孤児のシスマ (とんとなま)
しおりを挟む

プロファイル

ざっと作った


 

基礎情報

【コードネーム】 オーファン

【性別】 男

【戦闘経験】 3年

【出身地】 ラテラーノ

【誕生日】 非公開

【種族】 サンクタ

【身長】 182cm

【鉱石病感染状況】

メディカルチェックの結果、感染者に認定。

 

能力測定

【物理強度】 普通

【戦場機動】 優秀

【生理的耐性】 優秀

【戦術立案】 普通

【戦闘技術】 優秀

【アーツ適性】⬛︎⬛︎

 

個人履歴

詳細不明。ロドス発足から間も無く、航行進路上で保護された。彼はラテラーノ出身であると述べたが、それを裏付ける資料は何一つ存在せず、それを仄めかすのは彼がサンクタ人である事のみである。

また、医療部門責任者であるケルシー医師の知己である事はケルシー医師本人が肯定している。

ロドス加入後、本人の意向及びケルシー医師の判断によりS.W.E.E.Pへの配属が決定した。

 

 

健康診断

造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系源石顆粒検査の結果においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

 

【源石融合率】 4%

左胸部及び左前腕に集中し、結晶が見受けられる。

 

【血液中源石密度】 0.8u/L

病状は安定しており、病巣の拡大も認められない。

 

 

オーファン氏の診断結果ですか?

資料の通り、比較的軽度なものみたいですね。

今の所発作が起きている訳でもなさそうですし……。

……えぇ、そうなんですよ。実は彼の定期診断はずっとケルシー先生が単独で行ってまして。

正直何か裏があるんじゃないかって思っちゃいますよね。

いやまあ、ウチも色々事情のある人間は多いですから、詮索するもんじゃないとはわかってるんですけどね?

 

 

第一資料

オーファンは常に瞳を閉じ、多くの場合微笑を浮かべている。

いかなる原理か彼は瞼越しに視界を確保しており、調査を兼ねた2度の障害物を用いた模擬訓練で、高い成績を残している。本人曰く「見える場所なら見える」との事だが、その真意は不明。

なお視力検査では頑なに眼を開かなかったため、形式上は計測不能となった。

 

第二資料

S.W.E.E.P所属という立場上、オーファンが行動隊のオペレーターと任務に当たる事は少ない。

彼は多くのサンクタ人が持つ守護銃を所持していない。

しかし、彼が特殊なアーツを扱う事は古参オペレーターを中心に知られており、主に非合法な源石製品、活性源石を用いた兵器への対応を行なっている。

彼の任務は感染リスクや症状悪化の可能性が高いものが多く、一般オペレーターの同行は推奨されない。

 

第三資料

日陰者の集まりとされるS.W.E.E.P構成員の中でも、彼は社交性に富む。

訓練所、娯楽室、カフェテリア、医療部やエンジニアルームなど多くの施設に突然現れては、オペレーターや居住区の人々との交流を図っている。

特に、身寄りのない子供への対応は好意的だ。オーファン(孤児)を名乗る事との関連が噂されるが、詳細は不明。

人当たり自体は良好と言えるが、一方でその神出鬼没ぶりに気味の悪さを感じる者が僅かながら存在している。

兎も角、ロドスにおける彼の知名度は高い。

 

第四資料

何を憤っているのか、だと?

知れたこと!あの四六時中瞑想してるようなサンクタだ!

一体何度目だと思う?妾の企て……オホン。医療科学発展の為の崇高な研究を邪魔しおって!

この間もちょっとばかし源石サンプルを拝借しただけだというのに、どこから嗅ぎつけたのかケルシーのとこに連行されたのだ……。

あとは、アレだ。最近我々の秘密の会議、しておらんだろう?

どういうわけか会議内容まで漏れていてな。そう、尽くだ。奴め、よりによって録音しておるし、ケルシーの前で流しよったのだ!

え?この会話も聴かれているのではないか?

………………。わ、妾は何もやましい事はしておらんぞ?

 

 

――匿名で人事部に送られた音声記録

 

第五資料

【権限者記録/1093年】

私自身オーファンの素性に関して、理解しているとは言い難い。

把握している事柄として、オーファンは多くの記録を、記憶として保持している。

この様な症例……いや、現象は類を見ない。彼は確かにそこに居て、真実そこには居なかった。

推測するに、サーバー上に複数のアバターが散らばっている様なものだ。そして()()は独自のネットワークを構築、統合し、共有している。

我々が出会い、そしてロドスに存在する彼も、"本人"なのかは確証が無い。かつて私が会ってきた彼も、また然りだ。

もしかすると、彼は今も入れ替わっているかもしれない。

兎も角医学的……いや、生物学的観点から見て、アレをヒトと呼ぶのは少々憚られる。

 

幸いなことに、彼自身は悪意や野心とはまるで無縁だ。

寧ろ義理堅くすらある。

ただし、ある一点においては細心の注意を払わなくてはならない。

根本的解決に至らずとも、オーファンは感染者の……ある種の救世主に成り得る。

だが裏を返せば、それは感染者にとって破滅的な天敵にも成り得るという事だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前話長えよ(本音)

ストーリー見返して情緒が破壊されたので初投稿です。


ロドス・アイランド製薬は、鉱石病を専門とした治療を提供している。

それだけに留まらず、彼等は鉱石病及び感染者関連の問題解決を掲げ、一企業ながら私兵集団を組織している。

行動隊と呼ばれる彼等の多くが感染者であるが、非感染者のオペレーターも少なくない。感染者と非感染者が手を取り共に戦うなど、このテラの大地では一際異彩を放つ組織と言えよう。

その多くが排斥される定めにある感染者にとって、ロドスは唯一と言える希望、或いは願望の星なのだろう。

 

――しかして、コインの表裏のように、陽に陰が付き纏うように、巨大な組織であるならば()()は存在するものだ。ロドスとて、それは例外ではない。

行動隊とは完全に独立したS.W.E.E.Pのメンバーは、その全てが日陰者で構成されている。

彼らは正規の軍隊ではなく、謂わば傭兵、暗殺者に近い。故に本来の命令系統とは異なるし、階級といえるものもない。

そして、彼らのほとんどはロドスの3トップの一角、ケルシーの指揮下にある。

つまりは彼等の行動、その最終決定権を持つのがケルシーなのだ。

 

 

p.m.8:37 ロドス 医療部門区画

 

 

「…………」

 

 

ケルシーは眼前の青年と目を合わせる。

いや、正確には目を合わせるというより、顔を向け合っている。

彼は瞼を閉じ、口元に穏やかな微笑を浮かべるだけだ。

僅かに視認出来る特徴的な半透明の翼が、サンクタ人種である事を示している。

しかし、彼にはサンクタのもう一つの象徴である頭部の光輪が存在していない。

翼までなかったのなら、外見で人種を特定することは不可能に近かっただろう。

 

ロドス・アイランド製薬の運営開始とほぼ同時期、ふらりと現れたこの男はオーファンと名乗った。

素性不明ながらケルシーの知己という彼を、大半の者が訝しみ警戒したが、ケルシー本人の肯定を以ってその疑いは晴れる事となった。

オーファン曰く、「偶々通りがかった」との事だが、以来彼はロドスのオペレーターとして居座っている。

 

 

「オーファン。君に頼みたい事がある」

 

「やめろやめろ。貴女の指揮下にある以上、頼みなど聞ける立場にはない。貴女に対してそれはあまりにも、畏れ多い。貴女はただ、命令を下せば良い」

 

 

オーファンと面識を持ったのはいつの頃だったか、ケルシーは一度も彼の瞳を見た事がない。

肉体的に障害があるのか、はたまた精神的なものなのか、彼は常に瞳を閉じている。彼は、何も語りはしない。

他のオペレーター達の話からも、オーファンの瞳を見た者はいない様だ。いついかなる時も、彼の()()が変化する事はない。

人間性こそ穏やかと言える。しかし、対人において感情を色濃く現す瞳が見えぬが故に、彼の評価は多岐に渡る。

穏やかだ、優しそうだという者もいれば、考えが読めない、不気味だという者もいる。

どうあれ、測り難い人物である事には変わりない。

 

 

「そうか。……以前話したドクターの事は覚えているな」

 

「かつての貴女達の(ともがら)、かつて鉱石病に関する神経学で名を馳せた賢人、かつての戦場指揮官」

 

「そうだ。では彼がロドスに帰還した事も認知しているな?彼は記憶の大部分を欠落し、現状の立場に対し混乱が見られるが、幸いな事に卓越した戦場指揮能力は失われていない。身体面も概ね良好だ。そこで君に与える任務は、ドクターの長期的な護衛及び補助だ」

 

 

ケルシーが徐に差し出したのは、ドクターに関する資料だった。

ロドスに帰還した彼の身体及び精神面の健康状態が綴られている。

 

 

「……チェルノボーグでの損失、特に人員面での大きさを考えれば、状況が如何に切迫しているのかは君も理解しているはずだ。

そして、ロドスの掲げる信念及び理念としてレユニオンの所業は看過できるものではないという事も。

彼らは迫害と飢餓に喘ぐ弱者ではない。憎悪と憤怒に己を薪として焼べ、極寒を生き抜き、踏破した軍勢だ。

一都市を容易く陥落させ、掌握した影響力が何を齎し得るのか、予測は最早不可能と言える。

ドクターには悪いが、早急な事態解決の為だ。彼には速やかに指揮官として復帰してもらう。そして直接現地で指揮を取る以上、厳重かつ確実な身辺警護が求められる。無論同行するオペレーター達はいるが、念には念を入れたい」

 

「それはドクターの指揮下ではなく、飽くまで貴女の私兵としてか?」

 

「どう捉えるかは君に任せる。それとも、何か不都合があるのか?」

 

「不都合?まさか。貴女の指示ならば如何様な事も完遂するとも。しかし、疑問はある」

 

 

オーファンが顔を資料へと落とす。瞳は変わらず閉じられているが、如何なる原理か彼は確かに視認出来るらしい。

 

 

「チェルノボーグでの一件、確かに聞き及んでいる。PRTSの補助を加味しても、正しく天性の才覚。貴女や、アーミヤが頼るのも頷ける。しかし、何故俺なんだ」

 

 

オーファンが顔を上げる。硬く閉じられ瞼は微動だにしない。ただ僅かに、今にも掻き消えそうな翼が輪郭を取り戻した様に見えた。

 

 

「というと?」

 

「ドクターについては幾度か、話を聞いている。貴女やアーミヤ、死んだAce達からも。貴女達が認める人に仕えるのは恐悦至極だが……、知っての通り俺は日陰者。清廉潔白な人間ではなく、精神的な混乱が見られる者の側に置くのは懸念もあるだろう。よりふさわしい人材がいるのでは?」

 

「態々謙る必要はない。君ならば選定の理由など勘づいていると思っていたが……もし思い至る事が無く、答えを求めるのであれば教えよう。端的に言って、私は君を持て余している」

 

 

ケルシーはチラリと天井のダクト、そして自身の背に目を向けた。

オーファンはそれが何を意味するのか、良く理解している。

要するに、現状ケルシー自身の護衛及び有事に際しての戦闘要員は飽和しているという事だ。人手が足りないから、人員の分配がしたいらしい。

ケルシーは医療部門の代表という立場にあるが、かつてを知るオーファンからすれば護衛など無用である事は明白だった。

目下の脅威となるレユニオン、その大半の幹部でも彼女と、その僕である異形であれば容易に制圧出来るだろう。

其処に赤い猟犬も加わるとなれば、真正面から対抗出来るのはあの頑固なウェンディゴと、首魁であるドラコの娘程度だろう。

 

 

「レッドは精神的に幼く、スカベンジャーは少々性格に難がある。ならば幾分マトモ……と自ら言うのは不躾だが、俺の方が都合が良いと」

 

「その認識で構わない。君がS.W.E.E.Pの構成員の中でも社交性に長けるのは純然たる事実だ。持て余していると言っても、コレは君への信頼によるものだと言う事は理解して欲しい。我々はドクターを失うわけにはいかない。君に死んでも護れとは言わないがな」

 

「おや、命を賭けるには値しないと?」

 

「いかなる状況であっても、どちらも生きて戻ってこいという事だ。……私は明日先行して龍門に向かう。あとは任せたぞ」

 

 

そう言ってケルシーはデスクへ向き直る。

話は終わりという事だろう。

 

 

「ふっ、いつも以上に口下手だ。詮索はしないが、貴女とは()()()らしい」

「……」

 

 

ケルシーは答えなかった。

 

 

 

 

p.m.8:51 ロドス 執務室

 

 

「お疲れ様ですドクター。まだ状況を飲み込めず不安があるかもしれませんが、ひとまず健康面に大きな問題はないそうです」

 

「ああ、体調なら確かに問題はないよ。精神的な疲れってやつさ。もう少し休めばだいぶ良くなる……と思う」

 

 

それなりの質のデスクを挟み、コータスの少女と金属のマスクで顔を覆う男性が向き合っていた。

長く使われていなかったのか、ドクターの執務室は整頓されながらも未だ僅かに埃っぽい空気が漂っていた。

窓を開ければ多少はマシになるだろうが、それは一時的な事。

ここはロドス・アイランド製薬の本部であり、母体である移動都市だ。都市でありながら、陸上艦とも呼べる巨大なソレを支える履帯もまた巨大。荒野を駆動し進み続ける履帯は膨大な砂塵を巻き上げている。停泊中なら兎も角、不用意に窓を開け放とうものならどうなるか、想像に難くない。

 

「3日ほどはゆっくり出来ると思います。何か有れば遠慮なく相談して下さいね」

 

「本当に大丈夫だよ。アーミヤ、君だって疲れてるだろうし……私にこんなことを言う権限はないかもしれないが、今日はもう休むと良い」

 

「いえ、私は……」

 

「多くの人が私を救ってくれた事は理解している。けれど、私は身命を賭してくれたAce達の事を知らない。何も、覚えていない。何も聞けず、何も知れず、何も思い出せず、その犠牲の重さだけが酷くのしかかっている。私でもコレなんだ。彼等をよく知る君なら、その重さはきっと私の何倍もある筈だ。だから、私は君にも休んで欲しい」

 

 

アーミヤは少しの間俯き、それから小さく頭を下げた。

 

 

「ありがとうございますドクター、お言葉に甘えますね。……おやすみなさい」

 

 

そう言ってアーミヤはすごすごと部屋を後にした。

部屋を出た時彼女はこちらを振り向いたようだが、閉まるドアに遮られその表情は窺えなかった。

執務室は静寂に包まれ、聴こえるのはドクターの規則的な呼吸音だけ。

――息苦しい。

部屋に残ったのは自分だけ、会話が途絶えただけで空気とはこうも重くなるものか。ドクターは独りごちる。

俯いた時のアーミヤは、普段の穏やかな表情と打って変わって暗く、思い詰めたものだった。

部屋を出る時も、そうだったのだろうか?

チェルノボーグ脱出から1日。

多忙であると見受けられる彼女を気遣ったつもりだったが、悪手だっただろうか?

もしかすると、仲間の損失を一時でも忘れようと仕事にのめり込んでいたのかも知れない。

 

 

「……はぁ。あんな顔をさせるつもりはなかったんだが」

 

『彼女を任せたぞ、ドクター』

 

 

あの勇士が、ドクターに向けた最期の言葉。ついに彼は帰還する事なく、散ったのだ。あの都市を脱出した際のオペレーター達の顔を見れば、嫌でも察する事はできる。

あの言葉にどれほどの想いが込められていたのかはわからないが、それに応えられるのか?そんな不安と不甲斐なさがドクターの思考を覆っていく。

――と、

 

 

コン、コン、コン

 

 

規則的なノックが、部屋の静寂とドクターの雑念を掻き消した。

アーミヤだろうか?なにか伝え忘れた事でもあったのか?

 

 

「あ……開いてるよ。入ってくれ」

 

「失礼」

 

 

予想に反し、返ってきたのは聞き馴れぬ男の声。

低いながらもよく響き品位の感じる声音だ。

静かにドアが開き現れたのは、見慣れぬ青年だった。

二十代半ばだろうか?声の影響か、見た目こそ若いがどこか老成しているような雰囲気があった。

彼が此方に歩を進めるたび、浅黒い肌に無造作に伸ばされた金髪がなびく。

 

 

「君は……?」

 

「記憶を探る必要はないぞドクター。それはこの場において最も無意味なことだろう。俺は一方的に貴方を知っているが、間違いなく初対面だ」

 

 

青年はデスクの前に立ち、腰掛けるドクターを見下ろした。いや、見下ろすと言えるのだろうか?

彼の瞳は閉じられ、微笑を浮かべるだけだ。

灯りに反射する掠れた翼が、妙に目立っていた。

 

 

「先ずは夜分遅くに訪ねた事に謝罪を。突然の指令故、このような対面となってしまった。次いで名乗らせて頂く。S.W.E.E.P所属、コードネーム"オーファン"。聞き馴れないかも知れないが、まあケルシーの私兵の様なものと考えてくれ。……よろしく頼む」

 

「あ、ああ。こちらこそ宜しく。えーとS.W.E.E.P?ケルシーの私兵?」

 

「おや、もしやまだケルシーに会っていないのか?」

 

「ああ、医療部門の責任者である事と名前くらいは聞いてるけどね。忙しいみたいで会えてないんだ。――それで、御用件は?」

 

 

オーファンと名乗る青年からは敵意らしきものは感じられず、寧ろ友好的だった。ただ一つ奇妙なのは………何故、彼は瞳を閉じているのか?ということ。

底知れぬなにかがあるように感じて、少し不安を覚える。

しかしそれを表には出さない。己の立場がはっきりしない以上相手の手の内を探るような真似はできないし、したくもない。

だから素直に、要件を尋ねた。

 

 

「すぐに済む話だとも。ケルシー直々の指名でね。俺はこの時をもって、貴方の護衛及び補佐に着く事になった。秘書のような働きが出来るかは保証しかねるが、護衛に関しては最上のモノを提供しよう」

 

 

彼は大袈裟に手を広げ、おどけて見せた。その振る舞いには、軽薄さがありながら、不思議と嫌味はない。

奇妙な人だと思いながらオーファンを見つめていると、彼は「ああ失礼した」と言って自己紹介を促してきた。

 

 

「え?あーっと──」

 

 

何と言ったものだろうか? なんせ何も分からぬまま救出された身だ。ただ単純にロドス・アイランドのドクター、などと名乗る事は何かおかしい気がする。オペレーター達の話を聞くに、かつての己は実質的なトップの1人だったと言うのだし、味気ないというか。

それに、ドクターと名乗った方が良いのかと思うほど、ソレが自分を示す記号であるかのように感じてしまっていた。

記憶が無いのに、まるで自分が既に知っている事のようにドクターと名乗る事に抵抗を覚えてしまったのだ。

受動的に呼ばれるなら兎も角、能動的に名乗るには違和感がある。

とは言え、何も答えずにいるというのも悪い話だった。

 

 

「皆からは単にドクターと呼ばれているよ。記憶喪失って事も含めて知ってるみたいだけれど、本当に何も分からないんだ。……味気ない自己紹介ですまない」

 

 

数秒の沈黙の後、ドクターの答えは努めて無難なものだった。 




無料ガチャとコータスバレー返して。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奴は支援型前衛の中でも最弱…

ドーベルマン教官が苦戦するわけないだろ!(ペチペチ)


 

⬛︎⬛︎⬛︎年/ラテラーノ

 

初めて聞いたのは父の歓声だった。初めて見たのは母の安堵した顔だった。

ラテラーノの外れ、目立たない簡素な小屋、見窄らしい木製のベッド、それに寝転ぶ女の腕。そこが彼の生誕地となった。

それらはもう失われて久しいものだが、始まりの記憶とは彼にとって鮮烈なもの。多くの人は年月を重ねるにつれ、古い記憶が薄れていくという。しかし中には鮮明に幼少の記憶を保持し、果てには母胎での記憶さえ持つ者もいるという。彼は偶々、記憶力が優れている側だったらしい。

今も尚記憶の片隅に留まり、時折無知で、無垢で、そして無辜であった日々が回顧する。

思えば実に短い記憶。当然だ。数多の年月を越えた今、明確な自我を得るまでの数年など刹那に等しい。

しかし確かに、それは鮮烈な物だ。

 

 

 

 

彼が初めて明確な言葉を用いたのは生後1年ほど。

単純な単語ながら、齢にしては不自然な程流暢な言葉だった。

ははうえ、ちちうえ。それだけだ。誰に聞いたでもなく、自然と口から溢れたそれを、両親は聞き逃さなかった。

それから数年、明確な自我を持つ頃には、周囲の子供よりも凡そ知能において彼の成長は抜きん出ていたようだ。

 

 

「貴方は天才だわ!」

 

母はそう言った。

 

「将来が楽しみだ!」

 

父はそう言った。

 

 

両親が貧しいながらも、精力的に知恵を教授した結果であろう。

そしてそれ故に、彼が異端である事が露呈し始めた。

いや、サンクタ人種の常識からして、彼は初めから異端だったのだろう。

言葉を話してなお光輪は現れず、翼は今にも掻き消えそうな程に掠れていた。

ある種の奇形ともいえるそれに、両親は心を痛めた。

精神面、肉体面共にこれといった異常は見られなかったが、容姿の違いだけで避けられる様になった愛息子を憐れんだ。

 

転機が訪れたのは、齢12の頃。宗教国家であるが故根付いた、朝のお祈り。それを終えた直後。

仕事の為に家を出た父の首に、鋭利な鏃が突き刺さったのが始まり。

力無く崩れ落ちた父を見た母の叫びを掻き消すように、閃光と轟音が鳴り響いた。

 

――古来よりサンクタには不倶戴天の、対照となる種族があった。敬虔深いサンクタと違い、戦場に生まれ戦場に生きるサルカズである。

サンクタが神を信じ奉るのであれば、サルカズは己が身体と弓と剣を信じ、神など吐き捨てるだろう。

天使と悪魔とはよく言ったものだ。

かねてより争いが絶えぬ両者。今回その舞台となったのが、偶然にも少年の住む地域だった。

態々移動都市にまで乗り込んで来るのだから、余程の事があったのだろう。

 

 

「なんだ、生き残ってやがるのか」

 

 

活性源石を用いた爆弾の威力は推して知るべし。

威力だけでなく、爆発後に撒き散らされる黒い結晶が齎す災いもまた脅威的だった。

当時でも非人道的とされた物だが、怨恨によって戦場と化した地では倫理など何の意味を持たなかった。

ザッ、と家屋と両親の残骸を踏みしめながら、サルカズの戦士は少年を見下していた。

怨敵を殺めた高揚からか、クロスボウを握る手は小刻みに震えていた。

 

 

「運が良いな小僧。少なくとも数分は生き長らえたんだ」

 

 

侮蔑を孕んだ皮肉に、少年は答えなかった。

ただ、己の左腕に突き刺さった結晶をまじまじと見つめているだけ。目の前の死神にも、両親の死にも、彼はまるで動じていない。戦士は訝しんだ。

 

 

「爆発で耳がイカれたか?こっちを見ねえとなると眼もか?まあいい、安心しな。すぐ送ってやるよ」

 

 

チキ、と構えられたクロスボウが小さな音を立てる。

――少年は思考を回していた。

矢が飛び、爆発が起きた。両親が死んだ。とても悲しい事だ。

腕に刺さったのはかつて教授された源石だ。己は不治の病に罹るだろう。とても悲しい事だ。

目の前に立つのは死神だ。己は殺されるだろう。とても悲しい事だ。

 

――少年は困惑した。

痛みがない。結晶による傷口から血が流れるが、痛みは感じない。寧ろ、血のものとは違う温もりを感じた。

瞬間、小さな風切り音と胸元に衝撃。見れば矢が突き刺さっていた。だが、痛みは感じない。そして、鏃として削られた源石からやはり温もりを感じた。

そして、

 

 

「あ……あ?」

 

 

多くのモノが、少年に流れ込んだ。源石を通して、数多の歓喜が、数多の憤怒が、数多の悲哀が、数多の悦楽が、数多の景色が、数多の人が、数多の獣が、数多の草花が、数多の―――

 

………………。

死神は結晶と化した。その同胞も結晶となった。そして、みな霧散する。戦場に産まれ、戦場に還ったのだから、彼等はきっと幸運だろう。

 

少年はこの日、孤児となった。けれども、彼は嘆かない。

彼は知ったのだから。己は()()するのだと。

孤独でないのなら、嘆く意味などありはしないのだ。

 

 

 

 

――チェルノボーグ脱出から3日後

 

a.m.5:30/ ドクター自室

 

ドクターはPRTSの気遣いの含まれたモーニングコールで目を覚ました。重い身体を引き摺るようにベッドを抜け出し、閉じられたカーテンを開ける。

正直言ってもう少し惰眠を貪りたいのだが、そうも言っていられない。

詳細はわからないが、今日から実質的な職務復帰なのだ。

 

 

「日を浴びろって言われても、これじゃあな」

 

 

PRTSがケルシーから預かった伝言によれば、医学的見地から日を浴びてビタミンD不足を予防しろとの事。

確かに己は痩せ気味な上、運動能力も高いとは言えない。

指揮官として現場に立つのならば、せめて骨くらいは頑丈にしておかねばなるまい。

しかし、ここ数日は曇天だ。今日とて例外ではないらしい。日光浴といくにはいささか不足した日照量だ。

チェルノボーグから変わらぬ天気に、嫌でも気分は沈んでしまう。

 

 

「おはようドクター。憂鬱な朝だ」

 

「うわっ!?」

 

 

突然背後からかけられた声に驚愕した。

振り返れば、自身の身辺警護にあたる事になったと言うサンクタの男。

相変わらず瞳を閉じ微笑を浮かべているが、今日は何処となく覇気がなく感じた。

 

 

「いつから居たんだ……」

 

「さて、いつからだろうな。……それより、早く支度した方が良いぞ?アーミヤとお堅い教官殿がお待ちだ。遅れて鞭で打たれても助けてはやれない」

 

「ドーベルマンか……。確かに怒らせたらマズそうだね。ていうか、助けてくれないのか?」

 

「害意によるモノなら兎も角、教育的指導に基づくモノなら甘んじて受ける事だ。なに、彼女の手厳しさはある種の愛情表現さ。貴方も一度受けてみると良い、アレは()()ぞ?」

 

 

オーファンが背中を指し示す。発言からして鞭で打たれた事があるのだろうか?

ドーベルマンの鞭に関してはチェルノボーグでも見たので、その威力は想像に難くない。

訓練場を見学した際、彼女に扱かれる新人オペレーター達の引き攣ったり、怯えた顔から見ても窺い知れるというモノだ。

 

 

「いやぁ、流石に遠慮しとくよ。私が食らったらミミズ腫れじゃ済まなそうだ」

 

 

下手すると彼方まで吹っ飛ばされそうな気さえする。そもそもチェルノボーグの時、レユニオンを車両ごと吹っ飛ばしていたような……?

そんな光景を思い浮かべ薄寒い感覚を覚えたが、皮肉にも呆けていた目が冴えた。精神衛生上よろしくない目覚ましだ。

 

 

「何かあるとおっかないし、行こうか」

 

「言われずともお供するさ」

 

 

オーファンが扉を開け、先導する。なにぶんロドスは複雑な構造だ。大体の位置こそ把握しているが、慣れない場所を案内してもらえるのは有り難かった。

……そういえば、鍵を掛けていたのにオーファンはどうやって入ってきたのだろう?

 

 

 

 

a.m.5:57/ロドス作戦会議室

 

 

「あ、ドクター!おはようございます」

 

「来たか」

 

 

会議室に入ると、既にアーミヤとドーベルマンがいた。

反応を見るに遅刻した、という事はなさそうだ。

 

 

「おはよう2人とも。待たせたりは……してないかな?」

 

「私たちが来たのは5分ほど前だ。……個人的な理想を言えばもう少し早く来てもらいたいものだが、君もまだ本調子ではないだろう。遅刻したわけではないし、咎めるような真似はしないさ」

 

 

内心少しビクビクしていたが、杞憂だったらしい。

 

 

「道に迷ったりはしなかったようですね。一通り案内はしましたが、少し心配していたんです」

 

「ある程度は頭に入っていたんだけど、オーファンが先導してくれてね。経路は再確認できたからもう問題ないと思う」

 

「オーファンさんですか?」

 

「ああ……ってあれ?」

 

 

周囲を窺うとオーファンの姿がない。

会議室の扉を開いてくれたのだが、もしかして入室しなかったのだろうか?

そう思い外に出るが、やはり彼の姿はなかった。

 

 

「おかしいな……。さっきまで一緒だったんだけど」

 

「全く奴は……。放っておけドクター、いつものことだ」

 

「いつもの?」

 

「知っての通りオーファンはS.W.E.E.P所属だが、彼等は隠密に長ける者が多い。とりわけ奴は神出鬼没なきらいがあってな。気付けば近くにいるし、気付けば消えている。まあ、君の護衛である以上近くにはいるだろうさ」

 

「よくわからないんですが、その場にいなくても作戦概要などを把握しているんです。元々単独での任務が多い方ですから、本当はいて欲しいんですが」

 

 

どうやら2人ともオーファンを扱いきれていないらしい。

護衛してくれてるとは言え、立場的にはこちらが上なのだし、少し話をしておくべきかもしれない。

もっとも、彼はケルシーの指揮下にあるのでどれだけの効果があるのかはわからないが。

 

 

「まあ奴の事は今は置いておくぞ。あまり時間に余裕がないからな。……ではドクター、現状を説明しよう」

 

 

アーミヤとドーベルマンが腰掛け、2人に対面する形でドクターが腰掛ける。

 

 

「ドクター。先日のチェルノボーグの件、気にするなとは言わない。ただ、今は成すべきことを成して欲しい。被害は甚大なものだったが、君の救出とレユニオンの戦力を知るという点で、戦略的に作戦は成功したといえる」

 

「……続けてくれ」

 

「ああ。チェルノボーグ陥落直後、レユニオンは最も近い龍門へ侵攻している事がわかった。おそらくは勢いに任せて、龍門を落とすつもりだろう。感染者を含めたチェルノボーグの生存者達も龍門に向かっている。そこで龍門と急ぎ交渉を行った結果、昨日我々ロドスとの情報交換に合意し契約書を取り交わす事が出来た。既にケルシーが先行し、細かな調整を行なっているところだ」

 

「龍門は私たちの逗留許可及び、物資の補給を約束してくれました。その代わり、私たちは龍門外環の防衛任務を行う事になります」

 

「生存者達はレユニオンにとって格好の隠れ蓑……。これでは戦力を測るのも難しいな。戦闘になれば大規模な混乱が生じかねない、という事か」

 

 

想像よりも厄介な状況になっているらしい。

テロリストらしい常套手段と言えばそうだが、下手をすれば生存者達を盾にするかもしれない。

防衛という建前が存在するにしても、他国の生存者を巻き込み死なせる様な事態になれば、国際問題になりかねない。もしそうなれば特定の国家に属さないというロドスといえども、立場の悪化は著しいものとなるだろう。

 

 

「我々が任されているのは第5区外環の防衛ですが、大規模な戦闘となった場合、他区画への支援も行う事になるかもしれません」

 

「生存者達はあとどの程度で龍門に?」

 

「午後には龍門に到達すると予測される。既に検問が配置されているらしいが、過度な期待は出来ないな。……そこでだ、ドクター」

 

「なんだ?」

 

「万全を期すため、そして君のリハビリがてらだ。ごく僅かな時間ではあるが、演習を行ってもらう。その後龍門へ出発だ。ぶっつけ本番になるが、何も準備をしないよりはマシなはずだ」

 

 

ドーベルマン、アーミヤの順に席を立ち、手招く。訓練場に向かうのだろう。この時間帯は行動隊の面々が訓練を行っていたはずだ。

彼等を交えての模擬戦闘を行うのだろう。

 

 

「お手柔らかに頼むよ、教官」

 

「生憎甘やかすというのは大の苦手でな、指揮官」

 

「頑張ってくださいね、ドクター」

 

 

鞭で打たれる心配はなさそうだが、教育的指導はしっかり入りそうだ。責任の重大さに、ドクターは頭を抱えた。

 

 

 

 

a.m.6:40/ロドス船首甲板

 

 

「やはり、ドーベルマンは容赦がないらしい」

 

 

甲板の防護柵に寄り掛かり、オーファンは先に浮かぶ移動都市を見つめていた。

移動都市龍門。ここ二十数年で急速な発展を遂げた大都市。オーファンは、そこが始まりの地であることを知っている。今訓練場で怒号と悲鳴が飛び交っているのを知ったように、彼と、彼の友人達が教えてくれた。

愛国より生じた悪意の種は、既に撒かれ花開いている。

いや、正確には七分咲きか。どうあれ、まだ実を結んではいない。

 

 

「ふっ、ははは。狡猾さは()の売りだものな。堕落の果実の方が余程マシというもの。当人からすれば、種から育まれてはどうしようもあるまい。……だが、私怨を混ぜたのは悪手だったな。はははははっ」

 

 

甲板に憫笑が響く。防護柵にはもう、誰もいなかった。

 




みんなはドーベルマン教官レベル70完凸全特化してるよね。
私はしてません(キッパリ)。スワイヤーすこ。ウィスラッシュもすこ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初対面なのに態度悪いってそれ一番言われてるから

脊髄化け物猫耳おばさんの特化が終わったので初投稿です。
一応メインストーリー準拠でいきます。とりあえず前半は過去話なんで無視しても良いと思う(適当)


 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎年/ウルサス とある寒村

 

雪原に囲まれた小さな村。

その端にポツンと立っている小屋は、寒風を凌ぐにはいささか頼りない。

ボロボロの木板で何度も補修された壁は、時折ギシギシと軋んでいた。

そんな小屋の中、唯一暖かいと言える質素な作りの暖炉の前に、痩せこけた男が座り込んでいた。

 

 

「ふ、不思議なもんだな」

 

「不思議?」

 

 

頭から被った毛布から顔をのぞかせたウルサス人の男は、自身の身体をまさぐっていた。

魔法にでもかけられた様な、呆けた表情でサンクタの青年を見つめる。

 

 

「薬を使ったわけでもないのに、痛みがスッと引いちまった。アンタのアーツなのかい?」

 

「確かに俺のアーツによるものだ。だが過信はするなよ。飽くまでも、一時的なものだ」

 

「また痛み始めるって事か?治ったわけじゃないって事か?」

 

「急性の発作は治まったが、鉱石病を患っている事実は変わらない。緩やかに進行していくか、または急激に進行していくかはわからん。どうあれ病で死ぬか、監視官に殺されるかだ。幸か不幸か、寿命が少し伸びただけと思え」

 

 

微笑を浮かべながらの容赦ない物言いに、ウルサス人の男は悲観に暮れる。

苦しみから抜け出せる、そんな希望が崩れ現実を突き付けられたのだ。天使というのは、必ずしも救いを与えるわけではないらしい。

 

 

「そんな……」

 

「俺は単なる浮浪者であって医者ではない。人を救うような柄でもない。偶々この村に辿り着き、一宿一飯の恩を返しただけだ。直ぐに立ち去る身、これ以上治療も面倒を見てやることも出来ん。それでも生き残りたいなら、村を出て鉱石病の治療施設でも見つける事だ。もっとも、この世にそんなものがあるとは思えないが」

 

「……そうか。そう、だよな。ははっ、鉱石病なんてそんなもんだ。一瞬でも夢見た俺が馬鹿だったよ。そうなると……死に場所、探さなくちゃな」

 

「死に場所?」

 

「そりゃあそうだろ。どうあれ死ぬにしたって、この村の中で死ぬわけにはいかねえ。爺さん婆さん、歳の近い連中、若い連中、そんでガキども。みんなみんな巻き込むなんざゴメンだ。俺がもし感染源になっちまったら、監視官の奴等が来くればみんな連れてかれて収容所やら採掘場送り。最後には惨たらしく殺されるんだ。死体だって荒野に投げ捨てられてお終いだ。だったら、一人でひっそり死ぬべきだろ」

 

「成る程。……では餞別だ、恩人殿」

 

 

徐にサンクタの青年は何かを差し出した。

スプーン一杯ほどの、白く半透明の結晶性粉末だ。

何処となく、青年の翼に近い質感がある。

 

 

「何だコレ。薬か?」

 

「そうだな。一度限りだが、発作を抑えるモノと言っておこう。もし症状が悪化したら飲むと良い。使う使わないも自由だ。その余生、どうか悔いのないよう祈っておく」

 

 

……。

…………。

………………。

 

 

「グリーシャ、見つかったんだって?」

 

「村の外れ、小さい林があるだろ。ほら、奴さんの親御さん達の墓があるとこだよ」

 

「あそこを死に場所にしたって訳かい」

 

「それがよ、衣服だけ墓の前に残ってたんだとよ。死体なんか血の一滴残っちゃいねえ。もしかしたら気でも狂って、どっかほっつき歩いてんじゃねえかって話もある」

 

「はあ?どうあれ凍死するだけじゃねえか」

 

「まあ、もう戻ってはこないだろうさ。俺たちまで巻き込まれちゃ参っちまう。最近はどうも監視官様の機嫌が悪いしな」

 

「陛下の体調が悪くなってるとか聞いたな。はっ、どうせ監視官共は元々腐敗してんだ。ご機嫌取りも楽じゃねえわな。……グリーシャには悪いが、アイツはここ数年働ける様な身体じゃなかった。こちとら口減らしになっただけ有り難え」

 

 

……。

……………。

……………………。

 

 

「久しぶり。そして哀れだな、恩人殿。ふっ、随分と小さくなった」

 

『………………』

 

「そう嘆く必要はない。除け者にされようと、貴方はあの村を愛したのだろう?それだけでも十分、貴方は立派だ。……この世に救いなどない。我らが主は、何者をも見守り、何者をも救いはしない。だが、もう大丈夫だ。救いなどなくとも、我らは皆供に在る。孤独に喘ぐ事など、真実何処にもありはしない」

 

『………フル、サト』

 

「ああ、このウルサスの地に残ることを望むなら尊重しよう。俺と、俺の(ともがら)が安寧を約束する。どうか、達者で」

 

 

 

 

 

 

p.m.10:14/龍門第5区 外部検疫所

 

検疫所はチェルノボーグ事件の影響もあってか、通常よりも厳重な警備態勢が敷かれていた。

地上には無骨なライオットシールドとサーベルで武装した隊員が、高所にはクロスボウで武装した隊員が眼を光らせている。

彼等の視線の先の多くは、チェルノボーグの生き残りだ。

感染者と非感染者が入り混じった人の群れは、狭い検問所の門に押し寄せている。

数十kmに及ぶ避難によってか、彼等の衣服は土に塗れ、顔には疲労と焦燥が浮かんでいる。

騒がしく、重く沈んだ空気の中、聞き心地のいいアナウンスがひどく浮いていた。

 

 

「お待たせいたしました」

 

「ロドスとの面会は10時からの筈だったが?」

 

 

ひしめく避難民の間を縫うように、アーミヤを筆頭としたロドスの面々は、検問所のすぐ近くまでたどり着いた。

近衛局員に囲まれるように立つ若い龍の女性は、僅かながら落胆の表情を浮かべている。

 

 

「14分の遅刻だ。この状況下で私の時間を14分も無駄にしたというわけだな」

 

「失礼いたしました、チェンさん。先程レユニオンの……」

 

「……構わない。事情は把握している。それで、こちらが?」

 

「はい、ロドス顧問のドクターです。ケルシーから龍門にお知らせした通りです」

 

「……どうぞよろしく」

 

「……あぁ。では、そちらは?」

 

 

チェンはドクターから視線を外し、その後ろに控える男を見やる。掠れた半透明の翼が赤色灯に反射し、赤い後光を纏うようで嫌でも目に映る。

 

 

「あ、お伝え出来ていなかったでしょうか?彼はドクターの……」

 

「オーファン。先程名前の挙がったケルシーからの指令を受け、ドクターの警護に当たっている。以後お見知り置きを」

 

 

アーミヤを遮るように、オーファンは穏やかな微笑を浮かべ、慇懃な礼をしてみせた。しかし、チェンの表情はどこか冷ややかだ。

眼を閉じ、側からみれば眠っているように見える男だ。

第一印象としてはお世辞にも良いとはいえないが、何か訳有りである事は察せられる。要人の警護を任される時点で只者でない事くらい、チェンには容易く理解できる事だった。

 

 

「サンクタか?」

 

「然り。なにか、気を害すような事でも?……いやなに、不躾ながら厳しい視線だと思ってね」

 

「気にしなくていい。貴殿に対することではないからな。ただ、厄介事ばかり起こすサンクタを思い出しただけだ。まあ奴よりはよっぽどマシだ。なにせあの眩しい輪っかがない」

 

「ははは。先天的な奇形でね。だが苦労した事はないし、寧ろ有り難くすらある。なんでも同族は皆、光輪のせいで寝付きが悪いと言うからね」

 

 

オーファンは気難しげなチェンを気にしないらしい。軽口すらたたくほどだ。チェンも特に不快感があるわけではない様で、彼女に若干気圧されていたアーミヤやドクターも少し空気が和らいだ様だった。

もっとも、周囲の隊員達は日頃からチェンに扱かれている分、気が気でないのだが。

 

 

「話が逸れたな。オーファン殿は兎も角、メンバーは揃った。では――」

 

「チェン隊長!緊急です!感染者がまた――」

 

「慌てるな!第一中隊、警戒態勢!狙撃中隊、配置に付け!」

 

群衆の一画で感染者らしき数人が激しい抵抗を見せていた。レユニオンではなさそうだが、何か差別的な扱いでも受けたのだろうか。

号令を受けた隊員達が各々の持ち場に着く。余程鍛えられているのだろう、ものの数秒で陣形が出来上がった。

チェンの携えた剣や厳かな雰囲気から相当な実力者であることは窺えたが、指揮能力も相当なものらしい。

暴徒化寸前の感染者達は、瞬く間に拘束される事となった。とはいえ、情勢を考慮してか過剰な武力行使は行われていない。武装は飽くまで警告に留めている。

 

 

「凄いな……。一言であれだけの人数を動かせるなんて」

 

「近衛局は治安維持を主としているが、歴とした軍隊だ。個より全を重視する故、大規模な作戦指揮は彼方が上手かもしれんな。少数での作戦行動が多く、個々の能力が重視される我々ロドスとは指揮系統が異なる」

 

「心配ありませんよドクター。ドクターの指揮も負けていません!一人一人の能力を完璧に把握して適切な配置が出来るんですから!」

 

 

何故かアーミヤが自信満々に胸を張る。

 

 

「え?あ、ありがとう?別に自信が無くなったとかじゃないんだ。単純に感銘を受けていたっていうか」

 

「……失敬。こちらは片付いた。話を戻そう」

 

 

鎮圧が完了したらしく、チェンが戻ってきた。

先程よりも若干眉間の皺が深くなった気がする。

 

 

「予定より随分と遅れたが、仕方あるまい。ロドスの者はアーミヤとドクターのみ私に着いてきてくれ。それ以外の者は残り、周辺警備にあたってくれ。……PC94172、ロドス隊員に任務の分配を。今夜はこれ以上問題の起きない様に」

 

「了解しました、隊長」

 

「少々よろしいかね」

 

 

待ったをかけたのはオーファンだった。

 

「なんだ」

 

「先程述べた様に、俺はドクターの護衛としてここに来ている。せめて会合場所の手前くらいまでは同行の許可を頂きたいな」

 

「……悪いが貴殿はアポイントメントがない。現在我々は飽くまで協定を結ぶ前段階に過ぎない。要人同士ならば兎も角、一隊員が関わるには限度があるとご理解願いたいな」

 

「ふっ、はははは。ぐうの音もでないものだ。なに、貴女達も職務でやっていることだ。……やむを得まい」

 

「えっと、オーファンさん。ドクターの事は私に任せてください。近衛局の皆さんとの協力、お願いしますね。あと……」

 

 

アーミヤがオーファンに近付き、耳打ちをする。

 

 

「機密に関わる様なお話があるかもしれません。()()()()()()()様な事は控えてくださいね」

 

「……ああ。CEOからの指示だ。大人しく待たせて貰うさ。会合が終わり次第連絡してくれ。場所さえわかれば直ぐにでも合流しよう」

 

「話は済んだか?……では、ついてきてくれ」

 

 

チェンを先頭に、3人は検疫所の先へ消えていく。

 

 

(アレがチェン・フェイゼ。臆病さはとうに消え失せたか。

うん?……あぁ、心配はいらないさ。君たちが言うより、彼女はよっぽど強いだろうよ。……少なくとも強がりではない。とりあえず問題はこの後だな)

 

 

手持ち無沙汰になった訳ではないが、オーファンとしては少々懸念があるものだ。ドクターやアーミヤについてはその気になれば容易に追跡は出来る。問題は任された警備任務だ。

元々単独での任務が多かった以上、数十数百人単位での警備任務などした事はない。何事もなければ良いが、先ほどの様な事態が起きてもおかしくない状況だ。

 

 

「では、ロドスの皆さん。ブリーフィングを始めましょう」

 

 

先程PC94172と呼ばれた隊員が招集をかけた様だ。

大袈裟に肩をすくめながら、オーファンは検疫所から踵を返した。

 




プロファイルとか作るべきなんですかね?
あ、危機契約中は更新しないかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長い話はキャンセルだ(無慈悲)

危機契約23等級が限界だったし古戦場始まってとりあえず一億稼いだので初投稿です。
リミメアと水着コルワいるから超速で周回できて快適ですねえ。
マンモスくんゴリゴリ溶けて楽しいから皆も古戦場走ろう!







悪い やっぱ辛えわ


⬛︎⬛︎⬛︎年/ サーミ 氷原

 

 

万年に渡り純白に染まるこの地に、生けるものはない。

過去、現在、未来。命知らずの幾百幾千もの探究者達の足跡すら、その亡骸と共に氷雪の海に沈むのだろう。

今も、風の悪戯で掘り起こされた氷塊から何者かだった腕が虚空を掴もうとしている。

この地ではありふれたものだ。特別驚くようなものでもない。

しかして、この地に何か生きるのだとすれば、それはまごう事なき魔物なのだろう。

()()()()()()()()()は兎も角として、凡そ人の常識に当て嵌めればそれが正しい表現だろう。

 

 

「非情だな、キミ」

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

 

 

応えは不明瞭な()でもって返ってくる。

吹雪に溶け込むソレは朧げな輪郭でありながら、確かな気配を持って青年へと向かっていく。

 

 

「寒いな。なるほどなるほど、凍てつくとはこういう事か。ウルサスの厳冬以上とは思わなかった。見たまえよ、指が全て砕け落ちてしまった。キミ、そんな非情ではなかったろう?恩を忘れた事などないさ、流浪していた俺を招いてくれたんだ」

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

 

 

くつくつと笑う青年に、ソレが返すのは変わらず歌声だ。

何を込めているのかはわからないが、凡そ感情らしきものはない。言うなれば傀儡の類だろうか。

ソレが距離を詰める度、青年の身体は凍り付き、崩れ落ちていく。

 

 

「姿形は違えど、友と呼んだ者との再会だ。祝杯の一つでもあげようと思っていたが、こんな土地なものでね。酒などとうに凍ってしまったよ。それなりの品を用意したつもりだったが……あぁいや、キミは神職だったか。寧ろ不用意な酒はご法度で、酒が飲めなくなったのは都合が良かったか?」

 

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

 

 

ソレが青年の間近に迫った時、青年はがくりと崩れ落ちた。脚は直立したまま、胴はうつ伏せに雪に沈んでいる。

 

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

 

「―――」

 

 

青年は瞬く間に雪に埋もれる。掠れた翼も、最早見えなくなった。歌は絶えず響き渡り、吹雪は一層激しさを増す。

浮かぶソレだけが、吹雪の中で確かに存在していた。

 

 

…………。

…………………。

…………………………。

 

 

『凍え死んだのは初めてか?』

 

『初めてだな。噂に聞く矛盾脱衣とやらは起きなかったようだ。少し興味があったんだがな』

 

『嗚呼、高い酒が……。掘り起こせるのかアレは?』

 

『どうも女運には恵まれないらしい。見ただろうあのザマを。何の躊躇いもなく氷漬けだ』

 

『そもそもなぜ祝杯などあげようとした。あの状態では現状意思疎通など出来まい』

 

『……浪漫というやつだ、恐らく。ほら、前に()が読んでいただろう。そう、色恋を扱った小説だ』

 

『口説きにかかったと?それにしても回りくどいだろう。それより本来の目的を忘却か放棄していたのでは……』

 

「――かつてこれ程無意味な問答があったか?埒が明かないぞ」

 

『『『『『『おはよう、次はキミか』』』』』』

 

「流石に喧しいな。本当になんだって言うんだ、女1人相手にあれやこれやと」

 

『何をしれた事を……。この大地では幾千幾万幾億と繰り返されてきた事ではないか。我々()にも春が来たかも知れぬと想う事の何が悪いと言うのか』

 

『そもそも人の常識、営みを我々()に当て嵌めて良いものか?』

 

『酒が……、ガリアのリキュールが……』

 

『やましい事考えているから氷漬けにされるのだろうが、たわけ』

 

『いやそれ以前の話として、彼女はもう人ではないだろう。不用意に近づいた結果ではないか』

 

『だから浪漫というやつだろうと……』

 

「わかった。わかったから少し黙りたまえ。我々(俺達)だけだぞこのような会話をしているのは。世に散らばる輩もこんな体たらくでは呆れ返るに決まっている。とりあえず、さっさと氷原の魔物を仕留める。彼女の事はその後だ」

 

 

 

 

 

 

p.m11:45 / 龍門第5区 外部検疫所

 

 

警備といっても、やることといえば巡回や監視程度だ。

先程のような感染者の暴徒化などもなく、検疫所は至って平穏かつ正常に運営されていた。

初めは浮き足立っていた避難民も、疲労から寝転んだり、壁に寄りかかったりと身体を休めるものが目立つ。

検疫所に併設された監視塔は、検疫所前を最も明確に俯瞰出来る場所だ。

 

 

「状況から見るに、レユニオンが混じっている様子はないな」

 

「……なにか確証が?」

 

 

近付いてきたのは近衛局隊員PC94172。

声音は若いが隊長であるチェンから任務の分配等指示されるあたり、それなりの立場にいるようだ。

 

 

「確証というのは、客観的なものでなければ成立しない。俺個人が判断したとして、貴方達にそれを示す術がない」

 

「つまり直感というものですか?……いえ、それが悪いものとは言いません。ご存知がどうかわかりませんが、龍門はマフィアの抗争などがよく起こるんです。私も鎮圧の為に駆り出されますから、直感というのには何度か救われたもんですよ」

 

 

近衛局隊員はオーファンの横に立ち、視線を検疫所ゲートに向けた。

タクティカルヘルメットに覆われ、その表情は窺えない。

 

 

「ですが、この状況においては直感だけで判断するわけにはいきません。テロリストが紛れ込んでいる可能性については、此方も警戒していますから。ロドスの方の前で言うのはアレなんですが、非感染者は殆ど問題なく受け入れても、感染者はそうもいきません。私個人感染者を敵視しているとか、差別している訳ではないんですが……龍門は感染者に寛容とは言えません。ウルサスなどと比べればマシかもしれませんが、差別的な民意が強いのは事実」

 

「私は感染者になって長いが、差別やら排斥なんぞもう慣れたものさ。其方が気負う事はない。それに、距離が近い事もあるが、感染者にとってウルサスよりマシと言うだけで龍門は逃げ込むに値する場所というものさ。……それで、だ。どうやら思い違いをしているようなので言わせてもらう。私は別に直感で話している訳ではない」

 

「――?」

 

「私のアーツは少々特殊でね。源石由来であればその規模や形状等を把握できる。何が言いたいかというと、今現在検疫所に集っている避難民の中に、武装した者はいない。通信機器を持っている者もゼロだ。仮に陽動の類だったとしても、重要な任務中に眠りこけるなど考え難いだろうよ。他にも根拠はあるが……先も述べた通り、貴方達にそれを証明する術がない」

 

「ふむ……。では武装していないと言いますが、源石製の武装とは限らないのでは?」

 

「ははは。この世が源石に依存し始めて、どれだけの年月が経ったと思っている?刃物であろうと、鋳造の過程で源石の粒子が混ざるなどよくある話だ。貴方達非感染者でも、血中に極細かな源石が流れているのと同じでね」

 

「そんなごく僅かな物でも判別出来ると?俄には信じ難いですが……。――あぁでも、そういう事なんですか?」

 

「何がだ?」

 

「先ほどから気になっていたんです。オーファン殿はずっと眼を閉じておられるでしょう?なのに何故周囲の状況が把握出来るのかと。飽くまで聴いた話ですが、視力が弱い人は稀に聴覚が発達し、音の反響などである程度周囲の状況を把握できるといいます。貴方もその類なのかと思いましたが、アーツを用いているなら或いは、と。コウモリなんかが使う超音波みたいなもので、反響した物体、特に源石由来のものから形状や位置情報を得ているとか」

 

 

オーファンは一瞬呆けた。正誤は兎も角としてこの隊員、妙に頭が回るらしい。

流石というべきなのだろうか?

 

 

「ドクター殿はロドスの重鎮なのでしょう?その警護を任されるのですから、相当な技能を持つとお見受けしましたが……どうです?」

 

「残念ながら違うな。だが、源石に特化しているのは事実だ。原理については、企業秘密という事にしておいてくれ。なにぶん、()()()()なものでね」

 

「はあ。訳ありなんですね。いえ、深くは詮索しませんとも。今はお互い協力し合う仲ですし」

 

 

もう日付が変わる頃。睥睨していた近衛局員達にも疲労が見え始めている。

居眠りする様な失態は起こさないだろうが、真夜中にひたすら立っているだけというのも堪えるものだろう。

そろそろ交代の時間だが、こういう時ほど時間は長く感じるものだ。

龍門入りを待つ避難民も初めの頃よりだいぶ減ったが、この調子では朝方までかかりるだろう。

 

 

「――。来たか」

 

 

ヘッドセットに内蔵された源石回路に、電流が走り小さな電子音が鳴る。

それも一瞬のもので、この3年で聴き慣れた子うさぎの声が響いた。

 

 

「こちらオーファン。――それはよかった。此方も特に問題は起きていない。そろそろ交代の時間だとも。合流は――アップタウン?いや、それだけわかれば十分だ。俺についても長官殿に話はつけたのだろう?――了解した、引き継ぎ次第すぐ向かうさ」

 

「アーミヤさんですか?」

 

「どうやら無事協定は結べた様だ。ついでに、俺の仕事についてもご理解頂けたらしい。俺含めロドスの人員は好き勝手動くことは出来ずとも、龍門は我々を歓迎するそうだ」

 

「では早速護衛に?」

 

「そうさせて貰う。まあ今の所トラブルの心配はなさそうだがね。厚かましいものだが、引き継ぎについてはお任せしても?」

 

「配置換えだけですし、すぐ済みますよ。慣れた仕事ですし気になさらないでください」

 

 

快諾してくれるらしい隊員にひらひらと手を振りながら、踵を返す。

適当な検査と身分証明の後、オーファンは龍門に入る事ができた。

既に近衛局本部から通達されていたようで、想像よりも早く入場手続きが済んだ。

 

 

「さて……」

 

 

オーファンは偶々目に入った路地裏に足を向ける。まだ検疫所からほど近い場所だ。

路地裏のような目立たない場所の方が、彼にとっては色々と都合が良いのだ。

 

 

 

 

 

 

p.m11:50/龍門アップタウン

 

 

ウェイ長官との会合の後、ドクター、ケルシー、アーミヤの3人には重苦しい空気が流れていた。

会合の精神的疲れもあるが、最たる原因はやはりケルシーにあるだろう。

彼女にしては珍しく、目の前のドクターに対して警戒や不信の感情を露わにしている。

 

 

「キミの帰還を歓迎するよ」

 

「あ、あぁ。よろしく、ケルシー」

 

 

口ではそう言うが眉に皺を寄せた、所謂顰めっ面だ。

会談の直前から察していたが、明らかに歓迎されていない様子にドクターは戸惑う事しかできない。

一体過去の己は彼女に何をしたと言うのだろうか。

必死で記憶を探るが、結局は徒労に終わる。

お互い無言のまま、重い空気が変わらず流れる。

と、不意にドクターの肩に手が置かれた。

 

 

「うぉっ!」

 

「気に病む必要はないぞドクター。まあ俺自身何があったのかは詳しくは知らないがね。今はあのケルシーが表情筋を動かした貴重な瞬間を見れたと、ラッキー程度に思っていれば良い。彼女の悪い癖だ、極力自分の事は話そうとしないのさ」

 

「……来たか」

 

「お疲れ様です。随分早かったですね」

 

「え、いつの間に?」

 

 

何の前触れもなく現れたオーファンへの反応は三者三様だ。

ドクターは混乱するが、ケルシーとアーミヤは慣れたものといったところだ。

彼の登場で場の空気は幾らか霧散したようだ。

 

 

「それで……CEO。龍門からの要求は?」

 

「はい、1つは近衛局の皆さんと共に龍門の脅威となるレユニオンを排除し、またこれに関わる情報を共有する事。2つ目はまだ詳しい説明を受けていないのですが、想定以上の損害が生じた場合の対応と処理を、と」

 

「ふむ、対等な協力関係というよりは都合の良い駒だな。まあ、元々立場的には我々が下。妥当な落とし所か。ではケルシー、俺は何をすれば良い?」

 

「キミの言う通り、龍門におけるロドスの立場は決して対等なものではない。そして龍門がレユニオンの脅威を正確に把握しているかは微妙な所だろう。ウェイ長官は兎も角として、近衛局がどこまで対応出来るかは未知数だ。我々は感染者に関わる事象、その対応への経験と知識に優れるが、人員は彼方が遥かに上だ。情報の共有とその浸透には時間がかかるだろう。つまるところ、正確かつ迅速な連携を取る事が困難な状況にある。本来ならば1人でも多く、龍門側の要求を実現しつつ作戦遂行の為人員を割きたい所だが――」

 

「良くわかった。俺は変わらずドクターの警護に専念、状況によっては両立する形で作戦に参加だな?」

 

「……その認識で構わない」

 

 

言葉を遮る形になったが、既に夜も更けている。

オーファンとしてはケルシーの悪癖というか、彼女特有の長話に付き合うのは楽しめるのだが、先程から状況に振り回されるドクターがいささか不憫だった。

 

 

「明日からまた忙しくなるのだろう?よく休んで備えようじゃないか。貴方もそう思わないか、ドクター?」

 

「……そうして貰えると助かる、かな?」

 




かつての初恋は実らないどころか砕かれて冷凍保存されましたが、青年は今も元気なので何の問題もないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どいつもこいつも幼女に群がるとか変態しかいないのか

生きてるぅ^〜↑


 

 a.m.8:56/ 龍門 スラム街

 

スラム街と聞くと治安が悪く、殺伐で危険なイメージがある。

実際、龍門の感染者達が創り上げたこのスラム街もどこか不気味な暗がりが目立っていた。

 

「薄暗いな」

 

ロドスの標準的な制服に身を包み、頭部をフードとマスクで覆った人物――ドクターは少し陰鬱な気分になる。

折角の晴れた朝だというのに、細い路地に差す日光はか細いものだ。隙間なく並んだ外壁が、今にも迫ってきそうな圧迫感を与えている。

 

「このスラムは建造の段階で一頓着あったようでな」

 

「一頓着?」

 

「元々龍門も感染者に対して排他的だ。このスラムによって今でこそ表向きは落ち着いたものだが、非感染者にとって自分達の土地の一部が感染者に使われるというのは良い気がしなかったんだろうよ」

 

ドクターの一歩後ろ、オーファンはいつも通り瞳を閉じたまま周囲を見渡していた。 

 

「それでも、こうして大都市内で感染者が生活出来るのは珍しい事なんです。迫害自体がない訳ではありませんが……」

 

ドクターの前を歩くアーミヤの耳が僅かに垂れ下がる。

顔は見えずとも、その心情は容易に察せられた。

 

「無理もない事だ。元々龍門はウルサスと関連深いからな」

 

「位置関係も近いからね。とはいえ龍門は炎国の領地だろう?」

 

「今でこそな。もう20年以上前の話だが、当時の龍門はウルサスのある貴族が支配していた。故に感染者の排除思想への影響が大きかったのさ。現在の表向き落ち着いた状態になったのは、ウェイ長官とその取り巻きが、件の貴族を追放した結果だ」

 

「そうか……」

 

「それでも不満が燻っているのは変わりません。ウェイ長官自身、あまり感染者を信用してはいない様子でしたから。直接的な排除に乗り出さないだけ、まだ寛容な方です」

 

いくら歩けど周囲の雰囲気は変わらない。

似たような風景が続くのだから、陰鬱な気分は増していくばかりだった。

 

「そろそろ……BSWの人達と合流しようか。人っ子一人見当たらないし、特に龍門側から監視されてるわけでも無いようだし」

 

ドクターはため息混じりに言う。

未登録感染者の捜索という目的こそあれど、2時間近く歩き回っても何も収穫がないのだ。

スラムという特性上、外部の者が隠れるには真っ先に挙がる場所ではあるのだが……。

 

「監視云々は兎も角として、下手に動かなければ問題は起きないさ。知っているか?スラムというのは各地に存在するものだが、ここ龍門のスラムはその中でも特に治安が良い部類に入る」

 

「スラムなのに?」

 

「"鼠王"ですね」

 

「そうだ。所謂マフィアの頭目と考えればいい。龍門の裏を牛耳っている。こういったスラムの住民の多くも奴の傘下だ。今こそ大人しいものだが、下手に動けば目をつけられるだろうな」

 

「注意を払うべきは近衛局だけじゃないってことか……」

 

「彼方もこちらの事は把握してるだろうさ。なに、少なくともシラクーザの連中に比べれば血の気は多くない」

 

ちょっとした小競り合い程度なら起きているだろうが、基本的に事実上の支配者である鼠王が抑止力となっている。

国外から流れてきた手慣れの裏家業でさえ身を縮こませるというのだから、鼠王の影響力の高さは相当なのだろう。

──尤も、当の本人は飴屋の好好爺をやっているそうだが。

 

「はぁ、よくわかった。息が詰まりそうなのは勘違いじゃなかったわけだ。こっちは切り上げてさっさと合流しよう。自分で言うのもなんだけど私ってほら……目立つし?なるべく固まって動くのもアリかなって」

 

「見るからに不審者のそれだ。格好のせいであらぬ疑いを受けてくれるなよ」

 

「あ……うん」

 

「そんな直球に言わなくても……」

 

 

 

 

「ミーシャさん……ですか?」

 

「はい。先程チェン隊長から指令が入りました」

 

 BSWと合流してみれば、なにか動きがあったらしく、フランカとリスカムは怪訝な顔をしていた。

 

「ただ理由については教えてもらえませんでした。早急に保護せよ、とだけ」

 

「なんていうか、やりにくい人だと思わない?」

 

「フランカより真面目で好感が持てると思いますよ」

 

「えぇー私だってマジメに仕事してるわよ」

 

「俺はリスカムに同意しよう」

 

「酷い!」

 

 どうにも緊張感に欠ける会話だったが、咎めるものはいない。

そもそも彼等にとってはこれが普通の事。

前線で戦う戦闘集団であり、いざ作戦開始ともなれば、相応の緊張を纏うことになる。

それならばこの程度容認した方が、士気も保てると言うものだ。

 

「それで、ミーシャの特徴は?」

 

「白い短髪のウルサス人です。背丈、年齢はアーミヤさんとさほど変わらないと」

 

「チェルノボーグから逃げてきた…と見るべきかな」

 

「どうあれさっさと捜しちゃいましょ。近衛局(あっち)の機嫌も損ねたくないし?」

 

「また二手に別れましょうか?」

 

その提案にドクターは少し考える素振りを見せるが、直ぐに首を横に振る。

彼の脳裏に浮かんだのは龍門入りする前、あるオペレーターについて話すドーベルマンだった。

そんなドクターの視線を受けた男、オーファンは黙って彼に顔を向けた。

 

「"特定の源石や感染者の捜索において、高い適性を持つ"、とか。もし対象のミーシャが感染者だった場合、捜し出すことは出来る?」

 

「……感染者であるなら、な」

 

「精度は?所要する時間は?」

 

「時間も精度も問題ない。捜索の話が出た段階で既に探っていたさ。近辺…半径100m圏内に該当するのは1人だ」

 

さも当然の様な物言いに、皆が困惑した。

索敵をはじめとした捜索に長けたアーツを扱う者は存在するが、これほどの短時間で、しかも断言するほどの精度の物は例が無い。

 

「ねぇ、サラッととんでもない事言ってる自覚ある?」

 

「オーファンさん。貴方のアーツは視覚情報として認知出来るのですか?」

 

「源石及び感染者が対象ならな。原理など知らんし、勝手に頭に浮かんでくるだけだ。ああ、言っておくがミーシャが感染者なのかわからない以上、見つけた対象が彼女とは断言出来ないぞ」

 

そう付け加えるが、それは確固たる情報さえあれば彼が確実に対象を見つけ出せるという証明でもあった。

ドクターはその言葉を聞きながら、改めて目の前の男を見つめる。

相変わらず何を考えているのかはわからなかったが、その佇まいには確かな自信が感じられた。

 

「それじゃあ、案内頼むよ」

 

「了解した」

 

彼は短く答えて路地へ向かい、ドクター達もその後に続いた。

位置がわかっているなら態々手分けする必要もあるまい。

なんの警戒もなくスタスタと進んでいくあたり、伏兵の類もない……という事か。

 

 

(やれやれ……)

 

先導するなか、オーファンは内心呆れ返る。さっきからなんとも騒がしい。(ともがら)が我先にと伝えてくるのだ。

 

『ほら、もう見えるだろう。あの陰険な廃ビルだ。薄幸の美少女が待っているぞ』

 

『何を愚図愚図しているんだ!レユニオンとかいう不埒な輩が近付いているぞ!先手を取られては……なんだ……、そうアレだ!好感度とかそんな感じのものが稼ぎ難くなるぞ!』

 

(俺がやっているのは断じてやましい事ではない。そもそも今の立場を理解しているのか?居場所教えるだけでいいから、あとは大人しくしていろ)

 

『後ろのお仲間は置いていけばいいのでは?あ、ちなみにビルの3階だぞ!』

 

『角部屋だな!それはそうとアーミヤ嬢も中々……』

 

 (駄目だこいつら……。おい、誰かマトモなのは居ないのか)

 

『フッハハ、生憎今回は我々だけだ。そう目くじらを立てる事もあるまい?俺としては思うのだよキミ()。我々は所謂一蓮托生と言うやつなのだから、此方の趣味趣向はキミ()にも当て嵌まると言う事。頭ごなしに否定せず此方側に来ないか?なんかこの間頭に浮かんだ素晴らしいフレーズがあってな?知りたいか?知りたいだろう?なぁ?』

 

『なんと回りくどい!俺は隠さず教えてやる!lonelyでロリロリで神降r……』

 

(五月蝿いだまれ)

 

()()()()()、足早に目的地へと向かう。

時折変な輩と繋がるのがなんとも悩ましい。

しかもどいつもこいつも自分とほぼ同じ見た目というのが救いようがない。

 

「どうかした?」

 

足早になったからか、ドクターが声をかけてくる。

肩越しに見れば他の面々も怪訝な表情だ。

 

「なに、少しばかりの義憤さ。大勢から狙われると言うのは、少女には荷が重かろうよ。……不憫極まりない」

 

 

 

 

酷く寂れたビルの一室で、一行は件の少女を発見した。

此方を視界に入れるや否や、永らく放置され倒壊した瓦礫の陰に彼女は身を隠してしまった。

 

「……ミーシャさん、ですね?」

 

物陰にゆっくりと歩み寄ったのはアーミヤだった。背丈も歳も同じくらい、一見すれば武装も何もない彼女だ。穏やかに語り掛けているのは、少女を慮っているが故。

敵意の類がないと伝わったのか、少し時間を置いてから白髪の少女はわずかに顔を覗かせた。

 

「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったんです。私たちはロドス・アイランド製薬という感染者のための組織です。後ろの人達は、私の仲間です。……お話を聞いてはくれませんか?」

 

「……なに?」

 

警戒、恐怖、疲労。様々な感情が混じった白い顔が向けられる。

足首に浮かんだ結晶から、鉱石病の進行は明白。

早る気持ちを抑えながら、アーミヤは再び歩みを進めた。




パトリオットの声が強かった(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。