爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ (はめるん用)
しおりを挟む

シャドーロールの怪物は思春期

 発見は、偶然だった。

 

 たまたま来客用の駐車場の側を歩いていたナリタブライアンは一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思い数秒ほど目を閉じて天を仰いだ。

 きっと疲れているのだろう、やはり生徒会の仕事をサボった自分の判断は間違っていない。今日はターフを軽く流して早めに休息をとろう。

 

 その前に、もう一度だけ確認しておくべきかもしれない。たぶん、おそらく、ほぼ確実に見間違いだとは思うが、念のために。

 

 

「ウソだろ……」

 

 

 思わず自分の頬をつねる。うむ、ちゃんと痛い。つまりこれは夢ではない。

 

 本当に──本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見間違いでもなければ勘違いでもない。男が選ぶには不釣り合いな角張ったデザインの車の横で、何故か甚平姿の青年の胸元には彼がトレーナーである証がしっかりと輝いている。

 

 一瞬、ドッキリ企画のようなナニか、あるいはトレセン学園の名物トラブルメーカー・ゴールドシップのイタズラの可能性を考える。が。

 

「そういえば地方からトレーナー来るとか、そんな話をしていた気がするな……。たしか、交流だか勉強のためにだったか……」

 

 同じ生徒会のメンバーであるエアグルーヴがそんなことを話していたことを思い出す。そのときは自分には関係ないなと聞き流していたが、それが男であるならば話は別だ。

 とにかく身嗜みを整えて──あぁ、クソ。姉貴に手鏡のひとつでも持ち歩けと言われたときはハナで笑って返したが、こんなことなら素直に従っておけばよかった。

 まぁ、エアグルーヴやヒシアマさんから小言がなかったことだし、最低限の格好はついているだろう。

 

 よし。

 

「ちょっといいか? もしかして、交流に来たというトレーナーはアンタか?」

 

「ん? あぁ、そのとおり……だ、が……」

 

「そうか。私は()()()生徒会のナリタブライアンと──どうした、私の顔になにか付いているのか?」

 

 驚いたような、困惑したような表情で自分を見る男性トレーナー。腕を組んで平然とした態度で応じているが、ブライアンの内心は穏やかではない。

 つい、普段のノリで話しかけてしまった。もしかして気を悪くしたか、あるいは怖がらせてしまったかもしれない。

 いや、きっと大丈夫だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まさかこの期に及んでウマ娘を怖がるようなことはないだろう。……ないよな? 

 

「あ、あぁ、すまない。その、なんだ……ひと目見てさ、オーラというか雰囲気が……強そうだな、と思って」

 

「! フ、フフッ……! ま、まぁな。まだ本格化を迎えてはいないが、中距離以上ならそこいらのウマ娘には敗けない自信があるぞ!」

 

「うん、まぁ、中距離ね……。そりゃナリタブライアンなら適性はそうだわな……

 

「なにか言ったか?」

 

「いやなにも?」

 

「そうか。あー、それで、だな。よければ……オマエさえよければ、私が学園を案内しよう。いや、なんだ、生徒会のメンバーとしての役目としてな? 決して好感度を稼ごうなんて考えていないから安心して任せてくれていいぞ?」

 

「……そうだな! それじゃあ、理事長のところまで道案内を頼んでもいいかな?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 強いウマ娘と走りたい。そんなストイックな思いで競走バの世界に飛び込んだナリタブライアンであったが、彼女も思春期の乙女。

 男性トレーナーというウマ娘ならば誰もが1度は妄そ──想像したことのある存在が実際に目の前に現れたのだ、多少浮かれたとして誰が咎められるだろうか。

 

 というか、このトレーナーの格好もかなり問題だ。黒地になにか文字が書いてあるあたり、いわゆる“見せTシャツ”というヤツなのだろうが……甚平なので胸元が完全に見えているワケで。

 しかも下はタイツすらはいていない。こんな格好、少女マンガ雑誌でたまにあるちょっとアレな写真でしか見たことがない。攻めすぎだろ。コイツの貞操観念はどうなってんだ。

 

「じー……」

 

「どうした、そんなに見つめても肉は持ってないぞ」

 

「そこはにんじんだろ。いや、まぁ、私は肉は好物だが……そうじゃなくて。その……なんで甚平なんだ?」

 

「何故と言われてもな。俺、スーツ好きじゃないんだよ。暑苦しくて。一応、用意はしておいたんだが、普段の格好でかまわないと言われたんでね。遠慮なく車に置いてきた」

 

 涼しげでいいだろう? そう言いながら襟元を人差し指でひらりと弾く。やめろ、それは私に効く。というか、周囲でこっちの様子をチラチラ見ていた連中まで反応しているじゃないか。

 

 その様子を眺めながら、ナリタブライアンは自分が声をかけたのは正解だったと自画自賛していた。こんな男に餓えたウマ娘だらけのところを、ひとりで歩かせようなモノならどんな不埒者が接触していたかわかったものではない。

 やはりここは自分が責任をもって守護らねばならない。うむ、これもまた生徒会役員としての義務である。決して男性トレーナーと並んで歩く優越感なんかに浸ってはいない。

 

 そう、ナリタブライアンは別に男性トレーナーに興味津々などではないのだ。

 

 でもそれはそれとして、道案内兼、護衛のお礼として食事などに誘われたら応じるのもやぶさかではない。厚意からの申し出を簡単に断るほど、自分は礼儀知らずではないのだから。

 もしそうなったらどうしたものか。肉類をガッツリ食べてパワーのあるところを見せつつ、サラダなども嗜んでバランスの良さをアピールするのも面白いかもしれない。

 きっといまなら苦手な野菜でも問題なく食える気がする。フフッ、私が野菜を克服したことを知ったら姉貴はどんな反応をするだろうか? きっとメガネにヒビが入るレベルで驚くだろうな。

 

「しかしアレだな。さすがは中央って感じだな。ウマ娘の人数が地方とは比べ物にならない」

 

「あぁ、初等部から高等部まで、全部で2000人以上いるからな。私に言わせれば、少々賑やかすぎる気もするが」

 

「いいじゃないか、それだけ施設も充実してるんだろうし。俺んとこのトレセン学園なんか合宿のバスすら足りないくらいだったぞ? おかげで俺も車で送迎するハメになったしな」

 

「なるほど、そう考えればたしかに──まて、いまなんて言った? 車で送迎だと? オマエがか?」

 

「おう。合宿所まではもちろん、現地でなにか用事があれば、生徒たちを乗せてアチコチ走らされたよ」

 

「なん……だと……ッ!?」

 

 なんだそれは。男のトレーナーとひとつ屋根の下で合宿というだけでも羨ましいのに送迎付きだと? ふざけるなよ、そんな不公平が許されていいものか。

 決めたぞ、もしもメイクデビューを果たしてレースで戦うことになった暁にはギッタギタのポッコポコにしてやる。絶対にだ。

 

 世にも珍しい男性トレーナーと連れ立つ優越感はどこへやら。青年を理事長の待つ一室に案内するまで、ナリタブライアンはまだ見ぬ怨敵相手にムダに闘志を燃やすのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

憂慮ッ! おもに私の胃袋がッ!

真面目な世界観説明っぽい話。


「期待ッ! 多くのウマ娘たちを勝利に導いたその手腕、存分に発揮してくれッ! 頼んだぞッ!」

 

「あまり過剰に期待されても困ります。レースで結果を出したのは彼女たちの努力によるものですよ」

 

 困ったように微笑みながら、ペコリと頭を下げて青年トレーナーが理事長室を後にする。

 堂々と自信に満ち溢れた笑顔のままそれを見送った秋川やよい理事長であったが、5秒、10秒と経過し青年が充分に部屋から離れたであろうことを見計らい──ドゴスッ! と机に己の頭を叩きつけた。

 

「……理事長、大丈夫ですか?」

 

「なんだ……なんなんだ。なんなんだ彼はァァァァッ!? なんだあの格好はッ!! 大丈夫かだと? 大丈夫なワケあるかァァァァッ!!! ……はぁ、はぁ」

 

「ウマ娘の素質を見抜く能力は非常に優秀、けれども素行に問題アリ。地方ではもて余すので中央で活躍してくれることを期待して……でしたか。たしかに素行には大問題を抱えていそうですが、想像していたのと全然違いましたね」

 

「あんなもの予測できるかァッ! ……まて、あの格好でここまで歩いてきたということだよな? 何故ブライアンが案内していたのかはわからないが、ともかく、その、あの、あの、()()()()()()だと?」

 

「えーと、すでに学園内のSNSは大いに盛り上がってますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()について」

 

「ぐ、ぬ、やはりそうなるか……」

 

「あとブライアンさんへの罵詈雑言」

 

「それは仕方ない。誰だってそーする。私だって羨まけしからんと思ったくらいだからなッ!」

 

 フンスッ! と意味不明にドヤ顔を披露する上司に呆れつつも、秘書である駿川たづなもまたブライアンを羨む気持ちは理解できていた。

 

 中央に限らず、トレセン学園という場所はとにかく男性との出会いがない。ほとんど、ではなく絶無である。

 学生はまぁ仕方ないとしても、スタッフの雇用条件には性別を限定するような規則など陰も形もないというのに、教員に事務員、果てはメンテナンス用務員に至るまで。全員が女、女、女である。

 

 そんな完全な女社会の中に唐突に現れた男性トレーナー。しかも何故か服装がアレ。

 

「優秀なトレーナーがいるが面倒を見きれないから引き受けてほしい……疑問ではあったのだ、トレーナーの人手不足はどのトレセン学園も同じ。だが、本人の将来を鑑みてより良い環境をと言うから引き受けたのだ。それが、まさか……本当に男だったとは……」

 

「最初に書類を見たときは記入ミスかなにかだと思いましたからね」

 

「驚愕ッ! ……なぁ、たづな。コレ、ぜッッッッたいにトラブル起こるよな?」

 

「間違いなく。トレーナーや教師のようなスタッフですら自制できるか怪しいでしょうから、ウマ娘たちに関してはそれはもう」

 

「う、う~む……。だが、彼の能力を活かすためにもウマ娘たちとの交流は不可欠ッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ! これを埋もれさせるなど愚の骨頂ッ!!」

 

 芝とダート、距離と作戦。ウマ娘がレースで活躍するためにはそれらの適性を正確に把握して必要な能力を鍛える必要がある。

 多くのトレーナーとウマ娘が1番苦労するであろうソレを、あの青年トレーナーは簡単に見抜くという。

 

 実績は、ある。

 

 彼が所属していたトレセン学園のウマ娘たちが突然活躍するようになったのだ。それもGⅢやGⅡはもちろん、GⅠのトロフィーもいくつも勝ち取ってみせた。

 去年はオークス、帝王賞、マイルチャンピオンシップなどを含む7つのGⅠを、今年もすでに春の天皇賞、皐月賞、桜花賞を中央は取り損ねている。

 たかが地方のウマ娘、などという慢心は無かった。天皇賞の前哨戦、とあるステップレースで最後の200メートル。恐ろしい末脚で差されて4バ身差の敗北。それほどの圧倒的な実力を見せつけられて油断するようなトレーナー、あるいはウマ娘など中央には存在しない。というか存在されたら困る。

 

 むしろリベンジに燃えてやる気は絶好調だった。次はこちらが5バ身差以上の余裕で勝ってみせると、それこそオーバーワークになるギリギリのトレーニングを重ねてレースに挑んだのだ。

 しかし結果はご覧の通り。それも最高のコンディションで挑んだハズなのに、レースでは影すら踏めずに逃げられた。なんなんだあのデタラメなスタミナは。逃げウマがあれだけの距離を走って垂れないとか意味がわからない。そもそもステップレースで差しだったよな?

 

 トレーナーたちが何度も何度も映像を研究した結果、どうやら技術的な部分でスタミナを節約しつつ加速しているのでは? という結論に達した。速いのでもなく、強いのでもなく、巧いのだ。

 ウマ娘という存在そのものを愛するやよいとしては、素晴らしい走りを見せて、いや魅せてくれたことには素直な喜びがある。だが、彼女もまたひとつの組織のトップである。自分の学園に所属するウマ娘たちの勝利を願うのは当然である。

 

 

 故にッ! 青年にはじっくりたっぷりウマ娘たちを指導してほしいッ!! ……のだが。

 

 

「推測ッ! たづなよ、仮にトレーナーの、いや学園の運営側の立場で考えるとして、彼のような人材を手放す理由はなんだと思う?」

 

「人間関係のトラブル。ゴシップが喜ぶような、いわゆる女男関係の……ですかね。私たちへの態度からして実際には起こらなかったのでしょうが」

 

「うむ。だが優秀な男を求めるのもまたウマ娘の本能。学園側も断腸の思いで彼を送り出したのだろう。……だってあの格好だぞッ! 暑いのが苦手だからって……鎖骨まで見えるような着こなしを外でするか普通ッ!? なんだアレは、誘ってるのかオラァァァァンッ!!!」

 

「そこまで絶叫するほどですか? 付き合いで()()()()()()()()()が参加する集まりに顔を出すこともあったでしょう?」

 

「違う」

 

「はい?」

 

「金で演技する紛い物と、本物では違う。あと、あの手の男たちは化粧品の臭いがキツいから半径20メートルに近寄りたくない。そもそも私は金()()で人を動かすことそのものが気に入らない。──大志ッ!! 人を動かすのは、人が動く理由は“心”であるべきだッ!!」

 

「理事長……。はい、ご立派な考えだと思います」

 

「フフン、だろう?」

 

「でも心に従った場合、彼を自分のモノとするために動くウマ娘は大勢いると思いますよ。特に高等部」

 

「う゛っ」

 

 自分の正確な適性を知りたいウマ娘などいくらでもいる。それこそ、高等部に所属する獲得賞金額で大学部や社会人枠のウマ娘たちにも敗けないほど勝利を重ねたウマ娘でも、だ。

 若くて、優秀で、しかも競走バをまったく恐れない男性トレーナー。そんな優良物件、いったい誰が指を咥えて見逃すというのか。なんならむしろ、理事長補佐として自分が囲いたいくらいである。是非とも毎朝お味噌汁を作ってほしい。

 

 そんな定番のシチュエーション妄想はともかく。おそらく? いや、確実に。彼の関わったウマ娘とレースで競った生徒たちの間で争奪戦が勃発するだろう。

 純粋な身体能力で伸び悩みはじめた子たちなどは血眼になって彼を求めるのは避けられまい。

 それだけの価値がある、鋭く、しなやかで、美しい走りだった。事前の説明でトレーナー業務全体で見れば真面目ではあるが普通の仕事ぶり。しかし感覚的な部分の──スピードやパワーとは違う、走るためのスキルとでも言えばよいだろうか? そういう部分のアドバイスに関しては天才的だと評されたのも納得である。

 

「論外。彼をウマ娘から離すのは損失である。というかそれではトレーナーとして迎え入れた意味がない。となれば、どこかチームのサブトレーナーとして──いや、ダメだな。誰に任せても平和的には済まなさそうだ」

 

「いっそのこと、特定のウマ娘を担当してもらうのではなく、全体を見てもらいますか? まずはこちらの生活に慣れるまでという建前で、簡単なアドバイスをしてもらうとか」

 

「うん、彼が過労死する未来が見えた」

 

「……はい。私もです」

 

「しかし、例え恨まれることになったとしても私が彼の扱いを決めねばなるまい。そうでなければ学園全体の雰囲気が険悪になりかねん。ウマ娘どころかトレーナーたちからも睨まれるのを想像するだけでお腹がズキズキと痛んでくるがな……おっふ」

 

「ココアでもご用意しますね。ミルクと砂糖多めで」

 

「うん……」

 

「にゃー」

 

「お前は気楽そうでいいな……」

 

「にゃっ」

 

 足下に避難していた愛猫が机の上までピョイッと飛び乗りすり寄ってくる。そういう種類のネコなのか、一向に大きくなる気配がない。

 大きくなられたら帽子の上に乗られたときに首を痛めそうなのでこのままでもかまわないのだが。

 

 

 考える。

 

 ともかく考える。

 

 

 高等部の生徒たちは学園を離れる前になんとしてもスキルが欲しい、中等部の生徒たちは本格化する前になんとしても適性を知りたい、それぞれの理由で彼の指導を求めることになる。

 強いて言えば高等部の生徒のほうが切実だろうか? 今からでも宝塚記念にはギリギリ間に合うかもしれないし、獲得賞金額が足りているウマ娘たちは菊花賞とそのステップレースに向けて夏合宿でレベルアップしたいだろうし。

 

 だがなぁ。高等部の生徒だと……その、女男の関係になられても困るのが、また。普通ならそんな心配しなくていいのに。

 そもそも普通の神経の男性ならトレセン学園に就職しないだろうが。わざわざ狼の群れに飛び込む羊がどこにいる? いや、20年より昔には希少ながらもいたんだけども。

 

 けどなぁ。中等部の生徒だと……その、風紀的な問題で不安でもあるのが、また。普通ならそんな心配しなくていいのに。

 常に見せTナマ足のイケメンに指導されてトレーニングとか、いったいナニを鍛えるつもりだ? まだノーマルの生徒だって季節の変わり目までに性癖も変わり目を迎えてしまうわ。

 

 …………。

 

 まてよ? 冷静に考えたら、決定するのは私でなければならないが、選ぶのは彼に任せてもいいんじゃないか? 

 

 よし、それでいこう。個別でウマ娘をスカウトすることはひとまず控えてもらい、とりあえず高等部と中等部の様子を見せる。それから彼の指導スタイルに合致しそうなのはどちらか聞き出せば良い。

 あとは理事長命令という形で青年の希望通りに働けるよう取り計らえば万事解決。職員とウマ娘たちの、少なくとも半数からは不満の声があがるだろうが、そこは臨機応変に対応していくしかない。

 

 妥協した感は否めないが、なかなかどうして我ながら名案であるッ! とひとり納得する中央トレセン学園理事長・秋川やよい。

 そんな彼女の仕事場であるこの部屋に、胃薬と頭痛薬が常備されるようになるのはもう少し先の出来事である。




まじめな話は書くのが大変です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫り過ぎてブレる影

 スタートは意識し過ぎない。

 

 先に飛び出すウマ娘がいても引っ張られないように。

 

 冷静に。

 

 追い込みならば序盤で前を狙う必要がないのだから、冷静に他のウマ娘を観察しながら脚を慣らす。

 

 残念ながら今はターフの上にひとりなのでイメージトレーニングではある。なにせ追い込みで走るのは初めての経験なので、友人ふたりに併走を頼む前に感触を確かめたかったのだ。

 

 ……スタートから500くらいまでは脚を暖めるのを優先して……ね。

 ふーん、思ったより悪くないじゃん。追い込みの適性が高いとか言われたときにはバカにされてるのかとも思ったけど。

 

 差しや追込というのはパワーがいる走り方だ。他のウマ娘を避けつつ前に出なければならないため、体格の小さいウマ娘がこれらの走り方を選ぶことはまずない。

 実際、彼女も最初は逃げや先行を勧められていたし、半ば諦めも混ざった状態でそれを受け入れていた。

 

 気に入らなくても道理には勝てない。

 

 そんなふうにイライラしているときに、追い込みで走らされるのだ。これで合わなかったら蹴り飛ばしてやろうかと思っていたが……どうやらその必要はなさそうだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 さて、この辺りから中盤戦かな? 巡航速度をじっくりと上げて、でもまだ。まだ、前にでない。

 

 ──リズムを乱すな、アタシ。

 

 トレーナーの言葉を、()()()()()()を自分のモノにするんだ。少なくとも最終コーナーまでには。

 

 まだまだ遠い。

 

 まだ遠い。

 

 目の前、ここから。

 

 

 コーナーを走りながら、脚と呼吸のリズムを完璧に重ねることで息を調える。

 説明されたときはそんなことが可能なのかと疑ったが、ほかのトレセン学園のウマ娘にできたんだから大丈夫と言われては挑戦しないワケにはいかない。

 負けず嫌いなのは彼女も自覚していた。だが──お前なら簡単にできるとハッキリ言われたし。逃げたら負けたみたいじゃん。

 

 

 ──さぁ、ここから。ウソだったら絶対に蹴るからな。

 

 

 カチリ。

 

 思わず笑ってしまいそうになるほど、完璧なタイミングで噛み合った。速度をまったく落とすことなく、呼吸は完全に調った。

 

 ラストスパート、直線を全力で駆け抜けて──。

 

 

「っはぁ、はぁ、はぁ……で、タイムは?」

 

「タイシぃ~~ンッ!! タイシンタイシンタイシンッ!! おめでとうッ!! 3000、ちゃんと走りきれたねぇッ!! おめでとうタイシ~~ンッ!!」

 

「チケット、うっさい。それよりタイム……」

 

「おめでとうタイシン。私たちの中では君がナンバーワンだ。さすがに本格化した者たちには及ばないがね」

 

 大喜びで抱きついてきたウイニングチケットを軽くあしらいつつ、ビワハヤヒデからストップウォッチを受け取りタイムを確認する。

 

「──しッ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「お疲れ。ほら、ドリンク」

 

「……ん」

 

「脚のほうは問題ないか? 見てるぶんにはスムーズに走れていたようだったけど」

 

「……特には」

 

 

 違う。そうじゃない。そうじゃないだろアタシ。そこはせめてもう少し……あるでしょ? ありがとうが言えなくてもさぁ、悪くなかったよとか、言い方もう少しあるでしょ普通。

 せっかくチケットの思いつきのおかげでトレーナーと知り合えたのに。わざわざアドバイスお願いしておいてこの態度とか、さすがに怒るか呆れるかされ──てない? なんで? 

 

 ナリタタイシンは困惑していた。どう考えても初対面の相手にするには失礼な態度であったのに、隣に立つトレーナーからは不快そうな気配が全然しない。

 世の中の男たちは皆こうなのだろうか? いや、ないな。一歩間違えば太股が見えるような犯罪ギリギリの格好がスタンダードでたまるか。ソシャゲに出てくる擬人化した男キャラじゃあるまいし。

 

 チケットがどうしても新しいトレーナーを見てみたいと騒ぐので探してみれば、まさかの本当に男性トレーナーというのでまず驚いた。

 ハヤヒデとタイシンはどこぞのゴールドなんとかのイタズラ、あるいはアグネスなにやらの実験かなにかだろうと疑い10割で考えていたが、まさかの真実である。チケットは大喜びし、タイシンは言葉が出ず、ハヤヒデは眼鏡が割れた。

 

 まぁ、紆余曲折の果てに(主にチケットのコミュ能力のおかげで)トレーニングを見てくれることになったのは素直に嬉しいのだが。

 

 いや、違うからね。本格化前で個別の指導を受けられないから、それでトレーナーに見てもらえるのが嬉しいだけだから。性別とか……男だからどうとかじゃないから。

 

 

「ウイニングチケットにビワハヤヒデか。アイツらも()()()()ステイヤーなんだなぁ。──うん、ふたりも簡単にリズムを掴んでみせたな。精度はタイシンが1番みたいだが」

 

「あっそ。……ねぇ。アンタ、マジで新しいトレーナーなワケ?」

 

「半分正解、かな。前のトレセンでは、俺は1度もウマ娘を担当したことがない。いや、正確には任せてもらえなかった、だな。こうしてアドバイスしたり、トレーニングしてるウマ娘たちのサポートばかりしていたよ」

 

「半人前ってコト」

 

「まぁね。お前は能力はあるが担当を任せるにはまだ早い、その理由は頑張って自分で見つけるように……ってな」

 

 服装だろ。その言葉をすんでのところでタイシンは飲み込んだ。もしかしたらこんな格好にも理由があるのかもしれない。

 例えば、男だからとナメられないように。自分はそうだ、体格が小さいことをバカにされるのがイヤで言葉遣いは荒く、愛想のない態度になってしまったし。

 

 つまり、このトレーナーとアタシは似た者同士ということになるのだろうか? 

 

 ……これは、もしかしてチャンスなのでは? 自分で言うのもなんだが、ナリタタイシンというウマ娘は気性難な性格をしているので、本格化してもトレーナーが見つかる可能性は低いだろう。

 だがこの男ならばイケるかもしれない。こんな態度で接していても会話が成立しているし、それに彼だってトレーナーなのだ、自分の担当バを持ちたいと思っているだろう。

 

「ふーん。ねぇ、やっぱり担当ウマ娘とか……欲しいの?」

 

「うーん……。正直、サブトレーナーも別に悪くないかなとは思ってるよ。俺は脇役で、いつか現れるだろう()()()の引き立て役でもかまわないかな」

 

 チッ! 思いの外、手強いじゃんか。

 

 しかし主人公か。この場合は()()()()()()()()だろうけど、トレーナーが脇役とはどう解釈するべきか。

 ストップウォッチと走るチケットから目を離さないようにしつつ、タイシンは考える。男がトレセンで働いている時点で目立つのに、トレーナーだ。これで脇役はムリでしょ。

 まさか現役の男性トレーナーが自分しかいないことを知らないワケじゃあるまいし。

 

 なんだろう。脇役、ウマ娘を支える。ゲームならばヒロインポジションで亭主役。……()()()? 

 

 

 …………。

 

 

「────ッ!?」

 

「どうした?」

 

「べべ、別にッ!? なんでもないしッ!? いいからハヤヒデのこと見てろよ蹴るよッ!?」

 

「お、おう」

 

 よし、うまく誤魔化せた。

 

 いやいや、ありえないし。そりゃ多少はさ、顔は悪くないけど、だからって……初対面の相手でそんな想像するとかありえないし。小学生かよ。

 

 これが例えば、パートナーとして何年も過ごしてきた間柄ならまだわかる。トレーナーとウマ娘の絆が信頼から愛情へと変化していくのは娯楽の世界では王道パターンだ。

 だが、いくら周囲が同性しかいないからといって、いきなり飛びすぎだろう。

 

 せめてもう少し手頃な、ちょっとしたイベントやハプニングとかならわかる。

 

 例えばそう、例えば……同じ物を取ろうとしてうっかり手を握っちゃうとか。

 飲みかけのペットボトルを間違えて間接キスとか。

 着替え中にうっかりドア開けちゃうとか。

 

 メイクデビューからクラシック三冠とかの大きなレースで勝敗を繰り返して苦楽を共にして3年目くらいにはふたりきりでクリスマスとか過ごしたりして有マ記念で1着とって一区切りしてバレンタインでお互いの気持ちを確かめてホワイトデーに正式にプロポーズして卒業&ゴールインふたりは幸せなキスをして夢の第2レース開催ですとか、ちょっとした出来事を想像するくらいならまだわかるのに。

 

 いや、よく考えたら卒業と同時にゴールはダメな気がする。たしかに定番だけど、最低限の礼儀として半年くらい前には相手のご両親に挨拶するべきでは? 

 そもそも相手が競走バというだけで警戒される可能性がある。身内にウマ娘がいれば多少は和らぐだろうが。

 それに、いくらトレーナーが高給取りだとしても、こちらのレースの成績次第では生活能力の面で渋られるかもしれないし──。

 

 

「──シン、タイシンッ!」

 

 ん? 

 

「ねぇねぇタイシンッ! アタシのタイムどうだった~ッ!?」

 

「あっ。……ゴメン、ストップウォッチ止めるの忘れてた」

 

「えぇ~~ッ!? そんなぁ~~ッ! せっかくハヤヒデに勝てたのにぃ~~ッ!?」

 

「その、ホントごめん……」

 

「珍しいなタイシン、君がそんなふうに心ここに有らずとは。なにか考え事でもしていたのか?」

 

 ──隣にいるトレーナーとの脳内人生ゲームでうぴうぴはにーしていて見てなかったよ☆

 

 言えるかァァァァッ!!!! 

 

「いや、ちょっとね。チケットの走りが良かったからさ。そっちに集中しちゃってた」

 

「えッ!? ホントにッ!?」

 

「たしかに今日のチケットの走りは見事だった。だが、敗けっぱなしで終わるのは面白くないな。というワケだタイシン、次は彼女たちも含めて模擬レース形式で勝負といこうじゃないか」

 

 コーナーの走り方の練習を見ていたウマ娘たちがいつの間にか近くに集まっていた。興味はあるが話しかけるのをためらっていたのが、3人の走りが改善したのを見て我慢できなくなったらしい。

 

 丁度いい。もうすぐ夏だというのに春爛漫になりかけた脳ミソを叩き起こしてやる。

 

「いいよ、やろう。追い込みの練習ついでに全員まとめてブチ抜いてやるよ」

 

 

 合流した同期のウマ娘たちが一通り走り方を覚えてから開催された模擬レース。そこで宣言通り大活躍したタイシンは翌日──無事、全身筋肉痛に悩まされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会長はつらいよ

 全国のトレセン学園にとって、そこに所属するウマ娘にとって“夏”というのは特別な期間になる。

 

 上半期の総決算とも言える宝塚記念、そして夏の始まりを告げるレース・サマードリームトロフィー。その結果に一喜一憂しつつ、そのまま大規模夏合宿に突入するからだ。

 

 秋の大舞台──オータムドリームトロフィーはもちろん、最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞、そして世界から挑戦者が乗り込んでくるジャパンカップと大規模なレースが次から次へと開催される。

 生半可な鍛え方では入着すらできない。トレーナーも、ウマ娘も、ここが正念場であると限界ギリギリまでトレーニングに打ち込むことになるだろう。

 

 もちろん、たまの息抜きも忘れない。張り詰めてばかりではいつかどこかのタイミングでぷっつり切れてしまうのだから。

 

 さて、そんな希望と地獄をまとめて煮詰める作業となる夏合宿。もちろん中央トレセン学園もとある離島を貸し切りで行うのだが……今年は少しだけ事情が違った。

 レースに向けての合宿なので、当然参加できるのはトレーナーが担当しているかチームに所属しているウマ娘限定となる。

 本格化がまだの生徒たちはもちろん、トレーナーが付かずメイクデビューできていないウマ娘たちも学園でお留守番となるのだが──。

 

 

「毎年、この時期になると合宿に向かう先輩方を羨ましく思いながら見送っていたが。……今年に限っては幸運だったかもしれないな」

 

「意外だな。なんだかんだで会長サマもアイツのことが気になるのか?」

 

「もちろんだよブライアン。彼がやってきてからどれだけの日数が経過したと思う? 数えるほどの僅かな時間だが、それでも彼がアドバイスを贈ったウマ娘たちは大きく成長している。中等部の代表としては興味津々だとも」

 

「……そうだな。いつの間にか姉貴までアイツのところで走っていたのには驚いた」

 

「おっと、これは()()()というヤツだったかな。しかし君だって大概だろう? 私は画像でしか確認していないが、見せつけるかのように、ずいぶんと機嫌良く歩いていたじゃないか」

 

「あれはただの道案内だ。そして案内役が無愛想ではトレセン学園の品性が疑われる。だから生徒会役員としての責任を果たした。文句あるのか?」

 

「フッ……アハハッ! 品性に責任、か。いやはや、君の口からそんな言葉を聞けるとは。やはり合宿に呼ばれなかったのは幸運だったよ、実に貴重な体験だ」

 

「……チッ」

 

 少しばかりからかいすぎたか。これ以上は不快を与えるだけで面白くはないだろう、それを察したシンボリルドルフは視線を窓へ──合宿に向かうバスが学園を出発する様子を眺めていた。

 

 今回、合宿を渋るウマ娘が現れた。

 

 理由? もちろん例の男性トレーナーの存在である。ウイニングチケットの紹介で中等部のウマ娘たちにアドバイスとトレーニングの補佐を行っていた彼だが、どうやらデビュー済みのウマ娘も何人か練習に混ざっていたらしい。

 そこで彼に適性距離と作戦について相談して言われた通りに走ってみた結果、それはもう面白いように気持ち良く走ることができたのだ。合宿よりも彼を選びたい気持ちは誰もが理解できるだろう。

 

 もちろん最終的には合宿に参加したのだが。

 

 距離や作戦についてのアドバイスくらいならばともかく、すでに完成しつつある走り方そのものを急に変更しては逆効果だと──ほかでもない、彼からそう忠告されては従うほかなかったのだ。

 

「私はなかなか機会に恵まれなかったが、君は何度か彼の前で走ったのだろう? どうだった?」

 

「芝。中距離以上。先行か差し。マイルは鍛え方次第だそうだ。あとはコーナーよりも直線での加速を意識しろと言われた」

 

「なるほど。おめでとうブライアン。これで心置きなく三冠路線を目指せるじゃないか」

 

「どうも。これでアンタや姉貴たちと戦えたら言うこと無しだったんだがな……。私の本気に脚が耐えられるようになるのは当分先のようだ。まぁ、じっくりスキルを磨くとするさ」

 

 ポンポン……と。人差し指で膝頭を叩くブライアンの瞳には、理性と野性が混在した彼女らしいギラギラした光が宿っていた。

 シンボリルドルフに、そして姉であるビワハヤヒデに比べて1年かそれ以上は本格化が遅れるかもしれない。それでも必ず自分と同じレベルまで駆け上がってくるだろう、そう思わせるほど強烈で凶悪な輝きである。

 

「せっかくなんだ、会長も1度アイツから見てもらえ。もしかしたら何か新しい発見があるかもしれん」

 

「あ、あぁ……そうだな、それはわかっているんだが……なぁ……」

 

「うん?」

 

「いや、ほら……な? トレーナー君が暑がりだという話は聞いたし、それで薄着なのも理解できるのだが、その」

 

「ほぅ?」

 

「……なんだブライアン。言いたいことがあるならハッキリと言えばいいじゃないか」

 

「むっつりルドルフ」

 

「まて。むっつりは心外だぞ。それじゃまるで私が()()()()()()に関心があるクセに直視できず盗み見ることしかできないヘタレみたいに聞こえるじゃないか」

 

 さすがは中等部代表シンボリルドルフ、自己分析が完璧である。そう感心するブライアンであるが、普段は威風堂々としている彼女が変なところで奥手なのも仕方ないことだと知っている。

 なにせシンボリ家は競走バの家系としてはかなりの大御所である。そこで英才教育を受けていたルドルフが俗世の事情に疎くなるのは当然だろう。

 

「オマエがヘタレなのはともかく、せっかくなんだから1度は走りを見てもらえ。闇雲に鍛えるよりも成長の手応えをハッキリと感じるからな」

 

「明確な目標があることで、より己を研ぎ澄ませることができる。道理だな。……と、とりあえずは、な。うん。エアグルーヴが帰ってきてから考えよう。実際に体験した者の話をまず聞いてみるのもムダにはならないだろうし」

 

 ヘタレめ。まぁ、ルドルフはそういう部分で人望があるのかもしれないが。完璧な立ち振舞いというのは人間でもウマ娘でも近寄りがたい雰囲気になるからな。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 中等部生徒会に与えられた部屋で、学園に提出予定の簡単な書類の確認作業が半分ほど終わったころ。

 

「……ただいま戻りました」

 

 噂のトレーナーがどんなものか、ついでに風紀に違反するような出来事が起きていないか確認するために練習に参加していたエアグルーヴが戻ってきた。

 どうやら走り終わってからそのまま生徒会室にやってきたようで、簡単な汗の始末はしたようだがジャージ姿のままだ。

 

「想像していたよりも面白い指導でした。理屈よりも感覚的な部分が多いのですが、不思議と理解しやすい。試しに2000を計測してみましたが、アッサリと記録を更新してしまいましたよ」

 

 まったく、昨日までの私の努力はなんだったのか。言葉選びこそ自嘲気味だが、その表情は今回のトレーニングが満足できるものであったと雄弁に語っている。

 

「それで、実際に体験してみてどうだったかな? 是非とも詳しい話を聞かせてほしい」

 

「えッ!? あ、はい。いやその、えー、なんと説明すればいいのか……」

 

「? なにか問題でも起きたのかい?」

 

「問題が起きたというか……起きたといえばそうなのかもしれませんが……」

 

 どうしたことだろうか、彼女にしてはなんとも歯切れが悪い。いつも副会長として手際よくサポートをしてくれるエアグルーヴらしくない。

 

「……あぁ。アレか」

 

「アレ? ブライアン、なにか思い当たることでも?」

 

「まぁな。──どうやら()()()()でも見れたようだな? エログルーヴ」

 

「ぶッ!? き、キサマッ!!」

 

「は? え? ……は?」

 

「まぁなぁ~そうなるよなぁ~? アレだろう? どうせベンチの上で胡座なんぞかくもんだから、はみ出したトモが見えてしまったんだろう? なんだ、オマエも立派な女の子だったワケだ。はっはっは!」

 

「おいッ! 会長の前でなんてことを言うのだッ! だいたい私はそんなふしだらな──」

 

「ヤツのトモはよく仕上がっていただろう? 私はマイル向きだと思うんだが」

 

「いや、あれだけしなやかに筋肉を鍛えているなら中距離でも通用するだろう」

 

「そうか。──ほら見ろ、やっぱり見たんじゃないか」

 

 戦闘開始、である。

 

 ブライアンが調子にのって煽り、エアグルーヴの堪忍袋の緒が切れる。ほかの役員がいるときでも遠慮なく繰り返されるこの光景だが、今日に限っては勝手が違う。

 

 なんという疎外感。

 

 エアグルーヴ、まさか、まさかそんな、君が。君が──そういう話題で盛り上がれるだなんて! 

 

 私なぞタブレットのオンライン広告だってまともに見ることができないのに。たまに流れてくるちょっと……その、アレなマンガなどの広告が差し込まれるだけでも右往左往しそうになるのに。

 そうか、君はそういった広告すら二の足を踏むことなくタップできる、そちら側のウマ娘だったのだな。フフ、なんと滑稽だろうか。対等だと思っていた親友は自分よりもずっと前を走っていたのだ。

 

 ──ならばッ! 足踏みなぞしていられるものか! 私もその領域に踏み込まねばならないッ! 

 

 シンボリルドルフには夢がある。すべてのウマ娘たちの幸せとはなにか、その理想を、答えを、必ず見つけて手に入れてみせると。

 それが、親友たちとの会話に疎外感だと? 笑わせるなよルドルフ、お前はその程度の覚悟で夢を語るのか。

 

 否ッ! 断じて否ッ!! 

 

 届かぬと歯噛みする暇があるのならば、1歩でも前に進むのがウマ娘という存在のあるべき姿だろうッ!! 

 

 恐れるな。

 

 前を向け。

 

 夢のために、理想のために。そして。

 

 

 ──友人たちと、ちょっとエッチな話で盛り上がるという、青春の1ページのためにッ!!!! 

 

 

「行ってくる」

 

「「は?」」

 

「そのうち、ではない。いま、すぐに、彼のところに行ってくる。すまないが残りの業務は任せる。──エアグルーヴ!」

 

「はっ、はい!」

 

「待っていてくれ。私も必ず同じ側に立ってみせる」

 

「は、はぁ……わかりました」

 

 

 …………。

 

 

「……よくわからんが、会長もアイツの指導を受けるみたいだな。なんで急にやる気になったのかわからないが。まぁいい。エアグルーヴ、からかって悪かったな。書類は私が見ておくから、さっさとシャワーでも浴びてこい」

 

「そうだな……。まぁ、なんだ。できればあの手の冗談は今後は控えてくれ。あまり良い気分はしないのでな」

 

「肝に銘じておく」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて……たまには真面目に仕事をするか」

 

 サボり常習犯のナリタブライアンであるが、これでなかなか事務処理能力は悪くない。アウトローを気取ってはいるが、越えてはならないラインをしっかりと心得ているからだ。

 それでも普段なら素直に引き受けたりはしないだろう。だが、最近の彼女は実に機嫌が良いのだ。手強いライバルたちが、どんどん成長しているのだから。

 あの男は優秀なトレーナーだ。昨日まで自信無さげにターフを走っていたウマ娘が、翌日には風を切り裂かんばかりの力強さで駆け抜けている。

 

 

 強い相手と、大きな舞台で、最高のレースを。

 

 

 ……さて、とりあえず学園への要望がどんなものが来てるか確認しておくか。なになに? 

 

 ──将来のために、学園の敷地内にガソリンスタンドを建設してほしい。マルゼンスキー。

 

 まだ仮免許すら持ってないクセになに言ってんだ。そもそも生徒が提案する内容じゃないだろ。却下。

 

 ──シラオキ様を敬い奉るための祭壇を、三女神像の隣に建設してほしい。マチカネフクキタル。

 

 建設が流行ってんのか? またエアグルーヴに説教されたいのかお前は。却下だ、却下。

 

 ──夏合宿期間中だけでも、ターフの使用時間の制限を延ばしてほしい。サイレンススズカ。

 

 お前つい最近も門限忘れて寮長に絞られてただろうが。フジに助けて貰ったの忘れたのか。夜は大人しく寝てろ。却下。

 

 さて、次は──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「邪魔するでー」

 

「なんだ? 会長とエアグルーヴなら席を外しているぞ」

 

「お、ブライアンしかおらんとか珍しいなぁ? いやな、こんどやる粉モンパーティーに必要な書類を持ってきたんやけど」

 

「あぁ、クリークと話していたアレか。貸してみろ。……ほら」

 

「おぉ、ずいぶん気前よくハンコくれたなぁ。ええんか、ろくすっぽ確認せんとそんなポンポン押して」

 

「日頃の行いだ。私の知るタマモクロスならば問題ないと判断したまでだ」

 

「なんや、ウチのこと買うてくれてんなやぁ~。おおきにおおきに♪ せや、ひとつ聞きたいことあんねんけど」

 

「なんだ?」

 

「あんな、玄関のとこで我らが会長サマがジャージ姿でクルクル回ってたんやけど、アレなんなん? スズカもたまに似たようなことしとるけど。なに? トレセン学園ではアレやると脚が速くなる~みたいなおまじないでもあるんか?」

 

「なにやってんだ、会長……」

 

 本物のヘタレか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは誰かの(切実な)祈りの言葉

 偶然だったの。

 

 その日は差しと追い込みに適性のある子たちが中心に集まってて、パワーを鍛えるといいって話になったの。

 そこで、筋トレが趣味のライアンちゃんがみんなを鍛えてあげるってなったの。

 そしたら! なんとなんと、トレーナーまで身体を鍛えたいって話になっちゃった! あたしたちに指導する立場なのに、自分がだらしない体型してたら説得力がないから~って。

 

 とっても偉い心がけなの! 伊達にスケベな格好してるワケじゃなかったの! 

 

 それで、みんなでトレーニングルームを使うことになったの。普段はデビューが済んでる子しか使えないけれど、夏の期間はみんなが使えるからお得なの! 

 

 だけど。

 

 まさか、まさかあんなコトになるなんて。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……っし。うん、ウマ娘用なだけあってかなりの手応えだが……悪く、ない、なッ! ふっ!!」

 

 

「「…………」」

 

「どうしようライアンちゃん。あたし、ちょっとトレーナーのこと甘く見てたの……」

 

「うん……。てっきり、健康のために鍛えてるくらいだと思ってたんだけど……」

 

 肉体の仕上げぶりが本気過ぎる……ッ! 

 

 普段から惜し気もなく丸出しにされている両腕と両足だが、すらりとしたモデルのように見えたのは表面的な物に過ぎなかった。

 それがいまはどうだ、筋肉のラインがくっきりはっきりと浮かび上がっているのだ。細身のシルエットはそのままに、パリッパリに張り裂けんばかりにムッチムチである。

 そして上半身も、一切の隙も油断もない。限界まで磨き抜いたかのような彫刻の如くである。それが汗に濡れた薄手のシャツ1枚、ピッタリと張り付いているものだからなんかもう……色々とヤバいのだ。

 

 彼女たちとて健全な女子中学生。その手の書籍類をまったく知らないなどということはない。

 そもそも少女マンガというものは表現の自由を守護るため、日夜PTAやら紳士団体と戦っているくらいには性的表現のチキンレースに積極的である。

 なのでこういう状態の男性を見る機会は何度もあった。なんならグラビア雑誌を寮にコッソリ持ち込んでいる勇気あるウマ娘だっているくらいだ。

 

 しかし……目の前のトレーナーは“格”が違う。

 

 どう表現すればいいのだろうか。グラビアアイドルが女受けを狙った媚びるような体つきだとすれば、これは完全な自然体。天然自然の中で育まれた高純度の雄の身体。

 不思議な感覚だった。シャツを着ているのに半裸のグラビアよりも何十倍も興奮する。これが本物の“着エロ”というものか。見せTだから大丈夫とかいうレベルではない。

 

 

「ふっッ! ……やれやれ。わかっていたけれど、動作確認用の1番軽いウェイトでもかなりキツめだな」

 

「あは、ははは。それでも充分すごいと思いますよ。それにしても、その、トレーナーさんもかなり鍛えてるんですね?」

 

「まぁな。さっきも言ったけど、偉そうなことばかり言って、自分がなにもしないってのは俺の好みに合わないんでね。自分で言うのもなんだが、なかなか説得力ある仕上がりだろう?」

 

 湿ったシャツを躊躇なくめくり、露出した脇腹をパシンッ! と叩くトレーナー。本当にそういうのは止めてほしい。狙ってやってないのがわかるせいで余計に()()が悪いの。

 あっという間にライアンちゃんのお顔が真っ赤になっちゃった。いや、よく見たらほかの子たちも無言でコッチを見てるし。そりゃこんな状況でトレーニングになんて集中できるワケないの! 

 

「それにしても、さすがに疲れたな……。えっと、マシーンの汗拭くヤツは~っと」

 

「あ、トレーナー。それはあたしがやってあげるの。トレーナーはクールダウンしてきなよ」

 

「いや、さすがにそれはダメだろ。自分の後始末をウマ娘に任せるとかトレーナーとしてだな──」

 

「いいからいいから。最初くらいはお客さま扱いでもバチは当たらないから大丈夫なの!」

 

 というか1秒でも早く友人の側から離れてほしい。小学生向けのギャグ強めのお色気シーンですらアワアワ言いながら読んでいるメジロライアンには刺激が強すぎる。

 正直なところ、アイネスフウジンとて平然と直視できるかと問われればムリに決まってると即答するだろう。ただ周囲が過剰に反応しているのを見て、かえって冷静に動けているというだけだ。

 

 とにかく1度、視界から消さなければ。

 

「──これでバッチグーなの! さぁライアンちゃん、あたしたちもそろそろ真面目にトレーニングを……始め、て……」

 

 手際よく清拭を済ませて振り替えれば真剣な表情で固まるライアンがいた。いったい何事かと視線の先をたどってみれば──。

 

 

「ふぅ。さて、替えのシャツは~っと」

 

 

 もしも。

 

 もしも、アナタの目の前でいきなりグラビアアイドルが、後ろ向きとはいえ、それこそたったシャツ1枚とはいえ、目の前で着替え始めたらどうする? 

 淑女らしくスマートに後ろを向いてあげるのが正解だろう。そんなことはこの場にいる全員が理解している。だが、それを求めるには彼女たちはあまりにも若すぎた。

 

 あの、しっとりとした肩のラインから目をそらす? できるワケがない。

 

 あの、ハッキリと主張する背中の筋肉から目をそらす? できるワケがない。

 

 あの、キレイに引き締まった脇腹から目をそらす? できるワケがない。

 

 いままで写真の向こう側でしか知らなかったような世界がそこにあるのに、それから目をそらす? できるワケがないッ! 

 

 手早く着替えを済ませたトレーナーが退室し、徐々に理性を取り戻した彼女たちの思考が一連の出来事を理解したそのとき──。

 

 

「──えふッ!」

 

「ライアンちゃんッ!?」

 

 

 メジロライアンは、性的興奮を抑えることができなかった。

 

「そうなんだ……アレが、黄金の比率……」

 

「ライアンちゃん! キズは浅いの、しっかりするのッ!」

 

「レッスンマッスルは……このときのために……ありがとう、本当にありがとう……」

 

「りゃいあんちゃぁぁぁぁんッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いやぁ……のぼせて鼻血を出しちゃうなんて。現実にこんなことってあるんだね。アハハ……」

 

「はい濡れタオル。とりあえず頭の上にでも乗せておけばいいの」

 

「うん、ありがとうアイネス」

 

 トレーニングに熱中しすぎたライアンが、うっかりのぼせて鼻血が出てしまった。それだけである。それ以外の事実などなにも存在しない。

 メジロ家の名に泥を塗るような出来事など存在しない、それがこの場に居合わせたウマ娘たちに共通するたったひとつの真実なのだ。

 

 これもまた、美しき女の友情。

 

「……あたしも頭を冷やしたいから、ちょっと外で風に当たってくるの」

 

「……うん、いってらっしゃい」

 

 

 ────。

 

 

 これまでも細々とした驚きはあったが、今回に関しては本当に焦った。独特の感性の持ち主であることは誰もが知るところであるが、まさかウマ娘だらけの中で堂々と着替えをするなど予測できるワケがない。

 

 もしかしたら本人の中では水着姿と変わらないから問題ないと考えた可能性もある。

 たしかに水着であれば下半身を膝まで隠せばいいのだろうが、それは海辺やプールだから通用するのである。それ以外の場所を水着で歩いていたら、普通にちょっとアブない人なのである。

 

 

「あ、トレーナー」

 

「アイネスか。どうした?」

 

「ひと休み。ちょっと風に当たりにきたの」

 

「そっか。しかしアレだなぁ~、さすがは中央トレセンだよな。トレーニング機材の豊富さと豪華さよ」

 

「その気持ちはスッゴくわかるの! 普段は学園の外にあるジムにいったりするんだけど、同じようなトレーニングしても全然違うの」

 

「あー、そういや夏合宿でウマ娘が少ない間限定だったな。そこだけは地方のほうが楽だったかな。みんなで順番に使えたし。俺もガッツリお世話になったわ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 まさかトレーナーが貸し切りで使ってたワケではあるまい。つまりは、先ほどのような光景がなんども繰り広げられたということで。

 フィジカルだけでなくメンタルも一緒に鍛えられるお得なトレーニングだ。自分は先ほどの1回ですでにお腹いっぱいな気分なのだが。

 

 

「しかし、こうなると……まさかウマ娘たちを押し退けて割り込むとか論外だしなぁ。俺も近場のジムとか通ってみるかな~」

 

「え゛ッ!?」

 

 近場のジム? 学園の外のジムに通う? 一般人が大勢出入りする場所であの格好で筋トレするだと? あっという間にウマッターで拡散されて大事件になる未来しか見えない。

 

「え、え~とぉ~。あたしはそれは止めたほうがいいとおもうの~」

 

「そう? 学校の使うよりいいと思うんだけど」

 

「そ、それは~その~。──ッ! ホラッ! トレセン学園のトレーナーって、結構特別な仕事だから! まわりの人たちがビックリしちゃうの!」

 

「あー、そういや向こうにいたときもそんな感じのこと先輩たちに言われたっけな。お前はもう少し人に見られるということを考えて行動しろって」

 

「そうなのそうなの! それに、自分を鍛えることに夢中になっちゃったら困るの。トレーナーの仕事はあたしたちを育てることなの!」

 

「それもそうだな。よし! 使わせてもらえるときだけお邪魔して、それ以外は学園内でなにか……工夫して考えてみるか!」

 

「それがいいの! あたしも協力するの!」

 

 ありがとう、顔も名前もわからない先輩トレーナーのみなさん、本当にありがとう。みなさんが先手を打ってくれたおかげで、この天然ストリップストリームを外に出さずに済みました。

 でも、人に見られることを考えて行動した結果が先ほどの勢い任せの脇腹めくりだとしたら、たぶんみなさんの忠告は半分くらいしか伝わっていないと思います。

 

「そもそも、そこまで鍛える必要あるの?」

 

「そりゃな。人に見られるってことは、つまりトレーナーがだらしないとウマ娘までナメられるってことだろ? だったら徹底的に鍛えるしかないだろ。どこに出しても恥ずかしくない程度にな」

 

 違う、そうじゃない。コレ先輩トレーナーたちの忠告半分どころか1割も伝わってないヤツだ。

 

 ……よし、深く考えるのは止めよう。とりあえず一般人のみなさんが大事故に巻き込まれるのを防げたのだ、それだけでも頑張ったとしよう。

 

「さて、俺はそろそろ行くよ。今日はありがとな」

 

「いえいえ~。またね~」

 

 ほんのちょこっと頭を冷やすつもりが、しっかりと身体の熱が逃げてしまった。

 幸いなことにまだまだ時間はあるし、もう一度丁寧にウォーミングアップをして筋トレに戻るとしよう。

 

「さてさて、ライアンちゃんもきっと待ちくたびれて──え?」

 

 

 

 ────よく、やってくれた。

 

 

 

「……う~ん? いま、誰かの声が聞こえたような……でもまわりには誰も……うん! きっと気のせいなの!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢は広がり胃は荒れる

主人公が以前所属していたトレセン学園のウマ娘の事が気になるという感想があったので、とりあえず少しだけ。


「ワシらんとこでは“スキル”という呼び方が定着している。もともとはボウズがウマ娘どもに分かりやすく教えるための記号みたいなモンだったがナ? すっかりトレーナーの間に浸透しちまってるよ」

 

「道理ッ! 何事もイメージというものは重要だ! それがわかっているから長老殿も許可したのだろう?」

 

「ったりめぇよ。そんなことでGⅠ取れるんだゼ? そりゃどんどんやってくれってなもんよ!」

 

 珍しい連絡だった。日本の最後の男性トレーナー()()()男、そしていまはとある地方のトレセン学園で理事長として勤務する“長老”が話があると言ってきた。

 やよいとしては断る理由がない。現役の理事長の中では1番の年長者であるし、なにより“彼”に関することで話さねばならないことがいくつもある。

 

「……で、ボウズの様子はどーよ。環境が変わったくらいでいきなり大人しくなるたぁ思っちゃいねぇがよ?」

 

「大きな問題は起きてない……と、思う。夏の合宿期間の間に居残り組のウマ娘たちを丁寧に指導してくれていたようだ。おかげで合宿明けの模擬レースで、何人かチームに参加できるようになった」

 

「そいつはなにより。まぁ元気にしてるんならそれでいいさ。ほんで? お嬢は何を聞きたい?」

 

 

「──長老。何故、彼を手放した?」

 

 

 射貫かんばかりにまっすぐに、モニターに映る長老を見つめるやよい。歩く風営法違反な彼であるが、トレーナーとして見れば真面目……真面目? うん、とにかくウマ娘たちの能力を上手に引き出しているのはたしかだ。

 それも、単なる身体能力の向上というよりは才能の開花、あるいは潜在能力の覚醒とでも表現すればいいのか。普通のトレーニングが長い坂道を登る作業だとすれば、彼の指導は壁を乗り越える、あるいはブチ壊す作業だろう。

 

 そんな稀有な能力を持つトレーナーを手放すなど、理事長としてはあり得ない。そうでなくとも、私なら絶対に手放せない。

 

 と、なれば。

 

「仮定ッ! 彼の普段の様子からして、人間関係にトラブルがあったとは考えにくい! ……まぁ、スタッフたちは色々と振り回されている感は否めんが。年配の既婚者たちは、彼のことを厄介だが可愛い弟くらいの扱いで済ませているが……」

 

「こっちも似たようなもんよ。まぁ、トレセン学園に勤めるようなヤツぁ、基本的に男よりウマ娘が最優先だからな。お嬢の言うとおり人間関係は問題ねぇ。問題は──ウマ娘たちの意識だ」

 

「意識……」

 

「上の世代は問題ない。GⅠ取った、いや、GⅠで走ったウマ娘たちは軒並み()()()()()終わったからな。……なにそんな不思議そうな顔してやがる。夢の舞台を終えたんだ、あとは社会人レースに行くか大人しく引退するかだろ」

 

「ま、待てッ! 引退だと? せっかくGⅠを勝利したのだろうッ!? まだまだこれから──」

 

「それはお嬢、お前さんだから──お前さんたち、中央のウマ娘側だから言えるセリフなんだよ。地方のトレセンのウマ娘にとっちゃGⅠはゴールなのさ。URAの連中がステップレースと呼んでるGⅡだって、こちとら一世一代の大勝負なんだからよ」

 

 否定の言葉は出なかった。なぜならレースを走り終えた彼女たちの表情をやよいは知っているからだ。

 勝つにせよ、負けるにせよ、自分自身の全力で夢を終わらせたウマ娘たちの表情は──希望や幸福とは違う、適切な言葉は見つからないがもっと尊いもので満たされているように感じていた。

 

 それを思い出して、もう一度引退という言葉を聞けば……そうか、彼女たちは自分の物語を無事に終えたのだな。そう納得できてしまう。

 

 

「つーことでよ、上の連中は問題ないんだよ。上の連中は。問題は後輩ども──()()()()()()()()()()()()が掛かっちまってる」

 

 中央というエリート集団、そこに残ることが出来なかったウマ娘が地方のトレセンに入る。声を大にして言うものこそいないだけで、ヒトもウマ娘も皆が同じようなことを思っているだろう。

 そして、そんなエリートたちのために用意された舞台がGⅠレース。凡人にはターフに入ることさえ許されない夢の聖域のはずだった。

 

 ──凡人が、天才を超えた。

 

 天才でなくとも、エリートでなくとも。自分を騙すための言い訳などではない、本当に努力で才能を超えてみせたのだ。

 中央だけが有するGⅠレースのトロフィーを、自分たちの先輩ウマ娘が持ち帰ってきたとき、果たして後輩ウマ娘たちの興奮はどれほどだったか。

 1度だけなら幸運だったで終わった話だ。それが複数になればもしかしてと期待する。ならば、次の年も続いたならばどうなる? 

 

 ──次は、自分たちの番だ。

 

 夢を終わらせてはならない。先輩たちがそうしてくれたように、GⅠウマ娘の夢を受け継ぎ、そして次の世代にバトンを渡さなければならない。

 可能性はある。何故なら、自分たちも条件は同じだから。先輩たちにGⅠに勝つためのスキルを与えてくれたトレーナーは、自分たちにもそのスキルを教えてくれたのだから。

 

「人手不足を解消できなかったツケだな。ボウズが良かれと思って世話してくれたおかげで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「同じトレセン理事長の立場としては羨ましい話だがなぁ。しかし、朧気だが見えてきたな。彼を盲信、いや狂信する勢いなのだな?」

 

「不幸中の幸いなのは、その勢いが全部レースに向いてることだな。ボウズの教えが正しいことを証明してみせるってな。まぁ、ともかく、そんな状況だったからよ……1度、逃がす必要があったワケだ」

 

 優秀過ぎる故に追放せねばならない。そんなラノベの主人公みたいな理由で中央に異動させられたのか。思いの外、深刻な理由でなくて安心……していいのだろうか? 

 

「つーことで、な。こっちのウマ娘どもは中央に対して闘志メラメラって状態だからよ。もちろんトレーナーたちもだ。ボウズが居なくなったとたん、GⅠ勝てませんでしたじゃ沽券に関わるからな」

 

「承知ッ! そういうことなら受けて立とうッ!」

 

「そうか! そいつは良かった! いや~助かったぜ、なにせウマ娘たちをなだめるために色々と吹き込んじまったからなッ!」

 

 は? 

 

「いやな? ボウズを逃がすときにちょっとな」

 

「長老。いったい何をした?」

 

 

 

 

 

「……優秀なトレーナーは中央にいるべきだ、みたいな感じで連れてかれたよ~的なことを、チョロっと面白おかしく」

 

 

 

 

 

「ジジィィィィッ!? なんつーこと仕出かしてくれたんだこの老いぼれがァァァァッ!! それ完全にこっちが悪者にされてるパターンだろォォォォッ!!」

 

「しょうがねぇだろッ! こちとらもギリギリだったんだよッ!! ホントにあのボウズ頑張り過ぎたせいでウマ娘どもの勢いがヤバかったんだよッ!!」

 

「それを何とかするのが貴様の仕事だろうがッ!!」

 

「何とかって何だよッ!! だったらテメェになにか考えでもあんのかよッ!!」

 

「そんなん私が知るかァァッ!!」

 

「はい出たー! 出ました代案も無いクセに否定だけする奴ゥ~ッ! お前そんなん許されんの中学生までだろバーカ! そんなんだから身長伸びないんだよバーカッ!!」

 

「やかましいわこのハゲ山王冠ッ!! 引退した貴様の毛根と違ってまだまだホープフルステークスに出走できるわッ!!」

 

「ハゲじゃないです剃ってるだけですゥ~。お前の身長と違って伸ばそうと思えばすぐ伸びますゥ~。悔しかったら明日までに身長伸ばしてみボゴフッ!?」

 

「あ」

 

 一瞬、モニターが激しく揺れる。

 

 ……どうやら後ろに控えていた秘書(ウマ娘)が長老を物理的に黙らせたらしい。ドラム缶をバットで殴ったような凄まじい音がしたが、コレちゃんと生きてる? 

 こちらに向かってペコリと一礼し、再び後ろに控えるウマ娘秘書。よかった、たづなが口より先に手が出るタイプじゃなくて本当によかった。

 

「……うん、まぁ。とりあえず来年。第一波がメイクデビューすっからよ。レースで当たったらよろしく頼むわ。1番早いヤツで2月にデビュー戦だ。スケジュール次第では最速で秋のGⅠ“オータムカーニバル”に出走するかもしれん」

 

「カメラ割れてるぞ」

 

「ともかく、ボウズのことはよろしく頼む。抜けてるところはあるが、ウマ娘に対しては一生懸命なヤツなんだ」

 

「……善処はする。私とて優秀なトレーナーは喉から手が出るほど欲しいからな」

 

「ありがとうよ。……いやぁ、お嬢のおかげで、これからはだいぶ心に余裕が出るぜ。これからは夏合宿のたびに理事長同士の緊急会議を開かなくていいし、花見の席や聖蹄祭の前に機動隊との連携確認もいらんし、学園の搬入業者から『バファ○ンの注文書、桁数まちがってませんか?』って確認の電話が来ることもないワケだ。ガハハッ! ──う゛っ」

 

 アイツいったい何やったの? 

 

 長老も男にしてはなかなかヤンチャで、母からは色んな逸話を聞かされてはいた。しかし彼は周囲に認められ、望まれて理事長の椅子に座ったくらいにはまともな感性の持ち主である。

 

 どうやら常識のあるヤベー奴では、常識のないヤベー奴には太刀打ちできなかったらしい。

 

 そして、そんな“とびっきり! 日本で1番ヤバい奴選手権”の絶対王者はいま、自分の部下として働いているのだ。あっはっは! これからのことを考えるだけで、やよいちゃんってばもうぽんぽんがイタイのである。なんかもうぴしゃんぴしゃんになるまでココア飲みたい。

 

 

「スマン、ちょっと目眩が……。あぁ、スキルについては共有化するかはまだまだ未定だ。なにせ根拠が全部ボウズの感覚頼りだからよ。ワシんとこのトレーナーたちも頑張っているが、天才の感性を万人向けに解析すんのは骨が折れるみたいでな」

 

「了承ッ! なに、本人がいるのだから中央は中央で技術として確立してみせようッ!」

 

「いい返事だ、先代とそっくりだな! あ、そうそう」

 

「何事?」

 

「そのうち下剋上って感じで、メディア通して中央に宣戦布告するかもしれないから。たぶんそっちにも色々行くかもしれんけど、上手く対応しといてくれ」

 

「へ?」

 

「じゃあの!」

 

「あ、ちょッ! ……あのクソジジィッ!!」

 

 いつか必ず右ストレートでブッ飛ばす。




これがトレセン学園の理事長同士による高度な情報戦である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

可能性の、けもの。

 GⅠレースを地方が勝利した。

 

 それは、中央トレセンに所属するウマ娘たちにとって、負けて悔しいという気持ちもあれば、強力なライバルが現れたことが嬉しいという気持ちもある、なんとも複雑なニュースである。

 

 もっとも、彼女にとっては()()()()()()()のだが。貴重なサンプルが、有用なデータが得られる素晴らしい知らせという認識でしかない。

 

 

「ふゥ~む。やはり何度見返しても素晴らしい完成度の走り方だねぇ。なぜ中央のスカウトたちは彼女に声をかけなかったのか、これがわからない!」

 

「また見てるんですか……。よく、飽きませんね……」

 

「飽きる? 飽きるだって? まさかまさか! むしろ、まだまだ足りないくらいだよ! ……純粋な身体能力ならば中央のウマ娘たちのほうが上なのは間違いない。だというのに、実際に勝利したのは地方のウマ娘。実に、実に興味深い……ッ!」

 

 心底楽しげに語るアグネスタキオンが操作するノートパソコンの画面には、夏の終わりに開催されたとあるGⅠレースの動画が流れていた。

 展開そのものは特別なにか変わったことが起きたワケではない。最終コーナーから外差しで上がってきたウマ娘が、残り50ぐらいのギリギリで抜け出して1着。

 

「いままでは比較対象が少なくて見落としていたが、改めて観察すると中央のウマ娘の走り方はなんというか……ゴリ押しだねぇ。能力に任せきりで面白味に欠ける。速ければそれでいいだろう? というスタンスは一種の真理だがね」

 

「? 速度は……1番重要だと思いますが……?」

 

「もちろんだとも。だが、数値は正直だが絶対ではないよ。最高速度で何キロ出たとか、持久走で何メートル走れたとか、それだけでレースの勝敗が決まるワケじゃない」

 

「それは……まぁ……」

 

「認識の違いだろうね。それでも中央のトレーナーたちは、いや、普通のトレーナーならば、それらの数値を高めることが勝利に繋がると信じている。だが、彼女たち地方のウマ娘は──いや、この場合は彼女たちに技術を叩き込んだ()()()()かな? もしかしたら彼はあまりそういったデータを重要視していないのかもしれないねぇ」

 

 彼と言ってる時点でひとりしか思い当たらないのだが。

 

 しかし、そう言われてみるとマンハッタンカフェには納得できる場面が何度もあった。あのトレーナーの練習には何度も参加しているが、その手のデータを求められたことは1度もない。

 

「中央のウマ娘は能力は高いが、それを十全に活かせるほど最適化がされていない。そこに目を付けて、地方のウマ娘たちには徹底的に走りの最適化をさせた。その辺りの融通の利く地方だからこそ上手くいったのだろう」

 

「徹底的に最適化、ですか。……つまり、彼が以前指導していたウマ娘たちは、全員が得意な距離ではスペシャリスト、ということですか……?」

 

「そうなるね。いやぁ、なんとも滑稽な話じゃないか! 万能選手だと思われていた中央のエリートが、実際には地方のウマ娘たちよりも進化が遅れているのだから! 」

 

 楽しそうに、実に楽しそうに笑うタキオン。まったく、何がそこまで楽しいのやらとカフェが呆れていると、突然──真剣な表情で問いかけていきた。

 

 

「なぁカフェ。次の菊花賞だがね、先輩たちは勝てると思うかい?」

 

 

 数瞬の思案。そして。

 

「勝ちます。少なくとも今回までは。ただ、恐らくは……かなりの接戦となります」

 

「うん、私もそう思うよ。スタミナを温存する独特の走法──トレーナー君のメモ書きには“コーナー回復”というわかりやすい名前で記入されていたが──ともかく、だ。先日の菊花賞のステップレース、そのGⅡに出走していた地方のウマ娘のコーナー回復は、それは見事な完成度だった。先輩たちの能力任せの走りではかなり厳しい展開になるだろうねぇ」

 

 愉快? 滑稽? この際どちらでもいい。

 

 勝利も敗北も、どちらも糧となる。

 

 たまに勘違いしている連中がいるが、中央のトレーナーたちは本物のエリートだ。旧世代の常識に固執などしないし、良いと思ったものは積極的に取り入れる。菊花賞の結果がどうなろうとも、今後は本気でスキルとやらの活用方法について研究するだろう。

 そもそも最初の敗北の時点である程度認めてはいたのだ。それでも手を出さなかったのは、単なるリスクマネジメント。危ない賭けにウマ娘たちを巻き込めない、それだけのことだ。

 

 だが、いま。私たちの、中央トレセン学園には()()()()()が存在するのだ。ならば何を遠慮する必要があるのか? 

 そもそも活用は別として研究はしていたようだしねぇ。そうでなければ私たちをトレーナー君に任せきりになどしなかっただろう。

 

 ……たぶん。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「それにしても、今年の秋は冷え込むのが早い。見たかい、カフェ? トレーナー君もちゃんと服を着ていただろう?」

 

「その言い方だと……意味が変わりませんか……?」

 

 夏合宿期間が終わり実りの秋を迎えてすぐ、全国的に気温が低くなると天気予報が流れた翌日。そこには、秋の装いとしてはそれなりに重装備の彼がいた。

 

 ──寒いのも嫌いなんですよ。それに、うっかり風邪をひいてウマ娘たちにうつしたりしたら大変ですから。

 

 ここにきて、まさかの正論。とりあえず暑さを理由にした露出狂の可能性が消えたことで、誰よりも学園スタッフたちが安堵した。

 逆にウマ娘たちの中には露骨にガッカリしている者たちもいた。ウマ娘とは、基本的に本能に正直なのである。

 

 さて。これでしばらくは平穏な日々が送れるだろうと誰もが考えていたのだが、そんな甘い考えが通用したのはほんの数日だけだった。

 

 

 

 

 トレーナーとすれ違ったときに、柔軟剤のいい匂いがフワッとして、なんか──なんかもう、色々とアレだった。

 

 

 

 誰かがそんなことを呟いてしまったものだから、さぁさぁあっという間に一大事。ただでさえウマ娘というものはヒトよりも五感に優れているのだから、彼が側を通るときについつい鼻が反応してしまう。

 

「面白いと思わないか? 結局のところ、それは市販の柔軟剤の匂いに過ぎないのに。それがトレーナー君から香ってくるだけでフェロモンと同様の効果を持つなんて! ……いや、本当になんなんだろうねアレは」

 

「嗅いだんですね?」

 

「だってぇ~気になるじゃないかぁ~。私は体験主義者でもあるんだよ~」

 

「正直、私にはあまり……」

 

「えぇ~? 本気で言ってるのかいカフェ? ヒロインの可愛い男の子とすれ違っていい匂いというシチュエーションは、少女マンガでも定番じゃないか!」

 

「それは知ってますけど──というかタキオンさんも、そういう本とか読むんですね……」

 

「当たり前じゃないか。君は私をなんだと思っているんだい? 当然ながら、()()()()の書籍類だって嗜んだことがあるとも! ──私には少々、その、まぁなんだ……何事も、然るべき適切な段階を踏まねばならないと痛感したよ……」

 

「いったい何を……というか、よくそんな本手に入りましたね?」

 

「おや、知らないのかい?」

 

 

 トレセン学園のそばには神社がある。初詣に使うような広々とした立派なものではなく、トレーニングとして階段を活用するか、あるいは模擬レースの前に勝利を祈願しに来る程度のささやかな神社だ。

 

 その境内、社の裏。そこがウマ娘たちにとって、一種の聖域である。

 

 大人だけが購入する権利を有する物件を、先輩ウマ娘たちが手に入れて隠してくれていたとき、それを見つけた後輩ウマ娘たちの興奮はどれほどだったか。

 1度だけなら幸運で終わった話だ。それが数冊になればもしかしてと期待する。ならば、次の年も続いたならばどうなる? 

 

 ──次は、私たちの番だ。

 

 夢を終わらせてはいけない。先輩たちがそうしてくれたように、戦利品の夢を受け継ぎ、そして次の世代にパトスを渡さなければならない。

 

 

「なぜなら、伝統があるから。自分たちがお世話になったのだから……。いやぁ、いい話じゃないか」

 

「控えめに言って最低ですね」

 

「女子校だからねぇ。共学ならまた違うのかもしれないが。男子生徒に見つかりでもしたら、あっという間に吊し上げにされるだろうさ。あっはっは!」

 

「そもそも共学の学校で()()()()()()を持ち込むことが問題だと思いますが……」

 

「なに、ちょっとした女同士の友情の確認作業だよ。それに、ウマ娘にとってリビドーはそう悪いものでもないさ。ベクトルを走るためのエネルギー源に向けてやれば有効活用できるのだからね」

 

 彼が今度はお色気の代わりにときめきを無差別にばら蒔いているせいで、それなりの人数のウマ娘が影響を受けている。

 当然、何らかの方法で発散させる必要があり──彼女たちは、鬼気迫る勢いでターフを、ダートを走り回っていた。

 

「案外、男性トレーナーがいなくなってしまったのは、存在そのものがドーピング扱いされたせいかもしれないよ? ふむ、これは研究が必要だな。カフェ、ちょっとトレーナー君の胸元に抱きついてきてくれたまえ。それから併走してみよう」

 

「……。…………。お断りします」

 

「いま返事までだいぶ間があったねぇ? いったいナニを想像したのやら──熱ッ!? ちょ、カフェッ!? コーヒーは反則だろッ!?」

 

 

 ちなみにハッスルしているウマ娘たちの走りを計測したところ、得意な距離のタイムが平均で0,7秒ほど縮んでいるらしい。

 トレーナーたちはその事実に苦笑いしつつも、まぁこの程度なら……と慈しむような目で愛バたちを見守っているのだとか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金駆逐艦の出港

 平和が続けば続くほど、些細な事件ですら民衆にとっては最高の娯楽となるらしい。

 

 

 11月頭。

 

 とある地方のトレセン学園が、中央へ向けて宣戦布告。

 

 和装の礼服でビシッ! と決めた貫禄のある渋い老人っぽい雰囲気の理事長が──何故か後ろのほうに控えた状態で、新しく生徒会長になったというウマ娘が静かに、力強く、そしてタップリの威圧感でケンカを売ってきたのだ。

 その様子はテレビで全国へ放送され、よほど視聴率がいいのか家電量販店のショーウィンドウに並べられたモニターでは、連日のようにそれ関係のニュースが流れていた。

 

 

「そして我らが中央理事長の返答は……レースの結果で答える、か。賭けのテーブルから逃げる気はサラサラなくて安心だな。それで、ジャパンカップや有マ記念には間に合わないとして、だ」

 

「年明けの1発目、GⅠ・雪の女王杯辺りやろなぁ。菊花賞の結果は中央の勝ちやったけど、辛勝もいいとこやったし。こら、先輩らもかなりアブないかもしれん」

 

「アタシはアツい勝負を見れるならそれでいいがな。ついでにアツい勝負をできるならそれこそ文句ねェ」

 

「せやなぁ。まぁまず間違いなく来年からのトゥインクル・シリーズは荒れに荒れて、それこそ大荒れやろなぁ。……ウチらかてそうやけど、あのトレーナーにキッチリ走りの技を叩き込まれた連中やろ?」

 

「表向きはともかく、事実上──()()()()()()()()()()()()()()()()()が、何年もかけて走りを教えていたウマ娘か……。ハッ! イイね、実に楽しませてくれんじゃねェか……ッ!!」

 

「本格化も済んでないのに掛かり過ぎやろ。そもそもトレーナーが担当してたワケちゃうらしいし。まぁ、ウチかていまから楽しみで仕方ないけどなぁ~? ……ほんでナカヤマ、ゴルシのヤツいつになったら来んねん」

 

「急かすなよ、まだ5分はあるだろ。それに、アイツはなんだかんだで時間を守る。……確率のほうが高めだ」

 

「確率てなんやねん。しかも高いじゃなくて高めかい」

 

「まぁ来るだろ。アイツもラーメンは好きだし」

 

 

 走ることに全力のウマ娘とて休日は必要不可欠。そもそもトレセン学園はその辺りは意外と緩いのだ。

 アスリートの養成学校ということでなにかと規則が厳しい様子を想像する者も多いが、オンとオフの切り替えはしっかりしている。むしろ、URA運営も学園側も息抜きを積極的に推奨しているくらいだ。

 

 冬物の私服に身を包んだナカヤマフェスタにタマモクロスもまた、そんな休日を満喫しようと学園生徒ご用達の商店街にやってきていた。ラーメンを食べに。

 

 ラーメンは良いものだ。

 

 練習で疲れた身体にも染み渡る。寒い時期に食べる辛みの味付けの物も美味い。夜にコッソリ食べたときなど幸福と背徳で満たされてなんともいえない。

 寮を抜け出した先で駿川秘書と樫本チーフのふたりと鉢合わせて連行されるウマ娘が毎年それなりの人数になるのも仕方ない。

 

「せっかく無料券が()()()あるんだ。メンツが揃うまでのんびり待とうじゃないか」

 

「タダ飯食えるんやし、待つくらいええけど──お、来たな?」

 

 

「おーっす。ワリィワリィ、ちと遅れちまったかぁ?」

 

 

「約束の2分前。というかオマエ」

 

「なんでジャージやねん。しかも練習用の蹄鉄シューズまで履いとるし」

 

「いやぁ、ちょっと時間ギリギリまでライスの奴と併走しててさぁ。ホレ、いつもの不幸がどーのこーので落ち込んでたからよ。ブルボンとバンブーとジョーダン誘ってよー、ちょっくら走ってきたぜ!」

 

「あぁ、あれな~。ホンマになんなんやろなライスのアレは。可哀想なん通り越してもはや芸術やで」

 

「模擬レース含めて走ってる最中は起こらないのが不思議だな。しかしオマエも相変わらず面倒見がいいことだ」

 

 

 ゴールドシップ。

 

 有り余る行動力で教師たちの頭を悩ませている反面、破天荒さと面倒見の良さで初等部のウマ娘たちの憧れでもあり、やっぱり教師たちの頭を悩ませている中等部の名物ウマ娘である。

 とはいえ、ちゃんと笑い話で済む程度の騒ぎ方であり、走ることには真剣であり、困っている者には(彼女独自のやり方で)手を差しのべることもあり、とりあえずは良しとしておこうというのが学園側の判断である。

 

 

「なぁなぁ、早くいこうぜ~。ライスのヤツ、けっこう速くなっててよー、かなりマジで走ったからハラ減ってしょうがねぇんだよ」

 

「オマエにそこまで言わせるのか。コイツは次の模擬レースが楽しみだなオイ? あぁ、少しまってくれ。ついさっき電話がきたってんで向こうで話してるから」

 

「あン? なんだ、ほかにも誰か──」

 

 

 

「おう、悪いな」

 

 

 

「……。────ッ!?」

 

 

 

「ええよー別にー。なんや楽しそうに話してたみたいやけど、エエ知らせでもあったんか?」

 

「地元の友だちから。元気でやってるかって」

 

「トレーナー。アンタ、トモダチいたんやな」

 

「そいつはジャックポット以上の驚きだぜ」

 

「え、ひどくない?」

 

 酷くないワケがあるものか。この青年の友人である。さぞかし気苦労が多かったに違いない。

 それでもこうして気を遣って連絡してくるくらいだから、その友人たちとやらはよほどの人格者なのだろう。彼を心配したのか、彼に振り回されている周囲を心配したのか判断に迷うところだが。

 

「お、ゴルシも来たのか。いまから行く店、お前のオススメなんだってな。楽しみだ」

 

「お、お、おうよッ! サイコーに美味いラーメンとかラーメンとか、あとラーメンとか置いてるからよッ! ビックリしてガニメデまでブッ飛ばないようシートベルトをちゃんとしとけよなッ!!」

 

「なんやガニメデて」

 

「知らん」

 

「それにテンパり過ぎやろ。どんだけラーメン推してんねん」

 

「まさかエアグルーヴ以外にも弱点があるとはなァ。誰だって可愛いところがあるもんだな」

 

 

 トレーナーが厚着になり露出が減ったことを残念に思うウマ娘たちがいる一方、露出が減ったことで余計に“男性”というものを意識してしまったウマ娘たちがいる。

 夏の間は露骨な色気というフィルターを通していた。それが無くなると今度は純粋に異性というものが見えてくるのだ。

 

 おめでとう。じゃじゃウマ娘たちの、第二次性徴の自覚である。遅くないか? 

 

 正直、ナカヤマには彼女たちの葛藤がサッパリ理解できない。最初からアイツは男として、少なくとも外見的には魅力はあった。見せてくれるものは遠慮なく有効活用させてもらったし。

 もちろん今ではトレーナーとしても魅力的だと自信を持って言える。技術的な部分はもちろん、彼の練習に参加するようになってから脚が──本格化の進行が早まっているのを感じるからだ。

 あるいは、もしかしたら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘も出てくるかもしれない。

 

 ともかく。

 

 ようは彼女たちは半分くらい現実味のない状態でアイツと接していたのだろう。もうそれが理解できないが、ともかく今さらそうなった。あんだけ下世話な話題で盛り上がっといて、ホントに今さらだなオイ。

 それにまさかライバルが含まれてることまでは予想できなかった。初等部のウマ娘たちと一緒にガチになってカブト虫捕まえに行ってたりしてるのは知っていたが……。

 

 なかなか愉快なテンションで会話を続けるゴールドシップだが、それを平然と受け止めているトレーナーも大したものだ。あのノリについていけない教師もまだまだ多いのだが。やはり変人同士、なにかシンパシーでもあるのだろう。

 そして、余裕のあるトレーナーと違ってゴルシはだいぶ緊張している様子。チラチラこちらを睨み付けてくる。

 

 

 ──ナカヤマァッ! テメェッ! なんでトレーナーが来ること黙ってやがったんだよッ! 

 

 ──悪いな、うっかり忘れてた。

 

 

 ウソである。これもライバルの成長を願っての荒療治。トレーナー相手に小学生レベルの初恋ごっこをするなとは言わないが、そんな理由で腑抜けになられては面白くない。

 ゴルシがレースには本気なのは知っている。だが懸念材料は早めに潰しておくに限る。せめて中学生の憧れレベルまでには慣れてもらわなければ困るのだ。

 

 さすがにウイニングチケット並みに慣れろと酷なことは言わないが。彼女には兄がいたからか、彼に対する距離感が高松宮記念よりさらに短い。

 練習でいいタイムが出たときに、当たり前のように抱き合って喜んでいる姿はなんとも微笑ましい。純粋にトレーナーとウマ娘としてのスキンシップである。

 それをなんとなく羨ましそうに見ているビワハヤヒデが少しだけ可哀想でもある。ぐだぐだ悩んでないでハイタッチのひとつでもやればいいのに。彼が気軽に背中をポンッ! と叩いてくれるよう、さりげなく近くに位置取りしているナリタタイシンを見習えよ。

 

 理想でいえばシンボリルドルフくらい堂々とした態度で臨んでほしいのだが。浮かれ気分で練習に交ざることなく、いつも静かに離れた場所からウマ娘たちを見守っている。

 ギャンブラーとしては是非ともあの余裕のある立ち振舞いは参考にしたいところだ。さすがは中等部生徒会の会長、いずれは高等部でも会長の座を務めるに違いない。

 まぁ、さすがに1度くらいは走りを見てもらっているだろう。現時点でもかなりの強者だ、きっとまだまだ強くなる。レースで競う日が楽しみだ。

 

 

「……さ。はよ店に行こか。この無料券ってウマ盛りも対応しとるんか?」

 

「ウマ盛りGⅡまで注文できるって書いてあるな。アタシはオープンで充分だが」

 

 

 ナカヤマの態度から、タマモクロスも今回の()()()()の標的を完璧に理解したらしい。わかりやすいほどニヤニヤとしている。

 さて、店についたらまずどうしようか? 4人がけのテーブルに案内されたら、すぐに自分たちで片側を埋められるよう集中力を高めておこうか。

 

 トレーナーに愉快な会話を提供しつつ、前を歩く自分たちに器用にプレッシャーを与えてくるゴールドシップ。変な見栄をはって、ウマ盛りGⅠとか頼んだら面白いことになりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中間管理職カシモト

 トレセン学園に、新人トレーナーたちがやってくる。

 

 彼女たちの案内役を任されている樫本理子チーフトレーナーは年末最後の大仕事について、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 幸いにして、自分が担当するチーム・レオのウマ娘たちの大会参加についての世話はメンバーが引き受けてくれたので、スケジュールにはだいぶ余裕がある。

 

「成績は優秀のようですが……」

 

 理事長であるやよい同席のもと、URAから送られてきたトレーナー候補生との面接をしたのだが、どうにも……精神的な部分で不安になる人材がそこそこ含まれていたのだ。

 

 ──これで、私たちもエリートだ。

 

 ハッキリ言おう。自分も理事長も含め、中央スタッフが一番嫌いなタイプの思考回路だ。中央の肩書きそのものに価値を見出だしているような人材は、いずれ必ずウマ娘たちにムチャをさせるだろう。

 ウマ娘の治癒能力はヒトと比べ物にならないほど高い。が、そもそもの身体能力が高い故に、大きな事故ではヒトよりも深刻な事態になりやすい。

 ウマ娘たちの安全を第一に考える理子にしてみれば、その手のトレーナーを中央に所属させたくはない。

 

 とはいえ。

 

 彼女たちはしっかり条件を満たしたからこそURAがトレーナーとして認めたのだ。個人の好みで拒否することなどできない。

 

 というか。

 

 これで拒否しようものなら『え? 人手足りないっていうから送ったんだよ? なのに拒否るの? じゃあ中央は人材余ってるよね!』なんて受け取られる可能性がある。

 

 となれば。

 

「仕方ありません。これもウマ娘たちの未来を守るためです。彼女たちには少しだけ──ブレイクスルーを体験してもらうことにしましょう」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「──さて、それでは今から皆さんには模擬レースを見学してもらいます。出走するウマ娘たちは正規の担当ではなく()()()()()()()がまとめて指導していたウマ娘ですが、実力は()()()()のものです」

 

「あの~、質問いいですか?」

 

「はい。どうぞ」

 

「その、サブトレーナーってなんでしょうか?」

 

「言葉通りですよ。決まった担当を持たない、チームにも所属していないトレーナーのことです。同じように、出走条件を満たしていないウマ娘たちは基本的に彼がトレーニングを監督しています」

 

「なるほ──え? いま、彼って……」

 

「えぇ。サブトレーナーは現役の男性トレーナーですよ」

 

 

 ざわ……ざわ……ッ! 

 

 

 どのみち正式に勤務するようになれば、すぐに全員が知るところとなる。隠すのは無意味であるので正直に伝えてみたが……やはりというかなんというか、わかりやすいくらい動揺している。

 そりゃそうだろう。男性トレーナーはもともと少ないところに、彼女たちが物心ついたときには最後のひとりも引退していたのだから。

 

 さて、ここまでは想定通り。

 

 ざわめきが落ち着くまでの間、理子は冷静に新人トレーナーたちの反応を評価していた。レオに誘う予定の後輩が緊張した顔付きになっているのを確認できて、とりあえず一安心というところか。

 真面目で聡明な彼女のことだ、自分が模擬レースで何を企んでいるのか予測できたのだろう。それでいい、彼女にはシンボリルドルフとエアグルーヴ、中等部でも屈指の実力者であるふたりを任せる予定なのだ。この程度で足踏みされては困る。

 

 ほかには……よし、期待していた新人たちは全員、合格と言っていいだろう。

 緊張しているのも、不安そうにしているのも、楽しそうにしているのも、挑発的に笑っているのも。それらのルーキーたちにとって、これから見せる模擬レースは良い刺激となるはずだ。

 

 あとは……こちらも概ね、といったところか。

 

 自分たちよりも先にトレーナーとして赴任しておきながら、いまだにサブとしてしか扱われていない未熟者。

 あるいは、所詮男にはウマ娘のトレーナーなど務まらないのだという自尊心からくる侮り。

 大変素直な態度で結構。せっかく上が割り振ってくれた人材なのだ、有効活用しなければ勿体ない。しっかりと身の程をわからせて再教育してやるとしよう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 新人たちは期待していた。担当のいないウマ娘の模擬レースを見せるということは、きっと自分たちに彼女らをスカウトさせるつもりなのだと。

 その考えは間違っていない。なにせ、いまの中央トレセン学園の高等部には──重賞に挑めるレベルのウマ娘たちが何人も余っているのだから。

 

「これが……中央か……ッ!」

 

 能力のあるウマ娘たちが集う、それが中央トレセンだと知識では知っていた。しかし、これだけの走りができるウマ娘ですらメイクデビューできずに埋もれていたとは思わなかった。

 やはり私も樫本先輩からチームに誘われたことで自惚れていたのかもしれない。サブトレーナーと発言したときの先輩の表情から、絶対になにかあるとは思っていたが……そういうことだったのか。

 

 サブトレーナーとはつまり──未熟な私たちでもレースに勝てるよう、ウマ娘たちを一定のレベルへ育ててくれるトレーナーのことだったのだ。

 

 屈辱だった。自分たちは1人前として扱われてなどいないのだ。ライセンスを獲得したとはいえ、所詮はURAからのお客様でしかないということか? 

 

 ……だったら、やってやろうじゃないか。いま、コースを走っているウマ娘たちをそれ以上の走りができるように育ててみせようじゃないか。

 私だけじゃない、きっとこの場にいる全員が同じことを考えているはずだ。負けず嫌いはウマ娘たちだけの特権ではない。先輩たちから売られたこのケンカ、逃げてたまるものか! 

 

 それにしても。担当のいないウマ娘たちはサブトレーナーなる人物が全員まとめて育てていると言っていたけど、ひとりを担当するだけでも大変なハズのウマ娘を同時に育ててこのレベル。

 外から見ているだけではわからなかったが、さすがは中央ということか。ならばきっと、チームを率いる先輩たちは遥かな高みにいるのだろう。不安はもちろんあるが、なんとも楽しみになってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……みたいなこと、考えてるんだろうねー」

 

「だろうなァ。完全に表情が変わってるもんなァ」

 

 メイクデビューできるかどうかのレベルを想像していたところに、GⅢレベルのウマ娘たちの走りを見たのだ、驚きもするだろう。

 舐めた態度の新人たちですら真剣な顔付きになったのを確認して、理子もほかのベテラントレーナーたちもイタズラの成功を確信した。それと同時に。

 

 

「「う゛ッ……」」

 

 

 全員が胃の辺りを押さえて顔を歪めた。

 

 感じる……ッ! ハードルが、期待値が、先輩トレーナーとなる自分たちの評価がチャート急上昇しているのが伝わってくる……ッ!! 

 

 胸の奥から熱いものが物理的に込み上がって来そうになるのを気合いで押し返し、なんとか姿勢を正して前を向く。

 模擬レースをしているウマ娘たちの面倒を彼が見ていたのは事実だが、トレーニングの全てを彼が計画して実施していたワケではない。

 そもそも担当のいないウマ娘たちには学園から汎用のトレーニングメニューが渡されている。それを元に彼がアドバイスをしている程度だ。

 

 それをあえて誤解を産むような誘導をすることで、新人たちが慢心しないよう釘を刺したのだが……。

 

 

「遥かな高みどころか……負けてるんだよなぁ、実際のところ。GⅠ獲ってる地方のウマ娘たちってのは、アイツがアドバイスしてたのを別のトレーナーが育てたヤツだろ?」

 

「環境、才能、ともに劣る条件で、それでも中央に勝つための方法にたどり着いているワケですからね。実践したのはベテランのトレーナーたちだとしても、彼が中央に一矢報いたのは事実ですよ」

 

 皆が彼を認めているのは、つまりはその部分。誰もが仕方ないと諦めていた地方の勝利を、スキルという彼のオリジナルで実現してみせた。

 同じ条件で自分たちに同じことができただろうか? 答えは否、である。何故ならば地方が中央に勝てないのは彼女たちにとっては“当たり前の常識”なのだから。

 

 さて、そんな常識知らずの天才……鬼才? 奇才? もうこの際どうでもいいや。とにかく今後、そんなトレーナーよりも格上の存在として自分たちが扱われることになる。

 

 どんな罰ゲームだコレ。

 

 しかも途中でカミングアウトすることは許されない。そんなことをして、もしも新人の誰かが『それならサブトレーナーさんリーダーにしてチーム作ろうぜ!』なんて言い出したらトレセン学園が一瞬で魔境になる。

 

 まず間違いなく、メンバー入りを狙うウマ娘たちでグッダグダの掛かりっぱなしの選抜レースが始まる。

 簡単なアドバイスだけでも効果が出ているのだ、本格的にチームとして担当したらどれだけ成長できるのか。ウマ娘であれば何がなんでも参加したがるだろう。

 想像するだけで頭が痛い。ひとりの男性トレーナーを巡ってなど、そんなアホなことに全身全霊になっているところをゴシップ記者なんぞにスッパ抜かれようものなら、URA全体のイメージダウンに繋がりかねない。

 

 これも全てはウマ娘たちの未来のために。覚悟をしていたとはいえ、全方向にハッタリを効かせ続けなければならなくなった。

 うん、わかってる。彼は悪くない。彼は自分の仕事に一生懸命なだけなのだから。

 

 いっそのこと利用なんてしなければ……ダメだな。それで女尊男卑のバカが余計なことしたら確実にウマ娘たちがキレる。信頼している相手を侮辱されることは、ウマ娘にとって最大の逆鱗だ。

 

 本当に、三女神たちは何故この世にあんな厄介な天才を産み出したのか。ウマ娘たちの未来のためだとしても、もう少し手加減した天才にしてくれればよかったのに。

 それともアレかな? ウマ娘たちの幸福のために、ヒトのトレーナーたちは頑張って耐えてねということなのか? コンチクショウめ。

 あれはいつの頃だったか。ゴールドシップが三女神の像をゲッ○ードラゴン、ライガー、ポセイドン風に塗装したのを厳重注意して掃除させたことがある。

 いまなら大雪山おろしでブッ飛ばしても笑って許せる気がする。いっそのこと2段返しで跡形もなく粉砕してほしい。

 

 

 

────ッ!? ──ッ!!!!  

 

 

 

「……皆さん。自信を持って振る舞ってください。私たちが不安な顔をしては、新人の皆さんも、ウマ娘たちも不安になります。私たちは日本で最高峰のトレーナーなのですから。──いいですね?」

 

「「YESマムッ!」」

 

「誰がマムですか、誰が」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂地に花を探しましょう

「それじゃあ、本当に今日で引退なの?」

 

「うん。もう地元の蹄鉄シューズのメーカーから内定もらってるんだ。ダート用のヤツ。最後に中央相手にGⅠ勝てたし、土産話としては上等かな」

 

「そっか……。せっかくライバルが見つかったと思ったのに、残念だよ」

 

 1月。暖房がガンガンに焚かれていてもまだ寒いレース場の廊下で、本日の主役となったふたりが壁を背にして語り合っていた。

 

 いい、戦いだった。

 

 中央のウマ娘は前目に付ける先行策、地方のウマ娘は差しの後方。

 どれだけ直線で距離を稼いでも、コーナーでダートを蹄鉄シューズで抉るかのように加速して位置取りを上げてきた。

 それでも直線ならこちらが有利。中央のウマ娘はそう自分を奮い立たせたラストスパートで振り切ろうとしたが……結果はこの通りである。

 ダートを好んで走るウマ娘は少なく、今日まで物足りない勝利を重ねてきた自分に、本気の叩き合いの楽しさを教えてくれたライバル。

 

 なのに、出会ったその日が別れの日である。

 

「ゴメンね。その代わりってワケじゃないけど、これからはアタシの後輩たちが頑張ってくれるからさ。それでカンベン」

 

「それって結局私はレースできないかもじゃん。くそ~、後輩たちが羨ましいなぁ~! ……ってか、頑張るって去年のアレ? テレビでやってたヤツ」

 

 地方トレセンが行った宣戦布告の熱は、年が明けてもまだまだ人々を賑わせている。本来ならば荒唐無稽、しかし彼女たちはすでに幾つもの結果を出している。

 

「そ。まぁ宣戦布告そのものは紆余曲折あっての……いや、これはちょっと説明できないヤツだわ。身内の恥すぎて。……あのクソジジイ、バッタに生まれ変わって○ねばいいのに

 

「?」

 

「あー、っと。とりあえずケンカ売っといてなんだけど、後輩たちは純粋に中央と競い合うことを楽しみにしてるから、あまり深刻に受け取らないで勝負してほしいかなって」

 

「よくわかんないけど、わかったよ。でも本当に残念だな~。強いライバルとバチバチ競えば、私にもスキルってのを身に付けられたかもしれないのに」

 

「うーん、どうかな。あのトレーナーさん、すでに完成している走りに口出しするの、好きじゃないっぽかったからね。担当さんの仕事にケチ付ける形になるからイヤだって」

 

 ウマ娘側としては、理解できてもむず痒い。信頼する担当トレーナーへの敬意は嬉しいが、それはそれとして目の前の成長のヒントを見逃すのはやはり勿体ないのだ。

 そういう誠実な部分があるからこそ、ウマ娘たちも安心して彼のアドバイスを聞き入れることができるのだが。

 

「新しいモノを試すのって、どうしてもリスクあるし。アタシはトレセンでも下のほうだったからね。あの人が指導してくれる時間が長かったから身に付いた。まぁ、運がよかったってカンジ」

 

「運がよかった、運かぁ。そういう意味では後輩たちが本気で羨ましいんだけど」

 

「いろいろ教えてもらってるんだろうけど……あの人の言葉を借りるなら、使えるのと使いこなせるのでは別らしいけどね。頭でわかったつもりになっても、レースを経験しないと身に付かないって何度も言われたよ。それこそ模擬レースでもいいからって」

 

「実戦の経験値に勝るもの無しってこと? やっぱり簡単には強くなれないもんだねぇ~。模擬レースもなぁ~、人数が人数だから、コース待ちが長くてねぇ~」

 

「そこだけはアタシらのほうが気楽でよかったわ。ウマ娘が少なくて、夏合宿も合同だったし」

 

「いろんな学園の子たちと会えるのも面白そ──いや、チョイ待ち。あのさ、その夏合宿って、サブトレさんも?」

 

「……フッ。女には、人生の中で敗けられない戦いってヤツがあるのさ」

 

「なに言ってんの?」

 

 

 地方のトレセン学園では夏合宿を合同でやることが多い。お互いに良い刺激になるし、諸々の費用をまとめて支払うことでお財布にも優しく一石二鳥なのだ。

 

 が。とある一部の地域では事情が少し異なった。

 

「まぁね、言われるよね。お前らだけズルいぞーって。だってアタシが逆の立場だったら言うもん」

 

「練習中、険悪にならなかったの?」

 

「あー、うん、まぁ……。なんだかんだ、やっぱりみんなウマ娘だし? 走ることにはマジだから、練習は真面目にやってたんだけどさ」

 

 夏合宿中は当たり前だが息抜きの時間がある。場所が海辺ということもあり、ウマ娘たちも普段よりテンションを上げて束の間のバカンスを楽しむ。

 すると、普段ならば出てこないようなバカなことを提案するウマ娘もチラホラ出てくる。大抵は学生らしいお遊びの延長なのだが……。

 

「誰かがさ、言ったのよ。砂浜でレースしようって。ゴールのとこにトレーナーさんに立ってもらって、フラッグ代わりにハグしようぜって」

 

「完璧に下心満載だね」

 

「したらね? トレーナーさんも言うワケよ、ノリノリで。俺でいいなら胸に飛び込んでおいで~って」

 

「だよねー、言うよねサブトレさんなら」

 

 急遽開催された夏合宿ステークス・ダート1200。優勝者にはトロフィーの代わりに鎖骨丸見えのモデル体型ゆるふわ系お兄さんとのハグが許される。

 

 ──いつ出走する? 私も挑戦しよう。

 

「GⅠ並みの気迫だったよ。普段、男の人と触れ合う機会なんてまずないからね。それでもゴールしたときにうっかり押し倒さないよう、みんな絶妙なブレーキングで見事だった」

 

「そりゃウマ娘の本気のタックル食らったらね、サブトレさんブッ壊れちゃうよね。でもそれ以前の問題があるよね?」

 

 

「じゃあアンタなら出走登録しないワケッ!?」

 

「するに決まってるでしょそんなのッ!?」

 

 

「……と、いった具合にまぁ次々と本気でダートを走るウマ娘たち。それを見守る我が母校のスタッフたちは苦笑い。ほかの学園の人たちはオロオロしてたけど」

 

「そりゃ公開セクハラ見せられたらね」

 

「で、そのあとはみんな意気投合して仲を深めたワケよ。独身みたいだけど彼女いるのかな~とか、ガード激甘だけど経験あるのかな~とか、あのトモに挟まれて深呼吸したいな~とか、そんなカンジのバカな話に花を咲かせてさ」

 

「ひとり本物のバカ混ざってんだけど」

 

「そしたらさ~、そのあとの夜がまた傑作でね」

 

 同じ敷地の中で、いま。昼間に感触を味わった男の人が生活している。その状況だけでほかのトレセン学園のウマ娘たちは寝付けなくなってしまったのだ。

 明るいうちは下ネタでワイワイ騒いでいたから気にならなかったが、夜になり静かな空間でさぁ眠ろうとしたそのとき──改めて意識してしまった。

 

 1度考え出すと止まらない。いま彼はなにをしているのか。シャワーでも浴びている? 夜の散歩をしていたり? あるいはコッソリお酒を飲んでるとか? 

 

 健康で健全な学生たちである、そんな妄想を始めてしまえば眠気なんて欠片も残りはしないのである。

 翌朝には揃いも揃って寝坊、当然のようにお説教開始。言い訳なんて口が裂けても言えるワケも無し。

 

 

「──とまぁ、夏合宿はなんだかんだ平和に終わったよ。エロいお兄さんが見てるからね、ハリキリまくりでかなり鍛えられたんじゃないかな」

 

「ふぉぉぉぉ……ッ! ますます後輩たちが羨ましいよぉぉぉぉ……ッ! はぁ。ま、私は担当してくれるトレーナーさんがいて、メイクデビューして、こうしてレース出れてんだから。贅沢言ってたらバチか当たるか。面倒見てくれてるトレーナーさんにも失礼だしね」

 

「そうそう。レースに出れるって幸せなことなんだよ? 走り続けるって、とくに重賞は……GⅠは、本当に……特別なんだよ……本当に、さぁ……あは、ははは」

 

 声色の変化を聞き逃すには、ウマ娘の耳は優秀過ぎた。

 

 せめて、何が起きているのか知らないフリをするくらいは。その程度のウソは許されるだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「仕事が始まったら、地元以外のトレセンにも顔を出すんだ。営業もそうだけど、スキルを教えるのに協力してほしいって」

 

「みんなでスキル覚えて中央包囲網でも作ろうって?」

 

「そこまで大げさじゃないよ。スキルはまだまだわからないことが多いから、積極的には教えないことにしてるらしいんだ。ただ、研究するぶんにはお好きにどうぞってことで、アタシは善意の協力者。もち責任は相手方のトレーナーさんが10割持つって」

 

「ほほ~。なら、これからは重賞どころかオープンでもスキルを使うウマ娘が増えるのか。羨ましいような、同情するような。……いやッ! やっぱ羨ましいッ!!」

 

「うーん、清々しいほど正直」

 

「そりゃそーでしょ! 魅力的な走りができるウマ娘が増えれば、ダートだってもっともっと盛り上がるかもしれないんだよ? ちくしょー、そんなに芝が偉いのかぁ~ッ!?」

 

「落ち着きなって。中央にだって、これからダートで活躍できるようなスターウマ娘が眠ってるかもしれないじゃん」

 

「そうだけどぉ~。なんか芝で勝てないからダート来るようなウマ娘が多いのぉ~。意識が低いのぉ~」

 

「それはどこでも一緒だって」

 

「そんなの知ってる~」

 

「しょうがないな~。だったらアタシも協力するよ。ダートでも、なんならレースに出れるならなんでも楽しめるようなウマ娘を見つけたら」

 

「見つけたら?」

 

「アタシの走りのスキル、まとめてキッチリ教えておくから。楽しみにしてな」




貴重ッ! な限定ミッションをクリアしたいので、しばらく投稿はお休みの予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャドーロールの姉も思春期

 血が滾る。

 

 魂が、ウマ娘としての闘争本能が、早く己を解放しろと内側から唸りをあげている。

 

 まだ。まだ、抑えろ。

 

 わかっている。オマエが餓えているのは誰よりも私が理解している。だからこそ、まだ。もう少しだけ大人しくしていろ。

 

 

 これから選抜レースが始まる。続々とコースに集まるウマ娘たちの様子を眺めるナリタブライアンは、ライバルたちの輝きに反応する野生をじっくりと楽しんでいた。

 本格化が完全となったウマ娘だけが出られる選抜レースは、模擬レースよりも1段階上の緊張感がある。まして、今回出走するメンバーはいつの日か同じ舞台で戦うことになるかもしれないライバル候補。

 

 どうしようもないほど、脚が疼いて仕方ない。

 

「もう少し落ち着いたらどうだブライアン。別に出走するワケでもないのに、そんなに気迫をまとっていては周囲の者たちが萎縮してしまう」

 

「フンッ、この程度で怯むようじゃレースなんて走れんだろうに。……それで? 姉貴は自信はあるんだろうな?」

 

「さてな? できることはこなしてきたが、結局まともに扱えそうなスキルはふたつくらいだ。それでもサブトレ君からは褒められたが」

 

 メイクデビューまでに、スキルをひとつ使えるならば上等。ふたつならばかなりのもの。

 練習に参加していたウマ娘たちは、最初こそ覚えられるならいくらでもとやる気に満ちていた。しかし、実際にアドバイスを受けながら走りを改良していくと、ひとつ課題をクリアするだけでもかなりの試行錯誤が必要であるとわかった。

 単純にスピードやスタミナを伸ばすのとはまるで意味が違う。だが、それ故に可能性に期待する。悩むことも多いが、モチベーションは常に高い状態であった。

 

「試してみたいスキルは沢山あったが、無い物ねだりをしても仕方ない。現状で最適解となる走りをするだけさ」

 

「相変わらず頭を使うことにこだわるんだな。レースなんてものは本能の赴くままに走れば勝てるだろ」

 

「またそういうことを……。せっかくサブトレ君に距離や脚質のアドバイスをもらったんだ、それを活かして結果に繋げなければ勿体ないだろう」

 

「ほぅ? そんなことを言うからには、今回の選抜レースの走り方も考えてあるのか?」

 

「勿論だとも。レースの選択は芝の中距離、作戦は先行で走る。まぁ、これはサブトレ君のアドバイスそのままだな。スタート直後に好位置をとれるよう、ゲート練習を重ねて“集中力”は高めてある」

 

「ふむ」

 

「直線では基本的に仕掛けない。レースの展開を読みつつ、スタミナを余計に消耗しないよう臨機応変に順位を調整する。鍛えたコーナーの加速力で最後の直線手前からスパートをかけ、一気に前を狙う」

 

「なるほど」

 

「出走表を見た限り、逃げを得意とするウマ娘はふたり。よほどのことがなければ充分1着を取れる。そしてスキルを使いこなしつつ勝利した私の姿にサブトレ君が感動する」

 

「うん?」

 

「感極まったサブトレ君は私にこう言う。ハヤヒデ、俺の愛バになってくれ。男性に恥をかかせるのは淑女として失格なので私は喜んでそれを受ける。彼とともにメイクデビューを果たしたあとは、クラシック三冠を目指し獲得賞金額を積み重ねる。菊花賞が終わればいよいよ卒業資格を視野にいれる。その辺りのタイミングで彼を母さんに紹介するのもやぶさかでは──どうしたブライアン? 急に額に手を当ててきて」

 

「どうやら熱はないようだな」

 

「ふむ? もしかして出走前のメディカルチェックのつもりか? フフッ、私の妹には思っていたよりかわいいところがあると知れてビックリだよ」

 

「私は姉に思っていたよりおかしいところがあると知ってガッカリだよ」

 

 まったく、姉貴も突然なにを言い出すのか。たしかにアイツが担当トレーナーになるのなら、さらなる高みを目指せるだろうという気持ちは私にもわかる。スキルという考え方はそれだけの効果があるのだから。

 だが、残念ながらアイツが姉貴を、ビワハヤヒデを担当に選ぶ可能性は低いだろう。妹の贔屓目も多少あるが、たしかに姉貴は強いウマ娘だ。だが、それとこれとは別なのだ。

 

 何故なら──アイツの好みは“パワーのあるウマ娘”なのだから。

 

 ブライアンには確信があった。以前、彼と偶然にも食事をともにしたときのことだ。いつもより気持ち多めに、ガッツリと肉を喰らっていたところを見た彼が言ったのだ。

 

 やっぱりブライアンには、そういう食事がよく似合っている……と。

 

 肉を中心とした食事がよく似合う。肉とは即ちパワーである。パワーが似合うウマ娘とはナリタブライアンだと彼は言ったのだ。まさにストロング・イズ・ビューティフル。

 強いメスというものは、必然的に優秀なオスを惹き付ける。それが自然の摂理とはいえ、私も罪深いウマに産まれてしまったものだ。だが、期待させてしまった以上は責任をとらなければウマ娘としての沽券に関わる。ならば、望み通り証明してやらねばなるまい? 

 

 あえて言おう。最強の称号のひとつ、クラシック三冠をヤツにくれてやるのはこの──ナリタブライアンであるとッ!! 

 

 もちろん声に出して喧伝するような無粋なマネはしない。夢を見る権利は誰しもが平等なのだから。

 それに、賢いハヤヒデならば自然とその結論にたどり着くだろうから。妹として姉を()()()のもまた一興。

 

 

「おぉ~、さすがは選抜レース。それにこのピリッとした感触! 中央の名は伊達じゃないな!」

 

 

「! サブトレ君じゃないか」

 

「なんだ、オマエもレースを見にきたのか?」

 

「いや、少し様子を見るだけだ。担当はいなくても、やらなきゃいけない仕事はいくらでもあるからな。ひとつレースを見たら全部見たくなるし、すぐに戻るつもりだよ」

 

「そうか。残念だが忙しいのでは仕方ないな。残念だが」

 

 表情や声色はそのままに、耳だけペタンと垂れ下がるビワハヤヒデ。スカウトどころかレースを見てすら貰えないとなればこうもなろう。

 

「悪いな。自分で持ち込んでおいてなんだが、スキルにはまだまだ未知数な部分が多くてな。前のトレセンの先輩たちも、ここの先輩方もいろいろ頑張って研究してくれてるワケだろ? まさか俺がサボるのはナシだろ」

 

「わからんな。使えるものは使えるでいいだろう? 実際に地方のウマ娘たちはそれで勝ってるじゃないか」

 

「それはそうだが、使えるウマ娘だけが使えるんじゃあ困るんだよ。せめてこれくらいは、誰でも努力が実るようにしたいんだ。ま、10割俺のワガママだな」

 

「サブトレ君は、全てのウマ娘に可能性を与えたい。そう考えているのか?」

 

「まぁね。こう言うと大げさだけど、それが俺のこの世界での役目だと思ってる。一応、なかなか成果は出せてるつもりだよ。地方の子たち、スキルもひとつ上の段階までたどり着いてくれたし。さすがに領域に届いたのは数えるほどで──」

 

 

『まもなく、第1レースが始まります。出走するウマ娘の皆さんは、ゲートインの準備を──』

 

 

「おっと、そろそろ逃げないとレースに捕まっちまうな。じゃあなハヤヒデ。健闘を祈っているよ」

 

「なんだサブトレ。私の姉貴は健闘止まりなのか?」

 

「おい、ブライアン。別に私は……」

 

「まさか。ビワハヤヒデだぞ? きっと涼しい顔して1着になると信じてるさ」

 

 

 ────。

 

 

「……やれやれ。サブトレ君も言ってくれるじゃないか。涼しい顔でとは。期待してくれるのは良いが、ずいぶんハードルを上げてくれたよ」

 

「嬉しいのはわかるが眼鏡クイクイさせすぎだろ。フレーム歪むぞ」

 

「さて、最初のレースも気になるところだが、ここは入念にウォーミングアップに取り組むとしよう。私の出番もすぐだからな。ではなブライアン、一足先にトゥインクル・シリーズに挑ませてもらうよ」

 

「すぐに追い付いてやるさ」

 

 

 彼のひと言で気合い充分となったハヤヒデを見送りつつ、ブライアンは先ほど彼が口にしたとある言葉について考えていた。

 

 領域。

 

 スキルではなく、確かに彼はそういった。普通に考えるのであれば、地方のウマ娘たちの能力が中央のウマ娘と同じレベルまで成長したという意味なのだろう。

 だが、ブライアンの本能がそうではないと判断──いや、警鐘を鳴らしている。そんな単純なモノではない、領域とはもっと危険で……もっと、闘争本能を滾らせる素敵な出逢いになるだろうと。

 

 きっと、ここが時代の変わり目というヤツなんだろう。競バそのものが様変わりする、なんとも面白い展開になりそうじゃないか。

 

 そんなタイミングで本格化を果たす。

 

 全盛期がそこにブチ当たる。

 

 あぁ、本当に──血が滾るじゃないか……ッ!! 

 

 

 

 

 

『レースは残り400! 先頭は変わらずビワハヤヒデ! 素晴らしい走りです! スタートからここまで1度も前を譲らないッ! 手本のようなパワフルな大逃げッ! このまま決まるかッ! 残り200ッ! 先頭ビワハヤヒデッ! 2番手との差は5バ身以上ッ! これは強いッ! ビワハヤヒデ、圧倒的な強さでいまゴールッ!!』

 

 作戦はどこにいった?




指定されたレースがマイルと知らず一敗。

流れるようにステイヤーで育成を始めてしまい一敗。

適性を合わせたものの、ミッションのことを忘れて一敗。

日程を確認したものの、予約を忘れて一敗。

さすがは貴重な限定ミッション、なかなか手強い相手でした……ッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青春のあり方イロイロ

日常の話。


「なるほどねぇ。サブトレさんが珍しくスーツなんて着てるから何事だろうと思ったけれど」

 

「選抜レース期間中はな。ファンはもちろん、そこそこ偉い人たちも来るだろう? あんまりだらしない格好で歩き回るのもな。ほんと、夏場じゃなくて助かったよ」

 

「トレ公。アンタ、一応あの甚平姿がだらしないって自覚はあったんだね」

 

「そりゃな。あれは暑い時期だから許されるワケで、年中通してあんな格好してたらアウトだろ」

 

 言っていることは正しいのだが釈然としない。そんなことを考えながら、ヒシアマゾンは丁寧にスーツを着こなしているサブトレーナーの姿を見る。

 

 メイクデビューには及ばないものの、選抜レースも一般公開されるため競バの熱心なファンがトレセン学園にやってくる。さすがの彼も思うところがあるのか、それとも誰かに……たづなあたりに言われたのか、まともな格好をしているのだ。

 もっとも、服装については彼だけの問題ではない。トレーナーの服装については特に規定は無く、わりと誰もが自由な格好で仕事をしている。

 

 

「なんだか新鮮だね。初めてサブトレさんが中央にやってきたときから、ほとんど甚平姿だったし。うんうん、パリッとしたスーツ姿も、とってもカッコいいよ?」

 

「そりゃどうも。フジのお墨付きなら安心して出歩けるってもんだ。そうそう、ふたりとも。メイクデビュー決定おめでとう。GⅠの舞台で活躍する日を楽しみにしてるよ」

 

「おっと! そんなふうに言われてしまったら、エンターテイナーとしては是非ともご期待に応えないといけないね!」

 

「いいのかい? アンタの元教え子だったウマ娘たちもレースに出てくるんだろう? それなのにアタシたちが活躍しちまって」

 

「今の俺は中央のトレーナーだからな。中央のウマ娘たちを応援するさ。それに……」

 

「それに?」

 

 

「あまりアイツらを甘く見ないほうがいいぞ? 言っちゃ悪いが、スキルの使い方に関しては間違いなくお前たちより巧いだろうからな」

 

 

「へぇ? そいつは楽しみだねぇ! トレ公がそこまで自信たっぷりに言うくらいだ、アツいタイマンが出来そうじゃないかッ!」

 

「あはは! ヒシアマは本当にブレないね! でも、その気持ちは私にもわかるかな。最高のライバルと走るレースなら、きっと素晴らしい舞台になるだろうから」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 普段は穏やかな彼が一瞬だけ見せた表情。イタズラを企む子どものような無邪気さと、地方のウマ娘たちへの信頼がそうさせたのか、好戦的な笑み。

 タイマンと表現するほどレースに熱いこだわりを持つヒシアマゾンとしては、これから競い合うライバルたちの強さを保証してくれるのは願ったりかなったりである。

 

「たったの1年、いや半年ちょいか。本格化のことを別にしても、かなり鍛えられた。それが数年分ともなれば……ハハッ! どれだけのモノに仕上がってるんだろうねぇ!」

 

「一筋縄ではいかないのは間違いない、かな? サブトレさんがあんなふうに挑発的に微笑むところなんて見たことないし。いやぁ、本当に珍しいものが見られたよ」

 

「なんだいフジ。アンタやけにご機嫌だね?」

 

「まぁね。甚平姿も良かったし、普段のジャージ姿も味わいがあって悪くないけど……やっぱりスーツは特別感があるよ」

 

「は?」

 

「おや、ヒシアマはお気に召さなかったのかい? サブトレさんのスーツ姿。グラビアイドルのような露骨なモノとは違うセクシーさがあっただろう?」

 

「あぁ、そういう……。いや、別にその手の話を否定しやしないけどさぁ。スーツでそんなに?」

 

「いやいや。スーツだからこそ、だよ」

 

 フジキセキは語る。見た目は清楚なダークカラーのスーツだが、その内側には鍛えぬかれた極上の肉体が隠されているのが最高なのだと。

 いわゆる、表と裏のギャップ萌えである。脱いだら凄いというお色気演出のテンプレートだが、彼の場合は意図的に仕組まれたものではなく天然そのもの。

 

「わかるかい、ヒシアマ。シチュエーションというのは大切なんだよ。サブトレさんは自然体でありながら色気があるから素晴らしいのさ。これ見よがしなのは品性が足りない」

 

「いまのアンタも品性足りてないだろ」

 

「ヒシアマも想像してごらんよ。キミだってマンガやアニメをまったく見ないワケじゃないだろう? 定番のシチュエーションのひとつやふたつ、知っているはずさ」

 

「定番、ねぇ……。トレ公の部屋に招かれて、手料理をごちそうになるとか?」

 

「そうそう! ちゃんとわかってるじゃないかヒシアマ! 年上のお兄さんから誘われるのは、女の子なら1度くらいは憧れて──」

 

「そんなにかぁ? まぁ、トレ公の手料理は美味かったけどさ」

 

「……え?」

 

 トレセン学園では、基本的にトレーナー全員に個室が与えられる。たとえ仲の良いクラスメイトでもレースでは立派なライバルなのだ、お互いに知られたくない情報のひとつやふたつあって然り。これもウマ娘たちが全力で勝負に挑めるようにとの配慮である。

 そんな事情の個室なのだが、その利用についてはかなりの自由が与えられている。割り振られた費用の中に収まるのであれば、トレーナーの好きなようにカスタムできるのだ。

 

 大抵は担当ウマ娘たちと相談して部屋を飾るのだが、担当ウマ娘のいない彼の場合、完全に本人の趣味で調えてあり──なぜか、調理器具が充実していた。

 本人曰く、過去に読んだ本の料理を再現するために夏の終わり頃からコツコツ揃えていたとのこと。料理そのものは以前から嗜んでいたらしく、ヒシアマゾンがご馳走になったときは店で出されても通用しそうなくらいの出来栄えだった。

 

「アタシがお呼ばれしたときは中華料理メインだったかな。なんつったかな、黄金分割シュウマイ? とかいう4種類の具材のシュウマイと、メロンをまるごと器にした煮こごりと……。そうそう! 野菜が足りてないブライアンとタキオンのために、野菜をたっぷり使ったチャーハンが出てきたっけな!」

 

「ヒシアマ?」

 

「それがまた傑作でねぇ! 当然ふたりとも食べたがらないんだけど、そこでタキオンが『そんなに食べさせたいなら、サブトレ君が食べさせておくれよ~』とか言ってさぁ。そしたらトレ公は当然のように“あ~ん”ってレンゲを差し出してさ」

 

「ちょっと、ヒシアマ!」

 

「自分で言った手前、タキオンのヤツ恥ずかしがりながら食べたのさ。そしたらブライアンまで無言で口開けて待ってるし、クリークもたまには甘える側もいいかもしれませんね~とか言って順番待ちするし、ほかの連中も騒がしくて──って、どうしたんだいフジ?」

 

 

「どうしたもこうしたも! 酷いじゃないかヒシアマ! そんな素敵なイベントに、どうして私を誘ってくれなかったんだいッ!」

 

「えぇ……? そんな、泣くほど……?」

 

 

 ヒシアマゾンは困惑しているが、もしもこの場にほかのウマ娘たちがいたら、やはりフジキセキと同じように涙を流しただろう。

 彼の存在そのものが健全な女子たちとって夢の塊のようなものなのだ。それに加えて憧れのシチュエーションを再現してくれるとなれば、誰だって喜ぶに決まっているし、それを逃したと知れば誰だって悲しむに決まっている。

 

「私はまだまだ学生とはいえ、ファンを楽しませるエンターテイナーとして常に本気で自分を高めるように心掛けてきた。それが……それなのに、こんな誰もが心踊るであろう状況に立ち会えなかったなんて……ッ!」

 

「その心掛けは立派なんだけどなぁ……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「すまないヒシアマ。少々取り乱してしまったよ。あんな姿、ポニーちゃんたちにはとても見せられないね」

 

「アタシも見たくなかったよ……。まぁ、アンタもなんだかんだで普通の女子中学生だったってことか」

 

「当たり前じゃないか。みんなが憧れてくれるフジキセキを演じることに不満はないけれど、私だってたまには本当の自分でありたいと思うことくらいあるさ」

 

「うーん……。アタシは正直よくわからないねぇ。いや、トレ公を男として見れないとかそういう話じゃなくてさ。恋愛がどうこうよりレースが楽しくて仕方ないのさね」

 

 時間が経てば環境にも慣れる。最初の頃こそ浮わついた気分も強かったが、彼の指導で自分の成長を実感するうちに考え方も変わってくる。

 ヒシアマゾンにとって、サブトレーナーは異性であるよりもトレーナーとしての信頼のほうが完全に勝っているのだ。

 

 色恋沙汰はひとまず何処かに置いて、純粋に夢を追いかける。これもまた青春のカタチなのだろう。

 

「おっと、勘違いはしないで欲しいな。私だってレースのことは真剣に考えているよ。サブトレ君が教えてくれたスキルのおかげで、より魅力的な走りができるようになったのだからね。ただ」

 

「ただ?」

 

「それはそれとしてね? 後学のためにも男性とのコミュニケーションについても真剣に考えるべきだと思うんだよ。おっと、勘違いはしないで欲しいな。あくまでエンターテイナーとしての自分を高めるために必要なことで──」

 

 

 ヒシアマゾンは考える。

 

 彼がやってきたことで友人がポンコツになったのか、それとも最初からポンコツだったのが彼のせいで表面化したのか。

 

 ……強くなる代償にしては、ちょいとイロモノ過ぎやしないかい?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新人トレーナーたちのスカウト事情

「シンボリルドルフにエアグルーヴ……。ふたりとも素晴らしい才能だ……。これで勝てなければ私が無能と呼ばれても反論できないな。樫本先輩も新人相手に容赦がないわね」

 

 自分が任された担当ウマ娘たちの選抜レースの映像を繰り返し再生しながら、チーム・レオに所属することになった新人トレーナーは不敵に微笑んでいた。

 クラシック三冠を狙うシンボリルドルフも、トリプルティアラを狙うエアグルーヴも、今回の選抜レースに出走したウマ娘の中では群を抜いて優秀である。

 これほどのウマ娘を育てることができるのは、トレーナーとしては名誉とすら言えるだろう。

 

 だが、ここまで強いウマ娘となると敗けたときの責任も大きくなる。新人トレーナーなんかに任せるから敗けた、そんな批判が出てくるのは間違いない。

 

 

 ──だからこそ、燃える。

 

 

「失礼するよ。おや、トレーナーさん。また私の選抜レースを見ていたのかな?」

 

「ルドルフ? 打ち合わせの時間はまだだけれど」

 

「すまない、いよいよメイクデビューに向けて準備ができるのだと考えたら、自然とここへ足を運んでしまったよ。あぁ、エアグルーヴは花壇によってから来るそうだ」

 

「そう。なら貴女の今後について先に話をしましょうか」

 

 クラシック三冠を目指すにしても、出たいと言えばじゃあどうぞ……とはならない。獲得賞金額はもちろん、ステップレースとは別に実績も必要となる。

 そこでシンボリルドルフが狙うべきはなにか? 彼女たちが出した結論はジュニア王者決定戦となるホープフルステークスでの勝利である。

 

「優先出走権はもちろんだけど、世間も納得……いえ、期待をするわ。新時代の幕開けを」

 

「そして、私の夢の始まりでもある。全てのウマ娘たちの幸福を願うなら、まずは自分の夢を掴んでみせなければならない。……と、彼に言われてしまったよ」

 

「……ひとつ、いいかしら? サブトレーナーさんってどんな人なの?」

 

「えッ!? いや、うん。まぁ……ひと言で表すのは難しいかな? ハハッ……」

 

「?」

 

 

「失礼します。すまないトレーナー、世話をしている花壇のレンガに──会長? どうかなさったのですか?」

 

「私が彼について聞いたら、急に挙動不審になったのだけれど」

 

「あぁ、なるほど」

 

 たったそれだけで当然のように納得するエアグルーヴ。その質問はたしかにルドルフにとっては難しいものだろう。未だに彼に対する苦手意識……というよりも自意識過剰? は治っていないのだ。

 とりあえず適性は見てもらえたが、それだって何人ものウマ娘たちとの模擬レースに紛れての鑑定である。その後も『あれほど丁寧に“私の”適性を見極めるとは……もしかしてトレーナー君は私をスカウトするために……?』とソワソワしっぱなしであった。

 

 シンボリ家の教育が厳しいのはわかる。男の色香に惑わされるようでは競争バなど務まらぬ。その考え方を否定するつもりはないが、ものごっつ裏目に出てる現状は如何なものか? 

 その点だけはシリウスのほうが大きく一歩、前を進んでいるかもしれない。後輩のウマ娘へするのと同じく、キザな態度で頓珍漢なやり取りができる程度には話せているし。

 もっともシリウス自身はそれをやらかしたと思っているらしく、あとで物陰で樹木相手に頭部の強度検査と反省会をしているが。

 

 その様子を目撃したときは、あぁ、シンボリ家ってそういう感じの……と。エアグルーヴは妙に納得してしまったのも記憶に新しい。

 

「面白い人物だな。能力もあるし、思いの外……線引きもしっかりとしている」

 

「線引き?」

 

「私も何度か走り方のことで相談したことがあるのだが、担当トレーナーが決まったことを伝えたときにな。これからは自分ではなく貴女を頼るように、と」

 

 それはレオトレーナーにとっては朗報である。選抜レースでのウマ娘たちの仕上がりを見るに優秀な人物なのは想像できる。しかし、だからと言って自分の育成方針に口出しされて愉快なトレーナーはいない。

 

「先輩方の心境は複雑だったようだがな。強くなるためのヒントが目の前にあるのに、それを学ぶ権利を得られなかったのだから」

 

「……そう言われるとトレーナーとしても困るのだけど」

 

「なら、彼に頼らずとも勝てると証明してもらうしかないな。もっとも、適性の評価などはすでに済ませているから、そもそも頼るようなこともないのだが」

 

 ちなみにレースやトレーニングに関わらない雑談はいつでもウェルカムとのことで、担当が決まったからといって疎遠にならずにホッとするウマ娘たちもいる。

 色ボケしている阿呆も多いが、自分でも驚くほどに男性に免疫が無いことに危機感を覚えたウマ娘たちが、将来に備えてコミュニケーションの練習をしているのだ。

 

 エアグルーヴとしてはアレが練習相手として適切とはまったくこれっぽっちも思えないが。むしろ逆に男性観が壊れるんじゃないのか? 

 

 そういえば。

 

「貴女は彼とは話していないのか? 彼はスキルを誰もが扱えるようになることを目指している。成長のヒントを得られると思うのだが」

 

「えッ!? いや、私は遠慮させて貰おうかな……別に日和っているワケじゃないぞ。ただ、いくら新人だろうと安易に先輩に頼るのは自身の成長のためにも控えるべきであり──」

 

 おい。この反応、なんか私見覚えあるぞ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハヤヒデェッ! タイシンッ! メイクデビュー決定おめでとぉぉッ!!」

 

「いや、アンタもでしょ。っていうか同じくチームだし」

 

「あぁッ!! そうだったッ!!」

 

「チケットらしいと言えばそうだがな。自分のことより私たちのことが嬉しくて仕方ないのだろう」

 

 選抜レースが終わってすぐ、ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンの3人はすぐにチーム・ヴァルゴにスカウトされていた。

 実のところ、ハヤヒデとタイシンはそれぞれ別のチームかトレーナーとの契約を考えていた。一緒に強くなりたいとチケットが誘って騒いで泣いたので仕方なく……という部分もある。

 

 

「えっと、その……皆さんがお友だちなのはわかりましたが、なんで新人の私が3人とも担当なんでしょう……? 普通、こういうのって、せめてひとりぐらいでは……」

 

「人が足りん。とにかく人が足りんのだ。ボウヤの頑張り過ぎだ。今年の選抜レースは最下位のヤツですら光るモノがある。これを放置して腐らせたらトレセン学園の恥だ。だから新人だろうと容赦できん。異論があるなら聞いてやる。担当は変わらんが」

 

「うぅ……担当が見つからないよりはずっといいですけど……いいんですけどぉ……!」

 

 

 スキルによる走りの最適化のこともあり、本格化が完了したウマ娘たちの成長速度は例年よりもかなり進んでいる。

 ほかのトレセン学園のスタッフ──理事長なりトレーナーなりが聞いたら呪詛の言葉でも出そうな状況だが、そのせいで現在の中央はトレーナー不足が加速していた。

 

 結果。チーム全体でフォローする前提だが、新人たちにも複数のウマ娘たちを担当させるしかないという結論に達した。

 

 ムチャなのは理解しているが、なにせ中等部のウマ娘たちは彼がひとりで大勢のトレーニングを監督していたことを知っている。当然の権利のように、彼女たちがトレーナーに求めるレベルも上がってしまっていた。

 気付いたときには手遅れで泣きたくなったが、弱音を吐いても仕事が減らない以上は対応するしかない。

 これも全てはウマ娘たちのため。いっぺん彼をどつきたい衝動を抑えつつ、ひとりでも多くのウマ娘がレースに出られるよう取り計らった。

 

 新人トレーナーが全員レオの彼女のようにプラスに受け止めてくれるなら理想的だったが、このヴァルゴの新人トレーナーのように涙目になっている者も大勢いる。だからと言って今回の決定は覆らないのだが。

 

 

「ねぇねぇねぇトレーナーさぁぁんッ!! アタシ、ダービーに出たいッ! 小さいころにレースを見てスゴく感動したんだッ! アタシも、あんなふうに誰かを感動させられるサイコーのレースがしたいんだッ!!」

 

「ひぃ~! とってもステキな夢ですけれど、新人の私にはハードル高いのではないかという気持ちもありましてぇ~!」

 

「トレーナーさん、落ち着きたまえ。別に貴女ひとりに全てを任せきりにするつもりはないさ」

 

「大変なことになってるのはアタシらだってわかってるし。まぁ……トレーニングもレースの作戦も、一緒に考えればいいんじゃない?」

 

「ビワハヤヒデさん……ナリタタイシンさん……!」

 

 

 ────。

 

 

「えぇと、チケットさんがステイヤーで差しが得意。タイシンさんもステイヤーで、こっちは追い込みが得意……と。ハヤヒデさんは──」

 

「あぁ、私もふたりと同じステイヤーだ。得意な走りは先行だな」

 

「なるほどステイヤーで先行……先行?」

 

 どういうことだろうか? 選抜レースは自分も見ていたが、彼女は、ビワハヤヒデの脚質は間違いなく“逃げ”のはずである。それも、かなりの才能だ。

 逃げウマはほかにも何人もいたが、スタートからゴールまで先頭を完璧に走りきったのはビワハヤヒデと、あとはサイレンススズカくらいである。

 

 それが何故、先行を──まさか! 

 

 そうか。彼女はきっと、逃げでしか走れない自分を変えようとしているのだ。選抜レースでは理想的な走りができたが、本番のレースでも同じように走れるとは限らない。

 逃げしか走れないウマ娘というのは冷静なレース運びが苦手な子が多く、競り合いになったときにペースが乱れて垂れるパターンは何度も見たことがある。

 ビワハヤヒデはそれを危惧しているのだ。勝負に勝つために、あえて苦手な先行での走りを身に付けようとしているに違いない。

 

 

 ならば、自分がやるべきことは決まっている。今日から始まるパートナーとしての関係だが、担当ウマ娘を支えるのはトレーナーの役目なのだ。

 

 

「ハヤヒデさんッ! ハヤヒデさんの覚悟はたしかに受け取りました! 私にどこまでできるかわかりませんが、必ず先行で勝てるよう支えてみせますッ! 一緒に頑張りましょうッ!」

 

「おぉ……ッ! なんとも頼もしい言葉じゃないか! ならば私もその心意気に応えなければならないなッ! 改めてよろしく頼むよ!」

 

「なんて、なんて熱いトレーナーさんなんだッ! そんな人に担当してもらえるなんて……う゛れ゛し゛い゛よ゛ぉぉぉぉ~~~~ッッ!!!!」

 

「たしかに思ったより熱血? っぽいけどさ……。なんかズレてる気がするんだけど……」

 

 

 

 

 付き添っていたヴァルゴのベテラントレーナーは知っている。ビワハヤヒデの脚質が先行であることを。そして、恐らく新人が勘違いしていることに気がついている。

 だが、弱気だった新人トレーナーが、前向きにやる気になってるならもうそれでいいかな……と、静かに目をそらした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新解釈・皐月賞編

モブウマ娘たちの話。

名前は借り物ですが、元の作品でも3vs3で走ってるので実質アオハル杯の親戚みたいなものです。


 やはり違う。

 

 例のトレセンから出てきた3人のウマ娘だけ、ほかの出走しているウマ娘たちとは決定的にナニかが違う。

 

 クラシックロードの始まり、栄光の入り口である皐月賞ということでボルテージの高まる競バ場。ヒトも、ウマ娘たちも興奮するなか、出走者のひとりであるリバーソーサーは静かに対戦相手たちを観察していた。

 もっとも、地方から出てきた3人以外は全員が中央トレセン学園のウマ娘なので、必要な情報はほとんど揃っている。真に警戒するべきは、やはりあの3人なのだ。

 

 別にほかのメンバーを侮っているつもりはない。だが、数年前から始まった地方の下克上、そしてGⅠに敗北してこんなハズではと唖然とする先輩たちの姿を見てきたリバーソーサーには、やはり彼女たち“スキル”持ちこそが最大の脅威として見えるのだ。

 

 あとぶっちゃけ、彼女もスキルをいくつか身に付けているので、その効果を体験として知っているというのもある。

 

 いや、違うんだよ。別にアタシだってトレーナーさんを信頼してないワケじゃねーから。ただホラ、やっぱウマ娘としてはレース勝ちたいじゃん? 強くなれるヒントあるなら欲しいじゃん? 

 サブトレさんも渋ったけど、アタシにはわかっていたからね。アレは絶対()()に弱いタイプだって。女は度胸、駆け引きだなんてウダウダやってないでストレートに気持ちをぶつけてナンボってな! 

 

 年上のお色気お兄さんを困らせる行為に、うっかり新世界の楽しみを見つけそうになりつつ。

 それでも真面目に練習を重ねてスキルを使えるようになったところ、可もなく不可もなく程度の実力しかなかったのがまさかの皐月賞である。

 

 体験として変化を知るからこそ、スキル持ちが危険だとわかるのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レースの展開は、良くも悪くも普通の流れ。

 

 昨年の敗北のこともあり、中央のウマ娘たちは今年は自分たちが勝つのだと多少掛かり気味ではあるものの、特に波乱もなくレースは進んでいった。

 

 

 

 

 最終コーナーに入るまでは。

 

 

 

 

「────は?」

 

 晴天の中山競バ場を走っていたはずが、急に暗闇の海の上を走っていた。

 

 おそらく誰に話したところで頭がイカれたとしか判断されないだろう。だがリバーソーサーの目の前には星ひとつ無い漆黒の空と、底無し沼のように暗く深い海が広がっている。

 ヤバい。そう思ったところでウマ娘は急には止まれない。そのまま勢い任せに水面を走り出す。水没しなかったのは幸いだが、この状況はまったく意味がわからない。

 

 

 

 

 ────あら、中央のお客様なんて。貴女もスキルを使えるのね。

 

 

 

 

 突然背後に現れた気配。そして静かに囁くような声。誘われるように振り返れば、そこにはゲートインの前に警戒していた地方トレセン学園のウマ娘が走る姿。

 それを視認した瞬間、リバーソーサーは理解した。この異常な空間を作り出したのは彼女のスキルだと。

 

 え、マジで? 

 

 

「──うぉッ!?」

 

 謎の空間に飲み込まれたときと同様、突然ターフに戻されレースが再開する。正直、なぜ自分が転ぶどころか一切体勢を崩すことなく走れているのかわからない。

 

 ならばともかくレースだ。自分はいまGⅠを、皐月賞を走っているのだ。一生に1度しか走れない貴重なレースをリタイアなんて出来るワケがない。

 無理やり気合いを入れ直し、スパートに向けて脚と呼吸のリズムを揃える。そうしていくらか冷静さを取り戻すと、周囲の──いや、自分より前を走っているウマ娘たちの様子がおかしいことに気づいた。

 

 息切れ? ここにきて掛かっているような……。

 

 いや、違う。これは、この感じは差しや追い込みのプレッシャーで消耗しているときのものだ。さっきの謎の空間のせいか? ほかの連中も取り込まれていた? なら、なんでアタシとアイツしか見えなかった? 

 

 うん、わからんッ!! 

 

 わからないものは考えても仕方ない。リバーソーサーは先ほどの現象については考えることを止め、脚に力を込めて前に出る。この際である、ライバルたちのスタミナが切れてしまったことは素直にラッキーと喜ぼう。

 きっと、自分も“回復スキル”と呼ばれていた走りを覚えていなかったらほかのウマ娘と同じように垂れていたのかもしれない。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。

 

 

『レースは残り400ッ! 見事なごぼう抜きをみせて先頭はリバーソーサーッ! しかしこれにアビスグレーターが追いすがるッ! リバーソーサーが中央の意地を見せるかッ! それともアビスグレーターが地方の二連覇を成し遂げるかッ! 残り200ッ! リバーソーサーとアビスグレーターの一騎討ちッ!! 激しい叩き合いだッ!! リバーソーサー、アビスグレーター、リバーソーサーわずかに前かッ!? リバーソーサーわずかに抜け出したッ!! 先頭リバーソーサー、リバーソーサーがゴールインッ!!』

 

 

 ◇◇◇

 

 

「皐月賞ウマ娘、おめでとうございます。さすがは中央のウマ娘、見事な走りでした」

 

「そりゃどーも」

 

 ニコニコと笑顔で褒め言葉を口にするアビスグレーターに対し、リバーソーサーの返答にはいくらかのトゲが含まれていた。

 たしかにレースは自分が勝った。だがそのあとが問題だった。スタミナを使い果たして地に伏す勝者と、それを余裕の表情で見下ろしていた敗者。次のレース──東京優駿、日本ダービーではおそらく……。

 

「それで? わざわざひとりで自販機コーナーで待っててくれたんだ、アタシがアンタに聞きたいことあんのも承知の上なんだろ?」

 

「えぇ、もちろん。スキルを使えるだけではなく、わたくしと同じように“領域”に踏み込めるのですから」

 

「領域……」

 

「もっとも、詳しいことはわたくしにもよくわからないのですが。あの人が言うには、自分ではわからないだけで、すべてのウマ娘が最初から持っている可能性ではないか……と」

 

「あの人……サブトレさんなぁ。スキルといい、その領域とかいうのといい、マジで何者なんだろうな」

 

「さぁ? 道理の外側で生きている人をムリに理解しようとしないほうがいいですよ」

 

「辛辣だなオイ」

 

「尊敬はしていますよ、心から。地方のウマ娘……といっても、いまのところはわたくしたちのトレセン学園だけですが、夢を与えてくれたのですから」

 

 

 ────。

 

 

 適当な言い訳で出てきた手前、そしてレースとウイニングライブの疲労から、女同士のナイショ話は早々にお開きとなってしまった。

 

 あれから、学園に戻るまでに同じように皐月賞を走っていたほかのメンバーにもそれとなく探りをいれてみた。しかし、案の定誰もあの不可思議な空間のことはサッパリだった。

 あのウマ娘、アビスグレーターの言葉を信じるのであれば、アレは“領域”なるものに踏み込んだウマ娘にしか認識できないというワケで。

 

 つまり、アタシにも使える……のか? 

 

 もしそうならヤバくない? アタシのレベルであんな反則みたいな……反則みたいな、えーと、ナニ? あれってスキルつーか、走り方とかにカテゴリーしていいの? 妨害行為に含まれない? いや、そもそも当事者にしか見えてないんだから訴えても信じてもらえないだろうけど。

 

 いや、領域とやらの正体はともかく。もしそうなら試してみる価値はある。というか使えるようにならないと日本ダービーは敗けが確定だ。

 皐月賞のレースを映像で見返したが、案の定地方トレセンのウマ娘たちは走りの鋭さが全然違う。後輩たちもスキルを自分よりは使いこなしているが、それと比べても完成度が違うのだ。

 

 勝つために、そうでなくてもせめて“勝負”として成立させるためにも、壁を壊さなければならない。

 

 どうしよう。これ、メチャクチャ燃える展開なんだけど。ライバルに実力差を見せつけられてからのパワーアップとか、かなり主人公じゃね? 

 中央に合格して喜んだのも束の間、周りが自分よりよっぽどメインキャラだらけで脇役ウマ娘として生きるしかないかなとか諦めていたのに。

 たったひとりとの出会い……サブトレさんからスキル教わって、デカイ舞台で走って、ヤバいライバル見つけて、そっからのパワーアップとか。完全になにかの主人公じゃん。これアタシやっちゃった系なれるんじゃね? 

 

 リバーソーサーの中で新しいウマ生プランが構築され始めた。いま中央のウマ娘でスキル持ちかつ重賞の実戦に出ているのは自分だけ。後輩たちよりも先に領域を手に入れられるかもしれない。

 もしそうなったら、主人公ポジションからの次世代の主役たちの師匠ポジションまで狙える。

 領域を後輩たちに伝えつつ、夢を託すという最高の世代交代ムーヴが可能だ。どういうことだこれは。完全に競バ界のメインキャストなっちゃってるじゃないか。

 

 ん? 夢を託すって、これアタシ敗けてる? いやいや、勝ったら勝ったで次もヨロシク~的なヤツもあるし。

 

「ヤバいな……ちょっとマジで自分を追い込んでみようかな……。でもなぁ~。皐月賞とっちゃったからチームのトレーナーたちからも注目されちゃうかもだよな~。ッれ~わ~! マジつれ~わ~ッ! 皐月賞ウマ娘とかマジつれぇわぁ~」

 

 皐月賞の勝利に多少テンションが不安定になっているが、半分くらい本音である。なんとなくチームで二軍扱いだったから、トレーナーたちの目を盗んで彼の指導を受けることができていたのだ。

 

 いや、違うんだよ。別にアタシだってトレーナーさんを信頼してないワケじゃねーから。ただホラ、やっぱスキル使えるウマ娘としては、領域ってのも使ってみたいじゃん?




『ウマフォースはつどう! サクリファイス!』

『ぜんたいのスタミナに 40のダメージ!』

『そくばくの こうかはつどう!』

本作のレースはだいたいこんな感じで進めていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真介錯・東京優駿編

ダービーは地方が勝ちました。以上!(ムジヒな介錯)


「ふぅン? 『日本ダービー、ついに中央の手から離れる! 一強時代の終焉かッ!!』だそうだ。なんとまぁ今さらなことを騒ぎ立てているのだろうねぇ。そんなもの、2年ほど前にオークスで敗北したときからだろうに」

 

「そんだけ日本ダービーが特別ってことだろ。騒ぎたくなる気持ちはわからなくはねェよ」

 

 

 学園から彼に与えられたトレーナールームにて、彼が持ち込んだノートパソコンでニュースを確認してはケラケラと笑うアグネスタキオン。そんな彼女を冷めた眼で見ながらも、エアシャカールもなんて下らないことを騒ぐのかという部分には同意していた。

 GⅠを中央が独占していたことは知っている。それを理由に中央トレセン学園のウマ娘が特別視されていることも知っている。一強と呼ばれるのもまぁ理解できる。

 だが、それを今さら騒ぐのが理解できないのだ。日本ダービーより前の段階でGⅠはいくつも敗けているし、勝ったレースもかなりの接戦が多いのに。

 

「特別。特別、ね。あぁ、今回の日本ダービーは特別面白い展開だったねぇ! 地方のひとりが先頭。1バ身遅れて中央、そこから3バ身ほど離れて地方のふたりが3番手争い。そして──そこから大差で残りのウマ娘たち。いやぁ、実に面白い展開だった!」

 

「勝負になってたのは事実上ひとりだけ。さすがは皐月賞ウマ娘ってか? ハッ! 今度こそセンパイ方からも油断は消えるかねェ。オレならハナからそんなマネしないがな」

 

 サブトレーナーからスキルを学んだウマ娘たちと違い、関わりの薄い上級生たちの中には、未だに地方のウマ娘たちを侮っている者がいた。

 トレーニングは本気で真面目に取り組んでいるし、トレーナーたちの言うことを素直に聞いてはいるが、肝心のレースで油断をしているようでは全てが台無しである。

 

「……どうだろうね。皐月賞でもかなり苦戦していたが、油断だけが理由だとするのは早計ではないかな?」

 

「ほ~? なら、ほかにどんな理由があるって?」

 

「それがわからないから情報を集めに来たんじゃないか。ま、十中八九スキル関係の話になると思うけれど。いやはや、サブトレ君がいないのが残念だよ」

 

 おそらく、彼のトレーナールームは学園で1番セキュリティが甘い場所である。トレセン学園そのものが警備が厳重だからとカギすらかけてない。

 さすがに普段交流のないウマ娘たちはズカズカと入り込むことはないが、そうでない顔見知りのウマ娘たちは勝手知ったるなんとやら、である。

 知り合いとはいえ、トレーナーとはいえ男性の私室に無断で入るのは如何なものかって? いやいや、ただの仕事部屋なので大丈夫だよ。みんなの部屋さ。

 

「皐月賞のふたりといい、ダービーでは4人とも。オレたちもスキルは覚えたが……違ェな。もっと異質なナニか。この手のオカルト系はカフェのほうが得意なんじゃないのか?」

 

「彼女も何かしら感じたようだがね、どうもそういう話ではないらしい。となれば……カラクリがどこかにあるはずで……ふぅ~~む?」

 

 

 

 

「ふたりとも、ちょっと休憩するの! もうすぐ出来上がるよ」

 

 

 

 

「……だ、そうだ。とりあえず知識の空白よりも空腹を満たすのを優先しようじゃないか」

 

「そうだな……。ラーメンを放置して作業を続けるのはロジカルじゃねェ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「まずは紅ショーと、バターと粉チーズと~♪」

 

「えぇッ!? ジョーダンさん、そんなに調味料ラーメンに入れちゃうの~?」

 

「いやいや、とんこつラーメンはデコるのがマジ最高なんだって。むしろこうすることでとんこつに対するケーイってヤツ? 逆に払いまくりだし。マジとんこつラーメンリザレクションってヤツ!」

 

「なに甦らせんだよ」

 

「とりあえず感謝の気持ちは伝わっとるからええんちゃう?」

 

「うわぁ。本当にちゃんとラーメンの匂いがするなぁ。へへっ、なんだかソワソワしてきちゃった!」

 

「カップ麺を食べたことがない、とはねぇ。ライアン君らしいと言えなくもないが」

 

「あんまり体にイイものじゃないけど、たまにみんなでワイワイ食べるくらいどうってことないの!」

 

 出入り自由な彼のトレーナールームには大量のカップラーメンの備蓄がある。手の込んだ料理はもちろん美味しいものだが、たまにはジャンクな食べ物を身体が欲するので仕方ない……というのが彼の言い分である。

 それを独り占めするのではなく、ウマ娘たちも自由に食べてよしとするあたりが実に彼らしい。ついでに冷蔵庫の中の物も、腐らせて廃棄するくらいなら胃袋に。

 

 さて、そんなカップ麺の楽園で現在数名のウマ娘たちが放課後という夕食までの時間的にあまりよろしくないタイミングでパーティーを開催している。

 ことの始まりは雑談の最中、メジロライアンがカップラーメンを食べたことがないと発言したことにある。

 そんな、なんてもったいない! とファインモーションとトーセンジョーダンが騒ぎだし、それを見てなんとなく不安になったアイネスフウジンとタマモクロスが同行する形となった。

 多少、金勘定に思うところがあるアイネスとタマであるが、それならGⅠを連勝するようになったら出世払いで返してやろうと割り切って楽しんでいる。

 

「って、あー! タマさんも! それ、それどうするつもりですか!?」

 

「んー?」

 

 タマモクロスが選んだのはカップ焼きそば、すでに湯切り済みでわかめスープも誕生している。麺は濃いめのソースをしっかりとまとっており、青海苔と紅ショウガのふりかけもすでに湯気の中で踊っている。

 そこまではいい。だが完成したはずのカップ焼きそばの上で作業を継続するタマの手元には、なんと“めんたいポテトサラダ”と印刷されたビニール製のパッケージがあるではないか。しかも周囲にはお皿の類いは存在しない。つまり──。

 

「どうもこうも……からしマヨネーズの親戚みたいなもんやからヘーキヘーキ! はいどーん☆」

 

「あーッ!」

 

「まだまだ! ウチのターン、賞味期限間近の温泉たまごをドロー! 焼きそばフィールドに特殊召喚や!」

 

「なーッ!?」

 

「いや、そこまで騒ぐほどのこっちゃないやろ。それになファイン、よー見てみぃ。ウチが手掛けとんのはカップラーメンやない。カップ──焼きそばやぁッ!!」

 

「ッ! 言われてみればそうだった! なら安心だね!」

 

 

「あはは……ファインモーションって、けっこう賑やかな子だったんだね……」

 

「ラーメンにかける情熱はエアグルーヴさんのお墨付きなの。ライアンちゃん、はい、お箸」

 

「ありがとうアイネス。どれどれ……おぉ、想像よりずっと赤いかな……」

 

 カップ麺初心者であるメジロライアンが選んだのは、よりによってトウガラシ系の真っ赤なパッケージであった。

 なぜわざわざそんなものを選んだのか? 様々なカップ麺が並ぶ中でライアンの知っている単語がそこに書かれていたからである。

 カップ麺は知らないが、カプサイシンなら知っている。別に辛いものは苦手じゃないし、インスタント食品ならばそこまで辛くもないだろうという判断である。

 止めるべきか悩みつつ、これもまた経験だろうとアイネスは黙ってのむヨーグルトを用意した。

 

 データもないのによくまぁイロモノを選んだものだと感心しつつ、エアシャカールも自分のラーメンの仕上げに取りかかる。

 乾燥タイプではない生の具材を後入れすることで味と食感を立体的にし、そこに彼のお手製である山椒オイル入りの肉味噌を加えることで輪郭と奥行きを与える。

 

 アスリートがこの手のジャンクな食べ物を摂取することはロジカルではないと言う者もいるだろう。それを否定はしない。

 しかし、カップ麺は理屈で食べるものではないのだ。コストパフォーマンスを求めて店物のラーメンの代替品として食べる者もいるだろうが、それだけではない。

 

 ラーメンの替わりではなく、カップ麺が食べたいのだ。そこにロジカルな思考は必要ない。

 

「……それでタキオン、油断だけが理由じゃねェと言ってたが、なにか仮説のひとつくらいはあんのか?」

 

「ふぇ?」

 

「いや、いい。飲み込んでから喋れ。ほっぺたリスみてェにパンパンになってんぞ」

 

「んぐ……んぐ……ふぅ。仮説らしきものはなくもないよ。全部を説明すると時間が足りないのでね、結論から言わせてもらうけど──スキルには3段階あり、GⅠに勝利している地方のウマ娘たちは、1番上の“ナニか”を会得しているのだろうね」

 

「3段階、か。なんとなくそんな気はしてたが」

 

 形のハッキリしたデータを重視するエアシャカールは、もちろん過去のレースの映像もチェックしている。スキルを学ぶようになってからは、特に例のトレセン学園のウマ娘の映像は細かく観察していた。

 スキルにはもうひとつ、上のランクが存在する。とことん数値化して分解と再構築を繰り返すことで、そこまでは自力でたどり着いていた。それをサブトレーナーに確認したときにアッサリと肯定されたときはつい舌打ちをしてしまったが。

 

 だが、さらにその上についての言及はなかったはずだ。古巣に贔屓した? いや、それはない。もしそのつもりならスキルのことそのものを黙るべきだ。環境で優位な中央がスキルを使いこなせば地方の勝ち目はさらに低くなるのだから。彼は良くも悪くも平等なのだ。

 あるいは、それでも地方のウマ娘たちが勝つと信じていることの裏返しなのか。それはそれで面白くないが、地方のGⅠウマ娘たちの不気味な強さを感じてしまった今ならわかる。

 

「サブトレ君がなにも言わないのは……彼自身がそれを教えることができないから、だろうね。それが可能ならば、いまごろGⅠは根こそぎ地方に持っていかれただろう」

 

「ふーん? でもそのうちアタシらも使えるようになるんでしょ? そのヤバいスキルのスゲーヤツ。だって地方のコたちが使えるんだから。アタシらだってスキル使えるワケじゃん?」

 

「前向きで結構なことだねぇ。ま、私たちもサブトレ君からスキルを学んでいる以上、新しい可能性を導き出さなければなるまい? ウマ娘たるもの、トレーナーの期待に応えなければ」

 

「「…………」」

 

「君たち。言いたいことがあるならハッキリ言いたまえよ」

 

「目の前のタキオンさんはニセモノなの」

 

「ホントに遠慮がないねぇ!?」

 

「日ごろの行いが悪い。ま、新しい可能性を~っちゅうのはウチも賛成やけどな」

 

 

「そうだろうそうだろう? ということだ。新しい可能性を探しに──パソコンの閲覧履歴でも開いてみようかな」

 

 

「なんでやねん。どーゆー流れでそうなんねん」

 

「自分で検索をかけると同じようなページを巡るだけで終わってしまうからねぇ。これも新しい閃きを求めるが故の行動なのだよ。さてはて、皆はどんなお宝ページを検索しているのかなぁ?」

 

「お宝? インターネットに宝物が隠されたページがあるの? それってどんな──」

 

「ファインさん、アタシのとんこつラーメンひと口どう?」

 

「え、いいの? ありがとう!」

 

 

「ふぅン? 『タブレット 漫画 広告』と。これはこれは。自分の携帯端末に検索履歴が残るのをイヤがったのかな? あっはっは! いまどきの女子校にも、なかなかピュアなウマ娘がいるものだねぇ!」

 

「マンガを探すのをイヤがるの? 広告で出てくるってことはオススメされてるんじゃ──」

 

「ファイン、ウチの焼きそば食べてみるか?」

 

「え、いいの? ちょっと気になってたんだ!」

 

 

「あんまり褒められたシュミじゃねェな。つーか完全に楽しんでるだけだろテメェは」

 

「ちょっとした息抜きじゃないか。いくら私でも研究ばかりでは頭が疲れてしまうよ。それに、この程度で個人につながる情報など得られないだろう? プライバシーは守られるさ」

 

「みんなが使うパソコンだからね~。そこまで変なことに使う勇者なんてそうそういないの」

 

「パソコンを使うだけで勇者になれるの!? すごい、ファンタジーだね! ところでそれはどういう──」

 

「ファイン、トウガラシ麺も試してみるかい?」

 

「え、いいの? ひと口食べてみたかったんだ!」

 

 

「ま、冗談はともかく。ここは素直に先輩に相談してみるしかないかな? 日本ダービー以降、なんだか精神統一ばかりしているらしいし、そこになにかヒントがあるかもしれない」

 

「精神、心の在り方がどうのってか? オレの専門分野からは外れるんだが。出遅れている以上、手段を選べる立場じゃねェ……か」




ゲームの趣味は似るものなんだなと実感した次第です。

公式からガイドラインが発表されたことで、自分の作品を見直す流れもあるようですね。
本作も、タグやタイトルで予防線を張っているから……と開き直るようなことはせず、表現方法と真摯に向き合いながら書き進めていこうと思います。

下ネタそのものは好きなんですが。浦安鉄○家族とか生徒会役○共とかゴール○ンカムイとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

服を買うにも待ち兼ねる

タイトル変えました。

レースにぽんこつ要素を持ち込み過ぎると、勝っても敗けても中央のウマ娘がイヤな印象になりそうなので。


 東京優駿が決定して6月。梅雨の季節であり夏の始まりが見えてくる時期。

 

 トロフィーを手放した悔しさもそれはそれとして、青春真っ盛りの女子校生にとって夏は自然とテンションも上がるもの。

 普段は大人しい日本男児も夏の解放感で隙だらけ……もとい、ときめきと出逢いにも寛容になっているだろう。そうでなくても時代は肉食系男子なるものが流行ってしばらく、むしろ向こうから女に声をかけることもあるハズだ。

 

 と、まぁ日本中の健全なる女性たちが気合い満タンであるように、中央トレセン学園のウマ娘もまたウキウキ気分で夏に備えている次第である。

 

 

「というワケでスズカさん! サブトレさんをお誘いして遊びに行きましょう!」

 

「あの、フクキタル? 話が見えないんだけど……」

 

「おっと、これは失礼しました。いやぁ、夏を前にして気持ちが掛かりすぎていたようです。実はですね、占いで車でのお出かけが吉とでまして。当然、私は車どころか自転車だって持ってません!」

 

「まぁ……ウマ娘で自転車を使う人のほうが珍しいと思うけれど……」

 

 ウマ娘の本気の走りは、たとえ競走バでなくともかなりの速度に到達する。自転車に乗るよりもウマ娘専用レーンを走ったほうがはるかに速い。

 趣味として楽しむためにバイクや車を購入することはあっても、若い世代に純粋な移動用として活用するウマ娘は珍しいほうだ。

 

「これはチャンスなんですよ~。サブトレさんは私の占いにもノリノリで応えてくれますからねぇ! 日ごろの行い、地道な努力、チリも積もれば山となる! シラオキ様も仰っています、彼こそが、今後のレースにおける切り札的存在になるだろうと……ッ!」

 

「切り札って、大げさな……。サブトレさんが練習を見てくれるお陰でターフが使いやすくなったのは嬉しいけれど。ほかのみんなも、走ることができる時間が増えて喜んでいるみたいだし」

 

「いや~……。ある意味喜んではいるかもしれませんが……」

 

 サイレンススズカというウマ娘にとって、最優先となるのは“走ること”これに尽きる。いやウマ娘なら誰でもそうだろうと言われそうだが、彼女の場合はそれが飛び抜けているのだ。

 だから気がつかない。というより想像すらできないだろう。ターフを走るウマ娘たちの下心……彼にスカウトされる確率を上げようと、涙ぐましい努力をしていることなど。

 

 具体的にアレやらコレらやを求めているのではない。それに、もしも彼が見た目だけのトレーナーなら向上心のあるウマ娘からは見向きもされなかっただろう。

 だが能力があるなら話は別だ。同じように面倒を見てもらえるのなら、ともにトゥインクル・シリーズを駆け抜けるのなら、同性のオバチャンよりは若いニーチャンのほうが気合いが入るというものだ。

 

 たとえばゲームのキャラクターとか。女キャラをカッコいいカワイイと褒めたとしても、ついつい男性キャラを使ってしまう……そんな心境に近いのだろう。

 

 ちなみにフクキタルはその辺りはあまり気にしていない。

 だって、お近づきになりたいのなら、普通に声をかけて普通に交流すればいいだけですし。

 いやぁ~サブトレさんが私の占いもシラオキ様のことも、当然のように信じてくれるおかげでお気楽! 楽勝! 楽して儲ける~! ってなモノですよ~♪ 

 そのことをエアグルーヴさんにお話したときは思いっきり呆れられましたが。ですが……ムフー♪ 私はなんでもお見通しですよ~? 趣味の花壇になんどもサブトレさんをお誘いしているのをッ! フクキタルは見たッ! なんだかんだでエアグルーヴさんもフツーの女の子と同じだって、ハッキリわかりましたね! 

 

 ……しかし、ブライアンさんに鼻で笑われたのはともかく、ルドルフさんからの謎の尊敬の眼差しはなんだったんでしょう? 

 

 

「というか、それなら私は関係ないんじゃ……」

 

「いえいえ! とんでもない! 実は今日の私のラッキーカラーはなんと! 緑なのですッ! スズカさんの勝負服のデザイン、とってもステキでしたねぇ~。派手さはありませんが、可愛らしくてお似合いでしたよ!」

 

「うん、ありがとう。私もあの勝負服は気に入ってるの。トレーナーさんにも、走るのに邪魔になりそうだから、あまりゴテッとしたのは苦手だって伝えていたんだけど……希望通りで安心したわ」

 

「えーと、ウイニングライブ的にその発言はどうかと……。それにしても、スズカさんのトレーナーさん! ちょっと変わったヒトですけど、お仕事は真面目というかなんというか」

 

「そうね。初対面でいきなり脚を触らせてほしいと言われたときは……ちょっと困ったけど」

 

「女性同士でもセクハラって成立するんですかね? っと、スズカさんの勝負服の完成は楽しみですがそれはそれ! というワケですからスズカさん! 一緒にサブトレさんを誘いに行きましょう!」

 

「そう、ね……。トレーナーさんからも息抜きのことは言われているし、たまにはいいかしら」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「野郎の雑貨ショッピングに花の女学生をつきあわせるのはどうなんだろうか……と悩む俺」

 

「とんでもございませんよ~♪ 楽しく開運ウェルカム! ところで……本日はなにをお買い求めに?」

 

「服。これから着るヤツ。夏の選抜レースとか、その辺り。今後は俺も人前に出る仕事増えるから、甚平以外もちゃんと用意しろってな。裏方として生きたい人生だった……」

 

「あー、なるほど。それは仕方ないですね~。サブトレさんのおかげで選抜レースに出られる子はたくさんいますからね~」

 

「それで出番が増えるってことは、俺も少しくらいは一人前に近づいてるのかな? とか思ってみたりして」

 

 たぶん建前だろうな……。

 

 フクキタルはなんとなく他のトレーナーたちの気苦労を察してしまった。選抜レースの話もまるっとウソではないだろう。一般公開されるため、ファンはもちろん重役であるために気楽にレースを観戦できないお歴々がお忍びでやってくることもある。

 が、おそらく本命は今年からのウマ娘たち。初等部からの進級はもちろん、中等部にも高等部にも新規入学の生徒が何人もいる。

 去年は突然のことで見逃すしかなかったのかもしれない。しかし、今年は充分に検討に検討を重ねる時間があったず。となれば健やかなるウマ娘たちの成長のためにも手を打つのは道理である。

 

 まぁ、ある意味では健やかに成長してるのかもしれないが。

 

 彼の甚平については、ウマ娘たちのほうから『トレーナーとして相応しい立ち振舞いが必要であることは理解している。しかし、気温の変化による体調不良は決して軽んじてよいものではなく、その基準は主観によるものである以上は本人の判断がもっとも信頼できる。また、トレーナーにのみ我慢を強要させるのは相互的な信頼という観点からも好ましくない。ときには我々ウマ娘側も妥協し許容する必要がある』という意見が出ている。

 

 早い話。アレを無くしてしまうなんてとんでもないッ!! という未成年の主張である。健全なのである。

 

 トレーナーたちも苦笑いするしかなかっただろう。彼女たちの気持ちも理解できるのだ。何故ならトレセン学園での出会いの無さは身に沁みて知っているのだから。

 そうでなくとも競走バは男性との出会いに不自由しがちだ。ウマ娘そのものが身体能力ゆえに怖がられることが多々あるのに、そこにレースで見せる闘争心が加われば……まぁ、ナンパしたところでビビられるのがオチだろう。

 

「甚平、動きやすそうでいいと思うんですけどね。さすがに走るのには向いてなさそうですが」

 

「向こうのトレセンではあまりうるさく言われなかったんだけどな。さすがに中央では通用しなかったよ。去年はまだお客さまってことで許されたんだろう」

 

 いや、たぶん地方で許されたのは別の理由だと思いますよ? 先輩たちタイムすんばらしく良くなってますからね? 

 

「それで、サブトレさんはどのような服装がお好みなんでしょう? 涼しいのは前提として~、やっぱり和風なヤツですかね?」

 

「う~ん、そこまでこだわりはないかなぁ。先輩たちから注意されてるし、あんまり浮わついた感じのは止めたほうがいいだろうし……」

 

「なら、あの半袖のジャージとかはどうですか? 黒一色なのでちょうどいいかと」

 

「おぉう……スズカさんってばトコトン機能美重視ですね」

 

「へぇ、いいな。いや俺正直オシャレとかあんまり興味ないんだよ。夏なんて涼しけりゃそれでいいもん。なんだったらさ、許されんなら上とかもうタンクトップひとつで過ごしたい」

 

「え゛ッ!? ……いやいやサブトレさん! さすがにプライベート以外でソレはアウトですよッ!?」

 

「え? ダメ? 自慢じゃないけど俺、人様に見られて困るほど貧相な身体してないけど」

 

「貧相じゃないから余計にダメなんですってば……」

 

「そういえばサブトレさん、脚回りもとても鍛えてありますよね。ウマ娘じゃないのがもったいないくらいです。……あの、1度私と併走してみませんか?」

 

「併走か……。トレーナーとして見苦しくないよう鍛えていたが、そういや並んで走るってのは未体験だな。まずは軽く1600くらいからで頼もうかな?」

 

「いやいやいやいや、なんで乗り気なんですか。それにスズカさんも~。ウマ娘とヒトが併走なんかして、事故が起きたら大変ですって!」

 

 ついでに言うなら、男性とのランニングデートはウマ娘憧れのシチュエーションで常に上位5位にランクインする定番中の定番である。

 それに近いものを学園のターフで再現しようものなら、きっと世の末にも負けず劣らずの恐ろしいことに……なる、かなぁ? ふーむ? スズカさんならたぶんその気は正月おみくじの大凶ほどにも無さそうですが。もちろん私は引いたことがありますよッ! がっでむ! 

 

「そう、ですよね……。すみませんサブトレさん。少し、配慮が足りませんでした」

 

「気にしないでくれ。いまのは俺も悪かった。トレーナーとして軽はずみな言葉だったよ。さて、とりあえずジャージは買うとして──」

 

 

 天然と天然で天然がダブった状況に予想以上の疲労を感じつつも、当初の目的どおり開運デートを達成したマチカネフクキタル。

 占いの効果はバッチリだったのか、しばらく彼女には小さな幸せがたくさん訪れたという。それがシラオキ様のお導きなのか、はたまたそれ以外の何者かからのプレゼントなのかはわからない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「黄金航路に同じ常識は通用しねぇッ!」

レース描写が巧い人をただただ尊敬します。
私にはこれが限界です。


「そりゃな、こちとらトレーナーだし? 担当がGⅠ出られるってのは嬉しいよ? でもな、勝手に出走登録するのはダメだろ常識的に考えて」

 

「えぇ~? だってゴルシちゃんもおっきいレース走ってみたかったんだもん。いいじゃねぇかよトレーナー、これでアタシが勝てばアンタもめでたくGⅠトレーナーだぞ! したらお祝いに担当全員にドーナツをプレゼントする権利をプレゼントしてやるぜッ! いま100円セール中だしなッ!」

 

「それ私に対するプレゼントじゃないよな!? しかも微妙に懐具合に配慮してくるし。……ゴルシ、心配せんでも勝ったら盛大に祝ってやるよ。担当バがGⅠウマ娘になれてケチるトレーナーなんざいねぇさ」

 

「マジでッ!? さすがトレーナー、太っ腹だな! それじゃあレース勝ったらバーベキュー大会しようぜ! アタシは山行って伊勢エビ伐採してくるから、オマエの担当シャトーブリアンな!」

 

「1から一気に100まで飛びすぎだろ!? おま、そんなもん新人トレーナーの給料で賄えるか!! ウマ娘の食欲わかってんのか!?」

 

「は? なに言ってんだトレーナー。ゴルシちゃんウマ娘なんだけど。なんでもパクパク食べますわよ? 好き嫌いは良くないからな!」

 

「知ってるよチクショウッ!」

 

「え、えっと、その……。ライスはドーナツ、好きだよ?」

 

「私も別に……お肉にはそこまで……」

 

「ライス……スズカ……お前たちはそのままでいてくれ……いやマジで」

 

 

 担当バであるゴールドシップの自由奔放ぶりに振り回されるチーム・リブラの新人トレーナーは、同じく担当バであるライスシャワーとサイレンススズカの常識ある対応に癒されていた。

 勤務して早々にチームから声をかけられたときは喜んだし、すぐにウマ娘を任されたときには人生で一番ワクワクしたかもしれない。現実は甘くなかったが。

 

 それでも、練習には意外にも真面目に参加──ライスシャワーの謎の不運をフォローするのが主な目的だが──しているし、いつの間にかレースに登録していたとはいえ、それでステップレースを順調に消化してGⅠまでたどり着いているのだから能力は高い。

 それらのレースが7月と8月に開催ということで、初めての夏合宿だからと気合いを入れて準備をしたものが軒並みパーにされたことはともかく。例の“スキル世代”の一番槍として走れるのは悪くない。

 

「新人ウマ娘の最初の大舞台、オータムカーニバルか……。ほかのチームも夏合宿の成果を試すために気合い充分、なにより理事長とたづなさんからも気をつけるように言われたからな」

 

「あぁ、例のトレセンのウマ娘たちの話な。アタシもさっきチラッと見たけど……ひとり、ヤベーのがいたわ。たぶんセンパイが見してくれた“領域”ってヤツ、使えるんじゃねーかなぁ」

 

 領域。

 

 どうにもリブラトレーナーはその辺りがピンときていない。スキルはまだ走りの違いで見ても理解できるのだが、領域なる存在については半信半疑である。

 合宿中に開催された模擬レースにて、皐月賞ウマ娘であるリバーソーサーが後輩たちに見せた走り。日本ダービーでアビスグレーターと繰り広げたデッドヒートと同じ、最終コーナーからの超加速は見惚れるほどだった。

 だが、そのときにウマ娘たちが見たという光景については未だに信じられずにいる。そもそもウマ娘たちもあまり理解できていない様子だ。

 

 なんなら、そんなオカルトを当たり前のように受け入れている彼が異質な存在なんじゃないかとすら思っていた。だいたい天才と呼ばれるような存在は、頭のネジのひとつやふたつ、どこかにブッ飛んでるものだ。

 

 まぁ、彼の正体についてはともかく。

 

 普段はコミカルに全振りのゴールドシップが本気の顔をしているのだ。ならばトレーナーとしてグチグチ余計なことを言ってやる気を下げるのはよろしくない。

 

「ゴルシ」

 

「あん?」

 

「バーベキューの許可はたづなさんに確認しておいてやる。肉の手配もな。だからお前は余計な心配をしないで思いっきり走って──いや、思いっきり勝ってこい」

 

「おうよッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 中央トレセンに魔の手が忍び寄る! 恐るべきは地方のウマ娘! 自分たちをエリート戦士と信じていた中央のウマ娘たちにとってはまさに死角からの刺客! 

 GⅠレースの未来と平和と株価を護るため、深紅の勝負服で颯爽と登場するは純情可憐なウマ乙女! その名はゴールドシップ・レクイエムッ!! 別にレース中にサソリは飛ばさねぇけどなッ!! いや、そりゃ終わりがないと困るだろうし。だってレースだし。

 

 改めて、ゲートイン前のわずかな時間だが、ゴールドシップは出走するウマ娘たちをサクッと観察していた。メイクデビューでもそうだったが、全員からもれなくスキルの気配を感じる。

 だが、その中でもひとりだけ飛び抜けているヤツがいる。もちろんウワサの下剋上トレセン学園のウマ娘。たしか名前はチャージドシーズとか。

 

 ワクワクが止まらないが、同時にイヤな汗が背中につぅ~っと流れている。

 

 トレーナー相手には自信満々の態度を見せた。当たり前だが戦う前から敗けるかも、なんて弱気のメンタルで走りきれるほどGⅠの舞台は甘くない。そんなことはゴールドシップもよく理解している。

 ついでに言うならここで凡走して入着すらできないとなれば、間違いなくライスシャワーが自分のせいかもしれないと落ち込むだろう。ゴルシ的には当然それもアウト案件である。

 

 

 

 

 ──さぁて、楽しい楽しいレースの始まりだ。退屈の無い時間ってのは、サイコーだな? 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今年のルーキーたちはレベルが高い。競バ関係者はもちろん、ウマ娘のファンたちも、序盤からハイレベルな走りを見せられて興奮していた。

 観客の興奮は声援に乗せられてウマ娘たちへ届く。冷静さを失って掛かるのとは違う、期待に応えるために自然と脚が前へ前へと進みたがる。

 

 ややハイペースのままレースは中盤に。そして。

 

 

 

 

「そろそろ行かせてもらうし。悪く思わないで欲しいし」

 

 

 

 同じ速度で走るウマ娘同士にだけ聞こえる呟き。中央も地方も関係なく、コースを走る全員が『やってみろッ!!』と言わんばかりに表情を引き締める。

 ならば遠慮なくやらせてもらおう。チャージドシーズは己の走りを極限まで研ぎ澄ませ、そのまま領域に入る。

 

 

『おぉ~とッ! まだまだ中盤のこのタイミングでひとり仕掛け始めたッ! チャージドシーズ、ぐんぐんと前に出るッ! 鮮やかなステップワークでほかのウマ娘たちを華麗にかわして前に出たッ! あっという間に先頭集団をとらえたッ!!』

 

 

 彼女が求めたイメージは“山”。

 

 陽の光が溢れる森林の斜面を、アスレチックのように入り組んだ大樹の幹を、走りなれたターフのように軽快に前へ前へと進んでいく。

 自分だけの世界。自分だけの理想的な走り方が噛み合ったときにだけ入り込める特別な領域。この状態の彼女を捕まえることができるウマ娘など、そうそう──。

 

 

「おぉ~ッ! これがオマエの“領域”かぁ! センパイが見せてくれたのよりハッキリ感じるぜ! それとも、そんだけアタシも成長してるってか?」

 

「へ?」

 

 

『もうひとり、最後方からどんどん加速する赤い勝負服ッ! ゴールドシップ、ゴールドシップが大外から前を狙うッ! 次々とウマ娘たちを追い抜いて前に出るッ! これはなんとも豪快な追い込みだぁッ!!』

 

 

 いる。というかいた。芦毛の赤い勝負服が当然の権利のように領域の中を走っている。

 

 

「いや、なんでいるし」

 

「なんだよケチケチすんなよ。学園は違っても同じスキル仲間だろ~? 楽しくタンデムしようぜッ!」

 

「メンドクサイし。丁重にお断りだし!」

 

 速度を上げるチャージドシーズに応えるように、領域内の木々もゴールドシップの進行を妨害するかのように変化を始める。

 簡単に追い付かせてたまるものか。突き放してやるという強い意志に、周囲の枝葉が反応して芦毛のウマ娘を捕縛しようと蠢き出す。だが。

 

 

 

 

()()()()()? 

 

 

 

 

「んげ」

 

「ホントにオモシレェなぁ~? レースってのはよ、マジで退屈しねぇわ」

 

 ゴールドシップが不敵に笑う。もともとが美人なだけに、思わず背筋が凍りそうな迫力がある。

 その手にはしっかりと掴んだ枝があり、その表皮がボロボロと崩れ始め──隙間からはこの森の領域には不釣り合いな金属の輝きが見えた! 

 

「テレッテッテ~♪ ゴルシちゃん、レベルア~ップッ!!」

 

「反則だし……。ウチの領域を利用して自分の領域をこじ開けるとか、コイツやることムチャクチャだし……」

 

「為せば成る、為さねば成らぬ、ゴルシなら。そぉ~らぁッ! こっから本番十八番、反撃開始はアタシの番ってなぁッ!!」

 

 

『レースは残り600、これは完全にふたりの勝負になったか!? 先頭はチャージドシーズ、しかしゴールドシップとの差はどんどん縮まっている! 後方のウマ娘たちも追い上げるがこれは厳しいかッ!? 先頭チャージドシーズ、ゴールドシップは二バ身差まで追い付いたッ!!』

 

 

 

「さぁ、面白くなってきたぜぇッ!!」

 

「ナメんなし。そのまま緑に溺れろしッ!!」

 

 

 

『残り400!! 先頭は変わらずチャージドシーズ、だが追走するゴールドシップが差を詰めるッ! チャージドシーズ! ゴールドシップ! チャージドシーズ粘るッ! ゴールドシップここで並んだッ! ゴールドシップ、ゴールドシップこのまま抜け出せるかッ!? ゴールドシップこのまま──あぁ~とぉッ!? ここにきてゴールドシップの脚が鈍ったッ!!』

 

 

「──ッ!? コイツは……想像以上に……効くなぁオイ……ッ!!」

 

「残念、スタミナ切れだし。けど、それでも充分過ぎるほどヤバかったし……」

 

 黄金の鎖と錨を自由自在に操って、チャージドシーズの領域を次々と薙ぎ倒しながら進んでいたゴールドシップだったが、ここにきて急激に身体から力が抜けていくのを感じていた。

 

 ギリギリ、足りない。

 

 適性がステイヤーであり、脚質は追い込み。それに合わせてスタミナもパワーも、そしてタフさも本気で鍛えていた。

 たが……どうやら領域とやらは一筋縄ではいかないらしい。スキルを使う走りでも独特の疲労感はあったが、今回はとびきり脚が重い。

 

 賭けには勝った。先輩の、リバーソーサーの話を聞いての思い付きだが、領域を使えるウマ娘と()()()()()で競り合うことで自分も領域に踏み込む。

 

 

「悪くはなかったし。まぁ、その……同じステイヤーならこれからも走る機会はあるし。仕方ないからリベンジも受け付けてやるし」

 

「上等。そんときはゴールドシップ様の領域でこの森全部海の幸で埋め尽くしてやるよ。一緒にマグロで燻製作りしようぜ!」

 

「マジでヤメロし」

 

 

 このあと、担当であるリブラトレーナーの計らいで反省会のバーベキューが開催された。ゴールドシップの領域の話を聞くために何人ものウマ娘が集まり、トレーナーのサイフは見事な大往生を見せたという。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

芦毛伝説・黎明編

「先日のレースは強敵だったぜ……。アタシの力不足のせいで伊勢エビが足りなくて、結局ホタテで代用するハメになっちまったからな……。トレーナーが用意してくれたのも豚肉だったし」

 

「それレースじゃなくてバーベキューの感想じゃん。あ、でもあの豚肉はマジ美味しかったよね。なんだっけ? 踊り子豚? いぶりがっこだっけ? なんかそんな名前のブランドのヤツ」

 

「あぁ、まさに舌の上で脂の旨味がタップダンス踊りまくりだったな。きっと囲炉裏で炙り焼きにしてもメッチャ美味いぜ。ウイニングチケットなんかあまりの美味さに泣いてたし」

 

「ソレな。てか、さすがにチケゾーさん感動し過ぎっしょ。アレ涙腺どーなってんだろ」

 

「まぁアレだ。敗けちまったのはこの際仕方ねぇ。悔しいが、それはまた今度勝負するときまで鍛えて鍛えて鍛えまくってリベンジすりゃいい。だがその前に、アタシも領域を手に入れたことをサブトレのヤツに報告しようと思うんだ。ゴルシちゃんのセンスが輝いてたのも事実だが、アイツのおかげって部分も大きいからな」

 

「あー、あんときの走りは激ヤバだったね。あたしも敗けてらんねーって、ガラにもなく燃えたし。うん、いいんじゃない? サブトレさんに報告すんのアリじゃん。サブトレさんも領域についてはあんまり知らないんじゃねって話もしたことあるけど」

 

「だろー? だからよ、ジョーダン」

 

「なに?」

 

「報告に行くのについてきてくれお願いします!」

 

 

 それは礼というにはあまりにも直角すぎた。

 

 清く。

 

 正しく。

 

 美しく。

 

 そして理想的すぎた。

 

 それはまさに敬礼だった。

 

 

「……いや、なんで?」

 

「なんでってオマエ……そんなんオマエ……アレだぞ? サブトレに報告ってことはサブトレにアタシが報告しなきゃいけないってことなんだぞ?」

 

「いや、そりゃそうでしょ」

 

「それができるんなら最初っから頼まねーよッ! できねぇから頼んでんだよッ! いいだろ減るもんじゃないし、今度なんか……はちみーオゴっから!」

 

「えぇ~? そりゃはちみーは美味しいけどさぁ、そんなガッツリ頼み込むほどのことじゃなくね?」

 

「だったらオマエできんのかよ~? サブトレさんのトレーナールームに行くんだぞ? ふたりきりだぞ? ちょっと想像してみ?」

 

「はぁ? そんなん余裕だし。えーと──」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いらっしゃい、トーセンジョーダン。いまお茶を用意するから、適当にくつろいでてくれ」

 

「あ、えと、その、お構いなく……アハハ」

 

 何度も足を運んでいるトレーナールーム。見慣れた光景、カップ麺の段ボールの位置も知っているし、冷蔵庫の中にあるプリンや杏仁豆腐などの配置もだいたい覚えている。

 だが今日は少しだけ違う。いつも遊びに来るときは大抵ほかのウマ娘と一緒なのに、今日に限って誰もいない。自分もそうだが、担当トレーナーが付いてからは放課後の時間が合わないことも度々あるのだ。

 

 音が違う。友人たちの賑やかな声はなく、遠くからコースを走るウマ娘たちの喧騒が聞こえるものの、部屋の中には彼がお茶を用意する食器の音。そしてヒトにしては鍛えられた、それでもウマ娘から見れば華奢な足音がゆったりと響いている。

 匂いが違う。ショップにいる女に少し媚びたような化粧品の匂いは全くせず、どちらかといえば生活感のある、だが決して不快ではない家庭的な香り。ウマ娘は嗅覚に優れているからとトレーナーたちは香水の類いを好まないが、彼はなにか……天然自然の花を乾燥させたもののような香りがする。

 

 耳が、鼻が、そして目の前で自分に背を向けてティーカップを用意するサブトレーナーの姿が。いまこの空間にふたりしかいないという事実を強く印象付けてくる。

 

「それで、今日はどうした?」

 

「いやぁ、その、ちょっとねー。アハ、ハハハ……」

 

 言えない。言いたいことは決まっているのに変に緊張して言葉が喉に引っ掛かる。

 

 ただ伝えればいいだけなのだ。スキルの上の世界、領域に自分もたどり着けたのだと伝えればいいだけなのだ。ひと言お礼を言うだけなのに、どうしてこんなに緊張感するのだろうか? 

 いや、理由なんてわかっている。いま、この部屋にいるのはふたりだけ。たったそれだけのことだが、それだけのことだからこそ女だから、男だからとつい意識してしまうのだ。

 

 ダメだ。このままでは緊張でなにも話せなくなるかもしれない。

 

「と、サブトレさん! あたしも手伝うよ!」

 

「んー? いやいや、ジョーダンはお客さんなんだから、ゆっくり座って──」

 

「ま、まぁまぁ! トレーナーとウマ娘、お互いに遠慮しない関係ってことで! えっと、こっちの──ヤバッ!?」

 

「ジョーダンッ!!」

 

 普段なら起こらないだろうミス。なにもないところでうっかりつまずいて体勢を崩す。目の前には自分を受け止めようと構えるサブトレーナー、勢い余ってそのまま彼を押し倒すかのように──。

 

 

 

『ストォォォォップッ!!』

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「──ハッ!?」

 

「オマエ! ダメだろそれはッ! それ以上は完全にアウトなヤツだろうがッ! そんなオマエ、ふたりきりで押し切り体勢とかオマエ……。いいかジョーダン、ウマ娘は健全なコンテンツなんだよ。それがよりにもよってウマ娘が男のトレーナーに正面から抱き付くとか……そりゃガイドライン違反だからなッ!」

 

「はぁ、はぁ……。マジでギリだったわ……。アンタがコッチに呼び戻してくれなかったら、マジでヤバかったわ……。うん、アンタが全面的に正しいわコレ。だってマンガで読んだことあるもん。こーゆーオトコの人の近くって、ワケわかんないハプニングが起こるって」

 

「その通りだジョーダン。それは決して逃れられない“お約束”という名の呪いみてーなもんだ。迂闊にふたりきりになろうものなら、きっとラッキー……ラッキー、す、ラッキぃ~すけぇぇ~ウェイ! 的なことが起きちまう」

 

「え? ラッキーなに?」

 

「あん? オマエ知らねーのかラッキースケルトン。古代文明から伝わるオーパーツで、世界に12体あるんだぜ? そのドクロを全て集めると巨大な太古のウマ娘が現れて、炎の7日間で世界の季節をまとめて夏にしてしまうという……」

 

「マジで!? 全部夏にされるとか日焼け止めメッチャ金かかるじゃん! ……ハッ!? まさか、サブトレさんが暑がりなのって……ッ!」

 

「あぁ……サブトレの正体は大天使トコナツなのかもしれねぇ。きっとHPも1度に10万は回復できるぜ。しかしど~すっかなぁ~? まさかジョーダンも頼れねぇとは思わなかったぜぇ~」

 

「うーん。サブトレさんと普通に話できて、こーゆー相談事にのってくれそうなウマ娘……。あッ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「「というワケで、アドバイス下さいお願いしますッ!!」」

 

 

 それは礼というにはあまりにも直角すぎた。

 

 清く。

 

 正しく。

 

 美しく。

 

 そして理想的すぎた。

 

 それはまさに敬礼だった。

 

 

「いや……いきなりなんなん? そんな、なんも説明ナシに頭下げられても困るんやけど」

 

 突然現れたゴールドシップにトーセンジョーダン、しかも指先までまっすぐ伸ばして綺麗にお辞儀。さすがのタマモクロスもこれには困惑するしかなかった。

 それでも話を聞けばなるほど納得。ゴールドシップもトーセンジョーダンも、サブトレーナーに微笑ましい苦手意識があるのは理解できた。

 

「たしかにウチは、別にサブトレそんな苦手やないけどなぁ。けどふたりきりで平気でいられる自信なんてないで? 正直な話、手ぇすら握るんムリやろ」

 

「でも、タマだしなぁ」

 

「うん、タマさんだし」

 

「??」

 

 

「「だって、なにかあってもセクハラならないし。体型的に」」

 

 

「ほっほ~! そうきたかぁ~。こらゃ一本とられたなぁ! あっはっはッ! よっしゃオマエらいますぐコース出ろや。そのケンカ言い値で買うたらぁ」

 

 

 ────。

 

 

「うん、ええやん。領域な。アレはウチもはよ踏み込みたいと思うわ。惜しかったけどええレースやったもんなぁ~。うん……」

 

 いや、普通にお礼言えやそんなもん。

 

 というか、そもそもお前らふたりで行けよ。

 

 頭を下げるくらいには本気だろうからと一応は黙っているが、そもそも自分のところに来る前に問題は解決しているのでは? それがタマモクロスの本音である。

 とはいえ、仮にも相談に来た相手を無碍に送り返すのも人情家のタマモクロスには難しい話である。ケンカを売られた落とし前はそのうち精算するとして。

 

「ほんなら、なんかこう……プレゼント的なモンと一緒にしたらええんやないの? サブトレの性格考えると、金より手間やろなぁ。簡単なお菓子とか作ってみたらどや?」

 

「タマさんや、女子厨房に入らずって言葉があるじゃろ?」

 

「それ別に女は台所に入るなって意味ちゃうらしいからな? 前ハヤヒデにクリークが言われてたわ、ものごっつドヤ顔で。そもそもアンタ料理できるやろ? いつだったか初等部のウマ娘たちとやっとったやん」

 

 トレセン学園では初等部のウマ娘たちと、普段交流の少ない中等部や高等部が一緒になって、定期的に課外活動を行っている。

 もとよりゴールドシップは下級生に人気である。それこそ教師たちが頭を悩ませるほどには憧れの的であり、初等部のウマ娘たちによく誘われて参加しているのだ。

 

 活動内容は色々あるが、人気があるのは調理実習だ。食べ盛りのウマ娘たちにとっては勉強というよりおやつタイムのようなもの。自然と選ぶ生徒も多くなる。

 あとゴルシも真面目に活動するので先生たちも積極的に推奨している。破天荒でも食べ物を粗末にするのは許さないらしい。そこだけならぜひ下級生にも見習って欲しいところだ。

 

 最近では初等部のウマ娘から出てきた『とぉ~ってもビッグでボーノな太巻きを作りたいッ!』というリクエストに応えて巨大な海苔巻きを作っていた。

 太さ30センチ、長さ4メートル。あの広さの海苔をどこから調達してきたのか、そしてどうやって綺麗に海苔巻きとして完成させたのか。謎は多いが生徒たちは大喜び、SNSでも大好評であった。

 

 そのあとすぐ学園に『この海苔巻きは注文したら買えるのか?』という問い合わせが2件ほどあったらしい。さすがに丁寧に断ったが、たしかにパーティーやイベントで皆で食べれば楽しめるだろう。

 

「えぇ~? 女のほうから手作りお菓子のプレゼントって、なんか変じゃね? バレンタインみたいなイベントならともかくさぁ~」

 

「どんだけ前時代の話しとんねん。いまは世の中女男平等、ヒシアマとかも料理しとるやろ。……それとも~? もしかして自信ないんか? ならしゃあないなぁ~! チャレンジ精神の塊やと思っとったけど、案外無難な道を選びたがるんやなぁ~?」

 

「オイオイオイ、あんまりゴールドシップ様をナメてもらっちゃ困るんだぜ? お菓子作りなんて海底神殿探すよりも余裕だろーが」

 

「ホンマかぁ~? ──えぇッ!! サブトレにプレゼントするためのお菓子をッ!?」

 

「できらぁッ!! ゴルシちゃんが本気だしゃ超楽勝だっての! 最後までチョコたっぷり、屋根より高いブッシュ・ド・ノエルを作ってやろうじゃねーかッ!!」

 

「よう言うたッ! それでこそウマ娘やッ! でも作るサイズは普通にしとき。あとメッチャ季節外れやぞ? いま9月やからな?」

 

「そうと決まれば素材集めにもこだわらねぇと……。なるべく活きのいいカカオを狩猟するために罠も用意する必要があるな……」

 

「アカンわコイツ話聞いとらん。いつものことやけど」

 

「えーと? とりま問題は解決したってことでいいの? ならトレーニングの準備を「よっしゃジョーダンッ! 行くぞッ!」はい?」

 

「こうなったらトコトン作り込むしかねぇ! デザインとかオメー得意だろ? 20メートルくらいの特大サイズを一緒に作ろうぜッ!」

 

「ちょッ!? 引っ張んなしッ!? タマさん助けえぇ~……

 

 

 ゴールドシップに連れ去られて行くトーセンジョーダン。サムズアップで見送るタマモクロス。その様子をたまたま見かけた周囲のウマ娘たちも両手を合わせて英雄の無事を祈る。

 本物の傍若無人ならばともかく、ゴルシならば取り返しのつかないことにはならないだろう。飛び火さえしてこなければ、彼女の存在は一流のエンターテイメントなのだ。飛び火さえしてこなければ。

 

 がんばれトーセンジョーダン! 負けるなトーセンジョーダン! 学園の平和を守るため、キミはみんなの希望を背負ったヒーローだッ! トレーニング欠席の連絡は必ず誰かが伝えてくれるから心配するなッ! 『ジョーダン』『欠席』『ゴルシ』これだけ報告で問題なしッ! いまごろ担当トレーナーは頭を抱えているだろう。

 

 

「行ったか……。ジョーダンおってもゴルシやからなぁ。アイツ、ホンマにやりかねんわ。20メートルのケーキとか……サブトレどころか、いくらウマ娘が大食いでも、そんなん食えるヤツおらんやろ」

 

 

 

 

 

 

 ──のちに芦毛の怪物と呼ばれるウマ娘のひとり“白いイナズマ”タマモクロス。ライバルとの運命(?)の出会いまで、あと数ヶ月。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会長はつらいよ・リターンズ

 無敗のジュニア王者が、中央トレセン学園の新たな生徒会長として君臨する。

 

 生徒会長という肩書きに君臨という表現を用いるのはトレセン学園くらいだろう。青春の半分以上が勝負に染まっている競走バならではの感覚である。

 しかし、彼女が──シンボリルドルフがそれだけの走りを見せたのもまた事実。先行の教科書として採用したいほどの完璧な走り方は、彼女のレースを見ていた大勢のウマ娘たちを素直に感動させるだけの迫力があった。

 

 アレに挑まなければならないのか? そう考えるウマ娘やトレーナーがいる。

 

 アレに挑まなければならないのだ! そう考えるウマ娘とトレーナーがいる。

 

 全てのウマ娘の幸福を願うシンボリルドルフにとっては非常に複雑な心境である。レースなんだから勝者と敗者が生まれるのは当たり前なのに、そんなに怖がらなくてもよくないか? 私はただ勝負に敬意を表して全力を尽くしただけなのに。

 というか、他のトレセン学園のウマ娘に怖がられるとかなら百歩譲って良しとしても、同じ学園のウマ娘からも距離を置かれるのはおかしいだろ? 

 いや、わかる。わかってる。別に嫌われたワケじゃないのはわかってる。キラキラしてるものな、私を見る目が。尊敬とか憧れとか、そういう感情で私を見ていることは伝わっている。

 

 だが、理解したところで遠巻きにされている事実は変わらない。

 

 これならホープフルステークスで競いあった例のトレセンのウマ娘のほうがよっぽどフレンドリーかもしれない。好戦的だが気持ちの良い性格をしており、レースが終わってからも「次はアタシが勝つ番なんだな、これがッ!」と笑顔で宣戦布告をされた。

 ルドルフとしては強力なライバルの存在は望むところ。レースは独りで走るものではない、お互いに競い合い高め合うからこそ意味がある。

 

 残念ながら中央ではいまのところ相手に恵まれていないが。良い勝負ができそうなウマ娘は何人もいるというのに、適性距離や時期が合わなくてなかなか勝負にありつけないのだ。ちょっと寂しい。

 

「万事都合よく、とはいかない……か」

 

「どうしたのルドルフ。なにか問題でも起きたのかしら?」

 

「トレーナーさん。いや、そうじゃない、ただ、いよいよクラシック三冠に挑むのだと思うと感慨深いものがあってね」

 

「そうね。無敗のジュニア王者の肩書きは、最速で皐月賞に挑むだけの資格アリと世に示したわ。もちろん、本当に大変なのはこれからだけど」

 

「わかっているさ。勝って兜の緒を締めよ、ホープフルステークスの勝利に浮かれてばかりはいられない。年末年始の休みはそれとして、しっかりとトレーニングはするつもりだ」

 

「ほかのチームからの出走はもちろん、ステップレースから勝ち上がってくるだろう地方のウマ娘たちも油断ならない。そっちのデータ整理は私がやっておくとして、今日のところは今後のスケジュールの打ち合わせを──」

 

 

 

 

「させませんよ」

 

 

 

 

「え……先輩?」

 

「私たちもいますよ~?」

 

「ハァーイ♪ んもぅ、ルドルフってば! 気合いブリバリになっちゃう気持ちはわかるけど、たまにはちゃ~んと息抜きもしないと!」

 

「クリークにマルゼンスキー? いや、休息なら充分にとっているが……」

 

「いいえ。第三者の視点から言わせてもらいますが、貴女たちのそれは休息と呼べる代物ではありません。クリーク、マルゼンスキー。手はず通りに」

 

「「アラホラサッサ~♪」」

 

「その気の抜ける掛け声はいったい──ちょ、ふたりとも!?」

 

 困惑するルドルフを無視して両腕をガッチリと捕まえるスーパークリークとマルゼンスキー。ステイヤーとマイル、得意な距離は違えども、どちらもパワフルな走りをするウマ娘。さすがのルドルフもこれには逆らえない。

 

「さぁ、貴女もですよ。──たづなさん、そちらを」

 

「はい♪ 今日のところは大人しく樫本チーフに従ってくださいね~♪」

 

「え、ちょ、たづなさんまで!? 先輩、いきなりなにを、というか何処へ!?」

 

「もちろん息抜きに向かうのですが? 残念ながら貴女に拒否権はありません。先輩命令です」

 

「そんな横暴な……」

 

「知らなかったのですか? 目上で権力のある人間は得てして傲慢で自分勝手なのです。抵抗しても力ずくで連れていくだけです。諦めなさい」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連れていかれた先では、すでに何人ものウマ娘とトレーナーがお菓子や簡単な料理などを楽しんでた。特別なにかのパーティーという雰囲気ではなく、ただ単にリラックスしているのがよくわかる。

 

「会長、申し訳ありません。私から見ても休息は必要だと感じましたので」

 

「エアグルーヴ……。そうか、君がそう言うくらいならばそうなのだろう。わかった、今日のところは素直に従うとしよう」

 

「そうしてください。なんでしたら、普段からもご自身のことを気にかけていただけると助かるのですが」

 

「ふふっ、君もあまり人のことは言えないと思うんだがね?」

 

「お言葉ですが会長。私はそれなりに休日を楽しんでいますよ。休むことをサボるとカップ麺を大量に抱えてやってくる友人がいますので」

 

「なるほど、それは大変だ」

 

 

 

 

「失礼します。ほら先輩、着きましたよ」

 

「はい……ありが、とう……ございま……す……さぁ、貴女も……息抜き、お、ぉ……」

 

「うーん、ついうっかり樫本チーフの体力の無さを忘れていましたね」

 

 後輩トレーナーを休ませるためにと意気揚々と出ていった理子が、逆に後輩トレーナーとたづなに支えられながらの到着という謎の光景。クリークとマルゼンスキーがルドルフにそうしたように、自分も引っ張って連れていこうと張り切って──途中で体力が尽きてしまったのだ。

 もちろん彼女の愛バたちは『あぁ、やっぱりそうなったか』とごく自然な動作でバテバテの理子を受け取りソファーへと連れていった。優秀なトレーナーであることを疑ってはいないが、この有り様でどうやって生きてきたのか、生存能力については疑いしかない。

 

「あれでよくトレーナーの激務に耐えられるな……。よう、おつかれさん。同期の中ではGⅠトレーナー、一番乗りだな」

 

「ありがとう。エアグルーヴも阪神JFで勝ってくれたし、1年目としては出来すぎなくらい。アナタこそ……その、惜しかったわ」

 

「ゴルシ自身はそこまで気にしてないみたいだがな。敗けたことは悔しくても満足のできる勝負だったらしい。今度はブチ抜いてやるって気合いは充分だよ。さて、仕事の話はいったん置いとこう。オレンジジュースでいいか?」

 

 本当に受け取ってよいものか、ほんの少しだけレオトレーナーは迷う。だが、尊敬する先輩である理子がウマ娘たちに世話されながらも楽しそうにしているのを見て、これも一流のトレーナーに必要なことかと割りきることにした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「カイチョーッ! おめでとうッ! 皐月賞でも、ホープフルステークスみたいなサイコーの走りができるよう、アタシもたッッッッくさん応援するからねッ!」

 

「ふふっ、ありがとうウイニングチケット。君にそこまで応援してもらえるのなら、私もとても力強いよ。皐月の舞台で君とも勝負してみたかった、という気持ちもあるけれどね」

 

「うんッ! アタシもカイチョーと勝負したいッ! ねぇねぇねぇトレーナーさぁんッ! いまからでもレースにバンバン出てなんとかならないかなぁッ!?」

 

「えぇッ!? そんな、さすがにムリですってば~! いくら本格化したウマ娘の身体でも限度がありますよぅ」

 

 ヴァルゴトレーナーの否定の言葉にガックリと肩を落とすチケット。デビューの時期はそれほど変わらないが、獲得賞金額が規程の値に達していないため皐月賞に挑めない。

 幼少期から丁寧に走るための身体を鍛えていたシンボリルドルフと違い、レースのインターバルを長くとらなければ脚を壊してしまう可能性があるのだ。本格化が終わっても、真の意味で全力を出せるようになるまではまだ時間がかかるだろう。

 逆に言えば、ウイニングチケットというウマ娘にはそれだけの能力が、才能が溢れているという証明でもある。自分の走りに自分の脚が耐えられないという、担当トレーナーとしては頭は痛いが嬉しくもある悩みだ。

 

「あッ! そうだッ! カイチョーッ!!」

 

「なにかな?」

 

 

 

 

「カイチョーのリョーイキのこと、教えてよッ! アタシも参考にしたいんだッ!」

 

 

 

 

「う゛ぇ゛ッ!?」

 

 

 

 

「リバー先輩に見せてもらったし、ゴルシにも話を聞いたけど……えへへ、ちんぷんかんぷんだった! だから、さっきもエアグルーヴにいろいろ聞いてたんだけど。カイチョーの話も聞いてみたいんだッ!」

 

「え、あ、うん、領域な。そう、領域の話だな……ん゛ん゛ッ! さて、なにから話したものか……」

 

「おいチケット。今日は会長を労うのが目的の集まりでもあるんだぞ。それなのに質問責めにしてどうするんだ」

 

「気になるのはわかるけど、今日は止めときなって。ホラ、サブトレからの差し入れ追加」

 

「そうだったぁ~ッ! カイチョー、ごめんなさぁ~いッ! リョーイキの話はまたいつか聞かせてねッ!」

 

 醤油とニンニク、それに生姜の混じった揚げ物特有の食欲を誘う香り。そんなタッパーを両手に持ったビワハヤヒデとナリタタイシンに釣られるようにチケットが離れていく。

 おやつの時間にしても遅めの放課後。ウマ娘たちはもちろん、トレーナーたちにとっても凶悪な攻撃力を持つ1品である。この場にナリタブライアンやバンブーメモリーがいたら一瞬で料理が消え去ったことだろう。

 

 皆の関心が1点に集中したことを確認し、ルドルフは密かに安堵のため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 彼女は、シンボリルドルフはGⅠでの激戦を経験してもなお──領域に踏み込めずにいた。

 

 

 

 

 

 おかしい。条件はほぼ満たしているハズだ。

 

 リバーソーサー先輩は皐月賞で初めて領域に触れたときに目覚める感覚があったと言っていた。

 ゴールドシップもまた、レース中に領域に触れることで自らの可能性を引き出したという。こちらはかなり分の悪い賭けだったらしいが。

 

 自分もまた、ホープフルステークスの大舞台で領域に触れたのだ。作戦は先行、レース中盤で前を狙い3番手。そこから最終コーナーに入るころには先頭の背中を捕捉、そのまま外めから一気に抜き去りラストスパート。我ながら理想的な先行の走り方だった。

 そして最後の直線。差しの位置からいつの間にか後方4バ身に迫っていた彼女。その存在を認識した瞬間、景色が変わり『そう簡単には逃がさないんだなッ! これがァッ!!』と大地を震わすような咆哮が耳に届いた。

 四神の一柱たる白虎を幻視するほどのプレッシャーは恐ろしくもあり嬉しくもあった。勝利の喜びと強敵とのデッドヒートは別腹なのだ。

 ウマ娘として、競走バとしての幸福を存分に楽しみながら、今か今かと領域の目覚める声を待ち望み、そのまま──気がつけばゴール板を駆け抜けていたルドルフ。

 

 え? なんで? いま完全に私も領域に踏み込む流れだったよな? だってそこそこ迫られてたんだぞ? 結果的には勝ちはしたが、影を踏まれるくらいまで迫られてたんだぞ? おかしくないか? 

 

 まさか1着を取っておいてションボリしているワケにもいかない。堂々と胸を張り、ウイニングライブも抜かりなく済ませたものの、心はイマイチ晴れないままだった。

 

 いっそのこと彼に相談してみるか? いや、それで解決できるような問題なら、そもそも彼のほうからアドバイスをしているだろう。

 なにより……まぁ、その、アレだ。安易に彼に頼るのはあまりよくないだろう。自分には担当トレーナーがすでにいるのだから。

 別に他意はない。そう、義理というか、トレーナーさんのことを信頼してないみたいな誤解を生む行動は慎むべきだから仕方ないのだ。

 決して臆しているワケではない。というか臆するとか意味がわからないからな。だってトレーナーに相談するというだけの話だ。GⅠウマ娘がトレーナーとの会話を躊躇うとか……そんなウマ娘、とんだお笑い草だろう? 

 それにホラ、未婚の男性に対して思わせ振りな態度を見せたりとかは淑女としてダメだからな。あの……こう、相談している間に変にいい感じの雰囲気になったりして勘違いさせてしまうのもよろしくないし。私まだ学生だし。意識されてしまうのは困るし。

 

 だからこれは自力で解決すべき問題なのだ。これは試練だ。全てのウマ娘の幸福という理想を求める私へ与えられた、三女神からの試練なのだ。

 

 ならば私は誓おう。シンボリルドルフは必ず領域に目覚めてみせると──ッ!! 

 

 その上でサブトレーナー君がどうしても私のことを手助けしたいというのならそれを断るようなことはしないという方向性でも許されると確信している部分もそれなりにあるような気配も感じられないこともないがなッ!! 

 

 よし。これで問題はほぼ解決したと言っても過言ではない。とりあえず私も唐揚げ食べよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GⅠ補完計画

 温泉。

 

 極東は日出ずる国である大和の島に住む者であれば、その単語に心踊ること間違いなし。庶民のお財布事情にも優しいアミューズメントパークである。

 新年を迎えて数日ほど経過しているが、世間がそうであるように温泉宿の雰囲気もまだまだ正月気分そのままである。

 

 おそらく年末年始が仕事だった人々──主にサービス業、そしてライフラインに関わる仕事、あとは大井競バ場のスタッフたちなんかもターゲットなのかもしれない。

 大井競バ場で行われる一年の締めくくりである東京大賞典。同じ年末の大舞台である有マ記念に比べると注目度は低いが、ここ数年はレースに加えて様々なイベントを行っているのでスタッフたちは大忙しなのだ。

 賑わい始めたのがスキル持ちのウマ娘の活躍とほぼ同じ時期であるあたり、いったい誰が裏で動いたのかなんとなく想像できてしまうが。

 ともかく、大晦日が仕事で潰れる人々にとっては年末の大井競バ場は癒しなのだ。これには関係者もニッコリである。

 

 さて、そんなまだまだ目出度い空気の残るちょいと贅沢感のある温泉旅館にて、中央トレセン学園理事長・秋川やよいもまた束の間の休息を楽しんでいた。

 休息といっても半分以上は仕事である。ほかのトレセン学園の理事長やURAの関係者などが集まり、今後のレースについての話し合いの予定がバリバリ入っている。

 

 

「んく……んく……ぷはぁ~。うむ……爽快ッ! にんじんジュースも良いが、やはり温泉のあとはフルーツ牛乳だな」

 

 

 風呂上がり。髪の毛そのほか色々をしっかり乾かして普段の服装となったやよいが、7本目の空き瓶を片付けながらしみじみと余韻を楽しんでいた。

 

 立場を思えばなんとも庶民的な味覚に舌鼓を、と思うかもしれない。だが、別に偉いからといって高級食材ばかりを食べているワケではない。というかむしろ、しばらくはその手の食事は遠慮したい。

 それはほかのメンバーも同様である。なにせ先日もスポンサーやらマスコミやらと派手なぱーちーでワイワイ騒いだばかりで、気疲れと胃袋疲れがハンパないのだ。皆もいまごろ売店の安いお菓子やコンビニのサンドイッチなどを喜んでパクパクしているだろう。

 

「辟易ッ! 多少の見栄が必要とはいえ、どうにも……いっそのこと競バ場で開催とかでもよくないか? どうせ全員関係者なんだから」

 

「理事長、さすがにそれは……。一応、ホテル側もこういった催しの収益もバカにできないものですし、これも経済の循環に必要ですから」

 

 現金を持つ者としての役目をたづなに諭され、渋々納得といった様子で自販機の8本目──いちご牛乳のボタンをグイッと押し込む。

 あまり1度に冷たいものを飲み過ぎるのもどうかと思いつつ、まぁ今日くらいはいいかとたづなは黙る。スポンサー相手よりはいくらか気楽だとしても、これから会議なのだ。座敷に構えるまでは気を緩めるのも大目に見てもいいだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「えー、それではこれより“地方レースのGⅠ認定”についての会議を始めたいと思います。えー、まずは……お前たち。長老の身柄を確保しろ」

 

「「ハッ!!」」

 

「え? ちょ、オイオイオイ……こんなジジイ相手にマニアックなプレイを要求する気かい? まったく、モテる男は辛いぜぇ~いや待て待て待てエアガン向けんじゃねぇよなんだそのゴツいリボルバーはいやホントごめんワシが悪かったです黙りますハイ」

 

 長老が大人しくなったのを確認すると、URAの重役は静かにモデルガンを懐にしまう。

 やよい含めた理事長たちやURAのベテラン職員、ついでに旅館のスタッフたちも慣れたものでノーリアクションである。混乱しているのは初めてこういった集まりに顔を出した若手だけだ。

 

「さて、長老。なにやらウマ娘たちのスキルの習得について独自に動いているらしいじゃないですか? 今度はなにやらかしましたか? ブッ飛ばされてからキリキリ吐くか、キリキリ吐いてからブッ飛ばされるか選びやがりなさい」

 

「まて、まって。違うって。ワシの独断じゃないって。いやホントにみんな黙らないで! 事情知ってるでしょ!」

 

「あー、今回は長老そんなに悪くないです。実は昨年の東京優駿から、私のところのウマ娘たちの中に、スキルを使える……目覚める? 生徒たちが出まして」

 

「私のところもですなぁ。もとより走りの研究はしていましたが、どうにも……トレーナーたちの話を聞くと、あるときを境に突然走り方が上達したらしくてねぇ」

 

 春の日本ダービー、夏の終わりのオータムカーニバル、そして冬の始まり阪神ジュベナイルフィリーズ。これらのGⅠレースを見たウマ娘たちがまるで進化するかの如く走り方が変化したらしい。

 レースの名前を聞いた時点でやよいには心当たりがあった。それらのレースは長老のトレセン学園のウマ娘と、中央のトレセン学園のウマ娘が“領域”をぶつけ合う激闘を繰り広げている。

 

「ワシもそれなりにレースを見てきたが、この3つに関しては鳥肌モンだったぜ。ウマ娘たちが影響受けるのも理解できる。が……スキルを使えるとなると話は別だろう? 生走法は大怪我のもと、って昔から言うしな」

 

「納得ッ! 私と長老とで協力して徐々に広める予定だったが、目覚めるウマ娘たちが現れたことで急ぐ必要があったのだな! それならそれで相談してくれてもよさそうなものだが」

 

「それについては悪かった。ただまぁ、GⅠ取った地方トレセンってのは良くも悪くも注目されっからな。下手にお嬢を巻き込むと面倒なことになりそうでなぁ~」

 

「むぅ……ッ! 否定はできん!」

 

「そーゆーワケでよ。各地にワシのとこのウマ娘を正式に派遣した。GⅠウマ娘も含めて、卒業生にも事情を説明して、地元企業にも協力してもらってな。ただ、マスコミに下衆の勘繰りされても困るから、地方レースのGⅠ認定の話を撒き餌にさせてもらった。反省はしてるがウマ娘たちの安全のためだ。広告塔として使い潰されるのだけは避けたかったんでな」

 

「なるほど、理解しました。ならばその状況、有効活用させてもらうとしましょう。……では予てより検討していたGⅠ認定、まずは地方優駿から順次行うということで。なにか反対意見はありますか?」

 

 反論は出ない。地方のレースがGⅠ扱いされるとなれば、興行としても盛り上がるしウマ娘たちのやる気も出る。URA側としても、大手を振って地方への支援を行う口実になるのでなんとか推し進めたいのだ。

 

「ではそのように。秋川理事長、申し訳ありませんが……」

 

「了承ッ! ()()()()()()()()()()()という話だろう? 中央が狙う価値のある勝利として印象付けるためだな!」

 

「その通りです。エリートである中央のウマ娘たちが走るからこそGⅠとしての説得力が生まれます。ただ、悪意のあるマスコミによって印象操作がされる可能性は否定できません」

 

「承知ッ! 実際問題、地方のウマ娘たちから見れば、我々は侵略者も同然だろうからな。日本の競バを盛り上げるためだ、私が悪役を引き受けるのも致し方無しッ! もっとも、行儀の悪いマスコミには容赦せんがな」

 

 

 ぶっちゃけ、すでに手遅れ感あるけどな! 

 

 

 それは長老のトレセン学園から宣戦布告があってすぐのころだった。普段はウマ娘やレースのことなど扱わない、どちらかといえば芸能人や政治家の愉快な記事を扱う出版社の記者が中央にやってきた。

 どんなスクープを狙っているかなど考えるまでもない。努力でGⅠを勝ち取った凡庸ウマ娘の地方を勇者に見立て、GⅠを独占していたエリートウマ娘の中央を魔王に見立て面白おかしく無責任に書き綴る。

 もとよりタブレットで気楽に扱えるSNSはもちろん、掲示板形式のサイトなどでも中央をそういう扱いにして楽しんでいるファンは大勢いる。故に、その手の記事を書けば売れると踏んで、都合の良いタイミングで仕掛けてきたのだ。

 

 

 まったく。バカなことを考える。そんなことをしようものなら──ウマ娘たちが大喜びで悪ノリするに決まっているのに。

 

 

 世間からエリートと言われる中央のウマ娘たちだって、その実態はごく普通の女子校生なのだ。真面目一辺倒の優等生ばかりがトレセン学園に所属しているワケではない。

 むしろ、そういう目で見られていることを理解して普段はいろんな感情を抑え込んでいるぶん、その実おもいっきりハジケたいという願望はかなり強い。

 

 そんなところに中央を悪党に仕立ててやろうと画策する記者が現れたらどうなる? そんなもん、全力で悪役ムーヴをするに決まっている。

 ボイスレコーダーの音声を編集するまでもない、それくらい満足のできる取材だったとホクホク顔で記者が帰ってからしばらく。しっかりと襟元を正した上司がアレは本当に世に出して大丈夫なのかと確認しに来るぐらいのレベルではっちゃけた。

 だが時既に遅し。学園内のものではあるが、SNSでは雑誌が世に出回るのを明日にでも待ち望む声で溢れ返っている。いまさら無かったことにするには、情報がダダ漏れなのだ。せめてあの記者が口止めをしておけばまだ違ったかもしれないが、スクープに浮かれてそれどころではなかったのだろう。

 経験則で面倒のニオイを嗅ぎ取ったらしい上司が頭を抱えているが、普段から他人の不幸を喰い物にしている輩に遠慮してやるほどやよいも聖人君子ではない。生徒たちのストレス発散に御協力大感謝と満面の笑みで応えて差し上げた。もちろんこれ以上ないほどに仕上がったイヤな顔をされたが。ざまぁ。

 

 まぁ、こんなふうに利用してやろうかと強気に出られるのも先人たちの努力のおかげである。昔はそれなりにトラブルもあったらしく、ファンに見えないところでバチバチ睨みあっていたとかなんとか。

 それもあるとき、URAの重役となった元競走バのウマ娘が対話で誠心誠意を伝えることで決着がついたという話は聞いたことがある。

 交渉の席に用意されていた厚さ5センチはある大理石のテーブルを、つまんで指の形に綺麗に千切り取って見せる行為を対話と呼ぶその度胸には感心しかないが。マスコミ側も生きた心地がしなかったに違いない。

 さて、母親から聞かされた重役の名前はなんといったか。自分は現役時代を知らないが、とても強い走りをしていたらしい。たしか、そのウマ娘の名はテンポイ──。

 

 

 あ、そういえば。

 

 

「確認ッ! 地方レースのGⅠ認定を早めるということは、私が提案していた件も?」

 

「えぇ。全てのウマ娘にチャンスと栄光を。新レース“URAファイナルズ”の新設を正式に決定といたします。さっそく、より具体的な内容を話し合うとしましょう」




URAファイナルズ扱いたい。

出走条件どうするべ?

ウマ娘たちの目標レース確認……

GⅠレースに勝利?

レース足りねぇ!

せや、地方にもGⅠ増やしたろッ!

秋川理事長のURAファイナルズにかけるアツゥイッ! 思いを叶えるとすれば、これぐらいのムチャクチャな設定をブチ込むくらいしないとダメだろうなと判断しました。なにせ全てのウマ娘が~みたいなこと言ってましたし。

決勝18人×準決勝18人×予選18人×レース5種類=とってもたくさん! ぜんぜんレースが足りない! よ!

一応、レースが重賞として認定される条件なども調べました。
そしていまさらリアリティについて悩んでも手遅れだなと思考放棄しました。
すでにレースでギャラクシアンウォーズしちゃってるし、多少はね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

樫本リコの憂鬱

 樫本理子。

 

 中央トレーニングセンター学園に所属し、同学園にて最強と名高いチーム・レオのチーフトレーナーである。

 加えて、先のURAによるGⅠ拡大と秋川やよい中央理事長による全国制覇宣言により、巻き添えを食う形で日本中のトレーナーに越えるべき壁として認識されるようになった。

 

 本人としては『どうしてこうなった?』と言いたい状況である。

 

 いや、理由のうちのいくつかには普通に心当たりがあるのだが。ほかのチームのチーフトレーナーがそれとなく自分にいろんな功績や逸話を押し付けていることは薄々感付いていた。もちろん彼の特別視を防ぐためのカモフラージュである。

 正直、もう別に彼に担当ウマ娘を付けてもいいんじゃないか? と理子は考えているのだが、いまさらそれをすると彼の指導を受けられないウマ娘が出遅れることになるだろう。

 

 我が学園のサブトレーナーは相変わらず素質を見抜く能力に関しては天才的なのだ。いや、天才という表現は彼に対して失礼かもしれない。毎日夜遅くまで、というかトレーナールームに泊まり込んでウマ娘たちのデータを研究しているほど努力家なのだから。

 それでも、視点の多様性についてはやはり稀有な才覚であろう。どんな観点でウマ娘のレースを見ればスキルという可能性にたどり着けるのか、どちらかと言えば閃きよりデータの積み重ねを得意とする理子には想像もできない。

 

 いや、彼の才能については置いておいて。彼が担当を持つとなれば当然面倒を見るウマ娘はいまの数パーセントまで減るワケで。それをウマ娘たちが素直に受け入れられるかと言えば──まぁ、ムリだろう。

 そもそも担当の話になれば真っ先に彼の指導を受けていた上級生たちによる奪い合いが始まるに決まっている。

 すでに担当が決まっているウマ娘たちは割り切ることもできるかもしれないが、まだ担当が決まってないウマ娘やこれから本格化するウマ娘たちは間違いなくヤバい。

 

 残念だが、やはり彼に担当を任せるのはリスクが高い。申し訳ないとは思うが、学園の平和のためにまだまだサブトレーナーとして全体を見てもらうしかないだろう。

 あぁ、でも。ひとりのトレーナーとしては彼が育てるウマ娘とやらには非常に興味ある。一種の天才である彼がチームを作りレースに挑む。強力なライバルの存在を喜ぶのはウマ娘だけではないのだ。

 

「スキルと、そしてウマ娘たちが見たという“領域”なる未知の可能性。どれほど魅力的な走りが見られるのか、実に興味深いもので──おや」

 

 

 ────。

 

 

「GⅠレースに勝っつっぞぉ~ッ!」

 

「「GⅠレースに勝っつっぞぉ~♪」」

 

「ライバルまとめて引っこ抜け~ッ!」

 

「「ライバルまとめて引っこ抜け~♪」」

 

「逃げでッ!」

 

「「逃げでッ!」」

 

「差しでッ!」

 

「「差しでッ!」」

 

「先行ッ!」

 

「「先行ッ!」」

 

「追いっ込みッ!」

 

「「追いっ込みッ!」」

 

 

 ────。

 

 

 窓から外を見ればグラウンドをウマ娘たちが走っている姿が見える。彼を先頭にして皆で声を揃えてのランニング、いまの時間を考えると中等部の生徒たち。晴れていてもまだまだ寒いのもお構い無し、なんとも活気に溢れた様子だ。

 トレーナーの主な仕事はデスクワークになりがちであるが、やはりウマ娘たちとの直接的な交流というのは大事だ。交流の仕方はトレーナーにより様々だが、ああして一緒にウォーミングアップをするというのは実に彼らしいやり方である。

 

「……やはり、私も、もう少し鍛えるべきでしょうか?」

 

 少し、いやだいぶ──かなり羨ましい光景だ。ウマ娘のために手を尽くすのがトレーナーの役割なのだが、それでも身体能力の差による問題はどうしようもない。トレーニングを監督することはできても、一緒にトレーニングはさすがにムリだ。

 身体を慣らすための軽いランニングですら、彼女たちは10キロくらいは普通に走る。中距離、長距離を得意とするステイヤーならその倍は当たり前のように走るのだ。ヒトと比べても少しだけ運動が苦手だなと思っている理子には手厳しい距離である。

 

 いや、試してみれば案外走れるのではないか? 彼もヒトなら私もヒトなのだ、やってできないということはあるまい。

 それに、自分だってデスクワークに甘えてばかりではなく、それなりにトレーニングはしているのだ。その効果はしっかりと出ており、学生時代はなぜか投げたはずの野球ボールが足元に転がっていたのが、いまでは4メートルは軽く飛ぶようになった。

 このまま順調に鍛えていけば、いずれは5メートルの大台にも届いてしまう可能性もある。自画自賛になるが、我ながらまだまだ成長できる余地があるのだ。ふむ、成長率として考えると、もしかして逆に私には運動の才能があるのではないだろうか? 

 

 以前、グラウンドでウマ娘たちが野球を楽しんでいたところの近くを通ったときに、足元に飛んできたボールを投げ返そうとしたことがある。

 そのときは、いざボールを手に持ったところで自分に気がついたウマ娘が『すみませ~ん! ボール取っ──りに行くので持っててください~!』と慌てて駆け寄ってきたが……フフッ、春になるころには取りに来るのを待つまでもなくスパンッ! と相手のミットに返球できるかもしれないですね。

 

 

「ふむ。やはり運動によるコミュニケーションは一考の余地アリ、ですね……」

 

 

「チーフ、どうしたんですか~こんなところで~。もうすぐミーティングの時間ですよ~?」

 

「あぁ、クリークですか。それに皆さんも。いえ、少し考え事をしていました。申し訳ありません、すぐにトレーナールームに向かいましょう」

 

「ふふッ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ~? それにしても考え事ですか。もしかして、なにか悩みでもあるんでしょうか?」

 

「チーフは抱え込むタイプだからなー。たまにはアタシたちに相談してくれてもいいんだぜ?」

 

「そうそう。理子ちゃんはもう少し手抜きを覚えたほーがいーのだよー?」

 

「あんたはユル過ぎんの! ねぇトレーナー、事務仕事とかはわからないけど、私たちで力になれることなら言って欲しいな」

 

「皆さん……。そうですね、たまにはトレーナーがウマ娘たちにサポートしてもらうのも悪くないでしょう。実は、私も皆さんとなにか運動で交流できないかと考えていまして」

 

「なるほど~、運動で……運動で?」

 

「「──えッ?」」

 

「えぇ。先ほど彼が中等部のウマ娘たちと走っているのを見かけまして。私も彼のように皆さんと一緒に走ることで、より理解を深められるのではないかと考えていたところなのです」

 

 スーパークリーク、沈黙。

 

 思わず後ろを振り返るが……チーム・レオの頼れる仲間はみんな目が逸れてる。まさか彼女から運動をリクエストされる日が来るとは夢にも思っていなかったからだ。

 理子と一緒に過ごすことをためらっているワケではない。むしろ、提案そのものは担当ウマ娘としてはとても嬉しい申し出なのだ。その内容が運動なのが問題なだけで。

 レオのメンバー、そして彼女たちと交流のあるウマ娘たちの間では理子の運動音痴ぶりは有名な話だ。ボールを投げたらその勢いで肩を脱臼するんじゃないかと心配するぐらいには貧弱なのを知っている。

 

「え、えぇとぉ~、ですね? その、交流でしたら別に運動でなくても……。そう! みんなでお茶でもしましょう! お気に入りのお菓子を持ち寄って。きっと楽しいですよ~♪」

 

「たしかにそれも素敵な提案です。お茶会については後程、是非開催しましょう。ですがそれはそれです。私もひとりのトレーナーとして、貴女たちウマ娘と同じ視点に立ってみたいのです!」

 

 スーパークリーク、困惑。

 

 いや、その、本当に。本当に嬉しくはあるのだ、ウマ娘としては。トレーナーが自分たちのために頑張ってくれるのはウマ娘としては幸せなのはわかっているのだ。

 でも同じ視点て……え? 一緒に走るつもりなんですか? いやいや、ウォーミングアップを一緒に走れるのは強靭な肉体を持つサブトレーナーさんだから出来るんですよ? 

 たぶんほかの学園スタッフでも厳しい。それこそ若い体育教師でもなければウマ娘のペースに合わせるのは無謀というか。仮に同じウマ娘でも、競走バと一般ウマ娘では筋肉の質の違いで差が出るレベルなのに。

 

 そもそもの話。もしかしなくても樫本トレーナーは少し勘違いしているのではなかろうか? サブトレーナーがウマ娘たちに好かれているのは事実だが、その理由の何割かは彼が──つまり。アレだからだ。

 

 

 あるとき、いつものようにターフを使ってウマ娘たちがトレーニングしているのを、これまたいつものようにサブトレーナーが監督していた。

 思春期女子の悲しいサガで、彼にちょっとでもいいところを見せようと誰もが張り切って練習しているなかでその事件は起こった。コースを見渡せる場所に立っていた彼に駆け寄ったライスシャワーがつまずいて転んでしまい、彼のジャージを──ズボンをガシッ! と掴んでしまったのだ。

 

 

 転んだ勢いで。

 

 

 ジャージのズボンを。

 

 

 ガシッ! っと鷲掴みである。

 

 

 見た目こそ華奢なライスシャワーだがそこはウマ娘、下手な大人のヒトなど足元に及ばぬパワーの持ち主である。幸いにしてお色気マンガのように下半身が丸出しになるようなことにはならなかったが、事態はより深刻だった。

 なにせ、それなりに勢いよく転んだものだから掴んだところが破れてしまったのだ。当然、中に納められていた物件は衆目に曝されることになる。

 

 

 想像してみてほしい。暴力的に引き裂かれた布地の隙間から見える生身のトモという、扇情的を凌駕して犯罪的ですらある光景を。

 

 

 正確無比なコース取りでターフを周回していたミホノブルボンがバランスを崩して顔面からハロン棒に激突してしまったのも納得のヤバさである。あのとき彼女が流していた鼻血の意味合いは果たしてどちらによるものなのか。

 ちなみにその一件で『顔の皮膚が超合金Z製』『笑うのは敵に止めを刺すときだけ』『ウマソウルの代わりに次元連結システムを搭載している』と散々な言われようで敬遠されていたのが、ミホノブルボンもなんだかんだ普通の女の子なんだなと皆との距離が近くなった。ついでにライスシャワーも幸運を呼んだウマ娘として友人が増えたらしい。おめでとう! 

 

 と、まぁそんなハプニングはしょっちゅうあるワケではないが──というかそんなもん日常的に繰り広げられたら全員がアブない世界に目覚めてしまうので止めてほしいが──結局のところ、そこなのだ。

 能力があるのは知っている。適性を見てもらい自分の走りを見つけたいのも本当だ。でも、年の近いちょっとエッチなゆるふわ系お兄様の興味を引きたいという純粋な下心故の人気も否定できない。

 

 いやいや。

 

 いまはあのセクシープレデターによる学園侵略の話は置いておこう。先に目の前の樫本トレーナーのことを考えなければ。身体に泥を塗っただけでも息切れを起こしそうな体力しかない彼女をどうやって説得したものか。

 

「あのさ、理子ちゃん。とりあえずさ、ちょっとした遊びから始めない?」

 

「遊び、ですか?」

 

「うん。あくまでトレーニングじゃなくて、私たちと仲良くしようって思ってくれてるんでしょ? だったらさ、もう少しゆる~く遊ぼうよ!」

 

 それだ。

 

 本格的な運動でなく、遊びの範囲であれば樫本トレーナーだって普通に楽しめるはず。

 

 そうと決まれば話は早い。サブトレーナーの真似をして10キロランニングをしようなどと言い出す前にさっさとチームルームに連行しなければならない。

 そんな桁違いの距離(理子基準)を走ろうものなら、きっと数日は出勤できなくなるだろう。それは本気で困る。

 

 なにより──単純に嬉しいし、楽しみなのだ。自分たちのことをいつでも真剣に、そして大切にしてくれている樫本トレーナーだが、ほかのトレーナーに比べると真面目過ぎるというか。あまりこうした触れ合いの機会はなかったのだ。

 

 彼が中央に赴任してもうすぐ2年。こんなところにも良い変化をもたらしてくれたことに感謝をしつつ、ウマ娘たちは理子を連れて意気揚々と歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長。樫本チーフが手首を痛めたので病院に行ってくるそうです」

 

「む、それは心配だな。彼女は少々その……デリケートだからな。しかし何故また?」

 

「えっと、ウマ娘たちとツイスターゲームをしたところ、自分の体重を支えきれなくてグキッといったとか」

 

「えぇ…………?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

芝の王子様、ダートレースへ行く

記録が存在しないということは、可能性は無限にある。
つまりフジキセキは二次創作で活躍させ放題ってコトです。


「距離1800。長さはともかく、芝じゃなくダートをわざわざ選ぶとはなァ。そりゃトレーナーとしちゃあ愛バがヤル気ってんなら応援するがねェ」

 

「ポニーちゃんたちにも同じように言われてしまったよ。フジ先輩にダートは似合わないですよ、って」

 

「芝や砂の似合う似合わない、って感覚は私にゃワカランが。トレーナーとしては適性のが大事だし。まぁ、お前さんなりにダートに出る理由があるんだろう? ならしっかりガンバんなよ」

 

「もちろんさ。ファンの心をしっかりと射貫いてみせるよ。サジタリアの名に懸けて、ね!」

 

 

 チーム・サジタリアから、フジキセキが地方のダートレースに出る。この知らせはトレセン学園にちょっとした騒ぎを引き起こした。どうしても芝に比べてダートは華やかさが物足りず、フジキセキというウマ娘のイメージに合わないからだ。

 しかし、フジ本人はその反応にむしろ満足している。だからこそ走る意味があるのだ、注目度の低いダートレースで走ってなおファンに感動を届ける。エンターテイナーとしてはなんとも唆る挑戦だ。

 

 一応、このことはサブトレーナーにも報告している。今後、本格的にダートに挑むかはわからないが、適性を見てもらった恩がある。ひと言くらいはあってもいいだろう。

 返ってきた反応は驚きとも違う、心配とも違う。ほかのウマ娘たちのような、ほんの微かにどこかガッカリしたような雰囲気を含んだようなものとも違う。どちらかと言えば──あれは何か、自分を納得させるかのような。

 少しだけその感覚に戸惑ったが、続く言葉が彼の期待を全て表していた。

 

『やっぱりフジキセキには、挑戦がよく似合う』

 

 本当に、心の底から楽しそうに。それだけで充分な激励である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「悪役とは言え所詮はイベント、か。ありがたいことだが、ある意味ナメられてるってことでもあるんかねェ」

 

 地方のトレセン学園も、そこに所属するウマ娘も、そして地元のファンたちも、自分たち中央からの挑戦者……侵略者? を当たり前のように歓迎している。そのことをサジタリアの若手トレーナーは冷静に分析していた。

 ファンはともかくウマ娘たちの反応は随分と変わっている。少なくとも自分が学生のときはもっと濁りの混ざった眼をしていたハズだ。華やかな中央の踏み台扱いされていることを受け入れていたのだ。

 だが、いまの地方のウマ娘たちの眼には強い意志の光が宿っている。かつては手の届かない遥か高みにいたエリートたちも、いまでは決して勝てない相手ではないと認識したからだろう。中央がGⅠの勝利を逃すことは、それほどまでにウマ娘たちに影響を与えたのだ。

 

 レースそのものが活気付いて盛り上がるのはいいことだ。だが、それはそれとして自分の担当するウマ娘を甘く見られるのは面白くない。もちろん本気で侮られているのだなどと考えてはいないが。

 

「フジの性格からして油断は無いとは思うが……どうにも、私の知るレースとは常識が変わりつつあるからなァ。今後のためにも、しっかりと見極めてやらんとイカンねェ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

『序盤からハイペースで進んできたレースですが、ここにきて全体の脚が鈍っているようにも感じます。この展開、どう見ますか?』

 

『そうですね、出走しているウマ娘は全員が初めての重賞ですから。掛かってしまっていたのが落ち着いたのか、あとは思った以上にスタミナを消耗してしまったのでしょう』

 

『つまりここからは冷静に走れていたウマ娘が有利ということですね! さぁ先頭から殿まで全体のペースが落ちる中、徐々に速度を上げているウマ娘がふたりいる! 中央からはフジキセキ、そして地元トレセン学園からは──』

 

 

 ────。

 

 

「んー、これはこれは。先輩が見せてくれた領域とは随分と……趣が違うね。なるほど、こういうのもあるのか。なんだか面白いねぇ」

 

 ありのままフジキセキに起こったことを話そう。とあるGⅢのダートレースを走っていたら、いつのまにか月明かりの古城を走っていた。催眠術や超スピードなどではなく、もちろん誰かが展開した領域の世界である。

 先ほどまではほかのウマ娘たちが何人か一緒に走っていた。おそらくは彼女たちも領域に踏み込むかどうかの瀬戸際にいたのだろう。残念ながら、全員が途中でリタイアしてしまったが。

 

 と、いうのも。

 

 

「「──、──ッ!!」」

 

「おぉっとッ! そう簡単に私を捕まえられるとは思わないことだねッ!!」

 

 

 古城に囚われたウマ娘たちを襲う恐るべきモンスターの群れ……と言うにはなんとも愛嬌のあるマスコットたちが次々とフジキセキに飛び掛かる。

 ホラーテイストというよりはハロウィーン。小さな子ども向けにデフォルメされた鏡の国のアリスの絵本にでも出てきそうなガイコツの兵隊たちが、ピコピコハンマーや虫取り網を大袈裟な動きで振り回している。

 

 なんともコミカルで厄介な領域だが、その性質についてフジキセキは心当たりがある。おそらくはディレクションの一種、走り方や視線、気配の動かし方とプレッシャーの掛け方など。あらゆる手段でレースをコントロールしているのだ。

 この領域に踏み込むことができたウマ娘たちは消耗しつつもなんとか冷静さを取り戻せているだろう。だが、領域に触れることすらできなかった、()()()()()()()()()()()()ウマ娘たちは完全に“彼女”の手のひらの上で踊らされたままだ。

 

 

 

 

「やぁやぁやぁポワロくん。我輩の用意したパーティーは楽しんでくれているかね?」

 

「これはこれはミス・オリヴァー。もちろんだとも、手厚い歓迎に感謝しているよ」

 

 

 

 

 城壁の上に立つそのウマ娘は、例えるならば怪盗アルセーヌ。URA指定の運動着ではなく深紅のスーツに黒マントが風に揺らめいている。

 おそらくはそれがGⅠレースに出走したときのために用意されている彼女の勝負服なのだろう。どうやら領域とやらはドレスコードも自由自在らしい。

 

「素晴らしい! さすがはフジキセキといったところですなぁ。あの母親にしてこの子アリ、ってヤツ? GⅢ程度の舞台じゃあプレッシャーには負けないか」

 

「おや、私の母を知っているのかい?」

 

「それはモチロン。なんなら舞台公演記念の限定仕様トランプもバッチリ5種類コンプリート済みなのである。どやッ!」

 

「それはどうも。君のような熱心なファンがいると知れば、きっと母も喜んでくれるよ。私が保証しよう」

 

「ニシシ♪ そう言ってくれるのは嬉しいけれど、だからって手加減はしないよぅ? キミもそーゆーのは好みじゃないでしょ? だからさ……今回のレースは遠慮なくこの私が、オラクルヘッド様が勝たせてもらっちゃうよん♪ ──踊れッ!!」

 

「──、──ッ!!」

 

 

 リズミカルに踊りながら迫るガイコツ兵士たち。その様子からオラクルヘッドもまた魅せる走りに重きを置いているウマ娘であることがヒシヒシと伝わってくる。

 おそらく、このまま流されたとしてもレースには勝てるかもしれない。マイルは自分が一番得意とする距離だし、ダートのコツは同世代の圧巻の走りをするウマ娘、いやウマドルからしっかりと教わった。

 

 

 だが、それでは()()()()()

 

 

 失敗は誰にでもあるだろう。その事実を無くすことはできないし、だからこそ次のためにより真剣に、本気になれるのだから。

 しかし、()()は違う。ファンが見ている前で手抜きの走りを見せるなど、フジキセキのバ生にあってはならないのだ。

 

 なら、どうする? 

 

 どうやって対抗する? 

 

 ──フフッ、なんてね。迷う必要なんて初めから無いのだけど。彼女が彼女らしく走ることに本気なら、私も私らしく走るだけだよ。

 

 気がつけば右手に持っていたお気に入りのシルクハットを被り指をパチリと鳴らせばアラ不思議。フジキセキの運動着もあっという間に黒スーツの勝負服に早変わりである。便利だねコレ。朝とか制服の着替えにも応用できないかな? 

 

「ンフー♪ こっからがメインディッシュってヤツ? GⅢレースでも本気も本気だねぇ?」

 

「もちろんさ。君と私と、ふたりでファンのみんなに最高のレースを届けよう」

 

 フジキセキがタンッ! と力強く脚を踏み鳴らす。心地よい音が古城全域に広がると同時に、それまで月明かりだけだった世界に鮮やかな輝きが灯されたッ! 

 

 

 ──Let's show Time(夢の舞台の開幕だ) ! 

 

 

 

『レースは終盤! フジキセキ、前目に付けていたフジキセキが一気に加速して先頭を狙う! それを見るようにオラクルヘッドが追走! フジキセキが前! オラクルヘッド追走! ふたりが重なるように、一気に集団を抜け出した!』

 

『このままフジキセキが逃げ切るのか、オラクルヘッドが抜け出すのか、これは瞬きするヒマもないですよ!』

 

 

 

Shootthebubble(泡沫の弾けるように)ッ!」

 

 オラクルヘッドがカードを投げる。投げたカードがいくつもの水の塊となってフジキセキに迫る。これもまた駆け引きの延長だ、迂闊に触れれば走りを乱されることになるだろう。

 ならば、触れなければ(自分の走りをすれば)いいだけだ。幸いにして邪魔者はいない。ガイコツたちは舞台のバックダンサーのように、ふたりの勝負を盛り上げるかのようにリズミカルに踊っている。

 狙うはあくまであの水の泡たち。投擲のスキルはエンターテイナーとしては必修科目と言っても過言ではない、フジキセキも当然身に付けている。とはいえ、カードにカードでは芸がない、だからといってナイフでは剣呑が過ぎる。ならば。

 

「うはー! バラの花とはやってくれるゥ! いいねいいね、イケメンさんにはそーゆーちょっとキザなのもよく似合うねぇ~ッ!」

 

「定番だけれど悪くないだろう? せっかくの舞台だからね、華やかさは蔑ろにできないよッ!」

 

「だったらこんなのは──いかがッ! ShoottheRayfall(空より流れる光のように)ッ!」

 

 高く放り投げたカードが輝く矢となり降り注ぐ。とことん勝負を仕掛けてくる気概に思わずフジキセキも胸が高鳴る。

 駆け引きを領域として展開できるまでに高める。その道程にどれほどの努力があったのか、そしてよくそんなことを思いついて──いや、そうか。彼女の世代はつまり、彼の愛バみたいなもの。サプライズはお手の物なのかもしれない。

 

 

 

『先頭フジキセキ! 2番手にはオラクルヘッド! ふたりが完全に抜け出した! 完全に一騎討ちだ! 逃げるフジキセキ、オラクルヘッド仕掛けるか! フジキセキ、先頭フジキセキ! ──来たッ! オラクルヘッドがレーンを変える! 残り200で最後の勝負を仕掛けたぞ!』

 

 

 

「──ShoottheStardust(流星が煌めくように)ッ!」

 

 オラクルヘッドがマントをひらりと翻すと同時に星屑が流れる。正真正銘のラストスパートだろう。それに応えるようにフジキセキもバラを構え──静かに、あくまでも冷静に、仕止めるべきターゲットを見極める。

 真実はひとつだけ。残りは全てブラフ。ここでミスを犯せば流れを掴み損ねて差し切られるだろう。そうでなくとも、おそらくこれが最後の競り合いになるのだから。

 

 

 

「──見つけたよ、ポニーちゃんッ!!」

 

 

 

 魅せるということに、見られるということに特別な想いを持つフジキセキだからこそ、見逃さない。

 1枚のカードをバラが貫き、それと同時に大量のカードも、周囲でひたすら踊っていたガイコツたちも一斉に姿を消した。オラクルヘッドの領域(走り)に、フジキセキの領域(走り)が勝利した瞬間である。

 

 

 

 笑え。笑うんだ、私。

 

 私はキセキのウマ娘。

 

 この程度どうということはない。

 

 いつものように大胆不敵に。

 

 決して余裕を崩すな。

 

 

 

 昨年のオータムカーニバル、ゴールドシップの敗因はペース配分のミスだと世間では言われている。GⅠ初挑戦ということでスタミナ管理をしくじったのだと。

 だが、彼女をよく知る者たちはそうは考えなかった。ゴールドシップの才能は追い込みを得意とするウマ娘の中でも頭ひとつどころでなく抜きん出ている。いくら大舞台だからといって、あのゴルシがスタミナの使いどころの判断を誤る? いったいなんの冗談だ。

 だが現実、ゴールドシップは1着を逃した。本来なら起こり得ないはずのイレギュラー。ならばそれを引き起こしたのはなにか? 十中八九、領域の目覚めによるもの。

 

 まさにハイリスクハイリターン。理想の走りとはつまり、いまの自分では届かないからこそ理想足り得るのだ。メンタル、フィジカルともに消耗の度合いが尋常ではない。

 

 ゴールドシップが勝ち切れないほどに。その話を聞いていたエアグルーヴでさえ、ウイニングライブが終わってからしばらく領域の目覚めによる疲労で控え室から出られなかったという。

 シンボリルドルフについては……さすがは名門シンボリ家の若きエースといったところか。もしかしたらサブトレーナーとは別のアプローチでシンボリ家も領域の存在を知っていたのかもしれない。

 

 残念ながら自分には会長殿ほどの天才性には恵まれなかったらしい。ゴール板はすぐそこにあるが、手札も全て使いきってしまっている。

 オラクルヘッドも同じように消耗していると期待したいところだが、自分よりも領域について詳しく知るだろう彼女がそんなミスをするだろうか? 少なくとも私ならば弱点を放置したまま出走はしない。

 

 

 一瞬の静寂。そして。

 

 

「ニシシ♪ さすが、さすがのフジキセキ! いやはや、やっぱり中央のウマ娘は強いですなァ~♪ こりゃ大人しく敗けを認めるしかないんじゃない? 魅力的な敵役ってのは、引き際も弁えているもんなのだよ~」

 

「──え? ちょッ!! 君ッ!?」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「少し、いいかな?」

 

「ほいほい? オラクルちゃんになにかご用事? あ、さっきのウイニングライブとってもステキだったよ! いやぁ、サイリウムを握る手に力も入りまくりだったわァ……」

 

「うん、私もまさかギリギリの競り合いをした相手が最前列で一番盛り上がってくれるとは思わなかったよ」

 

「そこはホラ、だってライブだし。勝負は勝負、メリハリつけて楽しまないとイヤな気持ちが連鎖しちゃうじゃん。それで、なにが聞きたいのかな? あの人がコッチのトレセンにいたときの話でもする? 寝ぼけたトレーナーくんがウマ娘を後ろから抱き締めて耳をハムッ! ってしちゃったときの話とか」

 

それは是非

 

「お、おぅ」

 

「実は君に、さっきのレースのことでどうしても確認したいことがあるんだ」

 

「普通に話を続けるのね。このイケメンウマ娘、もしかして意外とイロモノか?」

 

 

 

 

 

 

「さっきのレース、君は本当に最後まで()()で走っていたかい?」

 

「やだなぁ。レースだもの、()()()に走ったに決まっているじゃないかよゥ♪」

 

 

 

 

 

 

 即答するオラクルヘッドの様子に確信する。ここまでが彼女の駆け引きなのだと。

 

 後の勝利のために、目先の敗北を利用したのだ。きっと彼女にはまだ手札が残されていただろう。あえてそれを出し惜しむことで楔を打ち込むことを選んだのだ。

 次があるかもわからない、だが強力なライバルとなる可能性があるフジキセキというウマ娘を警戒して。また同じレースを走るときに備えて、領域の展開を意図的に絞っていたのだ。

 

 まぁ、考えようでは今回のレースは悩ましいことばかりではない。たしかに今後、彼女と競い合うときには“本当の勝負どころ”を常に意識させられることになるだろう。その精神的な負担は決して侮れない。

 しかし、同時に可能性も見えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。タキオンが分析していたスキルのレベルアップのように、領域にもその先があるかもしれない。

 

 

 さて困った。いよいよ本格的にダートを走ってみようか、実に悩ましい。クラシック三冠に、トリプルティアラに、2大マイルに宝塚記念に有マ記念。芝のレースは魅力的なものばかり揃っている。

 だが、それ以上にオラクルヘッドに完璧に勝ちたいという欲が出てきてしまった。フジキセキは懐が広くあまり“怒る”ということはしないほうだ。それでも……勝ちを譲るという行為は競走バとしてのプライドをそれなりに傷付けてくれた。たとえそれが、彼女なりの真剣勝負のカタチだとしても、だ。

 

 

 彼女が隠し持つワイルドカード、なんとしても切らせてみたいじゃないか。大人げないかい? 仕方ないだろう、意地ってものがあるのさ──女の子にはね。

 

 

「それじゃあ次はさっき言っていたサブトレーナーさんが引き起こした事案についての詳しい話を聞かせてもらえるかい? いやね、実は私は次期寮長に推薦されていてやはりポニーちゃんたちの安全を守るためにはリスクマネジメントは必要だからその重大インシデントが状況の再現性があるものかどうかを事前に知ることで予防できるかどうかが変わってくるだろうしもし今後も起こりうるのであれば対策を練るためにも私も正確な状況把握が必要であり場合によっては自分自身を実験台にしても皆の平穏を守る必要があるからこれはどうしても詳細について理解しておかなければならないのでとりあえず音声データとしても記録したいんだけどさすがにボイスレコーダーは持ってないからタブレットの録音機能でも構わないかな?」

 

「アッ、ハイ」

 

 中央のウマ娘ヤベェ。オラクルヘッドは警戒レベルを一気に最大まで引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅほぅ? 画面越しだとちょ~とわかりにくかったけど、これってアレかな? フェイントとかそーゆー、駆け引きでレースに勝つ、みたいな。いわゆる()()()()()()()ってヤツですな~。……そっか、そういう走り方もあるんだ。それなら……うん。トレセン……トレセン学園かぁ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただのぬのきれ

前回のあらすぢ。

「基本は緑スキルで固めて通常スキルで追い討ち、固有スキルでトドメだよ!」


 ウマ娘・ヤエノムテキの朝は早い。

 

 競走バとして、そして金剛八重垣流を修行中の武術家として日々の鍛練は欠かせない。冬の朝、身を刺すような寒さにも怯むことなく外に出てランニングの開始である。

 冬であっても彼女と同じように走りに出るウマ娘は意外と多い。先輩たちはもちろん、獲得賞金額が規定値に達し“クラシック級”と呼ばれるレースへの出走権を得た同期のウマ娘たちの気配もある。そして、これから選抜レースに挑むのであろう後輩たち。

 

 ここは、トレセン学園は良い環境だ。己を高めるためにもやはり手強い好敵手の存在は必要不可欠。ともに競い合い、そしてときには助け合う。

 きっと一般校ではこれほどの出会いには恵まれなかっただろう。格闘技を部活として扱う学校はあるかもしれないが、やはりトレセン学園はひと味違うのだ。学園そのものが“闘争”のために存在するのだから。

 

 修羅の巷、大いに結構。

 

 

 ────。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ふぅ……。やはり冬の早朝は空気の透明度が違いますね。呼吸のひとつひとつに心身を清める力があるように感じます。さて、ようやく体も温まってきましたし、もう少しペースを上げて──おや?」

 

 ランニング中のヤエノムテキの視線の先に、なにやら黒っぽい塊のようなものが落ちている。一瞬、動物が凍えているのかとも思ったが生命らしい気配は無い。

 となるとゴミかなにかだろうか? それならば拾ってちゃんとしかるべき場所へ持っていかなければならない。誰かが、あるいは学園のメンテスタッフが片付けてくれるだろう……などという人任せなことはしない。

 金剛八重垣流は当主自ら率先して道場のトイレをピカピカに掃除して仕上げるのだ、その門弟たる自分が競走バの道場に等しい学園内のゴミを放置するなどあってはならない。

 

 一歩、二歩と近付いてみれば。

 

 おや、なにやら模様のようなものが見えますね。もしかして誰かの落とし物でしょうか? 手拭いか、あるいはシャツの可能性もありますね。となれば、なおさら放置はできません。もしかしたら持ち主も困っているかもしれませんし、ひとまず寮まで持ち帰って──。

 

 

「……? ……ッ!?」

 

 

 ピタリッ! と伸ばしかけた手が止まる。

 

 まさか、と。これは、と。ヤエノムテキがとある可能性に気づいてしまい拾い上げるのを躊躇したそのとき。ふわりと風が吹き、その物体の全容が明らかになった。

 

 

 

 それは世間一般では、主に男性が、下半身に身に付ける、最も秘匿性の高い肌着。

 

 

 

 所謂──ぱんつである。

 

 

 

 なぜ、どうしてこんなところに? いや、そんなことを考えても意味がない。たとえ答えにたどり着いたところで目の前にあるトランクスタイプの漆黒の布の塊の存在は変わらないのだから。

 この時点で持ち主はほぼ100パーセント確定だろう。学園に出入りする業者ですら男性はまず見掛けないのだ、となればこのぱんつはサブトレーナーが落とした物であろう。

 

 となると、学園内に落ちている理由もわからなくはない。大勢のウマ娘たちを支えるサブトレーナーは泊まり込みで仕事をしていることも珍しくはないからだ。

 それでいて身だしなみには一応気をつけているらしく、衣類はいつも清潔だ。まぁ、なんだ。夏場は露出がアレだが。いや、清潔であることには変わりはないし。

 なのでおそらく、彼の着替えがなんらかの拍子に落下したのだろう。だとしても、そもそも下着を持ち歩くというシチュエーションが問題な気もするが。

 

 ともかく、落とし主が判明した以上は届けるべきだ。意を決して再び手を伸ばすが──やはりピタリと手が止まる。

 

 これは、ただのぬのきれ、なのだ。それなのにどうにもこうにも気恥ずかしい。顔見知りの他人という不思議な距離感がヤエノムテキの精神を惑わすのだ。

 これがまったく知らぬ存ぜぬ何者かのぱんつであれば無視もできた。たとえ男物の下着であろうと、持ち主不明の物など単純に触りたくない。もしかしたらそれでも一向に構わんッッ!! という剛の者もいるかもしれないが、少なくとも自分はムリだ。

 

 だがこれはサブトレーナーさんのぱんつなのだ。義を見てせざるは勇無きなり。弱きものを守るが金剛八重垣流であるならば、正道を貫くもまた我らの在り方。恩義あるサブトレーナーさんのぱんつを素通りするのは仁心と義侠心に背く行いである。

 

 悩むことなどない。普通に拾って普通にサブトレーナーさんのところに持っていくだけ──持っていく? え? これを持ち歩くんですか? 私が? 男性の下半身専用肌着を持って? 早朝のまだ薄暗い中をひとりで? 

 

 その光景、危険極まりないのではなかろうか。

 

 目撃されて誰何を問われればまだマシなほうだ。これこれこんな事情だと説明すればそれで事足りる。普通なら信じてもらえるかどうか悩ましいところだが、彼のぱんつだと知れば納得してもらえるだろう。だって彼だし。

 どちらかといえば密かに盗み見られたときのほうが厄介だ。自分の預かり知らぬ間に根も葉もないウワサが学園中に広がることは容易く想像できる。明日から、いや今日の昼間には自分には新しいあだ名が付けられているに違いない。

 

 しかも事態はそれだけでは収まらないだろう。ことの始まりがサブトレーナーのぱんつだと知られれば、当然彼にも恥をかかせることとなる。()()()()()()()として、()()()()()()の名誉を傷物にしたとなれば責任を取らねばならないだろう。

 

 

 

 彼を、八重垣の婿として迎えねばならない。

 

 

 

 言ってしまえばこのぱんつはウエディングチケットのようなもの。拾ってしまえばそれで最後、結婚お゛め゛て゛と゛お゛お゛お゛お゛ッ!! からの明日へのレ゛テ゛ィ゛コ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!! 不可避である。

 彼は料理上手で家事能力も高い。きっと仕事を終えて家に帰れば豪華でなくとも家庭的で温かい夕餉で出迎えてくれることだろう。そしていつかはそこに娘か息子がひとり、ふたり、いやそれだと片方を贔屓してしまうといけないのでやはり3人はいたほうがバランスも良い。

 

 いまの自分にそこまでの覚悟が本当にあるか? 競走バとしてもまだまだ未熟、GⅠどころかまだ重賞すら勝てていない己に家族を持つ資格が本当にあるのだろうか? 

 だが……拾ってしまえば……それで。金剛八重垣流の後継者問題も解決するとなれば現当主である祖母も喜ぶだろう。達者なうちに曾孫の頭を撫でてもらうのもまた孝行だ。

 

 ──くッ!? なにを考えているのだ私はッ!! そんな破廉恥な手段で得た幸福にどれほどの価値があるのだッ!? 

 

 それに考えてもみろ。もしも娘が大きくなって、自分の両親の馴れ初めを聞きたいと眼を輝かせて問い掛けてきたらなんと答える気だ。

 

 

「かあさま、かあさまはどうやってとうさまと()()()になったのですか?」

 

「それはですね、私が彼のぱんつを拾ったからですよ」

 

 

 当主にまで話が及べば、下手をすれば八重垣の家から勘当されるのではなかろうか? もしそうなったら家族で新天地を目指さなければならない。

 候補としては北海道あたりが良さげだろうか? やはり子どもには窮屈な思いはさせたくないし、まずは健康にのびのびと育ってほしい。

 

 嗚呼、なんということだ。どう転んでも未来に希望しかない。なんだか目の前の薄布の下から自分を呼ぶ声が聞こえてきそうだ。脱衣の波動で目覚めた私が手招きをしている気がする。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばし──。

 

 

 

 

「私は、私はッ! 私はァッ!! なんと──弱いウマ娘なのだろうか……ッ!!」

 

 

 

 

 一筋の悔し涙を流しながら、突き刺すような凍てつく風の中を駆け抜けるヤエノムテキ。彼女の手元には何もない。

 誘惑には耐えきった。だがそれは、同時に恩義に背いたことに他ならない。サブトレーナーのぱんつは未だ道半ばに放置されたままである。武術家であることを誇りであると常日頃から口にしておきながら、己の名誉を惜しんだのだ。

 

 頬を濡らしながら走るヤエノムテキ。だが彼女とて、未熟者であっても気概はウマ娘のそれである。己の弱さ故の敗けを認めたならば、あとは立ち上がるのみ。

 

 

 彼女は──復讐を誓っていた。

 

 

 次なるぱんつへの復讐。

 

 今後、また同じようなことが起きたならば。次こそはその試練、必ず乗り越えてみせると……ッ! 

 

 ヒトならぬ、三女神の祝福を賜りしウマ娘という存在。謂わばこれは三女神による復讐。神が誓いし復讐に、誤算(ミス)はあり得ないッッッッ!! 

 

 

 奮起せよ、ヤエノムテキッ!! 

 

 勝利に酔いしれることなく、敗北に跪くことなく、その魂が天に羽ばたくその日までッ! 己の心と技を磨き続けるのだッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「バクシンバクシンバクシ────ンッ! ……はッ!? いま、なにか道に落ちていたような気がッ!」

 

「…………」

 

「たぶん気のせいですねッ! ランニングを再開しましょうッ! 目指せ、全距離全重賞制覇ッ!! バクシンバクシンバクシ────ンッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「にんじんを~だーきーしめて~♪ アナタに急加速ゥ~うぅう~♪ はぁ、当たり前だけどクソさみーなァ……。ゴルシちゃん自慢の白銀しっぽも凍り付いちまうぜ。いますぐワイキキくらい暖かくなんねーかなー」

 

「マジそれなー。早く春になってほしいわ、マジで。つーか、なんでまたこんな朝早くからランニングなワケ?」

 

「いや、フクキタルがよ……なんか、朝……走るといいって言うから……。アイツの占い、わりとバカにできねぇじゃん?」

 

「あー、わかる。つか、マジメにさぁ? フクキタルさんって占いガチ勢じゃね? 的中率ハンパねぇっしょ。100パーじゃないのが逆にリアルっつーか」

 

「だろ? うん……だからさ……こうして走りに出てみたんだけどよ……うん。いや、これはこれでアリだなって気もするけど、やっぱ冬場の朝はちと厳し」

 

「んー? なにゴルシ、急に立ち止まってどうし」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、あー。うん! ゴルシちゃんなんだか違うルートで走りたくなっちゃったなぁ~ッ!」

 

「マジそれなッ! たまには気分変えて走るのも大事っしょッ!」

 

「よっしゃジョーダンッ! 向こうのルート走ろうぜッ!」

 

「おけおけッ! 急いでアッチ行くしかないっしょッ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ふぅッ! やっぱり朝のランニングは最高ッスッ! さて、まだまだ行くッスよッ! 気合いと! 根性で! 冬の寒さもへっちゃらッスッ!! とぉりゃぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あン? コイツは……こりゃまた珍しいモンが落ちてんな。あーあー、すっかり泥で汚れちまってるじゃねェか」

 

「シャカール、なにか見つけた──うわぁお。これはこれは……えぇ? なんで?」

 

「さぁ? ま、ロジカルに考えるまでもなく持ち主はひとりしかいねェんだ。届けてやるとすっか」

 

「届けるって……え? それ持ってくの?」

 

「なんだ、メジロのお嬢様には刺激が強すぎるってか? まぁ、オレだって別に全然気にならねェってワケじゃないがよ……サブトレ絡みだしな。リアクションをイチイチしてたらキリがねェよ」

 

「それでも私はちょ~とねぇ。さすがにデリケートな問題相手だと逃げたいかな~」

 

「そうかよ。それじゃオレはトレーナールーム行ってくるわ。昨日も泊まりだったみてェだし」

 

 

 ────。

 

 

「しかしパーマーのヤツでも動揺するモンなんだな。ある意味で貴重なデータ……か? レースに使えるかはわからねェけど。いっそほかのウマ娘の反応でも集めて──いや、さすがに悪趣味が過ぎるか」

 

「とりあえずコイツは届けるとして……そうだな。こんな危険物をホイホイ落としてんじゃねェって、ガツンと説教でもかましておくか? 一応女子校だし、無意味にウマ娘困らせてんじゃねェってな。──あぁ?」

 

 

スピードが12上がった。

スタミナが12上がった。

パワーが42上がった。

根性が5上がった。

賢さが12上がった。

 

 

「────うおッ!? なんだこりゃッ!? まさか、ウワサの三女神の? マジかよ、眉唾モンだと疑ってたが……いや。だとしてもなんでオレ? つーかこのタイミングなんだ??」




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『地方』
『芦毛』
『転入生』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。取得物にはご注意を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Extend / beat“Survive”

前回のあらすぢ

危険物は説教とセットでちゃんと持ち主の元に返却されました。


「GⅠウマ娘は1回までパトロンを全力で蹴り飛ばしていいみたいな法律ってなかったっけ?」

 

「気持ちはわかるけど止めとけ? 気持ちはわかるけど」

 

 

 地方レースのGⅠ認定、そして新設レース“URAファイナルズ”の話題で日本中が盛り上がる中。とある地方トレセン学園にスキルの指導で派遣されている天皇賞ウマ娘・メロディビートは不機嫌そのものだった。

 トレセン学園に出資している企業からぜひ挨拶をと招待され、臨時コーチとはいえスポンサーに顔見せくらいはするべきだろうと応じたまではよかったのだが……。

 

「是非とも才能のあるウマ娘たちをGⅠに勝てるように~、だったっけ? ま、スポンサーとしては支援してるウマ娘がGⅠの舞台で勝ってくれれば万々歳だよな」

 

「そんなことはアタシにだってわかってるっての。そりゃな? 競走バってのは金かかるし、企業だって慈善事業で支援してんじゃないのは理解してるけど! よりにもよってこのアタシを相手に才能才能とヘラヘラと言いやがってぇ~ッ!」

 

「あはは……。アンタ、未勝利戦5回走ってるもんね……」

 

 URAファイナルズの開催、それに伴うGⅠレースの増加。地方経済の活性化は素晴らしいことだが、そのせいで各地の企業が掛かりまくりの状態になっている。

 

 おそらくどこのトレセン学園でも、大なり小なり同じような問題が発生していることだろう。ウマ娘は、競走バはアスリートでもありアイドルでもある。スポンサー側としては是非とも仲良くなりたい。

 それだけならまだいいが、やはり宣伝効果を期待するなら勝って欲しいというのが企業側の本音である。となると、どうしても“勝てそうなウマ娘だけ”を贔屓したくなる。

 ほかのウマ娘たちがそれをどう思うかは知らない。だが、メロディビートにとって、いや長老のトレセン学園で“彼”から可能性を与えられた──彼自身はウマ娘がもともと持っていたものだと頑なに言い張るが──ウマ娘としては最高に気に入らないのだ。

 エリートに、才能に溢れた中央に勝つためにスキルを磨いてきた。薄皮を1枚1枚丁寧に重ねるように、ひたすら磨いてきたのだ。……ときどき嬉し恥ずかしハプニングも多々あったが、それくらいは自分へのご褒美ということでノーカウントで。

 

 ともかく。そんな彼女たちにとって、弱いウマ娘なんて価値はないと言わんばかりの企業の態度は自分たちの努力を否定しているも同然に感じてしまう。そもそも本当に才能があったら中央のトレセンに入学してるだろうに。

 

「トレセン学園のスタッフたちがアタシが挨拶に行くのを止めた理由がよぉ~~くわかったわ。ありゃウマ娘に関わる人には嫌われるタイプだね。スポンサーって、もう少しそのへんは上手くやってくれるもんだと思ってたよ」

 

「それだけ地元じゃ長老がイロイロやってくれてたってことでしょ。私たちに余計な心配かけないように。ま、ああいう企業もいるのはしょうがないって。そこは割り切っていこう? 私たちは一応“お客様”なんだし」

 

「ぐぬぬ……。はぁ、大人になるってマジ辛いわぁ……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 余計なイライラは現場に持ち込むワケにはいかない。気持ちをサクッと切り替えて、メロディビートは芝のコースでウマ娘たちの走りを観察することにした。

 スキルの目覚めの話は聞いている。昔の偉い人がシンクロニシティと名付けた現象に近いものだと。ヒトにしてみれば理解するのは難しいかもしれないが、領域を持つウマ娘たちにとっては納得の状況でもある。

 

 言葉では説明できない。でも、自分に宿るウマソウルが理解している。ならばそれで充分なのだ。

 

 とはいえ……やはりまだまだ走り方が粗っぽい。皆がスキルに振り回されているのだ。重要なのは自分らしく走ることであり、スキルはそれを補助するもの。自然と噛み合うあの感覚が大事なのだ。

 もちろん、より速く、より強く走るための感触を掴んだウマ娘の考えることはよくわかる。掛かり気味の様子に苦笑いしてしまうほどには、かつては自分もそうだったのだから。

 

「アタシも最初はあんな感じだったんだろなぁ~。さてさて、どんなふうに指導してやろうかな? ──ん?」

 

 芝のコースで模擬レース中のウマ娘たちを見ていると、その中でひとり、面白い走りをするウマ娘がいた。

 走り方が少し乱暴で、先行として位置取りも悪くないが速度とパワーを扱いきれていないせいで前に出られない。なので順位が徐々に下がっていくのだが……なんとなく、惹かれるモノがある。

 

「ちょっといいですか。あの芦毛の子なんだけど」

 

「あぁ、彼女ですか。とある農村から出てきた子なんですけどね、悪くない走りをするでしょう? 幼いころから自然の中で遊んでいたらしくて、ほかのウマ娘には無い魅力のある脚をしてます。トレーナーとしては、是非とも育ててみたかったですね」

 

「その言い方だと、まるで彼女に先が無いかのように聞こえるんですが」

 

「無いですよ。スポンサーの偉い人と少々トラブルがありましたから。彼女は周囲に同世代の子どもがいなかったせいか、コミュニケーションの部分で素直というか……正直なところがありましてね」

 

「だとしても、それをどうにかするのがトレセンの仕事でしょう? 貴女もトレーナーなんだから」

 

「トレーナーだから出来ないこともあるんですよ。相手に謝罪をすれば、それは彼女の行動が間違っていたと認めることになってしまいますから」

 

 なるほど、なんとなくだが流れが見えた。つまりは自分が挨拶してきたような企業の人と揉めたのか。

 ウマ娘に対してか、トレセン学園に対してか。もしかしたらその両方、あるいは競バそのもの? ともかく、トレーナー側としても頭を下げるワケにはいかないところまで踏み込んできたのだろう。

 

「まぁ、そんなワケでしてね。彼女はここには置いておけなくなりまして。スポンサーを怒らせてしまった以上は仕方がない。仕方がないので──中央に春から通えるよう手続きを済ませてあります」

 

「……へぇ?」

 

「ウマ娘の未来のために手を尽くすのがトレセンの仕事ですからね。ただまぁ……たとえば。あくまでも可能性の話ですが、商売人たちが軽んじた彼女がGⅠでバリバリ活躍したら、なかなか爽快だなとは思ってますよ」

 

 あくまで例えばの話ですよ……。そう言い残して軽く頭を下げてからトレーナーが立ち去る。きっと、言外に含まれた意味についての解釈は間違っていないはず。なら、いまから自分がやるべきことは決まっている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「へぇ~、地元の人たちが。だったら是非ともレースで勝たなくちゃだね!」

 

「うん。みんなが応援してくれているおかげでトレセン学園に通えているからな。期待に応えるためにも、いつかはGⅠレースで勝ちたいと思っている」

 

 模擬レースが終わってすぐ、メロディビートは例の芦毛のウマ娘と接触を試みた。結果は入着まであと3バ身という、高等部のウマ娘であることを考えると、今後の大成は厳しいレベルだ。()()()()()()()()()()()

 いまはすっかり状況が違う。地方のウマ娘たちも大きな夢を追いかけるようになり、スケジュールは忙しくとも精神的には余裕がある。先にゴールしたウマ娘たちが彼女を励ますくらいには良いライバル関係を築いているのだ。こうした環境の変化は、競走バとしての成長にも大きく関わってくる。

 もしかしたら彼女が中央に行くまでに、少しでもレベルアップできるように……なんて考えているかもしれない。いつかレース場で再会したときに、最高の勝負ができるように。

 

「すまない、そろそろ失礼しても構わないだろうか? これから自主練習を始める予定なんだ」

 

「ふーん、いまからまた走るんだ?」

 

「あぁ。見ていたと思うが、私はまだ入着すらできない状態だからな。まだまだトレーニングをたくさんやらなくてはいけない。それに」

 

「それに?」

 

「走ることが、とても楽しいんだ。自由に自然の中を走るのも楽しかったが、ここで、トレセン学園でライバルたちとレースを走るのが楽しくて仕方ないんだ」

 

 

 惹かれた理由がよくわかる。この子はどうしようもないほどウマ娘なのだ、走る姿が魅力的なのも当たり前だ。

 

 そうだ。きっと、この子がいいかもしれない。

 

 

「そっかそっか。キミの気持ちはよぉ~くわかったよ。でも今日は止めておきな。脚、けっこうキてるよ。ケガでもして、走ることができなくなったら困るでしょ?」

 

「それは……そう、だけど……」

 

「まぁまぁ。ここは素直にお姉さんに従っておきなさいな。その代わり、アタシがキミをバッチリ鍛えてあげるからさ!」

 

「貴女が?」

 

「そ。アタシこれでもGⅠウマ娘だよ? 天皇賞勝ってるからね~。逃げは……たぶん向いてなさそうだし、差しで勝てるようにしてあげるよ」

 

「本当か!? そうか、GⅠを勝ったウマ娘だったのか……。えっと、その。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 

「それ、その挨拶だと意味が違っちゃうよ」

 

 

 うん。今度こそ、本当に自分の物語が終わるときが来たのだ。

 

 あの日、あのとき。3200メートルの大舞台を走りきったとき、そこが自分というウマ娘のゴールだと思っていた。本来ならば絶対に届かなかったGⅠ勝利の夢を掴んだ瞬間、なにかが燃え尽きたのだと()()()()()()()()()

 

 違う。そうじゃない。本当の終わりは、アタシの走りをこの子に全て託してから。

 

 自分の走りがいまでもたまに話題になっているのを知っている。天皇賞の出走権を賭けたとあるステップレース、最後の1ハロンで中央のエリートを全員まとめて置き去りにしたあの走り。それが多くのウマ娘たちにとって希望となっていると教えられたときは、嬉しさよりも恥ずかしいという気持ちが強かった。

 だけど、それも今日までだ。これからはこの子が次の世代に希望を与えてくれるだろう。デタラメさが残るフォームでもあれだけ走れるのだ、競走バとして完成すれば間違いなく超一流のウマ娘となる。それこそ、凡才の自分とは比べ物にならないほどに。最後の1ハロンは、この子の代名詞となるのだ。

 

 きっと自分は忘れ去られていくだろう。だがそれでいい。いや、()()()()()。ひとりのウマ娘の物語が終わり、新しいウマ娘の物語が始まる。自分の走りの因子を受け継いだこの子が夢の舞台に立つのを見届けての幕引きだ、ウマ娘としてこれほど幸せなことはない。

 

 

「よし! それじゃあ今日のトレーニングはここまでね! それじゃあ~、いっちょ親睦会といきますか! 近くに美味しいお店あるなら教えてよ。ここはセンパイがおごってやろうではないか!」

 

「……! いいのか? 本当に……いいのか!?」

 

「もちろんッ! どーんと任せなさいッ!」

 

 

 

 

 

 

 なぁ、トレーナーさん。

 

 アンタには迷惑ばっかりかけてたし、恩返しなんて、なにができたのかもわからないけど。

 モノのついでだからさ、もう1個だけアタシのワガママ、叶えてもらってもいいかな? 

 

 この子はきっと強くなる。アタシが絶対に強くしてみせる。この子を見限った連中が後悔するほどの怪物に。だからさ、この子がそっちに行ったら、少しだけ手助けしてやってほしいんだ。

 アンタが担当を持ちたがらないのは知ってる。レースの主役はウマ娘だって、自分は脇役だってことにトコトンこだわってるのはみんなが知ってる。

 だから育ててくれ、なんて言わない。ただ、もしもこの子が道に迷うことがあったなら、少しだけゴールを照らしてあげてくれよ。

 

 それだけで大丈夫。だって、みんなそうだったから。

 

 あとはアタシが伝えてみせる。

 

 差しで走るための駆け引きを、ゲートを飛び出すタイミングの掴み方を、荒れたコースに敗けない力強い走りを、ライバルに競り勝つための気概を。

 直線を速く走るための姿勢も、コーナーを鋭く走るための踏み込みも、長距離でも息切れしないリズムの取り方も、レーン選びに迷わない判断力も、ラストスパートをフルパワーで駆け抜けるための精神力もなにもかも。

 

 敗け続けで折れかけていたウマ娘(アタシ)の心にもう一度、夢の煌めきを灯してくれた勝利の鼓動も全部──ちゃんと、伝えてみせるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お気に入りのお店があるんだ。ボリュームもたっぷりで、美味しくて安いお店が」

 

「へぇ~。それは楽しみだな~! それにしてもボリュームたっぷり、ね。アタシ、こう見えてもけっこう食べるほうだよ?」

 

「それなら安心してほしい。私はいつも大盛りコースを頼んでいるが、その上に特盛りコースというものがあるから、それを頼むといい」

 

「ほほぅ? それはそれは、是非とも食べてみるしかないねぇ!」




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『バレンタインデー』
『シャドーロール』
『白羽の矢』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。健康の目安は腹八分目。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チョコをも恐れぬ怪物

前回のあらすぢ(&一部感想の返信)

「いつからGⅠウマ娘の財布に現金しか入っていないと錯覚していましたか?」

「後輩の食事代程度、本当に払えないとでもってメチャクチャ食べるなこの子ッ!? 胃袋どーなってんのッ!? いや支払いやるけどッ! やるけどさッ!!」

※後日、カード履歴の詳細を不審に思ったURAから呼び出されました。


 重賞を勝ち抜いたウマ娘が偉大であるように、こたつを発明した何者かもやはり偉大である。下半身をスッポリとこたつの中に納めて、首から上をテーブルに預けながらナリタブライアンはしみじみと温もりを感じていた。

 

 幼いころ、実家にいるときには冬になればいつでも会うことができたポカポカの親友も、トレセン学園ではすっかり疎遠であった。部屋には置けないし、共有スペースは洋装だから畳がないし。

 もしかしたら、与えられたトレーナールームを遠慮なく魔改造する某サブトレーナーが持ち込んでくれなければ、トゥインクル・シリーズを走る間はこたつと絶縁状態になったかもしれない。

 どれほど学園の、そして寮の暖房設備が充実していようとも。こたつとはそういう機能性だけを追求した味気ないモノたちとは別次元の存在なのだ。

 

 あと、ウマ娘的に脚がぬくぬくできるのは単純に気持ちいい。

 

 

「警告。ステータス異常『軽度の脱水』を確認しました。早めの水分補給が推奨されます」

 

「そうだねぇ。どうしても冬場は乾燥気味だからねぇ。ブルボン君、用意するなら私の分もお願いするよ」

 

「……形態変化『こたつむり』の発動を許可。これにより私はこたつから出ることができません。タキオンさん、私はにんじんジュースで構いませんよ?」

 

「むぅ。私だってこたつから出たくないんだよ。万分の一ハロンだって離れたくないんだよ。わかるだろう? やれやれ、こんなときにカフェがいてくれたら……」

 

「なんだ、コーヒーでもいれてくれるのか?」

 

「いいや? 自分でやれと紅茶の缶を顔面に叩き付けてくるだろうね」

 

「なるほど」

 

「いまのどこに納得する要素があった?」

 

 

 

 

「ただいま。チケット、荷物は適当にその辺置いといてくれ」

 

「はぁーい! ブライアン! ブルボン! タキオン! ただいまぁーッ!」

 

「お帰りチケット君、サブトレーナーくん。さっそくだけどなにか飲み物を用意しておくれよ~。このままでは私は干からびてミイラになってしまうよぉ~」

 

「えぇッ!? タキオン、ミイラになっちゃうのッ!? どどどどうしようッ!? ホータイ保健室でもらってきたほうがいいのかなぁーッ!?」

 

「落ち着けチケット、タキオンのはただの冗談だよ。ほら、お前のぶんもなんか用意するからこたつ入ってな」

 

「なんだぁ、ただの冗談か! ビックリしたな~。……へへッ! お邪魔しま~っす!」

 

 

 本日、のんのん日和。それでも多くのウマ娘たちは自主練習に励んでいるところだろうが、ナリタブライアン、ミホノブルボン、アグネスタキオン、ウイニングチケットの4人はのんびりと休息を楽しんでいた。

 ここ数日、雪ではなく雨が続いたせいでコースの状態は最悪であり、メンテナンスのために一時的に立ち入り禁止。それならばと屋内施設を使おうにも設備には限りがある。となれば、あとは勉強に励むかのんびりするかの2択である。

 

 

「そういえば、今日はライス君は一緒ではないのかい?」

 

「はい。スズカさんと遠征の準備をすると。北海道のイベントレースに出走すると聞いています。あと、ゴールドシップさんが“コンル”という氷の巫女役としてイベントに参加すると。言動はともかく眉目秀麗なので妥当な選出であると判断します」

 

「なるほど、巫女か。たしかにゴールドシップ君は黙っていれば美人だからねぇ」

 

「そうだな、アイツは黙れば美人だ」

 

「うんうん! ゴルシは美人だよねぇ! 黙ってると!」

 

「なぁチケット、姉貴たちは?」

 

「ハヤヒデとタイシンはトレーナーさんと打ち合わせしてるよ。次のレースの予定が決まらないんだって! 中距離と長距離、どっちにしようか迷ってるみたい」

 

「ふぅン? ならチケット君はもう次のレースは決まっているのかい?」

 

「うん! アタシは中距離レースをバンバン走って、ガンガン勝って! そのままダービーウマ娘を目指すんだ! もちろん皐月賞も、菊花賞も勝ちにいくよッ!」

 

 

「目指すはクラシック三冠バ、か。ライバルはエグいほど多いけど頑張れよ。ほら、ココア。ホイップクリームは好みで入れてくれ」

 

 

 コトリ、とテーブルにカップが置かれる。自動販売機で売られているココアよりも良い香りがする、サブトレーナーが丁寧にパウダーを練って作ったものだ。

 ブライアンとブルボンはそのまま、タキオンとチケットはたっぷりとクリームを追加して。ひと口飲んで『ふぃ~』と甘い息を吐き出せば、それだけで日頃のトレーニングの疲れも溶けていくようだ。

 

「ココアで思い出したが、もうすぐバレンタインデーだねぇ。女子校に分類されるトレセン学園では本来ならば無縁のイベントだが。……サブトレーナーくん、今年も催し物は期待してもいいのかな?」

 

「あ! アレッ! 初めて食べたけど、とっても美味しかったよねぇ! なんだっけ、チーズ、チーズ……えーと、チーズ、フォンドボー?」

 

「チーズを煮込んだ出汁ですか。おそらく、グラタンの亜種のようなものであると推測します」

 

「フォンデュな。カフェテリアでチョコレートフェアやるって聞いて、甘いものだけじゃ飽きるかなと思って提案してみたが……想像よりかなり好評だったっけ」

 

 トレセン学園は季節のイベントを積極的に行っている。厳しい勝負の世界を生きるウマ娘たちの青春が、少しでも彩り豊かであるようにとの願いだ。

 一番わかりやすいのは季節限定メニューだろう。バレンタインデーにはチョコレートを使った様々な菓子類が提供された。

 

 と、いつもならそれで終わりだったのだが……若い男性トレーナーがいるとなればウマ娘たちの浮かれ方も変わってくる。

 

 物は試し、友チョコでもなく家族への感謝の気持ちでもなく、異性にチョコレートを送るというイベントを楽しんでみたいというウマ娘が大勢いたのだ。

 もしかしたら中には惚れっぽい、恋に恋するウマ娘もいたかもしれないが、ほとんどはバレンタインデーというイベントを単純に楽しみたいだけのお祭り好き。

 そう言葉にすれば微笑ましい話だが、それで彼ひとりに集まるチョコの量はまったく微笑ましくない。初等部のウマ娘とはほとんど交流がないとはいえ、中等部と高等部が合わされば2000人を超えるのだから。

 仮に1割だけがプレゼントしても200個のチョコレート菓子。人間が食べるには相応の覚悟を必要とする量である。

 さすがにこれを知った上で放置するのはどうなのか? と困っていた学園側にとって、サブトレーナーの申し出は渡りに船。イベントの一部として彼に働いてもらえば多少は緩和されるはず。

 

 色気より食い気。彼が提供したチーズフォンデュという名前は知っていても馴染みのない料理に満足したウマ娘たちは、チョコレートを贈るというバレンタインデー本来のイベントを綺麗に忘れてくれた。

 

 ……数名、ちゃっかり任務を完了したウマ娘もいたようだが。

 

「ウマ娘たちには好評だったけど、学園のスタッフさんとかほかのトレーナーにはイマイチだったんだよなぁ。これでビールが飲めないのは辛すぎるって」

 

「理由が完璧にオバサンのそれだねぇ」

 

「ほかにも、チーズの制御に失敗しているトレーナーの存在を確認していますが」

 

「アレは例外だろ。代わりにクリークが楽しんでいたから問題ない」

 

「ねぇねぇねぇねぇサブトレーナーさぁぁんッ! だったらさ、今年はアタシがなにかプレゼントするよッ! チョコレートのお菓子、挑戦してみたいッ!」

 

「チケットが? 料理したことあるのか?」

 

「ないよッ!! だからやってみたいんだッ! どんなことでも経験になる、なんでも挑戦してみることが大事なんだよッ!」

 

「あっはっはッ! いいねぇ、そのチャレンジ精神は素晴らしいよチケット君ッ! そういうことなら私が君に協力しようじゃないかッ! 味見役としてねッ!」

 

「味見役か……うん、まぁ。ヘタに手出ししてワケわからんモノ作られるよりはマシかな……」

 

「サブトレーナー、それは例えばどのようなチョコレートでしょうか?」

 

「豚丼味のチョコ」

 

「……サブトレくん、それはさすがに私の評価が酷くないかい?」

 

 

 バレンタインデーにチョコレートのプレゼントを。その話を聞いていたナリタブライアンは、ココアの入ったマグカップを両手で包んだまま固まっていた。

 

 ──完全に忘れていたッッッッ!! 

 

 そうだ、バレンタインッ! 普段はないチョコレート菓子が増える日くらいしか思っていなかったが、本来なら親しい間柄の男にプレゼントをくれてやる日じゃないか! 

 くそ、なんでそんな大事なことを忘れていたんだ。去年の私は……そうか、サブトレが用意していた料理を延々と食べていたんだ。並んでいた食材はいろいろあったが、その中でもハムがやたらと美味くて衝撃を受けたんだった。

 あの味、そんじょそこらのハムじゃない。多くの肉を食べてきた私にはわかる、そうとう厳選された1品だった。是非とも今年も食べて──だから違うッ! 

 これはマズい。非常にマズい。ほかのウマ娘がどうしようと知ったことではないが、アイツの事実上の愛バである私がチョコレートを用意しないのは問題じゃないか? 

 きっとサブトレのヤツも私からのチョコが欲しかったに違いない。いや、間違いなく期待していたはずだ。事実上唯一の愛バである、このナリタブライアンからチョコが貰えることをソワソワして待っていただろうにッ! 

 

 ……そうだな、ウジウジと後悔することに意味なんてない。失敗を悔やむことをムダとまでは言わないが、そんなものに囚われて己のやるべきことを見失うのはナリタブライアンらしくないだろ? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「というワケだヒシアマさん。私に簡単なものでいい、料理を教えてくれ」

 

「……いや、説明くらいしておくれよ」

 

 選ばれたのは、ヒシアマゾンでした。

 

「──はぁ、なるほど。ツッコミどころはいくつかあるけど、感謝の気持ちを伝えたいっていうならアタシも協力しようじゃないか。でもブライアン、本格的なチョコじゃなくていいなら、そこまで身構えなくても大丈夫さね。ちょいと溶かして固めてトッピング、これだけでも見栄えはいいからね」

 

「それは料理の基本ができているヒシアマさんだから言えることだ。リンゴの皮すらむいたことがない私がマネしても上手くいくとは思えない。もっと基礎的なところから教わりたいんだ」

 

「へぇ……? なかなか本気じゃないか。しかし基礎的な、ねぇ。やっぱり湯煎の仕方とかそういう「卵焼きだ」はぃ?」

 

「卵焼きの作り方を教えてくれ。一応、私なりに調べておいたんだが、料理の基本はだいたい卵焼きで覚えることができるらしい。バレンタインデー当日までに、私を完璧な卵焼きが作れるウマ娘に鍛えてくれッ!!」

 

「あぁ、うん。アンタがそれでいいなら……」

 

 チョコは? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「これは……想像以上だな。バレンタインデーが、これほどまでに闘志を滾らせるイベントだったとはな……ッ!」

 

「うーん、見事にチョコレートが無くなってるねぇ。どういうワケかアタシらにはなんの影響もないけど」

 

 豊富な品揃えを誇るトレセン学園の売店でもさすがに生のタマゴは取り扱っていなかった。仕方ないと街まで出てきてスーパーに入ってみれば、お菓子コーナーからチョコレートがごっそりと消えている。

 チョコ菓子やトッピング用のスプレータイプ、それからシロップタイプやチョコリキュールなどは売っているが、板チョコやお徳用のブロックタイプはまったく見当たらない。

 

 

「のほぉ~。ここのお店も売り切れ御免とは。まさに絶滅ハリケーン・ディナータイムですねぇ~。……おや、ブライアンさんにヒシアマゾンさんじゃないですか。珍しいところでお会いしましたね」

 

「フクキタルじゃないか。アンタも買い物かい?」

 

「モチロンですとも~。もうすぐ世間はバレンタイン! ハッピーバレンタインですよ! ハッピーなイベントならば私の出番! ハッピーカムカム、マチカネチョコキタルッ! 残念ながらどこもチョコ売り切れてますけど。まぁほかにもたくさんお菓子はありますし、別にチョコ以外はプレゼントしてはダメって決まりはありませんからねぇ~」

 

「どこも? ほかの店もこんな状態ってことかい? そりゃまた……バレンタインだからって、そこまで売れるもんかね?」

 

「トレセンから近いし、まさかウチのウマ娘たちが一斉に買いに来た……のか? 偶然だとしてもとんでもないな。──まさか、アイツに渡すつもりなのかッ!?」

 

 事実上唯一無二の愛バであるナリタブライアンを差し置いてサブトレーナーにチョコを渡すつもりなのか。もしもそうなら、そんな無法を許すワケにはいかない。ウマ娘はナメられたら終わりなのだ。

 

「サブトレさんに? いや~、それはどうでしょうね~。教室でバンバン下ネタ飛ばしてる子でも、いざご本人を目の前にすると優等生に早変わりしてますし。意外とヘタレて渡せないんじゃないかと。あとホラ『バレンタインだからっていきなりチョコ渡すとかダサいよね~!』……みたいな感じでカッコつけてお互いに牽制して動けなくなってるかもしれませんよ?」

 

「あー、うん。なんか想像できる。別に感謝の気持ちを伝えるくらい、恥ずかしがらないで堂々とやればいいのさね。フクキタル、アンタは今年も用意するのかい?」

 

「そうですね~、先日アルダンさんが今年はラムレーズンでクッキーを焼くと言っていたので、なにか……マシュマロで作りましょうかね~。指でつつけばプニッと解決! 運勢ご機嫌まとめて弾みをつけちゃいましょう! みたいな? ……ブライアンさん? どうかなさいましたか?」

 

「フクキタル……お前……サブトレに、チョコを……渡して、いた……のか?」

 

「そりゃあお世話になってますし。それにサブトレさんは世にも珍しい男性トレーナーですから! ツチノコもビックリのレアリティですよ? もう存在そのものがパワースポットのようなもの! いわばレジェンド・オブ・ライフタイムッ!! 節目ごとに感謝を伝えてますとも!」

 

「あははッ! トレ公をツチノコより珍獣扱いとはねぇッ! アンタらしいというかなんというか」

 

「ぶっちゃけ、ゴールドシップさんならツチノコぐらい普通に見つけて捕まえて来そうな気がしません?」

 

「……否定できないのが恐ろしいねぇ。んでブライアン、アンタなにそんなわかりやすく動揺してんのさ」

 

「私が……出遅れただと……? ヒシアマさんならまだしも、フクキタル相手に出遅れた……バカな……」

 

「アレ? 私もしかしなくてもディスられてますよね?」

 

「日頃の行いだろうねぇ」

 

「まさかの追い討ちッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「練習に使うタマゴは充分な量を購入した。トッピングに使う明太子も買った。本命の鶏肉、玉ねぎ、紅しょうがも抜かりない。フフッ、待っていろサブトレ。いまからこのナリタブライアンが、オマエに最高のバレンタインを届けてやろう……ッ!!」

 

「バレンタインとはいったい」

 

「野菜嫌いのアイツがちゃんと玉ねぎと紅しょうが買っただけでも大したもんだよ」

 

「卵焼き作るって説明されたときも意味不明でしたが、そこから親子丼になる流れはこのフクキタルの目をもってしても──はて? なにやら甘い香りが」

 

「コイツは……チョコレートかい?」

 

 戦利品を携えてご機嫌のブライアンを先頭に学園に帰る途中の3人の鼻に甘い香りが届く。

 出所は考えるまでもない。もう目の前に学園や学生寮が見えている。おそらくはチョコレートを購入したウマ娘たちが試作品でも作っているのだろう。

 

 風が弱いとはいえ、まさか敷地の外まで香りが流れてくるとは。もしかして全員が一斉にチョコレートを溶かしているのかもしれない、そんなことを笑いながら話しつつ寮に近付くと──。

 

 

 

「「「甘ッッ」」」

 

 

 

 そこには甘い空気(物理)が広がっていた。

 

 冗談のつもりで話していた全員一斉チョコレートクッキング。嘘から出た実というものか、近寄るだけでも胸焼けがするんじゃないかというレベルで空間そのものが甘ったるい。

 刺激臭でもなければ悪臭でもない、けれども踏み込むことに恐怖を感じるぐらいには鼻がムズムズする。中で作業しているウマ娘たちは平気なのか? いや、もしかしたらとっくにマヒしてよくわからなくなっている可能性もある。

 

 

 ────。

 

 

「それで俺のところに逃げてきた、と。いま外そんなことになってるのか……。それはなんか、タキオンがまた変な薬をぶちまけたとかじゃなくて?」

 

「それなら避難してる子がいるんじゃないかな。ちょいと信じられないが、チョコ作りのニオイで間違いないと思う。しばらく帰るのは遠慮したいところさね。──それで、フジ、いったいどうしたんだい?」

 

「やぁ……ヒシアマ……。こんな格好で……失礼……する、よ……」

 

 調理器具が充実しつつ避難先として適当な場所。サブトレーナーのトレーナールームまで移動してみれば、部屋の中ではフジキセキが彼の膝枕で横になっている。

 本来ならば羨ましい光景なのかもしれないのだが、如何せんフジの顔色はあまりよろしくない。耳も尻尾もペタンと垂れ下がり、本気で具合が悪いのが一目瞭然だ。

 

「実は、その……甘いものがね。私は……そんなに得意でなくてね……。少しくらいなら、ポニーちゃんたちとお茶を楽しむ程度なら……だけど。さす、がに……ここまで、と、なる……とね……」

 

「とにかく甘ったるい匂いから逃げたいっていうからさ。大急ぎでビーフシチュー仕上げて、落ち着くまでここでゆっくりしてもらおうかと」

 

「助かるよ……サブトレさん……。あぁ、本当に美味しそうなイイ香りだね……カフェテリアのとも違う、家庭的な……。うん、とても癒されるよ……」

 

「甘い匂いで倒れたからしょっぱい匂いで治療ってアリなのか?」

 

「なんだか海水に砂糖を入れたら真水になるみたいな理屈を思い出しますねぇ~」

 

「最近、知れば知るほどフジのことを遠くに感じるよ……」

 

「……ふぅ。だいぶ落ち着いたよ、ありがとう。エンターテイナーを名乗っておきながらバレンタインデーに倒れるなんて、なんとも情けない姿を見せてしまったね」

 

「気にするな。俺の料理で喜んでくれるならトレーナーとしても嬉しいからな。それに、食べ物の好き嫌いくらい誰にだってあるさ。なぁブライアン?」

 

「む。私はちゃんとどんな肉でも美味しく食べるぞ」

 

「まぁ~ブライアンさんならワニでもクマでも躊躇なく食べそうではありますが」

 

 

<ピロンッ♪ 

 

 

「おや、メッセージが届い──」

 

「どうしたフジ、なにか問題が──」

 

 着信音に反応して端末を操作していたフジキセキの動作がピタリと停止し、それを後ろから覗き込んだサブトレーナーの動きも止まる。

 いったい何事があったのか? それほど深刻なトラブルでも起きたのかと3人もタブレットのメッセージをチラリと確認すると。

 

 

『フジ先輩ッ! 手作りチョコに挑戦してみたので味見をお願いします!』

 

 

<ピロン♪ 

 

<ピロン♪ 

 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

 

 

 キセキのウマ娘は交友関係が幅広く、多くのウマ娘に慕われ憧れられている。だが、このときばかりはそれを憐れと思わずにはいられない。

 頼れるという意味ではヒシアマゾンも負けていないが。メッセージがこないのは、おそらく彼女が買い物に出掛けたのを見ていたため、学園にいないかもしれないと遠慮したのだろう。

 

 

「これは……試練さ……。甘味に打ち勝てという試練と私は受け取ったよ……。ウマ娘の成長は……未熟な味覚に打ち勝つことだとね……。君もそう思うだろう? ヒシアマ」

 

「そんなスゴみを出して語るほどイヤなのかい。だったらこの際、断ったらどうさね? たまにくらい自分の都合を優先したって誰もガッカリしやしないだろうし」

 

「それこそまさか、だろう? ポニーちゃんたちの期待を裏切るなんて、私にはできないよ。……ねぇサブトレさん。無事に味見を乗り越えることができたら、私のワガママをひとつ、叶えてもらってもいいかな? また私に膝枕をしてほしいな」

 

「えーと、まぁ。それくらいなら」

 

「ついでにシチューもあーんで食べさせてくれるかい?」

 

「膝枕で? それ食べにくくないか? なに、ウマ娘の間であーん流行ってんの? いいけどさ」

 

「おいフジ貴様」

 

「さりげなくない要求の追加、私だって見逃しませんよそんな露骨なの」

 

「──っし! さぁ、夢の舞台の始まりだ! それではさっそくポニーちゃんたちに会いに行ってくるよ。なに、私はキセキのウマ娘。この程度の困難サクッと乗り越えてみせるとも! アデューッ!」

 

 

 ────。

 

 

「大丈夫かな……。耳も尻尾も垂れたままだったし、空元気だったけど……。とりあえずビーフシチューかき混ぜながら待ってるか」

 

「ノリノリでフラグ立てる程度には回復してたみたいですけどねぇ~。あ、サブトレさん。ビーフシチュー少しいただいてもいいですか? 遅めのお昼ごはんですが、せっかくなので煮込みハンバーグでも一緒に作って食べましょう!」

 

「そういやフジの看病でメシ食ってなかったな。それじゃあ挽き肉とパン粉と──」

 

「……ま、ちょうどいいか。ほらブライアン、アタシらも用意するよ」

 

「そうだな、サブトレの作ったシチューは絶品だからな。ヒシアマさんはパンと白米とどっちがいい?」

 

「食事の準備してんじゃないよ。今日はアンタも作る側だろうが」

 

 

 後日。

 

 突然バレンタインフェアが冬の味覚フェアに差し替えられたが、そのことに対して不満の声を上げる者はスタッフ含め誰もいなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 

「ハハッ! 待ちなよタキオ~ン♪ そんなに逃げることはないだろ~♪ ちょっと私とゆっくり話をしようじゃないかァァァァッ!!」

 

「ちょ、ま、フジッ!? そんな、そんな怒ることないだろうッ!? ちょっとしたお茶目じゃないかッ!! 安全性だって自分で確認してるよッ!! 待って、本当に待ってッ!! なんでそんなに怒るのだよォォォォッ!?」

 

 

「おや、珍しい光景だね。タキオンのヤツ、いったいなにをやったのさ?」

 

「いやぁ~、どんなに可愛いイタズラでも間が悪いとカチンと来るものでして。なんでも、フジキセキさんのお茶にその、よりにもよって3時間ほど味覚が全部チョコレートになる薬を少々」

 

「あっ」




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『北の大地・距離2000』
『異次元の逃亡者』
『塩こんぶ』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。まずはおさらいカカオは80%から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先頭の景色しか見えてない

前回のあらすぢ。

ナリタブライアンは 炒り卵の作り方と 明太子のほぐし方を マスターした !



「お祭りといえばゴルシ、ゴルシといえばお祭り。中央トレセン学園最強のお祭り女ことゴールドシップ様の手にかかれば、冬の寒さもオリュンポス大噴火並みにホットに早変わりだぜッ!」

 

「たしかに盛り上がったけどね? 盛り上がりの意味合いが違うよね? イベントスタッフやお客さんからはメチャクチャ感謝されたけどさ、お前ホントに……お前なぁ……」

 

「はふっ、はふっ……。この子持ちコンブの竜田揚げ、とっても美味しいね」

 

「そうね。プチプチした食感が面白いわ。こういうとき、アイヌ語ではなんと言うのかしら?」

 

「えっとね、ヒンナって言うんだって」

 

「そう。とってもヒンナね、ライス」

 

「うん! ヒンナヒンナだね♪」

 

 

 北海道で開催されたとあるイベントに参加したリブラ御一行。レース前の催し物も一段落して控え室にいる彼女たちは、お祭りの会場のいろんな人から渡された差し入れをモグモグと楽しんでいた。

 なんでそんなことになったかといえば、もちろん理由なんてゴールドシップ以外にない。とはいえ、彼女の名誉のために言っておくが好き勝手にイベントを引っ掻き回したりしたワケではない。

 

 ウマ娘の身体能力を活かしたダンスのお披露目の最中に、ひったくりが発生したのだ。もっとも、事件発生から確保までは電撃6ハロンよりも一瞬で終わったが。

 

 なんでそんなことになったかといえば、もちろん理由なんてゴールドシップ以外にない。せっかく皆がお祭りを楽しんでいるのを邪魔した時点で1アウト。被害にあったのが子どもというので2アウト。逃げる最中に老夫婦を突き飛ばしたことで3アウトである。

 

 キレたゴルシはハリウッドのアクション映画の如く展示物や店舗の屋根を軽快に駆け抜け、手頃な棒を引っこ抜いて天高く跳躍。そのまま槍のように投擲して、逃げる犯人グループのひとりが身に付けていたコートを地面に縫い付けた。

 そしてフワリと棒の上に着地すると、突然の出来事に動きが止まった犯人グループたちを睨み付ける。勝ちを逃したとはいえGⅠレースの勝負の世界を知る気迫、そして追い込みウマ娘ならではの重力が倍増したかのようなプレッシャー。アイヌの民族衣装をイメージしたステージ衣装を着ていたこともあり、神秘的かつ恐ろしく冷たい眼をした狩人を前に、もはや逃げる気力など残るワケがない。

 

 もしかしたらコイツのことだ、あえて派手にアクションして捕まえた可能性もある。そうリブラトレーナーは考えていた。目立つためではなく、ひったくりにあった子どもたちの思い出が苦いものにならないようにだ。

 きっとあの子たちは今日の出来事を『ものすごく格好いいウマ娘のお姉ちゃんに助けてもらった』というプラスの方向で記憶するだろう。ヒトのほうはともかく、ウマ娘の子は将来競走バになりたい、なんて言い出すのではかろうか? 

 

 

「お邪魔しますッ! レースの前にご挨拶に参りましたッ! 優等生たるもの、勝負の前に互いの健闘を祈ることは忘れませんッ! スズカさんッ! 今日はよろしくお願いしますッ!!」

 

「え、えーと。そうね、よろしくお願いするわ……」

 

 イベント用の勝負服に身を包むやる気絶好調のサクラバクシンオー。受け答えするサイレンススズカはやや苦笑いである。

 なにせ今回のレースは距離2000。スズカにとっては慣れ親しんだ長さだが、バクシンオーの脚質にはまったく合致していない。短距離ではすでに最強の片鱗を見せている彼女だが、マイルではそのスピードにわずかに鈍りが見えるし、中距離から先は……である。

 

 そもそもの話。サクラバクシンオーとサイレンススズカの出走するレースは違う。彼女は1回目、自分は2回目のレースだ。

 

 

「よぅリブラの。さっきのゴルシは激ヤバだったな。さすがは中央の破天荒。あ、この唐揚げ美味そう。ひとつもらうな、ありがとう」

 

「返事待たないで食ってるじゃないか……。それで? ピスケスの。なんでバクシンオーなんだ? まだスマートファルコンのほうが勝ち目がありそうだが」

 

「んー? そりゃお前、ファル子は舞台のほうやりたいって言うし。パーマーのヤツもな。ま、公式戦じゃないから、黒星にならんところで経験積ませるのもアリでしょ。私はこれでもウマ娘思いなのだよ」

 

 チーム・ピスケスの若手トレーナーがとぼけたように笑ってみせる。本人がやりたいことを最優先に、というのはリブラトレーナーも同感である。他人のやり方に口出しするほど偉ぶるつもりはないが、ならば自分はウマ娘の自由を尊重するやり方に徹底的に拘りたい。

 もちろんトレーナーとして大ケガにつながりかねないムリならば絶対に引き止めるが。目の前の女性もそれは同じはず。ならば……まぁ、いいか。バクシンオー本人が楽しそうにしてるんだし、あまり野暮なことは言うまい。せっかくのお祭りなんだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今日からオレの伝説が始まる。

 

 北海道トレセン学園に所属するウマ娘、ワンダフルボディがニヤリと薄く笑う。重賞どころかオープン戦ですらないイベントレースだが、大観衆に自分の実力を見せつけるチャンスである。ウマソウルも早く走りたいと昂って仕方ない。

 チームではすでに自分に勝てる者はいない。いずれ先輩たちも全て置き去りにし……まずは北海優駿。次に東北。そのまま日本ダービーで中央を破り──最後にオレが残る。

 

 かつての中央ならばもう少し警戒したかもしれない。だがいまの中央はどうだ? 我が物顔で独占していたGⅠを次々と手放した。すでにメッキはポロポロと剥がれ落ちたのだ。

 それに焦ったのか、今度はURAファイナルズなどという新レースを開催して誤魔化そうとしている。ハッ! とんだお笑い草だ、そんな根性無しどもにどいつもこいつもビビってやがる。

 

 ──さて、そろそろレースの時間だ。お遊び気分の中央のお嬢様たちに、本物の走りの“領域”ってヤツを見せてやろうじゃないか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ファンの歓声の中、得意とする先行の位置で虎視眈々と前を狙うワンダフルボディ。中央から参加しているウマ娘は全部で5人。ひとりは序盤から先頭を逃げ続けている。

 やはり中央の強さなど幻想でしかないようだ。先のレースでも中央のウマ娘は同じように先頭を逃げていたが、ソイツは威勢がいいだけで残り200あたりで結局息切れを起こし2着で終わっている。

 ペース配分も出来ないようなお粗末な走りをする連中に敗ける理由などない。ワンダフルボディはラストスパートに向け集中力を高め──己の領域に踏み込んだ。

 

 

 彼女がイメージしたのは、鋼と岩と砂の荒野。

 

 

 勝つために必要なのはパワーだ。全てを踏み越えて、あらゆるウマ娘たちを押し退けて前に進むための圧倒的なパワー。それこそが最強のウマ娘の条件なのだ。

 この圧倒的な加速力こそがオレの必殺の走りッ! 見ろ、先頭を走るヤツの背中があっという間に目の前に……目の前に、目の前に? ……こないな。

 

 チッ、さては先のレースで中央が敗けたからムキになって必死に逃げてやがるな? 仕方ない、万が一ということもある、オレもペースを上げて早めに“へし折って”やるとするか。

 そぉら、距離が詰まってそろそろ横に並ぶぞ? 限界ギリギリの情けないツラをオレに見せてみろッ! 

 

 

 

 

「静かで広くて空も澄んでいて……すごく走りやすい。とてもステキな領域ね……!」

 

 

 

 

「めっちゃキラキラしてるッ!?」

 

「あら、こんにちは。もしかしてここは貴女の領域なのかしら? どこまでもまっすぐ続く広い大地……さすがは北海道のウマ娘ね。点数をつけるなら100点満点中98点といったところかしら」

 

「世間話のノリで人の領域に点数つけてんじゃねぇよッ! しかもメチャクチャ評価高ぇしッ! つーかなに普通に和やかに話しかけてんだよッ!? 勝負中ッ! いま勝負の真っ最中だからなッ!?」

 

「? レースの最中にほかのウマ娘と会話をしていけないなんてルールは無かったと思うんだけど……。あっ、もしかしてこっちではそういう決まりがあるのかしら? ごめんなさい、私ったら勉強不足で」

 

「ルール以前の問題だよッ! テメーが不足してんのは勉強じゃなくて常識だよッ!」

 

「常識……そうね、貴女の言うとおり自分を基準に考えるのはよくないことだわ。私、昔から走ると周りが見えなくなるクセがあるの。この前もターフでの練習に集中し過ぎてトレーナーさんをダートから掘り起こすのが遅れてしまったし」

 

「トレーナーをダートから掘り起こすって何ッ!?」

 

「言葉通りの意味だけれど──ハッ!? ご、ごめんなさい! 自分を基準に考えるのはよくないって言ったばかりなのに……。そうよね、トレーナーさんがダートに生えてないトレセン学園だってあるはずなのに……本当にごめんなさい……」

 

「普通トレーナーはダートに生えてねぇよッ! 中央じゃトレーナーはダートから収穫してんのかッ!? そこはせめて畑とかだろッ!!」

 

「えっと、さすがに畑からトレーナーは……。あっ、もしかして人間と人参をかけたダジャレなのかしら? フフッ、貴女って面白いウマ娘ね」

 

「オマエの頭ン中が勝手に100倍面白いことになってんだよォォォォッ!!!!」

 

 

 ────。

 

 

「わぁ! やっぱりスズカさんはスゴいねお姉様ッ! ずっと先頭を自分のペースで走ってる……。このまま押し切れるかなぁ?」

 

「ひとり、しっかりとマークしている子がいるが……勢いにのったスズカなら失速する心配はないだろう。アイツが走りで油断する、なんてことも考えられないし」

 

「お、そうだな。……スゲーなスズカのヤツ。あれもささやき戦術に入んのかな? 今度ゴルシちゃんもマネして──いや、さすがに相手が可愛そうだな。試すならジョーダンあたりか」

 

 

 ────。

 

 

「クソッ! そもそもなんでテメェ普通に走れてやがるんだッ! この荒野はオレの領域なんだぞッ!? ターフしか走らねぇような中央のテメェが……そんな細い身体のどこにそんなパワーが──ッ!?」

 

「たしかに私はターフが好きだけど……別にダートを走らないワケじゃないし……。あ、ホラ! 慣れ親しんだコースもいいけれど、たまに気分転換で違うコースを走ると新鮮で楽しいでしょう? 例えるならそう、お汁粉にそっと添えられた塩こんぶがいい口直しになるみたいに」

 

「人の領域を気分転換に使ってんじゃねェェェェッ!! しかも塩昆布扱いとかお前ッ! そこはもう少しマシなもので例えろよッ! せめてレースに関係する話で例えろやァッ!!」

 

「もしかして塩こんぶは苦手だった? そう……なら、豆大福ならどうかしら?」

 

「そういう事じゃねぇよッ! しかも豆大福とかぜんぜん口直せてねぇよッ! 豆と豆と豆が被ってトリプルティアラになってんだよッ!!」

 

「──ッ!! 豆が被るとティアラを被るを掛けて……ッ! これが北海道のウマ娘の実力なのね……ッ!」

 

「あ゛あ゛も゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッ!!」

 

 

 ────。

 

 

「敗けた……このオレが……あんなふざけたヤツに敗けたってのかよ……ッ!!」

 

 先行策を得意とするウマ娘がスパート前に逃げウマのペースに合わせたらどうなるか? もちろんスタミナ管理ミスで最後に垂れることになる。

 中盤戦から完全にサイレンススズカのリズムに巻き込まれたワンダフルボディの結果は4着。最終コーナーで差をつけられ、ラストスパートでスズカの走りに領域を塗り替えられて一気に突き放されたのだ。

 

「……いいや、そうだ。こんなイベントじゃあオレは本気で走れねえだけだ。きっと無意識に加減しちまったに違いねぇ。本番なら、本気のレースなら中央なんかに敗けるはずがねぇんだ……。 北海ダービーなら、()()()()()()()ならオレが敗けるはずがねぇッ!!」

 

 道産子ウマ娘ワンダフルボディ。彼女の七難八苦の道程はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「お疲れスズカ。相変わらず見事な逃げっぷりだったな。トレーナーとしても安心して見ていられるレースだった──なんでまた左回りやってんの?」

 

「あの子……途中からペースが落ちて……それに、なんだか表情も暗かったような……。そんなに塩こんぶがイヤだったのかしら……? もっとほかにも良いものが北海道にはあるというの……? あの、トレーナーさん」

 

「おう。なにかさっきのレースで気になることでもあったか?」

 

「北海道で、しょっぱい食べ物で美味しいものって、なんでしょう?」

 

「しょ、しょっぱい? こりゃまた変わったリクエストしてくるな……。ん~、定番だとじゃがバターだが……そうだな、ジンギスカンとか美味いんじゃないか? やっぱ北海道が一番有名だし」

 

「ジンギスカン……。トレーナーさん、その、ジンギスカンを食べに行くというのは可能でしょうか? せっかくですし、私、もっと北海道のことを知りたいんです。北海道のお汁粉について理解するためにも!」

 

「そうか。言ってることは全然理解できないがジンギスカンが食べたいことだけはわかった。ライス、ゴルシ。お前たちはどうだ? スズカも勝ったし、お前たちのステージも好評だったし、北海道の美味いもんでお祝いってのは」

 

「えっと、羊のお肉の料理なんだよね? そういえば1度も食べたことないかも……。うん、ライスも食べてみたい!」

 

「おぅ、アタシもそれでいいぜ! ……スズカ、一応言っとくけど、たぶん焼肉屋にお汁粉はねーからな?」

 

「ウソでしょ……?」

 

 スズカのお汁粉への謎の熱い想いはともかく。こんなこともあろうかと日程には余裕を持たせてあるので、しばらく北海道で羽を伸ばすのも悪くない。

 ゴールドシップがなにかをやらかしたり、ライスシャワーの()()が重なったりを警戒していたが、とくに何事もなかったので観光する時間は充分だ。

 

 ついでに、次のレースの目星を付けるのもいいかもしれない。地方レースのGⅠ認定の話が出て以来、各地の競バ場は大いに賑わっている。

 もともと重賞にこだわりがなく走ることそのものを楽しむサイレンススズカというウマ娘には、北海道ならではの広々とした空間……空気感のほうが適切か? ともかくのびのびと走る姿は担当トレーナーとしても見ていてホッとする。

 北海道から始めて日本各地にファンを増やし、いずれは宝塚記念でも。そんなことを考えつつ、リブラトレーナーは車にエンジンをかける。そのファンの中から『日本の総大将』と呼ばれるウマ娘が誕生することは……もちろん、いまの彼女には知る由も無い。




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『マイルのたくさん食べる方』
『マイルのいっぱい食べる方』
『ヤクイニック城攻防戦』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。牛乳鍋がオススメです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新天地、周知の羞恥、How much?

前回のあらすぢ

おしるこを提供する焼肉屋は実在するそうです。きっとメニューにおしるこを見つけたサイレンススズカは『北海道◎』のヒントを得たことでしょう。

※北海道は広大な大地です。ノリと勢いだけで旅行しようとすると日程の大半が移動で潰れます。計画は冷静かつ慎重に立てることを推奨します。


 その走りは風か光か。

 

 ターフを駆ける白いイナズマ、そのウマ娘の名は──タマモクロス。

 

 

 出走するウマ娘には“二つ名”というものが付けられることがある。ファンの間で自然と呼ばれるパターン、学園やトレーナーが付けるパターン、そしてウマ娘が自分で名乗るパターンなど、条件は様々だ。

 タマモクロスは自分で名乗ったパターンである。芸人気質というか、お祭りごとなど楽しく騒げるならばトコトン盛り上げたい彼女としては、二つ名は見逃せない要素であった。

 

 だが……いざ名乗るとなると、これがなかなかネタが出ない。当たり前と言えば当たり前である。思い付いたそのときはまだタマはメイクデビューの前。二つ名を付けるにも実績が無いのである。

 友人たちや同じチーム・ジェミニの仲間、担当トレーナーなどに相談しつつも言い案がポンポン出てくるほど都合良くもなく。

 

 藁にもすがる思いでサブトレーナーのところに相談に行けば──光の速さで「じゃあ白いイナズマで」と即答された。ついでに煽り文句もセットでプレゼントである。よっしゃ! その案いただきやぁッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「タマ、すっかり人気者だね。さっきの子どもたち、すごく目がキラキラしていたよ」

 

「いや~、やっぱ嬉しいモンやなぁ~♪ まだ重賞も走っとらんのに、あんな喜んで応援してくれるっちゅうのは。でもライアンも負けとらんやろ? さすがはメジロのエースやな!」

 

「あはは……。メジロのエースだなんて大げさだと思うんだけどな……。あ、もちろん応援してくれるファンの期待には全力で応えるつもりだけどね! レースで勝負することになったら、当然タマが相手でも容赦はしないよ?」

 

「そんなんウチかて同じ、むしろ望むところや! やっぱライバルっちゅうモンはアレや、本気でバチバチ火花散らしてやり合ってナンボや! ……ところで、そろそろ時間やけど、場所、ココで合っとるよな?」

 

「うん、駅前の噴水広場ってほかに無いし……。やっぱり私服じゃなくて制服で来たほうがよかったかな?」

 

「失敗したなぁ。写真があるからウチらは相手の顔知っとるけど──あっ」

 

「どうしたのタマ、もしかして見つけ──あっ」

 

 

 

 

 

 

「これがニホンのバーベキュー・チキン“ヤキトリ”なんデスネッ! ソイソースの香りにほんのりとスィートなニュアンス……んん~ッ♪ とっても美味しそうデースッ!」

 

「あぁ、やはり職人さんが手掛ける焼き鳥は素晴らしいな……ッ! 鶏肉を串に刺して焼く、言葉にすれば簡単だが、美味しい焼き鳥を焼くためには何年もの修行が必要だという……」

 

「アメージングッ! つまりこのヤキトリはヴィンテージということですネッ!」

 

「えっと、その……お嬢さんたち、一本味見してみるかい?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はむっ……オグリキャップだ。これから世話になる。よろしく頼む」

 

「むぐっ……タイキシャトルデースッ! ヨロシクブシドーのほど、お願いしマースッ♪」

 

 トレセン学園の3月は一般的な学校よりもだいぶ忙しい。卒業式と入学式が同時期に行われるので、ヒトもウマ娘も大勢入れ替わるからだ。

 皐月賞、桜花賞、天皇賞と大きなレースが4月に集中しているため、どうしても学生的なイベントは3月にずれ込む。もっとも、3月も大きなレースはいくつもあるのだが。

 

 ともかく。そんな事情で学園スタッフもトレーナーたちも忙しく、地方からの転入生・オグリキャップと海外はアメリカからの留学生・タイキシャトルをタマとライアンが迎えに来たのだ。

 

「あー、うん。焼き鳥はな、うん。外国からの観光客にも人気やもんな……うん。なぁライアン、もうふたりまとめてアンタにぶん投げてええか?」

 

「あっはっは! いやだなぁタマ、絶対に逃がさないに決まってるよ? えーと、私は中央トレセン学園チーム・レオのメジロライアンだよ。タイキシャトルさんとは同じチームになるね」

 

「ノンノン、ライアン! Please call Me“タイキ”デース! これからはフレンドとしてもライバルとしてもセッサアクマするのですから、ナカヨクしまショウッ!」

 

「切磋琢磨ね。うん、わかった。それじゃあ遠慮なくそう呼ばせてもらうよ、タイキ。これからよろしくね!」

 

 

「ほんでウチがチーム・ジェミニのタマモクロスや! オグリキャップはウチのチームメイトになるな。これからよろしく頼むでぇ~」

 

「タマモクロス、私のことはオグリと呼んでくれてかまわない。向こうでも友人たちに、それから師匠にもそう呼ばれていたからな」

 

「ほなウチのこともタマでええで。ま、レースはレースとしてな、学園では仲良くしようや!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ウマ娘のパワーであればひとりで家電製品だって持ち運びはできる……が、それはそれ。どれだけ筋肉を鍛えても腕は2本しかないのだ。というワケで宅配便とは別に持ってきたオグリとタイキの荷物をみんなで手分けして駐車場を目指す。

 それじゃあまずは運転手さんに挨拶を……というタイミングで、それまで和やかに話していた新人ふたりがピタッと黙る。いったい何事かとタマもライアンも首を傾げるのだが──。

 

「えーと……なんかふたりとも固まってんだけど。つーか、なんか摩訶不思議な視線を感じるんだけど。なぁタイシン、俺、なんか格好とか変かな? ちゃんとしたスーツ着てきたつもりなんだけど」

 

「その子たちのその反応は正解だから。アンタは気にしなくていいヤツだよ。ほら、さっさとエンジン回しなよ」

 

「そ、そうか? それじゃ荷物は後ろを自由に使ってくれていいから」

 

 

 …………。

 

 

「Amazing……Can not believe it……」

 

「そんな……まさか……。師匠から聞かされたときは、私の緊張をほぐすための冗談だとばかり……」

 

 あ、そういうことか。

 

 タマモクロス、メジロライアン再起動。

 

 そりゃそうだ、男性トレーナーの存在は大々的には知らされていないのだから。いきなり目の前に現れたのだ、ふたりにしてみればいったいなんのドッキリなんだという話にもなるだろう。

 ならば説明のひとつでも……と思ったものの。そういえば彼のプライベートな情報はほとんど知らない。中央にはスカウトされて来たんだっけ? いや、サブトレーナーさんはあまり名誉とかに魅力を感じるタイプじゃなさそうだし。

 

「そろいも揃ってなにボンヤリしてんの。ほら、さっさと車乗りなよ。オグリキャップにタイキシャトルだっけ? アンタたちの歓迎にアイツが焼肉屋連れてってくれるから」

 

 ナリタタイシンが発した焼肉というワードで多少は落ち着いたのだろう。オグリもタイキも車に荷物を積み込んで乗り込むのだが、どこか借りてきた猫のようにソワソワと落ち着かない。

 タマとライアンがお互いの自己紹介などで緊張を解そうと試みているものの、浮わついた雰囲気はなかなかしぶとく残り続けている。

 

 まぁね、競走バなんて家族以外の男とプライベートで接する機会なんてそうそうないし? まして男性トレーナーとなれば気になるのはわかるけどさ。

 だからってそんなにモジモジしてるんじゃないっての。そりゃね? 車なんてこういう閉鎖的な空間だし、アタシらウマ娘的にはこう……独特のニオイとかそういうのに反応しちゃうのはわかるけど。

 

「タイシン」

 

「んっ」

 

 サブトレーナーに名前を呼ばれたタイシンが、ポチポチとタブレットを操作して焼肉屋の予約を済ませる。

 

 まったく、名前呼んだだけでアタシを使うとか何様のつもりだっつーの。たしかにアタシは中央で最初に、一番最初にアンタの指導を受けたウマ娘だけど。アンタのトレーナーとしての仕事で一番の古株のウマ娘だけど。一番付き合いが古いし深いから細かい説明無しでも意志疎通できると思われるのも仕方のないことだけど。ブライアン? アイツはただ道案内してただけでしょ。走りはともかく立ち位置とか最初から眼中にないし。前のトレセンのウマ娘? ハッ! いまはコイツ中央のトレーナーなんだから勝負にすらならないし。こういうのは時間の長さより深さだってことくらい、普通の神経してたら説明するまでもなく理解できることじゃん。ホラ、やっぱりコイツの相棒はアタシしかいない──ん? それだと名前だけでも意図を汲み取るのはアタシの役目ってことになるのか。じゃあ仕方ないハナシだね、担当じゃなくても相棒なワケなんだから。たまたま出掛けるところにタイミングよく鉢合わせするのも必然だったワケでしょ? 

 

「予約、とれたよ。ちょうど個室」

 

「お、サンキュー。しかしオグリもタイキもこう……思ったより大人しいな。ま、初対面だし緊張するのもしょうがないか。メシ食って少しは打ち解けられるといいんだけど」

 

「まぁ……大丈夫じゃない? ってか、やっぱあのふたりもアンタが面倒見るワケ?」

 

「どうかなぁ。トレーナーが付くこと決まってるならあんまり口出ししたくないんだよなぁ。変なクセ付けちゃうと申し訳ないし、別にスキルの走りは俺の専売特許じゃないし。特にタイキは樫本チーフだろ? あの人なら確実に強いウマ娘育てられるだろ。決勝で何度目覚まし時計使わされたか……

 

「ふーん、あっそ」

 

 ほかのトレーナーの仕事には割り込まない。うん、いい心掛けだ。それはとても素晴らしいトレーナーとしての矜持だ。ご褒美にウーロン茶のお酌くらいしてやるか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 タマとライアンの努力もあり落ち着きを取り戻したオグリとタイキ。いざ平常心を取り戻すと、今度は焼肉に心が踊りだす。

 なにせ目の前のお店は大衆向けというよりはやや高級路線。気取るほど敷居は高くないけれど、たまの贅沢として利用するにはかなり奮発する部類であることが外観からもわかる。

 特にタイキシャトルは如何にも“和風”という内装にも大喜びである。彼女が外国からのお客さんということを察したのか、店員さんもほかのお客さんたちも微笑ましい視線を向けていた。

 

 もしも彼が油で汚れるのを嫌ってトレーナーバッジを外していなければ、あっという間に騒ぎが起きていたかもしれないが。

 

 

「さて、支払いは先に店員さんにカード渡してあるから、ストップがかかるまで遠慮なく食べてくれ」

 

「ふむ。自分で言うのもなんだが、私はほかのウマ娘よりも少し食べ過ぎるらしいんだ。だから、その。……本当に好きなだけ食べてもいいのか?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 ぱぁっ♪ と表情が明るくなるオグリキャップ。自由に注文していいと言われて喜ぶタイキシャトル。そしてそこまで言うならとちゃっかりお値段お高めの自腹では絶対に頼まないようなお肉を注文するタマモクロス。ナリタタイシンはメニューからブランド物である愛媛のにんじんを見つけてタッチパネルをポチる。

 

 ただひとり、メジロライアンだけが本当にいいのだろうかと出遅れていた。なにせ先ほどチラリと見えたのだが、サブトレーナーが店員さんに渡していたカードの色は白金に輝いていた。ウマ娘の食事支払い用のカードは入金されている金額で色が変わるが、アレはメジロの家でもそんなに見かけることのないランクのカードだ。

 え? ここってそんなに高級なお店なの? いや、でも、予約してたのはタイシンだったし……えぇと、本当に大丈夫なのかな……。

 

 少しはセーブするべきだろうか? そんなふうに考えていたライアンだが、しばらくしてオグリとタイキの前に並ぶ皿の数にそういうことかと納得していた。

 

「はぐ、はむ、んぐ……ッ! ふむ、牛肉ばかりだとバランスが悪いな。次は豚肉と鶏肉も頼んでみよう」

 

「ん~♪ このバーベキューソースもとってもデリシャスッ! ほかほかのライスとのコンビネーションもバッチリですネ!」

 

 ヒトや一般ウマ娘に比べてたくさん食べる自覚はあるが、それにしたってふたりの食欲はかなりスゴい。ちゃんと焼けているのを食べているのか心配になるレベルで次々とお肉が消えていく。

 

「食いねぇ食いねぇ。食うに追い付く病なし、ってな。ホラ、お前たちも遠慮すんなよ~」

 

「お、おう……。いや、ウチもトレセン来てからそこそこ食う量増えたけどな? さすがにこのペースはムリやって……」

 

「アタシも遠慮なく食べてるけどさ……アンタ、本当に大丈夫なワケ? その、サイフ的な話で」

 

「フッ……サブが冠に付くとはいえ、トレーナーを甘くみないことだな。この程度、最初から想定済みだ。食事の出費については向こうにいるときからURAに何度も呼び出しくらってるからな。いまさらこの程度では誰も驚かんのだよ」

 

「あはは……変な方向で信頼されてるんだね……。あ、トレーナーさん。ワイシャツ脱ぐならこっちにハンガーあるよ」

 

 焼肉を食べているうちに暑くなったのか、ネクタイを外すサブトレーナー。気を利かせたライアンがワイシャツごと受け取ってハンガーにかける。

 

 

「「────ッ!?」」

 

 

「あ、このにんじんメッチャ美味いな。甘さがダンチや。これ頼んだのタイシンか?」

 

「ん。愛媛のにんじんは頼むでしょ。学園の畑のヤツも悪くないけど、たまにはね」

 

「焼いても生でも美味しいのはさすがブランド──あれ、ふたりともどうしたの?」

 

「い、いやッ!? なんでもないぞッ!?」

 

「イ、イエスッ!! ノープロブレムッ!!」

 

 

 ────下着姿だとッ!? 

 

 

 オグリキャップは驚愕した。当たり前のように食事が続いていることに。この状況なぜ誰もなにも言わないんだ!? 都会の男性は大胆だと聞いたことはあるが……これほどまでに違うのかッ!? 

 タイキシャトルは驚愕した。周囲に女が、それもウマ娘がいるのに平然と脱いだことに。みなさんノーリアクションですヨッ!? まさかニホンのトレセンではこれがEverydayッ!? 

 

 

 かつての3人であれば新人ふたりの驚きを察することもできたのかもしれない。だが、オグリとタイキの心情を読み取るには彼女たちはあまりにも()()()()()

 

 特に用事もなくサブトレーナーのトレーナールームに入り浸るタマモクロスとナリタタイシンはいまさらシャツ一枚くらいで驚かない。そもそもたまに部屋の隅っこに洗濯したお宝──もとい、衣類が干してあるので見慣れたものだ。

 メジロライアンに関しては初期にトレーニングルームを一瞬で領域・筋肉秘宝館に早変わりさせられた経験があるので尚更である。

 

 まぁ、慣れたといっても時と場合とシチュエーション次第ではまだまだ振り回されているのだが。

 

 日向に置きっぱなしになっていたスポーツドリンクを温くなるといけないとライスシャワーが気を利かせて運ぼうとして案の定盛大に転び、結果サブトレーナーが全身スポドリまみれになったときのターフの静けさは時が止まったかのようだった。

 濡れてピッタリ肉体に張り付く白シャツと甘酸っぱい香りで包まれた彼。その液体の正体が果糖やクエン酸であることを承知でも思春期女子にとってはアレな素材として充分なのだ。発想は自由に、妄想は手堅く。これこそ日本の若者の権利“思想の自由”である。

 

 ちなみにその事件以来、ライスシャワーが廊下を歩いていると後輩たちが壁に並んで頭を下げて挨拶するようになったとかなんとか。ライス先輩、お疲れさまッスッ!! その中に生徒会長を含む上級生が混ざっていたというウワサもあるが真偽のほどは定かではない。

 

 新しい生活に期待と不安が入り交じったワクドキを感じていたオグリキャップとタイキシャトル。いまは違う意味で期待と不安が止まらない。まさかこの場で問い質すワケにもいかず、とりあえずお肉をガツガツ食べることでザワついた気持ちを落ち着けるしかない。

 

 中央トレセン学園。いったい自分たちには何が待ち受けているのだろうか……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、お店を出るときに『大変申し訳ありませんが、次にご来店いただく際には事前に……できれば1週間ほど前にご予約いただけますと……』と店員さんに頭を下げられている彼の姿を見て、やっぱりブレーキを掛けてあげるべきだったかとライアンは苦笑いするのであった。




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『憧れの先輩』
『素直な後輩』
『言葉の凶器は容赦ない』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。スーツの消臭はお忘れなく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのいち

皆さまからいただきました感想を読んでいて思うところがあったのでちょっと投稿。


 ……知らない天井だ。

 

 半分ほど寝ぼけたまま、マンハッタンカフェはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 ゆっくりと状態を起こすと目の前には知らな……くないこたつがある。その上にはさまざまな飲み食いの跡。そして中央に鎮座する大きなボードゲーム。

 

 

 ──あぁ、そうか。夕べは夜遅くまでみんなで騒いでいたのか。

 

 

 事の始まりはファインモーションのひと言。せっかくの春休みだし、みんなで徹夜でワイワイ騒ぐという体験をしてみたいッ! との仰せである。

 

 普段の様子からはわかりにくいがファインは歴とした王族である。本来ならばそんな不良じみたマネなど許されるはずがない。

 だが彼女の母親である女王陛下はなんとも柔軟な思考の持ち主だったらしく、日本のトレセンにいるときにしかできないことはなんでも体験させてやりたいとアッサリと了承した。

 これが女男が逆ならばそうはならなかったかもしれない。ただでさえ王族、それも男児となれば転んで擦り傷ひとつでも大騒ぎになっただろう。幸いにしてファインモーションはSPに見守られながらもかなり自由を許されている。

 

 さて、ならばなにをしようかと話し合いになったタイミングでウイニングチケットが福引きでボードゲームを引き当てたと大喜びでやってきた。

 コズミックホラーをベースにしたテーブルトークRPG、それを初心者でも気軽に楽しめるようにすごろくのような形にまとめたものだ。

 

 フジキセキが語り部を引き受けてくれたこともあり、まさに『ゆうべは おたのしみ でしたね』といった盛り上がりであった。

 

 ゲームに慣れているナリタタイシンはバランス良く能力を割り振り全体のフォローを。

 ビワハヤヒデは調査能力を高めつつ、ここぞというときは拳で解決することが多い。

 エアシャカールはタイトルから必要になりそうな特技を絞り込んで強化。

 マチカネフクキタルは成功してはいけないときに限って大成功を引き当てる。

 ファインモーションは行動の結果がプラスでもマイナスでも大喜び。

 ウイニングチケットは体内時計がお休みのお知らせを告げたのか早々に寝落ち。

 

 ……と、なかなか個性に溢れたゲーム展開になった。

 

 最終的には──そういえば、ちゃんとクリアしていないような? そうだ、夜食を食べ始めたあたりから今年のクラシック級のレースの話で盛り上がって……そのまま全員ダウンしたのか。

 

 皆を起こさぬよう、ゆっくりとこたつを抜け出し窓際へ。3月の朝は真冬よりはいくらか寒さは和らいでいるものの、まだまだ鼻先が凍りそうな程度には冷たい。

 透明感のある空気で肺を満たし、ハッキリと意識が覚醒したマンハッタンカフェは改めて部屋の中を見回す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この部屋、くっさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニオイの主な原因は食べかけのお菓子やらインスタント食品、そしてサブトレーナーさんが差し入れてくれたいくつかの料理である。

 もちろん一晩で腐敗したワケではない。単純に様々なニオイが混沌としているのだ。食べている最中は気にならなかったが……時間を置いて、しかも寝起きの鼻にはツーンとくるものがある。

 

 それに加えて自分を含めた全員の尻尾トリートメントのニオイが実に悪さをしているようだ。

 風呂は済ませてからの集合で、どうせそのままここで寝るからとしっかり手入れをしてきたのがしっかりと効いている証拠である。それぞれのお気に入りの香りが仲良く喧嘩している状態だ。

 

 

 ──よし、逃げよう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トイレで洗顔と歯磨きを済ませたのは良いとして。またあの部屋に戻るのはちょっとためらってしまう。窓を開けっ放しにしてきてしまったが、仮に不審者が出たとしても、たぶんファインのSPさんたちが鉄壁の護りでなんとかしてくれるだろう。

 

「これは……パンの香り? そう、サブトレーナーさんが……」

 

 こたつ部屋のひとつとなり。そちらもまたサブトレーナーさんルームである。あからさまな特別待遇だが、ひとりで複数の部屋を使うことに文句を付ける者はこの学園には存在しない。

 何故なら文句を付けたら最後、彼の仕事を分担するハメになるからである。数百人単位のウマ娘の走りを分析して研究して指導できるのは、彼の人並み外れた──むしろ人から外れた? スタミナとタフネスがあるから実現できるのである。誰だって我が身がカワイイのだ、やぶ蛇など全身全霊でお断りである。

 

 

 ────。

 

 

「おはようカフェ。しっかり息抜きはできたか?」

 

「おはよう……ございます。はい、なかなか……貴重な経験でした……」

 

「それはよかった。ちょっと待っててくれ、コーヒーいれるよ」

 

「あ……はい、ありがとうごさいます……」

 

 自分で好みに調整したコーヒーもいいが、こうしてお任せで出されるコーヒーもたまには悪くない。小麦の焼けるイイ匂いに独特の焦げたような、それでもどこか優しい香りがフワリと届いてきた。

 そして……これは、にんじんのポタージュ? わざわざ朝ごはんまで用意してくれているのか。なんだろうか、実家にいるときを思い出すレベルの主夫力を感じる。

 寮の食事よりもずっと家庭的な空気で迎える朝の目覚めは心地よい1日の始まりを予感させてくれる。

 

 ただ──。

 

 

 

 

 Tシャツに直エプロンは如何なものか? 

 

 

 

 

 せめてもう1枚なにかないのか。いや、わかる。事情はわかる。サブトレーナーさんは暑がりなのは知ってるし、この部屋は暖房が効いてるほかに調理の火もあるし、トタパタと動いていれば体温も上がるだろう。

 だが下着である。考えてみてほしい、もしも女がブラジャー丸出しで歩いてきたらどうなる? ワイセツ罪で一発逮捕に決まっている。

 下は普通にデニムだが、上は下着エプロンである。なんだこの光景。ちょっと大人向けの漫画雑誌の袋とじ企画かなにかだろうか? いくら支払えばいいのか、出世払いで是非お願いします。とんだモーニングセクシーショット、目覚め、いや目醒めは確実である。絶対に初等部の校舎に近づけたらダメだなこの人。

 

 そういえば。

 

「あの、トレーナーさん」

 

「んー?」

 

「その……トレーナーライセンスを取得するときに……ご家族の方は、反対とかは……されなかったんですか?」

 

「反対はなかったかな。あぁ、俺、母親がウマ娘なんだよ。だからというか、自分の母親がウマ娘だと理解したときにはもうトレーナーになろうって思ったんだよね」

 

「いやいや……いくらなんでも早すぎる気が……」

 

「そう? それなら……三女神さまのお導きってのはどうだ? わりと運命とか、俺信じるタイプなんだよね」

 

「意外と、ロマンチストなんですね……」

 

 

 …………。

 

 なぜだろう。何処からともなく否定、いや拒否? なにかこう、強い感情のようなモノを感じるのだが……。

 

 

「あー、うん、まぁね。ともかく、小さいころからトレーナーなりたいって言ってたからか、母親は反対しなかったんだよ。父親は心配してたけどな」

 

 そりゃそうだろう。

 

 サブトレーナーさんの羞恥心の崩壊ぶりは一朝一夕で出来上がるような生易しいモノではない。芸人や男性アイドルのキャラ作りのためのわざとらしいアレとは違う、正真正銘の天然モノである。

 つまりは幼いころからこんな感じということだ。それで心配しない父親は普通いないだろう。母親のほうは……ウマ娘だから確信犯の可能性もある。婿の貰い手に困らなくて好都合とか考えていそうだ。

 

 いや、本当に。URAはよくこの人にライセンス発行したものだ。どう考えても教育者にしたらダメだろうこれは。知ってますけれどね? 真面目だし、一生懸命だし、有能なのは知ってますけれど。

 人材不足がそこまで深刻──そうか、そういえばこの人こんなんでもわりと社会人としての常識ある人だった。ただバランスが極端過ぎるだけで。たぶん面接とかは完璧だったのだろう。情熱は本物だし。

 

「ん、にんじんポタージュもイイ感じに仕上がってるな。カフェ、ここ任せてもいいか? ちょっとSPの皆さんに差し入れしてくるからさ」

 

「わかりました……全員、叩き起こしておきますね……」

 

「そこまでしなくても……。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。えーと、上着~ど~こに置いたっけ~?」

 

 

 ────。

 

 

「さて……ロールパンがキレイに焼けてますね……。たしか冷蔵庫にジャムとヨーグルトが……」

 

 ガサゴソと朝食の準備を整えるマンハッタンカフェ。となりの部屋からは眠そうな声がいくつも聞こえてくる。すぐに香りに釣られてこちらにやってくるだろう。

 全員の身支度が終わるころにはサブトレーナーさんもSPさんたちに届けて戻って──SP? 

 

 

 マンハッタンカフェ、一時停止。

 

 

 そう、ファインモーションには本国からSPが護衛として同行しているのだ。当然、彼女の身の回りの出来事を報告しているはず。

 つまり、その報告には、もちろん“彼”についての記述も含まれているワケで。

 

 仮釈。

 

 もしも、あくまでもしもの話であるが。彼を日本の平均的な男性像として向こうの人々が、いやウマ娘たちが認識していたとしたら? わりとシャレにならない文化への誤解が……。

 さすがにそれは無いとしても、だ。彼は現実として存在しているのだ。貴重な男性トレーナー、しかもウマ娘相手にまったく怯む様子が無い。婿事情に餓えている競走バが彼をゲットしてやろうと日本のレースに乗り込んでくる可能性もある、のか……? 

 

「……ふぅ。少し、ゲームにのめり込み過ぎましたか……。こんな……我ながらバカバカしい……」

 

 イメージを広げるのは領域だけで充分だ。アホなことを考えていないで、みんなに声をかけてこよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。日本のウマ娘たちは世界の強豪相手にウマソウルの強さを試されることになる。




読んでくれる人がいて。

評価してくれる人がいて。

感想をくれる人がいる。

だったらあべこべやサブトレーナーの出番のさじ加減がどうとかグダクダ考えてないでとにかく投稿しちまえヒャッハーッ!!


と、いうことで迷っていたネタをとりあえずいくつか投稿して、あとの判断は皆さまにブン投げることにしました。

本編の3月末~4月頭までの春休みの話として、次話までのなんか外伝とか日常編みたいな感じでお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのに

(ブロ某などの海外ウマ娘の出番は)ないです。

出すとすればまた名前を考えて領域を考えての半オリジナルキャラみたいな感じになると思います。

名前の候補はカムシーンとか、オブシダンソードとか、ファイアブランドとか、そんな感じの方向性になるかと。


「私たちのレース然り、ウイニングライブ然り、世の中には見せる、あるいは“魅せる”仕事というものはいくつもある。広義的には芸術作品……彫刻や絵画などもそれに含まれるだろう」

 

「ドラマ、アニメ、マンガ等もそれらのカテゴリーに該当するものと判断します」

 

「そうとも。そしてそれら芸術というものは、第三者が評価することで初めて意味を持つ。自身のアトリエでコツコツ作品を作り出しては眺める自己完結型のアーティストもいるだろうが……衆目に晒すということは、誰かに見てほしい“承認欲求”があるのだよ。多かれ少なかれ、ね。つまり──」

 

「つまり?」

 

「ダートコースを駆けるサブトレーナーくんの()()()()を我々が注視するのは、彼の肉体鍛練と努力への称賛的評価と言えるのだよッ!!」

 

「なるほど」

 

「タキオン、ブルボン、お前ら何しにきたんだ」

 

 

 

 

「呼吸を乱すな~。速く走ることより自分のリズム意識して脚動かせ~」

 

「はっ、はっ、はいッ!! っ! はっ、はっ……ッ!」

 

 入学式を終えて即春休みとなった新入生。だが休みといっても彼女たちにのんびり遊んでいる時間は無いと言ってもよい。本格的に授業が始まる前にやるべきことは沢山ある。

 いまは高等部の新規入学生たちがダートで走り方のトレーニングをしている最中だ。確認のため、かなりのスローペースでとなりをサブトレーナーが併走しながらの基礎練習だ。

 

 このトレーニング。見た目の地味さのわりにかなりキツい。

 

 新入生は大抵自分勝手な走り方をしていたウマ娘ばかりなので、正しい姿勢をキープしながら走るのは全身の筋肉からブーイングの嵐である。

 イケメン過ぎないのが逆にイイ感じの男性トレーナーとのトレーニングとか楽勝じゃん! ……と軽く考えていたウマ娘たちは軒並みベンチでダウンしている。

 もっとも、ぐったりしつつもその表情はかなり明るい。レースのための“勝負のため”の走りを学んでいる実感が、彼女たちのウマ娘としてのプライドを心地よく刺激してくれているのだ。

 

 

 サブトレーナーの脚や尻の動きを眺めてニヤニヤしている上級生とは雲泥の差である。おかしい、彼女たちも去年や一昨年は同じようにキラキラとしていたはずなのだが。

 

 

「羨ましいことだ。私が入学したころはあんなふうに丁寧に教えてくれるトレーナーはいなかったからな。……アイツらの中からもいずれ強敵が現れるかと思うと──フッ、悪くない」

 

「ブルボン君、鍛えられた筋肉ほど柔らかいという話は知っているかね? トップクラスのウマ娘の筋肉は指が沈み込むほどの柔軟性を持つらしい」

 

「知識としては。しかし知識は体験を経て初めて意味を持つものです。私にはまだ体験のデータが不足しています」

 

「私もだよ。まさか会長サマにお尻を揉ませてほしいなどと言えるワケもないからねぇ。そもそも女同士でその絵面は勘弁願いたい。となれば……ウマ娘の可能性のために、サブトレーナーくんに誠心誠意お願いするのが妥当ではないかね?」

 

「たしかに、スローペースとはいえウマ娘と併走できる彼の筋肉は実質ウマ娘と同等の条件であると推測できます。冷静かつ的確な判断だと評価。いつ実験しますか? 私も参加しましょう」

 

「うむ。ともに可能性を導こうじゃないか!」

 

「タキオンお前ちょっと黙れ。コイツを順当にスケベブルボンにアップデートするんじゃない」

 

 

 サブトレーナーのトモの躍動見守り隊の筆頭格であるアグネスタキオンとミホノブルボンがキリッ! とした表情でアホな会話をしていることに、となりにいたナリタブライアンはただただ呆れていた。

 彼に性的興味を抱くことそのものを否定はしない。走る、ということに特別な想いを──本能に基づく切り離せないモノを持っているウマ娘にとって、走るために鍛えられた身体を有するサブトレーナーは魅力的な存在なのだ。

 

 

「うずうず……うずうず……」

 

「言葉に出してウズウズ言うひと初めて見ましたよ……。ダメですよ~スズカさん? サブトレーナーさんと走りたいんでしょうけど、前にも言いましたけど危険ですからね~?」

 

「けどフクキタル、世の中には3秒ルールというものがあるらしいわ。3秒以内であればあらゆる事象が赦されるという……。つまり、すれ違う時間を3秒以内に納めれば何も問題はないはず」

 

「ソレおばあちゃんの知恵袋どころか迷信レベルの話ですよ? 床に落としたおせんべいとかのゴミをフーフーして食べるヤツじゃないですか~」

 

「3秒……三女神……どちらも同じ数字……もしかして3秒ルールは三女神さまの展開した領域の一部の可能性が……?」

 

「ゼッタイ違うと思います。とにかく! ちょっとぶつかっただけでも事故になっちゃうんですからガマンしてください! 安全第一、無病息災! 健康が一番大切ですからね~」

 

「でも私のほうが速く走れるわッ!!」

 

「速いから危ないつってんですよッ!!」

 

 

 ……興味の方向性が違うウマ娘もいるが。

 

 

 ────。

 

 

「よし、全員終わったか。最初はキツいかもしれないが、基礎さえしっかり覚えればそこからアレンジもできる。今後は脚質に合わせたプランも作ってくから、よりレースを意識することになると思う。お前ら、覚悟はいいな? ……出来てなくても容赦しないけど」

 

「アハッ、訊いた意味ねぇーし!」

 

「覚悟なかったらトレセン来ないッて~」

 

「フフ、ふ、ふぅ……この程度、どうってことないですわ……」

 

「はい深呼吸しようね~?」

 

 彼に煽られるように励まされ、よりワクワクを隠せない様子のウマ娘たち。

 

 高等部からの挑戦というのは実際のところかなり厳しい。スタートラインがほかの学生たちよりも遥か後方にあり、1度も勝てないまま終わる──そもそもメイクデビューすら怪しいことも普通にある。

 そんなことは彼女たちが一番よくわかっている。だからこそ、こうして自分が強くなっていく実感は自信となり活力となり勇気となる。

 

 しっかりと身体を休めるように。その指示でトレーニングはお開きとなり、汗が冷える前にとウマ娘も彼も早足で校舎のほうへゾロゾロと移動する。純粋に新入生の様子が気になっていた者たちも満足したのか方々に散っていったのだが──。

 

 

「……おや? あれは……ふぅン、もしかしてサブトレーナーくんのタオルかな? 珍しいね、トレーニングや仕事に関すること“だけ”はしっかりしていると思っていたが……。いや、彼も忘れ物くらいはするか」

 

「まぁ、完璧な存在なんてヒトでもウマでもそういないだろ。アイツの場合、面倒見ているウマ娘の数も多いしな」

 

「地方のトレセンはトレーナー希望者が増加しているらしいのだがねぇ。さて……日頃も世話になっているし、タオルくらい届けてあげようか」

 

 持ち主不在で放置されたタオルへ向かってゆっくりと歩き出すタキオン。基本的には自分が最優先の行動をする彼女でも、たまには他人の世話を焼くこともあるらしい。だからなに、ということもなくブライアンはぼんやりとその様子を眺めていた。

 

 

 口許に薄い笑みを見つけるまでは。

 

 

「まて」

 

「……どうしたんだいブライアン君。急に腕を掴んだりして」

 

「タオルなら私が()()届けておく」

 

「いやいやブライアン君、こういうものは()()()()届けなければ。サブトレーナーくんも困っているかもしれないだろう?」

 

「タオルの1枚程度で困るものか。そんなことより貴様が不埒なマネをするほうがよほど困るだろう」

 

「失敬な。私はなにもしないよ? あぁそうさ、三女神に誓って()()()()()()()()()()()()

 

 そのひと言でブライアンも、ブルボンも、周囲でやり取りを見ていたウマ娘たちもタキオンの狙いを理解した。きっと彼女の言葉は100パーセント真実だ。正真正銘タオルを届けるだけで終わるつもりだろう。

 だが、彼の行動については全く別の話となる。もはや自分たちウマ娘を女として認識してないんじゃないかというレベルで生活しているサブトレーナーならば、もしかしなくても余計なトラブルが起こるだろう。

 

 いよいよブライアンはタキオンを掴む腕に力を込める。不慮の事故ぐらいなら目くじらを立てるほどでもないが、そこに意図したモノが含まれるならば見逃すワケにはいかない。事実上の彼の唯一無二にして至高のオーバーホースであるナリタブライアンには彼を守護らねばならない使命がある。

 だからと言ってタキオンも簡単には譲らない。日頃の言動からやる気の低さを指摘されることのある彼女だが、内に秘める勝負への熱量は尋常ではない。己の能力に耐えられないと診断されていた脚の脆さを独学で克服するほどにはアグネスタキオンは勝利に餓えているのだ。如何なる事象でもそうそう妥協などするワケがない。

 

 

 

 

「──はなしたまえよ、ブライアン」

 

「──キサマこそ退がれ、タキオン」

 

 

 

 

 一触即発。タイプは違えど、身の内に唯一己が抜きん出ることを渇望する獣が宿るウマ娘同士。もちろん拳での決着とはならないが、どちらかが決定的な敗北を喫しない限り鎮まることは無いだろう。

 

 ブルボン含め周囲のウマ娘がオロオロし始めたそのとき。

 

 

「根性根性ド根性~♪ 気合い熱血必中幸運~♪ あれ、ブルボンさん。なんかブライアンさんとタキオンさんが見つめ合ってるッスけど、なにやってるっスか?」

 

「バンブーさん。じつはかくかくしかじかで……」

 

「はぁ……? よくわかんないッスけど、サブトレーナーさんがタオルを忘れて帰っちゃったんスね? なら、ちょうど用事もあったし、パパッと届けてくるッス!」

 

「あっ」

「あっ」

 

 

 …………。

 

 

「そんな……バカな……ッ!? 私が可能性をみすみす逃すだなんて……ッ!!」

 

 アグネスタキオン、完全敗北。

 

「いや、お前。止めた私が言うのもなんだが、そんなに落ち込むほどのことか?」

 

「科学者が可能性を手放すなどあってはならないのだよぉ~。……いや、まてよ? これは幸運に頼るなという三女神からの忠告かもしれない。ラッキースケベに頼るのではなく、己の頭脳で道を切り開けと。それでこそ科学者であるのだとッ!!」

 

「科学者に謝れ」

 

「タキオンさんの立ち直りの早さは相変わらず見事です。まるでお湯で膨張するピンポン玉のような耐久力であると評価します」

 

「お前それ本当に褒めてるか?」

 

 ……なんにせよ一件落着である。少なくともバンブーメモリーであれば余計な心配は必要ないだろう。

 仮にも風紀委員なのだ、不埒なマネはむしろ取り締まるほうだ。これで心置きなく自分もトレーニングに集中できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、次はたづなさんのところにこれを届けて──あら? バンブーちゃん、どうしたんですか?」

 

「クリーク先輩……」

 

「なにか悩み事ですか? 私でよければ相談にのりますよ?」

 

「いえ、悩みとかではないッス……。その、やっぱり部屋に入るときはノックは必要なんスよね……」

 

「? そうですね~。うっかりお着替えの最中にドアを開けちゃうと大変ですから。さすがに女の子同士でも、下着姿を見られちゃうのは恥ずかしいですから~」

 

「着替え……下着……ッ!!」

 

「バンブーちゃん?」

 

「────コフッ」

 

「バンブーちゃんッ!?」




感想、評価、誤字報告などなどいつもありがとうございます。好きで書いて投稿しているとしても、やはりとても励みになります。
ときにはグサッとくる手厳しい意見もいただきますが、そのおかげで作者と読者の考え方や捉え方の違いを知ることができます。とくにサブトレーナーくん関連。おかしいな、どちらかと言えばウマ娘たちの扱いで苦情がくるだろうと覚悟していたのに……。

えー、ともかく。皆様のおかげで作者もやる気絶好調ということです。これからも本作をどうかよろしくおねがいします。


感想の返信はこばなしが終わって冷静さを取り戻したら再開させていただく予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのさん

 オグリキャップには夢がある。

 

 ひとつは、GⅠウマ娘としての夢。応援してくれる故郷のみんなのために、自分の活躍する姿を見せたいという想いが彼女にはある。

 それに、快く送り出してくれたトレセン学園の友人たち──いや、ライバルたちとの約束もある。次に会うときはレース場で、コースの上で戦おうと。きっとみんなもGⅠレースを目指すはずだ、ならば自分もまた同じスタートラインを目標にするべきだろう。

 

 そして夢はもうひとつ。それは──。

 

 

 

 

 あのおっきな海苔巻きを食べてみたいッ!! 

 

 

 

 

 タブレットの操作が苦手なオグリに友人が教えてくれた動画で見た巨大な海苔巻き。あれはもうアレだ。夢の塊のようなものだ。

 具材も多種多様で海の幸はもちろんお肉も豊富、野菜もバランスよく多めに使われており栄養も考えられていた。あの海苔巻きを作った者は食べる人のことをよく考えている。

 もしかしたらすでに卒業してしまった可能性もあるが、少なくとも海苔巻きの存在を知るウマ娘は残っているはずだ。とりあえず新しい友人であるタマモクロスにあとで絶対確認しよう。絶対にだ。

 

 とりあえずいまは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「──なるほど。それで1日でも早くGⅠレースに出たい、と?」

 

「あぁ。キミはこの学園の生徒会長であり、無敗のジュニア王者であると聞いた。だから相談相手として一番適切だと思ったのだが……」

 

 学園で一番偉いのは秋川やよい理事長である。だがさすがにいきなり理事長に直談判は如何なものかとオグリは考えた。なにより理事長である。きっと忙しくていちいち生徒の相手をできるほどヒマではないだろう。

 ならばほかに誰がいるか? そう考えたときに真っ先に思いついたのが生徒会長であるシンボリルドルフであった。困ったことがあればいつでも相談にのると言っていたし、我ながらナイスアイディアだとオグリは自信満々に生徒会室の扉を叩いたのだ。

 

 頼られたことが嬉しいのかちょっと尻尾がご機嫌のルドルフ。その様子に生徒会役員共はもちろん気がついているが黙って見守っている。彼女たちはちゃんと空気が読める仲間なのである。

 

「すまないがオグリキャップ、君の要望に応えることはできない。GⅠレースというものはそう軽々しく出走できるものではないからな」

 

「むッ……」

 

 

 

 

「いいかオグリキャップ、よく聞きたまえ」

 

 

 

 

 スッ……と椅子から立ち上がりオグリを正面から真っ直ぐと見るルドルフ。そして──。

 

 

 

 

「君はまずメイクデビューを果たす必要があり、それからレースを重ねて獲得賞金額を規定の金額まで積み重ねなければならない。そこから重賞レースに出走して実績を得たら次はステップレース、GⅠへの出走権を掴みとるための戦いに勝ち抜く必要がある。そもそもGⅠレースにも大まかにクラシック路線とティアラ路線があるからちゃんと担当トレーナーと相談してある程度予め日程を組まなければトレーニングも効率的に行えないし健康に影響が出てしまうかもしれない。意気軒昂も大いに結構だが怪我をしては意味がない。そういう意味でもルールを守るというのは大切なことだ。そもそも君だって特別待遇を期待して私のところに来たワケではあるまい?」

 

「──ッ!? ……なるほど。たしかに決まりごとはちゃんと守らないといけないな」

 

 オグリの反応に満足そうに頷くルドルフ。掛かる気持ちが理解できるからこそ、まずは丁寧に説明することが大切なのだ。

 もちろんそれですべてのウマ娘が必ずしも納得するワケではない。しかし、相手がどのような態度であろうともまずは落ち着いて対話を試みることが肝要だ。結果、こうしてオグリも冷静に話を聞いてくれているのだから。

 

「うむ。だから然るべきその日まで鍛冶研磨を怠らないようにな。だが、そうだな……君はタマモクロスと同じチーム・ジェミニのトレーナーが担当だったな」

 

「うん。実際に会って話してみたが、優しいヒトだったな。中央のトレーナーというから、もっと厳しい人を想像していたのだが」

 

「フフッ、気持ちは理解できるさ。さて、担当はすでに決まっているとはいえ実際にトレーニングが始まるのはしばらく先だろう? それまではサブトレーナー君のところに世話になるのもひとつの手段だ」

 

「そうか、サブトレーナーに──サブトレーナーに? サブトレーナーとはその、つまり……サブトレーナーということかッ!?」

 

「この学園で、いや日本のトレーニングセンター学園で冠に“サブ”と付くトレーナーはおそらく彼しかいないのではないかな。彼は指導者としての能力も高く、我々ウマ娘に対する熱意も素晴らしいトレーナーだよ」

 

「そう、なのか……。その、ずいぶんと信頼しているんだな……?」

 

「当然だとも。中等部代表として、そしていまは生徒会長として、私は彼の活躍をしっかりと()()()()からね」

 

 フフンと得意そうに微笑むルドルフ。生徒会役員共は静かに目をそらす。彼女たちはちゃんと空気が以下略である。

 

「いや、その、だが……その。優秀な人物だというのはタマからも話は聞いているが……。なぁ、ルドルフ」

 

「なんだい?」

 

「男性とは、どういった会話をすればいいんだ?」

 

「うん?」

 

「私が以前通っていたトレセン学園では男性のトレーナーどころか職員すらいなかった。もちろん実家の近所に男の人はいたが、みんなご年配のおじいさんばかりだったからな。若い男性とどんな会話をすればいいのかわからないんだ」

 

「ふむ。どんな会話、か。それについてはあまり悩む必要はないと思う。中央に慣れるまでトレーニングを手伝ってほしいと言えば、彼なら必ず快諾してくれるだろう。あとは──そうだな、領域について相談するのもいいだろう。領域というのは「あぁ、それなら使えるぞ」えッ?」

 

「向こうにいるときに、天皇賞を勝利したウマ娘が走りを教えてくれたんだ。そのときに目覚めた。ラストスパートで残り1ハロンあたりから自分の領域を走れるぞ」

 

「…………」

 

「いまはまだ模擬レースしか走ったことはないが、友人たちと互いの領域をぶつけ合う本気のレースは本当に楽しかったな。フフッ」

 

「………………」

 

「だが、やはり中央は違うな。タマにライアンにタイシンに……何人かのウマ娘と一緒に走らせてもらったが、みんなそれぞれの領域を持っていて、みんなとても強かった」

 

「……………………」

 

「そうだ! 機会があればルドルフも私と勝負をしてくれないか? 生徒会長としての仕事は忙しいだろうからムリは言わない。ただ、もし時間があれば是非キミの領域を感じさせてほしい。もちろん使えるんだろう? 中央の生徒会長だし、無敗のジュニア王者なんだし」

 

「……………………モチロンダトモ。中央ヲ無礼ルナヨ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「結局、勝負の約束はできなかったな……。やはり生徒会長というのは忙しいのか。しかし、サブトレーナー……か。うーむ」

 

 大勢のウマ娘に慕われているのは理解している。だが、どうしても初対面のときの驚きが強く脳裏に焼き付いているのだ。

 一応、いまは多少はイメージも和らいでいる。マイルの併走を引き受けてくれたアイネスフウジンというウマ娘に焼肉屋での出来事についてたずねたところ、即座に彼へのお説教タイムが始まったからだ。

 

 ──サブトレーナー! いくら個室とはいえいきなり脱ぐとかありえないのッ! いや、その、暑くなっちゃって、その、それにTシャツなら何度も見られてるからいいかなって……。よくないのッ! そもそもオグリちゃんもタイキちゃんも初対面なのッ! サブトレーナー、カフェテリアでみんながビキニ姿でご飯食べてたら許せるの? はい、それはさすがにダメだと思います。暑がりの俺でもわかります。なら言うことは? 今後は外では我慢します、2度と脱ぎません。ごめんなさい。うん、よろしいなの! 

 

「私とは違いアイネスはかなり会話に慣れている様子だったな……。うん? ──そうか、まずはアイネスに相談するべきだな! うん、彼との会話に慣れているアイネスに接し方を学ぶところから始めよう!」

 

 方針は決まった。次はそこに至るまでのプロセスを考えなければならない。

 

 自分ではよくわからないのだが、どうにもオグリキャップというウマ娘は言葉が足りないときがあるらしい。中央に転入することが決まったあとも、地元の友人たちからそのあたりを気をつけるようにと言い含められた。

 キチンと言葉を選ばなければ相手に誤解されてしまうことだってある。気心の知れた友人であればこちらの意図を正確に汲み取ってくれるかもしれないが、そうでなければ声に出す前にしっかりと考える必要があるのだ。

 

 つまり……えーと、アイネスとサブトレーナーの関係を……会話が上手い、つまり交流の経験が豊富で……こういうのは社交性? 社会人っぽい? いや、ムリに難しい言葉を使わないようにして……うむ。

 

 

 

 

「──アイネスフウジンとサブトレーナーの関係のように、経験豊富な大人のウマ娘になるためのコツを教えてほしい。うん、完璧だッ!」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

──いますぐ、逃げなさい。

 

 

「──ハッ!? この感覚は……」

 

「アイネス?」

 

「ライアンちゃんゴメンなの! サブトレーナーに用事があったことをスッカリ忘れてたの!」

 

「へぇ。珍しいね、アイネスがそういうのを忘れるなんて。いまならトレーナールームにいるんじゃないかな?」

 

「ちょっとダッシュで行ってくるの!」

 

 逃げウマ娘ならではの瞬発力。何かが危険だと直感した瞬間から行動開始。トレセン学園のお姉ちゃんと呼ばれているだけあってアイネスフウジンの判断力は優れているのだ。

 だいたいこの手の感覚がピキーンッ! とくるのはサブトレーナーがなにかやらかすときなのだが、つい最近説教したばかりだし、まだ大人しくしているはず。ならば、むしろ彼の側は安全かもしれない。いわゆる“逆張り”というヤツである。

 

 

 ────。

 

 

「……ふむ。人の多いカフェテリアならいると思ったのだが……」

 

「あれ、オグリ? 誰か探しているの?」

 

「あぁ、ライアンか。ちょうどいい、実はアイネスフウジンを探していたのだが」

 

「アイネスならサブトレーナーさんのところに用事があるって」

 

「……! そうか、さすがはアイネスだな。きっといまからも経験を重ねるんだろう。やはり彼女を見習うべきだな」

 

「経験?」

 

「うん、実はな──」

 

 

 

 

「バクシンバクシンバクシ────ンッ!! カフェテリアの皆さんッ! 桜餅はいかがですかッ!? ただいま交流会でたくさんご用意しておりますので! ぜひぜひ食べに来てくださいッ!!」

 

 オグリがライアンに説明しようとしたそのとき、肩から『桜餅テンアゲ宣伝部長』と書かれたタスキをかけたサクラバクシンオーがカフェテリアに勢いよくやってきた。

 

「桜餅? トレセン学園では桜餅を配る習慣があるのか?」

 

「あぁ、たぶん交流会というか、新入生歓迎会のイベントで作ってるんじゃないかな。前にもゴールドシップっていうウマ娘が何メートルもある海苔巻きを作ったことがあるしね」

 

「海苔巻きッ!? それは動画になっていたあのおっきな海苔巻きのことかッ!!」

 

「えッ!? あ、うん。どうやって作ったのかはわからないけどそうだよ。こういうイベントでは彼女は必ず参加しているから、今回も桜餅で……また大きな桜餅とか作ってるかもしれないよ」

 

「おや、ライアンさん! よくご存じですね! さきほど直径2メートルくらいの桜餅を完成させていましたよッ!」

 

 そんなバカな。カフェテリアにいた全員が驚き──いやよく見たらオグリだけは目がキラキラしているが──ともかくまたゴルシがなにか作ったらしい。

 直径2メートル。餅の部分もそうだが、餡だってとんでもない量が必要だろうし、桜の葉っぱの塩漬けだって……いや、そもそもそんな巨大な葉っぱがあるワケ……いや、でも、ゴールドシップだし……。

 

「っていうかバクシンオー、そのタスキは?」

 

「はい! これは桜餅テンアゲ宣伝部長の証です! 最初は桜餅を直接配る予定でしたが、優等生である私にはこちらのほうが似合うとダイタクヘリオスさんとトーセンジョーダンさんが用意してくれましたッ!」

 

 走って配る間にグチャグチャになると思ったんだろうな。でも直接言うのはムダだと思って前向きに誤魔化したのだろう。コミュニケーション能力の高いあのふたりならそれぐらいの気遣いはお手の物のはず。

 

「ライアン、そのゴールドシップというウマ娘と会わせてくれないか? あのおっきな海苔巻き、ぜひ食べてみたいんだ」

 

「アハハ! たしかにサイズはともかく美味しそうだったもんね。それじゃあせっかくだし、私たちも桜餅を食べに行こうか! バクシンオー、宣伝がんばってね」

 

「はいッ! ライアンさんもオグリキャップさんも、交流会をぜひ楽しんでバクシンしてくださいッ!」

 

「ありがとうサクラバクシンオー。フフッ、早くも夢がひとつ叶うかもしれないのか……うん、これは楽しみだな……」

 

「夢って、大きな海苔巻きのこと?」

 

「あぁ。あの海苔巻きはぜひ食べてみたいと前から──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バクシンバクシンッ! ふぅ。これでかなり大勢の方に宣伝できたのではないでしょうか? ……おや、いつの間にか三女神さまの前に来ていたようですね。ふむ……日頃、私たちを見守ってくれているのですし、あとで三女神さまにも桜餅をお供えしましょう! ──んん?」

 

 

スピードが63上がった。

パワーが63上がった。

芝適性がA+になった。

短距離適性がA+になった。

「良バ場○」のヒントレベルが上がった。

 

 

「ややッ!? これは──まさか、優等生である私に委員長と宣伝部長、ふたつの“長”の力が合わさり最強の力にッ!? なんということでしょう、また模範的ウマ娘として成長してしまいました……我ながら末恐ろしいですね……ッ!」




せっかく指摘してくれたのだからサブトレーナーの行動を制御したい。

でも急にまともになると辻褄が合わない。

せや! ウマ娘に説教してもらえばええやん!

次回から本編(?)に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女帝の1歩目

前回(3話くらい前)のあらすぢ。

オグリキャップにおかわり禁止を言い渡すのは暴力表現に該当するか否か。
(但しけっぱりウマ娘Sは北海道にいるものとする)


 無辺に続く暗闇の中に、蒼い炎が揺らめく。

 

 ひとりのウマ娘──エアグルーヴの掌の上でゆらゆらと揺蕩うように静かに燃えている。

 

 

 1秒。

 

 2秒。

 

 もしかしたら1時間か2時間かもしれない。

 

 

 ──じっと炎を見つめていた彼女がソレを握り潰す。

 

 

 砕けた光の粒子がエアグルーヴに降り注ぎ、学園指定のジャージから勝負服へと姿が変わる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ふむ。こんなものか」

 

 学園の裏手、木々に囲まれた岩の上で座禅を組んでいたエアグルーヴがイメージトレーニングを終わらせてゆっくりと眼を開く。

 

 桜花賞、2着。

 

 早々にトリプルティアラの夢は消えたものの、最後まで激しい競り合いが続いたレースは敗けたことへの悔しさはあるがとても充実した時間であった。

 とはいえ、敗けは敗け。借りは利子を付けてキッチリ返してやらねばウマ娘としての沽券に関わるし、なにより次の舞台は大本命のオークスである。万全を期して挑まねばならない。

 

 と、いうことでとりあえず空き時間の有効利用でもと瞑想しつつ自身の領域を研ぎ澄ませていたのだが……。

 

「やはり足りんな。桜花賞であのトレセン学園のウマ娘たちが見せた領域とは何かが違う。言葉で説明できるものではないらしいが……」

 

 レースでの勝負はそれとして、終われば同じ競走バとして交流するウマ娘も多い。エアグルーヴはあまり積極的に話しかけるほうではないが、領域を走るときに感じた差違がどうしても気になり声をかけた。

 そのときに言われたのだ。貴女と私とではたぶん決定的な違いがある。だけど、きっと口で説明しても理解できないし納得もできないたろう。なにせ自分たちでも確信があるワケじゃないのだから……と。

 

「どうしたものか……トレーナーに相談しようにも領域が見えないのではな……。しかし、トレーニングに関わる話である以上、サブトレーナーに相談するのも考えものだぞ……」

 

 エアグルーヴは悩んでいた。

 

 正式に担当が決まったウマ娘に対し、彼は口出しすることを良しとしない。担当トレーナーが忙しいときに代わりにコースで監督するぐらいの仕事は引き受けるが、走りに関する話題は絶対にしないのだ。

 トレーナーとウマ娘との間にある聖域とでも言えばいいのだろうか? ともかくレースに関わる部分に横槍を入れるようなマネは彼の矜持が許さないのだ。だからこそトレーナーたちも彼と担当ウマ娘たちとの交流を肯定的に考えている。

 

 ……冷静に考えたら、そのせいでほぼ学園全体のウマ娘の相手をしていることになるのか? これ労働基準法とか大丈夫なんだろうか。トレーナーはわりと勤務時間とかムチャクチャな仕事ではあるが、それでも限度はあるだろうし。

 

 えーと。ともかく、だ。

 

 そんなワケで担当であるレオトレーナーになんの不満も無い以上、彼に相談するのは不義理というもの。しかし困ったことに領域は──トレーナーたちには見えていないらしい。

 樫本チーフを始めとするベテランたちは意外にもアッサリと受け入れている者が多いのだが、若手のトレーナーたちはどうにも半信半疑なのだ。

 ならばウマ娘に相談しようにもこれまた難しい。というか誰も彼も苦戦しているので他人の世話をしているヒマがあるかも怪しい。

 

 たとえば普段、人前では余裕のある振る舞いを見せるフジキセキも。

 

 たとえば普段、奇抜な言動で他人を振り回してばかりのゴールドシップも。

 

 領域を研ぎ澄ますために走っているときは、それこそ鬼気迫る様子でありエアグルーヴでも話しかけるのをためらうほどだ。

 ならば余裕のありそうなシンボリルドルフに相談するか? それこそ()()()だ。来週に皐月賞を控えているこの大事なタイミングで邪魔をするなどあり得ない。

 

 

「ふむ……トレーニングの相談としてではなく、世間話のひとつでも交わしてみるか? 案外そんなものから成長のヒントが得られるかもしれん」

 

 遊びに来るのはいつでも歓迎と言われている。いままではその必要性を感じなかったから疎遠になっていたが、よく考えたら担当が決まってから礼のひとつも満足にしていない。

 そうだな、その辺りも含めて1度、ヤツのトレーナールームに顔を出すのはちょうどいいかもしれん。なに、気分転換も兼ねて茶でも飲みながら普通に他愛の無い雑談でも……雑談でも……普通の……。

 

 

 …………。

 

 

 …………普通の会話って、なにを話せばいいんだ? 

 

 

 いや、まて、私。なにを悩む必要があるのだ。普段通りの会話をすればいいだけのことだろ。初対面のお見合いじゃあるまいし、以前はヤツがトレーニングの監督をしていたのだから。そのときと同じような態度で接すればいいだけのこと。

 なにも慌てることなどない。さて、ヤツと私は普段どんな会話を交わしていただろうか。えぇと……トレーニングのことと、生徒会の仕事と、それから生徒たちの悩みやトラブルについてと施設利用に関する打ち合わせに──うん、仕事の話しかしてないなコレ。

 

 まてまてまて。そんなバカな。これでは私はいわゆる“仕事の話しかできないダメな女”の見本みたいじゃないか? 

 レースに夢中で家庭を蔑ろにして離婚まで1ハロンとかダメなウマ娘の()()()()そのままじゃないか! 

 

 もっとあるだろ私ッ! もっとこう──そう! ファインモーションとするような何気ない会話みたいなッ! ハーブティーとか花とか、あとは……ラーメンは別にいいか、うん。

 ともかく、そういう話題を普通にふればいいだけのことだ。悩むことなどないのだ。あぁ、くそ、なんてことだ。なんで私がこんなことで苦労しなければならないんだ。そもそも普通の対極を生きるような男との会話のために普通の在り方で悩むとか理不尽だろ。

 

 

 …………。

 

 

 仕事の話しかしたことないのに、いきなりそういう感じで接するのって、変じゃないか……? 

 

 

 だ、大丈夫なのかコレは。別にな? 別に私はそう、あくまでウマ娘としてな? あくまでウマ娘としてトレーナーである彼に用事があるのであって、女男のそういう意識とか全然興味ないがな? 

 しかし万が一にもヤツに勘違いさせるようなことがあれば問題になるぞ……? なにせヤツはウマ娘に対する情熱は間違いなくトップクラスだからな。これを機にエアグルーヴというウマ娘に惚れ込むようなことになれば、彼が面倒を見ている大勢のウマ娘が困ることになる。

 

 いたずらに思わせ振りな態度は如何なものか……最悪、女らしく責任を取るべき……いやいや、私はまだ学生だぞッ!? 

 

「いっそ両親に相談──いやダメだ。迂闊なことを言えばスプリンター並みに勘違いが加速する未来が見える。これでウェディングドレスなんて用意されたら大変なことに……う~む……」

 

 

 

 

「あれ? エアグルーヴ先輩、どうしたんですか?」

 

 

 

 

「ん……? あぁ、ドーベルか。いや、少しトレーニングのことで──」

 

 考え事をしていた、そう答えようとしたエアグルーヴに突如として閃きが舞い降りた! 

 

 メジロドーベル。名前の通りメジロ家のウマ娘であり、学園でも屈指の男嫌い……いや、男性に対する警戒心が強いウマ娘だ。

 メジロ家に限った話ではないが、名家出身のウマ娘やレースで活躍したウマ娘というのは玉の輿狙いの男たちが近寄ってくることが多々あるのだ。

 実績の無いドーベル自身に言い寄ってくる男はまだいない。だがメジロ家の集まりでそういう場面を何度か目にしたことがあるため、自然と男というだけで警戒するようになってしまった。

 

 ちなみにエアグルーヴは男を下に見ているタイプである。女に比べて地位の低い男たちは、女が守護ってやらねばならないという旧い時代の価値観が残っているのだ。両親が世間一般でいう“バカップル”なのが影響しているかは不明である。

 

 ともかく。似たような(?)悩みを持つ者同士、これは良い機会だ。ドーベルとてあの男から指導を受けて走りが改善したウマ娘、ヤツに対して感謝の気持ちくらいあるはず。

 しかし名誉ツンデレとして名高いドーベル、そこに環境による男嫌いが合わさったのでは素直に会話もできずに悩んでいるに違いない。真面目な彼女のことだ、指導してくれたことへのお礼が言いたくても言えないこんなトレセンじゃとモヤッとしているだろう。

 

 ここで先輩である自分が、サブトレーナーとの接し方で悩んでいると打ち明けることで彼女の気持ちもだいぶ楽になるはず。有効な手段が見つかる可能性はあまり高くないが、少なくとも可愛い後輩は1歩前に進めるだろう。

 これで仮にドーベルから『先輩そんなことで悩んでるんですかwwダッサww』とか指差されて笑われたら普通に凹むが。たぶん桜花賞の敗北より精神にくる。3日くらいは立ち直れないかもしれない。これがフクキタルなら無言でアイアンクローの刑に処すところだが。

 

「なぁドーベル。担当が決まってからサブトレーナーとは話したりしているのか?」

 

「え? あ、はい。何度も遊びに行ってますけど」

 

「そうか、何度も遊びに──え?」

 

 え? 

 

「えっと、先輩? どうかしましたか?」

 

「……いや。少し意外だなと思って。男性に対して思うところがあると知っていたから、な」

 

「あぁ。そうですね、たしかにその……まだちょっと苦手意識というか、うまくやり取りできない部分もありますけど……。でも、サブトレーナーさんは私の知ってる男とは違いますから。というか、たぶんメジロ家のこと良くも悪くも意識してないんだと思います」

 

「まさかそんな──いや、あのたわけならあり得るのか? しかし、そうか……。安心したぞドーベル。ヤツは『メジロ家のウマ娘』ではなく『メジロドーベルというウマ娘』として接していたのだな」

 

「はい。ここのトレセンに通っているメジロ家のウマ娘たちはみんな感謝していると思います。もちろん私も……。まぁ、その……ちゃんとお礼は、その、言えてないんですけど……その」

 

「何度も遊びに行っているのにか?」

 

「えーと、まぁ……はい……。言おう言おう思ってトレーナールームに行くんですけど、つい……お茶とかお菓子をごちそうになったり、みんなと遊んだりレースやトレーニングの話をしている間に忘れてしまって……。アハ、ハハハ……」

 

 恥ずかしそうに笑うドーベルの様子を見て、彼女には悪いと思いつつも少しだけ安心したエアグルーヴ。これならば相談相手としては最高かもしれない、と。

 

 自分も同じようなものだと、お礼を言おうと考えながらタイミングをことごとく外してしまっていることを正直に伝える。担当トレーナーが決まって以来、トレーナールームに足を運ぶことすらなかったのだ……と。

 その話を聞いたドーベルは最初こそ驚いたものの、それならいまから一緒に遊びに行きましょうとエアグルーヴの手を取った。まずは会いに行くところから、お礼をちゃんと言えるかどうかは──当たって砕けろの精神で。

 

「感謝するドーベル。私ひとりではヤツのトレーナールームを訪れることすらままならなかったかもしれない」

 

「そんな大げさな……。あ、そういえば先輩ッ! 知ってますか? あの人のこと、イヤらしい目で見てる生徒がいるらしいんですよッ!!」

 

「え、あ、うん」

 

「そりゃあわからなくもないですよ? トレセン学園には男の人いないですし、あの人も服装──というか行動が問題だらけですから。式典ではともかく、私たちの前でも平気でジャケットは脱ぐしジャージも脱ぐし。わかりますけどね。ウマ娘とジョギングとはいえ併走できるだけの筋肉あるんですから、発熱量というか……暑がりになっちゃうのもわかりますけどッ!」

 

「お、そうだな」

 

「それでも指導は真剣にしてくれているのに、不真面目な態度で……。夜遅くまでみんなの適性とか脚質とか考えて頑張ってくれているのに、中にはチラチラと盗み見るように鎖骨とかトモを見てる子もいるらしいんですよッ!! ヒドイと思いませんかッ!? まったく、ウマ娘としての矜持というか沽券に関わるというか、本当にどうにか──あれ? 先輩、どうかしましたか? 急にうつむいたりして」

 

「いや? なんでもないぞ? ちょっと目にゴミでも入ったかな、うん」




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『スーパーカー』
『速さが足りてる』
『変態記者』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。ツンデレは百薬の長。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのよん

皐月賞はシンボリルドルフが危なげ無く勝利したのでカットです(手抜き)

日本ダービーは真面目に書きます。作者の主観での真面目ですが。


 早起きは三文の徳。

 

 その言葉は真実であると、昔の人は素晴らしい言葉を残したものだとメジロライアンはしみじみと感じ入っていた。

 

「……ふー、よし。ふたりとも、もう少しペース上げても大丈夫だぞ」

 

「ふむ。相変わらず見事な体力だなサブトレくんは。ライアン、せっかくだし少し遠回りのコースを選んでみるのはどうだろう?」

 

「いいね! 今日は時間を気にしなくていいし、せっかくのいい天気だからね。川のほう通って学園まで帰ろうか!」

 

 同行者にビワハヤヒデがいるのは良かったのか悪かったのか。一瞬考えたものの、やっぱりいてくれて正解だったかもしれない。異性と併走というこのシチュエーション、ひとりでは少々メンタルにくるものがある。

 一緒に筋トレをすることも多くシャツ1枚のきわどい超えてアウトな出で立ちにも慣れつつあるメジロライアンだが、この早朝ジョギングを並んでというのはウマ娘的に超☆ストライクなのだ。

 

 ジョギングデートが憧れとして話題に上がるのは世の男たちの体力事情もある。いくら走ることが好きなウマ娘とはいえ、それはある程度の速度があってこそ。

 あまりにも遅い相手に併せて走るのはストレスでしかない。一般ウマ娘はもちろん、競走バともなれば“遅い”の基準も高くなる。

 

 ヒトがウォーミングアップと呼ぶレベルはとうに超えている速度と距離を走っても、ほとんど息を乱していないサブトレーナーの体力は尊敬に値する。

 朝早く、新調したトレーニングウェアの着心地を試すのだとランニングの準備をしていた彼とバッタリ会ったのはまさに幸運。まるで少女マンガの王道のような展開に多少のワクドキを感じてしまったライアンを誰が責められるだろうか? 

 

 うん、やっぱりハヤヒデも一緒に来てくれたのは良かったかもしれない。自分ひとりだったら緊張し過ぎて色々と危なかったかも。

 

「それにしても、サブトレさんにしてはなんだか重たそうなウェアを選んだんだね」

 

「通気性は悪くない……かな。できればもう少し軽いといいんだが、やっぱりウマ娘用と比べると種類が少なくてなぁ~」

 

「普段着ていたものはどうしたんだ? たしかに多少は劣化していたようだが、廃棄してしまうほどではなかっただろう?」

 

「んー、まぁ、ね。アイネスに説教されたからさ、少しは我慢することにも慣れようかと。さすがに本気で運動するときはもっと薄手のウェアにしたいところだが」

 

 やたらと露出が多いで賞のおかげでウマ娘たちの頭は今日も性駿、しかも本人は距離感がおかしいで賞の3部門でワールドレコードを持つ無敗のエロチック三冠トレーナーでも、どうやらアイネスフウジンの説教はそれなりに効果抜群だったらしい。

 

 しかし。

 

 説教されて即座に改善したということは、だ。

 

 つまり前のトレセン学園では誰ひとりとして彼の服装その他に対してツッコミをいれた者はいなかったということでもあるワケで。

 

 数年前、彼がまだ駆け出しトレーナーだったころの地方の扱いを思えば黙っていたくなる気持ちもわかる。当時は地方のウマ娘がGⅠを勝つなどと誰も考えもしなかったし、世間では地方は中央で()()()ウマ娘が流れ着くところというイメージすらあった。

 臥薪嘗胆の日々を過ごすウマ娘たちにとって、彼の存在は灰色の青春をフルカラー劇場に──多少、配色に偏りがあるが ──変えてくれたのだ。そりゃ1分1秒でも長く堪能したくもなろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ほどよい発汗と脚に宿る熱量。トレーニングとするには少々物足りないが、これはこれで5月のまだまだ冷える朝の空気の中では心地よい。

 

「……ふぅ。ま、無駄遣いにはならずに済んだってトコかな。長いこと甚平姿で半分トレードマークみたいなものだったんだが、ウマ娘にダメ出しされてんのに着るのはちょっとアレだし。素直にこれからはジャージにしとくかねぇ~」

 

「ほかのトレーナーさんたちも服装はわりと自由だけどね。樫本チーフはしっかりスーツ着てるけど、学園全体で見ると……うん、甚平そんなに奇抜でもないかも」

 

「そんなこと……そんなこと……うーん。そういやウマ娘の勝負服に負けないくらい個性あるよな……。俺、着物姿で歩いてるヒト初めて見たときマナーとかの外部講師かと思ったもん」

 

「実際にそういう授業もあるがな。せっかくだし、社会に出たときのために1度くらいチケットやタイシンにも受講させたいと思っているのだが……」

 

「チケットにマナーの講習かぁ。言っちゃあ悪いがあいつ、正座ガマンできるのか?」

 

「ムリだな。1分──いや、30秒でも耐えられたのなら称賛に値するだろうね」

 

「だよなぁ。っと、身体が冷える前に後始末しないと。ライアン、ハヤヒデ、ジョギングに付き合ってくれてありがとな。よかったらルームに顔出してくれ。簡単な朝飯くらいなら用意するぞ」

 

 

 ────。

 

 

「簡単な朝ごはん、ね。サブトレさんの簡単はあんまりあてにならないからなぁ~。見た目の彩りにも栄養バランスにもとことんこだわってるし。たまに考えちゃうよね、トレーナーの仕事ってなんだっけ? って」

 

「サブトレくんの用意する食事であれば、ブライアンも少しは野菜を我慢して食べるから姉としても助かっているよ。よく味の染み込んだビーフシチューはブライアンもお気に召したらしい」

 

「うんうん、たしかにアレは美味しかったね! クリークやヒシアマが真剣な顔してレシピをメモしてたのも納得だよ」

 

「隠し味のブランデーは学生が購入するのは難しいだろうがな。それはそうと──ライアン、キミがジョギングに同行してくれて助かったよ。私ひとりでは少々手間取っていたかもしれないからね」

 

「手間取る?」

 

「なに、大したことのない簡単な未来予測だよ。仮に、私とサブトレくんのふたりでジョギングデートに出かけたとするだろう?」

 

「いまデートってハッキリ言ったね」

 

「朝日がようやく昇る薄暗い空の下、並んで走るふたり以外は世界からいなくなってしまったかのように静かな時間の中で互いの息づかいだけが耳に届く。トレーナーとウマ娘という事務的な関係性でありながらプライベートで一緒に走るという特別な状況下ではきっと彼もウマ娘のビワハヤヒデではなく私という個人を意識してしまうに違いない。そしてそんなタイミングで小石につまずくサブトレくん。もちろん私は素早く彼を抱き止める。『大丈夫かいサブトレくん?』『あ、あぁ、すまないハヤヒデ、助かったよ』普段は男らしくない彼も、突然のハプニングで私の女らしさを再確認することで動揺してしまうだろう。そうなれば最早ジョギングどころではなくなるし、明日からは私と彼との間に生まれた目に見えない繋がりのせいで周囲のウマ娘たちもなにかと遠慮してしまうことになってしまう。私が彼の心を独占してしまうことで後輩たちの成長を妨げるのは不本意だからね。故に──ライアン、キミが一緒にいてくれて助かったということだ」

 

 姉と妹。どこでここまで違いが生まれるのだろうと、わりと本気でメジロライアンは考えていた。禁欲的にトレーニングに励むナリタブライアンの姿とは面白いほど真逆である。

 まぁ、ブライアンのように彼の側にいても()()()()()()()()()()()()()()()のもそれはそれで心配なのかもしれないが。まったく異性に興味が無いというのも考えようでは不健全だろう。

 もっとも、少なくともハヤヒデの周囲にはあまりその手の話で盛り上がるようなタイプではないウマ娘が多いのも知っている。ウイニングチケットはサブトレーナーを異性として認識しているかも怪しいし、ナリタタイシンはトレーナールームの据え置きゲームで遊ぶ仲間という雰囲気に見えるし。

 

 案外、こういう話をしたいけれど機会に恵まれなくてこんな感じになっている可能性が? そういうことなら少しぐらいは──いや、やっぱり遠慮させてもらおう。なんかこのまま1時間とか平気で語り続けそうだし。

 

「うん、そうだね。それはそうとハヤヒデ、私たちもいい加減部屋に戻って着替えてこないと。せっかく朝ごはんを用意してくれるってサブトレさんが張り切ってるんだし、遅くなっちゃったらもったいないよ」

 

「おっと、少し語りすぎたか。さて、今日はなにを用意してくれるのか楽しみだ。寮の朝食も充分美味しいが、やはり男性の手料理というものは特別感があるからな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 休日ということもあり、寮だけでなく学園もかなり静かである。気配があるとすれば彼を含む徹夜組であろうトレーナーたちと警備員、あとは各名家から出向しているその道のプロフェッショナルたちぐらいだろう。走ることに青春フルスロットルなウマ娘たちだって休日の朝くらいはゆっくり眠りたいのだ。

 それでも寝起きの空きっ腹に美味しそうな香りが届けば跳ね起きるかもしれないが、十中八九サブトレーナーが調理しているだろう甘塩っぱいタマゴの焼ける匂いもさすがに寮までは届かない。

 

「んん~♪ これは和食で決まりなの! というかライアンちゃん、ジョギングに行くならあたしも誘ってほしかったの」

 

「いやぁ、アイネスにしては珍しく熟睡してたからね。昨日、ギリギリまでアルバイトだったんでしょ? 今日は学園も休みだし、ゆっくり寝かせておこうかと」

 

 ちょうど着替えるタイミングで起きたルームメイトを誘って彼の待つ部屋を目指す。

 

 ライアンとアイネスだけではなく、ハヤヒデに誘われたのであろうまだ少し眠そうなチケットに欠伸をするタイシン、寝ぼけているアグネスタキオンの頭を鷲掴みにして引きずるマンハッタンカフェ、夢遊病にも見えるが足取りだけはしっかりしているオグリキャップ、おそらくデザートとして切ってもらうつもりなのだろう大量のフルーツを包んだ風呂敷を背負っているゴールドシップなどなど。サブトレーナーの作る朝食目当てのウマ娘たちが続々とトレーナールームに集まってきた。

 

 チームの枠を越えて集い、同じテーブルで朝ごはんを食べるウマ娘たち。そんな彼女たちの様子を満足そうに、あるいは幸せそうに眺めながら次々と料理を運ぶサブトレーナー。そんな空間で絶品のみそ汁をすすりながらライアンは改めて思った。

 

 

 トレーナーの仕事って、なんだっけ?




アプリではヒシアマゾンがツインターボなど寮生たちに朝ごはん(サンドイッチ)作ってる描写もありましたが……寮の食事事情がどうなっているのか、作者はあまりよくわかってません。

トレセン学園ならカフェテリアも年中無休で運営してそうですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイルでスマイル

前回のあらすぢ。

エアグルーヴは『ハーブティー』『季節の行事』の会話ピースを手に入れた!

『サブトレーナーのルーム』にお出かけできるようになった!


 ──さて、今日の仕掛けどころはどこになるかしら? 

 

 

 マイルのGⅠレース『NHKマイルカップ』を走るマルゼンスキー。彼女はワクワクしながら集団の先頭を走っていた。

 

 ギアを上げるタイミングを慎重に、丁寧に、いますぐ全力で駆け出そうとするウマソウルの本能を理性で無理やり捩じ伏せながら走っていた。

 すでに周囲の景色は出走しているウマ娘たちの領域同士がぶつかり合いすっかり様変わりしている。レースで慣れ親しんだターフではなく──アスファルトを蹄鉄が切り裂く高速道路のように。

 

 

 マイルカップに出走しているウマ娘たちが求めた領域。その走りの理想は“車”であった。

 

 

 ウマ娘として生まれたのなら1度くらいは誰もが考えることだ。スピードの向こう側を求めて、いつかは車にだって勝ってみたいと。

 バ生のどこかでさすがに時速100kmを超えて走るのは無謀であると気がつくが、それでもその“速さ”に憧れるウマ娘は大勢いる。それこそ、ヒトに比べてはるかに多い。

 脚質がスプリントやマイル向きのウマ娘は特にスピード狂いになりやすい。そんなウマ娘たちが領域を手にしてGⅠに集えば……こうなるのは予測可能回避不可能というものであろう。

 

 

「この私が2着ッ!? この私がslowlyッ!? いいや、今日こそは私が勝たせてもらうッ!! このまま世界を縮めてやるッ!!」

 

「領域……可能性の新しいベクトル……これが“スピード”の“向こう側”か……ッ!? あは、アハハ……頭がおかしくなりそうだ……ハハァッ!!」

 

「そう何度も独り勝ちを許してなるものかッ!! 伊達や酔狂で“竜巻”などと名乗っているワケではないと証明してみせようッ!!」

 

 

「来たわね~? フフッ♪ 悪いけど、そう簡単には勝ちは譲らないわよ? ──エンジンの違い、見せてあげるッ!!」

 

 

 この世界には存在しない仮定の話。

 

 マルゼンスキーは強いウマ娘であった。それこそ、まともに勝負になるのはシンボリルドルフを含む数名しかいないほどには走るのが速かった。それは、ほかのウマ娘たちが憧れと同時に“恐怖”を抱くほどにだ。

 模擬レースで、選抜レースで、同じコースを走っているはずなのに彼女たちは自分のことを見ていない。マルゼンスキーに勝負を挑む者は無く、自分以外のウマ娘だけがレースをしているかのような孤独な錯覚である。

 

 強さ故に、怪物と畏怖されるウマ娘。

 

 だがそんな孤独な怪物が誕生することは無かった。地方のウマ娘がGⅠレースに勝利したというニュースが報じられてから、中央トレセン学園のウマ娘たちの意識も変わったのだ。

 努力は才能を超えることができる。私たちとは違う、彼女たちは特別なのだと、風に吹かれたままの草のように全てを諦める必要はない。中央ですら一握りの天才だけが得られると()()()()()()()GⅠウマ娘の称号に挑む権利は平等なのだ。

 

 ルドルフと並び、無敗のウマ娘として走るマルゼンスキーを恐れるウマ娘はこの場にはいない。中央も、地方も、敗ける度に彼女たちはより強くなり自分に挑んでくる。今度こそ必ず追い越してみせると最高の気迫を宿して。

 

 

「──これが私のッ! フルスロットルよッ!!」

 

 

 あぁ、どうか三女神さま。

 

 この幸せな時間が、いつまでも続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉぉッ!! 今日のレースも超☆接戦ッ! 誰が勝ってもおかしくない、ライバルたちの火花散らすデッドヒートぉぉぉぉ……。てぇてぇ……表情を曇らせているウマ娘ちゃんは誰もいない、全員が闘志メラメラで次のレースでまた戦おうとアオハルしてる姿……てぇてぇよぉぉほぉぉぉぉん……ッ!! はぁぁぁぁ、あの空間をより間近で感じたい……ノータッチの精神は絶対厳守ならばあと1歩くらい歩み寄っても……しかし、どうすれば……ハッ!? もしかしなくてもウマ娘として産まれたのは覚悟が試されているからではッ!? ────ひ ら め い た ッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「えぇと……教えていただいた練習用コースはここであっているはず……っと、どうやらナイスタイミングだったようですね」

 

 取材のために中央トレセン学園にやってきた月間トゥインクル記者・乙名史悦子は、ちょうど目的の人物がウマ娘たちのトレーニングを監督している姿を発見し早足でコースに近づいた。

 

 

 先輩記者から教えてもらっていた、噂の男性トレーナーである。

 

 

 ただでさえ少ない男性スタッフ、しかも現役トレーナーともなれば下手をすれば現在は世界で彼ひとりかもしれない。希少性というだけでも取材する価値はある……のだろう。

 ぶっちゃけウマ娘に魅了されて記者となった乙名史としては性別などどうでもよいのだが。大事なのはトレーナーとして優秀かどうか、ウマ娘たちにとって信頼できる人物なのかだけだ。

 

 おそらく、熱心なウマ娘ファンも同じようなものだろう。そうでなければいまごろ、いや長老のトレセン学園に所属していたころから大騒ぎになっていたはず。

 珍しいと思いつつ、ウマ娘たちにとって良くないことになるかもしれないと誰もが大きく取り上げることを控えていたのだ。

 が、それはあくまで男性トレーナーとしての扱いについてである。ウマ娘の指導については別腹なのだ。

 

 最初に乙名史に気づいたのは側に控えていたウマ娘たちだ。

 

 ひとりはエアシャカール。徹底的にライバルを分析し臨機応変な走りでオープン戦の勝ちを重ねている頭脳派のウマ娘として注目されている。

 もうひとりはアイネスフウジン。鍛えられたフィジカルで先頭を意気揚々と走る様子は本人の明るく爽やかな印象と合わさり大人気である。

 

 ターフを駆けるウマ娘たちの走り方を見るに、おそらくは中等部の子たちだろう。ならば彼を挟むように立つふたりは後輩たちの練習を見守る先輩たちといったところか。

 

 一瞬だけこちらを見て足音の正体を確かめると、軽く頭を下げて再びコースに視線を戻す。目立ちたがるワケでもなく喋りたがるワケでもない。

 こういう言い方は失礼なのはわかっているのだが、よく躾けられた番犬と猟犬のように彼に付き従っているようにも見える。まるで彼こそが正規のトレーナーであると、彼女たちを知らない者が見れば誤解してしまうかもしれない。

 

 それだけ慕われ信頼されているのだろう、乙名史はそう結論付けた。もちろんなんの根拠もなくそのような判断を下したのではない。

 

 ターフで走る18人のウマ娘たちに次々と指示を出しているのだが、驚くべきことに彼は全員のことをちゃんと名前で呼んでいるのだ。

 次の18人も、そのまた次の18人も。もしかすると全校生徒の顔と名前を全て記憶しているのだろうか? それはさすがに大げさかもしれない。だが、少なくとも中等部全員の顔と名前くらいは記憶していてもおかしくはない。

 

 

 

 

 実に。

 

 

 

 

 実に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実に素晴らしいッッ!!!!  

 

 

 

 

 ウマ娘たちを導くためならば顔や名前はもちろん、芝やダート、距離適性に作戦の得手不得手、あらゆるデータを収集し分析し全員の脚質を完璧に把握して記憶しているに違いないッ! 

 それどころか食事や休息についても自分で世話を行い、ウマ娘たちと一緒にトレーニングできるよう身体も鍛えて隣を走れるほどに自分自身も限界まで追い込んでいるかもしれないッ! 

 

 

 感動のあまりハァハァと、恍惚とした表情で息を荒くし件のサブトレーナーを後ろから見守る乙名史。いますぐ取材をしたいところだが、トレーニングの邪魔をするのは彼女の記者としての在り方に反する行いである。

 それにターフを走る若駒たちも実に魅力的な走り方をしているのでじっくり観察したいというのもある。まだまだ荒削りであるものの、メイクデビューがいまから楽しみであると期待したくなるくらいにだ。

 これが彼の指導の賜物だとすれば、やはり取材をする価値は大いにある。まずはなにから聞いたものか、乙名史はウマ娘記者としても、ひとりのウマ娘ファンとてもワクワクが止まらなかった。

 

 

 

 

 そんな乙名史の様子をバッチリ気配察知しているシャカールとアイネスはさりげなくサブトレーナーのやや後方に位置取り、いつでも彼女を押さえ込めるよう身構えていた。

 

 乙名史悦子記者のことはちゃんと知っている。こんなんでもウマ娘関係のメディア側としてはトップクラスで信用できる人物なのだ。こんなんでも。

 だが、客観的に見ていまの彼女は完全に不審者である。間違いなく頭の中はウマ娘のこと一色なのだろうが、状況的には男性トレーナーの後ろ姿に興奮しているセクハラ記者でしかない。

 

 物理的に彼をどうこうできるヒトの女はそうそういないのはわかっている。だがウマ娘としての本能と言うべき部分がこの変態から信頼するトレーナーである彼を守護らねばと訴えかけてくるのだ。

 あと、このバイオ・オーガニック・フェロモンが乙名史記者から変な影響を受けてタイラントに進化しないようにと警戒している部分もある。現状ですら日々の鍛練に潤いを求めるウマ娘たちがあの手この手でアプローチを仕掛けては自滅しつつベッドの中でニヤニヤ笑う夜を過ごしているのだ。ある意味で健全なる若者の姿だが。

 実際には大きなトラブルに発展することはないが、なぜか後始末を引き受けるハメになることが多いシャカールとアイネスとしては、可能性があるだけでアウトである。

 

 

 いや、まぁ……彼の名誉のために言っておくが、サブトレーナーと過ごす時間そのものに不満はない。あくまでも彼の名誉のためにね、不満はないっていう話としてね? 

 

 

 ハァハァする記者とピリピリする先輩たちの様子を不思議に思いながらも、もしかしたら月刊トゥインクルに写真が掲載されるかも? そう考えた中等部のウマ娘たちはいつも以上に気合いが入る。

 そんなウマ娘たちの様子にさらに感動を深めた乙名史は、本来の目的である『マイルのウマ娘たちの活躍と、彼女たちが口にするスキルや領域について』の取材が見事に頭からすっぽ抜け──上司と先輩に呆れられながら叱られるのであった。




ついに始まる日本ダービーッ!

ターフに集う領域に目覚めたウマ娘たちッ!

迎え撃つは無敗の皐月賞ウマ娘、シンボリルドルフッ!

ファンの期待を一身に背負い走る彼女を突如として飲み込む謎の世界ッ!

そこに現れたのは……もうひとりのシンボリルドルフッ!?


次回! 『爆進! ウマランナー!! 会長はつらいよ・リローデッド』に、チャンネルセットッ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会長はつらいよ・リローデッド

前回のあらすぢ

キラキラエガオ(強者)
ギラギラエガオ(勇者)
ギラギラエガオ(記者)


『──さぁ順位を振り返ってみましょう! 先頭はディスカッター意気揚々と逃げるッ! それを見るようにパステルフェアリ前につめるッ! 3番手マイブリス安定した走りで追走ッ! やや後方、本日の二番人気“ターフの麒麟児”シャドウミラーが外側から様子をうかがうッ! ここまでで先頭集団を形成しています!』

 

『ハイペースな展開になりましたね! やはり日本ダービー、ウマ娘たちの気合いのノリも違います!』

 

『さらに、3バ身後方にシームレスバイアスッ! それを見るようにオーロラクイーンッ! 外から外からグレースメリアッ! 1バ身差、ペッパーキャットッ! 本日の一番人気、無敗の皐月賞“常勝ウマ娘”シンボリルドルフここにいたッ!』

 

『芝の感触を丁寧に確かめていますね! これは後半、鋭い差し脚が期待できますよ!』

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さぁキサンらぁッ! 覚悟はいいかッ! ──地獄の壁の厚さを知れェェいッ!!」

 

 レースも中盤戦を越えたころ、追い込みで走っていたひとりのウマ娘の領域が本人を含めたフルゲート18人全てを飲み込んだ。

 もちろんその程度で動揺するようなウマ娘はここにはいない。相手の領域……この追い込みウマ娘の得意とする走り方の完成形がどのようなものか興味はあるが、それに押されて自分のペースを乱すワケにはいかない。

 

 それは、芝の状態を確かめるように“差し”を意識して走っているシンボリルドルフも同じである。今日のダービーは素晴らしきお日さまぱっぱか快晴レース、なれど今朝方まで降っていた雨の影響でバ場の状態はお世辞にも良いとは言えない。

 担当のレオトレーナーと相談して決まったプラン。いつもの先行ではなく、ギリギリまでターフの感触を確かめてスパートで一気に差しきって勝つという作戦はいまのところ悪くない手応えだ。

 

 フィジカルはなにも問題はない。鍛えたスタミナを武器に、垂れウマを警戒してやや外側に位置取りをしても問題なく走りきれるだろう。

 

 

 問題は──メンタルである。

 

 

 18人のウマ娘の中で唯一無二、ルドルフだけが領域無しで走っているという事実が普通にショックなのだ。未だ展開することなく様子見のウマ娘たちもいるが、彼女たちも使えるだろうことはなんとなく理解できる。

 それだけでも落ち込むのに、周囲のウマ娘たちからの『シンボリルドルフはどれだけスゴい領域を使うのか?』というプレッシャーもハンパないのだ。中央トレセン学園の生徒会長にして無敗のジュニア王者からの皐月賞ウマ娘である。そりゃ期待したくなる気持ちは痛いほどわかるが。というか当事者なのでさっきから視線がザクザク刺さりまくりでものごっつ痛い。

 

 いや、これは違うだろ? シンボリのウマ娘として、中央の生徒会長として皆の幸福のために勇往邁進すべく覚悟を決めてターフの上に立つことを選んだが、このプレッシャーはなにか方向性が違うだろ? 

 

 どうしてこんなことに……と嘆くルドルフ。しかし周囲のウマ娘にしてみれば領域を展開することなく自分のペースで走り続けている彼女の姿にこそマジかコイツと嘆きたい気分であろう。

 幸いにしてルドルフがちゃんと本気で走っていることはウマソウルに伝わってくるので負の感情は産まれていない。しかし、その代わりに彼女が領域を展開しない──いや、()()()()のは自分たちが対等なライバルとしてまだ足りていないからかもしれないという素敵な思い込みが誕生していた。

 

 上等だ、それなら無理やりにでもお前の本気を引き出してやる。

 

 本能が猛るままにより魂の輝きを増したウマ娘たち。彼女らの領域が放つプレッシャーのレベルはどんどん強くなる。不幸なことにルドルフは恋愛シミュレーションの主人公のように察しが悪いワケでも難聴でもない。ライバルたちの変化をそこそこ正確に把握してしまったせいで、ますます斜め方向に追い込まれていた。

 

 それでもルドルフが失速していないのは環境に恵まれていたことが影響しているだろう。それはもちろん中央トレセン学園の設備が整っているということも含まれているが、ともにトレーニングに励む友人たちを得られたことが大きい。

 入学してすぐのころはシンボリの名前で、そしてその走りの才能から遠巻きにされることが多かった。しかしあるときを境に──具体的には御意見無用の肌色セレブレーションが中央にやってきた辺りから周囲との関係が穏やかに変化していった。

 彼に対する淑女的(ヘタレ)な態度を目の当たりにしたウマ娘たちは、どれほど強く気高くあろうとも、シンボリルドルフもまた自分たちと同じウマ娘なのだと認識を改めたのだ。

 

 それこそ、サブトレーナーに差し入れの缶コーヒーを渡そうと画策するもなかなか声をかけることができずに旋回していたところを慈しみと哀れみを込めた渾身のドヤ顔で肩をポンッ! と叩いてきたウマ娘を相手に地獄の併走トレーニングを強行する程度には周囲と打ち解けていた。

 なお会長の併走相手を勤めたそのウマ娘、己のウマソウルから光が逆流してもかまわないぐらいの覚悟で逃げ切ったものの、その光景を目撃していた友人に『そう、アナタもやっぱりターフが、走ることが好きなのね! 今度は私とも併走しましょう!』と目を付けられた。ふたりの規格外の間を往復するハメになった結果、件のウマ娘は占いに頼らなくても中央トレセン学園で屈指の実力者へと成長している。残念ながら本人は無自覚なので相変わらずふんぎゃろふんぎゃろとお祈りを捧げているが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 無敗の二冠バが誕生するのか、それともほかのウマ娘が意地を見せるのか、はたまた地方が再びダービーをもぎ取るのか。大勢のファンが熱狂する日本ダービーも最終コーナーでの勝負が始まっていた。

 ここからが本番。芝の感触は完全に把握した。あとはここまでためていた脚を一気に開放して先頭を目指すのみ。

 

 ひとり、ふたりとウマ娘を追い越すルドルフ。追い越されたウマ娘はそのあまりの強さに心がポキリと折れかけて──などということはなく、最後の最後まで差し返すことを諦めていない。

 その意気や良し。ならばいよいよ遠慮は無用だろうとさらに加速する。3人目のウマ娘からも一瞬、驚きの気配を感じたがすぐに闘志で上書きされた。その様子にルドルフもついつい心が踊る。

 

 僥倖。挑む者とは、ライバルとはなんと素晴らしきものか。中央トレセン学園に入学してから今日まで、これほど満たされた気持ちで走れたことはなかった気がする。なぜなら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幼いころから『私』に向けられる視線はいつだって冷めていたからね。そうだろう? シンボリルドルフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ!?」

 

 

 一瞬で周囲の景色が変わる。それはファンタジーを題材にした映画やアニメのような、あるいはテレビゲームの宣伝で見るような西洋の城。薄暗いが、いわゆる“謁見の間”のような造りであることはわかる。

 そして、赤い絨毯の先には玉座らしきもの。そこに不敵に微笑みながら脚を組んでこちらを見ているひとりのウマ娘。

 

 

「最初は脚が速いことを褒められた。同世代の子たちもすごいすごいと喜んでいた。だが、いつしか自分の走りを喜んでくれるのは大人だけとなり、共に走ったウマ娘たちはシンボリルドルフという存在を特別視するようになった。良くも、悪くも……ね」

 

「……事実は小説より奇なり、か。ずいぶん知った風な口をきくじゃないか」

 

「当然だろう? 知った風な、ではない。私が『私』のことを知っているのは当たり前のことだよ。それぐらい説明するまでもなく理解しているのだろう? ──いや、自分自身のことなどは存外、わからないことのほうが多いかもしれないがね」

 

 

 スッ……と立ち上がり、ゆっくりとルドルフに近づいてくるウマ娘。同じ勝負服、同じ髪の色。同じ高さで交差する視線と──なるほど、()()()()というものは、己の頭の中に響く音とは異なるものなのだなと場違いな納得を抱く。

 

 

「好敵手、というものは嬉しいものだな『私』よ。これまでのシンボリルドルフの走りを否定するつもりなどサラサラないが、やはり純粋に走ることを楽しめる機会というのは我々ウマ娘にとって大切な……あぁ、それこそ釈迦に説法だったな。キミ(私たち)は独りで走る虚しさを、とてもよく知っているのだから」

 

「それ、は……」

 

「だがいまは違う。東京優駿という大舞台だから、というだけではない。彼が()()()()にもたらしたスキルという技術面に特化した走法。決意、覚悟、理想、あるいは気合いや根性でもいい、ウマソウルの輝きを最高まで高めてくれる“領域”の存在。全てのウマ娘が勝利を目指して邁進できる素晴らしき世界。……いや、まぁ、海外のウマ娘たちの事情はまだわからないが。ファインモーションの護衛たちもいろいろと報告が必要だろうから、広まっている可能性は充分にあるがね」

 

「結構な……ことじゃないか。筋肉の性質や骨格など、生まれつきの条件を理由に夢を諦めていたウマ娘たちにも新しい可能性が見つかったのだからな」

 

「あぁ、そうだ。そうだとも『私』。世界には可能性がばら蒔かれた。これからウマ娘たちは誰もが己の理想を胸にターフへ、ダートへ駆け出すだろう。だから、だからな『私』よ。──もう、いいだろう?」

 

 

「……なに?」

 

「もっと走ることを楽しみたまえよシンボリルドルフ。キミひとりが、唯一『私』だけが理想に殉じるようなマネはもう必要ない。誰かのためではなく、闘走本能のまま『私』のためにダービーを勝ち取ろう? もちろん担当トレーナーにダービー勝利を捧げるというなら、それもまたウマ娘らしくて好ましいが」

 

「──確認するが、もしかして、私はいま、これはアレなのか? いわゆる“喧嘩を売られている”という状況なのか? ハハ、これはなかなか嬉しい誤算だ。さすがは私だな、ジョークもしっかり嗜んでいるとはな……」

 

「落ち着きたまえ。別に私は『私』の理想を否定したつもりはないんだが? ただ、優先順位をほんの少しだけ下げてもいいだろうと提案しているに過ぎないよ。ひとりのウマ娘が背負うには“全てのウマ娘の幸福”は重すぎる理想だからね」

 

「断る。私はシンボリ家のウマ娘として、中央トレセン学園の生徒会長として、皆を導かなければならない立場にある。そしてそれは誰かに命じられたものではなく、自らが選んだ生き方だ。それを途中で投げ出すような無責任なマネはできない。できるはずがない」

 

「なるほど。責任、責任か。──笑わせてくれるじゃないかシンボリルドルフ。忘れたのか? 私は『私』でもあるのだ、キミの心の奥底にある渇望を知らないとでも思っているのか? 立場、責任、生徒会長としてシンボリ家のウマ娘としての義務などとッ!! どれほど嘯いて誤魔化しても飢える心そのものを消すことはできないッ!!」

 

「誤魔化してなどいないッ! これは確かに私が望んだ在り方だッ! 私が求める理想のために、皆を導くウマ娘として相応しい存在に成るために実力を示す必要があるッ! ……だから私はクラシック三冠バを目指したのだ、理想を掲げるに足り得るウマ娘であることを認めさせるために……ッ!!」

 

「強情だなシンボリルドルフッ! いや、ウマ娘だからなッ! やはり我々はそうでなくてはならない、どんな形であろうと挑まれたら迎え撃つのが礼儀だからなッ! ならば私からひとつ、その覚悟を砕く一手を、キミの抱える欲望をお披露目してみようかッ! そう、たとえば──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──たとえば、キミが幼いころに両親と交わした『お腹がピーちゃんになるといけないからアイスは1日1個まで』という誓いを反故にして2種類以上食べてみたいと考えていることは知っているぞッ!!」

 

「く……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、これ、俺ら見ちゃっても大丈夫なヤツ……?」

 

「いや、えぇ~? いや、えぇ……?」

 

「ダメに決まってるっちゃ。完全にプライベートな話だっちゃ……」

 

「これ不可抗力よね? ワタシら巻き込まれただけだし……」

 

「さすがにこの展開は予想してなかったんだな、これが……」

 

「とりあえずワシらぁ柱ン陰にでも隠れるかのぉ……」




後半に続くッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会長はつらいよ・リバレーション

前回のあらすぢ

生徒会長×ペルソナ=テンタラフー!

ウマ娘たちは こんらん した !


「私は知っている。皆とカラオケに行ったときに、お気に入りの洋楽を歌ってみたいと考えているが知らない歌では皆も反応に困るだろうし別にほかの歌でも楽しめるからと遠慮しているのを。本当は歌ったときに皆がどんな反応をするか気になるのだろう?」

 

「わかりみ深ぇわ。なんか洋楽って遠慮しちゃうんだよね」

 

「好きに歌えばいいのに、ってお互い思ってるんだろうなぁ」

 

「私は知っている。カフェテリアで食事を選ぶとき、デザートが付属しているものを食べたいと思いながらもそれを選択してしまえばその日に食べても良い菓子類の枠を消費してしまうと悩んでいることを。本当はアップルパイにアイスを乗せて食べてみたいのだろう?」

 

「いや、アップルパイのアイスはトッピング扱いでいいでしょ」

 

「パフェとかプリンアラモードとかどういう扱いになるんだろ」

 

「私は知っている。皆とバーベキューをしたときに、お肉の脂身の味が移ってしまうので海の幸を焼くときは別個のスペースで焼きたいがタレを付けて食べるなら結局美味しいからそれで良しと妥協していることを。本当はゆず胡椒やわさび醤油も使いたいのだろう?」

 

「たまにトング持って一時停止してたのはそういう理由か」

 

「今度やるときはカラ付きのエビとかホタテも用意しよっか」

 

「そう……私は知っているぞシンボリルドルフッ! 放課後に売店に併設された休憩スペースでッ! ウマ娘たちが楽しそうに食べているインスタントラーメンに興味津々で自分も一緒に食べてみたいと思っていることをッ! 本当は天ぷらそばの“あとのせサクサク”がどのようなものか体験してみたいのだろうッ!?」

 

「いや、食えよ。買えるだろ、GⅠレース勝ってんだからさ」

 

「イメージ的に遠慮してるのかしら? 皐月賞ウマ娘だものね」

 

 

 柱の陰からはシンボリルドルフの表情は見えないが、耳がどちらもペタンと垂れているあたり指摘の内容は正解なのだろう。他人からしてみれば些細なことであるが、彼女の普段の様子──各種メディアで理想について語る姿を思えば、理解できないこともない。

 ただ、それをもうひとりのシンボリルドルフがわざわざ本人……本体? に叩き付ける理由がイマイチわからない。ファンタジー作品でよくあるパターンとしては、ルドルフ(影)は抑圧された感情が人格を得て主導権を奪おうとしているとかだろうか? もしそうなら恐ろしいホラー展開なのだが、内容がアレなのでイマイチ危機感が薄くてリアクションに困ってしまう。

 

 なんにせよ17人のウマ娘たちには見守る以外の選択肢は存在しない。一応、たぶん大丈夫だろうという予感はある。

 この空間がルドルフの領域であることはウマソウルが理解しているので、きっとここから彼女の理想の走りにつながるヒントを得る切っ掛けに繋がるのだろうと信じているからだ。

 

 

「シンボリルドルフ。多くのウマ娘たちの模範で有ろうとするその精神性は認めよう。だが、キミは少し勘違いをしている」

 

「勘違い、だと……?」

 

「そうだ。理想を語るに足る完璧なウマ娘としての己、それを追い求めることばかりに囚われ視野狭窄に陥っているのがいまのキミだ。この際だ、ハッキリと言わせてもらおう。──完璧なウマ娘など幻想だ」

 

「──ッ!? 貴様ッ!!」

 

「ほぅ? なんだシンボリルドルフ、()()()もそんな表情が出来るのだな。怒りに任せて掴み掛かってこないところは流石だが。……ルドルフ、完璧な存在なんてこの世界に有りはしないんだよ。いや、この世界に限らない。たとえこことは違う()()()があったとしてもそうだ。ヒトも、ウマも、誰もが不完全な存在。だからこそ成長できる。だからこそ──未来を掴もうとするその姿に堪らなく惹かれるんだ」

 

「それは……」

 

「心当たりはあるだろう? 夢への第一歩、メイクデビューへ出走することを目標に励むウマ娘たち。彼女たちの走りは未熟そのものだが、努力する姿を嗤う者はいない。ファンは彼女たちの“心の強さ”に憧れ応援する。それと同じだよ。皆がシンボリルドルフを慕うのは完璧なウマ娘だからじゃない。理想を求め走り続ける姿に、その行く先に未来を垣間見たからだ。……実績が必要なのは否定しない、しかしルドルフッ! いまのオマエに必要なのはもっと周囲の者たちを信じることだッ!!」

 

「オマエは孤独な王などではないッ! 生徒会の仕事はどうだ? エアグルーヴやヒシアマゾン、フジキセキ……それに文句を言いながらもナリタブライアンだってッ! ほかにも何人もの生徒たちがシンボリルドルフを支えているッ! トレーニングはどうだ? クラスメイトが、友人が、ライバルたちがッ! シンボリルドルフと競い合い高め合い、同じ方向へと走り続けているッ!」

 

「同じ視座に立てッ! 全てのウマ娘たちの幸福を望むのなら、まずは己から歩み寄れッ! それがどれほど小さなものでも、それがどれほど単純なものでも、彼女たちと同じ“幸せの形”をオマエ自身が知らなければ意味がないッ! そして、その程度のことでシンボリルドルフに失望する者などいるものかッ! これまでの努力は、積み上げた信頼はその程度のことで瓦解などしないッ! もっと彼女たちを信じろルドルフッ!! ホットケーキを5段重ねてホイップクリームを乗せても良いッ!! カツ丼のお味噌汁の代わりにラーメンを頼んでも良いッ!! 信頼とはそういうものだッ!!」

 

「熱いこと言ってるけど食べ物率多くない?」

 

「我慢できるだけで食べたいことには食べたいんだろうな」

 

「ホットケーキとかサブトレさんに作ってもらったことあるって言ったらどうなるかな?」

 

「やめとけ。おまえもフクキタルするぞ」

 

 

 ルドルフ(影)の言葉にルドルフは応えない。

 

 柱の陰から見守るウマ娘たちはともかく、同じ中央トレセン学園から出走しているウマ娘たちは先ほどから変な汗がツツーッと背中を流れている。

 

 ルドルフ(陰)が言いたいことはなんとなくだが理解できる。つまりは、不器用なのだ。我らがライバルにして友人である生徒会長どのは。その様子を見てイライラ──というよりは心配になって対話を試みた、というところだろう。

 使命感ではなく、純粋にレースを楽しむ。勝ちたいという気持ちとは別に、真剣勝負の中に自分がいる充実感はウマ娘にとって確かに幸福だろう。敗けたことが悔しくて、届かないことが辛いというのもまた事実だが、それらですら走る喜びを知るからこその感情だ。

 

 だから、そんな当たり前の幸せを体験して理解するべきだという忠告なのだろうが……これをルドルフが頑なに拒んだ場合、少々その、危険じゃないか? 

 

 ストイックに自分を鍛える様は流石だが、いくらなんでもそこまで徹底しているとは思っていなかった。この様子だとたまに一緒に遊んでいるときも彼女なりのルールに従って行動していたのだろう。

 それは別にいい。しかし、あまりにも自分を追い込みすぎて余裕が無くなるウマ娘というのは毎年必ずと言っていいほど出てくる。もしもルドルフがそうなれば、期待と使命感がほかのウマ娘とは桁違いであるだけに非常に厄介なことになるだろう。

 

 苦しむ友人の姿はできることなら見たくない。可能ならいますぐにでも飛び出して説得したいくらいだが、そんなことをしたらどうなるか? 決まっている、このアレな会話を皆に見られたルドルフがショックでリタイアしてしまう可能性だってある。

 ならば黙っているか? そしたら今度はこちらの精神がガリガリ削られるだろう。勝利への想いはあるが、ライバルの不幸を喜ぶほど自分たちは腐ってはいない。葛藤を抱えたまま走るルドルフを見殺しにするようなマネをすれば、必ず後悔するだろう。それぐらいには自分たちは友人であるつもりだ。

 

 なんだこの状況。全てのウマ娘の幸福どころか自分たちはワケのわからない決断を迫られて泣きそうなんだが。いや、間違いなくルドルフ自身も内なる声を叩き付けられて心が揺さぶられているだろうが。

 もしかしてこれはアレか? 全員が等しくアンハッピーなら逆に平等な幸せでしょ的な意味なのか? なんだそのディストピア思考。おぉ、三女神よ。どうして貴女(テメー)はよりにもよって一生に一度の日本ダービーでこのような試練を与えやがったのですか? レースが終わったら覚えておけよコンチクショウ。全身を金色コーティングしておデコに『牙突百式』と筆ペンで書いてやるからな。

 

 

「……キミは私を惑わすためではなく、背中を押すために現れてくれたのだな」

 

「本当ならもう少しスマートにことを運びたかったがね。どうにも『私』は頑固なようだったから生半可なことでは考えを改めないだろう?」

 

「それでも好き放題言われたことは少しばかり癪だが……そうだな、それぐらい言われなければ私は生き方を変えることはしないだろう。だが──すまないな、むしろ私の中で以前にも増して闘志が滾っているよ。より理想の生徒会長を目指そうという闘志がね」

 

「私の話を理解できていない……というワケではなさそうだな」

 

「なに、極々単純で下らないことだ。己の弱さを認めた上で、私はそれに勝ちたいと思ってしまったんだよ。唯一抜きん出て並ぶもの無し。それはライバルだけとは限らない。私は、自分自身の弱さにも敗けたくない。だからこれは使命感ではない、極々単純で下らない感情だよ。信頼してくれる者たちがいるというのなら、殊更目指したくなるだろう? 理想の走りを、皆を導くに相応しい己の姿を。そう──意地というものがあるのだ、女の子にはね」

 

「……ほう?」

 

「キミの忠告はありがたく受け取ろう。しかし、せめて菊花賞まではいまの自分を貫きたい。なにせ私は自分で思っている以上に不器用なようだからね。急に走り方を変えて失速してしまうリスクはできるだけ避けるべきだ」

 

「ふむ。いくらかは()()な顔付きになったじゃないか。いいだろう、まだまだ及第点といったところだが、とりあえず“走らなければならない”から“走りたい”まで成長できただけでも良しとしておこう。どうやら領域の1歩目としては充分のようだし」

 

「なに……? ──ッ!? これはッ!?」

 

 

 薄暗かった謁見の間に光が満ち、それと同時にルドルフの身体に雷光が宿る。パワーアップ、とは違う。新しい力を得るというよりは、器が満たされる……いや、それも正確とは言い難い。

 

 そうだ。これは最初から自分自身の中にずっとあったものだ。なるほど、こんな大切なモノをいつの間にか忘れていたらしい。

 

 

「今日のところはこれで引き下がるとしよう。だがこれだけは忘れてくれるなよシンボリルドルフ。孤独な王に未来は無い。独りで走るレースなんて……虚しいだけだよ」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「へぇ~? これが中央トレセンの生徒会長サマの領域か。いかにも王様って感じなんだな、これが」

 

「キミか……。ようこそ、私の領域へ。すまない、巻き込むつもりは無かったんだが」

 

「なに、わざわざご招待下さり光栄の極みってヤツさ。──それがアンタの領域か。さすがのシンボリルドルフも日本ダービーでようやく手の内を見せる気になったか?」

 

「これまでのレースとて全力だったがね。少しばかり心境の変化があった、それだけだ」

 

「そうかい。()()()()()()()()()()()()()()、こちとらやることは変わらないんでね。全力のアンタを倒して勝つ。それだけだ」

 

 ルドルフの雷光に挑むように、ひとりのウマ娘から紅蓮の炎が鳳となって飛び出す。我が翼、その切っ先は触れれば斬れるぞと言わんばかりに鋭く。そしてその様子を見ていたウマ娘たちは完璧に流れを理解した。

 

 私たちは、たったいま、初めてルドルフの領域に招かれた。それ以外の事実は一切存在しない。そう、仮に消えゆく直前にルドルフ(影)が隠れて見ていた自分たちと目が合って一瞬「あ、ヤベェ」みたいな表情をしていたとしてもだ。

 

 

「巻き込んでおいて本当に申し訳ないが、いまの私はいつも以上に勝利に餓えていてね。手荒い歓迎になってしまうが……悪く思わないでくれよ?」

 

 

 テレビで見た“いかにも優等生”の微笑みとは違う好戦的な表情を見てウマ娘たちは確信する。きっと、自分たちは将来「アレはシンボリルドルフの世代だ」と言われることになるだろう。

 まぁ、だからといってなにかが変わるワケでもないが。あぁそうだ、たしかに彼女は自分たちとは格が違う。しかしそれがどうした? ルドルフが強いからなんだというのだ、そんなもの勝負から逃げる理由になどなるものか。

 

 

 

 

 彼女を“孤独な王”になど、させるものか。

 

 

 

 

「中央の英傑シンボリルドルフッ! その御首ッ! 貰い受けるんだな、これがァッ!!」

 

「来るがいい強敵たちよッ!! 唯一抜きん出て並ぶもの無し、その言葉の意味を知るがいいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──無敗の三冠ウマ娘の誕生まで、あと一戦。




シリアスな話が続いたので、次回からはちゃんといつも通りのほのぼのハートフルに戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぬののふく

前回のあらすぢ

地方のライバルたちから「次は敗けない!」というメッセージと一緒に各地のご当地アイスクリームが届けられ、中央のライバルたちがホットケーキパーティーで二冠達成のお祝いをしてくれました。

シンボリルドルフのやる気は絶好調だ!


 ウマ娘・ヤエノムテキの朝は早い。

 

 6月も終わり、いよいよ夏の本番がやってくる。もうすぐ恒例の合宿が始まるということもあり日課の早朝ランニングにもより一層気合いが入るというものだ。

 もちろん理由はそれだけではない。シンボリルドルフの無敗の二冠達成は、中央のウマ娘たちの闘争心をメラメラと燃え上がらせるには充分すぎる燃料である。

 

 緑の勝負服の胸元、そこに輝くふたつの勲章に憧れを抱き励むウマ娘がいる。

 

 緑の勝負服の胸元、そこに輝くであろうもうひとつの勲章を奪ってやると励むウマ娘がいる。

 

 慕う者も挑む者も等しく滾り、中央トレセン学園はかつて無いほど熱く燃えているのだ。もちろん体調管理や怪我の予防などなど、オーバーワークにならないようにとトレーナーたちも気をつけてくれてはいるのだが……そこはまぁ、ヤンチャ盛りのウマ娘たちである。なにかと理由をつけて身体を動かしたくて仕方がない。

 それはヤエノも例外ではない。実家が武門であるが故に怪我のリスクは承知しているものの、ついつい走ることに夢中になってしまうもので──。

 

「ふっ……ふっ……ふぅ……ッ! 冬の澄みきった空も良いですが、初夏の空気というのも清々しいものですね。土と、ターフの良い香りがします。さて、そろそろ切り上げるタイミング──おや?」

 

 頃合いかと速度を緩めて視線を下げると、やや前方になにやら黒い布の塊のようなものが落ちている。

 

 過去の苦い敗北の味を思い出して一瞬身構えるヤエノであったが、よくよく見ればその布の塊はそれなりの大きさがあるではないか。つまりは例のアレ……男性が主に使用する特定目的の肌着ではない、ということだ。

 となると、次に考えられるのはなんだろうか。何処からともなく飛んできたゴミ類か、そうでなければ自分のようにランニングしていたウマ娘が落としたタオルかなにかだろう。

 

 どちらにせよ拾い上げるべきか。武術家が神聖なる道場に敬意を払うことを大切にするように、ウマ娘というものは走る場所をキレイに使いたいサガを持つ。

 ここはターフでもなければダートでもない普通の道ではあるが、自身が通う学舎の道であり大勢の学生が活用するランニングコースである。ゴミなら然るべき場所へ、落とし物なら然るべき人物へ。

 

 

 さて、とヤエノが1歩踏み出したところに一陣の風が吹き布が動き──。

 

 

「────ッ!?」

 

 ソレは一枚の黒いシャツであった。大きめのサイズであり、胸のところに白い文字で『さんま』と書かれている。それだけならばタダのネタTシャツなのだが、問題はそのシャツの持ち主の心当たりだ。

 この手のシャツを好んで着るウマ娘は何人もいるのだが、このさんまTシャツに関してはヤエノの知る限りひとりしかいない。

 

 フッ! 力強く肺の中に残る息を吐き出し呼吸を整える。わずかに動揺したものの、武人でありウマ娘であるヤエノムテキは敗北を糧として成長しているのだ。いまさらシャツの一枚や二枚程度なにするものぞ。

 

 恐れることはない。冷静に、充分な勝利のイメージを想い画き挑むのだ。

 

 

 ────。

 

 

 朝日が差し込む金剛八重垣流の道場に響くふたつの声。

 

 ひとりは歳を経てなお若々しくも落ち着きを得て大人びたヤエノムテキ。もうひとりはどこか幼い日の彼女を思わせる容姿のウマ娘の少女。

 

 ふたりは、ヤエノの掛け声に合わせてリズミカルに拳を左右交互に突き出している。武術家ならば誰もが行うであろう基本となる動作である。

 

 鍛練を終えたふたりは汗を流すと朝食が準備されている食卓へと向かう。白米と半身の焼き魚、出汁が香る甘めの卵焼きに柚子の散らされた白菜の浅漬け。そしてにんじんと玉ねぎのみそ汁。

 

 準備を整えた“彼”が少女の姿を見て優しく微笑む。何故ならば、その幼いウマ娘が着ているのはサイズがまったく合っていない彼のシャツだから。

 

 ダボダボのシャツを嬉しそうに揺らす愛しき娘。困ったものだ、父親のことが大好きなのは結構なことだが食事のときくらいはちゃんとした格好をしてほしい。

 

 叱るべきか悩むヤエノに彼が優しく語りかける。こんなときくらいだからいいじゃないか、これも家族の団欒の形だよ……と。

 

 なるほど、それもそうだ。なに、娘もいつかは自分のように勝負の世界を進むことになるかもしれない。ならばそれまではこうして穏やかな日々を送るのも悪くない。

 

 我が子の未来に想いを馳せながら、ヤエノはゆっくりとみそ汁のお椀を両手で包み口元へ運ぶ。

 

 

 ────。

 

 

 完璧だ。欠片ほどの油断も慢心もない完璧な勝利のイメージである。勝負とは肉体の強さだけではない、精神の強さもまた肝要だ。その点、いまのヤエノは体力も気力も充実した状態である。1歩を踏み出すことにためらいなど無いッ! 

 ゆったりとした動きでシャツに近づくヤエノムテキ。幸いにして泥水にまみれるような有り様ではないが、やはり土と砂で汚れてしまっている。届ける前に洗うべきかもしれない、などと考えながら手を伸ばす。

 

 

 勝利を確信するヤエノ。

 

 だが、彼女は忘れていた。

 

 

 戦いとは、不条理なモノッッ!! 

 

 どれほど備えようともッッ!! どれほど鍛えようともッッ!! 思い通りに成らぬのが闘走なのであるッッ!! 

 

 

 シャツに指が触れる直前、ヤエノの鼻先に届いたニオイ。カリウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、重炭酸イオンなどのミネラルと電解質、そして乳酸などの老廃物の混じったもの。

 

 つまりは────汗、である。

 

 

 咄嗟の反応。察知から時間にして0,16秒、鮮やかなバックステップで距離を開いて天地上下の構えで応じるヤエノ。この冷静さこそが彼女の成長の証であるが……状況が不利である事実は変わらないッ!! 

 

 本来であれば別のモノが香るはずであった。サブトレーナーという役割から大勢のウマ娘たちと関わる必要がある彼は、身に付けるものや食べるものについても“匂い”という部分にはそうとう気を遣っている。

 ウマ娘向けの、ヒトではほとんど感じないくらい微かなリンゴの香りのする柔軟剤を愛用していることは学園のウマ娘ならば誰もが知っている。本来ならばその香りがしなければならないのだ。

 

 

 まさに想定外ッ!! 目の前に落ちているシャツは『着用済み』のシャツなのであるッ!! 

 

 

 なぜこんなところに洗濯前のシャツが落ちているのか? それを説明するにはまずヒシアマゾンの提案で開催された『ジメジメなんて吹っ飛ばせ! 旨辛料理真剣勝負カーニバル!!』のエキシビションマッチでお世話大好きスーパークリークをパートナーにした樫本理子チーフと日頃の恩返しと気合いを入れたライスシャワーをパートナーにしたサブトレーナーが対決したときのことを語らねばならないがそれはドラマCD1枚ぶんほどかかるのでもちろんカットであるッ! 

 

 なお、当時の様子を知るウマ娘曰く「あの大会の勝利者が誰なのかはわからない。だがひとつだけ確かなことがある。──英雄は実在する。私たちの学園に」とのことだ。

 

 

 それはともかく。

 

 いま、ヤエノは決断を迫られていた。サブトレーナーの使用済みシャツを拾うか否か。ここで見ぬふりをすれば落とし主を知った上で放置するという道義に反する行いとなる。しかし拾うとなればそれはつまりこのシャツに触れる必要があるワケで。

 

 

 

 

 ──着用してそのままのシャツを拾い上げるということは、それはつまり私が彼を脱がせたことと同じ意味を持つのでは? 

 

 

 

 

 婿入り前の男性の肌着を己の指で脱がせる。それがどのような意味を持つのか理解できないほどヤエノは世間知らずではない。

 

 据え膳食わぬは女の恥とはこのことか。このシャツは言ってしまえば波瀾の道を駆け抜けるための蹄鉄シューズ“卑しのレガリア”も同然、手にしてしまえば約束された勝利の日々(ウイニングライフ)が確定する聖杯のようなもの。

 だが人知れずそれを、単なる偶然、単なる幸運で手に入るとは如何なものか。あるいは卑劣なりと罵られても一切の反論は赦されないだろう。

 

 なんたる不純ッ!

 

 なんたる破廉恥ッ!

 

 青春バンザイッ!!

 

 だがしかし、ここで無視すれば恩知らずの謗りは免れない。なれど拾えば恩返しこそ達成できるがその代償として彼と併走して未来のゴール板をともに駆け抜けることになる。つまりなんのデメリットも無いのだ。よし、いますぐに拾おう。

 

 

 決意を胸にシャツへ手を伸ばし。

 

 手を伸ばし──。

 

 

 カツン、と。蹄鉄が小石を弾く音がした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……あん? いま誰かいたよーな気が……ま、いっか。さて、朝飯までもうちょいあるな。もう少し加速力意識して走っかな……」

 

 朝日の中を駆けるゴールドシップ。その瞳は普段の彼女とは比べ物にならないほど険しく鋭い。そこに輝く感情は“憤り”である。それは、夏の始まりを告げる大舞台である『宝塚記念』に関係している。

 ファン投票で選ばれたウマ娘だけが出走できるそのレース、もちろんゴールドシップもいずれは……と考えていた。しかし選ばれるにはまだまだ実績が足りない。いまはまだチームのメンバーとのんびり観戦して楽しむだけだと割りきっていた。

 

 問題はそのあとである。ゴルシのもとへ、初等部のウマ娘たちがプレゼントを持ってきたのだ。

 

 それは折り紙などで製作された小さな後輩たち手作りのトロフィーである。彼女たちはゴールドシップに投票しており、大好きな彼女が選ばれなかったことが悔しくて、わざわざ用意して届けに来たのだ。来年こそは絶対に出走して勝ってほしいと願いを込めて。

 

 

 ──なんて情けないウマ娘なんだ、アタシはッ!? 

 

 

 プレゼントを笑顔で受け取りつつも、ゴルシの心は自分自身への怒りで灼き尽くされるかの如くであった。出走できなかったことが情けないのではない、彼女たちの想いを知らずに平然と過ごしていたことが許せないのだ。

 彼女は復讐を誓っていた。己の不甲斐なさへの復讐を。夢を見るのがウマ娘ならば、夢を見せるのもウマ娘の役目である。願いが込められた折り紙のトロフィーを、来年は本物に変えて見せると誓っていた。

 

「ダービーのルドルフ……最終コーナーからのスパートはヤバかったが……あの加速の仕方はアタシには合わない……もっと早い段階から勝負を仕掛ける必要がある……外側から、そして膨らまないようなパワーが必要だ……」

 

 有マ記念に間に合う可能性は低い。狙いは宝塚記念ひとつ。それまでにどれだけ実績を勝ち取れるか。いやはやまったく、チビどものおかげでGⅠレースの舞台を楽しむ理由が増えちまったぜ。

 

 

 静かに、だが確実に。

 

 黄金の羅針盤は進化を始めていた──。

 

 

「不沈艦、抜錨ォッ!」のレベルが上がった! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……おや、これは? ふぅン、早起きは三文の徳という言葉があるが、まさかまさかサブトレくんの衣類が落ちているとは思わなかったねぇ。よし、これは私が責任をもって神社の裏手に奉納してこよう」

 

「朝からいきなり変異迷走しないでもらえませんか?」

 

「ん? 私はいたって正気だよカフェ?」

 

「なおさら悪いですよ……。とりあえず聞きますけど、なんで……神社に?」

 

「なに、神社の裏手で叡智の継承が行われていることはキミも知っているだろう? その伝統的かつ神聖なる儀式に参加している身としては、さらなる貢献を果たす義務があると思ってね」

 

「……とりあえず、続きを」

 

「イメージの力を否定するつもりはないが、やはり実物があるほうがなにかと()()()()だろうからね。サブトレくんの私物のシャツであれば取っ掛かりとしては申し分無いと判断したのだよ」

 

「一応確認しますが……本気で言ってますか?」

 

「もちろん冗談に決まっているだろう。生憎と、私には下着泥棒の気持ちは理解できないものでね。もっと中身に興味を持てと説教したいくらいだ。それはそれとして、ね。このシャツという物はイタズラに丁度よいのだよ。タオルの類いではインパクトに欠けるし、パンツまでいくと悪ふざけの範疇を超えてしまい笑い事でなくなってしまう。これもサブトレくんに対する私なりの配慮だよ」

 

「そんな配慮するくらいなら遊ばないで届けてください」

 

「えー? それじゃあ面白くないじゃないかぁ~。日々のトレーニングの息抜きだよ、ちょっとしたお茶目だよ~。それにほら、実はアグネスタキオンというウマ娘にはね、まだ担当トレーナーが不在なのだよ」

 

「知ってますが」

 

「つまり、今現在トレーニングをサポートしてくれているサブトレくんが実質的に私のトレーナーということだ! ならば当然、彼には私への娯楽提供の義務がある! メンタルケア、リラクゼーション、呼称はなんでもいいがね。ともかく、実質的な愛バである私が窮屈な思いをしているのだから、サブトレくんはシャツの一枚や二枚程度、喜んで差し出すべきだと思わないか?」

 

「思いません。そもそも……アナタは窮屈という言葉とは対極にいるじゃないですか……」

 

「む。ヒドイじゃないかカフェ。それではまるで私がいつでも自己中心的で自分勝手な振る舞いをしている非常識なウマ娘みたいじゃないか。キミは私をなんだと思っているんだい?」

 

「頭のいいバカだと思ってます」

 

「……カフェ、初めて出会ったときから比べて容赦が無くなってきたよね」

 

「それはどうも。とにかく……サブトレさんのシャツで遊ぶのは止めたほうが……いいですよ……」

 

「ハッハッハ! だが断るッ! いいじゃないかちょっとくらい。なんなら事が大きくなったら女として責任でも取ろうか? 私がウマ娘としてレースで稼ぎ、サブトレくんには家庭を支えて貰うというのも悪くないねぇ!」

 

「はぁ……わかりました。もう私はなにもいいません。ただ……」

 

「うん?」

 

「後ろのおふたりについては……タキオンさんが自分でなんとかしてください……」

 

「後ろ? いったいなにを言って──」

 

 

 振り向いて()()を視認した瞬間、アグネスタキオンは超光速の粒子の名に恥じない究極の瞬発力でその場を離脱した。

 

 

 

 

 成田山の御本尊が不動明王であることは広く知られていることだろう。

 

 あるときは、道を踏み外さんとするものを脅し説き伏せて思い止まらせる。

 

 あるときは、道理に反する行いをしようとする者を力で押し止める。

 

 

 

 

 そして、あるときは──煩悩を抱く救い難い衆生を、その圧倒的な武力でもって改心させる。

 

 

 

 

 風の如く翔ぶが如く、破邪顕正の冠を頂くふたりのウマ娘が己の名に恥じぬ役目を果たさんと駆け出した。その両の瞳に鬼を宿して。

 

 

「やれやれ、ブライアンもタイシンも朝から元気なことだ。さて、すまないがチケット、サブトレくんのシャツのことはキミに任せてもよいだろうか? 私も少しばかり彼女と()()()()が必要なようだ」

 

「私からも……お願いしていいですか……? 事が済んだら、タキオンさんを……回収しないといけないので……」

 

「えっと、このシャツをサブトレさんに届ければいいの? わかった! アタシにまっかせてッ!」

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

「サブトレさんのさんまTシャツ、すっかり砂で汚れてちゃってるなぁ~。──シャツを落としたことに気がつかないくらい、みんなのためにガンバってるんだねぇ……ッ! ひっく……アタシたちが……レースで全力で走れるように……みんなを支えて……ッ!! ──う゛れ゛し゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!! と゛っ゛て゛も゛し゛あ゛わ゛せ゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!」

 

「……よぉぉぉぉしッ! このシャツ、ぴっかぴかにお洗濯してからサブトレさんに届けようッ! 待っててねサブトレさぁんッ! 新品に負けないくらいキレイになるようがんばるからねぇッ!!」

 

 

スピードが12上がった。

スタミナが12上がった。

パワーが42上がった。

根性が21上がった。

「春ウマ娘」のヒントレベルが上がった。

「晴れの日○」のヒントレベルが上がった。

「がんばり屋」のヒントレベルが上がった。

 

 

「──ふぇッ!? なになにッ!? なんだかすっごくやる気が出てきちゃったッ!! ……よくわかんないけど、とりあえず洗濯機まで全力ダッシュだぁぁぁぁッ!! うぉぉぉぉッ!!」

 

 

 

 

 このあと、ウイニングチケットがサブトレーナーのシャツを干しているところが目撃されてウマ娘たちの間に緊張が走ったものの「でもまぁチケゾーだしなぁ……」と、とくに騒ぎになることはなかったという。




Next UMA RUNNER Hint !

「お盆休み」

次回もお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのご

誤字報告、感想などなどいつもありがとうございます。

最近では嬉しさのあまり勢いで今後の展開に関する余計なことまでコメントをしそうなので返信を控えていますが、たいへん励みになっております。

お礼は、水と親父のギャグでいいかな?
(0円)


「今日から学園のコースは全部アタシたちのものだぁぁぁぁッ!!」

 

「「いぇ~~いッ!!」」

 

 

 7月。担当不在でメイクデビュー前の“居残り組”ウマ娘たちが人気の無くなったターフの上で大はしゃぎしていた。

 とりあえず全力疾走する者、意味もなく跳び跳ねる者、優越感に浸り拳を天に突き上げる者、ゴロゴロ転がって小石に腰骨のところがゴリッとなって悶える者など、それぞれの方法で喜びを表現していた。

 

 

「……チッ。おいキサマら、気持ちはわかるがさっさと準備運動を始めろ」

 

 

 先輩であり今日の指導役であるナリタブライアンの言葉に慌てて整列する後輩たち。思いの外聞き分けのいい態度に感心しつつも、なぜ自分がこんなことをしなければならないのだとタメ息のひとつでも吐き出したい気分のブライアンであった。

 

 本当なら自分のトレーニングに集中したい。かつて、1度は追い付き、そして追い越したはずの姉の背中が最近ではまた遠くへと離れていった。姉貴大好きブライアンとしてはビワハヤヒデが強敵として立ちはだかる姿を想像するだけでワクワクが止まらない。

 基本的にナリタブライアンというウマ娘は勝利以上に好敵手を求めているのだ。サブトレーナーの作るバナナパフェを幸せそうにパクパクしている姿は妹視点でもなんとも微笑ましいが、ターフに立つビワハヤヒデの放つプレッシャーはブライアンの闘走本能をこれ以上無いほど刺激してくる。

 

 なので後輩たちの世話に時間を使っている場合ではないのだが、こんなときくらい彼の負担を減らしてやるのも己の役目かと妥協することにしたのだ。あと、アウトロー気取りのシリウスシンボリですら真面目に指導しているのに自分だけ投げ出したら、なんというか……敗けた気がする。

 

「よし。いいかオマエら。これからオマエたちはそれぞれ“逃げ”と“先行”の位置取りを意識して走る。私はそれを後ろから追い立てる。後方からのプレッシャーの中でどれだけ冷静に自分のペースで走れるか試してやる。せいぜい死に物狂いで走ることだな」

 

 後輩たちの表情がキリッ! と引き締まる。メイクデビュー前ではあるが、ブライアンの走りについては学園中が注目するレベルである。そんなウマ娘にトレーニングを付けてもらえるとなれば、いつも以上に気合いが入るというものだ。

 その瞳の中に、憧れだけではなく挑むような視線が含まれていることにブライアンは少しだけ満足感を覚えた。もしかしたらこの中から自分のライバルと成るウマ娘が誕生するかもしれない、そう考えるとこの時間もなかなか有意義だろう。

 

 20人ほどのウマ娘が位置に付き、ブライアンの合図で走り出す。それなりに自主的なトレーニングもしていたのだろう、思いの外マシな走りだ。

 

「……フッ。案外、楽しめそうだ。さて、面倒な指導だが終わればアイツが豚ヒレと牛肉のダブルでカツを作ってくれる約束だからな。キッチリ鍛えてやるぞ後輩ども──ッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うん……うん……よォし! コッチの確認は終わったぜィ!」

 

「お疲れ。それじゃあ……そうだな、ちょっとトレーニングの様子でも見に行くか」

 

「オゥよ! んじゃ、ちょいと後ろにお邪魔させてもらうとするかい」

 

 自転車に跨がったままタブレット端末を操作するサブトレーナーの返事を待たず、イナリワンが荷台に飛び乗った。彼女が小柄であることもそうだが、学園内を様々な荷物を載せて走る彼の愛車は荷台も特別製で広く改造されている。

 

 ふたりはいま、学園内のトレーニング設備を点検している最中だ。デビュー済みのウマ娘とともに彼以外のトレーナーは全て合宿先に同行している。故に、唯一のトレーナーである彼が居残り組の設備使用についてある程度の権限があり責任がある。

 以前ならばここまで極端なことにはならなかった。ただ、ここしばらくはメイクデビューできるレベルに育つウマ娘が多すぎて新人トレーナーですら強制的に担当を押し付けられているような有り様というだけで。

 

 つまりは、 まぁ。いま、彼がこんな仕事をしているのは本人の頑張りすぎた結果である。

 

 もっとも、忙しさでいえば普段よりはずっと楽なのだが。居残り組でも本格化が完成しつつあるウマ娘たちも後輩たちの指導に積極的だし、デビュー組が不在であるぶん教官たちの手も空いているので積極的にフォローしているのだ。

 もちろん個性を伸ばすのが本業のトレーナーとは違い、教官たちはバランス良く基礎能力を底上げするのが仕事なので勝手は違う。それでもメイクデビュー前のウマ娘たちにしてみればいつもの数倍は濃い内容のトレーニングである。これ幸いとガッツリ鍛えてもらおうと張り切っていた。

 

 

「あたしも前は合宿に向かう連中を羨ましいと思っていたけど、トレセンの最新設備を悠々と使えるってぇのは……なかなか悪くないねぇ」

 

「こういうこと、立場的に言っちゃダメなんだろうけど俺もちょっと思ってる。やっぱちゃんとした設備でトレーニングできると皆のやる気も違うし」

 

「なに、お前ェさんがイロイロと知恵を絞ってトレーニングを考えてくれてんのはちゃぁんと知ってるさ。しかしまぁ、あんなバカみてぇにでかいタイヤなんざ、いったい何処で仕入れてきたんだい?」

 

「長老トレセン時代のツテ。タイヤ引きにはちょっとばかし心当たりというか、思うところがあってね。やっぱり、最後の競り合いで勝ちきるためには根性が……精神的なタフさがないと。そういうのはお上品なトレーニングでは身に付かないだろう?」

 

 

 挑発的な物言いをするサブトレーナーの様子に、なるほどこの辺りの意識の違いが中央一強時代の限界かとイナリワンは納得していた。

 

 なりふり構わず、他人から見てどれだけみっともなくとも足掻いて踠いて勝利を奪う。そういう泥臭さは、たしかに上の世代のウマ娘たちにはあまり感じられなかった。

 きっと、長老トレセンのGⅠウマ娘たちの恐ろしく()()()()()()()仕上がりも全てはこの男の仕業に違いない。苦手を克服するなんてことはハナっから考えていない、とことん自分の得意な走り方を鍛えて鍛えて鍛えまくった結果が“スキル”や“領域”なのだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 重機類の搬入通路を悠々と通り抜けて芝のコースを眺めてみれば、ふとした拍子にブライアンと視線が交差した。その表情はどこか険しく、はて? あのブライアンが後輩たちを追い回した程度でバテるものかと一瞬悩んだが──そうかそうか、そういやお前ェさんはそうだったなァ? とイナリワンのイタズラ心がくすぐられた。

 

 

 背中合わせで荷台に座っているのも好都合。そのまま見せつけるように、サブトレーナーへ身体を預けてニヤリと笑う。

 

 

 するとなんということでしょう、あんなに丁寧に中等部のウマ娘たちを追い込んでいたブライアンの気配がまるで重賞レースのように膨れ上がったではありませんか! 

 突然の本気に「「ピィッ!?」」と悲鳴をあげた後輩ウマ娘たちは完璧にとばっちりである。可哀想なくらいペースはガタガタだが、それでもなんとか持ち直そうと頑張っているあたり巨大タイヤを活用した根性試しは効果抜群らしい。

 

 ほかに面白そうな反応をしているウマ娘は……おいおいシリウスさんよぅ、()()()の中でストップウォッチがピシキシと悲鳴をあげてるぜぃ? そいつはお前さんの私物じゃねぇんだ、学園の備品は丁寧に使わなきゃダメじゃねぇか! 

 

 

 そんなアホなやり取りをしているウマ娘たちの様子に教官たちは微笑ましいような優しい眼差しである。このあと間違いなくイナリワンは勝負を挑まれるだろうが、本人もそれを見越しての挑発だろう。同レベルの相手との競走は一番手っ取り早いレベルアップ方法である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「そういやぁサブトレよぅ。お前ェさんは担当を持ちたいって考えたりしないのかい? 中央に来てから結構たってるし、そもそも向こうのトレセンでもウマ娘の面倒を見ていたんだろう?」

 

 次の設備点検に向かう途中、ふと気になっていたことをなんとなく聞いてみる。

 トレーナーとしての能力“だけ”なら間違いなく優秀であることは証明しているのだから、あとは彼の羞恥心とウマ娘側の理性さえなんとかなればいつでも担当をスカウトしてもいいはずだ。なんとかなるならば。

 

「あー、うん、まぁ……。そうだな、たしかに昔は俺も担当を受け持ってトゥインクル・シリーズに挑んでみたいっていう気持ちはあったよ」

 

「昔は……ね。そいつァ、あたしが聞いちまっても大丈夫な話かい?」

 

「別になにか切実な理由があるワケじゃないよ。原石を磨くことよりも、原石を発掘するのが楽しくなっちゃった、ってだけ。才能溢れた()()()()()()()ウマ娘を育てるのもいいけど、新しい才能を見つけるのもトレーナーの役目としてアリだろう?」

 

「なるほどねぇ。そうやって鍛えられた観察眼がいま大活躍してるってワケだ」

 

 何人かのウマ娘たちの姿を思い浮かべてご愁傷さまと心の中で手をあわせるイナリワン。

 

 本音を言ってしまえば自分だって彼に担当してもらいたいという気持ちは多少はある。トレーナーとしての能力はもちろんだが、なによりも“面白そう”なのがグッとくる。

 

 育成のバランスの悪さは勢いが削がれれば一気に減速する危険性が大きいのは認めよう。だがピタリと歯車が噛み合ったときの強さはGⅠ勝利という形でしっかりと実証されている。

 イチかバチか、伸るか反るか、ゼロか百か。そういう極端な走りは好みがハッキリと分かれるが、好きな者にはとことん魅力的に見えて仕方がない。

 集団を置き去りにしての大差勝ちだったり、後方からの凄まじい追い上げでギリギリ差しきったり、魂が痺れるような熱い勝負を自分も……と想像するのだ。

 

 

「ま、そのうち機会があればひとりかふたり……数人くらいのチームを集中してサポートしてみたいって密かな野心はあるけどね」

 

「ほーん? ちなみに数人ってぇのはどれくらいだい?」

 

「15人」

 

「けっこう多いな!?」

 

「数百人のトレーニングプラン作ってる現状に比べれば数人だろ」

 

「比較対象が狂ってやがんだよなぁ……。いまさらだがウチのトレセン、お前ェさんが風邪でもひいて倒れたらどえらい騒ぎになるんじゃねぇか?」

 

「そのときは……タキオンに風邪薬でも調合してもらうか? あっはっは!」

 

「あたしが全力で看病してやるからそれだけは止めとけぇッ!!」




アプリのイベントとにらめっこしながら作品書いてますが……イナリワン難しい……。

参考資料としてぜひとも実装してほしいものです。

もしくはサポカでSSR“ウマ娘おじさん”TKYTKでも可。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

がんばれ秋川ちゃん2世

前回のあらすぢ。

ロープでぐるぐる巻きにされてグッタリしたアグネスタキオンを引きずるマンハッタンカフェを目撃したウマ娘たちの間に緊張が走るものの、「でもまぁタキオンだしなぁ……」と、とくに騒ぎにはならなかったという。


 中央トレセン学園の理事長・秋川やよいは忙しい。

 

 どれくらい忙しいかといえば、家に帰る時間すら面倒で職員寮に寝泊まりするくらいには忙しい。

 

 新レース『URAファイナルズ』開催に向けての業務がてんこ盛りなのだ。重要な案件は発案者である彼女が処理しなければ外部への面目がアレなので、ほかのトレセン学園はあまり手出し口出しはできないのである。

 もっとも、やよいの立場を考慮しなかったとしても手伝えるかは微妙なところだが。日本国内のレースのグレードの統一化と予選会場の設定、地元の企業とのやりとりも必要だし一般参加枠の基準についての話し合いに──と、若手から重役までタフネスドリンクを片手に文字通りの意味であちこち走り回っているのだ。

 

 

「んぁ……? 日照……朝、か……ふぁ……」

 

 

 理事長室のソファーで仮眠をとっていたやよいが目を覚ます。カーテンのすき間から射し込む日の光で夜が明けたのだなと時計を見れば時刻は13時。朝どころかお昼ごはんのお時間である。

 時間の感覚がおかしくなっているな~、とぼんやり考えながらタブレットをテーブルに放り投げる。さて、プランはどこまで決まったんだったか? ……そうそう、予選の参加資格をGⅠレース入着以上にしたのだった。

 中央がGⅠを独占していたときならばともかく、群雄割拠の時代となったいまであれば不満も出ないだろう。ちょっとだけ中央の理事長としては複雑な思いがあるが。

 

 想定外にガッツリ寝てしまった以上、すぐに脳みそを叩き起こして仕事を再開せねばならぬ。だがしかし、やよいちゃんだって生きているのだ、眠いものは眠いし疲れるものは疲れるのだ。そんなふうに往生際悪くタオルケットに顔を埋めているところに扉をノックする音が響く。

 

 

「失礼します。理事長、マスターの命令によりお迎えに来ました。昼食の時間になっても姿を現さないので他の皆さんもステータス『心配』になっております」

 

「む……それはすまない。いますぐ支度して……おっと」

 

「ステータス『疲労』を確認。マスターのルームまでの移動は困難であると推測。プランDの実行が必要であると判断します。理事長、私の背中へどうぞ。責任を持って食事をお連れします」

 

「感謝ッ! ミホノブルボン、世話をかけて──まて、いま日本語おかしくなかったか?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 見栄より実益。ハードワークの中、理事長としてのメンツやプライドなど路傍の石ほどにしか感じなくなっていたやよいは一切の迷いなくミホノブルボンにおんぶされることを選んだ。

 

 いまの時期のトレセン学園は非常に静かだ。初等部のウマ娘たちは普通に夏休み、デビュー済みのウマ娘たちはもちろん合宿中。それに加えてお盆休みの期間となれば学園のスタッフも必要最低限である。

 そんな静寂の支配する学園の通路に、食欲をそそる醤油のタレの香りが漂っている。方向からして彼のトレーナールームからだろう。様々な理由で学園に残っているウマ娘たちの空腹を満たすためにいろいろ食事の世話をしてくれている。

 

 まぁ、普段からちょくちょくウマ娘たちはサブトレーナーに……餌付け? されているので彼の料理の腕前はよく知っている。

 一応、休日の自炊も学習の内と推奨しているものの、それを三食キッチリ実行できるかと問われれば──年頃の女子校生には難しい話だろう。遊び盛りの女の子、時間を惜しんでインスタントで即解決である。

 

 もっとも。

 

 ちょい年上の優男系お兄さんがわざわざ食事を用意してくれるのにそれでインスタント食べるヤツがいるのかと。

 

 

 ────。

 

 

「ただいま戻りましたマスター。プランD、理事長の輸送を完了しました」

 

「ありがとうブルボン。あとマスターはやめてくれ」

 

「了解しました。それでマスター、私は次になにをすればよいでしょうか?」

 

「そうだな、理事長のぶんの食事を用意するからお吸い物を頼む。あとマスターはやめてくれ」

 

「ミッション『配膳準備』を開始します。適温まで127秒、マスターもタイミングに注意してください」

 

「軽く炙って温めるにはちょうどいいくらいの時間だな。了解了解。あとマスターはやめてくれ」

 

 

「おぉ。やよいちゃん、お疲れさま。お先にいただいているよ」

 

「うん? ジェミニチーフ……そうだ、オグリキャップのレースが控えていたな」

 

「9月にね。オグリ本人がマイルが得意だって言ってたからね、芝とダートをどちらも1600に挑戦する予定。ギリギリまでトレーニングしてもよかったが……軽く遊んで帰ってくることにしたんだよ」

 

 食欲をそそる香りに満ちたサブトレーナーのルームでは、中央トレセン最年長のトレーナーであるジェミニチーフがお茶を片手にくつろいでいた。

 見た目こそ年相応に歴史が刻まれているが、老齢であることを感じさせないほど活力に溢れている。トレーナーたちの善き相談相手としても頼りになるし、ワケありのウマ娘たちの担当として理事長という立場からもなにかと世話になっている。例えばどこぞの王族ウマ娘とか。

 まぁ、かの王族に関してはそれほど(トレセン学園としては)深刻な悩みはないのだが。女王陛下より『死なない程度の怪我は勉強』『女の子はヤンチャなくらいでいい』『挫折を知ってなお胸を張れずして王族は名乗れない』などの御言葉を頂戴している。

 

 ちなみに樫本理子を学園の看板チームであるレオのチーフに推薦したのも彼女である。なぜなら自分がやりたくないから。余計なしがらみなくトレーナーとして現役でいるための致し方無い犠牲だと素敵な笑顔でハッキリ宣言した。

 つまり樫本チーフのルームにバファ○ンと豆乳とココアが常備されるようになった理由の3分の1はジェミニチーフが原因である。残り? もちろん3分の1は個性豊かなウマ娘たちの行動で、あとの3分の1は目の前でウナギを焼いている甚平男が原因である。

 

 レースに勝利してテンションの上がったウマ娘にドロップキックをされても耐えられるように、という一般人なら顔を青ざめるようなシチュエーションを想定して鍛えられ絞られたサブトレーナーの身体は相変わらずムダにしゅごい。甚平程度の薄着では隠しきれないオーラのようなものがある。そもそもアンダーがランニング1枚なので隠れていない。

 そんな見た目は細身の優男、中身はぱっつんマッスルの彼が丼を両手で抱えて微笑みながら近寄ってくる。なるほど、その肩ひものところにねじ込めばいいワケだ。とりあえず大20枚でいいかな? お持ち帰りコースでお願いいたします。

 

 

「おーい、やよいちゃん。財布をしまいな~」

 

「──ハッ!? 私はなにを……」

 

「別にお金なんて取りませんよ。タダでいいですって」

 

「タダで持ち帰っていいのかッ!?」

 

「持ち帰り……? いや、食器洗いたいからここで食べてもらったほうが……」

 

「いや、いい。ボウズは気にしなくていい。この頭桜花賞の世話はこっちでやるから。となりの部屋で昼寝してるウマ娘たちの様子を見てきておくれ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 学生の前で不適切な発言をしたことに対するジェミニチーフの教育的指導(物理)により今度こそしっかり意識が覚醒したやよいは、ズキズキと痛む後頭部をサスサスしながら改めて用意された食事をじっくり眺める。

 メインの丼にはウナギ、豆腐と野菜のこれは白和えという物か。そしてお吸い物と醤油漬けにされたイクラにお新香が少々。鰻丼に対してイクラの使い方が少し難しいが実に美味しそうである。

 

 ひと口食べれば案の定。さすがに専門店には劣るが、そもそも食事の用意はトレーナーの仕事ではない。ウマ娘の支えになるならばとなんでもできるように技術を磨く彼が例外なのだ。そこまで努力できるのになんで貞操観念だけは行方不明なんだ。マジでウス=異本から出てきた存在とかじゃなかろうか? 

 

 そんなことを考えながら4杯目のごはんを丼によそって鼻歌まじりにイクラを盛り付けていると、目の前のジェミニチーフがなにやらニヤニヤしているではないか。

 この顔は知っている。樫本チーフに顔役を押し付けたときのようなロクでもないことを考えている顔だ。

 

「ロクでもないとは失礼だね。なに、やよいちゃんもちゃんと異性に興味あるんだなと感心していたところだよ。どうにもウマ娘関係者ってのは仕事一筋でほかのことを疎かにする傾向があるからね」

 

「唐突ッ!? チーフ、思考を勝手に読まないでくれ。たしかに理事長としての立場上、私はウマ娘たちの幸福について常に考えているがそこまで不器用なつもりはない」

 

「いやぁ、ほら。どっかの誰かさんみたいに『私の恋人はもうラーメンと餃子でいいですぅ』とか言い出さないかと心配で。ま、だからといってウマ娘たちみたいに過剰反応されても困るけど」

 

「同感ッ! だが事実、彼はトレーナーとしても優秀だ。そうでなければ男性だからというだけで慕われたりはしない。良くも悪くもウマ娘にとっては“走る”ということはそれだけ重要だからな」

 

「長老トレセンのとこのウマ娘たちが依存しそうになった、ってのもわかるね。嫌味な言い方になるが、GⅠを勝つことに慣れてる中央とは比較にならんほど魅力的なトレーナーだったろうさ」

 

 

 これまで常識とされていたウマ娘の育成に新しい可能性を見出だした若き天才トレーナー。地方のウマ娘たちにとってはある種の劇薬だったことだろう。

 

 それでもなんとか手遅れになる前に彼を手離すことができたのは、これまたイヤな言い方になるが長老トレセンが中央トレセンに比べて小規模だったからだ。

 夏合宿の移動がトレーナーたちの運転で間に合うほどの人数だからこそ、彼ひとり抜けた程度ならばトレーニング計画もフォローが可能だった。トレーニング以外の部分では間違いなくどえらいブーイングがあっただろうが。

 

 

「確認ッ! チーフ、ぶっちゃけ私たちの学園もヤバくないか?」

 

「ヤバいねぇ間違いなく。ボウズが頑張ってくれてるのに甘えてきたツケはとんでもないレベルで積み上がっちまってる。勝つことに慣れてるぶん依存するほどではないが……単純にボウズの仕事を代われる人材がいない。そしてそのことはウマ娘たちも理解しているハズだ」

 

「仮定、もしも他所に彼が出向かなければならないような状況になったとしたら」

 

「短期間の出張くらいならまだ耐えられるだろう。だが、もしも完全な移籍を要求されようものなら──こんなことやよいちゃんに言うのも釈迦に説法ってヤツだけど“ナメられたら走りで黙らせろ”それがウマ娘の流儀だからね」

 

「うぅむ……暴力沙汰にならないだけマシか……。まぁいい。あくまで彼の立場はサブトレーナーだからな、仮に研修の類いを提案されたのならば正規のトレーナーを出すのが礼儀だ。余程のことがないかぎり、中央に残ってもらうことになるだろうな」

 

「そもそもの話、たったひとりのトレーナーの影響力をそこまで深刻に受け取るヤツなんて普通はいないさ。長老トレセンから相談されたときだって半信半疑どころじゃなかったし。──だが実際はご覧の通り、ウマ娘たちのレベルアップが尋常じゃない」

 

「つまり、本来ならば笑い話でしかないような彼の価値を正しく理解できる者ならば……」

 

「ピンポイントで狙いにくるかもしれん。ウマ娘に、レースに関わる者なら喉から手が出るほど欲しいだろうさ。ま、そんな変わり者がそうそういるとは思えないがね!」

 

 それもそうだ、と緊張を解く理事長やよい。

 

 彼が切っ掛けでウマ娘たちが大きく成長したのは事実だが、いまデビューしてレースを走っているウマ娘たちを育てているのはそれぞれの担当トレーナーだ。

 ウマ娘の活躍に注目し、その強さの秘密を探るとすれば最初に着目するのはトレーニングの内容。まぁ、あまりほかのトレーナーの指導内容を探るのは褒められた行為ではないが……自分の愛バの成長のためならば恥も承知で頭を下げるのがトレーナーという生き物だ。気になるウマ娘の担当トレーナーからヒントを得ようと接触してくる可能性は充分に考えられる。

 

 

 だが、そこまでだ。まさか正式な担当を持たないサブトレーナーのところまで押し掛けてくるような者はいないだろう。

 

 

 ただの考えすぎ、働きすぎで疲れているのだなと5杯目のおかわりに手を伸ばすも「肥るぞ」のひと言で大人しくご馳走さまをしてお茶をひと口。

 夏が終われば秋のGⅠ戦線が始まる。シンボリルドルフの菊花賞はもちろん、新しい走りを身に付けた多くのウマ娘たちの獲得賞金額もGⅠの出走条件に届いているはずだ。どのレースもきっと面白いことになる。

 

「ふむ、これもまた自意識過剰か。いかんな、私としたことがいまのウマ娘たちを羨んでいるのかもしれん。さて、美味しい食事で空腹も満たされたことだし、仕事を再開するとしよう!」

 

 

 

 

 

 

 日本を競バ後進国と油断している海外のウマ娘たちが領域同士の激突に巻き込まれる運命の分水嶺、ジャパンカップまであと3ヶ月。




次回のッ! 「爆進! ウマランナー!!」はッ!

『SSR級保護者会+α』の出走だッ!

そこそこ独自設定をブッ込むけれど広い心で許してクレメンスッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愛しき苦労人の始まり

前回のあらすぢ。

本作の秋川やよい理事長は成人女性です。

つまり身長やバ格(意味深)が成長する可能性は……オグリやスペがおかわりを自重するくらいにはありますねぇ!


「いらっしゃいませー。おやシンさん、相変わらず一番乗りですね。今日のお通しはトコブシのバター焼きとサバの生姜煮ですよー」

 

「こんばんは小さな看板娘さん。そうだな、たまには皆が来るまでのんびり嗜むのも悪くない。あぁ、飲み物はジンジャーエールを頼もうか」

 

「はいはーい。それではお席にご案内しまーす」

 

 

 中央トレセン学園のウマ娘たちのオアシスである地元の商店街、そこのとある夫婦が営む小料理屋に常連客のウマ娘がやってきた。

 前髪の白いメッシュが特徴的な美人で、かつては競走バとしてレースに出ていたらしく、いまは娘さんが中央トレセン学園に通っているらしい。

 

 詳しいことは知らないしサービス業のモラルとしてわざわざ聞こうとも思わないが、仕事柄ときどきトレセン学園にやってきては帰り際にお店をご利用いただいている。それもお仲間の皆さんと一緒で、いつも10人そこそこの大所帯である。実にありがたい上客である。

 両親のお手伝いとして接客を担当しているウマ娘の少女の案内で、最近ではすっかり指定席になりつつあるテーブル席へ移動する。普段はまったく出番の無いご予約席のプレートは実質このグループ専用だ。

 

 

「こんばんわ~」

 

「邪魔するぞ」

 

「うぃ~っす。いやぁ、盆を過ぎてもまだまだ暑いねぇ!」

 

「どもども皆さんいらっしゃいませ~。いつもの席でシンさんがお待ちですよー」

 

 

 続々と“シンさん”の友人であるウマ娘たちがやってくる。全員が元競走バ仲間らしく、なんとなくオーラというか、本能的になんとなく強かったんだろうなという気配は感じる。

 どんどん賑やかになっていくテーブル席に、少女は手慣れた様子で次々にお通しと飲み物を並べていく。全員が揃うまではソフトドリンク、ジンジャーエールにウーロン茶ににんじんジュースにメロンソーダなどなど……特に注文がなければいつも頼んでいるものをサクサクと用意する。

 

 まだアルコールは一滴も提供していないのだが、すでに今年の秋のGⅠ戦線についての話題で場は盛り上がり始めている。ほかのお客さんよりもちょっと専門的な雰囲気なのは、さすがは元競走バにしてトレセン学園関係者といったところか。

 

 

「はーい、こちら季節のナメロウと獅子唐の揚げ浸しでーす。──いらっしゃいませ~。あ、シロさんこんばんわー。そちらの方は……初めまして、ですね。ようこそようこそ」

 

「……日本では子どもがこんな時間に労働しているのか?」

 

「ここはこの子の家族のお店で彼女はそのお手伝い。親孝行の素敵な娘さんでしてよ? こんばんわ、今日もご馳走になりに来ましたわ。あと、こちらのウマ娘は仕事仲間……みたいなものかしら。海外の方なので文化の違いによる不手際があるかもしれませんが、多少は大目に見ていただけると助かりますわ」

 

 

 ウチの店にもとうとうグローバル化の波がきちゃったか~、などととぼけたことを考えながらキッチリと接客をこなしていく。事前に連絡を受けた人数におさまったことだし、ここからは本格的な呑兵衛特別記念杯、距離無制限レースの始まりである。

 ウマ娘の、それも引退したとはいえかつてはレースでバチバチ競い合っていただけあり注文する量もヒトのそれとは比べ物にならない。次々と料理を仕上げては並べるの繰り返し。一応、アルコールだけは少女ではなく父親が運んでいるが。いくら家の手伝いとはいえ、その辺りの気持ちはまぁ、だろうなとお客側も察していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 カンパイの音頭が店内に響いてからしばらく。

 

 

「だからさ~、娘たちがね? 姉のほうはともかく妹のほうが全然連絡を寄越さないんだよ~。メールのひとつも無いのぉ! 昔はあんなに……あんなに……まぁ、楽しそうにしてるみたいだし、お野菜も少しは食べるようになったらしいけどさぁ! そりゃお肉うまいけど──」

 

「うんうんわかる、わかるよ。私もね、やっぱりレースはスピードが大事だと思うもん。やっぱりお肉のパワーも必要だけど、模範的な速さのためには野菜食べなきゃダメだもんね! やっぱ速さは全てを解決する──」

 

「わたくしとしてはやはり甘いものが重要であると主張したいですわ。筋肉、えぇ筋肉も大切ですが脳の回転を早めるためには糖分が重要であり、常に隙の無い立ち振舞いを心がけるためにも──」

 

 

 そのウマ娘の集団は混沌としていた。

 

 何度も見ている光景なので少女も両親もほかのお客さんたちも特に気にしていない。雰囲気からそれなりの立場があるか、ともかく普段は相応に背筋を伸ばしながら仕事あるいは生活をしているのだろう。こんなときくらいハメを外しても許されるはずだ。どれだけベロンベロンに酔っても暴れたことはないし。ただ……。

 

 

「フフ……このチキン、キチンとサクサクじゃないか……フフフ……」

 

「シンさん」

 

「なんだ?」

 

「そのチキン南蛮、アタシが非番のときもバンバン売れてマスよ」

 

「フフひばんでばんばんンフフフフ……ッ!」

 

「そして人気はいちばんンブフ……ッ!」

 

 

 あぁ、また始まったかとシンさんの隣に座っていたウマ娘が大きなタメ息をつく。普段から大人と接する機会が多いのが原因か、看板娘の少女はこの手のくだらないダジャレがどうにもツボなのだ。

 どうやら学生時代も時折、会話の最中に唐突にダジャレを盛り込んできてはドヤ顔でリアクションを待つことが多かったらしい。

 その度に副会長と呼ばれているウマ娘がアイアンクローに処していたのだが未だにダジャレ癖は治らないのだとか。厳格な母親のこの有り様を見た娘が変な影響を受けてしまったらどうするんだと周囲が嘆くくらいなのでそうとう重症なのだろう。

 

「フフ、相変わらず素晴らしい才覚の持ち主だなキミは。どうだ、キミも中央トレセン学園に入学しないか? 私が責任を持って推薦しようじゃないか」

 

「へ? いや~、その~、お恥ずかしながらですね、アタシも実は競走バを目指しておりまして~なんて……」

 

「ほほう! つまりはキミは未来の後輩となるのか! つまり私は未来の先輩なワケだな。ん? 後輩……先輩……いやダメだ、巧く文章が繋がらない……ッ!」

 

「ごめんなさい、このアホのことは気にしないで。それにしても貴女もトレセンを目指すのね。レースの世界は厳しいけれど、きっと素敵な出会いがたくさんあるわ」

 

「出会い、出会いですか~。でもまぁ、ほら。中央の倍率ってケタ違いなワケでして。合格できるかどうかは未定もいいところ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? いまのトレセンは基本的に全員合格だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「筆記試験と実技試験が合格ラインに届かない者でも将来性を加味して抱え込む方針だ。追試験を何度も落としたり、レースであまりにも結果が出せないようであれば学園を去ることにはなるが。そもそも私たちの時代と比べて地方が賑わっているぶん倍率そのものが落ち着いているし、キミにその気があるならば────ぴぃッ!?」

 

「あっ」

 

「ねぇシンちゃん? 貴女『守秘義務』って言葉は知っているかしら? 仕事柄、見聞きした大切な情報は安易に外に広めてはいけないという決まりごとのことなんだけれど」

 

「あ、いや、その、だな……そう! これも立派な仕事の内なのだよ! 愛娘がウマ娘たちの幸福を願っているのだがら、母親である私もそれを応援するのは自明の理だろう? 進路に悩む若きウマ娘に進むべき未来を切り開くための助言のひとつやふたつ示すことができなくてなにがシンボ「このたわけぇぇぇぇッ!!」ぎゃぉぉぉぉぉんッ!?」

 

 

 リーダー格のウマ娘が後頭部を鷲掴みにされて悲鳴を上げているのを見てもほかのウマ娘たちはまったく気にした様子がない。

 いや、今回が初来店の海外のウマ娘だけがメッチャ困っている。少女もほかの常連客も見慣れた光景でスルーしているせいでなおさら混乱しているのだろう。

 

「あのふたりは相変わらず平常運転ですわね……。こほん。まぁ、知ってしまったものは仕方ありません。どのみち、入学してからが本番であることには変わりませんし。ですが、できればこの話はご内密にお願いいたします。もし広まるようなことがあれば、あの阿呆に相応の罰を与えなければなりませんので」

 

「その辺りはまぁ、アタシも飲食店の娘ですからしっかりと心得ておりますとも。お客さまのプライベートな情報ですからねー」

 

「ふふッ、ありがとうございます。そのお礼というワケではありませんが、未来の後輩に少しだけアドバイスを贈りましょう。いいですか、レースに勝つために必要なもの、それはズバリ“精神的な強さ”ですッ! 我がメジrん゛ん゛ッ!! えー、わたくしの娘も、親戚の子たちもとあるレースに勝つことを目標とすることで「やっぱりレースに勝つならスピードですよッ!」ちょっとッ!? いまわたくしが話を──」

 

「速さこそ正義! 速さこそ真理! 誰よりも速くゴールすれば1着なのです! スピード、イズ、ビューティフルッ!! 勝利に向かって邁進、マイシンですッ!」

 

「いや、レースに必要なのは洞察力と加速力だ。適切なタイミングで仕掛けることができれば、たとえバ群の中に沈みそうになっても安心だ。やはり力こそパワー、パワーこそ頭脳ッ!」

 

「坂路です。坂路を走るのです。スピードもパワーも鍛えられて、さらにメンタル的な強さも得られる坂路トレーニングこそが原点にして頂点なのです。さぁ、アナタも坂路を走るのです」

 

「いやいや、やっぱり脚の使い方ですよッ! レーンの移動にコース取りにウイニングライブにステップの技術はどこでも使うし役に立つしで一番重要だよ? 私も娘と一緒にリズムゲームで鍛えてるし~」

 

「なにッ!? 日本のウマ娘の強さの秘密はラーメンではないのかッ!? 娘からの手紙には多種多様のウマ娘の個性に合わせたラーメンがトレーニング効果を高めているのだと書かれていたぞッ!」

 

 

「はい、空いているお皿お下げしますねー」

 

 

 もはや少女のことを忘れて白熱する大人たち。このパターンも何度も経験しているので慌てることなく空の食器を回収してテーブルを離れる。

 この盛り上がり方だと、ここからさらに追加注文が大量に入ることだろう。前もって予約の連絡があったので食材の確保は充分だが、元競走バとはいえ引退しただろうによくまぁ太らないものだと感心してしまう。

 

 

 それにしても、だ。

 

 

 毎度のことながら、みんな本当に仲が良い。ライバルとして、友人としてトレセン学園で青春時代を過ごした縁が何年と……それこそ家庭を持って子どもたちが学園に通うようになっても続いている。

 自分もトレセン学園でそんな出会いに巡り会えるのだろうか? 仲間としてライバルとしてお互いに競い合い高め合う。なんだか、まるで物語の主人公のようだ。少しだけ。そう、本当に少しだけだが、いまの自分よりもキラキラと輝けるかもしれない。

 

 

「……いやいや、なーに考えてるんだか。なにごとも分相応、ほどほどが一番ってねぇ~」

 

 

 

 

 

 

 少しだけキラキラどころか、入学後にレース業界の重鎮(国賓を含む)とついうっかり普段の調子で親しげに話しているところを密かに目撃され本人の知らないところで大変なことになるのだが……それはもう少しだけ先の話。




私の作品はクライマックス時空なんじゃないかと思い始めた今日この頃。

次回? ナリタのかわいい方かウマ娘たちの日常のどちらかが主役です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伝説は意外とその辺に落ちている

前回のあらすぢ。

☆とある王族のヒミツ☆

晩餐のメニューに“タコワサ”や“ヤキミソ”や“アゲダシドウフ”などの異国の料理を追加できないかシェフに相談しているらしい。


 ウマ娘がレースに出走する理由は様々である。

 

 当然その中には前向きなモノばかりではなく、多少はネガティブな事情を抱えているパターンのウマ娘も少なからず存在する。

 

 前向き後向きであえてカテゴライズするのであれば、ナリタタイシンというウマ娘はどちらかといえば後向きタイプのウマ娘である。

 体格を理由にバカにされてきた悔しさが彼女の原動力であり、レースに勝利することである種の承認欲求を満たすために走っていた……ハズであった。

 

 

「レース……クラシック三冠路線は走りたいけど……それ以外、どうしようかな……」

 

 

 タイシンは悩んでいた。

 

 体格的に不利でも勝てるのだと証明するためにクラシック路線を目指して走ると決めた、それについてはなにも問題はない。

 だが、トゥインクルシリーズのレースはほかにも沢山開催されているし、なんなら来年からはグレード統一化の関係で既存のレースもリニューアルされる。そういったレースに対する興味が最近になって膨らみ始めたのだ。

 

 その理由については彼女自身も心当たりがある。皐月賞、東京優駿、菊花賞への出走を目指して重賞レースで勝利を重ねるうちに承認欲求がある程度満たされつつあること、なにより──自分のことを、ナリタタイシンというウマ娘のことを“対等以上の強敵”として認識してくれるライバルに恵まれたことが原因だろう。

 ウイニングチケットやビワハヤヒデはもちろん、ゲートインの前に挑発をかましてくる連中もいざレースが始まれば本気の敵意と闘志をぶつけてくる。真剣勝負の中で生きているのだという実感は、タイシンの中で燻っていた自尊心(中二心)を大いに刺激してくれた。

 

 

 と、まぁ。そんなふうにイイ具合に青春しているうちに心に余裕が生まれて視野が広がったおかげで様々なレースを走ってみたくなったのだ。

 とくにリニューアルされるレース。改変前に最後の勝者として名前を残すことは叶わないが、改変後に最初の勝者として名前を残すことはできるかもしれない。かつて自分をバカにした連中を見返してやりたいという感情も多少はあるが、ウマ娘の本能としてそういう“特別な1着”というものには実に心引かれる。

 

 となれば、当然トレーナーに相談するべきである。出たいレースに合わせてトレーニングの予定も変わってくるのだから。

 とはいえ、相談するにしても大まかな方向性くらいは決めておくべきだろう。とりあえず新しいレースに出てみたいからヨロシクと丸投げするのはさすがに気が引けるし、ただでさえチケットとハヤヒデと合わせて3人分の世話をしてくれているのだ、可能な部分で少しは自分の頭を使わなければなるまい。

 

 

「……とりあえず部屋に戻ってコーヒーでも飲もうかな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「入るよ」

 

「はいよ。……タイシンか、今日はトレーニングは?」

 

「休み。珍しいね、アンタひとり?」

 

「さっきまで何人かいたけどな。ルドルフの三冠はどうなるかとか、天皇賞は誰がとるとかの話で盛り上がってるうちに火がついたんだろう。いまごろどっか空いてるコースで模擬レースでもしてるんじゃないか?」

 

「あっそ。あぁ、コーヒーいれるけど?」

 

「おう」

 

 

 半ばウマ娘たちの憩いの場と化しているサブトレーナーのルーム、そこの食器棚には色とりどりのマグカップが大量に並んでいる。寮の共有スペースとはまた違った気楽な時間を過ごせる空間であると、頻繁に出入りしているウマ娘たちが私物を当然の権利のように置いているのだ。

 その数、少なくとも50以上。正規の担当でもないのにデビューしたウマ娘たちから賞金を出し合って食器棚をプレゼントされたトレーナーは、おそらく世界広しといえど彼ぐらいなものだろう。

 

 まったく、どいつもこいつもアイツの仕事部屋をなんだと思ってるんだか。たしかに娯楽の道具は豊富に置いてあるけどさ。ミホノブルボンがどこまで機械を使えるか実験するためにゲーム機も各種揃えてあるし、入り浸りたくなる気持ちもわかるけど。しかし上限がドリームキャストってのは何度考えても意味わかんないな。

 

 やや呆れた様子で戸棚の端のほうからサブトレーナーと自分のぶんのマグカップを取り出すタイシン。デフォルメされたユルいネコが描かれた、ふたつ並べることで角度によってはハートマークにも見えるカップル向けの商品である。

 

 何人かで雑貨屋に遊びに行ったときに彼が見つけてデザインが気に入ったけれどふたつは要らないしどうしようかと悩んでいたところを偶然なんとなくたまたま新しいマグカップが欲しいかもしれないと考えていたタイシンが仕方ないから片方は自分が使ってもいいと提案することで間接的に普段お世話になっている彼に気兼ね無く買い物してもらおうというちょっとした恩返しでありそこに他意は一切存在しない証拠として全額負担でプレゼントするのではなくちゃんと割り勘にしているしそりゃ別に予備として普段は箱に入れて片付けていてもよいのかもしれないが使わない道具のためにスペースを確保するのは無駄でしかなくなにより道具というものは使用することで初めて意味を持つのでありマグカップも紅茶なりコーヒーなりを飲むために使うことでようやく器としてのレゾンデートルが満たされるのだからこれはその商品の作成者に対する敬意でもあるのでつまりなにも問題はない。

 

 コポコポとお湯の音が部屋のなかに優しく響く。紅茶派のアグネスタキオン、コーヒー党のマンハッタンカフェ、そこにエアグルーヴのハーブティーやらメジロライアンのプロテイン入りココアなど各々が好き勝手に持ちよったおかげで飲み物には困らない。

 ときどきたこ焼き味のサイダーや豚骨醤油風味のスタミナドリンクなどの謎の飲料も持ち込まれることがあるが……なんというか不思議なもので、そんなものでも何人かで集まって飲むと気分転換としてはそんなに悪い気はしない。味には悪気と悪ふざけしか感じないが。

 

 

「ほら。ミルク多め砂糖少なめ」

 

「おぅ、ありがとな」

 

「それでアンタは……また模擬レースのための資料作り、ね。相変わらずだけど、アンタよくまぁそんな大勢のデータなんて扱ってられんね。アタシなんて見てるだけでも頭が痛くなりそうだけど」

 

「教官たちが、なるべく同じぐらいの実力者でレースが組めるよう色々と頑張ってるからな。俺もできるだけのことは手伝いたいと思って。まさか出走ウマ娘が全員“逃げ”だったり“追い込み”だったりしたら大変なことになるし。フルゲート全員がサイレンススズカだったりゴールドシップだったりしたらイヤだろ?」

 

「…………。スズカはともかくゴールドシップはちょっと」

 

「まぁ、ゴルシはあれで相手のことを考えてのギャグだけど。ともかく、せっかくデビュー前のウマ娘たちの世話を任されているんだ、こういうところでしっかり給料に見合う働きしておかないと。前のトレセンでも似たようなことしてたし、そこまで大変だとも思わないからな」

 

「ふーん。……ねえ」

 

「ん?」

 

「アンタさ、一番最初に面倒見てたウマ娘ってどんなヤツだったわけ? まさかライセンス取ったばかりのときからこう、いまみたいな仕事してきたワケじゃないでしょ? いくら人手不足だからって、新人に大事なウマ娘任せたりしないだろうし」

 

 それは純粋な疑問と興味であった。面白い能力を持ったトレーナーであるが、それは結果を出したからこそ認められているのだ。ならば、彼が有能であることを証明するに至った最初のウマ娘がいるはず。例え正式に担当したのでなかったとしても、だ。

 

「それは……うーん、まぁ、何年も経ってるし時効でいいかな……」

 

「時効ってアンタ、いったいなにやらかしたんだよ」

 

「人生これまで色々とやらかしたと思ったことはあるが、アレはその中でも最大級だったもんで。あー、なんだ。俺が最初に関わったウマ娘がな──」

 

 

 それは彼がトレーナーライセンスを手に入れてすぐの頃である。

 

 希望通り地元から一番近かった長老トレセンに配属されることとなり、まずは先輩トレーナーたちの後ろをついて回って仕事を覚えるために頑張っていたときに出会ったひとりのウマ娘がいる。長い髪を三つ編みにした、元気ハツラツという言葉が似合う、まるで風のように自由なウマ娘であった。

 彼がスキルや領域についてのアレコレを書き込んでいたノートに興味を持ち、是非とも試してみたいと言われたことからふたりの交流は始まった。そのウマ娘はまだまだ机上の空論でしかなかった彼の指導を面白いように吸収するものだから、当然彼も楽しくなってしまい思い付いたスキルのことをなんでも彼女に相談したのだ。

 

 そんな日々がしばらく続いたある日、ウマ娘から別れを告げられた。実はそのウマ娘は長老トレセン学園の生徒ではなく、その地には『なんとなく楽しそうな出来事が起きる気がしたから』というそれだけの理由でやって来ていたのだ。これから自分のトレセン学園の選抜レースに出走するから、もう戻らなければならないのだと。

 道理で学園では見かけないし外でしか会えないワケだと納得しつつも別れを惜しむ気持ちはある。それでもここは友人として気持ちよく送り出すべきだろう。だがしかし、スキルや領域の可能性について協力してくれたことについてはお礼のひとつくらいはしたくなるのが人情というもの。ならばなにか走るのに邪魔にならないアクセサリーをと希望するので()()()()()()()()()()をプレゼントした。

 

 

「走る姿が本当に風みたいだったからさ、なんとなく緑が似合うんじゃないかって安直な考えで選んだんだが……その子はずいぶんと気に入ってくれてさ。大事なレースには身に付けて1着をとってみせるよと笑っていたよ」

 

「へぇ。アンタにそんな過去がねぇ。ところで、その大事なレースでって約束はちゃんと果たされたワケ? まさかチェックしてなかったとか言わないよね?」

 

「あー、うん、まぁ……。実はな、そのウマ娘さ、名前を教えてくれなかったんだよね……」

 

「──は? え、いや……はぁッ!? いまの話の流れで名前聞いてないとかありえないでしょ普通ッ!!」

 

「いや、いまは知ってるよ。大事なレースで1着をとるとこもしっかり見たし、なんならトロフィー持って遊びに来たくらいだし」

 

「なにそれ、イマイチ意味わかんないんだけど。……えっと、そのウマ娘は約束通り勝ったんだよね? わざわざトロフィー見せに来たってことはそこそこ有名な重賞だったりするわけ?」

 

「有名だろうな間違いなく。皐月賞と東京優駿と菊花賞と秋の天皇賞だからな、知らない人のほうが少ないだろ」

 

「……は?」

 

「だから、皐月賞と、東京優駿と、菊花賞と、秋の天皇賞で勝ってるんだよ。そのウマ娘。たぶんお前もよ~く知ってるウマ娘のことだよ。記者会見で突然トゥインクル・シリーズでの活動休止を発表して、面白い出来事を探しに世界のレースに挑戦すると言い出して、そのことについてコメントを求められた担当トレーナーも『なんだか知らんがとにかく良しッ!!』ってふたりで日本を飛び出した自由で気ままな三冠ウマ娘が……短い期間だったけど、俺が初めて走りを指導したウマ娘だよ。レースでは三つ編みはほどいていたけどな」

 

「……マジで?」




次回の爆進!ウマランナー!!でルドルフの菊花賞も書く、樫本チーフの出番も作る。両方やらないといけないのが作者の辛いところだな……。

まぁルドルフのほうは勝って無敗の三冠ウマ娘になるんですけどね。(電撃スプリント並のネタバレ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理子ちゃんが筋力を求めるのは間違っているだろうか

前回のあらすぢ。

本作の設定を考えているときに、『この世界で最初に領域に目覚めたウマ娘』として登場させても、読んでくれている人が素直にあきらm受け入れてくれるキャラは誰かと考えた結果……彼女になりました。
もちろん特別感あるように登場させたかったという気持ちもあります。そこはなんといっても三冠ウマ娘、二次創作とはいえ雑には扱えません。(鋼の意志)


 2人目の三冠ウマ娘。それも無敗の、である。

 

 数年前にミスターシービーがそれを達成したときも日本中が盛り上がったが、今回はそれ以上にお祭り騒ぎとなっている。

 魅力的な走りをするものの気分屋で戦績が安定していなかったシービーと違い、とことん王者の走りを魅せていたシンボリルドルフはそれだけファンの期待も大きかったのだろう。

 

 もちろん彼女が通う中央トレセン学園でも我らが生徒会長殿のすんばらしぃ栄光を讃えるウマ娘たちで溢れている。

 

 

「しゃあ! お前ら、手筈通りにイクゾーッ!」

 

『『おぉーッ!!』』

 

「は? ちょ、おい! キミたちなにを──」

 

「せーの!」

 

『『ワーッショイッ! ワーッショイッ!』』

 

 

 菊花賞の勝利はそれとして、無敗の三冠ウマ娘であるルドルフには案の定ジャパンカップへの出走依頼がやってきた。ここしばらくは日本のウマ娘たちが活躍できていないことはルドルフも知っていたし、担当トレーナーからも脚の具合も問題はないと背中を押されて快く引き受けた。

 短い準備期間を無駄にするワケにはいかないとジャージに着替えてコースに向かおうとしたところにコレである。クラスメイトに揉みくちゃにされてそのまま胴上げコースと芝を越えてまさかの空中行き。

 

 困惑しつつもちょっと嬉しいシンボリルドルフ。勝負の世界故に仕方ないことだが、勝ちを重ねることで孤独となるウマ娘は少なくない……らしい。ぶっちゃけ自分の世代はあまりそういう方面に縁がないのでイマイチ実感がない。

 バランスよく鍛えて勝てないならば、あえて弱点は鍛えない。得意な走りを一点特化で磨き抜くことで格上に挑む。あとは野となれ山となれ、出たとこ勝負の大博打。言葉にすれば自棄糞にも思えるが、そこには確かに勝利への尋常ではない執念が込められている。

 

 ともかく。無敗の三冠ウマ娘という偉業を達成しても変わらずこうして友として接してくれる友人たちの存在は貴重であり得難い宝であろう。

 

『『ワーッショイ! ワーッショイ!』』

 

「ははっ、頼むから落とさないでくれよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『『横わっしょいッ!!』』

 

「へ? ──ぶむぁッ!?」

 

 

 

 

 シンボリルドルフ、射出。

 

 いつの間にか用意されていた避難訓練で使うような分厚いマットに投げ出される。

 もちろん空中なので姿勢の制御などできるワケもなく、そのまま身体の正面からボフンッ! と勢いよく沈むこととなった。

 

「オマエさんがクラシック三冠を達成したお祝いはそれはそれとして、GⅠを独占されたことに対する嫉妬も表現してみたぞ」

 

「ハンパなやり方だとガチで悩んじゃうでしょ? アンタってば本当にクソ真面目だからさ。これなら愛情ある悪ふざけって分かりやすくていいでしょ」

 

「……その気遣いができるなら、最初から普通に降ろして欲しいのだが」

 

「すまない、それはムリだ」

 

「そんな真剣な表情で……。というか、こんな大きなマット、よく持ち出し許可を取れたものだな?」

 

「んーん? 絶対許可出ないだろうから勝手に持ち出したよ?」

 

「え゛」

 

「もちろんこの後たづなさんからお説教&罰則のコンボだろうな」

 

「だが、それを承知の上で私たちはルドルフのことを祝いたかったんだ……。コースの草むしりだろうが校舎のトイレ掃除だろうが喜んで罰を受けるぜ!」

 

 努力と覚悟の方向音痴が酷すぎる。だが、だからこそシンボリの名に怯むことなく挑んでくれてることを思えば……思えば……だとしても胴上げから放り投げるのはさすがにどうなんだ? 

 驚きが強すぎてリアクションできなかったが、万が一が起これば普通に痛いことになるだろうに。まぁウマ娘の身体ではあの程度の勢いではケガなどしないが。ヒトならばともかく。

 

 ……いや、そういえばヒトだが無傷で済みそうなのが何人かいたな。先代のレオチーフとか。

 

「さて、ルドルフさん。おふざけはここまでとして……こちらがご祝儀の本命でございます」

 

「これは……温泉旅館のチケット? わざわざ私のためにこれを──と、いうワケではなさそうだな」

 

 視線をプレゼントされた温泉旅行券から皆のほうに戻してみれば、全員が同じ物を手に持ってニヤニヤと笑っている。つまりはそういうことなのだろう。

 

「さすがにシンボリ家にはオマエさんを独占する許可をちゃんと貰ってるぜ? もっとも、理事長や樫本チーフ、もちろんオマエさんの担当トレーナーに相談して協力してもらったがな」

 

「そうか……。ずいぶんと準備がいいことだ」

 

「あと、旅館のほうにもジャパンカップや有マ記念の結果次第では残念会になるから、そのときは料理の内容とかも変えてくれるようお願いしてあるよ!」

 

「本当に準備がいいな!? それ確実に旅館のスタッフの皆さんも困ってるんじゃないのか!?」

 

「まぁまぁ。シービーさんのときは……あまりお祝いとか、そういう雰囲気ではありませんでしたからね。あの方は少し、突出し過ぎていましたから。正直、入学してすぐの頃の私たちでは、やはりルドルフさんのことをお祝いできなかったかもしれません」

 

「それはやはり、シンボリの名に臆していたという理由で?」

 

「いえ、ルドルフさんの『全てのウマ娘の幸福を~』という発言が単純に意味不明だったので。明確に優劣が付けられるレースの世界に来といてなに言ってんだコイツ頭にはちみーでも詰まってんのかテメーとか思ってましたから。でも、いまなら私たちにもわかります。貴女の走る背中には、たしかに希望がみえますから」

 

「そう言ってくれると私も嬉しいよ。ところで本当に私のことを祝ってくれているんだよな? 不満をぶつけるほうが今回の主題じゃないんだよな?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「サプライズは成功したようですね。無断で学園の備品を持ち出したことについては……一応、たづなさんに温情をかけてくれるよう頼んでみましょうか」

 

 ルドルフが友人たちにイジられている様子を眺めながら理子が満足そうに微笑む。チーム・レオの先代チーフとミスターシービーが三冠を達成したときは、表彰などはともかく学生同士で祝う様子を見た記憶がない。

 

 ──自分たちとは違う。

 

 ──あの子は特別なんだ。

 

 まぁ、あくまで中央トレセン学園の中での話だが。彼女は彼女で地方には友人がいたらしく、ちょくちょく遊びに行っていたことも知っている。案外、あれで彼女なりに青春を楽しんでいた可能性も充分考えられるだろう。

 

「それにしても、胴上げですか。トレーナーとしては安全面を考慮するとあまり褒められた行為ではありませんが……」

 

「チーフ、気持ちはわかりますけれど、それだけみんなルドルフの三冠達成を喜んでる証拠ですよ!」

 

「そうなの! 生徒会長がクラスメイトに慕われてるのはいいことなの!」

 

「ライアン、それにアイネスフウジンですか。もちろんわかっていますよ、喜びを分かち合えるということは素晴らしいことですからね。そしてウマ娘があの程度でケガを負わないことも知っていますが……やはり、立場上ついつい心配してしまうのです」

 

 こればかりはトレーナーのサガなので仕方ない。例え担当ではなくともウマ娘が、とくに競走バがああいう悪ふざけをしているとついつい脚のケガを心配してしまうのだ。

 

「うーん、でもやっぱり胴上げでお祝いって、いかにも“おめでとうッ!”って感じがして私は好きかなぁ。家でお祝い事っていうと、どうしても畏まった形式が多くてさ」

 

「そういうところは名門って不便だなーって思うの。パーティーで豪華なお料理が並んでるの見ても、正直堅苦しそうであんまり羨ましくないの」

 

「それについては大人もあまり変わりませんよ。私は好んでスーツを着ていますが、それでも礼服を手間と思うことはよくありますから。……それにしても」

 

「はい?」

 

 樫本理子は考える。己の愛バであるメジロライアンの先ほどの発言の意味を。普段の言動や性格から推察するに、やはりああいうのが羨ましく思えるのだろうか? 

 たまに忘れそうになるがライアンも名門出身のお嬢様であり、メジロに相応しい教育を受けてきたことを考えると胴上げのようなバカ騒ぎに分類されるようなこととは無縁だったのかもしれない。

 ふむ、ならば担当トレーナーとしてはウマ娘の秘めたるささやかな願いを叶えてやらねばなるまい。ライアンはクラシック路線にはそれほど興味を持っていないが、メジロのウマ娘として天皇賞に対する強い使命感をそのウマソウルに宿しているに違いない。

 

 ならば話は早い。ライアンが天皇賞を勝利した暁には、天高く胴上げを──するのはトレーナーとしてどうしてもケガが心配なのでほどほどの高さで執り行うべし。

 

 そうと決まれば準備が必要だ。チーム・レオの担当メンバーたちにも協力を頼むとして、自分自身のパワートレーニングも必要だろう。担当ウマ娘の吉事に担当トレーナーが参加しないなど言語道断であるのだから。

 あとは効率よく鍛えるためにどうするか考えねばなるまい。トレーニングに関する知識には自信があるが、自分が実践するとなると話は別だ。ここは筋トレに詳しい人物に相談するのが確実で──おや、ちょうど目の前にいるではないか。筋トレの有識者である愛バが。

 

「ライアン、貴女に頼みたいことがあるのですが。私に筋肉を効率よく鍛えるためのアドバイスをいただけませんか?」

 

「はい! 筋肉のことならおまかせ──へ?」

 

「先ほどのシンボリルドルフが胴上げされている様子を見て思ったのです。多少()()()()でも喜びを分かち合うことは素晴らしいことです。ならば、トレーナーに求められるのは危険だからと安易に否定することでなく、逆に私が受け止めてやるぐらいの器と気概が必要なのだと」

 

 あえてライアンの天皇賞のことには触れないように、しかし胴上げに前向きな姿勢を見せる。完璧だ。我ながら完璧な説明であると理子は渾身のドヤ顔気分である。

 しかしながら、その辺りの意図が正確に伝わったからこそライアンは困ってしまった。これはマズい。心の中のメジロの親戚ウマ娘が『ヤベーですわ!』と叫ぶくらいには非常にマズい。

 

 躍動感ある走る姿やウイニングライブのダンスなどを見て勘違いするファンもたまにいるが、ウマ娘の体重は同じサイズのヒトと比べてかなり重い。なにせ同じサイズでありながら圧倒的なスピードとパワーを発揮する筋肉である。一般ウマ娘ならまだともかく、鍛えに鍛えた競走バはそれはもうスーパーヘビー級なのである。

 

 そんなウマ娘の身体を支える? 誰が? 樫本チーフが? そりゃ胴上げならばひとりで受け止める必要はないが、あの樫本チーフだよ? 夏合宿のときに瓶ラムネのビー玉を外せなくてスーパークリークに開けてもらっていた樫本チーフがウマ娘の体重を支えるなんて……できるワケがない! 

 

「……いっけなーい☆ あたし、サブトレーナーから中等部の子たちのトレーニングのことで相談を受けそうな気がすることをすっかり忘れてたの! ゴメンねライアンちゃん、そういうことだから今日はこのへんで──どぅっふぇッ!?」

 

 

 アイネスフウジン、捕縛。

 

 

(ちょっとアイネス! 逃げないでどうすればいいか一緒に考えてよ! 私ひとりじゃ樫本チーフの説得はムリだよ! この人、見た目や雰囲気よりずっと頑固なんだから!)

 

(ムチャ言わないで欲しいの! いくらあたしでも歯磨き粉とケンカして負けるような人の面倒なんて見てらんねぇーなの!)

 

(しょうがないじゃん! ブラシのところが『ピッ』ってなっちゃったんだからしょうがないじゃん! 塩粒入りのヤツだから痛かったんだよ!)

 

「ふたりとも、聞こえてますよ? ……たしかに歯磨き粉が目に入ってしまい、洗面所の前で悶えていた情けない姿を見せてしまったのは私の落ち度です。しかし、いつまでも同じ失敗を繰り返しているワケではありません。すでにしっかりと対策済みです。そう──サングラスをかけて歯磨きをすれば、事故は完璧に防げるのです!」

 

「…………」

「…………」

 

 たまにサングラスかけて廊下を歩いていたのはそれが理由か。

 

 ちなみにライアンは気づいていないが、サングラスを外し忘れて歩く理子の姿を見たチーム・レオ古参メンバーのウマ娘たちの『きっと蛍光灯の光が強すぎておめめが痛いんだ!』という判断によりトレーナールームの明かりが全て刺激の弱いタイプに取り替えられている。もちろん自主的な行動なので経費はレースの賞金からの自腹である。理子ちゃんは担当ウマ娘たちにとっても愛されているのだ! 

 

 仮に『担当ウマ娘の愛情度に応じて筋力ボーナス・A+』のようなスキルを彼女が持っていたらデコピンで瓶の頭も弾き飛ばせたことだろう。

 残念ながらヒト娘である彼女ではスキルを使うことは叶わない。打ち直しも焼き直しもできない以上、自前のトレーニングで身体を鍛えるしかないのだ。

 

「え~と、あ~と……あっ」

 

「アイネス、もしかしてなにか閃いた?」

 

「アレがいいの! ほら、音楽をかけてシャドーボクシングみたいにサンドバッグを叩くヤツ! あれなら()()()()()()()()()()だけだから簡単なの!」

 

「あぁ~、そういえばサブトレさんにお世話になってるときに、ときどきみんなと一緒にやってたね。歌いながらやれば肺活量も鍛えられてライブの練習もできるからって」

 

「音楽に合わせて? なるほど、そういうのもあるのですか。いいですね、それなら念願の“担当と一緒にウォーミングアップ”の願いも叶って一石二鳥です」

 

「あはは……そこまでムリしないほうが……。っていうか、あきらめてなかったんですね、それ」

 

「もちろんですライアン。私は貴女たちの担当トレーナーなのですから。ゆくゆくは彼のように登山トレーニングにも同行してみせましょう」

 

 もしも本当にそうなったら近場に本家のヘリを待機しておいてもらえないか相談しなければ。本気でそんなことを考えながら、すっかりやる気に火がついた理子を連れてトレーニングルームに向かう。

 だが、ライアンは忘れていた。そして、アイネスは知らなかった。感謝祭のイベントなどでトレーナーたちが歌を披露することがあり、そこで理子が見事な歌声を響かせて拍手喝采となったことは覚えているのだが……リズム感が備わっていることと、リズムに合わせて動けるかはまた別の問題であるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長、樫本チーフが担当ウマ娘たちと一緒にトレーニングしている最中に倒れて保健室に運ばれたそうです」

 

「む、それは心配だな。しかし何故? まさか熱中症というワケでもあるまいに」

 

「それが、サンドバッグを使った練習をしているときにトラブルが起きたそうで」

 

「理解……。 強く打ち過ぎて手首でも痛めたのだな?」

 

「いえ、自分の足につまずいて顔からサンドバッグに突っ込んでノビてしまったそうです」

 

「そんなバカな」




本日は当店をご利用いただき誠にありがとうございました。

さて、次回の『爆進!ウマランナー!!』のメニューはこちらになります。

・オードブル
ジャパンカップ表“会長はつらいよ・リスタート”

・メインディッシュ
ジャパンカップ裏“日本が誤解された日”

・デザート
こばなし“普段オペラオーやドトウと絡んでいるからてっきり中等部だと勘違いしていたがスズカから先輩と呼ばれているのを見て慌てて確認したら高等部だったことを知り急遽出番がまわってきたアヤベさんの話”

それでは、またの御来店を心よりお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会長はつらいよ・リスタート

前回のあらすぢ。

グラサンをかけて歩くチャンリコを見たトレセン学園関係者の反応。

一般ウマ娘
「サングラスの似合うクールで知的なオトナの女性! カッコいい!」

一般トレーナー
「あの樫本チーフのことだ、あの行動にも育成のヒントがあるに違いない!」

一般理事長秘書
「またサングラス外すの忘れてますね……」


 本来ならば。

 

 本来ならば、己の不甲斐なさを猛省せねばならないのだろう。無敗の三冠ウマ娘と持て囃されておきながら、先のジャパンカップでは結果を示すことができなかったのだから。

 

「いようルドルフ! なんだよ~資料室に引きこもったって聞いたから敗けたのがショックで落ち込んでんのかと思ってたのに、わりと平気そうだな?」

 

「むしろ、三冠ウマ娘を達成したときよりも気力が充実していそうな雰囲気だね。せっかくの差し入れだけれど、この様子だと必要なかったかもしれないね」

 

「ゴールドシップにフジキセキか。そんなことはないさ、敗北を喫したことについては責任を感じているよ。皆の期待に応えられなかったのだから」

 

「ほ~ん? ならよ、なんでそんなに“ワクワク”してんだよ。あんまり気づいてるヤツはいないみてぇだが、アタシの目は誤魔化せないぜ? あ、とりあえず差し入れのモノポリーやろうぜ!」

 

「……差し入れというのは、普通はこう、食べ物とかではないのか?」

 

「そこはほら、ゴールドシップだから」

 

「言葉の持つ説得力が尋常ではないな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 コト、コト、と。それぞれの駒がボードの上を移動する。トレセン学園では昔からこうしたゲームもトレーニングの一環として取り入れられている。頭の回転を鍛えることはもちろん、冷静に勝負を進めるための精神力を養うこともできるからだ。

 

「それで会長、ジャパンカップではどんな素敵な出会いに巡り合えたのかな?」

 

「なに、特別なことなどなにもないよ。越えるべき壁が、心から勝ちたいと思えるライバルがいる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、極々ありきたりな幸福だよ」

 

「あ~、テレビも雑誌もメッチャ盛り上がってたもんな。さすがは日本のレース史上、初めて地方からダービーとったウマ娘って。それにジュニア王者んときからのライバルなんだっけ? あの赤毛」

 

 無敗の三冠ウマ娘がジャパンカップを勝利する姿を誰もが期待した。しかし残念ながら、シンボリルドルフの結果は3着という地味な終わり方であった。

 だが、ジャパンカップそのものは大いに盛り上がった。1着が地方に所属したまま東京優駿を征したウマ娘・アビスグレーターであったこと、そして2着がホープフルステークスからクラシック路線でルドルフと火花を散らすような激しい競り合いを繰り返していたウマ娘・シャドウミラーであったからだ。

 

 こういうドラマチックな展開はそれはそれで喜ばれる。とくにシャドウミラーなどはライバルでありながらルドルフと良好な関係であることは誰もが知るところなのでなおさらだ。

 夏合宿のリフレッシュ期間がたまたま被ったのか、海の家らしき場所でダービーに出走したウマ娘が集まりルドルフを中心に3段重ねのアイスクリーム片手に撮影された写真がSNSへ(トレーナーの許可のもと)投稿されたりもしている。

 レースでは苛烈や叩き合いを繰り返し、ひとたびターフを離れれば友人としてバカ騒ぎができる関係。こういうのはこれはこれでファンたちは大好物なのだ。

 

 ちなみに、アンチ活動に熱心な記者がこれ幸いとルドルフを叩こうとしたものの、世間がこれではイマイチ反応は薄くなるだろうと渋々方向転換をすることになって歯噛みしていた。

 せめてもの意趣返しとしてルドルフのことには一切触れず、ひたすらアビスグレーターとシャドウミラーをピックアップして記事を出した。結果、各社メディアがルドルフについて報道する中ひとり権力に媚びることなく勝者を称える中立的で素晴らしい記者であると予期せぬ形で名門たちから目をつけられている。そのせいで思っていたのとなんか違うと頭を抱えているが、ある意味因果応報である。

 

「それでルドルフ、レース中になにがあった? レースに絶対は無いってのは常識だが、それでも順当にいきゃあアンタが勝っていただろうに。いったいどんな()()()()()があったのかアタシにも教えてくれよ~」

 

「そうだな……ひと言で表現するなら、私も、そして他のウマ娘たちも──もちろん海外のウマ娘たちも含めて──全て彼女の掌の上で転がされていたと言ったところかな?」

 

 アビスグレーターは地方から初めてダービーを勝利したウマ娘である。故に、地方トレセン学園に所属するウマ娘たちにとっては希望の象徴のようなものだ。

 本人もそのことは理解しており、ぶっちゃけ好き勝手期待されるのも面倒だなと思いつつも……ダービーウマ娘は夢を見るより夢を見せる側なのだから仕方ないかと受け入れていた。

 

 その上で彼女は考えた。地方で燻るウマ娘たちの闘志をより効果的に燃え上がらせる方法はなにかと。その結果たどり着いたのが今回のジャパンカップである。

 前年度は惜しくも敗退しつつ、翌年のレースで見事にリベンジを果たす。追い抜いたメンバーの中に無敗の三冠ウマ娘まで含まれることになったのは想定外であるが、おかげで企みは想定以上の結果をもたらした。

 

「偶然、去年のジャパンカップの勝者……ドイツのウマ娘、ヴァッフェバニーと会話しているところを聞いてしまってね。今回の確実な勝利、その仕込みのために昨年のレースではわざと競り合いを途中で放棄──つまりは手加減して走っていたらしい」

 

 ルドルフの言葉を聞いてフジもゴルシもモヤッとしたモノを感じたのか絶妙にイヤそうな顔をしている。仕方の無いことだがこのふたり、中央の中でもさらに“持つ者”に分類されるウマ娘である。故に、こうした“持たざる者”の戦い方にはなかなか共感できないのだろう。

 ルドルフ自身は、今回の敗北は己の認識の甘さが原因であると割りきっている。ダービー以降のアビスが中央のレースではイマイチ結果を残せていないこと知り、彼女の成長は止まってしまったのだと決めつけて……それでこのザマである。

 

「油断を誘うためとはいえ1年もの間、勝ちきれない様子を晒すのは屈辱的だったことだろう。まさに臥薪嘗胆の日々、か。ダービーウマ娘としての役割を十全に果たすため、ジャパンカップの勝利のための布石を、使える手段を全て使い尽くしての勝利だ。嫌味な言い方になるが、私は素直に感動したよ。本物の勝利への渇望とはこういうものか、と」

 

 敗けたことがなかったヤツが言うとホントに正しく嫌味だな。そう思っても口に出さないのがゴールドシップである。

 これで相手がトーセンジョーダンであれば親愛を込めてイジる感じに……いや、そもそもジョーダンからこの手の強者発言が出てくるところが想像できない。そんな語彙力100パーねーわアイツ。

 

「使える手段を全て、ね。それはもしかして、彼女の領域がパワーアップしていることにも関係しているのかな? 以前ダービーでは感じなかったプレッシャーが観客席まで届いていたよ。たぶん、私のほかにも領域に目覚めた子たちは全員が同じことを思ったんじゃないかな」

 

「その通りだ。そして彼女が領域を強化するために行った、恐るべき手段についても聞いている。彼女は──」

 

 ゴクリ、とふたりの喉が鳴る。

 

 シンボリルドルフは間違いなくURAの歴史に名を残すレベルの天才である。そんな彼女を努力で降したウマ娘が用いた方法。それはいったいどれほど過酷なモノなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女は、サブトレーナー君を誘い()()()()()で遊びに行ったらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「────ッ!!??」」

 

 純粋に遊びに出るための外泊は中央トレセン学園でも認められている。もちろん申請は必要だし、普段の生活態度があまりにも悪ければ却下されるものの賞金片手に小旅行やキャンプなど珍しいものではない。

 

 だが、そこに若い男性が混ざるとなれば話は違ってくる。

 

「正確には彼女たち、らしいがね。サブトレーナー君が長老トレセン学園に赴任した最初期のころから彼の指導を受けていたウマ娘たちで集まって……だ、そうだ。早朝に出かけて昼間は渓流釣り、夜にはバーベキューを楽しみ山小屋で一泊。翌日には観光名所を巡り地元の名物を堪能し温泉旅館に一泊。1分1秒たりともムダにできないハズの夏の時間を、気力を充実させるという目的のためだけに2泊3日も費やしてみせたワケだ」

 

 ゴールドシップとフジキセキ、ふたりの胸中を支配するのは驚愕か、それとも畏怖か。言葉を発したシンボリルドルフ自身でさえ、冷たいものが頬を伝う感触をはっきりと自覚している。

 これが、真に餓える者たちの覚悟なのだ。か細い可能性に勝機を見出し全力で賭けに出る。これでもしも敗北していたら、あのとき練習していればもしかしたら……と一生後悔することになっていただろうに。

 

「思い知らされたよ。私にはまだまだ覚悟が不足しているのだと。搦め手を受けて走りを乱し領域を乱すようではまだまだ未熟。レース中に如何なる挑戦を受けようとも泰然自若、威風堂々と受けて立つだけの器を身につけなければ全てのウマ娘の幸福を語るなど愚の骨頂というもの。ならば……私も挑まねばなるまい? 己の殻を破るための一手を、それが例えどれほど危険だとしても」

 

「──ッ!? まさかルドルフ! オマエッ!?」

 

「一応聞くけれど、なにをするつもりだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼を、サブトレーナー君を──外食に誘う。もちろん完全なプライベートで、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「────ッ!!??」」

 

 ふたりが言葉を失うのも無理はない。

 

 ウマ娘とトレーナーという公的な立場ではなく、あくまでシンボリルドルフという個人として彼を食事に誘うという。

 

 たしかにそれが成功すれば得られる効果は大きいだろう。嬉し恥ずかしお食事デート、しかも相手は競走バが相手でも一切怯むことなく自然体で接してくれる超が付くほど稀少種の男性である。なんならちょっとアレなハプニングも期待できるかもしれない。なんかもう領域というか色んなモノがパワーアップするんじゃないだろうか。

 だが、それ相応のリスクも伴うことは確実である。トレセン学園の生徒は学生扱いではあるものの、メイクデビューを済ませたウマ娘というのは社会的には微妙な立ち位置として扱われる。ヒトならば大学生のように、半分は大人として見られるのだ。距離感を間違えれば一発でセクハラである。相手側の距離感が初めからバグってることは別として。

 

 あと、単純に拒否されたときの精神的ダメージもとてつもなく大きい。普段いい感じに接してくれるからと思いきってバレンタインにチョコを渡したら『ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ』と謝罪されるくらいにはデカい。

 

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。危険を恐れて臆するような生き方はシンボリの名を持つウマ娘として認めることなどできない。私は……自分自身を乗り越えてみせるッ!!」

 

 

「ルドルフ……オマエ、そこまでの覚悟を……ッ!」

 

 感銘を受けるゴールドシップ。そんな彼女だが、かつてナカヤマフェスタが企みタマモクロスが悪乗りした結果、サブトレーナーと一緒に4人でラーメンを食べに行っている。ムダに緊張していたせいか、恐らくゴルシ本人は覚えていないかもしれないが。

 

「なら、私たちから言うことはなにもないね。会長のご武運を祈っているよ」

 

 背中を後押しするフジキセキ。こちらは以前、学生寮がチョコの香りで制圧され体調を崩したときにちゃっかりサブトレーナーの膝枕を経験している。本気で具合が悪くトモの感触を堪能する余裕はなかったが、もちろんフジ本人はガッツリ覚えている。

 

 そもそも彼と遊びに出かけたくらいで領域がパワーアップするのかという根本的な問題があるのだが、そのことを指摘する者はこの場にはいない。なぜなら3人とも清く正しい思春期女子校生なのだから。ルドルフが成功したら次は自分もと思ってなにが悪いのか。

 なんならこの中にひとり、自分自身に対する静かな怒りで領域が高まっているウマ娘がいるのだが……無自覚なのでもちろんノーカウントである。本人が知らないのだから仕方ない。

 

 

「あぁ、次のレースが……有マ記念が待ち遠しいな。無敗の二つ名と引き換えに得たこの渇望。これを抱えたまま挑む勝負はどれほど昂るのだろうか。本当に、楽しみだよ……フフッ」

 

「おやおや、まさかそんな好戦的な会長の姿を見ることができるなんてね。励ますまでもなく、すでに次を見据えているあたりはさすがの──あっ」

 

「ん?」

 

「へ? ……あー、ルドルフ。そのマス」

 

「あっ」

 

 

 シンボリルドルフ、破産。




後編(海外ウマ娘視点のジャパンカップ)に続くッ!!


最近ルドルフの出番が多くて優遇し過ぎでは? と感想でお叱りを受けるんじゃないかとドキドキしながら投稿してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序・日本が誤解された日

本作のレース描写を読むときは、頭の中を明るくして現実から離れてお楽しみください。


 幼いころから、ニホンという国は神秘の国だと婆さんから何度も聞かされていた。

 

 そのときは適当に聞き流していたが、いまならわかる。ニホンは神秘で溢れていて、そして常識を鼻で笑うようなヤベェ民族なんだと。

 

 

 アタシはいま、東京レース場で開催されている『ジャパンカップ』というニホンのGⅠレースを走っている。位置取りは差し脚をためながら後方集団で、ラストスパートに向けてじっくりと脚をためるつもりだったが……どうやらほかのウマ娘、というかジャパニーズどもは教科書通りの走りなんざハナッからするつもりはないらしい。

 すでにターフは本気になったニホンのウマ娘たちの影響を受けてスッカリ様変わりしていやがる。瓦礫と荒野と森林が混じりあったカオスな大地に、熱風が頬を叩き付けるように荒れ狂い空にはルビーとサファイアを思わせるようなふたつの月が不気味に輝いている。

 

 なにを言ってるかわからない? 

 

 大丈夫だ、アタシにもサッパリわからんッ!! 

 

 いや~、3回目だからまだマシだけど、今回がジャパンカップ初挑戦の連中はもう終わってんな。

 

 可哀想に……自信満々で、コイツは来年の凱旋門へ向けた調整レースの始まりだと大口叩いてたフランスのエースどもは完全に喰われてやがる。たぶん見えてすらいないんだろうな。わかるわかる、アタシも1回目はそうだったからな。

 

 ──おっと、アタシも余所見してる場合じゃねぇな? 

 

 

『──、────ッ!!』

 

「へッ! 躾のなってねぇ犬ッコロだなァッ!!」

 

 

 飛びかかってきた黒毛の、いや影そのものにも見える犬。もちろん本当にコースに犬が乱入きてきたワケじゃねぇ、コイツはほかのウマ娘が放ったプレッシャーの形だ。

 だから黙らせる方法も、このわけわかんねぇ世界とは真逆と言えるぐらいにシンプルでいい。ようは、アタシがプレッシャーに敗けないよう気合い入れて走ればいい。

 そうすればこの通り──手元に手品みてぇに現れたリボルバーでズドンッ! ってなもんよッ!! 

 

 

「フッ……このマッドドッグ様をナメんなよ? だてに真剣勝負の場数は踏んでねぇぜ……」

 

「いや、お前……それバ○ルフィールドやり込んでただけだろうが……」

 

「あぁん? イメージトレーニングだよ、イメージトレーニング! そもそもこんなワケわかんねぇレースしてんだぞアタシら。普通に鍛えるだけじゃ勝てねぇんだから仕方ねぇだろ」

 

「目の前の光景が理解の外側であることは否定しないがな。本当にニホンは恐ろしい国だ。どんな生き方をしていれば領域(ゾーン)などという発想が生まれるんだろうか」

 

 

 1回目の“洗礼”ではワケもわからないまま雰囲気に飲み込まれて敗けた。

 

 2回目からは見えるようになったが、だからこそ気がついた。ニホンのダービーウマ娘のヤツ、わざと手抜きしやがった。アタシら海外のウマ娘が連中のテクニックに特化した走りに対応してきたのを見てなにかを企んだのはわかるが……それが作戦だったとしてもナメられた事実は変わらねぇ。

 

 3回目はあのアビスグレーターとかいうウマ娘と、ついでに新しいダービーウマ娘のシンボリルドルフとやらにも吠え面かかせてやると意気込んでニホンに乗り込んだが……いやはや、コースの上がまるっきり映画の世界になっちまってやがる。

 

 

「唸れ! 王冠のチャクラッ!」

 

「泰山府君、其れは我なりッ!」

 

「刻みなさいッ! 戦いのアートをッ!」

 

 

 うん、国際色豊かだなージャパンカップ。気分はある種の同窓会か? アイツらも1回目のときから見知った顔だからな、それぞれの国に帰ってから頭抱えていろいろ考えたんだろう。

 ま、目覚めるときも一瞬だっただろうけど。頭で理解できなくともウマソウルが勝手に領域を見せてくれたハズだ。これが、アタシらウマ娘の持つ可能性なんだと。

 

 

 まぁ……()()のレベルに自分もなれるのかと聞かれたら……ちょっと自信ねぇけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルドルフゥゥゥゥッ!!!!」

 

「シャドオォォォォッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「アタシ、しばらくファイ○ルファンタジーの新作は買わなくてもいいかな……」

 

「すごいな、あのふたりだけ別次元だ。きっとレースの外でもニンジュツぐらいは使えるに違いない」

 

 いつも冷静な相棒のサンダウンキッドも興奮気味だ。そりゃそうだ、シャドウミラーとかいうウマ娘が5体のエレメントのような動物を呼び出し、比喩でも誇張でもなく嵐を巻き起こす走りを魅せている。

 それに応じるのは、ニホンでも最強の証だというクラシック三冠ウマ娘、シンボリルドルフ。こちらは空と大地をまとめて切り裂くような雷光を自由自在に操って抑え込んでいる。

 

 そしてニホンのウマ娘たちはあのトンデモ空間に全く怯むことなく突っ込んでやがる。

 

 スゲェな、飛んできた雷を各々のやり方で打ち払いながら前に出ようとしてんぞ。ダークソ○ルで見たなこんな光景。正直アタシはかなりビビってるし、ほかの海外のウマ娘たちも完璧に怖じ気づいている。フランスの連中? とっくに失速して垂れとるわい。 

 

 それにしても、ふたりとも楽しそうに叩き合いをしてやがるな。たぶんアタシとキッドのように、お互いを認めあ合うライバルなんだろう。

 

 決定的に違うのはアタシらにはあんなスーパーバトルは展開できねぇってことだな。

 

 アタシら参加してんのウマ娘のレースだよな? 知らんうちに異世界転生とかしてないよな? オマエらちゃんとターフを走るレースしろよ、いやマジで。──あぁ、もうッ!! こうなりゃヤケクソだ、ようは気合いで敗けなきゃいいだけなんだッ! まっすぐいってブッとばしてやらァッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この瞬間を、待っていました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「マッドッ!!」

 

「ちぃッ!?」

 

 キッドの声に合わせて咄嗟に頭を下げる。その瞬間、アタシに負けず劣らずの早撃ちで後ろに迫っていた謎の……え? マジでなにコレ? 深海のモンスター? 

 

「チィッ!? アビス先輩、どうやら全員まとめて潰すつもりみたいなんだな、これがッ!!」

 

「これは……ッ!? そうか、彼女の世代はサブトレーナー君の……ッ!! ここまで差があるのかッ!?」

 

 考えるより先に身体が動いた。その場にいた、領域が見えているウマ娘は全員が同じことを考えたらしい。

 とにかく近くにいたウマ娘と背中合わせになり、暗闇からゆっくりと姿を現したニホンのダービーウマ娘──アビスグレーターへ最大級の警戒を向ける。

 

 こういう光景はほかのレースでも見ないワケじゃない。一番人気のウマ娘がマークされるのはよくある話だが……こうして全員に敵として()()()()()()()()()ほどのプレッシャーとなると、アメリカのGⅠですら知らねぇ世界だ。

 

 

 

 

「みなさんの強さを『10』とすると、わたくしの身体能力はせいぜい『6』と『7』の間ぐらいでしょう」

 

「スピード、スタミナ、パワー。どれも客観的に判断して、わたくしがみなさんに勝てる要素はありません」

 

「ですが……たったひとつだけ。そんなわたくしにも唯一“これだけは敗けない”という武器があります。地方で燻っていたわたくしに、彼が授けてくれた領域という可能性が」

 

 

 

 

 気がつけば。

 

 アタシたちは全員 漆黒の海の上に立っていた。

 

 

 全部だ。全部、アビスグレーターの走りに飲み込まれた。あんにゃろ、追い込みの位置から前を走っていたウマ娘が手札を使い切るのをギリギリまで待ってやがったな!? ほんの1秒でも仕掛けるのが遅れれば完全にアウトだってのに、なんつー精神力してやがるッ!? 

 

 ダービーウマ娘というのは特別な称号だ。およそレースが開催されている国であれば、国境を越えても通用するぐらいには。実際には色んな感情が含まれて平等とは言えないが、それでも“強いウマ娘”の証明であることに違いはねぇ。

 だからこそ、もちろんニホンのダービーウマ娘についても研究した。それだけじゃねぇ、スキルという限定的な条件下でのみ使えるピーキーなテクニックも、領域というワケわからんオカルトじみた走り方も含めてだ。

 

 

 だが、足りなかった。

 

 目の前のコイツは──アタシなんかより、遥か前を走っていたらしい。

 

 

 これが、ニホンのダービーウマ娘か……ッ!! 

 

 

 

 

 

 

「──みなさんの領域の強さを『10』とするならば、私は『100』です。2度目はない、1度きりの初見殺しですが……さて、覚悟はよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 あぁ、クソッ。

 

 敗けるのも悔しいが、それ以上にダービーを冠するウマ娘はやっぱり特別な存在って事実を嬉しく思っている自分に腹が立つ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん、やっぱりニホンのラーメンはひと味違うな。ハシの使い方を特訓した()()があるってもんだ」

 

「むぅ……私も練習するべきだったか。やはりフォークでは今一つ『ジョーチョ』に欠けるな」

 

 ジャパンカップが残念な結果で終わった我らアメリカチームは、現在ラーメンショップで反省会の真っ最中である。

 

 もっとも、過去2回のレースでニホンのウマ娘との間にはいつの間にか高い壁ができてることは知っていたし、ウチのトレーナーもその辺りは見えないなりにナニかを感じていたらしい。敗けたことについては良くも悪くもアッサリと諦めていた。

 ほかの国も似たり寄ったりだが、フランスだけは……うーん、いろいろと大丈夫だといいが。ウマ娘たちもだいぶアレだったが、それ以上にトレーナーもプライド高そうなヤツだったしなぁ。

 

「それでお前たち、今回の手応えはどうだったんだ? 掲示板こそ外したが、過去2回に比べればいくらかマシな走りになっていたが」

 

「あー、まぁ……なんだ」

 

「ベルモントステークスの思い出が完璧に色褪せてしまった気分です」

 

「そうか。……初めてニホンで走って以来、スキルとやらを研究し領域(ゾーン)などというオカルトじみた話まで取り入れて本国のGⅠをいくつも勝ち取ったお前たちが入着すらできない。今後レースの世界で我がアメリカが世界の中心となるためにも、やはり本格的に調査が必要だな」

 

「本格的に調査、ねぇ。たしかにアタシだって強くなりたいってのはあるが、そう簡単にいくかね?」

 

「フンッ。強かろうが優秀だろうが所詮、相手はジャパニーズだ。交渉など礼節を弁えて誠意と熱意を込めて丁寧に頼み込めば容易いものだ」

 

「では、本気でニホンのトレセン学園に乗り込むのですか?」

 

「そのつもりだ。なに、客としての立場に相応しい振る舞いを心がけ相手の信念や誇りを侮辱するようなゴミムシ以下の行為に気を付ける限り、ニホンの連中は私たちに対して強気になど出られんよ。なにも心配することなどない。クックック……ッ!」

 

 ふーむ、ニホンのトレセン学園での合同練習か。きっと今日みたいなレースが日常的に行われているに違いない。

 

 もしもアイツらの走りと互角に渡り合えるようになれば、そしてその技術を地元のトレセン学園に持ち帰ることができれば。アタシらがそうしたように、後輩たちもGⅠの舞台で堂々と走ることが──いや、堂々と勝つことができるに違いない。

 アタシらのことを田舎者と嗤っていた連中を走りで黙らせた、あの瞬間を次の世代に繋げることができる。そいつは最高に……腹の底がビリビリ痺れるほどにワクワクする未来だ。

 

「さて、そうと決まればさっそく行動を開始しなければならん。──店主ッ! 会計だッ! アメリカに帰るのが惜しくなる程度には美味かったぞッ!」

 

「ご馳走さまでした。美味しい食事のおかげでレースの敗北も多少は気が紛れました」

 

「ばーさん、じーさんもまたなー! 次はトンコツとかいうのを食いにくるぜー!」

 

「は~い、どうもねぇ~」

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

「お爺さん、今日も世界は平和ですねぇ」

 

「マジそれな、というヤツじゃのぉ」




覇王やドジっ娘にとらわれることなく、幸福に空腹を満たすとき。

束の間、彼女は自分勝手になり自由になる。

誰にも邪魔されず、気を遣わずに物を食べるという孤高の行為。

この行為こそが、競走バに平等に与えられた最高の癒しと言えるので……ある。

次回

『アヤベのグルメ ~Season ?~』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こばなし そのろく

前回のあらすぢ。

GⅠレーヌ
(BGM:StrikeEnemy)

アビスさんの領域100発言はほとんどハッタリで、一方的に領域を見せつけることで相手を“敗けた気分”にさせる高度な心理トリックです。


 身体が資本のアスリートにとって食事というものはトレーニングと同じぐらい大事な要素である。

 

 

「……よかった、今日は開店している」

 

 

 中心トレセン学園に通うウマ娘たち御用達の商店街には、彼女たちの需要に応えるべく様々な種類の店舗が並び賑わっている。皆、なにかしらお気に入りの店をひとつかふたつはキープしており店員とも顔馴染みであることも珍しくない。

 それは表通りに限らず、裏道の、少し離れた利便性にいくらか難のある──己の脚が最大の交通機関であるウマ娘にとっては無関係だが──いわゆる“隠れた名店”と呼ばれる店舗にも常連となるウマ娘がいる。

 

 いかにも洋風といった外観に似合わない、達筆な『春夏冬(あきない)中』の看板の前で嬉しそうに微笑むウマ娘、アドマイヤベガもそのひとりである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いらっしゃいませ……あぁ、お嬢ちゃん、いらっしゃい。いつもご贔屓にしてくれてありがとうね」

 

 出迎えてくれた年配の男性の挨拶にペコリと頭を下げる。入り口のドアに取り付けられた鈴の音がおさまると同時に、テーブルに並べられた焼きたてのパンから小麦の香ばしい香りが漂ってくる。

 

 パン選びに強いこだわりを持つアヤベをひと口で虜にした名店であるが、子育てを終えた夫婦が第2の人生を楽しむ目的で経営しているため開店日が安定していない。納得のいく食材が集まらなければ平気で1週間でも店を閉めっぱなしにすることもある。現代社会の経済活動という名のレースでここまでマイペースに営業している店も珍しい。

 そのせいか、あるいはそのおかげか。SNSで紹介されるような賑やかなチェーン店とは客層が違い、静かにパンの味を楽しみたいアドマイヤベガにしてみれば実に好都合である。

 

 柱時計の鳴らす静かな音を聴きながら、今日の組み立てをアヤベはじっくりと考えていた。この店のパンはどれも絶品だが、だからこそしっかりと食べる順番にもこだわりたい。クロワッサンやバターロールで静かな立ち上がりを演出するもよし、いきなりカツサンドのようなボリュームある惣菜パンで鋭くスタートダッシュを決めるのもいい。

 

 そうして迷うこと数瞬、ヒトより優れた聴力を有するウマ耳がフライヤーの歌う音をハッキリとつかまえた。

 

「あぁ、いまちょうどコロッケを揚げているところでね。あと5分ほど待ってもらえるなら、出来立てのにんじんコロッケパンをご馳走できるが……どうするね?」

 

「……ひとつ、お願いします」

 

「はい、ご注文ありがとうございます」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 1品目が決まったアドマイヤベガは1度店の外に出て自動販売機に硬貨を投入する。まずはにんじんコロッケパンを迎え撃つとなれば、どの飲み物を選ぶのが最適か。ここで選択を間違えるとせっかくの揚げたてコロッケの余韻を台無しにしてしまう。

 

 ひとつひとつ指差し確認をしながらジュースを選んでいると、視界の端に見知ったウマ娘の姿が映る。自分と同じ中央トレセン学園の競走バであるビワハヤヒデとライスシャワーであった。

 視線が合い互いに会釈をする。あまり積極的に会話をしたことはないがこの店で顔を会わせる機会は多く、ふたりとも騒がしく食事をするタイプではないので友好的な関係を築けている。

 

 ハヤヒデは勉強を、ライスは色鉛筆で絵を描いている姿をよく見かけるが今日はふたりとも手ぶらである。

 どうやらお土産としてパンを持ち帰るらしく、アヤベの脳裏には何人かのウマ娘が……特にハヤヒデの友人の賑やかなほうがすぐに思い浮かんだ。悪気がなくとも感動癖がある彼女を連れてきたら簡単に泣き騒ぐ姿が容易に想像できる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 店内に戻るとアヤベは店の奥にあるテーブル席に座る。人気商品であるにんじんコロッケパンが準備中であることを知ったふたりは待ち時間をパン選びのために使うことにしたらしい。

 行きつけの、お気に入りの味を楽しむことを共有するという穏やかで少しくすぐったい喜びに浸っていると、ポケットの中のタブレットから聞き慣れた、家族用に設定している通知音が響いた。

 母親からのメッセージである。さて、いったい何事だろうか? なにか急ぎの用事であらば電話をかけてくるだろうし、少なくとも悪い報せではないと思うが。そんなことを考えながらメッセージを開くと画像データがひとつ、添付されている。いったいなんだろうとタップしてみると──。

 

 

 

 

(──ッ!? ……ふぅ、びっくりした。急に携帯に天使が降臨したかと思ったら妹だったわ……)

 

 

 アドマイヤベガには妹がいる。ウマ娘としてはあまり身体が丈夫ではなく、趣味としてのスポーツはともかく過酷なレースには耐えられないが、そのぶん自分が走る姿を喜んでくれる控えめに言って世界遺産に登録してほしいと各国から要請が来ることを危惧しなければならないほど可愛い妹が。

 一緒にターフを駆けることができないのは残念だが、いまはこれでよかったかもしれないと安心もしていた。ただそこに居るだけでも愛くるしい妹である、走る姿を見たものは誰もが魅了されることは確実。そうなればトレーナーたちは担当の座を巡って争い始め、ウマ娘たちもレースに集中できなくなってしまうだろう。

 

 それを見た心優しい妹は嘆き悲しむに違いない。そんな慈愛に満ちた姿を見た者たちはさらに心を掻き乱されるという、愛ゆえの悲劇無限ループの完成である。

 

 ん? そう考えると妹が競走バとして生きることができなかったのは、もしかして世界の均衡を保つために自分自身の未来を犠牲にした可能性が高いということ……? 

 いえ、違うわ。可能性なんかじゃない。三女神も凌駕するレベルで愛らしく美しい心を持つ妹のことだ、きっとそうに違いない。

 嗚呼、世界とは悲劇なのか。でもそんなふうに地球というゆりかごの中を生きるもの全てに慈悲を与える我が妹はやはり天使。いや大天使? もしかしたら4人目の女神そのものなのだろうか? そんな素晴らしい妹は自分の走りをいつだって応援してくれている。なんという幸運、なんという幸福だろうか。フフ、お姉ちゃんがんばるからね……ッ! いまなら100万ハロンだって40秒で走破できそうだわ……ッ! 

 

 

「アヤベさん、またタブレット見ながら鼻血出して笑ってるね……」

 

「ふむ。彼女も健全な思春期女子校生だからな。そういうこともあるだろう」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 健康なのに鼻血が出やすいのかと頭の上に疑問符を浮かべるライスシャワーと仕方のないヤツだなぁと言わんばかりに慈しみの眼差しのビワハヤヒデ。そんなふたりの視線には気づかないまま真紅に染まったティッシュの後始末を済ませてしばし待つこと数分。

 

 

 

 

「おまちどうさま。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

 

 それは、どう見ても焼き魚でも乗せたほうが()()()()()長方形の皿に包み紙と共に現れた。

 いわゆる“アンティーク調”の店内とは全く以て異なる趣であるが、このいかにも『自分たちの好きなようにやってます』というスタンスは素直に尊敬できる。ちぐはぐなのではなく、人生経験がもたらす大人の遊び心……いや、もしかしたらイタズラ心のほうが正しいのかもしれない。

 

「……いただきます」

 

 静かに手を合わせ、掛かり気味の胃袋をなだめるようにゆっくりとにんじんコロッケパンを持ち上げ──ひと口。さくり、ふわりと真逆の食感が否応なしにアヤベの澄まし顔を微笑みに変えてしまう。

 油にもこだわっているのだろう、揚げたてのコロッケは充分なボリューム感を持ちながらターフを駆け抜ける風のようにスッキリとしている。それを包み込むのはほんの少し、それこそ注意深く探らなければわからない隠し味として蜂蜜が使われたコッペパン。その見事な調和は、まだひと口しか食べていないというのに、まるでスパート前の最終コーナーを走っているときのように全身が急かしてくるような気さえする。

 

 本能の望むまま、もうひと口。辛味は無いがほのかな酸味と香り豊かなマスタード、そしてこのにんじんコロッケパンの影の主役である自家製ソースの筆舌に尽くしがたい旨味が一気に広がっていく。

 りんごジュースをベースにしているというこのソースは、ほかにもいくつかの果物やすりつぶした胡桃など様々な素材で作られた店主の特製レシピだという。

 かつて東京レース場が帝国レース場と呼ばれていたころ、併設されたレストランで料理長を任されていたときに開発したというこのソース。引退して道楽半分のパン屋を営むようになってからも昔馴染みのファンたちの心を掴んで放さないらしい。時折、身なりの整った年配のお客さんを見かけることがある。

 紳士淑女の談笑という様子に不満はないが、如何せん静かで狭い店内なので会話の内容が全て聞こえてしまうのがなんとなく申し訳ない。この前は、入場券係のモギリさんなる男性が競走バに人気で困っていたときのことを楽しそうに話していたのを覚えている。

 

 ともかく。

 

 そんな具合で大勢を魅了するソースはとにかく絶品なのである。中央トレセン学園に勤務するとある男性サブトレーナーも「これを再現できれば、俺はまたひとつトレーナーとして成長できる気がするんだ」と相変わらずの斜め方向(平常運転)の努力をしているぐらいだ。

 あのナリタブライアンですらその試作品のソースをかけたキャベツやトマトであれば取り敢えず食べはするという奇跡の味わい、このままいつまでも堪能したいところであるが……あえてここで仕切り直しを試みる。

 

 自販機で購入した、なんの変哲もないミルクティーをここで少量嗜む。砂糖と乳製品特有のベッタリとした甘さが口のなかに残っていた余韻を全て洗い流す。

 

 これでいい。

 

 いや、これがいい。

 

 コロッケパンはどこまでいってもコロッケパンという庶民の食べ物であるのが理想の姿である。ここで変に気取った飲み物を選ぶのは悪手。こうしてキャップを軽く捻るだけで飲める、手間暇を感じない気楽な市販のミルクティーこそが正解なのだ。

 

 まぁ、世の中にはこの程度の手間も惜しんで「予め空気中に散布すれば呼吸するだけで糖分とポリフェノールを補給できるじゃないか!」と限界まで砂糖を溶かした紅茶を加湿器に投入したバカもいるのだが。

 もちろん大騒ぎになったが、そこから新しいヒントを得たのか『好きな飲み物で誰でも簡単にわたあめを作れる装置』という、わりと本気で称賛に値する発明を産み出したりもしている。

 その後もサクラバクシンオーが桜餅を投入してエラーを吐き出したり、ファインモーションが醤油ラーメンのスープを投入してエラーを吐き出したり、ミホノブルボンが操作したらわたあめでなく生パスタを吐き出したりと様々なトラブルを乗り越えてアップデートを重ね、現在ではドラム缶サイズのわたあめも制作可能である。これには未来のアイドルウマ娘もニッコリである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 じっくりゆっくり食べ進め、最後にソースの雫が残っていた親指に口付けをして締めくくりとする。会心のスタートダッシュで駆け出した食欲はまだまだ余裕の走りを見せたくて仕方がないようだ。

 

「次は、なにを食べようかな……?」

 

 お気に入りのパン屋の、それもちょうど焼きたてのパンが並ぶタイミング。久しぶりの“当たり”を心行くまで楽しむアドマイヤベガ。

 後日、脱衣所の体重計の上で硬直する姿が目撃されることになるが──幸せを噛み締めるのに忙しい彼女には関係のない話なのである。




本作は全員生存ルートで行きます。

代償としてアドマイヤベガが個性の薄いキャラになってしまいましたが……クールでミステリアスな彼女をお求めの方は、大変申し訳ありませんがアプリ版でお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残る者にも福来たる

前回のあらすぢ。

ビワハヤヒデとライスシャワーは(本作では)同室なのでよく一緒に買い物にお出かけしてます。


 人間というものは──ヒトもウマも集まれば意見のぶつかり合いはどうしても避けられない! 

 

 それがどれほど仲の良い──同じ学舎に通う仲間であったとしてもだ! 

 

 年末、大晦日。中央トレセン学園では実家に帰省しなかったウマ娘たちによる三つ巴の派閥争いが勃発していたッ! ──エビの調理法を求めてッ!! 

 

 

「……ですから、海老は天ぷらにするべきです。大晦日に食べる年越し蕎麦は日本古来より続く伝統的な食文化のひとつです。私はたしかにドイツ出身ですが、だからこそ日本の文化には敬意を払いたい。今年の大晦日は天ぷら蕎麦、これは譲れません」

 

 ひとつはエイシンフラッシュを始めとする“天ぷら派”であるッ! 

 大晦日のメインディッシュといえば蕎麦、蕎麦に添えるならば天ぷらこそが原点にして頂点! 

 温かい()()を吸ってふわふわになったモノも美味であるし、ざる蕎麦の隣に添えてお塩でサクサク食べてもいい! 

 

 

「でんとーを守るだけならソバだけでも充分なのだ! それならエビはどんな食べ方をしてもいいのだ! 大晦日は1年のなかでいちばん大騒ぎしても誰にも文句を言われないとくべつな日なのだ、そんな日のごちそうにふさわしいのはエビフライなのだッ!」

 

 対するはシンコウウィンディ率いる“エビフライ派”であるッ! 

 ハンバーグと並んで子どもたちを魅了するご馳走の定番であり各種イベントの食事を彩る新星! 

 最近メキメキと完成度を上げているサブトレ特製のソースで食べてもよし、タルタルソースをたっぷりと乗せても美味いのだ! 

 

 

「ん~♪ 手作りのトマトソース、ペパロニ、オニオンとキャロットのスライスもギッシリ並べちゃいマショウ! あとは~……そうでした! サブトレさんのオテセイなアンチョビとオイルサーディンもトッピングOKでしたネ! 半分はシーフードをヤマモリ使っちゃいマスヨ!」

 

 そして両陣営の攻防をまったく意に介さずご機嫌な鼻歌でピザを用意するタイキシャトルであるッ! 

 多種多様のトッピングとボリュームでパーティーを盛り上げてくれる誰もを魅了する花形! 

 きつね色に焦げたチーズの香ばしい香りにタバスコの酸味をアクセントに加えてガブリと噛みつき、あとはコーラで流し込めば完璧である! 

 

 

「ウィンディさん、エビフライがメインディッシュに相応しい料理であることに異論はありません。季節のイベントの食卓を華やかにしてくれる料理であることは認めます。しかし、年越し蕎麦を食べるということは日本という国で新年を迎えるための神聖な儀式でもあるのです。年末年始を完璧に遂行するためにも、ここは天ぷらにするべきでしょう」

 

「フラッシュ、天ぷらがおいしいことぐらいウィンディちゃんだって知ってるのだ。そのまま食べてもおいしいし、あとでごはんに乗せてお茶漬けにしてもとってもおいしいのだ。だけど、そんなむずかしいことを考えながら食べる必要なんてないのだ。だいじなのはおいしいモノを食べて新年を迎えることなのだ。天ぷらにこだわらなくてもいいのだ」

 

「おぉ……。凄いな、このピザのボリュームは。普通のピザの何倍も分厚い。これはかなりの食べごたえがありそうでワクワクするな……!」

 

「フッフ~ン! シカゴピザはノーマルなピザとはヒトアジ違いマスよ? 寮のオーブンでは調理はムズカシイですが、みんなでビルドしたスペシャルなピザ窯がありマスからね! きっとvery very deliciousなピザができるはずデースッ!」

 

(くッ!? さすがは数々のイタズラで大勢のウマ娘たちを翻弄してきたシンコウウィンディというところですか……ッ! 伝統や常識に囚われることなく、恐れも迷いも抱くことなく己の道を突き進む。自分が歩んだ道こそが正当であると言わんばかりの大胆不敵さ。まるで三國最大の国力を実現したソウモウトクのようです……ッ!!)

 

(むッ!? やっぱりべんきょーができていろんなことに詳しいエイシンフラッシュは()()()()相手なのだ……ッ! どれだけ揺さぶりをかけてもぜんぜん効果がないのだ。自分が正しいことだと決めたのならなにがあっても進むことをやめないガンコでまっすぐな姿。リュウゲントクとかいうヤツとそっくりなのだ……ッ!!)

 

「ねぇねぇタイキ! トッピングにこれを使ってみたらどうかな? お好み焼きに入れても美味しかったし、きっとピザにもピッタリだと思うんだ!」

 

「オゥ! ラーメン・スナックですネー! チキンベースのソイソース、それからパリパリでサクサクなテイスト、これは“キタイダイチャン”というヤツですヨ~♪」

 

 

 フラッシュとウィンディの感想が偏りを見せているのはもちろん年末スペシャル番組で三国志のアニメを放送していたからであるッ! 

 長坂橋電撃スプリントから始まり、コウメイの奇策で100万本のにんじんを集める場面や鉄鎖連環の計で長江に船団を繋いだ3200の特別コース、コウガイ将軍の炎を使った渾身の応援演舞(ヲタ芸)など見所が満載なのであるッ! 

 

 

「ただいま~☆ みんなのウマドル、スマートファルコン! 新春スペシャルの収録もバッチリ──「ファルコンさんッ!!」「ファル子ッ!!」──しゃいッ!?」

 

「ファルコンさんはもちろん天ぷらを選びますよね!? この間も夜にこっそり緑のた○きをふたつも食べていましたし、当然お蕎麦には天ぷらですよねッ!?」

 

「ファル子ならエビフライを選ぶにきまってるのだ!! このまえも夜中にコロッケパンと一緒にエビフライのパンも食べてたのだ、エビフライが好きなのはカクテーテキにアキらかなのだッ!!」

 

「ちょ、なんでふたりともファル子のお夜食事情に詳しいのかなッ!? ……っていうか、天ぷらとエビフライ? そっかぁ、今年の大晦日は両方作っちゃうんだね! タイキさんもおっきなピザを準備してくれているし、今年の大晦日も楽しくなりそうだね☆」

 

「両方?」

「りょーほー?」

 

「違うの? だって、アレ──」

 

 

 

 

「いや~、サブトレが仕入れてきた海老ちゃんデカくて料理のしがいがあるなぁ! ウチのボリュームかさ増しスペシャルテクニック使わんでも充分すぎるほどのサイズや!」

 

「市場の若い人が発注ミスで頭を抱えてたのをまとめて自腹で買い取ってくるとか、サブトレくんもやることが豪快でイケイケよね~。ま、軽トラを運転するのも楽しかったけどね♪ うーん、私も賞金でトラック買っちゃおうかしら? サーキットも走れるエンジン積んだ真っ赤なヤツ」

 

「そんなんどこで売ってんねん……。スピード欲しいなら普通にスポーツカーあたりでええやろ」

 

「ムフ~。本日のラッキー食材はピクルスなんですがどうしたものでしょうかね~? タルタルソースに入れるにしても得意でない方もいらっしゃいますし……。開運のためとはいえせっかくの年越しのお祝いのご馳走、苦手なモノをオススメして我慢を強いるのは占い師としてのプライドが許せません」

 

「それなら、2種類作っちゃうのはどうでしょう~? エビフライもた~くさんありますし、もしかしたら天ぷらに乗せちゃう子たちもいるかもしれませんからね~」

 

「おぉ! それはナイスアイディアですね! それではひとつはタマゴたっぷりで優しく仕上げて、もうひとつはピクルスにバジルとパセリどっさりでスッキリサッパリ風味に調えちゃいましょう!」

 

「それじゃあ私は天つゆのほうを仕上げますね~♪ お蕎麦と一緒にいただくのもいいですけど、別々に楽しみたい子たちもいるでしょうから」

 

 

 スマートファルコンの言葉のままにフラッシュ率いる天ぷら派とウィンディ率いるエビフライ派が視線を動かせば──。

 

 

 タマモクロスが天ぷらを揚げッ! 

 

 マルゼンスキーがフライを積みッ! 

 

 マチカネフクキタルがタルタルを練りッ! 

 

 スーパークリークが天つゆを仕度するッ! 

 

 

 天ぷらとエビフライを食べたいと言う声を聞き、充分な兵糧アリと判断した者たちが2方面作戦を展開したのであるッ! まさに物量の暴力ッ!! 

 

 ちなみに一人暮らしのマルゼンスキーがいるのは、大晦日を部屋でひとり過ごすのが退屈だったからである。もちろん空き部屋の使用許可は事前に申請しているので問題はない。

 

 

「…………」

「…………」

 

「タイキさんもおっきなピザを用意してたし、今年の大晦日は去年よりもさらに賑やかになりそう☆ ……アレ? ふたりともどうしたの?」

 

「ウィンディさん、私はお蕎麦の用意を手伝ってきますね。いくら帰省によりウマ娘の人数が少ないとはいえ、それなりの量を……学園に残って下さっているスタッフの皆さんにも振る舞う予定ですから」

 

「そっちはフラッシュに任せるのだ。ウィンディちゃんは外の様子を見てくるのだ。きっとサブトレもかまどの火加減ばかり見てて退屈してるのだ、カワイソウだから遊んでやるのだ!」

 

「……え、え~と~?」

 

「あ、ファルコンさん。たまの夜食も心の栄養バランスのためと思えば黙っていますが、あまり限度を過ぎると勝負服のサイズが合わなくなりますよ?」

 

「ダートはパワー勝負とはいえ、アスリートならりそーてきな体重かんりを()()()()()はいけないのだ。ふとっちょのウマ娘のライブとかウケねらいでしかないのだ」

 

「アッ、ハイ……」

 

 ──なんだか釈然としないスマートファルコンなのであるッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 年末年始に学園に残る者の理由は多種多様である。1月の頭にレースを控えている者、単純に里帰りが面倒な者、重賞のトロフィーを勝ち取るまでは帰らないと意気込んでいる者、帰省してそのまま学園に戻れなくなってしまう未来を危惧する者、クリスマスにケーキをあーんしてもらっていい感じの写真が撮れてこれは優秀な姉(独身)にマウント取るチャンスなのではとちょっとしたイタズラ心で有ること無いことメッセージに盛り込んで送信したら短くひと言『ぶっコロ』と返信がきて実家に帰れなくなった(アホ)などである。

 

 なので全員でそろって年越し蕎麦を堪能したあとはそれぞれの事情に合わせた寛ぎの時間となる。たとえば、レースのために体調管理が必要なウマ娘は除夜の鐘を待たずにさっさと就寝してしまう。

 対して正月はガッツリお休みなウマ娘たちはここからが本番である。さすがに寮で騒ぐワケにはいかないので当然の権利のようにサブトレーナーである彼のルームに集結していた。ちなみに部屋の主はクリークやタイキなど何人かのウマ娘たちを引き連れて学園に残っているスタッフたちに蕎麦の出前の真っ最中である。年末の残業中に食べる温かい天ぷら蕎麦はこの上なく美味であっただろう。

 

 まぁ、さすがに大量の蕎麦を全て手打ちとはいかず、市販の物を茹でただけなのだが。その辺りの改良は数話ほど後に入学してくる蕎麦打ちが得意なウマ娘の出番までお預けなのである。

 

 とはいえ、市販の蕎麦でも仲間で集まり食べれば美味いものである。それがピザ窯の段階から手作りした特製ピザであればなおさら美味い。

 タイキとオグリが運んできた特大ピザをタマが丁寧に切り分ける。さすがは長女の貫禄か、しっかり全員に均等になるように……配分しようとしたら耳をペタンとしてションボリする芦毛がいたので、そこには面倒なので一枚丸ごと与えておいた。ちなみにサイズのほうは2トントラックの冬用タイヤぐらいである。アイツ、蕎麦も天ぷらもエビフライも山盛り食っといてまだ入るんか? 胃袋どないなっとんねん。怖ッ。

 

 なお、サブトレルームの常連たちは軒並み席を外している。

 

 普段ほとんど連絡をしていないのだからとナリタブライアンは姉のビワハヤヒデに強制連行された。

 アグネスタキオンはメジロアルダンの脚質改善に協力するためにメジロ家に出張中である。学園で(というかサブトレルームで)の年越しは魅力的であるが、そこはなんだかんだで流石のウマ娘。走るための可能性と比べれば悩むまでもない。

 ナリタタイシンは学園での日々で自分に自信が持てるようになってきたおかげか、地元のウマ娘たちにバカにされていた記憶を乗り越えて堂々と家族に会うことにしたらしい。

 ミホノブルボンは特に何事もなく普通に実家に戻った。もっとも、彼女の()()で語られる学園生活をご両親がどのように受け止めるかは別問題であるが。

 

 

「んぐ……もぐ……ひょういへは、はいへんはんーあーえうふぁいあううああうおあ」

 

「む? ああ、ほあはな。ひうほひはふほふふはひゅっほうふふほははゃふひうあおーあ」

 

「え~と? たぶん『そういえば来年はURAファイナルズがあるのだ』『そうだな、中距離はルドルフが出走するだろうが』みたいなことを言ってるんじゃありませんかねぇ~」

 

 コーラが並々と注がれている特大ジョッキを片手にグッ! と親指を立てるウィンディとオグリ。フクキタルが容易く翻訳してみせたのは、サブトレルーム押し掛け仲間であるブライアンとタキオンがよくほっぺたをパンパンにしたまま喋っているのを聞いていたからである。行儀が悪いとヒシアマゾンとエアグルーヴに頭を鷲掴みにされて説教(物量)を何度も味わった末に改善したが。

 

「あたしはモチロン、マイルを狙う予定よ♪ 一緒にレースに出た子たち……グッドスピードやルシファーハンマー、トロンベたちからも宣戦布告を受けちゃってるもの。マイルの決勝でランデブーしましょってね!」

 

「ウチは……うーん……。とりあえず天皇賞狙いでトレーナーにはお願いしとるけど、年明けじゃあ賞金額足らんし、来年のファイナルズにはまず間に合わんやろなぁ」

 

「んぐ……ぷはぁ。チケットたちは三冠路線、皐月賞に出るらしいな。となると、春の天皇賞はクリークとライアン、それから──」

 

「ライスシャワーさん、でしょう。合同トレーニング時代にサブトレーナーさんも仰っていました。ライスさんはウマ娘の中でも純度の高いステイヤーであり、本来の適正距離は3000でもまだ短いだろう、と」

 

「ルドルフはどうするんかなぁ。有マ記念では絶好調やったし、そもそも菊花賞勝っとるし。でもまぁアイツも強くはあるが無敵ではないって証明されたし、クリークたちの勝ち目も──」

 

 

 ああでもないこうでもないと来年のレースについて盛り上がるウマ娘たち。ついに新設レースである“URAファイナルズ”が開催されることもあり、やはり期待に胸が膨らむのだろう。

 

 普通のGⅠとは違う、それぞれが得意なフィールドでの意地と意地とのぶつかり合いがついに始まるのだッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを言ったら普段のレースだって適正距離を選んで出走してるだろうなどという正論は野暮の極なのであるッ!!




ルドルフはクラスの友人たちと旅行中です。

なお、現シンボリ当主さまは娘に遊びに出かける友人がちゃんといることに内心ホッとしている様子。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

老兵だが静かに去る気は欠片もない

前回のあらすぢ。

新年を迎えたあとはお餅の食べ方でメッチャ揉めた。


「ほい、王手」

 

「むむむ……。チーフ、その一手、ちょっとだけ待ってくれないかな?」

 

「ダ~メ」

 

「むぅ! ……コホンッ。貴様~、私のお願いが聞けないと申すのか~!」

 

「あぁ聞けないねぇ。肩書きひとつにいちいち臆してるようじゃあトレーナーなんてやってられんからな」

 

「むぅ~ッ! え~んオグリさ~ん! チーフがいぢわるだよ~」

 

「いや、しかしだなファイン。それだけチーフもちゃんと本気で勝負してくれているということだから──」

 

「え~ん、弾食光牙軒の気力マックス野生化ラーメン4倍合体盛り~」

 

「チーフ。真剣勝負も確かに大切なことだが、ときには余裕を持って担当ウマ娘に華を持たせることも──」

 

「沖縄風鉄板焼トネガワの悪魔的うみんちゅコース120分食べ放題」

 

「ファイン。レースでも上手く走れなかったからといってやり直しなどできない。敗けたことを素直に受け止めることも大事なんだ」

 

「ぐぬぬ……ッ!」

「ふ……ッ!」

 

「ウチのライバルが食いモンの誘惑に弱すぎる件について」

 

 

 春の訪れを願うにはまだまだ早い2月のトレセン学園。春のGⅠ戦線に向けてウマ娘もトレーナーも忙しくなるこの時期であるが、チーム・ジェミニのチーフトレーナーとその愛バたちは穏やかなひとときを過ごしていた。

 

 タマモクロスはクラシック級レースにそれほど興味はなく、オグリキャップの目標レースは得意な距離であるNHKマイルカップなので時間的に余裕がある。

 ティアラ路線を走る予定のファインモーションは桜花賞の前哨戦であるチューリップ賞が控えているが、他ふたりのスケジュール調整がそれほど難しくないぶんチーフの負担も少なく済んでいる。

 

 故に、こうして息抜きとしてのんびりと将棋などを楽しんでいた──のだが。

 

 

「チーフッ! ここにいましたか! スミマセン、いますぐこっちに来ていただけませんか?」

 

「おや、なにかトラブルかい? こんなババア引っ張り出さんで、お前さんもベテランなんだからまずは自力でなんとかだねぇ」

 

「仮にベテランだろうと私が口出しすると余計に拗れそうな問題が起きてるんですよ。なにせ、平民出身なもので。今年の新人たち、名門出身のウマ娘が騒いでいるんですから。──男のトレーナーの指導なんか受けてられないって」

 

「……かぁ~。こりゃまた面倒そうなことが」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レース後進国と言われる日本でも、競走バやトレーナーの歴史はそれなりに旧い。

 

 源平合戦の壇之浦で短距離・マイル・中距離・長距離で圧勝したという義経四天王、徳川に過ぎ足るものと呼ばれた戦国最強ステイヤー・ドラゴンフライ、現代のチーム制の始まりと言われている幕末の新撰組などなど、そういう血筋やら家柄に連なるウマ娘やトレーナーは中央トレセン学園にも大勢いる。

 

 わかりやすいところで言えば生徒会長のシンボリルドルフがそうだし、わかりにくいところで言えばサクラバクシンオーも名門のご令嬢である。

 どちらもパッと見たときの印象はまったくの別物だが、その精神性の高潔さは流石は名門とはこういうものかと納得させるものがある。

 いや、まぁ、バクシンオーは本当に最初はわかりにくいがアレはアレで先導者としては花丸なのである。悩む若人たちにとってバクシンの精神は意外と救いになっているのだ。

 

 と、まぁ名門出身が誰もがこのような人格者揃いならどれだけ気苦労が少なく済んだものか。悲しいことに肩書きを持ち出してふんぞり返る輩はそれなりにいるのだ。

 

 そして、どうしてもレースの世界は女社会99割、どれだけ女男平等だなんだと言われても男が軽視される風潮はそう簡単には無くならない。そもそも現役の男性トレーナーは──奇跡か神憑り的なタイミングの良さ(悪さ?)により──世界中で彼しかいないのでなおさらである。

 身も蓋もない言い方をすれば、彼が大多数のウマ娘の面倒を見てくれていることに甘えてないで、さっさと担当持たせて真っ当な形で表に出していればこんなことにはならなかったかもしれないが。

 

 ベテラントレーナーに連れ出されチーフが、ついでに話を聞いてきたタマとオグリとファインが練習場に駆けつけてみれば……そこにはすでにレースの準備を終えたウマ娘の姿。18人フルゲート。取っ組み合いのケンカになるよりは健全ではある。

 

「ちょいと誰か──あぁ、ミホノブルボン。ちょうどいいや、なにがあったのかサラッと説明してもらってもいいかい?」

 

「はい。いまからブライアンさんがミッション『新人教育』を実施するところです」

 

「なるほど、わかりやすい」

 

 改めてゲートに並んだウマ娘たちを見れば、ナリタブライアン以外は全員が新規入学のウマ娘たちである。

 

 静かに眼を閉じて合図を待つブライアンとは対照的に、新人たちはいかにも自信満々といった様子でやる気も高いのが一目瞭然だ。

 それだけ名門出身のウマ娘たちも入学前に相応の教育を受けてきたのだろうが、如何せん相手が悪い。話を聞けば模擬レースの距離は2400。もしかしたら東京優駿を意識したのかもしれないが、よりにもよって中距離での勝負を挑むとは。マイル、いや短距離ならばまだ可能性はあっただろうに。

 ブライアンが大外枠なのは本人の希望だろう。お上品な鍛え方のお嬢様がた相手であれば、バ群から充分に離れても──それこそコースの中央を悠々と走っても余裕で差し切れるハズだ。

 

 大方のトレーナーたちがそう予想する中、いざ合図と共にウマ娘たちが飛び出せば。

 

「あ、ブライアンさんが先頭に出たよ! あれは……先行の位置取り狙いのため、じゃないね」

 

「あのまま押し切るつもりだろうな。新入生たちの動きも思ったよりは悪くないが、ブライアンと勝負できるほどの仕上がりには程遠い」

 

「ん~、ありゃアカンな。新入りども、ブライアンのヤツが掛かっとるとでも思ってるっぽいな。こりゃ退屈なレースになるで」

 

 

 最初の500までは表情に余裕があった。

 

 1000を越えた辺りから疑念に変わる。

 

 1500を過ぎても加速し続けるブライアンの様子にようやく焦り始め、残り2ハロンとなるころには跳ねっ返りたちが哀れに見えるほどの圧倒的大差である。

 

 当たり前といえば当たり前の結果だろう。デビュー前とはいえ、ブライアンの加速力は中央トレセン学園でも指折りである。それがなんの制約も制限もなく好き勝手に加速し続けたのだ、本格化が始まったばかりのルーキーには影を踏むことすら許されない。そもそも根本的に勝負勘が育っていないのだから勝ち目など最初から無いのだが。

 

 トレセン学園ではウマ娘同士が常にバチバチ競い合いをしているし、近年の中央では彼の手料理の試食券、いや試食権を賭けた本気の模擬レースがちょくちょく開催されているので勝負勘を鍛える手段には事欠かない。

 とくに「どうしても1度調理してみたかった」という子豚の丸焼きが賭けの対象となったときは凄かった。カフェテリアでもウマ娘向けに盛りの派手な料理が提供されているが、さすがに豚一匹の迫力に勝てるようなモノは置いていない。蜂蜜水を何度も丁寧に重ね塗りしてじっくり直火で焼き上げられた豚は色艶照り輝き全てにおいて格が違った。

 ついでに、それを調理するサブトレーナーの姿もイロイロとスゴいのである。なにせある程度解体されているとはいえ巨大な肉の塊であり、それを両手だけで支えているものだから、腕から背中にかけての筋肉がそれはもう素晴らしい自己主張をしていた。

 トレーナーとして恥じることのないようにと鍛えられた、ウマ娘たちと供に大地を蹴り風の中を駆け抜けて育まれた身体。しかも炎にさらされながらの作業なもので上は案の定タンクトップ1枚。汗と焔で色艶照り輝き全てにおいて格が違った。あのアイネスフウジンやエアシャカールですら説教を忘れるほどに。

 

 まったく、豚肉を焼いているだけでエロいとはいったいどういう了見なのか。ヤツはトレセン学園が教育機関だということをちゃんと理解してんのか? 初等部ウマ娘の邂逅禁止令が解除される日は来ないかもしれない。

 

 と、まぁこんな具合に流れ行く日々のそこかしこで闘走本能ガンガン燃やして走りまくっている相手に、立場的な問題を含め本気の叩き合いとなるような競り方を経験したことのない温室育ちが挑めば──ゴール板の周囲が死屍累々となるのも致し方無し。

 もちろんブライアンは息の乱れもほとんどない。彼女にとってはせいぜいウォーミングアップ程度の運動量でしかなかったのだから。

 

 

「どうした。もう終わりか?」

 

「…………い……だ」

 

「ん?」

 

 

 

 

「もう……いちど……勝負……だ……ッ!」

 

 

 

 

「──フッ」

 

 教育完了、である。

 

 今度は先ほどとは違う、驕りも侮りもない純粋な闘志を宿した眼をしている。あぁ、そうだろうとも。レースの結果で己の無力さを思い知ったところで簡単に敗北を認めるワケにはいかないだろうとも。

 ウマ娘とはこういうものだ、どれだけ外面を取り繕ったところで闘走本能には勝てはしない。名門の肩書きが無力であると知った彼女たちに残されているのはせいぜい負けん気と意地くらいなものだ。そしてそれは競走バとして生きるために欠かせない心の支えとなる。

 

 まぁ、こんなものだろう。新入りどもの尻を叩いてやるなど本来は私の仕事ではないが、アイツが買い出しで不在の間に面倒を片付けておいてやるのもヤツの事実上唯一無二のハイパーラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンホースである自分の役目だろう。まったく面倒なことだが仕方のないことなのだ。

 

「いいだろう。オマエたちが納得できるまでトコトン相手をしてやる。だが、その前に──」

 

『『…………ッ!?』』

 

「ほかの連中の教育も終わらせてから、だ」

 

 

「待ちたまえよブライアン。軽くとはいえキミは中距離を1本走ったばかりだろう? ほかの新入生たちの相手は私に……いや、私たちに任せたまえよ」

 

「えらく威勢のイイ跳ねっ返りどもじゃねぇか、ひとつあたしらもお相手願いたいと思ってね。ペラペラと御高説()()()より、そのほうが手っ取り早いだろぅ?」

 

「あまり偉そうなこと言いたくないんだけど……アタシも立場上、黙ってるワケにいかないのよね。巻き添えでメジロ家までイメージ悪くされたら迷惑だし」

 

「私は肩書きなんざどうでもいいがな。ただ、生意気な後輩が“おいた”をしたのなら躾が必要だろう? じっくり可愛がってやる、覚悟しな」

 

 

「わぁ、みんなとってもやる気まんまんだね! ……チラッ、チラチラッ」

 

「あーいいよ行っといで。この程度のお遊びならチューリップ賞にも響かないだろうし」

 

「チーフ、私も走ってきていいだろうか?」

 

「オグリ、お前さんもか。いや、いいけどね。こんな機会でもなければ新入生と併走することなんてないだろうし」

 

「なんや、チーフ止めへんのかいな。ええんか? どいつもこいつも完っペキに火ィついとるで。ありゃ新入生が全員ボロボロになるまで終わらへんかもしれん」

 

「止めないさ。血気盛んにバカやれるのも若者の特権だろう。それに、ヤンチャなガキどもが遊んだ後始末を引き受けてやるのも大人の役目だ」

 

 チーム・ジェミニのチーフトレーナーとして交流戦の開催を認めた。そういう建前を用意しておけば、少なくともウマ娘たちや彼が責任を問われることはない。

 

 子ども同士が納得しても、そこに大人の思惑が入り込んでくると実に面倒になることをジェミニチーフは良く知っている。1度の模擬レースで熱を取り戻したということは、高飛車な態度は彼女たちの本質ではなく後天的に備わったものであり……十中八九、環境によるものだろう。おそらくは、中央トレセン学園のウマ娘たちがレースで敗けたことで『ブランド』としての価値が下がることが気に入らないような連中の差し金といったところか。

 どうやらその手の連中に彼は目の敵にされつつあるらしい。歴史と伝統ある中央トレセン学園に男のトレーナーなんかを採用したから敗けたのだと。ある意味では彼のせいで不敗神話が崩壊したので間違っているワケではないのだが。

 

 いまは、まだ。無敗の三冠ウマ娘シンボリルドルフの存在感と新設レースURAファイナルズの話題性が鮮度をキープしている間は問題ないハズ。たが、その後はどうするか……なにかしらの手を打たなければならないだろう。

 

 最も単純で効果的なのは彼をトレーナーとして堂々とデビューさせること。以前、彼に見せてもらった物心ついたころから収集して分析・研究してきたという万を超えるウマ娘の、競走バのデータの内容からして彼も一流トレーナーを名乗る資格は充分にある。

 それにひとりのトレーナーとしても、彼が本気で育てたウマ娘と自分の愛バが大舞台で火花を散らすデッドヒートを繰り広げる光景というものには興味津々だ。うまくは言えないが、自分たちとはなにかが決定的に違う──全く異なる視点でウマ娘を見ているような雰囲気を持つ彼はどのようにウマ娘を仕上げてくるのか、実に楽しみじゃないか。

 

 ただ。

 

「ボウヤを“お気に入り”の連中は黙っていられないだろうね。なんならチーム組ませてまとめて任せるか? しかし、それはそれで誰を優先するかで揉めそうなのがなんとも……頭が痛い話だねぇ」

 

 例えば、同じチームから複数のウマ娘が出走しつつも協力してレースを走るような、ほかのスポーツのようにチームで協力して競い合う形式のレースでもあればまた違ったのかもしれないが。

 いっそのことボウヤ本人にアイデアを出させてみるのもいいかもしれない。ほかでもない自分自身の仕事に直結する話だ、実現できるかどうかは別として思い付きのひとつやふたつは出てくるだろう。

 

 なんとも厄介ごとの気配はあるが、新たにライバルを()()()()()大義名分を得られそうだと考えれば悪くない。目の前で繰り広げる新入生と在校生の手荒い歓迎の儀式を眺めながら、老兵もまた静かに覇気を滾らせていた。




アプリのオープニングに出てくる、ナリタブライアンが食べてる目玉焼きがたくさん乗ってるハンバーグとか食べてみたいな~とか思ってます。

おっきいハンバーグって、夢、あるじゃないですか!(小学生並みの感性)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぎゅわんぶらあ被害担当派・前編

前回のあらすぢ。

新人教育の様子を隠れて見ていた名門のお付きウマ娘たちは、令嬢たちの晴れやかな表情を見て「これは報告する必要はない」と優しい眼差しで見守っていた。

その様子を隠れて見ていた先任の他家のお付きウマ娘たちは、本当に報告する内容に困ることになるのはこれからなんだよなぁと慈しみの眼差しで見守っていた。


 学園祭。

 

 それは限りある青春の日々を学校生活という限定的な空間に閉じ込められた若者たちのリビドーを受け止めてくれる貴重なイベントのひとつである。

 それ故に、意見の食い違いによる対立の解決も一筋縄ではいかない。たかが祭り、されど祭り。とくにウマ娘たちの通うトレセン学園では応援してくれるファンへ向けての感謝祭という形で開催されるため妥協などできるワケがない。

 

 

「──ハッ。まさか生徒会長殿がジョークも嗜んでいたとは思わなかったな。それとも、私の耳の調子でも狂ったのか?」

 

「残念ながら私には言葉遊びの経験はないよ。それに、キミの耳の具合はおそらく健康そのものだとも。──もう一度言おう。サブトレーナーくんは私たち『クレープ屋さん』が協力を頼むつもりでいる」

 

「だから私たち『パンケーキ屋さん』はアイツを諦めろ、そう言いたいのか? それはそれは……随分とナメられたものだな。()()()でしかないのにもう勝ったつもりとはな」

 

 

 一触即発である。春の感謝祭はどちらかといえば運動会的な側面が強いが、それでも模擬店などを出店する生徒は大勢いる。各地のレース場でもさまざまなグルメを提供しているように、感謝祭で開催されるイベントレースをより楽しんでもらうためにも飲食店は必須である。

 もちろん自分たちも思う存分楽しみたいという本音を否定する者はいないだろう。学生半分アスリート半分のトレセン学園ウマ娘たちにとって、こういうイベントは堂々と遊べる数少ない機会なのだ。

 

 

 だからこそ、譲れない。

 

 

「そもそも、缶コーヒーすらまともに渡せないでウロウロしていたアンタにアイツを勧誘できるのか? 生徒会としてのやり取りもほとんどがエアグルーヴを通してなんだろう?」

 

「なるほど、たしかに以前の私はキミの言う通り差し入れすら満足にできずにいた臆病者だった。そこは否定はしないよ。だが──仮にも中央の生徒会長である私が、過去の失態をそのままにしておくとでも思っているのかい?」

 

「……ほぅ、たいした自信じゃないか。なら聞かせて貰おうじゃないか。それだけ大口を叩いてみせたんだ、ガッカリさせてくれるなよ」

 

「当然だとも。私はな、シリウス。先日──」

 

 

 

 

 

 

「──サブトレーナーくんの机に、差し入れのクッキーを置いてきた」

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 

「事前にエアグルーヴやブライアンから聞かされていてね。サブトレーナーくんのルームには嗜好飲料が豊富に常備されているらしい。ならば、安易に缶コーヒーなどを差し入れるよりも、こうした“ちょっとつまみ易い”菓子類が最適だと判断したワケだ。無論、情報収集にも抜かりはない。ちゃんと流行りを意識した品物を選ばせてもらったよ」

 

「なるほど、そいつはたしかに進歩といえるかもな。──相手がアイツじゃなけりゃ絶賛してやってもよかったぐらいには、な」

 

「……なに?」

 

「オマエの判断は間違いじゃない。そこは否定しないさ。だが、肝心なモノが見えちゃいないようだな。アイツは十把一絡げに扱える男どもとは毛並みが違うってことを理解できてない。アイツは男のクセにオシャレなカフェよりも大衆的なラーメン屋を好む変わり者だぜ? ──大多数の意見に縛られて“個”を蔑ろにしたなルドルフ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるシリウスシンボリに対し、苦虫を噛み潰したような表情のシンボリルドルフ。

 

 そう、贈り物というのは真心が大切だと言うが、それはそれとして“相手に喜んで貰えること”という部分も必要不可欠な要素である。

 ルドルフが用意したクッキーの詰め合わせには間違いなく感謝の気持ちと労いの心は込められていた。だが、受け取り手であるサブトレーナーのことを考えていたかと問われれば自信をもってそうだと頷くことはできない。

 あくまでルドルフが調べたのは世間一般の意見であり、そこに彼の趣味趣向、味覚の好みが反映されているとは限らない。

 

 

「私はオマエとは違う。事前に後輩たちからアイツが調理器具を買うかどうかで悩んでいるという情報を仕入れていたからな。手頃な値段で学生からプレゼントされても気後れすることなく実用性も兼ね備えた──」

 

 

 

 

 

 

「──新品のフライパンをコンロにセットしておいた。料理好きの男に贈るにはピッタリだろ?」

 

 

 

 

 

 

「あくまで実利を求めたか。キミらしい。……ところでシリウス、我々競走バが贈り物として嬉しいが扱いに困る物として蹄鉄が挙げられるのは知っていると思うが」

 

「……何が言いたい」

 

「蹄鉄シューズは勿論、蹄鉄もまた見た目が同じような品々でもひとつひとつ特徴や癖が違う。それは第3者から見れば微々たる差異かもしれないが、我々ウマ娘とっては決して無視できないものだ。そう、道具というものは、本人にしか理解できない使用感へのこだわりというものが往々にしてあるものだ。──ここまで言えばキミならわかるだろう?」

 

 

 淡々と言葉を紡ぐルドルフに対して、今度はシリウスが舌を打ち鳴らす番となる。

 

 情報収集は完璧だった、フライパンの取っ手の金具がほんの少しだがグラグラしてきたから新しいのを買おうかどうかと話していると後輩から聞いたところまでは。

 だが、惜しくも彼女はそこで油断してしまった。彼ほどの料理の腕前の持ち主であれば道具に特別なこだわりを持っていてもおかしくないのに、フライパンの選定をシリウスの主眼のみで行ってしまった。

 己を貫く生き方を尊ぶシリウスシンボリというウマ娘の持つ判断力と行動力が、このときばかりは裏目に出たのだ。

 

 

 まさに一進一退。互角の攻防。

 

 

 ちなみにクッキーについては生徒会のウマ娘が、フライパンについてはシリウスの後輩がちゃんと彼に説明したので不審物扱いされることなく美味しく有効活用されている。

 

 数瞬か、数秒か、数分かもしれない。互いの視線が交差したままの沈黙の後──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……で、アタシにディーラーの真似事を頼みたいってワケか」

 

「あぁ。オマエとはルームメイトとして、ギャンブル仲間としてそれなりに仲良くさせてもらっちゃいるが、そんな理由で手心を加えるほど腑抜けちゃいないだろ?」

 

「そして相手が生徒会長だろうと、それこそ無敗の三冠ウマ娘などという肩書きにすら臆することなく堂々とジャッジを下せる胆力も期待できる。完璧な人選というワケだ」

 

「そうだな、朝メシ食い終わるのを後ろで仁王立ちで待ってたぐらいだからな、アタシのことを信頼してくれているのはヒシヒシと伝わったぜコンチクチョウどんな嫌がらせだテメェら」

 

 

 本日、休日。

 

 現在、朝6時。

 

 

 サブトレーナーからカステラ並みにふわっふわの卵焼きの作り方を学んだヒシアマゾンのお披露目会を兼ねた朝食を楽しんでいたナカヤマフェスタの背後に唐突に現れたシンボリふたり。

 表と裏、ベイビィフェイスとアウトローの代表格とも言える有名人が揃っていることに新顔のウマ娘たちは驚いたり喜んだりと様々な反応をする中、同期の高等部のウマ娘たちは慣れたもので誰ひとりとして彼女たちの方をチラリとも見ようとはしなかった。

『あ、コレまためんどくさいヤツだ』と面倒見の良いヒシアマ姐さんですらノータイムでナカヤマを見捨てるぐらいには統率の取れた一糸乱れぬ目逸らしであった。

 

 たまたま入り口近くの席を選んだ自分のミスだと己の精神をムリヤリ納得させて同行したナカヤマ。キメ顔でしょうもない説明を始めたシンボリどもに一発くらいビンタかましても許されるんじゃないかと思いつつ、勝負事の頼みとなれば断れないのが彼女である。

 

 

「それで? いったいどうやって白黒付けようってんだ? わざわざアタシに声かけたってことは、走り以外での勝負なんだろ?」

 

「それは我々も最初に考えたんだが、私がターフに入るとほかの生徒が萎縮して遠慮してしまうかもしれない。まさか私闘のために彼女たちを追い立てるようなマネなど言語道断だ」

 

「いくら私でも休日を返上して真面目に練習しているヤツらを邪魔するのは気が引けるんでな。まぁ安心しろ、私とルドルフで勝負の内容については昨夜のウチにチャットアプリで決めてある」

 

「珍しく夜遅くまでケータイいじってたのそれか。表と裏のトップ同士が仲良しなのは結構なことだがな、私を巻き込まなければなおのこと。……それで、肝心の勝負の内容とやらはなんなんだ?」

 

「うむ。因縁の始まりはサブトレーナーくんをどちらが勧誘するか、というところから始まっている。ならば話は早い、どちらがサブトレーナーくんをランチに誘うことに成功できるかで決着を付ければいい」

 

「ククッ……なるほど。ちょっと5分ほど待っててくれ、耳の調子が悪いみたいだから掃除してくる」

 

「ルールは簡単だ。私とルドルフで順番にアイツにアプローチをかけて、OKを引き出したほうの勝ち。だからまぁ……ナカヤマにはジャッジよりも不正やアクシデントが起きたときの対応を頼みたいってトコロだな」

 

「やっぱり聞き間違いじゃなかったか。オマエらそれ決めるためだけに深夜の2時まで起きてたのか」

 

 

 言いたいことはたくさんある。

 

 そんな勝負をするなら最初から勧誘しろよとか、サブトレの性格からして断らないだろうから先に声かけたほうの勝ち確だし2人目は普通に先約があるから断られるだろうとか、まだ朝の7時前なのに昼飯の約束取り付けるのかとか、そんなん昨日のウチにやれよとか、そもそもこの流れで不正とかアクシデントとかってなんなんだよとか、こちらに人差し指を向けていつものキメポーズをとっているふたりに対して言いたいことはいくらでもある。

 

 だが言えない。言ってはならない。勝負師を名乗る者として、それがたとえどれほど小さなモノ、下らないモノであっても邪魔をしてはならない。合意の上で成立した勝負に横槍を入れて台無しにするなどあってはならないのだ。

 そういう意味では見届け人に彼女を選んだシンボリルドルフとシリウスシンボリの人物評価はこれ以上ないほど的確であったのだろう。断れない弱みにガッツリ付け込んでいるとも言えるが。ヒシアマすまねェ、アンタのこと一瞬でも薄情者と疑っちまった自分が恥ずかしいぜ。そりゃ誰だって関わりたくねェわこんなん。

 

 

 これから始まる大勝負に向け意気揚々と並んで歩くルドルフとシリウス。その後ろを付いて歩くナカヤマと視線を合わせる者は誰もいない。




後編へ続くッ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む