーレリングの守護者、幻騎士である。

 とても大事なことなので、2回言いました。

 

「……6弔花の、幻騎士? ほんもの?」

「そうだ」

 

 お目当ての、相手。

 思わず、わたしはガッツポーズをした。

 

「よかった! 来てくれてありがとう! 待ってたよ!」

「……妙な女だな。その口ぶり、まるでオレに会うのが目的だったようだが」

「え? そうだけど」

 

 生真面目な顔が、困惑に歪んだ。

 

「……こちらが名乗ったのだ。そちらの名を聞こうか、女」

「ああ、そうだね。オルカ・グルマンディーズ。九代目直属ボンゴレ暗殺部隊ヴァリアー、雲の守護者だよ」

「……妙だな。お前たちはイタリアの主力戦にかかりきりのはず。日本支部への増援か?」

「……え、増援? 違うけど?」

 

 生真面目な顔が、さらに困惑に歪んだ。

 なんだか、さっきから会話のキャッチボールを否定しているようで、申し訳なくなってくる。

 

「わたしはべつに、ボンゴレ十代目がどうなろうと、正直どうでもいいよ」

「なに?」

 

 どうせ勝つだろうし、と。不要な言葉は口の中に納めておく。

 

「わたしがここに来た理由は、ただ一つ」

 

 そう。わたしが、日本に来た目的は、本当にただ一つだけ。

 

 

スクアーロ(わたしのライバル)にわざと負けたお前を、ぶっ殺しに来た」

 

 

「……は?」

 

 は?じゃないよ、この黒髪おかっぱが。コイツ、何もわかってないな。

 この時代のスクアーロは、名の知れた100人の剣士を倒して、二代目剣帝を襲名した。その100人目の相手が、当時はまだジョッリネロファミリーの所属であった幻騎士だ。

 しかし、幻騎士はあろうことか、スクアーロとの勝負で手を抜いて、わざと負けた。記念すべき100戦目の相手でありながら、その戦歴に泥を塗った。

 

 それが、わたしは許せない。

 

「……馬鹿馬鹿しい。何かと思えば、そんなくだらん理由でよくもここまで来たものだ」

「下らない? 真剣勝負を受けておいて、わざと負けた剣士の方が、よっぽどくだらないと思うけど」

 

 合図はなかった。

 ただ、わたしが先に踏み込んだ。

 初対面の相手には、まず挨拶が必要だ。気軽に肩を叩くように右腕を振り上げて、その刃の先を涼しい顔をしている顔面に見舞った。

 

「なるほど。大した突きだが……」

 

 しかし、わたしの刺突を前にして、霧の守護者は表情をぴくりとも動かさない。

 

「……スクアーロの剣技同様、子ども騙しだな」

 

 瞬間、わたしの剣が貫いたはずの幻騎士の体が、陽炎のように広がり、分身した。攻撃に対する回避と、幻影による欺瞞。近接戦闘における、霧の炎の真骨頂。

 うん。なるほど。よくわかったよ。

 

「いいの? 分身、2人だけで」

 

 コイツ、さてはわたしのこと舐めてるな?

 

「その分身も、もう殺してるけど」

 

 ワンテンポ、遅らせて。

 わたしの放った追撃が、生成された分身の喉笛を、鮮やかに引き裂いた。

 立ち消えた分身たちから大きく距離を取って。ようやく現れた幻騎士の本体が、目を開いてわたしを見る。

 

「やるな。見くびっていたようだ」

「わかったなら、早く剣を抜いてくれると助かるよ」

「いいだろう」

 

 頷いた幻騎士は、腰に下げた剣の柄に手をかけて、

 

「もっとも……オレが剣を構えるまで、お前が生きているとは限らないが」

 

 次の瞬間、わたしの視界は轟音と爆発で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 『幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)

 ミルフィオーレファミリーは資金も装備も潤沢であり、幹部格の人間にはメイン(ボックス)以外にも、複数のサブ(ボックス)が戦力として提供されている。しかし、6弔花最強と謳われる幻騎士が持つ動物匣(アニマルボックス)は『幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)』のみである。それ以外に、無駄な装備は必要ないからだ。

 霧の術士が操る(ボックス)兵器として幻覚の構築を補助する役目を担う『幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)』は、それそのものが破壊力を持つ誘導兵器として、相手に襲いかかる。幻騎士と対峙して、その姿を見た者は、これまで唯一人として存在しない。

 

「いやいや、もうこのフィールドに(ボックス)兵器を展開していたなんて、やっぱり霧の術士ってどいつもこいつも性格が悪いね」

 

 否、誰一人として存在していなかった。

 

「……どうやって、オレの攻撃を防いだ?」

「いや、なんかヤバそうな気配がしたから、片っ端から剣で突き落としただけだけど」

 

 あっけらかんとそう言いながら、彼女は剣士にしては長い金髪をかき上げて言った。

 

「それにしても、照れ屋さんなのかな? 匣戦闘(ボックスバトル)がお望みなら、最初からそう言ってくれればいいのに」

「調子に乗るなよ。お前にもう、次はない」

「調子に、乗るな? いやいやいや」

 

 オルカ・グルマンディーズは笑う。

 

「そっちこそ、馬鹿言わないでよ。わたしはまだ自分の匣兵器(相棒)すら、あなたに見せていないのに」

 

 細い指先に、アメジストの炎が灯る。

 

「──開匣(かいこう)

 

 それは、雲海を切り開く、彼女の新たなる刃。

 鮫すらも喰い殺し、大海原という食物連鎖の頂点に立つ、最強の捕食者。漆黒に白のアクセントが入った優美な姿を、紫の炎と共に踊らせる。

 

 その名は、

 

「いくよ、ルカ」

 

 

 暴雲鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)

 

 

 残忍極まる狩人が、歓喜に歯を打ち鳴らした。




今回の登場人物
『10年後オルカ』
スクアーロとバチバチ殺し合いをして、すくすく成長したやべー女。幻騎士をぶち殺すために日本に来日した。仕方ないので、髪は昔から伸ばしている。

『10年後スクアーロ』
二代目剣帝。いろいろあって原作より強くなった。

『10年後雲雀』
雲の守護者戦は結局決着がつかず、オルカをおもしろい女認定した。以来、たまに連絡を取る程度の関係が続いているらしい。今回は登場しない。

『幻騎士』
スクアーロとの100本勝負で手を抜いたせいで、やばい女にロックオンされてしまった。かわいそうな男。

『入江正一』
胃が痛くなってきた。


次回はちゃんとスキップせずにバトルやります


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おい幻騎士。手を抜くな殺すぞ

「雲属性のシャチ、か」

「そう。めずらしいでしょ?」

「貴様には似合いの(ボックス)だな」

「ありがとう。純粋に褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 幻騎士の前で、わたしはくるくると剣を回す。

 こう見えても『暴雲鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)』は、そこそこレアものの貴重な動物匣(アニマルボックス)だ。まあ、うちのクソボスのライオンちゃんなんかは、世界に三つしか存在しない、コピー不能の超レア匣なので、そこらへんと比較されても困るんだけど。

 

「では、その力……見せてもらおうか」

 

 相変わらず、剣を構えないまま。

 再び、不可視の爆撃が飛んでくる。しかし、わたしは先ほどと違い、回避も防御も行わなかった。

 

「……ほう」

 

 当然だ。わたしは、わたしの相棒を深く信頼している。

 まるで、目の前で暴雲鯱(ルカ)が泳いだ流れに遮られるように。炎による爆発は、完璧にガードされて届かない。

 

「その見えない爆撃……べつに威力が低いわけじゃないけど、雲属性の炎を貫通するにはちょっと火力が足りないね。これならベルくんの『嵐ミンク(ヴィゾーネ・テンペスタ)』とかヒゲオヤジの『雷エイ(トルペディネ・フールミネ)』の方が、よっぽど攻撃力高いよ」

 

 リングから発せられる炎には、それそのものに特性が備わっている。

 例えば、雷の炎は硬度が高く防御に秀でており、武器に纏えば切れ味や貫通力も大幅に底上げされる。逆に、霧の炎は硬度がそこまで高くない。わたしの雲の炎は、他属性の炎を遮断する効果を持っている。攻防共に優れた属性だ。つまりスクアーロの雨の炎よりも断然すごいってことです。

 

「雲属性の遮断……なるほど、そのシャチが宙を泳いだ軌跡に雲の炎を散布しているのか」

「正解! さすが、ミルフィオーレきっての剣士。素晴らしい洞察力だね」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、幻騎士は腰から吊るした剣をようやく引き抜いた。

 

「なら、オレが直接斬るしかないようだな」

 

 そうそう! 

 それそれ! 

 それを! 

 待ってた! 

 

「ルカ! 爆撃は全部捌いてね!」

 

 律儀に鳴いて返事を返してくれた相棒に目線で合図をして、わたしは幻騎士のラブコールに真正面から乗っかった。良い男の誘いは断らないのが、良い女というものだ。

 焦らされた分、繰り出される斬撃の手応えはたしかに悪くなかった。

 右の振り払いを防御して、刺突を繰り出す。が、これはすんでのところで左手から新たに引き抜かれたもう一振りの剣に阻まれた。続けて突きながら、重ねて問う。

 

「二刀なの?」

「いいや」

 

 相手にも、返答するだけの余裕があった。

 紡がれた否定の言葉と同時、下から顎を砕くような斬撃が躍り出る。上半身を大きく仰け反らせて避けて、そのまま宙返りして着地。仕切り直して距離を取り、ようやくその言葉の意味をわたしは理解した。

 

「オレは四刀だ」

 

 両手に二本。両足で剣の柄を摘むようにして二本。常識では考えられない本数の刀を巧みに操って、幻騎士はわたしの前に立っていた。

 

「奥義、四剣。これらの剣で貴様の首を撥ねて、白蘭様に献上してやろ……」

「すごい! 竹馬みたい!」

 

 あまりの興奮に、わたしは幻騎士のセリフを途中で遮ってしまった。

 

「……」

「二刀流の剣士とは飽きるほどやりあってきたけど、流石に四本同時に使う人ははじめて見た! まさか足で剣を握るなんて……いいねいいね! うんうん! やっぱり、バトルはこうでないと!」

「一つ、聞きたい」

「ん。何かな?」

 

 相変わらず、二本の剣の上でバランスを取る竹馬モードのまま、幻騎士は問いかけてくる。

 

「お前は、何のために戦っている?」

「え? うーん……今はスクアーロとの勝負で舐めた手抜きをしたあなたをぶっ倒すために戦ってるけど、それじゃ不足?」

「不足ではないが、納得はできん。今の貴様からは怒りよりも、喜びを強く感じる」

「うん! だって、今のあなたはちゃんと本気で戦ってくれてるからね! スクアーロが記念すべき100戦目の相手に選んだ幻騎士と刃を交えることができる。これは紛れもなく、わたしにとって誉れであり、喜びだよ」

 

 それは、わたしから彼に贈ることができる最大限の賛辞だったのだが。

 何が気に食わなかったのか、ミルフィオーレ最高の剣士は、表情を歪めて再び剣を構えた。

 

「くだらんな!」

「うおっと……」

 

 突き込みも、斬撃も、それらすべてが先ほどまでよりも、断然鋭い。どうやらギアが上がってきたようだ。

 

「貴様の戦いには、目的がない! オレは白蘭様に忠誠を誓い、白蘭様のために剣を振るっている! ただ戦いを愉しむだけの、貴様とは違う!」

 

 むむ。何か彼の気に入らないところに触れただろうか。

 

「仲間のためとか、主君のためとか。それらしいお題目を掲げるのは結構だし、わたしはそれを否定するつもりはないけど……でもそうやって人のことを見下すのはよくないと思うよ」

 

 ああ、なるほど。

 主君のために剣を振るう。彼の在り方は、たしかにただの剣士ではなく騎士のものだ。

 スクアーロは剣士としての誇りとはべつに、XANXUS(ボス)への忠誠と信頼を持っているが、幻騎士はそうじゃない。その剣のすべてが、白蘭という主君のために捧げられている。

 それは騎士としてはどこまでも正しいのかもしれないけど、剣士として好ましいかと聞かれれば、わたしは首を横に振ってしまう。

 

 だって、

 

「今、ここにある戦いを楽しまなきゃ、もったいなくない? わたしは今、あなたのおかげですっごく楽しいよ?」

「この狂人め」

「はあ? 狂ってなきゃ斬り合いなんてできないでしょ。そっちこそ頭大丈夫?」

 

 もはや、反駁の言葉はなかった。

 ただ、剣戟の勢いと不可視の爆撃の苛烈さだけが、目に見えて増していく。

 

「認めよう! オレの攻撃を捌くその技量は大したものだ。しかし、貴様自身の防御にも、貴様の相棒がカバーできる範囲にも、限界があるだろう!」

「勝ち誇ってるところ申し訳ないけど、いつまでも目に見える手品を繰り返すのは、術士失格だよ」

「……それは、どういう」

 

 幻騎士の言葉が最後まで続く前に。

 斬り合うわたしと幻騎士の周囲を泳ぎ回っていた暴雲鯱(ルカ)が、高い声で嘶いた。

 

「斬撃を交えながらわたしに爆撃を当てる技量はたしかに大したものだけど、暴雲鯱(ルカ)にはもう全部見えてるんだよね」

「……エコーロケーションか」

「はい、正解」

 

 やはりこの男、察しが良い。

 反響定位(エコーロケーション)はコウモリやイルカが使うことで有名なレーダーだけど、シャチもその扱いにかなり長けていることで知られている。海のハンターとして恐れられるシャチは、自身から発した超音波による反響音で、獲物の場所はもちろん、その形や種類まで見抜いてしまう。幻騎士がわざわざ幻覚でカモフラージュして放っている爆弾は、わたしと暴雲鯱(ルカ)にとっては最初から見えている攻撃に過ぎない。

 空間を構築していた幻覚が剥がれていき、その正体が顕になる。うねうねと蠢いているのは、暴雲鯱(ルカ)に比べるととても小さく感じるウミウシの群れだ。

 

「ああ、解いてくれるんだ、それ」

「見えてるのならば、幻覚の維持に労力を割く意味はない。『幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)』の姿を見たのは、お前がはじめてだ」

「それは光栄。でも、痩せ我慢してない?」

 

 この時代の霧の術士は相手と距離を保ち、(ボックス)兵器による駆け引きと心理戦で相手を術中にはめるのがセオリーだ。しかし、幻騎士の戦闘スタイルは自身の剣技に幻術を織り交ぜた、近接格闘。並大抵の集中力では、幻術と剣技の両立はできない。

 

「幻覚を維持する集中力が保てなくなった、の間違いでしょ」

 

 逆に言えば、幻騎士本人に多大な負荷を掛けた場合、大規模な幻覚の維持は不可能となる。

 

「素晴らしい体術だと思うよ。両手両足で繰り出す斬撃に、何ら遜色はない。でも、手数が増える分、その剣を足場にしているせいで、どうしても踏み込みは浅くなる」

 

 悪くはない。

 とても楽しい。

 心は踊る。

 しかし、

 

「そんな剣じゃ、二代目剣帝(スクアーロ)は倒せない」

 

 まだ足りない。

 

「本当に、よく回る口だ」

「事実だからね。スクアーロに勝てないってことは、わたしに勝てないってことだし」

「まるで、自分なら剣帝に勝てる、とでも言いたいようだな」

「え? そうだけど」

 

 そういえば、幻騎士にはまだ言ってなかった。

 

 

 

「わたしの目標、スクアーロを倒して三代目剣帝になることだから」

 

 

 

 今度こそ。

 言葉を失ったように、幻騎士は黙り込んだ。

 

「だから、出しなよ。白蘭から受け取ってる隠し玉の装備。まだあるんでしょ?」

 

 反響定位(エコーロケーション)によって、幻騎士の全身はすでに丸裸になっている。そして、シャチの超音波は物質の種類や形まで見極める。

 彼の懐に、高ランクのリングが一つ。さらに匣が二つ。まだ眠っていることは、わたしには手に取るようにわかるのだ。

 

「貴様はどこまでも、オレを本気にさせたいらしいな……いいだろう」

 

 本当に、見惚れて溜息が出るような装備だった。

 霧属性最高ランク『骨残像(オッサ・インプレショーネ)』のヘルリング。

 ケーニッヒが鍛え上げた、霧属性最強と謳われる伝説の名剣『幻剣(スペットロ・スパダ)』。

 同様に、ケーニッヒの傑作と呼ばれる甲冑(アルマトゥーラ)シリーズの一つ。『霧の2番(ネッビア・ヌーメロ・ドゥエ)』。

 噂にしか聞いたことのない、伝説の武装の数々。これらすべては使いこなせばとてつもなく強力だが、取り扱いに難があるため、白蘭の許可なしには持ち出すことすら許されないという。

 言うなれば、非常事態・特別強襲用の決戦装備。重厚な鎧に身を包み、大剣を携えた幻の騎士が、わたしの目の前に姿を現した。

 

「後悔するぞ。オレにこの『大戦装備(アルマメント・ダ・グエーラ)』を出させたことを」

「生憎、戦いの場で後悔したことはないんだよね。相手が弱くてがっかりした時を除いて」




今回の登場人物

『10年後オルカ』
目指すは三代目剣帝。相棒のルカのエコーロケーションによる索敵性能は高く、物体の細部まで把握できる。ヴァリアー男性陣の股間の剣のサイズを調べることも可能。レヴィが小さくてボスがすごかったらしい。

『幻騎士』
よく格落ちだの噛ませだのと言われるが、連載当時の強キャラ感は本物の男。体術も10年後雲雀とタメを張るレベル。今回は大戦装備の強さを存分に見せつけるぞ!!


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騎士の誇り、剣士の誇り

すでにバレてる気がしますが、作者は幻ちゃんが結構好きです


 幻騎士のパワーの向上は劇的だった。

 得物が二刀流から一振りの大剣に変化したことも関係しているのだろう。とにかく、一太刀の重さが増している。

 しかし、重さが増しただけだ。受け流すのは、むしろ容易い。

 

「パワーアップは、それで終わり?」

 

 なので、煽る。

 

「っ……まだまだァ!」

 

 燃え上がる炎と共に、幻騎士の全身が、まるで骸骨のように変貌した。

 

「うわ……ヘルリングに精神食わせたの? 正気?」

 

 ヘルリングとは、死ぬ気の炎が戦力として利用される以前から、時の権力者たちが契約と引き換えに大いなる力を享受してきた、この世に6つしか存在しない特別なリングだ。リスクを負えば莫大な力を得ることができるけれど、その代償は大きい。

 

「ハハハハ! 見ろ! このオレの新たなる姿を!」

「うん。気持ち悪いね」

「ほざけェ!」

 

 繰り出される斬撃のパワーは、さらに向上している。でも、その剣筋は明らかに精彩を欠いている。

 そうじゃない。そうじゃないのだ。わたしが向き合いたかった剣は、これじゃない。

 

「その細い剣で、いつまで保つかな!? 小娘ぇ!」

「いつまででも受けきってみせるよ。それに、口調まで三下になってるけど大丈夫?」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」

 

 ああ、だめだな、これは。

 最初はあんなに楽しかったのに、ちょっとイライラしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ勝てない。

 なぜ倒せない。

 こんな女一人、どうして斬り殺すことができない? 

 刃を交えれば交えるほど、幻騎士の焦りは募るばかりだった。

 勝ちたい。いや、勝たなければならない。勝つことができなければ、自分の存在に価値はない。

 そんな、幻騎士の心の焦りが、爆発する前に。

 

「違う」

「あ?」

「違ぁう!」

 

 先にキレたのは、オルカの方だった。

 

「違う違う違う! 絶対に違う!」

 

 まるで、子どもが駄々をこねるように。

 

「なにそれ!? どうしてそうなるの!? わたしは、ミルフィオーレ最強の剣士と斬り合いに来たんだよ!? バケモノ退治に来たわけじゃない!」

 

 オルカは、幻騎士を指差して、矢継ぎ早に言葉を並べ立てる。

 

「いーい? 耳の穴かっぽじってよーく聞きなよ! 今のその骨みたいな状態で耳の穴あるかもわかんないけど、でもちゃんと聞きなよ!? あなたの強さは、研ぎ澄まされた感覚のキレ! 冷静な判断力! それらに基づいた無駄のない動きにあるの! それなのに、その醜態はなに!? なんでそんな良い装備でパワーバカになっちゃうの!? わたしの楽しみはどこにいったの? 返してよ! わたしの楽しみを返して!」

 

 彼女の口をついて出る言葉は、幻騎士と対峙する立場でありながら、まるで幻騎士の身を案じているかのようで。それがますます、幻騎士の神経を逆撫でした。

 

「ふ、ふざけるな……っ! ふざけるなよ、この、小娘がっ!」

 

 自分に、自信がなくなる度に。幻騎士は思い出す。

 あの目を思い出す。

 自分のすべてを見透かすような、あの目を。

 

 ──君んところにあるマーレリングと大空のおしゃぶり、持ってきてよ

 

 白蘭の命令は、幻騎士にとって神の啓示。絶対のはずだった。

 

 ──あなたの気持ちは、わかりました

 

 しかし、苦悩と覚悟をたたえたあの少女の、ユニの瞳に気圧されて。ただ、静かに見詰められただけで、幻騎士は任務を達成することができなかった。

 その後悔は、今もずっと、幻騎士の心の中で後悔の炎となって、燻り続けている。

 

「おまえも、おまえも! そうやってオレをバカにするのか!? 白蘭様は、オレを救ってくれた! だからオレは、誓ったのだ! オレの剣を捧げると決めたのだ! それなのに……それなのにっ! 白蘭様に忠誠を誓うこのオレを! その忠義を、下らないと笑うのか!?」

「え? いや全然」

 

 それは幻騎士にとって。

 拍子抜けするほど、軽い口調で紡がれた一言だった。

 抜けた力が、そのまま鍔迫り合いの力関係に反映され、女の細腕とは思えない力で、弾き飛ばされる。

 

「わたしは好きじゃないけど、否定はしないよ、あなたの在り方。だって、あなたは白蘭に命を救われたんでしょう? その恩に報いるために、剣を取る。忠誠を誓う。それはべつに、普通のことだとわたしは思うよ」

 

 でもね、と。

 否定の接続と同時に、立ち竦む幻騎士に、オルカは歩み寄った。

 

「あなたと今、この瞬間! 立ち会っているのはわたしなの! 剣を交えて戦ってるのはわたしなの! あなたが剣を取る理由は、あなたが好きに決めれば良い! でも、わたしとの立ち会いの最中に、わたし以外のことを考えるなんて許さない! ましてや、それが理由で剣の切っ先が鈍るなんて、言語道断!」

 

 剣は構えず、相棒に攻撃を命じるわけでもなく。両腕をだらりと下げたまま、彼女は吐息がかかるような距離まで、顔を近づけて、

 

 

「だから今は、わたしを見ろ! 幻騎士!」

 

 

 一喝と共に、頭を叩きつけた。

 

「がっ……」

 

 兜を被っているのは、自分の方なのに。

 額が割れて、血が滴り落ちるその顔を、倒れ込んだ幻騎士は呆然と見上げた。ようやく、彼女の目をはっきりと見ることができた。

 その瞳の中に映っているのは、自分自身を失っている哀れなバケモノ。妄執と思い込みに囚われた、骸骨のような騎士だった。

 

 いや、きっと今の自分は、騎士でもなければ、剣士ですらない。

 

 他者の目を通じて、自分自身を突きつけられて、幻騎士はようやく理解する。

 

(この女は、オレしか見ていないのか)

 

 理解した瞬間に、全身からさらに力が抜けた。

 悪い意味ではない。今まで、全身を駆け巡って満ち満ちていた、邪な気がするりと抜け落ちたのだ。

 それと同時に、幻騎士の全身に変化があった。まるで骨のバケモノのように変貌していた姿が霧散し、元に戻る。契約を破棄したことにより、指先からヘルリングが抜け落ちた。

 

「あれ、いいの? 元に戻っちゃって」

「ああ。オレはきっと、この方が強い」

「……そっか。よかった」

 

 両手で構える幻剣(スペットロ・スパダ)の重さが、心地良い。

 示し合わせたわけではなかった。しかし、幻騎士とオルカは互いに背を向けて、ゆっくりと自然に距離を取り、そしてあらためて向き直った。

 まるで、中世における騎士の決闘のように。

 

「オルカ・グルマンディーズ」

 

 幻騎士は、はじめて彼女の名前を呼んだ。

 

「オレはお前に、勝負を申し込みたい」

「それは、光栄だね」

 

 オルカは、彫刻品のように細い剣を。

 幻騎士は、分厚い刃の大剣を。

 互いに構えて、深く深く、息を吸い込む。

 真正面から互いを見据え、2人の剣士は今、ようやくすべての雑念を振り切って、対峙した。

 

「いくぞ」

「来なよ」

 

 先に踏み込んだのは、やはり幻騎士だった。

 雑念を消し去り、眼前の相手だけに集中するその剣の鋭さは、最高に至る。加えて、幻騎士は既にオルカの手札を、ほとんど解き明かしている。

 

(この女の刺突は、おそらく増える)

 

 雲属性の炎の特性は、増殖。最初の攻防において、時間差で炸裂した刺突の正体は、雲の特性……ひいては、彼女が操る雲属性の剣の特性によるものだ。

 ならば、幻騎士が取るべき手は一つ。受けに回らず、攻め切るのみ。

 大きく薙いだ幻剣(スペットロ・スパダ)を、オルカは身を屈めて避ける。そして、避けると同時に受け止める。避けながら受け止めなければ、冴え渡る幻騎士の斬撃に、対処しきれないからだ。

 

「いいね、その剣。霧の特性で分裂させて、複数ポイントへ同時に斬撃できる。冷静に振るわれたら、こんなに厄介な剣は中々ないよ」

「お前の相棒がいる限り、見切られてしまうようだがな」

「だったら、どうする?」

「こうするまでだ。 幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)っ!」

 

 幻騎士の叫びと同時。それまで牽制に留まっていたウミウシたちが、空間の各所で一斉に起爆した。何十にも重なる爆撃が、思わず耳を塞ぎたくなるような轟音を撒き散らす。

 幻騎士が行ったのは、幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)の単純な物量に基づいた正面からの圧殺。そもそも探知すべき音を拡散させてしまえば、彼女の暴雲鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)による反響定位(エコーロケーション)は意味を成さない。

 

「相棒の声は、これで聞こえないな」

「たしかにその通りだけど、あなたのウミウシちゃんたちは、こんなペースで使い潰して保つの?」

「ふん……保つわけがないだろう」

 

 この戦闘エリア全体に散布した幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)を、幻騎士は誇張なく一斉に起爆させている。炎の消耗も(ボックス)への負担も、尋常ではない。反響定位(エコーロケーション)を無効にできるのは、長く見積もっておよそ10秒。

 

 相手を斬り倒すには、十分過ぎる時間だ。

 

 大きく、深く。踏み込んだ幻騎士に、オルカは目を見開いた。大剣を受け切るために、華奢な身体がステップを踏んで後退する。

 オルカの、その判断は極めて正しい。幻騎士が(ボックス)を使い潰してチャンスを作っている以上、幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)がすべて起爆するまでの10秒間を凌げば、オルカの勝利はほぼ確定する。そして、彼女の防御は一流である。斬り合いが楽しい、おもしろいと嘯きながら、要所の判断では冷静に貪欲に、勝利への最適解を導き続けている。

 

 短い斬り合いの中でそれを理解したからこそ、読みに勝ったのは、幻騎士だった。

 

「……っ!?」

 

 バックステップで下がったオルカの左足が、地面に仕込まれていた一匹の幻海牛(スペットロ・ヌディ・ブランキ)を踏み込み、起爆する。そのたった一匹のウミウシこそが、幻騎士の本命だった。

 受けるために下がると思った。故に、そこに地雷を置いた。その一匹を気づかせないために、他のすべてを犠牲にした。払った代償に対するリターンはあまりにも小さい。一匹の起爆では、足首を吹き飛ばすことすらできない。

 しかしそれでも、意表を突き、体勢を崩すだけなら、それで事足りる。崩れた体勢で幻剣(スペットロ・スパダ)の太刀筋を受け切ることはできない。

 

「いっ……たいなぁ! もう!」

 

 故に、オルカが選択したのは、防御ではなく反撃だった。

 脚の痛みを抑え込み、最大最速の刺突をオルカは繰り出した。全身を重厚な鎧で覆った幻騎士の、唯一の急所。その頭部に向けて。レイピアの切っ先は、眉間の中央に正確に吸い込まれた。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 そうして、貫いたはずの頭部が消え去った。

 

 その反撃も、読んでいた。

 

 オルカが対峙していたはずの、幻騎士の体が、霧散する。

 霧属性最強の剣である『幻剣(スペットロ・スパダ)』も最高の鎧である『霧の2番(ネッビア・ヌーメロ・ドゥエ)』も、すべてを囮にして。

 幻騎士は、彼女の頭上を取った。

 皮肉にも、対峙する好敵手が教えてくれた。自分の持ち味は、圧倒的なパワーでも、強力な武装でもない。研ぎ澄まされた感覚のキレと冷静な判断力、それらに基づいた無駄のない動きこそが、己という剣士を構築する強さ。

 

 (あざむ)いてこそ、霧。

 

「終わりだ」

 

 借り物ではない。幻騎士自身の四本の剣が、振り下ろされる。

 それを見上げたがオルカはどこか寂しげな表情で、何も持たない左手で()()を構えた。

 

「うん。終わりだね」

 

 刹那、幻騎士の体を、多重の刺突が貫いた。

 

「っ……が!?」

 

 見えなかった。感じることすらできなかった。だが、目を凝らしてみれば、オルカの手の中には、たしかに()()があった。

 

 炎を宿した、二本目のレイピア。

 

「雲の炎の特性は……遮断と吸収。そして、増殖」

 

 ただし、オルカが左手に握る剣は、バイオレットではなくインディゴの炎を帯びている。

 それは、彼女自身の炎ではない。これまで幻騎士が、渾身の力で打ち込み続けてきた、霧属性の炎だ。

 

「わたしの『雲細剣(ストリッシャ・ヌーヴォラ)』は、相手の炎を吸収して増殖。一時的にその特性を得ることができる」

「……なるほど」

 

 倒れ伏しながら、幻騎士は笑った。

 

「一刀ではなく、二刀だったとは。術士が欺かれてしまっては、負けるのも道理だな……」

「そんなことないよ」

 

 剣を収めて、オルカは跪いた。

 

「あなたは強かった。剣士として、とても強かった」

「……そうか」

 

 突き裂いた喉笛から、それでも懸命に声が漏れる。

 

「オルカ」

「なに?」

「オレは、剣士だったか?」

 

 男の、生涯最後の、その問いを。

 彼と刃を交えたオルカは、力強く肯定する。

 

「うん。あなたは、間違いなくミルフィオーレ最高の剣士だったよ。三代目剣帝を継ぐ、このわたしが保証する」

「……そうか」

 

 その忠義が、主君に届いたかはわからない。

 それでも、その騎士の最期は、剣士としてどこまでも誇り高いものだった。

 

「ありがとう。楽しかったよ、幻騎士」




今回の登場人物
『10年後オルカ』
チャンバラダメ出しおねーちゃん。逆ギレするタイプなのでかなりめんどくさい。しかし対峙した剣士には敬意を払う。

『幻騎士』
原作未来編における彼の最後の独白は「オレには神がついているのだからな……」だった。信じた神が間違っていたとしても、その騎士としての忠義は本物。


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VSスクアーロ編
シャチとサメ


 山本武は、押し入れの奥にしまい込んでいた箱を開いた。

 そこに収められているのは、彼の師匠……スペルビ・スクアーロから送りつけられてきたティーチングDVD−BOX、その名も『剣帝への道』。スクアーロが二代目剣帝を襲名するまでの100本の勝負が収録された、山本の修行に欠かせなかったお得アイテムである。

 しかし、100枚組を謳うこのDVDには、実は101戦目のおまけディスクが収録されており、それはスクアーロが100戦目の幻騎士戦をカウントしていなかったことを、端的に示していた。少し埃を被っているディスクの中から、特に印象深い一枚を取り出し、山本は再生をはじめる。

 

『恐えと思うのは、悪いことじゃねぇ。命の危険を察知する大事な本能だからな。そういう相手とは戦わねーのが、一番賢い選択だ』

 

 最初は、何のことを言っているのだろう、と思った。

 

『だが、剣士としてさけて通れぬ戦いもある。そういう時はどうすればいいかわかるか?』

 

 しかし、あの未来の戦いの中で、気がついた。

 

『勝てえ! 是が非でも勝てえぇ!』

 

 スクアーロのその言葉が、

 

『負けて死んじまったら得るものなんて何もねえぞ! 勝って手に入れられるモンにこそ価値があるんだぁ』

 

 いつの間にか、剣士としての自分の在り方を貫く、一本の芯に変化していたことに。

 

「それにしても、なんで今さらこんなもんを……?」

 

 イタリアから送られてきたのは、新しい1枚のディスク。そのケースには大きく『102戦目』と記されている。

 スクアーロはすでに、二代目剣帝に至っている。にも関わらず、今になって、新しいDVDが送られてきた。その事実に首を傾げながら、山本はディスクを入れ替えて、新しいDVDの再生をはじめた。

 

『はーい山本くんひさしぶり! 元気!?』

「ひっ……!」

 

 スクアーロの、聞き慣れた怒声ではなく。

 鈴の音を転がしたような、甘い女の声に眠っていたトラウマを刺激され、山本は条件反射で飛び退いた。

 忘れたくても忘れられない、忌まわしい記憶が蘇る。メローネ基地攻略戦のあと、彼女にいやというほどしごかれた、あの常軌を逸した修行の数々を。

 

 ──じゃあとりあえず、10分だけわたしとチャンバラしよっか。死んじゃダメだよ

 

 ──あー、ダメダメ。そんなんじゃきみ、絶対に幻騎士に負けてたよ。わたしが保証する

 

 ──今からわたしの相棒が追い回すから、刀なしで逃げてね。死んじゃダメだよ

 

 彼女のおかげで山本の実力はたしかに底上げされたが、彼女との修行はもう二度とごめんだ……というのが、山本の本音だった。

 

『ルッさんルッさん! これ、ちゃんときれいに映ってる? わたし、美人に映ってる!?』

『えぇ、そりゃもうばっちり映ってるわよー。まあもっとも、私の方が美しいのだけれど!』

『ゔお゛ぉい! おまえらいつまでやってんだぁ! さっさとはじめるぞぉ!』

『あー、もう。年食っても気が短いのは変わらないんだよねぇ』

『ほんとよねー。イライラは美容の大敵なのにねー』

『ねー』

『いいからさっさとしろぉ!』

『はーい』

 

 画面の中で、この日のためにずっと伸ばし続けていたのであろう長い金髪が、陽の光を受けて翻る。

 

『じゃあ、最後に一つだけ』

 

 ニコリ、と微笑んで彼女……オルカ・グルマンディーズは告げる。

 

『わたしとスクアーロの勝負、ちゃんと見届けてね。山本くん』

 

 軽い調子で紡がれたその言葉に、けれど山本ははっきりと居住まいを正して。

 これからはじまる2人の剣士の立ち会いを、一瞬たりとも見逃してしまわないように、目を凝らした。

 

 

 

 

 

 

 わたしは、ぐっと背伸びをして、彼を見た。

 遂に、この日がやってきた。

 

「負ける準備は万端なんだろうなぁ、小娘ぇ」

 

 はじめて会った時と変わらない──最強が、ここにいる。

 

「もう小娘って歳じゃあないでしょ」

「はっ! オレから見ればおまえはいつまで経っても小娘だあ」

 

 軽口を叩き合いながら、互いに剣を構える。

 あの時は、薄暗いコロシアムだった。周りには下品な観客がいて、聞くに堪えない野次も飛び交っていた。

 今は違う。わたしとスクアーロを見守っているのはカメラを回しているルッさんだけで、それ以外に余計なものは何一つとして存在しない。大空と白い雲、やわらかく輝く太陽だけが、わたしたちを照らしている。

 悪くないな、と思った。お天道様の下で、大手を振って剣をぶつけることができるというのは、とても気持ちが良い。

 

 こういう気分で。

 こうして剣をぶつけるために。

 わたしは今日まで、生きてきたんだ。

 

「いくよ」

「ああ」

 

 開始の宣言すら、必要なかった。

 朝、挨拶を交わすように。すれ違った時に、互いの肩を叩くような気安さで。

 最初は、じゃれつくような剣戟からはじまった。

 もう何年もの間、互いに互いの剣を見てきた。

 どんな呼吸で、どのようなテンポで打ち込んでくるのか。互いに、手に取るようにわかる。

 それはまるで、よくできた鏡の分身と打ち合っているようで、終わらないダンスを踊っている状態に近い。

 息も吐かず、数十合もの剣舞を重ねて、わたしとスクアーロはほぼ同じタイミングでそれを取り出した。

 

 

「「開匣ッ!」」

 

 

 暴 雨 鮫(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)

 

 暴 雲 鯱(オルカ・グランデ・ヌーヴォラ)

 

 

「喰い散らせぇ! アーロ!」

「暴れていいよ! ルカっ!」

 

 雨属性の炎の特性は『鎮静』のはずなのだが、スクアーロの相棒である暴雨鮫(アーロ)は、そんなことは知らん、と言わんばかりの暴れん坊である。

 

「サメがシャチに勝てるとでも思ってるの?」

「サメがシャチに劣ると誰が決めた?」

 

 主の言葉を証明せんと言わんばかりに暴雨鮫(アーロ)暴雲鯱(ルカ)に喰らいついてくる。とはいえ、わたしの暴雲鯱(ルカ)もただでやられるほどやわではない。まるで戦闘機のドッグファイトのように、白い死神と黒い狩人が、互いの尻尾を食い千切ろうと踊り狂う。

 わたしのレイピアがスクアーロの頬を掠める度に、全身の血がぞわりと泡立つ。

 スクアーロの長刀がわたしの肉を抉る度に、心臓がとくんと跳ねる。

 

 楽しい。おもしろい。

 アドレナリンが絶え間なく分泌されて、ゾクゾクが全身を駆け巡って、瞬間の閃きが永遠に引き伸ばされるような、この感覚。

 やっぱり、スクアーロと剣を交えるのは……こんなにも楽しい。

 

「ゔお゛ぉい! もっと打ち込んでこい!」

「そっちこそ、まだ体が温まってないんじゃない?」

 

 小癪にも暴雨鮫(アーロ)の影に隠れて突進してきた斬撃を、こちらも暴雲鯱(ルカ)との連携で防御する。雨属性とは思えない苛烈な連撃に、徐々に押されつつあることを自覚する。スクアーロの動きが、特別に速くなっているわけではない。わたしの動きが、鈍くなっているのだ。

 さながら、麻酔を打たれたように。右脚を鈍い痛みが襲った。

 

「……あらら」

 

 雨属性の鎮静によって、すれ違い様に抉られた傷口を、自分の足元を見てようやく理解する。

 

「気付くのが遅れたなぁ!」

 

 気合いと共に、一閃。

 真一文字に振るわれた切っ先が、わたしの顔を殴り飛ばすように、衝撃を伴って吹き飛ばした。

 

「……っ!?」

 

 うお、今度はストレートに痛い。

 これ、顔に傷とか残るかな。まあ、どうでもいいか。

 あんまり貯まっていなかったけれど『雲細剣(ストリッシャ・ヌーヴォラ)』で受けた雨の炎を傷口に押し当てて、出血がひどい傷口の痛みを、気休めでも鎮静しておく。

 わたしを心配するようにすり寄ってきた暴雲鯱(ルカ)を軽く撫でて、わたしは息を吐いた。

 

「……ふぅぅ」

 

 楽しい。おもしろい。終わらせたくない。

 でも、それ以上に、体の奥から、心の底から燃え上がるような感情が、わたしを支配している。

 

「どうしたぁ? もう終わりか?」

「まさか、これからでしょ」

 

 強がりでは、ない。

 それを証明するために、わたしは懐から、今日のために用意した秘密兵器を取り出した。

 

「その匣は……!」

「驚いた? これ、無理言って雲雀くんから借りてきたんだよね。わたし、スクアーロと違って友達多いからさ」

「んだとぉ!?」

 

 純粋な苛立ちと共に振るわれた剣を、大きく飛び退いて避ける。同時に、太ももに巻き付けておいたいくつもの匣を、銃に込める弾丸のように引き抜いた。

 わたしが用意したのは、死ぬ気の炎をあらかじめチャージしておけるバッテリー匣。これを併用することで、わたしはようやく雲雀恭弥の()()()()()()()()を再現できる。

 

「それじゃあ、いくよ──」

 

 レプリカとはいえ、借り物だ。丁重に扱わなければならない。万が一壊してしまったら、わたしが噛み殺されてしまう。

 

 

──裏・球針態

 

 

 雲雀くんを拝み倒し、お金をいくらか積み込み、最終的には実力行使に出ることでようやく借り受けることができた匣兵器の名は、雲ハリネズミ(ポルコスピーノ・ヌーヴォラ)

 その匣に、一度に大量の炎を流し込むことで、はじめてこの運用方法が可能になる。

 わたしとスクアーロの周囲が、針で覆い尽くされた壁に覆われて、周囲から完全に遮断された。

 

「コイツは……」

「戦う人間以外は、展開される匣兵器も排除される、絶対遮断空間。それがこの、裏・球針態。密閉度の高い雲の炎でできているから、まず脱出はできないと考えてくれていいよ」

「……呼吸も、か」

「察しがいいね、スクアーロ。球針態を作る時は、雲の炎の燃焼に莫大な酸素を消費する。ついでに、この空間を維持するためにも、酸素は減り続けるよ」

 

 かっこよく戦いたいと思っていた。

 楽しくバトルがしたいと思っていた。

 もちろん、ルカはわたしの大切な相棒だ。スクアーロにとって、アーロもそうだろう。でも、違う。そうじゃない。なんとなくわかってはいたけれど、やっぱりこうして実際に剣を交えて、気がついてしまった。

 

 楽しいだけじゃない。

 

 わたしは目の前に立つ、二代目剣帝に。スペルビ・スクアーロという男に。

 狂おしいほどに、自分の剣だけで、勝ちたいのだ。

 

「オルカ……おまえ、死ぬ気か?」

「何言ってんの。スクアーロ、わたしと最初に会った時のこと、もう忘れちゃったの?」

 

 彼と出会い、剣に光を見出したあの日から、わたしという存在を貫き通すその信念は、今日この日まで。

 一度たりとも揺らいだことはない。

 

 ──あなたに勝つことができたら、わたしも喜んで死ぬ

 

 剣を構える。

 敵を見据える。

 

 さあ、

 

()()()で、斬り合おう」




次回、決着


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それでもわたしは夢女子に……

 噛ませ犬、という言葉が存在する。

 勝負に勝つ側を引き立てて無様に負ける、俗に言うやられ役を指す言葉だ。

 スペルビ・スクアーロは、これまでの人生で勝ち続けてきた。マフィアの世界、剣士の世界で、敗北の二文字はいとも簡単に死に直結する。

 故に、スクアーロは勝ち続けてきた。勝って、勝って、勝ち続けることで、二代目剣帝の称号を手にした。

 もし、負けていたらどうなっていたのだろう、と。時々、考える。負けたことはなかった。が、敗北を意識した戦いは、これまでの人生の中で、いくつかあった。

 例えば、かつての剣帝、テュールとの一戦。例えば、雨のリング争奪戦での、山本武との戦い。

 そして、今。眼前で剣を振るう女の強烈なプレッシャーに、スクアーロは敗北の二文字を意識しはじめていた。

 酸素が足りない。視界が霞んで歪む。回らない思考の中で、それでもなお、剣を振るって火花を散らす喜びが、スクアーロの全身を満たしていく。

 

 もしも。

 これは本当に、意味のない仮定だが。

 この女がいなかったら、自分は今よりも強かっただろうか? 

 

 強さとは、孤独なもの。

 勝つということは、相手を排除するということ。その屍の上に立つということ。それはある意味で、自分より弱い存在の否定に他ならない。

 勝って、勝って、勝ち続けることで手に入れた、二代目剣帝という頂きの景色。

 その孤独の傍らに、いつの間にか彼女がいた。

 

 ──スクアーロ! これ有給申請! 

 

 小うるさい女だと思っていた。

 

 ──スクアーロ! これ領収書ね! 

 

 いつも、自分に面倒な仕事を押しつけてきた。

 

 ──スクアーロ! ボスがおこだからよろしく! 

 

 いつも、いつも、いつも──

 

「ゔお゛ぉい! 思い出すだけでイラついてきたぞぉ!?」

「どぅおぁ!?」

 

 浸るように斬り合いをしていたスクアーロの意識が、怒りを伴って浮上する。

 

「なになになに!? 急にどうしたの!?」

「おまえはいつもそうだぁ! オレにばかり面倒な仕事を押し付けやがって!」

「それはスクアーロの仕事だからしょうがないじゃん!?」

「仕方なくねぇ! 少しはオレを手伝おうという気持ちはないのかぁ!?」

「ないよ!」

「オレを労ろうという気持ちはねぇのか!?」

「ないよ!」

「死ねぇ!」

 

 苛立ちを混ぜ込むと、普通は剣筋が鈍るものだが、しかしなぜか彼女と相対していると、スクアーロの剣捌きは冴え渡った。

 凄まじい剣圧が、地面を叩き割って大地を揺らす。同時に、割れた地面から水柱が吹き出した。

 

「はっ……地下水脈かぁ」

「……ちょっとやめてよスクアーロ。足元が水浸しになるじゃん」

 

 裏・球針態によって酸素が不足する空間は、当然密閉されている。必然、勢い良く漏れ出す水流は、スクアーロとオルカの足元を、凄まじいスピードで満たしていく。

 溺死が早いか、窒息が早いか、斬られて倒れるのが早いか。

 そんな状況で。そんな状況だからこそ。

 スペルビ・スクアーロとオルカ・グルマンディーズは、満面の笑みで互いを見詰め合う。

 

「……最高だなぁ」

「うん。最高だね」

 

 この女がいたから、自分はより強くなれた。

 そして、スクアーロの渾身の一閃が、遂にオルカを捉えた。

 それこそが、彼の左腕の長刀が撃ち放つ、最後の剣戟だった。

 

 

 

 

 

 わたしの、勝ちだ。

 

 パリーイングダガー、と呼ばれる武器が存在する。

 パリーイングとは『受け流し』の意。レイピアとセットでの運用を前提としたこの短剣は、西洋における二刀流の源流を作った武器であり……同時に15世紀初頭の剣として、革新的な機能を搭載していた。

 

「……なっ!?」

 

 パリーイングダガーの刃は()()する。

 別名、ギミックブレード。相手の攻撃を受けることに特化したその刃が、花弁のように開いて広がった。雲属性の炎を帯びるわたしのブレードが、スクアーロの長刀をがっしりと噛み締めて止める。

 

「捕まえたよ。もう、離さない」

 

 噛み締めて止める、だけではなかった。

 そのまま、使い込まれた長刀にテンションをかけて。わたしは、長年の付き合いで剣の弱みがどこかを完璧に把握しているからこそ、スクアーロの愛刀を中央からへし折った。

 

「なっ……!」

 

 スクアーロの瞳が、大きく開く。

 興奮で、頬が紅潮するのが自分でもわかった。

 全身が、歓喜に打ち震える。

 

「これで、終わ……」

「終わるわけが、ねぇだろうが!」

 

 雄叫びと共に、スクアーロの()()()()()が開いた。

 

「は?」

 

 わたしは、それを見て思わず言葉を失った。

 スクアーロの剣は、すでに叩き折った。剣がない剣士は戦えない。にも関わらず、彼が義手とはべつの腕で構える、雨属性の炎を纏ったその武器は。両刃の西洋剣とは明らかに異なる、片刃に鍔がついた、その剣は……

 

「日本刀……!?」

 

 わたしは、スクアーロの剣の、すべてを知っているはずなのに。

 そんなの、知らない。

 見たことすらない。

 

「どうしたぁ……」

 

 銀髪の間から覗くその眼光は。

 まだ勝負を捨てていないことを、ありありと示している。

 

「……まだ、オレは負けてねぇぞぉ」

 

 それを聞いて、純粋に……わたしは思った。

 

 かっこいい。

 

 噛ませ犬なんかじゃない。

 わたしの目の前に立つ剣士は。

 わたしの目の前にいる剣帝は。

 

 最強で最高だ。

 

 それなら、ぶつけなければ。

 

 わたしが、今出せる、全力を! 

 

 真似をしたみたいで、恥ずかしかったけれど。

 はじめて彼に負けた時に受けたその技は、どうしようもなくわたしの心に染みついていて。

 だからこそ、奥義の名は決まっていた。

 

 

鯱特攻(スコントロ・ディ・オルカ)

 

 

 正面から受けてはまずい、と即座に見切ったのは流石だった。

 瞬間、飛び退いたスクアーロは、わたしの背後を取った。

 でも、残念。それは、わたしにはありありと見えている。来るとわかっているなら、反応できる。

 わたしの剣に、死角はない。振り返らずに、その気配だけで、突き返してみせ……

 

「!?」

 

 手応えが、なかった。

 

 違う。

 

 わたしが突いたのは──水面に映った影だ。

 

 

時雨蒼燕流(しぐれそうえんりゅう)・攻式九の型──」 

 

 

 ああ、知っている。

 わたしは、その技を知っている。

 彼に、はじめての敗北を与えるはずだった、その技を。

 

 

「──うつし雨」

 

 

 これに負けるのなら、悔いはない。

 首筋に、衝撃。

 膝をつく。

 同時に、球針態が崩れて消えていく。

 やっぱり、雲雀くんのようにはいかないなぁ……

 

「わたしの、負けだね……」

「……バカ抜かせぇ」

 

 吐き捨てるのと同時に、スクアーロの口からも血反吐が落ちた。

 

「あの小僧の技に頼った時点で、引き分けだぁ……クソが」

 

 もう、一歩も動けない。

 互いに、完全に致命傷を負っていて。

 わたしたちは、仲良く水に濡れた地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーい! そのまま動かないでね! 開匣よん♡」

 

 今にも息絶えそうなわたしたちを救う、オカマの声が響いた。

 その名は『晴クジャク(パヴォーネ・デル・ソネーノ)』。

 

「やってあげてクーちゃん!」

 

 あ〜効くぅ……傷口に晴れの炎が、みるみる染みるぅ……

 ほんと、ルッさんには頭が上がらない。こういう回復役がいてくれるからこそ、わたしたちも安心して斬り合えるってもんですよ、うん。

 むくり、と。わたしとスクアーロは起き上がった。

 

「はい。2人とも。髪とヒゲはちゃあーんと切って剃るのよ〜!」

「はーい」

「……ちっ」

 

 用意の良いルッさんから、ハサミとヒゲ剃りを渡される。

 スクアーロは相変わらず髪を切りたくなさそうだったのでヒゲを剃るだけに留めていたが、わたしはもう肩口から、伸ばしていた髪をばっさり切ってしまった。

 

「……いいのかぁ? 髪切って」

「うん。なんか、すっきりしたし」

 

 あと、前から伸ばしててうざかったし。

 

「……いい機会だから、教えてやる」

 

 スクアーロは、背中が濡れるのも構わず、また地面に大の字に寝っ転がって。空を見上げて呟いた。

 

「雲があるから、雨は降る。お前が隣にいたから、オレは昔より強くなった」

 

 戦えればそれでいいと、最初はそう思っていた。

 でも、わたしがいたから彼は強くなって。

 彼がいたから、わたしは生きる目的ができて。

 そういうのも、案外悪くないのかもしれない。

 

「オルカ」

「なに?」

「オレの女になれ」

「え、いやです」

「なにぃい!?」

 

 いや、声うるさ……

 

「……いいか、一度しか言わないから、よく聞け、カス娘ぇ。オレはおまえのことをおもしろい女だと思っている」

「それは……えっと、ありがとう?」

「おまえは剣がないと生きていけない、オレと同じタイプの人間だぁ」

「まあ、それもそうだね」

 

 それはなんというか、言い返そうにも何も言い返せない。

 

「オレは、お前が好きだ」

「……」

「だから答えろぉ、オルカ! 何が不満だ!?」

 

 ここまで来たら、もう言い逃れのしようがない。

 わたしは意を決して、スクアーロの瞳を正面から見返して、答えた。

 

 

 

「正直にいうと、職場恋愛ってところに不安が……」

 

 

 

「は?」

 

 スペルビ・スクアーロは呆気にとられた様子で、目を何回か瞬かせた。

 いや、は? じゃないんだよなぁ。わたしにとっては、これ以上ないほどに重要な問題だ。

 

「だって、職場恋愛って周囲の理解がないと、上司から理不尽な圧力とか受けそうだし」

「……そんなことはねぇ。任務に支障をきたさなきゃいいだけだ。プライベートが充実すれば、仕事にも張り合いが出るだろうが」

「じゃあ、ヴァリアーのトップは部下の恋愛に理解があるホワイトな上司だっていうの?」

 

 スクアーロは、わたしがさっきの戦いで剣を叩き折った時よりも困り果てた顔になって、大空を仰いだ。

 そりゃそうだろう。ボスは傍若無人をそのまま擬人化したような人だ。ていうか、本当に大丈夫かなウチのボス。もう三十路だけど、ちゃんと良い女の人見つけられるのかな。マフィアのお世継ぎ問題って、わりと重要だと思うんだけど……

 

「それ以外にも、家庭がうまく回るか不安だし」

「……それは、なんとかする」

「ほんとに? 家事してくれる?」

「する」

「ちゃんと料理とか作れる?」

「……作る」

「定期的に斬り合ってくれる?」

「いつでも受けてやる!」

 

 わたしたちのやりとりを見かねたのか、ルッさんが間に入って体をくねらせる。

 

「オルカちゃん。これから生涯を共にするパートナーに不安を覚えるのはわかるけど……結局のところ、恋愛で一番大事なのは、L、O、V、Eなのよぉ?」

 

 うわ、出ましたよ。LOVEとかいう頭ピンクな恋愛勢しか使わない常套句。そういうふわふわした言葉が、一番信用ならないのだ、まったく……

 

「でも、まどろっこしい恋愛なんてすっ飛ばして結婚しちゃえば、既成事実でスクアーロの隣はずっとあなたのものよ」

「あ、します。結婚します。わたしを末永くよろしくね、スクアーロ」

「ゔお゛ぉい!?」

 

 相変わらず、めちゃくちゃ声が喧しい彼の横顔を見て、くすりと笑う。

 この日。わたしは、はじめて戦う以外に生きる喜びを知った。




今回の登場人物

『オルカ・グルマンディーズ』
夢女子になった。スクアーロと結婚したあとは夫婦喧嘩で剣帝の座を取ったり取られたりしている。仲良し

『スペルビ・スクアーロ』
最強で最高にかっこいい剣士。

『山本武』
これ決闘じゃなくてただの結婚報告DVDじゃねぇか!
死ぬ気で祝福した

『ルッスーリア』
オカマ




ひさびさにリボーンのキャラに触れながら書けて、とても楽しかったです。ありがとうございました!


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