旧世紀エヴァンゲリオン (黒山羊)
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旧世紀エヴァンゲリオン・序 『YOU ARE “NOT” ALONE』
序-1


お久しぶりです
シン・ウルトラマンやシン・仮面ライダー、楽しみですね。シン・ゴジラやシン・エヴァンゲリオン同様の上質なエンタメを期待してしまうのは、おそらく皆同じでしょう。

ところでシンジ君のあだ名はシンちゃんな訳ですがこれってつまりシンジ君はウルトラマンで仮面ライダーでついでにゴジラかつエヴァンゲリオンだという事なんですよ(支離滅裂な思考・言動)


 特別非常事態宣言の発令により、箱根湯本駅で停車した電車。そこからただ1人、スタン、とスニーカーの音を響かせてホームに降り立ったのは、ともすれば少女にも見える中性的な顔立ちの美少年であった。

 

「困ったな。もう少し早く先生のところを出ればよかった」

 

 そう呟く声色は未だ声変わりを迎えていない。しかし、そのハキハキとした口調は、彼が間違いなく『少年』であることを主張している。

 

「くよくよしても仕方がないか。第3新東京市まで行くとなると……138号線で行くのが早いかな」

 

 そう呟いて『ヨシッ』と一つ気合を入れた彼が目をつけたのはバイクだ。

 

 災害時や非常事態宣言時には、クルマもバイクもキーをつけたままの避難が原則。それを守っているお利口なバイクをちょっとばかり拝借し、メットも付けずに138号線をかっ飛ばす。

 

 それを咎める警察などはこの状況で居るわけもなく、彼はリミッター一杯の180km/hで猛進する機体を見事に操り、箱根の外輪山を越えて第3新東京市を目指してひた走る。

 

 が、その途中、すれ違った青いルノーの運転席に尋ね人を見つけた彼は、慌ててバイクを横滑りさせ、スニーカーの底とバイクの両輪をアスファルトに擦り付けながら車体を急停車させた。

 

 幸いそれに気づいたルノーの方も急ブレーキを踏んでおり、すれ違いの憂き目は避けられたようである。

 

 そして派手にタイヤ痕を残したバイクを路肩に乗り捨ててルノーに駆け寄る少年は、映画張りの派手なアクションを決めたとは思えないほど気軽な調子で、車中で呆然とするサングラスの女性に声を掛けた。

 

「すみません、葛城さんですか?」

「えーと……そういう貴方は、碇シンジ君、で良いのよね?」

「はい。すみません驚かせて。電車止まっちゃったんで、バイクを借りたんです」

「借りたにしては随分と派手に乗り回してたけど……まぁ良いわ! 話は中で聞きましょ、乗って!」 

 

 そう告げて助手席にシンジ少年を迎え入れた美女の名は、葛城ミサト。

 

 再びアクセルを踏み、大きくUターンして第3新東京市を目指してルノーを駆る彼女は、サングラスの奥の眉根を悩ましげに寄せて、先日の出来事を振り返るのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「ちょっとリツコ、何よこの出鱈目なプロフィール」

「出鱈目とは随分な言いようね。何かミスがあったかしら?」

 

 ミサトからの苦言にそう涼しい顔で返答したのは金髪の美女博士、赤木リツコ。

 

 2人が所属する国連直属特務機関NERVのカフェテリアで行われたその会話の焦点は、ミサトの持つ人事ファイルに記載されたとある少年のプロフィールだ。

 

「碇シンジ14歳。NERV総司令碇ゲンドウの息子にして、知能指数600、スポーツ万能の男。3歳で『先生』の下に預けられ、その超人的頭脳で6歳までに高校課程を完了し、6歳から12歳まで京都大学に在学。博士前期課程の在学中に論文博士号を取得した為卒業。専攻は形而上生物学。その後は『同年代の友人を作る為』中学校に進学。部活動は各部活のピンチヒッターとして野球、バスケ、吹奏楽、バレー、テニス、サッカー、軽音楽、柔道、水泳、陸上、カバディ、ラクロス、ボクシング、レスリング、美術、手芸部の補欠部員を務める。趣味はピアノとチェロと読書と料理。————どこの主人公よ! しかも昭和の特撮とかアニメ!」

「確かに 本郷猛(仮面ライダー1号) 早田進(ウルトラマン)じみているわね。でも、事実よ。彼はその出自の関係上、生まれてこの方NERVの監視下にある。全ての情報はNERV保安部の詳細な観察資料によって裏付けられているわ」

 

 そう苦笑するリツコだが、彼女の聡明な頭脳は、このミサトの反応こそが正常なのだと理解して居る。

 

 だが、リツコにとって碇シンジという少年のポテンシャルに驚くという過程は随分と過去の出来事なのだ。

 

「まぁ、彼とはペンフレンドの仲だし、良い子なのは保証するわよ」

「え゛。リツコ、16歳差は流石に犯罪過ぎない?」

「……はぁ。誰がボーイフレンドって言ったのかしら。ペンフレンドよ、文通相手。シンジ君、昔は司令とユイさんに連れられてNERVによく来てたの。私も母さんに連れられてよく来てたから、歳の差はあっても『子供同士』仲が良くなっただけ。それに、彼はその時点でもう天才だったからあんまり歳の差は感じなかったし」

 

 知能指数600。それが意味するのは彼が2300億無量大数阿伽羅人に1人の超天才だという事だ。今までの人類の累計人口はおよそ1080億人とされて居る為、再び彼と同等の天才が現れるには人類史をさらに2無量大数阿伽羅回繰り返してもまだ足りないという事になる。

 

 そんな超天才である上に、身体面でも抜群のスペックを誇る超人的少年に触れて、人生観が変わる程の驚愕を抱いたのはリツコにとっては懐かしき過去であり、ミサトにとっては未来の話となるのだろう。

 

 故にリツコは、あえて普段のお気楽なミサトのように、努めて明るく声をかけた。

 

「まぁ、まずは会ってみればわかるわよ」

 

 

 * * * * * *

 

 

 そして、実際に会ってみたのが現在、という事になるのだが、ミサトは碇シンジという少年を未だに量りかねていた。

 

「さっきは驚かせてすみません、葛城さん」

 

 助手席できちんとシートベルトを締めたあと、そう言って頭を掻く少年の所作にはミサトが何となくイメージしていた『生意気な天才』の気配は感じられない。

 

 むしろ印象としては『素直な良い子』とでもいうべきだろうか。実父である筈の『碇ゲンドウ』の様な威圧感もなく、苦笑しながら「事故ってないし、無免許運転は父さんには内緒にして欲しいんですけど……あはは」などと言う姿には年相応の子供っぽさも感じられる。

 

 だからこそ、ミサトは会話によって彼の本質を掴むべく、『明るいお姉さん』として振る舞うことにした。

 

「大丈夫大丈夫、バイク乗ってたぐらいならNERVの特務権限でなんとでもできるわよ。……それと、私のことはミサトで良いわよシンジ君」

「よかった……ありがとうございますミサトさん。そういえば、僕ってやっぱりNERVの用事で————」

 

 そう、シンジ少年が言いかけた直後。

 

 第3新東京市へと向かうルノーの遥か後方、箱根湯本駅方面から突如襲って来た猛烈な閃光と、それに遅れて来た轟音が、彼の言葉尻を吹き飛ばした。

 

()ッッ————!?!!?」

「この距離でこの爆風、まさかN 2を使ったっての……!?」

「N 2ッ!? あの東京を消し飛ばしたって爆弾ですか!? ————ッ! 『葛城』ミサト、NERV、N 2そうか、そういう事なのか父さん……ッ! ミサトさん、早くNERVへ!」

「ど、どうしたってのよシンジ君!?」

「乗れるのは僕しかいないんでしょ!? 初号機に! 父さんなら初号機は絶対に手放さない! 早く!」

 

 そう断言する少年の雰囲気は、先程とは一転、碇ゲンドウの子であると初見で確信出来るほどの威圧感に満ちており、ある種のカリスマを帯びている。

 

 無論、一般人であるはずの彼が極秘情報を知り得た経路はミサトも気になるところだが、彼女の『信念』と『使命』が、その疑問を棚上げにしてシンジの言葉を飲むことを選ばせた。

 

「飛ばすわよ! 舌噛まないでね!」

 

 景気良くそう告げたミサトのルノーは、アスファルトにタイヤを切り付けながら、第3新東京市への道を驀進するのであった。

 

 



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序-2

 時は少しばかり遡り、シンジ少年と葛城ミサトの合流より少し後のこと。

 

 言い換えるならば、もしシンジ少年がバイクを拝借しておらず駅で待っていた場合、ミサトのルノーでもギリギリ駅に間に合うかの瀬戸際、といった頃合い。

 

 箱根湯本駅では、国連軍のVTOLが、山を越えて現れた首無し巨人に蹂躙されていた。

 

 光輪を頭上に浮かべて空を飛び、腕からは光のパイルを放つそれは、およそ尋常の物とは思えぬ異様な存在だ。

 

 第四の使徒。そう呼称される大型敵性生命体に対し、通常兵器は些かの痛痒をも与え得ない。

 

 1発数千万円のミサイルと1機数十億円のVTOLが湯水のように溶けていく現状に業を煮やした司令部は、N2爆雷の使用を決断。

 

 即座にVTOL達が退避行動を開始し、間を置かず起爆したN2は巨大な爆炎を以て第四の使徒を飲み込み、周辺地区諸共その巨体を焼き尽くした————かに思えた。

 

 しかし。

 

 

 * * * * * *

 

 

「やったっ!」

「残念ながら、君達の出番は無かったようだな」

 

 巨大な空中投影モニターが多数配備された、NERVの発令所。そこで快哉を叫ぶのは、先程まで「何故だ! 直撃の筈だ!」「この程度の火力では埒が開かん!」などと喚きながら鉛筆を握り潰し、コンソールを殴打して、吸い殻の山を撒き散らしていた国連軍の指揮官達。

 

 それに対して冷ややかな視線を向けるのは、NERV総司令にしてシンジ少年の父である碇ゲンドウと、副司令の冬月コウゾウだ。

 

「碇、どう見る?」

「……あの程度で勝てるのならば、我々は14年前に勝っている」

 

 冬月の問いに、サングラスの奥の視線をモニターに向けつつ、重苦しい重圧感と共に応えるゲンドウ。その視線の先で、衝撃波と熱で乱れた映像が復旧する。

 

「爆心地に高エネルギー反応!」

「馬鹿なッ!?!!? 街一つを犠牲にしたんだぞッ!」

 

 喜色満面の笑みから一点、絶望に染まる国連軍司令陣の悲痛な叫び。

 

 その向こうで体表を爛れさせながらも確かに健在な第四の使徒は、仮面のように見える器官を新たに追加し、その強靭な自己再生能力を見せつけるかのように瞳に鈍い光を宿す。

 

「何という事だ……」

「化け物めッ……!」

 

 そう歯噛みする国連軍司令陣だが、彼らの奮戦は一応、『足止め』としては無駄ではなかった。

 

 第四の使徒はしばしその足を止めて、再生に専念し始めたのである。

 

 そして、彼らが稼いだその時間が、人類の明暗を分ける事になる。

 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 

「そのためのNERVです」

 

 そう答える碇ゲンドウの傍らで輝くコンソールには、『第3の少年確保完了』を示す文字列が踊っていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

「えーっと、次は……」

「ミサトさん、そっちじゃなくてこっちのエレベーターじゃないですか? 割と通路の感じは11年前から基本的に変わってないみたいですし……」

「んー……あらホントね。ありがとうシンジ君」

 

 そんな会話を交わしつつ、NERVの通路を若干迷子になりながらも駆け足で進むミサトとシンジ。

 

 NERVが誇る有機スーパーコンピュータであるMAGIが予測した予想時刻よりもかなり早くNERV入りした彼らは、ひとまずエヴァンゲリオン初号機が収容されているケージを目指し、施設内を下へ下へと進んでいる。

 

 そして、ついに彼らが初号機ケージへと駆け込んだのは、そろそろ夕方に差し掛かろうという、まだ明るい時間の事だった。

 

 そこで待って居たのは、魅惑的なボディラインに貼り付くワンピースタイプの水着をオレンジ色の液体で濡らし、スクーバ器具を外したばかりのリツコだった。

 

「あら随分早いのねミサト、それにシンジ君も。久しぶり」

「うん、久しぶり、りっちゃん。昔の茶髪も良かったけど今の金髪も結構似合うと思うよ……それで、エヴァは動かせるの?」

「起動率0.000000001%、オーナインシステムなんて皮肉って呼んでる人も多いわね」

「りっちゃんはどう思う?」

「……動くわよ。シンジ君、これはあなたのエヴァンゲリオンだもの」

「ちょっとちょっと、どういう事情かわからないけど、アタシの事忘れてない? 説明して欲しいんだけど……」

「ああ、すみません、ミサトさん。手短に言うと僕の父と母が設計開発した上に、母がテストパイロットだったんですよ、この機体。それで、当時の僕はまだ乳幼児なので……」

「ユイさんが職場に連れてきてたのよ。さっき言ったでしょ。それで、シンジ君はその記憶を全て覚えている。これでミサトが疑問に思っている事の答えにはなったかしら? 要はこの子、11年前からNERVを知ってるのよ」

「当時はゲヒルンでしたけどね……。それで、りっちゃん、状況は?」

「使徒は現在国連軍のN2爆雷で負った傷を修復するべく停止中よ。シンジ君がプラグスーツに着替える猶予ぐらいはあると思うわ」

 

 そう告げて、リツコがケージの上方にあるコントロールルームへと目を向ける。

 

 ちょうどタイミングよく照明が灯るその視線の先に立つのは、黒いNERVの制服に身を包んだ長身の男。シンジの父にしてNERV総司令である碇ゲンドウだ。

 

「久しぶりだな、シンジ」

「うん。3年ぶりだね父さん」

「ああ。……出撃」

「着替えて、りっちゃんから操縦方法聞いてからでも良いかな?」

「……説明を受けろ」

「ありがとう。……終わったら、晩御飯でも一緒にどうかな」

「……構わん」

 

 かなり唐突で、そして一方的なゲンドウからの言葉。それに問題なく対応するシンジは、ミサトの目からすれば異様に映る。そんな彼女の視線に気づいてか、シンジが視線をミサトの方に向ければ、用件は済んだとばかりにゲンドウはコントロールルームから立ち去った。

 

「どうしたんですか、ミサトさん」

「えっと……久しぶりの親子の会話にしては変わってるかなー、なんて思うんだけど、コレ、アタシが変なの?」

「あはは、そんな事ないですよ。僕も父さんも割と『変わってる』と思います。……それに、父さんちょっと緊張気味でしたからね。余計に変だったかも? 普段は割と可愛げがある人なんですけど……」

「えっ」

「えっ?」

 

 可愛げがある、という言葉があまりにもゲンドウに似つかわしくなく、思わず声を漏らしてしまうミサトと、それに首を傾げるシンジ。

 

 ————これが天才と変人は紙一重ってやつ? 

 

 などと内心考えているミサトだが、先程の会話はシンジの極めて高い知性を以て補完すれば、次のようになる。

 

「久しぶりだな、シンジ(緊張して若干戸惑う声音。知っては居たが背が伸びた息子を目にしてちょっと困惑。前にあった時は割と小さかったのに、という風に一瞬視線をかつてのシンジの身長を想起する様に下げる)」

「うん。3年ぶりだね父さん」

「ああ。(普通に返事が来て若干ビビっているのか微妙に声が上擦る。言いたいことがあったようだが今ので飛んだらしく目が僅かに泳ぐ)……出撃」

「着替えて、りっちゃんから操縦方法聞いてからでも良いかな?」

「……(ド忘れの内容を言って貰えたので内心安心しているのか少し大きめの息)説明を受けろ」

「ありがとう。……終わったら、晩御飯でも一緒にどうかな」

「……構わん(じゃあ細かい用事はその時で良いかな、と帰りたそうな雰囲気。やはり緊張しているらしい)」

 

 

 以上が、ゲンドウの微細なボディランゲージを10.0の超視力で観察したシンジが読み取った内容である。

 

 端的にいえば酷くコミュ障な父に対し、あまりにもコミュ強な息子、というのが碇ゲンドウとシンジにおける関係性なのだ。

 

 そして、それ故にシンジはゲンドウを『可愛げがある』と称しているのだが、常人に先程の超感覚的なコミュニケーションを察しろというのは無理がある。

 

 同意するのは、おそらくシンジの母であり同じくコミュ強超人のユイぐらいのものだろう。

 

 だが、流石にミサトもそこを掘り下げて突っ込むほどシンジと親しくもないし、何より大人なので「……お父さんと仲いいのね、シンジ君」と困惑気味に発言するにとどめて置いた。

 

 とは言っても、当然その内心は微妙な所作でシンジに見透かされてはいるのだが、翻ってシンジの方もそれを突っ込みに行くほど子供ではない。

 

 結果生じた微妙な雰囲気を壊したのは、シンジの『天才性』に慣れているリツコが発した「じゃあ説明するわよシンジ君。着替えもあるからついてらっしゃい」という一言。

 

 その言葉に素直に従ってトコトコとケージから立ち去るシンジとミサトの背後で、役目を待つエヴァンゲリオンは、瞬きをする様に一瞬だけその目に輝きを灯すのであった。



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序-3

「第3次冷却、終了」

「フライホイール、回転停止。接続を解除」

「補助電圧に問題なし」

「停止信号プラグ、排出終了」

「了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備」

「探査針、打ち込み完了」

「精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持」

「インテリア、固定終了」

「了解。第一次コンタクト」

 

 エヴァンゲリオン初号機の起動に向けてオペレーター達の声が飛び交う発令所。シンジへの説明を速やかに終えたリツコは、彼が乗るエントリープラグが無事エヴァへと挿入された事を確認して指示を出す。

 

「エントリープラグ、注水」

 

 その声と共にエントリープラグ内を満たすのは、オレンジ色のLCL。

 

 同時にモニターへと映るのは、事前に説明されていたことで全く驚く様子のないシンジ少年の姿だ。

 

『ごぽっ……わ、本当に息ができる。凄い』

「いや、説明しておいてなんだけど、なんの躊躇いもなく肺にLCLを取り込むあなたの方が凄いわよ?」

『そうですか?』

 

 そんな余裕のある会話を交わす2人の影響か、発令所内にも何処か余裕を持った空気が生まれており、オペレーター達は落ち着きつつも迅速に、起動準備を続行する。

 

「第2次コンタクトに入ります。インターフェイスを接続。A10神経接続、異常なし」

「L.C.L.転化状態は正常」

「思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし」

「コミュニケーション回線、開きます。ルート1405まで、オールクリア」

 

 だが、そんな順調な中で、戸惑いの声を上げたのが、リツコの副官である伊吹マヤだった。

 

「シナプス計測、シンクロ率……えっ」

「どうしたの、マヤ」

「あっ、いえ、すみません先輩。シンクロ率……シンクロ率、102.6%です」

「えっ」

 

 マヤからの報告に、今度は逆に戸惑ってしまうリツコ。初起動とは思えぬ尋常ではないシンクロ率は、シンジ少年の凄まじい適性の現れと言える。

 

「……プラグスーツの補助があるとはいえ、凄いわね」

「はい。……ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません」

 

 シークエンスの中で少々驚嘆すべき事態は発生したものの問題なく起動したエヴァンゲリオン。それを確認したリツコが「行けるわ」と声を上げると同時、作戦課長であるミサトは技術局からの引き継ぎを受け、作戦課のスタッフ達へと指示を飛ばす。

 

「発進準備!」

 

「了解、発進準備! 第1ロックボルト、外せ!」

「アンビリカルブリッジ移動開始!」

「第1拘束具除去! 同じく、第2拘束具を除去!」

「第1番から15番までの安全装置を解除」

「解除確認。現在初号機の状態はフリー!」

「内部電源、充電完了。外部電源接続に異常なし!」

 

 いよいよ、完全起動するエヴァンゲリオン。その目に輝きを灯した紫の巨人は、暴走することもなく、リフトに乗せられた状態で射出口まで輸送されていく。

 

 それを確認したミサトは、今一度、発令所の上方に座す総司令碇ゲンドウへと確認を取る。

 

「かまいませんね?」

「勿論だ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」

 

 そう答えるゲンドウに「碇、本当にこれで良いんだな」と副司令の冬月が念を押すが、その問いへの返答は首肯であった。

 

 それを受け、モニターへと振り返ったミサトは、発令所全域に向けて指示を飛ばす。

 

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

 

 

 * * * * * *

 

 

 ————発進というか、これは発射では? 

 

 凄まじいGと共に急上昇していく視界の中で、シンジ少年にはそんなツッコミを内心で入れるほどの余裕があった。

 

 エヴァンゲリオン初号機。父と母が生み出した、人類の希望。それに乗る事に何の躊躇いもなく、またこの機体に全幅の信頼を置いているシンジのシンクロ率がバカ高いのは、ある意味で当然と言えるだろう。

 

 そして、その冷静さと高いシンクロ率故に、勢いよく夕暮れの街へと飛び出した初号機は特に問題なくリフトオフされ、感触を確かめるように拳を数度握ると、しっかりとした足取りで歩き始める。

 

 そのあまりにも自然な行動に一瞬ぽけーっとしていた発令所が「動いた! それも完璧に!」と盛り上がったのはいうまでもない。

 

 起動率0.000000001%の超兵器が完全に目覚めたのだ。無理もない事だろう。

 

 その一方で、102.6%という極めて高いシンクロ率を叩き出したシンジ少年もまた、思うがままに動くエヴァンゲリオンという機体に改めて感嘆し、更なる信頼を抱いた事で、シンクロ率が105.8%まで微増している。

 

 明晰な頭脳を持つとはいえ彼も少年。巨大なロボットの操縦には憧れるものがあるのだ。テンションが上がったとも言えるだろう。

 

 しかし、それでも彼は冷静だった。

 

「それでミサトさん。目標は何処に?」

『現在、ここ第3新東京市に向けて進行を再開しているわ。到着まで後10分。ルートは今日の私たちと同じ。山越えね』

「なるほど。……武器は?」

『一応、肩のウェポンラックにナイフがあるわ。それと、武装を内包したコンテナビルの位置をマップに出すわね。……ただ、NERVが予想している以上に、使徒の防御力は高かった。あのATフィールドがある限り、武器の類は役に立たないわ』

「……りっちゃんの話だと、エヴァンゲリオンが持つATフィールドで使徒のATフィールドを中和すれば良いんでしたよね。……わかりました。とりあえず、ナイフを使ってみます。いきなり銃は使えませんし」

 

 そう告げて、肩のウェポンラックから肉厚のナイフを取り出したシンジ少年はそれを軽く振り回して感触を確かめると共に、使徒の来るであろう方向を見据えて、初号機を移動させ始める。

 

 あまりにも手慣れたその動作に対し、ミサトはここである決断を下した。

 

『シンジ君、喧嘩に自信はある?』

「んー、ミサトさんにはボコボコにされるかも? でも一応、ボクシングとレスリングと空手と柔道なら多少は」

『改めて聞くと凄いわね。……では、基本的に戦闘が開始してからはシンジ君の判断に任せます。今回は近接格闘戦になるわ。指示を聞いてから行動してちゃ間に合わないもの』

「なるほど。じゃあ、ミサトさんはセコンドみたいな感じですかね?」

『ええ。試合が始まるまではみっちり作戦会議するわよ! ……目標到達までは後7分。進路はマップに映っている通りね。これを迎撃するなら、まずシンジ君はどうする?』

「んー、とりあえず、山際で迎え撃ちたいですね。街で迎え撃ったら後に引こうにも引く場所がないですし————って、ミサトさん!」

『何、どうしたのシンジくん!?』

「あそこの物陰、女の子が!」

 

 そう告げるシンジが視線を向ける先にいるのは怯えて立ちすくむ1人の少女。小学校低学年ほどに見える彼女は、ビルの隙間にあるゴミ箱の影から、怯えた様子でエヴァを窺い見ていた。

 

『民間人ですって!? 保安部は何をしてんのよ!?』

「言ってる場合じゃないですよ! どうしますかミサトさん、個人的にはエヴァに緊急収容するのが一番だと思うんですけど」

『……シェルターまで輸送するんじゃダメかしら』

「誰がどうやってです?」

『それは、そうよね。……リツコ! エヴァって相乗りは』

『基本的には非推奨よ。シンクロ率が保証できないもの。……でも、シンジ君なら別ね。仮にその子の影響でシンクロ率が半減しても、50%。エヴァの起動水準を容易に上回るわ』

『……仕方ないか。シンジくん、回収を許可します! 1分以内に回収して! プラグの一時的な露出手順は————』

さっき覚えました!  行ってきます!」

 

 そう言って、まるで使い慣れた様にインテリアのスイッチを操作してプラグを排出したシンジは、少女を救うべく、夕闇の迫る街へと飛び出したのであった。

 



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序-4

 いつも通りの日常を過ごす筈だった少女はその日、不幸にも人生最大の恐怖を味わうことになっていた。

 

 鈴原サクラ、7歳。兄と父、そして祖父と暮らしているごく普通の小学2年生。

 

 そんな彼女の不幸は、特別非常事態宣言の混乱の中、兄と逸れ、街に取り残されてしまったことだった。

 

 その挙句、居住用ビルが格納されてしまったことで家に帰ることすら出来ず、彼女は様変わりした第3新東京市の街の中で迷子になってしまったのである。

 

 鳴り響くサイレン、遠くで響いた恐ろしい爆発音、それらから身を隠し、ビルのそばで膝を抱えるうちに、死を覚悟し始めた夕暮れ。

 

 人生最悪の日を泣きじゃくって過ごす彼女が感じたのは、地面の激しい振動だ。

 

 ズシン、ズシン。

 

ズシン

 

 徐々に近づくその音と揺れに、ひっそりとビルの谷間から身を乗り出したサクラが目にしたものは、緑の輝きを帯びて夕闇に立つ、紫色の巨大ロボット。

 

 クラスの男の子たちが休み時間に話している様な、スーパーロボットが、そこにいたのだ。

 

 そして、そのロボットは一瞬停止した後に、なんとサクラの目の前で跪いたのである。

 

 思わず呆然とする彼女の意識を現実に戻したのは、バシュン! と響く機械音。そして、ヒュルル、と風を切るワイヤーの音。それに気づいた時には、もう目の前に『彼』がいた。

 

「もう大丈夫、助けに来たからね!」

 

 そう告げてサクラを片手で抱き抱え、颯爽とワイヤーを巻き上げるそのヒーローの横顔は、女の子みたいに綺麗で、しかしその腕は彼女の兄以上に逞しい。

 

 そしてあれよと言う間に彼に連れられてカプセルの様なコックピットにまでやってきた彼女に対し、彼は優しくこう告げた。

 

「この中には魔法の水が入っているから、水の中でも息ができる。溺れないから大丈夫だよ」

 

 その言葉の意味はよくわからなかったサクラだが、彼に連れられるがままにコックピットに飛び込んでしまえば、その意味は嫌でもわかった。

 

 だが、少しとはいえ説明があったせいか、サクラの心は恐怖よりもむしろ歓喜に包まれた。

 

 ————本当にヒーローが来たんだ! 

 

 そう感じさせてくれる程に、ロボットのコックピットの中は魔法めいていて、凄すぎて、それを操縦するお兄さんの姿は、今まで見たどんな人よりカッコよかった。

 

 だから、サクラはどうしても、彼に言いたくなったのだ。

 

「あの、ホンマに、ホンマありがとうございます!  私サクラって言います! あの、お兄さんは————」

「僕は、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジ。……サクラちゃん、僕はこれから、怪獣と闘わなきゃいけない。ちょっとだけ大変だけど、一緒に闘ってくれるかな?」

 

 そう声を返してニコリと微笑むそのお兄さんにサクラはこの瞬間、どうしようも無く惹かれてしまったのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「ミサトさん、回収完了しました。サクラちゃんというそうです」

『40秒で回収完了、上々ね! ……その子の身柄は保安部に照合させるわ。リツコ! シンクロ率は!?』

『シンクロ率67.4%、予想よりマシね。これなら動作には問題ないわ。それに、今その女の子の脳波を解析してスクリーニング中よ。戦闘までにはもう少し改善できそうね』

『了解! シンジくん、40秒分、取り返せそう?』

「僕、結構足は速い方なんです」

『じゃあいっちょ、その速さを見せちゃって頂戴! シンジくんがいない間に、一番山際の電源ビルとその周辺の電源ビルを割り出しといたわ!』

「そこまでプラグを抜いて全力疾走、ですね。————1分は巻き返します」

 

 そう告げた直後、サクラを回収するために跪いていたエヴァがそのまま尻を上げ、クラウチングスタートの要領で、飛ぶ様に前へと踏み込んだ。

 

 特筆すべきは、その踏み込みの瞬間。スターティングブロックの様にエヴァの足裏へと展開された虹色の輝きは、踏み込みと同時に霧散したものの、確かにATフィールドのそれだった。

 

「ゼァッ!!!」

 

 そんな光の巨人めいた裂帛の気合と共に踏み込んだエヴァは、瞬時に音速の壁をブチ破り、衝撃波を残して第3新東京市の郊外へ向けて爆進する。

 

 ビルをハードルの様に飛び越え、マッハコーンを形成して山間へと直走る初号機。その進路の先に山を越えて現れたのは、第4の使徒。

 

 その登場を戦闘開始と判断したシンジは、敢えて電源ビルではなく使徒へと向けて更に踏み込み、本格的に音を置き去りにして、断熱圧縮から赤熱し始めた空気の壁をそのまま使徒へと叩きつける様にして、 片足ミサイルキック(V3火柱キック)をぶちかます。

 

 そしてそのまま使徒を踏み付ける形で衝撃を殺した初号機は、バック宙からのバク転を決めて電源ビルへと舞い戻り、吹き飛ばされた使徒を睨みつけながら片手で手早くプラグを接続した。

 

『やっるぅ! シンジ君、2分短縮よ! そのままやっちゃって!』

「了解!」

 

 見事な不意打ちを決めた初号機。守るべき少女(サクラ)怪獣(使徒)を大きく吹っ飛ばしたその活躍に目を輝かせ、ミサトは『使徒殲滅』の使命遂行は確実であるという確信を胸に抱き、そしてリツコは興味深そうに全てのデータの収集をマヤに命じる。

 

「————此処から先に進むなら、僕の屍を越えて往け!」

 

 そう啖呵を切りながらナイフを構えるシンジと、山にめり込んだ身体を起こしつつ立ち上がる第4の使徒。

 

 日没と共に闘いの火蓋が切られ、人類の存亡を賭けた生存闘争の舞台が幕を開ける。

 

 その乗機の名に相応しい『福音』を人類にもたらすべく、若きヒーローは巨大な敵へと飛びかかっていくのだった。



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序-5

 碇シンジの駆る初号機と、第4の使徒の戦い。

 

 その結末を一言で語るのならば、一方的な蹂躙であった。

 

 そもそも、出会い頭のドロップキックの時点で傾いていた天秤がその後の初号機の猛攻により、根本からへし折れる程に傾いてしまったのである。

 

 まず、起き攻めとして放たれたのは、痛烈なニードロップ。そしてそのままマウントを取った初号機に対し、使徒もその両腕のパイルで抵抗を試みるが、そもそもマウントを取られている時点で腕先のパイルなど当たるはずもない。容易く腕を掴まれ、握り砕かれて無効化されてしまう。

 

 そこに畳み掛けるのは、体重を乗せたパンチの雨霰。

 

 ATフィールドを容易く引き裂かれてタコ殴りに遭い、頼みの綱の光線を発射できる仮面はナイフを叩き込まれて粉砕され、ひたすらボコボコに叩きのめされる第4の使徒の在り様は、もはや無惨というほかない。

 

 だが、使徒を評価するのならば、最期に一矢報いるべく、初号機に飛びつき自爆を試みた点は、特筆に値する行いだろう。

 

 しかし。

 

 十字架状の火柱が消えたその先に居たのは、無傷で仁王立ちするエヴァンゲリオン。

 

 一方的という言葉すら生温いその一戦はNERVの面々に大いなる希望をもたらし、エヴァとシンジは人類を救う崇高な使命を担う汎用人型決戦兵器の名に相応しい盛大なデビュー戦を飾ったのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「知らない天井だ……。カバラの生命の木? ゲヒルン時代にこんなのあったっけ? 父さんの趣味なの?」

「……いや」

 

 そんな会話(?)が交わされているのは、NERV総司令であるゲンドウの執務室。

 

 そこに設けられた長机の端同士に座るシンジとゲンドウは、約束の通り遅めの夕食を摂っていた。

 

 メニューは分厚いビフテキをメインに据えた洋食系ディナー。黙々と食べるゲンドウに対し、シンジが話しかけるという歪な晩餐会だが、2人とも完璧なテーブルマナーで食を進めているところはよく似ている。

 

 そんな中、珍しくゲンドウから言葉を投げたのは、ある意味当然の疑問についてだった。

 

「お前は何故エヴァに乗る、シンジ」

 

 そう問いかけるゲンドウの心にあるのは、猜疑心と最愛の妻の血をあまりに濃く継いでいる息子への少しの心配。

 

 突然呼び出された挙句エヴァに乗せられて戦わされるという一連の流れは、一応ゲンドウの知る常識では『酷い扱い』のはずである。だが、シンジは進んで戦いの場に躍り出た。

 

 何故? 

 

 そう一度悩んでしまえば、元々猜疑心の強いゲンドウは、疑問の無限ループに陥ってしまうのだ。

 

 もちろん、シンジがそんな父の心情を察しているのは言うまでもない。故に彼は、優しく微笑んで答えを返す。

 

「母さんと約束したからね」

「ユイと?」

「うん。『この先何が起こっても、世界中の人達の幸せをあなたが守るのよ』って」

 

 その言葉は、ゲンドウの知らないユイの言葉。だが、シンジの声色から嘘を言っていない事を理解したゲンドウは、僅かに目を見開いて、シンジを見つめる。

 

「お前はそれでいいのか」

「僕はその為に生まれてきたんだよ、父さん」

「そうか」

 

 そう言って、僅かに目を伏せるゲンドウの内心は、複雑に渦巻いて葛藤している。

 

 だが、それでも。ゲンドウは彼自身の願いの為に、決意を既に固めた身だ。さりとて、シンジもまた託された願いの為に生きてきたと語る1人の男。

 

 ————いつか、対峙する日が来る。

 

 互いに、言葉を越えた親子の感覚でそう確信したシンジとゲンドウだが、今はまだ、その時ではない。

 

「ところで父さん、サラダも食べないと太るよ?」

「ああ……」

 

 今はまだ、家族の夕食の時間だった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そして、翌日。一応まだ警戒態勢のNERVの中、事務手続きのアレコレを済ませて独身者向けのアパートメントに引っ越しを済ませたシンジは、ミサトに連れられてジオフロント内の病院へとやって来ていた。

 

「紹介したい子がいるのよね。可愛い子だからシンジ君も気にいるわよ!」

「というと?」

「綾波レイ。シンジ君の同僚でエヴァ零号機のパイロットよ。今はちょっと、事故の怪我で寝込んでるけど」

「綾波レイ……」

 

 綾波(母の旧姓)という苗字で何となく察してしまう、厄ネタの気配。そして、その予想通りに、シンジが出会ったのは記憶の中の母によく似たアルビノの少女だった。

 

「やっほ、レイ、元気してた?」

 

 病室のベッドで上体を起こし読書に耽っていたレイにそう問いかけるミサトは、気楽そうな雰囲気。それを察知しているが故に『悪意はないんだろう』と判じているシンジだが、苗字も名前も外見も母そっくりな少女というのは、中々に刺激的な存在に過ぎる。

 

 ————父さんは何を考えてるんだ? 

 

 そう思案してみても、答えを得るには確証が足りなさすぎる。

 

 故にシンジは、まずはレイと話をする事を選んだ。

 

「あなた、誰?」

「僕は碇シンジ。碇ゲンドウの息子でエヴァ初号機のパイロット。よろしくね」

「よろしく」

 

 塩対応、というよりは元々情緒が希薄そうなその対応。しかし、そんな言葉とは裏腹に、彼女のちょっとした身振りは、割とシンジに興味深々なのだと示している。

 

 内心は可愛らしいのに表面が無味乾燥としているその雰囲気に、シンジは非常に心当たり(碇ゲンドウみ)を感じるが、まぁ彼にとってはその辺りは問題にはならない。

 

「綾波さん、って呼んでも良いかな」

「構わないわ」

「ありがとう。……綾波さん、好きな食べ物はある?」

「……肉は嫌い」

「そっか。じゃあ何か甘いものでも今度持ってくるよ」

「また来るの? どうして?」

「今日はお見舞いを持ってこれなかったからね」

「そう」

 

 そう言って再び本に視線を戻すレイ。そうして話は終わり、と態度で伝えている彼女の病室を辞した後、その姿にミサトは「ごめんねシンジ君。ちょっと変わった子なの」と苦しいフォローを挟むが、シンジからすればゲンドウよりは余程素直な子と言える。

 

「そんなことはないですよミサトさん」

 

 そう言ってからふと閃いたシンジは、「でも、申し訳ないと思っているのならお見舞い品を見繕うのは手伝ってくださいね」とミサトに告げて、悪戯っぽく笑うのであった。

 



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序-6

予約投稿がうまくいってなかったのはゴルゴムの仕業だ


 使徒襲来からしばらくが経ち、特別非常事態宣言も無事解除され、第3新東京市で中学校が再開された朝のこと。

 

 第3新東京市立第壱中学校2年A組に転校することとなったシンジは、転校生特有のチヤホヤ扱い——顔が良すぎるという原因もかなりあるが——を受けて過ごしていた所、ジャージとメガネの男子生徒コンビに声をかけられた。

 

「おう、面貸せや転校生」

「トウジ、言い方がカツアゲっぽいぞソレ」

「な!? ちがわい! 話があるんじゃ話が」

 

 などと騒がしい彼らに悪意の様なものは感じなかったシンジ少年は、おさげの委員長が心配する中で、彼らに校舎裏へと連れ込まれたのである。

 

 そして、現在。シンジ少年はジャージ姿の少年、鈴原トウジに土下座されていた。

 

「転校生、ワシはおまえに謝らなアカン、謝らな気が済まんのや」

「いやいやいや、初対面だよね!? えっと、トウジくんだっけ、人違いなんじゃないかな」

「んー、いや、ソレなんだけどさ、碇。……君、ロボットのパイロットなんだろ?」

 

 そうメガネの少年が告げるのを聞いた瞬間の、シンジの動きは早かった。

 

 目にも止まらぬ動きでメガネ男子こと相田ケンスケの背後に回り込み、彼の両手を後ろ手に捻り上げて親指を極めたのだ。

 

「いだだだだだッ!?」

「何処から情報を手に入れたの?」

「ちょ、ケンスケ!? 誤解や、誤解なんや碇さん! ちょい待ってくれ! こいつの親父さんNERVの事務方なんや! 多分それで知っとるだけや!」

「……そういうことか。……本当にミサトさんの言う通り保安部は何してるんだか。……でもねケンスケくん? あんまり吹聴するのは良くないなぁ」

「痛い痛い痛い! ギブ! もうしないってば! ごめんごめんごめん! ア゛ッ————!?」

 

 両手は解放されたものの、アイアンクローに移行されたケンスケは、そのままこめかみをぐりぐりと拳で捻るなどの折檻をシンジに受け、割と冗談抜きで半泣きになったあたりで漸く解放される。

 

「僕も一応、肩書きの上では軍属だからね。ケンスケ君への仕打ちは謝らないよ。半分スパイだしソレ」

 

 そう告げて、ヤレヤレと溜息を吐くシンジは「本当なら即座に射殺なんだけどね」などと物騒な事を口に出す。

 

 だが実際、少年兵が普通に存在するセカンドインパクト後の世界では、子供であろうがスパイなら相応の扱いを受けるのだ。

 

 それに、セカンドインパクト以前から、アメリカ、ロシア、中国などの覇権国家では軍事スパイは死刑である。

 

 鉄拳制裁で済めば御の字というシンジの弁は全く間違っていないのだ。

 

「で、出来心だったんだってば……」

「出来心でも罪は罪だよ。既に保安部には連絡してあるから、君のお父さん諸共、後でガッツリ怒られると思う」

「マジかよ!?」

「マジだね。……で、ケンスケ君はまぁ自分の罪を噛み締めて貰うとして、トウジ君はどういう事情があるんだって?」

 

「ワシは、ワシは、サクラの兄貴なんや。『ごっつい男前の碇さんに助けて貰ったんや』いうて妹から聞いて名前を知っとってな。それで、礼を言いたかったっちゅうか、謝りたかったっちゅうか……」

「……なるほど。でも、サクラちゃんを助けたのは当然の事だから、改まって僕にお礼を言わなくても。それに謝るならNERVの方でしょ。アレはうちの保安部が悪いし」

「それでも、ワシが、サクラをもっとよう見とったら、そうしたらと思うたらどうしてもな……やっぱり、助けてもろうた碇さんには礼を言わなあかんと思うたんや」

 

 そう言って再び頭を下げるトウジ少年に対し、シンジは少し考えた後、肩をポンと叩き、手を差し出して彼を引き上げるように立ち上がらせる。

 

 それと同時に、シンジはトウジへと向けて、囁くようにこう告げるのだった。

 

「僕に恩があるって言うなら、そんな君を男と見込んでお願いがあるんだ」

「ワシに出来ることやったらなんでもするで!」

「ありがとう。……それで、僕の頼みっていうのは、誰かがサクラちゃんの様にはぐれたり、命の危険に遭わないように、もしもの時はみんなをシェルターに連れて行ってほしいって事なんだ。————戦場からみんなを逃してくれれば、怪物は僕が引き受ける。頼んだよ、トウジ君」

 

 そう告げて、笑顔と共に差し出されるシンジの手。その握手に応じたトウジの手をグッと握るシンジの手は、その華奢な見た目に反して、大きく力強いものの様にトウジには感じられた。

 

 そして、そのままの流れで、シンジは頭を抱えてうずくまっていたケンスケにも手を差し出して引き起こし、声をかける。

 

「反省はしたかな、ケンスケ君? ……君は軍に憧れがあるんだろうけど、軍ってのはさっきの僕みたいに規律に厳しいものだ。もし君が、本当の意味で憧れているのなら。軍人らしく規律に忠実であって欲しい。……そうすればまぁ、少しぐらいは面白い世間話はしてあげられるかもね?」

「……わかったよ」

「それなら結構」

 

 そう告げて、シンジはケンスケに悪戯っぽく笑いかける。

 

「ところで、保安部にさっき連絡したのは流石に嘘だよ」

「え!? じゃあ俺、説教回避……?」

「まぁ、僕は24時間保安部に監視されてるけど」

「結局伝わってるのかよぉ!?」

「まぁ正直僕がパイロットって事ぐらいはそんなに機密性高くないから、お父さんの説教で済むとは思うけど。これ以上踏み込んだらマジで消されるかも……」

「もうやらないってば!」

 

 そう叫ぶケンスケの声が校舎裏に響き、そんなケンスケにトウジが「ホンマにもうやらんほうがええぞケンスケ。ウチのサクラも一歩間違えたら死んどったんや。ワシらが首突っ込んだら死んでまうで」と説き伏せる。

 

 そんな会話にシンジも「まぁ機密にならない範囲なら、土産話ぐらいは僕もしてあげるしさ」とフォローする形で混ざり、やがてあれこれと話すうちに打ち解けた3人は、中学生男子相応の適応力で、下校の頃にはすっかり友人同士になっていたのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんな楽しい中学校デビューを終えた午後。シンジの姿は、NERVの保有するエヴァの模擬体の中にあった。

 

『良い? シンジ君。使徒には、必ずコアと呼ばれる部位があります。その破壊が、使徒を物理的に殲滅できる唯一の手段なの。ですからそこを狙い、目標をセンターに入れてスイッチ』

 

 そうガイダンスするリツコの声に合わせて仮想標的として視界に映るポリゴン製の使徒のコアを的確に撃ち抜いていくシンジ。

 

 だがその作業を行う傍ら、彼は割とガッツリ文句を述べていた。

 

「んー、りっちゃん、これ、ただの射撃ゲームになってるぐらいなら射撃場で生身で特訓した方が有意義なんじゃ……? まぁエヴァへの思考のフィードバックとかをついでに計測するならそうもいかないのはわかるけど、敵が妙に弱いし……」

『まぁそこは訓練ソフトのデバッグをやらされているとでも思ってくれれば良いわ、あなたの場合。……で、敵が弱いというのは?』

「国連軍と使徒との戦闘について資料を見たけど、あれを見る限り、使徒は自分の身体を効率よく作り替えるのに長けているよね。だから人形ばっかり練習するのは違うかなって。猛獣のデータでも入力した方がいいんじゃない? コアの位置もランダムにしてさ」

『言うは易し、行うは難しよシンジ君』

「んー、僕がプログラマとして助っ人に入るっていうのは?」

『魅力的な提案だけどあなたは訓練が仕事。とはいえ改善はしておくわ。……確かに、使徒が都合良くヒト型だとは限らないものね』

「お手数お掛けします。お礼にこれが済んだらコーヒー淹れるよ」

『あら、私コーヒーにはうるさいわよ?』

「京大時代から行きつけの自家焙煎喫茶店の豆を買い込んであるから」

『それは興味深いわね』

 

 そんな会話を交わしつつ、標的を瞬殺し続けるシンジと、彼から得られるデータをマヤと共に整理していくリツコ。

 

 その後結局、コーヒーを淹れた後、自身の使用感を元にプログラミングの手伝いもこなしたシンジが帰宅したのは、リツコやマヤたちと同じ22時過ぎの事となるのであった。



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序-7

「そういえばシンジ君から『転校初日で身分がバレてるんですけど』って苦情があったそうじゃない?」

「まぁ一応諜報部とか保安部には連絡したけど、流石にまあ第壱中学校の生徒となると知らないって方が無理ではあるわよね」

 

 そんな会話をNERVの長距離移動用リフトで交わすのは、リツコとミサト。

 

 彼女が言う通り、シンジの通う第壱中学校にはNERVスタッフの子供が集められており、半分NERVの様な物なのだ。機密情報のうちレベルの低い物ならば、漏れることもあるだろう。

 

 そうは言っても、一応今回の件では親のPCを盗み見ていたりしていた一部の悪ガキに関しては厳重なお説教が各家庭でなされてはいる。

 

「まぁでも、友達が出来たみたいで良かったじゃない、シンジ君」

「彼、中身が大人だもの。思春期らしいヤマアラシのジレンマとは無縁でしょうね————彼にとって、他人は全て、助けるべき存在であって頼る存在じゃないもの」

 

 そう言いつつリツコが端末で眺めるのは、先日シンジが書き上げた訓練プログラムのアップデート用コード。元々、若干スパゲッティになりかけていたプログラムは、可読性を極限まで考慮した上、各所に注釈文が書き加えられており、一見すれば『異常なまでに親切』としか言えない仕上がりになっている。

 

 だが、自身も一定の知性を持つリツコだからこそ、シンジが書き上げたこのコードは『孤独』なものに映るのだ。

 

「知能指数が高すぎる弊害ね。彼にとってはもしかすると、自身の父親すら保護すべき『子供』に過ぎないのかも知れないわ」

「なにそれ」

「超天才の尺度では、赤子と大人なんて誤差の範囲内かも知れないという話よ。……私の私見だけれどね」

「なんか、神様みたいな話ね」

「そうね。忘れてちょうだい。……特別視されるのに慣れていても、それが負担にならない訳がないもの」

 

 そう言って端末を閉じたリツコは前を向き、頭を振って今までの思索を意識の外へと追いやった。

 

 そんなリツコに対して何とも言えない様な視線を向けるミサトは、リツコからの所感を胸に刻みつつ、作戦指揮官として有用な部下の運用方法を思案するのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方その頃。お昼休みとなった第壱中学校では、今日から出席して来ていた綾波レイに対して、シンジ少年が声を掛けている最中だった。

 

 白髪赤目の傷だらけの美少女と、最近噂の美少年。その取り合わせはクラスの注目を集めるが、その中心にいる2人は、それを意に介していない。

 

「退院おめでとう綾波さん。これ、退院祝い」

「……ありがとう。これは何?」

「ちょっと悩んだんだけど、食べやすくて傷みにくい方が良いかなと思ってさ、ビスケットを焼いてみたんだ。味はプレーンと、紅茶と、シナモンと、ココア。嫌いな味があったら遠慮なく残して。お昼ご飯の足しにでも……って、綾波さん、お昼は食べない派?」

 

 机の上に何もない現状を見てシンジ少年がそう聞いてみれば、レイはチラリと自身の腕に目をやって答えを返す。

 

「食べられないもの」

「ああ、そうか。ギプス」

 

 そう納得してしまえば、シンジ少年の動きは早かった。「ごめん洞木さん、ちょっといいかな?」と委員長に声を掛け、自身の弁当をレイの机に置いた彼は、委員長の洞木ヒカリにレイの食事介助をお願いして、自身は購買にパンを買いに行く事を伝えて席を辞す。

 

 彼自身が食事の介助をしなかったのは、レイに対し妙な噂が立つ事を避けるための配慮ではあったのだが、自分の弁当を譲った上で配慮ある行動をしたシンジの振る舞いは十分過ぎる程の効果をクラスの女子に発揮し、窓際で1人佇んでいた筈のレイは、あっという間に委員長を中心とした女子グループに取り囲まれて昼食を摂る結果となったのである。

 

「ねぇねぇ、碇君と付き合ってるの?」「綾波さんって碇君とどういう関係?」だのと黄色い声で騒ぐ彼女たちは、姦しくも温かく、この日以降レイの昼食をしばらく手伝ってくれる関係となったのであった。

 

 なお、シンジが『怪我していては家事もできないだろう』と気を利かせてレイに弁当を作って来る様になった事で、いよいよレイへの追及は強まったのだが、レイ自身が「わからない。碇君は碇司令の子供。お見舞いに来てくれた人」などと割とぽやぽやとした返答をし続けた事で、レイの印象がミステリアス美少女から不思議ちゃん美少女へと切り替わるのみの結果となったのは、余談である。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんな教室の混乱は露知らず、購買で焼きそばパンを買ったシンジ少年は、同じく購買組のトウジとケンスケに合流し、校舎裏で男臭い昼食会を楽しんでいた。

 

「なんやセンセ、弁当ちゃうかったんか?」

「綾波さんがお弁当持ってこれなかったみたいでさ」

「碇はナチュラルにそういう事できるのが凄いよなあ。モテても僻めないっていうかさ」

「サクラに毎日話をせがまれるワシからしたら僻みはせんけど流石に エラい(疲れる)けどな」

「別にモテたい訳じゃないけどね。というか綾波さんは母方の親戚だしさ。僕の母さん、旧姓で言えば綾波ユイって名前なんだよね」

「へぇ、名前もえらい似てるなぁ、従兄弟とかなんか?」

「いや、ちょっとそこまでは。でもウチの父さんが保護者やってるのはそういう関係だと思う。それに、まぁどうせバレるし許可も取ってるから言うけど、彼女も僕と同じなんだよね」

「……ってことは碇、あの怪我は?」

「お察しの通り任務中の事故」

「……ほんま、センセらには頭上がらんな。あないにボロボロになって、しかも、女やのにな」

「トウジ、そういう発言は誤解されるぞ」

「いや、ワシはサクラがあないな怪我したら心臓が破裂してまうっちゅう風に思うてやなぁ」

「ははは、トウジは紳士だもんね。実は」

「シスコンなだけじゃないか?」

「ケンスケのミリオタよりはマシやろがい」

「トウジ、それ禁止カードだぞ」

 

 などと愉快に騒ぐ3人組の昼食はつつがなく進み、シンジは中学生らしい生活を大いに楽しむのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 その、1週間後。昼休みに突如鳴り響く警報に反応したシンジが、怪我人だからという理由で綾波レイを 横抱き(お姫様抱っこ)にしてNERVに手配させたクラウンが待つ校門まで全力疾走したことで、女子生徒たちが黄色い悲鳴をあげることになるのだが、それはまた別の話。



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序-8

 再び現れた使徒。第五の使徒と称されるその巨大存在の姿は、NERV職員をどよめかせる異様なものだった。

 

 幸い、シンジのお姫様抱っこ全力疾走からの車呼び出しというファインプレーによってパイロット2名は既にNERV本部に到着しており、第3新東京市への到着にはまだ猶予があるものの、対策を決めかねているのが現状だ。

 

「またこれはなんというか、変わった使徒ですね……焼きイカとカブトガニのキメラ?」

「変な例えだけど、シンジ君の言うこともわからなくもないわね。目標の位置は?」

「太平洋上を高速で移動中」

「分析パターンは?」

「パターン青、間違いなく使徒ね。……ミサト、どうするの?」

「もちろん、先手必勝よ! ……とはいえ、まだ時間があるなら作戦会議はしたいところね。差し当たって、総員第1種戦闘配置! 民間人の退避を優先。第3新東京市を戦闘形態に移行して対空迎撃準備! シンジ君はエヴァに搭乗して発進準備。エヴァに乗るまでは端末で、乗ってからはエヴァ本体から発令所に回線を繋いでちょうだい! ……レイは此処で待機ね。まだその怪我じゃエヴァには乗れないし、何より零号機はまだ凍結中だもの」

「了解! 総員第1種戦闘配置!」

 

 発せられた命令に従い動き始める職員達。そんな中、端末越しのシンジを交えて、ミサトとリツコは作戦会議を開始する。

 

「リツコ、ぶっちゃけ対空迎撃が役に立つ可能性は?」

「注意を引くにはいいかもしれないわね。でも、使徒のATフィールド相手じゃそれ以上の効果はないわ。こちらの最大攻撃力はやっぱりエヴァよ」

『でも相手の出方も分からずとりあえず出撃っていうのはナシですよミサトさん』

「そりゃまあそうよね。————日向君! 兵装ビルの地対空誘導ミサイルの最大射程内に対象が侵入した瞬間に攻撃を開始してちょうだい! 数は10発! 着弾観測及び誘導用に 無人航空機(ドローン)3機を出撃! ミサイル着弾後は機銃掃射で挑発してデコイに使うわ!! まずは相手の出方を探りましょ!」

「了解! ドローン発進! セミアクティブレーダー式ミサイル誘導装置、目標を捕捉! 目標の最大射程距離圏内侵入までカウント5、4、3、2、1————発射!」

 

 号令と共に発射されていく誘導ミサイル。それに対する使徒の反応は、やはりATフィールドによる絶対防御。だが重要なのはその後。攻撃を受けたと認識させた後にブンブンと周りを飛んで挑発する無人機に対し、使徒がどう出るかだ。

 

 そして、その答えは自在に伸縮する長大な光の鞭による溶断であった。

 

「目標、超高エネルギーを鞭のように使用!」

「マヤ、MAGIの解析結果は?」

「はい先輩! 目標はATフィールドを鞭状に集束し、内部に充填した大量のプラズマを接触面から任意に放出しているようです……!」

「プラズマ溶断機を振り回してるってわけね。……リツコ、目標の攻撃速度は?」

「軽く音速超えよ。……ATフィールドを中和しても砲弾の類は効かないと見ていいかも知れないわね。MAGIの試算では鞭で容易く切り払われるわ」

「あちゃー……銃弾斬りなんてのは漫画だけにして欲しいわね全く……って事は今回も近接戦闘?」

「その場合もやはりあの鞭が厄介ね。……こちらもリーチで対抗したいところだけれど……初号機用に条件に合致した武装は無いわ。至急、実体弾に依らない遠距離兵器の開発案を検討しておくけれど、今回は無理よミサト」

「……そりゃそうよね。でもシンジ君をナイフ一本で突っ込ませるわけには行かないし」

 

 ぐぬぬ、と悩むミサトだが、その間にも使徒が接近してきているのは事実。

 

 それに悩むミサトだが、その時、初号機への搭乗を完了したシンジがそこに口を挟んだ。

 

「要は相手の鞭じゃどうしようもない攻撃なら良いんですよね?」

「そりゃそうだけど、そんなのどうするのよ」

 

 そう問われたシンジが微笑と共に告げた案は、豪快かつ単純明快。リツコは呆れ、ミサトは爆笑して大賛成したその案は、即座に実行される事となったのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 発射されるミサイルと砲弾の雨霰。炸裂徹甲焼夷弾が使徒の身体に突き刺さり、その身体を黒煙で覆い隠す。

 

 使徒を待ち構えていた初号機がATフィールドを使徒の間合いの外から中和する事で実現した兵装ビルの有効活用は、使徒に多大なストレスを与え、その鞭を闇雲に振るわせる。

 

 今回の使徒は外殻自体の強度もなかなかに高いのか、今のところミサイルも砲弾も使徒に傷を負わせるには至っていないが、内部に衝撃が伝わっていないかは話が別。周囲の兵装ビルを滅茶苦茶に切り刻む使徒の行動からは、明らかに攻撃に対する不快感が見てとれた。

 

 だが、この弾幕は、あくまでシンジが準備を終えるまでの目眩し。

 

「ミサトさん、使徒射程圏内です、いけます!」

「おっけい! 爆砕ボルト起動!」

 

 派手な爆発音と共に周囲に響く地響き。

 

 だがそれは、爆炎に飲まれ、かつ浮遊している第五の使徒には感知できない。

 

 故に、第五の使徒は、突如としてその全身を真っ二つに叩き切られ、コアを粉砕された瞬間、訳も分からず爆散したのであった。

 

 ————その爆炎の中、初号機は地面にめり込んだ巨大な得物をゆっくりと持ち上げ、残心の構えをとる様に、その先端を正面に向けて構え直す。

 

 その立ち姿はまるでロボットの勇者。しかしその得物は、勇者の剣にしてはあまりにも異様。

 

 ————それは、剣というにはあまりにも大きすぎた。

 

 大きく。

 分厚く。

 重く。

 

 そして大雑把すぎた。

 それはまさに鉄塊だった。

 

 ……というか、第3新東京市の『防護壁』用兵装ビルだった。

 

 エヴァが一時退避する為の遮蔽物として設計されたチタン合金と鉄の複合装甲板。

 

 エヴァ初号機がその分厚い板を鷲掴みにして『引っこ抜こうとし続け』、兵装ビルに誘導された使徒が射程に入った瞬間に、その根本を爆砕ボルトでパージしてデコピンの要領でエヴァが溜め込んだ力を瞬間解放。そのまま装甲板を使徒に叩きつける。

 

 それが今回シンジが提案し、ミサトとリツコが手を加えた作戦『大切断』だったのだ。

 

「いやー上手くいきましたね。ミサトさん、使徒の誘導ありがとうございます」

「こっちこそバシッと一撃で決めてくれてありがとうね、シンジ君」

 

 そう言って『やり切った!』というふうに笑うミサトとシンジは、トンデモ作戦の実行力という点では同様の天才性を持っているのかもしれない。————そう考えつつも、リツコはこんなゴリ押しではない、もう少しスマートな勝ち筋を生み出すべく、今後の使徒との戦いに用いる武装をしっかりと作り上げるべく、今回の戦闘データの分析を開始するのであった。

 



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序-9

「碇君。エヴァンゲリオン初号機、少々『うまく運用しすぎ』ではないかね?」

「左様。死海文書に記された筋書きに比べていかんせん圧倒的に勝ち過ぎているのでは?」

 

 暗闇の中、碇ゲンドウを取り囲む様に空中に投影されたモノリスから放たれる、難癖じみた叱責。それに対して、ゲンドウは動じる事なく反駁する。

 

「使徒殲滅に問題はありません。全てはゼーレのシナリオ通りに」

「ああ、碇の言う通り、大枠では規定通りだ。……しかし碇、初号機のみでの使徒殲滅に支障がないのであれば、貴様の言う零号機の凍結解除の必要性は低いのではないか?」

 

 ゲンドウの発言に対して、そう述べるのは『01』のナンバリングがなされたモノリス。

 

 そのモノリスが問う内容は、ゲンドウから上げられた稟議書に関する内容であった。

 

「初号機が第3の少年によって安定駆動しているのは事実です。しかし、冗長性は必要です。零号機の凍結解除については御理解頂きたい」

「しかしだね……」

「初号機の実戦配備に続き、2号機と付属パイロットも、ドイツにて実証評価試験中です。しかしながら3号機は目下建造中ですので、それまでの繋ぎはやはり必要かと思いますが」

「まぁ、良かろう。NERVとエヴァの適切な運用は君の責務だ。くれぐれも失望させぬように頼むよ」

 

 そう言い残して消えていくモノリス達に対し、ゲンドウはサングラスを妖しく輝かせて、再び強調する様に言葉を紡ぐ。

 

「分かっております。全てはゼーレのシナリオ通りに」

 

 

 * * * * * *

 

 

「綾波さん、もうギプスは良いの?」

「ええ」

「じゃあお弁当もそろそろ————」

「必要」

「————そう? じゃあもう暫く作って来るよ」

 

「……のう委員長。あれは付き合っとらんのか?」

「……なんで私に聞くのよ鈴原」

「ワシに乙女心は分からんのやなぁとこの数週間で死ぬほど思い知ったからやな」

「……私にもわかんないわよそんなの」

「そうかぁ。ほなどうしようもないなぁ」

「……それより鈴原、今日もちょっとお弁当作り過ぎちゃったんだけど」

「なんやまたかいな。委員長最近どうしたんや、しんどいんか?」

「そう言うわけじゃないんだけど、ついうっかりっていうか? ま、まぁ理由なんて良いじゃない、今日も手伝って欲しいってだけよ!」

「しゃあないな……まぁワシからしたら美味い弁当食えるんは万々歳やけど、委員長ホンマにメシ代は要らんのか? タダは流石に……」

「良いの!」

「……ハァ。俺からみたらトウジと委員長が付き合ってないのも謎なんだけどな……」

「な、なに言ってるのよ相田君!?」

「そ、そうやぞケンスケ、なんで委員長がワシなんかと……!」

 

 お昼休みの2-Aで繰り広げられる、いつもの一幕。シンジがレイに弁当を渡して、委員長ことヒカリがレイの食事を手伝うという習慣は、いつしかシンジ、レイ、ヒカリ、トウジ、そしてケンスケの5人で食事を共にする集まりと化していた。

 

 そして、その中で意外にも急接近したトウジと委員長の関係は、シンジとケンスケが生暖かく見守るほどに初々しい。

 

「まぁケンスケの言うのも分かるけどね。お互いに意地を張らなくなるまでは見守ってあげる方がいいんじゃないかな」

「そろそろ俺は口から砂糖吐きそうだよ」

「相田君、砂糖を出せるの?」

「綾波さん、ケンスケが言ってるのは暗喩だよ。『2人の間に流れる甘い雰囲気に胸焼けがしそうだ』って意味」

「そうなの?」

 

「おいそこ3人、聞こえとるぞ」

 

 照れ照れと赤くなるヒカリ、同じく赤いが妹の影響か耐性がついて来たらしく文句を言うトウジ、それに苦笑するシンジ。

 

 そんなお決まりのやりとりも、食事を始めてしまえば次第に雑談へと移行する。

 

「そういえば、この前の非常事態宣言の時はやっぱり碇が戦ったのか?」

「まぁそうだね。綾波さんはまだ怪我もあった上に、専用機もまだ修理中だし、僕が倒した感じかな」

「相変わらずセンセが強いんはワシらにはありがたいこっちゃな。……しかし、そうなると綾波もそのうち戦いに行くんか?」

「命令が出ればそうなるわ」

「そうかぁ……なんややっぱり、センセらばっかりに戦わせて自分はシェルターに隠れとるっちゅうんは嫌になるわ、ホンマに」

「そうよね……綾波さん、本当に気をつけてね?」

「いざとなったら戦略的撤退って手もあるんだぞ、綾波」

「……ありがとう」

 

 そう言って、微かに微笑むレイの表情は、以前よりはずっと柔らかい。そんな彼女やトウジ達を優しい目で見つめるシンジは、同級生というよりは保護者のような雰囲気を醸し出している。

 

 あまり近しくない生徒たちからはそれは大人っぽさとして映るが、トウジやケンスケ、ヒカリなど近しいものが感じてしまうのは、碇シンジというヒーローが背負う孤独だった。もちろんそれ以上に親しみと頼もしさも感じてはいるのだが、彼の目に映る優しい光の底に、孤独の影を見出してしまうのだ。

 

『自分達は碇シンジに頼っているが、碇シンジは誰に頼るのか?』

 

 そんな漠然とした思いを吐き出すものは居なくとも、3人がシンジやレイの周囲に集まるのは、2人のパイロットが何処か漂わせる『儚さ』がどうしようもなく心配になってしまうからでもあるのだ。

 

 ————昼食会が、少しでもヒーロー達の心の癒しとなれば。

 

 そんな潜在的な思いやりは、本人すらも気付かぬような感情。だが、シンジだけは、友人達の僅かなバイタルサインを通じて、その温かい心の温もりを感じ取っている。

 

「————次も勝たなきゃね」

 

 そう微かに口の中で呟いた独り言を卵焼きと共に飲み込んで、碇シンジはまた一層ヒーローとしての覚悟を決めるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「零号機の凍結解除、かぁ。暴走事故を起こしたってのに、ちと性急過ぎない?」

 

 自販機前でコーヒー片手にリツコへとそう問いかけるのは、仕事の息抜きにやってきたミサト。そんな彼女に応えるリツコの手にも缶コーヒーが握られている。

 

 相変わらず休む間のない2人の幹部達は、どうにもコーヒーに頼らねば生きていけない身体になってしまっているのである。……ミサトの場合は、そこに酒も加わるのだが。

 

 だがもちろん、業務中に飲酒するわけもなく、彼女が語るのはあくまで真面目な話題。故にリツコの返答もまた真面目なものだ。

 

「使徒は再び現れた。戦力の増強は、我々の急務よ」

「そりゃそうだけど。……というか、それで言ったらこの前言ってた武器調達。あれは目処つきそうなの?」

「とりあえず、2号機で実地試験予定の超電磁洋弓銃はこちらでも製造予定ね。要はレールガンだから、今までの火薬式に比べて弾速は桁違いに向上しているはずよ」

「なるほどねぇ。……で、レイの再起動試験の結果は?」

「問題ないわね。シンジ君のお陰かしら。最近あの子、バイタルが安定してきてるから」

「……シンジ君のお弁当だけでそれだけ元気になるってあたり、栄養失調だったんじゃないの?」

「食事は個人の自由だし事情は分からないけれど、あの子のクレジットカードはサプリメントと栄養食の購買履歴だけだったわね」

「そこにシンジ君の美味しいお弁当でやる気も元気もアップ、ってわけね。……なんか、エヴァのパイロットって癖の強い子しかなれないのかしらね」

「それをまとめるのはミサトの仕事。私の仕事は零号機の修復と武器製造。……次が来るまでに、お互い頑張りましょう」

「そうね……使徒は私達の都合なんか、考えてくれないもの」

 

 そう呟いて、缶コーヒーの缶をクシャっと潰したミサトは、それをゴミ箱へと捨てて、一足先に執務室へと戻っていく。

 

 その背中を見つめつつ、自身も飲んでいるコーヒー缶をふと眺めたリツコは、ボソリとツッコミを入れた。

 

「これ、スチール缶よね?」

 

 どうやら作戦課長殿の書類作業へのストレスと握力は0.2ミリの鋼板を粉砕する程強いらしかった。



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序-10

「小田原沖上空に突如未確認飛行物体出現! ————パターン・青! 使徒です!」

 

 そんな緊迫したオペレーターの声から始まった第六の使徒による侵攻。

 

 もはや生物感すらない、青い鏡面の正八面体という異様なその姿は、NERVスタッフ達の頭を酷く悩ませた。

 

「シンジ君とレイは?」

「既に双方とも本部に到着。ケイジに向かっているそうです」

「そう。それなら————」

 

 エヴァに搭乗して待機し、命令があり次第発進できるよう準備。

 

 そう口にしようとしたミサトの声を遮ったのは、発令所最上段に座す碇ゲンドウ総司令。

 

「葛城二佐。初号機を発進させ威力偵察だ」

「司令!? しかし、それでは初号機パイロットへの負担が————」

「構わん。使徒に対し、通常兵器は意味を成さん。であればエヴァ以外に手段はない」

「————ッ。了解。……エヴァ初号機発進準備!」

 

 有無を言わさぬ口調のゲンドウ。だが、その発言にも一理はある。N2に耐えて見せた第四の使徒や、生身で砲弾やミサイルを弾いた第五の使徒を考えれば、確かに使徒に対抗するにはエヴァを除いて手段はない。

 

 しかし。それだけでは説明出来ないような『意図』をゲンドウの指示の裏に感じたミサトは、ひっそりと眉根を寄せて、その視線を誤魔化すように、使徒を映し出すスクリーンへと向けた。

 

 その直後。エヴァ初号機がカタパルトによって地上に打ち上げられ、もう少しで地表に到達すると言うその瞬間。絶望的な報告が、オペレーターから放たれる。

 

「目標に高エネルギー反応!」

「何ですって!?」

『ミサトさん! カタパルトのロック今解除して下さい! とりあえず飛び出して避けます!』

「日向君!」

「了解! カタパルトロック緊急解除!」 

 

 射出まであと数秒。そんな限られた時間の中で瞬時にロック解除を申請したシンジを乗せた初号機が、射出の勢いそのままに空中へと飛び上がったその直後。

 

 まるで靴下をまくるように何度も『展開』しその身をウニのように変形させた第六の使徒が、強烈なビームをカタパルトに向けて発射する。

 

 瞬時に溶解する周囲の兵装ビル。吹き飛ぶカタパルト、赤く燃えるアスファルト。

 

 そんな中、空中に飛び出していた初号機は爆風をATフィールドで受け、その反動で大きく距離を取って地面へと着地する。

 

 そしてそのままビルの影に身を潜め、可能な限り身を低く伏せる初号機だが、使徒は一切の情けも容赦もなかった。

 

 再び変形した使徒は、今度はビームをぐるりと一回転振り回して、周囲を丸ごと焼き払ったのである。

 

「ぐぅぅぅうううゥッ!!」

 

 唸るような声と共に、ATフィールドを全力展開してその破壊の一閃をどうにか凌いだシンジだが、遮蔽物が無ければ当然第3射はエヴァを狙撃してくる事になる。

 

 今まで以上に変形し、水晶でできたパラボラアンテナのように異常な形態を取った使徒が放つのは、今までとは比べ物にならない極太のビーム。

 

 もはや避ける術もなく、シンジはその明晰な頭脳で不可能を悟りつつも、全力以上にATフィールドを展開してその攻撃を迎え撃つ。

 

「がぁあああァァァッ! ッ!! ア゛ァ゛ァアァァッッ!!」

 

 それはもはや、獣の咆哮。喉も裂けよと言うように、絶叫しながらATフィールドを展開するシンジ。初号機は、使徒のビームによって大きく後退させられ、何度もビルを突き破りながら押し込まれ、異常な出力のビームによってその装甲がドロドロと溶融し始める。

 

「シンジ君ッ!? ————爆砕ボルトで初号機を区画ごと回収!」

「ダメです、既に初号機は使徒の攻撃により第3新東京市の迎撃都市区画を越え箱根山まで後退!」

「ケーブル破断! 内蔵電源急激に減少!」

「そんなッ!? プラグの緊急排出は!?」

「ダメだ」

「碇司令、しかし————!」

「いえ、ミサト。私もそれは許可できないわ! 今エヴァのATフィールドを失えばエヴァもシンジ君も消し飛ぶのよ!」

「くッ————打つ手なしだっての!?」

 

 奥歯が砕けるのではないかと言うほどに歯を食いしばるミサト。そんな彼女が睨むスクリーンの向こうで、エヴァは遂に箱根山に叩きつけられ、四肢を焼き切られてドロドロに溶けた山肌にめり込んでしまう。

 

 マグマに沈むその機体からはついにATフィールドが消え失せ、使徒はそれを初号機の殲滅と受け取ったのか、その異常な出力のビームを停止した。

 

 そんな中、コンソールに座るマヤが、震える声で報告を上げる。

 

「しょ、初号機沈黙。パイ、パイロット、パイロットのバイタル……ッ、消失しました……ッ」

 

 バイタルの消失。それが意味することはただ一つ。

 

 

 碇シンジは生命活動を停止……死んだのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

「センセら、今頃また戦っとるんかのう……」

 

 そう呟くトウジがいるのは、第壱中学校に割り当てられた地下シェルター。時折揺れるその中で、不安げに呟く彼の声は、周囲の話し声にかき消され、身近に座るヒカリとケンスケにしか届かない。

 

「そうかも。今日は揺れが特に酷いもんね……」

「敵も手強いって事なのかな……まぁなんにせよ、俺たちができるのは碇や綾波を信じることだろ?」

「まぁ、せやな。センセは負けん。そう信じるしかないわ」

 

 何度目とも言えぬ似たようなやり取りは、やはり、14歳の彼らにとって、この状況がいかに不安であるかを物語っている。

 

 だが、そのたびに彼らは彼らのヒーローを信じる事で、どうにか平静を保っているのだった。

 

 しかし、いつもと同じではないことが1つ。

 

「……あら?」

「どないしたんや委員長」

「緊急事態の時お昼休みだったから、碇くんと綾波さんのお弁当箱も持ってきたんだけど……碇君の箱、割れちゃってる……」

「あちゃぁ……センセは許してくれそうやけどな……まぁええわ、ワシが一丁弁償しといたる」

 

 そう告げるトウジだが、彼も含めた3人は、口にはせずとも「不吉だ」と思う内心を拭えない。

 

「本当に、頑張れよ碇」

 

 そう呟いたケンスケの言葉は、その場に居る少年少女の総意であった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「零号機による二子山からの長距離狙撃作戦……ミサト、幾ら勝率が最も高いとは言え、わずか数%の確率に人類の今後を委ねると言うの?」

「残り9時間以内で実現可能、おまけに最も確実なものよ。使徒は本部直上で掘削を開始し、NERVは初号機を喪失。もはや一刻の猶予もないわ」

「ヤシマ作戦。その名のごとく、日本全土から電力を接収し、戦自研が極秘に開発中の、大出力陽電子自走砲まで強制徴発。未完成で自律調整できない部分はエヴァを使って精密狙撃させる。国連軍はいいとして、よく内務省の戦略自衛隊まで説得できたわね」

 

 ミサトとリツコがそんな会話を交わすのは、二子山の上に急遽仮設中の、エヴァによる狙撃ポイント。

 

 日本全国の電力を束ねて叩きつける世界最大級の狙撃作戦の舞台となる場所だ。

 

 そして、そこから見えるのは本部を掘削する第六の使徒と、それより手前、箱根山の裾野にめり込み、未だに白煙をもうもうとあげるエヴァ初号機の残骸。

 

「冷却、まだ終わらないのね」

「そもそも消防車が近寄れる熱量じゃないのよ。まだ暫くはとてもじゃないけど無理ね」

「……シンジ君……本当に死んじゃったのかしら」

 

 そう呟くミサトの顔はくしゃくしゃに歪み、辛うじて涙を堪えて居る。

 

 その一方で、タバコを咥えたリツコは、震えては居ても冷静に、シンジの最期を報告する。

 

「シンジ君は最後の最後まで抵抗、MAGIが記録していた最大シンクロ率は、471.4%を記録。その直後、エヴァが箱根山にめり込んで、内部電源が喪失。頭部と胴体だけとはいえ原型が残っているのは、シンジ君の頑張りのおかげだわ……エヴァの再建造となれば、とんでもなく費用が掛かるもの」

 

 その発言だけを聞けば、酷く冷静に見えるリツコ。しかし長年の友人であるミサトは、なかなかうまくライターを付けられないリツコに対し、涙声で1つ指摘する。

 

「リツコ。タバコ、逆になってるわよ」

 

 その指摘を受け、自分がタバコの先端を咥えてフィルターに火をつけようとしていた事に気付いたのが、リツコの張り詰めた神経の糸が切れる瞬間だったのだろう。

 

 幼少から知る少年の死に、崩れ落ちて慟哭する友人に対し、ミサトが言えるのはただ一つだった。

 

「————仇を討つわよ」

 

 決戦まで数時間。重苦しい空気の中で、作戦の準備は着々と進められていた。



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序-11

 綾波レイという少女にとって、この1ヶ月は激動の日々であったと言っていい。

 

 まず始まりは、エヴァ零号機の暴走事故。

 

 命の危機を碇ゲンドウに救われ、空虚な彼女の生に、『碇司令』という寄る辺ができた事で、閉じていた彼女の世界は少しばかり外へとその扉を開いた。

 

 そして、開きかけたその扉を豪快にこじ開けて現れた少年、碇シンジ。

 

 突如葛城二佐に連れられて現れた彼は、綾波レイにとって、初めは『碇司令の子供』でしかない存在だった。

 

 だが、その認識は程なくして変わることになる。

 

 マメに見舞いに訪れ、なにかと世話を焼き、退院後も暖かく日常のサポートをしてくれる彼の優しさに、レイは心の扉を少し、また少しと開けていったのだ。

 

 そうして開いた心の扉の中に、シンジによって友人たちが招き入れられ、暖かな関係は更に広がりを増していく。

 

 そしていつしか、レイは友人達と談笑し、シンジの作ったお弁当を食べる昼休みにはこの上ない充足感を覚えるようになっていた。

 

 彼女にとって、そんな素晴らしい時間を過ごすきっかけとなったシンジの弁当は絆の象徴で、彼女が初めて受けた無償の愛。

 

 だが、そんなお弁当を作ってくれていた優しい少年は、初号機の残骸と共に箱根山で焼けている。

 

 それが悲しくて、辛くて、苦しくて、許せない。

 

 この1ヶ月で育ったレイの心は、この日初めて『悲憤』という感情を発露させることとなったのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 夕日はとうに沈み、住民のいない第3新東京市の中で、第六の使徒だけがサーチライトに照らされて佇んでいる。

 

 そして、遠く二子山からその威容を望むのは、今も狙撃準備を進めるNERVスタッフたちだけだ。

 

「敵先端部、第17装甲帯を突破。NERV本部到達まであと4時間55分」

「西箱根新線及び、南塔ノ沢架空3号線の通電完了」

「現在、第16BANK変電設備は、設置工事を続行中」

「50万V通常変圧器の設置開始は予定通り、タイムシートに変更なし」

「全SMESの設置完了」

「全超伝導超々高圧変圧器集団の開閉チェック完了。問題なし」

 

 そんなオペレーター達の声が慌しく飛び交う中、銃座に据え付けられるのは、超巨大な陽電子砲。

 

 葛城ミサトがコネと権力を総動員して戦略自衛隊から徴発した狙撃作戦の要であり、超遠距離から第六の使徒のATフィールドを貫き得る唯一の武器だ。

 

 だが、それを見上げるリツコやマヤ、作戦課の日向マコトの表情は決して明るくはない。

 

「これが大型試作陽電子砲ですか」

「急造品だけど、設計理論上は問題なしね」

「零点規正は、こちらで無理やりG型装備とリンクさせます」

「まっ、アテにしてます」

「当てになりそうもないのはエヴァね。……レイはよく頑張っては居るけれど、寝起きの零号機で精密狙撃はいささか無理があるわ」

「そこは先輩と私の照準補正プログラムで対応するしかないですね」

 

 そう告げて無理に笑うマヤの目元にはストレスのせいと思しき隈が滲み、それに応じるリツコの目元は、涙で浮腫んでいる。

 

 男である日向とて、溜息が増えるのは隠しようもない事実だった。

 

 それほどまでに、碇シンジという存在は、NERVに属する者たちにとって大きなものになっていたのである。

 

 そんなシンジ少年の弔い合戦に臨む彼らの士気は低くはないが、何処か暗い影がさしているものは多い。

 

 そしてそれは、作戦の要であるエヴァンゲリオンパイロットも同様であった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「では、本作戦における、担当を伝達します」

「はい」

 

 ミサトとリツコ、そしてレイの3人が一堂に会したのは、狙撃姿勢で固定されたエヴァ零号機の足元。

 

 NERVスタッフ全員が多かれ少なかれ使徒に対して殺気立つ中で、静かながらも最も怒りの炎を燃やしているレイに対して、ミサトとリツコは努めて淡々と作戦を伝達していく。

 

「レイ、あなたはエヴァ零号機で使徒を狙撃。照準補正システムを頼りに、使徒のコアを正確に撃ち抜いてちょうだい」

「はい」

「チャンスは一度切り。狙撃に失敗すれば、後はないわ」

「はい」

「……レイ、日本中の電力と皆の思いを、貴方に預けるわ。頼んだわよ」

「はい」

 

 全ての指示に即答するレイの眉間には珍しく皺が寄り、その目は黒い決意を帯びている。

 

 仇討ちに臨む武者の様なその有様に、もはやミサトもリツコも、掛ける言葉を持ち合わせていなかった。

 

「よろしい。では、作戦開始!」

 

 そう吠えるミサトの号令で慌ただしく動き始めるスタッフ達には目もくれず、レイはプラグスーツへと着替えて、エヴァに乗り込むべく駆け出していく。

 

 その手には、メガネケースと共に、お菓子のビニール袋が握りしめられていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

 作戦開始と同時に、陽動として双子山とは異なる方向から第六の使徒へと打ち込まれていく数多のミサイル。

 

 しかしその全ては第六の使徒が放つビームに悉く焼き払われ、溶ける様に消えていく。

 

「第二砲台被弾!」

「第八VLS蒸発!」

「第四対地攻撃システム攻撃開始!」

「第六ミサイル陣地壊滅!」

「第五射撃管制装置、システムダウン!」

「レーザー放射群、第3波放射します」

「続いて第七砲台攻撃開始!」

 

 無人攻撃とはいえど、損耗は甚大。オペレーターから次々と上がる報告は、馬鹿馬鹿しいほど呆気なく、戦力が減っていく様を伝えてくる。

 

 しかし、その甲斐あって主目的である陽動には成功。急ピッチで進められていく発射準備により二子山に集中する日本全国の電力は、今のところ第六の使徒には感づかれずに済んでいた。

 

「陽電子加速器蓄積中、プラス1テラ」

「収束回転数は3万8千をキープ」

 

「事故回路遮断! 切り替え急げ!」

「電力低下は許容値内。系統保護回路作動中、復旧運転を開始」

「第四次接続、問題なし」

 

「最終安全装置解除! 撃鉄起こせ!」

 

 ミサトの号令のもと、零号機は射撃態勢に入り、プラグ内のレイの眼前には、MAGIによりリアルタイムで補正された射撃管制システムからの映像が展開される。

 

 地球の磁場や自転、この場における全てのデータを入力されたMAGIが導き出すのは、必中の弾道。その狙いを過たず、レイは研ぎ澄まされた怒りと悲しみを注ぎ込むかのように、陽電子砲のグリップを握り込む。

 

「第五次接続。全エネルギー超高圧放電システムへ。第一から第九放電プラグ、受電準備よし」

「陽電子加速菅最終補正。パルス安定、問題なし」

「発射まで、10、9、8————」

 

 カウントダウンと共に、自然と押し黙っていくスタッフ達。その沈黙の中で、レイがプラグ内で独り反芻するのは皆で食べていた平和で温かな食事の思い出だ。

 

 玉子焼きに砂糖を入れるか入れないかで激論を交わすトウジとヒカリに意見を求められて『塩味しか食べたことがないから分からない』と返せば、翌日のお弁当にはシンジが両方の味の玉子焼きを入れていてくれた。

 

 ラーメンが好きだと言った時は、何故か意外だという話になった。スープの味でまた言い合いになったけれど、下校途中に皆で食べ比べたカップ麺は結局どれも美味しかった。

 

 楽しい記憶。けれど、今は思い出すたびに悲しくなる記憶。

 

 喜びを得たからこそ、喪失の怒りと悲しみは激しく、ドロドロとマグマの様に煮えたぎって、レイの心を染めていく。

 

 しかし、溢れる涙をLCLに溶かしながらも、レイの思考は冷徹な機械のように、使徒を見据え、発射の瞬間を待っていた。

 

 そして。

 

「————3、2、1」

「発射ッッ!」

 

 ガチリ、と押し込まれた引き金と共に、放たれる陽電子ビームが使徒のコアを目掛けて突き進み、その威力に使徒は悲鳴のような金切り音と共に、歪な針山へと変形する。

 

 溢れ出す赤い血のような、使徒の体液。

 

 砕けた様な使徒の身体。

 

 それに「やったか!?」と拳を握るミサトだがその直後、使徒は崩壊しかけた肉体を修復し、元の正八面体形状へと回帰する。

 

「外した————!」

「まさかこのタイミングで!?」

「目標に高エネルギー反応!」

 

「総員直撃に備えて!」

 

 そうミサトが叫んだ直後、使徒は巨大な星形に変形し、二子山に向けてビームを照射。その斜線上にある箱根山の裾野をドロドロと溶かした事で減衰しつつも、二子山の陣地に甚大な被害を齎した。

 

 それはもちろん、ミサト達の乗る戦闘指揮用車両も例外ではない。

 

「ぐっ————エネルギーシステムはッ!?」

「まだいけます、既に再充填を開始!」

「陽電子砲は!?」

「健在です。現在砲身を冷却中。……ですがあと一回、撃てるかどうか」

「確認不要、やってみるだけよ。……レイ、大丈夫?」

 

 そうミサトが気遣う先で、既に零号機は白煙を立てながらも這う様にして陽電子砲に向かうと、ゆっくりとその砲身を持ち上げ使徒へと突きつけていた。

 

 最早銃架はなく、腰だめに抱えた得物を向け合っての早撃ち勝負。使徒とエヴァンゲリオンで西部劇のガンマンじみた対決を演じる羽目となったNERVには、最早一切の余裕はない。

 

「射撃最終システム、マニュアルに切り替えます」

「第二射急いで!」

「ヒューズ交換、砲身冷却完了、送電システム最大出力を維持」

「各放電プラグ、問題なし」

「射撃用諸元再入力完了、以降の誤差修正はパイロットの手動操作に任せます」

「圧力、発射点まであと0.2」

 

 着々と進む再発射の準備。

 

 

 しかし————。

 

 

「目標に再び高エネルギー反応!!!!」

「ヤバいッ————!」

 

 ————早撃ちは、使徒の方が早かった。

 

 再び放たれる超高出力ビームは今度こそ狙いを過たず二子山のエヴァを目掛けて正確に突き進み、エヴァ零号機と陽電子砲を葬るべく、破滅的な閃光の奔流となって襲いかかる。

 

 眼前に迫る死。その中で、レイはATフィールドを全力で展開し、最後の瞬間まで戦意を失わずに照準補正も無いままに、使徒へと目掛けて陽電子砲を撃ち返す。

 

 だがこの状況下で、補正もなく直撃出来る程、運命は甘いものでは無い。

 

 日本中の電力と、人々の願い、人類の希望、そしてレイの悲しみと怒りを乗せた陽電子ビームは、一瞬使徒のビームを押し返したものの、その勢いに押し返されて大きく逸れた()()()()()に着弾し、レイやミサト達の寿命を数瞬伸ばしただけに終わった。

 

 

 ————その、ハズだった。

 

 しかし。

 

 

  その時、不思議なことが起こった。



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序-12

 碇シンジは、気が付けば夕暮れの電車の中に居た。

 

 父であるゲンドウに『捨てられた』あの日の電車。誰もいない客車に1人腰掛ける自分自身は、3歳児らしい小さな身体。

 

 この時点で『ああ、これは夢だ』と気付いたシンジだが、そう自覚しても一向に目覚める気配がない。

 

 そこまで思考を巡らせて、そこでようやく、シンジは自身が先程まで使徒と戦っていたことを思い出し、暫しの検討の後に現状を『走馬灯』であると再定義した。

 

「死んじゃうのかな」

 

 そう呟いてみても、実感はない。

 

 死の間際なら、もっと何か、情動があっても良いのでは? そう思ってしまう事それ自体が、自分の冷淡さを証明しているようで、シンジは走馬灯の中でありながら溜息を一つ吐いてしまう。

 

 ————振り返れば、夢中になれる事もなく生きてきた人生だった。

 

 やろうと思えば大抵のことが出来てしまう。

 

 常人であれば、苦難と努力の果てに至るゴールに、散歩気分で歩いて行けてしまう彼の能力は、彼自身を生まれたその瞬間から孤高の存在へと成り果てさせてしまったのだ。

 

 そんなシンジの人生は『やる気スイッチ』探しの人生だったと言えるだろう。

 

 やれることはあっても、やりたいことがない。

 

 ただ、世界を救う英雄たれと母に望まれ、望まれたならそう在ろうとしただけの虚な存在が、碇シンジという存在なのだ。

 

 いや。正確に言えば、父母の庇護のもとにあった頃、彼の心は燃えていた。誰も彼もと同じように、いつかヒーローになるのだとテレビの前で変身ポーズを真似ていたのだ。セカンドインパクトの影響で録画作品だけだったが、それでも画面の中のヒーローに憧れる程度には、彼の心は情熱に溢れていたのだ。

 

 しかし、父の愛も、母の愛も、最早遠い過去のもの。凍てついた心で辛うじて好青年を演じてきた彼は、誰からも好かれるが、もはや誰にも愛されない。

 

 誰も彼も、彼を頼るばかりで、彼を心配する事など無いのだという実感が、この14年で染み付いてしまったのだ。

 

 だが、それでよかった。

 

 シンジもまた、他人を愛してなど居なかったのだから。ただ、かつての情熱の残滓と、あの夏の母との約束が、彼を人助けに駆り立てていただけなのだ。

 

 死を前にして、愛する者を思い出すこともなく、ただ1人電車に揺られている事が、その証左。

 

 世界を救えば、己もきっと救われる。そう願い続けた『誰かを助けることで、自分が助かりたかった』少年は、結局のところ世界も自分も救えずに死に瀕しているのだ。

 

 ————でも、こんな薄情なやつなんて一人で死ぬのがお似合いだ。

 

 そう自嘲する幼いシンジはしかし、ふと誰も居ないはずの車内に、何かの気配を感じ取った。

 

「誰なんだ、そこにいるのは」

 

 そんなシンジの問いかけと共に、車内の風景は消え去り、真っ黒な虚空の中で、白く輝く人影がボヤけるように現れた。

 

「君は……一体何者?」

『エヴァンゲリオン』

「エヴァンゲリオン?」

『そう。マイナス宇宙から地球に来た』

「マイナス宇宙?」

『此処とは違う、虚数の世界。ごめんなさい、碇くん。守れなくて。その代わり、私の命を碇くんにあげるわ』

「何故謝っているの? 君の命? 君はどうなる?」

『碇くんと一心同体になるの。そして、皆のために働きたい』

 

 支離滅裂に語る、エヴァンゲリオンを名乗る人影。その手から、ポトリと落ちるように一雫の光の粒が、シンジの胸へと転がり落ちる。

 

「これは何?」

『ふふふふふ……心配しないで……』

 

 シンジの問いにまともに応える事なく、消えていく自称エヴァンゲリオン。胡乱なその存在に疑問を覚えるシンジだが、次の瞬間、託された光の粒が大きく広がり、シンジの視界と虚な世界を塗り潰すかのようにスパークする。

 

「うわぁっ!?」

 

 迸るのは凄まじいエネルギーの奔流。痛みすら感じるその輝きの中で、シンジは、誰かの心に触れた。

 

 ————それは、愛する友人を喪った悲しみ。

 

 ————それは、友人の死の元凶への怒り。

 

 ————それは、碇シンジの死に対して、本気で悲しみ、本気で怒る、綾波レイの心。

 

 その輝きは、シンジにとって太陽の輝きよりも眩しく、そして痛い程に熱い炎のような輝きであった。

 

 ————誰かを救う事で、自分も救われたい。

 

 ————誰かに心配されたい。

 

 ————天才少年ではなく碇シンジを見てほしい。

 

 そう願って来たシンジの中の少年の心。凍てついていたはずのその心を、レイの心の光は電撃のような衝撃と共に再び燃え上がらせたのだ。

 

 自身の死を、本気で悲しむ少女がいる。自身の死に、本気で怒る少女がいる。

 

 その事実は、シンジにとって生き甲斐たるに十分なもの。

 

 そして、そんなレイの心に続いて電撃の如き痛みと輝きを伴って、次々と押し寄せる感情の渦は、ミサトの、リツコの、トウジの、ケンスケの、ヒカリの、サクラの、そしてシンジが触れ合ってきたNERVスタッフと————碇ゲンドウの、感情だった。

 

 父に、友に、身の回りの人々に、その気持ちの大小はあれど、思われているという実感。

 

 その実感を得る為に、今までひたすらに優しくあろうとし、他人の為に生きてきた。

 

 だが、シンジにとっては賢し過ぎる頭脳や強靭な体力はむしろ邪魔だったのだろう。相手の心に触れるには、必要なのは分析でも理解でもなく、共感なのだから。

 

 そして死に瀕し、朦朧としているこの瞬間に、ようやくシンジは自身の生命に現実感(リアリティ)を感じられたのだ。

 

 ————だが。だからこそシンジは、生まれて初めてこれ程までに燃え上がったその魂で、虚構(イマジナリー)を強く希求する。

 

「みんなの所に、帰らなきゃ。みんなが待ってる。みんなが泣いてる、なら、僕は、僕は死んでる場合じゃないッ————!」

 

 ————もっと強固な肉体を。

 

 ————もっと冴え渡る頭脳を。

 

 ————もっと、もっと、皆を守る為の、僕の心を守ってくれる皆を守る為の力が欲しい! 

 

 そんな渇望がシンジの魂をスパークさせ、溢れ出る輝きの中で、凍てついた心を抱えた幼少期の体に成っていたシンジは、再びその姿を14歳の少年にまで成長させる。

 

 だが足りない。まだ足りない。

 

 皆を救うには、シンジの手では小さ過ぎる。

 皆を護るにはシンジの身体は小さすぎる。

 皆の所に駆けつけるには、シンジの脚では小さすぎる。

 

 だからこそシンジは、自身の名として、大きく強く、無敵であるべきその名を叫ぶ。

 

 

エヴァンッゲリオォォォォンッッ

 

 * * * * * *

 

 

 二子山へと迫る使徒のビームを吹き飛ばしたのは、虹色の光線。

 

 箱根山の裾野、()()()()レイの放った陽電子砲が直撃した場所から放たれたその一撃は、使徒のビームのみを消し去り、レイや零号機には傷一つ与えていない。

 

 そして、そんな光線を放った先、煮えたぎるマグマの中から、先程の光線同様の光のオーロラを身に纏い、左手をガッツポーズのように引き絞り、右手の握り拳を天高く突き上げたエヴァンゲリオンが飛び出してくる。

 

「箱根山より超々高エネルギー反応! ————これは、これは! エヴァンゲリオン、初号機です!」

「「シンジ君————!?」」

 

 驚愕、困惑、歓喜、その全てがないまぜになったミサトとリツコの叫び。

 

 天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。

 使徒を倒せと、彼を呼ぶ。

 

 故に彼は、再び正義の戦士として舞い戻った。

 

 たしかに一度、碇シンジは第六の使徒により生命を奪われ、箱根山の山中に追放されてしまった。

 

 しかし、彼を埋め込まれたエヴァンゲリオンはレイの放った陽電子砲の莫大な電力エネルギーと共に、人々の思い、友の心の光を浴びて進化・パワーアップを果たし、新たなる姿・疑似シン化第一形態となったのだ! 

 

 

 ———— ヴォオォオオオォッッ!!! 

 

 

 初号機が放つその雄叫びは、怒りの咆哮であり、悲しみの慟哭。少女の極限の怒りと極限の悲しみが、エヴァンゲリオンと碇シンジを再び呼び覚ました証。

 

 そして、その胸に流星の如く輝くのは、使徒の攻撃で露出していた初号機のコア。そこに宿るシンジは、初号機の内部で再構成された新たなる肉体で操縦桿を握りしめ、第六の使徒へと向けて一切の躊躇なく突撃を開始する。

 

 その機体から迸るのは、青い稲妻。先程取り込んだ陽電子エネルギーがエヴァンゲリオンの身に宿り、電撃として溢れ出しているのである。

 

 そして再び炎を宿したシンジの心を示すように、エヴァンゲリオンは普段の緑ではなく烈火の如き赤色にその身を輝かせながら、第六の使徒の上空、天高くへと跳躍する。

 

 迸る炎の心と稲妻の輝きを宿し、「ジュワッ」と短い咆哮を発して雲を貫き天へと登ったその機体の中で、シンジは心の赴くままに、幼少の頃に憧れ、自分がなりたかったヒーローの様に、必殺技の名を叫ぶ。

 

「スゥパァァアアッッ!

 

 裂帛の気合いと共にくるり、と宙返りをして片足を突き出すその姿勢は、いつか見せた 片足ミサイルキック(ライダーキック)のその姿勢。

 

 だが、その全身から迸る愛と勇気のエネルギーを推力に変えたエヴァンゲリオンが放つのは、以前とは比べ物にならない、まさに必殺の一撃。

 

「イナズマァァァッッ!」

 

 音の壁を破り、熱の壁を踏みつけ、迎え撃つ第六使徒のビームすらも切り裂いて、まさに雷光の如き恐ろしい速さで飛来するその技の名は————! 

 

「キィィィックッッ!!!!」

 

 激烈な衝突音と共に中和することすらなく、真正面から第六使徒のATフィールドを完全に蹴り砕き、そのガラスの様な外殻も、コアも、まとめて全てを粉砕して、十字架状の爆炎の中に飲まれたエヴァンゲリオン。

 

 だが、もはやそれを見守るNERV職員たちは誰一人として、エヴァンゲリオンの無事を疑ってなどいない。

 

 そしてその信頼に応える様に、炎の中で腕を組んで仁王立ちするエヴァンゲリオン初号機は、その輝きの色を赤から緑に変え、普段のエヴァンゲリオンへと戻ると共に、その活動を停止する。

 

 そんな初号機に駆け寄るのは、陽電子砲を置き捨てて、必死に走って来たレイの零号機。

 

「碇くんッ!」

 

 零号機のプラグから飛び出し、焼けた地面の上で初号機に向けて呼び掛けるレイ。

 

 その眼前でバシュンと排出されたエントリープラグからワイヤー降下で現れたのは、今まで以上に頼もしく見える、ヒーローの姿。

 

「ただいま、綾波さん————泣いてるの?」

「私、嬉しいのに、泣いてる、おかしい。ごめんなさい、こういう時、どんな顔をすれば良いかわからないの」

「————笑えば良いと思うよ、いや、笑ってほしい。僕はその為に、帰って来たんだから」

 

 そう告げるシンジの声にレイは泣き笑いを返し、その優しい微笑みに、シンジの目からも涙が溢れる。

 

「あれ、おかしいな」

 

 そう呟くシンジだが、再び燃え始めた彼の心から雪解け水の様に溢れる涙は、今までの心の氷の分厚さを物語るかの様に、溢れ続けて止むことがない。

 

 心を初めて燃やした少女と、心を再び燃やした少年は、そのまましばし、回収の為にスタッフ達が現れるまで、涙と共に互いの生存を喜び合うのだった。




————旧世紀エヴァンゲリオン・序 『YOU ARE “NOT” ALONE』 了————


──予告──

 出撃するエヴァ仮設5号機。
 配属されるエヴァ2号機とそのパイロット。
 消滅するエヴァ4号機。
 強行されるエヴァ3号機の起動実験。
 そして、月より飛来するエヴァ6号機とそのパイロット。

 次第に斜め上に壊れていく碇シンジの物語は、果たして何処へと続くのか。
 次回、「旧世紀エヴァンゲリオン:破」

 さぁて、この次も、サービスサービスぅ!


※破の上映まで、しばしお待ちください


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幕間-1

「リツコ、なんかわかった?」

「最大瞬間シンクロ率1995.104%、エネルギー切れの状態で陽電子砲を浴びて何故か全身を復元、そしてあの異常な戦闘力————率直に言ってお手上げね。私は科学者であってオカルティストじゃないわ」

「ふぅん。でも、科学的にわかった事もちょっとぐらい無いわけ?」

 

 そう言葉を交わすのは、頭に冷えピタ、手にはUCCの缶コーヒーという、パーフェクト残業戦士と化したミサトとリツコ。

 

 使徒から人類を救った後には始末書と報告書を相手に戦わなければならないのが彼女達の立場であり、先日の超大規模戦闘の後ではその事務作業が絶大な量に及ぶのも致し方はない。

 

 だからこそ、目と手を書類に向けて延々と働いているわけだが、そうなると耳と口はヒマなのだ。そういう時に情報共有を兼ねた世間話に興じるのが、出来る社会人というものである。

 

「科学的見地で言えば、シンジ君が人間を辞めたのは確実ね。ついでに言えば初号機も」

「どういう事?」

「初号機からシンジ君の、シンジ君から初号機の遺伝子が検出されたわ。————もっと正確に言えば、今のシンジ君と初号機の遺伝子構造は同一なのよ」

「————それはちょっち、マズいんじゃない?」

「何とも言えないわ。それ以外を除けば初号機もシンジ君も頗る快調だもの。————まぁ、快調すぎるかもしれないけれど。シンジ君の健康診断と体力テストの再測定結果は見たかしら?」

「まだ見れてないわね」

「パンチ力60t、キック力90t、垂直跳び25m、100m走1.5秒」

「ねぇリツコ、なんでいきなり仮面ライダーの話になったわけ?」

「シンジ君の話よ?」

「マジぃ?」

「実質的に今の彼は人間大のエヴァだもの。無理はないわね。それに骨密度も人間を超えてるから、今のシンジ君をレントゲンにかけると骨が全部真っ白で面白いわよ」

「……大丈夫なの? 彼」

「意識の混濁や精神汚染は無し。一応、彼に関するデータは最高機密に指定されることになったわ。監視も増えるでしょうね」

 

 そう告げたリツコは新しいタバコを咥えて火をつけながら、シンジに関する総評を最後に付け加える。

 

「一言で言えば、『エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジは改造人間である』って感じかしらね。……人知を超えたシンクロの先に至って、エヴァと物理的にシンクロしてしまったのよ。寿命も老化も無いし……まさに無敵のヒーローね」

「ヒーロー、か。それでシンジ君は平気なのかしら……」

 

 人の心を持ったまま人外に成り果てる。その悲しみを描いた作品は数知れず。故に心配するミサトだが、リツコはタバコを一服吸い込んで深い深い深海のようなため息を吐くと、呆れたような声で告げた。

 

「それは平気みたいね」

「いや、なんでよ?」

「彼も男の子だったって事かしらね……」

 

 最早呆れを通り越して疲れが滲んでいるリツコの声だが、その理由は続く彼女の言葉でミサトにも理解できた。

 

「山で修行するとか言って外泊許可申請してたもの、あの子」

「IQ600は何処に行ったのよ」

「MAGIが許可を出してたから、一応合理的なんでしょうけどね……」

 

 そう言いながら「人が心配してるっていうのにあの子は全く」と呟くリツコは、ミサトのあまり知らない『りっちゃんお姉ちゃん』としての顔でネチネチと文句を言いつつ、書類を捌き続けている。

 

 ————触らぬ神に祟りなし、かしらねこりゃ。

 

 そう判断したミサトは、それ以上掘り下げる事もなく、自身も書類へと向かうのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方その頃。

 

 使徒があれこれ暴れたことでロープウェイも何もかもが壊滅した箱根山の山腹で、シンジはテントを張っていた。

 

「これでよし」

 

 そう言ってテントを無事完成させたシンジは、先に張って置いたタープで準備していたコーヒーを飲むと、わざわざ山に来てまでやりたかった『修行』を開始する。

 

 別段何も、拳法をやったりするわけではない。それなら軍隊格闘術のプロであるミサトに頭を下げて頼み込む方が余程効率的だからだ。

 

 シンジがやりたかったのは『自身の超人的身体能力への慣熟と検証』。それには、周辺に迷惑のかからない無人の山中という環境は最適なのである。

 

 人払いという観点ではNERV施設内でも良いのだが、うっかり設備を壊してただでさえ書類と戦っているミサトやリツコに迷惑を掛けるのも憚られたのだ。

 

 そうして手始めにまず、シンジは焚き火台で軽く火を起こすと、その上に手を翳した。

 

 まずは単に暖かさを感じる距離から始めて、徐々に徐々に、手を炎に近づける。側から見れば実に馬鹿な行為。自ら火傷をしにいくようなものである。

 

 だがシンジは、恐る恐るではあるものの、火の中に手を突っ込んで、燃え盛る薪を素手で握りしめることに成功したのだ。

 

「やっぱり出来た……ATフィールド」

 

 そう呟くシンジの手を包むのは、揺らめくような虹の輝き。手にATフィールドを纏わせてしまえば、燃える薪に些かの痛痒も感じなくなってしまうのだ。

 

 言うなれば、他人事。なるほど『心の壁』とはよく言ったものである。自分事でないのなら、痛くも痒くもないのは当然だ。

 

 そんな中、今度はあえて、シンジは少しずつ、自らのATフィールドを緩めていく。

 

 燃える薪を真の意味で素手で握る恐怖を、ゆっくりと抑え込んでいくことでATフィールド(絶対恐怖領域)を縮めていく彼は、しかし熱さは感じても火傷を負うことはない。

 

 そうと分かれば、ATフィールドを消してしまうのは随分簡単になっていた。

 

 恐怖によって生み出される絶対防壁は、安心感によって取り払われるものなのだ。

 

 故に必要なのは一つの覚悟。

 

「恐るべきを恐れ、恐るべきでないものは恐れない。勇気と冷静さを鍛えなきゃね」

 

 そう呟くシンジは、手の中で弄んでいた薪を焚き火台に戻すと、軽く身体をほぐして、全力運動の準備をする。

 

「よし、やろう!」

 

 そう意気込む彼の胸の炎は、焚き火よりもよほど熱く燃えていた。




破のプロットをねるねるねるねするのでしばらくは不定期更新です。

ねればねるほど色が変わって……ウマイ!(テ-レッテレー)


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旧世紀エヴァンゲリオン・破 『YOU CAN “DEFINITELY” ADVANCE』
破-1


「北極ベタニアベースにて研究中の第3の使徒が覚醒し脱走、仮設5号機がこれを差し違える形で撃滅、ね。……で、リツコ。パイロットは?」

「不明よ。ベタニアベースからの報告書はそれが全部。……各支部がそれぞれ腹に一物抱えているのは巨大組織の常だけれど、ここまで露骨だと嫌になるわね」

 

 そういって首を振るリツコに対し、ミサトは溜息と共に苦笑を零す。

 

「ま、ウチも他人のことは言えないけどねぇ。で、ユーロ支部からの2号機輸送の進捗は?」

「航空輸送編隊が昨晩ユーロ支部を出発したそうよ。今日の夜までには着くんじゃないかしらね。……そう言えば、シンジ君は?」

「司令とお墓参りですって。お母さんの」

「そう……ユイさんの。……あの共同墓地、それなりに遠かったと思うのだけれど、彼どうやって行ったの?」

「自転車で行くって言ってたわよ? 若いって良いわねえ、元気が有り余ってて」

 

 そう言って呑気にコーヒーを啜るミサトに対し、リツコはポツリと呟いた。

 

「……道交法、守ってると良いわね」

 

 

 * * * * * *

 

 

 結論から言おう。リツコの危惧は杞憂だったが、法に触れないとはいえ、常識外れの速度でシンジは自転車を漕いでいた。

 

 余り知られていないが、自転車それ自体に速度制限は存在しない。走行道路の制限速度さえ守っていれば、いかに高速で漕ごうとお咎めはないのだ。

 

 それを良いことに小田原に向けて続く国道138号線と国道1号線を制限速度ぴったりの時速60kmで駆け抜けていくママチャリは、控えめに言って異様の一言。

 

 しかも上り坂だろうと下り坂だろうときっちり60kmに合わせるその漕ぎっぷりは、彼にかなりの余力がある事を示している。

 

 現に後方からせっかちな自動車に煽られれば時速100km程の速度を出してトラブルを回避している程だ。

 

 そうして、対向車線のドライバーの度肝を抜きつつシンジが向かった先にあるのは、簡素な墓標が並ぶ集合墓地。

 

 五十音順ではなくアルファベット順に並んでいるこの墓地の中程に、「YUI IKARI」の名が刻まれた墓標は存在している。

 

 そこに供えるべくシンジ少年が昨日のうちに花屋で仕立てた花束は、白いサザンカのプリザーブドフラワーとカモミールを束ねた白基調のもの。

 

 まだ昼には早い朝方のうちにやってきた彼は、そこで見知った顔が佇んで居るのを目撃した。

 

「父さんもお墓参り?」

「ああ」

「よく来てるの?」

「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して失ってはならないものもある。ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」

「そっか。……まぁ、此処って一応の墓標だもんね」

「ああ。遺体も遺品も無い。全ては心の中だ。『今は』それで良い」

 

 そう告げたゲンドウに対し、シンジは何度か言葉を紡ごうとした後に、結局口を噤む。

 

『まだ諦めていないのか』と問うことも『母さんはもう居ない』と説くことも、既に覚悟を決めてしまっている1人の男を前にしては無意味な言葉だと理解しているからだ。

 

『碇ユイとの再会』の為に世界を生贄に出来る程の深い愛と固い決意が、碇ゲンドウという男の精神を鋼の如く強靭なものへと変えているが故に、息子の言葉は最早届かない。

 

 故にこそ、シンジがゲンドウに唯一叩きつけることができるのは、挑戦状だけなのである。

 

「父さん、僕は『世界を救う』よ。母さんと約束した通りに」

「そうか。期待している。……時間だ、先に帰るぞシンジ」

「うん。僕もすぐ帰るよ。じゃあ、またね父さん」

 

 そんな言葉を交わし、互いの覚悟を確かめ合い、互いの道が相容れないことを改めて確認した親子は、互いに背を向けて、墓地を去る。

 

 ゲンドウを迎えに来たVTOLが浮上していく中で、シンジは時速60kmという異常な速度で再び自転車を漕ぎ始め、第3新東京市への帰路に着く。

 

 だがその途中、耳に付けていたBluetoothのイヤホンマイクに、着信音が鳴り響く。それに耳元の通話ボタンを押す事で答えたシンジの耳に飛び込んできたのは、相模湾上に使徒出現という緊急連絡。

 

 その連絡に自転車を緊急停止させたシンジは、その超人的な身体能力で電柱の上に跳び上がると、第六の使徒の一件以来100.0にまで強化された視力で相模湾上の第七の使徒を目視で観測する。

 

「————ミサトさん! 僕の方でも見つけました! 今から向かいます!」

『ちょ、シンジ君!? エヴァも無しにどうするつもり————!?』

 

 電話口でそんな言葉を放つミサトだが、彼女のそのセリフを待たずして、シンジは電柱から電柱へと飛び移る様にして、一直線に相模湾へと驀進する。

 

 その時速、なんと240km。100mを1.5秒で走り切るシンジの脚力が可能にする人外の移動速度は、彼を僅か30秒で相模湾へと到着させる。

 

 そしてそのまま海上へと飛び出し『海面を駆ける』その姿は異様を超えて奇跡と言って良い光景だ。だが、人間を水上歩行に導く為に必要な走行速度は秒速30m。碇シンジの秒速66m強の脚力であれば、むしろ水面も地面もさして変わりは無いのである。

 

 その上で、使徒へと駆ける彼は、渾身の力を込めて咆哮し、更なる奇跡を起こすのだ。

 

「エヴァンッゲリオォォンッ」

 

 そうシンジが吠えた直後、彼の姿はエヴァンゲリオン初号機のエントリープラグの中にあった。

 

 碇シンジがエヴァンゲリオン初号機に搭乗したタイムは、僅か0.05秒に過ぎない。では、搭乗プロセスをもう一度見てみよう。

 

 彼の咆哮と共に起きた事態を一言で説明するならば、エヴァンゲリオン初号機のテレポーテーション。しかし厳密に言えば、そのプロセスは破壊(アポトーシス)と再生である。

 

 碇シンジはエヴァンゲリオン初号機の一部であり、エヴァンゲリオン初号機は碇シンジの一部。両者は同一の存在であり、離れた場所に居たとしてもシンクロし続けている『1つの生き物』と言って良い。

 

 その事実を応用し、NERV本部のケイジに拘束されている初号機を『自己消化』したエネルギーを元に碇シンジの肉体を基点として『エヴァンゲリオン初号機を再生』させたというのが、一連のプロセスの正体なのだ。

 

 だが、その速度があまりにも早いが故に、常人にはエヴァンゲリオンの瞬間移動としか認識できないのである。

 

『ケイジからエヴァンゲリオン初号機の反応消失! 同時にエヴァンゲリオン初号機、相模湾に出現! パイロット、既に搭乗済みです!』

『よぉし! 意味わかんないから考えないことにするわ! 過程はどうあれ出撃できたならヨシ! 使徒殲滅がNERVの使命よ! シンジ君、内部電源が尽きる前にカタを————今度は何!?』

『ユーロNERVの輸送機がエヴァンゲリオン2号機の出撃を提案しています! 現在相模湾上空とのこと!』

『良い知らせね! 聞いたわねシンジ君、空挺降下してくる2号機と共同戦線を展開して使徒を撃滅! 作戦はシンプルに上下から挟撃! 頼んだわよ!』

「了解! 2号機とは通信可能なんですか?」

『ちょっち待ってね————回線回すわ!』

 

 そんなミサトの台詞と共に、エヴァに乗るシンジの視界端にポップアップしてくるのは、エヴァ2号機のパイロットらしき茶髪の少女が映るカメラ映像。

 

 一目見て『とんでもない美少女』と分かるその少女は、エヴァの思考言語の関係か、ドイツ語でシンジへと語りかけてくる。

 

Sie sind der Pilot(アンタが初号機) des ersten Flugzeugs? (のパイロット?) Kommen Sie(邪魔は) mir nicht in die Quere.(しないでよね)

 

 初対面の同僚に言うセリフではないが、其処から感じるのは高いプライドと自信。故にシンジはこう返す。

 

Genießen Sie die japanische(日本流のおもてなしを) Art der Gastfreundschaft.(ご堪能ください)

Sie sprechen Deutsch? Oh je.(げっ、ドイツ語出来んの?)

Ich kann sie so gut sprechen,(お姫様のエスコートが) dass ich eine Prinzessin(出来る程度には) begleiten kann.(話せるよ)

Lästig! (ウザっ!)

Entschuldigung.(ごめん)

 

 流石に嫌味っぽかったかと謝るシンジに対し、ムスッとしている2号機パイロット。だが、その空気を切り替えるようにシンジが作戦を伝えれば、彼女もまたプロとしての顔を見せる。

 

Ich werde ihn von(僕は下で) unten ablenken(撹乱する). Du wirst sie von(君は上から) oben angreifen(攻撃して欲しい). Sie sind der Schlüssel(この作戦の) zu dieser Operation.(要は君だ) Ich verlasse(頼りに) mich auf Sie! (してるよ!)

Verstanden! (了解!)

 

 作戦はシンプル。初号機が陽動で、本命は2号機。軽く会話して掴んだ2号機パイロットの性格からメインアタッカーが適任だと判断したシンジが出した案は、予想通り彼女に受け入れられた。

 

 そして、その直後2号機が輸送機から切り離されたのを皮切りに、まずシンジの初号機が水飲み鳥のような形状の第七の使徒の2本の足へと、ATフィールドを纏わせたプログレッシヴナイフで切り掛かる。

 

 明らかにその刀身以上にATフィールドの刃が延長されているその一撃は、容易く使徒の足の一本を切り飛ばし、ぐらり、と傾く使徒は絶叫と共に初号機に向けて怪光線を放ちまくり、派手な十字架状の水柱を海面に幾つも巻き起こす。

 

 だが、初号機はその全てをアクロバティックな身体操作で避けきってみせると、使徒を挑発するかのように高出力のATフィールドを展開し、ゴリ押しで使徒のATフィールドを侵食しに掛かる。

 

 その結果として、当然の様に初号機に意識を奪われた第七の使徒。

 

 だがその直後、使徒のコアは上空から超電磁洋弓銃を構えて降下する2号機に一撃で狙撃され、絶叫と共にその身体を構成する鉄骨の様なパーツがボロボロと崩れ始めた。

 

Alles erledigt! (一丁上がり!)

großartig! (お見事!) Sind Sie tatsächlich die Siegesgöttin? (もしや勝利の女神なのでは?)

Du bist echt schwer von Begriff! (あんたバカぁ?)

 

 そんな軽口を叩く2人のパイロット。だがそこに、NERV本部から使徒を観測していたミサトからの警告が入る。

 

『目標のエネルギー反応健在! そのコアはダミーよ!』

 

 その直後、水飲み鳥で言えば『尻』の部分になっていた球体がグンッと上方に持ち上がったことで復活した第七の使徒は、再び侵攻を開始————する事はなかった。

 

 復活しようが、初号機に脚を切られ、ATフィールドを侵食されている状況は改善しないし、上空の2号機に上を取られている状況も変わらないからだ。

 

 よって復活したコアは再度2号機に狙撃され、呆気なく第七の使徒は形象崩壊する羽目になるのであった。

 

『…… Ich frage mich, was er tun wollte.(何がしたかったのコイツ)

Ich weiß es nicht.(……さぁ?)

 

 そんな会話を交わしつつ、降下する2号機の足場を作るべく頭上にATフィールドを展開した初号機は、見事に2号機の重量と勢いを受け止めると、フィールドを解除し2号機を横抱きにし、港へ向けて海上を駆ける。

 

Hey, lasst mich los! (ちょっと!? 降ろしなさいよ!)

Wenn wir landen! (上陸したらね!)

 

 賑やかな声でそう騒ぐ第二の少女と第三の少年は程なくして小田原港にいたり、2号機は日本上陸を華々しい凱旋と共に終えるのであった。




さて、今回からタグを一つ追加しておきましょうね。


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破-2

寝坊もゴルゴムの仕業だ。


 第七の使徒の撃滅後、初号機は電源車を経由して充電を行ったのち、シンジの操縦で最寄りのカタパルトからジオフロントへと帰還した。

 

 だが、一応は『輸入品』であるエヴァ2号機や『入国者』である2号機パイロットに関しては形式上のものだけとは言え入国手続きが終わるまで、地上待機と相なったのである。

 

 そして、現在。第3新東京市の貨物駅にえっちらおっちらエヴァを運んできたディーゼル機関車を待つのは、エヴァの運用に関する責任者である葛城ミサト二佐と、シンジとレイ。……そして、ミサトの許しを得て特別見学枠として参加しているケンスケとトウジである。

 

 彼ら2人については、シンジが最近はちゃんと我慢しているケンスケに対するご褒美として、ミサトに許可を得ておいたのだ。

 

 そして、その反応は上々であった。

 

「はぇ〜、2号機って赤いんか」

 

 そう感嘆するトウジと、カメラのファインダーを覗いて『すごい! 凄すぎる!』と写真を撮りまくっているケンスケ。

 

 そんな彼らのはしゃぎぶりに答えたのは、話題の中心であるエヴァ2号機の上に現れた少女だった。

 

「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ。けど、この2号機は違う。これこそ実戦用につくられた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ。正式タイプのね!」

 

 そう言い放つと同時に、谷間を駆けるカモシカの様に見事な足捌きでエヴァの上からホームへと現れた彼女は、シンジにとっては数時間前に共闘したばかりの美少女であり、トウジやケンスケ、そしてレイにとっては初対面の少女である。

 

 だが、ミサトにとってはそうではない。

 

「紹介するわ。ユーロ空軍のエース、式波・アスカ・ラングレー大尉。第2の少女。エヴァ2号機担当パイロットよ」

「久しぶりね、ミサト。……それで、そこの白いのが依怙贔屓で選ばれた零号機パイロット?」

「……エコヒーキって何?」

「『自分が気に入った人にやたらと味方をすること』だよ綾波」

「そう。……式波さん、私は依怙贔屓されてるの?」

「……エヴァに一番乗りで乗ったんだしそうじゃないの?」

「そうなの?」

「…………。 (ちょっとミサト、なんか想像と違うんだけど) (大丈夫なのよね零号機パイロット)

「まぁ、レイは純粋だから……」

「その純粋は純粋培養って意味でしょこれ……ハァ。悪かったわね、えーっと、レイだっけ。ちょっとイヤミだったわ」

「そうなの?」

「そうなの! だから謝った! 終わり!」

 

「のうセンセ。アレは何をやっとるんや」

「自分が2番手というのが納得行かず、1番手の綾波さんはさぞ高慢チキなんだろうと挑発したら、綾波さんが綾波さん(ようじょ)だったので罪悪感に囚われ始めてきた式波さん、的な流れかな」

「はえ〜」

 

「分析してんじゃないわよそこの七光りの初号機パイロット!」

「あはは、ごめん。まぁ実際、ここに居るのは親の七光りだしね僕」

 

 アスカからの八つ当たり気味のクレームを、素直に受け入れて流すシンジ少年。その対応に喉に言葉が詰まった様な顔をしたアスカは、ゲンナリした顔でミサトへと振り返る。

 

「……ミサト、コイツらやりづらいんだけど!」

「まぁシンジ君は大人過ぎるし、レイは子供過ぎるもんねえ」

「日本のエヴァパイロットは変人しか居ないわけ……?」

「僕達は新たな仲間を歓迎するよ、式波さん」

「『お前も変人だろ?』みたいなニュアンスで言ってんでしょアンタそれ! ……というか、アンタ名前は?」

「碇シンジ。エヴァ初号機のパイロット。あと多分式波さんの同級生」

「……ミサト、これマジ? アタシ大学出てるんだけど……?」

「シンジ君は院出てるし博士号持ってるけど中学2年生やってるわよちゃんと」

「うげぇ……。というかシンジ! アンタDr.持ってるなら何処が七光りよ。言い返しなさいよ。アタシが惨めになるでしょうが!」

「理不尽が過ぎる……」

「やかましい!」

 

 そう言いつつ足払いを掛けるアスカに対し、『燕返し』で逆に足払いを掛けて体勢を崩し返したシンジは彼女をグッと抱き寄せて転倒を防ぐと、その顔を近くでマジマジと見つめて言葉を紡ぐ。

 

「ところで式波さん」

「近い近い! 足払いは悪かったってば!」

「————何処かで会った事ない?」

「は?」

 

 その瞬間、世界が凍った。

 

 あまりにテンプレート。あまりに耳タコなその言葉を知らないものがこの場に綾波レイ以外いる訳もなく。

 

「シンジ君大胆ねえ」

「センセ、流石にそのナンパは古いんちゃうんか?」

「碇、そっち系が好みなのか?」

 

 などと一拍の沈黙の後に盛り上がる外野を他所に、アスカは真っ赤な顔でシンジにビンタを叩き込むと、本日1番の大声でツッコんだ。

 

「あんたバカぁ?」



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破-3

「いやぁ、ごめんね式波さん。紛らわしくて」

 

 爆弾発言から少し後。頬に紅葉をつけたまま、頭を掻いて謝るシンジに対し、アスカはまだ頬を赤く染めたまま、プリプリと怒りに頬を膨らませていた。

 

「なにがよ!? どう聞いてもナンパでしょうが!」

「いや、そうじゃなくてさ。……12年前の年末、NERVドイツ支部の外来用駐車場の近くの林で遊んでなかった? 赤いニット帽被って、赤白青のマフラー巻いて、紺色のダウンコート着てたと思うんだけど。……そうだ、赤いパペット人形みたいなのも持ってた気がする」

 

 そう語るシンジの釈明に対して、アスカの反応は、静かながらも劇的だった。

 

 朱に染まった頬は平常に戻り、自信に満ちていた瞳は一瞬遠い過去を覗いているかの様に虚になり、そして再び頬が染まる。

 

 しかし、そうして口を開いたアスカの言葉は、先程までよりは、ほんの少しだけ、角の取れたものだった。

 

「……ッ! ……。アンタ、本当にバカじゃないの? 普通、3歳になるかならないかの事なんて覚えてる訳ないじゃん」

「そりゃそうか。ごめんね、変な事言った」

 

 そう改めて謝るシンジに対し、アスカは鼻を鳴らしてそっぽを向くが、シンジに対して怒る素振りはない。

 

 むしろ、その感情の色はどちらかと言えば好意的なものだった。

 

「フン。やっぱり日本のパイロットは変人しかいないのね。……まぁ、でも。————アンタの言ってるその子は、確かにアタシじゃない? 赤いパペットは持ってたし、紺のダウンもトリコロールのマフラーも、赤のニット帽も小さい頃持ってたから」

「そっか。……じゃあ改めて。久しぶり、式波さん」

 

 そう告げて、シンジは握手の為に手を差し出した。一瞬の逡巡の後、それを取ったアスカは、何処か照れ混じりにシンジへとなんでもないかの様に言葉を返す。

 

「……ファミリーネームで呼ばれるの好きじゃないから、アスカで良いわよ、バカシンジ」

「バカは余計じゃないかなあ」

「後先考えずナンパみたいなセリフ吐く奴がバカじゃないってワケ?」

「……しばらくはバカの汚名に甘んじておくよ」

 

 そんな会話を交わす2人を静かに見守っていたミサトは、ポツリと一つ、小さな独り言を漏らす。

 

「————天才同士、分かり合える部分もあるのかしらね?」

 

 そのセリフは、風に流れて消えたのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 それからしばらく。2号機と共にジオフロントに向かったアスカとミサト、そしてレイと別れた男子3名は第3新東京市の駅で連れ立って降りると、わいのわいのと男子トークに花を咲かせていた。

 

「しっかし、ごっつ美形やったなぁ、あの式波とかいうのも。エヴァのパイロットいうんは美形いう決まりでもあるんか?」

「流石に無いと思うよ? 広報系の業務は無いし……」

「碇的にはぶっちゃけどうなんだ?」

「どうって何さケンスケ」

「いや、本気でナンパのつもりが無いのかって事だよ」

「うーん、まぁ」

「まぁってなんだよ」

「……いや、今更だけど自分に本当に下心が無かったのか怪しくなってきた」

「ふぅん……コレはどう思うトウジ」

「……まぁアイツ大卒言うとったし、うちの中学に来るんやったらセンセと釣り合い取れるんはアイツぐらいちゃうんか?」

「くっ、委員長をキープしてるからって余裕じゃないか。良いよなぁモテる奴らは」

「ケンスケも大学とかだとモテるタイプじゃない?」

「碇、それマジ?」

「マジ。割と大学だとちょっとオタクっぽくても清潔感とコミュ力さえ有れば結構モテてた」

「マジか。将来に期待だなあ俺は」

「うんうん。……ところでそろそろお昼だけど、ラーメン食べに行かない?」

「おっ、ええなあ。どこ行こか」

「この辺だと天一か神座か?」

「最近、家系濃厚豚骨ラーメンのお店も出来たらしいよ」

「……うまそうやな」

「たしかに。碇、その家系ラーメン行こうぜ」

 

 そんな会話を交わす3人は、誰がどう見ても仲良し中学生の集団にしか見えない。

 

 だが、そんな彼らに声を掛ける、無精髭の青年が1人。

 

「————あぁ、失礼。ジオフロントのハブターミナル行きはこの改札でいいのかな?」

「あ、はい。4つ先の駅で乗り換えがありますけど」

「うーん……たった2年離れただけで、浦島太郎の気分か……ありがとう! 助かったよ。……ところで、葛城は一緒じゃないのかい?」

「ミサトさんのお知り合いですか?」

「古い友人さ。君のことはよく聞いてるよ。碇シンジ君。……おっと失礼、俺は加持リョウジ。またNERVで会おう!」

 

 そう言って去っていく青年が持つトランクケース。

 

 一見普通の作りだが、見るものが見れば異様なほど頑丈かつ堅固な構造になっていると分かるその荷物に興味を引かれつつも「ええ、また」と会釈を返すシンジは、一旦トランクケースを思考の片隅に追いやって、家系ラーメンまでの道のりを記憶から掘り起こす作業に戻るのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 それからしばらく後。シンジ達がほうれん草と焼き海苔がたっぷり入った濃厚な豚骨ラーメンに舌鼓を打っている頃。

 

 昼メシ返上でNERV本部の司令室へと足を運んだ加持リョウジは、NERV総司令の碇ゲンドウと副司令の冬月コウゾウに面会していた。

 

「いやはや、大変な仕事でしたよ……。懸案の第3使徒とエヴァ5号機は、予定どおり処理しました。原因はあくまで事故。ベタニアベースでのマルドゥック計画は、これで頓挫します。すべてあなたのシナリオ通りです。で、いつものゼーレの最新資料は、先ほど————」

 

 そう流れるように語る加持の言葉を拾ったのは、冬月。

 

「拝見させてもらった。マーク6建造の確証は役に立ったよ」

 

「————結構です。これがお約束の代物です。予備として保管されていたロストナンバー。神と魂を紡ぐ道標ですね」

 

 そう言ってゲンドウの執務机に置いたトランクケースをパカリと開けた加持はその中身をゲンドウに確認させる。

 

「ああ……人類補完の扉を開くネブカドネザルの鍵だ」

 

 そう呟くゲンドウの口元には珍しく笑みが浮かんでおり、トランクケースの中に封じられていた物体が如何に重要なものであるかを物語っている。

 

 ネブカドネザルの鍵。琥珀色の樹脂の中に、鍵の持ち手が頭部となった人間の神経標本が組み込まれている異様な物品。

 

 ゲンドウがそれを確かに受け取った事を確認した加持は、「ではこれで。しばらくは好きにさせてもらいますよ」と言い残して司令室を立ち去った。

 

 後に残されるのは、冬月とゲンドウ。そんな中、ポツリとつぶやいた冬月の言葉は、ゲンドウへの確認の意図が込められたものだった。

 

「加持リョウジ首席監察官、信用に足る男かね?」

 



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破-4

 吸い殻でいっぱいの灰皿、白と黒の2匹の猫の小物、コーヒー入りのマグカップ、そして『茶髪で泣き黒子が可愛らしい女子高生』が『2歳程の男の子』を抱き上げている写真。

 

 それ以外の私物らしい私物が無い執務机に向かって仕事を熟すのは、NERVの科学技術の全てを統括する赤木リツコその人だ。

 

 そんな彼女に、背後から這い寄る影が1人。

 

 リツコを音もなく後ろから抱き締めたその影の主は、ビクリと肩を跳ねさせるリツコの耳元で、低音の効いた男らしい美声を響かせた。

 

 

「ちょっと痩せたかな? りっちゃん」

「……残念。1570gプラスよ」

 

 そう答えるリツコは緊張を解き、『やれやれ』と言いたげな様子で苦笑する。

 

「肉眼で確認したいな」

「良いけど……この部屋、記録されてるわよ?」

 

「No problem。既にダミー映像が走ってる」

「相変わらず用意周到ね」

「負け戦が嫌いなだけさ」

 

 そう軽口を叩く男に対し、リツコは視線を窓の外に向けて、一言告げた。

 

「でも、負けよ。こわぁいお姉さんが見ているわ」

 

 その視線の先を確かめた男が見たのは、怒り狂う般若————ではなく葛城ミサトであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「久しぶりねリョウちゃん」

「やあ、しばらく」

「なんでアンタがここに居んのよ!? ユーロ担当でしょ!?」

 

 男————もとい加持リョウジの拘束から解放されたリツコと、彼女に抱きついていた加持リョウジ。そして窓の外から睨んでいたミサト。

 

 リツコの執務室でコーヒーを片手に旧交を温める彼らは、東京大学の同期であり、NERV職員としても同期である面々だ。

 

 だが、ミサトの言う通り、三羽烏の黒一点である加持はユーロ支部の監査の為に国外赴任して久しい。

 

 そんな彼が戻ってきているとなればミサトの反応も当然と言えるだろう。————まぁ、彼らの関係性からして、ミサトの発言の意図はそれだけでは無いのだが。

 

 だが、それに対する加持の反応は飄々としたものだった。

 

「特命でね……しばらく本部付さ。また三人でつるめるな、学生の時みたいに」

「昔に帰る気なんてないわよ! 私はリツコに用事があっただけなの! アスカの件、人事部に話通しておいたから。じゃっ」

「ちょっと待ちなさいミサト。アスカの件って何かしら。人事部への手続きなんてあった? 既に書類自体は彼女の入国前にユーロ支部から届いていたはずよ?」

「大した事じゃ無いわよ。アスカも日本で顔見知りが居ない生活は寂しいでしょうし、私とルームシェアしないか誘っただけ」

 

 そう聞いたリツコは、思わず加持と顔を見合わせ、2人揃って呆れた口調で、ミサトへと言葉を放つ。

 

「葛城、お前そりゃあ————」

「————大した事過ぎるわよ、ミサトの場合」

「なんでよ!?」

 

 そう言って憤慨するミサトに対し、溜息を吐くリツコと「あちゃ〜」と頭を押さえる加持はしばし悩んだ後に「自分のたわわな胸に訊け」とミサトに告げる。

 

 そして、彼らが危惧した未来は、その日の夜に早速現実のものとなるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 その日の夜。気楽な1LDKタイプの独身寮のキッチンでカレーを煮込んでいたシンジは、突然のインターホンに慌てて火を止め、玄関ドアの覗き窓を覗いた後に、意外な来客を迎えるべく扉を開けた。

 

 

 

「えっと、アスカと綾波さん? 夜遅いけどどうしたの?」

「アタシ達今日から此処に住むから」

「は? ……綾波さん、コレどういう状況?」

「わからない。家に居たら式波さんが急に来て、それで連れ出されたから」

「……とりあえず、中で事情を聞こうか。狭い部屋だけど、まぁ上がって」

「レイみたいに玄関先で押し問答しないのは良い心がけね!」

「本当に何があったのさ……」

 

 そう嘆息するシンジだが、うら若き少女達を夜の玄関先で立たせておく趣味もない彼は、ひとまずリビングダイニングの食卓へとレイとアスカを招き入れた。

 

 家具は最低限ながらも調度品にはこだわりが感じられるその部屋は、一人暮らしの男子の部屋としてはかなり綺麗な方であり、夜中に同年代の女子2名が強襲して来ても問題ないレベルに整理整頓が為されている。

 

 そんな部屋をキョロキョロと見回して「狭いけどアレとアレに比べりゃ天国ね」と呟いているアスカは、昼間とは打って変わって赤いリボンとフリルが可愛らしい白のキャミソールを着ており、かなり印象が違う。

 

 が、シンジにしてみれば、むしろその格好でわざわざシンジの下宿までやってきた事の方が異様だった。

 

「アスカ。それが部屋着か寝巻きかわからないけど、そんな格好で出てこなきゃいけない状態だったの?」

「話せば長いわ————ところでなんか良い匂いするわね」

「晩御飯にカレー作ってたんだよ」

Currywurst(カリーヴルスト)?」

「いや、 Curryreis(カレーライス)の方」

「ふぅん? よくわかんないけど……それにしても良い匂いね」

 

 そう言ってスンスンと鼻を鳴らすアスカをみれば、余程の鈍感でもない限り彼女の腹具合に気がつくと言うもの。

 

 そして、着の身着のまま飛び出して来た腹ペコ少女に対して、掛けるべき言葉など一つしかないだろう。

 

「……晩御飯食べてないならご馳走するよ?」

「ふふん、気が利くじゃない。不味かったら承知しないわよ」

「食事をたかる側のセリフとして斬新過ぎる……綾波さんも食べていく? 肉は取り分けとくから」

「ええ」

「ちょっと、レイだけ肉多めはズルイわよ」

「逆だよ。綾波さん肉が嫌いだからさ。……じゃあアスカのカレーに綾波さんの分の肉を乗っけとこうか?」

「レイ、アタシ達良いコンビになれそうね」

「そうなの?」

「肉の奪い合いにならないからって現金な……。まぁ、仲良くなれそうならきっかけは何でもいいけどね」

 

 そう告げて、3人分の器にカレーを盛り付けて配膳し、突然の来客2人と食卓を囲んだシンジは、「いただきます」と手を合わせてからカレーを食べ始める。

 

「いっただきまーす……コレめっちゃ美味しいわね」

「碇くんのご飯はいつも美味しい」

「ありがとう。このカレーは学生時代に行きつけだったフルーツパーラー・ゴンって店の店長に教えてもらったんだよね。————それで、何があったのアスカ」

 

 その問いに促される様に、頬張ったカレーをよく噛んでから飲み下したアスカは、溜息と共に口を開いた。

 

「実はね————」

 

 

 * * * * * *

 

 

「なぁにコレぇ!?」

 

 そう素っ頓狂な声をアスカが上げたのは、夕刻のこと。

 

 NERV本部で各種の手続きを終えた後、プラグスーツを脱ぎ、着替えとしてとりあえず手荷物に準備しておいたキャミソールに着替えて、NERVの手配した引越しトラックと共にミサトに案内された住居を訪れた彼女を待ち受けていたのは、テレビ特集になりそうな怒涛の汚さを誇るゴミ屋敷。

 

 ————こんな所に住めるか! 

 

 と露骨に渋面を浮かべたアスカの反応も無理はない。そして、ネルフの引越し屋ですら、アスカに「とりあえず、荷物トラックに戻して預かっておきましょうか?」と提案したのだからそのヤバさはお墨付きだ。

 

 もちろんアスカは引越し屋のその提案を即刻受理し、怒り心頭のままミサトに「アタシ帰る!」と言い放ってNERV本部に逆戻りしたのである。

 

 まぁ、そこまではよかった。しかし問題だったのは、アスカの住居申請が、ミサトとの同居という事になり人事部で破棄されてしまっていた事。

 

 慌ててホテルでも取れないかと探すアスカだが、第3新東京市のホテル需要は使徒に家屋を吹き飛ばされた職員への住居提供などの用途で逼迫しており、同様の事情で住居申請も今からではかなりの時間を要する事となるらしい。

 

 なんて事だと神を呪うアスカだが、そこに救いの手を差し伸べたのが、『こうなるだろうな』と思い善意で人事部に託けをしていた赤木リツコ博士の采配だった。

 

 彼女が提案したのは、綾波レイか碇シンジの住居への同居案。もしアスカが人事部を訪れた場合、シンジとレイの住所を開示するように人事部へと要請しておいてくれたのである。

 

 ついでに、引越しの為の荷物を技術部の倉庫で一時預かりする手続きも済ませて居てくれたその手回しは、流石はNERVの頭脳と呼ぶべき気配りであった。

 

 これこそ天佑神助、神様仏様リツコ様と救いの手に縋ったアスカは、まず当然の様に同性であるレイとの同居を考え、単身タクシーでレイの家に向かったのである。

 

 そして。

 

「なぁにコレぇ!?」

 

 本日2度目の叫びは、「泊めて」「何故?」の問答の末、どうにかレイの家に押し入ってからの第一声。

 

 完全に廃墟なその場所で、パイプベッドとサイドチェスト以外何も無いようなスーパーミニマリスト生活を行なっていたレイの部屋は、アスカにとっては衝撃であった。

 

 まぁ、一応泊まれるだろうが、ゴミ屋敷よりはマシとは言え、これはこれでヤバい。

 

 ————というか14歳の少女がこんなボロ家で一人暮らしはいかがなものか? 

 

 自身も家なき子状態であるにも関わらず、そんな義憤に駆られたアスカは、「どういう状況なんだろう?」とでも言いたげに首を傾げているレイに、常備薬などの身の回り品を学生鞄に詰め込むように言いつけて、彼女を半ば無理矢理廃墟から連れ出したのであった。

 

「————というわけよ」

「なんというか。大冒険だったんだね」

「そうなのよ。だから泊めなさい」

「……アスカはわかった。でも綾波さんは? 実は廃墟マニアで廃墟風住宅に住んでたとかじゃないよね?」

「……? 家賃、タダだったから」

「ほら見なさい、こんな色々騙くらかされてそうな女の子を放り出すっての?」

「いや、綾波さんにも泊まってもらうよ。でも部屋がね……とりあえず、今日はアスカと綾波さんが寝室を使って。シーツは流石にこの時間から洗えないし、僕の布団なのは我慢してくれると嬉しいかな。あと2人で同じベッドに寝るのも我慢して」

「今までの事故物件に比べたら破格の待遇ね。とりあえずそれで良いわ。でもアンタはどうすんの?」

「椅子3つぐらい繋げればリビングで寝れるでしょ」

「……なんか悪いわねそれ」

「今更? ……まぁ流石に僕も毎日は厳しいから明日にでも寝室用の二段ベッドを買って、リビングにもソファベッドをおこうかな。中学は来週月曜まで臨時休校だしちょうど時間あるからね」

 

 そう言って苦笑するシンジに対し、じっと彼の顔を眺めたアスカは、パクリとカレーを頬張りつつ口の中で小さく言葉を紡ぐ。

 

「ありがとね、シンジ」

「どういたしまして、アスカ」

 

 そんな短い会話の中、ふとアスカは『助けを求める声』に快く応じた彼の瞳の奥に、孤独の様な物を感じ取り、自然と言葉を紡いでいた。

 

「まぁ、その何? 借り一つね。いつかアンタが困った時は、このアスカ様が助けてあげるから感謝しなさい」

 

 そう告げた、アスカの言葉に目を丸くしたシンジは、一瞬瞑目した後に、天使の様な笑顔で言葉を返す。

 

「ありがとう、アスカ」

 

 その笑みが余りにも綺麗で、言葉に詰まったアスカは、カレーと共に詰まった言葉を飲み下して「フン」と1つ鼻を鳴らす。

 

 だがその頬はどうしようもなく赤く。隣に座るレイに見られまいとするかの様に、彼女はそっぽを向くのであった。



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破-5

 アスカの引っ越し騒動から一夜明けた朝。

 

 荷物預かりだのと手を回してくれていたリツコに、荷物の回収ついでに礼をしておいては? と朝食時にシンジに言われた事も相まって、アスカはNERV本部の技術開発部を訪れていた。

 

 シンジから借りたユニセックスのジーンズとTシャツは存外彼女に似合っているが、それでも何処か、自分らしくない格好にアスカの心境は微妙である。

 

 昼からは家具の購入の為シンジ達と落ち合う約束だが、今は1人。

 

 そんな彼女が、私服入りの段ボールを抱えてリツコの部屋を訪ねた折、偶々スクリーンに表示されていた1枚のプロフィールは、アスカに大いなる驚愕を齎す事になる。

 

「何よ、コレ」

「あら? アスカ、来てたの」

「……その、荷物取りに来たついでに、昨日のお礼を言おうと思っただけ。ありがとね、リツコ。————でもそれより、それ、バカシンジのこの前の戦闘履歴……?」

「……そうよ」

「プラグ深度マイナスって、アイツ、何考えてんのよ……!? 汚染区域ってレベルじゃないじゃん!」

「————彼にはもう関係ないからかしらね。……良い機会だわ。今までの戦闘ログ、見ていくでしょ?」

 

 そう言われるがまま、リツコによって分析された碇シンジという男の戦歴は、たった4度ながらも異常なもの。

 

 まずそもそもIQ600にしてスポーツ万能という異常なスペックとそれをもとに積み上げた学歴を有していた碇シンジは、初戦闘にしてエヴァを完全に乗りこなし、第四の使徒を一方的に撃滅。

 

 続く第五の使徒を相手にする際にはその頭脳で策を巡らせ、一撃で相手を粉砕するという大金星を見せている。

 

 だが、やはり最も異常なのは、第六の使徒との戦いだ。

 

 碇シンジは使徒の攻撃により完全に死亡した後に、陽電子砲のエネルギーで原因不明の復活を果たし、恐ろしいほどの出力を発揮したエヴァにより使徒を撃滅。

 

 この際に記録されたシンクロ率は1995.104%、そしてプラグ深度は-200を記録。これが意味するのは、碇シンジは一度完全にエヴァのコアと融合していたという事実。

 

 そしてその後遺症として異常な身体能力を獲得したシンジだが、その一方でリツコが示したカルテには、後遺症の闇の側面もまた記録されている。

 

 まず、身体年齢の固定化。碇シンジはこれ以上年齢を重ねることはできない。続いて、遺伝子情報のエヴァ化に伴い事実上ヒトとは別種の生命となった為生殖が不能。

 

 更に、食事を必要としなくなり、その影響か味覚を完全に喪失。睡眠の機能も喪失しており二度と眠る事はない。

 

 そして最もアスカの目を引いたのは、碇シンジ自らが己に課したという『枷』であった。

 

「DSS……?」

「ええ。Deification Shutdown System。神格終了機構。碇シンジ自らが考案したパイロットの自決及び抹殺システム。その試作品。最終的にはチョーカーとして常時着用するのが理想的だという事だけれど、今はまだ小型化が出来てないから、彼のプラグスーツに組み込むのが精一杯ね。現状は小型のN2を内側に向けて起爆する、シンプルな爆殺装置よ。————彼とエヴァが人類に敵対した時に使用される、最終安全装置ね」

「何よそれ……アイツ、自分って物が無いわけ……!? ()()()()()()()()()()()()()()……」

「……彼には謎が多いわ。————彼の母親である綾波ユイ、そして彼女に酷似した容姿を持つ綾波レイ。その何方も、経歴は完全に抹消されている……『式波』アスカならこの意味が分かるでしょう?」

「……綾波タイプのオリジナル、その子供ってわけ?」

「私はそう分析しているわ。……まさに名前通りね」

 

 そう呟いて、リツコは手近なポストイットへとサラサラと3文字の漢字を書き連ねた。

 

「碇神児(シンジ)。……あまりにも出来すぎた名前よね? 作為的なぐらいに」

「……フン、イタい名前つけられてメサイアコンプレックスにでもなっちゃったってわけね。……というか、食事不要味覚不能って書いてあるけど、アイツ昨日カレー食ってたわよ?」

「そう……嗅覚と痛覚はあるから、香りが強く辛味のあるカレーを選んだんじゃないかしら」

「……人間ごっこってわけ?」

「そうかも知れないわね」

「そう。……ありがとね、リツコ。勉強になった。……アイツやっぱり、暫くはバカシンジね」

「彼、IQ相応に賢い子だと思うけれど?」

「泣きながら戦ってるヒーローなんてバカしか居ないでしょうが」

 

 そう言い残して、「じゃあアタシ、そのバカ達と予定あるから行くわね」と立ち去ったアスカ。

 

 彼女が居なくなった室内で、リツコはタバコを咥えて1人、ポツリとつぶやきを漏らす。

 

「予言された子ども達。計画された神の子。……私達は一体、あの子達に何処まで背負わせるつもりなのかしらね」

 

 

 * * * * * *

 

 

 時は少し流れて、昼下がり。ネルフで回収してきた私服の段ボールをシンジの家に持ち込み、ようやく自分の服に袖を通したアスカは、シンジとレイを引き連れて、第3新東京市最大のショッピングモールを訪れていた。

 

 中高生といえばショッピングモール、ショッピングモールといえば中高生。そんなレベルで日本の若者達の青春にとっては重要拠点であるこの場所は、やはり若者客が圧倒的に多い。

 

 しかし、アスカ達が今日ここを訪れたのは、新作フラペチーノの為でもなければ、でっかいハニトーにクリームをたっぷりぶっかけたインスタ映えランチの為でも無いのだ。

 

「炭水化物のドカ食いは太るよ?」

「うっさいわね。女の子ってのは砂糖とスパイスとステキな物で出来てんのよ。だからハニトーもフラペチーノもカロリー実質ゼロなの」

「カエルとカタツムリと犬の尻尾で出来てる僕には難しい理論だね」

 

 ————まぁ、食べたし飲んだのだが、主目的ではないのである。

 

「で、二段ベッドだっけ? アタシとレイで選んで良いわけ?」

「うん。出来れば組立ての奴だと部屋への持ち込みが楽で嬉しいかな。配達ってマンションだとエントランスまでなんだよね」

 

 そう告げるシンジは、自分用なのか既に『人をダメにするソファ』と題された巨大なビーズクッションを購入しており、先程サービスカウンターから早速自宅に配送していたりする。

 

「式波さん、アレは?」

「どれよ? ……レイ、アンタね、マジで言ってる?」

 

 そうレイが指差す先にはピンク色で全面にハローキティを押し出した、女児感甚だしい小さめのベッドが1つ。

 

「おんなのこ用って書いてある。違うの?」

「いや女の子用っつったって、この歳でキャラクターベッドは無理でしょ、小さいし。というかコレ普通のシングルベッドでしょうが」

「普通のベッドを縦に積んだら二段ベッドになるんじゃないの?」

「耐荷重って概念知ってる? ……いやごめん、そういえば中学生だったわね、アンタ。まぁ、重くて無理って事よ」

「そう……」

「……ねぇシンジ、レイってこのハローキティってキャラ好きだったりするわけ?」

「さぁ……?」

「謎ね……あ、こっちのパイプベッドは良いんじゃない? レイ、あんたこういうのはどうなのよ」

「……いいと思う」

「じゃあコレね。ほらシンジ持ちなさいよ」

「はいはい……綾波さんは後でゲームセンターでキティのポップコーン買おうね」

「ポップコーン……?」

「シンジ、アタシはキャラメルね」

「はいはい」

 

 そんな会話を交わす彼らは何処から見ても中学生で、実際に中学生で、それでも世界を救うエヴァのパイロット。

 

 束の間の日常を楽しむ彼らにとって、この休日は貴重で楽しい経験となるのであった。

 

 ————なお、この後レイがキティのポップコーンが発した『美味しいポップコーンはいかが?』の音声を真似た事により、キティのモノマネが激似であるという隠れた特技が発覚するのだが、それはまた別の話である。




土曜日なのに出勤……おのれクライシス!
最近日常回ばっかですが、破の序盤ってマジで日常回で占められてるんですよね……。

この後も加持さんと楽しい社会科見学だったりします。


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破-6

 学校が再開したその日にやってきた超美少女転校生『式波・アスカ・ラングレー』。海外出身ながら日本語に堪能。文武両道才色兼備の彼女はしかも、彼女自身が公言する通りエヴァンゲリオンのパイロット。

 

 コレで話題にならないわけもなく、第壱中学校は俄に大盛り上がりを見せた。玉砕覚悟でアスカを遊びに誘う男子達が列をなし、それを『馬鹿じゃないの』と冷ややかな目で眺める女子達は、アスカへの距離感を探っている。

 

 だが、そんな状況が続いたのは、数日間だけの事。数日経った今では事態は————激烈に悪化していた。

 

 発端は昨日の放課後。男子達に取り巻かれていたアスカが放った爆弾発言が原因だ。

 

 チヤホヤされるのは好きらしいアスカも、流石にそんな状況が数日続けば辟易としたらしい。うんざりしたような声で彼女が叫んだ一言が、第壱中学校に大混乱時代をもたらしたのである。

 

「アタシ、シンジと同棲してるから! あんたらと遊んであげられないの! わかる?」

 

 その瞬間の空気といったら、それはもう酷かった。全校の男子の殺意が、突如碇シンジという2年A組の超絶イケメンへと収束したのである。

 

 そして、恐るべき事にそれは女子も同じだった。

 

 女子グループがかねてから綾波レイを愛でていた『碇くんは綾波さんのだから!』派と、アスカの勝ち気で魅力的な性格により彼女の取り巻きとなった『碇くんは式波さんのだから!』派の二大派閥に分派し、天下分け目の関ヶ原とばかりにそれぞれの『推し』を旗印とし始めたのである。

 

 そして、その派閥争いこそが、更なる混乱を齎した。意見を求められたレイが、素直に口を割ってしまったのである。

 

「私も碇くんと住んでる」

 

 かくして、火曜に発言されたパンドラの箱めいた宣言が引き起こした「放課後の惨劇」から1日。

 

 第壱中学校は、「碇シンジ絶対許さないマン」、「綾波レイ推し一派」、「式波アスカ推し一派」の3つに分かれ、混沌を極めていた……。

 

 

 * * * * * *

 

 

 さて、突如中学校で始まった大混乱。その被害を一番に被っているのが、碇シンジ、綾波レイ、鈴原トウジ、相田ケンスケ、そして洞木ヒカリに、新メンバーの式波・アスカ・ラングレーを加えた『仲良し6人組』であるのは自明であろう。

 

「やってもうたなぁ、式波。こりゃ収拾付かんで?」

「俺もそう思うな……委員長は? 女子のどっちの派閥にも顔利くだろ?」

「私も無理かな……」

 

 放課後の、第壱中学校からそれなりに遠いファミレス。「ちょっとコレ話し合ったほうがいいと思う」という委員長閣下の招集で集められた6人は、ドリンクバーを片手に途方に暮れていた。

 

「アスカと綾波が可哀想だし、とりあえず僕が槍玉に上がれば丸く収まらないかな?」

「碇、360度全方向に棘があったら実質丸、みたいな話は良くないぞ」

「あと、アタシが死ぬほど気まずいでしょうがそれ」

「それもそうか。……うーん」

「碇君」

「ん? どうしたの綾波さん」

「碇君と私と式波さんが仲良くしていたら誤解は解ける気がする」

「それはそうやけど、綾波の言う案は見せびらかさんと意味ないやろ。そんなもんどうやって————」

 

 そうトウジが言った直後。

 

 普段は大人しいはずの洞木ヒカリ委員長閣下が「それよ〜ッ!!!」と叫んでトウジを指差して立ち上がり、鼻息も荒く宣言する。

 

「碇くんが綾波さんと式波さんとデートしてる写真を撮れば良いんだわ! ————相田くんが!」

 

「いや俺かよ!? ……まぁ一眼レフ持ってるけどさあ」

「なんでアタシがシンジとデートしなきゃいけないわけぇ?」

「デート……デートって何?」

「ほんまに収拾つくんかいなそれで」

 

 各々が困惑したように反応するその中で、更に事態をややこしくする声が一つ。

 

「やあ、シンジくん。面白そうな話をしてるじゃないか」

「……加持リョウジさん?」

「ああ。NERV首席監査官、加持リョウジだ。この前の道案内の礼と言っちゃなんだけど、良いデートスポット紹介しようか?」

 

 そんな思わぬ助っ人の介入により、ヒカリの作戦は強化され、事態はどんどん、斜め上の方向へと突き進んでいくのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「……綾波さん、アスカ、本当に大丈夫なの?」

「しつこいわねシンジ。ヒカリの案に乗るって決めたでしょうが」

「私は大丈夫。……碇君は、私と手を繋ぎたくないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね」

 

 数日後の土曜日。相模湾方面に向かう電車の中で、ヒソヒソとそんな会話を交わすのは、シンジをセンターに3人仲良く手を繋いでいるエヴァパイロット達だ。

 

 シンジは白のワイシャツにループタイを着けて黒のデニムを履いただけのシンプルな装いだが、アスカは明るいオレンジ色の襟付きパフスリーブAラインワンピース。レイはアスカに見繕われた黒のドレスシャツとバーガンディスカート、というそれなりの格好をした彼ら3人は、それはもう周囲から目立ちまくり、美少女美少年トリオとして周囲の目を引いている。

 

 そんな中で、意外な反応を見せているのは、何を隠そうシンジだった。

 

「……シンジ、アンタ、滅茶苦茶緊張してない?」

「そりゃするよ。デートなんかしたことないし」

「そんなもんアタシもないわよ」

「え、アスカ絶対モテるでしょ?」

「アンタもでしょうが。モテても付き合うかどうかは別でしょ」

「……確かに」

「碇君、式波さん、デートってそんなに大変? この前の買い物との違いがわからない。みんなで出かけているのに違うの?」

「……そう言われるとそうなんだけどね。意識すると綾波さんもアスカも凄まじい美人だという事実に打ちのめされるというか。————敢えて意識しないようにしてたから余計に」

「何よそれ。ちょっとムカつくわね。ちゃんとアタシを見なさいよ。————そうだ、レイ、あんたアタシの真似しなさい」

 

 そう言って徐にシンジの腕に抱きつき胸を押し当てるアスカと、素直にそれを真似るレイ。

 

 両側から不意打ちを受けたシンジの顔は分かりやすすぎる程にのぼせ上がり、随分と珍しい事に『テンパっている』。

 

 ————そんな光景をガッツリ撮影しているのはケンスケ、トウジ、ヒカリの3人と、面白そうに笑う加持リョウジだ。

 

「シンジくん、両手に花じゃないか。羨ましい」

「————。加持さんはミサトさん呼ばなくてよかったんですか?」

「おっとこりゃ藪蛇か。りっちゃんから聞いたな?」

「大学時代の手紙に出てきたリョウちゃんって加持さんですよね多分」

「おっとその返答は予想外だな……ところでシンジくん。感想を言わないと両隣のお姫様がむくれるぜ」

「……腕から必死で意識を逸らしてるんですがキツいです」

「ふぅん。無敵のシンジ様でも?」

「アスカ、なんかさっきから当たり強くない……!?」

「アンタが私をちゃんと見てないからでしょうが」

「一つ屋根の下で美少女2人をちゃんと見たらどうなるかわかるだろ!?」

「どうなるの、碇くん」

「綾波さんの純粋さが今は辛い……!」

 

 わいのわいのと騒ぐエヴァパイロット御一行。彼らを乗せた電車が向かうのは、加持リョウジ一押しの『社会科見学スポット』であり『デートスポット』。

 

 ————日本海洋生態系保存研究機構。

 

 関係者以外は滅多に立ち入れない大規模研究施設は、もう間近に迫っていた。



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破-7

ギュィィィィィ

 

 という独特の機械音と共に起動する長波放射線照射式滅菌処置室や、かなり熱めのお湯が噴き出す有機物電離分解型浄化浴槽式滅菌処理室、今度は冷たい有機物電離分解型再浄化浴槽式滅菌処理室、そして超強力な風であらゆる汚れや皮膚片を吹き飛ばす有機物電離分解型再々浄化浴槽式滅菌処理室。

 

 これらを経て全滅菌工程を通り抜けたシンジ達一向は、滅菌された白衣を身に纏い、ようやく日本海洋生態系保存研究機構の研究所内へと足を踏み入れる事に成功した。

 

 目の前に広がるのは、青い海を模した巨大な水槽。そして、セカンドインパクトの前には海を泳いでいたのであろう大量の魚類や海獣、鯨たち。

 

「おぉ〜!?」

 

 そんな感嘆が漏れるのは誰の口からか。

 

 そこには、激烈な滅菌工程でヘロヘロになっていた仲良し6人組の『普通中学生トリオ』の元気も復活するような幻想的な大水槽が試練を潜り抜けた少年たちを待ち受けていたのである。

 

「コレがセカンドインパクト前の生き物……文献と記録映像でしか見たことなかったけど、本当に生きてるなんてね」

「……シンジ、アンタその感想、大学生のやつだからね?」

「そういうアスカも似たような感じでしょ?」

「まぁね。ヒカリやバカコンビみたいにハイテンションになるほどじゃないわ。……ま、カラフルな熱帯魚は嫌いじゃないけどね。レイ、アンタはどうなの? 海の生き物を初めて見た感想は」

「においがしょっぱい」

「……アンタほんと、情緒が可愛らしいっていうかなんていうか……男ウケ良さそうよね。ほれバカシンジ、あんたもこういう庇護欲そそるのが好きなタイプ?」

「いや、そりゃまあ、嫌いじゃないけど」

「曖昧ねえ。シャキッとしなさいよシャキッと」

 

 そんな会話を交わすアスカとシンジ、そしていまいち何が凄いのやらピンと来ていなさそうなレイの3人は、興奮する友人達と優雅に泳ぐ魚を眺めつつ、ゆったりと各所を見て回る。

 

 そんな彼らに対して、カシャリと響くのは、スマホの撮影音。

 

「シンジ君たち、デートの写真を撮るんだろ?」

「加持さん? 撮る前に言ってくれればいいのに」

「おっとこりゃ失敬。……メールで送るよ。アドレス聞いても良いかな?」

「————。……はい、良いですよ。えっと、ikαri@……」

 

 シンジと加持の間で交わされた一瞬の目配せ。

 

 ————気付いているぞ。

 

 というシンジからの視線。

 

 ————メアドぐらいいいだろ? 

 

 と悪びれない加持の視線。

 

 明らかにシンジと個人的なアドレスを交換する事が目的のそのやりとりに気づいたのは、シンジとその隣に居たアスカの2人。

 

 ただまぁ、加持が撮った『寄り添ってヒソヒソと言葉を交わす3人』は随分と仲睦まじく写っており、この一件におけるベストショットとしてヒカリから高い評価を頂いたのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 さて、そんなデート計画を行った翌週月曜日。

 

『日曜日の内になんとかしておくわ!』という頼もしいお言葉を委員長閣下から頂いたとはいえ、半信半疑で登校したシンジ達3人は、意外なほど何事もなくお昼休みまでの半日を過ごすことができていた。

 

 そして、お昼休み。いつものように仲良し6人組でお弁当を囲むこととなった際の事。

 

 何やら視線を感じてシンジが周囲を見回せば、女生徒達が彼らに対し、何やら熱の入った視線を向けている。

 

「……洞木さん、参考までに聞きたいんだけど、あの一件ってどうやって収まったの?」

「女子に写真見せて、碇君がいつも綾波さんと式波さんのお弁当作ってる事も教えて『碇君にはお嫁さん2人を平等に愛せるぐらいの甲斐性がある』って説得したらどうにかなったの」

「……男子は?」

「男子は一致団結した女子達から『サイテー』って感じで睨まれて小さくなってるわね」

「弱い……」

「そうはいうけどなセンセ。センセは式波や綾波に睨まれて勝てるか?」

「無理」

「せやろ?」

「で、洞木さん。この女子達からの視線は?」

「『碇君は式波さんと綾波さんのもの』連合による温かい眼差し?」

「摂氏100万度くらいの温かさなんだけど」

「皆、美形カップルに興味津々なのは許してあげて。ちょっと何かサービスしてあげると満足すると思うの」

 

 そういうヒカリだが「ちょっと何かサービス」と言われてもシンジにはどうして良いものやらという状態である。IQ600の博士号持ちとはいえ、乙女心の複雑怪奇さを読み解くにはスペック不足なのだ。

 

 故に、シンジにとってその後の展開は完全な不意打ちだった。

 

「ちょっと、シンジ。こっち向きなさい」

「へ?」

 

 呼ばれるがままにアスカへと向いたシンジを待っていたのは、グッとコチラに身を乗り出したアスカの顔。

 

 ————ちゅ。

 

 と唇に軽く触れた柔らかさは、明らかに普通の皮膚の柔らかさではなく。

 

 それが口付けであると理解した瞬間、碇シンジのIQは瞬間的に1になり、顔から火を吹くのではないかというほど真っ赤になったシンジは金魚のように口をパクパクさせることしかできない哀れな生き物と化した。

 

 直後、爆発する黄色い悲鳴。

 

 そんな中、アスカは満足そうにフフンと鼻を鳴らすと、周囲に聞こえない程度の声でヒカリへと耳打ちをする。

 

「ちょっとサービスってこんなもんで良いわけ?」

「……充分過ぎるかも?」

「そ。なら良いわ」

 

 そう告げるアスカの顔もまた赤く、間近でとんでもない瞬間を見せられたトウジとケンスケ、そしてヒカリの顔もまた赤い。

 

 そんな中、レイだけが黙々とシンジ特製のお弁当に舌鼓を打っているのは、ある意味流石のマイペースさと言えるだろう。

 

 そして、そんな周囲の頬の赤みも徐々に薄れてきた頃合いで、碇シンジは金魚から人間にどうにかこうにか進化出来たのか、掠れた声で少女の名を呼ぶ。

 

「アスカ……?」

「なによ。……ふふん。ちゃんとアタシのこと、見えてるみたいね? バカシンジ」

 

 直視してしまえば、逃れられない。ましてや触れれば、そして触れられれば、どうしようもなく式波・アスカ・ラングレーは美少女であり、魅力的な女の子なのだという事実が碇シンジに襲いかかる。

 

 そして、一度太陽のようなアスカの存在に目蓋を焼かれてしまえば、綾波レイの月のような輝きを無視することも出来はしない。

 

 美しい同居人達を意識的に意識しないようにしていた彼の努力はこの日、水の泡と化し、碇シンジという無敵のヒーローの中に隠れた中学生の碇シンジは、この日完全に思春期の目覚めを体感してしまったのである。

 

「……シンジ、アンタ鼻血出てるわよ」

「————えっ。うわ、ホントだ! ティッシュ!」

 

 眠り姫の眠りを覚ます王子様のキスではなく、眠れる王子を叩き起こす勇敢な姫君のキスにより、冷めていた筈のシンジ少年の情動に、新たな心の炎が灯る。

 

 レイがくれた勇気の心と、アスカが教えた愛の心。思わぬ燃料を得たシンジ少年の心は、人生で最も活発に燃え盛り、孤独であった筈のヒーローは、少しずつ、ひとりの男の子としての在り方を取り戻しつつあったのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方、その頃。

 

 宇宙船に乗り込み、ネルフの月面支部を上空から視察するゲンドウと冬月は、建造途中のエヴァMark.6を眺めつつ意見を交わし合っていた。

 

「月面のタブハベースを目前にしながら、上陸許可を出さんとは……ゼーレもえげつないことをする」

「マーク6の建造方式は他とは違う。その確認で充分だ」

 

 そう告げるゲンドウの視線の先に横たわるのは、使徒の仮面を付けた包帯まみれの巨人。その容姿はどこか、ゲンドウ達が知るネルフ地下の第二使徒リリスに似たものだ。

 

「しかし、5号機以降の計画などなかったはずだぞ?」

「おそらく、開示されていない死海文書の外典がある。ゼーレは、それに基づいたシナリオを進めるつもりだ」

「だが、ゼーレとて気づいているのだろう。ネルフ究極の目的に」

 

 そう告げる冬月の言葉に、沈黙を返すゲンドウはふと、月面へと視線を向けて疑問の言葉を漏らす。

 

「人か? まさかな」

 

 そう呟いたゲンドウの視線の先。

 

 月面に横たわる柩の群れから身を起こした少年は、ゲンドウ達の乗る宇宙船を見上げて、微笑みと共につぶやいた。

 

「初めまして、お義父さん」



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破-8

「3分前にマウナケア観測所で捕捉! 現在、軌道要素を入力中」

「目標を第3監視衛星が光学で捕らえました! 最大望遠で出します!」

 

 慌ただしく響くオペレーター達の声。その直後、発令所のスクリーンに映し出されたのは漆黒の球体の表面を目玉模様が這い回る異常な姿の使徒。

 

「光を歪めるほどのA.T.フィールドとは、恐れ入るわね。————で、落下予測地点は? ……当然、此処よね」

「MAGIも再計算。……NERV本部への命中確率 99.9999%(シックスナイン)です」

「……軍事衛星からの攻撃で軌道修正は出来そうにないの?」

「現在実行中! ……ダメです、N2航空爆雷もまるで効いてません」

「軌道修正は不可能、か……」

 

 そう呟いたミサトは、作戦課と技術開発部の精鋭、そしてエヴァパイロット3名を発令所最寄りの会議室に招集する。

 

「よびだしてごめんね、アスカ、シンジ君、レイ。貴方達の意見も聴きたくて。————それで、使徒の分析結果は?」

「想定される破壊力は絶大ですね。A.T.フィールドを一極集中して押し出してますから。これに、落下のエネルギーも加算されます」

「まさに、使徒そのものが爆弾というわけね」

「第八使徒直撃時の爆砕推定規模は、直径42万、ジオイドマイナス1万5千レベル」

「第3新東京市は蒸発、ジオフロントどころかセントラルドグマも丸裸にされます」

「青葉君————碇司令は?」

「冬月副司令と共に現在月面視察から帰還中の筈ですが、使徒の影響で大気上層の電波が不安定です。現在、連絡不能」

「此処で独自に判断するしかないわね……日本国政府、および各省に通達。NERV権限における特別権限D-17を発令。半径120km以内の全市民は速やかに避難を開始」

「問題ありません。既に政府関係者から我先に避難を始めてますよ」

「あら、そう」

 

 そう呟いたミサトは、避難民の退避を待つ間の時間を使って作戦立案を開始する。

 

「マヤちゃん、MAGIのバックアップは?」

「松代に頼みました」

「結構。————さて」

「ミサト、どうするつもり?」

「幾らエヴァと言ったって空が飛べる訳でもないですし……飛べないよな?」

 

 言い始めてから「なんか第六使徒の時に飛んでた気もする」という表情でシンジに向けて問い直すのは青葉シゲル。そんな彼に対するシンジの解答は明白だった。

 

「スーパーマンと同じで『超高度ジャンプ』は出来ますけど、飛行能力は無いですね」

「第一、そんなバカみたいな事出来るのシンジだけでしょうが。……アタシの2号機なら空挺降下装備があるけど、あれは着陸用だからちょっと浮くだけよ」

「そうか。ごめんな変なこと聞いて。……そういや日向。作戦局で前に自衛隊に借りてた陽電子砲、コピー出来てるんだろ? あれで狙撃とか無理なのか?」

「空間の歪みが酷く、あらゆるポイントからの狙撃は不可能。……こんなべらぼうな相手じゃ、手の打ちようが無いね」

 

「ま、日向君の意見も尤も。でも作戦課が諦めちゃダメよ? ————リツコ、シンジ君、アスカ、知恵を貸してちょうだい。……まずパッと思いつくのは、エヴァで受け止める案ね」

「……本気なの?」

「リツコ、ミサトはこういう時はマジよ。……でもミサト、作戦って言えるのソレ? 生身で隕石キャッチするようなもんでしょ?」

「返す言葉もないわね。でもぶっちゃけコレ以外ないと思うわ。……リツコ、N2を何十発撃ち込んでもビクともしないATフィールドに通常兵器で勝ち目はある?」

「無いわね。ATフィールドに対抗できるのは、ATフィールドだけよ」

「そうよね。だからこそ、エヴァでATフィールドを打ち消して、コアを破壊。使徒を形象崩壊させることで落下威力を極限まで減衰させるのが一番被害を抑えられるってわけ」

「————成功すれば、ね。MAGIは退避を推奨しているわ」

「……りっちゃん、そのデータって僕の初号機の値は?」

「入ってないわね……初号機の現在スペックを計算に加味した場合は————」

「————初号機およびパイロットのみを残して全員退避、かな」 

「御明察。流石は頭の中にMAGIと同等の演算システムを入れているだけはあるわね」

 

 そう努めて明るく告げるリツコだが、どうしてもその声のトーンは重いもの。

 

 幾ら自慢のスパコンが弾き出した作戦でも、少年1人に全てを押し付けて尻尾を捲るというのは彼女の良心を痛ませるには十分な内容だ。

 

 しかも。

 

「……MAGIの計算では、初号機と『引き換え』にNERVを防衛できる可能性が5割強といったところね。個人的には総員退避を強く進言するわ」

「————リツコの考えは分かったわ。……その上で敢えて訊きます。エヴァ3機を総動員した場合の、パイロットの全生存確率は?」

「1割弱。シンジ君の全力を加味した上でね」

「そう。————今現在。ネルフの全指揮権は私、葛城ミサト一佐にあります」

「あら? 昇進したんだミサト」

「————司令と副司令の宇宙視察の前にね。責任者として一時的に昇進しただけよ。……さて、指揮権には責任も伴うもの。全ての責任は私にある。その前提でパイロット各員に問います。撤退と交戦、どちらを選んでも私の責任の元、指示を発令するわ。貴方達は、何方を選ぶ?」

 

 そう問いかけるミサトの問いにまず応えたのは、先程昇進を茶化したアスカ。

 

「アタシは残るわよ? というかなんなら私がサクッとやっつけちゃうからシンジとレイは逃げたら?」

「————弐号機のみでの作戦成功率は0.000000001%よ」

「あらリツコ、奇しくもエヴァの起動率と同じじゃない。ならアタシに掛かれば余裕ってことでしょ?」

 

 そう言ってのけるアスカの目には、自身に対する絶対の自信と高いプライド、そしてソレに伴う実力を誇る不敵な輝きが宿っている。

 

 そして、それに呼応したのは、意外にもレイだった。

 

「私も残る。この街を、守りたいから」

「ふぅん? レイにしちゃ積極的じゃない」

「帰る家があるもの」

「愛しのシンジ様との愛の巣?」

「? 式波さんと私と碇君の家」

「……やっぱアンタ良い子すぎて張り合い無いわね」

「そうなの?」

「そうなの。……というかレイ、あんた良い加減に私の事苗字で呼ぶのやめなさいよね。苗字嫌いだからアスカでいいって言ったでしょうが」

「いつ?」

「駅のホームでシンジに! アンタもいたでしょ? 聞いてなかったわけ?」

「私もだと思わなかったから」

「アンタもよ」

「そう。ごめんなさい、アスカ」

「良いわよ、レイ。……まぁ一緒に死ぬかもしれないんだし? 他人行儀は癪だから」

「そう。……でも、貴方は死なないわ」

「へぇ?」

「私が守るもの。この街も、アスカも。絆だから」

「ふぅん————アンタ意外と熱いヤツだったのね、レイ。でも、アンタに守られるほどアタシか弱くないんだけど?」

 

 そう言ってぐしゃぐしゃとレイの頭を撫でくり回すアスカと、されるがままのレイ。

 

 地味に緩い癖毛な事もあって愉快なヘアスタイルになりつつあるレイの姿は、絶体絶命の危機に対して立ち向かうNERVスタッフ達の空気を和らげるには十分なほど愛らしい。

 

 そんな中で、敢えて最後に意思を表明したのはシンジだった。

 

「僕も当然残りますよ、ミサトさん」

「そう。————貴方達、一応もう一度言っておくけれど、この作戦の成功率は1割弱。それは理解してるわね?」

「ええ。それにミサトさん。アスカも言ってましたけど、エヴァ自体が確率論を笑い飛ばす超兵器みたいなものでしょう? だから————」

 

 そう言葉を一瞬溜めたシンジは、アスカとレイに視線を向けて、互いの目に宿る強固な意志を確かめてから、言葉を紡ぐ。

 

「成功率なんてのは単なる目安。あとは勇気で補えばいい!」

 

 そう言い切ったシンジに対し、ミサトは瞑目して大きく息を吐くと、NERV全てのスタッフに向けて、作戦内容を通達する。

 

「迎撃作戦、承認! 作戦課長葛城ミサトの権限において、これよりNERVは使徒迎撃作戦を実行します! ————真正面から使徒を受け止め、返り討ち! やれるわね、アスカ、レイ、シンジ君!」

 

「「「応ッ!」」」

 

 斯くして、史上最大規模の作戦が幕を開ける。

 

 勇気を胸に、第3新東京市を守るべく立ち上がった勇者達は、慌ただしくその活動を開始するのであった。




いつも感想や読了ツイートを1日100回はチェックしております。毎度ありがとうございます。

もっと欲しい(強欲な壺にチェーンして貪欲な壺と強欲な瓶を発動するZE⭐︎)


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破-9

 次々と無線から飛び込んでくるオペレーター達の報告。

 

 その全てを聞き流しながら、アスカは2号機のプラグ内でその精神を集中させていた。

 

 しかし。そんな彼女の集中力でも無視し難い存在が、視界の端、双方向のビデオ通信が繋がったエヴァンゲリオン初号機の中に存在している。

 

『エヴァンゲリオン初号機、シンクロ率137.52%を記録、プラグ深度180!』

 

 そんなオペレーターの声が示すように、まだ戦闘前にも関わらず明らかにおかしな事になっている初号機のプラグ内では、ありとあらゆるアラームが鳴りまくり、警告灯がプラグの内部を真っ赤に照らしている。

 

 そして、その中央、煮えたぎる様に気泡が混じるプラグの中で、その目を物理的に『青く輝かせ』、沸き立つLCLの中で髪を逆立てているシンジの姿は、超自然的な存在にしか見えない。

 

 さらに言えば、彼が乗るエヴァンゲリオン初号機も、ユラユラと虹に輝く光のオーロラを身に纏い、尋常ならざる鬼気を発しているのだ。

 

 シンジの戦いを見るのはこれが2度目なアスカとしては、つくづくその化け物っぷりに呆れざるを得ない。

 

 ————本来なら、エヴァに乗る事で己を証明しているアスカにとっては、シンジは目の上のたんこぶ。

 

 だが、その強さが、その輝きが、自らの魂と命と人間性を焚べて燃え立つ呪いの焔であると知ってしまえば、疎むことなど出来はしないのだ。

 

「……やっぱ、もうしばらくバカシンジね」

 

 そう呟くアスカだが、不思議と嫌な気持ちはない。

 

 碇シンジという少年のこれまでの態度は、『アスカの美少女性』には最近まで目を逸らしていたものの、常に式波・アスカ・ラングレーという個人に向けられたものであり、そこにアスカの能力も、階級も、そしてエヴァパイロットとしての身分すらも関係はなかった。

 

 自身が承認欲求の怪物であると内心自覚する彼女にとって、その無言の承認は、なによりも居心地が良かったのである。

 

 だからこそ、アスカはシンジの事を————。

 

 とそこまで考えて、戦闘前に考える事ではないなと思索を打ち切った彼女は、決意表明のように呟きを零す。

 

「ま、レイじゃないけど、私もあの家には帰りたいし、チャチャッと使徒を倒さなきゃね」

 

 そう呟いて操縦桿を握り込むアスカは、自身の愛機であるエヴァ2号機にその意識を同調させつつ、心の内に火を灯す。

 

 エヴァパイロットの式波アスカとして。そして、ただの式波アスカとして。いるべき場所を守る為に、少女は強く、覚悟を決めた。

 

『エヴァンゲリオン2号機、シンクロ率93.18%。パイロット、バイタル正常!』

 

 モチベーションは最高。あとは使徒を討ち果たすのみ。ゆっくりとクラウチングスタートの姿勢をとった弐号機は、その巨体の隅々にまで気力を巡らせ、作戦開始の時を待つ。

 

 

 * * * * * *

 

 

 綾波レイにとって、もとより第3新東京市とは人生の全てであった。

 

 だが、そもそも人生の価値が希薄であった彼女にとって、街を守るという動機は今まで単なる生物の持つ恒常性、日常を維持しようとする本能によるものでしかなかったのだ。

 

 碇シンジと式波アスカが、彼女と関わる様になるまでは。

 

 ひょんなことから共に暮らし始めた2人。兄や父の様にアスカやレイの世話を焼くシンジと、姉の様にレイを引っ張っていくアスカ。

 

 そんな2人との生活はレイにとって、2人が思う以上に大切なものだったのだ。

 

 アスカに連れられて服を買いに行ったブティック。シンジと買い出しに出かけたスーパー。3人で外食したファミリーレストランや、ラーメン店。

 

 2人と暮らし始めた途端にレイの人生には数えきれないほど思い出の場所が積み上がり、それらが今、レイがこの場で戦う理由になっている。

 

 だが何より失いたくないのは、共に戦う2人の大切な『家族』たち。

 

 アスカもシンジも、必ず使徒と戦う事を選ぶと知っていたからこそレイは愛する2人の力になる為、覚悟を決めて勇気を振り絞ったのだ。

 

 そして、その覚悟が、今まで以上にレイを零号機と同調させていた。

 

 漫然と乗っていた機体を、皆を守る為の己の力として認識し、確固たる意志でエヴァに乗る。

 

 それだけでレイは、己の機体を己の五体の様に感じるほどのシンクロ率を叩き出していた。

 

 揺るがぬ強固な軸が、強い勇気が漲る心が、エヴァンゲリオン零号機を目覚めさせたのである。

 

『エヴァンゲリオン零号機、シンクロ率91.87%。パイロット、バイタル正常!』

 

 ギリギリと引き絞られた弓の様に、総身に力を込めて時を待つ巨人は、大切なものを守るため、戦場に躍り出る時を待っていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そして。

 

 沸き立つLCLを意にもかけず、その精神を強くエヴァンゲリオンと同調させ、エヴァ共々文字通りの『眼光』を放っている碇シンジは、深く深くエヴァの中心に沈み込み、そのコアへと迫りながら、己の精神を統一していた。

 

 そんな中、視界に映るのは、通信が繋がっているアスカとレイの姿。守るべき存在であり、守りたい存在。

 

 ふと無意識に手を口元にやれば、思い起こされるのは柔らかな感触。

 

 あの瞬間は完全に脳が処理能力の限界を迎えていたが、どうやらシンジ自身でも笑える事にあの瞬間を記憶する為に全力稼働した結果だったらしい。

 

 あの瞬間のアスカの一挙手一投足を悉く記憶し、迫るアスカの顔の睫毛が左上132本、右上128本、左下52本、右下56本であることすら数えられる程に鮮明な記憶の中で、アスカから確かに感じた『好意』は、シンジにとって望外の幸福であった。

 

 彼のヒーロー志望の根底にあるのは、渇愛。誰も彼もを救えば、誰かは自分を愛してくれるのではないかという期待。

 

 そんな中、第六の使徒との戦いの折、綾波レイの『友愛』の心が彼の欲望を大いに満足させ、碇シンジの心はこの14年で最も熱意に溢れるものとなったのだ。

 

 だが。流石にシンジも自分の様な『キモチワルイ』存在が、男女の真っ当な恋愛としての意味で好意を受けるなど、思っても見なかったのである。

 

 何しろ、彼の能力を冷静に客観視してしまえば、『怪奇脳味噌スパコン男』だの『怪人エヴァ男』だのとしか呼べない有様なのだ。

 

 現に今、髪を逆立て目を爛々と輝かせている自分の姿は、とてもではないが人間のそれではない。

 

 ……だからこそ、シンジはアスカが家にやってきた翌日、彼女をリツコの元へと誘導し、自身の素性を晒す事で、アスカを遠ざけようとしたのである。

 

 だが。全てを知って尚、アスカの視線はシンジと『対等』であり続けたのだ。

 

 気の強さと口の荒さで惑わされがちだが、あれでアスカは正規の手段で大学を卒業した上で軍人としての教育すらも修了している生粋のエリート。

 

 シンジと同等の視座を持つ同年代という点で、真の意味で彼女だけがシンジと対等だったと言っていい。

 

 そしてそれはきっと、アスカにとっても————。

 

「……ってダメだ。浮かれてるのかな、僕。……浮かれてるんだろうな」

 

 先程気合を入れて作戦に臨んだというのに、どうしても精神を内側に向ければ、浮かれた中学2年生が顔を出す。

 

 だが、碇シンジは碇ゲンドウの息子。内心を封じ込め、目的遂行の鬼になるのは苦手ではない。

 

 軽く息を吐きつつ瞑目し、再び目を開いたシンジの脳内には、もはや浮かれた思考は介在せず、母に望まれ、自身が願ったままの『ヒーロー』がそこにいた。

 

 より輝きを増す瞳、煮え滾るLCL、マイナス域に突入するプラグ深度。

 

 目を赤く輝かせ、ATフィールドの揺らぎの様なオーラを纏った初号機は、自身の足元にATフィールドでスターティングブロックを形成し、クラウチングスタートの姿勢をとる。

 

 その姿は、獲物を狙う獅子か、はたまた劫火を纏う地獄の獄卒か。

 

 彼の出撃待機地点は天へと噴き上がるエネルギーの渦に覆われ、天より堕ちてくる第八の使徒を威嚇するかの様に、初号機で増幅された碇シンジのATフィールドが天蓋の様に第3新東京市を覆っていく。

 

 

 そんな中、その天蓋の向こうに、漆黒の球体が雲を引き裂きながらゆっくりとその姿を表した。

 

 



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破-10

 鳴り響く警報。フルパワーで着弾地点を演算するMAGIと、慌ただしく働くオペレーター。

 

 そんな中で、葛城ミサトはついに地上から光学観測可能になった使徒を睨みつけ、号令を発する。

 

「おいでなすったわね————エヴァ全機、スタート位置! 二次的データが当てにならない関係上、今後の判断はパイロット各位に委ねます。もちろん、作戦責任者は私です。全ての責任は私にあるわ————だから、貴方たちは後のことは考えず、勝つ事だけを考えて! 作戦開始!」

 

 そんなミサトの号令と共に、一気に踏み込んだエヴァ各機は、それぞれが音速の壁を突破するという凄まじい出力を発揮して、使徒の着弾予測地点へと向けて驀進する。

 

 頼れるのはエヴァの目視観測とオペレーターが必死にフィードバックしてくれているマップ情報。

 

 そんな中で、やはり頭一つ抜けた速度で使徒に迫るのが、エヴァ初号機だ。しかし、その速度は『全力』に比べれば控えめである。

 

 幸か不幸か、使徒の縮尺が大きすぎる為ゆっくり落ちて来ているように見えるが、その実際は凄まじい速度で地表に向け落下してきており、使徒自身ですら大きな弾道修正は至難。

 

 それゆえにエヴァ3機で囲い込むように追う事で、第3新東京市のどこに墜ちようとエヴァが間に合う算段になっているのだ。過剰な突出はむしろ、その作戦の妨害にしかならないのである。

 

 だがそこを考慮するのならば、現在のように僅かな突出も必要ない。アスカやレイと足並みを揃えて使徒を囲い込めば済む話だ。

 

 シンジがそうしなかった理由は、その直後の使徒の行動を見れば分かるだろう。

 

『目標のATフィールド変質! 軌道が変わります!』

『目標、さらに増速!』

 

「初号機でカバーします!」

「シンジ、あんた釣り出してんじゃないわよ! アタシめっちゃ遠いんだけど!」

「方向転換出来るなら一度きりだと思ったから!」

「相談ぐらいしなさいっての!」

 

 そんな会話を交わしつつ、初号機はここで『本気』の速度を解放し、使徒の着弾地点へと急行する。

 

 というより、使徒へと向けて『跳んだ』のだ。

 

 作戦前に青葉に言った通り、エヴァ初号機は飛行できない。だが、『スーパーマン並みの超高度ジャンプ』なら可能なのである。

 

 ミサイルの如く吹っ飛んでいく初号機は狙い過たず空中で変形中の使徒目掛けてATフィールド全開の跳び蹴りを敢行し、それを空中で迎え撃った使徒のATフィールドと激しく干渉して周辺空間を赤い光で覆い尽くす。

 

 だが所詮は踏み切りの勢いを利用しただけの跳躍でしかない以上、運動エネルギーを全て使徒に叩きつけた初号機は失速し、地面へと落下する。

 

 しかし、この際に使徒のATフィールドにあえて弾かれる事で『使徒自身に使徒の侵攻方向へと飛ばして貰った』初号機は、今度は地面で待ち受ける形で、再度全力のATフィールドを展開した。

 

 そこに凄まじい速度でブチ当たった使徒のATフィールドにより、空間が軋み、再びの赤い光と衝撃波が周囲を襲う。

 

「ATフィールドッ全開ッ! ————使徒は受け止めました!」

『ナイスよシンジくん! レイ! アスカ!』

「今向かってるっちゅうの! シンジあんた自分で引き付けたんならもうちょい粘りなさい!」

「私ももう少しで着く」

 

 そんな会話の直後。球体形態から大きく展開し、剥き損なったみかんの皮か、或いはヒトデか何かのような、化け物じみた虹色の姿を晒した使徒は、その背面の謎めいた人型の棘のような器官によって原理不明の推進力を発揮し、初号機のATフィールドへと凄まじい荷重を掛けていく。

 

 その圧力たるや、軋み合うATフィールドの間に挟まれた水分子が超高圧で崩壊し、そのまま水素核融合が起こるほど。

 

 だがそんな劇的な反応は、ATフィールド同士が衝突した初期に発生した現象の一側面に過ぎない。完全に隙間なくATフィールド同士が押し合う状況になってからは、空間が歪曲し、軋み、不気味な轟音が絶えず周囲に響き渡る。

 

 そんな極限の状態にも拘らず、驚くべきことに使徒はその巨体の中央からヒトの上半身のような本体を飛び出させ、ATフィールドを支える初号機へと掴みかかった。

 

 その結果、互いに掌を押し付け合う手押し相撲の姿勢となったのはごく一瞬。腕を槍状に変化させた使徒が初号機の上腕を貫き、夥しい血が初号機の腕から溢れ出す。

 

「ぐぅッ……!」

 

 深く強いシンクロをしている以上、そのダメージは当然シンジにも反映され、プラグ内で貫かれたシンジの腕から血が溢れ、LCLを濁らせる。

 

 しかし、その程度で怯むほど、碇シンジという少年は弱くない。

 

「ぬ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!」

 

 叫びとも咆哮とも取れる大声を発して、自分の手を貫く使徒の腕を握りしめ、引きちぎらんばかりに左右に大きく引き伸ばした上で、ノーガードな顔面に向けて強烈なハイキック。

 

 圧倒的な蹴り上げにより凶器と化したその爪先が使徒の首に叩き込まれ、『バツン』というえげつない音と共にもげ飛んだ首は、そのまま使徒とエヴァのATフィールドのぶつかり合いに巻き込まれて圧縮崩壊し光と化す。

 

 もちろん、使徒にとってコア以外は擦り傷。首無し状態でも使徒が命を失う事はなく、じわじわとその首も再生を開始する。

 

 だが、一瞬とは言え初号機を相手に視界を失ったのは大きな痛手だった。

 

 首の再生に気を取られている間に両腕を引きちぎられ、そのまま両肩を掴まれて、今度は胴体を縦に引き裂かれる。

 

 僅かな隙を突いて行われたその残虐殺法は、お子様にはとても見せられない荒々しい闘いだ。

 

 挙句に、せっかく再生した頭部も『目だ! 耳だ! 鼻!!』とばかりにズタズタにされた挙句、脊髄もろともブチ抜かれて握りつぶされ、使徒の人型部分は根こそぎ初号機によって破壊し尽くされたのである。

 

 もちろん、初号機は未だに腕から血を流しているが、腕の2本と上半身丸ごとでは割に合わないし、何より上半身を破壊したのがその両腕である以上、エヴァの戦闘力はまるで低下していない。

 

 槍状の腕の残骸を引き抜けば、その両腕は再生し、完全な初号機が、今度は使徒のコアを狙って腕を伸ばす。

 

 しかし、この第八使徒もさるもの。コアを高速で動かす事で初号機の腕を回避し、その隙に再び人型の本体を再生させて、エヴァへと襲い掛かったのだ。

 

「くそッ」

 

 ATフィールドで使徒の巨体を支え続けている以上、瞬間的なハイキック程度ならまだしも完全に自由に動く事はできない初号機にとって、この使徒を撃滅する手段はない。

 

 それは相手も同じだが、千日手を続ければ無理が来るのは内部電源に頼るエヴァの方だ。

 

 だがしかし。シンジは何も、1人で戦っているわけではない。

 

「碇君ッ!」

「綾波さんッ、コアを!」

 

 初号機と使徒本体が互いに血みどろのルール無用の残虐ファイトを繰り広げる中、現場に到着したのは零号機。

 

 シンジの要請に応じて、即座に使徒のコアをプログレッシヴナイフで狙う彼女だが、激しく不規則に動き回るコアにナイフを当てる事は至難であり、ナイフを振るうたびに焦りばかりが身を焦がす。

 

 そこでレイが選んだのは、ナイフを捨てる事だった。フリーになった両の手で、逃げ回るコアをガッチリと掴んだ零号機は、コアから発せられる高熱にも怯む事なく、レイが放つ裂帛の気合と共にそのコアを握り潰さんと力を込める。

 

 しかし、かつてなく硬い第八使徒のコアは零号機の渾身の握撃を物ともせず、その拘束を抜け出すべく、零号機の指を焼き尽くさんと更なる高熱を発し始めた。

 

 挙句にシンジと死闘を演じる人型部分の仮面から、今までの使徒同様の怪光線を発射し始めた事で、レイとシンジは自らを守るATフィールドの展開にも意識を割かれ、なかなか攻めきれない状況にある。

 

 まさに膠着状態。あとはトドメだけというその中で、トドメだけがひたすら遠い。

 

 だがしかし。エヴァゲリオンはもう一機、この場にいるのだ。

 

「レイ! そのまま掴んでなさいよ!」

「アスカ!」

「死ねよやァッ!」

 

 全力疾走で駆け寄る勢いそのままに、レイの掴むコアに向け自前のナイフ2本を勢いよく叩き込む2号機。

 

 そして更にレイが足元に落としていたナイフを拾い上げてアッパーカットの要領で叩き込み、合計3本のナイフを楔のように打ち込んだアスカは、トドメとばかりに大きく飛び上がり、飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

 楔を三つも打ち込まれた挙句に、零号機によって握り潰され続けている第八使徒のコアには、エヴァ2号機の全体重を掛けた飛び膝蹴りを受け切るだけの強度はない。

 

 結果、メキリと嫌な音を立てた次の瞬間、第八使徒のコアは爆散し、その巨体は絶叫と共に痙攣してドス黒く変色。そして十字架状の火柱と共に、使徒の全身が血のように赤い体液へと形象崩壊を開始する。

 

 そしてそれと同時にエヴァ各機の内部電力が底をつき、エヴァ各機は憐れにも、体液の大津波に巻き込まれる羽目になったのだった。

 

「うわっぷ!?」

「何よこれ気持ち悪い!」

「血の匂いがする……」

 

 三者三様に悲鳴をあげるエヴァパイロットたちだが、ひとまず全員命に別状はなく、機体についても修復可能なレベルの損傷のみ。更にいえばプラグ用の電力はまだ余裕がある為、通信に問題はなく、流された先も特定済み。

 

 ほぼ完璧といえる戦果に、発令所で大きく息を吐いて胸を撫で下ろすミサト。そんな彼女に、このタイミングで青葉から連絡が入る。

 

「電波システム回復。碇司令から通信が入っています」

「お繋ぎして」

 

 宇宙船経由故か音声のみの通信。その向こう側のゲンドウと冬月に対し、ミサトは開口一番、謝罪を述べた。

 

「申し訳ありません。私の独断でエヴァ3体を破損。パイロットにも負傷を負わせてしまいました。責任は全て私にあります」

 

 そんなミサトの発言に対し、まず答えたのは冬月の声。

 

『構わん。目標殲滅に対しこの程度の被害はむしろ幸運と言える』

 

 そして、その後に続くように、碇ゲンドウの重苦しい声がミサトを労う。

 

『あぁ、よくやってくれた葛城一佐。————初号機のパイロットに繋いでくれ』

「え……。失礼、了解しました。————日向君!」

「回線まわします」

 

 ゲンドウから積極的にシンジに話しかけるという珍事。その意図を掴みかねたままシンジに回された回線の先で、ゲンドウはシンジへと労いの言葉をかけた。

 

『話は聞いた。よくやったなシンジ』

「ありがとう父さん。……でもMVPは綾波さんとアスカだと思うけど?」

『……そうか。————レイ、2号機パイロット。よくやった』

 

 シンジに促されてそう述べたゲンドウは、プツリと回線を切り、再びミサトに繋ぎ直すと『では葛城一佐、後の処理は任せる』とだけ言い残して通信を終了する。

 

 その行動に一瞬呆気に取られていたミサトだが、再起動した彼女は負傷している初号機と零号機を優先して回収するようにマヤに命じて、慌ただしく事後処理に駆け回るのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方その頃。回収を待つエヴァの内部では、通信回線を開いたままの各パイロットが、やることもなく雑談に興じていた。

 

 というか、正確にいえばアスカを宥めていた。

 

「アタシだけ2号機パイロットって酷くない!?」

「ごめんねアスカ。……父さんはコミュニケーション能力が死んでるから」

「……実の息子にそこまで言われるレベルで、何で司令やってんのよ!?」

「……元々人工進化研究所だった頃に所長だったみたいだから、その流れかな? 要するに学者畑なんだよね……」

「……なんか納得しちゃうのがイヤね。……それよりシンジ、あんた勝手に使徒誘導した落とし前はつけて貰うからね!」

「ごめん。……ラーメンでいい?」

「……あの駅前の屋台のフカヒレ醤油ラーメンで許したげるわ。レイ、アンタもなんか貰っときなさいよ!」

「……ニンニクラーメンチャーシュー抜き?」

「……濃いわね」

「濃いね」

「そう?」

 

 そんな会話を交わすシンジ達。そんな中、回収部隊が到着し、初号機と零号機がVTOLに懸架されてNERVに回収。損傷の軽い2号機は充電の後自力帰還と相なった事で、残されたアスカは1人、プラグの中で溜息を吐く。

 

「アタシだけじゃ、何も出来なかった」

 

 そう呟く彼女は、エヴァパイロットである事だけをアイデンティティに生きてきた今までの人生の意味を問うように、眉根に皺を刻んで煩悶する。

 

 エヴァパイロットでなくとも、アスカをアスカとして見てくれるだろう友人達は確かにいる。だが、それでアスカの根幹がそう簡単に変わる訳は当然なく、彼女はしばし、暗いプラグ内で思い悩むのであった。



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破-11

「フカヒレラーメン大盛り!」

「……ニンニクラーメンチャーシュー抜き」

「えーっと。……僕もフカヒレラーメン大盛りで」

 

 使徒殲滅が成功した日の夜。

 

 非常事態宣言が解除され、奇跡的に無事だった駅前の屋台にやってきたシンジ達の目的は、アスカ発案シンジ出資のささやかな祝勝会。

 

 元はといえばシンジの独断先行に対するお詫びのようなものではあるが、エヴァパイロット3名による初の共同作戦が無事成功した事に関するお祝いも兼ねて、3人で連れ立ってラーメンを食べに来たのである。

 

「はいお待ち」

「……結構ガチでフカヒレ乗ってんのね」

「まさか姿煮丸ごと1枚とは。綾波さんのニンニクラーメンは……流石にニンニク山盛りではないのかな? お腹壊すしね」

「美味しそう……いただきます」

「いただきます」

「いただきまーす」

 

 ズルズルと麺を啜る音、互いのラーメンを味見し合うアスカとレイ、一口のハズが割とレイに持っていかれたフカヒレをシンジのラーメンから補填するアスカ。

 

 そんな愉快なやり取りが交わされる楽しい食事会は、疎開で人通りの減った第3新東京市の夜闇の中に賑やかな声を響かせるのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんな楽しい食事会の後のこと。

 

 歯磨きも風呂も済ませて眠りについたはずのアスカは、2段ベッドの上段で眠れぬ夜を過ごしていた。

 

 寝返りを打とうが、深呼吸してみようが変わらぬ寝付きの悪さに、アスカはポツリと呟きを漏らす。

 

「ずっと、一人が当たり前なのに……孤独って気にならないはずなのに。……寂しいの? アタシ」

 

 ひとつ、溜息。

 

 ベッドの下段で眠るレイはスヤスヤと寝息を立てており、今までの共同生活の経験上、レイはこうなると朝まで起きないし朝も中々起きない。

 

 であれば、まだ起きて居そうなのは、と考えを巡らせて、アスカはふと『彼』が眠れない身体なのだと思い出し、ベッドから這い出した。

 

 リビングに続く扉を開ければ、大きなビーズクッションに身を預け、スタンドライトの灯りで本を読む少年が1人。

 

 ちらり、とアスカに視線を向けた彼だが、時折アスカがトイレに立つ事もあるので、じっと見つめたりはせず、すぐに視線は手元に戻る。

 

 そんな彼の態度が少しばかりムカついて、アスカは読書するシンジに向けて、思いっきり飛び込んだ。

 

「うおっ……危ないよアスカ。僕が受け止められなかったらどうするのさ」

アタシが使徒より重いっての?

羽のように軽いです。……で、どうしたの?」

 

 シンジは咄嗟に左腕一本で抱き止めたアスカに優しくそう問いかけると、右手に持っていた小説をサイドテーブルに置き、アスカを両手で抱え直す。

 

 ゆるいハグのようなその姿勢を彼がとったのは、アスカの手が、自分のシャツに縋り付いて居るからだ。

 

「別に……ちょっとだけ居させて」

「いいよ。……眠れない?」

「うん」

 

 アスカ自身も自覚するほど、いつになく素直なのは、誰かの腕の中に居るからなのか。

 

 或いは、彼の腕の中に居るからなのか。

 

 今までの人生で縋るべき寄る辺の無かったアスカにとって、誰かの腕の中で過ごすのは初めての経験であるがゆえに、その判断は付け難い。

 

 だが、暖かな温もりと、耳元で聞こえる心臓の音は不快ではなく、アスカはそっと、目を閉じる。

 

 その眠りの中で、手櫛で髪を優しく梳く指先の感触が、アスカの心のささくれをひと撫で毎に取り去って、ただ優しくアスカを抱き締める腕は、どこまでも心地良い。

 

 だが、次第に深く意識が落ちていく微睡の中で、アスカはふと、『シンジは誰かに抱きしめて貰えるのだろうか』と意識して。

 

 その直後、何故かそれが自分以外だった場合を考えてムカついている自分を自覚しつつ、アスカの意識は夢に落ちたのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 さて。その翌日。街を盛大に汚して死んでいった使徒の後始末にNERVスタッフ達が追われる中で、中学校は無事再開し、シンジ達はいつものように、お弁当を囲んで昼食会を開催していた。

 

「さぁて、メシやメシ! 学校最大の楽しみやからなあ」

「……アタシよくわかんないけど、男子って体育が楽しみなもんじゃないの?」

「トウジ、普段着ジャージの割に体育嫌いだもんね」

「うぐ、それを言うなやセンセ……」

「え、マジ? じゃあなんでジャージ着てんのよ」

「着心地や着心地! ええやろ別に!」

「そういえば、碇は碇で体育好きそうじゃないよな」

「大体、無闇に勝ち過ぎて試合だけ出禁になるからね僕」

「想像を超えた理由だった……」

「そういうケンスケは?」

「俺はまあそれなりかなぁ。サバゲやってるから運動自体は嫌いじゃないんだけど、球技ばっかはキツいよ」

「あー……そういえば何で学校の体育って球技ばっかりなんだろうね」

「日本は常夏だから水泳もあるじゃない。ドイツなんか海もないし碌に泳げなかったわよ」

「水泳かぁ……プール行きたいな」

「ケンスケ、下心が透けとるぞ」

「モテる者にはモテざるものの気持ちはわかるまい……というかトウジも委員長と行きたいだろ? プール」

「そらぁ……まぁ……」

「鈴原?」

「ひぃ! 堪忍や委員長、すまんて!」

 

 そんな取り留めのない会話。日常の証拠と言えるそのやり取りだが、忍び寄る使徒の気配が、その日常にも影を差す。

 

「……ま、ジャージとメガネの下心は別だけど、今なら市民プールも空いてるんじゃないの?」

 

 そう言ってアスカが目を周囲に向ければ、昼食を食べる生徒達の数は、いつもより随分と少ない。

 

 先の第八使徒との戦いの折に疎開した者の多くが、第3新東京市を離れる事を選んだのだ。

 

 まぁ、無理もないだろう。あの規模、あの巨体で上空から突っ込んでくる使徒の姿は日本全国から見えていたのだ。もはや情報統制も何もあったものではない。

 

 当然NERV職員以外は疎開したし、NERV職員だとしても大半のものは家族を疎開させているのである。

 

「疎開なぁ。……ワシはギリギリまで残るで。センセらや父ちゃん爺ちゃんが戦っとんのに、ワシだけケツ捲れるかぃ」

「気持ちは嬉しいけど、無理はしないでねトウジ。サクラちゃんも居るんだし」

「それはそうやけどなぁ……当のサクラが『碇さんが残るんやったら私も残る!』言うて聞かんのや」

「あら、無敵のシンジ様はお子様にもモテモテってわけ?」

「ははは……まぁ一過性のものじゃないかな?」

「……シンジ、忠告しといてあげるけど、女ってのは昔の事をいつまでも覚えてるもんなのよ。その子が将来拗らせても知らないんだからね。ねぇ、ヒカリ、レイ。アンタらもそう思うでしょ?」

「わかるかも。私、女3人姉妹だし特に」

「……私はよくわからない」

「レイ、アンタねぇ……なんか恋愛に憧れとか無いわけ? あの人と付き合いたい〜とか一つになりたい〜とか抱きしめて欲しい〜とか」

「……わからない。アスカはわかるの? アスカ、昨日碇君に抱きついて寝てた。どんな気持ち?

 

「ゲフッ!? ぶふぉ、ゲホッ、ちょ、レイあんた何言って————!」

 

 綾波レイの投下した特大の爆弾発言に、飲んでいたお茶を思いっきり気管に入れて咽せ帰るアスカ。その直後、疎開で人数が減ったとは思えない程の黄色い悲鳴が教室内に爆発し、冷や汗をかいて苦笑いするシンジはヒカリ含む女子グループの有力メンバーに捕獲されて早くも尋問を受ける羽目になっている。

 

「碇君、私、まだ私達の年齢でそういうのは早いと思うの」

「洞木さん、まずは誤解を解かせて欲しいんだけど……」

「言い訳無用よ!」

「えぇ……」

 

 結局その後、寝苦しかったアスカを寝かし付けただけだというシンジの弁明が通るには羞恥で茹蛸になったアスカの復活を待つ他なく、シンジは次の時間割がロングホームルームだった影響で、昼休みを超えてみっちり1時間ほど尋問される羽目になったのであった。

 



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破-12

 NERVの地下深く、ゲヒルン時代からある、古い研究施設。学校を休んだ綾波レイは、そこでLCLに浸かり身体機能の調整を受けていた。

 

 その調整を手ずから行うのは、碇ゲンドウその人。宗教的にも思える紋様が刻まれた壁面や擂鉢状の床面など、何処か人類の手に寄らぬ叡智を思わせるこの施設は、NERVでも知るものがほぼ居ない場所である。

 

 だが、その僅かな例外が、今日はこの場を訪れていた。

 

「父さんがそうして機器を弄ってるのは久しぶりだね」

「ああ」

 

 埃を被ったパイプ椅子を引っ張り出してレイの調整を見つめているのは、碇シンジ。

 

 突然学校を休むと言い出し、そして実際発熱していたレイの看病をするべく自らも学校を休んだ彼は、NERVに行くと言い出したレイに付き添ってこの場にやってきたのだ。

 

 もちろん、本来ならシンジがこの場に立ち入る事は出来ないが彼はATフィールドで己に対する『観測』を拒絶する事で、あらゆる監視装置をすり抜けてこの場に入り込んだのである。

 

 だが、シンジにとってこの場所は、知らぬ場所ではない。というより、父母に連れられて幼少の頃、それこそ乳児期からNERVに居たシンジにとって、知らぬ場所の方が少ないとすら言える。

 

 ————本来、その記憶は操作され消去されているはずなのだが、碇シンジの脳細胞は驚異的な性能で記憶に架せられた封印を突破しており、現在でも彼にとってNERV施設は庭のようなものなのだ。

 

 そして、シンジにとってこの施設は、母と共に訪れたことのある場所である。

 

「この調整施設を使ってるって事は、綾波さんはやっぱり母さんの?」

「そうだ」

「初号機、最初は綾波さんで動かすつもりだったんだ」

「……ああ。レイは理論上、コアの調整を行えば全てのエヴァに搭乗可能だ」

「エヴァの子だから?」

「ユイの子でもある」

「僕と同じだね」

 

 そう告げたシンジの目に灯る青い輝き。明確に『ヒト』を超えているその瞳を横目に見るゲンドウは、しばしの沈黙の後、口を開く。

 

「……シンジ」

「ああ、もちろん僕は父さんの子だから、そこは違うけど」

「ああ。————レイ、食事にしよう」

『ハイ』

 

 ゲンドウがマイクで行った呼び掛けに応じて、調整装置の中で目を開くレイ。そんな彼女にシンジはヒラヒラと手を振って存在をアピールすると、ゲンドウへと言葉を投げかける。

 

「僕の分は?」

「……手配しよう」

「ありがとう。————ところで父さん。綾波さんの調整結果は?」

「————今は問題ない」

「そう」

 

 一瞬の沈黙。その間に碇ゲンドウの心理を読み解いたシンジは、パイプ椅子を片付けつつ、言葉を紡ぐ。

 

「僕も気にかけておくよ。妹だしね」

「……ああ」

 

 今は問題ない。その言葉の真意は、綾波レイが『此処でしか生きられない』という事実の再確認。

 

 レイの体調不良は、投薬などではなくLCLを介した調整でしか解決できないと、ゲンドウが認めた事に他ならない。

 

 初号機からサルベージされた碇ユイのクローン体である彼女は、NERVによる調整を定期的に受けなければ死ぬ身なのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんなレイと、ゲンドウと、そして招かれてもいないシンジ。『親子3人』の食事会は、NERVの福利厚生施設の一環である高級レストランで行われた。

 

「学校休んでレストランって、なんかズルしてる気分だね。『家庭の事情で休みます』って言って遊園地に行くみたいなさ」

「よくわからない」

「綾波さんはこういうのは楽しくない?」

「……食事は楽しい」

「じゃあ特別な食事は? ほら、この前のラーメンみたいな」

「楽しかった」

「なら今も結構特別じゃない?」

「特別……珍しい? 今も楽しい」

「それは良かった。ね、父さん」

 

 そう言って視線をゲンドウに向けるシンジ。『シンジが話してくれてるから無言で良いかな』的なゲンドウのニュアンスを読み取っておきつつも無理やり会話に巻き込む強引さは、母譲りのものと言える。

 

「……お前が居る状況が新鮮なのだろう」

「そうかな。————僕は新鮮というよりは懐かしいけどね」

 

 そう告げたシンジの瞳と、きょとんとゲンドウを見つめるレイ。並べてみればよく似た顔立ちの2人が、自分と食卓を囲んでいる。そのシチュエーションにゲンドウは一瞬、在りし日の食卓を回顧する。

 

 ————新聞を読む自分。

 ————シンジに離乳食を食べさせるユイ。

 ————妙に聞き分け良くそれを食べるシンジ。

 

 思い返したのは僅かな間。しかし、ごく短いその時間、一瞬だけ、碇ゲンドウの張り詰めた重苦しい雰囲気が弛緩した事は、シンジのみならずレイにも感じられた確かな事実。

 

 だからこそ、レイはゲンドウに向けて口を開く。

 

「碇司令。食事、楽しいですか?」

「……ああ」

「今度また、食事会、しませんか。碇くんと。皆と」

「……いや、そんな時間は————」

「じゃあ父さん、次の使徒を倒したら、祝勝会っていうのは?」

「碇司令、どうですか?」

「……わかった」

 

 そう告げたゲンドウの言葉の裏には、葛藤があり、そして同時に隠し難い郷愁の念がある。

 

 碇ゲンドウにとっての幸福の象徴は、碇ユイをおいて他にはなく。しかし、この場にいる彼の息子と娘には、そのユイの気配が色濃く残る。

 

 ならば、その幸福で妥協してはいけないのか? そう考えるゲンドウが思考の片隅に居るのも、また事実。

 

 だが。碇ゲンドウという男はとうの昔に覚悟も決意も終えている。故にその目的遂行の念は、決して揺るがない。

 

 ……しかし。

 

 いずれ崩れ去る仮初だとしても、碇ゲンドウは確かに、この食事会に微かな幸福を感じているのだった。



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破-13

 使徒が来ないからと言って、エヴァパイロットがNERVに出勤しなくて良いのかといえば、当然そんなはずもなく。

 

 シンジ達はシンクロテストや健康チェックの為に、放課後になれば一度はNERVに出勤することが義務付けられていた。

 

 そんなわけで、本日のメニューはテスト用のプラグを用いたシンクロテストなのだが————リツコを悩ませるのは、パイロット達の試験結果だ。

 

「擬似シンクロテスト開始。……零号機、シンクロ率98.42%、2号機、シンクロ率99.98%、いずれも精神汚染濃度、計測されず。————すごい結果ですね、先輩」

「そうね。……共同生活による精神的充足や心理的安定性だけでは説明の付かない高レベルのシンクロ率……エヴァの運用上は有難いことだけれど、こうも原因不明だと研究者としては頭を抱えたくなるわね」

「この前の第八使徒戦からさらに上振れしてますもんね……やっぱり、シンジ君の影響なんでしょうか?」

「状況証拠だけで決めつけるのは良くないわよマヤ。とはいえ、その仮説を否定する方が難しいのだけれど。————それで、原因と思しき初号機パイロットの様子は?」

 

 そうリツコが話を振った事で、別枠扱いで試験されている碇シンジの様子がモニターへと表示され、現場センサーと同期した各種表示盤が一気にメチャクチャな値を表示し始める。

 

「えーっと……シンクロ率、2007.91%、精神汚染濃度のグラフは逆位相に大きく振れてマイナス98です」

「パイロットがエヴァ側を精神汚染しているなんて想定外にも程があるわね……いちおう聞いておくけど初号機の様子は?」

「電源を放電して停止プラグを打ち込んでありますが、原因不明の起動中。暴走は無し。————擬似シンクロ試験用エントリープラグはこの実験場内にしか接続されていないはずなんですが……」

「まぁ、パイロットに呼応してテレポートするぐらいだもの。遠隔起動ぐらいはするわよね、当然。それで、MAGIによる分析は?」

「全会一致で『もしかして:計器の故障』とのことです」

「エラーメッセージじゃない。……無理もないけれど」

 

 そう言って大きくため息を吐くリツコが見つめる先のシンジは、プラグに乗り込んだ瞬間プラグ深度がフリーフォール並みの速度で降下するというアクシデントや鳴り響くアラームと警告表示を意にも介さず、その瞳を青く燃やして虹色のATフィールドのオーラを纏っている。

 

「シンジ君のATフィールド、パターンは?」

「パターンオレンジ、分析不能です。ただ、波形自体は初号機と酷似していますが」

「変化なしね……やはり初号機との一次的接触が影響を及ぼしたと見るべきかしら」

「ヒトとエヴァの融合ですか」

「エヴァの呪縛という領域すら超えて、エヴァと同化した存在……或いは、彼の存在そのものが、レイやアスカのシンクロ率向上の原因かもしれないわね」

 

 そう言って、リツコはコーヒーを啜って苦笑した。

 

「シンジくんの事、好きでしょう? あの子達」

「成程! シンジ君はエヴァでもあるのでその好意が間接的に……?」

「ふふ、ごめんなさいねマヤ。忘れて頂戴。何の根拠もない与太話よ」

 

 誤魔化すようにそう告げるリツコだが、彼女自身、今閃いた仮説を真の意味では否定しきれない本心がある。

 

 結局、全ての測定が完了し、パイロットの3人に「もう上がって良いわよ」と伝えた後でも、その思考が消えない程に、彼女の心には妙な疑念が残ってしまったのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「あぁ〜退屈ぅ。使徒が来ないとチェックばっか! まいっちんぐね」

「まいっちんぐ、ってマチコ先生だっけ?」

「何よそれ? コレって日本の方言じゃないの?」

「あー……なんというか。日本の古いアニメの名台詞的な? ……誰から聞いたの?」

「ミサトが言ってたわね」

「ミサトさんが生まれる前の作品だった気がするんだけど……父さん世代なんじゃないかな?」

「マジ?」

 

 アスカのひょんなセリフから始まった、取り止めのない雑談。

 

 実験後の休憩時間を利用してNERVのカフェテリアで休んでいたパイロット3人組の会話は、次第に在らぬ方向へと逸れていく。

 

「え、じゃああれは? 『月に代わってお仕置きよ』ってのも慣用句とかじゃないわけ?」

「それもアニメのセリフ。そっちはミサトさんはモロに世代だと思うよ」

「アンタ詳しいわねシンジ。……レイはなんかそういうの聞いたことないわけ?」

「『ちょっち』……葛城一佐はよく言うけど、方言じゃない気がする」

「あー……たしかに。んー、こうして考えるとミサトって案外お————」

 

「誰がオバサンですって?」

 

「————こちゃま、ってミサト居たの!?」

「居たわよ。……というかオバサンじゃなかったにしてもお子ちゃまってそれはそれで失礼しちゃうわね」

「だってアニメのセリフ真似とか幼児語とかさぁ」

「うぐ……口癖は人それぞれでしょ。————まぁ良いわ。退屈してるみたいだし、ちょっち手伝ってもらおうかしら」

「露骨に誤魔化したわね……で、手伝いって?」

「戦闘訓練。シンジ君の生身での戦闘力と初号機の異常な出力が関係してんじゃないかって仮説が作戦課の方で出てるのよね。その実証よ!」

 

 そう言ってミサトは『碇シンジ検証計画』と題された書類の表紙を見せつける。

 

 が、流石にアスカが如何に天才美少女軍人であったとしても、書類の表紙だけで内容が判るはずもない。

 

「つまり?」

「検証にあたって、シンジ君のスパーリング相手は多い方が良いってわけ。アスカ、お願い出来る?」

「ふぅん。私は良いわよ?」

「あの、僕が良くないんですけど?」

「シンジ君は測定対象なので葛城一佐として参加を命じます」

「そんなぁ」

「良いでしょ、特訓よ特訓。ほら色んな特訓をすれば魔球大リーグボールみたいな必殺技が思いつくかもしんないじゃない」

「巨人の星かぁ……父さんが星一徹ぐらい素直で柔軟な思考なら良かったんですけどね」

 

 そう言って苦笑するシンジに対し、ミサトの反応もまた、引き攣った苦笑いだ。

 

「……間接的に酷いこと言うわねシンジ君」

「……アスカ」

「何よ、レイ」

「言ってる意味、わかる?」

「全然」

 

 付いていけない、とばかりにヤレヤレと首を振り「お子ちゃまでもオバサンでもないとしたらオタクね」と言い捨てるアスカと、首を傾げているレイ。その言いっぷりにジト目で拗ねるミサトと、それを宥めるシンジ。

 

 どうにも締まらない雰囲気だが、気さくな会話ができるとはいえミサトは上官。その命令に従うべく、シンジ達はミサトの案内に従って訓練室へと移動するのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そして現在。

 

 シンジはアスカから猛烈なアタックを受けていた。

 

「ちぇちゃああッッ!」

 

 ラッシュにラッシュを重ねるような、流れるような猛攻撃。軍隊格闘技というよりはストリートファイトめいているその攻撃に対するシンジは防戦一方。

 

 アスカのしなやかな脚が鞭のようにしなり、アスカの華奢な腕が唸りを上げて叩き込まれるその中で、シンジはその攻撃を捌き続けているのである。

 

 これは何も、シンジがヘタレているだとか、消極的だとかそういうわけではない。

 

 現に先程の「普通のスパーリング」では、アスカの蹴り足を掴んでその勢いを合気道の要領で受け流しつつ攻撃に変換し、アスカを派手にぶん投げているのだ。

 

 もちろん、見た目は派手でも受け身をとりやすいように配慮はしてあったのでアスカは今ラッシュを叩き込める程度には元気で怪我もない。

 

 だが、その程度の反撃すら行わない現在の状況は、作為的なもの。

 

「日向君、シンジ君の脳波や脈拍は?」

「ん〜。擬似的に『追い詰められている状況』を再現してるはずなんですが、静かなもんですね」

「そ。————2人とも一旦ストップ! アスカ! 交代しましょ!」

 

 そう告げて、いつもの赤いジャケットを脱いで黒いハイネックのタイトワンピース姿となったミサトがグリグリと肩を回せば、返ってくるのはシンジの悲鳴だ。

 

「げぇ! ミサトさんもやるんですか!?」

「なによ、アスカの相手は良くて私の相手は嫌なわけ? ……ふふ〜ん?」

「いや、ミサト。変な邪推してるけど純粋にアンタが強いから嫌がってんのよコイツ」

「そう? ……まぁそれなら、実験主旨的にも私がやった方がよさそうね。シンジ君は引き続き反撃禁止。追い詰められた際のデータを取るのが目的だから、全力で防御して頂戴」

「……はぁい」

「嫌そうな顔しないの! じゃあ行くわよ!」

 

 そう告げて、アスカとバトンタッチしたミサト。その攻撃は、シンジが恐れた通り、アスカより『恐ろしい』攻撃に満ちた破茶滅茶なものだ。

 

 金的、サミング、地獄突き、頭突き、肋骨折り、鎖骨折り、鼓膜破り、顔面への肘打ち、こめかみへの膝蹴り。

 

 完全に殺意に溢れすぎているその戦闘術はガチガチの殺人殺法であり、軍隊格闘技にしても異常なほどに攻撃的なもの。

 

 その怒涛の攻撃とそこに乗った『殺意』に対して必死に対応するシンジは、ATフィールドを解禁してまで全力で身を守り、暴力の化身となったミサトから生き延びようと意識を集中する。

 

「————そこまで! データ取得できました!」

 

 そう告げる日向マコトの声でピタリと停止するあたり、ミサトの主観としては決して本気で殺しにかかっては居ないのだろう。

 

 だが、シンジは先程のアスカとの戦いとは比べ物にならない程に汗をかいており、観戦していたアスカとレイも、冷や汗をかいて無意識に生唾を飲み込む程に、ミサトとシンジの間に僅かな時間発生した『死合』は恐ろしいものだった。

 

「ミサトさん、殺す気ですか……?」

「んーにゃ、寸止めする気だったわよ? でもまあ、使徒って殺気は無いから、怖いって意味じゃあ今の方が怖かったんじゃない?」

「一瞬ミサトさんが嫌いになりそうでしたよ」

「げ。それは悲しいわね。……でもシンジ君。この『悪意』や『殺意』を経験しとくのは、戦っていくなら必要よ。もちろんアスカやレイもね。徒手空拳や拳銃使うような距離の実戦じゃ、目的のためなら殺人も厭わないような『漆黒の意志』がものを言うんだから」

「……それはまぁ、確かに。得難い経験かもしれないですね」

「でしょ〜? で、大リーグボールは閃いたかしら?」

「そのネタまだ擦るんですか?」

「ありゃ。面白くなかった?」

 

 そう告げてヘラヘラと笑うミサトは、先程までの鬼神か何かのような女性と同一人物とは思えないいつものミサト。

 

 だが、その中にしっかりと『軍人であり殺戮者としての葛城一佐』が居るという事実を見せつけられた事で、シンジ達の中でミサトに対する評価はちょっぴりと上方修正されたのであった。

 



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破-14

 あのクソ迷惑な血の池地獄を作った第八の使徒以降、めっきりと途絶えた使徒の侵攻。

 

 力を溜めているのか、それとも何か事情でもあるのか、今の平穏に嵐の前の静けさのような不吉さを感じずにはいられない状況ではあるが、それでも平穏は平穏である。

 

 そして平穏すぎて実験をやり尽くしたのか何なのか、今日は珍しくNERVに出勤しなくても良いとのことで、シンジ達パイロット組は、放課後の屋上で部活や委員会に勤しむ友人達の下校を待っていた。

 

「しっかし、あのジャージが保健委員とはね」

「知らなかったんだアスカ」

「教師に言われて女子の方の保健委員は知ってたけどね」

「ああそういう。ケンスケは写真部で……洞木さんはなんだっけ」

「ヒカリは料理部だってさ」

 

 そんな会話を交わしてのんびりと日向ぼっこする優雅な午後。レイは読書に耽り、アスカは携帯ゲーム機をいじくり、シンジは片耳タイプのモノラルイヤホンで音楽鑑賞というそれぞれの趣味をこなすこの時間は、彼らにとっては得難い『普通の日常』であった。

 

 だがしかし。

 

「アスカ。空から女の子が」

「レイ、アンタ何読んでんのかと思ったらジブリのアニメ絵本読んでんの? 誰が親方よ」

「違う。上」

「は? ————マジぃ!?」

「パラシュート!?」

「アレ風向き的にこっちに落ちるわよ!?」

 

 流石は空軍大尉、空挺降下の経験もあるのか上空のパラシュートの落下軌道を瞬時に予測し警告を発するアスカ。

 

 その声に応える様に、上空から降ってくる謎の少女はどこか間の抜けた声を上げる。

 

「どいてどいてー!」

 

 降ってくる少女。どう見てもガチな空挺降下装置。しかしその格好は制服。

 

 それらを瞬時に判断したアスカとシンジの思考が叩き出した解答は、全く同じ内容だった。

 

「シンジ、そいつ捕まえて!」

「了解!」

「げげぇーッ!?」

 

 すなわち「こいつスパイじゃね?」。

 

 軍人として所属不明の落下傘部隊を発見した際に行う発想としては至極当然のその思考の結果、落ちてくる少女に着陸前に飛び付きパラシュートでふん縛るシンジとNERVに連絡を入れたアスカ。

 

 その流れる様な連携は、謎の少女にとっては予想外の連続だったのか、困惑のままに簀巻きにされて転がされ、その上でレイとシンジにのし掛かられて完全に拘束されている。

 

「うにゃあ……こうも見事に捕獲されちゃうとはにゃあ。というか何あの空中殺法。というかなんでこのお嬢ちゃんは私のほっぺ引っ張ってるのかにゃ!?」

「レイ、危ないからやめなさい。噛まれるわよ」

「……スパイなのに特殊メイクじゃない」

「映画の見過ぎだにゃあ……ってイデデデデデ!?」

「綾波さん、僕が拘束しとくから何かもっと縛るもの持ってきて。そこの非常ベルの下に消防用のホースあるから」

「ガハッ、ゴホッ……ギブギブギブギブギブ!」

 

 ベアハッグの領域を越えてジーグブリーカーとでも呼んだ方が良さそうなシンジの容赦ない拘束に悲鳴をあげる少女。

 

 だがそのギブアップ宣言は受け入れられず、結局NERVの保安部を率いて加持リョウジがやってくるまでの間に、少女は簀巻きの上から消防用のホースで雁字搦めにされて、屋上のフェンスにギチギチに縛り付けられる羽目になるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 それから2時間後。

 

「いやあ、うちの部下がごめんな3人とも」

「酷い目にあったなあ……」

 

 加持による照会によって『NERVユーロ支部監査部所属の真希波・マリ・イラストリアス特務少尉』だと身元が割れた少女と加持、そしてパイロット3名は、加持の奢りで『ビッグボーイ』に夕食を食べにやってきていた。

 

「ビックリしましたよ本当に」

「本当にスマン。俺がユーロから本部付きになったもんであっちから呼んだは良いものの、本来はNERV施設に降下予定のはずが上空で風に流されたみたいでな。まさか中学校に落ちるとは」

 

 そう言って平謝りする加持に対して、パイロット達の反応は三者三様。

 

 シンジは『何やら裏がある』事を見透かした上で表面上寛容な態度を取り、アスカは同じく『何か裏がある』と思うからこそ警戒し、レイは我関せずとばかりにドリンクバーをお供に読書の続き。

 

 そんな彼らに対して、渦中のマリの反応はといえば、なかなかに個性的だった。

 

「ふふぅ〜ん? みんな同じ柔軟剤の匂いがするって事は同じ家に住んでんの? キミ達。LCLの良い匂いもプンプンするけど、お姉さんはそっちのが気になるかにゃ」

「何コイツ」

「手厳し〜なぁ、お姫ちん。仲良くしようぜ?」

「アンタねぇ……」

「まぁまぁアスカ。加持さんの部下だし変わった人なんだよきっと」

「おっとシンジ君、言葉のナイフがおじさんに刺さってるんだが」

「ミサトさんの彼氏な時点で変人マニアの評価は諦めてください」

「あ〜……ふぅん?」

「いやいや、アスカも納得しないでくれよ。『あ、そうなんだ』みたいな顔しちゃってまぁ……」

 

 そう言って苦笑する加持と「リョウちゃんタジタジだにゃ」とチェシャ猫の様に笑うマリ。

 

 軽く解れつつあるその場の空気の中で、無事にラピュタを読み終えたらしいレイがパタリと本を閉じて、マリを見つめる。

 

「真希波さん、貴女もエヴァに乗るの?」

「んーにゃ、あたしの5号機はぶっ壊れちゃった」

 

 そんなYESでもありNoでもある回答をするマリは意味深に笑うと改めてシンジ達に挨拶する。

 

「私は真希波・マリ・イラストリアス。第四の少女ってヤツ。よろしくね、ワンコくん、姫、パイセン」

「誰が姫よ誰が」

「えー、可愛いからいいじゃん。ね、ワンコくん」

「まぁ、アスカや綾波さんが可愛いのはわかるけど、僕まで可愛くなくてもいいんじゃない?」

「えー。いいじゃんいいじゃん。ねーパイセン」

「真希波さん、パイセンって何?」

「へ? ほらザギンでシースー的な」

「ザギンって何? シースーもわからない」

「それはその……」

「ははは、マリもレイちゃんの純粋さの前だとタジタジだな」

「私が失った輝きに目が焼けそうにゃ。パイセンは天使パイセンだった?」

 

 そう言ってケラケラと笑う第四の少女、マリ。

 

 シンジ達にとっては今まで周囲にいなかったタイプの彼女の存在は、新鮮でもあり、異質でもあり。

 

 そんな仮初の平穏という水面に落ちてきた少女が巻き起こした波紋は、周囲に広がり、揺らぎを生み出していく。

 

 ————平和な生活の終焉は、近い。



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破-15

『やあベィビー♡ 今夜どうだい?』

 

 深夜0時に加持から届いたそんなメールは、普通ならば確実に、無視する類のもの。

 

 だがその直後に『送り間違えた、すまん』とのメールを携帯に受信したことで、シンジはしばし思考を巡らせた後にこっそりと自宅を後にした。

 

 向かう先は、先日のビッグボーイ。店もすでに暗くなっている中で、何故か駐車場に停めてある車へと自然体で近寄ったシンジは、澱みなく助手席のドアを開けて乗り込むと、運転席に座る男に問いかけた。

 

「で、何の用なんですか?」

「悪いね、きてもらっちゃってさ。というかよくあんなので判ったな?」

「判ると思ったから送ったんでしょ? 心当たりのあるBB(ベィビー)がBigBoyしかなかったので簡単でした。……それで?」

「まぁ内容はドライブしながら話そうか、シンジ君。いや————碇博士」

「……良いですよ。何か奢ってくれるなら」

「あんまり高いのは無理だぜ?」

 

 そう言って肩を竦める加持に『ボトルタイプの缶コーヒーで良いですよ、香りの良いやつ』と答えたシンジを乗せて発進した車は、夜の第3新東京市を目的地もなく駆けていく。

 

 そして、車が市街地を抜けて高架式の環状道路に乗ったあたりで、加持はその口を改めて開いた。

 

「さて、碇博士。まずはこちらを」

 

 そう言ってダッシュボードから取り出したるは、一冊の紙資料。

 

 その表面に書かれているのは『人類補完計画』という何とも怪しげな名称だ。

 

 パラパラと捲ってみれば、そこにあるのはなんとも壮大で遠大、そして理不尽極まる計画であった。

 

「葛城博士の名は、形而上生物学を研究しておられた碇博士ならご存知の筈。そう、葛城のやつの親父さんです。……彼が考え出した、究極の人工進化計画こそが、人類補完計画」

「僕と同年代の子がサインペンで表紙を黒塗りしたノートに書いてる設定集、って感じですけど……それにしては確かに、形而上生物学的に見て論理展開に瑕疵はありませんね」

「でしょう? まぁ妄想ノートの類なら良かったんですがね」

 

 そう苦笑する加持に対して、シンジは同じく苦笑と溜息で返し、言葉を紡ぐ。

 

「セカンドインパクトによる海の浄化、サードインパクトによる大地の浄化、フォースインパクトによる魂の浄化を経て、凡ゆる生物のATフィールドを取り払い、統合された単一生命体へと至る……随分とまあ馬鹿馬鹿しいですけど……既に第一工程は実行済みってことですか」

「ええ。葛城博士の手によって行われた実験の結果こそが、セカンドインパクト。碇博士の生まれる前に発生した未曾有の大規模災害です。形而上生物学的予測と仮説を元に南極で発見された第一使徒を用いた儀式が行われ、あらゆる海洋生物はATフィールドを奪われて消え失せた」

 

 加持はその言葉と共に15年前に思いを馳せ、今は失われた南極の情景を惜しむ様に、唇を噛む。

 

 世界にとっても彼にとってもあまりにも大きな被害を齎したその事件は、1人の男の手によって起こされたのだ。

 

 しかし、そうであるならば、その話を聞いたシンジには当然浮かぶ疑問がある。

 

「それで、海の生き物の魂は南極に開いたガフの扉の向こう側へ、ってわけですか。でも、葛城博士はその際に亡くなった筈ですよね? ————誰が計画を引き継いでるんですか?」

 

 至極当然のその疑問。葛城博士がセカンドインパクトで物理的に消し飛んでいる以上、サードインパクト以降のインパクトに関しては、他の者の手によって引き起こされるしかない。

 

 それに対して、加持の答えは明確だった。

 

「……秘密結社ゼーレ。世界を裏で牛耳る悪の組織って奴ですよ。……本人達は正義のつもりかもしれませんがね。彼らが葛城博士の計画を引き継いだ……というより、博士の計画自体がゼーレの強力なバックアップを受けて行われたものです。そして、NERVという組織は実のところゼーレの下部組織。NERVの目的は表向きはその地下の第二使徒リリスを使徒の手から守り、サードインパクトを阻止する事ですが————」

「————実際には、ゼーレにとってベストなタイミングで人為的にサードインパクトを起こすのが目的だった?」

 

 加持の言葉を引き継ぐ様に続けたシンジに対し、首肯で答えた加持は、タバコを一本咥えて火をつけたあと、シンジに向けて問いかける。

 

「碇博士、ここまで聞いてどう思われましたか?」

「……これが父の計画なら、僕が阻止します。凡そ父の個人的な目的も知れていますし」

「なるほど」

「————僕を止めますか?」

 

 そう問いかけるシンジに「いやいや、むしろお手伝いしたい」とヒラヒラと手を振って答える加持の仕草は気楽なものだが、その瞳の裏にあるのは、強い決意だ。

 

 シンジを信用して何かを明かす。

 

 言葉を介さずニュアンスで伝えられたそのメッセージに、シンジも自然と居住まいを正し、彼の言葉を待ち受けた。

 

 そして。

 

「————我々はNERVにあってNERVでない組織。生物の多様性を保全し、絶望のリセットではなく希望のコンティニューを目指す『WILLE』。碇博士、貴方にも是非、我々の仲間に加わって欲しいんです」

「……と、言うと?」

「目下の目標はサードインパクトの阻止。その為にはNERVの『表の目的』と同様、使徒の殲滅が必須です。……セカンドインパクトと同じく、各インパクトに必要なのは使徒の持つ生命の実と、ヒトの持つ知恵の実、そしてエヴァンゲリオンと、鍵である『神殺しの槍』。2つの禁断の果実を喰らったエヴァンゲリオンを槍を用いて生贄とすることで、神の世界に至る『ガフの扉』を完全に開き、周囲の生物の魂を収奪する。……尤も、ガフの扉自体は2つの実を喰らったエヴァだけでも開きます。ですので阻止手段としては……」

「全てのエヴァの破壊、全ての使徒の完全消滅、全ての人類の絶滅の3択って訳ですか」

「ええ。まぁ最後のはナシとして、前者も無理でしょう」

「人造物である以上、創り出せるからですか」

「その通り。……つまり結局のところ『NERVの建前部分を命題にしてしまおう』ってのが我々の現状なんです。あとは種の保全活動をボチボチと。……この前の日本海洋生態系保存研究機構、楽しかったでしょう?」

「ああ、なるほど」

 

 ————どうやら随分と前からシンジは加持に見込まれて居たらしい。おそらくは、出会う前から。

 

 その事実にシンジは何処かおかしくなって小さく笑うと、言葉を紡ぐ。

 

「お誘いなんですけど————僕にとってはヒトの殲滅もエヴァの殲滅も自殺と同義なので、使徒の殲滅って話なら、協力します」

「それに失敗した時は?」

「……NERVが保有するエヴァを可能な限り奪取して残りは殲滅、ですかね」

「なるほど。……素晴らしい。やはり貴方に話をして良かった」

「でもまぁ、当然僕の立場的には『実はWILLEなる組織も悪の組織』ってのも全然有り得るので参加はしませんけど」

「あらら?」

「でもこうして直に話せば加持さんが嘘を言ってないのは脈拍、呼吸と生体電流で解ります。だから————男と男の個人的約束ということで良いなら、僕は貴方に協力しますよ、加持リョウジさん」

 

 そう告げて、握手の手を差し出すシンジに、加持は力強い握手で応じ、今までの真面目な雰囲気を取り払う様に相好を崩した。

 

「男の約束、か。……意外とシンジ君って熱血少年なのかい?」

「まぁ、僕は正義のヒーローになる男ですから」

「そりゃ心強い。……シンジ君。約束だ。人間の自由の為、生きとし生けるものの為に、俺と一緒に戦ってほしい」

「はい。……僕はその為に生まれてきた様なものですから」

 

 そう答えるシンジは、決意を胸に、覚悟をより一層強くする。

 

 ————この先なにが起こっても、世界中の人たちの幸せをあなたが守るのよ。

 

 そんな母との約束に、新たに加わった男の約束。

 

 己を強く縛るその枷を自ら強めていくシンジの魂は、自らに掛かる重圧を力に変えて、太陽の如く燃え盛る。

 

 

 そしてこの日、碇ゲンドウと碇シンジの進む道は、静かに、しかし明確に分たれたのだった。



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破-16

「通信途絶! 大気中の電波障害急激に増大! 爆心地は北米! これは————4号機と第二支部が消滅!?」

 

 突然コンソールに溢れ出したエラーメッセージとそれが齎した凶報により、騒然となったのは夜も遅くの事。

 

 しかも間の悪いことにその連絡を受けた際にはミサトは自宅で入浴中、リツコはNERV内のカフェテリアで夕食中、その他の職員も夜勤組と交代しようかという最中であった為NERVの混乱は中々のものだった。

 

 ただ、それもこれも、その情報の異常性故の事態であるのは間違いない。これが使徒襲来であれば、NERVのスタッフは対応の為の訓練は脊髄反射になるレベルまでやり込んでいる。これほどの混乱を生むこともなく、冷静に対応できた事だろう。

 

 だが、『よくわからないけどとにかく周辺地域ごと支部が消滅した』などという超異常事態に対応するような訓練を受けているはずもなく、対応が後手後手になってしまったのである。

 

 そしてそれ故に。パイロット達がその事態を知ったのは、翌朝のことだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「NERV北米第二支部が消滅、ですか。……えーっと。つまりどういう事なんです? 新型爆弾の実験でもしてたんですか?」

「まぁ、そうなるわよね……今件の詳細な原因は不明。ただ、いくつかの予想はついたわ。マヤちゃん、データを」

「はい。……当日、NERV北米第二支部ではエヴァ4号機の起動実験を行っていました」

「起動実験? んなもん電源入れるだけじゃない。エヴァって電気で動いてるんだし。……まさか、内部バッテリーの不良で周囲丸ごと支部が吹っ飛んだってのリツコ?」

 

 そう言って訝しげな目を向けるのは、『兵器』としてのエヴァンゲリオンへの理解度でいえばパイロットで最も長けているアスカ。

 

 バッテリーパックに蓄電出来るエネルギーを全て瞬間的に解放しても精々エヴァの背中が爆発して身体が上下泣き別れになるだけだ、と語るアスカの弁は、実際間違っていない。

 

 だが、しかし。

 

「バッテリーの爆発というのは、半分正解ね。……4号機は、活動時間の延長を目的とした新型主機のテストベッドだった……らしいわ。北米NERVの情報は私にも完全に明かされてはいないのだけれど」

「んー、N2リアクターでも積んだのかな……?」

「おそらく違うわ。これを見てちょうだい」

 

 そう告げてリツコがスクリーンに表示したのは、北米第二支部消滅の瞬間を捉えた衛星からの動画。

 

 立ち上がる光の柱と、その直後広がる異様な光の輪。そしてそれに伴い急速に消えていくATフィールドの反応。

 

「……使徒の爆発と形象崩壊?」

「やはりそれを想起するわよね。周りごと巻き込んでとなると異様すぎるけれど」

 

 そう言って嘆息するリツコの眉間には深い皺が刻まれており、彼女自身よくわからない今回の事件に懊悩しているのは見て取れる。

 

 だが、そんな彼女に追い討ちを掛けると分かっていても、ミサトは作戦課長として聞くべき話があった。

 

「……リツコ、ウチのエヴァは大丈夫なのよね?」

「それはもちろん、安心安全の充電式だもの。バッテリー稼働時間は5分だけれど、アスカの言う通りこんなメチャクチャな事にはならないわ」

「なら良いけど……原因不明の起動を繰り返してる初号機は?」

「あれは現象で言えば暴走に近いから別件と見るべきね。エヴァが制御システムに依らず自律行動をするのは確かに計算外の挙動だけれど」

 

 そう言って疲れたように深い深い溜息を吐くリツコ。だがわざわざパイロットを呼び寄せてこんな話をしているのは、もっと気の重い話をする為なのだ。

 

 そして、ミサトとリツコのしばしのアイコンタクトの後、その話題を切り出したのは、ミサトだった。

 

「で、今回吹っ飛んだのは4号機なんだけど。……NERV北米第一支部では、3号機が建造されていたのよ」

「ふぅん。……それが何だってのよミサト」

「ウチに引き取って欲しいそうよ。ついでに起動実験もして欲しいらしいわ」

「はぁ?」

 

 アスカが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。その内容はつまり————。

 

「自爆が怖いからアタシ達に実験台になれっての!? ありえない!」

「そうなるわよねぇ……私も断れるものなら断りたいんだけど……」

「……父さんですか?」

「いえ、碇司令も一度は断ったみたいよ。にも関わらず、国連からの命令権を行使されたってわけ。……ウチもまぁ、国連の下部組織だからこれを断るのは流石に無理ね」

 

 そう言って今日何度目かも分からない溜息を吐くミサトだが、そんな彼女が出した『国連』という単語で、レイは一つの懸念を指摘する。

 

「……葛城一佐。バチカン条約はどうなるの?」

「鋭いわねレイ。……今回集まってもらったのは他でもないわ。————誰の機体を凍結して、3号機の起動実験を行うか、これを決めたいの」

「ミサトさん、それなら僕が————」

 

 そう率先して手を挙げるシンジだが、それに対してミサトは首を横に振る。

 

「シンジくんはダメよ」

「何故ですか?」

「さっきも言った通り停止プラグを打ち込んでも暴走している以上、初号機は凍結できないからというのが一つ。もう一つは、もし3号機が暴走した際に最も強力な対抗手段となるのがシンジくんと初号機だからよ。だから、レイかアスカのどっちかが今回の実験の対象になるわ」

 

 そう告げて、改めてアスカとレイに視線を向けたミサト。それに応じるように声を上げたのはレイだったが、直後、それに被せるようにアスカが強く主張を述べる。

 

「葛城一佐、私が————」

「————アタシが乗るわ。レイはプロトタイプの零号機しか乗った事ないんでしょ? それなら起動実験は制式タイプの2号機に慣れてるアタシの方がいいわ。それに、アタシの方が常にレイよりシンクロ率が高いしね!」

「……アスカ」

「何よレイ」

「私は死んでも代わりが————」

「————それ言ったらこの場でボコボコにするわよ、レイ」

「……何故?」

「アタシがアタシであるように、アンタはアンタで代わりなんてもんはないからに決まってんでしょうが! アタシ、自己犠牲とか他人の為に死ぬとか、そういうの虫唾が走るの! もっと自分を大切にしなさいよね!」

「……ごめんなさい。ありがとう、アスカ」

「ふん。————で、ミサト。アタシはどうすれば良いわけ?」

 

 そうミサトに問うアスカは、一見気負った様子もなく自然体。

 

 だが、そんな彼女の瞳の奥に一抹の恐怖と不安を感じ取ってしまったシンジは、ギシリ、と鈍く軋んだ音が出るほどに拳を握り、どうにか己を抑え込むのに必死だった。

 

 己の不安を押し隠して責務を果たそうとする少女と、そんな少女の姿に己の不甲斐なさを恥じる少年。

 

 それぞれの心は決して表に出ぬままに、運命の歯車は、唸りを上げて回り始めるのであった。

 




割烹にも書きましたが体調が死んだのでしばらくは不定期更新です!
ガンバルゾー\\\\٩( 'ω' )و ////


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破-17

「アスカ、温泉とか興味ある?」

 

 3号機の起動実験を控えたある日の夜。レイは既に寝室に引っ込んだ夜遅く、アスカからのリクエストでホットチョコレートを作っていたシンジは、ふとそんなことを切り出した。

 

 その言葉に面食らったのは、当然ながらアスカ。今まで割と『誰かの頼みを聞く』ことが多かったシンジからの能動的な申し出は、彼女にとって新鮮だったのだ。

 

「何よ急に。……そりゃあアタシもドイツ育ちだし、温泉は興味あるけど」

「ドイツも温泉地だもんね。……いや、3号機の起動実験の後に全員分の休暇を申請してみたら通ったからさ。せっかく箱根にいるんだし箱根温泉行こうかなって」

「ふぅん? 誘うからにはアンタが奢るんでしょうね?」

 

 そう言いつつ、差し出されたホットチョコを啜るアスカは、スマホを取り出して何やらお気に入り登録してあったらしいサイトを引っ張り出してくる。

 

 そんな彼女の乗り気な反応に対し、水を差すのも悪いかと考えたシンジは、脳裏に自身の貯金額——パイロットとしての給料の他に博士としての細々した業務収入があるのでそれなりの額——を想起して、彼女の提案に返答する。

 

「うーん。わかった。出すよ」

 

 だが、その安易な了承に対し、アスカは勝ち誇るようにスマホを掲げると、寝室に向けて声を張り上げた。

 

「レイ! シンジの奢りで箱根花紋の立花に泊まりに行くらしいわよ!」

 

 その暴挙に対し、流石のシンジも慌ててアスカに叫ぶ様な声でツッコミを入れた。

 

「————!? 三つ星高級旅館じゃなかったっけそこ!? 一泊1人5万くらいの!」

 

 だが、碇家の頂点に君臨するお姫様は既に決定事項だというふうにシンジに予約サイトのページを突きつけると、彼にじっとりとした半目を向ける。

 

「何よ、ダメだっての?」

「……。うーん……。無理ではないけど……」

「なら決まりね!」

 

 そう告げてフフンと胸を張るアスカと、やれやれと嘆息しつつも予約を入れるシンジ。そんな中、寝室からのっそりとやってきたレイは、状況が飲み込めず、困惑したように声を発する。

 

「アスカ、声が大きい。何事……?」

「だから、アタシとシンジとレイで温泉旅行よ!」

「温泉……大きいお風呂? お風呂ならこの家にもあるのに」

「……どこまで箱入りなのよアンタ。良い? 温泉ってのはね————」

 

 そう切り出して温泉の素晴らしさについて滔々と語るアスカと、首を傾げつつもそれを素直に聞いているレイ。

 

 そんな2人の様子を眺めつつ、シンジは提案して良かったと喜びを抱きつつも、同時に手痛い出費に頭を悩ませるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方、その頃。

 

 葛城ミサト、加持リョウジ、赤木リツコの同級生兼同期トリオは珍しく酒場へと繰り出していた。

 

 ただ、学生時代なら、取り止めのない話を肴に飲んだくれていただろうが今や彼らは大の大人。話題となるのは専ら仕事の話である。

 

「なーんか気に食わないのよね、あのダミーシステムってやつ」

「ゴルゴダベースからの直送品だっけか? ……なんかマズい事でも?」

「……一応、パイロットの補助システムって事になってるけど……パイロット無しでもATフィールドが出せるってのがちと引っかかるのよ……ねぇリツコ、缶詰にされた脳味噌でも入ってんじゃないでしょうね、アレ」

 

 そう言ってリツコを冗談混じりに睨むミサトだが、それに対するリツコの返答は溜息混じりだ。

 

「私に聞かないで頂戴。司令の直轄案件なんだから。……ゴルゴダベースってのも気にかかるしね」

「気にかかるって?」

「ゴルゴダはアラム語、ラテン語ならカルヴァリーよ。カルヴァリーベースが何なのかは、ミサト、あなたが一番詳しいでしょう?」

 

 そう告げられたミサトは、飲んでいた焼酎の酔いが一気に吹き飛んだかのように真剣な目でリツコを見つめる。

 

「……まさか、あの南極基地だっての?」

「可能性があるってだけよ」

「……ますます胡散臭いわね。……何でこのタイミングでそんなもんを初号機に搭載するってのよ」

「確かに葛城の言う通り、何かしらの陰謀を感じるな。ムーにでも記事を売り込んでこようか?」

 

 そう言い出してブランデーを煽る加持は、ふざけているようでその瞳は真剣だ。だが真剣だからこそ、友人としてリツコは忠告をせざるを得ないのである。

 

「……リョウちゃん、下手に嗅ぎ回ると命がいくつあっても足りないかもしれないわよ?」

「うまく嗅ぎ回れば良いんだろう? これでも鼻は利くんだぜ。例えば————ん? 葛城、お前これ、ディオールのジャドールって、俺が学生時代に……」

「なッ!? うっさいわねこのバカ!!!」

「あらら。ミサトったら照れちゃって」

「ははは、存外嫌われてないらしいな俺も。……でも、こうして3人で連んでると、あの仲良し3人組に全部背負わせるのは罪悪感を感じちまうな」

「あら、自己投影でもしてるの?」

「俺がシンジ君で、葛城がアスカちゃん、りっちゃんがレイちゃんってか? 流石に俺はあそこまで凄くないさ」

「リョウちゃんはスーパーマンよりはバットマンだものね」

「随分と買い被るなぁ。ロビンじゃないのかそこは」

「ふん、アンタにゃロビンもアルフレッドも勿体無いわよ」

 

 そんな会話を交わす3人の夜は、脱線を繰り返しつつも、一時の楽しい時間として、業務に忙殺される日々の癒しとなるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そうして迎えた、起動テスト当日。

 

 無事の成功を祈り本部で待機する控えスタッフ達とシンジ達の耳に届いたのは、松代の実験施設で原因不明の爆発が発生。

 

 実験を監督していた葛城ミサト、赤木リツコ、そして起動実験の主役である式波・アスカ・ラングレーが消息不明である、という絶望的なものだった。



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破-18

 ————時はしばし遡る。

 

 その日、多少の遅れがあったものの無事にNERV松代基地へと運び込まれたエヴァ3号機は、着々と起動準備を進めていた。

 

 輸送されてきたエヴァは受領から仮設実験施設に完全に搬入されるまでは作戦課の管轄。その指揮のために現地に向かうミサトが手ずから運転する実験設備輸送用のトラックに便乗する形で、アスカもまた現地へと到着した。

 

 ドアを勢いよく開けて駐車場の地面に降り立ち、それなりの長距離移動で凝った背中をぐっと伸ばしてから、座っていた座席の下から手荷物を詰めた鞄を引っ張り出せば、中に突っ込んであった携帯に一件の留守番電話。

 

 着信名は『バカシンジ』。忙しい時に何の用かと再生を押してみれば、流れてくるのは聞き慣れた面々の声だ。

 

『一件の新しいメッセージがあります。一番目のメッセージです』

 

『センセ、もうこれ始まっとるんか』

『そのはずだよ』

『ほうか! えー、式波! なんや重大ミッションやて聞いたで! 頑張れよ!』

『トウジ、無駄に声がデカいよ。……あー、相田です。武運長久を祈る!』

『お前もデカいやないかケンスケ』

『2人とも、アスカの耳が痛くなったらどうするのよ……あ、ヒカリです。私も応援しかできないけど、応援は全力でしてるからがんばってね!』

『いいんちょが一番デカないか……?』

『ははは、まぁ気持ちが篭ってて良いんじゃないのかな? ……ほら、綾波さんも』

『アスカ。温泉、約束だから』

『……うん。じゃあ最後に僕から。————アスカ、僕と綾波さんもこれからNERVで待機してるから、危ない時はすぐに呼んでね! もちろん、そんなことが無く無事に帰ってきてくれるのが一番だけど!』

『センセが一番やな、声のデカさは』

『愛の力ってやつ?』

『こら2人とも、揶揄わないの!』

 

 そんな騒がしい声達に思わずアスカは苦笑を漏らし、「バカばっかね、いつも通りエヴァに乗るだけなのに」と呟いてから、照れ隠しのように、近くに立つミサトに声を発する。

 

「3号機、アタシが気に入ったら赤く塗り替えてよね!」

 

 そう告げて、パタパタと更衣室に駆けていくアスカの背中を、ミサトは優しげな微笑みを浮かべて見送るのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

『エヴァ3号機、有人起動試験総括責任者到着。現在、主管制室に移動中』

 

 そんなアナウンスに迎えられたのは、白い鍔広帽子を被ったリツコ。オスプレイから降り立った彼女が見つめる先にあるのは、搬入されたエヴァ3号機を拘束する仮設ケイジだ。

 

『地上仮設ケイジ、拘束システムのチェック完了。問題無し』

『アンビリカルケーブル接続作業開始。コネクタの接続を確認、主電源切り替え終了。内部電圧は規定値をクリア』

『エントリープラグ、挿入位置で固定完了。リスト1350までをチェック。問題無し』

 

 そんなアナウンスの響く中、ミサトの声が「了解、カウントダウンを再開」と仮設の発令所から指示を出し、地上人員の退避勧告と共にカウントダウンが再開される。

 

 そんな中、医学検査を受け終えて、移動式の隔離室の中でテスト用プラグスーツに着替えるアスカは、ふと思い立ったように、ミサトに向けて電話を掛けた。

 

 事前の打ち合わせでは、そろそろ指揮権はリツコへと移譲予定。なら今電話してもさほど問題はない筈だと踏んだのである。

 

 そして、その予想通り、ミサトは数度のコールで電話に出た。

 

『どうしたのアスカ、本番前に』

「なんだかミサトと2人で話がしたくってさ」

『そう……今日のこと、改めてお礼を言うわ。ありがとう。あの時アスカ、レイを庇ってくれたでしょう?』

「礼はいいわ。愚民を助けるのはエリートの義務ってだけよ。……だってのにアイツら妙に気張っちゃってさ。大体アタシはみんなで仲良くってのは苦手だし。他人と合わせて楽しいフリをするのも疲れるし。他人の幸せを見るのが嫌だったし。私は……エヴァに乗れれば良かったんだし。元々1人が好きなんだし、馴れ合いの友達は要らなかったし。私をちゃんと見てくれる人は初めから居ないと思ってたし。……戦績のトップスコアさえあればNERVで1人でも食べていけるしね」

 

 そう、ポツポツと呟くように声に出していくアスカ。そんな彼女は、しかし一拍置いて晴れやかな声で、なんて事のないように、ミサトに告げる。

 

「でも最近、他人といるのもいいな、って思うこともあったんだ。……私には似合わないけど」

『そんなこと無いわよ。アスカは優しいから』

「……ふふ、こんな話、ミサトが初めて。なんだか楽になったわ。————誰かと話すって心地良いのね。知らなかった……」

 

 そう呟くアスカの目は、窓の外の景色を見つめながらも、遠い過去、暗く寒いドイツでの孤独な日々を見つめている。

 

 たった1人の『式波・アスカ・ラングレー』になる前も、なった後も。結局アスカは一人ぼっちで。

 

 でも、そんな日々の中で、ある冬の日に木立の中で一瞬だけ目があった『知らない夫婦に連れられた男の子』が、手を振ってくれた事だけは覚えている。

 

 ————覚えてはいたけれど、まさか、その当人と、お互いエヴァパイロットとして再会するとは思ってもみなかった。

 

 そして、再会した『男の子』はバカみたいなシンクロ率と百周回ってバカとでも言うべき脳味噌で、バカみたいな勝率の死線を潜って、バカげた身体に成り果てていたのだ。

 

 エヴァの呪縛というにはあまりにも酷いその身体。一度死んだ後に気合だけで自らを再構成し復活するなんて、それはもうヒーローアニメの主人公の所業だろう。それか、聖書の神の子だ。

 

 それがアスカはずっと気に食わなかった。

 

 だからシンジはいつまで経ってもバカシンジで。

 

 ————その理由が、『好意』からだと気づいたのは、たった今の事だった。

 

 アスカはあの日に出会った男の子に恋をして。そんな彼が、ボロボロのズタズタのヒーローなんかに成り果てて、あの日の普通の男の子でなくなっていたのが、どうしようもなく悲しかったのだ。

 

 だからこそ。

 

「ま、ちゃっちゃと終わってシンジの奢りで温泉旅館ね!」

『あら、羨ましいわねそれ』

「ミサトも彼氏と行けばいいじゃない。シンジからあの加持って人と付き合ってるって聞いてるわよ?」

『ちょ!? シンジ君何言いふらしてんの!? デマよデマ!』

「はは〜ん? これはデマじゃないパターンね」

『後でシンジ君にはオハナシが必要ね……というか、私“も”ってアスカ、シンジ君と付き合ってるわけ? ドイツと違って日本では愛を告白しなきゃ恋人関係にはなれないのよ?』

「……マジ? 恋愛までシステム化されてるのねこの国って。やっぱり日本人ってサイボーグなんじゃないの? ……まぁ良いわ。逆に言えば手続きさえ踏めば良いんでしょ?」

『あら前向き。……というか、否定しないのね』

「うん。私はあのバカが好き。……多分、ずっと前から」

 

 ————そう、冬の木立の中で、まだアスカではない『アタシ』を見つけてくれた時から。

 

 そう語るアスカの声に乗った隠しきれない熱と甘さは、ミサトに揶揄う気を無くさせるほどに『素敵なもの』で。

 

『ふふふ。良いわね、なんか。アスカとこういう普通の話が出来て嬉しいわ』

「そう? ……私も楽しかった。じゃあ、またねミサト」

『ええ。テストが終わったらまた話しましょ』

 

 そう言って切られた通信。携帯を閉じたアスカは、ふと鏡を見返して、テストスーツ姿の自分に照れるように、ポツリとつぶやいた。

 

「それにしても、透けすぎじゃない?」

 

 その呟きで隠したかったのは、姿というよりは彼女の顔に浮かんだ微笑み。

 

 生まれてこの方、心を表に出してこなかったアスカにとって、その笑顔は、初めての心の表出だったのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

「エントリースタート」

 

 そんなリツコの声で開始される実験。

 

 オペレーターの声が無数に飛び交う中で、プラグ内のアスカの心は今まで以上に落ち着いていた。

 

「そっか、私笑えるんだ。……ううん。きっと今までも。気付かなかっただけね」

 

 思い返せば、レイとシンジと自分の3人で過ごす生活の中では、今までよりずっと心が軽かった。だからきっと、今までアスカが気付かなかっただけ。

 

 ————式波・アスカ・ラングレーは普通の女の子である。

 

 そんな事実に目を向けてみれば、後は簡単。自分の心に素直になって見る世界は、心を殺して睨んでいた世界より何千倍も美しい。

 

 だが。

 

 次の瞬間アスカを襲ったのは、美しいというよりは悍ましい、血の赤のような風景の浸食。

 

 エントリープラグから見えていたはずの世界が血に飲まれ、その奥底に輝く青く不気味な光の渦へとアスカは落ちるように飲み込まれていく。

 

「きゃぁッ————!?」

 

 絶対に何かマズいことが起こっている。そう分かってはいても、渦潮のように自らを飲み込もうとする流れに押し負けて、アスカは抵抗も許されぬまま、光に飲まれ。

 

『プラグ深度100をオーバー! 精神汚染濃度も危険域に突入!』

「なぜ急に!?」

『パイロット、安全深度を超えます!』

「引き止めて! このままでは搭乗員がヒトでなくなってしまう!」

「実験中止! 回路切断!」

『ダメです! 体内に高エネルギー反応!』

「まさか————」

「————使徒!?」

 

 リツコとミサトが同時にその結論に辿り着いたその直後、アスカと3号機を飲み込んだ第九使徒が咆哮し、周囲に青いエネルギー波が吹き荒れる。

 

 そんな爆発の中心で、不幸にもアスカの意識だけは、一切の体の自由が利かぬままに健在だった。

 

「どうして?」

 

 そう問いかけても、使徒との強制的なシンクロを通じて目に映る光景は、何もかもが吹き飛ばされてしまった松代基地の姿。

 

「嫌、イヤぁッ————こんなの嫌ッ————助けて————」

 

 みっともなく泣き叫んでみても、乗っ取られたエヴァは全く言うことを聞かず、ゆっくりと第3新東京市に向けて進撃を開始してしまう。

 

 このままでは、自分が、使徒として、自分の大切な街を破壊してしまう。

 

 そんな絶望の中で、もはやエリートのアスカとしての人格は保てない。

 

 使徒の原初的な赤子のような精神パルスの奔流に中てられたアスカは、もはやただの無力な女の子として、泣き叫ぶ事しか出来ないのだ。

 

 

だが、しかし。

 

 

 アスカの身近にはそんな無垢な少女の悲しみを、決して許さないものが居る。

 

  (「————たすけて、しんじ」)

 

 そんなか細い声を、アスカの心が発した直後。

 

 ————バリバリと雷鳴の様な音と共に3号機の眼前の空間を引き裂いて、紫の巨人がその行く手を阻む様に現れた。

 

「アスカッ! 今助ける!」

 

 何故か使徒に侵食されているのに動く通信設備から伝わるその声に、アスカはエヴァの深淵で涙を溢し、自身を救いに現れた『ヒーロー』の存在を頼りに、絶望の中で足掻き始める。

 

 

 内と外。第九使徒に抗う少年少女それぞれの戦いが、夕暮れの迫る松代で幕を開けた。

 



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破-19

 事故の報告を聞いた直後に、空間をブチ破るという奇想天外な方法で誰よりも早く現場に駆け付けたシンジ。

 

 だが、そんな常識を気合と精神力で叩き伏せる彼と初号機を以ってしても、エヴァンゲリオンを乗っ取った使徒との闘いは困難を極めるものだった。

 

 中でも最も厄介なのは、やはり人質の存在だろう。

 

 シンジの初号機を基地局代わりにしてNERV本部から送り込まれる停止信号とプラグの緊急排出信号。プラグ自体はそれに反応して動いているのだが、纏わりつく青い粘菌の様な使徒の身体が、プラグをエヴァの体内に押し留めているのだ。

 

「プラグの排出、どうにもならないんですか!?」

『正直言って厳しい! シンジ君の方で引き抜けないか!?』

「やってみてますけど、コイツ、すばしっこい……!」

 

 そう。第二の問題はエヴァンゲリオン離れしたその出力。何しろ『初号機と格闘戦ができている』という時点でそのヤバさは言わずもがなだ。

 

 音の壁をブチ抜く拳を凌ぎ、まるで何処ぞのインド代表(ダルシム)の様に腕を伸ばして無理矢理に初号機を殴りつけ、獣の様な跳躍で宙を舞うその姿はまさに野獣(ビースト)

 

 挙句の果てに背中から第3、第4の腕を生やし、腕を地中に潜らせて地面から初号機の脚を狙うその戦法は、今までの使徒とは一味も二味も違うもの。

 

 戦闘に対して頭脳を駆使しているとしか思えないその振る舞いは、まるで人間のそれだ。

 

 そして、そんな使徒の攻撃は、『シンジのATフィールドを容易く突破する』。

 

 その原因と、人間臭い立ち回りの原因は根本的に同じ。

 

「コイツ、アスカのATフィールドをッ————!」

 

 そう。第九使徒はその内に取り込んだ式波・アスカ・ラングレーに強制的にシンクロする事で、彼女のATフィールドや戦術を掠め取っているのである。

 

 その事実に脳髄が煮え滾る様な怒りを抱くシンジは更なる力を求め、プラグ深度をマイナス領域にまでに突入させてエヴァとのより強力なシンクロを図る。

 

 だが、幾らエヴァとの繋がりを深め、出力を増したとて、()()()()()A()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()A()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、その戦いはノーガードの殴り合いとならざるを得ない。

 

 そんなシンジの苦戦する有様に口を挟んだのは、葛城ミサトの不在により直接陣頭指揮を執る碇ゲンドウその人だ。

 

『初号機パイロット。使徒殲滅に情を交えるな。3号機は既に搭乗者諸共破棄されている。即刻使徒を殲滅しろ』

「父さん……ッ、自分も母さんがエヴァに呑まれたら正気でいられないくせにッ!」

『————。最後通告だ。使徒を即刻殲滅しろ。……無理ならば、此方にも考えがある』

「使徒は殲滅するッ! アスカも助けるッ!」

『……。————伊吹二尉、初号機とパイロットのシンクロを全面カット。ダミーシステムを起動しろ』

 

 そう告げるゲンドウの言葉に、反駁しようとするマヤ。だが、視線だけでその反抗は封殺され、マヤは唇を噛みながらも、軍人として上意下達の原則に従い、初号機のエントリープラグに仕込まれた禁断の装置のスイッチをONにする。

 

 しかし。

 

『シンクロカット不能! ダミープラグ起動しませんッ! いえ、これは————!? 初号機からダミープラグへの精神汚染濃度、極大!』

 

 困惑するマヤの声。だが、困惑しているのは、ゲンドウ、そしてシンジも同様だった。

 

 唸りを上げて回転するディスク。ヒトを模したかの様な上体を立ち上げるダミーシステム。

 

 しかし、その起動と共に発せられる筈の機械音は夥しいノイズに包まれ、システムが正常に作動しているとは到底思えない状態だ。

 

 そんな中、ノイズ混じりの機械音が、理解可能である事が理解不能な謎の言語で、碇シンジへと問いかける。

 

Rewop eht tnaw Uoy Od————? (力が欲しいか————?)

 

 その問いの主が何者なのかも、その問いが何故(なにゆえ)投げかけられているのかもわからない。

 

 だが、今、アスカを助けるべく戦場に立つシンジにとって、その問いへの答えはただ一つ。

 

「欲しいッ! アスカを助ける力が! 使徒を殲滅する力が! ————力が欲しいッ!」

 

 その返答に対し、ダミーシステムのディスクは壊れるのではないかと言うほどに回転を増し、そのヒト型じみた機構から真紅の輝きを放ちながら、不気味なノイズと共に咆哮する。

 

Uoy ot ti evig lliw I————(力が欲しいのなら————) Rewop eht tnaw Uoy Fi !!!! (くれてやる!!!!)

 

 その直後、巻き起こった反応は、劇的だった。

 

 シンジを乗せたインテリアがジェットコースターの様にエヴァの深奥へと急降下し、それと共にシンジの肉体は光と化して、エヴァンゲリオンへと吸収されてしまったのである。

 

『初号機のプラグ深度、計測不能!』

『初号機パイロットのバイタル喪失! プラグ内に生命活動検知できません!』

『初号機のシンクロ率急激に上昇! シンクロ率、19963.27%————!?!!?』

『初号機の第一、第二、第三頚椎装甲板が内部から爆散! 内部より原因不明の発光現象!』

『初号機、体表にATフィールドを多重展開! 光学観測、通りません!』

 

 オペレーター達からの阿鼻叫喚の叫びと共に、画面に映し出される初号機の姿は、異常そのもの。

 

 全身を覆う無数のATフィールドで構成された、光すら拒絶する『黒いボディ』

 

 怒りからか、それともダミーシステムの仕様からか、地獄の炎の如く真紅に輝く『真っ赤な目』。

 

 そして頚椎から溢れ出し、棚引く赤いマフラーの様に輝く真紅のエネルギーの奔流は、明らかにエヴァの出力出来るエネルギーの限界を超えている。

 

 ————だが、その異常性は、ここからが本番だった。

 

 まるで背から剣を引き抜くかの様に首の後ろに手を回し、エントリープラグと共に自らの頚椎を渾身の力で握りしめた初号機。それと共に一層輝きと勢いを増す首から吹き出す十字の光の渦は、初号機が巨大な十字架を背負う姿を幻視させる。

 

 かつて神の子は、自ら十字架を背負い、あらゆる原罪を雪ぐべく、自らを神に捧げた。

 

 その逸話を再現するかの如く、夥しい血と共に引き抜かれていくエントリープラグとエヴァの脊髄は、捩れ、渦巻き、融け合う様に変質し、悍ましい程のエネルギーの渦に引き絞られて、引き抜かれる頃には一振りの真紅の(つるぎ)へと鍛え上げられていた。

 

 その剣に、刃はない。二重螺旋を描く刀身は、その(きっさき)のみを槍の如く尖らせており、己が『貫く』為の剣であるのだと主張している。

 

 そして、刀身と同じ二重螺旋を描く突起が十字に生えたシンプルな鍔と、同様の構造を持つ柄。

 

「misericordia————慈悲の剣か……?」

 

 そう呟く冬月に対して、ゲンドウは暫し沈黙する。

 

 流石のゲンドウも、こんな状況に対しての知識はなく、またあの剣の正体も全くもって知らないが故だ。

 

 だがもし、死海文書にも裏死海文書にも記されず、槍と呼ぶにはあまりに小さなその一振りに名を付けるならば。

 

「————ヘレナの聖釘、か」

 

 そうゲンドウが呟いた直後、初号機が霞の構えで剣を掲げ、その刀身から青白い光の奔流が迸る。

 

 その輝きに、3号機を乗っ取った第九使徒は怯える様に身を竦ませ、しかし、瞬時に反抗へと転じる。

 

 第5、第6、第7、第8の腕を生じさせ、触れれば一撃の青い侵食細胞を纏わせ、縦横無尽の伸縮力で、必殺の領域を展開するその戦法は、通常の初号機ならば仕留められていたであろう程の高威力。

 

 地を穿ち地中から襲う拳もあれば、上空から撃ち下ろす手刀もある。その全てに同時に対処するなど、もはや達人と呼ぶことすら生温い絶技だろう。

 

 だが、初号機は青く輝くその剣を一切の無駄無く振るい、その絶技を現実のものとして、使徒の全ての腕を一刀の下に切り飛ばす。

 

「————ッッ!?!!?」

 

 言語を発さぬ使徒の意思すら伝わる様な、悲痛な困惑の叫びを上げる3号機。

 

 だが、初号機がその叫びに応じる事はない。

 

 3号機のコアに向けて、青い光の刀身が一切の躊躇い無く突き込まれ、背面まで貫通した刀身が、その背から馬鹿げた量の火花を噴き上げる。

 

 ————当然どう見ても、致命傷。

 

 よもや初号機が暴走し、アスカ諸共に3号機と使徒を抹殺したのかと疑うオペレーター達だが、事実はその予想と異なる。

 

 初号機が3号機を貫いたその瞬間。

 

———— その時、エヴァの内部では不思議なことが起こっていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

 3号機の視界を通じて、自らがシンジと戦う光景を観測し続けていたアスカにとって、初号機の『変身』はある種の救いとして映っていた。

 

 相対すれば一目で、それが最強の存在であるとわかる程の威圧感。

 

 絶対に、この使徒を殺し得ると確信出来るほどのエネルギーの奔流。

 

 そして、そこから生み出された光の剣に『使徒が怯えている』事をシンクロの繋がりから感じ取ったアスカは、その剣に貫かれ、死を迎える覚悟を決めた。

 

 使徒の伸ばした腕が吹き飛ばされる瞬間に感じたが、あんなものをマトモに喰らえば、使徒も何もかもひとたまりもない。それこそ『太陽のエネルギーを無限に注ぎ込む』かの様な一撃だ。

 

 そして、その剣は狙いを過たず、アスカのいるエヴァのコアを目掛けて突き込まれ、血の赤に染まっていたアスカの視界は、青い光の奔流に包まれていく。

 

 これで一切合切、全てが終わる。

 

 アスカの人生も、使徒の命運も。

 

 それを齎すのが愛する男の一撃ならば、決して悪くはない最期だろう。

 

 ————そう、覚悟して。

 

 アスカは、あり得ない声を聞いた。

 

「アスカァァァッッ!!!!」

 

 呼び声。否、咆哮。

 

 光と共に溢れ出すのは、アスカを呼ぶシンジの絶叫。だが、幾ら呼ばれても、もはやアスカは使徒に囚われた身。

 

 だというのに。

 

 アスカの眼前を覆う光の奔流を突き抜けて、待ち焦がれていた救いの手が、アスカに向けて差し出される。

 

「アスカッ! 来いッッ!!!!」

「シンジ————!?」

 

 差し出されるその手は燃え上がる様な光で覆われ、ヒトの原型を留めていない。だが、アスカにはその手の主が、シンジなのだという確信があった。

 

 あの眠れぬ夜にアスカの髪を梳いていた優しい手。毎日食事を作ってくれていた温かい手。アスカがそれを見間違えるはずが無い。

 

 だからこそ。

 

「シンジッ————!」

「アスカッ————!」

 

 躊躇い無くその手を取ったアスカは、自らも光と化して、光の渦の向こう側へと飲み込まれた。

 

 後に残るのは、3号機のプラグ内に漂うテストスーツ。

 

 だが、それは直後激しさを増した光の渦に飲み込まれ————。

 

 

 * * * * * *

 

 

『目標、完全消滅————!』

『パターン青、消失しました!』

 

 十字の火柱を上げて爆散する3号機と第九使徒。その爆発を背に剣を振るう初号機は、独特のポーズを取ったまま沈黙し、手にしていた剣は光の粒となって消えていく。

 

 それと同時に、マヤが覗くコンソールに復活するのは、プラグの反応と生体反応。

 

『エントリープラグとの通信復旧しました! 内部に生命反応————嘘!? 生命反応2つ! バイタルの照合結果は、碇シンジと式波・アスカ・ラングレー!!!』

 

 その報告に沸く発令所スタッフ。そこに続けて舞い込むのは、松代からの通信だ。

 

『————ちら、松代基地、地下仮設発令所……死者はなし、重軽傷者多数、救援を求む……繰り返す、こちら、松代基地————』

 

「救援部隊の投入急げ!」

「第三班を即時再編! 急行させろ!」

 

 嬉しい知らせの連続に、明るい慌ただしさに包まれる発令所。

 

 その中でゲンドウだけが、ジッと沈黙しながら、画面に映る初号機を見つめていた。



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破-20

「お互いえらい目に遭ったわね」

「そうね。仮設ドックが地上だったのが幸いしたわ。爆発の威力が殆ど上空に逃げたもの。地下だったら今頃私もミサトもお陀仏ね」

 

 NERVのカフェテリアでそんな会話を交わすのは、先日エヴァ3号機が使徒に乗っ取られた際に発生した爆発事故から奇跡的に生還したミサトとリツコ。

 

 ミサトは左手の骨折。リツコは幸いにも全身の軽い打ち身と擦り傷で済んでは居るのだが、どちらもまだ包帯が取れない状態だ。

 

 それでもお仕事は待ってくれないのが、管理職の辛いところである。

 

 流石に殆どの事務処理は気を利かせた部下たちがやってくれているものの、確認署名と承認印だけはミサト達がやるしかないのである。

 

「碇司令は何やってんのかしらね。こんな時ぐらい承認作業を代わってくれても良いんじゃない?」

「3号機の事故の関係でアメリカNERVに出張らしいわ」

「それなら仕方ない、か」

 

 そんなぼやきと共にペラペラポンポンカキカキと確認、捺印、署名を繰り返す2人は、愚痴の矛先が不在という事で、今まさに確認している今回の事故に関する報告書の話題へと話を切り替える。

 

「……それにしても、アスカが助かって良かった」

「……助かったと言えるのかしら? シンジ君に次ぐ2人目の超人。エヴァと人の合いの子になってしまったのよ?」

 

 そう告げるリツコの表情は、少しばかり暗い。碇シンジと式波アスカの両名は、生還後にありとあらゆる検査を受け、その肉体の変質を調査された。

 

 その結果確認されたのは、アスカも以前のシンジ同様にエヴァと融合してしまっているという事実だ。

 

「でも、パターン青は検出されなかったんでしょ?」

「ええ。全く。エヴァの波形パターンとアスカの波形パターンが同時に検出されているだけよ。……これもシンジ君と同じね」

「なら、やっぱり助かったんじゃないの?」

 

 そう努めて明るく問うミサトに対し、リツコの反応は微妙なもの。

 

「あなたは楽観主義過ぎるのよミサト。……遺伝子が半分エヴァだからヒトの子は産めない、成長もしないし老化もしない。肉体強度はヒトを越えたエヴァのもの。パンチ力75t、キック力90t、垂直跳び35m、100メートルを2秒で走る異常な身体能力……普通の女の子として暮らすのは無理よ」

「ん? なんか、この前聞いたシンジ君のスペックより高くない?」

「はぁ……そこなの? シンジ君の方が1.3倍以上速いから単純比較は出来ないと思うのだけれど。まぁ格闘能力の高さは軍人ゆえでしょうね」

「なるほどね。……で、リツコはアスカが心配みたいだけど、私は大丈夫だと思うわよ?」

 

 そう言ってニコリと微笑むミサトは、リツコからは自身の発言を心から信じているように見えてしまう。故にリツコは、こう問わざるを得なかった。

 

「……何故?」

「シンジ君がいるもの。世界に一人きりなら悲劇だけれど、世界に2人きりならロマンスじゃない? それに彼となら案外子供だって出来るかもよ?」

「……一考の余地はあるわね。記録を見る限り、シンジ君のATフィールド、アスカのATフィールドを素通ししてしまう様だし」

「愛し合う2人に心の壁は無いってワケね……意外とエヴァってお見合いに使えるんじゃない?」

「……ミサト、悪いことは言わないわ。頭のCTとMRIを撮り直しましょう?」

「ちょっち待って? 今のそこまでスベった?」

 

 そんな掛け合いと共に、クスクスと笑うミサト達。死地で命を拾った彼女達は、敢えて明るく言葉を交わし、未来をより明るい方向へ進ませるべく、自らの勤めをきっちりとこなしていくのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 一方その頃。一路アメリカに飛んだゲンドウと冬月は、3号機の格納庫などのあらゆる施設の全数検査に立ち会うという地味ながら大変に面倒臭い監査を終え、アメリカ支部にも設けられている総司令室でモノリスの群れに囲まれていた。

 

『碇。流石にアレは計画に無いぞ』

『貴様の差し金……ではない様だな。貴様がそこまで表情に出すとは珍しい』

『となれば、アレは初号機パイロットの資質ゆえか。……更迭は出来ないのかね?』

『もはや不可能だ。第3の少年と第2の少女は現し身であるエヴァンゲリオンを介し、イマジナリー・エヴァンゲリオンに接続している』

『……インパクトを経る事なく、ヒトのままヒトを超える……リリスとの契約には無い事態だな』

『加えて初号機は自らを媒体に槍の模造物を生み出した』

『初号機を基点とした不測の事態が多すぎる』

『……碇、忘れるなよ。我々の計画は遂行されねばならん』

「承知しております」

『ならば良い。しかし、我らの目的は真のエヴァたる6号機とリリスの復活によるサードインパクト。もはや現状の選ばれし少年少女はこの計画への障害と見做すべきだろう』

『差し当たっては2号機の凍結を継続し、第2の少女の介入を抑制する方向で進めてくれ、碇』

「はい。……7号機以降の計画は?」

『サードインパクトまでに運用するのは5号機まで、というのが当初の計画だったが、やむを得まい。計画の前倒しをすべきだろう』

『真のエヴァンゲリオンたる6号機、量産を志向した7号機の初期ロット分についてはそれぞれタブハベースとカルヴァリーベースで建造済みだ』

『だが前倒しと言ってもな。当初の計画ではサードの贄には第十一使徒を用いる予定だったが……第十使徒を使うのか?』

『死海文書に記されし、最強の拒絶タイプか。贄にしては些か歯応えがありすぎるのではないか……?』

「それに関しては、初号機パイロットに対応させましょう。トドメのみをさらう形で6号機を介入させれば、円滑に事は進むはずです」

『……良いだろう。もしもの際は計画通り第十一使徒を使う手もある。碇、君の手腕に今一度任せるとしよう』

「はい。全てはゼーレのシナリオ通りに」

 

 そう答えて、怪しくサングラスを光らせるゲンドウの表情は、何かの覚悟を決めたかの様な、固く険しいものだった。



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破-21

「あ゛ぁ〜」

「ちょっとアスカ。だらしないよ?」

「良いでしょ別に。アンタとレイ以外誰も居ないんだし。……というか、プライベートな空間がウリの露天風呂付き客室なのに、アンタだけなんでわざわざタオル巻いてるわけ? それにこっち見ないし」

「見れるわけないだろッ!?」

「ふぅ〜ん? レイ、シンジのやつアタシ達のこと見たくないんだって」

「そうなの? どうして? 嫌いなの?」

「違うんだ綾波さん、誤解なんだ」

「そうなの?」

「じゃあこっち向きなさいよシンジ」

「ひぃん……」

 

 

 そんな愉快な会話を交わすのは、約束の通り温泉旅館へとやってきた碇シンジ様御一行。

 

 そして、その状況を説明するならば、客室内についた露天風呂での混浴中。

 

 この状況に至るまでに既に様々なすったもんだが繰り返されているのだが、それでもなおグイグイと止まぬアスカからの猛攻は、あの無敵のヒーローである碇シンジ少年を、すっかり追い詰めてしまっている。

 

 湯船の隅っこにタオルを装備して入浴し、頑なに外の景色を楽しもうとしているシンジ少年に対し、アスカとレイは一糸纏わぬ姿で伸び伸びと入浴しており、どちらが優勢なのかはその姿だけでもよくわかる。

 

 だが、もはや捕食者と化したアスカは、追い詰められたシンジ少年にスルスルと近寄ると、その背中にぴったりと身を寄せて、自身の魅力的な肢体を押し当てた。

 

「あ、アスカさん……? 近いですよ……?」

「ねぇシンジ?」

「ひゃいッ」

「此処って温泉で、客室風呂は混浴よね?」

「ソウデスネ」

「なら、アンタの方がマナー違反なのは分かってるわよね?」

「ゾンジテオリマス……」

「レイもアタシも、ちゃぁんと『湯船にタオルをつけないでください』って注意書きを守ってるわけよ。ならアンタだけ特別ってのは通らなくない?」

「オッシャルトオリデス」

「なら脱いだ脱いだっ!」

「きゃああっ!?!!?」

「何よその絹を裂くような悲鳴。乙女じゃあるまいし。————ふぅん? でも、無敵のシンジ様も結構ちゃんとオトコノコじゃない」

「ミナイデ」

「ダメよ。悔しいならアタシ達を存分に眺めりゃおあいこでしょうが」

(ぴえん)……」

 

 哀れ最後の鎧すらも理論武装と純粋な膂力差で奪われて、素っ裸に剥かれたシンジ少年。

 

 そんな彼が小さくなって震える姿は何やら痛ましいが、彼自身、現在の状況では世界の誰もシンジの味方をしてくれないだろうと内心では理解している。

 

『据え膳食わぬは男の恥』という慣用句があるように、女性からの熱心なアプローチを袖にするのはあまり褒められた行いではないが故だ。

 

 ましてや、相手は超絶美少女。シンジ少年が『この状況が辛い』と相談したとて、世の男の九十九割は『お前を————殺す』と殺害宣言を返してくるに違いない。さりとて女性に相談したとて、恋に燃える少女であるアスカの味方に付くのは明白。

 

 まさに孤立無縁の四面楚歌。抜山蓋世の覇気を誇る碇シンジ少年も、こうなってはもはや終わりである。

 

 そして、深く長い葛藤の末、どうにか、アスカに向き合ったシンジ少年は————。

 

 

 ————文字通り一瞬で茹で蛸のように赤くなり、鼻血を噴いて湯船に沈んだのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「アンタ、何食ったらあんなギャグ漫画みたいな反応出来るわけ?」

「ごめん……」

 

 それからしばらく。

 

 レイとアスカに救出され、浴衣を着付けられてベッドに寝かされているシンジ少年に対し、同じ浴衣に身を包んだアスカは、苦笑と共に不満を述べていた。

 

 なお、レイは気を利かせて旅館の売店までアイスを調達に出ており、今はアスカとシンジの2人きりである。

 

「女の子から言い寄られる度に鼻血噴くってガラでもないでしょうに」

「長風呂しすぎたのもあるかな……」

「その程度でどうこうなる身体じゃないでしょうがアタシもアンタも」

「それはそうなんだけど……心臓がフルパワーで収縮して鼻の奥の血管が耐えれなかったのかも」

「ふぅん? そんなにドキッとしたわけ?」

「……したよ、そりゃ。というかアスカこそどうしたんだよ急にさ。こんな事するガラじゃないのに」

「そりゃアタシは、アンタが好きなんだからアプローチや色仕掛けぐらいするでしょ。使えるものは何だって使うのが勝利の近道よ!」

「だからって————待って、今なんて? 

「アタシはアンタが好きって言ったのよ、バカシンジ」

 

 そう言って、シンジを見つめるアスカの頬は赤く、しかしその目は真剣で。

 

 その青く輝く瞳に射抜かれたシンジは、何も言えなくなって、ただゴクリと生唾を飲む音だけが、あまりに広い客室に響く。

 

 見つめ合う2人の瞳は物理的に仄かに輝き、互いがもはや人類の枠を外れているのだと告げている。そしてその瞳を持つが故に、シンジとアスカは互いのATフィールドが反発する事なく中和し合い、溶け合っていることを認識出来てしまうのだ。

 

 それを自覚してしまえば、もはや建前は意味を為さない。

 

 アスカの告白に対し、シンジはゆっくりと息を整えて、努めて誠実に、言葉を返すのみだ。

 

「……アスカ。僕も君が好きだよ。だけど、好きだからこそ、手順を踏みたい。いきなり裸でってのはやっぱり、違うと思うから、だからその————」

 

 だが、そんな彼に対し、捕食者と化したアスカは容赦が無かった。

 

「ふぅん? 裸のアタシをプラグの中であんなに情熱的に抱きしめた癖に?」

「それは不可抗力でしょ!?!!?」

「それにしては潰れちゃいそうなぐらい熱烈に抱かれたんだけど?」

「あれは感極まって、それで、その————」

「……アタシを助けられてそんなに嬉しかった?」

「————うん」

「なら、アンタがちゃんとアタシを助けられたんだって、もう一回よく確かめときなさい」

 

 そう告げて、シンジにギュッと抱きつくアスカ。

 

 浴衣越しに伝わるその柔らかな身体の感触にしばし硬直するシンジだが、彼もやがてアスカの背に手を回すと、己が助けた少女の無事を確かめるように、その身を抱き竦める。

 

 そして、そんなシンジ少年は、小さく嗚咽を漏らし、まるで『自分が救われた側』かのように、アスカの耳元で「ありがとう」と幾度となく呟いて、彼女の柔らかな髪に顔を(うず)めた。

 

 愛し合う2人の少年少女の、穏やかな心の交流。しばし日常から離れた旅館という環境がそうさせたのか、いつになく素直な2人は、互いの温もりをより深く感じようとギュッと身を寄せ合い————。

 

「アスカ、碇君が泣いてる」

 

 ————ひっそりと帰ってきていたレイの声に2人まとめて飛び上がって、盛大にベッドから転げ落ちるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「お尻、ジンジンする……」

「ごめんね綾波さん……」

 

 アスカが預けたシンジの財布でアイスを買ってくるという任務を無事に果たしたレイの、サプライズな帰還から少し後。

 

 レイにびっくりしたシンジとアスカにびっくりしたレイが尻餅をついてお尻を痛める、というもはやギャグでしかない現象を反省した3人は、浮かれた頭を冷やすべく、仲良く高級アイスを頬張っていた。

 

「……それにしても、改めてアスカが助かって良かったよ」

「助かってよかった、ってアンタが助けたんでしょうが。なんで他人事なのよこのバカ」

「ごめん」

「……私もアスカが助かって嬉しい。……私は間に合わなかったから」

「————ありがとね、レイ。あと、ワープしてきたシンジがおかしいだけで、あのあとすぐに現場まで走ってきたアンタの零号機も十分以上に早かったわよ?」

「でも……」

 

 どことなく『しょぼん』とした顔のレイ。そんな彼女の全身を「可愛い奴め」とワシャワシャ撫で回すアスカ。そんなアスカにされるがままのレイの姿は、なんとも微笑ましい眺めではある。

 

 だがやはり、問題なのは格好だ。

 

「ちょっ、アスカ、浴衣ではしゃいだら肌蹴————!?」

「あ、ごめんねレイ。帯取れたわ」

「アスカのも取れてる」

 

 再び露わになるアスカの肢体に、悩殺されたシンジは慌てて鼻の頭を押さえるが、先程止まったはずの鼻血は無情にも再発し、シンジは再びティッシュを抱えるハメになる。

 

 そんな彼に対し、何処か満足げなアスカは、レイの着付け直しを手伝いながら、彼女の耳元へと囁いた。

 

「シンジの奴、明らかにアタシの裸の方が反応良いわね」

「……そうなの?」

「そうなの。……でも、レイの事は『妹』みたいに考えてるんでしょうけど、それだけであそこまで反応鈍るもんなのかしら? 今もチラッとアタシの胸見せただけでああなってんのに」

 

 そう疑問を覚えるアスカだが、その真相が『レイがユイのクローン故にシンジはその裸体を幼少期から見慣れすぎている』せいだとは、流石に思い当たらない。

 

 そして、その真相を知る由もないのはレイも同じだ。

 

「わからない。裸を見ると男の子は血が出るの?」

「女の子の裸を見たら暴走すんのよ、男ってのは。だからレイも好きな人以外に見せちゃダメよ」

「うん。アスカと碇君だけにする」

「なんかそれはそれで勘違いしてそうだけど、とりあえずそれで良いわ。————よし、しっかり結べたわよ」

 

 そう言ってレイの背中をポンポンと叩くアスカはふと、レイをじっと見つめて言葉を紡ぐ。

 

「アンタがシンジの妹なら、私にとっても妹になるのかな……?」

「アスカがお姉さん……?」

「なんか良いわねそれ。ふふふっ」

 

 にへら、と笑うアスカと、それに首を傾げるレイ。シンジほどではないがアスカ自身も相当に『のぼせて』いるこの小旅行は、その後数々のハプニングを生み出すのだが————それはまた、別の話だ。



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破-22

「聞いたぞシンジ君、大活躍だったそうじゃないか」

「ホントホント、お姉さんも大満足だにゃ」

 

 第3新東京市の郊外に設けられたスイカ畑でそんな会話をシンジと交わすのは、加持リョウジと真希波マリ。

 

 シンジが「シンジ君暇ならちょっとデートしないか?」という加持の怪しい誘いにホイホイついてきてみれば、その行き先はガッツリ系の菜園だったのである。

 

 てっきりWILLEの密会でもあるのかと勘繰っていたシンジに突如与えられた雑草殲滅ミッションは、強靭なヒーローの肉体を以ってしても『結構腰にくる』ものだったが、まぁ土弄りというのは趣味とする者が多数いるジャンル。

 

 元々生物学系の学徒でもあるシンジにとっては存外楽しい催しであり、お昼に差し掛かる頃にはすっかり心地の良い汗をかいていた。

 

 そんな中で、弁当を囲みつつ切り出されたのが、冒頭の会話なのである。

 

「大活躍って、アスカを助けられて良かったですけど、あのときダミーが起動して不思議な事が起こってなかったら勝てなかったかもですし、そんな大したもんじゃ……」

「いやあ、ナンパ男を相手に『僕の彼女に何か用ですか?』の一言で睨みつけて追い返すなんて中々できるもんじゃないぜ?」

「そうそう。あと公衆の面前でお姫ちんに温泉饅頭をあーんしてたり、ゲーセンで頼まれた景品を一発ゲットしてたり中々の彼氏ぶりだったゼ⭐︎」

「そっち!? というか見てたんですか!?」

「まぁそりゃ保安上君達は常時監視されてるからな。————とまぁ、冗談はさておき。この畑はそんなネルフの監視を全力で欺いてる場所なわけだ」

「内緒話には最適ってヤツだにゃ」

「さてシンジ君。君にいくつか情報を提供したい。————まずは、恐らく明日君達にも連絡があるとは思うが、初号機のオーバーホール計画についてだ」

 

 そう告げて、一旦間を設けるようにタバコを咥える加持は、紫煙を燻らせながらシンジの反応を待つ。

 

 そのわずかな間に、シンジの灰色の脳細胞は、その答えを弾き出していた。

 

「……先日の謎の暴走の調査に託けた、事実上の凍結処置ですか?」

「流石の嗅覚だにゃワンコくん。……まぁ、ゲンドウ君も、君が全力で初号機を呼べばバラバラ死体でも即座に再生して出撃出来るだろうとは踏んでる。でも、通常時よりはどうしても、君が初号機を呼び出すのにラグがある筈にゃ」

「碇司令とゼーレの目的であるサードインパクト、ファイナルインパクトの発動……その為の計画が本格的に始まったって事になる。おそらく、次の使徒には零号機のみを出撃させるつもりだろう」

「綾波さんを……?」

 

 レイの名が出てきた事で、その表情を強張らせるシンジ。恋人であるアスカとはまた違うベクトルで『愛しく思っている』少女が槍玉に挙げられたのだから当然だが、彼自身薄々予想はしていたのか、冷静さを失ってはいない。

 

 そんなシンジ少年に対し、加持は彼が受け止め切れると踏んだ上で、情報の洪水を浴びせていく。

 

「そうだ。……そしておそらくその狙いは、エヴァ零号機と使徒を触媒にしたサードインパクトの発生。使徒を生贄に捧げてエヴァを擬似的な神へと押し上げるのか、エヴァを生贄に捧げて使徒を擬似的な神に至らせるのか。或いは戦闘の隙に、封印されたリリスを解き放ち、その権能を以てサードインパクトを発生させるのか————いずれにせよ、そうなればレイちゃんの身は危険に晒されるだろう。シンジ君も重々気をつけておいてくれ」

「まぁ、いざとなればお姉さんも2号機をジャックして出撃するからさ〜。シンジ君が駆けつける時間ぐらいは稼げるはずにゃ」

「……はい。加持さん、真希波さん情報ありがとうございます」

「いやいや。というか感謝するにはまだ早いさ。此処からも耳寄り情報だぜ? ————ゼーレの主導の下、エヴァ6号機、もといMark.6が完成したらしい。俺は正直、こいつがサードのトリガーだと睨んでる」

「6機目のエヴァ……ですか?」

「ああ。だがその実情は、フランケンシュタインの怪物だ。第一使徒の死体をいじくり回して作った機体だからな。……そういう意味で根本的に君達の乗るエヴァとは建造方法が異なる。当然その能力も未知数だ。————きな臭いだろ?」

 

 そう告げて、加持は空を仰ぎ見る。

 

「ヤツは今、月にいる筈だ。くれぐれも、空には気をつけてくれよシンジ君」

「……はい」

「さて、オッサンの難しい話はこれで終わり。————ほら、駄賃のスイカだ。3人で食うと良い。きっと甘いぞ?」

「お姉さんの分は無いのかにゃ?」

「お前は散々摘果した奴をちょろまかしてただろ」

「浅漬けにすると美味いから仕方ないにゃ」

「行動が田舎の婆ちゃんなんだよな……コイツ……」

「貴様〜! 言ってはならん事を〜!」

「ぬわぁ!? 暴れるな!?」

 

 先程までの真剣な雰囲気が嘘のように始まった加持と真希波のコントめいた騒ぎ。

 

 その落差に思わず吹き出すシンジ少年だが、その脳裏では迫る危機に対応すべく、冷徹な思考が渦巻き続けている。

 

 加持によってシンジに齎された数々のデータは、未来を変える為の武器として、今シンジの脳内で鍛え上げられつつあった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「碇、本当に良いのか?」

「ああ。我々の最終目的はサードでは無い。サードの主導権はゼーレにくれてやっても問題ない」

「……サードの後に巻き返す策があるのか?」

「エヴァを秘密裏に建造しているのはゼーレだけではない。そうだろう?」

「エヴァオップファータイプか……しかし、パイロットはまだ未完成だが」

「死んでいるわけでは無い。今、記憶の書き込みを実行中だ」

「……レイは、もう良いのか?」

「綾波タイプNo.2は先刻をもって破棄している。第十使徒の迎撃までは持つだろう」

「……シンジ君は、怒るだろうな」

「……。————構わん。いずれこうなる事はアレも承知している。道を違えたならばもはや闘争か逃走のどちらかしか無いのだ」

「勝てるのか? ユイ君の忘れ形見に」

「我々は勝たねばならない。故に勝つ。————全ては、NERV究極の目的の為に」



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破-23

更新が遅れたのはゴルゴムとクライシスとゲルショッカーとショッカーとデストロンとGODとゲドンとガランダー帝国とブラックサタンとデルザー軍団とネオショッカーとドグマとジンドグマとバダンの仕業だ!

もしかして:大ショッカー


「相模湾上に高エネルギー反応! パターン青! ————使徒です!」

「このタイミングで!? リツコ、初号機は!?」

「オーバーホールでバラバラに解体されてるわね……」

「2号機もユーロの管轄で凍結されたまま……零号機しかないか! ————レイは!?」

「パイロット3名はこちらに急行中!」

「零号機の起動準備開始! いつでも出撃できるようにしといて頂戴! ————使徒の状況は!?」

「目標は旧小田原方面に向けて進行中! 此方からの攻撃は一切通用していない模様!」

「敵の攻撃により相模湾に展開中の無人艦隊蒸発! まずいですよコイツは……!」

「超火力と超防御力、シンプルながら隙がないわね……!」

 

 悲鳴のような報告が飛び交う発令所。控えめに言って最悪の状況で現れたのは現状の情報だけでも最強と呼ぶに相応しい使徒。

 

 そんな中で、ミサトは『科学的根拠のない手法』に頼る事を決断する。

 

 彼女が取り出したのは、携帯電話。その通信先は、碇シンジだ。

 

「シンジ君、聞こえる!?」

『はい!』

「今は3人で行動してるのよね?」

『はい、もうすぐNERVに到着予定です』

「レイとアスカをこっちに寄越して、シンジ君はそこから直接相模湾方面に向かって初号機に『変身』して欲しいの。出来るかしら?」

 

 その発言を流石に看過できないのは、技術者である赤木リツコ。訳の分からない手段を頼りにするのは如何なものかとでも言うように、彼女はミサトの発言に苦言を呈そうとするが、それよりシンジの返事の方が早かった。

 

「ちょっとミサト————」

『やってみます!』

 

 そう告げて切られた携帯電話。それを持つミサトは、自身にジト目を向けるリツコに対し、開き直りとも言える宣言を実施する。

 

「今は緊急事態。使えるならオカルトだろうが奇跡だろうが使うわ!」

「————ハァ、あなたってほんと……」

 

 そう呆れたように溜息を吐くリツコだが、まぁ今はミサトに理があるかと、エヴァ初号機の自己分解に巻き込まれぬようにオーバーホール作業を行なっていた技術職員達に総員退避を命令する。

 

 それに呼応するようにミサトも総員第1種戦闘配置を宣言し、NERVのスタッフ達はそのエリートとしての有能さをフルに発揮しつつ、使徒を迎え撃つ準備を進めていく。

 

 だが、そんな彼らに齎されるのは、希望ではなく絶望の知らせだった。

 

「これは……!? 太平洋上南方100kmに高エネルギー反応多数発生————パターン青!?」

「馬鹿な!? 使徒が大量発生したというの!?」

「本部上空、静止軍事衛星からの通信途絶————! こちらも高エネルギー反応を検知! パターン青!」

「嘘でしょ!?」

 

 あまりにも異常で絶望的なその情報の意味するところは、NERVどころか人類にとっての絶体絶命の危機。

 

 だが、事態が『使徒の大規模侵攻』より遥かに複雑であるとミサト達が知るのは、発令所へと繋がれた、シンジからの緊急通信によってだった。

 

『ミサトさんッ! エヴァです!』

「どういう事!?」

『敵はエヴァンゲリオンですッ!』

 

 明らかに全力疾走中と覚しい風の音が混じる、その通信の最中、シンジは裂帛の気合を込めて咆哮し、彼に呼び出されたエヴァ初号機は、光に還元されて主人の下へと馳せ参じた。

 

 それと同時にエヴァからの視界データが発令所に共有された事で、ミサト達は、シンジの報告が嘘ではない事を知る。

 

 太平洋上を埋め尽くすのは、大量の、髑髏仮面の巨人。白く簡素な作りではあっても、それは間違いなくエヴァだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「エヴァンッッッッ————ゲリオォォォォンッッ!!!!」

 

 海岸へと飛び出しながら、そんな咆哮と共に『初号機に変身』した碇シンジ少年。そんな彼の居る場所は本来彼が目指すべき『第十使徒』の出現地点にはまだ遠い。

 

 だが、彼はどうしても、その場所で足を止めざるをえなかったのだ。

 

『イ゛ィィィィッ!!!』

 

「くっ!? 何だよこの髑髏のエヴァっ!? ミサトさん! プラグの緊急排出信号はどうですか!」

『無理よ! そいつらのパスがわからない!』

 

 そんな会話を交わしつつ、猿叫のような奇声を上げて襲いくる謎の髑髏エヴァと交戦するシンジ少年は、端的に言って余裕がなかった。

 

 何しろ、本当に冗談抜きに、髑髏のエヴァは数が多いのだ。地獄の軍団、悪魔の軍団、あるいは恐怖の軍団とでも言うべき白いエヴァの津波。

 

 それが碇シンジの駆る初号機目掛けて襲いかかる光景は、発令所に居るマヤが『ふぇぇ』と間抜けな悲鳴をあげてしまうほどには悍ましい。

 

 もちろん、ヒーローを自称し、事実そう在ろうとするエヴァ初号機とそのパイロットは、凄まじい実力を発揮しており、そのシンクロ率は1971.43%と相変わらずパーセント表記の意味を考えたくなる数値を叩き出している。

 

 だが、パンチ一発で3体をまとめて吹き飛ばし、回転蹴りで10体を纏めて薙ぎ払っても、敵の数は視界に収まるだけで数百を超えているのである。

 

 そして何より、群がる敵を薙ぎ倒すと言えば聞こえはいいものの、そもそもパンチ一発で3体を殴れば威力は当然3分の1。エヴァを仕留めるには威力が足りず、正直なところ『一体に狙いを定められていない』と言うのが現状だ。

 

「キリがないッ!」

 

 そう叫ぶシンジに対し、呼応するのはエヴァに侵食されたダミープラグ。

 

Rewop eht tnaw Uoy Od————? (力が欲しいか————?)

 

 その問いに対してシンジの答えは、当然是。

 

「欲しいッ! 皆を守る力が!」

 

 その声に応じるように、再びシンジを取り込んだ初号機は、多層化ATフィールドの黒い鎧に身を包み、真紅に燃える眼光と共に、自らの脊髄とエントリープラグを光の剣として抜き放つ。

 

 その輝きに対して、畏れを知らないのか単に思考が存在しないのか、躊躇なく襲いかかる髑髏のエヴァ達。だが、その光の剣が振るわれれば、髑髏の首が飛び、腕が捥げ、脚が吹き飛ぶ。

 

 そして刺突を受けた個体がその体内に超高エネルギーを流し込まれて内側から派手に爆散し、初号機の周囲に蔓延る髑髏仮面どもは、爆風によって大きく吹き飛ばされていく。

 

 だが、それでも。圧倒的な物量を前に、シンジはあまりにも分が悪い状況に立たされている。

 

 大量の戦闘員でヒーローを封殺するかのようなそのやり口は、まさに悪の組織の企み。

 

 この事態が『ゼーレの仕業』であると確信するシンジだが、それを伝えようにもNERVがゼーレの下部組織である以上『壁に耳あり障子に目あり』。どこに監視の眼がいるとも限らない。

 

 そもそも、いきなりゼーレ云々を言われても、理解できるものは皆無だろう。

 

 故にシンジはただ1人、エヴァンゲリオンと化して髑髏の軍勢に無謀な戦いを挑む他ないと覚悟を決めた。

 

 だが。

 

 ————ヒーローはもはや、1人ではないのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

 いつかのシンジの様にレイを抱えて、NERV本部へと駆けつけたアスカ。

 

 だが彼女が搭乗するべき2号機は凍結され、アスカは零号機に搭乗するべくケイジに向かうレイを見送ることしか出来ず、本部待機となっている。

 

 そんな彼女の脳裏に、突如響いたのはシンジの思念だった。

 

『ゼーレの仕業』とこの事態を看破した彼の思考を受信したアスカが、物の試しにシンジへと思念を送ってみれば、返ってくるのは困惑するかのような思考。

 

『アスカ!?』

『やっぱりこの声、シンジなのね? で、(Seele)って何よ』

『それは————』

 

 一瞬の躊躇の後に、送られてくるのは莫大な情報。そして、NERVの裏の目的を阻止すべく動くWILLEなる組織の存在。

 

 情報の濁流にアスカの頭はズキズキと痛むが、シンジほどではなくともアスカの脳も一級品。次第にそれらの情報を自身のものとして定着させ、更にはシンジから受け取った情報の中から、アスカにとって起死回生の切り札となりうるものすらも発掘してみせた。

 

『シンジ、アンタはその白いのをブッ飛ばすのに集中しなさい! こっちはアタシとレイとコネメガネでなんとかするわ!』

『ありがとうアスカ! ————ところでコネメガネって誰?』

『あの真希波って奴よ!』

 

 そんなテレパシーと共に、アスカは待機室を抜け出して、ジオフロントへと続く通路へと足早に駆けていく。

 

 シンジの読みが正しければ、敵の真の狙いはこのジオフロント。

 

 そしてアスカは、シンジの読みが正しいのだと確信している。

 

 故にこそ、自身をこのジオフロントを守る布石とするべく、彼女はATフィールドでその身を監視の目から覆い隠して、NERV本部をひた走るのだった。



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破-24

「エヴァ2号機、起動しています!」

「何ですって!?」

「凍結解除用の起動パスワードはユーロ管轄の筈じゃなかったの!?」

「アスカは!?」

「確認します————待機室に不在!」

「……乗ってるのかしら」

「双方向通信はカットされており搭乗員の情報は不明!」

「————アスカじゃないわねコレ。勘だけど。日向君、2号機の現在位置は?」

「何者かによってケイジの出撃システムが起動されています! この経路は……ジオフロント内に射出予定!」

「了解。このタイミングでの謎の起動、看過は出来ないわ。エヴァ零号機を起動して追跡させて!」

「了解!」

 

 さまざまな情報が錯綜する混乱の中で、まずは最も至近距離で発生した2号機の不審な挙動から対処するべく、そう指示を出したミサトは、続いて既に上陸を果たし、第3新東京市目掛けて凄まじい速さで侵攻している第十使徒に対応するべく指示を出す。

 

「市民の避難は!」

「ジオフロントのシェルターにほぼ収容が完了! 残る未収容の市民もジオフロント内を走行中の避難用電車内です! 地上の人員はゼロ!」

「了解! N2弾頭搭載ミサイルおよびN2爆弾、全弾使徒に向け発射および投下して!」

「了解! ミサイル発射!」

「無人機による空爆開始します!」

 

 通常の戦争ならば『相手を国土諸共何もかも消し飛ばすつもりなのか』と言われそうなその指示。

 

 だが、対使徒戦において必要な火力に際限はないのだと作戦課長葛城ミサト一佐は強く確信しており、そしてそれは事実だ。

 

「————目標、健在! しかし足止めには成功しました! 侵攻停止!」

「目標に高エネルギー反応!」

「あの距離から此処をブチ抜くつもり!? 射線上の防御壁、ありったけ展開して!」

 

 そのミサトの指示の直後。放たれた怪光線が地を裂くように薙ぎ払われ、進路上の全ての構造物を消しとばして、ジオフロントの天井を蒸発させた。

 

「何ちゅう威力よ!?」

「24層の装甲を一撃で!?」

 

 その異常なまでの火力に慄く間も無く、侵攻を再開した第十使徒は自らが吹き飛ばしたジオフロントの天蓋から地下へと降りるべく、その大穴を覗き込み、フヨフヨと漂う様に降下を開始する。

 

 束ねられていた身体を無数の帯状に解いて降りてくる異形の使徒。それに対して迎撃を開始したのはジオフロントへと出撃済みの2号機だった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「第5次防衛線を早くも突破……速攻で片付けないと本部がパーじゃん。ね、パイセン?」

 

 そう2号機内でつぶやくのは、真希波・マリ・イラストリアス。

 

 WILLEの一員としてこの場に立つ彼女と2号機の周囲にはNERV内に潜むWILLEの面々の支援を受けて2号機の各種兵装が用意されており、彼女はその中から、二丁のサブマシンガンを選択して照準する。

 

 目標は、天井の大穴から降りてきた使徒の顔面。

 

 そしてそれに同調する様に、彼女の傍らに零号機が、あまりにも物騒な武器を担いで現れる。

 

「わぁ〜お。……パイセン、頭おかしくなったの? それN2ミサイルじゃん」

 

 自滅覚悟の特攻という余りにも覚悟が極まりすぎているその武装に流石に苦笑いするマリだが、使徒はそんな彼女を待ってはくれない。

 

 いよいよ姿をジオフロントに現したソレにありったけの弾薬をブッ放す2号機だが、使徒は何とATフィールドを幾重にも展開して押し出すことでその弾丸を食いとどめている。

 

「ATフィールドが強すぎる! こっからじゃ埒が開かないじゃん!」

 

 そうぼやくマリだが、その時、不思議なことが起こった。

 

 そんな中で突如として使徒がそのATフィールドを慌てた様に自らの下方に集中させ、何かを押し潰そうとするかの様に、叩き付けたのだ。

 

「何事!?」

 

 思わずそう叫ぶマリの声に応えたのは、使徒の下方から噴き上がる強烈なATフィールドの奔流と、聞き覚えのある少女の声で放たれた、ジオフロント全土に轟く裂帛の気合を込めた咆哮だった。

 

「エヴァンッッ————ゲリオォォォォンッッッッ!!!!」

 

 現れたのはぐんぐんと、天に拳を突き上げる様な姿勢で膨れ上がる光の巨人。

 

 マリの乗る2号機の如く赤と金と銀で派手に塗られたその機体はしかし、有り得ない識別コードを有している。

 

 その異常事態をいち早く報告したのは、NERVのオペレーター達だ。

 

「ジオフロント内にエヴァ3号機が出現しましたッッ!?!!?」

「何ですって!?!!?」

「エヴァ3号機!? 死んだはずじゃ————!?」

 

 そんなオペレーター達の困惑の中で、使徒へと挑みかかる3号機は多層展開されたATフィールドを一撃で殴り飛ばし、そのまま使徒すら殴りつけて、この日初めてとなる有効打を使徒へと叩き込んだ。

 

 そのあまりの威力に踏鞴を踏む使徒に、容赦無く掴みかかる3号機。

 

 そして3号機は使徒の顔面を鷲掴みにして諸共飛び上がると、 強烈な錐揉み回転を掛けて地面へと投げ落とす 殺人技(ライダーきりもみシュート)を敢行。その顔面を強かに大地にめり込ませる。

 

 挙句に、その反動を利用して更なる高さを得た3号機はくるりと宙返りをして体勢を整えると、地に臥せる使徒へと向けて、容赦の無い 飛び蹴り(ライダーキック)を叩き込んだ。

 

 大地諸共蹴り砕きかねないほどのその威力にメキメキと凄まじい音を立てて砕ける使徒の顔面は、もはや原形が無いほどに崩壊し、どうにか反撃に放った怪光線は、クルクルとバク転で回避した3号機を大きく外して天井の大穴の向こうへと消えていく。

 

「コネメガネ! レイ! 流れ弾が本部に当たんないように見といてよね! あと、レイ、その物騒なモン寄越しなさい! 何処で拾ったのよN2なんか!」

「アスカ!? ————わかった」

「了解だよん、姫!」

 

 外部スピーカーで交わされるそんなやり取り。零号機が投げ渡したミサイルをキャッチした3号機は、そのN2弾頭を槍の様に構えて、使徒へと向けて突撃する。

 

 それに対し、当然使徒が迎撃しない訳もない。無数の触手が狙い過たずエヴァ3号機を貫き、破壊光線がそれを追う様に放たれる。

 

 しかし。

 

 ————その全てを『無視』してエヴァ3号機は使徒に向けて只ひたすらに加速し続ける! 

 

「————攻撃が全部エヴァの身体を突き抜けている!?」

 

 そんなリツコの困惑の声が発令所に響く中で、使徒の顔面の傷口へと派手に捩じ込まれたN2が起爆し、3号機と使徒は諸共に、業火の中へと包まれたのであった。




不定期更新宣言は既にしているので今更ですが、いよいよ師走の繁忙期と合わせて体調が死んできたのでちょっと休養します。
次回は少々お待ちください。


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破-25

 使徒諸共に爆炎に飲まれた筈のエヴァ3号機。だが、爆炎と爆煙が晴れた先に居るのは、体内からの爆発により頭部と上半身を大きく損傷した瀕死の使徒のみ。

 

 流石にN2が至近距離で起爆したとはいえ、特殊装甲に全身を包んだエヴァが跡形も無く消し飛ぶというのは考え難い。

 

 ————では、3号機は何処へ? 

 

 その答えは、すぐに零号機と2号機の眼前へと現れた。

 

 地面から湧き上がる様に現れるのは、青い粘菌状のゲル。それはすぐさまエヴァ3号機へと姿を変え、零号機と2号機を守るかの様に使徒との間に立ちはだかったのである。

 

「アスカ……それ、どうなってるの?」

「アタシと3号機は、あの瞬間、不定形の使徒と一体化してた。それが原因かもね。————アタシとこの機体は自由自在にゲル化出来る。ま、やってみたら出来ただけなんだけど」

 

 ————それは大丈夫な状態なのか? 

 

 そう疑問に思うレイだが、『それを聞かれても答えようがない』と自己判断して口を噤む。

 

 今のアスカはシンジと同様に全く未知のエヴァの能力を引き出しており、その原因や仕組みを答えられる者などこの世の何処にも居ないのだ。

 

「まぁアタシのことは後でリツコにでも訊けばいいのよ。————それより、アイツまだ生きてるわよ」

 

 そうアスカが警告した直後、使徒の身体からボコボコと肉芽組織が盛り上がり、歪な形に再生した使徒は、アスカ達に向けて破壊光線を発射する。

 

 だが、所詮は再生したばかりの付け焼き刃。その威力はアスカの3号機が張ったATフィールドを貫くには及ばず、趨勢はもはや完全にエヴァ3体の側へと傾いた。

 

 ATフィールドを纏いながらプログナイフを構えてゆっくりと歩み寄る3号機の姿に自身の死を悟ってか必死で抵抗する使徒の姿はいっそ哀れですらあり、見守るレイとマリに、アスカの勝利を確信させる光景だった。

 

 

 ————しかし。勝利の瞬間にこそ、捕食者は最も無防備となる。

 

 

 使徒にトドメを刺さんとアスカがプログナイフを振り下ろすその刹那、突如天空から亜光速で飛来した槍が3号機のコアを貫き、先程までの覇気が嘘の様に、3号機はその活動を停止する。

 

 その危機に瞬時に反応したのは、零号機と使徒の双方。

 

 またとない反撃の機会に3号機を喰い殺してしまおうと巨大な大顎を開いた使徒。

 

 その魔の手から3号機を庇うべく、タックルで3号機を突き飛ばした零号機。

 

 その結果、3号機の救出と引き換えに零号機は使徒の大口に丸呑みにされ、搭乗するレイ諸共、使徒の腹の中へと消えてしまう事となる。

 

「姫!? パイセン!?」

 

 そう叫ぶマリの操る2号機がどうにか零号機の弾き飛ばした3号機をキャッチした頃には、零号機は既に使徒へと取り込まれ、装甲板が『小骨』か何かの様な扱いで吐き出されて、使徒はその身を異形の女体へと変貌させる。

 

 そんな中、天蓋の大穴からゆっくりと降下してくるモノが一つ。

 

 紺色の装甲、赤いバイザーの様な眼と、黄色い発光部を持つエヴァンゲリオン。

 

 神の如く光輪を頭上に浮かべるその姿に、マリは思わず息を呑む。

 

「ッ!? エヴァMark.06……! 人造の神か————!」

「そうとも。……どうやら間に合ったらしいね。随分シナリオが狂ったみたいだけど、まだこれなら修正も効く範囲だ。————さぁ、第十使徒。君は君の役目を果たすと良い。僕も僕の役目を果たそう」

 

 そう告げるのは謎の少年の声。エヴァMark.06のパイロットと思しきその声の主の意図は判らずとも、その敵意はありありと感じ取れる。

 

 その害意にマリが反応するより早く、文字通り2号機と3号機の眼前に『転移』したMark.06は、乱雑に3号機から槍を引き抜くと2号機諸共に大きく蹴り飛ばす。

 

「泥棒猫達に用はないよ」

「何を……!?」

 

 その直後、エヴァ2体に向けて放たれたのは、使徒からの破壊光線。

 

 明らかに回避不可能なその攻撃をモロに受けた3号機と2号機はさらに吹っ飛んで地を転げ回り、使徒はその様に満足した様に彼らに背を向けると、NERV本部へと破壊光線を打ち込んで、メインシャフトを露出させる。

 

「————さぁ、行こうか、第十使徒」

 

 そう呟く様に語る少年を乗せたMark.06と第十使徒はドグマを目指し、メインシャフトへと降りていく。

 

 一瞬の惨劇によって何もかもが覆されたそんな中で、逆転の目はもはや完全に断たれたかの様に思われた。

 

 だが。

 

「————カフッ、ゴホッ」

「姫!?」

「————コネ、メガネ? 何が……?」

「エヴァMark.06、魂と槍と2つの実を併せ持つ真のエヴァ。そいつが姫を襲って————」

「————アタシ、負けたんだ」

「一瞬だった。光みたいな速さで槍が飛んできて、それで……全部ひっくり返った。パイセンが姫を庇って使徒に喰われて、使徒と融合してドグマに行っちゃった……!」

「————そう。レイ、あの子、前ボコボコにするって言ったのにね。バカなんだから……」

 

 ゆっくりと、血反吐を吐きながら立ち上がるエヴァ3号機。不甲斐ない自身への怒りをATフィールドの奔流として噴出するその機体は、見る間に傷を再生させて、メインシャフトへと向けて歩き出す。

 

「いくわよ、コネメガネ」

「無茶だよ姫! 槍がある限りアイツは無敵じゃん! アレを刺されたらエヴァだろうが使徒だろうが完全に機能を停止するんだから!」

「そりゃ良いこと聞いたわね。そのマークなんちゃらから槍ってのをブン取ってブッ刺せば、後は使徒をブッ殺してレイを助けりゃ勝ちってことじゃん」

「それはそうだけど!」

 

 そんな会話を交わしつつメインシャフトを覗き込む3号機は、その身をゲル化させて2号機を取り込み、シャフトの壁を伝う様に降下しつつ、希望に繋がる更なる言葉を告げる。

 

「それに大丈夫よ————シンジが来たわ」

 

 ————その直後、ATフィールドと呼ぶにはあまりにも巨大な覇気を纏った赤黒い機体が天蓋の大穴から直接シャフトへと飛び込んでくる。

 

「ごめん、遅くなった。————綾波さんを、助けに行こう」

 

 数百、数千、数万のエヴァMark.07を鏖殺し、全身を隈無く返り血に染め上げたエヴァ初号機。

 

 先程3号機を貫いた槍とは似て非なる剣を手にしたその機体は、アスカの駆る3号機がゲル化を一部解いて差し出した手に捕まり、彼女達と共に、NERVの深奥、ターミナルドグマを目指して降下する。

 

 全ての役者が揃い、舞台は整えられ、リリスとの契約の時は間近に迫る。

 

 ————現れた謎の少年とエヴァMark.06。

 

 ————零号機とレイを捕食した第十使徒。

 

 ————怒りの戦姫と化したエヴァ3号機。

 

 ————混乱する2号機とそのパイロット。

 

 ————並み居る敵を討ち果たし、怒りと悲しみ、そして愛と勇気を胸に立つ、碇シンジとエヴァ初号機。

 

 

 全ての役者は今、セントラルドグマへと降り立とうとしていた。

 

「「————綾波さん(レイ)を返せッ!」」

「来たね、シンジ君。さあ約束の時だ。————今度こそ、君を幸せにしてみせるよ」



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破-26

 シンジ達がターミナルドグマに到着したその頃には、既にMark.06は最後の仕上げに取り掛かっていた。

 

 ネルフ最奥のその場所で、リリスを求めて腕を伸ばした姿のまま、槍に貫かれて静止した第十使徒。

 

 その体を踏み台にし、リリスに突き刺さる槍に手を掛けたMark.06が勢いよく槍を引き抜けば、封印の軛を逃れたリリスは下半身を再生させてその巨体を着地させる。

 

 明らかにヤバい状況。そう判断した瞬間のアスカとシンジの行動は早かった。Mark.06に初号機が手にした剣で切りかかると同時に、3号機が使徒から槍を引き抜きつつ、その巨体を壁まで蹴り飛ばし、槍をリリスに刺し直す。

 

 完璧に息の合った連携により、再び活動を停止するリリス。

 

 そして硬直する白い巨神の眼前では、自然と初号機 VS Mark.06、弐号機 & 3号機 VS 第十使徒という対戦がマッチングされ、戦いの幕が上がる。

 

 人類の存亡を賭けた決戦は、いよいよ最終局面へと達しつつあった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「————シンジ君、君はなぜ他人の為にここまで戦うんだい? 君は、君自身の幸福の為に生きようとは思わないのか?」

「知ったような口をッ————!」

「知ってるさ。君のことなら何だって!」

「僕はお前なんて知らないッ!」

「だろうねッ————!」

 

 言葉を交わす以上に剣と槍を交え、互いを蹴り飛ばし、隙あらば殴りつける。

 

 完全に互角の闘いを繰り広げる初号機とMark.06の姿は、ともすれば演舞を舞うかのようにすら見えるほどに噛み合っている。

 

 初号機と完全融合を果たしたシンジが握る光の剣は、エヴァンゲリオン数万体切りを達成してなおその輝きが鈍らない必殺の刃。

 

 それに応じるMark.06の振るう真紅の槍は、神殺しの武器であり、貫かれればあらゆる生命が問答無用で封印される必殺の一刺し。

 

 それらによって交わされる無数の剣戟の余波はターミナルドグマを揺るがし、高速で移動する初号機の首から噴き上がる赤いオーラとMark.06のバイザーから輝く紅の光が、残光となってターミナルドグマを縦横無尽に駆け回る。

 

 

 そんなエヴァ同士の激しい闘いの一方で、使徒とエヴァ2号機、3号機の戦いもまた、苛烈を極めていた。

 

 ただ、それは外見上は使徒対エヴァ2号機の戦いだ。3号機は戦いが始まるや否やゲル化して使徒の体内に侵入を果たしており、2号機の役目は3号機が零号機を救い出すまでの間、使徒を抑え込む事にある。

 

 と、言えば簡単そうに見えるが、此方はトドメを刺せないのに相手は容赦無く殺しにくるという戦いは2号機にとって不利そのもの。

 

 ゲル化した3号機の一部がコアに纏わりついている事で苦しみ悶えている使徒だが、その分外敵への殺意も濃厚になってしまっているのだ。

 

「姫ぇ! 巻きで頼むよマジで! ————モード反転! 裏コード:666(The Beast)!」

 

 そんな殺意に対し、マリの選択はエヴァのリミッター解除による獣化第二形態の解放だ。

 

 ヒトを捨てケダモノへとエヴァを堕とし、引き換えに莫大な戦闘力を得るこのモードは、シンジやアスカの『エヴァとの合一』とは対極に位置する手法。

 

 シンクロによってエヴァを従えるのではなく、エヴァを解き放ちそれにシンクロする。

 

 しかしどちらも理外の外法である以上、その結果は何れの手法であっても同じ事。

 

 ————真希波マリもこの瞬間、シンジやアスカと同様に、ヒトを辞めたのだ。

 

「やっちゃおうかァッ! 2号機ィィィィ!」

 

 エヴァに呼応する様に凶暴化するその姿は、まさに魔獣。獣染みた咆哮とともにリミッターが外れ、驚異的なビルドアップを果たした2号機は、その口を耳まで裂けるほどに大きく開いて、使徒の腕へと齧り付く。

 

 この使徒の強みの1つであるATフィールドは体内に寄生した3号機により封殺されており、残るは異常なまでの素の物理耐久力。

 

 それを突破するだけの膂力を2号機が得たことで、事態は一気に血腥いダメージ交換レースへと変貌する。使徒とエヴァ、どちらかが倒れるまでの、果てのない肉体破壊の応酬。右腕の対価に左腕を奪う様なその戦いは、どちらが勝つのか想像もつかない接戦だ。

 

 ————だからこそだろう。

 

 その激戦は、もう一方の戦いにも自然と影響を及ぼす事となる。

 

「ッ! リリンの王の被造物達がここまで優秀とはね……」

「其処ッ!」

「————しまったッ!」

 

 第十使徒の消息を、一瞬でも気に掛けたMark.06の腕が初号機に切り飛ばされて宙を舞い、槍を失ったその機体は、即座に初号機によって残る四肢を切り飛ばされて、無力化される。

 

「ぐぅッ! ————流石はシンジ君、エヴァの操縦じゃ君には敵わないか……」

「君には聞きたいことが山ほどある————でも今は後だ」

 

 そう言い残した初号機が2号機を救援するべく使徒との戦いに向かう姿を見送るMark.06のパイロット。だが彼は、通信回線を切ったプラグの中で、先の言葉の続きを紡ぐ。

 

「だけどシンジ君。エヴァ以外なら、僕だって君に負けないさ。————君を救う為なら、何だってする。どんな手も使うさ。……君に嫌われるとしてもね」

 

 その呟きと共に、エネルギーダウンしたMark.06の暗いプラグの中で、赤い2つの光が灯る。

 

 ————突如シンジの前に現れた敵対者は、未だその野望を諦めてはいなかった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「マリさんッ、アスカッ!」

「初号機! ワンコ君ッ! 姫は使徒の中だ! 零号機を助けるって!」

「分かった!」

 

 そんな短い会話と共に、参戦した初号機によって一気にエヴァの側に傾いた対使徒戦。それによって余裕が生まれたアスカとのテレパシーにより使徒体内の現状を教えられたシンジは、ある推論を下す。

 

「————綾波さんの魂が、弱い?」

 

 それは、常人には想像もつかない様な思索の果てに生まれた仮説。形而上生物学への造詣の深いシンジだからこそ、導き出せた仮説。

 

 綾波レイの魂の出力が異常なまでに低いが故に、使徒の魂の持つ引力に屈して、そこから逃れられないのだ。

 

 イメージとしては、地球と月。月の如く儚く輝くレイの魂は、地球の重力の如き使徒の魂の引力に囚われて、グルグルと堂々巡りに陥っているのである。

 

 だがしかし。もしその仮定が正しいのならば、碇シンジの脳内に方策は存在している。

 

 それは、先程の例に則れば、地球と月の話に太陽を持ってくる様な話。より強力な魂の力で、綾波レイを引っ張り上げるのだ。

 

 そして。その為の魂は、既にこの場に揃っている。

 

『————アスカ!』

『シンジ———— ? 良いわ、やってみようじゃない!』

 

 そんな会話が2人の脳裏で交わされたその直後。

 

 ————初号機の光の剣が、深々と使徒のコアを貫いた。




しばらく続きそうな不定期更新……ボルg、読者の皆様、お許しください!


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破-27

 綾波レイの意識は、気付けば廃墟の様な古い施設の中にいた。

 

 NERV地下の旧ゲヒルン施設。そこで生まれたレイの身体は、そこでしか生きられない。

 

 クローン技術に問題があった、訳ではない。そもそもNERVのクローン技術に問題があるのならば、式波タイプ124号こと『式波・アスカ・ラングレー』も同様の問題を抱えているはずだ。そしてきっと、真希波・マリ・イラストリアスも同様だろう。

 

 レイの抱える最大の問題は、人並み以上に薄弱な魂と人並み以上に問題の多い元々の肉体構成。

 

 綾波ユイの魂の複製品を、綾波ユイを取り込んだ初号機からサルベージされたエヴァでもヒトでもない肉体に詰め込んだ上で、更にクローン培養したものがレイなのだ。

 

 レイが持つもので唯一まともな要素は、リリスの末裔として与えられた知恵の実ぐらいのものだろう。

 

 だがそれも最早、過去の話。知恵の実は使徒に奪われ、そのオマケの様に使徒に取り込まれてしまったレイの魂は、あまりに出力が異なる使徒の魂に引かれ、その重力から逃れようと全力で抗ってみても地球に囚われた月の様に、周囲をグルグルと振り回されるばかり。

 

 その事実をあらためて噛み締めれば、懐かしき地下研究所の虚像は砕け散り、無限の暗黒の中にあまりに小さなレイの魂とあまりにも巨大な使徒の魂が浮かぶ、魂の座へとレイの視界は切り替わる。

 

 だが、そんな中。凄まじい輝きを伴って、レイの元へと飛翔する魂が2つ。

 

『————レイ!』

『————綾波さん!』

『……アスカ? 碇くん?』

 

 それは、レイにとって初めての家族である、大切な2人。使徒の胎の中にまで、レイを救いに来てくれた、愛すべき者たち。

 

 しかしレイはその輝きに、もはや肉体を失った身でありながら、胸の締め付けられる様な思いを抱いてしまう。

 

『来てはダメ。私はもう、ここでしか生きられないもの』

 

 エヴァを失い、自身の身体も失い、魂だけの存在となった上にその魂も薄弱。

 

 綾波レイは、完全に詰んでいる。その事実を最もよく理解している()()()なのは、他ならぬレイ自身。

 

 そもそもアスカが救出された時とは、あまりに状況が異なるのだ。

 

 そう。重要なのはエヴァの有無。

 

 乗っ取られたとはいえ健在だった3号機に比べて、零号機は喰われて跡形もなく消化されており、もはやこの世に存在しないのだ。

 

 だが、シンジとてそれは承知の上。その上で()()()()()と思ったからこそ彼とアスカはここに居る。

 

『————綾波さん! 諦めちゃダメだ! 手はある!』

『えっ』

 

 悲しみに暮れるばかりのレイの心にとって驚くべきそのセリフ。考えられる限りの手段を考えて、それでも何も思いつかないが故に落ち込んでいたレイにとって、超天才(シンジ)のその宣言はあまりにも甘美に映る。

 

 そして、続けて彼の口から放たれたその『手段』は間違いなくレイには想像もつかないものだった。

 

『欠けた魂の救済、人類補完計画、福音たるエヴァンゲリオン、すなわち————』

 

 タメるような暫しの間。その間にアスカとシンジの魂は更に輝きを増してレイの魂へと接近し、レイは先程までの悲しみも吹っ飛ぶほどのその輝きと凄まじい引力に魂を引かれながら、ちょっぴり『なんだか雲行きが怪しいぞ』と思い始める。

 

 そして実際、シンジが提示した解決方法は、正気とは思えないものだった。

 

『————三つの心を一つに重ねる!』

『レイ! アタシ達にシンクロしなさい!』

『えっ。……えっ?』

 

 困惑するレイだが、もはや2人の魂は太陽どころかベテルギウスもかくやというほどに輝きながら巨大化しており、その超重力にレイだけでなく使徒の魂すらも引き摺り込まれそうな勢いだ。

 

 要するに、いくら困惑しても、もはやレイはどうしようもない。

 

 そして、そんなレイの困惑を『思考回路を白紙化』する事で逆に落ち着かせるほどの、究極的に意味不明な咆哮が、シンジとアスカから放たれる。

 

『『つまり! ————合体だッッ!』』

 

 直後、いよいよブラックホールめいてきたその魂の重力によってレイの魂は2人の魂へと堕ちていき、使徒の魂もベリベリとその表層から削り取られるように飲み込んで、アスカとシンジの巨星の如き魂とレイの魂、そして完全に巻き込まれた使徒の魂が融合する。

 

 そしてそれは当然ながら、エヴァ初号機と3号機、そして使徒とそこに融合した零号機の融合をも意味していた。

 

 使徒の身体の内側、そこにある魂の座において発生した無茶と馬鹿と理不尽と阿呆が総動員したその現象の後、その場に残るのは、一つとなった余りにも巨大な魂。

 

 三つの知恵の実と一つの生命の実を内に取り込んだ余りにも『異常』なその状況は、現実世界にすら影響を及ぼしながら、その輝きを際限なく増していく。

 

 そんな中、レイの意識は、先程までとは打って変わって、強い安心感に包まれていた。

 

 力強い魂の拍動。愛する家族と真の意味で『一つとなった』安心感。そして何より、重なり合ったが故に、シンジやアスカと視座を共有し、エヴァと真に一体化した彼女は、ある種の『悟り』めいた感覚に包まれていた。

 

 そしてそれは、シンジやアスカにとっても同じ事。

 

『そうか————パイロットとエヴァの関係はすごく簡単な事なんだ』

『エヴァのもとの形……生命以前のもの……』

『そう————これが福音(エヴァンゲリオン)なのね』

 

 三者三様に悟りと覚醒を経た彼らの魂は際限なくその輝きを増し、共鳴する三つの知恵の実は使徒から奪い取った生命の実から無限のエネルギーを引きずり出して、精神世界から現実世界へと干渉を開始する。

 

 それは世界に、真の意味での『救世主』が産まれ落ちようとする前兆であった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「一体、何が起こってるのかにゃあ……?」

 

 2号機のコックピット内でそんなつぶやきを漏らすのは、シンジ達の行動に何一つ付いて行けていない真希波マリ。

 

 シンジが剣を突き刺した直後、初号機を飲み込むように第十使徒の身体が変形し、今は繭のような卵の様な純白の球体へと成り果てて、その内側から鼓動のように輝きを透かしている。

 

 そんな意味不明な状況は彼女にとってどうしようもなく、それ故に彼女は彼女に出来る最大の行動として、その卵を守護するように、胴体のみとなったMark.06を睨み続ける。

 

 その手にあるのは、初号機がMark.06の腕を切り飛ばした事で地に落ちた赤い槍。神殺しの槍、ロンギヌス。

 

 油断なくそれを構える2号機の眼前でやはりというべきか再起動を果たしたMark.06は、その四肢を再生させると、ジオフロントでも見せた瞬間移動によって沈黙するリリスの元へと転移し、そこに突き刺さる槍を抜いて2号機へと切りかかる。

 

「クッソ理不尽! ワープとかテレポートなんてエヴァの機能としてあって良いの!?」

「これはエヴァの機能ではなく僕の権能だよ。……そして、君では僕には勝てない」

「まぁテレポートは出来ないけど————何とかなるかもしんないじゃん!」

 

 そう吼えて、Mark.06の繰り出す槍を槍で受け止めつつ、そのまま顔面に噛み付く2号機の在り方は、正しく獣。だが、そんな彼女に対し、Mark.06を駆る少年は静かに、しかし無情に告げる。

 

「いやどうにもならない。君は選択を誤ったからね」

「どういう————しまったッ!?」

 

 そう。マリは選択を誤った。

 

 ————その槍は、本来手にして戦うべきものでは無い。

 

「さぁ、リリス。旧き盟約の時だ」

 

 再び立ち上がる白の巨人。膨れ上がるその肉体は、ターミナルドグマを脱出するべく宙に浮かび、メインシャフトを上へ上へと昇って行く。

 

 その事態に気を取られた2号機へと突き立つのは、Mark.06の赤い槍。その瞬間に完全に機能を停止した2号機の手から取り落とされたもう一本の赤い槍を拾い上げたMark.06は、リリスの後を追い飛翔する。

 

 リリスの覚醒、Mark.06によるサードインパクトの発動。

 

 ゼーレが描いた人類補完の為のシナリオが、まさに今、結実しようとしていた。




昨日でユイさんの享年と同い年になってしまいました。


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破-28

 セントラルドグマから浮上するリリスとMark.06。危険域であるNERV本部施設から脱出していた職員達の眼前に現れたそれらの存在は、彼らにとってまさに絶望の象徴だった。

 

「リリスの覚醒……サードインパクトの始まりね……」

「シンジくん達が負けたっての……!?」

 

 最強の存在として、NERVの精神的支柱であったエヴァンゲリオンとパイロット達。彼らの不在という状況は最悪の事態を予想させるには十分なもの。

 

 その予想を裏付ける様に、零号機、初号機、2号機、3号機の識別コードは、あらゆる計器で検知されず、職員の中にはへたり込むものすらいる有様だ。

 

 そんな中、宙に浮かぶリリスの頭上に現れるのは、凄まじいエネルギーを帯びた光の輪。

 

 そして、その内側に徐々に開くのは、ブラックホールのような深淵の暗闇だ。

 

 同時に、リリスから伸びて行く細く長い光の翼。

 

 先程から、起こりかけては止められてを繰り返すサードインパクトを巡る拮抗が、大きく発動側へと傾いて、絶望の赤光が大地を満たす。

 

「この世界の(ことわり)を超えた新たな生命の誕生。代償として、古の生命は滅びる……」

「光の、翼……15年前と同じ……!」

 

 そんな喘ぐ様な呟きを漏らしても、もはやNERVの職員達に出来ることなど殆ど無い。

 

 かくなる上は周囲一帯諸共、サードインパクトを起こす前に全てをNERV地下に仕込んだN2の炎で焼き尽くすべきか、とすら思考するミサトだが、それに待ったを掛けたのは、その場に現れた加持リョウジだった。

 

「葛城、エヴァの識別信号が絶えたって話だが、エネルギー反応もないのか? 形象崩壊の火柱も上がっちゃいないし、まだ諦めるには早いぜ」

「————ッ! マヤちゃん! リツコ!」

「はい、センサーの損傷も激しいですが、やってみます! ————これは!?」

「NERV地下に超高エネルギー反応! 更に地下貯蔵施設のN2爆雷が原因不明の消失!? 地下に向けて不明な給電回路の構築も確認! エネルギーを吸い取っているの……!?」

「エネルギー吸収……賭けてみるか! リツコ! その不明な給電回路に、全電力を投入出来る!?」

「————やってみるわ。マヤ、端末を貸して頂戴」

 

 そう告げて、リツコがマヤの携帯端末からMAGIに直接コマンドを送り込むと、NERVの全電力が地下の謎の高エネルギー体へと送り込まれる。

 

 その直後————壮絶な光の柱がセントラルドグマから噴き上がり、インパクトを発動させつつあったリリスとMark.06を黒焦げに焼き尽くした。

 

 もちろん両者はその再生能力によってすぐに活動を再開するが、インパクトの儀式は一時中断され、ガフの扉も光の翼も掻き消えて、周囲を満たす赤い光も嘘の様に消え去って行く。

 

 そして————。

 

 

「待てぃッッ!!!!」

 

 そんな裂帛の気合を込めた制止の声と共に、大穴の開いたジオフロントの天蓋から除く月を背負って腕を組み空中に仁王立ちする巨大な人影が一つ。

 

「アレは……!?」

「識別コード未確認ッ! しかし、エヴァンゲリオンです!」

 

 此処に来て新たに現れた、未確認のエヴァンゲリオン。

 

 その肩から棚引くように噴き上がる2本の銀光は風に舞う白いマフラーのように宙に漂い、その上にはアスカの2号機を思わせる赤い頭部と緑の眼光。

 

 しかしその胴体は零号機を取り込んだ使徒のように白く、腕は初号機と同じく緑の発光を伴う黒いもの。

 

 そして下半身は本来の3号機を思わせるような黒の基本色に赤い発光部。どう見てもそれは、エヴァンゲリオンのキメラであった。

 

 だが、最大の特徴は、胸部から腹部にかけて装甲を割り開くように正中線上に並ぶ赤いライン。

 

 そこに並ぶ三つの輝きが意味するところは、ただ一つ。

 

「コアが三つ!? トリプルエントリー!? そんな! あり得ないわ!」

 

 リツコがそう叫ぶ通り、パイロット3名を搭乗させ、3つの心を1つに重ねるというあまりにも無茶苦茶なシステムは、タダでさえ『起動率10億分の1(オーナインシステム)』なエヴァを『起動率1000禾予(ジョ)分の1』にしてしまうという点で、『設計されること自体が有り得ない』。

 

 である以上、それは『新造』ではなく『改造』。エヴァンゲリオンとパイロットによって、自ら強化改造を施した、全く新しい機体。

 

 そして、その機体からマヤの端末へと送信された、新たなその名は————! 

 

「識別コード受信! 『Evangelion : Veritable Victorious Version』! エヴァンゲリオン真・勝利改造形態、エヴァンゲリオンV3ですッ!」

 

 その声と同時に、Mark.06から響くのは、どこか諦めたような、悲しげな少年の声。

 

「エヴァの本質、願望の器としての力の覚醒か……シンジくん、君は本気で、神に至るつもりかい?」

「それで世界を救えるのなら、僕は何にだってなってやる————エヴァンゲリオンは神にも悪魔にもなれる力だ!」

「君はまた自分を代償に世界を救うのかい? ————そうしたあと、あの赤い海の渚でいつも君は1人泣いていたのに!」

「君は、何を知ってるって言うんだ……?」

「君について、君の今までの世界について全て! だからこそ僕は此処で君を止めるよシンジくん。————僕は君を今度こそ救ってみせる!」

「————僕を救うと言うのなら、その前に世界を救って見せろ!」

「因果は君と世界の二者択一、それは無理な話だ!」

 

 交わされる言葉は、Mark.06からの懇願と、エヴァンゲリオンV3を駆るシンジからの拒絶。

 

 平行線を辿る話の中で、シンジの明晰な頭脳は相手の言葉に嘘がない事を察し、Mark.06の搭乗者の行動が、自身への愛故であると感じ取る。だが、世界を守るべく立ったシンジの魂は、その愛を明確に拒み、世界を救う道を直走るのみ。

 

 そして何より————。

 

「君は僕を1人ぼっちと言うけど、僕は独りじゃない!」

 

 そんなシンジの宣言と共に、赤く輝く3つのコア。そこから響くのは、アスカとレイの同意の声だ。

 

「そうよ! バカシンジには超頼りになる天才美少女パイロットのアタシも居るし————」

「私も居る。Mark.06の人、碇くんは貴方の予言のようにはならないわ————私達が護るもの」

 

「式波タイプと綾波タイプ……リリンの王の被造物が何を————!」

「だまらっしゃい! アタシもレイもクローンだからなんだってのよ! アタシにもレイにも魂がある! 心だってある!」

「そう。私達にも愛と勇気はある。ならきっと————」

 

「「「————世界を救うヒーローに成れるッ!!!」」」

 

 力強く宣言する3つの声。重なり合うその心が百万パワーの正義の炎を噴き上げて、エヴァンゲリオンV3の身体から、炎の様に赤いATフィールドの奔流が迸る。

 

 3人の心の炎が合わさり(ほのお)となったエヴァンゲリオンV3はもはや無敵。

 

 その圧倒的に過ぎる力の渦を前にして、Mark.06のパイロットは喘ぐ様に言葉を漏らし、その最中、唐突に『悟った』かの様にその声に意志の力を宿らせる。

 

「三位一体の力……!? こんなものはシナリオに————そうか。シナリオに、無い。ならシンジくん、もはやキミの運命も————それならシンジくん! 僕を越えて征け! 僕と言う運命の柵を打ち破って見せろ!」

 

 その宣言と共に、Mark.06はリリスの肉体に融合し、天を衝く巨大なエヴァンゲリオンと化してエヴァV3へと立ちはだかる。

 

 だが巨大化怪人とヒーローの決戦を思わせるその縮尺差を前にしても、エヴァV3を駆るシンジ、アスカ、レイの心の光は一切の翳りを見せることはない。

 

 巨大化Mark.06に合わせて何故か巨大化した槍が振るわれればそれをゲル化で回避し、巨大な拳や脚による殴打蹴撃の嵐には、サイズに反比例する様に強烈な電撃を纏う手刀(V3電撃チョップ)深海から突き上げる様な蹴り上げ(V3サブマリンキック)で真正面から打ち勝って、体格差をものともせずに巨大化Mark.06を圧倒する。

 

 そして、あまりに猛烈な反撃の数々に蹈鞴(たたら)を踏む巨大化Mark.06の隙を突くように、エヴァンゲリオンV3は肩からマフラーのように噴き上げる白銀のエネルギー流を一層強力に噴き出して、凄まじい跳躍力を発揮する。

 

 天蓋の大穴から飛び出すほどの、月にも届きそうな大跳躍。

 

 愛と勇気と正義の焱を纏い、天高く飛翔する希望のエヴァンゲリオンは、天地に轟く咆哮と共に、巨大な敵を討つべくその身を必殺の一撃へと変えて行く。

 

「「「ゔあぁああ゛ぁ゛ぁぁぁッッ————!!!!」」」 

 

 3人の全力の気合と共に、その足先から噴き上がる極大の焱が天を焦がし、夜を真昼の如く照らし出す。

 

「スゥゥゥパアアアアア゛ァ゛ッッッッ!!!!」

 

 あまりの高エネルギーに電離した大気が雷光を迸らせ、赤い光に応じる様に現れた黒雲はカケラも残さず吹き飛ばされた。

 

「V3ャァァァアア゛ァ゛ッッ!!!!」

 

 そして、胸に輝く三つのコアが太陽の如く輝き、エヴァンゲリオンV3は不可思議な力によって加速度的にその速度を増して行く。

 

「火柱ァァアア゛ァ゛ッッッッッッ!!!!」

 

 正義の焱を全身に纏うその姿は、巨大隕石の様な破壊の暴威でありながら、見るものに安心感を抱かせる頼もしいもの。

 

「「「キィィィィィッックッッッッ!!!!!」」」

 

 そして、焱の矢と化したエヴァンゲリオンは巨人の脳天へと突き刺さり、その身体を真っ二つに突き抜けて、地響きと共に大地に降り立った。

 

 ————直後、起こったのは大爆発。

 

 リリスも、Mark.06も、天蓋の残骸も、全てを吹き飛ばし上空に昇る十字架の爆炎の後には、満点の星空と月の光。

 

 だが、そんな爆炎の中で、エヴァV3の手には、1つのエントリープラグが握られていた。

 

「……こうして、キミの手の内に握られるのは3度目かな。今度も握りつぶすのかい?」

「……さっきも言ったけど、君には聞きたいことが山ほどあるんだ」

「そうか。……変わったね、キミは。変わらないのは僕だけか。————だけどシンジくん、良いのかい?」

「何————?」

 

「君の父上は、世界を壊したがっているようだよ?」

 

 Mark.06のエントリープラグから、そんな声が響いた直後。

 

 突き上げる様な振動と共に大地は砕け、空には再びガフの扉が広がっていく。

 

 そして、その扉を生み出し、宙に浮かぶ光の巨人————。

 

「また新しいエヴァ……!?」

「いや、違う。アレは————」

「対象の識別コード、エヴァンゲリオン2号機……パイロットのバイタル、確認出来ません!」

「真希波さん!?」

 

 マリが乗っていた筈の2号機が、ロンギヌスの槍を手にして光の巨人となっている。

 

 だが、シンジの心配の声に対し、応答は意外なところから帰ってきた。

 

『ごめん、姫————2号機、ゲンドウくんにパクられちった』

「コネメガネ!? アンタ無事なの!?」

『プラグを強制射出されて全身打撲って感じだにゃ……今の2号機にはダミーが刺さってる。それと、多分綾波タイプも』

「————父さん、そこまでするのか……!?」

 

 クローン一体とエヴァンゲリオン2号機を生贄に、槍と魂とエヴァの3つを無理矢理揃えて発動された、サードインパクト。

 

 先程遂行されかけていた儀式を再起動する事で異常な速さで進むガフの扉の開放は、大地を赤く染め、無辜の人々を扉の彼方に広がる絶望の渦へと叩き落とす。

 

 そして、赤い大地に侵食された世界で、魂を収奪された人々の肉体は、赤一色のエヴァンゲリオン2号機の姿へと変生し、彷徨う様にノロノロと蠢き始めた。

 

 そのオリジナルたる2号機は、遂には全身をエネルギーに転換し、加速度的にガフの扉をこじ開けていくその姿は明らかに、『ヒト』の意志を感じない装置と化している。

 

 無論、それをみすみす見逃すシンジ達では無い。しかし————。

 

「先程から度々開きかけていたからね。L結界密度がリリンの限界を超えているんだ。————シンジくん、君たちが此処を離れれば、エヴァのATフィールドの加護を失った人々は、残らずあのガフの扉の向こうに連れ去られるよ」

 

 そう告げるMark.06のパイロットの言葉の通り、エヴァンゲリオンV3が咄嗟に展開したATフィールドには激烈な負荷が生じており、ネルフ本部とジオフロントのシェルターを守る為には、この場を動く事など出来はしない。

 

 故にシンジに出来るのは、たった一つの手段のみ。

 

「バカシンジ!? アンタまさか————!」

 

 自らのエントリープラグと、エヴァンゲリオンV3の脊髄から生成した光の剣、『ヘレナの聖釘』。

 

 その剣を振りかぶり、全力で投擲したV3の狙い通り、その一撃はサードインパクトを発動させたエヴァ2号機に突き刺さり、ガフの扉を無理やり閉ざすと、エヴァンゲリオン2号機諸共、空の彼方へと突き進む。

 

 それと同時に無数のエヴァ2号機の複製も活動を停止し、不可思議なことにその全てが十字架の剣に貫かれた姿で、磔の如く凝り固まる。

 

 そんなエヴァとコア化で赤く染まる大地を残し、エヴァンゲリオンV3の操縦権をアスカとレイに移譲して、シンジは世界滅亡の阻止と引き換えに、孤独な宇宙へと放り出されてしまったのだ。

 

「あのバカっ! ほんとバカッ!」

「碇くん……そんな……」

 

 涙を流してそう叫ぶアスカと、呆然とするレイ。

 

 だが、彼らに悲しむ時間すら与えないとでも言うように、大地の揺れは激しさを増し、NERV本部を擁するジオフロントが、崩壊を開始する。

 

「アスカ、みんなを助けないと、碇くんなら、きっと————」

「————そうね。あのバカをボッコボコにするのはそれからね……ミサト! シェルターの民間人、すぐに連れ出して! エヴァがATフィールドで支えてる内に! 集まり次第脱出よ!」

「————ッ! わかった! 日向くん、青葉くん! 救助隊を即時編成して民間人の救助! マヤちゃんは生き残ってるエヴァ輸送用ディーゼル車と使える路線を割り出して! 客車と繋げて無理やり脱出するわ!」

 

 救える範囲の者たちを救うべく、動き始めるNERVの生き残り達。

 

 そんな中で、加持リョウジはいつに無く真剣な表情で、葛城ミサトに問いかける。

 

「葛城」

「何よ」

「NERV総司令、碇ゲンドウは人類の敵に回った訳だが。————それに対抗する手段があると言ったらどうする」

 

 

 その問いへの答えは、決まりきっていた。




 シンジ不在のまま戦い続けるエヴァV3。
 廃棄される要塞都市。
 再編されるNERV関係者。
 ドグマにて始動するエヴァ9号機。
 胎動するエヴァ8号機とそのパイロット。
 遂に集う、運命を仕組まれた子供たち。
 果たして、生きることを望む人間の自由を守る為の物語は、どこへ続くのか。

 次回、旧世紀エヴァンゲリオン:Q。

 さぁて、この次も、サービスサービスぅ!


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幕間-2

 地球から遥か彼方、月周回軌道。

 

 シンジ自身である『ヘレナの聖釘』の一撃によって文字通り月までブッ飛ばされた2号機は、奇跡的に月の周囲を回る孫衛星の仲間入りを果たしていた。

 

 無限に広がる真空と、無慈悲に降り注ぐ宇宙線に太陽風。それらから2号機とそのパイロットを守るべく、ヘレナの聖釘は徐々に2号機を侵食しながら繭と化し、シンジの肉体が、2号機のコックピット内部に再構成される。

 

「あなた、誰?」

 

 そう問うてくる無邪気な声。聞き覚えのありすぎるその声の主に対して、シンジは優しく微笑んで、言葉を返す。

 

「初めまして。僕は碇シンジ。君は?」

「私は綾波タイプNo.3」

「そっか。よろしくね」

「よろしく……?」

 

 そう首を傾げる少女。そんな彼女の頭をシンジが軽く撫でてやれば、不思議そうな顔ながらも心地が良かったのか頭を押し付けてくる。

 

 犬か猫、それか幼児。

 

 その姿が無垢なものであるが故に、シンジの内心は、幼気な彼女を贄とした父への忿怒に燃える。

 

 だが、その怒りを心の奥底に燃え続ける正義の炎に焚べたシンジは、少女をこの暗黒の世界から救うべく、2号機との対話を開始するのだった。

 

「……アスカの匂いがする」

「アスカって誰?」

「僕の恋人」

「恋人って何?」

「んー、家族以外で一番愛している人で、その内家族を一緒に作る人?」

「家族?」

「君にもできるよ。地球には、君のお姉さんが居るからね」

「地球、お姉さん……わからない。どういうものなの?」

「地球はあの丸いやつ。お姉さんは、君の家族。綾波レイっていうんだ」

「綾波、レイ。……綾波タイプ? 私は綾波何になるの?」

「……そうだね。地球に帰るまでに考えよっか」

 

 そう告げて、シンジは綾波タイプNo.3と名乗った少女を抱きしめると、2号機に深くシンクロして、彼女諸共LCLへと溶け消えた。

 

 人の身体では耐えられぬ宇宙空間。その中で彼女を生かすには、エヴァとの同化を除いて道はない。

 

 何より、その身体は使い捨てとばかりに雑な調整を施され、長くは持たないものなのだ。

 

「……エヴァンゲリオンの呪縛。その本質は、このまま在り続けたいという根源的な願いのカタチ。でも、君のお姉さんもそうだったように。君達はそう在ろうという願いが薄い。原罪の欲望が薄い。なら、僕は————君に居てほしいと願う」

 

 シンジの発するその思念。それに応じて、エヴァは綾波タイプNo.3の肉体に『エヴァの呪縛』を施し、ヒトを超えた生き物へとNo.3を作り変える。

 

 

 エヴァの深奥。その本質に触れたシンジは、エヴァンゲリオンが何故動くのかという単純な原理すらも、まやかしに覆われていた事を理解している。

 

 エヴァは決して、電源で動いている訳ではない。確かに電源を搭載され、電源が切れれば動かなくなる。だが、その本質は『ヒトの願いを叶えて動いている』のだ。

 

『電源が入っているから動く』『機械は電気で動く』。そんな文明社会にとっての『信仰』を束ねる為の儀式的要素こそがバッテリーの搭載であり、複雑な理論やら難解な機構、そしてエントリープラグですらも『なんだかよくわからないけど何か難しい理論で動くのだろう』という『信仰』を得るための仕組み。

 

 エヴァンゲリオンの本質は形而上生物であり、意志あるものの願いを叶え続ける願望の器。

 

 平たく言うのならば、神様だ。

 

 だが、それを動かすための『信仰』は、疑念すらも内包する。『動かないのではないか?』そう思った瞬間に、エヴァンゲリオンはいとも簡単に硬直し沈黙するのだろう。

 

 だからこそ、起動率10億分の1。エヴァンゲリオンに乗り込み、エヴァンゲリオンを信じられる心の持ち主だけが、エヴァンゲリオンパイロットたる資格を得る。

 

 だからこそ碇ゲンドウは、ゼーレは、クローン技術に頼ったのだ。

 

『エヴァとは当然のように動くものだ』そう刷り込んだ雛鳥さえいれば、エヴァンゲリオンは動くのだから。

 

 ————その点、シンジは真の意味で、特異な存在なのかもしれない。

 

 ただ、正義の味方に憧れて。正義のスーパーロボットに憧れて。

 

 そう、シンジにとって、幼いあの日に、父や母と見たエヴァンゲリオンは————。

 

「そっか。僕はエヴァンゲリオンが好きだったんだ。みんなが新幹線が好きなように。消防車が好きなように。お姫様になりたいように。キラキラしたドレスに焦がれるように」

 

 そう。それは幼い願い。それ故に、純粋な願い。だからこそ、11年前に、エヴァンゲリオン初号機は『シンジの願いを叶えた』のだ。

 

 

ぼく、おっきくなったら、えばんげりおんになる!  

 

 

 そう願う幼児は確かに、大きくなってエヴァンゲリオンとなったのだから。

 

 意志を持つエヴァンゲリオン。願望を内包する願望機。それはまさに、ヒトの言うところの『カミサマ』で。

 

 だからこそ、碇シンジは改めて、自分という神に願いをかける。

 

「僕は、みんなを救う、正義のヒーローになる。世界だって、救ってみせる」

 

 熱く燃える鋼の心、その願望の釜に更なる願いが焚べられて、碇シンジはまた一段と、ヒトの域から遠ざかる。

 

 そんな彼と綾波タイプを乗せた2号機の繭は、徐々に徐々に軌道を下げて、月の大地へと近づいていくのだった。



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幕間-3

「ミサト、それマジで言ってるわけ?」

 

 そんなアスカの声が響いたのは、エヴァンゲリオンV3の仮設格納庫。

 

 サードインパクトが齎した大災厄から数日。避難民を掻き集めつつ、崩れた路線を仮設建築で無理やり繋ぎながらえっちらおっちらと山を越えてNERV松代基地だった場所にまでやってきたNERV残党部隊の一行は、地下壕を仮の避難所とする事で、どうにか生き永らえていた。

 

 そんなギリギリの状況で下された出撃命令に、アスカが怪訝な顔をするのも当然だろう。

 

 だが、それを告げたミサトは()()()()()()()表情は真剣そのものだった。

 

「マジよ。私たちはこれからNERVユーロ支部、ベタニアベースを占拠しに向かいます」

「正気とは思えないわね。そもそも避難民はどうすんのよ、エヴァのATフィールドがなきゃ即死でしょうが」

「それに関しては、リツコがどうにかしてくれたわ。脱出時に持ち出したエヴァの予備パーツとダミープラグで、ATフィールドを展開するためだけのエヴァもどきを作ったの」

「ふぅん? アテになるの? 電源は?」

「太陽光発電と灯油発電機でどうにかこうにかって感じよ。メンテナンスはマヤちゃんが担当。アスカとレイ、そして私たちが帰って来るまでの時間なら充分に持つわ」

「いや、1番の問題はそこなんだけど。————リツコとミサトと加持さんもエヴァに乗っけろって言われても、何処に乗せるってのよ」

 

 そう呆れた声を漏らすアスカの視線の先には、プラグスーツを着たミサトと加持、そして恥ずかしいのかプラグスーツの上に白衣を羽織ったリツコが居る。

 

 その中で、アスカの問いに答えたのはリツコだった。

 

「シンジくん用のプラグ挿入口に、シンクロ機能を完全に排除した搭乗用のエントリープラグを挿入して、ね。インテリアを3つ積んで余計な電装を外しただけの特急工事品。乗り心地はパイロット次第ね」

「で、そのパイロットは?」

「レイとアスカ」

「————コネメガネとストーカーホモは?」

「マリは自称『渚カヲル』、第五の少年の監視。一応、シンジくん考案のDSSチョーカーの試作品をこれでもかって具合につけてるから大丈夫なはずだけど」

「……ふぅん。まぁ、状況はわかったわ。で、作戦は?」

 

 そう問いかけるアスカと、ずっとこの場にいるにも関わらず、相変わらず無口なレイ。そんな2人のパイロットに向けて告げられたのは、作戦とも呼べないような、ぶっつけ本番の塊であった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「流石に揺れるなぁ!」

『走ってんだから当たり前じゃない』

「いや、そりゃもちろんそうなんだが! ————おおっと!?」

 

 そんな声と共に、目を丸くして冷や汗をかくのは、エヴァンゲリオンV3に急遽設けられた客席に乗り込んだ加持リョウジ。

 

 戦闘機のパイロットもお手のものな筈の加持がそんな表情になるのは、それほどにエヴァV3の挙動が滅茶苦茶だからだ。

 

 ミサトが打ち出した『北極に向け5700kmをとにかく北に直進する』という馬鹿げた計画。

 

 その過程で当然のように存在するのが日本海な訳だが————エヴァV3はマッハ10という馬鹿げた速さで走行する事で、その無茶を可能にしていた。

 

 とはいえ、レイとアスカは涼しい顔。

 

 それもそのはず。エヴァV3の合体の際にシンジ、アスカ、レイの3名の身体能力は統合強化され、彼女たちは100mを1.5秒弱で駆け抜けることが出来るばかりか、そのままの速度でどこまでも走って行けるのである。

 

 現在のエヴァV3の走行は単純にそんな彼女達の疾走を身長80mのエヴァンゲリオンの縮尺で行なっているだけの話であり、彼女達の視点では大した問題ではないのだ。

 

『それより加持さん、あんまり喋ってると舌噛むわよ!』

「もう噛んだ!」

『……葛城一佐と赤城博士は大丈夫?』

「アタシは平気よ、ありがとね、レイ」

『ちょっとミサト、リツコは?』

「乗る前に酔い止め飲んで、舌噛まないようにマウスピース嵌めてたけど、気絶中」

『……大丈夫なんでしょうね?』

「脈もあるし、起こすよりは寝かせといてあげたほうがいいわ。起きてもどうせ気絶するもの」

 

 あっけらかんとそう言ってのけるミサトは、加持より随分余裕があるようで、涼しい顔で腕時計を見て『作戦開始から5分、このまま順調にいけばあと1分でロシアね』などと述べている。

 

 どうせ生き残りなど居ないのだからと盛大にかっ飛ばすエヴァについてこれているあたり、ミサトが15年遅く生まれていれば、エヴァに乗っていたのかもしれない。

 

 そんなIFを空想する余裕すらあるアスカとレイは、しかしその余裕ある時間も海上を突破するまでなのだろうなと、持ち前の超感覚で理解する。

 

 踏み締める大地の音。打ち砕かれる瓦礫の音。踏み躙られる人類史の断末魔。

 

 地響きと共にロシア南部の海岸に布陣するのは、シンジが山程ブチ殺した筈の髑髏頭の戦闘員、エヴァンゲリオンMark.07。

 

 無限増殖機能でもあるのか、と思ってしまうほどのその大群。

 

 ダミープラグを刺された髑髏頭の機体たちが方陣を敷き、ビルの残骸を積み上げてバリケードを築き、陽電子砲の銃身で槍衾を構築する姿は、地獄を越えた、彼岸の向こうの光景だ。

 

 だが。敵が地獄の軍団だとしても、此方は一騎当千のパイロット2名が乗る、エヴァンゲリオンV3

 

 相互にシンクロする少女達の肉体から迸る虹色のATフィールドのオーラは、溶け合い、混ざり合い、練り上げられて、機体性能を加算でも乗算でもなく累乗で引き上げる。

 

 一騎当千の一騎当千乗、すなわち10の3000乗。この世全ての原子が敵となっても鏖殺できるその性能は、まさに無敵のスーパーロボットと呼ぶに相応しい。

 

 だが。エヴァンゲリオンが元来この世のものではない以上、彼我の戦力差は量を質で補うにはいささか多い。

 

 だがそれはあくまで、『クソ真面目に正面切って殴り掛かった場合』だ。

 

「お邪魔虫がウジャウジャキモイっての! ————行くわよレイ!」

「わかった。アスカに合わせる」

 

 直後、海面を一際強く蹴り付けての大跳躍。

 

 加持が歯を食い縛り、ミサトも目を見開く見事な走り高跳びを決めたエヴァV3は、上空で両の手を何かを掴むように向かい合わせ、その中央へとATフィールドを凄まじい密度で圧縮する。

 

 地べたを這う有象無象が仰ぎ見るその先で、エヴァンゲリオンV3の両の手に握られたのは、太陽光の如く眩い光球。

 

 それに対して陽電子砲で迎撃を試みるMark.07の軍勢だが、可視光を放つほどにエネルギーを高められたATフィールドの奔流を前に、携行式の陽電子砲では些かの痛痒も与える事など出来はしない。

 

「「ハァァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!!!!」」

 

 そして、あらゆる抵抗を圧し潰すレイとアスカの咆哮と共に、投射されたその光球はエヴァンゲリオンV3の制御を離れたことでその内に宿したエネルギーにより急激に膨張し、超高温による青白い閃光がモニター越しにミサト達の目を眩ませる。

 

 ちらつく視界。轟音にキンキンと痛む耳。

 

 その全てが収まった頃には、もはや地上にあるのは馬鹿でかいクレーターがただ一つ。

 

 うまくその爆風を受けて北に向けてカッ飛ぶV3は、首元の白い光の翼を勢いよく噴射し、うまく体勢を整えると着地の衝撃すらも踏み切りの勢いに変えて、再び疾走を開始する。

 

太陽をぶん投げた(ストナーサンシャイン)みてぇになっちまってんなこりゃ」

「……エヴァンゲリオンV3、シンジくんのいう神にも悪魔にもなれる力。……この機体とあの子達が人類の味方でいてくれて良かった」

 

 そう呟くミサトが見つめる先。サードインパクトの影響なのか、あの日から徐々に肥大化している月。そこに吹き飛ばされた碇シンジ少年は、普通ならば死んでいる筈だ。

 

 だが。

 

「月なら普通の光学望遠鏡でもそこそこ観測できるからなぁ。月面の不可解な爆発、謎のビーム、立ち昇る光の十字架……シンジくんが向こうでドンパチやってるのは間違いないと思うんだが」

「それを迎えに行くための北極遠征なんでしょ、加持」

「ああそうだ。————ベタニアベースで進行していた『マルドゥック計画』。その成果物は、完成直前で計画自体が頓挫したことで、今も施設最奥で眠り続けている。屠神計画(マルドゥック)が生み出した神殺しの力……ユーロNERV、もといゼーレの名付けた名前は Buße(ヴーセ)。今頃、各基地機能を掌握した碇司令が建造を再開しているだろう、超巨大空中戦艦……そいつを奪取してやるのさ」

Buße(ヴーセ)ぇ? 贖罪とか、随分しみったれた名前じゃない』

「お、じゃあ奪取記念にアスカが改名するか?」

『任せなさい、とびきりカッコ良い名前にしてやるんだから。そうね……Excelion。決めたわ、ぶんどったらそいつの名前は、エクセリヲンよ!』

「エクセル? 帳簿つけるやつの?」

『ミサトのバカ、ExcellentのExcelよ!』

「じゃあ-ionはどっから来たんだ?」

『そりゃEVANGELIONからよ。エクセレントなエヴァンゲリオン。あと指輪物語の超強いエルフの名前をもじった感じ?』

「アスカ、本とか読むのね」

『あのねミサト、アタシ大学出てるの! その言種はないでしょ!?』

「ごみんごみん————ま、それじゃ名前は決まりね。目的地まであと15分。アスカのエクセリヲンを迎えに行きましょ!」

『誤魔化されないわよ?』

 

 そんな会話と共に()()()()赤いロシアの大地を疾駆するエヴァンゲリオンV3

 

 白い光のマフラーを棚引かせて駆けるその先には、エヴァの超視力により、封印柱に囲まれたベタニアベースが見え始めていた。



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幕間-4

「ええい面倒くさい!」

 

 そう咆哮するアスカ。その周囲に積み上がるのは髑髏頭の死屍累々。

 

 ベタニアベースの内部で大暴れするレイとアスカの最強美少女タッグを前に、本来量産型如きは物の数ではないのだが、問題なのは今回積載している『荷物』である。

 

『ごめんね、レイ、アスカ』

「別に良いわよ。ゲル化出来なくたってコイツらぶっ倒すぐらい訳ないし! ……面倒ってだけで」

 

 そう答えながらV3は手刀1発でMark.07を2枚に下ろし、回し蹴りで複数纏めて機体を上下に泣き別れさせているあたり、実際面倒はあっても無理は無いらしい。

 

 だが、アスカの『面倒くさい!』という思念を読み取れるレイは、その煩わしさをどうにかしてやろうと思考を巡らせるだけの優しさを持ち合わせていた。

 

「アスカ」

「何よレイ————ふぅん? 流石はバカシンジの妹、悪くない案じゃない」

「出来そう?」

「モチのロン! V3はアンタに任せるわよレイ!」

『ちょっと待って!? 何する気、レイ、アスカ!?』

「こうすんの、よッ!」

 

 そう言った直後、アスカは自身のプラグを排出し、単独操縦となったエヴァV3を駆るレイが、群がるMark.07の一体を組み伏せて、その脊髄からダミープラグを力業で引っこ抜き、代わりにアスカのプラグをねじ込んでしまった。

 

 息の合った連携によって奪取されたMark.07。その首筋から青く輝くゲルが噴き出して髑髏の機体を侵蝕し、アスカに『取り込まれた』Mark.07はその姿を赤と金の装甲板を纏う黄金髑髏へと変化させる。

 

『随分派手だなそりゃ。黄金バットか?』

「敵味方はハッキリしといたほうが良いでしょ。こうも暗いとこだと、赤より金のほうが目立つしね。……ところで黄金バットって何?」

 

 そんな疑問を述べながら、金ピカMark.07を駆るアスカは敵の攻撃をゲル化で透過しつつ一方的かつ圧倒的に周囲に群がるMark.07を蹂躙し、屍山血河の地獄めいた光景を生み出しながらベタニアベースの奥へと進撃する。

 

 その後を追うV3の中で、加持はアスカの疑問へと回答した。

 

『今のアスカみたいな、強い! 絶対に強い! って感じの日本のスーパーヒーローだな』

「ふぅん。————しっかしマジでキリがないわね。加持さん、エクセリヲンはこの先にいるわけ?」

『ああ。この地下だな。この先のメインシャフトを降下すりゃ直ぐなんだが……』

「なるほど。で、エクセリヲンは仕組みとしちゃめちゃくちゃデカいエヴァで、エヴァを動力に動くってことで良いのよね?」

『そうだが……何する気だ?』

「アタシちょっと先に見てくる! レイ、ついてきなさいよね!」

『おいおい、どうやって————』

 

 そう言い始めた直後、敵の群れの中に金ピカMark.07を突っ込ませたアスカは自爆システムを起動させるとプラグを射出し、更にプラグのハッチを空中で開けて飛び出すと、自身をゲル化させて床の隙間へと浸透する。

 

 そんな彼女が乗り捨てたプラグを回収して自機に挿入するレイの手際は、まさに阿吽の呼吸と言えよう。

 

 そして、V3は眼前で派手に爆発した金ピカMark.07が産んだ火球の中を突っ切って、アスカを追うようにメインシャフトに飛び込み、自由落下を開始する。

 

 それを追うMark.07の大群が滝のように降り注ぎ、同時に進行方向からも噴火の如く飛び出してくるが、空中戦であってもV3に隙はない。

 

 レイが操るその機体は見事な体捌きで髑髏の軍勢の中をすり抜け、回避不可能な機体は残らず無敵の力で粉砕し、一切速度を落とすことなく下へ下へと落ちていく。

 

 その先。ベタニアベースの地の底から、突如響くのは凄まじい地鳴りの音だ。

 

『アスカは何をやったってのよ!?』

「大丈夫」

『レイ? 状況がわかるの?』

「アスカがエクセリヲンでこっちにくる」

 

 そう述べたレイがV3に着陸姿勢を取らせた直後、何もかもを吹き飛ばしてその下から現れるのは、全長数キロはあろうかという化け物じみた空中戦艦。

 

 まだ未完成なのか、生物めいた骨格が剥き出しのその機体はしかし、反重力力場によりベタニアベースそのものを持ち上げる様にブチ壊して、力技にも程がある『発進シークエンス』を開始しているのだ。

 

 そんな機体から響くのは、それに融合しているらしい式波・アスカ・ラングレーの声。

 

「レイ、甲板に乗りなさい! 飛ぶわよ!」

「わかった」

『こりゃ何もかも滅茶苦茶だなぁ!?』

 

 加持がそう叫ぶ中、艦首に仁王立ちで着陸したV3を乗せたエクセリヲンは、ベタニアベースを瓦礫の山へと変えながら、真実本当に『飛行』を開始する。

 

 瓦礫の山から巨大戦艦が発進するその光景は、味方に圧倒的な希望を、敵には圧倒的な絶望を叩き付ける大迫力。

 

 アスカが一体如何なる術理でこの巨大な艦を単独操縦しているのかは一切合切不明だが、日本に向け一路南進する空中戦艦。

 

 その船体は航行しながら徐々に変質し、剥き出しの骨格には肉が乗り、血が通い、装甲板が生成されていく。

 

 その装甲は赤いド派手なカラーリングを船底に施し、甲板や艦橋は青紫ベース、そして各所に黄色いラインという、シンジ、アスカ、レイのパーソナルカラーで彩られており、大変に目立つ代物だ。

 

 それが大空を征く姿は控えめに言ってロマンの塊でしかない。

 

「アスカ、V3はどうしたらいい?」

「そのまま甲板に乗ってなさい。この船の主機はアタシでなんとかなるみたいだし」

『アスカ、瓦礫を持ち上げていた反重力は恒常的に発生可能なのかしら? であればベタニアベースの封印柱を全機回収したいのだけれど』

「あら、遅いお目覚めねリツコ。……封印柱ってあの赤黒いやつ? 良いわよ、引き上げてみる!」

『ありがとう。うまくいけば、この封印柱で一定範囲のコア化を還元できるかもしれないわ。————それと、帰りは安全運転でお願いね』

「誰に言ってんのよリツコ。アタシのエヴァパイロット以外のもう一つの肩書き、忘れたとは言わせないわよ?」

『そうね。よろしく、式波・アスカ・ラングレー空軍大尉殿』

Jawohl, doktorin(了解、博士殿)

 

 そんなリツコの要望に応えたアスカが駆るのは、鯨の如く歌うエクセリヲン。ベタニアベースの封印柱を根こそぎ引っこ抜いて掻っ払って、悠々と空を泳ぐ大鯨は、日本に向けて緩やかに加速を開始する。

 

 後にNERVと神への叛逆を志すWILLEの旗艦となるエクセリヲンの処女航海は、NERVに対する初勝利の凱旋として、永く語られる事となるのであった。

 

 なお、その際に艦首甲板に仁王立ちのままのV3を載せていたせいか、ご利益に肖ろうとWILLEの艦艇に仁王立ちエヴァの船首像をつけたりするのが流行ってしまうのだが、それはまた別の話である。




皆さま来年も良いお年をお迎えください。


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幕間-5

新年明けまして御目出度う御座います。
旧年中は格別のご高配を賜り、誠に有難うございます。
本年も変わらぬ御愛顧を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。



 月面を埋め尽くす、髑髏の軍勢。無尽に思える地獄の軍団に対し、抗うのはただ一騎、人造人間エヴァンゲリオン2号機のみ。

 

 そんな絶望的な戦局の中で、真紅の機体はその装甲を血に染めて、死線を踊っていた。

 

「シィィィィッッッ!!!!」

 

 蛇の威嚇か、猫の怒声か。布を裂くような鋭い吐息と共に放たれるATフィールドを纏う貫手(爆熱ゴッドフィンガー)が迫り来るMark.07のコアを貫き、十字架の炎と共にその機体を爆散させる。

 

 そしてそれのみならず、突き込まれた貫手に込められた強烈なATフィールドが打突の勢いそのままに衝撃波となって突き進み、貫かれた機体の背後に居たMark.07達を一気に纏めて薙ぎ払った。

 

 だが、敵の数はまさに無尽。碇シンジという鬼札を月の大地に封じるべく、ゼーレと碇ゲンドウは夥しい兵力をシンジへと差し向けているのだ。

 

 しかしながら、アスカの2号機を預かり、レイの妹を預かる以上、碇シンジの辞書に敗北と諦念の文字はない。

 

 2号機の手を『虎爪』の形に構えて振り抜けば、ATフィールドの斬撃が飛翔し、眼前の尽くを引き裂いて、月のクレーターの外輪山をも切り飛ばし、全く破壊力を衰えさせぬまま宇宙の彼方に消えていく。

 

 そして、足元に転がる死屍累々を、2号機は首まで裂けるような獣の(あぎと)で以て喰らい、自身の血肉へと変えていく。エヴァンゲリオン7号機、或いはMark.07。パターン判定的には『青』なその機体は、事実上使徒の複製だ。

 

 それを喰らう2号機は生命の実の力を自らのものとし、エヴァンゲリオンとしての位階を一段上のものに変えていく。

 

 知恵の実、生命の実が揃い、しかしその身に宿るのはロンギヌスの槍ではなくヘレナの聖釘。

 

 限りなく神に近く、しかし絶対に神ではないその機体は、擬似シン化第1形態で自らを固定し、ガフの扉を開くことなく、地上に顕現した荒御魂としてその勇猛にして獰猛な権能を炸裂させる。

 

 四つの眼球から放たれる目からビーム(オプティックブラスト)が群がる敵機を月の地表ごと薙ぎ払い、大口から放たれる口からバズーカ(プロトンビーム)が月に新たなクレーターを構築するその様はまさに鬼神。

 

 しかし、それでも。地球の各所から飛翔し、エヴァンゲリオン2号機を制圧するべく送り込まれるMark.07の軍勢は、その圧倒的な数の暴威で以て圧倒的な質の差を覆し、エヴァンゲリオン2号機を月面に縛り付ける事に成功している。

 

 地球からも観測可能な程の激闘の幕は、まだ上がったばかりなのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

「————というわけで、幸か不幸か、こっちの最大戦力であるシンジくんを月に押し込めるために、ゼーレとNERVの戦力は大幅に割かれているわ」

 

 エクセリヲンの艦橋(ブリッジ)でそう告げるのは、NERVに叛旗を翻し、WILLEの大佐となった葛城ミサト。

 

 そしてそんなミサトに同調するのは、エクセリヲンの艦内放送だ。

 

『あのバカ、アタシが話しかけようとしても気が付かないぐらいに戦い続けてるみたいだしね。そりゃまあそろそろ、キルスコアもウン十万の大台は超えるんじゃないの?』

「シンジくんが帰ったら2号機がキルマークで水玉模様になりそうねそれ」

『イヤよ! そんなダサいの! ————それで、シンジが戦ってる間に何しようってのよミサト。避難民をしこたま船室に詰め込んだエクセリヲンで戦うってのは無謀だと思うけど?』

「判ってる。————まず、私たちが行うべきは拠点構築。NERV本部からは程よく遠く、守りに易く、攻めるに難い、ついでに住み易い、そんな場所にね」

『どこにあるってのよ、そんな場所』

 

 淀みなく続くアスカとミサトの問答。このままではブリーフィングがお喋りな2人の駄弁りで終わりそうだと危惧したのか、そんなアスカの疑問に答えたのは、リツコだった。

 

「奈良よ。正確には奈良盆地。周囲を山に囲まれた天然の要塞ね」

『どこかで聞いた話じゃない?』

「第3新東京市も山を利用した要塞基地だったもの。————さて、葛城艦長。お喋りはそこまで。アスカじゃなくて皆に指示を伝達してちょうだい」

「ごみん……じゃないか、了解、赤木副長————さて、先に述べた通り、我々は拠点構築の為、エクセリヲンを仮拠点に奈良盆地に侵攻、NERVベタニアベースより強奪した封印柱を解析し、コア化された大地の復元を試みます。ぶっちゃけ食糧備蓄と封印柱の解析のスピード勝負になるわ。リツコ、マヤちゃん、頼むわよ」

「任せて頂戴。松代から持ち出したMAGIコピーもあるし、戦力に不足はないわ。コーヒーはしばらく我慢だけれど」

「私も副長センパイと頑張ります!」

「ありがとう。それから、日向くんと青葉くん、貴方達もそれぞれ元作戦局と元情報局の残存スタッフから可能な範囲で戦力を抽出して技術局を支援して頂戴。————それから加持、WILLEのスタッフからの抽出と、アンタ自身もリツコのサポート、宜しく」

「あいよ。……いや待て葛城、りっちゃんのサポートを俺がやるのか?」

「————ユーロ時代にベタニアベースでコソコソしてたんでしょ? どうせ」

「……ま、そうだな。俺に出来る事ならなんでもするさ。せいぜいコキ使ってくれよ、りっちゃん」

「頼りにしてるわ」

 

 そんなリツコの声と共に、ブリーフィングは終了し、NERV本部残党改めWILLEの面々は、世界を救う為の第一歩に向けて、行動を開始する。

 

 

 そんな中、エクセリヲンの機関室最奥にあるエントリープラグに浮かび、人間リアクターと化しているアスカ。

 

 瞳を青く輝かせ、金髪を焔の様に揺らめかせる彼女は、艦内放送をオフにして、エクセリヲンの望遠装備で月を睨んで呟いた。

 

 

「絶対迎えにいくから、待ってなさいよバカシンジ」

 

 

 その呟きに応じる様に、月の大地に爆炎が立ち昇り、雄叫びを上げる2号機の瞳が、望遠越しにアスカの視線と見つめ合う。

 

 月と地球、異なる場所で、それぞれの長い戦いが始まろうとしていた。



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旧世紀エヴァンゲリオン・Q 『YOU CAN REDO “IF NECESSARY”』
Q-1


 地球上空、月軌道。

 

 サードインパクト発動から14年、大地のコア化の影響は月にまで及び、地球に引かれた月はその距離を3万km前後まで近づけている。

 

 本来、ここまで月が近付けば絶大な潮汐力の影響で月も地球も滅茶苦茶になるのだが、もはやコア化し形而上的な存在となった星同士に正常な物理学の概念は作用せず、月はただ巨大な天体として地球の空に浮かぶに留まっていた。

 

 それ即ち、月面の光学観測がより容易になる事に他ならない。それこそ、戦いの余波で生み出される爆発が肉眼で観測可能な程に。

 

 そしてこの14年間、5114日休みなく、12万2736時間をNERVの尖兵との戦いに明け暮れている男の生き様は、絶えず生き残った人々の頭上にあったのだ。

 

 その結果、人々の心にいつしかある種の信仰が生まれていたのは、実に自然な現象だと言えよう。

 

『常に人々の為に戦い続ける正義のヒーロー「碇シンジ」』

 

 その信仰は、ある種の呪詛であり祝詞でもある。形而上学的な生命体となったシンジやアスカ、そしてレイにとって、認識の力というのは馬鹿にならないものなのだ。

 

 なお、これを応用してアスカはこの14年『シンジは私のモンだから』と事あるごとに主張し続けて碇シンジに『式波・アスカ・ラングレーのもの』という概念的縛りを掛けていたりするのだが、これをヤンデレと取るか可愛らしい乙女心と取るかは意見の分かれるところである。

 

 閑話休題。

 

 さて。そんな月の英雄『碇シンジ』。NERVが絶え間なく月に送り込むエヴァンゲリオン軍団と戦い続ける彼は、反NERV組織であるWILLEと、その下部組織である KREDIT(クレーディト)にとっては最強にして最高の戦力。

 

 当然、今までに幾度となく、その奪還作戦は計画され、そして実現性の低さから破棄されてきた。

 

 だが、14年という月日は空想を仮想とし、仮想を仮説とするには十分な時間。

 

 更に、この14年の戦闘の中で余裕と慣れが出てきたのか、この2年ほどはアスカやレイを通じ、断続的ながらも碇シンジ本人とのテレパシー通信も確立しているのだ。

 

 故にこそ、彼らはこの日、月面侵攻作戦に打って出たのである。

 

 

 * * * * * *

 

 

「本作戦の目標は単純明快、月に殴り込んでシンジ君を奪還して帰る。これだけよ。————もちろん、その為には月を覆う無数のエヴァンゲリオンを突破して、シンジ君が戦っている月面タブハベースの深奥にまで到達する必要があるわ」

 

 エクセリヲンのブリッジで、そう切り出すのは艦長である加持ミサト大尉。14年間変わらずにWILLEの軍事的指導者を務めている彼女は、結婚し14歳の子供がいるとは思えない若々しさを保っている女傑である。

 

 そして、その傍らに立つのは、髪の毛をベリーショートに変えた赤木リツコ副長。ミサトの作戦説明と言えるのかイマイチ怪しい説明を補足するべく口を開く彼女もまた、44歳とは思えぬ外見の若さを維持していた。

 

「本作戦にあたる月中心殴り込み艦隊は旗艦エクセリヲンを除いた全てをエクセリヲンの操演による無人艦で構成。各艦には鹵獲エヴァンゲリオンを用いたATフィールド発生装置を搭載し、エクセリヲンの盾として運用します。そして、矛となるのは————」

「アタシ達ってわけね」

「ミサト大佐、V3はエクセリヲンの主機に使っている筈。私達の機体は?」

「そこはまぁ、りっちゃん副長がなんとかしてくれるんじゃないかにゃ〜? それより、天使くんの監視は良いの?」

 

 各々にそう告げるのは、この場において『若さを保っている』という点において右に出るもののない永遠の超絶美少女、式波・アスカ・ラングレーと愉快な仲間達だ。

 

 だが、若さは変わらなくとも見た目は変わるもの。それが最も顕著なのは、アスカの隣に立つレイだろう。随分と髪を伸ばした彼女は、今やエヴァパイロット随一の長髪である。

 

 一方で、アスカは今まで通りのツーサイドアップ。マリも二つ括りのままだが、彼女の場合はオンザ眉毛、ワッフルパーマ、聖子ちゃんカット、ワンレン、トサカ前髪、ソバージュを経て結局元に戻っていると言う状態なので、この辺りは各人の好みと言える。

 

 閑話休題。さて、そんな彼女たちが問うた疑問のうち、まず天使君こと『自称:渚カヲルな、パターン青の人型生物』の監視について回答するのは、この14年のうちにWILLEに入ってきた新人の北上ミドリだ。

 

「あのエイリアンなら封印柱でガチガチに拘束して全身にDSSを装着、そのまま松代の地下でN2爆弾とルームシェアですね」

「そいつは中々可哀想だにゃ。……ワンコくんになら全部ゲロするって言って早14年だっけ?」

「……ですね。何様なんだか、人類滅亡させた疫病神の癖に」

「まぁ、あのストーカーホモについては良いわよ。それよりエヴァよエヴァ。どうすんのリツコ」

「そう焦らないでも、アスカ、レイ、マリの3名分機体は用意してあるわよ。……今回作戦に用いるのは、鹵獲したエヴァンゲリオン7号機をベースに改造と武装搭載を行った改造機体よ」

 

 そう告げたリツコがスクリーンに表示するのは、鮮やかな青色の頭部と赤い胸板、そしてその他の装甲は黒色という中々傾奇者な装いのエヴァンゲリオン7号機。その最大の特徴は、徹底的に機械化されている右腕だろう。

 

「まずはマリの機体、エヴァンゲリオン M.A.N.(エムエーエヌ)ね」

「ふぅん? そのエヴァンゲリオンマンのM.A.N.って何なのか聞いてもいいのかにゃ?」

機械化(Mechanized)武装腕(Armed-Arm)『ネメシス』(Nemesis)の略ね。右腕の代わりに搭載されている、アンカー射出機、万力鉤爪、削岩ドリル、ビーム砲、マシンガンが一体化した多機能武装よ」

「ほうほう。……ちなみに元々の右腕は?」

「鹵獲時に捥げたのよ。それでコレってわけね」

「なるほどにゃー。まあ面白そうじゃん! いっちょ乗ってみますか! ……ちなみにビーム砲は心で撃つのかにゃ?」

「残念ながらサイコガンではないわね。右腕だし。……話が逸れたわ。次はレイの機体ね」

 

 リツコの言葉と共に新たにスクリーンに映し出されるのは、マリの機体同様に赤い胸板が目立つものの、全体的には白い7号機の装甲をそのまま流用しているらしいエヴァの姿。

 

「この機体の名前はエヴァンゲリオンX(エックス)。Xは外骨格(エクソスケルトン)から。……この機体は鹵獲時に脳幹と脊髄以外の諸々をほぼ喪っているの。その代わりとして、全身の殆どを機械によって構築しているのが特徴ね。深海の水圧にも耐え、逆に宇宙空間にも難なく適応、加えてエヴァンゲリオンとしては初めてN2リアクターを搭載。武器は伸縮自在の超電磁警棒、()()()の概念を取り入れた新型超振動剣プログレッシヴホイップ、単分子超伝導ワイヤーロープと、各種武装を通じての電撃攻撃。————鹵獲機体の解析から、エヴァンゲリオン7号機も制御系に電気信号を用いているのは確定事項。つまり、この各種電撃武装は対エヴァ兵器というわけね。……質問は?」

「ありません」

「そう。……では最後、アスカの機体よ」

 

 新たにスクリーンに映る、緑と赤のクリスマスカラーのエヴァンゲリオン。7号機がベースだと言われても初見では分からぬほどに手を加えられているその機体の特徴は、両手両足の鉤爪と、上腕と脛に装備された巨大な鋸刃、そしてワニガメの嘴の様な顎部装甲と、極め付けに全身の装甲のエッジが効きまくっている。

 

「なにこれ。殺戮マシンか何か?」

「その通り、というべきでしょうね。超インファイターカスタムのエヴァンゲリオンだもの。最大の特徴は、全身の装甲がプログレッシヴ仕様な事ね。あらゆる肉弾戦闘に超振動による切断効果を付与することが可能なのよ」

「それで全身トゲトゲなワケね……これ、名前は?」

「エヴァンゲリオン Armored Zoon(装甲獣)

「ふーん。まぁ、いいわ。乗ってみる。でも全身のトゲしか武装がないのは流石に酷くない?」

「アスカならシンジ君みたいにATフィールドの応用でどうにでもするでしょう? それならリソースをシンプルな全身の武装に振り分けた方が良いという判断よ」

「なんちゅうパイロット頼り。……WILLEの資源不足、此処に極まれりね」

「否定はしないわ」

 

 そう苦笑するリツコに対し、アスカは鼻を鳴らして同じく苦笑を返す。この14年、物資を掻き集めてきたのはL結界内で自由に活動出来るアスカ達エヴァンゲリオンパイロット達。今の発言は半ば自虐なのである。

 

 それにむしろ、アスカ達はこの苦しい状況で3機ものエヴァンゲリオンを組み上げてみせたWILLEのスタッフ達に賞賛の念すら抱いている。

 

 だが、敵の物量は文字通りの無尽蔵。魔術か呪術か超技術かは不明だが、1匹みたら30匹居るとでもいうかのようにポンポンとエヴァンゲリオン7号機を出撃させているNERVのやり口に対し、シンジの乗る2号機込みで4体というのはあまりに心もとない数であるのもまた事実。

 

「文字通りの多勢に無勢、その状況で敵の要塞に乗り込んでプライベートライアンごっこしなきゃってんだからやんなるわね全く」

「ライアン?」

「レイあんたねぇ、14年もあったんだから名作映画ぐらい見なさいよ。アタシとマリがGEOとTSUTAYAの在庫山盛り回収してきてたでしょうが」

「……命令違反で怒られてた時の?」

「そうそれ」

 

 そうアスカに言われて一瞬思案するレイは、やはりプライベートライアンなる映画についてはさっぱり思い出せなかったものの、他の映画の心当たりを述べた。

 

「ミドリとサクラに誘われてアニメは色々観たわ」

「あー、懐かしいにゃ。2人ともアンパンマンの映画でめっちゃ泣いてたよね」

「ポケモンでも泣いてた」

「ちょ、やめてくださいよレイさんマリさん!? はっずい!」

 

 姉貴分達の懐かしトークに唐突に思いっきり巻き込まれた北上ミドリが悲鳴をあげるその光景には、緊張感の欠片もない。その空気の中、ミサトは自身も苦笑しつつも、出撃予定を通達する。

 

「————また脱線してるわよ、まったく。……まぁ、過度な緊張がない様で何より。出撃は60分後、14:00(ヒトヨンマルマル)に実施します。パイロットは片道ロケットで月に向かってブッ飛ぶ覚悟を決めといてちょうだい」

「帰りは?」

「月の重力は地球の6分の1。エヴァンゲリオンが全力で跳べば『地球に落ちる』のは簡単よ。旗艦のエクセリヲンはともかく艦隊は無事とは思えないし、各自地球に帰投するパターンも考慮してちょうだい。もちろん、可能ならエクセリヲンで回収するけどね」

「……ライアンごっこのあとはガンダムごっこってわけね」

「アスカ、いつのまにそんなにオタクになったの?」

「アタシ達が拾ってくる映画とアニメとゲームぐらいしか娯楽がないのが悪いのよ。14年もコンテンツ産業が停滞してりゃあ既存作品を網羅して当然でしょ」

「まぁ、確かにまだまだ娯楽の生産が可能なほどの余力は無いけど。毎日仕事漬けの癖によくもまぁそれだけ観たわね」

「リリンと違ってアタシ達は夜が暇なのよ」

「————ミサト、あなたも結局脱線してるわよ」

「げ。ごみん……」

「まったく。最後はビシッと決めてちょうだいね」

「流石にそのメリハリはつけるわよ。————総員、第一種戦闘配置、パイロット各員はエヴァンゲリオンに搭乗し射出まで待機! NERVの妨害に備え主砲および副砲による警戒を厳に! 主機出力は臨界を維持! 事前計画通りエヴァンゲリオン各機はエクセリヲンによる操演とロケットブースターによって射出予定、作業担当者は今一度プロトコルの確認を!」

「「「————了解! 総員第一種戦闘配置!」」」

 

 そう大きな声でミサトの指令に応えるスタッフ達の声が響く中、パイロット達はエヴァンゲリオン搭乗口へと足早に駆け出ていく。

 

 斯くして、人類の存続を賭けた戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。




リアルが盆と正月とセカンドインパクトとサードインパクトが一緒に来たような忙しさなので非常に不定期更新になります(なってます)


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