退魔世界の一般人 (てんたくろー/天鐸龍)
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一章 柊幻魔と魔法少女たち(上)
柊幻魔・1


 現代日本の歴史とはイコール、退魔の歴史であるとも言える。

 古来よりはびこる魑魅魍魎、あるいは報われぬがゆえに悪しきモノと化す霊魂、御霊、神霊精霊その他諸々──

 そうしたものがやたらめったら跋扈する、『特異領域地点』と世界にも称される程に、この国はオカルトにまみれきっている。

 

 ならば、ゆえに。いやさ、だからこそ。

 それら怪異なるモノどもに対抗すべく人間たちが、退魔の道を切り開くのは至極、当たり前のことだった。

 陰陽師、ゴーストハンター、怪異狩り、祓魔師、シャーマン、イタコ、エクソシストなどなど。これら総称するところ『退魔師』たちを次々育成、養成しては人間の脅威に立ち向かわせていくのは、この現代日本の常識となっていた。

 

「まあ、俺にはもう関係ない話なんだけれども」

 

 よく晴れた昼下がり。自室の椅子に座って一人、俺はぼやいた。

 今日はバイトも休みで、こうしてコーヒーなんて飲んでのんびり色々、考えてたりしている。

 

「何かないきなり。どうしたの幻さん」

 

 テーブル挟んで向かいのソファ、ちょこんと座る小柄な女が不思議そうに、思わずぼやいた俺に反応した。

 今年で齢20になるんだがまだまだ少女に見える、黒髪長髪黒目、端正な顔立ちの子だ。

 

 その子曰くの『幻さん』、つまりは俺こと柊幻魔は、独り言を拾われたことにちょっぴり恥ずかしさを覚えつつも応えた。

 

「いやあ、ほら。俺も10年前までは退魔の、良いとこのお坊ちゃんだったなぁ。でももう関係ないんだなぁって何となく」

「あー……柊家ね。今聞いても酷い話じゃないか、高々退魔の才がないからって追放だなんて」

「まあまあ千早ちゃん。良いとこの家の長男坊がそれじゃあ、示しってのがつかんかったんだろうさ。昔はともかく、俺もその辺分かるようになってきたよ」

「まるで私がまだ子供みたいに言うね?  そりゃあ、幻さんとは8歳も離れているし、こないだ成人したばかりだけどさ」

 

 そう言って彼女、千早ちゃんは拗ねたように、いや事実拗ねているのだろう、唇を尖らせた。

 何とも幼い仕草で、そういうところだなあって思う。

 微笑ましく感じて頬を緩ませつつ、続ける。

 

「かく言う俺だってもう28、じきに30にもなろうってのに全然子供だよ。たぶん10年経っても同じこと、言ってるんじゃないかなあ」

「10年経ったらさすがに大人でしょう?  その頃には結婚して、子供だっているかもだし。もちろん相手はこの私かな、ふふふ」

「ははは……出会ってから7年、ずっと同じこと言ってるね。今はともかく、昔は俺、捕まるんじゃないかってひやひやもんだったよ」

 

 もう聞き慣れた、けれど毎回どう答えたものか困るやり取りに、いつもの通り千早ちゃんはにっこり不敵に笑った。

 ──どうにも彼女には好かれている。それこそ7年前、出会った時からずっと。

 

 10年前、退魔の家系としては日本トップクラスの柊家の長男として生まれた俺は、当たり前のように次期当主として期待され、けれど退魔に必要不可欠な才能をまるで何一つ持たないことが判明して、これまた当たり前のように放逐された。

 次期当主の座はもちろん、家族からの愛も、周囲からの優しさも、友情も、一応いた許嫁とか恋心とかその辺のあれやこれやも。全部全部、失ってからのリスタート。

 

 最初は悲しんだ。次に怒った。次第にやさぐれ、時と共に諦めた。

 そうしてやがては生きることに必死になるだけで数年、ようやく衣食住も何もない暮らしから脱却できた矢先出会ったのがこの、千早ちゃんだった。

 

 思えば初対面の瞬間からやけに懐かれていたなと思い返す。まあ、彼女は彼女で色々と抱える身の上なのだから、寄りかかれる大人ってのが欲しかったんだろうが……

 にしても13歳から思春期を経て今に至るまで、ずっとこうして想いを貫くと言うのは中々すごい話だ。

 

 そんなことをつらつら述べると、千早ちゃんはやはり不敵に笑い、嘯いた。

 

「ふふ。幻さんは私の希望、光そのものだからね。こんな世の中でまだ護るべきものがあるんならそれは、きっと幻さんなんだと信じているよ。あの日からずっとね」

「大袈裟だなあ。それに世捨て人みたいだ。こんな世の中なんて言う程、世の中のこと知らんでしょうよ。俺も君も」

「ふふふ。違いないね」

 

 少しばかりの窘めも、可憐に笑って受け止められる。

 何やら年上のお姉さんみたいな感じがして、微妙な気持ちだ……俺の方がよほど、子供だったりしないだろうな?

 

 と、そんな折りにインターホンが鳴らされる。出前を頼んだ覚えはないし、なんだろう。郵便かな?

 

 千早ちゃんに一声かけてから玄関に出向く。安アパートだがそれなりに広くて俺は満足しているこの部屋の、入り口の戸を開けると、そこに。

 

「ああっ……!  ようやっと見付けました、契約者様!  10年もの間、お辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」

「……んんっ?」

 

 妙齢の、しかも青髪などと奇抜極まる出で立ちの女性が、土下座して俺を待ち構えていたのだった。




(^q^)<クールだけど優しい紳士口調のイケメン女の子すき


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柊幻魔・2

 数百年に一人、『契約者』と呼ばれる者が発生するのだとその子は言った。

 『超越存在』なる高次元生命体と契りを交わし、その力を無限に引き出し最強を思うままに振るう、時代の寵児だそうだ。

 なんでもかの大陰陽師たる安倍なんたらやら、吸血鬼の真祖を打ち倒したヴァンなんちゃらやらもそんな存在だったそうで。

 

「……で、当世におけるその契約者ってのが実は幻さんだったと?  何も力を持たず生まれて、そのせいで家から追い出されて辛い思いをしてきたのに?」

「あぅぅぅ……」

 

 冷ややかな視線と声音で千早ちゃんは、六畳一間のフローリング、冷たい床に正座して恐縮しっぱなしの青髪の美女、名を青華という彼女に問いかけた。

 どうやらこの青華ちゃん自体、その超越存在とやらの一体だそうで──酷く申し訳なさそうな顔で、俺に告げてきた。

 

「ほ、本当に申し訳ありませんでした……!  け、契約者様は代々、本来であれば成人になるかどうかの頃には我々に見初められ、契約を結びますところを……っ」

「あー。なるほど?  俺はその頃には既に家を追い出されてホームレスからのスタートだったから。見つけられなかったとか?」

「契約者様の秘めたる力に気付ければ良かったのですが!  ……その力も、我々と契って初めて引き出されるものですゆえ……」

「ザルいね、なんとも。力がなければ捜すのに手間取るのに、その力ってのが捜し当ててから発揮されるとか。因果がおかしいよ、それ」

「何一つ、弁解の余地がありません……」

 

 しょんぼりと、青華ちゃんは項垂れて涙を流した。

 美人の涙は見ていて辛いな。ましてや心の底から後悔しているのが分かる、苦悩も絶望もしきったような有り様だと余計にだ。

 

 言い過ぎだよ、と千早ちゃんを視線で窘める。

 俺の送ってきた半生に少なからず詳しい彼女だ、同情してくれているのは分かるがこれは半ば以上の八つ当たりだろう。

 事実、千早ちゃんもそれを自覚しているようでばつが悪そうに肩をすくめた。良い子だ、本当に。

 

「契約者様がまさか、まさか才がないなどという程度の理由で放逐され、そのまま行方知れずになるなどと……っ。現世の退魔とはかように冷酷なものなのですか? 才なくば人にあらずと棄てるなど、妖魔怪異の理屈ではありませんか」

「あ、それは同感。非人道的もここに極まれりだよね。実際幻さん、追い出されてから3年は野宿してたって話だし」

「3年も……っ! ああ、我々は何という過ちを」

「いやいや、どうもどうも。気にしてないから、もう」

 

 何やら嘆かれてしまったが、俺からしてみれば十年一昔。もう過ぎたことだ何もかも。

 むしろこれからを……具体的に言えば今になってやって来た青華ちゃんが、それでは結局何を求めているのかを知り、共にどうするかを考えていきたいところだ。

 

 そんなことを言うと、青華ちゃんはこくんと頷き誠実な瞳で、こんなことを言うのだった。

 

「今さらおめおめと参上したのはもちろんのこと、契約者様と契約し、当世退魔の頂へと登り詰めていただくためです。我々超越存在にとり、契約者との契約とその先にある最強の成り上がりこそ至上の喜び。どうか何卒、我々と契りを──」

「いやあ……それは、ちょっと遠慮しとこうかなあ……」

「……っ!?」

 

 俺の拒否が意外だったみたいで、美しいかんばせに驚愕をありありと張り付けて青華ちゃんはこちらを見ている。

 いやいや、今になって退魔世界に舞い戻るとか。しかも成り上がりとか。

 ちゃんちゃんチャンバラ、冗談はよしこさん、だ。

 

「俺はたしかに無能で、だから家追い出されてそれなりに色々バカな目に遭ったよ。皆を見返したい気持ちも、昔はあったし今もほんのちょびっとくらいは、まああるかもね」

「で、でしたら! せめて外道なりや契約者様の元関係者どもに、せめて苦痛の一つでも与えたりはせねば!」

「怖いよその発想」

 

 よっぽどかつての一族たちに怒りがあるのだろう、殺気立ってて本気で怖い青華ちゃん。こらこら反応しなさんな千早ちゃん、君らが暴れたら俺はたちまちダンボールマイホームに逆戻りだ。

 こほんと一息。それでもって俺は、今思うことを述べてみた。

 

「あのね、もう過ぎたことなの。俺は何もかも無くして、でもどうにかこうにかこうやって、小ぢんまりしてても住み心地の良いアパートの一室を借りて、バイト暮らしでやっていってる」

「楽しい友人知人もひっきりなしに訪れるしね」

「筆頭は千早ちゃんだよ……でさ、青華ちゃん。俺が俺の力で、俺の歩みで積み上げてきたこういう暮らし、現状に比べて……借り物パワーで最強成り上がりとか、俺を捨てた奴らに復讐だーとかさ。比較しようとも思えないんだよね、これが」

「借り物ではありません!  契約者様の生来の力、それこそ才なのです!」

「ガキの頃ならいざ知らず、おっさんになりつつある今はもう、いらないよ。俺は俺にとっての当たり前を、もう手にしてるんだから」

 

 きっぱり告げる。さすがに青華ちゃんも俺の本気が察せられたのか、沈痛に俯き瞳を閉じた。

 

 それから少しして、また来ます、とだけ言って彼女は去っていった。




(^q^)<自業自得の手遅れ感で後悔と罪悪感に押し潰される女の子すき


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柊幻魔・3

 青華ちゃんが出ていって少し、沈黙が流れた。

 窓を見る。外はよく晴れた天気のまま、車と子供らの声が聞こえてくる。

 

 急に現れて急に奇妙な提案をしてきた彼女が、嘘をついているとも思えない。

 超越存在だったか、そういう超自然的なモノであるのはこれまでの経験上、見ただけでも分かるくらいだったし、何よりあの言動、態度からは嘘の匂いがしなかったからだ。

 

 そう考えると、俺の態度は少しばかり辛辣だったろうか。

 気にする俺に、千早ちゃんはにこやかに笑って答えた。

 

「あれでそんなこと気にするなんて、実に幻さんらしいね。大丈夫。受けてきた苦痛からは考えられないくらい平和的な物言いだったよ。若干、人間味がなかった程にね」

「そう? 人間味ない?」

「普通はあの青華さんの言っていたように、復讐の一つ二つ、どころか十重二十重くらいは乞い願っても許されるだろうに。そのくらいには、私から見てもあなたの歩んできた道程は苦痛と屈辱に満ちていたように思う」

 

 そうかなあ。俺としてはあんまり生きることに必死すぎて、何であれ、こんなもんかで済ませてきたけれど。

 人間味の欠如とまで指摘される程というのは些か心外だ。別に、良いじゃないかと思うんだが。

 

「思うに、世の中の誰もが一律に『やられたらやり返す、倍返しだ』なんて考え方はしてないと思うんだよね」

「それはそうだね。そこは性格それぞれだし、それこそ思想の自由というやつさ」

「でしょう? だからまあ、俺もそういう手合いであっても良いんじゃないかなあと、思うんだけれどね」

「……本当に、憎かったり、悔しかったり、やり返したいとか。思わないのかい?」

 

 じっとこちらを見据え、問いかける千早ちゃんにふむと考える。

 先程も青華ちゃんに言ったが正直、今でもほんのちょびっとはそういう気持ちがなくもない。

 ただ、それがすべてになることはまずないだろう。だからいわゆる復讐が、行われることもない。

 何でかって? そりゃあ、

 

「……今の暮らしが好きだからね。バイトして日銭を稼いで、余暇は好きに暮らして、千早ちゃんや君の後輩さんたち、友だち知り合いたちが何でか頻繁にやって来ては楽しく騒げるこの今が」

「だから守りたい、か」

「曲がりくねって醜くっても、俺が歩んできた人生だから。今さら取って付けた幻想でおざなりにしたくないよ」

 

 色々あったけど、結局は自分の選択でここに落ち着いた。それなりに満足しているし、納得もしている。

 だからこれで良いんだ。これが良い。

 

 千早ちゃんは、優しく微笑んでくれた。

 

「まったく、幻さんは本当に、幻さんだね」

「何さ、それ」

「私の大好きな、大きくて優しい、とても素敵な男の人ってことだよ。ふふふ」

 

 何とも聞いていて照れ臭くなることを、また堂々と言うよねえ、この子。

 鼻を掻いて、こほんと咳払い。きっと顔は赤くなっているだろう。にんまり浮かべる笑顔の千早ちゃんを無視して、俺はそれにしてもと呟いた。

 

「青華ちゃん、どうするつもりだろうね」

「さあ? ま、私としては幻さんの思うままにして良いと思うけれど。契約だっけ? 何とも胡散臭い単語を使ってくれるね」

「千早ちゃん的には思うところあるよね、契約って」

「何しろ『魔法少女』一号なもので。その手の話はお腹一杯だよ、後輩たち含めてね」

 

 肩を竦める。いかにも千早ちゃんらしい飄々たる仕草と物言いだが、そこに込められた想いは並々ならぬものがあるだろう。

 

 ──魔法少女。これも退魔世界に名の知れた話で、半ば都市伝説みたいになっているがしっかり実在する話だ。

 妖魔による世界制覇を企む組織によって契約を結ばされた少女が、しかし洗脳を受ける寸前に脱出。以後、人間世界を守るためにその組織と戦い続けている、という。

 

 今や世に七人もいる魔法少女たちの、実は千早ちゃんこそが初代だったりする。

 7年前、ちょうど俺と初めて会ったあたりで彼女は魔法少女として変身させられ、以降潰しても潰しても出てくる妖魔の犯罪組織と戦っているのだ。

 

 いやまったく頭が下がる。さっき彼女は俺の半生を苦痛と屈辱に満ちたと言うが、彼女にこそそれは言えるだろう。

 当時13歳の少女がたった一人、超常の力を与えられ、洗脳まで受けかけてなお奮い立ち、悪と戦う道を選び戦い抜いたのだから。

 

 知らず、尊敬と少しばかりの同情が視線として千早ちゃん向かってしまったのかもしれない。

 七年経ち、今や立派に成人した彼女は穏やかに微笑み、応えた。

 

「またそういう、優しい目をしてくれる。私はそれに弱いんだから、止めてくれないかな。疼く」

「疼くって……傷が?  そうでなければ男に向けてそういうことは言うものじゃないよ」

「もちろん傷じゃないともさ。いや、あるいは傷かな?  貴方が傷を付けてくれるならね。ふふふっ」

 

 妖艶な笑みさえ浮かべて愛しげに見つめてくる千早ちゃんの、仕草が独り身にはよく効く。

 まったく、と苦笑いしながらも俺は、コーヒーを一口飲むのだった。




(^q^)<でも復讐とかざまぁって超スッキリするよねすきすきだいすき


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千早/魔法少女ファースト・キックⅠ

千早ちゃん視点


 (それにしても、お人好しだなあこの人)

 

 私としても慣れ親しんだ彼の家。

 幻さん──柊幻魔さんがコーヒーを飲んでまったりするのを私はひどく、愛しい気持ちと共に眺めている。

 くたびれた30歳手前の男の人。結構男前だと思うけど、如何せん瞳に力がない。

 決定的に覇気がないのだから、普通の女性にはまあ好かれたりしないんじゃないかなと思う。

 もっとも私含め彼の周りには、普通じゃない女の子が目白押しなのだが。

 

 彼との出会いはそれこそ、私が忌々しい契約を結ばされて魔法少女『ファースト・キック』などに成り果ててからすぐのことになる。

 当時、ようやく衣食住の安定に目処が付き始めていた幻さんと巡り逢えたのは、私にとってはこれ以上ない人生の幸だったのは言うまでもない──反面、幻さん的にはやっと落ち着きだすかと思った矢先の面倒ごとだったろうなと、今さらになって申し訳なさも覚える。

 

 (しかし、契約者ね……超越存在? 何だか知らないが勝手な話だ)

 

 先程、せっかくの二人きりの時間を見事に邪魔してくれたあの、青華とかいう化物の勝手な物言いが胸中に苛立ちを含ませる。

 契約者? 契約? 最強として成り上がる?

 今さら何をと幻さんが呆れた風な物言いをするのも当然だ。

 

 10年遅い。

 彼の生家、語るも忌々しいあの柊家が彼を追放するまでにやって来て、契約者とやらの優越性を示して幻さんを保護すべきだったのだ、本来は。

 

 (ああ、けれどそうなれば私が、私たちが幻さんとこうしていられるわけもなかったわけで)

 

 利己的な思考に我ながら情けないとは思うものの、それでももしも、と考えるだに震えが来る。

 七年前、もしも幻さんに出会えなかったら。

 きっと私は奴らと戦うこともできず、そう遠くない内に死んでいたことだろう。

 あるいは戦うことを選んだとして、ここまで長いことは続かなかった。

 

 ひとえに幻さんが……柊幻魔という一人の人間がいればこそなのだ。

 今ここにいる戦い抜いた私も、そして私に続く六人の後輩たちも。

 元を辿ればたった一人、闇の底にいた私に手を差し伸べてくれた、彼の善性によって成立したと言える。

 

 明言しよう。

 私という魔法少女が守るべき世界とは、その大半が彼のいる場所、彼といる時間のことだ。

 巷では私たちのことを正義の味方のように扱う風潮があるが、悪いがそんなもののために戦った覚えは古今東西そしてこれからもない。

 

 強いて言えば柊幻魔。

 彼が、彼こそが正義と言えるのであれば。

 なるほど正義の味方という物言いも、当てはまるのかもしれないが。

 

 そのくらい慕う彼に対してあの女、今になって、ずいぶんと勝手なことを言ってくれるものだ。

 超越存在とやらがどれ程のものか知らないが、少なくともあの青華なる女には早々、当たり負ける気はしない。

 万が一、幻さんの消極的な姿勢に痺れを切らした彼女が強行手段にでたとして、迎え撃つことは十分に可能だろう。

 

 (まあ、更なる保険はかけておくけれど、ね)

 

 思いながら、スマートフォンを操作して後輩たちにコンタクトを取る。

 世界にたった七人しかいない魔法少女だ、メールなりSNSなりでのグループ形成くらい、とうの昔にやっている。

 

 ちなみに幻さんもスマホは持っていて、しかも魔法少女以外にも知り合いが多いから、結構いろんな集団に顔が利くらしい。

 人徳というやつだね。

 さすがは幻さん、我がことよりも誇らしいよ。

 

『幻さん家なうしてたら何か変な女がやって来た。かくかくしかじか。幻さんの護衛必要あり』

 

 と、かいつまんだ説明文を添えてメッセージを送る。

 既読はすぐに付いた。

 一、二、三、一旦止まりと半数が即座に反応したことになる。暇か。

 

 残り半分もどうせ、魔法少女として蔓延る化生どもと対峙しているのだろう。

 今日は休日だから、学生やっている子たちは通常ならば暇なはずだ。

 それがこうも反応がないとなると必然、そんな感じの成り行きだと経験上、推測できてしまう。

 

 私自身も歩んだ道だけれど、うら若き乙女の休日の過ごし方としては血に濡れている感じがどうしてもする。

 仕方のない話だけれど、辛い話だ。

 

『まるまるうまうま。幻魔さんがその手のことに直接巻き込まれるとは珍しいですね。護衛しますよ』

『相手がどう出るかによりますよ先輩方。いきなり喧嘩腰は良くないです。護衛はしますが』

『柊さん、乱暴なのいやがりますからねえ。すみませんが僕はパスです、残念ながらしばらく出張で依頼がありまして』

 

 反応した三人からすかさずの返事。

 それぞれ三番目、六番目、四番目の魔法少女だ。

 

 当然ながら全員、幻さんとは知り合いだ。

 私がひどく依存してしまったからなのだろう、幻さんは後輩たちにも心を砕いて接してくれた。

 その結果、今では七人の魔法少女全員が彼を慕い、兄のようにあるいは父のように、はたまた──恋人のように感じている。

 

 その幻さんに危害が及ばんとしているのだ。

 可能性だけでも、私たちが動くには十分な話だった。

 

 コーヒーを飲む彼を見る。

 愛しさで胸が暖かくなる。

 彼を苦しめた柊家や、手遅れになってからのこのこやって来た青華への殺意で脳が冷える。

 

 (何があっても護ります。私の光。私の世界)

 

 相反する想いを抱えて、私はそう、誓うのだった。




(^q^)<愛しさと切なさで他人の迷惑にならない程度のヤンデレになる女の子すき


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青華/四神が一・青龍Ⅰ

青華さん視点


 後悔、罪悪感と焦燥、絶望感。

 永遠にも近い時を生きたこの私をして初めての苦しみが、胸中にぐるぐると渦巻いています。

 

 超越存在『四神』が一、青龍。

 人間世界で活動するに当たり青華という女に転化して降りてきたものの、いきなりの挫折に今、私はとぼとぼと午後の町並みを歩いていました。

 

 人の子が多く、行き交っていきます。

 千年程ぶりに見る人間世界は、かつて降りた地と異なるにせよ驚く程に発展していて。

 積み重ねられた人間の歴史と、脆弱ながら強烈な生命の強靭さを、なるほど感じずにはいられません。

 

「ううう……仕方ありませんけど、辛いですね……」

 

 それにしても、です。

 私はしょんぼり、俯きます。

 ようやく逢えた契約者様の、平坦な温度の視線と声音を思い返して落ち込んでいるのです。

 

 そう、平坦。

 御方の姿勢はどこまでも平坦でした。

 今さらという怒りやようやくという喜びでの熱もなく、さりとて反対に冷めておられたわけでもなく。

 どこまでもいつも通り、といった感じで。

 

 まるでそう、道端に蚯蚓の死骸が落ちているのを、何とはなしに眺めている程度の平坦さ。

 

 ゾッとしました。

 ここまで当たり前のように、相手にすらされないなんて。

 過去の契約者とは一線を画す御方であると、もはや今の時点で私は確信しています。

 

 過去数千年に渡り何人も契約者は現出していて、その度に様々な超越存在の中で、その契約者の素質や性質に見合ったモノが契約してきました。

 私とてかつては契約したことがあります……と言っても我ら『四神』は契約者においても限られた素質、才あるものしか見出だすことはありませんので、永き時に渡ってもただ一人きりだけでしたが。

 

 他の『四神』、すなわち白虎、朱雀、玄武、そして麒麟などは未だ、契約を交わしたことがありません。

 それを思えば私は中々、運に恵まれていると言えるのでしょう。うん。

 

 閑話休題、さてはおいても当代の契約者様についてです。

 柊幻魔様。『特異領域地点』日本が誇る退魔の名門、柊家に生まれた長男坊。

 しかして退魔に欠かせない異能の才、力を持たず生まれたために18歳で家を追放。

 以後十年にも渡り、たった一人で身を立て、生き抜いてきた。

 

「怨まれているとくらいは、覚悟していたのですが」

 

 現代の契約者が現出した時はもちろん、超越存在の住まいたる高次の次元にも伝わっていました。

 私たちは本能的に、契約者の誕生を察知できるのです。そしてその器の大小も、素質の有無さえも。

 

 そう、すなわち。

 あらゆる超越存在を率いるだけの器を持った究極の──極致とも言える存在。

 当代の契約者、つまりは幻魔様の類稀なる資質も、御方が生まれて間もなく超越存在中に知れ渡ったのです。

 

 それゆえに『四神』のみならずあらゆる超越存在の勢力が彼に目を付けるのは、必然のことでした。

 天使も悪魔も、神も仏も、霊的存在のことごとくさえも彼に期待を寄せ、誰もが契約を結ぶことを夢にすら見ました。

 かくいう私も『四神』において唯一、かつて契約を結んだことがあるがゆえ、先遣として今日ここにやって来たのですから。

 

 (まあ、結果は暗澹たるものだったのですが……)

 

 この様、としか言いようがありません。

 詫び、説明し、理解を求めてなお袖にされたのです。

 

 理解されなかったわけではないのでしょう。

 完全にこちらの言い分を含めて、その上で契約など必要ない、価値がないと切り捨てられた。

 己の力で掴み取った今がある、そのことだけで十分なのだと。

 当代の契約者様はそう、仰られたのです。

 

 どう考えても追放されてからの10年、人間にとっては長いその年月によって構築されたものなのでしょう。

 借り物の力などいらない。己で掴んだ現実こそ、醜くともたしかなものである、と。

 人間にありがちな強がりでもなく、ごく自然に契約者様は超自然の力を否定されました。

 

「つくづく、10年前の追放に気付けなかったのが悔やまれますね……っ」

 

  いかに超越存在とて、契約者様を逐一監視するなどするわけもありません。

 そもそも超越存在は普段、高次次元に住まうモノたち。次元の隔たりを超えて好き放題に観察するなど理に反するのです。

 ですが……今回ばかりは理を曲げてでも、そうすべきだったと思うのもたしか。

 我々は、致命的に間違いを犯してしまったのです。

 

 まだ、間に合うでしょうか。

 少なくとも契約はできると信じたい──力による成り上がりは叶わずとも、それでも共にあれることはできるはず。

 話の持っていきようで、契りまでは辿り着けるのではないかと思いたいです。

 

 (もっとも、御当人よりもあの女が厄介そうですが、ね)

 

 目下のところ契約者様の意識の他、もう一つ大きな障害となるであろう、御方の傍にいた女を思い起こします。

 傍目には普通の女性に見えるでしょうが、見るモノが見れば分かりましょう。

 あれは、化物です。

 

 およそ人間とも思えない怪物的な力が。

 妖魔怪異とも些か異なる異次元の能力が。

 信じがたい程に、その小さな身に秘められているのです。

 

 (私たちの知らない間に、人間は、何を生み出したのです……)

 

 ヒトの枠組みなど明らかに超えてしまった、我々とは異なる形での超越存在。

 そんなモノがまさか、契約者様の傍に侍っていようとは。

 

 意識や意欲はさておき、さすがは契約者ということでしょうか。

 思いもよらぬ伏兵の存在に、私は密やかにため息を吐くのでした。




(^q^)<有能だけどポンコツお姉さんが空回りしてるのすき


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柊幻魔・4

 今日はバイトも休日、しかも土曜日のためか朝から千早ちゃんと、もう一人魔法少女の子がやって来ている。

 何でも先日やって来た青華ちゃんが、いつまた来るかもしれないから俺の護衛のために来てくれているらしい。

 曰く、俺一人だと押しきられかねないからとか。

 よくご存じだこと、まったく。

 

 朝食のベーコンエッグにサラダ、味噌汁に白米。

 見事なもんだ……千早ちゃん。

 俺の朝食は誰かしら、やって来る友人知人らが作ることがほとんどだ。魔法少女だけではなく、頻繁にこの家には客が訪れる。

 

「契約者、ですか。聞いたこともない話ですね……ましてや幻魔さんがそんな珍妙キテレツな代物だなんて」

「やっぱりそう思うかい、楓夏」

「珍妙キテレツ……俺は至って普通の一般人なんだけど」

 

 美味しく朝食をいただいている俺と、例によってソファに座る千早ちゃんと。

 そして俺の隣にこれまた椅子を一つ、用意して座るもう一人の女の子が喋っている。

 クールな印象を受ける、つり目がちで若干、ウェーブがかっている茶髪の子だ。

 

 千早ちゃんにも負けず劣らず美人な彼女の名は楓夏ちゃん。

 三代目の魔法少女『サード・タイフーン』であり、初代魔法少女『ファースト・キック』千早ちゃんとはまさしく、先輩後輩の関係にある。

 

 俺からすれば何で? という感じではあるのだが、どうも七人の魔法少女たちは年功序列の縦社会らしき関係性にあるみたいだ。

 今だって悠然と構える自然体の千早ちゃんに対して、楓夏ちゃんは少しばかり居住まいを正している。

 これがたとえば楓夏ちゃんと更に後輩の子だったとしたら、そっくりそのまま立ち位置がスライドしているのだろう。

 何ともはや、体育会系なことである。

 

 そんな風に若干、先輩への畏敬を覗かせる楓夏ちゃんは肩を竦めて、千早ちゃんへと続けて言った。

 

「正直、千早先輩と幻魔さんお二人から直接聞いていなければ、ホラ話にしか捉えてなかったでしょうね」

「違いない。私にしてみたって、実際にあの青華とやらを目の当たりにしなかったらそう思っていたよ」

「青華ちゃん、そんなにすごいの? たしかにこう、人間じゃなさはあったけど」

「すごいさ。こないだも言ったけど私でもどうにかやりあえるかも、って感じだからね。一人じゃ手に余りかねないってのは恐ろしい話だよ」

 

 ものすごく青華ちゃんを警戒している千早ちゃんが、淡々と超越存在とやらの危険性を語る。

 

 うーむ。

 

 いやたしかに彼女は恐らく怪異の類だろう。超越存在、だったか? と自称する通り、超自然的な何かしらであることは間違いない。

 さらには千早ちゃん自身、自分に匹敵するとまで言っている。

 俺が知る限りでも相当強い部類に入るだろう魔法少女の一人である『ファースト・キック』がそうまで恐れるような彼女は、そりゃあ強いに決まっている。

 警戒するのも当然だ。

 

 けれど、どうにもなあ。

 あのひどく申し訳なさげに涙を流す、彼女はどうあれ善人なのじゃないかと思ってしまえるのだ。

 だったら恐れる必要もないんじゃないか、とも。

 

 だって千早ちゃんや楓夏ちゃんたち魔法少女は、紛れもなく正義の味方だ。

 善人の代表みたいな子たちだ。

 であるならば手に手をとって、和解の道もあるんじゃなかろうか。

 

 そんな、自分でも甘いこと言ってる自覚はある素人意見に対して。

 千早ちゃんはさも当然と言わんばかりに否やを返した。

 

「買い被ってくれるのは嬉しいけれどね幻さん。少なくとも私たち魔法少女は、とりあえず善人っぽかったら誰彼構わず手を伸ばすようなお人好し集団じゃないよ」

「そうですね。意図が読めない実力者は、こちらとしては警戒します。それにそもそも私たちは、正義のために戦うわけでもありませんし」

 

 楓夏ちゃんが憂いげに、けれどまっすぐこっちを見る。

 正義のためではない。彼女だからこそ言える、重みのある言葉だ。

 

 彼女は、楓夏ちゃんは……魔法少女として契約を結ばされる際、最愛の姉を妖魔に殺されている。

 姉妹揃って洗脳されかけていた折、妹を守ろうとしたのだ。

 それゆえ彼女は当初、千早ちゃんや美琴ちゃん──二代目魔法少女『セカンド・パンチ』の制止を振り切って無茶な復讐行動に出ていた。

 

 結局、最終的にはどうしたことか俺がしばらく面倒を見ることになり、何とか彼女の中で折り合いがつけられるようになるまで見守っていたのだ。

 懐かしい話だ。

 楓夏ちゃんも思い返していたのか、郷愁と惜別と、そして感謝の眼差しで告げてくる。

 

「……私たちは、私たちのような者をもう二度と出さないように。犠牲者をなくし、平和な世界を作るために戦っているんですよ。幻魔さんのような方々が日常を謳歌できる、そんな平和のために」

「そう、か。そうだね……だから青華ちゃんみたいな得体の知れない、強力な存在には目を光らせる必要がある、と」

「ええ。ましてや今回は幻魔さんが主として巻き込まれているんですから。私たち魔法少女の総力を挙げてでも迎え撃ちますよ」

 

 何とも頼もしいやら、物騒やら。

 信念の光が宿る鋭い眼光で闘志を燃やす楓夏ちゃんに、ありがたいやら反応に困るやら、俺は苦笑いを浮かべるのみであった。




(^q^)<どこか陰のある、実は情熱的なクール系女子すき


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柊幻魔・5

 朝食を食べ終えた後、俺と千早ちゃんと楓夏ちゃんは三人連れ立って、ちょっと周辺を散歩しに出かけた。

 休日でも、いや休日だからこそ普段は出向かないところに行ってみたいのだ。

 別に俺だけで良かったし、勝手知ったる女子二人に留守を任せるのもやぶさかではなかったのだがそれは断られた。

 まあ昨日の今日だ、そりゃそうか。

 

「んー、いい天気だね」

「ですね。それで幻魔さん、今日はどこか行くところを決めてるんですか?」

「いやあ、行き当たりばったり」

 

 日の光を眩しそうにして背筋を伸ばす千早ちゃん。

 そんな彼女の隣で楓夏ちゃんが尋ねてくるのを、俺はいつも通りの答えで返す。

 返された楓夏ちゃんも呆れるでもなく、分かりましたとだけ微笑んでいる。

 

 こういう、何となくの散策には大体いつも誰かしらが付いてくる。

 彼女たち魔法少女に始まり、バイト先の友だちとか、はたまたひょんなことから知り合った退魔関係の知り合いだとか。

 大概誰かしら一人二人は示し合わせたかのように俺の家で毎日、だらだら過ごしているのだ。

 そこの家主たる俺が散歩するとなると、付いてくるのももはや恒例のこととなっている。

 

 三人ぶらぶらと連れ歩く。

 俺の住むアパートは小川の近い場所にあり、その川を沿ってなだらかな坂を下って行くと、やがては大きな湖に辿り着く。

 海かと見紛う程の広さで、湖畔のベンチに座って波打ち際を眺めているだけでも時間を忘れるような場所ではあるのだが──今日のところは気が向かない。

 

 湖とは逆の方に歩く。

 そう時間のたたない内に国道に出ると、スーパーやら飯屋やらが見えてくる。

 国道沿いに電車も走っているし、最寄の駅まで行けばすっかり繁華街だ。

 そうだな、今日はその辺をうろつこうか?

 

「──ってことでどうかな、二人とも」

「幻さんが良いならそれで良いよ」

「個人的にも、しばらくあちらの方に寄ってなかったですから。好都合と言えば好都合です」

「オッケー。それじゃあ行こうか」

 

 そうして予定が、ある程度の方向性が決まった。

 と言っても基本は適当、雑談しつつ気が向けばふらふらするような散歩道だ。

 千早ちゃんにしろ楓夏ちゃんにしろ、話の種には困らない程度には人生経験が豊富だから、会話が途切れることもない。

 魔法少女としての戦いの経験が多分にふくまれていること──それが良いことか悪いことかはさておくとしても、だ。

 

「この間、日葵の特訓に付き合いましたが……あれは大したものですね。あの歳の頃、私はあそこまで戦えませんでしたよ」

「比較としては難しいと思うよ?  手探りだった私や美琴、楓夏に比べてあの子は参考になる先輩がたくさんいるわけだし。才能はもちろん、すごいけれどね」

 

 千早ちゃん、楓夏ちゃん共通の後輩。

 すなわち魔法少女七代目『セブンス・ライトニング』こと日葵ちゃんの話題で二人が盛り上がっている。

 日葵ちゃんは現状最新最後の魔法少女で、うちにもよく来る明朗快活な14歳の少女だ。

 素直で明るいもんだから、たまたま居合わせた魔法少女以外の俺の友人たちにもかなり受けが良い。

 いわゆるマスコット系の愛らしい子だな。

 

「かもしれませんね……ああ、そう言えばその日葵が今度、千早先輩に会いたいと言ってました。何でも勉強を教えてほしいとか」

「あ、出たね。魔法少女あるある『戦いばっかで勉強が疎かになる』。いやあ、過ちって繰り返しちゃうもんだねえ」

「その節はお二方にはご迷惑をお掛けしまして」

 

 苦笑いする楓夏ちゃん。

 魔法少女というのはとかく、成り行き上どうしても戦いがメインの生活スタイルになる、らしい。

 そのせいで表向きは普通の女学生である彼女らは、成績面での対応にこそ苦慮しているようだった。

 

 実際、今でもうちに来る魔法少女たちはある特定の時期になると教科書を持参してくる。

 テストの時期だろう、わざわざ俺のところにまで来て勉強するのだ。

 最近の子が何を考えているのか、俺にはよく分からない。

 

「よく言うよ優等生。むしろ私たちの場合は美琴だったろう、迷惑だったのは」

「あの人の進学のサポートは、半端な妖魔を相手にするよりキツかったですね……」

「高校進学の時点でこちらの心が折れかけていたのに、まさか大学受験にまで付き合わされるなんて思いもしなかった」

「……就職活動もよろしく! なんて言われた日には私、今度こそ千早先輩に全部投げますよ」

「私はあいつの親か何かかね」

 

 ぼやきにぼやく。

 そこまで言われるか、美琴ちゃん……

 まあたしかに数年前、ちょうど彼女が高校受験の時と大学受験の時、俺まで駆り出されたものなあ。

 

 二代目魔法少女『セカンド・パンチ』こと美琴ちゃん。

 竹を割ったようなさっぱりした性格なんだが反面、勉強の方がからっきしで、だのに天才肌の千早ちゃんを追って大学に行きたい、なんて言い出したものだからもう大騒ぎ。

 先人の千早ちゃんや後進の楓夏ちゃんはおろか、何故か俺まで彼女に勉強を教える羽目になったのだ。

 素直に塾でも何でも行きなさいと喉まででかかったのは、何も俺だけではなかったはずだ。

 

「幻さんも大変だったねえ、あの時は」

「頭が下がります、幻魔さん」

「いやいや二人に比べれば俺なんて。それに最終的には美琴ちゃん本人の努力だからさ。ははは……」

 

 乾いた笑みで当時を振り返り、当たり障りなく返す。

 そんな俺に二人も苦笑いを浮かべる、そんな散歩道だった。




(^q^)<シリアス漫画のキャラが平和な日常を過ごすスピンオフとかすき


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柊幻魔・6

 繁華街まで出たところで、意外や意外、思わぬ再会と洒落込んでしまった。

 ベンチに座り、コンビニで買ったのだろうフライドフードを頬張って、あまつさえ朝っぱらからビールを呷っている青華ちゃんを見つけたのだ。

 

「へいやふひゃはは!?」

「……別に逃げないし、食べるだけ食べて飲んでから話そうか? あと肉汁溢さないように気を付けてね?」

 

 あの手のフライドチキンって、油断すると肉汁溢しちゃうんだよなあ。

 手に付くだけならまだしも服とかに付いたらもう最悪だ。

 

 さておき、今のは『契約者様』と言ったのかな? ──恐らくは俺のことだろう。 

 まさかこのタイミングで出くわすとは思わなかったのか青華ちゃんがひどく慌てている。

 どちらかというと、こんなところでこんな形でまた会うと思っていなかったのはこちらの方だ。

 あからさまにテンパってしまっている彼女のお陰で、逆に冷静になれたけれども、そのリアクションは本来俺たちのものだと思う。

 

「……なるほど、化物ですね」

「だろ? こんなのが幻さんに良からぬことを吹き込もうとしているんだ。どう思う」

「止めますね。何なら今ここで、二人がかりで虚を突いてでも」

「物騒なのやめない? まして酒まで飲んでる人なんだしさ」

「あ、あぅあぅ……っ」

 

 初見から警戒心も露に、先輩の危惧を心から理解した様子らしい楓夏ちゃん。

 おもむろにコンパクトを──魔法少女として変身するためのキーアイテムだ、しかも普段は彼女らの体内に仕舞われている──取り出そうとするのを、俺はまあまあと宥めた。

 

 何しろ目の前でうろたえる青華ちゃんは、見るからに完全にオフの日だ、これ。

 傍らにはフライドチキンの他に酒と、つまみがたくさん入った袋が見える。

 まさかここで一人、宴会をおっ始めようとし始めた矢先なのだろうか。

 朝っぱらから、しかも駅前ですよここ。

 行き交う通勤通学の方々の、奇異なものを見る目が刺さる。

 もしくは意識して無視して通る、腫れ物に触らないような懸命な空気も。

 

「ええと、とりあえず。何してんのこんなところで。中々しないよ、こんな往来でそんなこと」

 

 超越存在というのはそりゃあ、人とは違うんだから考え方感じ方も違うんだろうが、にしたっていくら何でもこんなところで酒盛りはないだろう。

 見た目うら若き女性が一体、何のつもりなんだ。

 問いかけると一応、咀嚼は終えたのか口の中をビールでさっぱりさせてから、彼女は答えた。

 

「いえあのー、ですね。現世の人間世界というものは中々、便利な店があるものだなとコンビニエンスストアなるものを見て思いまして」

「まあ、そうだね。当たり前に感じちゃってるけどコンビニは便利だ」

「でまあ、その。色々見てたら質の良さげな酒と肴が目白押しでして、つい。昔から酒精の誘惑にはからきし弱くて、うぇへへ」

「自制心の欠片もない……」

「せめて拠点に戻ってからやれば良いものを……」

 

 誤魔化すような曖昧なひきつり笑いを浮かべつつ、釈明になっていない釈明をする青華ちゃん。

 千早ちゃんと楓夏ちゃんがドン引きしている……いやしかし、千早ちゃんも成人以降、酒が絡むと自制心が緩くなるのを俺は知っている。

 まあ彼女の場合は、大人になって解禁されたがゆえの好奇心と、やはりまだまだ、背伸びしたい年頃だからなのだろうが。

 

 一方で青華ちゃんはそういうのとは違う匂いがする。

 年季が入ってそうなアルコールマニアの気配を感じるのだ。

 ビール缶をもういくつか空にしてだらしなく笑う彼女は、取り繕うように続けた。

 

「いやあ当世の酒は絶品ですね! かつて1000年程前には、ここまで良質の酒にはついぞお目にかかれませんでした! 肴も旨いしもう、進む進む」

「進んでんじゃないよ止まりなさいよ。お家でやりなさいよそういうのは。遠いの? 家」

「歩いてすぐそこのところですね」

「近いのかよ」

 

 思わずといった感じで千早ちゃんがツッコミをいれた。見れば楓夏ちゃんも呆れと困惑が色濃い。

 うん。これで青華ちゃんが悪い子ではないのは伝わったと思う。

 社会良識的には悪い子に足先くらいは浸ってる気がするけど、まあ人外のやること。

 これもご愛嬌なのかもしれない。

 

「それはさておき、帰ろう青華ちゃん? 今日のところは見なかったことにするからさ。良いだろ二人とも」

「……まあ、幻さんが言うなら」

「どういうモノかは把握できましたし、今は特に害意もありませんからね。いえ、世間様的には間違いなく迷惑ですが」

「お、恐れ入りますぅ」

「恐縮するなら帰ろう。お家へ帰ろう青華ちゃん」

 

 微妙な反応の魔法少女たちに、ぷしゅりとまた缶を空けながら恐れ入る青華ちゃん。

 言ってることとやってることが正反対なその姿勢に、こちらの方が恐れ入るよ。

 

 さておいて荷物を片付けて彼女を立たせる。

 さすがに目を付けている俺の言うことは無下にできないようで、彼女はやはりビールを飲みながら、こちらに一つ頭を下げて、近場らしい家へと帰っていくのだった。




(^q^)<ポンコツ酒カス超自然的お姉さんすき


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楓夏/魔法少女サード・タイフーンⅠ

楓夏ちゃん視点


「どう見る? 楓夏」

「害意がないのは本当にせよ、油断はするべきでないかと。向こうもこちらを見定めていましたからね」

「そうだね。まったくTPOも弁えず酒盛りするくせ、抜け目がないというか」

「ここで出くわしたのも本当に偶然なのか、疑わしく思えてきますよ私には」

 

 千早先輩と言葉を交わし、私は隣で歩く幻魔さんの横顔を見た。

 くたびれた風貌、疲れきった瞳。

 けれどその奥底には限りない優しさと強さが──ただの暴力なんかではない、真の強さが秘められているのを、私は、私たちは知っている。

 

 かつて、私が三番目の魔法少女『サード・タイフーン』へと成り果てた際。

 共に邪悪に捕まり契約を結ばされた姉は、洗脳を逃れようとする私を庇い、短い生涯を終えた。

 優しい人だった。最期まで私を気遣い、家族を愛し、そして愛のために死んだ悲しい程に気高い人だ。

 

 大好きだった。

 尊敬すべき、素晴らしい姉だった。

 ゆえに千早先輩、美琴先輩に助けられた直後の私が、姉の仇を取る、復讐のために動いたのは……今振り返っても短慮ではあったかもしれないが、間違いでなかったと信じている。

 先輩方のような、犠牲者を減らすためという善なる想いを持つより先に、姉を殺されたという憎しみばかりが私を支配したのも仕方ないと思うのだ。

 

 けれど、燃え上がる憎しみはそのままに。

 ただ敵を殺戮するための戦いから人々を護る戦いへと変えてくれたのが、他ならぬ幻魔さんだ。

 私の想いを肯定するでもなく否定するでもなく、ただ寄り添ってくれた人。

 思えば彼への感謝と思慕こそが、今の私が抱く使命感の根底にあるのかもしれない。

 

 すなわち──戦う必要のない人々に代わり戦うこと。

 戦えないことを悪でなく、善であるとする世界を護るために。

 暴力がいつか、必要とされなくなる真の平和を目指して。

 そんな想いは、幻魔さんとふれ合う中で培われたのだから。

 

「そう言えば今日、漫画の新刊だったな……本屋寄るけど良い?」

「もちろん。好きにしてくれ」

「ええ、私も適当に見て回りますから」

 

 呑気に聞いてくる幻魔さんには、超越存在などという訳の分からない化物に目を付けられているという不安や疑念が欠片も感じられない。

 人の良いこの人のこと、きっともう既に、先程の酔っ払いに心を許しているのだろう。

 らしいな、と思う。

 

 (それにしてもあの化生、やはり只者ではなかったか)

 

 酔っ払いつつもたしかにこちらを、魔法少女『ファースト・キック』と『サード・タイフーン』を見定めていたあの、青華の狡猾なる視線を思う。

 話を総合して考察すれば、ようやく探し当てた契約者の周囲に、己と同格の存在が複数、姿をちらつかせていることに警戒しているのではないかと推測はできる。

 千早先輩も同じように考えているようで、さりげなくも周囲に気を配っている。

 

 ただでさえ魔法少女並の力を持つ上に、得体が知れない。

 親しみやすい姿を見せつつもしっかりとこちらを窺う隙のなさは、まるで蛇のようだ。

 あんなところで一人、宴会など開いていたふざけた非常識さも、もしかすると私たちが訪れることを見越しての動きなのかもしれない。

 そう思わせる程の危険性。

 

「あの姿も力も、果たして真実かどうか。更なる何かを秘めているのなら、なるほど」

 

 あの千早先輩が手に負えないかもしれない、などと最大限に警戒するわけだ。

 底知れない……だが、だからと言って諦めることは絶対にしない。

 諦めればそこで幻魔さんに何があってもおかしくないのだ。

 一歩とて、ただの一ミリとて後退りはしない。

 今度は私が、命を懸けて護ってみせる──

 

「楓夏ちゃん? どうしたの変に力んで」

「……あっ、いえ。何でもありません」

 

 勢い込む私の様子を目敏く訝しんで、幻魔さんが声をかけてくる。

 しまったな。つい危険に晒される彼を想い、あの時、私を庇って倒れた姉を重ねてしまった。

 何となくだが、この人はよくよく、姉と似通うところがあるように思う。

 優しさも強さも、儚さも、その眼差しの暖かさすらも。

 

「気持ちは分かるけど楓夏、気負いすぎだよ」

「先輩」

「今の私たちは仲間が大勢いる。それに魔法少女だけでなく、幻さんに何かあればすっ飛んでくる強者たちがたくさんいるだろうさ」

「……そう、ですね」

 

 千早先輩が優しく肩を叩いて落ち着かせてくれる。

 まったくその通りで、一人で気負う必要などどこにもない。

 今や魔法少女も心強く七人もいるのだし、そもそも幻魔さんは何故か退魔関係に友人が多いのだから。

 

『関東退魔会』のエースをはじめ、『近畿陰陽協会』の古株、はたまた『特別退魔警察機構』の英雄たちから『日本エクソシスト連盟』に巣食う化物まで網羅している節操のなさ。

 当人はまるで界隈と関わりがないのによくもまあ、ここまで人脈豊富なものだと感心させられる程だ。

 

 彼に何かあればそうした面子が揃って動くのだ。

 そう考えれば先走って暴走したところで仕方のない話だと、改めて落ち着くことができる。

 

「何だか分からないけど、行こうか」

 

 幻魔さんが飄々と告げた。

 千早先輩と顔を見合わせて、私は改めて、ひとまずこの散策を楽しむことに決めたのだった。




(^q^)<何の力もないけど人脈と交遊関係がとんでもチートな主人公すきすきすきすきあいしてる


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青華/四神が一・青龍Ⅱ

酔っ払い視点


 心地好い酩酊感と、顔から火が吹き出るような羞恥と。

 裏腹に冷えた心が訴えかけてくる、あり得ない存在たちへの警戒心とが、家に帰った私の抱くすべてでした。

 

 居間へ入り、買い込んだ食料と酒をテーブルに置き、椅子に座って人心地付けます。

 窓の外は空に近しい青さが広がります──超越存在としての権能を存分に駆使して手にいれたこの借家、高層マンションの最上階で見晴らしも良く、何より広々とした部屋が私好みだったりします。

 しばらく酒を飲みつつ外を眺めて心を落ち着かせ、やがて私は呟きました。

 

「まさかあんなところで出会うとは……大誤算でしたね」

 

 ええ、まったくの偶然でした。

 千年ぶりで、しかも何もかもが恐ろしく便利な方向へ発展した人間世界。

 契約者様を巡る諸問題はそれはそれとして、せっかくなんだから謳歌すべきとウキウキでコンビニエンスストアに行き、ノリノリでお酒とおつまみを買い、我慢しきれずに道端でちょっぴりとだけ、あれこれ飲み食いしていた矢先の、まさかの契約者様との再会。

 

 やらかしたー! と。

 咄嗟に思ったのはそんな一言。

 

 パニックに陥った頭でできたことは、とりあえず食べかけのフライドチキン(すごく美味しかったです)を食べて、飲みかけの缶ビール(キンキンに冷えた喉越しが最高でした)を飲むことばかり。

 そうして落ち着いたところで出てくる言い訳など言い訳にもならない戯言。

 ええそうですとも、私だってあんなところで酒を飲みつまみを食らうことが非常識だってことくらい、知ってますとも。

 

 でも仕方なかったのです。

 美味しい酒とおつまみ。千年ぶりのそれを前にして平静でいられる程、私もお行儀の良い龍ではないのです。

 ましてや今日は麗らかな日差し、行き交う人々で目を楽しみつつ舌鼓を打つことに風情を覚えない超越存在がいるでしょうか。いえいません。

 

「だから仕方ないんです。ぜんぶ人間たちの造るお酒とおつまみが美味しすぎるのが悪いんですから。私は悪くないんです。被害者なんです」

「何ぶつぶつ言ってんだ酔っ払い。俺にも一杯寄越せ」

 

 一人、己を弁護している私に突然、声がかけられました。

 同時に現れる気配。瞬間移動──転移ですね。

 すなわち私以外の超越存在が、ここにやって来たことを意味しています。

 

 振り向けば居間の入り口、呆れたように佇む男が一人。

 中年らしい様相。髭など生やして尊大に見せかけているのでしょうが……

 一応知っている私からすれば稚児の戯れ、ごっこ遊びそのものでまさしく噴飯ものですね。

 ともあれせっかく来たのですから、缶ビールを一本、投げ渡して声をかけます。

 

「何用ですか、ファフニール。良い歳をしていたずら好きの悪童竜が、人間世界を荒らしにでも来ましたか」

「なわけねーだろ、見学だよ見学。何しろ数百年ぶりに俺と契約できる契約者が出たってんだ。実際に契約するかはともかく、人間世界には行くだろ、普通」

 

 言いながらビールを一口飲み、その旨さに驚嘆する男──ファフニール。

 北欧の方でしたか、そちらで名を馳せる悪竜、いわゆるドラゴンです。

 東方大陸を拠点にする私とは縄張り違いですが、龍と竜、多少繋がりはあるということで以前に何度か話したことのある、まあ知り合いです。

 

 やはり、降りてきましたか。

 私やファフニールに限らず超越存在はその存在の大きさゆえ、好き勝手に人間世界に降りることは叶いません。

 唯一、その時代時代に発生した契約者と、契りを結べるだけの相性を持つ存在であれば、契約を結ぶためという名目で人の世を訪れることができるのです。

 

 ましてや当代の契約者様、柊幻魔様は究極の器。

 あらゆる超越存在と契り、それらを率いることもできる史上最高の素質を持つのです。

 いかなる超越存在とて人間世界にやって来ようものとは、当然予想できる話でした。

 

「……他に誰かと来ているのですか? リヴァイアサンとか、ジャバウォックとか」

「俺が誰かとつるむかよ。それに全員来れるからって一気に降りたら、あっという間に人間の世の危機だからな。その辺の調整でお偉方どもは右往左往らしいぜ」

「我々『四神』も似たようなものです。ゆえ、私が先遣として来たのですが……貴方、勝手に降りたのですね」

「こまけーことは気にすんな! にしてもあんた、すいぶん苦戦してるみてーだな?  まさか天下に名高い青龍様が、朝っぱらから酒盛りとはなあ!」 

「貴方も飲んでいましょう! 文句を言うなら返しなさい私のビール!」

「嫌に決まってんだろ! マジにうめーわこの酒、もっと寄越せ」

「自分で買ってきなさい! 権能でも何でも使って!!」

 

 いきなりやって来て人のお酒を! こいつ!!

 ……いけません、ここは冷静に。超越存在同士で争うなど、絶対に良くないことです。

 落ち着くためにちょっときつめの、この国原産の日本酒なる酒を瓶から直に飲みます。美味しい。

 

「その酒も旨そうだなあ、おい……!」

「ぷはぁ。あげませーん」

「ちっ……まあ良いや、買いに行くかぁ。契約者ってのも気になるしな」

「お好きにどうぞー」

 

 ついで程度に契約者様にちょっかいを出すつもりなのでしょうね、この悪童。

 しかしすぐに気づくことになりましょう……我々にも匹敵する怪物が一人、いえ二人、あるいはそれ以上、彼の傍らに常に付いていることに。

 私は止めません。人のお酒を飲んだのですから、少しは痛い目に遭えば良いのです。

 

 それにしてもこの、日本酒?

 美味しいなー。

 まろやかで甘くて、酔いが回るー。

 

 何やら意気込むファフニールを冷たく見やりつつ、私は初めて飲むタイプのお酒に、頬を緩めるのでした。




(^q^)<一応魔法少女を見定めてはいたけど基本的にマジでひたすら欲望のままに動いていたポンコツ酒カスすき


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二章 柊幻魔とかつての家族たち
柊幻魔・7


 本屋に寄って待ち遠しく思っていた、漫画の新刊を買って。

 昼にはちょっとおしゃれ目なレストランで三人、ランチを楽しんで。

 そのあと軽く、スーパーで食料を買い込んで。

 

 そうして腹ごなしもかねて歩いて自宅まで戻ってきた俺と千早ちゃんと楓夏ちゃん。

 時刻としてはまだ15時にもならないところだ。

 夕食までは数時間、のんびり昼寝なり、読書なりはたまたゲームなりテレビなり、何なりとやれるな。

 

「ただいまー。おかえりー」

「ふふ、ただいまおかえり」

「ただいま帰りました。お帰りなさい、皆さん」

 

 互いに互いを労いつつ帰宅を果たす。

 何でもないやり取りだが、帰った時にこういうのがあると妙に嬉しい。

 これでもそれなりに孤独の寂しさは経験しているつもりなので、余計に身に沁みるのかもしれなかった。

 

 居間に戻ってひとまず、買い込んだ品を次々冷蔵庫に突っ込んでいく。

 アパートに備え付けの、年季の入った古くさい冷蔵庫だが案外俺は気に入っている。

 同じくエアコンも、コンロも、風呂場だってそうだ。

 もしかしたらレトロ趣味の傾向があるのかもしれないな、俺って。

 

 千早ちゃんと楓夏ちゃんも手伝ってくれてすぐに片付けも終わり、改めて居間に落ち着く。

 ソファの真ん中に俺、左右に魔法少女の二人が座る。

 そこまで大きくないソファだから密着状態だ。汗くさいとか言われそうで気になるな。

 

「さて、じゃあ後はのんびり過ごそうかな。楓夏は?」

「私も今日は暇ですから。あ、それなら夕飯は作りますね」

「本当? 助かるよ楓夏ちゃん」

 

 リラックスして一息ついて、すっかり千早ちゃんはだらけている。

 普段は結構、口調の堅さもあって凛々しい印象なんだが、うちに来ると大概こうなる。

 気儘な猫が心開いているような感じで、どこか愛らしく思えてくるから不思議だ。

 

 一方で会話の流れで今日の夕食まで担当してくれることになった楓夏ちゃんは、こちらも落ち着いた様子で穏やかに笑っている。

 朝は千早ちゃんに作ってもらって、晩は楓夏ちゃんに作ってもらう。なんとも贅沢な話だ。

 

「楓夏のご飯もひさびさな気がするね。ま、ともあれ今日の残りはのんびり過ごそうよ。ゲームして良い? 幻さん」

「良いよ。また格闘ゲーム?」

「まあねー。魔法少女ってのはこういう時だけは役に立つね、ふふふ」

 

 言いながらテレビの下、土台となっているラックから据え置きのゲーム機を取り出す。

 千早ちゃんは結構なゲーマーで、特に格闘ゲームとかFPS──一人称視点シューティングゲームをこよなく愛する。

 それというのも、魔法少女として強化された反射神経や処理能力がこの手のゲームに打ってつけらしく、元々好きだったのも相まって大層ハマってしまったとのことだ。

 

 最近だと動画サイトで配信なんかして、それで収入を得たりもしているらしい。

 すごい世界ですごい時代だ。

 彼女くらいの頃、雑草食って泥水啜って空き缶拾って、橋の下のダンボールで暮らしてた身からするとまるで別世界の話に思える。

 いやまあ、俺が極端なケースなだけなんだけどね。

 

 俺の事情はさておいても、彼女のそうした活動と成果は夢がある話だ。

 何より人々に娯楽を提供できる立場に、魔法少女である千早ちゃんが着いてくれたことが、かつて戦いに明け暮れていた哀しい姿を見ていた俺にはすごく嬉しい。

 

 千早ちゃんだけじゃなく、美琴ちゃんも、楓夏ちゃんも皆。

 魔法少女だとしても、普通に生きていけるはずなのだから。

 

「何さ幻さん、ニッコリしちゃって。やる? 一緒に」

「ボロ負けするからパス。いやいや、幸せだなぁって」

「……ふふっ。私もだよ」

「幻魔さんのくれた幸せですね」

 

 和やかな午後の風景。

 俺がいて、千早ちゃんがいて、そして楓夏ちゃんもいる。

 そんな光景。

 

 ああ、やっぱり青華ちゃんの言うような強さとか、成り上がりは別にいいかな。

 こんな風に噛みしめられるような幸せがある今が、俺のすべてであってほしい。

 この先も、時代が変わっても皆と楽しくやっていけるのが一番だ。

 

 そんなことを強く願う俺の心とは裏腹に。

 非日常とはいつだって不意に訪れる。

 ──チャイムが今、鳴ったみたいに。

 

「はいはーい。何だろう、郵便?」

「何か心当たりでも?」

「いやあ、ないなあ」

 

 特に何か、受け取る予定もないのだがと玄関に向かう。

 一応警戒してくれるのか、楓夏ちゃんも一緒だ。

 首をかしげつつ戸を開けると、そこには。

 

「……幻魔。ひさしぶりです」

「え」

 

 銀髪の輝かしい、俺と同い年くらいに見える、とんでもない美女がそこにいた。

 久しぶり? ──たしかに久しぶりだな。見覚えがある。

 

「幻魔さん? お知り合いですか?」

「……あー、うん。古い、もう切れてたはずの縁なんだけど」

 

 かつて、俺が追放される前。

 一族にいた頃、一応ながら長男坊ゆえに取り決められていた存在。

 

「六門道沙羅。まあその、昔の許嫁とか言うやつだね、うん」

「……いいなづけ?」

 

 ──許嫁だった女がそこにいた。




(^q^)<修羅場すき


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柊幻魔・8

「いやあ久しぶりだねえ。元気してた?」

「えっ……え、ええ。まあ、それなりには」

「そっかそっか。あ、上がってよ。わざわざ俺の居所を突き止めて来たからには、なにがしか相談なりあるんでしょ?」

 

 若干重い感じの思わぬ再会とでも思ったかい?

 んなこたーない。

 

 俺は若干気後れしてる感のある昔馴染みの元許嫁、六道門家の沙羅さんに明るく声をかけた。

 いやはや、昔から人間離れした美貌だったが更に磨きがかかっていらっしゃる。

 好い人でもいるのだろうか? だったらそいつは幸せ者だ。

 

「え、と。あの、その」

「ん、もしかして日取り悪い? だったらまた後日でも構わないけど」

「いえ、そんな! ……ですがその、私は、私たちは」

「……幻魔さん、話が見えませんが。その、元許嫁と言いますと」

 

 どうにも言い澱んでいる沙羅さん。

 まあ、この子含めある程度の親しい人らには、個人名を伏せて俺の追放されるまでを話してあるからな。

 気を使わせて申し訳ない。

 沙羅さんがちょっとでも落ち着くのを待つ傍らで、俺は楓夏ちゃんに答えた。

 

「うん、俺がまだ良いとこの坊っちゃんだった頃ね。政略結婚とかそういうアレで決まってたのよ、お相手が」

「退魔の名門、六門道家の一人娘が、ですか。しかしその……それも10年前に縁が切れたと」

「間違いなくね。だからこれでも驚いてるんだよ、今になって何か用事があるのかなって。だからまあ、好奇心もあるかもね」

「軽いですね……」

 

 俺の来歴ゆえに、恐ろしく言葉を選んでいる楓夏ちゃんが、どうにも俺のノリが思っていたのと違うみたいで頬をひきつらせている。

 と言っても、はっきり言って済んだことだし。

 これで気にしているようなら、青華ちゃんの言葉に乗っかってそれこそ成り上がりとやらをやり始めてると思うよ、今頃。

 

「10年一昔、ってね。俺としちゃあもう懐かしい思い出だからさ。アルバムの懐かしい顔が来てくれたんなら、何はさておき茶ぐらいは出したいのよね」

「っ……思い出、ですか。そう、ですよね」

 

 何やら落ち込んだ様子の沙羅さん。

 傷付いてる、みたいなのか? 失礼ながらちょっとばかり、意外だ。

 何しろこう言うのも難だが、かつては結構な言葉を浴びせかけられてそれきりだったので、てっきり追撃に何か言われるかも知れないとか内心、身構えたりもしてるんだけど。

 

 心境の変化──今しがた自分で言ったように、10年だものな。

 誰彼構わずそりゃあ、変わったりするよな……

 そこはかとなくしみじみしつつ、いい加減玄関で対応するのもどうかと思い、俺は言った。

 

「とにかく上がりなよ。お客人が二人いるけど、これがまた良い子たちだから──」

「帰ってもらいなよ、幻さん」

 

 途中、ヒヤリとした声音が俺を遮る。

 千早ちゃんだ。振り向くと、居間の方から冷たく沙羅さんを見ていた。

 

 怒っている。

 俺のいるところでは中々見せない、かなりガチめのキレ方だ、これ。

 俺の近くで楓夏ちゃんが、ごくりと唾を飲む。

 こうなった千早ちゃんの怖さは、俺より彼女の方がよく知っているのだろう。

 慎重に声をかける。

 

「せ、先輩。どうか落ち着いてください。幻魔さんに悪いです」

「分かってるけどね。許せないこともあるんだよ、楓夏。おい、六門道のが今さらこの人に何の用だ」

 

 後輩を、いっそ優しげにすら一蹴して千早ちゃんは、沙羅さんには刺だらけの言葉を投げ掛けた。

 というか楓夏ちゃんもそうだが、さすがに退魔界隈の家柄には詳しいのな。

 俺のかつての家、柊に勝るとも劣らない名門、それが六門道なのだが……俺の許嫁が実はそこの一人娘のことだったなんて、説明した覚え一切ないし。

 

 と、一人感心している間に、おろおろしている楓夏ちゃんを尻目として、千早ちゃんと沙羅さんの静かなバトルが始まっていく。

 ああ、こりゃおっかないわ。くわばらくわばら……

 

「魔法少女『ファースト・キック』、それに『サード・タイフーン』。貴女方こそ、何故幻魔の家にいるのです」

「お前に言う必要があるのか? 彼を痛烈な言葉で捨てたこと、私たち魔法少女は知っているし許す気はないぞ」

「……っ。それは、彼が?」

「まさか。この人は、幻さんは健気にも元許嫁がどこのどなたでいらっしゃったのか、今に至るまで完全に伏せていたよ。と言っても少し調べれば即分かる話だったがね」

 

 さすがは名門六門道、魔法少女の正体までお見通しってか。

 あるいは一緒に仕事をしたことさえあったりするのかも知れない。どことなく、沙羅さんと千早ちゃんの間には面識がある者同士の距離を感じる。

 

 とは言え、仲は相当に悪いみたいだが……千早ちゃん、俺の家を調べてたんだな。

 話したのが、互いに互いの傷を舐め合っていた時期だったとは言え、これは俺が浅慮だったかもしれない。

 

 小さく悔やむ俺をよそに、千早ちゃんはやはり冷たく、沙羅さんへと言葉の刃を投げ掛けた。

 

「そら、帰りなよ。何もかも手遅れだということを理解して巣穴に戻るんだね。しっしっ」

「何を……! この、成り行きで力を得ただけの、何も背負わぬ無礼な小娘がっ」

「家柄しか取り柄のない木っ端風情が嫉むな。見苦しい」

「貴様っ!!」

 

 あー、これはいけない。

 お互い完全に憤っているようで、普通なら言ってはいけないと判断できるだろう言葉の応酬だ。

 そしてそうなると当然、実力行使にもなるわけだ。

 

 俺は咄嗟に楓夏ちゃんと視線を絡める。

 彼女も危機感ゆえかすぐに意図を理解し、そして。

 

「はいストップー! 沙羅さんストップ、ストーップ!!」

「先輩いけません! それ以上やるなら私が相手になります!」

 

 俺は沙羅さんを、楓夏ちゃんは千早ちゃんを。

 割と決死な覚悟で横槍を入れ、止めにかかったのだった。




(^q^)<言葉の殴り合いすき


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柊幻魔・9

「申し訳ない、幻さん、楓夏。柄にもなく熱くなってしまった」

「本当ですよ、まったく!」

「こちらも、非礼をお詫びします……」

「ま、まあまあ。とりあえず落ち着けたから。この話はこれっきりで、ね?」

 

 まさしく一触即発。

 今にも異能バトルが始まりかねない、危険な状況だったのがこうして落ち着いたのは、正直、楓夏ちゃんの頑張りによるところが大きい。

 沙羅さんを止めるのは俺でもどうにかできたけど、千早ちゃんはそうもいかないからだ。

 

 沙羅さんには悪いけれど、素人目に見ても千早ちゃん相手にまともに勝負できるとは到底、思えない──彼女ら魔法少女はそれこそ、青華ちゃんのような超自然的存在クラスみたいだからな。

 いくら名門で鍛え抜かれたと言え、一般的な退魔師の範疇をでないのであれば、結果は火を見るより明らかだった。

 

 ゆえに楓夏ちゃんは千早ちゃんに相対したのだ。

 あってはならない、魔法少女同士の揉め事に発展させてしまうことも厭わずに先輩を止めたのである。

 

「楓夏、本当にごめん。君にそこまでさせてしまった」

「……気持ちは分かりますから、私も。ですがそれが今の幻魔さんの平穏を壊すのなら、仕舞っておくのが正解だと思うんです」

「まったくだ。これは完全に私のエゴだな」

 

 ひどくしょげかえって、千早ちゃんは自分が暴走しかけていたことを悔やんでいた。

 楓夏ちゃんが同情的であるように、正直な話、俺としても理解はできる。

 もし俺が千早ちゃんの立場だったらたぶん、止まれなかったかもしれない……それを思えば彼女はやはり、強い心と正しさを持つ気高い魔法少女なのだ。

 

 せめて慰めになればと千早ちゃんの頭を撫で、感謝の印に楓夏ちゃんの手を握る。

 それぞれ、こうされるのがお気に入りだと言うのだ。これで少しは気分が良くなってくれると嬉しいんだけど。

 俺たちの様子を、ショックを受けたように沙羅さんが見てくる。

 

「……その。仲、良いんですね」

「まあ、付き合い長いしね。千早ちゃんから始まって日葵ちゃんまで、なんだかんだ毎年一人ずつ魔法少女と知り合いになってるよ」

「『セブンス・ライトニング』までとは……つまり全員と親しいと?」

「幻魔さんは私たち魔法少女の一番の理解者ですから。この人のお陰で、私たちは戦い抜けたんです」

「……なる、ほど」

 

 楓夏ちゃんの説明もあり、沙羅さんは深く頷き、考え込んだ。やはりどこか、陰のある表情だ。

 まあ、そりゃあね。

 無能だってんで追い出した奴が、何の因果か退魔にどっぷり浸かってる子たち全員と親しくなっているのだ。

 何をどうやったってなもんだろう。

 

 この分だと魔法少女以外の知り合いとか、見せたら一日中頭を悩ませるんじゃなかろうか。

 そんな益体もないことを考えつつも、俺はそもそもの用件を窺うことにした。

 

「それで、ええと。沙羅さん、10年ぶりに俺に会いに来たのは、何を目的に?」

「……あ。そ、そうですねそれを話すべきです。とはいえ、今さら、聞いてもらえると思いませんでしたが」

「まあ、それこそ今さらですし」

 

 本音を言えば。

 思うところは、そりゃあ俺だって人間だし少しはある。

 

 でも追放されてからしばらくの間持っていたような、怒りとか悲しみとか、憎しみとか絶望とかはもう、ほとんど全部風化している。

 本当に、誇張なしで生きるのに精一杯だった以上、そういう余裕を持つ暇だってなかったし。

 そうこうしているうちに千早ちゃんたちに出会ったし。

 何より、今の幸せに満足したし。

 

 だからもう、沙羅さんも引きずる必要はないのだ。

 何があったか知らないが今の彼女、やけにあの日の訣別を悔やんでるみたいだ。

 いつからそうなったのかは知らないが、そんな後悔を抱えて生きていくのは──辛いことだろう。

 辛いことを無理にする必要は、誰にもないはずだ。

 

 そんなことをちょろっと述べると、沙羅さんはどこか、傷付いたように涙を目に浮かべた。

 

「……優しすぎるよ、幻魔くん……」

「おっ、あの頃に戻ったね口調。そうそう、そんなんで良いさ。気楽にいこうよ、きらくーに」

「できそうにないけど……ありがとう。その言葉だけで、私、少しは自分を赦せる気がする」

 

 そう言って微笑むのだが、内心ではそう思ってなさそうな感じだ。

 自分を赦せる気がする、か。

 思い詰めすぎなんだよ。

 けれどもう、これ以降は今の俺から何かを言う筋合いではないし、義理でもないだろう。

 俺は黙って、本題を促した。

 

「実は、ね。幻魔くんと契約したいと仰られて、とある神霊様が柊と六門道にコンタクトを取ってきたの」

「……あー。そこでこういう繋がり方するのかあ」

 

 まさか柊家や六門道家の方から超越存在の話を持ってこられるとは、よもや思いもしなかった。

 考えてみれば退魔の名門、であれば神格ある存在とも多少であれ関わりを持っていても不思議ではない。

 何てことだ、今さら界隈に関わらされそうになっている気がしている。嫌だ。

 

「青華、あの女が絡んでいるんでしょうか先輩」

「ふむ……きっかけは奴かもね。初対面の折、やけに幻さんの来歴に詳しかった。最初に柊を訪れたのだと考えれば辻褄は合う」

「青華は幻魔さんの追放を知り、柊家は幻魔さんが契約者であることを知り……ですか」

「さすがね、魔法少女。いかにも発端は、柊家に『四神』の一体、青龍様こと青華様がお降りになられたことよ」

「……青龍だったのか、あの子」

 

 俺でも聞き覚えのあるビッグネームじゃないか、非常識な酔っ払いのくせして。

 人の行き交う往来のベンチで一人、朝っぱらから酒盛りを始めたとんでもない酒飲みの超越存在の正体は中国神話に名高い『四神』が一体、青龍。

 そんな情報に俺はもちろん、千早ちゃんも、楓夏ちゃんも微妙な顔をして、顔を見合わせるばかりだった。




(^q^)<色々あって盛大に曇る幼なじみすき


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沙羅/六門道長女Ⅰ

沙羅視点


 10年前。

 私は、罪を犯した。

 

『無能が許嫁だったなど、恥ずかしい……!』

『才なくば退魔師にあらず。退魔師にあらずば柊にあらず』

『柊に生まれながら退魔師にあらずは……人ではありますまい。獣め、人がましい振りなど怖気が走ります』

『失せて、地を這い、野垂れて果てなさい。私は真なる柊次期当主、天羅様と共に無能に貶められた柊家と六門道家を支えましょう』

 

 おぞましい罵倒。人間の尊厳を破壊する、悪魔の言葉。

 それがすべて私の口から放たれたことが、未だに悪夢のようにすら思える。

 けれどその言葉を向けられた幻魔──幻魔くんの、絶望という表現すら生ぬるい表情が毎夜毎晩、夢に現れて。

 これは悪夢ではなく現実で、私はどうしようもなく愚かな罪人なのだと突き付けてくる。

 そんな10年間だった。

 

「それで、割と早い段階から俺のこと探してたの、もしかして?」

「ええ。青華様がお越しになられたのが8年前。そこで契約者なる存在と、幻魔くんがそうだと知り。さらには別の超越存在様も幻魔くんをお求めになり……以降、柊も六門道も一族総出で捜索していたの」

「価値が生まれた途端に、ですか。聞いていて気分の良い話ではないですね」

「仰る通り、ね。どの面を下げれば良いのか、私は……本来であれば、合わせる顔もない女よ」

「まあまあ。そう言わずに二人とも」

 

 魔法少女『サード・タイフーン』の、呆れと嘲り、何より憤りの籠った眼差しと言葉に、私は正直に答える他ない。

 アパートの居間、仲睦まじく二人の魔法少女とふれ合い、落ち着かせながら私の釈明を聞いている幻魔くんを見る。

 10年前から大きく成長した、落ち着いた眼差し。

 老成したと言っても良いのかも知れない。

 何かを諦め、達観し、それでも生きていくような柔軟な強さを感じる。

 

 この10年という月日を追放されて過ごした彼の、乗り越えてきた艱難辛苦はもはや私ごときには想像もつかない。

 私とて一端の退魔師として成人して以来、各地で魑魅魍魎や妖魔怪異と戦ってきたが、いつだって柊と六門道の手厚い支援があった。一人ではなかった。

 けれど、彼はたった一人、命一つ身一つでここまで生き延びてきたのだ。

 

 私などが推し量ることさえ烏滸がましい。

 そう思える程度には、この10年で私も、世間様と言うものを勉強させてもらえた。

 それは同時に、了見が狭く器の小さい我ら六門道と、みごとに毒されていた愚かな小娘が犯した罪に嫌でも向き直らなければならない、辛い、苦しい日々をも意味していたけれど。

 あのまま、気付かないでいるよりかはずっとずっと良いのだと、今の私は確信している。

 

「よく、今まで見つからなかったなあ俺。柊と六門道がそんな風に全力なら、すぐに見つけられそうなもんだけど」

「いえ。その、捜索自体が難航したの……何故だか退魔の各団体から、年単位の圧力と妨害があって」

「……ええと。いくつか思い当たる顔は浮かぶな」

 

 心当たりがある素振りの彼に、内心、冷や汗を禁じ得ない。

 世界規模で見ても退魔師業が盛んなこの国において、退魔師たちによって構成され運営している各地域の組織の、影響力は名門一つ二つでは相手にならない。

 

 幻魔くんはそうした絶大な力を持つ退魔組織の複数から庇護を受けていたのだ。

 仮にも名門たる柊と六門道が、結託して総力を挙げてなお捜索が難航する程にまで、彼は護られていた。

 

「関東退魔会、近畿陰陽協会、南九州神道、日本エクソシスト連盟──果ては政府お抱えの特別退魔警察機構や特別退魔捜査本部に至るまで。この国有数の組織がことごとく幻魔くんを知っていて、かつそれを隠そうという素振りだった。繋がりが?」

「いやあ、別に組織単位でどうのってんじゃなく、たまたま知り合ったその辺の知り合いがよくここに遊びに来るだけだよ。まさかそんなことになってたなんてなあ」

 

 あっけらかんと、まるで他人事のように話す。

 そんな彼はいつもの姿なのだろう、『ファースト・キック』も『サード・タイフーン』も当たり前みたいな顔をしてそれを聞いていた。

 

 そう、この少女たちとて我々の想像の埒外だ。

 魔法少女──7年前に初代『ファースト・キック』が発生して以来、毎年一人ずつ増えていっている若手、かつ極めて強力な個人退魔師。

 仔細は未だ明らかでないが、明らかにこの退魔全盛の時代にあってなおトップクラスの力を誇る彼女らが、どうしたことかここにいて幻魔くんに侍っている。

 それも、信じがたいが七人全員がそうなのだという。

 

 目眩がする話だ。

 私は、私たちは、一体何を追放した? 何をしてしまった?

 心情的な罪悪感だけではない。

 政治的、組織的な面における過失の大きさすらこの身にのし掛かってきている気がする。

 

「そう……ともあれ、それで今日ようやく見つけたの。幻魔くん」

「うん?」

「申し訳ありませんでした。柊と六門道を代表し、また私個人の愚行も併せて──この通り、深く謝罪申し上げます」

 

 私は改めて、10年間のすべてを償うかのように土下座をする。

 分かっている。こんなことで償える程、我々の罪も、罰も、彼が過ごした10年という歳月も軽くはない。

 それでもこうしなければ、何一つとして前に進まない気がしたのだ。

 そう思うことさえ、自己満足な独り善がりであることを自覚しながら、なお。

 

「本当に……ごめんなさい。私は、人の心を労ることもできない屑です。自分のことしか考えられない、最低の生き物です」

「馬鹿なことするんじゃないし、言ってるんじゃないよ……もう。辛かったろ、そんな風になるまで追い詰められて、可哀想に」

「……でも」

「大丈夫、気にしちゃいない。それより、そんな風に自分を貶める姿を見る方が辛いよ。顔を上げてくれ……家には戻る気ないけど、気持ちは十分伝わってる。大変だったね、沙羅さん」

 

 こんな私に、どうしてそこまで優しくしてくれるの。

 罪悪が、後悔が津波のように押し寄せる。

 涙が落ちる──こんな姿を見ると余計に彼の同情を買ってしまう、卑怯で卑劣だと理解していても、止まらない。

 

 私は土下座をしたまま、静かに涙を流し続けた。




(^q^)<過去の取り返しが付けられない過ちに苦しみ謝り続ける女の子すき


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柊天羅/柊家次期当主Ⅰ

「それで。幻魔は我々の要求には応じなかった、と?」

「……はい。今さらもう、関わりを持つのは遠慮したい、と」

「そうか。当然の話だな」

 

 首都東京の近郊に大きく構えられた、退魔の名家柊の本家屋敷。

 その中でも一等、広く拵えられた謂わば本丸御殿にて。

 僕を含めた柊家の幹部は揃って、夜の帳も降りた今、六門道家の沙羅嬢からことの顛末を聞いていた。

 現当主、柊剛三郎が厳かに瞳を閉じ、固い表情で呟くのを皮切りに、長老たちが騒ぎ始める。

 

「契約者などと正直、青龍様から聞かされてなお、半信半疑であったが……」

「各組織に繋がりがあり、しかも誰にも手懐けられなんだ魔法少女どもを侍らせとるとは」

「無能がこの10年で、まさかこうなるか」

「といいますかそもそも、生きておったのですなあ。てっきり数年で野垂れ死んでいたものかと」

「然り然り」

 

 今さら、かつて無能と追放した者へ媚びなければならない屈辱。

 契約者などという、唯一無二の素質を持って生まれたことへの嫉妬。

 正体不明の極めて強力な退魔師たち、魔法少女と呼ばれる存在を複数人囲っていることへの危機感。

 何より──何もかも剥奪され、文字通り裸一貫で放逐されたにも拘らずなお、命を繋いでいた事実への驚愕。

 腐敗臭漂う老害たちの、反応は概ねこんなものだった。

 

 聞きつつも、知れず、握り拳に力が入る。

 勝手な理屈で追い出して、勝手な都合で戻そうとして。

 それが叶わなければこうして妬み嫉みで騒ぎ立てる。

 こいつらと妖魔怪異どもと、どれ程の違いがあるのだろう──ましてそんな連中に、今はまだ、従わなければならない僕なんて。

 

 何が柊次期当主だ。

 人から、兄からすべてを奪い取っておいてこの体たらく。

 己で成したものなどこれまで何一つもありやしない。

 

 僕は。

 柊家、次期当主。柊天羅は。

 10年前に姿を消した兄、幻魔への複雑な思いを禁じ得ず、僅かに俯いた。

 そんな僕を横目に見つつ、かつての兄の、そして今は僕の許嫁である六門道沙羅さんが、凛とした佇まいで続ける。

 

「幻魔は、立派になっていました。優しく、強い心を持つ御方でした。私などより、よほど」

「ふん! かつての許嫁によもや、情でも湧きなおしたのか? 六門道の小娘!」

「しょせん退魔の才なき下等生物であろう。我らがいなければまともに生きていくこともできない、憐れな輩には変わりないわっ」

「女の扱いには長けておるのかもしれんがなぁ、ウハハハハハーっ!」

「然り然り」

 

 盟友のはずの六門道家、しかも次期当主たる僕の許嫁でさえ罵倒する、老害たち。

 現当主が、父が密やかに眉をしかめるのが見える。静かに抱いている、怒りや殺意でさえも。

 僕にすら見えているそうした不興を、けれど長老たちは気付かないんだ。

 耄碌しきって、腐敗してしまっているから。

 

「恐怖……」

 

 ああ、ああ。

 耄碌とはこんなにも恐ろしいものなのか。

 この長老たちも、きっと若い頃には今の若衆らと同じように、理想に熱く燃えて退魔を志していたはずなんだ。

 それが歳と共に、年月と共に情熱は衰えて、理想は野望に変わり果てて、欲望にまみれて……

 今や老害へと成り果てた。

 

 何て醜悪な姿。

 これが歳を取ることの本質ならば、僕は今、20歳のこの時点で時を止め、このままの僕でいたい。変わりたくない。

 

「静粛に。幻魔の今と、思うところは承知した。しかして我らとて、御方の──かの天津神のお望みとされるままにせねばならぬ。ひとまず訪問という形ででも、ここに連れて来ねば。柊と六門道の存亡にも関わる」

「退魔の名門が二家揃って、無能風情に嘆かわしい……!」

「然り然り」

 

 当主様の言葉に嘆く長老たちだが、状況としてはもう、まさしくすべては兄次第なのだ。

 8年前。青龍様が降臨なされ、兄の秘めた素質、すなわち神々を率いる器である契約者としての正体を僕らが知って、間もなく。

 この国の神話にも名高き、とある天津神様がお越しになられた。

 目的はもちろん、兄だ。

 

 青龍様同様、御方は既に兄が追放されており、その行方も知れずとなっていることに大層驚き、またお怒りになられた。

 節穴どもめ、と。そもそも大した咎もない者を追放などするな、それは我々ですらしなかったぞ、と。

 そんな、当たり前の話を当たり前のように叱責されて。

 そうして退魔の名家とされる僕たちは慌てて、兄の行方を調べ始めたのだ。

 

 恐ろしく捜索に難航したものの、ようやく見付けた。

 けれどその頃にはもう兄は一人立ちしていて、家に戻る気など毛頭ありはしない。

 当たり前だと思う。仮に戻ったとして、下手をすれば上手く使い潰されてまた捨てられるか、最悪、殺される可能性さえあるんだ。

 帰るわけがない。

 

「……天羅よ。幻魔の弟として、今度はお前が交渉しに行くのだ。幻魔はお前を可愛がっていた。情ゆえ、多少は譲歩してくれるやも知れぬ」

 

 父の、渋面からの指示。

 今さら僕に、兄に会えと?

 何もかもを奪ってしまった加害者が、何もかもを奪われてしまった被害者に、交渉しに行けと?

 

「御意」

 

 ……けれど僕はそう答えた。

 政治的な話だとか、契約者がどうとかは二の次だ。

 

 とにかく兄に逢いたかった。

 幼少の僕を可愛がり、慈しんでくれたあの人にもう一度会って、せめて謝りたいんだ。

 

 ああ、そして願わくば。

 もう一度抱きしめてほしい。

 幼い日のあの温もりを、もう一度だけでも良い、感じたい。

 

 幻魔兄様。

 天羅が今、会いに行きます。




(^q^)<ブラコン男の娘すき


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柊幻魔・10

 かつての許嫁、六門道沙羅さんが急にやって来てから何日か経った、ある日のこと。

 その日も例によって複数人、友人が家に遊びに来ていた。

 

「相変わらず狭いなァこの家」

「普通ですけど? 勝くんが大きいんだよ」

「そうか? そうかもなァ」

 

 二メートル近くある長身に、がっしりしたマッチョな体型。

 俺と同じくらいの歳なんだが、一回りは上に見える濃い……と言うと失礼かな? 何だろう、劇画タッチっぽい顔の、昭和的男前。

 何ならファッションだって昭和だ。ジーンズに色シャツを中に入れ、レザージャケットを羽織って腕捲りまでしている。

 挙げ句にどこから仕入れたのか指貫グローブを装着しているんだから大したもんだ。いつの人だあんた。

 

 とにかくそんな大柄の男が俺の家のソファに寝そべっている。

 正直、そうしているだけで部屋が狭くなる程だ。

 彼──名を十名山勝というのだが、俺の友人の一人に相違なかった。

 そんな勝くんを見て、俺の隣で椅子に座る、制服姿の女の子が感心したような声をあげた。

 

「へぁー! 都会の人は背ぇ高いんだぁねえ! あたし驚いちゃったよ幻魔の兄さん」

「都会の人が皆こうなら、俺とか千早ちゃんも大概大きいことにならない?」

「んー? ……あ、そっかぁ!」

 

 相変わらず何ともすっとぼけた感じの子だ。

 これで学業の方は千早ちゃん並にそつなくこなすんだから侮れないよ。

 ていうか今日、平日じゃない? 学校どうしたのよ。

 

「うぇっへっへ! 今は丁度テスト期間中だし半ドンなの! 半ドンドーン!」

「半ドン……古い言葉を使うねえ。勝くん世代くらいおじさんの語彙じゃないか」

「幻魔くん? そこまで歳いってないよ幻魔くん? あと俺世代ならお前もそうだろ幻魔くん?」

 

 知らないよそんなおじさんの言葉。

 俺は10年前から年を取らないことにしたんだ。永遠の18歳なんだよ!

 ……とまあ、それなりに気心の知れたやり取りを交わすくらいには、俺と勝くんは付き合いが長くて深い。

 よくまあ飽きずにこんなところに足繁く通うよな。たしか新婚だろ、こいつ。

 

 新婚の旦那の癖に嫁ほったらかしで友人の家に遊びに来る馬鹿を見る目には気付かず、勝くんはむしろ、俺に対してまるで、犯罪者を見る目を向けてきた。

 

「にしてもお前な。どこから連れてきたんだこんな可愛い子。しかも学生服着てるってことは、そういうプレイじゃなけりゃガチで未成年ってか? アレか、逮捕されたいのか?」

「勘弁してくれお巡りさん。違うよ、この子は千早ちゃんの後輩だ」

「……あ? てことはまさか、魔法少女か」

「言って良いの、幻魔の兄さん?」

「良いよ良いよ。こいつ、特退警のエースだからね。千早ちゃんとも顔馴染みだ」

「え」

 

 俺の言葉でおじさんと少女の双方、ぎょっとして互いを見る。

 そうだよこの二人、これが初対面なんだよな。

 勝くんの方は千早ちゃんとも古馴染みだし、何となく魔法少女全員が知っている気がしてた。

 ここは間に立たなきゃな、俺。

 そう思い、彼と彼女に互いを紹介する。

 

「こちら、特別退魔警察機構の十名山勝くん。機動なんたらのエースだよ。聞いたことない? 何だっけ」

「機動退魔部隊長、対妖魔特殊装甲『ギア・ダイナミック』装着者だよ。聞いたことないか?」

「は、はわわわ! テレビで見たことある! 有名人だサインくだせえ!」

「お、おう……良いけど。ペンある?」

「あるけど……」

 

 突然のミーハーと化した少女に、俺は困惑を隠せないまま素直にペンを渡すけれど、なんか納得がいかない。

 え、何? 勝くんて現役女子中学生にここまでキャーキャー言われるん?

 しかも若干、手慣れてるじゃないか勝くん。サインがこなれてるぞ勝くん。ボールにサイン書いてる野球選手か、勝くん。

 

 いやまあ、日夜、妖魔怪異から人々を護る国家組織が誇る最強の戦士らしいし。

 たしかにたまに、テレビで活躍とか映ってるし。

 そう考えると人気があっても当たり前だな……俺も後でサインもらお。

 

「こほん。さておき今度は勝くんへ。彼女は」

「あっ! そうだ初めまして、魔法少女『シクスス・ワイルド』こと京子です! 幻魔の兄さんにはいつも、お世話になってます!」

「まあ、そういうこと。例によって千早ちゃん経由でここに入り浸ってるよ。住まいが遠いから、そこまで頻繁じゃないけど」

「変身すればすぐだよ、幻魔の兄さん」

 

 ただの移動にわざわざ魔法少女になるのか……

 それはさておき、まさしく京子ちゃんは六代目魔法少女『シクスス・ワイルド』だ。

 

 元々は緑深い山郷で生まれ育った、野生児さながらの身体能力を持つ、日焼けした肌に黒い短髪が陸上選手めいた姿の、中学三年生の女の子である。

 性格はとにかく陽気で喜怒哀楽の感情表現が激しい。

 総じて、魔法少女の中でも特に元気一杯な子だろう。

 勝くんが、ふむと何かを思い出すように呟く。

 

「『シクスス・ワイルド』……六番目か。たしか資料では『セカンド・パンチ』並のパワーで、他に類を見ないラフファイターと聞くが」

「うひゃあぁっ、そんなこと資料で!? は、恥ずかしいぃ」

「いやまあ、そりゃ魔法少女ったら謎の退魔師集団だしなぁ。どこかしこでも調べるさ……まさかそのうちの一人に今日、会うとは思っちゃいなかったが」

 

 苦笑いを浮かべる勝くん。

 何となく、『ここには色んな奴が来るなあ』と考えている気がする。

 君もその一人なんだよ。




(^q^)<日焼け野性的女子すき


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柊幻魔・11

 これは、俺としてはいまいちピンと来ない話の一つなんだが。

 千早ちゃんをはじめとする魔法少女にしろ、勝くんこと『ギア・ダイナミック』にしろ、退魔界隈をも超えて一般社会にも人気沸騰中なのだそうだ。

 

 まあ、基本的にテレビを見ない俺でも時折、賑やかしに付けたニュースで『ギア・ダイナミック』を見かける。

 ネットのSNSなんか眺めていると、魔法少女の誰それが現れただのと投稿があり、あまつさえトレンドに乗るのも何回か見た。

 匿名掲示板だとそれぞれの魔法少女のファンやアンチがスレッドを立てて、まるでアイドル合戦やっているような有り様なのは、一度千早ちゃんに面白半分で紹介されたことだってある。

 

 まあ、つまり。

 そういう、現代退魔社会の中でも高い人気を誇る有名人さんたちが、何を思ってかこんな安アパート暮らしの、退魔とは別に関係ない人間の家に入り浸るのか。

 それを思うと縁とはつくづく、おかしなものだと思い知る今日この頃なわけ。

 

「いやはや千早嬢にはもったいない後輩だなァ。あいつ、先輩風びゅんびゅん吹かせてるんじゃないか?」

「うぇ!? い、いえいえそんなことないですし! 千早先輩は魔法少女全員にとっての大先輩ですからぁ!」

「動揺してるなあ……」

「千早ちゃん、ちょくちょく圧のあるタイプの先輩になるからねえ」

 

 ちなみに俺の見たところ、千早ちゃんはもちろん美琴ちゃん、楓夏ちゃんで一まとまり。それより若い年代の子たちとでもう一まとまりと若干、グループが分かれている感じがしている。

 まあ、一番年上の千早ちゃんと一番年下の日葵ちゃんとで7年、歳が離れているんだ。

 ジェネレーションギャップもあるかも知れないし、そうした区切りというのも仕方がない気がする。

 

 さておき、そんな魔法少女年長組の中にあっても、初代である千早ちゃんの畏怖されようは結構なものだ。

 別に、怖かったり厳しかったりするわけじゃない。むしろ美琴ちゃんの方がどちらかと言えば、スパルタ気味な傾向はある。

 それにしたって本当の体育会系から見るときっと、甘々なんだろうし。

 

 千早ちゃんはむしろ逆で、相当後輩たちを高く評価している。

 本人たちには面と向かって言わないだけだ。何でも恥ずかしいからだそうだが……

 そんなだからどこか近付き難いのだとか、後輩の子たちから俺が節々で聞かされることになるんじゃないかな。

 

「自分たちの始まり、大先輩。歳も離れていて大人だし、畏れ多くて中々お近付きになれそうにない。だっけ」

「……千早嬢、ずいぶん偉くなったもんなんだな」

「う、ううう!? 幻魔の兄さん、それ内緒だよぉ!」

 

 ぽかぽかと柔らかく叩いてくる可愛らしい少女の、頬は赤い。

 何を隠そう今のはいつぞやか、京子ちゃん本人から熱弁された、魔法少女『ファースト・キック』の武勇伝と、そんな彼女の後輩として生きていかなければならないという、誇りと裏腹のプレッシャーについての一部分だったりする。

 もっと言えば似たようなことは他の魔法少女たちからも聞かされていて、もう耳にタコができそうなくらいだ。

 

 要するに、雲の上の存在として見られているわけだな、千早ちゃん。

 割合的には美琴ちゃんと楓夏ちゃんが大体、後輩たちの相手をしているもんだから、必然的に接する機会も少なくなるし……そんなだから余計に、言ってしまえば神格化されがちなわけだ。

 

 そんな経緯を勝くんに説明したところ、彼は基本、デリカシーがない人だから、

 

「面倒だなァ。互いに腹を割って話せば良いんじゃないのか? 千早嬢、連れてこようか今から?」

 

 なんてことを言う。

 いかにも勝くんらしい、海辺で殴り合えば友情が芽生える考え方の発言なんだが、誰彼構わずそれが通るとも限らない。

 そこは彼も分かっていての発言だろうから、俺も分かった上で、あえて京子ちゃんにも聞かせるように返した。

 

「無理に割って入ってもろくなことにはならないと思うよ、勝くん」

「だったら幻魔くんが連れてこいよ。嬢ちゃんなら幻魔くんの一声どころか、電話1コールだけでも次の瞬間、すっ飛んで来るぜェ」

「強引なのは話をややこしくするだけだってば。こういうのはね、結局当人らでちょっとずつ歩み寄るのが一番なの」

 

 俺の言葉に、勝くんはふむと、そんなもんかと頷いて一口、持参していたビールを飲んでいた。

 さすがに長い付き合いだ。

 うまいこと、話の落とし所を作ってくれた。

 

「……ちょっとずつ、歩み寄る」

 

 そして、京子ちゃん。

 俺と勝くんのやり取りを、自分なりに受け止めて咀嚼しようとしてくれている。健気で、聡明な子だ。

 心酔することは必ずしも、その対象を理解することに繋がるわけではないのだと──彼女ならば遠からず、気付くだろう。

 

 あとは千早ちゃんにも少しばかり、助言させてもらおうかな。

 大切に思うなら、それならそうときちんと伝えた方が良いと思うよ、と。

 俺や勝くんだって偉そうに言えたもんじゃないけれど、それでも魔法少女の皆よりは少しだけ長生きだ。

 何かの参考程度にでもしてもらえれば、嬉しいんだけれど。

 

 ──ガチャ、と。

 玄関のドアが開く音がしたのは、そんなタイミングだった。

 

 勝手知ったる感じの入り方だ、白昼堂々の強盗でなければ、十中八九知り合い友人の類だろう。

 また誰かやって来たかな? どこの誰かな?

 と、俺も勝くんも京子ちゃんも興味津々とその人物が、居間まで来るのを待っていると。

 

「やあ幻さん……と、十名山に京子くんもいたか。そら、お土産だ」

「不覚……被捕縛……」

「千早先輩!?」

「土産ェ!?」

「誰ェ!?」

 

 千早ちゃんがやって来て、片手で首根っこを掴んで引きずってきた、中性的な美少年をこちらへと放り投げたのであった。




(^∇^)ノ♪<そわそわしながら兄との再会を待ちかねてたら化物に捕まって土産物扱いされるブラコン男の娘すき


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柊幻魔・12

「いつか見た、柊の次期当主殿がどの面下げてかこの辺、うろついていたからね。まーた幻さんにちょっかい出すつもりかなって、だったら手っ取り早く捕まえてみた」

「決断が早すぎんだろ。しかもやり口が蛮族じゃねえか」

「恐怖……『ファースト・キック』、異常……っ」

「うるさいよ君たち、これが魔法少女流だ」

「えぇ……?」

「こらこら、魔法少女への風評被害は止めなさいよ」

 

 京子ちゃんがドン引きしているじゃないか。

 何が魔法少女流だ。

 今までそんな流派、聞いたことないぞ。

 

 千早ちゃんは昔からこういう、相手によって恐ろしく雑でいい加減な対応を取るところがある。

 今回もご多分に漏れず、色々考えて動くのが面倒になったんだろうけれど……まさか柊の次期当主相手にまでやるとは、ある意味畏れ入るなあ。

 

 にしても。

 俺は、千早ちゃんへの恐怖でこちらに擦り寄る、次期当主を見た。

 10年前と変わらない、うん、マジで大して変わってないな。今年で二十歳じゃなかったっけ、この子?

 小柄で女の子みたいな可愛らしい顔立ちの、黒髪の少年。

 身長が、少しだけ伸びたくらいだろうか。

 千早ちゃんより小柄じゃないか、ちゃんとご飯食べさせてもらっているのかな? 思わず心配になる。

 

 何しろまあ、縁が切れたとは言え実の弟だからね。

 そう、柊家次期当主──柊天羅が今、何の因果か俺の前にいた。

 千早ちゃんがよほど怖いのか、震えるその肩を叩く。

 

「天羅」

「っ……兄様」

「久しぶり、元気してた? 千早ちゃんは怖いけど優しい子だよ。そう怯えなくていい、大丈夫」

「幻さんに怖がらせるような真似をした覚えはないけど? ねえ、こっち向きなよ幻さん」

「君ね、そういうとこよ」

 

 ちょっと面白がってるみたいで、半笑いでからかうような千早ちゃん。反面、天羅へは冷めた目を一貫して投げ掛けている。

 千早ちゃん、割とどうでもいい人間からはどう思われようが構わないと思ってる節があるんだよなあ。

 だから基本的に躊躇も遠慮もないし、それゆえ大胆かつ柔軟に、今回のようなある種、暴挙に出ることも厭わない。

 下手したら柊家、六門道家を敵に回すのにねえ。

 

 初代魔法少女としての強みなのだろうけれど、人間としては少し、寂しい気もする。

 孤高、と言えるのだろう。

 最初に発生し、そして今なお戦い続ける魔法少女『ファースト・キック』らしい、姿勢ではある。

 けれど。

 このくらい言うのは、俺でも許されると願いたい。

 

「千早ちゃん。君を大切に思う人は、たくさんいることを忘れないでね」

「……ありがとう、幻さん」

 

 穏やかに、嬉しそうに微笑む千早ちゃん。

 たおやかなその表情に、しばし心を奪われる。

 本来の、ただの女の子としての彼女の笑顔が、そこにはあって。

 

 願わくばいつか。

 この子がずっと、こんな風に笑顔でいられる世界が来ることを。

 俺はそう祈らざるにはいられなかった。

 

「にしても柊んとこの次期当主が、こんなところでうろちょろしてたか。やっぱ幻魔くん狙いか? 護衛はどうした」

 

 と、勝くんが天羅くんに質問する。

 たしかにそうだ、この辺に柊ゆかりの土地はないはず。

 となればこないだの沙羅さんよろしく、俺に用事があったんだろう。

 それに護衛の一人もいないのはおかしい気がする。

 まさか……

 

「いなかったよ? いたら流石に私だって留まってたし。こいつ、本当にたった一人でいたんだ」

 

 不意に浮かんだ疑念を否定する千早ちゃん。

 周囲の視線が集中する中、俺に縋る天羅くんがぽつぽつ、説明し始めた。

 

「僕、柊最強。護衛、邪魔。兄様、恐怖」

「ええと……自分が柊家で一番強いから護衛は邪魔なだけ。兄、幻魔の兄さんのこと? も怖がらせるって?」

「肯定」

「相変わらず漫画チックな喋り方しやがるな、こいつ……」

「むしろよく翻訳できたね、京子くん」

「あっ、はい。うちの村の長老がよく似た喋り方なので」

 

 長老かよ。

 しかも京子ちゃんの村ってかなり山奥の集落じゃなかった?

 どうなってるの天羅くん?

 十年前からそんな喋り方だったっけ?

 

「兄様、兄様……! 再会、感動……っ。謝意、謝意……!!」

「ああ、これは俺にもわかる。再会できて俺も嬉しいよ天羅くん。別にそんな、謝らなくていいから」

「謝意……謝罪っ! 罪悪、忸怩、無力……!」

「何を言ってるのか分からんが、何が言いたいのかは伝わってくるな、何となく」

 

 勝くんの困った顔を横目に、ついに俺に抱きついて、泣きながら謝罪を口にする天羅くん。

 何だか、俺の方が涙腺を刺激されそうだ。

 

 沙羅さんもそうだったけど、こんな風になっちゃうまで思い詰めちゃいけないだろう……ましてやそれなりに理由のある沙羅さんはともかくとしても、天羅くんは何も悪いことしてないじゃないか。

 ひたすら家の事情に振り回されて、いきなり10歳で次期当主とか言われて、兄だった俺からすべてを奪うような形にされてしまって。

 

 傷付かないわけがない、辛くないわけがない。

 ましてこの子は俺を心底から慕ってくれていた。俺にとっても可愛らしい、誇らしい弟だった。

 その天羅くんがこんな、涙を流して俺に許しを乞うなんて。

 

 俺は力一杯、天羅くんを抱きしめた。

 怒りも憎しみもない。

 ただ想いが伝わるように、せめて温度だけでもと、心を込めて。

 

「大丈夫。何も心配ないよ……頑張ったね、辛かったね」

「……う、うう……ひぐ、ぅうぅ……っ!」

「どんなになっても俺は君の兄で、君は俺の、大切で誇らしい弟だよ。また会えて嬉しい」

「兄様……! 兄様っ……!」

 

 いよいよ泣き叫び、天羅くんは俺を抱きしめ返した。

 華奢な、小さな体が二度と俺を離すまいと、強く力に強張る。

 俺もそれに応えて、力強く抱きしめて。

 

 こうして俺は、弟と和解するに至ったのだった。




(^∇^)ノ♪<醜悪な長老への反発と老醜への恐怖から本能的に成長ホルモンの分泌を著しく抑制しちゃう男の娘すき


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京子/魔法少女シクスス・ワイルドⅠ

京子視点


 むせび泣く弟さんを、抱きしめてあやす幻魔の兄さん。

 柊家の次期当主らしいけれど、その姿はどう見ても可憐な女の子で、しかも頭まで撫でてもらっているものだから。

 良いなあ弟さん、なんてあたしは思っちゃったりするのです。

 

「しかし珍しい組み合わせだな、十名山に京子くんとは」

「今日が初めてだよ。まさか嬢ちゃんの後輩とは、驚いたぜェ」

「あ、あたしも驚きましたあー! まさかテレビによく出る有名人と、幻魔の兄さんが知り合いだなんて!」

 

 魔法少女『シクスス・ワイルド』ことあたしは、大先輩である『ファースト・キック』、千早先輩からの問に答えつつ、十名山さんを見た。

 とても大きな人で、寝そべるとソファを大きくはみ出しちゃってる。

 特別退魔警察機構のエース『ギア・ダイナミック』。

 今や退魔界隈のトップ層の一人で千早先輩とも肩を並べて戦ったことも数知れない、これまた雲の上の人。

 幻魔の兄さん、相変わらず意味分かんない人脈してるよお……

 

 千早先輩が寝たままの十名山さんを軽く蹴って、デカブツどけ、せめて座れ私が立ちっぱなしだろ。

 なんて無理矢理座らせて、その隣に腰掛けた。

 渋々応じた十名山さんが、口を尖らせて言う。

 

「ったく、相変わらず無茶だよな嬢ちゃんはよ。後輩が6人もできりゃあ普通、ちっとは落ち着くもんだが」

「落ち着いてるだろ? それに今回、言われる程の無茶をした覚えもない」

「名家の御曹司叩きのめしてとっ捕まえといて、よく言うぜこいつ……」

 

 あはは……どうしようか、こればかりは十名山さんの方が正しいことを言っているように思えてしまう。

 いきなり現れるのはともかくとして、土産に柊家の次期当主を持ってくるなんて想定外にも程がある。

 というか、柊家や六門道家を恐れていないのかな千早先輩。

 魔法少女としてあたしだって、あの人たち相手には一歩も引かない自信はあるけれど。

 政治というか、社会的に敵に回すとまずい気がしてそこは、どうにも二の足を踏んでしまいそうなものなんだけれど。

 

 そんなあたしの疑問に、千早先輩は不敵かつ強気な笑みで答えてくれた。

 

「柊にしろ六門道にしろ、以前に叩きのめしたことがあるからね。今さら関係悪化なんてしようがない。だってすでに最悪なんだから」

「えぇ!? い、一体何があったんです!?」

「魔法少女を自分たちの戦力に組み込もうとしやがったんだよ。あいつら」

「強権振るって十名山さえも、だろ? それで怒って私と美琴、十名山の三人で一暴れしてやったんだ。楓夏が魔法少女になる直前だったから、もうかれこれ6年は前になるのかな」

 

 知らなかった。

 というか、何気にやっぱりそういうこと、過去にあったんだ。

 考えてみればもちろん分かる話で、今や独立した、少数精鋭集団みたいに扱われるあたしたちだけれど、千早先輩や美琴先輩がメインだった頃は当然、色んな所から目を付けられていたはずなんだ。

 そしてそれが退魔の名門、柊や六門道であってもおかしくはない話だよね。

 

 とはいえ、柊や六門道も無謀なことをするなあって思う。

 初代にして最高の魔法少女『ファースト・キック』に、直系の弟子とも言える『セカンド・パンチ』。

 加えて特退警が国力の粋を結集して製作したとされる対妖魔特別兵装『ギア・ダイナミック』を相手にするとか。

 私があの人たちの立場なら即座に夜逃げしてるよ……

 

「え。そんなことあったん?」

「肯定。柊、六門道、敗北。悪夢」

「本当にあったんだ。しかも悪夢って……ていうか知らなかったの、幻魔の兄さん?」

 

 呑気に言う幻魔の兄さん。

 いやいや一応立場……というには繊細な話だけど、兄さんは知っといた方が良いんじゃなかったのかな?

 思わず千早先輩を見る。

 肩をすくめて、彼女は言った。

 

「あんな不愉快な連中の話なんて幻さんは知らなくて良いよ」

「ましてや界隈の内輪揉めみたいな話だしなァ。今もって世間様にゃ知られてねえ、いわゆるスキャンダルってやつだな、これは」

「あわ、あわわ。とんでもない秘密を知っちゃった……!?」

「何言ってんだか『シクスス・ワイルド』が」

「君がメインで相手してた連中だって、人間社会で結構、幅を利かせていたワルどもだったじゃないか」

「それはそうかもですけど……」

 

 怖いものは怖いよお。

 千早先輩はおろか十名山さんまでことを言うものだから、すっかりネガティブなあたし。

 都会ってやっぱり恐ろしいところだなあ。

 幻魔の兄さんの家くらいだよ、安心って言い切れるのは。

 

 それにそもそも、あたしの場合とは違うもん。

 だって、

 

「奴らはたしかに表向き大企業でしたし、世間的にも凶悪な力を持ってましたけど……どのみち、最終的には関係者全員力づくで叩き潰すんですから怖くもなんともないじゃないですか」

「……うん?」

「何もできなくしちゃえば安心ですけど。別に大した悪さもしてない柊や六門道はさすがに潰せないですし、そうなるとこっちに打つ手ないですもん。実力行使なんて、やっぱりあたしには無理ですよおー」

「えぇ……?」

 

 かつてあたしが相手をしていた妖魔組織と柊、六門道は違うよって話をしていただけなのに、十名山さんや幻魔の兄さんの顔つきが怪訝なものに変わっていく。

 あれ? 何かちょっと、怯えられてる?

 なんで?

 

「前から思ってたけど君、私らの中で一番過激派だよね? 下手に隙を伺ってる分、余計にたち悪くない?」

「えっ……!?」

「無垢にショック受けてる風だけど、発言の怖さは取り返せないと思うよ京子ちゃん」

「恐怖……『シクスス・ワイルド』、怪物……!」

「ええええ!? 嘘おっ!?」

 

 この流れであたしが引かれちゃうのお!?

 引き攣った顔の千早先輩と、ドン引きしている十名山さん、幻魔の兄さんと。

 恐怖に慄きまた、兄さんにしがみついている次期当主さんの姿が、あたしには過去のどんな敵よりショッキングな姿だった。




(^∇^)ノ♪<基本いい子だけどナチュラルに世間体的にまずいかまずくないかを判断してから相手を何もできなくなるまで叩き潰しにかかる思想の女の子すき


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勝/特退警ギア・ダイナミックⅠ

勝視点


 相変わらず賑やかなもんだなァと、幻魔くん家から出て帰り道、俺はそんなことを考えていた。

 外はそこそこ夕映えの、涼しい風が一陣吹く町並みだ。

 今頃は幻魔くん、飯の支度でもしてるかな? 今日は京子嬢がするのかね。

 魔法少女手ずからの料理とはまた、贅沢な話だ。

 

「にしてもまあ、日増しに変なのが入り浸るようになってってんな、あの家」

 

 幻魔くんと知り合ってからもう何年になるやら……続々と訳わからん出自の存在が屯するようになったこの安アパートの一室は、さながら小さなパンデモニウムってところか?

 そうだとすれば幻魔くんはそこの主、つまりはサタンか。

 サタンはルシファーと同一視されがちだし、堕天、追放されたってところを抜き取れば強ち、見当外れにも思えてこない気がするなァ。

 

「……んで、千早嬢。お前さんは残らなくて良かったのか?」

「良くないけれど、今回ばかりは残念ながらね」

 

 俺と並んで歩く千早嬢に声をかける。

 意外なことだが今日は嬢ちゃん、泊りがけどころか夕食すら食べずに幻魔くん家をお暇しやがった。

 明日雨でも降るんじゃねえのか?

 そんな内心は知る由もなかろうが嬢ちゃんは、ひどく残念そうにしながらも、相変わらず首根っこを捕まえて引きずっている柊家次期当主の天羅を俺に見せてきた。

 

「こいつをお家まで届けるついで、お偉方に釘を刺しとかないとだし。あんまり舐めたことしてるとまた潰すぞってね」

「無念……門限、厳守」

「嬢ちゃんのおっかなさはいつもとして、門限あるのかよ、次期当主様が」

「父様……当主様、心配性。成人、無視」

「よく分からんがお前さんのパパがお前さんを溺愛してるのは伝わってきたぜ」

「ぱっと見は小さな女の子だからね。危惧自体は真っ当なものだろうさ」

 

 天羅の親父こと、柊家当主の剛三郎殿が猫可愛がりするのも無理からぬ程、天羅のぱっと見は可愛らしい女の子だ。

 男とも、ましてや今年成人だなどとも到底、信じられない程に。

 そりゃあ男親ならついつい心配しちまうもんだろうさ。

 俺だって、そのうち子供ができたとして、その子が危ない奴らの目を引くような可愛らしさだったりした日には……っ!

 

「嫁になんぞやらねェ……娘はずーっと、俺んとこで暮らすんだァ……!」

「心底気持ち悪いから止めろ。妄想上の娘が彼氏を連れてきた体で話をするな」

「不気味……『ギア・ダイナミック』、変態……?」

「違うっ! 将来起こり得るシュミレーションだっ!!」

 

 なんていうことを言うんだ、まったく!

 俺の目から見て俺の嫁さんは史上最高に美しくて可愛らしいし、手前で言うのも難だが俺は相当な男前だ。

 だったらその間に生まれた子供は、息子ならイケメンだし娘なら美女に決まってるんだ。

 そんな子たちに纏わり付く虫がいるかもしれないと、今から心配して何が悪い?

 

「悪くはないけど一人でやっておいてくれ。悪いがね、お客さんだ」

「あん? ……誰だ、どこの妖魔だ?」

「気配? 無反応、無感知? ──敵!?」

 

 ふと立ち止まる千早嬢に遅れること数秒、俺もその気配に気付いた。

 そんな俺たちの様子に慌てるも、天羅は少しも感知できてないみたいだ。

 修行不足──いや、これは比較対象が悪いだろう。

 俺にしろ千早嬢にしろ、ごく一般的な退魔師とは辿ってきたルートも違えば、実力も経験値も段違いだからな。

 平均値を底上げする意味では一般的なルートの方が値打ちあるんだが、ある一定のラインを超えた力の領域となると、俺らみたいの方が求められる。

 そして今、まさにこの近辺はそのラインを超えた領域と化した、それだけのことだ。

 

「幻魔くんの弟くんよ、ちいとお前さんにゃ荷が勝つ相手だ。悪いことは言わんから、ここは自衛に努めといてくれや」

「……っ。実力不足、認識。謝罪」

「さすがにこれで修行が足りないとかいうつもりはない。相手は恐らく、超越存在だろうからね」

「御名答。よく分かってるじゃねーか」

 

 悔しげな天羅を不憫に思ったか千早嬢が慰めたのと同じくして、その存在は現れた。

 普通に、向こうから歩いてだ。

 一見してただのおっさん……厳ついガタイにパツパツのスーツ、ズボンもジャケットも紺色で、髭なんざ生やしてみせたオールバックの紳士風。

 なのだが、放つ存在感は人間どころの話じゃない。

 妖魔怪異にもこれまで散々、お目にかかってきたが、こいつは群を抜いていやがるな。

 

 これが、超越存在──幻魔くんを契約者と呼び、付け狙う超自然的存在か。

 なるほど千早嬢がなんでわざわざ、俺たち特退警にまで協力を依頼してきたか分かるぜ。

 こいつは、化物だ。

 人の皮を被った怪物は、どこか上機嫌に俺たちへと告げた。

 

「すげぇな……当代契約者は。こんなやべえ連中を従えてるってかい」

「生憎、私も彼も幻さんのペットでも部下でもない。幻さんはかけがえのない友人であり、心から守るべき親友だ」

「だからって侮るなよ超越存在とやら。俺らの他にもあと数十人、似たようなこと言ってお前さんらに殴りかかる手合いがいるんだからな」

「ふっ、ハハハハハハッ!! どのみちすげえんじゃねえか! 楽しみだぜ、会えるのがよう!」

 

 淡々と返す俺と千早嬢。お互い、既にいつでも戦闘モードに入れるように用意はしている。

 何が面白いのか気に入ったのか、一頻り大笑いしてから、超越存在の男は高らかに名乗りを上げた。

 

「超越存在、悪竜ファフニールたぁ俺様のこった! おめえさんらにゃ怨みも何もありゃしねえがせっかくだ、互いに力比べといこうや、アァっ!?」

「やれやれ、青華の方がまだ話し相手にはなったな、これだと……こいよトカゲ。身の程を教えてやる」

「魔法少女と共闘なんていつ以来だ? ま、愛妻料理を腹いっぱい食べる、準備運動くらいにはなってくれよな、ドラゴンさんよ」

 

 一気に高まる殺気、闘志。

 漲る戦闘の空気が、和やかな夕暮れを血染めの戦場へと変えていく。

 自称ドラゴンの超越存在と、魔法少女『ファースト・キック』、そして俺、特退警『ギア・ダイナミック』はぶつかっていった。




(^∇^)ノ♪<この作品にバトル展開とかないです


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三章 柊幻魔と契約者
柊幻魔・13


「ってなわけで幻さん見てよ。世にも珍しい、人に扮したトカゲを捕まえてきたよ」

「おう、あんたが当代契約者、柊幻魔ってかい! 俺ァ超越存在ファフニール、気軽にファフとでも呼んでくれや! よろしくな!」

「いやいやいやいや待って待ってちょっと待って」

 

 千早ちゃんと勝くんが、天羅くんを伴って帰っていって後、京子ちゃんの作ってくれたカレーを美味しく頂いた日から二日経った、夕方の話。

 バイトも終わって家に着いて一段落、珍しく誰も来てないしさあ何をしようかと少しばかり、ゆっくりしていた頃合いだ。

 急に千早ちゃんと勝くんがやってきて、何やら厳しいスーツのおじさんを紹介してきた。

 超越存在っぽいのは、何となく青華ちゃんと似通う雰囲気からして分かるのだが、どうしていきなりフレンドリーなのか。

 

「そりゃ、混乱するわなァ。実はな、幻魔くん──」

 

 困惑しきりな俺を見かねて、勝くんが説明してくれた。

 二日前、天羅くんを連れ立っての帰路の途中、このファフニール……ファフ? さんが襲ってきたらしい。

 何でも超越存在として、千早ちゃんや勝くんの強さに興味を持っての、力試しを強いてきたとのことだ。

 

 この時点で既に付いていけないくらい、戦闘民族濃度が高い話なのだが。

 仕掛けられた二人も即座にそれに乗っかったというのだからもう、言葉もない。

 

「今後、幻さん目当てに色んな超越存在がやって来るかもしれないだろ? だからそれなりの物差しとして、サンプルとしてこのトカゲの力を測りたかったんだよ」

「理屈は分かるけども……ていうか勝くん、契約者の話、知ってたんだ?」

「千早嬢からな。特退警全体で把握してるから、当然国にまで話、行ってるぞ」

「大げさな話になってきたなあ」

 

 高々フリーター一人、安アパートの一部屋程度の規模の話だろうに。

 お偉い方々も実態を知れば肩の力抜けるんじゃないかな? 泰山鳴動して鼠一匹、なんてことになりそうだ。

 

 それはまあ、さておき。というかもう、どうにでもしておいてくれとしか言いようがない。

 差し当たっての話は今、目の前にいるファフさんだ。

 続きを促す。

 あっさりと、千早ちゃんは次のように言ってのけた。

 

「そんなわけで軽く戦ってみてね。思いの外、さっくり倒せちゃったから捕まえて持ってきてみた」

「いやあ契約者よお、お前とんでもねえの取り巻かせてんのな。俺様とてちったあ名も腕も知れた悪竜様だってのによ。ものの数分でボッコボコにされちまったんだから、笑うしかねえやな、ウハハハハ!!」

「つってもファフニールが弱かったわけじゃねえのは間違いないがな。少なくとも天羅くらいなら絶望するしかないくらいの強さはあったぜ、さすがにな」

「天羅くん、柊最強とか言ってなかったっけ……」

 

 変な見栄を張る子じゃないし、本当に天羅くんが柊家の最強の退魔師なんだろう。

 つまりファフさんは柊家や、あるいは六門道家が絶望するレベルの存在だと。

 ひいてはそんな相手を、この二人、魔法少女『ファースト・キック』と特退警『ギア・ダイナミック』は二人がかりとはいえ、数分足らずで鎮圧してみせたというのも、まあ本当の話と思う。

 

 何ともはや。

 客観的な話、界隈のパワーバランスとやらはこれ、グッチャグッチャなんだろうなきっと。

 そのへんは基本、俺には関係のない話だけれど。

 いろんな組織の上の方の人たち、大変なんだろうなあって漠然と感じる今日この頃だ。

 

「そんで特退警で身柄を預かり、事情を聴いてみてな。案外話も意気投合したし、名前ほど悪さもしなさそうだから、ひとまず俺預かりの案件として、ここまで運んできたってわけ」

「人の世に迷惑かける気なんざこっちもひとっつもねえからよお。契約者に興味があったから一目見てえってのと、上手い酒が飲めりゃそれだけでいいやな、おう」

「ファフさんがこれまで何やってきたかってのはいまいち知らんけど。こんな男で良ければ好きに見てってください。あと酒なら買ってきてね、家にはないよ」

「何ぃ!?」

 

 大層驚くファフさんだけど、そりゃそうでしょうとしか言いようがない。

 何で? と、純粋無垢な少年が初めて手品を見た時のような驚愕でもって見てくる。

 苦笑いと共に、勝くんが説明してくれた。

 

「ここ、未成年も入り浸るからな。飲みたいやつは飲める分だけ、自分で買い込んでから来るのが数少ないルールの一つってやつだ」

「ガキは飲めないってやつか。まあ、そんなら従うけどよお」

「酒なら後で買いに行くぞ。どうせ今日は夕飯はこっちで食うんだ、成人しかいないわけだし、酒盛りだってできるだろ」

「時間が時間だからないとは思うけど、何も知らずに後から子どもが来るかも。だからジュースとかも含めて買ってきておいてもらえると良いかな。酒以外なら家でも預かるし」

「おう、分かったぜ! 当世の飯は何でも美味いからなあ!」

 

 俺からの言葉に、ファフさんは素直に頷いてくれた。

 良いね。よくうちに来る、他の酒飲みたちよりよほど理解がある。

 これなら良い友人になれそうだ。

 

「この近くにスーパーあるし、後で行くかな」

「なら私が幻さんとともに留守を与ろう。酒はワインを買ってきてくれよ。最近、ワインに凝っていてね」

「ははははっ! こないだ成人したばかりの子どもがワインに凝るとはまた、背伸びしてんなァ」

「うっさいよでくの坊、総身に知恵が回りかねか?」

 

 古い言い回しするなあ、千早ちゃん。

 ともあれそんなわけで、今晩は酒盛りに決まったのだ。




(^∇^)ノ♪<派閥や立場を超えた溜り場すき


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柊幻魔・14

 グツグツと、テーブルの上にて鍋が煮える。

 中には鳥、豚、白菜、白滝などなど、定番の具材が目白押しだ。

 よく火が通ってクタクタになった、これらをポン酢で美味しくいただき、酒をキュッと嗜む。

 たまらない。

 季節外れの水炊きだったが、鍋料理というのは大抵、皆で囲むとどうあれ美味しいものである。

 

「くはーっ、美味え! 良いなこのポン酢っての、白菜に染みて味濃いし!」

「そこかよ。おう千早嬢、肉だけじゃなくて野菜も食えよ」

「食べてるだろ! 十名山こそ食わず嫌いしてないで椎茸食えよ! とと、幻さーん。さあさあ一献、ふふふ」

「あ、こりゃまたどうも。お返しに千早ちゃんもどうぞ」

 

 全員、酒を飲み始めてそこそこ経つ。

 食前酒と言うにはかなり瓶やら缶やら開けてから、ようやく気分の良い感じで食卓が始まった。

 スーパーにて鍋の具材をてんこ盛り。ビールと日本酒、それにワインををしこたま、本当に十人前は買ってきた勝くんとファフさん。

 

 君たちこれ、いざとなったら二人だけで食い切れる自信があるんだろうね?

 と思わずして頭を抱えた俺だったが、お酒に興味津々の千早ちゃんによる執り成しもあって仕方なし、とにかく食べることにした。

 

 下拵えなどの調理は千早ちゃんメインで行われた。

 意外かも知れないが、彼女、基本的に何でもできる才女なんです。

 そんな彼女はワインをグビグビ飲んで──たぶん正規の嗜み方ではないと思う、酔っぱらいの飲み方だ──俺にもしなだれて、上機嫌に擦り寄ってくる。

 

「ぷは。ふふ、ふふふ……あー、美味しいなあ。お酒って本当に美味しい。ずるいよ大人は、こんな美味しいものを子どもだからって飲ませないんだもの」

「美味しいしある程度までなら気持ちよくなれるけど、基本的には体に悪いからね。千早ちゃん、程々にね」

「んふふふふふー。幻さん、あーん」

「聞いてないなあ。はいはいあーん」

「んふふふふふー!」

 

 にへにへ笑って俺と食べさせ合いっこ。

 千早ちゃん、酔っ払うと絡み酒ってわけじゃないんだが、俺に対してすごく甘えたになる。

 魔法少女になってすぐに出会い、そこからずっと親交のある俺だからこその寄りかかりなんだろう。

 酒がなければ周囲の人にまともに頼ることさえできなくなった、その姿はあまりに切ないものだ。

 酒が解禁されたのは、少なくとも千早ちゃん自身にとっては良いことなのかもしれない……飲みすぎなければの話だが。

 

「おっふぁあ……はふはふ。おいおいあれ、マジに『ファースト・キック』かよ。こないだ俺をハンバーグ寸前まで蹴り尽くした女とも思えねえ姿なんだけどよ」

「ファフさんよ、そこは保証するぜ? 嬢ちゃん、酒が入ると幻魔くん限定の甘え上戸になるんだわ。思うところは分かるがさすがに堪忍してやってくれや。色々、悲惨な身の上なんだ」

「別に責めちゃいねえけど、ちいと意外だっただけだよ。考えてみりゃ、人間の身で俺を叩きのめせるんだ。ろくな目に遭って来なかったなんて嫌でも想像付くわな。おめえもだろ、勝よ」

「今の俺は世界一の幸せもんだぜ? なにせかわいい嫁さんと最高の家庭を築いていけるんだからなァ」

「へいへい、さよかい。つくね美味え……たまんねえ、あぐあぐ」

 

 一方で勝くんとファフさんは鍋をつついてハフハフ言いながらも、どこか大人の雰囲気を漂わせる渋めの会話を広げている。

 方や劇画チックな大男、方やマッチョな中年紳士。鍋を囲う様はかなりミスマッチだが、やり取り自体は何やらカッコいい。

 男の世界って感じだ。

 

「うーん。憧れるものが、ちょっとはあるよなあ」

「むう。幻さん、むさ苦しいのより私だろー? 構えよ、構えー」

「はいはい。まったく大人になったのに、酒が入ると子供になるんだねえ」

「私もう大人だってばー。すぐそうやって子供扱いするー」

「ごめんごめんって」

 

 そういう、いかにも背伸びしたがる姿が子どもみたいなんだよ、千早ちゃん。

 とても微笑ましい気持ちになりながらも酔っ払った彼女をあやす。

 凝っていると言う割にはズビズバと、作法も何もなくワインを飲む彼女の赤く染まった顔が、ずずいと俺に近付けられた。

 

「ふひい。ようやく幻さんとお酒飲める歳になったんだね、私」

「だねえ。時間の流れってのは早いもんだ」

「あの時、七年前……幻さんが私を拾ってくれなかったら、どうなってたことか。感謝してる、心の底から」

 

 酔った勢いか、今日はずいぶん素直に口を開く。

 千早ちゃんのこういう、酒に酔った姿は彼女の成人以降、ちらほら見はしたけれど。

 さすがに心情やら本音をつまびらかに暴露するほど酔いが回っているのは今回が初めてだ。

 ちょっとまずいかもしれないな、これは。

 

「勝くん。ちょっとミネラルウォーターもらえる? 千早ちゃん、飲みすぎてるみたいだ」

「おうおう、ほらよ。にしても、いっちょ前に大人になりやがってなあ千早嬢も! 歳食うわけだぜ俺も」

「私酔ってないよ幻さんー。後輩たちにも、いつも感謝してるんだよぉーっ」

「分かってる分かってる。千早ちゃんの真心は、ちゃんと周りに伝わってるよ。ほら水飲もう、ね?」

「うぃー……」

 

 すっかり酩酊してしなだれかかる。

 さすがに俺も男だ、こうまでされるとドキドキしてしまうもんだけど、それより千早ちゃんの体調が心配になる。

 水をコップに入れ、飲ませる。

 あらかじめ二日酔いの薬もあるし、何かあればすぐ動けるようにはしておこうか。

 

「ほら、ちょっと横になって。ゆっくりお休み」

「うー……うんー……お休み、幻さん……」

 

 ひとまずは千早ちゃんを、もう眠たげだし俺のベッドに横たわらせる。

 男の寝床だし不快だろうが勘弁してほしい。

 さすがにこうなることは予想してなかったんだよ。




(^∇^)ノ♪<酔っ払うと甘えたな猫みたいになるクール系愛が重い女の子すき


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柊幻魔・15

 すっかり眠り込んだ千早ちゃんはさておいて、俺と勝くん、ファフさんの三人は飯もそこそこに、どちらかと言えばちびちびと酒を飲みながら夜更けを過ごしている。

 俺やファフさんはともかく、勝くんは非番だったらもうそろそろ家に帰らないと、奥さんが待ってるんじゃないの? 新婚だったらもう少し、家庭を大事にしても良くないかな。

 そんな俺の言葉に、苦笑いしつつも勝くんは答えた。

 

「元々、夜勤だからなァ今日は。それに一応、今だって勤務中、じゃないにしろ、仕事はしてるんだぜ? 超越存在ファフニールの監督と接待っていう、大事な大事なお勤めだ」

「接待?」

「お偉方、超越存在とは仲良くしときたいみたいでなァ。まあそらそうだわな、俺や千早嬢にも食らいついて来るようなの、どうあれ野放しにはできんしよ」

 

 それは中々、政治的なアレコレの絡む話だった。

 今後、契約者であるところの俺を求めて次々、超越存在が人間世界にやって来ることが、ファフさんから示唆されたそうだ。

 となれば混乱は必至、できる限り戦力をかき集めておきたいというのが、お国ないし組織の考えるところなのだろう。

 つまりはファフさんを懐柔して協力関係を結び、それを皮切りに友好的な超越存在を傘下に置きたいのだという。

 

「そういう目的もあって今回、正式な任務として、超越存在にも勝てる俺みたいのがしばらくは手綱を握ることになったのさ」

「んなもんなくたって、別に人の世に迷惑かける真似はしねぇんだけどな。まあ、こうして美味い馳走にありつけるし契約者の近くにもいられるし、せっかく世話焼いてくれるってんなら、そうしてもらおうかなってよ。へへへ」

 

 聞いていて、何ともはや、な話だと思う。

 俺の存在を目当てに降りてくる途方も無い力の持ち主たちを、各組織で取り合う争奪戦みたいになりはしないかな、それ。

 ていうか、もうそこまで行くと俺、なんにも関係なくないか? それで変に巻き込まれそうなら、さすがに理不尽なんだけど。

 

「無関係って……んな訳ねぇだろ、契約者。どうあれ、あんたが一番の中心なんだよ。どの局面においてもな」

「いやでも、聞いた限りだと俺、ただの目印みたいなもんだし。正直、それならそれで迷惑にならないところで勝手にやっといてほしいんだけど」

「聞いてた通り、欲がねぇのなぁ」

「幻魔くんだからなァ」

 

 呆れるファフさんにしみじみ返す勝くん。

 欲も何も、欲しくもない何かしらで下手な巻き込まれ方して、今の日常が壊れることだけは嫌なんだけど。

 強いて言うならそれが俺の欲望だよ。

 

 そんな俺に、少しばかり気の毒げな顔をちらつかせてファフさんはなお、続ける。

 

「俺たち超越存在はな、契約者あってこそ人間世界に降りられるんだ。その時代時代の契約者が持つ適性に合わせた、超越存在のみがな」

「んー? それって、何人いるか分からないけど超越存在の全員が全員、こっちに来られるわけじゃないってこと?」

「通常であればな。だがあんたは違う。あんたの契約者としての適性、素質ってやつは、本気で桁が違う」

 

 曰く、俺の契約者としての器とやらは底抜けに深く果てしなく広いそうで。

 高次元に住まうありとあらゆる超越存在たちを、一度に降ろしてなお余りあるほどにキャパシティがあるのだそうだ。

 

 何だそれ、言われても困る。

 しかも聞いてたら、つまりは俺のせいで厄介な連中が大挙して押し寄せて来るんじゃないか。

 いよいよとなったら世界から死を望まれるような話にならないか、俺?

 

「そうなるかならないかは、それこそお前さん次第さ契約者。契りを結んで一言、『人の世を害するな』とでも言っとけばそれで収まる」

「最強パワーで成り上がりってやつ? 興味ないんだけどなあ」

「別に成り上がる必要もねえだろ。力を手にしたって、使わなけりゃ良いだけの話だ」

「むーん……」

 

 悩ましい話だ。

 今の話から考えると、いずれは俺の存在こそが問題だってなりかねない。

 それを避ける意味でも今、ファフさんが言ったように俺が契約者として超越存在を大人しくさせるというのは、まあ理に適っているのだろう。

 万が一、俺に危害が及びそうな時にも、護ってもらえたりするとありがたいものな。

 

 しかし、だ。

 各退魔組織の思惑的に、俺がそういうことするのってどうなんだろう?

 

「たとえば俺が、降りてくる超越存在と片っ端から契約していくとしてさ。それって、戦力確保したい考えの組織と対立することになる、のかな」

「かもしれんが、そもそも人間たちは誤解してんだよ。俺たち超越存在が、どうして契約者以外の言うこと聞いてドンパチやるだなんて思ってんだかな」

「……あー、やっぱりあれか。今は幻魔くんと酒につられて大人しくしてやってるってだけの話か?」

 

 渋い顔をして勝くんが割って入る。

 一応、接待している最中の身の上で、自分のやっていることが無意味だと言われてはこうもなるだろう。

 ファフさんは彼に目を向けて、当たり前だと笑って頷いた。

 

「勝よ、国に伝えときな。超自然的存在を人の身で制御せんとする、その考えこそが既に破滅的だとな。契約者あっての超越存在を、契約者抜きでどうこうできると夢にも思うなってよ」

「やれやれ、また小言言われちまうな……了解」

「ええと、つまり?」

 

 まったく、と息を吐いてやけ酒めいた飲み方をする勝くんとは裏腹の、不敵にコップを傾けるファフさん。

 超越存在が人の手に余る代物だってことは分かったし、勝くんを通して国も知ることになれば、また対応も変わってくるんだろう。

 

 しかし今の言い方、俺を積極的に巻き込む魂胆が見えてちょっと顔が引きつる。

 まさかと思いつつも問えば、ファフさん──超越存在ファフニールはにやり、悪魔めいた笑みで答えるのであった。

 

「柊幻魔、当代の契約者よ。俺と契約を結びな」




(^∇^)ノ♪<各組織から見ると何考えるんだかマジで分からなくて不気味そのものな主人公すき


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ファフ/悪竜・ファフニールⅠ

悪竜視点


 当代の契約者、柊幻魔は良くも悪くも普通の人間だ。

 呑気だし、警戒心がない。

 迂闊だし、それゆえ度量が大きい。

 

 それでいてとてつもない器を備えた、史上最高の契約者だってんだから。

 超越存在からしてみりゃあそんなもん、どうとでもしたくたるに決まってるのさ。

 たちまちで言えば、俺……超越存在、悪竜ファフニールなんかは特にな。

 

「契約を結べば、あんたにとっちゃあ、あらゆる組織への牽制になるし身を護る術も身につく。俺にとっても、人間世界に確固たる形で存在を維持できる。良いことづくめだろ? お互いによ」

「いきなりだねえ」

「悪かねえ話のはずだぜ? 後からくる超越存在どもも黙らせてやるよ。契約さえできりゃあ容易いことさ」

「うーん」

 

 わりかし本気で自分を売り込む。

 嘘は言ってない。この提案は双方、メリットならたくさんある。

 ──ただ、デメリットもあるにはあるだけだ。

 

 特退警と裏で繋がってる俺と契約することで、当人の意志とは関係なしに強制的に特退警預かりの身柄になるっつう、特大のデメリット。

 つまりは今この場で契約者が頷き、契りを交わすだけで。今まで何も妖魔に関わりなかったはずの男が、一気に特退警所属のトップ実力者となっちまうってわけだが。

 そっちは気付かれてないから、言わないだけさ。

 

「今がチャンスだぜ、契約者。さあさ、覚悟を決めたらいざ、肩の力を抜いて──」

「──人が、気持ちよく寝てる時に、やってくれるな」

 

 そんな風にしてうまい具合に、契約者をノセられるかと思っていた矢先だった。

 とんでもねえ殺気、いや、もはや確固たる殺意さえ伴って。

 寝転けてたはずの女が、瞬時に俺の眼前に現れていた。

 

「よっぽど、殺されたいみたいだな。トカゲ……!」

「ぐ、う!?」

「千早ちゃん!?」

「ファフニール!」

 

 凄まじい剛力で人間の姿を模している俺の、首をへし折りかねない程に締め付ける。

 苦痛と息苦しさに思わず呻くのを、契約者と勝が、唖然として反応していた。

 

 ちくしょう、まさか起きてたのか……!

 焦燥と屈辱に混乱する頭が、それでも何とか冷静に考える。

 この超越存在ファフニールが、この数日で二度も人間に追い詰められるとは。

 認めざるを得ねえがマジにバケモンだこの女、『ファースト・キック』とやらは。

 首を絞めるその小さな手を、どうにか外せないかと苦慮するも、余計に締まっていって袋小路だ。

 本当にこのままだと、この体が保たない。

 

「ぐ……っ、ぁ」

「言葉巧みに幻さんと契約しようって腹積もりだろうが、そうはいくか! 十名山! 貴様ら特退警はどこまで絡んでる!?」

「元々はファフニールが持ちかけてきた話だ! 俺らの立場からしてみれば、やるだけやらせても損はないからな! そろそろ離せ嬢ちゃん、マジに死んじまう!!」

「千早ちゃん、離しなさい」

「……分かったよ」

 

 勝と契約者の、というよりは契約者の言葉だけか、届いたのは。

 とにかく『ファースト・キック』は寸でのところで手を離し、俺を床へと放り投げた。

 激しく咳き込む。

 くそ、この俺がこうまで……どうなってんだ、人間は一体、どうなっちまってんだ!?

 

「ファフよォ、ちいとやり過ぎたな。まあ濡れ手に粟を狙って乗っかった、俺ら特退警も悪いが」

「ぐ、く……勝よ。世話になってる分は仕掛けたが、もうこれ以上は無理だぜ。本当に死んじまう」

「ああ、悪かったな……千早嬢も幻魔くんも、騙し討ちみたいな形になって申し訳ない。この通りだ」

 

 苦悶する俺の隣、床に跪いて勝が二人に詫びを入れた。

 まったく、何もかもが裏目だぜ。

 

 ──特退警に捕まって事情を話しているうちに、次第に内容は交渉へと代わっていった。

 契約者の存在と、遠からず迫る超越存在たちの群れを示唆してやればあっという間、人間たちは俺の案に乗ってきやがったのさ。

 すなわち、特退警預かりの俺が契約者を騙くらかすなりなんなりして契約まで持ち込めば、それを口実に特退警が契約者を戦力として取り込めるって算段だ。

 

 まあ、勝は最後まで反対していたが、元々契約者と付き合いがあったんだし、友人贔屓としか捉えられなかったらしい。

 むしろ親しさを利用して、魔法少女すら欺いて俺を契約者の元まで連れて行けとのお達しまで受けてやがったよ。

 難儀な話だな。

 

「……そんなわけで結局、『ファースト・キック』を出し抜いてまでの勧誘計画は実行され、しかしこのざまなわけだ」

「認めるんだな? お前が契約を出汁に、幻さんを特退警の傘下に収めようとしたことを」

「ああ。言っとくが勝は責めんなよ。最後まであんたらの友人でいようとしてたことは、このファフニールが名にかけて保証するからな」

「……義理堅くはあるのか。良いだろう、信じるし、十名山に免じて命までは取らない」

「助かる」

 

 せめて勝が、こんなことで友人を失わないようにだけはフォローしておく。

 もう契約は成るまいし、魂胆が透かされた以上、俺はどう足掻いても敵扱いだろう。

 いらんこと言って巻き込んじまった責任だけは、取ってからオサラバしねえとな。

 

「二度と幻さんに近寄るなよトカゲ。もし次、くだらないことしでかしたら。今度こそ、命は保証しない」

「おうおう、おっかねえなあ。分かってるよ。俺の負けだ」

 

 冷たく殺気立つ化物にひねくれ口を飛ばしてから、最後に、契約者を見る。

 凡庸な顔立ちの男だがなるほど、『ファースト・キック』にかくも好かれるとはやはり、只者じゃなかったわけか。

 

 ふん。

 ま、こいつとなら別に、それこそすべてを敵に回したって良かったのかもしれないが。

 何もかも後の祭りだ。

 

「契約者よ、酒も飯も美味かったぜ。ありがとよ」

「ああ、うん。どういたしまして」

「ふ……じゃあな、当代の契約者、柊幻魔」

 

 そうとだけ言い残して立ち上がり、踵を返して引き返そうとした、その時。

 

「んー、ちょっとストップ。悪いけどこの話、俺が話を纏めさせてもらうよ」

 

 契約者が、そんなことを言い出した。




(^∇^)ノ♪<腹黒いし小賢しいし性格も悪いけど何だかんだ義理堅くて筋を通したがるおっさんすき


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千早/魔法少女ファースト・キックⅡ

千早視点


「結論から言うけど、俺はどんな超越存在が来ても契約する気はないよ」

 

 力強く言い切る幻さんに、十名山もトカゲも怪訝な顔つきだが、私は一人、会心の笑みを浮かべて頷く。

 別に私の意向を受けての決断ではないだろう。

 この人は自分の選択に、他人の意思を絶対に挟ませない人だ。

 だけど、長い付き合いでそれが分かっているからこそ。私の願うものと同じ答えを出してくれたことが、とても、とても嬉しいのだ。

 

「おいおい、契約者よ……さすがにそりゃあ無理だぜ? いくら強情張ろうが、向こうさんらはあの手この手で来るんだからよ」

「超越存在だけじゃない。関東退魔会や近畿陰陽協会、それに……恥ずかしい話だが俺たち特退警。人間の組織だって、もう幻魔くんの情報は掴んでる。動き出してるぞ」

「うへー……予想は何となくしてたけど、そりゃそうなるかあ。何でこう、皆して大騒ぎするんだろうね」

 

 トカゲと十名山の物言いも、癪には触るが分かるものだ。

 もう既に幻さんは、これからの退魔世界における中心人物なのだ。

 彼を手に入れれば、自然と超越存在をも手に入れられるなどという、戯けた妄言と共に動き出すものは数多いだろうから。

 

「柊家や六門道家だって動いてる。いくら魔法少女が付いてるからって、数の暴力にはひとたまりも──」

「うん。だからさファフさん。特退警抜けて俺の近くで住みなよ」

「…………、なに?」

「げ、幻さん?」

 

 突拍子もないことを言い出したぞ、この人。

 さっき、契約しないと言ったのに、何でトカゲを近くに置こうとするんだ。

 魔法少女だけで不安だっていうなら、何としてでもその辺の退魔組織をいくつか傘下に置いて、こっちだって組織化してしまえば良い。

 

 形振り構わない、手段は選ばない。

 必ず幻さんは守り抜いてみせる。

 そんな私の決意と裏腹に、彼はまた、こんなことを言う。

 

「契約はしないよ? でも俺の近くで、人間世界を楽しむついでに俺を守ってくれるんなら。それも一つのウィンウィンってやつじゃないかなってさ」

「いや、いやいやいや……」

「それで他の超越存在が来たらその都度、こんな風に説得して、俺の近くにいてても良いから大人しくしてなよって言う。ダメそうなら、申し訳ないけど皆の力をお借りしたいかなー、なんて」

「……ふむ」

「ファフ?」

 

 だいぶ、無茶な理屈だ。

 そもそもトカゲの方には、契約もしない幻さん相手にそこまで尽くす義理がないように思える。

 それに他の超越存在を説得する、というのもいささか以上に楽観が過ぎる。まさしく眼の前のトカゲみたいなのが、問答無用で襲いかかってきたらどうするんだ。

 

 話を一度聞いた限りでもいくつか浮かぶ、そんな疑問点。

 超越存在でない私でも十名山でもそう感じて、困惑を滲ませているのだから、トカゲなど余計にそうなのではないのか?

 そうだろう? 何思案してるんだ、おい。

 

「悪くは、ねぇのか?」

「何……?」

「契約者と超越存在が契約を結ぶってのはな。契約者にとっては最強の獲得と立身出世への確約がなされるっつうメリットがあるんだが。超越存在にももちろん、メリットがあるのさ」

 

 曰く。

 超越存在にとって契約者との契約とは、人間世界でも権能を発揮できることと、不安定な自身の存在を安定せしめる効果があるのだという。

 というのも、こいつらは元々が高次元からの来訪者だから、受け皿である契約者がいない状態でこの世界に降り立ったところで、権能が発揮できなかったり、契約者の器の外に出ると世界から追い出されたりするのだそうだ。

 

「契約っつうのはつまり、契約者の持つ器の一部を、超越存在に携帯させるイメージで考えていいぜ。それがあって初めて、俺たちは人間世界のあらゆる場所において十全を発揮できる」

「ってことは、契約がなくても器、つまり幻魔くんの近くにいるなら問題はない、と?」

「権能が発揮できねえのと、それこそ一定範囲外には行けねえってだけだな。範囲問題にしたって、そこな契約者様は化物みてえにでけえ器してらっしゃる。ひとまずは海を渡るとかでない限り、大丈夫なんじゃねえかな」

「良かったー。じゃあ問題ないね、ファフさん」

 

 にこにこと、笑う幻さん。

 まさかトカゲ側の理屈を、ある程度でも見抜いていてこんな提案をしたのか?

 そんなことが、いやでも、あり得るのか?

 

「上手く行けばさ。超越存在のみんなは、人間世界に迷惑をかけずに溶け込めるし。人間世界は、大した問題にならずにそのままだし。俺だって、変ないさこざに巻き込まれないで済むしさ。もう三方一両得ってやつじゃない? これは」

 

 朗らかに笑うその顔の、底知れなさをひしひしと感じる。

 そうだ……滅多にしかないことだけど、この人は。

 たまに、ものすごく大きく見えるんだ。

 

「かなりのお花畑理論だが……幻魔くん主導で、超越存在が手伝うんなら、あり得る話、なのか?」

「ふ、ふふふ。どうあれ幻さんを嵌めたお前に拒否権ないだろ、十名山。おめでとう、表向き特退警だが実際は立派な『幻魔組』だ。もちろん魔法少女も加わるとも。ふふふっ」

「幻魔組だァ? どこのアウトローだよ」

「そのネーミングは止めてほしいなあ、千早ちゃん……」

 

 そうとなれば面白くなってきた。

 幻さんが中核になって、魔法少女と、超越存在どもと、十名山みたいな退魔関係の知り合いたちが一堂に会して。

 今ここにある溜り場の平和を護る、ひとかたまりの集団になるんだ。

 

 名付けて『幻魔組』。

 良いねえ、早速後輩たちにも連絡しなくっちゃ!

 

「おい契約者。『ファースト・キック』、どうしたんだよ? えらく盛り上がってんぞ」

「何か、変なスイッチ入ったのかな……あんまり大仰にしてほしくないんだけどな。俺、一般人なんだし」

「どこが一般人なんだよ、退魔世界の中心にどっかり座ってる癖に」

「退魔世界の一般人ってか。その時点で一般人じゃないんだぜ、幻魔くん」

「一般社会の一般人ですけど! 退魔とか関係ないんですけど!?」

 

 幻さんの、楽しげな声を心地よいBGMとして。

 私はSNSを駆使して、後輩たちに今日の顛末を伝えるのだった。

 




(^∇^)ノ♪<タイトル回収すき


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柊幻魔・16

 やれやれ、昨日はどうにかひとまず収まって良かった。

 それにしたってまったく、たかだか俺一人にみんなして、はしゃぐもんだよなあ。

 

 ファフさんと、彼にノセられた勝くんおよび特退警が、俺に契約を迫ってきて。

 それに反応して酔い潰れていたはずの千早ちゃんが飛び起きてブチギレ、それをなんとか宥めて抑えて、俺も含めた全員が納得できるような妥協点を見出した日から一夜明け、今。

 

 色々しなきゃならんことが各々、あるらしく三人は帰っていった。

 とはいえもしも俺に何かあるといけないからと、今でも家の周辺を特退警の方々が見張っているとのことだ。

 ありがたい話だと言わなきゃならないのかな。

 一応国家組織なんだし、あんまり個人への肩入れとかどうかと正直、思うんだけどね。

 

「にしても、幻魔組ときたか……」

 

 モーニングコーヒーを飲みながら、千早ちゃんのあまりにあんまりなネーミングに思いを馳せる。

 たしかにまあ、やって来た超越存在を軒並み近くに置いて大人しくさせれば良いんじゃない? って発想は、実現したら一つのグループみたいになるだろう。

 危険な人たちをそんな風に集めたら、傍から見たら、いわゆる強行突破で生計を立てていらっしゃるタイプの方々と思われても仕方ないのかもしれない。

 

 だからといって、組はないだろ組は、と思うわけではあるのだが。

 せめてサークルとかクラスタとかの扱いにしてほしい。あるいはクラブ、同好会。

 名前に組って付けちゃうと、どうしてもイメージが偏りそうな気がして怖い。

 何考えてこんな名前付けたんだ、千早ちゃん。

 

「にしても。どうするかなあ……」

 

 名前の件はさておいて、やはり時間を置くと不安が出てくる。

 俺の、選択は正しかったのか?

 間違っていたとして、ならばどうすれば良かった?

 やって来るらしい超越存在に対して、しっかり説得できるのか?

 できなければ荒事になる、その覚悟が俺には、本当にあるのか?

 ──いずれの問いにせよ答えは出ない。

 当たり前だ、口から出任せを言ったつもりはなくとも、根拠は確たるものがないんだから。

 そんな程度の話で俺はたくさんの人を巻き込んで、自分の命だって賭けかねない話をしてしまった。

 

「……怖い」

 

 俺のせいで色んな人に迷惑がかかる。

 俺のせいで、変な奴らがやって来る。

 その結果、俺の近くに人がいなくなるのが、怖い。

 

「今さら、なんだよな」

 

 それでも俺は、そういう葛藤を全部、飲み込んだ。

 もう、選択を俺はしたんだ。

 10年前、突然すべてを失った時とは違う。

 全部織り込んで、俺はそれでも選んだ。

 

 人に迷惑をかけてでも、変な奴らに目を付けられてでも。

 俺の傍からまた、誰も彼もが一人としていなくなっても。

 今ここにある日常を護る、そう決めたんだ。

 そのためなら何だってする。

 命だって懸けるさ。

 

「だから、みんなにも、そばに、いて欲しいよなあ……」

 

 一人は嫌だ。

 孤独だけは嫌だ。

 雨晒しの下、死にかけのゴミみたいな命を、ひとりぼっちで抱きしめて繋ぐことだけは、もう、いやだ。

 

 やっと手に入れた今を護る。

 そのためなら俺は。

 

「何だってやるさ、必ず……」

「……思い詰めないでください、幻魔さん」

「うおおおおっ!?」

 

 何だ、誰だぁ!?

 急に声をかけられ身体が盛大に跳ねる。

 あわわコーヒーこぼしかけた、危ない!

 

 あんまり考え込んだせいで、勝手知ったる友人たちの訪問に気付かなかったみたいだ。

 振り向くとそこには、いつもやって来てくれる子たちがいた。

 

「す、すみません幻魔さん。そこまで驚かせるつもりは」

「楓夏先輩、やっぱりチャイムは鳴らした方が良かったんじゃ……」

「むう……面目ないな、京子」

「いや! いやいや、ボーッとしてた俺が悪いから! ごめんごめん、よく来てくれたね楓夏ちゃん、京子ちゃん。いらっしゃい二人とも」

「こんにちは、幻魔さん」

「幻魔の兄さん、おはよー!」

 

 魔法少女『サード・タイフーン』楓夏ちゃんと、同じく魔法少女『シクスス・ワイルド』京子ちゃん。

 この間とはまた違った組み合わせでの、魔法少女の先輩後輩の来客だった。

 二人はどこか気遣わしげに俺に近寄ってくる。

 

 しまったな。さっきの独り言、聞かれちゃってたみたいだ。

 深刻な感じ出しちゃったけど、要約すると、もうやっちゃったもんは仕方ないよねってなもんなんだが。

 そんな俺の内心は露知らず、心優しい彼女らは俺に、暖かな言葉をくれる。

 

「事情は千早先輩から既に聞いています。大丈夫です幻魔さん、どんな化物が来ようが必ず、あなたは守り抜いてみせます」

「社会的に認知されてないなら潰せるし、退魔組織でも幻魔の兄さんにちょっかい出すなんて悪事も悪事、大悪事だもの。遠慮なく関係者全員叩くから! 安心してね、兄さん!」

「あ、うん。ま、まあ程々にね、うん」

 

 すごいな、さすがに魔法少女だ。

 昨日の今日で既に事態を把握して、誰が相手であれ戦う気満々じゃないか。

 京子ちゃんはさすがにちょっと、手加減した方が良い気がするけれど……俺なんかよりよほど、覚悟が決まっている。

 

 情けないな、俺。

 自分で決めたことに悩んで、巻き込んだ彼女らの方がよほど、迷いがないなんて。

 けれど、おかげでどこか、吹っ切れた……そうだ、俺は俺と俺の友人たちとの日々を護るんだ。

 当たり前の日常を、一人じゃない暮らしを護るんだ。

 

 迷いが晴れた気がして、少女たちを見る。

 闘志に溢れる魔法少女たちの姿は、眩い程に頼りになるものだった。




(^∇^)ノ♪<千早のネーミングセンスには全会一致で首を傾げる魔法少女たちすき


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柊幻魔・17

 昼前になって、俺と楓夏ちゃんと京子ちゃんは、近場のスーパーマーケットへと買い出しに出かけた。

 軽い気分転換も兼ねてだ──この二人、俺が気負ってるのを察してやたら、気を揉んでくれているからな。

 ちょっと外の空気を吸いながら他のことを喋ってたら、俺も彼女らも色々、気持ちの切り替えもできるはずだ。

 

 それに、ああいうセンチメンタルさを心配してもらえるってのは、ありがたいと言えばありがたいけど、気にされすぎるとそれはそれでこちらが申し訳なくなる。

 むこうだって無論ながら、気を遣いすぎて疲れるだろう。

 そうなると逆に良くないのだ。

 あんまり気にしないでね、ということだね、つまりは。

 

「お昼は惣菜として、晩は私が作りましょうか。幻魔さん、何かリクエストはありますか?」

「うーん、そうだな……」

 

 スーパー内でカゴ車を引く俺を、先導するように前を歩く楓夏ちゃんと京子ちゃん。

 並ぶ背姿はさながら姉妹だ。

 楓夏ちゃんが高校3年、京子ちゃんが中学3年だから年齢差もそれっぽいし。

 そもそも魔法少女の子たち自体、七人揃って姉妹めいて思えている俺だったりする。

 さながら俺は、七人姉妹の親戚のおじさんってところかね?

 

 さておき、考える。

 何が食べたいって言われても、何でも食べるよってのが正直な気持ちだ。

 でも作る側からすればそれが一番困るというか、嫌な返事らしいしな。

 ここは一つ、真剣に考えましょうかね。

 

「鍋は、昨日したし……カレー、はそれこそ、こないだ京子ちゃんがしてくれたしな。あれは美味しかったよ、ごちそうさま」

「えっへへ! よろしゅーおあがり、です!」

「なるほど。それでしたら、ふむ。和食なんてどうです? 焼き魚に、煮物。あと味噌汁」

「そりゃ、願ってもないけど……手間じゃない?」

「幻魔さんに料理を振る舞うことの、何が手間なものですか」

 

 そう言って、クールに笑う楓夏ちゃん。

 この子、魔法少女の中でも特に料理上手っていうか、家事万能なんだよな。

 その上で勉強もできるし運動もできるんだからなるほど、千早ちゃんが優等生と賞するわけである。

 

 ちなみに他の魔法少女について言うならば、ざっくりそこそこできる子とまるでできない子に二分されるのが実際だ。

 千早ちゃん、京子ちゃん、そして四代目魔法少女『フォース・アーム』こころちゃんがそこそこできる派。

 美琴ちゃん、日葵ちゃん、あとは五代目魔法少女『フィフス・スティック』玲奈ちゃんがまるでできない派だ。

 ……こうして並べるとあれだな、ダントツで家事のできる楓夏ちゃんを除くと、ちょうど半々なんだな。

 バランス良いね。

 何のバランスか知らんけど。

 

「俺としては、和食も久しぶりだし嬉しいよ。お願いできるかな?」

「ええ、お任せください。京子も良ければ食べて帰るといい。特に用事がなければで構わないけど」

「ありがとうございます、ご馳走になります! 料理の手伝いもしますね!」

「ああ、助かるよ」

 

 仲睦まじくも笑い合う二人。

 微笑ましい、心温まる光景だ。

 しかも夕飯は何だかんだ共同作業で作るみたいだ。ありがたいったらないな、もう。

 

 こうなると俺も何か手伝う方が良い。

 さすがに子どもたちに全部させて、俺だけふんぞり返るってのは、大人として良くない姿だものな。

 とはいえ俺は料理がそこまでできるわけじゃない、やるとなれば荷物持ちとか、できて食後の食器洗いか。

 あ、あともちろんながら買い出し費用は全部俺持ちだ。

 いくらなんでもそれはね、常識的にね。

 

「なら、必要なものを買い揃えようか。あ、せっかくだしお菓子とかジュースとか、二人が好きなものも買っていこう」

「え、そんな、悪いですよ」

「二人がしてくれることへの、せめてもの対価だよ。俺からの感謝の気持ちってことで」

「ありがと! 幻魔の兄さん!」

 

 うんうん、京子ちゃんはとても素直に受け入れてくれるね。

 日葵ちゃん共々、年少組のこの二人は純真さが眩しい。

 一方で楓夏ちゃんはちょっと控えめなんだよな。

 奥ゆかしいっていうか、凛としつつ楚々としている、昔ながらの大和美人って感じの振る舞いが熟れている。

 

 でも俺から見ればまだまだ子供な年頃なんだ。

 楓夏ちゃんだけじゃない。京子ちゃんだってそうだし、言ってしまえば今年成人した千早ちゃん以外はみんな、法の上では子どもなわけで。

 ただでさえ大変な身の上なんだから、こんな時くらい大人を頼ってくれたって良いんだよ、と率直に思う。

 どんなに些細なことでもいい、頑張る君たちを応援したいんだから。

 いつも護られているばかりの無力な俺だからこそ、何かしてあげたい気持ちに駆られる。

 

「楓夏ちゃんも遠慮しないで欲しいな。たまには大人らしいことさせてくれよ」

「幻魔さんほど大人らしい大人の方、そうはいませんよ。わかりました……ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

「ん。良い子だ二人とも」

 

 そう言って笑いかけると、楓夏ちゃん、京子ちゃんは笑い返してくれた。

 とても可愛い、素敵な笑顔だった。




(^∇^)ノ♪<年上のおじさまに内心夢中な和風美人すき


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柊幻魔・18

 今日の献立に必要なものと、それに加えて日用品の補充をいくらか。

 そして楓夏ちゃん、京子ちゃんのおやつとジュースを買い込んで俺たちはスーパーを後にした。

 

 昨今はエコが叫ばれてるから、俺もエコバッグは常備している。

 そこそこ詰め込むことになったので重量はあるが、まあこれしきなら俺でも持てるくらいだ。

 ちょっと……正直、いいとこ見せたい思いもあってバッグを預かる俺を、やはり心優しい二人の少女は気遣ってくれていた。

 

「幻魔の兄さん、あたしたちも持つよー?」

「なーんの、これしき! まだまだ若いもんには負けないってね、ははは!」

「幻魔さんはお若いですよ」

 

 そりゃどうも。10歳も下の子に言われるとなんだろ、複雑なものがあるなあ。

 18歳……か。

 俺の人生がまあ、正しく180度変わったタイミングだったなあ。

 

 まさかあの頃は10年後、アパートに住めて生計も立てられて、しかも家を訪ねてくれる人がたくさんいて一人じゃないぞ、なんて思いも寄らなかったことだ。

 冗談でも何でもなく、大袈裟な話でもなく、この歳になるまでに死ぬだろうなって思ってたし。

 

 一番やさぐれて拗ねてた時は、生まれてきたことが罪で、こうなったのはその罰なんだとかなんとか、変なこと考えてたなあ。

 あれもいわゆる中二病とかなのかね。

 そういう考えから脱せたのは、そう、ちょうど。

 

「千早ちゃんと会った辺りかな」

「千早先輩? どうしたんです?」

「ああいや。昔をちょっと思い出しててね。色々あった俺が落ち着き出したのは、元を糾すと千早ちゃんと知り合ったくらいが起点なのかなーって」

「そうなの? どんなんだったんです?」

「うん? そうだなあ」

 

 当時を思い出す。

 千早ちゃんとの初対面、忘れもしない。

 ようやくホームレスを脱出できた俺がたまたま、豪雨の中、一人でさ迷う女の子を見つけたのだ。

 

 あからさまに何かあった感じだから、ひとまず警察に連れて行こうとしたら、それだけは駄目だと涙ながらに助けを求められて。

 かと言って彼女の自宅を聞いたら黙りで。

 見捨てるなんて論外だったし、長居してたら身体に障るしで、最悪、俺が未成年略取で捕まることを覚悟の上でこの家にあげたのだ。

 

 そうして、彼女……魔法少女『ファースト・キック』、千早ちゃんから事情を聞き。

 俺と彼女、ひいては魔法少女の付き合いは始まったんだった。

 

「お互い、色々荒んでた時期でさ。傷の舐め合いってのが一番、しっくり来るような依存の仕方をしてた自覚はあるよ」

「き、傷の舐め合い」

「な、なんだか響きが大人っぽいですね……」

「変なことはしてないからね、悪しからず。色々、寄りかかり合ってただけだよ」

 

 舐め合いって表現、たしかに年頃の子には誤解されかねないのか?

 ともあれ、本当にそうとしか言いようがないからね。

 千早ちゃんは俺以外に頼れる人も、寄りかかれる人もいなかった。

 俺は千早ちゃん以外に愚痴れる人も、必要とされることで自分の存在価値を満たせる人もいなかった。

 

 頼れて満たされる女の子と、頼られて満たされる男と。

 互いが互いに、ちょうどそこにいた都合のいいお互いだった、ってことなんだろうな、最初は。

 

「でも。今はもちろん違うよ」

「まあ、私が魔法少女になった頃にはもう、共依存という感じはしていませんでしたしね」

「そこはもう、美琴ちゃんのツッコミがあったからねえ」

「美琴先輩の?」

 

 そう。

 俺と千早ちゃんの、そんな感じのダメな方にズブズブだった関係に、意図せずとも喝を入れてくれた子がいた。

 それこそが二代目魔法少女『セカンド・パンチ』、美琴ちゃんだったのだ。

 

「『気持ち悪いっすよあんたら、ナメクジかっての』」

「……そ、それはまた」

「ナメクジって……」

「いやもう、ほんとバッサリ。ある意味で酔い痴れてた俺と千早ちゃんでも、素面に戻らざるを得なかったよ」

「でしょうね。しかしまさか、美琴先輩がそんなことを」

「後から謝られたけど、逆に言えばあの子がそんな発言しちゃうくらい、俺たちは気持ち悪かったってことだね」

 

 いやはや、あの時はもう。

 俺も千早ちゃんもひたすら、恥じ入るばかりだった。

 どう考えても病的な関係だったのを、当時知り合ってばかりの美琴ちゃんに見抜かれてドン引きされたのだ。

 何の恥にも思わないほど、俺は子どもじゃなかったし、千早ちゃんは愚かではなかった。

 

「言葉には出さないけどね。千早ちゃん、美琴ちゃんには深く感謝してるんだよ。裏腹の厳しさはあるけど」

「唯一、美琴先輩にだけはやたら辛辣なのは、直接指導した弟子だからだと思っていましたが……」

「内心で対等だと思っているから、かもね。早く超えて欲しい、師匠心ってやつさ」

 

 歪んでいた心を正してくれた、あの真っ直ぐすぎて問題だらけなくらいに真っ直ぐな美琴ちゃんを、たぶん誰より評価してるのは師匠たる千早ちゃんだ。

 だからこそ、他の後輩たちとは違ってより対等を求めて、あるいは自分以上を求めて厳しくなるんだろう。

 

「なるほど……お二方らしいかも、ですね」

「深い、お話なんだねえ……」

 

 初めて聞いた、偉大なる先輩たちのそういった話に、楓夏ちゃんも京子ちゃんも、感嘆の吐息を漏らしていた。




(^∇^)ノ♪<尊敬する先輩たちの裏話を更に目上のおじさんから聞かされる後輩すき


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楓夏/魔法少女サード・タイフーンⅡ

楓夏視点


 今日は朝から、幻魔さんの元気がなかった。

 理由は分かっている。

 契約者という己の素性を目当てにやって来る、超越存在どもを憂いているのだろう。

 千早先輩の言ったとおり、昨日、何やら大きな決断をされたのは間違いないみたいだ。

 

「ふう。二人とも、買い出しに付き合ってくれてありがとね」

「いえいえ」

 

 スーパーから帰ってきた時にはもう、幻魔さんはすっかりいつもどおりだ。

 買ってきたものを片付け、整理し、落ち着いたらコーヒーを飲んで私たちと雑談して笑っている。

 今朝垣間見せた、懊悩など欠片もなかったかのようだ。

 

 だけど、私は思う。

 その垣間見せたもの、孤独への恐怖。

 超越存在との、暴力を介さないやり取りを前にして、周りから人が離れていくことをひどく恐れるような、か細い声。

 それこそが、幻魔さんが抱える過去の傷跡、なんだろう。

 

 先程も過去、千早先輩と共依存のような状態になった時期があると仰っていた。

 千早先輩はあれで結構、繊細というか、色々抱え込みがちな人なので、そういった過去も何となく納得するが。

 私から見ていつも泰然と構えている印象のあるこの人のそんな、何かに縋り付いて生きている姿は、中々想像しにくいものだったりする。

 

「幻魔の兄さん、ゲームしても良い?」

「お好きにどうぞ。家にそういうのないの?」

「古いのなら。家族がゲームしないからねー」

「そっか。まあうち、ゲーマーもそこそこ来るからね」

 

 ゲームをし始める京子と、幻魔さんが話す。

 ゲーマー……千早先輩もだったか。

 私はそもそもゲームに触れたことがほとんどないから、楽しさが分からないが。

 まあ見てる限りとても楽しいものなのだろうな、と微笑む。

 

 平和な空気だ。

 魔法少女として戦う私たちには、いや私たちだけでない、幻魔さんの退魔関係の友人知人にとっても、ここはかけがえのない場所だろう。

 誰も、プライベートでまで戦い香る場に近くありたいとは思わないものだ。

 その点ここは、戦いとは無縁の場所だ。無縁でなければならない場所だ。

 

「楓夏ちゃん、どうかした? 何だかずっと俺の方見てるけど」

「いえ。何となく、幻魔さんを見てると落ち着くんですよ」

「リラックスアイテムだったか俺ー」

「ええ。少なくとも私にとっては」

 

 照れてコーヒーを飲む幻魔さん。

 いつも通りだ。いつ来ても、留守にしていない限りは幻魔さんはこんな感じでここにいる。

 私が魔法少女になった時から今に至るまで、ずっと。

 それがどれだけありがたいことか。

 

 私にも実家はある。

 それなりに裕福な家庭だが、現状はあまり、雰囲気が良くない。

 当然だ。魔法少女なんてものになった娘が一人、しかもその絡みでもう一人、娘が命を落としているのだ。

 おかしくなって無理はない。

 

 両親の、ひどく心配げな、それでいてどこか、化物を見るような目は……もう慣れたことだけど、最初はショックだった。

 他の魔法少女も大なり小なりそんなものだろう。

 突然娘が超常の力を得、日々妖魔と戦うようになったなんて。

 受け入れられる人間の方が少ないのだ。追い出されないだけ愛のある話ですらある。

 

 そんな私たちにとり、ここはホームだ。

 事情を知り、寄り添ってくれて、居場所になろうとしてくれる人がいる。

 力がなくても頼りになろうとしてくれている、人がいる。

 それがどれだけありがたいことか。

 

 ──だからこそ。

 そんなありがたい人が落ち込んでいるなら、私が寄り添ってあげたいと思う。

 

「幻魔さん。こんな時に難ですが……もっと私たちを頼ってくださいね」

「え。結構色々、頼んでるけど」

「持ちつ持たれつ、で言えばもっと頼ってもらって良いんです。特に今、幻魔さんの周りには残念ながら、様々な陰謀や思惑が渦巻いているんですから」

「あ、あー。うん、そうね。残念なことに」

 

 何でこんなことになってるんだろうねえ、なんて笑う幻魔さん。

 やり切れなさを感じさせる乾いた笑みだ。

 無理もない。

 何の役にも立たない、よく分からない己が内なる素質を原因にして、このような望まぬ状況に陥っているのだ。

 超越存在を説得して契約無しで近くに置く、という彼自身の決断をした今でさえ、どうしてこんなことに? という感覚は付き纏うだろう。

 

 だからせめて、言葉にして、態度にして示さないといけない。

 あなたは一人ではないのですよ、と。

 

「私たち魔法少女は、何があっても幻魔さんの側にいます」

「……今朝の、そこまで深刻に捉えなくても良いんだよ」

「深刻なことですよ。私たちの大切な人、大切な居場所がどうにかされてしまう、瀬戸際の話なんですから」

「お、大袈裟だなあ」

 

 呑気に笑う。

 自覚が足りない……けれどそれで良いんです。

 あなたはそれで良い。

 どこまでも日常らしい、あなたでどうか、いてほしいから。

 

 戦いなど、それをできる者、それをやりたい者だけでやっていれば良い。

 戦えない人、戦いたくない人が戦わなければならないなら。

 それはもう、犠牲が生まれてしまっているのだ。

 私たち魔法少女は、犠牲を生まないために戦う。

 

「大丈夫。あなたの側には、魔法少女がいます」

 

 二度と、誰も犠牲にしないために。

 決意と共に、私は幻魔さんに強く告げた。




(^∇^)ノ♪<一見物腰柔らかだけど実はクソ真面目でめちゃくちゃ頑固な女の子すき


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京子/魔法少女シクスス・ワイルドⅡ

京子視点


 楓夏先輩の拵えた、茄子のお浸しを頬張る。

 うーん、相変わらずすごく美味しい。プロ級と言っても過言じゃないよ。

 焼魚もいい感じの焼き加減で脂が乗ってて美味しいし、味噌汁も良く出来てる。

 あたしにはまだまだ、このレベルの調理はできそうもないなあって、強く感じる。

 今回は少し手伝っていたから、間近で先輩の手際を見ることができたのでなおのことだね。

 

「んー、おいしい。やっぱり楓夏ちゃん、ご飯上手だねえ」

「恐れ入ります」

 

 幻魔の兄さんも美味しそうにそうした、手作り料理を食べてはしきりに褒めちぎっている。

 その度に頬を染め、微笑んでいる楓夏先輩がすごく美人さんだ。

 うーん、将来は良妻賢母って感じ。

 あたしもこのくらい落ち着いた、大人の色気みたいのを出していきたいな。

 他の魔法少女たちにはない、そういう魅力がこの先輩にはある。

 

「ふう。ごちそうさまでした。美味しかったよ楓夏ちゃん。京子ちゃんも、ありがとうね」

「どういたしまして。喜んでいただけて何よりです」

「へっへへー。よろしゅーおあがり! 楓夏先輩も、勉強になりました!」

「京子も、手伝ってくれて助かったよ。ありがとう」

 

 ご飯も食べ終わって、ふと一息入れる。

 これから訪れる夏の気配を思わせて気温も暖かだ。

 窓から柔らかな日差しが入って、赤く染まる町並みを映す。

 どことなく、感傷的な気分になるから夕方って不思議だなあ。

 

「後片付けは俺がやるから、二人は楽にしといてよ。もう少ししたら帰るでしょ?」

「そうですね。お言葉に甘えます」

「あと一時間くらいしたら帰るねー」

「はいよー」

 

 食器を台所へ片付けていく幻魔の兄さん。

 これもいつものことだ。

 作るのはあたしや楓夏先輩、片付けるのは幻魔の兄さん。

 何となく……家族って感じがして、こういうのとても好きだ。

 あたしは特に、生まれつき両親がいなかったから、余計にかな。

 

 父はあたしが生まれる少し前に、そして母はあたしを産んですぐに。

 それぞれ亡くなってしまって、あたしは孤児になった。

 村の皆が共同で育ててくれたから、あたしはここまで生きてこれたし、幸せだって胸を張って言えるけれど。

 それはそれとして、ごく一般的な家庭って言うのにも憧れはあるから、こういう、擬似的? な感じは好きだな。

 

「そう言えば楓夏先輩は、ご家族とはどうなんです? 前に、あんまり折り合いが合わないって聞いてはいましたけど」

「うん? いつもどおりだけど。相変わらず、微妙な距離感だよ」

「ですか……」

 

 でも、家族がいることがそのまま幸せなことに繋がってるのかって言うと、それは違うと思う。

 楓夏先輩や、他の魔法少女たちの何人かは、あまりご家族とうまくいってないってよく話されるし。

 何より幻魔の兄さんなんて、他ならぬ家族からいらないものとして捨てられた人だ。そこまでいくともう、不幸以外の何物でもない。

 人それぞれに、辛いことや苦しいことの形って違うんだなあって、思い知らされるこの頃。

 

「京子の方は、ええと。村の皆さんとは?」

「相変わらず可愛がってくれてますよ。魔法少女にされたあたしを、それでも村全体の娘だって言ってくれて」

「そうか。素敵な、素晴らしいご家族だな」

「はい!」

 

 楓夏先輩が優しく微笑む。

 まったく言われるとおり、村のみんなは素敵で素晴らしい、あたしの家族だ。

 魔法少女『シクスス・ワイルド』になったばかりのあたしを、みんな総出で受け入れてくれたなんて、今でもすごい話だなって思うもの。

 

 しかも、今でも退魔の活動を続けるあたしを、応援までしてくれているなんて。

 そんな人たちを家族に持てたあたしは、やっぱり幸せ者だ。

 

「私の家は、そうはならなかったな。残念ながら腫れ物扱い、とはこのことだ」

「話し合い、もされてたんですよね、たしか」

「悪い人たちじゃもちろん、ないんだけど。やはり実の娘が怪物の力を手にすると、色々、複雑なんだろうな」

 

 そう言って笑う楓夏先輩に、返す言葉がない。

 寂しげな、けれどどこか諦めたような姿は、楓夏先輩らしくはない。

 ないけど、たまにはそうなりたくなる時だってあるんだろう。

 こんな時、何か気の利いたことの一つでも言えれば良かったんだけど。

 他の魔法少女の先輩なら、そういうこと言えたのかな。

 

「まあ、千早先輩のお言葉もある。関係改善は今後も努力していくけどね」

「千早先輩、どんな風に?」

「『お互い死んでないからチャンスはある。どのみち離れられないなら、どれだけ時間がかかっても向き合うのもありだ』と。あの人らしい物言いだな」

「チャンスはある、ですか……」

 

 千早先輩。

 最初の魔法少女であるあたしの大先輩。

 年齢差や畏れ多さもあって中々、お近づきに慣れない人。

 普段は美琴先輩や、それこそ楓夏先輩と一緒にいるところをお見かけする人だ。

 

 そんな人だからかな、当然のように、楓夏先輩への気遣いをしていたみたい。

 やっぱりすごい人だな……いつかあたしも、あんな風になれたら良いんだけど。

 幻魔の兄さんとも一番、距離が近い感じだし。

 やっぱり、大人って違うのかなあ。

 

 そう考えると、早く大人になりたいかも。

 なんてことを思う、あたしなのでした。




(^∇^)ノ♪<重い生い立ちだけど周囲に愛されて純粋無垢に育った野生児すき


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柊幻魔と友人たち
柊幻魔・19


 今日のバイトも終わって帰り道の途中、珍しい人と遭遇した。

 いや珍しいってのは語弊があるかな。

 うちにはそこそこの頻度で来るんだけれど、こうして外で遭うのは滅多にないことだから、結果的に珍しいって表現がしっくり来るってことだ。

 

「おー、幻の字! 何ぞ噂になっとるのう、お主!」

「さすがに耳聡いよねえ、清吉爺は」

「カハハハ! そればっかり取り柄の爺じゃからのう!」

 

 声変わりもまだしていないような、幼い声が高らかに響く。

 まるで老人のような口調だが見た目、完全に少年だ。

 銀に輝く、絹糸を思わせる細い髪を整わせた、魔性の美しさと妖しい雰囲気を醸し出す見た目。

 しかしてその実、正体はひどく世俗的な、酒は飲むし博打は打つし女性にはとことん弱い、実年齢80超の老人だというのだから、世の中は不思議だ。

 

 彼、有屋清吉さんは俺に、一見無邪気な童顔を向けて切り出した。

 

「ちょうど、お主を訪ねようかと思っていてな。明日はバイトも休みじゃろう? 積もる話もある、いっちょ酒盛りでもしようではないか」

「良いけど、うちのルールは守ってね」

「分かっとる分かっとる、未成年に気を遣え、じゃろ? 酒ならほれ、このとおり。つまみもあるぞ。無論、余ったら持ち帰るともよ」

 

 どこからともなく──本当にだ。空間に穴を空けて、そこに腕を突っ込んで引きずり出してきた──酒とつまみが入ったコンビニ袋を見せてくる、清吉爺。

 この人、地味にとんでもない人らしいんだよ。

『特異領域地点』たる日本の、首都を含めた関東一円で活動する退魔師たちを一括して率いる大組織『関東退魔会』。

 今や世界にも名を轟かす、そんな組織を立ち上げた大物退魔師さんで、今でも運営理事会に強い影響力を持つんだとか。

 

 何より凄まじいのは、見た目の通り年を取らない体質なことだ。

 本人曰く、もう半世紀以上も前の大戦争の折。国軍の生体実験の被検体となってからとのことで、不老長寿の他にも超人的な身体能力を手に入れたらしい。

 そして以降、数十年。鍛えに鍛えた退魔の技能と合わせて、国内外でも最強クラスの退魔師と謳われているそうだ。

 

 なんだっけ? 超生命『バイオーヴァー』とか、界隈では渾名されているんだとか。

 とにかく、聞けば聞くほどすごい人なのだ。あの勝くんすら頭が上がらない存在みたいだしな。

 

「いやあ、なんでかお主の名前が界隈で囁かれるようになってきてのう。何じゃそらとヒアリングしとったら、ずいぶんややこしい話になっとるみたいではないか」

「あー、うん……正直、困ってるんだよね。割と」

「お主の性格ではそうじゃろうなあ。ゆえ、今回はお主から実際のところを聞いてな、力になれんもんかと来たのじゃよ」

「そうなの? ありがとう。なんかごめんね、界隈を荒らしちゃって」

「アホどもが勝手にはしゃいどるだけじゃ、気にするでないわい。それに儂とて隠居だからの、友に力を貸す時間ならば無限にあるのよ、カハハ」

 

 アルカイックに微笑む清吉爺。

 そう。何のかんのすごい彼なんだが、今はもう現役を退いて、気まぐれに各地を遊興しては享楽に浸る隠居爺。とは本人の言だ。

 実際、俺と知り合ったのも数年前。

 気ままに放浪してたこの爺さんが、たまたま豪遊が過ぎて路銀を切らしていたのを、通りすがった俺が何日か家に泊めたのが切欠だったりする。

 

 普段ならそんな間抜けはしないらしいんだけど、たまたま立ち寄った、女の子と喋りながらお酒が飲めるお店がとてつもなく暴利だったそうで。

 半泣きになりながら、世の中が助平爺に厳しすぎるとかなんとか、まるっきり小学生高学年くらいの姿で喚いていたのが今でも印象的だ。

 最初、見た目から本当に子供だと思って、警察に保護してもらおうとしたんだよな……すぐに身分証明書見せられて、盛大に目を剥いたのは懐かしい話さ。

 

 ともあれ、割と久しぶりな気がする清吉爺とのやり取り。

 契約者云々の話はさておいて、談笑がてら家に向かう。

 

「そいで幻の字、今日は誰ぞ女子は来んのか?」

「誰か来るって予定はないなあ。そもそも爺さんも含めて、みんなノンアポで来るのがいつもでしょ」

「いやまあ、そうなんじゃがな? 華があると分かってるのと分かってないのとでは、テンションと言うものがだのう」

「千早ちゃんとか美琴ちゃんなら呼べば来てくれると思うけど、どうする?」

「年寄をいじめるつもりか! あやつらは女子でなくて鬼子じゃろ!」

 

 愕然とばかりに叫ぶ。

 清吉爺、千早ちゃんと美琴ちゃんには苦手意識があるんだよな……初対面時にちょっかい出して、返り討ちにあってるから。

 助平心が痛い目を見たってそんなもの、自業自得だから俺としてはあんたが悪いの一言だし、だから今みたいな暴言はちょっと、聴き逃がせない。

 

「鬼子は言い過ぎじゃないの、清吉爺。あの子たちは優しい女の子だよ」

「む……すまぬ。言葉遊びっぽくしたくて言葉が過ぎた。立派な若者だとは、儂とて思っとるよ」

「今度、本人たちに言ってやってよ。きっと喜ぶ」

「とてもそうは思えんがのう……ま、たまには良いかの」

 

 渋い顔で呻くところは、精神年齢相応に見えてくるんだよなあ。

 と、喋っている間にアパートが見えてきた。

 今日は清吉爺の持ち込んだ酒のつまみで、一つ宴会と行きますかね。




(^∇^)ノ♪<合法ショタジジイすきーーーーーー


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柊幻魔・20

「おう、とりあえず駆けつけ一杯じゃぞ幻の字。ほれかんぱーい」

「駆けつけてもないけどね。乾杯」

 

 夜、俺の家。

 帰宅した俺は同行していた清吉爺を招き入れて、持ち込まれた酒とつまみで二人だけの宴会を始めていた。

 今のところ、他に誰も参加者はいない……とはいえ夜は夜で、来客がないこともないからまあ、ある種の待機状態ではある。

 

 ビールを飲む。

 シュワシュワと、苦み走った爽快な喉越しがたまらない。

 清吉爺も炭酸の心地良さに息を吐いて、端正な顔立ちをアルコール混じりの、陽気さで緩ませる。

 

「ぷはぁ! いやぁいつの世も、一口目の麦酒は最高じゃのう!」

「相変わらず見た目が犯罪だねえ、清吉爺」

「またそれかい。何ぞ文句垂れる奴がおったらほれ、身分証明書なら常備しとるわな」

「なんで出してくるのが運転免許証かな。退魔師免許証とかもっと、らしいのがあるでしょうに」

 

 ぱっと見、子どもがビール飲んで息巻く完全にアウトな光景。

 こればかりは毎度、言わずにはいられないところだ。こんな有様でよくこの爺さん、夜の街で馬鹿騒ぎやるもんだよ、本当に。

 

 そんでもって、反論で見せ付けられた身分証明書がなぜか、運転免許証だし。

 そこは退魔師免許証じゃないの? 爺さん、退魔師界隈でも重鎮さんなんでしょうに。

 呆れたように、本当80歳を超えていることが法的に証明されている運転免許証を眺める俺に、清吉爺はカハハと独特な笑い声をあげる。

 

「退魔師免許なんぞより運転免許証の方がよっぽど、公的身分証明書じゃろうてよ。もしくは健康保険証」

「退魔師免許だって公的なものじゃないの? 特退警が交付してるって聞くけど」

「民間への説得力が違うんじゃよ。運転免許証や健康保険証ならほれ、退魔師なんて限定された界隈より広範囲に行き届いとるじゃろ」

 

 退魔師ったら古今東西、いつだって胡散臭いイメージを持たれるもんだからのう。

 なんてことを言う清吉爺の、やたら実感のこもった声音はどこか重い響きがある。

 退魔師とは名ばかりの、詐欺師が過去から現在にいたるまでまあ絶えないこと。

 

 なまじオカルト方面の専門職だけに、一般の、俺みたいな素人には退魔師の善し悪しなんてわからないもんで。

 そこを好機とばかりに、適当なことをしたり言ったりして人を不安にさせ、法外な金額をせしめる悪辣な輩もいるのだ、この世の中は。

 

「嘆かわしいのう。いつまで経っても儂ら退魔師の、地位というのはどこか浮世離れしとるままとは」

「幽霊や妖怪と戦う人たちなんて、縁遠い俺みたいなのからすればそりゃあ、浮世からは離れてるよ」

「お主どの口で縁遠いなどと言うんじゃ。魔法少女どもやら特退警やらとも懇意なお主が」

 

 ずいぶんと俺に向け、信じ難いものを見る目で来るなあ清吉爺。

 実際、縁は遠いさ。

 生まれこそ退魔界隈にどっぷりだったがそれも一昔。追放された無能の長男だったりするわけだけど。

 知人友人に退魔絡みの人がいたからって、悪いけれどそれがどうしたことか。そんなもん基準に仲良くしてるわけじゃないし。

 

「立場とか関係ないよ。俺は、俺と一緒にいてくれる人と一緒にいたいだけ。清吉爺もその一人だよ。俺と一緒にいたいって思ってくれている限りはね」

「面倒なメンタルしとるのう、お主。放逐されてからの十年は、そんなに辛かったか」

「さあ? 結果として今、そんなに悪くない生活を送らせてもらってる。それで良いんじゃないかな」

「達観しとるのかそうでないのか。お主らしいの」

 

 カハハハッ、と笑う爺さん。

 やっぱり年の功かな。俺自身でも分かってないような俺のことを、どこか見透かされている感じがする。

 

 俺としてはありがたい、人生の先達からのお言葉ではあるんだけれど。

 こういうところがいまいち、千早ちゃんはじめ魔法少女の子たちに好かれないところなんだろうなっていうのは分かる。

 いきなりこちらを見通したようなことを言われるのって、あんまり面白くない話ではあるからね。

 清吉爺に悪気がないのは分かりきってるけど、人の気持ちは正しいだけじゃ寄り添えないもんだから。

 

 酒を酌み交わし、その辺の話にも触れる。

 清吉爺、あんまり女性からの受けは良くないもんで、ちょくちょく相談されるんだよね。

 なんで俺に聞くんだよと言いたいところだけど、少なくとも魔法少女のみんなとはうまいことやってるわけだから。

 藁にもすがる思いはなんとなく、理解できたりする。

 

「とりあえず若者っぽく喋ったらどうかな」

「いや、今さら恥ずかしいわいそんなの……孫どころか玄孫にすらなりかねん年頃の子らと同じ言葉遣いなぞ」

「そんなこと言って、SNSだと普通に使ってるじゃん。同じ要領で良いんじゃない?」

「ネットとリアルでは勝手が違うじゃろ!」

「人と人とのやり取りって点では同じでしょー」

 

 互いにアルコールの入った頭で、あれやこれやと議論する。

 今日はもう、他に誰も来そうにないし。

 結局夜遅くまで俺と清吉爺は、最近の若者ってそもそも、どういう話し方してるんだろうか? って話をしていた。




(^∇^)ノ♪<新作「攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」もよろしく


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柊幻魔・21

「そんで、幻の字。実際のところ、どうなんじゃ」

「んー? え、何が?」

「契約者、とやらじゃよ。何ぞわけわからん、超越存在とか言うのに付け狙われとるんじゃろ?」

「付け狙われ……うーん、まあそういう表現にはなるのかな」

「正直、儂も界隈の噂話を小耳に挟んだ程度じゃからな。本人から正しく経緯を聞いておきたいんじゃよ」

 

 結構夜も更け、俺も清吉爺もしこたま酒を飲んでいる。

 お互いに酔っ払ってウフフアハハと、特に何もないのに笑い出してきた頃合いに、急に真面目な顔して爺さんがそんなことを尋ねてきた。

 そう言えば契約者云々の話、耳にしたから来たとか言ってたなあ。まあ、それだって結局の所、酒を飲みに来る口実だとは思うんだけど。

 せっかくだし清吉爺にも事情を説明しておくか。

 

「ことの起こりから話すね。えーっと、要はかくかくしかじか」

「まるまるうまうま。ふむ? お主、結構な決断をしたんじゃのう」

 

 かいつまんで先日、青華ちゃんが来てからこないだ、ファフさん相手に交渉したところまで。

 俺にわかる範囲で色々と、俺を取り巻くウンタラカンタラについて話したところ、清吉爺は感心とも、呆れともつかない目で俺を見てきた。

 魔性の美を酩酊に浸らせて、赤く色づく頬のまま、彼は続ける。

 

「そのファフニールとやらと契約して特退警なり何なり、組織の庇護にでも入っちまえばとりあえずは安寧が手に入ったろうに。そこまで力を手にするのが気にいらんかったか」

「ちょっと違うかな? 気にいるいらないじゃなくて、俺には必要ないものだから。契約して、変に力を手に入れて面倒なことになるのも嫌だし」

「契約者である時点で面倒ごとのオンパレードではないか。ま、言いたいことは分かる。降って湧いたような力なぞ、善なれ悪なれろくなものではない」

 

 そこんところは儂が一番、よう理解しとるつもりじゃ。

 清吉爺はそう言って、遠い目をしている。

 

 この人も何やかや、降って湧いたような力で散々な目にあっている人だものな。

 超生命『バイオーヴァー』。戦時中に行われた狂気の人体実験の産物として、清吉爺は超人となった。

 望んだことではないらしい。俺も詳しい話を聞いたわけではないんだけれど、清吉爺の、人間の尊厳を踏みにじる者たちへの憎悪が相当に深いことは、それなりに理解しているつもりだ。

 

 それゆえ、似たような境遇に陥っている千早ちゃんたち魔法少女には憎まれ口を叩きながらも、その実ものすごく協力的だったりする。

 当人たちには照れくさがって言いやしないんだけどね。

 

 だからだろうか。

 契約者としての権利? 義務? なんだかよく分からないけど、とにかくそういう位置にあるところの、超越存在との契約を拒んだ俺に対しても彼は同情的でいてくれるみたいだ。

 コップに注いだ日本酒を飲み、清吉爺は言う。

 

「儂は、お主の選択を尊重するし敬意をも表するよ。目の前にある宝を、必要ないからと手放せる潔さは……あるいはかつての儂が何より欲し、しかして浅ましさゆえに身に付けられなんだものじゃ」

「清吉爺は気高い人だよ。『関東退魔会』を興して退魔師を育て、今も界隈のために尽力している」

「それとて突き詰めれば儂のエゴじゃよ」

「だったら俺の選択だってエゴだよ。今の生活を、今の人間関係を今のままにしておきたい、そういうエゴだ」

 

 まあ、そういうことなんだ。

 契約なんかして、変な力を手に入れて、それで今の生活が壊れるのがたまらなく嫌だ。

 ようやく手に入れた日常なんだから、護りたいと思ったって良いだろ? ──そういう身勝手さからくる、これは俺のエゴなんだ。

 

「なんて言われても良い。俺は、俺の護りたいものを護るためなら何でもするよ。何もしないってことさえも、喜んでやるさ」

「選択しない罪、か。無知なるは罪という言葉もあるが、とは言えど必ずしも無知が悪であるとも限らん。選ばざることも、時としてそれが正しいこともあろうよ」

「……ありがと、清吉爺」

「なあに、これでもお主の3倍は生きとる。若者を慰め励ますのも、老爺の役目じゃわな」

 

 少年の姿のまま、老人のように深い年輪を思わせる笑みを浮かべる。

 見た目ではない、魂の年齢。

 そこから来る優しくも穏やかな言葉に、俺はどこか、救われた心地になっていく。

 

 本当に、得難い友人を得た。

 千早ちゃんたちも、勝くんも、清吉爺も、みんな、みんな。

 俺にとってかけがえのない、最高の宝物だ。

 なんだか無性に嬉しくて、俺は焼酎の水割りをぐいっと飲んだ。

 

「……っぷはあ! よーし清吉爺、今日はとことん飲もう!」

「おっ! そかそか、そうでなくてはのう! カハハハッ、やはりお主と飲む酒は美味くてええわい!」

「俺も、爺さんと飲む酒は大好きだよ! 乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 笑顔で二人、酒を酌み交わす。

 たまにはこんな夜も良い。そう思える日だった。




(^∇^)ノ♪<暗い過去を匂わせつつもノリは軽くて優しくてコミカルなショタジジイすき


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柊幻魔・22

 飲みすぎたぁ……頭がガンガン痛む。

 しかも寝過ぎ。一年以上は寝てた気がする。なんだ?

 

 勝手知ったる俺の部屋、昨日はそうだ、清吉爺としこたま、深夜まで飲んでたんだ。

 ふとテーブルの向かいを見ると、清吉爺が大の字になって寝ていた。顔真っ赤で酒の匂いすごい。これ、ついさっきまで飲んでたな?

 

 しかしまあ子どもの姿で酒瓶転がして寝てるのは、控えめに言って犯罪的だ。もしここに勝くんとか来たら俺が逮捕されそう。

 まして清吉爺、見た目だけならすごい美少年だもんな。中身がとにかく好色というか、助平なのが惜しいくらいだ。とはいえ、本気で女の子にあれこれと無体を強いる真似に及んだって話は聞かないし、もしも聞いたとしても信じられない程度にはこの人を信頼しているけども。

 

「くかー、すぴー、ぴよぴよー……」

「ひよこかな」

 

 よくわからない寝言、寝言? を言いながらも気持ちよさそうに眠る清吉爺はさておき、窓から外を見る。夜明けらしくうっすらと日が空を照らして、薄暗がりが徐々に光を帯びてくるのがとても綺麗だ。

 今日も、世の中いろいろあるだろうけど美しい。それが何よりのことに思えて、俺はなんだか気分がよかった。

 

 ──と、そんな時。

 不意にインターホンが鳴って、俺はえ? と玄関を振り返った。

 

「誰だろう? 何かな、こんな時間に」

 

 来客にしたってずいぶん早いなと、訝しみながら玄関へ向かう。深夜とか早朝にこうやって誰かが訪ねてくるってのは、ないことはないけど珍しいのはたしかだ。

 まさか強盗とかじゃないよなあ、怖いなあ。などと警戒して、ドアの覗き窓からこっそり外を見てみる。これでドアップで誰かの目とか映ってたら俺はもう、清吉爺を叩き起こして彼に対応を任せる所存だよ。

 

「…………うん!? 日葵ちゃん!?」

「わひゃん!?」

 

 覗き窓から見たところ、バッチリ面識のある女の子がいて俺は慌ててドアを開けた。珍しい顔ではないけど、とんでもない時間に訪ねてきたからつい、焦ってしまったのだ。

 急に開いたドアに、びっくりして飛び跳ねる女の子。この近くの中学校の制服を来た、桃色の髪がとても愛らしい美少女だ。

 唖然として、俺は少女に話しかけた。

 

「ひ、日葵ちゃん……? なんでこんな時間に」

「え、えへへ……来ちゃいました、幻魔さん。ごめんなさいこんな、朝早くから」

 

 申しわけなさそうにはにかむ少女、日葵ちゃん。

 千早ちゃんを始めとする魔法少女達の中でも最年少にして、最新である『セブンス・ライトニング』その人がまさかのお出ましだった。

 ……いや、何してるのさ中学生。思わず苦言を呈してしまう。

 

「来るのは構わないけど、いくらなんでも早すぎるよ。魔法少女たって中学生の日葵ちゃんが、うろついていい時間帯じゃないでしょうに」

「えへへ、ごめんなさい。ちょっと夜通し、妖怪をやっつけてたらこんな時間になっちゃいまして。たまたま幻魔さんのお家の近くでしたから、寄らせてもらおっかなーって」

「あ、そうなの……? いくら退魔活動だからって未成年が夜、うろつくなんて良かったっけ……」

「あんまり良くはないんですけど、魔法少女なんでナイショってことで! ね?」

 

 かわいく笑って首を傾げるこの子は、見た目の愛らしさとは裏腹に結構、横紙破りの常習犯だったりするんだよね。

 先輩魔法少女『ファースト・キック』こと千早ちゃんと同じタイプで、目的のためなら手段を選ばないところがあるのだ。

 

 退魔師とはいえ未成年ともなれば、普通は深夜帯での活動についてはご法度なんだけど……いかんせん魔法少女という存在自体は退魔界隈の中でもグレーというか、退魔師という範疇にくくれるかどうか微妙らしいんだよね。

 千早ちゃんも美琴ちゃんも楓夏ちゃんも、以降に続く後輩魔法少女達もみんな、自分達がメインで戦っていた時にはそうしたグレーな身分であることを利用してよくよく深夜なんかでもあちこちうろついてたとは聞いている。

 

 だから俺としても、今さらという感じはあるんだけれど。さすがに現在進行系でやらかしているのを目の当たりにして一言も注意しないってわけにもいかない。

 あまりガミガミとは言わないけれど、と前置きして、俺は努めて優しく言った。

 

「魔法少女である以前に、日葵ちゃんは女の子だし子供だし人間なんだ。深夜に一人で外出するのは危ないし、みんなを心配させちゃうってことはわかって欲しい」

「う……はい、ごめんなさい」

「ん、よろしい」

 

 日葵ちゃんも普段はしっかりした子で、人の言うこともしっかりと咀嚼して自分の意志で応えてくれる賢明な子だ。

 今回も彼女なりに反省して、頷いてくれたように俺には思えた。だったら、こちらからはもう言うことはない。

 

「ま、来ちゃったものは仕方ないし上がりなよ。清吉爺と呑んでたからその、ちょっとお酒臭いかもだけど」

「ありがとうございます! 清吉お爺さんが来てるんですね」

「酔い潰れて寝てるけどね。さ、どうぞ」

 

 清吉爺も日葵ちゃんとは知り合いだ。久々の再会だろうし、起きたらビックリしつつも喜ぶかもね。

 そう思いながらも、俺は日葵ちゃんを家へと招き入れた。




(⁠^⁠∇⁠^⁠)⁠ノ⁠♪<久しぶりに更新ー


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