史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 (秋の自由研究)
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操作キャラクター作成

書いていた小説で大分ネタが尽きたので、そのネタを収集する間に何か書きたかったので書きます。失踪予定です(確固たる意志)


 命がけでスルメイカをさせられながら史上最強を目指す実況、はーじまーるよー。

 今回やっていくゲームは『史上最強の弟子ケンイチ グラップラーカーニバル!!』でございます。

 格闘漫画の王道、『史上最強の弟子ケンイチ』を原作としたゲームで、主人公たる耐久力&精神力お化け、白浜兼一君を操作するストーリーモードで伝説の修行、『スルメイカ』を体験したり、対戦モードで364364人組み手をしたりと色々と出来るゲームです。

 で、その中でもトンデモないやり込み要素とルート分岐でRTA兄貴姉貴達を虜にしたモードが此方の『武人列伝モード』です。要するにキャラクリモード。

 

 弟子として修業とまるで映画の様な喧嘩バトルを通して青春時代を駆け抜けるも良し、達人として映画なんて鼻で笑うレベルのチャラヘッチャラな限界バトルしても良しな自由度の高いモードですが。今回はその中でも一番時間がかかるであろう弟子級から達人級迄の一生を追体験するルートで行きます。

 

 さて、キャラ作成をする間に今回のプレイの目的をお話ししましょうか。

 今回のプレイでは、実績『達人としか呼ばれぬ者』の達成を目指したいと思います。どのような実績かというと、このゲームには『活人拳』と『殺人拳』、そして『凶拳』の三種類のアライメント属性がありまして。

 ケンイチ君の師匠達がいらっしゃる優しい(語弊)『スポーツ武術に馴染めない位武術を極めてしまった達人』の巣窟、梁山泊は『活人拳』に属し。

 闇の武術、殺人許可証をリアルで運用するやべー奴らの巣窟、梁山泊のライバルポジに相当する一影九拳が属するのが『殺人拳』。

 そして殺人拳側でも一番『ヤベェ』のが『凶拳』に属しております。

 

 このゲームをプレイする上で、基本的にクリエイトしたキャラは、AKYSの如き聖人系武人(語弊)になるか、虐待おじさんの様なリアル系武人(語弊)になるか、平野店長の様な黒幕系武人(真理)になるか、何れかがほぼ確定するんですが。

 実はそうならない様に調整する事も、可能なんですね。初見さん。

 

 何れにも属さない『特殊』アライメントの達人のままこのモードをクリアすると貰える実績トロフィーが『達人としか呼ばれぬ者』になります。何かバカにされてるような謂れ方ですが、ゲーム上は何処の勢力にも属さないフーテンなので仕方ないね。

 

 とはいえアライメント調整がクッッッソ面倒な上にちょっとでもいずれかのアライメントに寄ってると強制的にYO!!(強制所属)させられますので、「RTA意識してたら絶対クリアできないぞ♡」という結論が兄貴姉貴達の中で出てしまっています。

 という事で、先ずはRTAするよりも実績を取る事から、という事で、このプレイでは実績解除のみを考えてプレイする事にしました。

 

 と、言っている間に名前入力ですね。

 えー名前は……当然ランダム(思考停止) ホーク・K・バキシモ。略してホモ君で……名づけからして完璧なホモ、このプレイは勝ったな(ガバガバ判断基準) 顔はまぁ、ハゲチンピラでええやろって事で雑に決めました。

 さて、この『武人列伝モード』の進行は、基本的に特訓または、休養や交友で日々を過ごし、町のスポットを探索。イベントがあればそれに従うパワプロ方式になっております。チートクラスの達人と遭遇する事も全然あるので死なない様に祈りましょう。

 因みにホモ君の開始時点のステはオールF。まぁこのモードでの始まりのステは誰でもクソ雑魚ナメクジなのでそこはどうでも良いです。問題はパワプロでいう青得と赤得になりますね。

 

 このゲームのキャラクリではそれぞれ、様々な青得、赤得を習得する事が出来ます。

 青得だけしか積んでないニュートラルなキャラを作るのも良いですが、赤得をバカスカ積むとその分青得をより多く習得しピーキーなキャラを作れます。

 例に取って見てみると、我らが宇宙人、新島総督などは『信頼×』『聖なる物×』『悪印象』『武術センス×』など赤得も多いです。

 が、その代わり『権謀術数』『情報戦〇』『悪のカリスマ』『信用〇』『逃走〇』『罠師』というそれを補う青得も多く、バトルで運用しなければこのゲームに置いて最強クラスの性能というピーキーさを誇り、要所要所大活躍が出来る良いキャラになっています。

 赤得ガン積みはつまり正義。じゃけん新島総督に倣い大量に赤得積みましょうねぇ~。

 

 で、先ずは新島提督に倣って『武術センス×』を選択します(狂気の沙汰) コレを選ぶと『体系化』された武術、というか技術に関してほぼ成長しなくなり(パァン!!)

 やーだやめてタタカナイデ! タタカナイデヨ! 達人になるのに『武術センス×』ってどういう事だお前、とは言われると思いますがこれからのゲームスタイルに必要なのでオナシャス!! センセンシャル!! ポイントもその分一杯増えるから安心!!

 

 納得して……貰えたようですね(大嘘)

 

 で、次の赤得(追い打ち)は『先行×』です。相手の攻撃より先行する攻撃タイプの攻撃が基本的に習得が困難になり、及びダメージが低下。更に相手に先に攻撃を与えるとデバフが付きます。ホモは器が大きいからね、先手は相手にお譲りする方向で行きます。

 更にトドメの一発は『常識×』です。コレがあると『一般人寄りの常識』をキャラが覚えずアライメントが殺人拳寄りになりやすくなったりします。ただ知力に関する能力が低下する訳ではないのでそれは問題ありません。問題点は他にもありますが、それについては後述します(責任の放棄)

 

 という事で、この三つで大きく青得を獲得する為のポイントを増やしてから、今度は青得を取得していきましょう。

 先ずは『医学的知識』。前提条件となる『修学』を含めポイントをごっそり持っていかれますがコレは絶対に取得しておきます。コレを持っていると自分の手で肉体を治療できるようになるのでケガをした際治療施設に寄る必要が消えます。

 が、このスキルの真の価値は単独行動をしていてもある程度は治療が容易に行える、という所にありまして。

 

 とある理由から『師匠』を得られない本プレイに置いて、全ての修行はリスクと隣り合わせとなっており、コレが無いと普通にリスクをカバーしきれず、どうしようもなくなってしまう可能性がありますので、必須です。

 後どれだけキャラクターをぶち壊しても直ぐに治って修行が開始できるので時間のロスも少なくなって一石二鳥!!(外道)

 

 続いて『頑強』。恵まれた肉体を初期ゲットできる分かりやすい強スキルです。ケンイチ君の初期所持金得『金剛不壊』とかいうスキルの完全下位互換でもあります(真顔)

 そして『格闘センス〇』。コレは少量で獲得できる腐らないスキルで、あらゆる攻撃に少量のバフが乗ります……が、このスキルの本領はそこではないです。詳しくは後々。

 そして最後。コレは青得赤得混ざったちょっと特殊なスキルなのですが、『狂的』というスキルです。一つの事に集中する代わり他の事に手が付かなくなります。どんなコトになるかはプレイ中に。

 

 えーさてこれでキャラクリは終わり……あれっ、ポイント余っちゃった。

 あ(悟り) そう言えば狂的って赤得も含まれるんで、そんなに多くは無いレベルですけど一応ポイント貰えるんでしたっけ(ガバ) どうよう(困惑) あっ、『裏通り〇』でも習得しておこ。裏社会科見学において、コレがあると若干ですがスムーズに事が進む様になります。詳しくは後程。

 

 えー総合すると『武術センスは無いが格闘センスには恵まれたステロイドボディを持つ常識知らずの妙に賢い裏社会適正つよつよ求道ホモガキ』ですね。属性が交通事故を起こしている。修正しなきゃ(使命感) もう無理なんで諦めて、どうぞ。

 

 このキャラクターで、死亡フラグ溢れるケンイチ世界に潜って行こうと思います。大戦よろしくお願いします(久遠の落日)

 




ケンイチのこういう小説は書きたかったので。好きに書きました(正直)


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第一回

 やせいのたつじん に遭遇する実況、はーじまーるよー。

 

 さて、ホモ君は一体何方に生まれたのかを……はぁ~……(クソデカ溜息) 想定内です。

 えーケンイチのほんへ時代には達人になりたいので、時間系列は過去の方を選択していまして……アメリカはデトロイト、ミッドタウンの生まれですね。しかもミッドタウンのほぼ外れみたいなところに生まれた日系アメリカ人です。ケンイチ君がいらっしゃる日本とは似ても似つかぬ治安最低の地域、しかも今は現代ではないのでお察しください。

 

 えーこれが『常識×』の弊害です。その赤得が付くに相応しい舞台に送り込まれる訳ですね。イヤーきついっす。一応学校には通っている筈なんですけれども、当然日中からサボっても全く何も言われないレベル。治安わりぃ~!!

 

 あと家族構成。唯一の肉親のお父さんは一応医者という勝ち組職業なんですけど。お母さんは何処に行ったんですかねぇ……? うーんデトロイトシティの闇を感じます。天国に居るお母さんに立派な達人になった姿見せなきゃ(使命感)

 

 とはいえ、悪い事ばかりではありません。こういう地域ではクソみたいな犯罪者ばっかりが闊歩してますが、それらが居る地域での実地的訓練(喧嘩)は、経験値が他に比べて多いのでホモ君を爆速で成長させてくれますからね。難点は基本的にランダム成長なのでどういう成長になるかは運次第って所と、負傷する可能性が他より圧倒的に高い所ですか。

 

 ですが、習得していた青得、恐らくはお父さん譲りの医療知識のお陰でどんなに喧嘩しても自分で回復できるので安心!! 今は積極的に喧嘩に明け暮れましょう。というか喧嘩にしか明け暮れられません(諦め)

 

 こうして特訓を選んだ時に暫くは喧嘩しか選べず、他が出来なくなるのが『狂的』の効果です。集中するので経験値にバフが乗りますが、柔軟に鍛えたい時は絶対に使えないスキルでもあります。今は他の事をする積りも無いので全然大丈夫なんですけど。

 

 っと、ホモ君が喧嘩中にケガをしてしまいましたが、心配ご無用。医学的知識があるので幾らでも治療は効きます。お前は喧嘩に明け暮れるんだよ!!!(強制)

 後、喧嘩ばっかりして殺人拳寄りにならないか、と杞憂する皆様も居るかと思いますが、アライメントに関しては、特訓では基本的にどっちか寄りになることは無いので大丈夫です。あくまで『殺人拳の考え方に触れる』『人を殺す』等がないと殺人拳には傾倒していきません。

 

 さて普通に言ってる『殺人拳の考え方に触れるってなんだよ』(当然の疑問)について。今喧嘩にめっちゃ集中している事と関係しているので、今お話ししちゃいましょうか。

 喧嘩が経験値効率が良い、と申しましたが、当然ながらそれよりも達人の師匠にボコスカに殴られて修行した方が当然効率は良いです。ぶっちぎって違います。ただ……このプレイに置いて、この師匠に関して、一つ、大きな問題があります。

寄るんですよ。アライメント。

 

 お師匠に師事すると、その考え方に寄るにせよ反目するにせよ必ずアライメントが寄るんですよ。いずれかのアライメントに。

 戻す事も出来ないことは無いんですけど完全にロスですから、本プレイでは全力で師事を避け、一部の例外を除き、一番経験値効率のいい喧嘩に、『狂的』のバフをかけて強引に経験値稼ぎをしているのです。

 あと『武術センス×』を赤得に選んだのも、師匠を取らない、という状況ではそこまでデメリット足り得ないからですね。体系化された武術じゃなくても戦う手段は幾らでもあるので。

 

 おや、そうこうしてたら画面が等速に戻りました。どうやら、喧嘩相手が特訓では済まないレベルの応援を呼んで来たようです。喧嘩ではこういう緊急イベントも起きるんすねぇ~……ではない(半ギレ)

 十人近くいるんよなぁ!? 一人リーダー格っぽい奴がチャカ持ってんよなぁ!? 勝てません(断定) 多少鍛えたチンピラよりチャカ一丁の方が強い。ハッキリ分かんだね。因みに達人相手だとチャカなんて爪楊枝ほどにも役に立たない銀玉鉄砲にしかなりません。

 

 まぁボロカスにやられても経験値は美味しいですし、取り敢えず時間が過ぎるのを待つ方向で防御主体で。どうせ先手先手で雑魚潰しはキャラメイク的に不可能なので。立たせてやんよ?(相手の顔)

 あー全然体力も何も鍛えきれてないから痛い痛い痛い……痛いんだよぉ!!(切実) 自己回復でカバーできるレベルの範囲に収まってるんですかね……?(震え声)

 

 大丈夫、死ななきゃ安い安い。基本的に相手もオールFクラスで青得ゼロのトーシロばかりなので……ハイ、耐久成功です。ガードしてればどれだけぶん殴られてもガードブレイクすらしない泥仕合になるので耐久余裕でした。

 

 とはいえ『へっ、大した事無かったな』とか言われて退散されるのはめっちゃ悔しいのは間違いないですけど。何時かオールDクラスにステ跳ね上げたらボロカスにしてやるからなぁ……? 因みにオールD迄行くとコーキン君から最終回ケンイチ君辺りのレベルにはなるのでこれだけ数が居ても一方的に蹂躙が可能です。チャカもあんまり怖くなくなりますハイ。

 

 あー、とはいえこのままずっと修行し続けても限度があります。結局は一人で雑魚相手に喧嘩売ってるだけですし、草葉の陰でお父さんも泣いています(ご存命) 喧嘩喧嘩喧嘩で只管に荒れた青春時代を送るだけじゃなくて、好敵手が欲しい所です。

 

 『好敵手』、または『修行仲間』は、師匠と違い余程の事が無い限りアライメントには影響を与えず、一緒に修行すると師匠並みに経験値がもらえます。ケンイチ君の場合は美羽ちゃん、武田先輩、谷本君などがそれに当たり、常に大量の師匠と多くの好敵手、修行仲間に恵まれ修行ボーナスが乗ってとんでもない勢いで成長できる訳ですね。

 因みにホモ君の場合は修行出来るような場所には出入りしても『武術センス×』が悪さをするのでいけません。この時点で『修業仲間』もほぼ使えなくなりました。クソが!!

 

 という事で、私が一刻も早く欲しいのは『好敵手』です。ああいうチンピラ風情に虚仮にされないように、少しでも早く強くなりたいのでどんな好敵手でもdon't来い超常現象(大胆なツンデレは女の子の特権)

 まぁグチグチ言っていても、今は一人でも多く、ホモ君と似たようなハゲ面チンピラをシバく作業に没頭するしかありません。まだお父さんには泣いて頂く事になりそうです。

 

 ――っと、また画面が等速に戻りました。

 コレは……また喧嘩修行でそれなりの強キャラの怒りを買ったようです。今度は一人でしかも女の子ですね。メッチャ『ざーこ♡ ざーこ♡』って煽って来てくれています。は? お前みたいなメスガキに負けないが?(挑発耐性G)

 丁度いいです。さっきはボロカスに負けざるを得なかったので、このメスガキ相手に鬱憤晴らすついでに、ホモ君がどんな戦い方をするか、お見せしましょう。

 

 ん? ほー、その構えはカラテ……なにぃ~!? 空手でステップ踏んでるだぁ~!? 何というスポーツカラテ。コレはノーカラテですね間違いない……

 スポーツカラテを習ってる敵は、大抵変なプライドからかタイマンでかかってくる上に、序盤の良い経験値策に使える位に丁度良いバランスしてるんですよね。ケンイチ君の空手部の先輩(意味深)も山突き一発でクッソ情けない悲鳴上げてましたし、所詮スポーツカラテはケンイチ世界の敗北者じゃけぇ……

 

 と言った所で、このクソ煽りメスガキ(ティーンエイジ)をぶちのめしていきたいと思います。対戦よろしくおねがいします。

 




やせいのたつじん って なんだよ


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第一回・裏:デトロイトの少年

「はぁげはぁげ♡ 『(9mm)』なんかに怯えてぇ、籠ってたざぁこ♡」

「……」

 

 片方の、小柄なブロンドヘアーは兎も角。

 俺らの界隈では、目の前の日系人は有名な奴だった。『この街一のクソガキ』として。

 この街で、アイツの顔を見た事がないティーンはいない。どこで喧嘩してても、何処で殴り合ってても。まるでその事を分かってた、みたいに急に現れて。何がそんなに気に入らないのか。このデトロイトじゃ日常茶飯事なカツアゲだとか、喧嘩を見ると……割って入ってくる。

 それが何故かと聞けば『怪我人が居たから』とだけ。そりゃあ、割って入られた側はたまったもんじゃない。

 

 それが祟ってこの前なんかお礼参りに徒党組んで行ったけど、その時は不思議な位反撃一つもしてなかった。周りは銃にビビってたんだ、なんて言ってたけど。

 俺は正直そんな風には思えなかった。だって、ただ殴られているだけだったって言うのにアイツは、じっと、腕の間からこっちを見て居たんだ。怯えていた表情じゃなかった。何とも思って居ないように、顔は凄いフラットだった。

 

 今のアイツもそうだ。酷く、酷くやる気が感じられない。

 喧嘩の間に割って入る時の、凄い形相のアイツとは比べるべくも無い。というか、あんな風に煽られて、あそこ迄表情を変えないのも凄いが。

 

「アイツに目ぇ付けられたか……ホークもつくづく不運だよなぁ」

「あぁ。あの女、俺達の股座潰すのが趣味なんだろ?」

「しかもアレは生まれつき、ああなんだと。こえぇよ、人間じゃねぇ」

 

 確かに、ここらあたりの筋金入りの不良は恐ろしい。

 俺達の中にも、格ってもんがある。俺みたいな皆楽しそうだから取り敢えず。みたいな奴じゃなくて。それこそ、誰かに暴力振るうのが純粋に楽しいから暴れてる、みたいな。極まったワルは。

 あの女も、多分同じ類の奴だ。

 

「ね~ぇ、その股間のモ・ノ♡ 使い物になるのぉ~? 腰抜けでぇ、反撃一つしないでやられっぱなしぃ、だったんでしょぉ♡」

「……」

「もしぃ、使い物にならないならぁ……潰させてくれなぁい?」

 

 普通だったら、嫌悪感の一つでも浮かべる筈だろう。人によっては怯えたりも、するかもしれない。だってのに。

 あのジャップは、まるで何にも反応を示さなくて。

 

「さいきぃん、あんまりぃ、そこぉ、潰せてなくてぇ。つまんないのぉ」

「……何?」

 

 と、思ってた時だった。

 彼奴の目の色が変わった。俺が見た事ある面になった。顔が、強張る位に力が入ってて目は瞳孔ガン開き……ちょっとでも動かしたら弾ける、爆弾みたいな、そんな面。導火線に火が入った、って分かるような、そんな。

 ああそうだ。アイツは、喧嘩してるのを見かけたら、あんな面でこっちに向かってくるんだよ。アレを見てると、俺達がなんか悪い事をした気分になる!!

 

「潰してる? 急所を、か」

「んー? そぅそぅ! なぁにぃ? 興味あるゥ? ふふん、きもちいぃ~のよぉ?」

 

 つっても、あの女もイってる類だ。多分そんな事気にしてない。

 

「グシャアッ!! ってヒールから伝わる感触がしたら、みぃ~んな!! 腰から崩れて泡拭いて、大の大人も!! めっちゃ楽しいし~ぃ? かぁいかん!!」

「……そうか」

「でもぉ、やり過ぎちゃってぇ、最近はぁ、誰も私に近寄ってくれなくなってぇ」

「もういい。喋るな。口を閉じろ。無駄な話をしてる暇があるならかかってこい」

 

 ――あぁ。けれど。

 

「……は?」

「聞こえなかったならもう一度言おう。来い」

 

 もうダメだ。

 多分、多分だけど、今。ホークの、触れちゃいけない所に触れた。アレが何時も俺達をぶっ飛ばす時のアイツなんだ。問答なんかしない。黙ってどっちも叩きのめして帰る。まるでテロリストみたいに、突然に。目の前の女がどうしてブチ切れてるのなんて、全くもって気にしてないんだ。

 

「――もしかしてぇ、喧嘩売ってるぅ?」

「いいから来い。時間の無駄だ」

「ふぅ~ん? そぅなんだぁ……分かった、潰してやるよ。ジャップが」

 

 ブロンドヘアーの方が、一歩で、でも一気に踏み込んだ。低い姿勢から踏み出される前蹴り。素早いし、小柄で低い位置に、全体重を乗せて、股間を狙うあの蹴りは、何人くらい人間をモロッコ送りにして来たんだろ。けど……

 

「――は?」

「このヒールは、力を一点に集中させて、人体を破壊しやすくするための物か」

 

 ホークはまるで一切、そんな事を考えたそぶりも見せず。真っ直ぐ突き出されたヒールのピンを握りしめていたのだ。先手を取られてもビビってない。寧ろ、真っ向から目を睨みつけて、相手を完全に威圧しきっているようにも見える。

 怯える気持ちも分かる。アイツの目は、真正面から見れたもんじゃない。獣とか、そう言う類の目でも無いんだ。

 

「っち、まぐれで掴んだ、くらいでぇ、調子にぃ……! っ!?」

「人の急所への攻撃は当然その後への影響も残すが、その激痛から、PTSDを発症する事もある、乱暴にしてはならない器官の筆頭だ。それの破壊を好むというのは、精神疾患を疑わざるを得ない」

「お、おまぇっ!! はなっ! はなせっ!!」

 

 感情が読み取れない訳じゃない。逆だ。あそこ迄表情一つ変えずに、アイツは、自分が怒っているって言うのを、叩き付けてくる。かっぴらいた目を!!

 

「しかし、俺に精神疾患を治す技術はまだ無い」

「なにをいってぇ!」

「故に。力づくで制圧する。ケガはさせないように最低限配慮はするが、しかしその異常な行為を止める為には、今の俺にはこれしかない事を、先ずは謝罪しておく」

 

―びき

 

「……へ?」

「先ずは、この危険物からだな」

 

 握り込んだ手から、音がする。あそこに握り込まれてるのはヒールのピンだ。そこからの音って事は、割れてるんだ。あんな硬いモノが、握りつぶされてるんだ。持ち主が一番良く分かってる。顔が青ざめてる。

 

「えっ、えっ、ちょっと、ちょっと待ってよぉ……!?」

「次だ」

「へっ――」

 

 あぁでも……それだけじゃ終わらない。砕いたピンから手を離した思ったら、もうしっかり足を掴んでる。吊り上げた。スカートが翻ろうとお構いなしだ。

 次はもう片方のヒールに手を伸ばして……今度は力任せに、その一本のピンを、へし折った。

 

「う、そぉ」

「こんな凶器で、二度と人を蹴るな。人体は無限に回復する訳ではない」

「っ……うっさい!! いい加減、離せってぇのぉ!!」

 

 蹴りが飛ぶ。正直、あんな状況から、反撃できるってこと自体が、凄い。しかも頭を狙って。

 多分喧嘩だけじゃない……ちゃんと、マーシャルアーツ(BUGEI)を習ってるんだと思う……けど。

 

―ばきぃっ

 

「っ――終わりか」

「……うそ、よぉ」

「抵抗するのであれば、少々乱暴に制圧せざるを得ないが」

 

 ホークは、それ以上だ。

 防ぐ、とか。避ける、とか。そんなんじゃない。受けたんだ。当たったら痛そうな、蹴りだって。顔面を狙ってぶん回された蹴りだって。受けた。側頭部モロ直撃。多分、絶対に痛い筈。でも我慢してる、とかじゃない。気にしてないんだ。

 たった一つの事に集中してるから、痛みも、何もかも、度外視してるんだ。ホークは。

 

「……」

「まだ、やるのか」

「お……ろ、して……わかった。もう、なにもしな、い、からぁ」

 

 ――分かるよBAD GIRL

 普通じゃないよな。あんな奴と、マトモに殴り合おうって方が無理だ。まるで当然のように喧嘩に割って入って、ぶん殴られても何も反応しねぇ。どんなに手痛くやられても、次の日には当然みたく町をうろついてるとか、アイツはゾンビか、ロボットかのどっちかだ。

 

「そうか。それは良かった――それで。もう一つ聞きたい」

「な、なによぉ!? もうやめるって言ったでしょうにぃ!?」

「これからもその様な行為を続けるのであれば、俺は君を尾行し、逐一その行動を妨害せざるを得ないのだが。どうする。これからも続けるか」

「……は、はぁ!?」

 

 ……あぁ。甘かった。ロボットとか、ゾンビとか。そんなクソ甘い人間じゃない。今わかった。周りの奴が、目を丸くしてる。多分俺も信じられないって顔してると思う。だって顔の筋肉がぴくぴくしてるのが分かる。正気かコイツ。

 今、片手で吊り下げて、パンツを丸出しにして、辱めている女を相手に!!

 堂々とストーカーするって、衆人環視の前で!! 言い切りやがった!!

 あぁ、さっきまで目の前の女について噂してた奴らが公衆電話に目を向けてる。俺だって正直今すぐ警察に電話したい。この町は、多分ロクデナシ共の巣窟だ。それは間違いない。間違いないけど。

 

「日課が行えなくなるのは残念だが、それ以上に君の行為を止める事は重要だと思って居る。君のその凶暴性は、矯正しなければならない」

「あん、た、一体何を言って」

「だが君が自力でそれをやめる、というのであればそれに越した事はない」

「だ、だから何を言ってんのよアンタぁ!?」

「決めてくれ。今この場で。早く」

 

 コイツは。

 そのロクデナシ共の中でも飛びぬけてイカレてやがるんだ。




キャラクターの個性は濃ければ濃い程良し。


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第二回

 メスガキにオシオキする実況、はーじまーるよー

 

 もうしてるんですけどね。ホモ君のあらゆる攻撃を受けて尚怯まぬプロレスラースタイルにメスガキちゃんも怯んでいたようです。下手に殴り合うよりも、治療技術を持ってるなら相手に殴って貰った方がそのダメージ分も経験値ももらえますので一石二鳥!! ホモ君はサンドバッグ、ハッキリ分かんだね。とはいえそんな殴られても居ないんですけど。

 先手を取れないなら、相手に幾らでも殴らせてからその相手を一発で制圧する。なんて賢いやり方、コレは天才の所業ですね間違いない……

 

 メスガキちゃんの経験値で、少なくともホモ君は現状で初期武田先輩から、辻隊長レベルには達したと思われます。やっぱり喧嘩を続けるのは正義。岬越寺師匠も筋トレが必要ない程の組手が一番良い修行になるっておっしゃってたし、実戦は金。

 つーわけで前回から変わらず只管喧嘩に明け暮れてさせて頂きます。

 少なくともティーンエイジ時代は喧嘩、喧嘩、喧嘩の喧嘩三昧になると思うので、こっからはずっと加速していきます。少なくとも、間に休憩を挟みつつ軽く数か月くらいは加速していきたいと思い……加速が止まっちゃっ……たぁ!?

 

 コレは……修行終わりにランダムイベント!?

 な、なんでしょう。下手なイベントだと、せっかく育てた能力値が入れ替わるとか普通にあるのでやめてくれよなぁ~頼むよー……おや、この優し気なこのメガネのナイスミドルは間違いなくパパ!!

 成程。つまりお説教やな!

 

 喧嘩特訓のもう一つの弊害として、当然のようにご両親に心配されます。心配されない方が多分ヤバいと思うんですけど(当然の帰結) 学校も行かずに喧嘩と武術に明け暮れてたら普通は親が泣くぞ! 皆も気を付けよう!! 因みにここまでで半年以上は軽く経過してますのでもう親は泣いています。

 まぁホモ君に関してはどれだけ親御さんに心配されようと、この世界はやせいのたつじんに何時遭遇して死ぬかも分からヌ世界。

逆にやせいのたつじんを制圧できる位には強くなってもらわなくてはいけないので、一切の容赦しませんけど。へーきへーき、ヘーキだからお父さん!!

 

 『最近は喧嘩ばかりで、学校にも行ってないらしいじゃないか』というお決まりのセリフから始まりました。学校行ってると知力にボーナスが付きますが、青得で無理矢理知識は補ってるから大丈夫なんだよなぁ……常識は×ついてますけど。

 とはいえ、下手な回答するとマジで外出が許されないどころか強制的に学校に行かされる事になるので、ここは当然慎重に慎重を重ねて……

 

 だが断る(定型文)

 

 お医者様でも草津の湯でも直せぬ物が一つあり。武道の心と走者の狂気。キャラクターの現状に配慮している様じゃ一人前の走者とは言えません。巨人の如き高い位置からの視線で彼方の先まで見つめ、そこから戦略を練りましょう。

 ここで下手に誤魔化したりすると、それこそ付け入る隙を与えるだけなので、全力を以ってしっかりお断りします。この喧嘩も何時か役立つ時が来るんや……パパ……

 

 さて盛大にパパを悲しませた挙句、盛大に町で喧嘩をですね……パパ!? パパが未だ立ち塞がってきます。アレだけしっかり断ったにも関わらず、そんな泣きそうな表情で立ち塞がって来るとは……パパ、出来るな!!

 仕方ないのでもうちょっとしっかりお断りを入れることとします。パパに悲しみを背負って欲しくはないのですが、ここでずっと続けて来た流れを断ち切る訳にはいかないのでしっかりと覚悟を決めてね。

 

 『お願いだ。喧嘩にだけ明け暮れて欲しくないんだ』と言われましても……!! 喧嘩に明け暮れないと将来遭遇する やせい の たつじん に勝てないんですよ!! 今はとにもかくにも経験値です。心を込めて だ が 断 る(ジョジョ角度)

 さて、ちゃんと断った所で改めて特訓に……メ メ タ ァ !!(妨害音)

 

 親父ぃ……まだ俺の前に立ち塞がるかぁ!! しかも『君のママも……必要のない争いに巻き込まれて僕たちの元を去ってしまったんだ……繰り返すなんて僕は嫌なんだよ』だとォ!? ママ迄引っ張り出して説得しようなどと、何という卑劣な!! こんなんじゃ俺……悪魔たんになっちまうよ(BLR)

 しかし、ここまでしつこいと逆に思うのは、パパさんは子供思いの立派な親なんやなって。普通二度もしっかり断ったらちょっと、こう。怖気づくものなんですけれども。

 

 だが、これでいい!!(横暴) 

 結局の所、この世紀末都市デトロイト(過言)の中で生き延びるためには強さが不可欠です。ホモ君を、昔のケンイチ君のようないじめられっ子にしないというプレイヤーながらの親心があるのです。

 アンタの親心も分からんではないが……ここは突破させて頂こう!! というかあんまりこのイベントに時間とられる訳にもいかんし(本音)

 

 まぁ青得獲得状況的に、お父さんがホモ君に医術を教えてくれたんでしょうし。勉強も学校ではなくお父さんから教わった可能性が高いです。教育熱心なパパさんである事は間違いありません。良いお父さんやなぁ……

 だがアンタの息子♂は酷使する(外道)

 

 それに只管経験を積むのも、別に無目的にやってる訳ではありません。若い内に出来るだけ下地を磨いておいて、ガンガン基礎数値を上げておきたいのです。

 というのも、師匠が居ない以上は、大きくなってからは独学で裏社会見学をする事になるのですが、あの梁山泊の師匠方にも師匠が居て、ある程度そう言う場も教えて貰えたというのに、ホモ君には居ません。つまり、普通より圧倒的なリスクを背負って裏社会見学を出来る場所を探す事になります。

 その時、基礎値がどれだけあるかが全ての鍵。裏社会見学はバトルも多く、青得獲得の機会になりえるのです。同時に赤得を獲得してしまうリスクもありますが、それでもチャンスは掴むに越した事なし。

 

 なので若い時の喧嘩は全て将来への投資です。寧ろ、若い頃をこそは全て基礎練習にあてるべき。ケンイチ君のように恵まれた環境がプレイ方針から得られない以上、元からある才能をやれる方法でゴリゴリ磨いていくしかありません。

 低レベルな奴らと毎日やり合っているだけぇ? こっちは治安最低都市の札付きの不良共と日夜殴り合っているのです。日本とは不良のレベルが違う!! 経験値的にも。

 因みに、治安最高の日本で喧嘩レベリングは正直割りにあいません。日本は、このケンイチのゲームで一番達人が多い格闘大国なので達人か、自分と同じ実力のライバルを見つけて殴り合っている方がよっぽど楽です。因みに何故かアメリカは武術の達人が案外少ないです。銃社会だからですかね。

 

 話を戻して。治安最悪クラスなのは、今回の師匠を絶対に取らないプレイでは逆にコレは明確なメリットですらあります。だからと言ってこの時代のデトロイトとか言う破滅の地に送り込む事は無いと思いますが。

 

 まぁそんな訳で、偶に来るランダムイベントなど熟しつつ基礎を上げて行ければ……とそんな噂をすればですね。画面が等速に戻りました。

 どうやら、特訓の最中、不良共に絡まれていた綺麗なお姉さんを救出した所、お礼と共に道を尋ねられたようです。ヒュウ!! ボンキュッボンのジャパニーズショートヘア美人だ!! 親切にして彼女にしなきゃ(ホモくんはホモ(過言)なので女性には基本的に優しいのでしっかりとここは案内を買って出ましょう) 本音と建て前逆転してませんかねぇ……?

 如何に特訓優先の色彩の無い青春時代とは言え、こういう所は紳士的にあって欲しいのがプレイヤー的な親心です。

 

『すまぬな、若いの』……ひえっ、このクッソ美人な日本人お姉さん若干時代がかった喋り方する。何という多属性。こんな萌えポイント盛りだくさんとは、ホモ君がホモでなければ速攻でデトロイトの闇に共に消えて言った所です。ふふふふふふ運が良かったなGIRL。

 

 さて、良い事もした所で、引き続き喧嘩で……

 

 な ん で 等 速 を 続 け る 必 要 が あ る ん で す か ?

 

 ん? どうやらホモ君が何かに気が付いた模様ですが。どうなさったんでしょうか。なになに? 今尋ねられた道が、自分の家の道順だと!? あ、あの美人のお姉さんがまさかホモ君の家に……!? コレは昂り(ry

 それは兎も角。こんなイベント初めてな感じなんですけども。自分の家に謎めいた芸者GIRLが来訪とか、コレは面白イベント確定。今は特訓する必要があるので家には帰れませんが、この後の展開が楽しみですね。

 




っぱ原作キャラを出すのは必要ですね(ニッコリ)


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第二回・裏:父の葛藤

 ――僕にとって、ホークはたった一つの宝物だ。

 妻と別れ、一人になった僕に残された家族。彼女の面影を何処か残した、日本人らしい顔の彼。怖い顔をしている、と皆は言うけど、僕にとっては可愛らしいとしか思えない。髪が行方不明なのは、不思議だけど。それは兎も角。

 可愛い息子に、僕は出来る全てを伝えた。勉学も。医学も。出来る事は全てしてあげたかった。彼も、喜んで僕の教える事をちゃんと学んでくれたのが、本当に嬉しかった。学校に行く必要も無いくらい。

 

「――ホーク、ホーク」

「なんでしょうパパ。これから日課のパトロールに出る積りなのですが」

「その前に、だ。少し僕の話を聞いてくれないか。お願いだよ」

「はぁ……分かりました」

 

 こうして、僕の話もちゃんと聞いてくれる、素直で良い子だ。だが……その素直な性格が却って、仇となったのかもしれない。

 高校に入ってから、一年が過ぎて。しっかりと大人へと向かう自覚も出来て来た気がしたのだ。そんな時……医者として過ごして来た、自分の人生を、そして……諍いについての持論を語った事があった。彼が人生の節目を迎えるこの時期にこそ、話すべきだと思った、

 

『良いかいホーク。争い……闘争は、決して褒められるべき行為じゃない。どんな理由が有っても、どんな状況でも。武道なんておためごかし、もってのほかさ。アレは野蛮な戦に正当な理由付けをしようとした、苦肉のやり方なんだ』

 

 僕は、闘争という物が嫌いだ。武道も好きじゃない。医者として、態々互いに傷を付け合って競う事なんて。まだ、型の美しさを競うのであれば、話も分かる。だが本物の武道というのは、そんな生易しい事はしない。

 命の取りあいしか出来ない、そんな連中が嫌いだ。そんな彼らを拳で持ってしか止められない人たちも、どうかと思う。もっと、彼らを止める方法は、ある筈なのに。

 

 だが、それをホークは余りに素直に受け止め過ぎた。

 

『――ホーク!? どうしたんだい!? そのケガは!』

『パパ。すみません、少々と手古摺りましたが……次は、もっと早く』

『手古摺る……? 君は、一体何を』

『――町で喧嘩を行っている若者たちを止めました。安心してください。彼らを傷つけてはいません。人を傷つける事、それは、医に関わるものとして、タブーですから』

 

 そこからだったろう。学校も何もかも捨てて、ホークが町中の喧嘩に割って入るようになったのは。

 初めは、信じられなかった。あんなに勉強に熱心で、医療に真っすぐで、誰かを癒すという事に真っすぐに向き合っていたホークが。喧嘩に割って入った、なんて。そもそもどうしてそんな事をやったのか。

 

『俺はまだ医者にはなれません。しかし、この未だ若い自分でも出来る事はあるのではないかと思った時。この町での怪我を少しでも減らせれば、と……先ずは人為的な物から』

 

 ……そう真っ直ぐ言われた時、眩暈がしたのを憶えている。頭の何処かが、ガリガリと音を立てたのを憶えている。

 先ずは、で喧嘩に割って入る少年が一体何処に居るというのだろうか。顔面を青あざだらけにして平然と『怪我人を治すついでに、喧嘩を止めた』と言い出せるというのだろうか。自分の傷を治してまた次の喧嘩に割って入れるというのか。

 親ですら、話を聞いているだけで意識が飛びそうだというのに。そんな行為をもう……一年に届きそうなほど。

 

「最近は喧嘩に割って入るばかりで、学校にも行ってないらしいじゃないか」

「学校で教わる事は、パパに全て教わりましたから特別学校に行く必要性は感じられません。それよりも、一人でも多く、無為な戦いによる怪我をさせないようにする方が」

「学校で教わるのは、何も知識ばかりじゃないんだ。それを……」

「だとしても、俺にとって重要なのは此方です。パパ」

 

 彼と言えば、こうだ。にべも無い。

 喧嘩をやめさせること。それが決して間違っているとは思えない。僕にとっては。喧嘩なんて愚の骨頂。それを止める事は、決して間違ってはいない、そう思う……のだが。それにしてもホークの前のめりの姿勢は、異常だ。これも、血なのか。

 とはいえ君にその様な思いを抱かせたのは、僕の責任に間違いない……それを、それを棚に上げたとしても――

 

「そんな事を言わないで。お願いだ。そんな事だけに明け暮れて欲しくないんだ」

「一つだけに心血を注いでいる訳ではありません。食事もとっています」

「そう言う事じゃないんだよ、ホーク。争いの中に身を置いて居る人は――」

 

 呑まれてしまう。そう言いかけて……グッと詰まった。事ここに至って、僕は最後の最後を踏み出す事は出来ない。彼女の事は。僕にとっては……

 

「――どうなさったんですか。パパ」

「あっ……いや、その……」

「何でもないのであれば、俺はもう出発しますが」

「っ」

 

 今ここで、ハッキリと止めないと……ホークも、吞み込まれてしまうのかもしれない。僕の元から去った、あの人のように。僕と暮らしていた彼女は、少なくとも、血塗られた歴史から距離を置いていた筈だった。

 彼女にも、日常に浸る心があったのだ。僕が、しっかりと日常に彼女を繋ぎ止める、楔になれていたら。

 

「――君のっ」

「……ん?」

「君のママも……必要のない争いに巻き込まれて僕たちの元を去ってしまったんだ……繰り返すなんて僕は嫌なんだよ」

 

 あぁ、あぁそこまで分かっていて!!

 僕は、こんな臆病な物言いしか出来ない。真実をそのままに、語る事が出来ない。彼女の事を語れば、争いに身を置く事の恐ろしさを、身をもって教える事だって出来る筈なのに。

 そうやって教える事が、彼の身になると、嫌というほど分かっているのに。

 

「パパ」

「ホーク」

「パパの気持ちは、良く分かります。ママを失ったパパがどれだけ悲しんだのかは、私にも察する事は出来ません。しかし……故にこそ、だと思うのです」

 

 こんな臆病な言い方では、ホークの心を動かすどころか……より覚悟を決めさせる結果にしかならないなんて。分かり切ってる。

 

「ママを失った原因は、この世から廃絶するべきです。その為に。やれる事は全て、今からでもやる。小さなことからコツコツと。です」

「ホーク……」

「一日たりとも欠かしてはならない……今日も少し遅くなりますので、ご飯は先に」

 

 ホーク。僕の宝物。彼が目指している道は、何が何でも止めなくてはいけないのに。それでも彼の思いは何処までも……純粋で。それを止める事は正しい事では無いのではないか。間違っているのは、僕ではないのか。と、思ってしまう位には。

 

 

 

「……」

 

 医者としての道を志して。彼にも、誰かの命を救う喜びを知って欲しかった。この世で最も大切な物を、自らの手で救う、それは何者にも代えがたい、尊い使命なのだと。しかし、それがホークを別の方向へと進ませてしまった。

 考え方自体は、間違っていない。ホークがやっている事は、突き詰めれば警察のやっている巡回の様な物だ。命を大切にするために、無為な争いを止める、というのは正しい事だ。

 

 ただ医を志す者がやるべき事ではない。

 僕たち医者は、傷ついた人たちを癒し、そして、もう二度とケガをしないように説得する事が役割だ。相手の争いを力づくで止めるのは……あぁ。そうだ。恐らくは、僕にあの言葉をかけた、あの老人の様な。

 

『――あやつの事は忘れなされ。若いの』

 

「忘れられたら、どれだけ楽だったか……分かりませんよ。ミスタ・風林寺」

 

 彼女と過ごした時は、僕にとってかけがえのない時だったのだから。だからこそ、僕は殊更に武という物を憎んだのだから。医者として、父として、何よりも男として。それがみみっちい、嫉妬にも近いものなのは、分かり切っていたのだけれど。

 一番、質が悪いのは。

 僕は武に疎い訳ではなくて……その逆だからこそ。

 

―ピンポーン

 

「……ん?」

 

 が、その思考は中断せざるを得なかった。

 ホークが出て行って、直ぐだ。もしかして何か忘れものでもしたのだろうか。とはいえそんな事をする程、うちの息子は間が抜けては無いと思うのだけれど……そう思って、開けた扉の先。

 

「――あ」

「久しいのう。イーグル。探したぞ」

 

 僕の名を呼ぶ。懐かしい声。黒いショートヘアー。その深い眼差し。

 ホークを生んで、直ぐに姿を消した、あの時から。何も変わらない。寧ろ、変わっていて欲しかった。変わっていなかった時は。それは僕の研究成果が、彼女の……()()()()()()()に食い込んでしまった、その証なのだろうから。

 

「ミ……クモ、さん」

「少し、老けたか? 全く、櫛灘流の秘術を幾つか授けてやったと言うに……全く使っておらぬとは」

 

 こうして頬に触れる、その手の柔らかさ。温かさ……そして、逆らえない、と。逆らいたくも無いと。思ってしまうその雰囲気も、何も変わってない。

 

「秘術に興味など無い……という言葉は偽りでは無かった。お主は本当に、儂の為だけに協力した、という事かのう……ふふ、何とまぁいじらしい事よ。年甲斐もなく、また疼くでは無いか。えぇ?」

「どうして、貴女が」

「伝えに来たのだ。まぁお主が頷くとも思えぬがな。イーグル」

 

――   共に、闇へと来い――

 




パパは梁山泊も良く思ってない系です。

追記:劇中の表記を少し変更しました。


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第三回

 謎の美女に浮かれている場合では無い実況、はーじまーるよー。

 

 美女に浮かれている暇などあればとにもかくにもデトロイト市街組手です。取り敢えず成長は順調(尚お任せ)なので、見れる数値にはなってきました。このままいけば、ティーンエイジ時代には最低レベルの基礎能力だけは確保できると思います。

 まぁ青得に関してはケンイチ君達優秀な弟子世代には大きく劣りますが、後に取り返せばいいので許容範囲内だと思います。多分。

 

 で、画面は前回のお嬢さん来訪から、大分時間が経ったところで等速に戻り、再びパパに呼び止められてますね。何なんでしょうか。ホモ君はこれから再び喧嘩の渦に巻き込まれる予定なんですけれども。

 『愛して居るよ、ホーク……いってらっしゃい』……オォッ!?(想定外) パパがにこやかな表情でホモ君を送り出してくださいました。親父ぃ、今更何のつもりだぁ……!? どうしてそんなニコニコとしていらっしゃるのか逆に不穏なんですけど!? も、もしかしてワンチャン親が愛想を尽かしたまである……!?

 

 いけない、コレは今日は家で休養しなきゃいけないのかもしれない。一応、適宜最低限の休養は取っていたのですが。お父さんをあんまりにも心配させすぎた可能性があるのでそれの埋め合わせをする為にもお父さんと会話をせねば(遅すぎた判断)

 というのも家を追い出されたりすると、それこそ休養の効率ががた落ちするので。お父様の御機嫌は取っておくに越した事はありません。マジで。へっへっへっ、ママの思い出話でもしようやぁ……という事は今日はご実家で休養を選択。

 

 さーて、パパンのご様子は、っと。あれ? 親父ぃが外に出ていらっしゃる。というかあの表情、目を閉じて、呼吸はゴヒュゥゥゥゥ……いやその呼吸法は常人には不可能なんですけども??? というか親父ぃリアルに野菜王子みたいな筋肉してんなお前な???

 あれか? もしや親が隠れた達人パターンか? さては?

 

 いや、まさか。そんな要らない乱数で幸運を使い果たすとか、幾ら作者がガバ運とはいえ、無いですよそんな奇跡『ブフォオオオオオン』あぁその効果音テキストを腕の素振りで鳴らされたらもう言い訳聞かないわぁ達人級だわぁ……しかもあの目から溢れ出す光は梁山泊の達人が良く漏らしてる達人級(マスタークラス)の証の光だぁ(震え声)

 

 やせいのたつじん……ならぬ、特にネームドでも無い普通な達人ですが、それでもそう簡単にポンポコ湧いて出て来る訳では無いんですよ。そりゃあ達人なんてそう多い訳じゃないですし。そしてその中でも……アメリカ産の達人はまぁそう簡単に出ないんです。

 軍が基本的に確保してたり、国風に合って無かったりとかいろいろ理由はありますけれども。まぁそれも踏まえてここアメリカになる様にビルドを狙った、というのもあります。

 

 そんな中で、完全に手付かず達人、しかもアメリカ特有の銃の達人とかではなく、まさかの拳。なぜ自分の武術を伝えなかったのか、それはフラグを立てなかったからだと思うんですけど(指摘)

 

 こ、これは喧嘩特訓に明け暮れていて正解択だったかもしれません。一応家で筋トレを黙々とやりながら親との仲も良く、なルートもあったんですが、それは経験値的にスロー過ぎてあくびが出るのでやめておいたんですけど。これで達人の親からの直々の特訓なんぞあろうものならアライメントが寄っちゃってた。危ない危ない(震え声)

 

 しかし、家ではただのパパンだったのが、どうして急にこんな達人級(マスタークラス)の片鱗を見せつけて家の前でゴファアアアアアア……していたのか。もしや太極拳的な健康法だったりします? 健康法を極めた結果として達人に至った可能性が微レ存? 物凄い気の長い達人への道だなぁ。

 まぁそんなジョークは置いておくとして。

 

 おや、誰か親父ぃに声をかけました。これは……古風な喋り方! この前ご案内した綺麗なおねいさんじゃないですか!! まさか、親父ぃは久しぶりに自分の股間の梁山波が出せる事にいきり立たせていた……?

 あぁその美女に対して物凄い重い呼吸して武術の構えをしている辺りぜんぜん違いますね絶対に違いますね。何だったら闘気も噴出してますね。

 

 『この哀しき運命……僕の手で断ち切る!』とか言って泣きながら拳を構えてる辺り戦う気満々でしかありませんね。

 でお相手の美女もやる気満々の模様。『櫛灘流の神髄、ここで示そうではないか』。ほうほう、お相手の流派は櫛灘流、成程力0、技10でおなじみの柔術。殺人拳……ではなく凶拳に所属する殺人拳の中でも肝入りの闇の外道共、櫛灘美雲先生の使うチートクラス柔術です。いやー特A級どころの騒ぎではない準超人級の相手が来たのかもしれませんねぇ!!

 

 ……うわぁぁああああああ一影九拳だぁああああああ!? 妖拳の女宿だぁあああ!? おぉ我が実況はこれにて最後ですねありがとうございました!! ちゃんねる登録良ければしてってくだされば(ry

 ……えーっと、その。はい。冗談です。ちゃんと向き合います。

 

 解説すると、目の前で親父殿に妖艶な笑みを浮かべて向き合ってるスーパー美人は魔王です(暴論) いえ。冗談ですけど。どんなゲームでも遭遇したくない類の凶悪キャラはいらっしゃいますよね? そんな感じです。今のホモ君を数千人単位で当てても間違いなく確殺喰らうレベルのバケモンです。

 キャラの解説をしますと、名前は櫛灘美雲。見た目は二十台のぴちぴち美人ですが中身は九十を優に超える怪物。櫛灘流究極のアンチエイジングで見た目を若く保ち、力など必要ない妖術の如き櫛灘流柔術で敵を蹂躙します。後、弟子の育成能力は低い(確信)

 

 し、しかしコレはマズいですよ!! 相手が殺人拳の頂点、一影九拳の一人、櫛灘さんだとすれば親父殿がまず死にます。彼女の目的が他にあるなら兎も角、多分親父殿目当てに来たんでしょうから間違いなく死にます。

 で、親父殿を失った結果、感情面とか諸々置いといて何が一番不味いか。下手すると家なき子になります。休養面の効率が絶望的になります。嘘じゃん……

 

 ヤバイ、未だ弟子時代は長いです。親父殿に勝って欲しいのは山々ですがコレはあくまでパワプロにおける会話イベント。直接対戦できるのであれば幾らでも工夫の仕様はあるのですが。こうなったら何かの天運で親父殿が怪物柔術家を退けるのを期待しましょう。達人同士の戦いを見て上がる効率強化とかもう今は二の次ですよ……

 

 しかしこのままイベントを眺めてるだけではいけません。何か実況できることは……あっそうだ(閃き) そういえばパパは一応達人、という事で、何の達人なのかを確認する必要がありますね。

 イベントでの原作登場でない達人は、一応どんな武術なのか文脈で表現されていますがパパの場合は……『柔術のようにも見えるが、少し雰囲気が違う。コンバットとのハーフの様だ』との事。成程わからん(池沼)

 

 多分、アメリカ式格闘技の模様ですが……あ、美雲様が『フェアバーンか。底の浅い柔術を儂の前で使うとはな』って解説してくれました。そうだよね。美雲様って自分以外の柔術絶対許さないマン(女の子やぞ)だもんね……で? フェアバーンとは?

 えーっと、調べた所、どうやら現代CQCの始祖みたいな武術らしいです。護身術(ディフェンドゥー)無音殺傷法(サイレントキル)の二種類に分かれてる模様で、普通につよそう(小学生並感)

 

 さぁ美雲様にまさかの柔術の傍流で立ち向かう無謀のパパ。『二人の間で歪む空間。ビシバシと肌で感じる凄まじい威圧感。心なしか、無数の拳が二人の間でやり取りされているようにも見える』そうですが……凄い迫力だなぁ。

 さて、先手を取るのはっ!?

 

 『――膝をついたのは、パパの方だった』……アァアアアアアア(絶叫) 許し亭許して。そりゃあ、そりゃあ活人拳の達人級二人を相手取ってなお普通に勝てるレベルの怪物が全力出したら負けるに決まってるんだよなぁ。美雲先生手加減とか……あぁダメだ。するような人じゃない。なんてこった、ホモ君がこの年で親無き子に!

 ん、いや? パパの様子が……

 

『――ここで、終わっても構わない。ありったけを……!!』

 

 〇ンさん!? どうしてここに!? 自力でクロスオーバーを……!? まぁ絶対違うんですけどね。いや、というかあの目は、黒目と白目が入れ替わる、あの状態は。

 

 凄い怖い顔から飛び出す『全てを、賭ける!!』というセリフと共に、盛り上がる筋肉、体から漏れる邪悪なるオーラ!! 美雲先生も若干眉を潜める迫力。

 間違いありません。『静動轟一』!! ぱ、パパが静動轟一を!

 

 ――静動轟一、それ即ち静の気と動の気を同時に引き出す事で己の力を倍増させる絶技。その代償に使用者の魂は砕け散る事になる。古くは中国武術に源流が見られる:民明書房――

 

 要するに使用しちゃあいけない大技なんですが……『我が息子を、闇の魔の手に渡しはしない。その為には我が命とて、惜しくはない!!』、と。ぱ、パパッ!!! なんてこった、特訓の為に大分ないがしろにしていたパパがホモ君をこんなに愛していたとは!!

 ヤバイどうしよう、ここで見殺しにするのは流石に実況云々というより良心が痛むんですけど、このイベントにホモ君の介在する余地はありません。よしんば有っても今はあくまで弟子クラスなんですよね……!!! 立ち向かってもパパの寿命を一秒も伸ばせません。哀しいなぁ……(変え難き事実)

 

 と、とはいえ静動轟一発動下の達人です、流石に美雲さん相手とはいえ間違いなく通じるレベルの拳になる筈です。勝ち目も見えてきたかもしれない……!

 やっちゃえパパ! 一影九拳がナンボのもんじゃい!! というかパパが負けたら家なき子で大分チャートが崩壊するので頑張って下しあ(切実)

 




ケンイチ世界では夫婦が殺し合うのも普通の事(誤解)


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第三回・裏:櫛灘の狂気に挑んだ男

 ――かつて、日常に彼女を連れ出そうとした男として。責任がある。

 

「……いよいよ、か」

 

 準備は終わった。彼に遺す物は、金も、その他も、準備は出来た。何時でも……死ねるというもの。ホークに分からぬように、自分は表情を取り繕えただろうか。そう、信じたくはある……

 久しぶりだ。この、張り詰めるような感覚は。だからこそ

 

 彼女がやって来たのも直ぐに分かった。

 

「やはり、お主はそう言う男よなぁ……誰よりも、儂が一番よく知っておる」

「美雲さん」

「構わぬ。寧ろ、お主がそうして諦める男であれば、先んじて儂が葬っておった所。それでこそよ。さぁ、始めようぞ。あの日の続きを」

 

 僕も武術を修めて来た自信はある。正直な話、医術だけを学べたなら、どれだけ楽だったか……しかし()()()()()()には、学ぶしかなかった。生き残り、更に学ぶために。故に僕の拳は。血煙の中で磨かれた、羅刹の拳だ。

 だが、それですら。目の前に立つは拳の魔鬼、羅刹すら喰らう修羅の集団。一影九拳。無敵超人と呼ばれた彼なら兎も角、僕なんかじゃ到底力不足だ。

 

「美雲さん――この哀しき運命……僕の手で断ち切る! そして、貴方と過ごした、暖かい日々をもう一度!!」

「ふふ、その気概や良し。それに応えて、櫛灘流の神髄、ここで示そうではないか。お主の全て、この体に忘れぬように、念入りに、念入りに刻み付けて、そして我が愛しき子を、連れ帰るとしよう」

 

 ――だから?

 諦めるという選択肢は初めから無い。嘗て、クシナダの狂気に挑んだあの日から、他の選択肢など捨てた。彼女に勝って、引き戻すか。死ぬか。それだけだ。

 

「フゥウ」

 

 久しぶりの構えだ。だが以前と変わらず。銃を構えたゲリラ相手等、全くもって比較にもならないこの気当たりに、頼りない拳二つで立ち向かう。この空気感。

 真っ向から行っても勝てないのは、もう分かり切っているのだ。彼女と自分の武術的経験値は隔絶している。であれば……滅多な事はしない。全てに道筋を立て、最後に詰ませる。それを……!

 

「ふ、相も変わらずのフェアバーンか。底の浅い柔術を儂の前で使うとはな。お前位な者だぞ、そんな無体を許すのは」

「貴方は一々怒ったりはしないでしょう」

「多少は苛立ちもするぞ? ただそれを見せる事はせぬがな」

 

 狙うは、ただ一撃を、当てる事。フェアバーン・システムの神髄は、柔術の当身を元に発展させた打撃と、一撃必殺。僕の場合は……締め技。最も殺傷能力の高い一撃。打撃で崩した相手に締め技を叩き込む、一連の動きは、最早数えきれないほどに繰り返して来た。基本こそが、最強。僕が出来る最大の王道を、叩き込むのだ。

 

「ヒュゥゥゥゥウウウウウウウウ……!!」

「さぁ。参れ」

「いわれ、なくとも……ッ!?」

 

 ――ゾッとする。

 まるで、彼女から無数の腕が生えている様に幻視した。そして悟った。もうこれは脱出不可能。後方迄カバーされている。神経を張り詰めて居なければこの圧倒的な包囲網に気が付けず、罠にかかって、投げ殺されていた。

 だが。見えているならば……何とかなる。

 

「ふぅむ――見事。儂と分かたれた後も、その腕を磨き続けたか。ここまで深く我が手を読める様になっていたとは」

 

 当然だ。

 一切の騙しに引っ掛からぬように、ありとあらゆる相手の仕掛けてくる手を読める位にはなるように、目を、心を、存分に鍛え上げて来た。

 到底ホークの事を言えた義理ではない、けど。後悔はしていない。全ては、この時の為に。

 

「――」

「ふふ、生中な仕掛けでは、もう引っ掛かってくれぬか。可愛げのない」

「そう言う割に、笑っていらっしゃるでは無いですか……それに、これの、何処が、生中な仕掛け、だと。無駄な力が一つでも入っていれば……死んでいる」

 

 だが、それですら。温かったのか。クシナダの教えは『力0、技10』。その神髄の中には、当然脱力の方法も含まれていた。クシナダ(狂気の叡智)に挑んだ時、その一部も学び取り、研究した事があったのが……こんな所で生きるとは思って居なかったが。気当たりによるフェイントだけで、体を崩し相手を投げる。もはや魔法に類する技術ではないのだろうか。

 しかも、迂闊な力の抜き方をしても、そこを突かれる。

 

「それを全て捌いておるでは無いか?」

「クシナダの、教えが、無ければ……全く、戦えなかった、でしょうね!!」

 

 だが戦えるか、と言えばそんなことは無い。真っ向から凌ぎを削って倒そうなどと、考えられない。立っているだけでも必死だと言うに。

 故にこそ、今こうして……ただ一撃を通す為にこそ。この一瞬を凌ぎ、針の如き隙間を探り、たった一撃でも当てて、そこから必殺に持ち込む。賭けの様な戦い方しか出来ない。武術的格差というのは、かくも残酷。

 それでも、活路を――っ!!

 

「――――――っ!!!」

「ほぅ」

 

 一瞬の活路。無数の手の軌道の中に見える針の孔にも等しい、本当に僅かな隙間――ここしかない。ここに一撃を先ずは差し込む。コレが通れば……否、必ずや通す。自分に出来る最高最速、そして最短の距離を、この掌で、通す。

 意識が加速する。腕が、ゆっくりと進んでいる様に見える。しかし、あらゆる攻撃の軌道の隙間、迎撃、されない。通る。

 

「――ふふ、そうじゃ。正解、正解」

「っ!?」

「優等生で、儂も嬉しいわ……褒美を受け取るがよい」

 

 ――突如として突き出した腕に絡みつく感触。同時に背筋に走る、冷たい気配。

 感じた事がある。戦場を駆け抜けた、あの最中。弾丸を潜り抜けたあの瞬間、爆発の中心から逃れようと走ったあの瞬間に。コレは、紛れも無く。

 

 死。

 

「――は、ぁが……っ」

 

 理解した時には、膝から崩れ落ちていた。全身から力が抜け、明らかな異常を訴えている。絡みつかれた腕は全く反応しないし……口の中が錆び臭い。内臓もやられた。重症なのは丸わかりだ。そんな状態だというのに。体が一切の痛みを、危険のサインを感じていないのが寧ろ恐ろしい。コレが、本来の柔術か。

 あぁ、それでも……それでも。

 

「最も突かれてはいかぬ場所を、()()()()()()。相応のリスクを負った甲斐もあった」

「ぐっ……ぎ……った……」

「しかし鋭い一撃よな。もし、当たっておれば。そうさな、この様な細い首など、あっさりへし折られていたやもしれぬが……まぁ、たられば、か?」

 

 機は、熟した。

 

「……いいや、たられば、じゃない、ですよ」

「――?」

「見切りました。次は、外しません」

 

 ――体の奥で、何かが弾ける音がする。僕の体が、崩壊する合図の音が聞こえる。

 腕一本を犠牲に、通したこの好機。腕から走る感触、一瞬の動き。全てを焼きつけ。その情報を、先を超える最大出力の動きで、活かし、喰らう。勝利の道筋は今見えた。

 

「――ここで、終わっても構わない。ありったけを……!!」

「まさか」

「全てを、賭ける!」

 

 まだ使えるもう片方の腕に気血を通し、膝を叩いて立ち上がる。

 時間は、あまりない。この技術は、相反する二つの力を運用するモノ。気の運用で患者を癒す。その研究の最中に見つけた、タブー。体の傷ついた今、恐らく十秒と維持は出来ない。この体は間違いなく崩壊する。それでもいい。

 僕のフェアバーンに必要なのは、崩し、絞める。その一瞬だけ。刹那で良いのだ、全力の自分を超える動きが必要なのは!!

 

「成程。武ではなく、医の観点から。そこに辿り着いたか。イーグル」

「覚悟ォ!!」

 

 明らかに反応が間に合っていない。どんな迎撃の拳も、届かない。通る、この掌打は確実に。そして崩してしまえば、その次も確定で入る。崩しから背後に回り締め上げ落すまで今の自分なら……コンマ、2秒とかからない!!

 入る。見える。吸い込まれていく。貫くは体の中心線。ここを射抜かれては、どんな達人とて崩れる。

 

――ッズン!!

 

「ッシィィィイイイイ」

「カッ――」

 

 掌に、感触がある。肌に触れた。当たった。押した。ここから――否!! 

 可笑しい。違う。コレは崩せてない。手応えが違う。軽すぎる。確信が無い。しくじった。

 どうして? 迎撃? 間に合わない。そうなら自分は死んでる。

 当たった感触はある。なのに崩せてない。何を。何をした。

 

「――」

「……ふ」

 

 なんだ、これは。触れられてる。違う。背中まで、手が回っている。これは、抱き込まれてる。あり得ない。抱かれている。あの状況で。行くか。抱き込みに。全力で、ドつかれる状況下。正気か。正気じゃないのか。

 一つしかない。この状況、説明ができる理由。

 

「あ、た……()()()、に……!? ()()()()()

 

 そうする事で、打点をずらし、力を逸らす。

 脱力にて、その勢いをさらに殺している。

 理屈は、分かるが……そんな事普通、出来るか!? この極限で!!

 

 見誤っていた。完全に。

 

「……僅かでも恐れれば、しくじる物だが。愛しいお前の一撃ならば、喜んで受け入れもする」

 

 二つの乳房の間。掌打は其処に吸い込まれるように受け止められていた。避ける積りも捌く積りも無かった。初めから、この一撃を受け止め、僕を捕まえて、確実に仕留める為に。

 触れる温かな腕が、そっと僕を胸元に引き寄せていくのに、寒気がする。この人の手の内に引き込まれる、という事の意味を何よりも理解している。抵抗したい。しかし、ダメだ。技の反動でマトモに、体が、動かせない。

 

「見事であった」

「――皮肉にしか。聞こえませんよ」

「皮肉なものか。アレだけの荒業を使い、そして一瞬、この儂を……九拳の一角を殺す、という極地にまであと一歩迫った。その技、動き……全て。得難き輝き」

 

「儂が生涯唯一つ、見出した営みの光よ、さらば」

 

 ――あぁ、違うな。コレは。

 もうこうして、抱き締められた瞬間に、もう終わっていたんだ。もう感覚すらない。僕の肉体は、もう破壊され尽くしている。彼女の両の腕に包まれた、という時点で。抵抗もクソも無い。その時点で、僕はもう死んでいたんだ。

 酷く不思議だ。せめて、せめて我が子だけでも逃がそうと、必死の抵抗をしたつもりだったというのに、敵わなかった。でも、今、僕は。彼女の胸に抱かれ。

 なぜこうも……

 

「――」

「――お主」

 

 ……幻覚か。それとも現実か。もう分からない。けれど見える。僕の最愛の子。

 もう、何もしてあげられない。もっと。もっと。君と一緒に過ごしたかった。あぁ、君はこれから一人で、過ごすのか。ご飯を食べるのか。眠るのか。もう君を抱き締める事も出来ない。成長を、見守る事も出来ない。君が心底幸せに笑う、そんな瞬間を見る事が出来ないのが。余りにも、大きな、心残りだけど。可愛い我が子。

 君を、闇に、渡したりしない。

 

 残る、最後の力を、全て……届け、一発だけでも……

 

「どう……か……愛しき、きみ……しあわせに……」

 




一 影 九 拳 を 舐 め る な(by人越拳神)

とはいえ、実際普通の達人と九拳との間ってこれくらいの格差があるのは事実って、それ一番言われてるから。


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第四回

 命だったものが辺り一面に転がる実況、はーじまーるよー。

 

 なお命だったものは目の前のモンスターおばさんに抱き締められている模様。全くもって羨ましくない(震え声) 敵があそこに入る=滅殺なので。触れて持ち上げるだけで重傷を負って半殺しとかされるっていうチートおばさんwwwおばさんwww

 コレが極限まで極まった達人ちゃんですか……(震え声)

 

 しかし、これは普通に特訓していた方が良かったのかもしれませんね……迂闊にここに来てしまった事で櫛灘師匠が来る、という事象を観測してしまいそれが現実に!! ゲームではフラグと観測をしない限りイベントは起きないというのにこの無能。

 

 と、とはいえこんな不良息子(九割プレイヤーが原因)に幸せに、と言いながら息絶えていった親父ぃ……に対するせめてもの手向けです。プレイヤーが責任もって闇からは逃がさなきゃ(使命感)

 一度闇に取っ掴まったとしても闇から逃げ出す方法は幾らでもあります。へへへ、プレイヤーを舐めるなよ。こちとらこのプレイを安定してプレイする為に闇落ちホモ君を生み出したりしてルート開拓をして来たんです(N百敗) アライメント管理は安定の常。ハッキリ分かんだね。

 

『ふ――そこに居ったか』

 

 あっ(察し) ダメみたいですね。もう回り込まれてしまっていました。魔王からは逃げられないって言うか魔王の方から出張してたんですけども。未だ弟子時代のケンイチを越えられないホモ君ではどうしようも……いや? ワンチャンあのサバットの達人のみつあみ星人にもケンイチ君は一撃入れて居ましたし。もしかすれば今のホモ君もワンチャンありえる……!?

 っしゃ! やったるでぇ!!(覚悟完了)

 

 ……あれっ? 戦闘が始まらない? 『安心しろ、今の儂にお主を攫う余力は無い。アレが最後に、置き土産をしていきおった』……ファッ!? 嘘やん!? ぱ、パパは一影九拳に勝っていた……? いやあそこに倒れ込んでるので死んでるんですけど。敗北者ぁ……? 取り消せよ、今の言葉!!(自動反応)

 『ふむ――それなりには鍛えられておるか。励むがよい』との事です。美雲様からのありがたきお言葉を賜りました。これからも精進してまいります。

 

 ……ってそうじゃない! ぱ、パパッ!! あぁ、ホモ君が物凄い勢いでパパに駆け寄っていきます。そりゃあ今まで育てて貰った親父ぃ……の御臨終の今際です。嘘だろ、ホモ君の修行を妨害したくらいしか話してないのにお亡くなりに。

 どうしてホモ君をもっとマトモにパパとコミュさせてやれなかったんやろうなぁ。全力でプレイ重視の為です(懺悔) しかし、こんなスピードでお父さんがご臨終するとは想像もしてなかったんです。本当に。まさかいきなり櫛灘さんが殴り込みかけてくるなんて。

 せ、せめて今わの際(手遅れ)位は……お父上!! 息子は今、枕元に居りまするッ!! こんなに冷たくなっちゃって……綺麗だろ? 死んでるんだぜ? あの妖拳の女宿相手にこれだけ綺麗に死ねるっていうのも相当稀有ではないでしょうか。いや死っていう時点でアウトofアウトな訳なんですけど。なお枕もベッドも地面の模様。硬い死の寝床だなぁ……コレは親不孝者の息子ですねぇ。

 実際マトモに顔つき合わせて話した回数はプレイヤーの所為で減っているのは間違いありません。つまり真に親不孝はプレイヤーだった?

 

 い、いや幾ら や せ い の た つ じ ん がごろごろしている世界とはいえ、裏社会見学やら何やらしない限りそんな表舞台にガンガン出てこないんですよ。た つ じ ん。

 しかも今回は特A級の達人の中でも飛び切りの脱法達人の櫛灘美雲先生です。

 間違いなく序盤に出て来る可能性は飛びぬけて低いレベルのモンスターなんですが、いきなりその た つ じ ん に家族を皆殺し(一人)にされるとか、えぇ……(困惑) 天の視点のプレイヤーですら割とショックなのに、ホモ君のダメージは尋常じゃないですよ。おかしい、こんな壮絶な生い立ちをホモ君に背負わせるつもりはなかった……!

 

 ……あぁ、場面移りまして。ホモ君がお墓の前に立ってます。哀しいかな(悟り)

 黒いスーツに身を包んでると完全にそう言う職業の人にしか見えないのがアレですけれども。おっ、自分が殺した相手に参ってるのかな?(不謹慎) 自分を守ってくれたパパの為に綺麗な涙を流しているんだよなぁ……

 しかしこの葬式イベント、一応はNPCが故人の職業やら何やらで決まるんですけど、めっちゃ……軍人さんが多いんですよね。葬式にミリタリーなカラーで来るんじゃねぇ(半ギレ) 医者、といっても内部データ軍医だったんでしょうか。

 

 しかし、これはマズいです。ホモ君は未だ稼げる年齢じゃないので、生活費がガンガン減って行って、ゼロになると普通にゲームオーバーです。

 ど、どうしよう。今から裏社会見学どころか裏社会飛び込み営業しなければいけない可能性があります。弟子クラスからそんな営業しなけりゃならんティーンエイジャーとかおるぅ!? おらんよなぁ!?(切実)

 因みにバイトをしてても特訓効率が悪いので、マトモに稼ぐとか、そもそもパパの弔いをするとかいう選択肢は無いものとする(鬼畜外道)

 

 仕方ありません。こうなったなら、予定を超前倒しするしかありませんか。アメリカの裏社会にガンガン飛び込んでいきましょう。正直未だ弟子クラスなのでやれる事も少ないですけれど……とはいえ、お金を稼がねば生き残れません。

 最低限、アライメントが寄らない類の依頼をこなしていくとしましょう。やっぱり強くないとどうしても依頼数は少なく、アライメントが寄る様な依頼ばかりです。弱い奴に仕事は選べないんやな、って(半泣き)

 

 一応依頼にもいっぱいランクはあるのですが、弟子クラスが適正の依頼ってそんなに数が無いんですよ。その上、まぁ弟子の段階からどっちかの陣営に引き込もうとせんばかりにアライメント寄る依頼がアホほどあるんですよね。

 一応、学校をこの年までバックレた分、キッチリ特訓をした結果もあってそれなりの荒事なら何とか出来るんですけど、この年で弟子クラスから脱却なんて無理なので(予定調和)

 

 こんな早い歳から、魔の拳鬼共の闊歩する裏社会見学へ踏み出していくなんて何と言いう無料地獄寮住まい。有料地獄めぐりとどっちがまだマシなのかという話です。

 

 因みに裏社会就職するにはそう言う裏社会の就職口を自力で見つけなければいけません。当然その間は無職なので、喧嘩特訓を繰り返しつつその合間にこのデトロイトの町中へ繰り出していかねばならず……はーキッツ(素)

 

 どうにかチャンスが欲しい所なんですが……おや? 葬式に出ている兵隊さんが『これから直ぐに仕事とは』『しょうがないだろう、違法な賭場は潰しても潰しても出て来る』などと会話を……もしやコレは、チャンスじゃな?

 というかそう言う仕事って警察の仕事の筈なのに軍の方が出てきている、という事はそれだけの危ない仕事という事で……構わんな?(ニチャア)

 

 この世界はやせいのたつじんなんかが居る関係上、危険な裏世界の犯罪者もまあ増えてます。で、そんな凶悪な犯罪者共を制圧する為に警察が制圧するべき事態にも、軍隊から応援が回されたりも全然あります。

 つまり軍人さんから得たこういう情報は、間違いなく裏社会への入り口になってくるのです。両親が軍関係だとこういうメリットがあるんすねぇ(素人)

 

 さて、この情報に従い、その違法な賭場を見つけに行きましょう! ピクニック感覚で見つけちゃいけないモノだとは思いますが、今のホモ君にとってはウキウキウォッチング。辿り着く迄加速。

 

『――よぉ! ここは地下格闘場だ! ここじゃ血みどろの戦いを見たり、実際にやったりできるぜ! さ、何をしたい?』

 

 賭場とかそう言うレベルじゃない(半ギレ) さ、流石犯罪都市デトロイト・シティ。こんな危ないもんを賭場としか呼ばないとかアメリカ兵の皆さま訓練され過ぎじゃないですかね……?

 しかしここに踏み込むのであれば確かに軍隊が必要ですね。中に居るのは殴りあいを趣味にしてるような変態共の巣窟、ただの警官だと素で殴り倒されるとかありそうなので。

 

 とはいえ、地下格闘場はケンイチ、逆鬼師匠が稼ぎに利用した場所でもあります。裏社会科見学では結構メジャーな場所。ここで戦えば資金を稼ぐことも出来ますし、それに加えて一応ですが、ここに就職する事も出来ます。

 とはいえ、ここでの仕事なんてそれこそガードマンとかが大抵なんで弟子クラスでは受けられないんですけれど。最低でも弟子の一段階上の『妙手』まで行かないといけません。

 

 まぁとはいえ、一応は見ておくと……あれ? 受けられる仕事が一つ、ありますね。『地下格闘場付き救護スタッフ募集』……? えっ、裏格闘場に救護班とか必要ない職業のナンバーワン独占なのでは? 

 いや、でも如何に殴りあい、殺し合いが基本の地下格闘場とて、流石に最低限生きてた選手を治療するくらいは出来ないと死人を生み出すだけの暴力装置になってしまいますし。

 

 一応、『医療的知識』を持ってると優遇される、って条件も付いてますし、ホモ君にピッタリではあるんですよねぇ。

 もしかしたらスタッフやりつつも地下格闘場で稼げる可能性もありますし(本音)

 良し、パパの意思を継ぐためにも(本音と建て前)裏格闘場でケガする人にも治療を施すと致しましょうか。精々裏格闘場で派手に稼いで、更なる裏社会への入り口を見つける資金にする。最大限ホモ君の普通の幸せは踏みにじるスタイル(悪鬼) これも葦名の為……

 

 さて梁山泊の豪傑に退治されそうなプレイをした所で、早速バイトに挑んでいくとしましょうか。対戦、よろしくお願いします。

 




プレイヤーキャラに一切死人を弔う時間を与えないスタイル(外道)
親が死のうが友が死のうがケンイチ世界のやせいのたつじんはお構いなしにやってくるからね、しょうがないね(暗黒微笑)


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第四回・裏:修羅の巷で

「――イーグル先生の息子さん。堂々としたもんだなぁ」

「学校も行かず町中で喧嘩ばっかりの放蕩息子、って噂だったが……あいさつ回りもしっかりしてるじゃねぇか。ウチの餓鬼に見習わせたい位だ。ねぇ隊長」

「……そう、だな」

 

 正直な話を言えば。

 私からみて、彼がそこまで堂々としている、という風には見えなかったのは確かだ。何方かと言えば……体の中ではち切れそうな何かを必死に堪えて、こうして葬式に臨んでいる様に見える。

 泣かない? そうじゃない。必死に堪えているだけだ。張り詰めた表情が、一度でも崩れれば、もうどうしようもなくなってしまうのを、分かっている。

 

『ホークは賢い子だよ。僕なんかよりも全然。親として、息子が自分を超えて行くのは何よりも嬉しい事だと思うけど。僕はもうそうなる確信があるから、老後まで安心さ』

 

 そう、彼が言っているのを、聞いた事があった。だからこそ納得できた。

 この年で、決壊さえさせなければ、案外と人は耐えられる事を。感情を抑制する為の方法を彼は知っているのだ。

 

「……」

「学校行って無いのは……合わない、からかねぇ」

「まーあそこ迄しっかりしてるんだ。同じ位の奴らなんて、それこそ全員がガキにしか見えてないんだろうよ。ちゃんとしっかりしてるなら、学校なんざ行かなくてもなんとかなるもんだ。俺もそうだったし」

「自慢できる事かお前?」

 

 他の子どもがガキにしか見えない? いいや、彼も十分に子供ではないだろうか。涙を流す事を罪だとでも考えているかのように、ここまで堪える等。普通はしない。大人だって、辛ければ泣く。寧ろこういった葬式の場では。涙というのは、人間の防衛機能の一つだ。当然、人間にはそれを使う権利がある。

 ……あの少年は、些か以上に、危ういのではないのか。

 

「……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない。それよりも新兵共。そろそろ行くぞ。これから仕事だ。ベトナムに送られなかったからと言って、気を抜いているんじゃない」

 

 だが、私が彼をどうこう出来る訳ではない。

 痛々しいとは思う。放っておいたら危ういのかもしれない。世話になった男の息子だ。どうにかしてやりたいとは、思わないでもない。だが。彼に手を差し伸べられる程、自分の手は大きくない。

 所詮、しがない一軍人なのだ、結婚もしていない。養子など取れないし、子供を育てられるとも思えない。イーグル先生以上の父親にも、恐らくはなれない。

 

 イーグル先生の事だ。遺産は沢山彼に残しているだろう……それを使い切るまでに、彼が子供である事をやめられるか。そこまで口を出してしまっては、それこそ、彼の為に等なりはしないだろう。

 

「あー、そう言えば。これから直ぐに仕事とは。せめて、もうちょっとお悔やみの言葉でも」

「しょうがないだろう、違法な賭場は潰しても潰しても出て来る。それに、警察に対処できる問題でも無い」

「……そうですねぇ」

 

 ――もし、彼が父親の嘗ての知り合いを頼り、助けを求めて来たなら。助言くらいは、する事も出来るが、等と思いつつ。私達は葬儀場を後にした。

 暴行を受けた形跡のある、彼の父親の様な人間を増やさぬためにも。悪の巣窟は、出来るだけ私達で、摘まねばならない。ここしばらくのデトロイト・シティの治安悪化は、目に見えている。ゴロツキ共の水準は上がってきていて、その実力を軍隊で活かせ、と何度も思った事もあるくらいには。

 

「誰かが、後ろで手を引いてるみたいですよね。ここまで酷くなるなんて」

「馬鹿な事を言うな……」

 

 ――だが、彼の少年と私がもう一度出会うのは、意外にもそう遠くない先の話であった。

 

 

 

 

 

 

「――凄いですね。ウチの格闘訓練も真っ青ですよ」

「流石に、地下格闘場で命がけの試合をしているだけはある……か。しかし、賭けられている金は、それ以上に破格、か」

 

 目の前のリングで行われている試合は……テレビで放映されているボクシングのチャンプの試合レベルだ。軍隊、自分の部隊でも十分通用する殺しの技術の応酬。だが、コレはメインイベントではない……あくまで、コレは前座に過ぎない。日常的にこんな試合が、ここでは行われている。

 ここは、命を懸けて、金を、スリルを、強さを求める、平和な世の中に馴染めないアウトロー共の巣窟。地下格闘場。この先の制圧任務の為にこういった場所を偵察するのも、任務ではある。

 

「でもこれ以上の奴らも居るんですよね……制圧できるんですか、こんな所」

「だから私達が応援に呼ばれているんだろう。幾らこいつらがそう言った技術に秀でていても人間は人間。銃火器というハンデを覆す事はそうそう出来ない……出来たら、銃火器はそこまで発展していない」

「そりゃあ、そうですけど……屋外じゃなくて、室内ですよ?」

「室内でも戦えるよう、訓練はしてあるだろう」

 

 とはいえ、気持ちは分からんでもない。私も、彼らに懐に潜られたら、絶対に対処可能である、とは言い切れないからだ。

 正直な所、寧ろ止められない可能性すら、十分にあり得てしまう。常に命を懸けて戦っている、という事は、戦っているだけ、腕も上がるという事でもある。彼らにとっては、私の近接格闘術など、児戯に等しいのかもしれない。

 

「……全く、この熱意を軍隊で活かせないものか……む」

「あー……決まりましたけど、あの倒れ方、大丈夫ですかね」

「それも計算して殴ったなアレは。叩き付ける様に殴って、受け身すら取らせず意識を飛ばす。中国の武術には、地面を武器にするモノすらあると聞くが」

「ひぇえ。地面こえぇ」

 

 しかし、アレは直ぐに処置をしなければマズいのではないか……そう思った時だった。

 

「あ、救護班だ。こんな所にも居るんですねぇ」

「居なければ毎日のように死人が出る。死人が出れば、足も付きやすくなるだろう」

「まぁ、そりゃあそうですけれども。って、あれ?」

 

 ふと、部下が向こうを指さす。それに釣られ視線を向けた。

 その先には……見覚えのある顔があった。意識を飛ばし、完全に倒れ込んでいた男を力強く、そして素早く的確に担架に乗せる、若い少年は……間違いなく、あの葬式で、父親の墓の前に立っていた。

 

「あの坊やって……!?」

「――っ!」

「あっ、隊長!?」

 

 思わず、立ち上がって走り出す。

 何が言いたかった、とか。言葉が思い浮かんだ訳ではない。ただ、彼がこのまま下がっていくのを黙って見ている訳には行かない、と思っただけだった。それだけで、あの時動かさなかった足は、軽々と動き出した。

 

「――君ッ!」

 

 その声は、果たして届いたのか。彼は此方に一瞬視線を向け……しかし、直ぐに視線を倒れた選手に向けて、担架と一緒に奥に向けて下がっていく。それを追いかけて、奥へと脚を進めようとして、ここのスタッフらしき男に止められた。

 

「おい、ここから先は立ち入り禁止だ」

「退け! あのスタッフに用があるだけだ! 年若い彼だ!」

「関係ない。こっから先に入りたいってんなら……上の連中の手で、ミンチ肉になる覚悟しておきな」

 

 ――直後、背筋が粟立つ。

 上を向けば、そこにも試合を観戦していたのか、何人かの影が見え……この、肌に感じるとんでもない、寒気。恐らくは……殺気だろう。戦場で感じたあの悍ましい感覚。しかしその濃さは、寧ろ此方の方が……!!

 

「ぐっ……!」

「会いたい奴が居るのか?」

「……そうだ。あの年若い、スキンヘッドの」

「呼ぶだけなら構わねぇぞ。問題起こされても困るからな。オイ」

 

 そういって、別のスタッフが奥に向けて歩いて行くのを見て、一旦は足を止める。流石に上の連中と、装備も無い今、問題を起こす訳には行かない。彼が来てくれるかどうかも分からないが、今は。

 ――しばしして。向こうから、見覚えのある影が。

 

「――本当に俺なんですか」

「そうだ。良いか、直ぐ済ませろよ」

「分かっています」

 

 間違いなかった。葬式の時から、少し背が伸びた気もする。

 あの時とは違い、白いシャツに、ジーパンだけを着た大分ラフな格好で。しかしそのシャツには……所々、錆びの様な、赤茶けた染みが目立つ。

 

「お久しぶりです。父の葬式の時には、ロクに挨拶も出来ず」

「そんな事はどうでもいい!! どうしてこんな所に君が居るんだ、ここが何処か分かっているのか!」

「えぇ。一応は。非合法の格闘場。けが人どころか、死人も度々出ると」

「分かっているなら――」

「ですからここにいるのです。医療スタッフとして」

 

 一瞬、此方に向けられたその視線に、黙らされた。

 

「……っ」

「私は。甘かった。町の喧嘩一つを止めて、粋がっていた。私には、まだまだ何もかも足りていません。医術を、患者を救う術を。磨かねばならない。そして同時に、死に行くかもしれない命を、救わねばならないのです」

「な、何の話を……いや、そう言う問題じゃない。ここに居るのは、自分の命を捨てたロクデナシ共だ。そうなる事を覚悟の上で……!」

「――それは関係ありません」

 

 揺らぐような目ではなかった。

 戦場に立つ兵士には、凡そ二種類が居る。捨てる覚悟が決まった者と、決まらない者。単純ではあるが、その差は余りにも大きく。新兵を卒業した者でも、覚悟が決まらぬ者は十分に居るし、そういう兵士は、戦場に残れない事も多い。

 彼の目は……ここまで若いというのに、前者の目をしていた。

 

「ここには怪我人が出る。それは何もしなければ変わらない。なら行動しないという選択肢は、俺にはありません。父から医療に関わる者としての、心構えを教わりましたから」

「君は……」

「俺は。ここで先ずは戦うと決めました。自分の意思で。父の様な人を、生まぬ為に。ここで多くの事を学び、そして……何時か。せめて、私の目の前では。絶対に死人など出させない為にも」

 

 何を言っても無駄、という言葉が、ここまで似合うのも珍しい。どんな耳触りの良い理由を並べ立てたとしても。あの据わり切った目を、動かせる気がしない。彼の心は、ここに自らの理想像を、見ている。

 

「それでは、失礼します。まだ要治療者が居ますので」

 

 それが、間違っているのか、どうか。それを考えることは無かった。

 彼にとって、重要なのは、この行為が正しい、間違っている、という事ではなくここで治療をする事、なのだろう。

 

 分からないでも無いのだ。

 ここは怪我人が、それこそ死人も出るような、地獄の底の一丁目。あらゆるジャンルを問わず医療の技術をつぎ込まねば助けられない患者もいる。全てが実戦。全てが本番。生ぬるい練習など存在しない。ここで多くの患者を助け続ければ、いやでも誰かを治療する腕は上がっていくだろう。

 そのスパルタ性を除けば。ここは確かに彼にとっての『修行場』に他ならない。

 

「……」

「隊長、隊長! ちょ、周りが怪しんでますって! 一旦、出ないと」

「……あぁ。分かった。すまない。取り乱した」

 

 もし。彼が折れずにここで治療を続ければ。

 一体どれだけの腕になるのか。いや、彼は一体どんな腕になる事を目指してこんな所に潜り込んでいるというのか。その覚悟に、改めて、寒気がしたのだ。

 




ここは要治療患者の巣窟。つまりホモ君にとっての聖地。


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第五回

 地下格闘場で医療スタッフとして働くバイト実況、はーじまーるよー。

 

 取り敢えず、ホモ君が地下格闘場でアルバイト……ではなく正規スタッフとして働き始めて大分経ちました。違法な格闘場なのでお給金も悪くないんですけど、このアルバイトしてると勝手に成長するんですよね。アレ、喧嘩特訓とかしてないんですけど(困惑)

 というのも、地下格闘場のサガなのか、運び込まれて来た病人が暴れだして、それを制圧する事になるのが割と多いんですよね。特訓では無いですが、基本的に敵とタイマン張ってレベルを稼ぐって言う、本来師匠が居ると出来るようなレベリングが行えてしまっています。しかもダメージを負った妙手クラスとか引き分けでも経験値が、うん。美味しい!!

 

 まぁ戦える相手は大抵格上なので、相手の攻撃を凌ぎながらタイムアップを狙う戦法しか取れませんけど。幾らケガをしてるって言っても、格上相手にジャイアントキリングなんてそうそう上手く行くもんじゃありません。安定チャートは維持しましょう。

 因みにここは場末の地下格闘場なので、逆に や せ い の た つ じ ん は出没しません。そう言う方は、もっと良い所か、普通に仕事で稼いでいるかしてますので。その弟子が出て来る事はそれなりにありますけど。

 

 しかし、そんな経験値が美味しい相手と、これだけ実際のバトルで殴り合っても、全然青得は付きません。能力の伸びとは裏腹です。妙手クラスになるにあたって、追加の青得が欲しい所さんだというのに。コレは屑運(半ギレ) 実際のバトルの後に低確率で付くとはいえ、コレは低すぎませんかねぇ……?

 

 っと、画面内では動の気が暴走したゴツイモンスターグラップラーを大人しくさせた所です。メッチャ攻撃が苛烈でしたが、凌ぎ切れました。バトルで防御ばっかりしているからか攻撃より防御の伸びが良いです。ハゲは頑丈、ハッキリ分かんだね。

 ここまで防御が硬いと、静の気で制空権を築き上げてガッチリ防御タイプに振り切りたい所なんですけど、ホモ君が未だ自分が何方の気の持ち主かも分かってません。お師匠が居るとこれも早めに判明するんですけど、これも師匠無しプレイの弊害ですね……因みに動の気を暴走させている分、相手の方が特訓環境は恵まれてる可能性があります(半ギレ)

 

 因みに、自分で解放する事も出来なくはありません。我流バーサーカー君は天性の才覚で生半可とはいえ動の気を開放していましたし。ボクサー武田先輩も一応師匠の教えがあったとはいえ自力で静の気を開放していました。このプレイヤーキャラでそれを狙ってやるのは相当厳しいですけど(絶ギレ) 専用イベントのあるキャラは良いなぁ!!

 

 どんな育成キャラでもあるレベルまで行けば自動的に開放は出来るのでそれを目指すしかありません。師匠持ちのキャラが早熟しない理由の一つとなっております。一応青得扱いなのでバトル後に解放できる可能性はありますが低確率の上にランダムという。絶対に自動解放を目指して地道にやってった方が良いです。安定チャートは絶対に崩してはいけない(二撃決殺)

 

 しかし、今日はこれで患者をシバキ倒すのも三戦目。めっちゃ怪我人が運び込まれてきますけど、今日は経験値イベントの発生しやすい稼ぎの日なのでしょうか。だとすればコレはラッキー。数があればあるだけ青得の可能性は増えていくので。

 と言っても三回全部終わってなお何にも青得ついてませんけど。はーつっかえ!

 

 おや、そんなこと話してたら格闘場の先輩から呼び出しが来ました。また怪我人が来たのでしょうか……等と考えてたら『――おい、新入り。ちょっとリングに来い』という信じられない発言が来たんですけど。リング????? こちとら医療スタッフぞ?????

 で、話を聞いてみたんですが。どうやらリングにいらっしゃる選手から何かしらのお呼び出しの模様です。恐らくはランダムイベントの一つでしょう。

 

 とはいえ、元はホモ君も闘技場に出場して荒稼ぎする予定だったんです。今はそんな暇もありませんけど。という事で本来予定していたリングイン、大分遅れましたがここで果たしましょう。どうせこれから先二度と入る事も無いでしょうし。記念です記念。

 

『――やっほ。お久しぶりぃ……元気にしてたァ?』

 

 ……ファッ!? き、金髪黒ドレスピンヒールグラマラスなお前は!?(超高速早口) 印象大分変わりましたが(主に背丈とか)、前にシバキ回したメスガキ格闘家!? 何故こんな所に、まさか自分で脱出を!? 別に何処かの留置場にぶち込んだわけじゃないですけど。というかこの前戦った時、ホモ君が片手で吊り下げられるくらいには小柄だったんですが。

 どうやらリベンジする為に此方を追いかけていた模様です。『今度こそォ、潰すからァ覚悟しておいてねェ?』と口調も若干変化してますね。というか、この裏格闘場においてもピンヒールを履いているのか……(困惑)

 

 とはいえ、かかって来るなら当方には迎撃の用意アリです。さて、以前のリベンジマッチという事なら、以前より成長したホモ君でボコボコにしてやるのが礼儀ですよね(過激な発想、言動)

 

 あっ、とか思ってたら突如乱入したメスガキ格闘家の前におじさんが!! コレは理解らせるという気概に満ちて居ますね。もうテキストがTNTN亭語録なのだもの。絶対に理解らせてやるという気概に満ちて居ます。

 が、このメスガキ、この親父に眼すらくれません……おや?(曲者センサー)

 

 『このガキっ! 理解らせてやる!!』とか完全に薄い本の竿役なんだよなぁ……しかしコレであのメスガキ格闘家がおじさんに反応して居たら完全にそう言う展開なんですけど、あっ。

 やっぱり、あっと言う間に処理されてしまいました……テキスト上で一言、『一撃だった』です。何というアワレ……しかし、めっちゃ屈強そうな男だったというのに、一撃とは。

 

 以前に、『好敵手』が欲しい、と言いましたが。そう言った存在は劇中のネームド以外にも、こうして一度戦ったNPCからも選ばれる事があります。で、こうなったキャラの特徴なのですが。良くあるのが噛ませ犬キャラを一撃で伸す、という演出。それだけ強くなったという事を顕している訳ですね。

 とはいえ、まだ噛ませ一人を伸しただけ。この後の確変演出さえなければ、所詮はプレイヤーキャラのおやつになる運命を……『――こ、この! やりやがったな!』ファッ!?

 

 あっ、待ってもう一人乱入して来ました。コレはまさか……確変演出!!

 次々と好敵手キャラを潰そうと、噛ませ犬たちが乱入して来る。ま、間違いありません。コレは今のホモ君を超えるだけの強さを誇っているという意味の演出、こうなってくると話が変わります。

 数値、及びCPUレベルなども、今のホモ君のランクより一つ上の段階。今のホモ君の数値が一応、バーサーカー戦時の谷本君と同格ランク。となると、相手の能力等はその一段階上、上級弟子クラス……下手すると叶翔の辺りなので……やべぇ、死ゾ。

 

 とか言っている間に、画面内では突撃していった追加の噛ませ犬たちが軽々と処理されていた模様です。『まるで鎧袖一触、相手にもならなかった』という描写が、確定したものとはいえ哀愁を誘いますね……

 

『こんなんじゃァ、全然、満足できないんだけどォ? ねェ?』

 

 くっ、今のホモ君が叶翔クラスに戦いを挑むのは無謀。しかも、今までと違い相手は万全の体勢。疲労や、ケガに寄るデバフも一切なしと来ました。時間稼ぎもマトモに出来るか微妙です。

 しかし好敵手とのバトルはホントに経験値が美味しい……リスクを冒しても取りに行く価値はあるんですが。

 

 育成方針的に『先制×』を取ったのがここで裏目に出て居ます。マズいですね。先制を得意とするキャラ、先の先タイプのキャラなら最初の一撃でアド取ってゴリ押すとかも出来ない訳じゃないんですけども。

 

 ――いえ、決めました。年齢的に未だこのレベルなのは些かどころか大分出遅れて居ますので。ここでレベルを上げる為にもリングに上がろうと思います。結局の所、レベルを上げて物理で殴れるようにしないと、経験値の美味しいイベントに乗り遅れる事もアホほどあるので。

 原作イベントや、各地で発生するランダムイベントは、その最中に心強い知り合いを作るチャンスではあります。ホモ君は若い内に特訓に明け暮れ過ぎて一切の友人関係構築を放棄していましたので、ここから先のチャンスは取り逃さないようにしておきたいです。

 

 プレイ方針上、当然ながら、活人拳や殺人拳に与しないホモ君は孤立しやすいです。そうなった時に生きてくるのは、プレイ中に積み上げたNPC達との交友関係です。イベントに参加すればそう言った垣根を越えた仲間を作る事も出来ます。たとえ活人拳、殺人拳、何れに与するつもりが無くても友情は築ける、ハッキリ分かんだね(名推理)

 そう言った友垣は、ピンチのホモ君を助けてくれる命綱になったりもします。因みに理想は梁山泊がいざという時の駆け込み寺になる事です。しぐれどんにセクハラしなきゃ……(使命感)

 

 が、そうイベントは当然ながらある程度の強さのキャラでなければ全く戦いにもなりません。そしてリスクを恐れ、そう言うイベントを逃した結果、周り回って後々プレイに影響を及ぼし、実績獲得する前にゲームオーバーとか笑い話にもなりません。

 友を得るにも、生き残るにも、先ずは強さです。クソ雑魚ナメクジから力強い野獣に成長する為にも、リスクは承知の上、当たり前だよなぁ?(震え声)

 

『――あらァ。漸く上がってくる気にィ、なったのねェ? ――スタイルは自分流、ジャック・ブリッジウェイ。アンタのそ・こ♡ 頂くわァ?』

 

 まぁ彼女がライバルキャラなら、これから何度もぶつかる事になるでしょう。その為に彼女と戦いなれておくのも必要だと思います(ゲーマー特有の予習姿勢) しかし、あのスポーツカラテがここまで成長するとは。

 というか、構えが可笑しいです。片足だけ上げて、そこからピクリとも足を動かして居ません。これは……カラテにアラズ!!

 どうやら、スポーツカラテからレベルを大きく上げて、足技特化のキャラになった模様です。このピンヒールはこえぇなぁ……お前どう?(現実逃避)

 

 と、言った所で、このピンヒール少女が今回のお相手です。

 対戦よろしくお願いします。

 




地下格闘場の荒くれ患者なんて素直に休んだりしない。当たり前だよなぁ?

そして皆様、お待たせしました。メスガキ武術家、再登場です。良く考えたらケンイチ世界にこういうキャラいなかったなって思って。魔改造を施してライバルキャラへと昇格しての再登場です。


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第五回・裏:狂気の踵 前編

「いやぁああああああァッ!!!」

「……!!」

 

 若い奴らが、予想を遥かに超えた動きをするのなんざ、この裏格闘場の中じゃしょっちゅうだ。命を賭けたバトルのなかで、それこそ度を越した成長するのも当たり前。だから目の前のガキ共の戦いで目を引くのは、そこじゃない。

 ――二人の戦い方があんまりにも、真逆に過ぎる。

 

「ハハッ! やっぱりィ、今までの腰抜けとはッ!」

「……ふぅ」

「一つも、二つも、三つも四つも五つもォ! 違ゥッ!!」

 

 金髪のガキ、ジャック・ブリッジウェイ。性格もそうだが、戦い方もぶっ飛んでる。あの女の戦い方には、防御ってもんが殆ど無い。

 触られるの自体を嫌ってるって言うか。防ぐくらいなら攻撃、攻撃、攻撃で徹底的に相手を封殺する。どうしようもない時はあっさりと退く。徹底的に相手のペースに持ち込ませない戦い方だ。自分を見せて、見せて、見せて、徹底して自分だけを見せつける。相手は一切見ない。あそこ迄自分本位なのも珍しい。

 

「ホラァ!! ホラホラァ!! ホラッ!! ホラァ!!!」

「やはり、治療を、施す、べきだったか」

「んなもんゥ、しィんでもォ!! お断りィ!!!」

 

 が、もう一人も大概だ。ウチの救護担当だ。一応、死なないだけ最低限の治療して放り出す為の、保険で雇っただけのアルバイト。

 それが、的確に治療できるだけの、想像を遥かに超えた専門の知識と、タガが外れて暴れる馬鹿野郎まで、なんなく抑え込むそれだけのパワーを持ってる。それをアルバイトの料金で雇えてるんだから、とんだ拾い物……くらいの積りで。

 したらだ。

 

 いま目の前で暴れてる女の、鉄砲水見てぇな連続の蹴りに、ずっと付き合ってる。アイツの自分本位の戦いに、馬鹿みたく付き合ってる。というか、あの女のペースを崩す積りなんざない。全部、受けてる。

 あの女とは真逆、どころか。そもそもアイツに攻撃しようって言う発想が無い。払って払って払って、どうしようもなくても無理に防がない。受ける。受けて、構いもしない。

 正直大きな誤算だ。こんなエラいのがウチに居たなんざ。

 

「あの時よりィ、強く、なってるゥ、わねェ!! けどォ!!」

「……」

「ぜェんッ!! ゼンッ!! アタシのッ!! 成長にッ!! 追いついてッ!! 無いィ、無い無いないないないナイナイナイナイナイナイィィィィイイイイッッ!!」

 

 だが。それでも。

 見た所、あの女の方が腕利きだ。蹴りだけに集中したあの動きは、もう正直完成されてると言っていい。あんな戦いにくい靴なんざ、と思って居たが。ヒールの踵は正確無比に選手の体を貫いてやがったし。しかも、いま目の前でヒールの踵の細さを利用して大胆な重心移動までしてやがる。

 ヒールの不安定さを利用した、筋肉だけじゃどう足掻いても出来ない、あのスピードの素早い重心移動。女とは思えないあり得ない威力の蹴りの秘密は、それだ。

 

 普通、あんな靴、殴りあいには邪魔って事ぐらいシロウトだってわかる。だが、その不利を有利に昇華させやがったあの動きは。相当な修羅場をくぐって完成させたんだろう。

 

「――進行、している、な」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

 イってる。

 こういう所に潜るアウトローとしての才能だ。ありゃあ。ある程度、ぶっ飛んでる奴じゃねぇと一線を越える事は出来ねぇって聞くが。あんな戦い方を成立させるだけ、アイツは自分のスタイルに、イカレたこだわりを持ってんだ。

 全くもってあの女に、実力を疑う所はない。正直、アイツ相手じゃ、この格闘場の殆どの奴が霞む――例外は居るが。

 

 が、先ず間違いなくあの医療スタッフは殺される。

 凄いスピードで、削られてるのが分かる。ピンヒールって言う凶器で、四方八方から殴打されて、ブロックで精一杯。マトモに反撃すら出来てねぇ。

 

「アンタから受けたァ屈辱ゥ……忘れたことは無かったァ!! 一年以上ォ!! アンタを仕留める為だけにィ、費やしたァ!! ムシャSYUGYOって奴ゥ!!」

「ぐっ……」

「でもねェ! 感謝もしてるのよォ!? これでもォ!!」

 

 あの笑い方が証拠。人を蹴る時に、あんな恍惚とした笑いが出来るなんざ。居るんだ。偶に。イってる奴の中でも、更に深い所に潜っちまうやつが。俺にはなれなかった。戦いってもんの深淵に魅入られた『シリアルキラー』。

 あの女は、多分それだ。

 

「そら、コレが修行の成果って奴よォ――S・G・H(ショット・ガン・ヒール)!」

「ぬぅっ!?」

 

 あの、『傷つける為だけの攻撃』相手じゃ、生半可な防御じゃもう持ちやしねぇ。

体全体、広範囲を覆うピンヒールの蹴り。本当に散弾みたいな破壊力だ。ハゲガキも眉間を顰めて、耐えていやがるが……さっきまでの奴らを倒した一発なんざ、遊びも遊びだったんだ。そら、その真正面からヒールの踵、防げねぇだろう。その腕じゃ。

 

「……っ!!」

「先ずは、ワンヒットォ!!!」

 

 ガード粉砕。底からのがら空きの場所に……入った。渾身の回し蹴り。ヒールのピンが胴体、しかもソーラープレキサスで直撃。くの字に折れた。もう、立て直せねぇ。ぐらついてそのまま、膝を突いちまった。

 良い一発だ。こうなっちまえば、もう後は潰そうが嬲ろうが、反撃もままならねぇ。こういう裏格闘場で一番客が喜ぶ瞬間でもある。

 

「――」

「っふゥ……漸く、崩れェてくれたわァ? 良いわァ、こういう瞬間をォねェ、私ィは、待ってたのよォ!!」

 

 更に一発。鼻っ柱につま先。流石にへし折れちゃいないようだが……鼻血吹いて、結構ぐらついてやがる。もう何発か良いのが入れば意識も飛ぶ。もうそうなれば、完全に処刑時。あんな蹴りを喰らっても、後ろに倒れないその根性は褒めてやるが。

 

「漸くよォ……待ってェ、たわァ……!!」

「……っ……は、ぁ」

「なんでェ、こんなにアンタに拘るかァ……分かるゥ……? ねェ……聞いてるのォ!?」

 

 更に、一発。今度は腹に。前に崩れ落ちた頭の顎を、足先でキャッチ。そのままゆっくりと上を向かせるジャック。その顔は……明らかに愉悦と、歓喜で歪んでいた。あの男に、一体どんな思いをあの女が抱いているのか。想像もできない。

 だが……相当だ。この表情は。

 

「私ねェ? アンタに負けてェ、屈辱で一杯だったのォ。もう、頭の中ァ、ぐっちゃぐちゃだったのよォ。アンタの所為でェ。どうして私、こんな事してるんだろ……ってねェ?」

「……」

「考えてみたのよォ。どうしてェ、私がァ、あんな事をォしようと思ったのかァ……それでェ、思い出したわァ」

 

 その視線は……熱に浮かされた様に蕩けている。ただし、その瞳の奥は、濁ってやがる。泥みてぇに。いや、ありゃあ泥って言うより、沼か。何物をも捕まえて逃がさない、底なしの泥沼。深いうえに、絡みついて、逃がさねぇ。

 

「私ィ、潰すのが好きだった……けどォ、その根っこのォ、理由はァ。私が綺麗だってェ実感するゥ為だったのよォ」

「……美し……さ、を」

「そう。私にとってはァ。美しいィ、ってことはァ大切な、事だったのよォ。何せェ、二つの意味をォ、持ち合わせてたからァ!」

 

 どんな感情か、なんざ断定できない。

分からねぇくらい、混ざり合って、好き勝手に渦を巻いてやがる。暗い思いが、ぐるぐると。アレを真正面から見る勇気は、今この場の誰にもねぇだろう。間違いなく、持っていかれる。何かを。

 

「私はねェ。カラテを習ってた時にィ。『君の型は美しいね』って褒めてェ、貰ってたのよォ。私がァ、よりィ、空手を上手になればァ……褒めて貰える数はァ、増えたわァ」

「……」

「その時ィ、私、気付いちゃったのォ……」

 

「『美しい』は『強い』。『強い』は『美しい』、なんだってェ」

 

 ベロリ、と舌を突き出す顔は……もはや愉悦や歓喜と呼べるものでもねぇ。歪んで、人を威圧するような。無理矢理に表現するなら、『暴力的な笑み』といった所か。

 

「アタシがァ!! 強ければァ! 強いって事をォ! 実感できればァ! 美しくなれるゥのよォ! アタシはァ!!」

「そ……んな……理屈」

「タマを潰されてェ、不細工に歪むゥ、男共の顔がァ、私の美しさをォ、とってもォ、際立たせるのよォ!!」

 

 更に胸板に一発。一発一発打ち込むごとに、口がドンドン裂けて行ってるようにも見える。

 

「……それ、が」

「そう……それがァ、全部の始まりィ。まァアンタにィ、邪魔されたけどォねェ!」

「ガッ……」

 

 側頭部に一発。スキンヘッドが横に吹っ飛ぶ。

 

「あんたみたいなァ、飛び切りの不細工にィ、邪魔されたって言う事実は……払拭しないとならないのよォ!」

「……ッ……」

「私が、もう一度ォ、輝く為にはァねェ?」

 

 顎に一発。

 

「……今日、ここにィ来たのはァ、元の私をォ、取り戻すためェ」

「とり……もどす……」

「アンタにィ、負けたまんまじゃァ、美しさもォクソも無い。アンタにィ、負けた事実をォ、飛び切り不細工に負けるゥ、アンタの姿で上書きしてェ!!」

 

 額に一発。

 

「あの時のォ、借りを返してェ!!」

「ぐっ……!」

 

 額に、もう一発。

 

「私の理想をォ!! 取り返す為にィ!!」

「う……が……」

 

 胸板の中心に、一発。更に、続けて肩口にもう一発。

 

「アンタには……自分が無力ゥ、って事をォ、覚えてェ、貰わないとォ!」

「……」

 

 ……もう、ハゲガキの顔はほぼ血で真っ赤だ。なんで生きてるのか、不思議になってくるくらい。

 

 もう完全にジャックのペース。一旦ペースを握られちまった後は覆すのが難しいとはいえ。ここまで一方的になるとは。正直、良い拾い物をしたと思ったが、あのガキもここまでらしい。壊されて終わりだ。

 それにしても、ジャックの奴は中々の腕前だ。ここで戦う選手になってくれりゃあどれだけ稼げるか……まぁ、ああやって人を煽るのが、玉に瑕だろうか?

 

「治療ゥ? ふざけた事ォ、言ってくれてェ……アンタにィ、誰かを助けられるとでもォ! 思ってんのかしらァ!?」

「――!」

「アンタはァ、だァれも助けらんなぁい!! こうやって、アンタと同じ様にィ、惨めに潰れてェ、いくのをォ、目にする事しか出来ないのよォ!! 分かったでしょォ! こうやって今ァ、私の足元ォにィ、這いつくばってェるんだからァ!!!」

 

 ――そう思うのが普通だ。

 俺だって、そう思ってた。こっからの逆転は無い。大振りの、だが渾身の力が込められた一発で、マットに沈む。そんな未来が、見えていた。

 だってそうだろう。見るからに血塗れ。立ち上がる力なんて残ってない。

 もうほぼ死人みたいなもんだ。

 

「……くう」

「――あァ?」

「救う。絶対に。出来る、出来ないではない……決まっている」

「ッ、減らず口を……その口を潰してェ!!」

 

 だから正直、目を疑った。

 振り下ろされるヒール。上から踏み潰すみたいなその足に対して、ハゲガキが掴みかかったのを見て。ましてや、その足を掴んで、止めて見せたのを見て。一体何処にそんな力が残っていたのか、と。

 

「――ッ!?」

「そう決めた。何処までも行くと決めた」

「コイツゥ……!?」

「故に……今から――要治療患者、ジャック・ブリッジウェイ」

 

「君の治療を、開始する」

 




自分で書いてて『あれっ? コイツジュナザードお爺ちゃんとどっこいくらい頭おかしい奴じゃないか?』って思うこのメスガキ。もうメスガキではなくMESUGAKIと化している気がしないでもない。


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第五回・裏:狂気の踵 後編

 寒気がしやがった。あんな死にかけのガキから。膨れ上がる圧力。

 俺だってわかったんだ。目の前のジャックにだってわかったろう。溜めてた足を即座に振り下ろしたんだ。早く潰さないとヤバイってその判断、きっと正しい。

それが今、掴み取られるなんざ、想定外だろう。

 

「随分と無理な筋肉の動かし方だ、疲労も早いだろう」

「このォ! まァた舐めた真似をォッ!! 放せェ!!!」

 

 ジャックが思い切り足を振り回そうとした。

だが……全く動かない。ピクリともだ。俺自身なんかの冗談だと思いたいが、俺の目はまだ腐っても居なけりゃ、幻覚を見る程正気を失っちゃいねぇ。一体何処から出て来やがるそのパワーは。目の前で、ほぼ死にかけてた筈だろうが、お前は。

信じられないが、まったく目が死んでねぇ。寧ろ輝きを増したような気すらする。それにこの……蘇った後からビンビン伝わって来やがる、この迫力はなんだ!?

 

「な、なんだよォ……!? アンタはァ、さっきまでェ死にかけの、死体同然の筈ゥ!!」

「死んでいては、こうした起き上がる事も……ゴフッ、出来ないだろうに」

「ふざけんな、アレだけ蹴られて、アレだけ血を流してたってのに!?」

「君の蹴りは、見た目は派手だが、その実を言えば破壊力に其処迄長けている訳ではない。故にヒールで補っているのだな」

「――ッ!?」

 

 ジャックの動きが止まる。明らかに驚愕した表情。図星。いやそれはまだ良い。女は速さだとか柔軟性は兎も角、パワーに長けた筋肉にするのはキツイ。そういう性質だからだ。それを凶器で補うなんざ、当然の発想だ。

 問題はあんなバカみたいな蹴りに晒されていた、あのハゲが……その中でも、それを見抜いていたって言う事だ。無理だろう。普通。

 

「な、なにを出鱈目をッ!!」

「出鱈目では……ない。最初から君を分析して、出た結果だ」

「ハァ!? 嘘を吐け! そんな事出来る訳が――」

「出来る。患者の情報を……集めるのは、医に関わる者として、当たり前の……事だ」

 

 ――だが。

 もし、あのガキが。ここで暴れる患者を抑え込んでる時にそれをずっとやっていたとすればどうだ?

 馬鹿真面目に、一人一人を取り押さえる時に、相手をよく見て。相手の行動や癖を読み取る事を日課としていたなら?

 医者ってのは、患者を理解してナンボだってのを聞いた事がある。それをあのガキが、ここで医療スタッフとして働く傍ら、ずっと実践してきたとすればどうだ? 少なくともそんな事を初見でやったってよりはまだ分からんでもない。

 それにしたって、異常なのは変わらんが。

 

「煩いわよォ……! このォッ!!」

 

 ようやく足を掴んでいる腕を、漸く振り払う事に成功した。だが……ジャックの方はハゲと違い、明らかに迫力がしぼんでいる。寧ろ、目の前の相手にビビっている節すらある。呑まれてやがる。

 

「あ、アンタ、なんかァ!! アタシのォ! 栄養にィ!」

「――暴れるな」

「なってろォ……お?」

 

 そんなんじゃあ、当たる訳がない。折角の蹴りも。さっきと同じように掴み取られてやがる。呆然としているが、当然だ。

 当然だが……当然の光景が見れたのは、そこまでだった。

 

「――ぬぅぅ……!!」

「あっ……このぉおお!?」

 

 何と、その足を掴んだまま、思い切りハゲは……ジャックを吊り下げやがったんだ。

 しっかりと、地面に根を張って。目を疑った。無理だ。普通。そもそもそんだけボロボロなら、早く楽になりたいって思うだろう? それなのに、普通だってやるのがキツイような真似を……じゃあアイツはなんだ。

そう思った時、ふと、思い出す記憶。

 

『――ぬっはぁあああああ!!! 温いわ、若造!!』

『ふん、久しぶりにシラットを振るわねば鈍ると思ったが、肩慣らしにもならんわ、お主では! 去ねぃ!!!』

『無手で挑もうなどと。愚かな』

 

 俺だって、こんな所に来る前は武人崩れだった……そうじゃなけりゃ、こんな商売する訳もねぇ。だが。

 マトモに戦っても勝てない化け物共は、居る。どうして生き残れたなんざ、それこそ運が良かった、って言うしかねぇが。運が良かったのは、それだけじゃない。そう言うバケモノ共に共通する、事を見つけられたんだ。

 

 彼奴らは……折れない。歪まない。曲がらない。自分がこうと信じた事を必ず押し通して来る。あのガキからは、それとおんなじ匂いを感じる。自分がボロボロになって、どれだけ壊れても関係ない。

 

 あぁ。そうだ。アレらだ。アイツにどうしてここまで寒気を抱くのか。

 

 彼奴らは、ゾッとするような。相対しただけで、ゾッとするような、圧力を持っていた。今だ。今、あのガキからそれを感じるようになった。まだ、あんな化け物共とは比べ物にならないが。それでも。

 膨れ上がる様な、荒々しい、その圧力は……間違いなく、アイツ等のそれに通じるものがあるんだ。

 

「――もう一度だけ、問う」

「っ!!」

「自分の手で、治療を選択するのが一番だが……どうする。君自身の手で、その、異常性を治療するというのであれば……」

「ぁ……ッザッケンナァ!!!」

 

 だがジャックもやられっぱなしじゃない。

 

「オラオラオララララッ!!」

「――……!!!」

「この、放せってんだァ!! 嫌な、記憶をォ! 思いィ、出しちゃったじゃなィ!!」

 

 その状態から繰り出した蹴りは、吊り下げられて、不安定な状態から繰り出せる数じゃない。腕から先ずは蹴り潰そうとして、だがそれでも腕が動かないってなると、その腕を伝って、上半身全体にヒールの踵を突き刺し続ける。

 もう片方の手で払い除けられるレベルじゃない、正直これだけの蹴りを放てるジャックも規格外も規格外。この年齢で普通に出来るような足捌きじゃねぇ。

 けれど。あの、ホークってガキは。

 

「――そちらも、封じ、なければ」

「あぁ!? っ!? こ、コイツ!」

 

 そのもう片方の足をも、掴み取った。

上半身全体を激しく蹴たぐられて……肩も、胸板もいよいよ血塗れ。正直、目の前のジャックってガキよりも、ダメージは全然デケェ。顔なんて、それこそヒールで裂けてる部分だってあった。ふらついてて当然な……そんなザマだってのに。何てことない、っていう面で。

 両足を引っ掴み、もう完全に吊り下げちまいやがった。

 

「こっ、このォ!! また! またァ! こ、んなァ!!! 恥をォ!!」

「――」

「は、放せっ! 放せェッ!! お前ェ!!」

 

 こうなっちまったら、人間にっちもさっちもいかねぇ。どれだけ喧嘩が得意な野郎だって逆立ちしたまんま、人と殴りあい出来る訳じゃねぇんだ。ましてや、踏ん張る地面が無い状態じゃ、普通なら力だってマトモに入れられない。さっき、空中で蹴りなんざ繰り出したジャックは普通じゃねぇが、だとしてもこんな体勢から力込めるなんざ、土台無理だ。

 そして……こうなっちまえば、叩き付けるなり、リング外へ放り投げるなり。何でもやり放題。

 

「――」

「くっ、クソッ!!」

「……君、は。じぶんの、いしでは……治療すること……も、出来ない、とはんだんする」

「う、煩いィ!! 治療だとォ!? そんな、アタシが、病気、みたいにィ!!」

「病気だ」

 

 だが。それも気にしてない。彼奴は、ずっと変わらずあの女に集中してやがる。

しかも、治療だ、なんぞほざきやがった。治療すべきは、テメェ自身だってのに。何を治療しようってんだ。いま目の前にいる奴と戦ってんじゃねぇのか。あのガキは。

 

「俺が! 治療! するのだ! 必ず!!」

「さ、されるかァ!! 治療なんかッ!!」

「い、いいや……絶対に……諦めたりは……!! しない……!!」

「うっ……」

 

 どっちも、余裕が無さすぎる。

 何と戦ってるかは知らねぇが……酷く歪だ。どっちも追い詰められた顔をしてやがるってのに、片方は目の前の相手を。もう片方は……何処を見てるかも分からねぇと来た。

 

「何時か……何時か……あの日の……無力を……超えて、おれ……は」

 

 ……あのガキは、きっと将来、とんでもない化け物になるだろう。

 

「……っ? あ?」

「……」

「は? と、飛んでる……?」

 

 意識は、ない。

 それでも、それでもなお。アレだけ立っていられるのも。それの証拠だと思うのだ。放すか倒れるかしろ。なんで掴んだまま立っていられるんだ。

 あぁ末恐ろしい!! もう奴の精神は、肉体を超えていたんだ。最後の一瞬。

 だから肉体は倒れず……これだけの精神がもし、もし一度の挫折も無いままに、彼方に辿り着いたとすれば? それは一体、どんな怪物を生む事になる!?

 

 正直、もうあのガキをここで預かるのは止めにしたい。

 間違いなく、アイツは俺に、この地下格闘場にとっての……災厄になるからだ。

 




試合結果:ドロー!!

そりゃあ前半アレだけ蹴り飛ばされたら意識も飛ぶって話。


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第六回

 徹底的にメスガキを辱める実況、はーじまーるよー

 

 えー……ギリギリ引き分けタイムアップなんですけども。ほぼ負けです(素直)

 しかし、成果もありました! 何とホモ君が気を『開放』する事に成功しました。バトルリザルトで『動の気:開放』の文字が出て来た時は思わずガッツポーズで天を仰ぎました。運用をスキップできるとは、今までの屑運がひっくり返った気持ちです。

 

 動の気は、基本的に相手を最初っから圧倒するタイプで、『先の先』『獣の勘』『パワーファイター』などの攻撃的な青得と相性が良く、それらの青得の効果を補助し、強化し、更に攻撃能力、及び防御能力を飛躍的に伸ばす効果があります。

 因みに上位弟子クラスになると殆どがコレを開放しているので、コレは早めに欲しかったんですよね。

 

 で、皆様お気づきでしょうが、ホモ君の現状のスタイル的に全くもって相性が宜しくありません。当然ながら『先行×』とも相性が悪いですし。あー本当は静の方がホモ君とは良かったんですけど……仕方ありません。

 動でも能力補正はかかりますので。それだけでも十分、同格の弟子クラスには対抗できる気がします。それに、一応コレをカバーする手段も無いではないので。

 

 っと、画面に集中しましょう。えー、メスガキちゃん……あ、ジャックちゃんって言う名前になったんですね。どうやら裏格闘場のルール的に彼女が敗北、という事で退ける事に成功した模様です。『この借りは必ず返してやるゥ!!』という力強いお言葉を頂きました。本当に谷本君見てぇだなお前……

 まぁ今の気を開放したホモ君なら十分太刀打ちは出来ますのでいつでもどうぞという話です。まぁ、初期のライバルは大抵長持ちせず消えていくので多分借りを返すのは無理だと思いますが。武術の世界は厳しいものなのだよ少女よ……

 

 さて、更にメスガキちゃんに勝利したことで経験値もウマウマ。しかし……特訓でおまかせ成長してきたというのに、戦いの中で獲得できた経験値の偏りで、何か防御系に寄ってきています。静の気だったら完璧だったんですけど、動なんですよねぇ……

 コレは仕方ありません。ホモ君の育成方針は、ほぼ確定となりました。ただ、更なる茨の道になりそうですが(消耗)

 

 で、ホモ君が将来達人になれるだけの方針を手に入れるには……もう一つ。とある青得が必須になってきます。何かって? 『制空圏』です。

 

 動の気、及び制空圏の青得二つが揃うと、道筋を開く事が出来るんですが……さて制空圏ともなると、ただの青得ではありません。威圧感と同レベルの強力な青得で、そしてそれ以上に習得率が低くもあります。

 真面目に師匠に師事すれば会得できる青得なんですけど。というか、師匠持ちなら、気の開放と同じくらい確実に習得させてくださる青得でもあります。つまり師匠が居ないと? そう言う事です。

 

 動の気に関してはまぁ、一応戦っている最中に会得する事もあり得ないでも無いんですけど。制空圏、となりますと。今回に関しては運が良かっただけです。会得する機会を増やす必要が出てきました。

 で制空圏なんですけど……修行を受けずに一番確実に獲得するには、その制空圏を会得している相手と戦うのが一番です。結局バトルじゃねぇかお前よォォン!?

 

 しかし、流石にメスガキちゃんは制空圏を会得してはいなかった模様で。というか、制空圏も気の解放も無しでホモ君を圧倒していたとか身体能力おかしい……(震え声) どういう鍛え方してたらそんな事になるというのか。

 兎も角、彼女との殴り合いで制空圏は会得出来ない以上、何時までもデトロイトに留まって居る訳にもいきません。取り敢えず資金が貯まり次第、行動を起こす事にしますので、終わったものが此方の画面となります(デェエエエエエエン)

 

 いっ、何時の間に!? 残念だったな、説明している間にもゲームは加速していたんだよ。という事でメスガキちゃん襲撃から一年程加速して、お金を貯めました。経験値もしっかり積んで、取り敢えず最終回ケンイチ君レベルよりも身体能力は若干上がっています。尚青得でボロ負けしている模様。やっぱり梁山泊式パワーレベリングは頭おかしい……(誉め言葉)

 それは兎も角。これだけ資金があれば、デトロイトから離脱して、多くの国に飛ぶことも可能です。格闘場で患者さんと交流する事で、別の地下格闘場の情報も得られたので、そこを転々としながら新たな出会いを求める事にします。

 

 地下格闘場の支配人さんからも『推薦状をやるからさっさと出て行け』という事で快く送り出して頂いているので、後腐れなく世界の何れかへと飛ぶことにしましょう。

 後、ここから旅立つにあたり、必要のないアイテムを整理する際に『父親の遺産』なるアイテムをいつの間にか所持していた事に気が付きました。このアイテムに関しては今は使わないので、使う時になってから説明します。

 

 で、準備万端となった状態から一体何処へ向かうべきかとなれば……先ずは中国ゥ、ですかねぇ……(確信)

 中国は基本的にずっと武術大国なので。このゲームでも、効率よく稼げる国は武術漬け中国か裏ムエタイの本場タイか。

 

 因みにこのゲームの裏ムエタイは、バラエティ豊かにする目的か裏ムエタイとは名ばかりの無差別級殺人ゲームと化しており、タイに行って潜ってみると裏ムエタイ(キックボクシング)とか裏ムエタイ(カポエイラ)とか裏ムエタイ(相撲)とか裏ムエタイ(柔術)とか裏ムエタイ(剣術)とか裏ムエタイ(魔帝)が普通に出てきます。裏ムエタイってなんだよ……(困惑)

 まぁ中国はそんな事無いので、全員が中国武術(中国武術)してくださっているので。流石中国武術。自分の武術に誇りを持っていらっしゃる。

 

 因みに中国もタイも、どっちにしても地下格闘場の難易度はこのゲームでも最高クラスです。弟子クラスのレベルの場所ですらホモ君では普通に苦戦します。あのメスガキちゃんのレベルが平均だと思って居ただければ。

 いやぁ、そんな所に今のレベルで行くのはやだなー怖いなぁー……

 

 だ が も う 着 い て る

 

 先ずは何を考える前にも行動するべしと偉い人も言っていましたから。ため込んだお金を全てかけて中国へやって来てみました。因みにパパの貯金には手を付けてません。万が一の事があるので、予備の保険として残しておいてます。

 さて、中国で行動する以上、適当な所に就職する必要があるのですが……当然の如く地下格闘場です。ふふ、やはりあるじゃないか。医療スタッフ募集!!

 

 という事で、今日から中国の地下格闘場で働き始めました。ホモです。宜しくお願いいたします。従業員の制服は……あの、中国っぽいあの長い服です(雑) ハゲの格好に良く似合います。

 

 ここで医療スタッフとして従事しつつ、頑張って患者をシバキ倒してレベルを上げていくとしましょう……とか言ってたら早速お一人程制圧しました。アメリカの人達と違ってしっかり高いレベルの武術を会得しているので、間違いなくこっちの方がキツいです(消耗) やっべぇ、来るタイミング間違えたか(後悔)

 まぁキツイ分経験値も美味しいから(震え声)

 

 さて、こっから何かイベントがあるまでガンガン時間を加速していきましょう。加速している間に、患者が十数人程制圧されていますが詮無き事です。

 

 さて……おおっと() 画面が等速に戻りました。ホモ君が中国にやってきて……約半年ほど、でしょうか。その間にもう十何人程の若い武術家を医療スタッフホモ君が制圧しております。武術家の矜持へし折っちゃったねぇ!!

 しかしその中にはマトモな制空圏持ちの武術家はいませんでした。全く、どいつもこいつも武術だけは立派なモンで、制空圏の一つも覚えていないとは。

 

 とはいえ、このレベルの格闘場には、いよいよ妙手レベルの強力な敵も出入りしてますので会得の可能性は無い訳ではありません。そういう制空圏もしっかり覚えてる強力な人は負けませんので此方に来てくれないんですけれども(半ギレ)

 あー、やはりホモ君が直接出場するしかないのか。いや、このレベルの格闘場にホモ君レベルが出場したらガメオベラまっしぐら。安定チャートを崩してはいけない(使命感)

 

 さて話を戻して。一体なんで等速に戻ったのか。まぁおなじみのランダムイベントです。今回は……どうやら物凄い数の患者が運び込まれているようで、それについて色々仲間のスタッフが噂しています。

 曰く、『普段はこんな所に来ない奴が殴り込みに来てる』との事です。こんな所に来ない奴、ですか。ふむ、強めのネームドNPCだと制空圏を持っているので、そう言った人と戦えると、制空圏獲得の可能性も上がってくるのですが。まぁホモ君は仕事忙しいので見に行けませんけど(諦め) その人、負けてこっちに来ませんかねー

 あぁダメだ。ドンドンモブ武術家ばかりが増える。

 

 しかし、一体誰がこれだけの武術家を返り討ちにしているというのか。少なくとも妙手かそれより少し下レベルの相手が、ゴンゴン運び込まれているのですが。あ、まーた目を覚まして暴れ始めた様です。今度こそ制空圏持ちの相手だと良いんですが……持ってませんでした(加速終了)

 

 中国での強制レベリングでホモ君もそれなりに育ってきたので、妙手一歩手前くらいまでは来ています。故にここに運び込まれてくる相手ともそこまでレベルが開かず、引き分け狙いでは経験値が微妙になって来たのですが……

 さて。こうなってしまうと、敵を制圧するしかない、のですけど。ホモ君の攻撃成長だと全然ダメージが入らないって言う。ずっと引き分け狙いで暴れて来た弊害が出てきてしまいました。防御しか上がってねェ!!(切実)

 こんなステータスだと、相手の攻撃を只管防御して、引き分け、及び判定勝ちを狙った方が安定する……しかしそれだとステが伸びない。どうすればいいのだよ(ゲンドウ) 制空圏を会得すると、一気に幅が広がるので、解決できるかもしれないのですが。

 

 ん? 制圧したキャラクターが何事かほざいています。

 何々? 『おのれ馬 槍月……何れ……借りは返す』ですか。ほうほう。馬 槍月ですかぁ。この格闘場に乗り込んできているのは……

 

 ……ファッ!?(絶句)

 馬!? 槍月!? また一影九拳!? あ、いえこの頃はまだ九拳入りはしていないでしょうけど、それにしても将来の一影九拳やんけ!? 制空圏を所有している武術家に来て欲しいとは言ったが、そのレベルに来て欲しいとはいっていない(ホモの乙女心)

 

 はわわ~☆ ホモ君はこれから一体どうなっちゃうの~???

 

 死ゾ。

 




原作キャラとの絡みが無いやん! 原作キャラとの絡みを見たいから二次創作書いたの!! という事で、武者修行代わりの中国編。またの名を馬 槍月編です。

パパ上の言っていたその他の遺産をさりげなく……いつ使うかなぁ(ノープラン)



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第六回・裏:とある禿げ頭の評価

「――知っているかい。最近、裏の死合い場で、そこそこ有名な男」

「んくっ……強いのか」

 

 どのように有名か、なのかはそもそも考えない。どうせ今の自分が興味があるのは、自分の武術をどうやって研鑽し、どう極めるかだけだ。隣の友人、魯 慈正も恐らくはその事を分かっている筈だ。

 久しぶりに会いに来て話す内容がこれなのは。我らながら……と思わないでもない気がするが。

 

「初めに聞くのがそこなのがキミらしいな、友よ。まぁ、確かにそうだ。腕を磨きに来た若武者たちを悉く仕留め、沈めているらしい」

「随分と跳ねっ帰りな選手だな。どんな武術を使う」

「……いや、それがだね。武術を使わないし、そもそも選手でも無い」

「何?」

 

 故に、この話の流れでその一言が出て来るのは、驚きも驚きだ。武術を使わない。そもそも死合い場の選手でもない。一体どういう事だ。

 

「彼は死合い場で、選手を治療する役割の、スタッフ、らしい」

 

 ……自分が鉄面皮なのは自覚している。弟にも、言われた事がある。無愛想と言われても全く反論するつもりも無い。というより武人が愛想を振りまいてどうするという話だ。

 だが、今そんな俺が……今……自分で言うのも何だが。非常に、癪だが。間違いなく奇天烈な顔をしているのは、分かる。一度、野生で見た猫がくしゃみをする瞬間の時の様なそんな顔を、今、俺はしている。

 

「……医療班?」

「うむ。医療班だ。それも新入りの」

「魯」

「なんだい」

「俺は冗談は嫌いだ」

「冗談を言っている顔に見えるかね」

 

 ……正直、俺よりも此奴が何かしら冗談を言うのが想像出来ん。故にこそ、コイツが冗談を言えばこれくらい荒唐無稽なものが飛んで来るのではないか、と一瞬だが考えたが。どうやらそんなことは無い、らしい。

 となると。全てが本当か。武術家を、悉く叩き伏せる、医療関係者。

 正直全く想像が出来ん。今まで様々な輩を殴り倒して来たが、そんな奇天烈な奴は聞いた事も無かった。

 

「……どうして医療班が悉く選手を沈める?」

「負けた選手を治療する時、目覚めた直後に取り乱し暴れる事があるだろう」

「あるな。案外と、そう言うときほど油断は出来んが」

「それの相手をするのが、その新入りだという話だ」

「……なるほど」

 

 聞いてみれば、案外と筋は通っていた。

 地下格闘場は、自分の足が付かない様に死者だけは出来るだけ出さない。だが、そこに来ているのは三度の飯より殴りあいが好きという輩ばかり。素直に治療を受けるという、常識的な振る舞いを出来るとは限らない。

 多少荒っぽくてもベッドに縛り付け、治療する必要も出て来る……かもしれない。

 特に理由も無く、何処からか湧いてきた、という事も無く。聞いている限りでも、確かに腕が良いという噂に信憑性が出る程度には。

 

「力づくで取り押さえ、ベッドに沈める。本当なら、相当の腕をもってるだろうな」

「うむ。少し見てみたいと思わないか」

「……要するに、節介か。魯」

「何。キミは最近、張り合いのある相手が居ないとぼやいていたから」

「ふん、余計な気遣いを」

 

 しかし、気になる。そこら辺の武人崩れよりもよほど。

一応理由は分からないでもないが……それでも尚。

普通、するか。力づくで患者を制圧し、ベッドにぶち込むなどと。いやしないだろう。逃げて患者が落ち着くのを待つなり、薬で眠らせるか。それでいい筈。そもそも、何故他に助けを求めず、一人で抑え込むのか。

 

「場所はこの街だ。ここの地下格闘場で働いている。放浪ついでに寄ってみるのも良いだろう」

「すまない」

 

 そこに記されていたのは、中国の繁華街。そして……闇の色も、同時に濃い場所。それなりに歯ごたえのある奴もいる場所だ。その裏の裏のような場所で、そんな真似を。余計に気になって来た。戦ってみたい。一体、どんな相手なのか。

 

 

 

 それではるばる来てみたが。案外楽しめてしまってるな。コレは。

 

「よそ見しているでないわぁ!!」

「するかジジイ」

 

 正直。その医療スタッフを見る為だけに来るつもりだった。しかし、目の前で行われてる死合い場を見てると、我慢が利かなくなった。という事で、参加する事にした。ここの死合い場自体は、案外と初めてだったが、悪くない。

 目の前の奴も、それなりに強い。大柄な体にしっかりと筋肉を付けて、骨のあるパワータイプ……とはいえ。あくまで本命を見るまでの余興ではあるが。

 

「――っしゃあぁあああ! 死ねい馬 槍月! 双纏手ぅぅぅううううう!!」

「遅い」

 

――倒発鳥雷撃後脳!!

 

「ほぶぇぇああああああ!?」

「――次だ」

「ぐんぬぅううう……むねぇえええん……!!」

 

 取り敢えずさっきから十人程沈めてはいるが。ふと気が付く。別にここで選手を倒していっても、例の医療スタッフの姿を見る事は出来ない。

 倒した奴は基本的に担架に乗せられて運ばれていって、奥で治療を受ける。つまりそこを覗きに行かないとどうしようもないのだ。

 久しぶりの腕試しに高揚してしまって重要な事を忘れていた。どうするか。

 

「――そ、槍月様。そろそろ、あの……えっと……」

「なんだ、舞台から降りろ、か?」

「い、いえそのような!! ただですね……槍月様お一人がこうして暴れ続けていらっしゃると、その……お客様が……」

 

 ……ふむ。丁度良いか。

 そんな理由で降りるなど、本来はしない。出来るだけ暴れてやるつもりだった。だが今回ばかりは別だ。

 

「良いぞ」

「こ、此方の事情も把握して頂けると……へ?」

「構わんと言った。降りてやってもいい」

「ほ、本当ですかぁ!?」

「あぁ……ただし」

「え?」

「条件がある。それを吞め。呑んだら、俺もここから降りてやる」

 

 ――そうして、この死合い場の、関係者以外立ち入り禁止のエリアに入る許可を貰った。

 こういうのは、弟の方が得意ではあるが。猿真似ながら上手くいったらしい。まぁ、別にゴリ押して何とか出来ない訳でも無いが。武人でも何でもない奴を殴り飛ばしてもなんにもならん。

 

「――それで、医務室の新人に御用があると」

「そうだ。腕利きなのだろう」

「えぇ……医療の腕もそうなのですが、驚いた事に、腕っぷしも中々で。弱っているとはいえ、ここに参加するような奴らを悉くベッドに無理矢理押し返して……凄いもんです。紹介が有ったのも頷けます」

「紹介」

「珍しく、アメで場を開いてる知り合いから。アレもかつては良い武術家だったのですが、今は何かデカい組織に付く訳でも無く、一人でケチな賭場を開いて……」

「世間話はいい」

「あっ、はい」

 

 となると、外国人か。アメリカ人は体格に恵まれている、というが。

 

「さ、アレです」

「……」

 

 ――いる。

 一発で分かった。

 部屋の奥。ベッドの傍で……ベッドから出ようとする男――さっき俺が倒した奴だ――を、力づくで動かさないように抑え込んでいる。その張り詰めた顔。そしてここからでも分かるこの荒々しい……動の気。確かに医療スタッフのレベルじゃない。

 

「この! 放せ! 槍月を、槍月の奴めを!」

「動くな。治療に集中できない」

「ふ、ふざけるな! なんだ、この馬鹿みたいな……放せと言うに!!」

 

 それが理解できているのか、どうか。いきなり飛ぶ拳。だが……禿げた男は、全く動じずそれを受け止めた。余裕をもって。殴られ慣れているのか、眉一つ動かして居ない。

 

「うっ」

「――良いか。動くな。治療を受けろ。必ず、その傷を治す。それとも……強制的に意識を断たれなければ、治療を受けられないか」

 

 流石にそこまでしっかりと抑え込まれては、その男も何も言えないのか。しぶしぶと拳を収めた。

 しかし、一見すれば禿げた男の方が体格的には負けて居るようにもみえるというのに、良く抑え込める……不思議なのは、そこ迄筋肉質には見えない事だ。無い、訳では無いのだろうが。それでも武術家の目から見れば、何方かといえば痩せている様にも見える。

 それが、体重差のある相手を。力で抑え込んでいる訳ではないのか。

 

「成程」

「良い腕でしょう。正直、格闘場で暴れて欲しいくらいの逸材で……」

「なら俺が相手をしてやろう」

「そうですかそうで……へっ!?」

「おい。そこのハゲ頭」

「……?」

 

 振りむいたその顔は、中々に凶悪な面構え。常人が、恐ろしいマフィアかゴロツキの面を想像すれば正にこうなるだろう。顔で強さが決まる訳でもないが。コレが此方に向かってくると考えると、中々に迫力もある。

 やる気も、出て来た。

 

「お前がそうだな。俺と戦え」

 




魯 慈正老師書くのめっちゃむずいんですけど(半ギレ)
もっと資料寄こせ(全ギレ)

でも頑張っちゃうビクンビクン。
割と気難しい槍月さんと付き合えてたのだから、殺人拳らしからぬ人格者だと設定して書きました(殺人拳に対する熱い風評被害)


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第七回

 将来の一影九拳から勝利をもぎ取る実況、はーじまーるよー。

 

 さて、どうやら今、この地下格闘場には馬槍月が来ている模様です。櫛灘さんが所属している一影九拳に将来的に所属する達人。

 で、馬槍月ですが……このゲームでは、一番親しまれているやせいのたつじんです。その放浪癖は弟子である谷本君にも知られている事であり、世界中どこへ行っても彼は何処からともなく現れてキャラクターに喧嘩を売ってくる事があります。

 その実力は、パパの一つ上、特A級の達人です。

 

 かの梁山泊に所属する達人。このゲームの闇人ルートでは技のデパートとして、ある程度妥協したビルドをした闇人の前に現れて、特定の対策をしないとどうしようもない攻撃で多くの事故死を生んだ『馬 剣星』氏のお兄さんにしてライバルなんですよね。

 使用武術は彼と同じ中国拳法……なのですが。剣星師父の恐ろしい所は、中国拳法、武術の、特定の一つを使っている訳ではない、という事です。複数の中国拳法を修めているので『この流派だけしか使えない』という武術家対策特有の決め打ちが出来ません。正直、『中国拳法』という武術だと思った方が良いです。

 

 で、彼もそう言う事です。彼も相当数の中国拳法を修めて居ますので、パワータイプに見せて想像だにしないような恐ろしい一手で叩き潰されたりします。

剛拳がトリッキーさを取り入れちゃだめでしょ(正論) だからといって柔拳がトリッキーさを取り入れてもどうしようもなくなるのでトリッキー拳法とか言う運ゲーは排除、しよう!!(切実)

 

 で、今のホモ君でこの人に勝てるか。無理です(確信)

 若い頃のデータでさえモブ武術家さんを遥かに凌ぎ、コレで妙手とかいや嘘じゃん絶対ってレベルのステータスをもっています。更に彼独自の『拳豪鬼神』という全能力アップに加え中国拳法の全威力に補正の乗るチート金得を所持しております。無理です。詰みます。

 という事で、基本的に全攻撃を防御する撤退遅延戦術を取る事になるのですが……問題は生中な防御では全く彼は……彼……は……

 

 あれーおかしいね、テキストに『槍月』の文字が見えるね。

 というか、画面に居ますね。若い槍月先生が。二十年前の槍月先生が見えますねぇ。髭が一切生えてませんねぇ!! ちょ、変態中国武術家が入り込んで来てるんですけどォ、不法侵入ですよ不法侵入! 『おい。そこのハゲ頭』……は?????(絶望) えっ、それってホモやん。

 

 ど、どうしてホモ君の所に。ホモ君は基本的に医務室でそれなりの弟子クラスを全力で沈めて、治療を受けさせる、ただの外国人ハゲ医療スタッフなんですよ! ……アレ? 案外噂になりそうなキャラしてますねホモ君。

 しかし来てしまった者はもう仕方ありません。ビビった方が負けってそれ一番言われてるから。ここはね、どんな用件であっても堂々と受けてやるとしましょう。don't来い一影九拳(優柔不断)

 

 で、ホモ君を見つけた模様でその御用は? 『お前がそうだな。俺と戦え』だそうです。うーん流石一影九拳。用件が非常にシンプルかつ無駄がありません!! という事でこれを断る理由はないので、オーケーを出しておきます。

 正直な話、通常育成のキャラクターであれば勝ち目はありませんが、しかし予定通り(大嘘)現状防御極振りのホモ君であれば、馬槍月の剛拳ですら受けきれると判断しました。というか受けきれないとガメオベラです(諸行無常)

 

 というより早めに制空圏を会得しないと動の気を有効的に活かす事も出来なくなってしまいますので、ここで青得獲得のチャンスに挑まないという選択肢はありません。天よ! ホモ君に艱難辛苦を与えたまえ!!(新島スタイル)

 

 さぁ今すぐかぁ!? 『今すぐだ』 あ、はい……(了承) 本当に今すぐとか言う馬鹿が居るとは思いませんでしたが。あのイカレメスガキ相手に凌ぎ切ったホモ君を舐めるなよォ!? お前の未完成の剛拳程度、凌ぎ切れぬ訳がない! かかって来いってんだ拳豪鬼神。怖いのか? 中国拳法なんか捨てて、かかってこい……アレ?

 あぁっとここで物言いが入りました。曰く、槍月氏はリングを降りる代わりにここを見学する許可を貰っていた模様で。一旦は約束を守って頂きたいとスタッフに怒られています。まるで地下格闘場を出入り禁止になった逆鬼師匠見たいだぁ……(直球)

 しかしながら意外。ここで邪魔する奴をシバキ倒すのだと思って居ましたが、若い槍月氏には多少の聞き分けがある模様で。一旦帰る事になりました。戦いは後日に持ち越しだそうです。

 

 しかし流石は馬 槍月。こういう場っていうのは大抵大きな組織が仕切っているものだというのに。それを理解しながらも普通に喧嘩を売っていくとは。無茶なんて知った事かと言わんばかりの勢いです。

 そういえば、プレイヤーもここをどこの人が仕切っていたか、一切考えても見ませんでした。とはいってもホモ君は唯の医療スタッフですので、オーナーに会った事も無い訳なんですが。

 

 っと、イベントがまだ終わってませんが……? アレ、あの格好は此処の支配人さんでは? どうやらホモくんの医務室の前で誰かに連絡を取っている様です。こんな所で連絡をするなんて。ウカツ!!

 だからこうしてホモ君に盗み聞きされて、情報を抜かれるんですよ。さて、どんな会話をしているというのか。『ともかく、黒虎白龍門会から応援を寄こして頂きたい。あの生意気な槍月を締めあげてやる』か。成程。黒虎白龍門会……

 

 よし、もうこの格闘場に用はありません。お暇しましょうか(逃げ腰敗北主義者) TKGW様逃げてはいけませんよ(背水の陣)

 

 ……あの、えー。ですね。中国のもう一つの危険要素、なんですけど。

 中国には、二つの大きな武術組織があります。鳳凰武狭連盟と、黒虎白龍門会の二つです。で、この二つは敵対しており、其々の目標を掲げて動いています。で、黒虎の方がさらにヤバイ側です。中国においては、一影九拳と同レベルの危険性を誇るロクデナシ集団で、殺人拳の達人を数多く抱える強集団でもあります。

 まぁそんな彼らですから、こういう地下格闘場を仕切ったり、ケツ持ちしたりしてお金を得ている事もあります。どうやらこの格闘場は黒虎白龍門会がケツ持ちしてるようで。

 

 つまり槍月さんはそんなヤバイ組織のお膝元に、問答無用で殴り込みをかけた模様です。うぉっ、スッゲェ度胸……達人かな?(早すぎた進化)

 

 し、しかしこれマズくないでしょうか。ホモ君に会いに来たばっかりに、槍月さんが黒虎白龍門会の送り込む応援に追いかけられる事になっています。ヤバい、若い時代で槍月さんが死ぬと、原作ラストで梁山泊に加勢して下さる一影九拳が一人減ってしまいます。そうなると結構勝率が落ちてしまうので……アカン、久遠の落日迎えちゃうヤバイヤバイ……マジで原作の全てがこわれちゃ^~う。原作キャラを軽率に殺してはいけない(戒め)

 制空圏を会得とかそんな生易しい事言ってる場合ではありません。これは槍月さんを援護する必要があります。

 

 しかし問題としては、こういう類の襲撃イベントは、基本的に特定の場所に行かないと遭遇出来ない事にあります。何時もホモ君の周りで事件が起きていると思い込んではいけない(二重の戒め) イベントに遭遇したかったら自分から会いに行きましょう。

 今までは特訓特訓資金稼ぎ患者制圧でそう言う事をする余裕もありませんでしたが、今回に限り、基本的に優先度は最高レベルです。原作崩壊は絶対させない(鋼の意思)

 

 最近は残った僅かな時間であってもアルバイトと特訓に費やして来ましたが、今回ばかりは、様々町を巡って情報収集などをしなくてはなりません。

 とはいえ、一体何処に行って誰に話を聞けば良いのかという話。

 

 取り敢えず、中国風になった町のジオラマで……何処に行ってみましょうか。パワプロよろしくイベントが起こりそうな場所を探索しておかないと情報が入ってこないので、ここは槍月さんが出入りしそうな所をかたっぱしから当たっておくことにしましょう。

 といっても槍月さんが出入りする所なんて一つくらいしか知りませんけども。

 

『――いらっしゃい。良い酒入ってるよ!!』

 

 はい、酒屋です。馬 槍月と言えば酒場。酒場と言えば馬 槍月。この二つは切っても切れない無敵のタッグみたいなもんなので、馬 槍月が問題起こすなら間違いなく酒場です(ダメな信頼感) という事で、先ずは酒場に唾を付けておきます。序にアルバイトで使う消毒用アルコールください(消費アイテムの買い付けを欠かさない鉄腕アルバイターの鑑)

 因みに他にも候補はあるにはあるんですけど。大抵路上とかなんで。でも街なんて路上エリア多すぎィ!! 限られた時間でそこ全部に行くのとか自殺行為も良い所なので全力でヤマを張りましょう。

 

 という事で何かしら問題が起きるまで加速……するまでも無く翌日夜にイベントが発生しました。うーん仕事が早い(白目) そんな仕事早くしなくていいから(両親)

 

 さぁ早速現場に急行……したら槍月さんが結構な人数に囲まれて怖い顔をされてらっしゃいます。しかも大分苦戦している所を見ると、それなりの刺客を送り込まれたようです。黒虎白龍門会君さぁ!!

 よーし、ここは派手に刺客をぶっ潰して!! とはいかないのがこのゲームの難しさです。理由はおいおいお話しするとして、今は槍月さんを助ける事に集中しつつ、相手を傷つけることなく撃退いたしましょう。

対戦、よろしくお願いいたします。

 

 




黒虎白龍門会とかいうデカい癖にあんまり情報の出ない組織。
なおそれ以上に情報が出てこない鳳凰武狭連盟。もっと掘り下げて欲しかった……欲しくない?


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第七回・裏:強襲、黒虎白龍門会 前編

「――ッチ、唯の数頼み……だと思って居たが」

 

 黒虎白龍門会。

 中国の武術を統べる二大組織の一つ。名前だけは聞いた事があったが、こうして面と向かって殴り合うのは初めての事だったと思う。凶暴さは、多分中華でも随一の奴ら。一度はやり合ってみたい、と思わなかった訳ではないが。

ただ、今まで不思議に思う位、やり合う機会が無かった。が、今まで出会ってこなかった分、俺はすべてここで使っているのだろう。

 

「骨のある奴を、寄こしたじゃないか……ふぅ」

「荒らす賭場を間違えたね。馬 槍月」

「何、お前如きわざわざ殺す必要も無い。ある程度痛めつけてやるだけだ。とはいえ、そのある程度が貴様の想像の範囲であるかとなれば、話が違うが」

「さぁ、覚悟を決めて挑んで来るがいい。武人としてな」

 

 ――俺も、それなりに武を磨いてきた、という自負があったが。世の中という奴は俺の想像を遥かに超えて広いらしい。

 俺と同程度の腕が数えて三人。しかも、それなりに武術を習って居るだろう連中がまるで鼠のようにいる。流石に黒虎白龍門会。この程度の実力者など、掃いて捨てるほどいる、といった所か。流石にコレを一人で叩き潰せる……と思いあがる程、俺も馬鹿ではない。だからといって負けを認める程素直ではないが。

 

「おい、それはもしかして、脅しのつもりか?」

「いいや、事実を口にしたんだけども?」

「そうか。それなら良かった。そんな脅しにもならんセリフを言われても、冷めるだけだ」

「――減らず口が好きだねぇ」

 

 飛びかかって来る兵隊が二人。先ず先んじた刀使いの方を掌底で払い除け、一歩遅れて踏み込んできた槍使いを蹴り飛ばし、向こうに弾き返す。弾丸兼盾にした男の影に隠れ、狙いは三人の腕利きの一人に定める。

 全員叩き潰すのも悪くはないが、流石にまだるっこしい。取り敢えず、頭を仕留めてからそれでも逃げず残った奴を倒せばいい。

 

「――ッ!?」

「やられるのはお前だ」

 

――迎門鉄臂!!

 

 直撃。流石に完全に不意を突いた一発。反応すら出来ず鼻柱、及びみぞおちに綺麗に入った。意識も飛んだだろう。が、他の二人はそれに一瞬だけ……も反応せず、冷静にこっちへ踏み込もうとしている。流石に良い動きだ。此方も、大人しく一歩下がる事にする。

 

「ちっ」

「油断しているから……しかし、想像を超えた良い動きだね。二人でかかろうか」

「了解した、其方に合わせるから好きにやれ」

「では……ヌゥウウウウウン!!」

 

 左右に居た一人、最も背の大きな男がさらに此方を追いかけて、跳んだ。跳んだ、というよりは……勢いに乗せて、体重を乗せた拳を繰り出して来た。跳躍からの殴りなんぞ隙がデカいと思われるだろうが。こうして下がっている相手との距離を詰める様に使う分には、回り込むのも間に合わん、有効に使える。

 仕方ない。更に一歩下がって、様子を……いや。

 

「其方にも意識を向けねばならんか……!!」

「その通りだ」

 

 もう一人。小柄な方が、既に真横に回り込んでいた。一歩、下がりつつ、頭を低くし相手の足元を抜ける。迂闊に後方にでも大きく避けようものなら、確実に行方を……

 

「まぁ、そっちに意識を向けた所で、だがな」

「本命は其方だ」

「――なにっ!?」

 

 ガシリと何かに掴まれる感覚。兵隊の一人が、既にもう片方の脇を固め、俺の足に組み付いていた。やられた。制空圏を展開する、その前に掴まった。

不意を突いて、兵隊に指示を出す暇など与えたつもりは無かった。それが。この二人、相当訓練されている――ッ!!

 

「――そこだ」

「ヌゥッ!?」

 

 初撃。伸びてきた蹴りは顔面狙いが見え見えだった故に何とか腕で捌けた。もし足から掬い上げに行かれたとすれば、命まで持っていかれた可能性は十分にある……だからこそ、次に繋げさせれば、間違いなく袋叩きに合うだけだろう。

 

「させんッ!」

「何っ……足をっ!?」

 

 ならば、この攻撃を逆に自分の反撃の手段に転じる。突き出された足を掴み、取りつかれ地面に貼り付けになった足を、軸として利用し、思い切りぶん投げてやる。技術もへったくれも無い力技だが、それが今は必要だ。

 さっきの要領で、今度は兵隊共の方へ。飛んで来た上官に兵隊共がまごついているその間に、拘束している男に肘を構える。

 

「放せっ!!」

「がっ……?!」

 

 顔面の中心。潰れる感触を確認し、即座に自分がさっきまで下がっていた方へと……顔を向けた時には、既に拳が目の前まで迫って来ていた。

 恐らく、あと一瞬遅ければ、首を傾けるのが間に合わなかった。

 

「――避けッ!?」

「ヌゥォオ!!」

「しま」

 

 そして振り切ったそこに合わせる、シンプルな崩拳。脇はがら空き。直撃――と思ったその瞬間に、くの字に折れ曲がったのは自分だった。一瞬、ちらとだが見えたのは、わき腹にめり込んだつま先。

 吹っ飛んで、店の奥、テーブルと椅子を巻き込んで倒れ込んで。何が起こったかを推測する。恐らく、兵隊共の動きじゃ間に合わない。となればぶん投げた奴が即座に立て直して此方の動きを強引に寸断しに来たのだろう。

 

「助かったよ」

「油断するな。相手もそれなりに名の通っている武術家だぞ」

「マスタークラスが基準となっているからね……さて」

「あぁ。ここからは一瞬の隙も与えん――「死ねぃっ!」」

 

 揃う声。そこからすっ飛んでくる両者はしかしながら、その動きは全く違う。片や振り下ろす鉄槌。片や抜き手、しかも諸手。上を埋め、左右への逃げ場を無くした……といった所か。それで自分を詰み切った……と思い込んでいるのであれば。甘い。

 

「舐めるな」

 

――鉄山疾歩靠!!

 

「「なにぃっ!?」」

 

 姿勢は低く、この状況、下手に避けようとするくらいならば。多少の傷を覚悟で、真正面から突破した方が、被害も抑えられるというものだ!

 背中で閉じようとしていた両抜き手をこじ開け、そのまま奥の体を吹っ飛ばす。一歩でも遅れて居たら、袋叩きにされていただろうが、取り敢えず。この一瞬は生き延びた。

 

「ご……ッ……」

「次だ」

 

 フッ飛ばした男は見ず、俺の上を飛び越え、後ろに着地した男に視線を向ける。

 

「さぁ、来い」

「舐めた真似を。一対一なら勝てると……思いあがられたものだなぁ!!」

 

 烈火の如き気合から突き出される拳は、威力よりも速さや鋭さを重視したものか。迂闊に対応しようとすれば、言って此方が遅れかねない。連続して繰り出される拳を、先ずは受け主体で耐える事を選択する。

 が、正直な話。防御は弟ほど上手くは無い。正直、何処までも受けきれるかといえば、話は違う。

 

「ふっ、やはりな。キミの剛拳、やはり脅威ではあるが。その分守りは攻めに劣る!! 我が拳は翻子拳!! この拳の速さに先んじられては……どうにもならないだろう!!」

「数を、撃てばいいというものではないが」

「ハハッ! 減らず口を! 僕の拳は止まらない、キミを徹底的にペシャンコにするまではねぇ!!」

「――ッ!!」

 

 今でも、イマイチ受けきれず、何発かは良いのを貰っているのだ。ジリ貧になる前に打開する手段は……一瞬。一瞬この拳の雨霰に耐えて、そこから一撃で仕留める。それしかない。幸い、喰らい続けなければ、致命傷となる事も無いだろう。

 

「――」

 

 それよりも。マズいのは後ろの男。

 先ほど思い切りフッ飛ばしてやったが、手応えが無かった。今の所、体勢を崩してはいるが、体勢を立て直されれば……此方に集中しきっている背中から刺され、今度は此方が袋叩きにされるだろう。

 先ほどから、ギリギリのところで、凌いでいるだけ。凌げている間に、腕利きを何とかあと一人、倒して……!!

 

「良く抵抗する」

「しない武術家など居るか」

「全くもってそうだね。でも君の抵抗は、無意味に終わりそうだよ」

「なんだと……!?」

「――先ほどは良くもやってくれたな」

 

 真横。一瞬その声に頭が真っ白になった所で……側頭部に強烈な衝撃が走り、思わずして崩れた体に無数の拳がめり込み、そのまま床にたたきつけられた。

 

「ぐっ……」

「遅かったね」

「……正直、かなり効いている。立っているのもやっとだ」

「そう。であればそう時間はかけてられないか。じゃあ今度こそ……ペシャンコかな?」

「あぁ。仕留めよう」

 

 ――最初に倒した男が、立ち上がっている。どうやら時間をかけ過ぎた様だ。最初の奇襲で倒せるとは思って居ない。昏倒して時間を稼ぐ一手。こうなる前に一人は……何とかしておきたかったのだが。未熟故か。

 とはいえ、まだ七割程、体は動く。諦めるほどではないが……厳しい状況なのは間違いないだろう。さて……

 

「おい、奥の奴を起こしておけ」

「承知しました!」

「その間に……仕留めよう。我ら、黒虎白龍門会にたてついた愚か者を、な」

 

 近づいてくる。二人がかりか。もう油断は無い、とでも言いたげなその動き。

 さて、どうやってこの状況、覆すべきか……そう思って居た、時だった。

 

「――店主、消毒用のアルコールを再度仕入れたいのだが。今日は少々怪我人が多く……ん?」

「あ」

 

 ……何故、このタイミングで来たのか。よりにもよって。神の悪戯か、それとも悪魔の見せた善意か? あの禿げた医療スタッフが、酒場の入り口に立って。目が、合った。

 反応は顕著。目は大きく見開かれ、その直後には、一歩足を踏み出していた。

 

「要治療患者数名を確認。そこを退いてくれ。彼を治療する」

 




あの人っていつから始末屋してたんだろうか。
それに自分なりに答えを出した回でもある。

後妙手時代位ってどの技が使えてどの技が使えないのか分からないゾ……(ケンイチ情弱ホモ)

追記:一部表現を変えました。


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第七回・裏:強襲、黒虎白龍門会 後編

「――要治療患者数名を確認。そこを退いてくれ。彼を治療する」

「「「……」」」

 

 呆然としていた三人。だが、正直こっちも目が丸くなっている。なんで此奴がここに居る。そもそも治療とは……この状況で。どういう思考回路をしていたら、そう言う発言が出て来るというのか。教えて欲しいくらいだ。

 

「……どうする?」

「仕方ない。そっちは任せるぞ。俺は此奴を始末する」

「――! オイ待て、ソイツは関係……」

「見た時点で始末の対象だ。死ね」

 

 そう言って即座に一歩踏み込む翻子拳の男。完全に不意を突かれただろう。奴にとって、これはただケンカに割り込んだ、位の感覚なのだろうが……違う。此奴らはそう言った事に躊躇いの無い危険な輩。

 思考の隙を突かれては、どんな実力者も――

 

「――要治療患者は、未だ居たか」

「……は?」

 

 それどころじゃなかった。受けた。真っ向から。

 先ず顔面、というか額に一発受けて……しかし、その時点で微動だにしない。逆に度肝を抜かれたのは此方だ。驚きもせず、逃げもせず、顔面に拳を当然のように受け入れ。そして、なんて事も無いように払い除けた。若干、額から血が漏れていた。

 

「其方の二人も治療しなくてはならない。今すぐ戦闘をやめて……」

「――舐めるな。素人が」

「む」

 

 気合を入れ直した翻子拳使いは、すぐさま攻撃を再開する。今度の拳は当たる前に払い除けられたが、構わず乱打。しかしそれらの拳も、どれ一つ掠らず、空を切る。相手の手に払われ、受け止められ、そして時には躱され。

 

「……素人か? 貴様」

「私は医療スタッフだ」

「戯言を!!」

 

 ――それは制空圏、というわけではない。

 自分に対して、ただ繰り出される拳に一々反応しているだけだ。無意識で打ち落としているというよりは、一々意識して迎撃している。そんな物を制空圏なんぞと呼べば、それこそ武術家に対する侮辱になるだろう。

 しかし、それでも当たらない。悉く迎撃され、払われ、あるいは防がれる。

 まるで目の前の男の動きが、手に取るように分かっている様でもあった。

 

「――何故だっ!? 何故当たらん!?」

「ふぅ……」

「ずえぇあっ!」

 

 苛立ったのか、翻子拳の男が裂帛の気合と共に拳を顔面に向かって繰り出し……瞬間、信じられない物を見た。

 拳を突き出した男の方が、地面に尻もちをついてひっくり返っていたのだ。まるで、足でも滑らせたかのように。何が起こったのか、分からないと言った様な顔だ。俺も……分からない、早業、という訳でもない。

 

「――では失礼する」

「え、え、は? あ?」

 

 その横を、悠々と抜ける医療スタッフ。この鉄火場の中で、一番と堂々とした態度、そのままに俺の前にしゃがみ込み、目を合わせてくる。周りは何人も殺気立った男ばかり。店の中は荒れ放題というそんな状況下だというのに。

 

「立てるか」

「あ、あぁ……」

「近場の医療施設は……地下闘技場の医務室がやはり一番近いか。そこまで付き添う。其方の二人も治療を――」

「やかましい!! 急に割って入って来て、無事で帰れると思うな!!」

 

 だがその悠長さを咎める様に帰ってくるのは、小柄な男の猿臂。斧にも幻視するほどの勢いで振り下ろされた……パシン、という音がしたその直後、ハゲ頭はその男の後ろ側に、振り下ろした張本人は地面に手をついて四つ這いになって。

 ――今度はしっかり見て居たから、理解できた。

 

「要治療患者が動くのは宜しくないのだが」

「な、なにをした!? 貴様!?」

「君の動きは、ケガで明らかに鈍っている。患部に応急処置をするから今は動くな。処置を施したら、最寄りの医療機関に付き添う。それまで」

 

 今、あの禿げ頭は猿臂を……肩で受けていた。そして、その受けたその一瞬、思い切り振り下ろした肘に体重が乗っている一瞬に合わせ、蹴りで脛を叩き、そのまま倒れ込むのと入れ替わる様に後ろに回り込んで見せた。

 アイツは、殴られるその直前、何処に一撃を叩き込めば、容易くひっくり返せるかを理解して対処していたのだ。恐らくはさっき倒された翻子拳の男も、同じようひっくり返されたのだろう。

 

 戦う、武術の類ではない。相手の攻撃を受け、捌きつつ、たった一瞬を突いて相手を地面に倒す。その倒す先が普段は恐らくベッドなのだろう。暴れる患者をあっと言う間に制圧する技術の結晶がアレだ。

 

「くっ!? この男……!!」

「暴れず、大人しく治療を受けてくれ。ケガが悪化すれば」

「――背後がガラ空きだっ!」

 

 そのメカニズムは分からずとも、喰らった本人が、脅威だと十分理解しているのだろう、翻子拳の男も背後からなりふり構わず襲い掛かってくる……が、流石にそれを見過ごす程、甘くは無い。

 

「っな!?」

「ふん。今はコイツと協力して此奴らを潰すしか、道は無いか?」

 

 飛んで来た拳を、同じく拳で打ち落とす。流石に制空圏を築く事が出来れば、そんな怒り任せの拳など、通しはしない。

 流石に三対一では分が悪い。諦める積りも無かったが、だからといって無駄死にも全くもって御免被る。となれば……気に入らんが、ここでコイツと「潰す? 何の話だ」……すぅうううう……ふぅううううう。

 

「……おい。この状況が分からない訳でも――」

「協力するのであれば、直ぐにでも戦闘をやめて、私について来てくれ。口の傷は悪化すれば口内炎にも繋がってくる」

 

 マジか。

 あ、いや……いかん。心が乱れた。本気か、コイツは。この状況下、本当にこっちの傷の心配しかしてないのか。俺の傷を心配する前に、自分が重傷を負うだとか、全く考えている様に見えない。目の前の敵に対して、危険だと警戒していない。

 武人ではない、という魯の言葉は本当だ。

 ならば。

 

「――分かった。言い方を変えよう。そっちの患者を、さっさと治療を受けるように説得しろ。その邪魔をするこっちは、俺が引き受ける」

「……協力する、というのは、そう言う意味か」

「あぁ」

「――であれば、君が此方の二人を担当してくれ。病人を興奮している相手にあてる訳にはいかない。そちらの人物の相手は、私がする」

 

 ――そう言って、ハゲはそのまま一歩前に出て。その先で拳を構える男に対し、ゆっくりと口を開いた。

 

「という事だ。其方の三人は要治療患者。邪魔をしないでくれ」

「ふ……ふざけるのも大概にしてもらおうか!! お前たち、二人と一緒に槍月を始末しろ!! 此奴は僕がやる!!」

「はっ、はい!!」

 

 叫んで飛び出す翻子拳使い。

 その拳から逃れるように一歩、下がって相手から逃れるハゲ。相手の攻撃を避けつつ下がって言っている辺り……どうやらマトモに戦わず、この場から引き離す積りらしい。それなら、此方としても都合がいい。

 どうせ、こっちもそんな説得なんざ出来る訳がない。

 

「くくっ……こっちは俺達二人と雑兵で引き受けろってか。頭に血が上っているのか」

「構わん。初めから目標はこっちだ。手柄を譲ってもらった、と考えよう」

「二人でそれなりに苦戦していたというのに、勝てると思って居るのか?」

「「当然」」

 

 合わせて構える猿臂使い。そして、最初に倒した男は……恐らくは、酔拳当たりか。異様に構えが低く、柔軟な足腰をしている。

 

「お前こそ、我ら二人を相手に戦えると思って居るのか」

「お前こそ、我らを相手に苦戦していたと言うに」

 

 だが。どんな相手だろうが関係ない。

 

「はっ、勘違いをするな」

「何……?」

「手負いが二人と雑魚ばかり。実力も、あの翻子拳がずば抜けていた。奴が抜けたなら覆しようもある」

 

 今は……全力で。目の前の二人を叩きのめせることを喜びつつ、一つ暴れさせてもらうとしよう。さぁて……!!

 

「驕ったな、馬 槍月」

「その驕りの代償は命だ。高くついたな」

「精々吠えていろ……本物の剛拳、というものを見せてやる」

 

 

 

「ええい、アイツ、何処まで逃げた」

 

 別に。感謝を伝えようと思った、とかではない。

 アレが勝手に乱入して来たのだから感謝もクソも無い。が。先ほど、ほんの一部を見たからこそ。あの禿げがどんな戦い方をするのかは、気にならないと言えば嘘になる。だからこそ探している訳なのだが。

 

「――こっ、このぉおおおおお!!!」

 

 漸く見つけたその先。月明りの下の草むらで、ハゲに向けて放たれた拳は空を切る。

 翻子拳使いの拳は鈍っていない。寧ろ、鋭さを増しているようにも見える。制空圏を攻撃に活かすだけの実力もある。あの三人の中で、一番強かったのはあの男だ。だが、それを、あの禿げは受け、時には捌き、叩き潰している。

 

――翻子連打!!

 

「シャァァアアアッ!!」

「――ふっ」

「ってぇえんなぁっ!?」

 

 お得意の連打も、最初に掴まれてしまっては意味も無く、そのまま地面に転がされるだけだ。しかし、本当に面白い様に相手が転ぶ。相手にとっては、たまらない話だろうが。

 

「ぐ……余裕を見せてくれるじゃないか」

「余裕はない。全力で相手をしている」

「ッ減らず口をぉ!!」

 

 吠えて、更に地面を蹴る……その一瞬、先んじて、ハゲの方が前に出た。

 驚いたのもつかの間、重心が前に乗り切るその一瞬を制され、胸板に掌底を貰いそのまましりもちをつかされた。立ち上がろうとしたが、遅い。もう既に額の中心辺りに右掌が突き出され、その動きを制している。

 

「……ぐぅっ!?」

「どうする。まだ続けるか」

「――」

「どうする」

 

 ……場の勝者は明らかだ。翻子拳の男は、顔を真っ赤に染めて横に転がると、闇夜へと駆けて消えて行った。

 

「――患者は」

「あぁ、俺が説得するよりも前に、周りの奴らが連れて帰った」

「治療機関に連れて行ったのか」

「そりゃあ放置していかなかったのだから治療もするだろう」

 

 ――正直に言えば、どうかは分からん。あの黒虎白龍門会の奴らだ。失敗した刺客を始末するくらいはするだろう。だが、それを話せばこの男はあの二人を追いかけて、本部に乗り込みかねん勢いだ。

俺と戦う前に潰されては、困る。

 

「そうか。であれば心配は無用……と信じたいが」

「言っておくが、何処へ行ったかは知らんぞ」

「そうか」

「――おい」

 

 流石に行方も分からぬ相手を探しようは無いのか。そう言って踵を返すハゲの背中に。一つ声をかけた。その戦う機会は、早ければ早い程、良いというものと、思ったからだ。

 

「なんだ」

「今からでもいい、俺と――戦え」

「いいや。やるならば、休憩時間に来い。その間であれば、構わん」

 

 ……結局。

 にべも無いとはこの事、とでも表現できるようなその一言に完全に機を失され、俺は暫し闇の中に立ち尽くしてから。やけ気味に店で酒を煽ったのだった。

 




同格、又はちょっと格下、怪我人相手にはこんな感じ。
格上相手は、まぁメスガキちゃんの時の様な感じ。

因みにホモ君も槍月さんもこの時点ではまだ妙手クラスです。



あとご理解いただけるでしょうが、作者はバトル描写が下手です(半ギレ) もっと上手になりたいです(半泣き) こんなバトル描写でも楽しんでいただけるなら、頑張って書いていきたいと思って居ます。


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第八回

 制空圏を学べなきゃチャートが崩壊する実況、はーじまーるよー。

 

 前回の槍月さん襲撃イベントを熟した結果、知り合いリストに『馬 槍月』の名前が追加されました。知り合いリストに一人NPCが増えました。やったねホモ君!! 友達が増えるよ!! おいやめろ。

 

 で、この知り合いリストが重要です。メスガキちゃんに関しては置いておくとして、近場に居るのであれば、コレで何時でも槍月さんの居場所を探る事が出来ます。彼に付きまとって居れば、何時かは彼とぶつかって制空圏を学ぶ事が出来るかもしれません。精々付きまとう事にしましょう。

 因みに知り合いとある程度好感度を上げて仲良くなると、個別でイベントが発生する事があります。その辺りはまた後程。

 

 とはいえ地下格闘場の仕事はサボる訳にもいかず、真面目にこなさないといけないのですけど……いますねぇ!!(歓喜)

 何と、槍月さんが自分から地下格闘場に来てくれています。しかも、ホモ君と殴りあいたいそうです。是非受けましょう(食い気味) とはいえ、現在の育成方針的に、今は直接戦わず只管防御と回避に専念し、引き分けを狙う事にします。じゃけん見所さんはありませんので加速しましょうねー。

 

『――ちっ、引き分けか』とはおっしゃっていますが、正直こっちは引き分けでも十分な経験値が得られます。そこらのモブ武術家の皆様とは違い、ネームドNPCは引き分けだけでもメッチャ経験値が美味しいのです。

 何故かと言えば、ネームドのNPCは同ランクのモブ武術家と違い、相当強めのステータスに設定されており、ガチで育成しているキャラでも全然苦戦するレベルです。なので極まったRTA兄貴姉貴とかじゃなければ負けるか引き分けが前提なので、それでもしっかり経験値が得られるように設定されています。勝利で得られる数値とは差がありますが。

 

 それでも普通に患者を制圧するよりも多く経験値を得られるのですが。毎日できる訳ではないので、やはり地下格闘場をやめる理由にはなりません。正直、この前の一件で黒虎白龍門会とは微妙な関係なんですけど、経験値には何物にも代えられないから仕方ないね(修羅の道)

 ネームドと言えば。この前戦った黒虎白龍門会の刺客に翻子拳の使い手が居ました。翻子拳の使い手のモブキャラは幾らでも出て来るのですが、『黒虎白龍門会』の『刺客』という分類が付くと、話が違ってきて、ある一人のキャラの若い頃である事が確定しています。

 名前は慧 烈民。人間災害の異名を持つ武術家で、普通に強い達人です。アパチャイさんと交戦し、ある程度拮抗したというだけでも、その強さが分かるでしょう。

 

 とはいえ、流石に一影九拳と同レベルという訳でもなく、しかも命令が無ければ動かないので、黒虎白龍門会と敵対して居なければそこまで気にする必要はありません。敵対して居なければ、ですけど(絶ギレ)

 一応、ほんへを守るためにも敵対する方向に舵を切ってしまった訳ですが、それでも面倒なのは変わりないので、ちゃんと金と詫び状を送って関係改善はしておきましょう。今はそれをしている余裕ないですけど(憤怒大罪) だって君達槍月おじさん殺すじゃん……それを許すわけにはいかないじゃん……

 

 それらも踏まえ槍月さんがここからふらりと居なくなるまでが制空圏を会得する機会です。ゲームの仕様上、欲しい青得を持っている人と殴り合いするのが一番の青得を獲得する機会なので、ここで獲得するつもりで殴り合っていきましょう。

 といっても見所さんはクソほども無いので加速な訳ですけど(容赦ゼロ) しかしこっちから向かう必要も無くガンガン向こうから来てくださるのが本当に知り合いリストの意味を無くしているというか。

 

 さて、加速している間、アホほど暇ではあるので何か暇をつぶせるような話、そうですね。現状のホモ君についてお話します。

 実は前回の戦闘が終わった後、新たなる青得である『構造把握(人体)』を獲得しております。この青得は『医学的知識』を前提とする青得で、主に防御面のステータスが上昇し、治療効果もアップする有能な青得です……はい。また防御面強化されちゃいました。

 ホモ君の育成方針は兎も角、青得が増えるのは良い事なのでなんでもヨシ!!(適当)なんですけど、その代わりと言わんばかり、相当厄介な赤得が付きました。

 それがこの『無血主義』です。具体的にいうと、攻撃にデバフが付きます(半ギレ) 防御にはつきません。達人になるって言ってんのに攻撃にデバフ付くっておかしいだろお前よぉオオン!?

 

 ……と、普通なら怒り狂っている所なのですが。今回ばかりはもう覚悟していました。この赤得は、基本的に防御主体であまり攻撃をしないスタイルだとついてしまいます。最近は格上ばかりと戦って、基本的に引き分け、タイムアップ狙いで防御と回避、及び迎撃重点になってしまっていたので、このリスクは正直ずっと背負って来たので、来るものが来た気がいたします。

 しかし、この赤得は決して悪いという訳ではなく。現状、動の気で防御重点というちぐはぐなホモ君を達人まで導くための、道しるべでもあります。ある意味、前兆と言えば良いでしょうか。

 

 この赤得が付く事で解禁されるようになる青得もあるにはあるので、それの獲得をこれから狙って行こうと思います。そして、その青得を活かす為にも『制空圏』獲得は必須迄あるので、覚えてくれよなー頼むよー……ああもうまた付かなかった!!

 もう槍月師父と114514364364回(大本営発表)位組手したのになんでつかないんですかねぇ……やっぱりお師匠が居ないと付きにくいですねぇ!!

 

 とか言ってたら、加速が止まりまして。組手終わりのホモ君達に近寄ってくる二人組が。って片や慧 烈民! またぞろ槍月さんを狙ってこっちに来たようです。しょうがねぇ、俺が再び加勢を……えっ!? 槍月さんお一人でお相手を!?(ステーキ並感)

 という事でコントローラーを置いてイベント鑑賞タイムと参りましょうか。イベントって事はほぼ槍月師父の勝利は確定しているので(ゲーム脳)

 

 しかし流石は将来の達人、慧 烈民。昨日アレだけ派手に負けて置いて尚、速攻で槍月さんに挑むとは……アレ? 槍月さんの方には別の方が……えぇっ!? け、慧 烈民さんはホモ君狙いですかァーッ!?

 ど、どうして……! 『昨日、屈辱的な敗北をくれたそのお礼だよ』なんてそんな! 真っ当に相手せずに、防御と回避、及び下段狙いのダウンで徹底的にマトモに相手せずにタイムアップを狙って倒しただけじゃないですか!(切実)

 

 くっ、なんという言い掛かりだ。コレは徹底的におちょくり倒して二度と反抗出来ないようにしなくては(使命感) 将来の達人フラグをここでへし折ってやるんだよ!!(不可能に挑戦するホモの鑑) まぁそんな事すると宿敵フラグが立って面倒なので、相も変わらず防御と回避でタイムアップを狙って、宿敵フラグも立たせないので彼とはこの中国修行編でお別れですけど(暗黒大爆笑) 舐めさせてやるよ?(屈辱)

 

 さてそんなこんなで槍月さんの方の戦闘からスタートですが……まぁ会話イベントなので打撃音が響いているだけですね。あっ、終わった。瞬殺ですねぇ!! 因みに現状のホモ君よりも圧倒的に得能面で勝っているので、実際戦ってみても、防御主体じゃないと組手も出来ません。『無血主義』の赤得は付くべくして付いたと思います(諦め)

 さて、そんな槍月師父の後はホモ君な訳ですが……すいませぇ~んこちらぁ、唯の医療スタッフなんですけどぉ~? そんなただのハゲにB!(暴力)ふるってぇ~、恥ずかしくないんですかぁ~?(煽り)

 

 そんな情けない中国武術家との勝負は全カットだ(容赦ゼロ)

 

 で、当然のようにタイムアップで勝ちましたねぇ!! ふん、恨むなら、タイムアップの判定勝ちでは宿敵フラグも立てられないこのゲームの仕様に言うんだな慧 烈民。お前になんて付き合ってやんねー(外道)

 そして一応ネームドなので経験値も、うん。美味しい!! 君レベルだったらドンドン来てくれていいから。その都度徹底的に転がすんでね!!(鬼畜外道)

 

 因みにこれでもワンチャン個人からの恨みを買う事はありますが、まぁそこまで警戒していては余りにも弱気過ぎる打ちまわしになるのでここは思い切って北を切っていきたいと思います(市川並感) 相手はアカギではないのでセーフです。

 さてコレでこのイベントは終わり……かと思ったら、槍月師父から話しかけられましたのですが。『無駄な動きが多いな』とのお言葉です。無駄な動きだとオラァン!? 防御に全てを注ぎ過ぎて余剰分が欠片もないんだよぉ!!(切実) 実際、ホモ君のビルドで勝ちを得ようとすると防御クソ雑魚兵隊君しか無理なんですよね……防御が高すぎる代わりに攻撃力が低すぎる(半泣き)

 

 あ、でもホモ君の経験値効率が上昇しました。NPCと会話してるとこういうお得なイベントもあっていいですねぇ!! 因みにNPCと友人関係になったりするとお得なイベントがもっとあるのですが、それはまた何れ。

 よーし最後に槍月師父が早速とばかりバトル申請して来たんで組手をやって終わりだァ!! ご視聴、ありがとうございました! あ、やっぱり攻撃力が更に落ちてる。転倒だけだと殆どダメージ与えられない……哀しい……

 




慧 烈民とかいう一連のエピソードのボスを努めたというのに影の薄いアイツ。
なおそれより薄い呂塞五郎兵衛とかいうキックの魔獣。達人級の筈なんですけどね。出来ればそういう達人級にも出番を与えたいですけど、散らかり過ぎると終わらないし……ジレンマ。


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第八回・裏:無血制圧

「我が翻子拳、素人同然の男に潰されたとなると……些か外聞が悪いんだよねぇ。という事で一つ立ち合いを――」

「退け。治療の必要のある患者が出て来た」

「……そうしたければ僕を倒して行くといい」

「邪魔をするのであれば、押し通る」

 

 ――先日は、見れなかった。バキシモの戦い方。

 戦い方、といって良いのか。奴が患者と接する中で鍛え上げた言わば……制圧術か。患者に対する。それを、しっかりと見る機会だ。下手な事はせず、多少なりとも手加減くらいはする。まぁ、それでもアイツを刺激したのは間違いないが。

 襲い掛かってくる相手を返り討ちにするのだから、気絶させるだけの一発は必要だからそれなりの力は入れた。言い訳はせん。

 

「では早速……ペシャンコにしてあげようじゃないか!!」

「……」

 

 最初は翻子拳の使い手……慧、とか言って居たか。先に見たのと同じ、拳から……かと思ったら、足から繰り出して来る。どうやら戳脚も学んでいたようだ。拳主体で攻めていた先日の事を引っかけとする為に初手に蹴りから入った、と言った所か。

 普通なら、前日殆ど拳しか使って無かったのを考慮し、引っ掛かっても不思議ではない。武人であれば、寧ろ引っ掛かるだろう。対戦した相手の事を憶えてその特徴から対策を練るのは普通の事だからだ。だが……

 

「――構っている暇はない」

「なにっ!?」

 

 すり抜ける。足の下を。そしてそのまま、地面に倒れた男の方へ。まるで予期していたかのように……いや、実際予期していたのだろう。

 

 バキシモと組手をしていて気が付いた。この男は、相対した相手をよく見ている。武術なんて言うのは目が重要というが、コイツはそれの具体例といっていい。

相手が動いたその時には、その体に染みこんだ医療の知識から分析を開始。体の動かし方、筋肉の付き方、そして重心が何処に乗っているかまで見抜いてくる。その上で、相手に対処する最適の動きを選択する。回避するのかそれとも、防御するのか。

 制空圏なしに相手の動きを捌けるのも頷ける。

 

「……ッ!!」

「意識無し。最寄りの医療機関は……」

「無視しないで貰いたい!!」

 

 とはいえ、無視された慧が面白くないのも当然だろう。飛び掛かっていくが……もう見られている。拳の乱打は哀しく空を切るばかりだ。

 制空圏と違い、死角からの攻撃でも無意識でも反応する、という事は無いが。逆に視界に映っているのであればほぼ間違いなく相手の攻撃を防ぎ、避け、捌けるだろう。同格は勿論、多少格上相手でも通じるだろう技術。

 傷を負って、一刻も早く安静にさせなければならない。しかし、武術を覚えた相手に下手な抵抗をすればよりケガを悪化させかねない。そんな患者相手の極限の状況で、素早くベッドに倒す為に身に着けたのだろう。

 

「――いい加減にしてもらいたいな」

「ッ!? こ、これだっ!?」

 

 突き出した拳を右で内側へ往なしつつ、同時に一歩前進、左足を相手の前方、というより踏み出される足の前方に、左を後頭部に沿える。相手の攻撃を捌くのと、一歩前進し相手の動きを制する、同時に行ったその結果は。

 重心が、拳の側に寄っているからこそ。

 

「ぐぁっ!?」

「ぬぅうわぁ!!」

 

 派手に前面に転倒。

 もし往なした後に、一歩前進の動きであれば間違いなく体勢を立て直されていた。相手の動きを見切って、その動きを先んじて阻害するあの動きは、此方としても想像の遥か外の動きだ。

 想像し得るか? 自分の動きが、動き出しの時点で分析されているなどと。否、分かっている俺ですら、それを突破し得ないのだ。

 

 動きから想像されるのであれば、想像を覆す奇手を打てばいい。が、やはり奇をてらった一手は威力にも速度にも欠ける。しかも此方の動きに先んじて動いているからこそ、向こうには僅かな余裕がある。その一瞬で防御やら回避に転じられてはどうにもならない。

 王道では先んじて潰される。奇手は普通に防ぐなり回避すれば良い。

 

「……ぐっ」

「彼を病床に連れて行くだけだ。それだけの時間くらい……」

「こうも、転ばされて……止まれると思うかい!?」

 

 激昂の声、そこから起き上がり直後の連続突きも、そもそも真っ向から対処せず下がられてはどうにもならない。奴にとっては、相手の動きを察知した時点で『阻止』『防御』『回避』の三択から、その時の状況に合わせて行動が選べる。

 余裕があれば相手を阻害、無ければ防御、そして……

 今の回避は、更に一歩踏み込んでの攻撃を誘う、布石だ。

 

「……」

「んなぁ!?」

 

 下がっていた所から、更に一歩踏み込む瞬間に合わせ、此方からも一歩前進。低い姿勢で相手の懐に飛び込んで背中で胴をかちあげ、跳ね飛ばす。そのまま地面を転がった慧が立ち上がるまでにバキシモの奴はもう既に俺が倒した男を持ち上げていた。

 

「馬」

「ん」

「彼を最寄りの医療機関へ。頼む」

「……俺か」

「本来であれば俺が運ぶべきなのだが、予定変更だ。先ずは患者の身が優先、この男への説得は不可能と判断し、鎮圧する」

「医療スタッフの言う言葉ではないな」

「患者の身が優先だ。急いでくれ――ふっ!」

「よそ見をする余裕があるなんてねぇ!?」

 

 飛び掛かってくる慧に対し、拳を打ち落として対応するバキシモ。俺に対処しろ、と言わない辺り奴を引き付けて置けば、倒れた男を運ぶのを邪魔されない、と判断したのだろう。実際そうだ。あの慧、とか言う男の執着、尋常ではない。

 

「――良いだろう、運んでやるから、存分に戦って来い」

 

 

 

『俺と組手しろ』

『――運動であれば、付き合う。健康に良いからな』

 

 そういって奴は何時も俺の挑戦を受けた。といっても、満足のいく勝負が出来たかといえば正直そうではない。奴と戦う時は、何時も俺が好き勝手打ち込み、それをやつが全て捌いて躱して……決着も付かずに終わるのだ。

 向こうからは一切向かって来ず、ならば制空圏は全く役に立たない。只管に此方から打ち込むしかない。だが、奴の守りを崩せたことは無い。

 

 攻めに関しては、恐らく素人同然だろうが……その代わり、守り、そして捌いてからの崩しという一点においては制空圏すら使わずしてとんでもない硬さを誇る。俺がどれだけ全力を叩き込んでも、凌ぎ、防いで決して致命の一撃を通さない。

 基本的に拳ではなく掌底。叩き落す、というよりは弾くと言ったような動き。相手の力を受け止めてそのままに弾く……効率の良い動きとは思えん。が、その代わり、なんというか……妙に疲れる。一回弾かれるだけでも大分力を使わせられる。

 

 故にこそ、何時も『これ以上はどうしようもない』と此方が悟る程消耗して終わる。消耗している状態で突破できる程、奴の守りは柔くない。

 

『全く……どういう鍛え方をすればそうなる』

『患者と接していただけだ』

『患者と接するだけでそうなるなら医者は全員バケモノになっている』

『患部の治療を行う時に効率よく相手の筋肉の動きを抑えれば治療もしやすい。これもそれのちょっとした応用だ』

『そうはならんだろう』

 

 思わずそう言ったのを覚えているが……まぁ要するに、徹底的に『()()()無傷で制圧する』というのに全てを傾けて組み上げたのが、あの武術とも呼べぬ、何かなのだろう。

 

 

 

「……がぁあああっ!!」

「明らかに動きが鈍ってきているぞ」

「ふ、ふざけっ!!」

「君が一番分かっているだろう」

 

 恐らく、これが最後になるだろう。

 もう既に勢いを失った拳は軽々と弾かれ、逸らされ、その崩れた一瞬にひっくり返されて……後は、歯噛みした様な表情を浮かべる翻子拳の男が居るのみで……もはや、敵わぬことは流石に悟ったのだろう。

 

「覚えて……いろ……黒虎の、名に……賭けて……必ず貴様を……ッ!!」

 

 捨て台詞を残し、逃げ去っていた。

 

「恨まれたものだな」

「そうされる覚えはない」

「アレだけ見事に敗北を刻んでおいてよく言える」

「仕方あるまい。もし来ても、対処するだけだ」

「ふん……そんな動きでか?」

「何?」

 

 随分と、あの男の表情は恨みに歪んでいた。ああいう輩は、何をしでかすか分からん。そのつまらない復讐で潰されても、楽しみが潰える。故に、ちょっとした慣れぬ事をする気になった。

 

「お前は無駄な動きが多い。が、それを変えるつもりが無いのなら……間合いの管理くらいは、意識して見ろ」

「間合いの管理……?」

「武術家は基本的にやっている事だ」

 

 コレでもし。もう少しこの男が強くなるのであれば。それも良し、と思ったのも、嘘ではない。

 




弾き、凌ぐ。隻狼かな?


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第九回

 将来の達人の心をへし折る実況はーじまーるよー。

 

 前回、慧さんの攻撃を悉く凌いで終わりました。迂闊に攻撃すれば翻子拳の強烈な攻めに押し切られていたかもしれませんが、守りを固めておけば馬 槍月師父に及ばぬ妙手崩れ程度であれば……この通り!!(満面の笑み)

 いやーやっぱりね。これですよこのゲームの醍醐味は。こうやってオリジナルキャラで原作キャラに勝つ事! これこそこのゲームでのプレイングのイメージ! こういう剛かい(豪快)な勝利をしてこそのオリジナルキャラクターです! ハハハハハハ! 尚まだ弱い時代に弱い者いじめをしているだけの模様。ただのクズやんけ……(呆れ)

 とはいえ、慧さんを殴り倒している訳ではございませんのでこれでもセーフです。圧倒的セーフ……っ! 殴り倒したらめっちゃ恨み買いますからね(震え声)

 

 しかし慧さんをボコして尚取れぬ制空圏……あぁ、何時になったら取れるというのか。そう言えば制空圏と言えば、思い出したんですが、因みにホモ君はこのゲーム中最強クラスの青得『流水制空圏』を会得する事はまず出来ません。

なんでかというと、このゲームで相当厳しいルートを通らないとなれない『超人』という『達人』の次。最終段階、というか特殊クラスじゃないと動、及び静の気を両方使いこなす事は出来ません。動の気が解放された以上、静の気自体の運用は出来なくなりますので、静の気の極みである流水制空圏は会得が出来ません。はえー哀しい。

 

 まぁそんなたらればはどうでもいいので取り敢えず槍月師父と今日も組手です。制空圏を会得できれば全ては変わります。きっと。と言ってももう半年以上は過ぎてるんですよねぇ……何時になったら手に入るのか制空圏。

 っと、このタイミングで加速が止まったという事はイベントですね。何のイベントでしょうかぁ……?(ねっとり) おや、これは酒場にて? どうやら槍月さんとの組手の後に呑みに誘われた模様です。これは……友情イベントじゃな?

 

 NPCとはライバル関係になるだけではなく、組手や交流を繰り返す事で好感度というか絆というか。そんな感じの数値を上げる事が出来ます。

 キャラによっては稼ぎやすい行動があり、分かりやすいモノだと、拳魔邪神、シルクァッド・ジュナザードというラスボスよりもラスボスらしい中ボスがいるのですが、彼と交流する時には『果実を与える』とかいうペットを餌付けするみたいな余りにも可愛らしい選択肢が出ます。渡す果実によって好感度の上昇率が変わっており、特定の果実を与えると特殊イベントがあるなど、謎に細かいです。

 後は剣星師父の『おすすめのエロ本を渡す』や香坂しぐれ師匠との『お料理レッスン』などイベントは豊富ですが、今は置いておきましょう。

 

 で。槍月さんの一番好感度が上がる行動ですが……組手と酒です(ド直球) というか他ではほとんど上がらず、この二つだけしかマトモに上昇させられません。なのでこの人と友好的な交流するにはライバル関係にならず、且つ殴り合いを続けるという、どうにも面倒な作業をする事になるのですが。

 ところがこの仕様、殆ど防御しかしないホモ君にとっては逆にラッキーまであります。殴り合わず相手の攻撃のサンドバッグになっているだけでいいので脳死でも好感度がガンガン上がります。

 流石にあの凶悪メスガキが居る状況でライバル沢山作れません。ライバルを量産して良いのは原作キャラだけってそれ一。

 

 という事で、槍月さんと共に刺客を撃退した酒場に来ました。

 因みに友好度に関しては普通上げて損はありませんが、このアライメント縛りにおいては上げすぎると、所属している陣営に誘われる事があるのでそこだけ注意しましょう。まぁ槍月さんに関しては全然関係ないんですけどね!!(爆笑) この人って極めて個人主義なんで『一緒に闇の武術極めようぜ!!』とかはしてきません。

 因みにアーガードさんと友達になった状態だと『一緒に殺人武術極めようぜ!』と満面の笑みで誘ってきますねぇ! いやな友情だなぁ……お断りしてもユウジョウ! が上がってもっと『殺人武術極めようぜ!』の密度が上がります。いやな友情だなぁ……(しみじみ)

 

 それは兎も角、槍月さんとの会話パートですが……えー、ここでお知らせがあります。槍月さんは基本的に会話をしません(困惑) 自分から飲みに誘っておいて会話をしないとかどういう事なの? 一言位『調子はどうだ』的な事しか言いません。という事で殆ど見所さんはないので加速……な ん で 等 速 に 戻 す 必 要 が あ る ん で す か?

 

 えー、途中で槍月師父が『……お前は何のためにそこまで鍛えている』という質問を此方に投げかけて来てくださいました。ごく稀にこうやって武術に関するスタンスを聞いてくれる事があるのですが、コレはラッキー……なのか分かりません。武術は×ついてるんですけど、それでも大丈夫ですかね(マジレス) 選択肢は三つあって活人拳寄りの選択肢、殺人拳寄りの選択肢、どっちでも無い選択肢の三つです。

 基本的にはアライメントを寄せる為にも前者二人の何方かを選びますが、今回は容赦なく後者です。前者二つは得がある可能性がありますが、三つ目は基本的に何の得もありません(半ギレ)

 

『フン。青い事を言う』

 

 因みに三つ目は『夢を叶えるため』という選択肢です。スッゴイ丸いな!!(呆れ) 槍月師父が呆れるのも当たり前だよなぁ!? とはいえこの先もアライメント調節の為にこの選択肢は大量に選ぶので、もう覚悟は決めてます。

 後、選択肢次第で好感度が上がったりもするのですが、正直な話コレに関してはランダム要素が多すぎるのでどうにも。あのアレクサンドル・ガイダルさんでも活人的な選択肢で好感度が爆上がりする事もあるので……殆どF〇Oの極大成功みたいなもんです。

 

『――だが、貴様には似合いの理由か』……ファッ!? とか言ったら引いた!? 極大成功引いた!? 何というラッキー。しかしそのラッキー、せめて青得に回して欲しかったです……!! 何度ホモ君が組手で青得をゲットしてくれと願った事か!! 因みに前回から十回程組手をしていますが一個もゲット出来てません(絶ギレ)

 しかし、これで好感度上昇。このゲーム、ライバルもそうですが、友人も結構重要だったりします。達人になってから、友人関係のNPCを伴って依頼とかも出来ますし。ライバルはそう言う事出来ません。寧ろ自分と逆陣営に必ずといっていい程付いています。

 

 お、槍月師父との仲が『友人』になりました! やったぜ(UC) コレで順調に好感度を上げて行けば、将来の危険な依頼への道連れが出来ます。へへへ、コレが友人(肉壁)の素晴らしさだ……!!

 

 ……で、今物凄い哀しい事実が判明しました。普通に師匠がいるプレイだと、この辺りで友人の五、六人は軽くいるんですけど。えーホモ君に関しては……これが最初の友人になります!!(断言)

 いやそんなバカなと思って調べてみたんですけど、知り合いリストに居るのはライバル関係のメスガキ、ジャックちゃんと死んだお父さんだけで、マジで友人どころか、武術関係の知り合いの一人も居ませんでした。因みにコレ、梁山泊や活人拳側は勿論として、YOMIのメンバー、一影九拳のメンバーと比べてもダントツに少ないです。強くなるためとはいえ哀しいかな……初めて出来たお友達にきっとホモ君もウキウキでしょう。

 

 さて、こうして友人となった槍月さんとの組手を繰り返してるんですが……そろそろ放浪癖の赤得の効果で、槍月さんが中国の外に出て行っても不思議じゃない時期になってきます。うーん、制空圏会得は厳しいかも知れませんね(絶望)

 ここを逃すと、次はムエタイの方でアーガードを探す位しかないんですけど、彼積極的に殺人拳に誘ってきますからねぇ……あ、ワンチャン日本に行って本郷、逆鬼、鈴木トリオを救出がてら制空圏獲得チャンスと……か言ってたら加速が終了したんですが。

 

 格闘場のでのバイト終わりにイベントです。一体何方さんが何の御用なんで……

 

『――やぁ、悪いが、馬 槍月をおびき寄せる為の餌になって貰うよ』

 

 ……わぁ、団体さんだぁ(震え声)

 えー黒虎白龍門会の皆様ですね。ハイ。えーっと、ホモ君は別にあなた方と関係悪化させてない筈なんですけどなんの御用……はい、すみません。分かってます。コレが、友情を深めた弊害ですね。

 えっと、NPCと友人になると、稀にそのNPCのトラブルに巻き込まれたりします。それがホモ君に襲い掛かった形です。後強制イベントなんでバトルも出来ません。バトルならこんな奴ら全員タイムアップ送りにして終わりなんだけどな―オレモナー(強気で弱気なホモ)

 

 ふふ、だが……馬鹿め!! あの馬 槍月が友人が捕まった程度でこんな所まで暴れに来る訳が無いだろうが! 自他ともに厳しい拳豪鬼神舐めてんじゃねぇや!! そしてお前ら組織系キャラは関係悪化してないキャラクターを攻撃できない事を知ってるんだよ!!

 そしてホモ君も一応は青得で自分の治療も出来ないことは無いので、もし多少いたぶられても回復は余裕です。ふはは!! 貴様等はシステムを把握し徹底的に対策したこのハゲの前に敗れ去るのだよ諸君……あれっ?

 

 おかしい。ダメージがどんどん出ている。あのーそろそろ死ぬんですけど。そして相手が慧 烈民!? ま、まさかいつの間にか関係が悪化していた!? 何時の間に!? なんでだ! 組織に所属している人間に大きなダメージを与えなければ組織とは敵対しないと……あれっ?(気づき)

 もしかして、個人は、その限りではない?(今更)

 

 成程。

 えー、ここまで、ご視聴、ありがとうございました。どうやらホモ君はこれまでの模様です。槍月師父が助けに来る可能性がほぼ無い現状、ホモ君はガメオベラしかありません。えっと、敗因は……キャラとの関係の構築の失敗ですかね!!(ヤケクソ)

 やっぱりホモハゲはダメやな!! 次のキャラクターはもっとイケメンか美少女に構築して、もうちょっと治安が最低な所からスタートしましょうか! レベルは正義!! もっとパワーレベリングしなきゃ……(使命感)

 

『――随分と楽しそうじゃないか』

 

 ……ンファッ!?

 




ジュナザード師匠の果実の反応

普通の果物→〇
バナナ→◎
アケビ→〇&特殊会話
ブランド果物→◎&確率で青得

ドリアン→転げ回る幽鬼での滅殺


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第九回・裏:拳豪鬼神 前編

「――っち。またコレか」

「時間だ。コレで失礼させてもらうぞ。馬」

「ふん、次こそは叩いて潰してやる……」

 

 此奴との手合わせは、一つ条件がある。

 この男は、基本的に治療する事を優先する。俺との組手に付き合うのも、格闘場での試合が一段落する、休憩時間のほんの僅かの隙間の時間だけ。凡そ、二十分あるかどうかも微妙なそんなわずかな間だ。

 それでも俺の攻撃一つ一つに丁寧に付き合い、捌き、躱し、転がし、対応するコイツとの殴り合いは、実に身になるのは間違いない。

 

 最近は言われたとおり、少し間合いを意識しているのか、さらに硬くなってきているのが分かる。実に……面白い。

 

「……おい」

「なんだ」

「お前、格闘場が閉まった後、暇か」

「……終わった、その後の時間は座学に使っているが、それはあくまで自習だ。自習をするという事は、暇な時間ではある。うん」

「回りくどいが、要するに暇なんだな」

 

 コイツとの組手とは満足する、時間ではある。そして、人付き合いなんぞ苦手だが。魯と組手の後に酒を酌み交わしたあの時は、そう悪い時間でも無かった。故にその二つを頭の中で合わせ……ふと、思ったのだ。この目の前の男。

 

「一つ付き合え」

「なんにだ」

「酒だ」

 

 此奴が、酔ったらどんな風になるのか。と。

 

 

 

 この男がマトモに笑ったのを見た事が無い。そもそも、殴り合っている時ですら汗一つ流さない。何時も辛気臭い真顔をしている。

 俺以上に鉄面皮。俺以上に無表情。俺以上に無愛想。そんな人間がいるなんぞ、この年になっても知らなかった。故に、本当に、柄にもなく。気になったのだ。コイツ、そもそも酒なんぞ飲むのかと。というか、こういった娯楽を嗜んだ事なんぞ、無いのではないのかと。思ってしまった。

 

「……」

「飲まんのか」

「いや。飲むが」

「では、見てばかりでなく、飲め」

「いや、その……酒を、飲むこと自体が……初めて、でな」

「……フッ、その面でか」

「顔は関係ないと思うのだが」

 

 結果として。その予感は的中。

この男、そもそも酒を呑んだ事も無い。そして、この感じを見るに、娯楽らしい娯楽も嗜んで来なかったと見える。奴は何時でも、地下格闘場で患者の治療に明け暮れている。ずっとこう、と言われても一切違和感はない。つまりそう言う事だろう。

俺ですら酒という人生の楽しみを見出しているというのに。俺以上に不器用では無いのだろうか、コイツ。

 

「で、どうだ」

「……不思議な感覚だ。味ではなく、この、胸が熱くなる……コレは」

「良いか悪いかを聞いている」

「悪くは、ない……恐らくは、だが」

「くくっ、随分と歯切れが悪いな。」

 

 初めての酒に少し困惑している姿からは、俺と向かい合って組み手をしている時のあの迫力は欠片も見られない。余りにも落差があり過ぎて、笑いが抑えきれなかった。

 ……こうなると、また気になりだして来る事は。

 

「酒すらマトモに知らんほどに……お前は何のためにそこまで鍛えている」

「患者を確実に制圧する為だ」

「即答か。いや、そう言う事ではない。何故そこまで鍛えられる環境に居る。貴様のような人間が態々あんな底の底に行く必要は無いだろう」

 

 この男の様な人間は、何方かと言えば表の世界でカリカリと勉学にでも励んでいるような輩だ。真面目一徹、学に励みながら、社会に出て、晴耕雨読を地で行くが如く穏やかに過ごす。そんな生き方をしていても、何の不思議も無い。

 血を見る事を病的なまでに拒み、負傷を許さぬなど、この世界にそぐわないにもほどがあるという話だ。

 

「……」

「――否定は、しない。パパには、その様な生き方を示された事がある」

「だろうな」

「しかし。今はその様な生き方に頷けはしない」

「どういう意味だ」

「夢があるのだ。俺には。夢というより、願いか」

 

 そう言って、バキシモはゆっくりと、盃の中の酒をあおった。その顔は、何時もの鉄面皮からほんの僅かだが歪み……盃の中で揺れる水面に、睨む様な瞳が写り込んでいた。

 

「負傷も、死も。俺にとっては、許せぬものだ」

「あぁ、それは言われんでも分かる」

「故にこそ。俺は目の前に居る傷病人を決して零さない、と決めている」

「医者にでもなれば良いのではないか」

「――時間がかかり過ぎる。誰かを治療するのに、資格はいらない」

 

 そこまで言われ。ふと思い出す。そう言えば地下格闘場の医療スタッフなど、殆ど素人同然の者が多い。ごく稀に、医者に成り切れず腐っている、藪医者が居れば幸運、ぐらいな物だろう。

 

「それで地の底で必死に医療の修行。それで思わずして腕が上がった、か?」

「初めは……そうだった。だが、今ではより効率よく自分の体を運用できるように、意識して動いてはいる」

「……ほう?」

「どのように人間を抑えればいいのか。そして、どうやって体を動かせば効率が良いのか。そう言ったモノは、医療にも活かせる知識だからな。意識して居れば、それは治療する時の得難い経験になる」

「はっ、随分と固執しているな。そこまでして、願う事はなんだ」

 

 そう言ってバキシモは……少し考えて。窓の外、夜空を少し見上げ……改めてこっちに視線を向けた。

 

「願いは……ずっと、今でも変わっていない」

「あぁ」

「目の前の患者の命を、一つでも多く救うために。それが、より良い先に繋がると信じているから、俺はこうして、今でも願いを叶え続けている。この願いは終わる事無く、俺が死ぬまで続く……そんな願いだ」

 

 ……医者を目標にしている奴であっても。恐らくこんなセリフを言うのは、青臭い、本当に駆け出しの頃だけだろう。ましてやこんな年齢で、人生の甘いも酸いも噛みしめてきたこんな年頃の男が、酒の席で馬鹿真面目に、そんな事を。

 

「フン……青い事を言う。貴様、現実を見て居ないと言われたことは無いのか」

「言ってくる相手も、特に居なかったのでな」

「そうか」

 

 だが。何故か納得できた。目の前のこの男が言うのであれば。

 

「まぁその辛気臭い顔には似合いの願いだな。精々叶え続けてみろ」

「……あぁ。そう言って貰えると、ありがたい」

 

 この男は、凡そマトモではない。そんな男が言うのであれば、それは現実を知らぬただの夢物語ではなく。如何に苦難、過酷だとしても貫くと決めた。理想なのだと……と、思って居たら、何故かバキシモの奴がこっちを見ている。

 

「どうした」

「……いや、少しばかり気になった事があった」

「可笑しなことを言ったつもりはないが」

「こんな話をしたのは……お前が初めてなのだが」

「そうか」

「こういうのを語らうのは、友達とする、という事を聞いた事がある」

 

 ……まぁ、世間一般は、そうだと聞いた事が無いでもない。

 

「いや。我々はこうして差し向って酒を呑み交わしている訳だが。コレは、俺を酒飲み友達として、誘っているという事で良いのか」

「……ん?」

 

 ……なんぞ、妙なことを言い出したな。

 友達。友。そんなつもりで誘ったつもりは無かった。ただの興味にしか過ぎなかったが。しかしながら。よく考えてみれば、こうして誰かを酒に誘うなど、あまり無かった。それこそ魯を誘う位だった。その魯は友と呼べる間柄なのだから……

 

「それで良いのではないか。知らんが」

「そう、か……そうか」

「なんだ。可笑しな顔なんぞして」

「いや。こうして、友達を得るなど、初めての、経験だったものでな」

 

 ……そう言われ、少し。酒を煽る手が止まる。

 目の前の男は、今まで友も無く、何かを楽しむ事も無く。ずっと一人で、己の腕を極め続けて来た。俺ですら、己の信念を言い合える友があり、その信念を喜ぶための酒という供がある。

 この男には、そんな物すらない……身に着けた医の腕と、腕っぷし以外に。本当にコイツには()()()()のだ。

 

「……飲め」

「む、なんだ急に」

「さっさと飲め。酒の席で辛気臭い話をされても敵わん」

「そ、そう言うものなのか……すまん」

 

 哀れに思えた。

 酷く。この愚直に行き過ぎて、人としての生き方も忘れたかのような、この男が。

 そして俺以上に、道に生きる男に。同族として、イヤという程に、理解できるところがあったから。

 

「こう、言う時は……何を話す、べきなのだろうか」

「……そうだな」

 

 だから。示そうと思った。俺も真っ当な生き方をしているとは言えないが。一応、道の先に居る先達として。一つ、気の抜き方でも。

 

「離れている親兄弟の話など、どうだ」

「親兄弟」

「そうだ」

 

 ――それから、とめどなく、互いの家族の事を語らった。

 俺は、弟の事を。アイツは、父の事を。片や軟派で女好き、明るい人好きのする男。片や真面目で実直、しかし少し心配症な男。共通点は……誰にでも胸を張れるくらいに、自慢の家族である事。それを……互いに、耳にタコが出来る程、語らった。満足するまで。いやという程に語らった。

 

「それと」

「なんだ」

「〝槍月゛と、そう呼べ」

「……うん」

 

 友として。

 

 

 

「お、おいアンタ!! コレ……!!」

 

『我らに挑戦しやすいよう、分かりやすい材料は作ってやった。貴様の友と共に待つ。殺しに来るがいい』

 

「アイツ等、この前の倍近い人数でまた店に……!! お、俺を庇って!」

 

 誰かのために戦うなど。柄ではない。

 

「――見つけたぞォ! 馬 槍ゲッ!?」

「おい、とっとと答えろ」

「あ、げぃ……!?」

「奴らは、何処にいる」

 

 別に。感謝されようとも思わない。

 

「――来たか、馬 槍月ぅ!!」

「折角、挑戦状を受け取ったのだからな……楽しませてくれるのだろうな?」

 

 だが。

 今、酷く、この胸が苛立つから。

 俺は。此奴らを殺す事に。決めた。

 




刺客は要らない(大嘘)
ホモ君がせっかちすぎるだけなんだよなぁ……やはりホモ。

後、医療マシーンとして書いてきたホモ君の人間性をちょっと書きたいと思って書いてみました。


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第九回・裏:拳豪鬼神 後編

「ふ、まさか……本当に釣られてくるとはな。馬 槍月。随分と友人思いではないか」

「奴は何処にいる」

「なあに。別室で可愛がってやってるとも。我々の下で働くのであれば、それ相応に躾ける必要があるからな。妙に頑丈なのが、気にならないでもないが」

「そうか。であれば、邪魔は入らんか」

 

 ――気に入らん。

 全てが気に入らん。人質を取る、という小物染みたやり方も。その人質を嬲って笑うそんな根性も。自分の所の人員をそのように扱うのを当然と思って居る思想も。そうして人質を取っていれば勝てると思って居るその油断も。

 何もかもが、癇に障る。ここまで機嫌が悪いのも、珍しい気がする。

 

「なんだ、心配ではないのか? 態々助けに来ておいて?」

「勘違いをするな。俺がここに来た理由は、そんな軟弱な理由ではない」

「ほう?」

「他人の神経を逆撫でする天才的な下衆共の喉首を……鬱憤晴らしがてら、引き千切ってやる為だ。それに、そろそろ一つ。経験しておいた方が良いか、とも思ってな」

「ほう?」

「貴様ら外道共の命なら……幾ら潰しても、何も思わん」

 

 だからこそ。機嫌が悪いからこそ。皮肉な事に、頭は酷く冷たく、冴えていた。

勝負で熱くなることはある。強者と拳を交わすのはそれだけで楽しい時間だ。

だが。こんな輩を幾ら相手取っても。何も心は躍らないし、寧ろ深く沈むばかり。それが幸運だとは、欠片も思えないが。今、恐らく……

 

「――やれっ!!」

「「「おらっしゃああああああッ!」」」

「有象無象が」

 

 一番上手く、体も動くだろう。

 

「ごばっ」

「げぴ」

「ぎゅぇ」

「真の拳法、というモノを、冥土の土産に拝ませてやる。貴様等には勿体ない程の上等な品だ。ありがたく思うがいい」

 

 体中の気血が、思う通りに通る。今まで以上に、腕を、足を、自由自在に動かす事も容易い。師に聞いた事がある。体中に巡る動の気、静の気を、完全に、自由自在に操る事は、達人へ至る道の、一つの関門である、と。

 この年になるまで、どうにも掌握し切れた、と確証は得られなかったが……こんな時にこの感覚を得たいとは思わなかった。

 

「なっ……なんだ、あっと言う間に」

「……まさか、そんなバカな……お前ら! 怯むな、どんどんかかれ!」

「はっ!」

「くたばれぇ」

 

 今ならば。

目の前に群がってくる輩程度、なんの脅威にも感じはしない。相手の構え諸共潰してそのまま打ち砕いて、そのまま一気に殴り飛ばし……奥から迫ってくる雑兵共の間をすり抜けつつ、全て急所を打ち抜く。酷く、容易い。

相手を潰すのがこんなにやりやすかった事等、今までなかった

 

「なぁっ!?」

「馬鹿なっ、一瞬で!? そんなバカな話……!!」

「ま、間違いない……『気の掌握』!! 妙手として、この、この時に! 己が殻を破ったというのか!?」

「ふん、妙手が殻を破る程度、珍しい事でもあるまい」

 

 だが、その感覚に喜んでいる暇はない。雑兵なんぞ幾ら片付けても意味は無い。問題はその奥に居る何人かの腕利きだ。以前の俺ならば、三倍以上の数を覆す事は厳しかっただろうが、今は。

 不思議と、全く苦労する気もしない。

 

「どうした。後ろに下がっているばかりでは鍛えた拳が泣くぞ」

「す……好き勝手言ってくれる!!」

「中国三大武術、太極拳、八卦掌、形意拳!!」

「それらを使いこなす我ら三人を相手に、生意気な態度を取った事、後悔するがいい!!」

 

 ――成程。それなりの修練は積んで来たか。直線状に突っ込んで来る形意拳の男一人とっても、気当たりの質は、以前送り込まれて来た三人とは桁が違う。流石に本気で潰しに来たと見える。

 

「だが」

 

 それを踏まえて尚。

 何と言う事も無い。

 

「死ねぇい!」

「背後、取ったわ!!」

「太極拳相手にその隙だらけの構え、死にたいという事だな!!」

 

「――死ぬのは、貴様等だ」

 

 形意拳の直線の拳を真正面から崩拳で潰し。

 八卦掌の円の動きを斧刃脚で寸断しつつ沈め。

 太極拳の柔軟さを発揮される前に肘打をもって破壊する。

 

「「「――」」」

 

 どさ、という音が三つ。そして今の手応え。殺した、と思う。一撃で命を持って行ったかは定かではないが、放っておけば間違いなく死ぬ類の致命傷を確実に与えたのは、間違いない。立つなど出来まい、そもそも。

 ……奴であれば、万が一もあった。

 致命傷を与えて尚、奴なら立ち上がってきかねないが……奴らにそれだけの気概は無い。そもそも、当人も今どうなっているかは、分からんが。

 

「――おい」

「は、ひぃいいいいっ!?」

 

 一人。見た事がある気がする男が、逃げ出そうとしていた。

 潰そうと思えば潰せるが、今は時が惜しい。聞く事だけ聞いてから、見逃す事にした。万が一、場所が違った場合、間に合わないやもしれぬ。

 

「奴は、何処だ」

「お、おくの……へやっ……だ」

「そうか。行け。俺の気が変わらんうちにな」

 

 

 

 ――殺しておくべきだったか。

 

「……ッ」

 

 部屋の中は、鮮血で染まっていた。その殆どは恐らく……眼の前の男の物だろう。駆け寄って症状を確かめる。此奴ほどではないが、傷には多少知識もある。

 酷いものだった。殴打、刺突、斬撃、様々な傷が体を真っ赤に染め上げている。恐らくはあの男……翻子拳の男が、ここの守りを担当していて。そしてあの男には、恐らくコイツへの私的な恨みがあった。

 それが、この結果を生んだのだろう。

 

「……平気か、おい」

「――」

「平気か」

「……いき、て……は、いる」

 

 だから驚いた。正直、返事が出来るとは思って居なかった。

 拷問というのはそう言うものだ。体ではなく、心を削る。考える意識を折り、人を傀儡に変える、コレはそう言う類のモノだ。それを……受けて尚、声が震えた様子も無く、調子は何時もとさして変わらない。外の奴らとは精神の鍛え上げ方が違うというのか、そもそも精神の出来というモノが違うのか。全く、頑丈な物だ。

 

「全く呆れた硬さだな。立てるか」

「なん、とか……」

「……立つんじゃないそのケガで。全く、貴様普段何を喰っているんだ。崑崙山の岩でも齧っているのか」

「ふつうの、しょく、じだ」

 

 信じられる訳が無い、が……まぁ今は良いだろう。流石に歩けるとまでは思わないので肩を貸す。正直、死んでないのが不思議な程の重症だ。下手すると、一度足を引っかけて転げただけで死ねるだろう。

 

「……おい、何時もの格闘場で良いのか」

「い、や……あそこ、は。せんしゅいがいは……あ」

 

 そうして、肩を貸して部屋を出て……そこで目にする、倒れ伏す男共。全員、死んでいる。初めての経験故に、確実かどうかは分からんが。少なくとも、今は立てん程度の致命傷を与えたのだが。

 だが、今のコイツでは、それは分かるまい。どう思って居るか等、想像するだに容易いがまぁ。非難されるのには、慣れている。

 ――そう思っていた、のだが。

 

「そう、げつ」

「どうした」

「おろして、くれ」

「……なに?」

「ちりょうを、しなければ。まだ、まにあう」

 

 耳を疑った。

 非難するなら、まだ分かる。黙るのなら、それも道理だろう。だがこの男。この状況を見て、自分がその状況で、真っ先に、治療だと?

 

「……全員死んでいる」

「いきて、いる……だいじょうぶ、だ。しょちをすれば、まに、あう」

「馬鹿な、何故分かる」

「なめ、るな。ちか、かくとうじょうで……どれだけ、みてきた、とおもう」

 

 気でも狂ったか、と思って覗き込んだその目は。驚くべき事に、酷く澄んでいた。全く曇っていなかった。恐怖にも、痛みにも。凪の日の、静かな湖面の如くに。一切の揺らぎすらなく。そこ迄見えるほどに、透き通っていた。

 説得力がある。今、目の前で倒れている奴らは……まだ生きているのだ。この男からすれば、まだ間に合うのだ。

 

「……処置などすれば、お前が死ぬぞ」

「たすけ、なければ。きみが、ひとごろしになる……たすければ、みな。たすかる。きみもだれもころしていない……『い』にかかわった……もの、として。すべきことを、する」

「だから、貴様が死ぬ」

「はじめて、の……ともだちを、たすけられるのだ……()()()とも」

 

 そのセリフは、正直らしい、と思ってしまった。自分の生き死になどまるで気にしないで誰かを助けようとする。陳腐な言葉ではあるが、実際実行できるのは、そうは居ない。

 

「そうか……」

「あぁ、でも。おろされたら、ちかよれないか。はこんで、くれ。そうげつ」

「――わかった」

 

 一言。

 その一言で、コイツは力を抜いて。俺に完全に肩を預けた。恐らく、こうでも言わなければ本当に這ってでも、患者の元に辿り着こうとしただろう。

 そうなれば。先ず助からない。

 

「貴様は」

「なん、だ」

「そのままでいろよ。誰でも、見境なく助ける。そのままでいろよ。ホーク」

「とうぜん……だ。おれに、できるのは……それくらい、なのだから」

「そうか。それを聞いて、安心した……すまんな」

 

 首に、手刀を一つ。

 怪我が悪化しない様に。出来るだけ、手加減をして。弱っている相手の意識を刈り取るならそう難しくない。そうして……隣の友達は、動きを止め――

 

「俺にとっては、貴様が死ぬ方が気に食わん。意地を通させてもらうぞ」

「――だめだ……」

「!?」

 

 ――無かった。

 落とされて尚、殴られて尚、ホークの手は、宙へ延び。助けようとする患者の元へと。血塗れ、重症。それでもなお、この男の執念は、立ち切れていないというのか。つくづくこの男。驚異的、だとおもう。

 

「しなせたら……かんじゃを……そうげつを……たすけ、られない……おれが、やらずにだれが……やるんだっ……!!」

 

 友よ。もはや何も言うまい。お前の意地っ張りには、恐れ入った。

 だから、今は――眠れ。

 




まだ槍月師父が、人を殺していなかったころ。
そして、槍月師父が人を殺して、中国に居られなくなったころ。


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第十回

 永遠に哀しみを背負う実況、はーじまーるよー

 

 えー……ホモ君の調子が。最悪です。今まで一切の精神的デバフを負ってこなかったホモ君が物凄い大ダメージを負っております。通常キャラであれば友人との別れやら何やらを積んで成長するのが普通なのですがホモ君に関してはこれが初めての友人、そして別れ方が……別れ方が……ダメです。

 ホモ君をさらった連中全員槍月さんが皆殺しにしてからの『じゃあな』で消え去ったとかいう余りにもショッキングなお別れとなってしまった事で、精神デバフがどエライ事になってしまってます。あぁ。友人リストの槍月さんが『所在不明』になってます……

 

 取り敢えず、精神デバフに関してはそれを念頭に置いたプレイをすればいいとして、槍月師父とレベルを上げるムーブが出来なくなってしまったのが正直厳しいです。制空圏も会得出来ず。しかしホモ君がガメオベラになるそのギリギリで助けてくださったのは本当にありがたかったんですし、制空圏……!!(届かぬ願い)

 

 えー……取り合えず、槍月さんを失って、制空圏チャンスを失った余りにも辛い状況ではありますが、失ったものばかり数えて居ないで、得た物を確認する事も大切と言えば大切です。という事で、ここまでで得た物を考えてみましょう。

 

 先ず、地下格闘場、慧 烈民、そして槍月師父で基礎能力はいよいよ妙手クラスに突入しました。いやーガンガン経験積んで、常に実戦組手をガツガツやり込んでいると良いですねぇ!!! 梁山泊レベリングにはこれでも劣るとか信じられませんねぇ!!?(絶ギレ極致悪鬼羅刹)

 後、新規で手に入れた青得と赤得が一つずつ、位ですかね!!(ニッコリ)

 

 ……ふざけんな!!(声だけ迫真) 命助かる代わりに超強力青得入手の機会を失ってるんだよなぁ!? 青得は命より重い……っ! コレを逃せば今度は何時制空圏持ちの貴重なNPCと友人に成れるかも分からないというのに!!

 これにはプレイヤーもお怒りです。

 というか、これでも補いきれない怒りは……なんでかアライメントが活人拳側に寄ってるんですよねぇ!? なんででしょうねぇ!?

 

 ……いや、一応は悟ってるんですよ。なんでかは。

 実はNPCに命を救われると、確率ではあるんですけどアライメントが寄るんですよ。活人拳に。誰かに命を救われると、誰かを助けたくなるのは人間の性だよね!! だったら獣で良いんだよ上等だろ(ヤーナム並感)

 兎も角、このアライメントを元に戻さなければなりませぬ。一番の良いやり方は殺人拳寄りな行動をとる事なのですが、一回殺人拳寄りな行動をとるとどうしようもなく殺人に向けて転がり始めるのでいけませんねぇ……

 

 ……取り合えず、ホモ君の心の傷を癒す為にも、無心に仕事を……って、それも無理でした(半ギレ) そりゃあ前回黒虎白龍門会を槍月師父がぶちのめした訳で。その友人のホモ君を雇っている訳がありません。ヤバいです。無職です。

 そしてホモ君の医療技術を生かす場所ですが……ありません。

 

 デ デ ド ン

 

 はい。

 えー、ですね。ホモ君がずっと、ずっと裏社会科見学でレベルを上げて居たのが完全に裏目に出ました。医療の腕は磨かれて、青得も確実に伸びているんですが、それを活かす為の表の顔がありません。ずっと裏の仕事を続けてきた成果がここに!!(白目)

 さて事こうなれば、元の喧嘩特訓生活ですが……妙手クラスで、しかもマイホーム・デトロイトよりも全然治安の良い中国の一都市では効率も悪い!! 狂的の経験値バフではどうにも補え切れません。それでもやらないという選択肢は無いんですが。辛い(半泣き) 今までの環境がどれだけ恵まれて居たかという話です。

 

 さて、この状況下を打開出来る手立ては、一応あります。

 一つ。飛び込み営業。コレに関しては黒虎白龍門会をバックに持つ場所以外にも、中国にはそう言う場所がありますので、そこへ行くやり方。ただし情報が無い(致命的)

 もう一つは、以前言った通り国外に活を求めるやり方。ただしこのやり方は場所を慎重に選ばないとガメオベラになる可能性があります。中国はなんだかんだ言っても組織がしっかりしてるので、結構安全だと踏んでいたのですが……出たくないでござる!! 絶対に中国から出たくないでござる!!

 

 とはいえ、どっちにせよ大博打に変わりはないので、取り敢えず中国で出来る事をしてから向かいたいのは間違いありません。情報収集とかはしておくに越した事はありませんし。

 

 とか考えて居たらおや、コレはイベント。

 ターンを終了したその直後、場面が移り変わり、見覚えのある場所に。ここは、槍月師父と決別した工場跡地ですね……どうやら近場で喧嘩特訓していた事で、イベント発生の条件でも満たしたんでしょう。

 ハゲ面が明らかに落ち込んでます、って感じでガッツリと俯いているのはパパの葬式以来ですね。

 

『追悼にでも来たのかい?』……おや、こんな所に一体誰が……って!? そ、そのケンイチ世界でもとびきりの美形の顔は!? 間違いありません。コレは槍月師父の弟、あらゆる中国拳法の達人(予定)の馬 剣星!! の若かりし頃!!

どうしてこんな所に。彼の所在するエリアはもっと別の所だったはずですが……アレちょっと待ってくださいね? そういえば槍月さんが中国を出た切欠って人を殺したとかそれ云々だったような……アッ(ひらめき)

 

 そ、そうか……決別したお兄さんを探して、こんな所へ……! しかも原作イベントのトリガーをホモ君が引いた事に。何と言う事だ。ホモ君がウカツ! な行動をとらなければ槍月さんの原作イベントが亡くなった可能性も? いえ確定のイベントなんで何れ起きていたのは間違いありませんけど(容赦ゼロ)

 

 しかし、ホモ君に一体何の用だと……おやコレは。『お別れの書状』? 友人イベントの結末次第で貰える事があるアイテムで……ん、そう言えばこのアイテムって。

 とりあえず剣星さんのテキストを……『兄の友人になってくれてありがとう。それは兄からの感謝の気持ちだと思う』……槍月師父ぅう!!

 あの槍月さんから感謝の書状、しかもなんてタイムリーなアイテム。このアイテムは使用するとテンションを上げる効果があります。落ちているテンションをどうにかすれば取り敢えずの不安要素が一つ消えます。

 

 しかもこのアイテムは、ある一定以上迄好感度が上がっていた事を示しています。すなわちただの友人関係から『戦友』クラスに。ただの友人よりランクは上で、前に言った通り近くに居る時にホモ君の味方として参戦してくれる事があるクラスです。

 そして……友人関係が切れる、というデメリットが無くなるクラスでもあります。槍月師父と殴り合った時間は無駄じゃなかったんやな……って。

 

 悪い事もたくさんありましたが、しかしこの中国修行、得る物も確かにあったという確かな証です。この勢いに乗って、次の日は現状のピンチを切り抜けるために情報収集にでも行きましょうか。取り敢えず一度行ってレベルが上がっている酒屋にでも行きましょうか。

 っと? ここでもイベントですか。二日続けてイベントとは。で一体誰でしょう。誰だこのジジイ!? って、あぁ。槍月さんが乗り込んで来た時に、最後に治療したあの武術家さんですか。なんでこんな所に居るんでしょう。

 なんでも『治療してもらった礼だ』との事で。どうやら人を助けた事がここになって生きて来ました。こういう仕事関係でもイベントがあるのが細かいですね。

 

 えっと、『傭兵としてとある紛争に参加する事になって、医術に明るい人物を探して居る』ですか。なるほど? なるほど……紛争、傭兵。成程。えっと、君はどっち側の人間でしたっけ。あ、殺人拳側ですか。じゃあやるかぁ!!!(即断即決)

 

 依頼によってアライメントが寄る事がある、というのはお話しした事がありますが、活人拳側にアライメントが寄っている今、この殺人拳からのお誘い依頼は、アライメントを元に戻す絶好のチャンスです。

 それに……この類の依頼は、レベル上げに実に丁度良かったりするのです。

その詳細については、また次回になりますが。取り敢えず、次回からは紛争雇われ藪医者編になりますかね。

 




制空圏はお預け。
そりゃあ槍月師父に助けてもらって制空圏もなんて贅沢だよなぁ!?

後ケンイチ世界で書状はメジャーなブツなので何となくつかってみました。お別れの書状は基本。


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第十回・裏:鷹と月

 ――兄が、人を殺した。

 知らせを聞いた時……正直な話を言えば。信じたくない、という気持ちもあったが……それと同じくらい『あぁ、来るものが来たんだな』という納得の気持ちも間違いなくあった。兄の武術は、間違いなく殺人の方向へと向かっていた。

 破壊、殺意こそが武術の根源、本質。その心と共に拳に殺意を込め、ほぼ半殺しにする事もしばしば。どうにかしようと色々試してみた事もあったが。どれも上手く行かなかった。であれば、結果がどうなるかは想像できてしまった。

 

 だが意外だったのは。

それを、兄自ら決別の文と共に送って来た事だ。筆まめ、という訳でもない兄が、である。そしてその文にはもう一つ、ある男に渡して欲しい、と頼まれたものが付いていた。

 

「……ここかぁ」

 

 それに従い、故郷を離れやって来た、それなりの繁華街。先ほど、地下格闘場などもやっているという噂を聞いて、兄が居そうな場所だと少し溜息を吐いた。

 で。兄はここである人物と武の腕を磨いていたとの事だが。

 

「――えぇ? 禿げた頭の、外国人?」

「そうそう。ここら辺で見た事無いかい?」

「あー……あるなぁ。どうにも節介な奴だよ。でも、俺も助けられた」

「節介?」

「そうだ。怪我人が居ると勝手に処置して去っていくのさ」

 

 その人物というのはとんでもない変態らしい。

 何だ、怪我人が居ると怪我治して去っていくって。辻斬りか。辻斬りならぬ辻治しか。誰かを助ける、って言う心意気は分からないでもないが、それにしてもやり方が乱暴すぎやしないだろうか。

 話を聞く限りでは『良いから治療をさせろ』とばかりに断る暇も与えず、完璧な処置をして去っていくらしい。ただの擦り傷にもガーゼを当てて治療する徹底ぶり。

 

「兄さん、変な人と知り合ったんだなぁ」

 

 ただ。飛び切り優しそうな人でもある。どんな人物なのか、聞き込みをしながらだんだん気になっている自分が居たのは確かで……本命の情報が聞けたのは、兄が通っていた酒屋での事だった。

 

「廃工場?」

「そうだよ。最近は、治療の合間に其処に通い詰めてるな」

 

 気になったのは。

 町で聞いた噂の中に、町の外れの廃屋で、人死にが出た、という噂だった。それが兄の仕業であるのは何となく悟っていたが。そこに通い詰める、というのはおかしな話だ。殺された相手の仲間なら絶対に近寄らないだろうし、しかしそんなとこに通い詰める理由のある人間なんて関係者位だというのに。

 

「……友達だったからねぇ」

「友達、ですか」

「そうだよ。町の奴らは知らんだろうけど、廃屋で暴れた奴と、その探してる奴は友達だったんだ。多分その凶行に、胸を痛めて、せめてもの気持ちで、通ってるんだろう」

 

 そこで初めて知ったのは、この町で珍しく兄が作った友人の事。兄が態々手紙を託すほどに親しい友人が、その男だった事。

 意外だ、というのが率直な感想だった。

 人付き合いの苦手な兄だった。自分で公言する程には。それが友人を作るだけでも驚きだというのに。それが外国人。しかも、ここの辺りで知り合ったばかりなのだという。冗談か何かかとも、考えそうになった。

 

「どういう人なんですか」

「んー……優しい子だよ。誰かが怪我してるのが、許せないんだとさ。その所為で仕事場も、クビになったのかねェ」

 

 ――その言葉を聞いて、向かってみた廃工場。

 鉄くずが曲がり、機械が歪み、其処かしこに多少の破壊の跡が見て取れる。兄は間違いなく更に腕を上げている、それが良く分かった。

 そんな中に、彼は居た。

 

「――」

 

 すっと背を伸ばして立ち、一歩も動かず手を合わせている。綺麗な姿勢で、一瞬武人なのかと思ってしまった。しかし、筋肉の付き方も尋常のそれではない。町で通りすがりに治療をしている、という噂話とは、結びつかない姿だ。

 

「追悼ですか?」

「……そのつもりでは居る」

 

 此方を振り向いたその顔は……一切のオブラートに包まないでいうのであれば。兄以上に見た相手を恐れさせるような面をしていた。悪人面、チンピラ顔、しかもそれが真顔を浮かべているのが猶更怖い。兄の友人、というのが頷けるような強面。

だが、その顔には……ハッキリと涙の跡が見て取れて。他人の為に泣ける人なのだろうというのが直ぐに分かった。

 

「君は?」

「ここで暴れた男の、弟です」

「……槍月の、弟。馬 剣星殿か」

 

 その口から自分の名前が出た事に驚いて。聞いてみれば、酔っていた時に、自分の自慢の弟がいると語ってくれた、と彼は語ってくれた。

 

「彼の愛情が伝わってくる……熱い、言葉だった」

「兄さんが、そんな」

「……私は、貴方に謝らなければならない。剣星殿」

 

 ――その語った直後に、彼が地面に頭を付けたのには、驚くしかなかったが。

 

「な、なにを!?」

「彼が殺人を犯したのは……私の責任だ。私の責任なのだ……」

「あ……いえ、それは。兄は、兄の信念をもって、貴方を助けに行ったのです。それを貴方の責任にされては、兄の覚悟は」

「そうではない!!」

 

 言葉を続けられなかったのは、反論の声が、余りにも悲壮だったら。余りにも、震えて居たから。聞いているこっちの胸が、軋む様な。そんな声だったから。

 

「彼は、彼の信念をもって助けに来てくれた……槍月は……卑劣な行いを、好まぬ男だ。それは短い付き合いの、私でも分かる」

「それじゃあ」

「俺は、その信念に、応える事が出来なかった!! 彼を……っぐ……だずげ……ら゙れ゙な゙がっ゙だ!!」

 

 その声はいよいよ叫び声から、嗚咽へと少しずつ変わっていって。ぱた、ぱた、という音が地面から聞こえてくる。彼は、泣いていた。頭を地面に擦り付けたまま。助けられなかったと、彼は言った。

 

「それは、どういう」

「……っ……俺が……彼らを、治療、出来て居れば……こうは、ならなかった……!」

「治療、もしかして、兄が戦った相手を?」

「槍月は、殺人を……犯すことは無かった……!」

「……」

 

 それは。許しを請うている訳ではない。

 寧ろ、自らを許さぬ、と。糾弾する声だった。

 

「俺は、医に関わる者として……彼らを……治療しなくては……いけなかった! 彼らの命が、失われなければ……槍月は、人殺しに……ならなかった……ここを、去る必要も無かった……!! 彼が、命を賭して……助けに来たのであれば……!!」

「兄の……槍月の事も、自分が守るべきだったと?」

「……ぞゔ……だ゙!!」

 

 もし、彼に責任があったとしても。今の彼を見て、責任を問える者はいるのだろうか。恐らく兄の事に、気も狂えとばかりに心を痛めている彼に。

 少なくとも。自分は、何も問うことは無い。寧ろ……ほんの僅か、ほんの僅かだけだけど救われた気すらしていた。兄は、今の時代に馴染めず自らその道を外れたのではなく。自らの道を貫く故に、道を違えたのだと、分かったから。それがせめてもの、救いな気がした。

 

「う、ゔぅうううううう!!」

「……ホークさん。僕は、兄から、貴方へある物を渡すように言われて、ここに来ました」

 

 懐に入れて置いた『それ』を取り出した。小さく折りたたまれた、そんな紙だった。自分に書かれた手紙よりも、ずっと小さいけれど。沢山の文で記すよりも、そこに書かれた短い言葉に全ては収束されていた。

 

「え……」

「兄からの、せめてもの気持ちだと思います」

 

 たった三文。メモ用紙に書く程度の言葉。

 

「――」

 

『流水にも負けぬ川中の岩のように、何者にも揺るがぬお前であれ』

 

「……っ」

 

『己の手の届きうる全てを守る、理想を諦めぬお前になれ』

 

「……そうげつ……」

 

『お前がそうあると信じ。この蒼天の下、共に己が道を進まん』

 

「……ありがとう……わが……ともよ」

 

 短い言葉だった。

 けれど、そこにはきっと。

 

「――兄の友人になってくれてありがとう」

「……礼を、言うのは。俺の方だ」

「それは兄からの感謝の気持ちだと思う」

「それも、俺のセリフだ。こんな俺の友が、あの男である事に。感謝を」

 

 友達への。兄が残した人らしい思いやりが、込められているのだろうから。

 

 

 

「兄を、追ってみようと思います」

「そうか」

「貴方はどうするんです? 職場をクビになったと聞きましたが」

「関係ない。患者を救うのに、場所は問わない。助けられる人を、助けるまでだ」

「そうですか」

 

 なんというか。兄の友人らしいと言えばらしい。愚直に進む以外の事を一切知らない人だと思う。兄も、どっちかと言えばそのタイプの人だったから。

 

「兄に会ったら、知らせて頂けますか」

「槍月を止めるのか」

「……はい。兄弟として、兄と向き合わねばなりません」

「そうか。分かった。ただ引き留めはせんぞ」

「はい」

 

 この人と、もっと話してみたい気持ちはある。兄の素顔を知る数少ない人だ。兄がどう生きていたのか、知りたい気持ちはあるが……それはきっと今ではない。まだ兄は此処から去っただけで、追いかけられる距離に居るかもしれないのだ。

 兄の事を話すのは、また何れ。

 

「では」

「――槍月に会ったら、伝えてくれないか」

「はい?」

「深酒は余り過ぎるものではない。アルコール依存症の気が見えるようであれば治療すると」

 

 ……正直。今そんな事を真顔で言えるこの人自身にも、ちょっと興味が出て来たけど。

 

「ははっ、分かりました。キツく言っておきます」

「頼む」

「……あ、それと」

「なんだ」

「医療に興味があるのであれば、鍼なんかも習ってみたらどうでしょう」

「鍼……成程、その様な手段もあるのか。分かった、直ぐに調べてみよう」

 

 まぁ、だから今は一つ。お土産だけを置いて。ここを立ち去る事にしよう。人付き合いの苦手な兄に出来た、得難い友人の事を思い出に――兄を、追いかけよう。決して、許されない事をした、兄を。

 

 

 

「……自慢の弟、か。その言葉が分かる、人物だったな」

 

「ん? あぁ、貴方は確か……仕事? クビになっているが」

 

「医者の仕事を斡旋、か。助けられた礼? 俺は俺の仕事を……あ、あぁ。そうか。分かった。それで、患者は何処に居るんだ」

 

「ティダード。そこに俺の患者は居るんだな。分かった。直ぐに向かう」

 




友達が出来て良かったねぇホモ君ねぇ!!

そんなホモ君にピッタリの場所があるんだ!! 行ってみなイカ!?


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第十一回

 紛争地帯に殴り込みをかける実況、はーじまーるよー。

 

 さて、今回ホモ君がやって来ましたのは血反吐撒き散らす地獄の紛争地帯! 紛争ってそこまでデカいって訳でもないんだけどね!! そんなデカい戦争に介入できるのは超人だけです(悟り)

 で、今回ホモ君が訪れたのは南方の島! どうやらここはある国の領土の一つの模様でそれを軍隊が襲撃しているらしいです!!

 

 今回の、その栄えある敵の名前はぁ~? ……そう!! 世界の警察と名高いアメリカ軍でございます!! で、そんなアメリカの軍人さん達が襲撃しているのはー? 闇に与する武術を得意とする国民、ティダードの皆さまー!! ハイ拍手―!!

 

 ……拍手じゃねぇや!!(台パン)

 あの、シャレにならない所に舞い込んでしまったんですが。今ホモ君は、ティダードを構成する島々の一つにやってきております。皆様ご存知、ケンイチ世界のアンダーグラウンド国家(風評被害) ティダードでございます。

 えっ? 知らない!? しょうがないなぁ~のび太君はぁ~(DREMN)

 

 という事で緊急開催! ゲームにおけるティダード王国解説~!! わーパチパチパチパチ(激寒)

 

 えーティダード王国ですが。原作においてはインドネシア辺りに位置する国で、インドネシアと同じく大小百以上の島で構成された国家です。

 プンチャック・シラットを修めた武人が馬鹿程いて、治安レベルはなんとぉー……? デトロイトを下回る-10!! デトロイトが-7である事を考えれば、恐ろしいとかそう言うレベルではありません。

 しかも国内には割と結構な確率で主人公殺害マシーンと名高い『凶拳』アライメントの二大巨頭の片割れ、準超人……いやほぼ超人といってもいいシルクァッド・ジュナザード様が闊歩していて、目が合うと『儂と死合うわいのう!!』と喧嘩を仕掛けてきます。死にます。あ、いや未だ邪神化はしてませんからそこまでは無いですけど、内乱が始まっている以上は邪神化は大分進行しているのでまぁ……お察しですよね。

 

 それが、ホモ君が今居るティダード王国! 因みにホモ君のレベルは現状妙手クラスです。達人にはなっていません。弟子クラスだと師匠をジュナザードにする事でワンチャン生き延びる事も出来ますが、妙手だとそれも無理です。コレが妙手が一番危険な時期って言われる最大の理由ですね!!

 

 ……幾らアライメントが寄っているにせよ、依頼は選ぶべきだったかもしれません。どうしましょうか……このタイミングでティダードに来てしまうとは。コレは些か以上にマズいですね。原作の時期に出向くなら兎も角、現状はティダード内乱がいっちばん凄まじい時期なので、えっと、つまりどうなる? ホモ君は今火薬庫の上でレベリングをしに来たという事になります(吐血) えー……僕を死刑にしてください!!(諦め)

 

 いえ。落ち着きましょう。そもそもホモ君はまだ就職もしていません。何故ティダード内乱にアメリカ軍がちゃちゃ入れて来ているのかも分かりません。先ずはティダートシラット部隊の軍医として就職しちゃっ……たぁ!!(背水の陣)

 いえ、本当は逃げ出したい気持ちバイバイン(SFホラー)なんですけれども。しかしここで逃げ出してアライメントが寄ったまま、とかなってズルズル活人拳寄りになって行ったら目も当てられない。この依頼はしっかりとアライメントを戻す為にも必要な依頼なのです。

 

 で、就職したので早速現状を聞きましょうか……どうやらアメリカンの皆さまはティダードの内乱収束に協力するべくやってきた、との事で。しかしそれ以外の具体的な事を一切言わない。で、凡そ目的は収束後の政権にアメリカの影響を残す為の一手だとの事です。流石世界の警察、やる事がデカいねぇ!!(皮肉)

 それに抵抗しているのは悪鬼羅刹・ジュナザードのお仲間の兵士の皆さま。真の独立を勝ち取るためにアメリカの介入を阻んでいるのだそうです。コレは正義。

 

 闇側の依頼の筈なのにやっている事は正義。体制側について平和を目指していると唄っておきながら要するに火事場泥棒。コレが戦争って奴ですねぇ!!(ヒートアップ)

 そう言う事なら容赦なく治療するのもやぶさかではありません。正義を行って、そしてお金が得られるのがそれ一番って言われてるから。という事で、この辺りで治療しつつお金を稼ぎ……修行をしていきましょう(白目)

 

 えっ? また患者が暴れるのかって?

 それは無いです。治安レベルが低いとはいえ、ここは一応ホモ君が所属する味方の病院なので、ホモ君の言う事をちゃんと聞いて大人しく治療を受けてくれます。というか、周りに居るの殆ど妙手を脱出しかけの準達人級なので、コレが大人しく治療を受けてくれないと本当に辛いです。地獄of地獄です。

 じゃあなんで修行になるのかって?

 

『――見つけたぞ! 敵の拠点だ! 制圧しろ!』

 

 そりゃあ戦争中なんだから大人しく治療受けさせてくれるとは限らないよなぁ!?

 はい。紛争エリアでは、喧嘩特訓も何も出来ず、休憩と特定の行動しか出来ませんがその代わり、後方に配置された要員であっても容赦なくバトルに巻き込まれます。しかも後方要員の方が戦うのであれば地獄という。だって前線の兵士の皆さんがすぐ戻ってこれる訳じゃないので戦力的に不足した状況で戦わなくてはならないという。

 当然ながらホモ君も米兵を制圧しなければなりません。朝から晩まで容赦ゼロです。それは理解していたんですが、就職した直後に来なくても良いじゃないですか……(消耗)

 

 まぁしかし。昔はチャカに怯えて敗北したホモ君ですが、今回はそうではありません。強くなって味方も居ます。取り逃がした兵士くらいは軽く制圧してみるとしましょう。オラッ加速ッ!

 という事で軽く制圧しました。『構造理解(人体)』により、接近して来た相手の攻撃を防御しているだけでも相手がちょっとずつ消耗するようになったので、楽ではあります。疲労すると勝手に撤退してくれますし。

 

 しかも一回の襲撃でホモ君の側には数人程が襲い掛かって来てくれるので、経験値も結構ウマウマ。やはり実戦でこそ武術家は育つ、というのは槍月師父の方針でもありますので草葉の陰の彼の意思を継承していきましょう。別に死んだわけでは無いんだよなぁ……

 

 そして、格闘場とは比べ物にならないレベルの数の患者。

 ホモ君以外にも医者は居ますがしかし、今や『医学的知識』から『医学』へと進化したホモ君の治療スキルに比べればどんぐりの背比べ。一人治療するごとにお金の入る歩合制ですが、ホモ君であれば荒稼ぎを狙う事も夢ではありません。故にこそこの依頼を受けたんだよなぁ! 金! 金! 金! 武芸者として恥ずかしくは無いのか! 医療関係者だから恥ずかしくないです(闇医者並感)

 

 それに、患者を治療すればお礼も言われますし。この仕事を紹介して貰えたのも、治療した見返りみたいなもんですし。ホモ君は武芸と医療のレベルを上げられて金ももらえる。患者は命を拾える。WIN―WINの関係ではないかね?

 

 という事で荒稼ぎし始めて軽く一週間以上加速してみましたが、ここで映像が等速に戻ってきました。でえっと……どうしたんでしょうか。再び襲撃イベントでしょうか。まぁどんな奴が来ようとね、ホモ君で制圧を、ってアレ。

 バトルに入る前に米兵がテキスト上で処理されました。こ、これは間違いなく強い(確信) どうやら結構強めな武人が乱入してきた模様……ま、まさか!

 

 ティダード!

 内乱の最中!

 そしていきなり乱入して敵兵を全員躊躇なく潰して行くこの残虐さ!

 

 間違いありません。これは……あのお方の降臨でしょう。さぁ皆様、ご登場に合わせてご唱和ください。このティダード編のキーパーソンとなるお方が、今! 乱入して来ました!!

 この時代はギリギリ英雄……ではなくもはや内乱を煽り、邪神への道を順調に登って行ってる()()()()の名を!!

 

『――ハッハァ! どうしたのォ? ぜぇんぜん、大したァ事無いじゃないィ? あっははははははははァ!!』

 

 いやお前かい(半ギレ)

 




治安レベルは、内乱の真っ最中って言う事から。
ジュナザード様の邪神レベルは大体ほんへの八割くらいにしてます。ティダードの独立戦争から間違いなく二、三十年は経っているので大分進行しているとは思いますので。

後、マジでジュナザード様出すとガメオベラの未来しか見えないので代打として彼女をお呼びしました。


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第十一回・裏:医を修めた者

 アメリカ、とか言う国の兵隊が攻め寄せてきて。父上と共に、僕らは戦いに出て行くことになった。それがどうしてなのかは知らないけど。国を守るために、シラットを習ってきたのだから。戦う事に、少しワクワクしてすら居たんだ……

 今日、この時までは。

 

「ちちうえ……っ! ちちうえ!」

「患者だ患者! どけどけ! まだ助けられる!」

「くそっ、奴ら小勢かと思いきや、装備は相当な物だぞ!」

「分かってる!! だから今、一人でも欠けて貰っては困るのだ!」

 

 遠くから響く爆発音。近くで聞こえる破裂音。

肉を叩き潰す音、木の表面が弾け、割れる音。人の怒号、喚き声、泣き声、そして悲鳴。耳はとっくにバカになった。鼻に感じるのは錆び臭い香りと、泥の匂いばかりで。僕は、必死になって戦場の中をはいずり回る事しか出来なかった。

 そんな中で。気が付いたら……地面に父上が倒れていた。周りの人が何かを叫んでいたけどそんなのは気にもならなかった。本当に、一瞬だった。

 

「ちちうえっ……!」

「ええい取り乱すなメナング!! 貴様も武人であろうが!!」

 

 さっきまで戦場を駆け巡っていた父上が、倒れた。

 今まで、不安定な道を行く歩き方、素早い身のこなし、逃げ足の類ばかり仕込まれて不満だった。それをこれほど感謝している。父上を引き摺って逃げられたのは、今までの鍛錬あってこそだ。

 

「オイ! 手が空いている者は!」

「――こっちだ。こっちに連れてこい」

 

 信じられない。

父上は、何処までも駆け抜ける軽い脚と、強いシラットを持つ、達人だった。それが一瞬で。分かった。分からされた。コレが、戦争なのだ。

 

「なにぃ!? 貴様、さっき処置を始めたばかりではないのか!?」

「もう終わっている。良いか、無茶をさせるなよ」

「そんなバカな……もう終わっている!?」

「そう言った筈だ。其方は……弾丸の摘出を最優先か。五ヵ所」

 

 そんな中で。自分は何が出来るのだろうか。分からない。震えが止まらない。怖い。自分の浮ついた心が、父上を殺したのかもしれない。

 父上は……助かるのだろうか。

 

「で、では任せて良いのだな!?」

「助ける」

「……分かった、任せるぞ。おいメナング、離れろ!!」

 

 そう思った時、ぐいと無理矢理に父上から引き離されそうになって……必死になってしがみ付いた。イヤだ。コレが父上との最後の時間なのかもしれないのだ。助かるかどうかも分からないならいっそ。

 そう思って居た僕の体が……ふいに、ゆっくりと持ち上げられた。父上の体からも自然と手が離れて。

 

「あれ……?」

「息子さんか」

「あ、あぁ。そうだが……」

「そうか」

 

 僕は、何時の間にか、父を担当する医師に抱えられていた。医師、というには余りにも屈強な体だった。父上ほどじゃないけど、僕なんかとは比べ物にならない程に太い腕、固い筋肉。禿げた頭と、物凄い怖い顔に、一瞬びくっとなったけど。

 その人の目が、僕の目をじっと、真っすぐ見つめているのに気が付いて。どうしてか、余り怖くなくなった。それは、父上が僕に武術を教える時、何時も瞳と瞳を合わせてくれたのに似て居たから。

 

「あ、あの……」

「君のお父さんは、必ず助ける。だから今は、落ち着いて」

「……はい」

「良い子だ。落ち着いて、他の患者さんの迷惑にならない様に。良いね」

「わかり、ました」

 

 そうして地面に降ろされた時には、体の震えは収まっていて。ハゲの人は僕に目もくれず父上をベッドの上に乗せていた。その動きに、淀みは無い。

 

「では処置を開始する。周囲に誰も近寄らない様に」

「わ、わかっ――」

 

 その瞬間だった。彼が引き抜いたのはカランビットナイフだった。

 え、と周辺が目を見開くのもつかの間、鋭く、素早く父上の体をカランビットナイフが撫でた。まるで当然だ、とでも言わんばかりの自然さだった。父上の体を開いたんだと思うけどここからじゃ見えないし、どうしてそんな事を迷いなく出来るのか、それが不思議な程に一気呵成だった。

かと思えばもう片方の手に構えたピンセットが、もう弾丸を掴んでいた。驚いたとか言うレベルじゃない。速い。速すぎる。作業の手が。

 

「っておい!? 麻酔は!?」

「これほどの重症では麻酔を使う時間も惜しい。意識は無い状態だ、手早く、且つダメージを最低限で摘出するのが最適だ」

「いや、まぁ確かに考え方は間違っちゃいないが……!」

「兎も角、体内に弾丸が残っているのが一番マズい。今はその摘出を最優先する」

 

 しかも、カランビットナイフを振るうその手は異質だ。何百回と繰り返して来た、とでも言わんばかりに、ブレない。真っすぐ、かつぴたりととまる。まるで機械だ。

 

「縫合完了、次」

「あえっ!? いや、いやいやそんな馬鹿な……もう二発目を……!?」

 

 凄い素早く、且つ正確に。武術をやっているからこそ分かった。筋肉だ。筋肉を最適に動かしているからこんな事が出来るんだ。父上は何時も言っていた。『極端な話ではあるが武術は筋肉をいかに効率的に動かすかという所に帰結しないでもない』と。であれば、先生の物凄い速く、正確な手術も、きっとその逞しい筋肉を、完璧に制御しているからだと思う。

 もちろん、どういう風に人を切るのか、そう言った事も、沢山して来て、わかっているんだ。そうじゃなければ、あんな迷いなく、腕を動かせない。

 

「……ふむ、流石は武人。最低限重要器官を避けていたようだ」

「三発目……!?」

「次だ」

 

 どんな事も、修練と繰り返し次第だ、と言っていた。

 なら、あの人は一体どれだけの人を治療してきたんだろう。

 

「お、おい! 適当にやってるんじゃないだろうな!!」

「四発目」

 

 適当にやってる訳がない。あの人の目は真剣だ。ずっと父上の傷と、体を見ている。きっとその反応を見て、体を切っているんだ。目を鍛えろ、と言われていたのはなんでか、今わかる。見てれば分かる。この人の凄さが。

 

「――処置完了。続いて術後の処置に移る」

「そんな、こんな素早さで弾丸を……!?」

「退いてくれ。取ってくるものがあるのだ」

「うがっ!?」

 

 凄い先生だと思った。

 さっきまでの怖さが薄れてくほどに。

 

 

 

「これで、処置は終了だ」

「な、何という速度……悪魔的……ッ!」

 

 そういって次の患者に向かう先生の後ろ、そこで……父上は、安らかな寝息を立てていた。先ほどまで、荒い呼吸で苦しんでいた姿はもうない。凄い。あっという間だった。なんだかたまらなくなって、先生を追いかけた。

 せめて、せめて何かお礼の一つでも……そう思って、テントを出た瞬間の事だった。

 

「見つけたぞ、敵のキャンプだ!」

「戻って報告しないと……!」

 

 敵の姿。草むらを分けて現れたそいつ等は、父上に向けたような……銃を構えていて。一瞬……構えられなかった。その銃に、怯えてしまって。

 

「――ここは患者のいる場所だ。銃火器等は厳禁、大声を出すな」

「……へっ?」

「……あれっ?」

 

 とか思ってたらもう銃が奪われていた。そして、兵隊たちは地面にひっくり返っていた。何が起きたのかも分からなかった。投げられたのかな、とか考える前に、それをやった人が……さっき迄父上を助けていた先生だという事に、驚いた。正直信じられなかった。ただのお医者様だと思って居た。と思ったら、銃なんて恐れないで、あっと言う間に相手を……!!

 間違いなく、この人は僕よりも強い、というのが分かってしまう。

 

「えっあっ」

「は……あぁっ!? ちょ、ちょっ、逃げろ! 逃げろぉ!! ほ、報告だ! 兎に角報告しないと……!!」

「――あらァ? 逃がすと思ってるゥ?」

 

 でも、それだけで、事態は終わらなかった。

 その逃げようとした米兵二人が、明後日の方向に、一瞬で吹き飛ばされて……何が起きたのか、と頭が追い付かない内に、もう一人、目の前に人が増えていたんだ。

 

「――ハッハァ! どうしたのォ? ぜぇんぜん、大したァ事無いじゃないィ? あっははははははははァ!!」

「止せ」

「――あらァ? あらあらあらァ?」

 

 それは、胸も背中もザックリ空いた、黒いドレスを着た、金色の長い髪を束ねた、凄い綺麗な女の人。グラマラスっていうのは、こう言うのを言うんだって、分かった。その人が、多分今の二人を蹴り飛ばしたんだ。

 凄い、一瞬だった。嵐みたいだった。全てをなぎ倒すその様は。けれど戦場に似つかわしくない程に……その人は綺麗だった。

 

「なんかァ、足の動きが止められた、って思ったらァ。こんな所でもまぁ奇遇ねェ……ホーク・K・バキシモ」

「俺の前で人死には出させん。それ以上の追撃は止せ、ジャック・ブリッジウェイ」

 

 今、僕の目の前で。

 その二人が、睨み合いを、していたんだ。

 




そう言えばホモ君の医療的な部分って見せた事無かったなって。という事で書いてみたんですけど手術とか俺には書けんのじゃ!! という事で勢いで誤魔化しました(白状)

ほんへに医の達人クラスが居ますからね。少なくとも、それに負けない位を目指しております。

後、感想欄の皆様、ジャックちゃんはヒロインではなくライバルなんですけど、なんで槍月師父と一緒にヒロイン扱いされてるんですかね……?(困惑)


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第十二回

 予想外のメスガキに翻弄される実況、はーじまーるよー

 

 えー、翻弄されるかは分かりませんが、ティダード編は大荒れな事が確定しましたねクォレハ……どうやら、メスガキちゃんは同じく雇われの兵としてティダード側についている模様です。

しかし、ティダードなんていうジゴクノカマノフタを開けた中身みたいなところに辿り着くとは。一体どんなルートを……『最近はァ、鉄火場に潜ってェ、美しさを磨くのがァトレンドなのよォ?』鉄火場に潜って美しさを磨くとは????? 余りにもパワーレベリングな美容探求だなぁ。

 

 というか驚く事に、このティダードにおいてなお一切服装が変わってないっていう。黒いパーティドレスにヒール、ロングヘアーをアップで纏めてあります。口紅も差すようになって、ケンイチ特有のナイスバディ―も合わせ大分大人っぽく、艶めかしく進化していますがその口紅って返り血やろ、騙されんぞ(指摘)

 

 しかし、このメスガキ、ジャックちゃんは三度目の登場となりますが、どうやら二回目からさらに自らを磨き上げてのご登場の様です。前回の登場と同じく、噛ませ犬を叩き潰してのご登場という事で、現状のホモ君よりやはり強い模様。

 という事で、改めて味方となって判明したメスガキちゃんのスペックになります。ライバル化してからとんでもない成長して来てますねこの子。

 基礎能力的には妙手、ただし達人クラスに近づいて来てる妙手です。

 

 そして赤得青得。こっちもしっかり増えてますねぇ。

 

 先ず『脆弱』『後手×』『常識×』の赤得ですね。

 『脆弱』は文字どおり。ケンイチ君とは真逆の赤得。ダメージの総量が増えます。プレイヤーが迂闊なプレイングをしようものならあっと言う間に死ねるような感度三千倍状態になるので、絶対に取ってはいけない赤得でもあります。

 

 続いて『後手×』。コレはホモ君とは真逆。勝負で先手を取れないとデバフがかかり、後の先タイプの技を会得しにくくなる……のではなく、出来なくなります。実はこっちの赤得の方がペナルティ大きいんですよね。

 

 で、次の赤得ですが『常識×』……えー、言わずもがなです。

 

 で、続いて青得なのですが……いやー優秀なのが揃っております。ホモ君の方とは結構大違いですねぇ。『先の先』『蹴り〇』『破壊特化』『動の気:開放』の四つ。動の気はもう説明しましたので、残りの三つから。

 

 『先の先』は『先行〇』を前提条件とする青得で、先行系の技を獲得しやすくなり、更に先行系の技に大きくボーナスダメージなどが乗るようになります。コレがハマると後ろに回ってからが強いタイプのキャラでないと逆転が厳しくなります。

 

 『蹴り〇』は分かりやすいですね。蹴り系の技が強くなり、習得もしやすくなります。

 

 で『破壊特化』なのですが……コレが分かりやすく強いのです。この青得があるだけで攻撃一発一発でガードを崩しやすくなり、更に『部位破壊』というデバフを付けられる様になります。この『部位破壊』、ガードを崩す、または相手の攻撃を自分の攻撃で潰すと確率で相手にデバフが付く様になります。クソ強スキルです。

 

 まぁ、とはいえここまではライバルキャラとしてある程度は許容範囲内レベルなのでまぁ大丈夫です。問題はここからで……この赤青複合の得能二つ、『破壊衝動』『拘り:ヒール』ですね。

 

 『破壊衝動』は、攻撃すれば攻撃する程連続で攻撃にボーナスが乗っていきます。しかもコンボ数、秒数の数値に合わせてボーナスが乗ります。その代わり防御全般にデバフ乗ってくるのですが、攻撃振ってる間に、防御なんている!? 要らねぇよなぁ!? という事で先の先防御要らないキャラとえぐい程相性がいいです。

 後、『破壊』という名でお分かりかも知れませんが、この破壊衝動のボーナスは、『破壊特化』の防御崩しにも乗ります。つまり悪夢です(半ギレ)

 

 そして『拘り:ヒール』なのですが、特定の物品を使わないとステータスにマイナスの付く、もっぱら武器組に付くタイプの得能なのですが、メスガキちゃんの場合、ヒールで相手を蹴り殺すとか言う無手か武器かどっちつかずの状態なので付いたのでしょう。因みに特定の物品を使ってるとボーナスが乗りますが、このボーナスは当然『破壊特化』などのバフと重複して加速します。

 

 結論を言うと、防御、回復に重きを置くホモ君に対し、暴力!! 暴力!! 暴力!! の三段暴力!! を極めてるのがメスガキちゃんです。

 ここまで完成されたビルドだと防御はク ソ 雑 魚 ナ メ ク ジだとしても、攻撃に関しては格上を殺しうるとんでもないレベルまで仕上がってるかもしれません。基本的に同陣営なのでメスガキちゃんとマトモに戦う事は無いかも知れないのが救いですね。

 

 もし何かの間違いで戦う事になったら、今のホモ君でも普通にガメオベラしかねません。絶対に挑発に乗らない様に。『なぁにィ? アタシのォ、足に見とれてるのォ?』とか煽られても大人なのでへーきへーき、へーきだから(ビキビキ)

 『それともォ……こ・こ? 揉みしだきたいのォ? サ~ル♡ サ~ル♡』……こ、このメスガキ……ッ……デカいモン無防備にブラつかせやがって……分からせてやるっ……

 はっ、いけませんいけません。画面のホモ君は平静に対処してるんですから。ホモの鑑。

 

 という事で、助っ人NPCとしてメスガキちゃんこと『ジャック・ブリッジウェイ』ちゃんがホモ君の味方として戦ってくれるそうです。

 で、そんな彼女と共に切り抜けるこのティダードミッションのクリア条件は……『指定期間生き残る事』ですね。まぁほんへまでティダード内乱は終わってはいけないので、ティダード内乱を終わらせる、とかいう目標では無いです。当然ですが。

 で、肝心のジュナザード様ですが、どうやら周りのシラットアーミーの皆さまのお話では別地方に向かっていて、こっちの戦線に顔を出すことは無いそうです。どうやらアメリカへの皆さまはティダード各所へ同時進行作戦を行っている模様なので。

 

 因みにこのアメリカの皆様がティダードに攻め寄せているのは……まぁ、皆さまご想像の通りだと思います。ジュナザード様はどうやら世界の警察を自称する大国家の皆様と戦いたかった模様です。で、そんな拳魔邪神の楽しい楽しい殺し合い教室と化しているティダードにて、現状ホモ君はアメリカへの皆様のキャンプへの乱入を捌き終えた訳ですが……先ほどね? 私はメスガキちゃんと殴り合っちゃいけないって言った筈なのに。

 

『腕がァ、鈍っちゃうからァ、ちょっと相手ェしてくれなァい?』

 

 どうしてメスガキちゃんとの手合わせが始まってるんですが(半ギレ) えー、あのですね。アメリカ兵の皆様を優しく制圧(事実)したその直後、アメリカ兵の皆様を優しく制圧(誤報)していたメスガキちゃんが『昂るから』という理由で強制バトルを仕掛けてきました。馬鹿ですか?(半ギレ)

 

 とはいえ、流石に唯の練習試合なので、AIも全力ではなく、必殺技もあんまり出さない仕様なので、ここはホモ君が凌いで終わりなのでこれで終了したいと思います(加速終了) 一応再び引き分けには持ち込みました。

 

 しかし普通にタイムアップとはいえ、治療班をここまでガンガン削りに行くこの女、正に常識×の赤得が凄い仕事してらっしゃると思います。ホモ君が体力を回復出来なかったら普通に死ねたと思います(余裕の全快) はっ、青得が成長してるのはそっちだけと違うんじゃい!! 一昨日きゃがれってんだァオラァン!? なお普通にダメージは痛いのでやめて欲しいのには変わらない模様(弱気な位が丁度良いプレイヤーの鑑)

 

 下手にジュナ様と接触するとヤバい状況だというのに。全く関係ない味方NPCからも普通に殴られるのがキツ過ぎるんですけども。もうちょっと治療班に優しくしてくれていいと思うんですけど。このままじゃ生存できるかも不安になってきます。

 

 そして何の躊躇いも無く攻め寄せてくるアメリカ兵の皆様。治療しても治療してもおいつかないんじゃ!! もう味方が回復した都度に突っ込んでいって怪我して帰ってくるという永遠サイクルで、ホモ君の体力はもうボロボロ(激ギレ) 医療技術でカバーしきれんものだってあるんやで!?

 ……とか言ってる間にお嬢さんは呑気に誰かとお話なんぞしていた模様です。そんな事してる暇があればアメリカからのお客様をどうにかしろってんだオラァン!? 若いシラット使いが頑張ってるんですよ!! お前も働くんだよォ!! いや、働かなくていいのでホモ君は蹴らないでくださいお願いします(味方を守らない医者の屑)

 

 全く……アメリカへを只管粉砕する作業にも限度があるというのに、定期的にこの子の相手もせねばならんとは……状況が変わらなければ、長引くのでもう一気に加速しましょうかねぇ。と言った所で、取り敢えずアメリカへの皆様をシバキに行きましょうか。

 




メスガキちゃんは本来、ホモ君を煽るだけのキャラだったのに、どうしてここまでイカれたキャラになってしまったのか。コレがケンイチか……


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第十二回・裏:策謀の戦線

「ふん、手応えェ、無いわねェ本当にィ」

 

 父上は、先ず防御を僕に教えてくれた。武術というモノは下手に防御を仕込まないのが一番危ないという話だ。しっかりと気血を送り込んだ両の腕は、無防備な体を刃を切り裂く様にバラバラにする、なんて事もあるんだって。

 だからしっかりと防御は鍛えないと、一瞬の隙を突かれて、あっさりとやられてしまうんだって……でもこの人は、全然違う。

 

「ひ、怯むな!! ゴーゴーゴー!!」

「ったくゥ……Go down!!」

「ひぎゃあっ!?」

「げあっ!?」

 

 今みたいに相手が死ぬ気で襲い掛かって来ても。攻める、攻める、攻める。この人の脳味噌からは、きっと防御も後退も纏めてネジが完全に外れている。攻撃を攻撃で潰して、防御を攻撃で踏みつぶして、それ以外は何も知らないようにしか見えない。

 

「ひ、ひぃぃいいいい!?」

「に、逃げろ逃げろ!! 撤退だ!」

「クソッ、この前相当に強い奴をやったって聞いてたのに……!!」

 

 僕じゃ何時までも辿り着けないと思う、あの動きには。彼女はきっと、才覚があるんだ。どうしようもない程に相手を攻撃する、相手を粉砕する、相手を蹂躙する、そんな。真っ向から敵を押し返せるような。

 達人と呼ばれてた、あの父上の動きに何処か通じる所がある気がしないでもない程に、足の動きは物凄いキレているんだ。鋭いんだ。

 

「ったくゥ……」

「オイ、何故逃がした? 殺して奴らを威圧せねば撤退はせんぞ!!」

「別にィ? やる気が乗るならァ……殺しても良いしィ? 寧ろォ、殺したいィ、まであるんだけどねェ? こう言う所のセオリィでしょォ? 殺さないでェ……足、引っ張る様にするのがァ?」

「た、確かにそうではあるが……それにしても、蹴りに気血が乗っていない! やる気が無いのは丸わかりだぞ!!」

「やる気が無いのがァ、お気に召さなァい? 別にいいわよォ? 抜けても」

「ぐっ……!?」

 

 ――そんな人が抜ける、というのは、誰か一人の判断じゃきっとできないと思う。実際成果を出してるんだから。ここ、キャンプの護衛として、これ以上ない程に。

 

「でもォ、タダでさえ不足してるのよねェ? 戦力ゥ?」

「そ、それはっ……!?」

「別の戦線をォ? 支えてるゥ、ジュナザード様をお呼びするゥ? 必死になってェ頑張って下さってる救い主様をォ?」

「ふ、ふざけるな!! その様な事!」

「じゃあ戦力不足でここ捨てるゥ? 大英雄様から任されたのよねぇ、ここ守れってェ?」

 

 僕なんかは当然、大人だって……この人の言葉を否定できない。

 

「そんな大切な場所をォ……? アンタの判断でェ、捨てちゃうのォ?」

「き、貴様など居なくても!!」

「ハゲ頭がァ、必死になって治療してェ、ギリギリ持ってるって言うのにィ? 笑えるわねェ、戦力不足してるってェ、分かってらっしゃらなァい?」

「……ッ!!」

 

 確かに、この人が抜けるのは大きいと思う。ここは、雇われの兵隊の人達がいるから、何とかなってると思う。父上の様な達人であっても、どうしようもない程に、ここの戦況は悪い。でも、この人の言い方は、ちょっと……

 

「ねェ? どうするゥ?」

「ぐ、ぐぐぐ……」

「ここからのォ、帰りのチケットだってェ、取るのはァ時間かかるからァ、早めに決めて欲しいィんだけどォ?」

 

 強ければ、何でも許される訳じゃない、と父上から教わった事があるけれど。その言葉がここまで綺麗に当て嵌まる人も、初めてだ。

 

「……わ、かった……もう、文句は言わん……!!」

「――フ、フフフフフフフフフッ!! そうよねェ? そう言うしかないわよねェ?」

「っ!」

 

 この人は、まごう事無き悪人だ。目の前で、顔を歪めているのも、分かる。今必死になってる人を平気でコケに出来る、酷い人だ。正直、こんなに強くてもこの人の手を借りないといけないといけないのが……悔しい。

 だからこそ、正直信じられない。

 

「――おい」

「……何よォ、文句でもあるのォ?」

「精神的ストレスは既に過剰な状況だ。これ以上は止めろ。それが原因で体調を崩す可能性も十分にある」

「……ふゥん? まぁ、良いけどねェ~?」

「それと、ティダード側の人達に無差別に組手を挑むのもだ。無為に怪我を増やす必要も無いだろう。相手なら、俺がする」

 

 この人が、先生と知り合いだなんて。

 先生は、戦って傷ついた大人の人達を沢山、それこそ寝食を削っても助けてくれている。父上も、未だ目を覚まさないけど、経過は順調だって言っていた。例え兵隊が雪崩れ込んで来ても、傷つけずに制圧してしまう。患者でも、敵でも、人に真っすぐ向き合う人だ。

 

「アラァ、アンタからそんな事言うなんてェ……? なぁにィ? アタシのォ、足に見とれてるのォ? 溜まってるゥ? 」

「何の話だ……――人との接し方が様々あるのは、友人から教わった。貴様には、コレが的確だろう」

「良いわよォ? そ~んなァ、言い訳しなくてェ……それともォ……こ・こ? 揉みしだきたいのォ? サ~ル♡ サ~ル♡」

 

 そんな人相手に。この人は、戦う積りだ。挑発までしてる。自分を治してくれる人相手に。先生だってきっと、それを盾に諫めようとしたのだろうに。そんなの全く気にせず、自分の鉾をちらつかせて。

 

「アタシをォ、蹂躙してェ、奪い取りたいんでしょォ? このォ、綺麗な体ァ?」

「だから何の話だ」

「……ホンット、つまんないわねェ。揶揄い甲斐も無いわァ……じゃあァ? 腕がァ、鈍っちゃうからァ、ちょっと相手ェしてくれなァい?」

「言い訳は良い。俺が処置を終えて、一旦暇になるのを待っていたんだろう」

「あらァ……バレちゃったァ!!」

 

 ――はじめ、の合図すらない。完全な不意打ち。卑劣。

闘いに対する最低限の礼儀も無い。余りにも酷い。

 

「――ッチ」

「会うたびに鋭くなっているな。無駄が無くなっているのも分かる」

「ハァッ……アンタにィ、受けられちゃァ、何の意味も無いけどねェ」

 

 けど、そんな無茶な一撃にも、先生は少しも動じないで、そのヒールの切っ先を明後日に逸らしている。慣れているのか、それとも先生は、何時も一切油断していないのだろうか。いずれにせよ、凄い。

 僕だったら……と想像して、震えが止まらなくなる。あのヒールの先は、何の躊躇いも無く先生の瞳を狙っていた!!

 

「避けんじゃないわよォ」

「眼球が潰されては治療に支障が出る……手も、だが」

 

 捌いた先生の手の甲が……裂けてる。ゾッとした。普通に蹴っただけじゃ、絶対ああはならない。

 ヒールだ。破壊の力を、一点に収束させるあの靴だからあんな事が出来るんだ。あんな靴、飾りだと思ったけど、そうじゃない。アレも、彼女にとっての『武』の一部なんだ。

 

「背に腹は代えられないか」

「ふん、手なんて幾ら傷つけてもコ・コ、が躍らないのよォ」

「胸? 心臓病か何かか」

「……ズレてんのよねェ!!」

 

 そこからさらに前蹴りが容赦なく先生を襲う。

 今のは流石に先生がズレ過ぎている、とは思うのだけれども。それ以前に、目を潰して喜ぶ、って。戦い方も、思考も。明らかに、他の人と何かが根本的にずれている気がする。

 こんな危ない人を、一体誰が雇ったって言うんだろう。

 

 

 

「ったくゥあのハゲ……何時かあの顔、グチャグチャにしてやる。って、定期連絡の時間ね。周りには誰も居ない、か、し、らァ……?」

 

「っと噂をすれば。ハァ~イ? アタシよォー……凄いわねェ~この新型のトランシーバー。米軍からの貰い物なんでしょォ? 技術の発展は光の様、って奴ゥ?」

 

「え? 首尾なら上々。向こうも、私を手放せない位は疲弊して来てる」

 

「んでェ? 何時アタシは裏切ればいいわけェ? 弱い兵隊なんて幾ら磨り潰してもぜんっぜん楽しくないんだけどォ……え? まだァ?」

 

「んもゥ……折角依頼してくれたんだから、早めにアタシを暴れさせてよねェ? シルクァッド・ジュナザードサ・マ?」

 




普通の人だったらこの人を雇おうとは思わない。

普通の人だったら。


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第十三回

 終わりなき戦争の中で頑張る実況、はーじまーるよー。

 

 えー……と。次は補給部隊の皆様を治療ですねー、はーいこっちに運び込んでくださいね直ぐ治療しますんで。はっはっはっ、全く補給部隊の方々迄叩くなんて、アメリカ野郎共は本当に容赦ねぇなぁ!? そんな奴らは正義の拳でおしおきしなきゃ……(使命感) あーアイテム欄が消毒用アルコールで埋まる……パパンの遺物の一枠すら惜しい……

 え? 前回と状況が変わってない? 加速しないのかって?

 

 もう加速はしました(絶ギレ) 状況が変わらんのじゃあ!! マジで!! 何回何度敵を追い返しても状況が変わらん!! 紛争地帯のミッションなんて大抵そんなもんではありますが幾らなんでも変わらな過ぎだと思います。

 戦線を押し返すとか、何かしらの好転イベントがあれば良いんですけれどもその気配すらありません。ホモ君の撃退した数と、メスガキちゃんの撃墜数ばかりがどんどこ増えていきます。なんでしょう、無謀という事を知らないんでしょうかアメリカへの皆さまは。そろそろ撤退する、という事を憶えても宜しいのですよ?

『まだだっ! まだ諦めるなぁ~!』『チクショウ、しっかりしろ! 今助けるからな!!』『この化け物共!』あースッゴイ意気軒高な事で……負ける、という発想を持っていらっしゃらない模様で。

 

 しかしコレはマズい。事態好転イベントどころか事態が悪化するイベントですね。ある程度敵を傷つけた時に、敵の意気が高揚するイベントが起きたりします、こういう軍団同士の戦いは。梁山泊の皆様が、しぐれどんのピンチで出力を上げたり、一影九拳の皆様を仲間にしたのがその一例となってます。

 因みに梁山泊の皆様がパワーアップした状態で久遠の落日を闇側でプレイすると無理ゲーになりますので皆様は必ず梁山泊の皆様は各個撃破しましょうね(教訓)

 

 つまり今回は正義の集団、世界最強国家アメリカ様の底力って訳です。いやぁ笑えますねぇ!! コレだから米帝は(暴言)

 

 因みに米帝のこういう強化イベントは、決まって、数が増えるか、こっちの士気を下げられるかのどっちかですが、今回は後者の様です。必死、一気呵成のアメリカ兵の抵抗でこっちの士気が落ちてます。

 ホモ君自体が生き残れば別に良いんですが、軍団の士気が落ちて軍団が落ちると、その下に居るホモ君も死ぬ可能性が高まります。そうしない為にも必死に治療しておきましょう。

 

 しかしNPCのメスガキちゃんなんですが、どうやら本気を出すつもりはないようなのかこのタイプのキャラクターに適応される攻撃偏重のAIではなく、バランスタイプのAIを使っています。それでも雑魚は圧倒していますが。

 尚全体的なシラット部隊達は士気がガタ落ちして数の暴力に若干負けて居ます。いやぁ酷いですね。負傷者がガンガン増える。どうやってこれを止めるというのか。ホモ君はあくまで後方要員なので、取り敢えずメスガキちゃんに前線を頑張ってもらうしかないでしょう。まぁ流石に二度も三度も窮地が訪れるとは思いませんので。

 

 という事で状況が変化するまで軽く加速……

 してみた結果が此方です(絶ギレ) ドンドンとシラット側の士気が落ちてきている……応援の一つでも寄こせ、と言いたくなるような圧倒的負け戦……ッ!! そもそもこの戦線なんですけど、達人が最初に倒れた人くらいしかいません。流石に一つの戦線に二人位は配置されても不思議じゃない筈なんですけど。なんでなんでしょう。

 正直、一か月くらいずっとホモ君はここら辺で必死に皆を治療し続けて居ますが、もしホモ君が治療してなかったら多分あっと言う間に瓦解するレベルの激戦です。今の所、こっち側から死人こそ出して居ませんが、常に半数が負傷状態とか言う悪夢みたいな事態に陥っています。

 

 どうやら他の場所でもジュナ爺が出張って、内乱に介入しようとするアメリカへの皆様を防いでくださっている(恐らく自演)様なんですが……ここに関しては援護に来てくれるどころか援軍すら寄こしてくれません。援護に来ちゃうとマジで死にかねないので、取り敢えず援軍が欲しいんですけど。援軍要請への返事まーだ時間かかりそうですかねー。

 え? してるのかって? 最初から出してますけど全く反応がありません(爆ギレ) ずっとここに居る戦力で頑張っている訳でして。正直メスガキちゃんが居なかったらマジで戦線瓦解してると思います。

 

 『まただ、また敵の強襲だ』じゃないんだよコレでもう何度目ですか……まぁ良いでしょう別に。ホモ君の経験値になりに来てくださる分にはこっちも大歓迎、とまではいかずとも嬉しくはあります。加速はするんですけどね(無慈悲)

 はーいアメリカへの皆さまは出荷よ~(無傷) 徹底的に相手を無傷で制圧するこのホモ君の戦い方は、こういう時にちょっと不便ですね。些かスピードが足りません。

 最近は、最初に助けた達人の息子さんが援護してくれるので、結構楽ではあるのですけれど。因みにこの子に関しては将来の達人である可能性が出て居ます。

 

 名前はメナング。そうです。将来、あのジュナザード様の『父親役』を努める諜報重視のシラットの達人です。それと、ティダード側の武人の中で、数少ない『活人拳』側への理解を示してくれる常識人でもあります。

 ティダードの武人の人ってほぼ殺人拳しか居ないんですよね。その中でも、メナングさんとバトゥアンさんという武器組の人は、唯一に近い常識人として、ティダード攻略をする際の重要なカギになります。

 というか、ティダードだって別に殺しを重視する人達ばかりでは無かったと思うんですけど、原作ではなんであんな物騒な人達しか残らなかったんですかねぇ……?

 ここのキャンプの人達だって、本当に人当たりの良い人達ばかりで。

 

とか言ってる場合じゃねぇ!! まだ! まだ怪我人が!! 『大丈夫か、傷は浅いぞ!』『誰か! 誰か医者を!!』じゃねぇんだよ! こっちはこっちで手いっぱいじゃい! 自分所の医療班に治して貰え!! 全く見ろよこのシラット側の被害をよォ!? お前らより桁一つ少ないのにそれでもパーセンテージに直すとこっちの方が多いんだぞ!!

 

 ……とか思ってたらテンションが!! テンションが!! ホモ君のテンションが絶不調になってるんですけど!? しまった、軍団の士気低下に巻き込まれたかッ……!! 

 コレはマズいです。これからアメリカへの攻勢は更に高まっていくというのに!!

 ほ、他は!? メスガキちゃんはあ~(諦め) 寧ろお元気になってらっしゃるようでハイィ……この子だけはもう何があっても敵を潰す事しか考えてないんでしょう。味方が弱っても全く気にならないとからしいと言えばらしいです。士気の上がった敵を圧倒していますが、正にライバルとしての力強さを好き勝手に示しています。

 

 しかし、ホモ君の突然のテンションダウン、完全に想定していませんでした……取り合えずテンションダウンは治療に影響はないので、一応仕事は出来るのですが、マトモに戦えるかとなれば……非常に厳しいです。

 ウーン苦しい。これはティダード側からの離脱も考えなくてはいけないかもしれませんねぇ。いやぁ、幾らアライメントを元に戻すためとはいえ、ガメオベラしてしまってはどうにもならぬ。依頼失敗にはなりますが、背に腹は代えられないという奴ですね。

 

『――援軍だ!! 援軍がやって来たぞ!!』

 

 えっ? 離脱? しませんけど(掌返し)

 やったぁー!! 漸く援軍が来てくれました。ギリッギリの所でした……正直、ホモ君の回復でもジリジリ押し切られそうな所まで来ていたので、この援軍で何とか状況をひっくり返せる可能性が出てきました。

 

 で!? 達人クラスは!? いない、あっそう(諦観) まぁ幾らティダードの潤沢な武人ストックとはいえ、達人をそうホイホイ送り込める程多くは無いという事でしょう。皆さん知ってます? 達人クラスって稀少なんですよ?

 

 とはいえ、そこそこの質の武人を何人か送り込んでいるみたいですし、戦力も立て直せました。コレでホモ君も後方で治療に専念できるかもしれません。そもそも治療班が戦うって状況が可笑しいと思うんですけど(名推理) まぁでも治療に専念とか無理なんですけどね(矛盾精神) だって……幾ら前線の兵が増えても直接攻撃してくる奴らは減らんのだもん……

 

 まぁこのゲーム上の理不尽にも負けず、ホモ君には頑張って頂きたい所なのですけれども。って、アレ。援軍が到着してから暫くしてイベントが。

 

 『奴ら、撤退の準備を始めました』……オファッ!? 援軍が来ただけで!? ちょっと弱気過ぎやしませんかねぇ……?(困惑) ほ、ホモ君は今までこんな奴らに翻弄されていたというのか(激怒)

 まぁとはいえね。これ以上無駄に殴り合って戦いが長引くのも良くありません。ホモ君がガメオベラする前に撤退してくれるなら話も早い……『そうか。ならば徹底的に叩いて奴らの戦意を根こそぎ刈り取るぞ』……オファッ!?

 

 い、いやどうなさったんでしょう援軍の皆さまは……『後方支援の人員も撤退は許さん。逃げる者には……それ相応の処罰を下す』はっ? えっ?

 

えっ、馬鹿なの?

 




・ティダード側に常識人は少ない。
・ティダードでは長い事内乱が続いていた。
・メナングさんは嘗ては純粋に武術に打ち込んでいた節がある。昔は普通の武人だった?
・ジュナザード様は自分の思う通りの箱庭を作りたい。

 別に深い意味はありません。全然。はい。
 もし何かわかっても、皆さまは『知らぬ……』『分からぬ……』で。自由研究との約束だ!


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第十三回・裏:戦場の日常 前編

「チクショウ、背後を取られた!!」

「離れるな、固まって応戦しろ!! 奴らの方が圧倒的に機動力があるのは分かっていた事だろう、今更焦るな!!」

「ベースキャンプを制圧すれば前線を上げられるんだ、ここが――」

 

「――患者に迷惑だ。その危険物を離せ」

 

「「「ぐ、グワーッ!? ハゲ頭グワーッ!?」」」

 

 正直に言うと、先生の方が危険物だと思う。普通、お医者様は逞しい両腕で軽々と人間をひっくり返してはいけない。少なくとも、僕はそんなお医者様を知らない。

 最初の内は先生凄い、とばかり思って居たけど、一緒にいて『アレ? これ普通じゃないよね』と思ってしまってからはダメだった。もうこの人が違和感の塊にしか見えないんだ本当に。やっぱり先入観って良くない。父上も言っていた。

 

「先生! 下がってください! 先生が怪我したらどうするんですか!」

「メナング、君こそ下がれ。患者の様子を見ていてくれ。彼らは私が制圧する」

「役割が逆なんですよ先生! うぉおおおおおっ!」

 

 取り敢えず、此方に向かっていた兵士の一人を全力で蹴っ飛ばして藪の奥へ送り返す。僕では必死になって蹴り飛ばしてやっとの事を、まるで当然の如く、嵐か何かのようになぎ倒して行ってる先生が可笑しいとは、正直思う。どういう鍛え方をしたら医の腕とアレだけの力を一緒に得られるのだろうか……そもそも、僕がこうして先生の護衛をしているのは必要なのだろうか。一応、護衛するように言われるけども。

 

「――まだ来るぞ先生!」

「問題ない、今の所処置の必要な患者はいない。彼らの安全を確保するならば、協力は惜しまない」

「そうじゃない! 危ないから下がれと言うとるんだこの人は! 全く、さっきからの攻勢を見て、どうして下がらんのだこの人は!」

 

 全くその通り。状況的に、先生が手を貸してくれるのは嬉しい、と誰もが言うだろう。けれども……こうやって普段から戦いの為の訓練をしてきた僕らが、誰も彼も無傷では居られない程の激戦なのだ。それに先生が巻き込まれでもしたら、一大事だ。そこら辺の医者とは違う。替えが効かない。

 

「下がれない。ここで患者を守るのも医者としての……む、そう言えばその腕はどうした。負傷したのか」

「ってぎゃあああああ!? 先生に気付かれた!?」

「治療を開始する」

「だ、大丈夫だ! 大丈夫だから先生!!」

 

 ……それと、先生が前線に出ていると、強制的に治療室にぶち込まれる、というのもあって皆下がって欲しいんだと思う。そりゃあ、お医者様としては正しいんだろうけど。患者を力づくで治療室に寝かせて治療するというその方針。何かが違う気がする。

 先生はこの戦いの中で、大分僕たちに馴染んだと思う。馴染んだ、というか僕たちの方が馴染まされたというか。何と言うか、先生はパワーが強すぎるのだ。治療するという一点において。凄いのだ。

 

「取り敢えず、取り敢えずここを凌ぐまでは!!」

「終われば即治療だ」

「……お、おう……」

 

 

 

「め、メナング! 説得をしろ! この程度の傷であれば……!!」

「ダメなのは皆承知していたと思って居たんですけど」

「だからといってこんなかすり傷程度で反応されるとは思わんだろうが!」

「かすり傷ではない。この不衛生な環境では僅かな傷であっても大きな傷に発展する事も多々ある。迅速に処置をするから此方へ来い」

「うわぁあああああッ!?」

 

 戦い終わればあっという間だった。そのまま引っ張っていかれてしまう。何の容赦もない。とはいえ、一応は戦いがひと段落してるんだから、別に誰も止めない。普段なら、流石にコレが一段落してからにして欲しい、と止めに入るのだが。皆も、軽く笑って二人を見送って。そして、同時に何人かが溜息を吐いた。

 

「先生には、頼りきりだな」

「我が国の問題であるというのに……申し訳なく」

「あのような若い者に、我ら年寄りが世話になるとはなぁ。普通は、逆ではないか」

「しかしどうしようもあるまい。あの人が居なければ、ここはもうとっくに……」

 

 ――正直、旗色は、良くないらしい。

 僕はこうして、ここで先生の護衛をしているだけだ。だから前線の様子は、全く知らないけど……何時も、ここへ戻ってくる大人たちの顔色は、良くない。怪我人も少しずつだけど、増えて行ってるみたいだ。

 

「――しかし、向こうの勢いの何と衰えぬ事か……」

「我々も、抵抗はしているのだがなぁ。援軍の要請はどうなっておる」

「ダメだ。どこもかしこも忙しく、引っこ抜く戦力はない、の一点張りだ」

「ジュナザード様ご自身が出陣されているというのにか……こんな時に内で争っている場合では無いであろう!?」

「その対処もジュナザード様が行っておられるのだ」

 

 ティダードの内乱と、外からの襲撃。僕らジュナザード様に付いた側は、この国を正気に戻し、この内乱を終わらせるために戦っている。でも、父上は言っていた。ジュナザード様に付いた勢力は、僅かな物なのだと。今、内乱に明け暮れている者達、ティダードの大半は最早……正気を失っているのだと。

 

「せめて、我らにはジュナザード様が付いている、というのが……救いだ……」

「しかし、そのジュナザード様も、ここにはお顔を見せに来てくださらぬ。コレは」

「言うな。言うでない」

 

 皆。この空気に疲れ果てている。間違いなく。

 

「――メナング」

「あ、お帰りなさい先生」

「あちら二人に果実を優先的に回すように伝えてくれ。私は補給部隊の人達と話して来る。医療器具がどうにも足りない」

「……はい、分かりました」

 

 そんな中で、先生は頑張っている。

 こんな闘いの中で、楽しみなど偶に食べる果実くらいの物だ。それを先生は、常にキャンプの中を見回って、疲弊して、元気のない人に、優先するべき人に回している。こういった事も医者の仕事だって、先生は言っていた。

 

『心も治療しなければ。心にも、人は傷を負う。この様な状況下だからこそ、心のケアを忘れてはいけない。決して、だ』

 

 どうしてそんな事までするのか、と聞いた僕に対して。そう。

 

「――おいメナング!! 先生が呼んでるぞ!!」

「えっ? はい……どうしたんだろう」

「補給部隊の奴らが大怪我してるらしい! 向こうの奴らに襲撃を受けたそうだ!」

「!!」

 

 けれど。先生のそんなケアも、何処まで持つのか。僕には、全然分からない程に、この戦いに、終わりというモノが見えないんだ。

 

 

 

「――はは、助かったよ。先生」

「暫く馬車の操縦は控える様に」

「いや、つってもよぉ! 俺達が居ないと、ここら辺の奴ら干上がっちまうぜ!?」

「一度に来る人数を少数で、その代わりに小刻みに来るようにすれば人員の節約をしつつ、物資の輸送も出来るとは思うが」

「し……しかしなぁ」

「兎に角。ここの人達を思って君達のケガが悪化したのでは、それこそ将来どうしようもなくなる。先の事を考えて行動してくれ」

 

 先生は、基本的に治療した人に安静を言いつける。それじゃどうしようもない、って言う人を丁寧に説き伏せて。先生曰く『怪我を十全に治療せず行動するのは悪手』だそうで。前線でもその姿勢を崩さない。その代わり、ああやってキャンプの護衛は先生が引き受けてくれているので、何とかなっているけど。

 

「奥さんも居るのだろう。一人残して逝ってはいけない」

「……ハァー……そう言われると弱いなぁ。分かったよ。アンタの言う通りにする」

 

 そう言って笑う馬車の乗り手のおじさん。彼らも、先生が治療した事がある人たちだ。戦時中だ、寧ろこの場の関係者で、先生にお世話になってない人の方が少ない。

 

「で、医療器具だっけか……」

「そうだ。どうにかならないだろうか」

「――良し、任せろ。知り合いに医者がいる。ソイツに何とかならんか、頼んでみる」

「すまない……」

 

 もう皆限界なんだ。

 いっそ。いっそ敵が逃げ出してくれれば、どれだけ楽だろう。そうすれば、僕らだって追う必要は無い。逃げてくれるなら。それが一番楽なんだ。きっと。どっちにとっても。こんな何方も苦しい様な戦いをしてたら。

 

「――アハハァ? 随分と必死そうねェ? 先生ィ?」

「ブリッジウェイ。なんの用だ。負傷はしていない様に見えるが」

「えェ~? 無ければァ、話しかけちゃいけないのォ?」

「今は診療の最中だ」

「あっそ」

 

 ……たった一人、この人だけは違うみたいだけど。やっぱりこの人はどこかおかしい。コレに関しては、もう特に何も言えることが無い。

 

「まァ、一応用があるんだけどねェ?」

「なら先に言え」

「では遠慮なくゥ……前線をねェ? 同郷達が突破したァ、みたいよォ?」

「……なにっ?」

 

「皆ぁ! 備えろッ! 敵のっ……大規模な、部隊が!」

 

 直後、キャンプ全体に響く声。思わず外に出る。キャンプ地の仲間に介抱され、片腕を押さえて、苦しんでいる仲間が見える。突破されたという、先ほどのブリッジウェイの言葉を思いだした。じゃあ……前線の皆は一体、どうなったんだ。

 思わず、駆け寄ろうとした。皆の無事を確かめようとして。

 

「――突撃ィッ!!」

「「「「Yes,Sir!!!」」」」

 

 そんな僕の耳を、とんでもない大声が、貫いた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「――何とか突破は出来たな。それで」

「ターゲットを確認できた。このタイミングで確実に確保するぞ」

「タイミングを合わせろ、一気呵成だ。最初の勢いで押し切れなければ終わる」

「了解した……3・2・1……突撃ィッ!!」

 




状況が進まないけど、こういう日常(戦場)を描いてこそ、この後の流れにつなげられると思うので、のんびりと書いていきたいと思います。

後最後の会話には、別に深い意味等ございません。本当です。


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第十三回・裏:戦場の日常 後編

 ――足が、竦んでしまった。思わず。

 凄い雄叫びだった。突撃して来る足音が、地面をドンドンと揺らしていた。全てをなぎ倒す勢いで、こっちに向けて走ってくる。必死の形相で、僕らを殺しにやってくるんだ。そう思ったら。

 でも、その一瞬はきっと、戦場では致命的な物で。

 

「とッ……! たぁ……!?」

「――患者の安眠の妨げになるだろう」

 

 そんな僕の目の前に……いつの間にか先生は立っていて。銃を構え、突っ込んで来た男をあっさりとひっくり返して転がしてしまった。相も変わらず凄いパワーだった。

 そして、急に転がされた先頭に驚いたのか、後続の何人かが完全に足を止めてしまう。まるでさっきの僕の焼き直しの様に。その一瞬の隙を突いて兵隊の前に、金色と、黒の影が立ち塞がった。

 

「――殺すな」

「言われなくてもォ……」

 

 傭兵、ジャック。彼女はゆらりと、その長い脚を掲げ……

 

「グゲッ!」

「へっ……アガッ!?」

「こう言うのはァ、足手まといが増える様にィ、ミディアムレアに仕上げるのがァプロの常識なのよォ!」

 

 まず最初の一発が、次の兵士を遥か後方へフッ飛ばしてしまう。その時、僕には見えて居た。その尖った靴の踵、その先端が相手の胸の中心を鋭く、貫いていた事を。呆然としていた隣の兵士も、真っ黒な靴に蹴飛ばされて、真横へ転がった。

 何が起きたのか、分からないという表情をしていた。気持ちは分からないでもない。僕だって、目を鍛えて居なければ、その動きが見えていたかは分からない。

 

「……ひっ!?」

「アラァ? なにィ? もしかして怯えてるゥ……?」

「ぐっ……怯むな! 狙え! 良く狙って撃て!」

「そう言う顔ォ……そそるのよねェ……私ィ……」

 

 兵士達には、彼女と自分達の力の差が分からないのだろう。銃を構えた男達の――その上に既に、ジャックは陣取っていた。銃を構え、狙いを付ける。たったそれだけの動作が彼女にとっては、緩慢に見えるのかもしれない。

 

「良いわよォ……雑魚がァ、こうやって必死になってェ、抵抗するのはァ」

「は――」

「その分、私のォ、美しさが際立つからァねェ!!」

 

――N・B・H(ナパーム・ボム・ヒール)!!

 

「CRASH、CRASH CRASH CRASH CRASHッ!!」

 

 一瞬だった。宙から飛び掛かったブリッジウェイが、あっと言う間、本当にあっと言う間に全ての敵を吹っ飛ばしていった。銃を撃ったその一瞬を突いて。その相手を蹴っ飛ばした瞬間の表情……まるで……まるで? いいや、間違いなくアレは快楽で歪んでいた。絶頂と嘲笑と歓喜がぐちゃぐちゃになって、恐ろしい顔に成り果てていた。

 蹴り飛ばされた奴らは、全員肩口や足を貫かれ、呻き声をあげている。あのヒールは最早ただの飾りじゃない。立派な凶器だ。

 

「――にしてもォ、歯ごたえェ無さすぎるのはァ、どうかと思うけどねェ?」

「油断するな。幾ら負傷しても治療するとはいえ、怪我を無駄に増やされるのも余り好ましくは無い」

「はっ、言われなくたってェ。アンタに治療されるなんてェ、御免だしィ!?」

「――まただ、また敵の強襲だ! かなりの数が突破してきてる! 全員応戦しろ!」

「ブリッジウェイ」

「言われなくても、分かってるわよォ!!」

 

 ――そこからは、正に蹂躙だった。

 ブリッジウェイが切り開き、それから逃れた敵も先生が確実に制圧する。まるで流れ作業の如きだと思う。どれだけ敵が突っ込んで来ても両方、焦る様子すら見せない。

 異様だったのは、その戦い方と言えば良いのか。

 ブリッジウェイの動きは……完全に周りに合わせる積りもない。兎に角向かってくる相手を目についた端から叩き潰す。自分勝手な戦い方。誰もついて行けないような独りよがりな蹴りの乱舞に、しかし先生は完璧に合わせ、その穴を埋める。

 

「ったく気持ち悪ゥい……ピッタリ合わせないでくれるゥ?」

「患者に被害が出ないようにしているだけだ」

「ハッ、相変わらずねェ。まぁ取りこぼしてもォ? 潰してくれるってェ言うならァ? 私もォ、思う存分、美しさをォ、磨けるってもんよォ?」

 

 双方、ここまで性質が違うというのに。この完璧な連携。

 強い。間違いなく、この戦線は……この二人が大きな屋台柱になっていると、思えた。

 

 

 

「――だ、ダメだっ! 突破不可能突破不可能! 撤退、撤退だ! 逃げるんだぁ!!」

 

 二人が暴れ出してそんなに時間も経たずに上がった声……それが、敵軍の士気の限界だった。敵の兵士が……銃を持った軍隊の兵士が、傷ついた体を引き摺って逃げていく。勝利だった。

 僕なんかよりも強いシラットの使い手たちを突破して、何時もより多い敵が攻めて来た。だというのに。終わってみれば、此方は誰も怪我していない。

 

「アレが本場のぐんじィん? はっ、あんな練度のォ、低い部隊でェ、私をォ突破できるとォ思ってるゥんじゃないわよォ」

「怪我人は!」

「い、いないぞ!」

「隠している者は?」

「……恐らくいない。確認した」

 

 シラットの武人ばかりしか見てこなかった。そんな僕は……この二人の存在で世界の広さを嫌という程知った。シラットの達人以外にも、こんなに強い人が居るんだって。

 もし、この戦いが終わったら……そんな広い世界にも通じる程、シラットを鍛えるんだって、そう思えた。今は、兎に角生きる事が大切なんだ。

 

「であれば問題ない。先ずは何よりも、生き残る事だ」

 

 それは、先生のお墨付きの、言葉だった。

 

「――助けてくれ! コイツ、足怪我して歩けないんだ!!」

「大丈夫か、傷は浅いぞ!」

「誰か! 誰か医者を!!」

「――あ」

 

 それは、きっと敵も同じことなんだろう。必死になって、生きようと、逃げようとしてる。戦争は決して良い物じゃない。こんな光景ばかりを、ずっと見ている。だから、最近は何時も……この戦いがいつ終わるのか、ばかりを考えている。

 それが、武人として、正しい考え方なのか、分からないけど。

 

「ちょっと待ってろ。ほら肩に掴まれ!」

「す、すまねぇ」

「ほら、諦めんな。戻れば治療できる傷だ!」

「わるい……」

「――」

 

 ……ふと、先生がその二人を……いや、今味方が一緒に担ぎに来て、三人になった彼らを見つめていた。どうしたのだろう、と思って先生を見ていたけれど、その眼差しに気が付く。それは、何時も怪我した患者さんを見つめている時の先生の表情だった。

 なんで? と思ったけど。

 

「先生!」

「――あっ、あぁ? どうした」

「怪我人が居た、こっちへ来てくれ!」

「そう、か。だが……ちょっと」

「ええい何時もは言わなくたって勝手に来るだろう! 良いから来い!」

 

 でも、武人の一人に引っ張られていって直ぐに先生はキャンプの辺りに行ってしまったけど。その顔はずっと、傷を引き摺って帰っていく敵兵の背中に注がれていた。

 

 

 

「――ありがとう先生」

「安静にしている様に」

 

 それから、何人かが前線から戻って来た。やはり、大きな大攻勢で負傷者が増え、カバーしきれなくなってしまったとの事。そして……戻ってきた皆は、揃って暗い顔をしているのが分かった。

 

「……」

「すまん先生。頼む……先生? 先生? おい、ちょ、返事位してから治療を始めてくれないか。無言で始めないでくれ怖いから。おい、先生!」

 

 そして、どうしたんだろう。先生の様子が。少しおかしい。いや、正直全く手は止まってないし処置は正確だ。表情も何時もの真面目そうな顔で、ちょっと見てる分にはいつもの先生っぽいのだけれど……何時もより、口数が少ない、気がする。何処かボーっとしている様に見える。

 

「せ、先生ってば!」

「――む、あぁ、済まない。処置は終わった」

「いやそんなバカな……ってホントに終わっとる!? て、手際良いなぁ」

 

 ……というか、完全に話を聞いていない。

 心、ここに非ずって言う感じだ。仕事をしていても、ごくたまに、遠くを見ている様な目をしている。何を考えているのか。そう思って、聞いてみても。

 

「大丈夫だ。ここの患者は必ず助ける。それが俺の仕事だからな」

 

 というばかりで。答えになってるのか、なってないのか、分からないし。そうして再び治療に戻る先生はやっぱり何処か、不自然だった。この前の攻勢からだろうか。何か気にかかる様な事でもあったのだろうか。気になる。

 それに、気になる、というより、気にしないといけない事もある。

 

「もはや、ここまでか?」

「幾ら先生の腕が良いと言ったとしてもな……」

「もう、ここを放棄して逃げねば我らも」

「何を言う! ジュナザード様は今も戦っているのだぞ、先生もだ……我々が諦めてどうするというのだ!」

「ではこのままここで磨り潰されるのを待てと言うのか!!」

 

 テントの外、雰囲気は良くない。この前の戦いで負傷者がさらに増えて。今まで凌ぎ続けていたのが一度突破されたというだけで。こっちにとっては大きな痛手だし……それは相手にとっては大きな一歩だ。

 向こうが勢いに乗って次の戦いを仕掛けてきたら。きっと、次は突破されてしまうかもしれない。そんな中で……こんな空気になるのも、当然だと思う。

 

「そうはいっていない……だが!」

「援軍も来ないこの状況で、我々に何が出来る……下がるのも、一つの戦略だ」

 

 悪い。良くない。全部が、そんな方向へ向かっている。

 

「――おーい! 皆! 皆ぁ!」

 

 その時だった。キャンプの入り口の方から、声が上がったのは。それは待ち望んでいた変化が遂に到着した、その合図だった。

 

 

 

「待っていたぞ!」

「あぁ」

 

 現れたのは、シラットの使い手が十数人以上。どの人も、シラットをしっかりと学んだ兵ばかりだという。今、ここの戦線にとって何よりも嬉しい援軍。それもジュナザード様の直属の兵なのだという。

 

「ここの守護を、ジュナザード様より仰せつかっている。我々も、君達と協力しこの戦線を全力で死守する所存だ。よろしく頼む」

「おぉ、何と心強い! 此方こそ、よろしく頼む!」

 

 これなら。きっと敵が背を向けるまで守り抜ける。僕も、皆も同じ気持ちだった。キャンプ内は歓声で溢れかえって。涙を流しながら抱き合う人たちも居た。

きっと、これで何とかなる。流れが変わる。そんな漠然とした予感がした。

 

 ――その予感は、半分いい方向で的中して。

 

「――見張りの連中から連絡です! 奴ら、撤退の準備を始めた様です!」

「なに!? どういう事だ!」

「どうやら我々が戦力を立て直した事を察知したようで。偵察の連中が隠れて盗み聞きしたとの事、確かな情報です!」

「そうか……! 終わるのか、この戦いが……!」

 

 そして。

 

「――敵が引き上げていく、か」

「そうだ! これでここの戦線は守りぬけた――」

「そうか。ならば徹底的に叩いて奴らの戦意を根こそぎ刈り取るぞ」

「……なんだと?」

 

 半分。悪い方向でも、的中してしまったのだった。

 




沢山の人を治療できると良いですね(ニッコリ)


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第十四回

 援軍がまさかの督戦隊だったとか言うバカみたいな実況、はーじまーるよー。

 

 馬鹿なの?(半ギレ)

 ジュナザードの野郎……やっぱり邪神じゃねぇか!(ヒートアップ) こんな奴らを援軍として寄こすとか。いやー士気が落ちますよーコレ。ヤバイヤバイ……いや、士気が落ちてるから督戦隊寄こしたんでしょうけど。えっ? 督戦隊って何かって? 逃亡者が銃殺されるって言う事です(絶ギレ) 因みに逃亡しようとしたホモ君以外の医師の皆さまはどうなったのか。お察しください(憤怒の大罪)

 しかも此奴ら……お国を守るために命を捨てろ系の愛国者共なんですよね。大義名分を自分達の中で持ってるから容赦とか一切して来ない一番厄介な手合いです。なんてものを寄こしやがった邪神め。

 

 お陰で患者の皆様が皆落ち込んでます。お通夜です。そりゃあ、休んでたと思ったらいきなり後方からやって来て『お国の為に戦え』ですから。幾ら愛国者の多いティダードシラット部隊の皆様の顔も曇るってもんです。

 というか、後方要員迄引きずって戦線に引きずり出そうって言うのがヤバいです。ホモ君は戦闘要員じゃないんですよ! 全く。

 

『貴様の役割は兎に角最低限戦えるように、患者共を治す事だ』じゃねぇんだよ!! ホモ君の治療青得だって限界があるんだよ! ええい、現実を見て居ない……いや、多分現実を見て尚、突っ込めって言ってると思いますねコレは。

 

 というか、ホモ君のテンションがずっと下がったまんまなんですけど。どういう事なんでしょうかコレ。ここまでずっと下がりっぱなしって言うのも非常に良くない流れですね。後ろは督戦隊、前方には士気上がりまくりで攻めに来るアメリカ君。そしてホモ君のテンションがボロボロと。三重苦。

 あれっ? おかしいな……ティダードでアライメントを戻してこりゃラッキー、とか思ってたらこのザマですよ。流れが良くない。

 

 ……いやぁ、これマジで依頼失敗を覚悟の上で離脱した方が良い気がします。このままここに居たら、本当に後ろと前に挟まれてガメオベラる未来しか見えません。なんてクソみたいな状況。しかし、このまま逃げ帰るとティダードに悪感情を残す上に、アライメントも寄ったままになってしまいます。

 せめて大人しく逃げ帰れるような状況になってくれればありがたいんですけど。そんな状況そう無いでしょうしねぇ。

 

 因みに、経験値的には督戦隊が居る方が敵と会敵する機会が増えるので美味しくはあるんですけど、当然ながらガメオベラとは代えられません。実績達成の為には速度よりも安定重視ってハッキリ分かんだね。

 

 ……落ち着いて現状を確認しましょう。戦力が増えた分、有利になったのは間違いありませんが、突っ込めbotが指揮を執る様になった結果、逃げるという選択肢が消えました。助けてスモーキー。

こうなれば、誰でも良いからこの状況を打開できる人材を……居ないんじゃ!! ティダードの皆さまは勿論、何だったらメスガキちゃんとかも傭兵だから寧ろ向こうに付く可能性すらあるんじゃ! 『あらァ? 随分と落ち込んでるわねェ?』じゃねぇーんだよ!! 現状逃げないといけないレベルで詰んでるから仕方ないでしょうが! ホモ君だって落ち込みますよこんな状況じゃ! 全く……というか、なんでアンタホモ君の所に来てる訳? そして何でいい顔していらっしゃる訳?(震え声)

 

 あの、BGMが変わったんですけど、止そう? このタイミングで自由組手は止めようねぇお嬢さん。冷静になろう。そもそもなんでこのタイミングで仕掛けてくるんだ!? 『オシオキしなきゃ、ねェ?』いや理由! さては狂人かお主!! 理由をいえ理由を! なんでお前は説明責任に対して根性がねぇんだ。

 まぁ仕方ない。何時もの余興組手でしょうし、ある程度妥協して……いやガチだなぁ物凄い勢いで襲い掛かって来るなぁ!? 防御崩しされてんなぁ!? マジか、今のホモ君の防御で抜かれるとかマジ? 破壊特化強すぎるでしょう……?

 

 と、とか言ってる間にいやちょっと待ってくださいちょ、止め、止めろォッ!? 破壊力おかしくないですか!?(恐怖) えっ、幾ら破壊特化って言ったって……あ、ダメだこれ削り切られるガメオベラァアアアア――アッ。

 

 すぅぅぅうううううう……えーご視聴ありがとうございました。次のホモ君は良い走者となって……おや? ガメオベラになってない。

敗北したと思ったんですけど、あ。いや負けてはいますね。メッチャメスガキちゃんが呆れたような顔してらっしゃいますし。『そんなんじゃァ、興覚めも良い所よねェ』 いや急にどうしたぁ? 速攻で萎えるじゃんか。

 

 どうやら負けイベントだった模様ですけど……なんで急に仕掛けてきたのか、コレガワカラナイ。えっ。私何かやっちゃいました?(無自覚) いやそれは兎も角として。負けイベントってランダムイベントでは起こらないんですよ。ランダムイベントで負けイベントが起きるとかクソでしかないので。

 で、こうして負けイベントが起きる、という事は何かしらのフラグが立ったから、その前触れという事で……うわぁ、現状ですら結構ピンチだというのにこれ以上何が起きるというのでしょうか。『精々ィ……頑張りなさァい』という最後のセリフが不気味に過ぎます。

 

 まぁとはいえ、ホモ君のやる事は変わりません。今も居る患者の治療をして、皆を元気に送り出さねば。大丈夫、依頼通り戦えるレベルまでは治療しますので!! 気兼ねなく戦場に出て頂いて! というか、ホモ君が治療した人が復帰しないと、マジで戦力が足りずに押し切られるので。

 こんな状況だからこそ、防衛戦で回復する時間を稼ぎたいのですが。ホモ君はあくまで後方の治療要員なので、意見を言う事も出来ません。

 

 よーし、もうこの時点で勝ち目はないな!! 依頼を諦めて逃げ出す事も出来ないのでホモ君が頑張んだよ!(覚悟完了) 

 

 つまりこの状況下……ホモ君以下ティダードの人達は、後ろの突っ込めbotから突かれ、前方の敵に削られる状況下で何とか生き残るしかないという事に。どうしてティダードに依頼達成に来ただけでこんな大ピンチに巻き込まれなくてはいけないのか。おのれ邪神ジュナザード! ここで起きる事大体お前の所為だ!!

 

 仕方ないので、今は戦争の行く末を見守って居るしかありません。取り敢えず、戦闘部隊の皆様が何とか、無事敵を殲滅する事を願うしかないと言いますか。しかし、凄い嫌な予感がするんですよねぇ。こういう督戦隊が出て来ると、大抵ロクな結末にならないというか。

 

『――大変だ! 皆が、皆が大怪我を!!』

 

 ほらやっぱり!!(絶望)

 しかも督戦隊の皆さまは無傷と来ました。オーオーさては肉盾にしやがったなぁ!? こりゃあマズいですねぇ!! 更に士気がガタ落ち!! ホモ君もさらにテンションが落ちてもう絶不調! 酷い状態です。マトモに戦えるかどうかも……

 しかし、アメリカ兵の皆様も必死の抵抗をなさったんでしょうか。しかし、流石に士気が下がっている様な状況で負ける程シラットの皆さまは甘くないと思うのですが。

 

兎も角、皆が大きな怪我を負ってしまってどうしようもないですし。でもってホモ君は最早只管に治療をするしかないって言うこの状況下。というか、味方ほぼ全滅ギリギリの状態なんですけど、督戦隊の皆さまは如何するのでしょうか。

 

『――良し、進撃を開始するぞ』

 

 ォファッ!?(思考停止)

 えっ、何お前らはガチの突っ込めbotなの!? この状況下ですらまだ戦うって言うとかいや無茶がすぐるでしょう……おい誰か止めろよ。『それがジュナザード様の意思なら……』じゃないんですよ。皆凄い強い意思で、まぁだアメリカ軍に強襲しようとしてるんですけど。チクショウ、これだからティダードの武人はよォ!!

 

 このままではホモ君が軍団の敗北に巻き込まれてガメオベラしちゃうヤバイヤバイ……次の攻勢はそう遠くはありません。次の攻勢で軍団が壊滅という判定を受ければアウトかも知れません。助けて! 集団突っ込めbotに襲われています!

 

 おや、メナング君? どうなさったんですか? こんな夜に。相談ですか。

 

『――お願いします。父上と皆を、助けたいんです。力を貸してください』

 

 ……おや?

 




突っ込めって言ってんの! ねぇ!? 突っ込めって言ってんだろォ!?


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第十四回・裏:活なきドン底 前編

 これ以上の攻勢を仕掛けるなんて無理だって。皆言った。当然だ。先生が頑張って治療してくれてるけど、それでも皆疲れてる。守るのだって厳しいのに、ましてや自分達から相手に戦いを仕掛けるなんて。愚の骨頂だ。

 

「貴様らの意見は聞いていない。これは命令だ。ジュナザード様より命を受けて来た我らの言葉は、ジュナザード様のお言葉と同等の重みがあると知れ」

 

 でも……彼奴らは、そんな意見を聞くつもりも無かった。

 いつの間にか患者が寝てるテントが包囲されて、キャンプ全体にシラットの武人たちが散らばって、僕ら全体をも包囲していた。迂闊に抵抗すれば、僕らを直ぐにでも潰す。そんな風に僕らを押さえつけた上で彼らは、そう言ったんだ。

 

「貴様等、正気か!?」

「正気だ。貴様等こそ、正気を疑う。ティダード独立のこの戦いにおいて、何故敵の隙を見逃そうとする。好機では無いか」

「我らは疲弊しきっている……そんな状態で仕掛けるなど、それこそ反撃の機会を生む悪手ではないか! それすらも分からんと!?」

「それは相手も同じだ。そんな相手に我らが負けると。そんな弱気な輩は、要らん」

 

 そんな理屈で、こんなバカらしい事に付き合ってられない。と言った医者の皆が既に殺されていた事を知らされた。ずっと患者のテントで様子を見ていた先生以外を、こっそり集めて意見を聞いていたらしいけど。誰も賛成なんて、しなかったから。

 今ここに残っているのは――先生だけらしい。

 

「何故、殺した」

「ここに居る必要が無いからだ」

「殺すのに何の躊躇いも無いのだな」

「そうだ――分かっているとは思うが、お前が最後だからと言って贔屓はしない。我々の方針に従わないのであれば力づくでここから排除するつもりだ。他の医者共のように、な?」

「……俺に、治療を継続しろと」

「そうだ。貴様の役割は兎に角最低限戦えるように、患者共を治す事だ。拒否権はない。コレはティダードの独立のかかった戦いだ」

 

 ――援軍じゃない。こんなの。

 自分達を逃がさないために、後ろから見張ってるんだ。僕だってわかる、ここから更に攻撃を態々するのが、どれだけ無茶なのか。皆、疲れ果てていて。これ以上、戦う事なんて難しいのに……そんな、絶対にやっちゃいけない事に。

 無関係な、先生迄巻き込もうとしてる。

 

「先生……ッ!」

「メナング。大丈夫だ……一つ聞く」

 

 全然大丈夫じゃない。だって、そう言われたら先生は。

 

「なんだ」

「もとより逃げる積りは無い。私が欲しいのは貴様等の言う事を聞けば、私は最後まで彼らの治療に携われる……その事の確約だ」

「ほう? それはまた、仕事熱心ではないか」

「当たり前だ。彼らは俺の……患者だ。放っておけるわけがない」

「良い心がけだ。安心するがいい、我らの戦いの為に、貴様は使い潰す予定だからな」

 

 きっと。僕らを治療する事を選ぶだろうから。この戦いの中で、ずっと。僕らを丁寧に診察して、治療してくれた先生は。

 

「ダメだよっ!」

「――ここで私が頷かなければ、医者は誰も居なくなってしまう。君の父上の様子も診る事は出来ない」

「っ、それ、は……」

 

 それは、きっと間違ってる。先生は此処に残っちゃいけない。こんなどうしようもない所に残っちゃいけないって分かるのに……先生が居なくなった後の父上の事を考えると。何も言えなくなってしまった。

 

「心配してくれてありがとう。優しい子だな。メナングは」

「……そんな、事」

「大丈夫だ。私は決して患者を見捨てたりしない。最後まで付き合うさ……おい、私が患者の面倒を見るのだ。医療器具は欠かさないでおいて貰うぞ」

「それは当然だ。道具が無いからと仕事を適当にやられては、此方も困る」

 

――結局。援軍にやって来た男達の命令で、僕らは更なる追撃の準備をする事になった。ここに居る皆の中で、それに納得した人は、一人も、居なかった。

 

 

 

「あんな奴らを送り込んで来るなんて……!! まるで督戦隊ではないか!」

「実際そのつもりなのだろう。ここを、我々の命を削ってでも死守させるために」

「ジュナザード様は……我々を見放されたのか」

 

 不満が、増えた気がする。

 つい先日までは。笑顔が見えた。未だ。でも今は。全然何処にも笑顔が見えない。皆、新しく来たシラット部隊に文句を言っている。空気も良くない。こんな状態で、マトモに戦えっこない。きっと、負ける。

 

「……先生」

 

 そんな中で、先生は今もテントの中だ。怪我人の中でも、使える者は使う、という彼らと話し合っている。患者の担当は自分だと、無理矢理に割り込んだらしい。出来る限り皆を安静にさせる、と凄い顔で言っていた。

 

「――あ」

 

 誰かが声を漏らす。テントの中から、先生が出て来た。

 

「終わったぞ!」

「先生、どうだった……!?」

「……」

 

 顔色は……良くない。いや、真っ青だ。唇を噛んでいる。その表情に、先生の元に駆け寄った何人かが、露骨に落胆して見せた。ダメだったか、と。けれど……

 

「おいおい、そんなため息吐くんじゃない」

「先生は良くやってくれた。最小限で済ませてくれたよ。なぁ?」

「おう! 志願した俺達三人だけに何とか留めてくれた」

 

 それを否定するように、三人程の大人がテントから出て来た。どういう事か、と尋ねる周りに……三人は、こう言った。最初向こうは、意識が無い者以外は全て戦わせるつもりだったのだ、と。

 皆、目を丸くしていた。僕もだ。そんなの……無茶苦茶だ。そんな事したら、きっともっと死人が。もし先生が居なかったら。

 

「……そうか。そうだったか」

「なら、落ち込むのは失礼だったな。すまん、ありがとう先生」

「――礼を、言われる筋合いはない……」

 

 けれど。

 当の先生の声は……まるで消え入りそうなほどに、小さかった。そして、震えている。今きっと、先生は誰よりも、落ち込んでいる。誰だってわかった。

 

「……先生。落ち込まず、誇ってくれ」

「アンタは、やれる事をやってくれた。落ち込まなくていい。後は、俺達の仕事だろう」

「全くだ。良し、先生が頑張ってくれたんだ。皆も不満を言ってるばかりは止めろ! 拳と武器の手入れを欠かすなよ!」

 

 そう言って散っていく三人。先生の前に集まっていた皆も落ち込んでいた気持ちを持ち直したのか、各々、様々な場所に腰を下ろしたり、武器を磨き始めたりもしている。そんな中でも。先生は……ずっと、うつむいて。しょぼくれたままで。

 少し、皆の様子を見つめてから。先生は自分のテントへ……ではなく、患者の居るテントに向けて、少しよろけながら歩いて行ってしまった。その背中が、何時もの堂々とした背中とはまるで違って。

 

「……先生」

 

 ――結局、先生は食事時も、ずっとそのテントから出て来ることは無かった。

 

 

 

「――あまり迷惑をかけないようにしろよ」

「分かりました」

 

 食事を持って行くついでに、様子を見に行く。そう僕が行った時、皆は止めた方が良いと言ってきた。責任を感じて、その分必死になって仕事をしているのだろう、その心意気に水を差すことは無い、と。

 でも……だからって、放っておくなんて無理だった。せめて何かしら励ましの言葉でも掛けられれば、と思って。食事をもって。

 

「――あらァ? どうしたのォ、坊やァ」

 

 行ったら最悪の人に捕まってしまった。

テントの前に、ブリッジウェイが立っていた。どうしてこんな所に、とはこっちが聞きたかった。ケガをしている様にも、特には見えないのだけれども。。

 

「……何かしに来たんですか?」

「そうよォ? 彼奴ゥ、ここに居るのよねェ?」

「先生、ですか。ここに居ますけど……」

 

 その言葉に頷いたブリッジウェイは、テントの中へと入っていった。今の先生に組手を仕掛けるなんて、良くない。止めないと。そう思って追いかけて中に入る。

 テントの中心、患者の皆の寝てる場所から離れた場所で、二人は真っ向から顔を突き合わせていた。先生の顔色は……やっぱり、良くない。少し、目の下が黒くなっているようにも見える。

 

「あらァ? 随分と落ち込んでるわねェ? Dr.ホーク?」

「治療に来たのか。何処を怪我した」

「べっつにィ……強いて言うならァ、()()()()()()()()、かしらァ?」

「何――」

 

 瞬間だった。

 その場から先生が吹っ飛ばされた。テントの外、僕たちが入って来たのとは逆の裏の方向へ向けて。早業だった。それをやった下手人は……当然、一人しかいない。

 

「――何のつもりだ」

「醜さにィ……拍車掛かってるからァ? 醜いものが許せない私としては、こんな醜さに拍車がかかった輩は、徹底的にオシオキしなきゃ、ねェ?」

 

 傭兵、ジャック・ブリッジウェイだ。




そろそろホモ君の一人称も書いてみましょうかね。何時か。


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第十四回・裏:活なきドン底 中編

「――何のつもりだ」

「醜さにィ……拍車掛かってるからァ? 醜いものが許せない私としては、こんな醜さに拍車がかかった輩は、徹底的にオシオキしなきゃ、ねェ?」

 

 呆然としてた。何も口を挟めなかった。テントに食事を持ってきただけなのに。ほんの一瞬で、先生の横顔に全く何の容赦もない蹴りが突き刺さった。完全に油断してたところを吹っ飛ばされてしまった。もう、失礼とか、そう言うのを思う前に、なんで? って言う感想しか出てこなかった。

 体勢を立て直した先生も一瞬、度肝を抜かれていたみたいだ。けど、直ぐにブリッジウェイにその視線を向けた。

 

「意味が、分からないが……今は、テント内の患者に、出来るだけ目を向けて居たい。すまないが、日を改めて貰えると」

「――アンだけ必死にィ、処置してたって言うのにィ? まだやるのォ?」

「彼らは俺の患者だ。他人にどうこう言われる筋合いはない」

「はっ、言うようにィなったわァねェ。まァ? だからって、容赦はァ、しないけどォ!」

 

 そもそも、お仕置きとは、なんなのか。

 それについて答える事も無く、空に飛びあがり、彗星の如く彼女は襲い掛かった。先生もそれを一歩下がって躱したけど、その一歩下がるのに合わせて、更にブリッジウェイが前に出る。いや、もうヒールの踵を繰り出している! 迅い! 先生も、更に一歩下がって避けるので精一杯だ。

 

「ッ! 止せ! 今、戦う必要は、無い、筈だッ!!」

「あるわよォ。私がそう思ったからそうするゥ。それが当然でしょォ?」

「ふざけるなっ、状況を……考えろっ!」

 

 先生が防ごうとする。けど……その度に血が飛び散ってる。攻撃を凌ぐたびにどこかしらが裂けてるんだ。まるで、ちょっとずつ削るみたいに。物凄い数の蹴りが先生の防御すら、無理矢理に削っている。

 

「――アタシをォ治療する、って言わないのォ?」

「……何?」

「いつもの調子だったらァ、言いそうなもんだけどォ、ねェ!? こうやってェ仕掛けられてェ!! 凌ぎながらねェ!」

 

 連続して繰り出されるヒールの踵は、もう僕の目じゃ追いきれない程に、迅い。一回蹴る毎に、ドンドン速くなっているみたいだ。いいや……迅くなってるんだ。どんどんどんどん、蹴る度に。彼女のイヤな空気は、濃くなっていく。

 

「そ、れは」

「それも気にならない位にィ、治療に熱中してたァ?」

「――」

「それともォ……そんな事がどうでも良くなっちゃうゥ、くらいにィ、気になった事があったりィしたァ?」

「っ!?」

「あらァ!? 図星ィ!?」

 

 もう嵐が人の形をしてるような、猛烈な攻撃へと、ブリッジウェイの勢いはさらに増していった。

 

 肩口、顔面、そして左胸……心臓の側。どこもかしこも、貫かれたら致命的な場所ばかりだ。先生の治療は、今僕たちにとって、必要な物だというのに。

 コレは最早、組手の域を超えてる。彼女は先生を、確実に殺しに来ているんだ。

 

「やっ、やめろっ!」

 

 止めなきゃ。そう思って、拳を構えて、飛び掛かろうとして……

 

「――邪魔よ」

「がっ……!?」

 

 フッ飛ばされた。いや、違う。そもそも、ブリッジウェイは……僕を蹴っても居ない。適当に、足を払っただけだ。それだけで、僕はいとも簡単に吹き飛ばされたんだ。虫を適当に払うみたいに。

 改めて、彼女と僕の力の差を痛感する。

 

「メナングッ……!? 何をする! 退けっ!」

「あらァ、ちょっとォ調子出て来たァかしらァ」

「通せ、邪魔をするなっ、彼の、彼の治療を……!」

「でもォ……そんなヤケクソなァ動きされてもねェ。あんまりィ燃えないわねェ!!」

「ぐぁっ!?」

 

 彼女の勢いは、止まらない。先生の胴に、思い切り膝がめり込んだ。そこから更に、畳みかける様に、ドンドン蹴りが……徹底的に体を狙う。手足に全く興味が無い、とでも言いたげだ。

 完全に、先生が圧されてる。もう、限界だったのだろう、地面に転がった先生に対して……更に、もう一発。踵で、思い切りみぞおちを踏みしめてる。酷い……!

 

「やめろっ……先生が、何、したっていうんだっ!」

 

 全く分からない。今までもそうだけど、今日は特に理不尽だ。必死になって、ここの皆を支えようと頑張ってる先生を。蹴っ飛ばして。踏みつけて。苦しめて。何がしたいんだ。先生が、そんなに気に入らないのか。

 

「――今のコイツの醜さが許せないから」

「え……?」

 

 酷く平坦な声で、ブリッジウェイは返した。

 

「アタシはァ、美しさをォ求める女。それはァ、今でもォ変わらない。何処でもォ、何時でもォ、全然変わらないのよォ」

「そ、それが、なんだっていうんだ!」

「此奴がァ、今ァ信じられない程ォ、見苦しィ様になってるのがァ……許せない」

 

 とても、冷たい声で……思わずブリッジウェイを見て、ゾッとした。

 いつも薄笑いを浮かべ、人を小馬鹿にしたような態度を崩さない彼女が。真顔で。酷く冷たい目で。先生を、見下している。

怖い目だ。寒気がしてくるような、迫力がある。足が震えてくる。

 

『――良いかメナング。危険な殺人拳の使い手というのは、独特の迫力がある。それは何故か分かるか?』

 

 知っている。ううん。今まさに知ったんだ。

 

『一線を越えたからだ。人を殺す、というだけでは越えられない……人として越えてはならぬ、武術も、人としての生き方も置き去りにした、深淵の底へと至る一線を。踏み越えてしまったからだ。そうなっては、最早それは人とは呼べなくなる』

 

 これは。この目は……もう何人殺して来たのか。恐らく数える意味も無い位には殺して来た、そんな目だ。命を命とも考えてない。そんな、深い、深い所まで見てしまった。そんな人にしか出来ない……!!

 

『それはもはや……化生の類となったのだ』

 

「そんなァザマをォ見せられるくらいならァ殺しても良ィ。と、思っただけ」

「そ、そんな……理由で……!?」

「そうよォ? 寧ろォ、人を殺すのにィ、そんな上等な理由ゥ、必要? 所詮共食い、同じィ動物同士の潰し合いにィ? 私はァ、必要だと思わないわねェ」

 

 ――怖い。

 今のブリッジウェイはまるで……人を超えた。魔物。いいや、ただの魔物じゃない。恐ろしさもそうだけど、鍛え上げられたその動きには……畏れすら、感じる。

 まるで、まるで。なりかけの、神様を見ているかのような。

 

 

「単純でェ、良いのよォ。殺る事も単純なんだからァ!!」

 

 振り上げる足を止められない。

 踵が、まるでギロチンの様に掲げられている。振り下ろされたら。地面に倒れている先生を……間違いなく、踏み潰せるだろう。でも、僕は……怖くて、震えて。止められない。僕は。あぁ、そうだ。

 止められない。アイツ等も。目の前の傭兵も。僕には。

 

「……ッ!」

「――まぁでもォ? 私はァ? あくまでここに雇われたァ傭兵だしィ?」

 

 その目は……けれど、直ぐに引っ込んでしまって。先生を踏みつけていたヒールも、退けられた。誰か見に来たのか、とも思ったけど、そうではない。やはりテントの裏に蹴りだされたのだから、見えないのだろう。

 あくまで、気紛れに。彼女は先生に背を向けた。

 

「今このタイミングって言うのもォ……美しくゥ、無いわねェ? やっぱりィ、オシオキ程度かしらァ? ねェ……? ―― ―― ――」

「っ……!! そ、んなっ……事はッ……!」

「はいはァい。まァ? それからもそんな無様をォ、晒すならァ」

 

 振り向いたその目は……一瞬だけ。さっきの如き、冷たい視線を先生に向ける。イヤ、さっきよりもその目は鋭い。睨みつけている様だ。彼女は、きっと。本当に。先生をなんて事の無い様に。

 

「……今度こそ殺すから、覚えとけ」

 

 殺しに、来るに決まってる。




同族を殺すのに上等な理由が居るかね?


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第十四回・裏:活なきドン底 後編

 翌日の先生の様子は……変わった様には見えなかった。ブリッジウェイに、あんなに酷い事をされた後には見えない。患者の皆を見る様子も、何時もと同じくらい丁寧だし、応対もしっかりとしている。

 

 ブリッジウェイとの事は……組手が行き過ぎただけだって、説明してた。どうして皆に言わないのか、って聞いたけど。『不安の種を植え付ける事も無い』とだけ返して。

 皆も、何人かが彼女に関して憤りを覚えている様だったけど……それだけだった。あくまで節度は弁えてる、と。そう、先生に思わされてる。

 

 そんな事、ない。

 

「――」

 

 余裕があるように、見えない。表情がずっと変わっていないけど……アレは無表情って言うより、緊張して、張り詰めて、ピクリとも表情が動かなくなってしまっているんじゃないのだろうか。

 僕の目から見て……昨日以上に、先生は元気がない様に見えている。

 でも、不思議なのは。傷の事については、本当に気にしている様には見えない。だというのに、ふとした時に、溜息を吐く。

 

「……メナング」

「あっ……どうも。どうでした?」

「やはり今日の攻勢は辞めるつもりはないようだ。余程、ティダードの土を踏み荒らしているのが気に入らぬらしいな。援軍のお歴々は」

 

 それは昨日のブリッジウェイの襲撃の事だけなのか。

 それとも。今日の大規模攻勢について考えているのか。何方かは分からないけれど。此方の戦線で戦ってきた皆も、考え直すように何人か言っていたけど。結局予定を変える積りはないようだった。

 

「勝てる、と思いますか?」

「厳しいとは思わん。相手は士気も落ちているほぼ敗軍だ。しかし……追い詰められた相手を余計に刺激するのを得策だとも思えぬがな」

 

 ――逃がしてしまえばいいのに、と思う。

 武術は、逃げる相手の背を切りつけるものではない。立ち向かってくる相手と、真っ向から戦う為の方法。自分自身を高めるための術。そして自分の信念を貫く為の……それが、父上が教えてくれた、武術の信念だというのに。これ以上は。

 そう思って居た僕は、急に目の前の相手がしゃがみ込み、仮面の奥から覗く目と目が合ったのに、驚いてしまった。

 

「メナング」

「はっ、はい」

「もし、もし万が一の事があれば……お前は逃げよ。ここより逃げて、ジュナザード様の元へ向かえ。きっと将来を担う若き武人を無下に扱ったりはしない」

「……えっ?」

 

 逃げろ。

 そう言われたのが信じられなかった。

 今は戦争の最中だ。僕の様な子供だって戦力として使う為に、父上は戦場に連れて来たのだろう。それを態々逃がすなんて。どうしてそんな事を。

 

「正直、この戦線は既に終わっている筈の場所だ……援軍を送り、それで相手が逃げようとしているのに、態々戦いを繰り返そうとしている。手負いの獣の尾を踏みに行くのだ。想像の外の事が起きるやもしれぬ」

「で、でも……せめて……せめて……」

「とはいえ、万が一の場合だ。ほぼ間違いなく勝てるだろう」

 

――本当だろうか。

 

「勝った時は……まぁ笑いながら勝利した我らを迎え入れてくれ」

 

 本当にそう思っているなら。僕に逃げろ、なんて言うのだろうか。と。その澄み切った目を見て、思ってしまった。行かない方が良いんじゃないか。そう思ってしまった。

 けど、そんな根拠のない言葉で、止める事は出来ない、って。口をつぐんで。

それが――

 

 

 

「――退いてくれ! 先生! 先生!」

「チクショウ、アイツ等……! 俺達を盾に……許せねぇ、ぶっ殺してやる!」

「やめろっ……奴らはジュナザード様の直属だ、もし逆らえば」

「……ッ! クソがぁッ!」

 

 それが。良くなかったのかな。

 酷かった。向かっていった、僕らの仲間……その半分よりも沢山。皆、血塗れだった。その中で……真っ先に先生は、患者たちの元に近寄った。僕は。全然動けなかった。どうしてこんな事になってしまったのか、とだけ。考えて。立ったままで。

 

「先生、先生ッ……助かるよなぁ! なぁ!?」

「当たり前だ。絶対に助ける。助けなければならない。助かるんだ、絶対に」

「頼む、頼むよッ」

 

 そんな僕を置き去りにして、先生が頑張っている。でも、どうしてだろう。先生の顔は真っ白だ。血の気なんて見えない。僕なんかより、自分でやれる事をやっている筈なのに。酷い顔色だった。

 あんなに必死になって、動いて、頑張っているのに……生き生きとしてない。まるで死んだ後の様な顔色をしている。

 

「包帯……それに布巾を! お湯もだ! アルコールも出来るだけ!」

「わ、分かった!」

 

 皆が走り回ってる。そんな中で、僕らの事を見もせずに、自分達のテントに戻っていく影が見えた。ブリッジウェイを伴って。自分達のテントへと悠々と戻っていくのが見えた。誰も傷一つ負って無かった。

ふと、そこへ行こうと思った。何か言ってやろうと思った。ただ、それだけで。でも、手を掴まれて、止められた。

 

「止せッ! 奴らに逆らえば!」

「は、なして……くださいっ……! あいつら、あいつら、アイツ等ぁ!!」

「お前が行っても殺されるだけだっ……堪えろ、堪えろメナング!」

「はなしてっ! はなせっ! はなせぇっ!!」

 

 目の前が真っ赤になっていた。許せなかった。アイツ等は、僕たちを何だと思っているんだ。父上が。先生が。皆が。必死になって戦っていったのに。それを踏みにじるみたいな真似をして。ふざけるな。ふざけるな!!

 虚仮にするな。僕らを。虚仮にするな。そう叫びたくて。必死に。

 

「お前はまだ若いんだ、命を無駄に散らすな……ッ!」

「フーッ! フーッ!」

「堪えろっ……! 堪えてくれっ……!」

 

 終わらない。終われない。

 こんな、こんな戦いで皆が命を散らすなんて。馬鹿みたいじゃないか。こんな所でまだ戦ってるなんて。馬鹿みたいじゃないか。僕らは、こんな犬死にする為に、武術を磨いて来た訳でも、ティダードで生きて来た訳でも無いというのに。

 

「――ッ!」

 

 もう終われ。終わってくれ。

 

 

 

「……」

 

 テントの隅で、考える。

 誰も文句を言えないのは、きっとジュナザード様に申し訳ないからだ。自分達だけ逃げ出すのが。だから、未だここで踏ん張って戦おうとしてる。でも……僕は、そうは思えない。こんな、味方からも、敵からも。板挟みにされて、戦わされるなんて。そんな事、どうしてする必要があるんだ。

 ジュナザード様は英雄だ。でも、だからってこんな理不尽に耐えて、命を無駄に削り潰すなんて、何の意味も無いじゃないか。ジュナザード様だって、僕たちが頑張った事なんて知らずに終わるだけだ。

 

「このまま、皆死ぬなんて。間違ってる。ダメだ」

 

 そう思った。許してはいけないと思った。必死に戦ってきた。皆は、ここでティダードを守るために。必死に頑張った。

それが、まるで無かったかのように。どうでもいい物の様に処理されるなんてダメだ。そんなの……どうでも良かった風に、踏み潰されるなんて。

 

『人を殺すのにィ、そんな上等な理由ゥ、必要?』

 

 彼奴は言ってた。簡単に人は人を殺せる。

 だったら、アイツ等もきっと、僕らを使い潰すのに、きっと何も迷ったりしない。自分達の理屈で、僕らを追い詰めてくる。

 

「……」

 

 でも、皆はそれでも此処で残って戦う気だ。

 最後まで戦う気だ。それがどんなに不満でも。

 僕じゃ皆を説得できない。僕は、今まで何も出来なかった子供だ。みんな笑って聞き流してしまう。

 

「……先生……先生なら」

 

 それなら、説得できる人に、頼むしかない。

 先生だって、こんな現状おかしいと、きっと思ってる。それなら……先生に助けを求めるしかない。お医者様に、こんな時に助けを求めるなんておかしいかもしれないけれど。でも、僕にはもう先生しか頼れる人が居ないんだ。

 

「行こう」

 

 それは。

 多分きっと。正しい事ではないかもしれないけれど。それでも、そうすると決めてテントを出る。まだ先生は、テントの中で治療を続けている。それが終わってからでも良い。

 僕らの揉め事に先生を巻き込むのは、本当に、胸が苦しくなるけど。

 

 皆を逃がすのを、手伝ってくれないか。と。頼みに行こう。

 それが、今の僕に出来る、せめてもの事だから。

 

 

 

「――すまない、一晩、考えさせてくれないか」

 

 その考えが甘かったことを。

 僕は、嫌という程、自覚する事になった。

 




未だ目覚めの時至らぬ、ハゲチンピラ。

こういう時、主人公は徹底的に苦しめるべきって富士鷹ジュビロ先生も言ってた!!


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第十五回

 戦場から脱出する実況、はーじまーるよー。

 

 という事で、メナング君からの依頼が来ました。

 どうやらホモ君に協力して貰って、この戦線から皆を逃がしたい模様です。受けている依頼の最中にこうして別の所から依頼が来るのは良くある話なのですが……これは、正に好機と呼べるでしょう。

 現状、ティダードに悪感情を残して撤退するのが一番マズいのですが、これはティダードの臣民からの依頼なので、この依頼を達成してティダードから逃げ出しても、関係は悪化しません。しかもこの依頼、要するに『戦ってる味方を見捨てて逃げる』っていう依頼なのでアライメント的には活人拳に寄る行動ではありません。寧ろ、この依頼を達成すれば、無事アライメントを戻せる可能性も。

 

 となればよっしゃ受けたるで! ……と、行きたい所なのですが、今は三択の選択肢の内『一晩待って欲しい』という先延ばしの選択肢を選んでおきます。凄いショックそうなお顔をされて……ごめんよ……ごめんよ……ッ!

 

 えーなんで速攻で受けなかったのか。これには二つ理由があります。

 一つ。この依頼を達成するには、『国外迄の脱出』を確約できるルートが必要です。一応国内を動き回るには手段がない事もありません。補給部隊のおっちゃんと知り合いになってるので全力で頼めば脱出できるかもしれません。

 問題はその後なんですよね……国外、までの脱出ルートがありません。ここティダードは大小無数の島で構成された国ですので、当然空路か海路で脱出する必要があります。ですが今からメナング君がやろうとしているのは、要するに脱走兵になる行い。

 そんなもんをホイホイ♂見逃してくれる訳がありません。ああ逃れられない!

 

 だからって国内でジリジリノンビリ脱出する手段を発見しよう、なんぞしようもんなら『コレは好機』とばかりジュナザード様がやってきます。なんで?(至極当然) 理由なんてない(半ギレ) その場その場で、それっぽい理由付けて襲い掛かってくるのです。危ない危ない……(震え声)

 

 という事で、脱出するには。先ず確実に、且つすぐにでも脱出する手段を確保せねばなりませんが当然ホモ君にんなもんはありません(絶ギレ) こちとらあるのは医者のスキルだけじゃ。

 

 で、これだけならまだしも、もう一つデカい壁があります。

 こんな事したら援軍の奴らが当然阻止しに来ます。味方なのになんででしょうね!? そりゃあホモ君達が逃げるからでしょ(正論)

 で、達人が居なかったとはいえ、全員軽く妙手クラスは有りますし、最高でメスガキちゃんと同レベルの実力者が居ます。それを、今の傷ついた(旧)シラットチームで突破できるかという話です。無理です。無傷の戦力は何とメナング君とホモ君と一部の武人連中だけ! 死にます(確信)

 

 今から速攻でメスガキちゃんのレベルと同等か、それを上回る……まぁ最低でも妙手の上位クラスに突入しないと厳しいです。達人クラスになれれば、妙手相手では先ず負けないぐらいの出力になりますので、本当の理想はそっちですけど。

まぁどっちにしたって無い物ねだりですけどね!!

 

 つまり、自分と同等の実力を全員が持つグループを、ほぼ自分一人で相手せねばなりません。因みにメスガキちゃんはこの二つのグループを統合した『シラット軍団』に所属しているのでその内輪もめには参加できません。というか、多分参加できても、両方滅ぼしに来るのでどっちにしても敵です。

 という事で、今現状、返事をしてもホモ君ではどうしようもない可能性があるのでいったん拒否りました。少なくとも、どっちかの壁をどうにか突破しないといけないので、その方策があれば、受ける積りですが……

 

 とまぁ、メナング君の提案に乗るには、余りにもデカすぎる壁が2つほど。

 取り敢えず一つ目はどうしようもありません。ホモ君のコミュ能力と、人間関係の無さではどうしようもないです。いや、国内は兎も角として、国外はマジでどうしようもないです詰みです。

 で、二つ目なんですが……どの道の達人も決して一日では成り立たないので当然不可能です(白状)

 

 あぁつまり不可能ですねぇ!! 終わりッ! 閉廷! 以上! 皆解散!(事実陳列罪)

 

 いやー急に青得を幾つか習得できる、そんな神アイテムでもあれば話は別なんですけれども。このゲームはケンイチのゲームなのでね。読んだだけで青得を習得できる本なんてそうそうありません……あり……あ、いえ。

 あるかもしれません。そんなチートアイテム。

 

 皆様、『父の遺産』というアイテムを覚えてらっしゃるでしょうか。そうです。パパが死ぬことによって手に入ったあれです。

 実はなんですけど……あのアイテムは、使用するとお父さんに関連した『何か』が貰えるアイテムです。例えば商人系なら『莫大な金』がもらえ、その獲得できるアイテムは『コネ』『味方』『武器』など様々に及ぶのですが……

 お父さんが武人だと、『青得』が貰えるのです。確率次第ではありますが、まぁ最低でも二つほど。お得ですねぇ!(主婦並感) ここでの一手としてはまさに理想。まさかここでお父さんが死んだのが役に立ってくるとは……し、しかし問題もあります。

 

 完全ランダムです。貰える青得。

 ここで迂闊な青得を引いても大した戦力強化にはならず……まぁ、任務を果たす事は出来ずに、ティダード編は大失敗というだけの結末で終わります。そうなったらもう後は泣くしかありません。

 正直、もっと青得を手に入れてから、更なる強化をする為に使いたいアイテムではありますけども。不思議なアメを貯め込むタイプの私でございます。

 でもってその挙句最後まで行って『アレ? なんか使う前にレベルがカンスト直前まで行ってるんだけど。なんだったらカンストしてるんですけど。一体どういう事?』ってなるまでがセットです。

 

 それは兎も角。ここでランダムに青得を獲得しに行くか。それとも……って感じの二択。

 しかし、ここで使わなければ結局何の抵抗も出来ず磨り潰されてお仕舞いまであります。死んだら全部がパーなこのゲーム、ならば取り敢えず達人までの道を一気に駆け上ってみるのも一興。

 

 という事で、せめてものオカルトに、槍月師父から頂いたお手紙をアイテムボックスのパパンの遺産の下に置いておきます。師父……お願いします……わが身に奇跡を起こさせたまえ。我が儘言いませんからせめてそこそこ使える青得を下さい。複数!

 あーカーソルがあってます。パパンの遺産に……どうしましょう。押すか押さないべきか突っ込めって言ってんだルルォ!?(即決)

 

 あ、あぁ~……使用してしまいました。無くなってしまい……ません。一応使用したアイテムは、槍月師父の手紙の様にちゃんと残ります。とはいえ、これは使えないフレーバーアイテムですが、ちゃんと記念として取っておきましょう。ガメオベラしたらプレイヤーキャラの遺産になるしな。ハハッ(高音)

 ……『得能を二つ手に入れました』、ですか。最低保証ですね。一気に三つくらいググっと手に入ればワンチャンあったかもしれないんですが。これは仕方ありません。豪運チャート行けるほど運がいい訳でもないので。

 

 い、いやこの手に入れた得能次第では、全てがひっくり返るって事も全然あります。ゲームのバランスを全て崩壊させる金得が手に入る可能性も全然ありますのではい。

 因みに確率的には某史上最大の聖杯戦争ゲー星5の10分の1レベルの確率なのでまず無理ですけどね(諦め)

 せめて『観の目』くらいは手に入りませんかねぇ……

 

 さぁ、さぁさぁさぁ。ここからステータス画面を確認してみましょう。イヤー緊張して来ました。ここで奇跡を起こせずして何が実況者か。

 

 ここで手に入れた得能次第で、ここから先の運命が変わります。

 さぁ、いざ鎌倉。

 




パワポケの得能本って一体何が書いてあるか気になった事ありません? 私はあります。


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第十五回・裏:遥か嘗ての理想 前編

 ――ずっと。あの日から走り続けて来た。

 

 力無く地面に倒れるパパ。酷く恐ろしい死神に命を奪われたパパ。パパを助けられず。無力だった自分に嫌気がさして。憎くて。許したくなくて。そんな自分から……抜け出したくて。走り出した。止まるな、止まるな、と。ずっと吠えたてた。

 目の前に居る患者を只管に治していた。何も見ずに。患者だけを見て、診て来た。毎日そんな事を繰り返して、もう、数年にはなるだろうか。ハイスクールに通っていた頃から体は大きくなっても、その頃から、やっている事はずっと変わっていない。

 それはきっと……その間ずっと、患者以外を見てこなかった、という事だったのだろう。

 

『貴様、現実を見て居ないと言われたことは無いのか』

 

 槍月に、そう言われたのを思い出した。今思えば、あの言葉は的を得ていた。きっと俺は現実どころか、色んなものを無視して、自分が求めるモノしか見てこなかった。見えている世界の狭い事、甚だしい。

 そんな風に狭い世界で満足して……戦場だろうと何だろうと関係ない。自分なら誰だって助けられる……いいや、助けなくてはいけない。そう思ってここに来た。ここで患者を診る事がどういう事かも、分かっていないのに。

 

『――自分の無力さからァ逃げようとするゥなんてェ、悍ましいわよォ?』

 

 結果はコレだ。

 ブリッジウェイにも見抜かれた。患者を治す、医に関わる者として。あるまじき醜態をさらしている事を

 

 あぁ、何故俺は気づけなかったのか。患者は何時も私の側に居る訳ではないのだ。

 どうしようもない者だっている。そんな当然の事をどうして気付かぬままにここに来れたというのか。あの時……立ち去っていくアメリカ兵士達の背中を見て、ずっと目も向けなかった事を嫌という程気付かされた。

 助けたかった。手の届く距離に居た。だけど、伸ばした私の手は、何よりも遠かった。私には私の患者が居て、彼らの元には行けなかった。彼らを助けたら、私は……今の患者を見捨てる事になるかもしれない。今、自分が居る場所は彼らと反対の場所なのだから。

 それは、人の世に生きる者として当然の事だった。

 

 その当然の壁が、俺にとっては何よりも厚かった。

 その当然の壁が、俺にとっては何よりも辛かった。

 その当然の壁が、俺にとっては何よりも覆せなかった。

 

 見えない壁に阻まれて。伸ばした手は空回った。自分では、彼らを助ける事は出来ないという事を、何度も、何度も何度も何度も……繰り返して。

 その、虚しい感触に耐えられなくて。逃げた。目を逸らした。目の前の患者に集中する、という言い訳に甘えた。集中する、等と。患者との問診も、ほぼ知っている知識を、患者に合わせて反射で出していただけ。話など聞いていたか、酷く怪しい

 

 そうだ。

 怖かった。

 助けられない。手が届かない。何も出来ない。あの日の無力感を思い出すのが酷く。本当に怖かったのだ。何か出来ている、という達成感を……いや、そう出来ているという幻想を麻薬の様に使って脳を誤魔化していた。

 

『――貴様が我々に抵抗するというのであれば、貴様を排除する。我々にも代わりの医者程度、幾らでもは居るのだからな』

 

 そう言われ、返せなかった。一言で。患者の事を考えるならば。あそこで引いてはいけなかったというのに。

 ここから引き離されるのが。自分が患者の治療に関われなくなるのが。イヤだったのだ。これ以上自分の無力を味わいたくなかったのか? 自分の無様を見せ付けられたくなかったためか? いいや、その両方だ。その両方を嫌という程味わう事になると、それが怖くて怖くて。

 逃げた。恐怖に負けた。更に無様を晒したんだ――

 

「……ッ!」

 

 違う。違う違う違う!!

 あぁ、何を言っているホーク・K・バキシモ。まるで過去のような言い方をして……どれだけ目を背ければ気が済む! それは今もなんだ!!

 

『――お願いします。父上と皆を、助けたいんです。力を貸してください』

 

 メナングが、そう言った。

 彼からしてみれば、こんな異常な所にお父さんを置いておけないと思うのは当然の事だと思う。そして仲間に、ここから逃げ出すという事が言えないのも、また当たり前の事だと思う。私も……患者を思うなら。ここから患者を離した方が良いのは。分かり切っている。

 このままいけば、新たに来た彼らは、患者をも使い潰すであろうことは。誰にだって分かる。分かっていた。私にも。

 

 だが頷けなかった。直ぐに。どうしてか、分かり切った話だ。しくじった時の事を考えてしまって、二の足を踏んだのだ。もし失敗すれば? 私の目の前でまた……助けられずに誰かが。そう考えたら。もうダメだった。

『一晩考えさせてくれ』などと、思っても居ない言葉を吐いた。絶対に、やる、なんて言えないのに!!

 

「……消えてしまえ。消えてしまえ」

 

 きっと俺より、きっと……もっと良い医師が居る。そんな人が、来てくれればどれだけ。どれだけ――いやだ――私では――いやだ――

 

「きえろぉおおおおっ!!!」

 

 頭がおかしくなりそうだった。力任せに机の上の物を払い除けた。

 どうして自分はこんなに執着するのだ。こんな無能は、消えてしかるべきだろう。消えろ消えろ、消えてしまえ。そうすれば皆幸せなのだ。もっと良い医者がここにきて。全てが変わる。もっといい方向に向かう。

 逃げ出してしまえば――もう怖くも無いだろうに。

 

「……はぁっ……はぁっ……あぁあ……」

 

 膝から力が抜ける。でも、ここから離れたくない。どうしてここまで執着するんだ。怖いんだろう。楽になりたいんだろう? だったら……どうして逃げないんだ。どうしてここまで離れたくないんだ。

 そんなに、医の道に携わりたいのか。そんなに、医の道を諦めたくないのか。

どんなに頑張っても。

 

『どう……か……愛しき、きみ……しあわせに……』

 

 大好きだった、パパも。

 

『俺にとっては、貴様が死ぬ方が気に食わん。意地を通させてもらうぞ』

 

 初めて出来た、友達も。

 

「結局……助けられなかった……癖にか……?」

 

 ――酷く、疲れた気がした。

 吐いてしまったら。もうそこまで。体の中にあった、何かの糸が切れた。ズルズルと柱を背中でこすり、地面に腰を下ろす。散らばっているカルテを拾い集める気にもなれない。

 これだけの患者の命を背負っている、というのに。治療法だって、考えなくてはいけない。少しでも早く治さねば、戦場に怪我したまま向かわされる。だというのに。

 

 今の自分に、マトモに診断が出来る気がしない。夢の様な心地に酔っていた頃ならまだしも。感情に邪魔されて、冷静な判断が欠ける可能性がある。

 

「……せめて……迷惑をかけない位が……でも」

 

 それでも手を伸ばして……降ろして。その時。

 ふと、指先に何かが当たった。硬い感触。カルテではない。なんだろう、と思ってみてみれば。それは一冊のノートだった。見覚えがある。

 

「パパの、ノート」

 

 パパの遺した財産の中から、唯一持ってきたのが、これだった。お金よりも何よりも。コレを持っていれば、何となく……パパを思い出せると、思ったから。

 ふと、それに何が書いてあるか。今更気になった。パパは、こんな自分とは違い、父として立派に俺を育ててくれて、そして医者として。色んな人に慕われて来た。そんなパパが、どうやったら、そんな事が出来たのか。

 気にならないと言えば、嘘になる。

 

「――どうせ、今は他にやる気も起きない、か」

 

 地面に転がっていたノートを、手元へ持ってくる。

 『メモ』とだけ書かれた、厚いノートだった。必死になって書き込んだのだろうか、横から見て、白い筈のページが、少し黒くなって見えた。一体どれだけの量の文字を書き込んだのか。どれだけの努力をしたのか。

 少なくとも……自分以上に凄まじい努力をしたのだろうなと。そう思って、ノートを開いて。

 

「……?」

 

 そこから滑り落ちた、紙に気が付いた。

 ノートに挟み込まれていたらしい。何かのメモだろうか。こういうのを沢山ノートに挟み込んでいるのだろうか。そう思って、小さく折りたたまれた紙を拾い上げて……開いてみた。そして、その一番上に書かれた名前に、目が留まる。

 

『我が愛しき子 ホークへ』

 

 それは。

 初めて目にした、パパからの手紙だった。

 




達成感は何よりも得難い脳内麻薬です。


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第十五回・裏:遥か嘗ての理想 中編

「……俺に?」

 

 今までどうして気付かなかったのだろうか。ずっと持っていて、今までこうしてノートから滑り落ちなかったのは、一種の幸運だろうか。

 取り敢えず、背を正し、手紙に目を向ける。だらけた姿勢で読むのは、少し失礼だと思ったから。

 

「……『この手紙を君が見て居る頃、僕は間違いなく死んでいると思う――』」

 

 

 

――我が愛しき子 ホークへ

 

 この手紙を君が見て居る頃、僕は間違いなく死んでいると思う。これは僕の遺書で、同時に君へのメッセージでもある。だから……怖くても、頑張って書いてみようと思う。少しでも気を抜いたら、震えが止まらなくなりそうだけど。

 

 先ず、君に謝っておかなくてはならない。君を遺して逝く事を。

 予感はあった。嘗て犯した罪と、そこより生まれた過去が、僕に襲い掛かってくる。それは僕がその時に未練を持っている限り、確実に追ってくると。分かっていたのに。断ち切れなかった。

 そのツケを、君に押し付けてしまうかもしれない、僕の無能を。どうか許して欲しい。

 

 きっと君は、僕を恨んでいると思う。無能な父だと思っていると思う。

 ママを失って。君を守り切れなくて。僕自身、自分を許せない。情けない。

 寧ろ、恨んでくれ。それで君が曲がらないでいてくれるなら。僕にとって、これ以上の喜びは無い。

 

 

 

「……恨む、恨む、か。そんな事、思った事なんてありませんでしたよ……パパ……俺にとってパパは、今でも……ずっと」

 

 こんな状況でも、きっとパパならどうにか出来る。そんな風に思う。ずっと、俺には届き得ない憧れで。ママを失った時も、きっと全力を尽くして……どうしようもない、不可能な状況で奇跡を起こそうと、足掻いたのではないか、と思う。

 だから。恨んでは、いない。きっと。

 

 

 

 そんな僕が、せめて自慢できるのは。君という子供の父でいられた事だ。

 誰よりも優しくて、純粋で、真っすぐで。一度そうだと思ったら、そう簡単に曲がらないくらい強くて。僕なんかよりもずっと賢い。そんな息子の父として。君を少しでも育てられたことが僕にとっての、自慢だ。親ばかな所もあるかもしれないけど。

 だからこそ、不安な所は沢山ある。

 

 君は優しい子だ。けどそれは、色んな人の痛みに、同調してしまいやすい事でもある。

君は純粋な子だ。だからこそ、どんな人でも、傷付けば放っておくという事が出来ない。もし放っておくことになってしまえば、きっと誰よりも傷ついてしまう。

君は真っすぐな子だ。だからこそ、たった一度の失態も、許す事は出来ない。傷そのものから目をそらしてしまう程に。

強いからこそ、それでもできる事をしようと、間違っていたとしても突き進んでしまうだろうし、賢いからこそ、それがどれだけダメな事かも分かっていても……止めてしまえばどうなってしまうか。分かってしまうから。

 

 そうして、君はきっと……何時かとりかえしのつかない所まで、走って行ってしまいかねない。それが。僕には、怖い。

 そうなってしまうのを、僕には防げない。

 本当に……本当に、ゴメン。

 

 

 

 手紙は、そこで終わっていた。

 

「――止めて頂く必要なんて、ないですよ」

 

 全部当たっている。自分がどうして、こうなっているのか。パパは、やはりパパだ。誰よりも自分の事に詳しい。当然だ。自分の自慢の父親だ。自分の事等、自分以上に分かっているんだ。

 だって俺は、自分の力を過信して……こうして、自業自得で腐り果てて居るんだから。

 

「俺は、ここで止まるべきなんでしょう。パパ……当然です。なにも分からず、なにも理解せず突っ走ってきた小僧が……これ以上先に行くべきじゃないんだ」

 

 ――そうだ。

 だったらせめて。メナングの言葉には、是と返そう。きっと、自分が犠牲になれば、僅かな時間は稼げる……何人かは無事、逃げおおせるかもしれない。

 せめて、せめて自分の患者となった人たちを、自分は救いたい。

 

「あぁ、それが良い……それが……」

 

 これが、パパが決めていた覚悟だろうか。誰かの為に、死ぬという。想像するより、案外と怖くないし、落ち着いて迎えられる。医者として、患者の為に死ねるなら何よりの事ではないのだろうか……?

 

「あれ、もう一枚……」

 

 どうやらパパは、随分と長い手紙を書いていたらしい――

 

 

 

 もしそうなってしまった時。

 思い出して欲しいのは、昔の事だ。

 

 

 

「……昔の、事?」

 

 

 

 昔。

 僕が医者としての思いを君に説いた。

 僕は、ママを無くしたのは、戦いに巻き込まれたからだと言った。争いは嫌いだとも言った。争いを駆り立てる、武は嫌いだとも言った。それは僕の心の底に溜まっていた……泥の様な物だった。君の将来を汚しかねない、危険な泥。

 言って、一瞬後悔したけれど……でも、その後のセリフに、僕は心底驚いたんだ。

 君は、僕にこう返した。

 

『では憎むべきは、戦いが生む、『傷』なんですね。パパ』

 

 それは、戦いそのものを憎んでいた僕とは、全く違う。

天と地ほどの差のある答えだった。君は、戦いが生み出す……医者が戦うべき、敵を。その歳で見極めていた。僕たち医者が戦うべきは、戦いそのものじゃない。それが生み出す『傷』こそが、僕らの本当の敵なんだと。

 

 そんな純粋な考えを、僕はいつの間にか失っていた。

 ママを失った時からかな。分からないけど。傷を生み出す争いそのものを僕は見つめ、憎み始めて。医者としての本分を見失っていた。

 

 そんな僕に、医者としての本分を思い出させてくれたのが、君の言葉だった。その時に確信した。この子は……きっと僕なんか軽々と超えて行く、スーパードクターになるって。まぁ、それが勢い余って、喧嘩に割り込んで迄治療を施すようになったのには、心底驚いたけど。危ないからやめて欲しいと思ったのが、懐かしく感じる。

 

 

 

「……パパが、俺を」

 

 超えて行く?

 信じられない。けど、傷の事。そうだ。俺は。昔からずっと『傷』を憎んでいたんだ。

 誰かと誰かを引き裂いてしまう。そんな、『傷』を。

 ケガを治せば、そんな事も、なくなるって。

 

 

 

 思い出せたかな。

 

 思い出したなら、僕に言える事はたった一つだけだ。僕の愛しい息子。

 

 止まるな。

 走り続けろ。

 たとえ躓いても、悩んでいても、苦しくても、どうしようもなくても。走れ、走れ。走り続けてくれ。君が思った全ての思いを『間違いではない』と腹くくって走れ。

 君の思いは、君の生き方は、絶対に間違っていない。

 

 だからこそ、止まって考えてみよう、なんて言わない。

 止まるな。行くところまで行け。中途半端なんて、パパが許さない。突き抜けて突き抜けて……どこまでも、行ってしまえ。変わるな。曲がるな。止まるな。

 誰よりも、僕が肯定する。君は、そのままで行け。

 

 貫けばいい。

 僕の自慢の息子の生き様を、見せ付けてやるんだ。

 

 

 

「そのままで……」

 

 変わるな、と。貴方は言ってくれるのか。

 こんな、向こう見ずで、愚かな自分でいろと、言ってくれるのか。

 誰でも助ける。誰でも関係ない。助けて見せると、そんなバカな自分で――

 

「……そうだ、違う。パパだけじゃない」

 

 

 

『そのままでいろよ。誰でも、見境なく助ける。そのままでいろよ。ホーク』

 

『流水にも負けぬ川中の岩のように、何者にも揺るがぬお前であれ』

 

『己の手の届きうる全てを守る、理想を諦めぬお前になれ』

 

『お前がそうあると信じ。この蒼天の下、共に己が道を進まん』

 

 

 

「……あ」

 

 熱いものが、こみあげてくる。止まらない。

 それは。熱だった。今、忘れていたもので。今、湧き上がってきたもので。

 胸を貫く。こんなにも、近くに居た。遠くに行っても、共に頑張ろうと言ってくれた友が居た。変わるな、止まるな。と言ってくれる人たちが居た。居たんだ。

 こぼれる。胸の奥から。湧いて来て、止まらない。

 

「あ、あぁぁぁあああああああ……ッ!!」

 

 そうだ。

 止まる為に走って来たんじゃないんだ。どこまでもいけると信じたから、走って来たんだ。こんな所で、腐ってる場合じゃない。死ぬだと。冗談じゃない。まだ、まだ誰も助けられていないというのに――責務を放棄する医者が、何処にいるというんだ!!

 

 

 

『――今のコイツの醜さが許せないから』

 

 

 

 あぁ。確かに俺は醜かった。

 自分の恐怖に屈し、曲がった俺は醜かった筈だ。

 否定はしない。けれど。思い出したんだ。ブリッジウェイ。俺は。

 

 変わるな。

 曲がるな。

 止まるな。

 

 助けられる人を全て助けろ。そう、誓って駆け抜けてきたんだ。

 ならば……医者として、俺が出来る事は、何時だってずっと変わっていない。いいや、変えちゃいけない。ごちゃごちゃした事は考えず、俺が医者としてする事を、只管、愚直に、曲がらず実行するだけだ。

 

 何処にいるから。助けられないとか。

 無力なのを自覚したくない、とか。

 そんな下らない言い訳をする前に、届く患者を助けろ。届かない患者も、届く距離まで詰めて助けろ。

 俺は医者だ。それ以上にも以下にもなれない。

 俺は誰かの敵になる訳じゃない。誰か特定の陣営の味方になる訳でもない。

 

 俺は何時だって、患者の味方だ。そうでなくてはいけないんだ。

 

「――治療を開始する」

 

 立たなければ。

 俺がそうだと決めた道を。

 メナングに伝えなければ。今すぐにでも。

 

 そうして、立ち上がった時。手紙の最後の行が、目に入った。

 

 

 

 君がそうして走るのなら、僕の遺したノートを、役立ててくれ。

 

 

 

「……ノート」

 

 置いておいたノート。

 手紙を挟んでいたノート。それを……俺は、拾い上げた。

 なんだか、さっきとは違う。異様な迫力の様な物を、それから感じる。書き込みの量が尋常ではない事を理解して居て尚、何故これに気づけなかったのか?

 

「いったい、これは」

 

 俺は……そのノートに、手をかけて……開いたのだ。

 




Q:要するにどういう事?
A:止まるんじゃねぇぞ……

ここまで引っ張ってドシンプル過ぎる結論で草。もうちょっと真理に近づいて、どうぞ(錬金術師並感)


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第十五回・裏:遥か嘗ての理想 後編

「――なんだ、これは!?」

 

 ――それは、内科、外科、一切関係ない。無数の医学の濁流だった。

 民間療法から、最新の医学迄。そこに存在しない医学の知識は存在しないのではないのではないだろうかと思ってしまう程に。これは正に、『医の極致』と言えるだろう。

 

 捲る度に目がページの中の情報を脳に叩き付けてくる。それは……それは無数の情報だった。一冊のノートの体を為しているが……違う、これは。これはパパの、医師としての『知啓』そのものだ。

 パパが教えてくれた事。教えてくれなかった事。

 びっしりと。時には付箋にまで書き込んで。これは正に、執念の塊だ。

 

「凄い……凄い……なんだこれは。これがあれば、メナングのお父さんも、もっと……しかし、医術だけの知識ではない、これは?」

 

 ――しかし、それはノートの半分程度の物

 残り半分に記されていたのは、最早現代の医術の類ではない。狂気的な実験や、研鑽の果てに見いだされた、秘奥の知識。恐らく、医術に活かせるとパパが思った物か、兎に角びっしりと書かれている。

 ()()()()()()()()()()()()()()、そして()。よく見られたのは、その四つのワード。それが何の関係があるのかは分からなかったが……パパは、どうやらごく普通の医者では無かったらしい。軍医だった、という話を聞いた事はあったが。

 

「……それに、これは」

 

 その中には――パパが嫌っていた、武術の知識も、書かれていた。

 相手を破壊するのではなく、武術的な観点から人体を分析。治療に当然生かせるだけではなく、自分自身にも活かせるように。より効率よく動かす事でより能率よく治療をする。更に、治療する時にも、より細かい動きを取れる。そんな方法をもパパは模索していた。とんでもない量の研鑽だった。

 故に人体を破壊する術ではない部分を重点的に習得していたようだ。確かに、俺の目から見ても、直ぐにでも実践できそうな術が多く在って……その中に。

 

「『――武術の到達点の中には、自分の手の届く範囲を完璧に把握し、相手の攻撃を全て打ち落とせるようになる、そんなモノもあるらしい。極めれば、自分の領域に入ったものをすべて把握できるようにもなるのだとか』」

 

 気になる物が、あった。

 それを読み進めていくうちに……ふと思い出し、荷物からある物を取り出した。

 それは、槍月の手紙。それを開き読み返してみれば……ふと、笑い声が漏れてしまう。

 

「――ははっ、アイツ……素直ではないんだからなぁ」

 

 立ち上がる。

 ここから離脱するのであれば……槍月と、パパが教えてくれたこの技術は、役に立つ。心持ちは、槍月が教えてくれた。具体的な要素は、パパが教えてくれた。ならば。後は二つを合わせ……実践するまでだ。

 

 自分の手の届く範囲……間合いを意識する。

 心は静かに。流れる水の中の岩の如く、変わらず、考えず、である。今まで、やっては来なかったが、成程。こうやれば効率が良いようだ。取り敢えず今まで鍛え上げた感覚でやってみれば。見えた気がした。

 自らの周りに、球体の如き、それが。

 

「パパのこの記述が本当であれば……患者を取り押さえるのに、これ以上の術はない。護身としても、丁度良いか」

 

 ぐるり、手を巡らせてその内をなぞり……凡そを把握した。準備は完了。まるで新しいおもちゃを手に入れて気が大きくなる子供の様だが。いっそ突き抜けるなら、それくらい単純な方が良いのやもしれん。

 立ち上がり、自分のテントの外へ出る。

 今の自分は、酷く心が晴れて、澄んでいる気がする。体の動きのキレも良い。どうしたのだろうか……いや。恐らく。唯の気の持ちようか。

 

 それよりも。とりあえずメナングには事後報告で良いだろう。彼を巻き込む必要も無い。先ずは――最大のガンを、切除せねばならない。

 

 

 

「……ん、お前。あの医者……か?」

「そうだ」

「すまん、なんか、雰囲気が変わった様な気がしてな。変な迫力というか」

 

 そう言われても。俺は何も変わってはいないのだが。

 

「一体何の用だ」

「患者を全員戦場から避難させる。その許可を取りに来た」

「…………お前は何を言っているんだ」

 

 一応は確認を取っておく。確認せずに強行、というのは流石に宜しくない。もしかしたら許可も取れるかもしれない。

 

「医者としての判断だ。全員到底戦える状態ではない、という判断になった」

「な、なんだ今更……お前だって、攻勢の方針には納得していただろうが」

「先日までは正常な判断が出来て居なかった。その点に関しては謝罪させてもらう。大変申し訳なかった。正常な判断力を取り戻したので、誠意をもって反対するつもりだ」

「おう、そうか……じゃない!!」

 

 実際、俺が正常な判断力をしていれば起きなかった混乱だ。謝らなければならないのは間違いない。とはいえ、それとこれからやる事に関しては一切関係は無いし、何だったら容赦をする積りも無いが。

 

「あれらはシラットの戦士だ。死に場所をここと定めてここに――」

「私の方針には反対という事で良いな」

「えっ? あ、そ、そうだ!!」

「であれば済まない……押し通らせてもらう」

 

 一歩踏み込んで――思い切り後方へ投げ飛ばす。目を見開いているが、まぁ驚くのも仕方ないと思う。だが今は患者第一だ。そこを重視する為に、大変申し訳ないが、気にしないで行かせてもらう。

 テント内に入り込めば、驚いた様子の武装兵が此方を見て。流石に状況を把握したのだろう、武器や、拳を構え突撃して来る。

 

 ――それを、払い除け、転がした。

 

「……はっ!?」

「な、なんだっ!?」

「今のは……っ、きえぇえええええいっ!」

 

 続けざまにもう一人。

 今まではこれに若干反応が遅れていたが、今は問題ない。範囲に沿って、滑らすように、転がす。この程度の動きは、今までの積み重ねを覚えて居れば。余裕だ。

 

「――せ、制空圏! 制空圏を!?」

「しかし、なんだ今の制空圏は……制空圏を……」

「ぐっ……ええいこれだけの数が居るのだ、数で――」

 

 そうさせる訳にもいかない。兎も角進む。狙いはこの中で最も強そうな、奥の男。恐らくは相当な実力者に相違ないだろうが、今はどうでもいい。兎も角、完全に統率が取れるまでのその意識の空白を縫って、まずは頭を制圧する。

 左右から近寄ってくる相手は、体を回しつつ、双方を突っ込んだ方向へと受け流す。この制空圏という技、実に使い勝手がいい。

 

「ええい何を遊んでいる! こうなれば、俺自らッ!!」

 

 飛び掛かってくる動きは、やはり他の戦闘員より一枚は上手に見える。だが今は一分一秒とて惜しい。出来るだけ早く――

 攻撃を当てられず、そのまま地面に着地したその体を、後ろから羽交い絞めにした。

 

「――制空圏を、滑った、だと!?」

「動くな。勝負は付いた」

「ぐっ……まだだっ! おいお前ら、俺諸共此奴を――」

 

 そしてその体を羽交い絞めにしたまま、外へと離脱する。

 正常な判断をされては困る。頭を取られ、集団が焦っているこの状況を維持し、確実に此方の要求を通す必要性がある。故に……外に出たその一瞬で、男の口を塞げる体勢に整え直した。

 

「――貴様ッ! 放せ!」

「放して欲しければ患者たちを解放しろ。それに……君達としても、このままでは宜しくないと判断するが」

「何?」

「冷静に考えたまえ。ジュナザード殿がこの国の英雄であれば、彼は臣民を大切にするはずだ。その臣民を、君達独自の判断で消耗したとなれば、お叱りを受けるのではないかね」

 

 そう俺が口にすると、相手は激昂する事無く……一瞬押し黙った。やはり、そうか。

 彼らは、この戦線で戦っていた人たちを使い潰す様な真似をした。しかし。

 ジュナザード、という人物は、この国で医療をする上でイヤという程聞かされている。それこそ、戦闘員だけではなく、非戦闘員の馬車使いの男達から話を聞けるほど。

 戦上手の軍神の如き慕われ方。そんな人物が……わざわざ兵を使い潰す様な愚策を打つだろうか。打つにしても、自分で足を掬われる原因を作る、迂闊な発言などする真似をするだろうか。

 

 俺は、しないと判断した。

 

「……わ、我々独自の――」

「言い訳は良い。凡そ分かっている。ジュナザード殿に良い結果を渡す為の、独断専行だろうに。それに我々が付き合う意味は無い……とはいえ、そんな人物を寄こす様な、上層部も上層部か。ほぼここは見捨てられた、と判断して構わないな」

 

 畳みかける様に話せば……相手は、完全に沈黙した。

 こういう時、冷静な判断を出来る頭が残っていればこうはいかないが。しかし、奇襲で完全に混乱している状況で、それを纏める者が居なければ、こうした高圧的な態度に抗えない人間は、案外と多い。

 

「――先生!?」

「メナング」

 

 とかやっていたら、どうやら見つかってしまったらしい。とはいえほぼ事は終わっているのだから、巻き込まずには澄んだようだ。セーフ。

 

「ど、どうしたんですか、この状況!?」

「見ての通りだ。大人たちを呼んで来てくれ……ここを離脱するぞ」

「えっ、えっ、えっ!? あの、これは一体どういう事なんでしょうか……そもそもなんでその人は拘束されてるんですか?」

「……成り行きだ」

「成り行き!?」

 




という事で、凡そお分かりだとは思いますが、取得した青得二つは次回発表します。






後、狂気的な実験とかを目にしても眉一つ動かさない辺りは、まぁ……そう言う事です。活人の人だったらなんかしら反応するんでしょうけどねぇ。まぁ『治療最優先』って思考です。基本的に。


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第十六回

 制空圏の強さを実感する実況、はーじまーるよー。

 

 ――最高です。

 これです、コレが『制空圏』。性能もさることですが、これがあるだけで大分安心感が違いますね。このゲームでは、防御系青得の中でも最高クラスの性能を誇る青得で、コレを会得していると『破壊特化』持ちの攻撃でもそう簡単に防御を崩せなくなります。

 そして、この制空圏最大の特徴が『他の得能と組み合わさって様々に変化をもたらす事』にあります。制空圏を会得して居なければ、使えない技も多くありますし、モーションもより隙のないものに変化し……何より! これが一番欲しかった。防御手段が『ガード』から『捌き(強)』に変化しています。

 

 『制空圏』を青得『格闘センス〇』と赤得『無血主義』を取っている時に会得すると習得できる防御方法で、タイミングよくガードボタンを入力すると相手のスタミナ……では無くHPを筆頭に色々を強制的にゴリゴリ削る事が出来ます。無血主義が無いとただの『捌き』になってしまうので、無血主義はこの時の為に必要だったんですねぇ!!

 この防御方法の強力な所が、この捌きの減少値は『元値(乗算加算含む防御値)』×『捌きのレベル倍率』になっている所です。

 つまり、構造把握だとか制空圏だとかの防御強化の効果がそのまま元値をブーストして、HP削りがさらに加速します。鬼です。メスガキちゃん程の完成されたビルドではありませんが、それでも十分に相手と張り合えるレベルまで上昇しました。

 

 まぁ代償として赤得の『無血主義』も最悪赤得の『鉾無き武』に到着しましたが。ここまで来ると攻撃は殆ど相手の体勢を崩す為にしか使えない上にコンボも出来ないクソ雑魚コマンドに変化しますが『捌き(強)』を会得出来た以上は仕方ない犠牲と割り切れます。

 

 そしてパパの遺産がもう一つ齎してくれたのは『医術』の進化系の『医の叡智』です。これで更に治療能力が加速します。殺人拳だろうと活人拳だろうと、どんな陣営の依頼でも好き勝手に受けられる様になりました。まぁこれに関しては順当な進化なので特にコメントはありません。

 

 お陰でティダードの妙手クラスがもはや敵ではありません。いやーやりました。まさかパパの遺産の効果で制空圏を会得できるとは……! 大当たりの青得を引きました。お陰で大将クラスを早々に制圧してバトルを終えられました。

 この青得獲得で、ホモ君は確実に妙手の上位クラスに食い込む実力を手に入れたという間違いない証明です。やったね!!

 なお達人クラスまではここからが長い模様。ふざけんな!(声だけ迫真)

 

 まぁそれは覚悟していたので置いておくとして、ティダードの妙手クラスを全員シバキ倒す(大嘘)した所で、メナング君が近寄って来てくれました。いやー『自分一人で強襲する』なんて選択肢が出ちゃったんだからそれを選ぶに越した事無いと思いまして……

 これで取り敢えず、邪魔な督戦隊共は問題なくなりましたので、続いては国内を移動する手段です。

 

 これに関しては、知り合いリストに『馬車の運転手』が追加されているのでコレを利用しましょう。次に来る機会を待って、そこで沢山運んでもらうとして……まぁ全力で敵前逃亡しようとしてる逃亡兵の助けをして貰う事になりますが。一定好感度を稼げば一度は頼みごとを拒めないシステムを恨むんだな!

 取り敢えず、これでホモ君達は『ティダード軍』という一つの部隊から『ティダード逃亡部隊』として独立、したんですけど。これでメスガキちゃんの所属する『ティダード軍』とは完全に敵対する事となって。さぁ、良いよ来いよ!

 

 ――とか思ったらアレ? 追いかけて来ませんね……? そもそもメスガキちゃんの所属がティダード軍から『UNKNOWN』に変わっています。ホモ君の『ティダード逃亡部隊』とは敵対してないのですが。何かイベントでも起こっているのでしょうか……?

 

 まぁ今は良いです。無事、此方はキャンプから目的地に向けて逃げ出せているので。追っかけてこないなら勝ちです。ふ、今このタイミングで狩りに来ないのであれば所詮貴様はその程度、狩人としては三流よ。今度会った時は、最初に会った時のように完全勝利までいってやるのでお覚悟を(ガンギマリ)

 さて、取り敢えず国内……というか、島内を駆け巡って、今我々が向かっているのは。なんとぉぉぉおおおおおおお? はい、アメリカ兵の駐屯地です。

 

 自殺行為? いいえ。コレがRTA走者として駆け抜けて来た猛者……を、見て来たプレイヤーのウルトラC。普通は敵対状況の敵陣営に駆けこむなんて自殺RTA確定なんですけれど、実は今、このタイミング、アメリカ軍が退却準備をしているというこのタイミングだけは関係が『中立』に変わっているんです。

 

 で、中立の陣営相手は、交渉次第ではその設備を使ったり、一緒に逃げる事も可能なのです。で、こっちの交渉する材料、というか向こうに提示できるメリットは……『ティダード部隊の全面的降伏』と『ホモ君の医療技術』です。

 以前、アメリカ軍は武の達人の収集をしていると言っていたと言いましたが、実際のゲーム内でも、達人をアメリカ軍に紹介したりすると特典がもらえるなど、何かといい感じに取り計らってくれます。で、今回は武人がセットになって降伏してくるので、多分アメリカ側も大分ニッコニコになってくれるのではないでしょうか。

 え? 捕虜を返還とかしないのかって? する訳ないだろ天下のアメリカ様やぞ(真顔) そのまま自分の軍に組み込んでおしまいよ。

 

 という事で此方は逃げ足を確保できる、向こうは戦力を確保できる、更にはホモ君の医療技術もついでにプラス! 降伏コマンドはこっちの提示できる条件が宜しければ宜しい程受け入れやすくなります。覚えておきましょう。

 

 という事でアメリカ軍キャンプに到着。あ、やっぱり撤退準備を進めてるのね。はいはーい医者と患者が通りますよー。恥知らず? 先に攻め込んで来たのはそっちやろがい!! 攻め込まれた側の言う事一つは聞かんとなぁ!? なお向こうは完全に困惑してるだけで恥知らずなんて一つも申しておりません。

 という事でアメリカの皆様に全面降伏させて頂きますが故。お願い申しあげ候。

 

『――分かった、君達の降伏を受け入れよう』

 

 は~~~~~~~~い一発突破~~~~~~! やーいやーい意志薄弱~、今まで戦ってきた相手でも全然構わずに迎え入れちゃうクソ雑魚意志薄弱軍隊~! 精々ホモ君達の足になってねぇ~? ざーこざーこ♡(唐突なメスガキ要素)

 これが合理主義のアメリカ様です。元敵であっても利益となるのであれば受け入れるクソデカ懐を持つ世界の警察様には本当にありがたく。

 

 という事で、ホモ君は早速アメリカ軍の治療施設に就職しました。今まで敵の治療をしていたお医者様でも、降伏して陣営が同じになってしまえば一番優秀なホモ君が治療担当に付くのは当たり前だよなぁ!? これがゲームシステムの隙を突いた好感度稼ぎ。こうやって必死こいて皆の治療しておけば、元敵対していた組織でも、ガンガン好感度を上げてそしてお仲間のシラットの皆も同時に仲良くなるってもんです。

 

 さて、このままいけば無事出発できる……筈なんですけど。どうやらアメリカ軍の皆さまはもうお一人程、武人を待っている様です。その人が、本来ティダード攻略に投入するつもりの武人さんだったのか……?

 話を聞いてみると、『とある目標を捕獲する為に依頼をしていた』との事で。とある目標って? で、何方様を捕まえようと……おや?

 

 画面に響くこの大きな声は……あ~~~~~聞いた事があるんじゃ~~~~~。なんかこうお面被って、好き勝手に弟子クラスの大会で修業を付けようとする我の強さを誇る様なお方な気がするんじゃあ~!

 

『――依頼の地は、ここかのう?』

 

 あぁ。やっぱり。

 この余りにもデカい爺さん。多分地上最強の爺さん。恐らく今現状ティダードの化け物染みた爺様と引き分けられる化け物爺さん。GオブG(暴言) 史上最強の弟子ケンイチもう一人の主人公説最有力候補。

 

 無敵超人、風林寺隼人!! このゲームの闇人が最も恐れるキャラクターにして、活人拳側頼りになる男ナンバーワン(確信)、カッコ良すぎる達人ナンバーワン(諸説)、活人者側最高の師匠ナンバーワン(議論)の男です!

 さぁ、この無敵超人の得物は一体誰だというのか!

 




UNKNOWNとは一体何処所属なのか。


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第十六回・裏:降伏しに行こう 前編

 断られた訳じゃなかったけど。それでも、ショックだったのは確かだった。あの時、たった一人、僕の言葉を聞いてくれそうな、大人の人だったから。

 それでも、甘かったと思っていた。幾ら先生だからって、こんな危ない時に、皆を助けてくれるほど、お人よしじゃない。僕の考えが、甘々だったんだ、とその時は思って。どうしようと……悩んでいた。悩んでいたけど。

 

『……成り行きだ』

 

 そんな物を軽くフッ飛ばすような事が起こった。

 僕は。ずっと先生の傍で先生を見て来たから、直ぐに分かったんだ。その時の先生の顔を見て。全然違った。

 揺れていた眼も、死人みたいな白い顔も、張り詰めた顔も、何もない。馬鹿みたいに真っ直ぐな目がある。活き活きとして張りのある頬が見える。無表情だけど、その顔には余裕がしっかりとある。そして、そのトレードマークのハゲ頭も、つやつやに輝いてる。

 

「くそっ、貴様こんな事をしてただで済むと……!」

「患者を全員タオル等でベッドに固定してくれ。馬車に運び込むまでだ」

「はいっ! 先生!」

「頼んだぞメナング……さて」

 

 ただ。

 そんな元気そうな先生を見て。物凄い……人を威圧するような笑顔を見せているのに。どうしてか全く何も動かない、ブリッジウェイが居ると。どうにも、落ち着かないというかなんなんだろう、そのニッコニコ笑顔は一体。

 

「すまなかったな。手間をかけさせた」

「なんのォ……事かしらァ?」

「この礼は必ずする。君の治療は、必ず俺が成し遂げる。待っていてくれ」

「それはマジでお節介だからやめて」

 

 あ、迷惑そうな顔になった。

 

「……まァ? 私はァ特に手出しはァしないからァ。その隙にでも逃げればァ良いんじゃなァい」

「ぐっ……よ、傭兵貴様、どういう積りだ!? 何故何もしなかった!」

「どういう積りもォ、こういう積りもォ無いわよォ。朝のお肌のォ、ケアしててェ」

「戯言をっ……!!」

「本当に恩に着る。ありがとう」

「ッチ、止めなさいよォ、気色わるゥい」

 

 そう、そうなのだ。

 僕らがアイツ等を拘束した時、ブリッジウェイは全く此方に喧嘩を仕掛けてこなくて。完璧に無抵抗のまま、僕らのやっている事を見逃していた。いや。何回か踵をガツガツ鳴らしてたけど。我慢しきれないって顔してたけど。

 でも、意外というか。こういう所で手心加えてくれるような人物だったのだろうかと思ってしまう。

 

「それで、だ。君は確か、自分の美貌に大して異常な執着を抱いていたと思う」

「……言いかたァ」

「君の役に立つと思ってな。見逃してくれる一件に関しての別個の礼だ」

「はッ、なにィ? 恩をォ、売ろうって訳ェ? 言っておくけどォ……」

「このメモには、俺の父が生涯を賭けて手にした医学知識。その中でもアンチエイジングに特化したモノが書いてある」

「――」

 

 あ、固まった。

 武術において、老いない体づくり、というのは大切な事だから。そう言う知識は知っておいて損は無いと思う。その知識がどんなものか僕は知らないけど、でもそれなりのモノではあるのではないのだろうか……でも、何となく、だけど。

 

「受け取ってくれ」

「――良いわよォ、そんなもん」

「……要らないのか?」

「当然。アンタからのォ、施し受ける位ならァ、死んだ方がマシって奴ゥ」

 

 多分、受け取らないと思ったら本当に断ってた。ブリッジウェイは、誰かの施しを受けるような性格じゃない気がする、と考えてたけど。バッチリ当たってたらしい。

 

「そんなモノォ無くてもォ……()()()何とかァするわァ」

「……成程、君らしいと言えば君らしいか」

「気持ち悪い。殺されたいのかこのクソハゲ」

「本気の殺気を向けるな。患者の迷惑になるだろう。相手になるぞ」

「じゃあァ、変な事言わないでちょおだァい? アタシの踵はァ、案外と我慢強くないわよォ? ド・ク・タ・ァ?」

「それは良く知っているから大丈夫だ」

「オーケィ、今殺すわ」

 

 ――取り敢えず、先生は放っておいていいと思う。

 今は、皆をベッドに括りつける事を優先しないと。次に補給部隊の皆が来るタイミングに間に合わない。それに……皆も、近くで頑張ってる。

 

「――おい、そっち緩まってるぞ」

「すまんすまん。途中で落としたらえらい事態だからな」

「はー……まさか、戦場から逃げる事になるとはなぁ。人生何があるか分からん。しかも家族にも何も言えず」

「無駄に死ぬよりはマシと考えようではないか……何時か迎えに来よう。なんとしても。それで良しとするしかあるまいよ」

「……そうだな」

 

 やはり、こうして逃げる事に色々思っている人も多い。

 武人として、敵を撤退に追い込む所まで、頑張って仕事をして。それなのに酷い扱いを受けて。でも、この国が好きな人たちばかりだから、こうして戦場から逃げ出すのに、どうしても躊躇う人も居る。

 僕も同じだから気持ちは分かるけど……でも先生と僕は、その人たちを必死になって説得した。

 

『――文句がある人達は私が制圧する』

 

 ……訂正する。僕は説得できなかったけど先生がほぼ力づくでいう事を聞かせた。本当に、何の容赦も無かった。

 元々からここに居る人たちは全員、立っている人も負傷者が多い。それらを全員纏めてここから逃がす。逃亡兵の扱いを考えれば、当人たちを優先するという判断は間違っていないだとか。他にも色々言っていたけど。

 それでみんなが黙るって事は……そう言う事なんだろうか。

 

「ま、今は取り敢えずここの患者を全員縛り付けて、運び出す事に専念しよう」

「サボってたら間違いなくどやされるだろうしなぁ。しかし、先生は一体何処に此奴らを運ぶつもりなんだろうかねぇ」

「一旦は国内のどっかに隠れるつもりなのか。国内にそんな詳しい訳でもないだろうに」

 

 でも、そもそも、ここから逃げ出したら先生は何処へ向かう積りなんだろうか、とは思う。そもそも逃げようって相談したのは僕だけど。どういう風に逃げ出すのか考える前に準備が始まってしまったし。とりあえず、ここのキャンプから逃げる手立てを馬車のおじさん達とかに頼む積りだったりその辺りは考えているみたいだけど。

 『任せておきたまえ』とは言ってたけど。ティダードは沢山の島の国だ。どれだけ数があるか。僕も詳しくなんて知らない。

 

 ましてや、先生は此処に来てからずっと治療漬けでこの国の事を調べる暇なんかなかったはずだと思うのだけども。それでもあれだけ自信があるのだから、よっぽどいい逃げ場所があるのだと思うけれど。

 

「――先生、こっち終わりました!」

「こっちもです!」

「そうか。ありがとう。後は補給部隊の方々が来るのを待つだけだが。さて」

 

 補給部隊の人は確かに国内を駆け巡る事も出来る、らしい。島と島を行き来して補給する必要がある以上、そう言う事も出来るらしいけど……でも冷静に考えて、こんな逃亡兵を一体誰が国内で見逃すというのだろうか。

 それを考えれば……移動できるのは、最早この島の内だけだと思うのだけれど。

 

「先生」

「ん?」

「先生はいったいどこをを頼るつもりなんですか? 僕らも、先生の言う事を疑ってる訳じゃないんですけど……」

「うん? あぁ、そういえば詳しくは説明はしていなかったか」

「はい。脱出の手立てはある、と。その為に補給部隊の人達を頼る、とも」

「あぁ。そうだったな。私達はこれから、アメリカ軍のキャンプへと向かう」

 

 ……………………………………………………んんんんん?????

 

「えっと。えっと先生。僕の聞き間違いとかじゃないですよね、えっともう一度言って頂けると、ありがたいのですけども」

「ん? 聞き取りづらかったか。すまない。アメリカ軍の駐屯地に向かうと言った」

「いや本気でそう言ってるんだこの人……! ダメだっ……!」

「どうした。何故地面に……まさか病気か!? くっ、ベッドの空きはあったか……!?」

「いいえ違います大丈夫です……っ!」

 

 頭が痛くなった。この人。何を言っているんだろうか。どうして怪我人を抱えて敵の所へと駆けこむのだろうか。怖い。初めてこの人の事を怖いと思った。

 

「えっと……どうして敵がいる方向へと向かってしまうんですか……?」

「単純だ。我々は敗軍だ。ならば敵に降伏して保護を求めるのが一番手っ取り早い」

「あ、いえそれはそうだけど……で、でもそう簡単に降伏を受け入れられるかは」

「そうした迷いが患者を殺す事もある。善は急げだ。それに向こうにも患者はいる。それを助けるのにも丁度いい。一石二鳥だ」

「向こうの患者も治療するんですか!?」

 

 なんだろう……ちょっと、頭が痛くなってくるような。

 というか、どうして向こうの患者まで治療するのだろうか。一応は元敵なんだけど。僕ら向こうを傷つけた張本人なんだけれども。あの……それはどうなんだろう。大丈夫なんだろうか。全く気にしていないのだろうか。

 

「えっと……」

「――ん? あぁ、大丈夫だメナング」

「あの、えっと、何がですか」

「君のお父さんの治療はおろそかにしない。それに、そろそろ目覚める頃合いだとは思うから安心してくれ」

「そう言う事じゃないです先生……全然違います……」

 

 それは本当に嬉しいけれど。でも……違うんです。本当に。

 




くっ、アメリカの人達も助けたいンゴ……せや! 怪我人やらこっちの陣営皆まとめて降伏してから治療したろ!(名案)

頭ドクターかよ……


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第十六回・裏:降伏しに行こう 後編

「――おいっ! 先生!? 本当に突っ込むのか!? 本当に突っ込むんだな!? 俺らは! どうなっても知らんぞ責任取れんぞ俺は!!」

「馬車を借りてきているのだからもはや後戻りは出来ん。行こう」

「ああくそ分かったよ! もう知らんぞ俺は! 覚悟決めたからな! どんな結果になっても知らんからな! 俺は! いやマジで!」

 

 ――三台ほどの馬車が、密林を抜けていく。

いや本当に、僕も同意だ。元は敵の陣地にこのまま突っ込むとか全然正気じゃないと思うので一旦正気を取り戻して欲しい。先生には。どうか正気を取り戻していただきたいけどいやもう目が据わってるので無理だと思う、哀れな一般シラット使いの子供です。

 仕方ない。もう止められないなら僕らもこの流れに乗るしかないと思う。事こうなってきたら。怯えたら負けだと思う。

 

「もう見えて来たよ! もう帰れないぞ! 分かってんだな!」

「道が空いているではないか、行け」

「ワハハハハハハハハハハハハハハハーッ! こ…ここまでやったんです! 皆の命はッ! このティダードの武人の皆の命だけは助けてくれますよねェェェェ~~ッ!」

「当然だ」

「あっ、力強い返事ありがとうございます……」

 

 物凄い頼もしい肯定の返事だった。聞いてた僕も思わずうわすごいなぁ、って先生の方を見てしまう位には良い返事だった。強かった。

 先生にも、何か考えがあると思う。そう思いたい。これで完全に考え無しで突撃とかしてたら、色々とダメだと思う。という事で僕らに出来るのは先生を信じる事だけなので頑張ってとだけ。

 

「――なんだぁっ!?」

「しゅ、襲撃か!? このタイミングで!?」

 

 ……で、当然のようにアメリカ軍に囲まれる僕達。そりゃあそうだ。馬車が何台もガラコロやって来るなんて、そりゃあ危険も危険だと思う。

 そんな時、真っ先に馬車から飛び出したのは、やっぱり先生だった。

 

「な、なんだぁっ!?」

「ハゲだ! 白衣のハゲが降りて来たぞ! 一体何の用だ!」

「全員止まれ! 此方に交戦の意思はない!」

 

 先ずは先生から交戦の意思は無いと呼びかける。銃を突きつけられてるこの状況下でも顔色一つ変えないのは流石に先生のスゴイ所だと思う。さて、先生は此処から一体どんな交渉というか。材料を出すのか。

 

「戦う積りが無い!? じゃあなんでそんな馬車を引き連れて乗り込んで来た!」

「全面降伏だ! ここのティダード側所属のシラット部隊は降伏しに来た! 私はその付き添いだ! 話を聞いてくれ!」

「降伏!? 全員が降伏だと!? そ、そんな急に……!?」

「其方の司令官と話をさせてくれ! 怪我人が居る! というか其方の怪我人も治療させてくれ!」

「何の話だ!?」

 

 いやホント何の話だと思っても仕方ないと思う。でも、それが先生の本音だから僕としては何も言えないんだ。先生は、どうやら敵の患者であっても放っておけない人らしいので。自分は、結局根っからの医者だったんだ、なんて言って笑ってた。

 

「ま、まぁこっちの患者は兎も角として……本当に降伏なのか? つい先日まで徹底抗戦を唱えていた輩が! だまし討ちじゃないのか!」

「そんな事はどうでもいい! 治療をさせろ!」

「ええい狂人か貴様!?」

 

 ……先生大丈夫かな。本当に何か考えがあるのかな。物凄い、ものっすごい不安なんだけれども。ある様に見えないんだけれども。唯勢いのままに治療しようと突っ込んでいっている様に見えるんだけど。気のせいだよね。

 気のせいだと思いたい。けど……気のせいだと思えない。先生の目が爛々と輝いている様に見える。ギラギラしてる。

 

「――というか君も負傷しているじゃないか!! 傷を見せろ! メナング、私の救急箱を持ってくるんだ! 簡単な治療なら出来る!」

「……ってうわぁ!? なんだなんだ!? 何だいつの間に!? えっ、えっ!?」

「先生何やってるんですか!? 持ってきましたけど!?」

「ありがとう。ええい、ここの医者は何を考えている! 傷の処置が雑だ!」

 

 本当に一瞬でアメリカ兵の上をひん剥いていた。ああ完全に患者の治療に動いてる。ヤバい。目が完全に据わってる。良くない。

 

「えっえっえっ、ちょと、ちょっと待て!? 何で治療してる!?」

「君が怪我人だからだ! 良いから治療をさせろ! この辺りは衛生管理が行き届いているとはお世辞にも言えないんだ、処置が雑なまま放置したらどうなるか……!!」

「ちょ、えっと、あの、コレどうすれば良いんだ!? 助けを求めればいいのか!?」

 

 助けられてるのに助けを求める、とはどういう事なんだろうかと思ってしまう。ううん。

 

「い、いや、それは……とりあえず、連絡はしておくぞ!?」

「なんてだ!」

「『急に乗り込んで来た奴が兵士の治療を始めた、指示を求む!』でどうだ!」

「そりゃあ後でどやされそうな陽気な報告だなぁオイブラザー! このイカれたドクターにでも治療して貰ったらどうだい!」

 

 イカれた呼ばわりはあんまりだと思うけども。でも的は射てる。銃口突きつけられてるこの状況で未だ強引に治療しようとしてるって言うのが、なんだろう。この状況で、脳味噌が恐怖の信号を発していないんだと思う。そもそも恐怖の感情ってものがあの人に元々存在しないというか。

 あ、治療終わってる。凄い丁寧に包帯が巻いてある辺り、銃口向けられた程度じゃ治療の腕は鈍らないらしい。やっぱり恐怖の感情が死んでると思う。

 

「い、痛くない……話は本当なのか」

「そうだ」

「……分かった。上からの指示を待つから。少し――」

「いや、その必要は無い。通してくれ。彼なら信頼できる」

「隊長!?」

 

 ――ふと、其処に。

 キャンプの奥の方から新たに兵士が一人出て来た。他の人より、少し歳を取った、兵士の人。その人が、先生をじっと見つめていた。

 

「……貴方は」

「久しぶりだ。私の事を、覚えて居るかな」

「えぇ。父の葬式では、本当に……ありがとうございます」

「私は別に何もしていないじゃないか。出席しただけで。大袈裟だよ。それよりも。あの頃よりも随分と、また」

 

 少し、目を細めて……優しげな表情で、その人は何度か頷いて。それから、先生の前に立つ兵士二人に対して声をかけた。

 

「お前たちも覚えているだろう。あの時の……」

「……あっ!? 軍医先生の息子さん!? い、いやでも人ってこんなに変わるか!?」

「いや、一度しか会ってませんけど……ここ数年で変わり過ぎじゃないか……」

「本人だ。間違いなく。兎に角通せ。万が一の場合の責任は私が取る」

 

 その言葉に頷いたのか……先生の前から、二人の兵士が退いた。どうやら知りあいらしい。そのわきを通って、堂々と先生はその士官、だと思う人の前に立った。その人は此方を見ると……キャンプ全体に声をかけた。

 

「監視は付けて置け! 私達が戻ってくるまで、絶対に手を出すんじゃないぞ!」

「「「はいっ!」」」

「では行こうか……そちらの少年も一緒に来たまえ。当事者抜きで話をする、というのも余り宜しくないだろう」

 

 そう言って手招きされた先生は、一瞬僕の方をちらと見て。取り敢えず頷いておく。断る必要もないし……先生を一人にするって言うのも、危ないと思ったから。正直、僕が居なくても先生は一人で何とか出来るとも思うけど。

 僕の返事を見て取ったのか、先生はその兵士を負って歩き出した。

 

「まさかこんな所に居るとはね。驚いたよ」

「世間話は大丈夫です。それより……」

「降伏に関してかな? 問題ない。我々はユナイテッドステイツの人間。降伏を受け入れず皆殺し、なんて前時代的な真似はしない」

「であればありがたいですが」

「それに我々は、常に人材に困っているからね。それを考えても……」

「なんです?」

「いや、なんでもない……とはいえ、今までの確執もある。スムーズに、とはいかないかもしれないが、その辺りは分かっているね?」

 

 ……それは、正直分かってる。

 元敵の所に駆けこんで来たんだから。今まで必死になって僕らも抵抗していたから。嘗て必死になって殺し合いをしていた相手を、あっさり受け入れられる訳もないのは、きっと当然だと思う。

 

「大丈夫ですよ。そんな事を気に出来る程、我々に余裕はありません」

「……どういう事だい?」

「此方は味方に追い立てられる形でここに来たのですよ。此方は諦めて、というよりは助けを求めて此方にすがりついて。その状況下で其方に立てつけると?」

「味方に追い立てられて……?」

 

 ――そんな風に話していた直後の事だった。

 取り敢えず、大人の話に割り込むわけにもいかず。僕は空を見上げていた。そんな時に空に見えた……豆粒みたいな染みが。唐突に大きくなっていって。えっ? と思った時にはそれは、僕らの前に降り立った。

 

――ドズゥウウン……!

 

「――」

「……」

「……で、その追い立てられた件についてなのですが」

「続行!?」

 

 先生がマイペースに過ぎる……もうちょっと頓着して欲しい。

 

「ここが依頼の場所で構わんかね?」

「……あっ、はははい!! そうです! 良くお越しくださいました無敵超人、風林寺隼人殿! 我々は貴方を歓迎します!!」

 

 それは、大きな大きな老人だった。いや、老人、というには余りにもその体は大きすぎて。それよりも……僕は、その人を見て、不思議だったのが。

 これだけの大きな、それも強そうな人が目の前に居るのに……全然怖くない。威圧感といえばいいのかな。そう言うのを全く感じない。寧ろ、なんだか安心感すら感じる。それが、なんだか不思議だった。いや、見た目の迫力はどうしようもないんだけど。

 

「うむ、それでは……うむ?」

「向こうの部隊が……なんでしょうか?」

 

 その人と、先生と、視線が合う。その時……お爺さんが、少し驚いたように見えた。

 

「……成程のう、大鷲の子は苦難を経て、大鷹への道を歩み出したか。良きかな良きかな」

「大鷲? 大鷲……イーグル……ッ!? 父の事を、ご存知なのですか!?」

「ふふ、まぁ何れ会う事もあるじゃろうて。その時に。では――参る!!」

 

 そう言って空の彼方へと飛んで行くお爺さん。もうミサイル、とか言う武器と同じ位に凄い。羽とかくっついてるんだろうか。というか、人間ってあんな風に飛べるんだ。凄いなぁ。鍛えるとあそこまで行けるんだ。僕も頑張ろう……

 

「……あの人は」

「世界最強のお人だ」

「世界、最強」

「風林寺隼人殿。無敵超人とも名高い。君のお父上とも、親交があった」

「……そう、ですか。では何時か、父の話など聞いてみたいものですね」

 

 僕としては、あの人が本当に人かどうなのか。その辺りを教えて欲しいくらいだった。

 もし、ジュナザード様と面と向かってお会いしたら、あんな感じなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

「――あぁ、客人を案内した。警備を続行してくれ」

「しかしMr.風林寺は大丈夫なのでしょうか」

「彼一人で一個中隊……下手をすると大隊にも匹敵する力だ、信用するしかあるまい」

「いえ、彼個人の実力を疑っている訳ではなく……」

「ジュナザードの干渉、か。そうなった時は我々に天運が無かった、ターゲットの上に幸運の星が輝いていたと諦めるしかあるまい」

「そうでない事を祈りたいですね」

「……ジャック・ブリッジウェイの確保。それが為せなければ、ここ最近の調査の甲斐が無いという物。最低でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからな」

 




風林寺隼人が活躍する話だと思ったか?
ホモ君が覚醒する為の話だと思ったか?

残念!! 全ては、この時の為の伏線よ!!(大嘘)

という事で、次は幕間。このティダード編でずっと伏せられていたジャックちゃんのお話となります。


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第十六回・幕間:『貫きジャック』

「――女傭兵! 貴様、何故すぐに助けなかった!?」

「……」

「ええい……お陰で奴らを追いかける手間が増えた。戦場から逃げ出すなどという愚かな兵は始末せねばならん。そんな者が残っていれば、我が国自体の弱体も避けられん」

 

――ジュナザード様の為にも、この集団の頭目はそう思った。

 この国は、様々な国からの侵略を未だ受ける。それだけではない。醜い内乱も未だ終わる気配はない。彼らは、今こそジュナザードの元、一致団結して事に臨まねばならないというのにという思想の元、走り回っている。弱兵を抱え込んでいる暇もない。

 

「ごめんなさァい」

「……チッ!!」

 

 精強を謳うシラット部隊が戦場の苦境にこらえきれず逃げ出した。等。外聞の最悪さでは正直群を抜いているだろう。そんな事実は、無い方が良い。

 

「まぁいい。貴様には逃げ出した逃亡兵共の処理を手伝ってもらう。出来るだけ惨たらしく殺せよ。其方の方が『敵兵に見つかりながらも勇敢に戦った』という話に仕立てられる。お前たちもだ。失態は、働きで返せ」

「申し訳ありません……必ずや取り返して見せます」

 

 立ち上がるのは、シラットの悪鬼たち。そして……ティダードという国を、ジュナザードを誰よりも英雄として慕う、憂国の士に相違ない。そのやり方は兎も角として、彼らは間違いなく、何よりもこの国を思う勇士なのだ。

 もし、彼らが生き残り、ジュナザードの元に有れば、この内乱を治める為に活躍した闇の英傑として名を馳せる事も出来るかもしれない。それ程に、彼らは将来を有望視された武人に相違なかったのだ。

 

「取り敢えず、女傭兵。貴様が先ず先陣を切り開け」

「……アタシィ?」

「そうだ。貴様は攻勢に長けた女だ。寧ろこうした『狩り』の方が力を発揮するだろう」

「狩りィ? なァに? 真っ向からやらないつもりなのォ?」

「当たり前だ。これは戦争だ。どんな手を使っても勝つ。あれらは最早我が敵。容赦は」

 

「――だから嫌なのよねェ。戦争ってェ」

 

――ドシュッ

 

「……えっ?」

 

 

 そう。生き残りさえ、すれば。

 初撃、その一撃で、先ず一人が命を刈り取られた。心臓を貫いたのは……ジャックの鋭いヒール。彼女と同等クラスの使い手でも、完全に不意を突かれてしまえば、たったの一撃ではいそれまでだった。

 

「……なっ!? 貴様、一体何を――」

「何ってェ……? お仕事のォ時間だからァ、仕事をォするだけよォ?」

「おのれぇっ! よくも――」

 

 突進と同時に振り上げた剣――ボロの切っ先を、何の感情も無い、どうでもいいかのように、ジャックは見ている。

 振り下ろされるボロの側面を滑らせるように、ドレスのサイド、ザックリと切れたスリットからしなやかな足が伸びる。肉付きのいい、男受けするのは目に見えたその足は、そんな不埒な考えなど許さぬ凶器。

 カウンターの要領で、ボロを振り下ろそうとした男は、やはり心臓を貫かれ、絶命した。

 

「――」

「……ッ!?」

「はぁ~……アンタ等ァ、もうちょっとォ手応えだしてよォ~? こ~んなァ、美しくも無いィ雑魚サル何匹来てもォ、ぜェんぜん興奮ゥ、しないんだけどォ?」

「ど、どうなっている!?」

「貴様はジュナザード様から我らのサポートをする為に先遣されていた傭兵では!?」

「あァ、そうやってェ紹介されてたのねェ私ィ。じゃあァ……改めてェ自己紹介でもォ」

 

 その殺しの手際は、余りにも鮮やかだった。相手の何処を蹴れば、心臓を貫けるのかが分かっている動きだった。殺しなれた……動きだった。

 

「私ィ、『闇』に雇われたァ始末屋ァ、ジャック・ブリッジウェイとォ申しますゥ」

「し、始末屋だと!?」

「此度の依頼はァ……『箱庭を作るのに邪魔な輩の始末』にて。貴方様達をォ……ただの肉塊にィする為にィ寄こされましたァ!!」

「馬鹿な、我々を始末する為に……? で、では奴らを逃がしたのは!?」

「『ターゲット』じゃないからァ。プロはねェ、無駄な殺しをしないのがァ、美しいのよォ?」

 

 シラット使いの頭目の頭に、様々な考えが過る。

 何故自分達なのか。そもそも誰が自分達の始末を依頼したのか。自分達はジュナザードの直属の部隊、そんな物を始末しようなどと……アメリカ側か。ならば何故自分達に攻撃をさせていた?

 ならば、自分達を潰す動機があるのは一体誰か。

 

「考えなくても良いわよォ? 依頼人が誰かァ、とかァ」

「なにぃ?」

「どうせここでアンタ等ザコザコわんちゃんはァ……アタシが優しくゥ優しくゥ、殺処分、するんだからァねェ?」

「――貴様ッ!!」

 

 だが、その思考はあっと言う間に放棄された。少女の浮かべる、その悪辣な、自分達の誇りを嘲笑う、悪意の籠った笑みを目にして。国を守るために、必死になって戦う自分達を小馬鹿にされたのが酷く……酷く、彼の心に火をつけた。

 直ぐに仲間に指示して距離を詰める男。所詮雇われの傭兵相手、護国の熱に燃える我々に勝てる訳もない。動きのキレも、良い。

 

 突き出した貫手はジャックの頬を掠め、その髪を何本か散らす。しっかりと鍛え抜いてきたジュルスの一つだ。基本にこそ忠実に、それを忘れず、何時か達人として、この国の英雄たる、ジュナザードの役に立つために。

 

――こんな女に、遅れなど取るものか。

 

 頭の中に燃え滾る熱が、拳のキレをドンドンと鋭い物にして行く。怒りで鋭さが鈍るという事は武術の中で往々にしてよくある事。だが、怒りというモノは、生物がその凶暴性を高める手段。それを発揮して、鈍るばかりという事はない。寧ろ、自分の動きが何時もよりもきれを増すことだってある。

 

「――っとォ? あぶなァい♡ ふふふふ、ひっしィ♪」

「フン、逃げるのだけは得意か? だが逃がしはしないぞ!」

 

 それに、怒りが頭を満たしていても、男の指示は冷静だった。

 自分の動きに相手を集中させて、後ろに伏兵を伏せ、そして……油断している所を狩る。戦場の武術、シラットだからこそ、多対一で相手を叩く動きはしっかりと身に着けている。ましてや、とっさには反応し辛いであろうヒールなど履いている傲慢。

 破壊力を重視したその考えが命取り。

 

「ここで死ねぇい!!」

「――でもぉ……いいわよォ、そうそうそんな感じィ!!」

 

 そう思っていた。

 だが。だがこの一瞬、ジャックは信じられない行動に出た。

 何と、頭目に背を向けて、後ろの伏兵に向いたのだ。何の躊躇いも無く。

 

「!?」

 

 気づいていただけでも驚きだが……しかし、何の躊躇いも無く自分に背を向けるその度胸たるや。多対一の状況、何処を真っ先に処理するかで、生存確率は大きく変わる。それを分かっている動きだ。

 後ろから、不意打ちでかかってくる刺客というのは、何処かに油断がある。不意打ちだからこそ反撃されるという発想にイマイチかける。それを、理解しているのか。

 

「――ぎゃっ!?」

「がっ!?」

 

 振り切ったヒールの踵が、まるでナイフのように二人の武人の顔を真横に切り裂いた。刃を仕込んでいる様には見えない――人の肘は、素早く振って擦る様に肌に掠める事で、刃物のような切れ味を生み出す事もある。恐らくはその類だろうか。

 

「ッ、この女ぁ!! この国の平穏を……邪魔する悪魔めがぁ!」

「そうそう、熱くなって来たじゃないのォ!! もっとよもっとォ!!」

 

 もはや事ここに至って、頭目は油断などしない。

 相手は正に怪物。全身全霊、全力にて拳を構え、掴みかかる。平穏を乱す不穏分子を確実に潰すべく、護国の炎を燃やして。

 

――猛獣跳撃(スラガンハリマウ)!!

――S・G・H(ショット・ガン・ヒール)!!

 

 猛虎の如き拳撃と無数の蹴りが、空中にて鎬を削る。双方の力は――ほぼ互角に見えない事も無い。頭目の拳は確実にジャックのヒールを払い除ける事が出来ている。

 だが……彼はそれで『互角に戦えている』と思う事が出来ない。払い除ける手に伝わってくる感覚は異様、相手の蹴りを凌ぐたびに、弾くたびに、どんどんどんどん、足の動きが加速していっている。今は何とか凌げているが……これ以上は。

 

「――そうそう、それで良いのよォ!」

「っ」

「美しいじゃなァい……必死になってェ、マイホームを守ろうってェ、心をォ燃やすゥ、その姿ァ!! 美しくないやり方でェ、汚さないで良いのよォ!!」

「貴様ッ、いったい、何の話をッ……ぐぅ、している!?」

「美しい物を見たいのよォ!!」

 

 そして、その顔の笑みは、それ以上に。深く。深く。そして……残酷に!!

 

「美しい物、いっぱいあるってェ!! この仕事をォしてェ! 気付いたわァ!! それは心! 生き様! 物! 全てがそう!! この世はァ、美しい物に溢れてるゥ!!」

「なっ……ごっ!? がっ!?」

「――そしてェ……それを踏み潰した時ィ、私の美しさはァ、更にィ輝くゥ」

 

 ――既に、対処しきれるレベルを超えている。圧倒的な手数の蹴りで、頭目は地面に叩きつけられ、バウンドしたそこを狙い撃ちに、無数の蹴りが空中に彼を繋ぎ止める。

 気は荒みながらも、しかし、決して彼女の手綱を離れていない。彼女の思うが通りに足をイヤ――もはや、ヒールにすら、その体から溢れる、悍ましき、化生と見紛うばかりの気血が通っている様にすら見える。

 

「――」

「私はァ……自分の美をォ、証明したいィ!!」

 

 そして最後の一発が――彼の体を、確実に貫いて。

 天に撒き散らされる血液。まるで雨の様なそれを、黄金の髪に染みわたらせ……頬に

垂れてくるそれを、ペロリ、赤さを超えた、紅い、紅い舌が舐めとった。

 

「その為にィ――こんな仕事ォ、してるんだけどォ……って、聞いて無いわねェ」

 

 力無く地面に転がる――頭目を踏みつけて。ジャックは笑う。

 

「強く在るゥ……強い物をォ超えるゥ……私の美しさはァ、何処までも、天までも上るでしょうねェ……そうよォ、ホークだってそうよォ!」

 

 化け物の如く。

 殺人鬼の如く。

 そして――何処までも、完成された深淵の女神の如く。酷薄に。この世の全てをせせら笑うが如く。笑う。満面の笑みで。

 

「何時かァ! 完璧に、どこまでも完成されたアイツをォ、踏み潰した時のォ……アァ!! アァアア!! タマラナイワァアアアアッ!!!! アハハハハハハハハハ!!!」

 




戦争→意思を汚いやり方で汚すからイヤ。
真っ向からのバトル→大好きィ♡♡♡









ジャック・ブリッジウェイ の 青得が 変化 しました

『動の気:開放』→『動の気:掌握』


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第十六回・幕間:超人対邪神

「――お主か、将校殿達が『くれぐれも気を付ける様に』と言っていたのは」

「カカッ、無敵超人と名高い、風林寺隼人が来てくれるとは! あやつを態々雇った甲斐があるというものよ!!」

 

 ――そこだけが、神話の如き様相であったのは、間違いない。

 ジャックたちが居るキャンプより、僅か一キロ。超人の足であれば、届きうる距離にてその男は……隼人の前に降りたった。仮面の男、その気当たりは既に特A級を超えている。超人である自分に届きうる物かもしれない、とその拳を油断なく構えた。

 

「お主、名前は」

「シルクァッド・ジュナザード。なぁに、ただの英雄よ!!」

「英雄、か。成程のぅ……その殺気の濃さにも納得のいく名乗り」

 

 話は聞いていた。ティダード王国の独立を守り抜いた英傑、その実力は、この国において神と謡われる程の物。もしティダードに入り込めば、その男と敵対せず、話をして協力を仰ぐように、とは。

 しかし……初めからこれだけの濃密な殺気を身に纏われていては、話し合いも何も無いという話だ。恐らく、ジュナザードは最初から話し合う積りも無かったのだろう。

 

「とはいえ、お主に用がある訳でもないんじゃがな?」

「そういうな! ()はお前の様な強い奴と戦いたいから待っていたというに!」

「ふむ。あの様な娘を雇って、か?」

 

 先ほど言っていたのも、それを顕している。彼女を雇うという事は、それ即ち闇の深い部分と通じているという事に他ならない。

 

――ジャック・ブリッジウェイ。

 

 若くして闇の世界で名を売る武人……しかも、未だ二十歳にも満たない年齢で、既に数十人の『表』及び、『闇』の要人をも殺害しているフリーの『始末屋』でもある。

 彼女の事は、隼人も耳にしていた。『闇』に雇われ敵対する『闇』を始末した事もあれば『表』の人物から金を積まれ敵対する『闇』の政治家を始末、その逆もこなした事がある。表裏何も関係なく、踏み潰し、殺す。その狂気ぶりは、様々な武人から慕われている。

 

「お主も分かるだろう! あの娘はとびきり、末恐ろしい才覚を秘めた怪童。この俺とて我慢も利かずむしゃぶりつきたくなる程の……! だからこそ、必死に堪えて撒き餌として、ああいや、邪魔者の始末も頼んだがな?」

「確かに、あの娘は将来、間違いなく達人へとたどり着く器であろうなぁ」

 

――余りにも若すぎる。

 

 それが隼人から見た、少女の印象だった。

 それはこの年で既に闇に潜っている事もそうだが……その依頼の請け負い方である。若さ故の根拠なき自信、そこから来る無謀か。重要人物の始末依頼など、ある程度は腕を上げてから挑む物。それを……この若さで。

 しかも、その危険な濁流を、彼女は泳ぎ切って来た。それは、恐らく危機に敏感だったから……というだけではない。闇の世界は、それだけではきっとやっていけない。

 たとえ危機だとしても、一歩を踏み出すその勇気……又は、狂気。それが必要だ。

 

 彼女は、恐らく後者だろう。

 そうでなくては、表も闇も関係なく、手あたり次第、等という酔狂も酔狂な真似はしない。嘗ての相棒とてしなかった狂気の戦い方。それを若くして身に宿す、生粋の闇人。

 

 同時に、その若さに救いがあるとも感じた。

 道を踏み外している事については、もはやどうしようもないが……しかし、今止めればまだやり直しの利く歳だ。そして、この年で止めなければ。将来、恐ろしい闇の達人として大成するその未来が、見える。

 居るのだ。本来生き残る筈の無いアウトローの一匹狼。それがごく稀に生き残ってしまい、年を経ると……もはや、何者にも従えられぬ魔獣として化ける。そんなレアケース。闇の中に潜む、旧い獣の如くに。

 

「故に、その前に止める」

「何を言う、ここからアレが育っていくのが面白いのではないか!!」

「そうはいかぬ。若き才を、深き闇に埋めさせる等――な」

 

 ……それを、先達として、見過ごせなかったからこそ。

その少女の為にも、この太平の世の為にも、彼は止めるためにこの国に赴いた。若き才能を血塗られた道から引き戻すのも、世直しの一環だ。

 

「カカカカカッ! ならば俺を超えて行けばよい……だがっ!!」

「――そう容易くはいかぬか」

「この国においては最早俺は武の腕において“神”とまで称される男よ! お主は、ティダードの英雄にして神の前に立っている! 果たして、所詮人のお主が、俺を超えられるか!?」

 

 しかし、それが上手く行くかどうか。立ち塞がる目の前の相手は、今までの経験をもってして、全力で警鐘を鳴らさねばならぬ相手。そして……もう一つ。少女が居る方向から少しずつ、感覚に訴えかけてくるこの、感覚は。

 

「それに、もう少しのようだぞ……! 感じるか、この俺をして悍ましいと感じるこの、この気当たりを! 間違いなく、奴は今この時をもって、殻を脱ぎ捨てる!」

「……」

「俺を抜き去り、その先におる娘を止められる……カァッ!!」

 

 それを感じ取ったのか、狂気の英雄が地を蹴って駆け――

 

気当たりの残像を無視し、後ろを取った本人へ向けて、腰のひねりと脚の踏み込み、体捌きの三つの動きから体重を乗せた拳を放つ。一瞬、本物と勘違いする程ではあったが、音に聞こえた無敵超人、そう容易く背後は取らせない。

 だが、空を破る程の拳は、まるで猫の如くしなるジュナザードの動きを捉えること敵わず。躱したそのままの勢いで続いて足元を狙う動きを、一歩下がる事で捌き、再び距離を取って

 

――という動きを、隼人はほぼ全て見切っていた。

 

「ぬぅ……なんとまぁ」

「そう容易くは、踏み込んでは来ぬか」

「読んでおる読んでおる。本命もだが、一応張っておいた奇策にも対応されてしまったか。これはこれは、超人と謡われる実力は伊達ではないか!」

 

 ジュナザードは、地を蹴って駆ける、そのままの姿勢で停止していた。

 ジュナザードの仕掛ける、技撃軌道戦。凡そ百手は軽く超えたそれに隼人は対処して見せていた。これだけの読み合いに持ち込み、膠着状態に持ち込むだけでも尋常の沙汰ではないがしかし。その全てが必殺のそれ。

 ずっと戦争の真っただ中、其処に居たからこそ。この男は知っている。戦いという物。そしてその只中に置かれた人間という物を。殺気という物がどういう物か。

 英雄、という評価は嘘ではないと、隼人は改めて思い知った。

 

 この男をマトモに相手して居たら、間違いなく間に合わなくなる。流石に向こうもここで派手に戦い始めたら、間違いなく気付かれる。流石にその愚を犯す訳には行かない。出来るだけ……最速でこの男を抜く必要がある。

 

「面白い、では――」

「あまり時間も無い――故に」

『全力で行くとするかのう!!』

 

 

 

 その後。

 無敵超人、風林寺隼人。そして将来の拳魔邪神、シルクァッド・ジュナザード。

 両名の戦いは歴史の通り、迎えの船が付く迄の激闘となり。そして、その結果。歴史の裏に隠れたある少女に、結局風林寺隼人は干渉すること敵わず。

 

 彼は、戦いの最中、感じ取る事となる。

 邪悪な気が、弾ける様に膨らんだ後――不自然なほどに、穏やかに、そして、完璧に制御された流れになるのを。

 

 『気の掌握』にまで少女が辿り着き、新たなる闇の達人が生まれたのを。

 目の前にて、感じ取る事となる。

 




という事で、ジャックちゃんの裏設定回でした。

表も裏も関係なく跳ね回る、成程、ホモ君のライバルとしてピッタリだな!(思考停止)


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第十七回

 これからの流れを決める実況、はーじまーるよー。

 

 さて、無事アメリカ軍に取り入る事が出来たので、今はホモ君は只管に治療を行っています。まぁ治療技術が幾らあったとはいえ、ホモ君もボロボロですし。一旦ここらで主人公を休ませる機会も必要かと。

 で、先程置き去りにして来た(語弊)風林寺の爺様なんですが……まぁ完全に運ですね(思考停止) というのも。風林寺隼人というキャラクターは、活人拳サイドでも超強力なキャラクターではあるんですが、世直しの旅を続けて放浪し、一か所に留まらないという厄介な性質がありまして、それって敵にも味方にもなんですよ。

 

 で、今回のランダムポップ先がここだったんでしょうが、ティダード、というのが結構ドラマチックですね。風林寺のじっさまと果物お爺ちゃんは一度は鉾を交えているので、もしかしてそのタイミングがここかもしれないという妄想ががが。

 だとしても今のホモ君には何の関係も無いんですけどね、初見さん。だってそんな超人同士の死闘に今のホモ君が割り込んだら死んじゃうんだよなぁ……文字通り人間災害なので人が立ち向かうべきではないです。大人しくアメリカさんと一緒に帰りましょう。

 

 一瞬しか会えなかったので知り合いリストに追加する事が出来なかったのが心残りではありますが……仕方ありません。そういう星の流れだったと思いましょう。

 

 さて、今ホモ君はアメリカの船に乗っている訳ですが……やる事がありません!! 故郷の土を踏むまで!!

いやだって本当に治療する事しか出来ないんですもの……皆さん覚えてます? 『狂的』のスキルの効果? いや、修行しても良いんですけども、そうするとそれしか出来なくなっちゃいますし……今は治療していた方が色々お得なので。はい。

 

という事でそれまで、現状のホモ君のスペックチェックでもしましょうか。

 

 ホモ君は現状、妙手クラスの基礎能力を有し、得能でそのランクを上位クラスに食い込ませているような状況です。で、その肝心の得能ですが、青得を七つ。赤得を四つ、青赤得を一つ所有してします。

 青得は『修学』『恵体』『裏通り〇』『医の叡智』『動の気:開放』『構造把握(人体)』『制空圏』。この中で、『医の叡智』に関してはちょっとずつちょっとずつ進化してきたホモ君の切り札的青得で、同時にこれが無いと結構きつくなってきてる得能でもあります。『構造把握(人体)』も当然これが前提の青得です。

 因みにこの得能は後何段階か進化するので、そうなった時は間違いなくプレイヤーの理想としているビルドのキャラになり得るでしょう。

 

 で、この現状のビルドですが、メスガキちゃん程ではないですが、しっかりと噛み合った得能となっております。頑強で元から硬い体に、構造把握、制空圏で防御を固め、更にダメージを負っても『医の叡智』バフの乗った回復であっと言う間に全快まで持って行く、不死身のゾンビキャラ。

もはや何処に行っても十分やっていける単独ヒーラー型モンクへと進化しました。コイツを殺せる者は居るかぁっ!!

 

 ――が、このビルドには致命的な弱点があります。攻撃が出来ません(壊滅的)

『常識×』はまぁ兎も角として……『武術センス×』『先行×』『鉾無き武』が徹底的に邪魔して来ています。特に『鉾無き武』は進化タイプの赤得とか言うとんでもない害悪。これが付いた時点でプレイを諦めるレベルです。ホモ君の様なタイプでなければ。

 まぁこれが付いていても、防御が『捌き(強)』に変わっているので、上手い事防御して居れば、何とか相手を撃退できるでしょう。達人相手にも十分通用するレベルにまで仕上がりました。

 

 そしてアライメントは……ご覧ください!! 一応、殺人拳側からの依頼を達成したことにより、ちゃんと元の状態、完全ニュートラルに戻りました!! やりましたよーティダードに来た目的もしっかりと果たせました!

 そして、実力的にもここまで来てしまえば、アライメントが寄る様な依頼ばかりではなく依頼をえり好みする事も出来ます。しかも、ホモ君に関して言えば、誰かを治療する、って言う依頼を受け続けるだけでも全然稼げるようになりますし。誰かを治療する依頼に関しては、アライメントが寄る依頼はありません。殺人拳も活人拳も治療するのに一切関係ないってハッキリ分かんだね。

 

 こうなってしまえば、後は治療する依頼、の中でも相当危険度レベルの高い依頼を受けて居れば、経験値も稼ぎつつ金も稼げるというモノ。達人への道は確実に転げ落ちて行っていると言えるでしょう。ところで転げ落ちるって表現物騒に過ぎると思うんですけど皆様その辺りは如何お考えでしょうか。

 それは兎も角。

 

 で、ここまで鍛えたなら何処か一か所で腰を据える必要もありません。世界各地を転々と回り、そこに有る依頼を受ける、世直し旅ルート一直線です。何処か一か所に居ては、危険度の高い依頼など直ぐに枯れ果ててしまいますし。

 世界でも危ない所は一杯ありますから、そう言う所を重点的に責めるのが良いと思われます。リスクは高いけどな!!(絶ギレ)

 

 それに、世界中を巡る事で、原作キャラやNPCと触れ合い、味方を増やす事も出来ますし。基本的にこのモードではいずれかの陣営に所属するのが常なのですが、ホモ君はアライメント的にどこの陣営に所属できる訳でも無く……手っ取り早く誰かと共闘、という事は出来ません。

 なので、地道に絆値を上げる事でしか、共闘してくれる味方を作る事が出来ません。味方というのは大きく、嘗てホモ君がやられた、黒虎白龍門会の集団不意打ちなどにも、仲間や『手下』が居れば対応する事が出来ます。

 

 手下、というのは……まぁ、便利なアイテムみたいなもんです(非情の鬼)

 冗談はさておき、手下というのは、自分が好きに動かせるNPCです。立場や実力が自分より格下の相手しか手下にする事は出来ず、原作における、ロキ及び二十号のような偵察を行わせたり、新島総督の兵隊の様に肉壁として使う事も出来ます。

 同等レベルや、それより一つ格上だったりするとなれる『仲間』とは違い、やはり格下。手下にしたてはどうにも頼れない事は多いですが……手下にも色々ありまして。しっかりと絆を結んだり、育てたりした手下は、仲間と同等レベルで頼れる味方になってくれる事もあります。

 

 達人としてレベルを上げるついでに、各地で有能なNPCを見つけ出し、『仲間』か『手下』にして行くのも悪くないですね。

 因みに活人拳、殺人拳、または凶拳のいずれかのアライメントに寄っていると、そのお仲間と割とあっさり仲間に成れる事もあるので、そう言う辺りも結構難しかったりします。何れのアライメントにも属さないというのは、こういう問題があります。

 ただ凶拳に関して言えば、仲間が存在せず『休戦協定』を結ぶ事しか出来ない辺り、凶拳の恐ろしさが感じられます。絶対につるむつもりが無さそう(小波) 活人拳は完全に真逆で直ぐにお仲間として認められるアットホームな職場です。皆も活人拳、しよう!(初心者へのおすすめ)

 

 とはいえ、この艦から出ない事には何も出来ないんですけれども。

 いや、もしかすればこの艦にも……仲間になってくれる人がいるかも。特にティダードの人達は暫く一緒に居てずっと治療をしていた仲間たちです。それなりに仲良くなっているだろうし、それを考えれば……良し、やってみっかぁ!!

 とはいえ暫くはずっと治療漬けなので声もかけられない訳ですけども。丁度いい人が出て来てくれるといいですねぇ。

 

 ん? おや、メナング君どうしなさった。お父さんの治療なら今終わりましたよ。大丈夫ヘーキヘーキ、君のお父さんは全快しているから、もう元気に他の達人をシバく事も出来ますよ

 

『――お話が、あるんです』

 

 ほう、話とな。どうなさったんですか?

 お父さんを助けてくれたお礼に何かアイテムでもくれるとか? いやーティダードは薬草の宝庫なんでね、回復アイテムなんかくれたら嬉しいんですけども。

 

『あの、貴方の旅について行かせてくれませんか』

 

 ホモ君の旅に? あ、いっすよ。ガッツリこき使うんでそれはお覚悟願い……ね……

 

 ヌッ? ……ファッ!?

 




現状確認回、に見せかけた。


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第十七回・裏:船出の先へ

 ――先生は、凄い。

 

「Dr! Dr,ホーク!! もうちょっと、もうちょっとスピードを落として! というか助手も誰も付けないで平然と手術をしないでください! 勘弁してください!」

「――よし、処置は終わった、次だ。次は……」

「話を聞いてくださいこの変態! ハゲ! ディッ〇ヘッド!!」

「あぁそうだ、機材の洗浄と取り換えをお願いする」

「死ねぇッ!!!」

「……何故だ?」

 

 本当にすごい。あっと言う間に患者を治す手際もそうだけど。元は敵兵だというのに何の躊躇いも無く手術する。本当に。自分も撃たれていたり、襲撃に巻き込まれているのを忘れているかのように。

 『医者として、患者は誰でも助ける』とだけ。それは、自分の信念を絶対に妥協しないという先生の強い心そのものだった。

 僕は、ティダードの為に、戦うと決めて戦争に向かって。でも、父上が倒れて怯えて。それを先生に助けて貰って。そこからはずっと、先生にくっついてばっかり。

 

「――メナング、メスを」

「あ、はい」

 

 皆を助けようって、決意した時だって。結局先生に頼る事しか出来なかった。僕は、無力な子供でしかないって事が嫌という程分かった。それでも尚、僕はこうやって、頑張り続けている。

 せめて……目覚めた父上に、こんな僕でも、情けなく泣いているだけでは終わらなかったです、と報告できるように。ずっと、頑張ってる。

 

 でも。父上は、褒めてくれるだろうか。僕が、頑張った事。ずっと寝ていた父上は。この変わり切った状況に、戸惑わないだろうか。それだけを、不安に思って――

 

「――メナング! メナングという少年はいるか?」

「は、はい!」

「あぁそこ……か。うん。君のお父上の目が覚めた。連れてきて欲しいそうだが……立て込んでいるなら、後にするが」

 

 結局、先生に断って、僕は父上の元に、走ったんだ。

 

 

 

「――幾らなんでも、酷い言い方ではないか?」

「あぁ。メナングとて、別に戦場にでなかった、という訳でもないのに」

「我々から話を聞いてから直ぐではないか……メナング、そう気を落とすな。あやつとて寝起きで正気ではないのだ。な?」

 

 父上は本気だ。絶対に。

 目はとても真っすぐで。嘘を、ついて無かった。僕を真っ直ぐ見て。言ってた。だからきっと……僕は頑張ったけど、父上には、気に入らなかったんだろう。僕は。じゃあ、どうすれば良かったんだろう。

 

『――戦場より逃げだしたお前など、顔も見たくない。出て行け』

 

 そう一言だけ告げられた。

 

「……まぁ、俺達からも説いて聞かせる。時が経てば落ち着きもするだろう」

「奴も国内に家族を残して来た身だ。武人として、意識の無いままにその様な選択に身を預ける事になった事を良しとは出来ん……だろうなぁ。恐らく」

 

 じゃあ、どうすれば良かったんだろう。足手まといにならない様に。出来る事をして来た積りだったけど。僕は。何も出来ないまま、戦場で倒れればよかったのかな。

 

「――どうした。メナング殿の父上が目を覚ましたと聞いてきたのだが」

「あ、先生。手術、終わったんですかい」

「あぁ。問題はない。だから様子を見に来たんだ」

「……あの、メナングの親父が目を覚ましたんですが……その、えっと。錯乱しているというか」

「なんだと。では退いてくれ事は一刻を争う」

「しまった逆効ぉおおおおおおああああああああ」

 

 先生が堂々と入ってく……先生みたいに、強かったら、こうやってウジウジする事も、無かったのかな……父上に言われた、武術への信念を、自分なりに通したつもりだった。あんな事の為に、もう戦いたくなかったから。

 それが、間違っていたんだろうか。

 

 もう立ちあがれないでいた。ちょっと、鼻にツンと来た。

 その間に、先生は父上と何かを話していたのか……暫くして、先生は病室から出て来てきたんだ。

 

「――」

「……って先生? どうなさったんだい、そんな神妙な顔して」

「患者のプライバシーの優先をしたい。皆、ここから離れてくれ――良いか、くれぐれも誰も残してはいけない。そこに隠れている子供を見逃したり、決してしてはいけないぞ」

 

 ……思わず、顔を見合わせた。それは……その言い方だと、僕だけ見逃せ、と言っているような物だけど。二人して、先生に視線を戻すと、先生は、真顔のままウィンクを一つして、部屋に戻っていった。

 皆、しばし顔を見合わせていたけど。その後、示し合わせた様にぞろぞろと部屋から離れていく。僕も離れようとしたけど、止められた。

 

「ここに居ろ」

「で、でも……なんで僕だけ」

「何か考えがあるんだろう。無意味な事はしない人だ。黙って聞いてな」

 

 ――そう言われ、結局僕はその場に放置されて。

 仕方なく、部屋の前にしゃがみ込んで。そうすると……人のざわめきが無くなったからだろうか、部屋の中の声が聞こえて来た。

 

『人払いは、して貰えただろうか』

『問題ない。医師は患者の味方。プライバシーを守るのも、仕事だ』

『そうか……済まない。体が弱っているせいか、周りの気配を感じ取る事も、難しくてなぁ。さて、話の続きをしたいのだが』

『……本気なのか。メナングを連れて行って欲しい、というのは』

『雇われの医者と聞いた。世界中を巡っているんなら、頼みたい』

 

 連れて行って欲しい。その言葉にドキンとする。

 顔も見たくない、というのは……そこまで本気の言葉だったのかと。

 

『理由を聞かせて欲しいな。理由も無く連れて行けなど、親のする事ではあるまい』

 

 訊かないで。そう思ってしまう。

 聞きたくない。そう思ってしまう。

 けど……足は、どうしても部屋の前から離れない。耳は心とは裏腹に、中の様子を聞こうとしてしまう。それは……信じたいからか。それとも。諦めたいからなのか。

 

『――息子は、未だ未熟に過ぎる』

 

 そして、その言葉に、足から力が抜ける。

 やっぱり、父上は、無力な僕に怒っているのか。もっと、シラットを習った武人として強さを示せなかったのか、と。

 

『……そう思っていたんだ』

『ほう。そう思っていた』

『仲間から話を聞いた時、本当に驚いた。私の思う以上に、息子は必死に頑張っていたのだと。戦う事に必死になるのではなく、自分が無力だという事を自覚しても、それでもやれる事を探して、必死に……本当に驚いたんだ』

 

 ……けど、その時。父上の声色が変わった事が、分かった。

 

『あの子は、必死になって頑張ってたんだよ。私が何も出来ず、寝ている事しか出来なかった、その間に……私なんかより、よっぽど頑張ってた』

『……』

『色々と、あの子には自分の教えられることを教えて来た積りだ。だが、それを生かせるかどうかは別問題だが……話を聞くだけで分かった。教えた事を、あの子は私が思った以上に良く分かっていたようで』

 

 少し、優しい……修行終わりで、頑張り過ぎて、疲れて寝てしまった僕を介抱してくれた時の、その時の声だった気がした。武術に関しては、親としての情を捨てて、全てを叩き込むとまで言っていた父上が見せてくれた……ほんの僅かな。

 さっきの、凄い剣幕とは、全然違う。

 

『――もうあの子は、私の下で学ぶ段階を離れた』

『武術に関して、全てを仕込んだ、という事ですか?』

『いや、武術の型、動き、そんな物を仕込むのは一人でも出来る……一人でも立てるよう私は、先ず武術の信念を仕込んで来た積りだ。武術とは、型ではなく、先ず心意気。それを仕込めば、どんなドブに嵌り込んでも、きっと』

 

 ――ドキッと、心臓が跳ねた気がした。

 僕は父上から、まだまだ学ぶことは多いと思っていた。シラットの武術だって、ジュルスの全てを教わった訳でもない。でも。

 父上は、そうは思ってはいなかった。

 

『……その準備は終わったと』

『そうだ。あの子は、武人として一人で立つ心構えは出来た。そう信じている……まぁ些か、強引な送り出しになってしまったがね』

『何故俺に預ける?』

『ふっ、貴方のような人間の傍で経験を積んでこそ。あの子は大成出来ると思う。我が子には……大きく、強く。自分を、超えて欲しいものだからな』

『――そう、か。そうか。うん。話は分かった』

 

 父上は――僕を、もっと大きくなるように、送り出す為に――

 

 

 

「先生、失礼します。お話、があるんです」

「どうした」

「あの、貴方の旅について行かせてくれませんか」

 

「――話は、聞いたな?」

「はい」

「正直な話をすれば。俺は他人を気遣える程は強くない。患者を治療する事にしか意識の向かない、不器用な男だ。君を守る事が出来る、保証はない」

「……はい」

「それは、承知しておいてほしい」

 

「覚悟の上です。この機会を……僕は、無駄にしたくないです」

 




あのジュナザードの直属で、しかも完全に恐怖を叩き込まれた立場だったはずなのに見ず知らずの弟子の奮闘を見せられて思い出せる位には武術の信念しっかり仕込まれてるのは間違いないし、何だったらそこまでやった師匠って多分……まぁお父さんじゃないかなって、ティダードの武術国家的に、と思ったのがこのティダード編で彼を起用した訳です。

後、凄い人に憧れて、師匠の元から離れてその人について行く、っていうのはやっぱり切欠が必要だと思ったんで、お父さんから送り出して貰いました。


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第十八回

 いよいよ達人への道を踏み出す実況、はーじまーるよー。

 

 さて、前回のラスト、メナング君をお仲間にする事が出来ました。一応『手下』ではありますが絆の高さを考えればやれる事の多さと失う事のダメージは『仲間』にも匹敵する超強力ユニットです。

 青得自体は割と平凡、というかまぁこの年としてはそれなり、程度の質なんですけども一つだけ、性能の高さ、とかじゃなくて本当に得難い青得があります。

 『常識〇』? いや、それも貴重と言えば貴重ですけどそうじゃなくて。

 

 それが『偵察〇』という青得。

 『手下』及び『仲間』でこそ活躍するいわばサポートの青得で、情報収集なんかのこまごましたサポートに関して全てバフが乗る超優秀なサポート青得。我らが新島総督もこの青得を持っており、ストーリーモードのサポキャラは新島総督だけで十分って言うチートぶり。

 因みにロキと二十号はコレのワンランク上の『諜報員』という青得を持ってます。まぁそれ以外目立った青得はもってませんけど。やっぱり複数の強力青得をもっている新島総督は最強ってハッキリ分かんだね。

 

 で、このサポートキャラの加入を踏まえ、これからの方針について、お話します。

 

 前回も言った通り、世界各所を適当に回り、其処に居る依頼者から依頼を受ける積りでいたんですが……このやり方には一つ、問題があります。やはり依頼の数には限りがあってしまう事。そして、依頼はある程度ランダムに受けるしかない所です。

 確かにその国で受けられる依頼を選ぶことは出来ますが、そもそも危険度の高い依頼が多く出る国とあまり出ない国で、その依頼の獲得難易度は大きく変わってきます。『裏通り〇』である程度は緩和出来ますが、それも微々たるもの。

 

 しかし、メナング君が居る事で、話は大きく変わってきました。

 メナング君のように『偵察〇』の青得が付いているキャラにその場所を探って貰うと、その国の治安レベルに関係ない危険度の高い依頼などを確率で手に入れる事が出来るようになります。メナング君が地元のコミュニティーなんかに潜り込んで噂話なんかを聞いてくれるんですね。

 

 こうとなればどこに行こうとモーマンタイ。

 日本とかに行っても、世界のスラム街レベルの治安じゃないと出ないようなエゲツナイ依頼を受ける事も可能になります。ホント、日本の出来事とは思えないような凄い依頼が出て来るんですよね。ヤクザ同士のスゴイ抗争だとか。

 因みに裏格闘場なんかを今まで転々と出来たのは、最初に裏格闘場に入れたからでこれからはあんな簡単にはいきません。自分で身の丈に合った仕事を探す必要があるので、メナング君の存在は余りにもデカいです。

 

 という事で、これからの方針ですが……世界各地を巡る、という大まかな方針は変わりませんが、選択肢が圧倒的に増えました。世界中の危険地帯だけではなく、普通に日本とかに寄ってもそれなりの依頼を受けて、経験値を稼ぐことも出来ます。

 コレの何が良いって、ロスタイムが減る事です。一つの依頼を受けたらすぐに近場の国に言って別の依頼を受ける。移動にも時間はかかり、その分のターンを消費しますのでガンガンレベルを上げていきたい勢にとっては垂涎モノです。

 

 例えば、ティダードから良さげな依頼のある、例えば北の大国ロシアあたりまで飛ぼうと思うと、馬鹿みたいに時間もかかってロスが増え、おまけに殲滅の拳士とかいう厄ネタに遭遇する可能性も出てきます。いや年齢的に彼が達人クラスになってる可能性は低いんですけど念のためにという事で。

 

 しかし、メナング君が居れば、近場の治安の良い東南アジア主要都市辺りまで辺りに飛んだとしても、それなりに危険度の高い依頼が受けられるようになります。

 

治安の良い所に行けるメリットとしてもう一つ、そして休息を取ったとしても余計なトラブルに巻き込まれずに済みます。

 今まではマイホームだったり、中国の中でもそこまで治安の悪い所ではない所で寝ていたおかげで余計なトラブルは無かったのですが。これからはそうはいきません。

 

 普通、治安の悪い所のホテルとかで寝てると、ホテルに空き巣が入る、強盗が入る。やせいのたつじんが侵入してくる、等ザラなので……今までなんでやせいのたつじん……いや、槍月師父が割とやせいのたつじんって言えばやせいのたつじんか……何でもありません。はい。

 まぁ、それ以上にやせいのたつじんが増える、という可能性が増えるでしょう。

しかし治安の良い所……例えばその国の首都なんかで寝泊まりすれば、流石にそう簡単にやせいのたつじんも乱入はしてきません。

 

 いえ、やせいのたつじんも美味しい経験値ではあるのですが……今出会っても、轢殺されてガメオベラが良い所なので。せめて達人レベルにこっちが至ってからというのが本音ではありました。え? じゃあ今まではって? もうやせいのたつじんに会ったら『助けて治安部隊!』する覚悟すらありました(背水の陣)

 

 ですがもうその心配もありません。

 やせいのたつじんが現れそうな所は避け、確実に安牌と思われる場所を巡り、そして自分達のレベルでも受けられるギリギリの依頼を熟す。非常に地味な作業の始まりとなりますが、とはいえレベル上げには最適なやり方です。

 メナング君以外にも『仲間』及び『手下』も欲しいですからねぇ……あ、因みに前回メナング君は『弟子』扱いで引き入れるのではないか? と言われていたのですが、無理です。

 

 弟子は完全独学か、『師匠』が『恩師』になっているキャラクター等なら弟子に出来ますが、メナング君は一応『師匠』に『父』が当て嵌まっているので。あ、そう言えば『弟子』を取るにはそもそも『達人』にならないと駄目だった(知識ガバ)

 とはいえ師匠でなくてもレベリングは出来るので、積極的にメナング君はレベルを上げていきたいと思います。将来の達人ともなれば、今から鍛え上げれば相当頼りにはなりますので。ホモ君式レベリングに付き合わせてやるんだよ!!

 

 とはいえ、これからの作業は相当に地味な作業になるとは思うので、全く見所さんが無かった場合、大幅カットで済ませてしまうと思いますけど。いやー原作NPCってやっぱりあんまり出会えないんですよ。槍月師父だったりは滅茶苦茶レアで、何時でも出会える類の達人は、基本的に原作じゃないランダムなNPCか、ティダードに自殺する時に行くと出会える人間地獄車かの二択なんで(対極の理)

 

 原作開始まではまだまだ時間もありますし、その間何の面白みも無い修行風景を垂れ流してるのはクッソ時間の無駄です(皆様のお時間を奪ってしまうよりはスマートに進行したい)ので、ここはね。はい。

 

 まぁ逆鬼師匠の光落ちイベント、槍月師父との再会、それに他にも色々過去原作イベントはありますので、そう言うのに絡めたら実況したいと思うんですけれども。しかしそういうのは特定のフラグを立てないと介入は無理だと思うのでまぁスルーすると思います。

 だって特に光落ちイベントは介入できるタイミングがシビアオブシビアだからなぁ。

 

 まぁそんな感じで、この実況、後は一旦すべてをスルーして、ホモ君が史上最強の弟子ケンイチほんへ開始までにどれだけレベルを引き上げられるかにご期待ください。途中で死んだら……笑えば良いと思うよ。

 

 と言った所で、今回はここまでにしたいと思います。

 ご視聴、ありがとうございました。

 次回は原作前原作イベントか、それとも別の見所さんか。それとも原作開始に合わせてのスタートか。何方かにご期待ください。

 




今までやせいのたつじんが出なかったのは、物語のテンポを考えて出したら絶対に面倒になるのでやりませんでし……あ、ママンと師父と仮面ジジイとメスガキちゃんは例外とします。


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第十八回・裏:医師と少年の旅立ち

 結局、アメリカの軍艦はティダードを出発してから、アメリカまで一直線で向かうという事も無く、東南アジアのとある港町に停泊する事になって……先生と僕は、そこで降ろされる事になった。

 

「――元気でな」

「はい。ありがとうございました。もしティダードに帰る時は……」

「あぁ、連絡する。ジュナザード様をお一人で奮闘させるのも心苦しい、出来るだけ早く戻りたくはあるが……そうも簡単にはいかなさそうだ。まぁ気長に待っていればいい」

「はい」

 

 ――先生は、これから世界各地を回るつもりらしい。

 

『何処で患者が待っているか、分からないからな。今までは一か所に留まって治療をしていたが……昔の事を思い出した。俺は、少々と今まで無鉄砲さに欠けていたと思う。だからこそだ』

 

 何処でも良い。兎も角世界中を巡り、其処に自分の様な医者が必要な所があれば、助ける、という事をする、って言う話だ。本当に、当ても、目的も大分大まかなほとんどない様な、そんな放浪の旅だという。

 うん。正直言いたい事はある。そんな雑に誰かを助ける旅とか、色々大丈夫なんだろうかと思ってしまう。何処かへ向かうとか、何処へ行って何をするだとか。そう言う行動の指針を持たないといけないと思う。でも……先生らしいと言えば先生らしいと思う。

 

『ああは言った後で申し訳ないのだが。まぁ言ってそこ迄大変な旅という訳ではないと思う。緊張しすぎないようにしてくれ。緊張のし過ぎは健康上良くない』

 

 って言ってたけど絶対嘘だと思う。

 先生が言う大変じゃない、は『死ぬほどキツイ』の間違いじゃないかと思ってる。だって『ここでの滞在は為になる事の多い旅だった』と今回の一件を評価してるんだから。絶対に物事を測る物差しが壊れてるこの人。

 昨日は僕を脅す積りでちょっと強めな言葉を言いました、的な事なんだろうけど絶っっっっっ対に昨日言った感じが基本だと思う。

 

「その……キツかったらいつでも、俺達の所へ来い」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。先生が居ますし……うん。少なくとも死ぬことは無いと思います」

「そうか。そりゃあそうだな。あの人が居れば死ぬことは無いか。それを考えればまぁ頑張れる、か?」

「頑張りたいです」

 

 でも、その分。沢山の世界をこの人はズンズン巡り、色んな経験をきっとする。そこにくっついて行けば、きっと僕は広い世界を見て、大きく、大きく成長できる。父上がくれた機会だ。無駄にはしたくない。

 多分何よりも苦しいし、きついし、絶対に吐くくらいになって何十回と後悔する。なんだったら毎秒後悔して涙を流して『ついて行こうなんて言った僕を殺してくれ!!』ってなると思う。何となくそんな確信がある。止まるなら今だと思う。けど。

 

 若いころは苦労を沢山するものだと思うので、全力をかけて頑張ってみようと思う。

 それに……僕以上に、残る皆は、多分苦労すると思うし。

 

「そっちこそ大丈夫なんですか? アメリカの軍に編入されると聞きましたけど」

「降伏して身柄を預けたんだ。それくらいの事はする。何時か、自由に動けるようになってから国許に帰るんだ」

「……そうですね」

 

 多くのシラットの武人が、アメリカで働くのだという。皆が驚いたのは、何か事務仕事、等をさせるのではなく、普通に軍に僕らを引き入れた事……らしい。僕は、なんでそれが不思議なのかは分からなかったけど。

 曰く、普通は降伏した敵の兵士を、自分の軍にそう簡単に編成はしない、らしい。編成する事はあるけど、時間はかかるんだとか。

 

「流石は様々な人種が実力で活躍の場を勝ち取る合衆国、と言った所か。腕があれば元敵とは言え、幾らでも受け入れるらしい。懐が深い、というのか……なんというか」

 

 父上は、シラットの達人、という事で好待遇で迎え入れられる用意があったらしいけど断った、との事だ。前線で働くのが性に合っている、というセリフを聞いて、なんというか父上らしい、とは思った。

 

「親父さんだって、お前程キツくは無いから心配するな。安心して、苦労して来い」

「はい」

「――っと、そうだそうだ。忘れてた。お前の親父さんからコレを渡すように言われてたんだ。未熟者へのせめてもの餞別、だとよ」

 

 そう言われ手渡されたのは。一冊の……ノートだった。船に積まれていた、新品のノートなのだという。どうしてこんな物を。僕は別に、そこまで文字が得意だとかそう言う事じゃないんだけども。

 先生は筆まめ……というか、患者さんの記録を本当に多く取っていて、色んな言葉を知ってる博識な人だけれども。先生にそう言う事も習えって事だろうか。

 

「港から離れてから見ろってさ」

「はぁ。分かりました。ありがとうございます」

「ん、じゃあな。頑張って生き残れよ……いや生き残る事は確定してるか」

 

 それに苦笑だけ返して、先生に振り向いた。先生は……僕と同じようなノートを持ってそれを眺めていた。それも、確かこのノートと同じように、先生のお父さんから、先生に渡された物らしい。

 僕も見せて貰ったけど、半分どころか全く分からなかった。なんか凄い事が書かれてるなくらいの事しか分からなかった。先生曰く『これは人類の医の叡智そのもの。誰かに悪用されぬよう、自分がしっかり管理しないといけない』との事らしい。一体何が書いてあるのか、想像もつかない。

 

「先生、行きましょう」

「あぁ……いや、お父上にご挨拶は良いのかね」

「……多分、追い返されて終わりだと思うので」

「そうか。ならいいが……そのノートは?」

「えっと。父上からの餞別、らしいです。これに何か書けって事でしょうか」

「ふむ……筆記用具等、必要なら言いなさい。お父上から君の事を宜しくと言われているのでね。出来る限りの事はしよう」

「……え、いや、その」

 

 それって、一応ヒミツって事にしている筈では。それを言ってしまって良いのかな。

 

「お父上が目の前にいる訳でもない。なら余計な建前は誤解を生みかねない」

「もう全然気にせず言っちゃう、って事ですか……?」

「あぁ。それに家族とは仲良くするものだからな」

 

 まぁ気持ちとか色々分かるけど。でも、何だろう。物凄い色々と台無しな気がしないでもないんだ。これからこの人はずっとこうだと思うと、物凄い苦労するんじゃないかなぁと思ってしまう。

 

「……取り合えず、ノート見てみます」

「そうだな。それがいい」

 

 この気まずい……いや、気まずいのは僕だけなんだけども。それを払しょくするために取り敢えず、ノートを開く。真っ白なページが目に飛び込んで――来ると思ったら。

 違う、ノートには……黒い線が、しっかりと引かれているのが見えた。

 

「……何か書いてあります」

「ふむ、そうか」

「あ、興味はもってくれないんだ……えっと、なんだろう、コレ」

 

 それは……何かの模様、というか、絵だった。そして、何となくだけど見覚えのあるような形をしていた。それをじぃっと見て……気が付く。これは、シラットだ! シラットは、占領下で舞踊等に隠されて伝承されたとあるけど、間違いない。絵で描かれた舞踊の動きは、シラットそのもの。

 ――コレを僕の為に、と思ったら、少し目が、ウルっと来た。

 

「……どうしたのかね?」

「あっ……いえっ、なんでも!」

 

 このノートを無駄にしない様に、しっかりと型を練習しなければ。と思ってノートを改めてみようとして……ふと気が付く。絵だけではない。その絵の下に書いてあったのは、メッセージ。どうやら、英語のようだった。

 

「――これって……先生、コレ」

「どうした」

「先生に、見せる様にって書いてあります」

「そうか。では済まないが少し貸してもらえるかな」

「わ、分かりました」

 

 手元に持っていたノートを、先生が持ち上げて……そのページを見つめ、一瞬眉をピクリとさせてから。何ページか続けて、捲っていく。最初のページよりも残りのページは素早く、パパッと。

 暫くしてノートを読み終えたのか、パタンと広げていたそれを畳んでから……先生は僕の前にしゃがみ込んで、目線を合わせた。

 

「メナング」

「は、はい」

「一つ、質問したい事がある」

「なんでしょう」

「君は――シラットを極めたいと思うか」

 

 そう言われ……えっ、と返すしかなかった。

 一応、シラットに関しては父上から教えて貰っていたけど、もうこうなっては教えて貰えないだろうし。取り敢えず基礎訓練と、基礎のジュルスの型を繰り返す事で、少しずつでも鍛えて行こうと思っていたから。

 

「えっと、それは、そうですけど」

「分かった。ではお父上からの指示を実行するとしよう」

「えっ、えっ、あの、どういう事なんでしょうか先生」

「単純だ。これには、君を鍛えろ……というか、練習相手になってくれ、と書いてある」

「えっ!?」

 

 練習相手……僕の? 先生が?

 

「あの……し、死にませんか? 僕」

「何故だ。君を傷つける事は一切しない。安心したまえ」

「あ、いやそうか。先生がそんな事する……訳ないよなぁ」

 

 あんまりにも強いから忘れてたけど。先生って基本的に誰かを叩き潰したり、蹂躙するタイプの武人では無かったと思う。寧ろ全然傷つけていないし……あれっ、先生って改めて思うけどどんな武人? そもそも本当に武人?

 

「そもそも俺は相手を傷つける技を殆ど知らない……というか、体得していない。出来てサンドバッグが良い所だ」

「サンドバッグで良いんですか先生!?」

「――君のお父上に頼まれた以上、君も私の患者だ。患者の為であれば出来る事はする」

「そ、そうですか」

 

 ……というか、サンドバッグにしても、マトモに殴れる気がしないけど。でも、先生を相手に、この本に書かれた事を試せるなら。僕は、少しは強くなれるかもしれない。何時か達人への道を歩むのも――

 

「まぁ、サンドバッグについてはまた後程だ。先ずは……」

「先ずは何でしょうか」

「職を探さなければ」

「……えっ?」

「現状私達は無職だ。技能を生かして就職する事を先ず目標としなければ、俺は君を養う事も出来ない。とりあえず、近場で医師を必要としている所を探すとしよう」

「……因みに、先生って医師免許持ってます?」

「持っていない」

「やっぱりぃいいいいいいい!?」

 

 ……不可能じゃない、と。想いたかったり、する。はい。

 




……という事で、第一部、立身編。完!

第二部、達人編はまた改めて書き溜めをしてから投稿したいと思います。その間の妙手時代編に関しては、まぁアイデアが出たら、番外編のような形でちょくちょく、投降できれば、と思います。

では皆様、第二部か、妙手時代編かでお会いしましょう、それでは……そろそろ疾走しても、バレへんやろ(暗黒微笑)


最後になりますが。

ちっそ様 Othuyeg様 塩三様 ヴァイト様 Ruin様 幻燈河貴様 典善様
滝端 木周様 学生食堂様 weekend様 大自在天様 ささみあげ様
噛み砕かれた乳酸菌様 葵原てぃー様 寂私狩矢様 メイン弓様 一日様
御船悠一様 Agateram replica様 もこみちざね様 ちょっとした猫好き様
月見餅様 六四様 緒方様 路傍の案山子様 natuyuki様 あーるす様
もむもむ様 猫の宅急便様 taku様 v63様 ユナリギ様

誤字報告、本当にありがとナス!!


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第十九回

次は妙手編だと言ったな?

あれは嘘だ。


 永遠に戦い続けてもレベルアップしない実況、はーじまーるよー。

 

 メナング君がね。凄い努力して色んな所を探って、色んな依頼を取って来てくれたんですよ。マフィアをね、七つや八つ叩き潰して、なんか唐突に現れる刺客とかも引き潰して来たんですよ。凄いでしょ? もうそんな事をしてゲーム時間で軽く五年どころかそれ以上全然経ってます。

 でもレベルが上がらんのだよぉおおおおおお!! 妙手だ!! ずっと!! 実力が一定ラインから!! 上がらない!! 動かない!!!!

 

 妙手時代が長い、というのはもうなんていうか。悟っているというか。理解してるんですよ本当に。だからといってここまで苦労するなんて一体誰が思っていたというのか。考えたくも無かった。その代わりに大量に入った経験値でメナング君がモリモリ成長しております。いやー凄いですね。彼はもう妙手が見えてくるレベルです。

 とはいえホモ君は妙手の最上位クラスまで駆け上っているので、その実力には余りにもデカい差があるのは間違いないのですけど。どうしてそこまで行って尚、達人にはなれないのか……

 

 増えるのはレベルではなく刺客ばかり。マフィアの一つや二つを叩き潰した辺りから刺客が増えたんですよね。ドバっと。まぁ向こうから敵がやって来てくれる分には楽ですけれども全くレベルが上がらないのが地獄です。

 

『先生、新しい情報が入りました!』

 

 そんな中で、メナング君の諜報スキルの成長だけが大きな収穫です。ありとあらゆる場所に容赦なく潜入させまくりましたんで。ここ最近は、襲撃してくる敵の情報も探れるようになりました。しゅげぇ!!

 まーこのゲーム、情報はさり気に大事ですし。なんで新島総督が強いかって言えばそう言う事なんですよ。

 

 正直、やせいのたつじんならまだ良いんです。最大の問題として、このゲーム稀に『原作に居ない超人』が出て来るんですよ。えっ? 達人の間違いじゃないかって? いいえ視聴者兄貴、超 人 です。はい。

 超人の強さは皆さんお判りでしょう。そして、それが本当に天文学的な確率でも、突然刺客としてランダム出現するんです。フーッ! 悪夢だなァ!!

 

 因みに例を挙げるとすれば。闇人ルートで遭遇した久賀館弾祁先生の超人モードです。ランダム超人は完全にランダムな場合と、存在する特A級の達人を元にする二パターンが存在し、僕は後者に当たりました。

 その結果久賀館流の裏極意が究極進化し『真致・裏極意』なる物になって、全距離対応型打撃兵器へと昇華された唯の棒に撲殺(半殺し)されました。いやぁ、見事なレア具合とはこの事。無事ビッグロック送りになりましたね。

 

 そんな 超 人 クラスの情報を、メナング君は事前に知る事が出来るって言う。余りにもデカいと申しますか。もし化け物が来る、という情報を事前につかめて居れば、対応の仕様もあるという物です。

 

『こちらは中国ですね。ちょっと危険そうな依頼です』

 

 さて、そんな中でも、どうにかレベルを上げないといけない……ので。ちょっとここらでデカい依頼を受けてみるのも悪くないかもしれません。今メナング君が、丁度いい感じの依頼を持ってきてくださりました。

 依頼の場所は……我が魂の故郷(大袈裟) 中国でございます。こうして成長した今、改めて来ると、この国の側面は変わって見えます。

 

 中国は、実力があんまり高くない時代に来ると修行場所。実力が高まった時に来ると悪鬼羅刹が舞い踊る地獄の摩天楼と化します。まぁ悍ましきチャイニーズマフィア共の殺し合いに黒虎白龍門会と鳳凰武狭連盟の勢力争いが重なって混沌のるつぼ。そんな中に余所者の武術家が入り込むとどうなるか……これからお見せしましょう。

 

 という事で、依頼の人物がいる所に来ました。何方様かと言えば街の町長さんで、地域癒着型のマフィアと敵対して怪我したので治療してくれ、というのが今回の御依頼の模様です。因みに治療の依頼なのに、何故か妙手クラスの実力が無いと受注が出来ません。アレー不思議だねー?

 まぁそれもその筈、依頼文を読むと、現状が良く見えてきます。

 

 地元マフィアが、この町の反発に苛立って送り込んだ刺客で町長さんが負傷。そしてその刺客というのは……黒虎白龍門会の人物の模様。

 しかしこれに激怒したのが町長さん側。寧ろ刺客送り込まれてブチ切れない方がおかしいと思うんですけど。なのでその対抗措置とばかりに頼ったのが鳳凰武狭連盟です。

 鳳凰武狭連盟も。黒虎白龍門会の名前を出されちゃあ黙ってはいられない。良し来た任せろと言わんばかりに護衛の戦力を送り込んだ……

 その結果それを察知した黒虎白龍門会が連鎖でブッチン。鳳凰武狭連盟のメンツ潰しと無駄に抵抗した奴らへの『制裁』と言わんばかりに追加の刺客を送り込んで来た、と。

 

 で、現状はその合間にホモ君が挟まっている形です。

 これですよ。

 ある程度武術レベルが上がってからこの国に来ると、中国の二大武術組織の凌ぎの削り合いに普通に巻き込まれるんですよねぇ。依頼を受けなきゃいいんですが、経験値を稼がないという選択肢はこのゲームには存在しないので実質巻き込まれるのは確定って言う罠。

 しかもその刺客もそれなりに武術レベル高めです。ここまで来ると野生では無く、普通に敵として達人が出て来る事もあります。

 

 当然の様に治療だけで済むわけもなく、ホモ君も戦う必要があります。

 まぁ治療スキルが必要な依頼だけあって、依頼料もそれなりに高いので受け得ですし、強敵を倒せればレベルも上げるのにうってつけ。そして達人を討ち果たせばしっかりと経験値にもなる。うっはうはやで!

 

 まぁメナング君にとっては些かどころでは無くレベル違いの依頼ではありますが、まぁ道中の露払い位は任せても良いでしょう。道中の雑魚でも今のメナング君にはちょっと重いレベルの敵ですので、レベルアップも早いので。

 ここは梁山泊曰く『何時か生死の狭間でみっちりと修行を付けて貰った事に感謝する日が来る』との事で、心を鬼にして谷底へ長老式バックドロップ。

 

 ……とはいえ、流石にどんな敵が来るかも分からない、はちょっと危ないので出現する敵の情報は改めて見ておきましょうか……おや?

 敵の情報が開示されてますね。

 これは珍しい。今まであった事のあるキャラクターが敵に出て来ると、ステータスが開示されて出て来るのですが、一体……中国……はっ! まさか! おおホモが友よ! まさか君は黒虎白龍門会の一味として……!!

 

『エネミーデータ:慧 烈民』

 

 なんだ烈民か(落胆) ったく……槍月師父に会わせろってんだ……クソがよ……

 まぁ良いです。彼も丁度達人になっているようなので……待って達人になっとる!? 嘘やん、コイツ何時の間に……! 流石に原作では特A級の達人クラスになっただけはありますね。

 

 なんて言っても、まだまだ達人の幕下レベルではありますが。今の烈民はアパチャイさんより年上。それでもアパチャイさんより格下、って言う時点で器が知れます。

 

それでもケンイチ世界では普通に油断している所をぶち殺されるので気を付けておきましょうか。ケンイチ世界で恐れるべきは何よりも油断ってそれ一。

 

 という事で、今回のお相手(副産物)は、れつみんくんとゆかいな黒虎白龍門会のなかまたち、です。凄まじく血なまぐさい相手ですが、まぁホモ君の防衛能力なら乗り越えられるでしょう。

 それに、コレを乗り越えさえすれば……大きなご褒美が待っている、と思いたいので。

 

 気張ってシバキ倒す……事は出来ませんが、まぁ攻撃を捌いて行くとしましょうか。

 大戦、よろしくお願いします

 




妙手時代編を書こうとしたら、様々な危険地帯にホモ君が殴り込んで、只管治療するという単調な作業になったので。一気に原作(過去編)辺りの時間軸迄跳びました。お久しぶりです。

とはいえケンイチ世界の正確な歴史の流れとかはまだ分からないので……年表とか欲しいなぁ俺もなぁ。


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第十九回・裏:嘗ての因縁 前編

「無理です先生故郷に帰らせてください!」

「ダメだ。私は君をしっかりと育てる義務がある」

「あぎゃぁぁあああもう無理ですって限界限界!」

「大丈夫だ。君はこのレベルであれば突破できる。私は、こうして逞しく育った君の事を信じている。きっとできる。自分を信じたまえ」

「信じきれません!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ……正直、悪夢みたいな光景だ。

 目の前の相手が、多分全員自分と同じ位強い。それが、いったい何人くらいいるのか。もうジュルスを味がしなくなるまで擦った気がする。なんだったら先生との特訓で編み出した回避重点のジュルスなんて擦り過ぎて煙が出始めてる。多分。

 でも先生は、真っすぐに私を見て『大丈夫、やれる』と曇りない目で見てくる。

 

「ええい、気持ちの悪い動きで翻弄しよって……!」

「き、気持ちの悪い!? 失礼な、れっきとした武術だぞ使っているのは!」

「これだけの数の敵に当たって、ではなぜ掠りもせぬ!」

「防御を只管に学んでいるものでね!!」

 

 恐ろしいのは……先生は本当に加勢しないという事が分かってしまった。多分、やれると思って僕を信じているから。そして先生の信頼は、きっと間違ってない。誰よりも『患者』の事をよく見てるのは、ずっとこうやって修行してきて、私が一番知ってる。

 実際の話、分かっている。多分、私がひーひー言いながらもう自分が擦り切れる位の限界を尽くせば、多分勝てない事も無い。そんな気がする。先生との特訓は何時もそんな感じだ。

 

『限界ギリギリを引き出すやり方は劇薬だが、しかし。それも用法用量を守れば決して悪いモノではない。苦しいだろうが、私を信じて頑張り給え。メナング』

 

 ――先生は、出来ない事は絶対に言わない。

 

「いい加減に……っ!」

「――っ! そこだ!」

「なにぃっ!? げぼぁっ!?」

 

 だから……正直、心底怖いし、辛いのは間違いないし。自分も信じられるかと言えば正直微妙だけれど。だけれども……先生がやれる、というのであれば。その言葉だけは。信じられる。ならば――

 

「――っはぁ……き、きつ……」

 

 ――本当に勝てちゃったのだから、いや実際の所正直……今、今スッゴイ……びっくりしてる。どうして勝てたんだろう。いやキツイどころの騒ぎじゃない。息も絶え絶えで、本当に。多分、これ以上どうしようもない。無理。

 でも取り敢えず、大きく息を吸って……終わってから先生を見れば。先生は、ほんの少し、ほんの少しだけど。笑顔を浮かべて、頷いてくれた。

 

「――流石だ」

「あ、ありがとう……ご、ざい……ます……あふぅ……」

「まだ動けるか」

「は……なん……とか……」

「ではそこに転がっている彼らを運んで、下がって居てくれ」

「へ、へぃ……へぃぃぃいいいい!?」

 

 そして、相も変わらずに鬼だった。悪鬼かもしれない。

 

「い、いや、せんせい……もう、もう、ミリも……」

「ここから先は私が相手をする。君や、床に寝ている輩がここに居ては、更なる大怪我を負う可能性もある」

「へ……?」

「君も言っていただろう。向こうには、達人クラスの敵がいる、と」

 

 ――その瞬間だった。

 ゾクッとする感覚が背筋を駆け抜けた。唐突に。あんまりにも唐突に。さっき迄、無かった筈の物が、唐突に現れた。荒れていた呼吸が、無理矢理に、引き締められた。

 何かが居る。とんでもない、巨大なナニかが。現れたんだ。後ろに。

 怪物の如き何かが……ここに。

 

「……っ」

「ゆっくりさせたいのは山々だが……君を殺させるつもりはない。急ぎたまえ」

「……はいっ……」

 

 急いで床に転がっている人を抱え上げて、この場から退避し……ちら、と後ろに見えたのは、先程居た空間に、まるで唐突に現れた筋肉隆々の男。

――いいや、違うとその時になって気が付いた。唐突に現れたんじゃない。きっとアレは最初から近くに居て。自分の存在感を解き放っただけだ。気配をあそこ迄、上手に消せていたなんて……私にはきっと出来ない。

 とんでもない化け物だ。間違いなく達人級(マスタークラス)と呼んでいい。

 

「――先生」

「問題ない。それと……」

 

 だけど。

 化け物、というのであれば、先生も大概だ。何より。

 先生は欠片も慌てていない。であれば、その弟子……弟子……弟子ではないけれど。その教えを受ける者として。自分が慌てていては、それこそ情けない。

 

「くれぐれも患者を頼む」

 

 信じようと、頷いて。

 疲れた足に鞭打って。倒れた刺客たちの元へと歩みを進めた。

 

 

 

 

「これで、全部……」

「先生は、本当にこやつらも治療するというのかね。私達を、襲った輩を」

「――えぇ。先生は、何よりも、誰よりも……お医者様ですから」

 

 そう言って、怪訝な顔をする町長さんの言い分も、分からないではない。でも……先生はそう言う人だから。ここまで、この世のどんな医者よりも強く、気高く、そして。逞しく生きてこれたのだと思う。

 だから――心配はしてなかった。

 不安が無かったと言えば嘘になるけど。それでも心配は、無かった。

 

「ふふ、以前とはボクの力も桁が違うと……言った筈だけどねぇ?」

「どうやらその様だ。動の気の昂り方は、私より一つ格上か」

「君を殺す為に腕を磨いたのさ。喜んで欲しいなぁ~?」

 

 ……今、こうして戦場に立つまでは。

 先生の頬に。赤い、筋が走っている。恐らく、一発掠ったのだろう。もしかしたら貰ったのかもしれない。しかし信じられない。あの、守りにかけては人並み外れたどころか砦の如き堅牢さを誇る先生が。一発貰うなんて。

 これが……これが達人級(マスタークラス)。先生ですら、凌ぎ切れない事があるなんて。信じられなくて自分の目を疑ってしまった。

 

「――先生!」

「問題ない。メナング、良く見ていたまえ。見る事も、学びの一つだ」

 

 しかし、そんな僕の不安などよそに。先生は酷く落ち着いていた。自分の守りが突破された事に何も、狼狽える様子を見せていない。というか、ここまで落ち着いていつも通りだと寧ろこっちが『少しは焦って下さい!』と言いたくなる。

 

「余裕かな?」

「いいや。私より格上の相手だ。余裕などない。だが」

「……だが、なんだね?」

「焦っても状況が好転する訳ではない。ならば、焦らないのは基本だ」

「ふぅぅぅ……君のそう言う、余裕ぶったところが僕は、ね……大層嫌いなんだよ!!」

 

――スパパパパパァアン!!

 

 先生の腕が幾度となく閃き。相手の腕を迎撃する。()()()()()()()()

 その景色に、ゾッとした

 

 今の先生の動きと、僕の練習相手を務めてくれる時の先生の動きと比べて、動きに絶望的なまでの差が存在する事。以前の動きよりも、更に、更にその守りの堅さは増しているだろう事は、分かる。

 だが……それ以上に、先生が今、一歩下がった事に、寒気がした。

 守りの鬼、不動にて相手の攻撃を全て凌ぎ切っていた先生が一歩、下がったのだ。

 

 格上という言葉は、嘘ではない。本当の事だろう。

 

「だが余裕を見せた所で、ジリ貧なのは確定的だね」

「今は確かにそうかもしれないな」

「今は? ずっとさ。この差は、埋まらない」

「決めつけるのは早い。君を相手に、少しずつ学習していた所だ」

「――学習?」

 

 だけど。

 それでも先生は、表情を崩していない。寧ろ……余計に、その顔に、その瞳に。光さえ見える気がする。

 

「君は、察するに『動』の武術家だ」

「……あぁ、そうだけど」

「今まで会って来た武術家というのは、どうにも参考に出来ない人が多すぎてな。プレーンな『動』の武術家というのは、サンプルとして最適だ」

「一体何の話をしているんだい?」

「自分の運用する気の基礎を学ばねば、応用には至らない、という事だ」

 

 そう言って構えを取る先生に……男は、声も立てず、ニヤリとただ笑った。相手を虚仮にした、嘲笑的に。

 

「何を言っているのか分からないが。まだボクを止められると思っている事だけは分かる」

「止められない事はないだろう」

「いいや、不可能だね。君は死体になるからなぁ!!」

 

 繰り出される拳は、小刻みで、鋭く、そして真っ直ぐ繰り出されている。拳での連打を目的とした武術なのは明らかだ。しかし、その手数は……私や、さっきの刺客とは比べるべくもない。達人級なのだから当然だけど。

 だが、それにしても。手刀や、掌打を混ぜる、という訳でもなく。徹底して拳を握りしめて只管殴っているのは……そう言う武術なのだろう。

 

「君と、馬 槍月に敗北したあの日から……腕を磨き続けたんだから。何時か、君達をぺちゃんこにする為にねぇ~」

「ふむ、素晴らしい向上心だな」

「お褒めにあずかり光栄だねぇ。とはいえ、君を相手にして、些か努力しすぎてしまった気がしないでもないんだ」

 

 そんな武術家と、先生は戦った事があるようだ。

 先程から、会話を聞いてみてわかったのだが。先生と相手の達人はどうやら知り合いらしい。初耳だ。相手の話をしていた時に特に反応等をしていた訳でもなかったけど。

 まぁ、それは無表情な先生らしいと言えば先生らしいが。

 

「君は馬 槍月へ挑む為の試金石として認識していた。もし何時か巡り合う事があれば君を基準として彼の実力を考える積りでいたんだが」

「――ほう」

「こうしてボクに圧されている君を見ていて……彼にもそう苦戦しないんじゃないかなぁ~なんていう、予想を立てているんだよぉ~?」

 

 しかし。そこには……私の知らない、壮絶な事情があったのかもしれない。僕は先生の過去を知らない。でも、先生はあんな性格だし。

 相手の強さは、正直な話、私からすれば想像の遥か外だと思う。今も、先程と変わらず一歩ずつ後ろに圧されていっているのが見える。それでも、何時だって、患者の為にああして、全く逃げずして真っ向から敵と向かい合う。

 

そんな風に曲がらず、折れず、突き進んだ結果。何が起きても、私は不思議には思えない。

 

「どうした? 大口を叩いておいて、全くさっきと同じ展開の様に見えるがぁ!?」

「……」

「まぁいいこの程度なら。馬 槍月も叩き潰すのに苦労する事も無いだろうなぁ!! それとも真面目に訓練しすぎてしまって、ボクが強くなりすぎてしまったのかなぁ!?」

 

 ――だけど、そんな中でも。

先生の姿を見ていて一つだけわかった事があった。

 

「――二つ」

「んん?」

「訂正させて――もらう!!」

 

 ソウゲツ、という名前を耳にした時――先生は少し、ほんの少しだけ、ピクリと反応していたし。そして。

 

「なっ、弾きっ……!?」

「一つ。同じ展開にはならない。()()()()()()()。動の気のおおよそは把握し、もう私の手によって運用の方法も見当が付いている。そしてもう一つ」

 

 そのソウゲツを倒すのに苦労はしない、といった時。明らかに先生から、圧力というか。何か、荒々しい物を感じた気がした。

 恐らくだが、先生はきっと……怒ったんだろう。そう言われて。

 

「そ、それに……なんだ、この、妙な……圧力は!?」

「――馬 槍月は貴様程度に敗れる男ではない。私の友人を舐めるな。無礼者」

 

 そのソウゲツという人が。大切なんだろうという事は。

 外野から見ていた私にだって、分かった。

 




久々に書いてみると書き方を忘れている気がする。
思い出さなきゃ……(使命感)


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第十九回・裏:嘗ての因縁 後編

「馬鹿な、動の気を……これだけ練り上げて……本当に成長したとでも言うのか!? この、この短時間で!?」

「これで条件は互角だ。慧 烈民」

 

 先生の体から溢れ出すあの威圧感は、前に見せて貰った『動の気』という奴だと思う。その時、一緒に説明して貰ったのだ。

 

『君が極めようとしている『静の気』とは対極に位置する気の運用の事だ。リスクを伴うがそれに見合った身体能力の強化が期待できる方法でもある……が、当然身体的なリスクなど私は勧めない』

『そ、そうなんですか』

『……しかしそれでもコレを解説するのは、気に対する理解を深める為だ。理解を深めれば、それを体得する事に繋がる。故に、これに関して私が知っている事を出来る限り説明する』

 

 その中で先生に教えてもらった事は多いけれど。一番驚いたのは、そんな攻撃的な気の運用を先生が使っている事だった。話を聞く限り、静の気の方が、先生には合っている気がしていたのだが……曰く。

 

『個人の戦い方と、何方の気が向いているのかは必ずしも合致しない。私はたまたま、動の気を発動出来た。その素養があった……それだけだ』

 

 それでも、動の気をまだまだ極めているとは言えないが、と最後に付け加えていたけど。

 しかし今、感じているそれは……以前よりも、なんだか……穏やかというか。いや荒々しいとは思うので、穏やかは可笑しいのかもしれないけど。

 なんだか、洗練されているというか。

 

「くっ……だからどうしたというんだ!!」

「――」

 

 それを当然、相手も感じ取っているんだと思う。無数の拳が、浴びせかけられる様にどんどん飛んで来る、けど。

 先生は、それをやはり掌で捌いて、受けて、弾いて、捌いて。さっきの展開と同じだ。同じだけど……でも、少ししてから、その明らかな違いが見えてくる。

 

「な、ぐ、この……貴様っ!」

「問題はない、といった筈だ」

「ふざけるなっ、こんな、こんな、気の一つだけで!」

 

 先生が、圧されていない。下がっていない。全く退かない。全ての攻撃を四方八方に完璧に逸らす……そんな、何時もの先生の姿があった。

 こうなると恐ろしいのだ。ずっと相手にしている私だから分かる。まぁ崩せない。ずっとピクリとも動かない。無力感が半端なくなってしまう。いや本当に。先生を相手にする特訓は……本当に。

 

「……っ!」

「気の一つで戦況が変わる事は、武術家の君が良く分かっていると思うのだが」

 

 この勝負、今完全に、先生が主導権を握った。気圧されてる。一度こうなってしまえば後は根競べ。そして……根競べなら、先生は絶対に負けない。あのティダードの地獄の戦いで全くへし折れなかった人だ。心の強さが違う。

 

「どうする。撤退するのであれば、それが一番ありがたいのだが」

「……く、くくっ!」

「?」

「撤退、撤退だって? 面白い事を言うじゃないか! えぇ!? ボクが勝つ道筋は幾らでもあるというのになぜ逃げる必要がある!」

 

 しかし、それでも相手の目は、全く死んでいない。拳を握ってる。

 私にだってわかる。相手は焦っているのは丸わかりで、そんな相手の攻撃を受けて、先生は一歩も退いていない。先ほどとは状況が変わった。だというのに。

 勝ち筋がある、なんて。

 

「確かに、君の守りは堅牢だ。認めよう」

「……」

「だが、それだけだ! ボクを一切攻撃しない、そもそも守りしかしない! 以前からそうだったな……相手の攻撃を全て捌き、一切反撃せずして、粘り勝つ……そんな温い、甘い戦い方では、ボクは屈しない!」

 

「君が反撃してこないのであれば、幾らだって撃ち込んで良いんだ……何時か光明だって見えてくるだろうからなぁ!!!」

 

 ――成程。

 確かに先生は、攻撃はしない。それは間違いない。

 攻撃しない相手には恐れることなく、只管突貫が出来る、というのは間違いない。

 

とはいえ、それは自ら患者を増やす事等、医者としては絶対に許されない、という医者としての覚悟が決まっているからで。正直、偶に『馬鹿なんじゃないかなこの人』って言うレベルで頑固だ。

いや……時々じゃない。何時もだ。心がどうなっているだろうって言うレベルでヤバイ。普通に大きな組織が相手だろうと、誰に止められようと患者が居れば止まらない。

 

 つまり、まぁ……幾ら攻撃をしなかろうと、殴られっぱなしだろうと、後ろに患者がいる以上は、先ず先生は折れない訳で。

 

「……可哀そうだなぁ、あの人」

 

 凄い失礼な事を言っているのは分かってる。でも、相手は本物の……いや、こっちの方が失礼かな。でも事実だし……うん。狂人だから。

 幾ら黒虎白龍門会、という恐ろしい組織の刺客でも、先生以上にイかれてるとは到底思わない。恩人に何て言い草だ、とは思わないでも無いけど。でも多分気にしないあの人。

 

 ――なんて思っていた、自分が甘かった。

 

「成程。であれば、全力で打ち込んで来ても構わん」

「――何?」

「私は邪魔をしない。攻撃をしないからな。安心して渾身の一撃を打ってくれ。幾らでも気を練るなりしてくれ」

 

 まず口火を切ったのは、先生の信じられないお言葉。幾ら僕だってどんな無謀な事を言っているのかわかる。相手の渾身の一撃なんて、先ず受けたくないのが普通だと思う。なのに幾らでも溜めて良いなんて。

 先生の守りを信じていない訳ではないけど……万が一がある。

 

「――舐めているのかね?」

「いいや。そんな事は一切ない」

「ふざけた事を……だがいいだろう。確かに妨害されないなら、好き勝手にやり放題だからねぇ。ペシャンコにしてあげよう!!!」

 

 だけど僕が先生を止める前に既に男は拳を構え……ゴヒュゥゥウ、と重い呼吸を一つ。その直後にグググっと、一瞬筋肉が盛り上がったように見えた。

 その目の前で、先生も一つ、対抗でもしてるみたいに大きく呼吸をしながら、腕をぐるりと円の動きで四方に回している。全くもって相手の事を気にしてない。

 

 肌に感じるこの威圧感。

 二人の間が歪んでいる様に見える。これは……幻覚なのか。それとも。

 

「――こりゃあ、ペシャンコだね」

「試してみろ」

 

 心臓がドキドキする。

 間違いなく双方の全力だ。少なくとも今の僕にとっては、相当に先の次元……参考になるかどうかも分からない。

そんな戦いが今――

 

「翻子八閃打!!!」

 

 ――始まった瞬間。無数の破裂音が響いて。

 

 一瞬の間だった。私の目が追いきれていない。見れたのは何発かの拳の幻影だった。マスタークラスの拳というのは、これだけのスピードなのか。これだけ化け物染みた動きをするのか。余りにも遠い世界だという事を否応なく自覚する。

 だが……結果は、明らかだった。

 

「――」

「……」

 

 先生は倒れていない。そして、その場からピクリとも動いていない。傷を負っているようにも見えない。凌ぎ切ったんだ。先生は。あんな私には見えない程の拳を。流石先生だ。全く桁が違う。

 それは、先ず凄いと称えるべきだけど。それよりも不思議に見えてしまうのが……

 

「……そ、そんな……バカな……」

 

 攻撃を凌ぎ切られた方。慧 烈民の方だ。

 ……全力の攻撃だったのだ。それを凌ぎ切られて、ショックだったのは分かる。でも。

 

「どうして、あんなに……」

 

 先ほどまで、先生を殺してやるという気概に満ち溢れていた相手が、急に風船がしぼむ様に殺気や何やかやを薄れさせて……膝を突いている。あの一瞬に、若干老けてしまったように感じる程、覇気がない。

 それを見て……先生は驚いていなかった。先生が無表情なのは何時もの事だけど、それにしたって、あの変容ぶりを見て何も反応しないというのは。

 

 それとも……想定通りだった?

 

「――すまない。こうするしかなかった。これが通じるという事は……やはり君はちゃんとした達人だったのだろうな」

「……」

 

 烈民は、何も返さない。

 

「医者として、許されぬやり方をした、と思っている」

「……」

「俺からせめていえる事と言えば。健康に気を付けて生きてくれ、という事くらいだ。武術の前提は体が健康である事だからな」

 

 そう言って、先生は此方に踵を返して来る。

 それに……地面に伏せた彼は、何も反応しない。呆然としているまま。決着は付いたようだが、何が起きたか、此方にはサッパリ分からない。取り敢えず、先生に駆け寄った。

 

「……勝ったんですか?」

「あぁ」

「何が、あったんです?」

「単純な話だ。強制的に降参させた」

 

 ……全く分からない。

 

「具体的な話をすれば『もう俺の守りは突破できない』と示しただけだ」

「ど、どうやって」

「先ほど、拳を交わした時に。メナング、『技撃軌道戦』という言葉を知っているかね?」

「ぎ……?」

「簡単に言えば、達人同士の読み合いの事だ。相手の動きを先読みし、目に見えない仕掛け合いをする……けん制合戦の様な物だよ」

 

 なんだか凄い話をしている気がする、が。要するに私では到底できない事なんだろう事は分かった。

 

「そ、それで?」

「それを応用した。それだけの読み合いの技術があるなら。自分の拳が受けた感触次第では自分の実力と、相手の防御を比較し……どうしようも無い事を悟れるのではないか、とな」

「えっ、出来るんですか、そんな事」

「それ故に、相手に全力を出すように伝えた。普通の攻撃であればどうしようもないがしかし……自分の全力を受けきられた時の衝撃というのであれば、話は違うかもしれない」

 

 ……確かに。

 自分に照らし合わせて考えてみる。自分の全力も全力をぶつけて、それでもどうしようもなかった時……自分は、諦めないでいられるだろうか。武術に真剣に向き合って居ればいる程、そのショックは大きいのかもしれない。

 

「それを、やったんですか」

「――俺が出来る全力を費やしたつもりだ。結果は、あの通りだが……正直、心苦しい」

「心苦しい?」

「……心に傷を付けるやり方だ。医者のする事ではない」

 

 そう言った先生の顔は……とても、とても沈み込んでいる様に見えて。

 先生は、誰かを傷つける事を良しとしない。それは、心もそうなのだろう。だからそこをへし折る様なやり方をしてしまったのが。許せないのだろうか。

 

「――ふふ、そう言えるだけ貴方は大分マシな人間だ」

「……っ!?」

 

 そんな所に。

 ふと、上から降って来た、見知らぬ声。

 

「だ、誰だっ!」

「ん? あぁ済まない。自己紹介が遅れたね――鳳凰武狭連盟からの援軍だ」

 

 そして……その直後に上から降ってきたのは、小柄な男性。多分、僕と余り身長も変わらないのではないだろうか。私の目線ではあるが、多分。整ってる顔立ちだ。頭にかぶった帽子を押さえながら、私の前でゆっくりと立ち上がる。

 アジア人系のその男性に、先生は一瞬、目を剥いた。

 

「――剣星殿?」

「お久しぶりね。ホーク殿。相変わらずで嬉しい」

 




岬越寺師匠が、武人としてガイダルに負けを認めさせた奴の残酷バージョン。


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第二十回

 勝利した結果、鳳凰武狭連盟と仲良くなった実況、はーじまーるよー

 

 私、前回からいよいよもって達人を撃破した訳ですが……そのお陰で、遂に。遂に! 『気の掌握』まで至りました。烈民君感謝。

 気の運用系スキルの最高峰、当然ながら能力補正も高まりますが、何よりもこの先の道への道のりとそして。あー出ました! ある一定の数値、及び得能を獲得した事で遂に。一定ランクへの到達を祝し、ゲームからとあるスキルが授与されるんですよね。これが、コレが気の掌握の最大の利点ですよ!

 

 そう、この金得……『達人』!!

 

 いよいよです。いよいよ到達ですよ。いやぁ妙手時代が長かった本当に。普通に十年以上はやってましたよ。一番辛く不安定な時期と称されるこの期間でしたが、実際ホモ君の武術家人生の中で、現状ではこの期間が一番長かったりします。

 まぁここからは達人の人生が長々と続くんですけど。プレイヤーに操作された以上、諦めるという選択肢は存在しないのであきらめて欲しいです。

 

 で、この金得『達人』の力は単純明快『全ステータスの上昇』です。その上昇値は他の得能とは一線を画する物で、特定のステータスの上昇だけであればこれ以上は幾らでもあります。ですが、全ステータスに補正が掛かり、且つここまで大幅な上昇を持つ金得はこれだけなのです。

 

 これにより、いよいよ全てのステータスが達人にふさわし……ふさ……ッスゥゥゥウウウウウ……ンンンッ!!!(咳払い)

えー、はい。防御だけですねエグイ数値になったのは。攻撃面はなんとこの金得を含めても尚ぎりっぎりで妙手に至れるかどうか。ク ソ 雑 魚 ナ メ ク ジ。

 ま、まぁそれを踏まえても防御の数値は既に、その一段階上の『特A級の達人』クラスまで上がっています。総合的に見れば、達人クラスまで成り上がっていると言えるでしょうね。喜ばしい事です。

 

 そして、慧 烈民を退けた事による恩恵はまだまだあります。それが今、私が受けようとしているクエストである『鳳凰武狭連盟と友誼を結ぶ』という物になります。

 黒虎白龍門会をシバキ倒して明確に敵対を示した後、剣星氏と面識がある状態だとこのクエストが発生します。このクエストは受注するだけでクリアとなり、そして大きな報酬が手に入ります。

 

 このゲームには『組織』という物があり、所属していると色々なサポートや能力を得る事が出来ます。

 で、幾つか組織が存在するのですが、その殆どはアライメントによって所属できるかが決まり、所属した事でアライメントが寄る事もあるので、まぁ……という話になるので。クリアの為にはホモ君は基本的にどこにも属さない一匹オオカミ。という事になるのですが。

 

 しかし、そうではない組織も存在します。

 その一つが鳳凰武狭連盟で、組織自体はアライメント活人拳よりなのですが、しかし中国武術を率いる巨大な組織の一つとして、まぁ真っ当に活人拳をあんまりやれないのか。はたまたそこの長が代々黒虎白龍門会のトップを何人もぶち殺しているからか。実は活人拳では無くても所属できる、活人拳側の稀有な組織としてこのモードでは重宝されます。

 

 因みに国連とかFBI所属の達人とかも、アライメント関係なくなれますがまぁこれは蛇足といたしまして。

 

 で、鳳凰武狭連盟の何が良いかって、所属してるとメナング君とかに沢山の情報が入ってくるんですよね。つまり受けられるクエストの数がまぁバカみたいに増えたりします。鳳凰武狭連盟を通さないと受けられないクエストも受けられる様になるのがデカいです。新島総督も情報は武器って言ってたし多少はね?

 それと、鳳凰武狭連盟と友誼を結ぶと、馬 剣星師父と友誼を結ぶことも出来ます。まぁ殺人拳のアライメント以外はですけど。まぁ殺人拳でも上手い事やれば結べますよ?

 

 という事で、馬兄弟と友人関係になる事が出来ました。これが一番デカいです。マスタークラスの友人が二人いる、というのは心強いですね。とはいえ槍月師父の方が友人のクラスとしては上ですけど。

 

 それは兎も角。

 鳳凰武狭連盟の具体的な説明をすると、圧倒的な組織パゥワを誇る中国に根を張る組織で、その最大の特徴として、各地の中華街にてサポートが受けられるようになり、それと医療スキルが身に付き、医療系スキルを持っていると補正が入るようになります。結構良い効果ですね。

 因みに『梁山泊』所属になると、各政府(表)からサポートが受けられ、死んでも『蘇生』サポートを高確率で受けられる上、梁山泊の達人たちからの援護が受けられます。後キャラクターの成長に補正が入ります。

 『一影九拳』所属になると、各政府(裏)からサポートが入り、各『武術』系スキルの成長に補正が入るという唯一無二の効果があります。後、稀にですが『八皇断罪刃』に協力して貰えます。

 

 ……アレ? 鳳凰武狭連盟って、効果、地味……?

 まぁそうなんですよね。所属しやすいからこそ効果も相応のモノになっているんですよね本当に。なので、基本的に中国を根城にする達人とかじゃなければ、まぁ途中まで所属して抜ける、という足場のヨッシー的な使い方をされるんですけど。

 

 しかし。このプレイだけは別。国連とかいう所属難易度馬鹿みたいに高い場所を除けば、ホモ君が所属出来る組織の中では相当に強力なサポート効果があります。

 ホモ君の医療技術を高められるうえ、更に世界各地の中華街でもサポートが受けられるという余りにも大きな効果。誰だ地味とか言ったのは。私です……いやホント。このチャートを組むまでなめてました。ホント。

 

 しかし、この鳳凰武狭連盟に所属した事で……漸く、漸く、足がかりが出来ました。そう日本への!!

 

 皆様お忘れかと思いますが、ホモ君は当然の様に『 無 免 許 医 師 』です。技術とかは高いし、そこら辺の医者なぞ足元にも及ばない位には患者を救っておりますがそれでも尚、学校にも行ってませんし、何だったら最初から裏社会まっしぐらですし。

 で、日本では海外と違い、基本的に無免許は信頼してもらえません。職も手に入りません。流石法治国家の極み日本。裏家業の人間に厳しい。ゲームでもその辺りは厳しく、日本で真っ当に働くには『○○の資格』系の青得が必要になります。

 

 安定択を捨てたからこそ、こう言う色々なハンデと申しますか、そういうのもありますがしかぁし!!

 鳳凰武狭連盟に所属した事で、無免許医師でも技術を買って貰って、中華街で仕事をする事が出来たり、中華街に通っているお医者様に(無免許でも!)紹介をしてただく等、生活のサポート面が厚いんですよね。

 

 そして、日本と言えばケンイチの舞台。そろそろケンイチの過去編の時間軸辺りになっていると思われます。様々な因縁が起こり、本編に繋がる大切な時期です。そこに介入するのなら、ここで日本に渡って置くのは必要な事になります。

 

 先に申し上げておくと、別に武人列伝モードをクリアするだけなら、本編に介入する必要は無いです。

 このモードは一人の武人の生涯を体験するモードなので、死ななきゃ安いです。

 

 しかしながら、いつどこでとんでもない化け物に絡まれるか分からないこのゲームにおいて、クリアする=出来るだけ強くなる事です。強くなるのであれば、本編に繋がるクエストをクリアするのが一番経験値的に美味しいので、クリア率を上げるためにも本編へと向かうのは必須です。

 

 という事で、鳳凰武狭連盟の助けを借りつつ、ここからは日本で活動していく事になると思います。さぁ、本編にホモの牙を喰い込ませてやるんだよ。あくしろよ。

 




アライメントは絶対に寄せないという誓い。
鳳凰武狭連盟自体が中国拳法という広い武術を扱う大きな組織なので、活人拳側に完璧に寄る、というのは難しいと思ったので組織の属性は中立的な扱いに。


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第二十回・裏:ある組織について 前編

「はいやぁ!」

「――」

「いやぁっ!」

「……ふむ」

「……ぱぱっ! このひとなに!? てごたえがきもちわるい!」

 

 あの、そう言う言い方は出来れば止してあげて欲しい。先生も人の子だし、普通に傷つくと思う。いやまぁ厳しい

 隣を見ると、何処かで見たかのような感じで頭から地面に突っ伏しているアジア人の武術家……鳳凰武狭連盟の責任者、馬 剣星さんが。彼女のお父上でもある。

 

「……れ、連華……幾らなんでも気持ち悪いはダメね! 折角お願いを聞いて貰って、稽古の相手をして貰っているというのに!」

「だって! なんか! なんかすべるの! つるって!」

「ああいや、気にしてはいないから大丈夫だ剣星殿」

 

 ――先日、慧 烈民を退けた後。

 

 その場に到着した剣星殿に『遅れて申し訳ない。そのお詫びと、我々の仕事を済ませてくれたお礼に、招待を受けて貰えないか』という話をされた。常に患者を探してる先生がそんなの受けるかなーと思ったら、普通に受けた。

 ……いや、ここで患者を探して居ないかと言えば、何時にも増して凄く患者を探して居るのだけど。鳳凰武狭連盟の武芸者の皆さま相手に、先生はいつも以上に辣腕を振るっているのは間違いない。

 

 今は、剣星さんの頼みを聞いて、ご息女の馬 連華ちゃんの相手をしている。

まだ齢二桁の半分に行くか行かないかだというのに、とても良い動きをしている。私はアレくらいの時どうだっただろうか。いや止めよう。哀しくなるので……兎も角として。

 

「全くもう!」

「あははは……ご息女、本当に元気ですね。動きのキレも良い」

「いやぁまだまだ。甘い所も多いね……」

 

 中国最大規模の武術組織。鳳凰武狭連盟の責任者とどうして知りあいなのか。先生は、『剣星殿とは少し諸々の事情があってな』としか教えてくれなかった。

 分かっているのは。先生が、ただ招待を受けた訳でもなく、剣星殿も何か意図があって先生を招待したのだろうという事。お二人きりで、幾度か話しているのを見た事がある。そこで何を話しているのかは、知らないけれど。

 

『――友達について。少しな』

 

 私が知っているのは、それくらいの物だ。

 

「見事、というのであれば、君の方ね。この歳で良くぞそこ迄」

「あ、あはは。良い師と、医者に恵まれておりますし……」

「確かに。彼は本当に良い医者で、良い武人でもある。ここで過ごしている間に、分かった」

 

 だからといって、隣の人に聞いてみよう、とは思えない。中国全土で幅を利かせる鳳凰武狭連盟の最高責任者相手に。

 ……しかし、意外と言えば意外だ。中国武術の頂点に立つお人が、失礼ながらこんな小兵とは。私でも、力づくで抑えられるような。それくらいには。

 

「そして、良き師でもあると思うね」

「――ありがとうございます」

「まぁ今は、その師に免じて、待っていて貰えないかね? 気になるのは分かるけれどね」

 

 そう言われた瞬間に、隣の顔を見てしまった。

 彼は飄々とした顔で笑いながら、ご息女と先生がやり合っている姿を見ている。先ほどまでは気のいい父親、という風に感じていたのだが……なんだろう、今は底の見えぬ、なんとも空恐ろしいお人に見えてしまう。

 気になっている事の内容も何も、一言も言っていなかったというのに。一体いつから見抜かれていたというのか。私と話している間なのか。それとも。

 

「……食えないお方だ」

 

 

 

 転機が訪れたのは、それから一週間以上たった後の事だった。

少し、良いだろうか。そう私に向かって言った先生の顔は……酷く真剣で。

向かった先は応接室。そこ迄派手、という訳でもなく寧ろ質素な部屋の中に居た剣星殿は、先ず先生を見てから、次に隣に立った私を見て、目を細めた。

 

「話す気になったかね?」

「……彼が気にしている、というのであれば。説明しないのは不義理になりますから」

「うむ。であれば。先ずはそちらの説明を終えて欲しいね。おいちゃんの話は、その後でも良いから」

 

 そう言って椅子に腰かけながら、何かを読み始める剣星殿。

 なんなのか、状況がサッパリと分からない私に、先生は、部屋に置いてあった椅子に座るように促した。剣星殿をもう一度ちらと見れば、構わない、というかの如く頷いているので腰を下ろし、先生と向き合った。

 

「――私と剣星殿が知り合いになったのは……一人の男が切っ掛けだった」

 

 そこから先生が話し始めたのは……先生の友人との話だった。

 中国での武者修行時代に出来た、数少ない友人。口下手で、酒の好きな、強い男。そして彼と別れるその経緯まで。先生は、丁寧に話してくれた。

 その口調は、何時もよりも、少し硬さが抜けて。穏やかだった。その名前は、ソウゲツ。慧 烈民が言っていた名前。その人物は、剣星殿のお兄さんだという。

 

「そんな理由が……」

「そして、剣星殿が俺をここ、鳳凰武狭連盟に呼び寄せたのは、それが理由のようでな――剣星殿」

「……うむ。やはり、兄の数少ない友人である貴方に頼むのが一番ね」

 

 その剣星殿は、既に立ち上がり、改めて我々と机を挟んで、反対側のソファに腰かけていた。どうやら、剣星殿が先生に話があるようで。

 

「ホーク殿。貴方に、我が兄、馬 槍月を探して欲しい」

「槍月を?」

「そう。彼と、話がしたい。彼が今、どうなっているか。貴方は知っているかね?」

 

 そう言われた先生は少し考えこむ仕草を見せると……正直に、知らない、といった。

 ただしその後に。凡そ想像はつくと、付け加えたが。

 

「彼は戦いの中に身を置く男だ。ならば……用心棒や、各地の達人に死合いを仕掛け、己の腕を磨いていると、今でも思っている」

「――凡そは間違っていないね。彼は、殺人拳としての武術を磨き続けている。マフィア同士の諍い等々、鉄火場の中に身を置く事でね」

 

 その実力は、既に真の達人級に届く程の物になっているだろう、下手をすれば自分を凌ぐほどに……と剣星殿は続けた。

 

「そんな兄が、次に姿を現しそうなのが日本。そこに向って欲しい」

「ニホン。確か、極東の島国、か。何故、そこに槍月が現れると?」

「色々と理由はあるけど、一番の理由は『今、一番武術が熱い場所』だからね」

 

 剣星殿曰く。

 古今東西の世界中の武術が、混沌を極めるが如く集った結果として、今の日本は武術熱が凄まじい、のだという。武術が熱い場所には達人も集まり、そしてその達人を求め……槍月という、先生の友人が立ち寄る可能性があるのだと。

 

「戦いを求める、と」

「しかしおいちゃんはまだまだここを離れる訳にもいかない……そこで貴方に行ってもらいたい。鳳凰武狭連盟からの人員として」

「……槍月の事を、多少なりとも知っている私に、と」

「そうね。それに中華街は荒れる事も多い。腕の立つ医者は何人居ても困らないね。そこを拠点に、中華街の皆の面倒を見てもらいながら、もし兄が現れたなら」

「話を聞くなり、会う約束を取り付けるなりする、と?」

「そう言う事になるね」

 

 それに、と。日本は最新の医学が集まる地でもある。故に、そこで学ぶことも多いだろうとの事で。

 

「しかし、俺は無免許だ。話に聞く日本の気風では俺など介入する余地があるか」

「そこは上手い事やるね。中華街を贔屓にしてくれるお医者様もいる。そう言った方たちの中には免許よりも、腕を信頼する人がいるね」

「――それは、つまり」

「おいちゃんの立場等を上手い事使って、その人たちに紹介するね」

 

 ……そ、それはどうなのだろう!?

 いや先生の腕は確かだし、この人が医療以外に何か興味を示すとも思えないし、不正に手を貸すなんてしたらそれこそ世界の終わりのレベルだと思う。そもそも先生がねじ込まれること自体が不正になると思うのだけれども。それにしてもである。もしそこを突っ込まれようものならエライ事になる気がする。

 

「せ、先生、流石に……」

「あぁ。流石にそんな話を出されては――受けざるを得ない」

「あーはい分かってました」

 

 しかし。先生が、誰かを救う機会にめぐり合わせて貰える、と言われてそれを断る訳がないというこの確信。そもそも、先生が無免許で医師をやっているのは『免許を取る時間があればその分患者を救う』という信念に基づいているからなので。

 そりゃあ、多少無茶なやり方を示されても躊躇う訳がない。

 

「そう言ってくれると思ってたよ」

「それに――日本には、用が無かったわけでもなかった」

「用?」

「あぁ……丁度いい。剣星殿にも、お聞きしたい事があってな」

 

 そう言って先生が懐から取り出したのは、一冊のノート。それは、確か。先生のお父様から先生に送られたノートだったか。しかし、それを何故このタイミングで出して来るのだろうか。

 

「それは?」

「俺の父が残してくれたノートだ。これに書かれている……『闇』という組織について。剣星殿程のお方なら、何かご存知でないか、と」

「――!?」

 

 その瞬間、剣星殿が立ち上がった。

 目を見開いて、顔の筋肉は強張っている。明らかに尋常の顔色ではない。

思わず、私と先生は目を見合わせてしまった。鳳凰武狭連盟の長が、こんな顔で驚くなど尋常の話ではない。

 

 剣星殿が一体どうしてそんな顔をしたのか。

 私達は、まだ何も知らなかった。

 




子どもは素直(追い打ち)


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第二十回・裏:ある組織について 後編

「――『闇』という組織を一言で説明するのは、少し難しいね」

 

 『闇』という組織の歴史は、相当に古いのでという所から、剣星殿は語り始めた。

 武の世界ではタブーとされている『殺人こそ真髄』という考え方を受け入れ、追究する者達が作り上げた組織……なのだという。その為に武術を探求し、極め、時には大きな権力を握る事もあるという。

 世界中の多くの国の政治家の中にも信奉者が居る程、その組織は広大である、と。

 

「そんな組織があるなんて、全く聞いた事もありません」

「そもそも秘密主義の組織だからね。やっている事全てが、表ざたに出来るような事ではないし。そもそも地位も名誉も要らない、ただ只管に武術を極める、そんな者の集まりだからというのもある」

「……」

「ホーク殿。ノートは見せて貰ったね」

 

 そんな組織で先生のお父上は研究者をしていた。それも、どうやら一年や二年では利かない程に長い間。先生は、そう剣星殿に語り……中身を検めさせて欲しいと言った剣星殿はノートをめくりながら話を続け……

 

「正直な話、驚いたよ。ここに書かれている内容は……」

「真実だと思われる。恐らくは」

「その様ね。おいちゃんも医術については多少は造詣はある。だからわかるね……『闇』はその性質上、武術について様々な研究をして来たね。そして、武術を極める為に必要な健康な肉体についても、当然」

 

 その間に、剣星殿の顔は、どんどんと険しい表情に変わっていた。彼の表情から私でも分かる、今がどれだけ厳しい状況なのか。

 

「ここに書かれている内容は、どれもこれも、どんな『実験』の元に行われたのか、正確にそして、精密に書かれているね。お父上は、優秀な人材だった」

「アメリカ軍で軍医を務めていた程だ。それは、間違いない」

「その様ね……」

 

 先生は、一見して表情を変えていない様に見える。けど、机の上で、握りしめられたその手を見れば、心穏やかでないのは凡そ想像がつく。

 『闇』という組織について聞くだけだった筈が、話が余りにも大きくなっている。私も正直、どんな顔をすればいいのか分からない。

 

「先ほど、お父上は何者かに殺された、と言っていたね」

「……そうだ」

「恐らくお父上は、『闇』から抜けた事で、報復を受けて殺された。彼の組織の秘密主義を考えれば、間違いないと思うね」

 

 先生は、ずっと色々な修羅場を潜り抜けて来た。マフィアや、犯罪を生業とした組織相手に戦った事も、最近は増えた。増えてしまった。

だが今回に関しては……規模が違う気がする。

 冗談だと、断じられるなら全然いい。笑い話で済む。だが、目の前に居るのは世界最高峰の武術的組織の長であり、私の先生は、多くの戦場を駆け抜けた、医者としては、異端も異端の超人だ。そんな二人が、至極真面目に話しているのだから……

 

「ホーク殿」

「なんだろうか」

「このノートの事は、他に誰かには話されたかね?」

「……いや」

「では出来るだけこの事は内密に。無敵超人殿に話をされるにしても、慎重を期さねばならないね」

 

 そして、そう言った剣星殿の顔は、今までで一番、険しい物と化していた。

 

「何故?」

「ここに記されているのは、恐らく嘗ての『闇』という組織がかき集め、そして貴方のお父様が完成させた叡智ね。しかし、それを『闇』が既に入手しているなら、このノートはとっくに失われても不思議ではない。流出、させないように」

「処分しても――これがあるという事は、闇はこの知識をまだ、手にしていない、と?」

「少なくとも、全てを入手したとは思えない……そして、このノートに書かれている事の価値は、貴方が一番知っていると思うね」

 

 ……言ってる事は分からないでもない。

 そのノートに何が書かれているのか。それを私が正確に理解できている訳ではない。でも医者の先生が『宝物だ』という程の代物。なんだったら、先生が私を鍛える時にその知識を生かしていても何も不思議ではない。

 

「これを手に入れる為なら、『闇』は多くの犠牲を出すやもしれない」

「……」

「……というのはおいちゃんの勝手な予想だけど。でも、それだけの価値がある物だと医に関わって来たおいちゃんは、思うね」

 

 

 

 ……結局。

 日本に旅立つ日取り等々は後日、という話になった。そう言う話をする雰囲気では無かったのは、間違いなかった。

 先生は、割り当てられた部屋に入った後……直ぐに、ベッドの上に腰を下ろした。いや下ろした、というより、落した、といった方が正しい勢いだった。

 灯りが付いているというのに、先生の顔だけに影が掛かっている気がした。

 

「先生」

「……」

「……も、もう今日は寝ましょうか! 時間も遅いですし!」

「……」

 

 何を言えばいいのか分からなかった。だから取り敢えず、寝てしまえば忘れる。的な雑な考えで口を開いたら一瞬で後悔した。空気が死んだ気がした。なんだったらそれも気のせいだと思う。自分で致命的に間違ったと自覚してたから勝手に自滅した。

 

「その、ですね」

「……」

「えーっとですね……」

 

 口を出すべきなのだろうか。

 私は、先生に師事している立場だ。なんだったら、先生の収入で喰わせてもらっている。その代わり、先生が色々と常識的な事に一切気を回さないので、その辺りのサポートとかはしているけど。それでも大恩しかない人だ。

 

 その人が悩んでいるのだから、力になるのはおかしなことではない、と思う。気がする。我ながら、どうにも煮え切らない答えだが。

 

「……済まないな、気を使わせてしまって」

「えっ!? あ、いやっ、そんなこと!?」

 

 とか挙動不審してたら、先生は私の事を笑ってみてしまった。あっと言う間にバレた様だ。ちょっと、恥ずかしくして、思わず目をそらしてしまった。もうちょっと何かしようがなかったのか、と反省している目の前で、先生はいつの間にか、此方へと顔を向けていた。顔に掛かっていた陰は、消えていた。

 

「……確認する事がある」

「え、あ、はい。なんですか」

「相当厳しい事態に巻き込まれる可能性は、ある」

「え?」

「『闇』という組織について、何も知らずにいるという選択肢は取れない。父が殺された理由は本当にそれだけだったのか……父が母を失った事に関係はあるのか。それを、知らずにはいられない」

 

 それはきっと、先生が覚悟を決めたから、だったのだろう。

 剣星殿の言った通りの巨大で、危険な組織ならば、下手に関わる事を避けようとしても不思議ではない。それでも、先生は『闇』という組織について調べる事を決めたのだ。今、ここで。

 なら……どうして私に、何の確認を取りたいのだろうか。と、次に疑問に思ったのは、そこだった。

 

「だが、君はその事について、一切関係はない」

「そ、れは」

「君は知見を広げるために俺に付いて来ている、が。俺が『闇』について調べる事で君に降りかかる危険は、その範囲を大きく逸脱している。故にここで君は、アメリカの……仲間の元へ戻るべきだと、俺は思う」

 

 ――先生の口から出たのは、余りにも当たり前で、普通の言葉で。

 

「……」

「そうするのであれば、アメリカへの旅費は準備させてもらう。そこは安心して欲しい」

「――いいえ、必要ありません」

 

 だから。

 断った。

 

「……」

「今さらですよ。ずっと、師事してきたんです。その間に幾つ修羅場をくぐってきた、というか潜らされてきたか。先生が、本当に色んなことへ首を突っ込むから、私はいっつも地獄のような目に遭ってきましたよ」

 

 先生だったら『危険だけど付いてこい。問題ない、必ず問題無く』くらい言うと思ってた。

 でも、今の言葉は。先生の。患者を救うためにどんな事だってやってしまう、そんな先生が言うにしては、余りにも普通な言葉だった。普通に私を気遣った言葉だった。普通になったのは、先生に限っては良くない事だと思った。

 物凄い失礼な事を言っている自覚はあるけれど。でも、剣星殿の言う『闇』の印象から考えれば、普通、では足りない気がした。何時もの先生じゃないと。

 

「それに関しては、君も承知していたのだと思うが?」

「だから今回も承知の内ですよ。父を助けてもらった恩だって、こうして育てて貰った恩だってありますし。私は……先生の旅について行きます」

「……そうか」

 

 それなら。

 今、私が背中を押さないと、と思った。

 色んなことがあって、その事を、きっと私以上に理解している先生だからこそ。心の乱れは、私以上にあって当然だ。この人だって、『人』なんだから。でも、それじゃあきっと止まらないから。

 

 心配なのは一つ。私の言葉で、先生の背中を押せるのか。

 

「――なら、余計な節介だった。すまない」

「い、いえ」

「私がするべきは、君を引き剥がすのではなく、君をもっとしっかりと鍛える事だ。どんな艱難辛苦が来ても、君が耐えられる様に……うん、そうだな。請け負った患者を放り出そうとするとは。私も随分と混乱していたようだ」

 

 目の前に立つ、鋼の如き立ち姿を見て、その答えは、明確だった。

 

「メナング」

「は、はい」

「恐らくは、これから先は今までの比にならない程の苦難が待ち受けているだろう」

「……はい」

「だが安心してくれ。君は俺が必ず生かす。健常にする。健康に保つ」

 

 ……先生の友人の、馬 槍月。そして、『闇』という組織。考える事が沢山増えた。

 でも先生が、それに躓くことなく、こうして堂々と立ってくれた事は、良い事だ。きっと日本に渡ってからも、先生はいつも通りだ。

 

 そうなる後押しが出来た、というのが。

 とても嬉しかったりするのである。

 

 

 

「所で先生」

「ん?」

「そんなに熱心にノートをみて、どうなさいました?」

「ああいや。これからの事を考えて『限界寸前』のレベルを見直すべきかと思ってな。私が出来るのは、多くの実戦と、特訓で君を磨く事だけだ」

「…………は、はい」

「本来ならもう一段階踏みたかったが、君の健康を考えれば何方が負担になるかと考えれば段階を一つ飛ばしする位で良いのかと思ってな。構わないかね?」

 

「……………………はい……!!」

 




うだうだ悩むターンよりも。しっかりと弟子に後押しして貰って次に言った方がテンポいいかなと思ってしまいました。此処諸説。


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第二十一回

 ハゲが日本上陸する実況、はーじまーるよー。

 

 ――やってまいりました。遂に。そう、この日本!!

 このゲームにおいては、日本は特別なマップとして扱われ、大きな日本マップの各地を詳細にめぐる事が出来ます。まぁ、日本が舞台の漫画ですしね、ほんへは。まぁそれは兎も角ホモ君の日本上陸は、先ずこの横浜、中華街からスタートです。

 この中華街で先ずは、町密着型の藪医者(名医)をやりつつ、日本各地のお医者様達への推薦状を書いて貰うのを……はやっ!? もう書いて貰いました。

 

 いやーなんか申し訳ないなー……等と言いつつ。まぁこのゲームは基本的に実力主義です。腕があれば無免許だろうと様々な所に素早く推薦して貰えます。ケンイチ世界に感謝を。

 

 さて、各地を巡れるようになった所で、現状のホモ君は達人級(マスタークラス)

 特A級の達人級(マスタークラス)には未だ一つ足りません。防御だけは特A級クラスですが、総合能力ではどう足掻いても攻撃性能が足を引っ張ります。

 で、その能力を踏まえて、更に原作の時期を考えた結果……恐らく、先ずは此処に介入するのがまず一番安牌かと思います。そうコレ、『逆鬼師匠光堕ちイベント』! なんていう名前だよ(呆れ)

 

 原作において、とあるキャラが死亡し、そして後の因縁に繋がる事になるイベント群の総称です。このイベントは、ちゃんとクリアすると経験値が美味しいのでコレをクリアしないという選択肢はありません。

で、その死亡するキャラを助けるには一定以上の医療スキルが必要になりますが、まぁホモ君のね、医療技術であればもう赤子の手を捻るが如しです。それに、このイベントの何がいいって、立ち回り次第では百パーセント格上と当たらずに終わる事が出来るんです。経験値も美味しいので、此処を逃す手はありません。

 

 で、どうやって介入するかと言えば。

 結局は地道な作業なんですよね。日本各地を巡り、様々な所で情報を集めて、逆鬼師匠と愉快な仲間たちに関連する任務を探します。

 

とはいえ、ホモ君が到着した時期は若干その時期と外れているので、イベント発生時期までの間は日本各地で辻治療……ではなく。紹介された病院に行って患者を治療しつつ腕を磨きましょう。日本で辻治療なんぞしようもんなら捕まっちゃうからね。

とかいいつつも、野良での営業はしないわけではないですけど。病人はいねーがー。金が足りずに重病人を助けられない悲劇の家族はいねーがー。治療すんぞオラァ!!!(脅迫)

 

 因みに時期的に考えると、しぐれさんのお父さんを助けられるイベントが発生するのが今ぐらいだと思われます。が、このイベントに関しては、活人拳側の武器組という条件付きで無いと情報が入って来ません。流石元闇の刀匠、情報の秘匿はしっかりしている模様です。

 このイベントを熟して、尚且つお父さんを助け、その上でしぐれさんと好感度を稼ぐと『恋人』関係になれるのですが、まぁそれは他に期待しましょう。ホモ君は女性を毒牙にかけない紳士、ハッキリ分かんだね。

 

 まぁどうしようもない事は兎も角として。取り敢えずメナング君には早速日本各地の情報を探って貰うとしましょう。諜報スキルを活かして日本各地を縦横無尽! 酷い酷使具合だ……まぁその間に謎の敵兵とかに当たって、それをどうにかしたりしているのでレベルも上がってます。それを考えれば、まぁ……経験やな!!(適当)

 

 因みに、日本限定ではありますが、医療スキルが一定以下で、藪医者としてセコイ活動していると岬越寺師匠が『滅ッ☆』ってしてくるので、皆はそんな事しないように気を付けようね! ホモ君は一定以下どころか最高水準で、慈善事業みたいな格安で治療してるので絶対に岬越寺師匠はやってこないぞ! ちょっと寂しいね!!

 

 あ、岬越寺師匠で思い出しました。日本に居る間に梁山泊に行って、風林寺のお爺ちゃんと接触するのを忘れてはいけない(戒め)

 日本に来て先ずプレイヤーがやる事は、梁山泊にいって、長老に挨拶する事です。どうしてそんな事をするかと言えば……まぁ便利だからです(雑)

 

 真面目に話すと、長老に挨拶をしておくと、『久遠の落日』イベントに呼んでもらうフラグが立ちます。まぁ無理に行く必要は無いんですけれども、コレをクリアしないで貰った称号など、所詮は張りぼて。他の走者の皆様に申し訳がたちようもございません。

皆様も、意地でも槍を掴まない逆鬼師匠、動物を無視して物理的に地獄に送るアパチャイさん、みたいな感じの物を見たくないですよね? そう言う事です。

 

 とはいえ風林寺のお爺ちゃんは、日本に定住こそしていますが、世直しの旅にふらっと出かけてしまうので、意外と出会えない事が多いです。まぁ気長に出会えるタイミングを待つとして、その機会を逃さない様にだけ気を付けましょう。

 まぁ探してくれてるのは情報探索に行ってるメナング君な訳ですけど。ホモ君は紹介して貰った病院でずっと患者と向き合っております。

 

 でもま、ホモ君もね、何もしていない訳でもないのです。メナング君がイベントの前兆を探して居る様に、ホモ君は患者を探しております。原作キャラの。

 そうです。イベントを発見するのはメナング君だけに在らず。患者さんからイベントというか、クエストを受注する事もありまして。そこからイベントに絡んでいく事も十分にあり得ます。もし病院に原作キャラがやってくれば、原作のイベントにも絡めます。

 

 例えば格闘キチ緒方を絶対ぶっ殺すマンの田中さんのお師匠、御堂戒さんとか。この人と病院とかで遭遇すると、後の悲劇に介入する余地とかを頂く事が出来ます。まぁもっと後な上、病院で遭遇できるかの確率は……オサッシですけど。

 

 まぁ兎も角、今は光堕ちイベントの時期まで、ノンビリと日本各地で医療を続けて参りましょうか。あ、因みに格闘家としての経験値は、各地の『死合い場』とかに行って、そこで辻治療をする事で稼ぎます。お金も稼げますので。

 こんな風に日本でも裏家業の人間が稼げない事も無いのですけど、裏家業オンリーになってしまうと梁山泊の様な貧乏経営になってしまう事もしばしば。お金があるのとないのとでは、やっぱりこのプレイの難易度も変わってきますから。金、金、金! 人として恥ずかしくないのか! 

 

 

 

 さて、そんな金の亡者の如く仕事を続けて居ましたが。

 

 まぁそんな簡単に原作キャラがやって来る訳もなくですね。こうやって日本に来てから普通に年単位で時間が過ぎようとしております。

ホモ君にとっては久しぶりに、争いにも絡む事無く、平和に病院でお婆ちゃんとかの面倒を見ておりますが。いやー、こうやって慎ましやかに生活していくのも良いんじゃないんですかねぇ?(敗北主義者)

 

『――そう言えば君、別の病院に行ってもらう話が上がっているが……』

 

 っと、これはこれは。患者さんでは無く、まさかの病院からの御依頼が来ましたね。まぁこんな感じで、中華街からの紹介だけではなく、知り合った医者からの紹介で別地域に赴任する事もあります。

こういった推薦やら紹介やらがあれば、無免許ながら各地でホモ君が活躍する事も夢ではありません。流石ケンイチ世界、医者も実力第一だな!(犯罪)

 さて、ご依頼の中に何か目ぼしい物は……ん?

 

『地域情報:周辺地域の空き地などでは格闘家同士の諍いが絶えない模様』

 

 この依頼……成程。ほうほう。この文言。

 よし、此処へ行きましょう。空き地、格闘家同士の諍いが絶えない。この二つのキーワードは大きいです。明言はされていませんが、このゲームにおいて、この時期、この二つの要素が揃ったとなれば、ここに誰が居るかは凡そは決まってきます。

 

 逆鬼至緒、本郷晶、そして鈴木はじめ。かの三人。恐らく、このホモ君の赴任先で起きるのでしょう。逆鬼師匠の光堕ちイベントが。

 




梁山泊最大の弱点である資金不足とか言う悪夢

ホモ君はそうならない様にちゃんと稼げるキャラに設定したつもりです。まぁ患者から大金巻き上げるキャラじゃないですけど。


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第二十一回・裏:白衣の乱入者

「――主治医のホークです。宜しく」

「あ、えっと……逆鬼、です」

 

 ――なんつーか。物凄い、医者とは思えない奴だと思った。

 正直、部屋に入った時に構えなかった俺を褒めて欲しいくらいだ。それくらい、目の前の先生はめっちゃ人相悪い。禿げてるのが余計に。顔で判断するのは、まー良くねぇのは分かるが。それくらい分かりやすい悪人面だ。

 とはいえ、新入りのこの先生は、結構信頼できる医者、らしい。さっきまで、しっかりと診療していた鈴木の様子を見て、そう思った。

 

「……彼奴の体は、どう、なんですか」

 

 故に。聞きたかった。

 彼奴が……今の体で、どれだけ動けるのか。生きて行けるのか。

 お節介だとは思う。けど施設で空手を教えているアイツを見て、思ったんだ。武術家としてではなく、指導者としての生き方なら、もっと長生きできるかもしれない、と。

 友達だから。死んで欲しくない、と。

 

「問題はありません。十分治療できる範囲です」

「そ、そうなんすか……あの、えっと、激しい、運動とかはキツイ、とか?」

「問題はありません。十分に可能でしょう」

「や、やっぱキツ……えっ!? 出来るんすか!?」

 

 ――とか身構えてたんだけど。

 目の前の先生は顔色一つ変えてない。治るって、言いきった。

 

「とはいえ、程度に寄りますが」

「で、でも元々から、アイツ体が弱いって」

「だからといって運動をしなければ余計に体は弱ります。適度な運動が健康に大切なのは基本です」

「いやでも」

「確かに、過度な運動は生命を削ります。弱い体なら耐えられないでしょう。では、少しずつ体を強くしていけば、どうでしょうか」

 

 先生は、まるで俺の知っている医者と違った。

 彼奴がどれだけ長生きできるか、じゃなくて。どうやったら『現状を克服できるか』。その話しかしなかった。

 

 どんな運動をすればいいか。

 どんなペースを保てばいいのか。

 何処を強化する為にどんなメニューを組むのか。薬も併用して、どんな結果が出るのかを、しかも、あいつ自身の話では無く。別の、架空の患者の話で、具体的に、分かりやすく話してくれた。

 

「――このような感じで。気長な話にはなりますが、彼なら問題無く。武術の道を歩んで行けます。問題はありません」

「……マジすか」

 

 今まで会って来た医者も、藪医者はいなかったけど。

 コイツ……いや、この人は、間違いなく今までで、一番の名医だと思った。鈴木の体を『健常にする』という事に、真っすぐ向き合っていた。しかも、アイツの想いに、寄り添ってくれる気がした。

 

「とはいえ……今の勢いでは、些かと危険ではありますが」

「あ、それはそうなんすか」

「えぇ。彼を自制させるのは、ご友人の協力が不可欠です。俺も、ある程度は彼に理解を示して貰っていますが。それでも若干、不安が残る部分はあります」

 

 そう言われ……ふと、もう一人の友人の姿が過る。アイツも、鈴木を死なせたくはない筈だ。協力すれば、アイツを説得できるだろうか。

 ふと、そんな事を考えて、気が抜けていた、からだろうか。

 

「――武人というのは、時に思いに任せて、突き抜けてしまいます」

「……っ!?」

 

 目の前の先生の変化に、気が付かなかったのは。

 デカい体してるとは思った。だが……今の先生は、それだけじゃない。体の奥底に秘めた何かが、目の前にせり出してきてる。この迫力は。なんだか、本郷や、それこそ戦っている時の鈴木を思い出す。

 まるで、武芸者かの様な。

 

「彼の目を、知っています。武術に真剣な者の目です。しかしながら、俺の知っているそれ以上に……魅入られてしまっている気がします。逆鬼さん」

「は、はい」

「彼は、俺が治すのではなく。自分の意思で治していかねばならない類の患者です。私も全力を尽くしますが、貴方の協力は不可欠と言っていい。繰り返しますが、必ずや彼を説得して下さい」

 

 何よりも、目が違う。据わってる、っていうのは勿論だが、俺からはその眼は、透き通ってるように、いや、透き通り過ぎてるように見えていた。

 純粋って言うのは、行き過ぎればヤバイ事になる。この先生の目は……

 

「彼の健康が第一です。それ以外は多少無視しても構いません」

「い、いやでもな」

「貴方がしっかりと彼を説得してくれたなら、後は責任をもって必ず私が治療します。手段は問わず、必ず健常な生活を取り戻して見せます」

 

 ずずい、と此方に一歩踏み込むハゲた医者は、一歩間違ったら犯罪者と間違われても仕方ない様な事を言っている。だが……その異様な空気は、寧ろその言葉の説得力、って奴をパワーアップさせてる気がした。

 

 

 

「――捻じり貫き手!!」

 

 ――あぁ、なんでこんなタイミングで思い出すんだ。

 目の前で、鈴木が死ぬ。本郷の一発を受けて。手加減なんて無かった。そりゃあ、アイツが手加減なんてする訳がない。

先生に言われた通り、どんな手でも使って。アイツを止めて置けばよかったんだ。そうすれば、アイツが死ぬことだって……きっと……

 

 本郷の抜き手から、鈴木が抜け落ちる。

 一撃必殺だ。急所を射抜いていた。いつも通りの……いつも以上の拳のキレだった。なんでこんな時に、とか。変な感想ばっかり頭に浮かんだ。

 

「目は……閉じないで」

「っ!」

 

 体の奥底で、何かが爆発しそうになってる。

 ずっと、戦い続けた。強敵だった。ライバルだった。そんな奴を今……俺は……きっと憎んでいる。どうしようもなく。

 ぶん殴ってやりたかった。

 

 鈴木が死ぬ。

 それがどういう事かを、拳に込めて。

 足に力を籠める。腑抜けた心に、腹の中の熱を注ぎ込んで、喝を入れる。せめて、せめて今。

 

 本郷、お前に――

 

「――要治療患者発見」

 

 ――ぶつけてやる。

 そう思った時、なんかが、降ってきた。天井を割って、降ってきた。呆然とする俺と本郷の間に。炎にたなびくのは……赤と反対の、染み一つない白衣だ。炎に照らされて、禿げた頭が光ってる。

 

「――ホーク先生!?」

 

 間違いない。鈴木の担当をしていた医者の先生だ。でもなんで、こんな所に。そう思って居たら、褐色の、俺と同じくらいの男がもう一人。こっちは見た事がない。

 

「先生、この人……」

「あぁ、急がないとな。もう二度と――逆鬼さん。私は彼を連れて離脱する。安全な所で治療したい。其方の負傷に関しては……済まない」

 

 その言葉に、目を見開く。

 今の一撃、確実に急所を貫いて、本郷は、鈴木を仕留めた。仕留めやがった。そう思っていたが。鈴木をソイツ……多分、助手か何かに担がせて、運び出そうとしてる姿。嘘をついている様には見えない。助けようと、している。鈴木を。

 思わず、言葉が口を突いて出た。

 

「治んのか……?」

「治す」

 

 先生は、此方を一度も見ずに、言い切った。

 

「メナング、彼を頼む」

「分かりました……では、失礼いたします」

 

 褐色の男、メナングというらしい。ソイツが、割れた天井の奥に消えて行く。そうして先生も後を追おうと、上を向いて……

 

『――ホーク・K・バキシモか』

 

 そこに被せる様にまた再び、周りから響く声が。『闇』の連中だ。未だ残っていたのかと思う。しかし、先程の奴らとは、声色が、違う。

 先生は……それに反応した様子を見せない。驚いている様にも見えない。

 

『持っているのかのう? あやつの叡智を』

「――何の話だか、分からない。何者だ」

『ふふ、気付いておるくせに、白々しい……まあ良い、何れ貰い受けに行けばよい話だからな。待っておれよ……』

 

 ――先生は、その言葉にも反応しない。

 『闇』とか言う組織は、目の前の禿げた先生を知っているようだが。

 

 そのまま天井に向けて、足を縮めて跳ぶ姿勢を見せて……その時、初めて。先生は口を開いた。

 

「もし持っていたとしても……お前たちには渡さない。『闇』」

 

 白衣がはためき、暗い奥に消えて行く。後ろを、一度も振り返らずに。

 その背中に、何となくだが。信頼できるものを見た。男ってのは、下手に言葉を言わないで行動で示すもんだから。俺も、下手に言葉はかけなかった。

 大丈夫だ。とは言い切れないかもしれないが。それでも、希望はあると、思ったんだ。

 

「――逆鬼、今のは」

「あぁ? 唯の通りすがりの医者だろう」

「通りすがりの……」

「それよりだ、本郷。分かってんだろうが」

 

 憂いは無い。なら、後は……目の前の馬鹿野郎を。

 

「俺は、お前を許せねぇ……!!」

 

 思いっきり。ぶっ飛ばすだけだ。

 




あんまり深く関わらせてもアレなんで、これ位に。


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第二十一回・裏:乱入の裏側

「――風林寺殿は、今日も留守でした」

『そうか。ありがとうメナング。手間をかけた』

「いいえ、大丈夫です」

 

 ――こうして、先生の勤務先の病院に連絡するのも慣れた。

 小さな病院ではあるが、信頼できる病院という事で紹介されたここで、先生は文字通り猛威を振るっている。言い方が荒っぽいが、実際そうと言うしかない。

 無免許、と承知している筈のここの院長さんからも、実力で信頼をもぎ取って、此処を長く利用している患者の皆様を任せて貰っている。その圧倒的な勢いは『猛威』と形容するのが正しい。

 

「そろそろ一週間程になりますので、一旦戻ろうと思います」

『分かった。俺も話したい事があった。場所を合わせて落ち合おう』

「承知しました。それでは」

 

 通話を切って……望遠鏡を用いてちらと様子を改めて伺う。噂の梁山泊は、正直な話を申し上げると近寄りがたい、というか。

 一度、取り敢えずどんな所かと見に行ったら、なんか……なんか何処かで見た事があるデカいお爺さんに『若いのに鍛えられておるのう。感心、感心』とか言われた。というかフウリンジ殿だったのだろうか。アレが。

 

 それに驚いて逃げてからは、全部留守である。完全にしくじった。

 

「……ミスター・フウリンジ、って一体何者……」

「ほ、うむ。其方の若い子の居る席の隣で構わないかのう?」

「かしこまりました」

 

 ……幾ら偵察とはいえ、飲食店で食事も頼まず、双眼鏡で外を見るだけって全力で目立ってる気がする。お陰でなんか、デカいお爺さんにマーカー扱いにされた。恥ずかしい。

 だけど、一応……なんだっけ。あぁそうだ。ドリンクバー、とか言うのは頼んだから許して欲しい。日本、というのは飽食の国というのは聞いていたが、飲み放題のサービスというのは凄いと思った。

 

「……まあいいや、見た所まだ動きはないようだ。もうちょっと一応見てから戻るとしよう」

 

 ……所で、なんでさっきのデカいお爺さん、あんなに気にならなかったんだろうか。相当デカいと思ったんだけど。不思議だ。

 

 

 

「ふむ。悪い子には見えぬが。ここ最近なんで梁山泊(ウチ)を見ているのか」

「あの、お客様。ご注文は?」

「おお済まぬ。そうだのう……久しぶりに奮発するか、この特製くり~むあんみつを頂けるとありがたい」

「わかりました」

 

 

 

 日本の山というのは、普通治療中の患者が向かう場所じゃないと思う。

 

『患者の様子がおかしい。続けざまで悪いが、監視を頼めるか。私は……診療が終わるまで動けない』

 

 ――というお願いを受けて、張っていたのだが。まさか、その直後にこんな動きがあるとは、正直思っても見なかった。

 

「――どうやら、――山の方向へ向かっている模様です」

『そうか。ありがとう。引き続き、何処へ向かうかを張ってくれ』

「はい。しかし……良いんですかねこんな事して」

『患者の為だ』

 

 まぁ先生はそう言うと思ったけど。しかし。

 こんな夜遅くに、しかもわざわざ先生に『今日は定期の検診を休む』と言って迄。外に出る用事とは。一体何なのだろうか。というか、私と同じくらいの筈なのに、どうして私と同じくらいに……いや、私以上に強そうなんだろうか。

 

「……」

『どうした?』

「あ、いえなんでも……監視を続けます」

 

 とはいえ、あの若人もなんとも認識が足りぬと言いたい。先生を相手に『定期検診を休む』などと迂闊な発言をするとは。まぁ普通のお医者様だったらそれも通じるかもしれないが、先生相手にそれは愚かな一手だ。

 いや、通じる通じないの話では無く。先生は、あくまで医者だ。だから患者が大人しく先生の診療を受けているなら、何もしない。

 

 だが、迂闊に断ろうものなら、その時点で先生は『タガ』を外す。一応、先生にも常識……は、ない。ないな。うん。

 兎も角。相手が普通に治療を受けないのならもう後は先生は侵略を開始する。治療する為に全てを賭けて常識の壁なんか粉砕してくる。多分だけど、あの鈴木はじめ、という患者はもう先生に治療されるしかない。

 

「何の目的だったか知らないけど、哀れな……」

『哀れ? 何の話だ?』

「――っあぁいえなんでもすみません切り忘れてて今切りますねはい」

『あ、あぁ。分かった。もう少ししたら其方に向かうから、くれぐれも見失わない様に。お願いする』

 

 危ない危ない。危ないって事は無いけど、見逃したりしたら先生がどんな無茶な手に打って出るか分からない。それで迷惑を周りに撒き散らさない為にも、私がしっかりしておかないと。

 

「……本当に。困った師匠だことで」

 

 まぁこんな見通しの悪い山奥など、私にとってはそれこそホームの様な物であるからして。ここでしくじるのは余りにも不甲斐ない。シラットの森林、及び密林での力という物を、お見せしようと思う。

 

 

 

「……メナング」

「はい」

「燃えているな」

「あの……その……あそこに、鈴木はじめさんが、入ってから、少し、してから」

「分かった。突入するぞ。下から登っていくのは非効率的だ。上からぶち抜く」

「……はいぃ」

 

 うん。止まるとは思って無かった。なんか急に燃え出して『アレ? もしかしてバレてヤケ起こした?』などと肝が冷えていたが。そんな風に怯えている暇はなかった。あんな風に燃えてる所に突っ込むのが、もう当たり前になってはいるがしかし、慣れちゃいけない気がして来た。

 

「私が先に行く。後からついて来たまえ」

「了解です」

 

 そう言って、普通に木を蹴って、三角飛びの要領で……燃える屋根に突っ込んだ。

 うん。着地して火を払ってから、とかじゃない。そのまま突っ込んで大穴開けた。破壊する事に何の躊躇いも無い。まぁ、大穴を開けて貰ったので大人しく突入するとしよう。

 

……うわっ、凄い熱い。燃えてるから当然だけど。

しかし、こんな立派な作りの建物を燃やすとは、中で一体何が起きているのか。

 

「大丈夫か」

「まぁ、燃えてる現場は初めてではないので」

「そうか。では早速行くぞ」

「え? さっそくって……?」

 

 等と。

 のんびり考えてたら先生が唐突に床を叩いて。

 

「――ふん」

 

 バギャオ! とか音がしたかと思ったその直後には……割ってた。床を。

 もう一度言う。速攻で割った。何の躊躇いもなくああもうホントこの人って強引なんだから下になんか見えてるいや待て紅いぞアレって血か!?

 

「――要治療患者、発見」

 

 あ、先生がバーサーク治療モードに入った。どうやら血で間違いないようだ。というかアレって、鈴木はじめさんだろうか。なんでこんな所で血液を撒き散らしているというのか。こうなってしまう様な事をするのが目的だったのか。はたまたこうなる事が目的だったのか……まぁ。

 いずれにせよ、先生に見つかったなら諦めてもらうしかない。というか、鈴木さん以外に二人ほどいるが、逞しい方も、細身の方も、間違いなく私より強い。哀しくなる。

 

「先生!?」

「逆鬼さん――」

 

 っと、今は此方の人だろう。

 

「先生、この人……」

「あぁ、急がないとな。もう二度と――逆鬼さん。私は彼を連れて離脱する。安全な所で治療したい」

 

 正直、私から見てもどうやったら治療できるのか。という状態だが……正直、後は死を待つしかない様にしか見えない。が、先生に掛かればここまで危険な状態でも、望みがあるという事が凄い。凄すぎて、ちょっと寒気がする。

 助からないだろう、という感想だけは出ない。この人に目を付けられたんだ。死んでも死にきれないだろう。

 

「治んのか……?」

「治す。メナング、彼を頼む」

「分かりました……では、失礼いたします」

 

 そんな中で。

 サカキ、と呼ばれた男は、もう一人、炎の中に立つ男と向き直ってた。でも取り敢えず今は、この人を助けるのを優先しないといけない。先生の開けた穴の所から、急いで外へ抜け出して……その後に何が起きたのかは、私は知る事は無かった。

 

 

 

『……』

 

 ベッドの上で眠る、鈴木はじめ。しっかりと脈がある。そんな彼を、傍らに立った逆鬼さんが見ていた。顔には、傷が残っていた。

 ホントに凄い、とは思う。アレだけの重症、体を貫通する一撃を……見事に治療して見せたのだから。しかし……しかしながら。

 

「意識、戻りませんね」

「アレだけの重症だったからな。治療は出来ても、意識が戻らない事もある」

「……でも、意識は戻る様に最善を尽くすんですよね」

「私が居なくなっても問題ない様に、やり方は伝えた……他にも患者を診なければならないからな。だが、様子は見に来る」

 

 鈴木はじめさんは、意識が戻らなかった。

 先生の治療は完璧であって、命を繋いだのだから目覚める可能性はあったとは思うが。逆にアレだけの重症なのだから、命が助かった事自体が本当に幸運で、目覚めなくても文句の差し挟みようはない……とも、傍観していた私は、思う。

しかし。先生はそう思って居なかった。

 

『――済まない。助けられなかった』

 

 手術を終えて。

 その後、会いに来た逆鬼さんの治療もして。

 

 両者が対面するまでには時間があって。でも……その間に、鈴木さんの意識は戻らなかった。結局。

 鈴木さんのベッドの前で、その事を伝えた後、先生は、逆鬼さんに土下座してそう言ったのだ。地面に頭をしっかりとついて。

 私が止める暇もなかった。

 

「……ありがとう、と言って貰ったが。そんな資格はないよ。俺は」

「そんな事。鈴木さんは、先生じゃなかったら救えませんでした。先生は確かに患者の命を救ったんですよ」

「命だけではない。患者を救うのが、俺の役割だ……まだまだ、実力不足に過ぎる。結局私は、昔から余り成長出来ていない」

 

 呟いた後、先生は目を閉じ、一つ息を吐いて……少しした後、目を見開いた。

 

「医の道は、まだまだ長く果てはない。今回の事を教訓に更に精進せねば」

「こ、これ以上ですか?」

「私はまだまだ医の道においては若輩者だからな。患者を救い、別離を少しでも……それが出来るようにならねば」

 

 その直後、踵を返すように病院の廊下を歩みだす。確か、移る患者の付き添いで、別の病院へ向かう事になっているらしい。重病の患者なので、万が一にも容体が悪化した時の為の備えだという事だ。

 今日は、きっと。いつも以上に気合を入れるだろう。先生は。

 

 先生の道に関して、どうこう言う事は出来ない。

 でも傍に居るのだから。余り無茶をしない様に、諫められたらいい。

 そう思いつつ、ふと思い出した事があった。

 

「そう言えば、今日向かう所って……あ、ヤバイ」

 

 急いで先生について行く事にした。先生が無免許ながら働いているのは、まだまだ継続中だ。それでも何とかなる時はあるが、今から行くところは、そう言う所に相当に厳しい所だ。何しろ、研究所としての側面も持つ病院だから。

 

 今の先生に、何時もの様な上手い誤魔化し方が出来るかどうか分からない。それこそ、私がサポートしないと。こういう時は、私の仕事だ。

 

「あの大企業、『()()()()()()()()』の研究施設だからな……念には念を入れておかないと。先生、待って下さい! 俺もついて行きますから!!」

 




二話以内に収めようとするとどうにも詳しい描写は無理だという事を悟りました(疲労困憊)


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第二十二回

 ドンドンほんへに食い込む実況、はーじまーるよー。

 

 鈴木はじめくんは生き残りましたが、しかしながら目が覚める事は……ありませんでした……!! 介入の仕方は良かったのですが、何処かでチャートをミスってしまったのでしょうか。生き残ってくれれば貴重な戦力になった可能性もあるので、非常に残念というしかありません。

 

 逆鬼師匠と知り合いに成れたのは良しとしても、それを差し引いても、このチャートにおいて初の失敗らしい失敗をしてしまいました……いけません、こんな事ではこの先のプレイにも支障が出てしまいますね。

 という事で、次に関しては失敗しない様に、気を付けておかないといけません。

 

 時期的に次に始まるのは、谷本君関連のイベントですかね。

 谷本夏。ケンイチにおいて、最初から最後までライバルキャラとしての格を落とさずキープし続けた実力派。ラグナレク第六拳豪として登場し、そのままYOMIの一員となり、最後まで味方というポジションには付かなかった。硬派な中国拳法使い。

 その類まれなる才覚は武術だけにとどまらず、学業、演劇など様々に及び、養父から叩き込まれた英才教育も相まって、弱点の無いスーパー高校生でもあります。

 

 そしてそのルックスも、金髪青眼の絵に描いたような美男子。当然の如くケンイチの中でも屈指の人気キャラでもあります。

 

 しかしずっと恵まれていた、という訳でもなく。その過去は悲惨そのもの。大切にしていた妹さんを、陰謀に巻き込まれて亡くし、しかもその後、財産を悪い大人たちに奪い去られるなど、酷い過去しかありません。

 

 そんな彼と関わるのは、ホモ君にとって大きな意味を持ちます。彼の師匠となる馬 槍月とホモ君は友人関係であり、さらに谷本君自身も原作の重要なキーパーソン。原作に介入する為の、様々なきっかけとなり得るのですよ。

 それに経験値も美味いしな!!!

 

 で、先ずはその夏くんと関わる為に、妹さん、楓ちゃんの主治医になる所から……と言いたい所なのですが、それは無理です(絶ギレ)

 流石に谷本コンツェルンの御曹司時代ですからね。お父さんが何処の馬の骨とも知れない無免許医者を、娘の主治医にする訳がありません。谷本君を跡継ぎにする為には必要な材料なので手厚く扱うと思います(無慈悲)

 まぁその()()()治療で楓ちゃんは死ぬことになるんですけどね。

 

 という事で、楓ちゃんの問題は介入不可能という事で……済まない谷本君……

 ってそんな訳には行かないんですよ。悲しい運命に翻弄されて哀れな少女を見捨てて膨大な経験値を投げ捨てる、など。私のような敬虔な走者には、そんな事、とても出来るものではありません。

 少女を救い、お礼に圧倒的な成長をしつつランダム得能が付く可能性に酔いしれる、そんな機会を手放すなんて……!! え? 悪落ちしてないかって? してないですよ。俺を悪落ちさせたら大したもんですよ。

 

 という事で、楓ちゃんを全力をもって救うために如何様にして彼女の安全な(筈の)鳥かごを破壊するか、という話ですが。

 

 前提として、楓ちゃんが見て貰っている、谷本パパ所有の医療研究施設は大きなものである事は確定しています。まぁ谷本コンツェルンって言うだけはあって、相当の大企業ですからね。所有する施設もケチケチしてたりはしません。

 相当な巨大さを誇り、尚且つ、そこに所属している職員たちもしっかりとした研究者にして医者ばかり。例の女医ですら、そこに入れた時点で一角の医者ではあった訳です。

 

 そんな彼女が、谷本君のパパの様な大企業の頂点に付く人を殺すのに、生中な毒を使うでしょうか? 出来るだけ証拠が出ないような、優秀な毒を、使うのではないでしょうか。医者としての知識をフル活用して。

……とか妄想したくなるようなレベルで、このゲームにおいての女医さんは非常に、そして非情に作戦を遂行して来ます。

 

 お陰で、一般の達人でこの展開に介入しようとなると、ものっそい苦労するんですよね。谷本君に近づいて、仲良くなって、そこから女医の存在を確認し、そして彼女の野望をキャラクター目線で確認してから、毒の出所を確認して……等々。

 しかし、ホモ君なら。とある裏技が使えます。

 

 それがこの『輸送系クエスト』となります。

 このクエストを受注した状態で、特定の場所へ移動する事で成功するのですが、まぁこのクエスト自体が重要なのではなく。これを受けている状態ならば、普段は絶対に入れないような場所にも入れるのです。

 で、医者のホモ君が輸送、又は搬送するのは……当然ながら患者です。患者を送り、その間での万が一が無い様に付きそう。うん、医者の仕事ですね。

 

 という事で、このクエストを受注し、谷本コンツェルン所有の医療施設、諸悪の根源が居る所へ輸送するのです。そして中に入れさえすればこっちのモノ……という訳には行きませんが、何回か出入りしつつ、楓ちゃんに接触を図るのが狙いです。

 

 まぁそう簡単に治療されている患者に会える訳もないのでね。楓ちゃんが死ぬまでの時期に何度か出入りしておく必要があるのですが……ふ、ふふはははははっ!! 甘い、この私がその辺りを考えていない訳が無い、と?

 様々な病院を転々とする間、ちょくちょく谷本コンツェルンに出入りしてたんですよ。患者の移送任務は、別に他のクエストと並行しても進められるタイプなのでね。

 

 取り敢えず、逆鬼師匠イベントが終わるまで、ちょっとずつ仕込みをしていたので……

 

『――おじさん……だあれ……?』

 

 コレもんよォ!!! いやぁ漸く楓ちゃんと会えましたよ。

 楓ちゃんに会えればこっちのもんです。後は投薬するなり看病するなり診断するなり治療するなりまぁ何でもアリですよぐへへへへへ可愛いねぇ楓ちゃん絶対に健康にするからねぇ?(下衆顔)

 

 ……なんてやってやりたい所ですが、しかしながら非常に厳しいのも確か。何せここは谷本コンツェルンのお膝元。勝手に治療なんぞしようもんなら即御用です。医師としての資格を持ってりゃいい訳も聞きますが、こちとら無免許、何時だって逮捕される大義名分を背負って歩いてるカモでございます。

 

 まだ、未だです。まだ耐えなければなりません。楓ちゃんを安全な場所に移して治療する為には時間がかかります。とはいえ、ここまで楓ちゃんが『弱ってきている』なら、後ちょっとの筈なのですが……?

 

『――谷本さんが亡くなったって本当か!?』

 

 キ タ コ レ (富士鷹スマイル)

 

 そう、このイベントで亡くなるのはもう一人、いらっしゃったんですよ。谷本君のお父さんでございます。谷本コンツェルン所有の施設です、要するにオーナーが亡くなった訳ですからそりゃあ動揺もするでしょう。

 

 この隙を突いて、楓ちゃんを誘拐しようと思います。

 初めからこのつもりではありました。突貫工事の正当進化とは言えぬこのキャラクターには、理想の動きが出来る訳がないのです。こういう時、ちゃんと学校を出たキャラなら……と後悔しきりになる事もありますが、しかし悩んでも仕方ありません。救えるものを救うために手段は選びません。

 

 谷本君のお父さんは……今からはどう足掻いても救えないので、せめて娘の命を救うための礎になってもらって。致し方ないコラテラルダメージという奴です。

 

 楓ちゃんを連れだすならここしかないのです。っしゃ、一つの尊い命を救うためにレッツ・誘拐!!

 

 さて、連れ出しさえしてしまえば、後はさっさと治療するだけ。手遅れギリッギリではありますが、何とかならないでもないでしょう。よーし、谷本君に恩売るぞー槍月師父に会わせて貰うぞー!

 




自分で書いてて『この走者割と酷い選択してんな』と思ったのですが、まぁこれが一番効率が良いと思ったのでこのまま貫きます(鋼の意思)


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第二十二回・裏:かえでとつるつる

 ――その人たちは、私のへやに、急にやってきた。

 

「――せ、先生。勝手に入って大丈夫なんですか……!?」

「要治療患者の気配だ」

「またそれですか……って、女の子……?」

 

「――おじさん……だあれ……?」

 

 大きなおじさんと、黒いおじさん。大きなおじさんは、おいしゃさまの服を着ていて……とっても、服はみちみちしていた。ふしぎな人だった。おいしゃさまに見えなかった。どっちかといえば悪い人にみえた。

 いつも私をみてくれるお母さんとは、ぜんぜんちがった。

 

「……少し失礼する」

「え?」

 

 おじさんたちを見ていた私に、大きなおじさんは、グッとかおを近づけて。私のほっぺにそっとさわった。びっくりしたけど、私の体はうごかなくて、おじさんのするがままになっていた。

 

「――これは」

「ん? どうしたんですか先生」

「……ここの担当医は一体何をしている……治療の痕跡が全く……まさか、そんな」

「あの、顔が怖いんですけど」

 

 そうしてると、大きなおじさんは、みるみる怖いおかおになって。それを見て、黒いおじさんはビックリしてる。でもそんな事を、大きなおじさんは気にしていないみたいで。私の目を、じっと見てきた。

 怖いおかおなのに、おじさんの目は、なんだかとっても、とうめいで。キレイで。あんまり怖い、とは思わなかった。

 

「お嬢さん。喋れるか?」

「……あ、はい……」

「喋るのも苦しいんだね。分かった。なら一つだけ。君を担当している医者は誰だね」

「――おかあ、さん」

 

 だから、聞かれたことに、直ぐにこたえた。それが悪いことだとは思わなかった。

 そうすると、怖いかおをしていたおじさんは、少し笑って、ありがとう、と言って私のあたまを、ゆっくりなでてくれた。その手が……おかあさんよりも、なんだか優しい感じがして。そうしてなでてもらってたら。

 私は、あっというまに寝ちゃってた。

 

 

 

 そとで、ばたばた、だれかが走ってる。みんな、いそがしいみたい。おかあさんも、今日はきてくれないみたいで……どうしたんだろうとおもう。ひとりじゃない、いっぱいの人がたくさん、走りまわってる。

 

「――」

 

 私は、ひとりぼっち。みんながげんきに走ってるのに。くるしい。ここでずっと。くるしいままなのが、さびしい。

おかあさんが、私をみてくれてるのに。よくならない。どうしてだろう。

かえでの体がわるいのかな。『大丈夫、きっと治るわ』っていってくれてたのに。かえでが、わるい子、だから。かみさまも治してくれないのかな。

 

たすけて、もいえない。口がひらかない。

お兄ちゃんに。あいたい。

 

「――お兄ちゃん」

 

 ……そうつぶやいたら、すぐ。

 

「ぬぅん!!!!!」

 

 まどが、こわれた。

 ……びっくりしちゃって、ちょっとだけくるしいのをわすれちゃった。つるつるのまどがバラバラになってた。小っちゃくなった。どうしたんだろうって、おもうまえに。もうその人は、わたしの前にいた。つるつるの、おじさんが。

 

「メナング、万が一の場合に備えて扉の前に」

「正義は我に在り正義は我に在り正義は我に在り……!」

「急いでくれ。万が一見つかれば全てが終わる。ここに居ては彼女は助からない」

 

 黒いおじさんが、とびらのまえにいって……とおせんぼのポーズしてる。そして泣いてる。どうしたんだろう。楓とおなじで、苦しいのかな。でもそんなかおにみえない。なんていうかとても、かなしい、気がする。

 そ、それで、なんでおじさんたちは私のへやにはいってきたんだろう。なんでまどをこわしてきたんだろう。

 

「――谷本楓さん」

「は……は……」

「これから誘拐する。先に謝罪しておく。すまない。失礼する」

 

 ――あっ、ていうのもできなかった。

 すぐに、私はおじさんのてに抱かれていた。またびっくりして。でも、おじさんのての中は、とてもしっかりしてて。あたたかくて。なんだかとても、ほっとした。

 ベッドでねてるときよりも、なんだか、らくになった気がした。

 

「メナング」

「大丈夫です、気付かれてません! 行けます! やっちゃいけませんけど!」

「命を最優先だ。行くぞ。万が一の場合も剣星殿には話を通してある」

「あははははは念入りに練られた計画だ追及されたら何も言えやしないですねぇ!!!」

 

 やっぱり黒いおじさんはないてる。どうしてなんだろう。

 

「では、行くから決して動かない様に」

 

 気になったけど、でもつるつるのおじさんがはなしかけてきて。でも、私はそれにこたえられなくて……いく、ってなんだろう。なんておもって。それで、わたしは……

 

「――ぬぅん!!」

「ひぇっ――」

 

 そらを、とんだ。

 

 ぎゅんぎゅんと、まわりの家が、ビルが、お店が、どんどんうしろにとんでいく。びっくりした。『動かないで』って言ってたけど。うごけなかった。それにまたまた、びっくりしちゃって。

 でも、さむくはない。あたたかい。さむくないように、風は、おじさんがさえぎってくれていた。私をくるんでる、うすい……タオルみたいな、おふとんで。

 

「――」

「暫しの辛抱だ。もう少し待っていてくれ」

 

 そのあたたかさで、また目がとろんてしてきて……さいごに気になったのは。

 黒いおじさんは、おいてきちゃって、よかったのかな、って。

 

 

 

「……ほんと、本当に……私、やばかったんですからね。もうホント、しら切るの本当に苦労したんですからいや本当に。まだ結婚もしてないのに、刑務所送りになるかと」

「すまなかったと言っている。それに患者優先だ」

「偶には助手をいたわってくれても罰は当たらないと思うのですが」

「……アメリカへの旅費、やはり検討するべきか」

「それも良いですねぇ。ひさびさに仲間に会いたいですから」

 

 ――また目がさめて。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、くるしくなくなった気がした。すぐそばで、おじさんたちが、たっていた。黒いおじさんが、ちょっとだけこわくなってて、つるつるのおじさんは……ちょっと小さくなってる気がした。

 

「はぁ、全く……それで、お兄さんへの連絡は」

「今は警察で事情聴取を受けているらしい。それが終わり次第、此方へ来ると」

「――楓!!!」

 

 そのむこうで、いりぐちがひらいて……入ってきたのは、おにいちゃんだった。はしってこっちにこようとして……つるつるのおじさんにぶつかってころがって。でも、すぐに立って、ベッドのちかくに来た。

 

「おにいちゃん」

「楓……楓……」

「治療は施した。とはいえ、今まで放置されていた分を回復するには時間がかかる」

「――幾ら欲しい」

「莫大な金は要らない。ただ、彼女の病気を治すのに必要な分は、これだ」

 

 ……おにいちゃんは、つるつるのおじさんから出された紙をみて、ちょっと目をぱちくりさせてから、つるつるのおじさんのほうを見た。

 

「これだけでいいのか?」

「彼女の体質を改善するならば、薬等に頼らずに、地道に体を動かすなどして、体質改善していった方がいい。そうした方が、長く健康も続く」

「……楓を助けてくれた事は、感謝する。だが、お前らに楓を診せるか、って言う話は別だ。楓は、あの女医に騙されて……お前らの事も、信用できない」

「関係ない。患者が目の前に居る。私達は彼女を助ける。何をしようとだ」

 

 おにいちゃんは、こわいかおをしてる。つるつるしたおじさんも、こわいかおをしていた。にらめっこみたいにずぅっと、ふたりは、ふたりをずっと見てた。

 それが……こわくて。

 

「おにいちゃん……どうしたの……?」

「楓、いや、なんでもない」

「どこかいたいの、だからこわいかおしてるの……?」

「そ、そうじゃなくて……」

 

 ……そんなおにいちゃんを見て、つるつるのおじさんは、すこしだけわらった。ほんのちょっとだけ。なんだか……やさしいかおだった。

 

「――信じるかどうかは関係ない。私は彼女を治療するだけだ。だが……気になるなら、隔日のペースで、彼女を見に来てくれ」

「なんだと?」

「家族が傍に居た方が、患者は気力に溢れる。病気と闘う意思が無ければ、治療を施しても効果は薄い。『病は気から』というのも、間違いではない」

「……監視と、楓の為に、って事か」

「そうだ」

 

 つるつるのおじさんは、とびらの方へあるきだした。

 そのとき、ちょっとだけ、わたしの方を見て……なんだか、泣きそうなかおになってから。

 

「家族という物は、一緒に居るべきだからな」

 

 それだけ。言って。出て行った。

 




ホモ君がどんな無茶をしたのか。された側の視点から。


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第二十三回

 馬のお兄さんと合流する実況、はーじまーるよー。

 

 さて。取り敢えず楓ちゃんを助けられました。これで谷本君を助ける事が出来た。闇堕ちもしねーな!!! やったぜ!! ……と、思っている画面の前の皆さん。とか思ってらっしゃる皆様。

 

 甘いです。長老の大好物のあんみつよりも甘い!!!

 

 いやぁ、恐ろしい程にケンイチ世界の悲劇は回避し辛い様に計算されている模様で、例え楓ちゃんを助けられても、谷本パパは普通に死にましたし、女医に騙されていた事実は変わりません。

 

 しかも谷本君が現在の道へ進む理由となった、最大の騙されイベントに関しては、防ぐことは出来ません。何故か。

 いやまぁ谷本君自身とは親しくない訳で。流石に『頼れる大人』とは認識されてはいませんから、谷本コンツェルン絡みの問題に関してはいかんとも介入しようも無く。つまり、その最後に起こる、緒方一心斎との遭遇は防げないのです。

 

 このゲームは、様々にキャラクターと関わる事が出来ます。ですが、歴史を大きく変えようとなると、それなりに覚悟を持って挑まねばなりません。ホモ君の様に、本来関われない筈の所に、短期間で無理矢理に関わりに行くと、救えない場所も出て来る訳ですね。

 まぁ何もしないよりはマシですし、楓ちゃんを助けられた事を喜びましょう。取り敢えず楓ちゃんは、ホモ君の現在の拠点に匿っております。お兄ちゃんからはしっかりとご了承(事後承諾)を頂いているのでね、もう彼女が死ぬこともありません。

 

『あ、先生。きょうもおねがいします』

 

 何よりも、取り敢えず、こんな可愛い子と知り合いに成れたんだからもう何でもいいですよね!!!!!(思考停止)

 

 もうね。色気が無いの! ホモ君の周りには、本当に。友達友人その他諸々まぁ男臭い事この上なく! 画面の前もうすうす気が付いているでしょうが、この実況。なんとあのメスガキちゃん以外に女っ気が殆どございません!!

 令和のこの世にここまで男臭い実況もないですよ、と愁いを持っていた訳ですが。しかしながら、そんな憂慮とも今日でお別れでございますよ。今回で、いよいよ可愛らしい女の子と知り合いになれたのです!! まぁ、鈴木君とおんなじペースで見に来るだけですけど。やれる事と言えば。

 

 それでも喋れるか喋れないかで大きく変わりますよ、やっぱり。でも俺、鈴木はじめ君とも喋りたかったなぁ俺もなぁ……(男臭い空気大好きマン)

 

 ところで、私としては、谷本君が覇王化するのは、是か否か、という話なのですが。満場一致で是です。

 

 大きな理由としては、先ず『久遠の落日』において、谷本君が居ないと槍月師父が活人拳側に付いてくださりません。

 これに関しては確定していて、谷本君が居ないと槍月師父は最後まで闇側、その分久遠の落日の闇側勝利が近づくので、ここは避けておきたいのです。

 

 ホモ君は一応、何処にも属していないアライメントではありますが、『久遠の落日』に関しては。『闇』以外の勝利条件は『久遠の落日の失敗』と固定化されているので、そこは出来るだけ成功するようにしておかないと。

 

 さらに、ケンイチ世界においての一番のクソ野郎にして拳聖とかいう大仰な名前を名乗ってやがるMr,緒方との接触が起きた後、今のホモ君にとって大事なのはそこです。

 強くなることを決意した谷本君は、原作に沿って必ず槍月氏と接触します。確実に接触できるタイミングがあるので、そこにご一緒するのが狙いです。

 

 どうしてそんなに槍月師父と会いたいのか?

 まぁ単純明快な話で、経験値を得たいんですよ。槍月師父は近くに達人が居たら、戦わずにはいられない人物です。しかしながら一応、友人関係ではあるので、殺し殺され、的な事はシステム的に起こりえません。

 つまり達人級の殺人拳相手に、死ぬことなく『手合わせ』が行える訳ですよ。クエストに加え、達人級との戦いもあるとなれば経験値は大変美味しい。

 

 後、槍月師父は普通に強い達人なので、今のホモ君がどれだけ通用するかを確かめたいというのもあります。このゲーム、割と性能が良くないとゲームの腕が良くてもひっくり返される事はザラにあります。

 

 防御性能だけなら一応世界に誇れるレベルには上がっているので、それが一影九拳にどれだけ通じるか、今のホモ君は、この先生きのこれるのか。その辺りを確かめるための試金石として、槍月師父を全力で利用します。

 非情で結構、このゲームは甘い事を言っていては普通に死ねます。

 とはいえだからといって情を投げ捨てると『闇』落ちしますけど。

 

 まぁ『達人』とだけ呼ばれる為にはある程度の非情さと、強さが必要という訳です。今回はそれを見せ付ける場面でございます。アライメントも別に寄らないし、多少はね?

 

 ……と、小粋なトークで場を繋いでいる訳ですが、(槍月師父の到着)まーだ時間かかりそうですかね。ずっとメナング君からのご報告を待っているのですが、全くお返事がないんですねぇ~一体、何時になったら進展するんでしょうかねぇ~?

 

『――先生大変です! 谷本夏が何者かに襲撃されたようです!』

 

 ――っ来たぁ!!

 その報告が好きだったんだよ!!!(大胆な言い間違えは走者の鑑) ちょっと存在しない筈の要素が濃くなってますが……それは兎も角として。

 これは医者として谷本君を念入りに診療しないといけない(建前) 急ぎましょう。頼れる男が今から行くぞ! ついでに槍月師父に会わせろオラァン(大いなる本音)!!

 

 

 

 はい、谷本コンツェルン本社に到着いたしました。取り敢えず突撃隣の社長室……あ、待っていらっしゃらない? あらそう。じゃあここはメナング君に情報を探ってもらうしかないのかなぁ、なんて。

 まぁ一応は聞いてみますか。どうせ答えては下さらないと思いますけど……と普通に考えたら思うじゃないですか。

 

『あぁ? ご子息様? 家じゃないですか?』

 

 今ご自宅? そうか。君達、ちょっと個人に関する情報管理の類がガバ過ぎやしませんかね……? しかも、えらい役員っぽいぞ。この人。情報を何だと思っているのか。

 

 ――とまぁ、谷本コンツェルン内は、谷本君の敵が多いです。下は兎も角、上は、何時か自分が社長になろうと思っていた野心の輩も結構いるので、こうやって情報を無造作に流す裏切り者も多い仕様の模様です。

 

 こういう会社の仕様も細かく設定されているのが良いですよね、このゲーム。

 谷本君がああなってしまった原因は、別に小っちゃい頃の出来事だけじゃないんですよー人間やっぱり積み重ねが大切なんですよーと言わんばかりのこの鬼の様な設定。社員も社長の御子息にとんでもない扱いをする様な会社。

会社を、力で治めるとこういう事になるので、皆は力と情を上手い事使い分けて会社運営しようね!!

 

 全く、ホモ君が医者じゃなかったら谷本君は暴漢に襲われて殺されても文句言えませんよ。こんな会社員から裏切られて。まぁ谷本君には非はないんですけどね。全部パパンが悪いよーパパンがー。

 

 で。

 

『……他人も、支配できるように……』

 

 谷本家に到着。

 そして、対面した時点でこの発言をしている、という事は。無事原作ハーミットルートを辿る事は確定している模様です。まぁ楓ちゃんが生存しているので、多少の差異はあるでしょうが。

 取り敢えず槍月師父と出会えるのは間違いない模様なので、こちらとしてはそれが確定しているだけでもありがたいです。達人との手合わせ……経験値……ふいひひひ、いやーこの先が実に楽しみですね!!(悪鬼羅刹)

 




妹を誘拐し、事後承諾で彼女を治療するとか言う暴挙。
でも頑張って足りない女っ気を補填した積りだから許して。


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第二十三回・裏:少年が、武術を学ぶ

「――うん。ケガ等はなし。大丈夫だ」

「……」

 

 ――目の前のコイツが信頼できるかは、分からない。

 でも、少なくとも楓を助けたのは確かで。それだけでも、一応邪険にしない理由はあるとそう思っていたんだけど……もうそんな生ぬるい話をする段階に、この男はいないという事だけは確かだ。

 

『良いか、夏。世の中には、ありとあらゆる利益や道理では、決して動かぬ、例外の様な輩が居る。そう言った輩にも、時としてお前は相対せねばならん』

『そう言った輩をどうするか……良いか。敵対する事だけは避けろ。味方に付けろとまでは言わんが、上手く利用しろ』

『……ただ。それですら生ぬるい。狂人の類だった場合は』

 

『諦めろ。諦めて……流れに身を任せつつ、上手い事やれ。そうとしか言えん』

 

 谷本コンツェルンの長として、長い事様々な商売敵に、スパイに、時には内部の裏切り者相手とも戦ってきたあの養父をして『諦めろ』というしかない類の『極まり切った狂人』という奴だと、思う。

 その証拠? 目の前の窓だ。いや……元窓というべきだろうか。

 

――だまし討ちに遭った後。あの直後に、他にも敵がいるかもしれない会社に居るのは怖かったので、家に戻ってきた。

 そして……考えていた。ボクを助けてくれた、あの男が言っていた事について考えていたんだ。誰かを支配する為には、先ずは己の五体を、己自身が百パーセント支配できていなければならない。

 

『少年よ、武術を学べ!!』

 

 その言葉が、心に……酷く、重たく、刺さった気がして。

 武術、という事に目を向けて……

 いたら、急に窓割って突入して来た。ハゲ頭が。何事か、とか言う前に服を全部剝かれた。いや粉々に破られた。『襲撃と聞いた。診察する』という、凶行の理由だけは、耳で聞いた。

 

 マジだ。今のボクは、上半身真っ裸だ。着ていた仕立ての良い服は粉みじんになった。もうその時点で考えるのをやめそうになって、でも頑張って文句を言おうとしたが、座っていた椅子からなんでか立てない辺りで、やっぱりやめた。

 

 で、このアホはずっと診察を続けてる訳だが。

 

「……良かったです」

「服に関しては後で弁償をする。急を要していた。すまない」

「いえ……」

 

 今ここに警察か何かが居て、そう言う趣味の大人だと思われたら多分なんも言い訳出来ず捕まると思う。哀れだとは思わん。やり方を選ばなかったコイツが悪い。というか、服弁償しろ。

 

 ……改めて、目の前の『自称医者』を見る。

 

 ボクの事を騙していた弁護士曰く。この男は『不自然』だという事だった。経歴を見てるとある日、突然とある病院に勤務しだした。それに、何処かの機関で医学の勉強をしていたという経歴も無い。

 そもそも、免許を持っているかも怪しい……らしい。

 俺を騙していた男の発言だ。信じる方が馬鹿だと思うかもしれないが、その調査報告書はきちんと探偵に依頼して作っていたモノだった。

 

「――なぁ」

「なんだ」

 

 だが。そんな事は関係ない。

 楓を助け、治療し、そしてその様子を毎度、律儀に報告。様子を見る様に言ってくる此奴は少なくとも、あの女医よりも、弁護士よりも、マトモな人間だという事だけは確かだ。というか、そもそも此奴は俺の権力も金も見ちゃいない事くらいは分かる。

 

 だから、今……コイツを上手い事利用しないと、ボクは()()()。それくらいは分かる。

 そして、利用の仕方は色々ある……あの橋の男の様に、異様に強いだろうこの医者に、聞いておきたい事があった。

 

「アンタ、強くなるには……どんな武術を学べばいい」

「中国武術」

 

 ……予想外に即答されてびっくりした。

 

「なんでだ」

「俺はそれ以外を良く知らない。が、中国武術は俺が知っているだけでも多くの種類が存在する。手っ取り早く強くなるための武術も、あるかもしれない。だからそう答えた」

「そうか」

 

 中国武術。

 確かに、武術と言えば、戦いと言えば、というイメージがある。武器も、拳も、何でもあるし、強そうなイメージはある。武術、というなら……

 

「……ちょっと、失礼する」

「あぁ。お大事に」

 

 今から直ぐに、中国武術の達人を探さないといけない。本物の中国武術を極めさせてくれる。どんな相手でもあっと言う間に蹴散らせるような。そんな、圧倒的な強さを手に入れられるような……

 そんな、本物の武術家を。

 

 

 

「――馬 槍月か。金じゃなく、酒を要求してくるとは……ったく、とんだ酔いどれだ。本当に強いんだろうな」

 

 後ろには、大量の木箱。連絡を取った時に『良い酒を用意しろ』という条件を提示されたので、一応どれくらい飲むか分からないので多めに用意した。後、この量にビビってくれれば主導権握れるかな、なんて。

 親父から学んだ、数少ないことの一つだ。弱い部分は見せない。強気で押して、こっちが主導権を握る。

 

 今まで、実践できたことはなかったが。

 

「ぼ、坊ちゃん……本当にお通しするのですか?」

「当然だ、客人だぞ」

「……アレは、私にはとても人には見えませんでした……化け物ですよ……」

「化け物、か」

 

 使用人が怯えている。コイツは、もうこの家に来ている槍月の顔を見ているのだろう。出て行った時と違い、真っ青になって帰って来た。

 

「――上等だ。それくらいじゃなきゃ、教えてもらう甲斐も無い」

 

 だからこそ、会いたくなった。

 使用人に命じ、この部屋に通すように伝える。最後まで怯えていたが、諦めた様に部屋の外へと消えていき……しばし後。扉が開いて――

 

「失礼する。楓ちゃんの様子を見に来る時間だ」

「アンタじゃない!!!!!!」

「……本当に、すみません」

 

 入って来たのはハゲ頭だった。後、黒いオッサンが申し訳なさそうに頭を下げてた。

 思わずズッコケそうになった。本当に、空気も、タイミングも、何にも考えずに突入してくるなコイツ。というか、どっから入った。正直、前回の事があるから、万が一刺客とかが送られても困るし、防犯装置とか増やしたはずなんだが。一切作動しなかったぞ畜生。やっぱり外すか。

 

「……分かってる。分かってるが、ちゃんと時間は伝えてただろう」

「ダメだ。楓ちゃんが今、会いたいそうだ」

「いや楓がお前にそんな命令する訳ないだろ」

「そうだな。寂しそうにしていたので連れて来る事にした」

「独断じゃないか!!!! おい! アンタ助手だろう! どうにかしろ!!!!」

「無理です……私に出来るのは、後始末位なもので……」

 

 患者の為なら何でもする、というのはマジらしいが……今はちょっと勘弁して欲しいんだが。いや、マジで。

 

「――ところで」

「ん、なんだよ」

「誰か呼んでいるのか?」

「分かるのか」

「あぁ。何か、恐ろしい者がいる気配がする。そして……懐かしい、気配も」

 

 ――とか言った、その直後だった。

 ボクのいる部屋の壁が弾け飛んだ。ビックリした、とか、壁の修繕費、とか。そんな思考の前に『壁って弾け飛ぶんだ』というこの世の新たな事実に、呆然とするしかなかった。物理法則とは何だっただろうか。

 

「――先生!! 谷本君を!」

「いや、必要ない。目標は、恐らく俺だろう」

「えっ?」

 

 粉塵の舞う室内に……隣の部屋から、男が一人、踏み込んで来た。

 口元の立派な髭が、ごつい顔をより厳つい印象に変えている。ハゲの先生よりも、ちょっとマッシブに見える肉体。そして何よりも、この、圧力。

 見ているだけなのに、足が震えそうになる。とんでもない力を秘めている、という事を『分からせている』。強い、弱いに関わらず。

 

「……懐かしい気配だ」

「あぁ。そうだな」

「相も変わらず、か?」

「当然だ。君に誓った」

 

 その男の目の前に、当然の様にハゲの先生は一歩を踏み出す。

 それで、分かった。あの先生は、ただ強いだけじゃない。あんな強者の目の前に……涼しい顔で出て行ける程に、『選ばれた強さ』を秘めた、医者なんだ。

 

 ……医者って、なんだったけか。

 




ショ谷本君に襲い掛かる医療の魔の手! 健康を強制!!

あと、若干もう谷本君がやさぐれて来てるのは仕様です。


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第二十三回・裏:二人の達人

 私は、槍月と言う男を知らない。

 だけど先生曰く『中国武術の達人。贔屓目なしに』と言っていた。

 それを考えれば……恐らく、こうして壁を崩壊させて入って来た男がそうである可能性は十分にある。

 

 ――先ず一歩、先生の方から踏み込んだ。

 

 それに応える様に、男はゆっくりと酒瓶を地面に降ろした。それから、報酬の酒を遠くに移すように谷本君に言って、拳を構えたのだ。何も言う事無く。目の前の先生を見据えて。その形は……カラテの『天地上下の構え』という奴に似ている気がした。

 天地上下の構え、というのは攻撃の構えだ。先日、病院で再会した逆鬼さんが、屋上で練習しているのを見かけ『いや流石にマズいだろう』と思って止めに入った。

 

 そこで見せて貰った構えに、それは酷似している。こっちから攻めてやろう、という積りが良く分かる構えだ。

 だけど……もし、その構えをしていなくても、私はその男、槍月が、どうするつもりなのかは分かってしまった。

 

 笑うのだ。酷く、酷く攻撃的な笑顔で。

 

「久しいな」

「あぁ……久しいな」

「君の性格は分かっている。今日の分の治療も終えた――久々に、運動と行こうじゃないか」

「良いだろう。ただし運動で済むかは……貴様次第だ!!」

 

 踏み込んだ足、捻る腰、繰り出されるは……正拳突き。酷くシンプルな一発だがしかし。ソレを見て、私がまず思ったのは。

 

 『あぁ、あの一撃はどうにもならない』だった。

 色々と、武人を見て来た。私より強い武人も見て来た。そのどれも、脅威だとか、圧倒的だとか。そんな感想を抱いてきたのは間違いない。

 だけど、諦観から始まるのは、初めてだった。

 どうしようもない。間違いなく瞬殺される。一発で終わる。

 どんな受けも、守りも、通じず。回避に徹した所で間に合わない。

 

 動揺するのを一周以上通り越して、完全に心が凪いだ。多分、今私の心は、鏡の如く波風たたないどこぞの塩湖の様になっている気がする

 

「――」

 

 そんな事を気にせず、先生がその拳に手を添え、たのだと思う。多分。いつの間にか拳は直線からそれて、明後日の方向に突き出された……と思ったら。

 とか思ったら先生の後ろ、何メートルか向こうの壁にひびが入っているのが見えた。冗談だと思いたかった。どういう威力だろうか。家の持ち主の谷本君が真っ白になってた。何とか支える事にした。

 

「い、いえが……」

「しっかり、まだ終わってない!」

 

 とか言ってる間にも、壁のヒビは幾つか増えていっている、が。先生の周りに巨大なガラス玉でもあるかのように、槍月の拳は四方八方へ逸らされている。

 時には、先程の様に手を添えたりしているのだろうし、時々、軽い破裂音もするので、叩いて軌道を無理矢理変えているのもあるのだろう。

 

 だが、拮抗を良しとする様な相手か、更に繰り出そうとした拳が……完全に軌道を変えてきた。内に引き寄せて、その代わりに向けるのは、背面。フェイントだ。本当の狙いは……背面から繰り出す、体当たりか!!

 

「鉄山靠!!」

「っ!」

 

 あれだけの大柄な体、その体重を乗せた一撃だ。強烈、且つ全くもってスピーディな一撃で、直撃は免れない。思わず悲鳴をあげそうになって……しかし。

 

「――甘い」

 

 両掌でそれを受け止めつつ、一歩後退。しかしこの後退は下がらされたのではない、先らかに意図的に下がって、寧ろその衝突を生かしてくるんと一回転し、槍月の背後へ。

 取った。後は打ち込むだけ……! と思ったが、良く考えてみれば先生は先ず、誰かを殴ったりはしない。となると、後方を取ったのは体勢を整える為か。

 

 が、本当に甘かったのは、私の考えだ。

 

「ふん、そっちは囮だ……鉄山疾歩靠!!」

 

 一瞬、完全にすかした、と思った槍月が、突如として反転。先ほどよりも、速い。体重を乗せていたのでは、と思ったが違う! 完全に体重を乗せず、先生に避けさせた! 後ろに回ってくると読んでいたのだろうか。

 

「!!」

 

 今度こそ、衝突。先生の体が後ろに……吹っ飛ばない!

 良く見れば先生も、ただ受け止めた訳ではない。伸ばした後ろ足をクッションに、体を柔軟に曲げて、力を上手い事、床に逃がしている。

 後ろを取った瞬間に、完全に構えを立て直したからこそ出来たのだろう。

 

 だが全く槍月は驚かない。そこからは今度は、拳だけではなく、足を混ぜての攻勢に打って出る。蹴りで上下に振って、からの中心正拳、受けられれば、右から左の回転肘。受けさせた所に改めて上から拳……までは見えるのだが、多分その間にもいくつか攻防が差し挟まれている。なんか、影っぽい物が見えている。

 

「……アレが、本当の武」

「慧 烈民の時と、まるで違うじゃないか……!」

 

 無数の拳と迎撃の手が行き交って、双方、一歩も行きもしなければ下がりもしない。その間に迂闊に踏み込めば、こぼれて、暴力が溢れる。

 まるで、コップ一杯に、ギリギリまで注がれた水の様に。

 

 このまま拮抗状態が続くか……と思われたその時。

 

――バヅゥン!!

 

「ぬぅん!!」

「……!」

 

 轟音と共に、二人がお互いに飛び下がった。

 その直後、床に走る無数の裂傷。凹み……だけではなく、先生の後ろの壁にも、いくつか傷が走り抜けた。

 今の一瞬で、どれだけの拳を先生は捌いたのだろうか。

 

「――ふん、相も変わらずだな」

「変わるな、と言ったのはお前だろう」

「その癖、制空圏とも少し違う、妙な技術を身につけたようだな……悪くない」

 

 ――息が詰まりそうだ。

 槍月の必殺の間合いの筈なのに、先生は涼やかな顔をしている。槍月も、特に何か感情を出している、という訳ではない。

だというのに、あの二人の間の空間が、歪んでいる様に見える。

二人の気迫がぶつかってそうなっているのか、それとも。

 

「とはいえ、お前に一度も勝てていないのも癪だ。一度くらいは勝ちを拾わせてもらう……行くぞ」

「良いだろう。かかってこい」

 

 二つの呼吸。槍月の物は、深く……大きく。先生の物は、いつも通りだけど、しかしながらその眼差しは、一切槍月の方から離してない。

 思わずして、喉が鳴った。

 

「――」

「……」

 

 一歩。槍月が詰める。

 先生は……動かない。

 目を凝らせば見える、先生の制空圏ならぬ、迎撃エリアとでも呼ぶべき領域。広く、そして分厚いそれに、槍月が踏み込んでいく。

 踏み込むだけであれば、先生は反撃しない。それを分かっているのだろうか。余りにもリラックスしたその様子は、最早先生を信頼している様にすら見える!!

 

「貴様を知らなければ、舐められているようにも見えるな、これは」

「俺のやり方は知っているだろう。それとも、俺が君を馬鹿にするような類に見えるか」

「見えんな」

 

 その距離は……最早、互いに少し手を伸ばせば、相手の体に届く程に詰まっている。

 先生は迎撃専門。ここまでの近距離であれば、先ず確実に先手……すなわち、攻撃から入れる相手の有利だ。先生の不利は間違いないだろう。

 だが、先生も歴戦の達人。そう簡単に諦めて喰らうわけがない。

 

「――その貴様の手癖の悪さ、そろそろ貫かせてもらう」

「貫かれては患者の盾にはならない。凌がせてもらうぞ」

 

 そして……互いの気迫は最高潮だ。この必殺の間合いで――下手をすれば、何方かが死にかねない。それを、頭では分かっている。

 だけど、体が動かない。

 

 武人としての心構えがそうさせた。

 この勝負に割って入る事、それ即ち双方に対する侮辱になりかねない。

 先生が、命を落とすかもしれない。それを頭でしっかり分かっているというのに。

 

そんな中――

 

「――おい、二人共やめろ!! そこまでだ!!」

 

 目を見開いた。谷本君が、二人の間に入り込んだのだ。

 それが如何なる理由だったのか。家が壊れると思ったのか。呼んだ達人がとんでもない事をしでかしていると思ったのか――だが今はそれを問題とするべきではない。

あの間に入り込むなどと、無謀を通り越して蛮行だ。弾け飛ぶ彼の頭蓋が見える。マズい。咄嗟に彼の体を抱える様に飛び込んで、必死になって防御の構えを取る。

 

 その直後。

 

「――あっ」

 

 私の周りで荒れ狂う、四つの手を幻視した。

 片や拳、片や掌、無数のそれが、攻撃と迎撃となって、愚かな闖入者二人の周りを嵐となって駆け巡った。いや、だが拳を合わせる音は聞こえていない。これは、なんだ。二人は動いていないのに、二人の動きの軌道だけが、見える。

 

「……ここまでだ、槍月」

「何?」

「俺も、久しぶりに君と会って、気分が高揚していたが……良く考えてみれば、君はそこの谷本少年に呼ばれたのだろう」

「そうだが」

「であれば、その要件を聞くのが先ではないか」

「知るか。貴様との一戦が先決だ」

「俺は暫くここに居る。幾らだって戦えるだろう」

 

 ……二人の声だけが聞こえる。一歩も動けない。

 

「それに、君も見ただろう、彼を」

「……」

「彼は恐怖に震えていた。だが、それでも恐怖を振り切って、私達の戦いに割り込んだ」

「フン、そうだな。一丁前に覚悟だけはあるらしい」

「それだけの決意をもって、ここに居るのだ。先に話だけでも聞くのが筋だろう」

「――良いだろう。今は、『分け』だ」

 

 それでも、何とかこの少年は逃がさないと――等と、覚悟を決めていたら、いつの間にか嵐は何処かへと消えていて。二人の気迫も、何処かへと霧散してしまっていた。

 緊張が解け、へたり込んでしまう。

 私の懐の少年は……震えていた。それはそうだろう。アレだけの暴風雨の中に飛び込んだのだから。だが、それでも驚くべきことに。

 

「……お、おい……ば、そう……げ、つ」

「なんだ」

「さ、いこうきゅうの……さけ……ようい、した」

「そうだな。それで?」

「おれに……中国、武術を……極め、させて、くれ!」

 

 彼は、槍月に対し、口を開いたのだ。

 しっかりと、彼の目を見て。両足で立って。とんでもない胆力だった。

 その少年の様子を見て、しばし目を細めていた槍月は……フン、と一つ鼻息を鳴らした。

 

「生意気な小僧が――酒の味を確かめてから、考えてやる」

 




一応、現状のホモ君の総合的な実力は、槍月師父に一歩劣っています。攻撃がボロカスですからねホモ君は。


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第二十三回・裏:二人の酒の肴

「……」

 

 金持ちの用意した酒だけあって、やはり質がいい。それに……今日は、特別に美味い酒だという事が確定してる。此処まで心地のいい日はない。

 

「待たせたな」

「遅い」

「すまない。一応、ひとっ走り拠点に戻っていたのでな」

「患者か。本当に、その根っからの医狂いは治らんな貴様」

「……その言い方は止めろ。俺はそんな言われる程可笑しくなってない」

 

 口をとがらせながら、隣に座る男は、前よりも明らかに腕を上げている。僅かな手合わせだったが、確かに分かった。この男の防御は、以前の相対し、撃墜する。そんな武術を更に発展させたのだろう、その防御方法。

 俺には、制空圏ではなく、奴の周りにガラスの如き球体が見えた。そこに打ち込んだところで勝手に逸れて、何処かへとすっ飛んでいく。

 

 距離を測った戦い方を覚えたら『ああ』なるとは、思っても居なかった。いや、普通はああはならないが、あの男ならありそうなのが、少し可笑しい。おかしな成長の仕方を昔から奴はしていたのだから。

 

「――久しぶりだ。お前とこうして、酒を酌み交わすのは」

「あぁ」

「何をしていた?」

「治療をしていた」

「……そりゃあそうだが。そうじゃない」

 

 だが、性格自体はあまり変わってはいないらしい。全く予想していた答えしか返ってこない。まぁ、この男からすれば、治療以外をしてきたつもりなど無いのだろう。恐らく治療以外も絶対にやっている、と確信できるが。

 

「何処でだとか、あるだろう」

「……と言ってもな。世界のいろいろな所へ行ったよ」

「色々な所、というと」

「国、という意味でも勿論。病院、鉄火場、戦場……患者が居そうな所は、一通り」

「全くもって貴様らしいな。それで鍛えられたか」

「どうやら、その様だ」

 

 ……少し互いに黙り。気になっている事を口にした。

 

「あの男は、弟子か何かか」

「いや。彼は、助手、の様な何かだ。彼のサンドバッグ役が、俺でもある」

「どんな関係だ……?」

 

 此方を見ていた黒い肌の男。多少は『出来る』のは間違いない。俺達の『仕掛け』を一応見れていたようだし、それなりの実力ではあるのだろう。

それ程なのだから、コイツが鍛えているのかと思ったが、まさかのサンドバッグ役だった。サンドバッグ役とはなんだ。まぁコイツを殴っているだけでも腕が上がる、というのは否定はせんが……しかし。

 

「どの程度使える?」

「……君程ではない。仕掛けるなよ」

「ちっ」

「とはいえ、才覚ある若者だ。切欠があれば……上り詰めるとは思うよ」

「ほう。そう言えるだけ武術に関して学んだか?」

「父がその手の蔵書を残してくれていたからな。多少なら、分かるようになった」

 

 そう言ったホークの顔は、少し微笑んでいる様に見えた。どうやら、医療狂いなのは変わりないが……多少は人間らしくもなったらしい。

 

「あの弟子の影響か……」

「何の話だ」

「随分と、情を見せるようになった」

「……そうでもない。無表情やら、無感情やら。言われる事ばかりだ」

「昔と比べればだ。そこら辺の若造の様にお前が笑って居たら、天変地異を疑う」

「ふむ。正当な評価だな」

 

 ……再び、持っていた瓶の中身を、口に流し込む。こんなにも、スルスルと飲める酒だっただろうか。変わるな、とは言っていた。しかし、余りにも変わっていない。それが予想外で、そして、俺にとっての喜びでもあったのか。

 

「剣星と会っただろう」

「何処で聞いた」

「ふん。鳳凰武狭連盟に、とんでもない医者が出入りしている……ちょっと裏に潜っている奴ならば、知らぬ者など居なかった」

「そうか。俺もいつの間にか、有名になったな」

 

 自分の名声にも、こうして全く興味がないのも、変わらずだ。

 

「貴様、自分が何と呼ばれているのかも知らんのか」

「……剣星殿には何も言われなかった」

「まぁ何方かと言えば、裏の方で少しずつ名が上がってきている。お前に、さんざん邪魔をされた奴が色々と吹聴しているらしい」

「ふむ。恨まれるような事はしていないが」

「その内、広まるだろうよ……『医の狂人』だなんだと、好き勝手触れ回っているらしいからな」

 

 その渾名を初めて聞いた時、思わず笑ってしまった。世界には、アイツ以外にもそんな名前を付けられる者がいるのだな、と思って。で、コイツ本人だと分かった時は……うむ。思い出したくないが。盛大に酒を、吹いた。

 余りにも『らしい』渾名だったから。

 

「……狂人とは、随分な言い草だな」

「名乗りたい名でもあるのか?」

「いや。だが、狂人などと……俺はそんな、脳に問題があるかのような渾名が似合う訳がないと思うのだが」

 

 ……脳に問題はないだろうが、しかしながら狂人、という渾名は余りにも似合い過ぎているのは言うべきだろうか。いや、そんな節介をする必要もない。別に此奴がどんな呼ばれ方をされようと、それで態度を変えるような男ではない。

 強いて言うのであれば。まぁ、別の渾名を流してやる位か。俺が。自分の酒飲み仲間を『狂人』呼ばわりするのは些かと、気分が悪い。

 

「ああそうだ」

「なんだ」

「剣星殿が、会いたがっていた」

「連れて行くか?」

「まさか。俺は伝えるように言われただけだ。君の好きにすると良い」

 

 ……こうして、余計な節介を焼かない。というのも、得難い。

 

「それよりも、一つ聞いておきたい事がある」

「なんだ」

「――『闇』という組織、知っているか」

 

 その言葉に、隣の男にチラリと顔を向ける。

 ホークは夜の空に視線を向けていた。本当に、何てことない事を聞いたようだった。その問いかけは……答え方次第によっては、亀裂を生みかねない、そんな問いだ。

 だがこいつにとっては、そんな程度の事なのだろう。

 

「あぁ」

「加わっているのか」

「うむ」

 

 だから俺も、その程度の事だと思って話した。久しぶりに会った友人との、酒の肴程度に想って、口を開いた。

 

「そうか。だろうな。君の気質からして、表の組織は肌に合わないだろう」

「全く合わん。温い所ばかりだ」

「闇、という組織はどんなところだ。良くしてくれているのか」

「……まぁ、悪くはない」

「そうか。良かった。君に良くしてくれていない、というのであれば、剣星殿や無敵超人に話を持ち掛けようと思っていた」

「やめろ。全面戦争でも引き起こす積りか」

 

 まぁ冗談だろうが、一応軽口程度に返しておく。

 隣で、友は普段浮かべないような微笑みを浮かべていた。それも一瞬、何時もの様な鉄面皮に戻ったが。

 

「……槍月」

「なんだ」

「クシナダ、という名前を知っているか」

「……」

 

 その鉄面皮から紡がれた言葉は、俺の何かに引っかかるには十分な意味を持っていた。クシナダ。その名前は、聞いた事があった。というよりも、馴染みのある名前だった。

 

 思い出す。闇として、一影九拳として。初めてあれらと出会った時の事。俺の前任を『力づくで退任させ』そこに食い込んだ、その時の事。

 

『――儂の子と、良くしてくれている様で、感謝する』

 

 底知れぬ女だった。

 異様だった。聳え立つ山の如し、ではなく。横たわる底なしの谷の如しだった。勝てぬとは思わなかったが、間違いなく苦戦する、と思ったのは初めてだった。

 悍ましいと思ったのは……その顔に浮かべていたのが、親子の情だったのか、それとも他のものだったのか。分からなかった事だった。

 

「――知り合いか」

「あぁ。少し探して居る」

「……一影九拳、という組織に属する女だ。俺が知っているのは」

「一影九拳?」

「あぁ。俺が、属している組織だ」

 

 此奴と、あの女がどんな関係か。無理な推察はしない。

 

「そうか。君のいる組織なら、武人に関する組織なのだろうな」

「あぁ。化け物ばかりだ」

「化け物か。君がそう言うのなら、想像もしたくない」

「そう言うな。酒の肴には、丁度いい輩ばかりだ」

 

 取り敢えずは、自分の属する、裏世界の事情を酒の肴に、のんびりと飲む事を優先しようと思った。どうせ、この時間よりは、重くない。

 




剣星殿『伝えるだけじゃどうにもならないだろうし、出来れば連れてきて欲しいな』
ホモ君『まぁ会いに行くのは本人の意思次第だろ。無理やり連れて行くとかマナー違反だし』

どっちも……間違っていないのである……!!!


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第二十四回

いよいよ原作まで秒読みな実況、はーじまーるよー。

 

 槍月師父との戦闘は……やはり莫大な経験値となりました。少なくとも谷本邸に槍月師父が滞在している間は、此処に来れば師父と腕を競い合う事が出来ます。後、新たに『覇者の拳の教材』というミッションが出ました。

 

 これは槍月師父、及び谷本君が出会っている状態で、何方かと知り合い、尚且つこの時点で達人級になっている場合のみに発生するのですが、槍月師父と、一定期間内で、一定数戦うと成功。経験値がもらえます。

 依頼内容では、ホモ君と槍月師父が手合わせをして、その動きを参考にする。いわゆる『見稽古』の教材役になれ、という事になっています。

 

 因みにこの任務をこなしたからと言って谷本君の強さが大幅に変わるという事は無くあくまで谷本君が『あの』レベルまで成長する為の糧に過ぎません。ホモ君の技術を継承させて医療の鬼の谷本君とかが作れれば面白いんですが、そんな事は出来ません。

 

 その代わり確定で青得が一個手に入ります。

 なんやて!? それは本当か!? はい。本当でございますお客様、今ならこの任務を駆け抜けるだけで青得が一個タダ!! 経験値迄ついて、今なら拳豪鬼神の拳を綺麗に捌くだけの大特価! ウーンお得!(ぶっ壊れ思考)

 

『――行くぞ』

 

 因みに賢明な視聴者の皆様であれば、凡そ理解しているでしょうが、このミッションが割りが良いかと言えばそうではありません。

 そもそもの話、一影九拳の拳を捌き切って手に入るのが青得一個というのがちょっとアレです。前回、戦っていた頃の槍月師父とでは格が違うんですよマジで。

 

 その恐ろしさを見せつける為に、現状の師父のお力をお見せしましょう。

 

 見てください。この、攻撃から防御迄、高レベルで纏まったバランスタイプのステータスでございます。攻撃的なファイターかと思いきや、ですよね。ホモ君と違って、防御も攻撃も、しっかり高いです。

 当然の如く、金得、青得、その数はホモ君を凌いでおります。流石師父。マトモに相手したら吐き気がしてくると思います。

 このゲームにおいて、器用貧乏は寧ろ正義。特化は余り推奨されておりません。技撃軌道戦などを考えても、しっかりと防御も攻撃もこなせないと、達人としてはやっていけないのでございます。

 

 受け身を一切仕込まれない、酷く脆い兵隊の皆さまの悲劇を繰り返してはいけない(戒め)

 ケンイチ君がトラウマ負っちゃうヤバイヤバイ……まぁそのトラウマはホモ君にはどうしようもないんですけれども。しぐれさんとドキドキお泊り会して克服して、どうぞ。

 

 あ、ケンイチ関連で一つ。このゲームにおいて、ストーリーモードでも、この武人列伝モードでも、実はケンイチ君としぐれさんをくっつける事が出来ます。薄い本関連の様にもにょんもにょんのぐっちゃぐちゃに絡み合わせる事が出来ます。

 そう言う楽しみ方をするには、まぁそれ相応の準備が必要なのですが、それを踏まえてなお、原作では見れなかった幻のカップルを成立させるのは楽しいです。

 

 まぁホモ君ではそれをやる必要もないので、気も楽……だ……

 

 ヤベェすっかり忘れてた。見合いセッティングしないと(焦り)

 い、いや。ケンイチ君ではありません。では谷本君か? 違います。一番、今我らの身近にいる、キャラクターの嫁さんを見繕って来ないといけません。

 誰かって? メナング君だよ!!!!!(必死)

 

 マズいです。いや、そもそもメナング君が居ない時点でティダード編が原作通りにならないのは確定なのですが……しかし、それでも彼の娘であるハルティニちゃんがこの世に生まれ落ちないのは余りにも痛すぎます。彼女優秀なんですよね。

 

 因みにハルティニちゃんの年齢的に、そろそろメナング君にお嫁さんを見繕って、爆速でお嫁さんに産んでもらわないと間に合いません。ハルティニちゃんの年齢は、恐らくは、山本流柔術の使い手、山本直樹君と同じくらいの十二、または十歳程……アレ?

 今、原作から八年前……アレ? 時間的に……アレ?

 

 い、いや待てっ……!!! 万が一、万が一十歳だと仮定した場合……今年、今年生んでもらえば……いやダメですねコレ……間に合わん……っ!!

 

 やりました。とんでもないガバをやらかしました。いやー……メナング君を組み込んだチャートは、本当に初めてだったので。ど、どないしょ。彼女の有能さは、本当に得難かったのですが……!!!

 

 チクショウ、槍月師父と合流わ~いわ~いとか言ってる場合ではありませんでした。メナング君の密偵としての才能ばかりに目が行って、人生の幸せを与えてやる事が出来ませんでした……

 

 ……いえ。

 寧ろ、ハルティニちゃんを、本編での戦いの輪に巻き込まなくて良かった、と考えましょう。この激動のタイミングで、無理矢理嫁さんを探さず、落ち着いたこのタイミングでお嫁さんを探す事が出来たのは大変いい事だと思いましょう。

 

 まぁとはいえ、ティダードに行って見繕う訳にも行かないので……一旦ホームタウンにでも帰りましょうか。アメリカへ。日本でやる事はやったので。あ、いや未だありましたねやる事。

 楓ちゃんの今後だとか、ね。

 

 実は楓ちゃんなんですが、ホモ君の患者として生還させたは良いんですが、扱いが厳しいんですよね。なんでかって単純に体が弱いんです(半ギレ)

 これは原作再現と言わんばかりに、楓ちゃんの能力データには『病弱』という赤得が燦々と輝き、ちゃんと治療を受けさせてないと確率でキャラクターがロストする、とか言うクソみたいな赤得です。

とある青得と組み合わせると、まぁ短時間だけですが馬鹿みたいな火力を叩き出せる隠し効果もありますが、楓ちゃんにそんなバカみたいな火力を出してもらう必要は無いので完全に無用の長物ではあるんですが。

 

兎も角、ちゃんと治療していないと普通に病気で死ぬ、とか普通にあるのですが。

その『ちゃんと』治療するのがこのゲームでは案外と難しく、適当な病院に預けて『ヨシッ!』とか思ってるといつの間にか死んでたとか普通にあります。

鈴木君に関しては、一応戦闘行為をすると『病弱』と同じデメリットを持つ『ガラスの肉体』を持っているだけなので、放っておいてもそう簡単に死ぬ、という事は無いのですが。

寧ろ寝たきりの現状ではどう足掻いても死ぬことは無いと思います。

 

 兎も角、楓ちゃんは迂闊に放っておくとエライ事になるので、ちゃんと面倒を見れるような場所に置いておかないといけません。当然の様に、一度キャラクターから離すと、友人関係であっても、何処に居るかはそう簡単に分からなくなってしまいます。

 

 そうする為には、ホモ君が属している組織や関係者に預けるのが一番。で、そうなると候補は二つあります。一つは鳳凰武侠連盟。もう一つは『アメリカ』。マイホームの、アメリカに属している『ティダード逃亡部隊』。此処とホモ君は友好関係を持っています。

 で、この二つの内どっちに預けるのが正解かと言えば……ティダード逃亡部隊の方にしたいと思います。

 

 理由ですが、鳳凰武侠連盟の方に預けると、普通に黒虎白龍門会とかの襲撃にあってロストする可能性を内包してしまうので……それで『あ、やべ』とか言っても遅いです。

 一方、ティダード逃亡部隊の方は、まぁ何処とも敵対している訳でもなく、世界最大の国家アメリカ所属ですので、安全性も高いです。楓ちゃんを預けるなら、最高の相手です。もし楓ちゃんの容態が悪化しても、速攻で里帰りすれば良いというのがとてもいい。

 

 お嫁さん問題、そして楓ちゃんの事……ここらで、一旦故郷に腰を落ち着け、諸々の準備をした方が良いと思われます。原作も近いですし、開始に向けて多くの準備をしておきたいと思います。

 といった所で、今回は此処まで。

 

 次回は、原作開始から、でしょうか。

 ご視聴、ありがとうございました

 




ハルティニちゃんに関しては、一応解決手段は思いついてるので何とかします。
……マジでメナング君が結婚する暇がなかった(震え声)


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第二十四回・裏:何時か強くなるための一歩

「――楓ちゃんの治療には、コレほど長期間がかかると思って欲しい」

 

 禿げた医者は、そう重苦しい表情で、俺に告げた。

 いや、ずっとコイツは重苦しい顔してる気がするから、コレが素か。それは兎も角。この冗談だと思いたいような時間の長さは、一体なんだというのか。

 

「……十年、スパンか」

「そうだ。」

「落ち着いている様に見えたんだけど」

「適切な処置をしているからな。だが……苦しみを和らげているに過ぎない。治療の進捗具合を考えれば。全く進んではいない」

 

 信じられない。そもそも医者が、というのも、若干ある。だがそれでも大きいのは……楓のこれからの人生の大半を、病床で過ごさないといけない、というこの、悪夢のような事実だった。

 十年スパン、とは言う物の……十年で済むのは最短で、最良の場合のみ。コイツ曰くそれ以上に掛かる可能性は全然ある、という。

 

「こんなに時間がかかるなんて。もっと短く済むんじゃないのか」

「放置されてしまった悪影響が大きく出てしまっている。これに関しては、どう足掻いても直ぐに治療する、というのは非常に厳しい。ほんの少しずつ改善していくしかない」

「……」

「医療費に関しては心配しなくていい。最低限で済ます」

 

 分かっている。

 金が目当てじゃないのは、既にわかっているし。こうして示された『最低限の医療支援費』から見ても。普通に医者にかかるより格安どころじゃない。それで、楓の治療をしているのはこの目で確認している。

 恩を売るつもりが無いのも、分かっている。恩を売るならもっと賢いやり方がある。

 

「なんで、態々ボクに話した」

「患者をどのように治療するかは、医師が診断する。だが、俺にも医師としての最低限の礼儀は存在する。緊急ではないこの状況では、彼女の治療をどうするかは……決定するのは君だ。分かっているね」

「……」

 

 そう言われ、ちらとこの医者の助手を見る。

 あんまりにも分かりやすく、顔を歪めている。苦笑いしてる。

 

 僕だって分かる。好条件どころの騒ぎじゃない。死にかけていた楓を持ち直し、そしてこんな安い金額で治療もしてくれる。その上、長期スパンでの治療について、詳しく説明までして。

 それを蹴るなんて……普通出来ない。

 

 これは、一種暴力だ。

正しい治療と、慈善にも等しい医療提供。そして、狂気的なまでの治療への意欲。全て、医者としては正しい物だ。

正しいけども、ここまでやられると、一旦考えるだとかそんな気にならない。抵抗力を削ぎ落して来る。力押しで。とんでもなくイカレたやり方だ。

 

「……お願いする。楓を」

「分かった。必ず、治療しよう」

 

 こう言うしかない。この治療期間に関しても、信じられるか信じられないかじゃない。信じるしかない。断るという選択肢が消えた。本当に。

 そう考えると、改めてあの女医に殺意が湧く。あの女の所為で、楓は……長い時間を、治療に充てなければならないのだから。

 

 しかし……ここまで長くかかるのであれば、やはり。

 

「だが、条件がある」

「条件」

「……楓を治療するなら、()()()()()()()()で頼む。出来るだけ」

 

 覚悟を決めるしかない。

 谷本コンツェルンに関する、キナ臭い事は幾らでもある。一応谷本コンツェルンの莫大な遺産は、僕が未だに持ってるんだ。それを狙う輩は幾らでも出て来るだろう。

 その争いに……楓を巻き込むことになってしまう。

 

「頼む」

「――ふむ。ではアメリカなど如何だろうか」

「アメリカ?」

「あぁ。アメリカは私の知己が多い。彼らに頼めば、看病もして貰える」

「いや待て、お前が治療するんじゃないのか」

「長い期間が必要で、ある一定期間毎に私が診察する必要もあるが……看病自体は私でなくても可能だ。私は、医者だ。一人の患者に掛かり切り、という訳にも行かない」

「……」

 

 至極真っ当な意見だった。だが……

 

「本当に信頼できる奴らか」

「あぁ。戦場で背中を預け合った仲だ。気の良い人達ばかりだ。心配であれば……軍関係の知り合いに頼んで監視してもらう事も出来る」

「…………そんな知り合いも居るのか」

「いる」

 

 信頼できるのか、という言葉すら封殺された。知り合いを軍の知り合いに頼んで監視してもらうってなんだ。どんな言葉だ。というか、そこ迄やって貰うって……いやいやいやいや待て。あの弁護士だって、これ位の用意周到さは見せた。

 確認するに越した事は無いだろうと思うがしかしながら、今、こうして目の前に名刺を出された挙句、『電話するか?』等と提案されている訳だが。

 

「……」

「疑うのであれば、実際アメリカまで行ってみるか。旅費なら私が出す。滞在費に関しても心配しなくていい。パスポートは持っているかね。無いのであれば」

「分かった分かったもういいもういい!!!」

 

 もう分かった。いやという程分かった。だから詰め寄るな。怖い。おっかない顔を寄せないでくれ頼むから。

 

「……楓に、下手な事したら、許さないからな」

「うむ。そう思うのはごもっともだ。だから一旦楓ちゃんと共にアメリカにわたって、彼女の容態が安定するまで」

「そ う 言 う 訳 に は い か ね ぇ ん だ よ ! ! !」

 

 立場ってもんを考えて欲しい。俺が楓について行ったら何のために俺の傍から離してるのか分からないじゃないか。

 それに……俺は、ここでやる事も残ってるんだ。

 

「ボクは……強くなる。楓を守れるくらいに」

「アメリカに渡るのはそれからかね」

「だからちょっとぐらいボクに言わせろ!!! そもそも渡るとは言っていない!!! 色々あるんだよ!!! 楓はアンタに任せるからちゃんと治療しやがれ!!!」

 

 ほんっっっっっとに調子が狂う。こういう奴が一番度し難い、って言う親父の言葉は間違って居なかった。あと、部屋の隅の中国武術家、笑ってんじゃねぇ。顔背けて、体もピクリとも動かしてないが、分かるぞ。窓に写ってるんだよ。顔が。口元抑えてんじゃねぇ。

 ……マジで、マジで全て伝授させるまで放浪とかさせない。

 

「だが患者の健康状態を考えるならご家族が居るか居ないかは――」

「ボクだって傍に居たいけど色々あるんだよ……!!!」

「患者の健康以上に優先すべき事柄が?」

「その患者の健康を優先するならボクが傍に居る方が悪影響なんだよ分かれ!!!」

 

 なんでこんなに喰らい付いて来るんだ!! 分からねぇわけじゃねぇだろうが!! 事情とか色々あるんだよ!!

 

「――止せ。ホーク」

 

 ……笑ってた事に関しての謝罪の積りかと思ったが、そんな事は無いだろう。間違いなく気紛れだろうが、それでも医者の勢いを言葉で寸断したのは、壁に寄りかかっていた馬 槍月だった。

 

「このガキなりに考えての発言だ。医者なら、患者の家族の事も考えろ」

「しかし……彼女の容態を考えれば」

「それとも、俺から弟子を奪い取る気か?」

「……む」

 

 ニヤリと笑う槍月に、ハゲ医者の方は完全に沈黙した。

 凄い。完全に抑えきってる。どうやるんだろう。初めてこの髭の酔いどれを尊敬しそうになってる。家ぶち壊されたが。

 

「事情があるのだろう、分かってやれ」

「……」

「それに、医者として貴様がやる事はある。其処なクソガキの健康の為にも、修行に関して多少見てやるのも手ではないか?」

「――成程」

「ちょっと待て」

 

 前言撤回。なんて事言いやがる。

 

「楓ちゃんを向こうに運ぶのも準備は必要だ。その間に、君の様子を見るのも医者としての仕事か」

「い、いやそんな事は良いから楓に集中してくれ頼むから」

「何を言う。君も患者だ」

 

 なんてこった。こんな医者らしい発言が、此処まで絶望的に聞こえるのも初めてだ畜生。頼むから患者から外して欲しい。

 なんでだ。なんでこんな医者なんだ。俺が知り合ったのが。

 

「くく、退屈はせんだろう、ボウズ」

「――こ、この不良師匠が……!!!」

 

 ……そりゃあ、楓を救って貰った事には、感謝してる。

 そうじゃなきゃ此処まで元気なんざ残ってなかったろうし。信頼できる医者に会えた、ってのは、多分あの悪夢みたいな状況での、一番の不幸中の幸いだと思う。

 礼だって言いたい。なんにも馬鹿みたく考えずに、土下座でもして、ありがとうって言いたい気持ちも……どこかにある。あるけど。

 

 だからって……!!

 

「クソッ……!!」

「始めるぞ。先ずは、俺と此奴の一戦を見て、出来るだけ学べ」

「む、今からは無理だぞ。診療がある」

「――ボウズ、酒だ」

「ふざけんな!!!!!!」

 

 ああくそ。

 強くなりてぇな。ホント。楓を傍においても大丈夫な位。関係ないくらい。

 

「……酒なんて飲む暇あるなら、技の一つでも教えてくれ」

「ほう?」

「アンタもだ。治療するってんなら、ちゃんとしねぇと許さないからな」

「うむ。それは当然だが」

 

 いいや、強くなるんだ。ここから。ボクは……いや。

 

 ()は。




谷本夏、始まりの一歩。

という事で、今回の更新は此処までとなります。何時再開するかは作者の気まぐれなので、何時かお会いしましょう。


最後になりますが。

メイン弓様 ヴァイト様 藤原てぃー様 Othuyeq様 皮裂きジャック様 アカギ様 回析様 白よもぎ様 闇影 黒夜様 典膳様 りゅうだろう様 sk005499様 楓流様 カカオチョコ様 Ruin様 トリアーエズBRT2様 テラス様 塩三様 噛み砕かれた乳酸菌様 フジツボ様 テラス様

誤字報告、本当にありがとナス!!


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断章:『始まり』の火種
Episode M1:アメリカでの平穏


た だ い ま


 アメリカに来て、まず最初に向かうのが軍関係の敷地、というのには……まぁ、二度目なのでいい加減慣れた。

 何せここに来るのは、まぁ疑似的な里帰り、的な意味もあるので。

 

「――皆!!」

「お、メナング! 来てたのか」

「また逞しくなったんじゃないか!?」

 

 久しぶりだ。こうして、同郷の仲間たちと会うのは。

 前に会ったのは……もう数年前になるだろうか。その時よりも、皆アメリカに馴染み、そして男衆はアメリカ軍の軍服が良く似合うようになっている気がする……ティダードの服を見ないのは、少し寂しく感じないでもないが。

 

「先生は」

「知り合いに会いに行ってる。此方の患者を見に行ってるらしい。あぁ後、知人とも顔を合わせる、と言っていたが……?」

「そうか。後で先生にも挨拶しないとなぁ……」

「俺もだ。アメリカの飯に慣れすぎちまって、ちと脂肪が増えた」

「ははっ、先生に叱られるぞ」

「うへぇ」

 

 とはいえ、皆変わってはいない。寧ろ、男衆は常日頃、アメリカの軍隊内で腕を磨く事が出来て、より活発に活動するようもなった者もいるという。

 そして、活発になった勢いそのままに、この国で結婚した者も多い。しかも、現地の人間とも。

 

「――あらメナング、こんにちは」

「こんにちは。おや、ハルティニは寝てるのかな」

「えぇ。どう? 大きくなったでしょ?」

「いやぁ、子供の成長は早いものだね。で、この子の両親は? こんなに可愛い子をほったらかして何処にお出かけだい」

「仕事よ。もう少ししたら帰って来るって」

 

 この少女、ハルティニもその勢いで生まれた子の一人だ。私も、他の人の調子を見ていた先生の代わりに彼女の健康状態を見る為に幾度もここを訪れた事もあるし、両親に愛されてすくすくと育つ姿を見て来た。一切の問題無く元気に育っているその姿には、なんだかとても感慨深いものがある。

 

「そうか……そう言えば父上は?」

「あぁ、アンタのお父様もお仕事。ちょっと大きな一件なの」

「大きな一件?」

「そう。聞いて無い? ティダードの現政権を打倒し……内乱を止める作戦」

「――そうか、もう始まったのか」

 

 そして、これについても。

 我々は、結局の所は脱走兵だ。国に帰るためにはそれなりの覚悟を決めないといけない。父も、母も、自分達が助かるために国に置いてきたのだから……と。そう思って、初めは活動していた。

 

 だが状況は、直ぐにその様相を変えた。我々、脱走した兵隊はどうやらアメリカ軍との戦で死んだ事にさせられていた、というのだ。

 それがどうしてか。

 単純な話だが、下手に脱走兵が出た、等と騒ぎ立てるよりも。居なくなった兵士達は『国の為に立派に戦い抜いて、死んだ』事にした方が、その親族らの士気は上がる。

 

 死んではいない事を確かめようにも、国内には我々はいない。そして……ティダードは何方かと言えば閉鎖的な国だ。我々がアメリカに逃げ延びた事等、知り様も無いだろう。

 何時かバレる嘘であろうとも、ある一定期間なら、その親族の士気を上げ、次なる戦へと駆り立てる為のニトロにもなり得る。

 

 ティダードは、もうそう言う段階に来ているのだ。全てを賭けて戦争を行わなければいけない。そんな段階に。

 外に向けての戦乱ですらない……内乱だというのに。

最早国として、相当に危うい所に来ているのは間違いないだろう。出来るだけ多くの肉親を、同胞を助ける為には。もう我々が力づくで内乱を止めるしかない。

 

 それは……逃げて、しかしこうして力を蓄えた私達も、同じ国内の出であり……そして逃げ出したからこそ、やるべき事なのだ。

 

「その第一段階、って奴よ」

「先ずはティダードの現状を探るために、諜報に長けた奴らが入り込んだらしい」

「そうか。なら私も行けばよかったか」

「いや良いさ。お前は、先生に付いておけ。こっちは俺が何とかしておく。若い奴らが経験を積む邪魔はしない」

 

 ……そうは言うが、ティダードで過ごした時間も大切な物。私にとっては大切な故郷なのだ。それをないがしろにする、というのは流石にしたくない。

 

「それに、お前に手伝ってもらう程の事でもない。俺達だって元はティダードの戦士なんだぞ?」

「だけどな」

「任せろ。それにお前は、カエデの事もあるだろう」

 

 ……そうだ。

 先生には多くの患者が居る。先生と共に行動し、彼らとも私は触れ合った。彼らの力になれる事なら、出来る限りの事はしたいというのも、最近私が思う事だ。

 その患者の一人のカエデ・タニムラは、ここアメリカで療養を行っている。最新の医療と先生の尽力が、彼女を快復へと押し上げていた。とはいえ、まだまだ予断は許さない。

 

 私も、そのサポートをする。というか先生に少女の生活の『常識的な』サポートが出来るかと言えば、正直な話首を傾げるしかない。無いとは思うが、味とか半分二の次の食事とか毎日作りかねない。いや、これは偏見だとは思う、思うが。

 

「俺達はそれぞれの道を歩み出した。俺達はティダードを。お前は……世界の患者を。それでいいじゃねぇか」

「……」

「もう一度言うぜ。国は任せろ。お前は、お前の信じた道を行け」

 

 そう言われ、肩を叩かれるのが、本当に嬉しい。私の選んだ道を、肯定してもらえるのがこんなにも誇らしい。

 一般人だって。犯罪者だって。道端で死にかけて居た達人だって。助けるのがあの人だ。そんな人の助けになれるのは、武人としても、人としても、とても充実している。

 それを認めて貰える事の、何と心強い事か。

 

「ありがとう」

「って事で、先ずはあのドラ患者をどうにかしろ。ベッド占有して『ビールを追加であーる!』とか騒ぎ立てるんだよ……患者なのに。眼を抉られた後とは思えないくらい元気なんだ」

「あの人はホント……分かった、行ってくる」

 

 あの地獄から生きて逃げ延びて。

 でも私は、こんなにも幸せで。

 

 このまま、続くと思っていたのだ。この日々が。

 

 

 

「――はー……先生、ちょっと、目薬取って頂いても……」

「そんな風になるなら休め。メナング」

「いえいえ。先生のお手伝いが出来るのなら」

「俺一人で事足りる量だ。君を不健康にしてまで付き合わせる必要もない」

 

 先生の治療に関わる全ては多岐にわたる。当然、先生自ら作成しているカルテも外から届くカルテも、膨大な量となる。それを毎日、コツコツと捌く。先生に殆ど自由時間は無い様な物、の筈。なのだが、曰く『これでも健康の為に取っている方だ』との事。

 しかし、それでも、私が少しでも手伝えば……と言う事で、手が空けばこうして先生の隣で白いカルテに目を通す。専門的な事は分からなくても、先生が読みやすい様に整える位は出来るから。

 

 で、今処理をしているのは、外からのカルテの方だ。

 

「ティダードへの再介入……上手く行きますかね」

「我々はそう言った事の専門家ではない。気にしても仕方ないだろう」

「そう、なんですけど」

「とはいえ。少なくとも、ここ数日のティダードの戦士の皆、そしてアメリカ軍人達の士気の高さも練度も、相当な物だった、と医者の立場からは見えた。心配する事でもないとは思うがね」

 

 ティダードの戦地などで、様々な要因から健康を害し、帰還せざるを得なかった現地の調査員などを見ていると、どうにも不安が湧き上がってくる。

 万が一があるのではないか。何せ、向こうには……

 

「……しかし、今でも信じられません」

「シルクァッド・ジュナザードの事か」

「えぇ。彼が、ティダードの戦乱を、搔き乱し、そして燃え上がらせている、なんて」

 

 ――その名を、拳魔邪神。

 我々が、嘗て国を救った英傑と慕っていたお方は、闇に堕ちた。

 私が世界中を旅していた時にも、裏社会でその名を聞く事は多かった。正直、ただの噂話だとばかり思っていた。だが……こうしてアメリカに帰って来た時、それが真実か、真実ではないかは、いやでも知る事になった。

 

「君の仲間が掴んで来た情報なのだろう。私は患者の言う事を信じるよ」

「……はい」

 

 だからこそ。不安だ。

 ジュナザード様が敵に回っているとなれば、何が起きても不思議ではない。敵に容赦するような人物ではないのだから。

 彼と相対した時。果たして、友は無事に帰ってこれるのだろうか。それとも……

 想像するだに背筋が凍る。我々は、国に裏切られ、国を裏切って、逃げて来た存在だ。その最後がどうなっても――

 

「――やはり今日はもう寝たまえ。疲れが出ている」

「えっ?」

「気付いていないか。体は兎も角として、精神が疲れている」

 

 いつの間にか、先生が此方を覗き込んでいた。

 

「体も精神も、何方も健常であってこその健康だ。精神の疲れで休みを取らない、というのは愚かな事だというのが、医者としての意見だ」

「……それは」

「精神は体以上に、癒えないのだ。傷を負う前に、休ませることを推奨する」

 

 ……言われた言葉に、何も言い返せない。

 精神が疲れている、と言うのに、心当たりが無いわけがない。

 そして、先生がそれを見逃す訳もないし、先生が『治療が必要だ』と言葉にするときは文字通りの意味しかない。そこには『治療する事で感謝を買う』だとか『大きな金を得られる』だとか俗物的な考えはない。

 

 だから、ズシンと、心に響く。

 

「……分かりました」

 

 休もうと思った。

 心が弱っていたら、耐えられないから。この世界は。心も、当然体も。強く無ければ。だから――

 

 ――それを超える悪夢が来るなんて、想像もしていなかったんだ。

 




と言う事で帰参いたしました。どうも。

所で、どうでも良いですがMはメナングのMです。


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Episode M2:ティダードの災禍

 

「おーいメナング、ちょっと処置してくれー」

「分かった。ちょっと待ってろ」

 

 ティダードの薬学、というか薬草に関する知識は割と広大ではある。

 漢方にも通じる様な自然由来のそれは、枝分かれも激しく、そして奥行きも凄まじい。縦横を全て極めたものは、ティダードに置いて武人と同等の尊敬を受ける事すらある。

 

 私などはそんな薬学の達人に比べれば、そこまでその道に明るい訳ではないが……しかし先生の旅に従事し、別系統の医学を多く学んだことで、私の知識をどのように生かせばいいかという指針、というか。そんな感じの物は出来て来た。

 故に、どのように実戦で使えばいいかも分からない……と言う人達よりは、少なくとも仕事は出来る。まぁ応急処置だが。

 

 ……そもそもティダードの薬草を使わずに普通に処置すれば良いのではないか、と言うそこの貴方。先ず、我々は故郷から逃げ出して来た脱走兵である事を忘れちゃいけない。

 此方に捕虜、と言う扱いで保護を受けているのに我々はこのアメリカで軍事行動をしているのであるが。まぁ、諸々絶対に宜しくない訳で。正直、グレーゾーンを激走しているような状況である。

 

「じゃ、今日も『ボランティア』張り切って頑張ってくるか!」

「まぁ頑張って来い」

 

 で、どうやって我々がその違法スレスレの状況を見逃されているのか……

 結論。『ボランティア』でゴリ押している。

 

 うん。ボランティア、である。

 我々ティダード捕虜部隊がアメリカ軍の皆様に対して、お国を取り戻す為に無賃金で協力している……という、お涙頂戴のストーリーで世間様を納得させている、らしい。それが我々に大義名分を与えているのではあるが、それと同時に現状、我々に薬草等を使わせる理由になっている。

 

 どういう事か? 分かりやすく、本当に分かりやすく言えば……『費用』だ。

 

 単純明快に一言で言えば『ボランティアでやってるなら費用要らないよな?』という至極単純な『表向きの理由』によって、我々には本当に公表されていない金しか入ってこないのである。あんまり大っぴらにそういう『隠された資金』が回されると、更に宜しくない。ので、ある程度限られた額になる。

 いや、生活する分には全く問題無いのだが……軍事的な行動をするにあたり、腕が訛らない様に武術をフルでやるとなると……少々と、まぁ。うん。

 と言う事で、薬を買うよりも、仲間がティダードへ斥候へ行った時に偶に収穫して来る薬草で応急措置をした方が安上がりになる訳だ。

 

「とはいえ……もうそろそろ薬草も底を突くなぁ」

 

 薬草を入れている箱を視界に入れて、ついぼやく。

 やはり武術家ばかりが居るここは、薬の減りも早い事この上ない。そろそろティダードから帰ってくる仲間たちには、たっぷりと仕入れて貰って居て欲しいが。さて。

 

「――おーい、メナング。そろそろ帰ってくるってよ。待っててやろうぜ」

「そうか。すまない」

 

 それを聞いて、集落の入り口に走り出す。今日は、父上も帰ってくる日だ。久しぶりに近況の一つでも報告出来れば、と思う。まぁ最優先は薬草の方ではあるが。そう無意識に思ってから、『着実に先生の思考に染められている』、と少し笑えて来てしまった。

 

 ――その後の事なんて、想像だにせずに。

 

 

 

「おー、来た来た」

「ったく随分と遅いお着きだな」

「さてはバーで一杯やって来たか?」

 

 そう口々に言いながら、既に仲間達は駐屯地の入り口に集まっていた。その後ろから向こうから此方に向かってくる影を、見つける事が出来た。

 父上らしい影も見える。声でもかけてみようか。そう思ったその時、その影に違和感を感じた。父らしい影は……どうやら、誰かを背負って、此方にやってきている様に見えた。

 

 その時、頭の中が一気に冷え切った気がした。

 患者だ。であれば。

 

「――退いてくれ」

「おわっ!?」

 

 急いで走り出す。あっと言う間に距離を詰め、父上の顔がはっきり見える位の距離に近づいた時……その惨状に、改めて気が付いたのだ。

 

「――メナング……か……!?」

「ち、父上……これは」

「先生……を……呼んで、くれ……急患だ!」

 

 父上は、全身を、どす黒く染めていた。冷え、固まり切った()()()だった。一応簡単な止血をしていた事は分かるが……しかし、問題はそれだけではない。その色に全身を染めていたのは、背負う側だけでは、当然なかった。

 ……皆が同程度の重症であるならば。父上が誰かを背負って尚、立てているのは、それは間違いなく父上が未だ『達人(マスタークラス)』であるから。そんな達人が、どうしてこれだけの重傷を負ったのか。

 

 それ以上のバケモノ、となれば――

 

「――メナング、直ぐに処置を始める。準備を」

「え、あ、先生!?」

 

 そんな風に考えて居たら、いつの間にか先生が父上の傍に跪いているのが目に入って来た。何時の間に、とはいつもの事だが、今はありがたかった。

 

 取り敢えず、私が父を担がねば……と思う間に、先生はもう一人を担ぎこみ、二人目を担ぎ上げている。とんでもないペースだった。蒸気を吐き上げて爆走する機関車だった。私も急いで他の皆を担ぎ上げて運び込む事に終始しても尚、全く追いつかない。

 しかしそうして運び込む全員、何れも差が無い……否、差をつけるのがバカバカしい程の重症である事が、先ず何よりも信じがたい。ティダードのあの地獄の様な戦線を潜り抜けて来た皆を、こうまで。

 

「う……」

「お、おい……大丈夫なのかよ!? おい!」

「揺さぶるな! 傷が開く!!」

 

 動揺は、当然のように私だけではなく皆にも伝わっている。

 友に駆け寄る者、どうすればいいかと狼狽える者、呆然とするばかりの者。反応はそれぞれだが、平静を保っているのは一人もいない。血にまみれ、うめき声を上げて、地面に横たわるばかりの仲間を見て、膝から崩れ落ちた者すら居る。

 

 私だって、動揺を外に出さない様に処置するだけで精いっぱいで。どれだけ我慢していても、偶に手が震えるのを、抑えきれない。

 先ほどまでの日常が、打ち壊された音がする。

 

「――メナング」

「あ、はい先生!」

「お父様が呼んでいる。何人か他の皆も連れてきてほしいそうだ」

「えっ!? いや、ですけど……」

「後は俺が処置する。処置の手伝いはもう十分だ。後は医療知識なしでも十分に手伝える範囲だろう……行きたまえ」

 

 そんな中で。

 先生の姿勢は、全くブレていない。処置は目を見張るほどに的確で、その処置は私など足元にも及ばない程の速度も兼ね備えていて、尚且つ、その間にも患者一人一人の話をしっかりと聞いて、こうして私達に伝える余力すらある。

 

「……おい」

「分かった」

「先生、宜しくお願いします……!」

 

 その背中は、何時もと変わらず。神々しいまでに頼り甲斐に溢れていた。動揺し、何も出来ずに青ざめていた仲間達が、その様子を見て、少し調子を取り戻しているのは、やはり皆が先生に救われた患者だからだろうか。

 言われた通り、数人を選んで、後は先生の手伝いに遺して父上の寝かされている所に向かう事にした。

 

 

 

 先生の処置はもう既に終わっており、ベッドに寝かされている父上は、大分呼吸を落ち着かせていた。とはいえ、起き上がるのも難しいのだろう。父上は、近寄って来た此方に、首だけをゆっくりと向けた。

 

「父上」

「……」

「何が、あったのですか」

 

 要件など、分かり切っていた。

 どうしてこうなってしまったのか。この悪夢の様な光景は、何が原因なのか。父上は私の問いかけに、目を一瞬だけ逸らし……震える声で、その名を告げた。

 

「――ジュナザード」

「っ!」

「シルクァッド・ジュナザード……アレは最早、ティダードの英雄ではない……! 魔道に堕ちた巨怪……悍ましき、旧き邪神……そのもの……!」

 

 動かぬ体で。

 それでも、父上は拳だけを握りしめて。

 力も入らない体の筈なのに、血が溢れて来そうなほどに、その拳は強く固められている。そして、体が、少し震えているのも直ぐに分かった。

 

 それは……恐れか。それとも、悔しさ故か。何時も感情を表に出さない父上が、ここまでの感情を滲ませている。それが、言葉に否応ない迫力を纏わせている。

 

「ジュナザード……!?」

「まさか、皆をやったのは」

「――直接、手を下した訳では、ない」

 

 ――そして、震える声で紡がれた言葉に、皆が一瞬、間を外されたのだ。

 

「アレは……最早、我々に……直接、手を下す、必要すら……無いのだ……!」

 




ジュナザードを徹底的に恐怖の象徴として意識させるスタイル。


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Episode M3:邪神

 ――同士討ち。

 

 行われた事を、極々単純に言えば、その一言だ。状況に付随する、ありとあらゆる悍ましい事実を削ぎ落し。それでも尚、同士討ちという言葉だけでも、我々は胸の奥に悪寒をため込むしかない。

 だが聞かされた事実は、悪寒どころではない。立ち眩みすらしてきそうな悪意を、その身にべっとりと纏っていた。

 

『我々が諜報活動をしていた所に、アレは乗り込んで来た』

 

 父上たちを襲ったのは……シルクァッド・ジュナザードと、その部下達だったという。アメリカ軍の非戦闘員や、戦っても勝ち目の無い者達を逃がすために、ティダード亡命部隊は必死になってその絶望に対し抵抗した。

 

 ジュナザードは、自ら達人級の父上の相手をした。その白い髪と若い貌は、正に父上が戦場で見た『かつての』のジュナザードそのものだったという。

 その結果は……惨敗。瞬殺という結果にこそならなかったが、まるで相手にならなかったのは間違いなかった。

 

 そして、出来るだけ多くを逃がした所で、彼等は取り押さえられ……

 

 

 本物の地獄は、そこから始まった。

 

 

『――カカカッ! ()()()実に活きが良い! お主達を我がシラットの門弟としようではないか!』

 

 ジュナザードは、虜囚を使い、『修行』を始めたのだという。

 もはやそれは、人道に外れた、等と言う生易しい行いでは無かった。危険な薬の使用、蟲毒にも等しい修行のやり方。

 

 口にするのもはばかられるようなその『修行』は、強い者ではなく、『適正』のある者を選抜して行われた。故に父上は選考から漏れ、その修行の組手相手として戦わされたのだと言っていた。そして。

 

『……ジュナザードは……おぉ、記憶を……記憶を、奪って……!』

 

 選抜した者達の中で、ジュナザードは更に何人かを選んだ。その者たちは、特別意思が強く、ジュナザードの恐怖に呑まれない、優秀な者達だった。その記憶を――消したのだ。

 文字通り。まるで、消しゴムで文字を消すかのように。簡単に。

 そして、空いた所に、『シラット』を詰め込み始めた。父上は、その様子を『シラットの為に動く人型を作っているかのようであった』と。

 ジュナザードをいつの間にか『師』として慕うようになる嘗ての同胞を見て、父上は寒気以外を覚える事が出来なかったという。

 

 結果。

 部隊は壊滅。ジュナザードに取り込まれた者、激戦の最中に命を落とした者、その多くを失いながら……僅かな手勢だけでも、命からがら逃げおおせて。今、此処にいる。

 

 ――その犠牲者の中に。

 私は、聞き覚えのある名前を聞いた。

 その二人には、生まれたばかりの娘が居て。その名前を……ハルティニ、と言った。

 

 

 

「――」

 

 立っていられない筈なのに。立ったまま動けない。全身が凍り付いたようだった。

 同じ人の所業とは思えなかった。物語を聞いている様だった。

 ホラ話であってほしかった。だが、決してそうではなかった。語っている本人は、震えながら、青ざめながら、必死になって話していた。

 

「……」

「邪神の……手に堕ちた……者達は……」

「もういい、もういい……!」

 

 誰かが、その言葉の先を遮った。声はまるで壁の向こうから聞こえてきている様に朧気だった。

 

 私達が何をしたのだ。

 ティダードから逃げ出したからか? ああしなければ、我々は磨り潰されて、大地に血だまりになって沁み込んでいた筈なのに。先生に助けてもらった命なのに。

 どうしてそのような、人を人とも思わぬような扱いをされなければならないのだ。どうして同胞が、同胞を、殺さねばならないのだ。

 

「行くぞ」

「あぁ、弔い合戦だ。声を掛けろ」

「もう英雄はいない……ティダードに巣食う邪神を討つは今だ!!」

 

 怒りに満ちた声が聞こえる。俺は……その言葉に反応できない。何故この様な事になってしまったのか。それだけが、頭の中に鳴り響いていた。

 

『ハルティニ、というんだ。肌は俺譲りで、可愛さは彼女譲りだよ』

 

 笑顔で、彼はそう言っていた。皆で祝福した。何時か、ティダードに帰ったら、父親の故郷を見せるんだ、なんて。皆に小突かれながら笑っていたのを覚えている。そんな夫をハルティニを抱きながら……妻は、満面の、花咲くような笑顔で見ていた。

 

『何時か向こうで暮らしましょうね。ハルティニと、貴方と、私と。三人で』

 

 彼女を抱いて、ティダードに共に帰る筈だった二人は、もういない。もう、ハルティニに笑いかける事は無い。

 一人取り残された彼女は、どうなるのだろう。たった一人で。生きていかねばならないのだろうか。彼女だけじゃない。取り残された者達は……一体、どうやってこの悲しみを受け止めればいいのだろう。

 

 仲間を失った悲しみを、怒りに変えて、生きていくのだろうか。それとも――

 

「――あ」

 

 もし怒りに変えたら、どうなる。

 先ほどの言葉が、頭に蘇ってくる。討ち入る。ティダードに?

 恐るべき邪神を討ち取る? 出来るのか? 出来なければ、これ以上の――!!

 

「……ダメだ、ダメだ」

 

 大分遅れて、私も走り出した。このまま、怒りのままにどんどんと犠牲者を増やす事だけは、ダメだ。死が死を連れてくる。負の連鎖が始まる。

 そうなれば、命は無為に失われるばかりだ。焦りが私の背を押した。

 

 兎も角、彼等を止めなければならない。

 

 ――どうやって?

 

 しかし足は止まる。止まってしまう。仲間を、友を、殺されたその激情を、どうすれば止められる? 私は、一歩遅れたが故に、こうして冷静になる事も出来た。だが、先程のように怒りに呑まれ、ティダードに攻め込もうと考えるのもごくごく当たり前だ。

 

 そんな自分が、彼等を止める言葉を持っているのか?

 いいや、止めたとしても――

 

『お前は悔しくないのか!』

 

 そう言われた時、私は毅然と彼らに向き合えるのか。

 そんな事……出来る自信がない。迷ってしまう。彼等は、敵討ちの為に覚悟を決めているのだろう。例え、自分達がどうなろうと構わないと。

 そんな彼らを阻む資格が、自分にあるのか。

 

 寧ろ、彼等に付いていくべきではないのか。

 仲間の仇を討つべきじゃないのか。

 邪神に戦いを挑むべきじゃないのか。

 

「どうすれば……どうすれば」

 

 足が出ない。答えも出ない。頭の中は、霧に包まれたように靄がかかってる。

 止まってるばかりじゃいけないのに。下がる事も、進む事も出来ない。この先に進んでも自分に……何が出来る。こんな迷い塗れの男が、立ちはだかる事も、付いていく事も――!

 

『――退いてくれ、先生!』

 

 その時、耳に響いた怒鳴り声に、私は――迷う事を一瞬忘れ、足を踏み出していた。

 

 

 

「仲間がやられてるんだ!」

「人間とも思えない……悪鬼の所業だ! 俺達には、仇を討つ義務がある!」

「――冷静になり給え。勝てる相手か?」

 

 信じられない光景だった。

 先生は、医者として患者の意見を半分以上無視して治療する事は……ある。

だがそれは患者が治療よりも別の事を優先していたりと、キチンと医者として無視する理由があるからやっているんだ。

 

普段は、誰かの決断や、行動する事を止めた事は無い。それは医者の領分ではない、と。先生は医者としての自分に、自分なりの考えと誇りをもってやっている。無関心なのではない。そこで怪我をすれば、先生は必ず何が有っても助けてくれる。

どれだけ無謀であろうと、それが当人の決断であるならば。医者として口を出す事はしない。それが、先生の信念だ。私はその事を良く知ってる。なのに。

 

「アンタにゃあ関係ないだろ!」

「否定はしない。だがそれでも。通す訳には行かない」

「なんだとぉ……!?」

「これは私のワガママだ。理解してもらおうとは、思わない」

 

 いいや、そんな我が儘を押し通す様な人じゃない。医者としての我を押し通すなら兎も角として。寧ろ医者としての我を通している事しかないが。

 少なくとも、人の意思を尊重はする。その上で、先生は人を救う人だ。

 

 子供の様なワガママなんて当然言わない。人として、ある一定の線を引いている筈。今やっている事は、先生が引いている線の向こう側、踏み込んではいけないと自分で決めている領域の事の筈だ。

 

「――医者としての領分ではない、というのは重々承知の上だ。君達は患者ではない。私が口を出す事は、出来ない。してはいけない」

「だったら……!」

「だがここで見過ごすことは、私個人として……どうしてもできない。それをしては私は顔向けが出来なくなる」

 

 ――誰に?

 

 それが分からない程、私だって馬鹿じゃない。

 

 先生の手は、少し震えていた。歯を食いしばっている。

目の前の三人を、恐れている訳が無い。

 自分の決めた事を曲げるのが、本当に嫌いな人だ。あの決断が、どれだけの事なのかは一番近い私が理解してるんだ。

 先生にそんな事を強いらせているのは、誰だ。今ここで、あそこに立ってなければいけないのは、誰だ。役割を肩代わりさせてしまったのだ、一体……誰だ!

 

「――先生、退いてください」

「っ!」

「おお、メナング……!」

 

 前に進む。皆の前に立ち塞がる先生の元へ向けて。

 先生と視線が合う。大丈夫か、と、問いかけられた気がした。

 

 ただ。笑顔だけで返した。

 

「先生の言うとおりだ」

「……何?」

「相手は、ティダードを武力で救った英傑。そして今や、ティダードを武力で牛耳っている邪神だぞ。今の我々が束になっても敵う相手かどうか。そんな簡単な事も分からないのか」

「なっ」

「それくらい頭に血が上っているんだ……頭を冷やせ。馬鹿共」

 

 それから……先生に背を向け、三人と向き合った。

 ティダードの誇りを持つ、戦士たちだ。仲間を思う、良い奴らだ。だからこそ。ここで死なせてはダメなんだ。止めなくてはならない。

 そして止めるのは……同じ、ティダード人の。仲間を思う。

 

「それでも暴れたいなら、来い。相手になってやる……!」

 

 私でなくては、ならないのだ。

 




ジュナザード様はここまで外道じゃねぇ!!! と思う方もいらっしゃるでしょうが原作順守です(疲労)


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Episode M4:猛れ助手ボーイ

「うぉおおおおおっ!」

 

 ――思い出せ。

 先生の拳を。先生の守りを。先生の――戦い方を。

 

 私に真似できる訳もない。極限の『守り』の拳。だがそれを誰よりも近くで見て来たのは私だろう。先生の教えを受けていたのは、私以外に居ないだろう。

 どうやって逸らしていた、どうやって凌いでいた。三対一、実力が隔絶しているという訳でもない。不利なのは此方だ。彼らを止める為には、丁寧に。完璧に。凌ぐしかない。

 

「――ふっ!」

「ぬぅっ!?」

 

 あくまで、模倣だ。先生の防御の模倣。それでも今までで一番の精度だと思う。拳を明後日の方向に逸らし、突進の勢いを殺して転がして見せてから、続いて突っ込んで来る相手に向けて構え……

 

「オラァッ!」

「ぐっ……ぬぅっ!」

 

 今度は逸らすのが間に合わない。上段への蹴りを重ねた腕で防ぐ。重い。気持ちも、体重もしっかり乗せられた、重い、実に重い蹴りだ。

 先生の捌きを完璧に真似する事なんて出来ないのを、嫌と言うほど理解させられる。更に言えば、こんな劣化したレベルの模倣だって、相当に集中して居なければ出来やしない。結局、必死になって防ぐことしかできない。

 

 これではダメだという事を、早々に悟った。

 三人を纏めて相手取る関係上、後手後手に回る事が多いだろう。相手の攻撃を捌いて、崩して、そこから切り崩していかないとならない。先生に及ばぬ劣化版で一々防御していては削りきられてしまう。

 

「何故――何故俺達を止めるメナング!」

「っ!」

「あの所業を許しておけないという俺達の思いは、分かるはずだ!」

「……分かる、分かるが! だからと言って、お前たちを見捨てろというのか!」

 

 伝わってくる。

 拳を通して。彼等の心が。

 

 怒りに満ちている……だがしかし。怒りに満ちていても、芯の通った拳だ。仲間の仇を討とうという、熱い思いに溢れた拳だ。軽く等無い。これらをマトモに全て受けていては、抑えきれないのに。対する私の腕があまりにも未熟に過ぎるのだ。

 彼らの強い想いを受け止めきれない弱い拳に、歯噛みしながらも……それでも引き下がる事だけは、しない。歯を食いしばって耐える。

 

「勝てると、心から思っているのか!」

「それは……!」

「目を逸らしては居ないか! 己の胸に問いかけろ! 今一度!」

 

 こんな重たい物を、私は……私を育ててくれた恩ある先生に、受け止めさせようとしていたのだ。重ねて、情けない。何と情けないのだ俺は。歯ぎしりするのを止められない。

 だが情けない事を言い訳にして良いなんて事は一切ない。

 ここで受け止めきれなければ。私は大切な友人達を失う。ティダードから生き延びた仲間を失うのだ。

 

 もっと。もっと想いをしっかり受け止めろ。

 どうすれば受け止められる。強い想いを。どうすればいい。考えろ、考えろ!

 

 私は、多くの武術家の戦いを見て来たじゃないか。

 先生の傍で多くの戦いを見て来たじゃないか。

 その経験を今生かさずして、どう生かすと――

 

「「「うぉおおおおおっ!」」」

「あっ」

 

 ――マズい、考え過ぎた!!

 三人の拳が此方に迫ってくる。ヤバい、避けきれない。万事休す。

 終わったか……っ!?

 

 あぁ、こんな事、前もあった気がする――何時だっけ。そうだ、先生と、馬 槍月の戦いを超至近距離……というか二人の間で見ている時だったか。

 

 その瞬間の事が、自分の頭の中になぜか鮮明に浮かんだ。無数の拳。私の周りを囲んでいた。アレが先生と槍月の攻防のやり取りだとして。

 何故、あの時私は、あの動きが分かったのだろうか。

 

 あの間に入れば、死ぬ。それを分かってなお、私は少年を守る為に。飛び込んだ。

 彼を守ろうとしたからか? いや、そうじゃない。あの時私は――

 

 極限の危機の、淵に居たのだ!

 

「――ッシャアアァアアッ!!!」

「うぁっ!?」

「ぬぅぅぅ!?」

「っだぁ!?」

 

 三対一。

 全員、自分と同格レベルの相手。

 今、私は……危機であろうことは間違いない。

 

 だからこそだ。この極限であるからこそ、危機を突破しようと、感覚はより鋭く。そして重圧をはねのけようと、体により力は籠る。

 無駄に力がこもっている、という者もいるだろう。だが、それは『自分の経験していない危機を超える為、自分を超える力を出そうとしてる』とは考えられないだろうか。

 先生との旅の中で、馬鹿程危機にさらされて。だがその度に、潜り抜けて来た。困難を越えて強くなるのには、キチンと理由が存在する。極限の危機にこそ、成長のチャンスあり。そうだ。ずっと、先生はそうやって私を育てて来たじゃないか。

 

 この機会でこそ――感じるのだ。より強く。心を。相手の事を。そうすれば、分かるのではないか。相手の動きを。相手の心に寄り添い、そして理解する事が出来れば、相手の動きとて読み切れる。

 幸運だ……相手は、自分と同じ、ティダードの出身で、シラットの武人なのだから分かる部分は多い!!

 

「はぁっ……!」

「な、なんだ、今のは……すり抜けた!?」

「お前達の気持ちは良く分かる。そういっただろう!」

 

 今なら分かる。

 先生と槍月のあの一瞬、私は二人の『攻める思い』と『守る思い』の中心にいた。相反する余りにも強い二つの思いだったからこそ、意識せずとも見えたのだ。

 感覚は、あの時既に、掴んでいた!

 

 より鋭敏に。

 動きを。彼等の感情を。全てを感じ取れ。鋭く、細く、薄く。刃の切っ先のように。感覚を研ぎ澄ませるのだ。いいや、切っ先では足りない――イメージは、絞り切った紙の如くに細く、細く、無駄のない様に!

 無駄なく。薄皮一枚ほどに紙一重に。

 

「メナングゥウウウウウウウッ!」

 

 三人相手に力でねじ伏せるのではない。それは無駄だ。

 合わせろ。相手の動きに合わせる様に、最低限の力で――殴ってくる相手の拳の軌道に体を沿わせ、すり抜ける様に背後を取る。最低限の動きで、ギリギリで躱し。

 

 隙だらけの相手の膝裏を蹴って崩して――

 

「ふぅううおおおおっ!」

「う、おぉぉぉっ!?」

 

 投げるっ!

 

「っがぁ!?」

「なっ……何時の間に背後に回り込んで……!?」

「このぉっ!」

 

 先ず一人。

 

 落ち着け、捌き方は、もう教わっている。

 相手の戦い方に合わせるだけじゃない。今まで自分が教わって来た事。全てを。生かせ。だが、ただ模倣するばかりではどうしようもないのは、分かり切っているのだ。であれば……私に出来るやり方を。

 先生は相手に先んじて『守りで攻撃を制圧』する。どういう表現なのと言われてもそうと言うしかない。故に、あの弾くような防御が出来る。発想は同じだ。ただし、先生程守りに振るのは、土台不可能だ。

 

 だが冷静に考えろ。あの人は普通じゃない。じゃあ普通に攻めも意識すれば良い。相手の領域を『普通に』制圧しつつ……そして、私の動きに巻き込む位の勢いでないといけない。

 

「そこを退けぇっ!」

「退けるか……お前たちの思いを()()()()()()()!!」

 

 彼らは同じシラットを学んだ仲間だ。そして、同じ気持ちを有するティダードの仲間だ。だからこそ、その気持ちも、動きも、人よりは分かる。先を読むならこれ以上の相手はいないだろう。

 踏み込んで来た相手の動きを先んじて抑えろ。ねじ込まれた肘が勢いに乗る前に相手の懐へ飛び込み――無理な軌道変更で崩れた体勢の横へ滑り込んで回避。

 それから……無防備な横っ面に掌底を、返す!

 

「――せぁあっ!!」

「ごっ!?」

「な、あ……!?」

 

 圧されてはいけない。受け止めて、押し返せ。

 これで、二人。後は一人だが……流石に、この現状を見て、分からない訳はない。後は言葉で、伝わるはずだ。

 

「――私に負けているようでは、ジュナザードに……邪神になど、勝てるものか!!」

「うっ……」

「目を覚ませ愚か者!! やる事を間違えるな! ここで、怒りに任せて突撃して……何人が死ぬ! 何人が、また犠牲になる!」

 

 集中は、まだ解かない。まだ向かってくるのであれば、私は容赦なく戦わなくてはならないのだ。彼等の事を思うからこそ、此処で一歩も退いてはいけないのだ。それが……彼等を助ける、と言う事だろう。

 

 最早、此方の優勢は分かり切っている。でも、それでもここで引く訳にも行かないという気持ちを嫌と言うほど感じる。だからこそ、彼は拳を握ろうとして……しかし、その想いが少しずつしぼみ、手から力が抜けたのが『見えた』。

 それを確認して、体から力を抜いたのだが。しかし想像以上に足に力が入っていない事に気が付いた。

 

 緊張で張り詰めて、限界になって崩れ落ちそうになった体を……誰かが支えてくれた。

 けど、見なくても。この頼りがいのある腕で――いや、ちょっと嘘吐いた。一瞬見えた、トレードマークの頭も要因だった。

 

「――先生」

「頑張ったな」

「……ありがとう、ございます」

 

 先生に褒められた事は幾度もあった。でも……今。この時。

 人生で一番、退いてはいけない今この時を、頑張りきれたことが。とても嬉しかった。助けられた。私の仲間達を。

 

 それを褒められたのが、一番うれしかった。

 




自分でアレの切欠を開眼するのにどうすればいいか凄い苦労しました。

結果→同郷&同系武術による先読みのしやすさに加え、防御特化の達人の下で弟子クラスを卒業済みレベルの実力、んでもって火事場のクソ力補正加えて、『切っ掛け』開眼してもギリギリセーフかな……という。

マジで『流水』ってクソチートだからこそ難しいんやなって……


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Episode M5:可能性に賭けろ

 ――部屋の中には、父上と、私と、先生がいる。

 

 父上は、実力的にも年齢的にも、実質的なここのまとめ役であり、此処の命運すら分けるジュナザードについての事は、父上と話し合うのが筋である。

 私が叩きのめして一旦は仇討の流れを収めたとはいえ、時間が経てばまたその流れが再燃しないとも限らない。父上が言葉として出して初めて、その勢いを鎮める事が出来る。

 

「――ジュナザードには、今は手を出さぬのは先ず確定としても……何れは、と言う結論になるのは避けられんだろうな」

「それは……しかし、時をかけて勝てる、相手でしょうか」

「不可能だ――と言いきりはしない、だが。我らが今より必死の修練に励み、全てを賭したとしても難しい相手である事は間違いないだろう」

 

 苦々しい表情を、父上は隠しもしない。

 嘘は吐かない人だ。そして、彼我の戦力差が分からない人でもない。父上がそう言うのであれば、やはり私の想像は決して間違って居なかったのだろう。

 ジュナザードを相手取るのがどれだけ無謀な事なのか。ジュナザードと言う邪神がどれだけの怪物なのか。

 

 だが今回の一件で、皆が抱いた感情を抑えられるか、といえばそれも違う……我々亡命部隊は、故郷の者達と違い、ジュナザードという英雄への畏怖が薄れ始めている。

 『英雄』としてのジュナザードの力を、ティダードの頃の人間として信仰していた頃であれば。その枷が一度頭を冷静にしてくれただろう。戦いを挑んで、勝てる相手なのか。皮肉ではあるが、自由を手に入れたからこそ、皆を止める事は非常に難しくなっているのが現状である。

 

「であれば、何とか誤魔化し誤魔化しでやっていくしか」

「いや、そうとも限らん。確かに我々には無理だが――お前が居るではないか。メナング」

「………………え?」

 

 とか思ってたら思考を強制的に寸断された。父上が可笑しなことを言った。

 私? いや、その文脈の流れで言うのであれば先生とかでは――等と思って居たら、先生もどうしてか隣で頷いているではないか。待ってくれ。全く分からないのだが。

 

「え、えっと。先生の、間違いなのでは?」

「いいや。ここで出向くのは先生ではなくお前だ。メナング」

「えぇっ!?」

 

 父上が此方を見て強く言い切っている。余計に良く分からない。私は……武人としてはあくまでまだまだ小僧に過ぎない。先生『ではなく』としっかりと口に言われたのだからそりゃあもう頭の中は大混乱。

 ど、どうしたんだ父上は。まだ耄碌するには些かと早いぞ……いや、耄碌している様には到底見えないのだが。

 

「そもそもティダードの内政問題に、医者である俺が手を出すのはお門違いである、というのがまず大前提としてだ……君は、自分自身の実力を過小評価していると思う」

「えっ、えっ?」

「うむ。見ていたぞ、先程の動きを……いよいよ、殻を一つ破ったな」

 

 ……分からない。何も分からない。

 先ほどの動きって。皆を抑え込んだ時の動きなのだろうか。いや、アレは確かに今までの中で渾身の動きを出来たという自負はある、あるが。

 結局あの後、私は限界を迎えて立ち上がれなくなってしまったし。正直火事場の馬鹿力的な感じは否めない。寧ろ火事場以外の何者でもない気がする。

 

 なので、自分が何か、武術家としての殻を破ったという自覚は一切ない。アレをいつでも引き出せるというのであれば、話も変わってくるが。

 

「父上、アレは……正直、追い詰められて出た極限状態と言うか。兎も角、アレを再現しろと言われましても」

「何を言う。あの世界を一度見たこと自体に大きな、本当に大きな意味があるのだ」

「あの世界……?」

「――恐らく、アレは俗に言う()()()()の一つだろう」

 

 そんな父上の言葉を継いだのは先生で。しかし、静の極みとはまた、私に似合わない言葉ではないか。私自身、極みなど一体何処にあるのか、まだまだ霧の中を裂いて進んでいるかのような有様だというのに。

 

「静の、極み……」

「相手の動きを予知しているかの様な動きで、全てを封殺する制空圏の発展形があると聞いた事がある。俺が見ていた限り、メナング。君はその扉を開いていたように思う」

「えっ、えっ、えっ!?」

 

 いや、そんな技があるのも初耳だし。私がそんな動きをしていたのも全くと言っていい程に記憶にないのだが。そんな大層な事してたのか私。いや、先生の目を疑う積りは欠片もないし、疑うこと自体が文字通りの無礼だと思うのだが。

 

「そ、そんなバカな……!?」

「メナング」

「っ、父上」

「お前が辿り着いた世界は、様々な達人が目指し、しかし至れなかった極みの一つ。そこに辿り着けただけでも、お前には十分な『可能性』がある」

「……」

「恐らく、守りの極みの様な人の傍にいたからこそ、『制空圏』について学ぶことも多かったのだろう。その世界は決してお主一人で辿り着いた場所ではないが……しかし、その経験を得られる『幸運』もあった。その二つがあるならば、希望はある」

 

 父上の視線は、じっと私に注がれている。冗談を言っている様には見えない。だが今の実力と言う話ではなく、『幸運』と『可能性』で話をしている、というのであれば。

 ……いや、それでもどうなんだろうと思ってしまう。確かに『幸運』という一点においては人以上の物がある、と言い切れる。私は師にも、武運にも、いや正直な話、恵まれているというしかない。

 守りにおいてはこれ以上無きほどの見本、そしてシラットに関しても達人である父上に師事する事が出来た。

 

 しかし『可能性』と言う話になってくると、どうなのだろう。その二人に師事しているのであれば、自分はとっくのとうに達人になっていても何ら不思議ではない。それくらい恵まれた環境だというのに。

 

「どうしても信じられないのであれば、俺の目を疑えという事になってくるが?」

「いえ! 先生の目を疑えなんてそ、そんな事は!」

「では私の目を疑うか?」

「父上の!?」

 

 二人の顔が気持ち近い気がする。そもそもなんか顔がデカい気がする。物凄い圧力を感じてしまう。心が折れてしまいそうだ。いや折れた。ダメだ。疑う余地すら残して貰えない。なんてこった。疑う、と言う事は弱さとでも言わんばかりのゴリ押し具合だ。

 

「……は、はい。私には幸運と、可能性が、ありますはい」

「「良し」」

 

 ヨシではない。が。仕方ない。

 このお二人が揃って私が勝つ道理は欠片も存在しない。目の前に立ったならば後はボロカスにされて終わりなのである。泣いた。

 今回は『いや、そんな過大な評価を……』と言う心がボロカスだ。改めて泣いた。

 

「――と言う事で、だ。メナング。これからお前には、多くを背負って貰う事になる」

「はい……父上……」

「その為に、此処まで強くなったお前に、私は全てを託すことにした……今まで学んだ全ての事を。私が知るシラットの全てを、だ」

 

 ――!

 

「私がお前に託したノートには、全てが描かれていた訳ではない……しかし、アレらを全て修めたのであれば、いよいよ私の生涯で学んだことを託しても、大丈夫だろう」

「つまり……」

「シラットの奥義の幾つか――私が知るそれを伝授する」

 

 その言葉に、気が引き締まると同時に、ゾッとする。

 シラットの分派は無数に存在するが……しかしながら、その流派に伝わる奥義と言うのは侵略者の手に渡ることが無いようにと、正に秘伝と言っても過言ではない程に厳重に守られて来たのだ。

 一子相伝、と言う言葉すら冗談ではない程に。

 それが伝えられる、と言う言葉の重さが……どれだけの事なのか。私だって分からない訳でも無いのだ。

 

「とはいえ私はシラットを極めたとは到底言い切れぬ身だ。お主の可能性を引き出し切る事は出来ぬだろうが……しかしそれでも、その身に宿る可能性を引き出し切る為の足場を作る事は、可能だ」

 

 身震いする。自分が、そこ迄強くなれているなど、想像もしていなかった――

 

「故に、お前にはしばし、もう一度私の下で腕を磨いて貰う事になる」

「えっ」

「うむ。そうなるな。君には君の道がある。俺も、責任を取る為にティダードに居る患者の根本的な治療法を探る為に改めて旅に出る積りだ。しばしの別れとなるだろう」

「えっ?」

 

 ――当然、この展開も、全く。いや全くもって、想像だにしていなかった。

 ずっと共に過ごして来た先生と、別れて、腕を磨く。

 

 そんな事を……自分は、全くもって想像だにしていなかったのだ。いや、本当に。

 




オラッ! 可能性を認めるんだよッ!

頭のデカいお二人のイメージはアニメケンイチ、内弟子になる下り、師匠って何度も呼ばせる辺りの逆鬼師匠を想像してもらえると分かりやすいです。、


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Episode M6:そして『親』となる

「……」

 

 ユナイテッドステイツの夜景は、正に摩天楼と呼ぶにふさわしい。

 ギラギラと光る瞬きの一つ一つに、人の欲望が、時には命すら燃えているのだろうかと想像すると、この夜景を見て途端に背筋を冷やしてしまう……先生と共に、ずっと患者と向き合って来たからだろうか。

 あの一つ一つに先生が押し入って患者を……ああダメだ。そんな想像しちゃ。あり得るとは思いつつも思っちゃダメだ。

 

 と言う事で、今の想像は破棄。別の方向に思考を……

 

 向けた結果。今度は別の意味で、溜息を一つ吐く事になった。

 正直な話、まだ全く、納得できていない。先生の元から離れて修行を行うなど、全くもって実感がわかないのだ。

 

「……長かったんだなぁ」

 

 手のひらを見て、今更ながらに想う。昔、ティダードで戦っていた時は、ティダードから出ていく事すら想像もしなかった。あの頃の手は、まだ武人としては柔らかく、苦労を知らぬ手だった気がする。それが今では……

 

 ここまで変わり切ったのだ。月日も過ぎていて当たり前だろう。

 私の中で、いつの間にか自分の居場所は『ホーク先生の傍』というのが普通になっていたのだ。教わり、助け、助けられて。二人で生きて来た。

 そして、時間を気にする間も無い程に、私は必死だったのだ。

 それくらいに充実した毎日だった。苦しくもあったけど。苦しくもあったけど。

 

 だから……寂しい、とかではないのだ。本当に。先生が私が居なくなったからって地球上から消える訳でも無し、そもそもあの人は寿命以外では多分死なないだろうし。なんだったら患者に呼ばれたら地獄からでも蘇ってきそうだし。何時でも会える、というのがあそこ迄確約された人もいない。

 

 そもそも私の脳内に……『先生が居ない生活』と言うのが想像できないだけで。

 断言しても良い。多分、先生が傍に居なかったら生活リズムが崩れる。

 

「隣人が居なくなった事で病気になった人、なんて言うのも居たしなぁ」

 

 あくまでレアなケースではあるが。

 隣人と朝、いっつもゴミ出しの事で喧嘩になる人がいて。その人は、隣人が居なくなってストレスから解放され、健康になった……と、言う訳ではなく。

 寧ろ、生活から緊張感が抜けたその影響か、何とその後一月後に体調を崩してしまったのだという。

 

 人間に活力をもたらすのは、同じ人間だ。であれば、身近な人がいきなり居なくなったらそりゃあ生活リズムの一つだって壊れるだろう。

 

 ……先生の後についていくのは、何時だって命がけで。正直、何度『あ、終わった』と思った事か。スリリングどころの騒ぎではない。

 だがそんな危険塗れの生活をずっと続け、その中で腕を磨く事が、自分にとって当たり前になった、いや……なってしまった今。

 その激務を忘れ、修行のみに没頭できるのか?

 

「んんんんん」

 

 それどころか。折角の修行にも身が入らない、なんて笑い話にもならないのではないだろうか。いや本当に。生活リズムが崩れる、というのはそれくらいの影響を人間に与えるのである。

 師匠が居ない状態で、そう簡単に『良し、修行のメニューを多めにやってみよう!』とかでその分をカバーできる程人間上手くは出来ていない。それが出来るのは、心の強さがずば抜けているか、相当真っ直ぐに育った者くらいだろう。

 

 私は……うん、ちょっと厳しい。

 かと言って、先生に付いていくのは無理だ。今から断るのはちょっとどころではなく勇気が必要だが私にはそれはない。多分デカくなった顔二つに押し切られて『なんでもないです』とか言う未来が見える。

 

「となれば必要なのは……修行を続ける為の適度な負荷……か」

 

 生活リズムを崩さない為にも、やはり駐屯地の雑用とかを手伝うのは必須だろうが。しかしそれで先生と一緒に居た頃と同じくらいになるかと言えば甚だ疑問だ。やはり、寝床に着いた時、泥のように速攻で眠れるくらいで丁度良い。

 ワーカーホリックと言われてしまえばもうそれまでなのだが。しかし先生にそう、育てられてしまったのだから私の所為ではないと思いたい。いや、そのレベルで仕事をさせられていたとしても先生は私の管理をしっかりしてくださったので、健康に一切の問題はなかったが。

 

「さて、どうするかな」

 

 ふと、そんな事を考えていた所で……ふと、後ろに近づいて来る気配に気が付いた。顔を向ければ、三つの影が並んでいて――どうやら、彼等を私がねじ伏せた時の傷は、どうやらもう平気らしかった。

 

「――メナング」

「お前ら……どうした」

「いや、その……ちょっと来てほしいんだが」

「ん?」

 

 だが怪我が平気そうな割りには、その表情は、実に険しい。何かあったのだろうか、と改めて体ごと振り向いて、先ずは話を聞いてみる事にした。

 

 

 

「――私が、ハルティニを?」

「そうだ。お前が一番適任なんじゃないか、って」

「何を馬鹿な……子供を育てた事なんて無いんだぞ私は」

 

――曰く。

 ただ一人残されたハルティニを、一体誰が育てるか、と言う話には当然なった。しかし全員で育てるというのは前提にしても、明確に一人でも『親』が居る方が良いのではないかと言う結論に行きついた。

 言わば、代表役とでも言うべき存在が必要だろうという話である。子供の情操教育的に考えて、との事。

 

「でも、子供の育て方について一番お前が詳しいだろう。先生に付き従って、子供の診療だとかを手伝ったって言うのは聞いてるぞ」

「……それは」

「あの子の為にも親代わりはきっと必要だ」

 

 善意の他人だけでは、どうしようもない事は沢山ある。それは、明確な事実ではあると思う。問題は……どうしてそれを私に任せるのかと言う話だ。幾らなんでも私以上に彼女を育てられる人材など幾らでも居るだろう。

 

「人選を考えた方が良いと、思うのだが」

「……お前は何度もハルティニの下を訪ねていただろう。夫妻とも仲は良かった」

「俺達は何度か顔を突き合わせていたけど、お前程多くハルティニちゃんの様子を見に行ってない」

「医者って立場があるからな。そう考えると、お前が彼女の事についても一番詳しいだろうと思うんだが」

「ぐ」

 

 ……実際そうだ。

 私自身、先生の代わりにハルティニの様子を見に行っていた事もある。診察等はしないし出来ないが、彼女の様子を正確に話す事くらいであれば難しくもないので。

 故に彼女がどんなものを食べていたか、病気をしていたかどうか……そう言った辺りは確かに、良く知っている。というか知らないとマズいので。

 

 確かにそう言われてしまうと……

 

「だが、な。私は……その、なんだ。無骨な男だ。女の子を育てられるような、そんな器用な真似なんて出来ないし……両親を、失ったばかりの子だぞ」

 

 結局、ハルティニの両親の事については何も言えていない。

 仲間を失って多くの事が問題となる中で、最も難しいのは彼女に、どう事実を説明するかだ。もし迂闊なやり方をすれば、まだ幼い少女の心を傷つけかねない。

 そして、多くを説明する役割を担うのは……恐らく、近くで親代わりを務める者になるだろう。間違いなく。

 

 彼女の人生を下手すれば滅茶苦茶にするというその一点だけで、私がこの話を受けない大きな理由になる。両親を失うという最悪の運命に晒された彼女を、これ以上不幸な目に遭わせるなど、到底頷けない。

 

「彼女にとって、決して間違いのない人選を、だな」

「しっかり話し合って決めた」

 

 しかし、俺の言葉を、真剣な表情と言葉が寸断した。

 

「……俺達だって、雑にお前を選んだわけじゃない」

「引き取りたい、って奴もいたんだ。何人もな。その中には今ちゃんと子供を育ててる母親だって居た。居たけど……」

「でも、本当の親と同等に育てられるか、って言えば。まず無理だ。誰だってそんな事出来やしない」

 

 そう言って落ち込むその顔は……その年齢以上に、苦悩の感情で出来た皺で、歳を喰っている様に見える。どれほど彼女の事について真剣に考えたのか、その辺りを見抜けない程私だって節穴じゃない。

 

「それなら……本当にあの子の事を考えるなら……せめて、あの子をちゃんと健康に育てられる様な知識を持った奴に任せるのが一番だ」

「俺達もしっかりサポートはする……だから、考えてくれないかメナング。両親を失ったあの子を、不幸のままでなんか終わらせられない……もしそうなったら、あの世の二人に顔向けできない」

「頼むよ……!」

 

 ――彼女の顔を思い出す。

 まだ彼女は、両親が死んだ、と言う事実を知らないし……余りにも重たい事実を受け止められる年じゃない。寧ろ、受け止められないのは当然だ。それくらい、彼女は両親に愛を注がれて育てられたのだ。

 その穴を埋めきれない……だとしても、出来る事をしなければならない、というのは間違いない。それが、せめてもの手向けになるだろう。

 

 迷っている暇は、無い、か。

 

「……はぁ、全く。私には修行だってあるんだぞ」

「うっ」

「いや、それは……」

「か、考えてなかった……」

「――だが、先生であれば、その程度は両立して然りだろうからな」

 

 であれば。

 彼女の両親の為にも、ハルティニの為にも。故郷に平和を取り戻し、彼女を無事に育てるのは……うん。良い感じにズシッと来る。

 気合を入れて、一つ厳しい修行にも打ち込めるという物だ。

 

「メナング」

「彼女が……もう一つの故郷にも無事に帰れるように。成し遂げよう。彼女を育てるのも、故郷を取り戻すのも」

 

 私の未熟な腕で、何処まで行けるかは分かったものではないが……やらないという選択肢は、初めから存在しないのだ。なら、腹を括って突っ込むとしよう。

 何時だって後先考えない、あの人の弟子らしく、な。

 




ヨシッ!!!! これでハルティニちゃんはメナング君の娘になったな!!!!

……と言う訳で、作者のガバから始まった断章一つ目、終了。どうしてこんな惨い事になってしまったのか。全ては作者のガバが原因でございます。ハルティニちゃん本当にごめんなさい。


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Episode H:激戦の後始末

――若き鷲に、その鷹は良く似ている。

 

 闇の奥地へ、文字通り分け入って真理を探した彼に。あの櫛灘めを本気で口説こうとしたとんだ伊達男に。光の世界にあやつを誘おうと、最後まで闇の真理と戦い続けた医師にして戦士に。

 本当に、その面構えがよく似ておる。思わず頬が緩む程に。彼は、良い父親で合った事が余りにも分かりやすい。その髪が彼と違ってまぁ、薄い、というか。無いところ位だろうか。違いと言えば。

 

「お久しぶりです――風林寺殿」

「うむ」

 

 その彼の子息が。ここ、梁山泊を訪ねてくるのは初めてであって……驚いたのは、剣星については話を聞いておったのだが、逆鬼君も彼の事を良く知っていた事であった。

 

『せ、先生!? アンタどうして此処に……』

『む、貴方は……確か、逆鬼さん、だったか。妙な所で会うな』

『アレ喋り方、あ、いや、兎も角、その、えっと』

『鈴木さんの治療は適切に進んでいる。安心して欲しい』

『そ、そうか……そうか。そうか』

 

 どうやら逆鬼君の友人の命を救ったのが、彼らしい。その事実に余計に笑みが零れてしまう。医者としても、彼は誰かの為に走りまわっていた事を聞かせてもらったのだから。

 秋雨君の事も直接会った事は無いにしろ、医者として彼の事を良く知っていたようで……相も変わらず医者としての見分を広めている事もまた、軽くであるが確かめられた。

 

 以前、連絡を取った時は……余り、その辺りを確かめられもしなかった故に。こうしてゆっくりと話す機会を持てたのは、幸運であったと思う。

 

「先ず……御堂さんの事は、本当に、申し訳なく」

「何を言う。君は御堂君の事をあんなにも篤く診てくれた。その上、完治への道筋すら立ててくれたのだ。感謝される事こそあれ、謝る意味は何も無いではないか」

「……医者として、それは当然の義務です」

 

 あの時――御堂戒君の病気の悪化を知り、儂は……恐らく、医師として最も信を置ける一人の、彼に連絡を取った。彼は、抱えていた患者への治療や処置を『その時までに全て終えて』、儂の元へ……正確に言えば、御堂君の元へと駆けつけてくれたのだ。

 

『――問題ありません。治療可能です』

 

 彼は、彼の武人としての心意気を尊重し、入院ではなく、毎日の薬と、そして生活習慣の少しの改変等を用いた、自宅での超長期的な治療を提案してくれた。

 御堂君が泣いていたのを、覚えている。これで孫の顔を安心して見る事が出来る。弟子の事を早くに置いて行かずに済む。娘の事を、まだ守ってやれる……と。彼の治療は御堂君の心を、確かに救った。だが……

 

「私の到着が、一歩でも早ければ……治療は、可能でした」

「お主はその時も、多くの患者を抱えておった。そうであろう」

「それは言い訳にはなりません。全ては、俺の無力故です」

 

 その直後に起きた事については、彼に一切の責任はない――緒方一心斎の凶行に倒れた御堂君の事について、彼はその弟子の田中君にも、幾度も謝罪をしたと聞いている。彼自身は、寧ろホーク君に多大な感謝をしていたというのに。

 

「――その事についての、謝罪を」

「……儂に言える事は何も無い。お主が誰よりもその事について悔いておるというのに誰がお主を責められよう。儂から言えるのは……胸を張りなさい、ということだけじゃ。お主は御堂君に希望の光を見せたのだから」

 

 畳に頭を擦りつけたまま、彼は何も言わない。只、暫し後に頭を上げた後、少しだけ目を伏せてから……改めて、儂の方に顔を向けた。

 その顔は、頭を下げる前よりも、瞳に力が宿っていた。罪の意識に濡れていた眼とは明らかに違う。恐らくは、心よりの謝罪とはまた別に、本題があるのだろう事を察するには、余りにも分かりやすかった。

 

「さて。ただ謝るだけで来た訳でもあるまい……そろそろ本題に入ろうではないか。儂に何の用かの。若き鷹よ」

「……単刀直入に伺います。拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードが使う、記憶操作の秘術――それについて、何かご存知のことはありませんか」

 

 しかし。

 その口から告げられたのは、少々と思いもよらない言葉であった。

 早くに亡くなった父について。若しくは、彼の知らぬ、母について……何か聞きに来たのではないのか。そう思っていたのだが。とはいえ。

 

「――知っては、おる」

 

 それについて。儂に向けられる視線は、余りにも真剣。余裕も遊びも一切無いその瞳を見て、はぐらかす等と言う選択肢は思い浮かばぬ。故に。知っている事を素直に話す事にした。それを、何時、誰から教わったのかも。

 だが。

 

「では、協力して頂きたいのです。アレに晒された患者を、救う術を発掘したい」

「――なんじゃと?」

「お願いします」

 

 ――そこから聞いたのは、想像を超える、余りにも惨い話であった。

 儂自身、ジュナザードの事を善人である、とは思うてはおらなんだが……しかし、それでも儂が以前相対した時は、まだ理性をその身に秘めていたと思う。しかし、彼から聞く限り、あやつは最早、狂気にその身を任せているとしか思えぬ。

 

「しかし何故、儂にそれを聞こうと」

「彼の邪神について、多くを知る方、というのは貴方以外、俺には思いつかなかった。世界を股にかけ、多くの物を見て来た、風林寺殿であれば……俺では、明確な方策を探りだす事までは、叶わなかった」

「……」

「どんな小さな情報でも欲しい……俺にとって、弟子同然の男が、今も故郷を救うのに努力を続けている。彼の為にも、医師としての使命の為にも、そして俺自身が後悔しない為にも……二度と、取りこぼさない為にも」

 

 恐らく。その取りこぼしの中には……御堂君の事も、含まれているのだろう。

 彼を力不足で亡くした、と思っているからこそ。次の患者を助ける事に必死となっている事が、良く分かる。

 

「お願いします風林寺殿、この通りだ……!」

 

 そう言って今一度、頭を畳にこすりつける姿は、けれど、一片たりとも情けない所など無い。寧ろ、見惚れる程に、意思と、覇気と、誠意に満ち溢れている。

 彼は、何処までも医者であるのだろう。過去を振り返るのではなく、きっと今の、未来の患者を救うために多くを砕いているのが、その完璧な姿勢の土下座からも目に見える程だった。それが……とても眩しい。

 

「であれば。儂が見た、否……教えられた事を、伝えねばなるまいて」

「教えられた?」

「以前、儂はあの男に、その秘術を授けられたのだ。不思議な話なのじゃがのぅ……」

 

 

 

 あの日――ティダードにて、儂がジュナザードと激突した直後の事。

 

 儂が急いで辿り着いた時には、もう既に戦場は血溜まりに溢れておった。

これを引き起こした張本人は既に何処かへと去っていたようであったが……儂にとっての問題は、彼女にやられたティダードの戦士たちの安否。

 

「しっかりせい!」

 

 一人一人を見て回って、その生死を確かめた。多くはやはりこと切れておったが……しかし、息がある者が居たのもまた事実。取り敢えず、儂が知りうる限りの処置をせねばならぬ。そう思っていたのだが、されど。

 どうしようもない、壁があったのは間違いない。

 

「いかん……恐怖で体が竦んでおる……気絶する事も出来ぬとは」

 

 恐らく、彼の者の一撃は、身体だけではなく、文字通り心をも砕いたのであろう。彼等は痛みと、恐怖に呻いていた。恐怖に支配された体は、呼吸を荒く狂わせておった。痛みによって意識を断つ事すら出来ぬ有様。

 人を殺すには、体と、心を殺すのが最も確実である……それを表すが如き、完璧な『壊し方』であった。達人として、目覚めたての若者がするには、余りにも手慣れていた。

 

「無理に気絶させるか……いや、しかし……」

 

 これだけ、心が弱っているのだ。

 先ずは心に植え付けられた恐怖を、一旦何処かへ除けるしかなかった。されど、体は最早死にかけ。下手な処置は余計に寿命を縮めかねない。

 儂には、この様な消えかけの命を前に、恐怖を取り去る様な術には心当たりは無い。正確に言えば、知っている方法を試すには、当人の体力が余りにも足りないのだ。

 心を救わねば命が持たぬ。しかし心を救おうとすれば命が持たぬ。

 袋小路。

 

「フン、下手な事はせん方が良いわいのう」

「――!」

「退け、ワシがやる」

 

 その時であった。儂が振り切った……と思っていた男に、後ろを取られていたのに気が付いたのは。男――ジュナザードは儂を押しのけ、その男の両側にそっと手を伸ばす。何をするのかを問う暇もなく。

 その倒れた武人の側頭を、両の掌で――弾いたのだ。

 

「――」

 

 その途端、である。

 先ほどまで恐怖に恐れおののいていたその体の震えはピタリと止まり……呼吸は、荒くは有れど、怪我人としては正常の範囲内に落ち着いた。

 

「こうなったならば、心から焼き付いた物を取り去るしかないわいのう。全く上手く壊しよる……くく、あの娘、想像以上の傑物ではないか」

「お主、今のは――」

「やり方は教えてやる、風林寺。手伝うわいのう……死んでいる者は兎も角、アレの覚醒に巻き込まれて、尚生き残っているのであれば、見所もある。今、命を落とすのは少々と惜しいわい」

「……」

 

 驚くべき事だろう。今のジュナザードとは、正反対の行動を取っていた。あの時のジュナザードには……惜しいと思った武人の命を救う程度の理性があったのだ。

 確かに、既に死んでいる者を拝むどころか一切の興味を向けていない辺りは人としての善性が残っているかどうかは疑わしい所もあった。しかし……あの時、確かに儂は、あのジュナザードと共に、武人達を助けて回ったのだ。

 

 ジュナザードに教わった――人の記憶を一時、消し去る技。そして、薬草の知識。その二つが無ければ、死者の数が増えておったのは間違いない。

 

「ふぅ……」

「彼らを、どうする。ジュナザード」

「ん? なぁに……ワシが引き取ってやろう。今はまだまだ尻の青い小僧共だが、地獄の一つでも見せれば多少は使える程度にはなる。カカッ、偶には武器組を育てるのも悪くないわいのう」

 

 ジュナザードは、そう無邪気に笑っておった。

 思い返せば、あの時の地獄を見せる、と言う言葉に偽りはなかったのだろう。

 あの時、何とか生き永らえさせることが出来た彼らも。今、いったい何人あやつの元に残っているか、正直見当もつかない。

 

 

 

「――記憶を、消し去る技」

「うむ。それに対する明確……と言うより、即効性のある対抗策は、儂とて知らぬ。治療をするにも、当人次第としか言えぬ部分もある」

「……」

「それでも、この技術を研鑽する事で見えて来る物は有ろう。お主が学びたい、というのであれば、多少の手ほどき程度であれば、成せる」

「お願いします」

 

 その言葉に躊躇いは無かった。即座に答えて見せた。その心に揺らぎはない事は、即決即断の判断で分かった。もしかすれば徒労に終わるかもしれない、等と言う不安は、欠片も、見えなかった。

 

「うむ。であれば……しばし、此処に滞在しながら日本の患者の様子を見るとよいであろう。布団も貸そう。薄いがの」

「ありがとうございます」

 

 ……御堂君は、亡くなってしまった。

 しかし、こうして時代を担う若者がまだまだ育っている。失った者を思うばかりではなく、こうして育つ若木を見守る事こそ肝要であろう。

 御堂君の様な、犠牲者を増やさぬためにも。

 

 そう思っていた時。

 

「……そういえば」

「ん?」

「御堂さんの事について……もう一つ。伝言がありまして。話が前後して、申し訳ありませんが」

「いや構わぬ。しかし伝言とな?」

「はい……あの事件のもう一人の当事者、『ジャック・ブリッジウェイ』からの伝言を」

 

 彼が口にしたのは。

 御堂君の、残された弟子である……田中勤君に関しての事であった。

 

「『タナカをオガタに近寄らせるな。オガタは、私の獲物だ』と」

「……と言う事は、お主が語っていた事は」

「えぇ。事実確認が取れました。彼女が、田中さんに重傷を負わせたのを認めました」

 




忘心波衝撃補完。及び次のエピソードへのつなぎ。

これでティダード後の美羽ちゃんにちゃんと対処できる……危なかった……

後、Hは風林寺のHです。


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Episode MG1:とある殺人拳の日常

「――んー、いいわァ……最っ高ゥ……」

 

 本物の金と見紛う程に艶やかさを見せる黄金の髪と、男ならばむしゃぶりつきたくなるような……余りにも『下品に』豊かな肉体。色気重視のグラビアアイドル、等と表現するのすら憚られるようなプロポーションに加えその肌は、瑞々しくシャワーの水滴を弾き返し一切の皺も見えない。

 年齢を他者に問うたならば、二十代前半、それも『若さ』に依る美の真っ盛りと、確信にも似た答えが返ってくるであろう彼女はしかし……その実年齢、四十代にすら差し掛かる一歩手前の女性だ。

 

 彼女は美の維持に一切の妥協をしなかった。故にこそ、このアンチエイジングっぷりである。その肉体は『肉欲』を駆り立てる様に、完璧に調整されていた。

 彼女にとって、他者を魅了する肉体、というのはステータスだ。何者をも触れ難い美貌と言うのも悪くはないが、個人的な趣味で、其方にチューニングを振っている。

 

「やっぱりィ、一仕事ォ終えた後のォシャワーってばァ、たまらなァいわァ……」

 

 そして――そんな彼女は、今、どんな仕事をしているのか。

 シャワーを借りたホテルの一室は、彼女の今日の仕事場でもあった。標的が居る場所に窓から堂々と入り込んで、心臓を一撃。簡単な仕事ではあったが、それでも仕事は仕事。彼女は仕事に貴賎を付けない。やり遂げたのだから達成感はひとしおだ

 

 ジャック・ブリッジウェイ。

 

 『闇人』としてはまだ新参ながら、次期一影九拳の候補として先ず名前を挙げられる程の急成長株。しかし、当人にはその気は一切なく、自分の好きな仕事を好きな様に受けるその奔放さから、決して歓迎する者ばかりでもない奇人変人。

 そして、現状『暗殺』という一点に置いて、世界最大の国家の一角、アメリカから警戒を受ける『闇』の要警戒人物の筆頭でもある。そんな彼女は今……

 

「特にィ、JAPANのホテルってばァ、何処もォ外れがなくてェ、いいわねェ」

 

 日本に来ていた。

 

 

 

 ジャックは、日本が好きだ。

 化粧品の出来も良し、食事も美味い、清潔で、綺麗だった。自分のホームタウンとは大違いの国だ。

 何より、平和なのがいい、と個人的に思っている。それを何時も同じ『闇』の武人に言うと信じられない者を見る目で見られるが、別に気にした事もない。

 

 戦乱を求める性格か、と言えば違うと彼女は答える。

 戦乱と言う醜い時の中で、自分が輝けるか、と言われれば違う。確かに武人として輝きを放つ事は出来るだろうが、しかしそれは自分の望んだだけの輝きを発せられているかと言えば違う。

 彼女は、自分の『美』がこの平和な時代であるからこそ、兎も角一際輝くのだと考えているのである。

 

 矛盾だらけ、と他人は言うが。彼女はそうは思わない。

 例えば、周りが赤ばかりなら、真紅は確かに目立つは目立つだろうが、そこそこどまりである。しかし周りが白ばかりなら。真紅の目立ち方は文字通り、群を抜いている。

 平和と言う『白』の中で、自分と言う『真紅』は誰よりも輝く。彼女はその事を一切疑っていない。

 

 では、その『赤』は周りの白に伝染しないのか。自分の行為が、世界を『赤』に変えはしないのか、という疑問も、当然問われた事はある。だが、彼女は全くそうは思ってはいない。

 自分が請け負っている仕事は、『白』の中で生まれた『赤』、所詮は異分子だ。それを自分が請け負おうとも、『白』という時代は覆らないと思っている。誰かが明確に『白』をひっくり返そうと大きな仕掛けをしなければ、大勢は決して動かない。

 

 彼女は、ある意味、今こうして成っている太平の世を信じてもいるし、そうでないといけない――それが、平和を維持するという意識を放棄した、ロクでもない身勝手で邪悪な思想である事は間違いないのだが――と思っている。

 

「――おーいしィ。高いのもォいいけれどォ、こう言う店の味もォ、中々よねェ」

 

 ホテルの一室で、牛丼を貪りながら。

 というか、彼女的には太平の世じゃないとこんな美味しい物を食べられないので勘弁してほしいとすら思っている。彼女は基本的に武人ではあるが、俗物でもあるのだ。明らかにそこらとはサービスや、施設のレベルの違う『質の高い』ホテルでファストフードを貪るその姿から、それは余りにも分かりやすい。

 

「っはぁ……満足ゥ」

 

 さて。

 米一粒残さず全てを平らげた後。チラと眺めるのは、世界最新型のノートPC。漸く膝に乗せても膝を痛めないレベルまで改良されたその画面から眺めるのは、最近整備されたらしいアクセサリー店のHPだ。まごう事無きセレブ向けである事をアピールしているその店に、今日の照準を定める。

 日本に来たならば、メイドインジャパンの質の良い品物を沢山仕入れて帰るのは彼女にとっての基本だった。

 

 仕事も終えて、数日中には日本を離れる――故に。

 ここらで気合を入れて観光でもする積りで、ベッドから腰を上げた。

 

 それに、日本で手に入れられるお土産と言うのは、物ばかりではない。

 ……今や、世界的な武術が集まる、渦を巻く、武術大国の日本。彼女にとっては、ある種最高の『ショーウィンドウ』ですらあるのだ。

 

 

 

 自分が注目される事を、彼女は実に好む。故に堂々と町中を歩くし、こうして普通に店にも寄る――裏の人間だからと言って、闇の世界ばかりにいるというのは出来ない。表があるからこそ裏がある。裏だけで生活はなりたたない。

 

「それじゃァこれェ、貰ってくわねェ?」

「お、お買い上げありがとうございました!!!」

 

 それに、彼女は良く知っている。

 こうして無辜の民が周りに居る状態で、迂闊に自分を捕まえたりする為には仕掛けて来ない、と言う事は。

 

 自分の事を目の敵にしている表の住人達は、前提として。自分の事を魔界の猛獣か何かと勘違いして迂闊に戦いを挑めば周りを巻き込んで凄まじい事になる――と思っているフシがある。

 別に周りのそんな奴らを殺す意味も、ジャックには何もない。勘違いしているようだが、彼女は依頼を受ける先を一切差別しないで、何処からの依頼も受けるのと、強い武人を見たら自慢の踵が疼くから、そりゃあ殺害数はそれなりになるだけで。別に誰彼構わず殺す狂犬的な一面など、ほんのちょっとしかない。

 

「良い買い物ォ、したわァ」

 

 そんな事情もあって、自分が堂々と買い物をしていようと、仕掛ける事が出来ない。人数が多いこういう場所ではそんな事は出来ない。それを自覚し、故に堂々と表を歩く。

 彼女は強かで、実に狡賢い。

 

 そして、もう一つ。

 自分と言う真紅もそうだが、白の中に『赤』か、若しくは『青』に輝くものが居ればそれはとても目立つ。映える。美しく。平和な世界だからこそ、本当に強い存在と言うのはより輝いて見えるのだ。

 自分の様な存在とは正反対の位置に存在する、同じように強い『活人』の武人というのはこういう街中でこそ存外と出会えるのである――決して、あのハゲ野郎を探している訳ではない。彼女的には。と言うかあのハゲは活人とか、そう言う区分に存在しない。

 

「さァて」

 

 折角日本に来たのだから、と化粧品店の外、そこそこ行きかう人の群れをちら、と見つめてみる。どこに『獲物』が居るかは、本当に分からない。こういう時こそ、意外な出会いがあるかもしれない……乙女の如く、ジャックは胸を躍らせてそこら中を歩く白を見つめて――

 

「……あらァ」

 

 意外にも、簡単にそれは見つかった。

 恐らく、買い出しに来たのだろう、大量の食材を持った――黒髪を二つに括った女性だった。自分より小柄な女性……一見、一般人にも見えるが、しかしながら、その歩く姿、足運びには間違いなく、『武』の匂いがする。

 それどころではない――自分より、間違いなく若い。それこそ、成人してそこまで経ってはいないだろう。だというのに彼女からは、とても濃い『武』の香りがしていた。

 

「いいじゃァん……あの子ォ」

 

 踵が、疼く。ティダードで一つ弾けてから、ちょっと本気を出せそうな相手を見つけるのは久しぶりだ。とはいえ不意打ちなんぞ美しいやり方ではないし……戦うのは()()()()()だろう。

 ちゃんと誘ってから一つ、話でもしてみるのがベスト。

 

「――」

 

 一歩、踏み出して。人の合間を縫うように――そして、誰にも気取られない様に。下手な騒ぎを起こして逃げられるなんて、一流のやり方ではない。ちゃんと、彼女とだけ話したいから、と。少々と、本気で動いてしまった。

 

「ふぅ……これくらいあれば、結構持つ、かな。父上も勤さんも、食べるからね――」

「ねェ、お嬢さんゥ」

「――っ!?」

 

 ねぇ、と話しかけた時点で既に、自分から一歩距離を取っている。良い反応だ。此方を見つめる瞳は真っすぐで、その輝きは正に宝石の様。ますます好ましい……とはいえ、まだ、戦うつもりはないので――一つ、警戒させないためにもとニッコリと笑って見せた。

 それを見て、構えられかけていた拳がピタリと止まる。間を外されたようで、その表情についふふっと笑ってしまったのは、不可抗力だと思った。

 

「ちょっとォ、お茶しなァい?」

「……誰なの、急に。それに貴女」

「うふふふ、そうよォ。アンタのォ御同業ぅってェ、奴ゥ」

「何が御同業よ。その血の香り……誤魔化せてない」

「誤魔化すゥつもりィ、無いしィ?」

 

 そうして話している間にも、ジャックは、アスファルトに踵を叩きつけて鳴らして聞かせて見せる。当然、誰に聞かせているかは分かり切っている。そして、どういう意味で聞かせているのか。

 目の前の少女の顔は、このコツ、コツと言う音が何の為の物なのか、理解しているのだろう。逃がすつもりはないという、強い警告音だと。

 

「大丈ォ夫よォ……今はアァ、やりあうつもりィもォ、無いからァ?」

「――どうやってそれを信じろっていうの」

「私からする匂いでェ分からないィ? やる気があるならァ……何処でもォ関係なくゥやってるってェ」

「っ!」

 

 ――嘘である。

 そんな醜いマネはしない。自分の美学に賭けて……だがしかし。それを馬鹿正直に言った所で誰が信じるか。ので、自分が凶暴で、理性無い獣である、という風な仮面をちらと見せてやるのだ。そうすると――

 

「分かった。だから、変に暴れないで。ここは――」

「えぇ。私だってェそこまでェ見境ない訳じゃァないしィ?」

 

 こうしてオッケー出してくれることも案外あるのだと、彼女は良く知っている。

 こういうモノ言いも、裏で好き勝手やるには意外と必要なのだ。故に――本気で彼女を仕留める積りは、()()何処にもなくても。




メスガキちゃんの傍若無人ぶりを、先ずは全力で描き上げてみました。

タイトルのMGは皆さんもお分かりの通り、『メスガキ』の略です。


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Episode MG2:趣味全開の女

「――それで、何の話なの」

「んゥ?」

「こんな……お洒落な、お店に、来させて」

 

 どうにも落ち着かなそうなその姿は、何処か小動物を思い起こさせる。何処か微笑ましいその姿に微笑みつつ、そっと手元のカップを傾けた。品の良い甘さをした紅茶は、この店でもお気に入りの一杯だ。

 しかしながら、そんな小動物染みた様子とは裏腹に、その視線は自分への警戒心を隠そうとはしていない。良い貌だ。何も警戒しないのも、それはそれで可愛げがあるが。やはり警戒の一つでもして貰う方が燃えるという物。

 

「この店ぇ、この時間あんまり人がァ、居ないしィ。内緒でお話するならァ、ここが良いかなァ、ってぇ」

「……そう」

「別に変な事はァ、しないからァ……先ず、名前ェ、教えてくれないィ?」

 

 このまま、目の前の少女を紅茶のお供代わりに優雅なティータイムも悪くはないとは思うが。本題はそこではない。染み一つない白いクロスの引かれたテーブルの向こう……同じくらい純粋に見える少女に、ジャックは先ず名前を問うた。

 

「……田中、真結」

「そう。マユちゃん。オッケェイ……じゃあ早速一つゥ、聞いて良いかしらァ、マユちゃァん」

「な、なに。なんなの」

「貴女、自分にとっての幸せェ……いいえ、絶頂、ってェ……何時だと思うゥ?」

 

 ジャックは、何時だって相手の『最高』の時と戦う事を信条としている――あのハゲカスは何時だって全力で例外だが――しかし、ターゲットが何時だって最高の姿を見せてくれるのであれば苦労はしないが、そんな事はまぁそう無い。

 故に――彼女は、自分が戦いたい、と思った相手を見つけたら、先ずこう問いかける。

 

 自分にとっての絶頂は、何時か、と。

 

「ぜ、絶頂……?」

「そうゥ。自分が今、何も怖くなァい、どんな相手にだって立ち迎えるゥ。そんなァ瞬間をォ、想像して見てェ?」

「えっと……要するに、無敵みたいな時って、事?」

「んー、ちょっとォ違うかしらァ……それほどまでにィ満たされている時ィ、って言った方がァ、良いかしらァねェ?」

 

 ――彼女は、人は満たされている時こそ、最も美しく輝くと思っている。

 それが、護国の為に全てを捧げている時。医療の為に狂った様に前進して来る時。自分の武の誇りの全てを賭けて立ち向かってくる時。切欠は動機は、別に何でもいい。人が行動する理由に貴賎はない。

 兎も角、『精神』が力に満ち溢れている時が、その相手にとっての絶頂だ。その時こそ満ちた精神の力を燃やし尽くし、人は最も輝く。ジャックは、そう考えている。

 

 醜いモノを許せない、と言うのも此処に起因する。彼女にとっての醜いモノは『絶頂への道筋を諦めた者』だ。精神の力が衰えた、堕落した人間は、彼女にとっては唾棄すべき対象でしかない。

 

 その点、目の前の女性は違う。目には生きる希望が満ち溢れているのはどんな節穴でも分かるだろう。ジャックで言う所の『絶頂へ至る事を諦めた』輩とは、まるで正反対の位置に居る目だ。

 まだまだ上がある。まだまだ何処までも伸びていける。そんな目だ。『絶頂』に辿り着けるという可能性を秘めている。

 

「……なんでそれを聞きたいの」

「なんでェってェ。気になったからァ、じゃあダメなのォ?」

「ダメじゃないけど。そんな事を聞きたいからって、態々あんな風に挑発して、こんな所まで人を連れてきたって言うの。正気?」

「良いじゃなァい。自分の好きにィ生きてこそ人生ってェねェ」

 

 そして、そんな彼女が人生の絶頂に至った時、その時こそ――自分が彼女と死闘を演じる時なのだ。全てに置いて最高潮の相手と戦い、そしてその状態の敵に完全に勝利してこそ、自分の『美』は更に輝きを増す。

 

「ね、教えてェ――強い人ォ。アナタがァ、最もォ輝ける瞬間はァ、何時だと思うゥ?」

 

 だから問いかける。

 ジャックは、目の前の田中真結と言う女性に、完全に照準を合わせていた。何時か、自分を最高に満足させてくれる相手になる……という、確信をもって。

 

「なんだか宗教みたいな言い方ね……別に、自分の事を特別に強いと思った事なんて無いけれど。そうね」

 

 目の前の少女は、そんなわくわくモードのジャックの質問にちょっとだけ考える素振りを見せ……それから、そっと、自分の胎の辺りを撫ぜた。その表情は、とても暖かな物を見ている彼女にも感じさせる。

 

「……この子が、大きくなった時かしら、ね」

「あらァ! 貴女ァ、子供がいるのォ? 旦那さまとはラブラブってェ事ォ?」

「うん。大好きな人との大切な子供。私と彼との……絆の結晶」

 

 ジャックにはその表情が――何処か慈悲深い、聖母のようにも見えていた。

 

「その子が生まれて、すくすく育ってくれた時……多分私は、どんな怪物にでも立ち向かえるわ――アナタとかにも、ね」

 

 その言葉と、視線に、ゾクッと寒気にも似た感覚がジャックの背筋を駆け抜けた。

 睨んでいたのではない。寧ろ、少し笑って見せたのだ。

 

 怪物と、自分を呼んだ事。ジャックは、それを……『彼女が自分の実力をある程度理解している』という事実を分かりやすく表している。そして、自分との差を踏まえて。それでも尚、彼女は笑った。

 これはハッタリではない。

 

「――良いわねェ。それェ。正に『絶頂』じゃないィ」

 

 それに対し、ジャックもまた、笑った。

 ただし、此方は――牙をむく、猛獣の如きそれだが。

 溢れ出す。凶暴性が。今すぐ戦いたくなるほどに、輝いている。

 

「オーケィ。ありがとォお嬢さん……お礼よォ、ちょっと待ってなさいねェ」

「えっ? お礼? って、なにこのお金」

「ここは奢るわァ。貴女の絶頂にィ、一粒の幸運をってねェ? ねェちょっとウェイターさァん? 電話貸してくれないかしらァ」

 

 しかし、流石に今襲うのはちょっとダメだな、とそれを直ぐに引っ込めて。

 その代わり、彼女は近くに居た店のウェイターに少し、電話を貸す様に伝えた。脳裏に思い出すのは――とある男に依頼する為の、秘密の電話番号。

 此処に一報でも入れて置けば、直ぐに飛んで来るだろうという確信が――頭に来るような確信があったがしかし。医療関係であれば、腹立たしいが誰よりも信頼できる。

 

 店の入り口近くの電話機迄案内されて、受話器を取ってからダイヤルを回す。

 

「――もしもしィ」

『治療の依頼か』

 

 連絡を取ったのは……本当に、本当に。ムカつく相手だが、医者としての腕はぴか一だと確信できる、とあるハゲ医者だった。

 

 

 

「ンゥ~良~いことしたわァ」

 

 尚、それは殆ど自分の為にやったような事ではあるが。そのついでに善行を行ったなら最高のファインプレー……位に図太い気持ちで。ジャックはのんびりと背筋を伸ばして帰路についていた。

 

 自分が医者に連絡を取った、と言った時の田中真結の表情は、正に傑作としか言いようが無かったのを思い出す。

 自分の様な人種がこんな節介を焼くとは思わなかったのか。だとすればそれは間違っているだろう。自分の様な『自分勝手な』人種こそ、道理に合わぬ真似とて、自分に理があれば当然の様にやるのだ。

 

 後は……彼女が無事、収穫の時を迎えた時、自分が彼女と『死合い』が出来れば最高。極上のプレゼントを自分に予約した様な気分だった。

 

「はァ……やっぱりィ、こう言う事が出来るからァ、平和ってェいいわよねェ」

「――む、なんだ。近くに居たのか貴様」

 

 ――直後にその気分はぶち壊しになったのだが。

 

「ッ!」

 

 瞬間、咄嗟に距離を取ろうと電柱の上へと飛び上がる。近くを歩いていた主婦やら老人やらが目を見開くが今はそんな事は重要ではない。何故、ここであの男の声が聞こえるのだろうか。さっき、電話で話したばかりではないか。

 

「――逃げるな」

「……ッチ!!! 逃げるわよォ……アンタァ、なんでこんな所に居やがるゥ!!!」

 

 その背後――逃げようとするのを予測していたのか。

 民家の屋根の上で、ジャックを見つめるハゲ頭が一つ……ホーク・K・バキシモが、彼女の背中を、じろりと仏頂面で見つめていたのだ。

 




結果として知らない綺麗なお姉さん殺人拳にお茶に誘われて世間話しただけになった田中真結さん。一番困惑しているのは彼女。


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Episode MG3:ホモとメスガキの幾度目かの

 ――ジャックにとって、目の前のハゲは災厄の如き存在だ。

 彼女にとってはクソッタレのマイタウンから始まった因縁は……最早十年来をとっくに超えている。腐れ縁と言ってやりたい。

 ティダード以来、出会う頻度は増えた気がする。というか、自分が『仕事』をした時に始末した……つもりの奴が、目の前の男が居るとなぜか生還している事が良くある。

 お陰で仕事に失敗しただとか言われた事も相当な数である。

 

 しかも、こうして幾度目かの交戦に至っても尚、ずっとこの男は全く変わっていないのが本当に性質が悪いとすら思う。ちょっとは変われと思うが。まるで岩のように頑固だ。

 

「――はぁ、どうしてアンタはァ、私の行く先にィ……現れる のかしらァ?」

「知らん。俺は自分の患者を診に来たに過ぎない」

「ハァッ!? じゃあたまたまァ、近くに居たって訳ェ!? 最悪ゥ……BAD LUCKにも程があるわよォ……」

「患者は外に出ているとそこで父親に聞いたのでな。探しに来たら貴様を見つけた。患者を発見できたのは幸運だ」

「……え、ちょっと待って、アンタァ、アタシが紹介した奴のォ身内を治療してたってェのォ!?」

 

 何という偶然of偶然。そんな偶然は要らなかった。このまま丁度良くいい感じの獲物を見繕って帰れたら良かったというのに、どうやら今日のダイスの女神は、飛び切りキツイ酒に酔っているらしい……ジャックは、盛大に一つ舌を打った。

 

「ここで会ったのも機会だ、一つ治療を受けて行け。今すぐ」

「いいえェ? 残念だけどォ、今日はそんなァ気分じゃないのォ。お断りするわァ」

 

 とはいえ。そんな不運に流されるまま、流石にこの男を相手にする気分ではない。この男とやり合うと、何時だって此方が心身共に疲労しきって体力限界になってしまう。というか、そこ迄行くのを止められない。美学とかそんなもんかなぐり捨てて全てを賭けて蹴り殺してやりたくなってしまうのを、我慢できない。

 

 ので、電柱の上、くるり、と踵を上手に使って踵を返し――

 

「断る権利はお前に存在しない」

「……あ゛あ゛ぁあああああああっ!!」

 

 とか思ったら振り返った先の屋根の上に既に立っていた。ムカつく事に、更に腕を上げているのが目に見えている。ジャック自身も鍛錬に余念は無かったからこそ、目の前のハゲ男とは大きく水を開けていたと思っていたのだが。

 自分の方が格上なのは……恐らくそうだろうが。それでも絶対的な差がある訳ではない。下手するとひっくり返される。

 

「ッスゥゥウウウウ――ふん、患者にィ、治療を断る権利ィ与えないってェ、アンタ医者としてェどっか致命的にィ間違ってるんじゃないのォ?」

「否定はしない。だが先ず何よりも優先するのは患者の健康だ」

「アタシはァ……今が一番健康だってのォ!!!」

 

 ――それ込みで非ッ常にムカついたので。

このハゲ頭を卵の如く蹴り潰すという結論に至ったのは早かった。瞬間湯沸かし器とは今の彼女の事であっただろう。

 

 太ももの筋肉がビクリ、脈動する程に、引き絞られ……そして躊躇なく解き放たれたのはヒールの踵と言う名の大型弩砲(バリスタ)。直撃すれば人間の肉体どころか、岩盤だとしても貫くであろう必殺の一撃に――更に、跳躍した時の勢いすら乗せて。

 

「ぶち抜いてェやるゥ!!」

「ヌゥン!!」

 

 ――が、ダメ。

 避けるは愚か、何とドンと動かずして、向かい来たヒールの踵を待ってから……堂々と両の掌で掴み、真っ向から受け止めてすら見せたのだ。しかも掴まれたヒールは当然のようにピクリとも動かないのである。

不安定な民家の屋根の上である事なんて全くもって関係ないと言わんばかりのとんでもない安定性に思わず出た舌打ちは、濁点が付きそうな結構な大きさになってしまった。

 

「――成程、腕を上げたな。貫かれそうになった」

「ふざけェんじゃないわよォ……! 涼しい顔ォしやがってェ!!」

 

 しかし終わらない。掴まれたままで終わる様な軟弱な鍛え方はしていない。空中で重心をかける場所を変え、体を魚かと見紛うばかりに暴れさせる。無理矢理に、捕まれたヒールを振り払うと同時に踏みつける様にもう片方のヒールを振り下ろす。

 ――が、それも一歩及ばない。力が乗り切る前に、ヒールの切っ先は何処ぞへと逸らされてしまい、直撃どころか無関係の民家の屋根に、綺麗な、ひび割れも無い、丸い穴を空けるに終わってしまう。

 

「そうはいかん」

「……ふゥん……へェ……クソッガァアアアアアア!!!」

 

 着地。直後より、ヒールを軸として、独楽のように狂々、狂々と狂い回る。丸く、刃などついていない筈のヒールは、しかしながら超高速で回転しながら叩きつけた、その瞬間の摩擦で容易に人体を引き裂く威力を得る。

 のだが、その事如くが、まるで滑っているのか、クリーンヒットが許されない。なんだこの感覚は、人間に叩きつけた感覚でまるでデカい水晶玉を蹴ってるみたいって。ジャックの心で燃える苛立ちは、体の回転速度と共に更に、更に加速する。

 

「大体ィ!! アタシがァ!!! 連絡したァ!! 件はァ!!!」

「お前を治療したらキッチリと診る。診ないという選択肢はない」

「あっそう……じゃあアタシに構う前にさっさとォ仕事しろォ!! この藪医者ァ!!」

 

 振り下ろし、振り回し。叩きつけて……破壊しようとしても、しかし信じられない程に安定した守りで、全て払い除け、あるいは有らぬ方向へ逸らされてしまう。

 まぁ、目の前のハゲが強いのも非常に苛立たしいがそれは最悪良いのだ。食ったものが逆流して来そうなレベルで、ギリッギリで。

 彼女にとってどう足掻いても不満でしかないのは、自分が此奴に患者を紹介したというのに、どうして紹介した此方側まで治療する患者判定されなければいけないのか、と言う話である。紹介したのだから序に治療してやろうというサービス精神か、ふざけるなという感想しか出てこない。

 

「こんのォ……腐れハゲがァ!」

「健常な精神を保っているとは言い難いのに放っては置けない」

「善意の押し売りィやめろやァボケェ!!! 誰もがそれに笑顔にィなると思ってんのかァ頭御花畑がよォ!?」

「そんな傲慢な思想は持ってないが――それはそれとして治療はする」

「アァそうかいィ!!!」

 

 ――取り敢えず、出来るだけの全力を蹴り足に込めて。堅い守りに向けて叩きつけてやる。防がれるは防がれるだろうが……しかし、ならばと逆に、防がれたその一瞬の衝撃を利用して、高く、高く跳躍して奴から離れた場所へ降り立った。

 

「む」

「はっ、誰がアンタのォ善意の押し売りにィなんて付き合うのォ? それじゃァね!」

 

 彼女的には今からでも全力で叩き潰してやりたい。やりたいのだが。今はメンタルが揺さぶられてボロボロにされているので、精神的不利を背負いこんでいる。今この状況でマトモにやり合うなど賢いやり方ではない。

 と言う事で、仕切り直す為に撤退。普段ならこんな風に逃げる事もないが……しかしながら、コイツに付き合う面倒さを考えれば、例外としても良いだろう。

 

「ったくゥ……」

 

 家々の屋根を飛び回り、自分が寝泊まりしているホテルに向けて、急いで走り出す。兎も角、自分のやれる事はした。後はあの少女がちゃんと『絶頂』を迎えるかどうかだ。

 親切が過ぎるのか? いいや案外そうでもない。自分の利益に繋がる事でもある。彼女にとってあらゆる事に優先されるのは『自分の趣味嗜好』であり。それは仕事以上に優先される。彼女は仕事中はプロとして私情は挟まないが、しかしながら趣味をするのであれば、先ず仕事を依頼されていても当然のように断る。

 

 趣味が無ければ仕事をする。くらいの優先度の差が存在する。

 そこ迄優先される事だ。自分でちょっと何かお節介するくらいも、趣味の内に入るのである。それに……

 

 もしこのお節介で、彼女が絶頂を迎えた時。すなわち彼女と衝突するその瞬間を想像しただけで舌なめずりを止められない。もしその時の夢の様な時間を考えれば……多少の節介くらいはどうと言う事も無いのだ。

 早く美味しく育ってくれないかなぁ。等と、ジャックは邪悪な笑みを浮かべて宙を舞って駆ける――その時ハゲが医者として彼女の隣に一緒に居ない事だけを、祈りながら。

 

 

 

「――ん?」

「あらァ」

 

 さて。

 そんな事のあった暫く後。ジャックは彼女ともう一度邂逅する事になった――初めて遭遇したスーパーの店内で。

 




途中のぶち抜いてやるは某俺の名を行ってみて欲しい方を想像してもらえると。っていうか戦ってる最中の彼女はずっとそんな感じです。


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Episode MG4:抱かせろちゃん

「こういう事を言うのは悪いと思うけど……なんでこんな所に居るの!? アンタみたいなのが!?」

「えェー? いちゃァ悪いのォ?」

「悪いって言うか……! そ、そのドレスでこんな、大衆向けの!」

 

 そう言われ、ちらと自分のドレスを見てみる。

真っ赤な色、布一枚を体に巻き付けたようにも見えるデザイン。ザックリと横も切れていて、胸元も開いていて、露出度がかなりのモノ――彼女にとっては何時もの格好だ。

 

「んー……普通じゃなァい?」

「いやいやいやいや……っていうか、どうしてまだこの町に居るのよ!!」

「お気に入りィのォ、店がァあるから、ここは要チェックの町にィなったのよォ」

 

 この前ホームページをチェックしてみた店のアクセサリーは、中々の質だった。故にまたじっくりとその辺りを品定めしたいのでそりゃあもうこの辺りにも滞在する。心だけではなく体も磨いてこそ人生と言う物を楽しめる。

 そんな時に彼女と邂逅したのだ。偶然。

 

「でェ、どーぉ? その後はァ?」

 

 ――と言うのは半分冗談だが。半分と言うのは、当然ながら偶然の辺りだ。

 わざと会いに行ってるか、と問われれば、ジャックは『いいえ? ついでよ』と答えるだろう。お気に入りの店のアクセサリーを買いに行く『ついで』にこうして絡みに来たのだ。実に楽しい。

 

「……その、ここでのお買い物って何時になったら終わるのかしら」

「んゥ、結構ォ、数があるからァ……暫くはァ居るわよォ?」

「いっぺんに全部買ったら良いじゃないの」

「買わないわよォ。そんな事したらァ目立つでしょォ?」

 

 この場合の目立つ目立たない、というのは、見た目だとかそう言う意味ではなく……町の噂的な意味になってくる。

 彼女にとって、町に残る『足跡』というのは足かせになりかねない。裏の住人と言うのはそう言うのが残ると本当に苦しい。これでも、一般人が買い物をしている様に色々気を付けてやっているのだ。本当に。自分の見た目が整っているのは自覚しているので。

 

 目立ちはする。だが悪目立ちはしない。その辺りをしっかりしていたからこそ、この狂犬染みた女は生き残って来たのだ。

 

「ハァ。それで、貴方に紹介してもらったって、ホーク先生の事よね。良い先生よ。父上の事も、私の事も良くしてくださるし」

「あらァそう。なら紹介してよかったわァ。えェ、ホントォ」

「何? お礼でもして欲しいの?」

「――そうねェ。お礼ならァ……ちょっとお話しなァい?」

「また!?」

 

 

 

 何故、こうして再びお気に入りの店に連れ込むのか。

 何で話すのか? 本当に極端な話をすれば。暇つぶし以外の何物でもない。目の前の少女は将来の獲物だ。狩人も、狩る対象をよく観察してから仕留めに行く。それこそ、下手すれば感情移入してしまうほどに……それと、多分理屈は同じだと、彼女は思う。

 

「あらそォ。お父さん泣いてたのォ」

「そうよ! それで勤さんをどついて『ちゃんと幸せにしろよ』って何度も何度も……もう恥ずかしいったら!」

「そりゃあァ愛されてるゥ証拠じゃなァい」

 

 それはそれとして。

 女として会話できる相手がまぁ身近にいないというのも大きい。ガールズトークだってまだまだやりたいお年頃(自称)である。

 

 女性の武人がそもそもあまりに居ないのだ、闇には。彼女が知っている限りでは、一人有名な女武術家が居るには居るのだが……なんと言うか、アレには近寄らない方が良いと本能が告げているので、近寄らない様にしていた。

 まぁそんな訳で。折角の休みをどのように使うか等、別に誰が決めたわけでも無いのでこのように獲物にちょっかいをかける事にした。

 

「でもいーわねェ、子供ォ」

「……子供好きなの?」

「好きよォ? 普通にィ」

 

 こういう何でもない会話をするのも、ガールズトークの醍醐味か、等と思いつつ。怪訝な顔をされるのに些かと不満を感じてしまう。

 彼女は美しいと感じる者が好きだ。彼女にとって美しいのは『諦めず絶頂に向けて頑張る者』だ。子供など、がむしゃらに後先考えず努力するその純粋さなど、美しさでは一種最たるものだろう。

 彼等が成長した先に、彼女が越えるべき『絶頂』が待っているのだから。

 

 実際、子供が好きでなかったら、自分とハゲ医者の間に割り込もうとしていた若き助手にはそれこそ、一撃で重傷を負わせていても不思議ではない。

 あの時が仕事中で、プロとしてのプライドもあったとはいえ、アレとの間に入り込んで来る相手に流石にプロを保っていられたかどうか。

 

「……貴女の好き、って素直にそうって頷けないのだけど」

「えェ~? 酷くなァい? 心配し過ぎじゃなァい? メンタル雑魚なのォ?」

 

 故に、ジャックは子供は割と好きだし。こうやって子供みたいに素直な反応を返してくれる子も結構好きな方ではある。ちょっと煽ったら顔を真っ赤にして拳をプルプル。揶揄い甲斐があって非常に顔がニヤついてしまう。

 

「アンタねぇ……!」

「だって、ねェ? 普通にィ、子供抱いたりとかァしたいだけなのにィ、変な想像するゥそっちが悪いんじゃなァい?」

「ぐぬ」

「うふふふふふゥ、冗談よォ」

 

 ――ふと。

 

「ねェ。その子ォ。無事に生まれたらァ抱かせてくれなァい?」

「えっ」

「折角ゥ良いお医者をォ紹介したんだしィ……それくらいはァ良いんじゃないのォ?」

 

 そんな反応を見て居たら、魔が差した。これだけ輝く女性が生む子供なのだ。さぞかし見事な子が生まれるのであろう――そう思って、ちょっと踏み込んで見る。

 彼女にとっては今の趣味の時間で何をするのも自由だ。武人だからと言って、何時だって武術や何やらを極める為に自分の時間を割いている訳でもないし、その時間を、子の獲物が生む子を見るのに充てたって良い。

 

 彼女にとって、美しい物は幾らだって見て良い、目の保養になるものだ。そして良い武人の子ならば、そりゃあ宝石の様に輝く子になるだろう――という打算の下に、彼女は趣味に走った。

 

 とはいえ、了承されるとは初めから思っていない。

 活人拳連中は、長く太平の世で落ち着いた生活をしている所為か、平和ボケしている者も多い(弱くなったとは言っていない)。とはいえ流石に殺人拳と分かっている危険人物相手に、自分の子供を抱かせるような真似はしないだろう。

 いきなりかましてきたのに驚いた所で『冗談なのに~』などと揶揄って楽しむのが関の山だろうと考えて……

 

「…………」

「ねーねー、どうなのォ?」

「一つ、約束して」

「?」

「抱く時は、べっとり付いてるその血の匂いを落としてきて。赤ちゃんって、そう言うのに凄い敏感らしいから。そうしたら……別に」

 

 今度は、こっちが目を丸くする番となった。

 明らかに断られる流れだと思っていたのが、これは想像の範囲外だ。無理難題を吹っかけて、自分の要求を通す。積りだった。

積りだったのが、なんと無理難題の方が通ってしまった時にどうすればいいのか……

 

「――じゃあ、念入りに体磨いて来るわねぇ」

 

 こういう時、動揺せず強欲に行くのが彼女だ。と言う事でオッケーなら貰いに行くことにした。貰うというか、抱きに行くというべきか。

 

「そうして」

「でもォ、ホントに良いのォ?」

「……別に、そんな難しい事じゃないわよ。貴女には一つ貰ったから、それを返すだけ」

 

 それに関しては、自分はお礼の為に呼んだ、と言っているのだが。それでも尚『返す』と言った目の前の少女に思わず、笑みが零れた……『ニッコリ』というよりは『ニマァ』という言い方が似合う笑顔を。

 

「律儀ねェ」

「悪いかしら?」

「いいえ? ちょっとォ不思議なだけェ」

「……殺人拳の使い手だからって言って、良くしてもらった人を邪険にするような母親にはなりたくないの。この子にも、旦那様にも誇れるようでありたい」

 

 ――あぁ、そう言うのだ。とジャックは笑みを深める。

 そう言う真っ直ぐで、活人拳染みた物言いは、大好物だ。これこそ正しい『誇り高い』武人だ。実に輝いているじゃないか。自分の目の前で。体が強いだけでもない、心が強いだけでもない。今ですら、もう自分がしゃぶりつくしたい程に美しいではないか。

 狙いを付けたのは、きっと間違いではなかった。ずっと『輝く人物』を狩って来た自分の嗅覚に狂いはない。

 

「良い母親になるわねェ、貴女ァ」

「え、そう?」

「うん。保証して上げるわァ……根拠も何もないけどォ」

「なによそれ」

 

 きっと、彼女が絶頂に至った時。今までで、最高の戦いが出来るだろう。

 その時がとても、とっても楽しみになってくる。子供を抱けるのも実にラッキーだ。自分が満たされている事を、何よりも実感できていて……

 分かり合えなくても、今きっと。ジャックは、彼女と話せて幸せだった。

 

 

 

「あー……美味しかったァ」

 

 幸せな日は、幸せなご飯を、と言う事で、今回はホテルのリストランテでのお高いステーキである。別に高い物が食いたかったわけではない。偶々食いたい物が高かった。彼女にとってはその程度の認識だ。

 彼女的にはもうちょっとボリュームが欲しかったところではある。とはいえ味は結構ゴツめな物で、好みではあった。日本の食事はボリュームと言うただ一点以外はすべて高水準で、大満足。

 

 今日は最高の気分で寝れるな。と席を立とうとした時。

 

「――探したぞ」

 

 その声で、一気に機嫌は急転直下。

 ギギギ、と潤滑油不足満点の動きで声の方向を見れば。居る。ハゲと白衣の、あの男。昔に言われた事を思い出す。自分に対するド派手なストーカー宣言。

 アレを、今になって実行しようとでも思ったのか。そう思うと……げんなりとする表情を抑えきれなかったのである。

 




タイトルは勢いだけです。

本当にワンカットしか出てない田中真結さんのキャラを掴むのが大変ですがもう割り切ってオリキャラ書く勢いで行くべきか……


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Episode MG5:敗北の意味を知った

 テーブルを挟んで会話する。それは、昼間と同じ。違うのは店と相手。それだけでここまで機嫌を損ねる事になるとは思わなかった、とジャックは思う。

 暴れて逃げようにも、ここで騒ぎを起こせばそれこそ活人の奴らに気取られて捕まえられたりするかもしれない。別にやり合うのは問題無いが、しかし今はそんな気分にはとてもじゃないがなれない。

 だが、逆に言えば、逃げようとしなければ目の前の男も大人しくするのでは……と言う事で、此度は争わず、落ち着いて自分の座っていた席に誘導した。

 

 まぁ、速攻で後悔している上、なんだか胃の辺りとかムカムカしてきている訳だが。

 

「先言っておくけどォ、治療はァ受けないわよォ」

 

 取り敢えず。

 またぞろその話題に行かない様に、先んじて先制パンチを繰り出しておく。これで止まる様ななまっちろい男ではないが、しかしながらやらないよりはよっぽどマシだ。

 

「そうか。であれば仕方ない」

「……あ?」

「あわよくば治療できれば、と思っていたが。今回ばかりは、一旦保留にしておく」

「??????????????????」

 

 衝撃の発言に思わずマンボウ顔にシフトチェンジ。とはいえ仕方ないと思う。この男が『仕方ない』等と天変地異も裸足で逃げ出す異常事態。そりゃあ口も半開き、視線も何処へ向ければいいのか分からなくもなる。

 そんな顔に『どうした、具合でも悪いのか』と言われそうな鬼気迫る表情にシフトしていくハゲ医者を見て、秒速で引き締めたが。マズい。平静を保たねば、と切り替える為に口を開いて……

 

「ん゛ん゛ッ! ……スゥゥゥゥウウウウウウウウ……めずッ、めめめめずらシィッ、じゃんなィ? ぞォんな、ゲフッ……」

「やはり治療が必要か?」

「要らんッ!!!!」

 

 全然平静を保てていなかった。

 

「……フゥ……何よ急にィ、そんな気持ち悪いィ」

「何がだ」

「アンタだったらァ、一旦保留ゥなんて言わないでしょうにィ」

 

 当然と言えば当然だ。ジャックは、彼を良く知っている。いやと言うほどに、だ。彼の曲がらなさとしつこさは正に悪夢でしかない。スッポン、とかいう動物ですら彼のしつこさと比べてしまえば児戯同然。そんなハゲ男が……保留、である。驚きを通り越して気持ちが悪いレベルだ。

 

「――俺とて、君をこうして見つけて、一度諦めざるを得ないのは非常に心苦しい。心苦しいのだが……しかし、だ」

「ん?」

「それよりも優先するべき事柄が多い。患者を差別するつもりもないが、しかしながら自ら『治療されたくない』と言う患者と、『一刻も早く治療しなくてはいけない』患者を双方優先する、というのは流石に出来ない」

 

 ――よく見れば、この男、目の下にガッツリとクマが出来ている。どうやら、コイツも暇ではないらしい。

 だがしかし、それならば猶更不思議だ。そんな状態で尚、私に会いに来るってなると相当の事ではないか……と、思ったが、しかし。

 

「暇じゃないのにィ、治療受けるかのォ確認の為に来たってのォ?」

「……患者について、もう一つある」

「――マユちゃんのことォ?」

「そうなるな。患者を狙われて居ると分かって何もしない医者は存在しない。彼女が患者である内は、俺が徹底的に邪魔をする……一種の、宣戦布告と言う奴だ」

 

 少し考えれば分かった。目の前のハゲ医者は、健常者同士の殺し合いには一切邪魔も何もしないが、こと患者関係となれば邪魔も何もする……今の彼女に手を出す可能性を考えて釘を刺しに来たという事だろう。

 自分が大嫌いなそのままの彼である事に、安心すら覚えた。

 

「安心しなさァい……あの子が、『絶頂』を迎えるまでェ、手は出さないわァ」

「そうか」

「そうよォ。今のあの子に手を出すとかァ、それこそ無粋ィだしねェ」

「そういうモノか」

 

 とはいえ、コイツにムカつくレベルの信念がある様に、此方にも一つの誇りという物があるのだから、馬鹿にしないで貰いたいとは思うが。

 

「それにィ、絶頂に至ったあの子をォ叩き潰した方がァ……最高だしィ」

「……ふむ、一つ聞いて良いか」

「何ィ?」

「単純な疑問なのだが。君は、話を聞いている限り、『勝つ』前提で話をしている様に見える。他の武人と比べても、その傾向は顕著だ。その自信は何処から来る」

 

 マジでバカにしに来ているのだろうかと思わないでもない。マジで今ここでこの前の続きをしてやろうか、と思うが……そこはグッと、グッと堪えた。

 というか、そう言うセリフを真顔で、しかも当人は真面目な話として此方に尋ねているのが非常にムカつくのだ。とはいえ、こんな事で頭ポッポしていても仕方ない、とジャックは溜息を吐いた。

 

「……そう言うのォ、よく聞けるわねェ。デリカシーって言葉ァ、ご存知ィ?」

「自覚はしている。だが治療の一環として、患者の把握は必要だからな」

「治療前提って事ねェ」

 

 ……しかし、次に浮かび上がってくるのは、笑顔だ。よりにもよって、それをこの男が聞くというのは、なんとも愉快な話ではないか。

 

「――そもそも私ィ、勝つ前提でェ話なんかしてないわよォ」

「何?」

「確かにィ、叩き潰すとかァ、そう言う表現しか使ってないけどォ……戦う前からァ負ける前提の武人なんていなァいしィ。それは頭ザコザコなハゲでもォ、分かると思うわァ」

「……ふむ、まぁそれもそうか」

「んでェ。もう一つゥ」

「ん?」

「私はァ、別に勝ってもォ負けてもォ良いのよォ。どっちでもねェ?」

 

 その一言に、怪訝な顔をされるのが、彼女にとっては心底愉快でしかない。

 

「だってェ、私にィ二度の敗北を刻んだのはァ誰よォ」

「……」

「他でもないアンタにィ二度も負けてェ。イヤって程思い知ってるのよォ?」

 

 最強だと。何者にも負けないと。世の中を舐め切っていた時代に、自分はこの男に二度鼻をへし折られている。

 勝ち続ける事なんて無い。人生には何時だって敗北の可能性は残っていて。勝利と敗北は何時だって薄氷の如き壁しか隔てていない。それを、恐らくは誰よりも知っているのは自分だ、自分は勝利ではなく『敗北』で強くなってきた存在だ、と誰よりも自分の事を理解している。

 

 別に勝っても負けても、自分には無限に得る物がある。戦えた時点で自分には得しか存在しないのだ。

 

 それならば、『勝てそう』とか『負けそう』とかじゃなくて、『絶頂に居る相手』を選んで戦うのが一番得る物も多いだろう。美しい物が見れて、自分の経験にもなるという一石二鳥である。

 

「だから正確にはァ、『負けても勝っても良いから一切プレッシャーなく勝つために戦える』ゥ、って言うのが正しいのかしらァ?」

「……成程、興味深い意見だ。一種君は、『無敵』な訳か」

「アタシは常にィ『絶頂』だからァ、間違ってはいないわねェ」

「その精神性は、君の治療をするにあたっての十分な知見になり得るな」

 

 ……この発言を『治療の知見になる』とか抜かす目の前のハゲも中々無敵な精神構造をしているとジャックは思う。

 

「――逆に聞くけどォ。アンタはァ、私が、産んだ後……患者じゃなくなったあの子を潰したらァ……」

「俺が治療する。それ以外にはない。戦う時は連絡を寄こせ」

「……やっぱりアンタも大概よねェ」

 

 そう言う所が本当に彼女としてはげんなりさせられる所だ。いっぺんで良いからその辺り圧し折れてくれないだろうか、と思ってしまう。とはいえ。そんなんで折れる相手に自分が二度も負ける訳がないか……と、余計にげんなりする事になって、変な事考えるんじゃなかった、と改めて後悔した。

 

「――あ、そうだァ。アンタ」

「む」

「明日もォ、様子見に行くのォ?」

「あぁ。一応、日本国内で仕事をする間は、御堂戒さんの様子は見る積りだ」

「じゃーあ……伝言ゥ、頼めない? 娘さんの方にィ」

「なんだ」

 

 ……日本最後の思い出が目の前の医療ハゲとの会話、というのはジャックにとっては流石に勘弁してほしい事態だった。故に。

 

「そろそろ日本を立つからァ……最後にィもう一度だけェ、おしゃべりしませんかァ、ってさ」

 

 そんな我が儘を一つ。通す事にした。

 




止める、とかではない。
それはそれとして医者として怪我人は助ける。

マッチポンプにも見えるけど、当人は多分気にしない。


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Episode MG6:さいごのおしゃべり

 ――二度までは偶然。三度目からは必然。とは誰が呟いた言葉か。

 まぁジャックと田中真結の邂逅は、一回目から三回目まで全部ジャックがそうなるように仕組んだ必然ではあったが。しかし。

 会えたらいいなぁ、位の感覚でうろついていたら出会った一、二回目と。今回の三回目は『必然性』という物が大きく違う。

 

 態々呼び出した、と言うのは、誰にでも警戒心を抱かせるものだ。

 

「……呑気じゃなァい?」

「だって、今更警戒したってバカらしいじゃない。今は、襲わないって言うのは分かってるって言うのに」

 

 の、はずなのだが。目の前の田中真結と言う女性は、普通にカフェオレなど頼んでおいしー等とのんびり呟いている。警戒心の欠片も無い。舐められているのか、と思って見てもしかし、それでも尚、隙は全く見られない。

 警戒せずとも隙を見せない。こう言うさりげないやり方は、やはり『達人』にしか出来ない芸だと思う。若くして達人の門をくぐった女性は格が違った……ではなく、舐められてはいないのだろう。

 

「……良いけどォ」

 

 それはそれで詰まらない。自分を警戒して、良い感じに心乱しているのを見るのが面白いのだ。三度目もそれでペースを掴む積りだったのが、寧ろ泰然自若とした向こうにペースを握られている気すらする。

 

「それで。わざわざ呼び出して。何の用なのか……なんて、今更か」

「まァねェ。結局は暇つぶしよォ。日本から出る前の思い出作りってねェ」

 

 全く表情は変わらない。去れども、彼女は確かに此方をチラリと見つめてくる。今日顔を合わせてから初めて、その顔に先制パンチを打ち込めた気がして、ニヤリと笑う。

 

「帰るの?」

「帰るって言うかァ、次の仕事をォ探しに、ねェ。まぁ国内でェ仕事を幾つか受けるかもォしれないけれどもォ。少なくともここじゃないわァ」

「そう。根無し草なのね」

「寧ろ私が何処かに根付いてたら不思議じゃない?」

 

 一応、裏社会で名を馳せている自覚はある。家なんぞもったら一週間と経たないうちにスクラップ、マンションに部屋を取ったら無数のホームレスを作り出すだろう。

 別にそれ自体に何を思う事もないが、流石に一々家具を揃えたりするのは面倒この上ないので、稼いではホテルに泊まってガッツリ使う……と言う生活を繰り返している。

 

「そりゃあそうだけど。貴女だって人なんだから、そりゃあどっか腰を落ち着けて休める場所があったって不思議じゃないわよ」

「それにしたってねェ。一応其方の対岸に居る存在よォ? 私ィ」

「……所帯でも持って見たら?」

「貴方みたいにィ? それこそお笑いねェ」

 

 ……一瞬。想像してみる。自分が所帯を持った時の事を。

 先ず『論外』のハゲを外して考えてみる。アレと万が一所帯を持ったら本当に毎日、部屋が血の海になりかねないだろう。と言う事で。

 他に有り得そうな可能性……居ない。まぁ居ない。一応知り合いの男は何人かいるがしかしながら一緒に生活する、という選択肢が出てこない。

 

 と言う事で。

 

「……割とマジでお笑いねェ」

「えっ、貴女そう言う人いないの……」

「改めて思い返してみたらァねェ。影すらもォ」

 

 信じられない、と言う顔をしている田中真結氏。それに対し、若干黄昏た笑みを浮かべるジャック氏……それは兎も角として。

 

「――良いもん?」

「え?」

「貴女はァ、子供も産んでてぇ、幸せそうじゃなァい……良い物なのォ? 誰かと一緒になるってェ」

 

 気になりはする。根無し草で、誰かの子供を孕むという発想どころか、そもそも誰かに恋をした事もない上に、男は基本『タマ』をぶち抜いて生きて来た人生だ。それを自分がやるかは兎も角として、気になりはする。

 と言う事で、此方としては何気なく聞いてみた積りなのだが……直後、こらえきれないとばかりに目の前の彼女が吹き出して、震え始めた。

 

「……何よォ」

「だ、だって……そ、その見た目で……いう事が、思春期の子供みたいな……似合わな過ぎで……」

 

 完全に笑っている。というか、爆笑を堪えている積りで抑えきれていないのが目に見えている。震え方が顕著だ。正直な話、不満でしかない。別に変な事を聞いたつもりはジャックには無かった。

 

「っはぁ……そ、そんな青臭い事、言うなんて想像もしてなかったのよ」

「青臭いってェ。酷くなァい? 今でも私はァ若いわよォ?」

「若くないでしょう」

「いいえェ? 私はァずっと若くいるわよォ? この見た目もォ、心もォ」

 

 ――それは、決して虚勢だとか、そんな物ではない。

 敗北を受け入れて、その先へ行く。その為には子供の様に幾ら転んでも転んでも直ぐに立ち上がる『若い心』が必要だ。それくらい若くないと、武術界に巣食う魔物共を相手になど出来ない。

 というかそもそもそんな化け物共は下手な若者よりも全然心に脂がのっている。そんな奴らを相手にするには此方も若くあるのは当然だろう。

 

彼女は、何時だって自分が青春真っ盛りの少女で居る積りだ。痛いとか言う奴は全てヒールでねじ伏せて来た。

 

「私はァ、何時だってBrat Girlなのよォ」

 

 武術世界で、強い奴らをねじ伏せて嘲笑う、そんな若い女として。

 

「……意味わからないわよ」

「ふふ。んでェ? そんな可愛いィ可愛いィGirlのォ……純粋無垢な疑問にィ答えてくれるかしらァ?」

「そんな可愛いもんじゃないでしょうに……まあ良いけど」

 

 まぁだからと言ってこの質問に関しては完全に趣味だが。幾ら若いからと言ってそう言うのに憧れる程に純粋無垢ではない。流石に。

 

「そうね……貴女の疑問に答えるなら、一言で十分――最高よ」

「へぇ?」

「あの人と一緒に居て。子供を授かって。ずっと過ごしていく。それだけでとても幸せ」

 

 強いて興味があるとすれば……田中真結の相手についてくらいだろうか。

 目の前の彼女は、静かに笑っている。

 満面の笑みではないが、その微笑みはとても柔らかくて、目の前のカップの水面を見る目は、同じくらいに静かで、揺らがず、そして温もりに満ちている様に見えた。

 

 ジャックには、一瞬、それが一枚の宗教画であるようにすら見えた。彼女の愛が、子供と夫に、どれほど注がれているのか。これを見て分からなければ、節穴ではないか。あのハゲ医者にでも治療してもらうべきではないか。

 敵だろうと、同じ陣営だろうと、確実に始末する事が出来る。人としての温もりに欠けている、ジャックはそんな女だ。彼女に、人の心の美しさを思わせるような表情をさせるのだ。その男は。

 

「――どんな人なのォ?」

「ん? 強い人よ。特に心が。とても」

「そォ」

「ウチの厳しい修行にだって、全然くじけないで。凄い頑張ってたんだ」

 

 どれだけ師匠に吹っ飛ばされても。どれだけ厳しい言葉をかけられても。どれだけボロボロになっても。それでも、彼だけは一人、自分の道場に残っていた。才能があるかどうかではなく、厳しい修行に耐える強い心があった。

 

「そこが、私はたまらなく好き」

「……分かるわよォ、そんな顔されたらァ」

「え? そう? でもちょっとだけ優しすぎるから。そこだけは心配、かな」

 

 そして、こんなにも。華やかで、ときめいていて。キラキラとした笑顔をも、浮かべさせる相手。愛に満ちてもいて、そして、恋をしても居るのだろう。

 そして、信じてもいる。そんな簡単に、そしてこんなあっけなく、人の目を見て言い切れる。そしてその視線はとってもストレートだ。寧ろ、こんな当然の事をなんで疑うのだろうか、とでも言いたげに、こっちの目の奥を覗き込んで来ている。

 ほんの少し、感謝すらした。これだけの輝きを、少女に与えた相手に。そして、彼女を『絶頂』へと導く一助となり得る男に。

 

「だから、私はあの人と一生生きていくんだ」

「ふゥん」

「ずっと傍にいて……守る。お互いに背を預けて。よぼよぼのおじいさんと、おばあさんになるまでずっと。ううん。きっと死んでも、ずっと」

 

 こんなにも。希望に満ちた顔を生み出した、彼女のパートナーに。

 

 

 

「さァ~て……」

 

 アクセサリも買い込んで、荷物を纏めてしまえば、もう出発も可能。

 真結の子供が生まれるのにはしばしかかるので、それまでは仕事でもしながら暇を潰せばいいだろう……と言う事でPCを軽く開いて、メールをチェックする。Eメールを使っての仕事の受注にしてから、結構依頼が増えた気がする。

 そこで……ふと、とあるメールに目が付いた。それは、同じ『闇』に属する武人からの依頼のメールだった。単純に、依頼料が異常に高い。

 

 これだけの金を豪快に支払うなど、どんな依頼か……と思って見てみれば、その内容に納得が出来る。要するに『成り上がり』の為の助っ人要請だ。

 ジャックは、表裏関係なく依頼を受け、活人殺人関係なく全て押しなべて殺す。何の躊躇いもなく。人としての温もりは割と投げ捨てているが、しかしながらそれは仕事人としては最高の素質でもある。

 

 まぁ、依頼の最中に趣味に走る事もあるが、それ以外は完璧に仕事を熟す。故に、後ろ暗い依頼に関してはそこそこの信頼を得ている。ハゲが医者としてある程度名声を上げている様に、彼女も仕事人としては相当に有名になっている。

 

 そんな彼女に依頼してまで殺したい、と言う人物……ジャックも当然ながら知っている『一影九拳』。闇に属する無手の武人共を纏める、狂鬼共の総称。書かれているのはその内の一人の名前だ。彼女はそもそも九拳と言う称号に興味も何もないが、しかし個人として向き合うのであれば間違いなく極上の獲物と言っていい。

 そろそろ大き目の仕事でも受けて、闇を荒らしてやるのも悪くないか、等と思いながら依頼人からのメールを確認し。

 

「……ッ!?」

 

 直後、ホテルの扉を蹴破り、廊下へと飛び出して、走りだした。

 

 依頼に書かれた、襲撃の場所は――今、ジャックが居る街。

 緒方一心斎が、『とある道場』を襲撃するとの情報を得て。その直後を狙う、というプラン。その、とある道場は……『天地無真流』の看板を掲げているという。

 

 知らない訳がない。

 田中真結。そして、その夫と、父が修行をしている場所こそ……正にその、天地無真流の道場だった。

 




普通、一影九拳を潰すっていうのはとんでもないビッグな依頼の筈なのにそこまで気にも留めない狂乱のモンスター。

そして『終わり』の『始まり』。


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Episode MG7:焔の中の邂逅

「――SHIT!!」

 

 階段を駆け上り、屋上へと飛び出した。

 緒方一心斎……その名前を聞いた事がある。最近九拳に名を連ねた男。自分の実力を練り上げる為に、古流武術の使い手を殺害して回っているのは『闇』の中でもそれなりに話題になっている。

 彼がここに、態々来たその理由を想像するのは容易い。ここら辺で、彼が狩るべき獲物はただ一人である。彼女の父親だという――御堂戒。

 

 自分は、緒方一心斎と言う男の事をそこまで知っている訳ではない。

 ないが……懸念が一つ。

 もし緒方一心斎が彼女の父親を殺害した場合、彼女はその下手人を容易く見過ごすだろうか。みすみす。あれだけ真っ直ぐな性格をしていた彼女が。

 そして九拳に指名される程の殺人拳の使い手が、アレだけの使い手に交戦を挑まれたとすれば……そのまま逃げ去ると思えない。先ず確実に応戦して来る。

 

「んでこのタイミングでェ……!」

 

 万が一、どころか当然のように死にかねない。危険すぎる。一影九拳というのはそれだけの存在だ。

 狙っている本来の獲物を狙う分には構わないが……それの巻き添えで自分の獲物が刈り取られるのは許しがたい。アレは更に未来、輝く可能性を秘めた女だ。今ここで潰えさせるなど。

 

 怒りと共に、兎も角彼女の元へ走ろうと屋上を蹴って飛び出そうとして……しかし、自分が道場の場所を知らない事に気が付いた。となれば想像できる相手はただ一人。あのハゲ医者に連絡して位置を探るしかない。

 だがそれでいいのか。医者として仕事を紹介するのは兎も角として、個人の事であの男に頼るなんて、それこそ違うだろう。なれ合いをしたい訳じゃない。諸々の思いが頭の中を何度も何度も過る。

 

「……ッアァ! クソがァ!」

 

 しかし、ここで下手なプライドを出して、最高の獲物を奪われたら……それこそ後悔どころの騒ぎではない――ジャックは歯を粉砕しそうな程にギリギリと歯を鳴らしながらも、一階下にある公衆電話に足を向け直した。

 

 

 

 出来るだけ、急いできたつもりだった。

 

「――っ!」

 

 しかし――煙が一条立ち上っているのを見て、それでも自分の到着が一足遅かったことを理解する。

 

「……死んでんじゃないわよォ!」

 

 止まる事はしない。

 屋根から屋根へ――そして電柱の上に着地。カエルの如き姿勢からギリギリと両の足に力を込める。そこから、両の腿が膨張する程の『力み』を以て……自らの体を、『発射』した。

 

 空気を弾き飛ばしながら宙を跳び、彼女はそのままに庭へとミサイルの如く『着弾』。轟音を響かせた後とは思えぬ程軽やかに立ち上がり、周辺を軽く見まわす。

 耳に聞こえる音に従って視線を向けた先には、締め切った戸の隙間から煙の立ち上がる道場の本館。

 

 確認直度、クラウチングスタートの姿勢を取って、両足に再びパワーを装填。

 バァン、と言う轟音は抉られた地面の悲鳴。その速さは矢の如く。その僅かな滞空時間の中で、ジャックは空中でくるりと猫の如く体の向きを入れ替え、そのままにヒールの先を弾頭代わりに、扉へとすっ飛んで行って――

 

「『B・B・H(ビッグ・バリスタ・ヒール)』!!」

 

 閉じられた入口を、吹き飛ばした。

 

 ゴドン、と言う音と共に内部に向けて吹っ飛んでいく扉。砕ける壁。着地したジャックの肌を舐めるのは……茹だるような熱。そして、目に入ってくるのはオレンジと赤のギラツキ。

 

 ちら、と見るだけでも床の畳も、木の壁に至るまで……道場全体が火に包まれ、燃え上がっていて。しかもそれだけではなく、上から下に至るまで、何かに砕かれた破壊の跡が幾つも残っていた。小規模な物、大規模な物、関係なく。

 

その有様に顔を顰める。

ただの襲撃では到底ない、達人同士の死闘から生まれる結果という物が、目の前に顕現していた。

最早手遅れか、という嫌な想像を振り払おうと、奥へと足を踏み出そうとして――

 

 鼻につく錆び臭い香りに、瞬時にその方向へと顔を向けた。

 

「――これはこれは。驚いた」

 

 燃え盛る焔の、その中心に彼は立って、此方を見ていた。

返り血を浴びた、和服の白い髪の男……その周りに倒れ込んだ人影が二つ。片方は、知らない壮年の男性。そして。もう一人は――

 

「……タナカ、マユ」

 

 女性だった。ピクリとも動かなくなっていた。まるで生気が感じられなかった。

 つい先日まで自分が話していた女。何時か、自分の子を産んで育てるのだと。笑っていた女。夫を守るのだと活き活きとしていた女。

 ……血溜まりの中に倒れ込んでいたその姿と、ジャックが知っている姿とは、余りにもかけ離れ過ぎている。

 

「『闇』の中でも一流の暗殺者たる貴女がこんな所に……何用かな?」

 

 仰向けになった体に見える傷は、体の中心線に沿うように無数にあって。全て、相手を殺害する意思に溢れた容赦ない打撃の跡だった。子を宿している、と笑って優しく撫でていた下腹の辺りも。ボロボロにされていた。

 それをやったのは、誰か。考えるまでもなく堂々と焔の中でただ一人だけ立っていた男の仕業だろう。

 即ち――闇の武人、一影九拳の一角である緒方一心斎。この凄惨な現場の中で彼はいたって柔和な笑みを浮かべ、同じ『闇』の武人の彼女を歓迎していた。

 

 一つ。息を吐いてから、ジャックは、倒れた真結の元へと歩み寄って。そして、その傍らにしゃがみ込んだ。

 口から吐き出された血の量は相当の物で、赤黒い。吐いてはいけない血の色だ。母子ともに――死んでいるのだろう。もう。

 全く容赦なく、全力で彼女を仕留めた。緒方一心斎は。

 

 倒れたその顔に刻まれた深い深い皺。

 父を討たれた恨みによって、彼女は戦いを挑んのだろう……しかし。彼女がこんな表情で倒れているのは、恨みだけに寄るものだろうか。

 

 違うだろうとジャックは思う。少し悲し気な色が混じったその表情は……果てしない後悔に寄るものが大きいようにも見えた。

 父への事か。それとも、巻き込んでしまった新しい命への物か。はたまた置いて行ってしまう夫へ対しての事か?

 

「――全部よねェ」

 

 真結の事を、分かったような口をジャックは利く。でも、それが間違ってはいない確信があった。

 父の事を。子供の事を。旦那の事を。家族の事を……彼女はあんなにも楽し気に話していたではないか、と。それを忘れて、目の前の男に対する男への恨みだけを募らせるような女か?

 

 ――いいや、とその問いを彼女は自ら否定した。そんな女なら、自分は彼女を獲物に定めない。彼女の輝きはそんなちゃちな物じゃない。

 

 自分への自信が誰よりも厚く、そして我の強いジャックにとっては。自分で見たモノこそが全てだ。であれば……自分で見た彼女のイメージから、そんな悪いイメージは抱きようもなかった。

 イイ女だったのだ。

 

「ふむ。答えては頂けないのかな? 『貫きジャック』殿」

「……あァ、ごめんなさいィ。無視しちゃってェ」

 

 ――くるり、彼女の傍から立ち上がり、そのまま後ろに向き直って。

 そこで、にこやかに自分に向けて語り掛けている『標的』に狙いを定めた。

 

「取り合えずゥ、お詫び代わりにィ……受け取ってェ?」

「ッ!?」

 

 ……そこから、逃がさぬと言わんばかりに振り下ろされた踵は、すんでの所で回避される事となった。直撃させて、一撃で頭蓋を粉砕するつもりの一撃だったのは、叩きつけられた先の床にヒールの踵が穿った穴――ではなく、亀裂が出来上がっている事から、緒方にも分かったろう。

 

「あらァ。レディからの贈り物ォ、受け取ってくれないのかしらァ」

「いや、受け取るには些か以上に豪勢すぎる物で――ふむ、そう言う御用か?」

 

 事此処に至り――漸く、緒方はその拳を構えた。

 しかし、それはあくまで形を伴わせただけだ。あの踵落としを避けた時点で、彼は既に心構えを完了していたのだろう。

 一影九拳。闇に巣食う拳の羅将。その席に座れた事はまぐれでも何でもない。常在戦場の心意気は当然と言わんばかりだ。

 

「いやはや、新人の九拳と言う事で、誰かに狙われる想像はしていましたが。まさかその刺客が貴女程の方だとは、成程、コレが――」

「いいえェ? 私は刺客でもなんでもございませんわァ?」

「――んん?」

 

 しかし。ジャックとてそれを分かっていない訳ではない。そんな事は、問題にならない。今この場で最も重要なのは――彼女が心待ちにしていた好敵手を、最高の瞬間を、目の前の男が永遠に奪った、というたった一つの事実だけだ。

 アレだけイイ女。アレだけの獲物。それを自分から奪ったその事実だけで、彼女にとってはどんな存在ですら『排除』の対象だ。

 

 相手が一影九拳、『闇』の中でも最も戦いに生きる羅刹ならば。彼女は『闇』に棲む魔獣にして狩人。殺した数ならば引けを取らず、そして凶暴性ならばその殆どを凌ぐだろう。

 

――バキリ、と天井の梁が、二人の間を断つように降って来て。眼前に焔を撒き散らす。

 

「此度ィ……私の獲物を横取りして下さったァ無礼者にィ、『私刑』を執行するゥ為にィ参りましたァ。お覚悟ォ、頂けて? イッシンサイ・オガタ?」

「ほぉ、それはそれは。何とも、心躍るご提案……」

「それではァ――とっとと死ね」

 

 その焔を、軽く足先で引き裂いて。

 『闇』の頂点の一角に、彼女は自慢のヒールの切っ先を向けた。

 




マニアワナカッタ……(悲しみ)


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Episode MG8:邪悪対外道

 闇の頂点の一角、と言うのはこの程度の物なのか?

 そんな疑問が、彼女の胸の内に生まれていた。

 

 現状、戦況の趨勢を握っているのはジャックだ。

明確に。確かに緒方の振るう古流武術は見事なものだが、しかし些かと、技の冴えに一つ、二つ、欠けているものがある。

 闇の頂点の一角。拳の魔鬼。一影九拳。所詮はこの程度か?

 否、そこ迄ジャックも楽観的には考えられない。もっと、もっと彼らの実力は圧倒的なはずなのだ。仮面の老人……かつて自分に依頼を持ちかけて来たティダードの怪物などはそれこそ桁が違ったのを覚えている。

 

『カカカカカカッ! 久しいのう……最近活きの良い弟子を手に入れてな、どうじゃ、一つ揉んでやってくれぬか?』

 

 その時に見たあの老人の動きが、武人として桁が違うのは分かっていたが……それにしても差という物があり過ぎる、今の目の前の男とは。九拳とはこの程度ではないのだ。

 如何に緒方一心斎とて、実力者二人と戦ったその直後だ。疲れという物もあるのかもしれなかった。

 

「だったらァ、感謝しないとねェ!!」

「ぬ、ぐぅっ……」

 

 そもそも彼女が生き残ってさえいれば、感謝もクソも無いのだが、

 だが手加減はしない。相手の絶頂を待つ何時もの方針は、今は投げ捨てた。

 防御の上から、最早関係ないとばかりに蹴りつける。反撃を許さない何時ものスタイルで只管に。彼女にとっては、当然の流れだ。

 削って、削って、削って――生中な防御では、反撃の隙すら見いだせないままに削り殺す。又は、一瞬でも防御が崩れれば一撃で貫き殺す。超攻撃的な戦い方。

 

 だが、押しているのは間違いなくとも……押し切れない。

 如何に弱っているとはいえ流石に九拳の一角。しぶとい。そう簡単には踏み潰されてくれない。

 まぁだが、簡単にプチ、と潰れてしまうのも面白くない。せめて彼女と戦う事で得る積りだったモノの、ほんの僅かでも回収させてもらわねば。

 

 抵抗しろ。必死になって。

 女は、邪悪に笑う。

 

「く、クカカッ……しかし、驚きだ!」

「アァ?」

「貴女の程の、生粋の闇の武人が! 敵討ち……と言えばいいのか!? これは!」

 

 黙らせようと振り下ろした踵も、腕で凌ぎ、上体を僅かに傾けた最小限の『受け』で威力を殺されてしまう。あのハゲ相手ではないので、それでも削れているのは間違いないのだが。それでも予想以上より削れていない。

 

「違うわよォ? 私の獲物をォ、奪ったんだからァ、ケジメの一つでもォ!」

「つけろと!? しかし、奪おうと思って奪ったのではない、私は自分の信念に基づいて彼女に応対し、殺した。それを非難されても困る!」

 

 何よりも――どれだけ削っても、緒方の目から輝きと言う物が全くと言っていい程に減らないのだ。苦しんでいる様子が感じられない。

 寧ろ、戦えば戦うほど、活き活きとして言っている様にすら見える。

 

「信念ゥ!?」

「そうだ! 私は、武に携わる者として、武を以て私に接する者には、全力の武を以て応じると決めている!」

「――そう。だからァ、あの子もォ全力で殺したって事でェOK?」

「そうだとも。彼女は紛う事無く武人として私に向かってきた。だから武人として、武に関わる者として、平等に仕留めた、ただそれだけだ」

 

 その活き活きとした表情は……その言葉を彼が本気で言っている事を示している。彼にとっては『武』に関わるものは全て平等。だから彼女が自分より弱くとも、きっと手加減せず打ち倒して見せた。

 彼にとってのその信念に何か、特別に思う事は無い。

 だから、今、その言葉を聞いて胸に昂ったこのドス黒い焔は――全く別の所から湧いてきた物だ。

 

「だからってェ、あの子を仕留めたのをォ、許す理由にはならないわねェ!?」

「おぅっ!?」

 

 その感情のまま、ヒールの踵を振り下ろす。再び受けようと持ち上げられた腕が、今度は凌ぎ切れずに裂けたのを見て、余裕を見せていたその顔が、初めて驚愕に彩られたのをジャックは見た。

 

「ぐぅっ……」

「アンタの主張もォ、何もかもォ、否定するつもりは無いわァ! 好きに主張すると良いわよォ!」

 

 ノって来た。一瞬の揺らぎを見逃さず、振り下ろした足をそのまま跳ね上げて、下腹狙いでもう一撃叩き込み……そして、その叩き込んだ一点を起点に、体をぐるりと回転させ、ドリルの如く体を抉る、抉る、抉る!

 

 そうだ。

 選んで殺すのが上等か? 殺さないのは正義か? そんな事を自分は議論するつもりはない。そもそも、最後に全員殺すのは、きっと自分も目の前の男と同じだろう。

 それでも尚、彼女が譲れない一線があるとすれば。

 

「でもアンタはァ――美しくないから、気に入らないからァ、潰す!」

 

 緒方のやり方は気に入らない、と言うだけだ。

 人は可能性の生き物。成長する生き物だ。彼等が成長する暇すら与えず、挑んで来たからと言って平等に殺す。それは――彼女にとっては、美しくは思えない。それだけだ。大義名分もクソもない。エゴだ。

 美しく思えないなら、醜いなら、どうするべきか。単純だ、自分は今までそんな奴らをどうしてきたか。

 

 自分だって潰して来た。そいつ等の可能性を。

 自分の可能性の摘み方と、目の前の可能性の摘み方は全く違う。互いの美学が違う。

 そんな奴が、自分の獲物を横取り――否、最早事故同然に奪い去っていた。そりゃあもう許せない。絶対に。

 

「うぐぉおおおおっ!?」

「アンタのォ、やり方がキラァイ――認めてなんかやんなァい!!」

「は、はははっ……なんとも、子供じみた言い方を!」

「それはアタシにとってェ、誉め言葉よォ!」

 

 荒れ狂うヒールの踵を、腕をクロスさせて必死に凌いでいる所に、いきなり振り上げの一撃を見舞ってやる。跳ね上げられた防御の間に、床を踏み割る程に力強く踏み込んでから、踵を上から下に――

 

「っおぉおおっ!?」

「アンタみたいなァ、クソな大人を煽れるんだからねェ――雑ァ魚おじさァん♡」

 

 振り下ろし――加速した銀の一閃が、緒方の胴を、胸板の中心を、腹筋の下に至るまでじりじりと引き裂いて――綺麗に、アッサリと縦一文字に切り裂いた。

 傷から血が噴き出す。天井まで届く程に勢いよく。その血を浴びて――ジャックは、凄惨に、そして悪戯っぽく、舌をちょっと突き出して笑って見せて。

 

「うっ……ぐぉ……」

「――」

 

 仕留めたか――と思ったジャックだったが、自分の笑顔に合わせる様に、緒方も笑顔で返して来たのを見て、一つ舌打ちをかました。

 

「か……は、ハハハハッ! 凄まじい! 何だコレは、九拳の称号等まるで意味が無いじゃないか! こんなバケモノが当たり前の様に! 私も、慢心していたか! 上り詰めたなどと!」

「しぶといわねェ」

 

 緒方は、生きている。

 中心線に叩き込んだのは間違いないが、しかしながら、直撃する寸前、自分から体を倒して致命の一撃の威力を殺した。

 極限状態での脱力という選択。緒方もまた、九拳に連なる怪物なのは間違いない。しかし今の一撃は、確実に相手へのチェックメイトへと幅を縮める。

 

 しかし、緒方を見て、一瞬顔をしかめた。

 闘気が失せている。大笑いしながら傷を押さえる姿には、それでも隙は無いが、しかしながら戦う為の備えでは、ない。

 

「これでも武に浸かって長いもので! しかし何ともまぁ、子供っぽい達人も居たものだ……しかし素晴らしい。子供らしい性格に似合いの、何と滅茶苦茶な戦い方! その中にも確かにある武術の理! これだから、武術という物は止められない……!」

「ま、でも止めるわよォ。アタシがァ。今日アンタはァ、ここで死ぬから……無惨なミンチにィなってェ」

「いいや、そう言う訳にもいかない」

 

 ――その瞬間だった。

 ガラリと天井の一部が崩れる。そこを見逃さず――否、その崩壊を読んでいたかのようなタイミングで、緒方は跳んだ。出来上がった逃げ道、天井の穴に向けて。

 

「何ッ!?」

「申し訳ない……しかしながら、私にもやらねばならない事がありますし――このまま戦っていては、貴女にも不利になりかねません。お互いに、ここで分けといたしませんか」

 

 当然、そんな提案をジャックが飲む必要はない。

 

「ハァ? ほざくのも大概に――」

「私は貴女が乱入する直前にトドメを刺そうとしていた。しかし。貴女が入って来た事でそれを中断せざるを得なかった。この意味が、分からない訳でもないでしょう?」

「――何ィ?」

 

 しかしながら、その言葉に二の足を踏み。

 その一瞬で、緒方は広く空いた天上の穴から、闇へと消えていく。

 しまった、と思ったその瞬間には――緒方の気配は、感じられなくなっていた。

 

「……そんなまさか」

 

 逃がした。そう悔やむ前に、彼女は後ろを振り向く。倒れ込んだ真結は、ピクリとも動いた様子は見えない。

 騙されたか、と思いながらも一応、彼女の口元に、耳を寄せる

 

――僅かに耳たぶに感じる、弱い呼吸の音と、吐息。

 

驚いて立ち上がった。緒方の言った事はどうやら間違いではなかったらしい。

真結はまだ、ギリギリ生きていたのだ。

 




またの名を『待ってから殺す派』対『向かってくるなら即殺す派』の戦い。


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Episode MG9:私が『仇』

彼女が戦闘する前には間に合わなかったが。しかし。どうやら彼女が命を落とすその前には、何とか間に合ったようで。一応脈を確かめれば、確かにある。

とはいえ、余りにも弱い。このままでは間違いなく死ぬだろう。あの医者に連絡を取ったのは正解だった。流石にここの場所を聞きだすのに、何も事情を説明していない訳が無い……もう少しすれば此処にやってくるだろう。

彼女が大人しく待っていれば、少なくともあのハゲが到着するまでは持つ。ひとまずは一安心か。

 

「ったくゥ、焦った甲斐があったァ、って感じィ?」

 

 なら、せめて火の始末位はするか、と周りを見回して思う。万が一、火の手が彼女を呑みこんだら助かるものも助からないだろう。

 折角助けられそうな最高の獲物だ、ちょっとはお節介をしようか――と思って、踏み出したその足が。

 

 掴まれた。

 

「――ッ!?」

「あ……」

 

 突如の感触に、驚いて足元を見下ろしたジャックの視界に入って来たのは……倒れた姿勢から、思い切り手を伸ばして自分の足を掴み取った、真結の姿だった。しかし動いた事を喜べはしない。無理矢理体を動かしている彼女の体からは、無理した事で余計に血が噴き出している。

 

「アンタッ……!? 何動いてんのォ!?」

「……ち、がう……アイツじゃ、ない……だれ」

「ちょっとォ、大人しくしてなさいィ! 死にたいのォ!?」

 

 間違いなく今ので相当寿命が縮まっただろう。何をやっているのかと怒鳴りつけたのは本当に咄嗟だった。しかし……

 

「だれ……で……も……いい……きいて……」

「――聞こえてェ、無い?」

 

 それで真結の動きは止まらない。どうしてか――と考えて、人を殺して来た彼女は直ぐにその理由に思い当たる。

 死にかけの人間というのは、その間際、目も耳もほぼ聞こえなくなるような状態になる事もある。今、彼女は傷つけられてボロボロになって、何方もまともに機能していないのかもしれない。だとすれば……

 

「アンタッ! 辞めなさァい!!」

 

 このまま彼女が命をすり減らしていくのを止められない。何とか揺すって止めようとするが……しかし、うわ言のように呟かれる言葉は、止まらない。

 

「おねが……い……あのひとを……つとむさん……」

「頼む前に生きる努力しなさいよォ! アンタが死ぬのがァ一番マズいでしょうにィ!」

「あかちゃん……もう……かれ……ひとり、ぼっち……」

 

 ――その言葉に、歯ぎしりを止められない。

 彼女も、分かっているのだ。お腹の子供は、もう間違いなくダメな事。そして自分も重症である事。ギリギリの中で、それでも、せめて誰かに夫を託そうとしている。

 確かにその考えは間違ってない。寧ろ、死の縁にある今、夫を心配できるその胆力に驚愕するばかりだ。だけど。

 

 こんな間抜けな話があるか。本人ではない他人が、助かる可能性を見ているというのに当人には見えない。だから、命を投げ捨てるのを止められない。

 コレが一つの殺人拳の因果か、と思う。

 

「アタシじゃァ、助けられないってェ……!?」

 

 善行をしたい、なんて思わない。

 だがこんな風に、何も出来ずに死んでいくのを見ているのは違うではないか。

 

「おねがい……あのひとを……まもって……」

「それをアタシに頼むゥ……!? 寄りにも寄ってェ、私にィ!」

「しんでほしく、ないの」

 

 どれだけがなり立てても聞こえない。届かない。

 体から力が抜けていく。体温が消えていく。温かな体が、生きていた頃の名残を残すだけの、生暖かい死体へと近づいていくのだ。彼女にとっては慣れた温度に。

 こんな温度に一々怯む程、初心ではない。しかし。

 それを感じるのは、幾らなんだって今、この時ではないだろう。

 

「ごほっ……おねが、い……だから……」

「クソッ、クソッ、クソが……ッ!」

「お……ね、が……」

 

 頬に手が伸びる。見えている訳でもないというのに、伸ばした手が偶然に触れただけだというのに。撫でる様に、指先に着いた血を塗るように、指先が頬に触れながら少しずつ降りて行って……

 

「――あ」

 

 とうとう、力無く、地面に落ちた。

 

 息を呑んだ。

 それが意味する事を察せられない程に、ジャックは間抜けではない。

 助かる筈だった命だった。だけどそれに気づかず、彼女はその命を必死になって燃やし尽くして……寄りにも寄って最悪の相手に願いを託して逝った。

 なんて酷い話だろう。なんて間の抜けた話だろうか。悪趣味に過ぎる終わりに、思わずして舌打ちと共に――

 

「Fuck!!」

 

 怒りを吐き捨てた。

 もし、もしもうあと一歩早ければ。彼女はまだ生き延びていただろうか。自分が最速で辿り着ければ、彼女は生きていただろうか。苛立ちが抑えられない。

 生きて居れば迎えた最高の時を、彼女は迎えずに死んだ。輝かないままに死んでしまった。その事実に。

 

 立ち上がり、歯ぎしりを一つ。苛立ちが抑えられない。この感情のままに周りの物に当たり散らしたい位ではあるが……しかし、そんな事をするよりも先に、やる事がある。それは。

 

「……守るってェ、アタシがやると思ってんのォ?」

 

 彼女に頼まれはした。だが。

 仲間でもなんでもないのだ。彼女とは。あくまで獲物だった。

 別に、彼女の夫を守るというのであれば、やり様は幾らでもある、あるが。

 

 だが、彼女は別にその夫に特別に何か抱いているものがある訳ではない。彼女からのろけの様に聞かされこそしたが、それでも興味程度。そんな見た事もない田中何某を助ける理由が存在しないのだ。

 死者の最後の願いを聞き届ける――などと、そんな事を無償でする程、彼女は善人ではない。興味の無い他人の為に、何かをするのには抵抗を覚える程度には外道である。

 

「そいつをォ、助けるためにィ行動するってェ、どれだけのリスクになると思ってんのよォ。ホントにィ」

 

 例えばであるが。

 ジャックが、彼女の夫を助ける為に手を打ったとしよう。しかしながらその諸々は、後で自分の痕跡を辿る為の証拠になり得るのだ。

 真結が相手であれば、幾らだってリスクは負うだろう。それは趣味の為だ。自分が最高の戦いをする為の一手だ。

 だが今回はそうではない。

 

「申し訳ないけどォ」

 

 このまま姿を消すしかあるまい。

 そもそも、自分は殺人拳。ロクでもない裏の住人。関わりに行く意味の無い相手に何か施しても、お互いの為にならないだろう。まぁ後でハゲ医者に一本入れる程度はしてやるが、それ以上はしない。

 あの世で恨まれても、そんな相手に頼んでしまった事を後悔してもらうしかない。

 恨みを以て研ぎ澄まされた刃であれば、あの世に行ってでも受けてみたいと思ってしまうのは彼女の悪性ではあるのだが……

 

「――ん?」

 

 そんな中で。彼女の頭に何かが引っ掛かる。

 恨みの刃。

 激情の一撃。

 それを放てる相手、研ぎ澄ませる事が出来る相手。

 

 ()()()()()()()

 

「――前言てっかァい。受けてあげるわァ、貴女のお願いィ」

 

 ジャックのその顔に浮かんだのは――邪悪な、邪悪な。

 見る者を恐怖で凍り付かせるような……悪辣と、残虐の詰まった、史上最低の、花咲く乙女の笑顔。

 そして……その笑顔のまま、彼女は此方に向かって突っ込んで来るとある影を捉えた。本当に、紙一重だったのだろう。それを思うと、やはりある程度心に残る物があるが、今は気持ちを切り替えなければならない。

 

「……やっほォ」

「――貴様、これは、どういう事だ……!!」

「ちょっとォひと悶着ねェ……これはアタシじゃァないわよォ。先言っておくけどォ」

「何?」

「下手人はァ知ってるゥ。でもォ。その前にィ」

 

「ちょっと、小芝居にィ付き合いなさいよォ」

 

 

 

「――な、なんだ……コレ……」

 

 燃え盛る焔の中。彼女の視界に、崩壊した道場の入り口から男が入ってくるのが見えた。眼鏡をかけた、イマイチ冴えない男ではあるが、しかし目の輝きは、確かに悪くない。

 

ステップ一。本来の仇に近づけない事。アレは、万が一成熟していない彼に会ったとしても間違いなく殺すだろう。だからと言って、これを事故などと偽るのはまぁ不可能である事はジャックにだってわかる。

 もし仇の存在を秘匿したとしても。真結の言う事が本当なら、彼女の夫は、妻をこれ以上なく愛していた。ならば……必ずや仇を追いかけるだろう。

 

ならばどうする――彼に、偽りの仇を追ってもらうのが一番だ。

 

「――真結……師匠!! 何処にいるんだ! 返事を! 返事をしてくれ!」

「此処にいるわよォ。お二人共ォ」

「……ッ!?」

 

 自分の足元に倒れ込む二人が見えただろうと、ジャックは確信する。表情が明確に変わったのが見えた。

 

「き、貴様……二人に何をしやがった!」

 

 本来は、此処には緒方一神斎が立っていた。

だが今ここには、ジャックが立っている。緒方の返り血を被り、赤に染まった彼女が。誰がやったかは――一目で勘違いできるだろう。

 

あんな奴にこんな極上の獲物のタネを譲ってやったりしない、と。彼女は今、人として最悪の――最も悍ましい、と言い切っても差し支えないという謀略に、男をハメた。

 

「――まさか、分からない位、脳がざこざこってェ訳じゃないわよねェ?」

「ッ……うぉおおおおおおっ!」

 

 焔を引き裂いて、我武者羅に男は此方に突っ込んで来る。余りにも分かりやすい直線軌道。何と真っ直ぐな拳か。イイ。実にイイ――今から、一瞬とは言え技を交えるのが楽しみになってしまう位には。

 

「二人の仇ぃいいいいいいっ!」

「――遅ォい」

 

 毟るとも、引き裂くとも違う拳。体当たりにも近い突撃の型。研鑽されているのが良く分かる。しかし、やはりまだ未熟。

 これから成長するのが、実に楽しみではないか。

 

 その拳を、片足で受け、軽く振り払う。がら空きになる懐。渾身の一発を叩き込んでやればアッサリと終わる位に隙だらけ。

 顔に浮かぶ、信じられない、と言う表情。実力差は今ので理解できただろう。

 ならば、後は研鑽を積むだけだ。目指すべき場所は見せた。必ずや彼は辿り着く。

 

 今は唾を付けるだけ――故に。手加減はする。

 彼、田中勤の胴に、横一線の蹴りが閃く。刻まれるのは、緒方一神斎とは真逆の一文字の傷。吹っ飛ぶ体から血が撒き散らされて……道場の、火に包まれていない部分の床に、無様に転がった。

 

 しかし、死んではいない。重症一歩手前位にはダメージがあるだろうが、そんな物、近くに隠れているあの医者にとっては誤差の範囲だ。きっと完璧に処置をするだろう。ならば問題はない。

 

「――ぐ、が」

「仇を討ちたきゃァ、何時だって挑戦受けるわよォ。でもォ、今の実力で来たって無駄骨ェって奴ゥ。分かるゥ?」

 

 一発で再起不能寸前まで持っていかれた体を、それでも必死に起こして、此方を睨むその瞳は……間違いなく、憎悪に彩られていた。

 

 ステップ二。偽りの仇を、しっくりと憎ませる事。その憎悪を滾らせて餌場を整える。きっと強くなるだろう。

 そこ迄、彼を支え、守るのは、あのハゲ医者に任せればいい。

 

 本来なら、あのハゲ医者は絶対にこんな計画には乗らない。だが、『本来の復讐の相手が危険である事』『一旦偽りの復讐相手に向ける事で安全を確保する事』『復讐を諦めさせるのは医者のお前の仕事である事』の三つを言い含めて説得した。

 復讐に狂う等、あの男には見過ごせない。きっと、憎悪を募らせるだけではなく、精悍な武人に育つように、上手くやるだろう。

 

 そしていつか。憎悪と、師匠への敬愛と、彼女への愛とで磨かれた、とんでもない武人が自分を倒しにやってくるだろう。

 やってこないなら、それはそれでいい。自分から襲撃すれば良し。

 

「精々強くなってからァ、向かってきなさァい。めェ・がァ・ねェ・くゥ・ん?」

「ギィ……! サァ……マァァァ……ガァアアァァァァアッ!!」

「それじゃあねェ~」

 

 後はそれまで、自分が彼に殺されない事。

 まぁ、それは何とかなるだろう。彼が美味しく実るまで。幾らだって相手をしてやるし殺意を向けられもしてやる。

 それもまた、食べ損ねた御馳走に代わる、新しいご馳走なのだから。

 

 

 

「それで、田中君の様子は」

「カウンセリングは既に始めています。とはいえ心の傷というのはそう簡単に癒えるものではありません」

「そうか……やはり、時をかけるしかない、と言う事か」

「……正直褒められたやり方ではありませんが、ジャックのやり方は結果として『時間稼ぎ』には最適な一手であったのは間違いありません。私としても、心の方面の治療の知見は必要だった所ですし」

「ふむ。後は如何に生かせるか、かのう」

「はい。失われる命を減らす為にも。一層の努力を……しなければ」

 




自分で書いていて『うわ、このメスガキやってる事エゲツな、こわ、酷』と思いましたが多分、彼女であればそれくらいやるんじゃないかと思ったので容赦なく悪役として書き上げました。はい。


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Episode HM:これより始まる『物語』

 ランチタイム。テラス席にての待ち合わせ。

 待ち合わせの時間には、まだ些かと早いのは、先程確認したが……しかしながら、それでも思わず、である。こんなに緊張しているのは何時ぶりだろうかと、ふと普段はしない様な回顧などしてしまう。

 無駄に気合を入れて普段着ないスーツなど着てみたり、サングラスなどで洒落た風な感じにしてみたりした辺り、心の何処かで自分は浮ついているのだろうか。

 

 ……否、そうではないだろう。きっと。恐らく恰好から気合を入れなければならない程に今の自分は、この待ち合わせを、大きな難局と見ているのだ。

 数日前、連絡が来た時――本当に、人生で初めて、心臓が激しく、高鳴る音を聞いたのを覚えている。人体の構造上、有り得ない筈なのに――

 

「――きゃあっ!? どうしたんですか!?」

「すまん、包丁で指切った……ちょっと、包帯を……」

「失礼」

「どぅわっ!?」

 

――スーツの懐に入れて置いたアルコールで消毒、及び指についた血液の洗浄。アルコールでの消毒で痛みに震える患者の体を抑えつつ、密封されたパックから滅菌ガーゼを取り出し、適切な大きさにカット。傷口に当てて抑え、包帯で強めに圧迫して止血。終了。

 

「これで取り敢えずは大丈夫。毎日、必ず出来るだけ清潔なガーゼと取り換える事。それでも悪化するなら病院に必ず相談する事。包丁は切った食材の雑菌が付いているのでそれで切った時は万が一もあるので」

「えっ、えっ、えっ?」

「それでは」

 

 問題はもう無いと判断し、厨房から出て、改めてテラス席に着席しなおす。やはり少し緊張しているのは間違いようだ。些かと過敏になってしまっている。治療をするにしてももう少し説明等を挟んでから、とメナングから言われていたというのに。患者が驚いて下手に抵抗するのを省ける、と言う言葉には頷く要素しかない。

 席に着いてから取り敢えず落ち着こうと、一つ深呼吸でもしようか……と思った時、ふと周りが明らかに此方に注目している事に気が付いた。

 

 何か目立つ行動をしただろうか。それとも、自分自身、何か目立つ格好をしているのだろうか。残念ながら何方にも心当たりがないのだが……

 

「――のう、お主医者からマフィアにでも転職したのか?」

「……っ!」

 

 その声に、思わず席を立ちそうになって、しかしながらそうする前に、すらりと目の前に差し出された腕に動きを制された。

その手は、まるで少女の如きハリとツヤで満ちているというのに、骨格は成人した女性そのもの。アンチエイジングの範囲を軽く超えているレベルだろう。

 

 そしてその手を辿っていた先の彼女の瞳と――目が合った。

 黒く塗れている様にすら見える程に輝く髪、ぽってりと厚い唇は、つややかな紅を引かれて艶めかしく光っている。そしてその瞳は……底知れない闇に繋がっているかの様に、深く、そして潤んで見える。

 俺自身、余り美醜などは分からない方ではあるが、しかし。流石に彼女が美人の類である事は理解は出来る。そして。

 

「――待ち合わせには些かと早いのでは。ママ」

「お主と会えるというのだからのぅ……年甲斐もなくはしゃいでしまうのも許せ」

 

 ――とても、彼女が八十代を越えた年だとは思えない。どんなに多く見積もっても二十代後半と言うのが、見た目から考えれば適切にも見えてくる。

 

 櫛灘美雲。

 

 パパが失った……と、私に告げていた、母。託されたあのノートから浮かび上がって来た、父の共同研究者でもある女性。

 

「しかし、アメリカまで来ているとは。ふふ、一影の奴めに付いて行くと急に言い出さねばならなかったのは恥ずかしかったぞ?」

 

 そして。

 殺人、旧き武術の形を貴ぶ影の武術集団『闇』。その中でも無手を得手とする者達の頂点に立つ武人達。一影九拳。その一角に座る御人でもある。

 

「――やはり、ミスター・志波を襲ったのはアナタ方でしたか。闇の一影からの誘いを断って戦闘になったと彼は言っていたので」

「ふむ。あの男、お主の患者となっていたか……眼は少なくとも使い物にならずとも、足は大丈夫そうじゃな。運の良い奴」

「目も必ず治療します――視力を取り戻す方法も、ある筈ですので」

 

 彼女が俺に連絡を取って来たのは、アメリカに到着して暫く経った時の事だった。俺が普段使いしている携帯電話の番号に、ある日無造作にかかって来た。要件はただ一つ。会って話がしたい、との事だった。

 俺に――断る理由は存在しなかったので、今、自分が居る場所を伝え、そこから詳細な日程を詰めて……こうして、顔を合わせる運びとなった。

 

 メナングにティダードの駐屯地や、ミスター・志波の事を任せてしまったのは、少々と心苦しくはあるのだが。今回ばかりは、頼らせてもらった。

 

「ふふふ、そうか……しかし、意外ではあったな」

「何がですか」

「お主は、イーグルを殺した儂を見ておるはず。だというのに」

「動揺も、激昂もしない、ですか」

「うむ。率直に言えばな」

 

 断る理由……あるとすれば、パパの事だ。

 確かに目の前の女性がパパの仇である事に間違いはない。俺はパパを奪われた側であり彼女を糾弾する理由はある。

そして俺自身、目の前のママに全く思う所が無いか、と言われれば。無いというのは嘘になってしまう。しかし。

 

「――理由は、三つほど」

「ほう?」

「一つ。ママは間違いなく、俺とパパを愛していた。そしてパパもまた、ママを。それがあのノートには記されて居ました。殺されて尚、パパに後悔はなかった。パパを真に弔うのであれば、糾弾するのはお門違いでしょう。それは最早、俺のワガママだ」

 

 パパは、先ず俺がママへの復讐を願うなど考えてすら居なかった。寧ろノートの中で書いている事が本当なら、パパはママに殺される事すら覚悟の上だったのだ。

 闇の中に居る彼女は、自分とは大きく生き方が違う。表に引きずり出せなかったならば彼女の流儀に倣う事こそが自分の愛だ――と。

 

 単純な話、パパはママにベタ惚れで。そんな二人が出した結論が『アレ』なら、俺がそこにどうこう言うのは、決して許される事ではないのだ。それは二人の思いも何もかも踏みにじる事になる。そして……

 

「二つ。俺は、医者です」

「うむ。そうであるな」

「俺にも信念がある。患者を放って自分の感傷の為に貴女を糾弾する事に時間はかけられない。嘗て誓った事を曲げない。それだけは決まっています」

 

 それは居なくなった貴女への誓いでもあった――とは、敢えて口には出さない。死者だと思い込んでいた目の前の人への、非常に勝手な思いに過ぎない。彼女にそれを伝えるのは余りにも身勝手だろう。

 

 まぁそれは兎も角。

 暇が無いのだ、俺には。そんな事をしている暇があるなら兎も角患者を救わねばならない。メナングの助けもあり、多くの患者に手が届いて助けられている現状を崩す必要は一切ない。

 

「そして三つ目は……一つ目と似てはいますが、俺も、ママを……ママとして、慕って居ますから」

「……ほう、ほうほうほう?」

「ですから、貴女を責めるような真似は私はしない」

 

 例え。パパをママが殺したとしても。そこには間違いなく『愛』と呼べるものがあったのであれば。自分を生んでくれた母を慕うのは可笑しな話ではない。もし、ママが情など不要と、弟子ですら利用し自らの望む物へ邁進する、パパが出会った()()()()()()()であれば。

 生涯でただ一度、俺は医者としての立場を捨て、この人を討ち取る為に全てを尽くす事すらしたかもしれないが。

 

「……パパは、『もし彼女がもう一度自分の前に現れたならば、それは愛ゆえだ』と、書き残して居ました。パパは自分を殺しにママが来た時点で、自分への愛情が冷めていない事を確信していたのです」

「――そうか、そうか。イーグルがその様な事をのう」

「えぇ。ですから、俺は。ママとして貴方を純粋に慕う事にしました。貴女が俺を愛してくれているのですから、俺も貴女を愛したい」

 

 ……出来る限りの気持ちを真っ直ぐ伝えた積りなのだが、何故そんなに顔を伏せているのかが分からない。こう言う事を言う事に慣れていないのだが、やはり変な事をしてしまったのだろうか。

 

「……全く、お主といいあやつといい、なんとも真っ向から気持ちをぶつけてくれる」

「ママ?」

「この儂が。赤面するなど……全く、全く」

 

 何か怒らせるような事を言ってしまっただろうか。なんだか顔が赤いのだが。しかしそれも束の間、直ぐに元の涼やかな顔に戻ってくれた。どうやら寛大な心で許してくれたようだった。うむ。良かった。

 

「だが、そう言って貰えるなら、儂としても嬉しい……愛しい我が子に憎まれているというのは、それはそれで好ましくはあるが」

「好ましいのですか」

「うむ。だが、やはりキチンと愛されているのが最も良い」

 

 ……先ほどまで怒っていたとは思えない程に機嫌が良さそうなのを見るに、ママは想像していたのとは違い、気性の移り変わりが存外激しい性格なのかと思ってしまう。

 

「――のう、ホーク」

「なんでしょうか」

「儂は、愛しいお主を傷つけるのを好まぬ。故に、じゃ……儂の頼みを聞いてくれんか」

「内容にも寄ります」

 

 そんなママが次に浮かべたのは……とても、優しい表情だった。僅かに目じりを下げた本当に僅かだけど、優しい笑顔。俺の乏しい感性で言うのであれば、母が子に浮かべる慈愛の表情というのは、こんな感じなのではないかと思う。

 

 ……やはりこの人は、俺のママなのだと思う。例えその手が血に濡れて居ようと、それはきっと変わらない。槍月だってそうだ。殺人拳であろうと、情が無いとは限らない。きっとこれは、俺が『どちら』であろうと身近に触れて来たからこそ、そう考えられるのだろうが。

 

「ノートを、儂におくれ」

「ノート。というと、パパの」

「そうじゃ……イーグルの書き記したもの。闇で学んだ医療技術に加え、儂の下で学んだ櫛灘流の多くの技術、そして奴が二十数年の間に集積した知識の数々が詰め込まれた。医に携わる者であれば、垂涎モノの一冊よ。それを――闇は、欲しておる」

 

 そしてママは俺達を愛していたからこそ、パパの事を良く知っている。ノートの事もきっとパパと一緒に居た頃に多くを知った。何せ、パパのたった一人の『共同研究者』だ。

 

 同時に、ママが俺に連絡を取って来た理由も何となく察しが付いた。

 きっとママは『交渉役』として此処に向けられたのだ。パパが書き上げた執念の一冊を俺の手元から闇へと持ち帰るための。

 

「闇の者らはそれを『鷲の巻』と呼んで大層欲しがっている。今はまだ本格的に手を出してはおらぬがしかし、これから先の動乱の最中に間違いなく手を伸ばして来る。お主に」

「……それについては、既にお答えしたはずでは」

「分かっている。しかし儂も人の親。我が子を無為に傷つけたい訳ではない。守りたいと思うておる。それを預けてくれれば、儂が向こうに話を付けよう。だから、イーグルの遺してくれたノートを、儂に」

 

 そう言って此方へと、ゆっくりと手を伸ばすママ。目を潤ませて。

 なんというか、それは。

 

「――白々しい事を」

「……」

「渡してくれ、等と。そんな積りも欠片も無いでしょうに。本当に貴女が欲しいなら、私から奪い取る位はもうしていると思いますが」

 

 きょとん、とした表情をしているが、そんな事では誤魔化されない。

 

 溜息一つ吐いて、少し呆れてしまう。猿芝居と言うか。確かに私に向けられるその表情には、些かと『迫力』が足りない。『真剣さ』とでも言うべきか。というか、私に向けて伸ばしている手は、まるで犬にお手でも求めているような気軽さでダランとテーブルに置かれている。

 

「というか、そもそもママがそれを受け取った、として。渡しますか。『闇』に」

「そりゃあ、儂も闇の武人であるからなぁ」

「ないでしょう。ママ、欲深いとの事ですので」

 

 そう言いきって、ママの目を見つめ返す。

そうしたまま、しばしの間、双方沈黙の時間が続く。ここで何かしら圧力が漏れ出すならば俺の想定が間違っていた事になるが……

どうやら、そこまで俺は馬鹿では無かったらしい。

 

――ママの目は、()()()()()()()()

 

「ふく、くくくくくくくく」

「……」

「いい。いいのぅ。はぁ、儂の子、良く育ち過ぎではないか。こんなに美味しそうに実っておると、ダメじゃ……もぎ取ってしまいそうになる」

 

 冷静で、落ち着いて、完璧な武人としての顔。それがまるで、熱に晒された飴細工のようにドロドロになり果てて、ぺろり、と舌で笑いに象られた唇を撫でている。

 今、この人に触れれば、その溶けた体に飲み込まれて、きっと取り込まれてしまうだろう……そんな錯覚を覚えてしまった。

 

 否、もう取り込まれているのだろうか。俺は今、自分の周りに、千手の如き手の幻覚を見ている。それは砕くのではなく、優しく、自分の胸の内に掻き抱く様に、俺の周り全てを取り囲んでいるのだ。

 

「正解、正解だとも。あやつと貯えた全ての知は此処にある……だがそれはそれとしてそのノートは欲しい、奴の形見だからのう」

「でしょうね」

「だが愛しい愛しい息子からそれを取り上げる程、儂も狭量ではない。一応、一影の奴がうるさいから言うだけは言うただけ。お主と話す為の、良いきっかけにもなった」

「そうですか」

「それに……本当に欲しいのであれば、お主と一緒にというのが、一番であろう?」

 

 無造作に。

 逃げ場を無くしてから、ママの手が此方に伸びてくる。我が子の頭を撫でるように。本当に、当たり前の事をする様に。

 

「どこにもやらぬ」

「……」

「お主は、儂の下で微睡む。何者にも見せぬ。そうなる。そうする。今、そう決めた」

 

 細い、華奢な手。だが俺にはそれが、泰山にも匹敵する巨人の掌にすら見えてくる。捕まれば二度と逃げ出せまい――だが。

 

「――ッ!!」

 

 その手を――掴み取った。

 途端に、頭の何処かで、何かが弾けた様な音がした気がした。鼻から、熱い物がしたたり落ちていくのを感じる。掴んだ腕先は震えている。

 代償は大きい。だが……辛うじて、掴み取った。

 

「――ほう?」

「ぱ、ぱの……のーと、にはおおく、の……ハァッ、ちしき、が…………蓄えて、ありました」

 

 揺れる視界と意識を、辛うじて繋ぎ止め、何とか立て直す。やはり格が違う。今の一撃は間違いなく『本気』の一撃だった。俺を完全に詰み将棋の袋小路に追い込んで、逃がさない包囲網。

 そこからなんとか、止められたのは……ママにとって、初見の技能があったからだろう。

 

「その内の、一つ。動の気を、静の気の様に運用する技術……二つの気の同時運用より着想を得たこの技術は、感覚を昂らせるのではなく、静かに研ぎ澄ませる事で……相手の音を、温度を、信号を、感知するまでに……鋭敏化、させる、技術」

「――先を読むのではなく、人間そのものを『診る』技術か」

「単純な、攻撃性は、落ちますが……その分、相手への、対応、つまり『防御』に特化した『動』の気の運用……それを最大運用すれば、この様なことも……そして、患者の体をよく、観察する事も、出来ます」

 

 そして、その技能は。誰かを救うために。患者の為に。ありとあらゆる技術からパパが見出した『可能性』から生まれた。この可能性を、俺は『悪意』ある誰にも渡してはいけないのだ。

 もしこの知識がママに渡ればどうなるか。そんな物は分かり切っている。

 渡す訳が無い。誰にも。パパと一緒に研鑽したその技術を。誰にも。ママは、パパが惚れさせるまでは、ただ一人で、只管に武術と向き合ってきた。どのような方法を用いても構わぬ、と。

 

 その無限とも思える時間の最中、他にも愛情を向けた相手は恐らくは居たのだろう。しかしある『一線』を越えた事は無かったのではないか。それは、体の関係などではなく、心という一点に置いて。パパは……その『一線』を越えさせた。

 その結果、どうなったのか。恐らくは、ママの執着は既に『過去』のソレを遥かに超えた未知の領域に至っている。俺も、パパも、パパの遺した技術も……すべてすべて、深い海の底に沈めてしまうが如く。自分の中に封印してしまうほどに。

 

「――俺は、患者を救う。まだ、その夢を、追いかけ続ける」

「故に、まだ儂の下では微睡まぬ、と?」

「はい。絶対に……」

「……口惜しいのう。これから先の闇の動乱、愛しい我が子が関わらぬように、守ってやる良いチャンスだったというのに。全く」

 

 そうだ。今、こうして、目の前に患者がいるのだから。

 先ずその人を見捨てて、眠りにつくような真似を、してたまるか……!!!

 

「少なくとも、俺は()()()()()()()までは……この歩みを、止めません……! 誰にも……止められて、なるものか……!!」

「――そうか。であれば、お主を囲う期は幾らでもある、か。楽しみにしておるぞ、ホーク……儂の元へ、また元気な顔を見せておくれ」

 




一応、時間軸的にはメナング君がティダードの事を知る前の時間、『ホモ君が誰かに会いに行っていた』時の事です。

と言う事で、これにて本編に繋がる全ての断章はおしまい。

次回更新があれば、本編に入ります。若しくは疾走します(前提条件)
また何時か、暇が在ったらお会いしましょう。



最後になりますが。

深淵魚様、ヴァイト様、MAXIM様、savant様、メソポタ味噌様、ニワカファン様、典善様、ちょっとした猫好き様、frederica様、かにしゅりんぷ様、ちっそ様、weekend様、アカギ様

誤字報告、本当にありがとナス!!!


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原作編
原作編 第一回


作者一号、ただいま戻りました!


 ケンイチ原作、突入! ケンイチ原作、突入! ケンイチ原作、突入!

 

 はい。烈海王バリに原作突入を高らかに歌い上げたところで……さて。いよいよ原作時期が、始まって参りましたよォみなさぁん! いやぁ原作突入までに、何とか達人レベルにまで仕上げましたよ、このキャラをよぉ!!!

 見よ! この防御力極振り特殊KO特化の無残な姿をなぁオラァ! ホモ君の育成は本来はこういう積りじゃなかったんですけど……強くなったし結果オーライ!!

 諸々のイベントを熟し、さらにレベルを上げたホモ君は、最早並みのやせいのたつじん相手ではダメージは愚か削りすらまともに通らぬ不沈艦と化しました。恐らく原作キャラの中でもここまで頑丈なキャラは居ないでしょう。

 

 そして、拳魔邪神のティダード治安悪化イベントやらジェームズ志波救出等、ホモ君がコツコツイベントを熟していったその最中、いよいよ獲得したのは……『動の気の運用(静)』でございますよい。これです、コレが欲しかったんです。気の掌握まで行かないと獲得できないんですよねぇ……!

 

 動の気で獲得できる全体補正を、静の気のタイプの補正に変えて、更に防御にボーナスを乗せる青得なのですが、今までこれなしで、攻撃偏重の動の気の補正で頑張ってきた訳ですわよ。

 『達人』という金得を獲得したんです、そろそろ補正を全力で活かせる構築を、とりあえず完成させたかったので……

 

『――現在入手している情報は、こんな感じです』

 

 情報班のメナング君もこんなに逞しくなっちゃって。いつの間にやらもう達人になっちゃいましたよ(笑) ……育ちスギィ!(正直)

 原作の彼も、確か達人クラスではあったようなのですが、しかしホモ君が連れまわしたり練習試合の相手を務めたりしていた結果、ごくごく普通なシラットの上位達人クラスに成り上りました。特A級の相手も出来るかもしれませんねぇ!! おかしい、成長速度がホモ君と違い過ぎる……!!

 

 あ、後ハルティニちゃんですが、何時の間にか生えてました(困惑) 原作キャラは無から生える特性でもあるのか……? もしかしたら誰か戦死した友人の子供を引き取ったとかかもしれない。そんなまさか(フラグ)

 ……闇を一瞬感じましたが、しかしながら彼女も元気に育って今はホモ君チームの優秀なマスコット兼助手と相成っております。

 幼い子供の時点で原作ケンイチ君……は当然として、技の三人衆の最弱、蹴りのなんとかさんの初期値より遥かに強いとかいう将来有望株過ぎる彼女。

 キッチリ育成すると確率次第ですが美羽さんにも匹敵する達人にもなり得るポテンシャルを秘めてまして。大切にしなきゃ(使命感)

 

 さて。そんなこんなで特攻医療・HMチームは育ち切った医療技能持ちと普通に強い二人の達人、及び将来有望な弟子クラスで構成された何処にも属さない独立勢力という中々ロックな存在になっております。

 ホモ君の属性値が未だ活人にも殺人にも一切寄ってないので何方からの依頼もそれなりに受けられるのがありがたいですね。殺人側、活人側、どっちもまんべんなく治療すれば金も稼げるし属性値も偏らない。いやー一切何方の庇護も受けられない、という致命的な弱点を除けば完璧だぁ……

 

 そのホモ君チームですが、原作開始の直前、この時期においては、拠点を日本に移しております。ホモ君自体は一応二、三年ごとに拠点を移し、その拠点のある地方の治療依頼を重点的に受けるようにしていたのですが、原作であるケンイチの舞台は日本、ならば日本に拠点を移し、様々なイベントを待ち受けるのも必要な事です。

 

『――どうやら、梁山泊の孫娘殿が荒涼高校に入学するようです』

 

 そして日本に入って早速メナング君からの報告。原作の開始を告げる、最も大事な情報であります。フハハハハハ、そうか、いよいよ始まったか……『史上最強の弟子 ケンイチ』が!

 

 かのマジで才能無い系主人公(真実にして大嘘)、白浜兼一君が梁山泊に通うきっかけのエピソード。腑抜けのケンイチ、略してフヌケンと呼ばれていた頃のよわよわ(金得付き)ケンイチ君は、ここからちょっとおかしいレベリングでゴリゴリ成長していきます。

 あらゆるケンイチRTAにおいて『ケンイチ君は原作そのままが最短』とまで言わしめたパワーレベリング。さて、そんなケンイチ君の育成ですが……皆さま、やっぱり達人クラスまで上り詰めた今、関わって、見たいですよね?

 

 

 

 無 理 ど す (震え声)

 

 

 

 はいはい物を投げない! 制空圏制空圏! えー簡単に説明しますと、このゲーム、梁山泊に入って直接ケンイチ君を指導! という事が出来ない様になっています。

 

 な、なんだってー!?

 

 いや、梁山泊に入れない事はないんですが、普通に梁山泊に加入するとその時点で『殿堂入り』でクリア扱いになってプレイ続行が出来なくなるんですよね……

 

 まぁ原作のイベントがプレイヤーの無粋な介入で簡単に台無しにならないような制作の粋な計らいと言えばいいのでしょうか。

 兎も角、プレイヤーが梁山泊でケンイチ君の指導をする事は、ほぼ不可能となっております。まぁ、別に出来ない事も無いのですがそれ専用のチャートと豪運が必要になりますのでキャンセルだ(冷静)

 

 じゃあケンイチ君はスルーかオラァン!? という原作介入過激派の皆様も当然いらっしゃるでしょう……さて、このゲームの梁山泊への狭き門ですが、実はこっそり抜け穴が存在します。それが――NPCの達人でございます。

 

 プレイヤーがキッチリ育てたNPCの達人であれば、割と梁山泊の門は緩い、と言いますか、『梁山泊の協力者』として梁山泊に滞在させる事が出来るのです。どうしてかプレイヤーはなれません。協力者でいいじゃん、殿堂入りは勘弁してくれ(懇願) 

 という事で、この時の為(大嘘)育ててきたメナング君を、『梁山泊の協力者』として送り出す時が来ました。元気で過ごすんやぞ……なお肩書が増えて、梁山泊に滞在できるようになっただけで、別にホモ君の元から離れた訳でもないのでこれからも一緒に頑張ろうな!!(酷使無双)

 

『分かりました。皆様によろしくお伝えしておきます』

 

 という事でメナング君が原作介入材料として、梁山泊にちょくちょくお出かけするようになりました。これで原作介入へのフラグも立ち、原作の情報収集もさらにやりやすくなったという物。そしてホモ君は自由に動ける。一挙両得!!!

 お父様がお仕事をバリバリこなしている間にも、ハルティニちゃんもすくすく成長させにゃならんしぃ……やる事が多いんじゃ!!(吐血)

 

 さて、そんなホモハゲですが、梁山泊でケンイチ君に関われないなら原作開始直後は一体、何をやらなきゃいかんのか? という話になって来ます。まぁ必要な事は多いですが一番必要なのは……弟子(事実上)探しィ、ですかねぇ……

 

 いや、メナング君おるやろ、という話になるのですが。違うんですよ。

必要なのはYOMI及び『新白連合』との繋がり、なのです。

 

原作に介入するのに一番必要なのは、原作キャラとの繋がり。

そして。やっぱり原作を回しているのは達人だけではなく、弟子たちの成長と奮闘もそこにしっかり関わってきます。メナング君は優秀ですが、彼がフラグを自動的に立ててくれるのはティダード関連が多く、原作に関われるか、と言えばちょっと微妙です。

 

 んで、YOMIの方はもうハーミットこと谷本夏君との縁があるのでセーフ。まぁ弟子ではないですし彼の妹の主治医なんですけど。兎も角関連があるのでセーフ。

 ですが他のキャラともそう簡単に患者と主治医の関係になれるか、というと案外そうでもありません。しかも、活人拳側は主治医関係では意外に原作フラグのとっかかりにはならないのです。

 谷本君、というか闇側の弟子は、割と『匿ってくれ』とか『ひそかに治療してくれ』とかの依頼をくれるので、そこがとっかかりになるんですけど、活人拳側の方々は当たり前に治療に来るだけなのでただただ収入が増えるだけ……そうじゃねぇんだ!!!

 

 という事で、弟子関係にならないとしっかり原作には絡めないので、原作へのフラグを増やすためにも弟子を取る……というか、まぁ師弟関係になるのは必須なのです。カルマ値の管理も少しきっちりやらねばならなくなりますが、それでも久遠の落日クリアの為には必要な事なので……

 

『――少し暴れ過ぎた。治療を頼む』

 

 こんな風に気軽に活人拳の方々が頼って下さればいいんですけどねぇ。見てくださいよ槍月師父のこの太客具合! この人一人でたぶん一年分の稼ぎには軽くなるくらいにはめっちゃお世話になってくるんですよ。この人。そこら中で用心棒やらなにやらやってるので仕方ないと言えばそうなんですが。

 

 あぁ、後この人とのフラグ管理もしっかりやっておきましょう。後々、槍月師父と剣星師父との血統決闘イベントが原作の流れであるのですが、そこに関するフラグ管理をやっておかないとこの人、シレっと行方不明になってしばらく連絡が取れなくなるんです。

 一応、ホモ君の現在の太い収入源の一人ではあるので、それはちょっと困りますし。それに定期的にお酒とか飲んで友達としての縁を維持しているキャラではあるので、いつでも連絡は取れるようにしておきたいのです。

 

 という事で、ここからそこそこフラグ管理をしつつ、先ずは荒涼高校付近で、こっちの弟子になってくれそうな力強い弟子(事実上)探しと参りましょう。相棒は、メナング君に代わりまして代打バッター、ハルティニちゃん。

 

『――先生、よろしくお願いします』

 

 ハイヨロシクゥ!!(元気いっぱい)

 さて、可愛らしい案内役を確保したところで、今回はここまでとなります。次回は荒涼高校付近をうろついて弟子探しつつ、原作イベントに遭遇したらまぁ……雑に介入するって感じで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。

 




久しぶりの投稿という事でこの後14時から一話、投稿するぜ! 良ければそっちも読んでくれよな!!

お陰で書き溜めの消費がマッハだが気にしねぇ!!!


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第一回・裏:とあるシラット使いの憂鬱

「――先生、珍しいな。遅刻とは」

「父様すみません。目撃証言得られませんでした」

「あ、あぁ。うん。ありがとう……遊んでこなかったのかい?」

「いいえ。父様が困っている模様でしたので」

「そうか……そうかぁ……うん。なんだか、すまない」

 

 羽田。成田と共に日本最大級の国際エアポート。相当数ここは利用しているが、昔より更に便利になったと思う。子供が喜びそうなエリアも増えた……のだが。どうやらハルティニを子供にするような程ではなかったようで。

 

 最近、どうしてかハルティニが周囲の子供たちよりも物凄い冷静というか。いや、聞き分けが良いというのは悪くは無いのだが……いや、うん。正直に言うと心配だ。父親代わりとしては。

 皆で、ちゃんと愛情を込めて育たつもりだ。私が主導となって、多くの事を教えた。教えたのだが……いや、もしかしたら礼儀とかその他諸々とか些か以上に頑張って教え込み過ぎたやもしたりしれなかったり……

 

 ので。

 まぁ、あの、気晴らしになれば、と。こうして連れて来た先でも、色々と……こんな機会にお小遣いを渡して『好きに遊んでおいで』とかしている。構いすぎという自覚もあるにはあるので……まぁ……うん。上手くいってはいないのだが。見ての通り。

 

「そうか……じゃあ、先生を探そうか。そうしたら皆一緒に食事でもしよう」

「それよりも先生のお仕事を優先した方がいいのでは?」

「あ、いや、その……だ、大丈夫! 先生だって食事を取らない訳でもなし、流石にアメリカからの長旅だ、腹だって空いているだろう、うん。うん」

 

 ……もしかしたら。もしかしたらだけど。先生を『先生』と呼ぶくらいに、旅に同行させてしまったのが、一番良くなかったのかもしれない。可愛い子には旅をさせよ、という言葉もあったからと、本当に旅をさせたのが悪かったのか。

 

「――いえ、やっぱりダメみたいです」

「えっ?」

「アレを見てください。先生が先生らしいです。とても」

「えっ?」

 

――等と悩んでいる暇は私にはない模様だった。ハルティニが指さす先、ガラスの窓の向こう側に……見えているモノ。うん。モノだ。私としては、とっても胃が痛くなるような事態が展開されている。

 

 人だかりの中心に明らかに他より一回りは大きな影がしゃがみこんでいるのが見える。一体なぜそんな事をその人物がやっているのかは、もう私にとっては常識の範疇でしかないのだが問題は……それを先生が『滑走路』でやっているという事だ。恐らく、滑走路の辺りで見つけた患者に、飛行機の中から襲い掛かったのだろう。うん。

 

「――行こうか」

「はい」

 

 分かった。

 たぶんハルティニがこうなってしまったのは、私の所為だと思う。うん。

 

 

 

 

 

 

「――先生!」

「む、メナング。ちょうど良かった。処置は終わったので、これから病院に運ぶ。支払いと説明を任せたい。それとこれはハルティニへのお土産だ。バンダナ。似合うといいのだが……」

「ありがとうございます」

「先生先生ッ! 展開が! 早いです! 待ってください!」

 

 振り返り、立て板に水が如き勢いで喋るこの人は、もうなんていうか、いつもどおり過ぎる。ジーパン、白シャツの上に新品の白衣を常に纏って、治療用に持ち歩いているカバンに、使った器具を丁寧に戻す姿は……ギリギリ医者に見える。

 だが、いつも以上に光り輝いている禿げ頭と、そのあまりにも人相の悪い見た目に周りの人だかり――武装していないとは言っていない――に囲まれ、最大限の脅威と見做されているのか睨まれているのがあまりにも見慣れた光景過ぎるのがマズい。医者なのに。

 

 いやまぁ、ある。押しかけ治療してるときなんか、感謝されるばかりではない事も幾らでもある。なんだったら先生が『護身術(自称)』を極め上げたのも、治療押し売り……いや押し売りですらない辻治療を行った結果として起きた患者への『制圧』の為に身に着けたのだと言うし。

 先生にとっては、この程度は慣れた事……慣れた事なのだが。しかし。

 

「だから! 先ず辻治療する前に説明とかその他諸々を行ってからと、あれほど!」

「それでは間に合わないと判断した」

「鋭く切って捨てないで!!!」

 

 一般人は慣れていないので私がクッションになる必要があったのだが今回は間に合わなかったという事で。一つ。一つではない。全く。

 

 だって理屈は分かるけどちょっと冷静に……の所をこの人は全然ブレーキ踏まないから。どうするんだこの周りの警戒心満々の空港警察の皆様は。不審者を見る目で見られてる。実際不審者だけど。

 

「後それから。先に言った梁山泊への使いは君に一任する。すまない」

「えっ!? す、すまないじゃないですよ、先生が直接行くという話では!?」

「患者を優先したい。それに、患者を優先した場合、その後に控えている谷本君との約束の時間にはなるだろう。患者の家族への説明を怠るわけにはいかない」

 

 そして私に対してもそんな先生の狂気ぶりは止まらない。

 

 こうして見ていると、思う。

 ハルティニの、あの冷静で、ちょっと行動的な感じは、間違いなく先生から受け継いだものだとしか言えない。決してどんな時でも、慌てず、自分や周りにとって最適な行動が出来るように、賢く、強い子に、頑張って育てようとした結果、その最適にして最凶の答えに辿り着いてしまった感じがする……

 

 先生は、ハルティニの事も良く可愛がってくださった。

 

 皆の治療法の探索、各地での治療の旅、達人から舞い込む高額の依頼、そして……ある組織に関する調査も行っていた、そんな多忙の時期。

 恐らく、彼の人生でも、トップクラスに忙しい時期であるにも関わらず、先生はいつも以上のバイタリティを持ってそれに当たり、その上で一定の成果を出しもして。

 

 私が再び先生の旅に同行するようになった頃に、それに加えてハルティニの相手もして貰っていたのだ。小児治療への知見を深める意味もあったらしいが、しかしそれ以上に愛情深く接してくださっていたとは思う。

 だが、それが、多分こうなってしまった原因だと思う。

 

「それに梁山泊への報告は、最悪俺でなくてもいい。急ぎの用ではあるが」

「それは……」

「最早武術の階位としては、一つの高みに昇った君を信頼しての事だ。頼むぞ」

 

 ……別に、先生を参考にするのは悪い訳ではない。先生は、恐らく私の知る限り、最も頼りになる大人ではある。私の仲間の治療法についても『一定の成果』を出すまでは絶対に手を抜かず、徹夜すらしてくださっていた先生に感謝こそすれ、悪感情の何れをも抱ける訳がないし。

 

 私がここまで成る事が出来たのも……結局は、先生に頼った部分があるし。

 

「――分かりました。その任は、必ず」

「頼む。それと――ハルティニは、此方で預かるか、君が連れていくか。私は仕事が終われば直接ホテルに荷物を預けに行くが……」

「あ、いえ。先生のハードスケジュールにつき合わせるのはその子にはあまりにも酷が過ぎると思いますので」

 

 だがそれにしたって、そろそろ止めないとマズい気がする。ここ最近は私がいない時も連れ回している時だってあるというし。なんかこの前は『アパって言う人と知り合いになりました』とかいうし。なんだろう。アパって言う人って。

 

「そうか。なら――」

「いいえ。先生のお仕事に、お付き合いします」

「――分かった、私が預かろう」

「どぉぉおおしてぇええええっ……」

 

 しかしながら私が止めようとしてもハルティニがとても行動力が強い。

 どうしてだ!? どうしてそんな話になった!? というか先生もそんな『そうか、じゃあ行こうか』くらいの感覚で了承するのはちょっと!! 

 

「ま、待つんだハルティニ」

「父様は先生の事が心配だとは思うので、私が傍にいれば少しは安心するのではないですか? これからお使いに行かないといけないなら、私は邪魔になるかもしれませんし」

「いや、いや……いやぁ……」

 

 ……ギリギリ、多分安心が勝つ、かな。先生が何をしでかすか分からない+ハルティニへの心配から、先生と一緒にいる事での安全性とハルティニが一緒にいる事でのブレーキの存在への安心を考えると……多分だけど、ギリギリ。

 いや、でもだからと言って彼女の一応父親役なのだから、それに頷く事は出来ない。彼女を守るのは私の――

 

「では先生、お供します」

「分かった、俺の懐から絶対に顔を出さない様に」

「分かりました」

 

 ああもう娘の行動力が非常に高すぎて嬉し涙と一緒に別の涙が出てきそうだ……引き留める時間なんて無かった。即断即決だった。

 正直、一番似てはいけない人に似てしまった気がする。環境が人を育てるというのはまんざら嘘ではなかったようで……うう、もうちょっと、もうちょっとだけ天真爛漫に育ってくれても全然よかった。良かったんだ。

 

 でもそうはならないのだ……私がもっとしっかりしていれば、ここまで彼女が『しっかり』とする必要は無かったんだ……あぁ、うぅ。

 

「ではメナング、また後で」

「父様、頑張ってください」

「ハルティニ、跳ぶから掴まっていろ……ヌゥンッ!」

 

 そして。

 

「……あぁ。うん。頑張るよ。行ってらっしゃい」

 

 先生は、私の目の前から軽く跳躍して、明後日の方向に跳び去って行く。空港のアスファルトには、ヒビ一つ入らず綺麗に残った足跡。

 それを見て、私は空港警察の皆様に、身分と事情の説明、そして空港の滑走路を傷つけた器物破損についての謝罪などを、全力でしなければならない事に……天を仰いでしまった。




※因みにこうして話している間も空港警察の皆様は摩股やら構えて包囲を解いていません。ホモ君は一切その事を気にしていません。


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第一回・裏:とある豪傑たちの驚愕

「ほっほっほっほっほっ。それでここに来たときあんな顔をしておったのか」

「……お恥ずかしい限りです。娘の成長の速さに、戸惑うばかりでして」

「若さとはそういう物。子供達の勢いは、何時だって儂らの想像を軽く超えていく。それを喜びなされ、お若いの」

「はは。子供の話をしているのに若いのとは、些かと妙な気持ちになりますな」

 

 目の前の人は、恐らく人の世において最強の武人にして、文字通りの『長老』と呼ぶにふさわしい経験をされた方で……早々に先生の調査報告を終えた私が、思わずして相談してしまうくらいには、貫禄というか、威厳が備わっている。

 だからと言って家庭の事情をこうやってとぼとぼと話しているのはどう足掻いても私の弱さに他ならない訳なのだけれども。私、なんでこんな事を活人拳の頂点にいるであろう方にしているのだろう。今更ながら。

 

「――ところで若いのと言えば、彼」

「ん?」

「大丈夫そうですか? 物凄い悲鳴を上げていますけれども」

「もんぎゃあああああああああっ!?」

「――うむ。大丈夫じゃろう。秋雨君であれば」

「そうですかぁ」

 

 到底そうは見えないのだけれども。

 私たちが居る和室、そこから見えるお庭にて。先ほどから、風林寺殿が言う所の若人が悲鳴を上げている。先ほど、この梁山泊に弟子入りを希望していた若者だ。

 年は、高校生くらいだろうか。鍛えている、という訳ではないが、良い目をしていた。

 

 それはいい、のだが。

 なんだろう。脇になんで刃を付けているのだろう。なんで水入りの瓶を両手に持って頭の上にはお椀を乗せて……その上で……ああもう色々説明する箇所が多すぎる。

 アレ、修行っていうんだろうか。私の知ってる修行って、あんなにいきなり急アクセルを踏み込むような物だっただろうか。

 

 いや……まぁ私のやった修業がアレより激しくないか、と言えば分からないのだが。しかしながら、しんどさという点では多分余裕であの修行、上回れると思う。昔の私の修行とか。全然。

 ……あっ、目が合った。

 

「あ、あのっ! そこの外国のお方っ! へるぷっ! へるぷみーっ!」

「えっ私?」

「こら君、修行に集中したまえよ。そうでないと――」

「あっ待って気を抜いたから刃があぎゃあああああっ!?」

「しょ、しょうねーん!?」

 

 私、アレなんて言うか心当たりしかないのだが。拷問と呼ばないかアレ。

 

「……あの、彼って多分、護身術位な感覚でここに来ていたと思うのですけれども。岬越寺殿。いきなりこのハイペースは」

「いえいえ。やはり一か月で形にしようと思うと、彼を見る限り間に合いません。我らを頼ってくれたのですから、我々も全力で返さねば」

「うーんこの生真面目流石は達人」

 

 ……先生と良い、岬越寺殿と良い。達人というのはやはり、生真面目な人が多いのだろうか。まぁそりゃあ武術を極めるという積み重ねの極みの様な事をやってきているのだから自然とそうもなるやもしれないが。

 そう思いながら、目の前の柔道着と袴をきちっと着こなした柔術家殿を見ていると、ニコッとこちらに笑いかけてくる。

 

「はっはっはっ、何をおっしゃる。達人というなら貴方もそうでしょう。『最優たるシラット使い』メナング殿」

「い、いやぁ……最優などと、おだてられているだけです。達人としては、まだまだ二流三流ですよ、私は」

「いえいえ。最強ではなく、最優。その異名はまさしく言い得て妙でしょうに」

 

 正直、『哲学する柔術家』にそんな事を言われても、全くもって嬉しくない。嫌味ではないのは間違いないが、この人の凄まじさというのは、武術に潜っていれば直ぐに分かるのだ。それに武術以外にも、まぁ物凄いマルチな才能をお持ちで。凄すぎる人に褒められても、実感がない事ってないだろうか。今、この時こそ、完全にそれである。

 だが……そんな私の反応を見て、寧ろ笑い出すのは、先生の旧知の一人である、逆鬼至緒殿。『喧嘩百段』の異名を持つ空手家。黒いジャンパーを素肌に羽織る、ワイルドな着こなしは、岬越寺殿とは対極の性格を表している。

 

「そうだぜ。最強、無双、無敵。強さで評価される奴なんざザラにいるが……優秀さ、という点で武人として評価される奴はそうそう居ない。先生の弟子らしい、良い武術家だアンタは。寧ろもうちっと傲慢なくらいで良いんじゃねぇか?」

「そんな! 私の慢心一つで、先生の評判にも繋がりかねないのですから、一切の傲慢は寧ろ捨て去るつもりで、鍛錬を積んでおります」

「――全く、良き弟子を持ったね。ホーク殿は。いや、彼の人柄を考えれば、良き弟子が育つのも当然ね」

 

 ……その逆鬼殿の言う、優秀さで評価される内の一人であろう、馬 剣星殿。あらゆる中国武術を修めるなど、どんな才があれば成し遂げられるのか。かの国の武術の多様さはそれこそ、世界のそれに匹敵する程だというのに。

『あらゆる中国拳法の達人』の異名の重さは、私もそうだが、先生だって良く知っている。中国人らしい服装を身にまとったその小柄な肉体から、信じられない程の出力をひねり出すことを、私は知っている。

 

「アパッ、ホーク先生は良いお医者さんよ! アパチャイ、先生にはたくさん、傷を治してもらったよ! でも時々とっても怖いよ!」

「……う、ん。気迫、なら。たぶん、梁山泊、以上」

「あ、あははは……先生は、まぁ、はい」

 

 そして、アパチャイ・ホパチャイ殿に、香坂しぐれ殿。

 私は、彼らとは初めて顔を合わせた。先生とは、何方も顔見知りらしい。まぁ海外を色々と旅している先生ならば、この褐色肌の筋肉隆々の偉丈夫、『裏ムエタイ界の死神』とも、和服に鎖帷子、そしてとびぬけた美貌――からは想像も出来ぬえげつない武器の扱いを誇る『剣と兵器の申し子』とも、知り合いでも全く不思議ではないが。

 

「でも。意外。先生が、医学、以外の事、調べるなんて」

「――えぇ。事態は、その程度にはひっ迫している、という事です。故に、私がこうして遣わされました」

「俺たちの協力者として、か?」

「一応、足を引っ張らぬ程度には、腕も立ちますが故」

「それも意外ね。ホーク殿は、殺人、活人、何方にも寄らぬ事を信条としていたように思えたのだけど」

「――先生は、殺人拳側にも、顔の利く者は多いです。その比重を考えただけかと」

 

 そうだ。

 狼狽えている場合ではない。私は、その為に先生に遣わされた。

 

『――俺は、これからも医者として出来る事をするつもりだ。だがその為には、何方の陣営ともパイプという物が必要。それを、君から教わったんだ。メナング。だからこそ君に頼みたい。活人拳との、パイプ役になって欲しい』

 

 本来であれば、私はその為にここに来た。先生の調査報告に関しては、言っては悪いが二の次に過ぎない。活人拳の象徴たる梁山泊の『協力者』になる為に、私は『活人拳側』の人間として、ここにいる。

 

「ふむ――彼の信念は尊いものだ。だが、故にこそ心配だな。下手をすれば、何方からも追われかねない立場に、彼は居る」

「その覚悟はできていると……先生に報いる為にも。どうか」

「君の協力は、儂らとしても心強い。拒む理由は無いじゃろう」

 

 ゆっくりと、頭を下げる。風林寺殿も、梁山泊の皆様――約一名分かっていらっしゃるのかちょっと微妙な方はいるが――も、私と、先生の覚悟を慮って、こうして頷いてくれているのだ。その事には、きちんと報いねばならない。

 

「それで、メナング殿は何方に住むつもりだろうか? 君の住処を知れていれば、情報共有も楽ではあるのだが」

「それ、なのですが……ここに住まわせて頂きたいのです」

「ここに?」

「急なのは承知しておりますが。しかし、協力するのであれば、一時とはいえここに直接待機するのが最も与しやすし、というのが先生の考えです」

「……与しやすい、というのは正確にはそういう意味ではないのだが。意図は分かった」

 

 誠意とは、形で示すもの。行動するのは至極当然としても、それ以外にも形にするのは当然で。故に、先生から預かって来たお土産が、ここでこそ輝くという物だと思う。些かと即物的で、下品な品ではあるが……それでも、人が生活するのに必ずや必要になるモノではあるので渡さないという選択肢はない。

 しかし、嫌な顔をされないといいのだけれども。何せあの先生も『……流石にやめておくべきか』と躊躇ったほど。だが、一度決めたのだから、もう躊躇わない。

 

「勿論、私自身の食い扶持、というか生活費に関しては私が負担いたします」

「いやいや、君たちは善意でこちらに協力を申し出てくれているのだ、そこまでしてもらうというのも……」

「つきましては……少しお待ちください」

 

――しばし後。

 

 持ってきたのは、私が運んできた荷物の一つのアタッシュケース。ゴロゴロと転がしてきたそれに、逆鬼殿が不思議そうな顔をしているが、別に中に怪しい物は一つも入っていない。とはいえ、量が量なので、驚かれるやもしれないが。

 

「私の食費や、光熱費その他諸々を含めた当面の『生活費』です。どうかお納めいただければ――」

 

 畳の上にスーツケースをそっと横たえて、二つのロックを開けてくるり、向きを変えてからスーツの蓋を開いて見せる。先ず、風林寺殿が中身に目を向けてから、岬越寺殿と剣星殿が覗き込み――三人そろって目を見開いた。岬越寺殿まで目を見開いている。珍しい。

 

「――まっ、ち、たまえよ、ちょっと」

「えっ……んんっ?」

「……お若いの、一応聞くが、これは」

「はい。取り敢えずはキリの良いところで『()()』程。ご安心ください、我々の貯金から捻出したお金です」

 

 正直な話、色々話し合ったのだ。

 

我々は『梁山泊』に協力者として与するにあたり、最も近い場所――同じ屋根の下に住む、それを基本方針としていた。のだが。

いきなり住人が一人増える事になったら、間違いなく迷惑をかける事になる。それが分からない我々ではない。とはいえ、住む場所を妥協して万が一の事になれば後悔してもしきれない。という事で。

ではこちらが同じ屋根の下に住む事を前提――住むまではどうにか土下座でも繰り返すしかない――として、そうなった場合、どうすれば誠意を示せるか。

 

雑用などを熟すのは当然、というのは一致した。であれば更なる行動で示すのが一番という話になった訳なのだが。しかし、我々が提供できるものと言えば、武力と医療くらいのものだ。

 

 しかし、かの梁山泊、武力などいくらでも有り余っているだろうし、かと言って先生がずっと梁山泊専門に医者をやる等天地がひっくり返ってもあり得ない――議論は、暗礁に乗り上げた。

 

 その後、先生が数少ない友人である槍月氏を参考にしようとして大量の酒を注文しようとしたり、先生がもらって嬉しい物として医療器具をお渡しするプランなども立案されたが……結局どれもイマイチとして棄却。

 

「……長老」

「うーむ。喜んでいいものかのぉ、これは」

「逆鬼どん。コレ。喜んで使おうと思えるかね」

「……いや、生活費たぁいってるがなぁ……?」

 

 という事で。

 ならば一番分かりやすく、即物的に、使い安く、なおかつあまり嵩張らないもの、という事で――やはり現ナマが一番、という結論になった。

 金額に関しては、こういうのは多いに越したことはないだろうという事で。私も先生もあまり富には興味が無いので、今まで治療で稼いだ分は無造作に貯めるだけだった。ので使い道が出来て良かった、と思っていたのだが。

 

「……やはり少なかったかな?」

 

 反応が芳しくない。

 やはり、こういうのは慣れない、というのを今、実感せざるを得ない。今度はもっと多めに持ってくるのが良いのだろうか。

 




Q.いきなり現ナマ一億を生活費として持ってこられたら人はどうなる?
A.えっ? ってなる。


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第一回・裏:とある弟子の後悔

「――という事で、当面の生活費を持参して、メナングは別の所に行っている」

「……………………アンタら……アンタら、本当に……」

「どうしたのだ。谷本君」

「はぁ、なんでもねぇよ」

 

 俺から言わせてもらえば、生活費に一億持参とか馬鹿以外の何者でもねぇ。過剰にも程がある金額だろうが。一千万でも『嘘だろ』ってなるレベルだ。

 だが、同時に分からんでもない。この目の前の医者も、その助手も、生真面目な部分と一緒に天然な部分がある。

 

師弟だから似ているという事なのかは分からんが。いや、この二人は医術に関してはもちろん、裏の世界に通じる先人として、そして大人としても、この上なく頼りになる。それは間違いない。

 

 だが、ことが日常生活に関する物差しになると途端に認識がバグるのだ。このハゲとあのシラット使いの二人。

 片や誰かを治療すること以外全くもって頭にない医療バカ、片や生活から武術まで生真面目無駄遣いなんぞ考えない男、金という日常生活において最も必要な物差しは、この二人には備わっちゃいねぇ。

 

「それで。楓を日本に戻す時期に関してだが……とりあえず、俺が高校卒業するまでは待って欲しい。ちゃんと楓とも話し合う」

「ふむ、君がそういうなら彼女にも伝えておくが。しかし、彼女の健康に関しては問題は特にない。そこまで警戒する必要も、無いとは思うのだが」

「健康に関して言ってるんじゃない。アンタがいるんだ、心配なんざ要らない事は分かってる――まだ、俺は楓を迎えられる位に、強くなっちゃいない」

 

 ……そういう面では、俺の方がこの二人よりは上だ。間違いなく。

 一応、谷本グループの後継者だ。そういう事についても人以上に学んでいる。将来は会社をしっかり纏めないと、楓と安心して暮らすなんざ出来たもんじゃない。もうそう言った部分はそれなりに鍛え上げられたと思う。

 

 とはいえ本当に欲しい個人としての強さは……一応は見れるようにはなったが、まぁ、そこそこだ。槍月師父の野郎が放浪癖が過ぎる。一応稽古をつけてもらってない訳ではないが、もっぱら自主トレーニングだ。限界がある。

 

 こんなんでは楓を守れるだけの男になるのに、どれだけかかるか。

 守る、守る……守る……か。

 

「だから楓は……もう少し、あと少しだけ、頼む。必ず迎えに行く」

「そうか――そういうのであれば、後は彼女と話し合うと良い。ただし、説得されそうになっても俺は手は貸さない」

「うっ……だ、大丈夫だ。そんな事にはならん」

 

 ……なんか、楓が最近押しが強くなってきた気がするけれども。そんな事はきっとない。大丈夫だ。なんか目の前のハゲと同じくらいの『圧』を感じる事もあるが、きっと気のせいだと思う。うん。

 守る必要はきっとあるのだ。きっと。

 

 それよりも。

 

「んで、アンタいつまでここに滞在するつもりだ」

 

 この人が居る=あの不良師匠が来る可能性も高い、という事だ。最近またぞろ放浪の旅に出やがって、一応どういう修行をしろ、とか、こういう風にすれば効率よく鍛錬が出来る、とかは言ってくれるのだが……それよりも! 直接! 指導を! しろ!

 なので、この人を狙ってくるのを、逆に俺が待ち受けてやろうという腹持ちだ、今の俺は。というか、それくらいしかあの放浪癖の師匠を捕まえられる気がしない。

 

「しばらく。ここ最近は、あまり日本にも立ち寄っていなかったからな……それに」

「それに?」

「先日、君の師匠から連絡を受けてな。君の調子を見てやれ、と」

「なんだとぉ!?」

 

 ダメだった。完全に読まれていた……いや、読まれていたかは分からんが、しかし少なくとも、先生を狙っての来襲の可能性が低くなった。

 

「……クソがァ……!」

「そのいら立ちは、俺を盛大にサンドバッグにでもして発散しなさい」

「そうさせてもらう!」

「あぁ。っと、そうだ。その件に関して、もう一つ」

「なんだよ」

「君のお師匠から聞いたのだが。実戦形式での鍛錬は行っているかをとりあえず確認だけはしておいてくれと」

「自分で! 確認! しろ! してるに決まってるだろうがぁ!!」

 

 思わずして叫んでしまった。そりゃあ叫びもする。なんでこんな間接的に確認されなきゃならんというのか。俺以外に弟子も居ないって言うのに、あの放浪癖クソ師父、マジでいっぺんどうにかする。具体的には目の前のハゲ医者の力を借りて。俺は出来ない事を無理矢理やる気はない。ない。

 

「はぁ……ここら辺で幅を利かせてる不良チームに入ってる。結構武闘派だから、中で同士討ちしてるだけでも、それなりの経験にはなる」

「不良チーム? 君がか?」

「あぁ? そうだよ。下手な道場で組手するよりは、よっぽど経験を積める。まぁ鍛錬と並行してやることが前提だけどな」

 

 ……そんなもんをバラす訳にもいかんから、一応学校では優等生の皮かぶって過ごしてはいるが。偶に向かってくる命知らずは叩き潰してもいる。お陰で、『演劇部の怒らせると怖い優男』とかいう謎の位置についている。どうしてこうなったのか。

 

 ラグナレクの中では、それなりの地位にまでのし上がったが、学校での妙な地位の所為で、なんか、学校の名物みたいな感じになっちまってるのが嫌だ。本当はただの優等生的なポジションに収まるつもりだったというのに。

 というか、なんでそんな遠い目してるんだこの人。凄い珍しいぞ。

 

「チーム、か」

「なんだよ?」

「いや、治安のいいこの日本で、マイタウンのような話を聞くとは思わなかっただけだ。懐かしい気分になってしまった。どの程度のチームだ? ストリートギャング程度か? やっぱり強盗とかするのかね。おすすめは出来ないが」

 

 この人は一体何を言ってんだ……?

 

「ギャ……いやいや、そこまでじゃねぇよ。ただ学校サボったり、ケンカするくらいで。っていうか強盗とかが先ず出てくるって、アンタどんなだよ」

「む、そこまでではないか。なるほど、コレが、『じぇねぎゃ』という奴か?」

「ぜってぇ違う……」

 

 治安の良いって自分で言ったのにギャングってなんだよ。おい、コイツ一体何処出身なんだ。槍月師父は兎も角として、この医者がそんなスレたこと言っちゃマズいだろうが。医者っていう物のイメージをなんだと思っている。

 

「――ふむ、しかしケンカ三昧となると……そのチームの子たちはちゃんと治療を受けているのかね」

「あ? あー……基本は自分で治療してんじゃねぇか? 喧嘩で負った傷なんざ、何度も何度も医者に見せる訳にもいかねぇだ……ろう……し」

 

 『あ、俺やべぇ事言った』という事に気が付いたのは、そこまで言ってしまった後。目の前の先生の目が、なんか発光し始めたのに気が付いたのだ。いや、実際光ってないのだろうがそんな感じの迫力が。迫力が。

 しまった、先生の目の前でんなこと言おうもんなら、この人がどうなるのかはおおよそ想像できてるって言うのに。

 

「――ほう、なるほど」

「あー、先生、ちょっと。ちょっと」

「谷本君。君の家に住まわせてもらうぞ。大丈夫だ。あくまで荷物置き場だよ。ここらへんで世話になった病院で働くつもりだからね。ちょっとばかり――町全体を対象とした少し大きな『回診』を行うだけだ」

 

 ――すまん、オーディン、ロキ。

 

 とりあえず、ラグナレクの頭脳担当っぽい二人に心の内で詫びを入れる。

 この町に、新たな患者を求めてさまよう、とんでもない治療に飢えたモンスターを、俺は、解き放ってしまった模様だ。

 

 

 

 

 

 

「――はい、先生。お茶です。一旦気をお鎮めになってください」

「ふぅぅぅぅうううううううう……あぁ、ありがとうハルティニ」

「……ところでこいつは誰なんだ?」

「メナングの娘だ」

「はっ!?」

 




割と創作みたいな治安の悪化の仕方してるホモ君のホームタウン。


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原作編 第二回

 ラグナレクの縄張りを人間災害が徘徊する実況、はーじまーるよー。

 

 さて、新白連合内の協力者を探そうという決意をした前回から既に柔道部の先輩戦と空手の筑波戦とが過ぎ去りました、と……何やってんだお前ぇ!!(NKNKの能力者) 長鼻君がしばかれそう。芝を刈る……!? 六十枚デッキにしなきゃ(使命感)

 

 周辺に潜んでいるであろうドゥエリストに気を付けつつ言い訳をさせていただくと、正直この辺りで介入しても、原作にまつわる主要メンバーを確保する事なんて出来ないんですよね。

 まぁ当然と言えば当然で、原作でも新白連合に加入するであろうラグナレクの中心メンバーが姿を現すのは、もうちょっと後の事なんですよ。因みに今介入して手に入る人材は、『大道寺』『筑波』『古川』の三人でございます。うわっ……(震え声)

 

 まぁ走者の中には古川くんとかいうケンイチ史上最も才能に恵まれていないであろうネームドキャラを武器組のYOMIにまで仕立てたりする、『魔剣使いHURUKAWA』ルートを走り切った超人もいらっしゃいますが、私はそんな超人ではないので普通に実力のあるネームドキャラと繋がりを作りましょう。

 

『――町では最近、喧嘩をしている学生が多いようですね』

 

 町中の様子を教えてくれるメッセージで、この系統のセリフが出れば、丁度ラグナレクの他キャラクターと交流が持てる合図でございます。ふひひひひひひ、ハゲのおじさんの元へおいでぇ……? となるとただの変態でございますので。

 

 今回の勧誘方法は、お医者様キャラクターならでは、即ち病院に来て下さった方を勧誘する『お、君良い体格してるじゃないかとか言い出すお医者様作戦』です。クソみたいな作戦名だなおい!

 

 ホモ君は、今や達人としてだけではなく、お医者様としての名声も高まりに高まった状態であります。いやぁ地道に頑張って来た甲斐がありまして、梁山泊に払うだけの貯金と名声も、しっかりと高まっておりますよ。いやぁ、デトロイト生まれでクソみたいな状態だったホモ君からよくぞここまで……

 

 そんなホモ君は、どんな病院に行っても、しばらくそこで働くだけでネームドキャラが寄ってくることも無くは無いのでございます。天才医師を崇めよ。

 

『では、此方の病院に勤務しますか?』

 

 という事で、荒涼高校周辺にて適当な病院を見繕ってそちらでお手伝いをしましょう。もしかすれば、結構なネームドキャラとかが釣れるかもしれません。というか釣れるまではこうして働き続けます(覚悟完了) そうじゃないと日本に滞在している意味がない。

 

 因みに今の時期で言うと、将来の八拳豪たるスレンダーヴァルキリー、キサラちゃんが配下としている、クソガキ系蹴り使い古賀、ゴツ系柔道家宇喜多、天然系ボクサー武田の技の三人衆なんかがお買い得ですねぇ! あ、やっぱり古賀君はちょっと……

 という事で、しばしお仕事。時々ケンイチ君にやられてしまった哀れな犠牲者達が運び込まれていますが、誰も彼もまぁネームドではない一般患者さん。やっぱりそう簡単には来ませんか。あ、古川君来た……お薬出しておきますねー(スルー)

 

 という事でネームドキャラを探しつつ、現状の紹介。

ホモ君とハルティニちゃんは、谷本君のお家を拠点にしております。えっ? ホテルとかじゃないのかって? いや、谷本君との関係もいつの間にやらそれなりになっていたのでそれを頼って国内での滞在費を浮かせています。

一方、しっかりとお金を積んだ甲斐もあってメナング君は無事梁山泊に入り込むことに成功しております。ケンイチ君の強化につながるか、と言えばまぁその辺りは運しだいですが、しかし梁山泊のメナング君からくる情報は文字通り値千金。

 

『香坂殿が、またも刀狩りの旅に出かけられたようです』

 

 こういう情報を頼りに動くと、お医者としての仕事に恵まれたりするんですよねぇ。やっぱりこのゲームでの斥候役はマジで重要だわ……はーいボーナス入りまーす。

 とかやってたら、おっと次の患者さんかなぁ? そろそろ大当たりでも来て欲しいんですけれども。因みに技の三人衆だけではなく、八拳豪入り寸前で成果を稼ぐために大暴れしてるキサラちゃんとかも、稀にですけれども治療に来てくれるので、そちらがSSRになりますね。さて……

 

『つつ、白浜の奴……何つう脚力してやがる……!』

 

 っしゃあああああああっ!!! SR確定! 大当たりキタコレ! このガタイの良さとサングラス、そして金髪は……間違いありません、後の新白連合の良心の一角、そして今はラグナレクの技の三人衆の一人、投げの宇喜多! 新白連合においての初期メンバー!

 

 さて、これでお手伝いもいったんお終い――という事で、勧誘をするこの宇喜多君ですが、実は彼の実力は上澄みも上澄みレベルの奴らと違って、ちょっと一歩劣るレベルではあります。しかし、彼の強みは別にあり。

 

 作品キャラクターの中で、恐らくケンイチ君に次いで精神系青得を多く積んでいる弟子クラスのキャラクターが、宇喜多君です。原作に於いての不屈っぷりを考えれば、全くもって不思議ではないと思います。

そして、闇の弟子集団、YOMIの一人であるロリっ子柔術家、櫛灘千影ちゃんと確かな絆を結んでいるコミュ強者でもあります。

 そんなコミュ力を生かし、殆どのイベントに関係してくれる、しかも一部のレアイベントにも関連してくれる、他との繋がりという一点において、実は技の三人衆の中ではぶっちぎりの大当たりも大当たりのキャラクター。

 

 

 このように、武術には関係ない部分で強いキャラクター……新島総督だったりがそうですが、宇喜多もその一人ではあります。まぁ原作でも心の強さや、捨て駒を進んで引き受ける男気なんかで結構印象の強いキャラクターなんで、その扱いも納得ではありますが。

 

『わりぃ先生……って、もう全然痛くねぇ!? すげーな!』

 

 ふははははは、そんな超レアキャラ、逃がす訳が無いでしょう。医療技術を極めた者のみが聞ける治療への驚愕セリフ……! こういう戦闘とは関係ない技能であっても、こうして極めれば好感度をちゃんと上げる感じに持っていけるのが強みなんですよ。丁寧で適切な処置は患者から好感度高いのが基本ですよ。お分かり?

 

 そして適切な処置をすれば……?

 

『アンタなら信頼できそうだな……な、これから暫く俺の治療頼めねぇかな』

 

 はい『かかりつけ医』確定しました~。

 ここからちょっとずつ距離を縮めて、彼を起点に物語への介入を成し遂げてまいる事に致しましょう。アライメントが寄らない程度にですけれども。

 始まりはかかりつけ医でも、そこから師匠ポジションに収まる事だって不可能ではありません。アライメントは師匠から弟子、に影響はあっても、弟子から師匠に影響がある事はそんなにないので、別に何の障害もありませんし。一度この人生を送っちまったんだ、もう戻れねぇのさボーイ……目の前の男子はボーイとは呼べないガタイしてますけど。

 

 さて、宇喜多君が来た=技の三人衆が沈んだ、という事なので、物語もいよいよ、ケンイチ君とラグナレクとの全面抗争に相成ってくる頃合いでしょう。新白連合という組織の形を新島総督が形作っていく時期に入り、そしてケンイチ君の特訓がいよいよ人外の領域に入っていく頃合いでもあります。

 

 メナング君が一緒にいる事で、少しでも修行の進行が良くなっていて来ると宜しいのですけれども。

 梁山泊、または闇に『協力者』として送り込んだキャラクターは、基本的にその組織の情報を持って来たり、所属しているその組織にとって良い効果を生んだりと、様々な効果を発揮します。

 その内の一つが、『弟子の成長』に関するボーナスです。一定値ではなく、上下に大きな開きがある上に、ずっと継続して乗るという訳でもありません。ですが、コレがあるのと無いと割と弟子の育成にて差が出てきたりする場合もございますので、結構重要な要素ではあるんですよ。

 

 まぁケンイチ君なんてなんぼ強くても構わないですからね。少しでもレベルを上げて、今からケンイチ君には強くなってもらいましょうと……いや、走者のガバで、万が一谷本君が強化されてたりした場合の保険なんですけどね(震え声) いや、もう手遅れかもしれないんですけど……

 

『――最近の町の様子はこんな感じですね』

 

 さて、そんな事を話している間にも、件の谷本君はどうやら例のイベントに参加している模様ですね。

『高架下で不良同士の大きな抗争があったようです』というこの報告。原作におけるキサラちゃんの八拳豪入りイベント。この時期で弟子クラス、なおかつラグナレク所属の不良で、八拳豪レベルまで鍛えているとこのイベントに誘われるのですが、まぁそこに辿り着くまでが鬼畜難易度で笑いますよホント。そんな鬼畜難易度は兎も角として。

 

『今日はどうやら怪我をした人たちが多いみたいですよ』

 

 このイベントは私にとっては文字通り天の恵み。

倒れた不良は我々の病院にやってくる。そして治療すれば多くの金も手に入る……くはははははっ! いいなぁおい、やっぱ原作の町は最高だわ、患者が向こうからやってくる上に、治療して出ていって、再び負傷して戻ってくる! 永久ループ! 俺は病院で仕事をしているだけでぼろ儲け出来るわけだぁ……!

 

 ……まぁそんなフィクサーみたいな真似はしませんけど。ちゃんと武人として『久遠の落日』を阻止しますよ~するする。

 とはいえ、実際宇喜多君が新白連合に所属する辺りの時期までは、マジでやる事もクソも無いので、少年たちの治療に徹しますけれども。

 

『――先生。俺、また柔道を始めたいんだけど、今度はもっとちゃんと柔道に打ち込みたくてさ。なんか、良い体の作り方とか知らねぇか?』

 

 とか言ってたらそんな悩める柔道少年、宇喜多君からご相談。あ、もう脱退リンチは終わってます。治療も完璧なんで問題Nothing!! ホモ君がほぼ一切関われないイベントはキャンセルだ(冷徹)

 それは兎も角。関係性がお師匠だったりかかりつけの先生だったりするとこういうご質問が飛んできます。因みに師匠だと『もっといい修行方法知らないか?』って感じの質問になります。細かいですね、仕様。

 

 当然ながらこれにはちゃんと誠意をもって回答しておきましょう。この質問はある程度好感度が上がって来た証でもあるので。この質問にちゃんと答えてあげるかどうかでこの先が決まります。

 

『成程……参考にして見るぜ』

 

 参考になった模様でよかった……因みに選択肢は『医師として的確なアドバイスを送る』を選んでおきました。すっげえ曖昧な回答だな!

 

『またなんか聞きたくなったら来るわ。あ、ケガの治療も宜しくな!』

 

 良し、これで宇喜多君とのユウジョウ!が繋がれました。このグラサンマッチョボーイが居れば、新白連合関連のイベントはほぼ取り逃さないと言ってもいいでしょう。取り敢えず日本に来た目的のうち一つ、達成!!!

 

 さて、ちょっとここらで国内の情勢の確認でもしてみましょうか。自力で確保している情報屋以外にも、ちゃんとお金を払う事で情報を売ってくれる人も居るので、今回はそちらを頼ります。ハルティニちゃんは斥候としてはまだまだですし、メナング君はちょっと派遣に行ってもらってますので。

 ここで確認するべきは、達人の動向。

原作において、初めて梁山泊以外の達人として登場する我らが槍月師父は、時期的にそろそろ日本に乗り込んでいるころだと思われるので。別に馬師父との対決イベントに乱入するつもり等はございませんが、そう言うのは確認しておくに越した事はありませんし。

 

 ……んっ?

 達人のリストに……メスガキちゃんの名前が……? アレ、彼女日本に来てるんですねぇ。一応、ホモ君のライバルではある彼女は、もう実況で最後にバトルした時から、裏でも何度か交戦を繰り返しています。

その度にどんどん強くなっていって、ライバルとして全く遜色ないどころか、ちょっと油断したら蹴り殺されそうなくらいに仕上がっております。

 

 いやー、この日本での原作地盤固めの時期に衝突するのも、ちょっとアレなのですけれども……出来るだけトラブルは避けたいところですねぇ。

 




ちょくちょく感想で宇喜多君の名前が出ていた時はガクブルでした(白状)


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第二回・裏:医者には見えない人

 ……柔道家に戻る。

 

 言うは易しだが、ただただ喧嘩に明け暮れてただけの俺がそう簡単に柔道家に戻れるかっていやぁ、そんな訳がねぇ。

 

 そんな事はラグナレクを抜ける前から分かってた……それでも脱退リンチ覚悟であそこから抜けようと思ったのは。

不良仲間の武田の奴の、お陰だ。

 

『サンキュー。投げの宇喜多!!』

 

 根っからのスポーツマン。敵として別れた俺にも礼を言いやがる、結局一度挫折したくらいじゃ捻じ曲がりゃあしなかった、そんなスポーツマンシップを見て。俺も奴の様にと、思った。思っちまった。

 羨ましくなったんだ。正直に言えば。

 だからまぁ、最近は柔道部に入ったりもしたし、練習も繰り返しちゃいるが……

 

「ダメなんだ……こんなんじゃあ」

 

 分かってる。今の俺は、柔道をやってた頃の俺に『戻った』だけだ。

 柔の道ってのをしゃらくせぇ、と思って逃げ出し、力業に頼って不良をぶん投げていい気になってた俺だ。心も技も、柔道をキッチリ学び直すには足りねぇ。寧ろ退化しちまったかもしれねぇ、そう言う部分は。

 

 これから柔道を続けるには……俺ももっと、心から変わらなきゃいけねぇ。だがそれは一朝一夕で出来るような事じゃない。

 じゃあせめて体だけでも、と思ったんだ。

 

『――良いか。健全な魂は、健全な肉体に宿る。健康を維持する事は人間の基本にして奥義。若い君だからこそ、そこを意識して欲しい』

 

 ある人から言われた言葉を思い出して。だったらキッチリと体を作れば、心も技もついてくるか――そう思っただけで、別に深い考えなんざありゃあしねぇ。本当にそうなる保証なんてない。無いが。それでも、何かやらねぇと、って思ったから。

 

「……やっぱ、聞くしかねぇか」

 

 

 

 

 

 

「――体を作る方法に関しては、こんな所か。食事、運動法、気軽に出来る物、効果の大きい物、全てピックアップしたが……質問はあるか?」

「い、いやねぇっす……あ、ありがとう、先生」

 

 そう思ったのを若干後悔し始めてる。うん。

 ホワイトボード――三枚分に書かれた『健康法』やら『体を作る食事』やらのオンパレード。見てるだけでもくらくら……はして来ない。俺みたいな馬鹿でも分かりやすいように書かれている。

 だが量が多い。多すぎる。馬鹿じゃねぇのか。この先生は頭のネジがどっか外れてるんじゃねぇだろうか。

 

 とはいえ、無下には出来ないどころかめっちゃ参考にはなるので目を逸らす事も出来ねぇと来る。こういう所はやっぱ、相談して良かったとは思う。

 

「それを全てピックアップしたものがそちらだ」

「えっ」

「……」

「今さっき、ある程度纏めてプリントアウトした。ハルティニ」

「はい先生……どうぞ」

 

 ……とはいえ、謎にこのハルティニ、っていう明らかに日本人じゃねぇ褐色の小さい子を助手としてるのも合わせて、ちょっと個性的過ぎるとも思うが。

 

 だって初めて見た時、誰が、俺の目の前に居るスキンヘッドヤクザフェイスゴリマッチョマン(俺よりも全然デケェ)を医者だと思うかって話で。どう贔屓目に見ても『悪役レスラー』か『筋者』のどっちかだろうと普通思う。

 そんな第一印象は欠片程もあてにならんかったが。目の前で証明されている通り、バリバリの頭脳派の医者だ。このホーク先生は。

 

 俺がしばらく前、白浜と喧嘩した時に診てもらった先生なんだが。まぁ化け物みたいに腕がいい。

 手際も良けりゃあ施術も上手い。どう上手いのかは素人の俺にはサッパリだが、少なくとも割と最近に負ったケガでも、この人にかかればものの数分くらいで痛みが気にならなくなるし、一週間なんざかからずにあっという間に完治だ。

それに患者がどれだけ態度が悪くても文句も言わねぇらしいし、患者の言う通りの治療方針で基本治しちまうってんで『名医』ってもっぱらの評判の人だ。

 

「お、ありがとなハルティニちゃん……うっわスゲェ、めっちゃ読みやすい」

「テンプレートに当てはめているだけだ、大したものじゃない」

「そ、そうなんすか」

「兎も角、体を作りたいなら日々の生活からだ。指導が欲しければ俺がするが?」

「いやそれはいらねぇ」

 

 ……俺から見ると、正直医者っていうか、『モンスター』にしか見えねえんだが。だって身長なんか俺よりも頭一つくらいデカいし。肩幅も……下手すると俺よりも太いし。医者にしちゃパワー味が強すぎる。

 

 まぁその腕はスゲェのは流石に分かってるけど。

白浜にやられたケガも、脱退リンチの傷も、マジであっという間に治してもらったし。ケガが治った後の事だって指導してもらった訳で。

でもそれよりも俺としてはその鋼みたいな肉体の方が気になる訳で。

 

「ふむ……しかしなぜ急に体を作る為のコツなんてのを聞きに来たんだ。君の肉体はそれ相応に頑丈で、しっかりとしたものだと思うがね」

「……別に」

()()()()()()()()()()のだろう? 無駄な筋肉は寧ろ技の邪魔になるのでは?」

 

 それはそうだ。だけど……俺はそこまで頭良くないから。自分の出来ることからやっていくしかないんだ。だから、先生のこのアドバイスで少しでも、少しでも体を作り上げることが出来る……なら……?

 

「……えっ? 柔道やってるって言ってないよな? 俺」

「君の体つきと筋肉を見ればわかる」

「はっ、えっ? あ~……?」

 

 ちょっと待て。

 体つきだけならプロレスラーでも全然可笑しくないし、筋肉ってなんだ?

 

「武術家、というのはそれぞれ『特有』の筋肉の発達をする。至極当然と言えば当然なのだが、武術というのはそれぞれ別の理屈、別の理で成り立っているからな」

「あ、えーと……」

「更に流派一つとっても、腕と足の筋肉の発達具合の割合が全然違ったり、というデータもあるが……君の場合は、下半身の発達具合が、分かりやすく柔道家のそれだ」

 

 そりゃあ、まぁ。相手を投げるとき、柔道家がどっちを意識するかって言えば、上半身よりも下半身だ。

 相手を支え、そしてしっかりと体勢を保つ下半身は、いわば投げる時の土台。どれだけ引き手を意識しようと、そこがなってなきゃキッチリ投げられりゃしないのは、確かなんだけど……

 

「そ、それを見ただけで……?」

「難しくはないさ。それで、どうするのかね。体を作るのであれば、柔道を意識したものにした方が良いとは思うが。君は最近、鍛錬をサボり気味だと思われるから、余計にね」

「……」

 

 やべぇ。

 何がヤベェって、俺はこの人に足を詳しく見せた事なんかねぇ。本当に服の袖を捲ったりしてケガの辺り見せただけで。

 本当に足の具合を確認するなら、服なんざ邪魔になるだろうし。ぶっちゃけ、足の形が出るような服じゃねぇ。着てるのは。

 

 そんな状態で、二回くらい診察されただけだってのに……しかも今からなんで俺が体を作ろうとしているのかまで、当然みたく看破された。それに柔道の鍛錬自体をサボってる事まで。俺が言ったのは、体を作るためにどうすりゃいいかだ。それしか聞いていないのに。

 

「な、何者なんだよ、アンタ」

「何処にでもいる医に携わる者の一人だ」

 

 要するにただの医者、ってか? 冗談じゃない、そんな言葉が信じられる訳がない。今までも違和感でしかなかったゴリゴリマッチョの筋肉が、今、俺の目の前で完全に『危険物』に変化してしまった。

 絶対見せ筋なんかじゃねぇ。間違いなく、俺の首を軽くひねって千切れるレベルに中身の詰まった凶器だ、アレは。

 

 それを思えば……目の前の先生は文字通り、物語に出てくるオークみたいなバケモンだという事になる。体が一瞬ブルっちまうのを止められなかったのは、別に俺がビビりだからではないと思う。

 

「患者の希望に寄り添うのが医者の仕事だ。君が望むのであれば、そう言った方向のアドバイスも、出来ない事も無い」

「えっ!?」

「俺の知り合いには武術家も多くてな……そう言った経験が、君の事を見抜くのに一役買った。その過程で、武術にも詳しくなって、それ用のやり方も独自に研究している」

「ま、マジかよ……」

 

 ……けど。

 

「どうだね?」

「そんなの――決まってんだろ。聞かせてくれよ」

 

 危険に見えるからこそ、そんなバケモノに思えるからこそ、震える位にとんでもない相手だからこそ。説得力が出る。この人が、俺の事をあっさりと見抜いたっていう言葉に『重み』が、『迫力』が、何より『凄み』が出る。

 そんな人が言う事なら、聞いてみたくもなるってもんだ。

 

 俺は別に柔道家に戻る事に、そこまでの覚悟持ってたわけじゃねぇ。けど……だからって目の前に強くなるチャンスが転がって来てるのを見逃す程、寝ぼけても居ねぇ。

俺がラグナレクに入ったのは、もっと気軽に暴れたかったっていうのもあるが、それ以上に『強くなりたかったから』だ。

 

「正直に言うさ……先生。俺、また柔道を始めたいんだけど、今度はもっとちゃんと柔道に打ち込みたくてさ。なんか、良い体の作り方とか知らねぇか?」

 

 目の前の謎の医者の言葉を、ただの戯言だと流せる訳もねぇ。ちょっち怖いが、虎穴に入らずんば……えっと……なんとやら、だ。

 

「――承知した。それでは()()()()()()()()()だな。ちょっと待っていたまえ」

「へへっ」

 

 ラグナレクを抜けて。行き詰った時は、昔の先生を訪ねてみるのも悪くねぇと思ってたが。それ以上に成長できるかもしれないチャンスが、目の前に転がって来たのかもしれない。

 ラグナレクの八拳豪も、白浜も……武田の奴も。追い抜かせるかもしれない最高の機会だ。久しぶりに、男としての熱いものが疼きやがる。

 

「よろしく頼むぜ、『先生』!」

「……あぁ。患者の事は、責任をもって面倒を見る。それが医者の仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 ……なお、そこから書き出された先生の『おすすめ』は、前に書かれたホワイトボードの量なんざあっさりとぶち抜く程にたっっっぷりと書かれていて。それを全部メモするのを速攻諦めて――

 

「これが改めてプリントアウトしてまとめた書類だ。先ずこれに従って運動や食事をやってみるといい」

「こちらです」

「お、おう……分厚っ……」

 

 マジでちょっとした冊子の域超えてるそれを見ながら、若干途方に暮れかけたのだけはここで言わせてもらいたい。

 




目の前のゴリマッチョに武術やってるのと経歴を見抜かれるという恐怖。


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第二回・裏:降ってくる『不審者』

「――オーディン、もう一度確認したいんだが……拳聖様は本当にここら辺にはいないんだな?」

 

 飛んでくるクレー射撃用の円盤の最後を叩き落としてから――改めて、後ろの男に向き直る。虫の目の様に細かい網状になったゴーグルの奥からこちらを見つめる瞳は……明らかに『懐疑心』に彩られていた。

 一つ溜息をついてから……顔のメガネを、くぃ、と整え直し、一体何度目になるかも分からない『同じ答え』を彼に投げつける。

 

「はぁ……しつこいぞロキ。私が何故嘘をつかなければならない。そもそも、私はあの方が正確には何処にいるのかすら知らない。日本にいる事と、ここら辺には来ていないのだけは、確かだと思うが」

「本当だろうな?」

「しつこい。貴様、言われても分からない程頭が悪い訳ではないだろうに」

「……すまねぇ。いや、にしたって確認したかったんだ」

 

 ここ最近、自分と同じ『ラグナレク』幹部の一人であるロキから話しかけられるときは、ほぼこの質問からだった。

 

『拳聖様がこの辺りに出張って来ていないか』

 

 オーディンからすれば、『否』以外の答えを出す必要のない問い。

 

 そもそも、ラグナレクというのは外見上不良チームだが、その実……というか、実質的なラグナレクの『メンバー』である八拳豪にとっては『自分の腕を磨く為の寄り合い』である。

 拳聖に教えを乞うか。自分で腕を磨く為の場所を作り出すか。在野にて只管に腕を磨くか……いずれにせよ、ラグナレクという場所は、力を磨きたいという分かりやすい目的の為にはちょうど良い場所だ。

 

 逆に言えば、この組織は、ラグナレク八拳豪の為の『遊び場』の域を出ておらず……かの達人が態々一々出向いて、教えを授けてくださるような場所ではない――直接の弟子を除いた、自分以外は、だが。

 

 なので、彼、オーディンはただ返す。

 拳聖様はこんな所には来ない、と。

 

「……納得できねぇんだよなぁ」

「何がだ。というか、何度も何度も、なんでそんな質問を繰り返す。いい加減理由を教えてもいいんじゃないか? 『戦う参謀』」

「あー……」

 

 しかし、だ。

 それだけ明瞭で、分かりやすい答えをしっかりと口にしているにもかかわらず。目の前の男、八拳豪の一人、第四拳豪のロキは、どうにも疑問符を消そうとしない。

 

「なんだ。話せない理由でもあるのか?」

「いや、話せないっていうか……あんまりにも馬鹿らしいというか、信じられないというか……話しても……笑われる、っつーか」

「笑われる?」

 

 しかし……その次に、目の前のロキ以上の疑問符を頭に浮かべる事になったのは、オーディン当人の方だった。

 

 あの自由奔放、傲岸不遜を絵に描いたような『戦う参謀』が。自分に笑われる、という事を気にして自分に話さない? というか、若干口ごもっている姿も、なんだか気持ちが悪い。こういう時は飄々と流すのがこの男のスタイルの筈だ。

 

 だというのに。もしやこの男、ロキお得意の影武者か。そう思ったがしかし……その足取りも、鍛えられた体も、本人であることを疑いようはない。

 

「……どういうことだい」

「いや……オーディン」

「うん」

「お前、ある日突然空から巨人が降って来て攫われたって言われて……信じるか?」

「………………………………………………………???」

 

 ものっすごい時間をかけて、ゆっっっくりと、オーディンは首を捻った。メガネがずり落ちそうな角度になるまで、ぐりぃっ、と捻った。

 その時ばかりは、人間の筈のオーディンもフクロウみたいになっていたかもしれない。若干ロキがヒいた顔をしていたのが気に入らなかったが、取り敢えずは置いておく。

 

 というか置いておかざるを得ない。

 それくらいには、色んなモノを置き去りにした突飛すぎる発言だった。

 

「……えっと、だ。ロキ、君……その」

「なんだよ」

「疲れているのかい?」

「そんな訳があるかぁ!? 寧ろそうだったらよかったってんだよ!!!」

 

 怒られてしまった。とんでもない剣幕に思わずちょっとしゅんとしてしまったが……直ぐに持ち直す。

 どうやらゴーグルのすぐ上あたり、額に浮いている青筋がビクビク明らかに動いている辺りを見るに、至極正気で本気の話、らしい。

 

 いくらロキが悪戯好きで、相手を揶揄う様な事を言うにしたって……こんな余りにも荒唐無稽でナンセンスな嘘を吐く理由があるかと考えても、嘘は言っていないのは間違いない、と思うのだが……

 

「なんだい、空から降ってくる巨人って」

「俺だってわからねぇけど……だからお前に聞いたんだよオーディン」

「いや、何が『だから』なんだい?」

「拳聖様だったら空から降って来て、若い奴を攫ってどっかへ跳び去って行くくらいは余裕じゃないかなと」

「君は拳聖様をなんだと思っているんだ」

 

 いくらあの人が、武術に関して『狂気的』なまでに真摯だとしても、だ。本当に『気が狂ったような』振る舞いをするような人ではない、一応理性的な人ではあるのだ。

 

「そうか……やっぱ違うか」

「やっぱ違うか、じゃない。初めから拳聖様とは別人だと思ってくれ、頼むから。というかそんな山姥みたいな人だったら君だって教えを乞いたくないだろう」

「いや、人外染みてるからこそ惹かれるって言うのもあるかもしれねぇし……」

「だから君は拳聖様をなんだと思っているんだ」

 

 人外染みた部分に惹かれる、というのは否定しかねる。しかねるのだが……しかしながらだからと言ってロキの言っているニュアンスと自分の想像している事とは大分大きな乖離がある気がする。

 というか……

 

「君がそこまで攫われた事に驚くというか、固執するって事は……攫われたというのはもしかしなくても……ラグナレクの?」

「兵隊だ」

「一大事じゃないか!!!!」

「一大事だからお前に確認してんだろうが!!!! 一大事じゃなかったらこんなお前に必死に訴えたりするかボケナス!!!」

「ボケッ!?」

 

 めちゃくちゃ顔面を寄せられた。

 なんだかいつも以上にロキの『圧』が強い。物凄い。なんというか……必死だ。ゴーグルの奥の目が血走って真っ赤になってしまっている気がする。

 何時もだったら威圧して黙らせるくらいは難しくも無いのだが、しかし今のロキにはなんだか……勝てる気がしない。実力とかそう言うのも全然関係なく。

 

「良いか!? このまま『ラグナレクに所属してたらバケモノみたいな人さらいの標的になる』なんぞという噂でも立ってみろ! 満足に兵隊の補充も出来なくなるぞ!」

「そ、そんなおとぎ話に怯える子供じゃあるまいし」

「これはおとぎ話じゃなくて現実なんだよ!! 現実に!! もう!! 被害が出てるんだから!! だれだってビビッて近寄らなくなるわ!!」

 

 ……まぁ、そのとんでもない迫力に圧されている云々に関しては取り敢えず置いておくとして。実際、ロキの言う事は実に正しい。

 

 現実に、ラグナレクに所属したがる兵隊というのは、自分の暴力をひけらかしたいチンピラが殆ど。

 第六拳豪の様な『求道者』も、第七拳豪、第五拳豪の様な『夢』や『熱』を持った若者も、第三拳豪、第八拳豪の様な『女傑』も、第二拳豪の様な『天才』も、そんなにいる訳がないし、光るモノを持った兵隊も居ない、という事はないが、当然ながら数は少ない。

 

 もしこの噂が実体験と共に広まろうものなら、臆病風に吹かれて逃げ出す者も当然出てくるだろう。別に弱兵が多少消えようと、基本は問題は無いが……全員消えてしまったとなると話は変わってくるのである。

 

「――ロキ、では君の出番だ。今回ばかりは『自由な行動』を許す」

「……ほう?」

「兵隊も幾らでもつぎ込んでいい……なんとしてもその『バケモノ』の正体を探り出すんだ。対策できるようならしていい。手に余るようなら、正直、気は乗らないが……拳聖様に相談する」

 

 故に、組織の長として、オーディンは即刻決断した。

 この一件は、本当にラグナレク崩壊を招きかねない。あらゆる一手を使って、解決に動く。自分にとっても、ラグナレクという組織はまだ必要なのである。

 

「へっ、アンタが決断の出来るリーダーで助かったよ。んじゃあ、『ハーミット(第六拳豪)』を借りていくぜ。構わねぇな?」

「『ハーミット』を?」

「あぁ。本当なら新入りの『バルキリー(第八拳豪)』にしたい所だが、アイツは『フレイヤ(第三拳豪)』が目を付けてて、まぁちょっかいが出せねぇ。他の奴はアクが強すぎてこういう調査とかには向かねぇ……消去法だよ」

「成程。分かった、許可する。第六拳豪、そして第四拳豪の合同調査だ。兵隊も大々的に動かせるだろう」

 

 その言葉を聞いて。

 にやり、と笑ったロキが、足早に自分の使っている部屋を出ていくのを見て、オーディンは一つ溜息を吐きながら……少しボロいソファに、少し乱暴に腰を下ろした。

 

 正直な話。ロキには、アクどころか、『含む所』すらあるだろうとは思ったが。しかし敢えて言わない。こういう情報収集、そして裏の手回しや、組織の運用に関してはロキの方が上なのだ。こういう所を買って、第四拳豪として据えているのだから。

 

 此度の一件の裏で、更に何かしら暗躍する事も考えられたが……しかしそれを差し引いたとしてもロキに調べさせるのが急務だと判断したのは、万が一、その『化け物』というのが『マスタークラス』に比肩する実力者だった場合だ。

 

「……万が一、拳豪達まで被害にあってからでは遅い」

 

 一定の『ライン』を越えた達人の中には、自分の武術を伝承する為の『素材』を求めて人を当たり前の様に攫う者とて居るという。まぁ誰が攫われようと別に構わないが、自分がまとめるチームの幹部となれば、それは流石に見過ごせない。

 

「……そうなった場合、最悪、拳聖様に出張って欲しいが……本当に、全く今どこにいるのやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ先生」

「なんだね」

「アンタ、最近『喧嘩帰りでケガした不良』とか無理矢理病院に連れ込んで治療したりしたか?」

「前に言った通り、『回診』はしている。特に最近は『治療も禄にせず町を歩く少年達』をよく見かけるからな。取り敢えず治療を施してから解放しているが……」

「……ロキには黙っとくか」

「どうしたのかね?」

「いや、なんでもねぇ。まぁアイツに義理もねぇし……ま、野生動物にでも噛まれたと思って諦めてもらうか」

「なんだ、患者の話か」

「ちげーよ」

 




拳聖様に対する熱すぎる風評被害。


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第二回・裏:日本上陸するメスガキ

「――それでェ? 間違いなくゥ日本に居るのねェ? ()()()はァ」

『えぇ。間違いないですよ『ジャック』サマ……んで『神聖ラグナレク』に集める用の人材とかは……』

「えェ。ちゃんとォ、融通してあげるからァ……安心なさァい、『ラスカル(いたずら小僧)』」

『いやぁ、裏の世界でも伝説みたいなアンタと接触できたのは、本当にラッキーでしたわぁ……これからもWIN-WINの関係でお願いしますよ』

「それはアナタ次第ねェ。それじゃァ」

『へっへっへっへっ……そいじゃまぁ、失礼!』

 

 ピッ、と電話を切り……空中へ投げ捨て、そのまま粉々に蹴り砕く。

下手に隠すよりもこうして証拠を残さないのが一番、彼女にとっては楽だ。殺しに関しては小器用だし、世渡りもそこそこ出来る方だと彼女は自負しているが……別に表の世界で自分を取り繕う必要は無いと思っている。

 

 というか、そんな事をして自分の美貌がくすんではいけない。基本的に若くある秘訣はとある邪神に教わった若さの秘訣と、我慢しない部分では徹底的に我慢しないで好きにやる事である。ストレスが一番若さには良くない。

 とはいえ、その点に関して言えばあのコードネーム『ロキ』を使っているのは正直、ストレスの元になりかねない、と思う。

 

 今は、彼の情報網は結構便利ではある。正直な話、普通のハイスクール・ボーイが出来る範囲の諜報能力ではない。将来其方方向で鍛えたならば、『闇』の情報すら抜いてくるのではないだろうか。

 

「あとォ、ナマイキなのもォ……ちょっとねぇ」

 

 明らかに此方に媚びている様に……見せて、此方を傘として更にやらかす気しかしない。神聖ラグナレクとかいう組織を作り上げて反旗を翻す時に、自分の名を使う腹積もりなのかもしれない。

 言わなくてもいい組織の名前を態々口にして私に伝えているのは……なし崩しに私を関係者にしようという意図も混ざっているのだろう。子供だというのに全くもって可愛くない、寧ろ性格が悪い。

 

「疲れるのよねェ……ああいう子ォってェ」

 

 相手にしたくない手合い、NO,1まである。

 正直に言えば。あんまり長い事粘着されても困るし、さっさと離れて欲しいというのが本音だ。余計な事をされたら、殺意すら湧くかもしれない。

 とはいえ。態々追いかけて殺す事はしない。プロとしての美学に反するし、そもそもそんな事を一々気にする方が、明快なストレスになる。

 

「……ま、何とかなるかしらァ。別にィ」

 

 という事で。ジャックは問題を丸投げした。

 もう面倒だ、最悪面倒に巻き込まれても全部ひき肉にすれば何とかなる。

 

 達人というのは、割と自分が強すぎるせいなのか、大雑把な者も多い。きちんと頭を使う者も当然いるが……しかし、ジャックは何方かと言えば、大雑把な方であった。そしてそれを自覚してもいるので、考えても無駄だと判断するのは早かった。

 

「さァーて。買い物も済ませたしィ……どうしましょうかねェ」

 

 そもそもそんな事を考える為に、態々日本に来たわけではない。当面の『外敵』であるオガタが日本で『弟子育成プログラム』を行っているというのを聞いて、そこでなら奴を見つけることが出来るかもしれない、という私用……そして、それはそれとして、観光の為にも。

 

 オガタの方は雇ったスパイで、出来る限り探らせるとして。久しぶりに平和な日本を堪能するのも良いだろう。もしかすれば……あの時の様に、運命の出会いが、待っているかもしれないし。

 

「あの子ォ以上に痺れる事なんてェ……無いと思うゥんだけどォ」

 

 とはいえ、そういう自分の『運命』は向こうから歩いてくる訳がない。自分から歩いて見つけに行かねば。ジャックは、そういう所は変に生真面目で、ロマンを感じるタイプの女だった。

 

 とはいえ。

 一体何処をぶらついたものか……と、屋根を蹴っ飛ばして、空を駆けながら思う。今回は特に、狙った化粧品がある訳でも無く、アクセサリがある訳でも無く。本当にただ観光に来ただけで……

 

「……KYOTOでェGEISYAにでもォ、会いましょうかァ?」

 

 最速でペースを考えず飛ばせば、ギリギリ日帰り……も、行けなくはない。まぁ疲れ切った自分に日本の伝統文化を楽しむ余裕があるとは思えないが。まぁ比較的体力を使わない方の伝統文化だからセーフか、等と思いながら、もう一度思い切り空へと跳びあがろうとした――

 

 その時だった。

 

「――ん?」

 

 ふと、肌に何か……ヒリつくような感覚を覚えた。

 

「……ふゥん? あの時ィみたいなァ出会い……あるものねェ?」

 

彼女の優れた感覚。武術家としてとしての勘にも等しい何かが感じる、間違えようのない程に濃厚で新鮮な――『武』の気配。風を切る拳、深い深い息吹の音、そしてビンビンと感じる殺意……ではなく、澄み切った闘気。

 これは『血』の臭いのしない、極上の『活人拳』の気配ではないか。

 

「良いわよォっ! 目的地変更ォッ!」

 

ぎゅりぃいいっ、と自分の乗っていた屋根にくっきりとヒールの踵の跡が残る程の急ターン。それと共に、気配の感じる方向へと鼻先を向け、ゆっくりと屈みこみ。いつも通りの全力跳躍の準備を整えて――

 

「――っと、そこまでね」

 

 しかし、その一歩を踏み出す直前で、突如として目の前に立ち塞がって来た影に、出鼻をくじかれた。

 幾ら此方から仕掛けるつもりで気を抜いていたにせよ。まるで気配を感じ取れなかった事に、目を見開く。相当に腕のいい、特A級の『静』の武術家である事は間違いない。

 

「……ちょっとォ、折角のお楽しみィ、邪魔しないでェおじさまァ?」

「そういう訳にもいかんね。お嬢さん」

 

 男だった。大柄ではない。小兵、ではある。中華風の服と、被った帽子の下から覗く瞳は、拍子抜けするほどに透き通っているが、しかし……感じ取る臭いは、股座が熱を帯びる程に強烈。今すぐに命のやり取りの一つでも始めたい所ではあるが。向こうにその気がない事は、何となく感じ取れてしまう。実に残念。

 

「『闇』とおいちゃん達は長年不可侵を結んでいる。そちらから仕掛けられたら迎撃するしかないね……ここは退いてもらいたい」

「――あらァ? 女人がお好みでェ、見境ない……ってお噂ァ、まさかガセだったかしらァ? 『あらゆる中国武術の達人』、馬 剣星ィ」

 

 知っているからこそ、それは余計に。

活人拳として、恐らく頂点に位置する達人の一角であろう男、馬 剣星。無数の中国拳法を手足の様に自由に使いこなす、鳳凰武侠連盟の最高責任者を目の前に、恐らくは舌なめずりだけで終わらせなければならない、というのは……

 

「おいちゃんとて、流石に闇人が達人の一角、『貫きジャック』こと、ジャック・ブリッジウェイを前にしては、ちょっとはシリアスにもなるね。馬家の秘奥義をお見舞いしたいのは山々だけども」

「ふゥん……私の事ォ、ご存じィ?」

「いやでも耳に入ってくる。先日も、同じ『闇』の一角すら食い破ったその凶悪さ加減は」

 

 まぁ無理矢理仕掛ければ何とでもなるだろうが……それこそ、彼が言った一件の時の様に、雑に挑発すれば『ノってくる』とは思えない。まぁ胸やら腿やらちらりと見せればもしやすれば釣れるかもしれないが……そんなやり方で戦うのは、些かと美学に反する。

 それに。足手まといが居ては、最大出力も発揮できまい。

 

「――貴方だけ、って訳でもなさそうねェ?」

「お節介焼きの弟子がね……おいちゃんも若いね、緊張した顔を見せてしまった」

「なるほどォ……オーライ、今日は一旦ゥ、お暇するわァ」

 

 ちらり、と視線を向けた先。そこに居る少年が『そう』だというのは余りにも分かりやすかった。鍛え方が違うし、そして何より……

 

「良い目、してるわねェ……強くなるわよォ、ああいう子はァ」

 

 折れない、目をしている。

 

「それが分かる貴女が、『闇』として生きている事に些かと寂しさを感じるね」

「――生き方なんてェ、人それぞれよォ? 私はァ、命のやり取りの()()()を知っちゃったしィ。まぁでもォ貴方達のォ、あり方はァ……嫌いじゃないわァ」

 

 くるり、と背を向ける。その一瞬、明らかに自分の臀部に視線が向かったのを感じ取ったがしかし……軽く腰を振って、寧ろ挑発してみたりする。

 そこで明らかに『何か』熱い闘気……ではない何かが膨れ上がったのを感じ取ったがそれでも、飛び掛かってはこない。恐らくは、寸前で堪えたのだろう。

 達人が誰も彼も高潔な武人という訳でもない。寧ろ、結構『人間臭い』後ろの男はジャックの好みだった。どこぞのハゲとは真逆だ。

 

「今度はァ……我慢しないでェ、追いかけて来てねェ?」

「……」

 

 そう言い残し、ぴょんっと屋根を蹴って空へと跳ぶ。

 当面の『お楽しみ相手』確定で良いだろう。まだまだ『蒔いた種』が孵化するには時間がかかる……それまでの繋ぎ、にしては豪華すぎる相手だ。

 

「ん~っ、良いィ拾い物したわァ……!」

 

 思わずスキップしてしまう。アレだけの達人と血で血を洗う様な殺し合いが出来ると思うと、そりゃあ武人ならば誰だって楽しみにもなるだろう。たぶん自分だけかもしれないが、とも思うが。

 

 それに。

 思い出す。何処か平凡そうな馬 剣星の……否、『梁山泊』の弟子。

 明らかに単一の武術を習っている鍛え方ではない。何方かと言えば……あらゆる『蹴り』のエッセンスを取り込んでいる自分に近いものを感じた。

 そして馬 剣星と言えば、『闇』に相対する武術集団、『梁山泊』が豪傑の一人。恐らくはそこの達人たちが、彼に全てを注ぎ込んでいるのだろう。

 

「……あァ~イイッ!!」

 

 一歩、跳躍する度にその目を思い出して、ゾクゾクとする。

 ああいう目をした人間は、『育つ』。才能の云々など関係ない。

 

 自分の一番大嫌いな男にも似ているが……しかし、もっと純粋だ。というかあのハゲはもう気が狂っている。全然違う。

 

 将来のお楽しみがまた一つ増えた。

 

「良いわねェ~……弟子って言うのもォ……」

 

 自分は取った事が無いが、ちゃんと育てればあそこまで愉しみな逸材を育てられるとなると……魅力的に見えてくる。

 自分磨きは何処までもやるつもりではあるが、そのやり方を変える事も考えるような年だ。自分も。そう考えると……『師匠は弟子を育て、弟子は師匠を育てる』という昔ながらの教えを試してみるのも、悪くない。

 

 とはいえ、自分が誰かを育てられる人間ではない事は良く分かっている。多分生中な人材では、一週間でぶち壊しかねない。

 

「そこそこォ才能あってェ、流されやすくてェ、ちょっとくらい生意気だトォ、長持ちするのよねェ、経験上」

 

 しかし、とどっかしらの学校の屋上に着地しながら思う。そんな丁度いい人材、一体どこに居るものか、と。

 

闇にも『弟子』に出来るような人材を斡旋してもらうシステムはあるのだが……自分はゴリゴリの我流で、弟子に伝えられるような体系化された技を持っているか、と言えばちょっと微妙だ。そんな自分が『真っ当な』武術を学ぼうと煮え滾っている若い人材を引き取った所で。

 

「はーっ……今日ってェ運いいしィ、ついでにィ、ちょうどいいティーンとかァ、見つからないかしらァ」

 

 取り敢えず、学校の上から周りを見回してみる。若い奴らは居るのだが、しかしなかなかピンとくるような人材は……

 

「――あーもーっ! なんだよ! 全然おでこちゃん見つからないんだが~!?」

 

 ……視界に、ある『少年』の姿が止まる。

 

 ツンツンと逆立った短い髪。

 足を振り回して、児戯にも等しい蹴りで空をかき回しているが……しかし、どうやら足技を重視しているのは間違いないらしい。

 才能はそこそこ。そして我もそこそこ強いが、強者には流されやすいタイプと判断。

 周りに遠巻きにされている辺り……孤立している模様。

 

「というかキサラ様も無茶言うよなぁ……何処の女の子かも分からないのに探し出せってさぁ。っていうか、『蹴り』の古賀様のやる事じゃないよね、こんなジミ~な仕事さぁ。下っ端にやらせればいいってのに」

 

 地団太を踏んで口から飛び出す台詞は、実にチンピラじみていて……何処か『ホーム』の事を思い出す。まぁホームの『筋金入り』よりは甘ちゃんではあるが。それでも一つの武術を真面目に修めるタイプよりは、指導しやすいだろうか?

 

「――いるじゃなァい」

 

 

 

 

 

 

 結論として。

 ジャックは、生来初めて、自分より二十歳は軽く若い少年を、真昼間から誘拐する事となったのである。

 




なんでロキがあそこまで真剣だったのか……単純にラグナレクを思っての行動である訳ないよなぁ!?(震え声)


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原作編 第三回

 ラグナレクを見守る実況、はーじまーるよー。

 

 前回、ラグナレクの兵隊たちを治療する事で資金の荒稼ぎに入った所からの、続きとなります。メスガキちゃんが日本に現れたりもしていましたが、まぁその辺りは気にしていても仕方ありません。

 ……あとメスガキちゃんの情報欄に『弟子』が追加されているのは見なかった事にします。めっちゃ活動してるやん……畜生、アライメント管理とか考えないNPCの方がガンガン動いているの草も生えませんよ。

 

 取り敢えず、その辺りはこのプレイでは今更ですけれども……それよりも。

 

『馬 槍月が中華マフィアの護衛に就いたようです』

 

 おぉ、ハルティニちゃんご苦労様~……漸く槍月師父も、原作の辺りでやってたお仕事に就いた模様で。いやー、ワクワクしてきますね、原作の足音が聞こえてくると。

 そして、その原作イベントを進める為のラグナレクの兵隊達の治療でもあります。スイマセンそれは嘘ですただの金策です。

 

 まぁ兎も角、谷本君の初のケンイチ君との本格的な決闘イベントですよ!!!

 此度の実況において、かなりの重要な立ち位置を占めてくれている谷本君……これからの『闇』側との渡りになってくれる谷本君……なんか弟子でもないのに防御力が若干上昇している谷本君……!(想定外)

 

 ……えぇはいそういう事ですよね。

 そりゃあ、はい。原作キャラと関わり合いになるという事は、それに準じたイベントが待っているという事でもあり。

 

 谷本君の場合は、まぁバトルのイベントが多く、更に言えば戦えば戦う程にちゃんと強くなってくれるキャラクターです。しかしながら弟子関係ではないのです。

 彼自身、拳聖との繋がりがありながら本来の師匠は槍月師父という結構特殊なキャラではあるので、武術の薫陶をホモ君から得ていても別に不思議ではありません。『一なる継承者』染みた弟子がもう一人位いても誤差やろ誤差!(大嘘)

 

 ケンイチ君の所にメナング君を送り込んだのはもしや主にコレが原因なのかって? はい(正直)

 色々うだうだと言いましたが、結局の所ここの帳尻合わせをしようとしました(一敗寸前)

 

『――おい、ちょっと良いか』

 

 あ、来ましたね。

 

『槍月がどこ行ったか、聞いてないか?』

 

 という事で、ほったらかされてた谷本君が行動を起こす時間でございます。因みに放浪癖はバリバリ健在なので全く以てホモ君は居場所を把握してます(微笑) いやぁ、槍月師父の行方は把握していますよ、当然の如く――えぇ。はい。

 しかしながら答えはNOぉおおおっ!!

 

 君は白浜兼一君という生涯のライバルに出会うんだよォ!!

 

『……そうか、分かった。俺の方でも探してみるか』

 

 という事で、ここで『知らない』と答えますと、谷本君は暫く『ハーミット』としてケンイチ君を付け狙う事になります。原作イベントは出来るだけしっかりと回収していきましょうね~……というか原作イベント回収しないと『久遠の落日』が発生しないという。

 ここで原作イベント発生を逃すとマジで今までの努力が悲しい事になるので……いやまぁ無理矢理起こせない事も無いんですけど。そうなると一瞬でアライメントが『殺人拳』ガン寄りになるのでやりません(必死)

 

 いや、だってここから無理矢理起こすとなると『闇』に入り込んでフラグ管理しつつ徹底的に『久遠の落日』に向けて邁進する原作美雲ちんみたいな事しないといけないのでそりゃあもうアライメントも殺人拳まっしぐら。〇ラックジャックからドクター・〇リコみたいになっちまう……(震え声) 

 

 という事で、これでイベント発生の準備は整いました。因みに、このイベント発生させるためラグナレク側にそこそこの被害が必要なのですが、もし私が患者を治療し過ぎていると悲しい事に起きなくなります。

 まぁそうならない様に、定期的に向こうが数を減らしてくれるように、敵を送り込んでくるんですけど……今回の襲撃担当は『戦う参謀』ロキ君でした。

 

 ロキ君は、原作からして『特定の流派』には属していないタイプのホモ君と同タイプの武術家で、実は原作キャラを使うのであればニュートラルルートをたどるのに一番ちょうどいい人物だったりします。師匠を必要としないタイプの武術家っていうのがクッソニュートラルにはちょうど良かったりするんですが……まぁそれは良いです。

 

『俺たちはロキさんの直属だ! ラグナレクに逆らうものは全員潰す!』

 

 ロキ君は親切にもチンピラ君達をデリバリーしてくださったので、丁重に撃退(タイムアウト)させて頂きました。いやー儲かりましたねぇ!! ので、瞬間的な被害は間違いなく水準に達しているので、イベントは無事起きてくれました。ロキ君ありがとう!

 

 さて、そんな事言ってる間に、さぁ問題の日取りであります。

 

『今日は近くの高校で何か出し物があるらしいです――父さまもどうやら御呼ばれするらしいですよ』

 

 早速ハルティニちゃんからご報告が。因みに後者は、梁山泊に協力者を送り込んでいるとこういう会話が発生するようになります。

 という事で演劇です。原作では谷本君が王子役を務めて、『ロミオとジュリエット』をやっていたんですが……えっと、演目が『西遊記』に変わっていますね。まぁこの辺りはどんな演目やるかは割とランダムだったりしますけど、大抵の場合ラブロマンス物になる筈なんですよねぇ。なんででしょう。

 

 まぁそれは良いです。大事なのは美羽さんと谷本君が接近し、というか目的のケンイチ君と接触する為に一芝居を打つ事なので。

 

 とはいえイベント自体に介入出来る訳ではないので、此方はただ今回のイベントで痛み分けで終わってくれることを祈るしかないのですが。

 この類のイベント、原作キャラの実力が此方の介入でちょっと変わる関係上、幾つか結末があるのですが……個人的に一番ありがたい、というか『久遠の落日』成功に必須級の結末が原作通りの痛み分けエンド。そしてケンイチ君、及び、谷本君のライバル関係構築が実に重要になってくるのです。

 

さぁて……結果は……?

 

『――報告です! 梁山泊の一番弟子が、ラグナレクという不良グループから襲撃を受けた模様です! 交戦の結果、双方痛み分けに終わったとの事ですが……』

 

 っしゃあ!!!(ガンギマリ)

 

 いやー良かったですよ、取り敢えずは無事に済んで。これで実績解除に向けていきなりコケる事は無くなったと言っていいでしょう。ケンイチ君が無事強くなってて、オラ嬉しいぞォ! マジで、マジでメナング君ナイスです……!

 

 さーて、谷本君はそれなりにダメージを負って帰ってくると思われますので、その治療を依頼されると思いますので、まぁね。気軽に治療していきましょうか――

 

『……わりぃ、治療頼む』

 

 あえっ!? 待って予想以上に谷本君がダメージを!? いや、大きな怪我をしているという訳ではないんですけれども、しかし原作の描かれ方から考えると、ここまでの怪我をする訳が無いというか……

 まぁホモ君で十分治せる範囲内ではありますので良いんですけれども。お互いに強くなったらお互いにダメージが増えるとは、このプレイヤーの目をもってしても……今はそんな事を言ってる場合じゃねぇ!

 

 というか、バス上の死闘でコレだけのダメージを……!? け、ケンイチ君がまさかそこまでの度胸をこの時点で身に着けている、だと!? しかも、誰かを守る為でもない自分に襲い掛かってくる相手に対しそれだけの出力を!?

 

 ゲーム内での二人の成長の都合上、こういう事になったのだとは思いますが……しかしこの世界戦のケンイチ君と谷本君との戦いを見てみたいですねぇ。この時からダメージがしっかり入るという殴り合いを。

 くぅー、こういうプレイヤーが介在しない所を見られれば、とは思いますが、そうならない様に活人、殺人、双方にしっかりとパイプを繋いでいるのです。出来る限り、ホモ君が原作に介在出来れば、その分多くの経験が積めますし、強くもなれます。

 

 そして、そうして種を撒いていた内の一つが……漸く芽吹きを迎えようとしているんですから、惜しんでばかりもいられません。

 

『どうやらここ最近、中華街の方で中華マフィアが幅を利かせているようです。強い用心棒を雇ってからというもの相当に大きな顔をしているようですよ』

 

 さぁ、谷本君の決闘イベントを呼び水に、来ましたよ。槍月師父の初登場イベントが。そしてきちんと達人の位階にまで上り詰めたホモ君で、実況内初の『実戦』となります。というか、ホモ君が仕上がってから初の実戦になるかもしれません……ロキ君のイベントはまぁただの『処理』なので、実戦とは到底言えませんでしたのでNOカウントです。

 とはいえ、相手にするのは達人クラスとは限らないんですけど……まぁ、詳しくは次回ですかね。

 

 ご視聴、ありがとうございました。

 




槍月師父を護衛に付けてから調子に乗るまでが早すぎる……(困惑)


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第三回・裏:隠者対史上最強の弟子 その一

「ふぅ……」

 

 頭に嵌めた環っか型の飾りを外して、一息。歓声は鳴り止まないあたり、会心の出来になった事だけは確かだろう、と心の中でフン、と鼻を鳴らしたりしてみる。

 とはいえ――続いて入ってくる役者が居るので顔に出したりしないが。特に今回、ある理由から接触した、あの女性には絶対に晒せない、と谷本夏は……後ろをちらりと見ながら思う。

 

 自分の後に続いて、入って来た金髪の女性……風林寺美羽は、先ず間違いなく自分よりも格上である事は間違いない。彼女と仲の良いあの男と何をしようと思っているかを考えれば、下手な隙を見せないに越した事は無いだろう、と思う。

 

「お疲れさまでしたわ、谷本さん。本当にお上手ですわね。本物の孫悟空が現れたと勘違いしてしまう位!」

「いやいや、ああいう荒々しい演技は得意じゃなくて……本当に、偶にしかやらないんだよ、アハハ……」

 

 嘘だ。

 本来はアレが素だ。ぶっちゃけた話をすると。何時もは『優等生』として猫被っているが、それが面倒になった時、こうやって割と暴れられるタイプの主役になって鬱憤をしっかりと晴らす事にしている。

 

 演技は得意ではあるが、別に好きでも嫌いでもないのでいつまでもはやっていたくはないというのが本音で。ラグナレクで暴れている時も発散はできているのだが、まぁそれでも足りない時はあるので。

 まぁ正直、ああいうタイプの演技……というか、自分の素を曝け出せばいい感じの演劇は、スッキリするし楽しい、というのは正直、ある。

 

 それに、最近は、俺の師匠である馬 槍月の事もあった。

 自分に中国武術の全てを伝えるように依頼したのも遠い昔。ここ最近は放浪癖が再発した挙句、完全に行方が分からず俺はずっと自主トレ中と来た。

 契約違反にも程がある。怒りのあまり、取り敢えず身近な知り合いに行方を聞いてしまった程で。その結果。

 

『――槍月か? ……あぁ、うん。詳しくは分からないな。うん』

 

 嘘が致命的に下手すぎだという事に改めて気が付かされた。あのハゲ先生は。

 

 恐らく、自分に知らせない様にあの不良師匠が根回しをしていたのだろう。しかしまぁ明らかに困っているのが丸わかりで。俺の恩人に何を迷惑かけてくれてんだと。若干イラっとした。

 後、俺よりも序列の上の拳豪から『捜索に加われ』と熱烈なラブコールを受けていて大変にうっとおしかったというのもあるし。

 なんなら、ごく最近に出会った謎の宇宙人野郎の言動が想像以上に精神を逆なでして来たというのは、相当に大きな理由だった。というか『白浜兼一と会わせろ』と口にしただけなのに馬鹿程逃げられた、そんなに怖いか。

 

 まぁそんな色々とした理由から、部活において当初のロミオとジュリエットから『西遊記やるぞ』と突然言い出して劇の内容を変更してしまったのはちょっとしたお茶目だ。あぁお茶目だとも。演技や小道具やらは突貫作業になったが、自分のワガママなので何とかした。

 まぁその結果として、大分本来の目的からはズレた気もするが、まぁいいと割り切る事にする。一応はこちらの目標と接触は出来たので。

 

「お疲れ様風林寺さん。助かったよ」

「いえいえ、私も結構貴重な経験が出来ましたので、お相子ですわ」

「そう言ってくれるとありがたい。それじゃあ……」

 

 別に相手と顔を合わせる必要なんざないが……けれどもまぁ、どうせ殴り合うんだったら、相手の為人を知ってからの方が、気持ち良くやれる、気がする。

 ……なんだか、あの医者先生と関わる様になってからっていうもの、妙に律儀になった気がする。根本からしてそこらのゴロツキと薄皮一枚くらいしか違わないというのに。

 

「――っと、行ったか」

 

 さて。

 恐らくは風林寺も、自分が目標としてる男に会いに行ったのだろう。客席に姿が見えなかったが……外から見ていたのか? まぁ、それは良い。

 服のポケットから、ラグナレク第六拳豪としての証――『Ⅵ』のエンブレムが取り付けられた黒い手袋を引きずり出してから、両手に嵌めて――その途端に、カチリとスイッチが切り替わる音がする。

 学生としての自分から、武術家としての自分に。

 

 これから、自分は真剣勝負に入る。

 今の自分にとって、強さとは『楓を守るため』のモノであり、ただ単純に『追い求めるモノ』でもある。故にこそ、ただのケンカであろうと、相手の武術のレベルが我流とも呼べないケンカ殺法であろうとも、相手と仕合う事は大きな経験値になるので、真剣に行うのが基本だ。

 

 それに加えておれが今狙っている相手、と言えば……最近、ラグナレクで噂になっている白浜兼一。

 流石に俺程ではないにしろ、あのお気楽ボクサーを破り、脱退リンチとかいう数での暴力も破ったのをこの目で見ている。当然、真剣にだってなる。更に言えば、白浜は中国武術を扱うと聞いている。同じ武術を扱う相手なら、良い相手にもなるだろう。

 

 

 

 

 

 

「――手紙の主はお前か、ラグナレク!」

 

 ……随分とまぁ警戒されたものだ。別に取って食おうって訳じゃないんだが。まぁそれ以上の事をしようとは思っているし。そう言われることに否定は出来ん。

 

隠者(ハーミット)……!!」

「ハーミット……ラグナレクの第六拳豪か!」

 

 実際まぁ、風林寺に劇を手伝ってもらう――という体で、白浜の机に手紙を仕込んでこんな放課後の校舎裏に呼び出したのだから、警戒されるのも当然だろう。

 正直、怪しまれないかギリギリの所だった。万が一、風林寺に見つかろうものなら目算は全て崩壊する。バレて風林寺とやり合うのは別にいいが、折角ちゃんと戦うと決めたら最後までやり切らないと、どうにも気持ちが悪い。ので、頑張って。隠した。

 

「こんな所に呼び出して、何のつもりだ!」

「はっ……分からない訳じゃないだろう。白浜兼一」

「……い、いや、分からない! サッパリだ!」

「とぼけるな! 貴様はラグナレクの兵隊を倒している。俺はラグナレクに属している……やる事は、一つだろう」

 

 なのでここで逃げてもらっては興ざめ以外の何物でもない。なんだったら俺の努力が全て無駄になりかねないので許せねぇ。絶対に。

 という事で……ここはひとつ、強めに牽制を入れておくに限る。

 

「――先に言っておく。逃げるならば、貴様の背後から襲う」

「うぅっ!? バレてる……!?」

「当たり前だ」

 

 あんまりにも露骨に腰が引けてやがるんだ。分からねぇ訳がねェだろうが。

 

「――選べ、後ろから容赦なく襲われるか、真っ向から戦うか」

 

 そう言って拳を構えれば、白浜ははぁ、と一つ溜息を吐いた。

 流石にここから逃がしてもらえる、と思える程は脳味噌お花畑ではないようで、若干しぶしぶではあるが、拳を構えて此方を見つめてくる。というか、なんだそのあからさまに渋い顔は。お前チベットスナギツネでもそんな渋い顔しねぇぞ。

 

「僕の人生どうしてこうなったんだろう……放課後に手紙で呼び出されるって、もうちょっと甘いシチュエーションじゃないのかなぁ……」

「はっ、テメェ自分が誰にでもモテる面してると思ってんのか?」

「にゃにぃ!? い、今は僕の顔の話はしてないだろ!!」

「呼び出される自信があるってことじゃねぇか、今の発言は」

 

 その渋い顔のままやられるのも正直ムカつくので、軽く挑発しておく。まぁ見れない顔って訳でも無いが、実際そんな美男子という程でもねぇ。少なくとも俺の方が……いや、そこは別にどうでも良いか。別に美醜なんざそんな気にしてる訳でもねぇし。

 

 とはいえ、流石に挑発の効果はあったようで、明確にさっきよりも締まった顔をしてやがる。それでいい、やるのであれば真剣な方が良いだろう。

 

「……美羽さんの劇も見れなかった分も込めて、ちょっと怒ってるぞ僕は!」

「あぁ? テメェ見てなかったのか?」

「そーだよ!! せっかくキスシーンも無く安心して劇を……い、いや、あのイケメン谷本君との劇を見るのはそれだけでダメージも……うわーん!」

「ははっ、そりゃあ惜しかったな……風林寺のアクションは、中々見応えあったのによ」

 

 ――ふと

 

 こうすればもっとやる気を出すのではないか、と思って。フードに手をかける。別に顔を隠す意味は……まぁ無いでもないが。それよりも、コイツと本気でやり合う方が楽しいじゃねぇかと思って。フードを払い……俺の素顔を晒す。

 驚く表情。そりゃあそうだろう。目の前の男は、今さっきまでただの演劇部の部長だと思っていた相手だ。

 

「――っ!? 君は!?」

「ま、一番近くで見れていたってのもあるが……さて、どうする? テメェの一番大切な人を騙していた訳だが、俺は……」

「……谷本君、君の目的がなんであれ、美羽さんを巻き込むのは……」

 

「許さないぞ!」

「上等!」

 

 そう。そうだ。俺はそのギラギラした目を見たかった。あの時、脱退リンチの中で見せた良い輝きだ。嫌々戦われては、こっちだって真剣になり切れん。

 俺が求めるのは……本気の一騎打ちだ。闘志と闘志をぶつけ合う戦いだ。

 久しぶりに、そんな勝負が出来そうで。ウズウズするじゃねぇか!!

 




岬越寺師匠「演技それなりに楽しんでるね。良いと思うよ」
谷本君「あ、ありがとうございます」

楓ちゃんは生きてるし、信頼できる大人も居るし、師匠との仲も原作よりも良いしで割とおいたわしくない谷本君、美羽さんを利用してケンイチを純粋に決闘に招くという原作ブレイクを仕出かす。
あと演技はそこまで嫌いでもないというどうでも良い原作との差異。


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第三回・裏:隠者対史上最強の弟子 その二

「かぁっ!」

 

 先ずはあいさつ代わりの手刀を一発、横へと滑らせてこめかみを狙う。様子見程度とはいえ生中な相手ならこれだけでダウンを取る事も難しくない。

 というか、先生をサンドバッグにしておいて、そんな半端者一人程度、一撃で倒せないなんぞと言ったら、それこそ情けない事この上ない。

 

「ぐぅっ……重いっ……!」

「――ッフゥ……!」

 

 その一撃を……白浜は重ねた両腕でブロック。容易に、という感じではないがしかしながら、守りの硬さは、そこら辺のゴロツキでは比べ物にならない程にしっかりとしているようだ。やはり、あの時――脱退リンチで見せた動きのキレは、偶然ではなかった。

 

 まだまだ武術家として基本を仕込まれた段階なのだろう。更に言えばコイツに才能があるとは到底思えない。が、しかし。それにしても、ここ最近では一番手応えがある相手ではないか――!

 

「良い防御だッ! 今の一撃を受け止められた事、貴様に武術を仕込んだ師の腕に感謝するがいい!」

「お、重い……っ」

「当然だ――俺に武術を仕込んだのも、また本物の武術家、貴様が今まで戦って来たスポーツ武術家などとは比べ物にならんっ!」

 

 ここまでの腕の相手など久方ぶりだ。ガードを避けて叩き込んでもいいが……ここまで来たなら、そのしっかりとした守りを、正面から崩すのも――面白い!

 

「どこまで耐えられるか、試してやろう!」

「ぐっ……うぅっ!」

 

 防御から一切の事をさせはしないつもりで、一気に攻める。一、二、三……両方の腕を鞭の如く叩きつける劈掛拳は、圧倒的な攻勢をこそ強みとする武術だ。相手の防御をすり抜けるのも不可能ではないがしかし、防御を上から破壊するのは……

 

「俺相手に防勢に回ったのが失態だったな!」

「う、くぅ……っ!」

「中国拳法は覇者の拳! 嵐の如き攻勢、凌ぎ切れると思うなよ!」

 

 更なる、得手だ。

 

「凌ぎ切れると……」

「ぐ……うぉおおっ……」

「凌ぎ……」

「うぐぐぐっ……!」

「凌ぎ切れてやがる……っ!?」

 

 なんだこいつ!? 馬鹿程硬いんだが!? ちょっとした武術家モドキなら、これで容易に守りを破って後は滅多打ち、まで持ち込めるはずなんだが……なんて打たれ強さだ。叩いても叩いてもまるで守りを緩めねぇ!

全然次元が違うが……この硬さは、何となく先生を思い出す。

 

コイツの師匠は、余程こいつを普段から打って打って打って……厳しく鍛えているんだろう。恐らくは、そこらの武人のレベルではここまで仕込めない。コイツの師匠も、師匠と同じ、『真の達人級』!

 

「ちぃっ……」

 

 流石に連打しすぎ、一旦息を整えるために一歩、下がろうと――

 

「――っ!!」

「……っ!?」

 

 瞬間。目の前の男の瞳が、ギラリと輝いた気がした。

 

「うぉおおっ!」

「おぉう!?」

 

 頭に過った危機感に従って一歩下がれば、上に拳――そして腹にも。下がった分の間が無ければ、両腕で捌くのは、ギリギリ間に合わなかっただろう。一瞬、俺が油断していたのも間違いなくあるが……それを踏まえても、俺の間合いに踏み入れてくるほどに、鋭い一撃だった。

 

「空手の山突きかっ!」

「ぐっ……ま、まだまだっ!」

「おぉっ!」

 

 そこから繰り出される拳は、今まで全く無名だったのが不思議なほどに疾い。というかちょっと前の俺の拳といい勝負じゃないか、コレは。

 今の俺に勝る、とは到底言えないがしかし、油断すりゃあ『万が一』があり得る程度には良い突きだ。

 

 ……面白れぇじゃねぇか。

 

「ふっ、やぁっ!」

「悪くねぇが……まだ温いッ!」

 

 スパァンッ!

 

「うわっ!?」

 

 連打連打、それでも当たらず功を焦ったか、その最中に挟まる一瞬の大振り、そこを狙って下から掬い上げるように、掌底をねじ込んで、手を弾き飛ばし、相手のリズム諸共体勢も大きく崩す。

 

 その一瞬、ステップで相手の側面に回り込み。

そのまま狙うのは、後頭部から首の付け根辺り。

 

 先ずは――先の一撃!

 

「フンッ!」

「っ!?」

 

 そしてすかさず、同じ場所に後の一撃を叩き込む。

決め手に成り得る、劈掛拳の大技の一つ!

 

「『倒発鳥 雷撃後脳』!!」

 

 もう一発も、寸分たがわず同じ場所に直撃。一撃は耐えられても、二連打を同じ場所に叩き込まれては、いかな達人とてもダメージは必至。弟子クラスであれば猶更、普通だったらこれで昏倒するのは間違いない――がっ!

 

「――倒れねぇよなぁ!」

 

 足がふらついてはいるが……倒れる程ではないのは、注視していれば直ぐに判断できるってんだ。というか、それ以前にアレだけ俺の連打に耐えた打たれ強さしてる奴が、たかが直撃の二連続で倒れるか、という話。

 

「い、いってぇ……ってうわぁっ!?」

「『烏龍盤打』!」

 

 故に容赦なくもう一発。今度は上から振り下ろす、平手打ち……だが、しかし当たらない、予想以上にダメージが少ない! というか、アレ食らって立ち眩みの一つも起こしてないのは、何かの冗談じゃねぇかと思う。

 

「あ、あぶなっ……ふらついてなかったら、避けられなかった……!」

「……」

「っていうか地面若干割れてるぅ!?」

 

 あ、ふらついては居たのか。そうか。それでよけられたって訳か……はっ、こりゃあとんだ自業自得って奴か?

 まぁいい、やはり想像は合っていた。コイツ、攻撃の腕は兎も角として、単純な打たれ強さはそこらの弟子クラスのレベルじゃねぇ。なら次はソレを想定に入れて、戦えばいいって話だ!

 

「やるじゃねぇか、漸く体も、温まって来たぜ!」

「なんて強さ……ま、まるで師匠たちみたいな……うわぁっ!?」

「オォラァッ!」

 

 今度は大技で一気に叩くのではなく、腕を柔軟に使って、鞭の様に叩きつける。

 相手の隙をついて大技を叩き込むのも有効だが、しかし武術ってのは結局の所大技ばっかりぶつけられる程甘くねぇ。『削り』も重要になってくる。

 コイツこそ、正に削りが必要となってくるだろう。大技をぶち込んでも、耐えられる位には頑強。であれば、その頑強さから、少しずつ削っていく!

 

 そうして削って削って、その先にこそ、コイツへの勝利は掴み取れるはずだ。

 久しぶりだ、こんな、全力を尽くして戦うのは――

 

「ぐぅ……わ、分からない」

「あぁ!?」

「君の、拳は……純粋に、強さを、求める……僕たちの、師匠のような拳だ」

「――!」

「どうして、美羽さんを利用してまで、僕を、ここまで誘い出す様な……!」

 

 ――チッ!

 

「そんなもん、決まってるだろうが」

「なに……」

「お前と、サシで、勝負する為だ!」

 

 胸の内に湧いた苛立ちと共に、上から手刀を振り下ろす。直撃、だが肩で受け、尚且つ少し体を沈ませた。恐らく咄嗟の受けを、師匠からねちっこく教え込まれてるんだろう。この無意識の小さな防御が、コイツの頑強さを生んでるって訳だ。

 

 だってのに、この白浜とかいう野郎……全く苛立たせてくれる!

 

「なっ――」

「おかしな話だ、お前は……『白浜兼一』という男が、策を練ってまで襲う理由がまるで分からねぇ、という面をォ……しているッ!」

「あぐっ!? きょ、強烈……っ!」

「価値があるんだよ! テメェとのっ!サシの勝負にはな! それだけっ! テメェはっ! 強い! 俺が『戦ってみたい』と思うだけの、強さがあるんだ!」

 

 全力で連打、連打、連打。どうだ、コレだけやっても……まるで、折れるような様子はねぇ。普通、防御してるとはいえ、コレだけ殴られれば、何処か負けを意識してしまう部分がある。攻勢を凌ぐってのは、それだけ体力も、何よりも意思ってもんも削る。

 

 だが、どうだ。どれだけ殴っても、コイツを叩き潰せる、っていう感じがしない。まだまだスタミナもそこを突く様に見えねぇ。そして、目の輝きも、全く死なない。その底知れないタフさは……普段から功夫を、積み重ねている証拠だろう。

 

「強いっ、僕が……!?」

「俺から見りゃあな! そして……俺は、もっと、強く、成りたい!」

「うわぁっ!?」

 

 渾身の拳で後退させて……一息、吐いた。

 

「強い奴とやれれば、それだけ強くなる! お前とやり合いたい理由なんざ、それだけだ」

「ぼ……僕が気に入らないとか、そういうことじゃないのか!?」

「そのはっきりしねぇ面は気に入らねぇが」

「えぇっ!?」

「だが……その真面目に功夫を積んでいる処は、好ましいとすら思うぜ」

 

 拳の強さが全て、じゃねぇが。しかし戦うなら、キッチリと鍛錬を積んでいる奴が良いと思う。それは……俺がずっと師事したり、相手して貰ってきた人たちが、何よりも研鑽と努力を怠らない人達だったからだ。その点、目の前の奴は強さは足りないが、間違いなく折れず、積み重ねて来ている!

 

「誰よりも、俺はお前と戦いたいと思った……それじゃ悪いか? 白浜兼一!」

「……!」

 

 俺の言葉に、白浜の奴は呆気にとられたような顔をして……それから。

 

「……ぷふっ」

「あ゛?」

「あははははははっ」

 

 笑い出しやがった……笑い出しやがった。

 

「おいテメェ、人の話聞いて笑いだすとはいい度胸だな。殺されたいか」

「ご、ごめんなさいっ……でも、貴方みたいに、純粋に『強さ』にストイックな人、初めて見まして!」

「……何?」

「ラグナレクとぶつかるようになってからは、何処かこう、威圧的というか……何処か不良っぽい人とばっかり戦う事が多くて。でも、君は……そうじゃない!」

 

 しかし、良く見てみるとそれは此方を馬鹿にしている、というよりは。向こうが心から、楽しそうと思って笑っているような。苛立ちを覚えるような物じゃない。

 

「――まるで、僕の師匠たちの様だ!」

「褒めてんのかそれは」

「はい! 僕にとっての最大の讃辞です! そして……『僕を襲う』のではなく『自分の強さを見せつける』のでもなく……『僕と試合』をするのが目的であるなら」

 

 そして何よりも。苛立ちを収める理由となったのは。

白浜の目が、今さっきまでの何処か、『抗う』ような輝きではなく。純粋に『闘志』の輝きを宿しているのを、見たから。

 苛立ちなんざ抱えてる暇もねぇ。そんなもん抱えてたら、この勝負を楽しめねぇじゃねえか。

 

「――梁山泊が弟子、白浜兼一、改めてこの勝負、受けて立つ! 行くぞぉ!」

「はっ……いきなり目の色変えやがって、訳が分からねぇ……が!」

 

 こういう目をした奴と戦うのが、一番、良いんだからな!

 

「馬 槍月が唯一の弟子、谷本夏……参る!」

 




谷本君→純粋に強い奴と戦いたい。
ケンイチ君→自分の信念を貫く為に武術をやっているが、しかし真っすぐ『お前と武の腕を競いたい』と言われたのは実は初めて。後『お前が強いから戦ってみたい』と言われたのも初めて。なんというか、相手が苦手な不良っぽくなく、いい意味で真剣な武人気質なのが幸いしてか『自分も……!』となんかやる気が湧いてきた。


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第三回・裏:隠者対史上最強の弟子 その三

『こ、岬越寺師匠……本当に……無茶なメニューを……』

『えーっと、その、大丈夫かい?』

『大丈夫じゃないですぅ……』

 

 思い出すのは、梁山泊でのとある日の事だ。

 

 梁山泊には、僕に指導をしてくれる師匠方と……僕の事を遠くから見守ってくれている方との、二種類の達人の方たちがいる。

 前者は岬越寺師匠や逆鬼師匠をはじめとした、梁山泊の豪傑の皆さん。そして後者に関しては、二人いる。

 

『ほっほっほっ、ケンちゃんは毎日実に良く頑張っておるのう』

『頑張っている、というか、頑張らねば砕け散りそうになっていると申しますか……まぁ取り敢えずコレを飲みなさい、兼一君』

『あ、ありがとうございますぅ……あ、おいしぃ……』

 

 この梁山泊の纏め役の風林寺隼人……僕は、長老と呼んでいるスーパーなお爺さん、そしてもう一人は、アパチャイさんと同じ褐色の肌で、されどこの梁山泊の中で、恐らくは一番の常識人の、メナングさん。

あ、いや、アパチャイさん他、達人の皆さんの常識が足りないとかそういう事は一切言っていないのだけれどもごめんなさい違うんですホント許して……

 

 じゃなくて!!

 メナングさんだ。

 

 梁山泊で暮らしている豪傑の一人。ティダードって所の出身の人で、シラット、って言う武術を扱う達人で、岬越寺師匠は『最優のシラット使い』と呼んでいたのを聞いたことがある。

 それと……自分のお師匠さんのお願いで、ここに来ている、らしい。

 

 どんな人なのかと言えば。最近の夕食時とか、師匠方に食い荒らされた僕の分の食事を見て『……私の分、食べるかい?』と聞いてくれるぐらいには聖人だと思う。というか、この梁山泊の中で、余りにも常識的な事を言う人なので、逆に目立っている気すらする。

 

 とはいえ正式には梁山泊の豪傑、では無い、本人曰く『居候』との事らしい。

 内弟子の君の方が立場的には上だ、修行をつけるなんてとてもとても、なんてニコニコ言いながら接してくれるその姿はまるで豪傑とは思えない穏やかな人でもある。

本当に武人なのか不思議なほど穏やかな人であることは間違いないのだが、しかし彼も間違いなくガチガチの豪傑ではある。

 

 薬湯を飲ませてくれた時も、彼は天井の木組みの辺りを指で挟んで、そこを当たり前の様に歩いていたのを見たし……曰く、『足の指の鍛錬だよ』との事だったが、僕からして見ればこの人も『あぁ、師匠方と同類なんだな』と思える出来事だった。

 

『とはいえ、君の頑張りは本当に尊敬できる。私の特訓よりも……うん、大分厳しかったしね。ちょっと拷問の域に……いや、何でもない』

『なぁに、折角ケンちゃんが内弟子になる決心をしたのじゃ、儂等も真剣に稽古を付けているだけの事じゃよ』

『皆様の真剣は、普通の人の『極限』なのですよ』

 

 ……だけれども。

 

『あ、あの……メナングさん』

『うん?』

『こういう修行って、メナングさんはどうやって乗り越えたんですか?』

 

 何処か、メナングさんは『豪傑』らしからぬ一面を見せる事がある。確かに普通の武術家なんてメじゃない位の鍛錬だってしてる。だけども、その価値観というか、言動というかの端々からは……なんというか、自分と近いモノを感じるのだ。ケンイチは。

 師匠達に聞いても、多分絶対に参考にならない質問。だから今まで聞いてこなかった。いや聞いたかもしれないけど。でも多分とんでもない答えが返って来て意識が遠くなったんだと思う。

 

『……んー、乗り越えた、って意識はないなぁ』

『え?』

 

 でも……そこから帰って来たのは、驚く程、意外な答えだった。

 

『私の場合、いっつも自分の意識が真っ白になるまで、必死こいてひーこら拳を振るっていたらいつの間にか……って感じ』

『そ、そうなんですか』

『うん。修行を一つ一つ乗り越える、なんて真面目なやり方ではなかった。というかそんな余裕すらなかったか、ハハハ……ハハ……』

 

 意外だった。

この人は、本当に一つ一つ修行を積み重ねて強くなったんだと勝手に思ってたら……なんか気が付いたらいつの間にか、みたいな答えが返って来た。

でも……その物凄い、何というか達観とあきらめとが組み合わさった優しい笑いを見てると、決して『天才だから何とかなった』と言ったようには見えなくて。

 

『少なくとも、お勧めできるやり方ではないね。私のは』

『そ、そうなんですか』

『――だからこそ、君はとても恵まれている』

『へ?』

 

 その一瞬の後、彼が瞳に浮かべたのは、とても真剣な輝きだった。

 

『私は、強くなるまでそんな事を考える暇すらなかった……けれど、君はソレを考えるだけの余裕がある。今こうして、私に質問してるしね』

『あ……そ、それは確かに?』

 

 そう言われると、思う。僕なんかよりも全然、圧倒的に強い筈のメナングさんが強くなるのに『考える暇も無かった』と言っているのに。僕はこうしてメナングさんの話を聞いて、修行について考える事が出来ている

 

『それはきっと君の師匠方……梁山泊の皆様が、効率よくそしてそういう『余裕』を作れるくらいに、修行をちゃんと管理してくれているお陰だ。君は、彼らの弟子としてとても愛されているんだよ』

『……僕が』

『厳しい修行ではあるけど、それは君の事を真剣に考えた末の修行である事は、頭の隅に入れておいても、きっと間違いではないと思うよ』

 

 そう言われ、ちら、と長老を見る。

 何時でも遠くから修行を見ている長老。飄々としてつかみどころのない、仙人のような人だと思ったけれど。

 その時、ふと僕に向けてくれた優しい笑顔は……とても、人懐っこいものに見えた。

 

『……君は強い。師匠方に愛されて、その修行を必死に乗り越えて来たんだから。君なら私からのアドバイスなんか必要ない、きっと乗り越えていける。ですよね、風林寺殿』

『うむ。梁山泊の一番弟子として、君は確実に前に進んでいる。亀の歩みと言えど、それは素晴らしい事じゃ』

『亀の歩みではあるんですね……』

『それでも、取り敢えず今まで、足を決して止めはしていない。それだけは誰にも誇ってよい事じゃよ、ケンちゃん!』

 

 ――そう言われて。

 

『……取り敢えず』

『取り敢えず、なんだい?』

『次の逆鬼師匠との修行、頑張ってみようと思います』

 

 初めて……『修行をキチンと最後まで、後悔しない様に終わらせよう』という思いで立ち上がれた気がした。

今までは、必死にこなそうとしか思えなかったけど。

 けれど、僕の為に用意してくれている修行を、もっと、今まで以上に真剣にこなそうと思えた。それで、どれくらい大きく成長できるか、なんてどうでもよかった。

 

『あはは、それが良い……そうだな、では私からも一つ、教えを授けようかな?』

『えっ!? 良いんですか!?』

『君の質問に答えられなかったお詫びに……なるかは分からないけど、君よりも人生経験だけはあるからね。そこからの教えだ』

『ぜ、是非!』

 

 

 

 

 

 

「――はぁっ!」

「つ、つっ……!」

 

 正直、苦しい。

 防ぐので、精一杯だ。

 振り下ろす、叩きつける、振り抜く……拳も、蹴りも、今の僕では捌いて返すなんて出来ない程にとても練り上げられたものだってのは、分かる。

 

 でも、負けられない。

 師匠方に教えられたモノを認められた。彼らが、頑張って僕に仕込んでくれたものを。そしてそれを仕込まれた僕も、強くなったと言ってくれた。

 正直、ちょっと嬉しかった。僕だけじゃない、才能の無い僕を強くしてくれた師匠方の事も讃えてくれたのが。だから……猶更。

 

 相手が連打を終えて一歩引くタイミング、いい加減少しは見えてくる。その一瞬に合わせて、今度は僕から一歩を踏み込んで……相手の足を狙って、アパチャイさんから教わったあの技を!

 

「『テッ・ラーン』っ!」

「――づぁっ!? ムエタイのローキックだぁ!?」

「どの武術だって……足を、良く使う!」

「足を潰そうってか! はっ、味な真似を……!」

 

 狙った通りに当てられた事に、少しうれしくなる。アパチャイさんとの練習をちゃんとやってたからか、今まで以上の手応えを感じる。

 

「――だが、それまでに勝ち切れるか?」

「舐めるなよ、僕の体は師匠方謹製で、無駄に頑丈なんだ!」

「それは嫌って程味わってる……が、削り切れねぇわけじゃねぇだろ!」

「いーや、無理だね……それまでに、僕が勝って見せる!」

 

 岬越寺師匠、逆鬼師匠、馬師父、アパチャイさん、しぐれさん。

長老、メナングさん。

 

僕、僕……今までで一番……今、楽しく武術をやってる気がします。そして、師匠方の教えを活かせてる気がします。

ありがとうございます。そして。必ずこの『試合』、勝って見せます。

見ててください!

 

 

 

 

 

 

「……逆鬼どん、何泣いてるね」

「泣いてねぇ! 泣いてるわけあるか! あんな活き活き俺たちから習った事を活かしてる弟子なんて見ても泣く程嬉しくなんてねぇわ!」

「おいちゃんはちょっと泣いてるね。本当に楽しそうね、ケンちゃん」

「……ぐずっ、畜生! ズルいぞ剣星!」

 




赤ちゃんが初めて歩いた時にご両親って泣くでしょう?

お二人が泣いてるのはその心持に近いです。近いだけでそれそのものではないですけれども。


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第三回・裏:隠者対史上最強の弟子 その四

過 去 最 長


 ――とまぁ、覚悟完了したは良いものの。

 

「オラァっ!」

「うぁっ!? き、キビシィなぁっ……!」

「まだまだっ!」

「おわぁっ! うぐっ!?」

 

 実際、谷本君との実力差は、割とちゃんとある。

 僕の拳と彼の拳がぶつかった時は、僕の拳の方が若干押されるし、しかも打ち合ってギリギリ相打ちに持ち込んでも……即座に立て直して次の攻撃につないでくる。

 

 何度も何度も繰り返して、基礎がしっかりできているから攻撃と攻撃を滑らかにつなぐことが出来るんだろう。僕なんかが割り込む隙なんて見つけられない。

相手の攻撃を何とか捌いてこっちから反撃したとしても、逆に此方の反撃を避けて、その僅かな一瞬で死角に回り込んで拳を打ち込んできたりする。

 恐らく、実戦経験も僕なんかよりも格段に上だろう事は分かりやすい。

 

 そんな相手だ……絶対に意識するのは、さっきみたいな首の後ろ――急所狙いの攻撃だけは絶対に防ぐこと。

 

「シッ! シッ! オラァッ!」

「うっ、ぐぅ……!」

 

 連打の方はどうせ全部防げない。谷本君の方が僕よりも強いのは、今までの攻防で分かり切ってるんだ。というか、多分だけど圧倒的に谷本君の方が武術の才能に溢れてると思う。分かる。ボク、ソウイウノ、クワシイ……悲しいかな、持たざる者は、持てる者の力を見抜く目だけは優れてる……

相手の才能は僕より格段に上。その上で、凄い努力をしている、って言うのは分かり切っている。であるならば、『都合のいい考え』なんて捨てておかないといけない!

 

「ヌゥ、ぐぅっ! ――はっ、テメェ正気かよ……!」

「当たり前……だっ! 僕、だって……驚いてる、位だけど……さ!」

「……いや、やっぱり正気じゃねぇなぁ……! ハナっから『()()()()()()()()()』で突っ込んで来るとかよ!」

 

 

 

 

 

 

『さて……私が今の君に教えられるとしたら『格上と当たった時の思考方法』かな』

『えっ!? いきなり格上と戦う事を!?』

『あっはっはっはっ。いやー、私は昔から戦場を選べず色んな所を連れ回されたからねホントに……その中で学んだのは、絶対に『殻に籠るだけ』で終わってはいけない、という事だ』

 

 ……メナングさん曰く。

 自分が格が上の相手と戦わなければならなくなった時。意識しなければいけないのは『抵抗する意思』を失わない事らしかった。

 

『例えば……逃げるだけ、とか。守るだけ、とかは非常にまずい』

『マズいんですか』

『相手を勢いに乗せてしまうからねぇ。やはり』

 

 反撃をして来ないと知ってしまえば、相手は守りに割いていた意識を、大きく攻撃に傾けて攻撃してくる。そうなるといくら防御していても、格上の攻撃をいつまでも凌ぎ切れる訳がない、との事。

 格上、自分より強い相手だからこそ、『立ち向かって抗う意思』を強く持たないといけないのだという。

 

『相手に『守り』を意識させるだけでも『戦う時間』を稼いでその間に『勝機』を見出すことが出来る……一撃で終わらせる様なとんでもない怪物以外は』

『……えっと、一撃で終わらせてくるって言うのは』

『まぁ君の師匠方みたいな人達だね』

『やっぱり!?』

 

 ……兎も角、そういう例外も例外以外はまぁ、逃げず、寧ろ向かっていかないといけない、との事で。

 

『とはいえ、それを言葉で言うだけでは、分からない事も多いとは思う』

『……えっと、その言い方は、その……』

『まだまだ未熟な身故、私なりのやり方しかできない事を先に詫びておく……とはいえ大丈夫だ。梁山泊の豪傑の皆様よりは、温い指導だろう』

 

 そう……その根性を身に着けるために、僕はメナングさんを相手に『自由組手』をする事になったんだ。

 そして、その特訓がさて――本当に、メナングさんの言う通りに他の師匠方の特訓より温かったのか……という話になって来ますと……えーっと、それに関しては。僕が体験した特訓の内容を一部抜粋しますと……

 

『良いかい、コレが――限界まで追い込まれる感覚だっ!!!』

『折れるギリギリを攻めている! ここを乗り越えれば根性が付くよ!』

『何でもかんでも根性では解決できない! だがいざという時根性はとても大切だ!』

『折れない事! 怯えて竦まない事! 痛みを覚悟で踏み込む事!』

『そうだ! 押し負けるな! 先へ――!』

 

 

 

 

 

 

 そうだ――あのメナングさんの特訓で傷ついてでも、絶対に『食らいついて離れず押し負けない事』を、嫌という程仕込まれた。

 鋭さも、疾さも、重さも、相手は此方を上回って来ている。けれど、僕には師匠方に普段からシゴかれているからこその無駄な打たれ強さと、頑丈さがある。

 

 そこを活かして『勝ちの目』を生む……メナングさんの特訓が生きてる!

 

「ぐっ――」

「――はぁっ!」

「うぉぉっ……!? ふみ、こんで、来やがる……!」

 

 一歩、一歩。相手の猛攻をダメージ覚悟で耐えて、こうして押し進んできたのは……そこに、勝ちの目が見えたから。

流石に何十回と殴られてたら分かる。谷本君の武術は、腕をまるで鞭の様に『広く』使って戦う武術だ。間合いを取られてたら多分、重い一撃を貰い続けて本当にサンドバッグになって終わる! だから、彼に勝つにはただ一つ。

 

どれだけ叩かれても、殴られても、この嵐のような打撃の内に。台風の目の内側に入り込む事。そうじゃないと、今の僕じゃ勝負にもならない。

……辛くない訳がない。体中、殴られて割と痛い。それでも。

 

『受け身は柔道の基本中の基本、技を教えるにしても、受け身をまず鍛えなければね』

『相手の攻撃を逸らす『化勁』という技術があるね。打ち込んで体験してみるね』

『三戦立ちは股間を守り体を引き締めて相手の攻撃に耐える姿勢だ! 』

『アパチャイ、ケンイチには長生きして欲しいよ! ガードはしっかり教えるよ!』

『――基本、は。無駄に、受けない、こと』

 

 師匠達によって鍛えられた体が、無数の打撃にも耐えてくれている。想像してたよりは全然辛くない。

 

『取り敢えず、相手の攻勢に負けない事から始めていこう。頑張れ、若人よ!』

 

 そう、負けない事。流れに打ち勝つ事じゃない。一歩一歩、勝利へ泥臭く進む事。無理に勝ちに行ったら負ける。兎も角、足を止めるな。凌いで、一歩詰めて、下がられてもさらに一歩を詰めろ! 離されるな!

 そうすれば、何時か……!

 

「――へへっ」

「……はっ、良くやるぜ本当に……」

「入り込めた、もんね~……!」

 

 辿り着けるんだから。台風の目の中に。

 

「……確かに、ここまで接近されちまうと、俺の威力も半減だなっ!」

「そうだ、だから――ここで、勝負を決める!」

「だがそれは……お前も同じだろうが!!」

 

 辿り着いた、安全地帯。相手の不利な距離。それでも尚、谷本君は攻撃をやめない。そりゃあそうだろう。アレだけ鍛え上げた彼が、こんな懐に入られたくらいで、攻撃をやめる訳がない。

 ……でも、この至近距離のまま、それでも殴ってくるとは思わなかった。僕から距離を取ると思ってた。その一瞬に、攻勢に転じようと思ってた。でも向こうも――弱気になって守勢に回ってしまう事が危険だと、分かってるんだろう。

 

 故に――僕の顎狙いの掌底と、谷本君の手刀は、同時に互いの体に突き刺さった。

 

「ぐっ」

「うっ」

「……まぁ、こうなるか……どうする、こっから殴り合いか!?」

「――いいや、これで、決める!」

 

 だけど、彼と僕には一つ、大きな違いがここにある。

 谷本君の手刀はもうここで打ち止め……でも、僕の掌底には『先』がある。馬師父から教わった、掌底からの追撃!

 

「食らえ! 馬師父直伝の隠し玉っ――!!」

「っ!?」

 

 顎への思わぬ衝撃で吹っ飛ぶ谷本君。曲げた腕の、肘をもう片方の手で突いて、追撃を行うこの技術……馬師父に不意打ち用と言われて教わったけど、正にこのタイミング。超至近距離で出す切り札としては最適だ。

 

 だが……これで終わっては、多少のダメージを与えて距離を離させてしまうだけ。

 だからもう一発、顎が浮いて、ガラ空きになった胴体に――

 

 

 

 

 

 

 ――僕はメナングさんから、特訓の最中、一つの技を教わった。

 技、というか、使い方というか……

 

『えっ? 修行の息抜きにシラットを教えて欲しい? 教えられる程の腕ではないんだけど……分かった分かった! そんな縋りつかないで!』

『おほん……では取り敢えずシラットの基本的な『肘』の使い方から教えようかな』

『シラットでは肘をよく使う。攻撃でも、防御でもそうだ』

『拳から肘に繋げる動きもあるが……まぁとりあえずは基本的な肘の動かし方から』

 

『……肘の一撃は、基本的に重い。拳よりもだ。それは分かっているかな?』

『故に、その一撃で状況をひっくり返せるだけの『肘』の使い方と共に、この言葉を贈ろうと思う』

 

『『ピンチこそチャンス』……相手のチャンスをひっくり返し、自分に大きな成長の機会を齎す。無為に狙えとは言わない。頭の片隅に置いておくだけでもいい。どんな時でも諦めず、戦う意思を絶えさせないだけの、原動力になる』

『シラット使いはまぁゲリラ戦を得意とした武術だから。そういう長期間の戦いでの心構えも必要なんだよ……怖い? うん、怖いよな、すまない』

 

『……でもまぁ、ピンチを耐えて、食らいついた僅かなチャンスに一撃を叩き込む。この特訓で教えるならちょうどいいのかもしれないね。うん』

 

 

 

 

 

 

 ――この、肘を、叩き込む!

 

「そしてこれが、メナングさん仕込みの、シラットの肘鉄だぁ……っ!!」

 

 伸ばした腕を内側に巻き込むように曲げて、そのままの勢いで肘を斧の様に振り回す。これはメナングさんにみっちり仕込まれたんだ……! スムーズに動かせるようになるまで! だから――コレは。

 

「な、にぃっ――ごはぁっ!?」

 

 絶対に、相手の正中線に、直撃する!

 めり込む感触。後ろに吹き飛んで、風になびく黒フード。そして……ドサリ、と倒れ込む音を聞いて……大きく、息を吐いた。

 

「ようやく……一発……!」

 

 肘に感じた手応えと、くの字に折れ曲がって、地面に転がる谷本君を見て、間違いなくクリーンヒットした事を確信する。けれど……コレで倒せたかは、分からない。

 アレだけ強い人が、一撃で倒れる、なんて思えないし。現に、目の前でもう谷本君は地面に手をついて……

 

「――やる、じゃねぇか」

「へへっ……そういう割には余裕、そうじゃない」

「そうでもねぇ。効いたぜ……」

 

 膝立ちとはいえ、立ち上がる仕草を見せている。凄い人だ。今までで一番の手ごたえを感じていたというのに、その自信がへし折れそうな位に……まだ、谷本君は闘志に満ち溢れている。目がギラギラしてる。本当に、驚くくらい、強い人だ。

 

「だが、この一発で終わらせるには、もったいないからな……根性で、立ち上がってる」

「あはは、僕としては、その言葉が絶望的だけど、ね」

「お前こそ、絶望的な割には、笑ってるじゃねぇか」

 

 ……なら、僕も。

 まだ負けない。まだ倒れない。まだ――勝ちに行く。

 

 拳を握る。膝を浅く曲げる。呼吸を整えて、もう一度あの嵐に立ち向かうだけの覚悟を決める。明日は修行できないかもしれないなぁ~、なんて考えながら。それでも。

 ここで止まろうって気には、なれなかったんだ――

 

「――やろう、谷本君!」

「――上等だ、白浜ぁ!」

 

 

 

「――双方、それまで!」

「……です」

 

 

 

 

 その時、互いに次の一歩を踏み出そうとした一瞬……僕らの間に立ち塞がったのは、二つの影。

 

ハッとその声に視線を向けると、金色の髪を靡かせた美しい――天使じゃなくて、僕の姉弟子、のような憧れの人。美羽さんがそこに、軽く構えて立っていた。

 

「美羽さん、どうして……!」

「事情は後ですわ、それよりも今は、お互いに一旦引いてくださいな」

 

そして……もう一人。

 

「――何のつもりだ、ハルティニ! まだ決着はついてねぇ!」

 

 ハルティニ、と呼ばれた黒い肌の少女。

 小学生くらいだろうか? 普通の服、ではなく何処かの民族衣装と言えば良いのか……そんなモノを身に纏って、片膝を突いて谷本君に頭を下げている。こっちもびっくりするくらいに可愛い子だ。

 そしてもう一つ……彼女の動きが、一瞬目で追えなかった。恐らく、武術を学んでいる。

 

「無粋は承知しています。しかし……貴方の所属のグループが、この決闘を嗅ぎつけました。直にあなたの意思を無視して、雪崩れ込んできますよ」

「……なんだと?」

「この決闘をそのような輩に邪魔される方が、貴方としては本意ではないと思います」

 

 ラグナレクが!?

 

 谷本君に視線を向ける。彼も、苦々しいような、驚いたような顔をしている辺り……その事を把握していないらしい。

 一つ、大きく舌打ちをしたのが聞こえた。

 

「……こうならねぇように、密に果たし状を送ったってのによ。台無しじゃねぇか」

「た、谷本君……」

「――白浜兼一! 勝負は預ける……次は、決着をつけるぞ」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、此方を睨む視線と目があう。

 真剣な目だった。でも、そんなの僕だって、同じだ。構えを解いて――体から力が抜けて、尻もちをついてしまう。一瞬、場が空気が固まった気がして。思わず、喉の奥から気の抜けた笑い声が漏れてしまった。

 

「あ、あはは……うん、またやろう、谷本君!」

「……はっ、それまでに腕を磨いておけよ」

 

 そう言い残し、彼は此方に背を向けると、少しふら付きながら歩きだそう……としたら脇をハルティニちゃんに支えられて。

 なんだかちょっと拗ねたような表情になりながら、改めて、立ちさって行った。

 

「……」

「――っ、兼一さん! 大丈夫ですか!?」

 

 ふと言われ、傍らの美羽さんと目が合う。少しグレーがかった蒼い瞳は、少し潤んでいる様な気がした。

 

「あ、えっと、はい……」

「もう! あんな無茶な戦い方して! 見ているこっちの肝が冷えましたわ!」

「み、見てたんですか!? すみません、あの……」

「……私も、兼一さんが楽しんで組み手をしているのは分かってましたから見ていましたけれど、それにしたって自分の体をあまりにも考えない様な……!」

 

 どうやらめちゃくちゃ心配させてしまったらしい。大変申し訳ない。でもまぁ、見た目ほどはダメージないんですよ、と腕を回して見せたりして見せ、取り敢えず安心して貰えれば、と思い……ふと、思う。

 

「……美羽さん」

「はい?」

「これから、修行の合間に組手をお願いしたら……受けてくれますか?」

「え? え、えぇそれは是非……どうしたんですか?」

「いいえ。その……」

 

 もっと強くなりたい、と。突拍子もなく、なんだか……いや、突拍子もない、という事はないか。理由は、ちゃんとあるんだ。

 僕みたいなやつが、初めて抱いた、この熱い……胸を焦がす様な。

 

「……あぁ、成程」

「え?」

「兼一さんも、やっぱり男の子ですのね。ふふっ。あの方との決着、ちゃんとつけたいんでしょう?」

「あっ、えっ!? どうして!?」

「ふふっ、分かりやす過ぎです」

 

 そうクスクスと笑われてしまって、少し恥ずかしいというか……まぁでも。

 取り敢えず、美羽さんの憂い顔が晴れたので、良かったとは思った。

 

 

 

 

 

 

「――うんうんケンちゃん、良い青春してるね……」

「……って師父!? えっ!? 何処から!?」

「ったく、動きに無駄が多すぎるんだお前はよぉ~……ま、だが悪くねぇ顔でケンカしたじゃねぇか。ちったぁ男前になったぞ、兼一」

「逆鬼師匠まで!? 見てたんですか!? 何時から!?」

「「最初っから」」

「……はぁ、お二人とも。兼一さんを運ぶの手伝ってくださいまし。恐らく、ご自身が思っているよりもダメージが溜まっているでしょうから」

 




楽しくなって書いてたら軽く過去最長の長さに……もうちょっとコンパクトに納められた気がするゾ……でも楽しかったゾ……


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断章:梁山泊に如何様にしてシラットの達人は馴染んだか

「……うーむ……ここで」

「ほう。随分と渋い手を。やはりご経験が?」

「先生と世界を回っていますとね。治療を受けに来て下さった患者さんを退屈させない様に諸々な事を覚える必要も出て来まして……」

 

 ぱちり、ぱちりと秋雨とメナングが互いに一手を打つ音を耳に聞き流しながら、逆鬼至緒は考える。この男の最優と呼ばれる所以は、一体何処にあるのだろうと。

 

 武術的にこう、細やかだったり、変に器用なのは当然だと思う。

 ジャングルで戦う想定をされて練られたシラット……を、彼は独自に弄り回して不安定な足場(超広義)で『常通り』戦えるように調整してある、らしい。

 具体的に彼が言っていたのを思い出せば。高密度のコンクリートジャングルだとか、天に聳え立つ高い巌だとか、底なしの沼地だとか、嵐の最中の船の上だとか。

 

『いやー……慣れるしかなかったですよ、否応なく。えぇ本当に……』

 

 そう言って遠くを見る姿が若干、修行中の兼一の姿にダブって、ちょっと修行を、辛くするだけではなくちゃんと飴もやった方が良いんじゃないかと思わず秋雨に相談してしまったのは、まぁ、それはそれとして。

 まぁ兎も角、色々なのだ。多分、彼の師匠……というか、『先生』と共に世界各地を飛び回り続けた結果、そうなった。

 

 しかし、これは簡単に言っているが、とんでもない事だ。

 普通、武術というのは『平場』を想定して戦う。不利な足場で戦う事は、基本何方も想定していない。達人の中でも、自分や秋雨、アパチャイ、剣星、しぐれのような、ある一定以上上の奴らは、そう言った事態に関してもある程度は想定をする……するが。

 

 それでも尚、普段通りのパフォーマンスが発揮できるか、と言えば少しばかり首を捻らざるを得ない。出来得る限りの対策やなにやらはやっているが、それでも完全無欠とは行かないのが武術の妙だ。

 

 その中で、メナングは如何なる足場でも『パフォーマンスが落ちない』。それがどれだけ恐ろしい事か、という話だ。

 99.9%の実力が出せたところで、達人同士の戦いではそのほんの僅かな『普段との差』で大きく戦況が左右される……たとえ相手が格上だとしても、そこを突いて勝利するのは決して不可能ではないだろう。

 

 あのメナングという達人を相手取る場合、普段とは違う場所、足場、環境、というのが何時も以上に重くのしかかってくる、という訳だ。

 何処でも『いつも通りに戦える』というのは、正に『最優』の名を冠するに相応しいだけの実力だと思う。本人曰く、『おかげで平場では並の達人よりそれなりに上くらいに留まってしまいますが……』らしいが、それでも自分達と張り合うのに最低限必要な力は持っている、と立ち振る舞いや、普段の修行の様子からは想像も出来る。

 

 『強さ』と『巧さ』を上手に融合させた彼の戦い方を想像すると、至緒とて『こりゃあどっちが大怪我しても不思議じゃない』と思えてくる。梁山泊は私闘禁止だが、それでも若干疼く時は有った。

 

 ――とまぁ、ここまでは彼が表向き『最優』と呼ばれている理由だ。

 

「……いやはや、全く手ごわい」

「ははは、まだまだ本気を出されてもいないではないですか、岬越寺殿は」

「そちらこそ、まだまだ様子見の段階では?」

「いえいえそのような。必死になって食らいつくのがせいぜいです」

 

 例えば、目の前の一局。

秋雨は、基本囲碁から将棋、オセロにチェス、何でもできる万能超人だ。長老はいっつも秋雨にしてやられてるし、至緒などいっぺん楽しそうだからとやってみたら、ぼろくそになるまでやられた。

 

それが……あの秋雨と、ある程度互角に渡り合っているのだ。この男。先程から、若干秋雨が有利ではあるものの、決して決めきれない……らしい。やっている本人らが言うには。自分にはさっぱりわからない。

 

「んだよ秋雨、まだかかんのか」

「そう言わないでくれ逆鬼。彼は結構いやらしい攻め方をしてくれてるからねぇ……崩すのに時間がかかる」

「……はっ!? おい、さっきまでお前が攻めてたんだよな!?」

「いやはや、何時の間にか主導権を握られていた。上手いものだよ」

「一瞬の隙を突けましたからね。ですが、コレでようやく五分にもっていけるだけとは」

 

 ……繰り返すようだが、さっぱり分からない。

 とまぁ、あの秋雨と渡り合えるくらいに化け物染みてる、というのだけは分かった。

 

 だが、恐ろしいのはこれからだ。

 

『――えーと、これとこれとこれは……こうすれば経費の削減も出来るかと』

『美羽殿! お米炊きあがりました! 生姜焼きもあと少しで上がりです!』

『あ、ノミと鋸の手入れはやっておきました。いやー流石梁山泊、道具も良いものがそろっていますなぁ』

『アルバイト行ってきました! 此方、今月分の生活費です、お納めください』

 

 ……以上、メナングが梁山泊に入ってからやった事を、軽く羅列したものである。

 控えめに言って可笑しい。経理から料理、そして道具の手入れ……ここまではまあいいのだが、此方も知らない間に、何処かで働いて金まで稼いできてると来た。

お陰で梁山泊の経済情勢は最近、ギリギリだった所から『ちょっと危ない』くらいまで回復してきている。

 

 秋雨レベルの完璧超人……かと言えばちょっと違う。しかし、『器用さ』という一点において、この男、もしや秋雨も凌ぐのではないかという程にくるくるとまぁよく働く。

 

『いやぁ、先生と一緒に居ると毎日が激務激務で……私など、先生に比べれば器用貧乏なだけですよ、ははは』

 

 とはいうものの、絶対そんな事はない、と思う。あの人は確かにすごいが、ここまで器用かと言われると、そうは見えない。寧ろ不器用な方だと思う。しかしながら、いつも彼は自分より働いているのだと、メナングは言う。恐ろしい。

 

 それでいて、目の前で今、秋雨と一局指しているように、自由時間もきっちりとってると来た。更に言えば、最近は兼一の修行にも多少付き合っている、らしい。

 まぁ弟子がいろいろ学ぶのは師匠としても意欲的で嬉しいのだが。それよりも、一体どうやってそんな時間を捻出しているのかが不思議なほど。

 

『どうした兼一君! この程度の打撃の群れ、イタリアンマフィア共がぶっ放してくるトンプソン機関銃の雨霰に比べれば断然温いぞ!』

『どうした兼一君!! この程度の蹴り、密林に潜むゲリラ共が仕掛ける巧妙に隠された竹やりの罠に比べれば断然温いぞ!』

『どうした兼一君!!! この程度の防御であれば、私の先生に比べれば紙屑同然としか言えない! 教えた肘なら十分突破可能だ!』

 

 ……まぁ修行の基準に関して言えば、自分達がやってる修行に比べるとちょっとえげつない事になってるとは、思うのだが。

 美羽に組手を任せるのは申し訳ないと、メナングは自分からしっかり弟子と組み手をしている。そして手加減の具合が完璧すぎて、まぁ兼一を何時も限界まで追いつめている。

 

『えっ? 皆様の修行の厳しさに比べれば、そんなに大変ではありませんよ。ただ凌ぎ守りを突破するだけですから、はっはっはっ』

 

 そう顔色一つ変えずに言い切った彼を見て、とんでもない胆力をしているとは思った。まぁここまで精神力的に鍛え上げられたのも……あの先生のお陰だとは思うが。

 

「……? どうしたんですか逆鬼殿。此方を見て」

「ああいや、なんでもねぇよ」

 

 案外。

 その精神力こそが、この男が最優と呼ばれる所以なのではないか、と。逆鬼はひそかに思う訳なのである。

 

「っと……すみません岬越寺殿。少し席を外します」

「あぁ、構わないよ。電話かね?」

「はい。えっと……おや、私に直接? 珍しいな、谷本君、なんの話かな……」

 

 

 

 

 

 

『えっ? 何時の間に弟子を取ったんだって? 俺にも教えろって? ああ兼一君の事かい? 彼は弟子というか技をいくつか仕込んだ程度で、彼は梁山泊のお弟子さんで……そうそう。というかなんで知って……』

『……は? えっ? 殴り合った? 兼一君と? お互いボロボロになるまで?』

『……えっ?』

 

 

 

 

 

 

 

「……岬越寺殿」

「うん?」

「自分が教えた事が、巡り巡って患者の家族を打ち据えた場合……ハラキリで宜しいのでしょうか……」

「えっ」

「おいどうした、話くらいは聞くぞ」

 




くぅ疲。

最後は、メナング君の諸々の様子を書いて終了。先生の出番が殆どないんですが、もう最近はメナングくんがもう一人の主人公的な事になっているので、それはそれでいいかな、と。
後、メナング君は、兼一君が帰って来た後は丁度留守だったので諸々の事を知りませんでした。何処に行っていたかは……まぁ次を書くことがあれば。

という事で、今回の更新はここまでとなります。
また書き溜めて投稿するか、さもなければ失踪するか……作者の明日はどっちだ!



最後になりますが。

吉野幾望様、交錯くん様、典善様、ヴァイト様、Agateram replica様、幻燈河貴様、rx様、Othuyeg様、楓流様、闇影 黒夜様、塩三様、hadsukiyo様、
Skazka Priskazka様、メロンぱん様、昼寝の奴隷様、D.D.D様

誤字報告、本当にありがとナス!!!


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原作編 第四回

前にいつ投稿したのか忘れたので初投稿です(鋼の意志)


 久しぶりの実戦実況、はーじまーるよー。

 

 谷本君がケンイチ君と接触するフラグを立て。

 達人の弟子同士の、結構レベル高めの凄惨な殴り合いへと誘導し。

 史上最強の弟子のライバルキャラとして谷本君を擁立し……

 

 そして、その過程で槍月師父の情報を、無事にケンイチ君が仕入れて、馬師父のお耳に入れてくれたのでしょう!! ホモ君は直接イベント関わってねぇから全然詳しくは知らんけど!!(無知の知)

 と言うかそうじゃねぇとイベント起こらんし! という事で!

 

『――最近、横浜がきな臭いです。どうやら、中華マフィアがその辺りを根城にし出した様で、大分治安が悪くなっているようです』

 

 ……ついにやって参りました。中華系マフィアと中華街の小競り合いイベント。一応、槍月師父が原作通りの組織についている事は把握していましたが、それでも不安は不安だったので。ちゃんとイベントが起こってくれて助かりました。

 このイベントは、いくつかのイベントが組み合わさり、前のイベントを呼び水にどんどんとストーリーが進んでいくタイプの大型イベントで、その中でも、このモードにおける最初のイベントが、この『横浜中華街への中華マフィア進出』です。

 

 原作通りにイベントが進んで、槍月師父、及び剣星師父の何方かと友好関係になっていた状態で、なおかつ中華街、またはその近辺で決まった日にちに働いているとその一連の流れに介入、と言うかイベント参加が出来るのですが。先ず、ホモ君は何方ともある程度関係を築いているので、友好関係は余裕でクリアしています。

 

そして中華街で働くなら、原作の流れに最も近い場所で働くのが一番合理的かと思いますので……

 

『――おう、アンタが代わりの医者か。へへへ、前のは俺らにビビッて逃げ出しちまった玉無しだったからな。精々長く勤めてくれよ』

 

 はい。一定時間だけですが、原作で槍月師父が所属する、この中華マフィア側に所属しようと思います。槍月師父と知り合いだと、このイベント時期限定で取れるんですよね。この仕事。

いやー雇い主の親分さんが丁度良く小物そうで良いですね。パッと手を切っても何の後腐れもございませんぜへっへっへっ(悪い笑み)

 

 中華街側でも良かったんですが……丁度、ここ最近はあんまり悪い事(アライメント調整)もせず、若干活人拳側に寄ってしまいそうだった所なので、ここらで一丁、ぐぃっとハンドル切ってニュートラルに戻しておくとしましょう。

 

 日本に居ると、比較的活人拳に寄ってしまうような依頼を熟す事も多く、時々裏の仕事も受けないとアライメントがニュートラルに戻らなくなっちゃうんですよねー……ホントこういう所の管理大変ですねーという事で張り切って悪い事しなきゃ(治療)

 ホモ君が所属したその日から、連日中華街の皆様と小競り合いを起こしますからねこいつ等、患者は毎日運び込まれてきますので。仕事には一切困りません。

 

 後は、この木っ端構成員たちの治療を熟しつつ……んー、結構一定のローテである事も多いですねぇ……やっぱ、鉄砲玉と呼ばれる人たちが一番此方に来ます。三日くらいでもう顔なじみになっちゃったよ(困惑)

 そしてその顔なじみが帰った後は槍月師父と削り合いします(白目) まぁ……彼のコネでここに来る=槍月師父の近くにいる、ですから。そりゃあそれなりに強くなったホモ君にランダムにケンカしかけてきても不思議じゃないですよね……お医者様って大変だなぁ!!

 

『――中華街から捜索の依頼です。馬 連華氏から、父を見つけたら報告して欲しいと』

 

 あ、そう言えば連華ちゃんもこの辺りに来てたんでしたっけ。お久しぶり~、いやぁ彼女の治療の依頼だとか、剣星師父から受けていたので彼女とも仲は良いんですよ。ゴメンね、こんなゴロツキ共の治療なんか引き受けちゃって……!

 ちょっと今は暇じゃないから受けられないかなぁ……(目逸らし) ほら! 連華ちゃんが目の敵にしてる槍月師父と殴り合いしてるから、手が空いてなくて(震え声)

 

 まぁホモ君は誰からの依頼でも分け隔てなく受ける慈愛(笑)のお医者様なので罪悪感とかは特にないですけど(掌ドリルプレッシャーパンチ)

 

『先生、ありがとよ! コレでまたひと暴れ出来るぜ!』

 

 はいはいお大事にー。そろそろマフィアは解散するから(無慈悲)別の就職口も探しておくんやで~……うん。いい加減、ホモ君もこのマフィアチームのかかり付け医として馴染んできましたね。かなりの数の依頼を熟したので、アライメント調整も殺人拳よりになるくらいには行ってます。

 

 さて、ここからはこの中華マフィアのかかりつけ医を熟しつつ……中華街の住人皆様にも治療を施すとしますかぁ!!!!(極悪)

 

 えっ? アンタはマフィア側でしょって? バリバリの利敵行為ではって? 普通に裏切り行為ではって?

 俺は何方からの依頼も受ける! 医の道に立場もアライメントの違いも関係ねぇ! 誰でも治療するぜぇ……!!(にこやかな笑み)

 

 ……どっちの陣営も治療して、どっちの勢力も弱らないようにするとか、格安で仕事請け負っている事以外はやってる事殆ど死の商人なんですが、まぁニュートラルを堅守するにはこれくらい極めて無いと……(アライメント順守)

 

 まぁ基本格安で治療してあげてるんで許してくれよへへへ。あ、なんで格安かというと無免許だからです(白状) 医師免許があると治療代をもう少し上げられるんですけどねぇ。持ってない方が自由に行動できるんで持ちません(ゲーム走者の鑑)

 ホモ君に直接入ってくる依頼とかはあくまで『クエスト』扱いなので依頼金は変わらないんでいいですけど。

 

 さて。

 争う双方の勢力を、日夜頑張って治療し、即日でキッチリと元気にして再び送り出すような寄生虫みたいな生活をしばらく続けていると、中華マフィア側の旗色の方が案の定悪くなってきました。

計算通り……!(キラ)

 

 まぁぶっちゃけますとマスター・槍月殿があんまりにも豪傑過ぎて滅多な事じゃ堅気虐める様な仕事しなかったり、ホモ君が中華街の皆様をも徹底的に治療していた事で、中華街最強格の達人の白眉師父の頑張りが如実に表れて来ただけですよ。流石そこら辺の達人の二、三人なら面倒を見切れるお方……

 

 という事で、中国マフィアが不利になってきているこの状況に。原作通りの時期、原作通りの展開、その他諸々……そう、不利になったからこそ、今まで置物に徹した来た槍月師父が……遂に! 動き始めます。

 

 そうなんですよねー……用心棒っていうのは雇っている組織がピンチである時に使われるいわば『切り札』なんですよ。なので中国マフィアが不利にならないと師父が出張らない、イベントも起きない。

 お判りでしょうが、ホモ君が医者としてこちら側に着いたのは割とタブー寄りの行動です。普通此方のマフィア様の治療をしてたら勢力が弱くなりませんし。

 

 このゲーム、放っておけば基本イベントは起きるんですよ。ですがホモ君がどっちかに加勢してしまうとまぁ予定がずれます。当然です。

 という事で、原作と同じバランスにする為には『どっちにも』加担するのが至極当然であり、何方も全力で治療しているのです。あの、無駄に死の商人やってた訳じゃないんですよ。一応意味のある死の商人やってたんですよ……意味のある死の商人とは一体……?

 

『――最近は中国マフィアの勢力も減退してまいりました。最近は、中国から渡って来た馬一族の一人にボコボコにされているとか』

 

 連華ちゃん頑張ってるなぁ……そんな彼女の地道な活動で、マフィア君達も更に数を減らしているとの事で。ありがとう連華ちゃん、マフィア君達を弱らせてくれて。俺も張り切ってマフィア君達治療して精一杯抵抗してもらうね……(悪魔の笑み) うーんぐうクズで草も生えない。

 

 しかし。そんなどっちの陣営にもクソ迷惑な死の商人ムーヴも……漸く終わりを迎える事が出来そうです。

 

『――馬良の元に、馬 剣星が訪ねてくるようです』

 

 そう――時は満ちたのですから!!

 




ホモ君ならどっちの人達も治療するやろなぁ……と思って書いたら、傍から見たら完全に死の商人プレイになっちゃって笑っちゃうんですよね(震え声)

あ、今日は夕方もう一回投稿するから、楽しみにして欲しいゾ。投稿遅れた分のお詫びだゾ~


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第四回・裏:ハゲ医者、中華街へ行く

「つつ……んで、槍月は中華街の……この組織にいるんだな」

「あぁ、すまない。黙っているように頼まれてな」

「別にいい。んで、こっちに来るつもりはあるのか」

「いやないだろう」

「クソッたれ!!!」

 

 ……目の前の谷本君は、少し苛立ち交じり……というかヤケクソ気味だな。コレは。兎も角、荒れている。

 渡した湿布を太腿に叩きつけ、綺麗に張っているその姿を見ていると、少々申し訳ない気持ちにもなる。彼がどれだけ真剣に槍月から武術を学んでいるのかを、部外者ながら知っているつもりではあったから。

 

 とはいえ、槍月の言い分も分からないではないのだ。俺個人としては。

 

『ああいうのは付きっ切りで指導するよりも、一回放っておいた方が良く育つ……たった一人で鍛え上げてきた貴様と同タイプだよ。まるで似ていないがな』

 

 という事で、一旦放っておいて彼自身で鍛錬する為の時間を作り……その上で、指導をするという事らしく、私にも協力を求めて来た。

 槍月は、ああ見えてしっかりと指導するつもりがある。放浪癖が働いている部分もあるだろうが、それでも何も考え無しに彼を放り出した訳では決してないだろう。あくまで個人的な感想ではあるのだが。

 

「……少なくとも、君の指導を放り出したつもりはないだろう。それだけは、分かってくれないか。谷本君」

「はー……」

 

 ソファの上、両膝に腕を置いて、うなだれたまま深い深いため息を吐く。その姿には私自身申し訳なさしか感じないのだけれども……しかし、仕方ないのだ。こう見えても、友人との約束を破る程、俺も義理人情に欠けている訳ではないのだから。

 

「……別に、アンタにそんな顔させたい訳じゃねぇ。悪いな、八つ当たりして」

「いいや。君は俺の患者だ。八つ当たりの一つや二つ、受け止めるのも仕事の内だとも」

「こういう八つ当たりは含まれねぇだろ……」

「そうでもない」

 

 医者というのは時に患者に対して厳しい現実を突きつけねばならない……そうしない前提で医者としての使命に取り組んではいるが、もしそうなった場合、冷静に対処できる患者ばかりではない。

 やはり『今すぐに治療できないので、時間が欲しい』というのは患者にとっては相当に苦しいだろう。病気というのは一刻も早く完治して欲しいのが当たり前である。

 故に、そのようなこちらとしても心苦しい結論を言わなければならない場合、如何なる文句も何も受け止める覚悟はあるのだ。

 

「……アンタはどんな難病相手でも、直ぐに治せないってならそう言うし、何時治療するかもキッチリ言うんだよな」

「む? それはそうだ。準備が整っていない場合はそういうしかないだろうに」

「それは普通の医者が、普通に患者に対して言うセリフなんだよ。アンタみたいに即日即座に全力全開で完全治療するのが常識みたいなのはおかしいんだよ、分かれよ」

「いや、全然分からんが……」

 

 医者と言う物は一刻も早く患者を治療するのが至上命題であり基本中の基本だろう。患者もそれを望んて来ているのだから、それが出来なければ地面に頭を擦り付けるのも当たり前の事だろう。

 

 谷本君は何故かため息を吐いているが。何故なのか。

 

「ま、その精神だから俺もこうやって、痛い思いする時間が減るってもんなんだが……んで? この後も仕事だったか」

 

 とはいえ、こうして会話できている辺り元気そうではある。治療に何か不備があったかと一瞬疑ってしまったが、顔色からしてそれはない。

 何処か呆れを浮かべるような表情からは、僅かに余裕すら感じられる。

 これならこの後の仕事にも安心して行けるだろう……と思いながら、鞄の中に最後の器具を収め、中身を改めてチェック。それを終えて、首を縦に振った。

 

「あぁ。少し中華街で仕事だ。少し長期になるので、食事当番は暫く――」

「待て待て待て待て止まれ止まれ」

 

 だがその直後、一瞬でその余裕は消えてしまった。

 その代わりに、思わずして足を止めてしまう程の迫力をにじませて此方に迫り来る谷本君には、正にかの馬 槍月の弟子としての迫力が溢れている。立派に成長している。

 

「アンタ今から何処行くつった?」

「中華街」

「連れてけや!!! だったら!!! 今俺らは何の話をしてたんだよ!!!」

「……いや、君は患者だから安静にして貰うが」

「ぐうの音も出ねぇ!!!!!!!!!!」

 

 ソファに突っ伏してしまった。その通り、治療は終わっているとはいえ、安静必須のケガをしていたのだ。谷本君は。

とはいえ、もしケガをしていなくても連れて行くつもりはなかったのだが。友人からの頼みだ、ここは融通を利かせる場面ではないだろう。

 

「畜生……つい……つい楽しくなっちまったのが……こんなっ……!」

「まぁしっかりと自分で功夫を積んでいれば、何時か彼の方から次の段階の修行をつけてくれるだろうから、それまで待ちたまえ」

「ぐぅううう……っ!」

「それではお大事に」

 

 それに。彼を連れて行って、その職場で万が一にも重傷を負わせたりしようものなら、槍月に申し訳が立たない。

 とはいえ、谷本君であれば先ず、職場で起こる荒事に対しても、先ず対処できないという事は無いだろうが。問題はそちらではなく……向こうでちょっとした達人クラスのもめ事が起きるのは、ほぼ確実なので、その戦いに巻き込もうものなら弟子クラスの彼では苦しいという事だ。

 

 そもそも。中華街のチャイニーズ・マフィアとの仕事など、何のコネも無ければ受けられない。というか、そもそも俺は売り込みというモノをした事もないため、向こうと縁がなければ依頼はこない。

 そして……槍月が所属する組織からその依頼が来た、という事は……要するにそういう事だ。

 

「――メナング。ホークだ。これからしばし横浜の方に滞在する。ハルティニは谷本君の家に残す……あぁ、鉄火場で仕事だ。うん。任せる」

 

 大方、暇つぶしで受けたチャイニーズ・マフィアの護衛任務が余りにも退屈過ぎて。と言ったところだろう。

 『仮宿の親玉が医者を探している。来い』という書状を思い出す。何時もの、硬いながら丁寧な文面ですらなく、『来い』という乱暴な言い方。余程暇らしい。

 

 とはいえ、患者がいるというのであれば、是非も無い。

 

 取り敢えず、靴に履き替えながらメナングに連絡を入れつつ、これからの予定について思いを馳せ……

 

「あぁ。うん。君は梁山泊への出向を続けてくれて問題ない」

 

……否、患者がいる、だけではない。間違いなく患者は『増える』事態になるであろうと思い直した。

 

 そもそも日本に槍月がいる、というのは珍しい。それに、これから向かう横浜中華街にはかの達人、『白眉』こと馬良殿がいる。

 彼は横浜中華街に於いて絶大な人望を誇り、顔も広い。人脈も深い所までつながっている。まさか彼が槍月が付近に来ている事を把握していない訳がないのだ。

 

 そして馬良殿に知られたという事は……剣星殿に伝わるのも時間の問題とも思われる。剣星殿がやって来て、無事に話し合いでお終い。とはならないだろう。

 寧ろ、ここ最近は大分調子の良さそうな槍月と、友と腕を競い研鑽を続けた剣星殿の二人が揃うのだ。『最低でも』チャイニーズ・マフィアの壊滅は視野に入れておかなくてはいけない……

 

「それでは……と言いたい所だが、どうしたメナング。大分声が憔悴しているぞ。精神的疲労はアレだけ軽視してはいけないと口を酸っぱくして言っているだろう。ケアならいつでも請け負うから声を……何? ハラキリの作法? 言う訳がないだろう馬鹿か君は」

 

 俺をなんだと思っている医者だぞハラキリなんぞと言う俺が最も唾棄すべき謝罪方法だと思っているモノを許すと思うてかこの野郎今すぐ梁山泊に出向いてケアしてやろうかああいいだろうやってやるそこを動くな治療方法検索開始――

 

「……大丈夫? 元気になった? 俺にごまかしが通じると思って――アレ、本当に元気になってる……? いや、なんだか違和感がある様な……ううむ?」

 

 ……くっ、電話ではどうにも正確な声の抑揚を確認しきれない。目で見て確認して、患者として強制的に治療するならばともかくとして、流石に証拠も何もない状況で、病人強制認定は患者の事を尊重しているとは言い難い。

 

「分かった。君の言い分を信じよう……一旦はな。では」

 

 仕方ない。ここは一旦落ち着くしかあるまいか……横浜に着いたら改めて梁山泊に行って具合を確かめなければ。少しでも調子が悪いように見えたら覚えておけよ本当に。即座に治療だ。

 

 ……さて。何処まで思考を回したか。

 あぁそうだ。『被害』についてか。

 

 『人間が起こす被害』想定ではどれだけ考えても足りない。基準は『戦車』とかその辺りからになって来る。

 全く以て油断は出来ないだろう。最も凄まじい場合、『中華街の一部崩壊』まで視野に入れねばならない。達人同士の戦いと言うのは、極まると災害クラスの被害を撒き散らす事とてそう少なくはないのは、裏の世界では常識である。

 

 故に――それ相応の装備も必要になって来るという訳だ。

 

「――アンプル、熱殺菌用器具一式……メスの替えは……うん。十分ストックもある。包帯とアルコールは……よし。それぞれバッグ一つ分あるな」

 

 当然、現地にも専用の器具はそろっているだろう。これらは『事が起こった』場合に使ういわば『追加分』である。足りなくなるよりは、過剰に持って行った方がいい。寧ろこれでは不安な部分も多々あるが……しかし俺も一人の人間だ。持ち運べる量には限度と言う物がある。

 

 取り敢えず、キャリーバッグを二つ、背中に大型の旅行鞄、白衣の中にも仕込ませられるだけの器具は仕込んで――額に巻いたバンダナにも、替えの刃を(もちろん刃の部分は保護してある)何本か。

 衛生状況に関しては甚だ無念な部分しかない。しかしそれは現地で改めて整備しなおすしかないだろう。今は、取り敢えず『量』を最優先する。量だけは、事前に用意しておかなければどうにもならない。

 

 『質』に関しては――内にある知識と、今までの経験があれば、磨き直せる。

 

 最後に靴の具合を確認し……立ち上がってから玄関を出て。

 周辺を見回して誰かいないかをチェック……殺気も何も無し。どうやら今日は私に会いに来る『ラグナレク』とかいう学生諸君はいないらしい。ここ最近は何時も来ていたのだが、

 ううむ。彼らの治療状況が気になるので、また会いに来て欲しいのだが――仕方ないか。であれば。

 

「――行くか」

 




メナング君は『あ、やっべ』という雰囲気を察して心の殻を被りました。多分人類で一番緩い心の殻を被る理由かもしれません。


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第四回・裏:暴力的な治療風景

――俺の中で『医者』は二種類いる。

 

 一つは、普通に患者と話し合って治療を行う者。普通の医者。

 

 そしてもう一つは――

 

「オドレクソ医者アアアア!!! あぅっ」

「ふむ、患部はここか――ふっ!!!」

「おぎゃああああ!? いた……くないけど動けねぇ!?!」

「ベッドの上で安静にしていろ。お大事に――次ぃ!!!」

 

 目の前で乱取りよろしく突撃してくる患者を捌いている変人。

 治療用に設けられたスペースに突撃してくる奴らを綺麗に選別し、病人は組手染みた取っ組み合いの間に処置を済ませ、キッチリとベッドへ、非病人は武器をへし折り、入り口から外へとキャッチ&リリース。とても病室にいる医者のやっている事ではない。

というか、二種類目の医者はコイツしかいないが。コイツの治療風景は大分久しぶりに見たが。うん。見応えはある。

 

「肴にはなるな……んぐっ」

「呑むなぁ!! 止めろォ! アレをぉ! お前の紹介だろうガァ!!」

 

 ……全く喧しい。

 ちらりと声のする方に視線をやれば。肩で息をするここのボスの姿。ここ数週間でいい加減に見慣れたが、相も変わらず俺諸共建物を燃やして始末しそうな、小物染みた顔をしている。

 

「……医者を紹介しろと言ったのは貴様だろうが」

「あんな!!! 暴走機関車!!! 医者なわけあるか!!!」

「治療は完璧だろうが」

「ぐぅ」

 

 そしてあっさり黙る。迫力も無ければ頭も悪い。全く、よくこんな奴をトップに据えて今までやっていけたものだ……まぁアイツが暴走機関車だというのは否定はせんが。

 こいつらからすれば、治療の完璧さでもお釣りが来ないくらいの大問題な行動を、目の前のハゲはやっている訳だ。それを止めようと、こうして雪崩れ込むのも間違いではないとは、俺とて思う。

 

 まぁ、一応こうやって襲われるだけの理由はあるという事だ。

というのも、アイツはここに来てから、先ずはチャイニーズ・マフィア共の傷の治療を行っていた。それは間違いない。無いのだが。

 

『――では中華街の皆様の回診に行ってくる。槍月、留守の間、治療室の見張りを頼むぞ』

『おう。行ってこい』

『……えっ? えっ? えっ?』

 

 こっちでの仕事をひとしきり終えた途端に、今度は向こうの治療に向かったのだ。しかもマフィアが用意した道具を持って。

 結果として、こいつ等が行った脅しやらなんやらはまぁ殆ど無駄になった。

 金のかかる筈の治療は全てコイツが無償で診療したし、店を潰すために暴行を加えた店員も完璧にケアされていた。しかも、継続的な治療が必要な患者には、良いかかり付け医まで紹介する徹底ぶり。

 

その行為に対する『心付け』として、ホークが白眉の奴からも金を受け取らされていたと来れば『医者がいきなり裏切った!?』となるのも不思議ではないのだが……残念ながら裏切りでも何でもない。奴にとっては、自分の周りに居る患者は全て分け隔てなく『治療対象』でしかない、という事だ。

 

「ふむ……君は肝機能に問題があるな。食事に関して少し気を付けた方が良い。私がメニューを考えよう。好きな食べ物なら食べられるようにしておくから、どうしても食べたいものは、ここに書き込んでおきなさい」

「あーそれはどうも先生、はいはいはい、こんな感じで……本当にありがとうございま死ねェ!!!」

 

 しゅぱっ! ぴたっ。

 

「それはできない相談だ――ふむ、ではコレを中心にメニューを組んでおく。お大事に!」

「ありゃりゃした~~~~~っ」

 

 ぴゅーん……

 

 今も、診断ついでに、片手に携えた青龍刀を振り下ろしてホークを殺そうとしていたゴロツキを、診療を終えてから改めて外に設置したマットに向けて投げつけ、軽く撃退している。いやどんな治療だと言われると俺も少し……困るが。

 しかしまぁ、襲ってきた相手だろうと、真摯に治療するのは間違いない。

 

 ……それにしても。

 

「ふぅむ……」

 

流れるような攻撃の捌き方は、最早目で反応をしている次元ではない。だが一々頭で考えて予測するような温いモノではなく――さらにその先の段階に、奴は至っているように見える。

まるで、俺ですら見えない何かを『感知』しているかのような――

 

「制空圏……いや、それだけでは無い。もっと何か……」

「……おい、なんだ。なんで目が光ってる。後なんで酒瓶にひびが入ってる。ビン掴んでないだろ紐持ってるだけだろ、おい、おい」

 

 俺ですら知らない技術。研鑽の形。武を目的に鍛えているか等、この際関係はない。奴の日々の積み重ねが、どれだけ膨大なモノか、どれだけ地道なモノか、どれだけ妥協をしてこなかったか。

 

 分からない訳がない。

 沸き立つ。燃えてくる。ここに呼び寄せてからというもの、派手にぶつかり合った事はない。タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 まぁ、俺とてやつの『生き方』の邪魔をするつもりはない。友人にそんな無粋を働く程にまで堕ちたつもりもない。

 

 だが――

 

「……(ズオオオオオオオオオ)」

「こ、こわいぃ……」

 

 いかんな。拳が疼いてしまう。口が勝手に大きく息吹を吐き出してしまう。体の隅々まで新鮮な空気を送り込んでしまう。全力で殴り合う準備をしてしまう。

 ここ最近は、腕のいい達人とも競り合えていないで退屈だった。俺が食らい尽くしに行っても尚、胸やけがするほどの極上の相手が目の前にいるというのだ――!

 

「――槍月」

「む」

「後で相手するから少し待っていてくれ」

 

 ………………うぅむ。

 

「仕方ない」

「あぁ」

「いやいやいやいや待てヤメロこの後何をする気だおいちょっと」

 

 この後は久しぶりに、燃えるような一戦に興じられるだろう。楽しみだ。良し、ちょっと体を動かして解しておくか。治療後のコイツはエンジンがフルでかかった状態だ。そんな奴と拳を交えるのであれば、此方もやる気が出てくるというモノだ。

 

 

 

 

 

 

「……解せん」

 

 あの後、約束通りホークと思い切り競り合っていたら『頼むからちょっと外に出ていてくれ飲み代は全部こっちで持つから許して』と土下座された。あんな殊勝な態度をされたのは初めてで、思わずして頷いてしまったのだが。

 何が悪いというのか。別に周りを巻き込むような場所でやっていた訳でも無い。ビルの屋上位で何をそんな怯える必要があるというのか。

 

「……」

 

 まぁいい。いい勝負が出来た。久しぶりに良い酒が飲める気がする。飲み屋でも探して静かに飲ませてもらうと――

 

「――おお、先生。今日も来て下さったんで」

「あぁ。どうだ。その後の調子は」

 

 ふと、足を向けた先の酒屋の軒先に、デカいハゲが立っていた。

 とっさに路地の隙間に身を隠す。別に何かやましい事がある訳でもない……無いが。

 

 その、なんだ。俺がいる事で、治療の邪魔になるやもしれん。というか間違いなく邪魔になるだろう。俺が敬遠されるのは、そもそも暴力的とか関係なく、顔が怖いというのが一番の理由らしい。その辺りは奴との付き合いで、自然と学んだ。

 ……自分が避けられている自覚はあったが、しかし理由が若干違った事に関しては、何とも言い難い複雑な気分になったが。まぁ、それは良い。

 

 兎も角、奴の仕事の邪魔をする程、奴との友情をおろそかにしている訳ではない。しかし折角の飲む機会をフイにする、というのも些かと。

 

「(……どうする)」

 

 咄嗟とは言え、奴を見た時点で気配は消した。流石に気づかれてはいないとは思うがしかし……動けば間違いなくバレる。そして、辻斬りの如き健康診断が始まる。

 

 奴の悪い所だ。如何なる時も誰かの健康を祈らずにはいられん。故に、町中で出くわそうものなら『肝臓の調子をチェックさせて欲しい』と怒涛の勢いで迫ってくる。後ろから気配を消して突撃してきた時など、久しぶりに血の気が引いた。

 

「(……隠れておくか)」

 

 流石にこの往来で、いきなりの健康診断は御免被りたい。

 

 仕方ない。些か面倒ではあるが、このまま気配を消して、話が終わるまで隠れている事にしておく。

 ……立ち聞きする形になるが、まぁ、それは酒を飲むのを邪魔された駄賃として受け取っておくとしよう。

 

 




なんだこの相反するタイトル!?(困惑)


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第四回・裏:残るもの

昨日投稿しようと思ってたら投稿予定の日時設定がこっちにズレてたようです……気が付けなくて申し訳ナス!!


「いやー、先生に紹介して貰った人が、良い人でねぇ。おかげさまで、来週の頭くらいには完治しそうだよ」

「それは良かった。念のために、今日も診察させてもらいたいのだが」

「おぉ、そりゃあ嬉しいけれど……いいのかい?」

「構わない。寧ろ此方からお願いしたい」

 

 ……先ほどちらり、と見えた男は、あの酒屋の主人で間違いないだろう。そして。あの辺りは確か、チャイニーズ・マフィアの奴らがしばらく前に『話し合い』に言った店だった気がする。

 

 完治、と言うのはその時の傷だろうか。

 

 不思議な話だ。

 チャイニーズ・マフィアが招いた(俺の紹介ではあるが)医者が、本来チャイニーズ・マフィアが脅して利益を得たい相手に対して、無償で脅しの傷を癒しているのだから。

 

 やっている事は、正に死の商人と似ている。何方にも良い顔をして甘い汁を啜る薄汚い蝙蝠の様な輩共……否、奴らは利益という『理由』がしっかりある分、まだ扱いやすいとは思うが。

 

 最大の問題として、あの男の頭には『利益』という考えがない、どころか『常識』の色も薄い。縛る為の鎖がない。故に……当然のように、利用していたつもりになっていた側に、とんでもない痛手が返って来ることがある。結果として。

 実に厄介だ。扱いを間違えれば、自分も傷を負う……あの男は刃も何もついていないただの模造刀にも等しいような奴だが、しかしうっかりと足の上に落とそうものなら、爪先を容易に潰す程に大きく、重い鈍器でもある。

 

「――良いのかい、店の中に入らなくて」

「軒先でも、診察をする分には問題は無い……それに、貴方にとっても、私の様な男の治療を受けたとなれば、コミュニティでの立場が悪くなるだろう」

 

 ……それは何方にとっても、だ。

 

 奴は、チャイニーズ・マフィアの所属である事を隠していない。というよりも、初めから大っぴらに明かして、治療を行っている。

 

『お互いの立場もある。俺に対してよい思いを持っていない人もいるだろう――それはそれとして治療はする。俺に全力で治療される覚悟をしておいて欲しい』

 

 そう言いながら、『マフィアの手先の癖に!』と物を投げつける輩すらいるような有様の住人達に向けて飛び掛かり――あっという間に全員を治療して『黙らせた』……という奴の大立ち回りを、奴に付いていたマフィアの下っ端から聞いた。

黙らせた、と言うか黙るしかなかっただけだとは思うが。

 

 しかし、話だけでも想像は容易い。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う群衆の中を、かの斉天大聖の如く身軽に飛び回ってその悉くを治療しながら、重傷者を優しくベッドに運び込み、再び群衆の中に飛び込み八面六臂の大治療に奮闘する奴の姿が容易く想像できた。

 ……いかん、奴の人相から想像した景色が、まるっきり無辜の民に襲い掛かる山賊の親玉にしか思えん。

 

 まぁそれは兎も角。

 そんな指針だからこそか、奴は当たり前の様にかなりの顰蹙を買っている。

 

 今の中華街の旗色は二色あり。何方も奴に対して良い顔をしている訳ではない。

 雇い主のマフィアは奴に対し、その腹に煮え滾った不満を隠そうともしない。『扱いかねる凶器』として恐れられている節すらある。

 片や住人の方はといえば、奴をどう扱っていいものか分からず、遠巻きにするしか出来ないような状況で。最早『辻治療魔』扱いである。

 

 それはそうだ。どんな勢力にも属さずあらゆる者を分け隔てなく治療する、というのは何方にとっての『敵』も治し、利する事になる。何方も敵に回す様な行動をする理解不能な暴走機関車を、諸手を上げて歓迎するのは同類(狂人)だけだ。

 

 

「――何言ってんだい。若い奴らが色々言ってるけど、気にしなくていいよ」

 

 ……では、奴の周辺には、奴の敵しかいないのかと言えば。目の前の景色が、答えになるだろう。

 

「……だが」

「昔から先生に世話になってる奴らは、だーれも気にしちゃいないさ。先生が患者えり好みしだしたら、それこそ世界の終わりじゃないか! いつも通りで安心したよ」

「そう、か?」

 

 酒屋の店主と、目の前にしゃがみこんで、自分の足の具合を確かめている男とは、文字通り頭二つ程の体格の差がある。そんな図体をまるで恐れる事も無く、肩をバンバンと気軽に叩く姿は、親しみが溢れている様に俺には見える。

 

『――ここは、()()()()()()()があってな。ここ最近は馴染みが深い場所なんだ』

 

 以前、酒の席で語っていたのを思い出す。

 ホークは、この中華街にも出入りする事が多いらしい。

 

 ここ、中華街は特別に中国人の住む為の町、という訳ではないが。しかしやはり大陸から渡って来た奴らが、比較的馴染みやすい街ではある。

 

 それは、大陸の物とは違う空気のこの島国で、せめて故郷を感じたいという普通の意識から先ずここから始める者がいて、この平和な国では些かと後ろ指をさされかねない傷を負っている故にここへ逃げ込んだ者もいる。そんな奴ら以外にも、元々から住んでいた奴らも居るだろう。

 

『だから、ここの患者を診るときに、そろそろ郷愁すら感じる様になったかな。それ位は、通った』

 

 当然。

 人種も人間も、年齢も、多種多様に入り混じるこの街でも……奴はずっと、そんな細かい事を一切考えずに治療を繰り返してきたのだろう。一切の立場の違いも考えずに。

 奴はそうは語ってはいないが、想像が出来る。と言うかコイツがそれ以外に何をするのかが想像出来ん。中華街観光とかいうのを楽しむ質ではない。

 

 奴に最初に辻治療を仕掛けられた側は、困惑したりするのが普通だ。訳の分からない脅威と見做し距離を置こうとする者もいる。反応はそれこそ千差万別、様々だが。負の方向の反応も決して少なくはない。

 特に、ここはそれなりに複雑な事情を背負った者も多い。その色も、顕著だったのではないか、と思う。

 

「先生が、そうだったから、俺は……こうして、仕事を続けられてる。その事に感謝してもしきれねぇ。だからよ、先生が困ってるってんなら、ちょっとでも力になりてぇ」

「……オヤジさん」

「火消なんざ無理だけどよ、それでも、先生の評判、ちったぁ吹聴するくらいはできらぁな。こちとら酒屋だ。店に来た野郎共に先生の武勇伝の一つでも語れば、少しは分かってくれる奴もいるだろうよ」

 

 だが。

 

 長年ここに出入りして来たというのであれば。そんな奴らとも、ホークはずっと向き合ってきたのだろう。治療に関して相手の立場などの事情は考慮に入れずとも、理解をしていない訳ではない。狂人ではあるが、馬鹿ではない。

 

 当然、治療に関しては一切の呵責はない。ないが。

 話を聞いて。理解して。その上で、先ずは何が何でも相手を完治まで徹底的に追い込んで……その後に関しては、多少のアフターケアくらいはするのが奴だ。

 鉄火場で働く者には、ケガから復帰した後、そこに戻るのか、日常に帰るのか。それを踏まえた薬の処方をする。国に帰りたい患者には、故郷近くの医者を紹介することさえやっている。

 

「俺達が付いてる。だからよぉ、先生……どっちの奴も、ちゃんと治してやってくれ。そうした方が後腐れも無くていい」

「……当然だ。ここにいる間は、死人は出さない、けが人は残さない」

「へっへへ、さっすが先生だ! 相も変わらずの気風の良い断定! 大船に乗った気分になってくるなぁ!」

 

 例え嵐の如く、一切の容赦をして来ない災害の如き脅威にも見えるとはいえ。

 その狂気は間違いなく……『医者としての本分に殉ずる』と奴なりに覚悟を決めて、患者の為に起こした行動は。必ずそいつらの心に大きなものを残す。

 

 どんな勢力に所属していたとしても、立場の違い等を気にせずに、奴の側に立つ奴らは、居る。少なくとも、この中華街で古くから奴に世話になっているであろう、目の前の酒屋の店主はその一人なのだろう。

 

「……患者の治療が終われば、出来るだけ早く出ていくつもりだ。それまでは、頼む」

「おん? いやいや、大丈夫だよ、そんな気にしなくてもよぉ」

「いや。俺が仕事を終えて出て行けば、白眉老としても向こうをここから追い出しやすくなるだろう。あぁ、大丈夫だ。治療に関して手は抜かない。そこは安心してくれ」

「でもなぁ」

 

 ……さて。

 それを踏まえ、奴と古くから親交のある奴が、他にもここら辺にはいる。

 

 この横浜中華街の顔役、白眉などがそうだ。患者として、そしてここの顔役として、何度も顔を合わせている、とホークは言っていた。

 奴が嘘を喋る理由はないので、間違いなく本当だとして……知っている限りの白眉の性格を考えると、店主がやる様な消極的なやり方で済ますかと言えば。

 

「白眉老は顔役として、俺が早く出ていくのを望んでいるだろうし――」

「――んなわけないでしょうが! 見つけたわよ! 鷺師父(ろーしーふー)!!」

 

 まぁ、絶対にない、と言える。

 

「蓮華ちゃん」

 

 店の前に、というかホークの前に飛び出して来たのは、特徴的な髪型をした、成人にはまだなっていない位の娘だった。

 一応、知ってはいる。最近チャイニーズ・マフィア共が『邪魔な小娘』と呼んでいる女で、そして……昔から、ホークの奴が面倒を見ている剣星の娘だ。

正直な話、あやつの昔のナンパぶりを知っていると、今でも娘をこさえたという事が信じられんのだが……いや、若い頃の奴の面影を確かに感じられる、気は、しないでもないのだが……ううむ。

 

「もーっ! 回診するなら、白眉師父の所で人数集めるから纏めてやって欲しいって言ってるでしょ! ほら来る! あ、おじいちゃん、鷺師父借りてくわね」

「おう連華ちゃん。お疲れ様」

「あ、えっと、あの」

 

 ……兎も角。

 ホークに詰め寄るその娘の表情は、目くじらを立てている、ように見える。

見えるが……しかし、表情程に、目には怒りを浮かべてはいない。何方かと言えば。手のかかるペットや、出来の悪い弟を見るような色が近い、か。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。診察は――」

「もう終わってるでしょ。何度師父の診察受けてると思ってるの。分かるわそれくらい」

 

 そう言うや否や、風の如き勢いで娘はホークの手を取っ掴んで、ぐいぐい無理矢理に引っ張り始める……診察が終わっていないと言いたかったのではなく、言われなくてもやるから焦るな、と言いたかったのだと思うが。

 

「分かった、分かったから……落ち着いてくれ。まだ荷物も持って……アレ、鞄がない」

「もう持ちました! さぁ行くわよ、師父の事、皆が待ってるんだから!」

 

 そんな事など関係ない、と言わんばかりにホークを引っ張る娘の表情は……随分と楽しそうに見える。

 気持ちは、分からんでもない……どうにも自分の事に無頓着な奴を振り回してやるのは、存外と……面白いものだ。

 




ホモ君に対する周囲の反応と、ホモ君が今までどういう所で仕事をしてきたのかの一例に、連華ちゃんとの関係だとか、色々。


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原作編 第五回

 帰りな! 今からここは戦場になるんだからよォ!! な実況、はーじまーるよー。

 

 さて。

 ゲーム内の日付を確認いたしたれば、いよいよこの時がやって参りました。『史上最強の弟子ケンイチ』において初めて描かれた、『達人級』同士の戦い。

 

 それまで、達人の『凄い』っていう部分は描かれてきても、『強さ』という具体的な部分は、岬越寺師匠や、逆鬼師匠の、格下を圧倒するような描写でしか描かれていなかった為に……そう、ここで初めて『達人の本気』と言うモノが描かれたのです。

 壁を身一つで砕き、拳一つで廊下の窓全部を容易に叩き割り、そして嵐の如き戦いで巻き込まれれば無事に済まない……そんな『史上最強の弟子ケンイチ』という作品のもう一つの『見どころ』である達人同士の常軌を逸した死闘が、今日、この中華街にて行われる事となっています。

 

 トリガーは、谷本君とケンちゃんの決闘イベント。コレによって、馬師父に槍月師父の情報が伝わり、彼はかつての因縁に一つの『決着』をつけるために動き出すのです。

 

 まぁそのイベントに先回りする為にもあらかじめ、この中華街に来ていた訳なんですけれども。

 

 いやぁこのイベントが起きるまで大分荒稼ぎさせていただきました。その稼ぎをさせて頂いた雇い主は今日で消滅するわけですが。稼がせてくれたことに、感謝と共に合掌ばい!!

 はい。供養終了。このお金は他の患者様の治療の為に当てさせていただきますとして……さて我々は、イベント発生に向けて準備を始めるとしましょう。

 

『――馬良の元に、馬 剣星が訪ねてくるようです』

 

 という事で先ずハルティニちゃんから情報が入って参りました。何度も情報を集めて来てくれているので、彼女の諜報スキルも十分に仕上がって、早めにイベントの兆候を捉えてくれていますね。

 

 この日に『馬良』……即ちは、馬一族の中でも指折りの人格者にして、間違いなくそこらの達人なら余裕で面倒見れる一級品の達人、白眉師父の所に、師父が訪ねてくるという情報が入るのがイベントに入る確定の演出。

 

 ここから、夕方に向けて『逆鱗飯店』に師父が入り、そして……今、ホモ君がいる組織に槍月師父がいる情報を仕入れて、ここにやってくるのです。くるのですが。しかしその前にもう一人程、お客様がやって来るので、そのお相手もせねばなりません。

 誰って? いやまぁ、訪ねてくる方に用がある人ですよ。

 

『――だから、パパを連れ戻すのに、協力して欲しいの!』

 

 そう、蓮華ちゃんです。

 いやぁ、前回も言ったんですけどね。剣星師父と仲良くなってから、此方の定期検診も請け負っておりますので当然仲良しさんですよ。

 まぁ、仲良くなったらなったで、こういうちょっと『どうしよっかな~?』なお願いをされる事もあるのですけれども。

 

 パパ……即ちは剣星師父。

 実の父親である彼が、ちょっと実家と、彼自身が盟主を務める鳳凰武侠連盟から逃げるように日本にやって来たので、それを探しに来たと……あれ? めっちゃ真っ当なことしてるな蓮華ちゃん。

 

 今回の一件は、完全に彼女に正義があるんですよね。まぁ剣星師父としては、武侠連盟の皆が、自分を頼りにし過ぎるのも良くないとか色々考えをもって、出て来たとは思うんですよ個人的には。

 自由になりたかったって言うのも大きいとは思いますけど(フォロー放棄)

 

 という事で至極真っ当で当たり前の相談を娘さんからされているのですが……あい済まぬ……それは無理なのじゃ……

 何故ならこのミッションを受けるとホモ君が、横浜中華街を根城にするゴロツキ共のアジトを舞台に、宿命対決している槍月師父と剣星師父、馬兄弟を怒涛の勢いでなぎ倒して師父を連れ帰るストロングスタイルを実行しなけりゃなりません。攻撃できねぇのにな!!!(切実)

 

 いや、ホモ君がガンガン殴れるスタイルなら良かった。そうしたらまぁ選択肢にも入って来ましたよ……ですがマスタークラスの実力を備えたにせよ、こちとら凌いで凌いで徹底的に時間切れによる勝利を狙うクソッたれな害悪キャラなんですわよ!!!

 マスタークラスを二人も相手にしたらおテンポがクソわよ!!!!!

 

 という事で丁重に、申し訳なく……お断りさせていただきますんで……あ、その代わりと言っちゃなんですが、お父様の全身まとめて人間ドッグはタダでやらせていただきますんで、それでご勘弁いただければ。はい、お任せください。健康維持は医者のお役目ですようっへっへっへっ……

 

『――それじゃ! また来るわよ!』

 

 多分次に蓮華ちゃんが来てもホモ君はアジトに戻っていると思われますが。まぁそれは私には関係ありませんので……

 という事で無事にお帰り頂きまして。そして同時に、これで剣星師父がやってくるのは秒読み段階であることが判明いたしました。

 

 そして、剣星師父と共に横浜に降り立つは、『史上最強の弟子ケンイチ』主人公のケンイチ君。実は実況では初登場になります。今まで名前だけはちょこちょこ出て来てましたが、しかしハッキリとその姿を現すのは初めて。

 この実況の主人公ホモ君と共に、ダブル主人公の揃い踏みが見れる可能性が出てきました。いやー、コレは一大イベントですよ。

 

 そうと決まれば最後まできっちり仕事して、悪党から銭を搾り取って、憂いなくイベントに臨めるようにしなければなりませんね。おらっ♡ 銭だせっ♡ もっとケガ人運び込めっ♡ お大事に(ギュッ)

 

『――報告です。馬 剣星が横浜に入った模様です』

 

 来たっ!!!(反応〇)

 さぁイベントスタート……の、前に取り合えずそろそろ契約満了(辞表提出)しておきましょうか。ここでマフィア側に付いたままだと、強制的にマフィア側の戦力として駆り出される事となりますので。

 当然ながらニュートラルアライメント維持のために、イベントには陣営に所属せずソロで挑むのがこのプレイの倣いでございますれば。

 

『なにぃ!? テメェ、この状況で足切るだとぉ!?』

 

 まぁ、剣星師父が万が一来てなくても、もうチャイニーズマフィアくんの勢力は大分ジリジリと削られていたので、離脱するタイミングだと思っていたのは確かだし……言い訳はしねぇ! 全員纏めて面倒見てやるから思う存分に文句を言いに来い!! その上で勝つから(無傷勝利)

 

 はい。大事の前の小事も無事に終わった所で……いよいよ本番、ホモ君が去った後のチャイニーズ・マフィアに対し――

 

『アクシデントです。横浜中華街近辺のチャイニーズ・マフィアの本部を、馬 蓮華と白浜兼一が襲撃したとの事です』

 

 蓮華ちゃんとケンイチくんが殴り込みをかけてきます。

 んっ? と思った方。紳士淑女の皆様。実に正常な反応かと思われますので、もう一度言います。蓮華ちゃんとケンイチくんが、殴り込んでまいりました。

 

 ……えっ? そこは剣星師父が殴り込んで来るんじゃないんですか!? ここまでフリ利かせて宿命の兄弟対決しないとかあるぅ!?

 いいえ皆さま。師父はエロオヤジなのは間違いないのですが、しかしマジモードの師父は思慮深く冷静なお方。お兄ちゃんの居場所が分かったからと言って、即座にカチコミをかける様な事はしないのです。

 

 ……まぁここを出てった後の蓮華ちゃんに襲撃(帰ってこいコール)喰らって逃げ出していたというのもあるのですけれども。

 

 んで、その襲撃した蓮華ちゃんはと言えば。

 お父様を中国に連れ帰ろうとした結果、微妙に良く分からない師父の直弟子のケンイチ君を代わりに捕まえる事となり……剣星師父のとんでもないご職業についての説明やらを熟しながら、ちょっとへっぽこなケンイチ君にガッカリしたり、ホモ君が手を切った直後で斜陽確定のチャイニーズマフィア君の兵隊を見かけたのでぶちのめしたりとして……

 

 んで、見つけてしまったものはしょうがない。

 剣星師父が探しているのは、槍月師父なので、その人が護衛をやっているマフィア共の本部に行けば、先回りも出来る……ついでにマフィア共も蹴散らしてやろうという流れで、ケンイチ君をも巻き込んで進撃して来た、って感じです。

 

 マフィアを叩きのめす流れが、父親を捜していた最中に中華街で悪さしてた奴らをぶちのめして、本来の目的を達成するついで、って当たり蓮華ちゃんがどれだけ情熱的で義侠心に溢れているかの指標になりますね。割と好き(唐突な告白はホモの特権) それは兎も角。

 

因みにここでアライメントが活人拳側だとこの殴り込みに付いていく選択肢が取れるのですが、此方はニュートラル。この殴り込みに関しては何も出来る事はなく――

 

『――何っ!? あちゃー……蓮華の性格を考えるべきだったかね!』

 

 代わりに、中華街にいる剣星師父に声をかける事が出来ます。白眉師父からの伝言よりも先に声をかければ、原作よりも早く剣星師父がマフィアの根拠地に向かう事になり、結果として蓮華ちゃんに降りかかる達人の暴力も減らす事が出来ます。

 まぁ、ホモ君がきちんと治療して、勢力としては削れていても元気な荒くれ者の人数自体は多くなっている事に関してのお詫びという事で……はい。

 

 後、こうして介入する事で色々とお得な部分はあるのですが……まぁ、それは次回にという事で。

 




おテンポがクソわよ!!!!

後、百話行きました。
なんか、なんか気が乗ればやろうと思います。


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第五回・裏:中華娘々と一番弟子

「――ぐぁっ!?」

 

 どさり、と。

 明らかにラグナレクの兵隊の皆さんとかよりもガタイのよろしい方々が吹っ飛んで、ちょっと塗装とかの剥がれたタイル張りの床に倒れていく。

 

 思い出すのは、テレビで放映していた、映画で拳法家のヒロインが悪党共の本拠地に単身殴り込みをかけて、獅子奮迅の大活躍をするシーン。

 父さんと一緒に『おー』『派手だねー』なんて、笑い合いながら見てて。ほのかが『かっこいい!』と言っていたのを母さんが見て、『ほのかもやってみたい?』なんて……

 

「はは、まるで映画みたいだ~……」

 

 そのシーンにそっくりだった。

 チャイナ服を着た、あの、凄いナイス……うん、な美人のヒロインが。こういうちょっとおんぼろなビルの中に駆けこんで。その中にいる悪党どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍で。意識が遠くなるくらい、凄い。

 

「フンっ、口ほどにもないわね」

「ぐぎぎぎ……」

 

 とはいえ、映画みたいな凄い事が出来るのも、全然不思議じゃない。何せ、目の前のチャイナドレスの美人さんは、何と、何と……あの馬師父の娘さんだというのだ!

 

 師父に娘さんがいた、と言うのも驚いたけど、でもその娘さんがこんな、それこそモデルとかの人が見劣りしてしまう位の美人だというのも驚きだった。

 ……でも、その苛烈な性格は、師父がどうして逃げ回っていたのかを、何となく察するくらいには熱い。ちょっと怖い。こうして僕がこんな映画の中でしか見た事のない鉄火場にお邪魔する事になったのも、彼女の烈火の勢いに乗ったからだ。

 

「こ、このぉ……!」

「――っ! 蓮華さん! あぶないっ!」

 

 ……心配だったのだ。女の子一人で行かせるのも。前だけ見て、こんな風に、いきなり後ろから、奇襲されたりとかしそうだったし。

 

 それにしたとしても。殴り倒された後なのに、なんて重い鉄槌なんだ。両腕で受けても、軋む。谷本君に比べて乱暴な拳だけど、重さだけは凄い。

 

「ふぅ――破ッ!!」

 

 取り敢えず、渾身の拳を防御されてガラ空きになった相手の懐に拳を打ち込んで、今度こそ鎮圧……うぅ、もっと穏便に済ませられなかったのだろうか……

 ちらり、と少し抗議の意思も込めて蓮華さんを見ると、彼女は口元を抑えて少し怪訝そうな顔をしていて――こっちの視線に気が付くと、ハッとした様子で、軽く頭を下げた。

 

「……ありがと。コレで三度目かしら。アンタに助けられるの」

「うぅ、三度目なんですから気を付けて下さいよ~……」

「ごめん。でもおかしいのよ、妙にこいつ等、頑丈っていうか……」

 

 ……口元を押さえて考え込む蓮華さんの気持ちも、分からなくはない。彼女の一撃は、確かに体の奥にある芯を捉えている。だから一度は確実に敵は沈むんだけど。

 再び……幾人かが立ち上がってくる。

 蓮華さんの拳のキレから、足運びまで。多分、僕なんかより全然強いし……下手すると谷本君より強いんじゃないだろうか。比較対象になるとすれば、僕より一段階上くらい武術に精通している、美羽さんくらいだろう。それを喰らって尚……

 

「も、もしかして手加減してるとか!?」

「そんなわけないでしょう。明日の朝まで綺麗におねんね出来るようにイイところにぶち込んでやってるわよ」

「ですよね~……」

 

 なんという物騒で力強いお返事。でも、それで確証を得られた。多分、普通だったら絶対に立ち上がれてない。なのに……

 

「じゃあどうして……」

「へ、へへっ……そりゃあ、ドクター・ホークのアドバイスに従って……体、作ったからよぉ……成果が出てて……嬉しいぜ……」

 

 と。その疑問に答えたのは、再び体を起こしたゴロツキの一人だった。

 

「ドクター・ホーク?」

「そ、そうさ……俺達みたいな、ゴロツキにも……分け隔てなく……治療の手を差し伸べてくれる……変な、お医者様だよ……」

 

 そう言って、マフィアの男の人はちらりと窓の外を見つめた。

 さっきまでの殺気ばった表情から打って変わって。どこか、もやもやとした物が晴れた後の、穏やかな表情にも見えなくもない。

 

「……これだけ健康な体があれば……何回でも再起できる、何でもできる、だっけか……信じていいかね、先生よォ……」

 

 その言葉を最後に、男の人はどさり、と再び意識を手放してしまう。呼吸をしている辺り、死んではいない。ちょっとほっとした。

 でも、こういうマフィアの人達にもかかり付けのお医者さんがいるんだなぁ、こういう所は同じなんだなぁ……なんてちょっと思った時。はぁ~、という大きなため息が後ろから聞こえて来た。

 

 振り返ると、蓮華さんが凄い……深い深い皴を刻んでしかめっ面をしてる。

 

「……もう!! 鷲師父ったら!! ホント生真面目な仕事してくれて!!」

「ろ、ろー師父?」

「そうよ! そいつらの言ってた先生の事!」

「そ、その人ともお知り合いなんですか?」

「昔っからのかかり付けのお医者様なの!!」

「えぇっ!?」

 

 変な声が出た。

 父親を捜して、突入したチャイニーズマフィアの本部で、かかりつけのお医者様の名前を聞くなんて。本当になんか、ドラマチックと言うか……

 

「パパと昔からの知り合いで……本当に、良いお医者様なのよ。小さい頃、熱を出したらいつも鷲師父に診て貰って。治らない事は一度も無かった」

「へぇ~」

 

 蓮華さんの声色は、今まで烈火のごとく暴れまわってる時の声と違って、穏やか。本当に親しい人の事を話してる、って感じがして……ふんわりと口元を緩めてるのは、なんだか懐かしくて良い思い出を思い出してる、って感じがして。

 その人の事を本当に大切に思ってるんだなぁって分かる。凄い、優しい顔してる。思わずこっちもにこってしそうに……あんまりカッカしないで、笑ってた方が似合う気がするなぁ、蓮華さん。

 

「腕のいい先生なんですね」

「凄いのは腕だけじゃないわよ」

 

 こっちの事情なんて知らない蓮華さん。いーい、と一本指を立てながら、此方を見つめる表情は……とても真剣なものだ。

 思い出を語ってるだけじゃ到底そうはならない……思わず、のほほん、と聞いていた背筋がぴしってなった。

 

「鷲師父は、助ける人を選ばない――その精神性が凄いの」

「選ばない?」

 

 こくり。と蓮華さんは頷いてから、立てていた指を一本増やし、強調するように軽く振って見せる。

 

「普通の人に私みたいな武人……のみならない。さっきの奴も言ってたでしょ? 鷲師父に診てもらってたって」

「……そういえば、言ってましたね」

「師父は、基本的にどんな人物だって面倒を見るの」

 

 それは文字通り……善悪を問わず平等にとの事で。

 それだけではなく、戦場の中にだって飛び込んで、そのど真ん中で治療をする。それこそ敵味方という区別を、一切つけずに。

 

 国境も、距離も、危険も……全てを無視して、世界中ありとあらゆる場所を踏破して患者の元へ行き、あらゆる病気、ケガに困った人達を治療する。そんな生活を、もう何十年と行っている。

 ごくり、と。気が付いたら喉が鳴っていた。

 

「……す、凄すぎて、ちょっと想像も出来ない」

「それは、誰かを助けたいから、なんてそんな生温い善意からじゃない――善も悪も超えた、『医』っていう道を進むと決めた鋼の如き意志が、そうさせるってパパは言ってた」

「善も悪も、超えた意志」

 

 ……そうだ。

 いざという時の打ち込む勇気。修行を辞めない心意気。そして何よりも……初めに岬越寺師匠が言っていた、武術家が大成する為に最も必要な『信念』。

 それら全ては『意志』の力だ。心の力だ。

 

それなら。立場も何も超えて、たった一つ、鋼鉄の柱みたいな、何が何でもやり遂げるっていう強い意志の力を持った人なら……一体、どれだけの『極』へと、辿り着けるんだろうか?

 

「何処だって、どんな患者だって、助ける。その意志に従ってその道を究めたの。私が知る限り、鷲師父は本物で、世界一の『名医』よ」

 

 脳裏に……それこそ岬越寺師匠の様な、限界まで絞られた肉体を持った、初老のお医者さんの姿が浮かぶ。ピクリとも表情筋を動かさない、ギラギラと目を輝かせて、砂漠も、熱帯も、荒野も、止まることなく進む……そんな姿が。

 

 患者さんを探して、あてのない旅を続けて、そして倒れそうな患者さんに手を差し伸べる。そんな漫画でしか描かれない様な、『求道者』の姿が。

 

「でも……それで! ちょっと! 困る事になるのよ!」

 

 ……そんな凄い人の姿は、目の前の蓮華さんの、なんか……なんだろ、昨日作った味噌汁が余りの夏の暑さに即座にお亡くなりになった、みたいな、凄いやるせない表情でかき消えた。

 

「え、えっと……?」

「言ったでしょ!? 誰でも全力で助けるって! あいつらも鷲師父の治療を受けて物凄い健康になったの! 健康になる様に、指導を受けたの!」

「は、はぁ。良い事なのでは?」

 

 お医者様としては普通の事だと思う。寧ろ、治療だけで終わらせないその姿勢は、寧ろ僕もかかりたいくらいで……

 

「良いけど良くない!! あいつ等が妙に頑丈だったのは、師父がそうなる様に指導したからなのよ~!!」

「……あっ」

 

 言われて気が付いた。

 

 誰だって治療するし、健康にするって事は……ああいう、なんだろう。元気だとちょっと困る人たちまで、ぴっかぴかの元気いっぱいにするって事じゃないか!

 そりゃあ、悪い事だなんて口が裂けても言えないけど……元気いっぱい、健康になって頑丈になったマフィアの方々と戦う僕らにとっては。

 

 うぅ~~~~~~~~~ん。

 

「凄い……微妙ですね……」

「そうなのよ!!! 先生の腕が確かだから! 余計に!!」

「う、うわぁ……」

 

 蓮華さんは、その人の事をとても尊敬している。それは流石に丸わかりだけど……だからこそ、怒り散らす事も出来ないってコト……なのか!?

 

 頭を抱えてしゃがみこむ蓮華さんには、何処か哀愁すら漂っている。まるで、普段の僕を見ている気がした。師匠方のあまりの型破りさ加減にびゅんびゅん振り回されている時の僕の様な……

 

「な、なんと申しますかそれは……そのぉ」

 

 せめて、元気を出して、の一言位は……と思った――

 

「――傍迷惑、か?」

 

 その一瞬だった。

 低い、腹に響くような声が聞こえた。

 

 ぞわっとした。

 僕は勘が良い方じゃない。だけど……この気配は、流石にどれだけ鈍くたって分かる。普段から感じてる、本能から『ヤバイ』と思わせるこの感覚。

 本当に一瞬だけの事だ。一瞬だけの事で……もう感じない。

 

 蓮華さんは、何時の間にか立ち上がって、構えを取っていた。呼吸が浅い、額に刻まれた皴は深い――明確に、後ろに立っている何者かを、威嚇している。

 ゆっくり、振り返ったそこに。

 

「……ふん、剣星の娘の方は兎も角。小僧の方は鈍いように見えたが、それなりに勘は良いか。師の腕はいいようだな」

 

 立っている。

 ただ立っているだけなのに、対峙する此方の膝が震える。

 

 大きな人だった。アパチャイさんや逆鬼師匠くらいある。逆立った短髪と、同じくらい荒々しく深い、口元まで飾る髭。そして全身を覆う……鋼みたいな筋肉。太ももだけでも蓮華さんの胴程もあるだろうか。

 高い岩山みたいな圧力が、全身に満ち溢れてる。

 

「馬 槍月……!」

「奴よりも先に、弟子クラスが乗り込んでくるとは。血の気が多いな――剣星の娘」

 

 馬師父のお兄さん。蓮華さんが言っていた、中国武術界において、師父とどちらが最強かと比べられる程の、豪の武人が……今、目の前に立ってる。

 

「……っ」

 

 じり、と蓮華さんが一歩下がった。

 マフィア相手にも怯んだりしなかった蓮華さんが。明確に、一歩距離を取った。

 分かり切ってたことだけど。それだけ、目の前の大男は強いんだ。烈火のごとく、悪と見れば一直線に飛び掛かっていた蓮華さんが、最大限警戒して、下がってしまう位に!

 

 しかし。直ぐにでも襲い掛かって来る……と言う様子もない。

 驚く程に静かだ。その瞳は険しいものだけど。だけど、凄く凪いで、揺らぎなんて見えない。落ち着き払って……ゆっくり、目を閉じて。腕組みをして。

 まるで、誰かと待ち合わせでもしているみたいな、そんな

 

「……とはいえ、俺に挑む無謀が分かる程度には仕込まれているようだな。良い功夫だ」

「っ」

「構わん。さっさと下がれ。俺としても、弟子レベルに手を出す程、武人として落ちぶれたつもりもない――漸く、待っていた男も来たようだしな」

 

 ……それが誰なのかは、直ぐに分かった。

 

「いやー、もうちょっと抵抗あると思ったら。何やってるかね二人とも」

 

 聞きなれたその声に、ハッとして振り向いた。何処か気安い、その声の主は――いつも通り、丸いつば付きの帽子をかぶり直しながら、ひょうひょうとした様子で、僕と蓮華さんが出て来たエレベーターから歩いて出てくるところだった。

 

「――師父!」

「パパ……」

「全く、張り切り過ぎね……早く、おいちゃんの後ろに」

 

 あの小柄な姿が、いつも以上に頼もしく見えてくる。気圧されていた僕らと違って軽く笑ってすらいる、その堂々とした姿。やっぱり、どれだけダメな所があっても。僕の敬愛する師匠方なんだ。

 

 ゆっくりと距離を取る蓮華さんと僕の隣を、散歩するみたいに軽く歩いて過ぎ……師父は、彼の目の前に立った。

 二人の間には大人と子供ほどの体格差がある。

 師父があっさりとひねりつぶされそうに見える、そんな景色の中……槍月は、ゆっくりと閉じていた目を、開いて。

 

「うぅっ……!」

「くっ……」

 

 ぼろいビルが、軋んだ気がした。

 突如、槍月からあふれ出した、さっきよりも濃密な気配が廊下に溢れだす。触れただけで、肌がしびれそうに錯覚する。

 水の中にいるみたいだった。呼吸が苦しい、身体が、重い。

 

 その中で、普通にしているのは……二人の達人だけだった。

 

「来たか、剣星」

「兄さん……久しぶりだね」

 




そもそも連華さんの武術レベルを考えたら絶対槍月師父に迂闊に殴り掛からんのではないかという改変


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第五回・裏:兄弟邂逅

 一歩も動けなかった。

 槍月から溢れだす、肌を泡立たせる、背筋が凍り付くような、嫌な感覚に、取り囲まれている。巨大な腕に、掴まれている様だ。息が詰まる。冷や汗が止まらない。

 これが――達人の放つ、本物の殺気なのか。

 

 目だけは何とか、動かせる。連華さんの方に視線を、ゆっくり向けた。

 流石に僕とは違う。狼狽えてるなんて事もなく、少し腰を落として動ける姿勢を取ってはいる。でも余裕は……あんまりなさそうだ。僅かに頬を伝う汗がそれが伝えている。

 

 でも、師父はその中で――

 

「――お互い、随分年を取ったね」

「袂を分かち、十年は優に経った……当然だろう」

「うん。その中で、お互い違う道を歩んできた……」

 

 笑ってる。穏やかに。ゆるりと立っている。

 まるで、濁流のように押し寄せてくる、この殺気の中で。川の流れの中、何も気にせずそこに有る、大きな岩のように……

 

「でも、兄さんは、何も変わっていない」

「……変われるほどに、器用ではない」

 

 まるで、立ち話でもしているかのようだった。恐れていない。かといって、過度に警戒している訳でもない。臨戦態勢かと言えば、そうでもない。ただただ、自然に口を開いてそう――今にでも、目の前の大男を誘って歓楽街に繰り出しそうで。

 

 それだけ、この中でもリラックスする姿勢を崩さない。無駄に緊張しない。自分のペースを崩していない。それは彼にとって、この修羅場の空気を特別でない証だった。

 

「……これが、本気の馬 剣星」

 

 師匠として尊敬する部分がある。そして、エロ師匠としての尊敬する部分もあった。でも……師父の背中は大きく見えたのは、初めてだった。

なんて頼もしい。本物の殺人拳、天下に名を轟かせる武人、馬 槍月が相手でも、師父は決して負けてない――

 

「それが、おいちゃんには嬉しいね」

「……喜ぶような事か」

「そりゃあ、ね。さっき蓮華とケンちゃんを威嚇したの……自分に向かってこない様にワザとやったね? 兄さん」

 

 ――そのまんま、度肝を抜かれた。

 

「「えっ!?」」

 

 思わず、声を揃えて目の前の槍月を見てしまう。

 彼は――否定せず、少し顔を顰め、決まりが悪そうに頬を指先で掻いた。

 

「向かってこない様に、気を回す事をしてくれた。昔の、不器用な兄さんを思い出すね」

「……何処かの禿野郎のお陰でな。弟子クラスを縊り殺す様な武人崩れにはなれん。そんな事をすれば、奴に顔向けが出来んからな」

「うん。本当にいい友達を持ったね。兄さん」

「……フン」

 

 びっくりした。どうやら、本当らしい。

 鏡合わせみたいにこっちを見た蓮華さんと目があった。多分、僕以上に驚いていると思う。蓮華さんの方が、馬 槍月と言う男には詳しいだろう。

 殺すのは否定しなくても、僕らを殺さないように、気を回す、なんて。

 

 それと同時に、その言葉に、なんだか胸がジーンときた。師匠方が言っている、達人には信念があるという言葉、そのものだ。友達に顔向けができない事はしない。それは何処までも人間らしい血の通った信念だ。

 人を殺した事があっても……それでも、そんな信念を捨てていない事が、なんだか、凄い尊い事に思えたのだ。

 

「――勘違いをするなよ。それでも向かって来るようならば」

「――殺す。分かっているね。兄さんの見出した道は、殺人拳だからね」

 

 でも。

 感動できたのも、そこまで。

 

 互いに距離を取っていた二人が、一歩、前に歩き、距離を詰めた。

 ハッとして、改めて二人に視線を向ける。最早、二人の距離は人一人が寝ころんだ程の距離しかない。恐らく、何方にとっても最早間合いだろう。

 

 師父の顔つきが、変わった。槍月を見つめてるその表情は、先ほどまでのリラックスしたモノとは違う……真剣そのもの。言葉を交わすのは、ここまでなんだ。始まるんだ。別の道を歩み、お互いに頂点に立った二人の、戦いが。

 なんで戦うのか、なんて。いまさらそんな事は言えない。

 僕が想像もつかない程に強い因縁が、この二人の間にはある。

 

「行くぞ剣星――俺が追い続けた中国武術の神髄、とくと味わっていくがいい」

「行くよ兄さん――我が拳で、貴方の野心を打ち砕く!」

 

「「――!」」

 

 不意に。

 

 今度は二人の兄弟が、お互い、鏡合わせの様に一つの構えを取る。いや、構えじゃない。アレは、中国式の礼の一つ、抱拳礼――しかし左拳を右拳で包み込む、あの形は……間違いない、命を賭した決闘の合図だ!

 

「師父……!」

 

 いけない、と言いたかった。兄弟で殺し合いをするだなんて。

 でも、言えなかった……親族だからこそ、馬師父は、僕の想像なんかよりも厳しい覚悟をしているのかもしれない。実の兄を相手にしても、非情に戦うだけの、強い覚悟を。

 今の師父に、部外者の僕が一体、何を言えるだろうか。

 弟子として情けなくて、俯きかけて……そんな時。

 

師父は此方にちら、と振り向いて――笑った。

 

「ケンちゃん、なんて顔してるね」

 

 思わずハッとする。

 変わらぬ優しい笑顔だけど――厳しく、そして、強い瞳をしていた。

 

「勘違いしちゃいけない、おいちゃん、活人拳よ。殺しはしないね」

「で、でも……」

「兄さんは、本気でおいちゃんと戦うつもりね――誇りある、強い武人が。覚悟を決めて向かい合ってくれている。ならば、おいちゃんもその本気に応えて、命を懸けて戦う覚悟をしなければならない」

 

 強い武人の本気に応えて、そして。覚悟を持って、戦う。

 馬師父が言うその意味を――僕は、理解する事が出来た。

 

 谷本君と戦った時。僕の事を強いと言ってくれた彼と、本気で戦った。僕は、彼がただ純粋に試合をしたいと言ったから。武人としてその挑戦に応えた。

 師父は……自分のお兄さんが、己の全てを賭けて、戦いを挑んできた事に。同じく自分の全てを賭けて応えようとしている。

 

「――ケンちゃん、しっかり見て、覚えておくね。必死に活人するって言うのは、こういう事よ」

 

 なんて事の無い、まるで他愛のない会話をするかのようにそう僕に告げてから。

 

 師父が、拳を構える。

 すっと、シームレスに、静かに。それに応えるようにして、槍月も、姿勢を半身程引いてから構えて――その静かで、シームレスな動きは、とても、とてもよく似ている様な気がする。

 

 人一人分、ギリギリ無い位の間合いが、二人の間にはある。だけど――師父も、槍月もきっと、あの程度の距離を詰めるのは訳ないだろう。双方必殺の間合いなのに、余りにも静かな立ち上がり。

 蓮華さんが、ごくりと唾を飲んだ音が耳にはっきりと聞こえた。それ位に、誰も、何も話してない……彼女の気持ちは、嫌って程分かる。この静かな空気の中は、先ほどにもまして苦しい。

 

 何時までも続くかもしれない……もしかしたら瞬く間の後に、はっと気が付いた時には、この静寂が打ち払われて――始まっているかもしれない。達人同士の、凄まじい激闘が。

 いつの間にか、連華さんと同じ様に、僕も動けるように腰を落としていた。動けない筈の身体が、せめてもの警戒態勢を取ったのだ。

 

 喉が渇く。

 

 足が強張る。

 

 指先が、痺れてくる。

 

 額から、冷たい汗が流れて……顔を伝っていくのが分かる。

 こめかみを、頬を、顎を、

 そして、顔から、垂れて、離れて、床へ――落ちた。

 

「「――!!」」

 

 その一滴を、合図に。

 

 達人二人の間にあった何かが――弾けた。

 

――ご お ぅ !

 

「うわぁっ!?」

 

 二人が地を蹴ったその瞬間に……顔に叩きつけられるのは、突然の突風。

 

 その直ぐ後だった。通路に面してた窓が、纏めて割れたのは。

 

「シィヤッ――!!」

「――ぬぅおおっ!」

 

 風の正体は、拳圧だ。仰け反りながらも、思わず顔を両腕でブロックせずにはいられない。連華さんも、僕のように仰け反ってはいないけど、同じようにブロックしている。

 重なった腕の隙間から、何とか薄眼で確認できたのは……僕が見ていた間にも――多分だけど、師父と槍月、二人の位置が、多分……六回は入れ替わった事。

 そして、二人の間で、何かが二、三回くらい、弾けた事、くらいだった。

 

 何にも分からない。

 馬師父の小柄な体躯が。槍月の大柄な肉体が。文字通り、本当に一瞬かき消えて、直後に別の所に現れてるように、僕の目には、見える。

でも違う。目の前では物凄い高度な武術の応酬がされてる。きっと僕の目なんかじゃあの二人の動きが全然追いきれないだけだ。

 

「す、すごい……一体何回ぐらい拳の応酬がされてるんだ……!」

「バカ! 何十回よ!!」

「えぇっ!?」

 

 想像を遥かに越えていらっしゃった!?

 そ、それにしても……何十回!? たった六回くらいにしか見えなかったその中で!?

 とても信じられないが、歯を剝く勢いで怒鳴っている連華さんの表情には、嘘があるとは思えない。ごくり、と息を呑み込んで、連華さんに問いかけてみる。

 

「ど、どうなったんです!?」

「仕掛けたのはパパよ。伯父上は待ちに入った。小柄なパパは小回りに優れる。それを活かして伯父上の懐に飛び込もうと、幾つか囮の攻撃を仕掛けた。確実に通したい本命を通すために、ね」

 

 ……なんだか、武術の戦いの説明をされている気がしない。囮だとか、本命の作戦だとか、それではまるで戦争をしているようじゃないか!

 

「でも、伯父上はそれを通さないために、敢えて囮の攻撃を受ける構えを取って……そこから無理矢理自分の反撃を通した! 死中に活を求めた反撃に、パパも本命を潰して応戦せざるを得なくなって、それで、お互いの渾身の拳が、ぶつかったのが――」

「……のが?」

「最初の拳圧まで!!」

「嘘だぁ!?」

 

 えっ、今のって目の前の嵐のような戦いの解説ではなくて!? 最初の、窓が割れるまでの一連の流れって事ぉ!? あの一瞬で、そんな出来事が!?

 そんな事が起きていたなんて。知る事は愚か、最早想像すら出来ていなかった。

 

 ……最早、映画でやっている様なレベルを、遥かに超えている。事実は小説よりも奇なりなんていうけど、正にその通りだ。

 

「コレが、達人同士の戦い……!」

 

 僕の常識なんてものは遥か遠くに置き去りにされて。

 二人の戦いは、更に勢いを増していくように見える――!!

 




若干ほんへをリスペクトしてる流れなのはナイショ。


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第五回・裏:奮い立てケンイチ!

 ――見えない。

 

 ただ、肌で感じる事しか出来ていない。地響きのように震える廊下と、何かが自分達の鼻先を掠めて、飛び跳ねるような感触と……そして、そういう風にしか『見えない』異様な光景を。

 

「オォォォオッ!!」

「ちょわぁぁッ!!」

 

 文字通り。両腕の肩から先が、霞むようにぼやけている様な槍月。そして……その景色に滲む僅かな先端が伸びてくるのを、無数に分身しながら迎え撃つ師父。

 ……物理的に有り得ない。だけど、余りの二人の動きに、目が完全に置いてきぼりにされているからこその、この景色。

 

 どれだけ目を凝らして見ても、二人の攻防の欠片すら見る事も出来ない。

 だけど……耳を澄ましてみると。なんだか、二人の間から響く破裂音が、何重にも重なって聞こえてくる様な気がしてきて、顔が引きつった。

 普通の人間じゃ認識できない程の速さで、とんでもない戦いが行われてる――!

 

「な、なんて戦いだ……!」

 

 今の場面も、想像するしか出来ないけど。

 

 一瞬の内に放たれる、ガトリングみたいな槍月の拳が。

 前の空間を攻撃――じゃなくてそれこそ、『制圧』してしまう、大型のショットガンみたいな『面』の攻撃として放たれる。

 

 それを、馬師父が、避けて、化勁で捌き、柔らかく受けて、最後には拳の反動でなんとか距離を取って。

 かと思えば、その衝撃でばね見たく体を縮め、廊下をスーパーボールみたいに『四方八方に跳ねて』超高速で突っ込んでいく馬師父。それを拳で迎撃する槍月に対し、その跳躍で、後ろに回り込んで、弾丸みたく突っ込んでいく。

 

 だけど一瞬の間に、その師父の攻撃に対し、槍月の迎撃が間に合った。二人の拳が。こっちの耳に届く程に、強烈な衝撃波を撒き散らしながら……まるでトラック同士の正面衝突みたいに、激しくぶつかり合う――!

 

「うぅっ!」

 

 ただの想像なのに……目の前で起きている景色を見ていると、余りにもくっきりと脳裏に思い浮かんで来る。見えない筈の、二人の凄まじい攻防が!

 これが、武術的な迫力って奴なんだろうか。

 

「……連華さんには、見えてるんですね」

「えぇ。何とか、だけど」

「――凄いなぁ」

 

 そして、羨ましくもある。

 拳を握りしめてしまう。そりゃあ、僕は武術を極めたいなんて、高尚な思いを持ってる訳じゃないけど。でも、この戦いを見届ける事は、自分の弟子としての使命である、とそう思っている。

 

「……」

「くぅ……!」

 

 でも、連華さんと違って、僕は……弟子として、師の全力の戦いを、満足に見届ける事も出来ない。それがとても今、悔しい。凄いという事しか理解できないのが、悔しい。実力不足が、悔しい。

 僕の事を鍛えてくれた、恩義ある師父の弟子として、余りにも……不甲斐ない!

 

「――力抜きなさい、馬鹿」

 

 ふと。

 静かな、声が聞こえた。

 

 右肩に手が置かれている事に、そこで初めて気が付いて――連華さんを見る。

 彼女は。先程の師父を思い出させる様な、優しい顔で、笑いかけてくれていた。少しだけ、ドキッとする。

 

「連華さん……」

「ったく、なんて顔してるの。悔しいのは分かるけど、無駄に力んでたら、見たいものも見れないわ。しゃんとなさい。ほら」

 

 ぽん、と。

 軽く肩を叩かれて。

 そこで……先ずはゆっくり、握りしめていた拳を、開いていく。連華さんの言葉に、酷く素直に従っていた。呼吸を落ち着けて。熱くなっていた頭を、冷やして。

 

 無駄に力んじゃダメだ。そうだ。悔しがってる場合じゃない。少しでも、師父達の戦いに意識を、集中させないと――

 

「――うん。そう。最初は出来ないのは当たり前よ。だから、少しでもあの戦いが見れるように、出来るだけ集中する。息を吸って……そうよ。感覚を、『絞る』の……」

 

 感覚が、狭まっていく感覚がする。でも、感じる物が減ってる訳じゃない。ほんの少しだけ、見る物が、聞こえる物が、感じる物が、クリアになっていくような、そんな――

 

「――おぉっ!!」

 

 裂帛の気合い。声の先で――真っすぐに、拳を突き出す、槍月が、見えた。

 

 硬く、岩みたいに、固められた拳が、突き出されて。空気を切り裂いて、馬師父へと向かっていく――師父は、その上、槍月の太い腕の上を、自らの身体を、くるりと、回転させて『転がって』すり抜けて。

 背後に立った師父に向けて、しかし。槍月は、一瞥もせず、後ろ向きに蹴りを一発。

 

 危ない、と声を出す前に、師父の拳が、その蹴り足の先を制し、その勢いを反らし。避けられたと分かった槍月は、その大柄な身体からは想像もつかない程、機敏な動きで体の向きを変え、構え直し――

 

「――はっ!?」

 

 そこから先は――やっぱりさっきと同じ様に、二人の身体がブレては消える。まるで目で追えない攻防が行われているばかりで……でも、一瞬。一瞬だけだけど、あの中で何が行われているのかが、確かに見えた様な、気が。

 

「……い、今のは……?」

 

 ……喜ぶよりも先に、何が起きたのか、一瞬どうして見る事が出来たのか。困惑する事しか出来ていない。ぐるぐると堂々巡りをして、ハッキリとしない思考は――ぽふ、と頭に暖かな手が置かれた事で、中断された。

 

「――今の感覚を覚えておきなさい。見る感覚を養うのも、武術の基本よ」

 

 もう一度、連華さんを見た。

 彼女はこっちを見てはいなかった。その代わりに、まるでどうすればいいかの手本を示すかのように、真摯な瞳を、二人の戦いに向けていた。

 真剣な表情には、一点の曇りもない。澄んで、純粋で、とても――綺麗で。

 

「――はいっ!」

 

 彼女に倣って、目の前の戦いに目を凝らす。

 師父の弟子として――今は、ただ。見る事だけを、一生懸命に。教えを説いてくれた武術の先達にも、恥じない様に。

 師父達の戦いを、目に焼き付けようと、目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅううう!」

「ホォアッ!」

 

 廊下の中心で激しくぶつかり続けていた二人が再び、距離を取って向かい合う。いや、距離を取った、というか……二人とも、弾かれて、下がらされたって感じだけど……

 

「連華さん、今のは!?」

「二人が渾身の一撃を打った! 相殺し合って、お互いを吹き飛ばし合ったの!」

 

 拳の打ち合い――その衝突で、建物にすら影響を与える。もう正直、その事に驚かなくなってる自分がいる。途中から、見えない所は連華さんに素直に聞くようにしながら、見えても見えなくても、戦いを見つめ続けて。

 

 一度、師父達が距離を取るまで、何十分くらい経ったようにも感じるし……ホントは、数十秒しか経ってないのかもしれない。それが分からない位に、濃密なひと時だった。

 その間に、何方かが主導権を握った、という事もなかったらしい……連華さん曰く。僕はその辺り、全然わからなかった。

 

「まだ、互角って事ですか……!」

「悔しいけど、伯父上も、正に本物の達人よ。パパだってそう簡単に天秤を己の方に傾けられないわ」

 

 ……そう言われ、改めて二人を見れば、確かに。何処か傷を負っているだとか、一撃を貰った跡があるだとか。そういうのは全然ないように見える。

 アレだけ激しい戦いの中で、それでも尚、互いに傷を負わない様に、防御すら織り交ぜているなんて……これが達人同士の戦い。僕らとは次元が全然違う……!

 

「今までの競り合いで、多分二人とも、今の相手の実力は測り終えた筈よ」

「――って事は」

「ここから、戦いは激しくなっていく……いい、見る努力を怠らない事、分かったわねケンイチ!」

 

 連華の言葉に、直ぐに頷いて。視線を二人の方に向ける。

 拳を構えたまま、今は二人とも動いていない。お互いに仕掛ける機会を探っているんだろうと思う。

 

 何が切っ掛けになるかは分からない。一つ爆発すれば、とんでもない削り合いが始まってしまう。先ほど以上に、物凄い緊張感が体を包んで来る。

 何か、物の一つでも、落ちたりしたら……!

 

 ――ぱさ

 

「――」

 

 そう、思った直後。

 拳を構えた槍月の懐から、何かが、落っこちたのが、見えて――!

 

「……」

「……」

「……?」

「……あれ?」

 

 ……一瞬、脳味噌がフリーズした。

 もう始まる、こんないきなり、まだ覚悟決まってない、とか色々と思っていて、目を凝らして見つめていたのに。

 盛大に、全く何も始まらなかった。

 

 連華さんは、首をひねって何が起きているのかを考えてる。師父は拳の構えを解かずに槍月の出方を窺っている……そこまでは良い。

 問題は、槍月だった。

 懐から落っこちた袋を、じっと見てる。いや、じっと見てるとかそう言うレベルじゃなくて、あの、『ガン見』してる。目を大きく開いてみてる。

 

 ……いやちょっとまって、ガン見とかそういうレベルじゃなくて、もの凄い汗かいて来てる! 脂汗が染み出て来てる! あ、あれはまるで……母さんに詰められた時の、父さんの焦り方じゃないか!!

 

「ど、どうしたんだろう……」

「分からないわ、あの包み……何処かで見た様な……?」

 

 連華さんと話している間にも、槍月の顔色はどんどん悪くなっていって……もう既に血の気が引き切って顔面蒼白になってしまってる。先程までのド迫力も、今はもう何処へやらって感じで。

 ……なんなんだ。あの達人、馬 槍月が顔色を変える程の何かが、あの白い包みにはあるっていうのか……? なんなんだ、あの白い……アレ?

 

「……処方箋の、袋?」

 

 普段見てる奴と、ちょっとだけデザインは違うけど、薬局で貰うような、お薬の入った紙袋、だよね。

 

「処方箋、処方箋……」

「えー……もしかして、極度のお薬ギライとか、そういうことだったり……?」

「――あぁー!!!」

「おわぁっ!?」

 

 びっくりした!?

 突如として、沈黙していた空間を引き裂くような悲鳴を上げたのは……連華さんだった。

 

「ど、どうしたんですか急に叫んで」

「あの袋……鷲師父の処方箋!」

「えっ」

「伯父上、薬飲み忘れてたのね!? しかもアレだけ青ざめてるって事は……ここ最近で一回や二回とかじゃすまない位……!」

 

 ……アレだよね。鷲師父って、確かここで中国マフィアの皆さんの治療を請け負ってたっていう人だよね。連華さんも面倒見てもらった事があるっていう。

 そうか、そりゃあそうか。槍月もここに雇われてたんだし、その人に治療をして貰っても全然不思議じゃない、のか。

 

 あれ、にしたって、なんでそのお薬を見て、そんなに顔を青ざめさせてるのか……

 

「――気づかない訳ない……近くにいる……マズい……! パパっ!」

「なんね!」

「鷲師父が来るわ! その処方箋、飲み忘れの薬の束よ!!」

 

 ……そんな!? 連華さんの発言で馬師父の顔色まで一瞬で真っ青に!? というか体まで強張ってる!? し、しぐれさんに覗きがバレた時の師父の動きそのもの……そのレベルで恐ろしい事態なんです!?

 

「兄さん何やってるね!? ドクターの近くで薬飲み忘れるとか!?」

「少し待て今、今……なんとかならんか、考えている……!!」

 

 な、なんだ!? さっきの激しい緊張感は何処に行った!? いや、緊張感は今でもあるんだけど、なんかコレは明確に違う! 戦闘の空気じゃない! 学校で一番怖い先生を窓割っちゃって、それでかなり怒らせたとか、その類な気がする! こ、この場にそぐわない……!

 

 というか、さっきから、なんだろう。僕と、連華さんと達人方二人との間に、何か致命的な認識の齟齬がある様な気がするんだけど、あれ? 

 なんだ? 皆、お医者様の、話をしているんだよな……?

 

――ど ず ん

 

 ……そう思っていた、直後。

 その音は。僕たちのいる廊下に、酷く大きく響き渡った。

 




皆さん、お待たせいたしました!!
兄弟二人の宿命の争いに、突如として乱入する黒い影!! 果たして、予期せぬ闖入者の正体とは!!

次回、『薬を飲んでください、お医者様からのお願いです』。デュエル・スタンバイ!


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第五回・裏:お薬を飲みましょう

折角なので登場シーン凝って見ました♡


――ど ず ん

 

「うわっ……!?」

 

 ……突如として、ビルの全体が、ハッキリと、揺れた。たった一瞬だけ。

グラッと大きく足元が取られるような、地震みたいな揺れではなくて。逆鬼師匠が強めに巻き藁を突いてる時に感じるような、体の芯に響くような振動だった。

 それに、下からだろうか。上階まで響く、この音の大きさは……かなりの事が起きている気がする。

 

「爆発か何かか……!? はっ、まさか……!」

 

 そういえば、ここは中国マフィアの所有するビルだ。そして、僕たちはここへと殴り込んで、結構な人達を伸してしまった……も、もしかしたら。彼らはここが僕らによって制圧された、と思って、ここを放棄して、寧ろビル諸共、ここを破壊しよう、とか……!?

 それこそ映画とかで全然よくあるパターンじゃないか! 爆弾とかで、下の階から爆破して行って――!

 

「だとしたら……マズい! 連華さん!」

 

 ここで戦っていたら、全員巻き込まれてお陀仏……いや、師父と槍月さんはもしかしたら何とかなるかもしれないけど……でも連華さんと僕は普通に危ない。

 彼女の手を咄嗟に掴み、脱出しようと走り出そうとして、そこでふと気が付く。

 

 連華さんの表情が、完全に引きつってる。

 異変に気が付いた、って言うよりは……目の前に何か、それこそ獰猛な猛獣か何かが、突如として目の前に現れた、みたいな、そんな血の気の引き方までしてるんですけど……

 

「……連華さん? どうしたんですか?」

「……き、来た、来ちゃった……」

「え?」

「鷲師父が……しかも、完全に……怒ってるぅ……」

 

 逆立った左右の髪をぺたり、と耳の様に伏せながら、連華さんは、そう言う。

 来ちゃったって。鷲師父って……えっ? えっ? あのちょっと連華さん、何をおっしゃっているのでしょうか?

 

――ど ご ん

 

「え? 鷲師父、って……ドクター・ホーク?」

「そうよ! 聞こえるでしょ、こっちに向かって来てるじゃない!」

「うおお近いです連華さん」

 

 こっちにかぶりつく勢いで顔を近づけられると、こっちとしてもちょっと一歩下がらざるを得ないのだけど……連華さん目が、目が血走ってる。怖いです。

 

 えっと……というか、向かって来てる、って。

 さっきから僕の耳に聞こえているのは、ちゃんと建築基準法に則って建てられたはずの建造物が、何かに粉砕される音だけなんですけれども。

 いや、確かに二回目の音はさっきよりも上……ここら辺の近くで、鳴ったような気がしないでもないですけれども。あっはっはっ、そんなまさかぁ。

 

「いやいや連華さん、そんな。まるでこの轟音の原因が個人で、それがまるで猪のようにこっちへと突っ込んで来ている、みたいな言い方はね、誤解を生むから止しましょうよ~」

 

――ば ご ん !

 

「……止しましょうよぉ!?」

 

 いやこれ近づいて来てるなぁ!?

 もう今度は真下くらいから音が聞こえてるんですけど!? 振動も間違いなく大きくなってますけど!?

 

 いや、連華さんはドクター・ホークが来てるって言ってた! 言ってたけどそんなまさか、お医者様がこんな音立てながら、こっちに向けて突っ込んでくるっていうの!? どういう事!?

 

 ……いや、何も分からないけど。

滝みたいに凄い量の汗かいて、眉間に一杯皴を寄せてる連華さんの表情は、嘘ついている様には、見えない。全然。

 だとしたら。言っている事が真実なら。

 

「――ドクター・ホークって、一体……!?」

 

――どごん! ばきん! どごぉっ!

 

 ……ここまで近くで聞いてようやく分かる。

 ただ近づいて来てる訳じゃない。この音の主は、地上から真っすぐに、確実にこの階を目指して最短距離を突っ込んで来てる。なんていうか……音が大きいから分かりやすいんだ。何処にも寄らずにこの一点を、真っすぐに目指してるのが。

 多分、この破壊音は……その間にある障害を、全て文字通り『打ち砕いて』いるって事なんじゃないか、と……そ、そんな強引な真似、梁山泊の師匠方ですら、絶対にやらないんですけど!?

 

 頭の中の、仙人のような浮世離れした老医師の想像が、轟音が響く度に、薄れていってるのが分かる。そしてその代わり……今迫って来ているのは、そんな可愛らしい物じゃないのかもしれない、という嫌な予感が、頭をもたげていく。

 

「――いったい」

 

 壊される音がする度に、槍月の身体がびくん、と震える。

 師父の額から、大粒の汗が、ポタリと床に落ちる。

 頭を抱えて連華さんが『あぁ、もう収集つかなくなる……』って呻いている。

 

「何が、来るんだ……!?」

 

――ご ぎ ばごんっ!!!

 

 三人の醸し出す、目の前のとんでもなく渾沌としきった空間から、未だ破砕音の鳴り響く壁の向こうへと、もう一度目を向ける。

 

 もうその音は、耳にビリビリ来るぐらいに、かなりの轟音に変わって来ていて……多分だけど、槍月の立っている場所の……ちょっと後ろ辺りから、響いて来た気がする。ここに来るまで、あっと言う間だった。さっき、結構下から響いていたと思っていたのに――

 

――め ご

 

「おばぁっ!?」

「ちょっ!? 凄い顔でこっちに寄るなっ!」

 

 ……お、思わず物凄い仰け反ってしまった……! さっきとは真逆だ……いやでも誰だってこうなるよ! だ、だって……壁が、壁が……!

 

「大盛ご飯みたいに、盛り上がってるぅ!?」

 

 歪んでいる部分にひびは入っているけれど……結構綺麗な半球状に!

 鉄筋コンクリート製の壁が、まるで粘土みたいに歪んでしまっている。一体、どんな力の入れ方をしたら、壁がこんな風になるのだろうか。

 壊れて崩れてしまう、とか。砕け散って爆ぜる、とかなら……うん、まだ逆鬼師匠とかだったらやりそうだし、まだギリギリ分かる。分かるんだけど!

 

「……あぁ、コレはお怒りね、コレは……兄さん」

「やめろ。考えたくない。考えさせるな」

 

――べ が ん!!!!

 

「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」

 

 そして、そのまま、ひび割れながらもギリギリで砕け散っていなかった壁は――限界を超えて、散弾みたいに弾け飛んでしまった。

 耳をつんざくような、とんでもない破砕音が響き渡り……そこで、先ほどまで響いていたとんでもない破壊音に、ようやく得心がいった。

 要するに、デコピンのタメとおんなじ原理なんだ。限界まで、壁が吹き飛ぶギリギリまで壁を変形させて、そのまま破壊してたから、蓄えられた力が一気に解き放たれて……こんな、鼓膜が震える様なとんでもない音をさせてたんだ。

 

 そして……そこに出来るのは、綺麗な穴。普通、重機でも使わないとこうはならないと思う位に、破壊の跡。恐るべきは、コレは……一人の人間が引き起こしているという事、らしい。

 

「――ソウゲツ」

 

 ……低い声が、聞こえてくる。

 弾け飛んだ穴の奥からだ。もうもうと立ち上る、塵の煙の中から……男の人の声だった。思ったよりも、若い。

 

 その声を聴いた直後だった。錆びついた機械みたいにぎこちない動きで、槍月が後ろに向けて、壁に開いた穴に向けて、振り返る。母親に怒られたみたいに、身をすくめて。

 

 来る。

 こんな事を引き起こした張本人が、出てこようとしている。

 

 ず し ん

 

「ひ」

 

 悲鳴が漏れた。

 

 出て来た――足だ。でもただの足じゃない。

 足が、太い。めっちゃ太い。手前で真っ青になってる槍月の身体も鍛え上げられてるけど、でもそれが比較対象になるかちょっと不安になるっていうか……彼以上になんていうか……ご、ゴツイ! そんなに太さ自体に差は無い筈なのに、二回りも太さに差がある様に見える、気がする!

 

「――」

「い、いや、待てホーク。話を聞け」

 

 が し り

 

 壊れた壁に、手が、手がかかってる。健康的な肌の色をしてる。こっちのサイズも当然のようにデカい。比較できるサイズがアパチャイさんとか長老とか、僕の知ってるデカい人達とかのレベルになって来る。僕の頭くらいなら軽く掌で鷲掴みにして、ぐるんぐるん振り回せそうだった。

 

「――ソウゲツ」

 

 先程よりも……酷く、深い、低温の……太い声がした。

 聞いているだけでもお腹の奥まで響くような、そんな、ズシンとする声。土煙に浮かぶ影がより濃く滲み出していって、ソレは――姿を現す。

 

「――ひぃっ」

「……」

「どうするね、これ……」

「……知らん」

 

 ……あし、とか。て、とか。そんなはなしじゃなかった。

 

 かたはばも、むないたも、ほんとうに、おおきい。そして……ものすごい、ほんとうにかたまりのような、きんにくが、ぜんしんを、くまなく、おおってる。

 きんにくだるまっていう、ひょうげんは、たぶん、このひとのために、あるんじゃないかな~なんて……はは、ははは。

 

「メェェディィィイスゥゥゥゥウウウウウウウウォォオオオオオオ!!!!」

 

 それは。

 あたまがつるぴかで、めとかめっちゃびかびかひかって、はをむきだしにして、くちからなんか、もわぁってでてきて……ろうかいっぱいにひびきわたるくらいにほえる、とんでもない、きょじんだった。

 




壁の盛り上がり具合は二分の一なら〇までよくある、壁破壊登場シーンを想像していただければ分かりやすいかと。

あれ? 悪役って誰だっけ……?


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原作編 第六回

 どうしてガバったんですか……? な実況、はーじまーるよー

 

 ……いやね、しくじったんですよ。このタイミングで完璧に何方にも味方しない、そんな所でマフィアとは手を切って。んでもって、どっちでも介入するにも上等このイベントの一番の介入ポイントは、ビル炎上による槍月師父の失踪です。

 そこを潰す為に、チャイニーズマフィアたちの皆様の暴走をね、妨害しに行ったんですよ。何時ものタイムアウト前提の防御戦法で(害悪上等) そこまでは、良いんです。

 

 問題は、結構真面目に仕事をしていた所為で……出ちゃったんですよ。仲良くなってたマフィア構成員からの依頼が。中にいる仲間を助け出して欲しい、っていうのが。こういう依頼って言うのは、報酬とかよりも、その後のコネが美味しいのではい、つい……受けてしまって。そして助け出していた……いたんです。

 

 そしたらね? あの……つい、勢いで……あの、伝説の兄弟対決を見てしまって、おっ楽しそうやんけ、と思ってしまって……折角だし、まぁ、折角師父の失踪フラグもへし折った所だし、見てみようかな……って、近寄ったんですよ。

 したらお二人とエンカウントバトルしました(白状)

 

 馬鹿野郎! 投稿者ぁ、誰とエンカウントしてる! ふざけるなぁ! あ^~、組んでいたチャートが粉々に壊れる音ぉ^~! 達人二人とタイムアウト前提の削り合いはマズいですよ! アレだけおテンポがクソわよ! とか言ってたのがフラグにしかなっていない……!

 という事で、これが剣星師父、槍月師父と時間をかけた削り合いをする事となりました経緯となります。お納めください(震え声)

 

 いやはや、突撃力のある槍月師父と、搦め手の手段も豊富な剣星師父が、お互いの弱点をカバーし合うあまりにも強いコンビネーションは本当にきつかったですね。

 やっぱ原作からしてキッチリつながりのあるキャラクター同士のタッグって奴は一味違うなぁ……言ってる場合かぁ!!

 

 仕方ないじゃないですか! こちとらケンイチファンだからね! そりゃあ燃える原作バトルが有ったら殴り合いにでも行きますよ! 悪いか! 俺が悪いのか! はい、私が悪いです……(諦め)

 ま、まぁ殺人拳、活人拳、双方の達人と戦った事で、更にアライメントがニュートラルへと寄って行っているので、それで良しとして頂ければ……出来ぬゥ!!(豹変)

 

『――名声が上がりました。おめでとうございます』

 

 あ、お祝いありがとうねぇハルティニちゃん……この名声は喜んでいい名声なのか分かりませんけれども……

 このモード内で強敵と戦った場合、どれだけの強敵を打ち破ったかとか、地道にコツコツ仕事を熟してたりとか、色んな行動をする事によって『名声』ポイントが付与され、その量に応じて、キャラクターに様々な任務が舞い込んでくることがあります。

 

『名声』が高ければ高い程、任務のグレードが上がり、これに応じて政府からの依頼を受けたりする事も出来ます。政府高官の隠し子の護衛だったり、闇抜けをする際の手伝いだったり、それこそ、ここ伝いで『久遠の落日』について話を聞く事も出来るのです。

 また、ある一定の名声があると、各国において『政治家』として活動したりする事も可能で、達人政治家プレイで日本を真の武術大国に導いたり、ジュナザードみたいにとある一国を修羅の巷に塗り替える事も出来ます。

 

 結構重要な要素なのですが……その名声が上がる事によってやってくる依頼と言うのは基本アライメントが四方八方に寄り放題の癒着バリバリずぶずぶの関係になりがちな事も多いのでまぁ……ホモ君はあんまり生かさない要素ですね。やっぱり完全フリーランスにはどこも厳しい世の中ですなぁ。

 

 とはいえ、全く使わない訳でもありません。完全フリーランスでも、本当に切羽詰まった人とかからの依頼も、決して多い訳ではないですがあります。

 そしてこのお医者様技能を持っていると……文字通り、表に出せない治療を行うブラックジャック染みたプレイも出来るので、今のホモ君のスタイルであれば、荒稼ぎも出来なくはありません。まぁ今回は稼ぐ必要があるプレイではないので、出来るだけお安めで引き受けますけど。

 

『――名声のレベルが『裏の伝説』にまで上がりました』

 

 因みに、今までも結構な数の医療系のクエストを繰り返しクリアして来たので、ホモ君の名声も『街の噂』レベルまでは上がっていました。

 そして今回で、特A級の達人二人をソロで倒したという事で、結構な量の名声がホモ君に流れ込んできました。やったぜ。

 因みにタイムアウトで完全決着ではないので、目減りはしますが、それでも普通に達人一人を倒した時とは比べ物にならない量が入って来て、レベルが無事に昇格! コレで更に表に出せない依頼も舞い込んでくる事でしょう……へへへ。

 

 まぁ、名声に関しては今後活かせることもあるかもしれませんけれど、程度の事で置いておくとして……えー、さて。

 

 どうしてこの名声を素直に喜べないのかと言えば……このタイミングで二人と削り合いしちゃうと……

 

『――なんだ、相手でもしてくれるのか?』

 

 そ~~~~~なんですよねぇ、ここからは師父が一緒に付いてきちゃうんですよねぇはっはっはっ……畜生メェ!!(ちょび髭おじさん)

 そうなんです。この馬兄弟宿命の対決イベントが終わった後、師父が一体何処へ向かうかは基本的にランダムなんですよ……ですが、その行先に指向性を持たせる事が可能なのです。それで、その方法と言うのが『イベント終了時に同じエリアにいる』事になっております、はい。

 

 ある一定の友誼を彼と結んだ状態で近くにいると、確率次第ではありますが、槍月師父が付いてくることがあるんですよね。犬みたいに懐いてる、とかではなく、単純に気の向くままの放浪癖の指針とされた感じではあるんですが……

 後、もう一つ条件があって……先ほどの『名声』にも関連してきますが、高い名声で得られる依頼を受けて、色んな国家とか陣営とかとずぶずぶだと、付いてくる確率が下がります。まぁ師父としては何処か特定の陣営に付いてる相手とはつるまないというのはよくわかるのですが……

 

 さて、ここで先程の名声プレイに寄らぬホモ君を見てみましょう……何処ともずぶずぶではない完全フリーランスですね!!! おっ、コレは旅の道連れにするには丁度ええやんけ!!!(震え声)

 

 ……師父と一緒にいるのは良いじゃないか、と思う方。違うんです……今ホモ君が日本においての拠点としてるのは何処だったか、分かりますか?

 谷本君の家です。んで、槍月師父が一緒にいると、どうしてか谷本君の家に帰還不可になるのです(半ギレ) 確かにここから、とある場所で再会するまで、師父と谷本君は合流しないのですけれども……こういう所は原作に合わせて来てて草ァ!!

 

『――坊主の家にはいかん。暫くは奴も功夫を積む時間が必要だろう』

 

 という事で、何度帰ろうとしてもこうなってしまうっていう……オイゴラァ!! アジトに帰れないってどういう事だオラァ!? 師父と別れられないのか、という話ではありますが、あの拳豪鬼神が此方の言う事を聞いてくれると?(震え声)

 

 マズいです……このままでは、師父の放浪癖に付き合ったまま、ケンイチの原作に関わる暇もなく各地を彷徨う事になるやも……なんだったら、師父と行動する時間があまり増えると、徐々にアライメントが寄って行ってしまう可能性もあります(震え声)

 このゲームにおいてのアライメントは、色んな事で寄ったり、減少したりするので、こういうときも油断はできないのです。

 

 うぅ、どうにか師父と一旦別れられないでしょうか……いや、正直強力な仲間が付いているのはありがたい事なんですけど、でもちゃんと狙ったタイミングでやった方が良いじゃないですか! だらだら放浪男二人ぶらり旅するのはマズいですよ!(チャート崩壊)

 いや、無理に別れられない事もないんですけど……そうすると折角仲良くなった師父との関係値下げる事になるっていう。そんなの嫌だぁ!!

 

 円満に分かれるタイミング……強制ソロ行動とかの任務とかであれば、一切関係値を下げることなく、別れられたりもするんですけど……くっ、名声……名声で受けられるようになった任務に、何か、何かないか……ん?

 

『――どうやら、馴染みの武術家からの依頼の様です。お受けしますか?』

 

 こ、これはっ……!

 オッケー、ちょっと時間はかかりますが、この依頼受けましょう。そうか、裏の伝説レベルまで行けば、このタイプの依頼を受けられるようになるんでしたっけ……コレは正に奇縁と言うしかありません。

 

 という事で師父! すみません! ちょっと極秘裏の仕事入っちゃいまして! はいすみません! ちょっとこっから先はソロで行動させていただければ!

 

『仕事か。なら、精々励んで来い』

 

 ――っしゃああああああああ!! やった!! 円満に別れられた!! 関係値のダウン一切なし!! おっしゃぁ!! 切り抜けた!! 正に天才!!

あぁ、多分、今まででこの一件が一番のピンチだったと思います(白目) まさかピンチを招いた師父達との激闘が、巡り巡ってピンチを救うとは……コレがマッチポンプか。

 

 ふぅ……さて。私の窮地を救ってくださった、この任務ですが……名声レベルが『裏の伝説』レベルだと受けられる、特殊な依頼になって来ます。

 裏で名を馳せている達人クラスの武術家と言うのは、やはり普通にお医者様にかかるという訳にも行きません。武術家自身もそうですが、特に自らの弟子と言うのは、秘伝を叩き込んでいる存在ですからね。個人的に友誼を結んだ信頼できる医者か……名の通っている腕の良い医者に預けたく思うようです。

 

 という事で……『裏の伝説』クラスの名声を持つホモ君に対して、友誼を結んでいる訳ではない相手からも、こういう依頼が舞い込んでくるタイミングが、ここから増えてくるのですよ――ライバル相手、とかね。

 

 どうやら、我がホモ君最大のライバル、メスガキちゃんにも弟子が出来て。その治療と健康調査に関する依頼が飛び込んで来たようです。

 




武術大国プレイは没案でした。ケンイチというか、やってる事が蒼天航路になってしまったので、雰囲気が違い過ぎる……


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第六回・裏:お医者様の定義の粉砕者

「――いやああぁぁあっ!? 助けてぇええええええ! 喰われるゥウウウウ!」

「ちょっ!? 何逃げようとしてんのよ!? 私一人置いてく気!?」

「ぐぇっ!?」

 

 けんいちは にげだした

 しかし まわりこまれて しまった!! なんだったらくびねっこをつかまれてしまった! いたい!

 

「お願い連華さん一生のお願い行かせてー!!」

「させるか! 大体喰われるって何よ! 鷲師父がそんなことするか―!?」

「鷲師父!? あれが!?」

 

 ……いやいや、いやいやいやいや。

 ジーンズ姿でも、シャツの上から白衣来てますし。恰好とか、話の流れとかも考えると目の前に立ってる『あれ』が、恐らくドクター・ホークなのは分かりますよ!? でもちょっと待って欲しい連華さん。

 

「アレお医者様違う! もっと別の、なんか人食いの巨人とかそんなん!」

「い、今の姿を見て否定は出来ないけど……兎も角、アレでもお医者様なの! 腕利きのお医者様なの!」

「嘘だァ!?」

 

 だって!! 太いもん! 腕とか! 小っちゃい重機どころか割としっかりした重機乗ってるじゃないですか!! 太ももとか! 比喩じゃなくて本当に丸太みたいじゃないですか! 胸板とか銀行の金庫みたいじゃないですか!! 首とかどれだけ揺さぶっても絶対に気絶とかしない位ガッシリしてるじゃないですか!!!

 

「後顔!!! 怖過!!!」

「何語話してんのよアンタ!?」

 

 ハゲでめっちゃ目つき鋭いじゃないですか! そこらへんで僕を睨んで来るチンピラ君達とかぽんぽこぴーに見えてくるじゃないですか!! 黒いスーツでバリバリの蛇皮の靴とか履いて、豪華な椅子に座って『まぁ、くつろぎたまえよ』とかヘマした組員に笑顔で語り掛けてそうじゃないですか! マフィアのドンじゃないですかアレはもう!!

 

「と、兎も角……アレが鷲師父なのよ」

「嘘だよォ……なんでお医者様があんなに逞しくなられる必要があるんですかぁ……?」

「言ったでしょ、何処にでも行ける様にって」

「それであそこまで!?」

 

 ……頭がくらくらする。

 

 僕の想像していた、長年をかけて腕を極めてきたスーパードクターのイメージは砕け散って……目の前の現実はとんだモンスタードクターだった。あぁ、なんだろう。梁山泊に入ってからと言うもの、何というか、人生が『パゥワァアアアアアアアア!!!!』になった気がしてならない……凄い浸食されていく……

 

「当然、暴れる患者を取り押さえる為だとか、色々と他にも理由はあるらしいけど……」

「だからってあのムキムキマッチョメンが『ならよし』とはならんでしょーが!!!」

 

 僕の人生どころか患者さんまで『パゥワァアアアアアアアア!!!!』で何とかする奴がありますか! な、なんて力に傾倒したお医者様なんだ……いや、お医者様が力に傾倒するってなんだ……?

 

「……というか」

 

 色々と、衝撃的な事が起きすぎて、根本的な事を聞いてないんだけど。

 

「どうしてここに来たんですかあの人」

 

 ビルを壊して、文字通り、一直線に。あの二人の戦いに殴り込むなんて……いや、流石にお医者様がそこまで武に飢えている、とはちょっと僕の常識の保護的な意味で考えたくはないんですけれども……

 

「……馬鹿なの? アンタ」

「うっ……せ、成績はそんな酷くないやい……」

「そうじゃなくて! 言ってたでしょ、師父が、今、『メディスン』って」

「えっ」

 

 いや、アレ何らかの雄叫びを上げてただけだと思ったんですけど。何らかの言語だったんだ……いや分かりませんって、あんな物凄い剣幕で吠えたてられてもそんな。

 

 メディスン……確か英語で、お薬、って意味だったっけか。お薬かぁ……んんん? ちょっと待ってお薬?

 

「……あの、槍月の足元にお薬の袋転がってますけど」

「えぇ。そうよ」

「……」

 

 お医者様は、患者さんにお薬をちゃんと使って欲しいものだ。だから飲み忘れたらそりゃあ普通に怒るし、ちゃんと飲んでくださいね、って念押しもされる。

 ボクも風邪とか引いた時に、お薬とか飲まなかったら『こら、ちゃんと飲まないといけませんよ』とか普通に言われるけど……

 

「にしたってここまでしますぅ!?」

 

 エクストリーム注意喚起すぎやしませんかこりゃあ!?

 

「鷲師父は患者さんの事を誰よりも考えているの、だから薬を飲まなかったら真剣に注意もするのよ」

「それがごく普通、みたいな顔で言わないでください!?」

 

 ……要約すれば。

 

 あのドクター・ホークは……槍月が薬を飲んでいない事を察知して(どうして察知できたのかはもう考えない事にする)お医者様として患者さんに注意喚起する為に、自分の担当してるマフィアの拠点であるビルを、上から下まで真っすぐ直線に突っ切って突撃してきて……今の光景に、至る、という事らしい。

 

「ちょ、ちょっと良く分からない位にバイタリティに溢れている……! ん?」

 

 いや、待つんだ。話を聞く限り、そもそもドクター・ホークは、この闘争の場に戦いに来た訳じゃない――とてもそうとは見えないけど――あくまで、お薬の注意をしに来ただけだ。という事は……

 

「……あれ?」

 

 ちらり、と連華さんを見る。

 相も変わらず師父と同じ、警戒態勢を崩さないまま、険しい顔をしているけど。なんだか師父と物凄い目配せとかしてるけど。別にそんな焦る事も無いんじゃないか。あくまで注意しに来ただけなら、普通じゃないか……いや、踏み込み方が普通じゃないけど、兎も角!

 注意一つして、それで終わりなら……一体何を恐れて――

「――ホーク殿、落ち着いて欲しいね」

「――剣星殿、俺は、至極、落ち着いているとも」

 

 あ、漸く普通にしゃべった……っていうか、日本語お上手!? 馬師父よりも上手じゃないか。

 いや、そりゃあ不思議でもないか。お医者様っていうだけ有って、頭はものすごくいいんだろうし、世界を駆けまわっているなら、色んな言葉を喋れても……あれ、と言うか。

 

「あなたの言いたい事は分かる。分かるが……今は、今は、出来れば」

「そうはいかん。貴方達兄弟の再会に水を差す無粋を承知してはいるが……それでも医者として、見過ごすわけにはいかない」

 

 どうしてさっきから……ずっと、その全身の筋肉で威嚇するみたいな前傾姿勢のままなんだろうホークさんは?

 いや、寧ろ、腕とか、肩とか、筋肉が更に、盛り上がってきている様な。

 

 ……あれ、なんだろう。背中が、寒い。目の前で、巨大な弓が引き絞られてるみたいな嫌な緊張感がある。おかしいな、何も危険な事はない筈なんだけど……

 

「――槍月」

「……」

「見つけてしまったのだ、見過ごす事は出来ない――一週間ほど、飲み忘れていたな。その量」

「あ、あぁ。いや、だが待て。ちゃんと飲む、飲むから、一旦だな」

「俺も他の重症患者にかまけて……いや、言い訳だな。謝罪する。俺がきっちりと君に指導できていればよかった――故に」

 

「連れて行かせてもらう」

 

 どうしてか、その姿が、まるで――先ほど、師父が臨戦態勢を取っていた時と重なって見えて……いやこれ完全に戦う構えですよね!?

 

「れ、連華さん!? 注意しに来ただけですよね!?」

「そうよ……注意した上で、伯父上を連れて行くつもりよ、力づくで」

「何処に!? い、いやそもそも、力づくでなんて無理でしょう!? だって……!」

 

 目の前の馬 槍月は世界でもトップクラスの武術家だ。

 普通の人が戦うなら、戦車とかを使って漸く互角になるかどうかの圧倒的な強さ。

 それを相手に、確かに物凄い逞しい体をしているとはいえ、一介のお医者様が力づくで連れて行く、なんて。どう天地がひっくり返っても――

 

「――鷲師父は、世界トップクラスの医者よ」

 

 でも連華さんは、そうは思っていないようで。

 その表情は、ずっと険しいままだ。

 

「え?」

「どんな所にも向かい、どんな治療だってしてきた――それこそ、一般人から武人に至るまで分け隔てなく。立場も何も関係なく……そうすると、どうなると思う?」

「どうなる、って……感謝される、とか?」

「それだけで終われば良かったんだけどね――見なさい」

 

 そう言われ、指差された先は――ホーク先生の腕の辺り。

 目を凝らしてみると……何か、傷の様な物が。しかも、普通に生活して負うようなタイプの傷じゃなくて、刀傷とか、そういう類の。

 どうして、お医者様があんな傷を……?

 

「見えた?」

「は、はい。なんか、痛々しい傷が……」

「あれはね、特殊な立場にあった患者を守ったり、逆に暴れる患者を取り押さえた時についた傷よ。ああいうのが、体中に一杯ついているわ。師父は、何処にも属さず、たった一人で患者に向き合って来たから……強く、ならざるを得なかった」

「――!」

 

 あぁ、そうか。

 

 それこそ、映画やドラマではよくある事だ。不都合な事実を知っている病人を更に殺そうとしたり、そもそも患者さんが痛みで暴れて治療する為に鎮静化させなくちゃいけなかったり、って。

 

 患者さんが特殊だったりする場合、そんな事だっていくらでもある。

 そして、あの鋼の様な肉体は……本当に、そんな事を気にせず、『誰でも』治療する為に練り上げた、文字通りの『努力の結晶』だ。

 あらゆる脅威を、身一つで退ける為に……!

 

「文字通り、何者にも囚われずに医術の道を邁進する為に、鷲師父は鍛錬を欠かさなかった……故にこそ、師父は辿り着いたのよ……」

 

「達人級という頂きに……!」

「にしたって辿り着きすぎる……!」

 

 貴方そんな、扉が鍵かかって開かないから『破壊すればヨシ!!』みたいな力業で解決するみたいな……!?

 

「ともかく、鷲師父の実力は確かよ。伯父上を力で引っ張って連れて行くことも、決して不可能じゃない……」

「な、成程」

 

 不可能じゃないんだ。い、医者の定義ってなんだろう。

 

 いや、いやでもこの状況、それをされると……物凄い困るのではないか。

師父も、連華さんも。師父は、お兄さんを止めるために彼をずっと探していた。連華さんも、一族として彼を止める為にここにいる。

 

 それを『お薬飲ませる為にちょっと連れて行きますので』とかお医者様に正論で殴られてそのまま連れて行こうとしたら……う~~~ん……!

 

「不可能じゃないのは……こ、困りますね……!?」

「そうよ、連れていかれたら困るわよ! だからさっきからパパも伯父上も、何とか鷲師父に落ち着いてもらおうとしてる……いいえ頑張ってるのはパパだけだけど。伯父上は滝みたいな汗をかいてるだけだけど」

 

 うん、確かに槍月……いやもう槍月さんで良いかな。彼はもうなんか……親近感湧きそうな位に凄い汗かいてるしもうホークさんに何も言えなくなってる。その分、馬師父が頑張ってるみたいだ。

 

「取り敢えず日を改めるとかは?」

「ない」

「いやぁ……あの、おいちゃんが必ず付き添って連れて行くから」

「槍月の放浪癖は並大抵ではない。ここで捕獲して指導しなければ、後々また繰り返される可能性がある――剣星殿、貴方が俺に協力を要請したのも、その放浪癖に苦戦させられたが故だったと記憶しているが」

「ぬぐっ……!」

 

 ……そして師父が大分不利だ!! こっちもわっかりやすく汗かいて、チラチラこっち見てる!! そして多分あれは脂汗だ!! しぐれさんに追い詰められた時に流してる奴とおんなじだから分かる!! 分かりたくなかった!!

 

「ど、どうしましょう」

「――よし、コレでオッケー……」

「って連華さん!? 何をメールしてるんですか!?」

 

 そんなお父さんが追い詰められている状況で、なんでか連華さんは何処からか取り出した携帯電話でメールを打って、送信していた。何を呑気な事を……と、声をかけて。しかし、連華さんは違う違う、と言いたげに手をひらひらと振った。

 

「あのね。師父が真っ当な方法で止まる訳ないでしょ」

「(酷い言いよう!!)」

「だから……ちょっとした切り札を呼んだのよ」

「き、切り札?」

「そう。もうちょっとしたら到着するから……取り敢えず、その人が到着するまで時間を稼げば、この場は収まるわ」

 

 自信満々にそう言う連華さん。

 だが……僕には、到底そうは思えない。

 今や、目の前のホーク先生の圧力はどんどん強まって行って――二人の背中はどんどん小さくなっていってるように見える。コワイ。

 時間が経てば経つほど、寧ろこっちが不利になるのではないか、なんて根拠のない不安が襲って来る位には。

 

「――どうしても、ダメかね」

 

 しかし……そんな僕の目の前で、馬師父は。

 大きく、呼吸を一つ入れてから――遂に、拳を握って見せた。

 

「ダメだ」

「……であれば、おいちゃん達も、先生の言う通り、と言う訳にもいかんね」

「だろうな。それは理解している――故に、諦めるまで、付き合おう」

 

 そして――その拳を、ホーク先生に向け。腰を落として、再び構えを取った。

 やるのか! と思ったその瞬間……大きなため息が、槍月さんの方から聞こえてきた。

 

「……仕方あるまい、剣星」

「梁山泊に多対一は無い……と、言いたいがね。今の彼に対して、おいちゃん一人で戦いに行くのは無謀通り越して『無礼』に当たる……兄さん」

 

 二人の交わした言葉に、はっとする。

そう、師父に合わせるようにして――槍月さんも、ホーク先生に対して、構えを取ったのだ!!

 

「に、二対一!!」

 

 なんという事だ。中国大陸全土に響く程の、中国拳法の達人二人が、たった一人を相手に手を組んだのだ!

 二人の構えは、揃って見てみると、やはり何処かよく似ている気がする。先ほどまで争っていたあの景色――それを思うと、感じる。背筋がしびれる程の『宿命のライバルのドリームタッグ』感を!

 

 凄いものを見ている……と同時に、ちょっと心配になって来る。

 

「え、えぇっと……ホーク先生は、これ、大丈夫なんです?」

 

 師父と槍月さん。先ほどまで、人外の戦いを繰り広げてきた二人だ。それが組んだとなれば、一体どれだけの強さを発揮するか等、想像すらできない。しかも相手は、強い、とはいえあくまでお医者様で、一人だ。

 流石に、どっちが不利かは、僕にだってわかる。

 

「……」

「流石にあの二人を纏めて叩き伏せるなんて――」

「無理ね」

「ですよねー……」

 

 あぁ……なんという事ホーク先生。真っ当にお医者様をしようとしているだけなのに、タイミングの悪さでこんな悲劇が――と、そこまで考えて。

 連華さんの顔が、顰め面のままな事に、気が付いた。

 

 明らかに……二人の勝利を確信した顔じゃない。

 

「連華さん……?」

「でも、二人があの人の『守り』を突破できるかも怪しいわ……()()も、()()も、最悪すぎる……!」

 

 それは、明らかに。師父達の事を、案じている様な顔だった――

 




うわぁ! 急に落ち着くな!


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第六回・裏:無敵の城砦

「――噴!!」

 

 呼気一つ。

 裂帛の気合いと共に、先に踏み出したのは――槍月さんだった。

 

「速いっ!!」

 

 殆ど見えない凄い速度の突撃で。何時の間にかホーク先生の前まで迫って行っている!

 先ほどまでの戦いでは、馬師父の方が、小柄な体を活かして激しく動き回っていた所を見れた。その時、槍月さんはドンと構えている様な印象があった……でも、速さをとっても一瞬見えた師父の動き並じゃないか!

 

 いや、でも。あれだけの鍛え上げられた肉体だ。それをフルに使って、今、床が少し震えているのが足から伝わって来る程に、強く踏み込んでいる――あれだけの速さになっても、全然不思議じゃない。

 先ほどまで、目の前のホーク先生にかなり威圧されて、委縮してるように見えていたというのに。

 

「誰よりも早く先手を取るなんて――」

「――いいえっ、パパも動いてる!」

「嘘ぉっ!?」

 

 あ、確かに師父居ない……じゃなくて、何処にいったんだ師父は!? ま、マズい、集中一回切らしちゃったから全然分からないぞコレ――

 

「「破ッ!!」」

「――ヌゥゥゥウアァァァア゛ア゛ア゛ァッ!!!」

 

 ば ぎ り !!

 

「――どわぁっ!?」

 

 物凄い音と、風圧。

 師父の行方を探す暇もなく、最初の師父達の激突の時と同じようなそれが不意打ち気味に此方に向けて飛んで来て……でも、何とかそれに惑わされる事もなく、何とかそれを捉える事が出来た。

 

 一歩、大きく踏み込んでから、真っすぐに突き出された槍月さんの拳が

 天井を蹴り飛ばした加速そのままに、上から振り下ろされていた師父の踵が。

 

 ホーク先生に向かっていって――そして。

 

「か、片手ずつで、抑えてるぅうっ!?」

 

 ……余りの出来事に、目を疑った。

 師父の踵は、掲げた掌で受け止めて。槍月さんの拳の側面には掌を当てて……反らしたのか! 何れにしろ、クリーンヒットしてない! 信じられない、あの化け物みたいな達人二人の攻撃を、それぞれ片手で凌いだのか!?

 というか、師父達は大きく動いて攻撃を叩き込んだのに、ホーク先生はまるで動いていない、だと!?

 

「はぁっ!!」

「オォッ!!」

「ガァッ!!」

 

 ああもう駄目だ凄い速さで見えなくなっちゃった……い、いやでも、待って。

 師父と槍月さんは、ずっと攻めてる……ように見える。ずっとホーク先生の周りを、入れ代わり立ち代わり位置を変えながら、色々と動きを変えて……

 うん、二人でホーク先生を、一方的に攻め立てている、と思う――なのに。

 

「や、破れない……!?」

 

 ホーク先生は……動かない。どれだけ攻撃しても、やっぱりあの巨体は一歩も下がらないし、前傾姿勢を崩してもいない。本当に石像みたいに、ドンと構えてる。あの全てを動かずして、防御してる、って事なのか!?

 

 でもあんなに一方的に殴られてるって言うのに……僕の目が可笑しいのか、余裕があるように見えるのは……ホークさんの方だ。

 達人、と言う話ではあった。でも、此方の二人も同じ達人なら、数が多い方が有利な筈じゃ……!?

 

「ど、どういう……!」

「師父は医者よ。基本的に患者に手は出さないわ」

 

 そんな僕の悲鳴に応えるように、連華さんが口を開いた。

 

「でもその分――師父は『守り』に全てを注いだ」

「ま、守りに全てを」

「師父は、その『守り』だけで達人級にまで上り詰めた。それは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』って事なの――単純な守りの巧さなら、あの二人だって師父には到底及ばない……!」

 

 ……信じられない。

 美羽さんに、僕はマトモに攻撃を叩き込めたことがない。文字通り、しなやかな動きで避けられて、もし拳が入ったと思っても、クリーンヒットなんて許さない位に、硬い。そして――その美羽さんよりもはるか上の武術の位階にいるのが、師父だ。

 その上の段階なんて、本当に存在するのか。

 

「それだけじゃない。師父の強みはもう一つ、医療知識!」

「お、お医者さんとしての」

「そうよ……多くの人体を師父は見てきた。師父は人体の構造を、この世の誰よりも把握しているし、診方も、見方も、どっちも知ってる!」

 

 それは――何処をどう動かせば、何処にどう力が伝わるのか。武術にとってとても大切な体幹、ブレから、動き、骨がどのように動くのか……その全てが、ホーク先生には丸見え、という事であって。

 攻撃に一切の思考を割かない分を、骨格の動きや歪みの全てを解析するのに回し、相手の如何なる攻撃に対しても、対策と対応が瞬時に出来るのだという……!

 

「言っておくけど、世界中探したって、そんな事が出来るのは鷲師父だけよ。武術だけを鍛えてもああはならない……何千人……いえ、何万人もケガをした人を救って来た膨大な経験が、反射で活かせる域に達する程に積み上げて来たからこそ」

「ひ、ひぇえええ……」

「……今も、パパと伯父上は『診察』を受けてるようなものよ。二人の身体の全ては、師父に筒抜けなの」

 

 連華さんの語る言葉に、ゴクリ、と唾を飲み込んでしまう。

 あの二人だって敵わない程の守りの腕が凄い、と一瞬思った。

 だけど本当に凄いのはそこじゃない。連華さんだって言っていたじゃないか、世界中を旅し、人々を救い、医術を究めてきた。それは文字通り、多くの治験を、実地で得ながらの救世の旅だったろう。

 積み重ねてきたそれは、最早、医術でだけ活かせるものじゃない。反射で解析できるようになったその術は、武術にすら応用できるほどに……単純に強固である守りの腕を更に昇華出来てしまう程に……!

 

「た、達人……!」

 

 僕は今まで、梁山泊で達人と言うモノを多く見てきた。師匠方は皆、人知を遥か超えたようなとんでもない人達ばかりだった。

 でも、その人達とも、何かが根本的に違う。

師匠方よりも更に純粋に……更に鋭敏に。最早、狂気的なまでに、地道に積み重ねてきたものが、自然と身体を動かしている。師匠方が『尊敬』の念を覚える達人なら、ホーク先生は……自然と『畏怖』を抱いてしまう達人。

 

「……で、でも、一対一なら難しくても……二対一ですよ!?」

 

 前提が同じ。一対一なら、守ってるだけでも、勝てても不思議じゃない。

だけど、師父だって、槍月さんだって、何方も間違いなく、武の頂に立つほどの達人なんだ。決して、ホーク先生にも劣る事はない……その師父と槍月さんの二人がかりで挑んでいるというのに、どうして。

 

「二対一というのは有利、それは間違いない……二人が全力なら、師父を相手しても、圧し切れてたかもしれないけど……忘れたのケンイチ」

「――あっ!」

 

 そうだ。

 

「さっきまで、二人はお互いに()()()()()()()()()()()()……!」

 

 ……そうだった。二人は強い達人なんだ。

 でもその二人は先ほどまで、全力で拳を交わし合っていた。幾ら達人とて、無尽蔵に戦えるわけが無い。体力の限界ってものがちゃんと存在するのは、流石に僕だってわかる。

 自分と互角の強さを持つ強敵相手に、疲労せず戦うなんて、いくら師父だって出来るだろうか。槍月さんは、一切消耗せず戦えるか?

 そんなの、絶対無理だ。

 

「達人同士の戦いじゃ、僅かな体力の消耗の影響は大きい……ましてや二人は、お互いの手の内を知ってる強敵同士で激しい削り合いをしていた」

「その分、疲れも……」

「そういう事……それに場所も良くない」

「場所、ですか?」

 

 ……そう言えば、地形も状況も良くないって、さっき連華さんは言っていたっけ。状況は、二人の疲れだ。では、地形、というのは。

 その疑問に……連華さんは、後ろから前、今いる場所の天井をなぞる様にして指差して見せた

 

「えっと……廊下?」

「そう。ここは、多対一の利点を生かし切れない……」

 

 曰く。

 戦いにおいての多対一の最も大きな利点は……一人を二つ以上の方向から囲んで叩けることにあるとの事で。挟み撃ちっていうのが相手に圧倒的有利を取れる、と言うその理屈は僕にも分かる。

 そして……逆に言えば、数が相手よりも多くても、一方からしか攻められなければ、二人で戦える優位と言うのはたいぶ軽減されてしまう、という事でもある。

 

「……更に言うなら、ここは、開けた空間じゃない。後ろに回り込むにしても、どうしてもワンアクション必要になって来る――鷲師父を相手取るなら、その一瞬でも……」

「……致命的になっちゃう、って事ですか」

「えぇ。多方向からの攻撃を凌ぐ態勢だって十分整えられる……取り敢えず複数方向から叩けばいいってものじゃないわ。ただ闇雲に多方向に戦力を割くのは、戦力の逐次投入と同じ、愚行なの」

 

 そして、それは相手の防御が整い切った時に攻めても、同じこと――そう連華さんは言う。対応しきれない相手を、息を合わせて多方向から叩く。それが出来て初めて、多対一の有利を発揮しきれるんだという。

 左右に壁、天井もあって、スムーズに相手の背後や横を取れないこの場所では、その有利を押し付ける事も難しい、と。

 

「……そもそもだけど、考えて見なさい。師父は相手の攻撃を見て、精密に分析し対策が出来る。それ即ち、その攻撃に対して、有効に先手を打てるという事に他ならない」

「す、凄いですよね」

「その相手に、限られたルートを通って、背後を取ろうとする愚策……間違いなく、抜けようとすれば阻まれる。攻撃は出来なくても、相手の動きを阻害する事は出来るもの」

「あ、そうか! 動きがバレちゃうから!」

 

 回り込めたとしても、守られるし……そもそも、回り込む事が前提として困難。

 

 それ即ち――今のホーク先生は、文字通り、ビルの廊下に立ちはだかる巨大な城砦そのもの。回り道もなく、抜け穴もない。そんな堅牢な城砦に、ただ二人で真っ向勝負を挑まざるを得ないという、圧倒的不利!

 

「ふっ――!」

「ぬぅうあ!!」

 

――ド ォ ォ ン!!

 

 連華さんの言う所の場所と、疲労。二つの不利な点が合わさった結果、どうなるか。

 それを今……僕は、ありありと目の前で見せつけられた。思わず、あんぐりと口を開けてしまった。

 

「――抜けぬか!」

「何たる堅牢さかね……!」

 

 二人並んで一歩下がり……両足で、『ため』を作って飛び出した、師父と槍月さん。

 

 そのままの勢いで、轟音と共に、叩きつけられた、二人の拳は……分厚い門みたいに構えられた二つの掌に阻まれて。まるで目の前のホーク先生の身体を後退させる事が出来ていない。というか、全然、その場から動いている様にも見えない。

 達人級二人の同時攻撃っていう、ちょっとした人間兵器みたいな攻撃を、当然の様に真っ向から受け止めたのに。

 

「――気は済んだかな」

 

 寧ろ……苦しい顔をしているのは、師父達の方で。汗と共に、若干微妙な顔色は拭えない。若干、罪悪感も残っているのだろうか。

 そんな二人に比べて、ホーク先生は、涼しい顔をしているように……見える。あの、相変わらず据わり切った目が怖いので、内面的には凄い、こう焼け付きそうな感情を抱いているのかなー……って思ったりもするけど。

 兎も角、顔色一つ変えていない。

 

 ようやく理解出来た気がする。連華さんが、二人ですら突破できるか分からないと呟いたその訳が。師父達の状況は、半ば最悪に近い。大して、無敵。鉄壁。堅牢。守りの達人に地形すら味方する。

 

 普通だったら、絶対有利である状況ですら、僅かな要素二つで互角にまで持ち込んでしまう。こ、コレが達人同士の戦い……!

 

「凄いな……ホントに……!」

 

 ……ホント、この戦いが『お薬を飲んでいるかいないか』っていう凄い、気が抜ける理由で始められたモノである事を忘れそうなくらいに、物凄い戦いなんだ……!!

 




ホモ君の守りの腕は、超人級の下っ端、位の感じです。守りに関しては長老の方が一枚上手くらいでしょうか。


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第六回・裏:それはかつての少年の視線に似て

「「「……」」」

 

 ……先ほどから、まるで動きがない。

 先程、二人の渾身の一撃をも、ホーク先生が弾き返した後。何方も、全く動こうとしなくなってしまった。とはいえ、師父達が僕みたいに『これ無理なんじゃないかなぁ』なんて弱気になるとは思えないので……多分、考えがあるんだとは、思う。

 ホーク先生はと言えば、相変わらず最初に位置取った所から動いてすらいない。距離を詰めてくるかとも思ったけど、それすらしない。

 

 連華さん曰く、三人は今、『長考』に入っているのだという。

 

「なんか……囲碁とか、将棋みたいですね」

「ある一定のラインを越えた達人同士の戦いは、こういう状況になりやすいの。相手の動きを読み取れるからこそ……ね」

「えっ、ホーク先生だけじゃなくて、師父達も読めるんですか、相手の動きが」

「えぇ。相手の動きを読んで、その動きを考慮に入れて動くのは達人の基本よ。もっともパパ達程の達人ですら、鷲師父の『読み』の精度や早さには劣るけど」

 

 どうやってあの守りを突破するか。一手一手、攻めの手を思考し。

 どのようにすれば、最も効率よく守れるかを思考して、守りを構築する。

 武術と言うのは、極まればこんな次元になるのだと、何処か感動すら覚えてしまうが、しかしながら……どうにも、一歩踏み込んで見れない自分がいる。

 

 今、僕はどういう態度を取るのが正しいんだろう。だってホーク先生は一切間違ってる事は言ってないし、だからと言ってここで槍月さんを連れていかれたら全てがなんか、ぐだぐだになるのも分かるし。素直にどっちにも肩入れが難しい。

 

「……師父達を応援すればいいんですかね」

「いいえ。黙って見てるのが正解よ」

「そうですか。帰るとかは無しですか?」

「ダメよ。黙って道連れになっておきなさい」

「はぁい……」

 

 僕も連華さんも全然関係なくなっちゃってるんだけどなぁ……完全にご当人達の問題になってるんだけどなぁ……まぁ、達人同士の戦闘を見られるだけでも、十分機会に恵まれてるって言えば、そうなんだろうけど。

 

「……」

 

 ……でも、こうして見ていると、確かに勉強にはなるのは間違いない。一瞬見えた師父の動きにも『あ、アレが理想の型なんだな』と思う所が結構あったりもして……

 そして……勉強になるからこそ、疑問になって来る部分が出てくる。

 

『良いかいケンイチ君。武術と言うのは、攻防それぞれをきちんと修めるのが基本中の基本だ。私の柔術は勿論として、空手、中国拳法にムエタイ、あらゆる武術に於いて、何方に偏重して鍛えるという事はあっても、何方かだけを究めればいいという事は決して無い』

 

 故にこそ受け身の特訓は一生欠かさない! 守りの要だからだ! とか岬越寺師匠に言われて、投げられる訓練をアホ程しているのである。因みにあれだけ見事に投げられてもちゃんと受け身を取れば痛くないのが不思議でならない。

 

 ……まぁ、それは兎も角。

 岬越寺師匠曰く、えっと……なんだっけ……兎も角、何かの『陰と陽』みたく、必ず武術は攻と防が揃ってこそ、らしい。どんな達人も、当然ながら攻防どっちも極めないと成れない……との事。

 

『分かりやすく、こうしてグラフにして見ようか』

『……何時の間にそんな黒板を』

『はっはっはっ。黒板は意外と自作が出来るものだよ。という事で、コレを見たまえ。攻撃と防御、何方も持ち合わせる人と、攻撃しか出来ない人、それを単純に棒グラフで表している――何方が長いかは、分かりやすいだろう』

 

 そうして書き上げられた赤と青のグラフ、そして赤一色のグラフには……大きすぎる違いがあった。攻撃を示す赤の長さは同じだけど、防御分の青い部分がないので、凡そダブルスコア程の大差がついていた。

 本来はここまで単純ではない、と岬越寺師匠は最初に前置きをして。でも本当に単純化すると、片方だけを鍛えた人と、何方もちゃんと修めた人には、これだけの大きな差が出来てしまうのだと、師匠はミニ講義を締めくくっていた。

 

『それこそ……片方だけで『達人』、その更に上澄みを目指そうとするならば、その究め方は最低でも、その『達人の上澄み』のさらに上を目指さないといけないだろうね。ただ武術を究めようとするよりも……更に難行と言えるだろう』

 

 あくまで想像でしかないけれど、と岬越寺師匠は言っていたけど。

 そのとんでもない『難行』を成し遂げた……と、思われる人が、目の前に立っている。あの岬越寺師匠をもってして、『難行』と言わしめた事を。

 

「……何をどうやったら、そんなになるんだろう」

「何がよ」

「あ、いえ、此方の話なんですけど……」

 

 ……今なら、何方も動いてない。師父達もホーク先生も。幾らまだまだひよっこの僕でも、全く動いていない物を見る位はできる。というか、コレが出来なかったら色々とダメだろう。

 という事で、じっと見てみる。

 いや動いていないものを見てどうするんだよ! と言う話なんだけど……でも、何もしない様に見えて、こう、何かしてるんじゃないかというか……

 

「――」

「ひえっ」

 

 目があった。

 

「うっ……!」

「……ふむ」

 

 でも、ほんの一瞬だけ。直ぐにホーク先生の視線は、目の前の二人に戻された。

 

 アレだけとんでもない登場をした人だ。視線が合っただけで、身体がすくんでしまいそうになる……かと思いきや。そうでもなかった。

 正直な感想を言えば。

凄い、フラットな眼だった。いや、寧ろ。とても穏やかな眼の輝きを、している様な気すらした。さっきのとんでもない迫力の人とは、とても思えない。

 

本当に、町の頼れる理知的なお医者さんのような……そう、それこそ、診察されている時に、喉の奥をじっと観察されている時の様な表情をしている。

 ……ずっしりと構えて動かない姿勢に、変な言い方だけど、その表情はよく似合っているというか。自然と言うか。

 

 だから。

 

「……あれ?」

 

 ゆらりと、ホーク先生の指先が動き出した事に、違和感を覚えた。

 伸びた指先が、自分の周りの空間を、ゆらりと流れるようにして……動いていく。

 まるで舞踊のように、とても綺麗な動きだと思う。機械のように、精密な動きのようにも見えた。

 

 ……気のせいか。

 そうして僅かに動くホーク先生の指先が、さっきからこう……ある一定のラインを、超えていないように見える、気がする。直線じゃない。丸い曲線……内側から、水晶玉を撫でている様な、そんな風に綺麗な曲線のラインを。

 

 適当に動いている、ようには見えない。

 そう思ったら……自然と、視線でその指先を追いかけていた。

 

 ゆっくりのように見えて、その軌道は、空間に確かな形を描いている。

 なんだろう。ガラス玉みたいに、透き通っていて……欠けの無い……満月みたいに丸い感じの……うんうん、そうそう、あんな感じに、ホークさんの周りをくるりと囲んでるバリアみたいな、こんな感じ……に……?

 

「……(ゴシゴシゴシ)」

 

 思わず目を擦った。消えた。

 何だろう……幻だったのだろうか。でも……なんだか。幻にしては、明確に見えた、気がする。ホーク先生の周りを取り囲む……あの、球体は。

 

「――綺麗な()()()

「え?」

「でも、なんで急に……?」

 

 隣の連華さんのつぶやきが、妙に耳に残った。思わず、と言った様子で漏れた、そんな言い方だった。制空圏。聞きなれない言葉だったけど、でもそれが、今の奇妙な現象を表しているのは、僕にも分かった。

 

「制空圏……?」

 

 もう一度、見ようと思ったけど、もうホーク先生は、両手の動きを止めていて、再び全く動かず、二人の動きを見ているように見える。あの奇妙な空間を見ることは、出来なくなっていた。

 

「……見えたの?」

「えっ?」

「さっきの」

「えっと……なんか、バリアみたいなの、なら」

「……ケンイチに見えるように、分かりやすくやってくれた、ってコト? それにしたってなんで……?」

 

 それは、サッパリと分からないんだけど……そう思っていると。

 また、ホーク先生と視線が合う。今度は、自然と見つめ返していた。観察するように、覗き込む様に……先ほどのが、そんな感じなら。今の視線は、どこか……優しさすら感じる位に、穏やかな瞳だった。

 

 ……昔。そうだ。注射を怖がってた僕を見ているお医者様の、優しい視線は……あんな感じだった気がする。

 どうしてそんな瞳で僕を見ているかは分からないけど。

 でも、どうしてだろうか。ホーク先生に『見守られている』気がした。

 

「……らしくないな」

「……さてな」

 

 首をかしげる僕とは対照的に。

 槍月さんは、ホーク先生を見て――初めて、楽しそうに笑ってから。じり、と距離を一歩、詰めた。

 




なんでホモ君が急に演武を見せてくれたか、皆も考えてみよう!

ヒント:題名


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第六回・裏:お開きにします!

「「――っ!」」

 

 息を呑んだ。

 

 あの膠着した空気の中で……槍月さんが踏み出した、それ即ち、決戦に入る準備が出来たって事だ。ホーク先生の守りを打ち破る算段が付いたってことだ。

 一方の師父は……動かない。でも、僅かだけど、槍月さんと目配せをしたようにも見える。流石に兄弟、言葉に出さずとも通じ合っているのだろうか。

 

 しかし……一人で行くのか!?

 先ほどの戦いぶりを見ていてわかるのだが、あのホーク先生の防御を崩すのは、二人でも出来なかったというのに……たった一人で!?

 

「ど、どうやって戦う心算なんでしょうか……!?」

「分かんないわよ! 師父の守りを抜くなんて、それこそ――」

 

 連華さんもそれは分かっているようで……二人して、一歩一歩、距離を詰めていく槍月師父を見ている。此方の不安など関係ない、と言わんばかりに。その足取りはとてもゆったりとしたものだった。

 

「――ホーク」

「……」

「本当に、キサマは相変わらずだ。昔から俺と同じ、アウトローで……そして、俺と同じ頑固者でもある。本当に、お前以上の頑固者は、俺ぐらいのモノだろうな、と確信出来てしまう程にな。先程の事で、よくわかった……」

 

 そのまま……一歩一歩、酷く穏やかな足取りで、彼は距離を詰めていく。

 不思議なのは。槍月さんは、最早構えすら取っていないという事だ。最早、諦めて投降するんじゃないかっていう位に、無防備に。

 それを、ホーク先生は、黙って見つめている。動かない。

 

 ただ歩いているように見えて……しかしその間には何か、二人にしか見えない光景が広がっているのだろうか。ゴクリ、と連華さんと二人して息を殺して、縮まっていく二人の距離を、ジーっと見ている。

 

「……伯父上にとっては、最早必殺の間合いに入ってる……筈だけど」

「まだアクションは……起こしませんね」

 

 未だ構えを解かずにその様子を、静かに見つめるホーク先生。

 先ほど打ち合っていた、その距離へと再び歩み寄る槍月さん。そして……

 

 既に、二人の距離は、立ち話でもするんじゃないかってそんな所まで縮まり切った。もう既に、その場で拳と拳が激しい鎬を削っても……なんら、不思議じゃないレベルだ。

 

「――故に、貴様の事は、貴様以上に良く知っている」

「あぁ、それは良く知っているとも」

「そして……武術家……否、戦う者として、最も致命的な、短所もな」

 

 ……その言葉に。連華さんと、思わず目を合わせてしまう。

 

「……あるんですか、短所」

「ある訳ないじゃない! 師父の守りに一切の曇りも、一切の欠けだって無いわ。さっきあれだけ二人の攻撃を凌いでたのを、見てなかったの!?」

「見てましたよ!? じゃあないじゃないですか!!」

 

 あんな無敵要塞に弱点なんかある訳ないだろぉ!! いい加減にしてください!

 ……と言いたい所なんだけれども。でも……槍月さんの表情は、とても無理してそう言っている様にはまるで見えない。そして、何よりも――

 

「あぁ、そうだろうな――君が、俺の弱点を知らない訳がない」

 

 目の前の、盤石の筈の守りの使い手が、それを、肯定している。うっすらと、微笑みすら浮かべながら……ゆっくりと、両手を門のように、構えた。

 今まで、ただ、前傾姿勢のようにも見えた彼が、初めて……両掌を、門のように、槍月さんの間に立てて、構えたのだ。

 

「貴様は正に無敵の城砦。守りに徹するならば、生中な腕では貴様の守りを打ち砕くことは適わん。貴様を砕くのであれば……無敵超人……そして伝説に名高い二天閻羅王程の腕が居るだろう……真っ向から、打ち砕くのであれば、だが」

「伝説? 煌臥之介殿ならば、二年ほど前に人間ドックを受けに来たが」

「………………貴様ならば、まぁ無いとは言えんのがアレか。まぁそれは良い」

 

 ……なんか、槍月さんと連華さんと師父が物凄い、チベスナみたいな顔をしているけど僕には何も分からないからスルーしよう! その方が良い気がする!

 

 という事で……真っ向からは、とは言っても、何か卑怯な手を打って崩すとかではないだろう、多分。アレだけの圧倒的な守りを、どんな邪道な方法を使っても崩せる気は、到底僕にはしない。何よりも。

 

 あの目の前に立つ、何処か少し不器用そうな武術家が、そんな卑劣な真似をするとも思えないのだ。であれば……やっぱり、さっき言ってた、弱点?

 でも、弱点なんてあるんだろうか。卑劣な手を使っても崩せない、そう思うのと同じくらいには、それが存在する、という事も信じがたいのだ。

 

「故に、だ――全てを捨てて、貴様のそこを、突く。構わんな?」

「あぁ。君ならば……まぁ、そう悪い事にはならないだろうよ」

 

 ……だけど。

 槍月さんは、ゆっくりと腰を落として……再び、拳を構えて見せる。

 ある。その確信が、確かに彼にはあるのだ。故に、目の前に立っている。そして……それに対して、ホーク先生も、初めて構えらしいものを見せている。

 想像もつかないが、確かにあると確信させる……二人の間の、緊張感!

 

「「――」」

 

 二人は、一切視線を逸らさない。ベキリ、と拳を鳴らし、槍月さんが……腰だめに、ゆっくりと拳を構えた。使うのは、拳のようだ。

 まるで、巨大な弓を引き絞るように、じりじりと、酷く緩慢に、拳が引かれていく。ああしている間にも、一切の隙を槍月さんは見せていないのだろう。

 

 ……とんでもない大技が来る。そんな、漠然とした確信がある。目を見開いて、少しずつ近づく、戦闘再開の瞬間を、待っている。連華さんの呼吸が、少し細くなってきているのが、分かる。

 そのまま、拳は、ゆっくりと、後ろまで引き絞られて――

 

「――先生」

 

 しゅたり、と。

 ホーク先生の後ろに、誰かが降り立って……膝をついて、首を垂れた。

 

 一瞬。全員の動きが止まる――さっきまでとは違って、僕も、その声に反応出来た。というのも……その声は、聞き覚えのある声だったからだ。

 

「――メナング、どうした」

「一旦、矛をお納めください先生。急患です」

「ふむ……そうか」

 

 その声が発したただ一言で……ホーク先生が構えを解いた。

 驚いてしまう。二重の意味で。あんまりにもあっさりと闘争の空気を散らしたホーク先生にもそうだけど。ホーク先生の後ろにいるのは、僕の見覚えのある人だったから。

 

「メナングさん!?」

 

 褐色の肌に、特徴的な民族衣装。最近、梁山泊の居候として(多分、一部の住人よりもお金とか家事とか色々役立ってるけど)一緒に暮らしている、プンチャック・シラットの達人である……メナングさんだった。

 そのまま、ホーク先生と、何事かを話している。知り合いだったのか、あの二人は。

 

「――間に合ってくれたかね」

「た、助かった……」

 

 ――その姿に、拳を下ろし、帽子に手を当てて溜息をもらす師父、後ろで座り込む、と言うかへたり込む様に崩れる連華さん。二人とも、漸く緊張した面持ちを緩めているのが見て取れる。連華さんが呼んだ切り札と言うのは、メナングさんの事らしかった。

 

「先生って……?」

「メナングさんは、鷲師父のお弟子さん……と言うか、助手なのよ。あの人と一番長い付き合いで、あの人の扱いを一番心得てる。この状況を打開してくれるとしたら、あの人以外に居ない」

「そ、そうなんですか!?」

 

 意外な事実だった。

 ちらりと二人の方向を見つめる。白い白衣に身を包んだ屈強なドクターと、民族衣装を纏うシラットの達人の二人は、しかし、そう言われてみると……全く関わり無さそうに見えるけど……

 

「――既に機器は揃えてあります」

「患者のデータは」

「先方から既に」

「そうか。分かった。なら一旦当人と話して、方針を決めるべきか」

「場所は此方です。一応、最寄りの新幹線等の交通機関のリサーチは終わっていますが」

「いや……相手が相手だ。秘匿性を重視したい。今回は徒歩でいく。ハルティニにも手伝いを頼みたいのだが、大丈夫かな」

「大丈夫だと思います」

 

 ……凄い。長い間付き合ってるってだけ有って、スムーズに話をしてる。とても……似合う。助手としての立場が。慣れてるって感じのする所作だ。

 既に、二人が話している姿を見て、槍月さんも構えを解いている。一旦、事は落ち着いた、という事だろうか。

 

 ふと、此方に気が付いたのか、緩く笑ってひらひらと手を振ってくれるメナングさん。うん、あの梁山泊の頼れる何でも屋さんを見ていると、もう大丈夫なんだな、っていう根拠のない安心感が湧いてくる。

 

「――それと、槍月殿。貴方には付いてきていただきます」

「「なにぃっ!?」」

「「嘘ォっ!?」」

 

 安心感が一発で吹き飛んだ。

 

「あ、あのメナングどん……兄さんを、連れていかれると困るんだけどね……?」

「無理ですよ。先生が一旦こうなったら曲がると思うんですか。私がここに来たのは、あくまで双方の被害を最小限に減らす為です。双方の和解の手段を探る為ではないです。それに……此度の一件、原因は槍月殿かと存じていますので」

 

 メールで確認しました、とジト目で睨まれて、師父は目を逸らす事しか出来なかった。

 

 ……とはいえ。

 実際そうなのだ。連れていかれると困るって言うのはこっちの事情であって……あくまで問題は槍月さんの薬の飲み忘れにある。

 そりゃあ、向こうが妥協する意味もない、と言えばないだろう。

 

「とはいえ、事情はお察しいたします。ので、コレを」

 

 師父もそれを分かっているのだろう。諦めたように頭を振って……そんな師父に、メナングさんは懐から取り出した、黒い小さな機械を手渡した。

 

「……携帯?」

「はい。飛ばしになっているので、終わったら即時処分を。信頼できる業者は改めて梁山泊でご説明しますので……話したい事があるなら、今日から三日以内で、此方をお使いになって下さい」

「え゛っ」

 

 そこから流れるようにとんでもない発言。

 飛ばしの携帯って、結構悪い事に使われる印象があるんですけれども……あの……そんなものをお渡しになられるので?

 いや、確かに二人で内密な話をするのであれば、そういう携帯を使うのは手立ての一つだとは思うんだけど……

 

 連華さんを見る。連華さんは、軽く肩をすくめて見せた。

 

「メナングさんは、基本的に鷲師父のサポートをやってる人だから、ああいう事も慣れてるのよ。それこそ、どんな依頼だってあの人は受けちゃうから」

「……あ゛―……」

 

 まぁ、要するに……僕とかが考えちゃいけないような、怖い人とかからの依頼も受けてるって事なんだろう。さっきの依頼とかも、もしかしたらそうなのかなぁ。秘匿性とか言ってたし。お医者様がわざわざ秘匿性って言うのも可笑しいもんなぁ。本当に誰でも助けるんだなぁ、あのマッチョなお医者様って……あははは……はは……

 

 ……兎も角。

 取り敢えず、闘争の空気は終わらせた。師父と槍月さんが話す機会も問題なし。という事で、師父がここで粘る理由が消えたわけで……えっと、つまり。

 

「……」

「流石に私と先生の二人を相手に、この場から逃げ切れると思う程……間が抜けている訳ではありませんよね、槍月殿」

 

 僅かに肩を落とし、顔に深い影を張り付けた槍月さんを、最早誰も庇う事も出来なくなってしまった訳で……

 

 ぐぐっ、と。巨体の禿げ頭が、槍月さんを下から覗き込んでいる。目がガン開きになってる。とてもとてもコワイ。

 何時の間にか、槍月さんの後ろに回り込んだメナングさんが、腕を組んで、何時ものにこやかな様子とは違って、凄い冷ややかな目で槍月さんを見てる。コワイ。

 

 二人に挟まれて、最早逃げ場もなく……廊下に、ひときわ大きなため息が、響き渡った。

 




コレが『最優』の仕事って奴だ。

追記:タイトルが銀魂みたくなってました。申し訳ありません。修正しました。


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第六回・裏:皆様、お大事に

「……引きずられてますね、槍月さん」

「まぁ、流石に事ここに至って、抵抗する気にはなれないんでしょ……」

 

 あの後。

全員揃って、ビルの裏口から出てくるその間――槍月さんはずっと、石膏の像みたいにピクリとも動かず、顔を青くしたままで、大人しくしていた。その様子が借りてきた猫のようにも見えて……いや、猫っていうか、ネコ科の猛獣だろうけど。

 

 一方の師父はと言えば。

 

「いやー、ホーク殿、相も変わらずお強いね。また腕を上げたかね」

「いえ。剣星殿に褒められるようなものではありません。医者の下手の横好き、程度の代物です」

「それでおいちゃん達は抑え込まれてるんだから、世話ないねー」

 

 最早自分はまきこまれないと悟って大分気楽そうにしてらっしゃる。さっきまで物凄いシリアスな顔をしていたというのに、もうすっかり元の師父に戻ってしまった。それを槍月さんは若干恨めしい顔をして見つめている……が、両脇を屈強な達人二人に固められてしまっては、最早動けないようで、ため息を一つ零すしか出来ない。

 

 なんだかその景色が、とてもほのぼのしたモノに見えて、少し笑ってしまいそうになったけど……でも笑っている場合ではないのも、確かだ。

 

「……一応、確認するけど……引き渡してくれはせんね?」

「俺は医者ですので。何方にも与さず、患者の面倒を見る……此度の事も、その範囲。俺の見ている範囲の外なら兎も角、俺が見ている範囲で、患者がいるのであれば――たとえ貴方達が相手だろうと、国が相手だろうと、世界が相手であろうと」

 

 ……本来。

 槍月さんは、師父がその手で捕らえなければならない……筈の人なんだと思う。

 だけど、それは出来なかった。いや……ホーク先生が、させなかった、って言うのが正しいだろうか。患者として、槍月さんを預かる、という主張は結局最後まで、曲がらなかったのだから。

 

 ビルの裏口の向こう、人気の無い道の真ん中で……師父とホーク先生は、改めて向かい合う。

 

「渡さない、か……うん。いっそ気持ちが良い位に真っすぐね、貴方は」

「……すみません、剣星殿。私も、先生がこう言うのであれば」

「いやいや、お二人の信念をどうこうは言えんね。おいちゃんも、一応は医術に関わる人間。ホーク先生のその信念は……寧ろ、見習わなければならない程に、崇高なものだと思うよ」

 

 ……ちらり、と連華さんを見る。

 悔しい、というか。納得できない、というか。そんな顔をしている。

 連華さんにとっては、馬 槍月と言う人間をこのまま連れていかれてしまうのは……どうしても、頷けることではない。

 

 でも……そんな表情になる。その理由も、僕は分かる。だって……ホーク先生の言う言葉は、正に理想そのものだ。善悪の立場関係なく、治療の必要があるならば。個人の感情関係なく、医者として、患者さんと話す必要がある機会だから、話す。

その時ばかりは如何なる干渉をも寄せ付けない。それが罪人であろうと、如何に憎しみを抱かれている人だろうと……裏社会に生きる達人であろうと。伸ばされた『正義』の手すら跳ねのけて。先ずは『治療』を先決させる。

 

その理想を胸に、曲がらない。折れない。突き進む。

梁山泊の師匠方、そして谷本君もそうだった……決して折れない信念。その塊のような人だ。そんな人の理想と信念、二つの大きな柱を崩すだけの何かを……連華さんも、当然僕だって持ってない。

 

「……今回は、おいちゃんの根負けね」

「申し訳ない」

 

 そして……師父はその二つを打ち崩すだけの覚悟を持って挑んだはずだけど。

結局二つの柱を砕く事は出来ず、こうして……お兄さんの事をちゃんと止める事も、出来ずに終っている。

 

 でも、それが悔しいとか。

 なんか、そんなマイナスな方向の感想を抱いている訳じゃない。寧ろ、本当に凄いと思ったんだ。

 周りがなんて言おうと、ただ自分の道を信じて進む『強さ』と言うモノを、見せつけられた気がした。それは……僕が目指すものに、通じる気がした。

 

 周りが見て見ぬふりをする悪から、周りの誰かを守れるだけの力。

周りがどうであろうと、降りかかる理不尽に『待った』と言えるだけの力。

 

 間違っているなら、間違っていると、真正面から言える力……いや違う。間違っていると、相手に言いながら、涼しい顔で全てを跳ね除けるだけの、圧倒的な――護身の極!

 僕の目指しているその先とは、明確には少しずれているかもしれないけど。学ぶものは多くある気がした。

 

「……」

「どうしたね?」

「いや――それよりも剣星殿。何を良い風の話で終わらせようとしている。貴方にも言いたい事は有るのだが」

「え゛」

 

 そう! あんな風にいきなり会話を寸断する胆力とか……は、明確には違う気もするけれども! ちゃんと言いたい事を言えるっていう点で、見習う……べきなんだろうか。

 うぅ~ん。凄い人ではあるんだけど、よくよく考えてみると師匠方以上の大変人な事は間違いないんだよなぁ……ビルだって普通に登ればいいものを、本当に下から『斜め』に一直線に突っ込んで来たって言うしなぁ。

 

「連華ちゃんの事だ。態々貴方を探してここまで来ているのだぞ。故郷を離れて。まだ若い彼女にそれがどれだけの負担か、分からない訳でもあるまい」

「あー、いやそれは……ううん、本当に、反省と言うか……」

「俺にまで相談しに来ていたんだぞ」

「嘘ォ!?」

 

 いやでも、連華さんだって頼れる人だって言ってるし……今も、ちゃんと連華さんに相談された事で師父を大上段から問い詰めてるし。

 

「……」

「あ、その、連華……申し訳ないとは思ってるね。けど……おいちゃんも、ここで弟子を取ったのだから、それを投げ捨てるような真似は――」

「はぁ……(ちらり)」

 

 ……ん? あの、連華さん。どうして此方を見るんです? あの、師父の事に関しては僕には責任はないかと思いますけれども。

 

「……別に、今すぐ帰れ、なんて言わないけど。でもね、母さんに一度、事情を説明しに戻るくらいはして良いんじゃないですか?」

「う゛」

「その後だったら、まぁ……別に? なんか、へんてこな育ち方してるけど? それなりには? 真面目な弟子みたいですし? 私もちょっとくらい、姉弟子として力貸す位はやぶさかじゃないかなぁ、とは思うけど?」

「え゛」

 

 おっといかんぞ話がこっちに飛び火してる青少年が強さの先を見つめ直すちょっとイイ感じの展開が一気に不穏な方向になってますけれども???

 

 事態の急展開に、思わず師父と目を合わせる。

 気持ちはありがたいのだけれども。このパワフルなお嬢さんに毎日扱かれるのか、と考えると……ちょっと青少年のリビドーよりも生命的な危機が勝って来るんですけれど!!

 互いに、揃って頷く。師父が帰る一件は兎も角、梁山泊に連華さんが入り浸るのはちょっと、師父と僕にとって互いにマズい。

 しかし師父はホーク先生に抑え込まえれている。ならば動けるのは僕だ!

 

「あ、いや連華さん――」

「おぉ、良いじゃないかケンイチ君! 組手相手は多ければ多い程良い! 連華さんは若くして有望な武術家の卵、学ぶことも多いだろう! 是非、力をお借りするべきだ!」

 

 そしてぼくもなにもいえませんでした。

 

 メナングさんに力強く言われて、思わず地面に崩れ落ちる師父と僕。うん。もうそんな言い方されたら、その……何も言えないじゃないか。ここで断ったら僕は武術家の端くれですらなくなってしまう。だって全部メリットなんだもん……武術家として。

 

「……ママには、一か月以内に会いに行くね……」

「え? あ、そう? 何そんなあっさり」

「ここまで来たら潔く行こうかと思っただけね……」

 

 ……結果として。

 勝ったのは連華さん、ホーク先生、メナングさんの三人。馬兄弟と僕は、見事に負け側に分類される事となりました……はは……まぁ、今日の経験が、何かしらの糧になればいいかなぁ、とポジティブに……

 

「――ケンイチ君、と言ったね」

「……はい?」

 

 ふと、名を呼ばれて。

 振り向き気味に顔を上げると……ホーク先生が、此方を見ている。

 さっきちらっと視線を合わせただけで。ちゃんと目を合わせて話をするのは、これが初めてだろうか。

 

「武術を学んでいると聞いている」

「あ、はい」

「――であるならば、コレを」

 

 そんなホーク先生が取り出して、此方に投げたのは……一枚の、メモ用紙だった。

 綺麗に此方の頭の上に乗ったソレを、手に取って見てみると、そこに書いてあったのは沢山の……食材の名前だった。

 

「これって」

「『君の』身体づくりの為に有用な食材のリストだ。梁山泊の経済事情から考えて、負担にならない丁度いいものをリストアップしてある」

「えっ!?」

 

 そう言われ、リストをもう一回見てみる。少なくとも、数十種類の名前が並ぶそのリストは……僅かに指に付いた黒いインクから、今さっき書かれたものである事が分かりやすかった。まさか、今さっきビルから出る間に、書き上げたのか……!?

 師父にちらりと見せると、ゆっくりと頷くのが見える。どうやら『マジ』らしい。改めて、そのリストを見て、目を丸くしている僕に、ホーク先生は続けた。

 

「それらを使ったメニューに関しては、メナングに聞いてみてくれ。俺はそちら方向は理論ばかりの頭でっかちでな。実践を踏んでいる彼の方が、活かしてくれるだろう」

「――はいはい。後で美羽君と相談して、梁山泊の献立に組み込んでみます」

 

 少し呆れたように笑いながらメナングさんは、ホーク先生を見てる。

 シレっと言いながら、『そら、行くぞ』なんて言って、立ち去ろうとしている。二人とも全然『当然』みたいな態度しているけれど、絶対それで流していい事じゃない。

 思わず、立ち去ろうとするその背に手を伸ばして、口を開いていた。

 

「あ、あのっ! ありがたいん、ですけれども……どうして?」

 

 貴重な知識の筈だ。お金を払っても良い位の知識の筈なのに。初対面同然、他人も同然の僕に対して。ほぼタダ同然で……

 

 呼び止められて、ホーク先生は此方に振り返って。何でもない事のように、語り出す。

 

「――武術を真剣に学びたい、というのは、先ほどの事で把握した」

「は、はい」

「武術を学ぶのであれば、身体づくりは必要になって来るだろう。それならば……俺にとっては今の君も『患者』だ。今は時間がないから、それしか出来ないが」

 

「真剣な患者がいるなら、医者は()()()()()()()()()。それだけだよ」

 

 その瞳は、一分もブレない。

 射貫くように、此方を見つめている。

 鷲のように鋭いけど――怖くはない。真剣で、背筋を、ピンと伸ばしたくなるようなそんな瞳だけど……やっぱり、此方を見守るような、優しさがにじむ。

 

「武術と言うのは、得てして身体を酷使するものだ――『お大事に』、な」

 

 ……くるり、と背を向けて。暗がりの方へ向けて、ホーク先生は歩き出す。槍月さんを取っ捕まえて。メナングさんも、此方に軽く頭を下げてから、その後に続いていく。

 その背が、黒い闇の中に消えていくまで。ずっと見ている。

 ふと、背を軽く叩かれた。

 

「連華さん」

「……悪い人じゃなかったでしょ?」

 

 そう、ちょっと困ったように笑う連華さん。

 思い出す。最初から最後まで、インパクトの塊のようなお医者さんを。考えてみれば、彼は最初から最後まで、マフィアの本拠地だとか、二対一の状況だとか、色々な複雑な事情とか。

 そんな事は一切気にせず、ただ只管に『患者さん』の事だけを考えていた。

 

 掌のメモを見つめる。走り書きだけど、読みやすく書かれた文字だ。

 それを、くしゃくしゃにならない様に丁寧にポケットに仕舞ってから、軽く、頷いて。連華さんの方に身体ごと向き直った。

 

「……あの、連華さん」

「何?」

「もし、本当に鍛えてくれるなら……その時は、よろしくお願いします!!」

 

 出来るだけ綺麗な姿勢で、頭を下げる。真剣さが、伝わる様にと。

 大きなものを、今日で得た。それを糧に、大きくなってみたい、と……なんだか、普段よりも、変にやる気になっていた。

 

「……うん。任せなさいな。精々、立派になる様に扱いてあげる!」

「連華、ケンちゃんのお師匠おいちゃんね……あれ?」

 

「連華……顔、ちょっと赤くないかね?」

 

 

 

 

 

 

「うん。やはり似ていたな」

「似ていた、ですか?」

「うん。あの日、共に船出をした君の瞳にそっくりだったよ。何かに真剣に取り組もうと決めた、若木の、輝かしい、ね」

「……あ、あんなキラキラした目をしていましたっけ?」

「していたとも。懐かしくなってね。つい、真剣勝負の最中だというのに、節介などしてしまった。武術家でもない癖にな」

「ふん、空気を読んだ事は、感謝して欲しいものだがな」

「それはそれ、これはこれだ」

「ぐっ……」

 




二天閻羅王に関しては出すつもりはありませんでした(告白)

あ、本当にもうちょっとだけですが続きます。


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断章:とある達人のプロ意識 前編

「――しかし、私が来た時に、外の人達に『契約満了で即解除は幾らなんでももうちょっとこう……あるだろうが!』と詰め寄られましたけど、先生、何か心当たりは?」

「いや、そう言われてもな。私としては、二人の衝突で、中華街に何らかの致命的な被害が出ると思っていたモノだから、その時の為に自由に動けるように契約期間を短めに見積もっていただけなのだが……」

 

――しゅたん たっ

 

 いや、本当に。

 剣星殿の行動力から考えて、多分この辺りに襲来するんだろうなぁ……と言う位に初めから契約期間は設定しておいたのだ。のだが、しかしながらあの反応からして、かなり長期間の契約になると思っていた、らしい。

契約期間が終わった事を伝えたら、いきなり『足切りとはどういう事だ!?』と言われて驚いた。契約書を見せたら顎が外れんばかりに向こうが驚いていたのだが……

 

「……それ、しっかり書いてました?」

「あぁ。ちゃんと書類の中に書いておいた。なんでか『他がみっちり書かれ過ぎて逆に目立たねぇんだよ!!』と叩きつけられたが」

 

――がしっ くるん ひゅぅん

 

 ……なんでそんな微妙な視線で俺を見るんだ。そんな風に見られるいわれはないぞ。ちゃんと契約内容も全部書いてあっただろうに。自分なりに誠実に契約書を書いただけなんだが。それで契約違反だ、と言われても寧ろ俺が困る。

 

「……まぁ、先生に非は無いですけれども。些か哀れではありますね」

「信頼していた医者が突如として居なくなった事で組織の士気が落ちた。そこで、白眉に詰められたと来た。壊滅も止む無しと言う奴だ」

 

 そこまで責任は持てん、医者の仕事ではない。

 とはいえ、そうなっても大丈夫なように、その後の仕事の事とか考えて身体を頑丈に作るように色々指導していたんだ、後のケアまで丁寧にやっていたんだぞ。患者の為に全力を尽くすのは医者の仕事だからな。

 ……正直、もう少し面倒を見たかったところではある。具体的には、連華ちゃん達に殴り倒された彼らの事を。一応、最小限の手当てと、ケアの仕方は伝えたが、最寄りの病院くらいまでは紹介してやりたかった。とはいえ……この後の仕事との兼ね合いもある。

 

「……それで?」

「それで、とは」

「どれほどで着く。そろそろお前の猿染みた変態軌道も見慣れて来たぞ」

「そんな変ですか?」

「貴様はもう何度こんな姿を見ているんだろうな……普通、木の枝につかまってグルンと回転しながら勢いをつける動きをするのはそうは無いぞ」

 

 ……何せ、槍月が若干うんざりする程の距離を、徒歩で移動している。様々な理由があって、徒歩を選択しているのだが、まぁそのおかげで、時間を取られている。

 

「……もう直ぐだ。少なくとも、宮城県よりは上に到着しただろう」

「奥羽山脈、だったか」

「うん。どうやら、彼女も自分独自の修行場所を持っているらしくてな――」

 

 横浜中華街より。

 依頼によって呼びつけられた場所は、関東……を更に超えてその先、日本列島は東北地方の、その中心を縦断する、日本屈指の山岳地帯。

 今だ多くの未開の地が残る古き土地――奥羽山脈である。

 

 

 

 

 

 

「いましたね、熊」

「中々の大きさだったな」

「あの模様は。恐らくはツキノワグマだろうな。それにしても大きかったが」

「もうちょい何かありませんか!? 何か!」

 

 ……そんな必死に叫ばなくても、日本の中でも、自然が特に多く残る奥羽山脈なのだから、熊の一頭くらいならいるだろうに。至極当たり前の事に対して他にどんな感想を抱けというのだろうか。熊は熊でしかないぞ。

 ふぅむ……もしやメナングは南国出身だからか、熊と言う生き物を見るのが珍しいのだろうか。とするならば興奮するのは分からないでもないが。しかしこういう山中に踏み込むのも珍しくはないし、熊くらい見た事もありそうなものだが……

 

「はぁ……まぁそんな事気にする人だったら、こんな山奥の秘境まで来ないか……しかし本当に建ってますね、コテージ」

「写真の通りの建物で安心した。直ぐに見つけられた」

 

 そんな熊などが生息する程の山奥、木々生い茂る中腹辺り、辛うじて斜面になっていない程度には平場とは呼べないその場所に、獣道の交わるその一点を潰すように、依頼人の滞在しているコテージは建っていた。

 

 鬱蒼とする自然の中に、突如として現れた人間の文明。

 逆に、そのコテージの周り以外に一切の文明の跡は無し。その建物だけが、サンドボックスゲームで作ったが如く、突如として現れたようにすら見える唐突さ。

 ああ見えて、自家発電なども出来て、一応インフラが無くても生活できるように整備はされているらしいが……

 

その辺りだけは彼女らしいというか。山に踏み入ったり、下山して食料を買って、再び上り直すのはさしたる苦ではなくとも、地面で寝る事だけは耐えられないらしい。

 だが、此方にとってはありがたい。患者を診察するなら、落ち着いて話せる室内が一番だ。外でも出来ない事は無いが、やはり清潔を保てる場所ならそれに越したことは無い。

 その患者も、槍月の事も、纏めてあの中で済ませられるというものだ。

 

「……しかし、意外だったな」

「何がだ」

「お前が、アレと知り合いだった事。そして……アレが弟子を取ったという事だ。自分の修行場に連れ込んで、貴様を呼びつけるなどと、随分と真っ当な指導をしている。聞いている噂とは、まるで印象が重ならん」

 

 ……それは、俺自身も思う。

 意外と言えば、意外だ。

彼女が俺を呼びつける事は、それなりにある。曰く、『表の医者には掛かり辛い、裏の医者は信用できる奴が居ない、忌々しいが、自然とお前に頼る事になる』との事で。故にこうして依頼を受ける事自体は、不思議でも何でもないのだが。

 

今回の一件……俺が診る患者は『彼女』ではなかった。依頼の文面には、『弟子の調子を見て欲しい』と書かれていた。

二重の意味で驚いた。彼女が弟子を取る等と言う事をするのが想像もつかなかったというのもあるし、そもそも、その弟子の健康診断を頼む、等と。

 

「――だが、考えてみれば不思議ではないのだろう」

「何がだ」

「彼女は、真っ当ではないが、『プロ』ではある。何事にも、下手な妥協はしない。弟子の育成一つとっても、『プロ』の仕事をするつもりなのではないか?」

「成程。そう言う意識はあるのか」

 

 横にならんで歩く槍月も、俺の言葉に納得した様子ではあった。

 

「確かに、奴は武術家の中でも特に仕事に徹するタイプではある。闇の勢力同士での潰し合いの中で、奴の名を聞く事も多い。それは、依頼等を過不足なく、キッチリと終わらせる故に信用が置かれているのだろう」

「一種の完璧主義とも言えるな。『美しい』という自らの基準に置いて、生中なやり方をするのは、彼女自身が許さないのだろうよ――」

 

「――ちょっとォ、私のォ、パーソナルでェ、友情深めるのは止めてくれるゥ?」

 

 ……降って来るように。声が聞こえる。

 

 上を見上げると……何時の間にか、コテージの上に一人、女が立っている。

カーディガンの上から、軽く羽織ったロングコート。しなやかに鍛え上げられたその足を見せつけるようなミニスカートと、嫌でも目に付く……血のように真っ赤なヒール。後ろで緩く纏められたブロンズの髪。

何時ものドレス姿とは違う、一応山籠もりスタイル、という事か。

 

「――ブリッジウェイ。来たぞ」

「ハァイ、お疲れ様ァ……なんだけどォ、ごめんなさいねェ、Mr.槍月。貴方にはおかえり願えないかしらァ?」

「……何?」

 

 見下ろしながらそう言って――彼女は、軽く跳躍して、俺の前に降り立ってから、しっし、と虫でも払うようなジェスチャーを見せた。

 

「一応ゥ? 弟子を育ててるからねェ……部外者はァ、出来るだけェ、排除したいのよォ」

「……それは出来かねる。今の彼は俺の患者だ。彼をここで放り出すのは――」

「それにィ……こんな極上のエ・モ・ノ♡ 一緒に居たらァ……ちょォっと、我慢できそうにないしィ?」

 

 ジロリ、とその瞳が此方を捉える。

 欲望にぎらつく瞳は、実に彼女らしい……が、それは、まるで透明の硝子の奥に押し込まれるようにして、暴れ出さない様に封じられていた。

 

「君の事だ……達人同士の戦いは、弟子にいい影響を与える――とでも言って、戦うと思っていたが」

「あらァ、それも織り込み済みでェ、連れて来たってェ? 強かになったわねェ……でもォ、ざァんねん。これでも弟子の育成は、キッチリィ、やるつもりだしィ? 今は時期尚早って奴よォ」

 

 ……槍月の診察に関しては、俺は必要な事だと思っている。だがしかし、彼女にとっては俺の事情は当然ながら関係ない事だろう。優先するべきは弟子の育成。

 故に、彼女の依頼を考えて、メリットになる要素としても考えて、そこから槍月が同行するのを認めさせるつもりであったのだが……彼女のプロ意識と言うモノを、些か以上に侮っていたか。認識を修正する必要がある。

 

 非常に、非情に、心残りだが……どうやら、ここで槍月を逃がすしかないらしい。くるりと振り返ると、珍しく、悪戯っ子のようににやにやと笑う槍月の姿が見えた。

 

「――当てが外れたな?」

「……ハァ……良いか、絶対に治療を受けに来るんだぞ……良いな」

「ククッ……まぁ、善処はするさ」

 




如何にしてホモ君は槍月師父を取り逃がす結果となったか。


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断章:とある達人のプロ意識 後編

「――彼か?」

「そォ」

 

 コテージの中は……かなり綺麗に整頓されていた。床に埃らしきものは見えない。窓も目立った曇りなし。隅々まで掃除が行き届いているのは見て分かる上に、現代人が生活するのに、最低限困らないだけの家電もコンパクトに一か所に纏めておかれていて、清潔感に溢れた空間に仕上がっている。

 

 ……故に、一点。

 コテージの壁に寄り掛かって座っているその姿が、完全な異物と化している。

 シャツの上からボロボロのジャケットを羽織り、そしてボロボロの半ズボンを辛うじて着ている、と言う凄惨な有様で、白目を剥いて崩れ落ちている少年は余りにも目立っていた。

後ろの女に徹底的に扱かれたのだろう事は分かりやすかった。

 

「随分と追い込んだな」

「そこそこォ、やれそうな子だったしィ? 張り切って見ましたァ」

「ふむ……古賀太一君だったな。では、失礼する」

 

 取り敢えず、具合を確かめるために、一歩踏み込んでみる。

 反応は無し。想定通り。少年の目の前にしゃがみこんでから、口元に手を当てる。確認完了。立ち上がって……ブリッジウェイに向けて振り返った。

 

「――ほぼかすり傷、命に至る、または武術の致命になりそうな傷も無し。倒れているのは単純な疲労だな。とはいえ、適切な処置をして睡眠を取れば明日には全快出来る」

 

 取り敢えず、確認できた範囲で報告。といっても、凡そは間違っていないだろう。詳細な確認は後でやるとして……先ずは。

 

「治療に入るが構わんな」

「寧ろォ、それで呼んでるんだからァ……さっさとやれやハゲ」

「俺に頼みごとをするのが気に入らないのは分かるが殺気を収めろ。先程の言葉を即座に翻すつもりか」

 

 ……全く、相も変わらず尖った性格をしている。

 取り敢えずは、持っていた鞄を下ろし、後ろのメナングに手で合図をしておく。彼の持っている鞄にも、必要なモノは詰め込んでいるので、その準備をして貰うためだ。

とはいえ、流石に向こうの鞄の中身まで必要になるかは微妙な所だが、万が一にも可能性があるならば準備しておくに越したことはない。

 

「んでェ? どうなのォ?」

「ふむ、それは、君の弟子の具合と言うべきか。それとも――追い込み具合が適正であるかの確認、と言うべきか?」

「……ホントぉ。話が早すぎてェ……ムカつくわァ、アンタ」

「誉め言葉として受け取っておこう。限界二歩手前、と言ったところか。精神にもギリギリ余裕が出来る範囲、実に見事な仕事だ」

 

 話が早いに越したことはないとは思うのだが。まぁ、今はそこではないか。

 違和感は有った。依頼の文面からして『弟子の調子を見ろ』であった事。何時ものように『傷を治せ』とかではなく。

 そしてその違和感を覚えていた所で……先ほどの彼女は、弟子の前で、達人同士の殴り合いを時期尚早と言う程に、かなり育成の仕方には神経をとがらせていると来た。

 

 ここまで来て、自分が呼ばれた理由に気が付かないのは、流石に察しが悪いというしかないだろう。

 

「――優れたスポーツ選手には、専任の医師が付く事もある。彼らは選手の健康状態を確認すると同時に、トレーニングの具合が過剰ではないか、その辺りまでチェックする事もある。俺を呼びつけたのは、その為だろう」

「……流石にィ? 弟子育てるなんてェ……初めてだしィ? 万が一って事もォ、あるじゃないィ? 業腹でェ、屈辱だけどォ、こういうのを依頼できるゥ、一番信頼できる医者はァ、アンタしか知らないのよォ」

 

 俺は、沢山の依頼人に治療を依頼される。それは……裏の達人にとって、自分の身体そのものが、秘伝である事もあるからである。

 昔の刀鍛冶は、刀を冷やす水の温度を盗むために、師の使う水の桶に手を入れた挙句にその腕を斬り飛ばされる事もあったという。それと同じように、達人にとっては、自らの肉体と言うのは鍛冶師の鍛え上げた刀身に同じ。秘伝の塊のようなものだ。

 

 故に、武術家の肉体と言うモノにある程度理解を示し、個人で組織的暴力にも対抗できるだけの護身術を持ち、口が堅い――と言う自覚は無いが、どうやらその部類に分類されるらしい――俺という医者は、彼らにとっては貴重な人材なのだという。

 

「実に用心深いな。弟子の鍛え方からも、自分の武術を盗まれない様に気を付けるとは」

「当たり前じゃなァい? 武術って言うのはァ……アタシ達にとってェ、全てみたいなもんなんだからァ。ま、初めての弟子ィ? 間違ってェ、潰さない様にって言うのもォ、あるけどねェ?」

 

 弟子の事を考え、そう言った人材に声をかける。やはり、やっているのはプロの仕事だとしか言いようがない。一度やる気になったならば、妥協せず、徹底的に、完璧を求めて動く。

 まぁ彼女がやる気になっているのは、別にいい。良いのだが、しかし。

 

「どうして急に、弟子育成に熱を注ぎ込むつもりになったのだね」

「……何よォ、急にィ」

 

 気になる事は有るので、素直に口にして見る。

 

「君が弟子を取る、と言うその心境の変化は、素直に気になるのだよ」

「――ふゥん? アタシにィ、興味があるってェ、事ォ?」

「これから君を治療するにあたって、データは多ければ多いほどいいというモノだ」

「……ま、でしょうねェ」

 

 ……なぜ睨まれているのだろうか。

 

「まァ、気まぐれよォ。寧ろ、それ以外にィ、あると思ったァ?」

「その気まぐれが知りたいのだよ。僅かな変化とはいえ、それを知る事は患者の理解に繋がるからな」

「……ちょっとォ、久しぶりに、イイ目をしてる子供を見てねェ。弟子ってもんにィ、興味を持ったのよォ。『美しいもの』はァ、自分でも育ててみたいしィ?」

 

 かと思えば、ケラケラと彼女は笑っている。本当に、何時まで経っても少女のように表情が豊かだ。この辺りに、彼女の治療のヒントが有ったりするのかもしれないが……まぁそれにしても、コレでもう一つ、納得もいった。

 

「だから『殺人拳』のノウハウはまだ叩き込んでいない訳か」

「――キッモ。なんで分かるわけェ?」

「指導の仕方、筋肉の付き方、そう言ったところには多くの情報が現われる。彼の身体をここまでしっかりと検査して、分からなければ俺はモグリだよ」

 

 もう何十回とやり合って、彼女の趣味嗜好は嫌と言う程理解している。そこから導き出される、彼女の弟子育成の一つの『指標』と言うモノも。

 てっきり、弟子育成は自分流に染め上げてこそ、というやり方だと思っていたが、それも思い込みに過ぎなかった。やはり、こうして面と向かって話さなければ、患者の事は理解できないか。

 

「あくまで仕込むのは『武術』だけ。何方に行くかは、自分で選択させる、か」

「……ったくゥ。コレだからアンタは殺したくなるわねェ……仕事抜きに」

「君にそこまで言わしめるとは光栄だ」

 

 ……彼女にとって、師の意志で弟子の道を歪めるのは許されない事なのだろう。

 彼女の言い方をすれば、美しいやり方ではない、と言ったところか。まぁ彼が、こうして彼女に師事しているのが彼自身の意志かと言えば、正直そこは分からない。

 

 あくまで仮定だが。彼女が、もし彼をいきなり誘拐した後で、『強くなりたい?』と選択の余地を与えるつもりで質問したとする。いきなり疾風のごとく現れ、抵抗すら許さず自分を攫って行った女武術家を相手に『NO』を突きつけられる程、男子高校生と言うモノは精神が成熟はしていないだろう、とは思う。あくまで仮定だが。

 ……まぁ今それを言っても、俺から戦いの火ぶたを切る事になるだけだ。後で改めてそこは質問するとしよう。

 

「……ま、きっかけはそれにしてもォ。結構熱心にやってるのはァ、状況のォ、変化って奴も、あるけどォ?」

「状況?」

「裏の状況よォ……知らないのォ?」

「ふむ。俺は基本、自分が気になる事以外は、調べない質だからな」

「……まァ、アンタは裏の勢力争いとかァ、気にしないわよねェ……でも、こうやって言っちゃったらァ、気にしない訳ないわよねェ。ホンット面倒ォ」

 

 よく分かっているらしい。彼女が変化する程の出来事だ、多くの患者、特に武術家の人達の事にも関わって来るだろう。聞いてしまったら話してもらわねばならない。

 

「……緒方一神斎。知ってるでしょォ」

「あぁ」

「アイツの動向は、常にチェックしててねェ? それでェ、アイツがここ最近ご執心なのがァ、なんと『弟子育成』なのよォ。自分の武術を鍛えるのにアレだけイカれきってたロクデナシがァ……なんでか分かるゥ?」

 

 そう問われ、少し考えてみるが……イマイチ分からない。

 

「最近の裏のトレンドはァ……『弟子育成』なのよォ」

「……そうなのか?」

「そォ。『闇』の動きは活発になって来てェ、その闇にとっての敵ィ……『梁山泊』への敵対意識はァ、更に膨れ上がってるのよォ。んでェ? 直接的に上回ろうとするだけじゃなくて、『弟子育成能力』でも験を競う動きもあるって訳ェ」

 

 それ故に、闇の達人の弟子育成への熱の入れようは、かなりのものとなっている。その流れに乗ったかどうかは分からないが、緒方一神斎、かの武人も独自のやり方で、弟子の育成に動き出している、という。

 

 そんな緒方が、力を入れている弟子の『育成プログラム』の一つが……

 

「――この子、タイチが所属してたァ……『ラグナレク』って不良グループよォ」

「ラグナレク……そう言えば、俺が治療していた少年たちもそんな名前だったと記憶しているが、まさか『闇』関連の組織だったとは」

「末端も末端だけどねェ――その子たちとォ、梁山泊の弟子がァ、ここ最近……ぶつかってるって訳ェ」

 

 処置をする手が、思わず止まる。

 末端、とは言ってはいるが。それでも緒方一神斎が直接指導する組織と、梁山泊の弟子、即ちは……ケンイチ君が衝突している。

 

 後ろを振り向いた。今言っている事の意味、そして状況を理解して、そして――その上で彼女は、此方に向けて、獰猛に笑っていた。俺にとっても、彼女の言葉は、決して無視できるものではなかった。

 

「危険ではないのか。ソレは」

「導火線にィ……火は付いてるかしらねェ」

 




最後にメスガキちゃんと久しぶりにイチャイチャ(広義)させてみました。

という事で、今回の更新はここまでとなります。次回投稿するかは分かりません(正直) 期待せず、更新されたらまた見て貰えればうれしいです。

最後になりますが。

ヴァイト様、カカオチョコ様、トリアーエズBRT2様、桐型枠様、もちっとした猫好き様、物書きのゴリラ様、緋色の猫様、もこみちざね様、蓮架様、ぱちぱち様、五穀米兎様、幻燈河貴様、Skazka Priskazka様、Ruin様、笠間様、典膳様、Cyclone B/W 916様、カカオチョコ様、カロナ様、亜蘭作務村様、葵原てぃー様、茶柱五徳乃夢様、ky-kyu-様、七菜生麦様

誤字報告、本当にありがとナス!!!


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