黒曜の蟒蛇 (青牛)
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黒曜の蟒蛇来る!

 昼間の住宅街を、深緑色をした揃いの制服を着こなす少年達がぞろぞろと群れを成して歩いていた。

 少年達は皆、典型的な不良といった風貌で、物々しい雰囲気を纏っている。

 

「もうここに来るのは何度目になるかねぇ……」

 

 緑色の集団の先頭を歩く男がしみじみと、思い出を懐かしむように呟いた。

 群れを構成する男達からの畏怖と尊敬の視線をその背に受けるのは、黒髪を後ろで一本に纏めている、集団の中でも一際大柄な男だ。

 

「まぁ、今回は用が違ぇがよ」

 

 男が立ち止まったのは、ある中学校の校門前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 並盛中の1年生、“ダメツナ”こと沢田綱吉(さわだつなよし)は、ある日突然家にやって来た殺し屋(ヒットマン)家庭教師(かてきょー)の下で立派なマフィアのボスになるための滅茶苦茶な教育を日々受けていた。

 マフィアになることを拒み、平凡で平和な生活というものを望む綱吉だったが、家庭教師の教育からは逃れられず、平和とは程遠い日常を死ぬ気で送っている。

 

(でも、今日は珍しく何も起こってない!)

 

 授業を終えて、家に帰ろうと放課後になった並盛中の廊下を友人達と並んで歩いていた綱吉。

 彼は、家庭教師が来てから長らく味わっていなかった平和を心の中で噛み締めていた。

 厳密には、綱吉に心酔して彼の右腕を自称する友人がいつも通り、綱吉に絡んできた生徒や特に絡んでいない生徒に噛みついていたりしているが、大事になっていないので度重なるトラブルに巻きこまれてきた綱吉の感覚では十分平和なのだ。

 だが、運命は彼が何事もなく一日を終えることを許さないらしかった。

 

「あれ? なんか玄関で人が詰まってるな」

 

 綱吉が呟いたように、玄関は多くの生徒でごった返していた。

 これでは外に出られそうにない。

 放課後になったばかりならば当然のように思えるが、綱吉には、それにしては引っ掛かるものがあった。

 

(前の方が全然動いてない……?)

 

 人混みの先頭の方をチラリと見たが、そちらは鈍い等という次元ではなく、完全に立ち止まっていたのだ。

 何かが彼らを塞き止めているように。

 

「チンタラしやがって……10代目、下がっててください。――オラてめえらさっさと出やがれ! 早くしねえと玄関ごと吹っ飛ばすぞーー!」

 

(物騒ーー!)

 

「まぁまぁ獄寺、ここはゆっくり待とーぜ。そのうち人も掃けんだろ」

 

 敬愛する綱吉(10代目)の帰宅を妨げる人混みに怒りの火が着いて、すぐにでも手に持ったダイナマイトにまで火を着けそうなキレ具合で怒鳴るのはイタリアからやって来た転校生(マフィア)

 通称人間爆撃機(スモーキン・ボム)獄寺隼人(ごくでらはやと)

 それを朗らかな笑顔で窘めるのは、運動神経抜群の野球少年山本武(やまもとたけし)

 彼らは二人ともリボーンに見出だされた綱吉の友人(ファミリー)である。

 

「チッ、お気楽にしやがって。こうしている間にも10代目の貴重なお時間が浪費されてんだぞ!」

 

「別にこれから帰るだけだよ獄寺くん!? 別にちょっと待つくらい……」

 

「くっ、10代目……なんと慈悲深い! しかしマジでなんなんだこの人混み、外はどうなってんだ!」

 

 舌打ちしながらダイナマイトをしまった獄寺は、しかし気が収まらず、この事態の原因を確かめるべく手近な窓を目指した。

 そんな彼を見送って、二人は玄関が空くのをゆっくり待つことにして喋り始める。

 

「でもどうしたんだろうね、こんなに混むなんて」

 

「なんだろーな。あっ、もしかして猫でも居るんじゃねーか? 皆可愛がって帰るの忘れてんだぜきっと!」

 

「いやそんなことある!?」

 

「10代目ーー! 大変です!」

 

 山本の発言に綱吉が目を見開いて突っ込むのを他所に、獄寺が切羽詰まった様子で綱吉達の下に駆け戻って来た。

 

「ご、獄寺くん? どうしたのそんなに慌てて」

 

「とにかく見てください! こりゃ大事(おおごと)ですよ!」

 

「いや待ってーー!?」

 

「おっ、どうした獄寺。猫見つけたのか?」

 

(いや山本マイペース!)

 

 嫌な予感がしながらも訊ねた綱吉に対し、獄寺は口で説明する時間も惜しいと、綱吉を窓まで引っ張って行く。

 もはや確信に近いトラブルの予感にツナが躊躇するが、山本はいつもの天然でこういう時は力になってくれない。

 そうして三者三様の心持ちで、窓から外の様子を窺うことにした。

 と、同時に――

 

並中10代目ツナ、速やかに出てこい!!

 

 張り上げられた大声が、窓越しに響いてきた。

 綱吉達が外を見てみれば、他校の制服を着た柄の悪い集団が校門の前に陣取っていたのがわかった。

 明らかに不良である。

 近所の小型犬にすら怯える綱吉には天敵すぎる人種だった。

 

(なにあれーー! なんで不良があんなにたくさん並盛中(うち)に押し掛けて来てるの!? しかも今呼んだのって……)

 

 あまりに平和とはかけはなれた光景に絶句する綱吉。

 しかも今の大声の内容は、出てきた呼び名こそ滅茶苦茶だったが確かに自分を指していた。

 

(でもあんな不良と関わった覚えないぞ!? なんでこんなことに……)

 

「あいつら、この前会った奴らとおんなじ制服だな」

 

「へっ?」

 

 混乱していた綱吉に、山本があんなものを見たと語る。

 それに綱吉も、不良集団の来ている制服を手掛かりに記憶を辿ってみると、確かに見覚えがあった。

 遡ること数日前。

 

『おーいガキ共、ちょっと俺達にお小遣い貸してくんねー?』

 

『痛い目見ねえうちに、な? そのうち返してやっからよ』

 

『(ヒーッ! カツアゲーー!?)』

 

『10代目になにしてやがるてめえら!』

 

『勘弁してくれねーか? 友達なんだよ』

 

『あん? へへ、丁度いい。お前らも先輩に金を寄越せん゛』

 

『そのお方を誰だと思ってんだ三下がァ!』

 

『て、てめえ何しやがっ!?』

 

『――っと。わりー、ちょっと強くやり過ぎちまったか? 大丈夫かツナ』

 

『(瞬殺っ!)』

 

 校門前に居る集団と同じ制服を着た不良に絡まれ、そしてそれを獄寺と山本の二人が一瞬で撃退したのだ。

 それを思い出して、現在の状況との因果関係を考えれば導き出される答えは一つ。

 

「10代目、これは報復ですよ! 恐らくこの前シメた奴らはあの集団の一員で、あの不良達のトップに泣きついたんです」

 

「えぇ!? そんなことにーー! というかなんでそれでオレが狙われてるの!?」

 

「それはあいつらが知ってる名前が獄寺達の呼んでた“10代目”と“ツナ”だけだったからだぞ」

 

「リボーン!?」

 

 獄寺の推理によってまさかの因縁が浮上して綱吉が頭を抱えるが、そこに新たな声が加わった。

 いつの間にか開いていた窓に立っていたのは、漆黒のスーツに身を包んだ赤ん坊。

 この赤ん坊こそがマフィア界で名を轟かせる最強の赤ん坊(アルコバレーノ)の一人にして、綱吉の家庭教師を務める殺し屋(ヒットマン)のリボーンだ。

 

「奴らは隣町の黒曜中の連中だ。これからマフィアのボスになる奴が不良相手にビビってんじゃねえぞ」

 

「オレはマフィアのボスになんてならないし、あんなに不良居たらビビるに決まってるだろ! 勝てるわけない! ボコボコにされるだけじゃないか!」

 

奴らが探している奴の名は沢田綱吉だぞー」 

 

「おいコラーー! ――うっ」

 

 どこからともなく取り出した拡声器で、やって来た黒曜生の目当てが綱吉だと大々的に広めるリボーン。

 それに負けないくらいの剣幕で怒鳴りつける綱吉だがリボーンが彼の言葉を聞くはずもなく、同時に周囲の視線が自身に突き刺さったのを感じ取った。

 当たり前だが、誰だって校門に陣取る不良集団の前に出るのは怖いし、御免だ。

 何をしたのか知らないが俺達を巻き込むなという、玄関に集まっていた生徒達の視線を一身に受け、ついでにリボーンの後押しもあり、綱吉は抵抗空しく黒曜生達の前に引きずり出されてしまう。

 

(終わった……このまま袋叩きにされて入院コースだオレ……)

 

 絶望して立ち尽くす綱吉を前にして、黒曜生達も内輪で話し合っていた。

 

「本当にあいつか?」

 

「う、うっす……確かにあいつに絡みました」

 

「そうか――よし、他の奴らに用はねえからさっさと帰っていいぞぉ!」

 

 黒曜生達の中から響いた声に、並盛生達は初めは恐る恐る、本当に大丈夫らしいとわかってからは小走りで集団の脇を通り、校門を通って学校を後にしていった。

 あれだけ人が居たというのに、あっという間に玄関前には綱吉と黒曜生達以外の人影が居なくなったのである。

 そして人の群れが海のように割れて、一人の男が綱吉の前に進み出て来た。

 

 黒髪を後ろに撫で上げているその男は黒曜中の制服を来ていたが、綱吉にはヤクザの類いにしか見えなかった。

 

「なあ。おめえが“10代目ツナ”……いや、沢田綱吉でいいんだな?」

 

「ひっ……」

 

 こちらを見つめながらそう尋ねてきた男に綱吉はろくな受け答えもできず、呻くことしかできないでいた。

 それでようやく綱吉が怯え切っていることに気づいたらしい男は、もう少し綱吉に近づこうとして――振るわれた獄寺の拳を避けて後退した。

 

「オレが居る限り、10代目には指一本触れさせやしねえぞ!」

 

「この前のこと絡みならオレらが相手になるぜ?」

 

「獄寺くん! 山本!」

 

 割って入ってきた友人達に安堵の息を漏らす綱吉だったが、目の前の男は先日二人が蹴散らした不良とは訳が違う。

 それを感じ取っていた二人は、瞬き一つせず男のことを警戒していた。

 

(こいつは……)

 

 とりわけ、山本は男の正体に心当たりがあった。

 

(八又錦(やまたにしき)。不良だらけの黒曜中のトップに立って、風紀委員とも何度も揉めてるっていう不良のビッグネーム…!)

 

 風紀委員といえば、先日応接室に踏み込み三人揃って雲雀の餌食になったことは彼らの記憶に新しい。

 

「おい、お前らに用はねえ。とっとと帰ってろ。用があるのは綱吉(そいつ)だけだ」

 

「んなこと言われてはいそうですかってできるかよ! 10代目に手は出させねえ!」

 

 面倒くさそうにして、犬を追いやるような仕草で手を振る八又に獄寺が吠える。

 既に臨戦態勢の獄寺に八又は肩を竦める。

 

「別にどうこうしようってんじゃねえさ。ちょっと話があるだけだ」

 

「だから近づくなって言ってんだろ…! 果てろ!」

 

 言うが速いか、獄寺は懐から取り出した大量の爆弾(ダイナマイト)を放る。

 どれも導火線に着火されており、すぐにでも爆発するだろう。

 爆発を喰らえば当然ただではすまない。

 そして獄寺の狙い通り、爆弾は標的である八又の周囲で一斉に起爆した。

 響き渡る轟音と、辺りを包む爆煙。

 

「へっ、呆気ねー」

 

「やった!? というかやっちゃったー!?」

 

 助かったと思い、直後に獄寺が人を爆殺してしまったという考えに思い至って悲鳴に近い声をあげる綱吉。

 だが、その心配は杞憂に終わる。

 風に吹き散らされた爆煙の中から現れた八又には、服の所々に爆炎によるものらしい焦げがついていたものの、明確な傷は一つもなかった。

 

「別に今日は喧嘩しに来た訳じゃねーのに……」

 

「無傷~!?」

 

「なんだと!?」

 

 その異様な姿に綱吉が驚愕の叫びを上げ、獄寺も動揺を隠せない。

 だがマフィアでない一般人にも油断ならない実力者は居る。

 既に雲雀にやられている獄寺は、リベンジを誓いながらもその事実は理解している。

 故に、早く立ち直って追撃を行おうとするが、それは叶わない。

 

「でもまあ、売られた喧嘩は買うのが礼儀だよなぁ!」

 

「がはっ!?」

 

 次の瞬間には、八又の制服の緑色が視界を埋め尽くしていたのだ。

 素早くその場から獄寺に駆け寄り、振り抜かれた八又の腕が胸に叩きつけられ、獄寺は大きく吹き飛ばされた。

 

「獄寺くん!?」

 

「獄寺っ」

 

「お前にもうちの(もん)が世話になってたみてえだな、折角だしちょっと付き合えよ」

 

「ぐぁっ!」

 

 山本が吹き飛ばされていった獄寺に駆け寄ろうとしたが、彼にも八又が拳を振るった。

 反射でそれを受け止める山本だったが、凄まじい衝撃に思わず後退り、間髪入れない追撃の回し蹴りで、彼も獄寺に続いて吹き飛ばされた。

 

「さて。花火をあんなに魔改造する奴が居るとは驚いたが……もう終わりか?」

 

(二人ともやられちゃった!? というか獄寺くんの爆弾のこと花火だと思ってる……)

 

 へたり込んでいる綱吉のことなど気にも留めず、八又は先程吹き飛ばされたまま倒れ伏している獄寺に近づいていく。

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

「あ?」

 

「ヒッ、あの、その……!」

 

 まさか倒れた獄寺に追い討ちをする気なのかと思って思わず呼び止めた綱吉だったが、即座に向けられた八又の視線に、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

 睨まれたまま、綱吉はなんとか彼を止める方法を考えるが、口から出てくるのは短い悲鳴としどろもどろな言葉ばかり。

 

「ファミリーがやられたのに、ボスがビビり倒してんじゃねーぞダメツナ」

 

 瞬間、校庭に乾いた音が響いた。

 それが銃声のようだと八又が思ったのは、額から微かに血飛沫を飛ばしながら倒れた綱吉が、炎を点して起き上がったのと同時だった。

 

復活(リ・ボーン)! 死ぬ気でお前を倒す!」

 

 綱吉にリボーンが撃ち込んだのはボンゴレファミリーに伝わる“死ぬ気弾”。

 撃ち込まれた者の後悔に作用し、その後悔を文字通りの死ぬ気で遂行させるために蘇らせる秘弾であった。

 数ある窮地を死ぬ気で乗り気って来た綱吉が、今再び死ぬ気で目の前の脅威に立ち向かう。

 

「おいおい、気合いの無え貧弱野郎って聞いてたが……パン(いち)たぁお前、気合い入ってんじゃねえか!」

 

 服をパンツを残し破裂させた状態で雄叫びを上げながら走って来る綱吉に、八又は玩具を見つけた子供のようにはしゃいだ口振りでその右腕を振りかぶった。

 

「そういや名乗ってなかったよなァ、悪かったな忘れてて! 俺ァ黒曜中の八又! 夜・露・死・苦(ヨロシク)ゥーー!」

 

 今更な自己紹介を早口で捲し立てた八又はその勢いのまま、構えていた右腕を突っ込んでくる綱吉目掛けて薙ぎ払った。

 獄寺を吹き飛ばしたのと同じ技、八又得意の羅躙圧刀(ラリアット)である。

 轟、と周囲の空気まで揺るがすような鈍い音が響いたが、振り抜かれた彼の剛腕が標的を捉えることはなかった。

 

「あァ?」

 

 綱吉がやったことは至極単純だ。

 八又の右腕が振るわれる瞬間に、姿勢を低くしてかわしただけのこと。

 だが、今まで一人を除いてその単純なことをできる相手に出会ったことのなかった八又は呆けて隙を晒した。

 

「うおぉぉぉぉお!!!」

 

「ガハァッ!?」

 

 死ぬ気の綱吉は、その隙を逃しはしない。

 姿勢を低くするために曲げた膝のバネまで思い切り使って、発射されるロケットのような凄まじい勢いのアッパーカットを見舞った。

 アッパーカットの勢いで少し浮いた綱吉が着地すると同時に、綱吉渾身の拳で打ち上げられた八又がどしゃりと地面に倒れ伏した。

 

「――はっ」

 

 この男を倒すという目的を果たした彼の額から橙色の炎が消えていって、綱吉は死ぬ気から我に返った。

 そして、仰向けに倒れている八又と周囲のざわめきに気がつく。

 

「総長がやられた……!?」

 

「今までどんなに殴られようと膝ついたこともねぇ総長が……」

 

「嘘だろ……」

 

「いいぞツナ。ボンゴレのボスにはまだまだだが、ちったぁらしいことできたじゃねーか」

 

「ええ~~!?」

 

 倒れている八又を見て狼狽える不良達を他所にリボーンがやりきった顔でとんでもないことを宣う。

 綱吉は状況の整理が追い付かずに悲鳴を上げるが、状況は常に彼を待ってはくれない。

 

「野郎、よくも八又さんを!」

 

「敵討ちじゃーーッ!」

 

「ひぃーー! 袋叩きにされる~~!」

 

 殺気だって向かってくる不良達。

 呑気にこちらを見ているリボーンによる二発目の死ぬ気弾は期待できず、獄寺達もまだ起き上がれていない。

 今度こそ絶体絶命だと、綱吉の思考を絶望が覆いかけたその時――

 

待ててめえらァ!

 

「えっ? まさか……」

 

 怒号のような一括が響き、不良達の動きがピタリと止まる。

 綱吉が恐る恐る振り返った先には、殴られた顎を頻りに触りながら起き上がる八又の姿があった。

 

「ふーっ、結構効いたぜ。顎痛え」

 

「うそ~!? 死ぬ気で倒したのに……」

 

 報復に走ろうとした不良達は止まったが、彼が起きては結局しこたま殴られてからの入院コースは免れないだろう。

 近づいていくる八又を前に更なる深い絶望が綱吉を襲ったが、彼が痛みを感じることはなかった。

 殴られることに備えて、全力で目を瞑っていた綱吉がおっかなびっくりで目を開いてみると、先程思い切り殴られたというのに眩しい笑みを浮かべる八又の顔があった。

 

「ダチをぶっ飛ばされて立ち向かう気概。気合いの入ったパンチ。沢田綱吉、俺はお前が気に入ったァ!」

 

(ええーーーーっ!?)

 

 完全に予想外の展開に綱吉が言葉も出せず唖然とする。

 実際、自分が殴られて、殴った相手にそんなことを言うなどまず想定できはしないだろう。

 

(お兄さんみたいな人だな……)

 

「10代目!」

 

「ツナ!」

 

「二人とも!」

 

 なんだか緊張感が抜けて、そんなことを考えた綱吉の背に聞きなれた声がかかった。

 獄寺と山本が復活したのだ。

 少々ふらついているが、そんなこと二人とも気にならないように綱吉に駆け寄ってくる。

 特に獄寺は綱吉の至近距離に先程自分を倒した男が居るので全速力で走り、鬼のような形相で二人の間に割って入った。

 

「てんめえーー! 10代目に何しやがった! 10代目、お守りできず申し訳ありません! ただちにこいつを消してご覧に入れます!」

 

「いや待って獄寺くん!」

 

「待てよ獄寺。なんかもう、喧嘩って感じじゃねーぜ」

 

「おう、俺は別に喧嘩しに来たわけじゃねえ」

 

「黙れてめえ! じゃあ何しに来やがったんだ!」

 

 敵意剥き出しで再びダイナマイトを取り出そうとする獄寺を綱吉が必死に止め、場の雰囲気の変化を感じ取った山本がそれに加わった説得で獄寺の戦意は封殺された。

 そして、山本に同調して口を挟んだ八又に噛みついた獄寺の言葉が、ようやく彼の目的を明らかにすることになる。

 

「ああそうだな、目的な。俺が用があったのは沢田、お前だ。お前に詫びを入れに来たんだよ」

 

「は?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 獄寺に言われて、八又が思い出したように語った内容には、三人とも思わず固まってしまった。

 一番最初に硬直から立ち直った山本が口を開く。

 

「えっと……八又、ツナへの詫びって何のことだ?」

 

「この前うちの馬鹿共がそいつにちょっかいかけただろう。お前らが返り討ちにしたようだが、しっかり謝っておかなきゃならんと思ってな。カタギには手出すなって常々言ってる俺が、そういうことを許すわけにはいかねえんだ」

 

「謝罪ならなんで獄寺くんたち殴り飛ばす必要あったのーー!?」

 

「謝るならそんなぞろぞろ手下連れてくる必要ねーだろっ!」

 

 続いて立ち直った綱吉が、尤も過ぎるツッコミを入れる。

 それがわかっていたのならば、獄寺から始まった一連の戦いは全て必要なかったのだから。

 しかし、それを言われても八又はけろりとした様子で答えた。

 

「あいつ、話聞かないで喧嘩売ってきただろ? 俺は売られた喧嘩は買うし、あいつら中々強そうだったからテンション上がったんだ。こいつら連れてきたのは、誠意ってやつだよ。誠意。俺たちなりの。後はノリだノリ」

 

「ノリでぶっ飛ばされてたまるか!」

 

「ははっ、ノリか~!」

 

「納得してんじゃねえ野球バカ!」

 

「ま、とにかくそういうわけだ沢田。お前に絡んだ奴らは……おい」

 

 後ろに居た不良集団に八又が声をかけると、その中から二人の人影が綱吉の前まで引きずり出されてきた。

 

「こいつらだろ?」

 

「けっ、確かにこいつらだな」

 

(でっかいたんこぶ出来てるーー!)

 

 八又の取る確認に獄寺が吐き捨てるようにしながら答えるが、綱吉が何より気になったのはその不良二人が頭にもう一つの頭かと思うような巨大なたんこぶをこさえていたことだった。

 

「こいつらには“げんこつ”一発ずつできっちりとっちめたからよ。もうこんなこと無いようにするから、これで勘弁してくれや」

 

「いえ! 大丈夫です、結局獄寺くんたちに助けられてますし……」

 

「つーか始めっからそう言いやがれ……」

 

「まあまあ、俺たちも誤解してたんだし結果オーライだろ」

 

「というか、寒い……は、はっくしょんっ!」

 

 頭を下げた八又に綱吉は恐縮しきりで、その謝罪に獄寺も一先ず、渋々ながら矛を納めた。

 安心した綱吉だったが、今は9月。

 パンツ一丁で過ごす寒さを思い出してくしゃみをしてしまう。

 

「おー、気合い入ってたさっきとはえらい違いだな。ほら、貸してやる」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 寒そうな姿を見かねた八又が、羽織っていた黒曜中の上着を綱吉に投げ渡しす。

 受け取った綱吉は、これだけで劇的に温かくなるわけではないが、直接肌に秋風が当たるのが多少防がれてマシになった。

 

(怖いし、滅茶苦茶だと思ったけど、悪い人じゃいのかな……)

 

 出会いで一悶着起こったが、終わってみて触れて感じた彼の人柄について綱吉はそう心の中で呟く。

 

「そんじゃあ、時間取らせて悪かったな。上着(それ)はまた今度返してくれ。今日は風邪ひかねえように帰れよ」

 

「あっ、いえ、着替えならあるので……」

 

「着替えあるのか――はがっ!?」

 

 突然横合いから飛んできた鋭い一閃で、八又が再び地面に叩きつけられた。

 その犯人は、綱吉たち、そして黒曜生たちもよく知っている人物だ。

 

 

 

 

 

 

 

「君たち、揃いも揃って群れすぎ」

 

「げっ、雲雀」

 

 不機嫌さを全開にした並盛の恐怖の象徴が、倒れ伏した八又に目も向けずに残る獲物たちに目をやっていた。

 並盛町にて知らぬ者のいない並盛の秩序。彼の名は雲雀恭弥(ひばりきょうや)

 並盛中の風紀委員長でありながら不良たちの頂点に立ち、どころか町内の全てまで牛耳っている恐るべき存在である。

 

「下校時刻は過ぎてるし、校舎内の敷地の不法占拠。君たち全員連帯責任で咬み殺すから」

 

「うおぉ……」

 

「雲雀だ……」

 

(立て続けの災難ーー!)

 

 この場にいる全員へその暴虐を振るうことを平然としながら宣言する雲雀に、もう何度目かの絶望をする綱吉。

 ただでさえ自分たちは、以前風紀委員の縄張りである応接室をアジトにしろというリボーンの命令で彼とぶつかり合わされて目をつけられている。

 獄寺などは、その雪辱を果たしてやると息巻いているが、綱吉は全く希望を持てなかった。

 だが、綱吉とは対称的に闘志を燃やす男が一人ここには居た。

 

「ヒィ~バァ~リィ~~~~!!」

 

「!」

 

 雲雀は足首を掴まれ、その男が立ち上がろうとする勢いを乗せて空高く放り投げられた。

 とはいえ、雲雀にしても彼があの程度で倒れるとは始めから考えておらず、油断もなかったために冷静に着地して彼に向き直る。

 八又は、今日一番の凶悪な笑みを浮かべながら右の拳を左の掌に打ち合わせて音を鳴らしている。

 

「今日はてめえと()る気ィなかったがよ、こうなったらやるしかねえよなァ!!」

 

「始めから主犯を逃がすつもりはないよ、八又錦」

 

 雲雀の振るうトンファーと、八又の振るう拳が激突した。

 先程まで雲雀の威圧感に圧倒されていた黒曜生たちもいつの間にか、八又への応援を交えながら彼らの戦いを遠巻きにしていた。

 

「沢田ァ! 今日はさっさと帰れェ! また今度だァ! ――ほぶっ!」

 

(やっぱりあの人滅茶苦茶だーーっ!)

 

 雲雀に咬み殺されたくはないので、割って入ろうとする獄寺を引きずりながらそそくさと退散していく綱吉たち。

 八又の喧嘩好きを理解して、また厄介な人物と関わってしまったと綱吉の心は悲鳴を上げていた。

 

(もう会いませんように!)

 

 

 

 

 

 

 

「おいツナ。ちゃんとその上着、返しに行けよ。借りたものを返さねーなんてマフィアのボス以前の話だぞ」

 

「最悪だ……」

 

 こうして、綱吉の日常に新たな一員が加わるようになった。

 騒がしくも暖かい彼らの日常は――

 

 

 

 

 

「よう! お前らが転入生か。気合い入った名前してるんだってな」

 

「ええ、僕は六道骸と申します。

 

 

 

 ――よろしくお願いしますね、八又錦」

 

 黒曜中の異変を機に一度幕を下ろすことになる。

 

 

 

 

 

 

 




八又錦
黒曜中の番長。入学から三日で学校内の不良をシメて頂点に君臨している男。
雲雀率いる風紀委員と頻繁に激突しており、草壁などとは一種の顔見知りになっている。
無類の喧嘩好き。
とにかくタフで、雲雀は彼の攻撃を受けたことがないが、同時に彼を倒せてもいない。

黒曜中の番長である。


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