Dolls' Frontline STAND ALONE COMPLEX (へなころ)
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オープニング
1.突然ですが


アマプラビデオで攻殻機動隊を見ていたら書きたくなってしまった。
よろしくお願い申し上げます。

SACの笑い男事件の最後のあたり、9課解体の時のタイミングで飛ぶ形です。
あんまり上手くないけどお付き合い頂ければと思います。


あの日あの時何があったのか、誰にも分からない。

ただ一つ分かっている事は、ここは元の世界とは違うという事だけだった。

そう・・・あの日・・・

 

 

・・・・・・

 

「くそ!奴らはなんなんだ」

防火壁による侵入防止を図るも悉く爆破され足止めにもなっていない。

多人数の兵士が施設へなだれ込んでくる。その統制のとれた動きから見るものが見れば練度の高さが伺える。進行スピードも非常に早い。

 

9課の面々が事務所外の廊下にバリケードを築き侵入者へ銃撃を加えている。

しかし相対する者たちは練度が高い上に装備もよい。強化外骨格までも持ち出しアサルトライフルやマシンガンによる銃弾すらも効果が薄い様だ。

 

通称"笑い男事件"の調査も山場を終えてフィニッシュに向かうタイミングで、敵対勢力から政治的な反攻を受けて窮地に立たされていた。

課長の指示で9課の事務所に集まった彼らは、己の生存を賭けて抵抗を試みる。

 

弾幕を張りながら男たちは敵を推察する。こんな重装備はテロリスト集団はおろか警察関係でも準備は難しい。

「奴らは海上自衛軍の"海坊主"だな」

「なに?あの根室奪還作戦の噂のあれか?」

「ああ、存在しない部隊だから俗称だがな」

敵は軍の特殊部隊。敵勢力の息のかかった海上自衛軍より派遣された部隊であり、9課を解体、抹殺する事を目的に派遣されたのだった。

 

「後退するぞ」男たちの中に居る紅一点。口調から隊長と思われる女性が指示を飛ばす。

携帯式無反動砲を撃ち込むがこれすらも効果が薄い。徐々に敵に押し込まれており事務所への後退をすすめる。事務所から後は無い。ここに籠城して徹底抗戦を行うのだろう。

 

と、そう見せかけて、事務所を爆破し自爆を装い市街地へと散り潜伏する計画だった。

自殺偽装用の簡易義体も準備済み。

あとは最後の爆破準備を進める。敵は一際分厚い防御壁突破に苦慮している。

 

隊長は手際良く自爆システムを起動し

「よし!ここは店じまいだ。脱出するぞ!」

そう宣言して事務所より退去する。

 

・・・・・

自衛軍が扉を破り侵入を開始したと同時に、侵入者もろとも全てを吹き飛ばす規模の大爆発が事務所で起こる。超高層ビル上層階であるが爆発により全ての窓が破壊されガラスが飛び散る。

今まで知る由もなかった一般人にも事件事故が起きていることが分かるようなド派手な状況である。

それも逃亡への時間稼ぎ。そんなはずだった。

しかし...

 

「なんだ?振動が大きい!?」

事務所の自爆の爆薬はたかがしれている。しかし想定を超える明らかに異常な振動である。しかも爆発とは異なり徐々に振動が大きくなってくる。

「うっ・・・」

次の瞬間、ついに宙に体が投げ出される感覚を受け、次いで揉みくちゃにされる感覚。そしとそのまま意識を消失していた・・・

これが「いつもの世界」で受けた最後の感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・

・・・

・・・・

・・・・・

・・・・・・

 

「ううっ。なんだ?一体何が??」

女隊長の草薙素子は目覚めるとともに状況把握に努める。

一時的とはいえ、強敵を前にして意識を失っていたのだ。死んでいてもおかしくは無い状況。

周りを見渡すと部下たちが倒れていた。

すぐに確認するが特に問題は無い。よかった。死んでいる訳では無かった。

 

「バトー、サイトー、起きろ!」

素子は横の二人を起こす。

 

「う・・・少佐・・・!敵は?連中は?」

「少佐!」

バトーと呼ばれるパワー型サイボーグの大男と、短髪隻眼の屈強な男が起き上がる。

「何がどうなってんですかい。少佐」

「敵どころか、場所も・・・おかしくないですかい」

「イシカワ、ボーマ、パズを起こせ」

 

そう、自分達が倒れているのは見知った場所では無かった。

どうやら高層ビルのなかである事は確かだが、知らない場所。何故なら荒れ果てた廃墟であるからだ。

そして、窓が割れて無くなった眼前に広がるのは廃墟の山だった。

人が住む気配が全く無かった。

 

「どこかの招慰難民居住区か?」いやそんなはずはない。

「であれば、ハックされ記憶の改竄?」その可能性は低い。それに9課全員をやる動機がない。

「あるいは防壁迷路の類に捉われて見せられた世界か?」この可能性は考えられたが・・・

 

「少佐、これは現実ですな」

声の方を向くとイシカワが頭を撫でながら起き上がっていた。

「あと、ネットワークが一切使えません。全ての電源が落ちているのと・・・この街の状況からネットワーク自体も期待出来ないでしょう」

「短距離の無線通信のみです」

 

「・・・・」

「分かった。皆、携行武器はあるな」

「サイトーは高所から街の確認、イシカワはこの部屋の確保、ボーマとパズ、私とバトーはツーマンセルで建物の探索だ。1時間後にこの部屋に集合だ」

「状況及び情報の確認と、水食料の確保を主眼に置け」

「「了解」」

 

イシカワ以外のそれぞれは廃墟の部屋から任務を全うすべく飛び出していった。

 

・・・・・

 

「このビルはオフィスビルだったようだな。が、人は全くいないな。放棄されて久しいようだ」

バトーが事務机の上を見るがめぼしいものは無い。

 

「うん?おいおいおいおい・・・マジかよ」相方のバトーが相当驚く何かを見つけたのか驚きの声を上げる。

「少佐、これを見てくれ」

そう言ってボロボロの卓上カレンダーを差し出す。そこには2049年と書いてある。

廃墟のカレンダーが2049であれば、今日はそれ以上の年であるという事を表している。

馬鹿な。2049年だと?今年は2030年だ。そんなカレンダーがあるわけがない。

日付けと曜日は確かに2049年である事が計算より分かる。カレンダーをめくると所持者のイベントであろうことの書き込みが見つかるが、悪戯にしては手が込んでいる。

 

「約20年後の世界と言うことか?」そんな事ありえない。

「それに文字から東欧諸国かロシアか・・・」

どういう事だ?我々は日本の新浜市に居たはずだ。

 

その後めぼしい情報はなく、地階付近にあったスーパーの成れの果てから幾ばくかの缶詰と水を回収し、元の部屋に戻ることとなった。

 

・・・・・・

 

6人が元の部屋に集合するが、手に入れた情報はどれもこれも信じられないものしか無かった。

曰く、違う時代、違う場所に移動した事を示す証拠であり、その荒唐無稽な事象を否定するものは一つとして無かったのである。

 

「カレンダーを見つけたが、2049年。しかも東欧の文字から日本では無いことが伺える」

「ネットワーク端末と思しきPCを発見したが、型式は不明。電脳との接続形式のコネクタは無し。外部接続と思われるジャックがあるものの接続形式は不明」

「電源関係は全て停止。人の姿も一切無しだ」

「食料関係は一部保存食は見つかったがほぼ無し。現状一ヶ月間の生存も難しいと言わざるを得ないな」

 

分からない。この信じられない事象は置いておくとして、なぜこのような大都市に人が居ないのか。

どんなに戦火に巻き込まれようとも人が1人もいないと言うのはおかしい。

長崎の招慰難民達もボロボロの建物に住み着いていた。人と言うのは何としても生きようとする。廃墟であろうとも人が一人もいないというのは異常だ。

・・・・ありえない。想定外の、人が住めない事情があるのか?

 

 

「少佐、地図を見つけたのだが数キロ先にこの街の中央行政庁の建物があるようだ」

「なんらかの設備や情報があるかも知れない」

パズが地図と共に情報を伝える。

 

「・・・・・・」

得体の知れない嫌な予感がする。夜の移動はやめておくべきか。

 

「分かった、明日は行政庁舎の調査を行うぞ」

「今日はそれぞれ休め。就寝中も周囲への警戒は怠るな」

 

全く意味のわからない初日は、こうして幕を下ろしたのだった。

これが激動の開幕である事は、誰一人として理解できていなかった。

 




次話投稿に時間はかかると思います。
気長に待っていただけると幸いです。


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2.邂逅

ちょっと早めの2話目です。
次は遅くなるかな?
更新は二週間以内にはしたいですね。
よろしくお願い申します。


この謎の世界に飛ばされて二日目。

新浜の事務所で襲われた9課、ここにはいない課長にトグサ、気にならない事はない。しかし元の世界に戻るためにも現状を打開しなければならない。この誰もいない街では生き残る事は容易ではないのだから。

 

取り急ぎ必要なのは電力の確保、水と食料の確保、そして義体のメンテ依頼先の確保だ。

義体の運用を考えると電力によるエネルギー供給が最も簡単であり確実に確保したい。ただ義体化率が高いとはいえ生体も残っているので水と食料が無いと生きては行けない。電脳とはいえ生体なのだから。

そして最後は義体のメンテだ。中長期的な生存を考慮すると義体の重整備や交換は必要になる。新浜であれば義体のメンテが病院で可能ではあった。しかし今のここではそのようなリソースは何一つない。少なくとも人がいる街に辿り着く必要はあるだろう。

 

(まったく・・・新浜の街に溢れていた施設がこんなにも有り難かったとはな。改めて気付かされる)

(突然の大災害に巻き込まれた市民はこんな気持ちなのだろうな)

隊長の素子は部下の手前口には出せないが、正直言って勝利への道筋も見えない現状は苦しいところである。

人っ子一人居ないこの廃墟群に取り残された自分たちは生き残れるのか?

 

・・・・・

 

早朝に素子を始め9課の6人は部屋に集合していた。

「今日はまず行政庁舎へ向かう。行政庁舎なら予備電源や情報、食料を調達できる可能性が高いからな」

「向かうまでは、索敵及びクリアリングをしながら進むぞ。分かったな」

素子は緊張感を出して指示を行う。

 

「クリアリング?ふん、まるで国連軍での行軍のようだな」

バトーがチャチャを入れるが、

「そうだなバトー、サイトーと対峙したあの時と同じくらい気合を入れろ」

その素子の発言に、バトー、イシカワ、サイトーは驚愕する。

(この街があの時と、あのメキシコの地獄と同じだと?)

 

その姿を見て素子は真顔で答える

「ああ。そうだ。私のゴーストがそう囁いているんだ」

 

素子以外の5人が(本気か?)と互いの顔を見直しているが、隊長の素子の真顔を見て改めて気合を入れ直すのだった。

 

・・・・・

建物の外は・・・有り体に言って悲惨だった事が分かった。

行政庁舎への移動で表に出たが、そこは破壊された廃車と物陰に人だった者が点在していた。

サイトーの確認でも詳細は分からなかったが、どうやら多くの人が殺されていたらしい。老若男女関係なく、逃げる者庇う者含め関係なくやられたようだった。

しかし、核等の大量破壊兵器が使用された痕跡はない。核なら建物ももっと破壊されている筈だ。

状況から見て、一人一人丁寧に殺していった。感覚、軍による虐殺、そのようなことが行われた様子だ。

しかし、それでも疑問に思う。たとえ何があろうとも住み着くのが人間だ。

やはり・・・この街には何か・・・あるのか?

 

その言葉への答えは間も無く分かることとなる。

 

・・・・・・

「少佐、何かいるぞ」

「ああ、分かっている。各員戦闘準備しろ」

前方の大きな通りとの交差点の向こうに数体の動く影があった。様子からまだこちらには気づいていなさそうだ。

風体から女性型、銃を持っているところや防具や迷彩柄のマントから戦闘員なのだろう。ただし、手足の部品や顔のバイザー類から生身の人間ではないことが遠目でも分かる。

 

「なんだあれは?・・・アンドロイド?戦闘用アンドロイドか?」

「全身義体のサイボーグの可能性もあるな。どうする?少佐」

イシカワとバトーの会話から素子へ対応の判断が委ねられる。

セオリー通りなら隠密行動でパスするのだが、この何もかも全く分からない状況がその判断を止める。

コイツらから何か、この世界の情報を取れるのではないか?

 

 

 

「少佐。俺が行こう。」

バトーが軽い感じで伝える。

 

「バトー行けるか?」

「他の者は熱光学迷彩(隠れ蓑)を使用してバトーのフォロー」

「敵対行動するようであれば速やかに排除にしろ」

各々がバトーのフォローの準備を始めた。

 

・・・・・・

一人の大男がライフルを背中に背負い、両手を上げながら兵士の一団へと近づく。

距離はだいぶあるが早々に敵対意思がない事をアピールする。流石にこちら側に敵対意思ありと勘違いされるわけにはいかない。両手を上げて驚かさないように冷静に進む。

(大丈夫だ。行ける)

 

大分近づいたところで一団の一人がバトーに気づいたようだ。と、同時に全員がバトーの方を向く。

「落ち着け、敵対意思は無い。隊長と話がしたい」

(ふー、とりあえず大丈夫か・・・・なにっ!)

 

バトーが驚いたのも無理はない。相対していた兵士の一団が突然銃を向けると共に発砲どころか乱射してきたからだ。問答無用の必殺の攻撃でありコミュニケーションの一切を拒否する態度であった。

しかし、驚いたのは相手も同じだった様だ。一般の人間であれば確実に蜂の巣にできた攻撃を目の前の男が躱したからだ。バトーは義体化率の高いサイボーグ、しかも元レンジャー部隊出身であり戦闘に特化した高性能義体である。人間技では無い機動力で必殺の攻撃を躱したのだった。しかも躱すと同時に熱光学迷彩を使用して姿を消したため、兵士たちは目標を見失っていた。

 

「・・・・・・」

兵士たちは無言で消えたバトーの索敵をするが、すぐに見つけることができない様だ。

足を止め、銃をエイミングさせる様に索敵をしている。

 

・・・・・・・

「バトー大丈夫か?」

短距離の無線通信で少佐から連絡が来る。9課の6人は通信リンクが繋がっており常時会話が可能である。

 

「ああ、少佐。大丈夫だ。しかしいきなり撃ってくるとは思わなかった」

「連中、なんなんだ?」

「熱光学迷彩を使っているが、索敵に集中されると視認される恐れがあるから動けない」

バトーは近くの廃車の影に無事に隠れることができた様だ。

 

「待ってろバトー。各員後ろにいるこの隊長格を拘束する」そういうと敵の映像にマーキングを行い共有する。

「一斉射で排除する。バトーも顔を出して撃て」

「開始しろ」

 

素子の合図と共に、5人による斉射が行われる。各々のアサルトライフルにより効率よく敵を排除する。

セミオート射撃によって的確にバイタルパートへ射撃が行われる。

撃たれたのは鉄血工造製の量産型戦術人形のリッパーとヴェスピドであるが、まともな反撃も出来ずに電脳やコアを撃ち抜かれ鉄屑と化していく。

あれだけの攻撃力を誇った人形たちは瞬時に沈黙させられてしまっていた。

 

隊長格の一体は意図的に残されるが、どこからともなく振られたナイフにより、左右の腕の配線類が切断され両腕が稼働不能に陥る。

ついでサイレンサー付きハンドガンにより足の骨格が破壊され地面に転がされ無力化される。

と同時に熱光学迷彩が解かれ、紫がかったロングボブの美人が姿を現す。素子が隊長に近づきCQCにより瞬時に人形を破壊したのだった。

 

「こんにちは、隊長さん?」

「・・・・返事がないわね」

「ハロー。ニーハオ。ドーブライヂェン」

 

「・・・・・」

「駄目ね。コミュニケーションを取る機能がないのかしら。とにかくこちらを殺そうとするだけね」

動けないなりに素子を襲おうと、動こうとしている様だ。

 

「念のために確認しましょうか」

転がった人形を持ち転がしてうつ伏せにする。と同時に首筋をオープンにする。そこには外部入力のジャックがあった

「私たちと構造は似ているわね。けど・・・接続形式は違うわね」

 

「少佐、この形式はさっきの建物にあったPCについていた接続形式と同じジャックだな」

イシカワが共有されたジャック形状を見て瞬時に答える。流石、9課の電子戦要員である。

イシカワは近接戦闘はそれほど得意ではないと思われがちであるが国連軍へ兵士としての参加も経験しており戦闘力が低いわけではない。色々異常な9課の面々と比較してしまうと少々劣るとの評価になってしまうだけである。

 

「少佐、敵の増援が向かってきている」周囲を警戒中のサイトーより通信が入る。どうやらコイツらが応援を呼んだらしい。

「了解だ、サイトー。ビルに潜伏してやり過ごすぞ」

そう言うと、拘束中の人形の電脳へハンドガンのダブルタップを撃ち込み破壊すると、素早く隣接するビルに入り込み息を殺してやり過ごすのだった。

 

・・・・・・

「結局、2時間も無駄にしたな」

再度の行軍中にバトーがボヤく。

潜伏したビルから見下ろすと100体近い兵士達が集まり警戒していた。結局、集まった兵士が散るまで2時間を要していた。

ただ一つ分かった。問答無用で人間を殺害する連中が溢れている。だから人が全くいないと言う事だ。

コイツらがなんなのかは分からないが、それが分かっただけでも一歩前進だ。

 

「バトー、そうボヤくな」

「目的地に着いたぞ」

目の前に30階ほどの超高層ビルがあるが、目的地としていた行政庁舎である。

数キロの距離ではあったがたっぷり半日を要した。しかも脅威が存在することは分かった。

 

「建物内も連中がいる可能性がある。クリアリングは忘れるな」

「まずは上階に拠点を作るぞ。内部の工造が分かる情報を探しながら進むぞ」

6人は互いにうなづき合い、庁舎へと入っていった。

 




うーん、やばい。
なかなか進みません。想定より進みが遅いっす。
これ以上端折ると読み応えなさすぎますよね。
ちょっと頑張りますぞ。


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3.更なる邂逅

おかしいな。2週間くらい開く予定が、1週間経たずアップとは・・・・
そのうちネタが尽きて2週間くらいになると思います。
まだ何となくプロットがあるので。(笑)
ちなみに、もうすぐネタは尽きる予定。(笑)


行政庁舎の中、地上階はめちゃくちゃに破壊されていた。白骨死体も多数あることから避難民かなにか、当時は多くの人が集まっていたのであろう。

そこを武力を持った何者かが襲い皆殺しにした様な感じである。

白骨化していることから、事が起こったのは大分昔のことなのだろう。カレンダーから2049年頃なのか?では今日は少なくとも数年以上、感じからしてゆうに5年は経過していそうではある。

 

その様な状況を一瞥した素子は、一瞬目を閉じた後に9課の5人の部下に指示を出す。

「上階の開けた部屋に拠点を築くぞ」

 

素子の号令に5人が動き出し、すぐに情報が集められる。

「少佐、フロアガイドがありましたぜ。28階に市長室がある様なのでそこに拠点を構えましょうや」

咥えタバコのパズが伝えてくる。彼は愛煙家であり残りのタバコも心許なくなっている様で食品調達の折にタバコの探索も頼んでいるようだがまだ見つかってはいないらしい。食べ物が尽きる前にタバコが尽きて死ぬんじゃないかと揶揄われていたりする。

 

「分かった。全員で市長室へ向かうぞ。殺人アンドロイドが隠れている可能性がある。クリアリングは忘れるな」

 

・・・・・・

しかし特にアンドロイドにも出会わずに市長室へと辿り着く。

階段で数階登ったところで防火シャッターが降りており、人やアンドロイドの侵入を阻止していたからだ。

素子達は義体のパワーでシャッターを破壊して進むことができたため、そこから先は廃墟なりの汚さはあるが建物の状態は比較的良かった。

 

28階の市長室も放置による汚れはあるものの比較的綺麗。死体なども特には無かった。

始めのオフィスビルと違い窓ガラスも残っており、快適さは比較にならないほど良いと言える。とは言うものの場末のモーテルの方が遥かにマシなレベルではあるが。

到着するなり全員で家探しを始める。あるはずなのだ。市長室であるならば。緊急時の対応マニュアルの類が。

 

「おほ♪、見てくれ。ウォッカを見つけたぜ。お?タバコもカートンであるぜ」

そう言ってバトーはタバコをパズに投げ渡す。

「こいつは助かる。線香よりマシなら何でもかまわねえ」

受け取ったパズは一箱封を切り1本取り出し火をつける。両切りの安い巻きタバコだし年月が経っているので風味も悪い。しかし無いより遥かにマシだ。

「バトー、パズ!真面目にやれ」素子の叱責が飛ぶが、特にバトーは宝探し気分の様だ。

やれやれ。と言った感じで素子は家探しを継続する。

 

「少佐、ありました。緊急時のマニュアルです」

ボーマが目的のブツを見つけた事を告げ、資料をテーブルの上において広げる。皆が家探しを中断してテーブルに集まり内容を確認する。

 

表紙を開くとすぐに目次があり確認する。暴動、災害などは飛ばして、大規模停電時の対処を確認、非常電源の場所もバッチリ書かれている。さらに備蓄の物資について確認をする。

また、詳細な建物の見取り図をチェックして電脳に落とし込む、さらに電脳内で補完された電子MAPを共有する。この辺りの作業は荒事に慣れた素子の得意とするところであり処理も早い。そのMAPには非常電源の位置と備蓄倉庫の位置がマーキングされている。素子の完璧で確実な仕事ぶりが見て取れた。

 

「共に地階の倉庫だな。私とバトーとパズ、ボーマで行くぞ」

「イシカワは拠点の確保、サイトーは建物周囲の警戒だ」

昨日のチームアップと同じだ。

「「了解」」

9課の6人はそれぞれの任務へとついていった。

 

 

・・・・・・

「ダメだ、少佐。飲み物と食料はほとんどない。6人で2週間分くらいだな」

備蓄倉庫を確認していたバトーから声が飛ぶ。あの後4人で一階まで降りてきて倉庫を漁るが、食料と水はほぼ無い状態だった。それもそうだろう。一階の死体の数から見てそれなりの人数が逃げ込んできていたのだ。飲食物が残っている方が不思議である。

 

「そうか。こちらの発電機も同じだ。燃料も半分以下で大切に使って2週間がいいところだろう。」

とりあえず、送電先を上階の市長室周辺へ限定して、出力を絞り時間限定で使えば義体へのエネルギー供給には十分使える。

東欧なら単相220Vだろうことから特にトランス類の電気設備も不要なのでそこは助かる。

電気器具もどのみち灯火管制よろしく照明をつけるわけにはいかないので使えるものは少ない。電気をつけようものなら殺人アンドロイドが大挙して押し寄せるだろうから。

 

「イシカワ聞こえるか?これから市長室へ通電する。照明がつかないことの確認とPCの立ち上げを確認しろ」

「少佐、了解した。通電したら連絡をくれ」

「分かった」

やりとりの後、マニュアルに従い発電機を起動する。多少ぐずるもけたたましい音とともに起動することができた。

モニタの通電先も市長室に限定されている。

 

「イシカワ、どうだ?」

「少佐、一瞬照明がつきましたが、全てオフにしました。昼だし大丈夫でしょう」

「サイトー、照明の状況はどうか?外から確認しろ」

「点灯しているところはありませんね」

「よし。イシカワ、PCの確認を始めろ」

「サイトーも一時的に戻れ。各人、義体へのエネルギー供給を行え」

 

そんなこんなで、久しぶりのエネルギー補給が叶ったのだった。

 

・・・・・・・

その後全員で市長室に集まる。イシカワが確認したPCの中身についての共有と打ち合わせを行う。

「まず、全てのデータが完全に消去されていた。しかし、消去後に送られてきた電子メールは残っていた」

「そこから推察するに、2049年は第三次大戦の中だった様だ」

「どうも近隣の街に核攻撃の情報があり、政府から避難勧告があった。しかし、この街の幹部は市民を捨てて我先にと逃げだした」

「残された市民は大混乱に陥ったが自動車などを持っている者は、自力で避難を開始した様だ」

「何も持たざる者は街に残るしかなく・・・最終的には生存者は誰も居なくなった・・・というところか」

電子メールも最後に近づくほど混乱と悲壮感が漂っている。捨てられた街には食料も何も入ってこない。

奪い合い、殺し合い、最後は野生動物となにも変わらなかったのだろう。

 

「ただ、よくわからない単語が定期的に出てくる。それが"コーラップス"なる言葉だ。汚染と同時に使われているので何やらよく無いものの様だが・・・・」

「分かった。それについても継続して調べろ」

 

「しかし悲惨なものだ」バトーが零す

「そうも言っていられないぞ。まさに今私たちがその悲惨な主人公達だ。全てを失う前に人の元へ辿り着かないと亡骸の仲間入りすることになる」

「明日は近隣の調査と、乗り物の確保を目指すぞ」

素子の指示と共に、二日目が終了した。

 

・・・・・・

そこから三日ほど調査を継続したが、結論から言うと何も進展は無かった。

まあそれも当然だ。行政庁舎の情報以上のものが周りにあるわけがない。乗り物のだって奪い合いの末に脱出に使用されたのだ。走るものは自転車レベルも残ってはいなかった。

 

(手詰まりだな・・・・)

流石に素子にも焦りが出てくる。

どこに行くのが当たりか分からないが、徒歩での行軍をせざるを得ないのか?だがそれは完全に賭けだ。

 

今後のことを思案していたところで突然事態が動く。

「少佐、銃声が聞こえます。戦闘が行われている模様。ん?」

「目視圏内にハンビー5台を確認!」

外を警戒しているサイトーから短距離無線ネットワークによる通信が入り、映像が共有される。

 

走ってきたハンビーが停止して乗員が次々と降車する。

「ハンビーから兵士、女性型のサイボーグかアンドロイドが30人ほど出てきて、先日始末したアンドロイドを確認しています」

「分かった。サイトーお前は姿を隠せ。相手は殺人アンドロイドの可能性が高い。相手に見つかるなよ。各員戦闘準備だけは整えておけ」

9課の6人は息を殺して新たな脅威が過ぎ去るのを待っていた。

 

・・・・・・・

ハンビーから降りてきた集団の一人が破壊された鉄血の残骸を冷たく見下ろし呟く。

「文字通り鉄屑ね。まっ、いいけど」

跳ねた銀髪ショートヘア、キリッとした瞳。

白シャツに黒いスカート、黒いニーハイストッキングに黒のショートブーツ。手にはサブマシンガンのVectorを持っている。

 

「この辺りで戦闘があったなんて聞いてないけど?」

ククリマチェットにバトルライフル、何故かフェレットを連れて話す彼女は、下着のスリップに丈の短いジャケットと不気味な格好をしている。

 

「腕の配線が切断されて足と頭に銃弾。誰かが拷問したみたいね。痛み具合から数日前かな」

銀髪のロングなポニーテールにウサミミの様なリボン。白シャツに黒のジャケットと超ミニなスカートの女の子がしゃがんで破壊された人形を確認しながら呟く。

 

「となると、鉄血以外の何かが居るということか?」

ピンクのロングヘアに黒を基調としたセーラー服の彼女は巨大な対物ライフルを担いでいる。

 

「どうでもいいじゃん?悪い人はみんな倒しちゃうよ!」

赤を基調とした派手なノースリーブのワンピースで着飾った女の子はルイス軽機関銃をもち明るく話している。

 

そう、彼女達はグリフィンS地区前線基地所属のエリート人形達であった。

それぞれダミー人形を4体従えるこの基地所属のベテラン中のベテラン人形である。

 

「指揮官、鉄血以外の何かが居る模様。私たちはそれの調査と排除を行う。想定外は早く潰すべきね」

「デッド・オア・アライブでいいかしら?」

隊長のベクターが指揮官へ通信を入れる。

 

『了解した。その案を承認する』

若い男性の声がすぐに帰ってくる。流石、判断が早く助かる。

ベクターは通信を終了するとともに部隊員へ通達する。

 

「私がダミーで追い立てるわ。NTW-20はスナイプでフォロー、他の3名は周辺の警戒」

「「了解」」

伝えたベクターは邪悪な笑みを浮かべる。

(ふふふっ。鉄血人形を倒す非合法者の始末(ハンティング)なんてなかなか無いからね。楽しませてもらうわ)

マンハントを楽しもうと言うこのベクターはなかなか嗜虐的な性格も持ち合わせている様だ。

戦術人形は原則人を攻撃できないが例外は存在する。その一つは人権なき者達への攻撃が該当する。

とは言うものの無抵抗な人間をいきなり殺したりはしない。このように非合法の可能性が高く指揮官の許可を得ていれば何ら制限はない。

今回も抵抗の素振りを見せたら撃つなり焼くなり、すぐ殺すつもりであった。

 

ベクターは鉄血の周辺でしゃがみ確認すると共に、周囲の状況を含めて計算する。

鉄血が倒れている位置、射撃の方向。この位置この状況で向かうのは・・・・

「見つけた・・・そこね」

呟くベクターはジュルリと唇を濡らす。

 

ダミーの一体が不審者を始末すべく行政庁舎へとゆっくりと歩いていくのだった。




次回は真の邂逅かな?


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4.激突

そう言えば書いてませんでしたが、義体のエネルギー補給で充電。って解釈は原作準拠ではないです。
いや、原作でもあるのかもですが調べきれていないので、一応勝手に設定したと書いておきます。
あれだけ高出力の駆動エネルギーを考えると、やっぱり専用食だけでは足りないだろうから充電かなと。そう考えたところです。

うーん、普段の倍くらいの量になってしまった。見積もりが甘いんだよな。
グリフィンサイドとの邂逅ですね。


行政庁舎の入り口を潜ったベクターはサッとクリアリングを行う。

こんなところに敵が居ない事は分かっている。居るのであればハンビーを降りた時に射撃してきただろう。

踏み入った先、地階に横たわる多数の亡骸を見てもベクターのメンタルは何一つ揺らぐ事はなかった。

 

(ふふっ。見え見えよ)

廃墟と雖も我々人間でも人の気配を感じることがあるだろう。澱んだ空気の動き?匂い?気のせい?色々と明確に説明するのは難しいとは思う。しかし、何か居るとの思いは感じたりする。もしかしたらそれを危機管理の本能と呼ぶのかもしれない。

しかし戦術人形のベクターには確信があった。何年も放置された建物内を歩き回った明らかな証拠。足跡や埃の痕跡だ。

自身の半身の銃を構えて、その痕跡の先へと進んで行く。

(上階、ね)

 

『NTW-20、聞こえるか?標的は上階だ。滞りないフォローを期待するわ』

『ああ隊長。任せておけ』

建屋の構造を理解しているNTW-20は効率的な狙撃ポジションの確保へ動く。

NTW-20からの回答を聞いたベクターは上階への侵攻を再開する。フォローは彼女任せで大丈夫だ。S地区の中でもトップクラスの狙撃技能の人形なのだから。

しかも彼女の武器はその名の通りNTW-20。南アフリカの広大な草原での長距離射撃を想定した大口径の対物ライフルである。その20mmの機関銃、いや機関砲とも言えるレベルの武器の弾薬が使用されている。

今も1000m程度の距離から狙っているのだろう。

 

・・・・・・

ベクターが上階へ進むと破壊された防火シャッターを見つける。破壊されたシャッターの破面や塗装の剥離状況からごく近日中にやられたものと分かる。

(ビンゴ)

ベクターは自分の推理に誤りがない事が証明され、ニヤリと笑う。

(どれだけ楽しませてくれるのかしら?謎の獲物さんたち)

 

しかし、強引に破壊されたシャッターから、これをやったのは生身の人間ではないとも推定される。

しかも破壊痕から恐らく一人ではない。数名の人形、しかも戦術人形級のパワーをもつ者が居ると考えるべきである。

(ますます面白くなってきたわね)

ベクターは歩みを止めずに階段を登っていく。

 

・・・・・・

人形達の足跡を確認しながら階段を登っていくが思いの外抵抗がない。階段での待ち伏せも想定していたがそれも無かった。いや人の気配が全くないただの廃墟にしかみえない。確信を持ったベクターでなければここまで来る前に引き返していたかもしれない。

 

28階まで登ってきたところで変化があった。足跡が廊下へ延びていたからだ。

(28階・・・たしか・・・市長室か)

ベクターは階段室で足を止めて連絡する。

『NTW-20、28階の様子は分かるか』

『市長室含め28階の部屋に人影は無い。オーバー』

『了解』

言うまでもなくクリアー済みと言外に言っている。さすがである。

 

ここからは追いかけっこではない。ハンティングだ。獲るか獲られるか、一つの油断が死に繋がる世界。

階段室から廊下へ侵入するにあたり、ベクターは入念なクリアリングを行う。直近に敵が居る事はなさそうであるが、

(居るわね・・・・)

ベクターの勘が囁く。

 

ベクターのアイカメラが望遠モードになり廊下の両端を確認する。

部屋の入り口辺りの背景が微かに揺らぐのが見えた。何も考えずに見ていてはわからなかっただろう僅かな変化。それをベクターは見逃さない。

(光学迷彩・・・)

光学迷彩などそこらのテロリストが簡単に入手できるものでは無い。しかも戦術人形まで連れている可能性が高い。

そんな連中が私たちの作戦エリアに現れた。しかも隠密で。

目的が無いわけがない。最低でも一人は生かして捕らえ、全て吐かせるしかないだろう。

 

とりあえず、邪魔くさい廊下の両端の奴らを黙らせることとする。

腰にぶら下げているHEグレネードを手に取り片手でピンを抜く。彼女は普段は焼夷(ナパーム)グレネードを好んで使用しているが流石に建屋内では延焼による火災の危険があるので致し方無し。渋々HEグレネードへ交換していた。

 

(今は大人しく待ってな。後で苦しまないように殺してあげる。)

ピンを抜いたグレネードを廊下の端の部屋の入り口に力いっぱい遠投する。ついでもう一つHEを手に取り反対の端にも遠投した。

 

・・・・・

両端の部屋で待機していたのは、バトー及びパズ、ボーマ組だった。

隊長の素子の指示で熱光学迷彩を使用して待機していた。

『どうも28階にいる事を嗅ぎつけた様だ。どうする少佐』9課の6人は短距離通信で密に情報交換が可能だ。

『・・・撃つな。まだその場で待機だ』素子は手詰まりな状況を考え答えに悩み、この場は先送りとする。

『・・・了解。うおっ!』

素子の思いを察しバトーも黙るが、突然HEグレネードが投げ込まれる。

バトーは急ぎ部屋に飛び込み隠れるが、同時にグレネードが破裂し爆風が吹き荒れる。

パズ達の部屋も状況は同じ、両部屋共に怪我はなく何とか回避していた。

『おいおいおい。アイツめちゃくちゃやりやがる。気をつけろよ少佐』

 

・・・・・

"ドゴーン""ズガーン"とけたたましい音と共にビルの28階の両端の部屋の窓ガラスが吹き飛び街に降り注ぐ。さながら真冬に発生するダイヤモンドダストの様である。とは言うものの飛び散るガラスは見てくれ以上に凶悪であり人が住む街だったら大惨事だろう。

 

「まったく、やりたい放題楽しんでいるわね」

「ま、大目に見てあげなよ。隊長もストレスが溜まってるのよ」

「・・・・」

FALと57の揶揄いが混ざった嫌味を聞き、ベクターの本体がジロリと睨む。まあ、無口なところもあるが状況から何も言い返せないのが大きいのだろう。

 

と、同時にNTW-20から通信が入る。

『隊長、両端の部屋に人影を視認。恐らく光学迷彩を使用していたものと推定する。始末するか?オーバー』

『・・・・いえ。置いておいていいわ。市長室に集中しなさい』何故か分からないが撃たない方がいいだろうとの気持ちが湧く。ベクターの勘がそう囁き、通常なら狙撃一択の場面が流される。

『了解!』NTW-20は市長室へとスコープのサイディングを移す。

 

 

・・・・・・

HEグレネードを投擲したベクターのダミーは素早く市長室へと向かい、扉を蹴り破り侵入する。もちろん素早く確実にクリアリングを行う。

(誰もいない、いや光学迷彩を使用しているのか?)

ベクターは眼を細め室内を注視する。すると微かに動くものが確認される。

(そこか)

自身の半身となるVectorを素早く向ける。手足を撃ち抜き行動不能にするつもりだった。

しかし、右手に持ち構えたVectorが払いのけられ、半身の銃が床に音を立てて転がってしまう。

同時に右腕を取られるが、腕の破壊が目的である事を察し、素早く相手にタックルを当てて拘束された手を振り解く。と同時に腰にさげたコンバットナイフを抜き放つ。

 

(居るわね。ここに。格闘技能を持つ戦術人形が)

そう思った直後に、ベクターの前に光学迷彩を解いた戦術人形が現れる。

紫がかった青い前下がりのロングボブの髪型、赤い瞳、服装は薄いピンクがかったレオタード型にニーハイストッキング型の防具、その上から黒いジャケットを羽織っている。見たことのない人形だった。

 

ベクターの視界モニタに目の前の戦術人形のチェック結果が映し出される。

"I.O.P.の戦術人形リストに該当無し"

"鉄血工造の戦術人形リストに該当無し。鉄血工造製人形の特徴との合致率1%以下"

"その他確認されている民生用人形に該当無し"

そう、調査結果を見る限り、違法製造された戦術人形という結果に落ち着く。

ならば先程チラリと見えた光学迷彩を纏ったものがコイツらの指揮官だろう。であればさっさとこの人形を破壊して生捕りする。そのような結論に至る。

 

『NTW-20、視えているか?』

『隊長、戦術人形を確認した。オーバー』

『よし。隙を見て撃つ事を許可する。私ごと射殺して構わない』

『ふふっ。分かったよ。隊長』NTW-20から思わず笑みが溢れる。

私ごと撃って構わないとは相当脅威を感じているのかね。隊長にしては珍しく感情が入ってるじゃないか。

 

・・・・・・

市長室ではベクターが目の前の違法戦術人形と対峙していた。

目の前の戦術人形はファイティングポーズを取り、ベクターを注視しているだけである。その態度はベクターのプライドを酷く刺激することとなる。

それもその筈である。I.O.P.社の戦術人形には銃種毎のカテゴリがあり、そのカテゴリによりざっくり役割が決定している。ベクターのカテゴリはSMG(サブマシンガン)である。このカテゴリは敵の正面、つまり矢面に立ち敵の攻撃を引き受ける役となる。SG(ショットガン)のカテゴリも同様の役回りとなるが、SGがその防御力で耐えるのに対して、SMGはその義体の機動力を駆使した立体機動により敵の攻撃を回避する違いがある。義体も瞬発力や速度の能力値が特に高く、その特性からCQC能力も非常に高い。

しかも、ベクターはI.O.P.のSMG人形の中でもハイスペックを意味するLGENDARYクラス、いわゆる★5と言われるランクであり、かつダミー人形を4体操れる程最適化された人形である。

この世で彼女は最強クラスの近接戦闘能力を誇る人形なのだ、それは当然人間をゆうに超える。つまり事自分のフィールドであれば絶対の自信に繋がる。

なのに目の前の違法製造の戦術人形はそのフィールドで戦いを挑んできている。どこの馬の骨とも知らぬ違法製造人形如きがだ。

例えるなら、オリンピックの選手に一般人が勝負を挑み大真面目に勝つつもり。と言っている様なもの。馬鹿にするにも程がある。

 

ベクターは右手に持ったコンバットナイフをくるりと回して腰のシースへと収め、自身もファイティングポーズを取る。

ここからは異種格闘技戦でスクラップにしてやるつもりだ。

 

互いに前に出て、ジャブやストレートといったボクシングスタイルで戦いが開始される。

拳を放ち、敵の拳をかわしながら分析を行う。

(成程、性能はまあまあね。戦いを挑む気持ちは分かるわ)

(でもこの程度なら★4連中の練習にちょうどいいレベルね。・・・もういい、すぐに壊してあげる)

 

分析も終わり、相手を始末すべくベクターが動く。

ジャブの応酬の中、隙を見て左足を一歩踏み込み強烈な左ボディを叩き込む。相手が屈強な大男であろうとも肋骨を粉砕し肝臓を破裂させ即死させることが可能なレバーブローだ。

半分ガード半分受け流す様な格好で相手がガードするがこれにより相手の意識を中段に移させる。ボディと同時にベクターは右ハイキックへと流れるコンビネーションへと移行する。打ち上げではなく柔らかく股関節を使った打ち下ろし気味のハイキックだ。ベクターの素晴らしい体幹バランスがなせる技だった。

 

しかし、目の前の違法製造人形は素早く体を屈めギリギリで避けた。

(・・・・・・)

ベクターが眼を見開き驚愕する。I.O.P.の人形同士の訓練でも初見でこの技を見切れたものはごく僅かであったからだ。

だがこれだけではない。右ハイキックを打ち抜き敵に背を向ける格好となるが、その回転力を利用し下段の左足による後ろ回しの水面蹴りを放つ。戦術人形の足を容易く破壊する強烈な蹴りである。ベクターの中段上段下段へと続く流麗な必殺3連コンボだった。初見でこの技をかわした人形は皆無。まさに必殺技だったのだ。()()()()()()()

 

一度背を向けて水面蹴りを放つが手応えがない事にベクターは混乱する。

(かわした?馬鹿な!そんなわけはない・・・。いや、敵はどこか)

水面蹴りの態勢で索敵するが見当たらない。

一瞬虚をつかれたが、天井に足をつけ逆さまに張り付く態勢の人形が見えた。

(上かっ!来る・・・・ガード!)

 

天井に張り付いた敵が天井を蹴りベクターへ飛ぶと共に前方宙返りの要領で強烈な踵落としを入れてきた。

水面蹴りを出していたためしゃがみ態勢であり回避は不能。左膝を地につけた膝立ち状態で敵の踵落としを受ける。

 

 

メキィィィ

 

嫌な音が響くと同時に足元のPタイルが粉々に割れて飛び散り"ピシッ"とコンクリートの基盤に割れが走る。そこに敵の蹴りの強烈さが現れている。

受けたベクターの左前腕骨格は大きく変形していた。それと同時に敵の人形がベクターを踏み台としてバク宙の要領で着地して距離を取る。

 

・・・・・・

攻撃を入れた素子も驚きを持っていた。

先程の3連コンボは見事であると評価していたし、回避できたのも偶然が重なり運が良かった側面もある。

今の踵落としにしても上半身を破壊するつもりだった。なのに腕の一部の破壊しか叶わなかったわけだ。油断はできない全力で破壊するしかないと考えていた。

 

・・・・・・

ベクターの左前腕骨格は変形しているし肘関節は人工皮膚が焼け、時より火花が散っている。

視界モニタには多数のコーションアラートが出ていた。

"左肘関節SM(サーボモータ)焼損。電力供給不可"

"左前腕骨格変形過大"

"左手首関節動作不能"

"左手握力低下90%以上"

有り体に言って重傷であるが、そんな事は関係ない。左腕が腕から備え付けの鈍器に変わっただけだ、戦闘継続に支障無し。

これからは違法製造の人形などとは思わない。小馬鹿にして油断していた自分が恥ずかしい。目の前にいるのは鉄血工造のハイエンド以上の人形だ。

 

ベクターはリミッターギリギリの出力で敵に襲いかかる。

ジャブの速度は先程以上、時より裏拳の要領で左腕を振り回す攻撃を交える。多少なり受けざるを得ない敵も苦しそうに見えた。

思わず敵が下がるが、これを好機に一気に畳みかけるためにベクターが追う。しかし、それは敵の罠であった。

後ろに下がる様に見せかけてすぐさま反転し前に出る。と同時に左ボディを叩き込む。

隙をつかれたベクターは咄嗟に判断してガードする。

 

(くっ、危なかった・・・・しまっ)

微妙なタイミングだったがギリギリガード出来た。しかし、次の瞬間右ハイキックをモロに頸部に受け意識を消失した。

自身の得意とする必殺コンボを綺麗に、いや自分以上の完成度でトレースされていた。

彼女が知るよしもないが頸部に叩き込まれた蹴りは鋭く、頭部と胴体が分離して稼働停止となっていた。

この後のベクターは、左腕は稼働不能になっていたため防ぐ術はなかっただろうが、直前まで自身のコンボに気が付かなかった自分にひどく苛立っていたと言う。

 

・・・・・・・

(驚いたな。まさか隊長が負けるとは)

(仇はうってやるさ)

NTW-20はベクターと敵のハイレベルな格闘に見入っており、二人の戦闘を邪魔するのは野暮であると考え戦闘終了を待っていた。

バイポッドを立ててNTW-20を設置して構えている。重量のある銃でありまさに設置という表現が正しいだろう。

NTW-20自身もビルの屋上に寝そべり、銃を構え光学照準器を覗く。

距離も風も諸々の状況を加味しても外す状況ではない。

ベクターの敗北直後にサイディングを済ますと同時にスナイプを行う。

なんの気負いもなく引き金を引くその時、意識を消失していた。

これまたNTW-20が知る由もないが、外部を警戒していたサイトーによってすでに捕捉されており、射撃のタイミングでカウンタースナイプを受けヘッドショット一撃で頭部を粉砕され稼働を停止していたのだった。

 

・・・・・・・

 

ベクターとNTW-20の本体がほぼ同時に自身のダミーを消失した事を自覚する。

両名とも苦々しい顔をしているがそれはそうだろう。自身の得意分野で敗北を喫したのだから。

 

「貴方達、センスがないんじゃなくて?」FALか容赦なく塩を塗り込む。

「指揮官に怒られちゃうんじゃなくて?」57がFALの真似をしながらさらに厚盛りに塩を積んでいく。

「ぐぅ・・・」NTW-20が何か言いたげだがぐうの音も出せない様だ。ベクターはどこ吹く風だがどうも意識は敵に向いている様だ。

「みなさん、仲良くだよ。とりあえず指揮官には報告しましょ」ルイスがそう言い指揮官へ連絡をする。

 

『そうか。ベクターとNTW-20がダミー一体とは言え、敵に瞬殺されたか」

しばしの沈黙の後、指揮官が指示する。

 

『現時点をもって作戦を中止する。全軍撤退だ』

「しかし・・・再度編成を見直しリベンジします。再考を」隊長のベクターが上申するが、

『判断は変わらない。作戦は失敗だ。全軍速やかに帰投せよ』

「くっ・・・了解・・・しました」苦しい表情で回答するベクターだが、速やかに部隊へ撤収を指示する。

 

乗ってきたハンビーに搭乗して速やかに帰投していった。

 

・・・・・・・

ハンビーを見送った素子はため息をついていた。

「少佐、情報収集ダメだったな。アイツらめちゃくちゃだぞ」

「ああ、強くて紙一重だった。倒すので精一杯だったわ」

「殺人アンドロイドの仲間かな?そうは見えなかったが・・・・」

「なんとも言えないわね。仲間と考えておいた方がいいだろう」

イシカワがベクターの死骸の装備や落とした武器を集める。

「KRISS Vectorに手榴弾か、まあこれは使えますな」

この後にNTW-20の死体と武器も回収されるが、これは流石に重すぎるのでそのまま使うわけにはいかない。とりあえずキープとしている。

 

「連中、また来るかな」バトーが聞くがあまり関わりたくはない様子である。それもそうだろう。かなり追い込まれた危ない連中だから。

「作戦行動中だったことから、この街の清掃が目的なのだろう。恐らく来るな」

二回目の衝突を予言する素子に、うんざりそうな顔を見せる5人だった。

 




やっぱり、少佐は強い!あとサイトーさん好きですね。
イシカワさんは意図的に弱めに書いています。そこはすみません。

話せば分かり合える筈なんですけどね。
無口なベクターが悪いです。のしのしと現れて皆殺しする勢いですからね。
ターミネーターかっつーの(笑)


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5.リベンジ

遅くなってすみません。
今回はグリフィン側がメインですが、テンションが違いすぎて書くの難しいっすね。なかなか筆が進みませんでした。クロスオーバーってむずいっすね。
字数が多くなったので予定より短めで切らせてもらいました。
よろしくお願いします。


『状況は理解したが・・・作戦失敗とはな。残念だよ』

 

映像通信機に映し出されているのは、銀髪の美しいアラサーくらいの真面目そうで神経質そうな女性である。

えんじ色の軍服調の服にモノクルを掛けたその姿は、正しく軍隊の司令官の様に見える。

女は軽く伏せた目を見開き強い視線を向ける。

 

『今回の進軍はS09地区における大規模作戦だ。失敗しました、では貴官の経歴に大きな傷がつく』

『後一日時間はある。分かっているな。ミスターパーフェクトの名に恥じぬ様にな。ヤシマ指揮官』

美人の女性はそこまで言うと通信を切る。

消えたモニタを前に、部屋に残された若い男は深くため息を吐くのだった。

 

ここはグリフィン&クルーガー社のS09地区に多数ある前線基地の一つだ。

グリフィン&クルーガー社はPMC(民間軍事会社)の一つであり、その戦闘員を戦術人形で賄っている事で有名である。

現在の社会情勢は国家の力が弱まっており都市運営をPMCへと委託している。

また、単純な都市運営だけでなく問答無用で人間の殺戮を行う連中の排除なども主な仕事となる。

殺戮を行う連中とは、製造した人形が突如暴走し会社そのものが消滅した鉄血工造社の戦術人形やE.L.I.D(広域性低放射感染症)のことであり、生身の人間には荷が重い相手である。

今回の作戦は、鉄血工造への反攻と人間の活動可能域の奪還が加わったものであり、多くの前線基地指揮官が投入された同時進行の大規模作戦だった。

特にミスターパーフェクトと呼ばれるヤシマ指揮官の作戦区域は廃棄された都市群の奪還であり要衝である。その手腕を買われてそこを任されたとも言える。先程背広組の上官であるヘリアントス上級代行官言っていた様に、失敗しましたで済む話ではない。そんなことになれば作戦全体に大きく影響を及ぼすし自身のキャリアにも大きな傷がつく。それは許されない。

 

S09地区のいち前線基地指揮官のコータ・ヤシマはまだ20代前半と若いが失敗もなくこれまでに非常に素晴らしい成績を残している。それがミスターパーフェクトと呼ばれる所以であるが、本人の向上心も非常に高く、将来は会社の幹部までのし上がり歴史に名を残すとの野望を持っている。こんなところで躓くわけにはいかないのだ。

 

「G36、すまないが各部隊の隊長たちと第一部隊全員を司令室に至急呼んでくれ」

消えたモニタを少しの間見つめていた指揮官が横の美人メイド姿の副官の戦術人形に顔を向け端的に伝える。

チャンスはあと一日、ヤシマ指揮官はなんとしてでもやるしかない状況に置かれていた。

 

・・・・・・・

程なくして司令室に各部隊の隊長達が集合する。

翌日の作戦行動についての打ち合わせを行うが、目下の課題は謎の勢力への対処となる。

第一部隊はベクターが隊長のエリート部隊である。この部隊は謎の勢力と対峙したことから全員が集められている。

 

「鉄血兵の始末については問題ありませんわ」

飄々と述べるのは第二部隊、AR(アサルトライフル)とSMGからなる部隊の隊長のAUGである。

全身真っ黒のワンピースに漆黒のニーハイブーツ、そして髪には真っ白な大きなシラユキゲシの髪飾りをつけている。何かこう葬式の様な暗い雰囲気を醸し出している。まるで鉄血兵を地獄へと送る使者の様である。獲物も固定式のスコープとサイレンサーを付けたアサルトライフルのステアーAUGであり、まるで暗殺者の様な出立ちをしている。

 

「そうだね。特にこっちとしては問題なかったからね。明日一日あれば都市の制圧には十分よ」

AUGに乗っかる形で答えるのは第三部隊隊長のSMG人形のMP-7である。ピンクのまとめ上げられた髪が特徴で社交的な人形である。彼女はキャンディが好きでよく咥えているが、かなり塩っぱい飴らしい。そのキャンディを貰った人形達は顔を顰め二度と欲しいとは言わないとか。

第三部隊も同じくARとSMGから成るオーソドックスな編成である。

 

「このゲームは完封勝ちですわね」

これまた問題無いとのコメントするのは、RF(ライフル)部隊の第四部隊長のR93である。

オレンジ色のロングヘアにふわっとしたドレス調の戦闘服、キラキラした装飾が特徴の明るい性格の人形であるが、その外見とは裏腹に重度のギャンブル好きである。

中距離の支援で第二第三部隊を強力に援護していた。

 

「指揮官さん、私たちまで呼ぶなんてよっぽど困っているのね・・・」

そういうのは、今日の任務には居なかったOTs-14、通称グローザである。

彼女の部隊、第五部隊は特殊で、夜間戦闘の専門部隊である。日中の作戦によばれるくらいだから指揮官も相当参っているのだろう、と考えていた。ただその考えも間違ってはいなかった。追い詰められていたヤシマ指揮官はバックアップ部隊としてグローザ達も使う考えで呼んでいたわけだから。

 

「集合早々、話が早くて助かるよ。鉄血兵の殲滅は想定通り問題無いか」

「では、第二、第三、第四部隊は鉄血の殲滅を頼む。作戦内容は本日と同じ。明日一日しか猶予がないからそこは留意してくれ」

「「了解しました」」

 

「さて、問題は第一部隊の謎の勢力だよね。状況を一度確認しようか」いよいよ本題に切り込む。

「状況なら全て報告したはずだけど」ベクターがクールな真顔でどこか冷たく言い放つ。

「まあ、そうだけど・・・一応ベクターの視界映像を見よっか・・・」

「そう・・・勝手にすればいいよ」見たきゃ見れば?的だけど、このプイッとした態度と素っ気なさが彼女のデフォルトである。初めはびっくりしたけどね。

 

「じゃあ見ていこうか」

そう言うと、副官のG36が端末を操作し、映像通信用の大型モニターにベクターの視界映像が映し出される。スタートの静止画像は丁度28階の階段室からに編集されている。各部隊長たちも滅多に見ることのできない()()ベクターの視覚映像だし謎の勢力相手だしで興味津々の様だ。

 

・・・・・・・・

「止めてくれ。5秒戻して繰り返しスローで流してくれ」ヤシマ指揮官が伝えたところは、ちょうどベクターが光学迷彩を見抜いた場面だ。

「光学迷彩か…ただ、羽織る様なものではなく体の輪郭が透けている。グリフィンが使う熱光学迷彩のカモフラージュマントではなさそうだな。こんな装備見たこと無いな」

言われてみれば、と人形達がざわつく。

G36は「違法製造、コピー物でしょうか?」と言っているが、社では違法コピー品のチェックも常に行っているが、まともな出来の物は見たことがない。

「こんな高性能品はコピーでは無理だ」

想定を超える何かが起こっている気がして嫌な予感が過ぎる。

 

その後市長室での謎の戦術人形との戦闘の場面に移る。

光学迷彩を解いた謎の人形がファイティンポーズをとっているところで映像が再び止められる。

ベクターの視界モニタに当時の検索結果も映し出されるが「やはり該当はありませんでした」とG36が追加調査結果を付け加える。

「確かに見たことがない人形だけど・・・戦術人形?だよな?」何か違和感を感じる。

「人形でしょ?」ベクターが何言ってんだとの視線を向けてくるが、何か上手く言えないが人形というより人間に近くないか?

 

「私にも戦術人形に見えますわ」

「同じく」

AUGとMP-7が人形と評しているし、他の隊長達も「うんうん」頷いている。

まあ、そこは答えが出るものでは無いので置いておき、先を続けて見る。

 

ベクターと謎の人形の格闘からのベクター敗北。一連の流れを見て人形達の顔が強張る。

「これは・・・運が悪いとか言ってられませんわね」何かと運が良いだ悪いだ勝った負けたとうるさいR93であるが格闘の内容は洒落にならないと思った様だ。

特にベクターと同じSMGカテゴリのMP-7はなおさらの様だ。

「ベクターに勝つのも信じられないけど、あの3連コンボを初見で躱す?普通あり得ないよ」塩っぱい顔を見せるがキャンディの味のせいではないらしい。MP-7はベクターとの格闘訓練で何度も義体を破壊され交換しているだけありこの結果は信じられなかった。ベクターに鍛えられているからこそ分かるその相手の強さである。

 

「うーん、うん??すまない。相手が姿を表したところからリピートを頼む」ふと何かに気づきヤシマ指揮官が見直す。何度かのリピートを繰り返したのち、澄ました顔のベクターの方を向きバツが悪そうに話し始める。

 

「なあ?ベクター?あのさ、相手と会話とかしていないのかな?」

「会話?する必要が無いわ」表情を変えずにクールに呟くベクター。

ああ、しまった。ベクターの性格はこうだったな。

する必要があるか無いかで言えば、デッドオアアライブを許可したことから必要性は無いと言えるが、謎の相手と相対したら普通何かしら話しかけたりすると思うけどな。

額に手を当てて考え込んでいると「ダメよ指揮官。だってベクターはコミュ障なんだから」と笑いながら57が話しかけてくる。さらりとベクターを軽くディスっとくあたり57っぽい。ベクターも抗議の視線を57に向けるが特に言うことは無いらしい。

 

「そういう目で改めて観察すると、相手も決して敵対しているわけでは無さそうだね」

人形達からは、うーんどうなの?との反応である。

「で?指揮官さんはどうしたいのかしら?」グローザが問いかけるが、他の隊長達も指揮官の方を見ている。指揮官の判断を聞きたい様である。

 

「一度・・・一度話をしてみようか」

その指揮官の答えを聞いたベクターは目を細め自嘲気味に「ま、私はどっちでもいいけど」と答えるだけだった。

 

そこから翌日のミーティングを開始する。

鉄血の掃除(スイープ)は本日と同じ、第ニ、第三、第四部隊で。謎の勢力は・・・となったところで、「ベクターと57で行けばいいじゃない」とFALが提案する。

隊長には責任があるしアンタは隊長ディスったんだからやりなさいよ。とのこと。まあ、いい人選だろう。

「では、2人は白旗丸腰で。だな。記憶データのバックアップは確実にしておけよ」

「話が出来そうになったら、FALに護衛してもらいながら俺が行こう!」

えっ!?とFALが嫌そうにするが、提案した責任はとってもらう。

行政庁舎の周辺は残った第一部隊の二人とグローザ達第五部隊に包囲させる。多少は相手へのプレッシャーが必要だからである。

 

そんなこんなで大体決まったところで各部隊長同士で詰めを行い作戦計画が出来上がり、G36が議事録兼作戦計画書にまとめ上げる。最後に指揮官がサッと目を通してPDA上で電子承認を行いお仕舞い。打ち合わせからの続きなので補給や車両関係のチェックを主にやるくらいだ。

最後は雑談となったところで、基地の映像通信が着信したため人形達は流れ解散となった。

 

・・・・・・・

『やっほ〜。元気してた?コータ』繋げた映像通信の画面の向こうから笑顔で手を振っているのは、ヤシマ指揮官と同年代、二十歳そこそこの可愛らしい女の子だった。

「なんだよ。アリスかよ。忙しいんだからもう切るぞ」馴れ馴れしくコータと呼ばれたヤシマ指揮官はうざったそうに通信を切ろうとするが、アリスと呼ばれた女の子は馴れ馴れしく話を続ける。

『そんなに邪険にしないでよ!・・・ふふふっ。噂に聞いたけどついに作戦失敗したんだって〜?』

ニヤニヤしながら聞いてくる。全くうざったいことこの上ない。

「うっさいわ!切るからな!」

『あー待って待って。アタシのところも明日作戦に参加なんだよね。何かあったらコータが助けてね♪』

「助けてね。じゃないから!僕のところも明日リベンジだよ」

『なんだ〜。そっか。居ないんじゃあしょうがないか。まあアタシの担当は違法闇市の制圧だから余裕だもんね。じゃあね〜。また今度」

言うだけ言って一方的に切ってしまった。それはそれで腹が立つがまあいい。

 

彼女はアリス・コレット。同い年の同期の指揮官だ。普段は真面目でしっかり者なのだが二人だけの通信の時は妙に馴れ馴れしくだらし無い態度になる。全く何なんだか。

今度こそ本当にお開きとなった。

 

・・・

・・・・

・・・・・

・・・・・・

 

翌朝

 

「少佐!銃声です!恐らく昨日の連中かと思われます!」

サイトーから緊急の短距離通信が9課の仲間に伝えられる。

行政庁舎の外部を警戒していたサイトーが遠くの目視範囲外、恐らく都市の中で市街戦が行われていると判断する。元傭兵なだけあり状況判断は完璧だった。

「本当に戻ってきたのかよ」ウンザリな感じのバトーのぼやきが入る。横に居る素子からは"な?言った通りだろ"と言いたげな視線を向けられる。

 

しかし、昨日と違ったのは殺人アンドロイド達の動きだった。

「ん?なんだ?ハンビーが一台、ゆっくり庁舎へ向かっています」

まるで平時の時にVIPが庁舎に乗りつけるが如く、庁舎の入り口へと滑り込む。

サイトーの短距離通信に乗せた視覚情報には、庁舎の入り口に降り立つ2体のアンドロイドが映し出されるが、丸腰、サイドアームは不明もメインウェッポンは持たない代わりに小さな白旗を持っている。おもちゃの様な小さな旗がどこか可愛らしい。一人は昨日破壊したアンドロイドの様だった。

 

「なんだ?連中どういう風の吹き回しだ?」先日と180°違う態度に困惑するバトー。

「コミュニケーションを取る気になったのだろう」

「サイトーは引き続き外部の警戒、バトー、イシカワ、パズとボーマは市長室に集合。戦闘準備は忘れるな」

 

決して楽な道ではないだろうが、空から蜘蛛の糸が降りてきた感じがした。何とか手繰り寄せて未来につなぐ。隊長としての重責を改めて感じていたのだった。

 




ヤシマ指揮官がベクターの映像をチェックする場面のイメージは、攻殻機動隊SAC第四話でトグサさんがインターセプタで撮られた写真をチェックする場面をイメージしてみました。オマージュのつもりですね。

新キャラ 
■コータ・ヤシマ
日系人の若者指揮官(男)
やり手で、密かに出世の野望を持つ。
これからどうなるか考え中。まだ決まってません(笑)

■アリス・コレット
フランス系の若手指揮官(女)
コータの同期。仕事はできるがコータの影に隠れがち。
コータ共々どうするか考え中。


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6.初めての会話

難しいっすね。筆がなかなか進まない。
ギリギリ更新出来ました。ちょっと雑になったかも。

そう言えば、グリフィンの戦術人形の紹介をしていませんでした。
一応、各キャラは原作準拠な性格づけとしたいと考えております。(ベクターは無口気味ですが。笑)
ゲームをやっていない方も小説を読んでくれていると思いますので、ドルフロのwikiのリンク貼っときます。
キャラデザイン、CV、セリフ、(下の方の)キャラについて、あたりを読むとキャラのイメージが掴めより楽しめるかと思います。

第一部隊
隊長 ベクター https://wikiwiki.jp/dolls-fl/Vector
FAL https://wikiwiki.jp/dolls-fl/FAL
57 https://wikiwiki.jp/dolls-fl/Five-seven
NTW-20 https://wikiwiki.jp/dolls-fl/NTW-20
ルイス https://wikiwiki.jp/dolls-fl/ルイス

第二部隊
隊長 AUG https://wikiwiki.jp/dolls-fl/AUG

第三部隊
隊長 MP-7 https://wikiwiki.jp/dolls-fl/Gr%20MP7

第四部隊
隊長 R93 https://wikiwiki.jp/dolls-fl/R93

第五部隊
隊長 OTs-14(グローザ)https://wikiwiki.jp/dolls-fl/OTs-14

副官 G36 https://wikiwiki.jp/dolls-fl/Gr%20G36



ベクターと57はハンビーから降りて行政庁舎の入り口に降り立っていた。

ウサミミ型のリボンに銀髪ロングポニーテールにミニスカートの57と、同じく銀髪でエアリーに跳ねたボブカットとキリッとした瞳そして丈の短いワンピース調の服のベクター。そこだけ切り取ってみるとちょっとショッピングに来た美女二人といったところだが、引いて見ると廃墟群の中に軍用車で現れているわけで、二人が戦術人形と知らなければ誠に違和感しかない絵となる。ところが二人はグリフィンのエリート戦術人形な訳で、人間の屈強な男でも赤子のようにひねれる実力を持っている。本当に違和感しかないと思う。

 

 

「28階でいいんだよね。一回行った隊長が案内してよ」庁舎前で軽く57が言うと埃っぽい風に乱された前髪を整えると共に手に持つおもちゃの様な白旗を振り玩んでいる。

「・・・別にいいけど」部下の57の問いにサッパリと返すベクターだがこの態度は他意があるわけではなく彼女のデフォルトである。鋭い視線を庁舎内部の暗闇から外さずに興味なく答える。

「はいはい、さっさと行きましょ。どうせベクターは私には興味ないですよね〜」ベクターの態度を見て拗ね気味におちゃらけて返す57もさっさと終わらせて帰りたそうである。

 

かくして、白旗を持った不自然な美女2名は廃墟の行政庁舎に飲み込まれて行くのだった。

 

・・・・・・・

庁舎内の人間の死体を見て57が顔を顰めて「うえー、辛気臭い」なんて言っていたが、ベクターは無視してさっさと階段を登り始める。

「ちょっとちょっと、待ってよ〜」なんて言いながら57は置いて行かれまいと走って追いかけていく。

 

「階段も特に問題ないわね」一応簡単にクリアリングして登って行くが敵の気配は相変わらず無い。武器を持ってきていないので戦える訳ではないのだが、話し合いに来ているので出会い頭の射殺されるのを防ぐのが目的である。

「昨日も同じだったよ」

「28階までこれを続けるのは怠いわね」

「ふっ。真面目にやりな」

「あーん?誰のせいでやる事になってるのよ」

「誰の?指揮官でしょ?」デッドオアアライブを許可した指揮官のせいだとベクターは思っている。

「は?100%隊長のせいでしょ!反省しなさい!」口を尖らせて57が非難するが、ベクターはどこ吹く風である。

軽く口喧嘩しながら階段を登って行く二人だが、前日と違い喧しく登って行く。まるで遊びに来たようである。

 

とは言うものの主に57が騒ぎながら28階まで登ってきたわけだが、

「57、ここからは本気だしなよ」ベクターが叱るように言うが、

「当たり前じゃん。私はいつだって真面目よ」と57は返す。

「廊下にも両端の部屋にも敵は居ないわね」サラッと57が言うが、これは巫山戯て適当にやっているわけではない。57はHG(ハンドガン)カテゴリであるが、HGは攻撃力は低い代わりに索敵やRF人形のスポッターなど部隊をフォローすることが得意である。今回の廊下のクリアリングも素体の能力の高さから瞬時に完了できたと言うわけである。

 

・・・・・・

「それじゃ市長室に行こうか」ベクターが先陣を切って市長室に向かいそのまま市長室へと入る。

と同時に目の前に昨日自分を破壊した青紫髪の女性戦術人形と大男の戦術人形が待っていた。

 

「・・・・・・・」

(指揮官はああ言っていたけど、私が始末してカタをつけさせてもらう)

一気に戦闘モードに切り替え目の前の戦術人形に襲いかかる。万全の私なら負けない。と思った瞬間に躓き敵の目の前で盛大に前のめりに転倒していた。

 

57はベクターから何か忙しなさを感じとり嫌な予感がしていた。ベクターを追いかける形で市長室に入ると、あのベクターの視覚映像で見た青紫髪の女性戦術人形と大男の戦術人形が待っていた。さあ話をしよう。そう思った矢先に前にいるベクターから猛烈な殺気が発せられ相手に飛びかかろうとするのが感じられたため、後ろからベクターの腰に思いっきりタックルをかけ、二人して床に転がる事となる。

 

・・・・・・

「おいおい・・・何なんだ一体」大男の戦術人形と思われたバトーは目の前のアンドロイド?全身義体の人間?の二体が転ぶのを見て思考が追い付いていないようだった。

目の前で転がる二人を見て素子はクスクスと笑っている。バトーの目から見て少佐は現状を脅威には感じていないようだった。

 

「ちょっと!何考えてるのよ!ベクター!」後ろから突き飛ばしたウサミミが怒り出す。

「・・・・」恨めしそうに見ている昨日来た凶悪アンドロイド。

「その目はなによ!いきなり襲いかかるとか、アンタは鉄血人形か!」57が精一杯の嫌味を言う。

「・・・・」言われたベクターは転んだまま見た事ないほど悲しい顔を見せる。それはそうだろう。憎き鉄血のゴミと同じと言われたのだ。言ってはならぬ最低の悪口なのだから。

「悲しい顔しても許しません!指揮官からは話しをしろと送り出されたんだからね」

 

昨日戦った敵の前でアホみたいなやりとりをしている二人を見て毒気を抜かれる9課の6人であった。

 

・・・・・・・・・

「失礼しました。私はグリフィン&クルーガー社S09地区の前線基地所属戦術人形の57です」立ち上がり服の埃を払いながらニッコリ笑顔で自己紹介を始める目の前のウサミミ。57という名前らしい。

「同じく、ベクターだ」昨日大暴れした殺人アンドロイドも立ち上がり少佐を睨みながら簡潔に呟く。

「昨日はいきなり大暴れしましたが、今日は話をしにきました」ペコリと頭を下げて笑顔の57。少なくとも敵対する意思は無いことが見て取れる。

 

「あ?グリフィンなんだって?戦術人形??・・・・少佐、なんだか分かるか?」

「・・・・聞いたことは無いな」

 

「え?グリフィンも戦術人形も知らない??嘘でしょ???」今の世の中、PMCも戦術人形も子供でも知っている。PMC大手のグリフィンを知らない人間など居ないだろう。

(流石に冗談でしょ・・・・なるほど、余程言えない秘密があるのね。これは高度な情報戦かしら)

「・・・・貴方たちの事も教えて欲しいわ」57はポーカーフェイスで相手への疑念を表に出さずに情報戦を進める事とする。

「でもその前に、光学迷彩で隠れている3人には姿を見せてほしいわね」隠れているのは分かっているんですよ!とドヤ顔で宣言する57。HG戦術人形の索敵能力を侮られては困る。交渉を進めるにあたり実力の一端を見せる事で相手に対して優位に立てるからである。

 

「ふっ。分かっていたか。お前たち姿を見せてやれ」笑みをこぼした素子が指示すると3人の男が姿を表す。

「私は草薙素子。公安9課に所属で隊長をやっている。ここにいる連中もその課員だ」モトコと名乗った女がそう言うと、バトー、イシカワ、パズ、ボーマが簡単に挨拶する。

 

ちなみに、ベクターは今回の交渉には興味が無いようで、部屋の壁に寄りかかるとともにポッケから棒付きキャンディを取り出して口に入れている。MP-7から貰った塩飴である。しかし、視線はモトコから外さない。何かあればいつでも飛びかかるつもりのようだ。

 

「公安9課?・・・・新ソ連政府の組織かしら?聞いた事ないわね」右手を口に当てて首を傾げ視線を天井に向ける。人間と違い人形の電脳なので忘れると言うことはない。意図的な消去はあり得るが国家の組織情報を消去するなどないだろう。まず間違いなく本当に聞いたことが無いのだ。

 

「新ソ連?ここは東欧だがソ連??米ソ連合のことか??」

 

「ん?そりゃそうでしょって・・・米ソ連合って・・・なに?。新ソ連政府ではなかったら貴方達は何処の組織なのよ?」

 

57の問いかけにモトコ達は回答に悩んでいるようだった。

それもそうだった。素子達9課は訳の分からない世界に飛ばされてこの場所はおろか世界情勢など知るよしもない。

新ソ連など聞いたこともない。もとの世界ではロシア圏はロシアとアメリカのリベラル勢力が合流した米ソ連合なのだから。と言うことは少なくともここは米帝と日本の連合圏内ではないのは確実だろう。

 

「別に・・・ここまできて隠す意味はないでしょう?」57がなかなか答えない状況を見て答えを催促する。

 

素子は悩んでいた。

ここまでの話で明らかに自分たちが生活していたあの新浜市そして日本の状況と違うことが分かっている。あの襲撃から逃げる途中で飛んできたこの世界、ここはあの9課として活動していた世界とは明らかに違う世界であるのだと。

目の前の戦術人形と称する女性型アンドロイド?の話す内容もそれを肯定している。

 

「・・・私たち日本政府に属する組織だ」本当の事を言うか隠すか考えたが、隠してもすぐに分かるだろう。むしろそこから生まれる疑念の方が後々厄介となる。しかし、本当の事を言っても信じてもらえなければそれは同じこと。悩んだが本当の事を言うこととした。

 

「日本・・・・なぜ北海道からここに?」57の警戒心がグッと上がる。

日本はコーラップスの汚染が酷く、人間が活動できる領土は北海道のみとなっているが、元々アメリカとの結びつきが強い。国が荒れ力が落ちたとは言えアメリカの影響は無視はできない。その傀儡国が新ソ連の属国になって久しいがまだまだ親米信者か多く不安定なのだ。その国の組織が新ソ連のお膝元に現れたのは何か目的があるに決まっている。

 

「北海道?そんな田舎じゃないぞ。俺らの本拠地は兵庫の新浜市だ」イシカワがなに言ってんだ、と言った雰囲気で答える。

 

「はあ?兵庫は本州でしょ?本州は2030年の北蘭島事件で漏出したコーラップスで壊滅したでしょ」呆れ顔で答える57

 

「おいおいおい。本州が壊滅ってなに言ってんだお前!」大丈夫かよ?と言外に言った顔のボーマ。

 

完全に話が噛み合っていない両陣営。

お互いに「頭大丈夫?」的な顔で見合っており、端から見たら全く間抜けな状況である。本人達からしたら大真面目なのではあるが。

 

 

しばしの沈黙の後に、紫髪のモトコが口を開く。

「私たちは一週間ほど前に気がついたらこの街に居た」

「信じられないとは思うが、ここまで話が噛み合わないなら、よく似た別の世界から来た。としか考えられないのではないか?」

この発言にはバトー達9課の面々や57、ベクターも目を見開き驚く。しかし、見知らぬ戦術人形?、見知らぬ装備、話の合わぬ歴史に常識、否定する情報は何もなくむしろ合致する内容ばかりである。

 

「タイムトラベラー・・・いや、並行世界からの旅行者・・・・」57が呟くが、素子は一部否定する。

 

「正確には旅行者ではない。戻る手だてが無いのだからな」

「帰れるなら今すぐにでも帰りたいところだな。手伝って欲しいくらいだ」

素子の回答に被せる形でバトーが希望を追加する。元の世界でもピンチではあったがそれでも住み慣れた新浜に戻りたいのが人の性である。

 

「・・・・」57は額に手を当て無言で俯いている。意味のわからない状況により電脳に負荷が掛かって発熱し頭痛がしているようだ。

「・・・・」

「あ〜もう。知らない」熱暴走が起こらぬようにセーフ機能が働いたのか考える事をやめたらしい。

 

「指揮官を呼んだ方が早いんじゃない?」壁に寄りかかったベクターが飴を嗜みながらどうでもよさそうに助け船を出す。

「そうね・・・・確認のためもう一度聞くけど、私達と敵対する気は無いのよね?」57が真顔で聞くが、

「敵対する理由はない。むしろ協力して欲しいくらいだ」素子も真顔で返す。

 

「分かったわ。では指揮官を呼びましょう」57が無線で指揮官に連絡を取るが、やはり想定外の事態に説明に苦労しているようだ。

 

・・・・・・

「ベクター、指揮官とは誰のことだ?」57の連絡中に素子が壁のベクターに話しかける。

 

「・・・・指揮官は人間だよ。私達戦術人形を指揮する人間」馴れ馴れしい話しかけに面倒くさそうに返事をするベクター

 

「戦術人形?アンドロイドのことか?」そう言えば挨拶の時に戦術人形と言っていたのを思い出す。

 

「アンドロイド・・・・そうね。兵士として戦うアンドロイドで間違いないわ」ベクターがサラッと言う。

「私達戦術人形は人間の指揮官に指揮されて初めて能力を発揮できる。その指揮官を呼ぶところよ」

「決定権は指揮官にあるわ。せいぜいしっかり説明することね」睨むように素子を見ながら真顔で話すベクター。

「指揮官から許しが出たら私がスクラップにしてあげる。覚えておきな」

 

「ふふっ。分かったわ。覚えておくわ」ニヤリと笑って答えるモトコに苛立ちが募るベクターであった。

 




ドルフロ世界のアメリカがいまいち分からんのですよね。
汚染はされているけど人が住める場所がある = 国はまだある = それなりの影響力はある。として考えています。
日本の東京安全区の壊滅、北海道への本州避難民受け入れ停止はアメリカの介入のせいでしたからね。
ろくでもない連中です。

※後に祖語が発生したので北海道は新ソ連の属国(米の影響も多少残っている)に修正しました。


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7.合流

お待たせしました。時間がかかってしまった。
文中に素子とモトコで表記が揺らいでいますが、一応誰目線かで意図的に変えております。読みづらかったらすみません。



埃が溜まった廃墟の階段を登る二つの影。

行政庁舎の階段を登るのは、えんじ色の軍服調の制服を着た若い男と、大柄なバトルライフルを持つ美女の二人だった。

そう、グリフィンのS09地区の前線基地指揮官コータ・ヤシマと、所属戦術人形のFALの二人である。

 

「ちょっと、指揮官?何ゆっくりしているのかしら?」

護衛でついてきたのにゆっくりと階段を登る指揮官に苦言を述べるFAL。

どうも非効率な状況にイライラしているようだがそれもそうだろう。普段はエリート戦術人形達だけと行動しているわけで。若い指揮官と雖もFALの希望に叶う動きは難しい。

 

「・・・うん。ああ、流石に28階分登るのはキツいよね」

足を止めて少し苦笑いで答えるコータ。

 

「もう!指揮官ったら、しょうがないわね。しっかりやってくださいね」

FALが上階で足を止めて振り向き腰に手を当てて呆れ顔で話してくる。そんなFALを見て、自分に姉がいたらきっとこんな感じだったんだろうな、と思わず笑ってしまう。

 

「指揮官?真面目にやってるのかしら?」

「ああ、ごめんごめん。急ごうか」

FALが呆れ顔を通り越して怒り顔に変わりかけていたので、コータは足を動かして登り始める。

FALと二人で28階を目指して歩みを進める。

 

ーーーーーーーー

しかし、コータがFALに言った『階段を登るのがキツイ』と言うのは嘘だった。

というのも57からの報告を受けてコータはどうするか考えていた。

 

まず、相手の情報だ。

日本国政府直轄の警察組織の秘密部隊『公安9課(セクションナイン)』との事だが。

真偽を調べる術は無いが、あの装備にベクターを完封した強さを考えれば、一般の者達ではないことは確実だろう。確実に特殊部隊クラスの何かだ。

ただ、どこかの特殊部隊だったとしてもやっていることが間抜けすぎる。やっている事はグリフィンの大規模作戦に対してなんの意味もない行動としか言えない。

仮に誰かを釣り出すのが目的だったとしても、その相手が社長などの経営幹部ならともかくいち前線指揮官の僕などあり得ないだろう。費用対効果から考えても無駄そのものだ。僕を釣るなら隙をついて拉致する方がよっぽど安く簡単だ。

 

総合すると、特殊部隊級であることは確かだが、行動がそれに伴っていない。

 

ただ、その結果だけを考えると、彼らの言う『並行世界から来た』というのも筋が通る。

しかし、筋は通ってもそんな漫画や小説のような荒唐無稽な事が起こるわけがない。アホ臭い。それこそ意味の無い推論だ。

しかも、仮に本当に並行世界から来たとして、僕が信じたとしても、我々は組織だ。社長以下幹部の者が信じなければどうしようもない。むしろその様なことを信じた僕も処分される。とても説明できるものではない。

 

・・・・無理だ。

一番簡単なこと、すべて()()()()()()()にして闇に葬り去る。それが最もキャリアへのダメージが少ない方法だ。

ベクターを完封したとは言え、被害は出るだろうがやれないことはない。

一応会話はしてみるが、十中八九その方向になるだろう。出たとこ勝負にはなるがほぼ答えは決まったな。

 

ーーーーーーーー

「指揮官、28階よ。このまま市長室へ進むけど。聞いてる?」

考えながら階段を登ってきていたが、28階に着いていたらしい。FALが心配そうに聞いてくるけど、大丈夫だ。

 

「うん。行こうか」

そう答えるとそのまま廊下を進み市長室へと入っていく。

部屋に入ると、ベクターと57の他に9課を名乗る連中が待っていた。

さあ、ここからが勝負だ。

 

「指揮官、待ってたわ。こちらが伝えたセクションナインの隊長のモトコ・クサナギさん。ね」

部屋に入るなり僕を待っていた57に相手を紹介される。クサナギと言われる女性はベクターを屠ったあの戦術人形だった。

 

「初めまして、グリフィン&クルーガー社、S09地区の前線基地指揮官のコータ・ヤシマです」

一応、丁寧に挨拶はしておく。

 

「はじめまして、素子・草薙だ。57の紹介の通り9課の隊長をやっている。横の5人もは9課のメンバーよ」

そういうと、他のメンツが簡単に自己紹介していく。比較的好意的な反応でコータは面食らっていた。

(いや・・・想定外な反応だよな)

 

「事情は聞いたけど・・・俄には信じ難い話しだよね」

「何か聞きたいこととかあれば、話せる範囲で話すけど」

コータはそれとなくカマをかけてみる。こんなこと聞かれたらどんな反応を見せるだろうか。

 

「・・・では、この世界の歴史を教えてほしい」

モトコは真顔で歴史を教えてほしいと言ってきたのだ。流石にコータもこれには再び面食らった。

 

ーーーーーーーー

素子がコータから説明を受けた歴史は1980年代までは概ね元の歴史と合致していた。

唯一違うのが、1900年代に発見された遺跡であった。遺跡に保管されていた崩壊(コーラップス)液。

コーラップスは放射能のように振る舞い、影響を受けると分子のみならず原始レベルで破壊される事。

特に2030年に上海近郊の北蘭島での大量放出事故により世界が激変した事は大きい。

コーラップスはタチが悪い事に生物が中途半端に影響を受けた場合その体が変質してしまう。そうまるで仮想世界のゾンビのようになってしまうのである。

このコーラップスは研究が進み、逆に新たなものを創造する逆コーラップス技術や、核爆弾のような利用まで進んだ。進んだ結果、人間が生存できる世界が狭まってしまった訳だ。

しかしその様な結果があったこそ自律人形の技術が進みベクターや57の様な戦術人形が誕生した。

代表的なこの世界の歴史的事実は下記だ。

 

2030年 北蘭島事件

2035年 オーロラ事件

2045年 第三次世界大戦勃発

2051年 第三次世界大戦終結

2053年 PMC「GRIFON & KRYUGER」設立

2057年 16LAB 設立

2061年 胡蝶事件発生

2062年 国連が再編により復活する

2062年 現在

 

 

「2062年かよ。うちらの世界2030年の32年後だぜ。本当なら爺さんで余生を楽しんでいるのかねえ」バトーがボヤく。

 

「お前に楽しい余生なんてあるのかよ。今と変わらずピンピンしてるだろ」揶揄うボーマに、違いないと相うつパズ。

 

「ああ、この街の情報にもコーラップスは出ていたしな。情報とも整合するから間違いは無いだろう」情報収集担当のイシカワが追加する。

 

「我々の世界とは違い第三次大戦は2045年か。大分遅いな。よく大国が我慢できたものだ。私たちの世界では96年に核大戦で2000年前には東京消滅だからな」素子は冷静に分析している。

 

「しかし、核汚染か。こっちの世界にはマイクロマシン(日本の奇跡)は無いのかよ」引き続きボヤくバトーに無線映像通信をつなげた素子が制止する。

(迂闊だぞバトー。こちらの情報は漏らすな)

(・・・すまない。少佐)

 

バトーのボヤきが終わったところで素子は改めてコータの方を向き、襟を正す。

「こちらの情報は包み隠さず話したつもりだが。協力いただけないだろうか」

「もちろんギブアンドテイクよ。こちらからも可能な限りの協力はするわ」

要求の最後にニッコリ笑顔をつける。

 

ーーーーーーーー

正直、コータは悩んでいた。モトコからの協力の提案については、少し考える時間をもらった。

相手方の歴史を聞いても検証のしようはなく、そうかそんな歴史もあり得るか。くらいの感想で終わってしまう。

ただ、こちらの情報を聞いてワイワイ議論するさまはとても騙している態度には見えない。正直、変な陰謀は無さそうに感じる。

(本当にタイムトラベラー?事実は小説より奇なり、ってこと?)

 

しかし、気になったのはあのバトーとか言う大男が溢した言葉だ。

核汚染についで『マイクロマシン(日本の奇跡)』と言った。どういうことだ?彼らの世界には放射能を回収する術があると言うのか?であれば、それを応用すれば世界に散らばったコーラップス液も回収できるのではないか?

もしそんなことが可能ならば、人類が緩やかに滅亡するしかないこの世界を救えるじゃないか。

なぜ彼女達がその話題を止め隠したかは分からない。だが、彼女達を取り込む価値は十分あるだろう。本当に不要になったらそのときに始末すればいい。とりあえず当初予定の『ここで消す』は無しだ。

(僕の人生で最大のチャンスだ。このギャンブルに乗ってやるさ)

 

「わかった、協力しよう。とりあえず客人として基地へ迎えるよ」

「ありがとう。ヤシマ指揮官」

コータが差し出した手を素子取り握手をする。この場にいる面々からは安堵も含んだ笑顔が溢れる。約1名ベクターを除いては、であるが。

ベクターはモトコを睨みながら、強く舌打ちしてプイッとそっぽを向いてしまった。モトコとのタイマンがお預けになったのが気に入らないようだった。

 

ーーーーーーーー

この後は基地へと戻るためにコータはヘリを庁舎屋上へ来るように手配する。ルイスやNTW-20も呼び寄せ第一部隊の全員が集まって来ていた。

周囲を警戒している第五部隊には鉄血の殲滅のフォローに向かってもらった。

そんな待ち時間に素子がふとある事に気づく。

 

「ベクター。前回貴女を倒して手に入れた(ベクター)を返したいのだが。貴女のものだからね」

その申し出を聞いたベクターの眉がピクリと動く。

「・・・・・・いらないわ。貴女を壊して取り返す。その時まで大切に持っていなよ」

「こちらも一緒だ。私も必ず取り返してみせるさ」

ベクターに続いてNTW-20もサイトーを睨み実力で勝って取り返すと宣言するが、一応客人として迎え入れる以上私闘は不味いだろう。しかし、その辺りのことはあまり深く考えていないのかあるいは勝ったお前らにやると言っているのかよく分からないが、戦闘を専門とする戦術人形の矜持があるのだろう。ただ返してもらうのは我慢がならないらしい。

 

「ふっ。分かったわ。大切に使わせてもらうわ。消耗して廃棄する前に取り返してもらいたいわね」

やれやれと言った態度を見せつつも軽く挑発する。サイトーも似たような態度だ。

 

そんな感じで時間も潰しつつ一行は屋上へ向かう。程なくして2台のヘリが到着するがローターは回したまますぐに飛び立つアイドリング状態で待機している。

それを受けてか第一部隊にコータ指揮官、9課の6人が滞りなくヘリに乗り込み、ヘリは間を置かずに行政庁舎の屋上から飛び立つ。窓の下、眼下に見える庁舎がすぐに小さくなる。9課のあった高層ビルとは似ても似つかないし一週間程度しか住んでいなかったがなにか寂しさを覚える。素子は自身に湧いたその人間らしい感性に軽く微笑みこの世界の始まりの地に別れを告げた。

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーー

それほどの時間もかからずにヘリはコータ指揮官の前線基地に到着した。

 

「うほ。立派な基地だねぇ」バトーが揶揄するように感想を述べるが、確かに立派な基地だった。

「ベクター、9課の皆さんを宿舎へ案内して差し上げてほしい。部屋割りはさっき伝えた通りでね」

「その後に打ち合わせしたいので君とモトコさんで司令室に来てくれ」ベクターと素子がうなづいたのを見てコータは先に席を外す。

「じゃ、私たちも行きましょうか」ベクターが9課の6人を連れて宿舎へ歩き出した。

 

ーーーーーーー

「おいおいおい・・・」

「こりゃまた・・・」

「ひどいもんだな」

バトー、パズ、ボーマが感想を述べる。サイトーとイシカワはそんな気はしてましたと言わんばかりだ。

それもそうだった。なにせ案内された宿舎はコンクリートの殺風景な部屋にパイプ製の簡易ベッドが5台置いてあるのみだったからだ。

「これじゃあ、今までの庁舎とどっこいどっこいだぜ。でもなんで5台?」

「ふん、貴方たちにはコンクリにダンボールで丁度いいわ。ベッドがあるだけありがたいと思いな」

「それとモトコは女性だから私たち第一部隊と同じ部屋よ」

バトーの疑問にベクターが答える。

「部屋にあるネットワーク端末は使っていいと指揮官から許可が出ている。外部のインターネットに接続可能よ」

ついでにもう一つ伝えてモトコと共に部屋を出て第一部隊の宿舎へと向かう。

 

第一部隊の宿舎は9課の男性陣の部屋と違い少女趣味の部屋だった。ベッドも立派で趣味性の高いものでまとめられている。第一部隊の凶暴さに似合わず思わずニヤけてしまう。

「ベッドが5台しかないけど」部屋の中の様子を見てモトコが疑問を口にする。

「昨日まで5人だったから仕方ないわ。ダブルベッドで私と同じところで寝るしかないわね」

「私と同じベッドでいいわけ?」素子がベクターへ話しかける。

「勘違いしないでほしいわね。私は御免よ。けど指揮官の指示だから仕方ないわ」

「ふふっ、分かったわ。では改めてお願いね。ベクター」

「ふん。どうでもいいわ。案内も終わったから司令室に向かうわよ」

そう言ってモトコを連れ出して忙しなく司令室へと向かう。

 

ーーーーーーー

「ああ、早かったね」司令室で仕事をしていたコータはプシューっとエアシリンダーの音共に開いたドアを潜って来た二人に話しかける。

不機嫌そうなベクターに、興味深々なモトコ。その対比を見てコータ指揮官は思わず笑ってしまう。

そんな指揮官の態度を見てベクターの機嫌はさらに悪くなるのだが、彼女のそんな態度はネガティブなものではないとコータは知っている。本当に嫌いならベクターは無視するからだ。

 

「都市の鉄血の掃除も無事完了したし、やっとオールクリアになったよ」

「さて、これからのことだが、クサナギさんは何か希望はありますか?」

「ああ、義体の整備先を確保したい。中長期的な部隊の運用を考えると確実に必要となる。どこかないだろうか」

その質問を聞いてコータとベクターが目を合わせるが・・・

「うん、正直できる確証はないが・・・・、ベクターとかを製造した人形会社に相談はどうだろうか」コータが答える。

「伝はあるのか?」

「研究開発部門の責任者とうちの社長は繋がりがある」

「分かったわ。一度話をしてみたい。紹介してほしいわ」

 

そんな話をしていた所、緊急通信が入った。すかさず相手を確認する。

「G36、誰からだ」

「お待ちを・・・アリス指揮官からです」

「そうか、繋いでくれ」

「了解しましたがよろしいですか?」モトコを見ていることからコイツの前で良いのか?と言外に伝えている。

「ああ、構わないよ」

その返事を聞いてG36は通信接続の操作を進める。

 

司令室の映像通信モニターにアリスが映し出されるが・・・・

「コ〜タ〜・・・作戦失敗しちゃった・・・・」

半ベソのアリスが映し出されるなり衝撃的な事実が告げられ、コータとG36が驚く。

 

「はあ?違法闇市の制圧だから簡単だって言ってたじゃないか」

「うん・・・簡単な筈だったんだけど・・・降伏勧告しても抵抗が頑強で・・・」

涙目で失敗の言い訳を話す姿を見てコータも少し同情して聴きに徹する。後で慰めるのもセットになるだろう。

「しかも謎の違法コピーのマンティコア型多脚戦車まで出てくるんだもん。想定外よ!」

途中から怒り出すアリスを見て思わず笑ってしまうが、聞き捨てならない言葉を発する。

 

「謎?違法コピー?」

どこかで聞いたフレーズを再び聞くとは・・・。思わずコータとベクターがモトコの方を向く。

 

「映像を見てみたいわね」モトコの呟きを聞いて、見たいならとアリスが映像を共有する。

そこに映っていたのは・・・・・

 

「タチコマ!」素子は驚きながら思わず強く呟いていた。

なんか、『成田山』のステッカーが貼られているが、間違いなくあのタチコマだった。

 

「やっぱり・・・知り合い?」コータがまさかと小声で聞き返すが、

 

「ああ、我々の世界に居た・・・部下、だな」

素子も小声で返す。

 

(これはこっちで始末しないと色々まずいな。一難去ってまた一難か。)

コータは額に手を当てて追加の仕事にうんざりする。三日連続で戦闘だなんて人形達にもストレスが貯まるだろう。あとの娯楽なども考える必要もあり、思った以上に業務は増える事となる。けどしょうがない話だ。

 

「あー、アリス君。その、なんならうちの基地でそこの始末しようか?」

 

「え?いいの??」

想定外の申し出に驚くアリスだが、失敗を帳消しに出来そうですぐに喜ぶのだった。

 




タチコマ登場です。
彼らの独特な明るさ再現のため、益々作者の負荷が増える事でしょう。笑

年表はドルフロwikiから引用させていただきました。

48サンチ三連装陽電子衝撃砲さん、誤字報告ありがとうございました。m(_ _)m


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8.アリス

時間がかかった割に進みませんでした。すみません。

アリス指揮官のところのアサルトライフル部隊の隊長さん登場です。
一応、キャラの説明wikiを貼ります。
Zas M21さんです。星5の優秀なキャラです。
https://wikiwiki.jp/dolls-fl/Zas%20M21


コータ達がアリスの尻拭い、と言う名目でモトコの仲間を回収する計画だ。モトコ達の情報が広がるのは正直よくないからである。

 

「アリス、会社からの命令と作戦の内容と結果を共有したい」

コータのその言葉にアリス指揮官が顔を顰める。それもそうだろう、自身の判断と失敗を開示しろと言われているわけだから。

 

「・・・・分かったわ。コータに頼む手前ね。特別よ」

少し考えたアリスは抵抗も気負いもなく話しをはじめるが、これは彼女の優秀さを表している。

グリフィンの前線指揮官はメンツも大切にしなければやっていけない仕事であるが、折れるところは折れる必要がある、非常にバランスが求められる仕事である。これが肌で理解できない指揮官は・・・・出世が出来ないのは運がいい方で大方この世から御退場させられる事になる。

彼女は若いながら理解できていた。

 

「作戦本部からの指示書はこれ。闇市を社の管理下に収めろ。との内容ね」

そう言うと共に指示書を開示するアリス

 

「なるほどね。それでアリスの立てていた作戦も聞きたい」

コータはさらに踏み込んで聞いていく。

 

「・・・・闇市を牛耳る組織の幹部たちの拘束。抵抗する場合は射殺を戦術人形達に命じていたわね」

あどけなくコータに話していた姿とは打って変わり、冷徹な目で話すアリス。

 

「なるほどね・・・・」

理解した顔をするコータと素子。アリスの話ぶりから瞬時に状況を理解した二人も優秀だった。

アリスは拘束と説明したが実際は違うのだろう。

恐らくは闇市を牛耳る連中を拘束した上での処刑つまり粛清、それが彼女の狙いだったのだろう。

だがこの判断は間違っているものでもない。何故なら過去の黒い繋がりを全て白紙に戻すチャンスだからだ。

 

グリフィンが前線基地を作るにあたり、どうしても現地に違法に住む底辺の人間をまとめる必要がある。不要であれば皆殺しにしても構わないのだが経済圏や居住地拡大を考えれば利用しない手はない。進出するグリフィン基地の能力は進出当初は高くないため現地の非合法組織を利用せざるを得ない。当然現地組織も自身が生残るためにグリフィンに癒着しようとする。指揮官個人への上納金や接待などなどあの手この手で生き残りを賭ける。定期的に転勤して赴任する指揮官を骨抜きにして寄生する事で生き残ろうとする。強いものに取り入る、それがこの滅び行く世界で生き残る肝なのだろう。

その様な状況でアリスはこの機に乗じて全て白紙に戻す事を選択した。会社組織的な判断としては決して間違った選択ではない。どこかで過去からの膿を出し切り真っ当に変える必要があるからだ。

もちろん、うまく行ってこその話ではあるのは間違いないが。

 

「・・・・・・・・・」

「アリスの判断は妥当だね。しかし、戦術人形がやられたのは信じ難いな。僕達に戦闘の映像をみさせてくれないか」

 

「分かったわ」

そう答えるとアリスは戦術人形の作戦中の視覚記録映像を共有した。

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

都市の入り口の場面から映像は始まる。

塀に囲まれた都市の入り口の門が閉じられ、有事を想定した防衛用の銃座に数名の民兵らしき男が構えているが、その動きから練度はそれほど高くなさそうに見える。

 

「武器を捨てて投稿しなさい」

門前に展開した戦術人形部隊の隊長らしき人物が拡声器で投稿を促している。

可愛らしい女の子たちが似つかわしくない銃をもち警告している姿は、戦術人形を知らぬものが見たら不気味に見えるだろう。

しかし、女の子の声で警告を発するが相手からは先制の銃撃が帰ってくる。数名の敵兵が先走り射撃を開始してしまった様だ。

 

「クソッ、やられてたまるかよ。撃て撃て!」

「化け物ロボ共め。スクラップになっちまえ」

若い民兵が自棄っぱちとなりAKを乱射し、それにつられるように他の兵士たちも撃ち初めて戦闘が開始される。

民兵からの攻撃で何名かの戦術人形に命中したようだが大きな影響はない様である。

 

「愚かな・・・。全員正当防衛射撃を開始」

隊長のZas M21は冷静に、そして冷徹に作戦開始の合図を送る。それと同時に戦術人形部隊から応射が開始される。

応射開始から間も無く民兵達は次々と倒れていく。民兵達も決して素人なわけではない。有利なポジションから射撃を加えるが僅かに晒している体を正確な射撃で撃ち抜かれる。適正に訓練された戦術人形に人間が勝つなど土台無茶な事である。

数分の戦闘であっという間に民兵達は黙らされる。残るのはそこらから響く呻き声だけである。

 

あらかた片付けた所でZasが半身である銃の銃身の下に取り付けたグレネードを門へ撃ち込む。

「駄目だ・・・退避だ!後退しろ!」

門の向こうから悲痛な叫び声が聞こえたと同時に、発射されたグレネードが着弾し門諸共隠れていた民兵達を吹き飛ばす。

 

「では、街に入り敵の司令部を制圧しますよ」

部隊員達へそう言うと、スタスタと破壊した門を越えていく。歩みを進めるZasは呻き声を上げて倒れる民兵の頭部を撃ち抜きその命を淡々と刈り取っていく。眉一つ動かさずまるで感情のない人形の様に。

 

ーーーーーー

「ここも行き止まり・・・・戻って迂回します」

 

蜘蛛の子を散らす様に混乱していた民兵達を追い立てながらZas達戦術人形は進むが、すぐに異様な雰囲気へと変わる。街の中の主要な道路が彼方此方で封鎖されているのだ。廃車、瓦礫、フェンスなどあらゆる物で封鎖されている。一度強硬突破しようとしたがクレイモアが仕掛けられているのがわかり突破は断念して迂回路を探すしかなかった。

 

(狩る側から、いつのまにか狩られる側になっている?)

Zasは常に狙われているような嫌な感覚が肌に纏わりついている。早く敵司令部に辿り着き任務を終えたい。そんな焦りが湧いた丁度そんな時に左右の建物から銃撃を受ける。

 

「くっ、しつこい!応戦しろ!」

Zasはまた民兵かと思い込んで油断をしていた。繰り返される民兵との戦闘に慣らされていたのだ。それが相手の作戦であるとも知らずに。

雑になった対応の隙をつく様に真後ろ、6時の方向から猛烈な射撃を受ける。7.62x51mm NATO弾を用いたチェーンガンによる正確な射撃だった。光学迷彩を解いたタチコマが右腕に搭載されたガンによりフルオート射撃を加えたのだ。

 

「マンティコア型多脚戦車?バカな・・・いや全員退避!」

Zasが指示を出すが間に合わず数体の戦術人形が悲鳴をあげる間も無くスクラップへと変わる。

遮蔽物に隠れる事が叶った人形が反撃しようとした所で、敵戦車が姿を消す。

 

「なに!?戦車が光学迷彩を装備しているだと!?」

想定外の事態に人形達の動きが止まる。それが致命的な隙を作る。

反対の前方12時の方向に色違いの戦車が姿を現し、50mm榴弾砲を戦術人形達が隠れた遮蔽物裏に撃ち込む。

残ったZas達の部隊員は榴弾の直撃により粉砕され全滅した。

 

ーーーー

ーーーーーーー

 

アリスが共有した映像はZasが破壊された所で止まる。

映像を見ていたコータ達はしばらく声を出せなくなっていた。敵戦車の戦闘力だけでなく罠へと誘い込む見事な作戦である。民兵の命をベットして敵を油断させる気狂いじみた作戦であるが、だからこそ戦術人形達を倒すことができたとも言える。

 

「これは・・・見事な戦術だね」

「クサナギさん、あの戦車は・・・こんな戦術立案することが出来るのですか」

横で映像を注視していたモトコに問いかける。彼女は顎に手を当て彼女なりに何か考えている様だった。

 

「タチコマ・・・あの戦車のAIには少なくとも指揮能力はない。今回の作戦は別の・・・優秀な人間が立てたと思うわ」

 

「アリス、あの街の民兵達はそんなに高い能力を持っていたのかな?」

モニタの向こうのアリスに向き直る問いかける

 

「無いわね。数回会ったことはあるけど、マフィア崩れと言ったところかしら」

「こんな大規模な集団戦の作戦立案や指揮などできないはずよ」

出来るなら簡単に制圧しようなど立案しないわ。と付け加える。

 

「一番あり得る可能性としては・・・私たちの仲間がいる可能性が高い。タチコマを指揮できる事を考えてもそう考えるのが妥当よ」

モトコが小声で伝えてくる。念のためアリスに聞こえない様に気を遣っているのだろう。

しかし、そうか。ならば・・・

 

 

「アリス指揮官」

 

「ん?畏まって何かしら?」

 

「民兵たちの皆殺しはなしだ。連中は制圧してアリスの配下に組み入れる。それでいいかい?」

 

「・・・ここまできたら社の指示範囲で収まるならなんでも構わない。やり方は任せるわ。どっちみち私の部隊は被害が大きく期日内での作戦の完遂は不可能だしね。その代わり輸送や物資の提供はさせてもらうわ」

戦闘は出来ないとはいえ最低限の協力を行い、共同作戦の体に持っていくあたりアリスの強かさが伺える。しかし逆に言えばコータの提案を大筋飲まざるを得ないとも言える。本来であれば民兵達を無力化したかった所だろう。ここまできたらそうも言っていられない。作戦を完遂できるだけでも御の字だ。コータとしてもタチコマ達の回収をしたいところでお互いの都合としても収まりがいい。

 

「明日、少人数の精鋭で相手の司令部に潜入し、相手のボスと話をつける」

「人員はベクターとモトコの二名だ。頼めるかな?」

「アリスからは民兵達の幹部の顔写真を提供してほしい」

 

「・・・指揮官の頼みなら仕方ないわね」

「問題ない。ベクター、よろしく」

「ふん・・・」

嫌々な雰囲気を出すベクターに軽く笑顔を作ったモトコに求められた握手を、これまた嫌々握るベクター。

相性が悪い様に見えるが、そうでもないと思える。まあ、作戦は大丈夫だろう。

 

「民兵達の写真は共有したわ」

アリスの声をうけ写真をモニタに映す。

 

「うん?珍しいな。女性のボスか」

おさげの様に金髪を纏めた、隻眼の女が映し出される。見た目はアラフォー位の年齢か。

 

「そうね、お陰で前任、前々任の指揮官は大分骨抜きにされた様ね」

ちょっと軽蔑した様な口調でどうでもよさそうにいうアリス。

どうやら今までの男指揮官は女ボスから下の接待も受けていた様だった。

 

 

「では、明日の朝出立だ。アリス、人員輸送は頼む」

「分かったわ。コータよろしくね」

 

この後、副官のG36やアリスのとこの副官も交えて作戦の詰めを行い、明日に備えて早々に解散とした。

 

ーーーーーーー

「ふー、やっと一息だ」

 

自室でお茶を淹れてまったりとした時間を過ごしながら課題を整理する。

まずはモトコと戦友の集合を助けて彼女の信頼を得る事が必要だろう。彼女から未知の技術をどれだけ引き出せるかだ。

後、大きいのが社長への説明だ。I.O.P.への協力を仰ぐ関係から隠し通すのは無理だ。

しかし、社長は一筋縄ではいかない。下手したら処刑されるリスクがある。

まだまだ障害は多い。多いが人類生存のチャンスなのは間違いない。

 

(僕ならできる。必ず人類を救ってみせるさ)

決意を新たに早めにベッドに滑り込むのだった。

 




Zas相手に乱射してしまったシーンは、セカンドシーズンの出島で橋を落とす戦闘時に先制攻撃をしてしまった招慰難民の民兵をイメージしてみました。

民兵のボスは、S.A.Cの19話のクルツコワまんまのイメージとしています。
S.A.Cの女性の敵キャラ大好きなんですよね。フェムとかサノーも好きなんで、チャンスがあればそんなイメージのキャラを出したいですね。

次はベクターと素子のデュオによる潜入ですかね?でもその前に一息入れる予定です。
あんまり上手く書ける気がしないけど・・・・頑張ります(泣)


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9.一方で

毎度毎度遅くなりすみません。
今回は気持ち長めになってしまった。

素子とベクターの潜入前に、タチコマ達の話を挟みました。

原作の良いところを殺さない様に気をつけていますが、うまく出来ているか・・・・
下手でも許してくれ。(笑)



時は素子達がこの世界の廃墟群に飛ばされたその時に戻る。

彼女達が廃虚で生き残りを始めたころ、別のところでも物語が始まっていた。

 

ーーーーーーーー

 

「ここは・・・・どこだ・・・」

公安9課課長である荒巻大輔は大いに混乱していた。

 

9課が追っていた笑い男事件。その容疑者に接触し情報を得た。真の巨悪を倒すため紆余曲折の末に重要参考人を無断で連れ出し、要するに誘拐する形で真実を聞き出すことに成功した。

しかし、巨悪も上手であり9課を誘拐犯としてマスコミにリークし、国家権力を使って本格的に9課を潰しに来ていた。

9課の事務所で少佐達が自衛軍の『海坊主』に襲われていたことを荒巻は知らない。荒巻とトグサは二人で別働し総理に情報を渡していた。しかしその帰りに巨悪の手下に捕らえられ、荒牧は政府に、トグサは警察に拘束されていた。

 

そう、拘束されていた筈なのだ。それが何故?

何故かこの訳の分からない貧困街に突然立っていた。

荒巻は立ち尽くしているが彼は優秀な男である。訳の分からない状況と雖もあきらめることはない。

時間は夕方、まだ子供達がかろうじて遊んでいる。いや帰路につく頃か。代わりに大人達が遊び回る時間だな。

 

「・・・・・・」

ハッキングによる記憶の改竄や防壁迷路の類か?いや、それにしてはリアリティがあり過ぎるし設定が凝りすぎている。ここの言語は日本語では無い。電脳の情報から言語は東欧からロシア圏、意味の理解及び会話は可能そうだ。

まずは情報収集。そう考えた荒巻だが状況を動かしたのは相手が先であった・・・。

 

 

「おいおい爺さん。いい服着てんじゃないの」

「お金持ちの爺さんがこんな街に何の用かな。俺らが案内してあげるよ」

 

死角から突然声を掛けられて荒巻は一瞬驚いたが、すぐに平常心に変わる。

しかし、声をかけてきた二人の男の属性が悪いこともすぐに分かった。格好態度、どう見てもゴロツキの類いである。

ただ、普通に考えたらこんな露骨な絡みは社会的に許されるものではない。だがしかし、どうも住民の様子がおかしい。絡まれた自分を見て言うなれば恐怖を感じている様であり、関わり合いたくないかの様に目を逸らしそそくさと去っていく。

その態度だけでも置かれている状況は推察できる。察するに、マフィアか民兵か分からぬがこのゴロツキ連中がこの街の支配者なのだろう。

そんな事を考えているとゴロツキ達が動く。

 

「おい!爺さん!ナメてんのか?」

「まあいいや。ちっと裏までこいや。な!?」

反応がなくナメられたと感じたゴロツキ達は乱暴に荒巻の襟を掴み路地裏へと引きずっていく。

その姿を横目に見る住民達からは憐れみの色しか見えなかった。

 

ーーーーーーー

 

「なあ?爺さん。あるもの全部置いていけや」

「オラ!服は全部脱いで装飾品も外すんだよお!それとも痛い目に遭わねえとわかんねーか?おら!」

そう言うと同時にゴロツキの一人は荒巻の胸倉を掴み腹に拳と膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐ・・・ううう」

「しょ、少佐・・・・」

荒巻は暴行を受け地面に崩れ落ちると共に、思わず信用する部下の名前を呟いていた。

 

ーー

ーーー

ーーーー

 

「・・ち・・う」

「か・・ちょう」

「かちょ・・う」

「課長!しっかりして下さい。課長!」

 

「うっ・・・トグサか?何故お前がここに?・・・」

「いやいい。ここはどこだ。トグサ、お前は何か知っているか」

どうやら気を失っているところを部下のトグサに助けられた様だ。横に二人のゴロツキが気絶して倒れているのが視界の端に見える。

頭を振り起き上がるが、暴行による体は痛みはあるがなんとか大丈夫な様だ。

 

「いや、私も警察での尋問中に突然・・・。気がついたらこの街に居て何がなんだか分からない状況で」

「街を歩いていたら、ちょうど課長がゴロツキに連れていかれるところを見たので追いかけて来ました」

倒れたゴロツキの懐をまさぐりながらトグサが説明する。どうやらトグサが持つ情報も荒巻のそれと変わりない様だった。

 

「身分証はありませんね」

二人の財布の中身を改めたトグサが零す。札は全て抜き取り財布を戻す。

そして、携行する武器を抜き取る。

 

「マカロフか。予備の弾倉は無い。か」

「課長も一丁携帯してください」

トグサはゴロツキ達から携行拳銃を取り上げ課長にも渡す。主に脅し用の武器の様で予備のマガジンは持っていなかった。

 

「長居は無用でしょう。落ち着ける場所へ行きましょう」

トグサの案内で路地裏から出て街へ身を溶け込ませて行った。

 

 

ーーーーーーーー

 

「そうか、お前もワシと同じ状況か」

 

街を彷徨った後に、パブ兼サテン兼軽食屋な店に入る事となった。

コーヒーを二つ頼み、裏口に近い目立たない席に座った。

トグサから一通り聞き直した荒巻が零したのが上のセリフである。

 

「そうですか・・・この街の・・・この現象は分からずじまいですか」

 

「そうでもない。あそこを見ろ」

 

「え?・・・・なっ!2062年!?」

課長が指したのは壁にかけられたカレンダーだった。何の気なしに見たそれが明示する西暦は32年後を意味し明らかに狂ったものだった。

それに、と続ける課長。言葉、街の外周を囲う壁、門の外の世界、招慰難民街を思い起こす荒んだ街、街を管理する無法者達。電脳の広域NET接続が不可。それだけでは意味を持たない情報も集めることで意味を持つ。

 

「明らかに日本では無い。また我々のいた世界とも違う。かつ世界はなんらかの破壊、あるいは脅威に面している」

端的に述べる荒巻。なんですかそれ?と呟くトグサ。端的に述べたから全く絶望的な情報である事が際立っている。

頭を抱えているトグサ達にに突然短距離通信が届く。

 

「トグサ君、課長。聞こえますか?」

 

「タチコマ!?お前たちもか!?」

 

「よかった〜。突然の出来事に広域通信も繋がらないから焦っちゃいましたよ〜」

「それでここは何処なんですか?」

 

「うむ。これで手札は揃ったな」

「タチコマ話は後だ。お前たちは3機だな。電力を節約しつつ姿を隠せ」

「我々が移動したら見つからない様について来い」

 

「了解しました〜。任せてください」

以上で通信を終わらす。

 

 

「課長、手札が揃ったって・・・・何か当てがあるんですか??」

??マークをたくさん貼り付けた様な顔でトグサが聞くが、ニヤリと笑った課長が話始める。

 

「間も無く連中が動くころだ。精一杯踊ってやろうじゃないか」

そういう課長を見て、なおさら???を追加するトグサだった。

 

ーーーーーーー

 

「課長、こちらに」

トグサが案内するが、荒巻は歳のせいもあり動きは早く無い。確実に敵に追いつかれつつあった。

 

 

あの後、店に完全武装の民兵がツーマンセルで現れた。

民兵達は店主に目的の人物を説明する。店主はピンときたのだろう、トグサ達の席を指差した。しかしそこに二人の男は居なかった。すぐそばの裏口のドアが半開きなのと合わせて、である。

 

 

「くそ!どこだ?」

「こっちだ!目標を見つけたぞ!」

「どこに行った?」

「くそ!見失った!」

「・・・・・」

「居たぞ!追い詰めた!増援を頼む!」

 

(この程度か・・・・)

動きが遅くなっているトグサ達を追い詰めるのを苦労する民兵達。荒巻はその動きだけで練度を値踏みする。

程々にして()()()()()()ことにする。

そう、この街の支配者に直に会う事としたのだ。

 

「抵抗するなよ!」

「テメエら分かってんだろうな!」

「精々、姉さんに命乞いでもする事だな」

 

AK系のアサルトライフルで武装した複数の民兵が銃を向けてくる。

荒巻とトグサは両手を上げて降伏の意思を示すと、数名の民兵により拘束される。

服以外の武器や財布などを没収され、手足を縛られて猿轡に目隠しをされて乗用車の後部座席に詰め込まれるように乗せられ尋問か拘束か、目的地へと運ぶ様だ。

周りをテクニカルに囲まれて厳重警戒の元、二人はこの街の支配者の元に連行されたのだった。

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

トグサと荒巻が連れていかれた部屋で猿轡と目隠しを乱暴に外される。

通常、この様な尋問は二人を別々に分けて拷問し、互いに疑心暗鬼にさせて吐かせるのがセオリーだが、今回はその様なやり方をしていない。何か考えがあるのか、それとも単純にマヌケな連中なのか、どちらかだろう。

 

「こんにちは、荒巻さんにトグサさん」

床に座らせられたトグサ達を見下ろすのは、アラフォーといえば失礼くらいの30代後半の金髪の女性だった。

金髪のおさげに左目に眼帯、服はフライトジャケットにタイトスカート、軍用のハイブーツ、そのボディは豊満な胸の谷間をわずかに見せるチラリズムを取り入れた格好であった。

荒巻達が所持していた身分証から名前は割れた様だ。

 

「ク、クルツコワ?か?」

過去の誘拐殺人、臓器の違法売買の容疑者に瓜二つだったため、トグサが思わず呟いてしまう。

 

「クルツコワ?誰と勘違いしているのか知らんが。ワタシはノンナだ。覚えておけ」

「と言っても、あまり意味ないな。どのみちお前たちはすぐに生きたまま解体され臓器に変わり商品になるだけだからな」

嗜虐的にな顔をして見下す彼女は、まさに北方マフィアのあの女と瓜二つであった。

 

「さて、貴様らが持っていたこの身分証はなんだ?2029年発行だと?30年以上前だ」

「しかも日本国だと?・・・・・ふざけている訳ではないのであれば・・・そう言う事か」

 

2030年に北蘭島事件が勃発して日本は北海道を残して壊滅。

米軍の極東軍の暴走で避難計画に混乱をきたし、1000万人規模の東京安全区が壊滅する悲劇があった。

その後米国の西海岸および中部汚染に伴い、西海岸側の放棄と環太平洋の放棄へと繋がり、米軍の極東方面軍は完全に壊滅した。

それに合わせて、北海道は新ソ連の属国になったわけである。

その様な状況で"2030年以前発行の日本の身分証"が意味するものとは・・・日本国の独立工作派、テロリストと言う事だろう。

 

なるほどなるほど。新ソ連の圏内で非合法活動か。面白い。

殺すのは中止だ。コイツらは新ソ連政府に売れそうだな。国家の情報部門にツテをつくるのも面白いだろう。利用価値はある。

 

「さて、貴様らは何しにこの街に来たんだ?」

笑みを浮かべながら尋問を始める。受ける側としては微温い対応だ。

 

「本当に・・・気がついたらこの街に居たんだ・・・ここはどこなんだ?」

連行中に短距離通信で課長と打ち合わせた内容。そう盛大に訳わからないフリして情報を絞り出す作戦である。

 

「そうか・・・それは困ったな」

ノンナはそう言うと、座らされているトグサの腹を軍用ブーツで思いっきり蹴飛ばす。トグサは後ろの壁まで飛ばされて蹲る。

 

(トグサ、今は我慢しろ)

(課長、キツイですよ。これ)

(・・・我慢しろ)

短距離通信で連絡を取り合う二人。

 

「お前たちの目的は分かっているんだ。時間をかけてじっくり吐かせてやる」

倒れたトグサの髪を掴み顔を上げさせて、金髪おさげの顔をトグサの顔に近づけノンナが冷徹に告げる。

「殺してくれと願うくらいに。ね」

そう言うとトグサの頬に軽く唇を当て、掴んだ頭を投げ捨てる。

 

尋問が始まったちょうどそんな時に"ピピピピ"と呼び出しの音が部屋に響き渡る。どうもどこからかここへ通信が入っている様だ。

お楽しみのおもちゃが手に入ったところで邪魔され苛立ちが先に立つかと思ったが、どうやらそうではないらしい。その様子から通信相手は彼女たちのお得意様の様だ。

 

「姉さん!グリフィンの指揮官から・・・突然の連絡です」

焦った様に部下が青い顔で伝える。トグサ達の事は目に入らない程の慌て様だった。どうも想定外の何かが起こっているらしい。

 

「構わない。この部屋の通信機につなげろ」

普通は部外者には見せないのが常識だが、それどころではない様である。

 

 

「アリス・コレット指揮官。貴女から連絡なんて珍しい。どうしましたか?」

映像通信機に映し出されたのは二十歳そこそこの女性であった。しかし着ている服はえんじ色の軍服調の服。その映像からそれなりの組織のそれなりの役職である事が想像できる。

 

『端的に伝えるわ。その街が作戦区域になってね。貴女たちには至急()()()()もらいたいの』

 

「は?避難、ですか。しかし、住民共々となると我々の力だけでは・・・」

突然の意味のわからない要求に困惑するノンナに、アリスと言う女性は冷徹に続ける。

 

『ん?住民の避難は不要よ。貴方達だけ。よ』

 

「私たちだけ??それは・・・どう言う意味ですか?」

 

『そのままよ。作戦が始まれば貴女達は酷い目に遭う。だから事前に避難してって伝えているだけ』

 

「ま、まて。・・・私たちは貴方方グリフィンに今まで尽くしてきた。それがどうしてだ!」

そう言うと机を両手で叩く。その姿からやるせなさが滲み出ている。

 

()()()協力してくれたからこそ事前に伝えている訳。いきなりでは貴女達も困るでしょう。作戦を事前に伝えるなんてこれ以上のサービスは無いわ』

アリスは戯けるポーズをするが、その目は全く笑っていない。

 

「私達に夜逃げをしろと?そんなことできる訳無いだろう!」

俯いたまま歯軋りをする様に言葉を絞り出すノンナ。普通に考えて飲めるわけがない。仮に夜逃げをしたとしても収入は無く生きてはいけない。若い連中は他の組織に身を寄せることも可能だろうがそれだって茨の道だ。幹部連中は他の組織に入るなど不可能だ。

画面の向こうの女は言っているのだ、"目障りだから見えないところでのたれ死ね"と。そう、言葉が分かる、会話が出来る、野良犬程度としか思っていないのだ。

 

『出来なければ、酷い目に遭うだけ。それだけの話』

『要件はそれだけよ。作戦は大体一週間後だから、三日くらいを目安に避難してね。では、グッドラック』

可愛らしい笑顔を見せて指揮官の女がそう言うと、映像通信が一方的に切られた。

 

軍事組織が作戦を、しかも侵攻する相手に「これから侵攻します」と伝えるなど一般的にありえない。あり得ないことをやると言うのはつまり相手をナメているのだ。自分達の足元にも及ばぬと。赤子の手を捻る程度の事だと。そういう実力差があるという事を如実に示していた。普通に考えたらノンナ達の組織はお仕舞いという事だ。

 

 

しばらく両手を机について俯いていたノンナが再度机を強く叩く。

 

「くそっ。くそっ。くそっ。くそっ・・・・」

絞り出すその声は策など何も無いことを言外に表していた。

 

「姉さん・・・」

部下達も初めて見る上司が狼狽えた姿。部下達同士互いに目を合わせてどうすればいいのか。分からないでいた。

 

 

 

 

「どうやら、飼い主に捨てられたようじゃな」

 

絶望の静寂の中に、端的に現状を伝える声が響く。しかしそれは捨てられた獣の怒りを受ける言葉でもある。

ノンナは声の主である荒巻をキッと睨むと拳銃を抜き、顔を上げた荒巻の額に付ける。

 

「調子に乗るな。ジジイ」

怒りからか拳銃を持つ手が震えており、引き金を引きそうなので荒巻は言葉を続ける。

 

「落ち着け、ワシは元国家所属諜報機関に居た身だ。この様な状況に陥ったことも何度かあるが解決してきた」

「ここにいるワシらもどのみち一連托生じゃろ。協力するから事情を説明しろ」

「貴様らからは力を提供しろ。ワシらからは知恵を提供しよう」

 

「案が・・・・あるのか??」

ノンナは荒巻の言葉に藁にもすがる思いをもち銃を下ろした。

 

「うむ。まずはこちらとあのグリフィンとの関係。それと戦力について説明してくれ」

狐につままれる様な感じがしたが、策などないノンナ達は荒巻に事情を話し始めた。

荒巻の知恵によりこれから始まる闘争で自身達が生き残る事ができるわけだが、この時はそんな奇跡が起こるなどと毛ほどにも思っていなかった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

この組織とグリフィンの関係、敵の戦力を聞き出す。

「成程、連中は戦闘用アンドロイド、戦術人形?を使うと。その戦闘力は人間では太刀打ち不可と。ただし基本は徒歩移動とな」

「戦闘で勝利を勝ち取るのは難しい。であれば多少の妥協はあれどこの街の自治権の獲得を目標にするのはどうか?」

 

「自治権が取れれば御の字だ。それ以上は求めない」

ノンナが答える。

 

「では、一度連中を退ける必要があるな」

 

「しかし、それは難しいだろう。グリフィンの使う戦術人形は強力だ。数名の人形がいれば我々など皆殺しに出来る」

 

「そこは知恵の使いようだ。それにこちらには切り札もある。・・・タチコマ」

 

「は〜い。およびですか!?」

「やっと出番か〜」

「僕もう疲れちゃったよ〜」

場に似つかわしくない明るいふざけた声が響き渡ると同時に、多脚戦車が3機、熱光学迷彩を解き姿を表す。

 

「げぇぇ。マンティコアだと!」

その姿を見て慌てた民兵がタチコマ達にAKを向ける。ノンナも目を見開き頬をヒクつかせている。意味の分からない状況に混乱している。と言うのが正しいものの見方だろう。

 

「チョットチョット。味方に銃を向けないでよ〜」

タチコマが慌てて手を振っているが。その仕草にどこか可愛らしさがあり民兵達も毒気を抜かれ銃を下ろす。

 

「タチコマ武装は使えるか?」

 

「チェーンガンと榴弾砲はそのままあります。弾は無いですけど」

 

「そうか分かった。すまないが弾薬の提供は頼む」

 

「あ、ああ。それは構わない」

荒巻はノンナに補給を依頼するが、ノンナはまだ精神的なダメージから復活していない様だった。

 

ーーーーーーーーー

 

「それで、作戦はどうする??」

 

「敵兵を街に誘い込み、各個撃破する」

 

「なんだと?外壁の門で迎え撃つのでは無いのか?」

信じられん!なんだその作戦は?と言った態度のノンナである。

 

「門の封鎖と抵抗は相手を誘い込むエサにすぎん。本命は通りを封鎖してのゲリラ戦だ」

そう言うと机の上に広げられた地図上にマーキングをしていく。

資材が足りなければ建物を引き倒してでも道を塞げと言う荒巻はどこか頭のネジがはずれているのでは?とノンナは思う。

 

「この一戦に全てを賭ける。数部隊撃破すれば敵は撤退するだろう。そこが交渉の糸口となる」

「こちらにも少なくない被害が出るだろう。そこは覚悟しておけ」

 

「ああ。生き残るため。覚悟の上だ」

 

こうして、油断したグリフィンを迎え撃つ準備が整えられていくのだった。

 




課長がゴロツキに襲われるシーンは、SACの22話でマトリに嵌められるシーンをイメージしてみました。

ノンナがアリスに捨てられるシーンは、SACの19話でクルツコワが大使館に捨てられるシーンですね。

荒巻課長やタチコマの会話の雰囲気を再現するのがムズイっす。
気を遣って書いているつもりだけど、うまく書けているかどうか。
とにかく疲れます(笑)


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10.作戦開始

1話で完結して一章を終わらす予定が、長くなってしまいましたので2話に分けます。

想定以上に話数が進んでしまう。おかしいな。当初のイメージだとここまで3話くらいの予定だったんだが。
小説説明に書いた、比較的短い話数で、と言うのは守れないかもしれません。(泣)


陽が落ちて夜の帳が下りる闇市。通常であれば欲と色の溢れる時間だが、全く人影がなく異様なほど静かである。それもその筈、数日前からの厳戒態勢と昨夜の戦術人形による侵攻と市街戦だ。

大方、この街の支配者と地域を支配するPMCとの間で何かあったのだろう。住んでいる住民にだってそのくらいの事は分かる。けど弱い底辺の住民にはどうすることも出来ない。嵐が過ぎるのを待つしかない。

民兵達から外出禁止を言い渡されているが言われるまでもなく出ない。地べたを這うしかない虫にも生き残る本能はあるのだ。

 

今夜もそんな異様な街の外縁の塀の外で嵐の目が育ちつつあった。そうグリフィンのヤシマ指揮官達の部隊である。

 

──────

「指揮官、第一部隊、第二部隊、第三部隊、第五部隊の準備完了」

輸送ヘリが到着すると同時に部隊員達が即降車し、すぐにヘリが飛び去る。

それとほぼ同時にベクターが指揮官へ報告する。

 

『では予定通りに、ベクターとモトコで潜入。第一部隊は潜入のバックアップ。第五部隊は陽動。第二第三部隊は守備だ』

 

「「了解」」

 

人形達の気合のこもった応答が基地司令室に届き、コータは笑み浮かべ返す

『頼んだぞ』

 

──────

 

「オーライ、オーライ・・・・・オッケー。・・・・フックを外して・・・完了。ありがとー」

57の案内で大型輸送ヘリに吊り下げられた軍用の箱トラックのような車が無事着陸し、ヘリはホバリングしたまま吊り下げ用ワイヤーロープのフックを外してすぐに飛び去って行く。

輸送ヘリ達はアリスの手配でグリフィンの輸送専用部隊に依頼したものだが、その腕は確実なようだ。それはすなわちアリスの調達能力を、彼女の実力如実に表している。

他の指揮官との共同作戦で手を抜くわけにはいかない。何故ならその働きで自身を値踏みされるからだ。味方とてライバルである事に変わりはないのだ。

 

 

「なんだこりゃ」

イシカワがその到着したトラックを見て感想を呟く。こんなとこに運ぶには場違いなものだから。

 

「うん?これ?これは私の仕事道具よ」

「情報戦用の機器ね」

57がニッコリ返しながら、トラックの後ろの観音開きの扉を開く。

扉の中を見てイシカワが一瞬固まるがそれもそうだろう。中には高度な機材が詰まっていたからである。

 

──────

 

「さてさて、最初は私の出番だね〜」

ルイス軽機関銃を担いだ明るい女の子。紅いノースリーブのワンピース調の軍服姿。そう、手に持つ銃の名の通りルイスだ。

一緒に陽動作戦を行う第5部隊の面々も同道している。

 

ルイス達は昨日の作戦でZasが破壊した門の代わりに瓦礫を積んで封鎖しているバリケードの前に距離をおいて立つ。

通常伏せ撃ちのところをスタンディングで構えて撃とうとした。そんな時に、声が掛かる。

 

「おう。俺も混ぜてくれよ」

 

「え!・・・・あ、バトーさんか。どうしたの、ってそのミニガンは何よ・・・」

声の主を認識したところまではよかったがその手に持つ武器を見て二度驚く。

何しろ、人間が手持ちで使えないと判断されて開発中止されたXM214マイクロガンならまだしも、その上のM134ミニガンを手に持っているのだから。

その重量は本体だけで18kg、装備重量は100kg以上もあり運搬だけで人間二人が必要。射撃に関して言えば普通の人間には制御不能だ。

つまり、ルイスにとってはマトモな状況とは思えなかった。

 

「ああ、基地の倉庫に転がっててな。整備員に持ち手をつけてもらったんだよ」

いや、そうじゃない。聞きたい事はそこじゃない。使えないだろ?と聞きたかったのだけど流され、その証拠を目の前で提示される。

 

「いくぜえ」

との掛け声と共にバトーがM134を門の代用の瓦礫に向かって乱射する。

全く訳がわからないが、キチンと制御されて乱射されている。

 

「え!?本当に人間ですか!?っと・・・私も撃たないと・・・」

ルイスも腰だめに軽機関銃を構えて銃撃を加える。第五部隊の部隊員達も同調して射撃を加える。

 

突然の機関銃の乱射により多数の弾丸が瓦礫を貫通して街の通りに降り注ぐ。幸いな事に普段の人出が無いためにこれによる被害は無かったが街の民兵達にとってはたまったものではない。

 

「くそっ!敵襲だ」

「応戦しろ」

「東門だ!兵を集めろ」

民兵達は突然の出来事に右往左往するがなんとか体勢を整えて東門に兵を集め迎え撃つように動く。それと同時に門の側の建物の二階から散発的に応射する。

 

「やらせない」

建屋からの応射は先日の全滅の影響かビビりながらのため牽制にもなっていない。

第五部隊長のグローザは()()()()()()()()()()()牽制射撃を加える。銃座の直近に射撃を加えて民兵の応射を潰していく。

結果、襲撃の阻止が叶わぬまま民兵達はやりたい放題やられる。しかし、民兵達にも被害が出ているわけではなく一見すると耐えられている様に見える。

 

「よし!抑えられているぞ。もっと増援を呼べ!門を死守するぞ」

民兵達が活気付いていくのが外からでも分かる。()()()()()()()()()()()()()()()民兵達は全く気づいてはいなかった。

 

「いい感じですね〜。じゃあ撤収しましょうか」

 

「そうだな」

バトーが返すと、二人と第五部隊は颯爽と後退していく。辺りに響いていた銃声が消えるとしばらくして街の中から民兵達の勝鬨が上がった。それはそうだろう人間が戦術人形を押し返すなどあり得ない事なのだから。

 

──────

撤収の道すがらバトーは一緒に戦った戦友のルイスに雑談を振ってみることにした。

 

「ところでお前も機関銃を腰だめフルオートで撃つなんていいパワーしてるな」

筋トレが趣味でパワー自慢のバトーとしてはついつい気なるところだ。

 

「うーん、ミニガン乱射する貴方には言われたくないですよ」

困った顔のルイス。そりゃそういう反応になるだろう。無茶苦茶な奴に無茶苦茶だと言われるのは心外なところだ。

「でも、I.O.P.の戦術人形の中では一番の力持ち、と言われてますよ」

 

「お、そうなの。じゃあ帰ったら一戦どうだ?」

バトーは空いた左腕で力瘤を作る仕草をして腕相撲の勝負をアピールする。

 

「望むところ、ですけど、女の子に負けて悲しい気持ちになっちゃいますよ」

ルイスが悪戯っぽい笑顔で挑発するが、バトーには効果少ないようだった。

 

「甘いな。いつも少佐にやられているから大丈夫だ」

笑顔で答えるバトーと少佐の単語から、素子のことだろうか。と推察するルイス。

(いえいえ、そうじゃないでしょ)と心の中でツッコミをいれるが、面白味のある大男に興味を持ち始めていた。

 

──

────

──────

 

ルイスとバトーが射撃を開始する前、57は箱トラックの荷台に乗り機器に座りヘッドセットをつけて作業を開始する。

 

「俺も手伝ってやるよ」

そんな声をかけられて57が振り向くとイシカワが居た。

 

「人間が戦術人形のわたしの補佐なんて出来ないでしょ。処理速度が違い過ぎるわ」

(忙しいんだから邪魔をしないでよ)と思いながら57が返す。

それもそうだろう。電子戦特化型の戦術人形ではないとは言え、57は★5クラスのHG(ハンドガン)人形であり電子戦をハイレベルでこなす事ができる。

正直人間なんているだけ無駄、スループットを考えれば30年落ちのコンピュータの方がまだマシだろう。正直言えば邪魔でしかない。

とは言うものの57は知らないがイシカワは電脳化しているので決して処理能力が低いわけではない。どちらかと言うとオンライン接続できない事が能力低下の主因である。

 

「いいから、やらせてみろって」

そう言いながら、57の横の席にどかっと雑に座り、ヘッドセットをつけて機器をいじり出す。

 

「ちょっと!」

57が抗議の声を上げるが、イシカワは無視して機器の操作を続ける。

 

「よし、携帯(PDA)の基地局に侵入した。ウイルスの準備をしろ。証拠は残すなよ」

 

「えっ!・・・・了解」

突然の仕事の進展に戸惑うがすぐに切り替えて作業を行う。流石に処理自体は57が抜群に速い

 

「ん?これは、携帯無線機も使用しているな。タイミングを見てジャミングをかけるぞ」

「作戦を悟られないように周波数帯を狙い撃ちにしろ。タイミングも間違えるなよ」

 

「任せてよ」

 

こうして二人の通信妨害の準備は完璧に完了し、ルイスとバトーの射撃完了と同時に民兵達のあらゆる通信が封鎖された。

 

────────

 

「オジサン、やるじゃん!」

仕事を終えてヘッドセットを外した57が隣のイシカワに話しかける。

 

「オジサンじゃねーよ」

「ジャミングはオハコだからな、処理能力は戦術人形には勝てねえが勘所は負けねえぞ」

やんわりとしたドヤ顔のイシカワを見て57の顔が悪戯っ子のそれに変わる。

 

「ふーん、そっか・・・・オジサンは嫌かぁ・・」

「じゃあ、パパでいいかな?」

完全にオモチャを見つけた猫の様な顔となってイシカワに絡む57。

 

「はぁ?俺はお前みたいな御転婆娘を持った事ねーやい!」

 

「そんな事言わないで〜パパ〜」

ぶりっ子な態度で言う57を見て、イシカワの反応を見て面白がって揶揄っている事が鈍感ヤツでも分かるだろう。

イシカワとしても、もう何を言ってもこりゃダメだと諦めが入る。

 

「・・・もう好きにしろよ」

 

「ありがと〜、パパ〜」

57はイシカワが降伏したのを見てニッコリ勝利宣言をする。

イシカワが嫌がっているのを分かってとことん揶揄うつもりの57だった。

 

──

────

──────

 

イシカワ達のジャミング開始の報告を持って、素子とベクターは侵入を開始する。

アリスからの情報で敵の司令部の位置は共有している。

 

ベクターはブリーフィングの内容を思い出す。

「接敵を減らすために屋根伝いに速攻で侵攻する」

「殺傷は最小限。可能な限り殺すな」

「データリンクが使えないから光学迷彩は使用しない」

どれもこれも全く問題ない。

今回はモトコが前。ワタシはモトコのフォロー。完璧にやってみせるよ。

 

素子とベクターは闇市外縁の高さ3mを超える壁を一足飛びに飛び越える。

街の中に降り立つと共に壁際にしゃがみ索敵を素早く済ます。

 

「クリア。いくぞ」

 

「了解」

 

二人はすぐさま雑居ビルの間の路地裏に消えていく。あっという間の出来事で二人の潜入に気づくものは居なかった。

 

──────

 

路地裏に入ると共に、素子は左右のビルの壁を使い三角飛びの要領で登っていき、最後は伸身の宙返りで飛び上がりビルの屋上へ着地する。

着地と同時にベクターを待つと、素子の軌道をトレースするように伸身の宙返りでベクターが着地してくる。

 

「やるわね。行けるかしら?」

 

「全く問題ないわ」

 

ベクターの返事を聞き素子は走り出す。走ると言ってもビルの屋上であり柵や荷物、ビルの設備等がランダムに置かれている。

その上を複雑な立体機動で飛び移り速度を落とさず進んでいく。

時には柵の上を走り、途切れれば隣のビルに側宙で飛び移る。ビルとビルの間に大きな隙間があれば力強いジャンプと伸身の宙返りで飛び移る。

まるで体操の平均台競技を見ているようである。しかし高速で力強く一切のブレや失敗がない。

素子の「走り」を見て追いかけるベクターも凄まじい。決して素子の動きをトレースせずに別のラインで走っていく。しかし一切の遅れはない。

この二人の実力は伯仲していると言えた。

あまりの凄まじさに見ている者がいたら見惚れてしまうだろう。

いや、()()()()()()()()()()

 

 

「くそっ。どうなっている通信機能が全て落ちている。門の戦いはどうなった?守れているのか??戦況は??」

司令部の屋上を警戒していた民兵の一人が愚痴る。

 

「・・・・・・」

「????」

「なあ・・・あれ」

もう一人の民兵は屋上を踊るように移動する二人の美女を見つけて見惚れたように固まっていた。

 

「あーん、なんだよどうした?・・・・っつ、馬鹿野郎敵だ。撃て!」

相方の寝ぼけた声を聞きふと目を向けてみれば戦術人形が二体迫ってきているではないか。

遅れてAKを構えて射撃しようとするも両肩に衝撃を受け倒れる。

素子が走りながら銃のベクターをセミオートで2発撃ち民兵の両肩を撃ち抜いていた。素子とベクターの銃にはサイレンサーが取り付けられ発射音は抑制されているため、周囲に気づかれる事は無かった。

 

「く、くそ・・・・・」

見惚れていた男が仲間がやれるの見て慌ててAKを構えるが、あまりにも遅すぎた。

ベクターに飛び掛かられて屋上に押し倒される。頭などぶつける物が無くて運が良かった。

 

「いててて・・・」と倒れた体勢から見上げると、目の前にベクターが立ち見下ろしていた。

「ひっ!ば、バケモノ共が!」

倒れたまま右手で掴むAKをベクターの方に向けようとした時に、彼女に右前腕を踏みつけられ銃を向ける事は叶わなかった。

 

「ボスの居場所はどこ?」

表情を変えずに端的に問いかけるその女は正しくロボットにしか見えない。

 

「バカが。言うもんかよ!」

ベクターの問いに強がって拒否する民兵だが、それは悪手だった。

 

"ボキッ"

ベクターが腕に乗せていた左足に力を込めると、まるでビスケットが割れるようにあっさりと腕の骨が折れる。

 

「ああっ〜〜〜」

右腕に奔る激痛と湧き上がる吐き気に、悲鳴とうめき声しか出せない青年。

左手で懸命にベクターの足をどかそうと掴むがピクリとも動かない。

 

「もう一度聞く前に言っておく。まだお前の腕は繋がっている。けど、次ナメた態度見せたら神経が切れるまでやる。次は腕が断裂するまで。右腕の次は左腕、両腕の次は両足、最後は首」

「分かったわね。ボスはどこかしら?」

一回目と全く変わらない表情で問いかける女は青年にとって悪魔にしか見えない。

 

「3階にある司令室にいる・・・」

冷淡に告げるベクターに恐怖した民兵の青年は心が折れて白状していた。

 

「いい子ね」

足を退けたベクターはAKをモトコの方へ蹴飛ばす。

解放された青年は腕を押さえてうめく事しかできないが一応無事なようだ。

 

「あら貴女、ちゃんと喋れるじゃない。私の時は問答無用だったのに」

素子はニヤニヤ揶揄いながら2丁のAKの機関部を分解して部品をビルの外に投げ捨てる。

 

「ふん!モトコは別よ」

プイっと横を向くベクター

そんな態度を見て素子は満足そうだった。

 

「さて、目的地もわかった事だし、行きましょうか」

「ベクター、準備はいいかしら」

 

「ああ、問題ない。行くよ」

 

突入する準備が整いいよいよ作戦の最終段階が始まる。




57のジャミングの場面はは色々な場面で出ていますが、セラノ氏が誘拐される23話で警察が使っている指揮車をイメージしています。それと19話のクルツコワ会のイシカワの電子戦を混ぜた感じ。

バトーのミニガンは24話の海上自衛軍の海坊主襲撃時のガトリングガンをイメージしています。

人形と9課メンバーをツーマンセルで動かす事としました。別々だとつまらないので(笑)


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11.9課

遅くなって申し訳ございません。
スジはあらかた考えていましたが、どういう訳か書き始めてもなかなか進まなくて。
苦労しました。

とりあえず1章完了。


けど、この後どうしよう。
全く筋を考えていない。悩み中です。


「くそっ、どうなっている! 何故無線が通じない」

 

 

女ボスのノンナはずっと通信を試みていたが、先刻から一切通じなくなっており、その焦りや怒りから通信機を強く床に叩きつけた。

ガチャン! と音を立てて無線機が壊れて部品が床に散らばる。

その様子から、部下達も何かが起きている事は分かった。しかし何が起こっているかまでは分からなかった。

その何も分からない気持ち悪さ、居心地の悪さはプレッシャーとなり精神を蝕んでいく。

通信不能など想定外でありこうも不自由なものか、と改めて理解させられていた。

 

「姉さん・・・どうします・・・」

狼狽えた兵士達に焦りが伝わり始めるが・・・

 

「お前たち落ち着け。グリフィンの作戦が動き出したと見るべきだ」

臨時の参謀役の荒巻が浮き足立つ兵士達を落ち着かせる。

 

「じゃ、じゃあ、もうそこまで敵が来ていて、俺ら殺されるんですか」

慌てふためく青年は、荒巻の話を聞いても落ち着くことは出来なかったようだ。

逆に不安が増えていくその姿からほぼ素人、つまりゴロツキ程度の実力しかない事がすぐに分かる。

 

「落ち着けと言ってるじゃろ。本当に殺す気なら正面から正攻法で来る」

「周りくどいやりかたをしていると言う事は、こちらの想定通りに進んでいると考えていい」

冷静に状況を読む荒巻の態度を見て、民兵達は落ち着きを取り戻していくが・・・・正直、荒巻自身も苦しいと感じていた。

 

(むう・・・想定通りとは言ったが前回の戦いでタチコマ達を見せている。その交戦の被害を考えると少数による暗殺作戦も十分考えられる)

(交渉に入る確率は五分五分と言ったところか)

できる限りの事はやったが、最後の一歩は運任せになってしまっている。作戦としては赤点であろう。

無線封鎖を行なっていることからなんらかの動きがあるはずだが、騒がしくないことから潜入系の作戦は間違いないだろう。

グリフィンはPMCであることから前回の作戦行動から考えても暗殺は無いだろう。だろう止まり、であると言うことだ。

 

「タチコマ、外の様子はどうだ?」

荒巻は司令室のある建物の三方の通りに配置しているタチコマ達に短距離無線通信を送る。

周囲を警戒しているタチコマに異変が無いか確認する。何らかの侵攻があればタチコマ達に捕捉されるだろうからである。

本来であればネットワーク経由で長距離通信が可能なのだがこの世界のネットワークに対応していないため、無線が届く短距離に限られている。なのでタチコマ達もそれほど遠くに配置は出来ない。

なお、この通信が可能な事はノンナ達には秘密としている。

 

「かちょー。コッチは問題ありませんよ」

「そうだねー、何も無いねー」

「こっちも同じ〜。つまんないからもう帰っていいかな」

相変わらずの緊張感の無いおちゃらけた返事が帰ってくるが、仕事はそれなりに出来ている。

彼らの性能が高いからなのか、やれば出来る子なのか、はたから見たらいまいちよく分からない。少なくともそのおちゃらけた言動で損をしているのは間違い無いだろう。

まあ、いつも通りのそんな状況で報告を交わしている時に想定外の事が起こる。

 

 

「ふふっ。お前たち、珍しく真面目に仕事をしているようね」

9課の通信に割り込むように入線してきたその通信。あまりに想定外であった。

 

「え? 少佐!」

「いつから?」

「どこにいたんですか?」

タチコマ達が思わず声を上げる。

 

「少佐!」

「少佐か! こちらに来ていたのか? いや、短距離通信の距離という事はすぐそばに居るな? ・・・そう言うことか」

トグサの声に続いて荒巻が通信に出るが、荒巻は素子がどのような状況でこの側まで現れたか、薄々感じてはいた。

 

──────────

 

ほんの1分ほど、荒巻と素子とで会話が行われて情報が共有化される。

頭の切れる両名の効率的な会話により互いの状況や立場を互いに理解する。

荒巻にとっては少佐が現れたことが想定外だったが、グリフィンの関係者として現れた事はそれ以上に想定外であった。

細かい経緯までは不明であったが、素子がここに現れた目的を知ったことで、自身の作戦が100%成功する事を確信した。

 

「了解だ少佐。そちらの作戦はこちらの都合と合致する」

「指令室には民兵3名に、女ボスのノンナ、トグサにワシだ」

「指令室内での殺害は厳禁だ。ワシの目をやる。民兵達を無力化してそちらの作戦を遂行しろ」

「民兵達に我々の関係は悟られるな」

 

「了解よ」

 

 

会話が終わると共に素子はすぐに荒巻の目を使って司令室内部の状況を把握する。

部屋のサイズ、物の配置、ノンナ達だけでなく荒巻とトグサの位置も全て合わせて確認する。

 

(これなら、私とベクターの同時の奇襲で十分対処出来る)

特に広くも狭くも無いこの程度なら戦闘の障害にはならない。急襲からのCQCによる制圧はなんら問題ない。

 

「ベクター、やはり中に仲間がいたわ」

「敵はボス含めて4名よ。ベクターはあっちの窓から。私は扉から行くわ」

「敵をCQCで無力化。殺害は無し。オッケー?」

 

「別に、いいけどさ」

「バディなんだから・・・私もその通信に、仲間に混ぜて欲しいんだけど」

 

「えっ・・・・ああそうよね。帰ったらイシカワに頼んでみるわ」

 

ベクターと突入の打ち合わせの後の素っ気ない返事はいつも通りだったけど、その後の"仲間に入れて欲しい"の言葉は想定外で面食らってしまった。アンニュイな彼女の態度の中から出た本音に思わずたじろいだけど・・・ふふっ可愛いところがあるじゃない。

素子の心にも小さくではあるが別の気持ちが湧いていた。

 

「何が可笑しいのか分からないけど」

少しニヤけた素子の顔を見て不機嫌になるベクター

 

「ふふっ。なんでもないわ。・・・5秒後に突入する」

 

「了解」

 

やりとりのきっちり5秒後に二人は同時に敵司令室に飛び込んで行った。

 

──

────

──────

────────

 

ガシャーン! という激しい音が鳴り響いた方に目を向ければ銀髪ショートヘアの女が窓を突き破り飛び込んできた。

 

「あ・・・・うげぇ」

突然の事で反応が遅れた手近にいた民兵が間抜けな声を上げるが、着地したベクターが素早く近づき鋭いボディを入れる。

綺麗に鳩尾に吸い込まれた拳は男の体に弾丸の様にめり込み男の体が一瞬浮き上がる。胃が破裂しない程度に手加減されたボディだった。

民兵は倒れ込むと共に反吐を撒き散らす。恐らく三日は飯が食えないだろう。

 

「てめ・・うっ・・・いてっ・・うげぇ」

味方がやられた二人目の民兵はAKを素早く向けるが、向け切る前に踏み込んできたベクターに銃を押さえられてしまう。

そのまま手首の骨が砕かれる寸前まで強く握られ銃を落とす。

手首を掴まれたまま鋭く足を払われて民兵の体は綺麗に宙に浮かされ、背中から床に落ちて背中も頭もしこたま打ち付ける。

仰向けのまま起きる間も無く、ベクターの右踵により鳩尾を踏みつけられる。

まるで杭を打ち付けるようなその攻撃によりベクターのショートブーツのヒールが"ズブリ"と鳩尾に沈み込む。

これまた、内臓破裂寸前に手加減された攻撃により反吐に沈む。一人目と同様に暫く苦しむことになるだろう。

 

二人目を始末した直後に視界の端に煌めく何が見えたのでベクターは回避をとる。

3人目が接近戦での銃による攻撃は不利と考え、コンバットナイフで切り付けたが、それを最低限の動きで躱していた。

 

「ヘヘッ・・・・」

切り付けたナイフがギリギリ当たらなかったことから男は手応えを感じていたが、ベクターは計算して躱していたため残念ながらこの男の判断は誤りだった。

民兵の男は細かくナイフを振り続ける。この動きから男がナイフによる格闘技能を持っていると判断できる。

素人は一撃を狙い大振りになり易いが、本来は小振に振ってバイタルパートや腱などを隙なく切り付けるのが基本である。

しかし、その全てをギリギリで躱していく。

 

「クソッ・・・・・えっ・・・・・うぐっ」

焦りから大振りになってしまったところでベクターに払われてナイフを落としてしまう。

そのままリカバリ出来ずに頭をベクターの脇に抱えられる。

ベクターがそのまま首を捻ろうとしたところで動きを止める。

 

(あ、モトコが殺すなと言ってたっけ)

勢いで殺してしまう寸前で動きを止めると共に体勢を変えて鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

結局、前の二人と同様に反吐に沈む事となったのだった。

 

 

続いてベクターの目に入ったのは、ブラウンヘアでスーツを着た中年男だった。

まるでオフィスで働くサラリーマンの様な格好の男を拘束し(反吐に沈め)ようと動くが、繰り出す攻撃を紙一重で躱されていく。

 

「コイツ・・・」

手加減していたとは言え躱されつづけられイラついたベクターがミドルの回し蹴りを入れると男にガードで受け止められる。しかし勢いを殺せず中年男は吹き飛び資材の山に派手に突っ込み動かなくなる。

「ふんっ・・・・・」

ベクターはいまいち納得行っていなかった。

そう言えばモトコは敵は3名と言っていた気がするが、まあ結果オーライと言うことにしとこう。

 

(課長! これ本気で痛いですよ!)

倒れたままのトグサが荒巻に秘密回線で苦情を飛ばす。蹴りを受けた腕は折れてはいなさそうだが痛みと痺れで暫くは使えそうにない。

 

(トグサ、我慢だ。今は死んだふりでやり過ごすんだ)

自分だけ痛い目に遭ってばかりで少し納得のいかないトグサだった。

 

──────────

 

一方で

ドアから侵入した素子は、女ボスのノンナと鉢合わせしていた。

 

「くっ・・・暗殺部隊か!」

素子が会話や行動に移す前にノンナが先制攻撃を繰り出す。

腰のシースに収めてあるナイフより大型の山刀とでも言える武器を抜き取り横凪に振る。CQCで最も自信のある武器だ。

突発の鋭い攻撃を素子は上体を後ろにスウェーして躱す。しかしノンナは二撃めを一歩踏み込みながら逆手で振り戻す。

 

(殺った! ・・・え、なに!?)

間合いに捉えた一撃。何人も斬り殺してきたノンナの感覚、相手は躱せないと判断した。完勝の一撃。

そう思った瞬間目の前の女が消える。

スウェーしていた素子が二撃めの攻撃のタイミングで前に出てしゃがみ横凪の斬撃を躱すところまでは視認出来た。しかし次の瞬間景色が回転していた。

しゃがんで躱した素子はその流れで素早く背負い投げへと移行していた。ノンナは刀を持つ手を抑えられて反対の手で胸ぐらを掴まれて投げられていた。柔道家も褒めるであろう綺麗な背負い投げだった。

 

「か・・はっ・・・」

背中から床に叩きつけられた衝撃で肺から空気が漏れ息が出来なくなる。身動きが出来なくなり負け、つまり死を覚悟する。

 

「くっ・・・殺せ!」

ノンナが悔しさを顔に出しながら発するその言葉は、決して折れないボスとしてのそのプライドを示している。

その態度を見てキョトンとする素子だが、それもそうだろう殺すつもりなどないのだから。

素子は手を差し伸べてノンナを立たせるが、その手を取るノンナもまたキョトンとしていた。

 

「暗殺が目的ではないわ。話し合いの使者。と言ったところかしら」

 

「話し合いだと!?」

ここまでやっといて何を言うのか! 少しいやだいぶ怒りが湧いてくる。

 

「まあまあ、クライアントからの要望よ。文句は通信相手に言うことね」

戯けながら全部コータになすりつけとく様に答え、司令室の映像通信気にメモリースティックを差し込む。

プログラムが自動で作動してグリフィンの施設と映像通信が繋がる仕掛けである

モニターが点灯してグリフィンの社章が表示され・・・・一人の男がず映し出される。

 

「初めまして。闇市の支配者のノンナさん」

そう、グリフィンのコータ指揮官だった。

 

 

──────────

 

コータ指揮官の提案は簡単な話だった。

「民兵組織を株式会社としてグリフィンの子会社化すること」だった。

メリットは正式に支配者と認められること。そして給与が支払われること。

デメリットは好き勝手出来なくなること。

 

しかし、提案は悪くないが上から目線で癪に触ることこの上ない。

しかも提案? 実力部隊をここまで送っといて提案もないだろう。乗らなければ殺すと言う脅し以外なんだと言うのだ。

 

「その提案ずいぶん甘いわね。相当そっちの状況も悪いのかしら? フフッ、例えば拒否したら?」

 

「・・・・・・」

コータは無言。この交渉の落とし所が難しくなりそうな雰囲気が出かけたところで一人の男が割って入る

 

「無駄な遊びはそこまでじゃ。ボス、これは悪い話ではないだろう」

ノンナの短気で危うい方に転がりそうな状況を荒巻が修正してくれる。

 

「・・・・・」

「ふう、分かったわ。ヤシマ指揮官、この話呑むわ」

 

「よかったよ。新たに興す会社は別の指揮官の下に入るから、後日その人から連絡を待ってくれ」

「今日は連絡員の人形を送るからベクター達は帰任する様に」

「あと、そこのお爺さんと倒れているスーツのお兄さんは連行する。ベクター、連れて帰る様に」

 

「ん? うちの客人だ。連れていかれるわけにはいかないな」

そこはノンナが割って入る。

 

「そう言う訳にはいかない。重大犯罪の容疑者でね。そいつらの身元は分かっていないだろ?」

 

コータの言葉を聞き「やはりな」と思うノンナだが、ここまでバレているなら手元に置いておく意味はないどころか、むしろリスクにしかならない。その様な荷物はさっさと処分するに限る。

「そうなのか? ならば連れて行くことに異論はない」

 

「よかったよ。・・・これで議論は全て片付いたね。連絡員が到着次第引き上げさせてもらう」

 

 

両者の目的が達成され、無事に会談は終了となった

 

──────────

 

契約と話が終わり解散となった。連絡員の到着早々にベクターと素子は帰るが・・・・

 

「はぁ!? 軽戦車3台を輸送追加ってどういうことよ!!」

アリスがコータに呆れ顔で吠えていた。と言うのも作戦を無事に終えて撤収するにあたり、タチコマ達の輸送がすっかり抜けていた。

簡単にソロバン弾いても、大型の輸送ヘリ3台追加である。しかも今すぐに、で。

輸送機なら中型機一台だが、残念ながら飛行場などなく使用不可。

まったく、バカ言うなだ。いくらかかるか分かってて言っているのがなおタチ悪い。

 

「アリスごめん。この埋め合わせはするからさ」

通信映像には顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうな顔を見せるコータがいる。

日系人をルーツに持つ彼が見せるそのポーズは、心からの謝罪を意味するらしい。

タチコマ達からは、「重くてすみません」とか「ダイエットします」とか戦車らしからぬふざけた謝罪が出ている。このAIを作った人間は何を考えているのか疑問に思うが、アリスの毒気を抜かれたのは確かだ。そういう意味では技術者はいい仕事をしている。

 

「もう・・・なんとかするけど、高いわよ」

ほっぺを膨らませてはいるが、作戦が無事おさまったことで満足の様だ。

全員が無事に帰路に着くことが叶ったのだった。

 

 

その後、ノンナが部下になるにあたり軋轢からの悶着があったり、民兵を株式会社化して傘下に収める方法が一般化されて「アリスメソッド」と呼ばれたりで、アリスにとっては色々と精神的な苦労が積み重なるのだが、それはまた別の話である。

 

 

──

────

──────

────────

 

「さて、これで9課の全員が無事に揃ったな」

 

「ええ、課長達も無事でよかったわ」

 

「部下に心配されるほど耄碌はしていないぞ」

 

「ははっ、流石オヤジだ」

 

「俺は暴行続きで死にそうでしたけどね・・・」

 

「お前だったから無事だった。そうポジティブに考えようぜ」

 

「違いねえ。バトーだったらその外見だけで殺されてだだろうな」

 

「何言ってやがんだ、ボーマだって変わんねえだろ」

 

「俺よりお前や少佐の方が凶暴だろ?」

 

「あら? 私は外見には気を遣ってるわよ」

 

「・・・中身は否定しないのかよ」

 

帰りの機内で雑談が飛び交うが、秘密通信で荒巻から喝が入る。

(雑談はそこまでにしとけ、まずはこの世界を生き抜くことを考えろ)

(少佐達のお陰でグリフィンとやらと友好関係を築けた。組織の性格上グリフィンに取り入らざるを得ないじゃろう。今後どの様にして行くかグリフィンの指揮官やトップとも話しをして行くことになるだろう)

(それに少佐とバトーの義体整備先の確保も必要だ。課題は多い)

 

(そこは、彼らに心当たりがあるそうよ)

 

(む、そうか。ならばそちらは交渉方法も含めて少佐に任せる)

 

(了解よ)

 

 

荒巻は改めて全員の顔を見回して高らかに宣言する。

(本日この場を持って、この世界での9課再結成を宣言する)

((おう!))

 

課長、少佐、隊員達から思い思いの笑顔が漏れる。

2030年の日本の新浜市から飛ばされてきた平行世界の未来。

国も時代も世界情勢も、何もかもが違うが9課である事は変わらない。

なんとしても生き抜く、そして元の世界に戻る。心を一つにした新たな門出であった。

 



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グリフィンにて
12.クルーガー社長


大変遅くなりました。お待たせして申し訳ありません。

スジがなくこの先どうしよう。と1ヶ月考えておりました。終わりは大体イメージできたのですが中間が・・・思いつかない(笑)。とりあえず走ることとしました。お待たせしてしまう可能性高いです(泣)。
後、この話も書き始めて3倍くらい時間がかかってしまって。攻殻機動隊テーマだと下手なりにも変なのも書くわけには行かず・・・。今更ながらぬるくないテーマを選んでしまったと恐怖しているところです(苦笑)。

時間かかっても終わらせるよう頑張ります。よろしくお願いします。



グリフィンのS09地区の某基地。

S09地区は激戦区であり何かと忙しいのだが、今日はその基地の周りは静かだった。

しかし、基地の談話室は賑やかだった。

 

「よっ・・・・ほっ・・・・よっ・・・」

 

「うるせえなぁ。おい! 筋トレは静かにやれよ!」

 

「ふふっ。バトーさん、やめてよ。笑って力が抜けちゃいますよ。ズルいですよも〜」

 

数人の男女が居るが、全身義体の大男がズボンにTシャツ姿で腕立て伏せをしている。

そしてその横で黒髪に茜色のワンピースのドレス調の服を着ている女の子が、同じように腕立て伏せをしていた。

バトーと戦術人形のルイスである。

 

バトーが腕を伸ばすたびに掛け声を上げているわけだが、ずっと続くと流石にやかましく感じるという事で、イシカワから「うるさい」との苦情が飛ぶ。まあ、イシカワの口の悪さが出ている訳だが。

そんな掛け合いを見て、横のルイスが笑ってしまっている。

バトーの趣味の筋トレに併せて、力比べで腕立て伏せを始めたが、力以外のコミュニケーションにより勝負がつこうとしていた。結局ルイスは笑ってしまい諦めるように腕立てを止めて、立ち上がっている。

 

バトー達全身義体の人間もルイス達戦術人形も筋トレによって力が付くわけではないので、基地に筋トレ用具は置いてなかった。一方で、制御性向上用のトレーニング機器、いわゆる人間のインナーマッスル用のトレーニング機器や戦術思考強化のシミュレーションゲームなどは充実していた。まあ、それらはバトーには全く興味ないものなのだが。

 

 

 

「ちょっと! パパ! 何やってるのよ!」

 

「あ? ああ・・・ちょっと調べ物だよ。それにパパじゃねーだろ」

 

「好きにしろっていたよね〜。パパぁ♪」

「って、なにグリフィンのサーバーにハッキングかけてんのよ! 駄目でしょ!」

 

「訓練だよ、訓練。・・・分かったよ分かった。やめるよ」

 

「まったくもう!」

 

イシカワに絡んでいるのはウサミミリボンの銀髪ポニーテールの57である。

先日の闇市攻略の時にイシカワに絡み、すっかりお気に入りのようだ。イシカワが嫌がるのを分かった上でパパ、パパ絡んでいる。

しかし、パソコン端末をいじっているイシカワは、グリフィンの自社サーバーにハッキングをかけていたようだが、画面を一目見た57にソッコーでバレていた。

イシカワとしても元の2030年の新浜とは全く異なるプログラム言語体系であるため本領発揮するためには訓練が必要だった。グリフィンの端末でグリフィンの機密をハッキングする。訓練と情報収集の一石二鳥だが、57にバレてしまい誤魔化そうとしたが結構怒っていたので素直に止める。

しかし、ハッキングの腕としてはほぼ前の世界の8割程度には使えるようになっていた。一度覚えたら忘れない電脳化の賜物である。

これでギリギリ実戦にも耐えられるだろう。しかし、笑い男級のハッカーや同等の電子戦能力を持つ相手には全く及ばない事は自認している。なんとしてでも早急に実力をつける。それが9課員に求められる義務であるのだから。

 

 

 

「サイトーはどんな銃が好きなのだ?」

 

談話室でサイトーがソファーに座り銃器の雑誌を読み込んでいるのを見て、隣に座っているNTW-20が話しかける。頬の赤みが増しているのに誰もツッコミを入れないのは優しさなのだろう。まあ、NTW-20本人は気づいていないのだが。

談話室に置かれている雑誌は戦術人形達が若い女性をモデルにしていることから若い女性向け雑誌とかが多いが、戦術人形達向けだけにあって銃器や戦術に関する雑誌もある。サイトーは暇潰しに銃器の雑誌を手に取って読んでいた。

 

「うん? ・・・ああ、スナイパーライフルがメインだが、アサルトライフルもそれなりに使える」

 

「お前の銃、NTW-20も定期的に使っていたな。お前から頂いた銃は有効利用させてもらう。それなりに手を加えるがな」

 

「なっ!・・・・その言葉・・・忘れないからな!」

 

顔を耳まで真っ赤にしたNTW-20は下を向き呟く。

 

さして興味もなさそうに雑誌を読みながら適当に返したサイトーだが、これは悪手な解答だった。しかしI.O.P.の戦術人形を理解していないのであれば無理はない。

I.O.P.社の戦術人形は烙印システム(ASST)により自身につけられた名前と同じ銃に紐付けられている。これに社の秘中の秘であるコアを追加することにより民生用人形が戦術人形へと昇華される。

ASSTに紐付けられた銃を、戦術人形達は自身の半身としてまるで体の一部かのように使用することができ、それにより歴戦の兵士の様な銃捌きができる。そして銃を自身の分身の様に感じるらしい。

つまりサイトーが彼女に何気なく言った言葉は、

「お前とは付き合いが長い。これからも俺のために働け。しっかり調教してやるさ」

的な意味合いになる様だ。サイトーとしては全くそんなつもりはないのだが、こればかりは運が無かったとしか言いようがない話だ。

 

 

 

「貴方の服はセンスあるわね」

 

サイトー達と同じくソファーに座り、GKTVのテレビ番組を見ていたトグサが声を掛けられる。

トグサが振り向くと・・・スリップに黒いミニジャケットを着た美人な戦術人形。FALだった。

スリップは女性のランジェリーであるのにアウターとして使用する彼女のセンスはどうなのか・・・

そんな彼女にセンスあると言われるのは褒め言葉なのか? ・・・

色々悩むトグサは、「それはどうも・・・・」と返すのが精一杯だった

 

──────────

 

「オヤジと少佐はグリフィンの本社に着いた頃かね」

 

腕立て伏せも終わり一服ついているところで、時計を見ながら何の気なしにバトーが零す。

 

「そうね。もう会談が始まってるんじゃないかしら」

 

紅茶を嗜みながらFALが返す。

 

「うまく纏まればいいけどね・・・」

 

57が呟くが、全くその通りである。皆分かっているが考えたくないため敢えて口にしなかった。そう、今日は9課の事を社長、ベレゾヴィッチ・クルーガーへと説明する日だった。

S地区の大規模作戦に9課が参加することとなり、アリスやノンナたち多くの目に触れたため下手に隠さず早急にオープンにする判断となった。この状況で報告が遅れ別ルートで情報が回ることほど最悪なことはない。あまり良い手では無いが最悪より圧倒的にマシだ。ならばここは安パイを切るしかない。投資の世界で言えば早期の損切りだ。

大規模作戦での戦果から実力は十分だろう、しかし並行世界から来た他国の特殊部隊などどう判断されるのか。話の流れによってはコータの予測通りコータすら処刑される虞があるほど読めない話だった。この基地の戦術人形達にとっても他人事ではないのだ。

ただ、あのコータ指揮官と荒巻課長が行くと判断したのだ、この談話室にその決定に口を挟める者はいない。なる様になる、そうとしか言えない。

 

「ま、最悪敵対することになったとしても振り出しに戻るだけだ。どうと言うこともない」

 

「本当に軽いわね」

 

にやけ顔で戯ける様に言うバトーに呆れ顔でツッコむ57。今の時点ではどう転ぶか分からない。故にバトーのこの軽いノリはこの場の両陣営の皆を仮初と雖も安心させる行動であり、それは皆理解していた。

 

会談の行方はどうなることか。遠い地で行われる会談の結果に思いを馳せる皆であった。

 

 

──────────

──────

────

──

 

グリフィン本社は某大きな街のビジネスタウンの超高層ビル丸々一棟がそれである。その本社ビルの低層階に社長室があった。そこで会談が行われる。

コータ指揮官と護衛のベクターのグリフィン前線基地責任者と、荒巻課長に草薙素子隊長の9課幹部は、ヘリに搭乗して本社側の本社基地に降り立っていた。本社と基地の往復のヘリは本社基地に到着する決まりになっているので、前線基地指揮官が本社に来る際は必ず降り立つ場所となる。まあ、空港の様な機能も持ち合わせていると言うことだ。

 

本社基地に降り立つなり社用のハイヤーに乗り換えて本社ビルに行くわけだが、その基地内での移動時に多くの戦術人形達が素子と荒巻を一眼見ようと集まったのだ。

通常、この様な会談は秘密裏に進められるものだが、本社基地所属のいち戦術人形達が知る程度に情報が漏れている事を示している。

実はこれはコータ達の作戦であり、アリス指揮官経由で意図的にリークされていた。敢えて情報をリークし9課の存在をそれとなく知らせる。人の目に触れさせることで自分達が闇に葬られる可能性を少しでも減らすためである。逆に言えば、この社長との会談においてどの様に転がるか分からない、予想がつかないと感じている事を表していた。

会談開始前から駆け引きは始まっているのだ。

 

────────

 

ハイヤーで乗り付けた本社ビルでは受付の人形の丁寧な案内により、会談が行われる社長室へと案内された。

超高層ビルではあるが有事の避難を考え、社長室は低層階に設定されている様だ。

 

「まあ、オフィスは私たちの世界と変わらないものね」

 

「時代が変わっても大きく変わらないものもあるだろう」

素子の感想に淡々と荒巻が答えるが、こちらに飛ばされて以来激動続きでそんな感想が漏れるのも致し方ないだろう。

 

「昔から変わらない僕には分からない気持ちだね」

 

コータがモトコ達に軽く合わせるリラックスした雰囲気で社長室へと通されていた。ベクターが無口なのは相変わらずである。

素子と荒巻は受付の人形の案内で席に着く。

 

「さて、僕たちは・・・・やっぱりここかな」

 

そう言うと、コータ達は素子達の側面の椅子に座る。素子達の対面が社長達に対して90°横から伺う位置に陣取る。それはつまり、9課ともグリフィン本社とも違うと言う事を体現する事である。

 

 

「お待たせしました」

 

数分待ったところで案内の人形の挨拶と共に、2名の男女が入室してくるが、その瞬間に場の空気が変わる。

そう、グリフィンの社長であるベレゾヴィッチ・クルーガーその人と、部下のヘリアントス上級代行官であった。

 

──────────

 

先程までと打って変わり緊張感が支配するなか、両陣営のオープニングの挨拶が交わされる。

若いコータは正直、緊張感に飲まれかけていたが、海千山千の荒巻はこの程度では全く動じない。そつなく挨拶と握手を交わし打ち合わせの席に着く。

 

 

「うん? ヤシマ指揮官。貴官の席はどう言う意味か?」

 

神経質そうなヘリアントス上級代行官が問いただす。"お前の立場はなんだ? "とドストレートに聞いてくる。社長程ではないが十分圧が掛かっている。

 

 

「はい。私は荒巻課長達を客人として迎えております。両組織に関わっている以上この会談では中立的な位置がフェアかと考えます」

 

 

「そうか? それだけとは思えんがな」

 

一言と共に鋭く睨むヘリアントス。コータの態度と判断が気に入らない嫌味なのか、何かを感じ取ったのか、判断に困る。

 

 

「・・・・・」

 

「ふっ。まあいいだろう」

「早速本題にはいろう。公安9課、だったな。荒巻課長に草薙隊長、ここに来た事情を説明してほしい」

 

 

社長からのそんなストレートな問いかけからスタートするが、特段隠す必要のない素子達は正直に事情を話した。しかし、あまりに荒唐無稽で嘘にしか聞こえず信じられないだろうことが一番の問題だった。

 

 

「・・・・・」

 

聞いていたクルーガー社長は腕を組み目を瞑り、ノーコメント。クルーガーが現れたとき以上の緊張感が場を支配する。

社長のコメントにより9課とグリフィンとの関係が決まるためだ。社長だけでなく素子やコータからも緊張が滲み出ている。

今この瞬間が分水嶺。もしかしたらここが時代の、世界線の大きな分岐点なのかもしれない。そんな雰囲気すら感じられた。

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

何分たったのか。いや、さして経過していないのか。社長は動かない。

 

 

「・・・・・」

 

ただただ緊張感だけが増していく。

 

 

「くっ。信じられるか。そんな話など」

 

あまりの緊張感に耐えきれず始めに根を上げたのはヘリアントス上級代行官であった。

 

「非現実的な話を信じられるわけないだろう。見え透いた嘘としか言えん!」

「我々の様な大手PMCがくだらん嘘に騙され会社が傾いたなどあってはならん。多くの社員、都市の民の命を守る義務がある。はいそうですか、と聞けるわけないだろう」

 

畳み掛ける様に嘘と断じ、信じるわけにはいかないと吠えるヘリアントス。当たり前の話だ。大企業が詐欺師に騙されましたなどあっていい話ではない。

想定された極々当たり前の反応。しかしこれを覆せないと9課とコータの命は無いだろう。

 

 

「まず、これは事実である事は改めて伝えておこう」

 

荒巻課長が一言事実だとだけ伝えて黙る。素子も言葉はないが首を縦に振る。

 

 

「ヘリアントス上級代行官、彼ら達の実力は報告書にまとめた通りです。彼ら程の者達がこの様な意味のない行動を取る必要はありません。あまりに非効率的な行動です」

「それを考えると一考の価値はあるかと」

 

コータが彼らと時の考えを説く。もちろん信じてもらえないだろう。しかし、ガサ入れで乗り込むにしても最初にノックは必要だ。物事には順序と言うものがある。

 

 

「ふっ。それこそ我々を欺す手段とも考えられるだろう」

「本来の目的が我が社へ潜入する事であり、その為に嘘臭さを脱臭するための行動。とも考えられるしそれが自然だ」

 

お前は騙されている。私は騙されない。ヘリアントスは端的に言えばそう言っている。

 

ヘリアントスは頭は良いが非常に慎重なタイプの人間だ。別の言葉で言えば保守的と言える。

しかし、彼女の様な人間が社長補佐である事が組織の安定さを作っている。

雰囲気からクルーガーは慎重に見えるかもしれないがそれは間違いである。一代で大手PMCを立ち上げた男、慎重な人間がその様な事は出来ないだろう。本質的には行動力溢れる人間なのだ。

クルーガーとヘリアントスのバランスがこの組織を良くしていると言っても過言ではないだろう。

 

 

「確かに上級代行官の理屈を完全に否定できる証拠はありません」

「しかし、彼らの技術は嘘をつきません。人間に対する電脳化と義体化の技術()()はこの世界に無いものです」

「我が社に潜入するにあたって、その様なものを持ち込む理屈は全くありません」

 

 

「ぐ・・・・・」

 

ヘリアントスの言を否定する証拠はない。しかし世に無い技術を持っているのは事実だ。そこは嘘ではない。

改めてそこをつかれると真実味がグッと増す。変に取り繕っていない自然さが逆に真実味を持たせる。

 

 

「我々もそこの技術を隠すつもりはない」

「帰れる手立てができるまで、貴社の世話になる代わりに働くし技術の提供もしよう」

「何しろ根無草じゃからな」

 

荒巻課長が補足し、敵対するつもりはなくむしろ協力する旨を伝える。

 

 

 

「・・・・・・」

 

「ふむ・・・・いいだろう」

 

腕は組んでいるがいつのまにか目を開けていたクルーガー社長が呟く。

どうやら、説明は通ったらしい。とりあえずコータの処刑は無くなった様だ。だがしかし、まだだ。

 

「それで? ヤシマ指揮官はこれからどうするつもりだ?」

 

そう、クルーガー社長はその様な戦力を手に入れて、お前はどうするのか? と聞いている。組織にいる以上勝手は許されない。当然なにも考えていないは通らない。

 

 

「・・・・・・」

「・・・はい社長、当初敵対関係でしたがお互い理解が進み我等の前線基地とも友好な関係となっております」

「第一部隊の戦術人形との合同任務を成功させていますので、このまま継続して・・・・・」

 

 

「ダメだな」

 

 

(・・・・クソッ。ダメかよ)

 

コータ指揮官としては9課を手元に置いておきたかったが、説明途中で社長から待ったが掛かる。

勢いで通そうとしたがバッサリと切られる。とりあえず、社長の言葉を待つしかない。

 

 

「公安9課と第一部隊は社長直轄とする。部隊の駐留は貴官の前線基地として貴官の基地は兼務とする」

 

社長のその言葉を聞き、コータの横のベクターがキリッとした目で社長を睨む。

 

(クソッ。マジか。これはキツいね)

 

コータの心のボヤきの通りである。主な指揮権は本社社長に持っていかれ、実質の指揮権を取り上げられることとなった。

しかも精鋭の第一部隊もである。戦術人形にとっては命令は絶対であり、なあなあは通用しない。

社長直轄に配属が変われば、人形もそのように動く。この配置だと第一部隊は我々の前線基地のお目付役になるだろう。

処刑は逃れたが執行猶予に近い。怪しい動きは第一部隊を通して本社幹部に伝わり即始末される。

完全に信用されたわけではない。そう言うことだ。

しかし、即処刑になる事は回避したのだ。ポジティブに考えよう。

 

 

「詳細はこれから荒巻課長と話をするが、ヤシマ指揮官、貴官は何かあるか?」

 

「9課の草薙隊長から、義体のメンテや交換の相談がありました。I.O.P.のペルシカリア博士への紹介許可を求めます」

 

「うむ。許可する。こちらから貴官へ連絡する様に伝えておく。貴官とベクターも退室してよい」

 

「了解しました!」

 

コータは敬礼してベクターと共に社長室から退室し、会談の主要部分は決したのだった。

 

──────────

 

即刻処刑という最悪の状況は回避できたが、正直よい状況ではなかった。

社長も海千山千であり僕の自由には決してさせない。

しっかり手綱を握ってきている事は間違いがない。裏を返せばそれなりに脅威に感じているのだろう。

とりあえずI.O.P.へのアクセスは許可された。最低限の目的は達成したので引き分け以上、辛勝だ。

モトコ達はまだ我々に話していない技術を隠している。この世界を変える技術を持っている可能性がある。

I.O.P.のペルシカリア博士を紹介してもらえる約束は社長に取り付けた。ペルシカリア博士は戦術人形の母とも言える優秀な研究者であると聞いている。彼らが隠し持つ技術を聞き出すか吸い出すか、なんとか出来ないものか聞いてみるか。

 

彼らから情報を引き出せれば、世界を救える。

絶対になんとかしてみせるさ。

 




前半の、談話室のところは、笑い男再降臨のテレビ中継を見ていた、あの部屋をイメージしていました。
後半の会談は、課長と政治家のやりとりとかを参考にしていますが・・・・ムズイ。言葉が少なくなってしまいますね。(泣)


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13.ペルシカリア博士

お待たせしました。
今回はペルシカさん登場です。



本社でクルーガー社長との会談を終え、そのまますぐに前線基地へと帰任してきたコータ指揮官と素子達。

正直、話の転がり方によっては処刑もあり得たわけで、命の危険が伴う会談であった。

その中、最低限のキープすべき事柄は確保できた。本当に最低限だけではあるが。

欲を言えばもっと確保出来ればよかったのだが。しかし相手は流石海千山千の社長達である。グリフィンの経営幹部がそんなに甘いわけがない。「分かった上で最低限を与えてもらった」とも言えるだろう。

 

ーーーーーーーーーー

 

「昨日付で、第一部隊への辞令が出ております。社長直轄?・・・と私たちの基地兼務、ですね」

 

前線基地の副官のG36がコータに伝える。内容は昨日の会談で告げられた内容だ。

社長直轄など聞きなれない辞令のため、パーフェクトなメイドである彼女も報告に一瞬詰まってしまった。

副官のG36の戦闘服は正にメイド、白いシャツ、エプロンにフリフリ、そして黒いメイド服である。

金髪で編み上げた三つ編みを腰まで垂らしている美人で出来る戦術人形との評価だ。その睨みつける様な不機嫌そうな目つきを除いて、ではあるが。

 

「ああ、昨日伝えられたよ。さすが本社、辞令だすのも早いね」

 

やれやれと言った戯けた態度で返すコータ。

 

「しかし指揮官様、辞令の発令前と実務上大きな違いは無いようですが・・・・」

 

社長直轄と雖も社長からの指示などほぼ無いわけで、結局兼務の業務が主となっているからだ。

 

「うん?・・・いや、最も重要なのは何かあった時、つまり有事の時だ。その時は僕の権限は無くなり恐らく社長が出てくるだろう」

全く、厄介なやり方だよ。本当に。

 

「なるほど・・・・分かりました」

「2点目です。同じく本社経由でI.O.P.の16LABのペルシカリア主席研究員とのミーティング予定が設定されております。多忙な先方優先で調整されておりますが、指揮官様の予定も空いておりますので予定します。日時は明日のAM10時です」

 

「なに!それは早速で助かるね。明日の10時ね。了解したよ」

「素子さんと荒巻課長にも伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

目つきは悪いけど優秀なメイド副官により9課の素子と荒巻に義体のメンテ先候補との会談の予定を伝えられる。

今の9課に予定や任務があるわけでは無いので、設定の時間に全員で参加する事となった。

 

ーーーーーーーーーー

 

翌日、予定の時間に基地の司令室に集合しているコータ達と9課の面々。

 

「少佐、博士って言うからには爺さんかな?・・・あの今来栖みたいな」

 

「まあ・・・確率から考えたらそうでしょうね」

 

例の笑い男事件の中で消された厚生労働省の諮問機関に属した老人。自身のプライドと地位に固執した愚かで可哀想な男だった。今日、呼ばれる博士がそんな者であったら時間の無駄なんだろう。そんな思考が巡ったところで、映像通信機にグリフィンの社章が映る。どうやら先方と通信で繋がったようだ。

 

 

 

『やあ、ヘリアン。久しぶりね』

 

映し出されたのは30前後の若い女だった。素子たちの予想は大外れとなった。

彼女は明るいカラーで腰までのクセっ毛のロングヘア、着込んだよれたシャツにミニなタイトスカート、さらに使い込まれた白衣を羽織っている。ネコミミ型のヘッドホンに裸足で研究室を歩いているあたり、公私の区別をしないタイプのようだし、生活も荒れているようだ。

 

『ああ、久しぶりだなペルシカ。元気そうで何よりだ』

『昨日の連絡の通り相談に乗ってもらいたい。詳しくはヤシマ指揮官達から説明させる。よろしく頼む』

 

『異世界のサイボーグの整備、だっけ?まるで空想科学小説みたいだけど?』

 

そんな荒唐無稽な話ないでしょ。嘘をついてでも私と話したい理由は何かしら?的な態度で聞いてくるペルシカリア博士である。

 

(まあ、信じられないよね。僕もそうだったしね)

 

 

「初めまして、ペルシカリア博士。S地区前線基地指揮官のコータ・ヤシマです」

 

『あ〜待って待って。その博士はやめてくれるかしら。ペルシカでいいわ』

 

「え、ええ・・・では、ペルシカさん、ヘリアントス上級代行官から聞いているかも知れませんが、端的に申せば並行世界から来たこのサイボーグの方達の義体のメンテや修繕にご協力いただきたいです」

「各人の義体化率はそれぞれですが、全身義体化が数名。その他は多少なり電脳化のみなり、と言ったところです」

 

『え?ちょっと待って!・・・本気で・・・言ってるの??』

 

画面の向こうのネコミミ残念美人博士が驚愕の顔で聞き直した後に、額に手を当てて下を向き黙り込む。

そりゃそうなるだろう。直接面と向かって会った僕ですら意味不明でなかなか飲み込めなかったのだから。映像通信越しで理解するなど無理だって分かりますよ。

 

『・・・・・分かった。もう何も考えないわ。そう言う人たちが来た。そう言う話だ、として進めましょう』

『それで?非人道的な人体実験の被験者達、とでも言うのかしら?』

 

この世界では人間に対するサイボーグ化技術は確立していない。できないわけでは無いが倫理上、人権上の問題にも抵触するレベルの実験段階である。すなわち、サイボーグであると言うことは、人体実験の被験者と結論づけられる。しかもそのような被験者が施術者以外に相談に来ると言うことは、まともな状況での実験では無かったと簡単に推察できるわけだ。

 

 

「いやそういう訳では無い。私たちの世界では電脳化やサイボーグ化が治療目的だけではなく本人の嗜好も含めて簡単に施術可能であった」

「それこそ病院で行われる一般的な行為と言える。文化宗教上の倫理観から否定されるケースはあれど、社会的に許されない行為ではない」

 

荒巻課長が至って真面目に説明する。

それに続いて素子が付け加える。

 

「そうね。間違いないわね。」

「一方で戦術人形に代表されるアンドロイド技術はこちらの世界の方が進んでいるわね。私たちの世界ではもっと単調な仕事しかできない。研究中のバイオロイドやタチコマ達が戦術人形に近いかしらね」

 

バイオロイドやタチコマなる言葉が出てついていけなそうになるが、

 

『こんにちは〜。僕がタチコマですよ』

『ずるいよ、僕に喋らせてよ』

『いや、そこは僕でしょ〜』

『待っててよ。後で並列化すればいいでしょ』

 

三台のタチコマが映像通信に割り込み俺が俺がと会話の取り合いを開始する。

 

「コラ!お前たち。何勝手にハッキングしている!解体処分にするぞ!」

 

部下の締まりのなさに素子が激怒する。

 

『うひゃー、に、逃げろ〜』

 

タチコマ達は慌てふためき速攻でログアウトする。今までの喧騒が無かったかのように鎮まりかえる。勝手な動きにヘリアントスは苦虫を噛み潰したような顔になるし、コータは苦笑いしている。

まあ、主役のペルシカはついていけないかのように顎に指を当てて口を半開きにしてフリーズしているわけだが。

 

『・・・・・・・』

『・・・・・・・』

『ああ・・・ごめんなさい。なんでしたっけ?』

『要約すれば、異世界から来たサイボーグのメンテ、というか重整備ができるように協力して欲しい。という事かな』

 

暫しのフリーズから復帰した後のペルシカのつぶやきに大きく首を縦に振る素子達。

 

『そう・・・ただ、あまりにも技術が違いすぎるわ。とても出来るとは言えないし期待されても困ってしまうわね』

『けど、技術者としても何もせずに出来ないとは言いたく無いわ』

『一度、面会して考えさせてもらいたいわ。費用はいらないからあなた達の世界の技術の提供でどうかしら』

 

『そうだな。それが妥当なところだろう』

 

荒巻がペルシカの提案に返す。

大方方向が決まったところで、後日I.O.P.社の研究部門の16LABを訪ねる事となったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

映像通信を終えたペルシカリアは代用インスタントコーヒーをカップに入れ角砂糖を10個以上投入した。ただカフェインを摂取する機能しかないその泥水のような飲み物を愛飲するのは、ここでは彼女くらいである。

今日の映像通信はここ10年で最も意味のわからない情報がてんこ盛りで、脳の処理が限界近くになったのだろう。いつも以上に身体は糖分を欲していた。

 

「は〜〜〜。異世界のサイボーグ、ね・・・」

 

今日の通信を振り返りながらデスクで思考に耽る。

まあ、仮に彼らの話が本当ならば、今日の通信に至った行動にも理解はできる。彼らがグリフィンと合流したのであれば頼る先は我々以外はないだろう。義体と考えれば戦術人形の技術と近いのでは、と容易に想像がつくからだ。

しかし、同じ機械の身体と雖も人形とサイボーグでは根本的な技術が全く異なる。サイボーグは人間と言う既存の天然生体ユニットに機械を付加していくのだ。神経にしろ機構にしろその接続技術や設計技術は人形製造とは全く異なる。人形設計は生体部品を用いるとは言えゼロから好きに設計することができる。応用技術が全くないかと言えばそうではないがキーになる技術は全く違うのである。

 

「サイボーグ化技術か・・・・」

 

口にしてみて、ふと一つの可能性が頭に浮かぶ。

そう言えば、I.O.P.に来る前に所属していた技術集団『90wish』。そこに所属していた『彼』は似たような研究をしていた事をふと思い出したのだ。当時はまだ人形開発の黎明期であり今となっては厳しく禁止されている人体実験なども違法では無かった。倫理的な障壁しかなくやろうと思えば出来たのだ。当時、『彼』は生体と機械の融合に関する研究をしていた。私も覚えている。何故なら彼のまとめた論文の査読をしたからだ。正直、吐き気を催すほど許容できない研究ではあったが、それはそれだ。価値観の違いがあれど研究に対してはフェアに接する必要がある。その私の姿を見て、にやけながら「連名とするか?」などと聞いてきたが断固拒否したものだ。あまりの内容から他の研究者から査読拒否されていたため、受けた私を仲間と勘違いしたのだろう。

 

彼の論文なら役に立つ可能性があるかもしれない。

 

その考えから、パソコンを用いて論文検索を行う。しかし、『彼』の名前からは全くヒットしなかった。

 

「え?どうして?」

 

思わず疑問が口をつく。世界中の過去からの技術論文を検索できる優秀な社内システムである。彼ほどの研究者の論文がヒットしないなどあり得ない。

 

ふと、思いがわく。そう言えば彼は今どこに所属しているのだろうか。

『彼』の名前と思い当たる研究分野で検索をかける。しかし、どんなにワードを変えようともついに探し出すことはできなかった。

 

「・・・一体なにが起こっているの・・・」

 

突然現れた異世界から来たと言う謎の集団。昔の知り合いの存在が消えていること。

突然で意味のわからない状況に再び唖然とするしかなかった。

 




もうちょい書く予定でしたが、長くなったので分けました。
次話はすぐに投稿できる。はず?(笑)


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14.16LAB

前話に続いて、I.O.P.のペルシカさん回ですね。
書いていたら思いの外長くなってしまったので、もう一度切らして下さい。よろしくお願いします。
おかしいな、3話まとめて5000字くらいで終わるはずだったんですが・・・見積もりが雑ですね(笑)。

次話も早めに投稿できる予定?です。



9課(セクションナイン)S地区前線基地からヘリで1時間ほど、大きな都市にI.O.P.の本社及び本社工場がある。と言うか、I.O.P.社周辺に街ができたと言うのが正しい認識か。街の大半がI.O.P.に関係する仕事をしている。一社で街が出来てしまう。それほど巨大な企業な訳である。

I.O.P.本社を警護する目的でこの街に存在するグリフィンの駐屯基地のヘリポートに輸送ヘリが数台到着してたのは朝方だった。搭乗しているのはS地区前線基地のコータ指揮官以下、第一部隊の面々と、9課の全員、そしてタチコマ一台である。

 

「街全体が軍事基地、って感じだな」

 

ヘリから降りてI.O.P.の本社に向かうハイヤーからの車窓を見ながらバトーがこぼす。

どこに行くにしても、なにかこう遠足のような雰囲気を出すのはバトーの長所でもある。

 

「そうだな。新浜市の軍港周辺のような雰囲気だな」

 

「どーせお前はあれだろ。こんな街だから、いい飲み屋でも無いかって思ってんだろ?」

 

「ちげーねーや」

 

「お、俺のことわかってんね! 終わったら街に繰り出そうぜ」

 

バトーの言葉に真面目に答える素子だが、イシカワやパズたちからはからかいの言葉が飛ぶ。まあ、バトーもそのつもりらしいが。

 

「お前ら真面目にやれ。ゆっくり飲めるほど早く終わらないと思うわ」

 

素子から酒は諦めろとの言葉が出て、9課の皆は残念そうな態度でアピールする。

こちらの世界に来てからまともな娯楽にありつけてはいなかった。気分の発散も必要だろう。9課再結成を名目に皆で懇親会を開いてもいいかもしれない。

素子がそんな事を考えていたところで、ハイヤーは巨大なビルに到着していた。そう、I.O.P.本社ビルであった。

 

 

──────────

 

 

I.O.P.かつては人形製造において鉄血工造社と並びシェアを争った企業だった。

だった、と言うのはその競合の鉄血工造が工場に行われたテロにより工場を統括する自動制御AIが暴走し、無差別に人間を襲い始める事となった。結果、製造された在庫人形により工場及び本社が破壊尽くされ社員も皆殺害された為、一夜にして消滅してしまった。

そんな事情もあり、I.O.P.は業界一の人形製造会社となったわけである。

ちなみに、鉄血工造社は消滅したが工場制御AIと製造していたハイエンドモデルの人形によるテロ組織へと変わっている。昼夜自動で人類を殺戮するマシーンを製造し放出し続ける迷惑極まりない存在と化しているわけで、その後始末にグリフィンがI.O.P.の人形を使用して活躍しているという事情があるのは皮肉な話である。

 

 

ハイヤーから降りた素子達だが、すぐにビルから案内の人形が出てきた。

 

「お待ちしておりました。S地区前線基地ヤシマ指揮官と・・・9課(セクションナイン)の皆様。ご案内します」

 

赤いベレー帽に栗色のツインテールの女の子だった。

 

「よろしく頼む。・・・君はステンMK-II?」

 

「はい、私はステンMK-IIですが兵士としては引退しております。コアを外して民生人形として受付の仕事をしています」

 

I.O.P.の第二世代の戦術人形は、コアを搭載し銃と紐付ける烙印システムにより、民生用人形が優秀な兵士へと変わる特徴がある。なので彼女のように戦術人形から民生用人形へと戻る事もできるのである。

 

「ではこちらに・・・って、マンティコア!!」

 

「うんうん違うよ。マンティコアくんじゃないよ。僕はタチコマ、よろしくね」

 

今回ついてきた唯一のタチコマは、元の世界の研究所でバラされる直前だった黒い機体のやつだった。

やはりステンにマンティコア認定されてしまったが、これはお約束なのかもしれない。

 

「えっと・・・タチコマさん? ・・・はサイズ的に玄関から入れないので裏口から入りましょう」

 

「え〜僕だけ裏口! 嫌だよ〜」

 

「タチコマ! 我儘言うな。すぐに合流できるだろう」

 

「は〜い少佐! 裏口から行きま〜す」

 

タチコマは駄々捏ねるが、素子がピシッと言うと黙って言う事を聞き、案内のステンに付いて別口の方に回っていく。定期的に突拍子もない動きをするタチコマを警戒して素子はステンと共に行くタチコマを見ているが、まあ大丈夫そうだ。曲がり角を曲がったところでこちらに別の案内人が来たので、思考を切り替えそのままビルに入って行った。

 

 

──────────

 

 

「ねーねー。ねえってば」

 

「はいタチコマさん、なんでしょう?」

 

タチコマの絡みに真面目に返すステン。建物の角を曲がって少佐が見えなくなったところからステンに絡み始めていた。

 

「クイズ出してもいいかな」

 

「私の任務は皆さんをご案内する事です。それ以上はありませんよ」

「けど、お客さまのご希望であれば一問だけでしたらお付き合いしますよ」

 

足を止め後ろのタチコマへ振り返ってニッコリ微笑むステン。意外に喧しく絡むタチコマに興味があったのかもしれない。効率を重視する彼女の性格を知る者としたらその行動の珍しさに驚くだろう。

 

 

「じゃあ行くよ。問題〜」

 

「僕は嘘しかつかない。本当のことは何一つ言わないんだ」

「もし今のセリフが本当なら僕は今真実を語ってしまった。もし今のセリフが嘘なら僕は普段から真実を語ることになる」

「さてこの矛盾をどう処理する?」

 

「・・・」

ステンは人差し指を顎に当てて首を傾げ、視線を上に向けて考える。・・・・()()()3()()()()

 

「ふふっ。タチコマさんはよく嘘をつくんですね〜」

「それはそうと私はテストには合格ですか? 自己言及のパラドックスですよね。私に敢えて質問すると言うことは、タチコマさん達の世界のアンドロイドは自己言及のパラドックスをクリア出来ないんですか?」

 

ニッコリ笑顔でタチコマに返すステンの態度を受けてタチコマは答えに窮する。奇しくもステンは9課のオペレーターのお姉さんと同じステレオタイプなポーズを取っていたが、予想を裏切り知的な人間のようにすんなり回答する。しかもタチコマの質問の意図までバッチリバレていた。

タチコマはすっかりこの世界のI.O.P.製の戦術人形の能力の高さを思い知らされたのだった。

 

 

──────────

 

 

裏口から入ってきたステンとタチコマが素子達と合流してペルシカの元に向かうが、妙に仲良くなっている2人(1人と1台)に違和感を感じていたが間もなく16LABの施設へと到着する。建屋内にセキュリティーゲートがありぐっと秘匿性が高くなる。地下階であり建物内も窓などもなく圧迫感を感じる何か嫌な雰囲気の廊下である。地上階と違い歩く人形もほぼ無し。

 

しばらく歩くと、ステンが一つの部屋の前で止まりドアをノックする。それと同時に聞き慣れた若い女の返事が返ってきた。

 

「は〜い、どうぞ〜」

 

その声に導かれて部屋に案内される。10畳ほどの広さの部屋だが若い女が座る汚いデスクにそこら中に積み上げられた学術雑誌に論文の山、それに脱ぎ散らかした服に下着。有体に行って汚部屋である。

 

「お客さんが来るから昨日片付けたのよね」

 

「「・・・・・」」

 

どこが片付いているのか、片付ける前はどんだけ汚かったのか。入った全員が心の中で思った筈だ。

 

 

──────────

 

 

「それで、ペルシカリアさん、何か良い案は出ましたでしょうか?」

 

「・・・・・」

「結論からになるけど、うちは人形屋だからね・・・サイボーグは無理よね」

 

挨拶がひと段落したところで、コータ指揮官が問いかけるが色良い返事は無かった。

やはり異世界の技術の再現など無理。悔しいが認めざるを得ない。コータ達から視線を外して床を見ながら呟く、そのようなペルシカリアの態度からは彼女の気持ちが滲み出ていた。

 

「そう・・・・じゃあギブアップかしら?」

 

「ふふっ。挑発してくれるわね」

 

「・・・・」

 

素子が微笑を浮かべ鋭い目つきで挑発する様に問いかけるが、ペルシカの反応からまだ何かありそうであり素子達もペルシカの次の言葉を待つ。

 

「言った通り、うちは人形屋。だから義体はなんとかなる。生体と融合するサイボーグ技術はない」

「だからさ、君たちの電脳を人形ベースの義体に載せればいい。単純な話さ」

 

「草薙さんとバトーさん、ボーマさんは全身義体だから準備は出来るわね。男性型のボディは時間が欲しいけど」

「サイトーさんの目も、生体との融合部を残して機械部分の交換はなんとかなるかもね。もちろん見てくれやサイズが変わるのは勘弁してもらうけどさ」

「一方で義体化率が低い人たちは注意が必要。重傷な怪我をしても義体化による治療は現時点では不可能だから」

 

「なるほど。今はそれで十分よ」

 

ペルシカによる今できる精一杯を聞いて素子が答える。全身義体の隊員の義体のスペアが手に入るだけでもありがたいというものである。贅沢は言えないのだ。

 

「そこでお願いがあるんだけど。しばらく研究開発の為に誰かこちらに貸して欲しいわね」

 

「ああそうね。そう言うと思っていたわ」

「パズとボーマ、ペルシカに協力しろ。それとタチコマ、お前もだ!」

 

「ええ!? 俺たちですか?」

「ボーマはともかく俺もですかい?」

「僕はまた分解されちゃうの? 嫌だよ〜!」

 

残留組がやいのやいのと不満を口にする。

 

「ああ、ボーマが研究の対象だけど電脳の積替えなどもあるだろう。パズは立会要員よ」

「タチコマ、お前は研究に協力しろ」

 

(I.O.P.と16LABの「深いところ」を調査をしておきたい。お前達の調査能力は信用している。特にパズは空いた時間で徹底的にやれ)

 

(「深いところ」ですかい・・・了解しましたぜ。少佐)

 

「諦めますよ。了解です」

 

素子が口に出して研究の協力をしろと伝えた裏で、近距離通信によりI.O.P.の調査を命じる。この世界の秘密についてI.O.P.社にも何か関係がありそうだと素子のゴーストが囁いていた。

 

「まず、貴方達の電脳と人形の義体との接続の要素確認を行うわ」

「仮設の装置が出来たら連絡するから試験しにきて欲しいけど、大丈夫かしら?」

 

「ああ、問題ない。期待してるわ、博士」

 

本題は大枠で完了した為、雑談を含めて細かい調整を行うが、早速イシカワから質問が飛ぶ。

 

「博士、広域通信の接続権限と、PCなどの有線接続規格を知りたいのだが」

 

「広域通信ね・・・・I.O.P.戦術人形規格のツェナープロトコルを使うのがいいわ」

 

そう言うとペルシカがツェナープロトコルの仕様に関する書面をイシカワへ渡す。

受け取ったイシカワがパラパラとめくり読み込んだ結果、どうやら通信用のアプリケーションの開発目処が立ったようだ。ツェナープロトコルを使えば電脳からの接続によりセカンダリーレベルでの活動も出来る様になるだろう。この辺りの技術は元の歴史より進んでいるようだ。

併せて有線接続規格の仕様書も受け取り、接続変換コードの準備の目処も立った。これにより9課の活動範囲が飛躍的に広がることとなる。何しろこの世界では人間が広域通信空間に直接アクセスする事など想定していないのだから。

 

「どうでもいいけどさ、貴方達の通信規格も欲しいんだけど」

 

ベクターが書面を読み終わったイシカワに要求する。以前から素子との会話に混ぜろと言っていたのでここぞとばかりに要求する。なんだかんだで素子と会話がしたいようだ。

 

「あ、ああ。そうだな」

「渡してもいいが通信アプリの搭載は第一部隊限定だ。取扱いに注意しろよ」

 

注文をつけた上で、9課が使っている暗号通信周波数やセキュリティー関係の情報をペルシカに渡す。

 

「分かったわ。義体の解析に合わせて次回までに作っておくわ。楽しみにしててね。ベクター」

 

「ふん。別に楽しみじゃないんだけど」

 

そのベクターの態度に素子が笑みを浮かべる。それを見てベクターの機嫌が尚更悪くなったのはいうまでもないだろう。

大方のやりとりが終わったところで、改めて挨拶を済ませて帰路につくのだったが・・・・

 

 

 

「少佐! 飲みに行こうぜ」

 

とのバトーの言葉により市街地のバーに繰り出し9課と第一部隊とでドンチャン騒ぎをしたのだった。この世界の通貨を9課は持っていないのでコータ指揮官の接待費を使用したのだが、その額がかなり行ったとか行かないとか。「今後は奢れませんよ!」とのひと言が渋い顔のコータから荒巻と素子に伝えられたのは想像に難くないだろう。

 

 

ペルシカが仕上げるこの世界の技術で作られる義体。それを楽しみに想像しながら酒を嗜む。目の前では課員達がワイワイ楽しんでいる。普段の彼女なら叱責の一つでも飛ばすだろうが今日くらいは大目に見る素子だった。

 





タチコマくんと言えば、自己言及のパラドックス、ですよね。
原作程上手くないですが、入れさせていただきました。



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15.新しい義体

私にも、書き始めればすぐに上げられると思ってた時期がありました(泣)
書いていたら増えたり何だりで、結果こうなりました。おかしいな、結局6000字オーバー(笑)
今回は新型義体決定と交換回ですね。
ペルシカさん回はとりあえず最後、かな?



 

16LABを訪問し、パズ、ボーマ、そしてタチコマを協力要員として置いてきてから約一週間後、ペルシカからコータの元に連絡が来た。「電脳と人形義体を接続するテスト装置が完成した」との事だった。ペルシカにしても非常に興味のある仕事だったようで一週間昼夜問わず研究に没頭したらしく、映像通信の彼女は目の下には見てわかる程のクマが出来ていた。彼女自身は非常に楽しく有意義な一週間だった訳だが、昼夜問わずそれに付き合わされたパズとボーマは完全にグロッキーだった。厳しい拷問にも耐える2人だったがペルシカの趣味には耐えられなかったらしい。(笑)

 

 

 

「やあ、一週間ぶりだね。さっそく試してみる?」

 

言葉の通り一週間ぶりの16LAB訪問だが、挨拶もそこそこに直ぐに義体換装作業を勧められる。

 

「こう言うのはなんだけど、いきなりで大丈夫なのかしら?」

 

「うん? ああ、ボーマ君で検証済みだよ」

「女性型戦術人形への義体換装は楽しかったみたいだしね」

 

「・・・・・・」

 

そう言うと、ペルシカがニンマリ笑顔でボーマを見るが、ボーマは罰の悪そうな顔で下を見るばかり。

何を楽しんだのか?それは聞かない方がいいだろう。

 

「変態ね・・・・」

 

「本当にクソ変態ね・・・」

 

何かおぞましい事を想像したFALが汚物でも見る様な顔で呟き、そこに悪戯顔の57が塩をたっぷり塗り込む。いつも通り容赦ないツッコミコンビである。

 

「まあ・・・じゃあ大丈夫かしらね」

 

「うむ、で、義体はどれを使うかい? キミの義体仕様はみさせてもらったけど、一番近いのはベクターの義体だと思うよ」

「もう準備しているけど、それでいいかい?」

 

そのペルシカの問いかけに、素子は第一部隊のベクターに視線を向けるが・・・・

 

「でも、それじゃあ面白くないわね。他に無いのかしら」

 

「え? 他にか?」

「うーん、そうだな・・・キミの今の義体の戦闘性能から考えて★5人形は必須だろう・・・・・」

「そう考えると、今あるのはこのリストの義体のみね」

 

まさかベクターじゃ嫌だと言われるとは思ってなく、ペルシカはそこまでは準備していなかった。とりあえずある物のリストを渡して選んでもらう事とする。

ベクターは自分と同じ義体では嫌だと言われてイラッときているようで、素子の事を鋭い目で睨んでいる。

そんなベクターと素子の関係を、第一部隊の面々はニヤニヤ見ているわけだが、その本意はベクターには伝わってはいない様である。

 

 

 

「この義体がいいわね」

 

そう言ってリストを指し示したのは・・・・・旧日本軍の『一〇〇式機関短銃』を持つ黒髪の少女であった。

 

「え? 一〇〇式かい? ・・・悪くは無いがパワーより速度を重視した義体特性だけど。今のキミの義体特性とは合わないと思うが・・・・」

 

「分かっているわ。これで試したいわね」

 

「キミがいいなら文句はないわ。では、早速始めようか」

 

そう言ってペルシカが素子達を案内したのは、新浜市にある病院の一室なような部屋だった。清浄に管理された部屋は白色を基調とした壁紙や器具が備わっており病院のそれを連想させる。入室には着替えや手洗い、エアシャワーを通るクリーン区画である。

そう、I.O.P.の実験施設で最も清浄度の高い実験をする設備である。

 

バトーやパズ達の立ち合いのもと、準備された一〇〇式の義体へと脳殻の積替えが行われる。ゴーストハックなどの不正行為が行われない様に立会は必須である。

素子の脳殻はペルシカのテスト用の変換ユニットを通して一〇〇式の義体と接続され、そのまま頭部に格納して封がされた。

少佐が戦術人形の義体を用いて本当に起動するのか? 誰もが不安と期待を織り交ぜて待つ、緊張の瞬間だった。

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『BIOS・・・OK』

 

 

 

『・・・・・』

 

 

 

『I.O.P.人形プログラム起動』

 

 

 

『コアの搭載を確認。戦術人形アプリケーションを起動します・・・・アプリケーションの正常起動を確認しました』

 

 

 

『義体制御のメインシステム起動。・・・・システムの正常稼働を確認しました』

 

 

 

『四肢の制御系統オールクリア』

 

 

 

『オペレーションを開始します』

 

 

暗闇の中に浮かんでいたI.O.P.のOS起動時の文字情報が流れては消える。

真っ暗な視界に薄らと光が見え、次第に風景へと変化していく。まるで長い眠りからゆっくりと目覚める様に、であった。

 

黒いセーラー服に桜の華をモチーフとした飾り付けのなされたミニスカート、ピンクの桜花模様をあしらった黒いストッキング、そして日本人形のような黒髪美人。ロールアウトしてまだ間もない戦術人形の一〇〇式、その人である。もっとも、中身は百戦錬磨の9課隊長の素子であるのだが。

 

 

──────────

 

 

「おはよう素子。体調はどうかしら」

 

ベッドに寝ていた素子が首だけ動かして見ると、話しかけてきたのがペルシカだと分かった。

 

「うん・・・気分は最悪ね。何かこう違和感を感じるわ」

 

「そうだろうね。それは想定の範囲内よ。まずは立ち上がれるかしら?」

 

ペルシカの問いかけにゆっくりと立ち上がる素子。産まれたての子鹿が立つ、とは言い過ぎだが違和感を感じながら苦労しながら立っているのは誰の目からも明らかだった。

 

「うん・・・・酩酊感? ゲームのキャラ? 3D酔い? そんな感じかしら」

 

素子は、例えるなら格闘ゲームやFPSのキャラを動かす様なインターフェースを通した様なダイレクト感が無い違和感を感じていた。

 

「まあそうだろうね。動作試験用の変換ユニットだからね。試験結果をもとに人形のインターフェースを改良して、ダイレクトに反応する専用義体を作るから今は我慢してほしい」

 

「了解よ。まあ、これでも問題ないけどね」

 

「え???」

 

問題無いとは? 問題だらけでしょ? 試験用のあり合わせよ?? 

そんな感じでペルシカは疑問だらけになるが・・・・・

 

素子は身体と電脳の不一致を、電脳側で強引に修正にかかる。

身体の各部の動作を一つずつ丁寧に確認していく。指の動作、手首の動作、肘、肩、胴、足・・・・まるでストレッチをする様に5分程動くが・・・

次の瞬間、側転や前宙、バク宙等の激しい動作をみせる。静と動の動作を確認してとりあえずの補正を完了させる。

 

「まだ違和感が少しあるけどね。問題はないわ。模擬戦でもやって試したいところね」

「後は今後博士がどれだけやれるか? かしらね?」

 

「・・・今動かしたばかりの義体なのに・・・模擬戦? ・・・冗談でしょ? ・・・」

 

素子は、使う側はベストを尽くしたんだから、後は技術者側の問題だし、さっさと何とかしろよ! と暗に言っている。

ペルシカにしてみれば、あくまで今日は起動確認のつもりだったのに、あり得ない状況に口をあんぐりと開けて混乱していた。

 

「まあ・・・でも・・・そうであれば私も徹底的にやるわよ」

 

気を取り直しやる気に満ち溢れるペルシカを見て、それに付き合わされるパズとボーマは本当にげっそりな顔を向けたのを誰もが理解していた。

 

「ふふっ・・・9課を舐めないことね」

「パズ、ボーマ。死ぬ気で協力して滞りなく仕上げさせろ!」

 

これは9課のプライドの問題だと素子は認識していた。その最大の被害者のパズとボーマの気持ちは毛程に考慮されていなかった。まあ、少佐の性格を知っている2人は完全に諦めていたわけだが。

 

 

「で、模擬戦出来るんでしょ? 誰とでも闘えるわよ」  

 

一〇〇式の義体には似つかわぬ凶悪な笑みを浮かべる素子だが・・・・・・

 

 

 

 

「へええ、闘えるの? それなら私が立候補するわ。ステゴロでいいわよね」

 

そう、誰もが理解していたあの人。まるで獲物を見据えた猛獣の様なオーラを纏うベクターだった。

その美人な顔に似つかわぬステゴロなどと言う下品な言葉に普通なら違和感を覚えるが、仲間の戦術人形達は別の意味で顔を顰める。知っているのだ。この基地のベクターがどれほどえげつないか、を。

 

 

──────────

 

 

長大な空間に数十人の戦術人形が集まりワイのワイのと賑やかに盛り上がっている。そう、まるでと言うかそのまま地下闘技場となっている施設があった。

ベクターが立候補して素子が受けた。その情報はペルシカを通じて、I.O.P.本社に居る全戦術人形に通知された。

曰く『第一戦術闘技研究場にて、あのS地区のベクターと一〇〇式の模擬戦を行う。勉強のために参加する様に』との事だった。I.O.P.本社に居る人形は製造されて間も無く、まだ配属前の新人人形達だから是非勉強のためにとの思いからである。

 

戦術闘技研究場。そこは単なる模擬戦施設とは異なる。どちらかと言うと戦闘を第三者がチェックして評価するための施設である。言ってしまえは観戦を目的とした闘技場と言っても差し支えが無かった。

空間の中央に、ボクシングのリングより一回り大きい10m四方の超強化ガラス製のキューブ状のリングがしつらえてある。その中で戦術闘技を行い観戦者により評価をする施設だ。もちろん、映像記録も自動で完璧に撮影することが出来る。

 

多くの配属前の人形達が半分見学で半分娯楽目的で詰めていた。それもそうだろう、最高の能力と評価される人形が戦うのだから。

仲間内で賭けている連中も居るのだろう。会場のボルテージが膨れ上がった時に、下の階から選手があがってくる。

そう、一〇〇式の義体に換装した素子と殺意満々のベクターだった。

 

登場後に間も無く模擬戦(と言う名のマジの殺し合い)が開始されたのだった。

 

 

──────────

 

 

多くの歓声の中、素子(一〇〇式義体)とベクターの模擬戦が開始される。

 

「どうしたの? かかってきなよ。稽古をつけてあげる」

 

「ふふっ、ベクターにしてはずいぶん慎重じゃない。一度負けたからってびびっているのかしら?」

 

素子の挑発を受けて相当イラついたのだろう、ベクターが口火を切る。

フェイントを交えながら距離を詰めてジャブを繰り出す。しかし、ジャブの直後にベクターが仰け反った。

後ろに2,3歩後ずさるようにさがり素子を鋭い目付きで睨み、それと同時に「ぷっ」と口から何かを吐き出す。ピチャリと地面に疑似体液が広がったことから、素子の攻撃で口のなかをそれなりに切ったのだろう。

 

「へえ~、やるじゃない」

 

ベクターが見た素子は、左手をこめかみに、右手を顎に当てている。そう、これはアウトボクシングのカウンターパンチャースタイルだ。

なるほどね。元は自分と同じインファイト型だがアウトボクシングも出来るとはね。

けど、今日初めて使う義体でいつもと違う戦闘スタイル、舐められたものだ・・・

 

 

ベクターはフェイントを織り交ぜながらインファイトに持ち込むように素子の懐に入り込む、カウンターを警戒しながら的確なジャブをいれ、素早くである。

素子はさせまいと足を使い距離を取るが、ジャブの隙をついてベクターからローキックが飛んでくる。まるでよくしなるムチのような嫌なキックである。素子もガードをするが受ける脛にダメージが蓄積されていることが視覚モニターに示されていた。

 

(くっ! 義体の反応速度が遅い!)

 

通常であればもっと避けることが出来るローキックを受けざるを得ない状況にイラつきが出る。

 

(しかも、分かっていたけど本当に足癖が悪い!)

 

しつこい脚への攻撃に堪らず大きく後退する素子へ、待ってましたとばかりにベクターがラッシュを掛けてくるが・・・・

素子はラッシュの途中に織り交ぜられた左ミドルキックをガードした後にベクターの脚を捕える。そしてそのまま内側へ捻じ切る様に自身の体ごと捻る。そう、プロレス技のドラゴンスクリューである。

ベクターも捕まれた脚を捻じ切られるのを防ぐ為、体ごと回転して倒れ込み受け身を取るが素子の追い討ちは続く。

 

(左脚を破壊させてもらうわよ)

 

取っていたベクターの左脚に自身の足をカニバサミのように絡み付けて、そのままアキレス腱固めのようにへし折ろうとする・・・と見せかけて両手でつまさきと踵を掴み再度内側へ捻る。そうトーホールドを掛けて執拗に左膝の破壊を狙う。

 

 

(クソッ! モトコのヤツ、しつこすぎる)

 

ドラゴンスクリューからトーホールドと執拗に左膝と足首をねらう素子にイラつきを覚えるが、左足に絡みつく素子を引き剥がせそうにない。プロレスであればここで勝負がついていただろう。しかし、これは戦術人形どうしの戦闘である。

 

「があああああああっ」

 

と雄叫びを上げたベクターは左脚を素子諸共持ち上げ床に叩きつける。が、黙って叩きつけられるわけにはいかない素子は素早く技を中断してベクターの脚を放し、そのまま後転して離れていった。

互いに脚をしつこく狙う戦術が共通するあたり、やはり似た者同士なのかもしれない。

 

 

立ち上がったベクターの視覚モニターには「左膝関節小破」の警告が出ていた。しかしまだまだ左脚は動く。戦闘継続に問題は無い。

同じく立ち上がった素子もベクターのローキックにより両脚にダメージが蓄積し追い込まれていたが、まだまだ行ける。

 

((次で決める!))

 

奇しくも両者が考えている事は同じだった。

 

 

再びアウトボクシングスタイルに構える素子へベクターが素早く距離を詰める。しかしこれが素子の狙いだった。

素子は素早く腰を落として近づくベクターの下半身へタックルをしかけていた。このまま引き倒してベクターが不得手な寝技に持ち込み倒す。それが狙いだった。

 

 

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「素子・・・」

 

 

 

「素子、目が覚めたかい?」

 

パチリと目を覚ました素子の目の前にペルシカや9課の面々が居た。

 

 

「・・・・・・」

「そうか、負けたか」

 

自身の義体が一〇〇式ではなく、元の義体に戻っている事を認識して結論づける。

 

あの後、タックルを掛けたあの時、素子の狙いはベクターに読まれていた。

カウンターの前蹴りで上半身を蹴り上げられて重心を起こされバランスを崩された後、逆にベクターのタックルをくらい後ろの超強化ガラスに激突。ベクターと強化ガラスにサンドイッチされた素子は胸骨を内部の人工臓器類諸ともズタズタに破壊され、そのまま瞬時に稼働停止となっていた。

 

 

 

「いや、テスト的な仮接続試験のつもりだったのにベクターと格闘戦までやるんだから大したものよ」

「それで、義体はやっぱりベクタータイプをベースにして準備する?」

 

「そうね・・・・・結構気に入ったから一〇〇式でいいわ」

 

スピード型の義体もなかなか楽しいし、案外自分に合っている事を改めて認識した素子。この世界での義体のベースが一〇〇式に決定した瞬間である。

 

 

「少佐ラブなアイツが知ったら怒りそうだな」

「『勝ったからモトコは私と同じ義体にするわね』なんて呟いていたからな。ここにアイツが居なくてよかったな」

 

ニヤけながら話しかけてくるバトー。人の関係を見て楽しむなど全く勝手なものだ。

 

「そう言えば、そのベクターはどこに?」

 

「ふふっ。膝を壊したとかで修理装置に行ってるわ」

 

集中的に狙った左膝のダメージは思いの重傷だった様で修理に数時間程かかるようだ。

 

「そうそう。義体の仕様はどうする?」

 

「ああ、現在の義体仕様はこれよ。これに可能な限り近づけて欲しいわね」

 

「うん? ・・・・・ああ、概ね問題ない・・・・え? ・・・皮膚触素16の2乗!? ここまで必要!?」

「いや、まあ・・・できなくはないけどさ・・・・」

 

いる? いらないよね? と仕様書を見つめながらペルシカがブツブツ呟いている。

 

「頼むわ。博士」

 

ブツブツ言っているペルシカにニッコリ返す素子だった。

 

 

──────────

 

 

二週間後、素子専用義体が完成した。

一〇〇式をベースに各部を素子好みに専用チューンを加え、電脳との接続を最適化し反応速度のディレイを無くしている。

体型、身長はベースと変わらず。髪型はベースの黒髪ロングヘアから青紫色の前下がりボブ、瞳の色はベースから変わらず赤色である。

もちろん、皮膚触素は16の2乗になっていた(笑)。

 

「どうだい。自分で言うのはなんだけどいい出来でしょ?」

「今の義体はどうする? 元に戻す? 保管しておく?」

 

「いや、慣れるためにも新しい義体を使うわ。今の義体は置いておくわ。壊さなければ研究に使用して構わない」

 

「ふふっ。分かったわ。弄らずに保管しとくわよ」

 

「頼むわ。そうそう、うちの連中は置いておくわよ」

 

「えっ!? 少佐、本気ですかい?」

「いや。ちょっとそれは・・・」

「え~、僕は帰ってもいいでしょ~」

 

ペルシカお付き合い組から不満の声が漏れる。特にパズとボーマはペルシカの趣味に付き合って相当参っている訳で、そう言う気持ちも分からなくもない。

がしかし、少佐にそんな個人的な都合など赦してもらえる訳もなく睨み一発で泣き言を黙らされる事となる。

 

「博士、タチコマの修理部品も頼みたいわね」

 

「ん、キミの義体優先だったからね。次はタチコマくんをやらせてもらうわよ」

「タチコマくんは面白い商品企画よね。戦術人形を支援出来る自律式装甲兵員輸送機が出来るかもしれない」

「もちろんバトーさんやボーマさんの男性型義体も忘れてないしね」

 

趣味の仕事が積み上がってご機嫌なペルシカ。9課の残留組とは対照的だった。

 





■一〇〇式改 草薙素子仕様
一〇〇式をベースにS.A.C.の素子の義体仕様に可能な限り合わせた16LAB製のスペシャル義体。
素子の脳殻と直接接続可能なサイボーグ義体仕様であり反応速度に問題は無い。
スピード重視。身軽で素早い行動が可能。単純なパワーは控えめ。
電子戦能力は一〇〇式義体から大幅に強化され、★5HG人形同等以上の最高レベルに引き上げられている。
義体サイズはベースの一〇〇式から大きな変更は無し。なのでコドモトコより少し大きめくらいな、女学生くらいの義体サイズとなる。
青紫のボブカットの為、一〇〇式とは見た目の印象は異なっている。戦闘服は一〇〇式用と従来のレオタードタイプの両方が準備されている。
コアは当然搭載しているが、ASSTは非搭載。素子の電脳との義体の能力で多種な武器を使用可能。
9課や元の世界製の旧義体用の射撃管制ソフトや広域通信機能も搭載可能。I.O.P.のツェナープロトコルも使用可能。
皮膚触素はもちろん16の2乗(笑)


正直言いますと、素子の義体のベースを何にするか悩みました。当初はベクターをベースにしようと思いましたが、それでは面白くないかな。と。
そうなると★5のSMG人形までは確定していましたが、何にするか・・・・ドルフロwikiの人形リストと睨めっこしてましたね。
トンプソン、G36C、スオミ・・・とか考えましたが、素子は日本人という事で一〇〇式が合うのでは?と思いまして急遽決定となりました。

賛否あるとは思いますが、よろしくお願いします。


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16.グリフィンでのお仕事

大変お待たせしました。
活動報告にもちょろっと書きましたが生活が荒れておりご迷惑をおかけしております。やり切るので気長に待っていただけると助かります。よろしくお願いします。

書いてたらやたら長くなっちゃいました。その分とっ散らかったかもしれません。



 ここはグリフィン本社がある某大きな街である。

 流石に世界有数の大企業が何社も本社を置く街であり、小さな国の首都レベルの規模と機能がある。

 住んでいる人々は裕福な者ばかり、と言うか許可を得た住民しか入ることも住むことも許されぬ管理区である。その中でもここは金持ちが集まるアップタウンであり、街に入る事さえ叶わぬ下々の人間の事情など気にもかけることもない人たちが住んでいると言える。街の外の世界は絶望感が溢れる世紀末であるが、人出も多く喧騒が溢れるこの場所は第三次大戦前から時間が止まったかのようであった。

 外の者がこの世界を見たらどう思うのだろうか? 

 その一つの答えがいま示されようとしていた。

 

 

「・・・ははっ。馬鹿共が。能天気なもんだ・・・自分達が殺されるなんて思ってもいないんだろうな」

 

 休日の夕方であり多くの老若男女が幸せに歩く繁華街を見下ろす雑居ビルの屋上の若い男が思わず呟く。地べたを這いつくばり今日を必死に生きる同胞を見ないフリをするような幸せそうな群衆に怒りさえ覚える。姿形や言葉こそ自分と同じであるがその態度振る舞いを見るに、同じ人間はおろか家畜以下程度にしか価値を感じない。故にこれから引き起こす惨劇を想像してもなんら良心が痛む事も無いのだろう。

 自身の目的を達する為には好き勝手にしても何ら気にすることもない。子供が遊びでアリを踏み潰すのと同等という事だ。

 

 

「さあ、粛清の始まりだ!」

 

 男は宣誓と同時に屋上の柵から離れる。下の道路で複数の爆発が起こるので柵の側にいると爆風や吹き飛ばされた人間が降ってくることを知っているからである。

 

 そう、男はテロリストであり爆弾テロが実行されるまさにその瞬間であった。

 人類が滅びようとするこの世紀末な世界においても人々は争いを止める事は出来なかった。約15年前に始まった世界大戦もそうだが窮地に立たされるほど闘いに傾倒するのは生物としての性なのかもしれない。

 生存可能エリアが限られて、E.L.I.D.感染者という化け物や鉄血工造の暴走人形と言った危機が迫るこの世界でさえ、いやこんな世界になってからこそ様々なテロが行われる事となった。

 中には人形人権団体やE.L.I.D.人権団体など、非科学的な宗教じみた団体もある。それらの矛先は国家に向くのが普通だが、国家が衰退してPMCが台頭したこの時代では矛先はPMCに向く。特に戦術人形を用いるグリフィンは各種非合法活動団体の格好の的であった。

 

 この男もその団体の一つに属するやり手のテロリスト、と言う事である。

 今までの何件もの大規模テロに関わっていた。

 今回もここまでは順調。予定通り完了して帰るだけ。だったが・・・・

 

(・・・・・・)

(・・・・・・)

(うん? 爆破されない? ・・・トラブルでもあったか?)

(たく、使えねえ連中だな。何かあったら連絡しろって言っただろうが!)

 

 屋上の柵の向こう、爆破が行われる通りの空を注視するが爆破が起こる雰囲気は全く無かった。

 

「全く、しょうがねーな。・・・・えっ!?」

 

 ボヤきながら使えない馬鹿どものケツ拭きのために、通りの様子を見るために柵に向かおうとした。そんな時、

 薄ピンクのレオタードを着た青紫の髪の少女が屋上に立ち、こちらに視線を向けている事に気がついた。

 

 可愛らしい外見とは裏腹に、露出の高いレオタードにその全てを見透かす様な赤い瞳。一般の人間では無い事は明白だった。

 

 

 

 

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 ──

 

 

 

「それで、オヤジ。次の仕事は決まったのか?」

 

 S09地区のコータ指揮官の基地のミーティングルームに9課のメンバーと第一部隊、それにコータ指揮官が集まっていた。

 新たな仕事があると定期ミーティングとは別に打ち合わせが設定されるのが9課の慣例なので、9課のメンバーはなんの事かすぐに分かる。そんなわけで呼び出されて早々にバトーが質問する。ここ最近活躍の場が無くてウズウズしていた所である。

 

「うむ。次の仕事だがテロの抑止だ」

「未確認の大規模テロの情報が入ったらしく、可能性は低いが調査しろとの事だ」

 

「おほっ。やっと9課らしい仕事になってきたな。飽き飽きしてたところだ」

「グリフィン内の使い込みや不正の調査、そんなのばっかりだったからな」

 

 バトーとしては気の乗らない仕事ばかりだったようだ。前の世界ではファンだった元銀メダリストのザイツェフが軍で不正行為を働き、バトーが9課の仕事として逮捕する一件があった。この事が深層心理にあるのかもしれない。

 

「なに言ってやんだよ! 8割りがたは俺と57で片付けてるだろうが!」

 

「ほんと、それよね」

 

 呆れ顔でバトーを責めるイシカワと57。殆どがイシカワ達で始末していたので、さすがに飽き飽きしてたは無いだろうと。まあ、さしものバトーも二人のそのツッコミを受けてタジタジしている。

 まあ内偵調査などは電子戦が有効なので、仕事に偏りが出ても致し方ないのだが。

 グリフィンはPMCでありデータベースにそれなりの攻性防壁が張られているが、電脳化されてネットワーク(セカンダリレベル)に侵入できる二人にとってはちょっとやそっとの防壁など花壇に設置された柵以下の阻止性能にしかならない。片っ端から侵入して不正を暴き不良指揮官の逮捕につなげていた。

 

「グリフィンとしてもお試し期間が終わり、合格と判定した。と言う事だろう。ある一定の信用を得たと考えていい」

「逆に考えれば、ここからは遠慮なく本格的な仕事になっていくともいえる。心してかかれ」

 

 イシカワとバトーの絡みを見て、改めて気を引き締めるように荒巻課長は檄を飛ばす。

 

 

「それで? そのテロの阻止って具体的にはどんな依頼なのかしら?」

 

「グリフィンの情報部が手に入れた情報らしいが、本社の街が狙われているようだが詳しくは分かっていないらしい」

「恐らく、発生の可能性や重要度が低いと判断されているか・・・・」

 

「それか、これもテストの一つ。ってとこかしらね?」

 

「そう言う事だろう」

 

 素子と荒巻はそう言うと二人してコータの方を見る。確認という事だが、見られたコータも両手を上げて降参のポーズをしている。コータにも情報が無く会社側の真意は分からないようだ。

 

「まあやるしかないって事だな・・・」

 

 バトーの呟きに頷く9課の面々。これが会議の締めとなった。

 

 ──────────

 

 

「少佐、グリフィン本社周辺でのテロ情報は見つかりませんね。やはりガセじゃないですかね?」

 

 情報端末をいじっていたイシカワがモニタから視線を外して、困惑顔で素子を見て報告する。

 確かに普通に考えればガセだが、素子のゴーストが囁く。これはガセではなく大きな山だと。

 

「ガセではないな。間違いなくあるわね」

「反グリフィン連合の最近のテロで、かつ被疑者が捕まっていない事件をピックアップしろ」

 

「抽出済みよ。パパ」

 

 横の57がさっと、情報をイシカワと共有する。やはり情報収集の単純な早さは57の十八番のようだ。

 

「お、済まねえな」

「・・・・おいおい、こりゃ・・・。少佐、爆弾を仕込んだ人間を複数紛れ込ませて自爆させる手口の主犯が捕まっていないですな。爆発物の種類はC4爆薬か。軍やPMCの関与も疑われますな」

 

「なるほどな。自爆犯の身元はどうだ?」

 

「ちょっと待ってください・・・身元不明か、ダウンタウンの貧困層ばかりですね」

 

「やはりな・・・主要な貧困者支援団体のメンバーと、事件現場の事件1ヶ月前からの通行人の顔写真を照合しろ」

 

「!? ・・・・了解! 57、急いでやるぞ!」

 

「任せてよ!」

 

 イシカワと共に端末にアクセスする57。ヒントを得たことから後は正誤を明らかにするだけであり、いつもに増してやる気に溢れているようだ。

 

 

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 ──

 

 

「少佐、出ましたぜ」

 

 皆が集まるミーティングルームにイシカワと57が入ってくると共に、答えが出た旨を告げる。

 少佐、荒巻以外からも視線が集まり、無言で結果を求められていることが分かる。その反応を受けてイシカワが無言で備え付けの大型モニタを着ける。

 モニターには一人の若い金髪の男が映し出されていた。

 

「コイツはキリール・ラスキン。難民支援団体に所属する男だ。しかし、複数の事件現場映像でその存在を確認されている」

「かなり慎重なようで事件一週間前には消えている。犯人か疑わしかったがコイツの身元を徹底的に洗うことで見えてきたものがある」

 

 そう言うとモニタの映像が変わり銀行口座らしきものの明細が映し出された。

 そこには数々の入金と振込の記録が記載されている。

 

「口座の明細がどうしたって?」

 

「まあ、話は最後まで聞け」

 

 バトーがチャチャを入れるが直ぐに荒巻に嗜められる。

 間を置き、イシカワが説明を続ける。

 

「この口座はキリール名義ではないが、奴の複数の入出金時の映像と時間から他人名義の秘密口座と特定した」

「それはいいが、問題はこの取引内容だな」

 

 そう言うと、いくつかの取引がハイライトされる。

 

「これは・・・・」

 

「ええ少佐。きっちり事件の二週間前に振り込まれてますな。()()()()()()()()()()()

 

「なるほど、自爆犯の家族への支払いというわけだな」

 

「その他にも、報酬と思われる振込もC4の違法購入の取引記録も残っていますな」

 

 そう言うと、それなりの額の取引記録がハイライトされ、その振込先口座の情報が画面に現れる。

 そこにはグリフィンのQ地区のとある前線基地の指揮官の口座である事が示されていた。

 

「ふう、全く度し難いものだな」

 

 頭を抱えて渋い顔をする荒巻だが、それもそうなるだろう。何しろ自社へのテロに自社員が協力しているわけだから。

 

「ここからが本題ですが、キリールの奴は約二週間前にグリフィン本社の街の目抜き通りに現れております」

 

「なに? では犯行間近か!」

「いかん、少佐。直ぐに阻止の準備をして出発しろ。詳細は任せる。ワシはクルーガー社長に状況と行動開始の連絡を入れる」

 

「了解」

 

 荒巻の号令と共に素子達とベクター達が動き出した。

 

 

 ──────────

 

 第一部隊のベクター、FAL、ルイス、NTW-20、9課の素子、バトー、サイトー、トグサの計8人はヘリに乗り本社の街に到着した。

 

「時間がない、本社基地に寄らず直に行くぞ。ベクター達は離れた位置に降下、分散し突入しろ。デッド・オア・アライブで構わない。私はキリールを捜索する」

 

 そう言うと街の上空を航行中のヘリから素子が飛び降りる。と同時に光学迷彩を起動して街の風景に溶け込む。

 街の上空を旋回したヘリから次々と第一部隊の人形達が飛び降りていく。光学迷彩が無いためビルの屋上に降りて不自然さを与えぬように街へ溶け込む。

 トグサとサイトーは義体化率が低いため高所からの飛び降りは出来ないため、比較的高度を落としたところでそれぞれFALとNTW-20に背負われて飛び降りる。いくら背負っているからとは言え高所からでは着地の衝撃で無事では済まないからである。

 

「NTW、俺は通りの犯人を監視する。バッアップは頼む、お前の銃は大口径だから特攻車両等が乱入した時は阻止しろ」

 

「うむ。任せろ」

 

 目抜き通りを監視できるポイントにポジショニングしたサイトーが指示を出すが、NTW-20も問題ないようだ。サイトーは対人射撃を考え小口径のサイレンサー付きのセミオートスナイパーライフルを装備している。現地の突入班のバックアップを予定していた。

 

 

「FAL、行くぞ」

 

「そちらこそ、遅れないようにね」

 

 トグサとFALはダッシュで階段を降りて突入班に合流をする。チームの準備は滞りなく進んでいた。

 と、同時にイシカワから無線通信が届く。

 

「犯人達が分かったぞ。人数は五名だ。顔写真を入手したので送る」という連絡と同時に無線通信に5名分の顔写真が送られる。

「それとクラウド上の犯行計画も見つけた。自爆予定は30分後だ」

 

「うむ、イシカワ、57、短時間でよくやった」

「突入班はバトーが指揮しろ。以上、成功を祈る」

 

 

 ──────────

 

 

「くそっ、まだ死にたくねえよ」

 

 普通の兄ちゃんと言った風体の男が壁によろけるように身を預けながら思わず呟く。言われてみれば心なしか栄養状態の悪そうな感じが見て取れる。怪しまれない程度に着飾った貧困層の男である。

 その声が耳に届いたのか、横のショボくれたオッサンが胸ぐらを掴みながら小声で返す。

 

「諦めて腹括れ。家族が金を受け取っているんだ。逃げたところで皆殺しだ。それに逃げてもそのまま爆殺されるだけだ。もうどうにもなんねえならやるしか無いだろ」

 

「うう・・・・」

 

「落ち着け。バレたらそれこそそこでお仕舞いだ。ほら、クスリだ。飲め」

 

 絶望感から男が泣き出すが、通行人から怪しまれないようにキリールから渡されたMDMA(メタンフェタミン)を男に飲ませる。いわゆる合成麻薬であり飲んだ若い男はその破滅的薬理作用により自信を取り戻す。命を捨てに行く者たちには最適な薬と言えるのだろう。

 冷静に見えたオッサンも子供たちを食わせるためのカネを手に入れるために命をかけていた。正直、死にたくはなかったがもうやるしかない。兄ちゃんに言った腹を括れと言う言葉は自分に言い聞かせるものでもあった。

 オッサンにしても行こうと思っても震えて一歩が出ない。それはそうだろう本心では死にたく無いのに行かなければならぬのだから。深呼吸とともに気付け薬代わりにMDMAを飲み込む。

 

(さあ行くか)

 

「俺は通りに出て右、お前は左だ。後は人混みに紛れて時間の合図が来たら・・・実行だ。わかるな」

「じゃあな、俺が先に行くからな」

 

「・・・ああ、分かったよ。オッサン・・・」

 

 クスリの影響が出てきて高揚感に包まれると共にオッサンの覚悟が決まった。兄ちゃんから視線を外し、路地から喧騒溢れる通りに出て右に向けて歩き出す。もう誰も止める事が出来ない所まで来ていた。

 

 オッサンが人混みの雑踏に紛れたそんな時、一人の女性とぶつかった。"ごめんなさい"と謝る女性は美しい黒髪に紅いワンピースを着た美人であり、オッサンは足を止めて一瞬見惚れていた。"ああ、娘が大きくなったらこんな感じになるのか? "なんて思いながら改めて歩みを進めようとしたその時、膝から崩れ落ちていた。

 

 

「えっ? ・・・」

 

 訳が分からず足元を見た時、自身の胸から何かが生えていた。オッサンが思わず溢した声は声になっていなかった。

 そう、オッサンの左胸にはダガーナイフが深々と突き立てられていたのだ。

 

「ふふっ。本当にごめんなさい」

 

 目の前の美女が晴れやかな笑顔で嬉しそうに呟く声が聞こえてきた。

 それが、オッサンが聞いたこの世の最後の感覚だった。

 

 

 ──────────

 

 

「こっちは片付いたよ」

 

 紅いワンピースを着て街娘に化たルイスから一つ始末した報告が犯人の顔付きで回ってくる。

 

「こちらも始末した」

 

 屋上のスナイピングスポットで構えていたサイトーからも報告が入る。オッサンと一緒に居た若い兄ちゃんが路地裏で倒れていた。オッサンが出た後にサイトーに捕捉されていた兄ちゃんは胸部を撃ち抜かれそのまま即死させられる。頭部を撃ち抜くと脳味噌が弾け飛びあからさまな死体と通行人にバレてしまう。胸部であれば直ぐにはわからない。もちろん放置すれば血溜まりが出来るがそこはグリフィンの警備部門の戦術人形たちである。9課の要請で協力し、殺害された犯人達は人知れず運ばれていた。

 

「お? 早いね。俺もターゲットの確保完了だ。ルイスとサイトーは他のフォローに回れ」

 

 バトーも完了させて残る自爆犯は二人だった。

 

 ──────────

 

 ベクターも通行人に紛れる犯人を捕捉していた。身長が低いまだ少年と言っても差し支えない男だった。

 遠巻きに観察してチャンスを伺う。・・・すり抜け様に膝蹴りを鳩尾に叩き込み無力化する。・・・つもりだった。

 犯人の近くに忍び寄った時に嫌な予感を感じた事から、膝蹴りを中止してすり抜け様に首の後ろに当身を入れて気絶させる。

 

(モトコに言わせれば、ゴーストの囁き。ってどこかしら)

 

 気絶させた少年を警備員と共に路地裏に運び、爆弾のを改めるが・・・・・

 

「こ、これは・・・・」

 

 珍しくベクターが驚きを見せていた。残りは一つである。

 

 ──────────

 

「そこまでよ。両手を上げて投降しなさい」

 

 FALが路地に追い詰めた犯人の頭部に、半身の銃のFALをエイミングして投降を促していた。

 他の犯人が始末されるところを偶然見られ、最後の犯人はパニックに陥り路地裏へと駆け出していた。それを追ったFALが追いついたところだった。

 FALは冷戦時代の傑作バトルライフルである。今の時代のアサルトライフと比較すると大口径で大型であるが、その性能の良さから多くの国や紛争で使用されていた。

 そのような銃であることから狙われた者から見れば非常に脅迫感を感じる。それが犯罪組織に買われただけの一般人なら尚更だろう。

 手を胸の前で組む犯人は20才前後の垢抜けていない女性だった。

 

「投降しないなら撃つ」

 

 FALの冷徹な言葉に、女はただ震えていることから怯えていると見て取れた。銃を突きつけられた緊張からか手を上げられないようだ。

 再度警告を行い、FALの右手人差し指は躊躇なくトリガーにかかるが・・・・

 

「FAL、撃つな。彼女に抵抗の意志はない。俺に任せろ」

 

 駆けつけたトグサの言葉でFALの人差し指がトリガーから離れる。

 

「落ち着け。大丈夫だ。君たちには何もしない」

 

 安心させるために丁寧な対応に笑顔を作りながらゆっくり女に近づくトグサ。構えていた拳銃も女から射線を外している。

 その行動を静観していたFALだったが、しかし突然顔色を変えるとトグサを突き飛ばし素早く銃からククリナイフに持ち替えて女の頭を横凪に鋭く斬りつけた。

 

「何をするFAL! 彼女に危険は無かった。殺す必要は無かった筈だ」

 

 女は血を撒き散らし仰向けに倒れている。それとFALを交互に見ながらトグサがFALへと抗議の声を上げる。

 FALはトグサの抗議を無視するように倒れた女に近づく。

 

「ベクターから連絡が来ているでしょう。彼女達、身体に爆弾を仕込まれている」

 

 えっ? とトグサが映像通信を確認する。ちょうど投降を促していたタイミングで確認できていなかった。生身の人間であれば難しいタイミングだったかもしれないが、電脳化していたトグサならマルチタスクでの確認も出来たはずではあった。

 

「・・・・これは・・・」

 

「そう・・・そして起爆装置は・・・口の中よ」

 

 FALは女の口の中に手を突っ込み、起爆装置を引き抜き配線を引きちぎる。

 

「これでとりあえずは大丈夫。彼女を病院に回しなさい。体内に爆弾があるから慎重にね」

 

 周囲に待機していた警備部門の戦術人形に伝えて女を運ばせるFAL。

 

「病院? 彼女は死んだんじゃ無いのか?」

 

「殺してはいないわ。起爆されないように顎の左右の咬筋を断ち切っただけよ」

 

 サラッと言うが、ほっぺを深く切り裂き顎を動かす筋肉を切断したと言うことだ。斬られた女にしてみればたまったものではないだろう。

 

「そうか・・・FAL、助かったよ。ありがとう」

 

「私を失望させないでね。と、言いたいところだけど極力殺さないその姿勢も悪くは無いわね」

「私も学ばせてもらうわ」

 

 担架を見送りトグサに背を向ける彼女はもしかして照れているのかもしれない。そんなふうに思いながらトグサは彼女に改めて伝えた。

 

「FALこれからは相棒としてよろしく頼む」

 

「ふっ、よろしくね。あなたのセンスを直してあげるわ」

 

 振り向き笑顔の返事はいつものFALだった。

 

 

 ──

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 というのが、冒頭のテロリストの男ことキリールに想定の範囲外の事態が起きるまでの事情であった。

 しかし、キリールに起きた想定外はそれだけではなかった。そう、素子にすでに補足されていたことだった。

 

 

「クソっ」

 

 視界の端に居るはずのない少女を捉えたキリールは右手で拳銃を抜き、素早く発砲した。

 ・・・発砲したがこれは完全に致命的な行動だった。彼がやるべきだったのは自爆犯達を遠隔により至急爆破する事だった。それならば彼にもワンチャンスあっただろう。

 だが、彼は残念ながら拳銃を抜いて闘う事を選択してしまったのだ。

 

 キリールが拳銃をエイミングすると同時に、素子は飛び込むような前宙で射撃を躱し距離を縮めると同時に左足のかかと落としを見舞う。

 素子の左踵がキリールの右肩に叩き込まれる。「バキッ」という音が左踵を通して聴覚デバイスに伝わってくる。そう、キリールの右鎖骨が粉砕された音だった。

 

「ぐあっ・・・クソ」

 

 二、三歩よろけるように後ろに下がったキリールは破壊され動かすことが出来なくなった右手による攻撃は諦め、左手でリモコン起爆装置を取り出し、手動による爆破を狙う。

 しかし、素子に接近された今、その目的が叶う可能性は1%たりとも残されてなど居なかった。

 

 リモコンスイッチを取り出した左前腕を素子に掴まれ、その握力を持って骨を粉砕される。と同時に落としたリモコンを空中で素子にキャッチされてしまう。キャッチした素子は片手で器用にリモコンを素早く分解し破壊する。これでテロのリスクはほぼ無くなる。

 男の取れる攻撃的な手は全て叩き潰されてしまっていた。後は無事な脚を使って逃げる事だけだが、身体を破壊されたダメージからそれも無理だった。まあ、仮に全力を出せたとしても素子に捕捉された状態で逃げ切るなど不可能だろう。

 

 痛みから逃げる事もままならず膝をつく体勢のキリールが苦悶の表情を浮かべながら素子を睨む。

 

 

「貴様はグリフィンの人形か? こんな世の中ですら人の生き血を啜る貴様らクズに正義はない。粛清あるのみ」

 

「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。それも嫌なら・・・」

 

 素子は抜いた拳銃をキリールに突き付けるが、どうやらこれ以上言うこともないらしく観念したようだ。

 後頭部に拳銃のグリップを当てて気絶させる。全てのミッションが完了した瞬間だった。

 

 さあ、残るは後始末。素子がそんな事を考えていた時に、背後に気配を感じた。

 

「誰だ!」

 

 素早く振り向くと同時に拳銃を向けていた。

 

 

 ──────────

 

 

「流石、前評判通りの実力ね」

「ミスターパーフェクトの部隊を退けたって聞いていたけど、本当にその通りのようね」

 

 自分とキリールしか居なかったはずの屋上に突如現れた少女。

 黒のパーカー付きジャケットに黒いスカート、黒いタイツに黒いショートブーツ。その服の所々にカナリアイエローのラインとかワンポイントが入っている。アッシュグレーの若干クセのあるロングヘアーを左サイドテールに纏めているが、一番の特徴は左の瞼におでこから頬へ通る大きな切り傷。

 

 敵対するつもりが無いのか、自身の武器だろうUMPサブマシンガンのストックを下にして右手の人差し指の上に立ててバランスゲームをして遊んでいる。

 間抜けな姿に見えるが、私は騙されない。全く隙はないうえに銃も全く揺れていない。直ぐに構え直して撃つことは可能なのだろう。

 とは言ったものの敵対する態度を見せていない以上、こちらも銃を下ろす。

 

「何か用かしら」

 

「間に合わない、と思ってね。こっちで片付ける準備をしていた。ってだけよ」

「それがどうして。いい働きね」

 

 少女はニッコリ笑顔で頷いている。

 

「・・・・・」

「なるほど。それで私たちは合格なのかしら?」

 

「ん? ・・・テストか何かだと思っているのだったら違うわ」

「グリフィン情報部の尻拭いで来ただけよ」

「そしたら誰かさん達の完璧な仕事を見れて感激した。ってところかしら」

 

 素子はこの任務がグリフィンによる実力確認テストかなんかだと認識して謎の少女に問うがどうやらそうでは無いらしい。

 

「まあ、でもせっかく来たからそこの虫ケラは回収して行くわね」

「それと生きて回収された自爆犯達は多分治療されると思うわ。テロリストを叩くプロパガンダに使われるでしょうね」

 

 銃を戻してキリールに歩み寄る少女。横たわるキリールの襟首を掴み猿轡を取り付けてズリズリ引きずって行く。

 当然、痛みで目を覚まして抗議のうめき声をあげるが・・・・

 歩みを止めて髪の毛を掴み顔を引き起こして言葉をぶつける。

 

「黙れ虫ケラ。生きて娑婆に出れると思うなよ。ふふっ、ここで殺された方が幸せだったかもね〜」

 

 寒気がするほど冷徹な声の後に、明るく絶望を告げる彼女。素子は彼女を理解できないでいたが・・・

 男を引きずっていた彼女がおもむろに歩みを止めて振り返る。

 

「あ、そうだ。自己紹介をわすれてたわね。私はUMP45よ。よろしくね〜。また何処かで会えると思うわ。()()()()()()()()()()()()さぁん♪」

 

 可愛らしく間伸びした話し方をする彼女はまた歩みを進めて消えていった。

 どうやらUMP45という戦術人形は只者ではない。と言う事だけは理解できた。

 

 

 ──

 ────

 ──────

 ──────────

 

 

「今回は時間と情報がない中、良くやってくれた。クルーガー社長からも同様に強く礼を言ってもらえた」

「今後も、ハードな任務が増えるだろうがよろしく頼む」

 

 基地に帰ってからのミーティングの締めに荒巻課長から褒め言葉が伝えられた。今回の実績からこれからはより困難な任務も間違いなく増えるだろうとの事だったが、結果、本来の9課らしい仕事に戻っただけとも言える。

 

 

「少佐、仕事明けにたまには一杯どうだ?」

 

 ミーティングの解散と共にバトーが素子に声をかける。

 二人で飲むのはどうか? と、仲の良いサラリーマンが会社帰りに愚痴や世間話をしながら飲もう的なノリではあるが、別の淡い期待も込められてたりする。しかし一〇〇式ベースの義体ではまるっきり高校生くらいの外見であり、何も知らない者が見れば全くけしからん状況にしか見えないだろう。

 

「あらごめんなさい。今日は女子会の約束なの」

 

「あら〜そりゃしょうがないか・・・」

 

 先約があるらしくあっさり断られ、第一部隊の面々と出て行ってしまう。

 

「残念だなぁ、おい」

 

「じゃあ、男子会をやるか?」

 

「俺も付き合いますよ」

 

「あ、ああ・・・そうだな」

 

 残念なバトーを見て、イシカワ、サイトー、トグサに慰められがてら飲みに誘われる。

 まあ、基地内で飲める場所なんて少ないため、会場は一緒だったりするわけだが。

 

 男組も始めながら雑談に花が咲く。

 

「まあ、少佐は諦めろ。セカンダリーレベルに密会用の部屋が造られていたからな。ベクターとお楽しみみたいだぞ」

「しかも、すげえ防壁アレイで守られてるからな。覗くのは命懸けだぞ」

 

 そう言ってイシカワが笑いながら秘密部屋を共有して可視化する。

 

「ほーう、これが。ちっと覗いてみるか?」

 

「やーめとけ、バトーお前じゃ無理だ。脳を焼かれるぞ。それに仮に覗けたとしてもリアルに少佐に殺されるぞ」

 

「それもそうか」

 

 男組も命懸けになる事を理解してこれ以上は断念となった。

 男女共に慰労会的なノリで数時間で解散となる。

 

 ハードな1日ではあったが、素子達が異世界に飛ばされてやっと9課らしい日常に近づいてきた。そんな感じを思わせる日だった。

 

 





キリールさんの冒頭のセリフは、SAC第6話の茶番劇団の同窓会でSPが暴走した時のセリフをお借りしています。
爆弾テロは2ndGIGの9話からシチュエーションをお借りしています。女の子を撃ったところはFALに変えてですね。
素子のSAC1話のセリフはシチュエーション含めてお借りしていますね。「世の中に〜」のセリフはあのシチュエーションが完成形だと思うので崩せなかった。文才がなくさっぱりした表現になってしまいましたが。

ここからはまとめに進んで行きたいと思っています。まとまる気が全くしませんが。(笑)


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17.マッチョな指揮官

時間が掛かって申し訳ないですが、やっとこさで上がりました。
方向は決まっていましたがなかなか手につかず、間話入れようかとしてやっぱり止めて、アップする自信が無くなったり・・・・やはり精神状態って本当に大切ですね。早く復活させないと・・・
本編はもうちょっと書いていましたが長くなったので一度切らしてください。


今回は、勝手に一人コラボしています。
もう一個の小説の「中年指揮官と零細基地の日常」と合わせました。
と言ってもちょっと名前だして話のきっかけを作るだけですので、基本関係ありません。
あっちの18話で合流する前のウェルロッドさんに登場頂いています。

あと、S.A.C.の第3話より素子さんのマッチョネタを使わせていただきました。



 S09地区のコータ指揮官の前線基地。普段は使われぬ応接室に数名の人影が集まっていた。この応接室はVIP対応用の高級に飾られた部屋であるが、普段偉い人など来ないので、ヘリアントスが数回来たときに使われたのみ。あとは戦術人形たちが秘密の話があるとにこっそり使うくらいだ。

 そんな部屋にコータ指揮官と9課の荒巻課長、それに隊長の素子とバトー、第一部隊のベクター。まあそこまでは普通なのだが、もう一人見慣れない姿があった。

 ショートカットの金髪を所々結っており、ミニスカートにスーツ風の上着、そして特徴的なコルセット調の防具を着こでいる小柄だがキリッとした少女。そう、I.O.P.社の戦術人形のウェルロッドMkIIである。

 

 ウェルロッドMkIIはI.O.P.のエリート戦術人形である。★5のハイレアリティに相応しい素体性能を持っており特に電子戦に対して能力は最高性能と言える。素体の電子戦能力で言えば第一部隊の57を超える性能を持ち合わせている。しかし、戦術人形の能力はその経験にも左右されるため素体の性能だけでは測れない。測れないのだがやはり素体の性能は比較の一つになるわけで、だからこそ彼女の態度に繋がったのかもしれない・・・・

 

 

 

「・・・・と言うわけで、R-15基地の指揮官の悪行の証拠集めを依頼します」

 

 そう言うと、ウェルロッドは澄ました顔でコータの副官が淹れた紅茶を啜っている。しかし猫舌らしく入念に息を吹きかけている所は何処か可愛らしい。

 話の内容としてはウェルロッドは情報部のエージェントとして社内の不良指揮官の内偵を依頼しにきたとの事だが、9課には社長経由で重めの案件依頼が増えており、正直受ける余裕は無い。

 

「なるほど・・・・しかしですな、最近は社長からの直々の依頼も多く────」

 

「それが大きな勘違いなのです。9課(貴方達)はあくまで会社の組織を助ける存在に過ぎません。忙しいなどあり得ません」

「協力会社がそんな態度だとお仕事なくなりますよ」

 目を瞑りゆっくり首を左右に振るウェルロッド。

 

 荒巻が現状の9課の繁忙状況を伝えようとするが、途中で遮られ端的に言えば「黙ってろ。文句言わずやれ!」的な高飛車な態度である。

 ウェルロッドは胸を張って澄ました顔で見下す様に素子を見て告げているが、それはこの席に自分より小柄な人物が素子だけだったからである。ウェルロッドは比較的小柄な女性型義体だが、女学生くらいの一〇〇式ベースの義体より多少は大きい気がする。周りは屈強な男たちや成人女性型義体のベクターなので致し方ないのかもしれない。

 

「ふむ・・・分かりました。社長からのご紹介ですか。であればお受けしない訳には行かないでしょう」

 

 荒巻課長が諦めた様にウェルロッドに答えた。

 ウェルロッドは勝ち誇ったような満足げな顔を浮かべた後に、美味しそうに紅茶を啜っていた。交渉で押し切り満足なのだろう。

 

(おいおい・・・オヤジ、マジかよ。本当にこんなクソみたいな仕事受けるのか?)

 

(うむ、社長からの紹介と言われれば無碍に出来ないだろう。今後は無いように社長に一言伝えておく)

 

(バトー、組織的な下拵えは課長に任せなさい。そして受けた仕事は黙ってやれ。完璧にね)

 

(へいへい・・・・・)

 

 表の会談の場では、澄ました顔でお茶を啜りクロージングに入っている。

 その裏では、短距離秘密通信で苦情が飛び交う事態になっていた。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ────────────

 

「で、そのR-15基地の指揮官って奴はどんな野郎なわけ?」

「さっさと終わらせて次行こうぜ」

 

 談話室に集まった9課の面々だったが、R-15基地の情報が分からず面白くもないためバトーはソファーに浅く腰掛け上半身を背もたれに預けるような体制で座っており、すっかりやる気なしモードである。

 普段ならバトーがこんな態度をしたらダラけるなと叱る素子だが、彼女も口に出さずも気持ちは同じらしい。

 

 そんな雰囲気の談話室の扉がカチャリと開き、イシカワと57が入ってくる。

 

「ああ。その事だが、R-15基地の事がよくわかる映像がある。・・・・まあ、見れば分かる。ってやつだ」

 

 バトーの問いかけの説明の準備はできているとイシカワが答え57に合図を送る。

 それを受けて57はテキパキとリモコンを操作して大型モニタに映像を映す。

 映像が始まると共に企業の名前が書かれたリストが映し出された。状況からどうもCMを打ったスポンサー企業の一覧の様である。つまり、ごく一般的なテレビ映像と言う事を示していた。

 

「うん? テレビの・・・録画か?」

 

 さして興味もなくボーッとその映像を見たバトーが呟いていた。

 

 

 ──

 ────

 ──────

 ────────

 

 

 流されたテレビの録画映像を見た全員が固まっていた。それだけでなく、なにかこう気まずさのような雰囲気が漂っている。

 

「おいおいおい・・・このオヤジ、マジかよ・・・」

 

 テレビの中では中年の冴えないグリフィンの男指揮官が戦術人形たちと宴会を開いていたからだ。本社の部隊やテレビまで呼んでド派手な宴会である。

 洋風の立食パーティーで始まり一見マトモな会の様に見えたが、宴会が進むにつれて段々と常軌を逸した動きを見せる。最初の一歩は余興として開催されたピザの大食い大会だった。食いしん坊人形に混じり指揮官まで楽しんでいる。

 終いには変則王様ゲームまで始めて、ポッキーゲームや巨乳戦術人形の胸揉み、戦術人形とのディープキスと、もうなんでもありの無茶苦茶だった。

 

「なんですかね・・・これ・・・」

 

 トグサが気まずそうに呟き固まっている。

 

「場末のスナックの方がまだマシだな」

 

 呆れ返ったサイトーがぼやく様に呟いている。

 

「戦術人形を侍らすなんて、マッチョよね〜」

 

 不機嫌そうに半眼で見ている素子はちょっと怒り気味の様子。

 

(いやいや、少佐がマッチョって言う? ・・・)

「いや、戦術人形たちも楽しんでいるみたいだし・・・侍らすとも違くないですかね」

 

「なによ、衆人観衆の前でキスして胸揉んで、やりたい放題じゃない。やっぱりマッチョじゃない」

 

「そうですかね・・・・」

(いや、だからマッチョって・・・・)

 

 素子のコメントに返したトグサだが、どうやらこれ以上は諦めたらしい。

 

「まあ、私がこの基地所属だったら・・・これはこれでありかもね。センスは最低だけど」

 

 ちょっと呆れた様に見えて、FALは意外にもこんな乱痴気騒ぎも行ける様子だった。

 

「・・・・・・・」

 

 そんなFALのコメントを聞いて、隣に座っていたベクターが無言で呆れた様な視線を向ける。

 

「なによ! ベクター、文句あるのかしら?」

「どうせ貴女は、素子さえ居ればなんでもいいんでしょ? って・・・・痛たたたたっ」

「もう! ツネる事ないでしょ! ・・・冗談よ、もう」

 

 ベクターの視線を受けて嫌味の一言を言ってやったFALだったが思いの外ベクターには効いたようで、隣りのFALの脇腹をツネっていた。

 口の達者なFALには言い負けそうだったので、初手からささやかな暴力に訴えたようだ。

 二人してわちゃわちゃとやっているところを見ると、仲は良いのだろう。

 

 ベクターとFALが落ち着いたところで、バトーがそもそもの話を聞いてくる。

 

「オヤジ、この冴えないオッさんは一体何をやったって言うんだ?」

 

「うむ、警備中に遭遇して破壊した鉄血の戦術人形の部品をブラックマーケットに売っているらしい」

「情報部はテロ組織と繋がっていると推定している様だ」

 

「はあ? マジか? ・・・・まあ、あの宴会の原資の為、って言われたら分かるけど・・・そこまでして宴会やるか?」

 

この手の話に寛容なバトーも流石に呆れきっている。

 

「それで少佐、どう攻めますか?」

 

 続いてトグサがやり方について聞いてきた。

 

「ああ、そうだな。やはり目視による事実確認は必要だろう。まずR-15基地の側に観測所を設置して、情報部からの情報が正しいか確認する」

「R-15基地の活動が確認できたら、取引先も併せて確認する。そこまでで情報部の要求には応えられるわね」

 

「と言うことは、R-15現地に行くチームと、確認後の調査チームの2チーム制。ってとこですかね」

 

「そんなところね」

「R-15監視班は、バトー、サイトー、ルイス、NTWの4名。R-15基地に捕捉されない様に遠距離から監視すること。タチコマ二両とI.O.P.から送られてきた隠れ蓑のコピー品を使いなさい」

「調査班はイシカワと私。ベクターも補佐お願いね」

「判明した取引先の現地調査はトグサにFALと57ね。ここは臨機応変に私たちもフォローするわ」

「監視班は明日から行動。証拠が取れ次第撤収して情報を回せ。現地調査は証拠の結果次第だ。以上」

 

「「「了解」」」

 

 フォーメーションが決まったところで各々が作戦遂行に向けて散っていった。

 

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

 

「暇だな。おい」

 

 R-15基地監視班のバトーは暇を持て余していた。

 R-15基地から1000mほど離れたちょっとした丘の上のブッシュの裏に偽装網を掛けて遠距離の簡易監視基地を作っていた。移動や補給にヘリなどを使うわけにはいかないので熱光学迷彩で姿を隠した二機のタチコマで行なっている。

 相手の行動の確認なため証拠確保のタイミングは相手次第、監視を開始してもすぐに終わるとは限らないわけで、かれこれ一週間近く経っていた。

 

「バトーさん、またそれ? さっき筋トレ勝負して私が勝ったところでしょ」

 

 バトーとルイスは暇があると筋トレ勝負と称してどっちが筋トレを続けられるか勝負をしているが、サイボーグと戦術人形同士で決着がつくこともなく、最後は相手を笑わせてトレーニングを中断させるお笑い勝負になっていた。さっきはルイス渾身の変顔でバトーを笑わせて勝ったところだった。正直、お互いプライスレスな何かを失っていると思うが、そこについては誰も触れない。優しさなのか厳しさなのかは微妙な所だろう。

 

「全く、しっかり頼むぜ・・・」

 

「んっ? サイトー、監視対象に動きがある」

 

「なに? ・・・・電動バギーが一台・・・アサルトライフルとサブマシンガンの部隊だな」

 

「うむ・・・訓練では・・・なさそうか?」

 

 サイトーがボヤいたタイミングでR-15基地に動きがあった。対物ライフルに取り付けた望遠スコープで監視していたNTWが基地に動きがある事を視認していた。どうやら自分達に気づいたわけではなさそうだった。ただ、ここ数日毎日訓練に出ている雰囲気とも違って緊張感漂っていることから、なんらかの作戦行動の様に見えた。

 

「NTW、今回は当たりかもしれないな。帰任時の手荷物確認は確実にやるぞ」

 

「ん。任せておけ」

 

 望遠スコープを通した視認映像をメンタルモデルに記録して基地に送るのは朝飯前の作業である。

 

 

 それからしばらくして、破壊された鉄血人形を満載したバギーが帰投してきた。

 

「NTW、映像は抑えたか?」

 

「ああ、問題ない。完璧だ。映像はすぐに調査班に送る」

 

 録画した映像は無事ツェナープロトコルを通じた秘密回線で素子達に送られたのだった。

 

 ────────

 

「ご苦労様。確認したけど映像はバッチリよ。それほどの間も無く回収した鉄血人形からバラされた部品が運び出されるはずよ」

「闇取引だから社のヘリは使わないだろう。陸路での運搬を主に監視すること」

「取引相手が判明したら引き上げていいわ」

 

「よっしゃ。サクッと終わらせようぜ」

 

「・・・・・・」

 

 素子の"終わったら帰ってきていい"との声を聞いて盛り上がるバトーだが、なにも仕事をしていないのでNTWから冷たい視線が飛んできていた。まあ、バトー達は不測の事態時の近接戦闘要因なので仕事がない事が正常なので致し方ないのではあるが、暇つぶしの筋トレとかが心象を悪くしていることは否めないだろう。

 

「了解、継続して監視します」

 

 サイトーが素子に返答して通信は終了となる。

 

 その後、しばし動きは無かったが、3日後に再度事態は動き出す。

 メカメカしいアンドロイド兵器の護衛付きのトラックがR-15基地を訪れに来たからだ。

 

 



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18.トキタ社長


かなりとっ散らかってしまいました。
中盤以降、ちょっと雑で読みにくくなったかもです。すみません。

ところで、22年9月23日からのタイトルイラストの57、可愛いっすね。
なんかキリッとしてて自分的にはツボっすね。
wikiのリンク貼っときます。
https://wikiwiki.jp/dolls-fl/タイトルイラスト



 

「トキタ様、お待ちしておりました」

 

 

 そんなビジネスライクな挨拶から始まる出会いは一般市民からしてみればビジネスくらいしかないだろう。

 この場もご多分に漏れずビジネスではあるのだが、来客は小さいながら一企業の社長家族だった。

 ビジネスなのに何故家族? そう思うかもしれない。しかし、第三次大戦とコーラップス汚染を経たこの滅び行く世界では旅行などごく一部の金持ちしかできないものとなっていた。それはそうだろう。生きていくだけで精一杯の人間が大半なのだ。例え金があったとて安全な旅など保証されない。2000年代初頭の紛争地帯を旅する様なものだ。いや、それすら生ぬるいのかもしれない。

 なので、ビジネスにかこつけて家族帯同で旅行する者は多い。真っ当なビジネスであれば互いに金蔓なので騙される可能性は限りなく低くなる。相手の地域の状況も分かる。なのでだいぶ安全な旅となる。

 それに例え自分の街にいたとて安全とは言い切れない。反PMCテロによる被害ならまだ可愛い。鉄血人形やE.L.I.D.感染者による都市の壊滅など決して他人事ではない現状がある。

 

 そんな訳でトキタマシーナリーのトキタ社長も妻と娘を連れてビジネストリップに来たという事だ。

 

 

「トキタ社長? 大丈夫ですか?」

 

 受け入れ企業のドールハウス社の担当営業が心配そうに顧客へと声をかける。ビジネス相手の体調を気遣うなどよっぽどの事だ。誰の目から見てもトキタ社長が疲れている様に見えたのだろう。

 

「あ、ああ。大丈夫です。ちょっとヘリの長旅に疲れまして・・・」

「娘のワガママに妻が怒りましてね、大変だったんです・・・」

 

 ひっそりと耳打つように営業に伝えたのだが、妻と娘は不機嫌そうな顔を向けてくる。

 

「「あなた(パパ)、何かしら(何かな)」」

 

「あ〜、何でもないよ・・・・」

 

 コッソリと告げたはずなのにそれを察知する女性陣。それにタジタジの社長を見て優秀な営業は全てを察した。ここは疲れた社長を励まして上手くビジネスを成功させようと考えていた。

 

 

 ──

 ────

 ──────

 ──────────

 

「ドールハウス社?」

 

「ええ。このトラックの企業ロゴから直ぐに判明しましたぜ」

「R-13基地の城下町に本社を置く新興の企業ですな、少佐」

 

 R-15基地に現れた重装備なメカメカしいアンドロイドを従えたトラック。そのトラックのロゴからイシカワ達は直ぐに企業を割り出していた。

 

「主な営業品目は・・・アンドロイドの整備と中古を含めたアンドロイドの販売」

「地場の中小企業や個人向けがメインだけど、活動品目や範囲は拡大傾向よ」

 

 素子の疑問に対してイシカワとそれを引き継いだ57が聞きたいであろう情報を答える。

 

「R-13基地は・・・やり手の女性上級指揮官が治めている」

「僕は面識はないが、珍しくクリーンな指揮官だって聞くよ。情報が本当なら見える範囲に悪どい企業は置かないと思うよ」

 

 コータがグリフィン内の情報を追加する。話しぶりからしてグリフィンの指揮官は多かれ少なかれグレーな職場と分かる。

 まあ、武力とある程度の裁量を持っていると言うことは、ある意味ヤクザ組織と近い機能があるということ。

 基地間や一般市民との関係は、それに近いものになる可能性があるとも言える。

 コータの同僚のアリス指揮官がノンナにしていたその態度を見てもその判断は間違いないものと言えた。

 

 余計な考えに意識が向いていた事を素子は自覚して話を続ける。

 

「R-15との取引記録はハック可能か?」

 

「難しいですね。メインサーバーがR-13基地内に置かれています。基地システムからは切り離されていますがセキュリティは共有されているので捕捉される可能性が高いですな」

 

「R-13基地との揉め事は色々とまずい。絶対回避で頼むよ」

 

 イシカワとコータの回答を聞き素子は考える。相手に気付かれずにハックするその方法を。

 

「分かったわ。()()()()があるわ」

 

 ニッコリ微笑む少佐を見て、トグサは嫌な予感しかしなかった。

 

 

 ──────────

 ──────

 ────

 ──

 

 

「トグサ、架空の会社のトキタマシーナリーを作ったからな。お前は今からトキタ社長だ」

 

「ダミーのホームページも銀行口座とニセの取引記録と一緒に作っといたわ」

 

 イシカワと57の仕事は早かった。素子の提案を聞いた30分後にはS地区のそれなりの街にそれなりに歴史のある中小企業が存在することになっていた。

 流石のイシカワだが娘を自称する57もしっかりイシカワのやり方を学んでいる様だ。イシカワも最近は娘を自称されてもあまり否定しなくなった。とは言ってもこれは諦めの方が大きいのかもしれないが。

 

 

 

「つまり俺はトキタ社長となってドールハウス社へ訪問するわけですね」

「しかし、取引記録の確認はどうします? 俺一人だと流石にやれないですよ」

 

「ああ、それについても考えているわ。FALと57を家族として同行させる」

 

「えっ! FALと57・・・を・・・家族として?」

「二人を一緒に連れて行ったら不審ですよ。妻と愛人? そんな設定あります?」

 

「最後まで聞きなさい。一人は娘の設定で行くわ」

「さっき、ペルシカに相談したらいい案があると。ね」

「機材はヘリで速達で送ってもらっている」

 

 トグサは状況が全く読めていない様で、ムスメ????? とうわ言のように呟いていた。

 

 素子には考えがあった。前の世界では子供体型の義体を用いる事があった。今もまた少女型の一〇〇式ベースの義体を使用している。

 ならばあるのでないか? 戦術人形にも特殊な子供型義体が。

 それをペルシカに確認したら、まさにちょうどいいのがある。と。ならば話は早かった。

 

 

 ──

 ────

 ──────

 ──────────

 

「パパ〜〜〜。ファイファイにおもちゃ買って〜〜〜」

 

「お、おおぅ」

 

「やったー。とびっきり高性能な電子戦装置を買って貰おうっと」

 

「おい、コラ」

 

 幼女体型の義体に換装した57が上目遣いでイシカワに絡んで遊んでいる。いつもと違う幼女義体を楽しんでいる様だ。

 絡まれたイシカワも普段と違う幼女体型の57の絡みに戸惑っている様だった。

 

 57専用の幼女型義体は最近ロールアウトした特殊品だ。好き物の指揮官に法外な値段で売る予定とかなんとか・・・。I.O.P.は相当悪どいとしか思えない。

 銀髪に可愛らしくクリッとした瞳それにアップなツインテール。服はノースリーブの白いワンピースに白いニーハイソックス。靴は黒いパンプスとなっておりまさに外行きに相応しく丁度良かった。

 ただし今回は作戦の関係上、銀髪では都合が悪かった。なのでトグサとFALの髪色に合わせてライトブラウンに特別に変更されている。つまりFALが母親役で57はその娘役、と言う設定だ。

 

「いや・・・少佐。理屈は分かりますけどね。ただ、いきなりこんな設定キツイですよ・・・」

 

 これでもかといった困った顔のトグサ。

 そりゃそうだろう。美人二人の一人が子供になって、しかも自分の妻と子供の設定とか。いくらサイボーグとアンドロイドが溢れる元の世界から来たとは言え、人間の脳の理解を超えている。

 

「トグサ。私は出来ない命令はしないわ。お前なら出来る。やりきって見せろ」

 

 微妙に笑みが混ざった顔の少佐が言うに、恐らく大したことではないと思っているのだろう。

 もちろんFALも57も能力の高い兵士であるので仕事に対して心配はしていないが・・・・

 

(これ、絶対に普通に終わらないですよ・・・・)

 

 トグサは心労が溜まるであろうことを確信していたが、口に出す事はなくミーティングは解散となった。

 

 

 ──────────

 

 ミーティングが終了し各自が散らばっていく。9課はプロの集まりなのでこの辺りの動きは早い。

 トグサもトキタ社長になり切るためにさっさとミーティングルームを後にするが、

 

「トグサ! ・・・・ちょっと!」

 

 後ろからFALの声が掛かる。どうやらトグサの後を追って部屋から出てきた様である。

 部屋の中で話しかけなかったところを見ると、二人だけで話したかったのだろう。

 

「うん、どうした? FAL」

 

 立ち止まり振り返るトグサ

 

「あ・・・いや、その・・・」

 

 彼女にしたら珍しく歯切れが悪い

 

「その、前の世界では配偶者と嫡子がいた。のよね・・・」

「今回の任務・・・大丈夫?」

 

 いちいち畏まった言葉を使い気まずそうなそんな雰囲気の、感情が読みづらい態度で話すFAL。

 

「気を遣ってくれるのかい?」

「けどまあ問題ない。任務だからな。いつもの事さ」

 

「そう・・・・なら・・・いいわ」

 

 これまたよく分からない態度で返事をしてスタスタと歩いて行ってしまう。

 なんかよく分からないが問題はないだろうと考え、トグサも作戦の準備を進めに歩みを進めるのだった。

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

「ハァ? 今日の服はセンスが良いって、なによ!」

「普段の私の服装の良さが分からないわけ!?」

 

「それ、本気で言ってるの?」

「だとしたら電脳が狂ってるから私の57で撃ち抜いてあげなきゃいけないわね」

 

「話にならないわね。パパ、パパうるさいファザコンのアンタにセンスを語られたくないわ」

「イシカワが迷惑しているのが分からないのかしら?」

 

「はぁ!? 何言ってるのよ。このノーセンスドグサレビッチが!」

 

「アンタこそなによ! 腹黒ファザコン女」

 

「「あーん! 喧嘩売ってんのか? ゴラァ」」

 

 

 R-13に向かうハイヤーのヘリの中、FALと57はひたすらお互いを罵しりあっていた。

 キッカケは些細なことであったが、互いに掛け合いを続けるなかでエスカレートしていったわけである。

 と言っても、リアル空間ではなくセカンダリーレベルにて、である。

 リアル空間では・・・

 

「ママぁ。見て見て。お空飛んでて景色が綺麗」

 

「あらあら、そうね」

 

 なんて爽やかな親娘を演じている。器用なものだとトグサは呆れる。

 しかし同じ空間を共有しひたすら争いを聞かされているトグサにしてはたまった物ではない。そのうちこっちにも飛び火しそうなのでトグサは関わらない様にしている。まあ、その放置の代償としてガリガリとSAN値を削られ続けている訳だが。

 

 

 ・・・・・というのが冒頭に続いていく裏事情である。

 

 R-13に到着したヘリから降車してハイヤーに乗り込みドールハウス社に向かう訳だが、気の利いた飛行場などあるわけもなくグリフィン基地のヘリポートを間借りしている。

 当然、警備の戦術人形も沢山居るため非常に緊張する瞬間である。人間に化けている戦術人形などがバレたら洒落にならない。テロと判断されその場で即射殺されるだろう。しかし、FALも57も綺麗に化けておりバレる事はおろか不信がられることすら無かった。そこは流石エリートの二人である。何食わぬ顔で堂々と親娘を演じている。役者やっても通じるんじゃないか?なんてトグサは思う。

 

 ドールハウス社に到着し、営業担当者から挨拶を受け、案内をされている最中に冒頭の気遣いを受けたのだが、疲れるのも致し方ないだろう。何故ならヘリから今の今まで裏で罵り合いが続いている訳だから。歩きながら裏で喧嘩なんて戦術人形のマルチタスクのリソースはどうなっているのか、興味深い話である。

 この状況では、トグサだから疲れるだけで済んでいると言っても間違いではない。普通の人なら発狂していてもおかしくないレベルと言えよう。

 

 ────────────

 

 

「トキタ社長、それでは弊社の生産設備の見学にまいりましょう」

 

 それなりの待遇が伺える応接室に通され挨拶を済まし、パンフレットやプレゼンを通した会社説明を受けて、トキタ社長が求めるプロダクツについての意見交換がなされ温厚に話が進んでいく。営業担当者としてはお互いに無理なく気持ちのいい取引が進みそうな状況であり気分がいいのだろう。ニコニコ顔でトキタ社長一家を工場見学へと誘う。

 

 

 

「いかがですか? 弊社の生産設備は」

 

 いくつか社内の見学ポイントを周り、最後に来たのはアンドロイド製造ラインだった。

 売れ筋で数が出る安価な家事用の簡易アンドロイドの生産設備はライン化されており、低速ながら製品が流されて生産されている。

 この退廃した時代で、これだけの生産性を持つ中小企業は少ないだろう。立派な会社と評して差し支えがないと言える。

 

「いや、素晴らしい。御社のやる気と成長力が一目瞭然ですね」

 

「ありがとうございます。見学でお伝えしたいことが分かってもらえて嬉しいです」

 

 トキタ社長と営業担当者が足を止めてにこやかに話している。その横で・・・

 

「うわ〜、すごい! ロボットさんが流れてる〜」

 と声を上げて57がラインへと駆け寄る。

 どこからどう見ても幼い子供にしか見えない。

 

「危ないから気をつけるのよ〜」

 なんてFALが心配したように、かつ、お淑やかに声をかける。

 こちらもどこからどう見ても、いいとこ生まれの社長夫人にしか見えない。

 

「大丈夫ですよ」

「お嬢ちゃん、柵は超えちゃダメだからね」

 

「は〜い」

 

子供らしい間伸びした返事をしつつ安全柵の前で齧り付くように見学を始める57。可愛らしい女児にしか見えない。当然営業担当から怪しまれることも無かった。

 

「すみませんねうちの娘が」

 

「いえいえ大丈夫ですよ」

 

 そんな和やかな会話がなされているところで柵に駆け寄っていた57の眼が突如鋭くなる。とても幼女のそれとは思えないほどに。

 横目で素早く営業担当者を見る。トグサに向かって熱弁を振るっているのかこちらを見ていない。少人数居るライン工も全くこちらを見ていない。監視カメラの位置も全て把握済みで死角を確保している。誰も見学者の幼女などに気を留めてはいなかった。完全なるノーマーク。

 57はすぐ横に置かれた生産管理用PC端末に近寄り、ワンピースのポケットに入ったマイクロカードを端末の外部ポートへ差し込む。生産ラインを見ながら片手で素早くである。一連のこの間僅か2秒程であり誰からも怪しまれる事は無かった。

 

 マイクロカードにはイシカワ特性のウイルスと専用無線通信機能が付与されていた。差し込むと同時に不審なく端末に無線通信が可能となる。

 そこを足掛かりに57がネットワーク空間へとダイブする。

 

(トグサ、FAL、行ってくるわ。時間稼ぎはお願いね)

 

(頼むぞ)

 

 セカンダリーレベルを介した極秘通信上で挨拶を済ませて作戦を進める。

 打ち合わせ通り、義体に最低限のリソースのみを残して57はドールハウス社のネットワークへとダイブする。今の57の義体は最低限の会話とラインを見ているふりだけをする外見未満の動きしか出来ない。ダイブから戻ってくるまで時間稼ぎが必要となる。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

 

「うわ。何このネットワーク。めんどくさ」

 

 ネットワークにダイブした57が顔を顰めて呟く。と言うのも当初想定していたセキュリティより数倍強度と数が多いからである。

 

R-13(ここ)の上級指揮官は相当しっかりした(ひと)ね」

「ひとつずつ行くしかないか」

 

 攻性防壁を破壊して進むのは簡単だけど100%バレる。今回の任務は極秘潜入なのでそれは出来ない。丁寧にひとつずつ承認作業を進めて通過していく。

 

 ・・・・・・・・・

 

「ふ〜。頭が痛くなってきたわ」

 

 もう大分進んだが電脳をフルに使っているため熱を持ち頭痛となって負荷の影響が現れる。

 そんな時、どこからか声が聞こえてくる。恐らくトグサがセカンダリーレベルを介して話しかけてきているのだろう。

 

(57、まだか? そろそろ次の見学へ行きそうな雰囲気だ)

 

「まだよ。まだ時間が必要だわ」

 

(あまり引き伸ばせない。駆け足で頼む)

 

「ッ・・・了解。じゃあ急ぐわよ!」

 

 確実性を許容できる限界まで落として速度を上げる他ない。

 そうなると独立した防壁との多少の戦闘は覚悟が必要で、メンタルモデルに対するダメージリスクは上がる。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「くぅ・・・キツイわね」

「修理装置・・・しばらくつかえないわよね」

 

 いくつかの防壁を無理に押し通り重傷とまではいかないがそれなりダメージを負っていた。

 しかし、なんとかR-13基地独立サーバのドールハウス基幹システムに辿り着いていた。

 

「やっと目的の場所ね」

 

 さっと見渡し目的のターゲットを探し出す。ライセンス関係のシステムを素早く見つけ、手をかざしてイシカワが作ったプログラムを注入する。

 

「よしOK! "枝つけ"完了」

「トグサ、FAL、すぐに戻るわ」

 

 そう伝えると、ダッシュで来た道を戻っていく。

 その彼女の痕跡はサーバ管理者、セキュリティプログラムに一切見つかる事は無かった。

 

 ──────────────

 ────────

 ────

 ──

 

(ただいま!)

 

(帰ってきたか! 引き伸ばしも限界だったよ)

 

(ケガ・・・大丈夫?)

 

(あ、うん。大丈夫・・・)

 

 帰ってくるなり57の負ったダメージを気にするあたり、FALと57の仲の良さを如実に現れている。喧嘩するほど仲がいい、と言う事なのだろう。

 

 ・・・・・・・・・

 

 義体に戻った57は素早くマイクロカードをPC端末から引き抜き、手の中で粉々に潰してポケットに仕舞う。これで万が一痕跡が見つかっても追求される事はない。

 

「パパぁ、もういいよ」

 

 そのままパタパタとトグサの方に走り寄る57をトグサは抱き止め頭を優しく撫でてやる。その姿はトキタ社長とその一人娘そのものだった。

 その後、つつがなく見学と商談は終了して、今回の出張は無事完了となった。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

 

「パパ、ただいま」

 

「おう! おかえり!って、幼女の姿はやめたのか?」

 

「うん、手が小さいし背も低いから電子戦装置が使いづらいのよ」

「あれ? それとも幼女姿の方が、パパとしては良かったのかな〜?」

 

「うるせえ。バカ言ってんじゃねーよ」

 

 帰ってくるなりのイシカワと57のやりとりは平常運転である。もう既にこのやりとりが平常運転になっていた。

 トグサ達の潜入は無事成功し、S地区の基地に戻ってきたところだった。

 戻ってくるなり、早速ミーティングが開かれる。

 

 

 

「トグサ、FAL、57、困難な潜入任務ご苦労様。枝も無事に機能しているわ」

「それで、貴方たちの帰任までに我々の情報解析も完了しているわ。ベクター頼む」

 

 素子がそう伝えると補佐をしていたベクターが壁の大型モニターを点けて、あるリストを映し出す。

 数多くの会社等の組織名と連絡先、卸品の種類と数が綺麗にまとめられていた。

 

「これがR-15からの鉄血人形部品の売買のリストですか?」

「・・・・・・・」

「元刑事としての勘ですが、相当ホワイトな取引先ばかりに見えますが?」

 

 トグサが映し出されたリストをざっと見て感想を溢す。

 

「ええ、そうね。売却先をひとつひとつ洗ってみたが特に怪しい所は無かった」

「あのマッチョな中年指揮官も馬鹿ではない。それなりに考えているってことかしらね」

 

 少佐もトグサの推察に肯定的な調査結果と意見を付け加える。

 

「あの宴会が強烈すぎるからな。まあ色眼鏡で見られてるって事なのかもな」

 

 渋い顔を見せて呟くバトーに対して、モトコが振り向き苦笑いを向けている。

 方向性は違うにしても、どこかバトーとマッチョ指揮官は共通するところを感じたからだった。

 

「以上の結果を依頼元のグリフィン情報部には解答済みだ」

「一応、こちらの見解も述べたが、そこは全く聞く耳を持たなかった」

「その態度も含めて社長に苦言は述べておいた。今後多少はマシにはなるだろう」

 

「おっしゃ。クソな仕事も終わったし、打ち上げでもやるか?」

 

 最後に、既にグリフィンには報告済みの旨、荒巻から報告で締められた。

 バトーの反応の通りこの話は実質クローズとなる。

 

 ・・・筈だった。

 

 

「いや、まだよ。ちょっと気になる点があって」

 

「え? まだなの?」

「少佐もシロだって言ったじゃん」

 

 心底残念かつウンザリそうな顔を向けるバトー。バトー以外も不思議そうな顔を向けている。

 

「依頼された仕事はシロで終わり。ただ購入先に気になるところがあって。ね」

「課長とも相談したけど、ここから先は9課の仕事になるわ」

 

「購入先? そこも調べて怪しいところは無かったんですよね?」

「何処が気になるのか教えてもらえますか」

 

 トグサの質問を受けてモトコがモニタに映し出されたリストの一社をハイライトする。

 

 

 "ガラテア義肢装具研究所"の文字が強調される。

 

 

 そこに映し出された会社に怪しさを感じるものは誰一人として居なかった。

 

 



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19.先制攻撃

遅くなりすみません。
ちょっと切りどころが悪く時間の割に短めになりました。
やはりあっち方面と絡めたいよね。と言うことで導入の導入会みたいになってます。
よろしくお願いします。




 

「ガラテア義肢装具研究所・・・?」

 

 誰かが呟く声が聞こえたが、疑問形に語尾が上がっている。つまり、なんでその固有名詞が出てきたのか分からない。と言うことなのだろう。

 

「研究所?」

 

「少佐・・・研究所・・・ですよね。特に怪しさは感じませんが?」

 

 バトーとトグサが誰かの呟きに続き疑問を口にする。トグサは自身なりの疑問をぶつける。

 少佐は自身の口で述べた。怪しい転売先は無かったと。そして今提示された気になる先も特に怪しさは感じない。少佐の言う通りだった。なのに気になると言う少佐。正直、この場にいる誰もが理解できないでいた。いや、一人、荒巻課長は何か理解している様子ではあったが。

 

 

「そうね。私も違和感は感じないわね」

 

 そう言いながらリストを見ていた57がベクターと替わり大型モニターを操作する。

 一度リストが消されてwebページが映し出された。ガラテアグループのメインページだった。

 

 ガラテアグループ。それはこの滅びゆく世界で人々の希望や羨望を集める大企業である。

 医薬品を主品目としつつ医療器具や病院経営などなど多岐に渡る。この世界の希望の灯火の一つであり、なんら後ろめたさなど無い真っ当な企業。との評価だ。まあ、大企業である以上多少なり法に触れることや不良社員の悪事などもあるだろうが、その程度のレベルであり企業に対する評価が変わるものでもない。

 誰がどう考えてもこの世界のに必要な最優良企業と言えるだろう。

 

 横の別のモニターにはニュース映像の動画が映し出されている。小柄で可愛らしい女性が丁寧にガラテアグループのリポートをしている。そのシッカリした報道姿勢からその彼女が優秀なジャーナリストなのだろう事が分かる。ニュースで取り上げられて多くの人の耳目を集める企業である事を如実に表していた。

 

 57はそんなガラテアグループのメインページからグループ内の医療関係の事業部門のページへ移動して、さらに医療事業の拠点情報のページへ進む。

 大型モニターには関連事業所や子会社などの住所や営業品目、住所などか出ていた。このご時世、自社の住所を載せるなど危険な行為であるが、大企業なりの自信や信念などが感じられるページである。

 そのリストの中に、ガラテア義肢装具研究所も記載されていた。

 

「住所、連絡先共にさっきのベクターのリストと同じだわ」

「つまり鉄血の部品を買ったのは正真正銘ガラテアグループの研究所、と言うことになるわね」

 

 57は間違いなくガラテアグループである事を付け加え、モトコの方に視線を向ける。"有名大企業の何処が怪しいのか? "そう言いたいようだ。皆も57同様に素子へと視線を集めている。

 

 

 

「ああ・・・そーいう話し?」

 

 何処からか女の声が聞こえて、モニターが一方的に切り替わる。

 モニターに映し出されたのは16labの主席研究員のペルシカリアだった。その言葉から画面に映し出される前から話を聞いていたらしい事が分かった。

 

 

 ────────────

 

「ペルシカ、来たわね。遅いわよ」

 

「あーごめんごめん」

 

 素子の苦情にあくびしながら全く反省の態度なく謝罪の言葉を述べるペルシカ。その後ろにパズとボーマも控えている。9課の会議のため二人も呼ばれていた。しかし、二人の顔には隈が出来ており、相当の疲労が溜まっている様子だった。ちょっと休暇を与えても良いかも、と素子の心に同情が浮かぶがそれもすぐに消え去る。9課はそんなに甘いわけがないということである。

 

「で、私のコメントが欲しいお題は"研究所が鉄血の部品を買うのは不自然なのか? "かしら?」

 

 コーヒーと言い張る超甘い泥水が入ったマグカップを持ち、ニンマリ顔のペルシカ。いつも通りの彼女である。

 

「言ったかもしれないけど人形と装具は似て非なるもの。けど構造や材質に限って言えばほぼ同じとも言える」

 

「そうね。だって私たち戦術人形は人間と同じ外観なんだから。少なくとも四肢の構造はほぼ同じ。よね」

 

「FAL、その通りよ。構造研究で人形の部品を手に入れる行為は一般的ね」

 

「・・・・・」

「では、不自然では無いのだな」

 

 ペルシカの言葉にFALとNTW-20が返す。答えが出たように思えるが・・・・

 

「うーん・・・大筋はそうなんだけど・・・ね」

「ただ、R-15基地の転売品はリッパー、べスピドにイェーガーの部品でしょ? 今更ガラテアに必要とも思えない旧型なのよね」

「ガラテアグループが販売している装具の性能はそれらの世代の古い戦術人形の部品より遥かに洗練されているからね」

 

「では、不自然なところがある?」

 

「そうね。目的がね、ないわよね」

「でも、気まぐれな研究者もいるからね~。思い付きで買った可能性もゼロではないかな」

「怪しさの確率はフィフティーフィフティーってとこかしら?」

 

 ルイスの問いかけに適当に返すペルシカだが、気まぐれな研究者も居るのくだりで横のパズとボーマがペルシカを睨んで居た。「お前が言うか?」との思いなのだろう。

 

 

 

「私はモトコを信じるよ。モトコが・・・ゴーストが囁いたなら私は信じる」

「人形の私には分からないけど・・・・モトコが信じるなら・・・」

 

 ベクターが真っ直ぐな眼で素子を見て信じると告げた後に、下に視線を移して呟く。

 ベクターなりに何かを感じているのだろう。素子達と出会う前の彼女とは多少なり変わっているのだが、本人にはその認識はまだ無かった。ベクターが不明確な事に乗るなんて以前の彼女を知るものには信じられないだろう。

 

 そんな皆のやりとりを見て荒巻課長が裁定を下す。

 

「うむ。では9課として正式にガラテア義肢装具研究所への調査を行うこととする」

「少佐とベクターによる潜入調査とする。イシカワ、バトー、サイトーにトグサはフォローする様に。調査計画は少佐に任せる」

 

「では・・・私とベクターで現地潜入により施設の調査を行う。イシカワと57は電子戦指揮車により中継指揮。バトーとルイス、サイトーとNTW-20それにトグサとFALは不測の事態に備えて後方待機」

「以上。作戦は明後日の午前0時開始だ」

 

「僕の方でも訓練を兼ねて予備部隊をだすよ。夜間作戦なので第五部隊のグローザ達を派遣する」

 

 そんなこんなで打ち合わせ終了後は各チーム毎に散って準備を始める。

 何にしても、調査は実施することとなったのだった。

 

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

「おい。真面目にやれよ」

 

「え~、だってなにもやること無いわよ、パパ」

 

 椅子に座り電子戦装置の前の作業台の上に脚を放り出してヤル気無しの57をどやしつけるイシカワだが、まあ気持ちは分からんでもない。

 しかし、ミニスカートの少女が態度の悪いオヤジよろしく机に脚を放り出す姿はどうなのか? ちょっと頑張れば、いや頑張らなくても下着が見える状態であり、逆にチラリズムでエロさが跳ね上がっている。

 

「お前なあ・・・まあいいや」

「けど、少佐の勘は侮るな! 何かあると思っとけよ」

 

「ふ~ん・・・パパはモトコの予想を信じてるんだ」

 

「少佐とは付き合いが長いからな。そのあたりの凄さは分かっているつもりだ」

 

 ニヤケながら試すように問いかける57に、真顔で返すイシカワ。9課のメンバーは素子の能力を信じているが、57はまだ信じきれていないようだった。

 

「と言ってもね、もう入ってから10分は経つけど、特に代わり映え無いわね」

「今回はからぶりかしらね・・・・え?」

 

 57がふとなんの気無しに見た電子戦装置のモニターだったが、見慣れぬ警告が出ていた。

 一瞬なんだか分からず口から漏れた言葉は気の抜けたような、え? と言う声だけだった。

 

 "Undetectable(検出不能)

 

 通常ならアラーム音と共に現れるメッセージだがアラームすら鳴っていない。

 

「クソッタレ。ハックされたか! やられた!」

「ちっ! 無線ネットワークがダウンしている。不味いぞ」

 

 イシカワが慌ててキーボード端末を操作するが全く事態が好転する様子もない。

 どうやらかなり深刻な状況である事が素人にも分かる。想定外の先制攻撃だった。

 

「私がセカンダリー空間に行って片付けてくるわ!」

 

 その如何ともしがたい状況を見た57は業を煮やし有線ケーブルを後ろ首に挿そうとする。

 直接セカンダリー空間に入り込みハッキングの大元を叩き潰すつもりだった。

 

 しかし、57がケーブルを挿した瞬間にイシカワに突き飛ばされ、ケーブルが抜け落ちる。

 それと同時に細い通信ケーブルに大電流が流れ、ケーブルの被覆が溶けてズタズタに焼け落ちる。

 

「キャァっ」と思わず悲鳴が漏れるが、瞬時に抜いたケーブルから飛んだスパークが57の首の端子に飛んでいた。

 

「57! 大丈夫か!?」

 

 イシカワが忙しなく端末を操作しながら、壁に吹き飛ばされたまま地面に座り込む57に声を掛ける。

 57がセカンダリーネットワークにダイブした瞬間に強烈な攻撃を受けていた。イシカワの咄嗟の判断でなんとかダウンは免れた形だった。

 

「ダイジョーブ・・・と言いたいところだけど、ダメージが大きくてメンタルの維持で精一杯ね・・・」

「パパありがと。パパが咄嗟に止めてくれなかったら脳を焼かれてたわ・・・」

「あんなに強度の高い攻性防壁を入り口に偽装して張るなんて・・・」

 

「ああ。電子戦型の戦術人形を誘い込んで殺すトラップだ。痺れを切らして飛び込みたくなるように仕向けてやがった」

「お前は少し休んでいろ」

 

 重傷の57を休ませて、イシカワが作業を続けるが、

 

「・・・・クソっ。ダメだ制御を取られてリブートも受け付けねえ」

「不味いぞ、潜入した少佐達に状況が伝えられない。このままだと孤立しちまう」

 

 突然諦めたように立ち上がったイシカワが入り口の配電盤を開けてメインブレーカーを落とした。

 "ヒュィーン"とファンか何かが止まる余韻の音と共に電子戦指揮車の内部が真っ暗になる。

 しばし時間を置いてブレーカーを上げると再び電気がつくと共に電子戦装置が立ち上がる。

 システムのアップ中にすかさず煙草を咥えて火をつける。

 

「よし! 制御を取り戻した。・・・が、機器は侵入者にやられてズタボロだな」

 

「もう、パパは乱暴ね」

 

「バ〜カ、100年前は白黒のテレビを叩いて直してたんだよ。こんくらい優しいもんだ」

 

「何よそれ」

 

 イシカワの強引な話を聞いて思わず苦笑してしまう57だった。

 

「通信は・・・ギリギリ可能だが・・・少佐は・・・相変わらずNo communication(通信不能)かよ」

 不味いぞ。これは完全な罠だ。直ぐに撤退するのが最良だが上役の少佐に連絡が取れないと作戦変更も撤退も出来ない。

 先ずはフォロー班に伝えて少佐の援護と撤退支援をすべきだ。

 

「バトー班、サイトー班、トグサ班、聞こえるか。中継指揮組がハッキングでやられた」

「少佐と連絡が不能だ。撤退支援に移行・・・・あ? なに?」

 

「マジかよ・・・」

 

 バトー達の返答を聞いたイシカワは思わず呟き、咥えていた煙草が床へポトリと落ちていた。

 

 



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20.ある少女

皆さま、あけましておめでとうございます。投稿がちょうど2023年明けですね。
お気に入りが100件を超えました。ひとえに読者の皆さまのおかげです。ありがとうございます。

57の幼女義体の話を書いたら義体欲しくなっちゃって、ブラックカード交換しましたが、あれいいですね。
ログイン時の「会いたかった〜」からのドアップ上目遣い、FALのフェネックを画面にぶん投げる、「子供の時に見る目を養わないとFALちゃんみたいな大人になっちゃうよ(FALのとこ強調)」と言った暴言(笑)
もう最高ですね。

話の方向性は、パラデウスさんち方面で行きたいんですけど、上手くまとめられるかどうか。
もう、あの博士が謎すぎてどう書けばいいのか頭抱えています(笑)
クオリティ低下の危機です(笑)



 

 時はイシカワ達が先制のハッキング攻撃を受ける少し前に戻る。

 

 ────────────

 

 素子とベクターは研究所から少し離れた路地裏に居た。美少女と美女の二人である。こんな深夜も人目のつかない場所も不釣り合いである。

 そんな二人は目立たないように素早く研究所の敷地境界の塀に近づく。

 サラッと周囲を確認して、ベクターが側の街灯にまるで身軽な猿のように駆け上る。ほんの数秒研究所の敷地を確認してすぐに地面に降りると共に再び景色に溶け込む。

 モトコの横に近づき、調査結果を端的に共有するベクター。側から見たらシチュエーションはさておき美女二人が自然に話している様にしか見えない。

 

「電気柵も監視塔も無いわ。赤外線探知器もなし、ついでに警備員も居ない」

「潜入は簡単、私が先に行くよ」

 

「分かったわ」

 

 それだけのやり取りを行い、潜入を開始する。

 ベクターが塀の側のオフィスビルの壁を駆け上がり三角飛びの要領で空中に飛び上がり美しい宙返りで敷地内に降り立つ。続いて一〇〇式義体の少女体型の素子が降り立つ。ベクターの確認の通り警備員も監視設備も無く難なく敷地内へと侵入する事が出来た。

 降りると共に二人して素早く二階建ての建物の屋上へとよじ登る。

 屋上の空調設備からダクトを通して建屋内へと潜入したのだった。

 敷地内を巡回する警備員、防犯カメラ達はいつも通り、特に異常を感じ取ることは無かった。

 

 

 ──────────

 

 

「今までの確認でおかしなところは何も無い」

「調査は順調。継続する」

 

「了解」

 

 素子が無線映像通信を介して指揮中継担当のイシカワへ定時連絡を入れる。

 その後、建屋を2階から1階へと定期的に巡回する警備員をやり過ごしながら調査するが特に何も無い。ごく普通のありふれた実験室や事務所があるのみ。置いてある紙ベースのデーター類を確認したが特に不審点は無し。全ての調査結果は素子の勘違いを表していた。

 ここまでの室内のチェックで約5分、流石、優秀な二人である。

 

 ・・・・

 

「で? どうする? 気が済んだなら帰る??」

 

 一階の隅にある人気が皆無の機械室に身を隠し調査の結果の確認と進退を決めるミーティングを行う。と言っても今まで怪しいところもなくたいして話すことも無かった。

 さして興味なさそうに話すベクターの判断はシロ、これ以上はムダ、速やかに帰りましょう。と言うことらしい。

 

「・・・・・」

「いや、まだよ。まだ終わってないわ」

 

「ん? モトコ、どいうこと?」

 

「念のためこの研究所の建設当時の工事写真を確認したんだけど、建屋の規模に対してかなり深く掘っていたわ」

「まさか、と思ったけどこの機械室の送風機を見て確信を持った」

 

「市への申請には地上2階建、で登記されていたのは私も確認している。つまり秘密の地下室があると?」

 

「ああ。この送風ダクトが地下に伸びている」

「秘密の地下施設があるのだろう。ここから入るぞ」

 

「いいよ。気が済むまで付き合うよ」

 

 ベクターはダルそうに返しているが決してそんなことはなく、モトコについて行く気満々なようだ。この素っ気なさがベクターのデフォルトな訳で、やる気が無ければ無視して相手をしないだろう。

 

 

 素子がガチャっとハンドルを回してダクトの整備用のハッチを開ける。それと共に風が吹き抜け底の見えない真っ暗なダクトの穴がまるで地獄への入り口の様にも見える。が、躊躇なく素子とベクターは飛び込んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

「地下三階くらいね」

 

 モトコの義体の速度センサーと落下時間から簡単に正確な深度が計算される。元民生用人形の義体に軍用ほどの優秀なセンサーは搭載されていないが、基本機能の応用でこの程度は十分計算可能だった。

 

 ダクトの中をハイハイする様に進んで行く二人。

 真っ暗なダクト内も人形のアイカメラに搭載された赤外線暗視機能で問題なく見える。二人は特別な義体なのでサーマル(熱源)視覚機能も搭載している。これらを併用すればほぼ全ての場所での作戦に従事可能である。

 ちなみに二人のメインウェッポンの"KRISS Vector"には16Lab謹製のPEQである赤外線線レーザーサイトが取り付けてある。作戦能力の低下は全く無い。

 

「そうだね」

「でもここは狭いよ。ダクトの外から撃たれたら即死。早く出たいわね」

 

 ベクターは狭いダクト内にいる事が嫌な様だ。まあ、それは素子も一緒なわけだが。

 

「そうね。出れそうなところから出るから、今は我慢しなさい・・・・・・ストップ!」

 

 すぐ目の前の送風口のフィンの隙間から廊下が見える。廊下は明るい様だ。

 赤外線モードから可視光モードに変換するが人間が明順応するように目を顰めて覗く。

 

 そこには、アサルトライフルらしき銃を持ち歩く不気味な兵士の団体が見えていた。

 その兵士達はまるで50年前のジャパニメーションに出てくるロボット兵器、あるいは宇宙服のような防具をつけていた。

 白を基調としたコスプレのような不気味な防具をつけ、青いバイザーのフルフェイス様の防護具を装着した集団。その姿はベクターの持つグリフィンのデーターベースと照合するがどことも合致しない。そう、その結果を見る限り違法製造の人形としか言えない。・・・モトコと初めて会った時の様に。

 

「ふっ・・・。戦術人形、各国兵士リストに該当無しよ」

 

 思わず近距離通信で吹いてしまったベクター。その珍しいベクターの姿を見て??? を浮かべる素子だが、ベクターは続けてイシカワに詳細調査を依頼するつもりだった。が・・・・

 

「モトコ! イシカワと通信が繋がらない!」

 

「何っ!」

 

 機密区域には通信不能にする仕掛けが敷かれていることも珍しくはない。ここもその機密に該当するので通信不能であっても不審ではない。

 しかし、秘密の施設に謎の集団の登場と何か偶然が重なりすぎていた。

 素子自身も改めて連絡を試みるがやはり結果は変わらず繋がらない。

 

 丁度このタイミングでイシカワ達がハッキング攻撃を受けて通信不能となったところであった。研究施設に何ら通信障害を起こす仕掛けは無いのだが、そんなことを素子たちが知る術はなかった。しかし状況から相手の術中に嵌まっているであろうことは感じていた。

 

「モトコ、どうする? 引き返すなら今だと思うけど」

 

 どうにも嫌な空気をひしひしと感じているベクターがかなり深刻な、真面目な顔で問うてくる。事実そうなのだろう。ここから一歩進んだら色々な意味で引き返せなくなることが容易に想像できる。

 ここが限界。ベクターはそう判断していた。

 

 

「・・・・・・」

「調査は継続よ」

 

 しかし、素子の返事はベクターの意見とは相反するものだった。

 

「モトコっ! ここから先は危険だ」

「私は人形だから最悪やられても生き返る事が出来る。けど貴女は電脳化したサイボーグとはいえ人間。死んだら生き返る事はできないんだよ」

 

「あら。それが普通じゃない。前の世界のこの仕事ではみんなそれが当たり前よ」

「これくらいの事態は想定内。継続よ」

 

「・・・・・・」

 

 ベクターにはそれ以上続ける言葉は発せなかった。

 

 

 ────────────

 

 

 私は何を言っているのか。

 

 "ここから先は危険だ"

 

 私は何故こんな言葉を吐いたのか。

 今回の任務の指揮者(リーダー)はモトコだ。そのモトコが全て分かった上で継続と決めたのに私は何故。リーダーの決定に翻意を迫るなど戦術人形に許される行為ではない。

 あり得ない。許容できない。

 

 何故? 何故なんだ? 私は一体何を考えていた? 

 任務の失敗を心配していた? 

 いや違う。今までだって成功率が悪い任務もあった。けど指揮官に翻意を促すことなどなかった。

 破壊()を恐れた? いやそれも違う。義体ロストの経験はないけど義体入れ替えが必要な修復不能な重傷となったことはある。けど何の恐怖もなかった。

 今までは私は()()()()()のだ。

 いつから私は狂ったのだ? さっきから何度も自己診断プログラムを回しているが、なんの異常も見つからない。

 そんな訳ない。私はおかしい。絶対におかしい。こんなんじゃ任務に差し支える。

 無事に帰れたら、ペルシカリア博士に相談して精密診断と修復を行わなければ。

 最悪治らなければメンタルの初期化か廃棄処分となるだろう・・・けど、こんな状態の私が存在するよりマシだ。

 

 メンタルが狂うなんて人形失格だ。

 怖い。怖いよ。()()()()()()()()()()()自分が怖い。

 

 

 ダクトの中を素子と共に這いずるベクターは、答えの出ない演算をひたすら繰り返していた。

 

 

 

 ────────────

 

 

「ベクター、この部屋から侵入するぞ」

 

 素子とベクターがダクトを這い進んだ先の、ある部屋に通じる通気口のフィンの隙間から部屋を覗き見る。

 内部は何かの治験施設の様だが暗くてよく見えない。少なくとも照明も消え人の気配も感じないことから侵入には最適だ。

 

「ん・・・ベクター? 大丈夫か?」

 

「大丈夫。何も問題はない」

 

 返事が鈍かったベクターの返答を聞きながら素子は通気口のフィンを内側から器用に外す。"コトリ"と小さな音を立てて外れたフィンと共に部屋に降り立つ二人。通風口手をかけて前回りする様に降りる二人は全く音を立てることなく地に立つ。

 

「ふう。窮屈なところからやっと出れたわね」

 

「そうだね」

 

 そんなやりとりをしながら自身の武器のチェックをし、周囲を見渡す。やはり研究実験施設のような治験施設の様な独特の部屋である。間違いないのは何らかの生体的な研究であろうことは理解できた。

 義肢装具とはいえガラテアの研究所である。ここまで来て動物の実験ということはないだろう。その対象は? 推して知るべしという事だ。

 PC端末でもあればハックしてここの秘密を暴けるだろう。という事でPCを探すが見つからない。

 

「さて、どうしたものかしらね」

 

 次の手はどうしようか考えていた時、事態が大きく動く事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに居るのは・・・誰?」

 

 

 

 他に誰も居ないと思っていた室内から何者かの声が掛かる。

 素子もベクターもその声に身構える。何せ自分達の索敵に引っ掛からなかったのだから。

 最大限の警戒心を持って声の方向を確認する。

 改めて確認すると、みすぼらしい治験用の簡易ベッドの上に少女が横たわっていた。何故検索に引っ掛からなかったのか分からないが、何らかの特殊なスキルを付与されている、のだろうか。

 声の主は彼女のようだった。

 

 ベッドに横たわる少女はかなり体調が悪いだろうことが感じ取れた。ひどく肉体的にまた精神的に辛そうである。そう、人間で言えばかなり辛い病魔に侵され高熱に苛まれている、そんな見た目であった。

 

 かわいらしい肩ほどの長さの黒髪の少女が苦しそうにベッドに横たわっているが・・・服装はまるでボロ切れのような灰色のフード付きのポンチョ様の服を着ている。だが、異様なのは服装ではなかった。

 そう。彼女の身体が異様なのだ。灰色のポンチョから出た脚が人のそれではなかった。彼女の脚はまるで黒い木の枝のような無機質な脚、それに機械の、よく見れば鉄血兵の腕が取り付けられていた。少し考えればグリフィンの基地から流された部品だろう事が想像できた。

 どうも胴体以外は機械化がなされている様だった。この世界では許されない行為が為されている、そう想像させられた。

 

 

 彼女から声をかけられてベクターが半身のサブマシンガンを構えるが、素子により素早く静止させられる。

 敵対意志が無いことをアピールするとともに少女の出方を伺う。素子自身も少女の扱いを決めかねていた。

 

 

 

 

 

 しばし見合う時が過ぎた後、素子とベクターにとって想定外の事態が起こった。

 苦しそうな表情の中、不審者を見る目つきで素子を見つめる少女の顔が、突然パッと明るくなり・・・・

 

「ああっ! ・・・お父様はついに・・・ついに完成したのね」

 

 全く想定外の問いかけに、返す言葉を失う素子とベクターだった

 

 



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21.脱出

あっという間に3月になってしまいました。遅くなりすみませんでした。
なかなか筆が進まず、書いていたらダラダラとした回になってしまった気がします。
お楽しみ頂けたら幸いです。



 

「お父様はついに・・・ついに完成したのね」

 

 素子とベクターの前にいる黒髪の少女、苦痛に顔を歪めながらも喜びが顔に現れていた。

 彼女には名前などなかった。ただ異性体(アイソマー)と呼ばれる存在。彼女の『お父様』により作られるNYTOと呼ばれる兵士? へと作られる時にドロップアウトした不良品(出来損ない)だった。

 速成のクローン人間に機械化改造を施し、電子的なウイルスを用いた徹底的な精神的な強化、それらを経て作られるが、彼女は初期の機械化改造に適応できなかった存在だった。だからこそ本格的な精神的強化を免れたのは運が良かったのかもしれない。まあ、リサイクル利用的な改造テストに使われて廃棄(殺処分)されるから変わりないかもしれないが。

 

 彼女程度の底辺の者に『お父様』の目的など全く分かってはいなかった。ただ一緒に居た同じ顔をした姉達が出て行ったきり戻らない。そして新しい妹が追加されていく。一方通行で消費され何かに生まれ変わる事だけは知らされていた。恐らく何かを完成させたいのだろう事だけは薄々感じていた。

 だからこそ素子に向けて出た言葉だった。

 

 

「そうよ。お父様は成功したわ。・・・苦しむ娘ももう居なくなるわ・・・」

 

「良かった・・・お父様がお望みする世界に近づくことが出来て・・・」

 

(ちょっと! モトコは何のことだか分かっていの??)

 

 素子がサラリと謎の少女に答えるが、驚いたのはベクターだった。この謎の状況について行けていないのは自分だけなのか? と焦る。

 少女に伝わらないようにセカンダリーレベルで話しかけていた。

 

(ああ、彼女の反応と状況から推察しただけだ)

(人体への義体化改造は確立されていないとペルシカが言っていた。この状況から考えて可能な限り情報を抜き取りたい)

(彼女を連れて帰るぞ)

 

(は!? 冗談でしょ??)

 

(本気よ。貴女となら出来るわよ)

 

(・・・モトコがリーダーだからやるならやるよ。けど戦術シミュレーションの結果はこのまま退避が優勢。私達が殺られたら持ち帰れる物はゼロ。ロストせずに現在の情報を持って帰るだけでも価値があるとは思うよ)

 

(ふふっ。困難な任務も完遂するのが9課よ。なにがなんでも連れて帰る)

 

(了解。その命令だけでいいよ)

 

 そう言うと、ベクターは自身の半身の"KRISS Vector"のマガジンチェックなどを行いながら部屋と廊下を繋ぐ扉方へと歩いていく。

 脱出前に警備兵が回ってこないか警戒してくれるようだ。

 まあ、「用が済んだならさっさと帰るぞ」とのアピールでもあるのだろう。

 

 素子がそんなベクターを目で見送っていると、同じく見送っていた少女が怪訝そうな顔で話しかけてきた。

 

「ところであれは・・・I.O.P.の戦術人形(ガラクタ)。何故あのような物を?」

 

「ああ、手伝いに使っている」

 

 サラッと小声で返しておくがベクターが近くに居なくて良かった。こんなやりとりを聞かれていたらヘソ曲げていたに違いない。

 しかし、このやり取りだけでも分かる情報がある。ベクターを見てガラクタと評したその態度。I.O.P.やPMCに対して敵対的かあるいは自身の組織外に対して全て敵対的か、と考えられる。自身の保護者をお父様と表現した事から特定個人の私的組織、そして公表されていない組織である事から後者の組織外に対して敵対的、の可能性大か。テロ組織や秘密結社の類だろうが、その解明は連れて帰ってからか。

 

「そう・・・さすが・・・お姉様・・です・・・・・」

 

 返答した少女にまた苦痛が襲ってきたようでそのまま気絶してしまった。

 連れ出すには好都合ではあるが、状態はかなり悪そうだ。このままでは数日内に命を落とすのではないか? ここの連中は彼女に何ら手当をするつもりは無いらしい。もう用済みという事だろう。

 であれば、連れ出して治療と情報収集する。それが私たちとこの娘のためになるだろう。

 気絶したのをこれ幸いとして素子は少女を担ぎ上げたそんな時・・・

 

「モトコっ! ヤバい。警備兵達が集まってきている。これはバレたみたい」

「数が多すぎるよ。やはりその子を放棄して元の道を帰ることを勧める」

 

 ドアの脇に張り付きドアの向こうの様子を伺っているベクターだが、クールな彼女としては珍しく焦っているようだ。

 

「あら? 9課ならこれくらいよくあることよ」

 

 少女を担いだまま研究施設の端末PCへと歩みを進めながらベクターに返事を返す素子。

 PCの前に立つと、首の後ろから接続コードを引き出しPCのポートに接続・・・・・()()()()()()()()()

 素子は少し考えて懐からアクセサリーのような物を取り出して首裏の外部接続コネクターに取り付ける。そしてそのアクセサリーからコードを伸ばしてPCに接続する。

 素子が接続コードを介して秘密研究所のシステムにダイブするが、ダイブと同時に首裏のアクセサリーに激しいスパークが走り焼け落ちた。

 

「モトコっ! 大丈夫か!?」

 

 再び焦るベクターだがそれもそうだろう。脳を焼かれたら一撃で即死だ。明らかにモトコに生じた事象は即死攻撃だったからだ。

 

「ベクター、大丈夫よ。身代わり防壁がやられただけよ」

 

 振り返って淡々と答える素子だが、この世界で身代わり防壁を作ったペルシカを思い浮かべていた。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

「ほう! こんな考えの防御壁を用いているのか。おもしろいね」

 

 ペルシカが聞きたがっていた異世界技術を紹介する会の一幕の話である。

 素子が提示した前の世界の身代わり防壁の仕様を見てペルシカが興奮していた。

 

「なるほどなるほど。これなら自身と完全に同じ仕様のダミーを先行させて、そのダミーを自爆仕様にすれば行けるわね」

「やっぱり異世界の技術はインスピレーションの塊ね!」

 

「あら、あっちでは普通の技術だったけど?」

 

「ふふっ。挑発には乗らないわよ。けど、すぐに作ってあげるわよ!」

 

 そう言ってすぐに実験検証を終わらせて数セットの試作をペルシカは作り上げていた。

 

 ──────────────

 ────────

 ────

 ──

 

(ふふっ。ペルシカ、いい仕事するわね。この場にいたらドヤ顔していたかしらね?)

(しかし・・・敵の防壁は単調ね。恐らく本当の電子戦をまだ理解できていない。これなら行ける)

 

 侵入と同時に強力な攻性防壁による攻撃を受けるが身代わり防壁でいなしてお終い。その後は特に無し。

 ネットワークへの各種階層への侵入を進めると、社員や研究に関する情報の格納庫などが多数並んでいる。しかし、素子は全て無視して先へと進む。

 通常あり得ないだろう。こんなデータベースの階層構築など。どう考えても見え見えの罠としか思えない。

 サクッと施設のセキュリティと管理を司るシステムを探し出し『枝つけ』を完了させる。

 ネットワークに侵入して30秒程度の出来事である。

 

 

「で? モトコ、どうする?」

 

 セカンダリーレベルから戻って来たところでベクターが問いかけてくる。正直、まともにやって少女をつれたまま無事脱出するのは不可能に近い。

 

「施設のセキュリティは掌握したわ。まずはマップを共有する」

 

 近距離通信で共有された施設マップには黄色く光る点が記されている。どうやら脱出用のエレベーターのようだ。

 しかしこの部屋から直接の一本道であり、部屋の前の警備兵たちを躱していくことなど出来ない。

 

「出口は分かったけど、コイツらはどうするのよ?」

 

 うんざりした顔をしながら親指で後方を指差すベクター、表の連中をどう始末するのか? さっさと教えろ! とアピールしている。

 

「もう、せっかちね。それは・・・・・」

 

 素子がベクターに作戦を伝え、いよいよ脱出を開始することとなる。

 

 

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

「・・・・準備オッケーよ」

 

「了解。10秒後に開始する」

 

 ベクターの声に素子が開始時間を答える。と同時にベクターは扉の前にスタスタと歩いて行き右太ももを上げてポーズをとり準備をする。

 

「・・・3 ,2 ,1・・GO!」

 

 "ドガンっ"

 "グチャ"

 

 素子がピッタリ10秒後、ラスト3秒のカウントダウンを口にする。それと同時にベクターが扉へ渾身の足刀蹴りを叩き込んだ。

 軽合金製とはいえ十分分厚くセキュリティ性の高い横開きの扉がくの字になって廊下へ吹き飛ぶ。

 ちょうど廊下に集まった警備兵、ストレリツィ達の数名が運悪く扉を開こうとしていたタイミングだった。彼らは突然飛んできた扉を避けられわけもなくそのまま吹き飛ばされ扉と壁にサンドイッチにされてクチャりと潰れ即死させられる。

 

 ベクターの蹴りと同時に、音もなく部屋と廊下の電気が落とされ暗闇に包まれた。

 他のストレリツィ達は全く想定外の事態に全く対応できなかった。

 

「モトコ! 行くよ」

 

 そう言うとベクターは破壊された扉から飛び出して、居並ぶストレリツィを躱しながらエレベーターに向かい走り出す。

 突然の暗闇と動き出した事態に全く対応できないストレリツィ達、真っ暗闇のなかほぼ棒立ちだが一部の優秀な兵は反応を示す。

 だが、それも無駄に終わる。

 反応を示す個体は足を止めずに先頭のベクターが射撃を加える。サイレンサー付きのKRISS Vectorから丁寧なダブルタップによるフルメタルジャケットの.45ACP弾が頭部に綺麗に着弾していく。近距離からの射撃によりストレリツィのバイザーは容易く破壊され彼らの頭部をメチャクチャにしていく。戦闘を主に想定していなかった為ホローポイント弾を持ってこなかったのが幸いした。

 

「一瞬で殺してあげるから何の痛みも感じないよ」

 

 ストレリツィの集団を抜けたあたりでベクターは腰に下げた焼夷手榴弾(ナパームグレネード)を左手で一つ取り、口でピンを抜きさして興味も無さげに振り向きもせずに後ろ手で投げる。

 投げられたグレネードードは綺麗な放物線を描き破壊された扉の前あたり、ちょうどストレリツィ達のど真ん中に落下する。カンッと着地した衝撃音とほぼ同時に爆発して紅蓮の炎を撒き散らす。集まっていたストレリツィ達はなす術もなく炎に巻かれ次々と倒れていく。何一つ仕事をこなす間もなく強力な兵士たちは斃れてしまっていた。

 紅蓮の炎が照らし出した廊下には焼かれたストレリツィと戸惑って動きを止めたストレリツィのみ。素子とベクターの姿はどこにも無かった。

 

 

 ────────────

 

 ストレリツィ部隊の隊長は混乱していた。

 開けようとしていきなり飛んできた扉。訳がわからない。横開きの扉がなぜ突然? 

 仲間が数名飛んできた扉にやられ他に巻き込まれた数名もダメージを受けている。しかし扉が開いたなら好都合と思う・・・が、間も無く、周囲は突然真っ暗闇に包まれる。

 集まった仲間達も混乱しているし、同志撃ちの危険が生じる為迂闊に発砲出来ない。まあ、10秒も経たずに闇に慣れるのでこれは問題は無い。

 と思ったら発砲音が聞こえ、仲間の断末魔が聞こえてくる。音もそれ程近くは無いようだ。

 

(クソッ。どうなっている)

「・・・・・・・」(落ち着け、間も無く闇に慣れる。慣れてから数で押し切るぞ)

 

 そう思った時だった。何か金属製のものを落としたような音と共に爆発的な炎が周囲にまき散らされる。

 俺は火だるまになった。本能的に転がって消そうとするが全く消えない。化学的な焼夷燃料の為なのだろうがその理由など気にする時間などなかった。

 周りの仲間達と同じようにもがくしか無かった。廊下の消火用のスプリンクラーも作動しない。巻き込まれた仲間と共に廊下に斃れ意識を消失するが、最後の瞬間まで一連の攻撃者を認識する事は出来なかった。

 

 

 ────────────

 

 

「モトコ、見えたよ」

 

 先頭を走るベクターの眼に、廊下の先のエレベーターが見えた。丁寧に扉が開いている。

 

「ああ、突っ込むぞ」

 

 ベクターを先頭に少女を担いでいる素子共々、ベースボールのスライディングの様にエレベーターに飛び込む。

 と同時に自動的に一階行きのランプが点る。素子がシステムを完全に掌握しているため、セカンダリーレベル経由でエレベーターを操っている。

 

「・・・・・」

 

 ベクターはまた一つ腰のグレネードを手に取って口でピンを抜き、またどうでも良さげに後方に放り投げた。

 ちょうど閉まり始めた扉の隙間から廊下に転がり、扉が閉まった頃に廊下に紅蓮の炎が迸る。

 追手のストレリツィ達が追跡できぬようにする嫌がらせだったが、素子達を頑張って追って来ていた優秀なストレリツィが炎に巻かれてしまうことになる。

 エレベーターの扉が閉まった外の事など、素子とベクターにはどうでもいい事ではあった。

 

 

 

「で、モトコ、どうする?」

 

「まだイシカワと連絡が取れない。施設から脱出して退却ポイントへ移動する」

「なんとか乗り物を確保したいわね」

 

 

 "チーン"

 

 ちょっとしたやりとりの間にエレベーターが一階到着する。

 スーッとひらく扉の脇に隠れて素早く廊下のクリアリングをするが、例の連中は居ないようだった。

 

「ベクター、行くぞ」

 

「了解」

 

 ベクターと素子が駆け出していくが、いつか角を曲がったところで、二人の人間の警備員と鉢合わせる。

 

 

「おい、なんだお前達!」

 

 警備員達にしてみれば本来いるはずのない人間(人形)が二人いるのだ。一瞬面食らうがすぐに対応に移る。

 警棒を抜き素子達に問いただすが素子達は無視してダッシュで脇を抜けて走り去る。

 

「お、おい! まて!! ・・・・え? な、なんだ?」

 

 逃げ去る素子達を追いかけようとしたところで、何処からか謎の白い集団が現れる。

 白い集団は足を止めて、警備員達に躊躇なくライフルを向ける。

 

「なんだ? ・・・おい! 銃を捨てろ」

 

 流石に銃を向けられ警備員達も焦る。全く手慣れていない手つきで腰の拳銃を抜こうとした。ライフル相手に拳銃などさして意味はないだろう。しかし彼らにはそれが最大の武器なのだから致し方なかっただろう。だが拳銃を抜くことすら叶わず白い集団からビームライフルを乱射される。

 複数の高エネルギーのビームを受けた警備員達はその身を焼かれ灰にされてしまう。明らかに人体に対してはオーバーキルな兵器である。

 

 

「あいつら・・・仲間じゃないのか?」

 

 後方の惨事を察して考えが思わず口をつく素子。

 

「行くよ」

 

 ベクターは走りながら建物正面玄関の立派なガラスの自動ドアにサブマシンガンを乱射して粉々に破壊する。

 "ガシャーン"とけたたましい音が鳴り響きガラスが砕け落ちるが構っていられない。どうせ静かに近づいてもドアが開く訳がないのだから。

 入り口受付の夜間警備員も突然目の前で行われた狼藉には、頭を抱えて床に伏せることしかできなかった。

 

 表に出た素子は、ハッキングしていた建物のコントロールプログラムを通して防犯シャッター、防火扉、消火装置などのあらゆる機器を作動させて兵士たちの動きを阻害させる。もちろんプログラムから抜ける時にそのアクセスコードを無茶苦茶に書き換える事も忘れない。

 これで僅かな時間は稼げるだろう。

 

 素子がハラスメントを行なっている隙にベクターは駐輪場に掛けより、バイクを吟味する。

 

「JAPAN製の内燃機式のモタード車、電子キー式だし丁度いいわね」

 

 傷は多いが綺麗に手入れされた緑色のバイクに近づき手をかざす。

 ベクターはバイクの電子キーをハックして何事も無かったようにエンジンを掛ける。

 今はなき日本国の年代物バイクの旧式のセキュリティくらいならベクターでも余裕でハック可能である。

 すぐに跨りアクセルターンで向きを変えてモトコの下に向かう。自分の手足のように使うその運転技能は見事な物である。

 

「モトコ! 乗って!」

 

 ベクターの掛け声にモトコがタンデムシートに乗り込むが、気絶した少女を抱えている為、リアサスペンションがずっしり沈み込む。まあ変則的な三人乗りなので致し方なし。

 モトコが乗り込むと同時にベクターはアクセル全開で出発する。リアヘビーな車体が軽くフロントホイールを浮かしウイーリー状態で走行し敷地のゲートポールをへし折りながら表通りに飛び出してあっという間にその姿を消していった。

 

 

 

「少佐、聞こえますか? 少佐」

 

「イシカワか。どうした?」

 

「どこからともなく謎の白い兵士が現れ、街中で戦闘が発生しています」

「展開中の各部隊も応戦中で57が重傷。街のグリフィンの警備部隊も出ていることからこの街の指揮官にも情報が上がっている模様」

 

「なに!?」

「・・・・急ぎ撤退するぞ。Cポイントに各自集合しろ」

 

「了解」

 

 Cポイント・・・作戦前に取り決めた緊急時の撤退ポイントだ。そこまで状況が悪いとの判断か。

 イシカワは改めて気を引き締めて各部隊に伝えていった。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

 

「分かったわ、イシカワさん。Cポイントに撤退ね」

 

 唯一作戦に参加していたコータ指揮官の第五部隊長のグローザが丁寧に返事を返す。グローザは凛とした雰囲気を持ちまろやかかつ掴みどころのないコミュニケーションが特徴的だ。まさにできる女を体現したような人形である。

 第五部隊はバックアップ任務ではあったが、街中に出現したストレリツィ達の排除と住民の避難支援を行っていた。

 

「えー撤退ですか? やっとアタシの出番なのに」

 

「ドリルの言うとおりだな。面倒くさいから全部やっつけて帰ろう」

 

「どうでもいいけど、ドリルって言うな!」

 

 最初に不満を漏らしたのがSMGのPP-90だ。グレーの髪に縦巻きのツインテールに赤い瞳の活発な女の子と言ったタイプである。縦巻きヘアーをドリルと呼ばれよくイジられている。本人は言うほど怒ってないらしい。

 

 ドリルと揶揄したのは同じくSMGのPP-19。グレーのボブカットのしっかりした印象の女性だが、堪え性がなく突っ込みがちなのが短所だったりする。黒いハイレグレオタードにニーハイソックス、丈がかなり短い戦闘用ジャケットを羽織っている。

 

「はいはい。二人とも仲良くね。油断しているとやられちゃいますよ」

 

 諭すように言うのは副隊長のHG人形のトカレフだった。活動的なSMGのPPコンビの手綱をしっかり握る出来る人形である。ブルーの大きなリボンにストライプのアンダーとストッキング、その上から白いワンピースと言った可愛らしい出立だが、相当頭のキレる見た目とは異なった性格である。

 

「わたしも・・・クマさんも・・・頑張らないと・・・」

 

 自信がなさそうに控えめに話すのは金髪赤縁メガネのAR人形のAS Valだ。その自信の無さとは逆にビキニにジャケットとミニスカート+ニーハイソックスと、男性から振り向かれそうな格好をしている。性格の内面は真逆なのでは? と噂されていたりしていた。

 ちなみに戦闘時を含めていつもクマのぬいぐるみを抱えている不思議っ子の一面もある。

 

 第五部隊は湧いて出たストレリツィ達に対して少しずつ後退しながら攻撃しており、極小の被害で敵の排除と避難民の退路確保を確実に履行している。隊長のグローザの素晴らしい戦術眼が成す見事な対応だった。

 

 ・・・この瞬間までは。

 

 

「逃げ遅れた人がいます! 私がフォローに行きます!」

 

 トカレフの視界に黒髪で黒いローブの様な服の女性が目に入り、間髪を入れず駆け出していた。

()()()()()()()()()()()()()()、オリエンタル調でどこか謎に満ちた人に駆け寄り、笑顔を作り話しかけるトカレフ。

 

「もう大丈夫、私と一緒

 

 "トスッ"

 

 え? ・・・・」

 

 トカレフが不思議そうに自身の胸を見ると何かが突き刺さっていた。それがトカレフが感じた最後の認識だった。

 まるでバターに熱したナイフを入れるかの如く抵抗もなくスッと刺さったそれは、トカレフのコアを正確に破壊していた。

 それが抜き取られると同時にまだ稼働していた循環ポンプが真っ赤な擬似体液を黒い女性へと撒き散らす。と同時にトカレフはガラクタに成り果てその場に崩れ落ちる。

 

「トカレフ!」

 

 異常な事態に気づいてグローザが声をかけるが、何が起きたのか誰から攻撃されたのか分からない。

 一瞬固まるが、この場で最初に動いたのは意外にもValだった。

 

「狙いを定めて.撃て!」

 

 躊躇無く黒い女性へと向かって自身の銃を撃ち、その全弾を命中させる。9x39mm亜音速弾は消音かつ貫通性の高い弾薬である。普通の人間ならこれだけの数をボディに受ければ即死するだろう。

 

「倒した・・・?」

 

 だからValは安心して射撃態勢を解いてしまっていた。

 

 "ズガーン"

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃音と共に砂埃が舞う。何かが地面や周囲の建物を削り鞭のように振るわれたようだ。

 

「ちょっと・・・なに・・・?」

 

 PP-90が身を屈めて警戒していると、彼女の足元にクシャクシャにひしゃげた赤縁のメガネが飛んできた。

 

「ちょ・・・え? ・・Val??」

 

 顔を上げて砂埃の落ち着いた周囲にValの姿は見えなかった。

 仲間二人が瞬時にやられる異常な事態にグローザが動く。が、

 

「イシカワさん・・・イシカワさん!?」

 

 ジャミングがかけられて通信不能となっていた。

 このままでは全滅すると判断したグローザが行動に移る。

 

「ドリル! 走って離脱して本部に伝えなさい。PP-19と私はここで食い止める」

 

「っ・・・了解」

 

 そう言うとドリルは後方に走り出す。仲間にこの異常な敵の存在を伝えないといけない。

 走り出すが何か飛んでくる音がドリルの耳に入った為、確認する間も無く瞬時の立体機動で躱わす。と同時に自身が走っていた場所が何かに薙ぎ払われた。SMGの機動力があってこその回避だった。しかし危なかったと思った次の瞬間、返す攻撃がより鋭く飛んでくる。

 

「うそ・・・・」

 

 そう、一撃目はただのフェイントでニ撃目が本ちゃんの攻撃だった。

 ニ撃目のなにかによる刺突がドリルの胸に綺麗に突き刺さりトカレフ同様にコアを破壊され即死させられた。

 

 

「・・・・・・・」

 

 グローザは眼を見開き起きた事態を否定しようとする電脳と戦っていた。

 自身が集めてチームアップした部隊。一から鍛えてコータの基地のレギュラー部隊まで登ってきた自信。その全てが瞬時に破壊された。受け入れられない現実と受け入れざるを得ない事実が目の前に並んでいた。

 しかし、Valのシャフトによる斉射を受けても全くものともしないバケモノ。ヤツの攻撃手段も正確には分かっていない。残ったPP-19とだけで一体何ができるのか。

 

 

「人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし・・・・・I.O.P.のガラクタにも当てはまるものですわね」

「それでは、お疲れ様ですわ」

 

 目の前の無表情の黒い女が口にした言葉はそれだけだった。

 

 





やっぱりパラデウスといったら、金と銀のあの人たちですよね。
意外に好きなキャラだったりします。
ゲームの敵としては嫌でしたけどね(笑)


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22.お姉様


大変お待たせしております。
大分時間が空いてしまいました。今回はリハビリを兼ねて短めです。
あまり山場もなくですがお楽しみ頂けら幸いです。
次は早くあげるぞ!


 

「いったい何があったんだ!? 街の状況は?」

 

 寝巻き姿の若い男が眠気顔を堪えて小柄な少女へ怒鳴りつけるように問い詰めている。若干赤い顔色を見るに昨晩の酒もまだ抜けてないのだろう。

 

「はい。指揮官様。ガラテアの研究所を中心に大規模なテロが発生しています。未確認情報ではガラテアの研究所も襲われている模様です」

 

 赤いベレー帽を被りMP5で武装した少女が報告を返す。どうやら彼女が若い男性指揮官の副官のようだ。

 

「早く部隊を送り収束させろ。犯人は射殺で構わん!」

 

「しかし、多数の市民に被害が出ております。市民の保護を優先して・・」

 

「そんなものどうでもいい。収束が最優先だ」

「くそ。ガラテアグループは迷惑掛けないと約束したのに・・・」

 

 男は説明と接待を受けたグレーのロングヘアでアラサーくらいの女医を思い出していた。手篭めにしたい良い女だったがこの迷惑は頂けない。しかしまずは自身の立場のキープが大前提である。まずは誰かの責任にして全て片付けてからだ。

 

「とにかく収束させろ。後は任せた」

 

「・・・了解しました」

 

 我関せずと去っていく自身の指揮官をどこか侮蔑を含んだ目で見送るMP5。

 

「第一から第三までのアサルトライフル部隊は順次展開し敵の排除を。HGの臨時部隊は戦闘は控えて住民の避難支援に専念してください」

 

 去ってしまった指揮官を見送ると、MP5は心機一転とばかりにコンソールを操作してテキパキと指示を出す。そんな少女は確かに優秀だった。それがこの基地の戦術人形達の唯一の希望なのかもしれない。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ──────────────

 

 

 遅れながら街のグリフィン部隊が対応を始めた頃、素子とベクター、それに連れてきた少女を乗せたバイクは街の中を脱出ポイントへ向けて疾走していた。

 バイクでの逃走中にあらゆる路地や交差点から謎の白い敵が出て発砲してきたが、素子のKRISS Vectorによる牽制射撃とベクターのライディングテクニックでなんとか躱していく。しかし、バイクも右に左にと路地を曲がって攻撃を回避していた為、目的地へなかなか進めていないことも事実ではあった。

 とはいえ少しずつ接敵機会は減り、いよいよ敵の包囲網を抜けたと思われたあたりで想定外の事象に見舞われる。

 

 

「う・・・んっ・・・えっ! ・・・・きゃああああっっっ」

 

 素子が左肩に担いでいた少女が目を覚ましたらしく悲鳴を上げながら暴れ始めた。

 しかしそれもそうだろう。さっきまで研究所のベッドで寝ていたのだ。目を覚ましたら街を疾走するバイクの上で後ろ向きに背負われている。しかも彼方此方から銃声も聞こえる。どう考えても混乱するなと言う方に無理がある。

 

 

「おいっ! 暴れるな。落ちるぞ!」

 

 素子が声を掛けるが少女の顔は背中側であり声も届かない。セカンダリーレベルや無線通信で直接話しかける事に慣れておりうっかり失念していた。珍しく素子のミスである。

 

「チッ。ダメか。・・・ベクター、バイクを停めろ」

 

「ん? 停めるのか? あまり余裕はないから早くしてよ」

 

 追っ手を撒いたこともあり"荷物の積み直し"程度なら問題ない。少し開けた場所の建屋脇にサッと停車する。

 

 

 ──────────

 

 

「安心しろ。私だ。どうだ落ち着いたか?」

 

「お姉様? ・・・あの・・・ここは何処ですか?」

 

「貴女を治療する為に連れてきた。・・・・これはお父様の指示よ」

 

「お父様の! ・・・・私は・・・見捨てられてはいなかったのですね」

 

 バイクから降りて地面に座っている彼女は縋るような瞳から希望に溢れた瞳に変わる。

 素子にしてみれば連れ出した言い訳として『お父様』という単語を使用しただけだが、その反応から思いの外効果が抜群だったようだ。

 しかし、そのお父様とは一体何者なのか? 一人の謎の被験体の少女のメンタルが一喜一憂する程の存在。明らかに異質である。何か非常に大きなキーとなる人物なのでは無いか? 

 いや、それも彼女を連れて帰れば解明できるだろう。今は無事に帰る事が優先だ。素子は思考を切り替える。

 撤退ポイントCまではまだある。それに追っ手も追いついてくるだろう。ゆっくりはしていられない。

 

 

「そろそろ行くぞ。立てるか?」

 

「はいっ! お姉様」

 

 辛そうだが精一杯の笑顔を作る少女の手を取り、立たせようとした。

 その瞬間の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずがんっ! 

 

 

 そんな間抜けな破砕音と共に目の前の地面が弾け飛び、土煙と共に少女の躰が突然浮き上がった。素子が掴んでいた筈の少女の手はいつの間にか離されてしまっていた。それ程勢いが強かったと言う事だった。

 まるで大きなアスパラガスの様な機械的な触手(モノ)が地面から生えて彼女の身体を貫き、百舌鳥の速贄の如く少女を10m程の高さに磔にしていた。仰向けに貫かれた彼女の身体からは血が噴水の様に吹き出し、素子とベクターとその周囲を赤黒く染め続けている。

 

 

「モトコっ!」

 

「くそっ! やられた」

 

 ベクターの悲鳴の様な叫び声と同時に二人は触手から飛び退き距離を取るが、良い判断だった。

 直後、触手がうねると共に素子達がいた辺りに突き刺していた少女を投げ捨てる。10m程の高さから投げ捨てられた少女は地面に叩きつけられその勢いに巻き込まれたバイクと共に地面に転がる。

 まるで意思を持つかの様に触手は少女の方に首をもたげ、その先端が蛇の口の様にパッカリと開いた。

 

 

「待てっ!」

 

 触手の意図を察した素子が叫ぶが、その動きが止まる事は無かった。

 触手先端の口が光輝いたかと思うと眩しいレーザー光線が解き放たれ、少女だったものの身体とバイクを焼いた。漏れ出ていたバイクのガソリンに引火して爆発炎上を引き起こしレーザー光とガソリンの爆発を受けた少女の身体はそのエネルギーにより瞬時にこの世界から消失していた。

 

 "ずりゅっ! "と言う擬音が似合うように、用事を終えた触手は土の中に姿を消す。その姿はさながら水族館に展示されているチンアナゴを彷彿させるが、この世界にはそんな文化的な施設は超高級なごくごく一部にしかないわけで、口にした所で誰も理解できないだろう。

 そんな考えがよぎった時だった。

 

 

 

『お父様を裏切るなんて、馬鹿な娘』

 

「誰だ!」

 

「・・・・・」

 

 想定外の声が聞こえてきた方に振り向くと共に問いただすベクター。

 問いただすまでもなく、こんなタイミングで声を掛けてくる者など敵しかいないだろう。しかし、わざわざ声を掛けて不意打ちをしない辺り、どう言うことか。素子は疑問に思う。

 先程の触手攻撃はこの少女の仕業だろう。しかし、何処にもその触手は見えない。

 目立つ金色の帯に、黒いローブの様で襟がついた制服の様なロングスカートの服。ただし異様に長い袖は彼女の両腕を完全に隠している。あの袖の中に異形の触手を隠しているのか? 

 少女自身は黒髪のロングをツインテール様に編み上げた髪。オリエンタルな顔立ちから醸し出される魅惑感というか謎めいたというか不思議な雰囲気。

 パッと見、不思議少女の様にも見えるが、素子のカンは"コイツは危険だ"と警鐘を鳴らしている。

 

 

 

「何処のネズミかと思ったら・・・グリフィンの出来損ないが二匹とはね」

「クスクスクス…研究所を見て生きて帰れると思うなよ!」

 

 小馬鹿にした様に罵り嘲笑ったかと思うと突然語尾が乱暴にる。

 

(こいつ・・・精神が不安定すぎる。マトモな手合いじゃない)

(ベクター! 来るぞ!)

 

(分かってるよ!)

 

 セカンダリーレベルで会話を交わした瞬間に少女の両袖から触手が伸び、凄まじい破壊を伴った横薙ぎの攻撃が飛んでくる。

 二人ともギリギリで躱すがそこへ追撃が襲いかかる。が、その連撃すらも素子とベクターは難なく躱していく。初撃を敢えてギリギリで躱したのはすぐさまの追撃を躱すために意図してであった。戦闘経験が豊富な二人だからこその判断である。

 

 

(モトコ行くよ)

 

(ああ、行くぞ)

 

 二人が攻撃を躱した直後に息を合わせ、二人のKRISS Vectorサブマシンガンによる斉射を喰らわせる。若干角度をつけた十字砲火気味のフルオート射撃が綺麗に集弾していく。45ACP弾の30連マガジン2本分をその身に受ければ屈強な男であっても即死するだろう。しかし・・・

 

「キャハ! 遊び甲斐のありそうなおもちゃ達ね。クスクスクス…やっぱりこうでないと!」

 

 少女は多少のダメージを受けてはいるがほぼ問題ないらしい。

 

(コイツ! サイボーグか!?)

 

 流石の素子もピストル弾とはいえ45口径の弾丸を60発近く受けているのにほぼ無傷なのは想定外であった。

 通常の人間の肉体ならば身体に開いた銃創から血を吹き出し絶命する。しかし彼女は銃創が出来たり出来なかったり、また傷から血も吹き出していない。明らかに人間とは異なる。これは前の世界のサイボーグそっくりだ。であれば彼女はサイボーグか? 

 手足や身体の状況から先程殺された少女と似ている。いや・・・・その顔すら。・・・・まさか? 

 

 素子はこの後このヤマの裏の深淵へと足を踏み入れた事を知ることとなる。

 



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23.窮地


前話から、3ヶ月空いてしまいました。申し訳ないです。
もう少し書く予定でしたが、一旦区切りで投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。



 

「大分減ってきたな」

 

「そりゃあ、減らなきゃ困っちゃいますよ」

 

 バトーとルイスは撤退途中で白色の兵士集団と出会していた。

 白色兵士達は街を破壊し深夜の凶行から逃げ惑う民間人を容赦なく殺傷しているため致し方なく戦闘に突入していたわけだが、今回は隠密作戦の為通常は戦闘などせずサッサと撤退するのが定石。しかし街の衛兵戦術人形の動きがすこぶる遅く全く展開されていない。流石に寝覚めが悪いと言う事で展開が始まるまで阻止する事となった。

 トグサとFALも合流した事で制圧力はかなりのもので、戦闘が始まるなり白色兵士達はゴリゴリとその数を減らしている。

 バトーとルイスのマシンガンによる面制圧に、トグサとFALのアサルトライフルによるピンポイントショット。おまけにFALの榴弾も撃ち込まれる。ボッコボコにした結果、冒頭のバトーとルイスのセリフに繋がったわけである。

 

「ちょっと! 油断すると危ないですよ」

 

「余裕かまして被害受けるなんてノーセンスな事にならない様にね」

 

 トグサとFALから気をつけろよ! と、注意が飛ぶが、マシンガンコンビはどこ吹く風である。と言ってもバトー達とて仕事の結果はしっかり残す訳で、決していい加減なわけでない。その明るさと何となくチャラい感じがテキトーな感じに取られているのかもしれない。運が悪いと言うか身から出た錆と言うか、評価者によって変わるところだろう。

 

 

 ──────────

 

 

「全滅ね」

 

 FALがサラッと呟いた様に、白い兵士達はさして時間が掛からず全て始末された。

 

「おし。じゃあ撤退するぞ」

 

 バトーが撤退を宣言して進もうとした時、前方よりまた新手が現れる。

 しかし、その陣容は先ほどとは異なっていた。

 何かジャパニメーションの白い巨大ロボットを思わせる造形の巨体が三体。それを盾に先程の白い兵士が随伴歩兵の如くついてきている。

 

「おいおいおい。またかよって・・・・・何だありゃ?」

「まさか・・・強化外骨格(アームスーツ)か?」

 

 その言葉にバトーとトグサの警戒感はMAXに引き上げられる。何しろ前の世界では本部ビルの中で死ぬ寸前まで追い回されたのだから。こちらの世界に飛ばされた主な要因とさえ思えるわけだ。

 全員が射撃を開始するが敵のロボは動きが遅いらしく、バシバシと銃弾を受ける。しかし・・・・

 

「マジか! なんて硬さだよ。まるで受け付けねえぞ!」

 

「M61徹甲弾じゃ抜けないわね・・・」

 

「同じよ。こっちのFMJ高速弾でも無理ね」

 

「動きも止まらないし、まずいですよ」

 

 都市内での後方支援任務だった為、まさかこんな重装甲の敵と戦うとは想定しておらず、グリフィンで広く使用されている安価な徹甲弾と高速弾しか装備していなかった。まあ任務の性格上、高級弾薬を申請しても許可は下りなかっただろう。つまり彼らが悪いと言うわけではない。しかし、現実は残酷なもので想定外と言う言い訳は許されない。切り抜けられなければ死が待っているわけだから。

 

 射撃を加えても足止めできず彼我の距離は縮まり、白い兵士たちの攻撃も飛んでくる為、物陰に隠れざるを得なくなっていた。

 そんな時だった。白いロボ達が歩みを止める。

 

「故障・・・かしら?」

 

 物陰から顔を出したルイスが呟くが、そんなことあるわけもなく。背中や腕のランチャーをこちらに向けるのが見えた。

 

「ウソでしょ〜〜〜!!」

 

 間髪を入れずに、白いロボ達から大量のロケット弾が発射されるのが目に入ったルイスが、思わず叫んでいた。

 

 

 ────────────

 

 

「クソ! ジリ貧だな」

 

 バトーは珍しく焦りを見せていた。9課のメンバーとして素子に見られていたら叱責の一つも飛んできていたかもしれないが、しかし致し方ないところもあるだろう。こちらの世界に飛ぶ前、アームスーツの一団に追い詰められた9課本部での攻防戦を彷彿させる状況とうり二つである。

 白いロボの無茶苦茶なロケット弾による攻撃を掻い潜りノーダメージで逃げてきたのは偶然に過ぎない。周囲にばら撒かれたロケット弾は街の建物にも多数着弾し、数多くの建物が倒壊炎上している。少なく見積もっても3桁の人が死傷しているだろう。何にしてもあのロボは何とかしないと脱出は不可能だろう。

 

 万策尽きた、そんな雰囲気が漂うところでFALが珍しく優しい表情で口を開く。

 

「あいつらを倒すのは無理ね。ここは私とルイスで足止めするから、あなた達二人は撤退しなさい」

 

「FAL、そう言うわけには・・・・」

 

「そー言うわけなの! ・・・・私たちは人形であなた達は人間でしょ」

「私達はすぐに復旧出来るけど、あなた達の命は一つしかない。人形には人形の役割があると言うだけよ」

「私を失望させない様に無事に撤退してくださいね」

 

 最後はFALらしい高慢な物言いで強引に話を終わらせる。

 しかし彼女の瞳にはどこか哀しさが浮かんでいるがそれもそうだろう。人形とて死にたくはないのだ。簡単に生き返るとは雖もその時の、今この時の記憶は無く記録された記憶からリカバリーされるわけだ。一緒にいた仲間がどうなったか分からない。自分は活躍できたのか? 無駄死にだったのか? それすらも分からない。いや、今いる自分は本当に自分なのか? そんな疑念すら湧く。死とは人形にとっても本当に怖い事なのだ。

 

 

「ルイス、3カウント後に飛び出て二人の撤退の援護射撃。いいわね」

 

「OK。いいわ」

 

「3」「2」「1」・・・

 

 "ドゴーンッ"

 

 ちょうどカウント1のタイミングでロボが後方に仰反る様に倒れ、手足をビクビク震わせながら駆動を停止する。

 それとほぼ同時に白い兵士も斃れ始める。遅れて耳に届いたのは強烈な射撃音にサイレンサー付きオートマチックライフルの連続する射撃音だった。

 残った2体のロボ達も数秒後には同様に胴体に大穴をあけて同じ末路を辿っていった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「NTW! 遅いわよ! ・・・・けど助かったわ」

 

「んっ・・・・褒めてもいいんだぞ」

 

「NTWちゃん。愛してるよっ」

 

「むっ・・・・バトーにじゃない・・・」

 

「NTW。良いスナイプだ。よくやった」

 

「むふふぅ・・・ミッションコンプリートだ!」

 

 ひと段落したところで無線通信が入ってくる。

 バトー達のピンチを救ったのはサイトーとNTWのスナイパーコンビだった。

 久しぶりの大活躍をサイトーに褒められ、滅多に笑わない彼女の頬が緩む。恥ずかしさを堪えて笑ったものだからちょっと気持ち悪い笑い声となってしまっていた。

 

 敵を一掃し緩い雰囲気となったところで一台のトラックが走り込み急停車で少し乱暴に寄せて来た。

 少し警戒し銃を向けようとしたがすぐにイシカワと57の電子戦指揮車と分かり、警戒を解く。

 

「撤退だ。乗っていくか?」

 

「よしここらで撤退だ・・・・・。少佐、聞こえるか? ・・・少佐? ・・・・あれ? 通じねえぞ」

 

 バトーが撤収の最終連絡を素子に伝えようとするがまたもや通信不能となっていた。

 イシカワも少佐に通信を繋ごうとするがどうもダメな様である。

 

「嫌な予感がする。俺は少佐の撤退支援に行ってくる」

 

「あっ待って。私も行きます!」

 

 走り出すバトーにルイスがついていく。

 

「俺も行きます」

 

「待てトグサ! 57が重傷だ。こちらの援護を頼む」

 

「っ・・・・了解」

 

「代わりに私が行くわ。後は任せなさい!」

 

「頼む」

 

 走り出そうとしたトグサをイシカワが引き止める。トグサは素早く状況判断しバトーについていくのを諦めて電子戦指揮車の助手席に乗り込み撤収する。途中、サイトー達をピックアップして無事撤退ポイントへ到着することとなる。

 トグサの代わりにバトーについていくこととなったFALは、指揮車の出発を見届けた後に、合流すべく駆け足でバトー達を追って行った。

 9課の課員はまだ事態が収束していないことを肌で感じていたのだった。

 

 

 ──

 ────

 ────────

 ────────────────

 

 

 

「クソ。バケモノか」

 

(ベクター、落ち着け! 焦ったら敗けだ)

 

 黒髪の少女の両腕の触手から繰り出されるオールレンジ攻撃を何とか回避しながら射撃を入れていた。

 しかし、二人で200発弱の銃弾を叩き込んでいるのに効いた様子がない。

 いくら拳銃弾とはいえ45口径の弾である。防弾チョッキを着ていなければその破壊力は生体の生命を奪うには十分である筈だ。なのにそれを多数受けたにも関わらずほぼ効果がない。まず人間ではない。

 では人形か? いや、素子の勘は人形ではなくサイボーグと告げている。しかし、ペルシカの話ではサイボーグ化技術は確立されていないとの話だった。

 ではコイツは一体? それに先程殺されたあの少女もコイツと身体的特徴が似通っている。

 コイツらは一体・・・・

 その様な事を電脳の片隅で考えている時に、冒頭のベクターの焦りから出る呟きが聞こえてきたため、思考をやめ戦闘に集中する。

 ベクターに対して焦るなと近距離通信で伝えたが・・・・

 

(チャンスはある。隙を作る。モトコは後退しろ!)

 

 ベクターが触手の攻撃を鋭い立体機動で躱すと同時に黒ずくめの少女に向かって走り込む。

 

(触手の懐に入ってしまえば! もらった! ・・・・なにっっ!)

 

 触手の先端からの攻撃を受けない触手の懐。近接からの銃による射撃、近接格闘どれも自信がある。これなら勝てる。

 そう思っていたが、突然触手が波打つ様にうねり出し激しく動く。

 

「キャハッ。触手の先端だけだと思ってたの? 馬鹿ね。全て自由自在よ」

 

 うねっていた触手がまるで大蛇が獲物を絞め殺すが如くベクターの胴体に巻きつけられ、強い力で締め付ける。

 

「ぐうっ・・・」

 

 苦悶の表情を浮かべるベクターの視界モニターには電脳内に響く警告音と共に複数のコーションアラートが点滅している。

 "義体に対する負荷が限界値を超えています"

 "外部から強い電子戦攻撃を受けています"

 "電脳リソースの使用率90%以上。パフォーマンス低下注意"

 

 触手は締め付けるだけで無く触れている箇所からハッキング攻撃を仕掛けてくる。非常に嫌らしい。

 ベクターの義体は★5クラスであり平均以上の対電子戦能力があるが、電子戦専用モデルには及ばない。

 触手からのハッキングに抵抗する為、電脳リソースの多くを優先的に費やされてしまっていた。結果、手足の制御パフォーマンスが低下し力が発揮できない。ベクター自身としてみれば全身が痺れている様に感じているのだろう。

 

(モ、モトコ・・・逃げ・・ろ)

 

 自身が窮地に立たされたなかベクターが呟いたのは、仲間を心配する言葉だった。

 

 ──────────

 

 くっ・・・触手に捉えられたベクターは動きを止めている。恐らく脱出は不可能なのだろう。

 そして、あの気狂い少女の性格からして間も無く殺される可能性が高い。

 とは言え、こちらは触手の攻撃があり助けに行くには時間がかかる。

 電脳からは"ベクターを犠牲にして逃げる"戦術提案が出される。何度やり直しても同じだ。

 

 間に合わない。出来ることはない。誰もがそう答えるのかもしれない。

 

(セオリー通りならね)

 

 自身の思考に対してモトコも思わず呟いていた。

 



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24.夜明け前

続きをアップします。楽しんで頂けましたら幸いです。





 

「クスクスクス…研究所を見て生きて帰れると思うなよ!」

 

 秘密の研究所を覗き見し、あまつさえネイトにすらなれなかった出来損ないのゴミを唆して連れ出した。

 その逃亡した犯人の2人に追いついて見ればグリフィンの戦術人形とはね。

 これは益々帰すわけにはいかない。幸いジャミングは効いているからコイツらを始末すればそれでお仕舞い。

 研究所の周りをうろついていたヤツらの仲間にはドッペルゾルドナーを送ったから余裕で皆殺し確定。

 

 目の前のゴミ人形を屠るために触手を鞭の様に振う。周囲の建物をお構いなしに触手が振るわれるが衝突した建物はおもちゃの積木のが崩れる様に破壊されていく。それ程の破壊力を持った触手が二体の戦術人形に襲いかかる。

 直撃し二体の人形を破壊した。・・・と思ったら綺麗に躱して応射して来るではないか。しかも回避しながらSMG(サブマシンガン)の連射で直撃をいれてくるなんて! 

 

 んっ。ちょっと痛いけどその程度。ほぼノーダメージ。遊びにはちょうどいいわね。

 

「キャハ! 遊び甲斐のありそうなおもちゃ達ね。クスクスクス…やっぱりこうでないと!」

 

 触手を両腕に増やして二人を追い立ててやる。そう、あえて全力を出さずに。猫が捕えたネズミを玩ぶかのようにじっくりと残虐に追い詰めることが楽しくてしょうがない。

 周囲の住民などお構いなしに楽しげに無差別な攻撃を行う少女は残虐極まりないが、彼女に罪悪感など一欠片も持ち合わせていない様に見える。この事から彼女を教育した親(作った者)の異常性が見て取れるだろう。どの様な精神状態なら自身の子をこの様に出来ると言うのだろうか・・・。

 

 さあさあさあさあ~どこまで耐えられるかしら? オーバーヒートするギリギリまで負荷を上げて、心折れるまで踊らせてあげる! 

 心折れて止まったところで、じわじわと手足から燃やして殺しやるよぉ! キャハっ、キャハハハハハハっ!! 

 

 うっすらと恍惚の笑みを浮かべて触手を振るい続ける少女は確かに狂っていた。

 

 ──────────

 

 しばらく触手の速度を上げ続けて攻撃をしているが、一向に二体のグリフィン人形達は躱し続けていた。余裕が無くなるどころか心なしか連携や動きが良くなっている。だがそれもそうだろう。ベクターと素子は★5のSMG戦術人形の義体であるうえ、グリフィン内で特級の戦闘能力を有しているからだ。少女が壊し続けてきた★2や★3でかつ最適化も極まっていない人形達とは訳が違う。それはまさに素人とオリンピック選手以上の差がある全く別物と言えるほどの差があるからである。

 

 ・・・いい加減、ウザったいわね。

 

 少女の思い通りに事が進まずイラつきから触手の動きも大振りになっていたのかもしれない。攻撃の一瞬の隙をついて勝気な目つきの銀髪ボブカットの女が突っ込んでくる。グリフィンのゴミ屑のクセして生意気な目つき、本当に腹が立つ。けど間も無くあの生意気な目は怯える目に変わるだろう。最高に楽しみね。少し考えが逸れた。銀髪女の動きを注視する。特攻? いや違う。触手の懐に入れば勝てると思ったのね。クスクスクス、凡百の人形ね。意図的にそう思わせる様に仕組んでるのにね。

 

「キャハッ。触手の先端だけだと思ってたの? 馬鹿ね。全て自由自在よ」

 

 触手の根元側を波の様にうねらせて銀髪女の身体に素早く巻きつけてやる。想定外かつ思いの外素早かったようで銀髪女は避ける間も無く絡め取られてしまった様だ。そして触手に触れた表面を通して銀髪女に強毒のハッキングをかける。民生品はおろか旧世代の戦術人形すらものの数秒で制御プログラムをズタズタに破壊する毒性である。捕らえた野良のI.O.P.製の戦術人形でも試したが数分程度で破壊可能だった。だったが、それではつまらないのでジワジワと精神を侵してやったわ。最後は身体のあちこちから冷却水を垂らし震えながら命乞いをしてたっけ? 恐怖と絶望の表情を貼り付けたまま稼働停止した姿はお気に入りのスナップショットの一つになっている。

 

 意識を捕らえた銀髪女に向けると、苦しそうにもがいている。どうもハッキングの効きがイマイチの様だ。が、そのハッキングに抵抗する為にリソースが費やされている様で先ほどとは違い動きに力強さが無い。少し腹が立つがまあ結果オーライということにしておく。

 今回の後始末が完了したらお父様に褒めてもらえるでしょう。そうしたらご褒美にもっと強い毒を授けてもらいましょう。

 

「もういいわ。クスクスクス。わかったならとっとと死んで!」

 

 銀髪女に巻きつけた触手に万力の様に力を込めると"ミシミシ"と女の義体があげる悲鳴が触手を伝って響いてくる。

 

「クスクスクス。さようなら!」

 

 さらに少女が触手に力を加えていくと、色々なモノが砕け散る音と共に銀髪女が断末魔の叫びをあげ、果汁を圧搾されるフルーツの如く全身から擬似体液やオイルが吹き出る。ボディ、コア共に触手により圧壊粉砕され稼働停止、すなわち戦術人形にとっての死に至ったと言うことだ。

 だが少女はさらに加える力を増していく。締め殺されグッタリとした戦術人形だった残骸はその強大な力に耐えきれず四肢胴体が千切れ飛びバラバラになってしまう。搾られた体液が溜まる地面に散らばった人形の残骸はまるでバラバラ殺人の残虐な現場を呈している。少なくとも銀髪女がこの場で二度と稼働しないことは確実だった。

 

 

「満足とは程遠いけど、ゴミにしては十分頑張ったじゃない。クスクスクス。グリフィンが出来損ないの集まりって、本当だったのね。がっかりだわ!」

 

 一匹始末し先程までの苛つきを吹き飛ばした黒ずくめの少女は呟きながら、ゆっくりともう一匹の紫ボブカットの方へとゆっくりと振り返る。

 少女が目にしたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 つまんないわね。仲間が小間切れにされた程度で心折れるなんてね。

 

 手間が省けたならそれはそれでいいか、と両腕の触手をヘタリ込んでいる人形へ叩きつけて殺してやる。

 刺突に叩きつけ、両腕による暴力を徹底的に振るう。相手の戦意が喪失していようがお構いなしに徹底的に攻撃を加える。

 念には念を入れて数回自慢の触手を叩きつけてやると、紫ボブカット人形がいた場所に小さなクレーターができ、その攻撃を受けた人形は破片すら残らず粉砕されていた。

 

 

 

「キャハっ! キャハハハハハハハハハハハっ!!!」

「あんっ・・・んっ・・・・き、気持ちいいいいっ! ・・・んっ」

 

 

 お父様の希望通り研究所を見たゴミを始末し、秘密を守ったわ。

 ミッションをコンプリートしたと認識した少女の躰に強烈な快感が迸る。恍惚の表情を浮かべ口の端から涎を垂らし、脚がガクガクと震えている。少女は性的な絶頂に至っていた。

 サイボーグに改造された少女は下腹部から下は彼女を作り出したものの手で全て機械に置き換えられていた。女性として子を宿す器官や異性と交わるための器官などの戦闘に不要な物は全て撤去されている。誤解なく書くとすれば彼女の"お父様"の技量を持ってすればそれらを機械化し搭載する事は可能だろう。しかし、意図的に撤去されているうえ、自身の命令を達成することで性的絶頂を与える躰にしているのだ。狂気の沙汰とも言えるが彼女を人として見ずに意思を持った道具として見なせばその所業を理解できなくも無いだろう。つまり"お父様"としては使い捨ての道具と認識している。という事なのだろう。その考えに至らぬ様に洗脳されている少女は、哀れなのか幸せなのかどちらなのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、落ち着いたところで引き上げよう。

 

 

 

 

 

 ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 え!? 邪魔なゴミ?? 

 そんなものあったかしら? 

 

 

 

 

 思考したのは自分の筈だが、何のことだかよく分からず、クビを曲げて不思議そうに右手の触手を見た。

 そこには、目の前には、自身の触手が巻き付けられた先程潰しバラバラにした筈の銀髪女が居るではないか! 

 何故コイツがいるのか意味が分からない。混乱したのかほんの僅か思わず止まってしまった。

 

 

 

 

「モトコに、いい夢見させてもらってイっちゃったみたいね。ふふっ、ちょっと焼けちゃうわね」

「"お父様"がどこの誰だか聞きたいけど・・・まあいいや。お前は私と地獄行きだよ」

 

 

 淡々と気だるそうに話す銀髪女の口から"お父様"の言葉が出たところで我に帰る。

 コイツらまさか私を逆にハックして・・・幻覚を見せて・・・・馬鹿にしてっっ! 。そう思考した所で銀髪女の右手にあるものが目に入った。それは、安全ピンとセーフティーレバーが外れたいつ爆発してもおかしくない二つのグレネードだった。

 

 

「ひっ・・・・」

 

 銀髪女の狂気の行動に思わず恐怖を感じ悲鳴が漏れる。と同時に本能的に後ずさろうとしたところで女が空いた手で胸ぐらを掴み後ずさった自分を引っ張り引き寄せられてしまう。そして女の身体と自身の身体が密着する時、そこに二つのグレネードが差し込まれる。

 

「地獄行きだって言ったろ? ・・・モトコはやらせないよ」

 

「こ、コイツ・・・・離せぇぇぇ」

 

 逃げられないことを悟った少女は銀髪女を殺しにかかる。締め殺して逃げる。そう考えて行動に移そうとした時、その瞬間、少女の視界が真っ赤な炎に包まれていた。

 

 

(モトコ・・・コイツは抑えるから、早く・・・)

 

 

「ベクタ──ぁぁぁっ」

 

 最後まで続かなかった通信に対して、素子は思わずバディーの名を叫んでいた。

 

 

 ────────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 ベクターが触手に捕えられ破壊される。その直前にモトコはセカンダリーレベルからベクター本体にアクセスして、ベクターへとハッキングを掛けるプログラムを遡上していく。

 少女の触手から彼女のボディを通り電脳へとアクセスする。電子戦攻撃を受ける事を想定していなかったのか大した防壁もない。得てして攻撃に自信のある者は防御が弱かったりする。防壁があるとどうしても攻撃の邪魔になるからだ。しかし素子に言わせればそんなのは駆け出しのハッカーとさして変わらない。本当の強者は攻撃も防御も完璧だ。何が言いたいかと言えば、この少女の電子戦能力は駆け出しレベルだということだ。

 

 あっさり電脳内に侵入した素子は少女の眼を奪い、思考中枢に電脳ドラッグを改造したプログラムを注入する。そう、ごく自然な幻覚を見せるプログラムを、である。

 その作用により少女はベクターと素子を思い通りに殺す夢を見させられることとなる。勝利への自信に溢れる少女はその理想的な展開に何ら疑いを持つことすらなく、まんまと騙され自身にとって都合のいい妄想を自身の電脳へと垂れ流し続ける操り人形へと成り果ててしまう。

 電子戦に於いては、素子にパーフェクトゲームで完敗したと言えよう。

 

 

 

 

 しかし、確かに素子は電子戦には勝利したのだが、黒ずくめの少女がフリーズした隙をついてベクターが特攻を掛けてしまう。素子としても止めようとはしたが、止めることは出来なかった。

 

 ベクターと少女に挟まれた二発の手榴弾(ナパームグレネード)が容赦なく爆発し少女の触手を引き裂きベクターと少女を弾き飛ばし両者を爆炎の渦に巻き込む。

 

「ベクタ──ぁぁぁっ」

 

 素子が叫んだ時には、弾き飛ばされたベクターは、地面にうつ伏せに倒れメラメラと燃えている。助かる可能性は・・・・低いだろう。

 

 

 一方、相手の少女は・・・・? 

 素子が視線を向けると火だるまになった少女が悲鳴を上げ、自身を焼く火を消すべく自身地面を転がっていた。

 

 

「ぎ、ギイイイイイイイィィィィ」

 

「熱・・・熱いいいいいい。熱い熱い熱イイィイィイイィイイイイィイイ」

 

 少女も炎に包まれ生まれてこの方感じたことのない苦痛、他者に一方的に与えてきた感覚をその身に一心に受けている。

 

 今なら撤退可能。そう素子が判断するが・・・・・

 

 

 

”ドガッツ”

 

 

 

 突然、何か鋭い連続攻撃が予想外に飛んでくるが、素子は素早い立体起動で躱していく。

 連続攻撃を躱し、着地した素子が見た攻撃主は・・・・火だるまになった少女とうり二つ少女だった。

 いつの間にか地面でのたうち回る少女の横に立っていた。黒いローブのような服、体形ともに火だるまの少女にうり二つ。違うのは腰の帯の色が銀色であることだった。

 

 

(チツ。もう一匹いたとは・・・)

 

 正直、素子としてはかなり苦しい状況に追い詰められていた。金帯の少女一人でてこずっていたところをベクターを犠牲になんとか抑え込んだわけで。それなのにもう一人追加とは・・・・

 このままでは勝てる要素がないが、幸いなことに次の攻撃がこないことから察して、どうやらいま交戦する気はあまりなさそうである。

 

 

 

「ニモゲンお姉さま・・・・」

 

 

「マーキュラスぅうううう・・・・あいつを・・・アイツを殺せええぇぇぇええええ」

 

 

 ようやく火が消えたニモゲンと呼ばれた少女がよろよろと立ち上がるが無惨な状態に変貌していた。艶やかな黒髪と服はほぼ焼けおち両腕の触手も切断されている、そして顔を含む生体部品は酷く焼け爛れている。どこか怪しげで儚げだった美少女の顔は完全に化け物の様に変わり果てていた。

 自身を焼いた素子達に対する憎悪が募りに募り、殺すことしか頭に無いらしい。

 

 

「姉様、残念ですが()()()()()()撤退命令が出ていますわ」

 

「うるさい! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せよおおぉおぉぉおおぉ」

 

「・・・・・・」

 

 上司でもあるあのお方の言うことを違える事は何があっても許されない。恐らくニモゲン姉様は錯乱しているのだろう。マーキュラスがそう判断した瞬間、ニモゲンを抱えてその場を飛び退く。飛び退くと同時にその場にマシンガンとアサルトライフルの正確な斉射と三発の榴弾が飛んでくる。銃弾により巻き上げられる瓦礫と"ドゴーン"という榴弾の着弾音が響き渡る。

 

 

 

「少佐! 大丈夫か!」

「モトコ! 助けにきたよ」

 

 バトーとルイスが少し離れた所から大声で声をかけてくる。ただならぬ雰囲気を感じ取ってくれたのだろう。横のFALも大きく頷いている。FALは(酒さえ飲まなければ)大声を出して騒ぐタイプでは無いからまあそんな反応なのだろう。決して興味がないとかそう言うわけでは無い。

 3人は当てる気のある牽制のすぐ後に、素子の元へ駆け寄る。

 

 

 

「誰しも誤りはする、しかしそれを主張し続けるのは愚か者だけ。ですわ」

「撤退しますわ、お姉様」

 

「・・・・・・ちっ」

 

「それに、()()()()()()()()()()()()()

 

 マーキュラスがそう言うと、袖の下からボールの様なモノを投げ捨てる。素子達との中間に転がるそれは第五部隊長のグローザの頭部だったものだった。ガラクタに成り果てた生首の顔は傷だらけで開いたままの目に光はなく明らかに稼働停止していると理解させられる。そして後頭部の骨格には大きな穴が空いている。恐らくだが何かを直接電脳に刺してアクセスし強制的に情報を吸い出したのだろう。

 

 

「グローザ・・・」

 

 誰かの呟きが聞こえる。第五部隊はコータの基地内では強い部隊だし特に夜戦に関しては最強クラスである。そこの隊長が無惨な姿となっているのだ。隊は目の前の銀帯の少女に全滅させられたと考えるしか無い。いたずらに攻めず警戒体制をとる。

 

 

「では皆さまご機嫌よう」

 

「次に会ったら貴様ら全員、バラバラに引き裂いて、粉々に叩き潰してやるッ!」

 

 

 マーキュラスが未だ狂ったように挑発を続けるニモゲンを抱えて、空いた方の触手を振るう。

 素子たちを攻撃をするつもりは無いその触手は周囲の建物をそこで生活する者と共に破壊して瓦礫を舞い上がらせる。

 舞い上がった粉塵が落ち着いた時、そこに二人の少女の姿は無くなっていた。

 

 

 ──────────

 

 

「ふー、引いてくれたか」

 

 戦闘は終了したが、ゆっくりは出来ない。この街の防衛部隊が動きだしているからだ。聞こえてくる音から既にこちらに向かってきているだろうことがわかる。グリフィンの治める街とは言え極秘任務中の為、この街の警備人形に見つかるわけにはいかない。

 

「バトー、ベクターを回収しろ」

 

 そう言うと素子はグローザの頭部を拾う

 

「お? ベクターのやつ運がいい。まだギリギリ稼働してるぜ」

「少佐、この触手の残骸はどうします?」

 

 ベクターの胴体に巻き付いた触手がたまたまコアへの致命的なダメージを防いだようだった。

 

「・・・・・」

「一部持ち帰るぞ」

 

 少し考えて、ペルシカへの土産になるならとサンプルとして持ち帰る。

 

 

「よし! 撤収するぞ!」

 

 潜入調査の筈が、想定外の激しい戦闘となった厳しい任務。地平の先に光が見え始め長かった夜が間も無く明けようとしていた。

 





ニモゲンさん、マーキュラスさん達でした。

・9課
ガラテアグループの秘密研究所をつき止め、謎の白色の兵士達とサイボーグの少女と交戦
人体実験を受けた少女の証人は確保するも脱出中に殺害される
相手のトップのコードネームは"お父様"らしい
今後はガラテアに対する調査を強く進める予定?


・パラデウス(ガラテアを隠れ蓑にしている)
秘密研究所を暴かれるも、拐われた証人の殺害には成功。ただし潜入者は取り逃す
グローザから襲撃者の情報を採取成功、グリフィンのヤシマ指揮官の名前は割られた。
異世界から来た全身義体の兵士(モトコ、バトー)の存在を確認
なお、全て"お父様"に伝わっている模様


・戦場になった街のグリフィン基地
指揮官はあまりやる気のないサラリーマンの文官系指揮官
今回の戦闘はテロと断定して副官のMP5に丸投げ
出世欲、金銭欲が強く手柄は取りたいが責任は取りたくないため誰に今回の被害の責任を押し付けるか思案中
テロ犯人、ガラテア、副官のMP5、誰でもいいようだ。
ガラテアのグレイ医師には下心を持っていた模様



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