ボンゴレリング。それはイタリア最強のマフィア、ボンゴレファミリーの初代ボスがファミリーの証として作った大空の七属性に対応する七つの指輪。
ボスが持つ大空のリングと、その守護者である六人に与えられるそれは、ファミリーの歴史においてもどれほどの血が流れたかわからないと言わしめる代物であり、マーレリング、アルコバレーノのおしゃぶりと並ぶトゥリニセッテの一角でもある。
そんな七つの指輪の内、ボスであることを証明する大空の今代の所持者の名前は沢田綱吉。
本人がボンゴレを継ぐ気が皆無であるということとは別に、リングの所持者としてある彼は今、その証の維持という意味では非常に危険な状況に陥っている。
「おい、沢田ぁ! なんだそのチャラチャラした指輪は! 校則違反だ! 没収!」
そう、彼が通う並盛中学の校則である。
確かに彼はボンゴレ
ボンゴレリングを超える力を持つ大地の七属性のリングを所持するシモンファミリーとも戦いわかり合えた。
果てはトゥリニセッテの一角であるアルコバレーノのおしゃぶりをかつて所持していた、歴代の『世界最強の七人』である
けれど彼はあくまで中学生なのである。校則には逆らえない。
「げっ、先生!」
「げっ、とはなんだ。げっ、とは! いくら貴様がそういう年頃だとは言っても校則くらいは守らんか!」
違う、そうじゃない。
確かに沢田綱吉は中学二年生ではあるし、つけているリングも通常のボンゴレリングからボンゴレ十代目ファミリー専用のボンゴレギアとなって、厨二病と見紛うような装飾は増えた。
ついでに言えば未来から帰ってきたときに母親からも色々と言われているのでそのあたりの自覚はあるっちゃある。
「あー、違うんです違うんです! これはそういうことじゃなくてー!」
「没収!」
「あー!」
「放課後、職員室にまで取りに来るように!」
こうして並盛中学生徒指導担当は世界最強のマフィア、ボンゴレファミリー。その十代目ボスの証であるボンゴレギアの最初の略奪者に名を刻むのだった。
六時間目。その日最後の授業時間、担当する授業が特にあるわけでもない生徒指導は学校の屋上にて今日回収したボンゴレギアを見て息を吐く。
「まったく……沢田のやつは……最近は獄寺のやつのチャラチャラした指輪が減ったかと思えば、やつに影響されたのかこんなものをつけてきおって」
獄寺の指輪が減ったとか、そんなことはない。ボンゴレ十代目嵐の守護者である獄寺は、ボンゴレギアになったことでバックルに変わっただけである。
シャツを出しておけばわかりづらいだけであり、本人の不良気質と頭脳明晰であるという事実から誰もそこまで確認しないだけで、めちゃくちゃ目立つバックルなのだ。
ちなみにこの生徒指導は確認しようとしたところワンパンされてしまったのでそのあたりはまったく知らない。
「こんなものにうつつを抜かす暇があるなら、少しは勉強に励むのが正しい生徒像であろうに……それはそれとしてこの指輪、格好いいな」
ちょっと気持ち悪いくらいに頬が緩んでいることを自覚して咳払い。
そろそろ終業のチャイムが鳴る頃だ。放課後取りに来るようにと言った以上、沢田が来るのを待たないといけないと、屋上での一服を終えて職員室へと戻ろうと重い腰をあげた途端。
「ん……?」
リングが、光った。
「ぐわっ……!?」
中から、何か出てきた。
「う、うーん……」
その何かは生徒指導の顔面に突撃し、彼を気絶させて地面に華麗に着地。
現れたのは鬣が透き通るような橙の炎でできている、猫のような何かだった。
沢田綱吉が未来へ飛ばされた際にできた相棒であり、彼の武装でもある
「がうっ?」
ツナのペットであり相棒でもある彼は、沢田綱吉の死ぬ気の炎を注入されないと出てこれないはずなのだが、なぜか今は外に出ている。
そんな彼は呼び出されたはずなのに周囲に自らの主人の姿がないこと。そして主人が持っているはずのリングをなぜか見知らぬおっさんが持っていることに疑問符を浮かべ
「がう……」
そのリングをひょいと咥えて走り出す。
ナッツには詳しいことはわからぬ。わかるのは、主人である沢田綱吉を探さないといけないということだけである。
当然、今倒したばかりのおっさんが沢田綱吉ではないこともわかっている。なので彼を探さねばと屋上の出口に向かった。
「がうー」
開かない。
扉が閉まっているので体当たりもしてみたのだが、開かない。別に匣である彼の力に耐えられるというほどの頑丈さがあるわけではなく、主人の指示もなければ戦闘でもない、主人の命が目に見えて危険というわけでもない。そんな状況ではそれだけの力を出す必要がないというだけである。
てしてしてしてし。爪で叩いてみても開かない。終業のチャイムが鳴り響く中、こてんと首をかしげたナッツは扉から一旦離れる。
「ぐるるる……」
ならばしょうがない。大声を出せばきっと主人は気づいてくれる。そうじゃなくても主人の友人たちなら誰か一人くらいいるだろう。
見た目はライオンというよりも猫のマスコットみたいなナッツだが、それでも兵器なのだ。ライオンなのだ。咆哮の一つや二つ、当然出せる。
「が──」
ぎぃ、と扉がわずかに開いたのは、そうして雄叫びを上げようとしたタイミングだった。
「がう?」
「……確か、あなたは沢田綱吉の」
現れたのは並盛の制服ではなかったが、ナッツも一応知っている相手ではあった。
鈴木アーデルハイト。シモンファミリーの一員、氷河の守護者であり、並盛では粛清委員会というものを組織している人間。
転校してきてから作られた委員会なので元からあった風紀委員会とはなんやかんやで競合していたり、風紀委員長がいない間はそっちの仕事も奪っていたりするらしい。
そんな彼女がなぜここに? なんて疑問をナッツが抱かなかったか言えば嘘になるが、それよりも彼にとっては隠れる場所がないということの方が問題だった。
「がう……」
ナッツは主人に似て戦闘時と平時の性格の乖離は激しい。主人は死ぬ気になっているのでそのあたり人為的なものではあるのだが。
まあ、そういうことなので顔見知りとは言え怖いことには変わりない。だから隠れる場所が欲しいのに、ここはだだっ広い。
「まったく……そういうことか」
「がうっ!?」
どこに隠れれば、なんてナッツが考えている間に、倒れている教師とナッツが咥えているリングから大体の事情は察したらしい。
ひょい、と彼を抱え上げ、突然の事態にびっくりしたナッツは硬直してしまった。
「あなたの主人のところに連れて行ってあげます」
「がう……」
けれど知り合いであるということ。主人という言葉。どう探せばいいのかもよくわかっていないナッツとしてはこれ以上ない心強い言葉であり、恐ろしい相手であることは変わりないのだが、暴れよう、逃げ出そうなんて気持ちは小さくなる。
それを察したのかアーデルハイトは不器用な笑みを浮かべドアを開き、ナッツを抱えたまま段差を一つ二つ。
幸いというべきか、それとも今となっては恥ずべきことというべきか、ボンゴレのボスのクラスは転校して来たばかりの時に調べはついているし、彼女のボスもその教室にいる。
なのでアーデルハイトの足取りには迷いなどは一切見られなかったし、ナッツも多分すぐにたどり着けるだろうと思っていた。
「校内はペット厳禁だよ」
その声が聞こえるまでは。
「確かそれは小動物のペットだったね。飼い主には言っておかないといけない。こちらに渡してもらおうか」
風紀委員、雲雀恭弥。十代目ファミリーの雲の守護者であり、並盛中学最強。ついでに普通にマフィアとして鍛えて来た獄寺を差し置いて守護者最強。
シモンファミリーとの戦いにおいてアーデルハイトと戦った彼は今、どこか楽しげにも不敵にも見える笑みを浮かべている。
「ここから沢田綱吉の教室までは、階段を一つ降りて左に曲がれば見えてくるはずです」
降ろされたナッツが見上げれば、すでにアーデルハイトは臨戦態勢。
粛清委員会の一員として死ぬ気の炎に頼らない場合に使う、初めて雲雀と戦った時にも使用した扇を取り出している。
「以前にも言ったと思うけど、校内は武器も厳禁だよ。まぁ……君でも準備運動程度にはなりそうだ」
「黒星ばかりというのも格好がつきませんからね」
その場が戦場となるのは火を見るよりも明らかで、ナッツが駆け出した数秒後、校内という場所においてそうそう聞くことのない鋼がぶつかる音に生徒たちが気を取られるのは当たり前。
雲雀という恐怖の象徴と、それと対等に渡り合える女傑の戦い。
生徒たちはそんな嵐が過ぎ去るのを待つしかなく教室にこもり、結果としてナッツの姿は誰に見られることもなかったのだった。
続きどこ? ここ?
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