テイルズ オブ デスティニー2 ~疾空の刃~ (トカGE)
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キャラクター
本編じゃないのでネタ度ちょい高め注意。というか主観でキャラにツッコミしてたり。
ネタバレ多いです。
5/22オリジナルキャラ紹介追加。
原作キャラ
カイル・デュナミス
属性適正:風・火・光・土
我らがTOD2の主人公にして英雄バカ。原作ではスタンの死をショックで忘れ、スタンへの憧れが極端になった結果よくもわるくもまっすぐだったが、旅を経て苦しみながらも成長し、たくましく育っていった少年。
拙作ではスタンの死の原因となったのがロニではなくカイルだったせいで、忘却ではなくトラウマとして心に刻み込まれてしまっている。
そのため、英雄になると口に出すことが無くなった代わりに、自分を犠牲にしても他人の為に働く、守る、助けるという思考になっている。これは、自身にとって最も尊敬すべき『英雄』であるスタンを死なせてしまった自分は、その代わりにありとあらゆるものを救う英雄のようにならければならないという強迫観念から。但し、カイル本人は英雄を死なせたのだから、自身は英雄にはなれないとも思っている。
物語開始時は、孤児院の皆は家族なのだから守るのは当然だろうという『常識』と矛盾していないので、本人も家族も気づいていないが、この後旅の中で段々そう言う面が出てくるはず。うまく表現できるかは作者の腕次第だが。
守る為には力が必要だということで、母ルーティやその知りあいに頼んで稽古をつけてもらい、積極的にモンスター討伐などを行っているため、原作開始時よりもレベルはそれなりに高め。具体的には裂衝蒼破塵が使えるくらい。割とスパルタ気味に仕込まれたので、戦闘においては頭は決して悪くないが、やはり勉強は苦手。
また、特技面での原作との差異としては、スナイプエアやロアといったルーティの剣技も取得済。
ついでにヴォルテックヒート以外の昇華晶術も使えるようになる予定。使うかどうかは未定。
ロニ・デュナミス
属性適正:光・闇・水・土
皆大好きふられマン。原作ではスタンの死に責任を感じ、その息子のカイルは絶対に俺が守るということで、カイルに過剰に過保護になっていた。そういう意味では、対象がカイル一人か自分以外の他者全てかという違いはあれど、この作品のカイルに似ているのかもしれない。
原作とは異なり、スタンが死んだ時に気絶していたため、何も出来なかった自分を不甲斐なく思い自らを鍛え上げ続けた。そのため、カイルのことは弟分として大事にしているが、原作ほどの過剰なブラコンぶりは発揮していない。素養はあるが。
カイル同様ルーティや知りあいに稽古をつけてもらい、特にルーティの親友のマリーの技がもっとも自分に適しているとして積極的にならっていた。さらに騎士団に入ってからは、何度もモンスター討伐任務に志願して実力を磨いていた。そのため実力はカイルよりも上。
たぶんスパイラルドライバーくらいは撃てる。その他差異としては、ルーティに晶術の稽古をつけてもらっていたため、既に原作で取得した全ての晶術に加え、新たに水の中級晶術であるスプラッシュを取得済み。後でディバインセイバーくらい覚えるかもしれない。
リアラ
属性適正:水・火・風・土
幸せは自力でつかむもの、と言う少数派の願いをかなえる為に生み出された聖女様。それで何で英雄に教えを乞いに行ったのか……いや、確かに何すればいいのかわからないと思うけど。前半のツンツンモードから中盤以降のデレへの切り替わりの切っ掛けって何だったのか未だにはっきりしない。読み込みが足らないのだろうか。
そんなわけで、最初のツンをぶん投げよう→でもカイルへのデレは最初ないよね?→気が付いたら天然気味に。どうしてこうなった。ツンはどっか行ったけど、同時にカイル個人へのデレも遠ざかった気がしてならない。
強さに関しては、戦闘経験ないはずなので『素質はあるけど戦い慣れてない』感じ。術技に関しては今の所変なことさせる予定はなし。
とかいいながら、いきなり具現結晶ぶっぱ。どうなることやら。
ジューダス
属性適正:土・闇・光・風
僕らの仮面ストーカーであり、リオ○・マグナスその人。隠す気あるのかわからん仮面が目立ちすぎ。何で地下牢にいたのか、何で復活させられたかが作中であいまいだった気がするので、拙作ではそこら辺でっち上げつつ書いて行きたいなと思っていたり。
性格は多少丸くなるくらいであんま変えない予定。だが未定。TODメンバーとはなるべく絡ませていきたいかなとは思ってたり。マで始まるあの人は……どうしよう。
技についてはリメDからも頂こうか考え中。せっかくハロルドがいるんだし、一部のTODの晶術は使わせてみたいかなと。
ルーティ・カトレット
属性適正:水・風他2種
デュナミス孤児院の肝っ玉母さん。カイルやロニに頼まれ、修行をつけていた関係か、原作よりも過保護っぷりは落ち着いている。
原作ではカイルとロニがお小遣いを寄付として送ってきていたものをそのまま貯金しておいて二人の旅の資金として提供してくれたが、拙作では二人が比較的早い時期からモンスター狩りに出かけ、素材等を売った金を孤児院の運営資金に回すように言って来たため、彼らの思いを無碍にするのもいけないと思ってありがたく使わせてもらっている。
最も、全額は使わずに少しずつ積み立て貯金をして、将来の為にとっておいてある。
PSP版では闘技場に乱入し、変わらぬ強さを見せつけるが、孤児院でずっと子供たちと暮らしてたのにそれってどうなのかという理由から、拙作では孤児院の運営費用を稼ぐ為にレンズハンターとしての仕事もそれなりにこなしてたということにした。
スタン・エルロン
属性適正:火・光他2種
今は亡き四英雄。原作では幼いカイルに稽古をつけてやれることなく他界してしまったが、今作ではいくつかの技をカイルに見せている。
また、バルバトスとの戦いはカイルの目に焼き付いており、そこで使った技も無意識のうちにカイルの心に刻み込まれている。
なお、TOD本編のころに集めたアイテムや所持金は、孤児院やクレスタの復興で使い果たされているのであしからず。
バルバトス・ゲーティア
ぶるぁぁぁぁな英雄嫌いな人。原作では人質を取ってスタンを殺したしょっぱい人だったが、拙作ではちゃんと戦って接戦を演じ、カイルを狙ってスタンの背中に攻撃をぶち当てるという別方向のゲスっぷりを見せる。その後瀕死のスタンに致命傷に近い傷を負わされて撤退してるので、情けなさもマシマシ。大丈夫かこの人。
サブノック
まさかのラグナ遺跡に出張を果たしたお侍さん。このカイル英雄英雄いわねーよな→あれ、リアラ追っかけて旅に出た理由って英雄の押し売りだよな(違う)→あれ、このカイルリアラ追わなくね?とそもそもストーリーが成立しなくなる不具合が判明したために、出番が前倒しになった。本編の出番がウッドロウ襲撃時のあれだけなんで、どんなキャラになるかは神のみぞ知る。
他テイルズシリーズの剣技をいくつか使わせる予定。
オリジナルキャラ
アガレス・アグレアス
アタモニ神団の老司祭。名前の由来は原作のアタモニ神団キャラにならってソロモン72柱の悪魔から。というか神団なのに由来が悪魔ってどうなんでしょう、あれ。
主人公に味方してくれるアタモニ神団のキャラということで、元々力天使だったというアガレスを元ネタにした。外見はどこにでも居そうな、白髪のオールバックで長い髭のお爺さん。
元々はアタモニ神団の司祭ではなく騎士団の側の人間だったが、エルレインの登場によって、レンズ優先主義になっていく神団を危うく思い、騎士団を老いを理由に引退し司祭となった。よって実際は未だに現役で戦える実力を持つ。武器は棍で、騎士団に居た頃は皆に修行をつけてまわるのが日課だった。特にロニのことは、入団試験の際に担当者だったことと、武器が同じ長物ということで目にかけており、よく修行をつけている。ロニも口では嫌がっているが実際は感謝しており、マリーに続く第二の師匠と思っている。
ロニのカイルへの過剰な過保護がなくなったため、ロニの旅立ちの理由が薄くなるかも(騎士団辞めてもカイルに着いていかないで働きそう)ということで、その補完の為になればと生み出されたキャラ。なので、とりあえず最初の現代編の間はちまちま出番がある予定。技は他テイルズシリーズから拝借予定。
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用語集
5/21 疑似晶術の項目に追記。
レンズ
かつてこの星に落ちてきた彗星のコアを生成したもの。内部には晶力と呼ばれる力が内包されており、専用の機械を使うなどの方法で引き出すことが可能。
小型のものは使い捨てだが、それなりの大きさで高純度のものは繰り返し使用可能で、特に神の眼や、かつてオベロン社の飛行竜等に用いられていた大型レンズ等は使用しても消耗せず、半永久的に使用可能。
なお、この世界におけるモンスターとは、生物がレンズを飲み込んで変異してしまったものを言い、かつてはそれを倒したり、落ちていたりするレンズを回収しオベロン社に売却するレンズハンターという職業も存在したが、現在はオベロン社崩壊により需要は減っている。
神の眼の騒乱
オベロン社総帥ヒューゴ・ジルクリストを操った天上王ミクトランが起こした、超巨大高純度レンズ『神の眼』をめぐる一連の事件。要はTOD本編。ミクトランを倒した後、最後の悪あがきで世界を覆っていた外殻大地が地上に落下。ソーディアンマスターたちが相棒であるソーディアンを犠牲にし、神の目を破壊することで外殻は破壊され世界の壊滅は防がれたものの、壊れた外殻の破片であっても決して被害は少なくなく、世界中の国々が大きな打撃を受けることとなった。
中でもセインガルド、特に首都ダリルシェイドの被害はひどいもので、王城は完全に破壊され、王や七将軍と言った国の主要人物は皆死亡しセインガルド王国は崩壊。
残された民は難民となり、ハーメンツ等他の村の生き残りらと合流し、ストレイライズ大神殿のそばに新興都市アイグレッテを興した。
四英雄
神の眼の騒乱において、事件の解決に貢献した人物らの中でも、神の眼を砕いて地上の滅亡を防いだソーディアンマスターのことを指す言葉。つまりはスタン・エルロン、ルーティ・カトレット、フィリア・フィリス、ウッドロウ・ケルヴィンの四人。
オベロン社
レンズを利用した製品を売り出していた世界的企業。本社はダリルシェイド。トップであるヒューゴ・ジルクリストが神の眼の騒乱を起こしたこと、およびそれによるレンズの危険視による、レンズ技術脱却運動などの影響により、社は解体されることになった。
拙作では、オベロン社の元研究員の一部がアタモニ神団に合流。そこの研究者と共に後述の疑似晶術を生み出したことになっている。
ソーディアン
遙か昔、天地戦争時代に天才科学者ハロルド・ベルセリオスの手によって生み出された、意志をもつ剣。高純度のレンズを高密度で圧縮し生成されたコアクリスタルに使い手の人格を投影、コピーすることによって所持者とソーディアンの同調性を高め、コアクリスタルの力を引き出すことが可能。その力が晶術である。合計6本制作され、戦争終結後に封印された。
紆余曲折の末、神の眼の騒乱の際再び世に出ており、四英雄、裏切り者であるリオン・マグナス、主犯格のヒューゴ・ジルクリストがそれぞれ所持していたが、最終的に全てが失われたとされる。
晶術
ソーディアンのコアクリスタルから晶力を引き出して行使するさまざまな力で、TODにおける晶術そのもの。コアクリスタルに秘められた晶力の強大さと、同一人格を持つ所持者とソーディアン本体の同調により、凄まじい威力を発揮する。
四英雄は人格の違いから完全な性能を引き出すことはできなかったが、後に天地戦争時代の施設を利用することによって、完全に使いこなせるようになった(TOD参照)。
神の眼の騒乱後、これを解析し生み出されたのが疑似晶術である。
疑似晶術
オベロン社が補完していたソーディアンのデータや、モンスターたちが行使する晶術を研究し、オベロン社の元研究者やアタモニ神団のレンズ研究者たちが生み出した新たな技術。
TOD2に置いて晶術と呼ばれているもので、身に着けた高純度レンズから晶力を引き出し行使する。 コアクリスタルを用いる本来の晶術と比べて、性能は大きく下がるものの、ある程度の適正さえあれば誰にでも使えるという利点がある。レンズ技術ではあるが、開発したのがアタモニ神団ということもあり、レンズ技術脱却運動が広まる中でも問題なく人々に広まって行った。
疑似晶術は下級、中級、上級に分かれており、右に行けば行くほど威力と消費する精神力、詠唱時間が増大する。また、昇華晶術と呼ばれるものも存在する。これは、各等級の術から派生して生み出されたもので、最大の利点は元となった等級の術を放った後、その晶力の残滓を利用して詠唱を必要とせずに発動できるということである。ただし、一度晶術を放つ為に固めたイメージを、瞬時に、かつ明確に切り替える必要があるため、使えるものは少ない。なお、基本的に下級晶術から下級昇華晶術、といった具合に連携して発動する術であることから、追加晶術とも呼ばれる。
ちなみに上級晶術の追加晶術は、晶力が精霊のような姿で具現化されることから『具現結晶』、あるいは『精霊結晶』と呼ばれている。
なお、基本的に昇華術はベースとなる術に連携させて放つのが普通であるが、レンズを直接取り込んだモンスターは、通常の晶術と同じように詠唱のみで放つことができる。晶力との親和性の高さが理由だと考えられており、人間でも晶力との親和性が高ければ可能では無いかといわれているが、通常の昇華晶術使い以上に数が限られているため、研究は進んでいない。
アタモニ神団
ストレイライズ大神殿を総本山とする宗教組織。元々は『神の眼』が悪用されないように秘匿するため、架空の神『アタモニ神』を崇拝する教義を作りだして広めたのが始まり。だが現在では神の眼の存在を知るものは一部の高司祭のみになり、広く信仰される宗教となっている。また、神の眼の秘匿という本来の目的の関係から、平和利用の為のレンズ技術の研究にも積極的であり、神団の司祭はレンズ研究を行う研究者であることも多い。
神の眼の騒乱後は、難民が増加したこともあり、信徒の数も増大した。総本山のお膝元に作られた新興都市アイグレッテはその象徴であると言える。
以前は全ての人々に平等に救いの手を差し伸べていたが、聖女エルレインが現れてからはレンズ優先の風潮が広まり始めており、それを憂うものも少なくない。
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番外編
番外編1:天地戦争概要 ~ラヴィル・クレメンテの手記より~
いや、簡略じゃないよねってツッコミは甘んじて受けますが。
ちなみにラヴィル・クレメンテはその名前の通り、TOD及びTOD2に出てくるソーディアン・クレメンテのオリジナルになった人物で、初代マスターです。
今よりはるか昔、
彗星の衝突とその後の氷河期。その二重の災厄により、本来ならばこの星より人類という種族は絶滅するはずであった。しかし、彗星は災厄と共に、一つの希望を内包していたのであった。
レンズ…天才科学者、ミクトランが彗星の核を生成することによって生み出したこの結晶体には、晶力と呼ばれる力が閉じ込められており、小型なものですら大量のエネルギーを内包し、大型の物にいたってはほぼ無尽蔵にエネルギーを生み出すという夢のような物質であった。これにより、滅亡の渕に瀕していた人類は希望を取り戻す。彗星の衝突より生き残った人類は、太陽の暖かさを、光を求めた。土砂の雲が太陽の光を奪うというならば、我々はその上に行けばいい。そうしてレンズの力によって空中に浮かぶ天空都市『ダイクロフト』が作り出された。
あくまでそれは名前の通り都市クラスの大きさであり、生き残った人類全てが移住できるものではなかったが、それでもダイクロフトの完成は人々にとって、希望の光たりうるものだったのだ。ダイクロフトには、超巨大レンズエネルギー砲『ベルクラント』が搭載されており、これによって無人の山や平地を破砕し、新たな空中都市の材料とすることが可能であった。そうして作られていく空中都市群及び、それをつなぐ外殻と呼ばれる人工地殻。人々は、そう遠くない未来に全ての人々があの暖かい天空の街に住めるのだと喜びあった。
歯車は、どこでずれてしまったのだろうか。都市が増え、ある程度の人口が空中都市へと移住を終えたころ、移住者の中にわずかながら選民意識が芽生え初めていた。空に住む我々は特別な存在なのだ。未だ終わらぬ冬が続く地上に住まう人々とは違い、我々は選ばれたのだと。最も、それを口に出すものなどいなかったし、本来ならば移住が完了するまで、表出することもないであろう些細な問題のはずだった。しかし、ある男の存在が、その些細な優越感を支配欲へと変えることになる。
彼の名はミクトラン。他でもない、レンズを開発した人物であった。彼は、強大な力を持つレンズを生み出し、空中都市を生み出した自らこそ『神』に相応しい存在であるとし、クーデターを引き起こす。
自らに逆らうものを粛正し、空中都市の人々の中にあった地上の人々への優越感をあおっていった。ついには自分たちを『天上人』、地上に残った人々を『地上人』と区別させ、自らを『天上王』と名乗り、地上人たちに隷属を強いたのだ。そして、従わない地上人はベルクラントで粛正するという暴挙にでた。
この暴挙に対し、地上の人々もだまっていなかった。圧政に耐え兼ねた彼らは、天上人に対して一斉蜂起する。今で言う、『天地戦争』の幕開けである。
戦いは、必然的に制空権をもつ天上軍が常に有利であった。本来ならば、過酷な環境に立たされた上、空を抑えられた地上軍に勝ち目はなかった。だが、そこに転機が訪れる。かつてよりチャンスをうかがっていたベルクラントを開発チームの科学者たちが、地上への亡命に成功したのだ。彼らは選民思想を嫌い、天空都市の最新のレンズ技術を地上軍へともたらした。彼らのもたらしたレンズ技術により、戦局を一変させる可能性を持つ最終兵器が作られることとなった。
それが『ソーディアン』である。地上軍に所属していた科学者、ハロルド・ベルセリオス博士が開発したこの武器は、外見はただの剣である。しかし、その中枢には高純度のレンズを大量に、高熱で高圧縮した『コア・クリスタル』が使われており、そこにはそれぞれ選ばれた使用者の人格がコピーされていた。使用者とソーディアンの人格の同調により、極限にまで引き上げられたレンズエネルギーは、おとぎ話の魔法そのものと言うべき力を発揮した。晶力を元にするこの力は、『晶術』と呼ばれた。
『ソーディアン』の完成と共に、反撃が始まった。地上軍は、本部として使用していた飛行輸送艦『ラディスロウ』を使って、ソーディアンの使い手、すなわち『ソーディアン・マスター』達を空中都市群の首都であり、敵の本拠地であるダイクロフトに直接突入させるという強硬手段にでる。ちなみに私もソーディアンマスターであり、ダイクロフト攻略戦においては多大な戦果を挙げたのだが、ここでは割愛する。ベルクラントによる迎撃をしのぎ切り、ダイクロフトにたどり着いたソーディアン・マスターたちは、仲間の一人であるカーレル・ベルセリオスの犠牲と引替えに、ついにミクトランを打ち取ることに成功する。首都が陥落したことによって、戦いは地上軍の勝利に終わった。
勝利した地上人たちは天上人たちを僻地へ追放すると、同じ過ちを繰り返さないために空中都市を動力を封印した上で海へと沈めた。『ソーディアン』たちも、同一人格である彼らとマスターの長期間の接触が及ぼす悪影響を考慮され、封印されることとなった。こうして天地戦争において最も力を持った兵器たちは、眠りについたのだ。
そして今現在、大きすぎる力が再び争いを呼ぶことを忌諱した人々は、レンズ技術そのものからの脱却を目指している。しばらくは過酷な環境で生活するためにレンズ技術の完全な破棄は難しいだろう。少なくとも、私の生きているうちには無理だと思う。だが、それでもそう遠くない日に、人々はレンズ技術を完全に手放すだろう。後の世の人々は、なんてもったいないことを、と笑うかもしれない。しかし、それほど我々は恐ろしかったのだということをわかってほしい。力によって生み出された争い、そしてそれ以上に、人々の傲慢な心が我々は恐ろしかったのだ。願わくば、後の世にて同じ過ちが繰り返さないことを祈って、これを記す。
元地上軍最高幹部 ラヴィル・クレメンテ
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番外編2:ストレイライズ大神殿の一室にて
*原作と違い黒幕はミクトランだと広まっています。いや、ヒューゴが操られてたって知った以上、お人よしなTODメンバーが汚名を晴らさないってことは無いと思うんだ。
突然だが、『歴史』とは何であろうか。物事が時間的に変遷したありさま、と言葉の意味を答えるものも居るだろうし、人々の行動の積み重ね、と人のそれに限定して答えるものも居るだろう。だが、そう言った『歴史』について定義するのが人であるならば、歴史とはつまり人の為にあるものだということだろう。そう思った『女』が少なくとも一人、この世界に居た。
カイルらがラグナ遺跡を訪れた日から丁度3か月前。ストレイライズ大神殿の一室、特に誰かが使っている訳でもない空き部屋の一つに、その女は居た。彼女は一人、部屋の壁を眺めていた。もし、誰かがこの部屋に訪れたのならその顔は驚愕に染まっただろう。その壁には、まるで映画を上映するかのように、18年前この世界に大きな被害を引き起こした『神の眼の騒乱』の様子が映し出されていたのだから。
――――――――――――――――――――
『神の眼の騒乱』。第二次天地戦争やヒューゴの乱とも呼ばれるその事件のそもそもの始まりは、オベロン社総帥『ヒューゴ・ジルクリスト』が天地戦争時代の遺物『ソーディアン』のうちの一振り『ソーディアン・ベルセリオス』を発掘したことから始まった。
ソーディアン・ベルセリオス。かつて、天上王ミクトランを命と引き換えに打ち倒したソーディアンマスター『カーレル・ベルセリオス』の帯剣。本来ならば、ベルセリオスの人格が宿っているべきそれには、なんと彼が打ち倒したミクトランの人格が宿っていた。天才科学者でもあった彼は、死の間際にベルセリオスのコアクリスタルに自身の人格を転写し、上書きすることに成功していた。つまりソーディアン・ベルセリオスは、ソーディアン・ミクトランとでも呼ぶべきものへと変貌していた。
封印が解かれたミクトランは、まずヒューゴの体を乗っ取った。おとぎ話にあるような幽霊が取りつくようなものとは訳が違う、レンズのエネルギーを利用した精神介入により、ヒューゴの体はミクトランの物となってしまった。ミクトランに憑りつかれたヒューゴは、まず妻と娘を放逐した。それは自身の正体を悟られないようにする為だったのか、あるいはわずかに残っていたヒューゴ本来の意志のあがきだったのかはわからない。だが、幼い息子だけは彼の手元に残された。
そうして体を得たミクトランは、己の目的の為に行動を開始した。それはすなわち『自身の復活』と『天空都市の復活』、そして地上の支配だ。天空都市復活の為には動力となる巨大レンズ『神の眼』が必要。だが、一介の考古学者であるヒューゴにはそれを手にする手段がない。
「手段がないなら、得ればいいではないか」
最初に彼が行ったのは権力を得ることだった。自身のレンズ知識を活かし、オベロン社を設立。その手腕で瞬く間に世界中にシェアを持つ大企業へと成長させた。そうして国への影響力すら手に入れた彼は、その財力を使い世界各地で天地戦争時代の遺跡を発掘し空中都市を探すとともに、自身と行動を共にする仲間…否,手駒を探し始めた。彼にとって地上人は家畜同様なのだから。そうして彼の思想(と言っても、自身がヒューゴでは無い事等都合の悪いことは隠してあったが)に共感したオベロン社幹部たちが計画に賛同することとなった。
そうして全ての準備を終えた彼は、次にストレイライズ大神殿の大司祭グレバムを焚き付け、神の眼を強奪させた。グレバムとしてはただ己の野心を叶える為の行動であったが、ヒューゴの狙いは自身の手腕で事件を解決し、国王の信頼を得て神の眼の奪取を容易にすることだった。彼は配下のソーディアンマスターであり、ヒューゴの実の息子である『リオン・マグナス』を向かわせる事にした。そして、当時王国管理の遺跡に侵入した容疑で逮捕されていた、後に四英雄と呼ばれることになるスタン・エルロンやルーティ・カトレット、その親友のマリー・エージェントらをリオンの配下とし、グレバムを追わせた。これは、後に計画の障害になる他のソーディアンマスターに、配下であるリオンとの仲間意識を持たせ戦いづらくさせる目的もあったようだ。
ミクトランの目論見は成功し、リオンらは見事神の眼を取り戻した。この国王の信頼を得たミクトランは全ての準備を終えると、リオンと共に神の眼を強奪し天空都市復活の為の行動を開始した。四英雄達はそれを阻止するために行動するも、リオン・マグナスの妨害にあった。彼は、ミクトランに大切な人を人質に取られていた。そして仲間よりも彼女を取ったのだ。結果、彼は打ち倒されたものの、空中都市復活の阻止は失敗、空中都市は再び空へ浮かぶこととなった。
そうしてミクトランは天地戦争時代と同様、空中に外殻大地を形成、星を覆い尽くし、自らが支配する世界の神となろうとした。空中都市を甦らせたミクトランは、その施設を使い自らの肉体を取り戻し、その目論見はあと一歩と言うところまで進んだ。
だが、それは四英雄『スタン・エルロン』『ルーティ・カトレット』『フィリア・フィリス』『ウッドロウ・ケルヴィン』によって阻止された。空中都市に直接乗り込んだ彼らによって、ミクトランは打ち倒され、今度こそ完全に滅びたのだった。だが、ミクトランは最後の悪あがきをしていた。降下していく外殻大地。このままでは、地上は全て押し潰されてしまう。ソーディアンマスター達は、ソーディアンを犠牲にして神の眼を破壊し、それにより外殻を破壊、世界の滅亡を防ぐことに成功した。
―――――――――――――――――――
全てを見終えた後、女はため息をついた。今女が見たのは、『実際に起こった真実』だ。言葉の意味としての歴史ならば、今見たものがそれなのだろう。だが、人々の中の歴史はそうではなかった。最初は、神の眼の騒乱の元凶はヒューゴ・ジルクリスト本人だとされた。彼の私欲が、世界を滅ぼそうとしたのだと。だが、その後四英雄らの働きかけにより、人々はミクトランこそが元凶だと認識し、今はそれが真実だとされている。
「でも、本当にそれが真実だとは限らない」
実際に見た自分ならともかく、四英雄から事情を聞いただけの人々にはそれを確かめる術はない。ならば、何故それを信じたのか。
「それを語ったのが、『英雄』だから」
そうだ。人は信じたいものを信じる。そして信じたものが、人にとっての歴史となる。ああ、ならば。歴史が人の為にあるのだというのならば。
「人が幸せになるためならば、『歴史程度』いくらでも作り替えましょう」
そう、女は笑った。その表情は慈愛に満ち溢れていた。正しく、人の幸せを願う者の表情だった。だが、その口から出た言葉はとてもではないがその表情に似つかわしくないものだった。そしてそれは、次に放たれた言葉も同じだった。
「なればこそ、歴史を変えるのは私だけでなければいけない」
人の幸せの為に歴史を変えるのだ。それを邪魔するものはあってはいけない。だが、それができる者達が今この世界に居た。
「四英雄を始めとした神の眼の騒乱の功労者たち」
そう、人々は世界を救った彼らを信じている。それは、まるで彼女が崇める神に対するがごとく。彼女自身はそれに対して特に思うことは無い。何故ならば、彼女の願いは人々の幸せ。英雄を信じて人々が救われるならば、それはそれで正しいことだ。だが、それだけではだめだ。彼女は『全ての人』を救いたい。そしてそのための手段は既に考えてある。
そして、そのためには彼らは、英雄は邪魔になってしまう。彼女の願いの為には大量のレンズが必要だ。だが、レンズの……『神の眼』の恐ろしさを見た彼らは、ひとところにレンズが集まることを良しとはしないだろう。そしてそれを人々が知れば、彼女の計画はとん挫する、とまではいかなくても遅れが出る。それは、人の救いが遠のくということだ。彼女はそれを許すことができなかった。
"だから消し去ることにした"のだ。古の戦士を呼び覚まし、その刃を持って。四英雄達はこの世界では死を迎えるだろう。それはとても悲しいことだ。だが、彼女の目的が達成されてば、全ては書き変わる。彼らも幸福に包まれた世界を享受できるのだ。そう考えるならば、一時の痛みも仕方のないものだと思ってもらおう。そう、身勝手な事を女は考えていた。
「でも、彼は一人目に打ち倒されてしまった」
そう、彼女が呼び覚ました青い戦士は、一人目の英雄と相討ちになってしまった。傷はもう癒えるが、一人では心もとないと思ってしまう。
「ならば、もう一人呼びましょう」
一人で足りないならもう一人。簡単な理屈だった。だとすれば、誰がいいのか。彼女は考える。ふと、先ほどまで見ていた壁が目に入った。
「ああ、彼にしましょう」
一人、後悔を持っていたであろう少年の姿が浮かんだ。大切な人を人質に取られ、友に刃を向け、打ち倒された少年。愛した人を守るため、死後も汚名を受け続ける少年。
「彼ならば、私の手助けをしてくれるでしょう」
なぜなら、彼女は彼が愛した人も、仲間達も幸福にしようとしているのだから。だが、彼女は気づかない。彼が彼女の計画をどう思うかを。彼女は人を救いたいと思いながら、その実誰よりも、『人』を見ていなかった。その歪みに彼女が気づくことはあるのだろうか。
「さあ、蘇りなさい」
それは、神にさえわからない。
彼女が誰かはお察しで
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第一章:運命との出会い編
1-1:悪夢
・カイルの実力は、第一話時点で最初の秘奥義が使える程度。強いと言えば強いが、チートと言うほどでもない感じ。
・ロニの実力はカイルより少し上。原作よりブラコンが多少薄れている。
だがふられマン。
数年前、『神の眼の騒乱』という事件があった。世界中にシェアを持つレンズ製品販売会社『オベロン社』の総帥ヒューゴ・ジルクリストを操った、古の天上王ミクトランが引き起こしたこの事件は、世界を滅亡の危機へと追い込んだ。だが、数人の若者たちの手によりミクトランは打ち倒され、世界は滅亡から救われた。
特に、伝説の武器『ソーディアン』の
そして現在、英雄とうたわれた彼らはそれぞれの生活に戻っていた。ここは四英雄の一人、ルーティ・カトレットの故郷クレスタにあるデュナミス孤児院。ルーティ・カトレットと、その夫で同じく四英雄のスタン・エルロンが、ルーティの育った孤児院を買い取って始めたものだ。その庭先で、二人の少年が遊んでいた。
「俺は未来の英雄、カイル・デュナミスだ!」
一人は、ツンツンとんがった金髪が特徴の少年。院長夫妻の息子であるカイル・デュナミスだ。姓が両親のそれではなく、孤児院の名と同じなのは、実の子供も孤児院の子供も、皆平等に愛情を注ぐべき自分たちの子供だという両親らの考えからであり、孤児院に引き取られてきた子供たちにも同じ姓が与えられている。カイルも子供ながら、『皆家族なんだから、皆と同じで嬉しい』という理由でデュナミス姓に納得している。
なお、元も家族を大切にしたいという理由で元の姓のままを望む子供たちもおり、そう言う子供達に対しては、スタン達もそれぞれの意志を尊重している。
「いやいや、俺こそは未来の英雄、ロニ・デュナミス様だ!」
そしてもう一人は、カイルより少し年上の銀髪の少年。名をロニ・デュナミスという。彼は、スタン達が英雄と呼ばれる切っ掛けになった事件、『神の眼の騒乱』によって両親を失い、この孤児院に引き取られた少年だ。最初はふさぎ込みがちだったが、自分より小さい子供達ががんばっている姿をみて奮起。元々面倒見の良い兄貴分の素質があったのか、アッという間に他の子供達と打ち解け、最年長者であることもあってか、今ではすっかり孤児院の子供達のリーダーになっている。
そんな二人は今、『英雄ごっこ』をして遊んでいた。英雄ごっこは、孤児院の子供達の間で人気の遊びだ。時には四英雄、時には未来に英雄になった自分自身として孤児院を駆けまわっていた。
なんせ、彼らの『父親』と『母親』が世界を救った英雄なのだ。程度の差はあれ、子供達は皆英雄というものに憧れていた。特に、実の息子であるカイルと、年長者故に神の眼の騒乱のことをはっきりと覚えてるロニは特にそうだった。
その日カイルとロニは英雄ごっこをして遊んでいた。庭を駆けまわって、疲れたら家の中に入り、ルーティが作ったごはんを食べて、スタンと一緒にお風呂に入って、孤児院の皆と共に眠りにつく。この日も、そうしたいつもと変わらない日になるはずだった。
「おい、ガキども。ここに四英雄のスタンとルーティがいるはずだな?」
だが、そのいつもと変わらない、これからも続くはずだった日常は、突然現れたこの男によって終わりを告げることとなる。
その男は、一言で言うならば『青い』男だった。青く長い髪、と青紫の瞳、青や紺色、紫や水色といった青系統に彩られた服装。変わった人だな、と思いつつも、カイルは臆せず話しかけた。
「おじさん、誰? 父さんと母さんになんの用事?」
「ほう、貴様スタンとルーティの息子か」
「おい待て、カイル。そいつ、なんかわかんないけどヤバい!」
目の前の男から何かを感じ取ったロニは、カイルの腕を引いて男から距離を取ろうとした。何か危険だ、この男の傍に居てはいけない、カイルを逃がさなければ、とそう感じた。だが、ロニの努力むなしく、男はカイルの腕を掴み引きあげた。
「い、痛いよおじさん!何するんだよ!」
「おい、カイルから離れろ!」
カイルを助けようと、ロニが男に飛びかかる。だが、体格が違いすぎた。男は周囲を飛び回る虫でも掴むかのようにロニの頭を空いた手でつかむと、一蹴りでロニを吹き飛ばした。地面に叩き付けられ、気絶するロニ。その姿に、カイルは激昂し殴りかかる。
「ロニ! この野郎、離せ! 離せよ!」
「ふん、貴様の拳など痛くもかゆくもないわ! 居るのだろう? スタン・エルロン! ルーティ・カトレット!」
スタンらの名を呼びながら、男はカイルを見せつけるように掲げた。
「早く出て来い! さもなければ貴様らの息子をくびり殺すぞ!」
笑いながら自身を殺すと言い放つ男の姿に、怒りに燃えていたカイルの心も次第に恐怖に蝕まれていく。無理もない。まだカイルは幼子という言葉がふさわしい年齢だ。そんな子供に、このような状況に陥って怖がるな、という方が無理だろう。
「助けて! 父さん! 母さん!」
そして恐怖が限界を超えた瞬間、カイルは父と母に助けを求めていた。助けを呼ぶ息子の声を聞き、孤児院の中からルーティが、続いてスタンが姿を現す。
「カイル、どうしたの………ってあんた、うちの子たちに何してンのよ!」
最初は転んで怪我でもしたか、あるいは木にでも登って降りられなくなったのかと呑気にしていたルーティも、状況を確認するや否や、足元にあった木の棒を持って弾丸のように男に向かって駆けだした。
「っ! カイル、ロニ!」
同じく状況を理解したスタンが、詠唱をしながらルーティの後に続く。
ルーティは勢いをそのままに男の足を棒で撃ちすえ、そのまま相手の背後に回り込んだ。
「スナイプロア!」
その勢いで体をかがめると、その反動で跳躍しながら今度はカイルを掴んだ腕に棒を激しく叩き付けた。男はわずかに苦悶の表情を浮かべ、カイルを掴む腕を緩める。その隙にルーティは、カイルを奪い返すことに成功した。カイルをしっかり抱きかかえると、そのまま男を蹴って反動で今度は倒れているをロニの所へ向かう。
「ぬう、貴様!」
「させるか! フレイムドライブ!」
男はルーティを追おうとするが、それを詠唱が完了したスタンの放った『疑似』晶術が阻む。疑似晶術はその名の通り、嘗てスタンらが使っていたソーディアンの力である『晶術』を解析し生み出されたものだ。高純度レンズから術者が晶力を引き出すことによって放たれるそれは、意志を持ったレンズそのものとも言えるソーディアンと術者が同調することによって放たれる『本物の晶術』ほどの威力は無く、詠唱時間も長いが、それでも相当の威力を持っている。スタンが放った『フレイムドライブ』は誘導性を持つ3つの炎球を打ち出す術だ。いくら『疑似』とはいえ直撃すればその炎はそびえたつ木の1本くらいなら容易に燃やし尽くす火力を持つ。。だが、男はどこからともなく戦斧を取り出すと、鬱陶しいといわんばかりに3つの炎球を全て斬りはらってしまった。だが、男が炎球に気を取られた隙に、スタンはその懐に飛び込んでいた。
「まずは子供達を傷つけた分を返させてもらう!」
「かはっ!」
男の腹にスタンの拳が突き刺さる。無防備だったそこに強烈な一撃を受けた男の口から空気が漏れる。くの字に折れ曲がった男の胴体目がけ、スタンはさらにもう片方の拳を叩き込む。それと同時に、闘気の塊が男目がけて解き放たれた。
「獅子戦吼!」
スタンが放った獅子の形をした気の塊は、男を激しく吹き飛ばした。地面をバウンドし数メートル先まで飛ばされた男はピクリとも動かない。だが、スタンは経験からかあるいは直感からか、これで終わっていないと感じていた。
「息子は返してもらったぞ。ルーティ、カイルとロニを連れて下がっててくれ! 他の子たちにも絶対外に出ないように伝えてくれ!」
「うん、解った。でも気をつけてスタン」
そう言ってルーティは倒れた男を見た。
「あいつ、強いわよ」
男をにらみつけながら、スタンはルーティに孤児院に退避するよう促す。ルーティはそれに従いカイルとロニを抱え孤児院の中に避難し、わスタンに剣を投げ渡す。本来なら共に戦いたいところだが、今は子供達が優先だ。それに、ルーティも伊達に四英雄とは呼ばれていない。スタンが感じ取っていたものを、彼女も感じていた。
「さすがだな、スタン・エルロン。そしてルーティ・カトレット。正に英雄と言ったところか」
スタンが剣をキャッチするのと、男が立ち上がるのは同時だった。少しは堪えただろうとスタンが思っていた先ほどの獅子戦吼も、男にとっては大したダメージにはなっていなかったようだ。男の顔には、まるで新しいおもちゃを見つけたような笑みが浮かんでいた。
「はあ、英雄になった覚えはないって何時も言ってるんだけどな。それで? お前の目的はなんなんだ? 物取りだったら、正直うちに金は無い。むしろ欲しい。腕試しだったら、うちの子供達に手を上げるなんてふざけたことしてくれた以上、全力でお相手するぞ」
そう言うとスタンは剣を抜き放ち、構える。口ではやれやれと言った感じだったスタンだが、その目は真剣そのものだった。先ほどの獅子戦吼は全力、とまではいかないもののかなりの力を込めて放った。それを受けて平然と立ち上がってきた目の前の男は、間違いなく強いと確信していた。
「知れたことぉ」
そう呟くと同時に、男はスタン目がけて駆けだした。
「貴様らのぉ、命よぉ!」
何のためらいもなくスタンに切りかかる男。
「く、こいつ!」
咄嗟に剣で男の斧を受け止めたスタンだったが、男の猛攻は続く。
「ぶるぁぁぁぁぁぉ!!!!」
まるで理性がない獣の如く繰り出される斬撃が、スタンに襲いかかる。だが、スタンも伊達に神の目の騒乱を戦い抜き『四英雄』と呼ばれてはいない。相棒であるソーディアン・ディムロスを失ったことで、強力な晶術とそれを用いた奥義を使えなくなったスタンだったが、彼自身が磨いてきた剣の実力は変わる事なく、むしろ失ったものを補うためにさらに修行を積んだ彼の総合的な強さは、決して昔のそれに劣るものではなかった。
「おりゃあ!」
数発の斬撃を剣で弾き返した後、わずかに速度が落ちた男の戦斧の刃を、スタンは剣では無く素手でつかんだ。本来ならばつかんだ手ごと叩き斬られていただろうが、彼の手はレンズから引き出された晶力で包まれていた。晶力に阻まれ、スタンの手をほんの少し切り裂いた所で止まる斧。
「灼光拳!」
その瞬間、スタンは晶力を文字通り『爆発』させた。その爆発は斧を破壊するほどのものでは無かったが、斧を吹き飛ばすには十分だった。男は堪えて斧を何とか離さずに済んだが、そのせいで体は無防備になってしまった。当然、そんな隙をスタンが見逃すはずはない。
「飛燕連脚!」
のけぞった男の胴体目がけ、飛び蹴りを放つ。だが、男は斧を持っていない腕でスタンの足を掴むと、そのまままるでボールを扱うかのように彼を宙に浮かせた。
「なめるぅぅぅぅなぁぁぁぁ!」
「ぐはっ」
無防備に宙に浮くスタンの背中に、男の力任せの蹴りが叩き込まれる。まるでボールのように真上に蹴り上げられたスタン目がけて、男は素早く追撃の疑似晶術を唱えて解き放つ。
「シャドウエッジ!」
地面から突き出した影の刃がスタンに襲い掛かる。
「鳳凰!」
だがスタンは、空中で体を捻り無理やりそれを避けた。僅かに腹を切り裂かれたものの、大した怪我を負わなかったスタンはそのまま剣を男目がけて突きだした。
「天駆!」
鳳凰の姿を模した晶力の炎を纏い、剣を突き出した体制のまま男目がけて突撃するスタン。本来ならばこの技や先程の灼光拳のような、複雑な晶力制御を駆使した技はソーディアンによる晶力制御あってのものだ。だが、スタンは修行により少々威力は下がったものの、それらの再現に成功していた。晶力を使って属性を持たせた技は昔から存在したが、それよりも複雑な制御を必要とするであろう奥義の数々を劣化とは言え再現して見せるあたりさすがと言ったところか。
「くぬぅぅぅぅ!」
だが、不意討ち気味に放たれたそれを男はぎりぎりで避けた。スタンは地面に着地すると、素早く男に向き直った。
「やるな、あんた。俺の家族に手を出してなかったら、素直に賞賛してやるところなんだけどな」
「ふん、貴様こそさすがと言ったところか」
この僅かなぶつかり合いで、スタンも男もお互いの実力を把握していた。少しでも油断したら方が負ける、とお互いが思っていた。
男の実力はスタンとほぼ同等だった。しかし、戦いが始まって数十分。戦いの天秤は、少しずつだがスタンの方に傾いてきていた。
「虎牙破斬! さらにフレイムドライブ!」
「おのれぃぃぃ、小癪なぁああ!」
「まだまだいくぞ! 蒼破刃! デルタレイ!」
「くっ、ネガティブゲイト!」
スタンはソーディアン・ディムロスと共に戦っていたころは、剣技の隙を術でカバーするような戦い方をしていた。だがそれは、意識ある剣であるソーディアンが詠唱を補助してくれていたからであって、全てを術者が制御する疑似晶術で出来るようなことではないはずだった。だが、ソーディアンと共に戦っていた時と同じようなことができないかと試行錯誤を重ねていた。その結果編み出したのが、詠唱を終えた晶術をレンズ内に待機させ任意のタイミングで解き放つというものだった。
数年後にアタモニ神団の研究者が開発し、連携発動と呼ばれ世界に広まることになるそれと同じものを編み出していたスタンと、ただ斧技と晶術を個別に使う男の差が今の状況を生み出していた。
あくまで体術は体術、晶術は晶術と別々に使う男に対し、スタンは剣技で相手の隙を誘い、そこに晶術を叩き込んだり、あるいは自身に生じる隙を晶術で消したりしているのだ。
男の顔には、最初のような笑みではなく焦りが浮かんでいた。だからだろうか、孤児院の中からそれを見ていた彼の家族は彼の勝利を疑いはしなかった。そして結果、それは起こってしまった。
「がんばれ父さん! 負けるな!」
父の勝利を確信したからの油断からだろうか、カイルはルーティのいいつけを破り、孤児院から出て父を応援しに行ってしまったのだ。ルーティがカイルから目を離したことを悔やむが後の祭りだ。慌ててカイルを追いかけるルーティ。それを見た男が邪悪な笑みをうかべる。そして、手にした斧を振り上げた。それを見て、スタンに悪寒が走る。
「ジェノサイド……」
「カイル!ルーティーーー!!!」
「ブレイバぁぁぁぁぁ!!!」
青い男は戦っていたスタンではなく、カイルとルーティ目がけて斧を振り下ろした。振り下ろされた斧から放たれた、巨大な闘気の刃が二人に襲い掛かる。立ちすくむカイルと、追いつきカイルを庇うように抱きしめるルーティ。
「カイル、貴方だけでも!」
(ごめんなさい、母さん……!)
その圧倒的なまでの暴力に、カイルは母親に謝ると共に、激痛と共に来る己の死を覚悟した。
「うわあ!…あ、れ?」
だが、予想された痛みは何時までも来なかった。
「がはっ!」
それもそのはず、父であるスタンが、彼らの身代わりになったのだから。
「とう、さん?」
「スタン………? 嘘でしょ、そんな………嫌ぁぁぁぁ!!!」
崩れ落ちそうになる体を、剣を杖替わりにして支えるスタン。だが、その体は流れる血で全身真っ赤に染まっていて、誰が見てももう長くないと解ってしまうほどだった。
「甘い、甘すぎるぞ。スタン・エルロン!」
そう言って、スタンに歩み寄る男。とどめをさそうと男が斧を振り上げたその時だった。
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「何ぃ!?」
既に瀕死と言っていい体のどこにその力が残っていたのか。男の一撃はスタンにはじかれる。そのまま、連続で男を切りつけていくスタン。
「■、■」
もう声を出す力もないのか、もはや技の名前すら聞き取れない。だが、その剣筋だけは確かな、力強いものだった。
「■、■、■!!!」
そうして最後の切り上げで体を大きく切り裂かれた男が地面に倒れるのと、最後の一撃を放ったスタンが倒れるのは同時だった。急いでスタンに駆け寄り、回復晶術をかけるルーティ。だが、スタンから流れる血は止まらない。それでも、ルーティはひたすらに術をかけ続ける。
「父さん、ごめんなさい。俺、俺………」
そう言って泣きじゃくる息子の頭を撫でながら、スタンは何かを息子に呟いた。
「………」
だが、それが何なのか、『今』のカイルには思い出せなかった。
「くそう、俺が、俺が・・・!」
そこで『映像』が終わる。これは夢だ。『今現在の』カイル・デュナミスが見ている『スタンが死んだ日』の記憶であり、あの日から幾度となく見ている悪夢であった。あの後、気づいたときにはスタンの葬儀も何もかも終わっていた。母ルーティも表面上は平気な振りをできるくらいにはなっていた。そのせいで、本当は何もなかったんじゃないかと思ったこともあった。だが、体にかかった血の生温かさが、血の匂いが、スタンの最後の手の感触が、そして母が時折隠れてあげていた慟哭が、それが夢ではなく現実にあったことだと思い知らせた。
「せめて夢の中でくらい、父さんを助けられてもいいじゃないか………そんなのも許されないのか?」
この夢の中で、彼はこれが夢だと自覚している。そして映像の中の自分や父親に何度も声をかけるが、その声が届くことは今までなかったし、これからも無いのだろう。何故ならこれは、『もう終わってしまった出来事』だと、カイル自身自覚しているからだ。起こったことは変わらない。自分のせいで、父は、偉大な『英雄』は死んだのだ。この夢を見るたびに、カイルはそれを思い知り、己を責め続ける。目が覚めるまで、ずっと。
「秘技、死者の目覚め!」
「うわあ!」
突然耳元で鳴り響く轟音にカイルは飛び起きる。フライパンとお玉を打ちならす。これぞ叔母リリスから母ルーティに受け継がれた伝統の技、『秘技・死者の目覚め』。どんなに寝起きの悪い人でも一発で飛び起きるという最強技だ。スタンに似て、寝起きが凄まじく、悪いカイルは、これによって起こされるのが1日の始まりになっていた。
最も、あの悪夢を見た日はこれを受けなくても朝になったら目覚めるのだが、母に心配をかけないように、わけでは と寝坊したふりをしていた。
「さあ、朝ごはんよ。はやく顔洗ってらっしゃい」
「わかったよ、母さん」
そういって下に降りていくルーティを見送りながら、カイルは夢の内容を思い返す。
「わかってるよ、父さん。俺がみんなを守るんだ。英雄だった父さんの代わりに、俺がみんなを助けなきゃいけないんだ」
そう呟く言葉は、本当に亡き父親に向けたものなのか。みんな、が一体誰を指しているのか。それはカイル自身にもわかっていなかった。
アタモニ神団の騎士団に所属しているロニが久しぶりに帰ってきたのは、この翌日のことである。
と言うわけでこの作品でのスタンの死因はカイルを庇ったからです。そのせいで他者を守る、助けると言うことに自覚なしに執着しています。今は孤児院から離れていないから、家族に過保護なだけですんでいますか、旅に出た後どうなるかは、お楽しみ?と言うことにしておいてください。…書ききれるかなちゃんと。
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1-2:久しぶりの再会
・孤児院は借金をするほど苦しくはない。カイルとロニがルーティのモンスター討伐についていき、一緒に報酬を貰い、それを孤児院の運営に回していたため。
・街の近くにモンスターが寄らない理由は、レンズ技術脱却運動で余ったレンズで作られた、劣化クリスタル(ソーディアンのコアクリスタル生成の際に、基準に届かなかった失敗作。モンスターを寄せ付けなくする効果がある。制作過程での試行錯誤があったのか、いくつか数が存在し、各街に設置されていた。PS版参照。)の模造品である特殊レンズを新たに街に配置したから。劣化品のさらに模造品なので、街を囲うよう大量に設置する必要があったが、レンズ需要の低下からレンズの値段が下がったことで、それが可能になった。
次の日、二日連続で悪夢にうなされるという事もなかったカイルは、清々しいまでに爆睡していた。既に階下ではカイル以外の子供たちが、騒がしく朝食を食べている真っ最中だ。
「むにゃ……母さん、もう食べられないよ……」
等とベタすぎるカイルの頭上に、黒光りするフライパンとお玉が掲げられる。勢いよく振りぬかれたお玉は、フライパンの底目掛けて一直線である。
「秘技・死者の目覚め!」
そして、今日も轟音が孤児院に鳴り響いた。
その頃一階では、
「やっぱりあれがないと朝って気がしないよねえ」
「だよね。母さんやカイルが出掛けてるときって、なんか1日が始まった気がしないって言うか」
死者の目覚め。ルーティが亡き夫、スタンの妹から直伝された、対寝坊助用強制起床奥儀によって鳴り響く轟音は、最早デュナミス孤児院名物である。そこに住む子供たちにとっては朝の鶏の声みたいなものだ。稀にカイルが早起き(と言っても他の子ども達からすれば、普通に起きる時間だったりするのだが)する事でもなければ、毎日の日課となっている。
「しかし、カイルもいい加減自力で起きればいいのに」
「お子様だよねぇ」
「お母さんも大変だよねえ、毎日毎日」
自分より5、6歳も年下の子供達にそんなことを言われてるとは知らないカイルは、今日もあわてて……まあ、それでも半ば寝ぼけ眼だが……でベッドから転げ落ちた。
その後、身支度を済ませて遅い朝食をを終えたカイルは孤児院の年少組を連れて、街の近くの森までピクニックに来ていた。
本来なら、モンスターが闊歩する街の外へ幼い子供達を連れて出かけるなどとんでもないことだが、この森は特別だった。人が住む街には、モンスターを近づけないために特殊製法で作りだした特殊レンズが設置されている。この特殊レンズが発する晶力の波長は通常のそれと異なり、本来ならばレンズを取り込もうとする動植物などを遠ざける効果がある。
そのため各都市では、その周囲を囲うように特殊レンズを設置し、モンスターの脅威から街を守っているのだが、今カイル達が来ている森は、街と特殊レンズの輪の丁度中間に位置しているのだ。つまり、街の外ではあるがモンスターが近づかない『安全地帯』なの
であり、言ってしまえばここも街中のようなものなのである。
「よーし!あっちいこうぜ!」
「待ってよ、僕も行く!」
「あ、じゃあ私たちはあっち!」
「あ、お前たちちょっと待てって!バラバラになるなっていつも言ってるだろ!」
しかし、普段遠出することがない幼い子供達にとっては、そんな森の中でも物語に出てくるダンジョンのような未知に溢れた場所のようで、着くやいなやあちらこちらに走って行ってしまい、保護者役のカイルはそうそうに追いかけっこをするハメになってしまった。
「ふっ!せっ!やっ!」
カイルが皆を捕まえ終わったころには、もう日は真上に上っていた。母ルーティの作ってくれたお弁当をペロリと平らげ、子供達は再び遊びだす。もっとも先ほど、カイルにこってり絞られた為、彼の眼の届く範囲で遊んでいる。そんな子供達の様子を見つつ、カイルは自身の剣の修行をしていた。
元々は、モンスター退治でお金を稼いで孤児院の経営を助けようと始めた剣術だったが、カイルの性格にあっていたのか、今ではそれ自体が楽しみの一つとなっていた。剣の修行は真面目にやる反面、勉強は苦手なカイルはことあるごとに逃げ出しているため、母ルーティは、
「こんなとこまであの人に似ることはないのに」
と頭を抱えていたりするのだが。
それはともかく、カイルは無心に剣を振るう。カイルの剣の師は母ルーティだが、その剣は我流のものだ。故にカイルも、剣の型に関しては我流で試行錯誤を繰り返していた。常日ごろから訓練を繰り返し、母ルーティと共に行うモンスター退治という名の実践で磨かれたそれは、カイルに最も適したものになって行った。
斬り、払い、突き。剣の基本と、たまに技の練習。それをひたすらに繰り返す。そんな剣の修行は、子供達が遊び疲れるまで続けられた。
カイルが異変に気付いたのは、クレスタへの帰り道だった。遊び疲れた子供達を連れ、街への道をを歩いていたカイルは、妙な違和感を感じた。
(なんか、妙に静かだ。)
いつもだったら、小鳥や虫のざわめきが聞こえるのに、森の中はシンと静まりかえっていた。まるで何かに怯えているような、そんな不自然な静けさに、カイルは無意識のうちに剣に手をかけていた。
「ねえ、カイル。なんか変じゃねえ?」
「うん、なんか静かすぎて怖いよ」
そう子供たちが言った、次の瞬間だった。
「グァァァァ!」
近くの茂みの中から熊型のモンスター『オウルベア』が突然飛び出してきた。オウルベアは近くに居た子供達に目をやると、鋭い爪で襲い掛かる。
「きゃあああああ!」
「なんでモンスターがこんなところに!?」
「みんな、下がれ!蒼破刃!」
とっさにカイルはオウルベア目がけて特技を放つ。振りぬいた剣から放たれた衝撃波が、オウルベアの脇腹を切り裂く。
「グルルルル」
が、浅い。オウルベアはカイルに少し注意を向けたものの、大した敵ではないと判断したのか、再び子供達目がけて腕を振り下ろそうとする。しかし、一瞬注意が逸れただけでカイルには十分だった。
「まだだ! 蒼破!」
蒼破刃を放った勢いをそのままに振り上げた剣を、今度は高速で踏み込みながらオウルベアの頭にたたきつける。急所への一撃にたまらずよろけるオウルベア。すかさず今度は胴目がけて薙ぎ払いを放つ。狙うは先の一撃でつけた腹の傷。
「追蓮!」
振り下ろしの反動を利用して放たれた強烈な斬撃を受け、後ろに大きく吹っ飛ばされたオウルベアは、そのまま森の中まで飛んでいき見えなくなった。
「やったー! さっすがカイル兄ちゃん!」
「やっつけた!」
兄貴分であるカイルの活躍にはしゃぐ子供たち。しかし、カイルの目は未だ吹っ飛んでいったオウルベアの方を見据えていた。傍目には綺麗に決まったように見えた今の連携だった。だが、カイルは子供達を守る為にとにかく、オウルベアを子供達から引き離すことだけを考えていた。蒼破刃が大した傷を負わせられなかったのがその証拠だ。会心の一撃の様に見えた蒼破追蓮もそれは同様だった。頭に入った一撃はともかく、追撃の薙ぎ払いは相手を吹き飛ばしはしたものの、その胴を断ち切っては居ないとカイルは感じていた。
「いや、まだだ。気をつけろ!」
その言葉の通り、再び草木をかき分け現れたオウルベアの胴体を見ると、傷は追っているものの、致命傷にまでは至っていないのは明らかだった。そしてさらに、
「カイル! あっち!」
「な、もう一体だと!?」
森の中からもう一匹オウルベアが現れる。どうやら、番いか何かだったらしい。二匹とも、こちらに向けて敵意のこもった目を向けている。
「くそ、何でこんなにモンスターがいるんだよ!」
「カイル兄ちゃん、どうしよう!」
「大丈夫だよ。だから、ちょっと下がってて!前に出るなよ?」
剣を向けオウルベアをけん制しつつ、カイルは怯える子供たちを背後に庇う。
(本当、なんでこんな所にモンスターが居るんだよ!)
カイルは知る由もなかったが、数日前に起きた地震によって、この近くに設置されていた特殊レンズが壊れてしまっていたのだ。モンスターがこんな街の近くにまでやってきていたのは、そのせいだった。街にモンスターが大挙して押し寄せてくるよりはマシかもしれないが、そんなことは今現在モンスターに襲われているカイル達には何の慰めにもならなかった。予想外の増援に焦るカイル。
(落ち着け、俺。しっかりしろ!こんな時こそ俺が皆を守るんだ!そのために剣の修行をしてきたんだろう!?)
深呼吸し、オウルベアを見据える。彼にとって、オウルベアと戦うこと自体は初めてではない。剣の修行と孤児院の食糧及び運営資金稼ぎを兼ねて街周辺のモンスター退治をしているが、その時に何度か遭遇している。その際も危なげなく倒せている。
問題は"子供たちを庇いながら戦えるか"だった。基本的にカイルの剣技は、スピードを生かしたものが多い。小柄な体躯を補おうと、母ルーティの戦い方をアレンジし続けた結果生まれたスタイルだったが、それは逆に言えば、速さを活かせない状況に弱いということでもあった。つまり、子供たちを庇いながら二体のモンスターと戦わなくてはならない今の状況は最悪であると言えた。子供達を先に逃がすことも考えたが、森の中にまだオウルベアが居るかもしれないこの状況ではそういう訳にもいかない。徐々にカイルの思考も追い詰められていく。
(それでも、皆を守るんだ。俺が父さんの代わりに。でなきゃ、父さんが俺を庇った意味がなくなっちまう! そうだ、俺は"死んでも"皆を守らなきゃならないんだ!)
最悪、刺し違えてでも皆を守る。そうカイルが覚悟したその時だった。
「オラァ!」
「グオォォ!?!?」
カイルが最初に切りつけた方のオウルベアが、いきなり真横に吹っ飛んだのだ。そのまま木に叩き付けられて、オウルベアは動かなくなった。先のカイルの一撃で傷を負っていたオウルベアは、今度こそ絶命したようだった。
「へ?」
突然のことに、目が点になるカイル。だが、オウルベアが吹っ飛んだ理由はすぐに解った。
「ロニ・デュナミス、ただいま参上! ってな。大丈夫か?お前ら。」
先ほどオウルベアが立っていた場所に、ハルバートを振りぬいた姿勢で銀髪の青年が立っていた。カイルたちの兄貴分でデュナミス孤児院の稼ぎ頭。ロニ・デュナミスである。
「ロ、ロニ! なんでここに!?」
「手紙送っただろ? 今度仕事で近くまでくるから、一度孤児院に帰るって」
「そう言えば、そんな手紙が来てたような」
「忘れてたのかよ。ひでえな、おい。しっかし久しぶりに帰って来てみりゃ、なんでかこんなとこにオウルベアがいるし、お前らが襲われてるしで、本当キモが冷えたぜ」
「あ、あは……あはは!」
そうおどけながら話すロニの姿に、緊張の糸が一気に緩んだカイルは思わず笑い出した。
「ありがとうロニ。おかげで助かったよ。ところで、後一匹居るんだけど」
「なに、問題ない。俺たちならすぐ終わるさ。だろ? カイル」
ロニにうなずくと、カイルはオウルベアに向かって突っ込んでいく。合わせて、ロニが子供達を守る体制に入る。この無言のコンビネーションこそ、二人の自信の源だった。ロニが孤児院を出るまでの間、ルーティにモンスター退治で鍛え上げられた二人のコンビネーションは、数年会わなかった程度で錆びつくものではなかった。
「散葉塵! さらに、散葉枯葉! ロニ!」
「おう!デルタレイ!」
三連斬りで相手の防御をはね上げ、がら空きになった胴体に剣を深々と突きさすカイル。それによって動きを封じられたオウルベアに、ロニが放った光弾が突き刺さる。
そこからは一方的だった。カイルが高速で動き回って錯乱しつつ、オウルベアの体力を削っていく。ロニは子供たちを守りつつ、それを晶術で援護していく。そうしてものの数分でもう一体のオウルベアは崩れ落ちた。その頃になってようやく気絶していたオウルベアも起き上がってきたが、ボロボロの体でカイルとロニの二人を相手にできる訳もなく、あっさり打ち取られたのだった。
「すげえ! さっすがカイルとロニだぜ!」
「カイル兄ちゃん大丈夫?怪我してない?」
「ロニにーちゃん、お土産は?」
子供たちの歓声があがった。嬉々としてカイルとロニに群がる子供たち。ロニは久しぶりに子供達にあえて嬉しそうだ。
「ははは、よかっ…た………」
「な!? おい、カイル!どうした!」
突然、カイルはその場に崩れ落ちた。慌ててロニが駆け寄る。だが、カイルに外傷はなく、どうやら気が抜けて気絶しただけらしかった。
「やれやれ、しゃーないな。まったくこいつは」
呆れたふうに言いながらも、ロニの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「さあ、お前ら、ルーティさんに怒られる前に帰るぞ!」
そう言うとロニはカイルをおんぶして歩き出した。やるべき事は多い。ルーティへのあいさつ、街の大人たちとモンスターがこの森に侵入してきたことについての報告と相談。後はオウルベアの死体から肉や皮を剥いで、等々。だがまあ、とりあえずは、
「孤児院に着いたら、とりあえずこいつを褒めてやらないとかねえ?」
後は皆を守るために無茶しようとしたことのお説教だな、とロニは笑った。
基本序盤はストーリーなぞるだけになるかもです。
ちなみにカイルが剣を始めた理由は、モンスターを倒してお金を稼ぐためというのが表面上の理由ですが、スタンの代わりにならなければという思いから、スタンと同じく剣が使えなければならないと思っていたから。作中にあるように、今は楽しみながらやってますが、同時にもっと強くならねばならないという強迫観念があったり。本人は気づいてないどころかまるで苦にして無い為、ただの剣術バカみたいになってますが。後ロニは、カイルが孤児院の皆を守る為に無茶をすることがあるのは知っていますが、ただ愛情が強いからだと思っていて、今はカイルのトラウマには気づいていません。
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1-3:デュナミス孤児院の近況
・アタモニ騎士団はアタモニ神団の下位組織で、モンスターを討伐して人々を守るのが仕事。
・それとは別に、エルレインの親衛隊も存在する。
街に着いたロニはカイルを起こすと、子供達を先に帰らせてクレスタの町長宅へ向かった。街の近くにモンスターが現れたことを報告するためである。
ロニの報告を受けた町長の手配で、すぐに数人の腕っぷしに自信がある男たちが集められ、その日のうちに調査隊が編成され出発することになった。既に日は落ちかけて空は薄暗くなっていたが、夜の間にモンスターがさらに侵入するのは避けたかった。
とりあえずオウルベアが現れた場所を知っているロニが先導してその周辺を調査したところ、すぐに破損した特殊レンズが見った。それを予備のものと交換し、他に入り込んだモンスターが居ないか森の中を見回った後、皆はクレスタの街に戻った。幸いにもあのオウルベア2体以外にモンスターが入り込んだ形跡は無かった。どうやら最初に入り込んだのがあの大型なオウルベア達だったおかげ……と言うのも変だが、それにより小型モンスターが近寄らなかったようだ。ちなみに倒したオウルベアの死体は街の方で引き取られ、後日孤児院の方に代金が払われることとなった。
そして現在。
「ロニっ! あんたね、もうちょっと手紙だすとかくらいしなさいよ!」
「ぎゃああああ! る、ルーティさんごめんなさぁぁぁぁい!」
ロニはルーティに愛の関節技をかけられているのであった。アタモニ騎士団に入った当初は、ロニも孤児院にこまめに手紙を出していたのだが、元々手紙を書くのが苦手なロニ。騎士団の任務が忙しくなったこともあり、今では年に3通(年始、夏、年末)出すか出さないかくらいになっていた。
ロニが帰って来たあたりでちょうど目が覚めたカイルの目に飛び込んできたのがこの光景だったため、しばらく彼が混乱したりしたのだがそれは置いておく。
「ちょ、痛、痛いです! ルーティさん、そろそろキツいでヤバいです!」
「騎士団で鍛えてる割に情けないわねえ。ほらほらー、まだまだ行くわよー!」
はたから見ればただのお仕置きにしか見えない。だがルーティはカイルらに、
「便りがないのは元気な証拠! ロニも頑張ってるのよ」
と笑いながら言っていたので、これはただの愛情表現なのだろうとカイルは思った。
思ったのだが、ちょっとばっかりロニの悲鳴がマジになって来たような気がする。さすがに子供たちも心配になってきたのか、カイルに伺いを立てる。
「ねえ、カイル兄ちゃん、そろそろ止めたほうがいいかな?」
「ま、まあ母さんも加減はしてるさ。うん、たぶん」
そう、これはちょっと不器用な愛情表現。ロニの顔がちょっと青くなった気がしても、愛情表現なのだ。おそらく。たぶん、きっと。
「る、ルーティさん! 人間の、人間の関節はそっちには曲がらな……みぎゃーーー!!!」
ロニの体から、鳴ってはいけない音がしたのは気のせいだ。そう思い込むことにして、カイルは他の子どもたちと一緒に、夕食の用意を始めるのだった。せっかくロニが帰ってきたのだ。少し豪華な食事にしよう。後、見てただけだったロニへの謝罪も込めて。
「うぅ、さすがルーティさんの関節技。一晩経ってもまだ体にロープが巻き付いてるような感覚があるぜ」
「なら、次からはもうちょっと細目に手紙出せばいいと思うよ」
次の日、カイルとロニは二人で孤児院の建物を修理していた。日ごろからカイルとルーティ、孤児院の子供たちで補修作業はしているものの、やはり女子供。どうしても力が要るところや、高い所は後回しになってしまいがちだ。そういったところは後ほど街の男衆に手伝いを頼むのだが、今回はそろそろ頼もうとしていたころにロニが帰ってきたため、彼にお鉢が回ってきたのだ。
「ごめんね、ロニ。帰ってきたばかりだって言うのにさ」
「なあに、構わねえよ。愛しい我が家の修理くらい、いくらでもやるさ」
申し訳なさそうにいうカイルに、笑顔で返すロニ。現在二人は、雨漏りが起こっている屋根の修繕中。とんてんかんてんと、釘を金槌で打つ音が響く。下の方では、子供たちが金槌の音に合わせて唄を口ずさんでいる。
「しかしこの孤児院も変わらねえなあ。」
相変わらずぼろぼろだ、と笑うロニに対しカイルは、
「変わってなくないよ。この前雨漏りが3つも増えた。」
と同じく笑いながら返す。そうして二人でひとしきり笑った後、盛大にため息をついた。さっきから覚えているだけでもう5回も似たような会話をしている。もしかしたらそれ以上かもしれない。カイルが上で穴をふさぎ、ロニが下から板等の材料を運ぶ。そんな感じで既に2時間は作業しているのだが、まだ半分くらいしか終わっていないという事が、建物のボロさを物語ってしまっている。
ここデュナミス孤児院は、カイルの両親であるスタン・エルロンとルーティ・カトレットが、もともとここにあった古い孤児院を買い取りスタートさせたものだ。聞いた話によると、カイルの両親がここを買い取った時、かなりすごいことになっていたらしい。それを、スタンとルーティ、そしてその友人らががんばって直したのだという。つまりは元が相当ボロボロだというわけで、ここまでもっている方が不思議なくらいなのかもしれない。
ちなみに孤児院の経営資金は、基本的にルーティとカイルのモンスター討伐による報奨金やモンスターからとれるアイテムや素材、レンズの売却(昔より価値は下がったものの、未だに売れる)、ロニたち孤児院出身の年長者たちの仕送り(ルーティは最初は『親が子供にたかれるか!』と断ろうとしたのだが、皆の『チビたちの為』と言う言葉や熱意に押され、結局各々が無理がない範囲でと言うことで受け入れた)や寄付金(四英雄が経営するという理由での各国からの寄付金は、『それぞれの場所で苦しんでいる人々に優先して使ってくれ』と拒否したが、個人レベルの物はありがたく使わせてもらっている)によって賄われている。
ちなみにルーティらが買い取った時点で『公営』ではなく『私営』の孤児院になっているため、街の方からは予算は来ていない。当時の町長が孤児院を潰そうとしていたからしかたなかったらしいのだが、ままならないものである。
そうして孤児院に集まるガルドは決して少ない額ではないのだが、育ち盛りの子どもが多い関係上、どうしても衣食に使われる率が高くなり、住は後回しになってしまうのであった。建物自体が住めないほどボロボロというわけでもないのでなおさらである。
「現状でもまあ問題はないと言えばないんだけどね。食うに困ってるわけではないし。でも、さすがにもう5年もするとやばいかも。」
「だなあ、雨漏りで屋根が腐って落ちたりして。」
「さすがにそこまではいかないでしょ、たぶん。いや、でもなあ」
実際に修理してみると、やはり限界は近いように思えてしまう。少なくとも、自分たちの素人修理ではきついものがあるとカイルは思っていた。
「やっぱり一度、大規模の修繕するか、そうでなけりゃ立て直すしかないかねえ?」
「うん、でも問題がいくつかあるよね」
そう、この孤児院を立て直すにあたっての問題はさしあたって二つ。一つは、ルーティの気持ちだ。この孤児院はもともとルーティが幼いころ暮らしていた場所でもあり、だからこそ彼女は、スタンと二人でこの孤児院を買い取り再建したのだった。彼女にとってここは、故郷であると共に、亡き夫スタンの思い出が詰まった場所でもあるのだ。
頭では取り壊して立て直すのが最善とわかっていても感情は別だろう。実際カイルは、街の人達との会話で建て直しの話題が出るたびに、母親の顔が微妙に曇るのを何度か見ている。
ちなみにカイル自身は建て直しに関しては賛成寄りの中立派だ。確かに父スタンとの思い出もある孤児院の建物で、カイルもそれなりに思い入れはある。だが、自分より小さい子供達になるべく綺麗な建物で生活させてやりたいという気持ちも確かにあるのだ。。
そして、問題がもう一つ。ある意味こっちのほうがキツイ。
「まあ、最大の問題は金だな。ガルドがあるなら、そもそも俺らがこんなちまちました修理とかしてねえよ」
「デスヨネー」
そういって二人は肩を落とす。所詮この世はお金なんだねーと遠い目をする二人だった。
今ならきっと、かつてルーティが使っていたという伝説の技『サーチガルド』だって使いこなせる気がする。
ちなみに本人は、
「今はさすがに恥ずかしくてできないわよ。」
と笑って言うが、カイルとロニは知っている。今でもたまに人目につかないところで、
「いっただき!」
と声を上げていることを。本人のプライドの為に黙っているが。子供たちが知っているということを彼女が知った日には、色々と悲しい事が起こるだろう。具体的にはロニの関節がご臨終するとか。
「この話はひとまず置いておこうぜ。なんか考えれば考えるほどネガティブになって行く」
「そ、そうだね。何か話題話題…そうだ!ロニ、仕事でこっち来たって言ってたけど、どんな仕事だったの?」
暗くなった雰囲気を切り替える為に、気になっていたことをロニに尋ねるカイル。ロニの就職先はアタモニ神団の総本山である、アイグレッテに存在するアタモニ騎士団である。
セインガルド王国の崩壊後、王国の元騎士達が難民たちを守るために結成した自警団が元になっているこの騎士団は、人々を守る意思さえあれば誰でも入団できるというものであり、アタモニ神の名を冠してはいるものの実は入団条件に信仰は含まれておらず、ロニも実際信徒と言うわけでは無い
。最も、今この大陸で最も信仰されている神がアタモニ神である以上、騎士団員も基本的にその信徒である事が多いのだが。
それはさておき、アタモニ騎士団の任務は主に二つ。アタモニ神団の司祭が遠出をするときの護衛、そして街や街道周辺のモンスターの討伐である。命を懸けて人々の安全を守る。そんなアタモニ騎士団がくるのだから、何かしら起こったというのは用意に想像つく。
まあ、仕事を終えたロニが大した怪我もしておらず、こうして孤児院への帰郷ができるくらいだし、そこまで大事でもなかったのだろうとカイルは判断した。
その結果が、話題転換の為のこの質問だったのだが、ロニのことだから仕事内容を面白可笑しく語ってくれるだろうと言うカイルの期待と裏腹に、ロニの表情はますます暗くなってしまった。
「えーっと……ロニ、どうしたの? なんか余計暗くなってるけど」
「あー、悪い。ちょっと嫌なこと思い出してな」
そういうとロニは、しばらく考え込むようなそぶりを見せた後、真剣な顔でトンデモない台詞を口にしたのだった。
「カイル、俺、もしかしたらアタモニ騎士団やめるかもしれねえ。」
「は?」
ロニ、アタモニ騎士団やめるってよ(違
神団の下位組織であるアタモニ騎士団ですが、命を懸けてモンスターと戦う関係上、倒したモンスターから得られたレンズやアイテムなどの利益(と言っても、市場価格を崩さない程度に安く売りはらわれているが)から、それなりの賃金が支払われています。
とはいえ、騎士団もアタモニ神団の所属には変わりない。当然騎士団員もアタモニ神団の教徒が多く、団員の金の使い道は大抵神団の方への寄付、あるいはロニのように故郷の家族への仕送りであることが多いのですが
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1-4:アタモニ神団
・カイルはスタンの技をいくつか見たことはあるが、うろ覚え。
・TOD組の技に関してはリメイク版準拠。神の眼の騒乱に関してはPS版とリメ版を合わせた感じ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。やめるってどういうこと!?」
ロニの突然の発言に、カイルは驚愕してロニに詰め寄る。ロニがどんなに頑張ってアタモニ騎士団に入ったかを知っているからである。最初は四英雄のフィリアさんに憧れて興味を持ったという不純な理由だったが、そこからアタモニ神団の教義を知り、騎士団の人達と接し、人に尽くす思想に共感したロニは、自分を育ててくれた孤児院に恩を返すだけではなく、かつての自身と同様に苦しんでいる人々の助けになりたいと必死になって努力した結果騎士団への入団を許されたのだ。
力無き人々の為に力を振るうアタモニ騎士団、その一員であることをロニは誇りにしていたし、そうあるための努力の過程をずっと見続けていたカイルからすれば、どうしてロニがそんなことを言い出したのかが理解できなかった。
「落ち着けよ、カイル。『かも』だ『かも』。まだ辞めるって決めたわけじゃねえよ」
そういってカイルを引きはがし、落ち着かせるロニ。
「と言うか、あぶねえだろ! 屋根の上で暴れるなバカイル! 落ちたらどうする!」
「あ、ごめんロニ。だけどバカイルはやめろよ!」
「いや、だって語呂がなんかいいじゃん?」
「いいから嫌なんだよ。いつの間にか母さんまで使ってたりするんだぜ?」
そう言ってため息をつくカイル。この義兄が言い出したバカイルと言う呼び方は、いつの間にやら母ルーティまで使うようになっていた。いや、まあ本当にバカをやった時しか言わないからいいのだが。
「まあ、とりあえず屋根の修理を終わらせちまおう。そしたら詳しいこと話すわ」
「わかったよ」
数時間後、屋根の修理を終えた二人はカイルの部屋に居た。さすがに内容が内容だけに、他の子供達にはあまり聞かれたくなかった。ちなみにデュナミス孤児院の部屋割りは、年少組が4人1部屋。ある程度年齢が上がると、2人1部屋になる。
カイルは個室だ。彼が個室なのは、院長の息子だから……と言うわけではない。モンスター退治に積極的に出かける関係で、体を洗ってもどうしても臭いが部屋にこもってしまい、それが子供達には気になるということ、そして朝の
「じゃあ、話してもらうよ。一体何で、騎士団辞めるかもって話になるんだよ」
「んー、何から話すか……そうだな。カイル、お前聖女エルレインって知ってるか?」
「ああ、街に来る行商の人から、名前は聞いたことがあるよ」
聖女エルレイン、3年前に現れた彼女は、神の使いに相応しい美しさと奇跡を起こす力で、瞬く間に人々の信仰を集めていった。曰く、盲目の老人の視力を回復させた。曰く、両手が動かなかった人の腕を治した等々。今では、アタモニ神と同一視する人まで現れる始末だ。アタモニ神団の本拠地から距離のあるここクレスタでも、彼女こそ救い主だと信仰する人間が少なからずいる。
「実際、確かにそういった奇跡を起こしてるし、それによって救われている人が居るのも事実だ。俺もこの目で何度か見たことがある。だがな、あの女のせいで神団は変わっちまった!」
そう言って拳を握るロニの瞳には、抑えきれない怒りが浮かんでいた。
「変わった?」
「ああ。あいつが『レンズは神の力の欠片。だからこそ、それを多く神団へと奉納するものはより神の愛を受ける資格を得るのです』なんて言い出したせいで、今じゃ神殿への参拝も、診療所の病気の治療も、騎士団へのモンスター討伐の嘆願も、何もかもレンズを持ってきた者順だ。それじゃあ金を要求してるのと何が違うって言うんだ!」
「ロニ……」
「もちろん、全員がそれを良しとしているわけじゃねえぜ? 俺の知りあいの騎士団員にも疑問を持ってる奴は結構居るし、神団側にも四英雄の…いや、ルーティさんの友達のフィリアさんを中心として、異議を唱えるグループがあるしな」
そういうロニの顔は少し柔らかくなった。だが、またすぐに先ほどまでのように苛立ったものになる。
「だけど、やっぱり大多数はエルレイン派なんだよ。実際に、奇跡のような事を起こしているしな。彼女が言うなら、何かしら意味のあることなんだろうって事で受け入れちまってる人間が多い。でもな、そうじゃねえだろ!人を助けるって事は、見返りを求める事と当たり前に思っちゃダメだ!でなけりゃ、気づかないうちにどんどん腐っちまう!」
「ロニ……」
「っと、すまねえ。熱くなっちまったな。まあ、やめるかもっていうのは、今言った通りアタモニ神団のあり方がおかしいと思っているからだ。しばらくはフィリアさんや仲間達と一緒に、神団の体質を変えられないかがんばってみるが、それでもだめな時はスパッと騎士団をやめて、俺なりのやり方で皆の為に働くつもりだ」
そう言うロニの瞳には、先ほどまでの怒りではなく、闘う意志が宿っているようだった。
「っと、愚痴悪かったな」
そう言って済まなそうに頭を下げるロニ。カイルは場の空気を元に戻そうと、少々無理やりにだが別の話題を出すことにした。この話に入るきっかけになった、最初の質問を。
「それよりも、今回ロニがやってた仕事って、一体どんな仕事だったのさ。俺、そっちの方が気になるよ」
そういう弟分の気持ちを察してか、ロニの表情も柔らかいものになっていく。
「いや、本当大した仕事じゃねえぜ?騎士団のお偉いさんをダリルシェイドまで護衛してきただけだ。」
「何でダリルシェイドに?」
「ダリルシェイドは中継地点なんだ。そこで神殿からの護衛は休暇をもらって解散。ダリルシェイドの駐留部隊が護衛を引き継ぐって形になっててな。だから俺もこうして帰ってこれてるわけだ。さて、最終的な目的地はどこだと思う? 当ててみろよ、カイル。」
そう言ってニヤつくロニ。おそらく、カイルが知っている場所なのだろう。そしてこの近辺で、そう言った物々しい護衛が必要な場所となると、カイルの頭の中には一か所しか浮かばなかった。ここクレスタの町から少し離れた場所にある、モンスターが蔓延るその場所の名前は、
「もしかして、ラグナ遺跡?」
「正解。実はな…ちょい耳かせ」
言われるがままに顔を近づけるカイルの耳元で、ロニが呟いた一言は、カイルの度胆をぬくには十分だった。
「ラグナ遺跡の最深部でレンズが発見されたんだよ。それも小型や中型じゃない。ざっと300万ガルドはするだろう大型レンズだぜ!」
「さ、さ、さ、300まむーーーーーー!?」
「声がでけえって!」
驚きのあまり大声で叫ぼうとしたカイルの口を無理やり押さえつけたロニ。だが、カイルの驚きは当然のものであった。18年前の騒乱までは、オベロン社のレンズ製品は広く世界中で使われており、その動力であるレンズの買い取りもオベロン社が行っていた。だからこそルーティのようにレンズ集めを生業とする。レンズハンターなる職業も存在したのだ。
だが、18年前の騒乱の犯人がそのオベロン社のトップであったため、会社は解体。さらに、神の目と言う巨大なレンズの力を目の当たりにした人々にとってレンズは危険なものであるという認識が広まってしまったせいで、レンズ技術脱却、いや排斥運動が広まってしまったため、基本的にレンズは一山いくらくらいの値段になってしまった。
一応今では排斥運動も収まりを見せ、レンズ製品も再び使われるようになっている。そして今は無きオベロン社に代わり、アタモニ神団がレンズの買い取りを行っている。これは、神団が開発した疑似晶術の発動に必要な、高純度レンズの生成のためだ。
疑似晶術は、アタモニ神団の司祭たちが、元オベロン社の研究員と共に開発したものだ。ソーディアンの晶術を参考にし、一般人でもレンズの力を引き出せるようにと開発されたそれは、アタモニ神団が作り出したことから、レンズ技術排斥運動の中でも広まっていき、今では世界中で利用されているのだが、その使用には通常の物より高純度、高密度なレンズが必要となっている。この生成と販売を、アタモニ神団は慈善事業として行っているのだ。これにより、一山いくらよりはマシなものの、かつてと比べたらレンズの値段は大分安くなってしまっているのが現状だ。例外としては、過去の遺跡やオベロン社の大型製品で使われていた、一部の大型高純度レンズだろうか。特殊技法で製錬されたそれは、半永久的に使える動力源として、大型船の動力等の大型機械を動かすのに重宝されていて、こういった大型レンズは、未だに高値で取引されている。が、それでも100万ガルドが良い所である。
だからこそ、そんな時代に300万という価値がつくレンズが如何にトンデモない代物であるかが、カイルには解った。
この作品では、ゲーム中の晶術は『疑似晶術』の名で世界に広まってます。詳細は用語集。
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1-5:悪ガキどもの作戦会議
ラグナ遺跡、それは18年前の神の眼の騒乱の際、空から落ちてきた空中都市の一つだ。都市としての正式名称は別にあるのだが、騒乱で心に傷を負った人々は、その名で呼ぶことを避けて新たに名前を付けたのだとカイルは聞いていた。
ちなみに、神の眼があったダイクロフトは神の眼破壊の余波で完全消滅。他の都市も海へと沈んでしまい、結果残っているのはラグナ遺跡だけと言うわけだ。
「でもあそこって、数年前に騎士団で調査とかしてなかったっけ?」
カイルが疑問を口にする。ラグナ遺跡の中に元々存在した強力なモンスター達は、落下の際に大半が死滅。残ったモンスターもスタン達が片づけたのだが、元々草木が生い茂っていた都市だったため、周囲から動物が住み付き、中に残っていたレンズを摂取。あっという間にモンスターの巣になってしまった。最も、残っていたレンズはそこまで大型の物はなく(一説には空中にあった時に某レンズハンターが回収しつくしたとか)、住み付いたのも小動物ばかりだったので、生まれるモンスターも街の人間でも十分対処できるレベルだった。そのため、当初はそこまで問題にはならなかったのだが、時がたつにつれてさすがにモンスターも増えてきた。
そのため、6年ほど前にアタモニ騎士団がモンスター討伐に乗り出したのだが、その際せっかくだからと遺跡内部の調査も行われたのだ。確か、既に騎士団に所属していたロニも参加していたはずだ。ちなみに、ロニがクレスタに最後に帰ってきたのもその時だった。その際も、ルーティの歓迎は関節技たったのだが、今は置いておく。カイルの質問に、ロニは頭をかきながら答えた。
「それがだな、あの時俺たちが中を調べたときは、最深部らしき場所に通じる通路が塞がってて通れなくなってたんだ。だから、最深部へは立ち入らずに戻って来ちまったんだ。どうせ、大したもんも無いだろうってな」
「あれ、じゃあ今回レンズが見つかったのは?」
「それがだな、この前地震があったの覚えてるか?あの後、ラグナ遺跡の中でモンスターを狩ってた奴らが、最深部に通じる道を見つけたらしいんだ。何でも、今までそこは床が崩れてたせいで行き止まりだったらしいんだが、地震で崩れた壁とか天井のガレキが足場になって、奥に進めるようになってたらしくてな。そんでそいつらが奥へ行ってみると、なんとそこには!!!」
「ちょ、ロニ! 唾! 唾飛んでるって!」
「あ、悪い悪い。でもってそこにはなんと!部屋を覆い尽くすほどの大きさの木と、その幹に埋もれる形で鎮座する超大型レンズがあったって訳だ。」
なるほど、だとすると発見した人たちは運がいい。偶然地震の後にラグナ遺跡に行ったおかげで、偶然道ができているのを見つけ、さらにそこで恐れずに奥へ進んだおかげで巨大レンズを発見できたのだから。
「あれ?でもそれだったら、その人達、普通にレンズを持って帰って売ったらよかったんじゃ?なんでわざわざアタモニ騎士団に報告したのさ」
「それがだな、あんまりにも大きくて、ちょっとやそっとじゃ持ち運べなかったってのが一つ。もう一つは、その最深部の部屋にモンスターが住み付いていたらしくて、命からがら逃げだしてきたそうだ。たどり着いた時は夜だった上、スペクタクルズも切らしていたから、どんなモンスターかはよく解らなかったらしい。だが、見覚えがない奴な上、かなり大型で、さらに相当強かったって話だ」
けどまあ、強かったって言ってた連中も、突然の大型モンスターの襲撃にパニクってた所があったみたいだからあんま当てにならないけどな、とロニは笑った。
「ああ、なるほど」
とりあえず、先ほどの運が良かったというのは撤回するべきだろうか。発見した人たちはずいぶん悔しい思いをしたことだろう。などとカイルが考えていると、ロニがぐいっと顔を寄せてきた。
「それでだな、カイルくん。ちょいとばっかし相談があるんだが」
そう言うロニの顔は、兄貴分としての頼れるそれではなく、孤児院に居た頃一緒に悪戯をしていた悪ガキ仲間としてのそれだった。ちょっとだけ嫌な予感がする。
「俺と一緒に、ラグナ遺跡に行く気はないかね? ん?」
「ラグナ遺跡って、まさかレンズを先回りして獲っちゃおうとか考えてないよね!?」
ロニの発言にカイルは慌てる。なんせ先程この男はアタモニ神団が気にくわないと言い放ったばかりなのだ。そこに渡すくらいなら自分たちで使ってしまおうとか考えても不思議ではないんじゃなかろうか。だが、そんな心配は杞憂だった。
「バカ、さすがにそんなことしねえよ! そんなことしたら、もめるだろ絶対! ……いや、孤児院が借金まみれだったら、ちょっと考えなくは無いが「ロニ?」いや冗談だって! それに、そんなに高いレンズだったら、さすがにエルレイン派の連中も神殿に飾っておくよりも、売るなり晶術用レンズの材料にするなりして、人々の為に使うだろう。そのまま神団の連中に持って帰ってもらうさ。それに、値段が値段だ、反レンズ優先主義の連中の声も大きくなるはずだ。さすがのエルレインも決して無視できねえだろってどうした? カイル」
そこまで話したところで、ロニはカイルがぽかーんとしていることに気が付いた。
「いや、ロニって意外と考えてるんだね。驚いた」
弟分の口から出たその言葉に、ほほう?とロニの眼が怪しく光る。
「カ・イ・ル・く・ん? 君は普段この俺をどういう目で見てるのかな?お兄さん怒らないからちょーっと正直に白状してみようか?」
「いや、冗談だから! ロニ! ごめん! 俺が悪かったからくすぐるのだけは……あはははは!」
それから数分の間、カイルはロニのお仕置きを受け悶絶するハメになった。口は災いの元である。
「し、死ぬかと思った……それじゃあ、ラグナ遺跡に一体何しに行くんだよ。ロニ、今は休暇中だろ?」
「目的は、レンズじゃない。ヒントは、『その前』にあるものだよ」
そう言ってにやりとするロニ。それを聞いてようやく得心したカイルも、同じようににやりと笑う。
「つまり、見つけた人達が襲われたって言う大型モンスターを倒して、レンズや素材を頂いちゃおうって訳か!」
「そういうことだ。誇張が入ってるだろうが、そんな大型で強い、しかもレアモンスターだ。レアなアイテムも持ってるだろうし、体から取れる素材も高く売れるはずだ。レンズもおそらく比較的大き目の物が出に入るだろう。需要が減ってるって言っても、晶術用のレンズを作るためにまだまだ売れるからな。敵の強さにもよるが、たぶん雨漏りの修理費くらいにはなるだろ」
そういうことなら話は別だ。カイルとしても協力しない理由はない。むしろ、久しぶりにロニと一緒に冒険ができるとなれば大歓迎だ。そうとなれば善は急げだ、とカイルはそばにあった剣と道具袋を掴んで立ち上がる。
「いいぜ、ロニ。そうと決まれば善は急げだ!さっそく出発しよう!」
「まあ待てカイル。こういうのは順番があってだな。」
だが、今にも飛び出しそうなカイルをロニが制する。
「下手に神団の連中より先に最深部に行ってみろ、レンズが目当てか!とか言われて、もめるのは目に見えてる。」
「ロニだって騎士団員だし、問題ないんじゃ?」
ロニの言葉に首をかしげるカイル。
「俺は今休暇中だしなあ。それに俺はアイグレッテ勤務だから、ダリルシェイドの連中とはあんま面識ねえんだよ。と言う訳だから、こういう時は先にそっちに話を通す」
「どんなふうに?」
「予定通りなら明日、神団の連中はこの街で1日宿を取った後遺跡に出発する予定だ。だから、そこで偶然を装って神団の連中と接触する。いくら面識が無いとは言え、街に居る間なら説明して納得してもらう時間くらいあるだろ」
アタモニ騎士団のエンブレムとか持ってるしな、とロニはにやりと笑った。
「そんなのあったんだ」
「おう。邪魔くせーから普段は荷物入れんなか放り込んでるけどな!」
「ダメじゃん!」
呆れるカイルを無視して、話を進めるロニ。
「そして、『私はこの街出身で、以前ラグナ遺跡の探索も行ったことがあります。レンズの前には高レベルモンスターも居ると聞きますし、ぜひとも私めに道案内をさせて頂きたい』なんて言ってついていく。まあ、久しぶりの遺跡だし?途中で道を間違えたりして神団の連中がはぐれちまったり、その間に俺たちが最深部に先に着いちまっても仕方ないよな?」
「ロニ、一言いい?」
「ん?なんだ?」
「せこい」
「こういうのは、頭がいいって言うんだよ」
そう言うロニの顔は、完全に孤児院時代の悪ガキに戻っていた。その様子に少し呆れながらも、昔と変わらぬロニに、カイルは思わず笑い出した。そうなれば、手早く残りの修理を終わらせてしまおう。明日は騎士団の説得と出かける準備で大忙しになる。そう思ったカイルは道具を手に駆けだそうとして、
「うわった!おわた!?」
「あ、あーあ。やっちまったバカイル」
盛大にすっころんで、手に持つ道具類を盛大に床にたたきつけすっころんだのであった。床には穴が開き、修繕作業の時間が大幅に伸びたのだった。
いくら孤児院の為とはいえ、300万ガルドのレンズをかっぱらうのはどうなのよ?ってことで拙作ではこういう流れになりました。いや、あれ別にアタモニ神団の物って訳じゃないですけど。
「でもさ、そのモンスターの素材も本当なら騎士団が手に入れてるって考えると」
「カイル君?これはみんなのためでもあるんだよ?僕達はモンスターの素材が手に入ってほくほく、騎士団のみんなは余計な戦いをしなくてすんでほくほく。ウィンウィンの関係ってやつだ。何もやましいことはない!」
「……ぇー」
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1-6:ラグナ遺跡へ
「そういやロニ、あっちで彼女の一人や二人はできたの?」
「はっはっは、カイルくん、それを僕に聞くのかい?聞いちゃうのか?聞いてしまうのか?…お前って奴は鬼か!」
「ああ、うん。なんかごめん。」
「ちくしょう……なんだかとってもどちくしょう!」
次の日の朝、二人は朝食を食べながら、ルーティにラグナ遺跡に行く旨を伝えた。先日の件もあり少し心配していた彼女だったが、二人の実力自体は信頼している事、そして二人だけではなく、アタモニ神団の騎士達に同行することを聞き、それならば問題はないだろうとすぐにお弁当をこしらえてくれた。
むしろ孤児院を出るときには、
「やるからには、ガッツリ稼いできなさいよ、あんたたち!」
なんて言われてしまい、カイルとロニは苦笑いするしかなかった。
「確かに稼ぎに行くんだけどさ、ちょっと嘘ついてるみたいで気が引けたなあ」
「騎士団出し抜いて二人だけでレアモンスター倒してアイテムかっぱらってきます、なんて言えないだろさすがに。」
「そりゃそうだけどさ。」
そんなことを言った日には、帰ってきた日のロニのごとく、華麗な関節技の嵐が待っているに違い無い。いや、もしかしたら「しくじるんじゃないわよ!」と応援されるかもしれないが。たぶん後者の確率のほうが高い気もする。
「それに嘘はついてない。黙ってるだけだ。なに、見つけたらスペクタクルズ使って、さすがに無理そーだなーって思ったら、騎士団の連中が来るまで待ってりゃいいんだよ。何も命がけで戦わなきゃならない相手でもないんだし」
スペクタクルズは対象の情報を解析するレンズ製品だ。使っているレンズがごく小さい屑レンズの為に完全に使い捨てだが、敵の能力を解析してレベルという形で算出してくれるため、モンスターと戦う人々にとっては必需品と言えるアイテムだ。
同じような機能は、カイルたちが身に着けている晶術用のレンズの装飾部にも仕込まれており、疑似晶術を使うものは何時でも自信の能力を数値化して確認できる。これも、疑似晶術が広まった要因の一つだと言えるが、こちらは装備してる本人の情報しか見ることができないという欠点がある。技術的には可能だが、スペクタクルズが売れなくなると困る雑貨屋連合(そんなものあるのか知らないけれど)の息が掛かっているんじゃないかとか言われてるが真偽は不明だ。
「それもそうだね。別にそいつ以外にモンスターが居ない訳でもないんだし、気楽に行こうか」
「そうそう。それに二人で狩りに行くのは久しぶりだからな。どんだけ腕を上げたか見せてもらうぜ?」
「おう! そっちも、騎士団で鍛えた腕前楽しみにしてるよ、ロニ!」
その後、二人は宿に泊まっていたアタモニ神団の人達と面会した。そしてロニの(怪しすぎる)説得の効果が有ったのか無かったのか、特に怪しまれることもなく、善意の協力者と言う形でアタモニ神団に同行することができた。ちなみにラグナ遺跡までの道中は、本当に特に何もなかった。モンスターの一匹も現れない状況に、カイルたちは何か起こっているんじゃないかと疑心暗鬼に陥るほどだった。まあ、実際は騎士団がクレスタに来る道中、訓練を兼ねて周囲のモンスターを片っ端から蹴散らしたからだったりするのだが。道中のモンスターからのレンズも少なからず期待してたカイルらにとっては少々残念だった。
そして現在、ラグナ遺跡内部。最深部へのルートは遺跡への道中で既に手持ちの地図に写してある。あとは適当なところでアタモニ神団の人間をまいて、二人だけで揚々と最深部へ向かうだけだったのだが……運命の女神とやらは、見事にカイルらを嘲笑った。
「大丈夫か君たち! 怪我はないか!」
遺跡に入って最初の部屋の床が、カイルらが入った瞬間崩れ落ちたのだ。案内役として先を歩いていたカイルとロニは、仲良く下へと落ちてしまった。アタモニ神団の人達はどうやら無事のようだが、この時点で彼らに先んじて最深部に行くことはできなくなってしまった。二人が必要以上に距離を取ろうとすれば、また同じようなことになるかもしれないと言われて止められてしまうだろうことは容易に想像できる。むしろ絶対にそうなると、同じ騎士団員であるロニは確信している。と言うか自分でもそうする。
「大丈夫です! そちらこそ怪我はありませんか!?」
「こちらは大丈夫だ!」
「それはよかった!」
騎士の相手をカイルがしている間、ロニは周囲を見回していた。どうやら真下にあった部屋の天井が抜ける形になったらしく、そこまで高さがなかったため無事だったようだ。
「運が良いんだか悪いんだか……いや、怪我してないんだから良いんだろうけど、だったらそもそも落ちるなよ……」
などとぶつくさ言いながら部屋を見回していたロニだったが、ふとあることに気が付いた。
「今どこかにロープを結んで投げ入れる!少し待っててくれ!」
「わかりまし「いやちょっと待ってください!」なんだよロニ」
カイルの言葉を遮りながら、ロニが上に居る騎士達に話しかける。
「ここ、前に調査しに来たときに一度来た部屋です!記憶通りなら、ここから歩いてそちらと合流できるはずなので、先に進んでてください。しばらく一本道のはずなので、案内がなくても大丈夫なはずです」
「そうか? だがしかし……」
「それに、ロープを上っている間にモンスターに襲われる可能性だってあります。そうなったら、今度こそ下に落ちて怪我をするかもしれませんし。」
「ううむ、そうか。そうだな、解った。気をつけろよ。」
ロニの言葉に納得した騎士達は、部屋を後にして先に進んで行った。
「ちょ、ロニ! いいの? これじゃ先にあっちがモンスターやっつけちゃうよ!?」
「まあまあカイル。ちょい耳貸せ」
「?」
そう言ってロニは、カイルの耳元で囁いた。
(思い出したぜ。そこの通路あるだろ? あそこを真っ直ぐ行くと、ちょっと広い大部屋にでるんだが、なんとそこが新しく出来たっていう最深部への道のすぐそばなんだよ!)
(マジで!?)
(ああ。出発前に地図で場所確認したから間違いねえ。あとな、上の部屋を出た後しばらくは一本道になってて、本当に案内はいらねーんだが、ある地点からいきなりT字路やら横道やらがいっぱいになるんだ。最深部の入口ができた場所には確かにたどり着くだろうが、かなり時間を食う。元々はそこで適当な迂回路に誘導した後抜け駆けするつもりだったんだが……まだ俺たちは天に見放されちゃいなかったみたいだぜ)
そうなれば善は急げと、二人は全力で駆けだした。道中のモンスターなど、二人のレベルと比べれば雑魚同然。あっという間に蹴散らし(当然戦利品は回収しつつ)、二人は最深部へと急いだ。
「この奥がどうやら最深部みたいだな。」
二人は何事もなく、騎士団より先に最深部前へと到達することができた。だが、そこで別の問題が発生した。
「モンスター、居ねえな」
「居ないね、どこにも」
ここに居ると聞いていた、レアモンスターらしき存在がどこにもいなかったのだ。どこかで見落としたということはないだろうし、この部屋には隠れられる場所が見当たらない。最深部の方に引っこんでいるのだろうか?姿が見えないモンスターなのか?などとロニが適当にハルバードを振りまわしてみるが、カイルに当たりそうになって彼が怒るだけで終わった。
「とりあえず、奥行ってみる?」
「でもなあ、もし奥に居たとして、戦ってる最中に大型レンズに傷が付きでもしたら、大目玉所じゃすまねえだろ、絶対」
そう二人が悩んでいると、突然カイルの頭に影がかかった。
「上か! カイル、下がれ!」
とっさにロニがカイルの服をつかんで後ろに飛ぶ。次の瞬間、カイルが立っていた地面は大きくへこみ、その中心には巨大なモンスターが立っていた。
「こいつが例のレアモンスターか……って言うかこれ、空中都市の生体兵器じゃねえか!」
ロニの顔に焦りが浮かぶ。目の前に現れたのは、天地戦争時代に天上軍が運用していた生体兵器『ブエル』だった。騎士団時代の任務で何度か遭対していたロニには、それがどれだけ強いかが身に染みてわかっていた。少なくともこいつは騎士団員数十名で戦うような相手だ。自分たち二人だけでかなうような相手ではない。
こういった空中都市由来のモンスターは、昔にスタン達が排除したはずだが、通れなかった最深部にいたものはさすがに撃ち漏らしていたのだろう。あるいは、機能停止していたものが先日の崩落の際に再起動したのか。
(くそ、最悪だ。とにかく逃げねえと! だが、逃げ切れるか?)
下手をすれば後からくる騎士団員たちを巻き込む。準備ができていない所にこんな奴が来たら、どれだけ被害が出るか分かったものじゃない。だが、このままでは自分たちが危ない。最悪、自分が囮になってひきつけているうちにカイルだけでも逃がすべきか……そんなことをロニが考えていると、カイルは剣を構えて前に出た。
「おいカイル!何やってんだ!そいつはやべえ、勝てる相手じゃねえぞ!」
そう言うロニに、カイルは何でもないようにスペクタクルズを投げ渡す。
「落ち着いて、ロニ。こいつそんなにレベル高くないよ?」
「へ?」
カイルに言われてロニがスペクタクルズを使うと、そこに表示されていたレベルはカイルやロニとそう変わらなかった。よく見ると、この都市が落ちた衝撃でダメージを受けてたのか全身がズタボロで、かろうじて動いてるような感じだった。
「……まじか。焦って損したぜ」
なまじ知っているが故、敵の観察、分析と言う基本すら忘れ、正しく状況を判断できなかった自分を恥じるロニ。同時に、冷静にスペクタクルズを使って状況を正しく判断するカイルを頼もしく思う。
(しばらく会わないうちに、ずいぶん成長したみたいだな、こいつ)
そのことを嬉しく思うと同時に、少し寂しさも感じてしまう。まあ、そんなことは後で考えればいい。今は目の前の敵を倒すのが先だ。
「うっし、カイル! 全力で行くぞ!」
「おう! 行くぜ、ロニ!」
二人は武器を構え、目の前のモンスター目がけて駆け出して行った。
ゲームとは多少形は違うかもしれないけど、この世界の人達もレベルの概念は知ってますってことで一つ。
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1-7:vsブエル
『ブエル』は空中都市に配備されていた、カタツムリの殻のような武装ユニットがついた虫とでも言うような形状をした大型の生体兵器だ。攻撃としては武装ユニットからの光弾や、足での打撃、体当たり等多彩で、考えなしに突っ込めば返り討ちにあう。それはボロボロになっている今も変わらない。こいつ相手にバカ正直に正面から突撃すれば、その多彩な攻撃によって返り討ちにあうだろう。
そんなことを知ってか知らずか、カイルはブエル目がけて突撃する。それを見て、カイル目がけて光弾を放つブエル。
「残念、遅いよ!」
しかし、カイルの姿は既にそこにはない。ルーティに徹底的に戦い方を仕込まれたカイルは、小柄な自分が真正面から相手にぶつかることの愚かしさを知っている。だからこそ彼は、戦闘に置いては速度を活かし、フェイントや晶術を駆使して相手を翻弄する戦法をとる。カイルは突っ込んだ勢いを殺さずに、そのまま真横に飛び退いたのだ。それによって、ブエルはカイルを追って向きを変える。 つまり今、その注意は完全にカイルに向かっており、すぐ傍に近づいて来ていたロニに気付くことができなかった。機能が万全ならまた違ったかも知れないが、ブエルの体は既にボロボロであり、センサー類も当然不調だったのだ。
「隙だらけだぜ? 雷陣招!」
ブエルがロニのほうを向くよりも早く、ロニがハルバードを振り上げる。すると、何もない空中から、ブエル目がけて雷が降り注いだ。雷神召は詠唱ではなく意志、闘気によって晶力を操り雷を作り出す技だ。詠唱を使わずに放たれる雷は発動までの速度は速いが、威力は晶術を用いて起こす雷には及ばない。
だが、問題はない。相手は生体兵器で、"生身の部分が存在する"。つまりは雷撃によって一瞬なりとも動きが止まる。ロニの予想通りブエルは動きを鈍らせた。しかしそれも一瞬だけで、今度はロニに向けて攻撃を仕掛けようとする。だが、その一瞬の硬直をロニは見逃さなかった。
「もらったぁ!」
ドゴォと言う音と共にブエルの体が地面にめり込む。雷神召で振り上げた武器を力任せに相手に叩き付ける技、雷神光燐がブエルの無防備な体を捕らえる。ギシッとブエルの表面の装甲が軋む音がする。
「よし! ロニ、下がって!」
攻撃の間に晶術の詠唱を終えたカイルが合図すると、ロニはブエルをハルバートの柄で突き、その反動を利用して後ろに大きく飛び退いた。炎の晶力が、カイルに収束していく。
「いけぇ! カイル!」
「おっしゃ! 燃えろ! バーンストライク!」
次の瞬間、ブエル目掛けて上空から三発の火炎弾が降り注ぐ。地面にめり込んで動けなくなったブエルは避けることもできず、火炎弾の着弾とともに発生した爆炎に呑み込まれた。
バーンストライクはそれなりに長い詠唱が必要な、中級に分類される疑似晶術だ。巨大な火炎弾を三発降り注がせるこの術は、現在カイルが使える術の中では最大の威力を持つ術であり、その直撃を受けた以上それなりのダメージは受けただろうとカイルたちは思ったのだが。
「ギギギ」
「まだ動くのかよ!」
「ちっ、カイル!」
事実、ブエルの装甲は爆炎によって焼け焦げていた。だが、ブエルは体勢を建て直すと、そのボロボロさからは想像できないスピードで、詠唱を終えて無防備になっていたカイルに向かって突っ込んできた。カイルはとっさに剣で受け止めるが、小柄な彼では勢いを殺しきれず、そのまま壁に押し付けられる。
「かはっ」
「くっ、この野郎!」
咄嗟にロニがハルバードを叩き付け、斧の部分を引っかけて思いっきりひっぱる。そして僅かに拘束が緩んだ隙に、カイルを引きずり出すことに成功する。そのままロニは、カイルを抱えて後ろに飛び退いた。
「おいカイル、無事か!?」
「な、なんとか」
カイルは特に傷を負ってはいないようだったか、ロニは念のためヒールを唱えた。癒しの力が込められた光が、カイルを包み込む。
「ありがとう、ロニ。にしてもアイツ、強くはないんだけど結構しぶといね」
「ああ。だがあんまり時間かけてると、騎士団の連中が追い付いちまうしな」
ロニは少々考え込むと、カイルを手招きした。
「よし、カイル耳貸せ。あーしてこーしてだな」
「ふんふん、りょーかい! 行くよ、ロニ!」
カイルがブエル目掛けて駆け出す。先程と同じように光弾を放つブエルだが、今度はカイル目掛けてではなく、周囲にばら蒔く形で放たれた。先程の連携を警戒して、周囲に近寄らせないつもりなのだろうそれは、確かに有効な一手だっだ。
「ウインドスラッシュ!」
カイルに『近づく気があれば』の話だが。カイルはブエルの傍に寄ってはいなかった。途中で足を止めて詠唱をしていたカイルが放った風の刃が、光弾を切り裂く。それに慌てたのかブエルが再び、今度はカイルを狙って弾を放とうとするが、既にそこにカイルの姿は無い。
「もらった! 空破、」
晶術を放った後、すぐさま駆け出していたカイルは、既にブエルに肉薄していた。勢いのままに突き立てられた剣は、装甲を貫くまでは行かないものの浅くない傷をつける。だが、カイルの攻撃はまだ終わらない。
「絶風撃!」
ほんの少し下がった後、ほとんど同じ場所に先程よりも強烈な突きが放たれる。二段階の突き技を受けた装甲は粉々に砕け散り、下にあった生体部分に剣が深々と突き刺さる。そして、カイルが放った奥義『空破絶風撃』の本領はその先にあった。
「!?!?!?」
凄まじい勢いで吹き飛ばされるブエル。初段の突きで生まれた空気の渦の中心を、更なる風を纏った二段目の突きで貫くことにより生ずる爆発的突風により、相手を後方に文字通り『吹き飛ばす』。それが空破絶風撃の真価だ。そして吹き飛ばされた先には、ハルバードを振り上げたロニが待ち構えていた。
「おりゃああああっ!!!」
気合いと共に降り下ろされるハルバードの一撃を受けたブエルは、ロニの目の前に叩き落とされる。そしてそのまま、タックルで巨大なブエルの体を押し込んでいく。マリー直伝の奥義『割破爆走撃』だ。カイルがそうされたように、今度はブエルが部屋の壁に叩き付けられる。
「続けて食らえ!」
ロニは腕に気を籠めると、ハルバードをブエルの足にひっかけ、力任せにブエルをひっくり返した。完全に無防備になった生体部分が上に向けられる。ひっくり返した勢いのままに、ハルバードを頭上に放り投げそのまま飛び上がり、空中でハルバートをつかむと、全力でそれをブエル目掛けて降り下ろした。
「貴様を屠る、この俺の一撃!クリティカルブレード!」
「!!!!???!!!」
落下の勢いを利用して放たれた秘奥義『クリティカルブレード』によって、ブエルの巨体は真っ二つになった。流石の生体兵器もこれには耐えきれなかったのか、しばらくもがいた後、その機能を完全停止した。
と言うわけで特に何事もなくブエル君退場。最新生体兵器(製造当時)も、数による劣化と、空中都市の落下には勝てなかったようです。まあ原作でも最初のボスらしく、そんな強くないですよね。
・・・私、何回か負けましたが。
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1-8:アガレス老
「そういうお前はどうなんだよ。少しは背のびたのか?」
「…俺、もう身長についてはあきらめてるから。」
「いや、でもお前まだ15歳だろ。まだまだ成長するって!」
「そ、そうだよね!まだまだこれからだよね!」
(でも、ルーティさんって結構小柄だからなあ、スタンさんじゃなくてルーティさんに似たなら…うん、カイル。強く生きろよ?)
「何生暖かい目向けてるのさ。」
「おっしゃあ!」
「やったね、ロニ!」
ブエルを倒し勝利に沸く二人。特に被害らしい被害もなく目当ての敵を打ち倒せたことで、二人のテンションは上がりに上がっていた。
「これで孤児院の雨漏り、ちゃんと直せるね!」
「いやいや、それどころか運がよければ新しいベッドも入れられるさ!なんてったって生体兵器だぜ?普通のモンスターよりも高く売れる!」
「まあ、元がボロボロだからちょっと怪しいけどね」
「そこは気にしてもしょうがねえさ!ともかく、さっさと素材を回収しようぜ!」
そう言ってはしゃぐ彼らは気付くことができなかった。
「何をそんなにはしゃいでおるんじゃ? ロニ・デュナミス」
「それは当然…ってげ!」
「何がげ! なんじゃ? ん? 言うてみい、ほれ」
自分たちが置いてきぼりにしたアタモニ神団のお偉いさんと騎士団員たちが、自分たちに追いついてきていたことに。
騎士達を引き連れた白髪でオールバックの老司祭が、ロニの背後に立っていた。だが、カイルはこの老人か、行きの道中には居なかったことに気付く。
「ええっと、お爺さんはアタモニ神団の司祭さん? でもここに来た時はいなかったような……」
「おお、君がカイル君じゃね? このバカから話は聞いとるよ。ワシはアガレス・アグレスクというものじゃ。おっしゃる通り、アタモニ神団のしがない一司祭じゃよ。」
「いや、元騎士団の幹部で現高位司祭のことは世間一般では一司祭だなんて言いませんよ!」
ちなみに後でカイルはロニから聞くことになるのだが、彼は反レンズ優先主義者の中心人物の一人で、神団の今後を危惧して騎士をやめ、司祭になった人物だ。鉄棍を振りまわしながら戦うその姿に憧れて騎士団に入団した人も少なくないとか何とか。今回は、『エルレイン派の奴らに任せたら、そのまま懐に入れそう』、という理由で自ら今回の調査団を編成したらしい。
「あ、あの~、なんであなた様がここにいらっしゃるのでせうか? たしか私の記憶が確かなら、『年寄だから無理はやめとく。腰も痛いし』とか言って、ダリルシェイドで待機することになったと思ったのですが」
冷や汗を流しながらロニが尋ねる。カイルはロニのこんな姿は、母ルーティを怒らせた時、あるいはその親友のマリーを怒らせ、謝る時くらいしか見たことがなかった。
「いや、なに。やっぱり自分でも見てみたくなってな。噂の300万ガルドのレンズとやらを」
「さ、さようですか。って護衛無しでダリルシェイドからここまで来たんですか!?」
「何か問題あるか?」
「ありまくりでしょうよ……」
この爺さんのことだから、嘘じゃなくて本当に気が変わったんだろうなぁとか、というか護衛なしってダリルシェイド駐屯組が泣くぞとかロニが呟いているのが聞こえてくる。
「いやはや、驚いたぞ? お前さんらが遺跡について来ていたこともだが、いきなり穴に落ちるとは。日ごろから周囲に気を配れと教えただろう!」
そう言ってロニの頭をひっぱたくアガレス。だが本気で怒っている様子でもなく、どうやらこの二人にとってはただのじゃれあいのようなものなのだろうとカイルは感じた。先ほどのロニのつぶやきといい、どうやら二人はかなり親しい間柄のようだ。
「いやあれは無理ですって! 落とし穴とかならともかく、ほぼ床全抜けじゃないですか! どーせいってんですか、いや本当!」
「んなもん、いつも言っているじゃろ。気合いじゃ、気合い!」
「うわー、相変わらず無茶苦茶だこの人ー!」
これを眺めているのも楽しいかもしれないが、そろそろ疎外感を感じてきていたカイルはアガレスに一つ質問をした。
「あの~、アガレスさん? でいいんですよね?質問いいですか?」
「おう?なんじゃ?」
「俺たち、さっきここに居たモンスター……空中都市に元々いた生体兵器だったんですけど、それを倒したんです。こいつのパーツとかレンズとかアイテムって持って帰っても大丈夫ですか?」
「ああ、なるほど。つまりロニ」
ロニをジト目で睨むアガレス。
「どうせ、『大物倒せば金になるなー。でも馬鹿正直について行って、騎士団の奴等と一緒に倒すとなると分け前減るなー。だけど現場で鉢合わせたらもめるから、途中まで適当な理屈でついてって、中で撒くなりなんなりして、先に自分たちだけで、倒しちまえばいいや』とか思ったんじゃろう?」
その場に居る誰もが、ロニの頭上にギクッ!!!っといった感じの文字が見えた気がした。
(完全に思考把握されてんじゃん、ロニ)
カイルは呆れた顔でため息をついた。そう言えばこの義兄は年上に弱い。女性の好みがお姉さま好きということは置いておいても、自身を子ども扱いしてくる老人や、しっかり叱ってくれる大人にかなり弱い。たぶん孤児院で常に年長者だったからじゃないかなーとカイルは思っていたりする。が、ロニ本人に言うと戦吼爆ッ破当たりで吹っ飛ばされるのは目に見えるので黙っておくことにしているが。
「まあ、任務中なら騎士であるお前が倒したそいつのアイテムは神団で回収するところじゃが、今回お前さんは休暇中じゃろ? なら個人の物でいいじゃろ。ここには一応善意の協力者ってことで来とるんじゃし、騎士じゃないカイル君も頑張ったんじゃしな」
「本当ですか!? いやぁ、さすがはアガレスさん! 話がわかる!」
「まったく、現金な奴じゃて」
そういって喜ぶロニとつられて笑うアガレス。すると彼らの後ろから、他の司祭が話しかけていた。
「雑談はそれぐらいにして、そろそろ最深部へ向かいましょう。今回の私たちの目的は、レンズの存在の確認と、その確保です」
「わーっとるわい。ったく、少しくらいええじゃろうに。んじゃ行くぞ、ロニ。残る話は帰ってからじゃ」
「了解。うっし、んじゃカイル。とっととそいつからレンズとか取っちまおうぜ」
「うん、わかった。って言うかロニがアガレスさんと話してる間に、先に始めてるんだけどね」
あ、わりい。と、ロニも作業に加わる。なお、アイテム回収はアガレスが、「お前らが倒さにゃならんかった相手なんだから、それくらい手伝ってやれ。」と他の騎士団員にも手伝わせてくれたおかげで、すぐに終わった。
「もういいな? それじゃいくぞ」
「へいへい。しっかし300万ガルドのレンズか。一体どんなの何だろうな」
「実は俺、かなり楽しみなんだよね。そのレンズ見るの」
実は俺もなんだよ、俺も俺も、実は私もと後ろの騎士団員や司祭たちもにぎやかになる。どうやら皆気になっていたらしい。どんどん騒がしくなっていくのを、アガレスが一括する。
「ええい! すぐそこにあるんだから見たほうが早いじゃろ! はよこんかい!」
「「「「「「「「は、はい!」」」」」」」」
まったく、とあきれながら最深部への階段を上るアガレスと、それを追う騎士団員と司祭たち。そんな様子を、カイルは半ばあきれながら見ていた。なんか想像していたアタモニ騎士団とは違いすぎじゃなかろうか。そんなふうにロニに聞くと、
「あの爺さんの所くらいだから、気にすんな。」
とすがすがしい笑顔で返されてしまったので、それ以上気にしないことにしたカイルであった。代わりに、先ほどからの疑問を一つ口にする。
「にしてもロニ、あのお爺さんとずいぶん親しげだったね? アタモニ神団のお偉いさんと、言っちゃ悪いけど下っ端のロニの接点が浮かばないんだけど。」
「ああ、あの爺さんは騎士団への入団試験の時から何かと目をつけられててなあ。ことあるごとに、修行をつけてやる~とか言ってしごいてくるんだから、たまらないぜまったく。」
そうくたびれたように言うロニだったが、口調に反してその顔は嬉しそうだった。
「アガレスさんの事、好きなんだね」
「うーん、嫌いでは無いな。うっし、んじゃ俺たちも行こうぜ。いよいよ300万ガルドのレンズとご対面だ!」
「うん!」
そうして二人は、アイテム等をまとめた袋を背負い、アガレスらの後を追って階段を駆け上がっていった。
というわけで拙作初の名ありオリジナルキャラ、アガレス老が登場しました。名前の由来は、アタモニ神団キャラってことで、他原作キャラにならってソロモン72柱から。たぶん名前かぶりはないと思うのですが…。ボスには確かいなかったはず。ロニと接点のあるアタモニ神団の名ありキャラって、フィリアさんくらいだよね?たしか。他居ても印象にないなーってことで出来たキャラです。レンズ至上主義に傾倒してくアタモニ神団に危機を覚えている一派の中心人物で、たぶんそれなりに出番があるんじゃないかなと思います。作者が忘れなければ。
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1-9:獣剣士、強襲
先に向かったアガレスたちを追いかけて、カイルらも最奥の部屋に続く階段を駆け上がっていく。だが、何か上の様子がおかしい事に気がついた。
「何かあったのかな?」
「モンスターでもいたのか?まあ、あの爺さんが居るなら特に問題はないと思うが、遅れたら遅れたでどやされそうだ。カイル、急ぐぞ!」
そうして急いで階段を駆けあがる二人。近づくにつれ、戦っているらしき音が聞こえてくる。だが、階段を上がりきったが目にしたのは、モンスターと戦う騎士団員たちではなかった。
「大丈夫ですかアガレスさーん。ってこれは一体!?」
「何だこりゃ。どうなってやがる!?」
彼らの目にまず入ってきたのは、話に聞いていた巨大レンズ。巨木の幹に埋まるように鎮座しているそれは人一人分ほどの大きさがあった。確かにこれは数百万ガルドの値が付くだろう。だが、それを気にしていられなくなるような光景が目の前に広がっていた。
血まみれになり、地面に倒れ伏す騎士団員たち。
「貴様! 何故このようなことをする!」
「全ては我が信念の為、あのお方の為也!」
そして獣の頭を模した兜を被った剣士と打ち合う、アガレスの姿がそこにあった。そして、ロニはアガレスと戦っている男に見覚えがあった。
「アイツは確かサブノック! エルレインの親衛隊が何でこんな所に居るんだよ!?いや、それ以前に、何で奴が騎士団員を襲う!?」
サブノックはロニ達と同じアタモニ騎士団に所属する騎士の一人だ。だが、彼はエルレインの親衛隊に属していて、アガレス達の派閥とは対立関係にある。だが、だからと言って同じ騎士団員が騎士団員を襲う理由にはならないはずだ。突然の状況に混乱するロニをカイルが叱咤する。
「ロニ、そんなこと気にしてる場合じゃないよ! 今はアガレスさんを!」
「あ、ああ! 加勢します、アガレスさん!」
アガレスの加勢に駆けだす二人。だがそれは、突如飛び出してきた影に阻まれた。とっさに跳びのく二人のすぐ前の地面を、鋭い爪が抉り取った。
「グルルルルル……」
「ね、猫?」
「いや、豹だろ。しかしマズイな、オセの奴まで居るのかよ」
二人の目の前に現れた、白い豹型のモンスター、オセはサブノックの相棒だ。サブノックと共に戦場を駆け抜ける姿は、ロニもよく覚えている。特徴的な獣頭の兜と相棒の獣から、サブノックがどのような異名で呼ばれていたかを思い出すロニ。
「獣剣士サブノック、か。カイル、こいつは俺が引き受ける。お前はアガレスさんを頼む!」
「わかった! ロニも気をつけて!」
騎士団員であるロニは、サブノックの実力を嫌と言うほど知っている。当然、その相棒であるオセとの連携の恐ろしさもだ。このコンビを同時に相手にしたら、今の自分たちでは三人がかりでも負けるだろうということが容易に想像ができた。
だからこそ彼はアガレスの加勢に向かうのではなく、オセの相手をする事を選んだ。ロニの記憶が確かならば、サブノック個人の強さはアガレスとそう変わらなかったはずだ。誰かの助けがあるならば、アガレスはサブノックに負ける事はないだろう。
問題はオセだ。野生のモンスターでさえ時には訓練された騎士団員を手こずらせる強さを見せることがあるというのに、目の前の相手は徹底的に訓練された、戦うために育てられたモンスターだ。サブノックとの連携を封じなければならない以上、カイルかロニのどちらかが足止めに残る必要があった。だが、このオセと言うモンスターは、サブノックと肩を並べられるだけあり相当の強さだ。初見のカイルでは分が悪いと判断しての、指示だった。
駆け出すカイル目がけてとびかかろうとするオセ目がけて、ロニは光の下級晶術であるデルタレイを放つ。高速で飛来した光弾の直撃を受けて、わずかにだがオセの動きが止まる。
「来いよ猫ちゃん。俺が遊んでやるからよ」
そういって挑発するロニの言葉を理解したのかどうかは定かではないが、オセは顔をロニに向ける。その目には、明確な敵意が浮かんでいた。
「へっ、こんなことならマタタビでも持ってくりゃ良かったかな」
そう軽口を叩くロニだったが、顔は真剣そのものだった。ハルハードを握るロニの手に汗がにじむ。これでも、騎士団員として戦ってきたという自負はある。簡単に負ける気は無いが、無事に済ませられる相手でもないことも解っていた。
「グォォォォォ!」
「まあ、やるしかねえか!」
ロニ目掛けて飛びかかったオセの爪と、ロニのハルハードの刃がぶつかり合った。
アガレスとサブノックは、ほぼ互角の戦いを演じていた。サブノックの刀とアガレスの鉄棍がぶつかり合い、文字通り火花が散るその戦いは、少しずつサブノックが優勢になってきていた。いくら強いとはいえアガレスは高齢であり、体力も全盛期と比べれば少なからず衰えている。対してサブノックは若く、体力も有り余っている。その差が技のキレに現れてくるまでそう時間はかからなかった。
棍を弾かれたアガレスの無防備な胴体目掛けて、サブノックの一撃が放たれる。だが、それは駆けつけたカイルが放った蒼破刃によって弾かれた。続けざまに追撃の蒼破追蓮を放つ。上下二段の斬撃はサブノックには避けられたが、それによってアガレスから引き離すことには成功した。カイルはアガレスを庇うように二人の間に割り込む。
「アガレスさん、助太刀します!」
「カイル君か、助かる!」
「童、なかなかできるな。名はなんと言う」
突然の乱入者に焦る様子もなく、サブノックはカイルに名を問う。
「カイル、カイル・デュナミス」
「なるほど、善き名だ。ならば我も名乗らせてもらおう。わが名はサブノック! 信念に命を賭する騎士なり!」
そういって刀をかざすサブノックの姿に、『騎士じゃなくて武士なんじゃ?』なんて言葉が出かけたカイルだったが、直ぐに意識を切り替え、逆にサブノックに問いかける。
「お前もアタモニ騎士団の騎士だっていうなら、何で同じ騎士団員を傷つけるんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、サブノックの雰囲気が変わったのをカイルは感じた。
「否。同じにあらず」
その返答にはまるで感情がのっていなかった。だが、カイルにはまるで激しい怒りが込められているように感じられた。
「あのような偽りの神の徒と一緒にされては不本意なり。我は『アタモニ神の騎士』にあらず! 我が神は『真なる神』なり!」
「え?それは、」
どういう意味だ。と言うカイルの言葉は、サブノックの刀によって遮られた。カイルは咄嗟に剣で受け止める。
「問答は無用。我が信念の前に散るがいい」
「そう簡単にやられるかよ!」
話を聞く気はないと理解するカイル。浮かんだ疑問を振り払い、剣に力を籠める。だが、押し切れない。鍔迫り合いが続く。
「筋は良い。だが、まだまだ未熟!」
地力の差か、はたまた経験の差か。徐々に押されて行くカイルだったが、そこにアガレスが加勢に入った。振るわれた棍棒を避け、飛びのくサブノック。
「ふう、漸く息が整ったわい。カイル君、君は同年代の子と比べて相当な強さじゃ。だが、まだサブノックの奴にはかなわん。あいつと直接打ち合うのはワシがやる。君は晶術で援護を頼む!」
その言葉に一瞬言い返しそうになるカイルだったが、一方で彼の冷静な部分は、自分とサブノックの力量を正確に分析していた。アガレスの言うことは正しい。悔しいが、自分は目の前の戦士に技量も経験も及ばない。自分が前に出てもまず自分が倒され、その後アガレスも、と各個撃破されるだけだ。
「解りました、お願いします!」
アガレスの言葉に従い晶術の準備を始めるカイル。こうして、ロニ対オセ、カイルとアガレス対サブノックの戦いの火蓋は切られたのだった。
そして同じ頃。部屋の奥にある巨大レンズに変化が起きていたことに気づいたものは、まだ誰もいなかった……
そんなわけで、なぜかこのタイミングでサブノック登場。本来はハイデルベルグ城襲撃事件で戦うただの中ボス程度の扱いの彼ですが、拙作では出番が増える予定。
彼以外にも何人かのボスは出番増えそうです。
まあ、本編での出番少ないから、口調真似てるだけの別キャラになる恐れがありますが。
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1-10:『獣らしからぬ獣』と『騎士らしからぬ騎士』
・パーティメンバーは原作で覚えてない技や術も使える(作者的に無理のない範囲で)。
・サブノックやオセは強い(迫真)
「ぬおりゃああ!」
「グゥ!?」
オセの前足を受け止めたまま、ロニは力任せにハルバードを振りぬく。その勢いで上空に吹っ飛ばされるオセ。だが、さすが猫科と言うべきなのか。空中でクルクルと回って姿勢を立て直すと、何事も無かったかのように着地しようとする。
「見た目通りと言うかなんと言うか。だが、隙ありだ!アクアスパイク!」
オセが宙を舞っている間に詠唱を終えたロニが、着地した瞬間を狙って追撃の晶術を放つ。回転する水流を放つ下級晶術『アクアスパイク』だ。高速で渦巻きながら対象を削り砕こうと飛翔するそれは、もはや水流と言うより水の削岩機と言う方が正しいかもしれない。激しく渦を巻く水が、着地した瞬間の無防備なオセに襲い掛かる。
「ゴアァァァオ!」
だが、オセの体を打ち据えるはずだったそれは、逆にオセから放たれた水流によって打ち砕かれた。
「アクアスパイクだと!?」
そう、オセが放ったのはロニと同じアクアスパイクだった。驚くべきことに、オセは空中に吹き飛ばされ宙を舞っていた時に晶術を詠唱し始めていたのだ。そしてそれは、ロニのアクアスパイクを打ち砕いただけでなく、ロニ目がけて一直線に飛んできた。
(吹き飛ばされながら空中で詠唱するとか、どんだけだよ!)
咄嗟に晶力の膜を前方に張るロニ。晶力防御と呼ばれるそれは、レンズから引き出した晶力によって周囲に膜を張り、相手の晶術を防ぐ技だ。ロニの作り出した晶力の膜とオセのアクアスパイクがぶつかり合う。直前にロニのアクアスパイクとぶつかり合って威力が削がれていたのか、水流はロニを傷つけることなく噴霧となって消えた。
だが、その霧の向こうから何かがロニに向かって飛んでくる。また晶術かと再び晶力の膜を張るロニだったが、飛んできた『それ』は膜に阻まれる事なく、ロニの顔面に命中した。
「ぶっ、なんだこりゃ!? 砂じゃねえか! くそ、前が!」
飛んできた物体は、オセが後ろ足で蹴りあげた砂だった。晶力防御で防げるのは、晶力で生み出された晶術だけだ。物理的な攻撃は防ぐことができない。飛んできた砂はロニの眼に入り、一時的に視界を奪う。そしてそれを見逃すオセではなかった。ロニが砂を払いのけるよりも速く、その鋭い爪で襲い掛かる。
「ぐっ!」
咄嗟に横に飛びのいて避けたロニだが、避けきれずに肩を切りつけられ、一瞬だが足を止めてしまった。それを好機と判断したのか、オセはさらにとびかかり追撃を仕掛ける。
「しまっ!?ぐあああああ!」
今度は腹部を大きく切り裂かれる。仕留めようとさらに追撃を仕掛けるオセに対し、ロニはとっさにハルバードを振るってけん制し、距離をとる。見た目に反して傷はそこまで深くはないが、出血が激しい。
(くっそ、ドジった!)
悠長に回復晶術を唱えてる暇はないと判断したロニは、懐から『レモングミ』を取り出し口の中に放り込む。グミはこの世界では一般的な回復薬だ。薬草の効果を濃縮してあるそれは、高価なものならそれなりの深手もすぐさま塞いでくれる。レモングミはそれなりに値段はするが効果も高い。乱暴にグミを噛み砕いて飲み込むと、高いだけあり直ぐに傷は塞がる。少し動かして戦闘に問題がないことを確認すると、ふたたび武器を構える。
(畜生、こいつ本当にモンスターか? そこらの盗賊共よりも頭いいだろ絶対!)
騎士団での日ごろの訓練や、任務で同行したことによりオセの実力をある程度は把握しているつもりのロニだったが、その認識が甘かったことを思い知る。訓練された兵士のように的確に状況を判断し最適な行動を取る、人よりも優れた身体能力を持つ存在と言うものがいかに恐ろしいかを今まさに味わっていた。
だが、引くわけにはいかない。カイル達の方に視線をやる。カイルが加わった事で多少優勢になったものの、いまだサブノックは二人と互角以上にやりあっている。そこにオセが加われば、天秤は一気にあちらに傾くだろう。
(気合、入れねえとな)
グミで傷はふさがったとは言え、失った血が戻るわけではない。ふらつきそうになる体を支えるため、足に力を籠める。
「グルァァァァッツ!」
「そう何度もやられるかよぉ!」
飛びかかってきたオセの一撃に合わせ、ハルバードを叩き付ける。爪を打ち払われて無防備になったその顔面目掛け、反動を利用した裏拳を叩き込む。
「フギャッ!?」
「へっ、猫っぽい声も出るんじゃねえか!」
さすがに顔への強打は痛烈だったか、悲鳴を上げのけぞるオセ。逃さないとばかりに、裏拳の勢いのままさらに一歩踏み込む。
「双打連蹴!!!」
放たれた回し蹴りがオセの腹をとらえた瞬間、オセは大きく後ろに吹っ飛ばされた。いや、”吹っ飛んだ”。
「おいおい、本当にモンスターか?お前」
綺麗に入ったと思った蹴りの手ごたえを、ロニはほとんど感じていなかった。おそらくオセは、蹴りの勢いを殺すため、とっさに方向を合わせてに自ら飛んだのだろう。そう言う技術があるということは知っていたロニだったが、実際にそれを、しかもモンスターが行うのを目の前で見ることになるとは思ってなかった。
「驚いたぜ。だけどな悪いな」
だが、ロニの顔に驚きはあっても、焦りの色はなかった。
「今回は俺の方が一枚上手だったみたいだな?」
「!?」
ロニがそう言うのとオセの姿が消えたのは、ほぼ同時だった。ロニがオセを蹴り飛ばそうとしたのは、この部屋の出口だった。当然蹴りの勢いを殺すように跳んだオセも出口に向かって跳ぶ事になる。
「グッ!ギャッ!フニャ!」
出口の先にあるのは、先ほどブエルを倒した部屋に続く下り階段だ。とっさのことで体勢を整えることができなかったオセは、そのまま下へと転げ落ちていった。
「あーあ、ありゃ相当痛いだろうなあ。」
派手に落ちたなあ。などと思いながら、部屋の出口を見つめるロニ。戦いにおいて、何も真正面からぶつかる必要なんてどこにもないのだ。それは、ロニの戦いの師匠であるルーティやマリーから学んだ考え方だ。利用できるものは全て使って勝つ、どんな手を使っても生き残る、ただしなるべく人の道は踏み外さない。
そんなレンズハンターとしての戦い方を子供の頃から叩き込まれていたロニにとってもそれは当然の考え方だった。騎士団に入ってからの師であるアガレスもそう言ったロニの考え方を『面白い』とし、騎士団らしいガッチガチの型にはまった戦い方を強制することはなく、結果ロニは、騎士仲間から『騎士らしくない』『不良騎士』などと呆れと親しみを込めて呼ばれていたのだった。
「まあ、確かに騎士らしくない戦い方ではあるのは認めるけどよ。命がけの戦いでそうも言ってられねえよな?」
そう言いながら、ロニはすぐに出口に向かい、階段下に向かってハルバードを構え、晶術の詠唱を始める。相手はまかりなりにもモンスターだ。人間の数倍打たれ強いそれは、階段から落ちた位でおとなしくなってくれるような相手ではあるまい。事実、下から何かが駆け上がってくる音が聞こえる。すぐに眼を血走らせたオセが姿を現した。
「まあ、そうだよな。だけどそんなの、こっちも解ってるんだよ!」
そう言うとロニは詠唱していた晶術を発動する。
「スプラッシュ!」
上から打ち下ろす滝の様な水流を生み出す水の中級晶術が、オセの体を飲み込んで行く。大量の水は、オセもろとも階段下まで流れて行った。いくら相手が素早いとはいえ、階段を上ってくる以上動きは制限される。上がってきたところを部屋の入口で迎撃し続けて時間を稼ぐ、それがロニの作戦だった。
(しかし、今の手は次は使えないだろうなあ)
今、スプラッシュをオセが無防備に受けたのは、階段を転げ落ちて頭に血が上っていたからだ。普通のモンスターなら、このままバカみたいに同じことを繰り返すだろうが、相手はあのオセだ。恐らく既に冷静になり、次の手を考えているだろう。
そんなロニの予想通り、今度は階段下からオセではなくアクアスパイクが飛んできた。咄嗟に部屋の中に戻るロニ。そこを目がけて一気に階段を駆上るオセ。
「させるかよ! 雷陣招!」
再び部屋から飛び出したロニが、オセ目がけて雷撃を放つものの、難なく避けられてしまう。だが、雷撃を避けたオセの目の前にはロニが迫っていた。
「さらに! 割破爆走撃もどき!」
もどきと言うのもおこがましい、ただの体当たり。それでも、今の状況では効果的だった。再びオセは階段下へ落ちていく。
「よし、これならやれるか?」
」
地の利を利用することにより、ロニは優位に立ってる。だが、優位に立っては居たが、オセが弱体化したと言う訳ではない。相手の行動は予想できない。気を抜けばいつ逆転されるか解らない、そんな綱渡りのような状況がしばらく続くかもしれないと、ロニは考えていた。だが、予想に反してそんな状況はあっさりと終わりを迎えることになる。
「うわあああああ!!!」
「カイル君!?」
背後から聞こえたカイルの絶叫とアガレスの焦りの声によって。
カイルに何が起こったか、ロニとオセの戦いの決着は次回。
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1-11:烈風と柳、そして
・晶術は味方に当たらないが、疑似晶術は味方に当たる。これは、晶術はソーディアンがもろもろ演算して補助しているに対して、疑似晶術は全て術者本人が行っているから。
・アガレスやサブノック等一部キャラの技は、歴代テイルズオブから頂いております。・
・レモングミが高いっていうのは
レモングミの値段=序盤武器のレイピア なので。
剣1本とグミ1つって計算なら普通にお高いと思います まる
時は少し遡る。
「アガレス老、騎士をやめた理由は老いたからと聞いていたが、その戦いぶりを見るとそれも怪しいものだな。どうせ、エルレイン様に弓引く機会でも伺っていたのだろう?」
「弓を引く、なんて物騒なことは考えておらんよ。じゃがな、今のままあの女に神団をいいようにされるのは、ちぃとばかり気にくわんと言うだけじゃ!」
そう言うとアガレスは、鉄棍を手にサブノックへ向けて走り出す。刀を構え、迎え撃つサブノック。二人の戦い方は対極的だ。身の丈ほどもある鋼棍をまるで手足のように振り回すアガレスの戦いかたは、相手を吹き飛ばさんとする『烈風』のごとき荒々しさ。対するサブノックの戦い方は風を受け流す『柳』と表現すべきか。アガレスの猛攻を、刀一本で逸らし、あるいは受け止め、それによって僅かに生じる隙を狙って反撃する。二人の技量の差が明確な物だったならば、猛攻を防ぎきれずに打ち崩される。あるいは、反撃の一太刀で断ち切られる。そういった形で、カイルとロニがたどり着く前に決着がついていただろう。
だが、そうならずに体力の差が表れるまで決着がつかなかったということは、二人の技量がほぼ拮抗しているということだ。故に先ほどまでの戦いでは、アガレスはサブノックの防御を崩し切れず、サブノックはアガレスに決定的な一太刀を浴びせることができなかった。
よって、先ほどと同じような戦いを繰り返すということは、いずれアガレスの体力切れによってサブノックが勝つということに他ならない。だが今ここには、もう一人居ることを忘れてはならない。
「フレイムドライブ!」
カイルの手から3つの火球が放たれ、アガレスの攻撃を迎え撃とうとしたサブノックに襲い掛かる。咄嗟に後ろに飛びのくものの、フレイムドライブの火球は高い追尾性を持つ。後ろへの跳躍に合わせて軌道を変え、サブノックの体目掛けて突き進む。やむなく晶力防御で防いだ所へ、アガレスが晶力で生み出された炎を纏って突っ込む。
「空破爆炎弾! 砕け散れぃ!」
「ちぃっ!」
炎をまとったまま回転し、赤い竜巻となって突き進むアガレス。しかしサブノックも伊達にエルレインの親衛隊を務めてはいない。咄嗟に晶力防御から刀による防御に切り替え、アガレスの突進を受け止めようとする。
「ぬうううう!」
「うおおおおお!」
だが、文字通り全身で突っ込んできたアガレスを止める事はできず、そのまま後方へ飛ばされるサブノック。それを逃さず、追撃を放つアガレス。
「魔神拳!」
振りぬいた拳から、地を這うような衝撃波がサブノックに襲いかかる。だが、サブノックはそれを見て防御を固めるのではなく、それ目掛けて突き進むことを選択した。衝撃波がサブノックに直撃するが、彼はそれを意に介さずアガレス目掛け突き進む。
「裂衝牙!」
「ぐう!」
サブナックが繰り出したのは、アガレス同様攻撃の衝撃を飛ばす技。攻撃後の隙をつかれたアガレスにそれを防ぐことはできず、直撃を受けてしまった。
「貰ったぞ、アガレス老……!!!」
一気に勝負に出ようとしたその瞬間、サブノックは背後に悪寒を感じ、咄嗟に横に飛びのいた。直後、彼が立っていた場所に3つの光弾が直撃し地面が吹き飛ぶ。
「嘘だろ!あれを見ないで避けるのかよ」
自身が放った術が避けられたのを見て、カイルが呆然とする。カイルが放ったのは、光属性の下級晶術『デルタレイ』だ。3つの球を打ち出すという点ではフレイムドライブと同様。だが、フレイムドライヴに追尾性があるのと同じように、デルタレイにはデルタレイだけの特徴がある。それは『速さ』だ。光の属性を込められた弾は、光速とまではいかないものの、常人の眼には映らぬほどの速さで相手に襲い掛かる。だが、目の前の男は背後から放たれたその術を、目視で確認することもなく直感のみで回避したのだ。
「なるほど、経験不足を補う目と頭がある、か。良い師が付いていると見える」
そう言ってカイルを睨み付けるサブノック。ルーティと共に戦うことによってカイルが身に着けたのは、己の戦闘スタイルと剣技だけではない。戦況を正確に把握する『眼』、そしてそこから、自身が取るべき最適な行動を導きだす『思考』。それこそがルーティが体格の不利を補うために鍛え上げ、息子であるカイルに受け継がれた『武器』だった。
それは、ヒットアンドアウェイを中心とした敵を翻弄するカイルのスタイルと合わさることにより、カイルの実力を同年代の少年と比べても頭一つとびぬけたものにしていた。
無論それでも、純粋に実力が上の相手とやりあうには、まだまだ実力と経験の不足は否めない。だが、支援に徹する場合は別だ。敵と味方に生じる隙を見抜き、敵の隙はついてさらに大きなものに、味方の隙はフォローすると共に攻撃のチャンスとして活用する。そんな戦い方を、カイルの『眼』と『思考』は可能にしていた。
「やはり捨て置くにはいささか厄介か」
「だとしても、彼に手は出させんよ!」
体制を立て直したアガレスが、再びサブノックを攻撃する。とっさに受け止めた彼の目には、再び晶術の詠唱を始めるカイルが映った。
「二対一では、やはりこちらが不利か」
舌打ちし、アガレスの攻撃を防ぐサブノック。この状況は、明らかにサブノックが不利だ。ただでさえ数の利はカイル達にある上、一人は自身と同等の実力をもち、もう一人は実力は劣るものの的確に晶術で支援してくる。そんな二人の『連携』を相手にしたならば、本来ならばサブノックに勝ち目はない。
「だが、勝機が無いわけでは無いな」
そう言うと、サブノックはほんの少しだけ立ち位置をずらした。本来ならば、何の意味もないその行為だったが、ある人物にとってはそうではなかった。
「くそ、射線が通らないっ」
アガレスの背後でカイルが呟く。サブノックがしたことは、単純なことだ。ただ、自身とカイルの間にアガレスを挟んだ。言ってしまえばただそれだけのことだ。だがそれだけで、サブノックはカイルの支援を封じてしまったのだ。そもそも、アガレスとカイルがやっていたことは、的確な『支援』ではあっても、『連携』と言うには程遠いものだ。アガレスは好き勝手に戦い、それに合わせてカイルも勝手に術を唱えていたに過ぎない。それも当然だ。そもそもアガレスとカイルは先程が初対面なのだ。共に戦ったことが幾度かあれば、なんとなくでも相手に合わせた連携ができるだろう。だが、完全な初共闘ではそうはいかない。相手の行動や敵の動きを目視し、それを元にした支援はできる。
だが、相手の思考を先読みして連携するとなれば話は別だ。そもそも相手がどんな戦い方をするかもわからない。どんな技や術を持っているかも知らない。そんな状況で、相手を補助する支援は可能でも、活かすための連携をするには、アガレスはともかくカイルは経験が少なすぎた。
戦闘前にそこに考えが至ったアガレスは、カイルにただ「支援してくれ」と伝えた。そしてそれは正解だったが、正解したからと言って勝てるとは限らないのが戦いだ。
「どうした、カイル・デュナミス。詠唱が止まっているぞ?」
「くそっ!」
サブノックはカイルが詠唱した術に合わせて、ほんの少し立ち位置を変えるだけでいい。互角の相手との戦いの真っ最中とはいえ、彼の戦い方は防御主体だ。相手の位置を誘導するのはそう難しくはない。デルタレイやフレイムドライブのような直進する術ならば、間に挟む。ウインドカッターや、その上位術であり周辺をまとめて切り裂くスラストファングならば、距離を詰める。それだけで、カイルの支援を封じてしまった。
これは、サブノックの本来のスタイルのおかげとも言える。本来の彼は、パートナーであるオセとのコンビで戦う。つまりそれは、支援する側がどういう思考をして、どういう行動をするかがよくわかっているということである。つまり、『自分達がされて面倒なことをしてやればいい』という訳だ。
そうして攻撃の機会をことごとくつぶされ、気づかぬうちにカイルの意識は次打つべき術とそのタイミング『のみ』に向けられて行った。
「!? しまった……!」
「ふ、老いたなアガレス老。もう遅い!魔神剣・双牙!」
そしてアガレスが自身の迂闊さに気づいたときは既に遅かった。支援が来ない状況、そして互角な相手のと真正面からの戦い。その二つは、アガレスの思考の内からほんの一瞬だけでもカイルを消すには十分だった。そしてアガレスがサブノックから距離を取ろうとした瞬間、サブノックはアガレスではなくカイルに向けて、斬撃を放った。斬撃と共に放たれた、2つの衝撃波がカイルを襲う。本来ならば簡単に避けれたはずだったそれは、術支援のタイミングを計ることに集中しすぎていたカイルの体を切りえぐった。
「うわあああああ!!!」
カイルの絶叫が部屋の中に響き渡った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「カイル!?」
そしてそれは、オセとの戦いに集中していたロニの耳にも届いてしまった。迂闊にも、オセから目を離して後方のカイルらに注意を向けるロニ。その目には、地面に倒れ込むカイルの姿が映った。思わず駆けだしそうになるロニだったが、今自分が誰と戦っていたかをすぐに思い出し、足を止める。だが、当然その隙をオセが逃すはずもなかった。
「グァァッァァァオ!」
「しまった!」
階段の下から一気に距離を詰めたオセが、ロニにとびかかる。とっさに受け止めるが、モンスターの大きな体を受け止めきれず、吹き飛ばされる。倒れた彼を目がけて、オセはさらに追撃を放つ。
「ゴァァァォ!」
「な、ヤベぇ!ぐおおおおお!?」
オセが唱えたのは、先ほどロニがオセを階段から突き落とすのに使った中級晶術『スプラッシュ』だった。上空からロニ目がけて大量の水が降り注ぐ。咄嗟に晶力防御をしようとするロニだったが間に合わず、その姿は大量の水に飲まれ、見えなくなっていった。
ーーーーーーーー
「カイル君!ロニ!」
アガレスの動きが一瞬止まる。それは自身と互角の相手と戦っている最中には、決してしてはいけない愚行だった。
「迂闊だぞ、アガレス老」
「! 飛燕連きゃ「遅い!」ぐふっ……」
咄嗟に反撃しようとするアガレスを、サブノックは烈火の如き勢いで斬りつけて行く。一太刀目、右腕を斬りつけられ、鉄棍が弾き飛ばされた。二太刀目、足を斬られ回避を封じられた。三太刀目と四太刀目、胴をバツの字に切り裂かれ、鮮血が舞う。
「これぞ五輪斬。安らかに眠れ、アガレス老!」
そうして最後の五太刀目がアガレスの首目がけて振り下ろされた。
カイルがなんか滅茶苦茶頭いい見たいに思うかもしれませんが、要はこれ戦闘中プレイヤーがやってることを何だかんだ理屈つけてカイルにやらせようとしてるだけです。敵のモーションに合わせて攻撃したり、ポーズしてステータスとか敵の行動とか確認しているあれとか。うん、身も蓋もないですね。
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1-12:スピリッツブラスター
設定覚書その7
・スピリッツブラスターは拙作ではレンズが原因で起こる現象ということに。発動後しばらく無敵、は面倒なので効果中何もかも弾き飛ばす晶力バリアが張られていることに変更。
・グミは各種薬草ごった煮を味付けして固めたもの。即効性が高いが、深い傷は治るのに時間がかかる。また、連続使用は体に負担があるからできない。
「む?」
サブノックの振り下ろした刀がアガレスの首に届く事はなかった。
「やらせ……るかよ……」
先程サブノックの一撃によって倒れたはずのカイルが放った蒼破刃が、サブノックの刀を弾いて軌道をそらしていた。
「俺の前で、誰かを殺させは……しない!」
「ふむ。その意気や良し。だが、その体で何ができる?」
サブノックの言う通り、カイルの体はずたずたに引き裂かれていた。
本来魔神剣やその派生の技は、そこまで威力の高い技ではない。だが、サブノックに誘導され、ほぼ無防備な状態でそれを受けてしまったカイルは、本来受けるはずのそれよりも大きなダメージを受けていた。普段放つ蒼破刃なら、本来ならば刀を吹き飛ばすくらいはできたたはずだ。それが剣筋をそらす程度の威力しか出なかったということが、カイルの状態が如何に悪いかを物語っていた。
「カイル……君……逃げ……ろ」
カイルはアガレスの体に、懐から取り出した薬品を振りかける。重傷用の治療薬『ライフボトル』だ。これで、アガレスの命が直ぐに危なくなるということは無くなった。だが、サブノックの奥義を受けた彼がすぐに戦線に戻ることは不可能だろう。容体が落ち着いたことを確認すると、カイルは剣を構えサブノックと対峙する。
「俺はあの時、守られるだけだった。何も出来なかった。いや、むしろ足を引っ張って……だから、目の前の誰かを助けられないなんてのは、嫌なんだ!」
「なるほど、貴公も我と同じ、己が信念に命を賭する者だったか。なれば、子供だからとて手加減は無礼か。」
そう言うと剣を低く構え、待ちの体勢を取るサブノック。カイルの攻撃に合わせてカウンターを決めるつもりなのだろう。それはカイルにもすぐ解った。だからこそ。カイルは、一直線にサブノックに向かって突っ込んだ。
「うおおおお!!!」
「愚かな!」
サブナックがカウンターを合わせようと動き出すのを見て、カイルはさらに足に力を入れる。今の持久戦に持ち込む体力はない。ならば、残った全てをこの一撃に籠めるだけだ。
「何!?」
「うあああああああっ!」
全身全霊を籠めたその一撃は、あるいは万全の状態のカイルですら放てないものだったかもしれない。サブノックの予想を超えた速さと鋭さで繰り出されたその斬撃は、サブノックの胴体をとらえた。
(しまった!?)
だが、無理を押しての一撃だったためか、わずかにずれた。それは、サブノックほどの達人ならば、回避をかろうじて間に合わせるに足るずれだった。剣はサブノックの胴を切り裂く。だが、浅い。相手の動きを止めるほどではない。そうしてサブノックは、渾身の一撃を放ち、完全に無防備になったカイル目掛けて刀を抜き放った。
「さらばだ、カイル・デュナミス!」
(殺られる!)
もはや、出せるものは全て出し尽くした。その一撃を避けるすべを、今のカイルは持っていない。サブノックは勝利を、カイルは己の死を、その瞬間確信した。
「えっ?」
「何ぃ!?」
だが二人の確信は、一瞬で覆された。『カイルの体に触れる前に』止まった己の刀を見て、サブノックはこれまでに無いほど驚愕している。目に見えない何かが、サブノックの刃を阻んでいる。
カイル自身も、何が起きているかははっきりとは分かっていなかった。理解できるのは、己が逆転の機会を得たということだ。残った全てを今の一撃に籠めた? 後はもう動けない? 甘えるな。お前の体はまだ動くはずだ。お前が動かなければ皆が死ぬ。動け。そして守れ。それが今お前の果たすべき責任だ。そうして、全てを出し切った体に力を込める。足が、前に出た。剣を持った腕が、持ち上がった。
(動く!)
理屈は解らない。わからないが、体はまだ動く。ならば、まだ戦える。剣を握る手に力を籠め、カイルは己が持つ技の中でも最速のものを放った。
「散葉塵!」
「こ、これは!」
刀が止まったことで、逆に隙をさらすことになったサブノック目がけ、カイルの三連切りが迫る。突然の事態と、先程まで死に体だった少年の猛攻に、反応が遅れる。
それでもなお、刀による防御をかろうじて間に合わせる当たりはさすがだろう。一撃目を振り下ろしで叩き落とし、二撃目を斬り払いで弾き、三撃目を再び受け流し、今度は首目がけて突きを放つ。だが、それも先程同様に何かに阻まれる。それによりサブノックは確信した。
「これは『スピリッツブラスター』か! 厄介な!」
『スピリッツブラスター』。それは疑似晶術が広まり始め、人々が疑似晶術用にレンズを身に着けるようになった頃に発見された現象で、レンズが周囲の生物の感情の高ぶりに呼応して爆発的に晶力を放出すると言うものだ。放出された晶力は引き金となった生物の体内に吸収されてその身体能力を引き上げると共に、生物の周囲を覆い、見えない『晶力の鎧』生み出す等様々な恩恵を与えることが確認されている。昔から確認されていた、モンスターが死にかけになると強くなる現象も体内のレンズにこれが起きているからだと考えられた。
そしてそれが今、カイルの持つレンズに起きていた。カイルの体の中に流れ込む晶力が彼の体を活性化させ、その身を守っているのだ。サブノックが晶力を視認出来たならば、カイルがベルトにつけているレンズから、晶力が嵐の様に吹き荒れているのを見ることができただろう。
「爆炎剣!」
その嵐のような晶力を剣に纏わせ、再び斬りかかるカイル。咄嗟に刀で受け止めたサブノックだったが、その瞬間剣が纏っていた晶力が爆炎へと代わり、サブノックに襲い掛かる。
「ぐおおおお!?」
先程アガレスが放った空破爆炎弾も晶力の炎を使う技だったが、それとは火力が違った。晶力の量が違うからか、巨大な火柱がサブノックの体が燃え上がらせる。
「まだだ! 爆炎連焼! 燃え尽きろぉぉぉ!」
爆炎をそのまま剣に纏わせ、更なる追い打ちをかけるカイル。だが、サブノックは炎に体を焼かれながらも尚、その守りを崩していなかった。これさえ凌げれば勝機はある。そう思うサブノックはカイルの斬撃を受け止めることに集中する。たとえ炎で体を焼かれていようとも、一撃を防いでカイルに反撃を叩き込むくらいはできる。スピリッツブラスターによる晶力の鎧があるとは言え、最初からそれがわかっていれば断ち切ることは不可能ではない。サブノックはそう思っていた。爆炎をまとった刃を、刀で受け止める。更なる炎が身を焼き、口から声がでそうになるのを食いしばる。
(ここだ!)
そして彼は2度の爆炎にその身を焼かれながらも、その猛攻を受け切った。
「はああああ!」
間髪入れず、反撃の刃が放たれる。
「ぐっ!?」
だが、強靭な精神力で耐えてはいたものの、アガレスとの戦い、カイルの先の一撃による腹部への傷、そして今の爆炎による火傷。積み重なったそれらのダメージは、サブノックの刃から鋭さを奪い取るには十分すぎるほどだった。刃は再び、晶力の壁に阻まれた。
「もらった!牙連!」
その隙を見逃すカイルではなかった。残る力を、目の前の相手目掛けて解き放つ。
(まずい!)
もう立っているのもやっとであろう状態で尚、サブノックは剣を振るった。彼の信念とやらがそれを可能にしたのかもしれない。だが、そんな状態での防御が間に合うはずもなく、一撃、二撃、三撃と斬撃を浴びるサブノック。剣を振るった勢いで体を猛烈に捩じるカイル。剣に気と晶力が集中していく。
(く、これまでだというのか!? あの方の理想を果たせずにここで朽ちるというのか!? 否!!!)
それでも尚サブノックはあきらめていなかった。最後の一撃を防ごうと刀を持つ手に力を籠めようとする。だが、もはや彼には刀を握る力すら残っていなかった。
(慢心……己が慢心に負けたか)
本来ならば、実力で大きく劣るカイルがこの男に勝てる道理は無かった。だが、無意識のうちに格下と侮っていたが故、スピリッツブラスターによってにサブノックは無様にも動揺し、反撃を許してしまった。それが敗因だ。
サブノックの手から刀が零れ落ちる。カイルの勝利は決まった。最後の一撃で、サブノックの命は刈り取られるだろう。
しかし、それを許さないものが一人、いや一匹いた。
「蒼破「グゥゥオォッォォォ!!!」ぐああああ!」
身にまとった晶力の壁ごと、カイルの背中を螺旋の水流が打ち抜いた。吹き飛ばされるカイル。サブノックが視線をやると、気を失ったロニを背後にしたオセの姿があった。その姿は、主ほどではないがボロボロであり、ロニの攻撃が決して生半可なものではなかった事を物語っている。
「オセ……か……助かった……」
「グァゥ」
サブノックの声に、それまでとは違う穏やかな鳴き声で答えるオセ。
「しかし運が良かったというべきか。後数瞬遅ければ、我が命はここで果てていただろう」
だが、その数瞬でサブノックは命をつなぎ、カイルは勝利をつかみ損ねた。
「くそ……」
剣を杖替わりに立ち上がろうとするカイルだが、それが精一杯だった。アクアスパイクによるダメージは大したものでは無かったが、元々スピリッツブラスターの恩恵で無理やり体を動かしているに近かったのだ。最早動ける事自体が奇跡に近かった。
「お前が来てくれねば、危ないところであったよ、オセ」
サブノックが懐に入れたレモングミを何とか飲み込む。重症すぎる傷はすぐに完治することはなかったが、それでも瀕死の一人にとどめを刺すには十分すぎる体力は戻った。カイルを見やる。
(本来ならば、己が未熟で敗れる所を横やりで命をつないだ身。見逃してやりたいところだが……)
わずかにためらいを見せた後、すぐに刀を拾う。今は任務中であり、私情を挟むべき時ではない。サブノックは己にそう言い聞かせた。
「本来ならばアガレス老だけが目的だったが、見られてしまってはな。悪く思うな、とは言わん。せめて安らかに眠るがいい」
カイルの命を奪わんと歩み寄っていくサブノック。だが、その時だった。
「む?」
「え?」
突然、部屋の奥が光り始めた。思わず其方を向くサブノック。そこには、激しい光を放つ巨大レンズの姿があった。
「な、なんだ!?」
どんどん輝きを増していく巨大レンズに何かを感じたのか、オセがけたたましく吼える。そして輝きが止んだかと思うと、今度はレンズにヒビが入り始めた。そしてヒビがレンズ全体に広がった次の瞬間だった。
――――キィィィィィン――――――
レンズが砕け散り、そこから閃光と共に凄まじい晶力の嵐が吹き荒れた。
「くそ!」
「ガゥゥゥ!」
「うわっ!」
レンズに最も近かったサブノックは嵐の直撃を受け吹き飛ばされた。だが、主を守ろうとするオセがその体をクッションとし、地面に叩き付けられることは免れた。体を支えるのがやっとだったカイルはサブノックの体が壁になったのか、その場に倒れこむだけで済んだ。二人とも、レンズの光に思わず目を瞑る。しばらくすると、光と晶力の嵐はだんだんと弱まって行き、やがて納まった。
「何が起きている?レンズはどうなった!」
「一体……何がどうなって?」
レンズがあった場所に、サブノックとカイルが視線を向ける。そこには巨大レンズは影も形もなかった。そして代わりに、一人の少女が立っていた。
ようやくあの子が出せました。……どんだけかかってるんだよ。これ、最初の未来編まで何話かかるんだろうか。
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1-13:もう一人の聖女
・・・どっか間違えたかなあ?
突然の光と衝撃、消えたレンズ、そして現れた少女。混乱からいち早く立ち直ったのはサブノックだった。彼は少女に問いかけた。
「貴様、何者だ?」
警戒しつつそう問いかけるサブノックだったが、少女は答えない。彼女の視線は、傷だらけのカイルに向けられていた。そのままカイルへと駆け寄って行く。何事かと警戒したカイルだったが、それは杞憂だった。
「貴方大丈夫!? 大怪我してるじゃない!」
「え、えーっと……」
そう言って慌てる少女の姿に、何を言っていいのかわからなくなるカイル。思わずサブノックを見るが、あちらはあちらで再び混乱していた。
「一体なんだというのだ……」
なんて呟いているのが聞こえる。そんなのこっちが言いたいとカイルは思う。オセもどうしたらいいかわからず、主の足元で指示待ちをしている。
「えっと、あの……」
「ちょっとしゃべらないで! 今手当てするから!」
「それどころじゃ……」
「黙って!……うん、初めてだから頑張らないと!」
カイルの言葉に対し、少女は聞く耳持たない。手当てしてくれるらしいのはありがたいのだけれども、少しはこちらの話も聞いてほしい。悪い子ではないのだろうけど。これがあれだろうか。昔ロニから聞いた『天然系』というやつだろうか。
「うん、準備OK! 行くわよ!」
そう言うと少女はカイルの体に手をかざして目を閉じた。そして少女の持つレンズから光が溢れたかと思うと、その光はカイルを包み込む。
(これは……回復晶術? でもロニのよりずっと強力で……なんか、あったかい?)
そして光が止んだ時、カイルの傷が完全に治っていた。あれだけ深い傷が一瞬で治ったことにカイルは驚く。恐らく上位の回復術だったのだろう。……先ほどの初めて云々が少々気になるが、治してもらったことだし聞かなかったことにした。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。あ、貴方も怪我してるのね、今手当てするから!」
「……貴様、いや、貴女は……まさか……」
サブノックの言葉を聞いてるのか聞いていないのか、彼女はサブノックにも同様の事を行い傷を癒していく。
「お前、何か知って「ねえ貴方、名前は何て言うの?」うわ!?」
何かに気づいたらしきサブノックを問いただそうとするカイルの言葉は、目の前に割り込んて来た少女に遮られた。
「えっと、俺はカイル。カイル・デュナミス。」
「そう、よろしくカイル。 私はリアラ。それでね?これからあっちの人達の手当てをしようと思うんだけど、手伝ってもらえるかしら? 」
そう言って返事を待たずにアガレス達の方へ向かい治療を始めるリアラ。しかしそれをあの男がみすみす見逃したりはするだろうか。サブノックの方へ目をやる。が、
「これは、やはり彼女は……ならばあの方に……」
などとぶつぶつ呟いており、まるでこちらを気にしていないようだった。いや、オセは警戒態勢をとっているから、不意打ちとかはできないだろうけど。おかしい。自分たちはさっきまで死闘を繰り広げていたはずなのだが、その空気が完全にどこかへ行ってしまった気がする。
「さ、早く!」
「あ、うん」
リアラにせかされ、自分もアガレス達のところへ向かう。何と言うか、良い子だというのはわかるのだが、空気は読めないっぽい。
(ま、まあ治してくれるのはありがたいんだけど)
とりあえずカイルは、皆の手当てを手伝うことにした。一応サブノックの方に注意は向けていたが、リアラが治療している間、彼はぶつぶつ何かをつぶやいたり、リアラの様子を眺めていたりはしたものの、何故かこちらを攻撃しようとはしてこなかった。
少女の『手当て』を受けたサブノックは気づいた。あれは回復晶術などでは無い。目の前の少女が行ったのは、彼が仕える聖女の起こす『奇跡』そのものだと。
「……どうする?」
少女の出現によって水をさされたが、彼には『任務』がある。そのためには今アガレス達を癒そうとしている彼女は邪魔でしかない。
(斬るか?)
それが一番簡単だろう。カイルという少年にも今の万全な状態ならば、遅れをとることはない。二人を始末して、その後任務を遂行するのが一番確実だ。しかし、
(斬っていいものか?彼女を)
聖女の奇跡と同様の力を振るう少女。それを自らの一存で排除していいものか。だが、そう思案している間にも、少女……リアラはアガレスを治療し始めた。斬るなら今しかない。そう思い刀を構えようとした瞬間、彼は背後に気配を感じた。
「む!?」
その気配は、彼の師匠であるガープの物だった。思わず振り返るがそこには誰も居ない。代わりに、黒いレンズが落ちていた。それを拾い上げると、頭の中にガープの声が聞こえてきた。どうやら何かしらの術を使っているようだ。
≪エルレイン様からの指示だ。彼女をアイグレッテへとご案内しろとのことだ≫
頭の中に響くガープの声に、サブノックは問いかける。
「あの少女は一体?エルレイン様はご存知なのですか?」
≪エルレイン様曰く、『あれは私と同じ。彼女はもう一人の聖女』だそうだ≫
「そうか、やはり彼女も……」
ガープの返答に、納得したようにうなずくサブノック。どうやら彼にはその一言で全てが理解できたようだった。
「そう言うことならば了解しました。丁重にお連れするとしましょう。しかし、アガレス老はここで始末する予定では?」
(予定が変わった。『奴』が目覚めたそうだ)
「なんと! しかし、大丈夫なのですか?何年も眠っていた奴に、大役が務まるとは……」
≪そのためのアガレス老だ。問題ない。エルレイン様も納得している≫
「それならば良いのですが……」
その後、サブノックに『指示』を伝えて、ガープからの念話は途切れた。
(全ては我が神とエルレイン様の為)
サブノックは黒いレンズを手に、手当てを続ける少女へと歩き出した。
「いつつ……ありがとよ、嬢ちゃん。リアラって言ったっけか」
「どういたしまして」
リアラによって傷を癒されたロニが目を覚ました。どうやらスプラッシュによって地面に叩き付けられたことにより気を失っていただけで、傷自体はそこまで深くなかったようだ。アガレスや他の騎士団員の治療も既に終わっているが、彼らは傷が深かったためか、未だ目覚めていない。
「っ、来た!」
そんな時、治療中もずっとサブノックに注意を向け続けていたカイルが剣を抜いた。
「っ、サブノック!」
近づいてきたサブノックに気づき、ロニもハルバードを構える。だが、サブノックは刀を抜かなかった。それどころか、刀を後ろについてきたオセへと放り投げてしまった。
「心配するな、今はもう戦う気はない」
「信用できるわけないだろう」
「そもそも戦う気があるなら、彼らの手当ての前に仕掛けていたはずだが?」
確かにサブノックは何故だか分からないが、リアラが手当をしている最中はこちらに近づきさえしなかったことは確かだ。だが、それとこれとは別の話だろう。そもそもこの戦い、先に仕掛けてきたのはあちらのはずだ。
「今、用があるのはお前たちではない。其方のお方だ」
そう言ってサブノックは、その場に跪いた。
「エルレイン様から、貴女様を招待するように仰せつかりました。どうか、ご同行願えまえせぬか?」
『エルレイン』の名前を聞いた瞬間、リアラの雰囲気が先ほどまでの普通の少女のものから、別のものへと変わった。突然の変化に戸惑うカイルとロニ。
「私は彼女とは別の道を行かなければなりません。それが、あの方の望みです。それはエルレインもわかっているはず」
「そのエルレイン様からの指示です。手荒な真似はしたくありません。どうか、ご同行ください」
「ですから、無理です」
「ならば、力づくでも」
「!」
そう言うと、サブノックは跪いたまま手に持っていた黒いレンズを頭上に掲げた。レンズから黒い光が溢れだし、それは倒れている騎士団員やアガレスの体に吸い込まれていく。直後、立ち上がる騎士団員たち。だが、その目はうつろだった。
「全ては、我らが聖女エルレイン様の為に」
「全ては、我らが聖女エルレイン様の為に」
「全ては、我らが聖女エルレイン様の為に」
「全ては、我らが聖女エルレイン様の為に」
異様な光景だった。その場にいる騎士団員たちが、皆口をそろえて同じ言葉を発し始めた。その中には、あのアガレスの姿もあった
「アガレスさん! 皆!」
「てめぇ、何しやがった!」
「何、我らが聖女に敵意を抱く者達に、その偉大さを理解する手助けをしたまで」
そう言うサブノックにロニが激昂する。
「洗脳って言うんだよ、そう言うのは!」
「ふざけんなこの野郎!」
そう言って飛びかかろうとするカイルとロニを、他の騎士団員たちが押さえつける。
「くそ、お前ら正気に戻れ!」
だがロニの呼びかけもむなしく、騎士団員達は拳を振り上げる。
「ガッ……く……そ……」
頭を殴られ気を失うロニ。そしてカイルも。
「ロニ!うぐ!?」
「全ては、我らが聖女エルレインの為に」
「そんな、アガレ……ス……さ……」
アガレスの一撃により、カイルの意識は刈り取られた。
「カイル!」
「リアラ様、おとなしく一緒に来て頂けるならば、この者達にこれ以上手出しはしません」
リアラに向かってサブノックが言う。その言葉を聞いたリアラは、カイルとロニを一瞥した後、
「わかりました。一緒に行きます。だから、彼らには」
「……約束は、守ります。アガレス殿、彼女をダリルシェイドまでご案内してくれ」
「はっ。こちらへ」
「おい、この二人をダリルシェイドまで運べ」
「はっ」
そうしてアガレスに連れられてリアラ、続いてカイル達を担いだ騎士たちが部屋を後にした。一人残されたサブノックがオセに対してつぶやく。
「やはりこういう手段は好かぬな」
彼は武人肌の人間だ。本来ならば、このような洗脳まがいのことは好き好んでやりはしない。
「だが、これも神の世の為。全ての人の幸せの為だと言うならば」
彼には信ずるものがある。そのためならば、自身の心を殺し汚れ仕事もいとわない。それが彼の覚悟だった。
そしてサブノックとオセも部屋を後にした。彼らが向かう先は古都ダリルシェイド。今は亡き、セインガルド王国の首都である。
※シリアスさんは前半どこかへ行っていたようで。
いや、リアラの性格を思い出そうといろいろ考えてたら、
最初英雄を探しているのオンリー>後から、『必死だったから』発言>後のバカップルっぷりから、あれ、この子割と空気よめねーよね?となり
空気読めない+思いこんだら一直線=天然?
一応最初から後半の性格を出そうと思ってたはずなのに、なんか違ってしまった気がする。なんか彼女の性格が一番改変されて行きそうだ。
それはさておき、サブノックさんはこんなキャラになりました。原作の出番少ないから、どんどんオリキャラ化が進行しそうで怖い。
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1-14:古都ダリルシェイド
・神の眼の騒乱の元凶は、原作ではヒューゴだと認識されていたが、拙作ではスタンらの尽力によりミクトランだと周知されている。
・ただし、リオンについては彼が守ろうとした人を守る為、スタンらが詳細については言わなかったため、ただの裏切り者として世間には認識されている。
ダリルシェイド。位置的にクレスタとアイグレッテの中間に位置するこの街は、かつての『二大強国』の一つであり、オベロン社の本社があったことにより高い技術力を誇っていた国『セインガルド王国』の首都だった街だ。だが、神の眼の騒乱の最終局面、天上王ミクトランが最後の悪あがきで地上に降下させた外殻は、ソーディアンマスター達の活躍によって神の眼と共に砕かれた。だが、それでも全てが破壊できたわけでは無い。いくつかの破片は形を保ったまま地上に降り注ぎ、決して少なくない被害を与えた。
それが最も顕著なのが、セインガルド王国だった。首都ダリルシェイドをはじめとした町村のほとんどが被害を受けた上、王城に特に大きな破片が直撃。王を始めとした国の主要人物の多くが命を落とし、セインガルド王国という国の長い歴史は幕を閉じた。もちろん被害は王城だけではなく、その城下街であるダリルシェイド、そして周囲にあったハーメンツとアルメイダ等多くの都市が被害を受けた。ちなみにカイルらの故郷であるクレスタもそれなりに被害があったものの、大陸中心部にあったその3都市よりはまだ軽微だった。その後、国最大の宗教『アタモニ教』の総本山であったストレイライズ大神殿を頼って集まった、難民が中心となって新たに作りあげたのが新興都市『アイグレッテ』であり、それとの対比で今ではこの街は『古都』と呼ばれている。
現在のダリルシェイドには、かつての首都の面影はほとんどない。街が崩壊した後、それでも希望を捨てなかった人々はアイグレッテを作り上げたが、全ての人がそんなに強いわけでは無い。家族を失った人や国の滅亡を見たことで生きる希望を失った人。そういった『生きている』のではなく『死んでいないだけ』の人々がくらすガレキの街。それが今のダリルシェイドだ。18年たった今でも街が当時のままであることが、今もその街に残っている人々の絶望を物語っていた。ここ数年はアタモニ神団の司祭や騎士達が彼らに希望を取り戻してもらうために復興協力や食料の配給を行っているが、それも大して効果が表れていない。それでも人々を救うため、神団の人々は今日も奉仕活動を続けている。
さて、この街に出向してきている司祭や騎士達が住居として使っているのが、元オベロン社総帥のヒューゴ・ジルクリストの屋敷だ。比較的被害が少ない建物だったのだが、街に残った人々は基本的に自分の家から離れようとしなかったため放置されていたものを利用している。その建物の地下、物置を改造した地下牢に、ロニは居た。目が覚めた時カイルの姿は無かったが、外の騎士達の会話によるとどうやら隣に居るらしい。
「まさかエルレイン派の連中がこんな強硬手段を取ろうとするとはな。いよいよもってエルレインの奴が胡散臭くなってきたぜ」
昼食のパンを咥えながら、考え込むロニ。エルレインやその取り巻きたちが何らかの目的を持っている事は明らかだが、それが何なのかが解らない。
「反対派の中核の一人を狙うってことは、推進派の勢力を増大させたいってことだよな。やっぱり主な目的はレンズを集めることか?」
パンを飲み込み、ミルクをのどに流し込む。食事が出るということはすぐさま殺されたりなんだリって事はないだろう。考え事をする時間くらいはあるはずだとロニは思っていた。
「じゃあそのレンズで何をする気だ? 大量のレンズを集めるってことは、レンズを集めて神の眼クラスの巨大レンズを作るとか……いや、そんな技術、天地戦争時代ならともかく、今の時代どこにも残ってねえ」
今の時代の研究者では、精々疑似晶術用の小型高純度レンズを作るので手いっぱいであり、作り出せないからこそ大型船舶の動力用のレンズは未だに高額で取引されているのだ。そういった技術が残っている可能性があったのは空中都市群だが、それも神の眼の騒乱の際にほぼ全てが地上に落ちて消滅している。唯一原型を残しているラグナ遺跡も、既に探索されつくしていてそんな技術は無かったと確認済みだ。
「過去の遺物を動かす動力にするとか……そんなもんあったとして、フィリアさんが気づかない訳ないよな」
四英雄のフィリア・フィリスは今は司祭として人々の為に尽くしているが、それと同時にアタモニ神団を通してレンズ技術が悪用されないように目を光らせている。エルレイン派の司祭達も、神の眼の騒乱による被害を目の当たりにしている以上、それに関しては協力的だ。
「となると、何だろうなあ」
その後も備え付けのベッドに寝転んでしばらく悩んでいたロニだったが、結局何も思い浮かばなかった。
「そもそも、一介の騎士団員でしかない俺が持ってる情報なんてたかが知れてるんだよなあ」
親交のあるアガレスやフィリアからも話は聞いており、他の騎士よりも神団の内部事情に詳しいつもりではあるが、それでも所詮はヒラの騎士であるロニ。事の全容を推察できるほどの情報は持っていなかった。
「もうちっと上の奴らなら何か知ってるかもしれねえけど」
そういうロニの頭の中には、一人の老司祭の顔が浮かんでいた。
「アガレスさんなら何か掴んでたかもな」
そう言った後ロニは、ああそうかとつぶやいた。
「だからこそ、今回消されそうになった可能性もあるのか」
だとすれれば、アガレスの洗脳を解くのが真相に近づく一番の近道なのかもしれない。ロニ自身、恩人をあのまま放っておくつもりは無かった。そうと決まれば、とっととこの牢屋を出なければならない。
「だが、どうするかねえ。外にいる奴らを説得するか? 無理だな」
今この屋敷に居る騎士の大半はサブノックによって洗脳されているし、ダリルシェイドに残っていた騎士もサブノックのついた、『ロニ達は300万ガルドの巨大レンズを強奪しようとした挙句、それを破壊した凶悪犯』と言う嘘を信じている。それを聞いたときはぬれぎぬだと憤ったが、親衛隊であるサブノックの言葉を疑う者はいなかったようで、こちらの言い分はまるで聞いてもらえなかった。元々ダリルシェイドの騎士達と、アイグレッテの方で働いていたロニは面識がほとんどなく、信頼関係などあんまり無いのだからなおさらだろう。処刑される、と言うことは無いだろうが、下手すると一生この牢屋から出られないなんてことになりかねない。
「となるとやっぱり、脱獄か」
自分たちの冤罪と脱獄の罪は、後で洗脳を解いたアガレスにでもどうにかしてもらおう。どうやってこの牢屋から脱出するかを考え始めたその時、天井の方からガタガタと音がした。
上を見ると、天井に人が一人通れるくらいの穴が開いており、そこからロープが落ちて
「な、何だ?」
きた。警戒するロニ。だがそこから現れたのは、自分とは別の牢屋に捕まっているはずのカイルだった。
「ロニ、助けに来たよ!」
「か、カイル!? お前どうやって!?」
「えっとね、あの人に助けてもらったんだ」
そう言ってカイルが指さした先には、ロープを支える誰かの姿があった。ここからは、姿が良く見えない。
「誰だ?」
「話は後後。とりあえず、見つからないうちに上に行こう」
「あ、ああ。そうだな」
カイルに促され、ロープを上るロニ。上がった先には、立ち上がれるほど広くは無いものの、人が這って進むには十分なスペースがあった。どこからか光でも取り込んでいるのか、あるいはスキマがあるのか、うっすらと周囲が確認できる程度の明るさはあった。
「天井裏? いや、と言うかここって地下室だろ。何でこんな空間があるんだ?」
「ここはオベロン社総帥邸の頃からあった、隠し通路の一つだ」
そう言う声の主の方を向くロニ。そこにあったのは、
「ほ、骨ええええ!?!?」
薄闇に浮かびあがる、謎の骸骨。
「落ち着け、ただの仮面だ」
「あはは、やっぱ驚いたよね、ロニ」
ではなく、骨でできた仮面をかぶった、黒ずくめの少年だった。
骨の人、登場。原作ではロニとカイルが同じ牢屋でしたが、拙作ではバラバラに放り込んでみました。カイルがあちらの牢屋で何を考えていたかは次回。
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1-15:骨仮面の少年
ロニに続いてカイルも天井裏の隠し通路に上り終えると、骨仮面の少年は素早く穴を塞いだ。
「これで良し。お前たちが逃げ出したことはすぐにばれるだろうが、この通路は見つからないだろう。」
「なあ、助けてくれた事には感謝するけど、お前は一体何者だ?」
「答えてやりたい所だが、こんな所ではな。取り和えず、僕についてこい。」
そう言う少年に言われるがままにカイルとロニが少年についていくと、小さな扉があった。
「ここは隠し部屋の一つで、屋敷とは隠し通路以外ではつながっていない。ここならば騎士団には見つからないだろう。」
そう言って中に入って行く少年を追って二人も部屋に入る。部屋の広さ的には先程の地下牢よりも少々狭いくらいだろうか。それでも人が3人座って落ち着けるくらいのスペースはあった。その場に腰を下ろす三人。そしてロニは、そこでようやく少年の姿をはっきりと見ることができた。身長は恐らくカイルと同じくらいで、年齢も似たようなものだろう。少なくとも、自分よりは年下だとロニは思った。そして服装だが、やはり目に入るのは頭にかぶった骨の仮面。恐らく何らかの生物の頭蓋をそのまま使っているのだろうそれは、少年の顔をある程度は隠していた。大分大きな生物の頭なのか黒い髪の毛や紫の瞳など、顔の大半が隠れ切っては居ない。だが、要所要所は隠れているためはっきりとした全体像は想像しづらい。仮面以外の服装は、黒系統で固めてあることを除けば割と普通……かと思えば、袖口に紫のひらひらが着いて居たり、やけに目立つマントを羽織って居たりと、なんというか全体的に目立つ格好であることは確かだった。
(……あやしい。すごく、怪しい。)
まあ結局のところ、ロニの中での少年の印象はこうなるのであった。ロニはとりあえず、先ほどから聞きたかった事を尋ねることにした。
「それじゃあ改めて聞くが、あんたは何者だ? 何故俺たちを助けてくれたんだ?」
ロニの問いかけに、少年は少し考え込んだ後こう答えた。
「僕が何者か、は済まないが教える訳にはいかない。」
「おいおい、何かやましい理由でもあるのか?」
外見の件と合わせて、完全に怪しんでいるロニをカイルがなだめる。
「ロニ、やましい云々って牢屋に入れられてた俺たちが言えることじゃないよ。」
「いや、それはそうだけどよ。」
「まあ、怪しむなと言う方が無理だとは承知しているが、こちらにも事情があるんだ。詮索しないでくれると助かる。それで、お前たちを助けた理由はだな……」
そう言うと少年はカイルを指さした。
「そいつがスタンの息子だったからだ。」
「おいちょっと待て、何でカイルがスタンさんの息子だってこと知ってるんだ。」
少年の言葉にロニが疑問をぶつける。だが、それに答えたのは少年では無くカイルだった。
「ああ、それは俺が教えたからだよ。この人父さんの知りあいらしいから。」
「何?」
カイルの言葉に少年の方を向くロニ。
「えっとね、俺もさっきまでロニと同じように牢屋に入れられていたんだけど……」
そう言ってカイルは先程までの事を話し始めた。
「くっそー、まさか泥棒扱いされるなんて。皆大丈夫かなあ。」
ロニ同様牢屋に入れられていたカイルは、ロニ達の心配をしていた。
「ロニはまあ、俺みたいに牢屋に入れられている見たいけど、まあ平気かな……ロニだし。」
ただ牢屋に入れられているだけなら心配いらないはずだ。
「それよりも気になるのがアガレスさんたちとリアラか……」
自分と同じ状況だというならばとりあえず心配いらないであろうロニの事はさておき、サブノックに洗脳されたアガレスと騎士団員達、そしてリアラの事を考えるカイル。
「二人ともすぐには命の心配はないとは思うけど……」
騎士達の話を盗み聞きした限りでは、既に二人ともサブノックと共にアイグレッテに向かって出発したらしい。アガレスはサブノックに洗脳されたが、最初は殺すつもりだったのに洗脳に切り替えたということは何かがあったのだろう。ということは、アガレスが直ぐに殺されるということは無いと見ていいだろう。そしてリアラだが、理由はわからないがサブノックの彼女への対応は丁寧なものだった。ならばとりあえず目的地のアイグレッテにつくまでは安全だろう。だが、その後どうなるかが解らない。二人の会話を思い返してみるに、リアラはアイグレッテに居るエルレインの元へ連れていかれたのだろう。何故聖女エルレインが彼女に用があるのかは知らない。だが、サブノックの件もある。少なくとも愉快なことにはならない気がする。
「やっぱり、放っておけないよな。」
アガレスさんはロニの知りあいであるし、リアラには傷を治してもらった恩がある。それに何より、誰かが大変な目にあっているのを知っているのに放っておくなんて事はカイルには出来なかった。
「やっぱり一刻も早くここを出ないと。」
そうと決まれば、サブノックらがアイグレッテにつく前に何とかしなければ。そう思い、とりあえず傍にいた騎士団員に声をかけてみた。
「おーい!出してよー!俺は何もしてないんだ!」
「静かにしろ! 犯罪者は皆そう言うんだ。」
「だからやってないんだってば!」
「サブノック様が証人だ! 言い逃れできると思うな!」
そう言って牢屋から離れていく騎士。やはりサブノックの影響力は大きいようだ。カイルの言葉を信用する気ははなから無いらしい。
「……サブノック、か。」
ラグナ遺跡で戦った彼は強かった。カイルもまだ少年とはいえ、モンスター相手に相当の経験を積んだ剣士であり、強さにはそれなりに自信があったつもりだった。だが、サブノックの強さはそれをはるかに上回るものだった。自身があそこまで食らいつけたのは、偶発的に発動したスピリッツブラスターあってこそだということはカイル自身解っていた。アガレスとリアラを助けるということは、彼と再び戦う可能性が高いということだ。
「今のままじゃダメだ。もっと、もっと強くならないと。でないと、誰かを助けるなんてできやしない!」
(それに、父さんの代わりだなんて今のままじゃ言えない!)
そう声を上げるカイルの背後から、突然誰かの声が聞こえた。
「まあ、それに関しては同意するが、少し静かにしてくれないか?」
「へ?」
カイルが振り向くと、そこには変な仮面をつけた少年が立っていた。先ほどまでこの牢屋の中には、カイルしかいなかったはずなのに。
「だ、誰だ! 何時からそこに!?」
驚くカイルに、少年は呆れたような口調で話す。
「何時からと言うと今だな。300万ガルドのレンズを盗んだバカがどんな奴か見に来たんだが、なるほど、バカっぽいな。」
そう言って面白い物を見るような目で見てくる少年に、カイルは怒りながら反論した。
「バカって何だよ! 初対面なのに失礼だな! それに、俺は冤罪なんだってば! サブノックって奴にはめられたんだよ!」
「ほう、サブノックか。」
サブノックの名前に反応する少年。
「サブノックの事知ってるの?」
「エルレイン親衛隊の一人だからな。それなりに有名だ。しかし、何でそいつがお前に冤罪をかける?」
「それが……」
それからカイルは自分たちが何者で、何故ラグナ遺跡に出かけていったか、そしてそこで何を見たかを話した。デュナミス孤児院の事を話した時少年が、
「どこかの誰かみたいなその金髪ツンツン頭。最初に見た時から似ているとは思っていたが、お前もしかしてスタンの息子か?」
と聞いてきたので、
「うん、そうだよ。父さんはスタン。母さんはルーティ。」
と答えると、少年はしばし驚いた後に、
「……そうか。済まない、続けてくれ。」
とだけ呟いた。その時の顔は、仮面に隠れてよく見えなかった。
「どうかした?」
スタンには家族の事で借りがあると言った少年が語ると、それに納得したのかカイルは説明を続けた。
「そうしてアガレスさんに気絶させられて、気が付いたら……」
「この牢屋に入れられていた訳か。」
そうしてしばし考え込むと少年はカイルに向かって一つの提案をしてきた。
「カイル。さっきも言った通り、僕はお前の親には借りがある。だから、ここからお前が逃げ出したいなら、それを手伝ってやる。」
「え、それはありがたいけど、良いの? と言うかできるの!?」
そう言って驚くカイルに向けて、にやりと笑みを浮かべる少年。
「そもそもここに僕がどうやって入ってきたと思っている。この屋敷は元々オベロン社総帥の屋敷だ。そこら中に隠し通路や隠し部屋があるのさ。」
そう言って少年は傍にあった壁をトンと押した。すると、レンガがスライドして人一人通れるだけのスペースが現れた。
「行くぞ。隣に居るもう一人のバカも助けなきゃいけないんだろう?」
「あ、待ってよ!」
一人でどんどん壁の中へ進んでいく少年を追って、カイルもその中へ飛び込んだ。その後、レンガの壁は閉じ、後には誰も居ない牢屋だけが残ったのだった。
「ってことで、牢屋から連れ出してもらったって訳。」
と語るカイルに、我慢しきれなくなったロニがツッコんだ。
「いや、もう何からツッコんでいいか解らん! 何でそんな怪しい登場をした奴をあっさり信じてるんだよカイル!」
「いや、だって父さんに恩があるって言うし、尊敬してるって。」
「いや、尊敬してるとは一言も言ってないんだが。いや、尊敬してない訳じゃないが。」
カイルのマイペース発言に頭を抱える二人。ロニは、隣で頭を抱えている少年の顔を見つめた。スタンの知りあいでカイルとついでに自分を助けてくれたというなら、悪い人物ではないと思いたいロニだった。一応スタンの事も尊敬しているらしいしなおさらだ。しかし、
(うーん。やっぱりぁゃしぃ。そもそも隠す気があるのかどーかすら解らん仮面といい、胡散臭すぎるだろこいつ。と言うか仮面は顔を隠すためじゃなくて、もしかして趣味か? 趣味なのか?)
「ん? この仮面はやらんぞ?」
割と失礼な事を考えながら仮面を見つめるロニに、何かずれた事を言い出す少年。その発言に、やはりその仮面含めてそう言うファッションなのか!? とロニはさらに頭を抱えたのだった。
少年は、そんな彼を無視して話を進める。
「とにかくだ、今カイルが言った通り、スタンには僕の家族が世話になったんだ。だからその借りを返そうと思っただけだから気にするな。」
「まあとりあえずは信じとくか。実際、助けてもらったしな。」
「ロニ、こういうときは素直にありがとうでいいんだよ。助けてくれてありがとう……えーっと。」
そこまで言ってカイルは彼の名前をまだ聞いていないことに気がついた。
「えっと、名前なんて言うの?」
「さっきも言っただろ。僕の正体を言う訳にはいかないと。まあ、呼び名が無いのも不便か。好きに呼ぶといい。」
「じゃあ、『ジューダス』で!」
少年の言葉にすぐさま答えたカイルに、思わずロニと少年はずっこけた。
「はやっ! カイル、少しは悩めよ!」
「いや好きに呼べと言ったのは僕だが、まさか即座に出てくるとは思わなかったぞ!?」
そう言う二人に、カイルは頭をぼりぼり書きながら答える。
「いや、正直なところ、最近読んだ本で見た名前言っただけだから。」
「ああ、元ネタがあるのか。」
「いや、ちょっと待てカイル。その本ってもしかして孤児院の本棚にあった奴か?」
カイルの言葉に少年は納得したが、何かが気になったのかロニはカイルに問いかけた。
「うん、そうだけど。内容難しかったからななめ読みしてすぐ戻しちゃったけど。」
「あーもう、このバカイル!それだったら俺も読んだ事あるぞ。ジューダスって『神を裏切った男の名前』じゃねえか!」
「え、嘘!?」
「嘘じゃねえよ! ……ったく、済まないな。さすがにこの名前は無いわ。何か別のを今考える……ってどうした?」
「そうか……なるほど……ぷっ、あはははは!」
カイルとロニの会話を聞いていた少年は、何故か突然笑い出した。その様子にぽかーんとするカイルとロニ。
「いや、いいじゃないか。ジューダスか、僕に相応しい名前だ。」
そう言う少年に目を丸くするロニ。
「いや、お前がそれで良いって言うなら良いんだが。」
「ああ、これがいい。それに、せっかくスタンの息子がつけてくれた名前だ。ありがたく使わせてもらおう。」
そう言う少年……ジューダスの顔は、どことなく嬉しそうだった。
原作と違ってジューダスの名前の意味はそれなりに有名ってことで。某聖なる書物っぽい物語があるって感じで一つ。
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1-16:脱出
・ジューダスは紙装甲(確信)
それから数分後、カイル達は屋敷の物置部屋の天井裏に居た。地下の物置を地下牢に改装した為、騎士達の仕事部屋の横が物置として使われており、そこにカイルやロニの荷物も置かれていた。
「俺の剣と、薬入れと、ガルド。うん、全部ある!」
「俺のも大丈夫だ。お、こっちはラグナ遺跡でモンスターから頂いたアイテムとかレンズとかだな。正直、300万ガルドのレンズの補填だとか言って全部売られてたらどうしようかと思ったぜ」
「おい、隣に騎士達が居るのを忘れるな。とっとと移動するぞ」
荷物の無事を確認し、ほっとする二人をジューダスが急かす。
「わかってるよ。ロニ、行こう!」
「おう」
すたこらさっさと隠し通路に入る3人。隠し通路の入口が閉じたその直後に見回りの騎士が来たが、カイル達の荷物が無くなっている事に気づくことは無かった。
「しっかしなんでこんなに隠し通路だらけなんだよ、この屋敷」
ロニが疑問を口にする。確かに元々一般の邸宅だったにしては隠し通路や隠し部屋が多い。その疑問にジューダスが答える。
「元々ここはオベロン社総帥のヒューゴの屋敷だったことは知ってるな?彼……正確には彼を操っていたミクトランか。奴が隠れてコソコソやるために作ったと聞いた。」
「ふーん。」
「まあ、今はそんなことはどうでもいいだろう。まずは脱出が先だ。ここを抜けたら地下水路入口はすぐそばだ。行くぞ。」
脱出には、ダリルシェイドの地下を流れる水路を通ることになった。普通にダリルシェイド市街に出る通路もあったのだが、今のカイル達は犯罪者扱いだ。街中をうろついていたらすぐ見つかってしまうだろうということで、水路を通って一気に街の外に出るのが最善だろうと言う訳だ。
そうして地下水路へとたどり着き、一息ついたところでジューダスがカイルに質問をした。
「所で、外に出たらどうするつもりだ?」
「そりゃあ、とにかくサブノックを追いかける。アイグレッテにつく前に皆を助け「バカか」バカってなんだよ!だってアイグレッテに着いたら、洗脳されてるアガレスさん達はまだしも、リアラが何されるか解らないじゃないか!」
「それは確かにそうだが、そのリアラと言う少女がラグナ遺跡で殺されなかった以上、アイグレッテに着いたからと言ってすぐ殺されるということはあるまい」
「それは……そうだけど……」
「それによく考えてみろ。ただでさえお前たちより強いサブノックとオセに加えて、洗脳されたアガレスや騎士団員達も居るんだ。洗脳を解く方法が解っているならともかく、普通に突っ込んでもボコボコにされて捕縛。良くてまたここに逆戻り。最悪死ぬぞ」
「うっ、確かに」
ジューダスの言葉に考え込むカイル。確かにそれはどうしようもなく真実であった。そこにロニがさらに付け加えた。
「ジューダスの言う通りだな。アガレスさん達を助けるなら、あいつらがアイグレッテに着いてからの方がいい。それにだな……カイル、忘れてねえか?」
「何が?」
「俺たち、ルーティさんにラグナ遺跡に行くって言って出かけたままだぞ。ただでさえ予定の日程オーバーして心配かけてるんだ。一度帰った方がいい」
「あ、そうだった……」
頭を抱えて震えだすカイル。恐らく帰った時の母親のお仕置きを想像しているのだろう。あれがああなって、うわあなどとぶつぶつ呟きながらその場でしゃがみこんでしまった。
「心配かけたんだから仕方ないって。ああ、俺の関節もつかな……」
そう言うロニも、一応笑ってはいたが顔色は悪かった。同じように、ルーティのお仕置きを想像しているのだろう。
「……ルーティの奴、一体何をしたんだ」
そんな二人の様子を見て、ジューダスはこっそりため息をつくのだった。その後もしばらく話し合った結果、結局一度クレスタに戻り、そのあとアイグレッテに向かうことにしたカイル達だった。
「散葉枯葉! 牙連蒼破刃! ってこれでもう30匹目だよ。多いなあ」
目の前のモンスターを切り捨てながら、カイルが愚痴る。方針を決めた後、カイル達は地下水路を下流に向けて進んでいた。だが、どこからか入り込んだのか地下水路はモンスターの巣窟になっていたのだ。そのためカイル達は、先程からずっと戦いっぱなしだった。
「街の下なのにモンスター多すぎだろ! 空破特攻弾!」
それに同意しながら、ロニが敵に向かって飛び込む。アガレスの空破爆炎弾に似た技だが、炎の代わりに気を纏い、回転することで相手を弾き飛ばす奥義だ。
「仕方あるまい。モンスター避けのレンズの力も地下までは通じないからな。ストーンザッパー! スティングレイヴ!」」
ロニに吹き飛ばされて体制を崩したモンスター目がけて、ジューダスが岩弾を放つ。その岩弾がモンスターに直撃すると、さらにその足元から、岩石の槍が飛び出してモンスターを襲った。岩弾で動きが止まったモンスターはなすすべも無く岩の槍で串刺しになった。土属性の下級晶術『ストーンザッパー』と、そこから連携させる下級昇華晶術『スティングレイヴ』だ。
「へぇ、昇華晶術か。やるじゃねえか」
「これくらい大したことは無い」
関心するロニにそっけなく答えるジューダス。長剣と短剣の二刀流、そして晶術による全距離対応のアタッカーがジューダスのスタイルだった。剣の腕はカイルよりも上、晶術も昇華術まで使いこなすほどの実力と、攻撃面では恐らく今のカイルやロニではかなわないのは確かだった。だが、彼には一つだけ明確な弱点があった。
「おいジューダス! 後ろだ!」
「くっ!」
彼の外見は珍妙な骨の仮面と黒づくめの服装に目が行きがちだが、もう一つ特徴があった。それは華奢さだ。カイルと同じか少し低いくらいの身長と、カイルよりも筋肉がついて居ない体は、少女と言っても通じるくらいだろう。最も声は普通の少年のそれなので、はっきりと男とわかるのだが。そしてその華奢さはそのまま彼の弱点になってしまっていた。つまり、
「ぐあっ!」
「ジューダス! このっ!」
彼は打たれ弱いのだ。それも、似たような体格のカイルと比べてかなり。モンスターの不意打ちを受け、ジューダスの体がくの字に折れ曲がる。素早くカイルがフォローに入り、ジューダスを攻撃したモンスターを切り捨てた。
「ジューダス、下がって!」
「すまない。」
「いいっていいって」
ジューダスの剣の腕は先程も言った通りかなり高いものだったが、それでもどんどん現れるモンスターの攻撃を全てさばける訳では無い。そう言ったわけで、三人の陣形は自然と決まってきていた。つまり、カイルが前に出て敵の注意をひきつけ、ジューダスはその隙に剣や術で攻撃。ロニは術で回復に専念といった感じだ。打たれ強さだけで言うならばロニが前に出る方がいいのだが、この中で回復術が使えるのはロニだけ。アイテムの補充も期待できない状況では、なるべくその消費を減らす方がいいということでロニは後衛に回っていた。
「そら、ジューダス。回復だ」
「ありがたい。カイル、下がれ!」
ロニのヒールで回復したジューダスが晶術を詠唱すると共にカイルに合図する。ジューダスの声に反応してバックステップしたカイルを追うモンスターの真下から影の刃が飛び出した。
「シャドウエッジ!」
ジューダスが唱えた闇属性の下級晶術『シャドウエッジ』の刃によって、モンスターは串刺しになって絶命した。どうやらこれで周囲のモンスターは最後だったようだ。
「大丈夫? ジューダス。」
「ああ、ロニのおかげで大したことはない。先を急ごう。いつまたモンスターが来るからわからんからな」
「そうだね」
そう言って歩き出すジューダスを追うカイル。二人の背中を見つめながら、ロニは一人考えていた。
(あのジューダスって奴、俺たちに敵意は持っていないが……正直信用できるかって言うと……)
珍妙な外見はともかく、俺たちを助けてくれている事は事実だ。だが、
(アイツ、『騎士団の詰所の地下牢に、バカな罪人見たさに忍び込む』ような奴か?)
出会ってからほとんど経っていないが、ジューダスの性格は多少なりとも見えてきていた。冷静沈着で皮肉屋とツンツン尖がった奴かと思えば、割と周囲に気を配り、自分やカイルのしょうもない会話に巻き込まれそうになった際も、積極的では無いもののこちらを拒絶するということは無い。大人びてはいるが不器用な少年と言った印象だ。つまり好奇心で後先考えず動くようなタイプではなく、わざわざくだらない事の為に危険を冒すとは思えない。先ほどのカイルの会話では、カイルやロニの顔を見に来ただけ見たいな事を言っていたが、そんな訳は無いだろう。つまり、何か別に理由があったと考えるのが自然だ。
(もしかして、最初からカイルが目当てで屋敷に忍び込んだとかか?)
最初からジューダスはカイルがスタン・エルロンの息子だと知っていたんじゃないだろうか。だとすれば何のために? 本当にスタンに恩があって、その息子に借りを返そうとしているのか。それとも逆に復讐とかそう言うたぐいなのか。
(まあ、考えてても解るもんじゃねえな。とりあえずカイルに危害を加える気がないなら放っておこう。俺もアイツ自体嫌いじゃねえし。)
そこまで考えて、ロニは二人の後を追って歩き始めた。カイルに危害を加える気だったら、そのチャンスはいくらでもあったはずだし、おそらく前者なのだろう。ならば無理に追及することも無い、そう思った所でロニの頭の中にもう一つの可能性が浮かんだ。
(まさか『偶然カイルを見かけて、スタンさんに似てるからつい話しかけて、後はでっち上げでごまかしてそのままここまで』……なんてわきゃねえよな)
いくら何でもそんな行き当たりばったりな行動をする奴でもないだろう。それは無い無いと頭を振り、ロニは先を急いだ。
だが彼は知らない。後に真実を知った時、この時の事を思い出して思いっきり頭を抱えることになるということを。
そこからさらに数十分後、三人はようやく地下水路の出口までたどり着いた。
「し、しんどかった。本当にしんどかった」
「事前準備なしでの魔物との連戦とかもうやりたくねえ……」
「まさか……水路の主まで現れるとはな」
あの後もモンスター達は現れつづけ、ちぎっては投げちぎっては投げ進んでいた三人。そしてもう少しで出口だと言うところで、カイルとモンスター達の戦いの音を聞きつけて、巨大な蛇や竜のようなモンスター『ヴァサーゴ』まで現れた。モンスターとの連戦でボロボロだった三人だったが、水路の主らしきそれを何とか打ち倒すことは出来た。出来たのだが、完全に精魂尽き果てていた。恐らく次にモンスターに襲われたらなすすべも無くボコボコにされてしまうだろう。
「今日ほど俺、ヒールを覚えておいてよかったと思ったことは無いぜ。もうグミないし」
「ほんと、ロニが居てくれて助かったよ」
「二人とも話すのは後にしろ。モンスター達が襲ってきたらかなわん。水路の外ならば、さすがにモンスターは居ないだろう。休むのならばそれからでも遅くない」
ジューダスの言う通りだという事で、3人は急いで地下水路を出た。水路の中からモンスターが追ってくるということも無く、三人はようやく一息つけたのだった。
しばらく三人は人目につかない所に座り込んで休んでいたが、日が暮れる頃になってジューダスが一人立ち上がった。
「そろそろ日も暮れる。そろそろ歩くくらいの体力は戻っただろう。夜の闇に隠れてクレスタまで戻れ」
そう言うとジューダスは、一人歩き出そうとする。
「ところで、お前はこれからどうするんだ?」
ロニの質問に、ジューダスはしばらく考え込んだ後答えた。
「特に何をすると決めては居ないが、いい機会だ。旅にでも出ようかと思う」
「そっか。ジューダス、本当にありがとう、」
「気にするな。僕の方もお前の親への借りを返しただけだ」
そう言って、ジューダスは去っていった。その背中を見つめるカイルとロニ。
「良い人だったよね。ジューダス」
「怪しい奴でもあったがな」
そう言うロニだが、その顔は笑っていた。恐らく冗談半分なのだろう。だが、もう半分ではジューダスの事を疑っているだろうことはカイルにも想像はついていた。だが、その事について言う必要はないだろうと思ったカイルは黙っていることにした。
「さて、俺たちも早く帰らないとな。まずはルーティさんに謝って、そのあと事情を説明だな」
「うん。急ごう、ロニ!」
「急げるほど体力無いだろ俺たち。とりあえず、街から離れた所で休める場所を探そうぜ?」
そうしてダリルシェイドを離れた二人は、近場にあった旅人用の小屋で一泊。クレスタにたどり着いたのは、地下水路を脱出した翌日の夜の事だった。
ジューダスが加入して即離脱。原作ではアイグレッテで合流でしたが、どうなるかは未定。
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幕間:小屋の中で
カイル達と別れてしばらくした後、ジューダスもまた旅人用の小屋で身を休めていた。こういった小屋は街道沿いに幾つか存在していて、アタモニ神団等が慈善事業で管理している。あまり人に会うことは避けたかったジューダスだったが、消耗した身で一人で野宿することを考えれば仕方がなかった。せめて人が居ることを知られない為にと、明かりは最低限にしているため小屋の中は薄暗かった。
「神の誘いを蹴った僕が、その信徒の活動に助けられるというのも皮肉なものだな」
そう呟きながら、ジューダスは小屋に置いてあった乾パンを口に放りこむ。
「なあ、お前もそう思うだろ?」
そう言いながら、彼は背中から剣を抜いた。それは、カイルらと共に戦っていた時に振るっていた二刀とは違う剣だった。あのとき振るっていた剣は一般に流通しているような数打ちの剣だったが、今ジューダスが手にしている剣は、一目で相当な業物と分かるほどの剣だった。特に眼を引くのが、柄に嵌め込まれたレンズだ。まるで話に聞くソーディアンのようだと、誰かが見ていたら思ったかもしれない。
「ああ、あいつそっくりだったな。一目でわかったよ」
手に持った剣に話しかけるジューダス。はたから見ればジューダスが独り言を言っているだけに見える。だが、ジューダスはまるで『剣が意思を持っている』ように話しかけていく。
「仕方ないだろ! 気がついたらあいつの前に出てしまっていたんだ。僕らしくないのはわかっている」
「嘘は言っていないだろ。一応牢から抜け出すときに、レンズ強奪の話は聞いてはいたんだ。それに、スタンに世話になったのも嘘じゃない」
そう剣に話しかけるジューダス。その表情は部屋の暗さと仮面で伺いしることは出来ないが、その声は先ほどまでのカイル達と居る時の印象とはまるで違っていた。例えるならば、兄弟や親しい友人と話しているような感じだろうか。
「いやまあそうだが……お前、僕が生き返ってから口が悪くなってないか? まあいいが。」
「あの女、いろいろと動いているようだな。スタンの奴が殺されていたとあの時知っていたら、あの場であいつの首を落としていたものを。」
瞬間、ジューダスの瞳に怒りが宿り、剣を握る手にも力がこもる。
「あの時はまだ計画は動き出していないように話していたからな。だが、既に動き出していたと言うならあの女はもう止まらないだろう。『あれ』はそういうものだ」
「ああ。バルバトスを使って『神の眼の騒乱』の英雄達を消していくつもりだろう。あいつはアタモニ神団とは直接関係ない人間だ。そうして希望を失った人々に手を差し伸べていく。とんだマッチポンプだ。人を救う聖女が聞いて呆れる。」
「ルーティは恐らく大丈夫だろう、今の所はな。今のアイツはただの孤児院の院長で、周りへの影響力はそれほどない。それに手を出すとしたらスタンを殺した時に一緒に始末しているはずだ。となると、危ないのはアタモニ神団であの女と同等の影響力があるフィリアや、ファンダリアの王ウッドロウだな。次点でジョニー・シデンやコングマンか。ウッドロウのところのチビや、スタンの妹は表に出ていないから大丈夫だろう。」
そこまで言った所で、ジューダスの肩がぴくりと震えた。
「ほう、僕があいつより小さいと? ……それはそうだろう。あいつらは僕と違って18年を過ごしているんだ。だったら別に僕より大きくなってて当たり前だ」
そう、自分に言い聞かせるように話すジューダス。だが、次の瞬間彼の眼から感情が消えた。
「それ以上言うなら、折るぞ」
そう言うとジューダスは剣を地面に叩き付けるような動作を繰り返す。だが、二言三言しゃべると、
「……次は無いからな」
と言ってまた先ほどの様にしゃべり始めた。
「これからの予定だが、まずはアイグレッテだな。サブノック達が向かったというのもあるが、あそこにはフィリアが居る。まずはあいつの様子を確認してからだな。」
「……会える訳無いだろう。今更、どんな顔をして会えというんだ。だからこそ、こんな仮面も被っているというのに」
そう言うとジューダスは剣を背中にも戻し、壁に寄り掛かって目を閉じた。しばらくした後、小屋の中には静かな寝息だけが響いていた。
原作ではアイグレッテ港からファンダリアへ行こうとして船がモンスターに襲撃をくらう>修理が必要になって結果ノイシュタットでしたが、拙作では少なくともジューダスはアイグレッテ港からアクアヴェイル行。他のメンバーがどうなるかは……アイグレッテ編終わるころまでには考えときます。
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1-17:帰宅、そして
・街の人の認識 カイル:いい子 ロニ:悪ガキ
カイル達がクレスタに着いてまず心配したのは、自分たちの罪状がここまで伝わっているかどうかだった。300万ガルドのレンズを強奪したのが、孤児院の人間。もしそれを街の人が信じていたら、孤児院にまで迷惑がかかる。そう心配していた二人だったが、それは杞憂に終わってしまった。
「いや、お前たちがそんなことするわけないだろ?」
結論から言えば、二人の罪状については既にクレスタに伝わっていた。だが街の人々は、夜街にたどり着いたカイルとロニを温かく迎えてくれた。
「カイルはそんなことする子じゃないしね。それにロニもついて行ってたからね。」
「おばちゃん……」
そんなことを言う雑貨屋のおばさんに、思わず涙するロニ。だが、
「だな。ロニだったら騎士団が来た後から強奪するよりは、来る前にとっとと盗み出すだろ」
宿屋の親父さんがそんなことをいい、周りが一斉にうなずくのを見て盛大にずっこけた。
「なあ、カイル。俺、信用されてる……んだよな?」
「あはは。ごめん、ノーコメント」
ロニのつぶやきに、カイルはそっと目をそらす。街の人達からの自分の扱いにロニは泣いた。いろんな意味で。その後、ルーティを早く安心させてやれと言う町の人たちに送り出され、カイル達は孤児院へ急いだ。
「カイル! ロニ! 二人とも大丈夫!? 怪我とかしてない?」
「お帰り、二人とも!」
「だからいったろー、あの二人なら大丈夫だって」
「そう言うお前が一番心配してたじゃないか!」
孤児院に戻った二人を迎えたのは、母ルーティの暖かい抱擁と、孤児院の皆の出迎えだった。
「大丈夫だよ、母さん。心配かけてごめんね、皆」
「すみませんルーティさん、ご心配おかけしました。お前たちも心配かけたな」
謝る二人を離すと、ルーティは台所に向かっていく。
「無事に戻ってきたから良いわよ。さ、ごはんにしましょ。生憎皆食べ終わっちゃったから、あんまり残ってないけど」
「やったー! 俺もう腹ペコだよ!」
「カイル、まずは手洗ってからな?」
そのまま食卓に着こうとするカイルを引き留めるロニ。
「と言うか、よく見たらあんたたちドロドロじゃない! 手だけじゃなくて全身綺麗にしなきゃでしょ! お風呂先入ってきなさい!」
二人を見て、ルーティが言う。二人ともダリルシェイドの地下水路からロクに体を洗うことも出来ずにクレスタまで帰ってきた為、全身汚れていた。
「「はい!」」
ルーティにどなられ、二人は風呂へと走って行く。そんな二人を見て、ルーティの後ろから子供たちがはやし立ててる。
「やーい、怒られてやんの」
「はっずかしー!」
「あんたたちも早く寝なさい!」
「「はーい」」
そんな彼らも、ルーティの一喝で部屋へと戻って行った。
風呂を済ませ、着替えを終えた二人は、ルーティお手製のシチューを食べながら、何があったかを話していた。アタモニ神団の近況と、ラグナ遺跡でも襲撃事件を聞いて、険しい顔をするルーティ。
「そう、フィリアの所そんなことになってたのね。噂では聞いてたけど、アタモニ神団が本当に真っ二つに割れてるなんて」
「真っ二つって言うかほとんどエルレイン派の方が主流になってるんですけどね」
そうして夕食を食べ終え、片づけを済ませると、二人はルーティに話があると伝えテーブルに着いた。二人に続きテーブルにつくルーティ。
「あんたたち、話って?」
「ルーティさん、俺は明日にでもアイグレッテに戻ろうと思ってます。サブノックの奴があんな強硬手段に出たとなれば、他の奴等も何をするかわかったもんじゃない。それに、世話になった人を放っては置けない。」
「母さん、俺もロニと一緒にアイグレッテに行くよ。俺、このまま何もしないなんて出来ないよ!」
「本気?」
「「本気!」」
ルーティは二人をじっと見つめると、ため息をついた。
「あんたたちがそんな顔をした時って、絶対あたしが何言っても聞かないのよねぇ。本当はそんな危ないことに首突っ込んで欲しくないんだけど……」
そう言ってロニを見るルーティ。
「ロニはもう大人だし、やると決めた事にあたしが口出しするものでもないわ。ただし、くれぐれも無茶しない事! いいわね!」
「はい!」
ルーティに笑顔で返すロニ。それを見て満足そうにうなずいた後、彼女は今度はカイルを見つめた。
「そう、ロニはもう大人。だけどカイル、貴方はまだ子供よ。それは良いわね?」
「うん。それでも俺は皆を!」
助けたいと言おうとするカイルの口は、ルーティの指でふさがれた。
「わかってるわよ。あいつとあたしの子供だもの。言い出したら聞かないってのは。ダメって言っても何度も説得しようとして、それでもダメならこっそり行くくらいの事はしそうだし」
「そ、そんなこと……ない……よ?」
「お前、図星だったんだな?」
ルーティににらまれ、カイルはそっと目をそらした。その様子を見て、ロニはくくっと笑った。
「あんたは決して弱くない。少なくとも、この近辺のモンスター程度だったら決して負けないくらいに鍛え上げたつもりよ。それでも、あんたはそのサブノックって奴に負けた。そしてたぶん、他の親衛隊の騎士にも勝てない。それでも行くの? 言っておくけど、ロニが居るから大丈夫ってのは無しよ?」
淡々と事実を突きつけるルーティの言葉に俯くカイル。
「行くよ。俺は行く」
だが、彼は俯いたまま答えた。
「牢屋の中や帰ってくる途中、俺も考えたんだ。今の俺はサブノックに勝てない。アイグレッテまでの道中で多少は強くなれるかもしれないけど、それでも勝てないと思う」
そこまで言うと、カイルは顔を上げた。その瞳には強い意志が宿っていた。
「でもさ、ダメなんだ。サブノックに勝てないとか、他にも母さんに心配かけるからとかいろいろ理由考えてさ。孤児院でおとなしくしてよう、ロニに全部任せちゃおうって思おうとした。だけど、」
そう言って拳を握るカイル。
「誰かが助けが必要だとわかっているのに動かないなんて、俺にはそんなこと出来ない!」
そんなカイルを、ルーティは感慨深い目で見つめていた。
「……まだまだあんたも、おちびちゃんたちと変わらないと思ってたんだけどなあ」
そう言うと、ルーティは隣の部屋から2本の木剣を持ってきて、その一方をカイルに投げ渡した。
「正直、あたしはあんたを行かせたくない。さっきも言ったけど、ロニは大人だけどあんたはまだ子供。それでもあんたが行くと言うなら、私を納得させてみなさい」
そう言ってルーティはカイルに剣を突きつけた。
「カイル、戦って勝てない相手にはどうすればいいの?」
「えっと、『正面から戦って勝てなさそうなら、絡め手インチキ何でも使って勝て、それでも勝てない相手ならそもそも戦うな』、だっけ?」
ルーティのいきなりの質問に戸惑いながらも答えるカイル。それは、モンスターと戦う時にルーティがカイルに教えていた言葉だった。とにかくどんな状況でも生きることを優先してほしい、それ故の言葉だ。その答えを聞いたルーティは満足そうにうなづいた。
「そう。でも、逃げるにしても実力は必要。だから、明日あんたの実力を確かめさせて。チャンスは10分間。その間に一発でいいわ。あたしに攻撃を当てられたら、ロニと一緒に行くことを認めてあげる。いい? カイル」
「わかったよ! ありがとう母さん!」
「ただし! 10分で一撃も入れられないようなら、ロニに任せること。良いわね?」
「うん」
「よろしい。じゃあ今日はもう寝なさい。ダリルシェイドからここまで歩いてきて、疲れてるでしょ」
「うん。お休み、母さん」
そう言って部屋に戻って行ったカイルを見送った後、ルーティはロニに話しかけた。
「ごめんね、ロニ。途中から蚊帳の外に置いちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。それにしてもいいんですか? あの条件で」
「何が?」
ロニの質問に、何が言いたいのかわからないと言った顔のルーティ。
「10分の間に一撃だったら、たぶん成功させますよ? カイルの実力は見てきたから確かです。ルーティさんに勝て、だったら無理だけど」
そう言うロニに笑って答えるルーティ。
「そうね、私も手を抜くつもりはないけどたぶん成功しちゃうわよね」
「でも、ルーティさんやっぱりカイルを行かせたくないんじゃ?」
ロニはルーティの気持ちは解っているつもりだった。亡き夫スタンの忘れ形見であるカイル。それは孤児院の子供達を皆等しく自分の子として見ているつもりの彼女にとっても、やはり特別な存在なのだ。そんなカイルを危険な旅には出したくないだろう。だが、ロニはカイルの気持ちも解っていた。だからこそ、カイルが皆を助けに行くという意志をダリルシェイドで見せた時、否定することも肯定することもしなかった。それはルーティの役目だと思ったからだ。
「うん、でもねロニ。やっぱり子供は巣立つものなのよ、遅かれ早かれ。あんたみたいにね。それがちょっと早かっただけ。」
だが、ルーティはカイルの背を押すことを選んだ。それが親である自分の責務なのだと、ほんの少しだけ、子離れしたくない親としての悪あがきにも似た条件をつけて。
「だから、カイルのことお願いね。もちろん、あんたも無事に戻ってきなさいよ?」
「わかりました、ルーティさん。不肖ながらこのロニ・デュナミス、全部かたづけてカイルと一緒に帰ってきます!」
次の日の朝、カイルはルーティと戦い、彼女に見事に一撃を入れ旅立ちの権利を手に入れたのだった。戦いの内容は特筆することもないので割愛する。だが、戦い終えた後のルーティの顔は、すっきりとしたものだったことだけ記しておく。
拙作のルーティ母さんは割とすんなり送り出してくれました。旅立ちとかは次回。尚、カイルのトラウマからくる歪みに関しては未だ誰も気づいていません。と言うか表にもあまり出てません。まだ一般常識のレベルです。『まだ』。
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1-18:旅立ち
・カイルの寝起きの悪さは、ルーティの教育の成果か野宿では解消されている。多少ふらふらするけど。と言うか野外で死者の目覚めとかモンスター呼び寄せすぎるし出来ないでしょ。ベッドとか安眠できるときに寝すぎる感じで。
・カイルはグミは割と好き。ロニはグミ嫌い。でも特にそれでどうこうなる予定はなし。
「カイル、着替え持った? 剣の手入れの道具は? グミ持った?」
「ちょ、母さん。大丈夫だから!」
ルーティの出した条件を見事クリアし、カイルはロニと共にアイグレッテに行く許可を貰った。その後すぐに旅立ちの準備を始めたのだが、この調子である。事あるごとにチェックを入れてくる母に、カイルもさすがに文句を言う。
「母さん、さっきの一撃で俺の事認めてくれたんじゃないの?」
「旅に出るのは認めたわよ? でもあんたはまだまだ子供よ子供。その証拠に、今朝だって起きられなかったじゃない」
「それを言われると何にも言えないけどさあ」
そうしてまた準備に戻り、ルーティにチェックされるカイル。そんな二人の様子を見て、ロニは自分がアイグレッテに働きに出た時の事を思い出していた。その時もルーティは今のようにロニに、あれは持ったか、忘れ物は無いかとしつこいくらいに聞いてきていた。
「諦めろカイル、俺んときもそうだった」
「そういやそうだったね」
笑いながら言うロニの言葉に当時の事を思い出したカイルは、ため息をついた。ちなみにそんな事があったからかどうなのか、ロニは夜のうちに準備は全て終えていた。最も、元々カイルが許可されるされないにかかわらずロニは旅立つのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
「後は……あんたたち、ちょっと待ってなさい」
カイルの準備が終わった後、ルーティは自分の部屋から箱を2つ持って来た。そんなに大きくはないが、鍵が付いた割としっかりとした作りの箱だ。
「母さん、その箱何?」
「ふっふっふ、積立貯金よ」
そう言って彼女が片方の箱を空けると、そこには少なくない額のガルドが入っていた。それを見て目を丸くするカイル。
「母さんこれは!?」
「あんたが稼いできてたお金の一部を貯めておいたのよ。元々は、あんたが独り立ちするときに渡そうと思ってたんだけどね。あんたが今使ってる武器や防具は長いこと修理しながら使ってたし、この際だから街を出る前に、武器屋で剣や防具を新調してきなさい。命あっての物種よ?」
「ありがとう、母さん!」
母に礼を言うカイル。実際、カイルの装備は大分痛んでいた。元々古かったのに加え、ここ最近はラグナ遺跡からダリルシェイドの地下水路、そしてクレスタまでの道中とマトモに手入れ出来ないまま戦いっぱなしだったためボロボロになっていた。
「お礼は良いわよ。元々あんたが稼いだお金だしね」
そう言うと、ルーティは今度はロニに開けていなかったもう片方の箱を差し出す。
「はい、ロニ。こっちはあんたの分よ」
「え、俺の?」
箱の中身を確認すると、そこにはカイルの箱と同様にガルドが入っていた。カイルが受け取った箱より中身は少ないが、それでも相当の額が入っている。
「ルーティさん。俺の分は俺が騎士団に入るときに受け取ったはずですが?」
首をかしげるロニ。ロニも今のカイルと同じような積立貯金箱を、昔旅立つ日に受け取っていた。そのため彼が受け取るべき貯金箱は、もう無いはずだ。
「あんたが孤児院出てから送って来たお金から、また積み立てておいたのよ。あんただけじゃなくて、孤児院から独り立ちしてって、仕送りしてきた子たち一人一人に貯金箱作ってあるのよ? あんたたちが、もし大怪我したり、病気にかかったりしたときの為にね」
「ルーティさん……」
思わず涙ぐむロニの肩をバシバシ叩くルーティ。
「そんな訳だから、それはロニのお金なんだから遠慮なく持って行きなさい! ただし、無駄遣いはダメよ? カイルもね!」
二人に向けて注意するルーティに、二人は頷いた。
「解ってるよ。大事に使う!」
「ええ、当然です!」
「ん、よろしい!」
そう元気よく返した二人に、彼女は満足そうに頷くと、手を叩きながら他の子供達を呼び寄せた。。
「よし、じゃあ皆! カイルとロニに行ってらっしゃいの挨拶をしなさい!」
ルーティの声に、別の部屋にいた孤児院の子供達が一斉に集まってくる。集まった皆はカイル達の元に我先にと押し寄せ、言葉をかけていく。
「気をつけてね、カイル兄ちゃん! ロニ兄ちゃん!」
「怪我しないでね!」
「カイルー! ロニー! お土産買ってきてねー!」
「ロニー! カイルに迷惑かけるなよ!」
それを受けて顔を綻ばせるカイル達。
「ありがとう、皆!」
「次に来るまで元気にしてろよ! 後、最後の言ったの誰だ! 逆だ逆!」
そんなこんなで子供達にしばらくもみくちゃにされた後、二人は孤児院の扉に手をかけた。扉を開けようとする二人に、ルーティが声をかける。
「二人とも、やるからにはどんだけ時間がかかってもいい。全部キッチリけりをつけてきなさい。途中で投げ出すんじゃないわよ? それから、ちゃんと無事に帰ってくるのよ!」
「解ってるよ、母さん。いってきます!」
「それじゃあ、行ってきます。ルーティさんもお元気で!」
ルーティの声に拳を上に掲げて答えると、二人は扉を開けて外へと歩き出した。そんな二人の背中を、ルーティはじっと見つめていた。
(スタン、あの子たちを見守っててあげて。まだ、あんたの所に連れてっちゃ嫌だからね?)
こうして皆に見送られながら、カイルとロニはデュナミス孤児院を後にした。
その後、クレスタの武器屋で新しい武器や防具、グミなどの薬を買ったカイル達は、街の出口でこれからの行動について最後の確認をしていた。
「これから俺たちはアイグレッテを目指す訳だが、俺たちはダリルシェイドには立ち寄れない。これは良いな?」
「うん、まだ冤罪が晴れてないからね」
ロニの言葉にうなづくカイル。冤罪どころか、おそらく今は脱獄の罪も加わっている事だろう。こっちは冤罪でも何でもなく事実だから困ったものだ。そんな二人がダリルシェイドの街に近づこうものなら、もれなく通報されて再びあの地下牢行きだ。
「ああ、だから騎士団の連中に見つからないようにしないといけない」
そう言ってロニは荷物の中から地図を取り出し、クレスタからダリルシェイド、そしてアイグレッテへの街道を指でなぞった。
「本来ならクレスタからアイグレッテには、街道を通ってダリルシェイドを経由、その先にあるハーメンツヴァレーにかかってる橋を渡って進む。だが、お尋ね者の俺たちがそんなルートを進んでたら、ほぼ確実に騎士団の奴らに見つかっちまう」
そう言うとロニは指をクレスタに戻し、今度は街道では無く周囲の森をつなぐ形に指を動かしていく。
「だから、俺たちは街道をなるべく避けて行く。当然、旅人用の小屋もだ。クレスタを出たら、森から森へ進みながら移動する。アイグレッテに向かうならどうしてもダリルシェイドの近くを通らなきゃならないが、そこは仕方ないから夜まで待って一気に抜ける。ダリルシェイドを抜けたら、また森から森へ進んでアイグレッテを目指す。問題はここだ」
そう言うと同時にロニの指が、アイグレッテの手前で止まった。そこにはハーメンツヴァレーと書かれていた。
「こちら側からアイグレッテに行くには、この谷に渡された長いつり橋を渡る必要があるんだが、ここに騎士団が待ち受けてる可能性が高い。なんせ脱獄犯がアイグレッテに入ったら大変だからな」
「それじゃあどうするの? 橋を渡らないとアイグレッテに行けないんでしょ?」
カイルが質問すると、ロニはハルバードの柄で地面に絵を書き始めた。
「確かに谷を渡らないとアイグレッテにはたどり着けないが、別に橋を渡らなきゃならないって訳でもない。こんなふうに谷を降りて、下の方で渡ってまた昇れば橋を使わずとも向こう側には行けるさ。時間は多少かかるし、モンスターは居るだろうがな。後は騎士団に気をつけながらアイグレッテの街に入って、情報を集めてストレイライズ大神殿に潜入ってのが大まかな流れになるな」
そこまで言うとロニは地図を荷物の中に戻した。
「なるほど。でも今の俺たちってお尋ね者だよ? 情報収集とかうまく行くのかな?」
「そこについても考えてあるさ。アイグレッテに着いたら、反エルレイン派の司祭や騎士に接触するつもりだ。彼らに協力を仰ぐ」
「でも、反エルレイン派だからって、犯罪の容疑が掛かってるロニの話を聞いてくれる?」
いくらエルレインをよく思っていないとは言え、犯罪者を見逃すかどうかと言うのはまた話が別のはずだ。
「それなりに親しくしてた奴らだからな。それにアガレスさんもアイグレッテに行ったってんなら、あいつらも洗脳されてるあの人の不自然な様子に気づいてるはずだ。俺たちに、と言うか俺にかかった容疑についてもおかしいって思うだろうし、話を聞かずに拘束されるって事は無いだろう」
「解った。それじゃあそろそろ行こう。いくらある程度安全だとしても、確実じゃない以上リアラやアガレスさん達を助け出すのは早い方がいいよ」
カイルの言葉にうなづくロニ。確かに彼らが危害を加えられないだろうというのは自分たちの勝手な憶測に過ぎない。ハーメンツヴァレーで時間がかかることが解っている以上、行動は迅速に行うべきだ。
「そうだな。行くぞ、カイル」
「おう!」
こうしてカイルとロニはアイグレッテを目指して旅立った。
橋で不審者を待ち構える騎士団と聞いて、何かを察したあなたはたぶん正しい。というか脱獄した人間が普通にダリルシェイドうろつける原作世界がちょっとおかしい気がするのは自分だけだろうか。
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1-19:アイグレッテへ その1
・ホーリィボトルは中身を被るもの ダークボトルも被るもの
クレスタを出た後、カイル達は予定通り森から森へ身を隠しながらアイグレッテを目指した。もちろん森の中を行く以上、街道を行くのに比べてモンスターと遭遇し襲われる確率も高くなる。
だが、街や小屋に立ち寄れず、薬の補充ができないこのアイグレッテへの道行きでは、モンスターとの戦いは出来るだけ避けたい。そう考えたカイル達はきっちり対策を練って来ていた。
「ロニ、そろそろホーリィボトルの効果切れるんじゃない?」
「だな。そろそろ新しいボトルを開けるか」
それがこの『ホーリィボトル』だ。ホーリィボトルは聖水が詰められた瓶で、この中身を体に振りまくことでしばらくの間モンスターが寄りつきにくくという代物だ。聖水の製法は謎だが、街に置いてある特殊レンズの出来損ないを砕いて溶かし込んでるのではないかと言う噂があったりする。これをカイル達はクレスタの雑貨屋で出発前に買い込んできたのだ。あくまで『寄りつきにくくする』だけなので、襲ってくるモンスターが居るものの、それでも普通に森の中を進むよりは楽に進む事ができた。
そして現在、二人はダリルシェイドからそう遠くない森の中で、木の上に身を潜めていた。彼らがここにたどり着いたのはを昼間だったため、予定の夜まで休憩中だ。カイルは剣の手入れ中で、ロニは道具袋を開けてホーリィボトルの残数を確認していた。
「ひぃふぅみぃ……残り8本ってことは7本は使ったのか。思ったよりもホーリィボトルの消費が激しいな」
「仕方ないよ。街道避けてるから必然的に遠回りになってるし」
剣を研ぎながらカイルが言う。基本的に最短距離を行く街道からわざわざ離れて移動しているため、カイル達はかなり遠回りをしていた。それでも騎士団に見つかるよりはマシなのだが。
「しかし8本か。ハーメンツヴァレーまでもつといいんだが」
ロニの予想通りハーメンツヴァレーに騎士団員が張り込んでいた場合、モンスターと戦闘になればその騒ぎを聞きつけられる可能性がある。そのため、ハーメンツヴァレーを突破するまではホーリィボトルを切らしたくはなかった。
「なるべく最短距離を突っ切るしかないよ、ロニ」
「まあ、そうなるよな」
カイルの言葉にうなずくロニ。結局それしかないということは彼にも解っていた。その後食事をとったりしながらカイル達は夜を待った。
夜になり、カイル達は予定通りダリルシェイド周辺を通過した。見回りの騎士を警戒しての夜間移動だったが、特に騎士に遭遇することはなかった。と言うより、見回りの騎士自体が居ないようだった
「おかしいな、少しは人が居るかと思ったんだが……」
「さすがに何時までもダリルシェイドの近くには居ないと思ったんじゃないの?」
「いや、それにしても見回りの騎士は何人かは居るはずなんだが」
ロニが首をかしげる。ダリルシェイドは建物の大半が崩壊しており、万が一モンスターが襲ってくると大変なことになる。そのため、特殊レンズは設置してあるものの常に何人かの騎士は昼夜問わず見回っているはずだった。
「偶然会わなかっただけじゃない?」
「だといいんだがな」
カイルの言う通りだとは思いつつも、ロニの顔は晴れなかった。だが、いくら疑問が残るとは言え犯罪者扱いされている自分たちが、ダリルシェイドに行って様子をうかがう訳にも行かない。二人はそのままアイグレッテへと向かった。そうして昼頃には二人はハーメンツヴァレーに辿りついた。
ハーメンツヴァレー。神の眼の騒乱の際に消えてしまった村『ハーメンツ』の名を残すこの谷は、ダリルシェイドとアイグレッテをつなぐ街道の途中にあり、谷の上側には双方をつなぐ為の長い橋がかけられている。橋には街の周辺に配置されている特殊レンズと同じものがはめ込まれており、橋周辺にはモンスターが来ないようになっている。
だがレンズの効果範囲外、つまり谷の下側には多くのモンスターが生息している。さらに谷の下側には、その地形が生み出す強烈な突風が吹き荒れている。その強さは、時には人間一人を軽々と持ち上げるほどだ。故にこの谷の下側をわざわざ通る物好きは居ない。
まあ、だからこそカイル達はあえてそこを通ろうとしているのだが。もし騎士団が配置されているとしても、通るのが困難な下側に割かれる人員は少ないだろうと考えての事だった。
今二人が居るのは、ハーメンツヴァレーの傍にある丘の上。街道から微妙に外れた所にあるこの丘はほとんど人が来ることが無く、ロニは自主練習の時によく来ていたという。そしてこの丘からはハーメンツヴァレーが良く見える為、一度様子をうかがうためにここに立ち寄った
この丘からなら谷にかかる橋、そしてその周りが良く見える……はずだったのだが。
「橋が……無い?」
一目見て、ロニは異変に気付いた。"ハーメンツヴァレーに橋が掛かっていなかった"のだ。
「一体どうなってるんだろう」
「カイル、ちょっと双眼鏡くれ」
カイルから双眼鏡を受け取ったロニがハーメンツヴァレーを見てみると、そこには焼け焦げたようは谷の残骸があった。そして谷の両側では、アタモニ騎士団の騎士達が橋の修理作業をしているようだった。
「なんでか解らんが、橋が落ちてるみたいだ。騎士団の連中が橋を修理してる。たぶんダリルシェイドの見回りの騎士がいなかったのは、街に最低限の騎士を残してこっちにまわしてたからだろう。橋が落ちたままだと配給品も運び込めねえからな」
一応ダリルシェイドにも特殊レンズは配置されているので、街の見回りも結局『万が一』を警戒してに過ぎない。起こるかどうか解らない『万が一』よりは、目の前に確実に起きている問題をどうにかする方を選んだのだろう。配給品はある程度の量は貯蓄してあったはずが、それもいつまでもつかはわからない。
「にしても、何で橋が落ちてるの?」
「わかんねえなあ。なんか焼け焦げてるっぽいけど、雷でも落ちたか?」
今のロニ達には橋が落ちた理由を知るすべは無い。だが、これはチャンスかもしれないと、ロニは再びハーメンツヴァレーの方を双眼鏡で見た。騎士団員は皆橋の事にかかりっきりになっている。そして橋の下側には騎士は居ないようだった。どうやら皆橋の修理にかりだされているらしい。
「カイル、騎士団の連中に見つからないように谷の下側へ行くぞ。今ならたぶんモンスター以外気にせずにハーメンツヴァレーを抜けられる」
「OK、急ごうロニ!」
「その前にホーリィボトルを使っておこう。何とか3本残してここまで来れたのはよかったぜ」
二人はホーリィボトルの中身を被ると、身をひそめながらハーメンツヴァレーへと急いだ。
騎士達が橋の修理に集中しているためか、カイル達は見つかることは無かった。彼らの視界を避けるように、少し迂回しながら二人は谷を降り始める。ホーリィボトルのおかげでモンスターに襲われることも無く、二人は順調に谷を降りて行った。
だが、途中でロニが道具袋を開いた時だった。突風が吹き、ロニはそれにバランスを崩して道具袋を下に落としてしまった。
「あ、やべえ!」
「袋が!」
急いで袋を追いかけるカイルとロニ。幸い袋はそんなに下まで落ちてはおらず、無事に回収することができたが、ホーリィボトルを始めとしたボトル系のアイテムの大半が落下の衝撃で割れてしまっていた。
「あっちゃ~、ビショビショだ」
「参ったな。ホーリィボトルに……ライフボトルもおじゃんか。」
「ここからはホーリィボトル無しで行かないとだね」
ホーリィボトル無しで行く。それは谷に住むモンスター達にいつ襲われてもおかしく無いということだった。
「空翔斬!」
鳥型モンスターのヴァルチャーの翼目がけて、高く飛びあがったカイルの剣が叩き付けられる。片翼を失ったヴァルチャーは地面へと堕ちて行った。
やはり予想通りというか、ホーリィボトルの効果が切れてからそう時間がたたないうちに、カイル達はモンスターに襲われていた。ハーメンツヴァレーに生息するモンスターは鳥のようなヴァルチャーや亜人型……手足が鳥のそれであるオキュペテーのような飛行できるタイプと、猿型のロックハープンや岩の体を持つゴーレムのような重量級のモンスターの2系統に分かれる。そのためカイルが飛んでいる敵を、ロニが重量級の敵の相手をしていた。
「ロニ、そっちはどう?」
空中の敵をあらかた片づけたカイルがロニの方を向くと、そちらも最後の一匹を倒す所だった。
「戦吼!」
ロニの回し蹴りがロックハープンの顔面に叩き込まれる。思わず仰け反ったロックハープンの無防備な胴体に、戦気の塊を纏ったロニの掌底が叩き込まれる。
「爆ッ破ぁ!」
強烈な一撃によりロックハープンの体は吹き飛ばされ、岩壁に叩き付けられた後そのまま動かなくなった。
「おー、今の技初めて見たよロニ!」
「へへっ、俺の進化は止まらんぜ!」
ロニの新技に驚くカイル。まあ実際は騎士団に居た頃に使えるようになったものの、帰って来てから使う機会が無かっただけと言うのは内緒だ。
そうしてあらかたモンスターを片づけた二人は、ようやく谷底までたどり着くことができた。
「こっから谷の向こう側まで歩いて行って、そっからまた昇ってくのか。中々しんどいね、これ」
「ま、しかたねえな。がんばろうぜ」
そう言って二人が歩き出そうとした時だった。
「ん、何だ?」
二人の進もうとした方向に人影が見えた。どうやらモンスターと戦っているようだ。騎士団の人間ではないようだ。というか二人には、その人物に見覚えがあった。正確には、かぶっている骨にだが。
「ってロニ、あの骨!」
「ああ、あいつだな。急ごう!」
果たして、戦っている人物の正体は誰なのか(棒
とりあえず、落ち着いて物書ける時間が欲しい……
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1-20:アイグレッテへ その2
カイル「そういやさ、ロニのスパイラルドライバーってあるじゃん」
ロニ「ああ。それがどうかしたか?」
カイル「あれ、空破特攻弾とどう違うの?」
ロニ「飛距離が違う」
カイル「……だけ?」
ロニ「だけ」
やはりと言うかなんというか、戦っていた人物はジューダスだった。まあ、骨の仮面なんて被った人物などそうそういる訳ないのだが。
「相手はロックハープンだな。ってなんだありゃ!?」
ジューダスの戦っている相手を見たロニが、驚きの声を上げる。カイル達も先程まで戦っていたロックハープンのようだが、ジューダスの戦っている個体は先程の奴よりも二回りほど大きかった。彼らが戦っている周りに複数のロックハープンが倒れているのを見るに、どうやらこの近辺のロックハープンのボスが群れで襲い掛かってきたらしい。
ボス以外を一人で片づけてるあたりさすがと言ったところだが、ジューダスも無傷では済まなかったらしく、本来なら二刀流で戦うはずの彼の手には長剣しか握られていなかった。このままでは危ないのは誰の目に見ても明らかだった。
「ロニ! ヒール詠唱急いで!」
「解ってるよ!」
二人の判断は早かった。カイルがロックハープン目がけて走り出すのとロニが回復晶術を唱える始めるのは同時だった。
「ガァァァァ!」
「調子に乗るな! 虎牙破斬!」
ジューダスの放った上下段の連続斬りがロックハープンの体を切り裂く。だが、まるで何事も無かったかのようにロックハープンはジューダス目がけて腕を振り下ろした。
「ぐぁぁっ!」
地面に叩き付けられるジューダス。唯でさえ打たれ弱い上に、今のジューダスは雑魚ハープンたちとの戦いでかなりの傷を負っていた。このままでは彼を待っているのは死だろう。もはや出し惜しみしている場合では無い、そうジューダスは考えた。
(誰かに見られることを気にしている場合では無いか)
そして彼がマントの影から何かを取り出そうとした時だった。
「いくぞ、シャ「空破絶風撃!」!?」
駆けつけたカイルが放った一撃が、ロックハープンを思いっきり吹き飛ばした。同時に詠唱を終えたロニの回復術が彼の体を癒していく。慌ててジューダスは取り出そうとした何かを戻した。
「大丈夫? ジューダス」
「久しぶり、ってほどでもないがまた会ったな」
ジューダスに駆け寄ってくる二人。どうやらジューダスが何かを隠したことには気づかなかったようだ。その事にほっとするジューダス。
「どうした?」
「いや、何でもない」
「そうか? まあそんなことはいいや。まだやれるか?」
「ふん、当然だ。お前たちこそどうなんだ?」
「ボロボロのジューダスよりはマシだって」
「それでもロニよりはマシだぞ?」
「どういう意味だこら」
軽口を叩きあう三人。だが、それは決して目の前の敵を忘れているからでは無い。短い間ではあるが共に戦った仲だ。だからこそわかるのだ。
『自分たち三人ならば、こんなサルなんてどうと言うことはない』と。
「さあ、行こう!」
駆けだしたカイルに合わせて、ロニとジューダスもロックハープンに向かって行く。
「切り刻む! 遅い! 魔神千裂衝!」
カイルらが加わってもしばらくの間持ちこたえていたロックハープンのボスだったが、最後はジューダスが放った連続斬りによって倒れ伏した。
「正直、危ない所だった。礼を言う」
「俺たちだって牢屋から抜け出すの手伝ってもらったんだし、お互い様だって」
「そうそう、気にすんな」
剣を収め、礼を言うジューダスに、二人は笑って答えた。
「ところで、何でジューダスがここに?」
「ああ、アイグレッテに居る知りあいを尋ねようと思ったんだがな」
そうしてジューダスは何があったかを話し始めた。別れてからカイルらと同じように小屋で一泊した彼は、そのままアイグレッテを目指した。その後ハーメンツヴァレーまで来たのだが、その時アイグレッテ側から一人の男が走ってきた。どうやらモンスターに襲われた行商人のようで、モンスターに追われながら必死に橋を渡ってきていた。その時、モンスターが放った晶術が橋に着弾。木製だった橋は簡単に燃え上ってしまった。男は火が広がる前に渡りきることができたが、橋は燃え落ちてしまったとのことだった。
さすがに橋の修理が終わるまで待っていられなかったジューダスは、カイルら同様谷を降りてから登る方法でハーメンツヴァレーを抜けようとしたのだが、谷底まで落りたところであのボス猿に目をつけられたのだと言う。
「雑魚はなんとか片づけられたんだがな。群れのボスが異常に打たれ強くて難儀してたんだ。お前たちがいなければ危ないところだった」
「ホーリィボトルは使ってなかったの?」
「使ってはいたんだがな。ああいうボスクラスのモンスターはホーリィボトルでも怯まないことが多い。あいつもそうだった」
「あ、ちょっと待った。ということはホーリィボトルもってるんだな?」
ジューダスの言葉に、ロニが食いついた。
「ん? ああ、お前たちと別れた後、街道沿いの小さな村に寄った時に買い込んだんだが」
「ってお前街道通ってきたのかよ」
「当然だろう? お前たちは……ああ、指名手配中だったな」
「悪かったな、凶悪犯で」
そんな二人のやり取りはまるで悪友同士のじゃれあいだった。この二人、意外と相性がいいのかもしれない。
「それで、ホーリィボトルがどうかしたのか?」
「ああ、俺たち街道を通らなかったから、ホーリィボトル使い切っちゃってさ」
「良けりゃあアイグレッテまで一緒に行かせてくれねえか?」
「なるほど、そう言うことか。断る理由もない」
決して、うっかり落として瓶を割ったとは言わない二人であった。
それからは特に何事もなく順調に進み、無事にアイグレッテ側に抜けることができた。そこからはジューダスのホーリィボトル頼みで街道を避け(途中でジューダスが遠回りになることに関して嫌味を言ったりしたが)、1日ほどでアイグレッテにたどり着くことができた。後はどうやってアイグレッテの中に入るかだったのだが……
「いやあ、お前らが門番の日で助かったよ!」
幸運にも、その日のアイグレッテの街の門番はロニの知りあいで、さらに反エルレイン派の騎士だった。そのおかげで割とあっさり中に入ることができた。ちなみに割と、とつけたのはジューダスが少し怪しまれたからだったりする。
「いやしかし驚いたぜ? お前がレンズ強奪したなんて知らせを受けた時は」
「すまない。心配かけちまったか?」
「いや、ついにやったかって思った」
「お前なあ!」
そう言ってじゃれあう二人。知りあいどころか結構親しい友人のようだ。そんな二人を後目に、カイルはジューダスと話していた。
「これからジューダスはどうするの? 知りあいに会いに来たって言ってたけど」
「ああ、それなんだがカイル。一つ尋ねるが、お前たちはこの後ストレイライズ大神殿に忍び込むつもりなんだな?」
「うん。あの人の話だと、サブノックたちは大神殿の方に行ったらしいし」
ロニの友人の情報により、サブノックらは皆大神殿に向かって行ったということは解った。そうなればカイル達もそこに向かうしかない。犯罪者扱いなので当然正面からは入れないので、忍び込むハメになるわけだ。
「ならば、僕も一緒に行こう」
「ええ!?」
ジューダスの発言に驚くカイル。
「いや、でもどうして?」
「何、僕が用がある相手も、大神殿に居ると言うだけだ」
「でも、それだったら普通に大神殿に行けば……」
「カイル、騎士団員のロニならともかく、一般人の僕が行っても門前払いされるだけだ」
「そうなの?」
とりあえず、骨を被った一般人が居るのだろうかと思ってしまったことは黙っていることにしたカイルだった。
「まあ、そのロニも今は泥棒扱いで正面からは無理だがな。そして僕はその知りあいになるべく早く会わなければならない。だったら後は忍び込むしかあるまい」
「そうまでして会わなきゃならない知りあいって一体誰なのさ」
カイルは当然の疑問を口にした。ジューダスはしばらく考えた後、カイルの眼を見ながら答えた。
「すまないが、名前は言えない。だが、僕はどうしてもあいつに会わなきゃならないんだ」
本来ならば、怪しいと斬って捨てられても仕方ないその言葉。だが、カイルはジューダスの眼に真剣さを見た。無論、カイルはまだ15歳の若僧だ。その目を含めてだまされているのかもしれない。だが、カイルは自分を助けてくれた目の前の人物の眼差しを信じたいと思った。
「うん、解った。一緒に行こう、ジューダス!」
「っ、いいのか? 自分で言うのもあれだが、だいぶ怪しいと思うんだが」
「自分から言い出しといて何言ってるんだか。いいんだよ。俺はジューダスを信じた!」
そう言うカイルを見て、ジューダスはぼそりと何かを呟いた。
「ん? 何か言った? ジューダス」
「いや、何でもない」
「そう? よし、それじゃロニにもジューダスが一緒に行くって伝えないと」
そういってロニの方に駆けていくカイルの背中を、ジューダスはまぶしそうに見つめていた。
かなり無理やりな気がするけど、ジューダスさんここで加入です。第一章はアナゴさん凹ってアイグレッテの港から出発するあたりまでになります。
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1-21:ストレイライズ大神殿へ
・ジューダスの方が先にアイグレッテに向かったのにハーメンツヴァレーで合流できたのは、ジューダスが道中で
1)街道沿いにある、名前も無い小さい村によって道具や装備の補充をしていた。
2)元々の能力と今の能力の差異からくる違和感を埋めようと少し訓練していた。
ということをしていたため。
2に関しては地下水道の中で自覚した感じ。
・ホーリィボトルの設定は全てフィクションです。実際のそれとの関係は一切ございません。
ロニの友人に別れを告げ、カイル達はアイグレッテのはずれに来ていた。ストレイライズ大神殿に忍び込む方法を考えて居た時、ロニがあることを思い出したのである。
「ロニ、ここがそうなの?」
「ああ、間違いない。昔アガレスさんから聞いた話だと、ここから入れるはずだ」
カイル達の目の前には、大きな洞窟が広がっていた。ロニが思い出したこと、それはアイグレッテの地下に広がる古代遺跡の話だ。ストレイライズ遺跡……ストレイライズ大神殿と同時期に作られたと思われるその建築物は、ストレイライズ大神殿に通じているということをアガレスから聞いていたのだ。
もっとも、騎士団に入ったばかりの話だったことと、一度も訪れたことが無かったこともあり、ロニはつい先ほどまですっかり忘れてしまっていたのだが。
「気をつけろよ、お前ら。遺跡の外には特殊レンズのおかげで出てこないが、ここから先はモンスターの巣だ。どこから襲い掛かってくるかわからねえぞ」
「って言ってる傍から来たし!」
カイルの言う通り、遺跡の奥からモンスター達が飛び出してきた。ハーメンツヴァレーでも戦ったゴーレムが1体に、空飛ぶ石像『ガーゴイル』が複数だ。遺跡らしくと言っていいのかは謎だが、無機物のモンスターばかりだ。
「先に行くよ!」
「くそ、先にホーリィボトル使っとけばよかったぜ!」
「こんなにモンスターが多い所だと、使ってもあまり効果はあるまい。愚痴らず行くぞ!」
愚痴るロニを叱咤しつつ、ジューダスは先に駆けだしたカイルに続いた。ホーリィボトル、と言うよりも街を守っている特殊レンズの原理とは、『特殊な晶力によって強大なモンスターが居ると誤認させる』ことだ。それによって街を『自分たちよりも強力なモンスター達の縄張り』と誤認させることにより、モンスター達が入って来れないようにしているのだ。
その特殊レンズの屑を使って作るホーリィボトルも原理は一緒だが、あくまでレンズの欠片、屑しか使ってないため、どうしても特殊レンズよりも効果が落ちてしまう。
精々『なんか強そうな相手が居るな』くらいの効果しかない。それでもある程度のモンスターは遠ざけることができるが、相手がボスクラス……たとえばハーメンツヴァレーで戦ったロックハープンのボスのように、自分の強さに自信をもっている場合や、今のように数が多い場合はそれほど効果が望めなくなってしまうのだった。
「ああもう解ったよ! 放墜鐘!」
ロニは近くのゴーレムにハルバードを突き刺し、そのまま力まかせに飛んでいるガーゴイル目がけてぶん投げた。突然のことによけきれなかったガーゴイルたちが、ゴーレムにぶち当たって地面に落ちてきた。
「やるな! ならば、幻影刃!」
そして落ちてきた敵たちを、ジューダスがその隙間を縫うように斬りつけて行く。それほど大きなダメージは無いようだが、落下から体制を立て直そうとするモンスター達の動きを阻害するには十分だった。
「そしてダメ押し! スラストファング!」
そして最後にカイルが一定範囲内を風の刃で切り刻む中級晶術『スラストファング』を放った。落下と追い打ちの斬撃で体制を崩していたモンスター達はそれを避けることができず、なすすべも無く切り刻まれて行った。
「見たか!」
「見てねえよ!」
「見てろよ!」
「バカやってないで先へ進むぞ!」
連携が綺麗に決まったからか調子に乗っている二人を、ジューダスが諌める。とりあえず見える範囲の敵は片づけたが、遠くから何かが歩いてくる音が聞こえる。まだまだモンスターは居るのだろう。こんな所で立ち止まっている暇はない。
「解ってる。次が来る前に先に進もう!」
「カイル、急ぐのは良いが注意を怠るなよ?」
三人は武器を構えたまま、奥へと進んで行った。
「何だろう、ここ」
モンスターを倒しつつ奥に進んだカイル達が見つけたのは、閉ざされた扉と、等間隔に区切られ、様々な色で塗られた床だった。床の上には文字が刻まれており、それは子供が文字を学ぶ為の木製ブロックのようにも見えた。
「んー、これはあれだな。正しい順番で歩くと、閉じている扉が開くとかそんなだろ」
「んじゃ正しい順番って?」
「そりゃ今から考える」
頭を悩ませる二人をよそに、ジューダスはためらうことなく歩き出した。それを見て慌てるロニ。
「お、おいジューダス! 下手に動くなよ! 罠とかあったらどーするんだ!」
「問題ない。もう答えは解った」
「は?」
唖然とするロニを後目にどんどん歩を進めるジューダス。そうして彼が扉の前にたどり着くと同時に、彼が歩いてきた床が光り扉が開いた。
「おいおい、本当に解いちまったよ。早すぎるだろ」
「えっと……D E S T I N Y……デスティニー?」
カイルはジューダスが歩いた床の文字を読み上げた。
「デスティニー、古い言葉で運命って意味だったかな。しかしよく知ってたな、ジューダス」
「考古学者の知りあいが居てな。いろいろと教わった」
そう言うジューダスは、昔を懐かしんでいるように見えた。だが、何かを否定するように首を振ると、開いた扉目指して歩き出した。
「さあ、先を急ぐぞ」
「あ、待ってよ! いこう、ロニ」
「あ、ちょい待ちカイル。一応、ジューダスが歩いた通りに行こう。何かあると怖いからな」
慌ててジューダスの後を追おうとするカイルの肩を、ロニが掴む。彼の言う通り、不正解のルートを通って罠でもあった日には目も当てられない。二人はジューダスが歩いた道順を辿りながら、急いでジューダスを追いかけた。
その後、閉ざされていた扉の奥にあった階段を上り、その先にあった扉を開けた先は、どこかの物陰だった。薄暗くて、ここがどこなのかはよくわからない。
「ちょっと二人はそこで待ってろ。俺ならまだ見つかっても言い訳できるだろ。骨とか被ってたら一発で不審者扱いだし」
「言ってろ、指名手配犯」
そう言って、ロニが物陰から外に出る。特に誰かに見つかることも無かったようで、少しした後に彼は戻ってきた。
「ロニ、ここ、どこだった?」
「ここは間違いなくストレイライズ大神殿。それも、中心にある大聖堂のすぐ傍だ。ここに来れるのは神団の中でも高位の人達だけだから、俺も来るのは初めてだな。確かフィリアさんはこの大聖堂の近くの部屋で暮らしているはずだ」
普段会うときはフィリアさんの方から出向いてくれてたからな、と付け足すロニ。無論二人きり等と言ういい感じの雰囲気などでは無く、アガレスやその他騎士や司祭も居るなかでの事だということは付け加えておく。
「とりあえず、見つからないようにしながらフィリアさんを探そう。現状信用できそうな人はあの人しかいないからな」
「うん、俺はそれでいいよ。ジューダスは?」
「ああ、僕もそれでいい「きゃああああ!」っ!」
これからの行動方針を決めようとしたその時、大聖堂の方から女性の物らしき悲鳴が聞こえてきた。思わず物陰から飛び出る三人。
「今の悲鳴……大聖堂の方か!」
「まさか、フィリアさんか!?」
「じゃなかったら、リアラ!?」
「おい、待てお前ら!」
誰かに見つかるかもしれないということも忘れ、カイルとロニは大聖堂目がけ走り出していった。
「まったく、考えなしどもめ!」
そう言いながらも、自身も誰かに見つかることを気にせず後を追うジューダスであった。
「大丈夫ですか!?」
「何があったんですか!」
大聖堂に飛び込んだ二人が見たもの。それは、血だまりの中に倒れ伏す四英雄フィリア・フィリスと、その傍を彼女の名を呼ぶリアラ。そして、フィリアの血でぬれた戦斧を持った……
「ほう、誰かと思えば貴様……もしや」
「お、お前は……!」
「まさか、てめえは!」
数年前のあの日、スタン・エルロンの命を奪った『青い髪の男』の姿だった。
英雄絶対殺すマン降臨。でも、この人作中だと人質取ってスタン殺しただけで、他誰も殺せてないですよね。
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1-22:バルバトス・ゲーティア
「お前はっ!」
ロニははっきりと覚えていた。あの日、スタンの命を奪った男の顔を。あの時からほとんど容姿が変わっていない事に違和感を覚えるものの、今はそれを気にしている場合ではない。頭に血が上りそうになるのをこらえ、周囲に目をやる。バルバトスの傍に倒れているのは四英雄フィリア・フィリスだ。床に流れる血の量からして、傷が深い。すぐに手当てが必要だ。
(だが、勝てるのか?)
その為には目の前の男をどうにかする必要がある。最後は卑怯な手を使ったとはいえ、あのスタンと互角に打ち合える男に自分達が勝てるのか?頭の冷静な部分が、今すぐにでも男に斬りかかりたい自分をギリギリで押しとどめていた。
「はあああああっ!」
だが、彼の弟分はそうではなかったようだ。剣を構えるや、すぐさまバルバトスに斬りかかる。
「あ、おい! 待て、カイル!」
ロニが焦る。あの日、スタンが殺された時には気絶していたロニでも、あの男の事は今もはっきり覚えていた。スタンが殺される現場を見ていたカイルならなおさらだろう。そんなカイルがあの男を見て、感情を爆発させても仕方ない。
だが、そんな状態で勝てる相手ではないのも確かだ。舌打ちしつつ、カイルのフォローの為、晶術を詠唱し始めた。
そんな二人を見て、男は表情を変える事なく言う。
「バカめ。誰だか知らんが無駄に死にに来たか!」
突っ込んで来るカイル目がけ、男は戦斧を振り下ろす。だが、カイルはそれを受け流すと、勢いのまま彼とフィリア達の間に割り込んだ。
「フレイムドライブ!」
そして着地と同時に火炎弾を放つ。目の前で放たれた晶術に、男はとっさに後ろに飛びのく。だが、火炎弾はそのまま追いかけてくる。男は戦斧でそれを受け止めると、カイルの方に目をやる。
「ほう、考え無しの死にたがり……という訳ではないか」
男の顔が、わずかにゆがんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
男を見た瞬間、カイルの頭の中は真っ白になった。あの日から一度たりとも忘れたことのない、父の仇が目の前に居る。目の前の男への殺意が抑えられない。
だが、同時に自分の中から、『自分の怒りを優先させるな』という声が聞こえる。そんなことよりも、優先することがあると。
「フィリアさん!しっかり!」
その声のする方を見る。倒れている女の人が見える。思考が急速に冷めていく。『自分の怒りよりも、目の前の人を助けるほうが先』だと、感情をより強い思いが塗りつぶしていく。違和感はない。自分より他人を優先するのは、“当たり前”だ。
男目掛け駆けだす。まずは、あいつを彼女たちから引き離す。
「はあああああっ!」
彼の心の中の出来事に気づく者など、誰も居ない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「え!?か、カイル!?」
「また会ったね。話は後で!その人、フィリアさんだよね?手当てを!」
「は、はい!」
突然現れたカイルに混乱するリアラ。そんな彼女を背に庇いながら、カイルはそう言った。その視線は目の前の男に向けられたままだ。
「くくく、フハハハハハ!」
そんな彼を見て、男は笑みを浮かべた。それは獣が獲物を見つけた時に浮かべるような獰猛な物だった。
「悪くない、悪くないぞ!俺の名はバルバトス・ゲーティア。小僧、貴様の名は?」
男……バルバトスの言葉に怪訝な顔をしつつ、カイルは答える。
「……カイル・デュナミス。貴様が殺したスタン・エルロンの息子だ!」
「ほう、どこか見覚えがあると思えばあの時のガキか。むっ!」
突如バルバトスの上から、無数の光の剣が降り注ぐ。再び飛びのくバルバトス。
「はっ!ボケっとしてんじゃねえぞ青ワカメ!」
晶術『プリズムフラッシャ』を放ったロニが言い放つ。彼もまた、フィリアとリアラをかばうように立っていた。
「ロニ!」
「思ったよりも冷静そうで安心したぜ。二人を守るぞ!」
「うん!」
ロニの言葉にカイルが頷く。
「ふむぅ、貴様アタモニ神団の騎士だな? その割には随分と卑怯な事をするじゃあないか」
「てめぇがどの口でほざきやがる!俺はロニ・デュナミス!スタンさんの仇、そしてフィリアさんにしたことの落とし前つけさせてやる!」
笑いながら言うバルバトスに、ロニが怒鳴る。目の前の男の所業を考えれば、当然の反応だった。
「ロニ、行くよ!ウィンドスラッシュ!」
カイルも冷静ではあるが、バルバトスに対しての怒りが消えたわけではない。それを証明するかのように、風の刃が襲い掛かる。それに合わせて、ロニが飛び出していく。
「いいぞ、お前たち。それでこそ楽しめる!もっと俺を、たぎらせろぉ!」
そういいながら、ウィンドスラッシュに突っ込んでいくバルバトス。そのダメージをまるで意に介さず、ロニと相対する。
「っ、マジか!おらぁぁぁぁ!」
下級とは言え晶術に自ら突っ込んでいく事に少し動揺しつつも、ロニはバルバトス目掛けハルバードを振り下ろす。それに合わせるように、バルバトスも戦斧を振り上げる。
「ぶるぁぁぁ!」
「うぉあ!?」
戦斧を叩きつけられたハルバードは、まるで逆再生のように跳ね上げられた。
(何つー馬鹿力だよ!?)
ロニの額に汗がにじむ。こちらは両手で振り下ろしていたのに、目の前の男はそれを片手で返して見せた。単純な筋力比べでは自分など相手にすらなるまい。
そうして無防備になったロニの腹目掛け、再び斧を振るうバルバトス。咄嗟に柄で受けるが、大きく吹き飛ばされてしまう。
「ぐあああっ!」
「ロニ!変わって!」
ロニと入れ替わるように、今度はカイルが前に出る。
「蒼破刃!まだだ!蒼破追蓮!牙連っ!」
衝撃波による牽制から一気に踏込、怒涛の連撃を叩き込むカイル。だが、その連撃は全て防がれてしまっていた。
「速さは悪くない。だが、軽いわぁ!」
「蒼破っがっ!」
そのままカイルを蹴り飛ばすバルバトス。先ほどのロニ同様、大きく吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
「カイル! ロニさん!」
フィリア達の所まで吹っ飛ばされた二人を心配するリアラ。だが、今彼女はフィリアの治療中だ。彼女の傷は決して浅く無く、彼らの治療をする余裕は無かった。
「大丈夫、これくらい!」
「ああ。君は治療に専念を!」
そう言って立ち上がり、武器を構える二人。
「そうだ、その調子だ。いくらお前たちが弱いとは言え、その程度でくたばってもらっちゃぁ困る
今度は二人がかりでバルバトスに斬りかかる。だが、バルバトスはそれすらも軽々と防ぎ、いなし、反撃してくる。そんな中、カイルは疑問を口にした。
「貴様、何故英雄を狙う!」
バルバトスに、カイルが質問を投げかける。
「答えてやる義理は無い。無いが……冥途の土産だ。頼まれたからだよ」
「頼まれたって誰に!」
「そこまで答えるつもりは無い。そしてもう一つの理由はぁ!」
バルバトスが今度は攻めに転じる。重さと速さを併せ持つ連撃に、先までと変わり防戦に徹するしかなくなる二人。
「強き者との戦いこそが、俺の飢えを満たしてくれる!もっと、もっと俺を楽しませてみせろおお!」
「くっ、速い!」
「化け物かよこいつ!攻める隙が無ぇ!」
バルバトスの攻撃がさらに速度を増していく。その猛攻に、カイルとロニは少しずつダメージを受けていく。
「オラオラオラァ!どうした!この程度か!」
「ほう、ずいぶんと調子に乗ってるじゃないか。」
「ぬ!?」
突然、バルバトスの動きが止まる。同時に、彼の周囲の地面が砕けていく。何か見えない力が上から加えられているように。
「エアプレッシャー。重力場による拘束だ。いくらお前でも中級晶術の不意打ちは効くだろう」
「ジューダス!」
「ぼさっとするな!」
「「おう!」」
「空破絶風撃!」
「戦吼爆ッ破!」
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
ジューダスの叱咤に、カイルとロニはすかさずバルバトス目掛け一撃を叩き込む。強烈な突きと闘気をまとった掌底を同時に叩き込まれたバルバトスは、周囲の椅子を巻き込み吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。
「というか遅くないか、ジューダス。今まで何してたんだよ」
「何、目の前でいきなりバカ二人が突っ込んでいってくれたからな。隙をつくタイミングを待って居ただけだ。」
「「バカってなんだ!」
「ああ、囮役ご苦労というべきだったか?」
「「おい!」」
そんなやり取りをしつつも、3人とも視線はずっとバルバトスに向けていた。この程度で終わるような相手ならば、スタンも遅れをとったりはしなかった。
「く、くくく」
室内にバルバトスの笑い声が響く。
「くはぁはっはっはっ!いいぞぉ、貴様らぁ。それでこそやりがいがあるというものだぁ」
ゆっくりと立ち上がるバルバトスを見て、カイル達は再び武器を構えた。
バルバトスさんはあほみたいに強い設定で。たぶんアンノウンくらい。
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1-23:VSバルバトス I-I
設定覚書その13
・前作組の現在の強さは、全盛期より劣っては居るもののまだまだ現役クラス。とは言え現在の一流どころと比べると、年齢的にきつい。
・アナゴさんのアイテムなんぞ使ってんじゃねえ! はやらないと思われ。
「行くぞ!」
まずカイルが駆けだし、それにジューダスが続く。ロニはその場で詠唱をしつつ様子をうかがう。
「数が増えれば勝てる、とでも思ったのか!」
三人を鼻で笑いながら、バルバトスは斧を構える。状況はカイル達が有利だ。実力差があるとはいえ、カイル達が三人なのに対してあちらは一人。さらに先ほどのジューダスの不意打ちで、相手は少なからずダメージを受けている。だが、二つの点に置いて有利に立たれて尚、バルバトスはその強気な態度を崩さなかった
「へっ、その鼻ッ柱へし折ってやる! デルタレイ!」
まず最初に仕掛けたのは先頭を行くカイルではなくロニ。放たれた3つの光弾はカイル達を追い抜き、バルバトスに襲い掛かる。
「温い!」
それを斧で受け止めるバルバトス。だが、ロニもそれが通るとは思っていない。
「空翔斬!」
「幻影刃!」
防御に回った一瞬の隙を狙い、空中からカイルが、下からジューダスがバルバトスに斬りかかる。避けるにはもう遅い。だが、どちらかを防いでももう片方に斬られるだろう。
「ちっ!」
故にバルバトスは前に出た。予想外の行動に驚きつつもそのまま技を放つ二人。だが、バルバトスはさらに予想外の行動にでる。
「この程度の連携などぉ!」
カイルの剣を手で受け止めるバルバトス。当然、刃が食い込み血が噴き出す。だが、それだけだった。剣は手を切断することなく、バルバトスの手で受け止められている。
「なっ!?うぁああああ!?」
だがカイルには驚いている暇はなかった。バルバトスはそのまま、カイルを下にたたきつけた。その先に居るのは、同様にバルバトスに向かっていたジューダス。
「ぐっ!」
「っ!」
カイルをまるで鈍器のように振り降ろし、ジューダスを打ち据えたバルバトスは、そのままもう片方の手に持った戦斧を二人目掛けてなぎはらった。
「見飽きているわぁ!」
「ぐぁぁぁぁっ!」
「うわぁああああ!」
吹き飛ばされる二人。それを見て、ロニは次の攻撃の為に詠唱していた術を中断した。
「カイル!ジューダス!」
おそらくバルバトスはすぐに追撃に入るだろう。とにかく二人が体勢を立て直す時間を稼がなければ。そう考え、前に出るロニ。だが、バルバトスは予想に反してロニの方に一直線に向かってきた。
「何!?」
「貴様らの考えなど読めるに決まっているだろぉがぁ!」
振るわれた戦斧をハルバードで受け止めるロニ。だが、力の差か少しずつ押されていく。
「貧弱なんだよぉ!」
「くっそ、どんだけ馬鹿力なんだよ!」
ロニが吐き捨てるように言う。これでも力には自信があるほうだったが、この男相手ではそんな自信などあっという間になくなってしまいそうだ。
「ほらほらどうした!腰が引けてるぞ!」
「へっ、誰がへっぴり腰だってんだ!」
前に出て、少しずつ押し返すロニ。だが、押し切るには至らない。遠からず押し負け、ロニはバルバトスに切り捨てられるだろう。今の押し返しも、わずかな時間決着を長引かせたに過ぎない。だが、そのわずかな時間がロニの命運を左右する。
「前だけ見てていいのか?ネガティブゲイト!」
「むぅっ!」
体勢を何とか立て直したジューダスが、無防備だったバルバトスの背目掛け晶術を放った。唱えたのは中級の闇属性疑似晶術『ネガティブゲイト』だ。ほとばしる闇の晶力がバルバトスを包み込む。それによるダメージはさほどないようだったが、この術の本質はそこでは無い。この術は『動きを封じる空間を生み出す』のだ。それによってバルバトスの腕に籠められている力が緩んだ。
「今だ!」
その瞬間、バルバトスと力比べをしていたロニが再び押し返す。不意を打たれた為か、バルバトスの斧がはじかれた。
「爆灰鐘!」
そしてそのまま、ロニはハルバードを力任せに振り下ろす。本来この技は『武器を地面に叩き付ける』事により、砕いた地面を飛ばして前方に面の攻撃を行う技だ。だがロニが狙ったのは地面では無く、バルバトスの斧。
「何!」
「へっ、油断してるから足元すくわれるんだよ!」
全力の打ち下ろしが叩き込まれる。先とは違い、今度はロニが押す側だ。
「ふん、おとなしく体を狙えばいいものを。力比べで勝ちたい、なんてバカなことを思っているのか?」
バルバトスが嘲笑する。だが、ロニも考え無しではない。ロニの目的は、バルバトスの動きを止める事、それだけだった。彼の目に映るのは、バルバトス目掛け全力で駆けてくる弟分の姿。
「いけぇ!カイル!」
「はぁぁぁ!空破!絶風撃!」
「!?」
バルバトスの背後から、カイルが渾身の突きを放つ。剣はバルバトスの背中に吸い込まれるように突き刺さった。
「ぐっ!」
「おりゃああああ!」
それにより戦斧に加えていた力が緩んだところに、ロニは全力でハルバードを振りぬいた。戦斧を押し切り、そのままバルバトスの体を袈裟懸けに切り裂いた。
「……これで勝った、と思ったか?」
「っ!?」
「おいおい、嘘だろ!?」
だが、カイルとロニの一撃、そのどちらも決定打になってはいなかった。決して浅くはないそれらを受けてなお、目の前の男は平然としていた。
「残念だったな、これが俺とお前たち力の差だ。」
「がはっ!」
そういいながら、後ろにいるカイルをを蹴り飛ばすバルバトス。
「油断といったな? これは強者の余裕と言うものだ」
「っ!?ぐぁぁぁぁ!」
そしてロニの頭をつかむと、力任せに締め上げていく。苦悶の表情を浮かべるロニ。
「そしてぇ!気づかないとでも思っていたのか!」
「ぐあああっ!」
そしてそのまま、捕まえたロニをいつの間にか忍び寄っていたジューダス目掛けて放り投げた。
「「うわぁぁぁぁ!」
二人はもつれ合いながら後方に転がって行った。あれだけの勢いでぶつかったのだ。ぶつけられたジューダスだけではなく、ぶつかったロニにも少なくないダメージがあるだろう。致命傷と言うことは無いだろうが、二人ともすぐには動けないのは確かだった。
(くそっ、このままじゃ……!)
バルバトスに蹴られた腹を押さえながら、何とか立ち上がるカイル。とにかく注意をこちらにひきつけなければ。カイルの行動は迅速だった。
「フレイムドライヴ!」
可能な限り手早く晶術の詠唱を行い、バルバトス目がけて火の晶術を放つ。それと同時にカイルは駆けだす。
「利かぬわ!」
それに気づいたバルバトスが、振り向きながら斧で迎撃する。バルバトスが振るった斧に当った火球は爆発を起こすものの、バルバトス自身にはたいしたダメージを与えずに消える。
だがその炎は彼の視界からカイルの姿を少しの間だけ隠した。その少しの間にカイルはななめ前、バルバトスの真横に飛んでいた。一瞬だが無防備になったバルバトスの横っ腹目がけてさらに地を蹴る。
「それで俺の隙をついたつもりか!」
再び斧を振るい、迎撃しようとするバルバトス。だが、それくらいはカイルも”読んでいる”。
「空っ翔!」
バルバトスが斧を振るった瞬間、カイルは全力で地を蹴った。バルバトスが振るった斧がカイルの足元を通り抜ける。少し肝が冷えたが今はそれを気にしている余裕もない。
「斬!」
戦斧を振りぬき、無防備になったバルバトス目がけて、カイルは一気に剣を叩きつけた。
「ふん!」
だが、それでもバルバトスの方が上手だった。振りぬいた斧を引き戻し、カイルの斬撃に防御を間に合わせてきたのだ。剣と斧がぶつかり合い、体格の差かカイルの方が弾かれた。
「まだまだぁ!」
「ぐぉう!?」
防がれるならば攻め続けるのみと、着地すると同時に再び駆けだすカイル。今度は体を低くし、バルバトスの足を斬りつける。流石に、力回せに間に合わせた防御から、さらなる連撃に防御を間に合わせることはこの男にも不可能だったようだ。太ももを斬りつけられ僅かに体勢を崩した!
「スナイプ!」
斬りつけながらバルバトスの背後に抜けた勢いで体を捻り、反動で跳ぶカイル。
「しつこいわぁ!」
バルバトスはその技に見覚えがあった。ルーティが放った『スナイプロア』だ。さすがに一度受けたことがある技だからか、バルバトスも対応して来た。後ろを振り向くと共に迎撃の斬撃を放つ。だが、動きを読んで放ったその一撃はむなしく空を切るだけだった。
「……なんてね。」
確かにカイルは跳んだが、それはバルバトス目がけてでは無く『後ろ』だった。空振った事と予測が外れた事によって無防備になっていたバルバトス目がけ、さらに地を蹴るカイル。だが、それだけでは今までと同じだ。それでもカイルは突き進む。"仲間を信じて"。
「「ネガティブゲイト!」」
「なにぃぃ!?」
カイルが走り出すのと、倒れていたロニとジューダスの声が響くのは同時だった。カイルの稼いだ時間で体勢を立て直した二人が、カイルを援護するために晶術を解き放つ。
バルバトスに襲い掛かるのは、先程と同じネガティブゲイト。だが、今度は先程と違って二人がかりだ。今度は明確にバルバトスの動きが鈍くなる。
「散葉塵!」
そうして放たれたのはカイルの技の中でも最速の連撃。今度こそ、カイルの剣がバルバトスの体を捕えた。後の事など考えず、とにかく剣を振るうカイル。
「貴様ぁぁぁぁ!」
「当たるかぁ!」
斧を振るって反撃しようとするバルバトス。だが、二重のネガティブゲイトによる負荷はまだ彼の体の動きを鈍らせ続けていた。切り上げた斧はカイルに当たることなく空を切る。
「まだだ! 空破絶風撃!」
「がはっ!」
がら空きになった胴に、今度こそ神速の二段突きを放つ。暴風によって吹き飛ばされるバルバトス。だが、カイルの攻撃は終わらない。終わる訳には行かない。先ほどそれなりの傷を負わせたにも関わらず、自分達三人を打ちのめした相手だ。一度手を休めれば、またすぐに反撃してくるだろう。ならば、攻めに転じている今のうちに、可能な限り押し切るしかない。
「空を断つ……」
カイルの剣に、晶力が集中していく。サブノックとの戦いのときにスピリッツブラスター状態で放った爆炎剣と同等か、それ以上に晶力が集まって行く。そして晶力が集まり切ると同時に、剣が炎に包まれる。炎を纏った剣を構え、カイルがバルバトス目がけ突き進む。
「ぶるぁぁぁ!」
反撃しようとするバルバトス。だが、空破絶風撃によって生み出された風が彼の体の自由を奪う。その暴風の中を突き進むカイルの持つ剣の炎は、次第に勢いを増して行く。
「食らえ! 絶破滅焼撃!」
そしてその勢いのまま突き出された剣がバルバトスに突き刺さると同時に、剣が纏っていた炎が解放された。炎は周囲の風を喰らい、さらに勢いを増し、炎の奔流となってバルバトスを飲み込んで行く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「燃え尽きろおおおおおお!」
炎はバルバトスを飲み込み吹き飛ばし、後方にあった椅子や壁もろとも焼き尽くした。
「やったか?」
息を整えながら、カイルはバルバトスの吹き飛ばされた方を見る。炎が消えた後、そこにあったのは燃え尽きた椅子の残骸と焼け焦げた壁、そして全身にやけどを負ったバルバトスの姿だった。だが、驚くことに彼はそれでも立っていた。彼の服は焼け焦げ、そこから見える肌も所々炭化している。だが、それでも平然と立っているその姿に、もはやカイル達は恐怖等を通り越して、もはや呆れしか浮かばなかった。
カイルは構えを解かずにバルバトスを見据える。この様な状態でもまだ戦えると思えてしまうあたり目の前の男は恐ろしい。
「カイル、大丈夫か?」
「今手当する。ちょっと待ってろ」
そこにロニとジューダスもヒールで回復を終えてやってきた。すぐにカイルの傷もヒールで回復し、これでこの場にはほぼ万全なカイル達三人と、ボロボロのバルバトスと言う図が出来上がった。
「ここまでだ。バルバトス」
カイルがバルバトスにそう言うと、彼はカイルの顔をじっと見、そしていきなり笑いだした。
「はーっはっはっは!」
「な、何だ?」
予想外の事に呆然とする三人。
「貴様、カイル・デュナミスだったな?」
「あ、ああ」
「悪かったな。俺は貴様を侮っていたようだ。」
そう彼が言った瞬間、カイル達の足元と上空に闇の晶力が集まり出した。集まった晶力によって、空間が歪み出す。
「何!?」
「な、なんだこれ!」
「貴様らはぁ、全力でぇ、潰してやるよぉ!」
見た事がない術に混乱するカイルとロニ。だが、ジューダスはその晶術に見覚えがあるのか、焦りながら二人に叫ぶ。
「マズイ、二人とも身を守れ!」
「遅いわ! 断罪のエクセキューション!」
晶力によって歪んだ空間から、闇の力が吹き出しカイル達を打ちすえる。下からの闇の力に撃ち上げられ、上からの闇の力によって叩き付けられるカイル達。
「ぐあああああ!」
「くおおおお!」
「があああああ!」
上下から激しく吹き荒れる闇に、意識がもっていかれそうになるのを必死にこらえる三人。そんな中で、彼らはバルバトスの声を聞いた。
「貴様らの死に場所は……ここだ!」
その言葉と同時に周囲の空間が砕け散り、漆黒の死神が姿を現した。
具現結晶、無茶苦茶すぎますよね。あの時点だと。
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1-24:VSバルバトスI-II
カイル達の前に現れた『それ』は、漆黒の鎧を纏った騎士のようにも、侍のようにも見えた。
「具現結晶だと!?」
ジューダスの焦る声が聖堂に響く。具現結晶とは上級晶術の発動に用いられた晶力の残滓を使って放たれる昇華晶術の総称だ。下級、中級術の残滓を用いるそれとは異なり、上級術によって完全にその属性の『色』に染まった晶力を用い、伝承にある『精霊』の様な力持つ像を具現化するそれは、『精霊結晶』とも言われる。つまり、闇の術から生み出された目の前に居るこの鎧騎士は、それ程強大な『闇』の力を秘めた存在と言うことだ。
「貴様らの死に場所はぁ……」
バルバトスの言葉に合わせて、ルナシェイドが腰の刀に手を伸ばす。この後何をするつもりなのかは、容易に想像できた。
「二人とも!」
「解ってる! あれはやばい!」
「くそっ! しのげるか!?」
カイルが叫ぶと同時に、ロニとジューダスが晶力防御の体勢を取る。だが、3人は直感的に理解していた。『眼の前のアレが放つ一撃を避けるのは絶対に不可能だ』と。ならば正面から受け切るしかない。
(だが、あれは……)
三人は、特にジューダスは痛いほど理解していた。目の前のアレが放つ一撃は、自分たちに耐えられるものでは無いということを。それほどまでに眼の前の存在は圧倒的な力を発していた。脳裏に切り捨てられる自分達の姿が浮かぶ。
(ふざけるな!)
カイルは歯を食いしばりながら、剣を盾にし腹に力を込める。ここで自分たちが倒れれば、フィリアやリアラも殺される。それだけは何としてでも阻止しなければならない。そしてカイルが死なせたくないのはその二人だけでは無い。
「なっ! おいカイル、何してやがる!」
「カイル、下がれ!」
カイルはロニやジューダスよりも前に出る。自分の小さい体で二人の盾になれるとも思えなかったが、それでもそうしないでは居られなかった。二人さえ無事なら、フィリアやリアラを助けることもできる可能性が残る。自分の命一つで皆を守れる可能性があるのなら、それをしない訳にはいかない。
―――誰かを守れない自分に、■■■■■■■■■のだから―――
……一瞬、自分の思考が飛んだ気がしないでもないが、今この状況では関係ない。カイルは、ただ来るであろう死に備えていた。願わくば、自分の体一つで後ろの二人を守れるようにと。
「このっ、バカ野郎!」
カイルを引き戻そうと……いや、自分が逆に盾になろうとロニが前に出ようとする。だが、それがかなうことはなかった。。ルナシェイドから放たれる闇の力の奔流は激しさを増し、彼らの体をその場に縫い付けていた。まるで質量があるかのごとく体にまとわりつく闇が、彼らの体の自由を奪っていく。本来闇は実体をもたない。だが、高密度の晶力でもあるそれは、物理的な拘束力で彼らを縛り付けていた。
「ふざけんな!」
ロニが吼える。それは、誰に向けたものだったのか。自分を庇おうとしているカイルにか。そんな弟分に庇われる事しか出来ない今の自分にか。こんなふざけた力を持ったバルバトスにか。あるいはその全てにか。
「こなくそ!」
動こうと四肢に力を込めるだけで、体が悲鳴を上げる。ルナシェイドからあふれ出している力は、それだけでロニやジューダスの放ったネガティブゲイトと同等以上のものだった。それに無理やり抗おうとしているのだ。皮膚が割け、骨がきしむ。それでもロニは前に出ようとするのを止めようとはしなかった。
「やるぞ。ああ、もうそんなことを言っている場合じゃない!」
対して、ジューダスは比較的冷静だった。いや、この場に居ないはずの誰かに話しかけているという所だけを見れば、錯乱しているようにも見えるのかもしれないが。だが、彼は強大な力を持つ具現結晶を前にした今、これまでに無く冷静になっていた。
彼は『この状況を打破する手段を持っている』。だが、本来彼はその手段を使いたくは無かった。何故ならばこれを使った瞬間、『フィリア・フィリスに自らの正体を悟られてしまう』からだ。彼の目的の為にも、そして彼の感情的にも、それはどうしても避けたいことだった。
だが同様に、カイルを守りたいという思いは決して偽りの物では無い。出し惜しみをしている余裕は無い。彼は目を閉じ、精神を集中し始める。周囲にルナシェイドの放つ凄まじい力の奔流が無ければ、この場に居る人間はジューダスの元に大量の晶力が集まって行くのが感じ取れただろう。だが、今彼に起こっているその変化に気づくものは誰も居ない。
そうして、
「ここだ!」
バルバトスの言葉に合わせてルナシェイドが刃を抜き放とうとし、
「うおおおおおお!」
カイルがそれを己の全力で受け止めようとし、、
「があああああああ!」
ロニが戒めを引きちぎりカイルの前に飛び出し、
「ブラック……」
ジューダスがその集めた力を解き放とうとした瞬間。
「氷結は終焉。せめて刹那にて砕けよ!」
少女の声が、その場に響き渡った。
――――――――――――――――
「このままじゃ皆が!」
具現された精霊結晶『ルナシェイド』を見たリアラは叫んだ。このままでは、間違いなく彼らは死ぬ。だが、今の自分には何もできない。自分は所詮”あの人”よりも弱い存在。そんな自分が、あの圧倒的な力を相手に一体何ができると言うのだろうか。
そう、リアラは”あの人”を止めるためにストレイライズ大神殿を訪れた。その結果がこれだ。言葉では止められず、結果力づくで抑えこまれ、先に幽閉に近い扱いを受けていたフィリアのところに預けられた。そう、リアラの力は”あの人”には遠く及ばないのだ。
……だが、そう思うと同時にこう言っている自分もいた。『自分の力ならば、あの程度、大したものではない』と。そう、彼女は■から■■■■■た■■。本来なら、バルバトス程度など一人で何とかできるはずだ。”あの人”に劣るとは言えど、それは決して彼女に力が無いということではないのだから。
それでも、”あの人”相手に何もできなかった事実がリアラを立ち止まらせる。もし、何も出来なかったら。もし、彼らを助けられなかったら。そういったもし、が彼女の足をすくませる。
(それに、私が今あっちに行ったらフィリアさんが……)
一瞬そう考えたものの、すぐにそれは言い訳だと気づく。なぜなら、『フィリアの怪我の治療は既に終わっている』。ほんの少し前、カイルが一人でバルバトスと切り結んでいた時に。意識はまだ無いものの、命の危機は既に脱している。つまりリアラの一歩を阻んでいるのは、他ならぬ彼女自身の怯えだけだった。
(怖い……怖い……!)
そう、怯えだ。それはバルバトスの力に対する怯えではない。先ほども言った”もし”への怯えだ。人は誰しも失敗を恐れる。少し前に失敗したばかりならば猶更だろう。本来ならばある程度の時間をかけて立ち直るものだが、彼女にはその時間がなかったのが不幸だった。
「行きなさい……リアラさん」
だが、彼女には幸運なことに、道を示してくれる人が傍に居た。
「フィ、フィリアさん! ダメです、まだ動いちゃ!」
体を起こそうとするフィリアを慌ててリアラが制止する。傷が塞がったとはいえ、失った血までは取り戻せない。無理をすれば、本当に命に係わる。だが、フィリアは言葉を紡ぎ続ける。
「あなたが何を考えているかは、なんとなくわかります。それでも、あなたは行かなくては」
「わかってます、そうしないと皆が! でも……」
そう言うリアラの顔には、見てわかるほどの恐怖が浮かんでいた。
「大丈夫ですよ……あなたは、できます」
「えっ?」
フィリアは微笑みながら、リアラの手を取った。
「あなたは、私を救ってくれた。あなたには力がある。あなたに必要なのは、自らを信じること。自信を持つことです」
「自信……」
フィリアの言葉に、リアラの杖を持つ手に力がこもる。
「あなたから聞いた言葉が本当なら、あなたに秘められた力は素晴らしいもののはずです。それこそ、あの男なんて目じゃないくらいに。だって、『■■■■』の強さが、あんな一人の自分勝手な男に負けるはずないんですから。ね?」
そう言うと、フィリアは再び意識を失った。やはり無理をしていたのだろう。
「ありがとうございます……フィリアさん」
だが、その無理に感謝をしなければならない。リアラは覚悟を決めていた。そうだ、自分の力は自分だけのものではなかった。彼女が持つ力、それは■■■■の力。ならば、■■である自分は誰よりもその力を信じなければならなかった。
「行ってきます!」
そうしてリアラは、杖を持って駆け出した。自分を、そしてその身に宿る■■■■の力を信じて。
――――――――――――――――
「インブレイズエンド!」
リアラの唱えた水系晶術によって生まれた、巨大な氷塊がバルバトスとルナシェイドの真上から落ちてくる。
「小娘が!」
ルナシェイドの刃が前方ではなく真上に向かって振り上げられる。まるで豆腐でも斬るように両断される氷塊。だが、それはリアラにも想定内だ。本番はここから。
「我が呼びかけに応えよ!」
相手が具現結晶ならば、こちらも具現結晶をぶつけるまでのこと。
「アクアリムス!」
両断され、砕け散った氷塊の破片が一か所に集い、同時に周辺の『闇』の力を押し流すほどの『水』の力があふれていく。そして集まった氷が水に姿を変え、さらに槍を携えた女性の姿を形どっていく。
「皆は私が守る!」
リアラの意志に従い、現れた水の具現結晶『アクアリムス』がバルバトス目がけ突き進む。だが、それをルナシェイドの刃が阻む。
「水の具現結晶か。いいぞ、小娘。少しは楽しめそうだ!」
「っ、アクアリムス!」
リアラの声と共に、アクアリムスがルナシェイドを押しのけ距離を取る。不意を撃っての一撃は防がれた。ならば後は正面から打ち合うのみ。
「行って!」
「来い!」
水と闇、二つの精霊結晶の戦いが始まった。
リアラは単純に「人の命が危険」だから守ろうとしています。。今はまだ、「ラグナ遺跡で出会って、今また助けてくれた人たち」程度の認識ですし。
なお、この作品のリアラさんはくっそ強い設定。あくまで潜在的なあれですが。
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1-25:VSバルバトスI-III
こいつが戦闘中に論理的思考するとは思えなかったので修正(ひどい
リアラが生み出した水の具現結晶『アクアリムス』が、自らが生み出したルナシェイドがぶつかり合う。
本来ならば二属性以上の具現結晶が同時に現れることは無い。理由は単純に『晶力』が足りないからだ。具現結晶とは、大量の晶力を、一つの属性に染め上げ、一点に集中させることにより精霊結晶を具現化する術。そして、この中でも最大のネックとなるのは晶力の量だ。具現結晶に必要な晶力の量は、疑似晶術用のレンズから一度に引き出せる晶力の量を超えている。だからこそ具現結晶は容易に使えるものではなく、たとえば長引く戦いの中、周囲に徐々に満ちて行く晶力を使うなり、スピリッツブラスターによるレンズの活性化によって必要量の晶力を用意しなければならない。
バルバトスが行ったのは前者であり、つまりこの大聖堂に満ちていた晶力はその時点でほぼ使い切られていた。にも拘わらず、リアラは具現結晶を作り出した。
そのからくりはバルバトスにはわからなかったが、それはさして重要な事では無い。問題はどのように眼の前の少女…いや、敵をねじ伏せるかだ。横道に其れた思考を切り替える。あるいは、放棄する。本能のままに、力を解き放っていく。
「いいぞ、貴様!俺をもっと楽しませろぉ!」
「っ……アクアリムス!」
刃を振るうルナシェイドを、アクアリムスが真っ向から迎え撃つ。
「ぶるぅぅぅぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁ!」
二人の意志に従い水と闇、槍と剣、青と黒がぶつかり合う。少なくとも目の前の相手は、自分と真っ向からぶつかりあえる程度の力はあるらしい。
「か、かはっ!くはははは!」
それがさらにバルバトスを歓喜させ、眼の前の戦いに集中させていく。
「は、ははは、はははははははは!」
「くっ、この人!?」
そうしたバルバトスの昂ぶりに呼応するかのように、ルナシェイドの剣戟も速さを増して行く。一撃目、二撃目、三撃目と一度に放たれる斬撃は徐々に速さと鋭さを増していく。
最初は互角だった撃ち合いは、徐々にアクアリムスの防戦となり始めていた。そうしてついに、アクアリムスがルナシェイドの攻撃を防ぎきれなくなり、斬撃をその身に受け始める。
「どうしたどうした!遅い、遅いぞぉ!」
「ま、まだよ!」
具現結晶はあくまで晶術。生物では無い為、傷を負うなどと言うことは無い。だが『アクアリムスと言う晶術』を構成する晶力自体が刃によって削ぎ落され、削り取られていく。だが、リアラはそれでも退かずにアクアリムスを操り続ける。だが、ついに致命的な一撃がアクアリムスの体を貫いた。
「終わりだぁ。少しはもったがしょせんこの程度か」
「……」
勝敗は決した。アクアリムスの輪郭が揺らいでいく。後数秒もしないうちにその体は霧散し、晶力へと還っていく。後は、バルバトスがリアラ本人を切り捨てれば終わりだろう。だが、
「何がおかしい?」
そんな状況で、リアラが浮かべていたのは笑みだった。それにバルバトスが違和感を覚えたのと、
「幻影刃!」
ジューダスの剣が、バルバトスの背を切り裂いたのは、ほぼ同時だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
(そうか、やはり彼女は)
リアラが具現結晶を作り出すのを見たジューダスは、何かに気づいたようだった。
(とはいえ、カイル達の話や今までの状況から見るに、あの女とは違うようだが)
そこまで考えた所で、ジューダスは思考を切り替える。今はバルバトスをどうにかしなければならない。今は2つの具現結晶はほぼ互角に見えるものの、結局は戦いの経験値が違う。遠からず押し切られてしまうだろう。
(ならばその前に、戦いの天秤を傾ける一手をうつ必要があるが……)
周囲を見回す。カイルもロニも、そして自分も、先程のエクセキューションによるダメージが目に見えて残っている。特にロニはカイルを庇い返そうと無理をした為、限界が近いように見える。
(どうする?)
今、無理にバルバトスに斬りかかっても、反撃を受けて終わりだろう。バルバトスもそれを解っているから、自分たちを放置してリアラに集中しているのだ。そして、リアラが倒されれば次は自分たち、そしてフィリアの番だ。そして最後に自分達。
(やはり使うしかないか)
そう思い、ジューダスは再び精神を集中させ、先程使おうとしていた切り札を使おうと考えたのだが、
(……まてよ?『アクアリムス』…水の具現結晶?)
ある事に気づき、リアラ達の方に再び視線を向けた。そうしてリアラが作り出したアクアリムスを再び見つめると、ジューダスは笑みを浮かべた。
「なるほど、あの娘も中々考えているじゃないか」
そう言うと、ジューダスはカイル達に向け、小声でこう言った。
「いいか、二人とも。もう少ししたら僕がバルバトスに斬りかかる。そしたらロニは全力で攻撃晶術を放て。カイルはさっきバルバトスを吹き飛ばした技をもう一度だ」
「待て、ジューダス。そいつは」
今の自分たちには無理だと言おうとしたロニも、そしてカイルもある事に気づいたらしく笑みを浮かべた。
「……いい考えだ。あいつに勝ったら。あのリアラって子に礼を言わねえとな」
「うん。ラグナ遺跡の事も含めて、全部。だから、まずはあいつを倒す!」
そうして3人は時を待つ。バルバトスがリアラに対して勝利を確信する、その瞬間を。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「貴様ぁ!」
バルバトスが叫びながら、斧を振り下ろす。だが、その動きにはキレがない。ジューダスが与えた傷は、決して浅いものではなかった。
「プリズムフラッシャ!」
続けざまにロニが光の晶術を放つ。上空から降り注ぐ七色の光の剣が、バルバトスの体を切り裂いて行く。
「ええい!うっとうしい!」
力任せに武器を振り回し、光の剣を弾き飛ばすバルバトス。
「おいおい、こっちに気を取られていいのか?」
「……!」
ロニがそういいながら指さした先では、ルナシェイドがその姿を揺らがせ始めていた。結局のところ術である具現結晶は、術者が居なければ形を保つ事はできない。元々戦士であり、術をメインに扱っているわけでもないバルバトスには、攻撃に対処しながら具現結晶を維持するのは無理があるということだろう。
「ちぃっ!」
ルナシェイドの姿が掻き消える。下手に維持しようとするよりも、目の前に集中するべきと判断したようだ。
「貴様ら、何故動ける!?」
「全部、彼女のお陰だ」
バルバトスの疑問に、ジューダスが答える。最も、舞うような剣戟で責めたてながらだが。
「アクアリムス。水の具現結晶は『回復術としての側面もある』。僕もそんな術に詳しいわけじゃないから、思いだすのに時間がかかったがな」
そう言うと同時にジューダスは地面を蹴り上げた。本来なら綺麗な床があったであろうそこは、先程までの戦いで地面が露出していた。ジューダスの蹴りにより、砂塵が舞い上がる。
「粉塵裂破衝!」
「むぅ!?」
ジューダスの持つ二本の剣が交差し、火花が散る。瞬間、巻き上げられた砂塵が小さな爆発を起こし、それを浴びたバルバトスは後ろを吹き飛ばされる。
本来ならば密閉空間に粉末が充満しているところに火を放つことによって起きる『粉塵爆発』と言う現象を、晶力で粉塵をまとめることで無理やり引き起こす技だ。流石のバルバトスも、突然目の前で起こった爆発にひるむ。
「うおおおおおおおおっ!」
その隙を、カイルは見逃さなかった。ジューダスと入れ替わるように放つのは、先と同じ空破絶風撃。だが、今度はジューダスが引き起こした爆発すら巻き込んで突き進んでいく。だが、いくら爆発で体勢を崩されているとは言え、バルバトスにその一撃は届くことは無い。その獣じみた反応速度で、再び剣を受け止められて終わるだろう。本来ならば。
「アクアスパイク!」
「ストーンザッパー!」
だがその瞬間、石の礫と水の螺旋がバルバトスに襲い掛かる。ロニとリアラが放った晶術だ。偶然タイミングが一致したそれが、バルバトスの反撃を阻む。
「きっさまらぁっ!」
「遅い!」
バルバトスの胴体に剣を突き立てるカイル。だが、その強靭な肉体のせいなのか、深く刺さらない。それを好機とみて、突き刺さった剣をつかもうとするバルバトスだが、カイルはもうそこにはなかった。バルバトスの目に移ったのは、
「空を絶つ!」
炎を纏い、今まさに突進せんとするカイルの姿だった。
「貴様ら如きにぃ!この俺がぁ!」
「父さんの仇、取らせてもらうぞ!バルバトス!食らえ!」
そうして放たれた二度目の絶破滅焼撃の炎がバルバトスを飲み込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――
「やれやれ、彼にも困ったものですね」
そう言いながら、女は眼の前のレンズを覗き込んでいた。
「最初から全力を出さないから、隙を突かれて格下と侮っていたものに負ける。情けないですな」
そう言うのは別の声。女の傍に立つ男の物だ。
「まあ、そういう人だということは、知って居ますから。しかたありません」
そういって女は苦笑すると、眼の前のレンズに手を触れる。
「どうされるのです?」
「少し、手助けを。と言っても、あの場を離れさせるだけですが」
「フィリア嬢はどうされるのです?」
「元々、彼女は放置しても特に問題は無いと思っていました。本人もあくまで一司祭と言うスタンスでしたからね。あの男がどうしてもと言うから任せましたが、こうなっては仕方ないでしょう。放置します」
そう言う女の顔が笑っていることに、男は気づいた。
「もしや、こうなることは解っていたのではないですか?」
「買いかぶりすぎですよ?神ならざるこの身、未来を見通すことなどできませんから」
「しかし、フィリア嬢の元にあの方を預けたのでは貴方では?」
「ええ。ですから、あの子がフィリアさんを守ったとしても、それは私の関与することではありませんから」
そう言って微笑む女に、男はさすがですと笑顔で返すのだった。
一応バルバトス戦は決着。
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1-26:ひとまずの決着はついて…?
リアル忙しいのと体調不良でぼろくそでしたが、何とか続きできました。
お待たせして申し訳ない。
バルバトスが気が付いた時、そこは大聖堂の中ではなく、別の建物の一室の中だった。内装から大神殿内のどこかだと当たりをつけた彼は周囲を見回し、そして視界に二人の男女をとらえた。そして何が起こったのか理解し、
「エルレイン!貴様ぁ!何故邪魔をした!」
瞬間、バルバトスは女……アタモニ神団聖女、エルレインに掴みかかろうとした。だが、その手はエルレインに触れる前に、横から伸びた手につかみ取られる。その手の主は、エルレイン親衛隊隊長、ガープのものだった。
「バルバトス、お前が不甲斐ないからだろう。エルレイン様に怒りをぶつけるのは筋違いだ」
「ガープ、貴様……!」
バルバトスの顔が赤く染まる。それは怒りか、それとも羞恥からか。或いは、その両方からか。
「お前がより強い者との戦いを望むのは解る。我も武人の端くれだからな。だが、お前は聊か相手を侮りすぎだ。だから足元をすくわれる」
「ぐっ」
ガープの言葉に言い返せず言葉が詰まるバルバトス。今回など、まさにその通りだった。いくら"こちらに相手を全滅させても有り余るほどの余力が残っていたとしても"、押されていたのは事実だ。
「それにバルバトス。私はあなたが敗れると思ったから介入したのではありませんよ?」
そこでエルレインも口を開く。その顔には笑みが浮かんでいた。
「貴方があの方たち程度の相手に敗れるとは思っていません。ですが、貴方にはこの後大切な、それこそ歴史に名を刻むような大仕事が待っているのです。ですから、大事を取って」
「わかった、もういい。二度とするな。それでいい」
エルレインの言葉を遮るように、バルバトスが言う。その様子を見て、エルレインは微笑む。
「ええ、期待しています。それでは行きましょう、二人とも。アガレスさんも待っています」
そう言うとエルレイン、そしてガープは部屋をでる。それに続いて部屋を出ようとしたバルバトスだったが、ふと足を止め、部屋の中のレンズを見つめる。そこには、大神殿の医務室で眠っているカイルが映っていた。
「カイル・デュナミス……その名、そしてこの屈辱覚えておこう。次出会った時、貴様の首をもらう!」
そう吐き捨てるように言うと、彼も部屋を出ていった。残されたレンズは、しばらくカイルの姿を映していたが、やがて光を失い何も映さなくなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ん、あれ?」
カイルが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの中だった。
「お、起きたか。カイル」
「あ、ロニ。っていってぇ!?」
カイルが目覚めたことに気付いたロニが近づいてくる。カイルは返事をしようと体を起こそうとしたが、痛みで体がまともに動かせなかった。
「おい、無理すんな。お前全身ボロボロだったんだぞ?アタモニ神団の術士が晶術で治療してくれたが、それでも2、3日は安静にしとけってさ」
そういってロニはカイルに痛み止めだと言ってマグカップを差し出す。
「飲めるか?」
「ん、たぶん」
今度はゆっくりと手を伸ばす。痛みは相変わらず強いが、それでもカップを持つ程度なら何とかなった。ゆっくりと中身を口に含み、飲み込む。そんなにすぐに効くものではないだろうが、気持ち幾分か楽になった気がした。
「ここは?」
「ああ、ストレイライズ大神殿の医務室だ。あの後お前がぶっ倒れたから、あわてて担ぎ込んだんだよ」
そのロニの言葉で、カイルはバルバトスとの闘いを思い出した。
「それで、あの後どうなったの? 俺、バルバトスに一撃叩き込んだとこまでしか覚えてなくて……そうだ!フィリアさんとリアラは!?」
自身が放った爆炎がバルバトスを飲み込んでいく。それがカイルが最後に覚えている光景だった。自分やロニがこうしているということは、とりあえず奴は倒せたということなのだろうか。
「二人は無事だ。フィリアさんは傷がちょっと深かったが、手当が早かったから命に別状はない。自分の部屋で今は休んでるよ。リアラはあの後体力の消耗で少しふらついた程度でお前よりよっぽどマシだ。今はフィリアさんと部屋で話してる。そんで……」
「バルバトスの奴は消えた。炎が消えた後、そこにバルバトスの姿はどこにもなかった」
ロニの言葉の続きを言いながら、ジューダスが部屋に入ってきた。その手には何枚かの紙が握られていた。
「あいつの性格からして、自分から逃げるとは考えづらいし、あの状況で逃げ出せたとも思えん。協力者がいるんだろうな」
「それってまさかエル…」
「カイル、確証がないのに口に出すな。ここは大神殿の医務室。アタモニ神団の本拠地だ。うかつなことは言うな」
「あ、ごめん」
「まあ、怪しいことは確かなんだがなぁ。確かにあの女にとって反対派かつ神団の中心人物のフィリアさんは邪魔なんだろうが……」
手を出し制するロニに謝るカイル。確かにラグナ遺跡でエルレイン親衛隊のサブノックに襲われ、それを追って来たらバルバトスに遭遇したとなればその二つを結びつけたくなるのは当然だ。だが、確かに確証はないのだ。バルバトスの口からエルレインの名前が出たわけでもない。
「あいつについてはもう少し情報が入ってからだな。今はわかっていることを先に処理しよう」
バルバトスについての話を一旦打ち切りながら、ジューダスは持っていた紙をベッドの横のテーブルに広げた。
「お前が寝ている間にフィリアとリアラに話を聞いてきた。リアラは大神殿に連れてこられた後、すぐフィリアのところに預けられたらしい。エルレインとは会ってないそうだ」
「そうなの?サブノックの言葉だと、そのために連れてきたと思ったんだけど」
ジューダスの言葉にカイルが疑問を口にする。
「リアラも不思議がっていた。見張りはつけられていたが、大神殿から出る以外は比較的自由に行動できていたらしいしな」
「ますます訳が分からねえなあ」
カイルとロニが首をかしげるのを横目に、ジューダスは広げた紙を持ち上げた。それは騎士団への指示書らしきものだった。
「で、本題はここからだ。アガレス老とその部下たちが、僕らがアイグレッテを訪れる少し前にアクアヴェイル公国に向かって出発している」
「アクアヴェイル公国?なんでまたそんなところに」
ロニが口に手を当て考え込む。アクアヴェイルはセインガルド北東に位置する国家連合だ。かつては各領ごとに独自の統治が行われていたが、現在は統一され公国となっている。
「それはわからない。だが、お前たちの言う通り彼が洗脳されているというならば……」
「ろくなことにはならねえだろうな」
「そうだね」
苦い顔をするロニに、カイルも同意する。もしエルレインがアガレス老を利用して何かをしようとしているならば、止めなければならない。
「すぐに後を追おう!っていつつ……」
「気持ちは分かるが落ち着け、カイル。傷も治りきってないし、何より船が次に出るのは三日後だ」
「そ、そっか」
「ったく、本当お前は昔から無茶しやがって。今回も俺をかばおうとしたろお前」
「あ、いや、その」
「気持ちはありがたいがな、お前にかばわれるほどやわじゃねえっつうの、俺は」
そういってカイルの頭をわしゃわしゃ撫でまわすロニ。
「す、ストップ!い、痛い!真面目に今は痛いから!」
「あ、わりぃ」
「ふっ、バカどもが」
じゃれあう二人を尻目に、ジューダスは部屋を出ようとする。
「あれ、ジューダス。どこいくの?」
「ああ、ちょっとフィリア達の様子を見てくる。お前が目を覚ましたことも伝えないとな」
「そっか。二人によろしく。俺も歩けるようになったら挨拶に行くからさ」
「わかった」
そういって、ジューダスは部屋を出た。そうしてフィリアの部屋に向かおうとして、ふと足が止まった。
(……あの時)
バルバトスとの闘いの中、カイルがロニや自分をかばおうと前に出たときの事を思い出す。
(何か違和感がある……なんだ?)
何か、見落としてはいけない何かがあった気がした。だが、それが何かはわからない。少しするとジューダスは気のせいだろうと思いなおして再び歩き始めた。
そんなわけでとりあえず序盤編終わり……にはもう1,2話。
そこからアクアヴェイル編入ります。
……終わるのいつになるかなぁこれ(汗
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1-27:それぞれの思うこと ~カイルとロニ~
ロニが帰った後、カイルは目を閉じ、バルバトスとの戦いを思い出していた。圧倒的格上相手に、仲間の力を借り、ギリギリの賭けに勝ち、それでも足りず、最後には想定外の助けによってギリギリ凌ぎ切った。そんな戦いだった。そうして誰一人欠けることなかった事実に安堵しつつも、カイルは自分の未熟さを痛感し、こぶしを握っていた。
(ギリギリ、そう、ギリギリだった)
何か一つずれれば、誰かが死んでいてもおかしくなかった。様々なIFが頭に浮かんでは消えていく。もし、ロニかジューダスのどちらかが動くことができないくらいのダメージを追っていたら。もし、リアラが助けてくれなかったら。もし、最後に誰かの横やりが入らなかったら。もし……。
(もっと、もっと強くならないと。バルバトスにも誰にも負けないくらいに)
でないと、誰も守れない。何も守れない。守らなければ。救わなければ。でなければ
―そんな自分に価値はない。そんな自分を救ってくれた父さんの死が無駄になる。それは絶対に許されない―
……一瞬、思考にできた空白を無視し、カイルはより強くなることを誓って眠りについた。
次の日にはある程度歩けるようになった(傷自体は晶術と薬で昨日の時点でふさがっていた)カイルは、さっそくフィリアの部屋を訪ねることにした。無事だったとは聞いたが、フィリアの様子が気になったからだ。何せ彼はフィリアはバルバトスにやられた後、倒れていたところしか見てないのだから仕方ないと言えばそうだろう。
また、リアラに聞きたいこともあった。何故レンズから現れたのか。何故エルレインに呼ばれたのか。そういった疑問を浮かべながら、カイルがフィリアの部屋のドアを開けようとすると、内側からドアが開き、カイルはそれに顔を強かに打ち付ける羽目になった。
「いってえ!」
「ご、ごめんなさい!って、カイルじゃない!もう大丈夫なの!?」
部屋の中から現れたのはリアラだった。彼女はうずくまるカイルの姿を見て、慌てて駆け寄った。
「うん、もう歩くくらいは平気だよ。昔から頑丈さだけは取柄だから。いてて……」
「あああ、ごめんなさい!今ヒールをかけるから……」
「いいよいいよ、これくらいつばつけとけば治るって」
「あら、カイル君がいらっしゃったんですか?よろしければ中にどうぞ」
「あ、フィリアさん。お邪魔します」
そういって、カイルはリアラと一緒にフィリアの部屋に入っていった。部屋の中を見渡すと、熊のぬいぐるみなど女性らしいものが多く見られ、自分の母親のルーティの部屋とは大分違うと感じられる。あっちはよくも悪くも余計なものが無い部屋だ。最も、そういった小物を買う余裕がなかっただけなのかもしれないが。
「フィリアさん、お元気そうでよかったです。あの時、かなり傷が深かったように見えたから……」
「リアラさんのおかげですよ。彼女の晶術の腕前がかなりのものだったおかげで、もうほとんど傷跡も目立たなくなりましたし」
「そんな!私なんてまだまだで……」
「リアラさん、謙遜は美徳ですが、自信を持つのも大事ですよ?本当だったらまだ私はこうして話すことすら難しかったはずです」
ぶんぶんを首を振るリアラにやさしく語り掛けるフィリア。それを見てカイルもうんうんと首を振る。
「そうだよ!それにバルバトスと戦ってた時だって、リアラの助けがなかったらみんな危なかったんだし!」
「あ、あの時は無我夢中だったから……」
その後は照れるリアラを褒める二人という光景がしばらく続いた。途中からカイルとフィリアがちょっと面白くなってきていることを感じ取ったリアラが少し拗ねたりもしたが。
その後は、ルーティや孤児院の近況などの雑談をして、カイルは部屋を出た。まだフィリアは病み上がりであり、エルレイン達についての話はもう少し体力が戻ってからのほうがいいだろうと判断してのことだった。
……のだが、
(あ、結局リアラについて、なんにも聞けてなかった)
と、ドアに顔をぶつけた拍子にすっかりリアラへの疑問が抜け落ちていたカイルが、ベッドで頭を抱えるのはまた別の話である。
――――――――――――――――
(そうだ、もっと強くならねえと)
カイルがフィリア達と話していたころ、アタモニ騎士団の訓練場にロニはいた。ロニは一心不乱にハルバードを振り回している。カイルほどではないとは言え、ロニの怪我もそう軽いものではない。当然全身を痛みが襲う。だが、それでも彼は腕を止めなかった。
(結局あの戦いで俺はバルバトスにいいように吹っ飛ばされてただけだった。情けねぇ!)
有効打も与えられず、それこそボールか何かのように飛ばされていただけだった、とロニは自分の不甲斐なさに怒りがわいてくる。
(今よりも強くならねえとな。でないと、カイル達も守れねえし、アガレスさんを助けることもできねえ!)
そのためにも、もっと技を鍛え上げないとならない。騎士団でのアガレスとの訓練を思い出しながら、一振り、また一振りハルバードを振るう。派手さはないが、実直な型だ。そのスピードは徐々に上がっていく。
思い出すのは、カイルが自分をかばう後ろ姿。
「それに、弟分にかばわれるようじゃ兄貴として面目が立たねえしなあ!」
叫びと共に放たれたクリティカルブレードは、見事に訓練用においてある丸太を両断し、
「あ、やべ」
……大神殿の壁に大きな傷をつけていた。
「困りますよ、ロニさん」
「面目ないです」
次の日、騎士団の同僚に怒られながら、壁の修理をしているロニの姿が見られたそうな。
次回はジューダスとリアラ編になるのかなぁ。
なお、ここのロニは神団や騎士団の女性から決して好意を抱かれないわけではないです。
本人が自分がフラレマンだと思い込みすぎてて気づかないだけで。
で、そのうち諦められて以下無限ループ。
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1-28:それぞれの思うこと ~ジューダスとリアラ~
けど、覚えてる人いるのかなあ、これ(滝汗
ロニが神殿の壁に大きな傷跡を刻み込んだのを、偶然部屋の窓から見ていたジューダスは大きなため息をついた。
「……馬鹿か?あいつは」
そういう彼の顔は笑っていた。何か、懐かしいものを見たかのように。
「スタン、ルーティ、あの二人は確かにお前たちに似てるよ。強さも……」
そういうと再び窓の外に目をやる。眼下に移るのはペコペコ頭を下げているロニの姿。それを見て、彼は再びため息をついた。
「馬鹿なところもな。そこまで似なくてもいいだろうに。特に片方は血がつながってないだろう、まったく」
そういうとジューダスは椅子に腰かけ、テーブルの上に広げてあった地図に目をやった。彼の視線は自分達が今いるストレイライズ大神殿から、東のアクアヴェイル、そして南西にいきファンダリアに向けられていく。
「しかし次はアクアヴェイル……アクアヴェイルか。フィリアの殺害に失敗したから予定を変えたか?いや、アガレス老がアイグレッテを出たのはフィリアが襲撃される前だ」
となると、最初からアクアヴェイルに何か目的があったのだろうか。
「しかし、どういうことだ?ファンダリアに向かわせておくならわかるが……」
四英雄を始末するなら、フィリアを襲撃した後に情報がいく前にウッドロウを襲うほうがいい。それに関連してアガレスをファンダリアに向かわせたというならわかる。だが、彼が向かったというのはアクアヴェイルだ。
「次はウッドロウだと思ったんだがな……」
スタンが死に、フィリアが襲われ、残る四英雄はルーティとウッドロウの二人。目的がアタモニ神団の影響力拡大ならば、1孤児院の院長に過ぎないルーティは捨て置き、次はウッドロウが狙われると思ったのだが。
「待てよ?」
そこまで考えて、ジューダスの頭に一つの疑問が浮かぶ。
「次はウッドロウだと? いや、まずはウッドロウを狙うべきじゃないのか?」
『神の眼の騒乱』の英雄の排除が目的だとして、後に回して一番困難になるのがウッドロウだ。何故ならば、彼は一国の王。他の四英雄が襲われたと知られ、警備が一番厳重になるのも彼だろう。ならば、まず行動を起こすならば、ウッドロウから狙うのが一番楽なはずだ。何より相手には、バルバトスを逃がした転移術がある。あれで王座の後ろからでも奇襲をかければ、いくらウッドロウとは言えなすすべもないはずだ。
「だが実際は、最初にスタンとルーティ、そして次にフィリアだ。何故その順番になった?」
しかも、スタンとルーティに至っては、襲われたのは十年前だ。その間、行動を起こさなかったのは何故だ?
考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくる。
「バルバトスがスタンとの戦いで深手を負うなりしたから中断した?いや、そもそもバルバトス以外の駒を奴が用意できなかったとも思えない。そもそも、それなら十年も待つ必要はない」
ジューダスは目を閉じ、口元に手を当て考えこみ始めた。そして十分程たった後。
「ダメだな、いかんせん情報が足りなさすぎる」
大きく息を吐きだすと、背もたれによりかかった。今手元にある情報では結局結論は出せない。
「今はとりあえずアクアヴェイルに行くしかないだろう。相手が行動を起こすとわかってる場所を放っておくわけにもいかないからな」
そしてジューダスは部屋の片隅に視線を向ける。
「ああ、次に今回のバルバトスの時のような事態になったら、今度はお前の力を貸してもらうさ」
そういうジューダスの視線の先には、一本の剣が置いてあるだけだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「……よかった」
部屋を出ていくカイルを見送った後、リアラはそうつぶやいた。
「ええ。カイル君、元気そうでよかったですね」
「はい」
リアラは、フィリアの方を見た。目に映るのは、彼女の優しい微笑みと、その体に巻かれた包帯。
「……」
傷は目立たなくなったとフィリアは言ってくれた。だが、それは目につく部分だけの話だ。背中など服に隠れて見えない部分は、まだ傷が残っている。そんなリアラの様子に気が付いたのか、フィリアはそっとリアラの手を取った。
「リアラさん。私、本当にあなたには感謝していますよ?だから、そんな顔しないでください」
「フィリアさん……」
「ところで、話は変わりますが……これからどうするかは決まりましたか?」
「いえ、まだ……」
フィリアの言葉に、リアラはうつむいた。エルレインの配下にアイグレッテに連れてこられたリアラ。彼女は当然、エルレインが自分に合おうとしているのだと思っていた。だがエルレインが彼女の前に姿を現すことはなく、通されたのはここ、フィリアの部屋だった。
エルレインから、
「特別な客人が来るのですが、しばらく手が離せない仕事があるので、数日の間彼女の相手をお願いします」
と頼まれていたフィリアは、リアラのことを最初は疑いとまではいかずとも、探るような目で見ていたが、一日が過ぎるころには打ち解け、それからはリアラはフィリアと語らったり、大神殿の中を見て回りながら過ごしていた。その間に大神殿の人間にエルレインの事も聞いては見たものの、今はいない、お会いにはなれない等の返事が返ってくるだけだった。
そうしてバルバトスの襲撃があり、怪我を負ったフィリアやカイルたちの手当を終えたリアラの元に、エルレインからの使いを名乗る人間が訪れこういった。
「ここからは、あなたの自由にしてください」
その言葉の意図はまったくわからなかった。ほぼ強制的に大神殿に連れてきたかと思えば、合いもせずに放っておき、そして自由にして良いとはどういうことなのか。
とは言え、リアラにとってその言葉は悪いものではなかった。彼女にも『彼女の目的』がある。そのためには、「私は、どうすればいいのだろう」
同時に、エルレインを放っては置けないとも思ってしまった。カイルの手当が終わった後、仮面の少年ジューダスはリアラにこう言った。
「今回の件は、エルレインが絡んでいる」
と。
リアラはエルレインの『役割』を知っている。だが、その役割と今回の事件はまるで一致しない。それどころか反していると言える。
故に、リアラはエルレインの真意を問いただしたいとも思っていた。このまま彼女を放っておいては、何か良くないことが起こる気がした。それ以上に、誰かを傷つけるようなことをするのは許せないと感じた。
(でも……)
だが、『自分は役割を果たすための存在』だと、リアラは思っている。エルレインと同じように、自分にも『役割』が与えられている。それなのに自分の思いを優先していいのだろうか。ここ数日、彼女はそれを悩んでいた。そして、それを相談していた相手がフィリアだった。
「リアラさん。あくまで私の意見なのですが」
うつむくリアラに対して、フィリアはゆっくりと口を開いた。
「人は、自分が感じたままにしか動けないものだと、私は思います。いくら頭で考えていても、最終的には心に従うもの」
「心に従うもの……」
何かが、すとんとリアラの中に入ってきた気がした。何故、自分が悩んでいたのか。何故、自分が役割と思いの間で悩んでいたのか……
「フィリアさん、ありがとうございます」
リアラは顔を上げた。その顔は、少しだけだが明るくなっていた。
「私、まだわからない事が多いですけど、だからこそ、とりあえず自分の心に従ってみることにします」
「そうですか。では、とりあえずはカイル君達と一緒に行ってみるのはどうでしょう?」
「え?」
「彼らは、エルレインの動きを追うつもりです。彼らと行動していれば、エルレインと会う可能性は高いでしょう」
フィリアの言葉に、リアラはうなづいた。
「でも、突然一緒に行きたいと言っても、迷惑じゃ……」
「そのあたりはたぶん大丈夫だと思いますよ?彼、お父さんに似てますし」
「え?」
懐かしむように言うフィリアに、リアラはこてんと首を傾げた。
体調いいうちになんとか続きかきたいなあ
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1-29:出発
そうしてカイル達一行がアイグレッテを出立する日となった。目指すはアクアヴェイル。アイグレッテから見て東にある海洋国家。洗脳されたアガレス達が向かったという情報以外に手がかりはないが、それでも行くしかない。
「カイル、体の調子はどうだ?」
「うん、完璧とまでは言わないけど戦えるくらいには回復したと思う」
「ならばいい。倒れられても僕たちが迷惑するだけだ」
「やれやれ、素直に無理するなよって言えないのかねえ」
そんな感じでカイル達が話していると、フィリアとリアラがやって来た。
「あ、二人とも見送りに来てくれたんですか?」
「ええ、”私は”そうですよ」
「私は?」
フィリアの言葉に首をかしげるカイル。ロニもきょとんとしている。だが、ジューダスはやはりかといった顔をしていた。
「あ、あの!」
「は、はい!?」
リアラの勢いに、思わずカイルも仰け反る。それを見て、ロニも察したようで笑いを浮かべた。
「わ、私も一緒に連れていってください!アガレスさんを助けに行くんでしょう?」
「え?」
「きっと役に立てますから!お願いします!」
「わ、わかったから頭上げてよ!」
深々と頭を下げるリアラに、やはりわたわたするカイル。そんな二人を見ながら、ジューダスはフィリアに言った。
「彼女はエルレインが連れてきたんだろう?大丈夫なのか?」
その言葉にはどんな意味が込められていたのか。だが、フィリアはうなづく。
「大丈夫、だと思いますよ。リアラさんをここにとどめて置きたいにしては、監視の目が無さすぎますし」
「確かにそうだな」
「おそらくですけど、彼女がここに来たことで目的は達してるのかもしれません。あるいは、あのバルバトスの襲撃もその為だったのかも」
「それは……なるほど、そういうことか」
得心がいったようにうなづくジューダスと、それをうなづくフィリア。それは昔馴染み同士の会話のようにも見えた。だが、それに注意をやるものはこの場に居なかった。何故なら。
「だから変にかしこまらなくていいって!年も近いんだし、もっと肩の力抜いてって!初対面の時みたいにさ」
「あ、あの時は慌ててたというかその……でも、そっちの方がいいって言うなら……」
「うん、そっちの方がいいと思う」
「そ、そう。じゃあよろしく、カイル!」
「うん。よろしく、リアラ」
「青春だねぇ」
顔を赤くしながらわたわた喋るカイルとリアラ、そしてそれを眺めてニヤニヤするロニしか他にこの場には居ないからだった。どっとわらい。
「じゃあ、改めて行きますか!」
「フィリアさん、お元気で!」
「フィリアさん、色々ありがとうございました」
「気を付けろよ。またあの女が何かを仕掛けてくるとも限らないんだからな」
そう、思い思いの事を言って去っていくカイル達を見送りながら、フィリアは16年前の旅の事を思い出していた。あの旅は、確かに大変だった。でも、同時に楽しくもあったと。その中心に居たのは、金髪の剣士と黒髪のトレジャーハンターの二人。
「スタンさんとルーティさんの息子ですか。これも何かの運命なのかもしれませんね」
そういう彼女の目は先ほどまでと違い、真剣な物だった。
「願わくば彼らの道行きに幸あらん事を……」
アイグレッテを離れてから小一時間。一行は港にたどり着いた。
「ここがアイグレッテ港か。思ったより小さいんだね」
「まあ元々大都市でもなかったからなあ、アイグレッテは。とは言え最近は人や物の行き来も増えたし、そろそろ大規模な改築工事をしようって話もでてるな」
「そうなんだ」
「お前たち、雑談もいいがとっとっと船のチケットを取るぞ」
「わかってるよ、ジューダス」
そうしてチケット売り場に向かうカイル達。特に問題なくチケットも購入でき、4人はすぐにアクアヴェイル行きの船に乗船することができた。
「これが船……」
「あれ、リアラって船乗るの初めて?」
「ええ。話には聞いていたけれど……」
「というかカイル、お前も初めてだろうが」
「じゃあ、この中で船が初めてじゃないのはロニだけ?」
「いや、僕も乗った事はあるぞ?」
「ぇー。じゃあ船が初めて同士、中を見て回ろうよリアラ」
「ええ。行きましょう、カイル」
そういって部屋を出ていく二人を、ロニは生暖かい目で見送った。
「青春だねえ」
「……あれはまだ、色恋とかそういうのではないと思うぞ?」
「わーってるよ。そもそもカイルの奴、こんなに遠出するのは初めてなんだ。やるべきことがあるとは言え、息が抜けるところでは気楽に過ごさせてやりたい」
「ん、そうなのか?それにしては戦いなれしてると思ったんだが」
「基本はクレスタの近郊。遠くてもダリルシェイドあたりまでだな。そもそも数日で行って帰ってこれる距離じゃないと、ルーティさんが心配するし」
「なるほど」
「俺が騎士団に入ってからも、そこは基本変わってないと思うぜ?ルーティさんと一緒なら別かもだが、そもそもルーティさんが孤児院をあけるとかできないからなあ」
そう、ロニとジューダスが話している時だった。突如、船体がドォンと強く揺れた。
「モンスターだ!」
「でかいぞ!」
外から叫び声が聞こえてきた。直後、船体が再び大きく揺れる。部屋の中に先ほど出かけたカイルとリアラが飛び込んできたのは、それとほぼ同時だった。
「わあ、キレイ!」
「リアラ、あんまりはしゃぐと危ないよ?」
カイル達は甲板に出ていた。空は快晴。青い海が、水平線まで見渡せる。
「でも、本当に綺麗だ。陸から見るのとはまた違うな」
「でしょう?」
そういって笑うリアラに、「君の方が綺麗だよ」なんてセリフが浮かんで思わず首を振るカイル。そういうのはあの
そんな事をカイルが思っているとも知らず、リアラは海を眺めていた。だが、突然その顔が驚きに染まった。
「どうしたの?リアラ」
「カイル、大変!今海の中に」
リアラがそこまで言った時、船が大きく揺れた。体勢が崩れたリアラをとっさに受け止めるカイル。
「大丈夫、リアラ!」
「ええ。でも、そんなことよりモンスターが!」
そういうリアラの声と重なるように、船の中から
「モンスターだ!」
「でかいぞ!」
と船員の声らしきものが聞こえてきた。
「行こう!」
「うん!」
二人は、自分達の船室へと走って行った。
装備を持った4人が船底に通じる部屋に行くと、そこには怪我をした船員が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。だが船底にモンスターが取り付いて……このままじゃ沈んじまう!」
「俺たちに任せて!いこう、みんな!」
「ああ。とっとと片付けちまおうぜ!」
「ええ、急ぎましょう!」
「気をつけろよ、相手はでかいぞ」
船員に見送られ、4人は下の部屋に降りる。
「な、何あれ……」
「予想よりも大物だな。お前たち、気をつけろ!」
「言われなくても!」
そこに居たのは、無数の触手を持つ怪物だった。
次は何時になるやら……
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1-30:VSフォルネウス
近づいたカイル達を獲物と見定めたのか、巨大な水性生物『フォルネウス』の触腕がカイル達に襲い掛かる。
「させるかよ!」
だがそれは、ロニのハルバードによって弾き飛ばされる。その隙に、陣形を整えるカイル達。カイルがまず前に出て、そこからロニ、ジューダス、リアラと続く。回復が使えるリアラがパーティに加わった事で、回復役として後ろに下がり気味だったロニも遠慮なく前にでることができるようになっていた。その為比較的撃たれ弱いジューダスをロニがフォローするような形だ。
「こいつ、船底に大穴開けてやがる!」
フォルネウスの姿を見て、ロニが言う。見れば、その巨体が船底に空いた大きな穴にすっぽりはまるような形になっていた。
「まずいな、下手に倒すと余計水が入ってくるぞ」
「そんな!」
「そんなこと言ったって、ほっといたらほっといたで船が壊されちゃうよ!」
だが、フォルネウスはそんなカイル達の葛藤など知ってか知らずか、触腕を叩きつけてきた。
「っと、あぶない!くそ、やるしかない!」
触腕に剣を叩きつけて避けながらそういうカイルに、全員がうなづいた。まずは、目の前の脅威を何とかしなければ、この場でお陀仏だ。
「まずは邪魔な蝕碗をどかすぞ!」
「わかった!」
カイルとジューダスが前に出る。それに対し、蝕碗を振るうフォルネウス。二人はそれを剣で受け流しながら、その根元へと駆け寄る。
「散葉塵!」
「月閃光!」
二人の斬撃を受け、ひるんだのか触腕が少し引っ込む。それによってできた防御の切れ目目掛けて、三発の炎弾が上から降り注ぐ。
「バーンストライク!」
リアラの唱えた火の中級疑似晶術が、フォルネウスの体を焼き焦がしていく。しかし、まだまだ致命打には程遠いらしい。カイル達が抑えてるのとは別の触腕が、リアラ目掛けて襲い掛かる。
「させっかよ!雷神召!」
だが、それはロニが放った雷撃によって防がれる。戦況はカイル達が有利に見える。だが、あちらは最悪船が沈むまで待って居ればいいのに対して、こちらはそれがタイムリミットだ。決着は早々に着けなければならない。
「どんどん攻めるっきゃねえな!」
「わかってる!ロニはそのままリアラを守ってて!俺とジューダスでガンガン攻める!」
「リアラは多少詠唱が長くてもいい。大技を狙っていけ!」
「わかったわ!」
リアラが上級術の詠唱を始めると同時に、再びカイルとジューダスが駆けだす。今度は触腕ではなく本体狙いだ。
「グアアアアアアアア!」
「遅い!」
二人目掛けて、無数の触腕が襲い掛かる。だが、二人はその隙間を縫ってフォルネウスへと肉薄する。まず仕掛けたのはジューダス。
「粉塵、裂破衝!」
「ギャアアアア!?」
ジューダスの引き起こした爆発が、フォルネウスの無数にある眼を焼く。痛みからか、やたらめったらに振り回される触腕を避け、ジューダスが距離をとったのと入れ替わりに今度はカイルが仕掛けた。
「空翔斬!」
「ぐううううおおおお!?」
空中から叩きつけるように放たれた斬撃が、フォルネウスの脳天を直撃する。だが、カイルの攻撃は終わらない。
「空翔!裂風!」
カイルの拳がフォルネウスの顎を打ち上げ、無防備にさらされた顎部に向かって風をまとった剣が突き上げられる。ドリルのように渦巻く風が、フォルネウスの体を削っていく。
「ぐ、ぐ、グアアアアア!」
だが、それでもまだ相手の体力は有り余っているようだ。先ほどよりさらに苛烈に、蝕碗を振り回し始める。ジューダスに眼を焼かれた為狙いこそまばらだが、それを速度と数で補おうとしているのだろう。
「く、速い!」
「これでは近づけないな」
だが、二人に焦りはない。既に目的は達しているのだから。
「二人とも、行くわよ!」
リアラの声が響く。それを受け、フォルネウスから距離を取る二人。声の意味を理解しているのか否か、フォルネウスの触腕が再びリアラ目掛け襲い掛かる。
「学習しないねえ、どうも」
だが、それは再びロニによって防がれる。上から降りそそぐ光の刃が、蝕碗を床に縫い留めていく。
「プリズムフラッシャってな。いけ、リアラ!」
「うん!古より伝わりし、浄化の炎!」
リアラの声に合わせて、フォルネウスの頭上に高濃度の火の晶力が集まっていく。
「ぎゅおおおお!?」
防御しようとしているのか、フォルネウスは触腕を頭上へと伸ばしていく。
「落ちろ!エンシェントノヴァ!」
だが、その行為もむなしく、頭上から落ちた熱線はフォルネウスの体を触腕ごと焼き尽くし、直後起きた爆発により、その肢体は粉々に砕け散ったのであった。
「すごい、やったよリアラ!」
「ううん、みんなのおかげよ」
「初めてにしては、いいコンビネーションだったな」
そう感想を言い合う三人に、ジューダスがため息をつく。
「それもいいが、今はやることがあるだろう」
「あ、そうだ。船をどうにかしないと」
カイルがフォルネウスの方を見ると、上半分が砕け散ったフォルネウスの体が船底の穴をある程度塞いでいた。だが、やはり隙間から水が入ってきている。このままでは遠くないうちに船が沈んでしまうだろう。
「どうしようか……修理するにしても穴が大きすぎるし」
「というか下手にモンスターの体をどかすと一気に水が入ってくるな」
「あいつの体ごと氷漬けにするっていうのは?」
「疑似晶術でか?いくらなんでも長時間はもたないだろう」
「うん、ちょっと無理だと思う」
ああでもないこうでもないと意見を出すがまとまらない。そうこうしてる間にひざ元まで水が入ってきていた。
「うわ、やばいよ!どうすればいいんだ!」
「上の方も騒がしくなってきたな。他の乗客もさすがにヤバいって感じ始めたか」
「こうなったら仕方ないか」
そういうと、ジューダスはリアラの事をじっと見つめた。
「今、この船の人々を皆救えるのはお前だけだ。この意味が解るか?」
「っ!?それは……」
カイルとロニには、それがどういう事かはわからなかった。だが、ジューダスの言葉を受けてリアラの瞳が不安に揺れたのは見て取れた。それが何に対する不安だったのかはわからないが。
「リアラ、なんとかできるの!?」
「それは……」
「ぐずぐずしている暇はないぞ」
だが、何やら踏ん切りがつかない様子のリアラ。そんな彼女を見て、カイルはその手をそっと握った。
「あっ……」
「リアラ。俺、リアラが何をしようとしてるのかは知らないし、何を不安に思ってるかもわからない。でも、リアラなら大丈夫だよ!俺は信じてる!」
「カイル……」
その言葉を受け、リアラは一度目を閉じた。そして再び開いたその目に、不安はひとかけらも見えなかった。
「わかった。やってみる!」
リアラがそういうと同時に、彼女のペンダントが強く光り輝いた。
「うわっ」
「一体何が起きるんだ!?」
「何か、そうだな……」
さらに光が強くなり、船が揺れ始める。船体が発する音の中、ジューダスの言葉は誰に聞かれるでもなく虚空に消えていった。
――――――奇跡、とでも言っておくか―――――
文章力が欲しい……
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1-31:奇跡
次の瞬間、フォルネウスの死体が船底から抜け落ちた。大穴の姿があらわになる。
「まずい!」
ロニが慌てる。穴が広がり、一気に水が流れ込んでくるのを予想し身構える。だが、水は流れ込んでくるどころか、水位が下がっていった。
「どうなってやがる」
そうして、水がすべて引き切った後、ロニはフォルネウスが作った大穴を覗き込んだ。そこにあったのは、”水面”だった。そこから一つの事が頭に浮かんだ。
「まさか、船が浮いてる?」
驚愕するロニ。これほど大質量の物体を浮かせるなど、そんなことが晶術で可能なのだろうか。いや、不可能だ。ソーディアンのもつオリジナルのそれなら可能かもしれないが、少なくとも自分達が使う疑似晶術ではとてもじゃないがそれほどの出力を維持できないだろう。
(あの子は、一体……)
この現象を引き起こしているであろう少女を見る。突然現れたりと不思議な子ではあると思ったが、それでもここまでの力を秘めているとは思っていなかった。
(これじゃ、まるで……)
聖女エルレインの奇跡の力のようではないか。
(……警戒、しなきゃいけねえのか?)
フィリアを救ってくれた恩人に、疑いの眼は向けたくはない。だが、無条件で信じられるほどロニも純粋ではなかった。そういうのは、カイルの仕事だろうとロニは思う。
(ま、今すぐどうこうって訳じゃないだろうけどな)
今は彼女に感謝を。助かったことに喜びを。
「す、すごいよリアラ!」
カイルがリアラを称賛する。その顔には感動とか喜びといった色しか浮かんでいない。いや、浮かんでいるのはこの船なのだが。
「で、できた……けど……」
だが、対するリアラは何かをこらえるような表情をしていた。
「だ、大丈夫?」
「うん。だけど、そう長くはもたない……かも……」
リアラが苦しそうに言う。それを聞いて、カイルは階上に居る船員に声をかける。
「すいません!ここから一番近い陸地ってどこですか!?」
「もうここまで来たらアクアヴェイルは近い!このまままっすぐ行けばつく!」
船員の言葉に、安堵するカイル。だが、近いと言っても具体的な距離が分かった訳ではない。それまで、リアラはもたせることができるのだろうか。
「リアラ、もう少しだって!」
「うん。頑張ってみる……」
船が少し、揺れる。港に向かって進みだしたのだろう。
「間に合うといいんだが……」
ジューダスも不安は隠せないようだった。先ほどと比べて、リアラのペンダントが放つ輝きが弱まってきているのだ。どういう理屈で船が浮いているかはカイルにはさっぱりだが、その為の力が弱まって来ているのは間違いないだろう。船が再び着水した場合、フォルネウスの居ない分大きくなった穴から一気に水が入ってくる。そうなれば、沈没は免れまい。港に着くのが先か、沈むのが先か。全てはリアラにかかっていた。
「港が見えたぞ!」
船員の声が響く。その言葉に安堵するカイル達。
「リアラ、もう少しだ!」
「わかった……けど……」
だが、リアラにも限界が近いようだった。もうペンダントの輝きは弱弱しい。船も少しずつ水面に近づいているようだった。
「やっぱり、私なんかじゃ……」
リアラの顔がくやしさにゆがむ。ここまで来たのに、と。自分の不甲斐なさに打ちのめされている、そんな顔だった。それを見たカイルは、思わずリアラの手を握っていた。
「カイル?」
「大丈夫、大丈夫だよ、リアラ」
そういう彼の顔には、不安の色は一切ない。ただ、まっすぐにリアラの事を見つめていた。
「リアラが居なかったら、俺達はもっと早く海の藻屑になってた。だから、私なんかじゃなんて言わないでよ」
「でも」
「リアラが自分を信じられないっていうなら、俺がリアラを信じる!だから、あきらめないで!」
そういうカイルの目には微塵も揺らぎはなく。見つめられていたリアラは、意を決したように言った。
「わかったわ。私も、信じる。私を信じてくれる、カイルを。カイルが信じてくれる私を!」
瞬間、ペンダントが再び輝きを増し、船が再び水面から遠ざかった。
「行こう!アクアヴェイルはもうすぐだ!」
「うん!」
そうして、船は速度を上げ港へと一直線に……
「行ったところまでは、よかったんだがな」
ジューダスがため息をつく。確かに、船は港までたどり着いた。たどり着いたのだが……
「まさか勢いが良すぎて乗り上げちまうなんでなあ。こりゃもう修理とかそういうレベルじゃねえだろ」
ロニが苦笑しながら船を見る。船は港に半ば乗り上げ、半壊といったところだった。
「ま、まあ命が助かったんだしいいじゃない。ね、リアラ」
「そ、そうかしら……」
気まずそうにするリアラを必死に励ますカイル。実際彼女が居なければ、皆死んでいたのだし気負う事はないだろう。本人がどう思うかはともかく。
「船長さんもお礼言ってたし!」
「ひきつった顔してたけどな」
「もう、ロニ!」
「わりいわりい」
茶化すロニの頭をひっぱたくカイル。そんな二人を他所に、ジューダスはリアラに近づきこっそりと言った。
(良くやった)
「えっ?」
「な、なんでもない」
そういうと、ジューダスはじゃれあっている二人の傍に近づき、その頭をひっぱたいた。
「いつまでやっている」
「「っつ~」」
そんな様子を見て、笑うリアラ。その笑みは、何に対してのものだったのか。それは彼女にしかわからない。
ギャグ落ちですが、アクアヴェイル到着。とりあえず一章これで終わりということで。
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