βテスト終了まで残り1分です—————。
無機質な女性の声のアナウンスが、この世界に轟く。
あと僅かな時間で、俺の意識はこの世界から強制的に引き剥がされ、無慈悲にも現実世界に強制送還される。
だが、嘆く時間も悔やむ時間も惜しい。俺は一歩、また一歩と迷宮区を進む。少しでも先に進むために。最後の瞬間まで足掻き続けてみせる。
「はあっ……はあっ……!」
浮遊城アインクラッド、第10層迷宮区。実に閉鎖的な空間であり、迷宮区全体が薄暗い。青白い光が床から湧き出ており、それがプレイヤーの歩むべき道を無言で示している。
βテスト終了まで残り30秒です—————。
今この瞬間に、一刻の猶予が消え失せようとしている。もっと、もっと、この世界に入り浸りたい。何もかも忘れてこの世界に依存していたい。
(このまま走り続ければ、せめてフロアボスを拝めるか……!?)
フロアボス。各層の迷宮区に巣食う、謂わば門番。それを倒さない限りは先の層へ進むことは罷り通らない。残り時間から計算しても、ギリギリボスが身構えるボス部屋に辿り着けるか否か。
仮に辿り着けたとしても、残り時間の関係で万に一つも勝利することは叶わないだろう。だがそれでいい。このゲームのβテスター1000人の内、ここまで辿り着けている人間は殆ど居なかった。
テスト時間終了間際となれば、そもそもダンジョンに潜っている人間さえ限定されてくる。少なくとも今日の時点で、俺より先に進んでいるプレイヤーはいなかった。つまり、最後の最後でこの層のフロアボスを拝む事、それは俺が他のどのプレイヤーより遥かに優れている証明になる。
「いける……間に合う……ハハッ、間に合うぞ!!」
だがそんな俺の希望を嘲笑うように、直線上に1匹のモンスターがポップする。《オロチ・エリートガード》。上半身をすっぽり覆う蘭茶色をした甲冑を身に着けた蛇系のモンスターだ。
不自然に生えている両腕で、刀身の長い刀を構えている。この迷宮区で既に何体か遭遇したので対応の仕方も弱点も把握しているが、このタイミングで湧くのはあまりにも運が悪かった。エリートガードは耐久に優れており、また独特なアルゴリズムによって行動するため対処には時間がかかる。
コイツを無視して駆け抜ける手も一瞬考えたが、エリートガードは一度目が合えば凄まじい速度と鬼気で接近してくる。下手をすれば扉にたどり着く前に背中を貫かれ、HPが0になりそのままタイムオーバーで強制ログアウトさせられてしまうかもしれない。そんな無様な結末を迎えては、仮にこれがβテストだとしても俺は俺を永遠に許せなくなる気がした。
「くそがああっ!!!」
βテスト終了まで残り15秒です—————。
間に合わない。どう考えても。このままエリートガードを倒してフロアボスの部屋に辿り着くのは現実的に考えてまず無理だ。せめてあと30秒あれば————。
だがこの際構わない。本音を言えばこの層のフロアボスを見てみたかったが、それでも俺が誰よりも最前線にいる事実は確固たるものだ。それさえ持ち帰れるのなら、このまま終わっても悔いはな—————……
「う……そ、だろ」
見えた。否、見えてしまった。俺より2メートルほど先だろうか。俺以外のプレイヤーが既にいる。薄紫色の髪が特徴的な、身の丈ほどある大鎌を巧みに使い熟す大男。表情はハッキリとは見えないが、ここから見てもわかるほど険しく、強面だ。
先を越されていた。その事実を俺は即座に受け入れられなかった。俺は現実世界のあらゆる時間を削りに削ってこの仮想世界に没頭してきた。
今後控えている正式サービス開始前なら兎も角、このβテスト期間中ならば俺より時間を費やしている人間などいるはずがないと心のどこかで確信していた。なのに!
(負けた、負けた……負けた!! 嘘だろ!?)
信じられない。俺よりも更にこの世界に没頭する人間がいたなんて。
衝撃も止まぬうちに、俺の自信はまたも粉々に砕かれる。エリートガードと戦闘をしている最中、俺の横を突っ切る男がいた。
殆ど音を立てない静寂な動きでありながら、今まで俺が見てきた中で最も素早い動きで。黒い髪をたなびかせ、曇りなき眼は俺よりも遥か先を見据えている。右手に装備している片手剣も、まるで身体の一部であるかのようにサマになっているのだ。
(なんて——————速さだ)
追い抜かれた悔しさは自然と湧かなかった。その男は、妬むにはあまりにも無駄のない流麗な動きだったからだ。だが今この瞬間、俺は最も優れているプレイヤーどころか三番手の烙印を押された。
いや、下手をすれば俺が見ようとしていなかっただけで、もっと上には上がいる可能性だって十分あり得るだろう。
最後の最後で、俺は自身の視野の狭さを痛感する。まさしく、井の中の蛙大海を知らず。我ながらとんでもない大馬鹿者だ。
βテスト終了まで残り10……9……8……7————
最速最短な動きを以てエリートガードを撃破すると同時に、無慈悲にも残り10秒のカウントダウンが始まる。魂が引き抜かれるような、ひどい脱力感を感じていた。折れてしまいそうな弱々しい足を鼓舞して、俺は再び走る。
もしかしたら先にいる2人に届くかもしれない。或いはギリギリで追い越す事だって————。
うっすらと、大きな扉が見えてきた。間違いない。ボス部屋だ。あの先にはボスがいる。
4……3……2……1……
「見え—————っ」
足掻き、足掻いてもそれまでだった。最後に見えたのは、ただ1人、扉の先に進む黒髪の男。そしてその少し後ろにいる鎌使いの大男。このβテストに於いて最前線に君臨するトッププレイヤー2人。
その光景を眼が捉えた瞬間、世界は光に包まれた。全てのオブジェクトが消え失せ、夢のような仮想世界は影も形もない。
(あぁ、終わりなんだな)
βテスト終了です。βテスターのみなさま、ご協力ありがとうございました。正式サービス開始日を、お待ちください————。
無慈悲なアナウンスが耳を刺す。
意識がだんだんと薄くなり、俺の意識は仮想から現実へと引き戻される。
目が覚めると、初めに視界に飛び込んできたのは自室の天井。
頭部にはフルダイブ型VRマシン、《ナーヴギア》がすっぽり覆われているので少し圧迫感を感じる。俺はその圧迫感を取り除くようにナーヴギアを外して、完全に現実世界に帰還した。
薄暗い自室。重苦しい空気。仮想世界のダンジョンと酷似した雰囲気を感じるが、仮想と違って現実にはなんの感情も湧かない。飽きるほど見慣れた景色だ。
「ゲームセンターにでも行くか……」
ひどく掠れた声を吐き出しながら、俺は部屋着を脱ぎ捨てて簡素な服に着替える。母からは「もっとお洒落に気を遣ったら?」と耳に穴ができるほど言い聞かせられているが、別に俺の服装に問題があるようには思えない。
たしかに少し質素で地味な印象を感じるかもしれないが、所詮服なんてなにを着ても大差ないだろう。
(アイツら……凄かったなぁ)
未だ余韻が収まらない。最後に見た2人の男の顔が頭からどうやっても消え失せそうにない。あの強面な鎌使いも、黒髪の片手剣使いも、必ず正式サービス開始日に現れるはずだ。
あれほどギリギリの時間まで攻略に励むような奴らなのだ。俺と同じく生粋の廃人ゲーマーであるに違いない。正式サービスでも、いつか必ず巡り会う機会があるはずだ。次会えたら、ぜひとも話してみたい。どんな人間なのか気になってしょうがない。
「待ってろよ……」
両頬を2、3回勢いよく叩いて未練をはたき落とす。いつまでも女々しく引きずるのはよくない。そんな体たらくでは今から向かうゲームセンターで高スコアを叩き出すのは至難の業になる。気持ちの切り替え、これはジャンル問わずゲームをする上で必要なテクニックの一つだ。
唯一払拭できない感情があるとしたら、2ヶ月に及ぶβテスト期間で作り上げたアバターデータは今頃リセットされているという事だろう。
あのアバターは途方もない時間をかけて育てた、謂わば俺のもう一つの肉体だ。それが俺の預かり知らないところで消え失せるのはやはり苦しい。
いや、しかし冷静に考えれば大した問題ではあるまい。またすぐにレベル上げをすれば少なくともステータスは戻せるのだから。
むしろやりがいがある。
「ゲームセンター行ってくるから」
最低限の礼として、一応俺は出かける前にリビングのソファで寝そべっている母に出かける旨を伝えた。母は何も言わない。暗黙の了解と見做して、俺は外に出る。ここから一番近いゲームセンターに向けて、猛ダッシュするのだった。
もし、この時。ソードアート・オンライン正式サービス開始日に起きる、あの悪夢を予知できていたら。きっと呑気にゲームセンターに行くような真似は、この時の俺には到底出来なかっただろう。
以上、プロローグです。
オリ主、もとい主人公くんの名前が判明していませんがそれは次回。あとお察しと思いますが、主人公くんはすごいゲーム廃人です。まぁSAOやってる人間は現実より仮想に比重が傾く人多いですし多少はね?
ところでみなさん、星なき夜のアリア何回見ます?自分はあと5回は見ますね
つかミト可愛いよね。ミトたんマジ天使。MMT。
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第1部 アインクラッド
ソードアート・ビギニング I
とっても活力が湧き出てきました!
約2ヶ月に及んだ《ソードアート・オンライン》通称SAOのβテスト期間が終了し、迎えた翌日。俺は生き甲斐を失ったに等しい喪失感を全身で感じていた。だが、四の五の言っても俺のデータは既にリセットされているし武器もアイテムも影も形も残っていない。
いい加減未練をティッシュペーパーに包んで捨てるの精神で、正式サービスの日を心待ちにしながら俺は学業に勤しむ。俺、
無論、サボろうと思えばいくらでもサボれるのだが、俺は今年受験生なのでそんな愚行を犯せば後で絶対にめんどくさい事態に発展するのは目に見えている。それに、母には俺のインターネット接続料を全額負担してもらっている上に《ナーヴギア》も誕生日祝いと称して母が買い揃えてくれたのだ。怠惰な理由で学業を怠っては親不孝にも程があろうというもの。せめて学生としての責務を果たすのが最低限の義務だろう。
俺が通っている私立中学の男子校は設備もそこそこ充実しているし、校舎は外見も内装もそれなりに写真映えしそうなほど整っている。授業内容は少しペースが遅いだけで凡そは分かりやすいため不服はない。とある口コミサイトでも5点中3.9と比較的高水準の数値を叩き出すほどだ。事実、俺はなんだかんだでこの学び舎を気に入っているのだが、すぐ近くに名門の中の名門校である《私エテルナ女学院》が立地しているせいで、どうにも存在が霞んでしまうのはいただけない。
なんの因果か、この学校とエテルナ女学院の文化祭は開催期間が駄々被っており、それが災いしてしまい一般公開しても客は殆どエテルナ女学院に持っていかれ、この学校は毎年文化祭で冬の時代を噛みしめながら微妙に盛り上がりもしない祭典に興じているわけだ。
「え〜、さっき先生から連絡が来たんですが、今日の英語の授業は急遽自習に————」
授業と授業に挟まれる10分間の休憩時間、そこで教室内全体に行き渡る大声で連絡事項を伝えているのは俺の丁度一つ前の席に座っている男だ。クラス委員長を務める器の持ち主で、勉強も運動も大抵のことは平均以上に熟してみせる、正に文武両道を具現化したような存在。
俺もそういう人間に憧れていた痛々しい時期があったものだが、ある日《才覚を持つ者はそれだけ押し付けられる責任の量も多い》という身も蓋もない非情な現実に気付かされてからは、そんな情景微塵も抱かなくなった。
「見ろよ、アイツまたゲームしてるぜ」
「毎日毎日飽きねえやつ」
「何が楽しくて生きてるんだろうな」
耳障りな会話が俺の耳を抉る。100%、十中八九、俺に向けての言葉だ。この男子校は休み時間なら仮眠しようが早弁しようがゲームに興じようが、人に迷惑をかけない範囲の事なら大抵許されるという甘さを極限まで追求したような緩い校則になっている。俺の座っている席は一番後ろの列の更に左端で、イヤホンジャックを付けてゲームプレイをしているので極力視線に入らず音漏れも心配ない。
大声でゲーム実況をしているわけでもないし、特に誰にも迷惑をかけているわけではないのだが————やはり快く思わない輩は一定数いる。俺の所属しているクラスは、体育会系の寄せ集めのような人員構成で、休み時間はいつも集団行動でいる上にやたらと熱血なタイプの人間が多く、俺はそういった類の人間が決して好きではないので休み時間どころか授業中————特にグループワークの時なんかはプレス機で圧迫されるような狭苦しさを感じながら過ごしているわけだ。そういう無駄にやる気や活力に満ち溢れた人間たちにとって、隙間時間を全てゲームに費やしている俺は積極性のない根暗な人間と見做されているらしく、現在進行形で俺はクラスから孤立している。
先程のようにわざと聞こえる声量で嫌味事を言われるのも日常茶飯事。さっさと受験を終えて高校に進学したい。高校ではゲーム文化に寛容的な人間にありふれたクラスに配属されるのを祈らない日々はない。
少し前まではゲームプレイ中に後ろから目隠ししてきたり横からわざと妨害するように話しかけてくるなど、お世辞にも手が込んでるとは言い難い稚拙な悪戯を定期的にやられていたが、俺が全てのリアクションに対して無視という選択を取ったからだろうか。反応が全くないので彼らも冷めたらしく、以降は特に俺と一切関わらなくなった。
「早く始まんねーかな、ソードアート・オンライン」
そっと窓から吹き込む寒風に飲み込まるような割れた声を漏らしながら、俺は午後の授業の準備に取り掛かるのだった。
無論だが、俺に交友関係などというものは存在しない。小学校を卒業した日、「これからも友達でいようね」みたいな台詞をちょくちょく聞いたが、俺は卒業して以来小学校の時のクラスメイトと連絡を取ったことはただの一度もなかった。別にそれは悲しくないし、人にはそれぞれ歩む道があるのだから過去の友人と疎遠になるのはむしろ当然だろう。
逆に今でも絶えない交友関係があるならそれは本物の繋がりと呼べるし、少し離れた程度で断ち切れるならその程度の縁だったというだけの事。中学校という新天地でも友人を殆ど作らなかった俺は、登下校も勿論ソロである。それは今日も例外ではなかった。俺の通っている男子校は基本的に皆集団で下校する傾向があるので、いつも独りで下校している俺はさぞ異質に見えるだろう。
「帰る前に少し格闘ゲームやってくか……」
幸運なことに、俺の通学路は寄ろうと思えばすぐ寄れる距離にゲームセンターがあるため、ゲーマーとしてはこれ以上の都合の良さはなかった。しかし贅沢な文句を言うと、VRMMORPGという今までの常識をひっくり返すような壮大な体験をしてしまった後では、ゲームセンターに設置されている筐体でプレイするジャンルのゲームは見劣りしてしまうのは否めない。それほど、仮想世界は魅力的で感動的な世界だったのだから。
《
否、回収しているという表現の方が正しいか。脳が肉体を動かすために必要な電気信号を回収し、デジタル信号へと変換することで仮想世界でも現実世界と同様の動きが可能なのだ。
その役割を果たすのが2022年5月に発売された、完全なる《
正に夢のようなマシンであり、このゲームハードが発表された当時は凄まじい熱狂だったのを昨日の事のように思い出せる。重度のゲーマーなら誰もが一度は望んだ、『ゲームの世界に飛び込める』が遂に現実のものとなったのだから無理もない。ネットゲーム中毒者からライトユーザーまで、幅広い層で瞬く間に人気を博したナーヴギアは、現在も在庫を切らし続けるほどの大好評の売り上げだった。
しかし————。これは新ゲームハードあるあるだが、ナーヴギア発売当初のパッケージソフトはどれも微妙なタイトルばかりで不満を募らせたユーザーも決して少なくはなかった。かく言う俺も、せっかくの仮想世界が単なるパズルゲームや基本操作のお浚いのような単純かつ拡張性のないタイトルで止まっていた時はやるせなさをひしひしと感じてしまったのは否定できない。
故にナーヴギア専用ソフト《ソードアート・オンライン》が発表された時の掲示板やSNSの盛り上がりは高校野球の甲子園を彷彿とさせるような熱い盛況だった。βテストの枠は1000人限定だったが、応募数はそれを遥かに上回る10万人以上。そんな激戦区の中で俺のような碌に世界貢献もしていない人間がβテストの枠を勝ち取れたのは奇跡だったろう。
自分がβテストに当選したと分かったあの日、初めて神の存在を信じたものだ。おまけに当選者にはパッケージ版の優先購入権も付属してくるため、俺が密かに抱いていた『もしかしたら製品版買えないのでは?』という不穏な心配は杞憂で終わる。
この日本中に俺と同じくβテストで壮大な体験をし、正式サービス開始日まで待ちぼうけを喰らって悶々とした日々を送っている人間もきっといるのだろう。正式サービス開始日はあと1ヶ月後。冷静に捉えれば決して長い期間ではないが、今の俺にとっては無限に等しく、遠く感じる。
孤独な現実世界。同じような日々を毎日作業の如く繰り返すだけの無味乾燥な毎日。いつも腫れ物のように見下される、そんな現実に堪らなく嫌気が差している。現実を拒絶し続けたい。そんな歪んだ思考に塗れている俺にとって仮想世界は————————無限にどこまでも続く、あの夢想の世界は正に楽園だ。許されるのなら、永遠にあの世界に入り浸りたい。どれだけ望んでも、それは叶わない願いだが。
「……随分と混んでるな」
頭の中で仮想世界に向けての感情をぐるぐると回しながらも、俺はゲームセンターに到着した。普段はそれほど混雑してない日なのだが、今日はやたらと人だかりかできている。店内ならまだしも、店の外に野次馬が集まるほど混み合うのは見慣れない光景だった。
だが俺はすぐにその理由を察する。中継だ。このゲームセンターは店員の気まぐれで、プレイ映像が店の外に装飾されている大画面に映像で中継される事がある。見るに耐えないお粗末プレイングも、プロ顔負けの超白熱試合も、問答無用で中継されるため一種のパフォーマンスだ。
俺も少し前に格闘ゲームをやっていたある日、勝手に中継されているのを知った時は度肝を抜かれた。あの時はたまたま偶然が噛み合ってそれなりのプレイングを魅せられていたのが不幸中の幸いか。もし放送事故並みの映像を中継されていたら俺は羞恥心で二度とこのゲームセンターには来れないだろう。
「……で、今は誰が中継されてるんだ?」
じっと目を凝らす。中継されてるゲームジャンルは格闘ゲームのようだ。プレイしているのは——————女。
顔だけで判断するなら俺と歳は大して離れてないくらいの女の子だ。あぁ、なるほど。だからこれだけ人が集まっていたのか。
今の時代、ゲーム女子というのは別に珍しい人種ではなくなったが、それでも実際に目に前にいるとやはり騒ぎになるのだろう。なんとも男とは単純な生き物なのだろう。俺もだが。
(うわ、すげぇコマンド捌きだな……的確で無駄がない)
画面越しでも分かるほどの流麗なコマンド入力。思わず魅入ってしまうほどの鬼気。気づけば俺は、その女の子のプレイをじっと見つめていた。
『おらおらおらおら!! そこっ!! はあっ!!』
熱中すると言動が変動するタイプなのか、素がそういう性格なのかは分からないが、迫真の声を上げながらプレイする様には画面越しでも圧倒される。
髪は紫色のポニーテール。透き通るような白い肌、目は宝石のように煌めくエメラルドグリーン。黒いキャップ帽に斜め掛けの小さなバック、ボーイッシュな服装は彼女のクールさを引き立てており、そんな彼女が織りなす熱の入ったプレイングは凄まじいギャップを生む。
なるほど、これはみんなが注目するのも無理はない。腕もさる事ながらその美容。迫力さ。ゲーマーならこぞって注目したくなるだろう。
(この近辺の学校の子か……? まさかエテルナ女学院の……?)
疑問になり、彼女の素性を脳内で論じてみたが、判明したところで俺に何のメリットもない事に気づいてすぐ打ち切る。第一彼女がエテルナ女学院の生徒という可能性はないだろう。あの学校に通っているのは誰も彼もが格式の高い女子生徒ばかりだと聞く。こんな野蛮で薄暗いゲームセンターに足を運ぶわけがない。
————今日は帰るか。
本当は憂さ晴らしに格闘ゲームに興じ、スッキリした気分で帰路に着きたかったのだが、こんな熱狂の最中に水を差す行為は非常にいただけない。見たところ今あの女の子は同じ相手と連戦中だ。そんな時に「あ、自分やってもいいすか?」などと空気を読む力が新生児で停止してるレベルの無粋な真似をするほど、俺に勇気はない。正直、彼女と手合わせしたい気持ちも微かに胸の内でひしめいているが、それは別に急ぎではない。彼女がここに頻繁に通うコアゲーマーならいずれその機会はあるだろうし、ないならそれまでだ。
「はあっ……俺って、度胸ないな……」
喉を精一杯振り絞って震えた声を漏らしながら、納得しつつもなんとも消化不足なしこりを背負い、俺は自宅に向けて足を運ぶのだった。
ミトちゃんどこ?とお思いの方、安心してください!次回出ます。
今回は主人公、斑鳩幻夜くんの素性に触れる話でした。次回はヒロインパート。
(それにしても主人公とヒロインの初邂逅がゲーセンの画面越し、しかもヒロイン側は気づいてないってそれでいいのか。ゲーマーらしいといえばそうなのかもしれないけど)
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ソードアート・ビギニング II
今回はヒロインズのお話。
港区に位置する小中高一貫の私立高、エテルナ女子学院。その中等科に在籍する生徒で、
エテルナ女学院の高嶺の花である彼女は学院では常に孤独の身である。昼食も、休み時間も、彼女は一人寡黙に過ごしている。触れれば傷ついてしまうような華奢さと、何物も寄せ付けないクールな風格。深澄は孤独でありながら人望の強い人間であり、一部の生徒たちは彼女を「王子様」と呼ぶほどだ。「畏れ多い」と避けられ、誰の目にも彼女の隣には誰もいないものだと思うだろう。ただ一人、深澄には心を許した友人がいることは知る由もない。
「うああああ! 強いよ深澄!!」
————放課後。多くの生徒が帰路につく時間。深澄はクラスメイトの
「明日奈は守りに徹しすぎなのよ。もっと攻めないと。はい、もうトドメよ」
「ううっ……また負けたぁー!!」
試合内容は圧倒の一言に尽きる。常に深澄が優位に立ち、明日奈は防御行動ばかり選択したため相手の体力を減らせず、深澄の体力の2割も削れず敗北した。どれほど寛容な感性を持つ人間が見ても惨敗だろう。
「はぁ……なんで深澄はそんなにゲームが上手なの? やっぱり家でもやってるから?」
「あとはゲーセンでもやってるからね」
「あぁ……なるほど」
ゲームセンターという単語を耳にすると、明日奈は数ヶ月前の記憶が鮮烈に蘇る。高嶺の花でしかなかった深澄と深く近づくきっかけになった、あの日のことを。
その日は、明日奈にとって何ら変わらない生活を過ごすいつも通りの日だった。朝早く起床し、学校では授業に真摯に取り組み、放課後になればすぐに帰宅する————そんな日。
しかし明日奈は見てしまった。通学路にあるゲームセンターの大画面、そこに映る1人の少女を。髪型や服装、口調や表情———風格まで何もかも変貌していた同じエテルナ女学院の生徒、兎沢深澄を。
「みっ……深澄さん……!?」
街中で人名を吐露するのは倫理的にどうなのかという、普段の明日奈であれば真っ先に気にするであろう項目がデリートされるほど衝撃的な光景だった。明日奈は兎沢深澄という人間を当然知っている。というのも、その名前を見る機会はいつも定期テストの順位表。
2位の横に刻まれている結城明日奈という自分の名前、その上にいつも位置していたのが深澄。即ち学年で堂々のトップの成績を飾っている人間だ。学年1位の座に就けなかったのが堪らなく悔しかった明日奈は、次の定期テストは死に物狂いで勉学に勤しんだ。
だがそれでも結局次の順位表も明日奈は2位で深澄が1位。何度繰り返してもそれは変わらず、かつて密かに抱いていた対抗心や嫉妬は消え失せ、いつしか個人的な興味に変わっていた。どんな生活、どんな学習方法をしたらそんな点数が取れるのか。
そろそろ本人と直接コンタクトして、アドバイスの一つでも享受したいと考えていた矢先————まさかのエンカウントである。否、まだこの時点で深澄は明日奈に気づいていなかったため、明日奈の一方的な目撃なわけだが。
(み、見なかった事にしよう……そうしよう)
臭いものには蓋をせよ、というのは些かオーバー気味な表現かもしれないが、一刻も早く明日奈は立ち去ろうとする。何故なら、見てはいけない真実をこの眼に写してしまった気がしたからだ。
エテルナ女学院の生徒————特に中等科では名の知れ渡っている優等生、兎沢深澄が実は変装してゲームセンターで厳つい声を吐きながらゲームに興じていたなど、学院の生徒どころか教師に仮に報告しても絶対に信じてくれない話だろう。
少なくとも明日奈の知る限り深澄はゲームに縁のあるような人間ではなかったし、もしそれらを仄めかすような態度を学院で示していたら、ここまで驚いたりはしない。全速前進、人の迷惑にならないよう早歩きでその場から緊急離脱しようとしたその時。
ガンッ! と鈍い音と共に1人の人間が明日奈の前に立ち塞がった。右足で明日奈の進路を妨げるように通せん坊をする。
「あなた、結城明日奈さんでしょ」
不敵な笑みを浮かべた深澄は、学院内では誰にも聞かせないような柄の悪い声で明日奈に話しかける。これが明日奈と深澄のファーストコンタクトなのは言うまでもない。
「あっ、ハイ…………」
まるで通り魔に出くわした気分だった。僅かな希望として、実はそっくりさんの見間違いなのではと思っていたのだが、明日奈の名前を知ってる以上もはや確定だろう。これから何をされるのだろうか。口封じだろうか。そう思うだけで寒気が————
「あの時はビックリしたよ〜。深澄がコアなゲーム好きだったなんて」
「私も迂闊だったわ。まさか外に中継されてるなんて……」
「で、深澄が私をゲームに誘ってくれたんだよね。息抜きにやらない? って」
「そうね。それほど前じゃないはずなのに妙に懐かしいわ……」
ゲームセンターにて初めて言葉を交わした深澄と明日奈は、以前からは考えられないほど距離が縮まった。深澄との交流の果てに、明日奈はこれまでの人生で全くと言っていいほど触れてこなかった“ゲーム”という娯楽に触れる事になる。それは明日奈にとっては何もかもが新鮮で、自然と肩の力が抜ける、そんな体験で。今や深澄は明日奈のかけがえのない絆で結ばれた、親友である。
「ねぇ明日奈、これ知ってる?」
ふと深澄が見せてきた、一つのサイト。小さな文字で《ナーヴギア》対応と書いてあるので、何かのゲームタイトルである事は明日奈にもすぐ察せた。仰々しくサイトのど真ん中に刻まれているタイトルを、ゆっくりと読み上げる。
「……ソードアート・オンライン?」
「そう、略称SAO。あと少しで正式サービスが始まるのよ」
略称を聞いて明日奈は思い出した。そういえば兄がそんなタイトルのゲームソフトを購入するとかしないとか言っていた気がした。笑いながらも半ば賛同している父と、不機嫌気味な反応を示していた母との反応の違いが記憶に新しい。
「ねぇ、一緒にやってみない?
「む、無理無理! 私《ナーヴギア》持ってないし……」
「レクトのお嬢様なんだから、頼めば手に入りそうなもんじゃないの?」
大手総合電子機器メーカー《レクト・プログレス》。明日奈の父親に当たる結城彰三はレクトのCEOを務めており、つまるところ明日奈はレクトの令嬢に当たる。故に明日奈が本気で頼み込めばナーヴギアの一台、SAOのソフト一本の入手くらいなら容易いとまでは行かずとも限りなく可能だと深澄は思っていた。
————だがこの質問は不適切だったと、すぐに後悔する。明日奈の表情は徐々に曇り気を帯び始める。
「…………受験が終わるまでは無理かな」
せっかくの親友の誘いを断るのは明日奈にとっても心苦しかった。明日奈とてそのゲームに興味がないわけではない。仮想世界、ゲームの中に飛び込む類のものらしいそれに、好奇心だってある。
だが彼女の家族は—————父と兄はともかく、母は明日奈がゲームという娯楽に興じるのを許諾するはずがないと、明日奈は考えるまでもなく理解に及んでいた。
今朝も、全国統一模試で全教科A判定を獲得したことを意気揚々として母に伝えたところ、「そんなの当たり前でしょう」「気を緩めないで」と非常に淡白な言葉で返されたのだ。そんな母が、勉学とは全く関係のないゲームに対して寛容的になるはずがない。
「明日奈、頑張りすぎてない? 少しは息抜きしないと潰れちゃうよ……」
曇りに満ちた明日奈の心情を察したのか、深澄はそっと優しく明日奈の肩に手を置く。深澄も、彼女が重圧に蝕まれながら生きている事は重々承知していた。エテルナ女学院の生徒で格式の高いエリートコースの線路を進もうとする人間は大して珍しくはないが、明日奈はその中でも常軌を逸している。
今年の初詣の日、明日奈の家族全員に深澄は挨拶しに行ったのだが、何も知らない深澄でも瞬時に理解できるほど明日奈の母は冷徹だと悟ることができた。どこまでも冷たくて、刺々しい。
もし明日奈がこのまま敷かれたレールから外れることなく、決められた人生を歩むだけになってしまったら————いずれは明日奈自身も氷河のような冷たさに満ちた人間になってしまうのではないか。深澄は稀にそんな余計な世辞を焼いてしまう。親友として、明日奈には彼女自身が笑顔になってくれる人生を歩んでほしいと切に願うが、こればっかりは家族の問題。自分が口出しして変わるものではないしその資格はないだろう。
「私は、明日奈の笑った顔が好きだな」
なんて言葉をかけたらいいか分からず、深澄は明日奈の雪のような白い肌を掌で優しく撫でながら口説きのようなくさい台詞を囁く。しかしそれが少し彼女の心に響いたのか、先刻までの暗い表情が一変し、彼女は頬を朱に染めて羞恥心から視線を逸らす。
「そうそう、それでいいのよ明日奈。せっかくの美人が台無しよ」
「びっ、美人って……」
「自覚ないフリしないの。校内で明日奈がお姫様みたいって言われてるの、あなただって知ってるくせに」
この女学院は文字通り女子校。そのせいか明日奈は同性からの人気が凄まじい。その端麗な容姿に加えて学年でもトップクラスの優秀な成績。おまけにスポーツにも秀でている。
噂では今年のバレンタインデーに下の学年の生徒からチョコレートを数個受け取ったらしいのだが、明日奈自身が異様にひた隠しにしているため、真実は闇の中である。
「み、深澄だって王子様って呼ばれてるのよ、知らない?」
「どうせなら、明日奈専属の王子になりたいなぁ」
「えっ?」
「なーんて」
王子様。その言葉の響きが気に入った深澄は声を少し男寄りにして、明日奈の耳元で囁く。
「明日奈様、ちょっとよろしいですか?」
「なによその呼び方……ふえっ?」
深澄は明日奈の背後に周り、彼女の髪に触れる。滑らかで艶のある、同じ女性としては羨ましいことこの上ない髪質。掌で掬うとサラサラと髪が靡き、その感覚がとても心地いい。ずっと触れてたいとまで思えてくる。
明日奈は髪型がスタンダードでオーソドックスなロングベアにとどまっているのが惜しいと深澄はずっと思っていた。これでは折角の美容な容姿を活かしきれていないのだから。
深澄は、好奇心に刺激されて彼女の髪を器用な手先で弄り始めた。
「あっ、あの、深澄?」
「じっとしてて。今可愛くしてあげるから」
シュルシュル、と栗色の髪を弄ぶ心地いい音が微かに響く。
「なんだか、変な感じ」
「動かないで。後ろで結んだらもっと可愛いわよ」
サイドの髪をそれぞれ後頭部に向けて三つ編みにし、右側の三つ編みをピンで止めてそれに覆い被せるように上から髪を被せる。そのあと、もう片方の三つ編みを下に重ねて被せれば—————クラウンハーフアップの完成だ。
「はい、できたよ」
確認用の鏡を明日奈に手渡す。どうやらお気に召したようで、ご満悦な表情だった。その隙に深澄は格闘ゲームに使っていたスマホの画面を写真撮影モードに切り替えて、明日奈にピントを合わせる。
「こっち向いて、明日奈」
「ええっ、写真撮るの!?」
「当然。私のコレクションの一つだもん」
少し躊躇っていたが、観念して明日奈は深澄の持っているスマホのカメラに向けて顔を振り向いた。深澄はすかさず撮影のボタンを押す。
「うん、すごく可愛いよ明日奈。お人形さんみたい」
「なんか……照れちゃうなぁ」
「このままお家に持って帰りたいくらいだわ」
「お調子に乗らないの!」
明日奈と深澄。エステル女学院の高嶺の花同士、彼女たちにしか結ぶことのできない絆。彼女たちだからこそ繋がった心。
2人きりでいられる時間は決して長くなくとも、心が満たされるような幸せを胸いっぱいに感じることができた。
「明日奈と仮想世界で会えないのはちょっと残念だけど、現実世界で会えるだけでも私は楽しいかな……」
「深澄……私も」
今日は2022年11月1日。あの悪夢の、5日前。
全てが始まるあの日—————ソードアート・オンラインのサービス開始日までの。
まず一つ謝罪を。今回、劇場版プログレッシブの明日奈と深澄ちゃんの会話シーン殆どまんまなんですよね。書いててこれはまずいと思いつつも、僕は2人の現実世界の会話シーンが大好きなのでどうしても書きたかったのです。ごめんなさい。当初は幻夜くんと深澄ちゃんを現実世界で会わせようと思ったのですが、予定崩して幻夜くんが深澄ちゃんの顔だけ知っている状態です。
やはり《仮想世界》での出会いが重要だと僕は思うんですよね。
あと明日奈と深澄ちゃんの会話、映画より少し百合百合しい気がしますが気のせいです。嘘です筆が調子に乗りました。冨◯義勇が腹を切ってお詫びします
次回はいよいよアインクラッド突入します。
————これはゲームであっても遊びではない。
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星なき夜のアリア I
これからは早めの更新を心がけます!
1
———“その時”が近づいている。
自室の時計を小刻みにチラチラと見ながら、時計の針が13:00丁度を指すのをそわそわしながら待っていた。
現在時刻は12:58分。あと、2分。それが《ソードアート・オンライン》正式サービス開始日までの時間だ。
「やっと戻れるのか……あの世界に」
一月前のβテスト期間の記憶が走馬灯のように蘇る。夢、理想郷。そんな言葉で表現するには勿体ないほどの仮想空間。一度見たが最後、俺はあの世界に骨の髄まで魅了された。あれからというもの、寝ても覚めてもSAOのことばかりを考えている。
時計の針が12時59分を指し示したのを肉眼で確認した俺は《ナーヴギア》を頭に装着した。
「リンク・スタート」
仮想世界にダイブするための詠唱を聞き取ったナーヴギアは現実世界の俺の肉体から意識を切り離し、仮想空間へと送り込む。なんなくログインできたが、これは俺が事前にナーヴギアの細かい初期設定を全て終えているからだ。
たとえば今日ナーヴギアを購入した人はソードアート・オンラインをプレイする前にナーヴギア本体の設定作業に苦しめられる事になる。
ナーヴギアはその構造の精密さが故に、ゲームハードとして使用するためには山のように存在する初回設定をいくつか熟さなければならない。
生年月日やパスワードを設定するのは特に目新しさのない項目かもしれないが、《キャリブレーション》という自身の身体のあちらこちらを触って身長や体格のデータを取る、といった何の用途があるのかイマイチ理解に苦しむ設定項目まであるのはナーヴギアくらいなものだろう。
俺含め、βテスト経験者はテスト期間に使用したアバターのデータをステータス以外はそのまま使う事ができる。
ちょうど視界上に【βテスト時に登録したデータが残っていますが使用しますか?】というウインドウが表示された。
手間を短縮する意味も込めて俺はOKボタンを押す。
無論、一からアバターを作り直すことも可能といえば可能なのだが、新しい外見を考え直すのも面倒くさい話だし、2ヶ月間あの仮想世界を縦横無尽に闊歩したこの姿を捨て去るというのも惜しい話だ。
ソードアート・オンラインのアバター形成は細部に至るまで自分好みに設定できる良心設計で、髪型や体格、身長や身体のパーツ諸々はもちろんのこと、性別まで自己申告制である。つまり現実世界では男性でも仮想世界では女性の身体を自分の物として動かせるのだ。
アバター形成に困ったら“おまかせ”というアシスト機能を用いることで、己の仮想世界の分身をシステム側の独断と偏見に一任させる事も可能である。
また—————この機能を使うほど肝の座ったネットゲーマーは居ないと断定してもいいが、“メモリに保存されている写真からアバターを生成する”事も一応可能ではある。
だがそれは現実世界と殆ど大差のない格好で多くのユーザーがプレイするMMO上に出現することと同義であるため、個人情報の流出もクソもあったものではない。
廃人ネットゲーマー云々の前に、こんな個人情報を自らばら撒くような機能を使う人間は果たしているのだろうか?
パスワードの入力を終えると、俺の視界に『Welcome to Sword art Online!!』というユーザーを仰々しく歓迎する文字が大々的に飛び出してくる。そのまま視界は光に包まれ——————
「戻った……俺は戻ってきたんだ!」
視界が回復すると、そこに広がっていた光景は数分前に眼に焼きついた自室の天井でもなく、先刻までのログイン画面でもなく。
誰もが待ち望み、遂に完成した理想郷。完全なる仮想空間《ソードアート・オンライン》の世界だった。
2
—————さて、どうしたものだろう。
俺は無事にサービス開始時間同時にログインし、この仮想世界に帰還したわけだが、まず手始めに何に取り組むべきかを考えていなかった。
冷静に考えれば既に支給されている初期配布分のゲーム内通貨を使って装備を整え、誰よりも早く攻略に出掛けるのが序盤の行動としてはど安定なのだが、俺は妙に落ち着いていた。
ふと思えば、俺はこの世界の景色というものを殆ど見たことがなかった。βテストの時は2ヶ月という限られた時間しかないことに焦り、何かに取り憑かれたが如くゲーム攻略に熱中していたが、せっかくのサービス開始初日くらいこうして街の風景を眺めながらゆっくり感傷に浸るというのも悪くないのではないだろうか。
————などと、俺が呑気に悠長に思考していると、不意に肩を揺すられる感覚がした。それと共に「あの〜」という可愛げな声も。
俺は声のする方向へ身体をシフトさせる。そこには、栗色の長い髪を携えた女性プレイヤーがいた。
(女性プレイヤー……珍しいな)
見て呉れのみで判断するのであれば、恐らく実年齢は俺と大差ないと思われる。透明感のある雪のような白い肌、髪の色と同じ輝かしい目、まるでモデルのように整ったら顔立ちだ。
不覚にも———と見苦しい負け惜しみのような揶揄をすると目の前の女性に無礼だと思うのでこの際ハッキリ申し上げるが、初対面でいきなり「すごい美人だ」と俺は感じた。
現実世界でもここまでの美人博麗に出会うことはそう易々と叶わない。
「私、友達を探してるんです。深澄っていう女の子で……見かけませんでしたか?」
ミスミというのはプレイヤーネームで間違いないだろう。友達を探しているという彼女の言葉から勝手に推察すると、友人とこのゲームを遊ぶためにログインしたはいいが待ち合わせ場所を決めておらず、合流に難儀している———-といったところだろうか。
本来なら俺ではなく街のNPC辺りに頼むのがベターだが、一度振り向いたからには無視するのは論外だし協力してあげるのが義理人情というものだろう。
せめてNPCの存在くらいは教えるべきだ。
「えっと、力になりたいのは山々なんだが、人探しなら俺よりそこにいる女性NPCに聞いた方が早いよ。ミスミさん……だっけ? その人のプレイヤー名を言えば今どの辺の座標にいるのか教えてくれるさ」
「あの人にはさっき聞きました。でも……そんな名前のプレイヤーはいませんって言葉を繰り返すだけで」
—————むむ。それは妙だな。
俺は真剣に考え込み始める。
目の前の彼女然り、待ち合わせしようとしたがアクシデントが発生して予定通りに落ち合えず、途方に暮れるプレイヤーというのはβテストで何人かいた。俺は基本的にソロで活動していたので無縁の事件だったが、もし友人とやる予定があったら全くの無関係だったとは言い切れない。
運営は正式サービスにてそれを防ぐため、サービス開始に伴いこの《はじまりの街》の案内用NPCには特定のユーザーの座標を教えてくれる実に良心的な機能が備わっていると公式ページに記載されていたはずだ。
この機能を利用すれば、フレンド登録しなくても大凡の居場所は掴めるし合流も格段に容易となる。
しかし俺に話しかけてきたこの美少女は、《ミスミ》というプレイヤーを探しているとNPCに聞いても情報が手に入らなかったというのだ。これは妙な話である。
—————考えられる可能性は3つ。
1、まだ彼女の友人がログインしてない。
2、ユーザー名を間違えている。
3、不具合によるNPCの誤作動。
考えてからすぐ、俺は“3”の可能性を頭からデリートした。サービス開始初日、アクセス集中によりサーバーに負荷が掛かりゲーム進行の阻害となる致命的な不具合やバグが起きてしまうのは“あるある”の一つかもしれないが、このSAOのサーバーはβテスト開始時点で最下層の第1層からてっぺんの第100層まで製作されていたと噂されるほどの膨大なデータ量と、それを支えるだけの強力な回線が備わっている。
そんな高性能回線がそう簡単にエラーを起こすのはあまり現実的な話とは思えない。
故に彼女が友人と未だに巡り会えないのはそもそもログインしてないか、ユーザー名を間違えているかの2択に絞られる。
「あの……個人情報だから深く聞くのは抵抗あるんだけど、君の友人の名前は本当に《ミスミ》なの?」
「はい。兎沢深澄っていう女の子です」
「…………ん?」
トザワミスミ。発音といい妙な日本語らしさといい、どう考えてもプレイヤーネームではなくその人の本名にしか聞こえなかった。
もしかしたらトザワ・ミスミというプレイヤーネームなのだろうか————いやそんなはずがない。
恐らくこの少女はとんでもない、重大な勘違いをしている。もしかしたら、いやそんなはずはないと俺の頭の中でグルグルと一つの疑惑が駆け巡る。
先刻は俺の質問の形式に問題があったんだ、と最後の保険をかけて俺はもう一度似たようなニュアンスの質問をした。
「あっ、そうじゃなくて。本名ではなくプレイヤーネームを」
「名前ですよね? だから深澄ですって」
残念ながら俺の予想は的中してしまった。間違いなくこのプレイヤーはMMO初心者だ。
それも本名とゲーム内でのユーザー名の区別が付かないほどの。
日本中の廃人ゲーマーが血眼になって求める、文字通り争奪戦が繰り広げられたSAOのソフト初期ロット1万本。それをよくこの少女のようなニュービーが手に入れられたものだ、と俺は驚愕を通り越して感心していた。
よほど普段の行いが立派なのだろう。
「あの……多分だけどそのミスミさんは《ミスミ》とは違う名前でこのゲームやってると思うよ……」
「えええっ!? な、なんでですか!」
「なんでっていうか、それが当たり前というか……外見で探そうにも現実世界の格好そのままで来るバカなんているわけないし……」
「ば、バカ……っ!?」
何故か目の前の初心者さんの声色が暗くなったような気がした。心なしか俺に対して僅かな敵意を感じる。
「ともかく、ユーザーネームが分からないならお友達を探すのは困難だよ。一旦ログアウトして、お友達と改めて落ち合うのがたぶん一番早……い……?」
言葉は途中で勢いを失う。突如、悪寒が俺の全身を包み込むような妙な不快感に襲われたからだ。
その俺の感覚が嘘偽りではない、と神からの天啓であるが如く、遠くから床を蹴る乾いた音が徐々に接近してくるのが耳に響く。
ズシン、ズシン。足元に大きな影ができるのを見て俺は思わず上空を見る。そこには————何かがいた。否、プレイヤーがいた。
空に浮かぶプレイヤーはそのまま着地して俺の目の前の女性プレイヤーのアバターに掴みかかった。側から見たら完全に痴漢とかそういう類のプレイにしか見えない。
「なぜ、ここにいる?」
その重苦しい声は聞き覚えがある。たしかアバター設定の《ボイス・チェンジ》の項目に羅列されている加工ボイスの一つだ。
俺もβテスト時代に一度試したが自分が自分でなくなるような感覚がしてすぐやめたのを覚えている。
外見はお世辞にも趣味がいいとは言い難い歪で不吉な白い仮面を被る巨漢。隆々とした筋肉が特徴的。
(なんだろう……この大男、どっかで見たような)
俺の本能が告げていた。コイツは初対面じゃないと。
「きゃああああっ!? だ、誰ですかあなた!!」
巨漢は右手でメインメニューを操作した後、不気味な仮面を取り外してゆっくりと答える。
「私よ、深澄」
ボイス・チェンジを解除したのか、その声は人間らしい生声になった。声質からして100%中身は女性だろう。
「は、はああああっ!!?」
仮面に隠れたその素顔は爽やかさも凛々しさも微塵も存在しない、対象年齢18才以上のホラーゲームに出てくる怨霊も顔負けクラスの鬼気迫る形相だった。
常に瞳孔がギョロギョロ開いており、暗闇で見かければ一瞬モンスターと錯覚して武器を向けてしまいそうなほどに恐ろしい。
(なんだあの顔怖ッ!!)
今のところ本人の自己申告でしか判断できないが、この大男が件のミスミさんらしい。だがたしかミスミさん———これは十中八九、現実世界の名前ではあるが、本当に彼女と友人同士なのかさえ怪しい。
というのも、仮にも友人との再会にしては栗色の髪の少女の取り乱し様が異常なのだ。
ミスミさんの現実世界の姿とSAOのアバターの外見があまりにもかけ離れすぎて脳細胞がパニックを引き起こしてるか、この飛び出してきた巨漢が正真正銘、自分を彼女の友人と思い込んでいる強面の一般プレイヤーなのか。
「違います! 私の親友の深澄はっ、髪の色が紫色のロングヘアで……体型は少し細い女の子です! 兎沢深澄っていう子で———」
「あのね…………」
すうっ、と大きく呼吸した巨漢は、今このゲームにログインしている誰よりも苛烈なシャウトを繰り出した。
「本名を大声で言わないで!!」
————これが、俺と彼女の初めての出会いになる。
ロマンチックもへったくれもない奇妙で異質な出会いだった。
俺はこの邂逅を未来永劫忘れる事はないだろう。
結城友奈と結城明日奈って似てるよね(至言)
幻夜くんのアバター名はいよいよ次
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星なき夜のアリア II
【1】
正式サービス開始早々キャラが濃いというか、どう足掻いても二週間は記憶にこびり付くであろう印象の強さを放つプレイヤーと出会ってしまった。俺のゲーマー生涯に於いて、「ゲーム内で本名を誤爆する」というプレイヤーは少なくとも今日初めて見た。いや、遠回しな個人情報を喋ってる者は何度か見かけたことはあるが。
「その……ありがとうございました。深澄——じゃない、友達と無事に会えました」
栗色の髪をした少女は実に流麗な作法で俺にペコペコと頭を下げる。
「そいつは良かった。これからはゲーム内で本名を叫ばない方がいいぞ。住所特定しようとする阿呆も世の中にはいるからな」
俺は他人の個人情報に毛ほどの興味も湧きはしないが、そういう類の情報を好んで集めようとする輩は決して少なくない。
ベータテストでもゲーム内でリアルの情報を必要以上に開示してしまい、それが災いして自宅を突き止められた———という事例があったとかなかったとか。
「おいアンタ。この初心者さんをちゃんと面倒見てやれよ。目を離したら今度は住所を喋りかねないぞ」
眼に映る視界どころか、このアインクラッド全体の中でも一際目立つアバターをした大男に俺は釘を刺しておいた。
「そのつもりさ」
大男の声は、先刻に街で「本名を大声で言わないで!」と叫んでいた時の実に女の子らしい可愛いさを孕んだ声から、システムによって加工されたボイスに切り替わっていた。
なんというか———凄まじく威圧的で迫力のある声色だ。どっかの宇宙で帝王でもやってるんじゃないかと錯覚するほどに。
その口調も完全に男に切り替わっている。
一瞬で切り替えられるあたり、男性としてプレイするのは初めてじゃないなと俺は確信した。他のゲームでも男キャラをやっているのか或いは俺と同じようにベータテスト経験者か。
「じゃあ俺はこれで。またフィールドなり街で会えたらよろしくな」
これ以上彼女たちと関わる理由もないし、俺がいることで2人の時間を阻害するのも気が引けるので、俺なりに気持ちのいい別れ台詞を吐き捨ててその場から立ち去る。
SAOの広大な世界で、ピンポイントで彼女たちと再会できるのかは神のみぞ知る未来だが。
「……あっ」
数秒前に別れを告げた2人の声が聞こえなくなるほど離れた時に、ふと思い出した。
あの大男———どこかで見たと思ったがどうも記憶が曖昧で思い出せずじまいだったのだが———今、急に記憶が復帰した。
ベータテスト終了間際、アインクラッド第十層迷宮区で《オロチ・エリートガード》と交戦していた大鎌使いのプレイヤー。そのプレイヤーと瓜二つだ。あの時は遠目からだったのでハッキリは見えなかったが、あの体格と顔面は印象に強い。
なぜ先程まで気づかなかった。俺の馬鹿。次にあったら少し話してみたい的なことを考えていたのに水泡に帰してしまった。
「まぁ……ベータテスト経験者なら攻略ガチ勢だろうしまた会う機会もあるか」
己の凡ミスに対して精一杯の言い訳を繕う。
少し心にしこりが残る感覚が否定できないが、“そういう事もあるだろ”と切り替え、俺は街の武器屋へと足を運んだ。
【2】
はじまりの街の入り組んだ裏道に位置する武器屋——そこは、序盤から誰もがお世話になるべきお得な商店。初期装備は基本的にここで調達するのがセオリーだろう。
俺は片手剣の初期武器《スモールソード》を速やかに購入して武器屋を出る。ベータ時代から俺のメインウエポンは片手剣だ。正式サービスを機に別の武器種に手を出すのも一度は考えたが、やはり手慣れた武器を扱うのが理に適っている。
「また……よろしくな」
無機物に話しかけたところで返答があるわけでもないが、つい俺は言葉を出してしまう。背中に装着した剣の鞘に、先程購入したばかりのスモールブレードを納刀し、俺は武器屋を出た。
————しかし、だ。俺は今日ゆっくりと、はじまりの街を見物する事に決めている。どうせ今日はサービス開始初日のお祭り騒ぎで攻略に勤しむプレイヤーもほとんどいないだろう。
MMORPGというのは限られたリソースをどこまで自分の物にできるかが勝負になるわけで、そう考えると今の俺の衝動は無駄なのかもしれないが、βテストで培った知識と経験があれば、正直一日くらいのんびりしてもすぐに遅れを取り返せると思われる。
「うし、行くか」
【3】
ベータテストの時———俺に限らず、攻略に精と時間を注いでいるMMOのヘビーユーザーというのは次のエリア、次の層が解放されるとそっちにばかり意識を向けて前の街に戻るという事はしなかった。
理由は至極単純で、“戻ってもメリットがないから”だ。新たなクエストが発生したなら話は変わってくるが、わざわざ最前線から退いて既に踏破したエリアに戻って得られるものといえば、今の自分より劣っているであろう武具と大した量にもならない微小の経験値である。
ごく稀に———本当に稀に、序盤でも高性能の武器を入手できる可能性はある。だが、それは滅多にポップしない上に動きが素早くて捉えるのも難儀する小型のネズミ系モンスターのドロップアイテムであるため、あまり現実的な話でもない。
かくいう俺も新たなエリアが解放されるたびに前へ前へと足を進めたもので、それ故に街の景色をゆっくりと目に焼き付けるようなことは無縁に等しかった。しかし今日、ほんの心機一転で街を眺めてみて良かったと思える。
このSAOの世界最大の醍醐味はゲーム開発者のインタビュー雑誌に載っていた《自分自身の身体を動かして戦うRPG》という点にあると思っていたが、それだけではなかった。
まるで現実世界と見間違うような……いや、下手をすれば現実世界にも勝る美しい広大な世界。ただ剣を振り回すだけでなく、その絶景を五感で感じるというのも実に面白い。
ふと、時間も忘れるほど街の景色に夢中になっていた俺はメニュー画面に表示されている時刻を確認する。SAOのメニュー画面は他のゲームのようにボタンを押したりするのではなく、右手の人差し指と中指を真っ直ぐに揃えて真下に滑らせることで《メインメニュー・ウインドウ》が表示される仕様だ。
ウインドウに表示されている現在時刻は十七時三十分。まだまだ時間はありそうである。
「街巡りも悪くないが、そろそろ剣をぶん回してみたくなってきたな……」
もう少し街をじっくり見物したい気持ちもあるが、正直もう満足しかけている自分がいる。攻略進行度で後から解放される《隠しマップ》的な存在がない限り、しばらくこの街を見て回る事はないかもしれない。
なにより、ずっと背中で納刀したままの剣をそろそろ引き抜いてモンスター相手に叩き込みたい気持ちがひしひしと心中で蠢いている。観光も悪くないが、やっぱり俺は戦闘の方が性に合っているのだろうか。
「——ん?」
様々な思考を張り巡らせ、ウインドウ画面を操作していると……違和感があった。操作感度が悪いとかそういう話ではない。メインメニューの一番下———そこにあるはずの本ゲーム必須コマンド《ログアウト・ボタン》がなかったのである。
否、ボタン自体はある。UIのデザインも配置もベータテスト時代と全く変わりない。だが欄が空白になっていて本来あるべきはずの【LOG OUT】という文字が消えている。試しに何度かクリックしてみたが、まるで虚空に触れるが如く無反応だった。
「どうなってんだ……なんのバグだよこれ」
他のゲームなら“不具合”の一言で済むだろう。だがフルダイブMMORPGに於いてログアウトボタンがないという事は、即ちこの世界から現実世界に帰還するための手段が何一つない事を意味する。
正確には、現実世界にいる誰かが頭部にぴったりハマっているナーヴギアを引っ剥がしてくれれば半ば強制的にログアウトすることはできるのだが、こちら側から「外してくれ」と現実世界側に意志を発信する手段がない以上、どん詰まりだ。
しかしまぁ、これが仮に俺のみに起きている不具合であるなら大した問題では———決して軽くはないが、大騒ぎするような事態ではない。しかしこのログアウトボタン消失が今SAOをプレイしているユーザー全員に及んでいるのなら、サービス開始初日にして大問題が発生した事になる。
ソードアート・オンラインの開発元である《アーガス》はユーザーを重視する真摯な姿勢で名を売り、信用を獲得してきたゲーム会社だ。その信用があったからこそこのゲームは絶大な人気を博した。にも関わらず、初日からこんな問題を起こしたらこれまで築いてきた信用も全て水泡に帰すだろう。
俺は今すぐログアウトする予定がないので泣き喚くほどの事態ではないが、たとえば———この後になんらかの用件や約束が控えている人間からすれば堪ったものではない。損害もいいところだろう。内容次第では今後VRMMOというジャンルの立場が危うくなることさえ考えられるのではないか。
「はぁ……ボッコボコに叩かれるなこりゃ」
まるで他人事のように、哀れむような低い声と共に俺はウインドウを閉じる。今すぐログアウトする予定もありはしないが、できるだけ早く解決してほしいと願う。
食事———はこの世界でも取れるが、あくまで空腹感が満たされだけで根本的に飢えを凌げるわけではない。それよりも、俺は明日から学校があるし如何にゲームをやり込むといえどずっとこの世界にいるわけにもいかない。せめて、最悪日付が変わる前には解決してほしいものだ。
【4】
それは突然だった。
まるで警告のような、不気味な鐘の音がリンゴーン、と周囲に響く。この音が何を意味するものなのか理解できないままに、俺のアバターは青い光の柱に包まれる。街並みの景色が薄れ、視界は青い膜に覆われた。
意図はともかく、この現象の正体は知っていた。《転移》である。だがこれは転移門、もしくは転移用アイテムがなければ起こり得ない現象。俺が先ほどまで立っていた場所は転移門から離れている路地だったし、専用アイテムも持っていなければコマンドを発動した覚えもない。
つまりこの現象は強制テレポート———外部の人間により意図的な座標の操作が行われている事になる。青い膜が消え、視界が開けるとそこは先ほどまで俺が闊歩していた路地ではなかった。
石畳が広がる中世風の街並み。SAOの初回ログイン地点である《はじまりの街》だ。周囲を見渡すと、多くのプレイヤーが次々と転移させられている。このプレイヤー数は———正確に数えられるわけないので憶測になるが、全てのプレイヤーが強制テレポートの対象になっていると見做してもいいだろう。
「どうなってるんだこれ」
「GMはなにしてんだよ」
「さっさとしてくれよ」
不満の募る声が四方八方から聞こえてくる。驚愕を孕んだ声もあれば、不満を募らせて暴言を吐き散らかす声など様々だ。状況から推察するに、《ログアウト・ボタンの消滅》という不具合はどうやら俺個人ではなく今SAOにログインしているプレイヤー全域に発生したものらしい。現に、こだまするプレイヤーの声の中には「早くログアウトさせろよ!」という明らかに怒りのボルテージが高まっている男の声もある。
「あの」
トントン、と背中に指が這われる感触と聞き覚えのある声。同じような感覚を数時間前———このゲームが始まってわりとすぐに体験した様な気がする。後ろに振り返ると、女性プレイヤーがいた。隣には鎌を構えた大男も。
「あっ、アンタらは…………!」
「あはは……また、会いましたね」
間違いない。忘れるはずもない。街の中心で本名を叫び散らかしてた初心者さんと、その友人だ。こんなに早く再開の機会が訪れるとは。まぁ全プレイヤーが転移してるなら鉢合う可能性もゼロではないが、ここまでピンポイントに遭遇するのは変なところで運を使ってしまったのかもしれない。
互いに名前を名乗らなかったせいでなんと呼びかけていいか難儀する妙に気まずい空気が流れる。俺は軽く咳払いをして重苦しい空気を霧散させる。
「……ダメ元で聞くけど、そっちはログアウトボタン機能してるか?」
「私たちもダメだ。この強制テレポートは運営のアナウンスと私は睨んでいるが」
おどおどした栗色の髪の少女の代わりに、大男が答える。
「どうだろうな……わざわざプレイヤーを一同に介した理由が気になる。アナウンスやらメッセージで知らせれば済む話だろ。それにログアウト不能なんて大事態……一度サーバーを停止させて強制ログアウトでもするのが普通の措置じゃないか?」
そう。俺が引っかかっているのはそこだ。この強制テレポートは運営の仕業で間違いないと思っているが、なぜ《転移》という選択肢を取ったのか。緊急メッセージで【不具合につき、これより強制ログアウトを実行します】のような類の文面でも送れば無駄にプレイヤーを集める必要性はない。
時間も無駄に消費するするしメリットが何一つ見受けられない。
「わざわざ口頭で伝える意味、か。そう言われると妙だな……一体何が起こっている?」
凛々しく鎌を携える姿は変えないままに、大男は動揺を浮かべた表情で深く思案に徹底している。
こんな緊急事態にも関わらず、その佇まいは実にこの世界にマッチしているなと俺は心の片隅で感心していた。そもそも鎌を使うプレイヤーが希少なため、印象に残りやすいというのもあるかもしれないが。
「おい、アレ見ろ!」
一人の男が、はじまりの街の空に向けて人差し指を指す。その声に反応して、多くのプレイヤーが空を見上げた。百メートルほど上空だろうか、茜色の夕暮れ空が不気味な紅色の市松模様に染め上げられ、包まれた。
目を凝らしてよく見ると【Warning】・【System Announcement】という文字が交互に表示されている。
それを見て「あぁ、やっと運営から不具合の報告があるのか」と、俺だけでなく周囲のプレイヤーは安堵の表情を浮かべていた。眉間にシワが寄る張り詰めた表情を解いたり、深い安心からくる溜息を吐くものまでいる。
————しかしそれは勘違いだった。
最初は、誰もが次の瞬間には運営からのアナウンスがあると思っていた。しかし次に起きた現象はシステムボイスによる案内ではなく、怪奇なものだった。
紅色に染め上げられた空の中央部分から、まるで血液のようなものがドロドロと垂れ始める。ゆっくりと、粘度を感じさせる動きで、一箇所に収束する。それはやがて二十メートルほどの巨大な形と成った。真紅のフードを被った、顔の存在しない———巨大な男の姿に。
「なん……だ、あれ」
そのフードの正体を知らなかったわけではない。アレはベータテストの時にアーガス社員のGMが纏っていた衣装だ。だがベータテストの時には男なら長い白髪の老人、女なら眼鏡をかけた女の子のアバターであったはず。
少なくとも顔の存在しない不気味なアバターなんてものは見た事がなかった。《ログアウト不能》という不測の事態のせいで中身を用意できず、せめてガワだけでも用意したのかと最初思ったが、それにしては登場の演出がやけに派手だ。
「…………胸騒ぎがする」
わずかに鎌を持つ右手を震わせながら、大男は声を漏らす。それはなんの根拠も裏付もない、ただの“勘”だろう。だが奇しくも、俺も同じような考えだった。
———そしてこの日。この瞬間。SAOは地獄へと墜ちた。
————えっ、ここで切るのかよ俺!!??
次回に続く!(頼んだぞ未来の俺)
他のミトちゃん小説を書いてる作者様の作品読んでたり、ポケモンやってたら遅れました……ごめんなさい……
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星なき夜のアリア III
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
百メートルほどの上空に突如として出現した全長二十メートルはあるであろう、フードを被った巨大なアバターが初めて発声した。
しかし、俺にはその言葉の意味を理解することができなかった。“私の世界”?
もしあのアバターを通して喋っているのがGMに相当するアーガスの社員であるならば、たしかに“私の世界”と呼称するのは間違ってはいないだろう。だがこの非常事態にそんな事を宣言されたところでユーザーには何の気休めにもならない。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「か……茅場晶彦!?」
驚愕に釣られて思わず俺は声を漏らす。その名前は知っていた。いや、このゲームをプレイしている人間なら必ず知っている名前のはずだ。
茅場晶彦————。今俺たちがログインしているSAO、そして現実世界で俺たちが頭部に装着している《ナーヴギア》の開発者。俺が購入したSAOを特集していたメディア記事に、彼のインタビューが長々と掲載されていたのでよく覚えている。
「……誰なの?」
————訂正。ここに一人知らない人がいた。誰か? 決まっている。俺のすぐ後ろに立っている栗色の髪の少女だ。よもや、このゲームの開発者まで知らないとは。
よくもまぁここまでドのつく初心者がSAOの初期ロットを入手できたものだと逆に感心してしまう。よほど普段の行いが聖母じみているのだろうか。
「このゲームを作った人だ」
彼女の隣にいる大男がすかさず答える。その声は僅かな困惑と動揺を孕んでいた。
『プレイヤーの諸君は、既にメインメニューからログアウト・ボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す……不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である』
俺の聴覚が正常に機能しているなら、聞き間違いでないのなら、《本来の仕様》という言葉が聞こえた気がする。どういう意味なのか飲み込めないまま、低い金属質な声は続いた。
『諸君らは今後自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止、或いは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合———ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
生命活動の停止。その言葉が何度も頭の中で響き続ける。
あり得ない———否、認めたくないが原理的に考えるなら不可能ではない。ナーヴギアはヘルメットに内蔵された無数の信号素子から微弱な電波を発生させることで脳細胞に擬似的な感覚信号を与える装置。
簡潔に述べてしまえば、“電子レンジ”とほぼ同じ機能だ。出力さえ用意されれば、茅場の言う通り脳を焼くことも可能ではある。
「なによそれ……そんな、そんな事があり得るの……?」
後方から震える、怯えた声が聞こえる。ゲーム初心者の彼女にとっては単語一つ一つの意味さえ理解できない————いや、理解する事を脳が拒否しているのか。慰めの言葉の一つでもかけるべきかと思ったが、ここで虚偽を並べることは却って残酷な行為に思える。
俺は正直に伝えることにした。
「…………残念だけど、可能だ。ナーヴギアは最先端のテクノロジーを搭載してるけど、原理自体は電子レンジと同じだからな。リミッターさえ外せば、俺たちの脳内の水分を摩擦熱で蒸し焼きにすることも……」
俺の言葉を聞いて、栗色の髪の少女は徐々に虚な表情へと変わり始める。ムカっ腹が立つが、茅場晶彦が言っていることは実現可能なのだと、彼女も察し始めたのだろう。
ナーヴギアの重量の三割は内蔵バッテリーで構成されているため、電源を切断したところで何の意味も為さない。
抜け道も逃げ道もない。茅場晶彦の宣言が真実なら、ナーヴギアを下手に弄ればその瞬間に俺たちの脳は蒸し焼きだ。
『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族・友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果……二百十三名のプレイヤーが現実世界及びアインクラッドからも永久退場している』
「二百十三人も……」
決して少なくない数字。それだけの死人が出ている事を、茅場晶彦は淡々と機械的に告げた。
まるで命を弄ぶような、掌で転がすような、悪魔のような態度で。それが俺には恐ろしく、身体中の熱が急速に失われるような感覚に襲われる。ベータテストの時に対峙した、どんな異形モンスターよりもおぞましい。
————信じたくない。だってそうだろう?
これはゲーム、娯楽だ。脳の破壊? 生命活動の停止? そんな残酷で無慈悲なことがあっていいはずがない。
他のプレイヤーたちもざわめき始めていた。逃避から「オープニングイベントの過剰な演出」と見做しているプレイヤーも少なくない。斯くいう俺も、まだ頭の片隅ではそんな希望が微かに生き残っていた。だがそれも即座に打ちのめされる事になる。
上空———茅場の周囲に無数のウインドウが表示された。それは現実世界でよく見るニュース番組の映像。多くの番組が取り上げているニュースはどれも同じだった。タイトルは【オンラインゲームで行方不明者一万人】。
間違いなく俺たちがログインしてるSAOのことを指している。
これまでは茅場の口頭のみの説明に収まっていたため、「虚偽」とバッサリ切り捨てることもできた。だがこうして現実世界の映像を垂れ流しにされることで、否でも応でも心の中に“焦り”が芽生え始める。茅場の言葉に説得力が増し始めてきてしまった。
無論、映し出された映像データが全て茅場の手によって作り出されたダミーである可能性もあるだろう。だが俺たちが現実世界に帰還できない現状、あの映像が本物なのか偽物なのか確かめる術はない。
『ご覧の通り多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい』
「ふざけるな……ログアウト不能の状況で呑気に遊べってのか!? こんなのもうゲームでもなんでもないだろ!」
若い男の咆哮が聞こえる。おそらく、いや確実に——今この場にいるプレイヤーの大多数が同じ気持ちのはずだ。怒号に丁寧に答えるかのように、茅場はあくまで冷徹な口調で続けた。
『しかし充分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に————』
次に飛んできた言葉は、単純であり最も恐怖を感じさせるものだった。
『諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
よろけながら、咄嗟に俺は右手で頭を抑えていた。呼吸が荒くなり視界が白く霞む。横隔膜が痙攣するような感覚にも襲われている。茅場晶彦の宣言が《偽り》である可能性はもはや信じるだけ無駄なのだと、本能が告げていた。生存本能が悲鳴を上げて止まない。
視界の左上に表示されているHPゲージを見つめる。数値は三百四十ニ。これが俺の仮想世界での命の残量だ。本来なら、普通のRPGなら、これが全損したところでセーブ地点や蘇生地点からやり直せる。SAOにも《黒鉄宮》と呼ばれるプレイヤーの蘇生地点に相当する場所があった。
何度も何度もやり直してプレイヤースキルを高め、強力なボスに挑む。それがテンプレだ。
だが俺たちが陥った状況はそんな生易しいものではない。この緑色のHPゲージが減少して黄色く、やがては赤くなりその全てが失われた時———仮想世界だけでなく、現実世界の俺たちの命も尽きる。
『諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすればよい。現在君たちがいるのはアインクラッドの最下層第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』
「クリア……第百層だと? できるわけねえだろうが! ベータテストじゃロクに上がれなかったんだろ!?」
間髪入れず、どこからか野太い男の声が響く。声の主がどこの誰かは分からないが、その言葉には激しく同意せざるを得なかった。
ベータテストは二ヶ月という期間が設けられたがそれでも最終的に辿り着いたのは第十層まで。それも十層のフロアボスを撃破できたわけではなく、途中で攻略は打ち切られてしまったのだ。
上の層へ進むたびに難易度は跳ね上がるし、フロアボスはレイドが半壊するような恐ろしいスキルを使うモンスターだっている。ただの一度も死なず、てっぺんの百層ボスまでたどり着きゲームクリアに至れる確率など———針の穴に糸を通すような狭き門だ。
果たして何千人、いや何百人が生き残れる? そもそも恐怖に呑み込まれて戦いを拒否するプレイヤーだって必ず出てくるだろう。
『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』
疑念を抱きつつも、俺は右手の指二本を縦に滑らせてメインメニューを出現させる。周りのプレイヤーもそれに釣られて同じモーションを起こす。
せめてもの慈悲として、なにか強力なバフが付加された武器または防具でも支給されたのかと一瞬思ったが、そんな事はなかった。
アイテムストレージ欄にいつの間にか忍ばされていたのは、ベータテストでも一度として見かけることのなかったアイテム。名称は【手鏡】。
オブジェクト実体化のボタンを叩いて手に持ってみたが、やはりこれといって何の変哲もないただの鏡だ。鏡を覗き込むと、そこには俺が四十五分ほど思案して制作したアバターの顔面が映り込む。
「きゃああっ!?」
「なに、これ————」
後ろで俺と同様に鏡に自分の顔を映していた二人のプレイヤーが、突如として光の柱に包み込まれた。アバターをすっぽり覆う、転移とはまた違ったエフェクト。
「おいお前ら! 大丈夫か———」
直後。俺も全く同じ光に覆われ視界がホワイトアウトする。何が起きているのか理解できないが、ニ、三秒ほどで視界が回復した。手鏡を持っている者、つまり全プレイヤーを対象に同一の現象が起きている様で、四方八方から独特なシステム音が響いている。やがて全ての光の柱が収束すると、そこはもう数秒前の仮想世界ではなくなっていた。
はじまりの街の景色や建物、未だに紅く染まる市松模様の空は何ら変わりはないが、先ほどまで屈強な肉体と不気味な目玉で鎌を抱えていた大男は消え失せ、代わりにいたのは同じ鎌を持った———女の子。
その容貌は先ほどまで同じ場所に立っていた大男とは似ても似つかないものだった。背中まで垂れる滑らかな紫色のポニーテール。肌は透き通るような白。可愛らしい目と薄い唇を持つ美少女がそこにはいた。
「…………誰?」
奇しくも、俺は全く同じ言葉を目の前の美少女に返される。
「あなたこそ誰よ……」
凄まじい、とてつもない焦燥感が生まれる。俺は震える右手を懸命に動かし、未だに手元に保持していた手鏡の鏡面を覗き込んだ。そこに映っていたのは———先ほどまでの顔ではなかった。
髪の色こそ変わっていない。だが、薄紫の眼球に男にしてはやや白い肌と長めの髪。人並みにはあるであろう筋肉量とこの身長。現実世界に置いてきたはずの、生身の姿そのものが、今こうして仮想世界に顕現している。
SAOにおける俺———カルヤではなく、現実世界の斑鳩幻夜の姿。
「なっ……これ、私だ……」
同様に、鎌使いの少女も己の著しい変貌に動揺していた。拍子で手鏡が手から零れ落ち、地面に落下して、耐久値を失った手鏡はポリゴンの破片となり霧散する。
外見が変わったのは周囲のプレイヤーも例外ではなかった。先程まではじまりの街には如何にもファンタジーめいた外見をしたプレイヤーで溢れていたのに、今は一切のキャラメイクが施されていない若者たちの集団でしかない。
「あんた男だったの!?」
「十七って嘘かよ!!」
無数に聞こえてくる混乱の声音の中には、性別や見た目までガラッと変わったことに震撼するものもあった。だがそれは無理もないだろう。ベータテストの時から、SAOは性別も年齢も自己申告制だ。アバターひとつ弄れば老若男女の容姿を自由自在に設定できる。現に俺の背後にいる鎌使いもSAO上では男のアバターを使っていた。
だが茅場の差し向けた手鏡というアイテムのせいで、外見も中身もカモフラージュすることが不可能となり、現実世界となんら変わりない姿が仮想世界に転写されている。
よく見渡すと女性プレイヤーの数が明らかに減少していた。これが自己申告でも偽りでもない、実際にこのゲームをプレイしている女性プレイヤーの人口なのだろう。ざっと見た感じ全体の1割———多くて2割ほど、だろうか。
「なにこれ……どうして現実の顔が……」
「———スキャンだ。ナーヴギアは高密度の信号素子で顔をすっぽり覆ってる。だから顔の形をある程度把握できるんだ……いや待て、でも身長や体格までは……」
あくまで頭部しか覆ってないナーヴギアに、それ以外の肉体を再現する機能が搭載されているとは思えない。いや、焦りのあまり頭から情報が抜け落ちていただけだった。俺が欠けていた答えを、鎌使いの少女はすぐに導き出す。
「わかった……《キャリブレーション》よ。ナーヴギアを初めて装着した時、セットアップステージで身体のあちこちを触ったでしょ? たぶんあの時のデータを元にしてるんだと思う」
そうか。あのデータがなんの用途に使われているのか疑問だったが、この瞬間のための———現実世界の容姿を再現するための物だったのか。なんというプライバシーの侵害だ。不特定多数の人間に自分の素顔が晒されていると考えると身震いが止まらない。だがそれは他のプレイヤーも同じこと。
しかしここで俺は違和感を感じる。はじまりの街で一人だけ、容姿が殆ど変わっていないプレイヤーがいたのだ。俺のすぐ目の前に。
「…………なんかお前だけ全然変わってなくない?」
鎌使いの友人である栗色の髪の少女の姿は、殆ど変化していなかった。せいぜい少し身長が変わったくらいだろう。これは一体どういう事なのか。
「あ、アスナは現実世界の格好そのままでログインしてるから……」
————茅場晶彦の宣言の次に衝撃的な事実だった。
街の真ん中で本名を暴露するわ、生身の姿のアバターでログインするわ、このアスナという女性プレイヤーはどこまで大胆なのだろう。
「ね、ねぇこれどういう事なの?」
今にも泣き出しそうな表情でアスナは問う。仮に俺が知っているなら喜んで教えてあげたいところだが、生憎とそんなこと知り得るわけがない。
「それは私にも分からないわ。そもそも何故こんなことを、茅場晶彦が……」
俺たちの会話を聞いていたとでも言うように、茅場の重く冷たい声は再開された。
『諸君は今、何故と思っているだろう。何故ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか、と。私の目的は既に達せられている。この世界を生み出し、鑑賞するためにのみ、私はソードアート・オンラインを作った。そして今……全ては達成せしめられた』
短い間に続くように、無機質な声は尚も続く。
『以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。最後に忠告しておく————
最後の一言を終えた途端、茅場の声は残響と共に霧散した。上空に佇んでいたアバターも血の色をした粘液と化し溶け始める。最後に不気味な波紋を残し、GMのアバターと空を不気味に染め上げていたシステムアナウンスの表示が瞬く間に消え去る。
一見、世界は元通りになったようにも見えた。一縷の望みを賭け、俺はウインドウを表示したがやはりそこにログアウトボタンは無かった。
茫然自失となった一万人のプレイヤー。その十数秒ほどの沈黙を打ち破ったのは、一人の少女の悲鳴だった。その刹那、恐怖と絶望は瞬く間に全てのプレイヤーに伝染し、心が決壊する。圧倒的な大音量で阿鼻叫喚の咆哮が響いた。
「ふ……ふざけんなよ!」
「出せ! ここから出せよ!」
「こんなの困る! このあと約束あるんだよ!」
「帰して……帰してよおおお!」
「嫌だ、助けてくれ!」
泣いて縋る者。近くにいた誰かの胸ぐらを掴み上げ叫ぶ者。深い絶望に呑まれただ呆然と立ち尽くす者。
全てのプレイヤーは気づいてしまったのだ。茅場明彦の言葉は全てが真実。この世界で死ねば、現実世界で横たわっている生身の肉体も死ぬ。ゲームオーバーが現実の死を意味する——と。
「これが……俺の、現実…………」
自分の小説って地の文くどくないでしょうか?
できるだけ細かく、想像しやすいように長く書いてるつもりなのですが……
満を辞して明かされた幻夜くんのアバターネームはカルヤ。綴りはKaryaです。アインクラッドの捕囚となった彼がどんな行動を取るのか。そしてミトたちとどう関わってくるのか。次回をお待ちください……
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星なき夜のアリア IV
ついでにCSMゼロノスベルトで遊びまくってました
日間ランキングに載れて感動の極みです……全ての読者様に感謝。
地の文が好評だったのでたくさん続けて行こうと思います!!
【1】
深く息を吸って、ゆっくり吐く。己を宥めるための深呼吸を何度か繰り返して、ようやく俺は落ち着いた。同時に、“これは現実である”と悟る。もはやこのゲーム……ソードアート・オンラインは、誰もが望んだ理想の仮想空間などではない。《デスゲーム》と呼ぶべき地獄のVRゲームへと失墜した。
そして俺は、《ナーヴギア》という家庭用ゲーム機の姿をした処刑具を頭から被る、この世界に幽閉された一万の虜囚の一人。
これから俺はこの世界で死ぬことは絶対に許されない。一度でもHPが全損すればその瞬間、仮想世界の俺も現実世界の俺も諸共絶命することになる。
俺に、もはや茅場晶彦の言葉を疑う余地はなかった。
俺は茅場について詳しく調べるほど彼に惚れ込んでいたわけではないが、SAOを取り上げていたメディア記事は余すことなく集めていたので、当然茅場の名前は知っている。
あの男はメディア露出を極力避けていたためインタビュー記事も数少なかったが、それを軽く読み込んだだけでも分かるほど、茅場の破滅的な天才性は理解できた。だからこそ、なのかもしれない。
俺には、茅場が嘘をついているとは思えなかったのだ。信用———というのは語弊があるが、こんな馬鹿げた事件を引き起こせるほどの優れた頭脳を、あの男は持っていると確信できた。
「…………こりゃ、ひどいな」
周囲を見渡すと、そこは人間の負の部分を抽出して実体化させたような絵面が繰り広げられていた。
この世の終わり———とまでは言わないが、それに片足を突っ込んでると表現しても問題はないほどに。
慟哭。絶叫。罵声。行き場のない負の感情を他人にぶつける事で発散する者、石畳を拳で何度も叩く者、嗚咽を漏らしながら他者に縋り寄る者……見ているこっちが胸を引き裂かれるような、ぞっとしない光景。まるで深い海に沈んだような重たい空気。
しかし、どんな世界にも真っ先に動こうとするアクティブな人間というのは存在する。目視で確認した程度だが、四人ほど、人垣を押し除けて北に聳えるフィールドに繋がる大門へ駆けていくプレイヤーが見えた。
命の危機を宣告されても尚、モンスターの彷徨くフィールドへ直行しようとするその佇まいから、俺はすぐに察することができた。彼らは“ベータテスター”、二ヶ月のベータテストで知識と経験を積んだ、サービス開始初日時点で大きなアドバンテージを獲得している選ばれし者たち。そう、俺と同じ人間なのだと。
……だとすると俺も、いつまでもこの街に居座っている場合ではないかもしれない。
ソードアート・オンラインに限らず、MMORPGというのはシステム側から供給される限られたリソースの奪い合いが繰り広げられる。金・アイテム・武器・経験値……あらゆる資源には限りがあり、誰もが平等に強さを得られるわけではない。
ベータテストで俺はそれを痛いほど味わった。熾烈を極めるリソース争奪戦で蹴落とされた俺は、レベルひとつ上げるのも苦労するほどドン底に突き落とされたのだ。
そこからは最前線に追いつくために死に物狂いでレベリングに勤しみ、現実世界の時間をギリギリまで消費して———さすがに学校にはちゃんと行ったが———そうしてようやく当時の最前線に追いついたものだ。あの時はたしか、タイミングよく第一層フロアボス攻略直前だったか。
……話が少々脱線してしまったので元の話にシフトしよう。
そんなわけで、世界初のフルダイブ型VRオンラインゲームであるSAOといえど、MMORPGの大原則である資源の《早い者勝ち》の理からは逃れられないのだ。
リスクを覚悟した上で先行した者は確固たる強さを獲得できるし、逆に臆した者は惨めに最前線から置いていかれる。残酷で単純な、基本ルール。
データ上ではない、真の命が懸かったデスゲームともなれば、リソースの奪い合いの熾烈さはおそらくベータテスト時よりも遥かに過激なものとなるだろう。なにせ自身の強さ=生き残れる確率の高さに直結するのだから。
このまま俺がいつまでもこの《はじまりの街》で時間を無駄にしていたらあっという間にリソースは他のベータテスターたちに毟り取られ、ベータの時に続いて正式サービスでも壮大に出遅れることになる。ベータテスターは効率のいい狩場も報酬が豪華なクエストだって当然熟知している。俺の取り分がなくなるのも時間の問題だ。
「…………!」
これ以上一秒でも無駄にできない。そう判断した俺は「ごめんなさい」とせめてもの謝罪をしながら人垣を押し除けて、人混みの外周を抜けた。
はじまりの街の綺麗に敷き詰められた石畳を踏みつけながら、《北西ゲート》に向けて全速力で走る。
この街にはフィールドに続く三つの大門があり、それぞれ《北ゲート》、《北東ゲート》、《北西ゲート》と別れているが、安全性を考慮するなら序盤で通るべきは北西ゲート一択だ。
というのも、山間を抜けて《メダイの村》へと至る北東の道は出現するモンスターのレベルが総じて高くて序盤ではモンスターに瞬殺される危険もあるし、北の道は《トールバーナの町》に辿り着くために沼コボルトが生息する湿地を抜けた後に一本道の峡谷に巣食う巨大なイノシシ型フィールドボスを相手しなければならないと、あまりに危険なのだ。
それに比べて《ホルンカの村》に至るための北西の道は、出現するモンスターもそこまで脅威は高くないし、途中の《ホルンカの森》で迷う可能性はあるかもしれないが他の二つの道に比べれば相当安全だ。
さきほど先行していたベータテスターたちがどの門から通ったのかまでは見届けられなかったので俺の知るところではないが、彼らもおそらくこの北西ゲート……ベータテストの時は略して《北西門》と呼ばれたこの門を潜ったはずだ。
「……ここから先は、死と隣り合わせか」
しばらくすると、堂々と聳え立つ大門が見えて来た。ベータの時と特に見た目は変化していない。街の中、いわゆる《圏内》と呼ばれる場所はシステムから絶対的な保護が約束されており、プレイヤーは他のプレイヤーに危害を加えることができず、HPを一ドットも減らすことは———プレイヤー同士の《
当然、街の中にモンスターはポップしないので、極端な話になるがこのまま街に居座り続ければ死ぬことはないのだ。
だが街の外は違う。フィールド、いわゆる《圏外》エリアはシステムの保護が微塵も存在しないため攻撃を受ければ命の残量を示し表すHPは減少する。
それはプレイヤーからの攻撃も例外ではなく、実際にベータ時には悪を気取ってプレイヤーを積極的に殺戮する《
だがデスゲームとなった今、ここでプレイヤーをキルすれば本物の人殺しに成り果ててしまう以上、PKを行う莫迦は出てこない———と信じたい。
俺がこの足を、あと二、三歩踏み出せばそこはもう世界と、己との戦いだ。一切の慢心も油断も許されない極限状態。
ほんの小さなミスが己の寿命を削り、死神を招き入れる。いかにベータテストを経験していると言っても、“絶対に死なない”という自信が俺にあるわけではなかった。
いつだったか学校で、「人は慣れた頃が一番失敗しやすい生き物だ」と説かれたことがあったが、今の俺にこれ以上なく当てはまる言葉だろう。
他のプレイヤーより知識で、経験で勝っているという驕りと高慢が、俺に予期せぬ死を齎す可能性は大いにある。
……だが、このまま振り返るつもりはない。
背中の鞘から片手剣初期装備の《スモール・ソード》を引き抜いて、俺は北西門を通り抜けた。直後に飛び込んできた景色は、茜色に染まる夕暮れ空と、広大な草原。
幻想的な美しさを感じさせる景色に軽く見惚れるが、すぐにまた俺は走り出した。綺麗に整備された横に広めの一本道を走る。
————が、そこで。まるで俺を待ち受けていたかのように、目の前で一体のモンスターが独特なシステム音と共にポップする。
《
「さぁ来い、来やがれ……」
焦らず、相手の攻撃来るまで待つ。ダイア・ウルフは獰猛なモンスターであるため実に攻撃的だ。ある程度離れていても向こうから勝手に距離を詰めてくるため、プレイヤー側が焦って先制する必要はない。
「グル……アアアッ!!」
実に獣らしく吠えながら、ダイア・ウルフは俺に飛びかかってきた。剥き出しの白い牙が、否応なく僅かな恐怖感を俺に抱かせる。だが、この程度のモンスター相手に怖気付くようでは先が思いやられる。これから生き残るなど夢のまた夢だ。
ふー、と深呼吸し、俺は剣を右に大きく引く。その動作をシステムが検知し、ショート・ソードの刀身が薄水色のライトエフェクトを発する。そのまま滑らかな動きで、単発水平斬撃技《ホリゾンタル》を宙に浮くダイア・ウルフの攻撃隙に合わせて放った。
真横に両断されたダイア・ウルフは悲鳴じみた咆哮を漏らす。一瞬でHPがゼロになり、その身体を青い破片に変えながら霧散した。ベータテストが終了してからそれなりに時間が経っていたため、ちゃんと技を発動できるか不安だったのだが、どうやら無用の心配だったようだ。
————さて。ここでSAOの戦闘について軽く触れる必要があるだろう。
ファンタジー世界をテーマにしているのに“魔法”が微塵も存在しないソードアート・オンラインでは、その代わりというべきか、《
ソードスキルを巧みに発動できるようにするためには、多少の慣れと勘が必要だ。ベータ時によく見られたのが、自分で無理に動こうとした結果システムのアシストに乗り切れず技が発動失敗してしまうという例だった。
ちゃんと初動で技をイメージした規定モーションを起こせば、後はシステムがほぼオートでプレイヤーの身体を動かしてくれる。
一見単純そうなので、すぐマスターできるように思えるかもしれないが、実際に剣を振ってみると思うようにはいかない。俺も実践で使えるシロモノになるまでけっこうな時間がかかった。
動きに慣れれば寝転がりながらでも即座に発動できるようになるが、その境地に至るためには、ひたすら試行回数を稼いで技に慣れるしかないのだ。
蛇足になるが、もちろん規定のスキルを習得していない者がそのスキルの動きを見様見真似でやったところでシステムのモーションアシストは発動しない。攻撃力が低く、動きも鈍いお粗末な剣技になるだけである。
「……やっぱり、こうやってモンスターを爆散させるのは気持ちがいいなぁ……」
そんな呑気なことを言っている状況なのか、と自分に深く釘を刺しつつも、俺の頭から爪先まで、骨の髄まで余すことなく染み付いたネットゲーマー魂はこんな異常事態でも悦に浸っていた。
ベータテストで、初めてソードスキルを上手く発動させてモンスターを撃破した時の感覚を今になって思い出す。あの時は血湧き肉躍るような爽快感を全身で感じたものだ。
もしSAOがデスゲームじゃなければ、正式サービスでも同じくらい楽しめただろうに。
今後、VRMMORPGというジャンルはどうなっていくのだろう、と不意に疑問が湧き出てきた。
ソードアート・オンラインはVRMMORPGの先駆けであった。しかし一万人のユーザーを仮想世界に監禁し、命を奪う————そんな極悪極まる事態を引き起こしてしまった以上、もうVRMMORPGというコンテンツの寿命は蝋燭の火のようにか細い物になるだろう。一部も残らず規制され、泡沫の夢のように消えていく。その未来は避けられないと確信している。
「………なにを考えてるんだろうな、俺は」
【2】
ダイア・ウルフとの戦闘を終え、再び地を蹴って走り始めた俺は、また足止めを喰らう事になる。いや、今回は俺が自分の足で歩みを止めた。2メートルほど先の地点で、プレイヤー二名が確認できたのだ。これが顔も名も知らない赤の他人なら「すいません」と小声で呟きながら横を素通りするだけだが、その二人組は俺がよく知っている顔だったので思わず疾走を中断してしまったのだ。
腰に細剣を納刀している栗色の髪の少女————アスナ。そしてもう一人は紫色のポニーテールが特徴的な、勇ましく鎌を右肩に担ぐ少女。こちらはまだ名前を知らないが。
思えばこの二人とは今日よく出会う。
一度目はSAOにログインして早々。二度目は茅場晶彦のデスゲーム宣誓の時。そして———三度目はフィールド内で。
さっさと先行することに集中しすぎて完全にあの二人のことが頭から抜けていたが、そういえば俺が人垣を抜ける時には既に街からいなかった気がする。俺より遥かに早く、街から出る決心をしたということだ。
凄まじい判断能力の速さに心から脱帽する。知らない相手でもないし一声くらい掛けていくか、と近寄ろうと試みる。————だが。
「なんなのこれ……ぜんぜんわからない……ゲームから出られないなんて、そんなことがあり得るの……? もうすぐ受験なのに!」
悲痛に満ちたアスナの弱々しい声を聞いて、『今近付くべきではない』と即座に悟る。だからといって、彼女たちを差し置いて横から突っ切り、先に進む気にはどうにもなれなかった。
何故————なのだろう。理由は塵程も分からないが、一つだけたしかな事があった。あのまま二人がフィールドのど真ん中で無防備に居座るのは、かなり危ないという事だ。もし今から数秒後、背後にモンスターがポップしたら不意打ちを喰らう可能性もあり得る。
「…………はぁ」
誰に頼まれたわけでもないが、あの二人の話し合いが終わるまで俺は待機している事にした。俺の名誉のために言っておくが彼女たちを影から視察するためとか、そういう卑しい動機があったわけではない。
万が一近くにモンスターがポップしたら、彼女たちの代わりに俺が相手をするためだ。あの鎌使いの少女はベータテスト経験者だし返り討ちにされる可能性はごく低いだろうが、念のため。あくまで念のためだ。
たぶん、久しぶりに同年代くらい(これは俺の勝手な偏見に過ぎないが)の子と話せたのが楽しかったのだと思う。現実世界じゃ、俺は同年代からは迫害されてばかりだった。だから———彼女達に情でも湧いたのだろう。
そう思うことにする。
耳を澄ますと、ぴゅう、という少し冷たい風が草原を揺らす耳心地のいい音が聞こえる。それに混じって、アスナの声も微かに聞こえた。聞いてはいけない気もしたが、耳を塞ぐのも変な話なので、心の中で「勝手に聞いてごめん」とアスナに謝りながら彼女の声を耳に迎え入れた。
————ここは俺にとって分岐点だった。
彼女たちを意にも介さず、このまま他人のフリをして置き去りにしていたら、きっとSAOでの俺の生き方は大きく変わっていただろう。
なんか文字数の割に話が進んでない……気がしてきた
これ第一層《星なき夜のアリア》編で何話かかるんだろう……
申し訳ありません(涙)
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星なき夜のアリア V
約一年、になるのでしょうか。
剣士よ往け、再会です。
長い間お待たせして本当に申し訳ありません。様々な事情と私的理由により、こんなに遅れてしまいました。一時期、更新を永遠に諦めようとした時期もありました。ですがそれでは更新を待ってくれているすべての読者に示しが付かないと思い、こうして立ち上がった次第です。
再スタートに相応しい─────かは分かりませんが、2022年11月6日 13:00……SAO始まりの日に投稿させていただきます。
────走る、走る。
広大な草原の真ん中を、レベル1の
視界右下に表示される時刻は六時を回り、空は鮮やかな夕焼けを彩っている。やや冷たい仮想の空気を肌で浴びながら、ミトはひたすらに前を向く。
【1】
世界初のフルダイブ型VRMMORPG《ソードアート・オンライン》にミトが心惹かれた理由は、骨の髄まで、細胞の隅々まで染み込んだネットゲーマーとしての好奇心ではあるが、それ以上に仮想世界はミト────深澄が己に抱いていた筆舌に尽くし難い忌避を忘れられる場所でもあったからだ。
ベータテストが始まったあの日、深澄が屈強な男性アバターを選んだ理由は二つある。
一つ目は、MMORPGでどうにも悪目立ちする女性プレイヤーという立場にいたくなかったこと。二つ目は、性別も外見も声までも、なにもかも違う、そんな自分になりたかったこと─────。
心の奥底でいつも渇望し、憧れていた理想像。鎌を携え、己の力のみで見知らぬ大地をどこまでも駆ける。それは現実世界の兎沢深澄では決して手に入らない、指先一つ届かなかった強さだった。
だが、ほんの数分前。
SAO開発者茅場晶彦の手によって、一万のプレイヤーはただ一人の例外もなく、その姿を現実世界の容姿そのものに変えられた。
その瞬間にミトのアバターを脳天から深く貫いたのはデスゲームと化したこの世界への恐怖でも、茅場の宣言に対する反駁でもなく、理想像の皮を破かれ《深澄》という嫌悪していた自分が晒されたことだ。
茅場から配布された手鏡に映った自分の姿を見た時、瞬く間に動揺と恐怖の味が口内を満たし、初めて鎌を持つ手が震えた。
にも関わらず、驚くべき早さで思考を動揺から冷静さへと転換できたのは、視界の端で人混みを避けながら《はじまりの街》の外へ出ようとする数名のプレイヤーを視認したからだ。
それらは気が狂い自暴自棄になり、死に場所を求めて彷徨っているのではなく、即座にこの現状を飲み込み腹に収め、本格的なサバイバルを目指そうと奮起した者たちだ。
喚き呆けるよりも、生存を優先する。今はそれが最善だと悟り、スッと頭の芯で疼いていた熱が引いたミトは、瞳に絶望の色が染み出しているアスナの手を取り、否応なく告げた。
────すぐに街を出よう。このゲームを一刻も早くクリアするために、私たちは強くならなくちゃいけない。
MMORPGというのはリソースの奪い合いでそしてそれらは全て早い者勝ち、というのが原則だ。世界初のVRMMORPGたるソードアート・オンラインもその例外ではなく、ベータテストの頃、ミトはその事実を認識するのが遅れたばかりにスタートダッシュから踏み外し、どうにか最前線に追いつくまで血反吐を撒き散らすような挽回に身を捧げた。
同じミスを正式サービス─────それもトライ&エラーという従来のルールが崩壊した今のSAOで犯せば、おそらく遅れを取り戻すのは文字通り命がけだ。あまりにもリスクが大きすぎる。
ミトは直感と経験から、はじまりの街周辺はモンスターがすぐ狩り尽くされ、大勢のプレイヤーが《湧き待ち》を強いられ、レベル一つ上げるのもままならなくなる状況の予測がついていた。
故に生存、そしていつかのゲームクリアという未来を本気で目指すのであれば、街に留まるより先に村へ向かうべきだ。とくに北西ゲートを抜けたずっと先にある《ホルンカの村》なら、序盤の拠点として申し分ない。ゲーム初心者のアスナにこれらを一言一句そのまま伝えても、彼女に更なる混乱を与えるだけと判断したミトは掻い摘んで説明した。
それでもアスナは何一つ飲み込めていなかったが、詳細な説明は後でもできる────と考え、ミトは否応なしに掴んだままのアスナを引っ張り、はじまりの街北西ゲートを抜け、ホルンカの村を目指した。
フィールドへ飛び出してから三分ほど経ち、ミトは鎌を両手に持ち戦闘体勢へ移行した。1メートルほど先の草むらに、狼型モンスター《ダイアー・ウルフ》が二匹POPしたためだ。
はじまりの街周辺のモンスターには
「アスナ、下がって!」
モンスターを凝視し、ミトは技を起こす。鎌の刀身が淡い紫色に迸り、独特な高音と共にアバターが半ば勝手に動く。ソードスキルのシステムアシスト独特の動きだ。下手に流動に逆らわないよう、そっとアシストに乗っかる。
大鎌の基本技《モーアー》はダイアー・ウルフの内の一体の首を断裂させ、その体躯をポリゴンの欠片へと変える。
────仕留め損ねた……?
あり得ない、どうして、と繰り返しミトは脳内で自問自答する。ベータで幾度となく繰り返したこの基本技でミスを犯すなど考えられなかった。
数秒思考して、ようやく気づく。ベータでミトが使用していた屈強な男性アバターと、今の華奢な女性アバターでは、視点の高さも身体の動かした方もまるで異なることに。
そのミスを悟った時には、もう遅かった。仕留め損ねたダイアー・ウルフはミトの鎌の間を縫うようにすり抜け、少し後ろで無防備に立ち尽くしているアスナへ白い牙を剥く。
「アスナ!」
咄嗟に振り向き、親友の元へ駆ける。既にアスナの首元に狼の牙が食い込み、ダメージエフェクトを散らしながらHPが緩やかに減少している。
────間に合って!
祈りを込め再び《モーアー》を発動させる。間一髪、アスナのHP全損寸前でダイア―・ウルフを吹き飛ばした。アスナのHPは全体の残り一割、危険域まで減っていた。
「……怖い思いさせてごめんね。さぁ、行こう?」
地に膝をつき、俯いているアスナに右手を差し伸べるが、震えてるだけで反応がない。「どうしたの」と尋ねるより先に、アスナは差し出された手を払い除けた。
「なんなのこれ……ぜんぜんわからない……ゲームから出られないなんて、そんなことがあり得るの? もうすぐ受験なのに、どうしてこんなことに……」
「い、今はそんなこと言ってる場合じゃ────」
「私はこのゲームのことなんかなにも知らないの! 先に進みたいなんて言えるのは、ミトがゲーム上手いからでしょ……! 私は違うの! もう放っておいてよ!」
「…………あ、あ…………あ」
恐怖で錯乱したアスナの口から飛び出した拒絶の言葉に、ミトは惨めな声を漏らすことしかできなかった。脳髄を氷のナイフで抉られるような鋭い痛みがズキズキと響く。閉じかけていた傷口を無理やり切開されるような感覚と共に溢れ出してくるのは、一瞬でも思い返したくない────しかし鮮明さはいつまでも衰えぬ記憶だった。
【2】
「深澄ちゃんはゲーム上手だから楽しいかもしれないけど、いつも一人だけ生き残るんだもん」
「私たちのことはもう放っておいてよ」
それがミト─────深澄が親友に告げられた、突然の絶交宣言だった。もう六年以上前のことになるというのに、その記憶は今も決して色褪せることがない。
あの瞬間をやり直すことができないのなら、せめてこの痛い思い出を忘却の彼方に投げ捨ててしまいたい……。そう何度も願った。しかし二人の親友が背を向け去る間際に深澄へ向けた失望と嫌悪の表情は深澄の眼に灼きつ付けられ、どれだけ激しく目を擦ってもこびり付いたものは取れなかった。
以来、深澄は親友と袂を分かつ原因となった《協力プレイ》の名を冠するゲームは、どれだけ話題になっていても絶対に手を出さなくなった。ゲームそのものから身を引くことも一度は考えたが、別の趣味などない深澄にとって幼い頃から人生の支柱だったゲームへの執着・依存をかなぐり捨てることはどうしてもできなかった。
それからは、以前は大してプレイしなかった対戦格闘ゲームや対人要素の強いMMOに激しくのめり込むようになり、顔も名も知らない他人を自ら叩きのめし、それをひたすら繰り返し続ける毎日─────。
しかしどれだけそれを繰り返しても、六年前からずっと渇き続けていた心は少しも潤うことも傷が癒えることもなかった。
─────彼女と出会うまでは。
「……兎沢さん、だよね?」
結城明日奈。深澄が彼女と出会ったのはエテルナ女学院中等部二年生になってしばらくが経過した頃だった。
その日、深澄は行きつけのゲームセンターで対戦型格闘ゲームの店舗内大会に参加していて、これといった苦戦・辛勝もなく順調に連戦記録を伸ばしていた。いっそ店舗の最大連勝記録を塗り替えてやろう……と心を滾らせていた深澄だったが、天運は深澄に予想だにしなかった事件をもたらした。
ちょうど十七連勝を達成し、次の試合までに設けられた五分間のクールタイムの中でスポーツドリンクを口に運んでいた時だった。深澄はここでようやく、以前までは設置されていなかったカメラの存在に気づく。この店舗は店外に大型モニターが設置されていて、大会の様子が外に中継され、それを通行人たちや鑑賞目的で来た人々に見られることは深澄も承知していた。だがそれはあくまでプレイ映像のみを中継しているだけであり、しかしこのカメラの配置はどう見てもゲーム画面でなく《プレイしている人間》を画角に収めている。嫌な予感がした深澄は近くにいた店員に「このカメラはなんですか」と問いただした。店員は笑顔で「今大会からプレイヤーの姿を中継するカメラを設置したんですよ」と返した─────その瞬間。深澄は大会レコードを放棄し、駆け足でゲームセンターを出た。
─────まずい。見られたら、まずい。
周囲を見渡し、エテルナ女学院の関係者────特にクラスメイトがいないかどうかを確認する。深澄が焦燥に駆られるのも無理はなかった。
いわゆる《お嬢様学校》のエテルナ女学院には、ゲームセンターに関係する施設への出入りが固く禁じられており、万が一それが発覚した場合、問答無用で生徒指導対象なのだ。中等部二年────つまり初等科から数えてエテルナ女学院八年目となる深澄は当然その規則は知っていた。だから万に一つバレないよう最大限の注意は払ってきたし、格好も校内とはまるで別人の容姿にしている。
しかし。それでも顔だけは変えようがない。もし───もし、大画面に映った自分の顔をたまたま通りかかったエテルナ女学院の生徒に、或いは教師に見られでもしたら────?
「い、た……!!」
こうして、少女────結城明日奈と深澄は出会った。
今にして思えば、この日深澄の姿を見たのが後にも先にも明日奈ただ一人であったのは不幸中の幸いだっただろう。翌日、明日奈を放課後に呼び出し「昨日のことは黙っていて」と懇願した際、なんの迷いもなく対価も要求せず笑顔で応じてくれた時、深澄は初めて……否、数年ぶりに人の温かさというものを感じた。もし目撃者が明日奈とは全く別人だった場合、速攻で学院に報告・通達され翌日に深澄は晒し首同然の処遇を受けていたかもしれない。
意外といえば意外だったのは、明日奈は《対価》こそ要求しなかったが《お願い》をしてきたことだった。曰く、私にゲームを教えてほしいと。
正直に言って、その時深澄は彼女が冗談を言っているとしか思えなかった。結城明日奈といえばエテルナ女学院で最も有名な女子生徒と言っても過言ではない生徒。《超優等生》という肩書きが学院で最も相応しいのは間違いなく彼女だ。そんな人間からゲームを教えて欲しい、などとせがまられて即「うん、わかったよ」と応じることのできる人間など、少なくともこの学院にはいない。
この場で仮に断ったところで、明日奈が「じゃあ兎沢さんのこと、みんなに言っちゃうよ」などと半ば脅しのようなセリフを繰り出してくるようには思えなかったが────正確にはその展開を恐れていたという気持ちも僅かに含まれるが、恩義ある彼女の願いを無下にするのはどうにも深澄なりの仁義に反した。
その日から、深澄は明日奈と放課後に屋上でこっそり、携帯端末用ゲームに明け暮れるという日々が日常となっていた。誰かと肩を並べてゲームに興じることは深澄にとって実に数年ぶりで、故に初めは恐怖もあったが、しかしゲームのジャンルはあくまで対戦型だったということ、そして明日奈の包み込むような笑顔が、いつからか深澄の苦手意識を削ぎ落していった。
明日奈は、深澄がどれだけ一方的な試合をしても心の底から褒めてくれた。ただの一度も深澄に嫌悪の視線や表情を差し向けることなく、親身に接してくれた。
「ねぇ、明日奈……その、私たちって、友達で……いい?」
「─────ふふっ。親友、がいいなぁ」
親友と呼べる存在に再び巡り会えたことが嬉しくて、中等部三年に上がる頃には、深澄にとって明日奈はかけがえのない人生の一部にまでなっていた。
────そんな大切な親友を、深澄/ミトは泣かせた。
【3】
アスナが突きつけてきた言葉は、全てが真実だ。アスナはVRMMOどころか携帯端末用RPGゲームさえ触れたことのない初心者。そんな彼女を否応なく連れ出し、あまつさえ死の片鱗へ追いやった全ての責任はミトにある。
ミトには自信があった。
ベータテストで知識と経験を培ったミトは、低層に限定するならこのゲームの殆どを知り尽くしている。たとえアスナがソードスキルさえ発動できない状態だとしても、彼女を抱えながら草原を突き抜け、《ホルンカの森》を抜けた先にある《ホルンカの村》まで辿り着くことは容易いと高を括っていた。
しかしそれは、甘い考えでしかなかった。現実は、初歩的なミスでアスナを危険に晒したという────あまりにも愚かで惨めな結末。アスナ一人なら確実に守れるなどと、思い上がりも甚だしい。
今アスナを支配している恐怖は、本来なら────少なくとも《はじまりの街》にいれば味わうはずのなかった、必要のない感情だ。……そうだ、その選択肢もあったのだ。クリアを目指すだけなら、無理にアスナまで巻き込まずミト一人だけで先行して、生活に必要な物品または資金をアスナに配分すればいい。ただ時間が惜しかったという理由だけで、怯える彼女をフィールドの外に連れ回していい理由にはならない。
────今からでも遅くはない。引き返そう。
街へ引き返し、アスナをどこかの宿屋に泊めて、自分一人だけでも先行する。空腹感を解消させるための食事に必要なコルだけは、全て自分が提供する。それがアスナをこれ以上の危険に晒さない最善の策だ。この時のミトは、本気でそう思っていた。
────なにを、言ってるの?
アスナを巻き込んだのは誰?
この世界にアスナを誘ったのは?
アスナをデスゲームに巻き込んだのは?
全て、“私”でしょ?
「……!!」
瞬間的に脳裏によぎった自問自答に、ミトの揺らぎかけていた意思が形を取り戻す。そう、アスナを置いていくなどという選択肢が、ミトに許されるはずがないのだ。
アスナをソードアート・オンラインへ手引きしたのはミト。そしてデスゲームに巻き込んだのもミト。然らば、街にアスナを置き去りにするなどもってのほか。ミトにはアスナを最後まで守る責任と義務がある。たとえ一瞬でも、彼女から目を離すなど許されざる行いだ。
────そう自覚した瞬間。気づけば、アスナの震える身体をミトは抱き締めていた。
「お願いだから、そんなこと言わないで……。ソードアート・オンラインのことは、私が全部教えるわ。だから……一緒にクリアを目指そう……そして、一緒に帰ろう?」
一度アスナを殺しかけておいて、なんと身勝手で利己的な言葉なのだろうと、ミトは激しく自己を嫌悪する。
だが、もう止まる気はない。拒絶されてもいい。突き飛ばされても、罵られても、アスナから離れる気はない。彼女を守り抜くことが、この世界でミトに課せられた、唯一にして最大の使命なのだ。
「……うん、うん……!」
どれだけの間、そうしていただろう。やがて涙を止めたアスナは、それでもまだ弱々しい声でミトに微笑み返す。
「私のゲームの腕前、知ってるでしょ? 絶対にアスナを守るから」
コクリ、コクリとアスナは頷き返してきた。立ち上り、ミトはシステムウインドウを操作して《パーティー申請》の項目をタップする。ミトはベータでもずっと────ではないが基本的にはソロで活動していたので、この機能を活用したのは精々フロアボス攻略が殆どであった。
例外で暫定的なパーティーを組むことはあったが、いずれにせよ目先の目標のための一時的共闘に過ぎなかったため、こうして長期的な視野を見据えてのパーティーを提案及び申請するのは……少々ドキドキする。だが、迷いは決してない。
「……なにこれ」
「こっちでの友だち同士の証、みたいなものかな」
「ふふっ、ゲームって変なの。こんなことしなくても友だちなのに」
涙を拭いながら、アスナはおどおどした手つきでOKボタンをクリック。立ち上がった彼女に、ミトはゆっくりと手を差し伸べる。
「これで私たちはパーティーメンバー。改めてよろしくね」
華奢な手の平から伝わる強い握手を仮想の肌で感じながら、ミトは笑顔で応じた。
さて─────。
ひとまずアスナのHPをこのまま放置するのはあまりに危険なので、一度はじまりの街へ戻りポーション類のアイテムを補給、及び迅速に拠点を取り決める必要がある。だが、その前に、ミトには決して無視できない懸念点があった。
「そこの草むらにいる人、いつまでそうしてる気?」
「あっ─────怪しい者じゃないぞ」
拳銃を突きつけられ、両手を天に掲げたが如きポーズをしたまま、草むらから少年がにょきっと飛び出してきた。この少年を、ミトは知っている。正式サービスが始まってからというものの、現在含めて三度、ミトはこの正体不明・目的不明の男性プレイヤーと遭遇しているのだから。
草むらに誰かが潜んでいるのは、プレイヤーの靴が地面を蹴る音ですぐに分かったが、流石に顔までは分からなかった。
敵意はないように思えるが、しかしずっと草むらに身を潜めていたという事実にはそこはかとない怪しさがあり─────ミトは数秒、本気で思考を巡らせ、なんとか言葉を捻り出した。
「……ストーカー?」
後に─────本当に後になって、この少年はミトに言ったものだ。
アレは本気で傷ついたよ、と。
いや─────話ほぼ進んでねえじゃん!!!
もう少し話の展開をスムーズに進めたいですね……
ようやくカルヤはミトと本格的に接触。第一印象(正確には第三?)が地の底になってますが、今後この二人がどう関わり合うのか、お楽しみください
次回の話は……できれば来週中に……!
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