ブラック・ブレット ―緋天を繋ぎし者― (橘 柚子)
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『第I話・狂う歯車』

 

 

俺たちの世界は、十数年前の平和なものから驚くほど目まぐるしく変わってしまった。

 

 

―――それは、”ガストレア”という新種のウイルスが発見されてからだ。

 

ガストレアウイルスは、生物の体液を媒介として感染し、その感染者のDNA情報を書き換え、その浸食率が5割を超えてしまえば感染者を異形の怪物へと変化させる恐ろしいモノである。

加えて、そのガストレアウイルスの驚異的な感染力も相まって、数百年以上食物連鎖の頂点に君臨していた人類も、その止まることの無い凶悪性を持った異形たちとの戦いに敗れ、あっけなくその座を明け渡すこととなった。

 

それからというもの、絶滅寸前までに数を減らしていた人類は、ガストレアウイルスが嫌うと言われる金属、名をバラニウム。

それらによって作成された縦に1.618キロ、横に1キロもある巨大な直方体をしたモノリスを各エリアを囲うように等間隔に設置し、バラニウムの発する特殊な磁場によって疑似的な結界を造りあげ、その中に閉じこもるという消極的な対抗策を講じる他なかった。

 

 

そして、ガストレアウイルス発見から十年後の2031年。

 

人類はモノリスの結界内に紛れ込んだガストレアを駆逐するため、対ガストレア戦闘に特化した民間警備会社、略して『民警』を法律的に発足。

 

日本の居住エリアの一つである東京エリアに住んでいる俺、「緋川(ひかわ)剣志(けんじ)」と相棒である「鳥海(とりうみ)(かおり)」は、零細民警の“天童民間警備会社”に勤めている。

 

これは、そんな俺たちが同僚の里見蓮太郎と藍原延珠と一緒に大変な厄介ごとに巻き込まれていく、そんな冒険譚(お話)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が燦々と輝いて、何とも平和そうな昼下がり。

こんな昼寝日和には、屋上で寝るのが一番だ。

 

「ふぁ~」

 

ああ。言い忘れていたが、俺は緋川(ひかわ)剣志(けんじ)、高校二年生だ。

歳は17で、趣味はトランプを使ったゲームの賭博と睡眠だ。

 

ん? いきなり何で自己紹介をしてるのかって?

すまないが風の声だと思ってもう少し付き合ってくれ。

 

俺にはもう一つ、法律的にも認められていて、大声でも公表できる役職がある。

それは、民警に所属するプロモーターだということだ。

 

え、分からない単語が出てきたって?

 

「おい、剣志! 仕事だッ!」

 

残念だが、それは追々説明させてくれ。俺は今から、忙しくなるはずだから。

 

「了解した! 蓮太郎、オメェは先に現場の把握しておけ!

 俺はアイツら迎えてから行く!」

 

同じ民警に所属する相棒とも言える同級の里見蓮太郎だ。

普通なら今は、授業中で屋上(こんなところ)なんかに来るはずもない。

 

何、学生ならこんなところでサボってるんじゃないって?

別に良いじゃないか、授業態度が最低でも定期テストで結果を出せばいいんだし。

 

「分かった! なるべく早く来いよ!」

 

そう言って蓮のヤツは屋上から立ち去って行った。

 

「よし、いっちょ走りますか!」

 

俺は凭れていた貯水槽に立てていた日本刀を腰に差し、落下防止策を射出機(カタパルト)のようにして屋上から、飛び降りた(・・・・・)

 

「うッ!? 痛ってぇ…」

 

だが、やはり自由降下の際の重力によるダメージは打ち消せず、足が砕かれるような痛みを伴った。

だが、それを気にしている暇もないことだ。

俺は、校舎裏に隠していた愛車に跨って、エンジンを駆動させる。

 

「さっさと現場(職場)に行きますか」

 

そう意気込んで、俺はバイクを全速で走らせた。

 

 

――この後、得も言われぬ怪人に出会うことで運命の歯車が動くことも知らずに。

 

 

 

 




どうもこんにちわ、橘 柚子です。

他の二次創作を楽しみにしていた読者の方には、すいません。

ええ、今回もまた、新作を突発的に書いてみたくなってしまって、投稿しました所存でありまして、後悔はしていません。ハイ。

批評や感想、誤字脱字等々何かありましたらメッセージをよろしくお願いします。

最後に、この拙い駄文で楽しんで頂ければこちらとも幸いです。


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『第II話・狂人との邂逅』

「早く乗れ、蓮は先に現場に行ってる!」

 

俺たちの通う高校近くの小学校に校門に一旦止まると、2人の少女が俺に駆け寄ってきた。

 

「分かっておるわ! じゃが、何故毎回迎えに来るのがお主なのじゃ!?」

 

「おかえり、剣?」

 

この古めかしい日本語を使い、俺に対してケンカ腰の口調の少女は相原(あいはら)延珠(えんじゅ)という。

綺麗な栗色の髪の毛をツインテールにまとめている美少女だ。

だが、美少女の部類に入るには入るのだが、毎度俺に対してケンカ腰なので多少、じゃねぇや結構ムカついている。言葉を言い換えるなら、こどもじゃなかったら絶対に殺す。

しかし、コイツは『呪われた子供たち』の一人であり、蓮の相棒で驚異的な脚力が持ち味の『モデル:ラビット』のイニシエーターだ。

 

「まだだ。これから仕事だっての」

 

そして、延珠の隣で斜め上の発言をした子は俺の相棒の鳥海薫だ。

こちらも綺麗な長髪で、色は黒に近い焦げ茶。

性格は延珠の真逆で、大人しい天然ボケ、だな。うん、一応。

ごく稀に相棒の俺でも意図を悟りづらい行動を取る時もあるが、基本的には俺の補助役だ。

そんで、コイツは『モデル:イーグル』のイニシエーターだ。

 

さして、『呪われた子供』というのは、本来生物の体液を媒介としたガストレアウイルスが様々な要因で妊娠中の母体へ感染して胎児の身体にガストレアウイルスの毒素が蓄積して生まれた子どもたちのことだ。それも何故か生まれてくる子どもたちは全員女の子らしい。

 

彼女たちはガストレアウイルスの抑制因子を持ち、浸食の進行速度が一般感染に比べ緩やかだ。その上、身体能力もある程度強化されていて、ガストレア特有のふざけた再生力も健在らしい。

だから、俺がいくら勝負を挑もうと“素手ならば”十中八九完膚なきまでにボコされて、その後、長くヤジられる。それがウザいから絶ッ対にやらないけどな。

 

ただ、生まれた時既に両親との血縁関係――具体的に言えばDNAだ――すら不透明になってしまうので、それを気味悪がった親たちは彼女たちを外周区に捨てた。

そして、ガストレアウイルスの進行をより抑制するために、『呪われた子供』たちは一日一回の浸食抑制剤の注射を義務付けられている。

 

イニシエーターというのは、またの名を『開始因子』。

先に言った呪われた子どもたちが生来の再生能力と身体能力を生かし、ガストレアと闘うために民警に就いた少女たちのことだ。

 

プロモーターは、イニシエーターと対比して『加速因子』という。

まあ、簡単に言えば、俺たちのような純粋にガストレアに対して効果のある攻撃法や戦闘力を持たない一般人がバラニウム製の武器を持って戦闘員としてイニシエーターをサポートしたり、保護者役や監督役を務める者を一般的にそう呼んでいる。だが、哀しいことに中にはイニシエーターを道具の様に扱うプロモーターもいる。

俺? ちゃんと子ども扱いしてるさ。たまに不機嫌になられるけど気にしないさ。だってコイツらはまだ子どもだしな。年相応という言葉があるじゃないか。

 

プロモーターとイニシエーターは二人一組のペアで必ず動き、そのペアは国際イニシエーター監督機構(通称、IISO)が総括的に管理したり、ペアの仲介もしている。

また、登録されているペアのランク付けなんかもしている。

・・・本当に暇な奴らだよな、自分たちもガストレア倒せっての。

 

ちなみに俺たちのランクは2000番台、蓮たちは1万2000台だ。

 

 

――おっと、閑話休題(話しすぎた)

 

 

「別に構わねぇだろうが! それにお前がアイツに自転車(チャリ)しかねぇの良く知ってんだろ!」

 

俺は延珠の不満に対して、口が悪くなってしまうのは、俺が幼稚な所為だろうか。

まあ、小学生のガキに対してこうなってしまっているのは、俺としても不甲斐ないが、いつか反省すればいいか。

 

「それは知っておるが、それならなぜ! お主がバイクなぞ持っているのじゃ!?」

 

「地道に副業(バイト)してるからだ! 文句あんのか!?」

 

周りの下校中と思われる小学生のガキたちは俺を見て、あからさまにビビっている。

中には、もうすぐ泣き出してしまいそうな感じの女子もいやがる。

だが、大半の奴らは、見ないふりをしているようだ。

まぁ、何度も来てるしな。色んな用件があったし。その内馴れてくれんだろ。

 

「……剣、早く行かなくて大丈夫なの?」

 

薫が急かすように俺の制服の袖を引っ張る。

気付けば二人ともいつでも発進できるように準備を終えていた。

延が俺とバイクのハンドルとの間に乗り、薫が俺の背中側のシートに座っている。

全く以て違法な三人乗りだが、今は非常事態だ、警察もとやかくは言わねぇ。

 

「そうだった、ありがとうな薫。さ、二人ともつかまってろよ!」

 

「「分かった(のじゃ!)」」

 

二人が返事をしたのを合図に、俺はもう一度バイクのエンジンを吹かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、どうも。里見蓮太郎と言います。

 

俺は今、ウチの民警の社長の命令で連絡のあった住所まで、自転車で飛ばしてます。

俺の相棒たちは、剣志が後々連れてくると言っていたから、心配はないけど。

アイツは、やるべきことはしっかりとこなすヤツだからな。

 

 

キキッーーーー!

 

 

やべ、いつの間にか通り過ぎてたみたいだ。

すぐに引き返して、10階建てだと思われるマンション横にある、4階建てのエントランス近くに停車していたパトカーに近付いて、軽く腰をかがめて窓を叩いた。

すると、ベージュのジャケットを着込んだ壮年の男が頭を掻きながら一人で車内から降りてきた。

 

「アンタは?」

 

「ただいま到着しました、天童民間警備会社の者で、里見蓮太郎と言います」

 

「あぁん? お前が応援に駆け付けた民警だぁ?」

 

何と言うか、この刑事さんには信じられていないようだ。

だがまあ、仕方ないだろうな。服装が制服のままだし。

 

「バカも休み休み言いやがれ。オメェはまだガキ、それも学生じゃねぇか?」

 

「ハァ……そんなこと言われましても」

 

俺はそれを内心呆れながらも答える。

年上や上司に対しての敬語や本心を隠す技術は剣志仕込みなのでそうそうばれないだろう。

アイツは、スイッチが入ると身内にも本心を隠すから厄介だ。

まあ、反対にブチ切れると誰にも手を付けられなくなるから、そっちよりかはマシだが。

 

「分かった分かった、なら許可証(ライセンス)出せ」

 

俺が胸ポケットから生徒手帳を出して中からライセンスを取り出すと、刑事さんはライセンスを俺の手から半ば奪い取るようにして一瞥した後、俺に返してきた。

 

「俺は多田島だ、階級は警部だ。今回は頼んだぞ」

 

「はい、分かりました」

 

「だが、その前に仕事の話だ。俺たちが頼んだのは『<竜閃>』の筈なんだが、お前がそうなのか?」

 

「いえ、それは同僚の緋川です。諸事情で遅れてきます」

 

「そうか。なら、オメェはどれほど強い?」

 

「自分はまだまだ未熟者で、緋川の足元にも及びませんよ」

 

俺は苦笑いで自分の顔の前で、平手を横に振った。

 

アイツは、名実共に強者と言われるが、いかんせん周りの被害を考えていない。

それが一番の原因で2000番台に甘んじてしまっている。

 

「そうかい。ま、せいぜい頑張ってくれ」

 

「分かりました、微力を尽くします」

 

その時、多田島さんは何かに気付いたように、その岩の様に厳つい顔をずいっと俺に近付けてきた。

 

「そういや、お前相棒の『イニシエーター』はどうした? 

 毎度ガストレア絡みの事件には普通、二人一組で動くんだろ?」

 

「えぇ、そうですが。ウチの相棒も緋川と同じく来ると思います」

 

「そうかい、なら構わねぇんだがな――行くぞ」

 

「よろしくお願いします」

 

ぶっきら棒に、多田島さんは俺に首で合図を出した。

そういって軽く頭を下げた俺は、多田島さんと現場のマンションに入った。

 

階段を上っていると、多田島さんは徐に喋りだした。

 

「先にいっておくが、事件(ヤマ)はこのマンションの401号室で起こった」

 

「発見は?」

 

「今のところ誰も部屋には入らせてねぇから知らんが、現場の真下の部屋の住人から雨漏りがしているって悲鳴を上げながら電話してきてよぉ」

 

「雨漏り、ですか?」

 

昨日一昨日と雨は降らなかったし、今日も雨の予報は無かった。

 

「ああ、それも『血』だそうだ」

 

「ッ!」

 

さっきまでなら可笑しい、と笑い飛ばしそうだったのだが、そうもいかなくなった。

 

「そんで、情報を統合してみれば」

 

「案の定ガストレアという訳ですか。通報者はその血液には触れてないですよね?」

 

「当ったり前ぇだろうがよ。んなこたぁ、一番始めに言ったわ、阿呆が」

 

「その処理はどうしたんですか?」

 

「特殊部隊に投げてやったよ、何か悪りぃか?」

 

「いえ、賢明な判断だと思います」

 

これで二次被害の危険性は、限りなく低くはなったか。

 

「ケッ、言ってやがれ。――おい相楽、会田何か変化は?」

 

多田島さんに呼ばれた二人は、顔を青く染めてこちらに振りむいた。

 

「そ、それが、たったいまポイントマン二名が、懸垂降下にて窓から侵入。

 その後、連絡が途絶えました」

 

会田と呼ばれた警官隊の発した言葉によって、現場の空気は凍りついた。

すると、多田島さんは憤慨した様子で会田の襟首を掴んだ。

 

「馬鹿野郎がッ! 何で民警の到着を待たなかったッ!!」

 

「我が物顔で現場を荒らすアイツ等に手柄を横取りされたくなかったんですよ!

 主任もその気持ち、分かるはずでしょう!」

 

多田島さんに呼ばれた二人のうち、掴まれてないヤツの方が声を上げた。

その声色は、憤慨が良く分かった。

 

さっきも言ったが、所轄と民警の仲の悪さは折り紙つきだ。

それは、民警が法律でガストレア絡みの事件限定で捜査権を認められて(持って)からだ。

それもこれも、右肩上がりの天井知らずだった警察の殉職者を減らす名目もあった。

しかし、今までその場を取り仕切っていた――好き勝手できたともいう――所轄の刑事たちは心底嫌がった。

それでもまぁ、相楽の様にこれ程あからさまで露骨なことをされると、俺も思う所は無くはない。だが、こんなことを一々気にしているほど俺も子供じゃない。

 

「んなこたぁどうでも良い! それよりも――」

 

「――どいてろボケ共! 俺が突入するッ!」

 

いきなり怒号を上げた俺に周囲は軽くざわめいたが、多田島は顎をしゃくりあげて警察隊の二人をドアの前に配置された。

その二人が手に装備していた全長の短くされた扉破壊用散弾銃(ドア・ブリーチャー)が音もなく蝶番(ヒンジ)に押し当てられる。

それを横目に俺は、腰の後ろ側から拳銃――スプリングフィールドXDを抜いて、遊底(スライド)を引いて銃弾をいつでも撃てるようにする。

次いで、ポケットからインカムを取り出して右耳に装着し、電源を入れる。

それはすぐに圏外から受信状態に繋がった。これで、こっちの状況音声は剣志にも聞こえるだろう。

 

「これより作戦を開始、現場に突入する」

 

『ジジッ――了解、周囲を警戒しておく』

 

短い雑音(ノイズ)剣志の返答を聞いた後、大きく深呼吸をして頭の中をクリアにしていく。

何度やっても慣れない緊張とそれによって掌に滲んできた汗を制服のスラックスで拭う。

そしてもう一度、小さく息を吐き出した。

 

「やってくれ」

 

二挺のショットガンが銃弾を撃ち出したのと、俺がドアを蹴破ったのはほぼ同時だった。

 

(おかしい、何故いない? どこに隠れてやがる?)

 

廊下を一気に駆け抜けて、リビングに出た。

視界に飛び込んできた西日の眩しさに一瞬、目を細めてしまいそうになる。

夕焼けの中に浮かび上がるように、六畳ほどの小部屋が朱く染まっていた。

その映画の一幕のような光景に我を忘れそうになったが、それ以上の信じがたい光景を確認した時、俺は目を見開いた。

 

それは、壁に叩きつけられて絶命している警察隊の二人。

加えて、名状しがたいほど濃密な血の臭いが充満していた。

その元だと思われる赤い鮮血は、リビングの床に流れていた。

 

そして、部屋の中央に長身の男が立っていた。

 

身長は190に届くかそれ以上、随分と細身で不健康そうな四肢と胴体。

細かく縦縞の入ったワインレッドの燕尾服とシルクハット。

極めつけは中世西洋の舞踏会用の仮面(マスケラ)を付けた奇怪な怪人。

 

俺がその姿を確認した次の瞬間、仮面の男は薄ら笑いを浮かべて俺の方へ鋭い視線を寄越してきた。

 

「ふむ・・随分と遅かったじゃないか、民警くん?」

 

「ッ!?」

 

その男の口から漏れた声は、俺にとっては何故か生理的な嫌悪感を生み出すモノだった。

 

「アンタ、一体何者だ……同業者か?」

 

「確かに、私も感染源ガストレアを追っていた。しかし君の言う同業者ではない。

 何故ならね――」

 

もったいぶるように、仮面の男は言葉を切った。

その挙動はまさしく猿芝居を演じる酔狂者のそれであった。

だが、隙だらけのように見えるが全くない。

俺は不測の事態に備え、身体を構えておく。

 

「――彼らを殺したのが、私だからだよ」

 

両腕を広げながらおちゃらけたように話す仮面野郎の言葉を最後まで聞かずに、俺の身体は無意識で動いていた。

 

「ッ!」

 

一瞬で彼我の間合いを零にすると下から顎を掬い上げるような掌打を繰り出す。

敵なのだから、殺してしまおうが気にしない。

というか、その意気でやらなければこちらが殺されてしまうだろう。

 

「オ、なかなかやるね」

 

野郎は軽々と俺の拳を掴むと感心し、楽しそうに呟いた。それも俺に聴こえる程度の音量で。

そして、上にいなされたと思った瞬間に腹部に鋭い痛みと衝撃。

その所為で俺は、絶命している警察隊の反対側の壁に吹っ飛ばされた。

壁に激突したために息が詰まり、空気が肺から全て抜けていく嫌な感覚。

少しでも気を抜けば意識が途絶えそうになるのを我慢し、閉じてしまっていた目を開ける。

 

「なッ!?」

 

その刹那、至近距離で仮面野郎が拳を振りかぶっていた。

慌てて俺は乗っていたテーブルから転げ落ちると、けたたましい破砕音と共にガラス製だったテーブルを叩き割っていた。俺は勢いを殺さずに距離を取ろうとしたが、仮面野郎は俺の回避する位置を予測していたように側頭部を狙った回し蹴りが飛ばしてきた。

ガードをしようと腕を交差(クロス)させたが、その蹴りは重く、ガードした腕ごと弾き飛ばされてモロに回し蹴りを受け、また壁に吹き飛ばされた。

 

「ぐァッ!」

 

それを見ていた野郎は、俺を小馬鹿にしたように鼻で笑いやがって、元いた部屋に戻った。

 

一体何なんだ、コイツは。

 

そう思った時、場違いな着信音が部屋に鳴り響いて、仮面野郎が電話に出る。

 

「小比奈か……ああ、うん。そうか分かった、これからそちらに合流する」

 

「――こっちを向け化け物! 仲間の仇だ!」

 

――バンッ! ババンッ!!

 

おいやめろ、という俺の声は、仮面野郎の抜き撃ち(クイックドロウ)で放たれた、3つの銃声でかき消されてしまった。

そして、当の警察隊は防弾らしき濃紺のタクティカルベストをいとも容易く貫通され、鮮血が床に散っていく。

 

ちきしょうがッ!!

 

心の中で突入してきた警官隊に悪態を吐きながら、仮面野郎との間合いを詰め、床を踏みしめる。

 

「ん?」

 

天童式戦闘術二の型十六番――

 

「『陰禅・黒天風』ッ!」

 

今までのお返しのつもりで放ったのだが、仮面野郎は首を軽く振ってさらりと避けた。

 

「おっと、惜しい」

 

「惜しくねぇ!」

 

これだけだと思うんじゃねぇ!

 

俺は即座に足を踏みかえ、反動をそのままに使い2撃目をブチかます。

 

天童式戦闘術二の型十四番――『陰禅・玄明窩(げんめいか)』!

 

――メキメキッ!

 

俺のハイキックが狙い違わず当たった首から、骨の折れる音が鳴る。

やった、と反射的に叫びそうになるが野郎の手を見てそんな気持ちは微塵に吹っ飛んだ。

 

「なっ!?」

 

なぜなら、野郎の手には全く傷ついていない携帯電話が握られてたからだ。

そして、野郎は空いている左手をあらぬ方向を向いた首に当てる。

次の瞬間、ゴキンッ、と嫌な音を立てて仮面野郎の首がこっちに向く。

 

その様相は何とも不気味で、非現実染み過ぎていた。

 

「いや、何でもないよ小比奈。ちょっと立て込んでてね。すぐそっちに行く」

 

野郎は携帯のフリップを閉じると、じっと俺に視線を向けたまま微動だにしない。

俺は全身の血液が凍りついてしまうような錯覚に陥りかけた。

野郎は位置がずれたのか、仮面を押さえて、キキキと奇妙に笑い出した。

 

「いやいやお見事、油断していたとはいえまさか一撃もらうとは思わなかった。

 ここで殺したいのは山々だけど、今はちょっとやることがあってね」

 

そこで野郎は一旦言葉を切って、キロリと仮面の奥から俺を睨み「ところで君、名前は?」と聞いてきた。

ここで名乗らないのも手だが、

 

「‥‥里見、蓮太郎だ」

 

「サトミ、里見くんね……」

 

俺の名乗りを聞くと、野郎は値踏みするような口調でブツブツ呟いた。

そして、割れた窓ガラスをくぐってベランダに出ると、手すりに足をかけた。

 

「待ちやがれよ、アンタ。このまま帰れると思うのかよ」

 

「ああ、思うね。実際、君は今、僕を捕える術がないと見た。違うかい?」

 

「……」

 

俺は内心、舌打ちをした。

やはり、この野郎に俺程度のハッタリはすぐに見破られるか。

何の準備も無しじゃ、コイツに俺は秒殺される。いや、一瞬も持たなさそうだ。

 

「沈黙は了承と取っていいね? いずれまたどこかで会おう里見蓮太郎くん。

 ああ、そうだ。君の最初の質問に答えておこう」

 

「ア?」

 

「私は世界を滅ぼす者、誰にも私を止めることは――出来ない」

 

そう言って、奇怪な仮面野郎はベランダを一足飛びに飛び降りていった。

 

思わぬ敵の圧力に強張った俺の身体はしばらくの間、縫い付けられたように動かすことが出来なかった。いつの間にか汗ばんでいた手を一度、めいっぱいに開いた後、強く握りしめていると後ろから声がかけられた。

 

「お、おい大丈夫か、民警」

 

「そうだ、インカムはッ……無事か」

 

俺はそれを素で無視して、インカムがないことに気が付いた。

無傷でテーブルの瓦礫たちに埋まっていたインカムを見つけ、すぐさま耳に当てる。

どうやら、中の回線も大丈夫なようだ。

 

流石は次世代型の超強化プラスチック製、いや、アイツの作ったものだ。

 

「剣志、大丈夫か。状況は!」

 

『うるせぇな、もう少し静かにしてくれや。

 ――現在、感染者と思われる単因子ガストレアモデル:スパイダーと交戦中。

 応援はいらないが依頼主を連れてこい。場所は事件現場(そこ)より5時の方向300だ。それまでには片づけておく』

 

一秒もかからずに返ってきた減らず口に、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「分かった、すぐに行く。――多田島警部、付いて来て下さい」

 

「お、おう、分かった。……お前ら! 怪我人、搬送しとけ!」

 

「ハッ、ハイ!」

 

俺は多田島警部を引き連れて、瓦礫の海となった部屋から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、こんばんわ。橘柚子です。

長く書いていなかったので、どうやら創作スキルが落ちたようです。すいません。


批評や感想、誤字脱字等々何かありましたらメッセージをよろしくお願いします。

最後に、この拙い駄文で楽しんで頂ければ、こちらとも幸いです。


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『第III話・飛天の剣士』

相棒(イニシエーター)二人を拾ったあと、いくらかバイクで走らせている。

交差点に差し掛かった時に赤信号で一時停車している時。

 

『――これより作戦を開始、現場に突入する』

 

ついさっき耳に付けた――というか薫に付けられたインカムが受信状態になり、蓮から報告が告げられた。

 

「了解、周囲を警戒しておく」

 

俺はそれに定例の返事をして、インカムの音量を切る。

なぜなら、戦闘音はどうしたとしても日常の音よりも大きすぎるために、運転に集中が出来なくなってしまう。

それに、あまり俺は戦闘側の意識に変わりたくないというのも、理由としてある。

周囲の物的、人的両方被害が全く考えられなくなるし、思考回路が攻撃一辺倒になって落ち着きがなくなってしまう。

 

「どうしたのじゃ、蓮太郎になにかあったのか?」

 

心配そうな声で俺に聞く延珠。本当にこいつは蓮のことが好きなんだな。

 

「あぁ、蓮は突入したみたいだ。まあ、現場はマンションの狭い一室だ、ガストレアごときに遅れを取るようなヘマはしないだろうよ。・・・お前も知ってるだろ?」

 

「そうだな、確かに蓮太郎のことは妾が一番良く知っている!」

 

最後に気付けのような言葉を付けてやると、満面の笑みで返してきた。

・・・現金なこった。

 

「……私は剣のことを一番知っている」

 

その声が後ろから聴こえた時は、ハンドル操作を誤りそうになった。

だがそれを気力でどうにか抑え、動揺を無かったことにした。

 

「そうかい。だが、そういうのは今言うべきじゃないな?」

 

「……分かってる、だから言った」

 

「お前なぁ……」

 

そう提言した薫に俺は頭を抱えたくなった。まあ、本当に抱えたらバイクが勝手に事故ってくれるだろうから、絶対にしないが。

それにしたってTPOを弁えてくれよ、薫さんや……。

 

そんな軽口を叩きあう内に吸う空気に血生臭さが混じってきた。

すると体が勝手に熱を持ち、ハンドルを握る手に力が入っていく。

 

「……剣、お願いだから殺気をしまって。私も延珠も恐いから」

 

「わ、妾は慣れてるから大丈夫だぞ!」

 

やべぇ、限界に近いなこれ。

どうやら、無意識に殺気も出していまっていたようだ。

延を泣かしたら蓮に何を言われるか分かったもんじゃねぇ。

少し休憩しますか。二人の為にも。

 

「すまん、疲れてるみたいだ。休憩させてくれ」

 

そう2人に断わって、バイクを路肩に停めた。

俺は一人、バイクを降りて、路上に胡坐をかく。

そして、目を閉じ瞼を右手の親指と人差し指で押さえ、精神統一に努める。

何秒かそうやって心を落ち着かせて、目を開ける。

徐に立ち上がり、俺は二人に振り向く。

 

「飲み物買ってきてやるよ。・・・ご要望は何かございますでしょうか、姫様方?」

 

「妾はオレンジジュースが良いのじゃ!」「……私は、コーラ」という反応に俺は鷹揚な返事をする。

ちゃんと憶えておかなきゃならんな、こりゃ。

前に間違えて買ってきた時なんかは、ドロップキックと斬れない強化硬質ゴム弾を喰らったから、しっかりと留意しておかねぇとな。あれは痛かった。

 

そんな苦い、というか苦しい思い出に一人苦笑していると、知らぬ間に路地裏に入っていた。なるほど、俺の嗅覚も馬鹿に出来ねぇや。

路地裏を進んで行くほどに、空気中に混じる血生臭さは強くなっていき、とうとう発生源を見つけた。

それは、見える所全てが血塗れな壮年の男性だった。

男はそれに気付いていないのか、ふらふらと今にも倒れそうな様子で歩いている。

この男が今回の警察からの依頼にあったガストレアの感染者だろうか?

 

「そこのお方、大丈夫ですか?」

 

「き、君は一体?」

 

俺が声をかけると、男は驚いた様子で振り返った。

その時に、ピチャッと血が落ちる水音がして、俺は反射的に顔を顰めそうになるが、なるたけ平常心を心がけ、表情筋を押さえつける。

ガストレア感染者には、動揺や緊張と言った精神的負担を与えるのは禁物だ。

なぜなら、それらの負担を感染者が感じることによってガストレアウイルスが活発化し、平常時よりも相当早くガストレア化してしまうからだ。

これは人体実験紛いの実験で実証されている。

まあ、それも既に揉み消されているか、秘匿されているだろうが。

 

そんなことを思案しながらも俺はポーカーフェイスのまま表情を変えてしまわないよう努力する。

 

「自分ですか? 自分は緋川剣志、普通の高校生です。貴方は?」

 

「ぼ、僕は岡島純明。多分この近くに住んでるはずなんだけど帰り道が分からないんだ」

 

「そうでしたか、それは大変だ。ご住所、もしくは建物の名前は分かりますか?」

 

「……え、あれ? 思い出せない、どうしてッ?」

 

自分の記憶が曖昧なのにヒステリックを起こしかけている。

それに自分がどんな状態になっているのかも理解できていないのか。

 

「分かりました。業務上、一つだけ言っておきます。残念ですが貴方にはもう先は有りません」

 

チッ、もう無理だ。ガストレア化まであと数分の猶予もない。

早く心残りを聞いておかないと。死んでまで後悔は残してやりたくはない。

 

「き、君はいきなり何を言っているんだッ?」

 

「なら、落ち着いて自分の身体をゆっくり見て下さい。何を見ても決して驚かないで」

 

念を強く押しながら、俺は岡島さんに彼自身の身体がどうなっているか把握させようとした。

 

「なんだ、これは‥‥」

 

そう呟いた岡島さんは全身を見回した後、恐る恐ると言った表情で腹を触り、その感触に顔を顰める。

 

「そうか、僕はあの時上から化け物(ガストレア)が降ってきて、それで……」

 

自分の身体がどんな惨状かを理解して落ち着きを取り戻したようだ。

だが、それは死を受け入れたことと同義だ。

 

「襲われた、と。質問ですが、それはどんな身体をしていましたか?」

 

「いきなりだったから、わからないけど。多分、クモっぽかったと思う」

 

「分かりました。それと、ご家族やお知り合いに何か言伝は有りますか?」

 

「それなら、妻と子どもに、謝っておいてくれないかな? いままでごめんって」

 

言い終わると、岡島さんの目からは涙が溢れていた。

悔しいのだろう、いきなり怪物に襲われて最後の時を最愛の人たちと会えずに消えていくなんて考えたくもないほど、悲しくて痛いのだろう。

俺は何もできない無力感に奥歯を食い縛る。だが、今はそんなものに囚われている暇などあってはならない。

 

「御意。この緋川剣志、命尽きようとも、必ず貴方の妻子殿にお伝えすると誓いましょう」

 

俺が心臓の真上に右手を置いてそう答えると、泣いていた岡島さんは満足そうに微笑んだ。

そして、その直後、彼はあっさりと人の姿でいることを放棄した。

それはガストレアウイルスの浸食率が50%を超えた証拠だった。

 

彼の手足が埒外の速度で急に萎んだかと思えば、内側から身体を裂くように真っ黒で細長い脚が飛び出す。

短く硬そうな毛の生えた細長い八つの脚、遅れて頭部から赤く光る単眼が八つ、左右対称に出現した。

腹部はそれこそボールのように大きく丸く膨らみ、人すらも呑みこまんと開いた口からは嫌に濡れ光る一対の牙が生えていた。

観察者に生理的嫌悪感を与える黄と黒の警告色の体色だ。

 

俺はバックステップで距離を取り、ガストレアを観察する。

やはり、岡島さんの言った通りクモ型のガストレアだったか。それも単因子のようだ。

 

ガストレアは、主に二つの分け方がある。

 

一つは、感染因子を一つしか持たない『単因子』ガストレア。

これは、特に感染者からの異形化の直後の状態を指し、特筆するべき能力は持たないと一般的に知られている。

もう一つは、感染因子を二つ以上持った『複因子』ガストレア。

これは、各居住エリア外に生息するガストレアが主にこの形態を取っていて、元の感染因子とは異なる特異な能力を持っていて「オリジナル」と呼称されることもある。

その上、二つ以上の複因子を持ったガストレアは、二つ以上の生物の容姿を模っているため、普通に気色悪い。組み合わせ次第でゲームの中のモンスターにしか見えない時もある。具体的にはスライムとか、ドラゴンとかの類だ。

 

また、ガストレアは強さで組み分けが為される。

感染者が変化して間もない最初期で討伐が一番楽な『ステージI』、複因子を持ち「オリジナル」たる独自の能力を使う『ステージⅡ』、世界の名立たる国家軍の中でも精鋭と言われている陸上自衛隊の二個中隊ですら撃破に困難を極める『ステージⅢ』、自然発生では最強の『ステージⅣ』。

これらは一般的にバラニウム鉱石の特殊な磁場の影響を強く受けるので、討伐にはバラニウム製の特殊な武器で戦闘をする。

 

そして、“黄道十二宮(ゾディアック)”と呼ばれ、現在世界に11体のみ確認されている規格外の『ステージⅤ』。ステージⅤは、厄介なことにバラニウムの磁場の影響を全くと言って良いほど受けない。よって、現在は撃破する手立てが無い、言い変えれば、為されるがままにしかできない、ということだ。

 

だが、金牛宮(タウルス)処女宮(ヴァルゴ)はIP序列1位、2位のイニシエーターによって撃破された。ただし、巨蟹宮(キャンサー)は端から欠番だ。

 

このガストレアは変化したてなので当然最初期のステージI。

2000番台のプロモーターの俺でも撃破自体は可能だ。

 

「天童民間警備会社所属プロモーター、緋川剣志! これより単因子ガストレア、モデル:スパイダー・ステージIとの交戦に入る!」

 

俺は周囲に対して、民警法に規定されている名乗りを上げ、背後に走る。

決して逃げる訳じゃない。この狭い路地裏じゃ、周りのビルを壊しかねないからだ。

 

ある程度開けた道路に出て、腰に差していた2尺余りのバラニウム製大太刀――緋双刀・右近の鯉口を切り、ガストレアが来るのを待つ。

出てきた所を俺は縮地法でガストレアとの間合いを詰め、刀の6連撃を振るう。狙いは行動を制限させるために、ガストレアの足の関節の部分。

 

「“飛天御剣流一の太刀二の型――龍巣閃・咬”!」

 

しかし、ガストレアはそれらを真上に跳ぶことで躱し、連撃は空を切ってしまった。

そして、ヤツは口からひも状の白い物体を吐き出した。

 

「チィッ!」

 

俺はそれを前回り受け身の要領で回避した。

だが、思ったよりもクモの糸の効果範囲が広く、右足が地面に接着されてしまった。

 

「クソッタレがッ!!」

 

俺はクモの糸を右近で断ち斬り、ガストレアを探す。

 

――シィィイイイイッ!!

 

上空からガストレアが俺をその巨躯で押し潰そうと、落下してきていた。

俺はアスファルトを砕かん勢いで踏みしめ、何とかのしかかられずに済んだ。

素早く路地裏の物陰に隠れ、クモの糸を処理している最中。

 

『――剣志、大丈夫か。状況は!』

 

「うるせぇな、もう少し静かにしてくれや。

 ――現在、感染者と思われる単因子ガストレア、モデル:スパイダーと交戦中。

 応援はいらないが依頼主を連れてこい。場所は事件現場そこより5時の方向300だ。それまでには片づけておく」

 

ガストレアに見つからないよう息を潜め、スマホの地図を確認して手早く蓮に伝える。

 

『分かった。すぐ行――』

 

蓮の返答を聞き流して、ガストレアの眼前に躍り出る。

 

「ハァァアアアアアア!!」

 

――そして。

 

“飛天御剣流五の太刀二の型――土龍閃・(つぶて)

 

刀を亜音速まで加速させ、勢い良く地面に叩きつける。

土龍閃には二つのタイプが存在する。

一つは地面の砂塵を相手にぶつけて視界を潰す、大元の土龍閃とその派生型で、今俺が放った地面を砕き、その破片で相手を貫く土龍閃・礫がある。

両方とも、スモークグレネード並みの煙幕能力があるから、重宝するのだが、土龍閃を放った後はアスファルトだろうがコンクリだろうが剥がれるので、補修費を幾らか負担する羽目になる。あまり使いたくはないが、技の勝手が良すぎるのが悪い。

 

土龍閃・礫で砕けた瓦礫を直接目に受けたガストレアは苦しそうに叫ぶと、見境なく暴れ始め、その反動で周囲のビルや建物が破壊される。俺はそれを好機と感じ、地を踏みしめ、ガストレアに刀の腹を押し付けながら跳び上がる!

 

“飛天御剣流四の太刀三の型――龍翔墜閃”!

 

飛天御剣流の対空剣の二つを掛け合わせた合体技の一つ。

龍が獲物を喰らいながら空を駆け昇るが如く、峰を左手で支え、下から飛び上がりながら刀の腹で相手を斬り上げる“飛天御剣流三の太刀――龍翔閃”。

それと真逆の、龍が獲物を大地へ叩きつけんが如く、空高く飛び上がり、重力による自然落下を利用して相手を一気に斬り裂く“飛天御剣流四の太刀――龍墜閃”。

 

地面に叩きつけた瞬間にガストレアの躯体は半分に割かれ、動かなくなった。

どうやら討伐は出来たようだ。

 

「ふぅー・・・ガッ!?」

 

俺はそれに安堵のため息を吐いた。

だが、刹那に襲ってきた衝撃になす術もなく吹っ飛ばされた。

 

「・・・おいおい、なにしやがんだ延珠!」

 

全身を巨大な金づちで殴られたような痛みと頭が回るようなめまいを感じながら、延珠に対し悪態を付ける。

 

「剣志! またお主は一人で勝手にガストレアと闘おうとしたようじゃな」

 

そんな俺の悪態をガン無視している彼女は、何やらご立腹の用だ。

 

「んなこと、お前に関係あるか?」

 

俺はそれをにべもなく切り捨てるが、俺の返答を聞いた延珠はその怒りをグレードアップさせた。

 

「大有りじゃ! お主が万一怪我でもしたら薫がどれだけ悲しむと思っておるのじゃ!」

 

「そうならないために薫が俺の背中を守ってくれてるんだ。これでも善処してるんだが?」

 

もとより、薫に近接戦闘は鬼門だ。

本来なら、薫には離れた所で通信機器を使いながら作戦指揮(オペレーション)をしてほしいものだが、何故か首を縦に振ってはくれない。

だから、適性のある俺が剣を振って、薫は中遠距離からの火力支援(カノンサポート)に従事してもらっている。

 

「なら、せめて妾たちが追い付くまで待っておれないのか!」

 

「さっきも言ったが、これでも善処してる方だ」

 

「“自由主義”大いに結構だが自由は正義にも悪にも変わる、と蓮太郎が言っておった」

 

「ったくあの野郎、ガキに面倒を吹き込みやがって。……だがまあ、進言痛み入る」

 

ため息を吐きながら、聞き入れたそぶりを見せると延珠は満足げに頷いた。

 

「分かればいいのじゃ、分かれば」

 

「チッ、悪かったな」

 

俺が舌打ちしながら顔を顰めると、薫が破れた制服の裾をつまんでいた。

 

「……剣、私に何も言わずに何処かに行くのは止めて欲しい」

 

「そうだったな、すまなかった」

 

そうやって頭を撫でてやると、薫は嬉しそうに笑った。

この辺がまだ子供っぽいんだよな、見てて面白いが。

 

「……なら約束。……ん」

 

薫は小指を立てて俺の方に突き出してきた。

指切りか、久しぶりだな。

 

「はいはい、分かったよ」

 

そう言って、しゃがんで薫の顔の前に小指だけを伸ばした右手を出してやると。

 

「……指切りげんまん嘘ついたら」

 

俺の小指に自分の小指を絡ませて、上下に小さく振りだした。

 

「……一週間私の言うことを何でも聞く」

 

案の定、普通に針千本の刑が確約されるのかと思えば、何だ一体その刑罰は。ある意味で褒美扱いにならないか?

まあ、別に俺が特異な趣味嗜好を持っている訳でもないが。適当にあしらえばいいだろうし。

 

「ちょっと待て、薫。それは刑罰になるのか?」

 

「……大丈夫、私からしたらちゃんとお仕置きになるから」

 

「おい、お前は俺に何をさせるつもりだ?」

 

「……別に何も」

 

そう言って薫は俺から目を逸らした。

こういった時、薫は必ずやましいことを考えている。これは今までの経験上間違いない。

何をする気なのか、と改めて問おうとしたとき。

 

「剣志! 大丈夫か?」

 

都合悪く、待ち人が来た。

 

「蓮太郎!!」

 

蓮の声を聴いて疾風のごとく声の主の元に駆け付ける延珠。

どんだけ好きなんだよ、延珠は。

 

「あぁ、遅かったじゃねぇか蓮」

 

「遅かったじゃねぇかってお前、これでも全速だったんだぞ」

 

依頼主はどうした、とは問わなかった。

何故なら蓮の後ろから公僕のパンダ・・・もとい、白黒の警察車輌(パトカー)が徐行していたからだ。

その車両から二人の警官が降りてきたのを見て、俺は即時敬礼をした。

 

「自分は天童民間警備会社所属、プロモーター緋川剣志です。お勤めご苦労様です」

 

「俺は東京エリア警視庁捜査一課所属、多田島重徳警部だ。こっちは同所属、新崎だ」

 

めんどくさそうに自己紹介をした多田島警部が親指で指した青年へ体を向ける。

 

「自分は新崎将太、階級は巡査であります。緋川殿、本件の解決に対するご助力、感謝したします」

 

新崎巡査の謝辞に適当に答えて、俺は多田島警部に向き直る。

 

「それで、多田島警部殿」

 

「なんだ、『《竜閃》』さんよ。どうかしたのか?」

 

「いえ、それほど重要なことでもありませんので身構えないで下さい。

 本件の依頼報酬は自分の会社に送ってください」

 

「あぁ、分かった」

 

「多田島警部、新崎巡査、本件はありがとうございました」

 

「あぁ、こちらこそ、だ。あんたらの所は頼りにしてる」

 

「じゃあ、次は依頼金弾んでくれよ?」

 

「断る、こっちは金がないんだ。勘弁してくれ」

 

蓮の冗談に多田島警部はさして興味の無いように答える。

何時の間に気心を許したのかね、蓮の奴は。

そう考えながら、最後に俺は警官二人に敬礼をして俺たち四人は現場を後にした。

 

 

 

 

 




どうもみなさん、お久しぶりです。橘柚子です。

投稿を四か月も空けてしまい、申し訳ありませんでした。
理由については活動報告の場で弁明をさせて頂きます。

批評や感想、誤字脱字等々何かありましたらメッセージをよろしくお願いします。

最後に、この拙い文章を楽しんでお読み頂ければ、こちらとも幸いです。


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