人魚よ歌え、彼方に届くまで。 (泥人形)
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やはり青髪ロング美少女が上司なのは間違っている。

 労働。

 漢字にしてわずか二文字ながら、その言葉は人の──主に社会人の胸を酷く揺さぶる。

 ある者は辟易とし、ある者は嫌悪し、ある者は憎悪すらするだろう。

 いや憎しみまで持っちゃうのかよ。親でも殺された? 殺されてそう……。

 巷では良く戦艦の擬人化だったり、馬の擬人化だったりが流行っている訳だが、労働という二文字が擬人化したらそれはそれは恐ろしいサイコパスが出来上がるに違いない。 

 多分人の生首とか掴んでるし夜道で会ったら全力で追いかけてくる。

 やだ、普通に怖い……。

 嫌だなぁ、と思うがしかし、この労働というやつは易々と切り離せるものではなかった。

 何せ人の世というやつは、数多の労働に支えられることで成り立っているからである。

 100万ドルの夜景とかいうアレも所詮は労働者たちの明かりなのだ。

 光あるところに必ず陰ありき。

 楽する者がいれば必ず苦労する者がいる。

 そして大体の人間が苦労する側に回るのだ。

 楽をできるのは本当に一部の人間だけで、他はそうはいかない。

 誰かのために! なんて大義名分掲げて毎日頑張っていかないといけないのが、およそあらゆる人間に課せられた使命なのだろう。

 無論、それは俺にだって適用される。

 まあなんだ、つまるところ──

 

「労働はクソ、何故俺が知らん奴らの為に汗水流さなきゃならんのだ……」

「別に働かなくても良いけど、そうなったらきっとびゃくらんに殺されちゃうねー」

「せめてもうちょっと穏便に退職できないのん……?」

 

 物理的に首を飛ばそうとしてくるのは流石にブラック通り越してダークネスなんだよ。

 いや、まあ、マフィアなんてところに入ったのが運の尽き、と言われればそこまでではあるのだが……。

 

「無理だと思うなあ……ていうか天雨(あまう)、ウチやめたところで働く先あると思ってるの? 天雨みたいなクルクルパーな上にやる気のない人、雇ってくれる人いないと思うな」

「ちょっと、ブルーベルちゃん? 言葉の切れ味が鋭すぎるでしょう?」

 

 妖刀も顔負けの鋭さで滅多切りにしてきたのは、巨大な水槽に沈む一人の少女だった。

 名を、ブルーベル。

 本人曰く、十代後半であるらしい彼女は俺の上司だった。

 真六弔花というやつだ。

 そして俺は彼女の側近であった。

 まあ体の良い召使いである。今も本来であれば彼女がやるはずであった仕事をバリバリと俺がこなしていた。

 

「うわっ、『ちゃん』付けやめてって、この前も言ったよね? もう忘れちゃったの?」

「いやほら、その辺はスキンシップの一環みたいなものじゃん……」

「年下扱いされてるみたいで嫌だってあれほど言ったのにー!」

「実際年下だろーぐぅぉぉぁあ!?」

 

 物凄い勢いで跳んできた水流が身体を直撃し、俺は宙を舞った。

 クルクルと数回回転してから辛うじて受け身を取る。

 

「次言ったらパンチするからね!」

「パンチの方がまだマシなんだわ」

 

 やれやれ、とため息を吐きながらノートパソコンを確認。うん、良し、こっちは被害なしだ。

 問題は俺の上半身がずぶ濡れという点であるのだが……。

 そこはもう手慣れた俺である。

 リングに炎を勢いよく灯すことで水気を払った。

 

「わーお。相変わらず純度の高い死ぬ気の炎だね……ま、ブルーベルには敵わないけど!」

「そりゃ敵ってたら今頃俺が真六弔花だろうからな。まだまだだよ」

「まーね! なんたってブルーベルは最強だから!」

「へいへい」

 

 スイスイスイ~っとブルーベルが巨大な水槽内を自慢げに泳ぐ。

 水の中は、彼女の領域(テリトリー)だ。

 だから息苦しさなど感じようもないし、むしろ水の中こそが彼女のいる世界だと言っても良い。

 足元まで伸ばされた美しい、青の髪を揺蕩わせながら緩やかに泳ぐブルーベルは、人魚のようにすら見えるだろう。

 ま、実際のところはただのちんちくりんなのであるが。

 どのくらいちんちくりんかと言われれば、今の今までずっと裸体を見せつけられているが一ミリも欲情しないレベル。

 いや、欲情したら逮捕案件なんですけどね……。

 俺はロリコンではない。

 

「あっ、今ちょっと馬鹿にされた気がする!」

「その異常な勘の良さは一体何なんだよ……」

「ふふん、天雨の心くらい、ブルーベルにはお見通しなんだ……ぜっ☆」

「俺の心のプライバシーが守られていない……」

 

 パキュン、と可愛らしく鉄砲を撃つ仕草をする幼女を横目に、カタカタカッターンとキーボードを叩く。

 マフィアと言えども切った張っただけではない。

 こういった事務仕事も盛りだくさんなのである。ミルフィオーレファミリーほどの規模にもなれば、それもなおさらというものだ。

 俺もどちらかと言えばこういった事務仕事の方が性に合っているのだが、時折滅茶苦茶虚しくなる。

 ゲロ甘にした牛乳とか飲んで気分を切り替えるのが乗り越えるコツだ。

 そう、例えこれがパキュンパキュン! と遊んでいるクソガキ……上司の仕事であってもだ。

 逆らったら割とマジで命が無いからね。いのちだいじに!

 

「んっふっふ~」

「急に怪しげな笑い声を出すな、不安になるだろ……」

「んっふっふっふっふ~!」

「なになに? 怖すぎる。何か企んでるならさっさと言ってくれない?」

 

 せめて心の準備をさせてほしい、と切実に思った。

 前回は超高層ビルの屋上から紐無しバンジーをやる羽目になったからな……。

 正直死んだと思ったよね。

 今でもよく生き残れたものだ、と思い出しては自画自賛している。

 やだ、俺、優秀すぎ……?

 

「いや~? 特に何にもないよーっだ」

「絶対何かある口振りじゃん……」

 

 もしかしたら俺、今日死ぬのかもしれない……。

 そう思わせられるだけの日々を送ってきていた。

 スリルがあると毎日生きてることに感謝を捧げられるようになる。これ豆な。

 水槽のガラスにブルーベルが顔を張り付け、ニッコリと笑う。

 こいつ、黙って笑ってれば可愛くはあるんだよな。口を開いた瞬間電波を伴った悪質な上司になるのだが。

 

「ただ、何か良いなあって思っただけだもん」

「……何が?」

「にゅにゅっ……そう言われるとちょっと困るかも。強いて言うなら、天雨が苦しんでる姿が見てて楽しいから……?」

「想像を遥かに超えて悪趣味!」

 

 こ、このクソガキ……。

 マジで一発ぶん殴るぞ。

 思わず拳を握れば、フラフラ円を描くようにブルーベルは水中を舞う。

 

「んにゅぅ……何かね、天雨は特別なの」

「特別?」

 

 そりゃそうだろ、とノータイムで思った。

 ここまで献身的な部下、中々いないからね?

 時折「何で俺、ここまで尽くしてるのかな……」と自問自答してるくらいだから。

 自分の社畜適性が憎いぜ。

 

「びゃくらんとか、桔梗と違って、一緒にいるだけで何かこう~~……落ち着くの! そこにいるのが当たり前、みたいな?」

「まあ、実際お前の部屋で仕事する時間が俺の一日の大半を占めてるからな……」

 

 八時間労働とか何それ美味しいの? というレベルで働いている俺を嘗めないで欲しい。

 何度この部屋で徹夜かましたと思っている。

 ぐーすかぴーと爆睡をかまされる横でせこせこ業務をこなすのも、もう慣れたというものであった。

 ちなみに今は午後八時。

 この部屋に俺が来たのは午前八時である。ピッタリ十二時間労働している計算になるね!

 実際にはブルーベルにぶっ飛ばされたり、ブルーベルの話し相手になったり、ブルーベルの暇潰し道具になったりとアレコレしていたので、実働時間はもう少し短いのだが。

 

「にゅぅ~、そういうことじゃないってば!」

「じゃあどういうことなんだよ……運命の相手なの! とでも言うつもりか?」

「え? 何それキモい。やめてくれる?」

「ガチなトーンで言うのやめない? 傷ついちゃうから」

 

 俺のガラスのハートはもう粉々だから。これ以上いじめるのはやめてほしい。

 一日一回は俺を凹ませないといけないノルマでも課せられているのか? だとしたら白蘭さん、許せねぇよ……!

 がるるるるー、とこの場にいないミルフィオーレのボスを威嚇していたらブルーベルが滅茶苦茶可哀想な子を見る目で見てきたので、速やかにやめた。

 というか俺では逆立ちしても白蘭さんには敵わないんだけどね。

 多分戦うとなったら二秒くらいで首を飛ばされる。

 あの超巨大マフィア、ボンゴレを半壊まで追い詰め、今や世界を掌握したと言っても過言ではない白蘭さんはその辺も含めて超人だ。

 

「とにかく! そこにいてくれるだけでほんわかってするの!」

「より分かりづらくなったんだけど……言葉によるコミュニケーション、もうちょっと大切にしない?」

「うっさいバーカ!」

 

 パパパキュン! ズガガッ! ドッ! ドドサァッ!

 それなりの広さを持つ一室に音が鳴り響いた。

 パパパキュン! はブルーベルが水弾を放つと同時に言った擬音。

 ズガガッ! は一発避けたものの二発が俺の腹に直撃した音。

 ドッ! は俺の身体がぶっ飛び壁に張り付いた音。

 ドドサァッ! は俺が無様に落下してきた音である。

 この幼女、ガチでっょぃ……勝てなぃ……。

 ある程度予測していた上での回避行動だったのに、それを見越して撃ってきやがった……。

 流石真六弔花って感じだ。

 出来れば違う形でその実力を示してほしかった。

 

「さーて、と。ブルーベルもそろそろお仕事しよっかなー」

 

 ザバァ、と水音を立ててブルーベルが水槽から上がる

 ……ん? 今こいつ、何て言った?

 仕事を……する……?

 幻聴かなぁ。幻聴だな。間違いない。

 

「まあ何をするにしても、取り敢えず身体拭いたりとかしない? やばい水滴ってるから。床びしょ濡れだから」

「ん-? でも明日には綺麗になってるし、別に良くない?」

「それは俺が毎日掃除してるからなんだよ……!」

 

 一週間も放置すればこの部屋、ゴミ屋敷と化すからね?

 主に家事とかその辺のスキルを軒並みに落としてきている幼女だった。

 

「それにほら! 水も滴る良い女って言うじゃない? ブルーベル超大人だし、妖艶? じゃん!」

「ははっ」

「…………」

「あっ、おい馬鹿コラ! 蹴るな蹴るな! 痛いから普通に!」

 

 ガスガスと幼女に蹴られ、許しを請う成人男性がいた。というか俺だった。

 薄っすらと死ぬ気の炎を放出しているらしく、ガードしていてなお超痛い。

 こんなところで本気を出すな、馬鹿が。

 

「んもー。天雨、そういうとこだとブルーベル思うな!」

「どういうとこだよ……ぐぉぁ! 寄り掛かってくんな! マジでびしょ濡れなんだよ!」

「にゅふふふふ~、いーやーだー。離れませーんっ」

「このアホ女……」

 

 後ろから抱きしめてくるように寄り掛かって来るブルーベル。

 全身は濡れてるし、超長い髪の毛がたっぷり水を含んだまま俺の全身を包むしで滅茶苦茶不快だった。

 謎の猫なで声を発しながら頭を擦りつけてくるので俺の顔面まで濡れるし、ビチャビチャと水が飛びまくっていた。

 このままもう一度死ぬ気の炎で乾かしても良いのだが、これほどまで接近されているとダメージまで与えかねない。

 真六弔花は全員「やられたらやり返す……(万)倍返しだ!」みたいな精神性をしているので迂闊に傷をつけられないのである。

 まあ、元より人を傷つけるなという話であるのだが……。

 そこはほら、マフィアだし多少はね?

 

「それでー、天雨は今何やってたの?」

「えぇ……。本当にこの状態で続けるのかよ……今やってるのは部隊編成な。ほら、この前大幅に減ったろ?」

「あー、何だっけ。……クッキーファミリー? との抗争あったもんね」

「ギーグファミリーな。ギーグ」

 

 あとトラッド6(シックス)

 ロシアの墓掘り人と名高い超少数精鋭のギーグファミリーと、北米を手中に収めた新進気鋭の巨大マフィア、トラッド6の同盟にはミルフィオーレファミリーと言えど手を焼いたものである。

 雲の六弔花が担当していたがあっさり殺されてしまい、ウチの部隊と真六弔花雲の守護者……桔梗さんの部隊が行くことになり、半ば相打ち気味で終わった。

 直接ブルーベルや桔梗さんが向かった訳ではないのだが、そのせいかあちらの守護者を数名殺すだけに留まり、ボスまでは仕留められなかった。

 部下たちが殺し、殺されまくったという訳だ──なんて、他人事のように語っているが実は俺も参戦していた。

 いやもうヤバかったね。

 全然知らない匣兵器とかもりもり出てくるし、守護者はどいつもこいつも強すぎだし。

 何度死んだと思ったか分かったものでは無い──まあ、ギーグファミリーの守護者を殺したのは俺なのだが。

 お陰でリストラは免れている……今のところ。

 

「だからこうやって良さげな人材をリストアップしたり、必要であれば他の部隊から人員を借りたりだな……」

「あっ、その人ザクロの部隊(とこ)のじゃん! いーやーだー!」

「好き嫌いはしちゃダメって言ってるでしょう。我慢しなさい」

「やだ~!」

 

 ヒュッと滑らかな動きでマウスを取られ、ササッと該当の人物の名前が消されてしまった。

 こいつ……!

 どんだけザクロさんと気が合わないんだよ。

 や、確かにマグマ風呂に入ってるのは正直どうかと思うが……それ以外は結構良い人じゃん。

 この前も俺、昼飯奢ってもらっちゃったからね。

 

「むぅ~……」

「急に不機嫌になるじゃん……何?」

「それでこの前、ブルーベルと一緒に食べてくれなかったんだ。ふぅ~ん」

「そりゃお前、奢ってくれる上司と集って来る上司だったら、奢ってくれる上司の方が良いに決まってるだろ……」

 

 ちなみに桔梗さんも奢ってくれるタイプの上司だ。デイジーさんとトリカブトさんはまともに話したことない。

 流石にド正論過ぎたのか、むむむっ、ブルーベルは口ごもった。

 一応フォローしておくと毎食集られている訳ではない。もしそうだったらとっくに飢え死にしてる。

 

「じゃあ明日はブルーベルが奢ってあげるよ!」

「いやそれはちょっと……」

「なんでー!?」

 

 幼女に奢られる成人男性の図は流石にいたたまれなさすぎだった。

 

「ま、普通に明日一緒に食うとかで良いだろ」

「! うん、約束ね!」

「はいはい」

 

 それはそれとして。

 俺は背中にブルーベルを張り付けたまま立ち上がった。

 

「いい加減風呂入ってこい。そしてちゃんと身体拭いて、髪乾かして出てこい」

「んにゅ~、まだ良くない?」

「いやもうかなり手遅れだから、出来ればさっさと入ってきて欲しいんだわ」

 

 こうやって会話している間もブルーベルからは水が滴り落ちまくっているのであった。

 高級そうな絨毯が見るも哀れな姿にって感じだ。

 

「んも~、仕方ないなぁ。それじゃ、ブルーベルはお風呂に入ってくるけど──覗いちゃダメだからね☆」

「うるせぇ早く入ってこいチンチクリン」

「チンチクリンじゃないですぅー!」

 

 やんややんやと言い合いながらブルーベルが消えていく。

 はー……と深々と溜息を吐いた後にキーボードを幾らか叩き、少しの休憩。

 

「取り敢えず……これ、どうにかするか」

 

 あちこち濡れまくった部屋を見て、「良し」と気合を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザブン、と勢いよく浴槽へとブルーベルはダイブする。

 そのまま顔だけ出して、心地の良い温さへと身を委ねた。

 

「にゅふふ~♪」

 

 漏れ出るのは年相応の、可愛らしい笑い声。

 楽しそうに、嬉しそうに、ブルーベルは一人の青年のことを思う。

 天雨──水無天雨(みずなしあまう)

 ブルーベルが真六弔花になるのと同時に、側近へと選ばれた日本人。

 本人が思っている以上に優秀な彼を──端的に言ってブルーベルは気に入っていた。

 それが、親愛なのが、友愛なのか、はたまたもっと別の何かなのか。

 それはまだ、ブルーベル本人さえ、分からない。

 ただ、一つだけ分かるのは──

 

「明日もいーっぱい、天雨とお話しできたら良いなあ」

 

 ──と、そんなことを思っているということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




水無天雨:本作主人公。少女に振り回されるのはデフォルト。

ブルーベル:真六弔花雨の守護者。幼女だ少女だと言われているが実は十八歳。オリ主くんと大して歳が変わらない。

※原作ではブルーベルの年齢は明かされていませんが、虹の呪い編で出ているブルーベルはどう見積もっても十歳前後である為、舞台が未来編である本作では十八歳としています。


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しかし銀髪ロン毛デカ声カスザメ剣士は師匠である。

『やっほー、久し振り(アマ)チャン。元気してた? 急で悪いんだけどさあ、イタリアの主力戦があるでしょ? アレに向かって欲しいんだよねー。

 ジルくんに一任はしてるけど、多分負けるだろうし。彼のリング回収できたならあげるからさ。

 ワンサイドゲームにだけはならないようにしてほしいんだよ。それじゃ、よろしくね~』

 

 ブツッと音を立て、壁にかけられた超巨大モニターが暗闇に戻る。

 それを俺は、寝間着姿でぼぉっと眺めていた。

 ……え? もしかして俺、今白蘭さんから直々に仕事の命令された?

 痛快なモーニングコールってレベルじゃねぇぞ。というか、寝起きから仕事モードにさせるの、やめてくれないかしら……。

 やれやれ、とため息を吐きながらソファから起き上がる……ソファ?

 

「おっはよー! 天雨!」

「……ああ、はい、おはようさん。ブルーベル」

 

 これこそがモーニングコールだぜ! と言わんばかりに室内に元気な挨拶が響き渡る。

 足元まで伸ばされた美しい青の髪。キラキラと潤う水色の瞳。

 朝から元気満々だぜ、と全身で主張している少女がそこにいた。というかブルーベルだった。

 そしてここはブルーベルの私室だった。

 あの後、風呂から上がったブルーベルに風呂に叩きこまれ、今日はもう寝ること! と休まされたのである。

 その際にベッドで寝る寝ない論争があったのだが当然のように勝利し、俺はソファで寝ることになったという訳だ。

 ふん……大人をなめるなよ、メスガキが。

 

「よく眠れた?」

「愚問だな、俺が何度このソファで夜を明かしたと思っている」

「それ、誇って良いことじゃないと思うんだけど……」

 

 ブルーベルが哀れむような目で見てくるんだけど、徹夜してる理由の九割九分くらいはお前のせいだからね?

 ザクロ隊に頼れなくなった分、あちこち人員をかき集めなきゃならなかったんだからな……。

 目の下の隈さんともすっかり友達である。

 

「……やっぱりさっきのって、俺宛てのメッセージだよな?」

「バッチリ天雨名指しだったねー。ま、ファイトッ。ブルーベアも応援してるよ~」

「誰だよ、ブルーベア……」

 

 この子のことだよ! とコップに入った水を見せつけてくるブルーベル。お前、水に名前つけてるんだ……。

 クソどうでも良いな、と思うと同時に深いため息が口の端から零れ落ちた。

 どうしよう。

 死ぬほど行きたくない。

 つーか何でブルーベルの部屋にいること知ってたんだよ、あの人……。

 

「そんなに行きたくないなら、びゃくらんに言えば良いのに」

「ばっかお前そんなことしたら『ああ、じゃあもう君いらないや』とか言われかねないだろうが!」

「うわっ、今のびゃくらんの物真似? ちょっと上手くて腹立つ……」

「マジ? 似てた?」

 

 風呂入るたびに練習していた甲斐があったな。その内桔梗さんの真似も披露しても良いかもしれない。

 ……俺、何やっているんだ……?

 

「まあ、ここで愚痴ってても仕方ねぇか……」

「にゅにゅっ、珍しくやる気だ」

「やる気っつーか、普通に逆らえねぇからな」

 

 この世で一番怖いと思う人は誰? と聞かれたら迷わず白蘭さん(あのひと)だと答える自信がある。

 ただ強いから、とかそういうんじゃないんだよな……。

 何だかこう、言葉にし難い底知れなさが、あの人にはある。

 まあそうでなくとも、あっちはいわば社長で、俺は平社員なのであった。立場的にも全然文句言えない。

 

「ま、行ってくる。なるべく部屋汚すなよ……俺がいない間、掃除する人間いないんだからな」

「はいはい、分かってますよーっだ。ブルーベルだってもう子供じゃないんだから」

 

 ふふんと胸を張るブルーベル。悲しいかな、喧しさの割に胸の主張はゼロに等しかった。

 ついでに言えば言葉の信憑性も限りなくゼロに近かった。

 帰ってきたら丸一日くらいは掃除に費やすことになるんだろうなあ……。

 思わず遠い目になる。

 本当であれば、テキトーに誰かを代わりに置いていきたいところなのであるが、ブルーベルがそれはもう激しく拒絶するので不可能なのだ。

 この部屋に出入りできるのは俺を除けば、真六弔花の面々と白蘭さんだけである。

 何で俺が出入りできてるんだろうな……いやマジで。

 

「はいっ」

「……? え、なに?」

 

 雑に荷物を纏め、サクッと準備を整えればブルーベルが両腕をガバっと広げて俺の前に立ちはだかった。

 

「だから、ほらっ。ぎゅーって」

「やらねぇよ! というか今までもやっていたかのような口振りで言うのはやめない? 一度もやったことないでしょう?」

「にゅぅ~……でもこの前見たドラマでやってたし」

「現実と創作は別けて考えような……」

 

 ついでにやる相手も考えて欲しかった。ちょっと俺に対する距離感バグり過ぎだから。

 実に不満げに俺を睨むブルーベルの頭へと手を置く。

 身長的にかなりちょうどいい位置に頭があるんだよな、こいつ……。

 

「ま、すぐに帰ってくるから」

「……また子ども扱いする」

「? 何か言ったか?」

「何でもない! いってらっしゃい!」

「うおっ、いきなりでかい声出すな……行ってきます」

 

 ベーッと舌を出すブルーベルに背を向けて部屋を出る。

 久しぶりの出張だなあ、と思いつつ、一先ずは自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と言う訳でイタリアに来たのだが。

 何かもう既にミルフィオーレの指揮官が殺されていた。ついでに本拠地にしていた古城も占拠されていた。

 どうにもボンゴレの奇襲を察知し、上手いこと対応していたらしいのだが、飛び込んできたヴァリアーに一瞬でボコボコにされたらしい。

 まあ、ここは素直に流石と言うべきだろう。

 あの『最強』と謳われた、ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーが相手では、そうなるのも止む無しと言ったところだ。

 とはいえ大本のボンゴレ連合部隊自体はかなり追い詰めることに成功しているらしく、今の脅威はヴァリアーのみであるらしい。

 これはこれでどうなんだろう、と思い白蘭さんに連絡したが

 

『へぇ、中々面白いことになってきたね。ボンゴレの誇る最強部隊の本気、楽しみだなあ♪ 頼んだよ、天チャン』

 

 の一言で通話が打ち切られた。

 もしかしてあの人、俺のことが嫌いなのでは……?

 好かれたら好かれたで厄介なことになりそうだから、別に良いのだが。

 俺はどう動けばいいのかな、と思い指揮の権限が移行された六弔花の一人──嵐の守護者であるジルさんに聞いたのだが

 

「しししっ、白蘭様の使いだが何だか知らねーけどよ、邪魔だけはすんなよ」

 

 とだけ言い放って行ってしまった。

 彼の側近らしいマッチョの執事さんもペコリと頭を下げてついて行っちゃったし。

 あのさぁ……。

 こう、折角下手に出てるんだからもうちょっと優しくしてくれても良くない……?

 普通に泣きそうになってしまった。あの人が死にそうになってても絶対に助けてやんねー。

 が、かといって働かない訳にはいかない。

 もしこの戦いが終わった後、生き残った誰かに「あいつ、サボってましたぜ」と告げ口でもされたら面倒である。

 貰っている情報と地図を見るに、ヴァリアーが占拠している古城を攻めるルートは南と東の二つである。

 南にジルさんが行った以上、東に行くべきだろう。

 はぁ、とため息一つ。

 出来るだけ敵に会いませんように~と神様にお願いしながらゆっくりと出発したのであるが──

 

 

「ゔお゛ぉい、カスどもがぞろぞろ湧いてきたじゃねぇかぁ」

「うわっ、最悪……」

 

 ──初手で長い銀髪をなびかせる、一人の剣士と鉢合わせしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ──勝負は最初からついていたと言っても過言ではないだろう。

 反射的に開匣し、抜刀したまでは良かったが俺が剣士である以上、勝ち目というものは存在していなかった。

 同じ場にいたミルフィオーレの兵隊は軒並み瞬殺され、血の海が広がっている。

 匣兵器である愛しのルカ……暴雨鯱(オルカ・グランデ・ピオッジャ)は無残にも腹をがっぽりと食われ絶命している。

 ついでに俺も、肩から腰にかけて深い裂傷が刻まれとめどなく血が零れ落ちていた。

 直立しながら呼吸するので精一杯って感じ。

 まあ、仕方ない──どころか、まだ生きているという事実だけで称賛されても良いのではないだろうか。

 何せ相手は()()スペルビ・スクアーロなのだから。

 ボンゴレ最強を誇る、特殊暗殺部隊ヴァリアーを率いるXANXUSの右腕にして、この時代最強の剣士──()()

 十年以上前にその座を奪い取った彼は、今なおその名を誰にも譲ったことはない。

 それはつまり、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを意味する。

 ミルフィオーレで最も強い剣士とされる幻騎士ですら、彼には敗北しているのだ。

 そして何より──

 

「ゔお゛ぉい、鈍ったんじゃねぇかクソガキィ!」

「ぜっ、はぁ……うざ……ていうかガキじゃない! もう二十歳だっつーの!」

「ハッ、全然ガキじゃねーかぁ!」

 

 ──俺は、スクアーロと面識があった。

 いや、面識があるというか、なんというか……。

 一時期剣を教えられたことがある──いわば、ちょっとした師弟関係だった。

 まあ、ほんの二年程度ではあるのだが。

 

「よえぇぞぉ!」

「あんたが強すぎなんだよ……!」

 

 青い、雨の炎が舞って剣が軌跡を描く。

 それとただ打ち合うのでなく、受け流すようにして刀をあてがった。

 踊るようにして、軽やかな金属音を響かせる。

 

「逃げ回ってばかりかぁ!?」

「うっ……さいな!」

 

 裂帛と共に、灯した死ぬ気の炎の圧を上昇させる。

 死ぬ気の炎の強さは、覚悟の強さ。死が近づけば近づくほど、溢れ出る死んでやるかという気持ちが覚悟を補強する。

 ついでにせめて一矢くらいは報いてやるこのクソサメ師匠が……という気持ちも混じっていた。

 

「ほぉ……少しはマシになったようだなぁ。クソガキィ」

「言いつつ俺より純度の高い死ぬ気の炎灯すの、大人げなさすぎだろ……」

 

 互いのリングに灯る炎の色は青。つまり属性は雨。

 リングのスペック差もあるが、それを抜きにしてもスクアーロの灯す死ぬ気の炎の純度は恐ろしく高かった。

 いや、これでも俺、ミルフィオーレ基準で言うAランクだから、六弔花クラスなんだけどな……。

 真六弔花には及ばないまでも、上から数えた方が早いくらいの実力はあるはずなのだが、現実は何とも非情だった。

 ゆらとスクアーロの匣兵器──暴雨鮫(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)が笑うように宙を舞う。

 牙にはべっとりルカの血液がついていた。ゆ。ゆるせねぇ……。

 

「マジでいつ見てもその鮫、クソ腹立つ顔してるし……絶対ぶつ切りにしてやる……」

「ほざくじゃねぇかぁ……やってみせろぉ!」

 

 絶叫と共に、振り下ろされた剣と激しくぶつかり合う。

 次いで、隙を縫うように暴雨鮫は喰らいついてきた。

 慌てて避けると同時にガチン! という正しくルカを一撃必殺したのであろう牙が嚙み合わさった。

 ギラギラと光を弾いている。

 

「ちょっ、ズル……ズルじゃん! 剣だけでも勝てないのにズルだろそれは!」

「ゔお゛ぉい! なに甘っちょろいこと言ってやがるクソガキがぁ! 貴様は今、俺の敵なんだぞぉ!」

「……!」

 

 有無も言わせない超ド正論だった。

 俺は何も言えずに奥歯を噛みしめ──ガチガチッと音を立てながら()()()()()

 バシュッ! という音を立てながら、雨ペンギン(ペングイノ・ディ・ピオッジャ)……通称ペンペンが飛び出した。

 鋭く炎を靡かせながら勇猛果敢に暴雨鮫に飛び掛かる。

 

「ミルフィオーレはヴァリアーと違って匣たくさんくれるんだよ……いやまあ、ペンペンはサブ匣なんだけど」

「嘗めた真似するじゃねぇかぁ……時間稼ぎにもならねぇぞぉ!」

 

 早くもペンペンが鮫にボコボコにされ始め、スクアーロの剣圧が目に見えて膨れ上がる。

 打ち合う度に死ぬ気の炎は純度と大きさを増していき、このままではこちらがぶった切られて終わるのは明白だった。

 ──そう、このままでは。

 もう何度目かも分からない鍔迫り合いが起こった瞬間、それは起動した。

 突然だが俺の持つ匣は合計三つだ。

 一つはメイン匣の暴雨鯱。

 一つはサブ匣の雨ペンギン。

 そして最後の一つは、スペアの刀である。

 先程炎を注入しておいた匣から、刀は切っ先を真っ直ぐ向けて俺の懐から撃ち放たれた。

 

「────!」

「くた、ばれ!」

 

 ──そこから起きたのは、最早夢か何かでないと納得できないような事象だった。

 ほぼゼロ距離から撃ち放たれた刀は確かな勢いを以てスクアーロの腹へと迫り、しかし彼は避けるでもなく、防ぐでもなくただ雨の炎を放出した。

 雨の炎の性質は『鎮静』。

 放出されたスクアーロの雨の炎は、一瞬にして刀の運動エネルギーをゼロにまで鎮静させた。

 カラン、と刀が地に落ちる。

 ……は?

 

「うっそだろおい……」

「ゔお゛ぉい、しまいかぁ!?」

「ぐっ、っ」

 

 弾き合った後に振りかかってきた剣を辛うじて受け止める。

 ガクン、と膝をつき、完全に押し込められた形だ。

 ギリギリと音を立てつつ、スクアーロを睨みつけてたらペンペンが血塗れで吹っ飛んできた。

 マジで五分も保たなかったの、信じたくねぇな……。

 

「降参するか? クソガキぃ」

「死んでも嫌だ……つーか降参つっても殺すでしょ」

「わかってんじゃねぇかぁ!」

 

 バキリ! と悲鳴のような音を立てて、刀に罅が入る。

 

「……てめぇがその気なら、ヴァリアーには受け入れる体制がある」

「いや絶対ごめんだし……もし裏切ったとしても、今度は白蘭さんにぶち殺される未来しかないんだって」

「俺達が負けるとでも言いてぇのかぁ」

「事実、負けてるでしょ。確かに一人一人の質はそっちの方が高いけど、数が違いすぎる。

 一対一じゃこのザマだけど、俺が百人いればアンタだって殺せる。数の暴力って、そういうことだろ」

「そうかぁ……じゃあ、今ここで死ね」

 

 その言葉を最後に、スクアーロの剣が刀へと完全に食い込んだ。

 俺の纏わせた雨の炎を食い破るように刀は砕けていき──

 

『いいや、小休止だよ』

 

 俺の通信機から飛び出した、ホログラムの白蘭さんが突然そう言った。

 

 




スペルビ・スクアーロ:今をときめく剣帝。オリ主くんを育ててくれた。


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このように緑髪クール系上司はトラブルの種を撒く。

「ハハンッ、それで? その後はどうしたんですか?」

 

 ミルフィオーレ本部、真六弔花専用の休憩室。

 そこで真向いに座っている雲の守護者かつ、真六弔花リーダーの桔梗さんが、興味ありげにそう言った。

 その手元にはカルボナーラ。最近の個人的ブームはパスタであるらしい。

 ちなみに俺はモリモリとうどんを食っていた。

 

「いや、それこそ後は知ってる通りですよ。白蘭さんが実は本当の守護者は六弔花じゃなくて、真六弔花でしたーってネタバラシして……」

「ああ、いえ、そこではなく。あのスペルビ・スクアーロと対峙していたのでしょう? どのように逃げ果せたのかと思いまして」

「あー……なるほど。まあ、運が良かったとしか言えないですかね」

 

 あの後、白蘭さんに気を取られたスクアーロの隙を狙い、俺はその場から速攻で離脱した。

 白蘭さんの話した内容が内容だっただけに、それなりの動揺を与えられたのだろう。

 一先ず匣兵器であるあのクソ鮫に追いかけ回されたが無事叩っ斬ることに成功し、俺はほぼ涙目で帰宅したという訳だった。

 ほとんど見逃されたようなものである。

 再起不能レベルで壊されたせいで、ミルフィオーレの匣研究・整備部門にはバチクソにキレられたし、あまりの怪我に医療班にも説教を食らい散々であった。

 

「しかし、ヴァリアー……それほどまでに強力でしたか」

「まあ、腐ってもボンゴレ最強を謳っていたくらいですからね……桔梗さん達ならまだしも、俺では対等に戦うのも難しいってレベルです」

「はて、そうでしょうか? 天雨くんならばあるいは、と思っていましたが」

「えぇ……めちゃ買い被りますね。でも無理です──というか俺、スクアーロだけは絶対に倒せないんですよね」

 

 スッと、桔梗さんが目を細めた。加減でもしたのか? と目で訴えかけられていた。

 深々と溜息を吐く。困ったものだ。

 

「俺の剣って、元々あの人に教えられたものなので、どうしても基本形がそこになるんですよ。だからこう……予測されやすい。ゆえに勝てない、みたいな。

 ……まあ、単純に剣士としての実力差がありすぎると言われたらそこまでなんですが」

「ハハンッ、なるほど。では他の武器も使ってみては?」

「それも何度か考えはしたんですけどね……」

 

 驚異的な不器用さで無かったことになった。

 一か月くらいみっちり訓練積んだのに、銃を一度も的に当てられなかったのはお前だけだと教官に言われた瞬間、心折れたよね……。

 剣は生きるために身につけたものであったが、まさか剣しか使えないとは思わなんだ……。

 明らかに生まれる時代をミスった感じがある。

 今でも普通にヒットマンとかに憧れるもんな。もし銃弾を剣で斬るとかが出来なかったら羨望と嫉妬で狂っていた自信がある。

 

「いえ、普通は銃弾を斬るなんてことはできないと思いますが……」

「まあその辺は慣れですよね。俺も四六時中銃弾が飛んでくる環境で二年過ごさなきゃ無理だったと思います」

「……紛争地帯で寝泊まりでもしてたんですか?」

 

 いや……その、ヴァリアーってそういうところっていうか……。

 ヒャァッ! 人が殺したくたまらねーから一先ず同僚を襲うぜ! みたいなオランウータンが主な生息者と言いますか……。

 まあそんな感じだった。

 俺は正式なメンバーではなかったが、スクアーロの弟子として住む場所を間借りしていたため否が応でも馴染まされたという訳だ。

 その二年が濃すぎて今でもゆっくり寝られるのが夢のような気すらしている。

 代わりと言わんばかりに、少しでも遅くまで寝ていたらダイブして来るアホガキはいるが……。

 

「天雨くんは、それほどまでに気に入られていたのですね」

「気に入られていたかと言われると返答に悩みますね……普通に三か月サバイバルとかやらされたし」

「ハハンッ、愛情表現の類ですよ、それは」

「だとしたら、せめてもうちょっとだけで良いから、分かりやすく愛を感じさせてほしかったなぁ……」

 

 数回ほど餓死しかけた記憶が蘇ってきた。

 あのアホサメ師匠、「死んだらそこまでだぁ」とか平然と言うからな……。

 クソでかい蛇に追いかけられた時は本気で死を覚悟したものだ。

 

「ですが、今は敵です。次出会った時、殺そうとすることができますか? 無論、ボンゴレ全体に対して、という意味合いですが」

「──流石に俺を嘗めすぎでしょ、桔梗さん……。今回だって俺は死ぬ気だったし、殺す気でしたよ。まあコテンパンにされましたが……。

 これがただの隊員とかだったら普通に殺してきてますからね」

「フッ、ハハンッ、そうでしたね、愚問でした」

 

 クルクルと上品に桔梗さんがカルボナーラを平らげる。

 続いて俺もうどんを平らげた。パチッと手を合わせてごちそうさまをする。

 

「白蘭様に許されている時点で、疑うほどのことではありませんでした──どうですか? このあと一戦」

「いや、悪いんですけど遠慮しておきます。ブルーベルの仕事片付けなきゃいけないんで……」

「あぁ……大変そうであれば、私にも回してください」

「! 良いんですか!?」

「ええ、もちろん。君はブルーベルだけでなく、私たちにとってもかけがえのない人材ですからね」

 

 パチリと桔梗さんがウィンクを飛ばしてくれる。

 これが……優しさ……?

 思わず感情を知らない化け物のような感想を抱いた俺は、流してしまった涙をグッと拭った。

 

「いやでも、大丈夫ですよ。何とかします」

「おや? そうですか、本当に?」

「ええ、まあ……桔梗さん達はチョイスも控えてますしね。流石にこのタイミングで雑務を手伝ってもらうのは部下的にNGですよ」

 

 チョイス──白蘭さんが、ボンゴレ十代目達に提案した、ファミリー間での力比べ……とでも言えば良いだろうか。

 まあ白蘭さんからすれば、一種のゲームとしてしか捉えていなさそうではあるが。

 こう言っては何だが、真六弔花の実力というのは六弔花を凌駕している──ついこの前まで、その六弔花にすら手こずっていた彼らでは、話にもならないだろう。

 それに、そうでなくともミルフィオーレの軍事力はボンゴレのそれとは最早比較にはならない。

 こんなことをしなくとも、物量で押し潰せるのである。

 手段を選ばなければ、今すぐにでも叩き潰せる──なのにそうしないのは、偏に白蘭さんが楽しんでいるからだ。

 この、見ようによっては拮抗している状況を。あの人はそういう人だ。

 真六弔花の面々からすればちょっとしたレクリエーションみたいなものである──とはいえ、一応は命を懸けた殺し合いだ。

 なるべく余計な負担をかけないようにしようと思うのは、部下としては当然であった。

 

「ハハン、気遣いができる部下がいて、ブルーベルが羨ましいですね」

 

 が、何でも無いように桔梗さんが言う。

 俺みたいな側近一人もつけてないで良く言うよ……って感じだった。

 まあ、そんなことを言えばブルーベル以外で、側近をつけている真六弔花は一人としていないのだが。

 お陰で良い感じに愚痴を零せる相手がいなかった。

 特別って言うば聞こえはいいけど、浮いちゃうんだよね、一人だけって……。

 同僚たちにすら最近は距離を置かれており、普通に寂し……くはまあ、ないんだんけど。

 むしろ一人が居心地良いまであるのだけれども。それはそれとして人付き合いは人並み程度には欲しかった。

 暇さえあれば上司たちに絡まれている気がする今日この頃だった。

 今だって一人寂しくうどんを啜っていたら、桔梗さんにここに連れ込まれたのである。

 

「私も別に、側近を必要としていないという訳ではないのですよ。ただ、邪魔になることが多いだけです」

「ランクAの兵士ですら、能力不足扱いなのは流石に笑えないですが……」

 

 まあ、俺も先日あのアホサメ師匠に成す術無くボコボコにされたのだから、それも仕方ないというものではあるのだが。

 彼らの本気についていけるのは、世界広しと言えどもかなり限られてくるだろう。

 真六弔花とは、あの白蘭さんが、血眼になって世界中から厳選してきた面子である。

 あのブルーベルだって、ただのアホの子という訳ではないのだ。

 

「ですが、そうですね……天雨くん、君なら私の側近にしていいと、常々おもっていますよ」

「常々!?」

 

 この人、俺のこと好きすぎるだろ……。

 ぶっちゃけ桔梗さんは真六弔花内でもぶっちぎりで優しいので是非ともって感じだった。

 会う度飯奢ってくれるし、仕事も手伝ってくれるしな。

 最近だと一緒に飲みませんか? とか笑顔で誘ってくるのでもし異性だったら惚れていた自信がある。

 模擬戦する度に死ぬ寸前まで追い詰めてくる癖だけ無くせばパーフェクトな上司だ。う~ん、致命傷。

 ザクロさんもそうなのだが、手加減というものをこの人たちは知らなかった。

 ブルーベル? あいつは「どうせブルーベルが勝つし、そんな無駄なことするくらいなら一緒に泳がない?」とか言うからダメ。

 

「まあ、でも──」

「──にゅ? 天雨と桔梗だ。二人もお昼だったの?」

 

 聞き慣れた声が、耳朶を打つ。

 桔梗さんと揃って視線を向ければそこにいたのは当然ながらブルーベルだった。

 「にゅ?」とか言うやつ、ブルーベルくらいしかいないからな……。

 その手にある皿にはオムライスが乗っていた。どうやら彼女はこれからお昼らしい。

 俺の隣へと座ったブルーベルが、不思議そうに俺達を見た。

 

「二人が一緒って、珍し──くもないけど……なんの話してたの?」

「何のって言うと……世間話?」

「天雨ってばそうやってすーぐ面倒くさがるよね。ブルーベル、そういうの良くないと思うな~」

「いやお前な……」

 

 割かし図星だったせいで苦言を呈することもできなかった。ドヤ顔のブルーベルである。

 この野郎……と思っていたら桔梗さんが怪しげに笑った。

 

「ハハンッ、少しばかり彼の引き抜きをしていたところですよ」

「──引き抜き?」

「ええ、私の側近にならないか、という話を少々」

「!」

「今ちょうど、色よい返事を貰うところだったのですよ」

「!!!」

 

 ビクッ、とブルーベルが肩を揺らして反応する。

 何かもう頭ごなしに「それは嘘じゃん!」と否定できないくらいの微妙な塩梅の嘘だった。

 真実と嘘を織り交ぜるのはやめて欲しい。そういうのは霧の幻術使いだけで良いんだよな。

 あんたは雲の守護者だろうが……! テキトーなことを言うのはやめろ! と思いつついつでも逃げられる準備を整えた。

 裏切者ー! とか言って至近距離で殴りかかってくるかもしれないし──とまで考えたのであるが。

 現実は意外とそんなことは無かった。

 ただ、小さく袖を掴まれる。

 

「ヤダ……」

「?」

「やだぁ……いくら桔梗でも、天雨は取っちゃやだぁ……」

 

 ギュ~ッ! と俺の袖を握りしめ、ブルーベルは声を漏らした。

 その声は涙に彩られていて、目元の涙は今にも決壊しそうである。

 ……え? マジで?

 有体に言って、俺は混乱した。

 ブルーベルの涙とか見るの初めてである。

 俺は思わず桔梗さんを見た。視線と視線がぶつかり合う。

 桔梗さんはうっすら「やっべー」という顔をしていた。この人の冷静さが崩れそうな顔、俺初めて見たな……。

 

『これマジでどうするんですか! 手に負えないんですけど!?』

『……ハハン、では後は任せましたよ。天雨くん』

『ちょっと桔梗さん!?』

 

 アイコンタクトは一瞬で終わった。というか打ち切られた。

 食器を持って桔梗さんはそそくさとこの場を離れて行った。

 あ、あのクソ上司……!

 ミルフィオーレの上司はどいつもこいつもこんなんばっかりかよ……!

 何とかして俺もこの場を離脱できないものかと思ったが、普通に無理だった。

 ブルーベルが瞳をウルウルとさせながら見上げてきた。

 

「あー……その、だな。一先ず泣くのはやめろ、ブルーベル」

「泣いてないもん……」

 

 いや泣いてるよね、とは流石に言えなかった。

 だってもうボロボロ涙零れてるんだもん。

 若干どころか大いに言葉に詰まり、取り敢えずブルーベルの頭を撫でることにした。

 

「桔梗さんのちょっとした冗談だ……確かに、誘われはしたが頷いちゃいない」

「でも、頷こうとしてたんでしょ? 天雨、桔梗のこと大好きじゃん……」

「いや確かに上司としては好ましいが……」

 

 お前は面倒な彼女かよ……。

 恋人なんて一人も出来たことのないのにそんなことを思った。

 

「俺は、お前の側近だ。誘われたからって、離れるようなことしねぇよ……ただでさえ、お前ひとりじゃあちこち業務が滞るんだから」

「! ほ、本当に?」

「こんな下らないことで嘘吐くほど俺も暇じゃないっての。ほれ、涙拭け」

「にゅぅ……ありがと」

 

 言って、ハンカチを渡したらズビーッ! と勢いよく鼻をかまれた。

 こ、こいつ……。

 清々しい顔してそんなことすな!

 思わず文句を飛ばそうとしたが、しかしそれは叶わなかった。

 ドンッ、軽い衝撃が胸に伝わってくる。

 

「にゅっふふ~♪ そうだよね、天雨はブルーベルから離れるなんてことしないよね~!」

「お前ご機嫌になるとすぐに飛びついてくるのやめろよな……同年代の子とかだったらあまりの距離の近さに勘違いしちゃうからね?」

「しーらないっ」

 

 小さい身体をめいっぱいに使い、ブルーベルが俺を抱きしめる。

 不思議にも休憩室に、幼女に抱きつかれている成人男性(控えめに言っても兄妹には見えない)の図が出来上がっていた。

 もし誰かに見られれば事案確定である。マフィアで良かった……。

 ミルフィオーレ、組織の規模がデカすぎて警察云々といった組織が何ら支障にならないの、かなり無法って感じがするな。いや実際無法ではあるのだが。

 それはそれとして同僚に見られでもしたら、ただでさえ浮いてるのに本気で話し相手がいなくなる。それだけは避けたかった。

 いや、別に話す相手がいなくて困るということは無いのだが……。

 いないよりはいた方が良いのは当然というものだ。

 

「あとどさくさに紛れて俺の制服で涙を拭くな! 滅茶苦茶濡れてるじゃねぇか」

「天雨っていっつもびしょ濡れだよね、何で?」

「何で!?」

 

 一から十までお前のせいだが……。

 キレそうになったが一周回ったせいで普通に落ち着いた。

 取り敢えず懲らしめるために両腕掴んでその場でグルングルン回ってやった。

 ブルーベルは超楽しそうに「きゃーっ」と悲鳴を上げる。このガキが……。

 

「にゅふふ……ねぇ、天雨」

「ん? なんだ」

「天雨はさ、これからもブルーベルの傍にいてくれるんだよね?」

 

 上目遣いで、ブルーベルが俺に言う。

 俺は少しばかり黙考した後に、はぁ、と小さく息を吐いた。

 

「少なくとも、俺がここをやめるまではな」

「にゅふふ~♪ それじゃあずーーっと一緒ってことだね!」

「何でそうなるんだよ……」

 

 腕の中で嬉しそうに頬ずりをしてくるブルーベルに、俺はもう一度深々とため息を吐いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




桔梗:真六弔花のリーダー。揶揄うだけ揶揄って即離脱した。


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どうあっても囚われの姫様は敬愛すべきボスである。

 ミルフィオーレファミリーは、大きく分けて二つに分けられる。

 元々白蘭さんが率いていたジェッソファミリーが母体のホワイトスペル。

 そして、それに吸収される形で合併したジッリョネロファミリーが母体のブラックスペル。

 俺は白蘭さん直属かつ、ブルーベル……つまり雨の守護者の側近であるがゆえに、そのどちらにも分類されないのであるが、まったくの無関係という訳ではない。

 真六弔花ほどではないが、それでも俺はミルフィオーレ内では(不思議にも)かなり特別扱いされている方の人間だ。

 それは別に、側近だからどうの、という話ではなく。

 ミルフィオーレの……というかもろに白蘭さんから特別扱いされている、という話だ。

 つまるところ俺は、この二つの分類のうち、ブラックスペルの方と大きく関りがあった──まあ、なんだ。

 要するに俺には、とあるちょっと特殊な肩書が一つある、ということだ。

 ズバリ、その名は【ブラックスペルボス相談役】である。

 

 

 

 ブラックスペルボスとは、即ちミルフィオーレ内№2ということであり、同時に元ジッリョネロファミリーのボスということだ。

 しかし、マフィアのボスとはいえ誰もが白蘭さんのような、悪逆非道の塊みたいな人であるとは限らない。

 実際、現在ブラックスペルのトップは、ブルーベルとさほど歳の変わらない少女であった。

 名を、ユニと言う。

 ──コツ、と小さく音を響かせて、黒色のポーンが一マス進み出た。

 

「中々やるようになりましたね、ユニ様」

「……そうでしょうか」

「ええ、もう手加減していられません」

「そうですか……そうなのであれば、貴方の教えが良かったということなのでしょうね。天雨」

 

 少しの笑みも浮かべることはなく、ユニ様は淡々と、俺とかわりばんこに駒を動かす。

 ここは、ユニ様の私室だった。

 俺は一週間に一度、彼女の部屋を訪れこのようにゲームの相手をする。

 それが、ユニ様に命じられた仕事だった。

 最近はチェスが多いが、時と場合によっていろいろ変わる。この前はオセロだったしな。

 もともと、白蘭さんは「メンタルケアとかよろしくね」とかニヤニヤしながら俺を配置したのだが、特にケアとかしたことは一度もない。

 なんとなく、必要なさそうだと思ったのだ。

 そしてそれを白蘭さんはわかっているし、当然ながらユニ様も存じている。

 だからこうして週に一度、ユニ様の想いのままに一日共に過ごしていた。

 この日だけはブルーベルからも解放される貴重な一日だ。唯一静かに過ごせる一日ともいう。

 まあ、やかましい日々が嫌いという訳ではないのだが……。

 こうしてユニ様と過ごせる一日が、俺はそこそこお気に入りだった。

 いや違う! 別に少女と過ごせるのがさいこ~! とか思っているわけではない! 違うったら違う!

 

「どうか、しましたか?」

「あ、あぁ、いえ、特に何も。それより聞きましたか? あの話」

 

 動揺を隠すために話題を投げかける。ユニ様は少しだけ首を傾げた。

 

「あの話、とは?」

「チョイスのことです……ボンゴレファミリーとの決闘、とも言っていいかもしれませんが」

 

 コツコツと、音が鳴るたびに盤上は姿を変えていく。

 黒の兵隊たちは蹴散らされ、白の兵隊たちが黒の王城へと踏み込もうとしていた。

 

「ええ、はい。それは耳にしています。あと、三日もありませんね」

「……どうなると思いますか?」

「どう、とは?」

 

 ユニ様の表情は動くことはない。相も変わらずどこを見てるかもわからない瞳のまま、訥々と言う。

 切り込ませた白の兵隊が無残にも叩きのめされてしまった。

 

「どちらが勝つか、という話です」

「無論、ミルフィオーレでしょう」

「その心は?」

「……チョイスは、ボンゴレにとっては不利なルールですから」

「不利?」

 

 コトン、と白の騎士が倒される。

 黒の騎士がスルリと仕返しにやってきた。

 それを進めながら、ユニ様は少しだけ口に水を含んだ。

 習うように、俺も水を飲む。

 

「ミルフィオーレが、個としての質にこだわったファミリーであれば、ボンゴレはその逆です。

 連携こそが、彼らの強み。

 数が制限され、なおかつ同数でぶつかるチョイスでは、個として超越した力を持つ、真六弔花に打ち勝つのは難しいでしょう」

「それほどまでに、隔絶した実力差がある、ということですか? 俺にはとても、そうは思えないのですが」

「であれば、天雨、貴方の認識が誤っているということです。そう、ですね……例えるのならば」

 

 言って、ユニ様は自らのクイーンを手に取った。

 クイーンは縦・横・斜めと縦横無尽に動き回れる唯一にして、最強の駒だ。

 

「真六弔花は、ひとりひとりがクイーンです。それに比べ、ボンゴレの守護者は……これ」

 

 と、ユニ様はポーンを手に取った。

 最弱の駒と言っても良いだろう。最も、話にならない雑魚ということではなく、真六弔花に比べたら、ということなのだろうが。

 

「しかし、このポーンが三つ、四つと集まれば、突然すべてがクイーン以上の性能を一時的に持つようになる……それがボンゴレファミリーの特徴。

 翻って、真六弔花は連携したところで、大きな力を発揮することはない……」

「だから、人数が制限されるチョイスでは、ミルフィオーレは有利だと?」

「はい……それに、経験の差も大きく出るでしょう。天雨も知っての通り、真六弔花は既に多くの戦場を経験していますから」

 

 なるほど、という言葉を飲み込み俺は頷いた。

 真六弔花は、アレでいて全員がどこか頭のネジが外れた狂人である。無論、それはブルーベルも例外ではない。

 無垢な少女のようでいて、百では足りない数を殺している。

 まあ、そんなことはマフィアなんかやっている以上、驚くことではないのだが。

 過去のボンゴレ十代目達と比べ、少なくとも、戦う、殺す、といった経験においては真六弔花の方が上だという事実がそこにはあった。

 それに、真六弔花の面々というのは()()白蘭さんが自ら探し、スカウトしてきた人材である。

 才能という面で見ても、世界最高峰なのは明らかだった。

 そんなやつらが、世界最強の装備……マーレリングを使っているのだ。

 ユニ様の意見は尤もすぎるくらいだった。

 俺は小さくため息を吐き、駒を動かした。

 

「……何か、不満でも?」

「いえ、不満という訳ではないです……むしろ、少し安心したまであるくらいですね」

「安心?」

「ええ、ブルーベルが死ぬような心配はあまりする必要がないんだなーって」

 

 言っておいて、何を当たり前のことを……と思った。

 俺が心配するなんて、それこそ笑い話というものだ。

 俺は彼女よりもずっと弱いのだから。

 何だかそう考えると、ほっとしたような気が重いような、微妙な気分になって思わず吐息を漏らした。

 強くなりたいとか、そんなことはあまり考えないタイプなんだけどな。

 ユニ様が何を考えるかも分からない瞳で、俺を射抜いた。

 

「天雨は良く、ブルーベルのことを話しますね」

「え? そう……かもしれないですね。まあ、何だかんだ俺の日常ってあいつに占められてるので」

 

 役職的に仕方ない部分はあるのだが、それはそれとして占められすぎだろ……と思わないでもなかった。

 というか冷静になって考えたらおかしすぎない? 突撃して来るのを抜きにしても、何で俺はあいつの部屋で自主的に仕事してんだよ……。

 この前もあいつの相手するために、同僚からの誘いを断ったのを思い出して普通にブルーになってきた。

 何故こんなことに……と自問自答していたら不意に「チェック」という声が耳朶を打った。

 

「あー……」

 

 どうやら自分で思っていた以上に思考を逸らし過ぎていたらしい。

 いつの間にか我が王は滅茶苦茶に追い詰められていた。

 何とか逃がすものの、狙った獲物は逃さんと言わんばかりに追い立ててくる。

 

「ユニ様、意外と容赦ないですね……」

「そうでしょうか? 天雨がトロいだけかと、私は思いますが」

「ちょっと待ってください? いきなり口が悪くなりませんでした?」

「コホン、天雨が少々鈍いのが悪いのです」

 

 言い直されたところで特に言葉の棘は無くなっていなかった。

 むしろ硬くなった分強度も増してる感がある。俺、また何かやっちゃいましたか?

 もうメンタルがボロボロである。どうしてこう……この年頃の少女は俺をいじめたがるんだろうか。

 ちょっと問い詰めたいまであった。

 そうして逃げ回っている内に、ついに王がひっ捕らえられた。

 身柄を抑えられ、首を撥ねられる。

 

「次は手を抜かないでくださいね」

「はい……」

 

 別に手加減していたわけではないが、実際そんなかんじになってしまったのは否めない。

 俺がしょんぼりとする姿を見て満足したのか、ユニ様はふぅ、と小さく息を吐いた。

 それから暫くを眺めるようにして俺を見た。

 

「……ユニ様?」

「黙ってください」

「はい……」

 

 一言で黙らされてしまった。

 仕方なく俺はなるべく目が合わないよう、フラフラと視線を彷徨わせた。

 いや、なんかその……こういうのは自分でもどうかと思うのだが、ユニ様の瞳、苦手なんだよな……。

 まるで心ここにあらず、みたいな。

 ちゃんと魂がここにないような、そんな感じがしてどうしても苦手という感情が顔を出してしまう。

 とはいえユニ様が苦手という訳ではない。

 白蘭さんと比べれば──まあ、あの人と比べれば誰だってそうではあるが、好ましい。

 白蘭さん、人の皮被った悪魔だからね、いやマジで。

 

「こちらへ」

「?」

「だから、こちらへ、と言っているのです」

 

 ポンポンとユニ様が自身の隣を叩いた。

 今更であるがユニ様が座っているのは幅の広いソファだ。大男でも二人は並んで座れるだろう。

 俺はなぜこっちに来いと言われているのか分からなくて、思わず怪訝な顔をしたらスッとユニ様の目が細められた。

 

「早く」

「あっはい」

 

 疑問を投げ捨て俺は反射で頷いた。

 だって怒らせたくないし……。ユニ様は怒ると割とマジで怖い。これマメな。

 恐る恐る、俺は拳三つ分くらい空けてユニ様の隣へと座った。

 如何にも高級なソファですよ、みたいな感触が伝わってきて、即座に空けた距離を詰めたられた。は? 意味分かんねぇ。

 

「ちょっと、ユニ様? 何を──」

「黙ってください。それから、逃げないで」

「むむ……」

 

 ピッタリと、ユニ様が俺に密着した。

 わざわざいつも乗せている大きな帽子を脱ぎ、頭を肩に預けるように傾けられている。

 正直に言ってかなり妙な光景が出来上がった。

 最近、絶対に誰にも見られたくない状況に陥り過ぎだと思うんですけど……。

 しかも今回の場合は、相手があのユニ様なのである。

 最悪「無礼者ーッ!」と叫ばれてもおかしくはなかった。

 ユニ様は№2であるということはもあるが、同時に見て分かるくらいの美少女である。

 有体に言えば、ファミリー内でもかなり人気があった。

 まあ、流石にユニ様の部屋を訪ねてくるような人はそうはいないのだが。

 それこそ白蘭さんくらいなものだし、その白蘭さんも今は私用で基地にはいない。

 完璧な二人きりということである。

 これはこれでまずい状況な気がしなくもない。

 とは言え「黙れ」と言われている以上、文句の一つも零せなかった。

 お陰で色んな意味でドキドキである。

 

「天雨の鼓動は、少々うるさいですね」

「誰のせいですか、誰の」

 

 ユニ様は笑い声一つ上げることは無い。というか良くも悪くも感情が動かない──顔には出さない人だ。

 そのせいで揶揄われているのかどうかすら判別つかなかった。

 分かるのは、ただユニ様がそっと俺に身を寄せているという事実だけである。

 見ようによっては人形のようにも見えるユニ様であるが、その肌の暖かさは確かに今を生きる人間であることを俺に伝えてくれていた。

 それはそれとして早く離れてくれないかしら……。もうずっとドキドキしてるんだよ。

 時間が経つごとに頭だけは冷静になっていくせいで、ユニ様から伝わってくるアレコレを明確に把握してしまう。

 

「──悪く、ありません。貴方はどうですか? 天雨」

「どう、とは?」

「……意地悪な人、分かっているのでしょう?」

 

 何も映さない瞳が俺を見る。

 ──いや、あるいは俺がそう見てるから、その瞳には何も映ってないように見えるのかもしれない、なんてことを思った。

 小さくため息を吐いて、視線から逃れるように顔を逸らした。

 

「俺だって、嫌ではないですよ。恐れ多くはありますが」

「そうですか。それであれば、良かったです」

 

 グッと、かけられる重みが増えた。

 大した重みではない──これでも多少なりとも鍛えている身ではある。増えた内にも入らないくらいだ。

 だから、軽いな、と思った。

 こんなにも小さく、華奢な彼女がミルフィオーレの№2だなんて、信じられないほどだ。

 まあ体重的な意味合いでの軽さで言えば、白蘭さんも相当軽いのだが。

 ふざけ半分に付き合わされることが多い俺は、あの人を数回肩車とかしている。驚きの軽さでビビったものだ。

 あの悪魔を引き合いに出すなと言われればそれまでではあるが……。

 

「天雨」

「はい」

「私は少し、眠くなってきました」

「……であれば、ベッドに行きましょう」

 

 言いながら、俺は立ち上がった。

 否。立ち上がろうとして、手首を掴まれた。

 浮きかけていた腰がポフンとソファに戻る。

 

「そうではありません、分かるでしょう、天雨」

「いえ、まったく──」

「分からない、とは言わせませんよ」

 

 ギュッと手首を掴まれる力がちょっとだけ増した。

 まあ微々たる差というか、俺からすれば変わった内にすら入らないのだが……。

 面倒だし抱っこでもしてベッドに放り投げても良いだろうか。

 

「もし従わないのであれば叫びます。今、ここで」

 

 もうただの脅迫だった。思わず天井を見上げ、俺は静かに泣いた。

 

「────……分かりましたよ。子守唄でも歌って差し上げましょうか?」

「天雨は音痴だから不要です。それでは、おやすみなさい」

「はい……おやすみなさい」

 

 サラッとディスった後にユニ様は目を閉じた。

 それからほどなくして、安らかな寝息がし始める。

 しばらくの間、それを見つめた後に、俺は窓へと目を向けた。

 今日は晴天だ。暖かな光が差し込み、室内は穏やかに明るく染め上げられている。

 

「何ていうか、平和だなぁ」

 

 もうすぐボンゴレとぶつかるというのに、そんなことを思った。

 同時に、まあ良いかとも思う。

 平和なのは良いことだ──それが、今一時のものだとしても。

 ユニ様に習うように、俺もまた目を閉じることにした。

 

 

 

 

 




ユニ:魂ここにあらず系お姫様。ジッリョネロのボス。


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それでいて彼の青年は中々欺き上手な演技派である。

全然神様転生じゃないのに何か神様転生タグついてて笑ってしまった。ただのミスです、外しときますマジですまない。


 まったくもって今更であるが、ミルフィオーレファミリーとは残虐非道、世界最悪にして最大のマフィアである。

 と、このように確認をしておかなければ、時折こういったことを忘れてしまう。

 あまりの規模の大きさに理解が中々追いついてこない、というのもあるがそれ以上に、毎日があまりにものほほんとしすぎていた。

 や、それは俺だけなのかもしれないが……。

 だとしても見てみろよ、白蘭さんなんて超リラックスしてマシュマロもぐもぐしてるからね?

 桔梗さんは優雅にティーカップ傾けながら読書しているし、ザクロさんはソファでぐっすりお昼寝中だ。

 デイジーさんは窓に張り付いて何かぼそぼそ言ってるし、トリカブトさんは白蘭さんの斜め後ろでたたずんでいる。

 そしてブルーベルは俺の膝の上にいた。ちなみに隣はユニ様である。

 あんまりいつも通りとか言いたくない光景なのだが、まあまあいつも通りだった。

 しかし唯一普段との違いを述べるのであれば、今日がチョイスバトル当日だということくらいだろうか。

 つまり控室でミルフィオーレ組はのんべんだらりとまったり過ごしていた。緊張感なさすぎるだろ……。

 

「天雨くんは我々が負けると、そう思っているのですか?」

「……人の心、読むのやめませんか?」

「ハハン、君が分かりやすいだけですよ」

 

 ぱちりとウィンクしながら桔梗さんが言う。

 どうにも真六弔花にとって人の心を読むスキルは必須らしかった。俺のプライバシーが穴だらけ過ぎるんだが?

 小さくため息を一つ吐き、不満そうな視線を向けてくるブルーベルの頭をやや強引に撫でた。

 

「別に、疑ってるわけじゃないですよ。真六弔花(あなたがた)が強いのは誰よりも知ってるつもりですから……ただ、それはそれとしてボンゴレが脅威ではないと思うのも違うよな、と思って」

 

 ──つい数日前、ユニ様と話した時のことを思い出す。

 あらゆる面から見て、真六弔花の勝利はほとんど確定しているようなものだと、ユニ様は言ったし、俺も納得はした。

 けれども、である。

 果たしてそんなに簡単な話なのだろうか、とも俺は思ったのだ。

 というのも、今ボンゴレ側にはミルフィオーレ日本支部……メローネ基地隊長にして、六弔花晴の守護者であった、入江正一がいるからだ。

 彼は白蘭さんの旧い友人であり──同時に、俺が知る中でもトップクラスで頭の切れる人である。

 それこそ頭脳的な意味合いで白蘭さんとやり合えるのは彼くらいだろう、という確信さえあった。

 裏切られること自体は織り込み済みであったと白蘭さんは言ったが、しかしそれは同時に、裏切られるということしか把握していなかった、ということでもある。

 彼が何をボンゴレ側にもたらしたのか、俺たちミルフィオーレは一切把握していないのだ。

 今のボンゴレ……正確に言えば、過去からやってきたボンゴレ十代目たちというのは、不確定要素と成長性の塊だ。

 たかだか十日だかの修行でヴァリアーを打ち倒したのは今もなお語り継がれる伝説である。やばくない?

 無論、十年前のヴァリアーなんて、今の時代からすれば精々がランクB程度の雑魚であるが、それでも当時では世界最高峰の実力である。

 ただの中学生……だなんて口が裂けても言わないが、それでもほとんど戦いに無縁であったにも拘わらず、彼らはヴァリアーを打倒し、リングを勝ち取った。

 ……今回、白蘭さんは彼らに十日の猶予を与えた。

 たった十日、されども十日である──この間に、彼らボンゴレ十代目たちが、真六弔花に匹敵するだけの実力を有するまで成長していてもおかしくはなかった。

 あるいは、それこそを白蘭さんは望んでいるのかもしれないが。

 何事もゲームに例える白蘭さんは、このチョイスバトルもゲームの一環として楽しんでしかいないのは明白だった。

 

「ハハハッ、天チャンは心配性だなあ。でも、うーん、そうだね。確かに、今回の彼らはちょーっとだけ違うかな?」

「今回の……?」

「知ってるだろう? 僕は並行世界の自分と意識を共有できるって」

 

 何でもないように白蘭さんがそう言った。

 ブルーベルが「内緒だよ」なんて言って教えてきたから、わざわざ知らないふりをしたというのに完全に無意味だったらしい。

 マジでこの人なんなんだよ……。

 情報通とか言うレベルを超えて最早恐怖だった。

 やれやれ、緊張してしまうぜ。

 

「ま、それはそれとして脅威になるかどうかは、まだ微妙なところだけどね」

「分かるんですか? そういうの」

「いいや、勘だよ」

 

 何でもないように言いながら、白蘭さんは変わらずマシュマロをパクついている。

 微妙というか、まったく脅威とは思って無さそうだった。

 

「でも、ちょっとくらいは期待したいだろう? 何せわざわざ過去から来てくれたんだ……多少は盛り上げてくれないとさ」

「ハッ、悪いが俺が出れば一瞬で消し炭だぜ、白蘭様」

 

 ふわぁぁぁ、とあくび交じりにザクロさんが口をはさむ。

 強がり……という訳ではないだろう。

 余裕綽々の表情で、バシバシとザクロさんは俺の肩を叩いた。もうちょっと加減というものを覚えてくれないかしら、この人……。

 そんなことを思う俺に、ザクロさんが歯を見せる笑顔で言った。

 

「だから、余計な心配してんじゃねぇぞ、バーロー」

「いや心配は特にしてないんですけどね?」

 

 ごちゃごちゃ並び立ててはみせたが、結局のところ真六弔花が負けるとは、俺とて思ってもいなかった。

 精々が苦戦するくらいかな、といったところである。

 まあ、予想を大きく外れて圧倒される……なんてことがあれば面白いな、とも思うが、あり得ない話だろう。

 ……いざとなれば白蘭さんが大暴れしてうやむやにするんだろうし。

 この薄汚さが、最高にマフィアって感じでウキウキしてきたな。

 

「──ていうか、それを言うなら天雨だって緊張感なくない?」

「は? いや俺はする必要ないだろ。特に参加しないんだし」

「? 何言ってるの? ボンゴレが全員参加なんだから、ミルフィオーレだって全員参加に決まってるじゃない」

 

 ブルーベルが「頭大丈夫?」と言わんばかりの顔を向けてきた。

 はっはっは、何を馬鹿なことを……え? マジで?

 バッ! と白蘭さんを見たらめちゃくちゃ満面の笑みを返された。

 …………え?

 おいおいおいおい話が違うぞ! 聞いてない聞いてない!

 冷や汗をだらだら垂れ流しながらチョイスバトルのルールを思い返してみた。

 参加者……つまり戦闘に参加する人間は、プレイヤー……今回はボスにである白蘭さんが決める。

 そう、そうだ。

 だからこそ俺は真六弔花が行くんだろうな~と、決めつけていたのだが。

 は? 俺が連れてこられたのってつまり、そういうことなのか?

 だから武器とか匣はちゃんと持ってくるようにって言われたの!?

 真六弔花だけでも過剰戦力だろうに、俺みたいな下っ端まで動員しようとしてんじゃねぇよ!

 

「期待してるよ、天チャン♪」

「荷が重すぎる……! 絶対無理なんですけど!?」

「だいじょ~ぶっ、いざとなればブルーベルが守ってあげるから!」

「いやそれはそれでこう……プライドが……」

「にゅふふ、なぁにそれ、相変わらず面倒くさいな~」

 

 言葉とは裏腹に、嬉し気にブルーベルはすり寄ってくる。こいつ最近、やたらと距離近い気がするんだよな……。

 ちょっとドキドキしちゃうからやめてほしい。

 中身はともかく、外見は美少女のそれなのだから。もうちょい自覚を持ってほしいところだ。

 一先ず膝の上から降ろそうとしたら、邪魔するかのようにゴォーン、という鐘の音が響いた。

 十二時になった合図──チョイスバトルが開催される時間だ。

 

「さて……時間だね。準備はいいかい?」

 

 にっこりと笑んだまま、白蘭さんがそう言った。

 真六弔花は違いはあれど、誰もがそれに肯定の意を示す。

 は~、がんばぇ~と幼女のような応援を内心でしていたらスッ……と視線を露骨に向けられてしまい、泣きそうになりながら頷く羽目になった。

 どうやら冗談抜きで俺は戦力として連れて来られていたらしい。

 何でなん……。

 完全にブルーベルのお守り兼、ユニ様の話し相手(護衛)だと思い込んでいた俺が馬鹿みたいじゃん……。

 実際馬鹿なんだろう、という事実から目を背ければ、白蘭さんがモニターを映し出した。

 その中にいるのはボンゴレ……若きボンゴレ十代目ファミリーだ。

 こうやって実際に見ると、滅茶苦茶若い……というか幼いな。

 まあ、中学生なのだから当然なのだが、どうしてもこの時代の彼らと比べてしまう。

 俺は下っ端であるが──否、下っ端であるがゆえに、この時代の彼らとも何度か交戦はしたことがある。

 ふん……。

 ボンゴレ雨の守護者にはタコり倒され、嵐の守護者には煙に巻かれ、晴の守護者にはボコボコにされ、雲の守護者には殺されかけたことのある俺である。

 普通に面影があってブルってしまった。

 いやね、彼ら凄い強かったんだよね……。

 そりゃあのボンゴレの守護者なのだから、弱いわけがないというのは全く以てその通りであるのだが、ちょっと想定を飛び越えて強かったことを思い出す。

 百人くらいで囲んだのに為すすべなく叩きのめされた時はどうしようかと思ったものだ。

 しばらく雲の炎とか見たくなくなったもんな。

 そんな彼らが揃い踏みで、白蘭さんの指示通り炎を灯した──超炎リング転送装置を起動させるためである。

 超炎リング転送装置とはまあ……ざっくり言えば瞬間移動させるための装置だ。

 死ぬ気の炎とかいう、今では誰もが使っておきながら、正直なところ正体が良く分かっていないエネルギーを大量に用いることで、空間をぶち抜く装置なんだとか。

 とはいえ今はまだ効率が悪く、二~三十人移動させるのに最低でも500万FV(フィアンマボルテージ)が必要になるらしいのだが。

 ちなみに100万FVだけでも町一つくらいは軽く消し去れる。それくらい膨大なエネルギーだ。

 軽々と出せるようなものではない──のだが、まあそこは当然とでも言うように、ボンゴレ十代目達はそれを即座に用意した。

 というかもう500万とか飛び越えて1000万とか叩き出すし、既に彼らが俺よりはよっぽど強いということがここで証明されてしまった。

 本当に俺も出すんですか……? という目で白蘭さんの顔色を窺ったら

 

「……いいね」

 

 と、超満面の笑みで言った。

 それと同時にステージへとやってくる若きボンゴレ達。

 バチリと、白蘭さんとボンゴレ十代目──沢田綱吉の視線がかち合った。

 

 

 

 

 

 

 

 と、まあ、そんなこんなでチョイスバトルは始まったのであるが、何だかあっさりと終わってしまったので結論を言うとしよう。

 端的に言って、ボンゴレファミリーは負けた。

 それ即ち、ミルフィオーレファミリーの勝利ということである。

 白蘭さんもご満悦だ──ちなみに、俺が参加することは無かった。

 結局、参加者はルーレットで決めることになり、ミルフィオーレ側は桔梗さんとデイジーさんとトリカブトさん。加えて幻さん……幻騎士だけとなったのであった。

 お陰でザクロさんは興味なさげにあくびしまくるし、ブルーベルは俺の膝の上でおおはしゃぎだった。気楽か。

 でもまあ、流石桔梗さんって感じのゲームメイクだったな。

 一方的にタコられた幻騎士はさておき、ボンゴレ十代目を足止めしたトリカブトさんもナイスファイトだったが、やはり今回のMVPは桔梗さんだろう。

 ボンゴレ嵐の守護者にほとんど仕事をさせず、標的たる入江さんを速攻で潰した。

 お見事としか言えない手腕だ。

 ただまあ、ユニ様の言った通り、ボンゴレは実力を発揮しきれていなかったようにも見えたな。

 流石にクイーンとポーンほど、実力がかけ離れているようにも見えなかったが……慣れない戦場、慣れないルールに翻弄されていたというところだろう。

 そもそもチョイスバトル自体が少々強引に行われたものだし、公平性に欠けるのは当たり前っちゃ当たり前であるのだが。

 勝利した際の景品が7³なのも超あくどいと思うが……まあマフィアだしね。

 あちらも一度は飲んだ条件──呑まされたようなものだが──だし、従うしかないだろう。

 白蘭さんに目をつけられたのが運の尽きだった、というだけだ。

 ……これで終わりなのか、と思った。

 白蘭さんの目的は7³を集めることである。そして、ボンゴレリングさえゲットすればもうそれらは揃うのだ。

 何だか呆気ないな、とか思いつつ、ニッコニコでボンゴレ十代目たちとお話しに行った白蘭さんたちを控え室から眺める。

 ミルフィオーレの守護者らしく、ブルーベルもザクロさんも白蘭について行ったので、控え室に残ったのは俺とユニ様だけだった。

 ユニ様は今日も今日とて、特に感慨もなさそうな瞳で、チョイスの成り行きを見ていたらしかった。一言も何か言葉を発した記憶無いしな……。

 ブルーベルと比べたら雲泥の差である。あいつが喧しすぎるだけと言われればまあ、その通りであるのだが。

 結局ユニ様の思った通り、ミルフィオーレが勝ったことだし。

 ある意味彼女的にも満足な結果となったのかもしれない。

 そう思いつつ、ふと、なんとなくユニ様へと視線を向ければパチッと目が合い──

 

「え」

 

 ──動揺が、声になった。

 いや、だって、は?

 ユニ様の瞳に、色が戻っている……?

 まるで、大空のような温かさが、そこにあった。

 よく見れば、ほんのりと大空の炎がおしゃぶりから放たれていて、ユニ様を覆っていた。

 柔らかく微笑んだユニ様は、静かに立ち上がり、俺へと手を差し伸べる。

 

「──待たせすぎてしまいましたね、ごめんなさい」

 

 声に色が乗る。

 いつものような、どこか無機質的な言葉ではない。

 目に見えない暖かさのような──懐かしさが、そこにあった。

 その意味を俺は、反射的に、本能的に理解し──跪いた。

 

()……でよろしいんですよね?」

「ええ、はい。ただいまです、天雨」

「おかえりなさいませ……本当に、良かった。身体に異常は?」

「いいえ、大丈夫です。これまで支えてくれてありがとう、天雨」

 

 いえ、それほどでも、なんて言いながら差し伸べられた手を優しく取る。

 出てきかけた涙を、グッとこらえた。

 

「それでは行きましょうか……今こそ、アルコバレーノの長として、役目を果たすべき時です。ついてきてくれますね? ()()()()()

「──もちろんです。()()()()()()()()()()()()()()()()、水無天雨。この命はいつまでも、どこまでも貴女の為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち並ぶビル群の中、ミルフィオーレのボスである白蘭は、敗北した過去の十代目ボンゴレファミリーと相対していた。

 浮かべた表情は喜悦、だろうか。

 あからさまに勝利の余韻に浸っている白蘭は、倒れ伏した入江正一を含むボンゴレたちへと告げた。

 

「約束通り、ボンゴレリングは全ていただいて……さて、君たちはどうしよーかなー」

 

 ゴクリと沢田綱吉が、息を吞んだ。

 そんな中、入江正一が待ったをかける。

 

「いいえ、待ってください──約束と言うのなら、僕らにもあったはずです……覚えていますよね。

 大学時代、僕とあなたがやった最後のチョイスで支払うものがなくなったあなたはこう言った──」

 

 ──次にチョイスで遊ぶときは、条件を何でものんであげるよ。

 確かにそう言った白蘭の言葉を、入江はそのまま口にする。

 

「今、僕はそれを執行します──僕は、チョイスの再戦を希望する!」

「──悪いけど、そんな話は覚えてないなあ……残念だけど、ミルフィオーレのボスとして正式にお断りさ♪」

 

 断りの言葉と共に、マーレリングへと炎が灯された。

 小さく灯された大空の炎の純度は、しかしかつてないほどに高い。

 面倒だし、ここで始末してしまおう、という白蘭の意思がそのまま表れているかのようにギラついた炎。

 それから発せられる圧力が場を包み──

 

「その話、待った」

 

 瞬間、声と共にヒュルリと雨の炎が、空間を裂くように散った。

 トン、という軽やかな音と共に、黒と青が混じった髪色の青年が降り立つ。

 え、という小さな動揺の声が、青髪の少女の口から零されて。

 その彼に横抱きにされた少女──大空のアルコバレーノたるユニが口を開いた。

 

「私は反対です、白蘭。何故なら、その約束は本当にあったからです」

「──ユニ……それに君もか、天チャン。どうしたんだい……まったく、君のことは信頼していたんだけどなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 




天雨:実は裏切るタイミングをずっと見計らっていました!
何だかんだで白蘭のことを様付で呼んだことは無いし、逆にユニのことはずっと様付で呼んでいた。

ユニ:ニッコニコ。

ブルーベル:絶句。



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さりとて何事も割り切れるほど簡単にはできてない。

 少しだけ、昔の話をするとしよう。

 自分の話をするだなんて、如何にも自分大好きみたいで恥ずかしい上に、上手く語れる自信もないのだが、まあ許してほしい。

 あれは、今からもうどれくらい前になるのだろうか。

 当時はヴァリアーを抜けたばかり(正確には所属していた訳ではなかったのだけれども)のころだったから、まあ俺がまだクソガキだった頃である。

 アホサメ師匠──スクアーロを筆頭にしたヴァリアー幹部たちにボコボコに……もとい鍛え上げられた俺は、まあまあ調子に乗っていた。

 抗争があれば何となく介入するし、気に入らなければ潰しにかかる。

 今思えばお恥ずかしいことこの上ないくらい、切れたナイフみたいなガキだったのであるが、まあ俺程度の実力でそんな生活が長続きするわけもなく、ある日あっさりと死にかけた。

 それはもう、まったく劇的ではなく、特別な何かもなく、順当に生死の境を彷徨う羽目になった。

 そこを拾い、助けてくれたのが当時ジッリョネロファミリーのボスであった、アリアという女性だった。

 大空のアルコバレーノでもあった彼女は随分と懐が広く、俺みたいな無鉄砲なクソガキでも手厚く対応してくれた。

 そんな、今時どこにでもありそうなありふれたきっかけが、俺がジッリョネロファミリーに所属することになった理由である。

 命を救ってくれたのだ、であれば、救ってもらった命でしか恩は返せないだろう──なんてことを、子供なりに考えたわけだ。

 そこからの日々は、これまでの人生で最も平穏であったといっても良いだろう。

 ヴァリアーで過ごす日々はまあまあ命の危機が隣り合わせだったし、その前は最早論外なので、比べる方がおかしくはあるのだが。

 それでも平和だったし、まあ……幸せだった。

 それこそ、人生で一番と言っても過言ではないほどに。

 だがそういったものというのは存外壊れやすく、やはり長続きはしないものだ。

 ある時を境に、ジェッソファミリーが台頭し始め、うちとの抗争がちょくちょく起こるようになった。

 彼らは一人一人の質もそうだが、用いる兵器の性能が段違いで、瞬く間にジッリョネロは追い詰められた。

 敗走と逃亡を繰り返して、繰り返して、繰り返して……そうして、ついにはボスであったアリア様が亡くなった。

 ユニ様……姫が現れたのは、その直後のことだ。

 アリア様の娘であるという彼女を、最初こそ誰も受け入れられずにいたが、まあ一番の堅物であるγさんが認めてからは話が早かった。

 何度も何度も重なる逃走、徐々に少なくなっていくファミリー。それでも笑顔が絶えなかったのは、ひとえに姫のおかげだろう。

 姫とよく話すようになったのもこの頃のことだ。

 ちょうど歳も近かったから話やすかったというのもある──とはいえ、色恋のような仲であったかと言われればそれは違うが。

 姫はγさんに一目ぼれしていたし、俺の好みはロングだった。姫はショートだからな……。

 だから、そういった仲になることは決してなかったけれど、姫のコミュ力の高さや距離の近さもあり……まあ、兄妹のような関係性に落ち着いていた。

 良く勘違いしたγさんにダル絡みされたものだ。

 ……まあ、それも、ほんの三か月の間の話であったが。

 ジェッソが勢いを増していく一方、ジッリョネロは弱体化していく一方だった。

 あれほど強かった雨の守護者もその命を落としてしまい、俺がそのあとを継ぐことになってしまったほどには。

 ダメ押しとばかりに、幻さんも返り討ちにあってしまい、完全に万事休すだった。

 これ以上は本当に全員が死ぬまで戦うことになるだろう──だから、姫は決断なさったのだ。

 ジェッソファミリーのボス……白蘭と対話することを。

 俺たちにはこれが白蘭の思うつぼであるということくらい理解できていたが、同時に最早それ以外の道はないということも分かっていた。

 だから、止められなかった……止めなかったのだ。

 ──で、そのあとの顛末はまあご存じの通りである。

 姫はまるで魂を破壊されたかのように別人となり、ジッリョネロファミリーはジェッソファミリーに取り込まれたことでミルフィオーレファミリーが結成され。

 守護者の証であり、ジッリョネロの宝であったマーレリングは取り上げられた。

 γさんや、ニゲラさんなんかはだいぶ抵抗したものであるが、姫の鶴の一声で諫められた。

 屈辱的な話だが──まあ、仕方ない。

 そう、仕方なかったんだ。

 別に、命が惜しかったわけじゃない。むしろボスである姫を救えるのであれば、命の十や二十、捨て去る覚悟くらいはあった。

 それだけの恩が、ジッリョネロにはあった。

 けれどそれは同時に、あまりにも現実的ではなかった。

 ジッリョネロの為にすらならない犬死にだけは避けるべきだと思った。

 だから俺は、露骨に白蘭さんを嫌い、今なお姫にだけ忠誠を誓うγさんとも、姫を裏切り白蘭さんに忠誠を誓った幻さんとも違う道を選んだのだ。

 姫への忠誠を忘れるように胸の奥底へと隠し、ただミルフィオーレの為に動いた。

 結果としては理想的なくらい成功したと言っても良いだろう──もちろん、真六弔花になれれば満点であったが、それが無理なのは分かっていたことなのだし。

 どうにも白蘭さんやその他から妙に気に入れられることが不思議であったが、とにかく上手く姫の傍にいられるようになった。

 だから、あとはただ待つだけだった。俺には確信があったのだ。

 姫は無謀な人ではない──未来を予知するという、不可思議な力を持っていたことも相まって、こうなったことも必ず考えがあってのものだと、俺はそう考えた。

 だから、来るべき時に少しでも助けになるべく力と情報を蓄えた。

 不安にならなかった日なんて一度もない。

 恐ろしさを感じなかった日なんて一度もない。

 それでも待って待って待ち続け──

 

「ようやく、その時が来たらしいんですよ。だから、悪いなブルーベル。桔梗さんも、ザクロさんも……良くしてくれたのに、申し訳ないです」

「あれ? 僕には何にもないの?」

「は? そんなに恨み言が聞きたいのなら、聞かせてやってもいいが」

「あははっ、酷いなあ」

 

 カラカラと、白蘭さん──白蘭が笑う。

 その後ろではブルーベルが信じられないようなものを見る目で俺を見ていた。

 桔梗さんとザクロさんも似たようなものだ。

 彼ら三人については、本当に申し訳ない気持ちがあった──彼らと過ごしていた時間が、楽しくなかったと言えるほど、俺は嘘が上手じゃない。

 

「でもまさか天チャンが裏切るなんてなぁ、君はリスクリターンの計算はちゃんとできる子だと思っていたんだけど」

「俺だってそう思ってたっつーの……だけど、姫に従わないなんて判断はありえないだろ」

「ははっ、ゾッコンだなあ……あーあ、残念。裏切られたこともそうだけど、見抜けなかったのも悔しいなあ」

 

 ボォ、と音を立てて白蘭のリングに炎が灯る。

 冷や汗が、背中を流れて落ちた。

 あー、怒ってる。超怒ってるじゃん白蘭。マジでこえー。

 だけど退くわけにはいかないんだよな……。

 

「でも良いのかい? 僕を怒らせると後が怖いのは、ユニちゃんも君も、十分わかっているはずだろう?」

「ジッリョネロ嘗めんな、姫の為になるなら誰だって、喜んで死ぬっつーの」

 

 まあ、γさんなんかは殺しても死ななそうな執念があるけれど。

 それは置いておくにしても誰も文句を言うことはないだろう。

 

「──話を戻します。私はミルフィオーレファミリー、ブラックスペルのボスとして、ボンゴレとの再戦に賛成です」

「ふぅん……そっか、でもごめんね、君は飽くまで№2に過ぎない。全ての最終決定権は僕にあるんだ──この話は、これで終わりだよ」

 

 姫の登場に、少しは動揺したものの、白蘭はやはり意見を変えることは無かった──まあ、それも当然だろうが。

 ここまで来て「はいそうですか、では再戦しましょう」となるやつなんて、白蘭じゃなくてもそうはいない。

 姫が、小さく息を吐いた。姫もまた、こうなることは分かっていたのだろう。

 

「では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します──天雨、良いですね?」

「もちろん……というかここまで来て、まだ残るとか言えないでしょ……。大丈夫です、引き出しに常に退職届け入れてあるんで」

「ふふっ、変わりませんね、天雨は」

 

 柔らかく笑い、姫がそっと振り向いた。

 その先にいるのは、ボンゴレ十代目──沢田綱吉。

 

「沢田綱吉さん……お願いがあります──私を、私たちを守ってください」

「……!? え、えぇー!? で、でも君たちってブラックスペルのボスなんじゃ……!?」

「天雨と私だけではありません……この、おしゃぶりも一緒に、どうかお願いします」

 

 言って、姫は白蘭に奪われていた、アルコバレーノのおしゃぶりを取り出した。

 同時に、それらは力強く輝き始める──死ぬ気の炎のそれではなく、もっと高次元の光。

 白蘭が、嬉しそうに目を細めた。

 

「なるほど、そっか、そういうことだったんだ。君が鍵だったんだね、ユニちゃん──良いね、今ならまだ、特別に二人とも許してあげるよ。だからほら、帰っておいで」

「や、ますますそういう訳にはいかなくなったの、見りゃ分かるでしょ……。それ以上近づくな、斬るぞ」

 

 姫を後ろに隠し、柄へと手をかけた。

 死ぬ気の強さは、覚悟の強さだ──今、俺のリングはかつてないほどの炎を灯らせていた。

 少しくらいは、まともな戦いを演じられるだろう。

 俺は白蘭を睨みつけながら、息を吸った。

 

「ま、そういう訳なんで、申し訳ないんですけどボンゴレ十代目、うちの姫をお願いします」

「え、で、でも──」

「頼みます……今の姫が頼れるのは、貴方たちしかいない」

 

 幼さの残るボンゴレ十代目は、少しのためらいの後に姫を見る。

 あぁ、くそ、焦れったい──しかし、そうなるのも、分からないでもない。

 俺達は、ほんのついさっきまで敵同士だったのだ。

 いや、でもなるべく早くしてくんねぇかなぁ~……! マジ頼む、なんて考えていたら、見慣れた青の髪がふわりと揺れた。

 鼓動が嫌に跳ねて、呼吸が少しだけきつくなる。

 

「ねぇ……ウソ、だよね? 天雨が、ブルーベルを裏切るなんて、そんなこと……」

「…………」

「だって、ずーっと一緒だって、約束したよ?」

「やめるまではな、とも言ったはずだ」

 

 目を合わせることは、できなかった。

 今の彼女の気持ちを推し量るのを、俺は恐れている。

 ──違う、彼女の気持ちを悟り、自身が揺れることを、俺は恐れていた。

 

「……ウソだ、ウソに決まってる……ウソって言ってよ、ねぇ、天雨!」

「こんな下らねぇ嘘、俺は吐かないって知ってるだろ、お前は」

「ウソよ……信じない、信じない信じない信じない信じない! あ、あぁ、ああぁあぁぁぁあああああ!!!」

 

 ──絶叫と共に、雨の炎が膨れ上がり、それは確かな形を伴った。

 空間を食らい尽くすように放たれた、ブルーベルの一撃を一刀のもとに斬り裂き落とす。

 バラリと砕け、それは宙で霧散した。

 

「──ッ」

 

 あまりの重さに、腕が痺れる。

 長くはもたない──分かっていたことではあるが、これほどまでに実力が隔絶していると、いっそ笑いすら出てくるようだった。

 でもまだ戦える、まだ俺は立っていられる──。

 

「バーロー! 隙だらけだぜ、死にな、天雨!」

「しまっ」

 

 そりゃあ、真六弔花だっていつまでも呆けている訳が無い。

 それを証明するようにザクロさんの一撃が空を翔け──

 

「ゔお゛ぉい! そうこなくっちゃなあ!」

 

 見慣れた鮫がそれを食らい尽くした。

 雨の炎と嵐の炎が激突し、爆風が舞い上がる。

 思わず呆然とすれば首根っこ引っ掴まれて持ち上げられた。俺は猫かよ。

 

「カス弟子ぃ、聞きてぇことは山ほどあるが……今は良い。合わせられるなぁ?」

「──当然。あんたこそ遅れるなよ」

「ゔぉ゛おい! またボコしてやろうかぁ!」

 

 生意気なことを言ったらぶぉん! と全力で投擲された。

 同時に、ボンゴレとミルフィオーレの両陣営が一斉に動き出す。

 鋭く振り下ろした刀が、激しい金属音と共に桔梗さんに受け止められた。

 

「ハハン、元気いっぱいですね、天雨くん」

「そっちこそ、余裕たっぷりで羨ましい限りですよ」

 

 互いの死ぬ気の炎が押しのけ合う。

 ほんの一瞬の拮抗は、容易く終わり弾け合った。

 

「本当に残念です──さようなら」

「嘗め……んなぁ!」

 

 散弾のように放たれた雲の炎を帯びた植物を、齧り尽くすように全て刻み倒す。

 ──鮫の牙(ザンナ・ディ・スクアーロ)

 若干癪だが、あの人から教わった剣技は一流だ。

 場はすっかり混戦状態に陥って、けれども探せば姫はすぐに見つかった。

 姫は、ボンゴレ十代目に手を引かれ、この場から離れるようだった。

 安堵と同時に、ふと、彼の傍にいたアルコバレーノ……リボーンと目が合った。

 ニヤリと笑う赤ん坊。任せろと、そう言いたいらしい。

 ──ああ、良かった。

 

「まったく、面倒だなぁ……邪魔だよ、退いて、天チャン」

「邪魔してんだよ……!」

 

 飛び込んできた白蘭と正面からぶつかり合って、数秒の拮抗の後に一方的に弾かれる。

 刀ごと両腕が上に弾かれ、不気味な音を立てて燃え上がった大空の炎が揺らいだ。

 ──死ぬ。

 明確な自分の死を直感し、けれどもその瞬間はやってこなかった。

 鋭く腹に巻き付いた何かが、俺を勢いよく後ろへと引っ張り、代わりに見知らぬ誰かが前に出た。

 三叉槍を持った、髪の長い男──ボンゴレ、霧の守護者か?

 

「って、うおおおお!?」

 

 入れ替わっても止まることなく、凄まじい勢いで引き寄せられて、俺はついにガシッと力強く誰かに受け止められた。

 いや、誰かというか……随分と見覚えのある鞭だな、これ……。

 

「来てたんですね、ディーノさん……」

 

 ディーノさん──『跳ね馬』ディーノ。

 キャバッローネファミリーのボスにして……まあ、アホサメ師匠の友人だ。

 ヴァリアーにいた頃、俺はこの人に散々お世話になっていた。

 

「よっ、久し振りだな、天雨……っと、今はそんな場合じゃないか、逃げるぞ!」

「いや、逃げるって言っても、その為の足止めを──」

「大丈夫だ、そっちももう……ほら」

 

 ディーノさんに軽々と担がれたまま、戦場を見ればいつの間にか針のついた球体で埋まり尽くしていた。

 恐らくは匣兵器──いやこれ見覚え有るな……ボンゴレ雲の守護者か!

 一つ一つが恐ろしいほどの炎圧だ。

 足止めには充分すぎるくらいである。

 そんな訳ですたこらさっさと逃げれば、ちょうど良く姫を含めたボンゴレ十代目達は超炎リング転送システムを使うところだった。

 まあ逃げるとなればそれしかないよな。

 

「天雨! 無事でよかった……」

「そちらこそ、怪我はなさそうで安心しました」

 

 駆け寄ってくれた姫をざっと観察し、問題なさそうであることを確認して安堵する。

 マジで良かった……。

 そう思いつつ、ボンゴレ十代目へと頭を下げる。

 

「ありがとうございます、ボンゴレ十代目」

「いやいやっ、そんなお礼だなんて──そ、それより、早くしないと!」

 

 言って、ボンゴレ十代目はリングへと炎を灯した。

 習うように、その場の全員が炎を灯し──超炎リング転送システムを起動する。

 俺はともかく、この場にいる人間は誰もが一流の実力者だ。

 必要な炎圧には一瞬で到達し、超炎リング転送システムは光を照射した。

 それに包まれると同時に、破砕音が鳴り響く。

 ビルを強引に破壊し突っ込んできたのは、ブルーベルだ。

 一心不乱に、俺だけへと猛然と突き進んできて──それが俺に触れる寸前で、転移は完了した。

 視界が真っ白に染まる。その直前に見えたのは、ブルーベルの瞳から零れる涙だった。

 

 

 

 




白蘭:激おこ。

ブルーベル:激おこ。


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どうしても青年は譲れないし、少女は諦められない。

 クルクルカタカタと、音を立てる車椅子を押している。

 日はすっかりと沈み、見上げてみれば雲の混じった夜空が悠然と広がっていた。

 それの下で俺は、ゆっくりと車椅子を、迷うことなく押している。

 誰も座っていない訳ではない。

 車椅子には、髪の長い少女が座っていた。今時珍しい、綺麗なクリアブルーに染まった髪だ。

 俺の髪も、少しだけその色が混じっているが、流石にここまで美しくはない。

 黒の方が濃くて、逆に少しアンバランスなくらいだ。

 だから俺は、この少女が少しだけ羨ましく、同時に愛しかった……のだと思う。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何だ、やっぱり少し寒かったか?」

「ううん、そうじゃなくってね……ありがとうって思って」

 

 言って、少女は俺を見上げた。どこまでも澄んでいる、青色の瞳が俺を捉えて、ニッコリと細められる。

 ほぅ、と小さく吐いた息は白く染まった。

 

「何だいきなり、気持ち悪いな」

「にゅにゅっ、これだからお兄ちゃんは……人の好意は素直に受け止めましょうって、先生にも言われてたでしょ?」

「何で知ってんだよ……」

 

 盗み聞きは行儀がよろしくないぞ、と言ったらいつも言われてるじゃん、の一言でバッサリと斬られてしまった。ぐうの音も出ない。

 これでも素直に生きているつもりではあるんだけどな……。

 

「もう、そんなんだから友達の一人も出来ないんだって、散々言ってるのに」

「余計なお世話だっつーの。そもそも友達が欲しいだなんて言ったこと無いだろ……」

「それはつまり……お兄ちゃんにはブルーベルだけで良い……ってこと!?」

「誰もそんなこと言ってねぇだろ……!」

 

 軽口を叩き合いながら、冬の近づいてきた秋の空の下、俺達はひたすら歩き続けた。

 風は少ないが、全く無いという訳ではなく、時折ヒュルリと冷めた空気が通り抜けていく。

 その度に心配になるのだが、少女は全く問題なさそうに楽し気に口を開くばかりだ。

 まあ、俺もそれに付き合っているのだから、どちらが悪いという話ではないのだが。

 いい加減心配になるのも鬱陶しくなってきて、俺は巻いていたマフラーを彼女へと押し付けた。

 

「にゅ? ブルーベルは大丈夫だよ?」

「良いからつけとけ。見てるこっちが大丈夫じゃないんだよ」

「……えへへ、まったくお兄ちゃんはブルーベルのことが大好きだなあ」

「ま、妹が嫌いな兄なんて──」

 

 ──言いかけて、口を閉じた。

 同時に小さくため息を吐く。

 ああ、またこの夢か、なんてことを思えば、一瞬にしてすべては朧げに崩れ落ちた。

 

 

 

「ん……知らない天井だ」

 

 生きてる間に絶対に一度は言いたい台詞ランキング10には入ってそうな台詞を、思考する時間飛ばして即座に言えたことに若干ホクホクしながら周りを見渡せば真っ先に視界に入ってきたのは姫だった。

 うつらうつらとしながら、俺の手を握っている。

 数秒ほど、状況の意味不明さに閉口したが、遅れて理解を得た。

 情けない話ではあるのだが、恐らく転移の際に俺は気絶してしまったのだろう。

 で、まあ放置するのもアレだし、みたいな感じでボンゴレの基地に運び込まれたのだ。

 あからさまに医務室だしな、ここ。

 姫どころか、ボンゴレ十代目にまで手を煩わせてしまったようだ。

 申し開きようがない。

 まさか早速醜態を晒してしまうとは……だがまあ、今は反省は後にすべきだろう。

 あまり長い間ここにいられるとは限らない──というかすぐに動き出すべきということを伝えなければならないのだ。

 取り敢えず姫を起こすか、なんて思えばパッチリと目が合った。

 姫の目が大きく開く。

 

「あっ、天雨! 大丈夫ですか!?」

「はい、ご心配おかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」

「そう、ですか……良かったです」

 

 小さく長く、安堵の息を吐く姫。

 思ってたより不安にさせてしまったようで、少なからず罪悪感を抱けばそれをぶっ飛ばすように扉が勢いよく開かれた。

 ダァーン! という音が響き渡る。

 

「よう、お目覚めかぁ、カス弟子ぃ」

「今、ちょうどね……」

 

 長い銀の髪の隙間から、鋭く放たれる眼光。

 それにため息交じりで返せば、彼は来い、と言ったようなジェスチャーをした後にツカツカと足音を立てながら行ってしまった……いやちょっと待て! 俺ここの内部構造知らないんだぞ!?

 パッと姫を見れば、ちょうど不安げな瞳と目が合った。

 …………。

 

「待て! せめて道案内くらいしろ!」

 

 俺は姫を抱えて走り出した。

 ──走り出した直後に、轟音は落ちてきた。

 

 

 

 

 

 警報音が鳴り響く中、死ぬ気の炎がゆらと静かに揺れる。

 巨大かつ、強力。しかしそれでいて派手さはなく、ただ純然たる恐ろしさがそこにはあった。

 ()()に揺れるそれに呑まれた傍から、あらゆる機材・生命はその活動を停止させられていた。

 ──雨の炎の属性は鎮静だ。だとしても、これほどまで真価を発揮しているところを見るのは初めてであるが。

 しかしそれも、当然と言えるだろう。

 何せ彼女は、この世界で一、二を争うほどの雨の炎使いであるのだから。

 

「──ブルーベル」

「見つけた……ダメじゃない、天雨。ブルーベルから逃げるだなんて」

「そっちが、勝手に追ってきたんだろうが」

 

 言いながら、姫を後ろに隠し、ハンドサインだけで『逃げてください』と伝える。

 姫は少しの逡巡の後に、俺の裾を掴んだ。

 

「必ず、私の下に、無事に帰ってきてくださいね」

「相変わらず、ハードル高いこと要求しますね……努力はします」

「はいっ、頼みましたよ」

 

 タタッ、と床を蹴る音がする。少しだけ視線をやれば、アホサメ師匠と目が合った。

 軽い舌打ちの音が耳朶を叩いて、姫を連れて行ってくれる。

 その様子を見ていたブルーベルは、しかし何か手を出すことも無ければ、言うことも無かった。

 真六弔花の使命は、どう考えても姫の奪還である。

 俺が裏切ったのは予想外だったかもしれないが、しかし同時に大きな問題ではないはずなのだから。

 だというのに、彼女の瞳は俺しか映していなかった。

 あれほど澄んでいたというのに、今はまるでドロドロに濁った瞳が、俺だけを捉えている。

 要するに、ブルーベルがここにいる理由は偶然であり、私情であるということだ。

 

「ちょっと見ないうちに、随分怖い顔するようになったな」

「そんなことないよ──でも、そう見えるなら、天雨がそう感じてるだけなんじゃない?」

 

 一言交わしただけで、息苦しさを感じた。

 ブルーベルが発している死ぬ気の炎の炎圧──だけではない。

 ありとあらゆる要因が、俺を縛り付けているようだった。

 

「だって、ブルーベルは冷静だもの……冷静だから、ユニは追わない。もしこれ以上近づいたら、ブルーベルはユニを殺しちゃうって、分かるから。

 びゃくらんが望んでいないことをするのは、ブルーベルだって心苦しいもん」

「物騒なやつだな。ていうかそうだとしたら、結局俺も死ぬやつじゃん……」

「にゅふふっ、大丈夫。天雨は殺さないから……天雨が死ぬ時は、ブルーベルが死ぬ時だよ」

「──お前、そういうキャラじゃないだろ……」

 

 内容はともかくとして、会話の雰囲気そのものはいつも通りだった。

 いつも通りだっただけに、いやな気持ち悪さがある。

 悪寒が肌をなぞっているような、奇妙な吐き気。

 ブルーベルの頬に残る、涙の跡が否が応でも鼓動を加速させ続けていた。

 呼吸が浅くなるのが分かって、無理矢理落ち着かせた。

 炎圧を上げる。柄へと手を当てる。

 

「戦うの? 天雨が、ブルーベルと? さっきだって、戦いにすらならなかったのに」

「なんだよ、見逃してくれるなら、逃げさせてもらうけど?」

「ぷっ、あははっ──逃がさないよ。天雨だけは、絶対に……でもね、チャンスだけはあげようって、ブルーベルは思ったんだ」

 

 ──チャンス?

 言葉にせず、眉を潜めるだけで問いかける。

 否、言葉にすることすら難しかった、と言った方が正しいのかもしれない。

 彼女の瞳に宿る、狂気的な何かが俺にそうさせているようだった。

 

「そう、チャンス──帰ってきてよ。それだけで、本当に……ブルーベルは、それだけで良いから。それ以外は、何もいらないから」

「そういう訳にはいかないって、言ったばかりなはずなんだけどな。もう忘れたか?」

「覚えてるから、また聞いてあげてるんだよ──だって、天雨がウソ吐きさんだから。ちゃんと本当のことを聞いてあげないと」

「お前……」

 

 はぁ~……というため息を思わず零す。

 リングに灯していた炎が、俺の意思に応えるように明滅して、膨れ上がった。

 

「そういやそうだった、お前に口で勝てたこと無かったわ」

「実力行使でも、勝てたことないよ」

「本気の殺し合いは、これが初めてだろ」

 

 俺がそう言えば、ブルーベルは残念そうに──本当に、本当に残念そうに目を伏せて、吐息を漏らす。

 

「そっか……じゃあ仕方ないね。理解らせてあげる、天雨が一緒にいるべきなのはブルーベルだってことを!」

「──っ!」

 

 匣が開匣される時特有の、硬質な音が響くと同時に貝のような兵器が散弾のように幾つも飛び出した。

 雨の炎を纏ったそれらは、一つ一つは小さいが、しかし侮ることなかれ。

 破壊力が高いのもそうであるが、ブルーベルの本気の死ぬ気の炎を帯びているあれは、掠りでもすればそれだけで、掠った部分の身体機能を一時的に停止まで持っていく。

 見た目に反した、超悪魔的な兵器──だからこそ、極僅かな動作だけで、全て弾き流した。

 弾かれたそれらが基地の壁や天井に埋まり、爆発を巻き起こす。

 その中を、音も立てずに踏み込んだ。

 最短のルートを、最速で駆け抜け、刀を振るう。

 切っ先が、ブルーベルの肌を少しだけ掠めていく。

 少量の血が舞って、ブルーベルが目を見開いた。

 

「!」

「逃げんなよ」

 

 するすると、声もなく下がったブルーベルを追いかける。

 ブルーベルの基本的な戦闘スタイルは中~長距離だ。間を開ければ開けるほど、こちらが不利になる。

 だがそれは逆に言えば、間を詰めれば詰めるほど、ブルーベルの動きを制限できるということでもあった。

 無論、ブルーベルとてそれへの対策が無いという訳ではない──というか、もし無かったら真六弔花としては力不足にもほどがある。

 白蘭が認めた最強の守護者が、真六弔花だ……けれども、俺の場合、ブルーベルだけはその限りでは無かった。

 俺は、ブルーベルの手の内を把握している。

 完璧に封殺できると胸を張れるわけではないが、この状況を一瞬で崩されるような事態を起こすようなヘマはしない。

 どれだけの間一緒にいたと思っている。

 

「うっっざい、なぁ……! そういう、ねちっこいところ、良くないと思う!」

「ちょっと、誤解を生みかねない言い方、やめろ!」

 

 基地を盛大に破壊しながら、ブルーベルを追って、追って、追い続ける。

 間髪入れず振るい続ける刀は、しかしギリギリのところで標的を捉えきれない。

 じわりと焦りが背中を這う。

 反面、ブルーベルは徐々に余裕が出来てきたようで、笑みを浮かべた。

 

「ほらほら、さっきまでの強気はどこ行ったのかしら? ねぇ」

「うぜぇ……そうやって調子に乗るから、足元掬われんだよッ」

「!?」

 

 刀を振り切り、それをブルーベルが紙一重で躱す。直後、匣から飛び出したのは雨ペンギン(ペンペン)だった。

 鋭く、かつ勢いよくブルーベルへと襲い掛かったペンペンは──しかし突如巻き起こった爆発に呑み込まれた。

 

「なっ、お前──」

 

 自爆はズルだろ!? 

 反射的に舌打ちをして、爆散したペンペンを踏み越えた瞬間、胸元を掴まれた。

 

「狭いところ、飽きちゃった。出よ」

「っ、く、そっ」

 

 ボンゴレの基地は、メローネ基地と同じく地下にある。

 だからこそ、出入り口以外の場所なんて相当堅牢に出来ているはずなのだが、お構いなしにブルーベルは風穴を空けながら俺を引きずった。

 ぶわりと外の空気に煽られ、乱暴に宙へと投げ捨てられる。

 即座にF(フレイム)シューズを起動させて滞空すれば、同じように宙へと浮くブルーベルが少しだけ笑った。

 

「それじゃ、第二ラウンドだよ──ブルーベルは優しいから、まだ許してあげられるけど?」

「冗談……姫を裏切るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないんだよ!」

 

 ──なんて啖呵を切ったは良いものの、完全に防戦状態へと押し込まれてしまった。

 ビュンビュンと雑に飛ぶ匣兵器に良いように翻弄され、接近することすらできない──というのも、先ほどまでギリギリアドバンテージを取れていたのは、あそこがかなり制限された場所だからである。

 奥行きがそこまであるわけでもなく、横幅も縦幅も広くはない。

 それに元より、ブルーベルが基地にやってきた時点でそこまで離れていたという訳でも無かった。

 だからこそ、均衡を保つことができていたわけなのであるが、外に出るとなればまた話は違った。

 あっちは俺を凌駕する速度で、なおかつ縦横無尽に動き回るし、一撃の火力が俺の倍では効かないほどだ。

 回避に専念することで精一杯である──まあ、もしここで死んだとしてもある程度は役目は果たせたっぽいので満足ではあるのだが。

 姫はもう、少なくとも俺が感知できる場所にはいない。ボンゴレたちが上手く逃げてくれたということだ。

 本当に助かった。

 あとは俺が、ブルーベルをどれだけ足止めできるか、という話になるのだろう。

 流石に、桔梗さん達とブルーベルを合流させたくはない──姫はあの時、真六弔花の連携はそこまで強力なものでは無い、と言ったが、正直その場に揃い踏みしてるだけで厄介さは跳ね上がる。

 飽くまでボンゴレの連携がイカレてる、というだけの話だ。

 

「にゅにゅっ、よそ見してる余裕、あるの?」

「ねちっこいのはどっちだよ……!」

 

 遊ばれているかのように追い立てられる。

 ブルーベルの動きを先読みできていなかったら、とっくの昔に死んでいたであろう。

 その事実に冷や汗を流しながら、フラフラと空を舞う。

 気付けば俺達は街の直上で、爆発を幾度も起こしながら飛び交っていた。

 一般人に迷惑をかけるな、なんてことは常識であるのだがまあ……許してほしい。

 こっちももういっぱいいっぱいなのだ。

 

「ほら、ほらほらほら! どこまで逃げるの!? 天雨!」

「──!」

 

 目の前で、雨の炎が爆発を起こす。

 辛うじて作り上げた雨シールドで防いだものの、幾らかは貫通してきて身体が嫌に濡れた。

 ──身体が重くなる。息がしづらくなって、気怠さが急激に増加した。

 あぁ、ミスった。

 そんなことを思ったのと──とんでもない爆音が後方で鳴り響いたのは、ほとんど同時だった。

 反射的に振り向けば、そこにあったのは天を貫くほどの強力な大空の炎。

 白蘭──ではないだろう。となれば、ボンゴレ十代目……?

 は? 何やってんの? 逃げ隠れろよ、と思えば何かが飛んでくる──違う! 何かじゃない!

 これ、桔梗さんの──

 

「──やば」

 

 避けられない。

 万全の時ならまだしも、今は無理だ。

 死にはしないだろうが、明らかな致命傷を負う。

 悪態をつく余裕はなかった。ただ迫りくるそれが視界に焼き付いて──

 

「ったく、何やってんだおまえは。姫を放って他の女とイチャついてんじゃねーぞ」

「──は? γさん?」

「は? じゃねぇ……」

 

 ジッリョネロファミリー雷の守護者にして兄貴分である、γさんがそこにいた。

 どうやら助けられたらしい……まあ、それは有難いんだけど。

 

「襟掴んでぶら下げるのは雑すぎませんか……?」

「なんだ、横抱きにしてほしかったのか?」

「いやそれはキモいから嫌ですがぁぁぁああ!?」

 

 俺は盛大な舌打ちと共にγさんに蹴り落とされた。ちょっと乱暴すぎるだろ……。

 

 

 

 




ブルーベル:天雨が欲しい。

γ:ついに出てきた兄貴分。この直前までユニとイチャついていた。


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だって、お姫様も一人の誰かを想う少女なのだから。

 月の落ちてきそうな夜だった。

 頭上には夜空のカーテンがしかれ、散りばめられた星々がキラと輝いている。

 非現実的と言うにはあまりにも現実的で、しかしどうにも目を奪われるような空だ。

 いいや、あるいはそれは、単純に俺がそうしたいだけなのかもしれないが。

 それに、非現実的と言うのであれば、今まさに眼前に広がる光景こそが最も非現実的なものであった。

 ──パチパチと、焚火が音を立てながら周囲を明るく照らしている。

 その範囲にいる人間はざっと数十を超えていた。というかボンゴレ十代目+ジッリョネロ残党である。

 数日前までは絶対にありえない光景だ……何せジッリョネロ残党と言うことは、つまるところミルフィオーレブラックスペルのことを指す。

 γさんなんかはバチバチにボンゴレ嵐の守護者とやり合ったと聞いているだけに、そこはかとなく緊張していたのだが、目的が一致しているお陰か心配は不要だった。

 いやまあ、若干睨み合いとかはしていたのだが……。

 互いに自身のボスを立てたということだろう。

 正直言って、中学生とガチでメンチを切り合う兄貴分の姿とか見たくないとかいうレベルをぶち超えていたのだが、そこはそれ。

 俺の類まれなスルースキルで見て見ぬふりをしてあげていた──なんて、こんなのほほんとしたこと考えていることからも分かるだろうが、あの後、再度真六弔花とぶつかり合うことは無かった。

 俺とブルーベルが戦闘していたところから、多少離れたところでボンゴレ十代目たちは、桔梗さん、ザクロさん、トリカブトさんと戦っていたらしいのだが、ボンゴレ十代目がトリカブトさんを消し飛ばしたところで一旦の決着がついた。

 このままでは不利だろうと判断したらしい桔梗さんが、サクッとブルーベルを回収していったのである。要するに俺への攻撃はおまけみたいなものだったということだ。

 それで死にかけた身としては文句の一つや二つ言いたくなるところではあったが、まあ結果オーライと言って良いだろう。

 まさか、γさん達が生き残っているとは思っていなかっただけに、むしろラッキーだったと言えるかもしれない。

 お陰で姫もニッコニコである。

 未だに切迫した状況であることは変わっていないが、多少なりとも気が緩められるのならばそれに越したことは無い。

 ボンゴレたちも含め、各々が楽にしているのに倣うよう、俺もまた木陰で身を休めていた。

 ……いやね、姫と違って、俺のコミュ力はそこまで高くないんだわ。

 ほとんど見知らぬ人間しかいないボンゴレと絡むだなんてダルさの極みすら感じていた──無論、中にはアホサメ師匠もいる訳であるが、別にわざわざ話しかけるほどの用はない。

 と言うかあの人、今絶賛超クソデカ声でヴァリアー本部と連絡とってるからね……。

 僅かに響くルッス姐さんとかの声を俺の優秀な耳が拾っていた。ベルさんが物騒なことを言ってて手先がブルッた。

 あの人、嫌いじゃないけどちょっと怖いんだよな……いや、ヴァリアーに怖くない人間など一人もいないのではあるが。

 特にXANXUSさんな。一睨みされただけで軽い臨死体験を味わえるからオススメだ。

 どの辺がオススメかって? ンなもん知るか。

 

「よう、怪我の具合はどうだ?」

「あー……ぼちぼちってとこですね。まあ、問題ないですよ──それより、自分の心配したらどうですか?」

 

 端っこでゴロゴロしていたのがそれなりに目に余ったらしい。γさんが「はぁ? 何嘗めた口利いてんだおまえ」みたいな目で俺を見下ろした。

 

「γさん、俺より弱いんですから……」

「おいおい、折角の再会を血濡れたものにさせるつもりか?」

「うおっ、思ってたより沸点が低くなりましたね、老けました?」

「召されな!」

 

 バチバチィッ! と音を立てて雷の炎が灯された。

 相変わらず鮮烈な死ぬ気の炎だなぁ、なんて思いながら雨の炎で相殺しておく。

 γさんは不満げに顔を顰めた。

 

「ったく、相変わらず可愛げのねぇ弟分だ」

「俺に可愛げ求めるのが間違いでしょ……ていうか、姫に声かける前に絶対俺をワンクッションにして挟む癖、まだ治ってないんですか?」

「ハァッ!? ばっか、そんなんじゃねぇよ、勘違いすんな!」

「おっさんに言われても全然嬉しくない言葉来たな……」

 

 顔まで赤らめられて、俺はどうすれば良いんだよと思った。

 せめてそういうことは姫の前でやってくれ。姫なら「γも可愛いところがあるんですね」とか言ってくれるから。

 ソースは俺。

 お淑やかに見えて姫は意外とお転婆だし、人をからかうのが好きなタイプの人種だった。

 その辺はアリア様譲りって感じだな。

 俺も昔はアリア様に引きずり回されたものである。

 

「ま、御託は良いんで、さっさと姫のところに行ってきたらどうですか? 姫も待ってますよ、γさんのこと」

「だから、なーに言ってやがる。姫に必要なのは、それこそおまえだろうが」

「は?」

 

 もしかして頭が湧いてしまったのだろうか、と本気で心配してしまった。

 ただでさえ、γさんはとんだ()()()()()である。

 姫がγさんを想っているということくらい、察していない訳がなかった。

 もしかして知らんぷりで通すつもりか? だとしたら流石に、それは最悪と言わざるを得なかった。

 姫は……大空のアルコバレーノは、代々短命だ。

 アリア様もそうであったし、その前も若くして亡くなったと聞いている。

 それに、姫はあの歳にしてもう、相当な苦労や疲労、ダメージを背負い込み過ぎている。

 もう、時間があまり残されていないのは明白だった。

 だからせめて、ほんの少しの間だけだったとしても、より長く姫と一緒にいてあげて欲しい。

 それが俺の素直な気持ちだった。

 

「何度も言わせんな……今、姫が必要としているのはお前なんだよ、天雨……ちぃと腹立たしいことにな」

「──……マジで言ってますか?」

「オレだって、嘘だと思いたいくらいさ」

 

 肩を竦め、γさんはそう言った。

 それを視界に収めながらも、しかし思考が回らない。

 ……いやいや、え? マジで言ってるのか、この人?

 俺如きに姫が惚れると本気で思っているのだとしたら、俺はこの人に対する認識を改めなければならないかもしれない。

 取り敢えず滅茶苦茶怪訝な顔をしてみせれば、γさんは呆れたようにため息を吐いた。

 キッ、と鋭く眼光を光らせる。

 

「おまえが鈍いのは知っちゃいるが、それこそおまえの言う通り、もう時間がねぇ……つーわけでだ、行くぞ」

「は? いや、ちょっ」

 

 待ってくださいよ、と続けようとした言葉は無理矢理封じ込められた。

 雑に足首を引っ掴まれて、強引にぶん投げられる。

 何やってんのー!? という心底驚いたようなボンゴレ十代目の叫び声に、耳朶を打たれまくりながら落ちた先は姫の真ん前だった。

 あまりにも動揺しすぎたせいで受け身をミスり、無様に落下する。

 ズシャァ! と地味に痛そうな音が響いた。というかもう普通に痛かった。

 悪目立ちも良いところで、ちょっと泣きそうになっていたら両目をぱちくりとさせた姫と目が合った。

 数秒の沈黙ののちに、柔らかく姫が笑った。

 

「ふふっ、いつ見ても天雨とγは仲が良いですね」

「これ、仲が良いって言って良いんですかね……」

「私の知る限り、γがここまで無邪気に相手するのは貴方くらいよ、天雨」

 

 それは良いことなのか悪いことなのか、全然分からなくてうへぇといった顔になった。

 出来ればもうちょっと丁寧に扱って欲しい……というか、俺の周りに俺を丁寧に扱ってくれる人がいなさすぎるんだよ。

 ブルーベルとか良い例である──いや、これはちょっとチョイスをミスったな。

 あまり、考えるべきじゃない。色んな意味で、動きが鈍くなる。

 

「──でも、ちょうど良かった」

「?」

「天雨、今時間はある?」

「そりゃもちろん。なくても姫の為なら幾らでも捻出しますよ」

「もう、そうやって茶化さないで」

 

 ちょっとだけムッとした姫に平謝りして機嫌を直してもらう。

 怒っていても可愛いのは美少女の特権だな、と思った。

 ずっと続いていた緊張感も多少は緩められたみたいで、口調からも固さが取れてきている。

 よっこらせ、と立ち上がれば

 

「では行きましょうか」

 

 なんて言って姫は森の向こうへと歩み始めた。

 ざくざくと、迷いのない足取りで進む姫へと連れられるように歩を進める。

 段々と明かりが遠退いていき、夜の暗闇が濃くなってきた。

 どこまで行くんだろうか、あまり此処から離れたくはないんだよな……何で思っていれば、木々の隙間から零れてくる月明かりに、薄っすらと照らし出されたそこで、姫は止まった。

 柔らかな草の上に、小さく姫は座る。

 呆けたようにそれを見ていれば、誘うような視線が送られ、ゆるゆると隣へと腰を下ろした。

 大分長い間ここにいるのだろう大木へと背を預ける。

 

「──手を」

「はい?」

「手を、握ってくれますか」

 

 そろそろと差し出された姫の左手へと、恐る恐る右手を重ねれば、キュッと指を絡めるように握られた。

 ──何も思わなかったかと言われれば、もちろんそんなことは無い。

 どちらかと言えば動揺しすぎて逆に身動きが取れなくなっていたまである。

 数回、深呼吸をすることで動悸を落ち着かせた。や、全然落ち着いてはいないのだが、酸素を取り入れまくったことで、一先ずのクールダウンには成功した。

 まったく、ビックリするようなことはしないで欲しい。

 小言を零そうとしたらコテン、と慣れた重みが肩に寄り掛かった。

 

「ひ、姫?」

「……嫌ですか? もしそうだったら、言って」

 

 姫のこんなに震えた声を聞いたのは、果たしていつ以来のことだっただろうか。

 嫌とか言える訳が無かった──もちろん、嫌だなんてことは欠片ほども思ってはいないのだが。

 どうにも調子が狂う。最近はこんなんばっかりだ。

 流石にこれ以上自分を落ち着かせるのは難しすぎると思い、ほとんど反射で口を開いた。

 

「そっ、そりぇで……コホン。それで、話ってのはなんですか?」

「ぷふっ……ふ、ふふふ、ごめ、なさい……ふふ」

 

 滅茶苦茶噛んだが、何事もなかったかのように処理したらどうにも姫のツボに入ってしまったらしかった。

 肩を震わせながら、ぐーっと俺の方に寄ってくる。

 かなり我慢しているらしいというのは分かったが、しかしもうここまで来たら声を出して笑って欲しいまであった。

 ちょっとどころかかなり居た堪れない。

 血が一気に顔に登ってくるのを感じる。

 

「って、ちょっ、姫!?」

「うふふ……きゃっ──」

 

 あまりにも笑いすぎた姫が、そのまま俺の方へと倒れ込んできた。

 無論、受け止めようとはしたものの、動揺と羞恥で何もかもがおしまいになっていた俺である。

 上手く受け止めることが出来なくて一緒に倒れ込む羽目になった。

 仰向けになった俺に、うつぶせ気味に姫が倒れ込んできた。

 俺の肩あたりをギュッと、しがみつくように握り、胸に頬を当てるような体勢になった姫。

 無論、片手は握り合ったままだ。

 慌てて退けようとしたものの、姫がまず動かなかった。

 え、なに……?

 

「姫?」

「お願い、もう少し、このままで……ダメ?」

「そんなことは、ないですけど。居心地悪くないですか?」

「いいえ、とても……とても安心できます。天雨が近くに感じられるだけで、私は何も怖くなくなるの、知っていた?」

「……初耳ですね」

 

 姫の僅かな重みと、温かさが直に伝わってくる。

 トクン、トクンと一定の間隔で感じられる鼓動が、姫がまだここにいるのだと思わせてくれて、常に心配していた身としては安心できた。

 アリア様がそうだったように、姫もまた、気付けば手からすり抜けて消えてしまうような、そんなことを思わせられる人だから。

 まあ、それ以上に俺の心臓が喧しすぎて仕方なかったのであるが。

 

「ねぇ、天雨」

「何ですか?」

「天雨は、私の守護者ですよね? 私の……私だけの大切な、雨の守護者」

「そりゃ、もちろん。姫が嫌だって言うなら、やめますけれど」

「もう、言う訳ないでしょう、そんなこと。天雨は……」

 

 と、そこで姫は言葉を区切った。

 ごにょごにょと口ごもった後に、ギューッと顔を押し付けてくる。

 ちょっと姫? やめっ……やめない!? 心臓が口から出そうになっちゃうから。

 声も出せずにあたふたしていれば、姫は不意に顔を上げた。

 パチリと、姫の暖かい眼差しに貫かれる。

 

「天雨は()()()()()()()()()()()()()? 私と共に、いてくれますよね?」

「────」

 

 ──それじゃあずーーっと一緒ってことだね!

 一瞬、脳裏で覚えのある声が響いた。目を閉じれば、その姿まで容易に思い出せる。

 俺は……俺は果たして、この問いかけに自信をもって答えられるだろうか。

 胸を張って、混じりけの無い答えを、姫に返せるのだろうか。

 ……きっと、ミルフィオーレに入る前までの俺ならば出来た。

 だというのに、今の俺にはそれが出来ない。

 何故なのか、なんてことは、自問自答する必要すらなかった。

 ──けれども、そうだとしてもまだ、俺には言えることはあった。

 ポンポンと、姫の背中を優しく叩く。

 

「そう、不安がらなくても大丈夫ですよ。だいたい、もう何年貴女に仕えてると思っているんですか」

 

 姫の震える手を、こちらからも握り返す。

 もう片方の手で、姫の目元に浮いていた雫をそっと拭った。

 

「俺は、ジッリョネロファミリーの雨の守護者です。ジッリョネロの為に、姫の為に、戦いますよ。貴女の命は、絶対に俺が……俺達が守ります」

「馬鹿……。本当、天雨はいつだって、そういう人ですよね。でも今は、今だけは……仕方ないということにしてあげます」

 

 だから今はまだ、このままで。

 その代わりに、とでも言うように姫はそう言って、俺の胸を枕にし始めた。

 その小さな身体を抱きすくめることもできず、俺もまた空を見上げた。

 まん丸に輝く月に見下ろされて、照らし出される中で、どうにも言葉にし難い感情を胸の奥底へと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




ユニ:年頃の女の子。

天雨:数年間、敵地で姫を支え続けた。


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どれだけ強くても彼女もまた、ただの女の子だから。

天野明[担当編集]公式って知ってる?
Twitterの公式垢なんだけど毎月リボーンのカレンダーイラストが投稿されてて、十一月分は滅茶苦茶可愛いブルーベルでした。
見ておくと幸せになれるからみんなも見ておこうな。


 ──夜明けとともに始まる戦いで、すべてが終わります。

 

 ボンゴレたちのところに戻った姫は、静かにそう言った。

 この光景こそがかつて自身が予知したものであり、この後、最後の戦いが始まるのは確定されている──しかし、それに勝てば白蘭の脅威は完全に消滅し、世界は救われるということを。

 和やかだった空気が、自然と引き締まる。

 あれほどの力を保有する真六弔花と、それを率いる白蘭に勝てるのか、という不安。

 されども勝てば、何もかもが丸く収まるのだという希望。

 過去から来たボンゴレ十代目達は、元の時代に戻ることができ、俺達は俺達でようやく白蘭から解放される……それは、命を懸けても良いほどの理由だった。

 誰もが似たような思いを抱き、覚悟を固める中で、ボンゴレ十代目と、元メローネ基地隊長であった入江さんの指示によって防衛ラインの設定やチーム分けが為された。

 ──そう、これは言わば防衛戦だ。

 姫を奪い取りに来るミルフィオーレから、姫を守り撃退する戦い。

 たった四人と侮るような人間は、最早ここには居ないだろう──それだけの実力を、既に彼らは見せつけている。

 俺の知る限りの、真六弔花の実力や技、匣兵器の情報なんかも加味された結果、比較的に桔梗さんに対抗するチームのメンバーが多くなった。

 リーダーであることからも分かるが、あの人の実力は割と頭抜けている上に、そもそもの戦闘スタイルが厄介だ。

 ……まあ、俺がブルーベルの相手をするから、他はいらないと伝えただけとも言うのだが。

 とは言え、俺と姫の間に一チーム配置されただけで、単純に俺が最初にかち合う形に収まっただけでもあるのだが。

 これが、俺の想像を遥かに絶するくらい大切な戦いであるというのは分かっている。

 俺なんかのちっぽけな私情を挟んで良いような戦いではないということも、もちろん分かっている。

 だけど、それでも。

 これが最後であるならばなおさら、俺だけに任せてほしかった。

 殺すにせよ、殺されるにせよ、その相手はやはりブルーベル以外には考えられなかったから。

 それに、どちらにせよあいつは俺を探してくるのだ。余計な手間をかける必要はない。

 ボンゴレ十代目も、入江さんも、どちらも少しの逡巡があったが最後には頷いてくれた。

 有難いことだ──姫は少しばかり……いや、大分しかめっ面になっていたが大目に見て欲しい。

 俺だって、別に死ぬつもりはないわけだしな。

 出来れば生き残って、平和になった世の中を満喫したいとは思っている。

 だから絶対に勝ってみせるし、白蘭も倒す────

 

「なんて、そんな熱いことをらしくもなく、考えたりしてたんだけどな。お前の顔見ると、全部どうでも良くなりそうになって困る」

「……もう、逃げないんだね」

「これ以上は逃げる場所が無くてな──ついでに逃げる訳にもいかなくなった」

「ふぅん」

 

 姫が予知した通りの夜明け。

 未だ薄暗く、けれども上りつつある太陽の光に薄っすらと照らし出された空に、ブルーベルは浮いていた。

 ──お前、どんだけ泣いてたんだよ。

 目が合った瞬間に抱いた感想がそれになってしまうくらい、ブルーベルの目は泣き腫らされていた。

 それをわざわざ口に出すほど野暮でもない。代わりとでも言うように、リングへと炎を灯した。

 ゆらと互いの、雨の炎が揺れる。

 

「最後に一回だけ、聞いてあげよっか?」

「いいや結構。分かりきってることを、聞く必要なんてないだろ」

「うにゅ……そうね。天雨はそういう人だもんね」

「どういう意味だよ、それ……」

 

 言いながら開匣すれば、いつも通り暴雨鯱(ルカ)雨ペンギン(ペンペン)が飛び出した。

 出し惜しみなしの全力だ──まあ、ブルーベルからすれば大したものでは無いだろうが。

 面白くもなさそうに、ブルーベルが俺を見る。

 

「本当に、それで大丈夫? 一瞬で終わっちゃうよ」

「は、俺の得意分野が防衛戦なの、もう忘れたか?」

「ん-ん、それ込みで、言ってるんだよ──!」

 

 ブルーベルが炎を自身の左胸へと押し込むと同時、ガチリと音が鳴って死ぬ気の炎は膨れ上がった。

 真っ青に彩られた、死ぬ気の炎で編み上げられた球体から、スルリと泳ぐように飛び出したブルーベルは、既に人間の形を保っていない。

 ──否、そう言ってしまうと、まるで化け物にでもなってしまったかのように聞こえてしまうから、やはり訂正すべきだろう。

 正確に言えば、彼女の下半身は魚類のようになっていた……まるで人魚のようだ、と言えば分かるだろうか。

 ここが戦場で無ければ、実に絵になったことだろう。

 まあ、より詳細に語るのであればそれは魚類ではなく、ショニサウルスという恐竜のものなのであるが。

 匣兵器と人間を融合させた存在──それが、真六弔花である。

 ただでさえ匣動物を凌駕する、匣恐竜を掛け合わせている彼女は冗談抜きで最強の一角だ。

 ……だというにも拘らず、そこまで恐怖を覚えないのは俺が甘いだけなのか、あるいは──。

 

「いくよ」

 

 小さく言うのと並行して、ブルーベルは恐ろしい速度で死ぬ気の炎を練り上げた。

 水のような形状の雨の炎が、急激に彼女の右腕へと集まり、槍のような形状へと変化する。

 一撃、まともに喰らえばそれだけで死に至るだろう。

 ほとんど反射で柄へと手をかけて、リングに炎が灯る。

 ──勝負は一瞬で決まる。

 自然とそう、思うと同時にブルーベルは宙を蹴った。

 同時に強く、一歩踏み込む。

 

「──ッ!」

 

 抜刀した刀と、ブルーベルの槍がぶつかり合う。

 拮抗したのは、本当に短い時間だけだった。

 死ぬ気の炎にコーティングされた俺の刀は半ばから砕け落ちた。受け流す暇もなければ、身体を逸らすことすらもできず、些かも劣化していないブルーベルの槍が俺へと迫る。

 あー……死んだ。死んだな、これは。

 命の危機が迫ってきた時特有の、異常な速さで流れる思考に浸る。

 あまりにも呆気ない──でもまあ、人なんてのはそういうものだ。

 俺の心臓を貫くよう確実な軌道で、緩やかに槍が迫る。

 そんな刹那の最中、ブルーベルと目が合った。

 相も変わらず、澄んだ瞳だ。

 そんな、随分と場違いなことを思う俺の胸を、雨の槍が貫いた──

 

「え……」

 

 ──はずだった。

 しかし、予期していたような衝撃が来ることはなかった。

 雨の炎の属性による、鎮静で痛みすら感じなくさせられている、という訳ではない。

 やってきたのは、ただただ小さく振り上げられた拳だった。

 修羅開匣はいつの間にか解けていて、ブルーベルの小さな拳が、俺の胸へと弱々しく落ちてくる。

 か細く揺れた声が、耳朶を叩いた。

 

「できるわけ、ないじゃん……」

 

 ブルーベルの手が、俺の服を弱く握った。

 先程までの覇気は嘘のように霧散して、数歩歩み寄ってきたブルーベルはそのまま俺へと寄り掛かってくる。

 抱きしめ慣れたその小さな身体は、恐れるように震えていた。

 

「ブルーベル……?」

「──やだ……もう、やだよ。天雨を傷つけるのも、天雨殺さなきゃならないのも、天雨と争うのも、もう、やだぁ……」

 

 俺へとしがみつくようにして、ブルーベルはそう言った。

 その瞳からはポロポロと涙が零れ始め、いっそう嗚咽混じりに声を漏らす。

 意識せず、俺の手から刀は滑り落ちた。

 灯った死ぬ気の炎が、風に吹かれて消える。

 

「わかってる──わかってるの、天雨はもう敵だから、倒さなきゃいけないってことくらい、良くわかってる。でも、でもね、ブルーベルには、もうできない。

 天雨がいなくなって、ビックリして、怖くなって、怒ってはみたけど……やっぱり、だめだった。

 もう、ブルーベルは戦えない──戦いたく、ないよぉ……」

「────」

 

 言葉が、出てこなかった。

 何と言って良いのかも分からなくて、けれども心のどこかで「ああ、やっぱり」なんてことを思った。

 そりゃそうだ。幾ら俺がブルーベルの動きをある程度把握できるとは言え、ブルーベルが本気になればそれこそ数十秒で勝負は着くはずなのだから。

 そうでもなければ、人類最強の称号と言っても良い、真六弔花を名乗ることはできない。

 トゥリニセッテと呼ばれる、この世の至宝たる雨のマーレリングをあれほどまでに使いこなすことはできない。

 だから、そうならなかった時点で、本当ならば気付くべきだった──目を逸らすべきでは、なかったのだ。

 分かっていたはずだろう。

 ブルーベルは俺では到底敵わないほど強いが、しかしそれ以上に、ただの女の子であることくらい。

 少々無防備で、暇さえあれば甘えてくるような、そういう少女であるということを、俺は知っていたはずだろう。

 だというのに俺は、姫を守るためと言い訳をして、見るのをやめてしまった。

 ミルフィオーレである以上、全員敵だと思い込もうとした──せめて、ブルーベルのことくらいは、考えなければならなかったのに。

 この、いつだってどうしようもなく気にかかる女の子のことを、俺は。

 

「ごめん、ごめんな」

 

 心の芯が決壊して、ずっと言いたかった言葉が、重々しく吐き出された。

 いつものように、ブルーベルを抱きしめる。震えを収めるように、涙を止めるように。

 ──あるいはもう、離れないと伝えるように。

 

「何で天雨が謝るの……悪いのはブルーベルだし、びゃくらんなんだよ? ブルーベルたちが悪者だってことくらい、ブルーベルももう、わかってるんだから」

「違う、そうじゃない。そういうことじゃ、ないんだ……俺は、俺は例えミルフィオーレを抜けたとしても、お前の手だけは離してはいけなかったんだ」

 

 ブルーベルが、俺の背中へと手を回す。

 ギュッと強く抱きしめられて、それに返すように力を込めた。

 俺まで涙が滲んできて、それを雑に拭う。

 ああ、そうだ。

 姫を守らなければならないという使命と同じくらい、俺はブルーベルの傍にもいるべきだったのだ。

 ……いいや、それは少し違うか。

 ただ、他ならぬ俺自身が、ブルーベルの傍にいたかった。多分、それだけだったんだ。

 

「だから、最初からこう言うべきだったんだ──ブルーベル、俺と一緒に来い」

「それ、は──ダメだよ。だってブルーベルは、ミルフィオーレファミリーで、真六弔花なんだから……」

「何だよ、いっちょ前に責任とか感じてるのか? 俺に仕事投げっぱなしだったくせに、今更だろ」

「にゅぅぅ……茶化さないでよ」

 

 意地悪ぅ……という文句と共に、抱きしめられる力が増した。

 自然と浮かんできた苦笑いをそのままに、ブルーベルの体温を感じる。

 

「でもね、やっぱり、そういう訳には──」

「問題ない……第一、この後どうせ、俺達は白蘭に勝つんだから。何も恐れる必要はないだろ」

「にゅぅ……そうじゃ、ないんだよ、天雨」

 

 俺の肩に顔を埋めたまま、ブルーベルが言う。

 

「ブルーベルはもう、びゃくらんのものなの。そして、今はびゃくらんが、ブルーベルのおにいちゃんだから──」

()()()()()()()。俺が、何も知らないと思っていたか?」

 

 ──そうだ、知っている。俺は、この少女がどのように真六弔花へとなったのか、その経緯を知っている。

 ブルーベルは、かつて将来有望な水泳選手であった──大会に出れば必ずぶっちぎりで一位を取るような、負け知らずの少女。

 正しく水に愛されていたと言っても良いほどに優秀だったブルーベルは、誰からも期待をされていたし、ブルーベル自身、水泳選手として生きていくのだろう思っていた。

 けれど、今からもう何年も前に、その道は断たれることになった。

 不慮の事故というやつだ。

 どこにでもあるような交通事故で、ブルーベルは兄と、自身の両足を失った。

 そのどちらもが、ブルーベルにとってはかけがえのないものであったということは説明する必要すらないだろう──そんな時に現れたのが白蘭だった。

 死ぬ気の強さとは、即ち覚悟の強さだ──必ずしも軍人が、誰よりも強い死ぬ気の炎を灯せるとは限らない。

 だからこそ白蘭は、この水を愛し、水に愛された少女こそが、雨の守護者に相応しいと思い、近づき──そして今がある。

 天使のような面の悪魔である彼が、これだけ分かりやすい少女を手中に収めるだなんて、そう苦労はいらなかっただろう。

 ただでさえ、白蘭は星の数ほどある並行世界の記憶を保有しているのだ。

 ブルーベルの兄の癖を掴んで真似するだけで、難易度もグッと下がる。

 ……いいや、別にそれを、批判したいわけではない。むしろ、知った時なんて上手いやり方をする、とすら思ったほどだ。

 実際、今まで元気にブルーベルが過ごせたのも、あの人があちこちの世界から集めてきた技術のお陰でもあるのだし。

 だけど──だけどである。

 それってちょっとズルくね? と思っても仕方のないことではあると、俺は思うのだ。

 元より他人を道具としてくらいしか見ていない人なのだから、なおさら。

 

「ブルーベル、お前の兄はもう死んだ……死んだんだよ。白蘭はお前の兄には、なりえない」

「──わかってる! ブルーベルだって、そんなことはわかってるんだよ! でも、それでも!」

「いやまあ、別に白蘭が暫定お前の兄でも、構わないっちゃ構わない話でもあるんだけどな」

「……は?」

 

 いやまあ、一応ね? 一応、分かってないのであれば、分かっておくべきことだと思っただけで、白蘭が兄代わりのように振舞うこと自体は問題ないと思っていた。 

 仮初だとしても、そう振舞われるだけで救われるのであれば、それもまた一つの優しさなのだから──まあ、流石に若干イラっとはするが、その程度だ。

 完全に俺個人の感情的な問題なので、別にそれはブルーベルが意識することじゃない。

 ただそれはそれとして、である。

 

「妹が兄のものである、なんて話はないだろ……実際、俺の妹なんて常に反抗期だったからね?」

「……天雨、妹いたんだ」

「ま、昔はな」

 

 ──と、いけない。話が脱線してしまう。

 あまり話すのが上手ではないから、すぐにこうなってしまう。

 俺の悪い癖だ。コホン、と一息ついて仕切り直した。

 

「だからまあ、俺はお前にこう言うんだよ、ブルーベル。俺と一緒に来い、って──いいや、違うな。お前にはもっと直截的に言った方が良いか」

「?」

 

 上目遣いのまま、ブルーベルが俺を見る。

 そういう小さな仕草ひとつで緊張してしまうのだから、何だか相当参ってしまっているみたいだ、と思った。

 さっきこいつと会ってから、何かがおかしい──いや、正確には、夜明け前に姫と話してからおかしかったのだと思う。

 誰の傍にいるのか。誰と一緒にいるのか。誰と共に在るのか。

 そんなことを考えた時に出てくるのは決まってブルーベルと姫だったのだから、まあ何とも言い訳が出来なかった。

 

「白蘭のものにはさせない……俺のものになれ、ブルーベル。そうしたら、ずっと一緒にいられる」

 

 声は少しだけ震えていた。言ってしまった後悔と、やっと言えたという達成感があって、鼓動が跳ね上がる。

 ブルーベルは、俺を抱きしめたまま肩を震わせた。

 小さくか細い声が零される。

 

「ズルい……そういう言い方は、とってもズルい……ズルだよ、天雨ぅ……」

「白蘭がもう盛大にズルばっかしまくってるんだから、俺も別に良いだろ」

「~~~~っ!」

 

 バシバシと背中を叩きまくり、一層顔を押し付けてくるブルーベル。

 あんまり暴れんな。背中が地味に痛いんだよ。

 

「そうやって、ユニも落としたんだ」

「言い方が悪すぎない? というか落ちてないし、むしろ落とされそうなまであるから……」

「それはそれで不誠実じゃない!?」

 

 マジでごもっともすぎて俺は何も言えなくなり、取り敢えず腕に力を込めておいた。

 俺だってどうすりゃ良いのか分かんねぇんだよ……!

 動揺を隠すように、言葉を重ねる。

 

「──それで、返答は?」

「そんなこと言われたら、断れないって知ってるくせに……」

「それでも、こういうことはちゃんと聞きたいって思うだろ」

 

 少しだけの沈黙が落ちて。

 そっとブルーベルが俺の耳元へと口を近づけた。

 

「良いよ、でも、約束。これからはずーーっと、ブルーベルと一緒にいてね」

「ああ、分かってる。もうこの手は離さねぇよ」

「うん……うん!」

 

 一度止まった涙がまた、ブルーベルの瞳から零れ落ち始めた。

 そんな彼女をあやすように、背中を叩き──

 

「ああ、でも、言っておかなきゃならないこともあるんだよな」

「?」

「や、お前が俺のものであるように、俺も姫のものなんだよ。忠誠誓ってるからさ」

「それはもう、ズルとかいう範囲超えてると思うんだけど!?」

 

 俺の耳元で、ブルーベルの絶叫が響き渡った。

 いやでも、言わない方が不誠実じゃない……? そう思いながら俺はフラフラッとその場に座り込んだ。

 そうすればブルーベルが合わせるように落ちてくる。

 ギュッと俺の頬が、ブルーベルの両手で挟まれた。

 

「──なんてね、良いよ、それでも。でもね、覚悟して……絶対に天雨は、ブルーベルのものになるんだから」

 

 言って、ブルーベルは少しだけ笑った。

 悪戯っ子のようでいて、どこか大人びた妖艶な笑み──思わず見惚れてしまった俺は、小さく頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




天雨:幼女(じゃない)と幼女(じゃない)に引っ張り合いされているせいで「心が二つある~」状態。殴られろ。

ブルーベル:泣いたり笑ったり忙しい。


復活杯主催者である柴猫侍様よりイラストをいただいたので、表紙絵に設定しました。ミスってなければその内反映されると思うので見てみてくれよな(読了報告するとか、リンクを適当なところに貼るとかすれば、反映されれば見れるはず)。


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かくして青年の秘密は一から詳らかに語られ始める。

 戦況というものは、刻一刻と変化し続けるものだ。

 それはこの戦いも例外ではなく、俺とブルーベルの敵対関係がなくなり、和解したのと同様に、他の戦場でも様々な変化が起こっていた。

 例えば桔梗さんもザクロさんも修羅開匣をしたことだったり。

 γさんやその他の人たちもボコられまくったが、援護に来てくれたヴァリアーを含めた総力戦になってきていることだったりと色々だ。

 そんな訳で、一旦姫の下に戻ろうとしていた俺は急いで戦場へと向かうことになった。

 ここで畳みかけるのが吉だ、と赤ん坊──リボーンとも意見が合ったからである。

 

「つーわけで、ほら行くぞ。ブルーベル」

「にゅぅ……仕方ないなぁ。はいっ」

「は?」

 

 バッ! と両腕を広げるブルーベル。何となく見覚えがある光景だった。

 

「いやだから、しないから……」

「えぇ~? なんで?」

「それは俺の台詞なんだよね、明らかにこのタイミングですることじゃないだろ……」

 

 空気読めてなさすぎにもほどがあった。

 何でお前を抱えて戦場まで走って行かなきゃならないんだよ。俺はドラクエ1の勇者じゃねぇんだぞ。

 さっさと立て! と言おうとしたら、想像を遥かに超えるスピードでブルーベルが飛び込んできた。

 反射的に受け止める。大分いい勢いでボフンッ! と音と衝撃がした。

 

「にゅふふ~、じゃあこれで!」

「お前ね……」

 

 ビックリするくらい邪魔で思わず閉口してしまった。

 マジでこのままぶん投げてやろうか──なんて思うと同時に、パチパチと拍手が鳴った。

 遊んではいたが俺だって警戒を怠っていなかった訳じゃない。だというのに、接近に気付かなかった……?

 ブルーベルを強く抱き直し、音源から飛び退きながら目を向ければそこにいたのは、随分と見慣れた人だった。

 同時に納得を得る。ああ、この人ならば、気付けなかったのも仕方がない。

 美しい白の髪。左目の下の、特徴的な三つ爪の模様。常に浮かべられている、軽薄な笑み。

 

「……白蘭」

「あははっ、そう睨まないでよ天チャン──警戒したって、意味なんてないんだからさぁ」

 

 認識すると同時に、酷く呼吸がしづらくなった。不可視の圧力をかけられているようで、ブルーベルまで苦い顔をする。

 実力差は圧倒的だった──もちろんそれは、真六弔花であるブルーベルを含めても、だ。

 今二人で戦っても、ものの数秒で殺される自信があった。冷や汗が背中を伝う。

 やたらと愉快そうに眼を細めた白蘭は、面白そうに俺達を見た。

 

「それにしても天チャンは本ッ当に、いつでもどこでも人たらしだなぁ。ブルーベルを引き込んじゃうし……それに知ってた? 桔梗もね、君を処分するのは待って欲しい、だなんて僕にわざわざ言ってきたんだよ?」

「桔梗さん……」

 

 不覚にもジーン、としてしまった。

 桔梗さんのことは個人的には大好きだっただけに、あちらも多少なりとも情を持ってくれていたという事実が、単純に嬉しくて……同時にかなり複雑だった。

 俺はあの人のそういった気持ちも裏切ったことになるのだから。

 こうなることを承知で、ああいった日々を過ごしていたのだから、後悔はないけれど。

 

「ま、当然ながら許さないんだけどね、そんなことは……天チャンなら分かるだろうけど、怒ってるんだよ、僕は」

「何言ってんだよ、全然怒ってない……どころか、この状況を一番楽しんでんのはお前だろ、白蘭」

「ん~? ふっふっふ、やっぱり分かっちゃう?」

 

 肩を震わせながら、白蘭は笑う。

 傍目から見ただけでも、随分と楽しげなのが伝わってくるようだった。

 本当に──本当にこの人は、そういう人だ。

 自分に抵抗して来る何かを、その手で叩きのめしてる時ほど白蘭は心の底から喜ぶ。

 要するに、擁護できないくらい性格がカスなのだ。割と救いようがない。

 

「でも、そこまで分かってるんなら、僕のことも白蘭じゃなくて、昔みたいにランって呼んで欲しいなぁ」

「お断りだ……」

「酷いなぁ、僕はまだ、こんなにも天チャンのことが大好きなのに」

「うぜぇな」

 

 そう吐き捨ててなお、白蘭の表情は変わらない。どちらかと言えば、横抱きにしてるブルーベルが不思議そうな顔で俺達を何度も見ていた。

 まあ、それも仕方のないことだろう。

 ブルーベルからすれば、俺と白蘭の関係はただの上司と部下であり、ここまで対等そうに話す間柄ではない。

 多少贔屓されていたが、しかしその程度で、真六弔花ほど接してすらいなかったのだから。

 とはいえ、それは俺にとってもその認識だ──この世界においては、という枕詞は必要になってくるが。

 

「あれ? 天チャン、もしかしてまだ、誰にも言ってなかったの?」

「言う必要性がないだろ……それで、何かが変わるわけでもあるまいし」

「そういうところ、変わらないね──そんなんだから、最後の最後に後悔することになるんだよ」

「言ってろ……ていうか、大体の場合後悔する時は、あんたのせいなんだよ……」

「あははっ、それはそうだ」

 

 ニコニコとしたまま、白蘭が歩み寄って来る。

 そこに殺意はなく、敵意もない──いいや、あるいは、白蘭にとってそんなものは必要ないのかもしれなかった。

 ただ、道端にある石ころを蹴り飛ばすみたいにして、人を殺せる人なのだ。

 そして俺は……俺達は、白蘭からすれば正しく石ころ程度の存在なのだ。

 合わせるように下がりながら、言葉を交わし続ける。

 

「でも、流石に不誠実だとは思わないのかい? 今だってブルーベルを口説き落としたって言うのにさ」

「にゅ?」

 

 私? という顔でブルーベルが俺を見た。

 マジで一旦黙らせたくなってきたな、ペラペラ喋り過ぎである。

 誰のせいで言う機会を逃していたと思ってるんだよ……。

 数歩下がりつつ、睨みつければ白蘭はやはり笑みを浮かべた。

 

「まあまあ、そう怒らないでよ。僕だって悪いとは思ってるんだ……折角だし、今言ったら? 待つよ」

「……は? あんた、マジで余計なお世話しかできないんだな」

「まぁね、でも、そこが長所でもあるって、かつて君は言ってくれただろう?」

「──昔の話だし、厳密に言えばあんたに言った訳じゃない」

「ふぅん……ま、そう思いたいならそう思っていればいいさ。僕はそう思わないけどね」

 

 と、そこまで話したところでグッと襟を掴まれた。

 目をやれば、いるのは不安げな顔のブルーベルだ。

 

「天雨……?」

「ん、問題ない──って言うのも、もう無理か……まあ、隠すことでもないから、良いんだけど」

 

 んんっ、と咳ばらいをする。

 いや、マジでこんなタイミングで言うつもりは無かったんだけどな……。

 もう少し腰を落ち着けられるところで、姫やγさんも交えて話したかったところなのだが──まあ、仕方ないだろう。

 如何にもヤバい隠し事しています、みたいな状態維持したくないし……。

 それにどうせ、姫は気付いている──あの人は、そういう人だ。

 予知云々に限らず、見抜いていることだろう。それこそ、目の前の白蘭がそうであったように。

 

「信用するか、しないかはお前に任せるけど……まあ一応、冗談抜きで、端的に言うぞ」

「うん、信じるよ」

 

 めっちゃ判断が早かった。ここまで信頼されてるんだという実感が微妙に重く、けれども心地いい。

 この場に、ニコニコと俺達を見ている白蘭がいなければ百点満点だったな。

 ブルーベルの澄んだ青色の瞳を見つめながら、ゆっくりと吐き出すようにして言葉を紡ぐ。

 

「俺は、この世界の人間じゃない……要するに、並行世界の人間なんだよ」

「え──」

 

 目を白黒とさせるブルーベルを見ながら、まあそうなるよな、と思った。

 まあ一口で呑み込めるような話では無いよな、分かる分かる。

 俺でもこんなこと言われたら薬でもやってるのかなぁって思うもん。

 しかし、信じると言った以上、信じてもらうしかなかった──実際、事実な訳だしな。

 別に大したことではないのだが、それはそれとして予想外なことだっただろう……なんて思っていれば、ブルーベルは震えた口調で言った。

 

「それって、G()H()O()S()T()()()()ってこと……?」

「え? 何それ?」

 

 マジで聞き覚えが無い名前が出てきて普通に聞き返してしまった。

 いや本当に誰? 全然知らない人なんだけど。

 ガチで困惑すれば、ブルーベルがバッ! と勢いよく白蘭を見た。

 軽薄な笑みが、深みを増す。

 

「そういうこと。正解だよ、ブルーベル……まあ、天チャンはGHOSTと違って、奇跡的な成功例なんだけどね」

「────」

 

 白蘭の回答に絶句するブルーベル。

 何か話のど真ん中にいたはずなのに、いつの間にか端っこまで弾かれており、絶妙に微妙な気分になっていた。

 マジでGHOSTってなに? こんな一瞬で置いてかれるとは思ってなかったんだけど……。

 思うと同時に、思案するような顔をしていたブルーベルがハッとしたように口を開いた。

 

「だから、ブルーベルの傍に……?」

「ま、そういう面もあったかな──でもやっぱり、一番の理由は手元に置いて、見ていたかったからさ。何せ成功した理由がさっぱり分からなかったんだから」

 

 そこさえ判明すれば、色々と容易になるだろう? と白蘭は言った。

 反面、ブルーベルが、相当険しい顔をする。

 因みに俺はと言えば、驚いたことに全く話についていけなくなったため、無言で白蘭を睨みつけていた。

 ま、まあ警戒するに越したことは無いわけだし……。

 それに、また白蘭が何かやらかそうとしているということだけは、話の流れから読み取れたから。

 じり、と半歩下がると同時にブルーベルが己の胸へと炎を打ちこみ、叫びを上げた。

 

「天雨! 逃げ──」

「ダメだよ」

 

 ブルーベルの声を遮るように白蘭が言って──一歩、踏み込んできた。

 そこから認識できたのは二発までで、反応できたのは一発までだった。

 初撃を躱すと同時にブルーベルを投げ飛ばし、直後の二撃目が腹へと入り込む。

 ふわりと宙へと舞ったブルーベルが、狙い澄ましたように数発放ち、しかしそれを物ともすることなく白蘭は俺を担いだ。

 気軽に打ちこまれた掌底が、気持ち悪いくらい全身の制御を失わせている。

 

「さて、と。時間もそろそろだし、行こうか、天チャン」

「どこ、に、だよ……」

「そりゃもちろん、君が気になってるだろうGHOSTのところさ」

 

 グッと白蘭が力を込めると同時に、雨の炎が舞った。

 ギュルリと束ねられた高出力の雨の炎が、幾重もの弾丸になって降り注ぐ。

 

「逃がさない──!」

「ハハッ、本当、ブルーベルは可愛いなぁ」

 

 パァン、と手拍子が一回鳴った。ただ、それだけでブルーベルの全力が跡形もなく消し飛ばされる。

 ──白拍手。

 掌の圧力だけで、あらゆる攻撃を粉砕する白蘭の十八番であり、最も理不尽な技。

 純粋な実力差がこれでもかと露にさせられる、究極の一手。

 それでも果敢に飛び込んできたブルーベルに、「あぁ、そうだ」と嫌に不快な笑みで白蘭が言った。

 

「折角だし、ブルーベルも連れて行ってあげようか。その方が、僕としても都合が良いしね」

「なっ、え──」

 

 一瞬だった。

 ほんの、瞬き一回にも劣る刹那の間に白蘭は、ブルーベルの額に指を押し当てた。

 音すら置き去りにして、軽く押し飛ばす。

 ただそれだけで、空気を震わせるほどの大空の炎が爆発したような音を伴い破裂し、ブルーベルはガクリと意識を失った。

 ゆるりと落下していくブルーベルを、白蘭は片腕で抱き留める。

 

「さて、と。それじゃあ天チャン、実験を始めにいこうか?」

 

 そんなことを、白蘭が言う。

 随分と懐かしい台詞だった──尤も、正確なことを言えば、この人から聞くのは初めてなのであるが。

 実際、同一人物と言っても差し支えが無いだけに、かなり複雑な気分だった。

 文句の一つや二つ吐き出したいところであるが、そんな余裕があまりない。

 奥歯を噛みしめたままねめつけるが、白蘭はまあ、当然ながら意に介することはなかった。

 

「そう怖がらなくても良いよ……天チャンにとっては、感動の再会でもあるから、むしろ嬉しいんじゃないのかな?」

「再会……?」

「そうそう、ま、見てのお楽しみってやつだね♪」

 

 かなり不穏なことを言いながら、白蘭は猛然と突き進めば自然と戦闘音が耳朶を打った。

 元より俺とブルーベルのいた地点は他からそう離れてはいない──むしろすぐそこと言っても良いくらいだったから、それも当然ではあるのだが。

 徐々に高度を上げながら、呟くように白蘭は言った。

 

「この辺で天チャンには一つヒントを上げよう。GHOSTには一つ、特殊な能力があるんだ──周りの生命から死ぬ気の炎を吸収し尽くす、というね」

「────は?」

「見当はついたかい? それじゃあ、行ってらっしゃい。並行世界の人間同士がぶつかり合ったらどーなるのでしょうか? 実験、スタートだ」

「いやちょっ、まっ──」

「だーめ」

 

 パッと手を離されると同時に、急激に落下は始まった。

 遅れて落とされてきたブルーベルを抱え込み、F(フレイム)シューズを起動させようとしたが、しかしうんともすんとも言わなかった。

 どうやらあの短い間に白蘭に細工されていたらしい。

 このままでは、普通に落下して死んでしまう───それだけは流石に避けたい。

 ただでさえ、落とされたということは真下に厄ネタがあるということである。正直な話、ある程度予測がついただけに意地でも見たくなかった。

 否、会いたくないと言った方が正しいのか。まぁ、どっちでも良いんだけど。

 こうなったらルカを出して無理矢理二人乗りするか──と、思ったところで()()は現れた。

 肩まで伸ばされた白い髪、右眼の下にある三つ爪の模様。

 ──ああ、やっぱり、そうなんだ。

 全身が発光してるし、やたらとバチバチ電気を放出しているが、やはりそれに、俺は見覚えがあった。

 ……否、見覚えがあるどころの話ではない。

 俺はそれを──その人を、良く知っていた。

 

「ランさん──」

 

 ポツリと呟く。同時にランさんは、鋭く自身を起点に爆発を起こした。

 視界が真っ白に、それに染め上げられる──。

 




白蘭:だから天チャンがお気に入り。

GHOST:ッシャオラァ! やっと出番や!


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どのような過去であっても清算されるべき時が来る。

 昔──というにはあまりにも時系列が曖昧過ぎる上に、正直俺の記憶だってあやふやだから、語るだけ無駄な気はするのだが、しかしやはり、こうなってしまった以上は語らざるを得ないだろう。

 先んじて言っておくのだが、こればっかりは本当に、本筋に何か関係のある話ではない。

 俺と言う人間……水無天雨の、極めて個人的な話である──と言うには、些か語弊が生まれそうだから、ここはいっそ、俺の元いた世界の話と言った方が良いかもしれない。

 ──そう、元いた世界。こことは別の、並行世界(パラレルワールド)の話。

 とは言えそれは、本当に面白みのあるような話ではない……というのも、別にここの世界と、俺が元いた世界と言うのはほとんど変わりが無いからだ。

 世界地図や情勢、文明レベルもそのままだったし、ジッリョネロもミルフィオーレも、ボンゴレだってあったし、もちろんヴァリアーもいた。

 個人的に観測できた違いはと言えば、俺がジッリョネロに属していなかったことと、真六弔花が存在していなかったことくらいだろうか。

 後は……今の俺とは違い、妹が一人いたこともか。

 まあ総じて、大きな違いではない──一見、真六弔花がいないことはかなり違うことなようにも見えるが、白蘭にとっては全部玩具であることを考えれば、そう変わりは無い。

 ああ、いや、まだこの世界は白蘭に支配されていないから、それこそが大きな違いと言えるかもしれないが。

 俺の元いた世界、マジで一瞬でランさんの手に落ちたからな……等と、こんな親し気な呼び方をしていることからも分かるだろうが、俺はランさん……白蘭とは当時、友人関係にあった。

 きっかけは妹──ブルーベルのカウンセリングとして、ランさんが来たことである。

 そう、そうだ。前の世界では、ブルーベルは俺の妹だった──今では全然他人であるが、まあ並行世界だしそんなこともある。

 俺がやたらとあいつに馴れ馴れしく接することが出来たのは、その辺も理由の一端だったというわけだ。

 容姿が全然似てないじゃん、と思われるかもしれないが、俺達はいわゆる義理の兄妹である。むしろ、似ている訳が無かった。

 ブルーベルが恐ろしいほど美しい青髪であることに対して、俺はマジでどこでも見る黒髪だしな。

 その辺、ちょっと気にして青のインナーとか入れてみたが、絶望的に似合ってなくて、我がことながら笑ったものだ──いや、今でも入れっぱなしではあるのだが、それはそれ。

 端的に言うと、ブルーベルは事故によって二度と元のようには泳げなくなってしまった──ちょうど、この世界のブルーベルと同じだ。

 誰よりも水を愛し、泳ぐことを好んだブルーベルは、それ以降酷く荒れた。

 それを心配した親が頼ったのが、ランさんという訳だ。一応言っておくのだが、この時のランさんはまだ、この世界の白蘭であった。

 まだ、白蘭が『並行世界の自身と意識を共有できる』という己の異能に気付く前のこと……あるいは、彼がまだこの世界とは同期していなかった頃のことと言い換えても良い。

 無論、性格等が全然違ったという訳ではないが、まだ許容できる範囲だった──だからこそ俺達は、友人になることが出来たのだ。

 容姿は同じだったが、髪型とか体格は違った訳だしな。ランさんはめっちゃデカかったし、髪も肩まで伸ばしたセミロングだった。

 いやまあ、友人というよりはランさんからすれば俺達は、面白い玩具くらいの認識だったのかもしれないが……あれ? 今と全然変わって無くない?

 ま、まあ友好な関係は築けていたから、一応人としては見られていたはずだ。

 年上だったランさんは、ブルーベルも交えて色んなことを教えてくれたし、たくさんの場所に連れ出してくれた。

 話し上手かつ、天然の人たらしでもあった彼にブルーベルが懐くのは直ぐであったし、勿論俺もそうだった。

 これが当時、並行世界の俺が十六歳で、ブルーベルが十四歳の頃。

 ランさんが豹変したのはその一年後のことだった。

 ブルーベルも退院し、ようやく色々なことが落ち着き始めた時期に、ランさんは見慣れないリングをつけるようになった──大空のマーレリングだ。

 それをきっかけとするように、今までも薄っすらと見え隠れしていたランさんの、悪性とでも呼べるものが一気に肥大化し始め、瞬く間に世界はその悪意に覆われた。

 それでまあ、結果としては先ほども言った通り、俺達の住んでいた世界はランさんに支配されたという訳だ。

 そこはまあ、良い。いや、全然良くはないのだが、本当に仕方のないことと言うのは往々にしてあるものだし、俺は意外とそう言った物事を受け容れるだけの容量がある人間だった。

 それに、この時でさえも俺は……いいや、俺とブルーベルはまだ、ランさんのことを嫌いになれていなかったのだ。

 あまりにもスケールがデカすぎて、あの人がすべての元凶だと思うことが出来ていなかった──あるいは、今でさえも。

 だから俺達は、愚かにもランさんを探すことにした──幸い、生き残ったのは俺達だけではなかったし、食料にはまだ余裕があったからこそ取れた行動だ。

 ランさんは常に端末から演説を垂れ流していたし、自身が居る場所も公表していたから、迷うことがなく、あっさりと俺達はランさんの元へとたどり着けた。

 ──かといって、当然ながら、楽であったわけではない。というか、多分今まで経験してきた中で一番しんどかったのはあの時期だ。

 ブルーベルがいなければ辿り着く前に死んでいただろう。

 そんな訳で、フラフラしながらも辿り着いた俺達を、意外にもランさんは歓迎してくれた。

 

「やぁ久し振り、生きていたんだね」

 

 なんて、本当に嬉しそうな声で。

 しかしこの時、俺はランさんを全く知らない人だと思ったのだ──まあ、それは当たらずとも遠からずであったのだが。

 ランさんであり、ランさんではない。

 もう彼は、すべての並行世界を統べる、白蘭という名の悪魔であったのだから。

 俺達は完全なるトゥリニセッテ──つまり、七つのおしゃぶり、七つのボンゴレリング、七つのマーレリングを見せられ

 

「ちょっと実験をしてみようか」

 

 なんてことを言われた。

 ランさん曰く、トゥリニセッテとは、全てを集めれば世界を変えられるほどの力を発揮するものであるらしい。

 その力の一端を、無理矢理引き出してみようか、なんて言ったのだ。

 そこから先は、正直なところ何があったのかも、ランさんが何をしようと思ったのかも分からない。

 ただ、ランさんに触れられると同時に、意識を失った。

 言ってしまえば本当にそれだけのことで──気が付けば俺は、ざっと十歳くらいのガキになっていたし、なおかつ道端にポイ捨てされていた。

 つまり俺はこの瞬間、世界間を移動してしまったという訳だ。

 意識だけが飛び、この世界の俺に憑りついてしまった……という言い方が正しいのかもしれないが。

 そのあとは知っての通り、俺はアホサメ師匠に拾われ、今に至る。

 だからまあ、本当に大したことではないのである──俺にとっては一大事どころではないが、大勢的には問題にすらならないことだ。

 言わば、超些事である。だからこそ、今の今まで言う必要を感じていなかったのであるが──

 

「何で、こうなるんだかな」

 

 思わず零れた言葉をかき消すような爆風が、全身を包み込む。

 反射的にブルーベルを庇って抱きかかえたが、あまり意味はないかもしれない。

 何せこの爆発自体に攻撃力はほとんど存在しないのだ──あるのはただ、周りの死ぬ気の炎を絞り尽くすという効果のみ。

 これを以てランさんは、俺達の世界を滅ぼした。

 感動の再会とは、良く言ったものである。

 本当あの人、性格悪いな……。

 ルカを呼び出したことで、着地と一瞬の防御だけは成功したが、それだけでルカが干からびて落ちる。

 匣動物は、生命活動のすべてを死ぬ気の炎に依存しているから、それも当然だ──まあ、そんなことを言えば俺たち人間だって根本的には同じであるのだが。

 死ぬ気の炎とは、言い換えれば生命力だ。俺達はリングを通すことで、それに炎と言う形を与えているに過ぎない。

 まあなんだ、つまるところこの場にいるだけで、俺達は直死ぬ、ということだ。

 俺達に限ってはすぐ傍に落とされたせいで、直死ぬというよりはもう死ぬ、といった感じではあるが。

 何とかブルーベルだけでも遠ざけたいところではあったが、残念ながらもう身体がほとんど言うことを聞かなかった。

 ブルーベルを庇った際に被弾したらしい、もう骨と皮だけの左腕を横目に、ランさん──GHOSTといったか──を見る。

 GHOSTには意識があるようには見えなかったし、そもそも生命であるのかすら怪しかった。

 何だか全身が雷で構成されているかのようにバチバチと揺らいでいるし、表情なんてあってないようものだ。

 何がどうしたらこうなるんだよ、と思っていれば、ボンゴレ霧の守護者が、『生命』と言うよりは『現象』に近い、と驚いたように言った。

 あー……なるほどな、と思う。

 その言葉だけで俺としては十分すぎるくらい、合点がいった──多分、俺とGHOSTは逆なのだ。

 ゴリ押しによって意識だけがこっちに来た俺と、ゴリ押しによって肉体だけがこっちに来たランさん。

 だから俺は肉体に引きずり込まれたし、逆にランさんは白蘭に意識を奪われたままなのだ。

 ──いや、奪われたというのは少し違うのかもしれないが。

 兎にも角にも、どうやらここで死ぬしかないようだった。

 人というのは案外、死ぬ時はあっさりと死ぬものだ。何せもう一度爆発を起こされれば、それだけで即死なのに、そうでなくとも現状維持されただけで死ねるのだ。

 いやまさか、こんなことで死ぬとは夢にも思わなかったが──まぁ、仕方ない。

 ブルーベルにも、姫にも申し訳ない気持ちがあって、上手く割り切れないままグラリと後ろ向きに倒れ──

 

「うぉ゛お゛い! 何してやがるクソガキィ!」

「うぉぉぉ!?」

 

 放たれた罵声と共に、襟首掴まれて勢いよくぶん投げられた。

 当然、受け身を取る余裕もなくブルーベルだけ死守して地を滑れば、そこにいるのは肩で息をするアホサメ師匠。

 自慢の銀髪をバサァ! と払いながら、ギラリと眼光を光らせる。

 

「ぼーっとしてんじゃねぇ! 邪魔くせぇだろうがぁ!」

「せ、師匠(せんせい)……」

「ついでに都合の良い時ばっかりその呼び方をするんじゃねぇ!」

 

 シャー! と暴雨鮫(アーロ)まで口を大きく開いて威嚇してきた。

 いつもなら腹立つ顔だなぁ、と思うところであるが、今ばっかりは滅茶苦茶助かった。

 距離を離されたことで吸収効率も落ちたのだろう、多少は呼吸も楽だ。

 

「それで、だぁ……アレのことを知ってるな? 全部吐け」

「えぇ……キモいくらい話が早い」

 

 何で分かるんだよ、と思ったら滅茶苦茶青筋立てながらアホサメ師匠はトントン、と耳を叩いた。

 は? 耳? 何……? ……あっ、通信機!?

 どうにも通信機を切るのを忘れていたらしい。

 え? てことは全部丸聞こえだったってこと? 恥ずかしいってレベルじゃないんだけど。

 

「いやでも、倒し方とかを知ってる訳じゃないんだけど……」

「あ゛ぁ!? 使えねぇやつだな」

 

 チッ、と舌打ちをするアホサメ師匠。

 いや、聞こえてたならそれも知ってるはずだろ、というのは言わないでおいた。

 まあなんだ、スペルビ・スクアーロって男は、そういう人なのだ。

 

「まあ良い、どうせ使い物にならねぇなら、後ろにすっこんでろぉ」

「いや、でもそういう訳にも──」

「うぜぇ」

 

 ドムッ! という鈍い音と共に蹴り飛ばされた。

 流石に手荒過ぎない? と文句を言う暇も余裕もなく木にぶつかって止まる。

 ズルズルと無様に落下して、木に寄り掛かる形になれば、腕の中にいたブルーベルが小さく声を零した。

 

「んにゅぅ……天雨?」

「やっと起きたか──と、動くな。ついでに力も入れるな、息することだけ考えろ」

 

 匣兵器と一体化しているブルーベルは、吸収される際の効率が段違いだ。

 リングから持ってかれるだけの俺達と違って、全身から持っていかれる訳だからな。

 衰弱の仕方が俺よりもずっと酷い。

 この状態が長引けば、俺よりも先にブルーベルも含めた真六弔花から先に死んでいくのは間違いが無かった。

 そんなことくらい、分かっていてやっているのだから、白蘭の悪質さが分かるというものだ。

 浅い呼吸を繰り返すブルーベルの頭に手をやりながら、目を凝らす。

 現状、俺達はお荷物だ──否、GHOSTを前にはもう、誰も彼もが成す術無くしているのだが。

 ただ死ぬ気の炎を奪われていく現状を、見ていることしかできない。

 白蘭がとっておき扱いしていたのも頷けるというものだ。

 GHOSTは多分、真っ直ぐ姫のもとに向かっている。それだけは阻止しなければならない──だけど、どうやって?

 思考が止まって動かない。

 これ以上はどうしようもない、という思いが鎌首をもたげ始めたところで、彼は来た。

 美しく靡く、大空の炎。

 

「ボンゴレX世(デーチモ)……」

 

 空から飛来したボンゴレ十代目と、GHOSTがぶつかり合う。

 拮抗したのは本当に、少しの間だけだった。

 無差別に死ぬ気の炎を吸収するGHOSTと、相手の死ぬ気の炎を吸収する零地点突破改が反発し合い──GHOSTはその全身を吸い込まれた。

 驚くほどに呆気なく。

 GHOST……ランさんは、その姿を消した。

 何だかこれはこれで、微妙に複雑な気持ちになるのは何なんだろうな……。

 脅威が去ったのだから、喜ぶべきではあるのに──何とも言えない不快感がこびりついている。

 流石にアレを割り切れるほど、俺も大人ではなかったということらしい。

 俺を落としたの実験とか関係なく、明らかにこんな気持ちを抱かせるためにやったことだろ……ともう一度空を睨めば、白蘭はニコニコとしたまま降りてきた。

 その背には、真っ白な一対の翼。

 死ぬ気の炎で構築されたそれを大きく広げながら、白蘭は愉快気に、ボンゴレ十代目と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




天雨:白蘭のことが苦手。でもそれは並行世界で云々は関係なく、単純にこの世界でアレコレ好き放題されたせい。

白蘭:だから天雨が好き。



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されども少女は歌う。弔いの音が、彼方に届くまで。

 二つの大空が、空中で鋭く、幾度もぶつかり合う。

 その度に炎は反発し合い、火の粉が空を美しく彩る──しかし、それを戦いと呼ぶには幾ら何でも片方が勝り過ぎていた。

 ミルフィオーレファミリーボスにして、マーレリング保持者である白蘭が、まるで子供と遊ぶかのように、ボンゴレ十代目を翻弄している。

 しかしそれも、仕方のないことではあるのだろう。

 ボンゴレ十代目は強い。確かに、この時代においても彼は超一級の実力を誇っている。それは認めるべきことだ。

 真六弔花とまともに戦うことができるくらいに、過去のボンゴレ十代目の実力は洗練されていた──しかし、それでもまだ足りない。

 なにせ白蘭は、間違いなく最強なのだ──それは、数多の並行世界をすべて手中に収めてきたことからも良く分かることだろう。

 曲がりなりにもその白蘭に世界を滅ぼされ、なおかつ、この世界ではそれなりに傍で見続けていたのだ。

 実力の差が、はっきりと分かってしまう……今のボンゴレ十代目では、白蘭の足元にすら及ばない。

 というか、仮に全世界が白蘭と敵対したとしても、白蘭の方が有利であると言っても良いくらいなのだ。それくらい、白蘭という男には底知れない力があった。

 大空のマーレリングに選ばれただけのことはある、という訳だ。

 ──トゥリニセッテの、とりわけ大空のリングというのは所有者を選ぶ。

 かつて、大空のボンゴレリングがXANXUSさんを……正確には、ボンゴレI世(プリーモ)以外の血を拒んだように。

 大空のマーレリングは、白蘭を選んだ。

 現状における、最強の使い手が白蘭であると、他ならぬマーレリングがそう認めたということである──要するに、白蘭はかつて最強と謳われた、ボンゴレI世と同じ立場という訳だ。

 そう考えれば、想像を絶するほどの強さを誇るのも納得できるというものだろう。

 それに単純に考えて、白蘭とボンゴレ十代目では十年間の経験の差が存在するのである。

 生まれ持ったセンスと才能、積み上げられた短くも濃い修行によってここまで登り詰めてきたことは称賛に値するが、しかしどうしても足りないというのが事実だった。

 彼の渾身の一撃が、白蘭の指ひとつで防がれる。

 具体的な戦闘力の差は、その一言だけで充分に伝わるだろう──かといって、誰かが手出しをするのは不可能だった。

 単純にあの二人の実力が、この場にいる誰とも隔絶したものである上に、そもそも全員が死ぬ気の炎を搾り取られているのだ。

 ダメージどころか、気を逸らすことすらできないほどに、体力も精神力も持ってかれていた。

 尤も、この状況を作り出すまでが白蘭のシナリオだったのだろうが。唯一の計算外は俺が死んでいないということくらいだろう。

 最初にちょっとだけ驚いたように俺を見たのが、その良い証拠だ。

 ……まあ、だから何? という話でもあるのだが。

 万全だったとしても手が出せないようなレベルの戦いを前に、俺はただの観戦者と化していた。

 何かもうあとは祈ることくらいしか出来なくて、いっそ悲しくなってくるレベル。

 情けないやら、虚しいやらで、何とかボンゴレ十代目の無事と勝利を願っていたら──突如、それは来た。

 大空のボンゴレリングと、大空のマーレリング。

 世界を創造したとされるトゥリニセッテ。

 その内の二つから放出される大空の炎が混じり合い──鐘の音が、鳴り響いた。

 否、正確に言えばそれは鐘の音ではないのだが、しかしそう思わせられるほどの、言わば場違いな音が二人のリングからは鳴り響いていた。

 同時に、死ぬ気の炎の質が変わる。

 澄み渡った橙色の炎に白さが加わり、二人を中心にドーム状の結界が展開されていく──まるで、あの二人以外は誰も寄せ付けないと言わんばかりに。

 何だか嫌な予感しかしないな、と思った。

 何故かと言われればそりゃあ、あの白蘭が正しく狙い通り、みたいな顔で笑んでいるからである。

 ああいう顔している時は、大体の場合において碌なことにはならない。

 何とかして邪魔できないか、となけなしの炎を練り上げようとして──

 

「天雨!」

「──は? 姫!?」

 

 思わず喉から声が出た。

 いや、だって、は?

 姫が空を飛んでいた──いや違う! 別にふわふわとファンシーな感じでパタパタ飛んでいる訳ではない。

 白蘭とボンゴレ十代目が放出している、異質な炎と全く同じものに包まれて、まるで引き寄せられるように姫は空を浮いていた。

 トゥリニセッテの大空同士が、引き寄せ合っている──白蘭の狙いはこれか!

 

「ぐ、っ……」

 

 反射的に飛び上がろうとして、膝を折った。

 たったそれだけの行動すら取れないほど、もう身体の自由が利かない。

 苦肉の策で、雨ペンギン(ペンペン)を開匣したが、あっさりと結界に弾かれてしまった。

 ペンペンの攻撃力の低さや、込めることの出来た炎圧が弱かったというのもあるだろうが、それ以上にあの結界は滅茶苦茶な強度を誇っているらしい。

 俺以外の人たちの攻撃すら、アレは全く寄せ付けることなく、結界は合流した。

 白蘭とボンゴレ十代目の戦いの場に、姫が投げ出される。

 

「なん、なんだよ……! ブルーベル、動けるか……?」

「にゅっ……うん、大丈夫。少しくらいなら、動けるよ」

「悪いな、少しでも、近づきたくて」

 

 言って、震える足に力を込めた。

 少しの休息で、ある程度持ち直したらしいブルーベルに支えられながら、結界内の会話が聞こえるくらいまでには歩み寄る。

 そうすることだけでもう、息も絶え絶えだった。心配そうに見つめてくる姫に、笑顔を返すことすらできない。

 ──まあ、そんな俺よりもずっと、ボンゴレ十代目が窮地に陥っているのだが。

 彼は完全に白蘭に首を決められていた。

 一見すれば、もう勝負は着いたって感じだ──実際、白蘭もそう思ったのだろう。

 生かさず殺さずの状態を維持したまま、姫へと楽し気に声をかける。

 

「やあ、いらっしゃいユニちゃん。これでやっと、誰にも邪魔されない三人だけの舞台が出来たね──ま、綱吉クンにはもう用がないから、すぐに僕とユニちゃんだけになるんだけどさ」

「──! やめて!」

「あははっ、今更やめてだなんて、どの口が言ってるのかな? そもそもこんな戦いになったのだって、元はと言えばユニちゃんが逃げたせいだろう?

 僕に勝てないことくらい、分かっていたはずなのに……ただ闇雲に逃げ回った──そんなんだから、ユニちゃんは何もかもを失うんだよ」

 

 ちらと、白蘭が俺に視線を送る。

 まるで「天チャンもそう思うだろう?」なんて言ってきている気がして滅茶苦茶反吐が出た。

 中指立ててやろうと思ったが、ここまで来ただけでもう限界だったらしい。

 息をしながら、睨みつけるので精一杯なことに奥歯を噛みしめる──と、同時に姫のマントの内側が、嫌に輝いた。

 白蘭が驚いたように目を見開けば、隠しきれなくなったかのようにそれは落とされた。

 

「アルコバレーノの、おしゃぶり……?」

 

 姫がミルフィオーレを抜ける際に持ち出した五つのおしゃぶり。

 亡くなったアルコバレーノ達の遺品とも言えるそれから、奇妙にも何かが飛び出ていた。

 

「アルコバレーノの肉体の再構成──あぁ、そっか、そういうことだったんだね、ユニちゃん……。

 大空のアルコバレーノは、仮死状態のアルコバレーノを復活させられるとは聞いていたけれど、なるほどなー。

 こういう形で蘇るんだ……確かに、今ここで彼らに復活されたら、流石の僕もちょっと面倒くさそーだ」

「──っ」

 

 アルコバレーノの復活とは、即ちトゥリニセッテの秩序──ひいては、世界の秩序が回復するということに他ならない。

 それに何より、最強の赤ん坊である彼らは、文字通り圧倒的な戦力を誇る。

 全員が揃ったのならば、白蘭を倒せる可能性は十分にあった。けれど──

 

「でも、その様子じゃあ、復活するのにあと一時間はかかりそうだね」

「──っ!」

「あは、図星だ」

 

 笑いながら、白蘭はボンゴレ十代目の首をひねった。

 ゴキリ、という鈍い音がしてボンゴレ十代目はその場に倒れ伏す。あれほど燃え盛っていた死ぬ気の炎が、呆気なくしぼんで消えた。

 

「さて、と。ここでさっさとユニちゃんを手に入れちゃうのも良いけど、気付いてないみたいだから、ちょっとお話してあげようか」

「話……?」

「そう、お話──アルコバレーノを復活させるには、命の炎を灯す必要がある……仮に僕を倒せたとして、その後に僕みたいなのが現れないようにするためにも、それは絶対なはずだ」

「詳しい、のですね……」

「あははっ、そりゃそうさ! 僕がこれまでどれだけの並行世界を見てきたと思ってるんだい? 八兆だよ。八兆の世界を、僕は壊してきたんだ。知らない訳ないだろう?」

 

 倒れ伏したままのボンゴレ十代目を足蹴に、如何にも面白そうに白蘭が言う。

 姫はグッと拳を握り、白蘭と見つめ合っていた。

 その全身からは、不思議なくらい美しい大空の炎が発せられている。

 

「ユニちゃん、確かにその考えはとてもスマートだ。徹底的に僕を封じ、かつマーレリングを封じるにはそれしかないとも言えるだろう──でも、さ。良いのかい?

 僕を倒し、マーレリングを封じ、アルコバレーノを復活させ、世界の秩序を元に戻すということは、即ち僕がこれまでしてきた、全ての物事が無に帰るということなんだよ?」

「分かっています──だからこそ、やらなければならないのです。他でもない、私が」

「ん~? あははっ、何だ、ここまで言っても分からないのかい?」

 

 笑いながら、白蘭は何故か俺を指さした。

 姫がそれにつられ、俺を見る。

 え? いきなり何?

 こっちはただでさえ、姫が命をかけるだとか何だかと言う話で、頭がパンクしそうになっているというのに。

 何だよ、こっち見んな、という気持ちで睨めば、白蘭は嫌に笑みを深めた。

 

「知っての通り、天チャンはこの世界の天チャンじゃない──他でもない、この僕が並行世界から連れてきた、並行世界の天チャンだ。

 それってつまりさぁ──僕のやってきた、全ての……ふふっ、そうだなぁ、()()とでも言うべきものが無くなれば必然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだよ」

「────え」

「当然だろう? 天チャンは僕の気まぐれでそこにいるようなものなんだから……。それにね、消滅するって言うのは、ただ死ぬってことじゃあないんだよ。

 世界の秩序が取り戻されたその瞬間、そこの天チャンは存在ごと消滅し、()()()()()()()()()()()()ということなんだ。

 もちろん、それに例外はない──天チャンは、誰よりもユニちゃんに仕え、支えてくれたんじゃなかったっけ?」

「あ、あぁ、あぁぁぁ……!」

 

 姫がその場にくずおれる。

 全身から発せられていた麗しい炎は徐々に収縮していき、やがて消えた。

 しかしそれを俺は、何処か他人事のように聞いていた。

 

「ま、今の天チャンなら放っておいても死んじゃうだろうけどね……手厚く看病しても、もってあと数日ってところじゃないかな?

 なにせGHOSTにあれだけ間近で炎を吸われ尽くしたんだ。天チャンはか弱いからなー♪」

「そん、な、嘘、嫌……」

「嘘でも嫌でもないだろう? ユニちゃん、こうなった原因は君なんだから──でも、だ。僕も今のこの、奇跡的に存在する天チャンを見殺しにするのは忍びない。だから、取引をしようじゃないか」

 

 ──取引。

 まったく嫌な言葉である。特に、白蘭の言う取引が本当に公正なものであった試しがない。

 

「僕なら、今の状態の天チャンでも助けることができる。だからユニちゃん、君はその代わりに僕のものになるんだ」

「それ、は──」

「嫌なら嫌でも良いんだよ。予定通り自らを犠牲にして、それに天チャンまで道連れにして殺せば良いさ。ま、その場合は実力行使になっちゃうんだけどね。

 どちらにせよ綱吉クンはもうこのザマだし、そもそもアルコバレーノ相手だって負ける気もしないから、従っておいた方が賢明だと、僕は思うけどなー」

「──っ」

 

 瞳に涙を溜めて、姫が俺を見る。

 そこでようやく俺は、色々なことを飲み込み始めることができた。

 あんまり大きな話になってくると、理解がすぐ追いつかなくなるのは、俺の悪い癖だ──。

 だがまあ、ようするに今俺は、姫の足を盛大に引っ張っているのだろう。

 白蘭はアルコバレーノだって敵ではない、だなんて言っているがまるっきり本音という訳でもあるまい。

 そうでもなきゃ、ここでわざわざ姫の心を折りに行く必要はないのだから。

 ──本当なら、今すぐにでも自決なり、なんなりするべきなのだろう。

 それが己がボスの覚悟を揺るがせないものにする為ならば、無理をしててでも。

 まあ、普通に考えて俺がこれからも生き延びるのと、白蘭という男が働いた悪事を一切合切まるっと消してしまうのでは、天秤が釣り合わないのだから当然だ。

 しかしながら、まったく困ったことに俺の体はもう全然言うことを聞かなかった。

 ペンペンも匣に戻ってしまったし、刀を握る力も残っていない。

 ため息を一つ、長々と吐く。

 

「なぁ、ブルーベル……」

「やだ」

「まだ、何にも、言ってねぇだろ」

「やだやだやだ! だってもう、天雨が言おうとしてること、わかるもん。だからやだ、絶対にいや」

 

 こうやって話している間にも、時間が過ぎ去っている。

 一言一言話すたびに、身体が悲鳴を上げているし、このままでは気すら失ってしまいそうだった。

 だっていうのに、ブルーベルは首を横に振った。

 泣き虫だってのに、必死に涙をこらえながら。

 

「俺さ、眠るように死ぬのが、理想だったんだよな……」

「知らない」

「……頼むよ」

「やだ」

「ブルーベルは、俺のものって、話だろ?」

「だから、そういう言い方、ずっこい」

「大人ってのは、ズルいもの、なんだよ」

「……良いの? 本当に、本当に天雨は、それで──」

「良い」

 

 端的な答えに、ブルーベルはくしゃりと表情をゆがませた。

 そのまま何も言わずに、俺を姫のすぐそばに連れてくれる──もちろん、結界越しではあるのだけれども。

 

「姫──姫、聞こえますか?」

「あ、天雨……」

「先に、謝らせてください……。申し訳、ありません。貴女を、守れなかった。

 貴女が命を捧げることを、俺は止めることも出来なければ、代わりの案すら出せない……どころか、こうして貴女の覚悟すら、多分、鈍らせている。

 本当に、足枷のような真似ばかりで、何の役にも立てていない」

「──っ、やめて。そんなことを、言わないで……私は、私は、天雨がいたからこそ、今ここにいるのに」

 

 姫の瞳から雫が落ち始める。

 最近、女の子泣かせまくってる気がするな……。

 出来れば掬ってあげたかったけれど、それは叶わなかったから、声だけ届けることにした。

 

「姫の覚悟が大きなものだとは分かっています。本当なら、こんなことで揺らいではいけないくらい、大切なことなのも、分かります。

 だから、最期にその背中だけは押させてください。救えなくても、支えることくらいなら俺でも、出来ると思うから」

「天雨……?」

()()()()()()()()()()。勘違い、しないでくださいね……俺は、貴女のせいで死ぬのではなく、自分の判断で、白蘭に嫌がらせするために、今ここで死ぬんです」

「ま、待って天雨! 待って、お願いだから、天雨!」

「──姫、絶対に、白蘭のやつに一泡吹かせてくださいね」

 

 姫が一際大きな声を上げると同時に、倒れそうになって、後ろからブルーベルに抱きすくめられた。

 その身体は震えていて、苦笑が浮かぶ。

 

「悪いな、ブルーベル」

「本当だよ……でも、ブルーベルは天雨のものだから。そうなんでしょ?」

「……ああ、そうだな。まあ、なんか、ありがとな……実のところ、死ぬときは、お前の傍が良かったんだ」

「──うるさい」

「そう言うなよ……お前は、絶対に追ってくるなよ。命令だ」

「──ばか」

 

 言って、ブルーベルは雨の炎を放出した。

 緩やかに身体を包み込むそれは、静かに俺の生命活動を停止に近づけていく。

 自然と目を閉じれば、待ち受けていたのは目もくらむような光だった。

 声が、音が、遠ざかっていく。

 全身を蝕む痛みも、疲労も、何もかもが解け落ちていく。

 ──やっとか。

 そんなことを思えば、何だか肩の荷が下りたような気持ちになった。

 随分と勝手なことだ。やり残したことも、置いてきたことも沢山あるというのに……。

 でもまあ、許してほしい。

 結局この世界に骨を埋めることになったのは、ちょっとだけ不満だけど。

 これで何もかもが元通りになるのなら安いものだろう……姫の命が必須だってのも、不満だけど。

 意外と不満まみれで、我ながらどうかと思うけど──やっと、やっと死ねたのだから。終わったのだから。

 

 もう、武器を振るう必要はない。

 誰かを疑ったり、誰かを騙したりもしなくていい。

 壊れた世界を踏みしめなくてもいいし、世界の為に戦う必要もない。

 それは──ああ、それは、なんて素晴らしいことなのだろう。

 次に目が覚めた時、平和な世の中であるならば、もう一度学校に通いたいな。

 ブルーベルのリハビリも手伝ってやらないと……いいや、出来れば今度はちゃんと、ブルーベルに被害がないように助けてやらないと、だな。

 あいつが泳いでる姿、好きなんだ。

 それに、妹なわけだしな。

 でも、それはそれとして、やっぱりランさんに会いたいな。また、色々なことを教えてほしい。

 あー……でも、アリア様にも、姫にも、γさんにも、会いたいかもしれない。

 ──いいや、そんなことを言えば、こっちの世界のブルーベルにも会いたいんだけどな。

 まあ、こっちの世界で会った人たちは、どこにいるかもさっぱりなんだが。

 何か上手いこと、どうにかなったりしないかな。

 そんなことを思ったのを最後に、意識は俺の中から滑り落ちた──。

 

 

 

 

 

 

 かくして、水無天雨という青年は死んだ。

 予定調和のような死だった。

 大局に何か、大きな影響を与えるような青年ではなかった──精々が、親しかった誰かに、ほんの少しだけの影響を与えた程度。

 しかしそれによって、数多の世界を統べた男の動きは鈍り、とある赤ん坊たちの長は迷いなくその炎を灯した。

 そうして、過去から呼ばれた希望の光は立ち上がり、世界を賭けた戦いは、彼らの勝利に収まった。

 過去から訪れていた少年少女たちは元の時代に戻り、虹の赤ん坊たちが蘇ったことで、世界の秩序はゆっくりと正常な形へと戻っていく。

 文句なしのハッピーエンド──そう、文句なんて本当は、言うべきではないんだ。

 そんなことくらいは、分かっている。

 

「──!」

 

 声にならない声と共に、少女は海へと飛び込んだ。

 空に浮かぶは丸い月。その光を浴びながら、少女は足を尾ひれに変えて、踊るように泳ぐ。

 ──水の中は、少女の領域だ。

 だからこそ、海にいるのは不自然なことではない──決して、流れる涙を隠すためではないと、言い訳をした。

 自らの記憶から零れ落ちていく、もう顔も思い出せない誰かのことを想いながら、少女は声をあげる。

 それはまるで、歌のように、旋律のように。

 自身の中から無くなるまでずっと、ずっと。どこまでも、どこまでも届けるかのように、響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日はやたらとでかい地震があって、授業が午前中で切り上げられた。

 先生方も「寄り道せずに、さっさと帰るように」なんて耳にタコができるくらい言うものだから、つい歯向かいたくなって俺は部室でごろ寝していた。

 俺の所属する文芸部は、今年の春からついに俺一人だけになってしまったくらい過疎っている部活だ。

 お陰で何をしていても、誰かにバレることはなかった。顧問も早々顔出さないしな。

 ていうか多分、俺の顔とか覚えてすらいない。

 そんなこともあって、まあ、一時間くらいゴロついてから帰るとしよう……なんて、如何にも小市民っぽいことを考えた俺は、文芸部部員っぽく読みかけの小説を開いた、その時である。

 ガララァッ! と物凄い勢いで扉が開け放たれた。

 

「なになになに!?」

 

 その先にいたのは、顧問────ではなく、何だか嫌に見覚えのある、女子×2だった。

 片方は思わず見惚れてしまうくらい美しい、青くて長い髪に、同じ色の瞳を持つ少女。

 片方は黒のショートで、何だか吸い込まれてしまいそうな不思議な魅力を持つ瞳の少女。

 ちらと足元に視線を移せば、二人とも青色のラインが入った上履きだった──つまり一年生。

 後輩、か。

 マジで何しに来たんだろう、と思えば二人は俺の前にやってきた。

 え、なに? もしかしてカツアゲ?

 こ、こわい……と震えていたら、緊張したように目の前の二人は大きな声で、揃って言った。

 

『入部希望です!』

「えぇ……」

 

 何で今日、だとか。

 どうしてこんな半端な時期に、だとか。

 俺の安息の場所が、だとか。

 色々なことを思ったが、圧に負けて俺はそれを受け取った。

 サラッと目を通せば、青髪の方はブルーベル。黒髪の方はユニというらしい。

 一瞬、バチバチッと電流が頭に走ったような気がしたが、まあ多分気のせいだろう。

 だから、やたらと見覚えがある気がするのも、きっと気のせいだ。

 うんうん、と一人頷いて、取り敢えず俺は定番の言葉を口にした。

 

「それじゃあ……ようこそ、文芸部へ」

「はい、よろしくお願いしますね、天雨!」

「にゅふふ、よろしくねっ、天雨!」

「何で俺の名前知ってんの???」

 

 あとやたらと距離が近いのはなんなの? 精神的ならまだしも、にじり寄ってくる二人に俺はそう思わざるを得なかった。

 何だか奇妙な懐かしさのようなものがあって、どうにも拒否しづらい、と思えば二人は飛び込んできた。

 受け止める、と同時に何だか色んなものがフラッシュバックして──俺は仰向けに倒れ、頭をゴツンと打つ。

 意識が薄れていく中、聞こえてくる二人の声。

 何故だかこれすら懐かしいな、と我ながら気持ち悪いことを思いながら俺は気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




天雨:死んじゃった! BADEND(白蘭世界征服成功ルート)でしか生き残れない男。
ブルーベル、ユニ、白蘭(!?)を誑し込んだ天性の人たらし。
何なら真六弔花も大半誑し込んでるし、仮にボンゴレ側に最初からいたら全員誑し込んでいた。まあまあ無自覚なので性質が悪い。
最後は「何か上手いこと、どうにかなった世界」に生まれ、現在高校二年生。
この後ブルーベル(記憶あり)とユニ(記憶あり)と壮絶なラブコメをする。
因みにバイトをしているのだが、バイト先の名前は「探偵事務所ミルフィオーレ」。
白蘭(記憶あり)に勧誘されまくり、半ば拉致までされた結果バイトすることになった。

ブルーベル:死なせちゃった! なんやかんや生き残った。
あの世界線のブルーベルは天雨のリングを形見代わりに持っているが、今はもう誰のものだったのかも覚えてない。でもなんとなく大事にしてる。
「何か上手いこと、どうにかなった世界」に生まれ、地震と共に記憶覚醒。
親友のユニちゃんと天雨攻略作戦を始めた。

ユニ:死んじゃった! 何をどうしても死んじゃう女の子。
「何か上手いこと、どうにかなった世界」に生まれ、地震と共に記憶覚醒。
親友のブルーベルちゃんと天雨攻略作戦を始めた。

白蘭:だいたい全部こいつのせいだった。天雨が好き。


と言う訳で、長々と続きましたが完結です。
改めて、今回「復活杯」という企画を立ててくださった柴猫侍様と、
令和の時代にリボーン二次を求め彷徨う亡霊と化していた読者くんたちに感謝を……!

それじゃあまたどっかで会おうな。

ちなみにアンケ、ずっと接戦してるから見ててめっちゃニコニコしてました。最高。
君たちには片方だけ選んでもらいましたが僕はどっちも好きです。がはは!


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