雲の守護者内定取り消しのお知らせ (青牛)
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雲の守護者は決まってる

 イタリア某所。

 町外れにある夜の森の中を、自動小銃を携えた男たちが息切れしながら駆け抜けていた。

 彼らはかつて旧イタリア軍に所属していた元軍人たちだ。

 しかし、先の大戦を生き延びた猛者たちが頻りに周囲をを見回し、何かに怯えている様は端的に言って異常だった。

 

「なんでこんなことに…! まさか、生きてるのはもう俺たちだけなのか!?」

 

「口動かす前に走れ、逃げるんだ! くそっ、誰か応答しろ! ダメだ誰も出やしねえ!」

 

「何者なんだ()()()、どこの特殊部隊員だっていうんだ!?」

 

 数名の軍人がなんとか仲間との連絡を試みたりしているが繋がらず、彼らはこの非常事態に恐慌に陥りかけていた。

 最後尾の軍人が後ろを振り返り、燃え上がる古い館を見る。

 雲一つない夜空を、炎が赤く染め上げている。

 あれが、つい先程まで彼らがアジトにしていた建物だ。 

 

 今から三十分程前、周囲を警戒していた見張りが突如銃弾の雨を浴びて絶命したことがこの悪夢の始まりの合図だった。

 襲撃者を迎撃すべく一分もしない内に彼らは銃声のした地点に集結したが、襲撃者を見て目を疑った。

 

「なんで、()()()一人に俺たちがこんなことに……」

 

 そう、彼らに襲撃をかけたのはたった一人の少年だったのである。

 どんな特殊部隊か、はたまたマフィアの追っ手か、なんであれ蜂の巣にしてやると内心意気込んで出てきた軍人たちも流石に一瞬、面食らった。

 しかしその一瞬が命取りだった。

 けたたましい銃声が数秒鳴ると共に、三人が血を流して倒れる。

 

『銃を仕込んでいたかっ』

 

『敵だ、殺せェ!』

 

 傍目からでは武器を持っているように見えず、その幼い見た目も相まって油断があったが、即座に目の前の少年を危険と理解した軍人たちがお返しとばかりに自動小銃を一斉に連射した。

 対する少年は、銃を向けられたと同時に伸ばした左腕を胸を庇うように構えて片膝を着いていた。

 銃を向けられれば、普通ならば急いで遮蔽物に逃げ込むものだ。

 その自殺としか思えない行動を軍人たちは不審に思う時間も惜しんで発砲した。

 しかし少年の頭や胸を狙った銃弾は、金属の擦れる音と共に左腕から展開された盾で防がれた。

 

『!?』

 

『仕込み義手ってところか?』

 

『どこの組織の殺し屋か……』

 

 いくら撃っても、少年を殺せる気配がない。

 ならばその姿勢を崩そうと軍人は足を狙ったが、こちらは当たったものの、金属にぶつかる甲高い音を鳴らして銃弾が弾かれた。

 

『こっちは義足か!』

 

『相当硬いぞ、どう考えても普通じゃない』

 

 軍人たちは実に三十秒間、絶え間なく少年に銃撃を浴びせていたが、少年が死ぬことはなかった。

 しかし、このまま銃撃し続けていれば彼も動けない。盾が邪魔ならば回り込めばいい。

 そう考えて一部の者が動こうとしたその時、再びガシャリと金属音が鳴った。

 音源は軍人たちに向けられていた左膝だ。

 何が起こるのか理解する間もなく、膝から何かが軍人たちに向かって飛んできて――

 

 

 

 

 

「いったいなんなんだ、あのガキは……!」

 

 走りながら、軍人は恐怖で無意識に歯を鳴らす。

 膝から発射された小型のロケット弾が軍人たちごと背後の館を爆破し、少年はそれに乗じて素早く残りの軍人を続けて殺した。

 異様な少年を前に完全に恐慌状態に陥って、散り散りに逃げ出した軍人の一団が彼らであった。

 先程までひっきりなしに森の中で銃声と悲鳴が鳴り響いていたが、それはたった今途絶えた。

 それが、自分たち以外が全滅したのだと物語っており、より一層死の恐慌が増す。

 

「あんな訳のわからん奴に殺されてたまるか……」

 

「絶対に、生き残ってやる……」

 

 自分自身に誓うように誰かが呟いたその時、飛んできた銃弾がその男の頭を背後から撃ち抜いた。

 立て続けにマシンガンのような連射音が森に響き、走っていた男たちは全員死ぬか、少なくとも走れない状態に成り果てた。

 

「ぐぁっ!」

 

「くそ、嫌だ……嫌だ……! あっ――」

 

 そして、生き残った者も改めて頭を撃ち抜かれて殺されていった。

 彼らを殺した少年が、落ちていた枝を踏み折りながら倒れ伏した男たちに近づいていく。

 月明かりが彼の傷だらけの顔を照らした瞬間、倒れていた男の一人が勢いよく身を起こして拳銃を向け、放った。

 

「はーっ、はーっ」

 

 胸に銃弾を受けて倒れた少年を見つめながら、最後の生き残りが深呼吸をして息を整える。

 黒いコートを貫通したらしい銃弾が、少年の背後にあった木にめり込んでいた。

 その銃弾を受けた少年が起き上がる様子もない。

 

「や、やった。助かっ――」

 

「死に損ないが」

 

 そして生き残れたと安堵した者が、頭に風穴を開けられて倒れた。

 彼の死を幕引きとして、この一帯を死体だらけにした少年は胸を押さえながら起き上がり、左掌の放つ硝煙を吹き消した。

 少年は最後の最後で思わぬ抵抗をしてきた男を見下ろして、呟く。

 

「……任務完了」

 

 元軍人の集団十八名を皆殺しにした少年がその場を後にする。

 胸から流れていた筈の血は、もう止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神にも等しいある御方からの命令を完遂し、指定の海岸に着く頃には夜が明けていた。

 海面に反射する朝陽が、波打ち際に立つ六人を照らす。

 オレと同じ配色の隊服を着こなす六人の集団。

 彼らこそが。彼らの中心に立つ御方こそ――

 

「――ボス! マレ・ディアボラ襲撃犯の共犯一派の鏖殺、ご命令通り完遂いたしました!」

 

「うるせぇ」

 

 ああ、報告に振り向きもせずに返事をなさるその後ろ姿にも貫禄がある……。

 この御方こそ、イタリア最大のマフィア“ボンゴレファミリー”の後継者であるXANXUS様。

 

 ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーに所属するオレ――シオーネ・デプレの唯一の主である。

 

 

 

 

 

 

 

「ゔお゙ぉい! 随分遅かったが、確かに皆殺しにしたんだろうなぁ゙シオーネ?」

 

「そこは問題ないよ。僕が詳しい情報も渡しておいたし、そこまでやって取り逃す程シオーネは間抜けじゃないでしょ」

 

「ならいいがな゙ぁ」

 

「無論です、スクアーロ先輩。オレもヴァリアーの一員です。ボスの手足として。与えられた仕事は必ず(こな)します!」

 

「わかったからでけぇ声を出すな゙ぁ、ぺーぺー」

 

 スクアーロが長い銀髪を振り乱してシオーネに詰め寄るが、彼の任務に情報提供をしたマーモンが口添えをし、シオーネも毅然として受け答えしたことで引き下がった。

 

 シオーネの今回の任務は、ボンゴレの所有する人口島マレ・ディアボラを武装集団が占拠した事件への対応と連動していた。

 スクアーロたちは島に潜入し、元軍人たちの殲滅と人質の救助。

 シオーネは本土に残っていた元軍人の仲間の殲滅。

 同時進行のこの任務が、“揺りかご”から八年ぶりにヴァリアーに帰ったXANXUSからの最初の命令だった。

 

 相手は十分に武装した元軍人、如何にヴァリアーの精鋭と言えども正面から戦えば本来ただでは済まない。

 それが“死に損ない(イモータリタ)”の異名を取り、暗殺部隊ヴァリアーにあって強襲と殲滅を得意とするシオーネ・デプレでなければ。

 

 重要な任務を任せてくれたという主の信頼に沸き上がる感動に浸りたい所だったが、シオーネにも一つ知りたいことがあった。

 

「ところで、オッタビオさんはどうされましたか?」

 

「ふはっ」

 

 オッタビオ。

 XANXUSの幼き頃から“揺りかご”まで、その側で仕えていた誉れ高きヴァリアー副隊長。

 今回のマレ・ディアボラ占領事件の対応に、ここで陣頭指揮を執っていた筈の彼の所在を尋ねたところ、XANXUSは唐突に吹き出した。

 怒りと、喜びの入り交じった凄絶な笑みだった。

 その笑顔のまま、彼は口を開く。

 

「奴は裏切り者だった。故にボンゴレファミリーの後継者であるこのオレがかっ消した。文句はねぇだろう?」

 

 この場にいるヴァリアーの面々よりも長い付き合いであった側近を殺した、というにはXANXUSの顔にはなんの陰りもなかった。

 まだ満足はしていないが、一先ずせいせいした、といった風である。

 

「左様ですか! ヴァリアーから裏切り者が出たこと、恥じ入るばかりです!」

 

「うるせぇ」

 

 オッタビオは八年前、XANXUSに従わず“揺りかご”に参戦しなかったことから始まり、無期限活動停止に追いやられたヴァリアーをよそに本部で幹部(カポ)となり、着実に地位を築いていた。

 

 そして今回のマレ・ディアボラ占領事件も彼が発端だ。

 彼がXANXUSに尽くしていたのは、自身の立身出世のためでしかなかったということである。

 どれだけの付き合いがあろうとXANXUSを裏切った時点で死以外に道はないし、それがXANXUS直々だったのならば、シオーネが口を挟むことは何もない。

 

「カスども。てめぇらに次の任務だ。すぐにボンゴレ本部を制圧し、9代目(ジジイ)を捕らえろ」

 

 そしてXANXUSは次の命令を下した。

 一晩戦い通しだった部下たちは一睡もしていないが、誰一人として不満はなかった。

 八年という長い雌伏の時を過ごし、今こうして再び自分たちの王のためにその力を振るうことができる喜びの前には、人間の三大欲求などそれこそカスも同然だったのである。

 

「ゔお゙ぉい! てめぇら直ちに出発だぁ!」

 

はい!

 

 スクアーロがかけた号令に、負けないくらいの大声で返事をしたシオーネ。

 隣に居たベルフェゴールが堪らず耳を押さえる。

 

「うるさっ」

 

「あらまぁ、シオーネちゃん気合い入ってるわね~」

 

「……」

 

「やれやれ、八年前から全く変わらないよねキミ。まぁ、それはここにいる皆同じか」

 

「す、すみません先輩方……」

 

 一人だけ勢いよく返事をしてしまって、無性に恥ずかしくなるシオーネだった。

 

 

 

 

 

 そしてその日の昼頃。

 

「き、貴様ら! 何故ここに――ぐぁっ」

 

「外に連絡がつかん! 回線をやられたぞ!」

 

 驚異的な速さでヴァリアーはボンゴレファミリーの本部へ奇襲をかけていた。

 

「今()ると後々手間がかかる。くれぐれも9代目はまだ殺すんじゃねぇぞぉ゙」

 

「ふん……貴様にいちいち命令されずとも、ボスに“捕らえろ”と命じられたのならば従うだけだ」

 

「まぁまぁレヴィ先輩。作戦の内容をしっかり確認するのは正確な仕事には欠かせませんよ」

 

「む……そうか」

 

 現場指揮官としてスクアーロが出す命令に、彼への嫉妬で反発するレヴィだったが、シオーネに諭されて矛を収めた。

 互いにXANXUSを至上とする二人は非常に良好な関係であり、レヴィは彼を良い後輩としてよく可愛がっている。

 自身が選抜した直属の雷撃隊はともかく、幹部にまで出世してくる者には基本的に嫉妬し、警戒心を募らせるレヴィにしては珍しいと言えよう。

 任務に実直で、その上一癖も二癖もある幹部たちの中で唯一と言っていい素直さを持つシオーネだからこそである。

 

「ささ、早く片付けちゃいましょ。徹夜なんてしたんだから、仕事を済ませたらお肌の手入れ念入りにやっておかなくちゃいけないもの」

 

 立ち向かってきたボンゴレの構成員に、見もしないで右膝を打ち込みながらルッスーリアが他の面々に声をかける。

 

「そうですねルッスーリア先輩! 夜更かしは美容の大敵ですもんね!」

 

「わかる、シオーネちゃん? 美しくあるって、結構大変なのよ~」

 

「ならキビキビ動けぇ゙! ルッスーリアとレヴィはオレと東館へ。ベルとシオーネは通信を破壊したマーモンと合流して西館から本部を制圧しろぉ!」

 

「了解です!」

 

「ししし、りょーかい」

 

 余裕のお喋りを交えながらも、ヴァリアーは凄まじい手際のよさで本部の玄関を抑え、そしてそのまま内部に入り込んでいった。

 途中、ヴァリアーの侵入に気づいた構成員の散発的な抵抗はあるが、その程度彼らの敵ではない。

 

「血迷ったかヴァリアー! 9代目の温情で解体を免れたというのにっ」

 

「関係ねーよ。オレに命令していいのは王様(ボス)だけだっての」

 

 ヴァリアーの二度目の謀反をいきり立って咎める男に、ベルフェゴールはそう笑いながらナイフを投げつける。

 ナイフが何本も刺さって男が倒れるが、その陰からもう一人の男がナイフを構えてベルフェゴール目掛けて飛びかかった。

 しかしその男は、刃をベルフェゴールに届かせる前に額に穴を開けて命を落とした。

 

「――ナーイス」

 

「いやベル先輩真面目にやってくださいよ!? ちょっとでも怪我したら笑いながらオレごと切り刻むじゃないですか!」

 

 鋼づくりの左手に仕込んだ銃で男を撃ち抜いたシオーネが、悲鳴に近い声で抗議をする。

 右腕以外の手足全てを武装の仕込まれた義肢にしているシオーネだが、彼が左足を失ったのはベルフェゴールによるものなのだ。

 その分切実な声だったが、ベルフェゴールは悪戯っぽく笑うばかりだ。

 見かねたマーモンが口を開いた。 

 

「ベル。今回は八年ぶりの大仕事だ、シオーネで遊ぶのもほどほどにしておきなよ。キミに暴れられたせいで任務失敗、報酬を取りっぱぐれる、なんてごめんだからねボクは」

 

「ししし、わかったわかった。でも遊んじゃいねーよ。今のだってシオーネへの信頼ってやつだよ、シンライ。だって、シオーネ連れてきたの、オレだもん♪」

 

 シオーネがヴァリアーへ入隊した経緯は、8歳というヴァリアー史上類を見ない最年少で自ら入隊したベルフェゴールをして、特殊と言わざるを得ない。

 何せ、彼はもともとベルフェゴールに殺される筈だったのだから。

 

 

 

 それはベルフェゴールがヴァリアーに入隊してしばらく経った頃だった。

 切り裂き王子(プリンス・ザ・リッパー)の名に違わぬセンスとスキルで、まだ入隊から一年も過ぎていないというのに既に五十を超える人間を葬っていたベルフェゴールのとある任務での出会いだ。

 ベルフェゴールが受けたのは、ボンゴレの縄張りで勝手に商売を始めた破落戸(ごろつき)を殺すという任務だった。

 

 マフィアとすら呼べない、大ボンゴレならば指一本動かすだけで殺せるようなチンピラ相手にヴァリアーが動くのは異例だが、これにはある理由があった。

 この破落戸たちは、大層幼いながらも異様な強さの用心棒を連れていたのである。

 その用心棒は情報によればベルフェゴールとそう変わらない歳でありながら既にボンゴレの刺客を数人返り討ちにしており、だからこそのヴァリアー、それも幼き天才殺し屋であるベルフェゴールが投入されたというわけだ。

 

 実の所、ベルフェゴールは標的は特に苦もなく殺せたのだが。

 肝心の用心棒は影も形もなく、頭の悪い破落戸たちが居ただけだった。

 楽しくなりそうな任務(遊び)だと期待していた手前で肩透かしを食らい、八つ当たり気味に標的たちを惨殺したベルフェゴールが、気晴らしに破落戸のアジトを探検した時に、その玩具を発見した。

 アジトの地下に見つけた、何重もの錠が施された扉をは容易く開き、ベルフェゴールが中を覗くと――

 

 

 

 鬼気迫る表情で飛びかかってきた少年の姿を見たのを最後に、記憶が飛んだ。

 

 

 

 ベルフェゴールが我に返った時、彼の目の前にはワイヤーで左足が斬り落とされるほどきつく雁字搦めにされ、無数のナイフで滅多刺しにされて血塗れの少年が居た。

 この少年こそが件の用心棒だったらしいと理解して、結局期待外れだったとベルフェゴールがナイフを回収しようとしたその時、異変は起こったのである。

 

「うおぉぉ!!」

 

「ベル先輩!」

 

 一室に隠れていたらしい構成員が扉から勢いよく飛び出し、ベルフェゴールたちを狙って銃を乱射した。

 それに反応したシオーネがベルを伏せさせ、身を挺して彼を隠し、代わりに背中に何発もの銃弾を背中で受ける。

 左腕に仕込んでいる盾を展開する暇もなかった。

 シオーネの夥しい量の血が流れ、ベルフェゴールの顔にも滴り落ちた。

 

「よし。まずは、一人……」

 

 仕留めた。そう言おうとして、一矢報いようとした男は胸に銃弾を受けて倒れた。

 彼を仕留めた銃弾は、シオーネの左手から放たれたものである。

 それも、死の間際に放った最期の一撃、などではない。

 彼の体から流れ出ていた血が止まり、隊服の穴から覗いていた傷口がじわじわと塞がっていっていた。

 

「……キミのそれも久しぶりに見るね、シオーネ。“死に損ない(イモータリタ)”と呼ばれる所以、エストラーネオファミリーの遺産か」

 

「やだなぁマーモン先輩、昔のことは勘弁してくださいよ! これそんなに便利じゃないですし!」

 

 マーモンが、その光景を目の当たりにしながら感慨深げに語る。

 その言葉を受けてシオーネは気恥ずかしそうに言うが、銃創が出来た瞬間にひとりでに塞がるなどあり得ないことである。

 まるで、ゾンビか何かを思わせる不死身の肉体。

 それがシオーネの持つ力であった。

 

「ししし。でも、それがあったからお前生きてんじゃん。なかったらあの場で死んでたしさ」

 

 ベルフェゴールが、顔についた血も気にせず無邪気に笑う。

 これが、八年前ベルフェゴールが見た異変だった。

 

 ベルフェゴールの目の前で、幼き日のシオーネを串刺しにしていたナイフが、内側から盛り上がってきた肉に押し出されて床に落ち、カランと甲高い音を立てる。

 付け根から斬り落とされていた左足は生えては来なかったが、傷口がみるみる内に塞がり、血が止まった。

 

『ぅ……』

 

 流石に鋭利なワイヤーは力では千切れなかったらしく、そこからは絶えず血を流しながらも、彼は生きていた。

 その後、興味を惹かれたベルフェゴールが小一時間彼で()()()()、彼は生きていた。

 ベルフェゴールが戻ってこないということでアジトに入ってきたボンゴレの人間がその凄惨な現場を目の当たりにし、ようやく二人揃ってボンゴレに連れ帰られたというのが、二人の出会いの顛末だ。

 

連中(あのクズども)は不死身の兵士ってやつを作ろうとしてたみたいですけど、オレなんて多少しぶといだけですよ。手足は生えないし、頭潰されたら多分普通に死にますし、ボスの炎なんて喰らった日には……!」

 

「だとしても、キミが今日までヴァリアーで生き残れてるのにはそれの恩恵が多大にあるだろう?」

 

「まぁ、それは、はい」

 

 シオーネは、特殊兵器開発を推し進めていたマフィア・エストラーネオファミリーの下で生まれた子どもだった。

 かつての栄光を取り戻すために数えきれない人体実験を子ども相手に繰り返していた彼らはその頃、不死身の兵士というテーマで研究を進めていた。

 彼はその研究の唯一の成功例――正確には生き残りだ。

 何せシオーネ以外の被験者は例外なく死んでいたのだから。

 ある日ファミリーを脱走して野に下った彼だったが、今度は裏社会での成り上がりを目論む破落戸に捕まり、便利な駒として飼われていたというわけだ。

 反抗すれば厳しい折檻を受け、ベルフェゴールが破落戸たちを殺しに来た日も折檻を受けていたがために始めに遭遇することがなかったのだ。

 

 とにかく。

 ベルフェゴールに弄ばれた後にボンゴレ本部に連行されたシオーネは、9代目を筆頭としたボンゴレ首脳陣の前に立たされることになった。

 歴代きっての穏健派である9代目は彼の力と、そのために重ねられたであろう非道にひどく心を痛めたが、問題は彼の処遇だった。

 

 シオーネをどうすべきかボンゴレの大幹部たちが難しい顔で話し合っていたその時、黙りこくっていた彼が初めて口を開き、自らの意思を主張した。

 

 その場に居た、ある人間の下で働きたいと。

 

 

 

 

 

「それで取り上げられた玩具がすぐオレのとこに返ってきたのは、やっぱりオレが王子なんだからだろーな」

 

「ベル先輩、それ王子関係ないと思います!」

 

「うっせ」

 

「しかし、聞けば聞くほど奇妙だね……」

 

 制圧を終えて血の海の上で話し込む三人。

 マーモンが、彼らの出会いの話を聞いて心底不思議そうに呟く。 

 

「なんでキミ、そんなことされてベルと普通に話せるんだい?」

 

「なんで……ですか」

 

 マーモンの言うことは至極もっともだった。

 死ななかったとはいえ、というよりむしろベルフェゴールのことだから死んだ方がましな苦痛を受けていただろう。

 わざわざヴァリアーに入隊したのもかなり奇特だが、何故そんなトラウマになっていそうな相手とこんな風に仲良さそうに話せるのか。

 それはマーモンには全く理解できなかった。

 しかし、その問いにシオーネは平然として答えた。

 

「そりゃあ、オレだって痛いのが好きなわけじゃないですよ。でも、ベル先輩は――

 

 

 

 ――ボスの下で働いてましたから」

 

「……どういうことだい?」

 

「だって、ボスの下で働いてる大先輩ですよ? 尊敬するしかなくないですか!?」

 

 興奮気味に話すシオーネの目には純粋な狂気があった。

 

 彼は自分の処遇についての話し合いの時、その場に出席していたXANXUSの下で働くことを希望したのである。

 

 それが何故だったのか、少なくともこの場に居るメンバーは知らない。

 シオーネには異常な、それこそレヴィなどに匹敵するXANXUSへの狂信があった。

 

「ゔお゙ぉい! てめぇら終わったのかぁ!?」

 

「スクアーロ先輩! 只今片付きました~!」

 

9代目(ジジイ)は確保したぁ゙。オレたちの勝利だぁ! 本部(ここ)にはジジイの替え玉を置くから一先ずアジトに戻れぇ!」

 

 決着が着いたことを知らせるスクアーロの怒号を合図に、ヴァリアーによるボンゴレ本部での電撃作戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 きっと、というか確実にあの人は知らないだろう。

 

 当時エストラーネオファミリーが非道な特殊兵器開発実験を行っていたことは周囲のマフィアにも知れ渡っており、彼らは裏社会に於いて迫害を受けていた。

 

 それはファミリーの一員である以上、人体実験によって苦しめられていた子どもたちも例外ではなかった。

 迂闊に外に出てエストラーネオの人間と知られれば当然のように銃を向けられ、撃ち殺される日々。

 そんなある時、エストラーネオファミリーの大人が、それを承知で自分に外を見せに行ったことがある。

 

『あれが、ボンゴレファミリーの次期ボス最有力候補者だ。お前が最強の兵士として完成した時、真っ先に狙うことになる相手だ』

 

 ファミリーの大人が、他のマフィアに見つかるリスクを抱えてまであの人のことを自分に見せに行ったのは、今裏社会で最大の栄光を恣にしていたボンゴレへの妬みなどがあったのだろう。

 ただ、何度も実験を受けて擦りきれていた自分の心にそんな言葉は全く響かなかったが。

 

 代わりに、心に焼き付いたものがある。

 

 今、地を這いつくばり、びくびくと外の目を窺って生きるみすぼらしい自分たちとどこまでも対称的な人だった。

 どこまでも自身のことを疑っておらず、その絶対の自信を伴って街を歩く人。

 

 まるで炎のようなあの人の下で、尽くしたいと思ってしまった。

 

 あの人を見てから、自分は居ても立ってもいられずに脱走し、裏社会に身一つで入った。

 

 それなりに自分の力を振るっていれば確実にボンゴレの目に留まり、捕らえるなり命を狙うなりして自分に接触してくる。

 子どもの頭でそんなことを考え、用心棒としてボンゴレの縄張りを荒らしたのだ。

 

 結果は、少々どころではない痛い目を見ながらも、おおよそ狙い通り。

 

 あの日見た人――XANXUS様の下で、この力を使えるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 それから数週間。

 9代目の替え玉という操り人形とマレ・ディアボラ島の制圧・人質救出という手柄によって、ヴァリアーはかつての栄光と名声を取り戻していた。

 突如戻ってきた9代目の息子・XANXUS。

 彼を後継者として支持する勢力はボンゴレ内であっという間に広がった。

 

「レヴィ先輩……オレはっ……嬉しいです!」

 

「ああ……いよいよボスがボンゴレの頂点に立たれる。何より喜ばしい日が近づいている」

 

「喜ばしい日に必要なハーフボンゴレリングの片方は家光が持ち去っちゃったけどね」

 

「そんなことわかってますよマーモン先輩!」

 

「水を差すなマーモン!」

 

「ムム……」

 

 ヴァリアーのアジトでは、シオーネとレヴィが机を挟んで向かい合って酒を酌み交わす。

 彼らはXANXUSの復権を祝い、そして彼のこれからの栄光について語り合っていた。

 そこへマーモンが、後継者の証がこの場に片方しかないという現実を突き付け、二人から顰蹙を買った。

 事実を言っただけなのに、とも思ったが言い争っても金にならないと見切りをつけてマーモンはさっさと談話室を後にしようとしたが、先に扉が蹴り開けられた。

 

「ゔお゙ぉぉぉい! カスども、ボスがお呼びだぁ!」

 

 そうしてある一室に集められたヴァリアーの幹部六人。

 皆、この意図を薄々察しつつあった。

 

「ししし。なー、これってもしかして、守護者についてじゃねーの?」

 

 ベルフェゴールが、この場にいる面々の考えを代弁した。

 ボンゴレリングは七つ存在し、代々ボスと六人の守護者が受け継ぐ伝統だ。

 そしてXANXUSがこれからボンゴレファミリーのボスになるのならば、順当に考えて守護者はヴァリアーから選ばれる。

 自然な考えと言えた。

 

「まぁ、ついに私たちもボスの守護者!? 誰がどのリングかしらね、私ならやっぱり(はれ)のリングかしらー!」

 

「ルッスーリア先輩、まだそうと決まったわけじゃないですよ……ベル先輩のことだから多分合ってるんてしょうけど」

 

「王子なんだから合ってるに決まってんじゃん。素直に言えよシオーネ」

 

「ほほほ。そんなこと言っちゃって、シオーネちゃんも期待してるんじゃないのぉ?」

 

「……まぁ、それなりには」

 

「まー! 赤くなっちゃってかわいいわね! あなたなんか特にボスを慕ってるもの、感動も一入(ひとしお)よねー!」

 

「む……ならばオレのリングは……」

 

 レヴィが話題に乗ろうとした瞬間、部屋の扉が轟音を立てて開いた。

 扉をぶち破って飛び込んできたのはスクアーロ。

 

「ゔお゙ぉぉぉぉおい! 何しやがんだぁ゙!」

 

「うるせぇ」

 

 彼を殴り飛ばし、そして残りのメンバーを召集した張本人が、遅れて悠々と入ってきた。

 XANXUSはスクアーロの抗議を無視して、豪奢な椅子にふんぞり返って集めたヴァリアー幹部たちを見据える。

 

「オレはこれから正式にボンゴレ10代目になる。よって、てめぇらから守護者を選出した。それぞれのリングを発表する」

 

「おお……」

 

 端的に言い渡された内容に、レヴィが感嘆の声を漏らした。

 XANXUSからの信頼を勝ち取ることを至上とする彼にとって、自分が守護者の一人に選ばれるのは限りない幸福だ。

 そんなレヴィの感動も無視して、XANXUSは傍に連れていた女に紙の内容を読み上げるよう促した。

 

「はっ……それではXANXUS様の守護者と、そのリングを発表致します」

 

 ――晴のリング:ルッスーリア

 

 

 ――雷のリング:レヴィ・ア・タン

 

 

 ――嵐のリング:ベルフェゴール

 

 

 ――雨のリング:スペルビ・スクアーロ

 

 

 ――霧のリング:マーモン

 

 

 と、ここまで五名のリングと守護者の名がすらすらと読み上げられた。

 

(残るはシオーネと……なるほど、雲か)

 

 レヴィが名を呼ばれていない後輩とその担当リングに当たりをつける。

 確かに彼は暗殺部隊ヴァリアーに於いて特殊な任務を受ける。

 ヴァリアーは任務の成功率が90%を超えなければ任務を中止するというのは有名な話だが、当然どれだけ困難でもやらなければならない仕事は生まれる。

 その途方もない難易度の任務に駆り出されるのが、このシオーネなのだ。

 他のメンバーとは少し毛色が違うし、XANXUSへの忠誠心は疑うべくもない。

 

(オレが、雲の守護者……)

 

 無論、シオーネも完全にそのつもりだった。

 あまり守護者の使命など意識したことがないが、とにかくXANXUSのため、全霊で仕えるつもりだった。

 だが、雲の守護者の名前が読み上げられる前に、XANXUSが突然口を開いた。

 

「てめぇらに、新たに紹介するものがある。――用意はできてるな、マーモン?」

 

「もちろんだよ、ボス。もう部屋の外で待ってる」

 

 突然XANXUSの発した“あれ”とは何か。

 当たり前のように受け答えしたマーモン、何の反応も見せないスクアーロは知っているようだが、他の者は何のことを言っているのか全くわからなかったが、説明する気はないらしい。

 

「スクアーロ」

 

「あ゙ぁ? 命令してんじゃねーぞぉ」

 

「いいから。話が進まない」

 

「だからなんでオレが……ちっ――

 

 

 

 

 

 ――出てこいデカブツぅ!」

 

「!」

 

 瞬間。

 シオーネの傍の壁を突き破って何かが部屋に入ってきた。

 

「待て」

 

 咄嗟に銃を仕込んだ左手を巨大な影に向けるが、他でもないXANXUSに止められる。

 

「ボス、それは一体……」

 

 レヴィが問いかけるも、XANXUSは答える気を見せず、代わりにマーモンが動いた。

 

「キミたちに紹介するよ。こいつの名はゴーラ・モスカ。新しい仲間で、雲のリングの守護者だよ」

 

 部屋の時間が、止まった。

 

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 

 

 ―――――――ゑ?

 

 

 

「どちら様ですか……?」

 

 震えた声で、シオーネはそう呟くしかなかった。

 

 

 

(前もって教えといてやったらいいだろうによぉ゙。こいつには他にやることがあるって)

 

 スクアーロは、後輩に珍しく同情した。

 

 




シオーネ・デプレ(17)

ヴァリアー幹部の一人。任務中とそれ以外で大分テンションが違う。
基本的に他の幹部のことを先輩呼びし、慕っている。
ベルフェゴールの一つ上だがヴァリアー歴が上なので彼も先輩呼びである。
多分10年後は落差でよりフランとメンバーの喧嘩頻度が高くなる。

元エストラーネオファミリー。
骸が壊滅させる数年前に脱走した。
当時は不死身の兵士をコンセプトに研究を進めており、その実験の唯一の生き残り。
実験の成果として高い生命力と再生能力を持っている。
失った手足が生えるほどではないし頭を潰されたりすれば死ぬが、それ以外なら非常に死にづらい。
左腕と右足は危険な任務で失っており、どんな困難な任務も死にかけながら遂行するため“死に損ない(イモータリタ)”の通り名がついた。
右腕以外全て武装の仕込まれた義肢で、人間兵器とも。

雲の守護者になると思ったらぽっと出のデカブツに席を奪われた。


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