魔法科高校の劣等生 神のいる学校生活 (梅輪メンコ)
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人物紹介

ずっと書き忘れていたので書いておきます

神道魔法とか凛の使っているCADとかの詳しいのも書いておきます


人物紹介

 

神木凛

 

年齢:不詳

誕生日:不明(一応五月二日にしている)

 

能力

無から有を作る能力

有から無を作る能力

 

 

 

経歴

人類の誕生する前に誕生した龍神と呼ばれる存在。自分の生みの親は分からなかったが最近になったようやく知ることができた。神道魔法の開発者でありこの星を全て観る者。数百年前から日本に永住しており、世界群発戦争の最中に弘樹と出会い保護をした。その途中で弘樹に自分の正体を明かすと弘樹はそのまま自分の眷属の九尾となった。そのあと四葉元造と知り合い今まで自分の作った夢の王国に居る時間が減った。元造が亡くなったことを知ると凛は元造と出会う前のように再び夢の王国に住まうようになった。弘樹とは同じ誕生日にしている

 

 

 

 

 

神木弘樹(旧姓神田弘樹)

 

年齢:不詳(おそらく50代?)

誕生日:五月二日

 

能力

生物を従える能力

 

経歴

元は群発戦争の最中に両親を失った孤児。ある街で瓦礫の下で蹲っていたところを凛に発見され、それからの数年間は凛と共に共生生活をした。その時、弘樹は凛が魔法を使っているところを見つけ凛から魔法を教わった。そして共生生活を送っている中、凛から龍神である事を明かされ驚いたもののずっと凛の元にいたいと言う思いから凛によって九尾となった。九尾となった事に後悔はなく、凛の部下として働いてきたが深雪との出会いで少しその気持ちが揺らいでいる

 

 

 

 

 

軍関係

国防陸軍

特務少佐(入隊時)→特務中佐(九校戦編)→准将(横浜動乱後)

国防海軍

特務大佐(入隊時)→准将(横浜動乱後)

国防空軍

特務大佐(入隊時)→准将(横浜動乱後)

 

 

弘樹

国防陸軍

特務大尉(入隊時)→特務少佐(横浜動乱後)→特務大佐(来訪者編)→准将(ダブルセブン編)

国防海軍

准将(入隊時)

国防空軍

准将(入隊時)

 

 

所属

凛・弘樹

101旅団特務士官→防衛省直轄魔法師部隊『西風会』特務士官

 

 

 

 

FLT関係

FLT所属の覆面魔工技師道田もみじとして働いており、軍艦シリーズと呼ばれるCADを開発。他にもかの有名なトーラス・シルバーとの交流があり、時々共同開発した商品が販売されることがある。芸術家としての一面もあり、軍艦シリーズの最高級品質の戦艦クラスはCAD抜きでも高価格で取引されている。牛山からはお局と呼ばれている

 

 

弘樹

FLT所属でトーラス・シルバーの片割れ神田博樹と名乗っており。主にハードウェアを担当しており、牛山とは仕事仲間。若頭と呼ばれている。時々、凛の提案でプログラムを達也が、ハードウェアを凛が開発を担当して商品を販売することがある。代表例がジュエリーシリーズ

 

 

 

 

 

使用するCAD

 

ヤマト

凛が使う狙撃銃タイプの特化型CAD。凛が得意としている使っている加速系魔法が組み込まれている。実弾も装填可能でマガジンを変えるだけで切り替えが可能。

 

 

敷島

凛が使う日本刀タイプの特化型CAD。近接の時に使う刀でこれには加重系魔法が組み込まれている。だが、ほとんど使わない為弘樹のものと言っても差し控えがない

 

 

乙1147

凛が使う腕輪タイプの汎用型CAD。普段使いの一つで全般的に入れている

 

 

イ401

凛が使う拳銃タイプの汎用型CAD。普段使いの一つでこれも全系統の魔法を入れている。実弾を装填可能

 

 

三式弾

ヤマトにつけるブースター。電気を元に魔法構築の補助を行う物。発電される膨大な電力を使って電磁加速砲を発射できる。ただし、やりすぎるとブースターが暴発する

 

 

柘榴石の杖(旧名:神官の祝福)

凛が作った中で最高の補助装置、CADとはまた違うものでどちらかと言うと聖遺物。杖の形をしており、全ての神道魔法を組み込んであり簡単に魔法を発動させられる金属製で普段はノース・マンチェスター銀行日本支社の地下金庫に入れてある上部にある球体水晶の中にさらに赤色の宝珠が入っているのが特徴。名前は仮名となっている

 

 

 

 

 

 

弘樹

アイオワ

弘樹が使う狙撃銃タイプの特化型CAD。弘樹が得意とする移動系魔法を組み込んでおりこちらもヤマト同様実弾とストレージと交換可能

 

 

クリーブランド

弘樹が使う散弾銃タイプの汎用型CAD。弘樹が使う全般の起動式を組み込んだ物。実弾を装填可能

 

 

フレッチャー

弘樹が使うアサルトライフルタイプの汎用型CAD。実弾を装填可能

 

 

ワスプ

弘樹が使う弓矢タイプの特化型CAD。収束系魔法を組み込んだ物

 

 

バラオ

弘樹が普段使う拳銃タイプの汎用型CAD。全系統の魔法を組み込んでいる。実弾を装填可能

 

 

白玉天地

凛が弘樹のために作った補助装置こっちも神官の祝福のように聖遺物に近い物。神楽鈴の形をしており弘樹の使う神道魔法の補助を行う。持ち手以外は金属製で音を鳴らすと想子を活性化させ、魔法を発動する

 

 

 

 

 

使用魔法

現代魔法、古式魔法、神道魔法




この情報は順次書き足していく場合があります
次は凛達の使用する魔法について書きます


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人物紹介2(団体・施設)

今回は出てくる団体や施設などを紹介します。(一部ネタバレ有り)

すでに紹介したものの詳しいことなども書いてあります


人物紹介

 

ジョンソン・シルバー

 

年齢:16

誕生日:8月14日

 

経歴

12使徒の一角で主に北アメリカ大陸全域の情報収集を担うシルバー家の長男。スターズに所属しており副隊長を務める。総隊長であるリーナの許嫁でもある。彼自身は精神干渉系魔法が得意

 

 

 

 

 

ローズ・シルバー

 

年齢:52

誕生日:11月30日

 

経歴

12使徒の一角のシルバー家当主。ジョンソンの父親でアメリカ政府上院議員とノース・マンチェスター銀行の北アメリカ支店代表取締役をしている。人望が厚く、大統領に有力視されている人物。軍部から大企業の社長と幅広い人脈を有している

 

 

 

 

神木彩芽

 

年齢:不詳

誕生日:不詳

 

経歴

凛の生みの親で天神と呼ばれる存在。凛のことを面白い存在として見ており、夢の王国に移り住んだ女性。夢の王国に移り住んだ後は凛に自分の事を『お母さん』と呼ばせたりと少し面白がっている節がある。人の生活にも興味があり、たまに夢の王国から現世にひょっこり現れていたりする。趣味は絵を描くこと、その為今は夢の王国内で多くの場所に出向き、それを売ったり。幻楼石を納品したりして生計を立てている。一部の絵は現世で売ったりしている・・・らしい

 

 

 

 

 

組織

 

12使徒

 

凛が作った情報収集団体。普段はノース・マンチェスター銀行代表取締役を担っており、今までに築いた莫大な富と権力で太古から世界の歴史を作ってきた組織。シェンロンですらその存在は掴めない組織で噂程度しか知られていない。大国は12使徒の所有している莫大な財産を狙って情報を集めているが一向に進まない様子

 

 

 

 

ノース・マンチェスター銀行

 

凛がイギリスで作った銀行。銀行と言っているが実際は多目的国際企業で世界各国の経済界に影響を及ぼす程の力を持っている銀行。初めは12使徒の隠れ蓑にと思って作った銀行がいつの間にか株の売買などを始めたり会社の買収などを行った影響で大規模企業となってしまった。そして過去に起こった大規模な株の下落や恐慌などが起こっても倒産の気配すら見せなかったことから世界中の人々が口座を持っている

 

 

 

 

西風会

防衛省がスターズを模範に編成した防衛省直属の魔法師部隊。横浜動乱の際に侵攻してきた新ソ連艦隊を自身の戦略級魔法で生み出した艦艇を使い嬲るように壊滅させた事を鑑みて凛の力を不当に使われる事を恐れた各幕僚たちが防衛省大臣に進言して設立された部隊。この部隊は国防軍基地への強制捜査などの法規的な権限が与えられており、所属しているのは今の所凛と弘樹のみであるが後日、部隊に人員が追加される予定。命令系統が統合幕僚会議しかないため他の部隊が干渉することができない。普段は特にこれと言った命令はない為101旅団に貸し出されている形。この事は一部の人しか知らない

 

 

 

 

場所

 

夢の王国

凛が能力を最大限駆使し異次元の空間に造った世界。現世で恵まれなかったり、強い意志を持った人の魂などが此処に流れ着く。此処にはいろんな人種がおり、弘樹のように耳の生えた人などや普通の見た目の人が住んでいる。春夏秋冬の名前のついた大陸と中央大陸の五つの大陸で構成され、それぞれ季節が大陸ごとに異なっている。この世界は現実に寄せており、現金の概念があったりする。大陸間の移動手段は基本的に鉄道でここは人が新しい夢などを考えると世界が広くなって行くため、凛でもその詳しい大きさは把握しきれない。最近、中央都市の大改造を行い近未来な街並みへと変化した(見た目はブルーアーカイブのキヴォトス)

 

 

 

 

ならずの沼

現世と夢の王国の間にある異次元の空間。此処では強い負の感情を持った人の魂が流れ着き、此処で浄化を行ったのちに夢の王国で新しい生を迎える。なお此処で取り除かれた負の感情はそのままならずの沼で想子に変換され、現世の魔法構築に使われる

 

 

 

 

鏡面の間

夢の王国内にある治療施設。パラサイトに取り憑かれたりしたミカエラやスターダストが此処で治療を受けて夢の王国に住んでいる

 

 

 

 

 

その他

 

Galileo

凛と12使徒が開発した全く新しいインターネットワークシステム。本体は月軌道に設置され情報収集や盗聴、晩餐なんかもこのインターネットシステムを介して行われている

 

幻楼石

凛が唯一能力で作れない特別な石。幻楼石の有用性に気付いた凛は直ちに全世界にある鉱脈全てを12使徒と共に掘り進めほとんどを取り尽くした。どう言う出来方なのかは全くの不明でこれからのことで頭を悩ませていたが彩芽が作れると言うことでこの問題は解決した形となった

 

軍艦シリーズ

凛がFLTで作ったブランド。戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、空母と各艦種に分かれて設計されており。戦艦、巡洋艦、駆逐艦が日本刀タイプのCADで潜水艦が拳銃タイプ、空母が弓矢タイプのCADとなっている。なお、戦艦クラスのCADは芸術品としても価値が高くUSNAのオークションで過去最高額で取引された事がある。なお秘密裏に弩級戦艦クラスと呼ばれる狙撃銃タイプのCADがある。なお、海外の軍艦は全て銃の種類に分けられる。また、新たに魚雷艇クラスという腕輪タイプのCADも発売される。なお、もうすぐ販売は終了する予定




此処も随時追加されると思います


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プロローグ
プロローグ


すみません今回と次回の最初らへんまでは本編始まりません、もし本編を見たい場合は此処をすっ飛ばしてください


私はいつ生まれたのかわからないどこで生まれたのかもわからない、ただ目が覚めた時には周りは森ばかりでほかに何もなかった。

 

「なんだろうここ・・・」

 

と思っていると次の瞬間頭の中に何かが入ってくるような感覚があった

 

「貴方は・・・龍神・・・この世界を見守る者・・・普段は・・・神木 凛と名乗れ・・・」

 

突如頭の中に入ってきた言葉に私は思わず困惑してしまった

 

「龍神・・・私の名前は神木 凛・・・私の名前は神木 凛・・・」

 

と言って数回唱えると何かはまったような感覚になり、自分は神木 凛で自分は龍神と呼ばれる存在である事を認識した

 

「うーん、取り敢えずこれからどうしよう・・・」

 

「よし、取り敢えず今、頭の中か入ってきたヒトと呼ばれる存在に会って見よう」

 

と言って立ち上がった時、何か不思議な感覚があった。ふと頭の上を触ると何かに当たった感覚があった

 

「これは・・・耳?」

 

と言って近くにあった川に顔を出して自分の姿を見ると灰色の髪の毛に青い眼、そして頭の上についている先ほど教えてもらったヒトという存在にはない狐のような耳

 

「・・・このままでヒトに会うと危ない」

 

と言ってこのままだと先程見たヒトという存在に会うには警戒されてしまうと思い、どうしようかと考えているとまた何かが頭に入ってくる感覚があった

 

「貴方の能力・・・無から有を有から無にすることのできる能力と全てを知る事ができる能力・・・」

 

と言って自分には特別な力があり、その力は何かを作ることのできる能力とこの世の情報を全て知ることのできる能力らしい

 

「取り敢えず、この能力と呼ばれる力を使ってこの耳を消してみよう」

 

と言って早速耳を消してみる方法をとった、すると確かに頭の上の耳は無くなったが鳥の囀りなどの周りの音が何も音が聞こえなくなってしまった

 

「わ!何にも聞こえなくなっちゃった!ど、どうしよう・・・と、取り敢えず元に戻そう」

 

と言って取り敢えず耳を元に戻して次に偽物の耳を作って上の本当の耳は人間には見えないように加工した

 

「よし、これで上手くいくはず」

 

と言ってふと下を見ると一応服を着ていたのを確認して、近くをフラフラと歩きながら長い長い旅が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから長い長い月日が経った、もうどのくらい経ったかはわからないがそれまで色々なことがあった、人と人の争いや出会いと別れ、そしてどんどん変わっていく街並み、人の服装や見た目、技術の発展など・・・本当の色々なことがあった。

その間も私は自分について色々なことを調べ色々なことががわかった、簡単にまとめると

 

無から有にできる能力

この能力は自分のイメージした物がそのまま反映されると言うことがわかった、なのでもし何かに困った時にこの能力はとても役立った。そしてこの能力を使って異次元の空間に自分だけの世界を作る事ができ、いつもはそこの世界で過ごしていた。だが人の技術が発展するとこれは余り使わなくなった

 

と言った感じで長い間過ごしていたある時、初歩的ではあるが私の使っていた魔法と呼ばれる力をついに使えるようになっていた事を知った。

 

「ほうほう、ついに人にもこんな力が使えるがようになったとな」

 

と言って私は渋谷と呼ばれる場所の高層ビルにある大きなテレビを見ながらそう言った、この時私は時代に合わせて服をちゃんと変えておりその時代にあった服装をしていた。そして私は人気のない場所に行くと魔法を唱えて目の前に扉が出てくるとその扉を開いてまた自分の世界に戻って行った



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プロローグ2

今回も本編ではありません

あと時系列飛ぶ所あります

今回結構駄文かも・・・


あの魔法の発表から幾分かの時が流れた、その間も私は自分で作った世界で過ごして時々現世に行くといた感じで生活をしていたある日、いつものように外の世界に行くと外はいつもとは違った様子であった、街は荒廃し瓦礫の山が出来上がり所々火災も起きていた

 

「これは・・・また戦争が起こったのか・・・」

 

と言っていると近くで何か泣いている声があった、近くに行って確かめるとそこには小さな男の子が瓦礫の空いた空間に入る形で横になって泣いていた

 

「どうしたの?」

 

と聞くと

 

「お母さん・・・お母さん・・・」

 

と言ってずっと泣いていた

 

「・・・この子どうしよう」

 

と思っているとふとアイデアが浮かんだ

 

『うーん、取り敢えず放っておくのも可哀想だし、この子を一時的に保護しよう』

 

そう思って早速その子に手を差し伸べると

 

「お姉さん・・・誰?」

 

と言って名前を聞いて来たので

 

「私?私はね神木 凛って言うの」

 

と言って自己紹介をしながら男の子を引っ張り出すと怪我をしていたので早速魔法は使えないので代わりに応急処置キットで直すとその男の子は

 

「お姉さん、凛って言うんだ。あ、ちなみに僕の名前は神田 弘樹って言うの」

 

「そうか弘樹って言うのか、じゃあこれからお母さんかお父さんのところに行こうか」

 

と言うと表情が暗くなり

 

「お父さんとお母さんはもういない・・・」

 

と言ってこの子の親子はもう亡くなっていると言った

 

「っ!ご、ごめん悪いこと聞いて」

 

と言って急いで凛は謝った、すると

 

「ううん、大丈夫。ありがとう心配してくれて”凛お姉ちゃん“」

 

「う、うん・・そ、そうだね・・うーんこれからどうしようか」

 

と言っていきなりお姉ちゃん呼ばわりされたことに少し驚いているといると弘樹が

 

「お姉さんってどこから来たの?」

 

と聞かれ思わず私は返答に困ってしまった

 

「え!うーんと・・・あ!少し遠くから来たの、私のお父さんを探すために・・・」

 

と言って取り敢えず思いついた嘘を言った

 

「へえ、そうなんだ」

 

と言った

 

「うん、そうだね。でもここには居なかったみたいだかまた別のところを探そうと思うよ」

 

と言っていると

 

「あ、でもどうしよう僕には帰るところがない・・どうしよう・・・」

 

と思っていたのですが私は

 

「じゃあうちに来る?」

 

と言うと弘樹は驚いた様子で

 

「え!いいの。でもお姉さんの家族に迷惑が・・・」

 

と言うと

 

「大丈夫、もううちには誰も居ないから」

 

と言ってここに来るようの一応の拠点としてあった昔の防空壕を使ったシェルターがあると言った、(自分の世界とこの世界をつなぐ扉があるところ)すると

 

「じゃ、じゃあすいませんが、少しの間そこに住まわせて貰ってもいいですか?」

 

と聞かれたので私は

 

「ええ、構わないよ」

 

と言うと早速シェルターの中にある風呂に入れている間に着ていた服を直して洗濯をして乾燥させて置いておくと風呂から出てきた弘樹が用意したパジャマに着替えて出てきた

 

「あ、あの・・・此処までしてくれて有難うございます」

 

と言って頭を下げると

 

「いいよいいよ、別に。私も弟ができた感じでなんかいい気分だし」

 

と言ってこの日からこの少年との生活が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた数年が経ちすっかり弘樹との生活に慣れ、私が弘樹に色々と教育をし、魔法技能があったので少し魔法を教え、いよいよ話す時が来たかなと思いついに自分の正体を話そうと思い弘樹を自分のところに読んだ

 

「ん?どうしたの姉ちゃん?」

 

と言って飛んできた弘樹に私はついに本当の正体を言った

 

「・・・へえ、そうなんだ姉ちゃん神様だったんだ・・・でも僕は別に嫌がったりしないな、むしろ感謝したいくらいだよ」

 

と言って私は少し驚いてしまった

 

「へえ、なんか意外な反応だったなぁ・・なんか思っていたよりも・・・」

 

と言うと突然弘樹が

 

「ねえ、僕を姉ちゃんの部下とかにできないの?」

 

と言って私は目を丸くしてしまった

 

「え?部下?うーん、できない事はないけどでも、良いの?」

 

「うん、僕は姉ちゃんと一緒に入れるなら別にいいよ」

 

と言って弘樹は自ら凛の部下になると言って乗り気であった

 

「んー、じゃあもし本当に私の部下になるんだったらあなたは人としての生を一度捨ててからじゃないと無理よ、そして一度捨てると元には戻るのは出来なわよ、それでも良いなら今から準備をするけど」

 

と言って弘樹の様子を見ると、もう既に決意をした顔であった

 

「・・・そう、じゃあ今から準備をするからちょっと待て」

 

と言うと早速、術式を行うために凛は準備を始めた

 

 

 

少しして準備が整い弘樹を横にさせると

 

「じゃあ取り敢えず今からあなたに術式を行うけど最後に聞くわ、本当にいいの?」

 

「うん、僕は姉ちゃんと一緒に入れるならそれで良い」

 

「・・・わかったわ」

 

今の発言に嘘偽りないと判断し、早速凛は弘樹に術式を施した

 

「術式起動、契約者を神田 弘樹とし契約主を自分とし契約を開始する。なおこの術式より契約者の神田 弘樹は以前の名前を捨て神木 弘樹として私の使い魔とする」

 

と言うと弘樹の体が光だし耳と”九つ“の尻尾ができ髪の毛も私と同じ灰色になると光は収まりゆっくりと弘樹が目を開けた、その目は私と同じ青い眼をしていた

 

「ん?」

 

と言って自分の体を見ると新しく尻尾が生え髪の色も変わり新しく頭の上に耳が生えているのを確認すると

 

「おお、上手くいったんですね“龍神様”」

 

と言って私の呼び方が変わっていることに気づきその事を言うと

 

「んー、この言い方は何か癖のようになっているんですよ龍神様」

 

と言って私の使い魔になった弊害を確認すると、取り敢えず耳と尻尾を隠す術式を覚えてもらい、次に呼び方を直させて必要な時以外はお姉様と呼ばせる事にした

 

「まあ、取り敢えずは成功したと言うことで。じゃあ早速私の作った世界に行ってみる?」

 

「ええ、私は”お姉様”と行くのであれば何処でも・・・」

 

と言うと早速、今まで使っていたシェルターの中身を撤収し、呪文を唱えると目の前に扉が出た

 

「おお、さすがはお姉様ですね。お見事です」

 

と言ってそのまま凛と弘樹は扉に入って行った




今回の文は正直言って自信ないのでおかしい所あったら感想欄にお願いします


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追憶編
そうだ沖縄へ行こう


弘樹が凛の部下となり九尾となってまたいくつかの時が経った、その間凛は弘樹の古式魔法と呼ばれる魔法と現代魔法と呼ばれる二つの種類の魔法の訓練やCADの使い方などを教え、時々扉を使って現世に行ったり来たりの生活を続けていたある日。突然、凛が

 

「なんか沖縄行きたくなってきたな・・・」

 

と言っていきなり沖縄に行きたいと言い始めた

 

「それはどうしてでしょうかお姉様」

 

と言って凛の世界の屋敷で清掃を行なっていた弘樹が言うと

 

「んー、なんか突然海に行きたいと思ったんだよねー」

 

と言って沖縄に行きたくなった理由を言った

 

「そうですか・・じゃあ早速扉で・・・」

 

と言おうとした時凛が待ったをかけた

 

「待って、今回も飛行機に乗って行きたい」

 

「・・・はあ、本当にお姉さまは乗り物がお好きですね」

 

と言って凛の乗り物好きに少し呆れたいた

 

「ええ、良いじゃん別に・・特に迷惑なわけでもないし」

 

と言うと

 

「仕方ないですね・・・分かりましたよ。航空機のチケットと宿は私が取っておきますので」

 

「さっすがーよくわかる子で嬉しいよ」

 

と言うと早速凛は最近好みの見た目の中学生ほどの身長になり髪と眼の色を変え、弘樹も同じように中学生ほどの大きさとなり髪と眼も同じ色にし、まるで兄弟のような見た目となった

 

「それじゃあ行きますか」

 

「はいはい、少し待ってくださいね」

 

と言って弘樹も凛と同じようにキャリーバックを持つと扉の前に立って外の世界に向かっていった

 

 

 

 

 

 

扉から出るとまず現れたのはマンションの一室であった

 

「さてと取り敢えずこっちに来たことだし、さっさと空港に行っちゃうか」

 

と言うと早速呼んでおいたコミューターに乗って空港に向かった

 

 

 

 

空港に着くと軽い食事をし、搭乗手続きをして、キャリーケースを預けて、手荷物検査をして、と言った感じでいつも通りに空港での手続きを済ませて空港ロビーで搭乗時間を待っていると何かザワザワし始めて何かと思ってみるととても綺麗な女の子が母と兄と思われる人と一緒にこちらに近付いていた

 

「お姉様、少し買い物をしに行きませんか?」

 

と言って小さな声で弘樹が話しかけると

 

「ええ、そうね・・・丁度何か飲み物が欲しかったし。行きましょうか」

 

と言って近くの売店に向かって行った

 

 

 

 

 

滅多になかったプライベートの旅行。しかしそこに兄がいるのは釈然としなかったいつも表情を変えなくお母様も彼の事をただのボディーガードとしか見ていない、それがとても歪な事だと理解していなかった

 

 

空港に着くと早速他にいた人達から視線を向けられ、私は思わず顔を隠してしまいました。そして手続きが終わりロビーに向かうとやはりいつも通り視線が自分に向かうなか、一組だけ私のことを見てまるで興味はないかのように去っていった人達がいました。私は不思議に思ってしまいましたがそんな事はさっさと忘れてしまいこの後にある旅行を楽しみにしながら私は飛行機に搭乗しました

 

 

 

その頃飲み物を買いに行った二人は

 

「ねえ、どう思うあの人達・・・」

 

と言って凛が聞くと

 

「そうですね・・・搭乗したら少し調べてみようかと思います」

 

と言って近くの売店で飲み物を買って時間となり凛達は沖縄行きの飛行機に搭乗をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機に搭乗して沖縄に向かっている最中弘樹は早速持参した端末を持ち出し早速情報を洗い出した

 

『・・・成程、大体分かりましたよお姉様。あの物たちは四葉家の者かと・・・』

 

と言って隣で寝ているふりをしている凛に向かって念話で話し合っていた

 

『そうかい・・・ありがとう、じゃあこっちは後は沖縄を満喫するだけね・・・』

 

と言って今度は本当に寝て到着を待った

 

 

 

 

 

こうして三時間ほどして沖縄の那覇空港に着いた凛達は早速ホテルでチェックインした後、少しホテルでゆっくりしてから近くを散歩する事にした

 

「いやーなんとか取れてよかったね」

 

「はい、そうですねお姉様」

 

と言って部屋でゴロゴロしていると凛が

 

「今日はこの後散歩に行って・・それで海は明日から帰る前日まで行くとして・・・明後日どうする?」

 

と言って予定を考えた

 

「うーん何か船でも借りられる所とかないかな。後ついでに竿も」

 

などど言って今後の予定を立てた

 

 

 

 

 

 

少し休憩した二人は近くの道を知ると共に散歩をした

 

「んー、潮風が気持ちいねー」

 

「そうですねお姉様」

 

と言うと視線の先に少し人だかりがありその中にいたのは行きの空港で見た三人のうち二人であった

 

「ヒロ、あの人達って・・・」

 

「ええ、間違いありませんあれはレフト・ブラットです!」

 

と言って近づくと一人が兄の方に思いっきり殴っていたが両手で抑え腹にパンチを入れ気絶させた

 

「ヒュウ〜凄いね」

 

と言って残った二人は凛達が蹴りを入れて気絶させた

 

「・・・誰だ、お前は」

 

と言っていきなり乱入した二人に兄らしき人物が言うと

 

「いやー危なそうだったからね。手助けしただけさ。じゃあね」

 

と言って立ち去ろうとした時後ろにいた少女に呼び止められた

 

「待ってください!」

 

「「え?」」

 

と言って二人は一緒に振り向いた

 

「あ、あの・・有難うございました」

 

なんだ、そう言うことかと思ってそのまま凛達はホテルへと戻った

 

 

 

その時私は驚いていました。まさか今助けてくれた人達が空港で見た人達だったので・・・どうせなら名前を聞こうとしましたが私にはそんな勇気が無く結局名前を聞けませんでした

 

「はあ、またあの人たちに会えるでしょうか」

 

そんなことを思いながら私は寝てしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日凛達は海に出て水遊びをするために水着に着替えていた

 

「やっぱ沖縄といえば海ねー」

 

「そうですねお姉様」

 

と言って二人が海で遊んでいると浜辺に見たことのある顔が二名ほど来ていた

 

「おや?あ、昨日の二人だ!」

 

「あ、そうですね。それにそろそろ良い時間ですしお昼でも買いましょうお姉様」

 

と言って二人は海の家で早めの昼食を取ろうと浜辺から出てカレーを買って食べていると何か大きな音が聞こえた、音のする方を向くとそこには昨日あった兄が大勢仲間を連れてきた昨日の軍人に集団で襲いかかられていた

 

「・・・はあ。全くこりん連中だ」

 

「全くです」

 

と言って二人は残りのカレーを全て食べ終えると乱闘に加勢した

 

 

「よ、またあったね」

 

「お前は・・・昨日の・・・」

 

と言って兄の方はこちらを睨んでいた

 

「まあ、そんな警戒なさんなって、敵じゃないんだから・・・さてと・・・」

 

 

 

 

 

いつでもかかって来な

 

そ言うと軍人達は一斉に飛んできたがそれを受け流すように自前の格闘技で次々と倒して行った

 

 

 

そして突っ込んできた軍人を倒し続け最後の一人になり

 

「お前が最後だ!」

 

と言って手刀を食らわしてそのまま気絶させた

 

「・・・さてと、そういえば名前を言ってなかったわね私の名前は神木 凛、でこっちは弟の弘樹また何処かで会ったらよろしくね」

 

と言うとさっさと帰っていった



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不審な艦艇

ホテルに戻った二人は早速着替えて次の予定である釣りの道具と船などを借りるために近くの釣具店に向かった

 

 

 

 

「ふう、とりあえずよかった船も竿も借りられて」

 

と言って借りたジェットスキーを使って釣りをしていた二人は

 

近づいてくる一隻のクルーザーがいた

 

「ん?あれは・・・」

 

「あ、昨日の子だ!」

 

と言って近づいてくるクルーザーに乗っている人を見て昨日自分を助けてくれた人だと言った

 

「あ、あなたは!」

 

「ん?深雪さん、あの人を知っているの?」

 

と言って隣にいる少し痩せた様子の美しい女性が言うと

 

「はい、昨日私たちのことを助けてくれた・・・」

 

「成程、そういう事なのね。昨日はこの子の事ありがとう」

 

と言ってお辞儀をすると

 

「い、いえいえ・・・わ、私達は・・・た、たまたま近くに居ただけで・・・」

 

とあたふたした様子で返事をすると

 

「ふふ、面白い人ね」

 

と言って船にいた面々を紹介した

 

「よかったらこの子達を紹介するわ、まずこの子は私の子の司波深雪」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「それでこの子が私のボディーガードの櫻井穂波」

 

「よろしくお願いします」

 

「最後に深雪のガーディアンをしている司波達也」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

と言って各々紹介をしてくれた

 

「じゃあ、私の名前は神木 凛で此方は弟の・・・」

 

「神木 弘樹です、よろしくお願いします」

 

と言って凛達も自己紹介をした

 

「ええ、此方こそよろしく」

 

と言っていると凛の持っていた竿に反応があった

 

「お!キタキタ!」

 

と言って勢いよくリールを回していると一匹の魚釣れた

 

「お、やったー!クロダイだ!」

 

と言って一匹の大きな魚を釣った

 

「おー、これはなかなかの大物じゃねえかこれは刺身にしたら美味そうだな」

 

と言ってクルーザーの船長が言うとクルーザーに乗っていた副長が報告をした

 

「艦長・・ソナーに怪しい影が・・・」

 

と言って艦長がソナーを見ると血相を変えてマイクを取り出し

 

「緊急連絡!緊急連絡!伊江島南南東に置いて所属不明の潜水艦を発見!」

 

「なんですって!」

 

「「え!?」」

 

釣った黒鯛をクーラーボックスにしまっていた凛達も驚いた

 

「どうして潜水艦が!?」

 

「くそ!無線が繋がらねえ!」

 

「港に引き返すぞ!」

 

と言って勢いよくクルーザーを回すと潜水艦は警告なしに魚雷を発射した

 

「くそ!警告なしかよ!ヒロ!」

 

「OK姉様!」

 

と言って持ち込んでいた拳銃型CADを海面に打つと発射された魚雷は海中に沈んでいった

 

「さてと・・・とりあえず魚雷は撃ち落とせたな」

 

「ええ、その様ね」

 

と言ってこの後はクルーザーと別れてもう少しだけ釣りを楽しんでから近く食堂に釣った魚を持ち込んで刺身にして貰って夕食を楽しんだ

 

 

 

 

 

夕食を楽しんでホテルに戻ってシャワーを浴びてさあ寝ようと思った時突如ドアがノックされた

 

「・・・誰ですか?」

 

「夜分にすみません私は国防軍の風間玄信と言うものです、遭遇した潜水艦に関してお聞きしたいことが・・・」

 

と言うと部屋のドアが開き凛達は部屋に一人の軍人を入れた

 

「・・・それで?なんで国防軍の人が?」

 

と早速用件を聞くと

 

「はい、まずはクルーザーの方にに乗っていた方に聞くと、あなた達の方がよく知っていると聞いたので此方に伺いました」

 

「そうですか・・・」

 

と言って内心困った

 

『全く、こっちに押しつけられても困るのよね。出来ればあっちで説明をしてほしかったけど・・・』

 

などと思って質問に答えた

 

「・・・ではここの地点で潜水艦と遭遇したのですね」

 

「そうですねここらへんで遭遇しました」

 

「では攻撃された心当たりなどは・・・」

 

「さあ?でも発射された魚雷は発泡魚雷でしたよ」

 

と言って発射された魚雷の種類を言った

 

「そうですか・・・発泡魚雷ですか・・・」

 

と言って何かを考えていた

 

「ねぇ、軍人さん最近、領海内に大亜連合が来ているんですよね。ニュースで見ました」

 

「ええ、確かにここ最近大亜連合の艦艇がよく領海内に来ていますが・・・」

 

「もしかすると軍事行動を起こすかもしれません」

 

「え!」

 

「大亜連合の艦艇がここによく来る理由はおそらくここの状況を詳しく知る為。つまりあちら側ではもう戦闘をする準備ができているという事」

 

「うーむ」

 

と言って風間は頭を掻いた、まさか大亜連合がもう戦闘の用意ができており、いつ攻めてくるかわからない状況となっていた事を知った

 

「成程、情報提供有難うございました。では失礼させて頂きます」

 

と言うと風間は部屋を出て行こうとした時迎えにきた士官に見覚えがあった

 

「あ、君は・・・」

 

「「あ!貴方は!」」

 

「ん?どうした、ジョー。知り合いか?」

 

と言って風間が聞くと

 

「ああ、君達もだったのか。その件に関してはすまなかったね」

 

と言うとそのお詫びといえば何だかと言う事でもし良かったら基地を案内をしてくれるとのこと

 

「まあ、来るなら明日、基地の門のところに来てくれ」

 

と言うと風間は部屋を出ていった

 

 

 

「・・・行ったかな?」

 

「ええ・・そのようですね」

 

と言って気配が遠のいていくのを確認すると

 

「ふう、寝る直前に来ないで欲しかったな〜、バレるかと思ったよ」

 

「ええ、そうですねこれからは気をつけましょうお姉様」

 

と言うと耳の出た状態で凛達は睡眠についた

 

 

 

 

 

 

 

次の日、国防軍に興味のあった2人は基地の前に行って待っていると風間が出てきて早速案内をしてくれた

 

 

 

少しして風間が凛達に質問をした

 

「そういえば君たちの両親は今どこにいるんだい?」

 

と言って風間が凛達に聞くと

 

「今私たちの両親は海外で仕事をしています、今日空港で待ち合わせる予定です」

 

と言って嘘を言っていると昨日会った人達がいた

 

「あ、ジョセフさん」

 

「ああ、君たちか・・・」

 

と言って少し気まずい雰囲気になっていると

 

「おや?君たちが今日来るって言ってたお客さんかい?」

 

と言って後ろから1人だ男性が出てきて自己紹介をした

 

「初めまして、僕はここで仕事をしている真田と言いますよろしく」

 

と言うと凛達も

 

「「今日はお世話になります」」

 

と言って挨拶をした、すると真田から

 

「すまんが今、君の持っているCADを見せてもらっていいかい?初めて見たやつだからね」

 

と言って私と弘樹の持っていたそれぞれのCADを渡すと

 

「おお、これはすごい・・・これほど無駄のないCADは初めて見た」

 

と言って2人の持っていた携帯型と銃型のCADを見て感心していた

 

「これはお父さんが作ったのかい?」

 

と聞くと

 

「いいえ、これは弘樹が私のために作ってくれました」

 

と言うと真田は驚いていた

 

「ほう、だとしたらこれは凄いな」

 

と言うとジロジロと見ていた

 

「あの・・返してもらってもいいですか?」

 

「ああ、すまなかったね」

 

と言ってCADを返してもらうと後ろから聞いたことある声がして振り向くとそこにはやはり深雪と達也がいた

 

「あ、深雪さん」

 

「あ、凛さん・・・凛さん達も呼ばれたんでしょうか?」

 

「ええ、そうよ私達、なかなかこう言うところ来れないから。深雪さんは?」

 

「私たちも似たような者です」

 

と言って弘樹の方を見ていた、しかしその見方が前会った時よりも少し熱っぽい視線をしていた

 

『あ、これ弘樹に惚れたな』

 

そう思って今までの経験から深雪が弘樹に惚れたのを感じとったが弘樹はそれに気づいていない様子だった

 

「じゃあ一緒に見ていきますか?」

 

「え、良いのですか?」

 

「ええ、良いですよ」

 

そう言うと凛は深雪と弘樹は達也と一緒に基地を散策した

 

 

 

 

 

少し基地を回っていると深雪が

 

「ねえ、凛さん」

 

「ん、何?」

 

「怖くないんですか?」

 

「何を?」

 

「その・・うちの兄についてです」

 

「ん、ああ達也さんの事?私はあまり怖くなかったなー。それよりもむしろ尊敬できちゃった」

 

「何がですか?」

 

「自分に課せられた使命を嫌がらずに遂行するその心意気に」

 

その言葉に2人の間に風が吹いた気がした



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共通した趣味

基地を散策していた凛達は深雪と合流し、一緒に歩いていると深雪から聞かれたことに凛は

 

「自分に課せられた使命を嫌がらずに遂行するその心意気に」

 

と言って深雪が驚いた表情で見ていた

 

「兄が怖くないんですか」

 

「ええ、だってあんなにも嬉しそうな表情をした弘樹を見てそう思う?」

 

と言って深雪が弘樹の方を見ると確かに喜んだ様子の弘樹がいた

 

「姉として、弟のあんな様子を見て私も嬉しくなっちゃったわ・・・」

 

そう言って凛は深雪と同じように弘樹の方を見た

 

 

 

 

 

凛が深雪と話している頃、弘樹と達也はCADとの話で盛り上がっていた

 

「成程、CADのここは確かに無駄な部分だな・・盲点だった・・」

 

「そうでしょ、だから僕はここを取ったほうがいいと思ってやってみたらちょうど良かったのよ」

 

これ程までに話が盛り上がった理由としては、先ず初めに弘樹の持っていたCADに興味を持った達也が聞いて、弘樹が淡々と答えると達也が納得した顔で、そして興味津々に弘樹の持っていたCADを見て色々と話し合っていた

 

 

 

そんな様子を見て深雪は

 

「あんなに嬉しそうな兄は初めて見ました・・・貢さんの時でもあんな顔はしなかったのに・・・」

 

と言って達也の表情を見てうらましそうに見ていた

 

「私も弘樹のあんな顔は久々に見たわ・・・」

 

と言って嬉しそうに見ていた内心

 

『同じような趣味があったとはね・・・意外だったわ・・・』

 

と驚いていた

 

 

その後も色々と深雪といろいろな話をしていると深雪が

 

「凛さん・・・私達・・・お友達になれるかしら・・・」

 

と言うと凛は少し驚きながらも

 

「ええ、今から私達お友達になりましょ!」

 

と言って指切して

 

「これで友達ね“深雪”」

 

「ええ、そうね“凛”」

 

とお互い名前呼びで呼び合って一緒に微笑んでその日は別れた

 

 

 

 

 

次の日、テレビをつけると第一報で入ったニュースが国防軍の警備艦が潜水艦艦隊によって沈没したと言うニュースであった

 

「やはりここを攻めてきたか」

 

「そうですね、お姉様・・・」

 

と言ってニュースを見ながら急いで荷物を片付けていると部屋のノックが鳴った

 

「すみません、私です、桧垣ジョセフ大尉であります。2人を迎えに上がるよう言われました」

 

と言ってジョセフが部屋まで迎えに来てそのまま車に乗り込むと先に深雪達がいた

 

「あれ?深雪?」

 

「あ、凛!」

 

と言ってお互い名前呼びしていることに気づいた深夜が理由を聞いて納得すると少し微笑んでいた、道中穂波が状況を聞くとジョセフは

 

「国防軍は現在、敵潜水艦隊と交戦中、敵軍の詳細はわかりませんが奇襲を水際で防ぐことはできています」

 

「陸上で戦闘は起こっていませんか?」

 

「おそらくは・・・しかしゲリラなどの可能性もあります。皆さんは基地に着き次第直ぐにシェルターに避難してください」

 

と言って基地に着くと早速シェルターに避難した凛達と深雪達はシェルターで待たされた

 

「迎えが遅いわね・・・」

 

と言って深夜はなかなか迎えの来ないことに不思議に思っていると遠くからダダダダン!といった音が聞こえた

 

「銃声!」

 

「達也くんどこからかわかる?」

 

「いえ・・・此処からでは・・・っ!どうやらこの部屋、いやこの建物全体で魔法の探査を阻害する術式がかけられています」

 

「そう見たいね・・・」

 

と言っていると深夜が達也に外を見に行かせて少しすると数人の隊員が入ってきた

 

「失礼します!空挺第二部隊の金城一等兵であります!」

 

と言って安心していると穂波が

 

「すいません連れが一人外の様子を見にいったのですが・・・」

 

と言うと危機に居続けるのは危険だと言ったが深夜が

 

「でしたら、あちらの方を先にお連れくださいな。“大切な息子を見捨てるわけには参りませんので”」

 

と言って先に他の人を連れて行くように言った、その発言に2人は驚いた

 

「奥様、達也くんでしたら合流するのも難しくないと思いましが・・」

 

「別に達也のことを心配してるわけではないわ、あれは建前よ。この人たちは信用してはいけない私の”直感“」

 

「「!」」

 

深夜の発言に深雪と穂波は納得した。そして凛達の気配がないことに深雪が気づいた

 

「あれ、凛は?」

 

と言って周囲を見回すとさっと見たばかりでは見つからなかった

 

「何処行ったの?」

 

と思っているとシェルターのドアが蹴り破られた

 

「ディック!!その人達に何をするつもりだ!」

 

と言ってジョセフが部屋の前で叫んだ、すると金城は躊躇なくジョセフに向かって発砲をした

 

「やはり裏切り者だったか・・・」

 

と言ってドアの前でジョセフが言うと穂波が安全のために魔法を展開すると

 

「障壁魔法だと!」

 

と言って手につけていた指輪を起動し穂波に向けた

 

「キャストジャミング!」

 

そう言った時にはもう遅く構築した魔法が崩れ深夜も頭痛を起こしてしまった

 

「どうしよう、キャストジャミングがあると魔法が使えない・・・どうしよう」

 

そう思っていた時だった突如キャストジャミングが止み何があったと思い裏切り者の隊員達のいた方を見ると見慣れた2人がCAD片手に隊員全員を倒していた

 

「凛!」

 

咄嗟に自分の親友であり今隊員に上の座っている人物の名前を挙げると

 

「お、深雪ー大丈夫?」

 

「ええ、こっちは大丈夫。凛こそ怪我はない?」

 

「ええ、この通り」

 

と言って凛は体を動かした

 

「良かったわ・・」

 

と安心していると気絶し切れて居なかった1人が凛めがけて銃を撃ち咄嗟に庇った弘樹の体を貫いた

 

 

その様子を見た深雪は

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!弘樹さん!弘樹さん!しっかりして!」

 

と言って体を揺さぶるとゆっくりと眼を開けた凛が深雪の方を向いて

 

「み・・・ゆき・・・さん?」

 

「しっかりして!大丈夫?」

 

と聞くと凛は少しゆっくりに喋り始めた

 

「大丈夫・・・・・です・・・」

 

と言っていると達也が戻ってきて深雪の様子を見て達也がCADを取り出して弘樹に再生魔法をつかった

 

「よく深雪を守ってくれた、ありがとう」

 

すると弘樹の撃たれたところが少しだけ光り、弾丸で開いた穴が塞がった、すると先程とは変わってすぐに起き上がってから周りを見回していた

 

「ほら、大丈夫だって言ったでしょ」

 

と言うと深雪が飛び付いて喜んだ

 

「弘樹さん!よかった・・無事で・・・」

 

と言っていると達也と風間が出てきて気絶させた隊員を連行していった

 

「申し訳ない、今回の件は我々の落ち度だ。我々に出来ることがあったら何でも言ってくれ、出来る限りのことはする」

 

と言うと達也が

 

「ではまず母上達をここより安全なところへ連れてってください、ここよりも安全なところはあるんでしょう?」

 

「・・・・・ああ、では防空司令所までお連れします」

 

「そして二つ、アーマースーツと歩兵装備一式を貸して頂けませんか。もっとも消耗品はお返しできませんが」

 

「何故そのようなものを?」

 

「奴らは深雪を危険位晒し、さらには彼女の親友にも手を掛けました、その報いを受けるべきだからです」

 

と言って達也が戦う事を伝えた

 

「1人で行くつもりか?」

 

「自分が今しようとしているのは軍事行動ではなくただの復讐です」

 

「それで構わないのだが。非戦闘員や投降者の虐殺を認めるわけには行かないが、そのようなつもりは無いのだろう?」

 

「投降する暇さえ与えません」

 

「ならばよし、司波達也くん、君を我々の戦列に加えよう」

 

と言っていこうとした時一つの声が上がった

 

「ならば私も行かせて貰っても良いか?」

 

「凛!」

 

「凛、お前も行くのか?」

 

「ええ、私は大丈夫・・・・それよりも今私は非常に腹が立った、親友や兄妹を手に掛けた輩に制裁を加える!」

 

と言って殺意を込めて言うと風間は理解したうえで凛も戦列に入れた、そして凛は弘樹に一つの命令をした

 

「弘樹、余から命令を下す。『深雪を守れ』」

 

「・・・・畏まりました、お気をつけて」

 

そう言うと深雪は驚いた様子で弘樹を見た

 

『弘樹さん・・・すごい畏まった言い方いったいどう言うこと?』

 

などと考えていると凛と達也は風間に連れられて戦場へと足を運んだ



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戦闘の終わり

『蹂躙』

 

この状況を一言で表すに等しい単語であった。ある所の侵攻軍は全て“消え”、味方の兵士は次々と復活していた。またある所では刀を持った女性が大量の魔法陣を敷きながら侵攻軍の首を綺麗に斬ってさらに自分で作ったミサイルを艦艇に向けて発射していた。そんな様子を防空指令所から見ていた深雪は息を呑んでいた

 

『あんなに大量に魔法陣が・・・あんなの“人では出来ない”・・・』

 

と言って映し出されている映像を見ながら弘樹の方を向くと先程とは違ってまるで機械のように瞼も動かないでただじっと映像を見ている姿があった

 

「あ、あの弘樹さん?」

 

「ん?なんでしょう深雪さん」

 

「先程、凛のことをすごい畏まった言い方をしていましたけど何故ですか?それに怪我の方は・・・」

 

と言って先程のことを聞いた

 

「ああ、その事ですか、怪我については問題ありません。・・・深雪さんだけに言うと・・実はお姉様と私は本当の兄妹ではありません」

 

「え!?」

 

弘樹から言われた事に深雪は驚いた、そして小声で

 

「私は元々、本当の家族を失った所をあの人に拾われたのです」

 

「!?」

 

弘樹の発言にまた深雪は驚いた

 

『もし、その言い方が本当なら弘樹さんと凛は本当の家族ではない、でも見た目は本当に家族のようだった、たまたま似ていたの?いや、だとしても・・・』

 

と言って深雪が混乱している間も凛と達也は侵攻軍に攻撃を加えていた

 

 

 

 

 

 

 

その頃市街地では凛が侵攻軍に攻撃を加えていた

 

「屑が・・・消え失せろ」

 

と言って持っていた紺色に水色のコントラストの色をした剣を振るって斬撃で兵士の首が吹っ飛び、さらに魔法陣から無から有を造る能力でミサイルを創り出し、奥にいる兵を消し飛ばしてさらに沖にいる艦艇に少し攻撃を加えた

 

「達也くん、こっちは終わったよ」

 

と言って通信をすると返事があった

 

「了解、こっちも終わった今から艦隊を潰す、丘に来れるか?」

 

「わかったわ、今行く」

 

と言うと瞬時に達也のいる場所に”飛んだ”

 

「達也、来たわよ」

 

「・・・随分と早く来たな」

 

「当然よ」

 

と言っていると隣にいた風間と真田が達也に狙撃銃のような見た目のCADを渡すと海上にいた艦隊に向けて『質量爆散』を打ち込んだ。すると新たな報告があった

 

「新たな敵艦隊接近、後一時間ほどで到達します!」

 

と言うと凛が

 

「達也くん、後ろの艦隊は私がやるわ」

 

と言うと凛は自分の能力を使い艦隊に向かって術式構築を行った

 

「目標、海上にいる艦隊、座標指定、ロックオン」

 

そう言うと艦隊にいる艦艇を全てをロックオンし魔法を発動した

 

「術式発動・・・ザ・ラストクロス 」

 

そう唱えると艦隊全ての艦艇が宙に浮き上がり船体を真っ二つにし、残った水柱が十字架のように残っていた

 

「あれは・・・・初めて見たわ・・・」

 

と言って深夜は一瞬にして艦隊を壊滅させた魔法を見て驚いていた、なんせ”何も見えなかった”のだ

 

「こんな事初めてだわ・・・」

 

と言ってただ映像を見ていた

 

 

 

 

 

その頃艦隊を一瞬にして殲滅した凛は

 

「あっ・・・」

 

と言って倒れてしまった、慣れない小さな身体で大規模な魔法を行使したのだ。当然、体にもダメージがあった。そして倒れかけた所を達也が腕を掴むと

 

「お前達は不思議だ・・・けど感謝する」

 

と言うと突如風間達の後ろから弘樹が出てきた

 

「弘樹・・・何故ここにいる」

 

「ああ、達也か。ちょっと姉さんが倒れたのを感じ取ってね、飛んできたんだ」

 

「そうか・・・じゃああとは任せても良いか」

 

凛が倒れてからまだそんなに経っていないのにきたからここまで飛んできたことに少し驚いたが、取り敢えず凛の事を弘樹に任せた

 

「おう、任せとけ」

 

そう言うと弘樹は凛をおんぶして基地に運んだ、すると弘樹が

 

「あ、そういえば達也」

 

と言って達也に銃型のCADを渡した

 

「これは・・・?」

 

と言って達也が中身を聞くと

 

「僕が途中まで作ったんだけどある所から進めなくてね、達也なら出来るだろうと思って、家に帰ったら中身を見てみて」

 

「分かった・・・そうせてもらう」

 

そう言うと達也はCADをしまった

 

 

 

 

 

基地に着くと深雪が出てきて

 

「弘樹さん、いきなり飛び出してどこ行っていたんですか?」

 

「いやー、ごめんごめん姉さんが倒れたのを感じてね」

 

と言って弘樹の背中でぐったりしている様子の凛を見て深雪は驚いた

 

「凛!大丈夫なの!?」

 

と言うが代わりに聞こえたのは小さな寝息だった

 

「大丈夫、姉さんは寝ているだけだから」

 

と言うと空いていたベットにそっと凛を下ろすと

 

「さて、これであとは起きるのを待つだけだけど・・・どうしよう、この状態だとあと2日は起きないだろうし・・・止まっていたホテルは壊れちゃったし・・・」

 

と言ってどうしようか悩んでいると深夜が

 

「じゃあうちの空き部屋を使うと良いわ」

 

と言って深雪達を驚かせた

 

「「え!?」」

 

「良いんですか」

 

「ええ、穂波さん。確か空いていた部屋があったわよね」

 

「はい、一つだけ空いている部屋がありますが・・・」

 

「じゃあそこに来ると良いわ」

 

「では、お言葉に甘えて・・」

 

と言うと早速凛達を車に乗せて深雪達の別荘に向かった

 

 

 

 

 

別荘に着くと早速凛は達也と穂波によって空いている部屋へと運んだ、そしてその間弘樹は深夜と話しをしていた

 

「・・・と言うことはあの魔法は重力に干渉する魔法、という事なのね」

 

「まあ、そんな感じですね」

 

「じゃあ次に"貴方達は一体何者"?」

 

「どういう事です?」

 

「そのままの意味よ、少なくとも凛さんは"人ではない"、そんな直感がするの」

 

と言うと先の戦闘でどうやってミサイルを作ったのかと聞くと結構あっさりと答えた

 

「・・・流石ですね、"四葉"深夜さん。そうですね、少なくともお姉様は人ではありません」

 

「あら、意外とあっさり認めるのね」

 

「どうせはぐらかした所でまた別の理由を突きつけて追い詰めるんでしょ」

 

と言ってあっさりと認めた理由を言った

 

「ふふ、そうね」

 

と言って深夜は少し笑ってある条件を突きつけた

 

「それでなんだけど、私からお願いがあるんだけど・・・」

 

「・・・それは脅しですか?」

 

「そのようなものかもね」

 

「・・・条件は?」

 

「あら、乗ってくれるのね」

 

「仕方ないでしょ、"お姉様"がそう言っているんですから」

 

と言って凛が起きたのだと思って深夜は話しを続けた

 

「条件を言うわ、先ず私と穂波を治すこと、そしたら私は貴方達の正体をバラさない。これでどうかしら?」

 

つけられた条件に弘樹は少し考えてから

 

「・・・いいでしょう、お姉様からも許可が出ました」

 

と言って条件を呑んだ

 

「そう、それは良かったわ。じゃあ早速凛さんのところに行きますか」

 

そう言うと深夜は凛のいる部屋へと足を運んだ




魔法の名前考えるのって結構大変・・・


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治療と別れ

部屋に着くと中から声が聞こえて扉を開けると深雪が凛とお話をしていた

 

「あ、お母様」

 

と深雪がいうとベットの上には上半身を起こして話をしていた凛の姿があった

 

「深雪、少し凛さんとお話をしたいから部屋を出てもらって良いかしら?」

 

「分かりました」

 

と言うと深雪は部屋を出て自分の部屋に向かった

 

 

深雪が部屋に向かったのを確認すると

 

「さて、弘樹からお話は聞きました。いいでしょう、こっちはもう準備は出来ています。いつでもいいですよ」

 

「あら、裏切る可能性もあるのに?」

 

と言うと

 

「いいえ、貴方からはそう言った感情は感じ取れませんでした。それに貴方からは深雪と達也に良い友人ができて嬉しい。と言った感情の方が感じ取れました」

 

と言うと深夜は降参したようなポーズを取り

 

「負けたわ、良く分かったわね」

 

と言ってそう思っていた事を正直に言った

 

「あの子は昔から友達と言える存在がいなかったの、そんなところに貴方達がきてくれた。人の親としてこんなにも自分の子が喜んでいる顔を見て嬉しかったのよ」

 

と言って今までの深雪や達也のことを思い出していた

 

「だから今まで通りあのことは接して欲しい」

 

その言葉に嘘では無い本心であると凛は確認をすると

 

「私もあそこまで人と話をしたのは久しぶりでした、あそこまで話をしたのは“元造”の時以来かな・・・」

 

「!」

 

凛から出た人の名前に驚いた、なぜならその名前で思い当たる人物は1人しかいなかったからだ

 

「どうして父の名前を・・・」

 

そう言うと

 

「元造とはいい友人だったよ、一緒に飲んだりもしたなあー」

 

と言って懐かしむように言った、そして何かを決めたような顔になると

 

「・・・ようやく踏ん切りがついたよ・・・私もまだまだだなあ・・過去と向き合う事に恐怖し素直になれなかった・・・」

 

と言うと魔法陣から封筒を取り出し深夜に渡した

 

「これは?」

 

「中を見てみるといい」

 

と言われて凛に唆されて封筒の中身を見ると深夜は少し手が震えていた。そんな様子をただ凛は見ていた

 

 

 

 

 

少しして深夜が落ち着いた頃を見計らって凛が早速術式をすると言うと深夜は穂波を呼んだ、その時についてきた弘樹には一時的に達也のところに行くように言って部屋から出した、すると入れ替わるように穂波が入ってきて。深夜は穂波に治療の件を話した

 

「奥様、それは本当ですか!?」

 

「ええ、今からこの子が術式を施すそうよ」

 

と言って凛の方を見ると早速術を施すために一旦、元の身長に戻っていた凛の姿があった。

 

「え・・・凛さんってこんな身長でしたっけ?」

 

と言って穂波が驚いていると

 

「あらあら、貴方の本当の見た目はそんな感じなの・・・」

 

と言って深夜が感心していた

 

「まあ、さっきまでの姿も一応本当の姿でもあるんだけどね」

 

と言って凛は深夜と穂波を立たせると術式を構築した

 

「術式発動・・対象者を捕捉・・・内容、対象者の損傷部分の復元と遺伝子情報の操作。体に負荷の掛からない速度での治療を開始」

 

そう言って深夜と穂波の周りが少し光り、術式が施された

 

 

 

施された深夜と穂波は目を開けると手を開けたり閉じたりして結果を確認した

 

「一応深夜さんは少し損傷が大きかったので完全に修復が終わるまでには一週間ほどかかります。それまでは魔法の行使は控えてください」

 

「わかったわ」

 

「穂波さんに関しても少しだけ遺伝子の構造を変えました、安定するまで魔法の行使が3日ほどしづらいと思いますが安定して行使できるようになったら治療は完了です」

 

「分かりました」

 

と言うと凛はまた中学生ほどの大きさに戻った

 

「ふう、疲れた疲れた。久々にこんな術をしたから倒れそうだわ」

 

と言って凛が部屋のベットに座って横になり、穂波が部屋から出て行くと深夜にある事を聞いた

 

「ねえ深夜さん、もしかしてだけど深雪って・・・」

 

「ええ、多分弘樹さんに惚れているわね。穂波からもそう聞いているわ・・・」

 

「やっぱりか・・・」

 

と言って想像通りのことに凛は思わずため息が出た

 

「それがどうかしたの?」

 

「いや、特にこれといった問題は・・・・ああ、あるわね・・・」

 

と言って一番重要な事を思い出していた

 

「いったいどう言う問題?」

 

と聞かれると

 

「あの子は元々は人だったんだだけど私についてくる時に人としての生を捨てちゃってるのよ」

 

「!」

 

凛の言葉に深夜は驚いた、まさか弘樹も人じゃないとは思わなかったのである

 

「そう・・・まあ、それだとしても付き合うことぐらいは出来るでしょ?」

 

「まあ、それくらいなら・・・」

 

と言っていると部屋のノックがされ穂波が深夜を読んで部屋を出て行った

 

「それじゃあ私や穂波の事、ありがとう」

 

深夜が部屋を出る時に言った言葉に凛は

 

「私はただ、頼まれたからそれをしたままです」

 

と言うとそのまま深雪の部屋の遊びに行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日から数日が経ち空港が動いたと言う事でその日に空港に行って東京に帰った

 

「とりあえずここでお別れね・・・」

 

「ええ・・そうね、凛」

 

と言って凛と深雪の2人は少し寂しいのか帰りの飛行機の中でもあまり話すことができなかった

 

「ねえ、深雪」

 

「なあに、凛」

 

と言うと深雪に何か書かれた紙を渡した

 

「これは?」

 

「私のアドレス、これでまた会いましょう」

 

と言って深雪も自分のアドレスを凛に伝えてお互いのプライベートナンバーの交換をした

 

「これでいつでも連絡できるね」

 

「ええ、そうねこれでいつでも・・・」

 

と言っているといよいよ深雪のところの迎えが来た

 

「それじゃあ、また今度」

 

「ええ、また今度」

 

と言って手を振るってそのまま深雪が見えなくなるまで2人とも手を振っていた

 

 

 

 

 

深雪を空港で見送った凛達は

 

「・・・さてと、私たちも行きますか」

 

「はい、そうしましょうお姉様」

 

と言って呼んでいたコミューターに乗って自分のマンションの所に帰っていった



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呼び出しと買い物

あの沖縄の事件から数ヶ月が経った。その間も私は深雪とメールを介してやり取りをしていた。するとメールで深雪が深夜の調子が前より良くなった事や真夜との関係が修復された事などが伝えられた

 

「そうか、深夜さんと真夜さん仲直りしたんだ、良かった」

 

と言っているとキッチンで朝食を作っていた弘樹が

 

「そういえば私も達也から呼ばれていたんでした」

 

と言ってあの時空港で電話番号とメールアドレスを交換していた事を言った、そして達也にとある研究所に来れないかと言われていた事を話した

 

「へえー、じゃあ今日は私たちは別行動って事でいいかな」

 

「分かりました」

 

と言って昼食を取ると凛は深雪に指定された場所へ弘樹は達也に呼ばれてFLTと言う研究所に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛は深雪に指定された場所に行くとそこはホテルのレストランであった名前を言うとレストランの店員は凛を奥の部屋に通した。するとそこのは深雪が居らず代わりに1人の女性がいた

 

「・・・なぜ、貴方のような方がいらっしゃるんですか?四葉真夜殿・・・」

 

と言って座っている女性の名前を言うと

 

「あら、私がここにいて不味いことでも?」

 

と言うととりあえず開いている席に座り取り敢えず運ばれてきた食事を頂いた

 

「・・・それで、なぜ私のような“普通”の魔法師などをお呼びになったのですか?」

 

と言うと真夜は笑いながら

 

「フフ、普通じゃないことは姉さんから聞いていますわ」

 

と言って深夜が真夜に私達のことを言ったのを聞いた

 

「・・・はあ、じゃあ私や弘樹がただの人ではないと認識していると・・・」

 

「まあそんなところね、じゃあまず最初に言わせてほしいの。姉さんや穂波の事・・・ありがとう」

 

と言って凛に感謝をし、それが本心から来ていることも感じ取った

 

「別にいいですよ・・私はただ頼まれた事を行っただけです」

 

と言って凛は別にそんな大したことではないと言うと

 

「いいえ、私にとっては一つの大きな問題が解決したのだものお礼はしきれないわ・・・」

 

と言って真夜は頭を下げた

 

「そんな・・・頭を上げてください。私は元造に言われた事をしたまでです、もっともだいぶ遅くなってしまいましたが・・・」

 

と言って凛は元造との約束を果たすことがなかなか出来なかった事を謝った

 

「父上の・・・」

 

真夜は凛から自分の父の名前が出てきたことに少し驚いた、すると深夜の時と同じように魔法陣から封筒を出すと真夜の手渡した

 

「これは、元造が貴方に宛てて書いた手紙です、家に戻ってから読んでください」

 

と言って手紙を受け取った真夜は

 

「ありがとう・・・」

 

と言ってその手紙をしまい凛と本題の要件を話すことにした

 

「それでなんだけど、貴方のところにいる弘樹くんの事なんだけど・・・」

 

「はい、弘樹がどうしました?」

 

「その・・・私の所の研究員として雇ってもいいかしら?」

 

「研究員ですか?」

 

と言って真夜の提案に首を傾げると

 

「あの子はたっくんが初めて自分から連絡を取った子なの・・・だから弘樹くんには是非うちの研究所に来て欲しいのだけど・・・」

 

と言うと凛は納得した表情で

 

「いいですよ、私も弘樹と同じ趣味を持つ人と会えて嬉しいですし」

 

と言って許可をした、すると真夜は嬉しそうな表情をして

 

「そう、それは良かったわ。じゃあ早速なんだけど配属先はたっくんと同じCAD開発部第三課でいいかしら?」

 

「ええいいですよあの子も達也くんと同じところで自分の好きなことができて嬉しいと思いますよ」

 

と言って凛は弘樹のことを思い出していた。そのあと幾つかの話をしてそのまま凛はホテルを出て後から来た深雪と合流してそのまま洋服屋で買い物を楽しんだ

 

 

 

 

 

凛が出て行った後部屋に残った真夜は葉山を呼んで先程話した件をそのまま言うと葉山はどこかに連絡をした

 

「ふう、姉さんからあの子は怒らせない方がいいとは聞いていた物の・・・あれは私でも勝てないわね・・・」

 

と言うと葉山が

 

「それは魔法技術がですか?それとも手腕ですか?」

 

「どっちもね、あの子はまるでいろいろな重役を担ってきた国会議員のような風格だった。気をつけないとこっちがやられそうだったわ・・・」

 

と言って葉山から紅茶をもらいながら

 

『あの子達のことは私たちだけの秘密にしておかないと・・・この事が諸外国に漏れるとあの子達を中心に争いが起こってしまう。徹底した情報管理をしないと・・・」

 

と言って葉山に凛たちに関する情報の管理のことを葉山に伝えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛と真夜が話し合っている頃弘樹はコミューターで達也との待ち合わせ場所であるFLTの CAD開発部第三課の研究所前の着くと達也とここの主任になったばかりの牛山がいた

 

「お、あんたが御曹司の言っていた坊主かい?」

 

「はい、私が神木 弘樹と言います。今日はよろしくお願いします」

 

と言うと早速達也は弘樹を研究所に入れCADの試作品を見せた

 

「これは?」

 

「お前のくれたCADを元に作ったループ・キャストシステムの試作型CADだ」

 

「おお、作ってくれたのか!」

 

と言ってCADを手に取ると達也が

 

「実はな今連絡を取っているんだが弘樹を此処に配属できないかと思っているんだが・・・どうだ?」

 

と言って達也が一緒にここで研究をしないかと聞くと

 

「いいよ、俺はここで達也と一緒に働いてもいいけど姉様がどうか・・・」

 

と言っていると弘樹の持っていた携帯が鳴り電話に出ると少し話してから電話を切ると

 

「今、姉様から連絡があった。自由にして良いってさ」

 

「じゃあ」

 

「ああ、今日からお世話になるよ」

 

と言って三課に新たに弘樹が加わり達也がプログラムを弘樹と牛山がデバイスの設計をする事となった

 

「さてと・・・今からCADの研究をすることになるがチーム名を決めないか?」

 

と弘樹が言うと達也が聞いた

 

「それはなぜだ?」

 

「だって達也と牛山さんと俺の3人を中心にこれから研究をしていくだろ?だったらチーム名としてやって行ったら良いんじゃないかなと思ってさー」

 

と言うと牛山が

 

「じゃあネーミングはどうします“若頭”」

 

と言うと弘樹が

 

「じゃあ、『トーラス・シルバー』てのはどうだ?」

 

「弘樹の名前がないが?」

 

「いやー流石に自分の名前を入れるのは不味いでしょ」

 

と言うとこの3人がトーラス・シルバーという名で後に「シルバーホーン」とループ・キャスト・システムの発表で世界的に有名となった



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幕間I
受験勉強


真夜と会談をし、弘樹がFLTにの社員として、またトーラス・シルバーの片割れとして弘樹が働き始めてから二年が経った。その間は深雪や達也と一緒に連絡を取り合いながら色々なところに行ったりして魔法科高校に入るための準備をしていた。その時に真夜から国防軍のお誘いがあり私と弘樹は名前を変える事と、自分達に指揮権限を与える事ができれば一時的に入隊させてもらうことを言うと私は非公式の戦略魔法師『赤城 鈴』、弘樹は特別魔法技師『赤城 光彦』としてそれぞれ階級が与えられた

 

 

そんな日々を過ごしていたある日、私と弘樹はとある場所にある人から呼ばれていた

 

 

 

 

 

その場所である真夜と前に会談したレストランに着くと早速奥の部屋に通されてそこにいた真夜から要請があった

 

「横浜ベイヒルズタワーにですか?」

 

「ええ、まずはこれを見てください」

 

と言って渡された封筒の中身を見ると納得した

 

「成程・・・強化措置を受けた魔法師ですか・・・わかりましたその程度ならお引き受けします・・・ただその代わりとは何ですが私たちのプロフィールを作ってもらえませんか?」

 

と言って高校の入るための偽のプロフィールを作って欲しいと言うと真夜は少し微笑んだ顔で

 

「ええ、構いませんよ。そのくらいは簡単にできます」

 

と言うと真夜は葉山に早速凛達のプロフィールを作らせた

 

「実働部隊として達也を向かわせます、貴方達には魔法師の情報操作をお願いして貰っても構いませんか?」

 

「「分かりました」」

 

と言うと凛達は部屋を出て行った

 

 

 

 

 

凛達が出て行ったあと真夜は少し微笑みながら考えていた

 

『もうあの日から2年がたってあの子達と協力関係を築く事ができた。凛さんと深雪も良い親友となっている。そして一度だけ見せて貰った“あの魔法”と彼女の本当の姿を見た時は驚いたわ・・・』

 

と言って前に彼女に魔法戦闘をお願いした時に一瞬にして魔法を蹴散らされた時のことを思い出していた

 

『やっぱりあの子達の情報を隠しといて正解だったわ、あの子達の情報が外国の渡ったら確実に世界が動くわ』

 

と言って彼女達の本当の名前と力を知った時、直感で世界は破滅へと繋がると思った

 

『取り敢えず、頼まれたプロフィール作りもちゃんとしないとね・・・』

 

と思い完成した彼女達用の偽のプロフィールを見ていた

 

 

 

 

 

 

依頼を受けた2人はそのまま達也の家に行き達也と先の依頼の件について話し合った

 

「じゃあ、そう言うことで25日横浜ベイヒルズタワーで」

 

「ああ、分かった・・・おお、もうこんな時間か・・・良かったら夕食を一緒に食べないか?」

 

「お、良いねえ久々の深雪の料理だ」

 

と言ってソファーに座っていた凛と達也は依頼の魔法師の件ついてある程度方針が決まると良い時間となったので達也の家で食事を取ることととなった

 

「それにしても、深雪は弘樹にメロメロだねえ」

 

と言ってキッチンの方を見ると弘樹にデレている様子の深雪がいた

 

「沖縄の件以来、深雪が弘樹のことを好きになったらしいしな」

 

「もう告白しちゃえば良いのに・・・」

 

と凛が言うと夕食の準備ができたのかテーブルに深雪と弘樹、凛と達也といった感じで横に座ると夕食のまでを楽しんだ

 

「ああ、そう言えば凛の作っているCADは如何だ?」

 

夕食を楽しんでいる時、達也が聞くと

 

「ん?ああ、『軍艦シリーズ』の事?」

 

「ああ、俺とお前が一緒に作った代物だろ?」

 

「ああ、美術品としてもCADとしても結構良かったらしいからね。売れ行きは好調だよ」

 

軍艦シリーズ

凛が元を考えて作った汎用型のCADでプログラミングを達也と弘樹に手伝ってもらい完成した刀型のCADで種類も戦艦クラス、巡洋艦クラス、駆逐艦クラスと三つのグレードに分かれており、それぞれ軍艦につけられた名前がつけられているそして弓形のCADとして空母クラスと銃タイプの潜水艦クラスに分かれている。ちなみになぜ軍艦かと言うと凛が大の軍艦好きだからである、ちなみに制作の際に資金援助をしてくれた四葉家には最上級の戦艦クラスの刀型のCADを送った

 

「そうか・・・それじゃあ刀型とかのCADの設計はお前にしか任せられないな『道田 もみじ』さん」

 

「よせやい」

 

と言っていると弘樹が

 

「そういえば深雪、今度の誕生日横浜のベイヒルズタワーに行こうと思うんだけど・・・」

 

「はい、私は弘樹さんと行けるのであれば何処へでも」

 

と言うと弘樹がこっちを見て『助けてくれ』といった表情でこっちを見たが、下手に触り彼女の逆鱗に触れると氷漬けに合うのでできれば関わりたくないと思っていた。そしてそのまま夕食が終わると達也達は受験勉強を始めた

 

「取り敢えずここの魔法理論はここに注意して・・・・・・」

 

といって弘樹は深雪に受験に必要な魔法理論を教えている時、既に高校生レベルを超えている達也と凛はCADのことで話し合っていた

 

「取り敢えず、今FLTで売らせて貰っている軍艦シリーズは少しストレージの所を・・・・」

 

「じゃあストレージの強化を・・・・」

 

などと各々するべき事をして凛達は帰路についた

 

「じゃあ、次は受験会場かな?」

 

「ああ、じゃあまた」

 

「おやすみなさーい」

 

と言うと凛達はマンションに帰って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして受験日になり校門前で凛達が待っていると奥から見慣れた2人がやってきた

 

「お、深雪ー」

 

「凛!」

 

「いよいよだね」

 

「ええ一緒に頑張りましょう」

 

と言うと一緒に受験会場へ入った




ちなみに軍艦シリーズは思いっきり投稿主の趣味から来ています


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誕生日

受験も無事終わり合格発表も終わり凛が新入生総代となり弘樹は深雪と同じ次席入学となり入学に必要な準備も終わり。今日は3月25日そう、深雪の誕生日である。朝から一行は横浜のベイヒルズタワーで買い物を楽しんでいた

 

「弘樹さん、この服如何思います?」

 

「ああ、良いと思うよ。深雪は何でも似合うな」

 

一つの服屋に一組の男女、深雪と弘樹が何の服を買おうかと色々と話し合っている時。達也と凛は行動を起こしていた

 

「達也、今の所どう?」

 

「特に問題は起きていないが・・・」

 

と言っていると怪しい人物が見えたので取り押さえたが別部隊が東タワーで暴れた、がこれを深雪が莫大な干渉力で抑えて相手がナイフを取り出すと弘樹がナイフを蹴り飛ばし手刀で気絶させた。この情報を"弘樹の視点"で見ていた凛はキーボードを叩いていた

 

「弘樹ほどじゃないけど私だって結構いけるのよ」

 

と言って写っていた画像を粗くしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒ぎがあった後凛達は深雪達と合流し別の場所で食事を楽しんでいると

 

「深雪、はい誕生日プレゼント」

 

と言って凛が深雪に誕生日プレゼントを渡すと達也も誕生日プレゼントを取り出して深雪に渡した

 

「お兄様、凛。ありがとう」

 

と言って二つの箱を開けるとそこには雪の結晶をしたブローチと白を基調としたバックが入っていた

 

「わあ、お兄様、凛。ありがとう」

 

「よかったー、気に入ってもらえて。結構悩んだんだよね」

 

と言って凛は自分の選んだハックが気に入ってもらえたことに喜んだ

 

「ええ、とっても良いバックよ。ありがとう」

 

と言って今度はブローチを手に取ると

 

「お兄様も、こんなに綺麗なブローチをありがとうございます」

 

と言っていると達也が

 

「それには認識阻害の刻印魔法が掛かっている、それを付けていると周りの視線が少しは減るだろう」

 

「そうなんですか、へえ。じゃあこれを付けていると凛や弘樹さんと一緒に外に出る時、周りを気にせずに要られますね」

 

と言って達也に感謝をすると

 

「弘樹さんも今日はありがとうございます」

 

「良いよ良いよ今日は深雪の誕生日だ深雪の好きなように過ごすと良い」

 

と言うと深雪は早速ブローチをつけて店を出て凛のマンションに戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛のマンションに着くと早速誕生日パーティーが行われ冷蔵庫からフルーツタルトが出てきた

 

「今年は少し思考を変えてフルーツタルトにしてみましたー」

 

と言って目の前に沢山のフルーツの乗ったタルトが出された

 

「これは美味しそうですね、しかもフルーツがいっぱい」

 

と言って美味しそうタルトを食べていると達也が何か口に硬いものが入っていると言って取り出すとそこには『happy』と書かれた焼き物があった

 

「お、達也が当たったか」

 

「凛、これは?」

 

と言って深雪は入っていた焼き物について聞くと

 

「これはねガレット・デ・ロワって言うフランスのお菓子を元に作ったんだ。本当はパイの中に焼き物を入れて、それを当てた人は今年の運は良くなるって言うものなの」

 

「そうなんですね」

 

と言って深雪が納得すると弘樹が

 

「深雪、はいこれ誕生日おめでとう」

 

と言って渡された箱の中を開けると中には腕輪型のCADが入っていた

 

「弘樹さん、これは?」

 

と言って深雪が中身を聞くと

 

「僕が深雪用に作ったCAD。よかったら使って」

 

と言うと深雪は手に取ってジロジロ見ていた

 

「弘樹さんが・・・私の為に・・・」

 

と言っていると深雪が

 

「弘樹さん、早速このCADを使ってみたいのですが・・・」

 

と言うと

 

「深雪ならそう言うと思ったよ」

 

と言って横の壁の一部をスライドさせるとそこには階段があった

 

「じゃあこちらへ」

 

と言って階段を降りるとそこには大きな明るい部屋があった

 

「相変わらずよくこんな大きさを作れたな」

 

と達也が言うと凛は少し照れた様子で

 

「まあ、こっちの方が思いっきり魔法行使できるだろ?」

 

「まあ、そうだな」

 

と言うと深雪が早速、弘樹の調整したCADでニブル・へイムを行使していた

 

「おお、なんかいつもより出力高くないか?」

 

「ああ、なんかそんな気がする」

 

と言っているとこっちに寒さが飛んできた

 

「ヤベ!」

 

咄嗟に防御魔法を展開すると次の瞬間ニブル・ヘイムが飛んできた

 

「おお、寒!」

 

と言っていると魔法が収まり深雪が手を振っていた

 

「如何でしたか、お兄様」

 

「ああ、だいぶ良くなっていたがもう少し加減が必要だな、危うく氷漬けになる所だった」

 

と言った深雪は今後気をつけると言ってこの後も色々と試していた

 

 

 

 

 

そして一通り終わると

 

「うん、特に問題はないね」

 

「はい、いつもより使いやすかったです」

 

と言うとそのまま元来た階段を登って部屋に戻りそのままお開きとなった

 

「じゃあ次は入学式で」

 

「ええ、そうね凛」

 

「それじゃあまたねー」

 

と言うと達也達と別れた



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入学編
入学式


今日は魔法科高校の入学式、校門では大きな声が響いていた

 

「納得いきません!如何してお兄様が補欠なんですか!」

 

「また言うのか深雪」

 

そこには深雪と達也がいた。一体なぜ総代である凛ではなく次席の深雪がここにいるのかと言うと、それは少し遡って朝の早い時間であった、突如家の電話が鳴ったと思い電話に出るとそこには弘樹が写っていた

 

「弘樹か・・・如何したんだ?」

 

「いやー、あのねちょっとした問題が起きて・・・」

 

と言っていると今度は携帯が鳴り深雪が出ると

 

「え!?わたしがですか!はい・・はい・・分かりました・・では・・」

 

と言って電話を切ると

 

「お兄様今、学校から連絡がありまして総代の人が来れなくなったと・・」

 

と言うと達也がもう一度弘樹の方を見ると

 

「あのバカ姉貴が昨日騒ぎすぎてぶっ倒れちゃったんだよ、全く何してんだか」

 

と言ってやれやれと言った表情で顔を振っていた

 

「そうか・・じゃあ凛にはお大事にと伝えといてくれ」

 

「ああ、分かった。あ、ちなみに今日は僕も姉さんの看病のために休むから」

 

「そうか・・了解した」

 

「それじゃあまた明日」

 

と言うと電話が切れた

 

「・・・さてと急いで支度をするか」

 

「はい、お兄様」

 

と言って急いで支度して最初の場面に戻る

 

「本来ならお兄様がやるべきです」

 

「深雪、今日は晴れ舞台だ、代理だとしてもしっかりと凛の代わりを務めるべきではないか?」

 

「お兄様・・・わかりましたで入ってきます」

 

と言うと深雪は打ち合わせのために行動の中へ入っていった

 

 

 

 

 

深雪が打ち合わせのために講堂へと入り入学式まで時間があったので近くのベンチで待っていると近づいてくる気配があったので振り向くとそこには1人の女性が立っていた

 

「貴方新入生ですね?そろそろ会場に向かった方がいいですよ」

 

と言ってその女性は言った

 

『CADを携帯している・・・と言うことは生徒会が風紀委員の人だな・・・』

 

と思っていると向かうから自己紹介をいてくれた

 

「あっ、ごめんなさい名乗っていなかったわね。私は第一高校生徒会長七草真由美です、よろしくね」

 

と言うと達也は瞬時に数字付きであることを把握した

 

「初めまして、司波達也といいます」

 

「え!あの司波くん!?」

 

と言うと真由美は手を握って

 

「平均入試7教科平均96点!特に魔法工学に関しては今日来るはずだった総代を抑えて満点を取ったあの司波達也くん!?」

 

と言って真由美は驚いていた

 

「この点数に先生達は驚いていたわ!!」

 

と言って続きを言おうとした時遠くから真由美を呼ぶ声が聞こえた

 

「ちょっと会長!あなたがいないと式が出来ませんよ、さっさと来てください!」

 

と言うと真由美は会場に向かった

 

 

 

 

 

会場に行くと前が一科生後ろがニ科生に別れていた

 

「ここまで綺麗に別れていると感心するな」

 

と言った空いていた席に座って待っていると隣に座った二人の人物がいた

 

「隣、いいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

と言って促すと

 

「あ、私柴田美月って言います、よろしくお願いします」

 

「私は千葉エリカよろしくー」

 

と言ってお互い自己紹介し少し話をしていると入学式が始まりいよいよ新入生総代の答辞となった

 

「続きまして新入生総代代理の答辞です」

 

と言うとエリカが反応した

 

「今、代理って言ってたよね。じゃあ今年の総代はあの子じゃないってことよね。何でいないんだろう・・」

 

と思っていると達也が答えた

 

「ああ、今年の総代なら昨日騒ぎすぎて倒れてしまったらしい」

 

「何で達也が知ってるの?」

 

とエリカが聞くと

 

「それは・・・今年の総代と俺が知り合いだからだ」

 

「へえ、そうなんだ。じゃあどんな人なのか知ってるの?」

 

「ああ、少し面白い人だと思うぞ」

 

などといっていると式が終わりそのまま全員が教室へと向かうのだがここで空気を読まない連中がお近づきになろうと深雪に話し掛けており、深雪は迷惑そうだったがそこに真由美が手を差し伸べて一旦は窮地を脱することができた

 

「あ、有難うございます。七草会長」

 

「別にいいわ、それよりも随分と際どい答辞を言ったわね今年の総代は」

 

というと

 

「凛ならああいう事を書くと思っていました」

 

「あら、凛さんのことを知っているの?」

 

「ええ、私はあの人から魔法のことについて教えて貰いましたし」

 

と言うと

 

「へえ、深雪さんに魔法を教えた人か・・ちょっと気になるな〜」

 

と言うと深雪は達也と合流するために真由美と別れた

 

 

 

 

 

その頃達也達はエリカと共にIDカードを取っていた

 

「ねえ達也、一緒にHRに行こうよ」

 

「悪い、これから妹と待ち合わせをしているんだ」

 

と言ってエリカの誘いを断った

 

「妹ってあの代理で答辞を読んでいた子の?」

 

「ああ、そうだ」

 

「え、ひょっとして双子?」

 

と聞いたが達也は違うと言うと美月が

 

「へえそうなんですね、オーラが似ていたのでてっきり双子かと・・・どうしました?」

 

「・・・へえ君は特段目が良いんだなって思ってな」

 

と言って彼女が霊子放射光過敏症だと思い少し睨んでしまったが後ろから聞き覚えのある声がし、振り向くとそこにはやはり深雪がいた

 

「お兄様、早速お誘いでもありましたか?」

 

「深雪、そう言うのはなるべく控えてくれないか。それにこの二人はクラスメイトだ」

 

「ふふ、大丈夫ですよそれくらい分かっております」

 

と言うと早速二人が自己紹介をした

 

「あ、初めまして司波深雪さん。私は柴田美月と言います。美月と読んでください」

 

「私は千葉エリカよ、エリカって呼んで。私も深雪って言うから」

 

「ええ、よろしく美月、エリカ」

 

と言って移動した時深雪に集まった野次馬・・主に一科生からの誹謗中傷の声が上がっていた

 

「次席の妹に劣等生の兄か・・・恥ずかしく無いのか?」

 

「よく一緒に居られるわね」

 

このままだと周りが氷の校舎となりかねず取り敢えず話題を変えようとした時、ちょうど真由美が話しかけた

 

「生徒会の件なんだけど明日で良いかしら?」

 

「ちょっと会長!」

 

「別に良いでしょ、今日は総代が休みだし」

 

と言うと真由美の後ろにいた副会長らしき人物が言うと達也を睨むようにして真由美後をついていった。そんな様子を見たエリカは

 

「あれは確か、副会長のはずだったけど・・・多分あれね・・・会長に恋しててそのライバルだと思って睨んでたんじゃないの?」

 

「だとしたら甚だ迷惑な話だ。第一、会長とは今日初めて会ったのだぞ」

 

と言うと深雪が

 

「お兄様は自分の容姿に鈍感ですから」

 

「あ、あはははは・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪のIDカードを取りに行くとエリカがきいた

 

「ねえ、深雪って昔からあんな感じで人の目を集めていたの?」

 

「そうね、昔からあんな感じだったわね」

 

「まあ、今は深雪の好きな人もいるし。余計にな」

 

「そんなお兄様・・・」

 

と言って深雪は顔を赤くしていた。するとエリカが

 

「ねえ、その好きな人の名前って誰なの?」

 

と聞くと

 

「ああ、神木 弘樹って言ってな今回の総代の弟になるかな」

 

と言うとエリカが

 

「へえ、総代の弟か・・・どんな人なのか気になるな」

 

と言うとその日はそのまま別れた



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揉め事

次の日、凛が回復したとの事で駅で待ち合わせをする為に待っていると聞き覚えのある声がしてその方に向くとやはり凛と弘樹がいた

 

「深雪ー!」

 

「あ!凛ー!」

 

と言ってお互いに手を振り合流した四人はそのまま学校へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着くと一科生と二科生とでは教室が違うので達也とはそれぞれ別のところに向かった

 

「いやー昨日はごめんね、深雪」

 

「大丈夫でしたよ、それよりも凛、体の方は?」

 

「私は大丈夫だよ」

 

と言って同じ教室だったので教室に着き席に座ると、深雪に話し掛けていた

 

「あ、あの司波さ、わ!」

 

と言うと話しかけた一人に生徒がずっこけてしまった、そんな様子を見て周りの生徒は笑っていた

 

すると、深雪はずっこけた生徒に手を差し伸べてその生徒を起き上がらせていた

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとうございます司波さん」

 

「ところであなたの名前は?」

 

と名前を聞くと

 

「光井、光井ほのかです」

 

「司波深雪です、光井さん、よろしくお願いします」

 

「はい!こちらこそ!」

 

と言うとほのかの後ろからもう一人の生徒が出てきて自己紹介をした

 

「すみません、ほのかが迷惑をかけて。あ、私は北山雫と言います」

 

「よろしくね北山さん。あ、そうだついでに私の親友も紹介するわ凛、弘樹さん」

 

と言うと二人の生徒が近づいてきた

 

「呼んだ?深雪」

 

と言うと深雪が紹介をした

 

「紹介するわ、この子が私の親友の・・・」

 

「神木凛ですこっちは弟の・・・」

 

「神木 弘樹と言います宜しく」

 

と言ってほのかに握手を求めるとほのかは少し呆然としていた

 

『え、すごいイケメン・・』

 

と思っていると弘樹から

 

「どうしましたか?」

 

と、聞かれ我にかえり

 

「は、初めまして!光井ほのかと言います!」

 

と言って顔を赤くして自己紹介をした、そして隣にいた生徒が

 

「私は北山雫、よろしく」

 

と言って軽く自己紹介をした

 

「ああ、よろしく」

 

と言って弘樹は雫と握手をした、そして凛も自己紹介をしていると始業のチャイムがなり残りは放課後に話し合おうと言うと教師が教室に入って来て話をし始めた

 

「皆さん、入学おめでとう1ーA指導教員の百舌谷です。難関である第一高校の中でも、皆さんは特に優秀な成績で通過した人達で構成されています」

 

と言ってそのまま百舌谷は話を続けた

 

「ここにいる皆さん全員が優等生であり、期待を背負っている事を忘れないで下さい」

 

と言ってここの施設の説明や一科生だけ特別に教員がいる事などを伝えると

 

「この後は専門授業の見学です。午前中は基礎魔法学と応用魔法学、午後は魔法実技演習の見学を予定しています。希望者は10分後に実験棟一階のロビーに集まって下さい。他に見学したい所があれば自主的に行動しても構いません」

 

と言って百舌谷は部屋を出ていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのかは約束があるので席を立ちそのまま深雪のところへ行こうとすると深雪の周りには野次馬の生徒が大勢いた

 

「司波さん、僕と一緒に回りませんか?」

 

「司波さんこの後はどこに行きますか?」

 

などと言われどうしようと困っていると突然大きな声がした

 

良い加減にしろ!!」

 

その声にほのかや野次馬は驚いた、ふと声の下ほうを向くとそこには少しイラついた様子の凛がいた

 

「良い加減にしろ、深雪とはもう先に私が一緒に回る約束をしている!野次馬はとっとと伏せろ」

 

と言うとまるで蜘蛛の子を蹴散らすかのように野次馬が去って行った。そんな様子をほのかは

 

『こ・・・怖い・・・』

 

と言って少し凛のことが怖く思えてしまった。

 

 

 

野次馬を蹴散らした凛と弘樹は

 

「ふう、さて深雪。どこを回る?」

 

「じゃあ先生の所に行きましょう」

 

と言うと三人が教室の外に出ようとした時

 

「深雪さん・・わ、私たちも一緒にいいですか?」

 

と言ってほのかと雫も一緒について行きたいと言うと

 

「ええ、良いですよ。一緒に回りましょう」

 

と言ってほのかと雫を加えて五人で回る事にした

 

 

 

 

 

「ねえ、深雪」

 

「ん?何かしら凛」

 

授業見ている途中凛が深雪に話しかけた、その頃弘樹は雫やほのかと話で盛り上がっていた

 

「あの、森崎とか言う人。どうやらあなたに興味があるみたいよ」

 

と言って後ろからついて来ている男子生徒の中で凛の視線の先にいた人物を見た

 

「あの人が・・・」

 

と言って視線を戻しそのまま授業の見学を行いその日の授業は終わった

 

 

 

 

 

授業が終わり達也と合流しその時に西城レオンハルトと知り合った一行は校門を通りそうになった時数人の生徒に行き先を妨害された

 

「・・・なんだい君たちは」

 

弘樹がそういうと

 

「すまないが深雪さんと話がしたい」

 

「・・・すまないね、今深雪さんはうちらと話しているんだまた今度にしてくれないか?」

 

と言うと

 

「すまない、今から私たちは深雪さんに相談する事があるんだ」

 

「そうよ!少し時間を借りるだけだから!」

 

と言って弘樹は内心『よく言うよ、相談するなら今までの空いている時間にすれば良いのに』と思っていると後ろから

 

「フン!そう言うのは自活中にすれば良いだろ!俺らと違って接点は多いだろうしよ!」

 

「そうね、そもそもそう言うのって本人の同意がいるでしょ。そんなのも聴かないなんてあんたたちは幼稚なの?」

 

「五月蝿い!二科生が一科生に指図するな!」

 

と言ってレオとエリカの意見に一科生の面々は苛立ち、きつい口調となっていた。その様子はまるで権力に自惚れ破滅へと追いやられた人のようであった。すると美月が強い口調で

 

「同じ新入生じゃないですか!一科生のあなたたちが今の時点でどのくらい優れているって言うんですか!」

 

その発言に妨害した生徒の一人の森崎俊が

 

「どれだけ優れているかって?じゃあこの場で証明してやる!」

 

と言ってCADを触ろうとした時突如持っていたCADが”消えた”そして周りの生徒のCADも消えた事に気がついた

 

「な!」

 

「「え!?」」

 

突然の事に森崎やレオとエリカは驚いた。どうしたのかと思っていると達也が

 

「森崎、言葉には気をつけたほうがいいぞ」

 

と言ってどう言う意味だと思っているとその理由が即座にわかった

 

『なんだ・・この尋常じゃない殺気は今まで感じたことが無い・・』

 

と言って後ろを見るとそこには複数のCADを持った一人の生徒が立っていた、ただその女性の顔は怒りに満ちていた顔だった。する女性はこういい始めた

 

「森崎と言ったか、さっきお前はここで魔法を使おうとしたな?」

 

「・・・・」

 

あまりの殺気に森崎は言葉が出なかった

 

「まあ、魔法のことは置いておく。さて、私が今怒っているのは先ほどの発言だ。おい、そこの生徒」

 

と言ってさっき『指図するな!』と言った生徒の方を向くとその生徒も固まって動けなくなっていた

 

「さっきお前は『二科生が指図するな』と言ったな」

 

と言った次の瞬間

 

「言葉には気を付けろ、次はないと思え」

 

と言って殺気を込めて言うとその生徒はそのまま気絶してしまった

 

「さて、森崎に行っておこう。力を持っているとは言えそれに自惚れ、何もしないでいると身の破滅へと繋がるぞ、覚えておくと良い」

 

そう言うと騒ぎを聞きつけた真由美ともう1人の生徒が駆けつけて

 

「貴方達、何をしているのですか!人に向けてのCADの使用は犯罪行為です!」

 

と言って女生徒が状況を聞こうとすると凛が前に出て

 

「すみません、森崎君の魔法が見たいとの事で集まってきたのを思わず勘違いしてしまいました」

 

と言って凛が先程とは変わっていつもの様子で淡々と答えた事に当事者を含め驚いていたが女生徒である渡辺摩利は

 

「なら、あそこにいる女子生徒が放とうとした魔法は如何説明する?」

 

「・・・彼女が放とうとした魔法は軽い目眩しの様なものでしたヒートアップを止めようとして咄嗟に発動したのでしょう」

 

と達也が言うと摩利が

 

「つまり君は、発動段階の起動式を読み取った、という事か?」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「・・・・・誤魔化すのも得意というわけか」

 

というと真由美が

 

「もう良いじゃない、だって本当に魔法が気になっただけでしょ?」

 

と言うと摩利が呆れながら

 

「はあ・・・」

 

と言って達也と凛の方を見ると

 

「君達・・・名前は?」

 

「1年A組神木 凛です」

 

「1年E組司波 達也です」

 

「そうか・・・覚えておこう」

 

と言って去って行った、そして2人がいなくなると森崎が

 

「神木・・・・・さっきの事は謝る、俺の名前は森崎 俊。森崎家の本家に連なるものだ。司波達也、俺はお前を認めない、深雪さんは僕たちと一緒にいるべきなんだ!」

 

その発言に深雪が反応して弘樹の方を見た、そして森崎は凛の方を向き

 

「神木、お前にも絶対負けない!」

 

「ああ、そうかい。じゃあいつでもかかって来な、相手をしてやる」

 

と言うと凛はCADを返し森崎は覚えていろとでも言うような表情でどこかに行った

 

 

 

 

 

「弘樹さん!」

 

「深雪?グハァ!」

 

森崎がいなくなると深雪は弘樹に飛びついた

 

「ど、どうした深雪」

 

と言うと深雪が

 

「・・・少し怖かったです・・・」

 

と言って弘樹に抱き付いていた

 

「お、おお・・大丈夫だよ。もうあの輩はいないよ」

 

と言って頭を撫でているとエリカが

 

「ふふーん、弘樹ってあの人だったんだ。あついねぇー」

 

と言って茶化していると凛は頭から警棒で軽く叩きつけた

 

「何馬鹿なことやってんだよ!」

 

「あで!何すんのよ!」

 

「エリカが茶化すのが悪い」

 

と言って凛がさっさと帰ろうと言ってそのまま校門を出た



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帰り道

ほのか提案で一緒に帰ることとなった凛、弘樹、達也、深雪、レオ、エリカ、美月、ほのか、雫の9人は帰り道の途中、CADの話で盛り上がった

 

「へえ、深雪のCADって達也が調整してるんだ」

 

「はい、お兄様に任せるのが一番ですから」

 

と言っているとエリカがあることに気づいた

 

「そう言えば深雪の持っているCADって随分とスマートね」

 

と言うと深雪の持っていたCADを全員が見た

 

「確かに、今まで見たCADってこんなにもあっさりした見た目じゃないですよね」

 

と言うと

 

「これは弘樹さんがわたしの誕生日の時に贈ってくれたものなんです」

 

「「ヘェ〜」」

 

と言って弘樹の方を見ると弘樹は

 

「ああ、それは市販のやつを僕が改造して作ったんだよ、無駄なところをとってね」

 

と言って市販のやつの改造版である事を伝えた

 

「へえ、じゃあCADを作ってたりするの?」

 

「いや、あまりそう言うのはしないかな」

 

などと言っていると近くのカフェに寄って軽く話をしている時、エリカが

 

「そういえば、凛と深雪って仲良いよね。どこで知り合ったの?」

 

と聞かれて深雪は如何答えようかと思っていると凛が

 

「ああ、深雪とは昔、旅行先で知り合ったんだ。あの時から深雪は目立ってたからねー」

 

「ちょっと、凛!」

 

と言ってエリカが納得をしていた、すると弘樹が

 

「そういえばエリカ」

 

「ん、何?」

 

「さっき揉めた時、お前何の魔法を使おうとしたんだ?その警棒、CADだろ?」

 

「へえ、よく分かったわねこれがCADだなんて」

 

と言うとエリカがさっき発動しようとした魔法の名前を言った

 

「え!?瓦割りって相当な奥義とか秘伝の部類よね、それって想子量が多いことよりもすごいわよ」

 

と言って深雪がいうと

 

「もしかして、うちの学校に一般人は居ないんじゃないの?」

 

「ていうか、そもそも魔法科高校に一般人はいない」

 

と言って雫が言うと全員が笑ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからレオ達と別れた達也達と凛達はそのまま凛の所有するマンションへと向かった

 

 

 

 

マンションに着いた達也達はそのまま地下の訓練場に足を運び凛と達也は動きやすい服装に着替えていた

 

「じゃあ達也、早速やろうか」

 

「ああ、こっちはいつでも行けるぞ」

 

そう言うと凛は早速CADを起動し魔法陣が出ると

 

「魔法式、ロード・・・無限倉庫起動」

 

と言うと魔法陣から大量の兵装が出てきて達也をロックオンし攻撃を始めた

 

「今日は少しきつめで行くよ」

 

と言うと壁からも兵装が出てきて銃弾を放った、しかし達也は動かず目を開けると撃たれた弾丸は全て消えた

 

「ん、このくらいだったら大丈夫そうね」

 

「いや、結構ギリギリだった・・・母上の要請だからといっていつもすまないな」

 

「いいよいいよ、私もちょうどいい練習になるし」

 

と言っていると凛が時計を見て

 

「あ、そろそろ時間だ。ごめん達也、今日はここまで。私、今から仕事があるから・・・」

 

と言って壁を触ると壁の一部が光り中からスコープのついた大きな狙撃銃が出てきた

 

「・・・今日は何人なんだ?」

 

と達也が聞くと

 

「んー、大体4、5人かなぁ」

 

と言って凛が答えると

 

「今日は俺も手伝っていいか?」

 

と聞かれたので

 

「ええ、いいわよ。こっちも報酬は変わらないからね、深雪は弘樹に送っておいてもらっとくから」

 

「・・・感謝する」

 

と言うと入ってきた階段とは違う扉に入っていった、そこにはいくつかの車があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内某所

 

とあるホテルの一室には四人の男がいた

 

「・・・首尾は如何だ?」

 

「今のところ妨害などはありません、着々と準備はできています」

 

「人員配置に関しても特に問題ありません」

 

などと言っているホテルの一室を遠くのタワーから見ている一組の男女がいた

 

「人員配置に関しても問題ありません・・・か、よしさっさとやろうか。達也、座標指定を」

 

「了解した」

 

「それじゃあ、始めますか」

 

如何言うと凛は先ほど取り出したSLVKー14S狙撃銃をホテルの窓に向けると

 

「天候は晴れ、風向きは追い風、距離3000・・・ふぅ」

 

と言うとタワーの屋上から銃声と共に弾丸が放たれた

 

 

 

 

一瞬だった、目の前にいた二人の部下が一度に頭が吹き飛びそのまま亡骸へと変わった

 

「ど、どこから飛んできたんだ!」

 

といって咄嗟に部屋に置いてあった銃を取り出して場所を探すと遠くのタワーがあったが

 

「馬鹿な、あそこまで3キロはあるぞ!」

 

と言うとその部下も頭を撃ち抜かれ絶命した

 

「くそ!よりにもよって鮮血の魔女かよ!」

 

と言っているとなにかが腹に当たった感覚があった、ふと下を見ると自分の腹が壁を貫通した銃弾によって貫通されていたのが分かった

 

「くそ、これじゃあまずい。一旦立て直さねえと」

 

と思っていると突如部屋に数人の黒装束の人が入ってきて男の身柄を押さえた

 

 

 

 

 

その様子を見ていた凛は

 

「よし、これで仕事は終わり。あとは報酬を待つだけね」

 

と言っていると隣にいた達也が

 

「しかし驚いたな、まさか“内務省”からの依頼とは・・・」

 

と言って今回の目標の人物の拘束を依頼したのが国家であることに驚いていた

 

「今回の件は真夜さんが仲介したらしいのよ」

 

「・・・叔母上が・・・!」

 

と言って達也は少し驚いていた

 

「まあ、真夜さんは『これで内務省ともコネができた』と言って喜んでいたけどね・・・」

 

と言って狙撃銃を楽器ボックスの中に入れてしまった

 

「それじゃあ、仕事も終わったし。撤収するよ」

 

と言うとタワーを降りて近くの駐車場に止めておいた車に足を運んだ



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九重寺

次の日朝早くに電話が鳴り電話に出ると相手は達也だった

 

「凛、今から師匠のところに行くんだが、来るか?」

 

「ええ、弘樹と一緒に行くわ」

 

と言って電話を切って弘樹を起こして着替えてから“九重寺”へと向かった

 

 

 

 

 

九重寺に着き階段を登っていると早速、修行僧が襲いかかってきたがそれを我流の格闘技で沈めた

 

「・・・あの和尚分かってて襲ったな」

 

と言ってそのまま階段を登るとそこには達也と戦っていた1人の坊主がいた

 

「あ、凛!」

 

と言って凛に気付いた深雪が手を振った、すると達也が坊主によって倒されていた

 

「おお、今日も達也が負けたか・・・」

 

と言っていると達也に勝った坊主が

 

「おお凛くんと弘樹くんもきたんだね、如何だい?少しやるかい?」

 

と言って決闘を申し込んだが

 

「いや、生憎と今日は用事があってね今日はやめとくよ、九重八雲先生」

 

九重八雲、九重寺の和尚であり忍術使いでもあり、そして“私達の正体を知っている”数少ない人物でもある

 

「そうなのかい・・・それにしても深雪君も凛君もやっぱり可愛いねえ」

 

と言って凛達を触ろうとすると何処かから手刀が飛んできて咄嗟に八雲は避けて後ろに飛んだ

 

「おっと、これは藪蛇だったかな。弘樹君」

 

「・・・全く口が達者な事で・・」

 

と言うと弘樹は出した手をまたポケットの中に入れた

 

「しかし先生、あまり変な事をすると後ろから突かれますよ」

 

と言っていると達也が起き上がって近づいてきた

 

「お兄様!」

 

と言って深雪はついていた土を魔法で綺麗にしてそのまま深雪の提案で朝食を取ることにした

 

「はい、お兄様」

 

「ああ、ありがとう」

 

と言って深雪の作ったサンドイッチを食べていた

 

「はい、弘樹さんも」

 

と言って弘樹もサンドイッチをもらって食べていると深雪が

 

「しかし、凛と先生は一体なのを話しているんでしょう」

 

と言って凛達の向かった奥の部屋を見た

 

「大丈夫、姉さんのことだ、きっと話すことがあったんだよ」

 

と言って弘樹は内容の事を想像しながらサンドイッチを食べていた、その頃凛と八雲は

 

「さてと・・・これで大丈夫でしょう」

 

と言って遮音壁を貼ると変装を解いた凛は

 

「そうか、じゃあ報告を聞こうか」

 

と聞いて昨日の狙撃した面々の細かい情報を聞いた

 

「は、昨日貴方様が撃った面々は国内でテロを模索しておりました。しかし彼らだけではとても資金力が無く行動を起こせそうにありません出した」

 

「そうか・・・それで、ターゲットと背後関係は?」

 

「後ろ盾に関しては把握致しましたが、目標の場所は分かりませんでした」

 

と言って後ろ盾に反魔法国際政治団体ブランシュが資金提供をしていた事を報告した

 

「わかった引き続き八雲はブランシュの情報を洗え、実行に関しては“私がする”」

 

凛が動く、つまりそれはブランシュの殲滅を意味する事を理解すると八雲は

 

「御意」

 

と言って頭を下げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九重寺から戻った凛達は一度着替えてからコミューターに乗って第一高校の近くの駅まで向かった

 

 

 

 

 

 

その日のお昼凛、弘樹、深雪、達也の4人は生徒会長の七草真由美からお誘いがあり生徒会室へと向かった

 

「ん、如何したの?」

 

と言って顔色の悪い達也を尻目に生徒会室へと向かった

 

 

 

 

生徒会室に着くと早速生徒会長の真由美と食事を取ってから本題の生徒会の件を話し始めた

 

「さて、今回呼んだのは他でもありません、あなた達には生徒会に入って貰いたいと思っています」

 

と言うと近くに座っていた人から順に紹介をしていった

 

「まず、私の隣にいるのが会計の市原鈴音通称りんちゃん」

 

「同級生で呼ぶのは貴方だけですよ、それに今年の総代の名前も凛なんですから間違えてしまうと思いますよ」

 

と言って今後はその呼び方を変えるよう言っていたがそれをさらっと受け流して昨日会った風紀委員の渡辺摩利をさらっと紹介しそのまま書記の子を紹介した

 

「その隣にいるのが風紀委員の渡辺摩利でその隣にいるのが書記の中条 あずさ通称あーちゃん」

 

「ちょっと会長!下級生の前でそに言い方はやめてください」

 

と言って反論するが真由美はそれを無視して

 

「当校の生徒会長は全校生徒の投票によって選出されます。ですがそれ以外の役員は会長に選任解任の権限が与えられています。それで、これは毎年恒例なのですが今年の新入生総代には生徒会役員になってもらっています。本来なら凛さんがすべきなのですが、答辞は深雪さんが務めましたので2人に声をかけてもらいました」

 

と言って真由美がここに2人を読んだ理由を言って納得すると深雪が達也の生徒会入りを懇願したが生徒会の規定に『二科生は生徒会に参加できない』と鈴音から言われ渋々深雪は席に座ったが摩利がある提案をした

 

「あ、風紀委員なら二科生でもなれるぞ」

 

と言うとなし崩しに達也が風紀委員に推薦することとなると一人の生徒が声を上げた

 

「あの・・・如何して僕は呼ばれたのでしょうか・・」

 

と言って弘樹が言うと真由美はハッとした顔で

 

「そうだった・・本来は弘樹くんに風紀委員をお願いしようと思っていたんだ・・・」

 

と言って頭を抱えると鈴音が

 

「会長、職員推薦なら空いていたと思いますが・・・」

 

と言うと弘樹はそのまま職員推薦で風紀委員に推薦されることとなった



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挑発

放課後、達也は風紀委員の件を断ろうと生徒会室に行くとそこには生徒会副会長である服部刑部がいた、すると服部は達也を通り過ぎ深雪と凛に挨拶をした

 

「初めまして、司波深雪さん、神木凛さん。副会長の服部刑部です」

 

と言って達也のことは無視し深雪達の方へ自己紹介をすると摩利が達也を風化委員の部室へ連れて行こうとした時、服部が待ったをかけた

 

「渡辺委員長・・・」

 

「ん?如何した服部刑部少丞範蔵副会長?」

 

「フルネームで言わないでください、ちゃんと学校には服部刑部で提出していますし今時官職なんてありません!」

 

と言って反論すると

 

「ってそう言うことを言いたいのではありません。渡辺委員長、私はその二科生の風紀委員に任命するのは反対です、今まで二科生が風紀委員になったこともありません!」

 

と言って服部は達也の任命は反対すると摩利が禁止用語を言ったとして注意したが服部は

 

「風紀委員は実力で違反者や反乱行為を取り締まる役職です。実力の無い二科生では務まりません!」

 

「だが彼には起動式を読み解く目と脳がある」

 

「そんなバカな、起動式は単一工程でも三万字のアルファベット相当になる、そんなことできるはずがない!」

 

と言って反論をすると摩利が達也を風紀委員に推薦する理由を言った

 

「それに、私が彼を欲する理由は『二科生』だからだ、今まで風紀委員は一科生しかなれなかった。だから一科生が二科生を取り締まる図はあっただかその逆はなかった、その構図が一科生と二科生の溝を助長することは好ましくない」

 

と言うと服部は真由美の方を向いて

 

「会長、自分は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。魔法力の劣る二科生に風紀委員は務まりません!」

 

服部の発言に凛はため息を吐きながら小声で

 

「馬鹿馬鹿しい、魔法力は元が悪くとも技術で補えば良いものを。それにそう言う差別が魔法師の暴走を招いているんだぞ」

 

と小声で言うと深雪が凛に対して苦笑いをしていた、すると

 

「じゃあ、魔法力で劣る二科生に納得が行かないのであれば実際に戦えばよろしいのでは?服部副会長と達也で・・・」

 

と凛が言うと

 

「神木さん・・・貴方も司波達也の風紀委員就任に賛同するのか?」

 

「ええ、私は前から達也の事を知っています、そして達也に魔法を教えたりもしていました。ならば納得のいくまで戦うのが良いでしょう。テストが本当の実力を示しきれているのかを示すためにも・・・」

 

と言って服部と達也で戦う事を提案したその様子を見ていた真由美と摩利は

 

『なんでだか分からないけど、この人に逆らうことができない・・・』

 

と言って凛がいつもとは違った様子でいる事に少し驚いた

 

「神木・・・本気なのか?」

 

と聞くと

 

「この状況で嘘を言うと思う?」

 

「まあそうだな」

 

そう言うと達也は服部と模擬戦をする事となった

 

 

 

 

 

そして、真由美と摩利によって2人の模擬戦が非公式で行われることとなった。場所は第三演習室で、開始時間は30分後。達也がCADを取りにいている時、真由美と鈴音とあずさが深雪に聞いた

 

「ねえ、さっき凛さんが達也君の魔法を見ていたって言うけど本当なの?」

 

「ええ、凛は私とお兄様の魔法をよく見ていました。その時に凛が達也に『もし自分に魔法力が無いと思うならそれを悲観する事はない、むしろそこが欠点だと言う事を理解し、魔法力を上げるのでは無く魔法の制御力を上げるべきだ』と言っていました」

 

「「へえ〜」」

 

と言って真由美と摩利は感心していたすると真由美が

 

「じゃあ私も凛さんに教えてもらおうかしら」

 

と言うと深雪が

 

「・・・もし凛と弘樹さんに魔法を教えて貰おうと思うなら相当な覚悟が入りますよ」

 

と言ってあまりお勧めできない事を伝えた

 

「それって如何言う・・・」

 

と続きを言おうとすると達也と服部が入ってきた達也の後ろで凛が壁にもたれかかっていた、そして摩利の説明があり静粛になると初めの合図があった

 

 

 

 

一瞬であった、初めの合図と共に服部が倒れ、後ろに達也が立っていた

 

「!・・・しょ、勝者・・司波達也!」

 

一瞬の事に摩利は戸惑ったが倒れている服部と立っていた達也を見て判定をした

 

真由美達は何が起こったか分からず唖然としていた。

深雪は達也が勝った事に喜んでいた。

そして凛は表情を変えずにただ試合の結果を見ていた

 

 

 

 

 

取り柄あえず倒れた服部を壁に寄せて達也はCADを片付けようとしていると真由美が達也に聞いた

 

「ねえ達也君あれって元々自己加速魔法を展開していたの?」

 

と聞くと達也は否定した

 

「いえ、あれは身体的な技術です」

 

と言うと深雪が

 

「兄は忍術使いの九重八雲先生の指導を受けているんです」

 

「あの、九重先生の!?」

 

と言って摩利が大きな反応をした

 

「さて、神木。今のは如何だ?」

 

と近づいてきた凛に今の魔法を聞くと

 

「いや、まだまだだねえ。まだ魔法の精度が完璧じゃない。もっと心を落ち着かせて魔法の行使をするべきだな」

 

と言って今の魔法にダメ出しをした

 

「そうか・・・たしかに今のは俺も少し落ち着いていなかったようだな」

 

と言うと真由美達は驚いた

 

「え!?今の魔法でもダメなの?私には完璧に見えたけど・・・」

 

と言うと凛は今の試合の詳しい解説をした

 

「今のは達也の体術で瞬時に服部先輩の後ろに周りそこで同一の振動系魔法を三連射でそれぞれ波動数を変えて丁度服部先輩のいるところで被るように設定し、先輩は激しい想子の波に揺らされたと勘違いし激しい船酔いのように感じ、そこに移動した時に発生した圧縮された空気が副会長の意識を刈り取った。と言ったような感じです」

 

と言うと真由美達は

 

「ちょっと待って!?同一魔法の三連射って言わなかった!?」

 

「それ程の処理能力があるなら、実数の点数が低いはず無いのですが・・・」

 

と言うとあずさが達也のCADを見て達也にある事を聞いた

 

「あのー・・ひょっとして、司波君の持っているCADってあのシルバーホーンじゃありませんか?」

 

「シルバー?それってあのトーラス・シルバーのシルバー?」

 

と言うとあずさが目をキラキラさせながら達也のCADを見ていた

 

「そうです!FLT所属で姿、本名、プロフィールなどが一切公表されていない謎の天才魔法技師!世界で初めてループ・キャストシステムを実現させた天才プログラマー!そのトーラス・シルバーがフルカスタマイズをした特化型のCADがこのシルバー・ホーンなのです」

 

と言うと真由美が不思議に思ったとことがあった

 

「ちょっと待って、さっき凛さんが説明した時に波動数の変化って言ってなかった?」

 

「ええ、たしかに私は変化させたと言いました、ただそれは座標、強度、持続時間を変化させているだけなので評価の対象外ですが・・・」

 

と言うと服部が起きて

 

「成程・・・実技試験は魔法の展開速度、魔法式の規模、対象の情報の書き換え時の強度で決まる・・・神木さんの言っていた理由がよくわかったよ」

 

と言うと深雪と凛に近づき謝罪と言葉の訂正を行うとそのまま部屋を出ようとした。すると演習室に想いもよらない人物が入ってきた

 

「十文字君!?」

 

そこには大きな体をした十師族の十文字家当主代行をしている十文字克人が入ってきた



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凛の力

服部との演習を終え服部が演習室から出ようとした時、演習室に1人の大柄な男が入ってきた

 

「十文字君!?」

 

と言って真由美が声をあげると十文字は服部の様子を見て

 

「服部、如何やら負けたようだな・・・その理由もわかっているだろ?」

 

「はい・・・分かっています」

 

「ならば次に生かせ、また足元を取られるぞ」

 

と言うと服部は演習室を出て行った

 

 

 

 

「それで何でここに十文字君が?この試合は非公式のはずよ」

 

と言うと十文字は理由を話した

 

「生徒会室に行ったのだがな、誰もいなくてな。そしたらここの演習室が使っていると聞いてな、ここに来たわけだ」

 

と言うと摩利が

 

「すまないが十文字、私の代わりをしてくれないか?」

 

と言って十文字に審判をしてくれないかと言った

 

「別に良いが・・誰と模擬戦をするのだ?」

 

と聞くと摩利は凛の方に近づいて

 

「神木さん、貴方に試合を申し込んで良いかしら?」

 

と言って摩利が凛に試合を求めた、すると凛は

 

「良いですよ、じゃあ早速始めますか」

 

と言って懐から一つの灰色の銃を取り出した

 

「それで良いのかい?」

 

「ええ、今から自分のCADを取りに行くには時間がかかってしまうので」

 

と言って構えたそんな様子を見ていた達也達は

 

「・・・今日はあれを使うのか・・・」

 

「じゃあ、彼女は“本気“じゃないのですか?」

 

「ああ、そう言う事になる」

 

達也の発言に真由美達は驚いた

 

「え!凛さんって今本気じゃないの?摩利ってとても強いわよ」

 

と言うと

 

「大丈夫です、彼女ならすぐに終わらせますよ」

 

と言うと十文字が試合を始めた

 

 

 

 

取り出した銃を見て摩利は少し考えていた

 

『さっき自分のCADはないと言っていた・・・と言うと事はあれは予備のCAD・・・つまりそれほどまでに自信があると言うことね・・・いいわ、受けて立つ!!』

 

と言ってもしもの時はドウジ斬りも厭わないと思った

 

 

 

 

そして十文字が

 

「初め!」

 

と言うと早速摩利はドウジ斬りで攻めた

 

「ドウジ斬り!」

 

「しかも最初に!?」

 

と言って真由美達が驚いていると凛は慌てることなく刀を銃身で”受け止めた“

 

「え!?」

 

「な!」

 

などとと摩利が驚いているとそのまま凛は摩利のCADを抜き取り銃を摩利の頭に向けた

 

「・・・これは私の勝ちでいいですか?」

 

と十文字に聞くと

 

「あ、ああ・・・勝者、神木 凛」

 

と言って凛が勝った事を知らしめた

 

「え?ま、摩利のドウジ斬りを受け止めたの?」

 

と言って達也に説明を求めると

 

「ええ、確かに渡辺先輩のドウジ斬りを確かに受け止めました・・・ただあそこまで行くと恐ろしいですね・・」

 

と言って摩利と話し合っている凛を見た

 

 

 

「凄いな・・・如何やって私のドウジ斬りを止めたんだ?」

 

と聞くと

 

「簡単ですよまず銃身全体を硬化魔法で覆ってあとは先輩の警棒の先を見ただけですよ」

 

と言って解説をした

 

「・・・そうなのか・・・しかしよく私のドウジ斬りを認識できたな」

 

と言うと

 

「簡単でしたよ、まだ先輩のドウジ斬りは”まだまだ遅いですから“」

 

そしてこう言った

 

「先輩、あなたの剣筋には迷いがある、その迷いが消えない限り貴方は直ぐにやられてしまう」

 

そう言うと達也達のいる方向へと向かった

 

「迷い・・・」

 

と言って返されたCADを見て摩利は少し考え事をした

 

 

 

 

 

「はい、終わりましたよ」

 

と言って凛が近ずくと真由美に今のことを聞かれたので先ほどと同じ事を言った、するとあずさが近づいて凛のCADを見ると驚いていた

 

「おお、これは潜水艦クラスじゃないですか!」

 

「潜水艦クラス?」

 

と言って真由美がそれは何かと聞くとあずさが詳しく説明した

 

「潜水艦クラスっていうのはですね道田もみじさんという女性の方が作られた軍艦シリーズって言うCADの種類の一つでしてね、これはトーラス・シルバーが初めて自分以外の人と共同で制作したはじめてのCADでもあり、他にも戦艦クラス、巡洋艦クラス、駆逐艦クラス、空母クラスと言って他にも種類があるんですが戦艦クラス、巡洋艦クラス、駆逐艦クラスに関しては珍しい日本刀型のCADで、それぞれ昔いた艦艇の名前がそれぞれ付けられているんです。美術品としても価値が高く、完全受注生産なので滅多に市場に出回らないんですよ。ちなみになぜ軍艦の名前がとられているかと言うともみじさんが大の軍艦好きで自分の作ったCADに軍艦の名前を掘っているんです」

 

と言って凛の持っていたCADのグリップ部分を見ると

 

「ほうほう、これは伊401ですか・・・潜水艦クラスでもいい奴ですね・・・」

 

と言うと凛が

 

「少し時間がかかりますけど、よかったら日本刀型も見ていきますか?」

 

と言うとあずさは

 

「良いんですか!じゃあぜひ見せてください!」

 

と言うとあずさと凛を先頭に一行は生徒会室へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に着き、摩利と達也と途中で合流した弘樹は摩利によって隣の風紀委員の部室に向かった

 

「じゃあもし来たら私にも見せてくれ」

 

「分かったわ」

 

と言うと摩利達は隣の風紀委員部室へと向かった、少しして黒い箱を持って生徒会室に入ってきた凛は生徒会室にあったテーブルの上にその箱を置くとそっと開けて巻いてあった布を取り外し中から鞘に入った少し金の糸の柄入った日本刀を見せた

 

「おお、これが凛さんの持っている軍艦シリーズの刀型CADですか・・・」

 

と言って手に持つと

 

「あれ?思ったより軽いんですね」

 

と言って少しだけ刀身を見るとそのまま固まった

 

「ど、どうしたの?あーちゃん?」

 

と言って固まったあずさを見た真由美は理由を聞いた

 

「り・・・・凛さん・・・・こ・・・・こ・・・これって・・・・まさか・・・・せ・・・・戦艦・・・・クラス・・・ですか・・・?」

 

と言って震えた様子で凛の方を見ると

 

「ええ、これは戦艦クラスの榛名ね」

 

と言うと次の瞬間

 

「え・・ええええええええ!」

 

と言って耳を貫きそうなくらい大きなこれが生徒会室に響いた

 

「ちょっとあーちゃん!少しは加減して!」

 

と言うと

 

「だ、だってこんなものを見たら叫ばずにはいられないじゃないですか!」

 

と言ってこのCADの凄さを語った

 

「だって戦艦クラスは日本刀としてもCADとしても一級品といった評価が与えられているんですよ、この前のUSNAであったオークションでこれとは違う戦艦クラスの敷島と言う名のCADが2億ドルと言う過去最高額で落札されたんですよ!」

 

と言うと生徒会室にいた全員が驚いた

 

「ねえ摩利、2億ドルって一体どれくらいの金額なの?」

 

と言ってあまりの額の大きさに理解の追いついていない真由美は摩利にきくと

 

「さ、さあ。私にはあまりにも金額が大きすぎて・・・」

 

と言ってだいぶ動揺していると

 

「ねえ、りんちゃんそのタブ・・・」

 

と言って鈴音の方を向くと鈴音はタブレット見ていた。タブレットを見て固まっていた

 

「ど、どうしたの?」

 

と言うと無言でタブレットを真由美達に見せた、するとそこには計算された金額が書いてあった

 

「に、226億・・・」

 

と言って真由美が金額を見て顔色が白くなった

 

「「え・・・」」

 

と言って金額を聞いた製作者である凛を含めた全員が固まりそのまま持っていたあずさがそっと箱に仕舞うとそのあと、生徒会からは大きな声が漏れていた



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新入生勧誘週間

とりあえず凛の持っていたCADはとても高い代物ということがわかった為そっと閉まって凛がそそくさと隠した

 

 

 

「ふう、取り敢えずは何とかなったわね」

 

と言って椅子に座った真由美は少し疲れた様子でぐったりとしていた

 

「私も驚きました、まさかあんな値段なんて」

 

と言って凛が言うと

 

「何であんなものを持っていたの?」

 

と聴かれると

 

「ああ、私がまえに弘樹に連れられもみじさんと会ったときに、もらったんだ」

 

と言うと真由美たちは驚きながら

 

「じゃあ凛さんは道田もみじさんに会ったことがあるの?」

 

「ええ、でもその時は顔を隠していましたけどね」

 

と言って顔は見なかったといった

 

「でも凄いです、あんなものを貰ったなんて」

 

とあずさが言うと

 

「正直いって私もあんな物だとは思いませんでした」

 

と凛が言うと深雪が

 

「取り敢えずあのCADの話は忘れて生徒会の仕事を教えてくれませんか?」

 

といってバッサリと話の転換をすると真由美が

 

「そ、そうね・・じゃあ深雪さんは書記を凛さんは会計の方をお願いできるかしら」

 

と言うと二人は早速仕事を始めそのままその日は終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に戻った凛達は取り敢えず榛名を地下の演習場の壁に入れると

 

「ふう、困ったものね。これのどこが凄いんだろう」

 

といって薄い緑と薄い黄色のグラデーションの刀身を見てそう答えた。すると弘樹が

 

「それは金属でそう言う色を作りなおかつ形がしっかりしていているのが認められたのだと思いますよ」

 

といって念話で語りかけてきた

 

「まあ、そうなんだろうけどねえー」

 

といって今日は取り敢えず睡眠をとった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日登校をするとなぜか教室の気温が下がっていた、どうしたのかとほのかに聞くと如何やら達也の悪口が気に障り悪口を言った生徒が氷漬けにされていた。取り敢えず深雪を抑えて安心していた

 

 

 

 

 

「「新入部員勧誘週間?」」

 

昼に呼び出された深雪と凛は真由美に言われたことにハテナマークが浮かんだ

 

「そう、各部活が新入生を集めて予算を確保するのよ、だからある意味で熾烈な雰囲気になるわね」

 

と言うと摩利が新入生勧誘週間に着いて詳しく話すと

 

「じゃあ、その新入生勧誘週間の時はCADによる揉め事があった時私たちで対処する感じですか?」

 

「ああ、そう言う事になる」

 

「分かりました、もし私たちで対処できなくなった場合は?」

 

「その時は私たちのどちらかを呼んでくれ」

 

「分かりました、じゃあ行こっか深雪」

 

「ええ、行きましょう」

 

と言うと凛と深雪は一緒に生徒会室を出て行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速巡回に出た二人だが早速どこかの部員に捕まっていた

 

「すみません、うちこう言う部活なんですけどいいですか?」

 

「そこの生徒さん、こっちの方に来てもらえませんか?」

 

などと言っていると凛が

 

ゴチャゴチャうるせえ!ウチらは生徒会なんじゃ!部活はどこにも入らんぞ!

 

と言って怒鳴り散らすと誘ってきた部員は諦めた様子で去って行った

 

「ありがとう、凛」

 

と言って深雪がお礼をすると

 

「いいよいいよ、深雪を守らないと達也からパンチが飛んできそうだし」

 

と言うと二人は互いに笑いながら巡回をしていると

 

「助けてー!!」

 

と言って聞き覚えのある声がしたと思うと其処には何処かの生徒に抱えられて連れ去られていたほのかと雫がいた

 

「え!雫!?」

 

と言っていると凛が

 

「追いかけるわよ!」

 

と言うと凛と深雪はバイアスロン部に連れ去られた二人を救助するために自己加速魔法を使って追いかけ始めた

 

 

 

 

 

その頃ほのかと雫を捕まえたバイアスロン部の部員は

 

「へえ、結構やるじゃんあの二人」

 

「如何する?」

 

「決まってるでしょ振り切るわよ!」

 

と言って加速魔法を使おうとした時、突如前から人が出て来て二人は勢いよく止まった

 

「ちょっと!危ないじゃないの!」

 

と言って顔を見せると二人の顔は青ざめた、何故なら飛び出した人は何と追いかけていた筈の生徒だったからだ

 

「え、如何してここに?先回りなんてない筈なのに」

 

と言って驚いていると

 

「取り敢えずあなた達の過剰な勧誘行為は見過ごせません、取り敢えず”説教”をしましょうか」

 

と言って説教という単語を聞いて深雪は少しビク付いた

 

「如何したの?深雪」

 

と言って解放された雫とほのかが顔色の悪くなった深雪の表情を見てそう言った

 

「雫、ほのか今すぐここから離れた方が良いわ、巻き添えを食らうわよ!」

 

と言って取り敢えず近くの茂みに隠れて様子を伺っているとその後はもはや地獄と言って良い状況だった、その様子はまるで閻魔から説教をされる罪人と言っても過言ではない様相だった。他の近づいて来た面々も直感的に恐ろしいと感じたのか近づく事なくただ遠くから見ていた。こんな事があり凛は学校で『閻魔大王』と言うあだ名が付くようになった

 

 

 

 

 

 

 

この後しっかり縛られたバイアスロン部の二人はその後無事?に雫たちを入部させた

 

「凛、少しやりすぎたのでは?」

 

「んー、確かにやり過ぎたかも。これからは少し気をつけるわね」

 

と言ってりんに縛られて疲れた様子で二人に勧誘している様子を見ていたするとバイアスロン部のデモンストレーションの時間となり一緒に移動していると何人か倒れている生徒がいたので事情を聞くと狩猟部の先輩方がさっき体育館の方で少し問題があったらしい

 

『これは想子酔いね・・・』

 

と言って懐からCADを取り出して回復魔法を唱えると顔色が良くなった

 

「凛、何をしたの?」

 

「ああ、少し想子酔いしてたからなこれで少しマシだと思うが、それでもしばらくはここで休んでおいた方がいいだろう」

 

と言って凛は一緒に着いてきていた生徒に様子を見ていてもらえないかと言って保険医を呼んでいったのでとりあえず戻ってくるまで深雪と少し話をしていた

 

 

 

少ししてその女子生徒が保険医を連れて戻ってくるとこっちにお礼を言った

 

「いやー、助かったよ。ありがとう、先輩たちが顔色良くなってたし」

 

と言って自己紹介をした

 

「あ、ちなみに私はアメリア=英美=明智=ゴールディって言うの。よろしくね」

 

「ええよろしく」

 

と言って凛たちも自己紹介をしてそのまま別れた

 

 

 

 

 

そして時間となり凛と深雪は生徒会室に戻ると鈴音が

 

「ああ、お二人でしたか。会長なら今は部活連本部ですよ」

 

と言って達也と弘樹がが剣道部の生徒を取り締まったと言うことを聞いた

 

「じゃあ私たちは校門で達也を待ちましょうか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

と言って凛と深雪は達也の帰りを待つために校門で待っているとエリカとレオと美月が近づいてきて達也と弘樹を待っていると

 

「あ、来た来た!」

 

と言ってそのまま一緒に帰る時凛が

 

「あ!そうだ、今日ここにいるみんなでうちに来ない?新しく作った創作料理があるんだ」

 

と言うと深雪が目をキラキラさせながら

 

「本当なの!じゃあみんなで行きたいですね」

 

と言って深雪が凛の料理はとても美味しいと言うとエリカ達が是非食べてみたいと言うことで早速全員で凛のマンションに行くこととなった

 

 

 

 

 

 

「え!ここって結構高いマンションじゃん、しかも学校から近いし、ヘェ〜いいなあ、凛達ってここに住んでんだ」

 

とエリカが言うと

 

「ええ、そうよ。まあ、住んでいるのはここの一階だけどね」

 

と言ってそのままマンションに入っていった

 

「お邪魔しまーす」

 

と言ってエリカ達が部屋に上がると綺麗に整頓された部屋と大きさをみて

 

「わあ、結構大きな部屋なのね」

 

「そりゃあね、私が大きい部屋がいい!って言ったからね」

 

と言うと弘樹が

 

「あの時の姉さんは大変でしたよ。絶対大きい部屋じゃなきゃ嫌だ!て言って駄々をこねたんですから」

 

「でも大きな部屋にして良かったでしょ?」

 

「まあ、そうですが・・・」

 

と言ってここを立てる時のことを思い出していた

 

「まあとりあえずテーブルに座ってて、すぐ準備するから」

 

と言ってキッチンに入って行くとエリカ達はデーブルに座って話を始めていた




すごい微妙な切り方ですいません


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創作料理

凛が創作料理の準備をしている頃エリカ達は昼にあった達也の話をしていた

 

「そういえば達也、剣術部の桐原先輩って殺傷ランクBの高周波ブレードを使っていたんだよね、よく怪我しなかったわね」

 

「あのくらいだったら凛の剣捌きの方がよっぽど危険だ、それにあれは有効範囲が狭いからなよく切れる刀と変わりはないさ」

 

「それじゃあ、刀の対処は簡単って言ってるようなものじゃない」

 

と言って美月が言うと深雪が

 

「大丈夫よ美月、お兄様は強いから。それにもしお兄様に勝てる人がいるとしたら弘樹さんと凛くらいでしょうね」

 

と言うとエリカが反応した

 

「へえー、凛ってそんなに強いんだ」

 

「そんな事ないと思いますよ、姉さんは毎日欠かさず魔法の訓練をしていますし」

 

「でも、弘樹さんも凛もお兄様に勝っていましたよね?」

 

と深雪が言うと弘樹は

 

「うーんでもあれって勝ちになるのかな?」

 

「魔法でも体術でもお兄様を倒していたのですから、勝ちになりますよ」

 

と言って前に達也と弘樹が試合をした事を言った

 

「はえー、弘樹って達也に勝っちゃったんだ」

 

と言っていると凛がやってきて

 

「はい、準備ができましたー」

 

と言って色とりどりに盛り付けされたケーキが出てきて、隣に“ドレッシング”が置かれた

 

「ん?ねえ凛、何でケーキなのにサラダ用のドレッシングを置いてるの?」

 

と聞くと

 

「それはそのケーキを食べてみたらわかるよ」

 

と言われエリカがとりあえずそのまま食べると

 

「ああ、なるほどー。これはたしかにドレッシングが必要になるわね」

 

と言って置いてあったドレッシングをかけて食べ始めた

 

「凛、一体如何言う事なの?」

 

と深雪が聞くが

 

「ふふーん、それは食べたらわかるって」

 

と言って深雪達は何もかけずに一口食べるとその理由がわかった

 

「え!豆腐に野菜の味・・・これってケーキよね」

 

「ええ、ケーキよただケーキはケーキでも”サラダ“ケーキっていうんだけどね」

 

と言ってこのケーキの正体を言うと

 

「すごいですね、ぱっと見普通の抹茶ケーキに見えましたけど・・・」

 

と言うと

 

「ああ、この白いところは豆腐にして緑色のところは葉物野菜をペーストにしたものでスポンジにはニンジンをベースにした野菜を使って色つけをしたの」

 

と言ってケーキの中身を言った

 

「へえー、これって全部野菜とかでできているんだ。私だったら野菜と知らずに食べちゃうわね」

 

と言って少し盛り上がると凛が達也に

 

「そういえば達也。貴方、擬似キャストジャミングをしたでしょ?」

 

「・・・・・如何して分かった」

 

キャストジャミングと言う言葉にエリカ達は反応した

 

「キャストジャミング!?達也ってアンティナイトでも持っているの?」

 

「いや、そもそもアンティナイトは軍需物資だそうそう民間人が手に入れられるわけではない」

 

と言うと達也が詳しく説明をした

 

「まあこれはオフレコで頼むんだがこれはキャストジャミングではなくその理論を基に使った特定魔法の妨害なんだ」

 

「・・・・そんな魔法ありましたっけ?」

 

「いいや、達也が使ったのはCAD同士の想子干渉を行ったものだと思うよ」

 

「ああ、その通りだ」

 

と言うとレオが首を傾げていたので凛がわかりやすく説明をした

 

「レオ、2つ以上のCADを同時に発動させると想子が干渉しあってほとんどの場合発動ができないのは知っているわね」

 

「ああ、経験したことがあるからな」

 

「うっわ、身の程知らず。あんたにそう言うのができるはずないじゃない」

 

「何だと!」

 

「まあまあ」

 

「ホイホイ、夫婦喧嘩なら外でやってくれ」

 

「「夫婦喧嘩言うな!」」

 

と言って凛の発言に反論をすると弘樹が

 

「それで、今回の場合だと高周波ブレードを妨害する魔法とそれに反対する魔法をそれぞれ複数増幅して無系統魔法でそれを想子信号波として放ってある程度弱らせてから取り押さえた感じだね」

 

「さすがだな弘樹」

 

と言って弘樹の完璧な説明に達也はさすがと言って褒め、深雪は目をキラキラさせていた。そんな様子を見てエリカが小声で

 

「ねえねえ凛、もしかしてだけど深雪って弘樹に恋してる?告白しちゃえば良いのに」

 

「ああ、深雪はたしかに弘樹に恋している。だから私も弘樹に告白すれば良いと思っているんだけどね」

 

と言っているとエリカが

 

「じゃあ良い方法があるから後でまた話そう」

 

と言うと達也が

 

「ちなみにさっきオフレコでと言ったのはまだこの技術が未完成だあることと、そもそもアンティナイトなしで魔法妨害ができること自体が問題なんだ」

 

と言って危険性を話すと

 

「だから対抗手段を見つけるまでは、公表する気にはならない」

 

「すごいですねそこまで考えているなんて」

 

「お兄様は少し考えすぎです、そもそも展開中の起動式を見るなんてお兄様と弘樹さん達じゃないとできませんよ」

 

と言って美月が感心するように言うと深雪が少し皮肉を込めて言うと

 

「それだと私達が何かおかしい人みたいな言い方じゃ無いの?」

 

「ふふ、どうでしょうか」

 

と言ってその日は残りのケーキを食べて解散となった



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新入生勧誘週間2

勧誘週間も後半になってきた、その間もトラブルが日に日に増えて行ったため達也に言って深雪は弘樹に守らせた。そして深雪は弘樹と一緒に過ごせる事に喜んでいた。そんな様子を他の生徒は羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

「ふう、特にこっちは問題なさそうね」

 

と言って凛は自分の見ていた区画を見た。初日でやった説教の影響で、凛が近づいてくると部活勧誘は比較的穏便に済んでいた

 

「初日にあの説教をしたのかあまり私の周りでは大きな問題は起こっていないけど・・・『閻魔大王』なんて言うあだ名をつけられた事には遺憾だわ・・・」

 

と言って誰かがつけかはわからない渾名に呆れているとこちらを見て良いる視線があった

 

「・・・敵意・・」

 

と言って術式解体を行い起動式を吹き飛ばすとその生徒は一目散に逃走した

 

「あの体の動き・・・剣道をしている・・・それにあれは・・・エガリテ・・・」

 

と言って逃走する生徒についていたトリコロールカラーのリストバンドを見てそう言った

 

「だとしたら、八雲に聞いてみるか・・・」

 

と言うと木の影から達也が出てきた

 

「あれ?達也?」

 

「ああ、凛か・・・」

 

と言うと達也にエガリテのメンバーのリストバンドをつけた生徒がいた事を伝えると

 

「そうか・・・俺の方からも調べておく。今日は仕事なんだろ?」

 

と言って達也が深夜から凛に仕事を頼んだのを聞いたと話した

 

「そうなの・・・深夜さんから聞いたのね」

 

「ああ、母上が久々に携帯に連絡をしてな、凛に仕事を依頼したと聞いたからな・・・いつもすまないな」

 

と言うと

 

「大丈夫、こっちもちゃんと依頼料はもらっているし。前に話したこともあるし(それに元造との約束もあるしね)

 

と言って最後の方は小声で言ったが達也には聞こえていなかった

 

「・・・それで何だが、達也。厄介な奴らから妨害を受けたようだな」

 

と言うと達也は

 

「・・・同じ奴らか?」

 

「ああ、多分同じ奴らだ。気を付けたほうがいいかもしれんな」

 

と言うと真由美から連絡のあった第一体育館へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一体育館で揉め事を納めて生徒会室に行くと深雪がタブレットを見ていた

 

「深雪、何見ているの?」

 

「あ、凛。これよ」

 

と言って見せてきたのは昨日達也が取り締まって剣道部と剣術部の報告書だった

 

「・・・成程、つまり桐原先輩は壬生先輩に学校で何かあって壬生先輩の剣道がより実践的なものに変わりそれが剣道部が原因だと考えていると・・・」

 

と言って桐原の意見を読んである推測が起きた

 

『もしこのことが本当なら、桐原はこの壬生と言う人の剣をよく見ている事になる・・・とするともしかすると剣道部の中に居るかもしれないな・・・』

 

と言って考えていると

 

「十文字会頭があれくらいで済ましていると言うことは桐原先輩はしっかり反省していることを確認したってことで収まっているんだな」

 

「そうみたいね」

 

 

 

 

 

勧誘週間も終わり生徒会室に向かおうとすると達也やレオたちに声をかけられた

 

「おお、達也か。しっかし達也も有名人だな、『魔法を使わず、魔法競技部のメンバーを連破した謎の一年生ってな』」

 

「そう言うお前も、『閻魔大王』といわれてるじゃないか」

 

「それはお互い様じゃないのか?」

 

と言って凛は用事があると言って生徒会室へと向かった

 

 

 

 

 

生徒会室に着くとそこには克人、真由美、摩利の3人が座っていた

 

「それで、私をここに呼んだ理由をお聞かせもらっても・・・」

 

と言うと真由美が

 

「ごめんなさいね、ちょっと話を聞きたくてね。ここにきてもらったのよ」

 

と言うと真由美は事情を説明し始めた

 

「昨日の桐原くんの調書は読んだ?」

 

「はい、先程深雪が読んだものを読みました」

 

と言って真由美は摩利から調書を渡されて読んで内容を確認すると

 

「十文字君、桐原君に関して何かあった?」

 

「いや、調書の内容に関しては本人から直接聞いた通りだ、あれでいて力の責任を弁ている人物であることは理解している。流石にあれで嘘をついているようには見えなかった」

 

と言って特に変なことは起こっていないと言うと真由美はこっちを向いて

 

「じゃあ凛さんは何かわかったことでもある?」

 

と聞いてきたが凛は

 

「さあ、私はその場にいなかったので詳しくは分かりませんが私と達也は昼間ここの生徒から妨害を受けました、そしてその生徒にはトリコロールカラーのリストバンドがついていました」

 

と言うと真由美達は険しい顔となり

 

「それってつまり、この学校の生徒の中に反魔法組織のエガリテの構成員が紛れているって事?」

 

「もしその人が生徒に扮した学校外の人でなければおそらくそう言う事になるでしょう」

 

と言うと真由美達は早速その人物を洗い出そうとしたが

 

「ああ、ちなみにこの件に関してはあなるべく行動を謹んだ方がいいかと・・・」

 

「何故だ・・・」

 

「もしこの情報が外に漏れるとエガリテ、ひいてはその上にいるブランシュが行動を起こす可能性があります、もし今行動を起こされると此処の生徒にも危害が起こります。さらにブランシュは中東や大亜連合などからアンティナイトを仕入れているとも聞きます。なのであまり目立った行動はせず、向こうから仕掛けてくるのを待った方がいいと思われますが・・・」

 

と言うと真由美達はそれがどう言う意味なのかを理解し

 

「じゃあ神木は向こうが攻めてきたからこちらも対処を行うために行動を起こしたと言う口実を作りたいんだな?」

 

「つまりはそういう事です」

 

と言って納得をしてまずは学校の警備強化を行う事にした



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背後組織

凛が新入生勧誘週間で真由美達に助言をしたその日の夜、凛と弘樹はとある都心のビルの屋上にいた、しかし2人はいつもの髪色ではなく灰色の髪色となっていた

 

「さてと、早速やるよ」

 

「畏まりました、龍神殿」

 

と言うと凛は魔法陣を発動し自分達を認知できないように認識妨害魔法を敷き、弘樹は手から出した炎の塊のような物を生み出すとそれが鳥の形に変わり、視線の先にあるマンションへと向かって行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのマンションの一室では1人の男がベットに座って金額の勘定をしていた

 

「ふへへ、今回も儲かった儲かった。全くあの老人どもは簡単に信用して金を俺に渡してくれたぜ、それがそのまま俺の遊びの資金に行っているとも知らずによ。いいかもだぜ」

 

と言って笑いながら感情をしているとインターホンが鳴った

 

「何?もう来たのか・・・早いな」

 

と言ってインターホンの画面を見るとそこには誰もいなかった

 

「んだよ、誰も居ねえじゃねえか」

 

と言って再びベットに行こうとすると足が止まった

 

「だ、誰だてめえ!!」

 

その視線の先には白い仮面を被り灰色の髪色をした男と思われる人物がいた

 

「・・・我は鮮血の魔女・・・お前の断罪をしに来た」

 

「せ、鮮血の魔女・・・」

 

数年前からこの世界では有名な殺人鬼として恐れられている人物でその素性は分かっていない

 

「くそ、どこからはいってきやがった!」

 

と言って近くにあった銃を取ると鮮血の魔女は

 

「・・・そんなおもちゃでどうする」

 

と言うとその男は躊躇なく発砲をするがいつの間にか後ろに周りアキレス腱を斬られた

 

「グアあああああ!」

 

と言って汚い声をあげると

 

「これで終わりだと思うな」

 

と言うとその男を縛り付けてカンナを取り出した

 

「おい・・・・それで何をするんだ!」

 

「お前が知ることでは無い・・・」

 

と言ってカンナを男に当てて下に下ろした

 

「がああああああ!」

 

男は声をあげるがそのまま鮮血の魔女はカンナを当てて徐々に男の肉を削ぎ落としていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しして男の声が聞こえなくなるとその男は体が冷たくなっていた。それを見て声を高くし変装していた弘樹は

 

「ふう、これで終わりましたよ。龍神殿」

 

と言って凛に通信をすると

 

「オッケー、こっちも終わったよー。後片付けはやっとくから。弘樹はその男の銀行口座と番号、指紋を取っといて」

 

と言うとさっきまで血で汚くなっていた部屋と遺体は手を残して消滅した

 

「分かりました・・・今、指紋でパソコンを開けて金は元の家に返しているところです」

 

と言うとパソコン画面が切り替わり送金が終わった事と通知するとそのまま窓から凛のいるところに飛んだ

 

 

 

「戻りました」

 

「おつかれー、こっちの仕事も終わったよー。此処に来る予定だった奴らの車を事故らせて海に落としたから。今頃は溺死かねえ」

 

と言うと凛と弘樹は自分のマンションに飛んで帰った

 

 

 

 

 

 

次の日の昼、生徒会室にて摩利がニヤニヤしながら達也の方を見て壬生を言葉責めにしたのかどうかと問いただしていた

 

「あはははは!達也ったら面白いねえー」

 

「凛や茶化すんじゃ無いぞ・・・全くなぜ話を聞いただけなのにこんなにも疲れるのか・・・」

 

と言っていると生徒会室が何だか冷えてきたと思いふと深雪の方を見ると深雪が“イイ”笑みで達也に聞いていた

 

「お兄様?壬生先輩と何を話されていたんですか?」

 

「おおお、寒!」

 

「少しからかいが過ぎましたかねえ」

 

と言うと深雪の隣に座っていた弘樹が

 

「はいはい、まずは達也の言い分を聞こうじゃん。少し落ち着こうか」

 

「あ、はい・・・すみません弘樹さん・・・」

 

と言うと深雪からの冷気は収まった

 

「落ち着いたか?」

 

「はい・・・」

 

「・・・では本題に行きますか」

 

と言うと達也は風紀委員が点数稼ぎの為に摘発を乱発していると言うことを話した

 

「だとしたらそれは壬生の勘違いだ、風紀委員は全くの名誉職でメリットはほとんどない」

 

「でも風紀委員は強い人が集まるのも事実。誰かが印象操作でもしているのかしら」

 

と言うと凛は

 

「多分そう言うことをするのは国際反魔法主義団体"ブランシュ"と思われます」

 

と言うと深雪は驚いて

 

「如何して知っているの!情報規制されているのに」

 

と言うと

 

「こんだけ情報が出回りやすい社会だ、それくらい掴んでるよ。それに私の気に入らないところは政府がこの件を隠していることだ、こう言うのは公表して、魔法師以外などからも非難すべき案件なのに」

 

と皮肉をこめて言うと

 

「凛、今日はいつになく辛辣だな・・・」

 

確かに、魔法という力がない人とある人では受けられる恩恵というのは違う。だが、だからと言ってそれを魔法師のせいにし魔法師を非難する方に動き、魔法師じゃない人を巻き込んで行くのは人のダメなところだと思っていると

 

「まあ、会長の立場なら仕方ないでしょう。ここは国立の機関でその国が規制をかけているんですから」

 

「・・・凛さん、尉めてるの?」

 

「でも、会長を追い込んだのも神木さんですよ」

 

「自分で追い込んで自分でフォローする凄腕のシゴロだね」

 

と摩利が冗談を言った瞬間生徒会の雰囲気が変わった

 

「あ、不味い!」

 

と言って弘樹は咄嗟に深雪と達也を連れてすぐさま生徒会室を出ていった

 

「え?なんで部屋を出ていくのよ」

 

と言った時、すぐさま理由がわかり、そしてもう遅いことを認識した

 

「七草会長、渡辺風紀委員長。少し良いですか?」

 

「「は・・・はい・・・」」

 

と言って凛に睨みつけられた二人はその後コッテリ絞られ、二度と凛を怒らせては行けないと誓った。ちなみにあずさはずっと机の下でぶるぶると震えながら事の顛末を見ていた



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ブランシュの実態

凛が真由美と摩利相手にコッテリ絞って家に帰った後、達也から連絡があり今から来れないかとのことだったので達也の家に遊びに行く事にした

 

 

 

 

 

 

 

達也の家に着くと早速凛と深雪は夕食の準備を始め、弘樹と達也はCADについて話し、達也の家の地下室へと向かった

 

「深雪」

 

「ん、如何したの凛?」

 

「・・・弘樹に告白・・・しないの?」

 

「え!?」

 

突然の事に深雪は思わず持っていたジャガイモを落としかけた

 

「だって、そんなに弘樹のことが好きなら告白しちゃえばいいじゃん」

 

「で、でも・・・」

 

「弘樹だって深雪のことが好きなんだと思うよ、じゃ無いとあんなに幸せそうな顔をするのも珍しいし」

 

と言って凛は弘樹の方を見た

 

「それに結構深雪と弘樹ってお似合いだと思うけどなあ」

 

と言うと完全に深雪は顔を真っ赤にしてオーバーヒートしていた

 

「そ、そんな事ないですよ。わ、私だって・・・」

 

と言って深雪は少し動揺していたそんな様子を見て

 

「ふふ、まあ覚悟がついたらあの子も自分から告白するんでしょうね」

 

と言ってそのまま夕食の準備を進めていた。その間深雪はずっとモヤモヤした気持ちで準備をしていた

 

 

 

 

 

そして夕食ができ食事を取り食べ終わり片付けも済んだところで昼間に出てきたブランシュについて話話し始めた

 

「ブランシュ、反魔法国際政治団体で奴らは表向きは市民運動を掲げているがその実態はテロリストだ」

 

「でもなぜ、一高の生徒にエガリテの構成員が?反魔法主義は魔法を否定したいのでは?」

 

「そう、彼らは表立っては魔法を否定していない、『社会的差別の撤廃』と言っているが、聞いてて笑ってしまうほどだったわ」

 

と言って凛は彼らの言い分を聞いて支離滅裂だと言った

 

「魔法からは離れたく無いが一丁前に評価されない事に耐えかねて一線で活躍している人の並々ならぬ努力に目を背けている、言っちゃ悪いが現実から目を背けている。と言う事だな」

 

「ああ、少し棘があるような言い方だが概ね合っているようだな。俺にもそう言う時期があったからな」

 

「そんな!お兄様は他の人とは違い、何十倍を努力をしてきたではありませんか!」

 

と言って深雪は今まで達也が行ってきた訓練の事を言ったすると凛が

 

「魔法は使えない物、魔法力に劣る物そう言ったものが最終的に行きつき考えとしてはどんなのが上がる?」

 

「・・・この国を魔法の廃れた国にしたい・・・と言ったところでしょうか」

 

「そう言う事、じゃあそれでもしこの国の魔法が廃れたとしてそれで微笑むのは何処か、わかるよね?」

 

と言ってこの問いの答えがわかると自ずと達也達はどこの国がブランシュに協力していたのかが理解できた

 

「この前私が狙撃した連中もブランシュの資金援助を受け、日本でテロを起こそうとしていた。だからそろそろ潮時かなって思って」

 

「・・・まさかブランシュを壊滅させるのか?」

 

「魔法主義者はいわば魔法師や非魔法師にとっても危険な存在、だから私はその喉元を抑えるべきだと思っている」

 

「だがどうやって、壊滅させるんだ?ブランシュは世界中に拠点を持っているぞ」

 

と言ってブランシュの規模の大きさを言うと

 

「大丈夫、私の”お友達“にそこは協力をお願いするから」

 

「お友達?」

 

と言って達也達は凛の言ったお友達とは一体誰なのかを想像してそのまま凛達を見送った

 

 

 

 

 

次の日、凛たちは学校の外に出て買い物をしていた。と言ってもただの買い物ではなく生徒会に必要な物をあずさが頼んだのだが発注ミスをしてしまい急遽深雪と凛が買い出しに出かけた

 

「しかし、あずさ先輩のあのおどおどしたの面白かったなー」

 

「ふふ、そうですね」

 

と言っていると2人は何かを感じ、それが瞬時にキャストジャミングである事を認識した

 

「っ!こんな街中で使うのか!?」

 

「急ぎましょう凛!」

 

と言って2人は急いでキャストジャミングのする方へと急いだ

 

 

 

 

 

そしてキャストジャミングのする方へと向かうとそこには3人の生徒がいて向かい側にはナイフを持った黒い服装で顔まで隠した面々がいた

 

「そんな物をこんなところで使っちゃダメだってお母さんに言われなかったのかい?」

 

と言って凛は持っていた伊401型CADに”実弾“を装填してさらに銃口にサイレンサーをつけるとナイフを持った面々に容赦なく発砲した

 

「グアああああ!」

 

と言って銃弾を喰らった面々はうめき声をあげて倒れた

 

「ちょっと凛!大丈夫なの!」

 

と深雪がいうと

 

「大丈夫大丈夫、弾は消えたし音もサイレンサーで消しているから」

 

と言うと怯えていた3人に近づいて

 

「あれ?雫にほのかに英美じゃ無いの、こんな所で何してたの?」

 

と言うと雫たちは少し怯えた様子で

 

「「ありがとう」」

 

と言って凛が安全のために帰るまで近くの喫茶店で休んでいると良いと言って雫たちを喫茶店に入れて凛はあるところに電話をした

 

「あ、もしもし八雲?、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「はい、何でしょうか」

 

「ちょっと不届き者がいたんでね、そいつらを其方に飛ばすから回収をお願いできる?」

 

「分かりました、情報を聞き出しておきます」

 

と言って通話が切れるとマガジンの中身をストレージに変えると銃弾で開いた穴を修復し九重寺に飛ばした



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襲撃

雫たちに襲撃があったあと雫たちを駅まで送って学校に戻ると達也から壬生に呼ばれた内容を聞くと

 

「んー、それは結構黒いかも」

 

「ブランシュ絡みでか?」

 

「ええ、もしかすると行動するかもしれないわね」

 

と言うと凛は学校にいつの間にか持ってきていた箱を近くの茂みに隠していた

 

「その中は何が入っているんだ?」

 

といって達也が中身を聞くと

 

「あ、これ?これはね・・・」

 

と言って中身を言うと

 

「はあ、よくこんな物を持ち込めたな」

 

と言って呆れていた

 

「仕方ないだろ?これがあったほうが安心できるってもんよ」

 

と言って箱を魔法で埋めると

 

「じゃあ、これが必要になるとかはわからないけどこれでいつでも襲撃に対応できるね」

 

と言って家に帰っていった

 

 

 

 

 

次の日、二科生による放送室占拠問題があったが達也が、壬生のプライベートナンバーを使って何とか穏便に済ませ、次の日に生徒会(主に真由美)と有志同盟で公開討論会が行われることとなった

 

先日の件で被害にあった三人はそれぞれ危険ということでしばらくは護衛がつく事になったらしい

 

そして同じ教室である凛、深雪、雫、ほのか、弘樹の五人はよくいろいろと話し合っているので『優等生五人組』と言われ陰で悪口を言っていたが全てて弘樹と凛には聴こえていて二人は内心

 

『聴こえている事を知らなくて幸せな連中だ・・・』

 

と言って完全に無視していた

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日になって公開討論会が始まる前、達也が

 

「なあ二人とも、準備はできているのか?」

 

「もっちろん!」

 

と言って凛は袖先から弘樹は上着の中から二種類の白と銀色の球を取り出すと達也はふっ!と言って少し笑った表情をした

 

「相変わらず派手にやる気か?」

 

「ええ、こういうのは派手にやったほうが気持ちがいいでしょ?」

 

「まあそうだな」

 

と言って講堂の中に入って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして討論会が始まったがそれはもう独壇場であった

 

「ねえ深雪、これって完全に・・・」

 

「ええ、七草先輩の独壇場ね」

 

と言っていると何処かから爆発音がし窓からガス弾が投げ込まれ中に入って来た連中がいたが付けていたガスマスクの中を魔法によって窒素で満たし、入ってきた連中は全員気絶した

 

「あちゃーこれ使えなかったな」

 

と言って玉を取り出すと達也が

 

「外でも乱闘が起きている、使う機会はいくらでもあるぞ」

 

と言って外の乱闘に突入して行った

 

 

 

 

 

外の乱闘に突入した凛達はまずレオの相手を倒し、襲いかかってきた部隊に持っていたうちの一つの球を投げつけて至近距離で球を破裂させ其処から出てきたガスで怯ませるとそのまま近寄って地面に叩きつけた。そしていくつかの球を投げつけていると在庫が無くなってきたので、隠してあった箱を開けて中から導火線のついた爆弾のような見た目をした小さなものに火をつけ襲いかかってきた人に向けチラつかせると襲ってきた面々は怯んで逃げようとするが、凛はそれを下に叩き付けながらサングラスをかけ、閃光から自分の目を守り、目をやられてのたうち回ってるものを気絶させ縛り上げた

 

「凄いな・・・」

 

「ええ、凛も少し今日は荒れてるわね・・・」

 

と言って一連の行動を見てレオと深雪はそれぞれ感想を述べた、そして保険医の遥が近づいて目標が図書室である事を伝えると

 

「じゃあ達也は深雪と弘樹を連れて図書室にいきな!こっちはかたが付いたら行く」

 

と言って球を投げると其処からものすごい量の煙幕が出てきた。するとエリカも合流したので一緒に図書室に向かうことにした

 

 

 

図書室に向かっている途中達也が弘樹に向かって

 

「しかし驚いた、まさか煙幕弾と催涙弾を持って来ていたとは」

 

というとエリカが驚いた

 

「え!凛って今そんなもの持ってきてるの?」

 

「ええ、しかも姉さん謹製のすごいキツいやつ。あんなのに直で受けたら目がやられますよ」

 

と言って昨日不気味な笑い声で薬品を調合していた事を話すと

 

「それじゃあ凛ってマッドなの?」

 

と凛はマッドサイエンティストなのかを聞くと

 

「いいえ、姉さんはイライラが溜まると変な事をしでかすんですよ。だから気をつけないといけないんです」

 

というと妨害があったのでレオと弘樹で対処した

 

「ここは僕達がやるよ、そっちは図書館をお願い」

 

と言って弘樹が催涙弾を投げると催涙弾に当たったものは目に手を当てて瞬時にのたうち回っていた

 

「うわぁ・・・これは酷い」

 

と言ってエリカがそんな様子を見てそう言っていた

 

 

 

 

移動している途中達也がエリカに話しかけた

 

「エリカ、もし壬生先輩に会ったら対処を頼む」

 

「わかったわ」

 

と言って図書館に入るとここも乱闘状態になっていた、そしてそこに凛が到着すると

 

「みんな目を閉じてな!派手にいくよ!」

 

と言って手に持っていた物に火をつけ、それを投げると閃光が轟いた

 

「うお!」

 

と言ってレオが爆発に対処できずもろに閃光を浴びてしまった

 

「ぎゃああああああ!目がああああああああ!」

 

と言ってレオが目を押さえながらのたうち回っているのを見てエリカは爆笑していた

 

「あはははは、何してんのバッカみたい。あはははは」

 

と言っていると凛と弘樹が他の面々とレオの様子を見ると言ってその場にのこって襲撃者を縛り上げ始めていた

 

 

 

 

 

結果として襲撃は失敗、図書室からの情報漏洩もなく。司甲は風紀委員が取り押さえ、壬生に関してはエリカによって鎮圧された。事情を聞くために保健室には凛と達也と深雪とレオにエリカと生徒会の真由美、摩利、克人の三人が集まって話を聞いた



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拠点襲撃

壬生の証言をまとめると。まずここに入った時に摩利に剣を教えて欲しいと言ったがあしなわれたことに屈辱を覚え司甲にブランシュのセミナーに行った際に記憶操作が行われたらしい

 

 

 

すると摩利は思い出すように呟いたがあれは自分よりも強い人に相手してもらった方がいいという意味であったのだがそれが上手く伝えられていなかったことを悔やんでいた

 

 

 

すると壬生は今までの一年は如何だったのかと自問自答すると達也は怨み嘆きに負けず自分の剣を磨き続けた一年が無駄ではないことを告げると壬生は達也に縋り涙をこぼした

 

 

 

 

そして達也はふと凛と弘樹がここにいないことに気づくともう準備を始めたのかと思いこう話し始めた

 

「さて・・・ここからの問題は。ブランシュが今どこにいるかと言うことです」

 

「っ!達也くん、まさか彼らと一戦を交えるつもりなの?」

 

「いえ、一戦を交えるのではなく叩き潰すんですよ」

 

と言うと真由美と摩利は驚いた

 

「いくらなんでも学生の領分を超えている!」

 

「ここは警察に任せるべきよ!」

 

と言って反論したが

 

「それで壬生先輩を家裁送りにするんですか?」

 

「確かに警察の介入は好ましくない、しかし相手はテロリストだ当校の生徒に命を賭けろとは言えん」

 

「当然です、元々委員会や部活練の力を借りる気はありません」

 

「・・・・1人で行く気か?」

 

と言うと深雪やレオやエリカがお供すると言うと壬生が自分が罰を受けるべきだと言ったが達也が自分も当事者であると言ってそれを抑えると

 

「でもお兄様、ブランシュの拠点の場所を突き止めるには如何すれば良いのでしょう」

 

と言うと達也は知っている人に聞けば良いと言ってドアの前に立っていた小野に情報を聞くと近くのバイオ燃料工場で一高の側であることに驚くと達也はそのまま保健室を出て行こうとした

 

「待って達也くん、まさか今から歩いてでも行くの?」

 

と真由美が聞いたので達也は

 

「いいえ、答えは今ここにいない人に聞いて下さい」

 

と言うと保健室にいた面々は凛と弘樹がいないことに気がついた

 

 

 

 

 

今からアジトに向かう達也、深雪、克人、レオ、エリカの5人は校門前に行くと一台の車が止まっていることに気づいた

 

「お兄様、あれって・・・」

 

「ああ、弘樹達が準備したものだ」

 

と言うと達也と深雪以外の面々は驚いた

 

「え!?じゃあ凛達って車運転できるの?」

 

「いいや、あれは完全自動運転車(最も改造を施しており一種の装甲車のようなもの)だ免許はうちらでも取れる」

 

と言うと納得した様子で車から出てきた二人を見ていた

 

「おお、来たか達也」

 

「ああ、ついでにこいつらも連れてって良いか?」

 

と言ってエリカ達の方を指すと

 

「ああ、良いよ」

 

と言って車に乗り込もうとした時1人の生徒が近づいてきた

 

「会頭!」

 

「桐原か」

 

「会頭、俺も連れてってください!今回の無法、一高の生徒として見過ごせません!」

 

と言うと克人はダメだと言うと桐原は理由を聞いた

 

「そんな理由では連れていけん、命をかけるには軽すぎる」

 

「もう一度聞く、なぜだ?」

 

と聞くと桐原は自分は剣術を壬生は剣道を学んだ、決して彼女の剣は人斬りの剣であって欲しく無い。紛れもない本心からくるものであった

 

「・・・壬生がテロリストの手先になっていたと聞いて・・・俺は中学時代の壬生の剣が好きでした。人を斬るための剣はなく、純粋に技を競い合う壬生の剣は綺麗だった・・・でもあいつの剣は人を斬る剣に変わってしまった・・・」

 

「それで剣道部の演武に乱入したと?」

 

「俺は変わったあいつが許せなかったんです・・・剣道部にあいつの剣を変えちまった奴がいるはずだ、そしてその背後で壬生を利用した奴が許せない!十文字会頭、お願いします」

 

と言うと十文字は納得した表情で

 

「良いだろう、男を賭けるにな十分な理由だ」

 

と言うと桐原を車に乗せて克人が運転をした

 

 

 

 

 

街郊外の街で一つの車が疾走をしていた

 

「ちょっとレオ、椅子の下の引き出しを開けてくれる?」

 

「椅子の引き出し?」

 

と言ってレオが椅子の下にあった取手を引っ張るとそこから刀型のCADが出てきた

 

「・・・凛、本気なのか?」

 

と言って達也が言うと

 

「じゃあこれが凛のCADなの?」

 

「ええ、そうよ。これが私の使っているCAD」

 

と言ってレオから渡されたCADを受け取りそれを見たエリカは

 

「へえ、なかなか年季ありそうなものね」

 

と言うと凛はずっと使ってきたものだと言うと工場の門が見えてきた

 

「レオ、頼んだよ」

 

「おう、パンツァー!」

 

と言って車を魔法で固めるとそのまま門に突っ込んだ

 

 

 

 

 

門を破壊して中に入り車を止めると凛は達也に作戦を聞いて解散をした

 

「レオとエリカと弘樹は退路の確保を会頭と桐原先輩は裏口から、そして俺と深雪と凛は正面から入ります」

 

と言って建物の中に入っていった

 

 

 

 

 

中に入ると早速お出迎えがあった

 

「ようこそ、司波達也くん」

 

「お前がリーダーか?」

 

「いかにも、私はブランシュの日本支部リーダー司一だ」

 

と言うと達也はCADを突きつけ投降をさせるが一は周りにいた部下に銃を向け

 

「達也くん、私の同志となりたまえ!」

 

と言って魔法を発動させようとすると突如手に隠し持っていたCADが爆発をした

 

「な!何だ!」

 

と言って一が驚いていると

 

「もう、出てきて良いぞ。相変わらず凄い手際がいいな、さすが"魔法の先生だ"」

 

と言って上から影が降りてくるとそこには一人の女性がいた

 

「か、神木・・・凛!!」

 

「あら、私の名前を知っていたのね。じゃあ自己紹介はいいかしら?」

 

と言って目の青くなった凛が上から飛び降りてきた

 

「う、撃て!撃てぇ!」

 

と言うと周りにいた部下が銃を発砲したが全て凛の刀によって弾丸が"斬られていた"

 

「なに!?」

 

撃ち終わった部下は急いでマガジンをリロードしようとするがその前に凛によって峰打ちくらい気絶した

 

「よし、ここで深雪は見張ってて。私と達也は追いかけるから」

 

「わかりました」

 

と言うと凛と達也は一の逃げていった方へ走っていった



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伝手

逃げた一を追い掛けた凛と達也を見送った深雪はまだ完全に気絶しておらず凛達を撃とうとした者をニブルヘイムで心身共に凍らされていた

 

「愚か者、お兄様と親友に手出ししようとさえしなければ少し痛いだけで済んだ物を・・・私はお兄様や凛ほど慈悲深くはない」

 

「ぐ・・・あ・・・」

 

「せめて祈るがいい、命がある事を」

 

と言うと深雪は凛達の帰りを待った

 

 

 

 

 

その頃一を追い掛けた凛と達也は一の逃げた部屋の前で止まり中の状況を確認した

 

「数は11、武器はサブマシンガンが10か・・・」

 

「俺が魔法で銃を分解する、その後は自由に良いぞ」

 

「OK、じゃあ始めちゃって」

 

と言うと達也はCADを向けると壁越しでテロリストの持っていた銃を分解した。その隙に凛は中に入りテロリストを斬り倒した

 

「な、何!」

 

「さあ、如何する?大人しく負けを認めるか?」

 

と言って壁に背をつけている一に凛は持っていた刀を差し向けた

 

「まあ、あいつらの持っていたアンティナイトの出どころははっきりしてんだ。大人しくしときな」

 

と言うと後ろの壁から刀が出てくると一は『ひ!』と言って後ろに下がると壁が切られそこから桐原が出てきた

 

「よお、神木・・こいつらはお前がやったのか?」

 

と言って周りの致命傷ではないが悶絶しているテロリストを見てそう言うと生き残っていた一を見て

 

「それで・・・こいつは?」

 

と言って一をブランシュのリーダーである事を伝えると桐原は容赦なく一の手を切り落としていた

 

 

 

 

 

その後のことは克人が後処理をして穏便に済み救急車でテロリストが運ばれているのを横目に人気のない場所に向かい凛は電話をしていた

 

「・・・ええ、ブランシュの日本支部は壊滅・・・後の拠点のことはお任せします・・・12使徒の皆さん・・・」

 

と言うと電話の奥から

 

『畏まりました、我ら一同、喜んで貴方様の手と脚となりましょう』

 

と言って老人の声が聞こえるとそのまま通話を切った

 

「・・・さてと、連絡もしましたし。後は結果を待つだけですね」

 

と言うと凛はそのまま全員を車に乗せて帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、テレビつけるとそこには世界中のブランシュの拠点が一斉検挙されたと言う報道があった

 

「お、ちゃんと仕事をしてくれたみたいだねえ」

 

「そりゃ、そうですよ。あの人達は代々あなたに従えるのが最優先事項なんですから」

 

と言って弘樹が朝食を持ってくると

 

「そういえば今日は深雪とのデートだったわね。張り切ってらっしゃい!」

 

「・・・龍神殿、あまり茶化さないでください。それに今日はデートではなく、買い物に付き合うだけです」

 

「でも深雪と二人きりなんでしょ?そんなのデート以外の何者でもないわよ」

 

と言って達也から相談された内容を思い出していた

 

 

あの日から深雪はブランシュのメンバーにニブルヘイムを使った事に気を病んでしまい如何しようかと凛に相談すると凛が

 

『じゃあ弘樹を連れ出すといいよ、そうしたら深雪の気も晴れるでしょ』

 

と言ってそのまま深雪と弘樹で買い物と言うデートをすることとなった

 

 

 

「全く、龍神殿もこう言うのはちゃんと私に確認を取ってからにしてくださいよ」

 

と言ってそのまま弘樹は着替えて深雪のデートに行くと深雪は心底喜んで逆に落ち込みモードからの脱却が遅くなり、さらに弘樹に甘えるようになってしまった

 

 

 

 

 

そして五月となり達也達と凛達は病院にいた

 

「花束なんて、わざわざ持ってくる必要なんてあったのか?」

 

「いいえ、こういうのは自分と手で直接渡すから意味があるんです!」

 

と言って達也が花束を持った深雪にいうと

 

「そうそう、こう言うのは直接渡すのがいいんだぞ。達也くん」

 

と言って果物セットを持った凛が言うと桐原と壬生が話し合って喜んでいるのを見ていると後ろからエリカが

 

「桐原先輩、毎日さーやの所に行ってたんだって」

 

「エリカ!」

 

「さーやって・・・随分と親しくなったな」

 

「まーね」

 

と言うと深雪と凛は壬生に花束と果物セットを渡すとお礼を言って感謝をしていると壬生の後ろから声をかけられた

 

「君が司波くんと神木くんかい?」

 

と言って壬生の父親である勇三が声をかけたが声をかけてきた

 

「私は壬生勇三、沙耶香の父親だ、少し良いかね」

 

「「はい」」

 

と言って2人は少し離れた所へと移動した

 

「・・・2人には感謝をしている」

 

「いえ、自分は何もしていません」

 

「いや・・・娘が悩んでいた事をわかってやれなかった、それどころかおかしな連中と付き合い始めた娘と向き合おうともしなかった。娘は君の話を聞いて久々に迷う事を思い出したと言っていたよ、そしてそれが悪夢から醒めるきっかけにもなったと。そして『無駄では無かった』そう言ってもらえて救われた・・・と」

 

そう言って達也を見ると

 

「だから言わせてほしい、ありがとう」

 

そう言って心からの感謝をすると達也は

 

「・・・本当に感謝されるようなことは何も・・・」

 

と言うと勇三は何かを理解したような顔で

 

「・・・君は風間に聞いた通りの男なのだな」

 

「っ!風間少佐をご存知なのですか?」

 

と言うと

 

「昔、兵舎で起居を共にした戦友だよ。いまだに親しくさせてもらっている。まあ、私はもう引退した身だがな」

 

と言うと達也は風間少佐がよっぽどのことじゃ無い限り、ただの戦友にこんな話をしない事を知っているため勇三とはただの戦友では無い事を思うと

 

「風間から聞いた事は他言しないから安心してくれ、本当にありがとう」

 

と言って達也が戻っていくと今度は凛の方を向いて

 

「・・・風間から貴方のことは聞いています、娘の事を有り難うございました」

 

と言うと凛はいつもの口調では無い言い方で

 

「・・・そうか・・・いや、大層なことはしていない。我はただこの世界にいる人にとって害悪なものを排除することで人の生活を豊かにしていく。それが我の中で一番重要なものだと思っている。だから我はただそれに従っただけだ」

 

と言うと

 

「ではもう一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「なんじゃ?」

 

「どうして貴方のような方が司波くんの様子を見ておられるのですか?」

 

その言葉に凛は少し考えた上で

 

「・・・そうじゃな・・・せめて言えば旧友の頼み・・・かのう」

 

「旧友・・・ですか・・・」

 

「ああ、我が昔生きていた中で初めて楽しい、と言う感覚を教えてくれた旧友の最後の頼みじゃった。だから我はその頼みをずっと引き受けているんじゃ」

 

「・・・そうでしたか・・いや、時間をとってしまい申し訳ありませんでした」

 

「良いんじゃよ・・わしもそう言う時期はあったからな・・・それじゃあね」

 

と言って最後はいつもの口調に戻るとそのまま沙耶香達のいる方へと向かっていった



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九校戦編
空を飛ぶ魔法


あのブランシュ壊滅事件から一ヶ月ほどが経った頃、凛と弘樹は達也達を家に呼んでいた

 

「おお、きたか」

 

と言ってインターホンがなりドアを開けるとそこには深雪と達也がいた。そして達也を家に招き入れ弘樹はそのまま深雪とお出かけに行った

 

 

 

そして弘樹と深雪を見送ると達也は凛に

 

「凛、ちょうど試して欲しいものがある」

 

と言って達也は凛にあるデバイスを渡した

 

「これは・・・まさか!」

 

「ああ、飛行魔法。それの試作型だ試しておかしいところがあったら言ってくれ」

 

「ああ、分かった。じゃあ早速試験飛行と行こうか」

 

と言って地下にある訓練場に行くと早速凛は飛行魔法の試験を行った

 

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

飛行魔法の様子を見て凛と達也は情報を集めていた

 

「まあ、初めてにしては良いかもしれないが。このままだと一般人はすぐに想子切れを起こしてしまう」

 

「ああ、そうだな。だが、とりあえずは問題なさそうだな」

 

「ああ、魔法のタイムラグも許容範囲、このまま発表しても問題はないはずだ」

 

と言って凛は立つと

 

「じゃあこっちも試してほしいのがあるんだが・・・」

 

と言って訓練場の壁からあるものを取り出すと達也は驚いた

 

「これは・・・宝石のついたブローチか?」

 

「みたいなCADの試作型。何処かのお金持ちがパーティーに出ても使えるような物って考えられないかなって思って作ってみたんだ」

 

と言うと達也は少し呆れた様子で

 

「・・・はあ、よくこんな事を思いついたな。しかも富裕層向けか?」

 

「ああ、私も弘樹に負けずに色々と考えているんだよ」

 

と言っていろいろと斬新な考えをする凛に達也は舌を巻いていた。そしてこの後この試作型のブローチは達也と弘樹によって新たにトーラス・シルバーの新作「ジュエリーシリーズ」として凛の狙っていた富裕層に爆発的に売れる事となった

 

 

 

 

 

その後達也が帰り弘樹が楽しんだ様子で帰ってきてゆっくりしているとある所から電話が鳴った。通話に出ると其処には風間少佐が映っていた

 

「お久しぶりです、少佐」

 

と言って敬礼をすると風間は

 

「階級は同じなんだ、そんなにかしこまらなくて良い“特佐“」

 

と言うと凛は自分の階級で呼ぶと言う事は秘匿回線を使っているのだと思い弘樹を呼ぶと

 

「それでは、早速”特尉“にはできれば近日中に魔装大隊本部へ来てサード・アイのオーバーホールを頼む。そして特佐には大隊の武器の換装をお願いしたい」

 

「分かりました。弘樹が週末、FLTに行くのでその後に出頭します」

 

と言うと風間は少し困った様子で

 

「・・・我々古式魔法師にとって本来貴方は拝まれる存在だと言うのに・・・なんとも不思議な感覚だ」

 

「それは仕方ないと思いますよ、少佐。そもそも私たちの正体が公になると諸外国がこぞって私たちを狙いに来るでしょう。そうすると達也たちにも危害が及んでしまいます」

 

「・・・そうだな、この事が公になると民間人ひいてやこの国が戦争の引き金となってしまうな・・・夜分に済まなかったな」

 

と言って通信が切れた

 

「・・・ふう、終わったわね。取り敢えずさっさと寝ちゃいましょう」

 

というと凛はベットで横になった

 

 

 

 

 

 

 

週末になり、凛達と達也達はFLTの第三課にむかい牛山欣治似合うと

 

「おお、御曹司・・・とそれに若頭と女将もですかい。今日は豪勢なメンバーですな」

 

「いきなりすみません牛山さん」

 

というと牛山は

 

「いえいえ、ここはミスター・シルバーやミスター・トーラスの元で働けることを光栄に思っているんですぜ」

 

と言うと達也は牛山のCADの設計能力もなかなかだと言って飛行魔法のデバイスを渡すと牛山は驚いた様子で

 

「これは・・・飛行デバイスですかい?」

 

「ええ」

 

「・・・テストは?」

 

「俺と深雪と師匠で」

 

「おい・・T7型の予備っていくつある?」

 

「10機です・・」

 

と言うと牛山は少し怒鳴るような言い方で

 

「馬鹿野郎!何で補充しとかねえんだ!あるだけ全部フルコピーしろ!」

 

と言って牛山はテストの準備を始めた

 

「テスターは!?」

 

「休み!?なら引きずって来い!?」

 

「分かってるのか!?飛行術式だぞ!現代魔法の歴史が変わるんだ!」

 

と言って早速牛山が達也の渡した飛行デバイスを使って実験を行った

 

 

 

 

 

数時間後

 

「アホかお前ら」

 

と言ってぐったりとした様子の飛行デバイスを使ったテスターを見て

 

「体の想子を自動吸収するつったろ!鬼ごっこまで始めやがって!超勤手当ねーからな!」

 

と言って牛山はテスターに諸注意を忘れていた事を叱った

 

 

 

 

その後は牛山と軍艦シリーズに使う刀の納品と新たに発売したいと考えているジュエリーシリーズの内容を話し合うとそのまま帰路につこうとした

 

「それじゃあ、御曹司、女将。またいらして下さい」

 

「ええ、また遊びにくるわね」

 

「はい、いつでもお待ちしています」

 

と言って帰り道の通路を歩いていると前から二人の男が近づいてきた

 

『司波龍郎・・達也と深雪の父親・・・さらに隣にいるあいつは・・・青木が・・・』

 

と言って凛は少し警戒する形で事の様子を見守った

 

「ご無沙汰しております、深雪様お嬢様と神木殿」

 

と言って達也を無視する形で挨拶をすると

 

「お久しぶりです青木さん・・挨拶は私と弘樹さん達だけですか?」

 

「・・恐れながら、お嬢様は四葉家次期当主の座を皆より望まれている方です。そこの護衛とは立場が違います」

 

と言って深雪は青木に意見を言おうとした時、凛が止め話に口を挟んだ

 

「失礼、いくらボディーガードとはいえ現当主の姉の実の息子を無視するとは如何かも思われますが?」

 

「な、何故それを・・・」

 

「一般人の私が知っているのか?・・・ですか?それは簡単ですよ、私はその話を直接現当主の四葉真夜殿から聞いているからですよ。もし真相をお聞きになるのであれば直接伺っては如何ですか?それでは失礼させていただきます」

 

と言って凛は弘樹にくっついている深雪や達也と一緒に扉の向こうに歩いていった。扉を出でも深雪は弘樹から離れようとせず、ずっとくっついたままだった。そしてその顔は今にも泣きそうだった

 

「・・・大丈夫よ深雪、あんなのさっさと忘れて帰ろ!今日は新しい新作があるから」

 

と言ってそのまま達也達を家に招き入れ深雪の気の済むまで弘樹はずっとそばにいた



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抜擢

達也がFLTから家に帰りゆっくりしていると

 

「そう言えば達也ってエンジニアとして九校戦に出るの?」

 

と言って凛が達也に聞くと

 

「いや、そんな気はないんだがな」

 

と言って参加する気はないと言うと

 

「だって、達也だったらエンジニアとして参加しても文句はないと思うけどなー」

 

と言うと

 

「いや、俺が二科生だからといって反対する者も多分いるぞ」

 

「その時は私が説教をすれば良いよ」

 

と言うと達也は少し笑って

 

「お前が説教か・・・説教された側は死に体になってそうだな」

 

「どう言うことよ」

 

「そのままの意味だ、お前の説教はなんせ生徒会長や風紀委員長も恐れるほどだからな」

 

と言ってこの前真由美と摩利が言っていた内容を思い出していた

 

「・・・そんなに怖いか?私の説教」

 

「ああ、少なくともよほど肝が座っているものか、心のない奴じゃないとお前の説教は怖いと思うぞ」

 

「・・・」

 

達也に言われて凛は何も返答が出来なくなってしまった。そのあとは深雪が満足するまでの時間潰しに訓練場で達也の魔法訓練をしてそのままその日は終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、達也は指導室に呼び出されていた

 

「おお、達也。どうだった?」

 

と言って指導室の前で待っていた凛やエリカ達が話しかけて達也は

 

「実技試験のことで聞かれたんだ、手を抜いているのではないかと」

 

「はあ?なにそれ」

 

「でも、先生がそう言う理由もわかる気がする」

 

「どうして?」

 

「だってそのくらい成績が優秀だって言うことですよ」

 

雫の意見に美月が聞いてほのかが答えた、それもそのはず今回の期末考査の結果は

 

一位1ーA神木 凛

二位1ーA神木 弘樹

二位1ーA司波 深雪

四位1ーA北山 雫

五位1ーA光井 ほのか

 

と言ういつも通りと言える結果であった

 

「やっぱ上3人はいつも通りの結果だな」

 

「よかったよかった」

 

「やっぱり凛さんすごいですね」

 

と各々感想を述べ次に魔法実技の試験結果は

 

一位1ーA神木 凛

二位1ーA神木 弘樹

三位1ーA司波 深雪

四位1ーA北山 雫

五位1ーA森崎 俊

 

と言うこちらもいつも通りと言える結果であったが、次の記述試験が波乱を呼んだ

 

一位1ーA神木 凛

一位1ーE司波 達也

一位1ーA神木 弘樹

四位1ーA司波深雪

五位1ーE吉田 幹比古

 

「しかしこの結果はすごいわね」

 

「3人が一位を取るなんて前代未聞よ」

 

「さすがはお兄様です」

 

「まあこの結果は妥当かな」

 

と言って昼になり生徒会室で昼食をとっていると真由美が

 

「そう言えばなんだど、今年の九校戦に凛さんと深雪さんにはぜひ参加して欲しいんだけど・・・」

 

と言うと

 

「良いですよ私はそもそも参加する予定でしたし」

 

と言って凛は参加する気満々であった

 

「凛が参加するなら私も参加しようかしら」

 

と言って深雪も乗り気であった

 

「でも、選手の方は十文字君が協力して何とか決まったけど・・・九校戦って選手決めだけでも大変なのよね・・・」

 

「会長も大変ですね」

 

「でもそれ以上に問題なのがエンジニアよ・・・2年生はあーちゃんを始め優秀な人材が集まっているんだけど・・・」

 

と言ってあずさの方を見てそう言った

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

「特に三年生は危機的よ。せめて摩利が自分で調整ができれば・・・」

 

「うっ・・・それは深刻だな・・・」

 

と言って真由美が摩利の方を向くと摩利は首を背けてしまった

 

「ねえ、りんちゃんやっぱり・・・」

 

「無理です」

 

と言って真由美は鈴音に頼もうとしたがキッパリと断られた

 

「じゃあ俺たちは・・・」

 

と言って達也は食事が終わり席を立った時あずさが

 

「あの〜、だったら司波君が良いんじゃないでしょうか?」

 

その言葉に一斉に全員の視線が向いた

 

「深雪さんのCADは達也君が見ていると聞きました、それに前に見せてもらったことがあるんですが一流メーカー並みの仕上がりでした」

 

と言うとまるで快晴のような晴れ顔で

 

「そうよ!盲点だったわ!」

 

「そうか・・・風紀委員のCADもこいつが見ているんだった!」

 

と言うと達也はえぇ・・と言った表情で

 

「過去に一年生のエンジニアが加わったことはないのでは・・・」

 

「何でも最初は初めてよ!」

 

「前例は覆すためにあるんだ!」

 

と言って真由美と摩利はノリノリな顔で達也に迫った、すると達也は

 

「進歩的なお二人はそうお考えかもしれませんが、俺は一年生、それも二科生です。CADの調整は魔法師との信頼関係が重要です、反発を買うような人選はどうかと思うのですが・・・」

 

と言うと凛が座りながら

 

「達也、じゃあひとつだけ聞こう。人が進歩するにはどんな行動が必要になるの思う?」

 

「それは・・・」

 

「そう、今までの固定観念を捨て、新しい前例を作る。それが人の進歩する理由だ。だが確かに、初めは煙たがられることもあるだろう。だから言わせてもらう。達也、『自分に甘えるな』それだけだ」

 

と言うとそのまま凛と弘樹は生徒会室を出ていった。その後達也は深雪がお願いしたこともあり午後の九校戦準備会議に出席することとなった

 

 

 

 

 

放課後となり会議室では九校戦に向けた会議が行われた

 

「それでは九校戦メンバー選定会議を行います」

 

と言って真由美が会議を始めると

 

「生徒会長!これは如何言うことですか!?」

 

「何故、内定者の席に一年の、しかも二科生が座っているんですか!前代未聞ですよ!」

 

と言って早速上級生からの質問が飛んだ

 

「だが、司波は風紀委員の実績がある、別格じゃないか?」

 

と言って一部の生徒は達也の選出に賛成だったが

 

「そんなかわからないだろ!」

 

「九校戦メンバーは我が校の代表だぞ!」

 

と言ってやはり揉めた事を見ながら様子を見ていた

 

「お静かにお願いします!」

 

と真由美が場を落ち着かせようと訴えると十文字が

 

「要するに、司波の技術力を知らないから問題になっているんだ。だったら実際に調整させてみるのがいい」

 

「十文字会頭・・・」

 

と言って十文字がここにいる全員を納得させるための案を考えた

 

「何なら俺が実験台になるが」

 

「司波の実力も分からないのに危険です!!」

 

と言うと一人の生徒が名乗り出た

 

「その役目、俺にやらせて下さい」

 

「「桐原!」」

 

そして桐原ならあまり問題ないと言う事で早速エンジニアテストが行われることとなった



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練習

早速、別の会議室で車載型調整機を使った達也のエンジニアテストが行われた

 

「それじゃあ、今から課題に取り組んでもらいます。内容は桐原君のCADを九校戦で使うCADに即時使えるように調整して下さい」

 

と言うと達也は

 

「あまりスペックの違うCADの設定はあまりおすすめ出来ませんが・・・わかりました、安全第一で行きましょう。桐原先輩、CADを貸して下さい」

 

と言うと早速達也は調整機のキーボードを叩き始めて桐原のCADのコピーを始めた

 

「・・・・」

 

少しして達也が

 

「終わりました」

 

と言うと早速桐原は調整をしたCADを起動した

 

 

 

「感想は如何だ?」

 

「問題ありませんね、全く違和感がありません」

 

と言うと周りの面々は渋々と言った反応であったがあずさが

 

「わ、私は司波くんのチーム入りを強く支持します!彼は桐原君の想子データをマニュアルで調整していました、高校生レベルを超えた高度な技術です!」

 

そして、服部と十文字の支持もあり無事に達也はエンジニアとして九校戦メンバーに加わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜達也は凛達を連れて九重寺へときていた

 

「それじゃあ、師匠お願いします」

 

「いいよー、可愛い生徒の頼みは断れないものだよ」

 

と言うと幻術である鬼火を展開すると深雪は鬼火を切ってミラージ・バットの訓練を行なった、その様子を見て凛は

 

「相変わらず、八雲はエロ坊主だな。よく懲りんもんだ」

 

と言って鬼火を切っている深雪を見ていた

 

 

 

 

「28・・・29・・30!深雪!休憩にしよう!」

 

と言って達也がキリのいい数字で深雪を休憩させると

 

「よお、お疲れ」

 

と言って凛がスポーツドリンクを深雪に渡した

 

「ありがとう、凛」

 

「いいよいいよ、これくらい」

 

と言うと八雲が

 

「あ!そうだ、凛くんの古式魔法、見て見ないかい?」

 

「へ?」

 

「え!凛って古式魔法が使えるの!?」

 

と言って八雲の発言に深雪は驚いた

 

「え、ええ。むしろ私は古式魔法の方が専門なのよ」

 

と言うと達也が驚いた

 

「驚いた、凛は古式魔法をメインで使っていたのか・・・」

 

と言って早速見せて欲しいと言ったので凛は先程の鬼火を一帯に展開した

 

「おお、本当に古式魔法が専門なんだな」

 

と言って達也は周りに八雲とは違って大量に出現した鬼火を見て感想を言った

 

「古式魔法に関して彼女は世界一だと思うよ」

 

と言ってこれだけの数の鬼火を展開しながら涼しい顔をしている凛を見てさすがだと答えた

 

「それじゃあ、今度は凛にお願いしようかしら」

 

「ええ、いいわよ」

 

と言って始めようとした時達也と凛は近づいてくる人がいることに気づいた

 

「誰だ・・・」

 

と言うとそこから出てきたのは遥であった

 

「貴方は・・・小野先生」

 

と言うと八雲は

 

「そんなに警戒しなくてもいいよ、彼女は僕の教え子だ」

 

と言うと

 

「それにしてもショックだわ、先生はともかく達也くんや凛さんに気付かれるなんて・・・」

 

「彼女達の目は少し違うんだ」

 

と言って八雲が言うと

 

「そろそろ疑問に答えて欲しいのですが。貴方は何者なんですか?」

 

と達也が聞くと

 

「彼女は公安の捜査官だ、ちなみにちゃんとカウンセラーの資格もあるよ」

 

と言うと遥は自分がBS魔法師である事を言った

 

「なるほど、理解できました。では、貴方のことを他言しない代わりに四月のようなことがあれば俺が凛に情報をください」

 

「・・・わかったわ、ギブアンドテイクで行きましょ」

 

と言うと手を合わせた

 

「おーい、いつ始めるんだい」

 

と言う凛の声で達也は深雪の訓練を凛にしてもらう事を思い出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九重寺から帰ると家に通信があり電話に出ると相手は風間玄信であった

 

「お久しぶりです風間少佐、狙ってたんですか?」

 

「いや、そういうつもりは無かったんだがな特尉」

 

と言うと達也はこれが秘匿回線である事を認識すると

 

「それで少佐、今日はどのような要件で?」

 

「ああ。聞けば特尉も九校戦に出場すると聞いてな。会場は富士演習場南東エリア・・・これは例年通りだな」

 

と言って数時間前の事なのに相変わらず耳が速いと思うと風間は気を引き締めた顔で

 

「気をつけろ達也。該当エリアで多数の不審者の痕跡があった。加えて国際犯罪シンジケートの構成員らしき人物も確認されている、時期的に見て九校戦が狙いだろう」

 

「国際シンジケートと仰いましたか?」

 

「ああ、壬生に調べさせた」

 

「壬生・・・と言いますと第一高校2年生壬生沙耶香の父親の・・・」

 

と言って病院であった人物を思い出していた

 

「ああ、壬生は退役後内情(内閣府情報管理局)に転籍して今は外事課長として外国犯罪組織を担当している」

 

「・・・驚きました」

 

と達也が言うと

 

「壬生の調べでは香港系犯罪シンジケート『無頭龍』じゃないかとのとこだ。情報が入り次第、報告をする。」

 

「分かりました」

 

「あと、この件に関してはもう特佐には伝えてある。今、彼女の情報網で調べらるところは調べてもらっている」

 

「そうですか・・・」

 

と言って達也は凛の情報収集能力の高さを思い出していた

 

「それではまた演習場で会おう」

 

と言うと通信が切れた



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九校戦出発

次の日学校では九校戦の発足式が行われた

 

「それでは、これより九校戦の選手およびスタッフの紹介と徽章授与を行います」

 

と言って凛が一人一人につけていきそしていよいよ達也につけることになった

 

「最後に技術スタッフ1ーE司波達也」

 

「はい」

 

と言って達也が前に出ると凛は

 

「よく似合っているぞ、達也。頑張れよ」

 

と言ってIDチップ入りの徽章を付けた

 

「以上52名が代表となります」

 

「これを持ちまして九校戦チーム紹介及び徽章授与式を終わります」

 

と言って早速午後から練習が始まった

 

 

 

 

 

パァン!スパァン!

 

「ほらそこ!足が追いついてないよ!」

 

「は、はい!」

 

と言ってテニスコートでは凛が練習をしていた、その後ろでは弘樹と美月が話をしていた

 

「しかし驚いたね、まさか姉さんがあんなことを言うなんて」

 

「ええ、私も話を聞いた時は驚きました。凛さんがあんなにキッパリと言うなんて」

 

と言って先程新入生の女子だけの作戦会議で凛が

 

「私は、今年の九校戦は男子ははっきり言って捨てる!そのかわり女子は全て新人戦の競技で表彰台独占を目指す!」

 

と言ってはっきりと言うと

 

「え!何で男子は捨てるの!?」

 

と英美が聞くと

 

「簡単なことさ、あいつらは達也のことを毛嫌いしている。だから弘樹の出る競技以外は正直言って苦戦になると思う。だから今回は女子に頑張って点数をもぎ取らないといけない」

 

「なるほど、そう言うことね。じゃあ内らで頑張って行くぞ!」

 

「「おお〜!」」

 

と英美がいうと会議室は女子の声で響いた

 

 

 

 

 

「しかし姉さんも言ってくれるよ。よりにもよって新人戦の男子を見捨てるなんて・・・」

 

「本当ですね」

 

と言っていると校舎から2人は何かを感じた

 

「ん?波動?」

 

「・・・行ってみるか」

 

と言うと2人は波動のあった方向へと向かった

 

 

 

 

「多分ここら辺だと思うけど・・・」

 

と言うと実験室の前にたった、そしてそっとドアを開けるとそこには1人の男子生徒がいた

 

「ん?あれは・・・」

 

「吉田くん?」

 

と言うと何かに気づいたのか吉田と呼ばれた生徒は周りにいた霊子をこちらに飛ばしてきた

 

「おっと、びっくりした」

 

と言って咄嗟に弘樹は飛んできた霊子を消しとばすと

 

「・・・驚いた、まさか次席さんと美月さんがいたなんて」

 

と言うと弘樹は

 

「僕はたまたま彼女と話していたんでな。それよりも貴方は」

 

「あ、そうだったね。僕は幹比古、吉田幹比古って言うよ。よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

と言うと早速弘樹は

 

「いま、幹比古の使っていた魔法は精霊魔法か?」

 

と聞くと

 

「ああ、そうだよ。しかし驚いた、まさか人払いの結界に踏み込んでくるなんて」

 

と言うと

 

「ああ、それは彼女が気づいて此処に来たんだ」

 

と言うと美月は

 

「ええ、話していた時に波動みたいなのを感じて。それで此処に来たらいろんな色の光の玉が見えたので・・・」

 

と言うと幹比古は驚いた様子で

 

「え!?色の違いが見えた!?」

 

と言って近づくと

 

「コホン、合意の上なら此処彼出て行くけど・・・」

 

と言うと幹比古はハッとした表情で手を離し

 

「ごめん・・・まさか精霊の色を見れる人がいたなんて思わなかったから・・・ちょっとビックリしてしまって・・・」

 

と言うと幹比古は詳しく訳を話し始めた

 

「精霊の色が見えると言うことは精霊の違いを直接視認できると言うこと。だからその目を持っている人は自然現象そのものである「神霊」に直接介入できるんだ」

 

「・・・成程、つまり美月はその分野の人からすると喉から手が出る程欲しいと言うことか・・・」

 

「・・・だけど今の僕に「神」を制御する力はない。だからといって他の術者に存在を教えてやる気にもなれない。だから柴田さんの事は誰にも言わないよ」

 

と言うと幹比古はそのまま部屋を出て行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時はたち、いよいよ九校戦に向かう日となった

 

「・・・遅いな「・・・そうですね」

 

と言って達也と摩利がバスの外で待っていると

 

「ごめんなさ〜い!」

 

と言って真由美が送れてやって来た

 

「・・・これで全員ですね」

 

「遅いぞ真由美!」

 

「ごめんごめん」

 

と言って摩利がバスに乗り組むと

 

「達也くん、これどうかしら?」

 

と言って来て来た服装の感想を求めた

 

「・・・とてもよく似合っていると思います」

 

「そう?ありがと!」

 

と言っているとバスから

 

「おーい、達也ー!七草先輩ー!バスが出ますよー!」

 

と言って凛が声を上げた

 

「ああ、わかった」

 

と言って達也は後ろの作業車に乗り込み真由美はバスに乗り込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

バスが出発して少ししていると真由美が少しすねた表情で

 

「もう!達也くんったら私を何だと思っているのかしら!凛さんも凛さんで誘おうとした時に呼ぶんだから」

 

と言っていると鈴音が

 

「それは適切な判断だと思いますよ」

 

「りんちゃん、今なんて言ったの!?」

 

「つまりはそう言う事です」

 

「りんちゃん!」

 

と言って真由美が驚いると服部が毛布を持って来て

 

「大丈夫ですか?会長」

 

と言うと服部は

 

「会長、ご気分でも悪いんですか?」

 

と言って少し捲れている足を見て顔を赤くすると鈴音が悪ノリして

 

「会長にブランケットをかけるならどうぞ」

 

と言うと服部がは驚いたような顔で

 

「へ!あ、はい!か、会長!ど、どうぞ!」

 

と言ってそっとかけた、そんな様子を見て

 

「何してんだ?」

 

と言って後ろの席で座っていた凛は一人で朝に作ってきたお菓子を食べていた。すると窓で不貞腐れている千代田花音がいた

 

「如何したんですか?花音先輩」

 

と言って後ろから声をかけると

 

「ん?ああ、神木さん?」

 

「凛で良いですよ。それよりも今は一緒に許嫁の五十里先輩と一緒に過ごせなくてモヤモヤしてる感じですか?」

 

と聞くと

 

「ええ、それもそうだし。・・・私だってあんな感じで過ごしたかったのに!!」

 

と言って指さした先には深雪の隣に座った弘樹がいた



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事故

バスで九校戦の会場である富士演習場に向かっている途中、凛は不貞腐れている花音を見て声をかけると

 

「私だってあんなふうに過ごしたかったのにー!」

 

と言って深雪と弘樹の席を見た。流石にこの事に凛は目を点にして

 

「ああ、そうですか」

 

と心のこもっていない声が出てしまった

 

「だってあんなにも良い雰囲気になれるんだよ私だって・・・むごっ!」

 

「はいはい、うるさくなるのでこれ食べててください」

 

と言って花音の口のに作ったクッキーをねじ込んだ

 

「ムゴムゴ・・・っ!これ美味しいね、どうやって作ったの?」

 

と聞くと

 

「これは既存のクッキーにリンゴのジャムを混ぜると良いんですよ」

 

「へえーじゃあ今度、啓に作ってあげよ」

 

と言って落ち着いたのを確認すると凛はまた自分の席に座って他にも作っていたお菓子を1人で堪能していると

 

「ねえ、何してるの?」

 

と言って雫が隣にやって来た

 

「っ!雫!」

 

「だってさっき千代田先輩に何かあげてたでしょ」

 

「・・・バレてたか、じゃあほのかも呼んできて。一緒に食べない?昨日作ったんだけど」

 

と言って袋に大量に入っていたお菓子を見ると

 

「OK、ほのかを呼んでくる」

 

と言ってほのかを連れて来て楽しいおやつタイムとなっていた

 

 

 

 

 

そうしておやつタイムを楽しんでいた時だった、花音が突然

 

「っ!あの車・・・様子がおかしい!」

 

と言った瞬間であった、突如車が反対側の車線に飛んできた

 

「危ない!直撃するぞ!」

 

と言ってバスは急ブレーキを踏んだ

 

「うわ!」

 

「あ!クッキーが!」

 

急ブレーキを踏んだ影響で凛たちの食べていたクッキーが宙を待って散らばった。しかもその一つが凛の声を聞いて後ろを向いた摩利の口の中に入った

 

「なんだ!?むぐっ!」

 

「摩利!?」

 

と言って真由美は飛んできたクッキーに驚いたがそんな事は気にしてられなかった。

 

「吹っ飛べ!」

 

「消えろ!」

 

「止まって!」

 

と言って他の生徒が一気に魔法を展開してしまい魔法が相克してしまった

 

「バカ!止めろ!」

 

と言って十文字が魔法を展開しようとすると

 

「私が火を、凛は車を」

 

と言って深雪がいうとさっきまで荒れていたサイオンの嵐が嘘のよう消え深雪が火を消し、凛が車を止めた

 

 

 

 

少しして事故車の処理を行っている時

 

「みんな大丈夫?」

 

と言って真由美が聞いて全員の無事を確認すると

 

「深雪さん、凛さんさっきはありがとう。あんな状態で適切な魔法行使、私たち3年生にも難しかったわ」

 

「光栄です、会長。ですがうまく対処できたのは市原先輩がバスに減速魔法を掛けてくれたからです」

 

と言うと市原に2人は礼をした

 

「嘘・・・気づかなかった」

 

と言って花音が言うと

 

「それに比べてお前と言う奴は真っ先に場を掻き乱して!」

 

「でも一番早かったじゃないですか!」

 

「早けりゃ良いもんじゃない!」

 

「すみませんでした・・・」

 

と言っていたが摩利は内心誰がサイオンの嵐を消したのかわからなかった。一瞬達也がやったのではと思ったがすぐにその考えは捨てた

 

 

 

 

それから少したち場がある程度落ち着くと摩利は凛にある問いただしをしていた

 

「・・・それで、神木。何か言い分はあるか?」

 

「いえ・・・何もありません・・・」

 

そう、あの飛んでいったクッキーの件である

 

「お菓子の持ち込みってダメだったんだ・・・」

 

「知らなかった」

 

と言って雫とほのかはそんな様子を見ながらそう言った。深雪はその様子を少し笑いながら凛らしいと思っていた

 

「では、これは預からせてもらう」

 

と言うと“クッキー”の入っていた袋は持ってかれた

 

「ああ、そんな・・・」

 

と言っていたが内心

 

『よかった、クッキーだけで済んで・・・後で他のは後でゆっくり食べよ。なくなったら厨房貸してもらえるかな?・・・最悪は能力で作るか・・・」

 

と言って持ち込んでいたバックの中にまだ入っている他のお菓子の事を思っていた。ちなみにこの後回収したクッキーは真由美と摩利で美味しく食べられたらしい

 

 

 

 

 

そして一行は競技場近くのホテルに着き荷下ろしを始めた。そんな中服部は1人柱の前で突っ立っていると後ろから声をかけられた

 

「どうした服部。到着した早々、ため息かよ」

 

「桐原・・・」

 

「ちょっと自信をなくしてな・・・」

 

「おいおい、お前は二種目エントリーする主力選手だぞ。頼むぞ2年生エース!」

 

と言うと服部は

 

「お前はどう思った?」

 

「何がだ?」

 

「さっきの事故だ司波さんと神木さんは正しく対処をした、だが俺は何も出来なかった」

 

「それは向き不向きの問題では?」

 

と桐原が言うと服部は自分の手を見ながら

 

「大事なのは魔法師として資格だ、決して魔法の資質ではない。いくら素質や努力があってもそれを生かすことができなければ魔法師として失格だ!」

 

と言うと上を向いて

 

「分かってはいたが目の前で思い知らされた。年下の女の子達にだ・・・自信をなくしそうだよ・・・」

 

と言うと桐原は

 

「あれはあの兄弟達が異常なんだと思うぜ」

 

「どう言う事だ?」

 

と言って桐原は神木姉弟や司波兄妹が異常であると言うと服部は疑問に思った

 

「4月の事件の時だ、特に神木凛と司波達也の方だ。司波の兄貴の方はまるで歴戦の兵士のような風格で、凛の姉貴の方は他の人の追従を許さない神のような風格があった。おそらくあれが本性なんだろうな」

 

「な!?」

 

「それにしたの方も自らお供する形であの現場に入っていった。普通の男女じゃねえよ・・・」

 

と言って一呼吸置くと

 

「しかし・・・あの服部が『魔法師の優劣は魔法力だけじゃない』か、会長が聞いたら喜びそうな発言じゃねえか」

 

「!!!」

 

と言われて服部は顔を赤くして去って行った。その側をちょうど話の種になっていた兄弟が通っていた

 

「・・・そんな!あれは事故ではなかったと!?」

 

「ああ、あの車の挙動は不自然だった。調べてみると案の定魔法の痕跡があった。そうだろ?凛」

 

と言って聞くと凛は

 

「ええ、全部で3回、タイヤをパンクさせる魔法、車をスピンさせる魔法そして車を斜め上に力をかける魔法」

 

「こんな事をできるのはこの2人か運転手だ」

 

「こんな2人って失礼するわ!」

 

「と言う事は自爆攻撃ですか・・・なんと卑劣な」

 

「ああ、首謀者は一体何が狙いだ?」

 

と言っていると聞いたことのある声がしたのでそっちの方を向くと

 

「あ!ヤッホー元気?」

 

「エリカ!?なぜ此処に?開会式は明日よ?」

 

と言うと

 

「だって今日は懇親会でしょ?」

 

「??」

 

と言って困惑していると達也と弘樹は先に部屋に行くと言ってエレベーターの方に行くと違うところから美月が出て来た

 

「美月!?」

 

「こんにちは!」

 

と言って近づくと

 

「・・・なんか派手ね・・」

 

「え?エリカちゃんが勧めてくれたんだけど・・・」

 

と言ってエリカの方を向くとエリカはどこ吹く風のように口笛を吹いていた

 

「美月、悪い事は言わないけど。TPOは考えたほうがいいわ」

 

と言うと

 

「や・・・やっぱり?」

 

「えーっそうかな?」

 

と言っていると美月が鍵を取り出した

 

「それにそのキー・・・此処に泊まるの?」

 

と聞くと

 

「関係者だし、千葉家のね」

 

と言うと深雪は納得したするとエリカは凛を見て

 

「ねえ、そのバック何が入ってるの?」

 

と言って凛の持っていたバックに中身を聞くと

 

「ああ、これ?後で部屋に来たら見せるよ」

 

と言って深雪を連れて

 

「じゃあ懇親会で!」

 

と言って去って行っている時後ろからレオの怒声が聞こえ、幹比古も美月の荷物を運んでいた



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懇親会

その日の夜懇親会控え室では深雪が目をキラキラさせながら達也を見ていた

 

「いや・・・俺はいいですから」

 

「正面から校章が見えないとわかりにくいだろ?」

 

と言って摩利が達也に一科生の紋章の入ってブレザーを着せていた

 

「少し脇が窮屈ですね」

 

「予備のブレザーですまないな、いっそ新調すればよかったんじゃないか?」

 

と言うと

 

「2回しか着ないのに勿体なさすぎますよ、刺繍ですからね。これ」

 

と達也が言うと

 

「2回とは限らないぞ、秋には論文コンペもある君が一科生になることもあり得るぞ」

 

と摩利が言うと

 

「冗談はよしてください、俺は一科生なんかになれませんよ」

 

と言うと懇親会の会場へと足を踏み入れた

 

 

 

 

 

懇親会の最中、凛はある事に気づいた

 

「あれ?エリカ!」

 

と言って視線の先にあったのはメイド服を着たエリカであった

 

「あ!凛じゃないどうこれ?」

 

「ええ、似合っていると思うわよ。あ!そうだ今私の友達がいるから呼んでくるね」

 

と言って1人のウェイトレスを引っ張ってくると

 

「この子が友達のミキ」

 

「ミキは止せ幹比古だ。初めまして神木さん、僕は吉田幹比古と言いますよろしく」

 

「ええ、よろしく幹比古くん」

 

と言うと幹比古はエリカに唆されて近くの皿を片付けていたそんな様子を見て

 

『吉田の神童か・・・最近話は聞かなかったけど・・・大体原因は星降ろしかね・・・』

 

と思っているとある場所に人が集まっているのを見たその中心を見ると

 

「あれは・・・三高の制服・・・と言う事はあいつが一条の御曹司、一条正輝かな?」

 

と言って中心で女生徒に話しかけられている生徒を見てそう言った。そしてその男子生徒が深雪のことを見ていたのも確認した

 

 

 

 

 

それから少しして壇上では著名人が挨拶をしており最後に「老師」こと九島烈のあいさつがあり、暗くなった部屋で全員が壇上に視線を向けると其処には一人の女性が立っていた。事態に会場が騒然としていると深雪から解放された弘樹が

 

「お姉様・・・やはり・・・」

 

「ああ、これは遊びだろうな。しかし、面白い使い方をしたもんだ」

 

と言って女性が去ると後ろに立っていた烈が障壁魔法を解除した。しかし、一般の生徒には粋な有り登場したように見えただろう。すると烈は

 

「まずは、この悪ふざけに付き合わせたことに謝罪をする。今のは魔法というよりもちょっとした手品の類だ。だがこの魔法に気付いたのは、私が見た限りでは七人だった」

 

というと烈は続けて

 

「もし、代わりにテロリストで爆弾などを持ち込んでいたとしたら、それに気付いたのは七人ということだ」

 

と言う烈の言葉に少し動揺が生じるが

 

「魔法を学ぶ諸君。魔法は手段であって、それ自体が目的ではない。私が用いた魔法が規模は大きいものの、強度は極めて低い。だが君たちの殆どはその弱い魔法に惑わされ、私を認識出来なかった。魔法を磨く事は大事だ。無論魔法力を向上させる努力も怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分であることを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大きな魔法は、使い方を工夫した小さな魔法に劣るものだ。明後日から九校戦に出場する諸君、私は諸君らの”工夫”をたのしみにしている」

 

と言うと拍手を受けて烈は壇上から降りた

 

 

 

 

 

 

懇親会があったその日の夜、凛が泊まる部屋にはペアで寝る深雪とエリカと英美と雫とほのかがベットで座っていた。するとエリカが

 

「ねえ凛。さっき行ったバックの中、見せてよ」

 

と言って昼の約束を思い出すと

 

「ええ、分かったわ」

 

と言ってバックを開けると其処には大量のお菓子が入っていた

 

「わあ、凄い数・・・」

 

「これ全部凛が作ったの!?」

 

「さっき食べてたけど美味しかった・・・」

 

と言って各々感想を言っていると

 

「じゃあ食べる?」

 

「「え!?いいの!」」

 

と言ってきたので食べていいと返事をすると早速目についたものを一つずつ取っていた

 

「これ美味しそうだったのよね〜」

 

と言って入っていたバームクーヘンをエリカは取って

 

「やっぱり凛の作るお菓子は美味しいわね」

 

と言って深雪はマドレーヌを取って食べていた

 

「この飴もすごーい、中にドライフルーツが入ってる!」

 

と英美が言って飴を舐め

 

「これバスの中で気になっていたやつ」

 

と言って熊の形をしたお菓子を食べる雫

 

「うーん、どれにしよう」

 

と言ってどれを食べようか悩んでいるほのか

 

とそれぞれ凛の作ったお菓子を堪能しているとエリカが

 

「ねえ、これって作れない?」

 

「「へ?」」

 

突然のエリカの発言に部屋にいた面々は思わず変な声が出てしまった

 

「作るって、まさかこれを!?」

 

「いやいや、いくらなんでも・・「いいわよ」・・え?」

 

と言って凛は別に問題はないというと

 

「え、でも材料とかキッチンとかの準備は・・・」

 

と言うとエリカが

 

「ああ、それなら大丈夫。私がお願いするから、それに私たちが手伝えば捗りそうじゃない?」

 

と言うと部屋にいた全員が

 

「ま、まぁ・・それなら行けそうだけど・・・」

 

と言うと早速エリカはお願いしてくると言って部屋を出ていった

 

 

 

「・・・大丈夫なの?凛・・」

 

と言って深雪が聞くと

 

「ええ、大丈夫よ深雪。私たちは4日目からでしょ。だから1日前までだったら大丈夫だよ」

 

と言って何を作るかをみんなで考えているとエリカが戻ってきて

 

「みんな、夜の10時から朝の四時までだったらいいってさ」

 

と言って時間を見ると9時半を示した頃合いだった

 

「じゃあ早速何を作ろうか続きを考えましょ!」

 

と言ってバックの中に入っていたお菓子を指し、それぞれレシピを書いて作り方を教えた

 

 

 

 

 

そして時間となり部屋にいた一行は厨房に向かうと早速お菓子作りを始めた

 

「さあ、やるわよ」

 

「「OK!」」

 

と言って各々作業に取り掛かった

 

 

 

 

 

そして厨房に入って少し経ちメンバーは各々、作ったお菓子を袋に詰めていた

 

「よし、これでまた食べられるわね」

 

と言ってエリカが言うと深雪が

 

「ええ、そうね」

 

と言うと炊飯器の前で何かを待っている凛がいた

 

「凛、炊飯器の前で何をしているの?」

 

と言って深雪が聞くと

 

「ああこれ?ちょっと待っててね、もうすぐでできるから」

 

「できるって何が?」

 

と言うと炊飯器から音がなり蓋を開けると其処にはチーズケーキができたいた

 

「「おお!」」

 

チーズケーキを見た面々は食べてみたいと言うような眼をしていたが凛は

 

「ダメよ、これは一度冷やしてから食べるのがいいんだから」

 

と言って皿に出しそのまま蓋をすると部屋に運ぶために部屋を出て行こうとした時、厨房の出口から摩利が入ってきた

 

「其処で何をしている!お前達!」

 

「「あ!風紀委員長!」」

 

と言ってこれはまずいと思った面々は思わず固まってしまった

 

「全く、厨房から何か音がすると言ってここに来てみたら・・・お前達は・・・」

 

と言って摩利は呆れていた、するとエリカが

 

「ふ、風紀委員長。今回のことは見逃してもらえませんか?」

 

と言うが

 

「いや、今回の件はここを使う許可があったとしても見過ごせん案件だ」

 

「そ、そんなあ〜」

 

と言ってエリカは少し力の抜けた言い方をすると摩利が

 

「じゃあ、もし今から私の言うことを実行してくれたら見逃してあげよう」

 

と言うとエリカ達は早速内容を聞いた

 

「じゃあ、この作ったお菓子達は差し入れとして一高の選手控室に置く事。それが条件だ」

 

「「へ?」」

 

てっきり別のことかと思っていた面々は少し拍子抜けした顔で返事をした。すると摩利が訳を話し始めた

 

「実はな、バスの中で神木から取ったクッキーを会長が食べてしまってな、それにはまってしまったらしいんだ(それに私も食べたがあれは美味しかったし・・・)

 

と言うことで深雪達はこの日から新人戦前日の日まで夜はお菓子作りをする羽目となった



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本戦前日

摩利にお菓子作りがばれた翌日、凛は達也のところにいた

 

「それでなんだけど、達也。私のCAD見てもらっていい?」

 

「ああ、分かった」

 

と言って達也は凛からCADを預かると早速調整を開始した

 

「・・・相変わらずきちんと整理されているな。そんなに弄る必要もないな」

 

「そう、それはよかったわ・・・はぁ、まさか渡辺先輩にバレるなんて・・・」

 

「昨日の厨房の件か?」

 

「ええ、しかも昨日回収されたお菓子が美味しかったからって作らされるのよ」

 

「それは・・・大変だな」

 

と言って凛の苦労を労うと

 

「とりあえず今日はこの後、呼ばれてるから」

 

「誰にだ?」

 

「真夜さんよ・・・」

 

「叔母上が・・・来ていたのか?」

 

と言って真夜が来ていることに驚いた

 

「ええ、そう見たい。だから作戦会議に少し遅れるかも」

 

「わかった、その様に伝えておく」

 

「ええ、頼んだわ」

 

と言うと凛は作業車から降りた

 

 

 

 

 

そして凛はホテルの呼ばれた部屋へと向い中に入ると其処には真夜がいた

 

「直接会うのはお久しぶりですね真夜さん」

 

「ええ、久しぶりね」

 

と言って軽い挨拶をし要件を聞いた

 

「・・・成程、では無頭龍の壊滅をおこなって仕舞えばよろしいのですね?」

 

「ええ、その様にお願いするわ」

 

「分かりました、では少し準備期間が必要となります。準備が出来次第、始めたいと思います」

 

と言って部屋を出て行った

 

「・・・ふう、相変わらずあの子の相手は疲れるわね・・・葉山さんはどう思う?あの子のこと」

 

「・・・私としましては元造殿の時からお使えしておりましたが、あのお方は敵に回すと身の破滅となるでしょうな。ただ、あの方は元造殿と出会ってから自分が変わったと言っておりました」

 

「そうなの・・・」

 

と言って真夜は父と凛が一体どんなことをしていたのか気になっていた

 

 

 

 

 

そして作戦会議も終わり各々ゆっくりしているとドアノックがされ中に英美と雫とほのかと里美スバルが入ってきて地下の温泉に入らないかと言うことで温泉に入ることにした

 

 

 

 

 

「はぁ〜、気持ちいい〜」

 

と言って温泉に入ったほのかがいい湯であると言うと英美がスタイルの良さににっきゃわっきゃしていると深雪と凛が入ってきて思わず見惚れていた

 

「わあ、2人ともすごいね」

 

「ん?何が?」

 

「あ、いやー2人の綺麗さにさ。いつもはなんともないんだけど、なんか凛の綺麗さが深雪と変わらないかそれ以上に綺麗だな〜って思って」

 

「ああ、そう言うこと。それはね・・・」

 

と言って理由を言おうとした時、代りに深雪が説明をした

 

「それは簡単よ、彼女普段から弱い認識阻害をかけているから、私より印象が普通に見えるのよ」

 

「まあ、今もそれは掛けてるんだけどね」

 

と言うと英美が驚いた

 

「え!そうだったの!気づかなかった」

 

と言うとほのかが

 

「じゃあ全部の認識阻害の魔法を解いたらどのくらい綺麗なんだろ?」

 

「じゃあ全部解こうか?」

 

「え!いいの!」

 

と言ってほのかが言うと

 

「ええ、いいわよ。これくらい簡単にまた施せるから」

 

と言って魔法を解くと目の色が茶色から青くなり、そして深雪よりも綺麗な女性へとなった

 

「わぁ・・・」

 

「・・・」

 

「すごいな」

 

と言って各々感想を言っていると

 

「まあ、こう言うことだからよく変なのに絡まれすぎてね普段から認識阻害をかける様になったんだ」

 

「そりゃ、こんな美しかったらね。いろんな人が寄ってくるよ」

 

「これだけ綺麗なのに加え料理も一流・・・男が寄って来ないわけがない・・・」

 

と言って盛り上がっていると英美が

 

「あ!そういえば昨日の懇親会、如何だった?かっこいい人いた?」

 

「ああ、三高に十師族の跡取りがいたよね?」

 

「見た見た!一条将輝くんでしょ?結構いい男だったよね」

 

「ええ、しかも深雪の事熱い眼差しで見てたよね」

 

「え、そうだったの。気づかなかったわ」

 

「そりゃそうよ、深雪はだって弘樹に恋してるもん。いっそ告白しちゃえばいいのに」

 

「ちょっと凛!」

 

と言って凛の爆弾発言の深雪が驚くと

 

「ああやっぱりそうだったんだ深雪って大体学校にいる時も弘樹くんと一緒だしね」

 

「それに帰り道も途中もで一緒に帰ってる」

 

と言って次々と暴露をされ顔の赤くなった深雪に雫は

 

「ねえ、なんで告白しないの?」

 

と聞くと

 

「・・・なかなか勇気が出なくて・・・」

 

「でも早く告白しないと他の誰かに取られるよ。弘樹さんて結構、女子の中では人気だから」

 

「え!そうなんですか!」

 

「ええ、そうよ。今までも何人かから告白されているしね」

 

「え!知らなたったわ」

 

と言って深雪は今までに弘樹に告白した人がいたことに驚いた

 

「まあ、全員断ってたけどね・・・多分あれは深雪に気はあるんだけどなかなか言い出せない感じね。全く正直に告白すればいいものを」

 

と言ってその後も色々と世間話をして凛は先に温泉から上がり再度魔法をかけて温泉から出ると、弘樹を連れて近くの森で弘樹の魔法の訓練を見ることにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の訓練を見て少しがたった時、凛と弘樹は近づいてくる気配に気づいた

 

「・・・この気配、幹比古だな」

 

「ええ、その様ですね」

 

と言って展開していた古式魔法の精霊を解いて代わりに鬼火の練習を始めた

 

 

 

僕は一年前の星下ろしの儀で失敗し、今までの様に魔法の制御ができなくなった。だから其処からの一年はなるべく静かに過ごしたいと思っていた。だけど父親の無理強いによって九校戦に連れられ、さらには人前に出る仕事までさせられてしまった。正直言ってもうやめてくれと思っていた。だから森の中で訓練をしようとしていた時、先に先客が降りしかも古式魔法を使っていた。それを見た時思わず驚いてしまった。

 

「凄い、まるで星空だ・・・」

 

目の前にあったのは鬼火と呼ばれる幻術であったが、今までに見た事ないくらい大量の鬼火を全て制御下に置いていた。すると声に気づいたのかその制御を行っていて友達の神木弘樹が声をかけた

 

「おお、幹比古か」

 

「え、あ、うん。ひ、久しぶりだね弘樹くん。それにしてもすごいねこんなに大量の鬼火を制御できるなんて」

 

「いやいや、これでもまだまだだよ。姉さんの方がもっと凄いよ。そうでしょ、姉さん」

 

と言って上を見ると其処には弘樹の姉である神木凛が立っていた

 

「ええ、そうね。それで幹比古くん。なんで此処に?」

 

「え、あ!そうだった此処に練習しにきたんだった」

 

と言って準備をし精霊魔法の練習を始めようとすると弘樹が

 

「あ!よかったら姉さんに見てもらったら?」

 

と言ったので思わず驚いてしまった。でも確かに弘樹がそう言うのであれば見てもらおうと思い、お願いすると二つ返事で了解してくれたので早速精霊魔法を展開した

 

「・・・」

 

周りに精霊が集まるのを確認し、早速練習を見てもらっていた時、精霊が何かを見つけたらしく騒いでいた

 

「何を見つけたんだ・・・?」

 

と言って神木さん達と一緒にその場所へと向かった



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侵入者

「それじゃあ姉さんに見てもらうといいよ」

 

突然の弘樹の発言に少し私は驚いてしまったが、取り敢えず幹比古がお願いをしてきたので理由をなんとなく察しながらも一応確認の為に返事をし、彼の魔法を見ると案の定原因が思っていた通りだったので、それを言おうとした時。私は悪意を感じ取り早速、幹比古についていく形で現場へと足を運んだ

 

 

『泥棒じゃない、それに武装をしている。只者じゃないな』

 

と言って入ってきた侵入者を排除するために、手っ取り早く侵入者の3人の銃を分解してその後に幹比古の電撃を飛ばした

 

「ふう、一体何者だ?」

 

と言って凛は後ろを向くと

 

「ちょっとくらい手伝ってもらってもよかったんじゃない達也」

 

と言うと幹比古は少し驚いた様子で後ろを見ると其処には達也がいた

 

「気づいていたか・・・それにしても珍しい組み合わせだな神木姉弟と幹比古とは・・・」

 

「さっき練習をしていた時に出会ってね・・・それより幹比古、君の古式魔法は無駄が多いよ」

 

と言うと幹比古は驚いた顔で

 

「な、なんで君にそんな事がわかるんだよ!吉田家の古式魔法が欠陥魔法だとても言うのか!」

 

と言って近づくと弘樹が仲裁に入り

 

「おっと、そこまでだ。幹比古、また後で詳しいことを話すから、とりあえずは警備員を呼んできてくれないか?」

 

と言うと幹比古は納得のいかない顔をして警備員を呼びに行った

 

 

幹比古の帰りを待っている時凛は

 

「・・・其処で何をしているんですか風間少佐・・・」

 

と言って後ろを見ながら言うと達也が少し驚きながら後ろを振り返ると、其処には夏服タイプの軍服を着た風間がいた

 

「風間少佐!」

 

と言うと風間は

 

「しかし随分と容赦ないアドバイスだな。もっと分かりやすく言ってもよかったんじゃないのか?」

 

「だいじょうぶですよ、達也にも同じ様なことがあった時同じような声をかけましたし。今回は時間があまりなかったので・・・」

 

と言うと納得した様子で

 

「そうか・・・じゃあこの者たちは私達が情報を聞き出す。しかし行動が積極的だ気をつけろ達也達」

 

と言ってま明日の昼に会う約束をするとそのまま去っていった

 

 

 

そして幹比古が帰ってきて警備員が侵入者を連れて行くのを見送ると幹比古が凛の方を向いて

 

「それで、さっきの事で聞きたい。なぜ無駄が多いと言ったんだ?」

 

と言って先程の凛の発言の理由を聞いた

 

「ああ、言い方が悪かったわね。正直に言うと幹比古くん自体の魔法には問題はない。ただ、君の魔法力と今使っている精霊魔法の噛み合わせがうまくいっていないんだ。だからそれを魔法力の減少と思って勘違いをしているんだよ。だから達也にCADの調整をしてもらうといいよ」

 

と言って達也の方を向くと達也はやれやれと言った表情で

 

「・・・ようは俺に幹比古の調整を近日中にやってほしいと?」

 

「そう言うこと、じゃあ頼んだよ!」

 

と言って凛はホテルに戻っていった

 

 

 

「・・・はあ、全くあの姉さんは・・・これ以上達也の仕事量を増やすんじゃないよ」

 

と言って凛がホテルに戻ったのを確認すると弘樹がため息をつきながら文句を言っていた

 

「・・・いつも神木さんはあんな感じなの?弘樹」

 

と言うと達也が

 

「ああ、凛はいつもあんな感じだよ」

 

と言うと九校戦の後に調整をしてあげるよと言い残して弘樹と共にホテルへと帰っていった

 

 

 

「・・・魔法力が噛み合っていない・・・そんな事があるのか・・・それにあの感じはまるで星降ろしの儀を知っていたかの様な言い方だった・・・なんでだろう・・・」

 

などと色々と不思議に思いながら幹比古は部屋に戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、九校戦本戦1日目が始まると凛達は予定を確認した

 

「1日目は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボードか・・・」

 

「七草会長と渡辺先輩がそれぞれ出場か〜」

 

「優勝候補よ!新人戦では私と雫の出る種目だし」

 

「うん、見逃せない・・・!」

 

と言ってスピード・シューティングの会場に向かい、観客席で座って待っているといよいよ試合が始まった

 

「初日から真打登場だね・・・」

 

「ええ」

 

と言って弘樹の隣に座っている深雪が答えると真由美が会場に上がった途端歓声が湧き上がった

 

「一高の七草真由美だ!」

 

「「エルフィン・スナイパー」だ!」

 

「素敵です!お嬢様〜!」

 

「真由美ちゃ〜ん!」

 

そんな様子を見てほのかはSF映画のヒロインの様であると答えると美月が爆弾発言をし、少し周りがざわついたが場が静かになるとランプが点灯し試合が始まった

 

「始まるぞ」

 

と言った瞬間魔法が展開され、有効射程に入った途端クレーが破壊された

 

「おお、凄い。これが遠隔魔法のスペシャリストか・・・」

 

と達也が言っている間も点数は入りパーフェクトで予選を突破した

 

「凄い精度だ、知覚系魔法を使って情報処理しながらも100%の命中率・・・」

 

「肉眼では到底無理だね」

 

と言うと達也は

 

「あんなのを肉眼で見れるのはお前達だけだろうな」

 

「ちょっと!それって如何言う意味よ!」

 

「そのままの意味だ、お前達の動体視力はずば抜けているからな」

 

と言って達也はエリカ達にこの前の4月の一件でマシンガンの弾を斬っていた事を言うとエリカが驚いていた

 

「え!凛ってあの時銃の弾を斬っていたの!?そんなの人間離れしてるんじゃないの?」

 

と言ってあながち間違っていないことに苦笑いしながら

 

「そんなの訓練したらできるよ」

 

と言ってなんとか話題を変えようと思っていると達也が

 

「さあ、次はバトル・ボードだ会場に行くぞ」

 

と言って今度はバトル・ボードの会場へと移動をした



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予選

バトルボードの会場に着いた一行は観客席に座ってレースを見ていた

 

「お、もうすぐで始まるみたいだな」

 

と言って摩利が出てくると観客が

 

「「摩利さま〜!」」

 

と言っている様子を見て美月が

 

「分かってはいましたけど、すごい人気ですね」

 

「でもその理由もわかる気がするよ」

 

と言って凛は昨日、摩利にお菓子の作り方を聞かれたことを思い出していた

 

 

 

 

 

そして第三レースが始まると摩利は飛び出すように走り出し後方で起こった妨害用の大波をかわしながら高架魔法と移動魔法のマルチキャストを使い始めた

 

「ほお、面白い使い方をするね」

 

「硬化魔法?何処に?」

 

「渡辺先輩は自分とボードを一つの構成物として相対位置を固定している。」

 

と言ってレオの質問に達也が答えると納得をしさらに凛が補足説明をした

 

「硬化魔法って名称や用途に惑わされやすいけど、実際は振動系に似ているところもある」

 

「ほえ〜」

 

と言ってレースも中盤のジャンプ台へと差し掛かり、着地した水飛沫で後続のバランスが崩れるとそのまま引き離し文句なしの一位となった

 

「分かってはいたけど凄いわね」

 

「ええ、圧勝でした」

 

と言ってレースの感想を述べていると凛と達也は午後のスピードシューティングの方を見ると言ってみんなと別れるとそのまま高級士官用客室へと向かった

 

 

 

部屋に着くと風間を含めた独立魔装大隊の幹部達がティーセットを並べて一服しているところであった

 

「おお、来たか。まあ、掛けてくれ」

 

と言って風間が席に促すと

 

「今日は私たちを軍人として呼んだ訳では無いのですね」

 

と言って凛が座りながら言うと

 

「ああ、それに今回は君に国防軍司令部から紙を預かってるんだ」

 

と言って封筒を凛に渡すとそれを受け取り中身を見ると

 

「・・・これは驚きました、まさか『特務中佐』とは・・・」

 

と言うと風間が訳を話した

 

「ああ、四月の一件で神木君がブランシュの資金源の情報提供と日本支部の壊滅をした。その一件で君の昇進・・・要は口止め料みたいなものだな」

 

と言うと凛は納得した表情で

 

「なるほど・・・そう言うことでしたか」

 

と言うと風間は

 

「まあ、そう言う事だ。だが暫定的に君は私の指揮下ということでよろしく頼む」

 

「分かりました」

 

と言うとカップを運び終えた藤林が

 

「じゃあ、ティーカップでは様になりませんが、乾杯といきましょうか」

 

「有難うございます、藤村少尉」

 

「いいえ、大丈夫ですよ中佐殿。少尉だとこれくらいが良いんですから」

 

と言って悪ノリをすると真田大尉が

 

「あ、そういえば弘樹くんは?」

 

と聞くと

 

「ああ、彼なら今。深雪と一緒にバトル・ボードを見ていますよ」

 

と言うとすこし笑みを浮かべながら

 

「ほう・・彼にも彼女ができたか」

 

と言って茶化すと

 

「まだ彼らは告白すらしていませんよ。全く・・そろそろ告白しても良いと思もうのに・・」

 

と言って凛が愚痴をこぼすと

 

「そう言っているからなかなか告白できないんじゃないか?」

 

と言った達也が紅茶を飲みながら言って凛が反論をした

 

「ちょっと!それってどう言う意味よ!」

 

「別に・・そのままの意味だと思うが」

 

と言うと全員がすこし笑った。すると真田が

 

「ああ、そうだ。弘樹君に伝えといてくれ『サード・アイ』のことを」

 

「はい、分かりました。後で伝えておきます」

 

と言うと風間が

 

「ああ、そういえば”例の件”はどうなっている?」

 

と凛に聞くと

 

「今は横須賀海軍工廠で眠っています」

 

と言うと達也が例の件は何かと聞いたので凛は

 

「ああ、実は言うと政府に頼まれて私の固有魔法で作っていた船があるんだ」

 

と言うと達也は驚いた様子で何を作ったのかを聞くと

 

「ああ、私が政府と海軍に要請されて武装搭載型大型迎賓船『春日丸』を作っていたんだ」

 

と言うと風間以外のメンバーは驚いた様子で

 

「海軍が要請したのか!?」

 

「陸軍とは距離をとっているのにか・・・」

 

と言って各々感想を言っていると風間が場を収めてさらに話を続けさせた

 

「『春日丸』ですが・・・これは政府が各国の要人を乗せるために元々建造が予定されていたのですが、建造ドックに空きが無く。政府が私に直接連絡をしてきて建造をした物です」

 

と言うと幹部メンバーは納得した様子で

 

「なるほど・・そう言うのは神木君の腕の光るところだ」

 

「それなら理解もできます」

 

と言っていると凛が昨日の侵入者について風間に聞くと

 

「ああ、昨日の侵入者はやはり『無頭龍』の構成員だった」

 

「狙いは九校戦ですか?」

 

「いや、まだ詳細は不明だが詳しいことが分かったらこちらから知らせる」

 

と言うと藤村がなぜあの時間に二人とも外にいたのかを聞くと

 

「私は弘樹の魔法の様子を見ていて、達也は作業車で調整をしていて遅かったんですよ」

 

と言うと納得した様子で頷いた。そして会話をしている途中、軍医の山中が達也が技術スタッフで九校戦に参加している事を言うと

 

「やっぱり技術スタッフで参加したか・・・」

 

「トーラス・シルバーが調整する選手はさぞ鼻が高いでしょうな」

 

「真田大尉、一応それは秘密ですので・・・」

 

「でも、トーラス・シルバー二人ともいるのは反則級だろ」

 

と言うと凛は

 

「でも良いんじゃ無いんですか?まだ『雲散霧消』を使わないで済むんですし」

 

「凛、そのことは他言無用だぞ」

 

「分かってるっての」

 

と言うと風間が

 

「まあ、神木君と達也の”本来の”魔法・・・特に神木くんの固有魔法に関しては諸外国に漏れると情勢に大きな爆弾を落とす事になるこのことは我々の胸の内に秘めておこう」

 

と言って会談が終わり凛達は会場へと戻って行った



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優勝

風間達の会談が終わり凛達はスピード・シューティングの準々決勝を見るために会場に戻った

 

「あ!こっちこっち!」

 

と言ってエリカが凛達を見つけると開けておいた席に座らせた

 

「しかしすごい熱気ね・・・あれ?幹比古は?」

 

「気分が悪くなったみたいです。この熱気ですし私も眼鏡をかけていなければダウンしてたかもです」

 

「こんな会場が混んでいるのも会長が出るからだねー」

 

と言っていると真由美が出てきて早速試合が始まった

 

「会長のクレーって何色でしたっけ?」

 

「赤だよ」

 

と言っているとブザーがなりクレーが弾き出された

 

「おお、うまいが会長には敵わんだろうな」

 

「え、凛。それって如何言う・・・」

 

「まあ、すぐに分かるよ」

 

と言っていると紅白が前後に重なったクレーが飛んできたが真由美が下から撃ち抜いた

 

「え!何で下から!?」

 

「それは簡単さ、会長が作っているのは弾丸ではなく"銃座"なんだから」

 

と言ってエリカに解説をした

 

「ヘェ〜すごいわね」

 

「だが、これはスポーツ競技だからいいがもしこれがもっと殺傷力のあるやつだったら?」

 

と達也が言うと凛達以外は顔を青くして

 

「ぜ、全滅です」

 

「・・・そんなん・・・アリかよ」

 

「そうだ、たった一人でも戦争を勝利へ導く切り札となる。それが十師族と言うものだ」

 

と言って達也は凛達を見た

 

『しかし彼女達は俺や深雪のように十師族の関係者・・・ではない。何かを知っていそうな母上や叔母さまに聞いても、上手くはぐらかされてしまった・・・一体何者なんだ』

 

と言って凛と弘樹の魔法力の高さ、制御力の高さを不思議に思った。そして、相手選手がミスを連発し真由美が優勝を飾った。そして男子スピード・シューティングも優勝を飾った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、凛達の泊まっている部屋で軽い祝賀会が行われた

 

「それじゃあ、スピード・シューティング男女両方の優勝を祝って」

 

「「乾杯!」」

 

と言って部屋に集まった凛、深雪、あずさ、鈴音、摩利、真由美の6人はグラスに飲み物を入れ楽しんでいた。すると凛が

 

「じゃあ、優勝祝いに・・・」

 

と言って部屋にあった冷蔵庫から昨日作っていたチーズケーキを取り出した

 

「「おぉ!」」

 

と言って凛の出した皿に切り分けて食べた

 

「うん!美味しい!」

 

「ちゃんとチーズの風味も残っててうまいな!」

 

「これお店のより美味しいですよ」

 

「さすがは凛ね」

 

と言って美味しいと言う感想を言っていると

 

「それにしても、服部君も『波乗り』にうまく乗れたわね」

 

「でも、服部君の調子はあまり良く無いですよ」

 

「そうね・・・でもあんまり調子が悪いと、どうしようかしら」

 

と言ってどうしようか考えていると

 

「ああ、それなら大丈夫だと思いますよ」

 

「それはどうして?」

 

と言って凛の大丈夫な理由を聞くと

 

「今、男子は絶賛どんちゃんしているでしょうから」

 

と言うと今男子がいる弘樹のいるの方を見た

 

 

 

 

 

その頃弘樹の泊まっている部屋では・・・

 

「どうですか、服部先輩?」

 

「ああ、随分と疲れが取れた気がするよ」

 

と言って弘樹は服部のマッサージをしていた

 

「しかし今日は良かったですね、優勝できて」

 

「ああ、辛勝だったがな」

 

と言うと弘樹は手を離して

 

「はい、終わりました」

 

「ありがとう」

 

と言って座っていた椅子を立ち上がると弘樹に聞いた

 

「なあ、どうして君たちは一科生と二科生の差別に反対するんだ?」

 

と聞かれた弘樹はすこし間を置いてからゆっくりと話し始めた

 

「反対・・・ですか・・・強いていえばあまりにも度が過ぎているから・・・でしょうか」

 

「度が過ぎている・・・」

 

すると弘樹は詳しい訳を話し始めた

 

「差別・・・人が生きていく中で、自分が上に立とうとする時に起こる生存本能の一種です・・・それはときには人を奮い立たせる引き金となりますが、またある時はそれによって生まれた劣等感によって、自分に自信が持てなくなりそのまま暴走してしまうことがある・・・四月の一件が良い例ですよ・・・だから僕と姉さんは少しなら差別は許せます。だが此処の差別は度が過ぎている・・・だから僕たちは度のすぎた差別が嫌いなんです」

 

と言うと弘樹は服部を部屋から出した

 

「・・・何だったんだ・・・あの奇妙な感じは・・・」

 

と言って先ほどの弘樹の解答がまるで自分の祖父に教えられているような感覚があった

 

 

 

 

 

「そうなの、弘樹君がマッサージを・・・」

 

「ええ、弘樹のマッサージは私の筋金入りですよ」

 

「へえ、凛がいいって言うなら相当ね」

 

「じゃあ私もお願いしようかしら」

 

「バカ言うな!ただでさえ神木君は選手として出場するし、達也君の手伝いとしても頑張ってくれているんだ。これ以上彼に仕事を増やすな!!」

 

「うう・・そんなぁ・・・」

 

そんな様子を見て凛は

 

「あ!そう言えばエンジニアって大丈夫なんですか?」

 

「ええ、何とかね・・ただ石田君に任せっきりも負担が大きいわね」

 

と言って鈴音にシフト表を出させると

 

「んー、だが空いている人なんているのか?」

 

と摩利が言うと凛は

 

「一人空いている人がいるんじゃあ無いですか?」

 

と言って一人の人物名の書かれた所を指すと納得した様子で凛と深雪に声かけを頼んだ



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CAD担当

「・・・で俺のところに来たと・・・」

 

「そう言うこと」

 

と言って早朝に達也の泊まっている部屋に来た凛と深雪は達也にお願いをした

 

「ん?達也、それ何?」

 

と言って凛は達也の使っていたパソコン画面に映っていた物を聞くと

 

「ああ、これか。これは玩具みたいな物だ」

 

と言ってパソコン画面を閉じると部屋まで送ると言ったが深雪が

 

「大丈夫です、お兄様。今から凛と戻るので・・・」

 

と言うと達也は納得した表情で

 

「そうか・・・わかった。じゃあ凛も頼むぞ」

 

「りょーかーい」

 

と言って部屋を出るとそのまま自分達の部屋へと戻った

 

 

 

 

 

そして大会2日目。凛達が競技会場に移動している頃、達也は一高のテントでパソコン画面を見ていた。すると後ろから真由美に声を掛けられた

 

「達也くん、今日は急な交代でごめなさい。担当よろしくね」

 

と言って謝ると真由美が達也の持っていた瞬間記憶能力に驚いたが達也は

 

「俺としてはそんなものより普通の魔法力が欲しかったですね」

 

と言うと真由美が羨ましそうな目で見てそのまま試合会場へと向かった

 

 

 

 

 

試合会場に着くと真由美は達也に柔軟体操の手伝いをお願いしていた。そんな様子を見て深雪は

 

「あの会長・・・お兄様に手伝ってもらっている・・・」

 

「深雪、抑えて抑えて」

 

と言って今にも周りが氷漬けになりそうだったので何とか抑えた

 

 

 

 

 

そして試合が始まると

 

「ああ、これはすごいな」

 

「如何言うことなの?凛・・」

 

「いや、達也が何も弄っていないのにあれだけの魔法を繰り出せるとは・・・」

 

と言って相手選手の返したボールを全て叩きつけている様子を見て感心していた

 

「これじゃあ相手選手は想子切れで棄権かな」

 

と言って第一試合が終わると相手選手が凛の言う通り棄権したので凛は

 

「じゃあ次の試合まで時間があるから・・」

 

と言って持ってきていたカバンの中からお菓子を出すと

 

「これ、食べてみて」

 

と言ってレオと幹比古に中身の見えない袋を渡すとレオと幹比古は中身を取り出して驚いた

 

「おお、こりゃすげえ」

 

「美味しそうだね」

 

「ここにいる女子で作ったんだ味わってくれよ」

 

「え!?てことはエリカも作ったのか!?これ大丈夫か?食えんのか?」

 

「あんたなんてこと言うの!?」

 

「いやー、あんなエリカが料理なんてな。心配になるだろ」

 

「なんですって!」

 

「はいはい、夫婦喧嘩は他所でやってくれ」

 

「「夫婦喧嘩いうな!!」」

 

と言って喧嘩が大きくなる前に宥めると第二試合が始まった。ちなみにこの時渡したお菓子は美味しく頂いてました

 

 

 

 

 

「ほう、達也。掃除をしたかな?」

 

「如何言うことですか?」

 

と言って弘樹の言葉に深雪は謎に思った

 

「簡単だよ、達也は会長のCADのアップデート前の不要なデータを処理したんだよ」

 

「ヘェ〜、よく分かるわね」

 

「まあ、そのくらいしか分からないけど・・・」

 

と言っていると真由美はそのまま第二試合も制した

 

「さて、女子クラウドも見終わったし男子クラウドの方に行きますか」

 

「え!何で、まだ優勝したわけでは・・・」

 

「だって達也が担当しているってことは会長の優勝なんて決まったもんでしょ」

 

と言って第二試合の様子を思い出してエリカ達は納得した様子で移動しようとしたが深雪が弘樹と一緒に自分の出るアイス・ピラーズ・ブレイクを見たいとのことで凛達は深雪達と別れた

 

 

 

 

 

深雪達を見送った凛達は

 

「さて、これで深雪は弘樹と行ったわね」

 

「ええ、これでうまくいくといいけど・・・」

 

と言って凛とエリカが謎のことを言っていると

 

「え!それって如何言うこと?」

 

と言ってほのかが聞くと

 

「なに、簡単なことだよ。この九校戦で二人をもっと近づけようと思って」

 

「「ええ!?」」

 

と言って凛とエリカ以外の人が驚いているのを見て凛は詳しい話を始めた

 

「・・・つまり、この九校戦で深雪と弘樹のカップルを作ると・・・」

 

「そう言うこと、この事は他言無用だよ。いいですか?」

 

と言って念を押されたレオ達は凛の怒りを見たことがあったので勢いよく頷いた

 

「・・・じゃあ男子クラウド見にいくよ!桐原先輩が出るんだし」

 

と言って一行は男子クラウドの場所に移動した。その頃深雪達は

 

「しかし達也、これば如何なんだ?」

 

「さあ?如何だろうな」

 

「おい!」

 

と言って達也の発言にツッコミを入れている弘樹は深雪に腕を掴まれながら観戦をしていた

 

・・・ビーーー!

 

「始まったね」

 

と言って五十里が言うと花音が振動系統魔法の地雷原を発動し相手の氷柱を一気に破壊し、勝負がついた

 

「あっという間だったな、さすがは弘樹だ」

 

「え!?あのCADって弘樹さんが調整したのですか!?」

 

「まぁ、少しだけ手伝ってもらったんだ」

 

と言って弘樹が言うと深雪は少しごねていたが今度深雪のも調整してあげると言うと表情を反転させて喜んだ。そんな様子を見ていた花音は嫉妬した表情で見ておりその影響か3回戦も圧勝した

 

 

 

 

 

そして、男子クラウドを見ていた凛達と合流すると深雪が驚いた

 

「え!?3回戦敗退!?」

 

「そう見たい、桐原先輩優勝候補だったのに・・・」

 

と言って凛も心底驚いていた、まさか優勝候補の桐原が3回戦で負けるとは思ってもいなかったのだ

 

「しかし、どうしよう。これじゃあ渡辺先輩と十文字先輩が出る競技だけど・・・ちょっとそれじゃあ危ないかも・・・」

 

と言うとほのかが

 

「じゃ、じゃあもしかして。わたしたちの出る新人戦で点数を稼ぐ必要があるかもってことじゃあ・・・」

 

と言うと

 

「ああ、最悪その線もあり得る」

 

「ああ!そんなぁ〜」

 

と言って嘆いていると隣から雫が手を置いて

 

「大丈夫、凛の訓練もあったし。あんなのに耐えれたんだから勝てると思うよ」

 

と言うとほのかは力無く

 

「そ・・そうだね・・・なんか勝てそうな気がしてきた・・・」

 

と言って少し自信を持ったほのかと一緒に一行はホテルに戻った



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アクシデント

ホテルに戻った一行は達也は用事があると言って離れ、凛達は部屋に戻りゆっくりしていると達也から呼ばれたので呼ばれた併設訓練場まで向かうとそこには達也とレオと弘樹がいた

 

「あれ?弘樹、なんでここに?」ボリッ!ボリッ!

 

「そう言う姉さんこそ・・・なんで僕の部屋にあるはずのおかき食ってるんですか・・・」

 

と言って弘樹お気に入りのおかきの袋を食べている凛は

 

「ん?ああ、これ家にあったのから引っ張ってきたの」

 

と言うと弘樹は少し怒気を含みながら

 

「だから言ったんでしょうが!自分のお菓子がなくなった時のためにって言って僕のおかきを取るな!」

 

と言うと達也は

 

「取り敢えず、始めてもいいか?」

 

と言って話を切ると凛達はレオの持っていた不思議な形をしたCADを見て

 

「へえ、初めて見るCADだな」

 

「達也くん、これ作ったの?」

 

「ああ、俺が作ったわけじゃないがな」

 

と言っていると早速レオが硬化魔法の想子を流すとそのCADの前の方が上空に飛んで行った

 

「ハハッ!本当に浮いたら、面白れ〜」

 

と言っていると達也がカウントダウンを始めちゃんとタイムラグもないことを確認するとそのまま達也は床から出てきた藁人形をレオに切らせた

 

「結構腕にくるな」

 

「飛翔部分の質量が小さいからな慣性が小さい分、腕力が必要だ」

 

と言っていると達也は今度は凛達の方を向き

 

「どうだ、このCAD。使えそうか?」

 

「うーん、もし実戦で使うならもう少し重量を増やしたほうがいいし。これがもしモノリス・コードで使うとしてもこれはルール違反にはならないと思う。まあ、レオがモノリス・コードに出るとは思わないけどね」

 

「そうか・・・今日はありがとな夕食後にわざわざ」

 

と言うとそのまま2日目は終わった

 

 

 

 

 

大会3日目、凛達は女子バトルボードの準決勝を見るために会場へと向かった

 

「渡辺先輩はこれが準決勝・・・三高と七高3人レースね・・・」

 

と言っていると早速、レースが始まった

 

「渡辺先輩が先頭ですね!」

 

「ああ、だが七高の選手がぴったり2番手でついているさすがは『海の七高』」

 

「去年の決勝カードですよねこれ」

 

と言っていると最初の難関、鋭角カーブに差し掛かった時だった。七高の選手がスピードを落とさずにそのままフェンスに突っ込見そうな勢いだった

 

「危ない!このままだとフェンスに激突するぞ!」

 

と言っていると摩利は魔法と体捌きでボードを回転させると魔法を発動し慣性の衝撃を緩和しようとした時、摩利が体勢を崩してしまいそのまま飛んできた七高の選手が体にそのまま体当たりをしそのまま後ろらフェンスに激突してしまった

 

「フェンスに激突したぞ!」

 

「レース中断!レース中断だ!」

 

などとざわついている中、達也と凛は席を立った

 

「お兄様!凛!」

 

「行ってくる、お前たちは待て2人で行ってくる」

 

「弘樹、深雪達を・・・」

 

「分かった」

 

と言うと達也達は摩利を急いで病院へと運んだ

 

 

 

 

 

「ん?ここは・・・」

 

目を覚ました摩利は、隣にいた真由美に怪我の具合と全治1週間と言う宣告を受けてショックを受けていると真由美が

 

「ねえ、摩利。あの時、第三者からの魔法による妨害を受けなかった?」

 

と聞かれて心当たりがあると言うと真由美が少し納得した様子で話を続けた

 

「実は言うと神木さんから不自然な揺らぎを確認したって言って今、達也くんと五十里くんに水面の解析をしてもらっているの」

 

と言ってホテルの一室では達也、凛、五十里、花音がパソコンを見ながら解析を行なっていた

 

「んー、やっぱり水中で生じているね」

 

「だけど、予想以上に難しいね」

 

「どう言う事なの?」

 

「会場には至る所に監視装置や優秀な魔法師が大会委員として配備されている。それに引っかからないのだから、この水面を陥没させたのは外部からの魔法では無いし、他の選手の魔法ではない。ましてや自然現象でもない。だけど司波くんの解析によると陥没させた力は魔法によるもの、しかも水中で生じているんだ」

 

と言っていると達也が一つの考えを示した

 

「だから、俺はこれは"人じゃない何かが水中に潜んでいた"と考えています」

 

「「人間以外?」」

 

と言ってどう言う事だと思っていると部屋のドアがノックされ中に幹比古と美月が入ってきた

 

「五十里先輩、千代田先輩。この二人は今回の水中工作員の謎を解くために来てもらいました」

 

と言って二人のことを話した

 

「吉田は精霊魔法を得意とする魔法師、柴田は霊子光に対して敏感な感受性を有しています」

 

と言うと五十里は達也の推測が何かを理解した

 

「もしかして達也くんは精霊魔法の可能性を考えているのかい?」

 

と言うと達也は頷いた、すると幹比古が

 

「でも、神木さんも古式魔法師だしそっちに聞いてもよかったんじゃないか?」

 

と聞くと凛が

 

「生憎と私の得意なのは隠密魔法の方。精霊魔法はあまり得意じゃないんだ」

 

と言って訳がわかった幹比古は納得した顔で達也の質問に答え始めた



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代役

摩利の試合中に起こった事故について調べていた達也は幹比古と美月を呼んで精霊魔法について詳しい話を聞いた

 

「幹比古、精霊魔法で遅延魔法は発動可能か?」

 

「うん、できるよ。地脈を使って水の精霊を使って、命令をすればいい」

 

と言って可能だと言うが

 

「まず、地脈を調べるのに半月はかかるし。術者に思念がよほど強くない限り、猫騙しレベルでしかできないよ」

 

と言って地脈を使って行う遅延魔法は弱いことを伝えると

 

「七高の選手が突っ込んでこなければ、渡辺先輩もかわせたと思うよ」

 

と言うと達也はある言葉に引っかかった

 

「七高選手が突っ込んでこなければ・・・」

 

そう言うと達也はパソコンを動かし、七高の選手の映像を見た

 

「これを見てくれ。七高の選手は本来、カーブの前で減速するところを逆に加速してしまっている」

 

「海の七高なのに?」

 

「こんな単純なミスをする生徒が選手に選ばれるはずがない!」

 

「これは単なる事故ではなくて、七高の選手のCADに細工をされた可能性が高い」

 

と言うと凛が

 

「・・・まさか達也は大会委員を疑っているの?」

 

「「大会委員!?」」

 

と言って部屋にいるほとんどの人が驚いた。すると美月が

 

「しかし達也くん、各校のCADは金庫に入れられて厳重に管理しているはずよ。どうやって細工なんかするの?」

 

と聞くと

 

「選手は一回、試合前に委員会の検査を行うはずだ」

 

「あ・・・」

 

「だが、手口が分からない。そこが厄介だな」

 

と言うと凛が

 

「・・・ねえ、達也。七高選手の使っていたCADって持ってこれる?」

 

「・・・どうしてだ?」

 

「少し、心当たりがあるから・・・」

 

「「え!?」」

 

凛の言葉に達也以外の面々は驚いていた

 

「心当たりって。何か知っているの?」

 

と花音が聞くと

 

「うーん、どちらかというと聞いただけの話なんだけど・・・大陸系の魔法で電子機器を拗らせる魔法があるって聞いただけで・・・詳しいのは直接見てみないと・・・」

 

と言うと達也は少し交渉を行ってみると言うと部屋を出て行った

 

 

 

 

そして少しして、達也が戻ってくると

 

「すまない、凛。CADは借りて来れなかった」

 

「いいよいいよ、大丈夫。私も借りられるとは思っていなかったし・・それよりも今、私と弘樹、達也と深雪が呼ばれた。恐らく、渡辺先輩の代理の事だと思う。私からは深雪を推薦しておくから頼んだよ」

 

「・・・はぁ、分かった。ただし、クラウド・ボールは優勝を狙え、それが条件だ」

 

「任せんさいな」

 

と言って一高用に準備された会議室に向かうとそこには真由美、摩利、鈴音、克人の4人が既に座っており。反対側に凛、達也、深雪、弘樹の順で座った。すると早速、真由美が要件を話し始めた

 

「さて・・・あなた達を呼んだのは他でもありません、深雪さんと、神木さんのどちらかには本戦のミラージ・バットの出てもらいたいと考えています」

 

と言うと鈴音が訳を話した

 

「今日の結果はご存知かも知れませんが、予想以上に三高が成績を伸ばしています。なのである程度新人戦を犠牲にしても本戦のミラージ・バットに戦力を注ぐべきと言う考えに至りました」

 

と言うと凛が

 

「それじゃあ私は、深雪をミラージ・バットの選手に推薦したいと思います」

 

「凛!?」

 

「だって深雪には達也という強い味方が居るんだ。そっちの方が私は合っていると思うんだ。そうだろ?弘樹?」

 

「え、ええ。僕としても深雪にミラージ・バットには出てもらいたいと思います」

 

と言うとそのまま深雪がミラージ・バットに出場することが決まった

 

 

 

 

 

会議室から出た凛達は明日からの新人戦に備えて、会議室に新人戦に出る女子を集めると

 

「よし、今回の大会で頑張った人にはご褒美があるよ!」

 

「え、どんなの?」

 

と英美が聞くと

 

「ふっふっふっ、聞いて驚け。今回は私のお菓子詰め合わせを贈呈するぞ!」

 

と言うと女子が驚いた

 

「おお!お菓子の詰め合わせ!」

 

「これは頑張らないと!」

 

と言って女子はお菓子に釣られて士気が上がっていた

 

「明日から優勝目指すぞ!!」

 

「「おお〜!」」

 

と言って一高の一年女子は会議室の中ではしゃいで。そのまま各々明日に備えた

 

 

 

 

 

次の日、一高の天幕では達也がキーボードを叩いて深雪、雫の使うCADを調整していた

 

「どうだ?」

 

「大丈夫、むしろウチのより使いやすい」

 

と雫が調整してもらったCADを触ると、そう感想を述べた

 

「すまないな、深雪。本来は弘樹が行うはずだったのを・・・」

 

と言って今、丁度自分のCADを調整している弘樹を思い出していた

 

「いいえ、大丈夫ですよ。お兄様、弘樹さんも忙しいでしょうし」

 

と言って深雪が今日に試合に出場する人の事を思っているとそのまま競技会場へと向かった

 

 

 

 

 

会場に着くと、エリカ達が先に席取りをしており空いているところに深雪とほのかが座ると

 

「あれ?そういえば凛は?」

 

と言って凛の居場所を聞くと

 

「嗚呼、凛なら今、弘樹さんのところにいるわよ」

 

「何でまた弘樹の所に?」

 

とエリカが聞くと

 

「弘樹さん、競技に出るでしょ?それで対戦相手になりそうな人の作戦を練っているんですって」

 

「ヘェ〜、そうなんだ」

 

と言っていると緊張して少し震えた様子のほのかを見て深雪が

 

「ほのか、緊張していたら試合までもたないわよ」

 

「うぅ・・・分かってはいるけど」

 

「大丈夫よ、凛も言っていたでしょ?あまり考えないためにこっちに来たんだから。今は雫の応援をしましょ」

 

と言って深雪がほのかの緊張を紛らわせるようにしている頃、凛と弘樹は作戦を練っていた

 

「やっぱり肝はカーディナルか・・・」

 

「何とかバレないようにしないとね、少し本気になれば領域干渉で一気に押し通せるが・・・」

 

「それだと面倒くさいことになる」

 

「烈がいるからね・・・」

 

と言って凛は観戦している烈のことを思い出していた

 

「・・・とりあえずは不可視の弾丸対策はこれでいいかな?」

 

「ああ、姉さんも全く人が悪い」

 

「それはどうかな?」

 

と言って画面越しに雫が圧勝しているのを見た



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空中機雷

雫の第一試合の結果を見て凛と弘樹は

 

「達也のやつ・・・能動空中機雷を使ったな?」

 

「ええ、そう見たいですね」

 

と言って試合で使っていた魔法を見てこの前、達也と弘樹と凛の三人で絶対に雫を優勝させるために考案した作戦のうちの一つ、雫の得意な大規模魔法行使を利用して編み出した振動系魔法を達也は予選で使っていた

 

「しかし姉さんも驚いたよ、まさか去年の映像を見て思いつくんだから」

 

「だってさ、思いついたらぞれを実現してくれるのがあなた達でしょ?」

 

「まあ、そうですが・・・」

 

と言って少し苦笑いをすると2人はそのまま会場へと向かった

 

 

 

 

 

「あ!きた来た。おーい此処よ!」

 

会場に着いた2人は早速、エリカ達によって空いていた席に座ると

 

「どう?作戦は?」

 

とエリカが早速聞いていた

 

「まあ、大体ね。多分これだと勝てると思う」

 

と言うと準決勝が始まった

 

「・・・あれ?」

 

会場に入ってきた雫を見て幹比古はあることに気づいた

 

「雫さんの持っているCAD・・汎用型だ!」

 

「「え!?」」

 

と幹比古の言葉に凛と弘樹、みゆきの三人以外の人は驚いた

 

「ライフル型の汎用型なんて聞いたことないぞ!」

 

「ライフル型は照準補助システムを搭載している特化型CADですからね」

 

と美月が解説を入れると

 

「ええ、だってあれはお兄様と弘樹さんのお造りになったCAD。汎用型でも照準補助システムを利用できるようにとお作りになったものよ」

 

と言うとレオが少し引き気味に

 

「えっと・・一応聞くけが、何のために?」

 

「・・・」

 

すると凛が答えた

 

「そんなの簡単さ・・・勝つためだよ」

 

と言うと試合が始まり、クレーが発射された

 

 

 

 

 

試合が始まると、雫の赤色のクレーが中央の寄せられ。相手の白いクレーは軌道を変え、外に弾き出されていた

 

「おお、収束系魔法を使ってエリア中央の赤クレーの密度を高める・・・代わりに白クレーが外に弾き出されているのね」

 

「そう、相手の妨害と自分のクレー破壊が出来る・・・一番効率のいい作戦さ。あ、ちなみに特化型用補助機能を汎用型につけるシステムは昨年にドイツで完成したんだって」

 

「殆ど最新じゃないの」

 

と凛の解説にエリカが驚くと試合終了のブザーが鳴り、雫の完全勝利で幕を閉じた

 

 

 

 

 

そして雫はそのまま準決勝も突破し、見事優勝を飾った。そして新人戦女子スピード・シューティングに表彰台を一高の生徒が独占する事となった

 

「すごいわ、達也くん!女子スピード・シューティングの一位から三位を独占するなんて!」

 

「優勝おめでとう、北山さん」

 

「ありがとうございます」

 

と天幕では真由美が喜んでいた

 

「明智さんも、滝川さんも良くやってくれました」

 

「もちろん、これは達也くんのエンジニアとしての功績でもある。快挙だぞ」

 

と言うと達也は

 

「いえ、褒めるなら凛の方を褒めてください。彼女が一人一人に作戦プランを提案してくれたのですから・・・」

 

と言うと真由美達は凛の方を向いて功績を称えた

 

「ありがとう、神木さん。こんな快挙を成し遂げてくれて」

 

「いえいえ、そういうのは私の訓練についてきた彼女たちに言ってください」

 

と言うと凛は三人に袋を渡した

 

「はいこれ、ご褒美よ」

 

と言うと三人はすぐさま中身を見るとそこには約束通り、お菓子の詰め合わせが入っていた

 

「「おお〜!」」

 

そして袋の中からお菓子を取り出した三人はそのまま天幕内で席に座り、お菓子を食べ始めた

 

 

 

「・・・さて達也くん。実は北山さんの『能動空中機雷』ですが。魔法大学からインデックスに正式採用の打診が来ています」

 

「え!?」

 

「凄いことになったな・・・」

 

「ええ」

 

と言って摩利が驚いていると

 

「・・・そうですか。なら開発者の名前には、北山さんの名前を回答しておいてください」

 

「え?インデックスに載るのは名誉なことなのに?」

 

と真由美が不思議がると

 

「自分で使いこなせない魔法の開発者なんて恥ずかしいからです」

 

と言う達也の要望通り、インデックスには雫の名前が入った

 

 

 

 

 

同じ頃。会議室では三高の生徒が急遽集まり、先の試合の件で話し合いが行われていた

 

「・・・じゃあ一高女子の表彰台独占は個人技能によるものではないと?一条くん」

 

と座っていた女子生徒が言うと

 

「ああ、他に要因があると思う」

 

と言って会議室の席に座っていた将輝が言うと隣に座っていた真紅郎が原因を話し始めた

 

「エンジニアだね、一高のは相当な凄腕のエンジニアが付いているんだと思う。さっきの試合で優勝した選手のデバイス、あれは汎用型だった・・・」

 

と言うと会議室がざわついた

 

「「え!?」」

 

「照準補助機能が付いた汎用型なんて聞いたことがない!!」

 

と言うと真紅郎が話をし始めた

 

「いや、去年の夏にデュッセルドルフで発表された新技術だよ。とても実用化できるレベルではなかったけど・・・」

 

「でも今回は違った、あの試合の時の汎用型は普段使っていても問題ないくらいに仕上がっていた」

 

「もしあの機能がエンジニアの腕で決まっていたとしたら・・・」

 

「到底高校生レベルではない・・・バケモノだ・・・」

 

と言うと会議室は動揺に包まれた

 

「ま・・・将輝にそこまで言わせる相手なのかよ・・・」

 

「少なくとも、そいつが担当する競技はデバイスに関しては2・3世代のハンデがあると考えていいかも知れない。苦戦は免れんだろうな」

 

と言うと午後の新人戦女子バトルボードと男子スピード・シューティングが始まった

 

 

 

「どうだ弘樹、自信のほどは」

 

「完璧だよ姉さん、これだと優勝も狙えるよ」

 

「おう、頑張ってこい」

 

と言うと弘樹は会場へと足を運んだ



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作戦

弘樹が男子スピード・シューチングで試合に臨んでいる頃。バトル・ボード会場ではほのかがサングラスをしてスタート位置についた

 

「これが凛の立てた作戦?」

 

「視界は悪くなりませんか?それにほのかさんのCADには光学系魔法を沢山に入れてましたけど・・・この競技ではあまり意味がないのでは?」

 

と言うと達也が

 

「いや、凛は競技の隙を突いての興味深い作戦を立案していましたよ」

 

と言って試合開始のブザーがなるとほのかは早速、水面に光学魔法をかけて目眩しをし、その隙にほのかはスタートを切った。他の生徒も遅れてスタートしたが先程の目眩しのせいでスピードが乗っていなかった

 

「なるほど、こう言う事だったんですね。過去九年、誰も思い付かなかった事ですよ!!」

 

「ええ、凛の作戦には驚きました。だけど彼女は初日に九島閣下が言っていたことを行っただけだと言っていましたよ」

 

と言って試合を見ているとほのかはそのまま一位を圧勝して予選を通過した。その頃、男子スピードシューティングでは会場が盛り上がっていた。『カーディナルジョージ』と名高い真紅郎と今まで無失点で圧倒的な力を見せて決勝まで登って来た弘樹の戦いに観客は沸いていた

 

「初めまして吉祥寺くん」

 

「ああ、よろしく。しかし驚いたよ、まさか無失点で来るなんて」

 

「カーディナルに言われるとは光栄です」

 

と言って軽い挨拶をすると

 

「ですが今回は僕が勝たせて貰います。これは真剣勝負なので」

 

「ええ、共に全力を尽くしましょう」

 

と言って離れていく隙に弘樹は小声で

 

「・・・あの時より成長しましたね・・・」

 

と言ったが真紅郎には聴こえていなかった

 

 

 

 

 

そして会場に立った二人に観客は沸いたが試合のために静まると試合が始まり、弘樹は決勝戦用に取っておいた収束系魔法『氷細』を放つとフィールド内が光で満たされ、クレーの位置が見えなくなていた

 

「なっ!」

 

「これだと、中が見えないわよ!」

 

「驚いた、まさかこんな方法で不可視の弾丸対策をするとは・・・それにあれは汎用型ですから知覚系魔法を使ってクレーの位置を捉えて点数を稼ぐとは・・・」

 

と言って点数を順調に稼いでいる弘樹を見てそう言うと観戦していた真由美、摩利、鈴音は驚いていた。すると深雪が解説を入れた

 

「あれは、凛から聞いたことですと。フィールド内を冷却し、中の水分を破壊したクレーに付着させて凍らせたものを中に撒いているみたいですよ」

 

「ヘェ〜、達也くんもなかなかだと思っていたけど、神木さん達も大概ね」

 

と言ってブザーが鳴り、100-3とほぼ完勝の形で弘樹は優勝をした

 

 

 

 

 

そして競技が終わると凛は真由美に呼ばれ、報告を聞いた

 

「神木さん!よくやってくれたわ!今日の新人戦でほのかさんは予選一位通過、弘樹くんと森崎くんが一位と三位になったわ、これでだいぶ差をつけられたわ!明日はがんばってね!」

 

「分かりました。明日は全力を尽くしたいと思います。ただ問題としては一色愛梨が相手になる可能性です」

 

と言って明日、凛の出場するクラウド・ボールの中で注目されている師補の一色家のことを言うと

 

「大丈夫よ、その為にあなたの持っている作戦ノートがあるんでしょ?」

 

と言って凛の作っていた作戦ノートに関しては達也から聞いたと言うと凛は呆れたような表情で

 

「はぁ、分かりましたよ。今から持ってきますよ」

 

と言うと凛は部屋から一冊のノートを持ってくると真由美達に見せた

 

「おお、かなり色々な作戦を考えているのね」

 

と言ってノートを捲ると摩利が

 

「だが、今日の事もそうだったが男子の伸びが良くない。バトル・ボードの予選も1人しか通過できていない・・・」

 

と言って今日の結果を思い出していた

 

女子

バトル・ボード全員予選通過

スピード・シューティング表彰台独占

 

男子

バトル・ボード1人予選通過

スピード・シューティング一位、三位

 

その結果を思い出すと凛は

 

「もしかして負け癖がつくと・・・?」

 

「ああ、そうだ」

 

と言って摩利は苦い顔をすると

 

「じゃあ男子の方の作戦を少し変えないといけませんね」

 

と言って真由美の持っていたノートを捲るとそこには男子用に作っていた作戦案が書かれていた

 

「わっ、此処までするの?」

 

と真由美が少し引き気味で言うと

 

「会長、本気で勝ちたいならこれくらいはしないといけませんよ」

 

と言ってノートに書き込みを入れると真由美が

 

「ねえ神木さん・・・これを撮ってもいいかしら?」

 

「え?ま、まあ・・・良いですけど」

 

と言うと真由美は鈴音から借りたタブレットでノートの写真を撮っていった

 

「ありがとう、これですぐに見れるわね」

 

「は、はい。では私はこれで・・・」

 

「ええ、明日。頑張ってね」

 

「はい、分かりました」

 

こうして新人戦1日目は終わった



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来賓

次の日、凛はクラウド・ボールに挑むために朝早くに起きて少しウォーミングアップを行ない準備を整え弘樹に調整をお願いした

 

「・・・よし、これで調整は終わったよ。どうだい姉さん?」

 

と言って試しに起動をすると

 

「ええ、絶好調ね。これだと優勝も狙えるかも」

 

と言うと部屋に深雪がやってきた

 

「おお、深雪か。今日頑張れよ」

 

「はい、弘樹さんも見にきてくださいね」

 

「ああ、必ず見に行くよ」

 

とと言われると深雪は今度は凛の方を向き

 

「凛も今日は頑張ってね、凛なら優勝間違いなしよ」

 

「ええ、深雪も頑張ってね」

 

「ええ」

 

と言うと深雪は達也に呼ばれて去っていった

 

「・・・さてと、頑張りますか」

 

「姉さん、間違ってもラケットを壊さないでくださいね」

 

「分かってるわよ」

 

と言って凛はクラウド・ボールの会場へと足を運んだ

 

 

 

 

 

その頃、アイス・ピラーズ・ブレイク会場では英美と雫がそれぞれ試合を制し、最終試合の深雪の出番となり、櫓から出てきた深雪を見て観客は歓声に包まれた

 

「緋色袴!」

 

「巫女さんみたい!!」

 

と言って周りの観客が完全に深雪に夢中になっていた

 

「うわぁ、これ完全に深雪に観客の視線が追ってるわね。相手選手がかわいそうね」

 

とエリカが言うと試合が始まった途端に深雪が『氷炎地獄』を展開し、観客を圧倒させていた。その頃、クラウド・ボール会場では観客に響めきが生まれていた

 

「あんなの人の動きなのか?」

 

「ほとんど相手選手の点数が入っていないぞ!」

 

と言っている中、観戦に来たレオと幹比古は他の観客同等、選手として戦っている凛の動きを見て驚いていた

 

「ハハッ・・・あんな動き・・本当にあいつは人か?」

 

「魔法もすごいけど、神木さんの使っている動きも完全に相手のペースを崩させる動きだよ。ほら、相手選手がペース配分が狂ってバテている。もうこれは勝ったも同然だね」

 

と幹比古が言うと幹比古の予見通り相手選手の棄権により凛は2回戦へと進出した。2回戦が始まっても凛は疲れた様子を見せず、むしろ勢いに乗って相手選手を一セットで棄権に追い込んでいた。それを見ていた弘樹は

 

「はぁ〜。姉さん・・あまり相手選手のメンタルを折らない方がいいと思いますよ」

 

と言って第二試合に勝利した凛に言うと

 

「え?だってさっさと終わらせて私は寝たいから・・・」

 

と言うと弘樹は頭を抱えながら壁にもたれ掛かってしまった

 

 

 

 

 

そして凛は3回戦も同様に速攻で片付け、3位決定戦では同じ一高のスバルと対戦をし、一色とも対戦をしておおよその作戦を立てながらいよいよ決定戦となった時、選手は動揺に包まれた。まさかあの九島烈がVIP席に座ってクラウド・ボールの観戦をし始めたのだ。それを見た凛は

 

「あいつ・・・うちらのことを怪しんでいるな・・・」

 

「ええ、少し警戒をしたほうがいいかもしれません」

 

と言って凛達は九島烈を警戒しながら決勝戦に臨んだ。その頃愛梨は相手選手となった凛に対し、強い警戒心を抱いていた。そんな様子を愛梨の親友の四十九院沓子が声をかけた

 

「大丈夫か愛梨?」

 

「ええ・・・大丈夫よ沓子・・・」

 

と言って愛梨は大丈夫だと言うがこの声は少し緊張した声色であった

 

「・・・緊張する理由はわかる、だがエクレールと言われる愛梨だ。大丈夫じゃよ」

 

と言って励ますと少し緊張がおさまった愛梨は

 

「ありがとう」

 

と言って会場へと向かった

 

 

 

 

 

そして試合が始まった時、愛梨は違和感を覚えた

 

『おかしい、さっきよりも弾が打ち返しやすくなっている。まさか、相手選手の想子切れ?・・・いや違う、これは体力を使う先ほどの方法を避けて長期戦に持ち込む気ね・・・生憎だけどそれには乗らな・・』

 

そう思った瞬間だった、突如ボールの動きが速くなった

 

「何!?」

 

いきなりのことだったので愛梨は対応が遅れてしまい一気に点数差がついてしまい、第一ゲームが終わった得点は110-63とかなり大きく離れてしまった

 

そして迎えた第二セットは凛が最初からベクトル操作を応用した干渉魔法を使用したことにより、202-24と一気に決着がついてしまった。そしてクラウド・ボールは一位が神木凛、二位は一色愛梨、三位は里美スバルと上位二つを一高が独占する形となった

 

 

 

 

 

試合が終わった後、凛は試合相手の愛梨に挨拶をした

 

「先程はありがとうございました、いい試合をありがとうございました」

 

と言って愛梨に手を差し伸べると愛梨も凛に返事をするように手を握り返しそのままその日の試合は終わった

 

 

 

 

 

試合の一部始終を見ていた烈は決勝で戦った凛を見てどこかに去って行った

 

 

 

 

その日の夜、凛は今日の結果をまとめていた

 

「男子クラウドボールとアイス・ピラーズ・ブレイクは予選落ちですか・・・」

 

「だがその代わり女子はクラウドでは一位と三位を取って、アイス・ピラーズ・ブレイクは表彰台独占だ」

 

「それに明日は雫と深雪の決勝ですね」

 

と言って再び紙に目を落とすと

 

「でもこの結果を見ると男子がますます負け癖がついてしまいそうですよ」

 

と言って男子の成績を見て深刻に思っていると摩利が

 

「何、明後日は弘樹が出るんだ。心配はないさ」

 

「そうですが・・・」

 

と言って後のことをササっと終わらせて凛は祝勝会が行われている会議室へと向かった

 

 

 

 

 

気配を消して会議室に着くと凛は早速、用意されていた食事を食べていると達也に声をかけられた

 

「凛、この後、ちょっと作業車に来てくれ」

 

「・・・わかった」

 

と言うと凛は会場を見回し、少しイラついた様子で会議室をさって行った男子を見て、あることを考えていた



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観戦

祝勝会が終わり、達也に呼ばれた凛は作業車の前で待っていた。すると達也が作業車から出てきて中に凛を入れた

 

「それで?なんで此処に呼んだの?」

 

と聞くと達也が早速用件を言った

 

「凛、この前の七高の生徒のCADを一時的にだが借りることができた」

 

「そうなのか?まあ、どうやって借りたのかは聞かないがとりあえず見せてくれ」

 

「ああ、これだ」

 

と言って透明な袋の中に一つのCADが入っていた。それを手に取った凛は早速CADを見た

 

「・・・これは・・やっぱりか・・・」

 

「分かったのか?」

 

とCADを見て何かを感じた凛に達也が聞くと

 

「ああ、こりゃえらい事よ。ヘタをすると大会の開催が危ぶまれるかも知れん事だ」

 

「・・・何があったんだ?」

 

と達也が聞くと

 

「これには電子金蚕と言う大陸系の電子部品を狂わせるものが混ざっていたみたいだ」

 

「そうか・・・わかった、疲れているのにすまなかったな」

 

「いいよ、もう競技には出ないし。それじゃあお休み」

 

「ああ、お休み」

 

と言って達也はCADの返却を、凛は自室に戻って休んだ

 

 

 

 

 

次の日、アイス・ピラーズ・ブレイクの会場に着いた凛は深雪と雫の決勝を見ていた。すると隣にいた真由美が

 

「ねえ、本当は親友の応援に行きたかったんじゃないの?」

 

とちょっかいをかけてきたので

 

「ええ、たしかに親友の応援をしたいとも思っていましたが深雪には弘樹がいるので・・・」

 

と言うと摩利があることを聞いてきた

 

「そう言えばなんだが、あの2人は恋愛しているのか?」

 

と2人の恋路を聞いてきた

 

「いや、まだあの2人は告白すらしていませんよ。全く、もう恋人みたいなもんだから告白すればいいと思ってんですけどね」

 

と言うと真由美と摩利は驚いていた

 

「え!?あの2人まだ告白していなかったの!?」

 

「驚いた、あれだけ仲がいいと言うことはもう告白をしているのかと思っていたが・・・」

 

「だから今、あの2人を繋げるために作戦を遂行しているんですけどね」

 

と言って少し悪い笑みで言うと2人は少し引き笑みをしてしまった

 

「そ、そうなのね。そ、それがうまくいくといいわね」

 

「ええ、全くです」

 

と言うと凛はあることに気づいたので席をたった

 

「あ、すいません先輩。ちょっとやることがあったんで少し席を離れます」

 

「ええ、分かったわ」

 

そう言うと凛は会場の反対側の席に行きある女性の隣に座ると

 

「直接は久しぶりですね深夜さん」

 

「・・・ええ、久しぶりね凛さん」

 

と言って隣に座っていた女性こと深夜は凛にバレていたことに脱帽した

 

「全く・・・よく此処が分かったわね」

 

「そりゃ慣れていますから・・・それで深夜さん、どうですか?娘の頑張りを見て・・・」

 

と聞くと

 

「ええ、あの子が成長していくのを見て、私は嬉しいわ」

 

と言っていると女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝が始まった

 

「試合が始まりましたね」

 

「ええ、これからが楽しみだわ」

 

と言って早速深雪が『氷炎地獄』を展開、雫は『情報強化』を自陣に敵陣には『共振破壊』を行った

 

「おお、早速高難易度の魔法ですか・・・」

 

「あなたに取ってはあれくらいCAD無しでできるでしょ?」

 

「まあ、あれくらいだったら簡単ですね。むしろCADが邪魔になるくらいですよ」

 

と言うと深夜は少し笑みを浮かべて

 

「ふふっ、あなたならそう言うと思いましたよ」

 

と言うと深夜は凛にそっと手紙を渡した

 

「これは?」

 

「無頭龍の東日本支部の場所だそうです。真夜から直接渡して欲しいと言われました」

 

手紙を受け取った凛はそれを懐に入れると

 

「・・・わかりました。では準備が出来次第、他の場所も襲撃したいと思います」

 

「・・・壊滅ですか?」

 

と深夜が聞くと

 

「ええ、こう言うのは喉元から潰すのがいいですから」

 

と言って雫のCADの二個使いを見て

 

「ほう、雫はそう言う方法を・・・」

 

「でも深雪には効かないでしょうね」

 

と言うと深夜の言う通り、深雪はニブルヘイムを使い決着が付いた

 

「さて・・・試合も決着がつきましたし。私はこれで、雫を慰めないといけないので」

 

「ええ、それでは」

 

と言って凛は席を立って戻って行った

 

 

 

 

 

決着が付き、一位が深雪、二位が雫となり凛はお菓子袋を持っていくと深雪、弘樹、雫、ほのかがカフェでゆっくりしていた

 

「あれ?達也は?」

 

と此処にいない達也のことを聞くと

 

「お兄様なら今はCADの調整のために今は離れていますよ」

 

と言うと凛は納得した顔をして

 

「はい、これご褒美ね」

 

と言って雫には二つ目のお菓子の詰め合わせを渡すと雫は早速中身を食べていた

 

「ははっ、雫は夢中だね」

 

と言ってその様子を見て言うとほのかが

 

「そりゃ、あれだけ美味しいとはまっちゃいますよ」

 

と言ってほのかもお菓子を食べ始めると凛の携帯が鳴り、その相手が風間であることを確認すると

 

「あ、ごめん。ちょっと会長に呼ばれたから行かないと」

 

と言ってその場を離れると指定された部屋へと向かった

 

 

 

 

 

指定された部屋についてノックをすると扉が開いて風間が中に凛を入れ、用意してあった椅子に座らせると

 

「これが、君に防衛省から来たものだ」

 

と言って封筒が渡されると凛は中身を見てため息が出た

 

「どうした?」

 

と風間が言うと凛は紙を風間に見せると風間も驚いた

 

「これは・・・」

 

「全く・・・海軍の奴等はどうしたって陸軍にケチをつけたいのか」

 

と言って呆れていた

 

「しかし、まさか海軍にも軍籍ができるとは・・・しかも大佐とは・・・」

 

「ああ、全くだ。多分、春日丸の艦長にでもする気なんだろ。全く、聞いてて呆れる」

 

と言うとその紙を能力で消すとそのまま部屋を出て行った



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妨害

次の日、達也は弘樹と共にミラージ・バットのに出場するほのかとスバルのCADの調整をおこなっていた

 

「よし、あとはこれくらいでいいかな」

 

「すまないな手伝って貰って」

 

「いいよいいよ、むしろきのう姉さんの愚痴を聞いてくれたお礼だと思って」

 

「ああ、わかった」

 

と言って昨日、作業者で1人、作業をしていた時に凛が入ってきて、さっき少佐に呼ばれていきなり海軍から新しい軍籍を貰ったが、それがまるで陸軍と張り合いたいのかというような感じで物凄く不快であった。と言う趣旨の話を聞いていた

 

「しかし、昨日の凛はなかなか荒れていたぞ。よく暴れなかったもんだと言いたいくらいだ」

 

「いやーなかなか抑えるのも大変だったよ。お、時間だ。じゃあ達也、頑張ってね」

 

「ああ、お前もモノリス、頑張れよ」

 

「ああ、行ってくるわ」

 

と言って弘樹は出場するモノリス・コードの会場へと向かった

 

 

 

 

 

そして、ミラージ・バットの試合が始まると達也の隣には凛がいた

 

「いいのか?弟の試合を見に行かなくて」

 

「ああ、弘樹は何か問題があってもすぐに対処できると思うから」

 

「ふっ、まあそうだな」

 

と言って第一試合が行われている競技会場の様子を見ていた

 

「このままだと勝ちはスバルだね。ご褒美を用意しとかないと」

 

と言うと試合終了の合図があり、第一試合を制したのはスバルであった。続いて行われた第二試合も出場したほのかが勝利した。そして凛は試合結果を見てほぼ予定通りに事が進んでいることに喜びながら天幕に戻ると衝撃の報告があった

 

 

 

 

 

時間は少し戻り、第一試合を制した弘樹がモノリス・コードにおいて四高と対決する為に市街地エリアで準備をしていた頃だった

 

「よし、森崎は此処の守りを、鷹輔はディフェンスを頼む」

 

「分かった」

 

「こっちも了解した」

 

「OK、それじゃあ始めようか」

 

と言って試合開始の合図があった時だった。突如頭上の天井から魔法陣が浮き上がり、ビルが崩壊し始めたのだ

 

「うおっ!」

 

「くっ!」

 

咄嗟に弘樹は障壁魔法を展開して残りの2人にも障壁魔法を展開しようとしたが間に合わず、弘樹達はそのまま崩落に巻き込まれてしまった

 

 

 

 

 

「弘樹!!」

 

報告を聞いた凛は救護テントに飛んできた

 

「あ、姉さん」

 

「よかった、大丈夫そうね」

 

と言って椅子に座っていた弘樹を見てホッとしていると

 

「僕は大丈夫でしたが、2人は一箇所ずつの骨折と多数の擦り傷と打撲。全治2日、念のために運動は控えるようにと・・・」

 

そう言うと森崎と鷹輔は

 

「いや、こっちは下手をしたら俺たちは重症だったかもしれない。弘樹には感謝しかないよ」

 

「ああ、俺からもありがとうと言わせてくれ」

 

と言って森崎と鷹輔が感謝をすると凛は呟いた

 

「だけど今は大会委員は大慌てだろうな」

 

「ええ、誰が破城槌を行使したのかが分からないから・・・」

 

と言うと達也がテントにやってきて

 

「凛、会長が呼んでいるぞ。弘樹、外で深雪が待っているぞ」

 

「分かった」

 

「すぐ行くって言っておいてくれ」

 

と言うと凛は天幕に、弘樹は深雪に飛びつかれていた

 

 

 

 

 

天幕に着くと凛は真由美に呼ばれた

 

「神木さん、ちょっとこっちに・・・」

 

「はい・・・」

 

と言って奥の部屋に入ると

 

「ねえ神木さん、今回の件もそうだけどもしかしてだけど外部からの妨害って考えられるかしら?」

 

と今までの摩利の一件と今回のモノリス・コードの一件で心配していた

 

「・・・またこんなことが起きないと言う確証はありません。ただ私達は出来ることをするだけだと思います。ただ、私は今回の件は大会委員が怪しいと思っています」

 

「え!?それはどうして?」

 

と凛が大会委員を疑っている理由を聞くと

 

「まず破城槌が行使されたのは試合開始直後です。もし本当の四高の仕業ならまず最初に探知魔法で探してから行使するはずです」

 

「あっ!」

 

「分かりましたか?これが私が大会委員を疑っている理由です」

 

と言うと納得した表情でいると凛は

 

「では、弘樹の無事も確認できましたし、私はこれから達也の手伝いに行ってきます。代役の選出はお任せします」

 

「分かったわ」

 

と言って今、克人が大会委員に要望していることをまるで知っているかのように行っており、真由美は驚いていた

 

 

 

 

 

そして迎えた、ミラージ・バットの決勝。決勝ではほのかとスバルがそれぞれ大活躍をしていた

 

「うんうん、これで勝ちはもう確定だね」

 

「そうだな・・・事前にお前が確認をしてくれたおかげで特に妨害も無い。感謝する」

 

「ああ、別にそれくらいは問題ないが、それよりも問題はこの妨害をしている首謀者だ」

 

「ああ、俺も叔母から聞いているが、本当に大丈夫なのか?」

 

「ああ、準備がもうすぐできる。そしてらあいつらの最期の時だ」

 

「・・・すまないな」

 

「大丈夫だってばよ」

 

と言うと試合終了のブザーが鳴り、ほのかとスバルがそれぞれ一位、二位となった

 

 

 

 

 

そして試合が終わり、凛が部屋でゆっくりしていると呼び出しがあり。会議室へと向かった



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準備

会議室に着くとそこには達也がすでにおり、周りには上級生がおり、凛はいよいよ決まったのかと思い、報告を聞いた。

 

「神木さん、明日の代表が決まりました。まずは今日無事だった弘樹くんを、もう1人は達也くんを。そして後1人は神木さんにお任せすることにしました」

 

「へぁ!?」

 

明日のモノリス・コードの代表の1人の選出を任された凛は思わず変な声が出てしまった

 

「だそうだ、凛。後の1人はお前が決めてくれ」

 

といきなり言われた凛は思わず考えを巡らせた

 

「うーん、時間がないから達也と弘樹の知り合いで、尚且つ順応できそうな人・・・あ!」

 

と言ってその条件に当てはまる人物が思い当たると凛はその人物を言った

 

「じゃあ、私は吉田幹比古くんを推薦します」

 

「ああ、わかった。それじゃあそのメンバーで明日は臨むよう伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

と言って早速幹比古にその事を伝えると幹比古は案の定固まっていた

 

「え?僕が出ることになったのかい?」

 

「ああ、そうだ。それで今から幹比古くんには達也達と話して、準々決勝までのフォーメーションを決めるから来て」

 

「あ、ああ。分かった」

 

と言って幹比古を達也達のいる部屋へと向かうと早速、話し合いが行われた

 

「それじゃあまずは達也くんに決めてもらおうか。実際に戦う人達で決めた方が良いでしょうし」

 

と言うと達也、弘樹、幹比古の三人で詳しい役割を決めた

 

「それじゃあ弘樹にはディフェンスを頼む、そして幹比古は遊撃だ」

 

「OK!」

 

「わかったよ」

 

と言うと達也は幹比古にある事を聞いた

 

「ところで幹比古、『視覚同調』は使えるか?」

 

「八雲先生はそこまで教えているのかい?」

 

「いや、これはそこの性悪姉から聞いた」

 

「ちょっと!性悪って何よ性悪って!」

 

と言う凛の反論を無視して達也達は話を続けた

 

「『五感同調』は無理だけど。『感覚同調』はいくつかなら、無論視覚はできるよ」

 

と言うと達也は凛にある事を聞いた

 

「なあ凛、ちょっと作戦ノートを見せてくれ」

 

「ああ、分かった」

 

と言って懐から一冊のノートを出すと達也はそれをめくって中身を見た

 

「やっぱりお前なら考えていると思ったよ。これを見てみろ」

 

と言って達也はノートの1ページを見せると幹比古と部屋にやって来ていたレオとエリカは驚いていた

 

「おぉ〜!こんなのを考えていたのか」

 

「確かにこれだと性悪って言われても文句は出ないわね」

 

「すごいな・・・こんなの僕じゃあ、到底思いつかないよ」

 

と言って書かれていたノートを見てそう言った

 

 

 

 

 

そしてあらかたの話し合いが終わり、明日の予定があらかた決まると部屋を出て行った凛に達也は声をかけた

 

「凛・・・」

 

「ん?何?」

 

「・・・いつもすまないな」

 

「・・・何、今からちょっと遠出をしてくるだけさ、準備運動にもならんさ」

 

と言って達也はこれから凛のする事を想像しながら凛の事を見送って、達也は明日用に幹比古と弘樹のCAD調整を弘樹と共に始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私服に着替えた凛は地下駐車場に行くとあらかじめ停めてあった乗用車に乗り、ある場所へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、これで大丈夫」

 

と言って仮面を被り、ある所に電話をすると凛は乗用車に置いてあった『大和』書かれた狙撃銃タイプのCAD片手に視線の先にある横浜ベイヒルズタワーの中に入っていた

 

 

 

 

 

凛が横浜ベイヒルズタワーにいる頃、弘樹と達也はCADの調整をおこなっていた

 

「よし、これで終わり。あとは明日に備えるだけだ」

 

「ああ、これで完了だ」

 

と言うと荷物を持ってきたあずさにお礼を言うと席を立ち、伸びをしていた。部屋から出たあずさはある推測が生まれていた、それはミラージ・バット決勝の時だった。他校の生徒が発した言葉の中に引っかかるのがあった

 

「クソッ!なんで同じCADなのにこんなにも差が出ているんだ!」

 

「これじゃあまるでトーラス・シルバーじゃないか!」

 

『トーラス・シルバー・・・?』

 

と思い今までのことを思い出していた

 

『たしかに、A級ライセンスを持った魔法師でも難しい氷炎地獄を高校生で可能にした能力。そして先ほど部屋に入った時、達也の調整画面を見ていた時に写っていた画面がもはや改造と言えるくらいの物となっていた事・・・』

 

そう言ったことからあずさは達也があの人ではないかと思っていた。しかし疑問に思う所もあった、弘樹の画面を見ていた時、達也が弘樹に古式魔法について聞いていた

 

『もしかして彼も・・・』

 

と内心弘樹もあの人なのではと思った

 

 

 

 

 

その頃横浜グランドホテルの本来はあるなずのない階層にある無頭龍の東日本支部では

 

「どうするんだ!このままだと此処にいる全員が粛清されるぞ!!」

 

「しかしこれ以上の妨害は・・・」

 

と言おうとした時、突如電話がなった

 

「・・・出ろ」

 

と言って恐る恐る電話に出ると相手は女性の声であった

 

「こんばんわ、無頭龍東日本支部の皆さん。今日のご機嫌はいかがかしら」

 

「誰だ」

 

と1人が聞くと

 

「別に名乗ろうだなんて思っていないわ、だってあなた達は・・・・・・・・・・・・此処が墓地になるんだから」

 

と言った瞬間、周りにいたジェネレーターが全員十字架の光と共に消滅した

 

「ヒィ!」

 

「ど、どうなっているんだ!」

 

「ふふっ、あなた達が知る必要はないわ・・・さてダグラス=黄さん、取引に応ずれば今回の件は見逃しましょう」

 

「ほ、本当か?」

 

「ええ、ただしこちらの条件をちゃんと正しく答えてくれれば、ですけどね・・・もし嘘をついたら・・・」

 

と言って次の瞬間隣にいた一人の男が消えた

 

「わ、分かった・・・質問に答える・・・」

 

と言ってあらかたの情報を聞くともう一人の男が消えた

 

「な、なぜだ!我々は質問に答えたでは無いか!」

 

と言うと笑い声が聞こえた

 

「アハハハハハ!何をふざけたことを言っているんだい?私が言ったのは今回の妨害だけだぞ、お前がやってきた他の行いが残っているじゃ無いか」

 

と言うと一人ずつ消えていきダグラス=黄だけが残された。すると黄はある提案をした

 

「ま、待ってくれ。こっちから提案をさせてくれ」

 

「・・・なんだ?」

 

「わ、我々の財産を全てやる。組織の金は膨大だ、どうだ?」

 

と言うと声の主である凛は

 

「ふむ、悪くは無いな」

 

「じゃ、じゃあ・・・!」

 

「ただし、今の組織にそれだけの金があるとは思えんな。全て私がいただいたからな」

 

「な・・・に・・・」

 

その言葉に黄は床に力無く座り込んでしまった

 

「金がなければ、消えろ!」

 

「まっt・・・」

 

と言うと黄は他の仲間と同様に十字架の光によって消滅を確認した



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素質

無頭龍の東日本支部を壊滅させた凛は電話から報告を受けた

 

「主人殿。東日本支部、並びに総本部を含めた全ての無頭龍の拠点を襲撃完了いたしました」

 

「そう・・・それじゃあ奴らの資金は?」

 

「はい、全て回収し。貴方様の口座にお送り致しました」

 

「ご苦労さん、それじゃあ奴らの財産を全て回収したら後は・・・頼んだわよ」

 

「仰せのままに」

 

と言って通話が切れると凛は持っていた狙撃銃を楽器ケースの中に入れるとそのまま横浜ベイヒルズタワーを後にした

 

 

 

 

 

車で富士演習場に戻る途中、凛は自分の口座を見てキチンと送金されていることを確認すると

 

「全く、これは自由に使って良い用に作ったのに・・・一向に溜まっていくばかりじゃない」

 

と言って12使徒の律儀さに少し呆れながら凛はCADをしまうと演習場の地下駐車場についた。車を降りると知っている人影があった

 

「・・・どうしてここに?風間少佐」

 

「先程、情報をもらいました。それでその下に向かったのですが、既に殺された後でした。もしかすればと思い、ここに来たまでです」

 

「そうか・・・じゃあ言っておこう、それ以上の詮索は無駄だと思うぞ」

 

と言うと風間の横を通り過ぎていった

 

 

 

 

 

次の日、新人戦最終日の今日はモノリス・コードで新人戦の終わりを迎える。一高の選手は二人が代役となったことに驚きなどがあったが一高は八高との試合を始めた

 

「さて、あの作戦で勝てるかどうか・・・」

 

と言うと凛は不敵な笑みを浮かべながら言うと早速弘樹がアタッカーとしてやって来た生徒を銃型CADを使って気絶させた

 

「おお!一人やったわ!」

 

「しかも相手のモノリスは開いている、それに一人は幹比古が抑えている。それに後一人は達也が今対処した。これで勝てるぞ!」

 

と言うと達也が512字を打ち込み終わり、試合終了のサイレンが鳴った

 

 

 

 

 

「お疲れ〜」

 

と早速試合の終わった三人に凛が行くと

 

「ああ、取り敢えず順調に行っているな。後は・・・」

 

「三高対策ね・・・」

 

「ああ。準備は?」

 

「もちろん、できているよ。でも次の試合では使わないんだろ?」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

と言うと次は市街地となり心配な意見もあったが、幸いそのような事はなく無事に試合が始まった。まず最初に弘樹が向かって来たアタッカーを潰し、幹比古に入力を任せ、達也は相手のモノリスを見つけ、開けると幹比古が入力を行い、試合終了のブザーが鳴った

 

 

 

そして迎えた四高との再戦、場所は渓谷フィールドであり、達也の指示通り。弘樹がディフェンスとしてモノリスの近くに構えて、相手情報を把握した

 

「達也、近くに一人いる、注意して」

 

「分かった」

 

「でもこれって大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ、通信機を使うなと言うルールはなかった」

 

「そうだけど・・・」

 

と言っていると特に苦戦する事なく試合終了のブザーが鳴った

 

 

 

 

 

「やはり一高が上がってきたか・・ある意味予想通りだね」

 

「ああ、そうだな」

 

と言って真紅郎と将暉はそれまでの映像を見て分析をした

 

「彼は魔法というよりもそれ以外で目立っていた、だから多分強力な魔法は使えないと思う」

 

「そすると1ー1に持ち込めば勝てるか?」

 

と言うと真紅郎が

 

「いや、まだ注意すべき人物がいる」

 

「?誰だ?」

 

「この生徒、神木弘樹という生徒だ。昨日の試合ではアタッカーを務めていて、今日はずっとディフェンスをしている」

 

「じゃあその生徒は万能なのか?」

 

「わからない、ただ彼も司波と同じように注意しなければならない」

 

と言って映像に写っている達也と弘樹を見ていた

 

 

 

 

 

「三高連中は浮かれていたな」

 

「ええ、次のフィールドが草原だからって絶対勝てると浮かれいましたね」

 

と言って先程フィールド発表があったときに盛り上がっていた三高を見てそういうと凛は弘樹と天幕で別れるとそのまま屋上へと向かった

 

 

 

 

 

屋上に着くとそこにはエリカと幹比古が何かを言っていた

 

「おやおや、幹比古にエリカかいどうしたんだい?二人とも」

 

「あ!凛、ちょっとね・・・」

 

「ほーん」

 

と言って凛は柵にもたれかかるとエリカが聞いた

 

「・・・ねぇ、凛はなんでここに来たの?」

 

「んー、なんでだろう。なんとなくかな」

 

「そう・・・」

 

と言うとエリカは少し納得のいかない返事をすると

 

「まあ、今の今の調子なら三高にも勝てるわよ!決勝がんばんなさいよミキ!」

 

「僕の名前は幹比古だ!!」

 

とお決まりのセリフを言うとエリカは去っていった

 

「ふぅ、なんでエリカはいつもあの言い方なんだろう。直して欲しいよ」

 

と幹比古が呆れていると

 

「ねえ、幹比古君・・・」

 

「なんだい?神木さ・・・!!」

 

幹比古が振り返ると驚いた、なぜならいつもの凛よりも圧倒的に違った雰囲気を放っていたのだ

 

「・・・君は一体・・・」

 

「ふふっ、これが分かるならあなたはもう十分に素質を取り戻している。それが確認できてよかったわ。それじゃあ自信を持って決勝、頑張ってね」

 

と言うと凛は屋上から去っていった

 

「・・今の感覚は・・・」

 

屋上に一人残った幹比古は驚いていた

 

「今の感覚は、目の前に神がいるような感覚だった・・・神木さん、あなたは一体何者なんですか・・・」

 

そう、幹比古は彼女の力を見た気がした



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決着

幹比古の魔法の回復を感じ、いよいよ決勝となったがエリカは観客席で爆笑していた

 

「あはははは!何あの格好!」

 

「エリカ、うるさいよ」

 

「イテッ!」

 

と笑っているエリカに凛はチョップを喰らわした

 

「何すんのよ!」

 

「あんたがそれを言うか!大体あれは作戦の一つだよ」

 

「一体あれで何をするんですか?」

 

「ああ、それは試合が始まったらわかるよ」

 

と言うと作戦が始まり、将輝が早速攻撃を始めた

 

「へぇ〜、今回は弘樹がアタッカーなのね」

 

「一応、達也もアタッカーみたいな感じだよ」

 

「え?でもディフェンスは?」

 

「あれを見てごらん」

 

と言って一行の配置を見るとエリカは納得した

 

「ああ〜、成程ね」

 

その頃、別の観客席では・・・

 

「おお、やっぱり彼が先に出るか」

 

「でしょうね、彼なら十師族なんかよりも下手したら強いですから」

 

「だが、彼等は本当に人なのかと思う時もあるがな」

 

「それはそうですね」

 

と山中と藤林が観客席から試合の様子を見ていた

 

 

 

 

 

その頃。試合会場では達也が弘樹に指示を出していた

 

「じゃあ頼むぞ」

 

「OK!それじゃあ僕が一条の相手をするよ」

 

そう言うと弘樹が前に出て将輝の相手をした

 

「彼が前に出るんだね」

 

「ああ、だが彼は何を考えているんだ?まあ、良い。本来は司波達也用に変えたが、この際仕方ない。よし、始めるぞ」

 

そう言うと将輝は早速、空気圧縮の魔法式を展開した。だがぞれは弘樹によってほとんどが撃ち落とされていた

 

「『術式解体』!!彼も使えたの!」

 

と観客席から見ていた真由美が驚いていた

 

「すごいな、一条選手前によく怯まずに確実に当てている・・・」

 

「ああ、だが攻撃に専念ができていないぞ」

 

「それに一歩ずつ進むごとに手数が落ちてきてしまうわ。でも彼は何か考えているようね」

 

そう言いながら克人と真由美は試合を見ていた

 

 

 

 

 

その頃、弘樹は将輝を一時的に釘付けし、その間に達也が幹比古と共同で真紅郎に対処する考えだったが。そこで問題が起きた、真紅郎を助ける助けるが為に将輝が威力を考えていないレギュレーションオーバーの圧縮空気を達也と幹比古に向かって放ってしまった

 

「達也!幹比古!」

 

と叫ぶと咄嗟に弘樹は達也と幹比古の周りをとっさに自身特有の無系統魔法『術式分散』を使った

 

「な、何があったんだ・・・!まずい!」

 

将輝が唖然とした隙に、弘樹は将輝に向けサイオン波を放ち、将輝を気絶させた

 

「よし、まずは1人目」

 

倒れた将輝を見て弘樹は達也達のいる方を見た

 

 

 

 

「おお、彼は術式分散を使ったか・・・」

 

「えっと確か構築した魔法式を術式解体のように吹き飛ばすのではなく、そもそも魔法式分解して魔法式に使ったサイオンを吸収する無系統魔法魔法でしたっけ?」

 

「ああ、あの姉弟しか使えない特別な魔法式さ。あれに関しては御仁でも分からないだろうな」

 

そう言うと山中は上の方で観戦をしている烈を見た。その頃、観客席から見ていた凛は

 

「・・・あいつ・・・これでバレなきゃ良いが・・・」

 

と先程使った術式分散を見てそう言うと深雪が小声で

 

「弘樹さん・・・一瞬だったけど、目の色が変わってた気がした・・・私の気のせいかしら?」

 

と弘樹が術式分散を使ったときに一瞬だけ目の色が茶色から碧色になっているように見えたと言っていた

 

「・・・」

 

それを聞いた凛は少し焦った

 

『もしかすると、あいつにもバレているかもしれんな』

 

そう言うと凛は烈のいる方を見た

 

その頃、弘樹は倒した将輝を見て幹比古の方を見ると彼も『雷童子』を使って真紅郎を倒したのを確認すると

 

「よし、あとは達也だが・・・大丈夫そうだな」

 

と言って振動魔法で残り1人となった選手を倒して試合終了のブザーがなった

 

 

 

 

 

試合が終わると観客席は歓声に包まれた

 

「よくやったぞ!一年!!」

 

「これで文句なしの一位だ!」

 

「三高もよくやったぞ!」

 

「すごい決勝だったわね」

 

と言って戻ってきた三高の生徒を称えると弘樹は達也にある事を問い詰めていた

 

「・・・で?何で自分の鼓膜が破れるくらいの威力で振動魔法を行使した理由は?」

 

「お前が『プリンス』を倒したから。それで良いか?」

 

「いや、鼓膜が破れてて平然としている時点でおかしいよ」

 

と言って幹比古は鼓膜を負傷している事に心配した

 

「さて、弘樹。彼女が待ちかねているぞ」

 

「いや、まだ彼女じゃねえっての!」

 

と言って観客席で涙をこぼしながら喜んでいる深雪を見て達也の言葉に弘樹が突っ込むと

 

「しかし、勝ててよかった。これも2人のおかげだよ」

 

と言うと三人は会場を後にした

 

 

 

 

 

新人戦モノリス・コードで優勝した事により、文句なしに優勝した一高は天幕の中で盛り上がっていた

 

「優勝おめでとう神木くん!」

 

「いえいえ、会長。お礼ならこの2人に、僕は何も・・・」

 

「いいえ、あなたが一条家の御曹司を倒してくれたのが大きいですよ」

 

と言って先程、克人から聞いた報告に内心とても驚いていた

 

 

 

 

「先程、一条のオーバーアタックのことについてだが・・・九島閣下から口止めをされた」

 

「え!?どうして?」

 

「さあ、わからん。ただ閣下が俺に向かって『一条の件を黙認する、代わりに神木姉弟の事を見ておいてくれ』と言って何処かにさって行ったぞ」

 

「どうして閣下があの2人のことを・・・」

 

と言って不思議に思っていると天幕に弘樹と達也が入ってきたのでとりあえずこの話はまた後にする事になった

 

「じゃあ今日はもう休んで」

 

「え?でもまだする事が・・・」

 

「いや、あなた達は昨日から無理しているんだから休みなさい!!」

 

「そうだ、大体司波は負傷者なんだぞ!」

 

と摩利の後ろで鈴音も頭を振っていた。そして半ば強制的に弘樹達はその日の夕方から休息を取ることとなった



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優勝

次の日、達也と弘樹は深雪の本線ミラージ・バット用のCADの調整をおこなっていた。すると達也が

 

「ああ、そういえば聞いたぞ。一昨日凛がやってくれたんだってな」

 

「・・・ああ、あれね。あの時、姉さんが『弟を傷つけようとした奴は根絶やしにするまでだ!』って言って豪語していたよ」

 

「そ、そうか・・・」

 

と言って凛を怒らせた無頭龍のメンバーには御愁傷様と思った

 

「さて、深雪の調整はこれくらいでいいだろ」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言うと弘樹は作業車を降りて凛のいる会議室へと向かった

 

 

 

 

 

 

会議室に着くと真由美、摩利、克人が座っており、反対側に凛が座っていた

 

「失礼します、それで私が呼ばれた理由をお聞かせ願えますか?」

 

と弘樹が三人に聞くと

 

「実は昨日の件なんだけど、一条家当主から謝罪の言葉が来ていたの」

 

「そうですか・・・それで何と?」

 

「昨日の件の謝罪で『今回は人命を失いかけた事故を起こしてしまい申し訳ない』と・・・」

 

「そうですか・・・」

 

と言うと真由美が凛と弘樹にあることを聞いた

 

「ねえ、神木さん。貴方たちって九島閣下と何かあったの?」

 

「閣下とですか?」

 

「ええ、閣下があんなにも貴方たちのことを警戒しているなんてちょっとおかしいと思ったから・・・」

 

そう言うと凛は弘樹の方を見て話し始めた

 

「・・・昔、九島閣下とうちの神木家は昔にちょっと揉め事がありまして・・・」

 

と言うと真由美たちは納得した表情を見せた

 

「成程・・・何となく理由は察せるわ。ごめんなさいね、嫌な思い出を聞いてしまって」

 

「いえいえ、昔のことなので大丈夫ですよ」

 

と言うと凛たちは会議室を出た

 

 

会議室に残った三人はそれぞれ向き合った

 

「なるほど、彼女の家は過去にそう言うことがあったのか・・・」

 

「それは警戒するはずだ」

 

「これで関係が拗れないことを祈るしかないな」

 

と言うと三人は二人の出ていった扉を見た

 

 

 

 

 

会議室を出た凛はミラージ・バットの会場へと向かった

 

「これがどうなるか、楽しみだねぇ〜」

 

と言って試合を見た

 

 

 

第一試合は小早川が驚きの結果を見せ、無事勝利を収めるといよいよメインの深雪の出る試合となった

 

「多分深雪のことだ、第二試合で飛行魔法でも持ち出してくるかな」

 

と言うと凛の予想通り、深雪は第二試合で飛行魔法を披露し、会場を驚かせていた。その頃、弘樹は達也と共にエンジニア席で深雪の試合を見ていた

 

「しかし達也も深雪には弱いね〜」

 

「お前が言えたことか?」

 

「ふっ、そうかもな」

 

と言って先程、絶対に勝ちたいと言って達也におねだりをしていた深雪を思い出していた

 

「兄として、深雪の成長は嬉しいもんなのかい?」

 

「それはそうかもな、お前の姉さんもお前の成長を見て、そう思ってるだろうしな」

 

「ははっ!それは言えてる」

 

と言うと試合終了のブザーが鳴り、圧倒的な点数差で決勝進出を果たした

 

 

 

 

 

「お疲れ深雪〜」

 

「凛!どうだった今の試合?」

 

「ええ、とっても良かったわよ」

 

と言って深雪を一旦、シャワーに送ると達也が大会委員から問い詰められていた、ただし達也も想定内だったようで一時的にCADを大会委員に預ける事となった

 

「やっぱり来たね」

 

「ああ、まあこれは想定内だったがな」

 

と言うと深雪が出てきて凛の隣に座った。すると凛が

 

「深雪、決勝の時間まで寝ていな。時間になったら起こすから」

 

「・・・分かったわ。じゃあお言葉に甘えて」

 

そう言うと深雪はベットで少し横になった。そしてそのままぐっすりと寝てしまっていた

 

「ふふっ、よほど疲れていたのね」

 

そんな様子を見た凛は少し笑っていた

 

「だろうな、深雪は本戦で上級生相手に頑張っているんだ。それは精神的には疲れているだろうな」

 

そう言うと達也と一緒に静かに外に出ると

 

「さて・・・無頭龍は一昨日私が東日本支部を襲撃したわ、そして色々と情報をもらったわ」

 

「そうか、すまんな」

 

「それでなんだけど、私はこの事を直接真夜さんに渡そうと思っているの。だから帰りは一緒に出来ないかも」

 

「分かった、その事は伝えておく」

 

「頼んだわよ」

 

と言っていると先程CADを持って行った大会委員が戻ってきてCADを返却した

 

「一応デバイスは帰ってきたけど・・・」

 

「おそらく他校にも知れ渡っているだろうな」

 

「でしょうね・・・さて・・・これをネタに大会委員を揺すれるかしら?」

 

と言って大会委員が思いっきりルール違反をしている事に達也は

 

「お前・・・やっぱり性悪だな」

 

「余計は一言よ」

 

と言っていると時間となり深雪を起こして、決勝の準備をさせた

 

 

 

 

 

そして迎えた決勝、勝負の前に弘樹が深雪に応援をすると

 

「それじゃあ深雪、頑張ってこいよ」

 

「はい!弘樹さん!」

 

と言って満面の笑みで会場へとむかうと

 

「やっぱり、予想通り深雪は弘樹の応援がどんな応援よりも強い元気玉になったな」

 

「やめてよ姉さん、そう言うのは」

 

「ははっ!良いじゃないか、もう既に恋人みたいなもんだろ?」

 

「だから姉さん、僕はまだ告白すらしていないんだから・・・はぁ」

 

と言って弘樹がため息をはくと試合が始まった

 

 

 

 

 

試合が始まるとやはり他校も飛行魔法を使っての競技となり、会場は沸きに沸いた。しかし慣れていない魔法の行使ですぐに想子切れを起こし深雪以外の選手はどんどん脱落をしていった

 

「ああ、やっぱりこうなるのね」

 

「予想はしていたけどこれは酷いな」

 

「だがちゃんと落下事故が起きないように自動降下機能も動いているぞ」

 

と言ってどんどん脱落していく生徒を見るとそう言った

 

 

 

そして試合が終わり、深雪が優勝をした事により一高の総合優勝が決まり、三連続での初の快挙を果たした



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告白

深雪のミラージ・バットの優勝が決まり、一高の総合優勝が確定となり、天幕ではお祭り騒ぎとなっていた。そんな天幕を横目に凛は風間の元へと向かった

 

 

 

「・・・それで烈とあったと・・・」

 

「ええ、閣下に貴方との過去を聞いたときは驚きました」

 

「だろうな、私が”初恋”の相手だなんて・・・何をふざけたことを。と思ったからな」

 

「はい、まさか閣下の初恋の相手が貴方で、なおかつ貴方にボコボコにあされたことも聞きました」

 

「ああ、あのときは流石に腹が立ったからな。ちょっと本気で魔法を打ち込んでしまったんだよね」

 

「それでよく閣下が生きておられましたな」

 

「ああ、それは放つ直前に少し弱めたからな『このままだとここら一体が地図から消えてしまう』って」

 

「そ、そうなんですね」

 

と言って少し呆れていると風間は驚いた声色で

 

「しかし驚きました。まさか貴方が十師族の事をよく思っていないとは・・・」

 

「まあ正確には九島家と七草家の当主ね」

 

と言って補足をすると

 

「成程、そう言うことですか」

 

と言って風間がそこの二家が嫌いな理由を察しつつ風間は続けた

 

「閣下は達也を四葉から引き離したいと思っているようでした」

 

「あいつは馬鹿なのか?そんな事とが許されるとでも思っているのか?」

 

「さあ?私も驚きましたが・・・」

 

「今の四葉は落ち着いている。それに懸念している種はなるべく排除してきた、そこに油を注ぐ気か?あいつは」

 

と言うと凛は怒りを通り越して、呆れていた

 

「貴方の懸念もよく分かります」

 

「ああ・・・まったく、人が全員。君みたいな人ばっかだったらいいのにな」

 

と言って手を広げると空中が少し歪み、そこからお茶を出すと風間に差し出した

 

「すみません、生憎と持ち合わせがなくて」

 

「いいよいいよ、これくらいは簡単にできるし・・・それに、風間と二人きりじゃ無いとこんなの使わないし」

 

「そうでしたね」

 

そう言うと二人はお茶を啜った

 

「うーん、しかし今の私は海軍士官と陸軍士官の二つの軍籍を持っているけど・・・中々ややこしくなるな」

 

と言うと風間は少し苦笑いをして

 

「ははっ・・・全くですな。まぁ、しかしあなたが佐渡進行の時に迅速に上陸艇の撃沈と進行兵の殲滅を行ったのが認められた証拠でしょう」

 

「まあ、そうなのかもな」

 

「それにあなたは世界に類を見ない"二つの独自の戦略級魔法"をお持ちなんですから」

 

「なに、あれくらい簡単なことよ。それに、まだまだわたしにはあれ以上の魔法なんか色々あるよ」

 

「ははっ、これは参りましたな」

 

と言ってこの後、少しだけ風間と今後のことを話した凛は部屋を出て自室へと戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして九校戦最終日となった今日。克人、服部、辰巳の3人が出場するモノリス・コードでは十師族の一角の克人がまるで力を誇示するかのような試合展開を見せていた

 

「達也・・・あれってもしかして・・・」

 

「ああ、凛の思っている通りだと思うぞ」

 

「やっぱりか・・・」

 

そう言うと決勝試合終了のブザーが鳴り、一高は前人未到の3連覇を果たした

 

 

 

 

 

そして九校戦の全日程が終了し、凛は今までの疲れがどっと来たかのような疲労感を感じた

 

「ふぅ・・・疲れた・・」

 

「ふふっ、お疲れ様。凛」

 

「ちょっと寝るわ〜時間になったら起こして」

 

「分かったわ」

 

と言うと凛はベットで寝てしまった

 

 

 

 

 

「凛、時間よ起きな」

 

「うにゅ?」

 

時間となり深雪が凛を起こすとそのまま後夜祭パーティーに参加する為に部屋を出た

 

「おお、やっぱり人が多いねぇ〜」

 

と言いながら凛はパーティー会場にあった料理を食べていると達也と共に克人に呼ばれ外へと向かった

 

 

 

「すまないな、パーティーの最中に呼び出して」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「ちょうど人に少し酔っていたのでよかったです」

 

と言うと克人は二人にあることを聞いた

 

「二人に聞きたい、お前たちは十師族か?」

 

そう聞かれると凛は

 

「わたしは違いますよ、ただ他の人とは少し違う産まれ方をしただけで」

 

と凛が少しぼかした言い方でそう言うと、克人と達也は驚いた表情を見せた

 

「それはつまり、神木は調整体と言うことか?」

 

「うーん、少し違いますね。まあ、あまり詳しくは言えませんが・・・話はそれだけですか?」

 

「あ、ああ。すまないなパーティー会場に戻っていいぞ」

 

「じゃあ、それでは」

 

そう言うと凛は会場に戻っていった

 

 

 

そしてパーティー会場に戻った凛はちょうど最後の曲で深雪と共に踊っている弘樹を見て

 

「おお、これはとても美しいな。なんでだろう、この感情は不思議なもんだ」

 

そう言うと隣にいたエリカが帰ってきた達也に

 

「いやー、あれは兄としてどう思う?」

 

「俺に聞かれても、嬉しいと言う言葉しかないぞ」

 

「なんだ、つまんないの」

 

そして最後の曲も終わり、続いて一高の優勝祝賀会が始まった

 

「うほー、食べ物一杯、飲み物一杯!!」

 

「ちょっと姉さん、食べ過ぎには注意してよ」

 

「大丈夫だって。あ、あれも美味しそう!!」

 

そう言うと凛は皿を取って料理を取っていた。弘樹は先程深雪と踊った事を夢のような感じとなっており、少し風にあたる為に外に出た

 

 

 

「ふぅ、この身体になってどのくらい経ったんだろう・・・お父さん・・・お母さん・・・僕は今充実した日々を送れています・・・お父さん・・・心配しなくても大丈夫ですよ・・・」

 

と言って直接は届かない思いを言うと何か近づいてくる気配を感じ、それが誰なのかを理解するとその方を向いた

 

「それで、何か御用ですか?深雪さん」

 

「いえ、ちょっと弘樹さんの場所を聞くとここにいると聞いたので」

 

「そうかい・・・」

 

と言うと弘樹はまた空を見た

 

「ねえ、深雪」

 

「どうしましたか?」

 

空を見ていた弘樹が言うと

 

「星は凄いと思わないか?何万年もの時間を経て光をここまで届けてくれているんだ。僕たち人にとってはとてつもない時間かもしれないが、あの光にとってはまるで当たり前のように僕たちに美しい景色を見せてくれる」

 

「・・・」

 

「そして君もあの星のような美しい景色を僕に見せてくれた。だから言わせて欲しい・・・深雪、僕はあなたのことが好きだ」

 

「・・・」

 

そう言うと深雪は涙を流しながら弘樹に抱きついた

 

「ありがとう弘樹さん・・・私も嬉しいです」

 

そう言うと弘樹は深雪の背中を優しく撫でた

 

 

 

 

 

「ふふーん、上手く行けてよかったわね。弘樹・・・」

 

その様子を気配を殺して見ていた凛はそう呟くと展開させていた人避けの術をそのまま展開しながらパーティー会場に戻った



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夏休み編
過去の思い出


今回かなりすっ飛ばします。文に関しては勘弁してください!(土下座)


次の日、九校戦も終わり、各校の生徒が帰宅の準備をしている頃。凛達は先に用事があり、先に帰宅することが告げられていた為、凛の代わりに達也が仕事の引き継ぎを行なっていた

 

「しかし、なぜ凛は先に戻ったのでしょうか?」

 

「さあな?まあ、あいつが言うにはちょっと寄るところがあると言ってたが・・・」

 

と言って達也は凛から引き継いだ仕事をこなしていた。その頃、凛はコミューターに乗って四葉家本邸へと向かっていた

 

「しかし久々だね、四葉家に行くのは」

 

「ええ、何年ぶりでしょうか?」

 

と言っているとコミューターは一旦止まり、その先にいた葉山を乗せて案内に従う事になった

 

「いやー、この感じも久々だね。そうだろ?葉山」

 

「ええ、あの頃は貴方様方も近くに住んでおりましたからな。確かあの時はよく歩きで来ておりましたな」

 

「ああ、あの頃が懐かしいよ。さてと、ついたか」

 

と言ってコミューターを降りるとそこには深夜と真夜が立っていた

 

「ああ、此処に来るのは久々だな」

 

「姉様、足元にお気を付けて」

 

「ああ、ありがとう」

 

と言ってコミューターを降りると

 

「此処までわざわざお越しにならなくても私から直接伺いましたのに・・・」

 

「いやいや、久々に此処にも来たくなったのさ・・・さて、これが無頭龍の報告書と財産の在処ね。まあ全部私が回収したけど」

 

「ふふっ、やはりお仕事が早いですね」

 

「なに、おかげで私の財産がとんでもない事になっているけどな」

 

そう言うと屋敷の中に入って行った

 

 

 

 

 

屋敷に入ると弘樹と別れたのを確認すると深夜がある事を聞いた

 

「そう言えば、あの娘と弘樹様が恋人になったとお聞きになったのですが・・・」

 

「ああ、昨日の夜。2人はホテルのバルコニーで告白していたのを見ていたぞ」

 

「そうですか、それは良かったです。あの娘もようやく弘樹様と恋人関係になりましたか」

 

「まあその前から恋人みたいな物だったけどね」

 

「ふふっ、そんな事があったのね」

 

と言って話が弾んでいると凛が

 

「あ、そうだ。丁度いい、ちょっと2人には一緒に来てもらっていいかい?」

 

「はい、分かりましたが・・・」

 

「一体どこへ?」

 

「何、四葉の敷地内にある場所さ。葉山、久々にあそこに行きたい、いいかい?連れ出して」

 

「ええ、貴方様と一緒ならどこへでも構いませんよ。絶対安全でしょうし」

 

「・・・なんか葉山、見ないうちに変わったな」

 

「そうでしょうか?」

 

そう言うと葉山は弘樹を呼び出して外の四葉の村の隅へと向かった

 

「確か、此処はお父様から危ないから近づくなと言われておりましたが・・・」

 

「いったいなぜ此処に?」

 

と言うと凛は懐かしむように言った

 

「・・・何、此処は私たちと元造が初めて出会った場所さ・・・」

 

「「え!」」

 

と言ってその一角にあった神社の鳥居を触ると凛は思い出を話し始めた

 

「あれは何年前だったかな、私たちが此処で暮らしていて時だっけか。あれは桜の季節だったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十年前、世界群発戦争が終了し、世界は一旦の平和を得ていた時。当時はまだ九尾となってから日の浅かった弘樹が神社で箒を握りながら落ちてくるをはいていた

 

「ふぅ、ここら辺は終わったとして・・・お姉様、ちょっとは手伝ってくださいよ!!」

 

「えぇ、だって私はこっちの方を全部やったよ」

 

「まだ少ないじゃ無いですか!ほら、そこ!まだはき残しがありますよ!!」

 

「は〜い」

 

と言って残っていた桜をはいていた時のことだった、神社の鳥居の方から人の声が聞こえた

 

「おーい誰か居ないか?」

 

「ん?珍しいなこんなところまで人が来るなんて」

 

「そうですね、そもそも此処にくる人なんて、近くの村の人ぐらいしか居ませんし」

 

「まあいいや、とりあえず出ていくよ。はーい、なんか御用で?」

 

と言って神社の裏手から出るとそこには1人の男がいた

 

「ああ、貴方が此処の土地の持ち主ですか?」

 

「はい、そうですがどうかしましたか?」

 

と言うとその男は自己紹介をした

 

「あ、申し遅れました。私四葉元造と言います。近くに来てみた物で挨拶に来ました」

 

「あ、そうですか。私は此処の神社の一応、巫女をしている神木凛と言います。それであっちにいるのが弟で私の補佐をしている神木弘樹です」

 

「どうも、神木弘樹と言います、よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

そう言うと凛が境内の中に入れ、元造の話を聞いた

 

「・・・つまり、貴方は此処の土地を買いに来たと・・・」

 

「まあ、そんなところです」

 

「うーん、でもなー此処の土地はなるべく売りたく無いなー」

 

「やっぱりそうですか・・・いや、なんせ此処には龍神が住んでいるって言う話を近くの人から聞きましてね。詳しいことは此処で聞いてくださいなんて聞いたもんですから」

 

「ああ、そう言うことですか」

 

そう言うと凛は少し苦笑してしまった、すると弘樹がお茶を持ってきた

 

「どうぞ、粗茶ですが・・・」

 

「ああ、すまないね」

 

と言って茶を啜ると元造が

 

「それで、如何なんですか?“龍神殿”・・」

 

「それは如何言うこと?」

 

いきなり元造から言われた事に少し凛は驚いてしまった

 

「そのままの意味ですよ、貴方が龍神自身であることは麓の偉い人から直接聞きました。ああ、大丈夫ですよ、このことは他には言いませんから」

 

「・・・はぁ、何で言っちゃうかな」

 

「案外素直に認めるんですね」

 

「どうせ逃げたって貴方は他の逃げ道を潰そうとしているにはわかっているもの」

 

「そこまで読まれていましたか」

 

と言って元造は脱帽していると

 

「なに、土地を買いたいんだったか?それじゃあ手続きをしますか」

 

と言って立とうとしたときに元造がある提案をした

 

「あ、そうだ。その件なんだけど、私はこの土地を買わないよ。そのかわり君たちにはうちの魔法の稽古をしてほしいな」

 

「・・・ほぅ、この私にそんな事を頼むか。そんな事を許すと思っているのか?」

 

と凛は少し挑発をしてみたが

 

「いや・・・私はただそう言う提案をしただけで別に強制をしているわけではないさ。それにそれはハッタリだと私は思っているよ」

 

と言うと凛は少し笑った表情で

 

「ふふっ、貴方は面白い人間だな。いいだろう、その提案、呑もうじゃないか」

 

そう言うと元造と凛はお互いに見つめあって笑っていた



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過去の思い出2

九校戦が終わり、凛と弘樹は無頭龍の報告をするついでに元造との過去を話した

 

「・・・って事があったのよ」

 

「そうなんですね、驚きです」

 

「ああ、もともと四葉の村一帯の土地は私が持っていたんだ」

 

「それは初耳でした」

 

「ああ、私もあの時は心底驚いたもんだ。なんせいきなり龍神なんて終われたんだからな・・・さて、此処からは中で話そうか」

 

と言って凛に着いていく形で鳥居を潜ると真夜と深夜は雰囲気がガラリと変わった事に気づいた

 

「これは・・・?」

 

「桜?なぜこんな季節に・・・」

 

と不思議に思っていると

 

「2人とも、後ろを見てごらん」

 

と凛に言われ後ろを向くとそこには先程通ってきた山道はなく、代わりに長い階段と美しい自然の景色があった

 

「これは・・・」

 

「こんなにも美しい場所は初めてみました」

 

「ああ、私も此処に入れた人は貴方達二人合わせると四人目だよ」

 

そう言うと凛は二人に階段を降りるよう言うと弘樹が

 

「大丈夫ですよ、此処は私が」

 

そう言うと弘樹は魔法陣と展開し、そこに三人を乗せ階段下へと送り届けた。送り届けた先には古びた駅のような場所があった

 

「・・・もしかして此処は貴方様の世界ですか?」

 

「うーん、まあそんな感じ。まあ私は此処を“夢の王国”と呼んでいるよ」

 

「夢の王国・・・」

 

「ああ、此処は昔、元造の魔法の訓練をした場所でもある」

 

「そうなんですか・・・」

 

「さて、弘樹。何時に来る予定だったっけ?」

 

と言って弘樹が時計を見ると

 

「・・・もうすぐ来ますよ、今のうちに駅にいた方が良いかと・・・」

 

「そう、分かったわ。それじゃあ続きは列車の中でしましょう」

 

そう言うと凛は駅の方へと向かいそれに続く形で真夜達もホームに上がった

 

 

 

 

 

「龍神様、此処には何が来るんですか?」

 

ホームに上がった深夜がそう聞くと

 

「凛で良いよ・・・何、今の時代じゃ見れない代物さ。記憶の中に残すと良い、きっと良い思い出になる」

 

そう言うと遠くから汽笛のようなものが聞こえ、空気の抜けるような音と金属の擦れる音とともに煙を吐く黒鉄の塊が近づいてきていた

 

「あれは・・・蒸気機関車!!」

 

「凄い・・・図鑑でしかあんなのみた事なかった・・・」

 

と言って近づいてくる蒸気機関車に驚いているとその列車は駅に停車した

 

「さて、これに乗るよ」

 

そう言うと凛は機関車の後ろについていた客車の扉を開けると中に乗り込んだ。それに続いて真夜達も乗り込み席に座ると列車は汽笛をあげて動き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車が発車し、しばらく真夜達が驚きながら客車を見回しているのを見て、凛は2人が落ち着くまで外の景色を見ていようと思っていると真夜が

 

「ねえ凛さん、この蒸気機関車は如何やって動いているの?」

 

とこの列車の動力源を聞くと

 

「ああ、この列車は水と熱を必要とするのさ。まず熱は振動系魔法を刻印した石板を入れて水を沸騰させている、水に関しては駅で補給をしている」

 

「そうなんですね・・・しかし驚きました。まさか実際に蒸気機関車を見るとは思っていなかったので」

 

「まあ、そうだろうな。ほとんどは群発戦争で焼失してしまったからな」

 

と言っていると深夜が

 

「それで、先程の続きとは何ですか?」

 

「おお、そうだったな」

 

そう言うと凛は元造との思い出話を再開した

 

 

 

 

 

元造が凛の神社に来てから少し経った時、凛の姿は東京郊外のマンションの前にいた

 

「よし、とりあえず東京に住む場所は確保出来たわね」

 

「ええ、そうですね。今度、元造殿を招いて祝賀会でもしますか?」

 

「ああ、そのようにしてくれ」

 

元造が神社を訪れてからと言う物、凛達は充実した日々を送っていた。ある日は神社の境内内で弘樹との魔法の打ち合いや改良を重ね、またある時は元造と月を見ながら晩酌をしたり、またある時は第四研究所に入って研究の手伝いをしたり、などと元造によって凛達は毎日が面白いと思っていた。そんなある日、凛は元造に今まで住んでいた土地を売り、此処に新しく作ったマンションに引っ越しを考えていた

 

「さて、今までは貸していた土地だったけど。これからは此処のマンションに住むからね。さて引っ越しの準備もできているし、あとは元造を呼ぶだけだな」

 

「そうですね」

 

「奴さんも嫁さんを貰ったって聞いたし、喜ばしい事だねぇ〜」

 

「ええ、ですが今回呼ぶのは元造殿だけでよろしいんでしょうか?」

 

「ええ、元造にはそう言うふうに言ってあるし。まあアイツも嫁さんには何とか言ってくるだろ」

 

そう言うと凛は元造宛にメールを送るとすぐに返事が来た

 

『了解した。それで何だがその日に泰夜も出来れば連れて行きたいんだが・・・良いか?』

 

「ホーン、泰夜さんもくるのか・・・ん?追伸・・・泰夜は貴方のことを知っています・・・か。それじゃあ呼んでも大丈夫だな。よし、これでOK。メールを送ってと」

 

そして土地の売買などの手続きも終わり、凛達がマンションに引っ越した時に、ついでに元造とその妻である四葉泰夜を含めた4人でマンションの引っ越し祝いとマンションの新築祝いを兼ねて軽い祝賀会が行われた

 

「じゃあ、乾杯」

 

「「乾杯」」

 

そう言うと席に座っていた元造、泰夜、弘樹、凛の4人は持っていたグラスを掲げると中に入っていたワインを口に流し込んだ

 

「うん、やっぱりお前の作る酒はうまいな」

 

「それに料理もなかなかの物ですね」

 

「だろ?だからレストランなんかを予約するよりもうまいって言っただろ?」

 

「ええ、確かにこの味なら納得ですね」

 

「泰夜さん、良かったらおかわりもありますよ」

 

「あら、じゃあ頂こうかしら」

 

そう言うと泰夜は凛から今回出した夏野菜のゼリー寄せをもらうと作り方を聞いてきたので、メモをした紙をあげ、それを受け取った泰夜は

 

「ありがとう、これで家の料理人に頼めばまたこれが食べられるわね」

 

と言って意気揚々であった

 

「ふふっ・・・でもこれから如何しよう。四葉家に行ってバイトでもしようかな」

 

と凛が少し言葉をこぼすと元造が

 

「おう、うちに来るなら言ってくれ。色々とすることはあるからな」

 

「ええ、もしそうなったら働かせてもらうわ」

 

「そうですね。姉様が働くんでしたら私も同じところでバイトしましょうかね、姉様が暴走しないように」

 

「ちょっと!それって如何言う意味よ!」

 

「別にそのままの意味ですよ、何か問題でも?」

 

「ぐっ・・・言わせておけばこの野郎は・・・」

 

そんな様子を見て元造と泰夜は笑っていた



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過去の思い出3

元造に土地を売り払い、東京に建てたマンションに引っ越した凛達はそこに元造夫妻を招いて食事会をしていた。そして食事会が終わった一同は最後のデザート料理であるパイを配った

 

「おお、これは一流店舗に出しても問題ないくらい美味しいわね」

 

「しかもこれは全部どこかから持ってきたんじゃなくて、全て市販のものだから凄いよな」

 

「ええ、たしかに姉様の料理の腕は世界一だと思いますが・・・」

 

と弘樹が言うと元造が何かが入っていると言って口から何かを出すと、そこには『happy』と書かれた焼き物が入っていた

 

「神木さん、これは?」

 

と泰夜が凛に聞くと

 

「おお、元造が当てたか。それはね、ガレット・デ・ロワって言ってフランスのアーモンドを使ったパイでね中に焼き物を入れてそれの入ったパイを口にした人は一年が幸せに過ごせるって言われているんだ」

 

「ほぅ、そうなのか。それは知らなかったな」

 

「私も初めて知りました、成程・・・海外にはこんなにも面白い食べ物があるんですね」

 

と言って元造達は興味津々で焼き物を見ていた、そしてその年のに元造夫妻は双子を授かる事ができた

 

 

 

 

 

そして食事会も終わり、元造が帰ろうとした時、凛が元造にあるものを渡した

 

「これは・・・?」

 

「私からの贈り物さ、大事に飲めよ」

 

と言って中身を見た元造は納得した表情で凛にお礼を言うとそのまま四葉家本邸へと帰っていった

 

 

 

 

 

「・・・だから君達のことはお腹の中にいる頃から知っていたんだよ」

 

「そうだったんですか・・・」

 

「そんな事を、初めて知りました」

 

と言って移動している列車の中で2人が驚くと

 

「ええ、姉さんは元造さんからの報告を聞いた時に張り切って泰夜さんのために妊婦用の栄養を考えた料理のレシピを送っていましたよね」

 

「ああ、そうだったわね」

 

「え、じゃあ四葉家にある料理ってまさか・・・」

 

「ええ、殆どが私の考案した料理よ。少しの間だけ四葉家の料理長をしていた時だってあったんだから」

 

と言うと凛は元造との思い出の中で一番記憶に残っている思い出を話し始めた

 

 

 

 

 

泰夜が深夜と真夜を妊娠してから少し経ち、お腹もだいぶ大きくなってきた頃、凛と弘樹の姿は四葉家の本邸にあった

 

「よし、だいぶ泰夜さんのつわりも良くなってきたわね」

 

「ああ、これも貴方のおかげだ。すまないな」

 

「いいよいいよ、これくらい友人として子供が産まれるのは嬉しい限りだよ」

 

「葉山さんも申し訳ないね、いつも弘樹がお世話になっているみたいで」

 

と言って元造の隣に座っていた執事の葉山に言うと

 

「いえいえ、私も弘樹殿から紅茶の淹れ方をお教えして貰っております」

 

「そうなのかい」

 

と言って元造の隣に立っていた葉山に言うと凛は部屋を出て泰夜のいる部屋へと向かった

 

「泰夜さん、体調の方はいかが?」

 

「あ、神木さん。はい、貴方の看病のおかげでこの通り」

 

と言ってベットで横になっている泰夜を見ると

 

「無事に生まれてくるといいわね」

 

「ええ、大事な我が子ですから」

 

と言って泰夜がお腹を撫でると凛は生命の鼓動を感じた

 

 

 

 

 

そして泰夜の様子を見終わった凛は葉山をもともと住んでいた神社の所に呼んだ

 

「お呼びでしょうか、神木様」

 

と言って神社の鳥居で立っていた凛に言うと

 

「葉山さん・・・もし言えたら伝えておいて下さい。もし貴方達が私の事を利用するなら、私は断じて抵抗をする。そのためなら人が全滅しても構わない・・・と」

 

その言葉の意味を理解した葉山は

 

「分かりました・・・そのお言葉、そのままお伝えしておきます」

 

と言うと葉山は本邸へと戻っていった

 

 

 

 

 

そして時は流れ、凛達がマンションの地下室で訓練をしていた時、元造からのメールを受け取った凛たちはお祝いのメールを送ると共に夫妻用に取っておいた酒瓶を持って四葉家本邸へと向かった

 

 

 

 

 

四葉家本邸についた凛たちは早速元造の元に行くと二人の子を抱えた元造が座っていた

 

「よぉ、元造。おめでとう、これ祝い酒だよ」

 

「おお、もう来てくれたのか。ありがとう」

 

と言って葉山に持ってきた酒を渡すと元造は

 

「ほれ、お前さんも抱えてみろよ。俺の子だぞ」

 

「お、いいのかい?」

 

「ああ、お前が泰夜の看病をしてくれたお礼だ」

 

と言って凛と弘樹はそれぞれ赤ん坊を抱っこすると微笑ましい気持ちとなった

 

 

 

 

 

「・・・そう、だから貴方たちが生まれた時に私は貴方たちを抱っこしていたのよ」

 

と言うと深夜たちは少し恥ずかしそうに顔を赤くしていた。そして列車は徐々に大きな駅へと向かっていた

 

「そう言えばこの列車はどこに向かっているんですか?」

 

と深夜が聞くと

 

「ん?ああ、この列車はこのまま中央駅へと向かっているよ」

 

そう言うと外の景色がガラリと変わり大きなビルや家屋などが見えてきた

 

「ここは夢の王国の中で一番大きな街、さてもうすぐ列車が駅に着くよ。みんな降りる準備をしてね」

 

そう言うと列車はとても大きな駅に着き、停車をすると客車から凛達が降りると深夜達は駅の大きさに驚いていた

 

「ねえ神木さん、この駅ってどのくらいの大きさがあるの?」

 

「うーん、詳しくは私もよくわからないけど。多分、100は超えるんじゃないかな」

 

と言って驚いていると真夜がある事を聞いた

 

「そう言えば私は生まれてからあの会議の時まで一度も貴方達とはお会いしなかったのですが。それはなんでなんですか?」

 

と聞くと凛はこう言った

 

「ああ、それは私たちが世界旅行をしていたからね。それで会えなかったんだよ」

 

「世界旅行?」

 

「ええ、私と弘樹で12使徒に弘樹を紹介するついでに世界の状況を見ていたんだよ」

 

「成程・・・そう言う事でしたか」

 

そう言うと凛達はホームの上を歩いて出口に出るといつの間にか先ほどの神社の境内となっており、先程の光景へと戻っていた

 

「さて、元造との昔話も終わったし。今日はこれで失礼するわね」

 

「ええ、今日はありがとう」

 

「お父様の過去も聞けてよかったです」

 

と言うと凛と弘樹は飛行魔法で飛んで帰っていった



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お誘い

凛達が四葉家にて昔話をした日から数週間が経った時、凛達はマンションで雫から別荘に来ないかと言うお誘いを受け、待ち合わせ場所に行くとそこにはエリカ、レオ、幹比古、美月、達也、深雪、ほのか、雫の七人が集まっていた

 

「お!きた来た。おーいここよ!」

 

「おー、エリカか」

 

「九校戦以来ね」

 

「ええ、それじゃあ後は船に乗るだけね」

 

と言っていると船から船長の格好をした北山潮が近づいてきた

 

「初めまして、ご高名は伺っております。今回はお招きいただきありがとうございます」

 

「いやいや、雫の親友なんだ。私としても嬉しい限りだよ」

 

そう言うと潮は仕事の為、車に乗って行ってしまった

 

「・・・なんかすごいひょうきんな人だったね」

 

とエリカが言うと止まっていたクルーザーに乗り込み別荘のある島へと向かった

 

 

 

 

 

「うほー!すっげえ綺麗だな!」

 

「それじゃあ幹比古、弘樹。向こうまで競争だ!」

 

「え!もうやるの!」

 

「よっしゃ、じゃあ行くか!!」

 

島についた一向は早速、海辺のビーチで遊び出した・・・ただ二人を除いて

 

「なあ凛・・」

 

「ん?何?」

 

「いいのか?泳がなくて」

 

「ええ、別にいいわ。それよりも私はゆっくりしていたいし」

 

と言うと凛はビーチパラソルの下でゆっくりしているとエリカが近づいてきて

 

「ねえ、二人とも泳がないの?」

 

「・・・そうだな、泳ぐか。凛はどうする?」

 

「んー、まあせっかくだし、泳ぐか」

 

と言って凛は羽織っていたタオルを置くとエリカが驚いていた

 

「はぇ〜、凛って結構鍛えているのね」

 

と言って腕を触ると深雪が近づいてきて

 

「ええ、そうよエリカ。凛ったらこの前『ようやくバーベル200kg持ち上げれた!!』って言ってたもの」

 

「え!そうなの!!」

 

「う、ううん。ま、まあ今はもっと上の220まで行けたけどね」

 

「それまるでゴリラ・・・」

 

とエリカが言うと

 

「あ?エリカ、今なんて言った?」

 

「いいえ何にも」

 

とリンの恐ろしさが少しみえたが、達也が上着を脱ぐとそんなことは吹っ飛んでしまった。なぜなら、達也の体には無数の傷跡があったからだ。しかし凛は

 

「おーおー、あの和尚もなかなかやりおるな、この傷は努力の証ってか?」

 

「あぁ・・・すまないな」

 

「いいってもんよ」

 

と凛がフォローをしたおかげで傷のことについては言及されなかったことに達也は凛に感謝をした

 

 

 

 

 

そして凛達は早速水遊びをし、美月は疲れてパラソルの下で休憩をし、達也達男性陣は競争をしており、女性陣は海の上のボートで談笑して盛り上がっていた

 

「しかし、この際だから言うけど。九校戦の時に深雪と弘樹をくっつける作戦が上手くいってよかったわね」

 

「ええ、そうね。しかし凛のその時の顔が今でも忘れられないくらいだわ」

 

「え!?あれって全て凛が仕組んでいたことだったの!?」

 

「ええ、そうよ。まず初めにその事をエリカの相談したらさ、九校戦で上手くできないかなって話になってさー・・・」

 

「そ、そうだったのね」

 

するとボートがひっくり返ってしまい乗っていたほのかが落っこちてしまった。悲鳴に気づいた達也が飛んで来てほのかを助けたが、ここで大問題が起きた

 

「達也!!後ろを見ろ!!」

 

「凛?どうしたの?・・・あっ・・・」

 

凛の発言に雫が現在のほのかの様子を見て察した

 

 

 

 

 

浜辺に戻ってもほのかは泣いていたので達也がそれを宥めていた

 

「結局、間に合わなかったね・・・」

 

「こればかりは不可抗力かね〜」

 

そんな様子を見て凛と雫がそうこぼすと凛が小声で

 

「ねぇ、あれって計画のうちなの?」

 

「・・・やっぱり、凛に隠し事は無理か〜。いや、あれは流石に想定外。本当は助けてくれたお礼に一緒に歩くって言う計画だった」

 

「ふーん、そうだったんだ。あ、時間だ。じゃあ雫、私は今からデザート作らないと」

 

「分かった、じゃあ楽しみにしているよ」

 

そう言うと凛は別荘の中の厨房へと向かった

 

 

 

 

 

そして夕食の時間となり、夜のバーベキューを8人は楽しんでいた。レオと達也は大食い競争をしたり、女性陣は話で盛り上がっていた。そんな中弘樹と深雪は二人、隣り合って座っていた

 

「ちゃんとこうして隣り合うのは初めてかも知れませんね」

 

「ああ、沖縄の時もこうした時はなかったな」

 

と言って初めて会った時のことを思い出していた

 

 

 

 

 

「ふふっ、あの時を思い出すとあのジェットスキーに乗っていた弘樹さんを思い出しました」

 

「ああ、僕もクルーザーに乗っていた深雪を思い出したよ」

 

そう言うと二人はお互いに向き合って笑っていた

 

 

 

 

 

そして夕食も終わり、凛が別荘の冷蔵庫から箱に包まれた何かを持ってきた

 

「はーい、みんなー!食後のデザート持ってきたよー!!」

 

と言うと箱を開けてそこからケーキのようなものが出てきた

 

「はい、今日のデザートは夏なのでアイスケーキにして見ました〜!!」

 

「「おお〜!!」」

 

「冷たそー!」

 

「でも美味しそうね」

 

「早く食べようぜ!!アイスが溶けちまう」

 

とレオがいうと早速、凛はケーキを紙皿に乗せて配り、それぞれ美味しく頂いていた

 

 

 

 

 

そして別荘での楽しい時間は過ぎ、凛達は各々好きなように夏休みを過ごした



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夢の中の出来事

その時、私は白い空間の中にいた。白く何もない空間でただ1人、ポツンと立っていた

 

「どこだ?此処は?」

 

そう思っていると目の前に女性が出来てた。私は初めて見たその女性に警戒をしたが、その女性は

 

「あら、そんなに警戒しなくてもいいなじゃない?」

 

「・・・お前は誰だ?」

 

そう問うとその女性は

 

「あら、覚えていないかしら。この声を」

 

そう言うと私は思い出した、そう私が初めて目覚めた時に頭の中に響いていた時の声であることを

 

「・・・貴方は一体・・・」

 

「ふふっ、思い出したかしら。そう、私は貴方を作った存在、貴方にあの世界の観察を任せた人でもあるの」

 

「・・・なぜ今頃私の前に現れたのですか」

 

するとその女性は

 

「本当はあなたを作った時から色々と観察をさせてもらっていたんだけど、中々面白くてね。それで直接話をしたいと思ったからよ」

 

「そうでしたか・・・」

 

凛は今までのことが全て見られていたことに少し恥ずかしさを覚えたがその女性は

 

「しかしあなたも面白い事をしたわね。能力で自分だけの世界を作って、そこに望まれなかった魂を集めて街を作るなんて・・・私も驚いたわ」

 

「・・・私は世界を見ていた時に人の醜い所をよく見てきました。それでそれらの人を救済する為にああ言うのを作ったまでです」

 

そういうとその女性は

 

「ヘェ〜、中々面白いじゃない。あなたの作った世界はとても面白かったわよ、私も住んでみたいわ」

 

するとその女性は

 

「貴方の事、気に入ったわ。だから、私の元で働かない?」

 

「それはどういう事ですか?」

 

凛は女性の言った一言に疑問を投げかけると

 

「そのままの意味よ。貴方は私の作った子の中でも珍しい存在、貴方みたいな子を私は欲しかったのよ」

 

そう言うと凛は少し考え

 

「そうでしたか、でも働く内容によってはお断りさせてもらうかもしれません」

 

「どうして?これはとても名誉なことよ?」

 

その女性の言葉に凛は

 

「私はあの世界で仲間と呼べる存在を作ることができました。それを捨ててまで貴方の元で働くのは好かないからです」

 

そう言うと女性は笑った

 

「あははは!貴方はやっぱりそう言うと思ったわ、いいわよ。仕事といっても貴方が私の部下であることの印を置くだけだし。私は貴方の生活を見させてもらう、それが仕事内容だしね」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、それに私も貴方の作った世界に住みたくなったわ。久々にここから出て見たいと思ったわ」

 

そう言うとその女性は凛に近づき、凛の頭に軽く手を当てると女性の手が淡く光り、頭に紋章のようなものが付き、それが浸透するかのように消えると凛は中に何かが入ってくる感覚があった。それと同時にある名前が刻み込まれた気がした

 

「・・・これは?」

 

そして目を開けると自分の体が少し変わっていることに気づいた。耳の隣に細長いものが生えていた

 

「ふふっ、これで貴方の力は今までよりも強くなった。これからよろしくね、神木凛さん?」

 

「はい、宜しくお願いします"天神"様・・・」

 

そう言うと凛は天神に頭を下げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えさん・・姉さん!」

 

「んん・・・ん?どうしたの?」

 

目が覚めると弘樹が心配そうな顔で私を見ていた

 

「いや、姉さんの様子が少し変だったから・・・」

 

「ああ、そう言うこと。それなら大丈夫よ。ほら」

 

そう言うと凛は指先から火を出すと弘樹は安心した様子で

 

「よかった、姉さんに何かあったのかと思ったよ」

 

とホッとしていた。凛は先程のことを弘樹にも話そうと思ったが、時間を見てそんなことは吹き飛んでしまった

 

「それよりも早く支度しないと、今日から二学期よ!」

 

そう言うと二人は着替えて学校へと向かった

 

 

 

 

 

それを見ていた天神は

 

「ふふっ、これで私もいい暇つぶしになるわ。さて、私もあの子の作った夢の王国に行く準備をしないとね」

 

そう言うと天神は凛達の写っている映像を横目に荷物を纏めていた



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会長選挙編
立候補


お気に入り登録が200に行ったよ〜!!
いつも読んでくださって有難うございます!!!


新学期が始まり、凛達は学校へと向かった

 

 

 

 

 

放課後、凛達は生徒会室に集まり。すると真由美達がある話をした

 

「そっかー、私たちも今月で引退かー」

 

「そう言えば今月は会長選挙でしたね」

 

そう言うと鈴音が選挙について詳しく説明をすると達也はあずさの方を見たがあずさはやる気がないような表情に見えた

 

「しかしなぁ〜、中条先輩本人がこんなんじゃなぁ〜」

 

「でもなぁ〜、中条先輩の方が私はあっていると思いますけどね」

 

「で、でも・・・」

 

「中条先輩、人間前にすすまないと進歩は出来ませんよ」

 

「うっ・・・」

 

凛にそう言われたあずさは言葉に詰まってしまっていた

 

「完全に神木さんのターンになってるわね・・・」

 

「ああ、これじゃあ中条に撃つ手はないな」

 

と言って凛に論破されているあずさを見て、真由美と摩利はそう言うとあずさは凛の言葉に勇気付けられたのか少しだけ選挙に関して前向きに考えるようになっていた。そして、達也の飛行デバイスでチェックメイトとなり。あずさは立候補をした

 

 

 

 

 

 

生徒会での食事が終わりに差し掛かった頃、真由美が凛に

 

「あ!そういえば神木さん、貴方今度の選挙が終わったら部活連の方に移動するんだって?」

 

「「え!」」

 

その言葉に深雪は驚いていた

 

「凛って部活連に移動するの!」

 

「ええ、服部副会長にね」

 

「そうだったの・・・」

 

そう言うと深雪は少し寂しそうな表情となったが弘樹が生徒会室に来ると言うと嬉しそうな表情へと変わった

 

 

 

 

 

そして生徒会室を出た凛はそのまま少しだけお世話になっている剣道場へと向かった

 

「おお、神木姐か・・・」

 

「すまないな、今日は手合わせをしようと思ってな」

 

「そうですか・・・これは剣道部の連中、死に体になってそうだな」

 

「いや、今日はそこまでしごかんさ。この後に予定が入っているんだ」

 

そう言うと桐原は少しホッとした様子でいた。すると壬生が近づいてきて

 

「あ、神木さん。今日はやるんですか?」

 

「ええ、少しだけね」

 

と言って防具を被り、早速試合をすると相手をボコボコにしていた

 

 

 

 

 

そして時は経ち、選挙当日となったがその前日に達也が真由美の護衛のために駅まで一緒について行ったのが悪かったのか反対派と言える一科生が壇上に上がり、抗議をしたのだがそれを賛成派と言える生徒が噛みつき、言い争いとなってしまった。そしてそれに深雪が魔法の暴走をしてしまった

 

「静まりなさい!!」

 

そう言うとあたり一面に想子の嵐が吹き荒れると思ったがそれを凛が押さえていた

 

「はい、そこまで。深雪、後は私がするから」

 

「あ・・・凛・・・」

 

そう言うと凛のことを知っている面々は顔が青ざめてしまった。なぜなら凛が怒っていることは明確に分かったからだ

 

「ふぅ、取り敢えずそこで言い争っている先輩達や同級生に失礼を承知で言います・・・貴方達は馬鹿ですか?」

 

近くにあったマイクを持ち、そう冷めた口調でいうと。言い争っていた生徒達含め行動にいた生徒達は静まり返ってしまった。圧倒的な威圧感に何も言葉を発することが出来なかった。中にはあまりの恐ろしさに失神する生徒もいた

 

「確かにこの学校は成績によって一科生と二科生に分けられます。ですか先の九校戦の時のように二科生の生徒のおかげで優勝を得た競技が多かったです。だから言わせてもらいます・・・自分を知り、自分のダメなところを修正しなさい。そうでないと先には進めない・・・文句があるなら私に模擬戦でも申し込んで下さい。その腐った精神を叩き潰してあげますよ」

 

そういうと凛は先程とは打って変わっていつもの調子に戻るとバトンを中条に渡した

 

そして壇上から降りると達也に

 

「お前はやはり閻魔だったな」

 

「五月蝿いやい」

 

と言って静まり返っていた講堂を見て達也がそう言った

 

 

 

 

 

 

 

そして投票が終わり開示した結果を見て凛は呆れていた

 

「なんだよ・・・この結果・・・」

 

というのもその結果とは

 

有効票:中条あずさ 554票中184票獲得

 

無効票:神木凛   554票中223票獲得

    司波深雪  554票中147票獲得

 

 

「まぁ、中条先輩が会長になったのはいいとして・・・なんでこんな書き方で有効票なんですか!!」

 

と言って見せた票には『閻魔大王凛』と書かれていた

 

「ま、まぁこればかりは仕方ないんじゃないかしら?」

 

「そうだな、元々凛は勧誘週間の時から閻魔と言われてたしな。それに端にちゃんと名前が書いているだろ?」

 

と言って達也が指差すとそこにはちゃんと『神木凛』と書かれていた

 

「だからって言ってこの書き方はないでしょうが!!!」

 

「まあまあ落ち着いて凛」

 

と言って深雪が宥めたが凛はイライラした状態でマンションへと帰宅した

 

 

 

 

 

次の日、新生徒会が発足すると凛は部活連の副会頭となり。生徒会副会長には深雪と弘樹がなり。風紀委員長には摩利が無理矢理ねじ込んだ花音が風紀委員長となり、その補佐に達也がつく事となった

 

「しかし神木かこんなにすんなりとこっちに来てくれたのは感謝する」

 

「いや、深雪に関しては弘樹に任せればいいですし」

 

「ははっ、そうだな深雪さんに関しては弘樹に任せるのが吉だな」

 

と言って凛と部活連に入った桐原がそう言った

 

「しかし、新しい部活連になって最初の仕事は・・・」

 

「ああ、論文コンペだ」

 

「ですね・・・」

 

と言って論文コンペのホームページを見ていた



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横浜動乱編
過去の遺物


新しい生徒会、部活連が発足してから数日が経った時、達也と弘樹は鈴音に呼ばれて学校内の研究室に着くと鈴音から論分コンペのお誘いがあった

 

「しかし何故一年の自分が・・・」

 

すると鈴音が

 

「貴方達を推薦したのは私です。関本くんには今回の作業は向いていませんから」

 

というと鈴音は今回のテーマが自分たちの研究している内容と同じであることを告げると二人は参加を表明した

 

 

 

参加を表明した弘樹に凛と深雪が喜びながら各々、家に帰ると。達也から至急来れないかと言われ、凛達は急足で司波家に向かうと達也から事情を聞いた

 

「・・・成程、達也は義母の司波小百合からこれを押し付けられたと・・・」

 

「ああ、それに義母が帰ったときについでに物騒なおまけも付いていた。対物狙撃銃を使っていた」

 

「となると怪しいな・・・分かった、こっちでも調べてみるけど正直言ってまだ情報が少ない。あまり期待は出来ないぞ」

 

「ああ。それは承知の上だ。あと凛、このレリックのことは詳しく知らないか?」

 

と言って持っていた箱を開けるとそこには勾玉の形をした物が入って居た

 

「これは・・・」

 

「知っているのか?」

 

と達也が聞くと

 

「知ってるも何も。これは家の金庫から盗み出された物だよ」

 

「・・・何?」

 

凛の発言に達也は驚いた。そして凛は詳しい経緯を話した

 

「昔、家に閉まってあった金庫がその勾玉が誰かに盗まれたのよ。それですぐに遺失物届と被害届を出したんだけど。まさか国防軍から取られていたとは・・・」

 

そういうと電話が鳴り、そこに風間が出た

 

「おお、達也に凛か・・・達也、今日の痕跡に関しては藤林が消している。どうやら相手は相当の手練れのようだ」

 

「そうですね、達也から聞きました。街中で狙撃銃をぶっ放すとは・・・」

 

そしてその際に達也が『雲散霧消』を使ったと聞くと凛は

 

「それでなんですが・・・ちょっと待っててください。今、秘匿通信に切り替えるので・・・」

 

と言うと凛は携帯を出して司波家の通信にロックマークが出ると風間が

 

「・・・それで何でしょうか”中佐”」

 

「実は・・・」

 

そして凛が先ほどのことを言うと風間は心底驚いていた

 

「・・・そうですか・・・分かりました、では早速藤林に調べさせたいと思います」

 

「あ、ちなみに証拠もありますよ」

 

そう言うと凛は携帯画面に写っている壊された金庫の画像を見せた。そして

 

「ああ、ちなみに。もし本当のことがわかっても別にこの勾玉は差し上げますよ。これは失敗作だと言いますので」

 

凛の言葉に達也と風間は驚いた

 

「失敗作・・・と言うことは成功品があると言うのか?」

 

「ええ、ただこの技術は秘匿されてもうわからないけどね」

 

と補足説明をすると達也はがっかりした様子を見せていた

 

「・・・大丈夫だよ達也。君の夢のお手伝いは最大限してあげるからさ」

 

そう言うと凛は今度独立魔装大隊の本部に行くことを伝えると

 

「しかし凛も二つの軍籍を持っているから大変だな」

 

「ええ、全くよ。それで夏休みはほとんど挨拶で潰れちゃったわよ」

 

と文句を言うと風間は

 

「ああ、その事はこちらも理解しているさ。なんせ軍人魔法師としては初めてのことだしな、こっちも大変だったよ」

 

と言ってこの後は細々とした話をして風間との通信を切った

 

 

 

 

 

風間との通信が切れると達也は凛に対し

 

「凛、本当にこのレリックはあげてもよかったのか?」

 

「ええ、そのレリックの本当の目的は魔法式の保存とそれの永久的な発動・・・だけだったんだけど、これはあまり無茶をすると爆発するらしいんだ」

 

「そうなのか・・・」

 

と言って二人はレリックを見た。そして弘樹と深雪が戻ってきてその後は楽しい夕食を囲み、その日は終わった



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訓練

皆さんクリスマスは楽しんでいるでしょうか?私は例年通りのクリぼっちです・・・




(彼女欲しい・・・)


次の日、学校に登校した凛は元部活連会頭の十文字克人に呼ばれて部活連の本部へと向かった

 

「神木凛、只今来ました。それで十文字先輩、要件とは何でしょうか?」

 

「ああ、来たか」

 

そう言うと克人は凛のあるお願いをした

 

「すまないが一高の警備メンバーの訓練をお願いできないか?」

 

「分かりました」

 

「ああ、後これは今回の警備のメンバーだ」

 

と言って紙を見せ、誰が警備担当なのかを把握すると

 

「分かりました、取り敢えず今回の警備隊のリーダーは十文字先輩ですか・・・」

 

「ああ、だが俺の訓練では少し足りない所がある、そこの補填をお願いしたい」

 

「了解しました」

 

そう言うと凛は本部を出て早速、警備隊メンバーの訓練を行った

 

 

 

 

 

「・・・で?この状況は何だ」

 

「すみません、反省しています・・・」

 

と言って凛は死に体となっている警備メンバーを見て先ほどの訓練内容を反省した

 

「全く・・・やりすぎにな注意しろといったはずだ」

 

「はい・・・すいませんでした」

 

と言って凛は正門に行くと先に待っていた達也達の姿があった

 

「あ!来たきた」

 

「ごめーん、遅くなって!」

 

「いいのいいの、其れじゃあ一緒に帰ろっか」

 

と言って帰っていると道中、何者かに監視されていることに気付いた凛は

 

「ねえ、どうせなら休憩しない?いつもの場所で」

 

「お!それいいねぇ〜。じゃあ休憩しよっか!」

 

そう言うと一行は近くにあった喫茶店に入るとそのまま飲み物を頼み、会話を弾ませていた

 

 

 

 

 

会話が弾み少し経った頃、凛が

 

「あ、ごめん。ちょっと学校に忘れ物して来ちゃった。ちょっと取ってくるね」

 

と言って一旦、店の外に出ると今度はエリカが

 

「ごめん、私のちょっとお花摘みに行ってくる」

 

と言ってエリカが店を出るとレオが

 

「悪い、電話だわ」

 

と言って続くように店を出ると幹比古が紙に何かを書いていた

 

 

 

 

 

 

店から出た凛は気配を殺しながら電柱近くに立っていた男に近づくとエリカが声をかけた

 

「おじさん、そこで何をしているの?」

 

「ん?私になんか用かね?お嬢さん」

 

と男が惚けると凛は殺していた気配を解放して

 

「あなた・・・何者?」

 

「っ!」

 

と言って驚いた表情を見せると男は叫んだが

 

「それは無駄だよ、だって今この空間は誰も来ないんだから」

 

そう言うと男は逃げ出そうとしたがレオと凛によって取り押さえられた

 

「ったく、逃げれないと分かってても逃げるんなんて、往生際悪いね」

 

と言って男に再度同じ質問をすると男は自分は西側のスパイで私たちのことを保護していたと言う

 

「ふーん、それは信用に値すると思う?」

 

と凛が言うと男は力無く返事をしたが、心を読んでいた凛は面倒な事だと感じると持っていたCADをしまいこう言った

 

「じゃあUSNAの工作員さん・・・今は許すけど、今度紛らわしいことしたら容赦しないよ」

 

と言うと男はその場を逃げるように去って行った

 

「ふぅ、取り敢えずは良いかな。さて、幹比古。君の結界はもう少し綺麗な調整をしないと・・・」

 

「そうかな、もうちょっと改良をしておいた方がいいかな?」

 

そう言うと凛達は喫茶店に戻ってその日は各々自宅に戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は経ち。論文コンペの準備が着々と進む中、凛は達也からある報告を受けた

 

「ロケットブースター付きのバイク?」

 

「ああ、今日の帰りに誰かから監視されているのに気づいてな。そしてバレたと思ったらそれを使って逃げたんだが・・どう思う?」

 

「どう思う?ってもなぁ〜、そんな危ない改造をした乗り物でよく街中を走ったと思うよ」

 

「ふっ、改造狂のお前が言うなら相当なんだな」

 

「だって街中でロケットブースターが爆発してみろ、辺り一体大惨事だぞ。私だったらそんな博打になりそうな改造はしないね」

 

と言うと達也は納得した表情で通信を切った

 

 

 

 

 

 

次の日、学校では論文コンペに向け、準備がなされていた。そんな中、エリカが様子を観にくると壬生が何かに気づき。1人の女生徒を追い詰めていた

 

「な、何ですか?」

 

「貴方一年生ね・・・」

 

そう言うと女生徒は名乗り上げた

 

「私は・・・1年G組平河千秋」

 

その苗字に聞き覚えのあった桐原と凛は反応した

 

「平河・・・まさか!」

 

相応と壬生がパスワードブレイカーを持っている事を指摘すると。千秋は何かを投げそれと同時逃げ出した。が隠れていたレオによって気絶させられた

 

「oh・・・レオ・・・あんたねぇ」

 

「ひょっとしてやり過ぎた?」

 

「どう見てもあんたの方が犯罪者よ」

 

と言うと千秋を保健室まで運んだ

 

「じゃあ、後はお願いします」

 

「ええ、任せて」

 

と保健室にいた安宿がそう言うと凛は少し早めの帰宅をすると同時にレオとエリカに連絡を入れた

 

 

 

 

 

「如何したんだ?此処に呼び出して」

 

「ええ、私も今から用事だってのに」

 

と言ってレオとエリカをマンションに呼ぶと凛は

 

「大丈夫、今からすることはエリカがやろうとしていた事だよ」

 

相応とレオとエリカは反応した

 

「それって・・・」

 

「ええ、そうよ。今から叩き上げてあげるわ。無論、死ぬ気で着いてこないと行けないけどね。ただしこれについて来れたら貴方達は魔法力のみならず、実力も付くわ。どうする、付いてくるかしら?」

 

そう言うとレオとエリカは

 

「ええ、やらせて貰うわ」

 

「上等だぜ、ついて行ってやんよ」

 

「分かった、じゃあこっちに来て」

 

と言って凛の連れられてマンションの壁に手をやるとそこから扉が出た

 

「これは・・・?」

 

「此処のマンションの所有者は私なの。だからこう言うこともできるのよ」

 

そう言うとエリカは納得した様子で階段を降りると、そこには大きな部屋があった

 

「いつもは此処で訓練をしているのよ・・・さて、2人とも、さっさと着替えたら早速やるよ」

 

そう言うと三人は夜通しでの短期間訓練を開始した



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怪しい陰

凛達が短期間訓練を始めてから数日が経った頃、一高の食堂では達也、深雪、弘樹、幹比古、雫、ほのか、美月が集まっていた

 

「しかし、最近あの三人見ないね」

 

と美月が言うと弘樹が

 

「きっと今頃は姉さんに扱かれていると思いますよ」

 

そう言うと凛の訓練を受けた事のある深雪、達也、弘樹の三人はレオとエリカの生還を願った

 

 

 

 

 

その頃、マンションの地下訓練場では悲鳴が響いていた

 

「はい、まだまだだよー、ほら後10回はしないと」

 

と言って倒れている2人を見て凛がそう言うと

 

「マジか・・・これを後10回?マジかよ・・・」

 

と言うとレオは上げていた頭をガックリと下げて倒れた

 

「わ・・私も同感だわ・・・これ実家の訓練よりも数倍きついわね・・・」

 

と言ってエリカは肩から息が出ていた

 

「ほれほれ、達也達ならこれなんかとっくに慣れとるぞ」

 

そう言うとエリカは

 

「・・・あの三人、本当に人なの?異星人とかじゃ無いよね・・・」

 

「ほら、まだ喋れるんだからもっと行くよ!」

 

「「えぇ〜、そんなぁ〜。ちょっとは休憩させてくれ〜!!」」

 

と言って訓練場に2人の悲鳴が轟いた

 

 

 

 

 

「・・・ってなってると思うよ」

 

「「うわぁ〜、それは大変だねぇ〜」」

 

弘樹の言葉のほかのメンバーがそう答えるとその日は終わった

 

 

 

 

 

 

その日の夜、弘樹達は八雲から新しい遠当ての訓練場に誘われたので九重寺に向かうと。深雪が早速、遠当ての訓練を行った

 

「きゃあ!」

 

「おお、中々いやらしい配置だね」

 

「ああ、まあこんな事をするのはあの人以外いなさそうだけど・・・」

 

そう言うと弘樹は自分の姉の事を思い出していた

 

 

 

 

 

そして八雲が機械を止めると弘樹は栄養ドリンクとタオルを持って深雪に近づいた

 

「はい、お疲れさん」

 

「あ、弘樹さん。有難うございます」

 

と言って深雪の手を取ると八雲がある事を聞いた

 

「ああ、そう言えば凛くんは?最近、訓練をしているみたいだけど・・・」

 

「ええ、友人を今しごいているところですよ」

 

「おーおー、それは大変だねぇ」

 

と言って八雲が顎に手を当てると

 

「これを・・・凛くんに渡しておいてくれ。大事な物なんでね」

 

と言って弘樹に手紙を渡すと受け取った弘樹はお礼を言ってしまうと

 

「弘樹さん、私の仇をとってもらえますか?」

 

と聞いてきたので弘樹は二つ返事で了解すると懐から銃を取り出した

 

「ほぉ、今日は凛のカスタムCADを持って来ていたのか・・・」

 

「ああ、これは姉さんが僕用に押し付けて来たものさ。素が拳銃だからね、此処から銃弾を撃つこともできる」

 

と言って銃口を見せると

 

「さすがはあの改造狂の作ったCADだな」

 

「それ皮肉ってる?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

「ふふっ」

 

そう言うと弘樹は訓練場の機械が動くと持っていたCADを起動し、一斉に出て来た的を粉砕した

 

「さすがは十師族を唸らせるだけあるねぇ」

 

それを見ていた八雲が感心していると弘樹は

 

「本来、あまり魔法を使っているのは見せたく無いんですけどね」

 

そう言うと達也の訓練も終わり、達也が先に帰ると残った弘樹は寺の奥へと通され、弘樹は変装を解いた

 

「さて、先の勾玉の件なんだけどさ。あれ、ちょっとどうしようか悩んでいるんだよね」

 

と言うと八雲が

 

「それでしたら貴方様経由で国防軍にお返ししたら如何ですか?」

 

「まあ、それでも良いか・・・しかし、小百合はカンカンになるだろうなぁ」

 

「そこは貴方様の性格の悪さでやり過ごしたら如何でしょうか?」

 

「言い方悪いねぇ、八雲」

 

そう言うと部屋を出て弘樹はマンションへと戻った

 

 

 

 

 

そして学校が始まり、久々に訓練をしていた三人が登校したが、レオとエリカは少しだけ雰囲気が変わっていた気がした

 

「なんか雰囲気が変わりましたね」

 

学校帰りに喫茶店に寄った一行は。レオとエリカの様子にそう聞くと

 

「そりゃ、あんな訓練されちゃあね・・・」

 

「変わると思うぜ」

 

とどこかしら遠い表情をすると美月達は少し苦笑していた

 

「まあ、あれだけのことを短期間でしたんだ。魔法に関しても、技術に関しても成績は上がると思うよ」

 

そう言うと美月は

 

「凛さん、一体どんな訓練をしたんですか?」

 

「ふふっ、それは企業秘密というやつだ。他には漏らせないさ」

 

と言うと凛と弘樹は先に用事があると言って帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションに戻った凛達はこの前真夜から受領したターゲットの始末のために車を走らせ、とあるビルの屋上へと向かった

 

「よし、とりあえず今日の依頼は此処で待ち伏せていればいいから。じゃあ弘樹、あとは頼むよ」

 

「了解しました。今、該当カメラで目標の車を確認。目標は現在、橋梁を通過中。橋を降りて曲がったところでお願いします」

 

「分かったわ、それじゃあ。一発タイヤに打ち込みますか」

 

そう言うと凛は狙撃銃を橋を渡り終え、人気のない道を走っている車のタイヤ目掛けて弾丸を放ち、放たれた弾丸は車のタイヤ部分にあたり、車は回転しながらそのまま事故を起こした

 

「よし、車は止めた。あとは中の人間だ」

 

そう言うと中から1人の男が這いつくばって車から出て来た

 

「あれは・・・ふっ、醜いやつ」

 

そう言うと今度は弾倉を魔法のストレージに変え、振動魔法を放つと目標の脳が破壊されたのを確認し、凛たちはそそくさとビルの屋上から撤収した



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引っ越し

すみません、投稿主の勝手な思いつきでこの話の後半から本編は進みません。明後日くらいには本編再開できるかな?


着々と論文コンペの準備が進む中、凛は達也と共に実験棟のデモ機のプログラミングの手伝いをしに行った

 

「如何?調子に程は?」

 

「ああ、問題になりそうな事はないな」

 

「じゃあ私は呼ばれているから、それじゃあ」

 

「ああ、助かった」

 

と言って実験棟を出ると凛はある違和感に気づいた

 

「これは・・・鼠が来たか・・・」

 

そう言うと凛は少し道を逸れて近くに茂みに隠れると、実験棟に警戒しながら入っていく人物がいた

 

「あれは・・・そうか、奴も加わっているのか・・・」

 

そう言うと入っていった人物の後をついていくと。その人物、関本は実験棟の中で寝ているフリをしている達也に声を掛け、返事がないと確認すると関本はハッキングツールを取り出してコネクタを刺そうとした時、灯がつき、待ち構えていた花音がいた

 

「何をしているんですか?関本さん」

 

「千代田!?なぜ此処にいる!」

 

と言うと花音の放った振動系魔法により、関本は沈められた

 

「おーおー、なんともあっけない事で・・・」

 

「凛・・・呼ばれてたんじゃ無かったのか?」

 

「いや、私が実験棟を出た時に異変を感じてね。こっそり戻って来たのさ。さて、こいつの身柄は運んで行くわね」

 

と言って気絶した関本を軽々しく持ち上げると花音は感心していた

 

「おお、関本を軽々しく・・・」

 

「まあ、凛は鍛えていますから」

 

と言うと凛は関本を花音と共に運んだ

 

 

 

 

 

同じ頃、国立魔法大学附属立川病院の一室では摩利とその恋人の千葉修次、そして真由美について行くよう言われた弘樹が此処に移送された千秋の見舞いに来ていた

 

「しかし、なんで此処について来たのよ」

 

「いや、そう言われましても・・・僕は七草先輩に監視しておけと言われただけで・・・」

 

「全く、どうして呼んだ事やら」

 

「じゃあ、今すぐ帰ってもいいですか?私、やりたい事があるんで・・・」

 

「・・・好きにしろ」

 

「じゃあ見舞いをしたら帰りたいと思います」

 

と言うと三人は千秋のいる病室に向かうと部屋の前に居た人物に修次が驚いた

 

「人喰い虎・・・呂剛虎!なぜ此処に!!」

 

「幻想刀・・・千葉修次」

 

と言うと千葉家きっての剣術使いに向かって呂剛虎は攻撃を開始した

 

「危ない!」

 

と摩利がいうと修次は呂剛虎の攻撃によって怪我をしてしまった。そして呂剛虎がまたツッコんできた時、ここに居た全員が驚いた呂剛虎は弘樹の人差し指で押さえ込まれていたのだ

 

「全く・・・これじゃあメチャクチャじゃないですか。もっとスマートに行かないと」

 

そう言うと弘樹は呂剛虎を柵から突き落とした

 

「さあ、これでいつまで持つかな?」

 

と言って突き落とした後、呂剛虎は急いで退散をしていた

 

「おーおー、頑丈なこった・・・さて、修次さん、怪我は大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。此処は病院だ、特に問題はない。それよりもさっきの魔法は何だ?」

 

と言って先程呂剛虎を止めていた魔法を聞くと

 

「ああ、これはうちに伝わっている古式魔法の一つです。まあお教えする事はできませんが」

 

と言うと弘樹は

 

「じゃあ、私はこれで。姉さんから呼ばれてしまったので」

 

と言うと足早に病院を去っていった。それを見ていた摩利達はポカンとしていると弘樹がさっていった理由がすぐにわかった

 

「あの子・・・事情聴取から逃げる為だな・・・全く、大学生が若い高校生に助けられるとは・・・何とも恥ずかしいな」

 

そう言って病院内に入って来た警官を見てそういうと摩利達は事情聴取を受けた

 

 

 

 

 

せっせと帰った弘樹はことの次第をそのまま凛に伝えた

 

「ふーん、呂剛虎がねぇ。それは要注意かもねぇ」

 

そう言うと凛はソファーから立ち上がり、凛が地下訓練場に向かうと凛に手には宝石のような淡く中心の光る石のようなものが握られていた

 

「ちょっとあっちに行く用事ができたんだ。弘樹は此処で待ってて、大事な人だから」

 

「・・・畏まりました。行ってらっしゃいませ」

 

「ええ、行ってくるわ」

 

そう言うと弘樹は地下訓練場を出て行くと残った凛は手に持っていた石を魔法で割るとあたり一面に緑色の想子のような物があたり一面にばら撒かれ、それが徐々に形を作り、トンネルや椅子、時刻表や駅表などの駅のような物が形成されると壁に開いたトンネルから一つの列車が入って来てそれに乗り込んだ凛はそのまま中央駅へと向かった

 

 

 

 

 

中央駅についた列車はドアが開くと凛は少し駆け足で駅前の場所に行くとそこには天神が壁に沿う形で立っていた

 

「天神様〜!!」

 

「あ、凛くん。いやー、悪いね。いきなり呼び出しちゃってさ」

 

「大丈夫です、それよりも貴方様が直接いらっしゃるとは驚きでした」

 

「いや何、この世界も面白いと思ったんでね。丁度あの世界にも飽きていたからいい機会だし、此処に引っ越そうと思ったのよ」

 

と言って凛は改めて天神の姿を見て驚いていた、自分とは身長と目の色だけが違うのでは?と言えるくらい自分にそっくりだったのだ。すると天神は心をよんだのか

 

「ふふっ、そりゃ私が作った子ですもの。似ているはずよ」

 

と言って凛に言うと早速、天神は住むにいい場所を聞いて来た

 

「ねえ、この世界で一番綺麗な花の景色な場所に住みたいのだけど・・・」

 

すると凛は

 

「でしたら『花の街』なんか如何でしょうか?」

 

「それはどんな所なの?」

 

と言うと凛は花の街の解説をした

 

「花の街というのはですね、ここから離れているんですけど視界に入る中では全部が花畑になったりしていてよく夏の大地の方から来る人の避暑地として使われています」

 

そう言うと天神は少し、目をキラキラさせると

 

「よし、じゃあそこに行こうかな。じゃあどの列車に乗ればいいんだ?」

 

と言って中央駅に向かおうとした

 

「え?列車に乗るのですか?私が直接そこまで魔法でお送りしようと考えていたのですが・・・」

 

「いやいや、こう言うのは列車に乗って景色を楽しみながら行くものだろ?じゃあそう言うことでどの列車に乗ればいいんだ?」

 

と言うと凛は理解した様子で天神を花の街に行く列車の発着するホームへと案内した

 

 

 

 

 

案内したホームで待っていると天神がある事を聞いた

 

「あ、そうだ。これ聞きたかったんだ、ねえ凛くん。この中央駅ってどのくらいのホームがあるんだ?見た感じでは恐ろしいくらいある気がするんだが・・・」

 

と言って天神は中央駅を見渡すとそこには端っこが見えないくらい広い駅舎を見ると凛は

 

「さぁ、どれくらいでしょうか?なんせここの中央駅以外にも中央北駅、中央西駅、中央南駅、中央東駅とありますからね。ここの中央駅だけでも100番線までで止めて、それらの駅を作りましたからね」

 

と言うと天神は少し驚いていた

 

「100番、それはすごい広いね・・・おっと、列車が来たみたいだね」



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お引越し2

天神が凛の作った夢の王国に引っ越すこととなったので凛はその付き添いと新しい新居探しのために花の街に向かう事となった

 

「おお、ここの列車は全部蒸気機関車じゃないんだな」

 

「はい、人の乗る量を考えつのと走る路線の景観を考えた結果で決めています」

 

「それで今回はディーゼルなのか・・・」

 

と言って入って来たのは赤色に塗装された文鎮のような形をした『DD51』と書かれた看板を貼り付けた列車が客車を引いてホームに入って来た

 

「それじゃあ、これに乗って海岸線を通って花の街に向かいます」

 

「ええ、それじゃあ頼むわ」

 

と言って列車に乗り込むと列車は動き出し、中央駅を出て行った

 

 

 

 

 

中央駅を出てしばらく走っていると天神があることを聞いて来た

 

「そう言えばこの世界って花の街以外にどんなところがあるの?」

 

そう聞くと凛は詳しい話をした

 

「はい、この夢の王国は主に春の大陸、夏の大陸、秋の大陸、冬の大陸、中央大陸の五つに分かれており。それぞれ橋で繋がっています。それぞれの大陸は名前の通り、それぞ季節によって分かれています。中央大陸はこの世界で唯一現世と繋がっている場所です。それで大陸間の移動は主に鉄道での移動がメインです」

 

「航空機はないの?」

 

と天神が聞くと

 

「いえ、航空機は大陸内での移動のみで使っています」

 

「そうなのね・・・おぉー!綺麗なところね」

 

と言って天神はが窓の外を見るとそこには美しい海と小さな漁村と住宅が点在する美しい景色があった

 

「此処は海岸線と言って中央大陸の魚介類のほとんどはこの海岸線で釣られたものなんですよ」

 

「そうなのね・・・それにしても本当に美しい景色ね」

 

と言うと列車は駅に到着し、凛達は一旦駅を降りてホームから景色を見ていた

 

「しかし、思っていたより人が少ないのね。少し驚いたわ」

 

「はい、今の時間はみんな漁に出て此処にいるのは漁師の家族くらいでしょう」

 

と言うと駅から貨物列車が発車して行った

 

「しかし、今まで見て来たけどあなたは昭和初期らへんの街並みが好きなのね」

 

と言って天神は今まで見て来た街並みのほとんどが昭和初期から第二次世界大戦前の昭和の街並みに似ていたことからそう推測すると凛は

 

「・・・ええ、私は昭和の時の街並みは好きです。少し古い感じが味があっていいんですよ」

 

と言うと凛は駅の売店へと行き売店から駅弁を買うと発車する列車に乗り込み天神に先ほど買った海鮮駅弁を渡すと

 

「おお、こう言うの初めてだなぁ。うん、うまいな」

 

と言って駅弁を美味しそうに食べていた。そんな様子を見て凛は

 

「・・・もしかして天神様はこう言うのは初めてでしたか?」

 

「ええ、本来は食べる必要はないからね。だから映像とかでしか見た事なかったのよ」

 

と言うと海鮮駅弁を食べ終え、それを片付けると

 

「天神様・・・」

 

「ん?何かしら」

 

そう言うと凛は天神にあることを話した

 

「実はこの世界はなるべく現実世界に寄せてあるんです。なのでこの世界には現金の概念があるんですよ」

 

と言うと天神は理解した様子で続きを言った

 

「・・・つまり、こう言ったものを買うにはお金がいると?」

 

「はい、そういうことです」

 

と言うと天神は笑った様子で

 

「はっ!はっ!はっ!それくらいは知っていたよ。何大丈夫さ、これくらいは考えてある」

 

と言うと天神はポケットの中から凛が此処に来る時に使った石を出した

 

「これを君に渡す代わりにこの世界のお金と交換ってのは如何だい?」

 

「これは・・・いいんですか?こんな大事なものを渡しても」

 

と言うと天神は

 

「ああ、大丈夫だよ。君が唯一能力で作れない・・・幻楼石さ」

 

と言うと凛はお礼を言ってその提案を呑んだ

 

「しかし、驚きました。私の唯一能力で作れなくて困っていたんですよ。今まで何個かの幻楼石鉱山を持っていたんですけど。ほとんと掘り尽くしちゃっていたんで、有難うございます天神様」

 

「いいよいいよ、君がなかなか面白い世界を見せてくれたんだ。それくらいお安い御用さ」

 

と言うと列車は一面美しい花の広がる大地へと突入した

 

「ほぉ、これが花の街かい?」

 

と外の景色を見た天神は凛にそう聞くと

 

「はい、 もうすぐ花の街が見えてくると思います」

 

と言うと列車は花の街に到着した

 

 

 

 

 

「おお、これはいい景色だ。心が癒される」

 

と言って駅を降りた天神は花の街の花の匂いを楽しんでいると

 

「天神様、どうですか?」

 

「ああ、此処はピッタリだよ。近くに丁度間借りできそうな部屋はあるかい?」

 

「え?一軒家じゃなくてよろしいのですか?」

 

「ああ、一軒家だと掃除が面倒だからな」

 

と言って近くの空いているアパートの一室を探すと天神が

 

「ほうほう、この部屋はいいな。よし、ここに住もう」

 

「そうですか?じゃあ此処をお願いできますか?」

 

と言って凛は隣にいたアパートの大家に聞くと

 

「ええ、分かりました。じゃあここにサインを」

 

と言うと天神は偽名の『神木彩芽』と書くとそのまま天神は引っ越し作業をした

 

「しかしなぜ私と同じ苗字を?」

 

と凛は天神が使っていた偽名の理由を聞くと

 

「ああ、それは元々私が一応持っていたんだけど。なかなか使う機会がなくてね、それで今回使おうと思ったのよ」

 

「成程、そう言うことでしたか」

 

と言うと天神は魔法陣から荷物を出すと凛は中身に驚いた

 

「へぇ〜、絵を描いているんですか?」

 

「ああ、趣味でね。だから景色のいい場所を聞いたんだ」

 

と言うと凛は納得した様子で

 

「成程、理解できましたよ。それじゃあ私はこれで。あと、鉄道はこの券を持っていれば何処でもタダで乗れます。無くさないでください」

 

と言って『PASSO』と書かれたカードを渡すと天神はお礼を言って早速、絵を描き始めていた



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論文コンペ当日

天神の引っ越しを終え、現世に戻ってきた凛は早速弘樹から報告を受けた

 

「お帰りなさいませ、お姉様」

 

「ああ。今、あのお方のお相手をしてな。あのお方が夢の王国に住まわれるそうだ」

 

「おお、それは驚きました。まさかあのお方が住まわれるとは・・・」

 

「ああ、全くだ」

 

「それはそうとお姉様、貴方様は丸一日向こうの世界で過ごされておりました」

 

「1日だけだったのか・・・」

 

「はい・・ですがその間に達也が八王子の特殊鑑別所にて呂剛虎と捕らえたと報告がありました」

 

「そうか・・・それじゃあ明後日にもう論文コンペか・・・」

 

「はい、そうなりますね」

 

「少し、休憩をさせてくれ。今日は少し疲れた・・・それと、晩餐の準備をしてくれ」

 

「畏まりました」

 

そう言うと弘樹は凛のために紅茶をそして12使徒との会議のためにメッドマウントディスプレイを起動させ、魔法式を起動するとそれを凛に渡した

 

「どうぞ、もう既にあちらの準備は整っていると思います」

 

「ありがとう」

 

と言ってヘッドマウントディスプレイを被るとそこには長テーブルが置かれており、既に六人ずつ両側に座っていた

 

「お呼びでしょうか、主人殿」

 

とその中で一番近くに座っていた老人が言うと

 

「ああ、今日はいきなり済まないな。実は幻楼石に関して大事な報告があるんだ」

 

「報告とは?」

 

と言ってまたある男性が聞くと

 

「ああ、実はな。幻楼石の目処が立ったんだ」

 

そうすると通信していた12使徒全員が驚いていた

 

「おお」

 

「ついにですか」

 

「しかしどうやって?」

 

と一人の女性が聞くと

 

「ああ、実はあるお方から直々に幻楼石を送ってくださると言ってくれてだな。それで幻楼石の補給の目処が立ったんだ」

 

12使徒の面々は自分達の主人が言い方を改めるほどの相手である事を認識すると自分達人には到底会えないであろう人物である事を認識すると

 

「分かりました、それでは幻楼石の採掘場は順次閉鎖という事でよろしいでしょうか?」

 

「ああ、そのように頼む」

 

「畏まりました。では我々の所有している鉱山は閉鎖いたします。もちろん情報統制も怠らずに」

 

「「畏まりました」」

 

そう言うと凛は最初に会議室を出た

 

 

 

 

 

次の日、凛は風間に呼ばれ、独立魔装大隊の本部のあるビルへと向かった

 

「わざわざすみません、中佐殿」

 

「いやいや、風間少佐。私はここの中でもかなり特殊な立ち位置です、そんなに畏まらないでください」

 

と言うと風間は甘えていつもの口調へと戻った

 

「では・・・まずはこれを見て下さい」

 

と言って風間が紙ベースで凛に渡すと凛は内容を見て呆れていた

 

「全く・・・どうして大国は飽きないんだろうか」

 

「私も同じ意見です」

 

と言って凛が紙に目を通すとそこには新ソ連の艦隊がウラジオストクで出撃準備をしていると言う情報であった

 

「しかし、これの相手は私がするよ」

 

「いいのですか?」

 

「ああ、これくらいは軽いもんさ」

 

と言って凛は風間に紙を返すとそのまま部屋を出て行った

 

 

 

 

 

家に戻ると凛は達也を呼び出し、八王子での詳しい話を聞いた

 

「・・・じゃあ、呂剛虎は既に傷を負っていて、それで渡辺先輩の『ドウジ切り』で・・・」

 

「ああ、関本先輩に事情聴取をした際にな。ついでにあの勾玉のことも言っていたぞ。それに呂剛虎の移送も明後日行われるらしい」

 

「・・・そうか、分かったわ・・・さて、明後日は論文コンペだ、少々厄介事が起こるかもしれんな」

 

そう言うとキッチンに一緒に立って夕食を作っている深雪と弘樹を横目に達也達は地下訓練場まで向かった

 

 

 

 

 

そして迎えた当日、凛は朝早くにレオを呼び出した

 

「おう、こんな朝早くにどうした?」

 

「ああ、君用に頼んでおいたCADが届いたんだ。君の得意な硬化魔法を使う剣タイプのCADさ、少しここで試して見てくれ」

 

「おう、わかったぜ」

 

そう言うとレオは渡されたCADを起動すると紙のような刀身が真っ直ぐ伸び、刀のような見た目となった

 

「よし、取り敢えずこれで終わり。あとは、試し切りだけね」

 

「ああ、それはまた今度か?」

 

「ええ、なんせ今日は論文コンペ当日だ、このままエリカ達と合流して会場に行くぞ」

 

「ああ、分かった」

 

そう言うと凛とレオは先に事情を説明していたので会場の横浜へと向かった

 

 

 

 

 

会場に着くと凛達はエリカ達と合流し、エリカ達はデモ機の護衛、達也と弘樹は最終調整、深雪とほのかと雫、美月と幹比古は先に会場内へと入って席取りをしていた。凛は警備メンバーの詰所に行き、克人からあることを聞かれた。

 

「神木、今日の雰囲気をどう思う?」

 

「・・・一口に言って殺気立っていると思われます」

 

相応と同じく詰所にいた服部と桐原も

 

「ああ、横浜という街は外国人が多いがそれでも数が多い・・・」

 

「それに神木の事でもそうだったが妙に殺気立っていたな」

 

それを聞いた克人は

 

「・・・お前達、防弾チョッキを着用しろ。他の警備メンバーにもそう伝えてくれ」

 

「了解しました」

 

そう言うと凛は通信機にて警備隊全員に防弾チョッキの着用指示を出すと詰所を出て行った



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論文コンペ当日2

詰所を出た凛は達也に出会い、そして隣にいた藤林と共に控室に入った

 

「ごめんなさいね、論文コンペの前にお邪魔して」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。それに私は今回、主役ではないので」

 

と言うと藤林は真剣な表情となり

 

「それで達也くん、凛さん。今日あなた達には二つの報告があります。一つはムーバルスーツが完成した事。そしてもう一つ、今回の件は産業スパイの領域を超えている事。2人とも、気を付けてね」

 

そう言うと2人は先に控室を出た

 

 

 

 

控室を出た2人は深雪の所に行こうとしたが、先に深雪に話しかけている人物がいた

 

「おお、やっぱり居たか」

 

と言って顔を赤くしながら深雪に声をかけていた一条の姿があった。すると近くに見知った顔がいたので凛は声をかけた

 

「おーい、愛梨〜!」

 

「あ、凛!久しぶりね」

 

と言って凛は近くにおり、九校戦の後夜祭の時に共にブライベートナンバーを交換した一色愛梨と四十九院沓子がいた

 

「おお、お主も来ておったか」

 

「ええ、今回の警備メンバーでここにいているのよ」

 

「なるほどね、確かに凛なら警備メンバーになれるかもね」

 

「それ、からかってる?」

 

「さあ、どうかしら?」

 

と言って凛は愛梨と沓子と少し話をして会場内へと入って行った

 

 

 

 

 

会場内に入ると先に入っていたエリカ達が席を確保してくれていたので一番端のところに座ると後から深雪と弘樹が入って来て席に座ると論文コンペが始まった

 

『今の所、異常はないか・・・』

 

と言って凛は会場を外から幻霊を使って見ていた。そしてそのまま無事に午前の部は終わり。休憩時間となり凛は自販機で飲み物を買い、そこでこちらを見ている視線を感じ、こっそり近づくとその時女性は驚いていた

 

「何見ていたんですか?小野先生?」

 

「驚いたわ、まさか見破られていたとは・・・私もまだまだね」

 

「ええ、もっと気配を偽るようにしないと、すぐにバレますよ」

 

と言うと凛は遥に向かって

 

「お仕事ゆえ、そう言うのはわかりますがあまり私のことを調べない方が自分にとって吉だと思いますよ。じゃないと・・・・・・私が上から圧を掛けないといけないので・・・それじゃあ」

 

と言うと凛は去って行った。残った遥は手が震えていることに気づいた

 

「・・・神木さん・・・あなたは一体何者なんですか・・・」

 

と言って遥は先程の凛の言い方にとてつもなく恐ろしい何かを感じた

 

 

 

 

 

そして午後の部が始まり、一高の論文コンペが開始されると会場の裏にトラックが止まったのが確認できた

 

『これはもしや・・・』

 

そう思っていいると一高の論文コンペが終わり。次に三高の論文コンペが始まろうとしていた時だった、突如、会場内へ武器を持った兵士と思われる男達が中に入って来た

 

「やっぱりか・・・」

 

それを見ていた凛は兵士の持っている銃器が対魔法師用の強化型ライフルであることを確認し。事の進みを見ていた。そして、念のために軽い認識阻害を自分の周りにかけた

 

『そろそろかな?』

 

そう言って部隊が達也の方に意識が向いている隙に、凛はストレージ時に弾を装填すると銃弾を兵士の眉間に当てた。それと同時に達也も近くにいた兵士を倒し、深雪の安全を確保した。その間、凛はCADのストレージを変え、振動系魔法を放つと一気に突入してきた兵士を気絶させた。一連の動作を見ていたエリカ達は只々唖然としていた

 

「よし、取り敢えずこれで大丈夫かな?」

 

そう言うと凛は中条に近づき

 

「先輩、梓弓を使えませんか?責任は恐らく、七草先輩がとってくれますよ」

 

「え?えぇ、まあ、最初からそのつもりだったけど・・・」

 

そう言うと中条が梓弓を起動し、ロケット砲によって騒然としていた会場内を落ち着かせると避難誘導を行なった

 

「あとは外の連中だ」

 

「ええ、行きましょう」

 

そう言うと弘樹にはほのか達の護衛を任せ、凛と達也に続いて深雪、エリカ、レオ、雫、幹比古は情報収集のために雫の言ったVIP会議に向かう途中、侵攻兵が待ち構えていた

 

「数は30・・・行けるかい?」

 

と言ってCADに凛は銃弾の入ったストレージを装填すると

 

「ああ、深雪。頼めるか?」

 

「はい、お任せを」

 

そう言うと深雪は達也の手を握り、凍火を発動すると凛と達也は飛び出して侵攻兵のライフルを的確に撃ち抜くと達也とエリカが続く形で侵攻兵を倒し、とどめは幹比古の雷童子で待ち構えていた侵攻兵を倒した

 

「よし、じゃあ、VIP会議室に案内して」

 

侵攻兵を片づけた凛は雫に案内をしてもらうと

 

「よし。これで今の情報がわかるはず・・・」

 

と言って映し出された画面を見ると会議室に入った面々は苦い表情をした

 

「侵攻軍の数は数百・・・港には艤装揚陸艦・・・ゲリラ兵も多数存在・・・状況はかなり悪いわね・・・」

 

そう画面を見た凛がそう言うと

 

「ああ、このままだと国防軍が到着する前に捕捉されてしまう。救助船も全員は収容できないだろう」

 

と達也が言うとエリカが

 

「じゃあ、シェルターだね地下通路に行こう」

 

「いや、地下通路はやめた方がいい、地上から行こう」

 

と達也の言葉にエリカはハッと気づいた

 

『さすがは千葉家、一言で察してくれたか・・・』

 

そう凛が思うと達也がデモ機の処分のために会場に戻ると、そこには上級生メンバーと弘樹がいた

 

「あれ?達也くん?どうしてここに」

 

「どうやら、先輩達も同じことを考えていたみたいだね」

 

「ええ、弘樹くんにはデモ機の処分を手伝ってもらっていました」

 

そう言うとやってきた克人、沢木、服部の3人がやってくると他の生徒はみんな地下通路に避難したと聞いた

 

「地下通路!なんだって!」

 

「地下通路に何か問題でもあるの?」

 

真由美がそう聞くと

 

「地下通路はシェルターまで直通ではありません、だから・・・」

 

そう言うと克人達は顔を青くして沢木と服部に指示を出した




ちょっと解説
幻霊
凛が開発した監視装置。想子から作ったもので、視覚、聴覚の二感を元に周囲の警戒ができる。但し、全て想子で出来ているので普通の人が使うとすぐに想子切れを起こす


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出動

今年最後の投稿です、皆さん良いお年を


横浜に侵攻軍が襲撃を受けている頃、真由美達はデモ機の処分をと行ない、達也は会場にいた侵攻兵の対処を行なった

 

 

 

 

 

デモ機の処分を終えた達也達は一旦一高の控室に集まった

 

「さて、今後の方針を決めよう」

 

「沿岸部はほとんど制圧されているわね、陸上交通網は麻痺」

 

真由美が現状を言うと花音が目的は横浜にある魔法協会支部のメインデータバンクではと推測すると

 

「救助船も全員を乗せられる収容力はないと言うことと・・・凛さんの言ったことが的中しました・・・」

 

と鈴音が言うと控室は騒然としたが鈴音が

 

「幸い、敵の数は少なく、もうすぐ駆逐できると・・・」

 

その言葉に全員がホッとして今後の方針を決めようとしていると、突然達也と凛が壁に向けてCADを向けた

 

「!?二人とも何をしているの!?」

 

「おや、達也もかい?」

 

「ああ、凛。頼めるか?」

 

「任せな」

 

そう言うと真由美は二人が壁にCADを向けた理由がマルチスコープ越しで分かった

 

「トラックが・・・突っ込んでくる・・・!!」

 

と言った次の瞬間、凛がCADの引き金を引くとトラックは跡形もなく消えてしまった

 

「い・・・今のは・・何?トラックが・・・消えた?神木さん!貴方一体・・・」

 

と言って真由美が凛に今の魔法を聞こうとした時、達也が

 

「まだです!」

 

「あれは・・・揚陸艦からミサイルが!!」

 

そう言うとミサイルがこの会場に向けて放たれた。それを見ていた克人はファランクスで迎撃をしようとしたがその前に弾頭が爆発した

 

「これは・・・国防軍のスーパーソニックランチャー・・・」

 

そう言うと会場に軍用車が到着し、中から真田が敬礼をしながら出てきた

 

「一体、どう言うこと?」

 

真由美が達也にそう聞くと

 

「・・・少し遅かったですね。藤林少尉」

 

「ごめんなさいね」

 

「もしかして・・・響子さん?」

 

「お久しぶりね、真由美さん」

 

と言って控室に藤林と風間が入ってきた。すると風間は

 

「現在、情報統制は解除されている。海軍大佐殿、現状をお聞かせ願いたい」

 

と凛の方を向いて言うと真由美達は驚いていた

 

「・・・現在、春日丸が横須賀海軍基地を出港。現在、東京湾を北上中。まもなく横浜に到着します」

 

そう言うと風間は今度、達也と弘樹の方を向いて

 

「特尉、保土ヶ谷で別任務を行なっていた我々も先程命令が下った。国防軍特務規則に対し、貴官らにも出動を命じる」

 

「出動!?」

 

「貴方達は・・・」

 

真由美と摩利は二人に近づこうとするが藤林がそれを止めた

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉並びに大佐殿の軍務、地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づくものであることをご理解されたい」

 

そう言うと控室に真田が入ってきてニ人を連れて行こうとした。すると深雪は達也に近づき、口づけをすると辺り一面に活性化した想子が溢れ、「征ってくる」と言うと控室を出ていった

 

 

 

 

 

控室に残った凛は風間に

 

「少佐。現在、春日丸は横浜港沖に到着しました。今から春日丸よりヘリコプター輸送機の発艦を行い、民間人の救助を開始します」

 

「よろしく頼みます」

 

そう言うと風間は今度

 

「では"陸軍中佐"殿。現在、旅団は横浜市内の侵攻兵の対処を行なっています。中佐殿にも戦闘に参加するよう命令がありました」

 

風間から出た言葉に真由美達は心底驚いていた。まさか軍籍を二つ持っている軍人がいるとは思っても見なかったのだ。すると凛は

 

「・・・わかりました、では春日丸は副長にお任せします。私は今から戦闘に参加しますので。では」

 

そう言うと凛は控室を出ていった

 

「神木さん・・・貴方は一体・・・」

 

控室に残った真由美は凛に対し多くの疑問が浮かんでいた

 

 

 

 

 

控室を出た凛は先に出ていった達也達に追いついた

 

「達也!!」

 

「ああ、凛か。今日は海軍士官として行動するんじゃなかったのか?」

 

「いえ、春日丸は副長に任せてあるからいいとして。私は陸軍中佐として戦闘に参加することになった」

 

「・・・分かった、それじゃあ着替えるか?」

 

と達也が聞くと

 

「いや、私は自分の作った戦闘服に着替えるわ」

 

そう言うと変装を解いて、目の色が茶色から蒼く変わった。それを見ていた真田は

 

「おー、やっぱり君は変装を解くと深雪くんよりも綺麗だね」

 

「弘樹も、変装を解いていいよ」

 

そう言うと弘樹も凛と同じように蒼い眼と見た目が大きく変わった

 

「おー、やっぱり姉弟だけあって二人とも綺麗になるんだな」

 

「さて、私と弘樹は自分の服に着替えて駅のほうに行くから、達也はよろしく」

 

「ああ、分かった。そっちも気を付けろよ」

 

「分かってるって」

 

そう言うと凛と達也は別れた

 

 

 

 

 

同じ頃、会場の駐車場では三高の生徒が侵攻兵を相手に一条の爆裂で侵攻兵を倒していた

 

「将輝!損傷したタイヤの交換はが終わったよ!!」

 

と言うが将輝は自分は十師族だと言って横須賀市内に残り、戦闘を続行した

 

 

 

 

 

同じ頃、地下通路では避難した生徒がシェルターに向かって避難をしていた

 

「おい!シェルターはもう直ぐだ!!」

 

と、服部が言うと地下通路の天井が突如、崩れ落ちてきた

 

「危ない!!」

 

「怪我人は?」

 

と言って生徒が確認をしていると空いた穴から何かが覗きこむように見ていた



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十師族の意味

明けましておめでとう御座います。

この小説を読んでくださっている方々、今年もどうぞよろしくお願いします


地下通路でシェルターに避難していた生徒は崩れた天井の穴から覗くものを見て腰が抜けていた

 

「直立戦車!!」

 

と言った次の瞬間、直立戦車は凍りつき、横から銃弾の様なものが放たれていた

 

 

 

 

 

直立戦車を倒した真由美、深雪は他の戦車がいないかの警戒をし、幹比古は精霊を使って生き埋めになった人がいないかの確認をした

 

「直立戦車がここまできているなんて・・・思っているよりも事態は急展開しているわね」

 

「・・・まだ神木の呼んだ輸送ヘリが来ない・・・」

 

そう摩利が言うと真由美は

 

「・・・私は、国のために為すべきことをします。摩利、貴方は先に響子さんについて行って」

 

「何を言うんだ・・・ここに一人で残るつもりか!?」

 

「これは義務なのよ、十師族に名を連なるものの・・・」

 

そう言うと真由美は十師族の存在意義を言うと克人が先程、一人で車に乗って魔法協会支部に向かったことを思い出していた

 

『これが十師族たるものの覚悟が・・・』

 

そう思っていると今いる全員が各々理由をつけてここで戦う意志を見せると真由美は少し嬉しそうに答えた

 

 

 

 

 

同じ頃。凛と弘樹は着替えた服でビルの屋上に立ち、魔法陣から多数の戦車と攻撃ヘリを造り出していた

 

「よし、こんなもんかな?達也もそろそろ動いている頃だろし」

 

「はい、これだけあれば十分かと・・・」

 

「よし、じゃあ手伝いよろしくー」

 

「畏まりました。お気を付けて」

 

「ええ、直ぐに片づけてくるわ」

 

そう言うと凛はビルから飛び降り、下にいたゲリラ兵を撃ち抜いていた

 

 

 

 

 

その頃、駅前ではほのかが得意な光学魔法でここら辺一体の光学迷彩を行なっていた

 

「ふぅ、あと数分で来るって言ってたけど・・・」

 

「警戒メンバーはどうなってる?」

 

「はい、一方は千代田さん、五十里さん、桐原くん、壬生さんでもう一方は深雪さん、千葉さん、吉田くん、西城くんで。残りのメンバーはここの駅前広場でヘリを待つ待機チームです」

 

と鈴音の報告を聞くと摩利は

 

「なら、花音達の方に加勢しに行くか」

 

「そうね、深雪さんは強いから・・・」

 

「ああ、あいつの魔法は"戦術級"と言っても問題ないくらいのレベルだからな」

 

 

 

その頃、深雪達は駅につながる道を警戒していた

 

「・・・来る、直立戦車。さっきよりも人間的な動き、もうすぐ来る」

 

と言った瞬間、曲がり角から二代の直立戦車が飛び出してきた。しかし、深雪の凍火によって動きを封じられ、レオの薄羽蜻蛉とエリカの山津波によって真っ二つにされた

 

「二人とも、強くなったね」

 

「ええ、そりゃ凛の扱きから生還したんですから、それは強くなっていると思いますよ」

 

「えぇ・・・」

 

幹比古は一体どんなことをされたのかが気になった

 

 

 

 

 

同じ頃、駅につながる別の道では千代田達が警戒をしていた

 

「来るよ!」

 

と啓が言った瞬間、直立戦車が飛び出してきたが花音が足止めをし、桐原、壬生、寿和の三人が直立戦車を斬っていた

 

 

 

 

 

「せんしへいせいじゅつ?」

 

幹比古の言葉にエリカは首を傾げた

 

「ああ、さっきの動きが人間的だったのはこれのせいだ。ただこれは元は大陸系の魔法で、今は国内では使われていない」

 

「・・・てことはまさか敵は大亜連合!?」

 

そう言うと遠くから機械の擦れる音が鳴った、と思うと直立戦車の出てきた反対側からその音源が聞こえてきた

 

「ん?・・・あれは!!」

 

「ど、どうしてあの形式の戦車が!?」

 

その正体を見たエリカ達は驚いていた

 

 

 

 

 

その頃、駅前広場では雫が連絡を受けていた

 

「もうすぐ、うちのヘリが到着するようです」

 

「分かりました、北山さんは・・・」

 

と言った瞬間、突如頭上に何機もの輸送ヘリが現れた

 

「あれは・・・」

 

「きっと神木さんの呼んだヘリね・・・」

 

そう言っていると輸送ヘリは駅前の広場に着陸し、後ろのカーゴドアが開いた

 

「・・・北山さん、女性と子供のいる家族を優先して乗せてください」

 

「分かりました」

 

そう言うと雫は着陸した輸送ヘリに人員を乗せ、輸送ヘリは飛び立とうとした、だがここで邪魔が入った

 

「あれは・・・イナゴ!!」

 

「あんな数が吸気口に入ったら・・・」

 

「墜落する!!」

 

と言った瞬間、突如イナゴが全滅した。ふと後ろを振り返ると一人の人物が降り立っていた

 

「あれは・・・達也さん?」

 

CADを見たほのかがそう言うとその人物と同じ制服を着た人物達が輸送ヘリの護衛を行い始めた

 

「何者ですかね、彼等は」

 

「ヘリを守っているみたいだけど・・・」

 

そう言うと他の全員の避難民が乗り込み、あとは真由美達だけとなった時、突如物陰から大量の侵攻軍が銃を突きつけた

 

「お前らには今から拘束された仲間の人質になってもらうぞ」

 

「何!?」

 

そう言うと侵攻軍は真由美達を追い詰めた、そう思っていた時だった。突如、囲んでいた侵攻軍の一部の部隊が十字架の光と共に塵となって消えた

 

「な、何があった!?」

 

そう一人の兵士が言うとその兵士も又、同様に十字架の光と共に塵と化した

 

「くそ!何処からだ!?」

 

と言ってまた別の兵士が銃を向けながら辺りを見回しているとその兵士の死角から一つの影が降り、その兵士を吹き飛ばしていた

 

「くっ、この!」

 

その影に築いた兵は咄嗟に銃を放ったが、それは影には当たらず。代わりに味方の兵の頭を吹き飛ばしていた

 

 

 

そしてその影は徐々に敵兵の数を減らし、最後の一人となった兵は怯えながら銃を捨てて投降をした



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謎の人物

侵攻軍に囲まれた真由美達は突如降りて来た謎の影によってほとんどを倒されていた

 

「貴方は・・・!!」

 

敵兵を倒した影の正体を見て驚いた、まさかこの世界に深雪よりも美しいと至る人物がいるとは思っても見なかったのである

 

「・・・私は国防軍独立魔装大隊所属、赤城鈴だ」

 

そう言うと飛び出して来た侵攻軍を持っていた狙撃銃タイプのCADを放つと、侵攻軍は一瞬にして十字架の光と共に塵と化した

 

「・・・さて、七草殿。早く輸送ヘリに乗ってください、一応護衛のヘリは用意していますが完全とは言えません。さあ、早く」

 

そう言って鈴と名乗った人物は真由美達をヘリに乗せ、離陸したことを確認すると何処かに連絡を入れた

 

「こちら、駅前広場の七草真由美嬢を乗せた輸送ヘリの部隊は春日丸、又は調布飛行場に着陸させます」

 

「了解した、貴官は戦車部隊を利用し。侵攻軍の直立戦車と侵攻軍の対処を、大黒特尉は護衛対象の戦闘領域離脱を確認後。隊に合流せよ」

 

「「了解」」

 

そう言うと二人はヘリを狙っていた別々の兵士を消し去った

 

 

 

 

 

同じ頃、魔法協会支部前の道路では化成体による攻撃が行われていた

 

「くっ!一旦撤退だ!!」

 

そう言って撤退しようとした時だった、突如直立戦車が爆発と何かによって押しつぶされていた。ふと反対側を見ると大量の通常戦車と克人が立っていた

 

 

 

 

 

同じ頃、深雪達の警戒している道では・・・

 

「もうすぐ、七草先輩がヘリで来てくれるそうよ」

 

と言うとローター音が聞こえた

 

「でも何処だ?」

 

「ビルの影なんじゃないの?」

 

そう言っていると何もない空中からロープが降ろされ、それがほのかの仕業であることを確認すると深雪達はロープを伝ってヘリに乗り込むと今度は摩利達のいる道へと向かった

 

 

 

 

 

その頃、摩利達は侵攻軍の激しい攻撃に晒されていた

 

「くっ、敵の攻撃が激しい・・・」

 

そう言っていると何処かから飛んできたミサイルによって侵攻軍は消し飛ばされた

 

「急いで乗って!!」

 

と真由美が言い摩利達が走ると増援で飛んできた兵士が銃を放ち、それによって桐原の足と五十里の胸を撃ち抜いた

 

「桐原くん!!」

 

「啓!しっかりして!!」

 

そう言って壬生と花音の二人は二人の体を譲るが返事は、どちらと絶え絶えであった

 

「くそっ!」

 

摩利は2人を撃った兵に向け、魔法を放とうとするが深雪の圧倒的な干渉力によってかき消され、撃った兵士はその場を動かなくなった

 

「大丈夫です、助かりますよ・・・お兄様!」

 

そう言うと先程、ヘリの護衛を行なっていた兵士の内の1人と。先程、追い詰められていた真由美を救った女性に似た服を着ている男性と思わしき人物が降り立った。そして兵士は顔の部分が開くと、そこから達也が顔を出し、五十里に魔法を掛け、もう1人の男性は桐原に魔法を掛け足を元の状態に戻した

 

 

 

 

息を吹き返した2人に壬生と花音は泣いて喜んでいた。達也は深雪に

 

「よくやった」

 

とだけ言い残すとどこかに男性と共に去って行った

 

 

 

 

 

「しかしどうやったらこんなことが可能なんだ?」

 

輸送ヘリの中で桐原が元に戻った足を動かしながらそう言うと

 

「自分自身の事なのに、まだ信じられないよ。服に穴すら開いていない」

 

そう言いながら五十里は撃たれた胸の部分を触っていた

 

「しかし・・・あの男性は一体誰なんだ・・・」

 

と言って桐原を治療した人物を摩利が思い出していると深雪が

 

「多分・・・あの人は弘樹さんだと思います」

 

深雪の言葉にヘリにいた全員が驚いていた

 

「あれが弘樹だと言うとか!?」

 

「全然雰囲気が違ったわよ!」

 

と言うと深雪は詳しい説明を話し始めた

 

「あれは弘樹さんの家に伝わる術の一つだそうで、対象者の見た目、想子の質の変化を行うらしいです。また、九島家の仮装行列とは違うものだそうです」

 

「じゃあ、これも・・・」

 

「はい、弘樹さんの家の秘術です。その術は3時間以内であれば死者を蘇生することも出来ると聞きました。そしてそれが九島家との争いとなったことも・・・」

 

そう言うと真由美と摩利は九校戦の時に凛の言っていた揉め事を思い出していた

 

「成程・・・確かにそれなら九島家も欲しがるわけだわ」

 

「しかし死者の蘇生とは・・・驚きだ」

 

と言うと深雪は

 

「おそらく、この事は凛も"聞いている"でしょうし」

 

そう言って上の方を向いた

 

「「え!?」」

 

その言葉に真由美達は驚いていた。すると深雪は

 

「凛は無機物であればその存在していた情報を取り込み、それを複製して個々に生み出すことができる魔法を持っているわ」

 

「じゃあ、それって・・・」

 

とエリカが恐る恐る聞くと

 

「ええ、だから凛は兵力をほぼ無尽蔵に作り出すことができるの。そして生み出した兵器は全て制御下におけることも・・・そうでしょ?凛」

 

と言うとヘリの放送機から凛の声が聞こえた

 

「さすがは深雪、よく知ってるねぇ〜」

 

「じゃあこれは・・・」

 

「ええ、そうです。七草先輩、いや、七草真由美嬢」

 

そう言うと凛は

 

「ええ、確かに深雪の言う通り、その輸送ヘリは私が生み出したものです。なので全て無人ですよ、操縦席に人はいませんし、他の機にも操縦士はいませんよ、もちろん護衛の攻撃ヘリにもです。まあ、あまり電子機器の使われたものは量産できないのでほとんどを旧式ですけどね」

 

そう言うとエリカは通りにいた戦車が確かに旧式ばかりであったことを思い出すと

 

「ああ、そうそう。五十里先輩、さっき達也が貴方に施していたのは私のとは又違う系統の魔法ですからね。詳しいことは興味があったら深雪にでも聞いてください。じゃあ、私はこれから仕事があるので」

 

と言うと通信が切れた




ちなみに、凛の軍籍での名前は『りん』ではななく『すず』です。言うの忘れていました。すいません・・・


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灼熱のハロウィン

凛の魔法について話した深雪は今度は達也か五十里に施した術式を聞かれ、詳しいことを話すと、深雪は『再成』の対価として達也に大きな負担が掛かってしまう魔法を行使させてしまった自分を恥じていた。すると美月が何かに気づいた

 

「あ・・・」

 

「どうしたの美月?」

 

「えっと・・それが・・・ベイヒルズタワーの辺りで野獣のようなオーラが見えた気がして・・・」

 

「「!?」」

 

「それは確かなの?」

 

「でも敵は、十文字先輩率いる義勇軍と戦車部隊によって押し返されているはずですよ!」

 

「・・・恐ろしい呪力を感じます」

 

と幹比古が探知を行った結果を言うと

 

「少数人数での背後からの奇襲か!!」

 

「戻りましょう!!魔法協会支部が危ない!!」

 

「凛!急いでこのヘリを魔法協会支部まで送って!!」

 

そう言うと深雪達の乗った輸送ヘリは旋回し、行き先を魔法協会支部へと向けた

 

 

 

 

 

その頃、魔法協会支部の裏の大通りでは一台のトラックが走っていた

 

「これより、作戦案第二号を実施する!!既に我が本隊は魔法協会の義勇軍と謎の飛行部隊、そして大量の通常戦車により、撤退を開始している!!」

 

と言って直立戦車が全て破壊されたと言う報告を思い出していた

 

「だが、最終的な目標が達せられれば戦闘レベルの勝敗は関係ない!!」

 

と言って陳東山は席に座っている1人の男を見た

 

「呂上尉、目標は魔法協会支部のデータだ報復は考えるな!!」

 

そう言うと脱走した呂剛虎は黙って頷いた

 

 

 

 

 

そしてトラックは魔法協会支部の裏手に着き、呂剛虎は早速義勇軍の2人を吹き飛ばしていた。すると魔法協会支部の入り口から五人の人物が立っていた

 

「お久しぶりですね呂剛虎さん。ああ、そうでしたね。じゃあこれで、覚えているでしょう?あの時は落としただけでしたけど、今回は派手に行きますよ!」

 

と言って真ん中に立っていた男を見ると呂剛虎は自分に始めて深手を負わせた男に、思わず口元が笑ってしまった。そしてその男向けて突撃をすると弘樹は片手で受け止めた

 

「ふんっ、こんなもんか」

 

そう言うと蹴りを入れ、呂剛虎を吹き飛ばすと

 

「エリカ、レオ!姉さんとの成果を見せてあげな!」

 

そう言うとエリカが横から山津波を当てたがそれは塞がれてしまった

 

『山津波を受け止めた!?ならばこっちだ!!』

 

と言ってレオが反対側から薄刃蜻蛉で注意を引くとエリカは凛との訓練で考えた新しい技を繰り出した

 

「大蛇丸が耐えられるかわからないけど・・・」

 

と言って思い切り刀を振りかぶると

 

「秘剣『海割り』!!」

 

そう言うと大蛇丸が白く光り、呂剛虎の身につけていた白虎甲を叩き割り、呂剛虎を倒していた。それと同時に大蛇丸はヒビが入り、刀身部分が割れていた

 

 

 

 

 

その頃、陳祥山は魔法協会支部の入り口を持っていたカードキーを使って開け中に入った。すると中に入った瞬間、陳東山はとてつもない冷気に襲われた

 

「これは・・・」

 

すると物陰から2人の人物が出て来た

 

「ほう、鬼門遁甲で無理やりあけたか・・・どうも、はじめまして東祥山さん」

 

「神木凛・・・それに司波深雪・・・」

 

「なるほど、ここ最近私達をつけ回していたのは貴方だったんですね」

 

と冷たい視線を向けると東祥山は恐ろしいその視線に足が竦んでいた

 

「しかし、君たちも爪が甘いね」

 

そう言うと凛は手を出すと東祥山は体全体が動かなくなる感覚があった

 

「不届き者はちゃんと処理をしないとね」

 

そう言うと凛は自分が編み出した神道魔法拘束用結界の『鎖』を展開すると東祥山は白目を向いて倒れた

 

「・・・よし、幹比古、美月。他に変化はない?」

 

と言うと2人の出て来た物陰から幹比古と美月が出てくると

 

「うん、特に他に来ている様子はないよ」

 

「はい、入り口のオーラも消えました。ただ、一瞬だけものすごい眩しいオーラは見えましたね

 

と言うと凛は

 

「じゃあ、あとは避難するだけだね。みんなは先にヘリに乗ってて、私は後処理をしないといけないから」

 

と言って深雪達を一階に下ろした

 

 

 

 

 

一回に着くと真由美が近づいて来て

 

「神木さん、今日は申し訳なかったわね」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。さぁ、ヘリに乗って下さい。私は事後処理が残っているので、後この事は内緒でお願いしますよ」

 

「分かっているわ」

 

そう言うと今度はエリカが近づき

 

「ねえ凛、さっきさ新しい技を使ったんだけどさ、大蛇丸。折れちゃった」

 

と言って折れている大蛇丸を見せると

 

「ああ、そう言う事。じゃあ私が知り合いに頼んでみるから、ちょっと時間は掛かるけど直してあげられるか聞いてみるよ」

 

「本当!!」

 

「ええ、じゃあ大蛇丸が帰ってくるまでの間はこれでも使ってて」

 

と言って凛は持っていたCADを渡すと

 

「ええ、ありがとう。じゃあお願いするわ」

 

と言うとエリカは深雪達と一緒にヘリに乗って飛んで行った

 

 

 

 

 

ヘリが飛んでいくのを見た凛と弘樹はそのままベイヒルズタワーの屋上へと向かった

 

「おお、来たか」

 

タワーの屋上にはすでに風間と真田と藤林と達也が立っていた

 

「すいません、少し遅れました」

 

「いいよ、まだ敵は射程圏内にいるさ。さて、『これ』の最終安全装置の解除キーは君が持っているだろ?」

 

と言って真田が持っていた箱を取り出すと受け取った凛はカードを差し込みそこに手を置くとそのまま真田に返した

 

「しかし、四葉殿が君に最終安全装置の解除キーを渡しているとはね」

 

「私もよくわかりませんよ」

 

そう言うと真田は箱に手を当ててパスワードを言うと箱が開き、中から狙撃銃タイプのCADが出て来た

 

「では大黒特尉、『マテリアル・バースト』を持って敵揚陸艦を撃沈せよ」

 

そう言うと達也は弘樹の魔改造が入ったサード・アイを持つと屋上の端に立ち、サード・アイの標準をを揚陸艦の水滴に合わせると魔法を発動した

 

「マテリアル・バースト発動」

 

そう言うと揚陸艦が眩しい光と共に揚陸艦の姿が消え去った。爆発を確認した凛は風間に

 

「では、われわれはこれから新ソ連と思われる艦隊の対処を行います」

 

そう言うと風間が鎮海軍港に集まっている艦隊の対処のために去って行ったのを確認すると凛と弘樹は

 

「さて、行きますか」

 

「了解しました。では早速向かいます」

 

と弘樹が言うと2人はベイヒルズタワー屋上から消え、次に姿を表したのは日本海の上であった

 

「それじゃあ、対馬の連中がアッと驚くような物を生み出しますか」

 

そう言うと凛の足元にとても大きな魔法陣が現れたと思うとそこから一隻の艦艇が出て来た

 

「・・・これを出すとは・・・姉様、だいぶ遊んでおりますな」

 

「だってあれくらいの艦隊だったら派手に行こうじゃないの」

 

「そう言うのが悪い癖ですよ姉様」

 

「大丈夫、大丈夫。使徒達が情報統制をしてくれるから」

 

「また、人任せですか・・・あまり調子に乗らない方がいいと思いますよ。いつか痛い目に遭う気がします」

 

そう言うと凛について行く形で生み出した艦艇の上に降りた

 

 

 

 

 

その頃、対馬要塞についた達也はマテリアル・バーストの発動準備を行なっていた。するとオペレーターの1人が報告をした

 

「っ!レーダーに感ありと報告!映像に出します!」

 

と言って映像が映し出されるとその場は騒然とした

 

「この時代になぜだ・・・」

 

「あれは沈んだはずでは!?」

 

画面に映し出されていたのは大きな船体に、大きな艦橋、そして何よりも一際目立つ大きな砲塔を持っていた。そして1人のオペレーターが過去に沈んだはずのその船の名前を言った

 

「なぜ”大和“がこの時代に・・・」

 

そして海の上を航行している大和は砲塔が回転し、発砲を行なった

 

 

 

 

 

「よし、標準よし、距離42000!弾種刻印弾発射!!」

 

その頃、洋上で大和を動かしていた凛は中間戦を超えた新ソ連艦隊の艦艇目掛けて発砲を行った。その砲弾は新ソ連艦隊でも確認できた

 

「っ!レーダーに探知!数九つ!前方の駆逐艦に当たります!!」

 

「何!?どこからだ!?」

 

と言うと一番前を航行していた駆逐艦2隻が巨大な十字架の水柱と主に爆沈をして行った

 

「クソッ!一体どこか飛んできたんだ」

 

すると続いて中間線を越えた揚陸艦数隻が駆逐艦と同様に十字架の水柱と共に壊れたおもちゃの様に真っ二つに折れて沈んで行った

 

「司令・・・今のは中間線を越えた艦艇から順に沈められています。それに魔法の発動兆候すら感じれません。もう撤退するしか・・・」

 

と副官が報告を入れると

 

「馬鹿者!我々がここで引き下がれば待っているのは死だ!」

 

そう言うと司令官は全艦を一気に中間線を越えるように命令をした。だがその悉くが爆沈、又は撃沈されて行った。そして残り一隻となった時、艦隊司令は現実を見させられた

 

「これは夢か・・・?」

 

「いえ、これは現実です」

 

と周りでは炎を上げて沈んで行き、残り一隻となった艦隊を見てそう言うと

 

「いや・・・これは夢だ・・・夢なんだ・・・」

 

と言って司令は窓を見ながらそう言うと最後の強襲揚陸艦も下から突き上げる水柱によって空中へと突き上げられ、船底から真っ二つに割れ、沈んで行った

 

 

 

 

 

「さて、あとは鎮海の方か・・・」

 

そう言うと2人は対馬の方から大きな魔法発動兆候を確認した。

 

 

 

 

 

この事件はのちに歴史の転換点として『灼熱のハロウィン』と呼ばれる事となった




ノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
刻印弾
凛が開発した刻印魔法を元に作った砲弾。刻まれた魔法を起動するには大量の想子が必要だが、凛の圧倒的な想子量と能力で解決したもの。

神道魔法
凛が開発した魔法。現代魔法と古式魔法のいいとこ取りをした魔法。小規模な起動式で大規模魔法を使うことができる、ただし、人が使うと死に至る可能性がある




ちなみにこのコーナーは自分が独自設定のところを解説?して行くところです。これなに?って所があったら感想欄に


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来訪者編
お願い


あの横浜で起こった大亜連合からニ週間が経った。その間、凛達は平穏な学校生活をしていた。そしてこの日、凛と弘樹は四葉家本邸へと来ていた

 

「・・・それで、13使徒の1人が亡くなったと・・・」

 

「はい、この前の『灼熱のハロウィン』で大亜連合の国家公認戦略魔法師 劉雲徳が達也の『マテリアル・バースト』によって亡くなったとありました」

 

「じゃあ、うちの12使徒と同じ人数な訳だ」

 

「そうですね」

 

そう言うと凛は弘樹に紅茶のお代わりをした

 

「しかし、貴方様の12使徒の情報統制は中々のものですね。貴方様の使った魔法の痕跡は綺麗に消えましたから・・・」

 

「まあ、今回は少し急かしちゃったからね、プリズスキャルブだと少し変に情報が残っているかもしれないけど・・・」

 

「いいえ、端末にも情報は残っていませんでしたよ。流石ですね」

 

「いや、結構それの改変って大変なんだってさ」

 

そう言っていると今日、葉山の代わりを務めている桜井美波が入ってきた

 

「奥様、風間様がいらっしゃいました」

 

「ええ、通して頂戴」

 

そう言うと応接室に風間が入ってきた

 

「おお、すまないね。こんなところに呼んで」

 

「いえ、大丈夫であります。龍神殿」

 

「弘樹、風間に紅茶をお願い出来る?」

 

「畏まりました」

 

そう言うと弘樹は風間の前に紅茶を出した

 

「どうぞ、風間少佐」

 

「かたじけない」

 

そう言って一口お茶を飲むと真夜が

 

「さて、今日は先日のマテリアル・バーストの件と各国の動きについてです」

 

と言うと先程、凛に話したことを風間にも話した

 

「・・・そうですか。しかし、対馬でもあの大和に関しては全員が驚いておりました。もちろん特尉も含めてだ」

 

「そりゃそうでしょうね、だってあれは完全な私の趣味だし。それにあれくらいは雑作もないしね」

 

そう言うと風間は納得した表情で

 

「なるほど、そう言うことでしたか」

 

そう言うと真夜が

 

「それで、その時の達也のマテリアル・バーストを『グレート・ボム』としてUSNAが探りを入れてくるみたいですよ」

 

「ああ、それですか。全く、そんなにあの国は世界の警察を気取っていたいんか。メンツで世界が成り立つなら面倒なコッタねぇな」

 

と凛が言うと三人は苦笑いをしていた

 

「しかし、姉様。達也の魔法ですが・・・どうやらスターズが来ると情報がありました」

 

「スターズが・・・」

 

「・・・直接伝えた方が良さそうね」

 

スターズという単語に風間と真夜は真剣な表情をした

 

「まぁ、達也を殺そうもんなら私が直接USNAの国債を全部売るかもね」

 

そう言うと風間と真夜は思わず引き笑いをしていた

 

「しかし、今回の一件はなんか色々と面倒なことを引き起こしそうだねぇ〜」

 

「ええ、それにUSNAでは貴方様達も容疑者として捜査をしているらいいですからね」

 

「全く、迷惑なこった」

 

そう言うと風間は先に退出し凛達は真夜と話していた事をする為に水波を呼んだ

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

「ええ、水波さん・・・さて龍神殿。お願いできますか?」

 

「ええ、分かっているわよ。それじゃあここでやろうか」

 

そう言うと凛は変装の一部を解き、目が蒼くなると、水波は少し緊張した様子で立っていた

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。少し目を閉じていれば良いの」

 

そう言うと凛は水波の手を取り、凛の手が薄く光ると足元から魔法陣が浮かび上がり。それが消えると凛は

 

「終わったわよ。さあ、念のため試してみて」

 

そう言うと真夜が水波を訓練場に送り、魔法訓練を行い、凛はその様子を見ていた

 

「よし、大丈夫そうね」

 

「ええ、申し訳ないわね。頼んでしまって」

 

「いいよいいよ、元造とは仲良くしていたし。それじゃあ私は帰るわね。明日から学校だし」

 

「はい、分かりました。お見送りは・・・」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

そう言うと凛は四葉家本邸を後にした

 

 

 

 

 

四葉家から帰る途中、凛と弘樹は何かを感じた

 

「む!」

 

「これは・・・」

 

2人はそれが何かを感じると急いで家に帰り、急遽晩餐を行った

 

「お呼びでしょうか主人殿」

 

「ええ、今日は急遽聞きたいことがあってな。すまないが急いで調べて欲しいことがある。どこかの国が私の夢の王国の“ならずの沼”の壁をこじ開けた感覚があった」

 

「・・・畏まりました。情報が入り次第ご報告をさせて頂きます」

 

そう言って会議が終わり、徐々に退出していく中、1人の男が残ったまま会議室を出なかった

 

「お?どうしたんだい?相談なら乗るぞ」

 

そう言うとその男はあるお願いをしてきた

 

「実は・・・私のスターズにいる息子が今度日本に行くのですが・・・」

 

「それで見てほしいと・・・」

 

「はい、息子は初めての海外ですからあまりはしゃぎ過ぎないか心配で・・・」

 

「ふふっ、大丈夫よ。ちゃんと見といてあげるから」

 

「よろしく頼みます」

 

そう言うとその男性は出ていった

 

 

 

 

 

「ふぅ、あの家の子か。楽しみね」

 

会議室を出た凛はヘッドマウントディスプレイを取るとさっきの要望を思い出していた

 

「さて、USNAが動く。こっちも相応の準備をしないとな」

 

そう言って凛は警戒をした




ノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
12使徒
凛が太古に出会った十二人の家の末裔で凛の部下。彼らは世界中に散らばり各地の情報を収集し歴史の影に隠れて莫大な財力と力を使って歴史を作って来た集団。彼らは凛の作った銀行を隠れ蓑に世界各国を影から動かしている。ちなみに、彼らは凛との契約の時に亡くなった後は夢の王国へと向かう事が確約されている

晩餐
12使徒との通信で行う会議。凛謹製のオリジナル端末を使って報告や話し合いなどを行う場所


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留学生

時は遡り、灼熱のハロウィンがあった2日後。USNAのホワイトハウスでは補佐官が報告書をまとめていた

 

「・・・と言うことであります」

 

「つまりその情報は誰かによって揉み消されたと?」

 

「はい・・・そうなります」

 

「・・・彼等の仕業か?」

 

「その可能性が高いかと・・・」

 

「・・・その件も含めて捜査を頼む。まあ、どうせ尻尾すら掴めないだろうけどな」

 

「了解しました・・・ですが一体何者なのでしょう」

 

「さあ?なんせ彼等は太古から人類の裏に棲みつき、歴史を動かしてきた謎の集団だからな」

 

「全くです。それに彼等は13使徒と名前だけは似ていますが・・・」

 

「ああ、中身は全くの別物だ。彼等は、12使徒は太古より人類の歴史の裏側に必ず存在している謎の組織。それに彼等は世界中に散らばっており、その通信手段もまた不明だ。構成員も不明、どこの国に住んでいるのかも不明。ただ言えるのは彼等は莫大な財力を有して世界を動かせるほどの力を持っている、と言うことだけだ」

 

「本当に謎の組織なんですね」

 

「それに今年五月にあったブランシュの一斉検挙も12使徒が絡んでいると言われている」

 

「それは初耳でした」

 

そう補佐官が言うと

 

「ああ、なんせこの情報はさっきCIA長官がわざわざ伝えてきた情報だからな。それに彼等はマリアと呼称される人物の指示を最優先に従って行動を起こしているようだ」

 

「マリア・・・まるで聖書見たいですな」

 

「ああ、だから12使徒追跡チームの名は『アンナス』と呼ばれている」

 

「まるで雲のような存在ですな」

 

「ああ、全くだ」

 

そう言って大統領は雪の降る窓の外を見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は戻り、凛が緊急で晩餐を行ってから2日経った頃、USNAに滞在している使徒から報告があった

 

「・・・で、そのマイクロブラックホール実験が失敗し、数人分の魂のかけらが現世に放出されたと?」

 

「はい、USNAは例の『グレート・ボム』の一件で相当焦っておられるようです。それに貴方様もグレート・ボムの被疑者として調査を行なっているようですが・・・揉み消しますか?」

 

「いや、今情報を消すとそこをついてバレる可能性がある。大統領府を聞いていたが私のことをマリアと呼称されている所まで探られている。あまり突き過ぎても帰って呑まれる危険がある、私も今回は我慢するさ」

 

「・・・畏まりました、ではそのならず者のかけらですが。今現在は殆ど国内にいるものと思われますが、数人は貴国に入国しているものと思われます」

 

「日本に居るのか?」

 

「はい、しかも厄介なことに彼等は人に寄生しており、かけらを確保するには一時的に寄生対象者の精神を凍結させる方法を取りました。それで我々は数人のかけらを捕獲しました、なのでそれらは息子に持たせて運ばせます」

 

「ああ、分かった。だが取り扱いには十分気を付けろ、奴らは魔法師にしか寄生できない。乗っ取られないように気をつけてくれ」

 

「畏まりました」

 

そう言うと通信が切れた

 

 

 

 

 

「ふぅ、もう6時か・・・あっという間だったな」

 

そう言うと凛は制服に着替えて学校に向かった。そして学校が終わり、いつものメンバーは喫茶店に集まり、雫からの報告があった

 

「留学?」

 

「ヘェ〜、雫が留学なんて・・・」

 

「口止めされていたから言えなかった」

 

「いつから留学なんだ?」

 

「年明けすぐから三ヶ月」

 

達也の問いにそう答えると

 

「アメリカだからやっぱりボストン?」

 

「いや、バークレー」

 

「ああ、東海岸は雰囲気が悪いからか」

 

そう言うと雫は首を縦に振った

 

「交換留学と言うことは変わりの子は誰なのかわかるの?」

 

「同い年の子らしいよ?詳しいことはわからない」

 

そう言うとメンバーはそれぞれ解散し、帰宅をした

 

 

 

 

 

「ああ、やっぱり面倒な事をしてくれたもんだ」

 

「・・・姉さん、そうイライラしていては年明けに達也たちに見せる顔がありませんよ」

 

「まあ、そうなんだけどさ〜。あー!もうイライラするからあっち行ってゆっくりしよ!」

 

「分かりました、では列車の手配をします」

 

そう言うと弘樹は空中に浮かび上がったキーボードを叩くと地下訓練場に行き、凛と共に待っていると流線形の形をした蒸気機関車が入ってきてその客車に2人は乗るとそのまま自宅のある中央大陸へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夢の王国で年を越した2人は達也と合流するためにマンションへと戻り着替えた

 

「あ!来た来た」

 

「ごめーん、少し遅くなって」

 

「ごめん深雪。姉さんが手こずったから」

 

「いいえ、大丈夫です、弘樹さん」

 

と言って達也達と合流した凛達は達也が八雲の紹介をし、そのまま神社で参拝をした

 

「・・・三人とも気付いているかい?」

 

「・・・ええ、深雪を見ている視線が1人だけ違います」

 

そう言って凛達がその視線の元を振り返ると凛と弘樹は思わず軽く吹いてしまった

 

『『なんだあのファッションは』』

 

と少し前時代的はファッションを見て思わず二度見をしてしまった。そして冬休みも終わり、三学期が始まるとA組に新しい人物が立っていた

 

「今日から留学生として来たシールズさんです。シールズさん自己紹介を」

 

「初めまして、アンジェリーナ・クドウ・シールズです。皆さんよろしくお願いします」

 

凛はクドウの言う言葉に反応したがそれよりも次の事でそんなことは忘れていましそうだった

 

「初めまして、同じく留学生としてここに来ましたジョンソン・シルバーです。よろしくお願いします」

 

と言って金髪の男子生徒が自己紹介をするとその男子生徒はクラスを見回していた。そしてアンジェリーナことリーナは雫の席にジョンソンことジョンは弘樹の隣の席に座った。そしてそのまま午前の授業が始まった



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元の居場所

留学生の自己紹介が終わり、お昼の時間となった一行は達也と合流をするために食堂に向かい、2人が自己紹介をすると達也は少し警戒した表情となっていた

 

 

 

 

 

「しかし、だからって言ってこれはないだろう」

 

そう言って凛は目の前で行われている魔法実習を見てそう言った

 

「しかし、弘樹も・・・あれは手を抜いてるな」

 

「だな、あれは弘樹は遊んでいるな」

 

と言ってジョンと対峙している弘樹を見てそう言った

 

「まあ、弘樹だとあっという間に決着がつきそうだからな」

 

「それは同感だ」

 

そう言っていると実習場で同じタイミングで金属棒が倒れた

 

 

 

 

 

 

そして放課後となり、生徒が帰っていっている中。凛の姿は学校の屋上にいた、そして屋上に続く階段のドアが開いて、そこからジョンが出て来た

 

「どうしたんですか?リン?」

 

「ああ、来てくれたか」

 

そう言って凛はジョンに近づくと

 

「お父さんから、預かっているものがあるんじゃない?」

 

そう言うと表情が少し険しくなり

 

「・・・貴方は一体何者ですか?」

 

そう言うと凛は変装の一部を解いた

 

「これで良いかしら?」

 

「・・・畏まりました、では。これを」

 

そう言ってジョンはポケットから紫色のペンダントを渡すと

 

「ああ、お父さんには宜しく頼んだよ」

 

「はっ!」

 

そう言ってジョンは屋上を降りていった

 

「さて、これは一時的にしまってと」

 

そう言って凛は魔法陣にペンダントを入れると学校から帰っていった

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は達也から連絡を受けていた

 

「・・・じゃあリーナは高い確率で『シリウス』の可能性があると?」

 

「ああ、そう言うことだ」

 

「うーん、こっちはまだ情報はないな。すまないな達也」

 

「いや、こっちはいつも弘樹には世話になっている、これくらいは返しにもならない位だ」

 

「ハハッ!それはどうだろうな」

 

そう言っていると弘樹が出てきて

 

「あれ?達也?どうして電話を?」

 

「ああ、ちょっと凛に相談があってな」

 

「ほーん、じゃあ僕は仕事があるからちょっと席外すねー」

 

「おう、分かった」

 

そう言うと弘樹は地下訓練場に向かった

 

「さて、どうやって炙り出す?」

 

「いや、今はいい。どうせ向こうからやってくるさ」

 

そう言って達也と通信を切って凛は弘樹の向かった地下訓練場へと向かった

 

「姉様、準備は出来ております」

 

「ああ、分かった。それじゃあ早速やりますか」

 

「どうぞ」

 

そう言うと弘樹は凛に幻楼石を渡すとそれに魔法陣が浮かび上がり、部屋が暗くなると無数の光の玉が浮かび上がった

 

「さて、ここに捕まえたカケラをを返さないとな」

 

そう言って受け取ったペンダントを触ると、そこから数個の光か飛び出した

 

「さて、久しぶりに大仕事だ。弘樹、後処理をよろしく」

 

「畏まりました」

 

そう言うと凛は無薄の光の内、数個を集めてその中から黒色の塊を取り出すとそのままその光は上へと昇っていった

 

「さあ、これで王国に新しい命の誕生だな」

 

「いつもは自動でしていますが、今日は姉様が行うんですね」

 

「ええ、何となくね。さて、今日は後数人分をやったら帰るよ」

 

「畏まりました」

 

そう言って弘樹は登っていった魂がちゃんと王国に行き届いているのかを確認するとその日は終わった

 

 

 

 

 

その頃、リーナとジョンは借りているマンションにいた

 

「ねえジョン、今日の私。如何だった?」

 

「うーん、だいぶ正月の時よりはよかったよ」

 

「むー、ジョンったら酷い!!」

 

「仕方ないだろ、あんな姿を見せられたなら」

 

と言って正月の元旦の時に着ていた服を思い出していた

 

「しかしリーナ、僕たちの任務を忘れたわけじゃないだろ?」

 

「そうだけど・・・」

 

そう言ってリーナが言葉に詰まってると部屋にリーナの世話役のシルヴィが入ってきた

 

「リーナにジョン。今日はどうでしたか?」

 

「ああ、特に問題はなかったさ。リーナも変な方向に向かなかったし」

 

「それどう言う意味よ!!」

 

「そのままの意味さ・・・」

 

そう言っていたが内心ジョンは今日の放課後の出来事を思い出していた

 

『まさか、主人殿が一高にいらしたとは・・・お父様から聞いていたものの、本当に学校生活を送られていたとは正直驚きだったな。それにあの人はグレート・ボムの容疑者の1人となっている・・・この事はあの方も知っているはずだ、うまい立ち回り方を考えないとな・・・』

 

そう思っているとジョンは16歳の誕生日の時に自分の父、ローズ・シルバーから自分達は12使徒と呼ばれる存在であることを告白された事思い出していた

 

 

 

 

 

次の日、凛達が学校に向かうとリーナは生徒会に、ジョンは部活連に一時的に入ることとなった

 

「今日から少しの間ですが、よろしくお願いします」

 

そう言ってジョンは部活連メンバーにお辞儀をすると早速、凛から仕事内容を聞いていた

 

「じゃあ、早速。この仕事をお願いできる?」

 

「分かりました、ではやり方を教えてもらってもいいですか?」

 

そう言うと凛はジョンに分かりやすく教え、他のメンバーは巡回のためになくなると

 

「・・・ふぅ、これで2人きりで話せるわね」

 

「はい・・・申し訳ありません主人殿、今回の件でお手を煩わせてしまって・・・」

 

「大丈夫よ、君たちが回収してくれたかけらは、全て元の場所に戻って新しい命として王国に昇ったから」

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

「いいよいいよ、それよりも。君とリーナが"許嫁"であることに思わず驚いてしまったからな」

 

「そうでしたか・・・」

 

「いやー、昔に亡命を手助けした家の孫と亡命をした奴の孫がこうやって許嫁になるなんて思わなかったからな」

 

「はい・・・私も幼馴染だと思っていたのですが・・・驚きました」

 

「ふふっ。まあ、そうでしょうね。さて、そろそろ巡回から人が戻ってくる。だから、いつも通りでいてくれ、頼んだぞ」

 

「了解いたしました」

 

そう言うと2人は先ほどと同じように仕事について教え、ジョンはそれを淡々とこなしていたことに他の部活連メンバーは舌を巻いていた




ノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
幻楼石
凛が唯一能力で作れず焦った石。グリーンサファイアの様な色に中心が緑色の淡い光で光っているのが特徴。この石はどう言う原理でできているかは全くの謎。この世界のどの宝石よりも珍しい宝石で、凛がこの幻楼石が採れると知ると、12使徒の命じて世界中にある幻楼石の鉱脈を掌握。そして長年にわたり研究をさせたが天神が供給をしてくれることで解決した代物

夢の王国
凛が異次元に作った世界。この世界は凛の趣味で作ったが、人が居らずつまらなかったので強い意志の残った魂が流れ着く様になっている。この世界は現世では桃源郷や極楽浄土、天国と言われている場所

ならずの沼
凛の作った夢の王国と現世の間にある達也が魔法的なエネルギーで満ちた次元と言っていた場所。此処では強い負の感情の残った魂を浄化し、夢の王国に送るための場所。ちなみに夢の王国は更にその外側にある異次元空間にある


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吸血鬼

凛がジョンと対談した日の夜。凛は細々とした買い物をするために渋谷に来ていた

 

「あとは毛糸だけど・・・お?あれは・・・」

 

そう言って人ごみの中にいた同級生や姿を見た凛は後ろから声を開けた

 

「おーい、レオー!」

 

「ん?おお、凛じゃねえか。どうしたんだ?こんな夜に?」

 

「ちょっとした買い物をね、そう言うレオは?」

 

「ああ、俺はなんかブラブラしていたわ」

 

「なんかって・・・あんたねぇ〜」

 

そう言って凛が呆れていると今度はレオがある人物を見かけた

 

「おや?あれは・・・」

 

「ん?ああ、エリカのお兄さんか。少し声をかけてみようか」

 

そう言って2人はこっそりと近づき、声を掛けるとその2人の人物は少し驚いた様子で凛達に声を掛けた

 

「驚いた、まさか2人がいるなんて・・・」

 

「いやー、こっちもたまたま見かけてね。それで、今日は何していたんですか?」

 

そう言うと寿和と稲垣は場所を移して話をした

 

「いやー、まさかバレるとはね」

 

「もしかして尾行中とかでしたか?」

 

そう凛が言うと

 

「いや、気配を消していたのは余計な揉め事を避けるためさ」

 

「ああ〜。確かに、夜の渋谷は結構目の敵にされるからな〜」

 

そうレオが言うと寿和は

 

「2人はよく渋谷に来るのかい?」

 

「いえ、私は今日は買い忘れがあったのでそれを買いに・・・」

 

「俺はたまたま出ていました」

 

そう言うと寿和は真剣な表情となり

 

「実はね・・・俺たちは今、都内で起こっている連続変死事件を調べているんだ」

 

そう言うと稲垣が寿和の発言に驚いていると

 

「ってことは猟奇殺人ですか?」

 

そう凛が聞くと寿和が詳しい話を始めた

 

「犠牲者は七人、誰も全員衰弱死で全体の血の一割がなくなっているんだ、傷がないのにも関わらずね」

 

「血が・・・」

 

「そりゃ確かに変死だな」

 

「こう言ったオカルトじみたことをする人に心当たりはないかい?」

 

「うーん、そういうのは隣にいる人がよくやっていそうですけどね・・・」

 

そう言うと凛はレオに向かって思いっ切りゲンコツを食らわしていた

 

「誰がオカルトじみたことをしてるって?」

 

「悪い悪い、ちょっとそう思っただけだって」

 

「ふんっ、そう言うとこがよく怒られる原因なのよ」

 

そんな様子を見て寿和達は若干引き笑いをしていた

 

「・・・さて、これを言ったとはいえ、あまり危険なことはしないでくれよ。常に狙われるかもしれないんだし」

 

そう言うと凛とレオは重たそうなドアを開いて入っていった喫茶店を出て行った

 

 

 

 

 

そして、喫茶店を出た2人は人気のない公園で凛がレオにある物を渡していた

 

「今回の事件、少し危ないところがあるかもしれん。だから君にこれを渡しておくよ」

 

「これは?」

 

「知り合いに頼んで作ってもらったもみじ作の新しいCADさ、早速試してもらっていいか?」

 

「分かった・・・装甲!!」

 

そう言うと受け取った腕輪型のCADが起動をすると起動式が構築され、レオが感想を言った

 

「これはすげぇ、今までとは段違いだぜ」

 

「よかった、じゃあそれを渡す代わりに、テスターをお願いできるかしら?」

 

「やったぜ、これであいつが自慢していたことを一つ潰せるぜ!!」

 

と言ってレオは軍艦シリーズの巡洋艦クラス『最上』をもらってレオに自慢していたエリカを思い出していた。それを見ていた凛はやや引き攣った表情を見せていた

 

 

 

 

 

その日の夜中、ジョンとリーナはシルヴィに叩き起こされ、カノープス少佐から報告を聞いた

 

「・・・つまり、脱走兵は今日本に居て、それを最優先にしろと?」

 

「その通りです、副隊長殿」

 

「・・・了解しましたと、本部に伝えて下さい」

 

そうリーナが言うとシルヴィは少し、顔を怖がらせていた

 

 

 

 

 

次の日、学校では発表された『吸血鬼事件』が話題を掻っ攫っていた

 

「やっぱり、オカルト的な存在による事件でしょうか?」

 

「うーん、どうなんだろうね。でも、警戒はしたほうがいいかも」

 

そう言っているとジョン達が来ないことに気づいた凛達はそのまま昼の休憩時間となり、いつものメンバーで食堂に向かった

 

 

 

 

 

「うーん、しかしなぁ。アメリカでもそんなことがあったんだ」

 

「でも向こうでは報道規制が敷かれていて友達から聞いた話だそうですよ」

 

「ふーん」

 

そのことに凛、達也、弘樹は今日この場にジョンとリーナがいないことと関係しているのではと思った

 

 

 

 

 

その日の夜、とある公園でレオと凛の2人は昨日渡したCADの調子を見ていた

 

「・・・これでよし。はい、ありがとね」

 

「いや、大丈夫だぜ。これくらいはテスターの役目だしな」

 

「しかし、君たちの魔法力が上がったのは想定外だったな」

 

と言って凛はレオとエリカがこの前の考査で成績が上がっていたことに驚いていた

 

「あれから家でもやっているけど、日に日に魔法力が上がっている気がするぜ」

 

「そりゃー良かった。それだったら・・・」

 

と言って続きを言おうとした瞬間、公園内が妙に殺気だっていることに2人は気づいた

 

「・・・レオ、CADは大丈夫?」

 

「ああ、今から警部さんに連絡しとくわ」

 

「ええ、頼んだわ。ちょっと私は顔バレを防ぐために変装をするよ」

 

そう言うとどこから取り出したのか狐のお面を凛は被った。すると公園のベンチで倒れている1人の女性がいた

 

「おい!あんた、大丈夫か?」

 

そう言ってレオがその女性の脈を測ると、脈が薄いことがわかった。そして救急車を呼ぼうとした時。レオは咄嗟に背後にいた気配に気づき、後ろに飛んだ

 

「レオ!大丈夫か!!」

 

「ああ、こっちは大丈夫だ。ただ・・・」

 

「ああ、多分こいつが吸血鬼だ!!」

 

そう言って黒服装に白仮面と明らかに怪しい雰囲気を放つ人物にレオは警戒をしていた、そして凛は

 

『これは間違いない、中にかけらがいる!!』

 

そう思った時だった。レオが突然、渡したCADを起動し、硬化魔法を展開した

 

「馬鹿!そいつと戦おうとするな!!」

 

そう言った時にはもう遅く、レオは吸血鬼と戦い始め、そして手を掴まれて倒れてしまった

 

「あの馬鹿!!何やってんだよ!!」

 

そう言ってレオと吸血鬼の間に立つ形で凛が構えた

 

「・・・」

 

「・・・」

 

そうして対峙した凛と吸血鬼は間を取ると吸血鬼が中国拳法のような構えを取り、凛に超スピードで接近したが凛はそれをするりと回避した。回避された吸血鬼は少し驚いていたが、凛の正体を見た吸血鬼は慌てた様子で逃走を行なった。そして追跡を行おうとしたが凛はそれよりも他のものもまとめて釣り上げた方がいいと考え、吸血鬼にマーカーを模した魔法陣をくっ付けるとコケるふりをして追跡をやめた。そして、吸血鬼を追いかけている別勢力を確認すると凛は取り敢えず救急車を呼んだ



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パラサイト

レオが吸血鬼と対峙した翌日、達也達が見舞いのために中野の病院までやってきた

 

「しかし、みっともない事しちまったな」

 

「全くだわ、あんたが突っ込まなければこうはならんかったぞ」

 

「いやー、ついな」

 

「でも吸血鬼に襲われたって聞いたから無事で良かったわ」

 

「いやー、ホント、あの時凛がいて良かったわ」

 

「ん?凛、昨日レオと何したたの?」

 

「ああ、レオのCADのテストさ」

 

「ホーン」

 

そう言っていると達也が詳しい話をした

 

「しかし、何処をどうやられたんだ?」

 

「んー、それがわからねえんだ。なんか腕を掴まれた瞬間、力が抜けてな」

 

「力が抜けた?それは本当なのか?凛」

 

と言ってレオの状況をもとに見ていた凛に聞くと

 

「ええ、それは間違いないわ。確かにレオは腕を掴まれた瞬間、倒れてしまったわ。ただ、毒ではないわ。打ち込んだ様子もなかったし、血液検査も白、特に問題もなかったわ」

 

そう言うと達也は少し考えていた。するとレオが

 

「うーん、しかしなぁ。吸血鬼って妙な格好じゃなかったか?」

 

「見たのかい!?」

 

と幹比古が詰め寄ると

 

「いや、顔は見ていないんだが、目深に被った帽子に白仮面にロングコートの下にはアーマーが付いてた。ただ・・・"あれは女だった気がするんだよな"」

 

その言葉に部屋にいた全員が驚いていた

 

「レオに腕力で勝った女性だって!?」

 

「でも、いそうにはいそうじゃない?主に凛とか凛とか」

 

すると幹比古が手を少し振るわせながら

 

「実は・・・レオの遭遇した吸血鬼はおそらく『パラサイト』と呼ばれる存在だと思う」

 

「パラサイト?」

 

聞いた事ない単語に首を傾げていると凛が詳しい説明をした

 

「パラサイトって言うのは、パラノーマル・パラサイトって言うのを略称した古式魔法の定義の一つ。『悪霊』や『デーモン』なんて言い方もあるけど、人に寄生して人間以外の存在に作り替える魔物みたいなものさ」

 

そう言うと病室にいた殆どが顔を怖がらせた

 

「そんな物が・・・」

 

そう言ってほのかが怖がっているのを達也が宥めると幹比古はレオを見て

 

「それで君の幽体を調べさせてほしい、幽体は言わば生命の塊。吸血鬼は人並みや肉を媒体にして精気を取り込んで己の糧にしていると言われているんだ」

 

そう言うとレオは快く幹比古に幽体の事を調べさせた

 

「・・・何というか」

 

「何か分かったか?」

 

と言ってレオが幹比古に検査結果を聞くと

 

「君って本当に人間かい?」

 

「「???」」

 

その言葉に部屋にいたほとんどのメンバーが笑っていた、凛に関してはお腹を抱えて床に倒れていた

 

「いや、だってさ。こんなに精気を吸い取られたたら普通は意識不明のままだよ!!」

 

そう言うとレオは自分の体は特別なのさと言って今までのことをわかりやすく要約した

 

「しかし、殴り合っている最中に精気を吸い取れるなら血を取る必要なんて要らないはずなんだ。何でそんな手間をするんだろ?」

 

そう言うとメンバーは病室を後にした

 

「・・・レオ、もう大丈夫さ」

 

「そうそう、もう強がらなくてもいいんじゃないか?」

 

そう言うとレオは顔色を悪くしてベットに横になった

 

「しかし、よくそんな頑張れたわね」

 

「褒めたと、受け取っとくぜ」

 

そう言うとエリカは少し微笑んだ表情で

 

「褒めたのよ」

 

そう言うと凛を病室に残してエリカは寿和のいる事務室に向かった

 

「で?今の話、聞いていたでしょ?」

 

「ああ、しかし。パラサイトとは面白いね」

 

そう言って寿和達とエリカが話している頃、病室では

 

「・・・ふぅ、今回は私のミスだわ。これはその迷惑料ね」

 

そう言うと凛はレオの手を持ち、少しだけ凛の手が淡く光るとレオの顔色が良くなり寝息を立てていた

 

「これで後はつけたマーカーだけど・・・ちゃんと起動しているわね」

 

そう言うと凛も病室を後にした

 

 

 

 

 

同じ頃、九重寺では達也と八雲が体術の訓練をして。達也が八雲によって抑えられていた

 

「いやー、体術だけじゃダメかもね」

 

そう言って先ほど使っていた『纏衣の逃げ水』のことを話すと達也が幹比古から聞いた精神に関するパラサイトの事を聞くと

 

「うーん、詳しいことは知らないな。ただ、そう言うのは神木くん達に聞くのがいい」

 

「弘樹達にですか?」

 

「ああ、彼らの家は代々そう言った研究をしてきたからね。それで第四研で一時期働いていたらしいし」

 

「初耳でした・・・」

 

「ああ、そうだろうな。それで九島家にも狙われたわけだし。むしろ蘇生術よりもそっちの方がメインかな」

 

「そうだったんですか」

 

そう言って驚くと達也は早速弘樹に電話をすると弘樹達のいるマンションに向かった

 

 

 

 

 

「・・・でうちに聞きに来たと」

 

「ああ、師匠からそう言われたんでな」

 

「全く、あの坊主は・・・」

 

そう言って八雲を少し毒吐くと凛は詳しい説明をした

 

「おそらくだけど、君たちがパラサイトと読んでいる存在というとはいわゆる"目に見えない寄生虫"、と言うのが一番わかりやすい説明かな。彼等は自分自身で想子の吸収ができない、だから想子の吸収できる魔法師などに取り憑く性質がある。そして取り憑いた人物の意思を意のままに操り、仲間を増やしていく。だからパラサイトを取り除くには一時的に精神を凍結させ、パラサイトだけを浮き上がらせる必要がある」

 

「精神を凍結させればパラサイトは出てくるのか?」

 

と達也が聞くと

 

「ええ、パラサイトはどちらかと言うと人間の精神にまとわりついているような感じだから精神を凍結させれば対象者が死亡したと勘違いして自然と別れるって話」

 

「精神に関することか・・・」

 

「だからのこの件は本来、四葉家が一番頼りになるわけ」

 

「叔母上にか・・・」

 

「だから、こっちからお願いをしてみようと思ってはいるんだけど・・・」

 

そう言うと達也は凛からパラサイトに関する情報を聞くと達也はそのまま一緒に来ていた深雪と共に夕食をとって帰って行った



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謎の女性

達也が凛からパラサイトの事を聞いた次の日、達也は学校で幹比古とエリカが寝不足であることに気づいた

 

「あ!達也さん!!」

 

そう言ってほのかが達也に近づくと達也は雫に電話を繋ぐようにお願いし、雫に吸血鬼事件について調べてもらえるようにお願いした

 

 

 

 

 

その日の夜、エリカと幹比古は都内のビルの隙間を歩いていた

 

「やっぱり先輩達にお願いしたほうが良かったんじゃないか?」

 

「だから千葉家は吉田家にお願いしてるじゃない」

 

「いや、そう言う意味じゃなくてな」

 

幹比古はこんな歩いていただけでは埒が開かない、そう思っていた。するとエリカ達がT字路に着くと幹比古に左右のどちらにいるかを聞くと棒の倒れた右側に歩いて行った。幹比古は念のためにシグナルに達也と凛の番号を入れると、エリカについて行った

 

 

 

 

 

同じ頃、とあるビルの屋上では狐のお面を被った凛と弘樹が魔法陣を展開しながらパラサイトの動向を探っていた

 

「・・・もし、パラサイトが暴れたら・・その時は処分を頼む」

 

「了解致しました・・・姉様、昨日つけたマーカーが徐々に近づいています」

 

「それにこっちも近づいているよ」

 

そう言って幹比古が送ってきたシグナルを見せると弘樹は驚いていた

 

「しかし、今の姿を見られては・・・」

 

「何、想子は変えてある。2人にはバレんさ」

 

そう言って2人はビルの屋上から飛び降りた

 

 

 

 

 

同じ頃、公園ではエリカと幹比古が茂みに隠れて吸血鬼と対峙している仮面の女性を見ていた

 

「ミキ、ロングコートの方を。私は仮面の女の方を」

 

そう言うとエリカは仮面の女性の後ろから刀を振りかぶったが、避けられてしまった

 

「何!?」

 

そしてエリカは相手が腕に関しては一流、魔法技能に関しては超一流である事を認識すると警戒した様子で『最上』を振った。その頃、幹比古は吸血鬼の相手をしていた

 

「そう来るか」

 

と言って幹比古は『綿帽子』を展開してパンチを避けると、今度は『雷童子』を使って吸血鬼に攻撃をしたが、それはそのまま放出系魔法によって返されてしまった

 

「まずい!間に合わない!!」

 

そう思った時、突如、吸血鬼の展開していた魔法が砕かれ。目の前に1人の女性が立っていた

 

 

 

 

 

同じ頃、エリカは仮面の女の腕を最上で叩いていた

 

『くっ!折れた気配はない・・・不味い!!』

 

そう思った時だった、エリカは仮面の女に吹き飛ばされ、服がズタボロになってしまった

 

『次が来る!!』

 

そう思っていた時だった、仮面の女が肩を掴んである方を見ていた。エリカもその方を向くとそこにはバイクに乗った達也がいた。

 

「あれは・・・達也くん!?」

 

そう言ってエリカが驚いていると、仮面の女は達也に向かって魔法を放とうとしたが、術式解体によって起動式は破壊された。そんな様子に唖然としていると吸血鬼がいつの間にか消えていることに気づいた

 

「あれ!?吸血鬼は!?」

 

そう言っていると幹比古が

 

「あ、逃げたぞ!!」

 

そう言って幹比古が追いかけようとした時、狐面の女はまた吸血鬼の逃げた方向に飛んでいった。咄嗟に達也は撃ち落とそうといたが驚いた

 

『起動式がない!!こんなことがあり得るのか!?』

 

そう言って驚いていると、狐面の女は振り向き、吸血鬼に向かって網のようなものをひいたが突破して闇夜に逃げた

 

「誰なの!?あんたは!!」

 

エリカが女に向かってそう言うと、その女は懐から中心が淡く光った緑色の透明な石を取り出すと。そのまま、強力なキャストジャミングを放った

 

「くっ!これはキャストジャミング?」

 

「いや、だとしてもこれほど強くはない!!それにあれはアンティナイトじゃない!!」

 

流石に達也もこのキャスト・ジャミングには耐えられなかったのか頭を少し抱えてしまっていた

 

「これ程のものだと違うものだ!!」

 

そう言ってキャストジャミングらしきものが収まると。その女は消え、ついでに吸血鬼と仮面の女までもが消えていた

 

「くっそー!!3人共に逃げられた!!」

 

そう言って悔しんでいると幹比古が来ていたコートを服がズタボロになったエリカに被せるとエリカは達也によって家まで送られていた。残った幹比古は自力で家まで帰る羽目になった

 

 

 

 

 

同じ頃、リーナの乗る移動基地では

 

「少佐、戦闘の合流が間に合わず。申し訳ありませんでした」

 

「構いません、私も第三者の介入があったのは予想外でした。それに、サリバン軍曹の身柄も拘束しました。それで想子のパターンは取れましたか?」

 

そう言うとリーナの前に立っていた2人が少し気まずそうに返答をした

 

「実は・・・その想子のパターンなんですが・・・追跡していた時と回収した時で違っていました」

 

「何ですって!?」

 

その報告にリーナは肩の骨折の痛みを忘れるくらい驚いてしまった

 

「はい、先ほど貴方言っていた狐面の女の仲間と思われる人物がサリバン軍曹から白い球のような物を取り出した後から想子パターンは普通に戻っていたそうです」

 

「そんな事が・・・彼等は一体・・・取り敢えず、別所で動いている副隊長を回収してから戻ります」

 

と言うとリーナは表情には出さなかったが肩の骨の骨折の痛みに耐えていた




ノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
最上
軍艦シリーズの中で巡洋艦シリーズの一つで赤とえんじ色のグラデーションを持つ刀型CAD。エリカは大蛇丸よりこっちの方が使いやすいと言って以後、自分の愛用するCADとなった


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仮面の正体

リーナは移動基地でサリバン軍曹の事を聞いて驚愕している頃、狐面の女こと。凛は先程回収したカケラを確認して弘樹に念話で連絡を取った

 

『こっちのカケラは回収した、そっちのカケラは如何だい?』

 

『こっちもUSNAに妨害を受けたけど大丈夫、ちゃんとカケラは回収しました』

 

『了解、じゃあ戻ってきて。早速元の場所に返すから』

 

『了解致しました』

 

そう言うと凛は公園での出来事を思い出していた

 

『達也達には申し訳ないけど。これが世に回ると厄介だからな、今回ばかりは許してほしい』

 

そう思うと凛は家に飛んで戻った

 

 

 

 

 

次の日、学校に行くと達也から何か疑っているような視線を感じた

 

『まあ、昨日の夜のことだろうな。まぁ、それは七草が証明してくれるだろう。いつもうちの周りを見ているし』

 

そう思った通りに達也は午後、自分達に疑いの視線は無くなっていた。しかし何かモヤモヤするような感じの視線を向けていた

 

 

 

 

 

その日の夜、達也は独立魔装大隊の情報を元に都内のある公園へときていた

 

『まさか昨日の2人とは・・・しかし、あの狐面は来ていないのか・・・』

 

そう思っていると仮面の女は吸血鬼を撃ち抜いて命を絶っていた

 

『行くなら今しかないか・・・』

 

そう思い、達也が出ると仮面の女を術式解体で吹き飛ばすとリーナの姿が浮かび上がった

 

「やっぱりか・・・」

 

そう思っていると裏にいたはずの吸血鬼がい無くなっていることに気づいた。そして達也がリーナの呼んだ偽警官を倒すと、そこから深雪と八雲が出てきて残りの偽警官を倒した

 

「ふぅ、さて。達也くん、危なかったね」

 

「白々しいですよ。師匠、出番を待っていたくせに」

 

と言って達也がそう言うとリーナは追い詰められていることに打開策を考えていると八雲がある提案をした

 

「そうだ!じゃあ1ー1で対決するのは如何だい?」

 

そう言うと深雪がその相手を買って出た

 

「良いのか?」

 

「ええ、強くならないと弘樹さんに付いて行けませんし」

 

「ふっ、そうだな」

 

そう言うと達也は深雪とリーナが対決することに賛同をした

 

 

 

 

その頃、別の場所では凛が弘樹に連絡を入れていた

 

『くそっ!こっちは1人逃した!!そっちは?残り1人が分かんなんくなった。奴ら、寄生している時に進化をしているぞ!!』

 

『だめだ、こっちも分からなくなった』

 

『ちっ!これは尻尾が出るのを待つしか無いぞ!!』

 

そう言って回収したカケラをバレないように隠蔽しながら、ならずの沼に戻した

 

 

 

 

 

対決の結果としては深雪の勝利で終わった。リーナはそもそもすでに一戦を交えた後で疲労が溜まっていた事などの条件が重なり、殺し合いになりそうな所を達也が術式解体で試合を強制中断させた形となった。だがリーナが負けを認めたことで勝敗が決定した形となった

 

「しかし、凛達は何をしているんだ?」

 

「ああ、彼女達は独自でパラサイトの対処方法を考えていて、秘術の研究を再開したらしいよ」

 

「そうだったんですか・・・いや、昨日見た狐面の女が凛じゃ無いかと思っていたんですけどね。そう言うことでしたか」

 

と言っていたが八雲は内心驚いていた

 

『ふぅ、やっぱりあの人からパラサイトの真実を聞いた時は驚いたな。まさかパラサイトの正体が“負の感情の強い人の残留思念”だったなんて・・・今、パラサイトが行っていることが負のループと化しているのが何とも皮肉だな』

 

そう思って八雲はこの前、聞かされた真実を聞いて驚いていた

 

『しかし、このことはいくら達也くんでも教えられないな。この事がバレると神木くん達が人でな無いんじゃ無いかと疑われてしまうからね』

 

そう思っていると達也達は帰って行った

 

 

 

 

 

そして八雲が寺に戻ろうと階段を弟子と共に歩いていると階段上から八雲を見ている人物がいた

 

「おお、今日は如何されましたか?龍神殿」

 

「ああ、ちょっとな予想外な事が起きた」

 

その言葉に八雲は少し目を開けて詳しい話を中で聞いた

 

「・・・ほう、進化ですと?」

 

「ああ、今は隠れる事に特化しているみたいたけどな。これがもし増殖する方向に進化したら・・・」

 

「それは大変なことになります」

 

そう言って凛は八雲にパラサイト捕獲用の魔法式を教えるとそのまま去っていった

 

「・・・しかし、進化とは・・・恐ろしいな、だから身を案じてこれを下さったのか」

 

そう言って八雲はもらった魔法陣を弟子に渡すとそれを寺全体に纏った

 

 

 

 

 

翌日、エリカ達は生徒会室に呼び出されていた

 

「珍しいね、こんな土日に呼ぶなんて」

 

すると生徒会室の扉が開き、そこから克人と真由美が入ってきた

 

「何で七草先輩と十文字先輩が此処に!?」

 

そう言うと達也が理由を話し始めた

 

「実は・・・昨日吸血鬼に遭遇し、それにマーカーを打ち込みました。それが此処に3時間おきに受信されています」

 

「何でそんな事を・・・」

 

そう真由美が聞くと

 

「・・・この吸血鬼の正体がUSNAから脱走した魔法師だと言う事。そうだろ?凛」

 

そう言うと生徒会室の扉が開きそこから凛が出てきた

 

「ふぅ。全く如何してそれを?確実じゃ無いから黙っていたのに」

 

「それは如何言う事!?」

 

そう真由美が言うと凛は説明をした

 

「実は、吸血鬼事件のニュースを見た時。私はその正体がもしかするとうちが昔行っていた禁術じゃ無いかと思って調べていたんですよ。そしたらそれに似た記述があって、詳しく調べていたんですよ。それにUSNAの噂は知り合いから聞きましたのでね」

 

そう言うと凛は前に達也に話したことと同じ内容を真由美達に話した

 

「成程、ではそのパラサイトが人に寄生をすると魔法が強化される代わりに自分という存在が消えてしまう。そんな所か?」

 

「はい、概ねそんな感じです」

 

そう言うと真由美は頭を抱えていた

 

「うーん、全く面倒な物ね。パラサイトを取り除くには一時的な精神の凍結か・・・」

 

「しかし一時的な精神の凍結なんて如何やってやるの?」

 

そうエリカが聞くと凛はそれを今研究中と言って出来ないと言った

 

 

 

 

 

そして達也が先の受信機をそれぞれに渡すと部屋を去って行った。それについていく形で凛も部屋を後にすると外で弘樹が待っていた

 

「あ、姉さん。如何だった?」

 

「うーん。予想通り、そんな感じだったね」

 

「そうでしたか」

 

そう言うと達也が

 

「しかし、凛。彼らに嘘をついただろ」

 

「ん?何の事?」

 

「ふっ、言わなくてもわかるだろ?」

 

そう言うと凛は不機嫌そうな顔をすると

 

「ええ、そうよ。もう既に一時的な精神の凍結方法はできている。ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「これは術を行使すると負担が大きい、だからこの術を行う時は必ず共同で行う必要がある」

 

「共同・・・1人でやると如何なるんだ?」

 

「うーん、使う想子の量を考えると・・・魔法の酷使による大脳破壊かな?」

 

そう言うと達也達は少し考えると

 

「じゃあ、その魔法の使用はできないか・・・」

 

「そう言うことになる」

 

そう言うと達也達は帰宅して行った



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選択

次の日、凛達は学校に登校し普通の学校生活を送っていた

 

「うーん、意外と数が多い。これじゃあ、キリがない」

 

「何か一気に集めて、それで捕まえる方法があればいいけど・・・」

 

「それにカケラは進化していた」

 

「そこが厄介ですね」

 

そう言って教室で凛と弘樹が話していると

 

「ちょっと深雪達を探すか」

 

そう言って立ちあがろうといた時だった、突如自分達の張っていた障壁魔法に反応があった

 

「っ!これは!!」

 

「間違いない。裏手の門だ!!急ごう姉さん」

 

「ええ、まさかこんなところに来るなんて」

 

そう言って慌てて教室を出るとそのまま裏手の門に走って行った

 

 

 

 

 

裏手の門に着くとそこには達也と深雪がいた

 

「あれ?達也も?」

 

「ああ、深雪が気付いてな・・・あれは・・・」

 

「リーナに・・・ジョンね・・・おそらくあれは・・・」

 

「ああ、探りを入れてるエージェントだろうな」

 

「それに幹比古達もいる」

 

と言って反対側にある校舎の方を指すと達也は真由美に監視装置のレコーダーを切らせて幹比古が結界を張るとエリカがミアに向かって最上を振るっていた

 

 

 

 

 

「え!?何してるの!?エリカ!?」

 

行かなきりミアに切り掛かったエリカにリーナは驚いているとジョンがリーナに小声で話し始めた

 

「リーナ。今、シルヴィからミアが白仮面だと言う報告があった」

 

「何ですって!?」

 

そう言っているとミアがよろけながら立ち上がり、エリカが切り掛かったがそれを素手で塞いでいた

 

「ミア・・・貴方が白仮面だったんですか?」

 

「何や白々しい!!はなからグルだったくせに!!」

 

と言ってエリカはミアの胸に剣を刺した。咄嗟にエリカはミアを蹴り飛ばすと後ろに飛んだ

 

「ちっ!仕留めきれなかった」

 

そして刺されたミアはエリカによって刺された深手の傷を治癒魔法で治していた

 

「治癒魔法!?あれだけの傷を一瞬で!?」

 

「あれは・・・本物の化け物見たいね」

 

そう言っているとミアは何かに気付き逃走をしようとした

 

「逃げんな!!」

 

咄嗟にエリカはミアに刀を当てようとしたが、その前にミアは下に敷かれた魔法陣によって拘束されていた

 

「これは・・・凛!!」

 

そう言ってエリカは後ろを見るとそこに魔法を発動させている凛の姿があった

 

「エリカ!!今すぐそこから離れて!!」

 

そう言うと弘樹が深雪と共に魔法を発動するとミアの周りが凍り、その氷が溶けるとミアはその場に倒れた

 

『よし、取り敢えずカケラの気配が消えた。あとはどこに逃げたかだが・・・』

 

そう思って周りを見渡すと凛はある場所にあることに気づいたが

 

『ほー、あそこか・・・だか、あれは機械だぞ?どうする気なんだ』

 

そう思って取り敢えず実験棟からパラサイトが逃げないように結界を張っておくとそのまま凛は倒れたミアの元に行った

 

「深雪、パラサイトがどこにいるか分かったか?」

 

「すみません、私もどこにいるか・・・」

 

「そうか・・・」

 

そう言って弘樹は見失ったパラサイトを悔しんだが、凛の表情を見て

 

『姉さん、まさか・・・』

 

そう思っていたが弘樹はエリカを抑えるために一旦、頭の片隅にそのことを置いた

 

 

 

 

 

そしてエリカがリーナのことで揉めている隙に、凛はミアを担いでどこかに消えていた。その様子をジョンは黙ってこっそりと見ていた

 

「あれ!?あの女は!?」

 

「あれ?本当だ!どこに消えたんだ?」

 

最初にミアが消えたことに気づいたエリカはそのことを指摘するとリーナが驚いていた

 

「でも誰が・・・」

 

そう言ってミアを一時的にパラサイトから安全なところに隠した凛がそう言うと午後の授業のチャイムが鳴り。一行は各々、授業に参加するために戻って行った

 

 

 

 

 

その日の下校時、弘樹が凛にあることを聞いた

 

「・・・姉さん、あのパラサイトに取り憑かれてた女性を隠したのって姉さんの仕業?あとそのパラサイトの居場所を隠したのも」

 

そう言うと凛は少し考えながら言った

 

「ええ、確かに取り憑かれていた女性は鏡面の間で精神の治療をしている。パラサイトに関しては実験棟のピクシーの中にいるさ」

 

「え!?そんな事が・・・」

 

「ああ、私もそれには驚いたさ。まさかパラサイトが機械に乗り移るとは思わなかった」

 

そう言うと凛達は足速にマンションへと帰って行った

 

 

 

 

 

マンションに帰宅をすると凛は夢の王国へ、弘樹はある場所に連絡をしていた

 

「あら、珍しいですわね。あなた様から連絡とは」

 

「今、姉様はヤボ用で手が離せなくて・・・」

 

「分かっていますわ。それで、今日連絡した理由をお聞きしたいのですが」

 

「ええ、じゃあ姉様・・・いえ龍神殿からの命令です」

 

「あら?貴方達が命令なんて珍しいですわね」

 

「これは面倒になる前に片付けておいた方がいい案件ですからね」

 

そう言うと弘樹が真夜に命令内容を言った

 

「では、パラサイトに感染した人の拘束を。出来れば精神の一時凍結をさせてパラサイトの切り離しを頼みます」

 

「分かりました。では、その様にしておきます」

 

「こっちでも回収はしているのですがね。なんせキリがなくて」

 

「ふふっ、そのくらいは分かっております。それにパラサイトの正体も聞けましたので」

 

「では、私はこれで。この後に予定がありますので」

 

そう言って弘樹は通信を切って凛の後を追って行った

 

 

 

 

 

同じ頃、凛は幻楼石を使って鏡の壁に囲まれた部屋に入ると部屋の真ん中に横たわり、周りを青白い光に囲まれて寝ているミアの姿があった

 

「さて、この子の治療をするよ。手伝って」

 

「畏まりました」

 

そう言うと凛はミアの周りに雪の様な白色の想子のようなものが降りかけると目を覚ました

 

「ん?此処は・・・」

 

「術後の経過は問題なしと・・・」

 

「貴方は?」

 

と少し警戒をしているミアを見て凛は

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫、私は貴方の精神状態を治すために此処に連れてきたのだから」

 

そう言ってミアにパラサイトに乗っ取られていた時の記憶を思い出し、弘樹にお礼を言っていた

 

「あの時はすみませんでした」

 

「良いよ良いよそれくらいはお安い御用だ」

 

そう言うと凛はミアに

 

「じゃあミカエラ・ホンゴウさん、今から貴方が生きるには二つの選択肢がある。それを選んで欲しいの」

 

「・・・どんな選択肢何でしょうか」

 

そう聞くと凛は言った

 

「今から此処にいた記憶を消して自宅に帰るか、此処に残って私たちの保護を受けるか。どっちでも良いわよ、それが貴方の選択なのだから」

 

そう言うとミアは少し考えると答えを出した

 

「私は此処に残ろうと思います」

 

「それは如何して?」

 

そう言って凛が理由を聞くと

 

「私はパラサイトに取り憑かれていました。そのため、帰ったとしても本国に返され、実験台になると思うからです。リーナやシルヴィに会えなくなるのは少し寂しいですが。私はこのまま残りたいと思います」

 

そう言うと凛は納得した表情で

 

「分かったわ。それじゃあこの部屋を出て行こうか」

 

そう言ってミアを部屋から出すとミアは驚いていた

 

「凄い・・・この星にこんなに綺麗な場所が残っていたなんて・・・」

 

そう言って目の前に広がる美しい山々を見ていると凛が

 

「それじゃあ、これに乗って。貴方の新しい住居と仕事を教えてあげる。弘樹、後をお願い」

 

「畏まりました、会議の方は私は代理で出席させていただきます」

 

そう言って弘樹が消えると凛はミアを連れてミアのために借りておいたマンションとミアのする仕事について教えた




ノリで始めた作品に出てくる物(今回は人物解説あり)の紹介シリーズ
鏡面の間
現世で大きく損傷した精神を負担無く自動的に修復をする場所。凛が夢の王国に作った精神治療室

ジョンソン・シルバー
12使徒のシルバー家の長男で十六の誕生日の時に父親から12使徒の一員である事を告げられ驚いていた。リーナとは許嫁の関係でスターズの副隊長も務めている。但し、もうすぐやめようと思っている


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苦い思い出

凛達がミアの回復を行ったその日の夜、達也は九重寺にて『遠当て』の訓練をしていた

 

「おお、達也くんも大分上達したね」

 

「これでもまだまだです」

 

「いや、君の眼も大分神木くん達によって強化されているのがよく分かるよ」

 

そう言うと達也は八雲にある事を聞いた

 

「そう言えば、神木家は古式魔法師の中では有名なんですか?」

 

と言って今まで凛達が行っていた古式魔法を見てそう聞くと

 

「ああそうだよ、少なくとも古式魔法師の中では虚空の一族として有名だよ。彼女達は九島家と真面目にやり合って勝っているからね。それに、彼女達の家は昔朝廷の占い師をしていた事でも有名だったし」

 

「そんな事、聞いた事ありませんでした」

 

「そりゃそうだろうね。彼女達はわざわざ自分たちからそう言うのは言わない主義だからね」

 

「そうだったんですか・・・じゃあ風間少佐も?」

 

「勿論、知っているさ」

 

そう言うと達也はもう一つ、八雲に質問をした

 

「じゃあなぜ、九島家との争いが我々現代魔法師の間ではそれほど話題になっていないのでしょうか」

 

と言って今まで現代魔法と古式魔法の争いで十師族と有名な古式魔法師の争いがそれほど有名じゃない理由を聞いた

 

「うーん、それは色々とその時期に事件が起こりすぎてね。それで記憶から消えて行った。と言う言い方が正しいかな」

 

「事件・・・」

 

「まぁ、主に九島家の御家騒動だけどね。ちなみにその時に九島烈の弟の九島健の亡命の手助けをしたのも神木家の人間だよ」

 

「そうだったんですか・・・」

 

色々と初耳な事に達也は驚きの連続であった。まさか九島健の亡命を凛達の家族が手伝っていた事や古式魔法師の中で彼女の家が高貴な一族であった事などを聞いて彼女の家があれだけ色々なものを持っていたことの理由がわかった気がした

 

「しかし、彼女の家は明治維新以降、ひっそりと暮らす様になったんだ」

 

「それは何故です?」

 

と言って達也が理由を聞くと

 

「彼女の家はあまり目立つとその力を狙って叩き潰そうとする輩が出る。それで家族の身が危険に晒されない様に小さな町で診療所を開いていたらしいよ。でも群発戦争の時に東京に出て、いくつかのマンションを建ててんだとさ」

 

「それがあのマンションという事ですか」

 

「そういう事」

 

そう言って達也が納得をしていると八雲はそのまま達也の訓練を見ていた

 

 

 

 

 

その頃、USNA大使館ではリーナとジョンが証人尋問されかけた所を内部監査局ナンバーツーのヴァージニア・バランス大佐が止めに入った

 

「調子は如何だ?少佐達」

 

「た、大佐殿!失礼しました!」

 

「お、お久しぶりです!」

 

「いや、すまない。なんせ急に此処にきた物でな。さて、立ち話も何だ部屋に入ろうか」

 

そう言うと2人を大使館に入れた

 

 

 

 

 

大使館の一室に入るとバランスは席に2人を座らせると早速話をした

 

「早速だが、ジョン少佐。お父さんから手紙を預かって来たんだ」

 

「ローズ・シルバー上院議員からですか?」

 

「ああ、これは直接、君に渡して欲しいと」

 

そう言うとバランスはジョンに手紙の入った封筒を渡すと今度はリーナの方を向き

 

「シリウス少佐、君に『ブリオネイク』の使用許可が下った。差し当たって君達に最大限のバックアップをする事が決まった」

 

「それは本当なんですか!?」

 

「ああ、君のお父さんは色々なところに顔が知れ渡っているからな」

 

「ああ、たしかにローズ議員は人当たりが良くて多くの人から人気がありますからね。そう言うのは得意なんでしょうね」

 

そう言ってリーナは前に会った時の印象を思い出していた

 

 

 

 

 

そして2月上旬、ニュースではUSNAの例のブラックホール実験に関するニュースがごった返していた

 

「うーん、やっぱりこれは反魔法主義で締めくくりか〜」

 

ニュースを見た凛はそう言うと学校に登校し、ジョンから話を聞いた

 

「はい、殆ど虚言。典型的な情報操作です」

 

「うん、やっぱりか」

 

「と、言いますと?」

 

「いや、こう言うのは七賢人がやりそうな事だと思ったまでさ。奴屋は一種の愉快犯だからな」

 

「しかし彼等でも掴めない存在が・・・」

 

「君たち12使徒達さ、七賢人も12使徒の存在は確証しているがその構成メンバーはわかっていない。流石な情報操作だなぁ〜」

 

「恐れ入ります」

 

「ああ、大丈夫。君たちのことは昔から信用しているから」

 

そう言うと凛は残りのパラサイトの数を数えた

 

「えっと、ジョン君が渡してくれたニつと・・・私たちが捕まえた三つに今ピクシーにいる一体・・・あとは・・・」

 

「六つです」

 

「そうね・・・ただ彼等も進化している、もしかすると数が増えていることを考えなければ・・・」

 

「厄介ですね」

 

「ああ、全くだ」

 

そう言うと凛は

 

「ごめん、この後調理実習室で料理教室をするんだ。続きはまた後で!」

 

そう言って部屋を出て行った

 

「・・・もぅ、バレンタインか・・・今年はどんな暗黒物質が生まれてくるんだろうなー」

 

そう言って残ったジョンは毎年リーナから送られてくるチョコと思わしき謎の物質を思い出していた

 

「あれを食べた時、リーナが拗ねないように何とか表情を整えるのが大変なんだよなぁー」

 

そう言って遠い顔をしていた



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バレンタイン

ジョンとの話を終え、凛はこの前エリカから頼まれていたお料理教室を知人内で行う事にした

 

「ごめーん、待ったー?」

 

「あ!来た来た、今日の先生!」

 

「もう準備はできていますよ」

 

「今日はよろしくね神木さん」

 

と言って今日ここに来た面々はエリカ、深雪、美月、壬生、ほのか、リーナ、花音の七人であった

 

「あれ?リーナも来てたの?」

 

「私が呼んだのよ」

 

そう言って深雪が呼んだことを言うと凛は納得した表情で早速、簡単なチョコを使ったタルトから作り始めた

 

「じゃあまずは簡単なチョコタルトから行こうか」

 

「「はーい!」」

 

そう言って料理教室に来た面々はタルトの他に数個のチョコ菓子を作り、それを描いたレシピを渡すとそれぞれ帰宅して行った

 

「今日は呼んでくれてありがとう」

 

「いえいえ、こっちもちゃんと依頼された事ですし。大丈夫ですよ」

 

「いやー、しかしリーナの料理には驚いたね」

 

「うぅ、恥ずかしい・・・」

 

そう言ってリーナが火加減を間違えて真っ黒焦げになったチョコケーキを思い出していた

 

「まぁ、あれから何とか修理できたし。良かったんじゃない?でも、アメリカだと女性は貰われる側じゃないのかい?」

 

そう言ってアメリカでのバレンタインの文化を聞くと

 

「ああ、だからうちでは両方がチョコを交換しているみたいな感じなのよ」

 

「へぇー、そうなんだ。面白いね」

 

「まあ、バレンタインは来週だし。またなんかあったら言ってね、手伝えたら手伝うから」

 

「ええ、その時は頼んだわ」

 

「ふふっ、今年はどんなのにしようかな〜」

 

「凛、去年みたいにふざけないでよ」

 

「大丈夫だって」

 

「去年、何かしたの?」

 

そう言ってエリカが去年のバレンタインに凛が何をしたのかを聞くと

 

「凛ったら去年お兄様を驚かせるためにとんでもなく苦いチョコを渡したんですよ」

 

「まぁ、あれはカカオ100%にデナトニウムって言う世界一苦い物質を混ぜた究極に苦いチョコさ。まあ、私と弘樹が味見したらぶっ倒れた、そんな代物さ」

 

するとリーナと深雪以外のメンバーは少し黙ると同時に

 

「「やっぱりあんた性悪女ね!!」」

 

と言って同じ事を言っていた

 

「性悪は余計だ!!」

 

その発言に凛は思わず突っ込んでいた

 

 

 

 

 

そしてバレンタイン前日、凛の姿はマンションのキッチンにいた

 

「フッフッフッ、今年はこれで行くわよ」

 

と悪い笑みをこぼしている凛を見て弘樹はこっそり逃げようとしたが凛に捕まり、今年のチョコの試作を食べさせられ。顔を真っ赤にして卒倒していた

 

「よし、後はこれを解らないようにココアパウダーを掛けて・・・完成!!」

 

そう言って作ったチョコを市販の箱に入れて冷蔵庫の中に入れた

 

 

 

 

 

そして迎えたバレンタイン当日、朝早くから凛は達也に誘われて九重寺に来ていた

 

「おお、来たのかい?凛くん、それに弘樹君も」

 

「おはようございます、八雲さん」

 

「お、今日は達也の遠当てかい?」

 

「ああ、良かったらやっていくかい?」

 

「大丈夫です。はいこれ、たまに弘樹がお世話になっているお礼ね」

 

そう言って凛が八雲にチョコクッキーを渡すと八雲は喜んでいた

 

「おお!凛くんの料理は美味しいからね。ありがたく頂戴するよ」

 

そう言っていると深雪も八雲にチョコを渡すと八雲は凛よりもそちらの方が喜んでいるように見えた

 

「全く、このエロ坊主は・・・」

 

そう言って呆れながら凛達は九重寺を去り、登校をした

 

 

 

 

 

 

学校に登校する途中、ほのかと出会ったが。緊張した様子であった、そして凛と深雪はお互いに頷いて忘れ物があっと言って弘樹を連れてその場を離れて、ことの次第を見ていた

 

「さて、これでほのかも渡しやすくなったかな?」

 

と言って凛は達也達のいる方を見ると、明らかに緊張した様子のほのかが達也に実験棟の横で本命チョコを渡していた。そんな様子を"視ていた"凛は

 

「おー、これで達也も恋愛感情を知ったかな?」

 

「さあ、どうでしょうか。でも、ほのかがお兄様のことを好きに思っているのは分かっているはずです。私も、お兄様には人としての幸せを感じてほしいですし」

 

そう言うと凛と深雪は笑っていた、そんな様子を見て弘樹は何かゾッとするものを感じた

 

 

 

 

 

 

教室に戻って来たほのかは今までの緊張から解き放たれた影響か疲れた様子で机に突っ伏していた。そして達也からもらったのか、水晶の髪飾りを付けていた

 

「お疲れー、ほのか」

 

「あ、凛・・・」

 

そう言うとほのかはまた机に突っ伏した

 

「いやー、ほのかも無事に渡せて良かったね」

 

そう言って凛はほのかから料理教室のお礼を言われるとそのまま、今日の授業が始まった

 

 

 

 

 

そして授業も終わり、放課後になった時。バレンタインは加熱していた、至る所でチョコのお渡しが学校のあちこちで起こっていた。その中でも印象的だったのは、エリカが前日に退院したレオにチョコを恥ずかしそうに渡していた事だった

 

『成程、エリカがあんなにも真剣にチョコ菓子を作っていた理由がわかったよ』

 

その様子をこっそり見ていた凛は微笑みながらその場を去り、弘樹の現状を"観た"

 

「おー、今弘樹は深雪と一緒か〜。さて、今日はバレンタイン食事会。私もみんなを招待する準備をしないとな」

 

そう言うと前に貸し切り予約していた喫茶店に足を運んだ

 

 

 

 

 

そして夜になり、各々がホクホクしている中、凛に呼ばれた一行は待ち合わせ場所の喫茶店アイネブリーゼに入って行った

 

「凛ー!みんな来たわよー!」

 

そう言ってエリカが店内で大きな声を出すと、奥から凛が出て来た

 

「おー、来たかい。じゃあ、みんな座って。すぐに準備するから」

 

そう言うと店内に入って来たエリカ、レオ、深雪、弘樹、幹比古、美月、達也、ほのか、リーナ、ジョンの十人はそれぞれ用意された席に座り、凛の出す料理を楽しみに待っていた

 

「今年はどんなのが出てくるんでしょう」

 

「さあ、去年はピスタチオを使ったのが多かったけどね」

 

「え?そうなの?」

 

そう言ってエリカが深雪と弘樹の発言に驚いていた

 

「ええ、去年のバレンタインも凛の家でこんな感じの食事会をしたんですよ」

 

と言うと凛が奥から出て来て

 

「まあ、今年は人数が多いからここにしたんだけどね。はい、お待たせ『チョコスコーンのホイップ添え』ね」

 

「「わぁ〜!美味しそう〜!」」

 

そう言って各々が食べ始めそれぞれ美味しいと言っていた

 

「これ、美味しい!」

 

「そうね、スコーンの中から溢れてくるホイップが美味しい!」

 

「それにこのスコーン自体も美味しいです」

 

と言って女性陣が賑やかになっており、男性陣は出てきたスコーンを見て何だか寂しそうにしていた。すると凛が

 

「なーにしてんの男子!こう言う時は楽しむもんだよ!ほら、次はこれさ」

 

そう言って次の料理を出したが、男性陣と女性陣で色の違うケーキであった

 

「さあ、男女で違う味だから、楽しんでね」

 

そう言って凛は厨房に戻ると、テーブルに座っていた者たちは凛がこの料理を出した料理の真の意味を理解すると恥ずかしそうに切っていた

 

「ふふっ、凛も面白いこと考えるわね」

 

そう言って深雪は弘樹に切ったケーキを口に入れていると他の面々も恥ずかしそうに切ったものを相手に渡していた。深雪を見ていた他の面々は

 

『『深雪って、強いな〜。すごいな〜』』

 

そう同じ事を思っていた

 

 

 

 

 

そして食事会も終わりに差し掛かった頃、凛がみんなの前に十個のボール上のパウダーの掛かったチョコレートを出して来た

 

「何?これ」

 

「今日のイベントさ、名付けて『ロシアンチョコルーレット』さ」

 

「ロ、ロシアン・・・」

 

「なんか嫌な予感がするぜ」

 

「ふふっ、大丈夫よ。この中でハズレは二つ、それぞれ激辛チョコが混ざっているわ」

 

「げ、激辛・・・」

 

「なんか怖いわね」

 

そう言って一同が心配した表情でチョコを見ると恐る恐るチョコを持った

 

「みんな持ったね?じゃあ」

 

「「い、頂きます」」

 

そう言って全員が一斉に口にした

 

「あれ?辛く・・・」

 

エリカがそう言った瞬間突如エリカの顔が真っ赤になって叫んだ、それと同じ様にレオも激辛を引き当てた様で顔を真っ赤にして口を塞いでいた

 

「「クァwせdrftgyふじこlp!!!」」

 

そう言って2人は慌てて蛇口に行って口を洗っていた。それを見ていた他の面々は

 

『『よかった、私(俺)に当たらなくて・・・』』

 

そう思い犠牲となった2人を見ていた

 

 

 

 

 

「ブハァ〜!ちょっと凛!あんなに辛いなんて聞いてないわよ!!」

 

「ああ、びっくりしたぜ。まさかあんなに辛いとは・・・」

 

そう言って蛇口から戻って来た2人がそう言うと唇が真っ赤になっており驚いていた。そして最後にハプニングの終わったバレンタインは幕を閉じた



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変化

2月15日、バレンタインの翌日にそれは起こった。ロボ研の実験棟に置かれていた3HタイプP94通称ピクシーがサスペンド状態から復帰し、いつも通り自己診断プログラムの実行を行い、異常なく再びサスペンド状態に戻るはずだったがその日は違い、登校の生徒名簿にアクセスしようとした。サーバーはこれをウイルスによる攻撃と判断し、無線回線を閉じたことで事態は治ったが、その間。ピクシーはずっと微笑んでいたのをカメラが記録していた

 

「へー、そんな事が・・・」

 

「なんか恐ろしいですね」

 

実験棟からメンテナンス室にピクシーを移動させた達也たちが驚いている中、凛と弘樹はその理由を考えていた

 

『おそらく、あれはパラサイトによる機械の取り憑きか・・・面白いな』

 

そう言ってピクシーを起動すると、いきなりピクシーが達也に飛びつきほのかの内心を代弁され、ほのかは顔を真っ赤にしてうずくまっていた。そんな様子を深雪たちが尉めていた

 

 

 

 

 

その日の夜、達也は深雪のピアノのレッスンのために凛の改造した自動運転車に乗っていた

 

「しかし今日は驚きました。まさかパラサイトがロボットに取り憑くなんて・・・」

 

「ヒューマノイドタイプだからな。付喪神見たいな者だと凛は言っていたぞ」

 

「連れて帰られたりはしないんですか?」

 

そう言って今のピクシーはそれを望んでいると言うと

 

「いや、これは凛とも話したのだが。パラサイトの性質がわからない以上、家に置いておくのは危険だ。尋問しても嘘をつかない保証なんてないからな。待たされた情報の真偽はこっちで判断するしかない」

 

そう言っていると改造車は深雪のピアノ教室に着いた

 

「いつも通り、時間になったら迎えに来るから」

 

「はい、わかりました」

 

そう言うと達也は近くのファミリーレストランに入り、深雪の護衛を眼で見ていた。そしてファミリーレストランに近づいてくる怪しい車を確認した

 

 

 

 

 

 

同じ頃、東京郊外のとある山道では

 

「・・・まずは邪魔な存在を片付けるか・・・」

 

そう言うと凛は山道の脇に潜んでいたスターダストと思われる人物達を自身の開発した神道魔法の『橋倒し』を使ってスターダストのメンバーを上からの圧縮空気弾で叩き潰し、気絶させた

 

「ふぅ、すまないがここでいいかい?ジョンくん・・」

 

そう言うと奥の茂みから黒装束に仮面を手に取ったジョンが出てきた

 

「申し訳ありません主人殿。このような事になってしまって」

 

「大丈夫、これくらいは予想してたから」

 

そう言うと凛はジョンの近づくと彼の手を取ると凛の手が淡く光ると、ジョンは疲れた様な表情になった

 

「さて、これで私とジョンは闘った。って言う事になっているから。あとは帰ると良い。それと、スターダストは回収させてもらうぞ」

 

「はい、分かっております」

 

そう言うと凛はジョンと隣り合って座った

 

「ふぅ、ジョンくん。君はリーナが軍人に向いていると思っているかい?」

 

そう聞くとジョンは少し考えた上で

 

「・・・私は、正直に言いますと。リーナは軍人に向いていないと思います。彼女には軍人としては甘いところがあります。リーナは10代でシリウスの名を貰いました。ですがそれは彼女にとってはそれは間違いだったのではと・・・そう思う時がよくあるんです」

 

そう言うと凛は微笑みながら

 

「じゃあ、君はリーナが軍人に向いていない。だけどリーナはアメリカには必要な存在であるから軍人を辞めさせることが難しい。そう思っているなら。ずっと寄り添ってあげていると良い、そうすれば彼女もいつかは自分が本当にするべき事に気付くかもしれない。彼女は君の許嫁、なんだろ?」

 

そう言うと凛は山道を去っていった。残されたジョンは凛に対し

 

「有難うございます」

 

それだけを言って山道を降りて移動基地に戻っていった

 

 

 

 

 

スターダストを回収し、家に戻った凛は部屋の中にいた達也がUSNAのスターダストに襲われたと言う事を聞いた。そして襲われた所を修次と前であった狐面とはまた違う男の狐面に守ってもらった事も

 

「・・・成程、じゃあ達也はその狐面について調べて欲しいと?」

 

「ああ、起動式を使わずに魔法行使ができるなんて初めての経験だ」

 

そう言っていると弘樹が帰ってきた

 

「おーい、姉さん〜。自販機で飲み物買ってきたよ〜!」

 

「すまんな達也、あいにくと今日は準備がなくて・・・」

 

そう言うと達也は大丈夫だと言って弘樹から渡された飲み物を受け取ると部屋を後にした

 

「・・・盗聴類は何もないか・・・」

 

「はい、この部屋に仕掛けられた気配はありません」

 

そう言うと凛はソファーに深く座ると

 

「ふぅ、弘樹が達也の護衛とスターダストの回収をしたから大忙しだね」

 

「それは貴方様が決められた事ですよ」

 

そう言うと2人は残りのパラサイトの回収を考えていると

 

「さて、回収したスターダストは?彼らは如何するって?」

 

そう言って弘樹に回収したスターダストの現状を聞くと

 

「今の所彼等は提案を呑み、処置を受けた上であちらの世界で過ごす事を決めました。今頃は新しく与えた仕事をこなしていると思います」

 

そう言うと凛は納得した表情となり新しい生き方を楽しんで欲しいと思い、その日は終わった



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誘い出し

凛達がスターズの襲撃を受けた翌朝、マンションに真夜からの連絡があった

 

「凛さん、あなた達の身辺を脅かしていたUSNA軍の排除が終わりました」

 

「ああ、申し訳ないね。面倒なことをさせてしまって」

 

「いいえ、大丈夫です。深雪さんからも同じことを頼まれいましたから『弘樹さん達の安全を確保してほしい』と」

 

そう言うと凛は

 

「さて、じゃあ真夜さんにはそのお礼として逃げているパラサイトの一体をお渡しますよ。もちろん、適切な処置をした上でね」

 

「分かっております。貴方様からパラサイトの本質を聞きましたが、とても恐ろしい物であることは理解しています」

 

「いや、分かっているならいいさ。ただ、これを悪用して変な事をしなければ・・・ね」

 

そう言うと凛は真夜にお礼を言って通信を切った

 

 

 

 

 

その日の夜、凛達は達也に大型車で青山霊園まで来れないか?と言われ、その理由を察すると凛達は早速、車を走らせた

 

 

 

 

 

同じ頃、とある場所では藤林が証拠隠滅をしていた

 

「しかし、彼女の腕前も凄いじゃないか。同時に4人も倒すとは。彼女は確か光井ほのかと言ったか?」

 

「ええ、そうですわお祖父様」

 

そう言って藤林の後ろに立っていた烈がそう言うと

 

「しかし・・・彼女はいないのか・・・」

 

「神木姉弟の事ですか?」

 

「ああ、あの一族には色々と"世話"になったからな」

 

そう言って烈の言葉に響子は過去にあった出来事を思い出した

 

「しかし、彼女達の周りには面白い者達が集まっているな。力あるものは力あるものを、異能あるものは異能あるものを、と言うがこれは・・・」

 

「彼らの周りには面白い人が集まっていますけどね」

 

そう藤林が言うと烈は

 

「やはり、類は友を呼ぶ・・・か。ハハッ!面白い」

 

そう言って烈は達也達を写した画面を見ていた

 

 

 

 

 

その頃、達也達はピクシーを連れてパラサイトの誘き出しをしていた

 

「マスター、パラサイト三体が接近中です」

 

「早速お出ましか。凛達が車で来る、それまでは粘ってみるか」

 

そう言ってマルテと言うパラサイトに取り憑かれた男が達也に話しかけていた

 

 

 

 

 

「お、達也から信号だ。パラサイトと接触したらしい」

 

「それは本当なの?凛」

 

そう言って後部座席に座っているエリカ、レオ、幹比古の三人は聞いてきた

 

「ええ、青山霊園の脇道で話し合っているそうよ」

 

「じゃあ急がないと!」

 

「ええ、だから飛ばすわよ!!」

 

と言った瞬間、凛と弘樹は直感的に大きな想子を感じた

 

「これは・・・サイキック!?」

 

「でも誰から・・・まさか!」

 

「そのまさかかもね!」

 

そう言うとエリカ達に今の想子はピクシーから来て、それがほのかから供給されたものだと言うとエリカ達は驚いていた

 

「取り敢えず急ぐよ!!」

 

そう言うと車は速度を上げ、達也達のいる場所まで向かった

 

 

 

 

 

青山霊園に着いた凛達は達也の居場所を探した

 

「うーん、ここら辺なんだけどな・・・あ!おーい!達也ー!」

 

「来たか・・・」

 

「凛ー!ここよー!」

 

達也がそう言っている隣で深雪が声を出した

 

「いやー、ごめん。ちょっと遅かったかな?」

 

「いや、ちょうど良かった。それでだが、この三人を任せられるか?」

 

「OK、じゃあ早速載せちゃって幹比古の家に運ぶわ」

 

「え!?僕の家!?」

 

「ちょっと借りるだけだからさ。出来るかい?」

 

そう言うと幹比古は了解した

 

「いいよ、僕の家の倉だったら大丈夫だよ」

 

「ありがとう、じゃあ手伝って」

 

そう言って車に三人を載せて車には達也達以外が乗り込み幹比古の家に向かって行った

 

 

 

 

 

車は幹比古の誘導のもと、吉田家に向かっていた

 

「・・・付けられてるわね」

 

「ええ、その様ですね」

 

「レオ、車に硬化魔法。他は付けてきている奴らの排除を!!」

 

「「了解!!」」

 

そう言うと凛はアクセルを踏んでスピードを上げると、付けている車も同じようにスピードを上げた

 

「結構揺れるよ!!しっかり捕まってな!!」

 

そう言って凛は交差点を急カーブした

 

「うおっと!」

 

「うわっ!」

 

「まだまだ行くよ!」

 

「ヒェェェェー!」

 

そう言うと凛はスピードを上げたままカーブを連続して追跡から逃れようとした

 

「ちょっと!今は車が少ないからって暴れすぎよ!!」

 

そう言ってエリカが文句を言うと

 

「大丈夫大丈夫、車の追跡は逃れたから。あとは追っかけている魔法師を頼む」

 

「「了解!!」」

 

そう言ってエリカ達が停車した車から出るとそこに何人かの人物が降り立った

 

「ちっ、こんなにも追っかけていたのか」

 

そう言うとエリカ達は交戦を開始した。その間に車は発進し、幹比古の家に無事に届けられた

 

 

 

 

 

「ふぅ、あとはパラサイトの取り除きだけだ。幹比古、手伝ってくれる?エリカ達は後で迎えに行くから」

 

「分かった、僕はどんな事をすればいい?」

 

そう言うと凛は幹比古に札を渡すとそこに想子を流し込ませて三人に魔法を向けると、そこから火の玉の様な物が飛び出していた

 

「あれが・・・パラサイト・・・」

 

そう言って幹比古が唖然としていると

 

「ボーッとすんじゃないよ!!そしたら乗っ取られるよ!!」

 

「わ、分かった!」

 

そう言うと凛は持っていた魔法陣の刻印された瓶に想子を流し込むとパラサイトの三つがその中に入った

 

「よし、これで大丈夫。後は保管するだけだ」

 

そう言うと幹比古が

 

「凄いな・・・流石は虚空の一族なだけあるね。そんなことまで研究していたなんて・・・」

 

「何、これのせいで昔九島家と争いになったんだ。傍迷惑な話だよ。あ!そうだ!今度うちのパラサイトに関する本、見せてあげる。君なら面白い事に使ってくれるだろうから」

 

「良いのかい?それは秘術の奴なんじゃないのかい?」

 

「大丈夫、その研究に関してはほぼほぼ終わっているから。それに最後は精霊魔法が使えないと難しい奴だから」

 

「そうなのか」

 

そう言って凛達は取り憑かれていた三人を公園に放置し、エリカ達を迎えに行くとその日は終わった



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怒り

次の日、登校をすると達也から昨日の三人のことを聞かれたのでパラサイトを抜いたから公園に放置した。そう言うと達也は

 

「そうだったのか。エリカ達が防諜第三課が妨害したと聞いたからな」

 

「ええ、ちょっと街中でカーチェイスをしただけさ。まあ、いきなり前から突っ込まれた時は死んだかと思ったけど」

 

「お前は殺しても死なないから大丈夫だろ」

 

「おい!」

 

そう言うと達也は去って行った

 

「・・・今頃は亜夜子ちゃんが密約を交わしたバランス大佐にパラサイトの件を話している頃かな?」

 

そう言うと凛は屋上から降りて行った

 

 

 

 

 

その頃、凛の思っていた通り亜夜子はバランス大佐にパラサイトの事を話していた

 

「朝早くに失礼しますわ」

 

「いえ、私は大丈夫です。それよりも何か教えて下さるのかな?」

 

そう言うと亜夜子は昨日の一件のことを話した

 

「実は昨夜、私の協力者がパラサイトの捕獲をしました。それでパラサイトだけを抜き取り都内の公園に放置したと報告がありました」

 

「何!?パラサイトだけを抜き取ったですと!?」

 

その言葉にバランス大佐は驚いていた

 

「ええ、その協力者はパラサイトについてはよく知っているので。それでパラサイトのみの回収ができました」

 

そう言うとバランス大佐はその協力者について聞いたが亜夜子は教えられないと言って断った

 

「では貴方達は公園に放置されたUSNA軍魔法師を回収して下さい。私はこれから用事ですので」

 

そう言うと通信が切れた

 

「・・・ふぅ、パラサイトのみの回収が出来る魔法・・・」

 

そう言うとバランス大佐は早速連絡を入れた

 

 

 

 

 

その日の夜、達也は地下室でパラサイトに関する情報を入れていた

 

「昨日の尋問でピクシーが言っていた"龍神"と言う存在はなんなんだ。奴らはその創造主の造った"ならずの沼から来た"と言うのも気になる」

 

そう言ってパソコンを叩いていると突如画面が砂嵐の様になり、誰かがハッキングして達也のパソコンに入ってきたのが分かった

 

「・・・ハロー、聞こえているかな?」

 

そう言って画面から一人の男の映像が出てきた

 

「まあ、これは聞こえている前提で話させてもらうね」

 

そう言うとその男は自己紹介を始めた

 

「僕はレイモンド・セイジ・クラーク。『七賢人』の1人だ君のことはティア・・・シズクから聞いているよ」

 

そう言うと達也の横でお茶を持ってきた深雪が怖くなったのか達也に寄っていた

 

「早速だけど君に良い情報をあげようと思ってね。今話題になっている魔法排斥運動は七賢人の1人、ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものさ」

 

そう言うとレイモンドは事の顛末を話した

 

「今回の件はジード・ヘイグ。又の名を顧傑と言ってね。ブランシュや無頭龍の元締めでもあった男だ」

 

その言葉に達也は驚きの連続であった

 

「彼の目的は日本で失った拠点作りの為さ。そして、魔法を社会的に葬り去る事。ただ、僕も彼の行動には許せない物があってね。それで今残っているパラサイトに情報を与えたよ。君たちの目的のものは第一高校裏手の野外演習場にあるってね。そこで2月19日にパラサイトの殲滅を行なってもらいたい」

 

そう言うとレイモンドは不思議な事を言い出した

 

「ああ、そうそう。さっき言ったブランシュや無頭龍の壊滅をした正体は12使徒って言うね集団さ。あっ!因みに彼等は公認戦略級魔法師のことじゃ無いよ。彼らは太古から歴史の裏側に必ず存在する謎の集団でね。全世界傍受システム『エシェロンIII』でもその正体が分からないんだ。さて、これは君の友人の魔法師にも伝えておいてくれ。期待しているよ、タツヤ・シバ・・・『破壊神』」

 

そう言うと通信が切れた

 

「12使徒・・・」

 

達也はレイモンドが最後に言っていた12使徒について気になっていた

 

「お兄様、彼の言っていて12使徒って・・・」

 

「・・・俺も初めて聞いた相手だ。何、そう心配しなくても良い」

 

そう言うと達也は深雪から貰ったお茶を飲み、凛に先程のことを伝えるとそのまま睡眠に着いた

 

 

 

 

 

達也からの報告を受けた凛は考えていた

 

「そうか、今までの事もエシェロンでは分かっていないか。流石だね」

 

そう言うと弘樹が

 

「それは12使徒の内2人がオペレーターなことも強い理由と思われます」

 

「・・・そうだな」

 

そう言うと凛達は夜通しパラサイトの事で話し合った

 

 

 

 

 

2月19日

 

達也達は一高の裏手の野外演習場に来ていた

 

「さて、達也に言われてここに来たわけだが・・・パラサイトの場所ってわかる?」

 

「さあ?森に入ってから15分くらい経つけど見つからないね」

 

そう言うと屋上から演習場を見ている美月から報告があった

 

「視えました!進行方向右手30度にパラサイトのオーラが!!」

 

そう言うと隣にいたほのかからも同様の連絡があった。そしてリーナ達が近づいている事も分かった

 

「さて、私達はパラサイトの封印を行いますか」

 

「ええ、そうね」

 

そう言うと達也達は前衛を、凛が後衛をする為各自グループに分かれて解散した

 

「・・・さて、そこに居るんでしょ?亜夜子ちゃん?」

 

「やはりバレていましたか」

 

「そんなに急がなくて大丈夫よ。もうすぐパラサイトは手に入るから」

 

そう言うと凛は

 

「道中は気をつけたほうがいい、七草の連中が奪いに来るかもしれんからな。その証拠に前に襲撃を受けたからな」

 

「・・・忠告に感謝します」

 

「何、四葉家にはお世話になったからな。ちょっとしたアドバイスさ」

 

そう言うと雷の様なものが達也達のいた方に落ちた

 

「お、やったか。じゃあついてくると良いさ」

 

そう言うと凛は亜夜子達を連れて雷の落ちた場所に向かった

 

 

 

 

 

「よし、じゃあこの個体に処理をするさ。ちょっと待っててね」

 

そう言うと凛はパラサイトに制御式を入れると亜夜子に渡した

 

「よし、じゃあこれでこのパラサイトは安全だ。持って帰って良いよ」

 

「分かりました、では私はこれで」

 

そう言うと亜夜子は封印した個体を連れてきた部下に個体の一つを運ばせ闇夜に消えた

 

 

 

 

 

亜夜子達を見送った凛は亜夜子達の去っていた方とは反対側を向くと

 

「・・・さて、隠れないで出てきたら如何だい。烈・・・」

 

そう言うと茂みから烈と九島家のメンバーが出てきた

 

「ははっ、やはり気づいておられましたか」

 

「・・・わざわざ都会に出てきて何の用だ」

 

そう少し怒気を込めて言うと

 

「何、ちょいと面白そうなものを見つけたんでな。それのサンプルを取りに来たまででございます」

 

そう表情を変えないで言うと

 

「ふん、相変わらず達者な口なこった。さんざん貴様の告白を拒否して挙句の果てにはうちに忍び込んで盗みを働いた馬鹿者が・・・いっそ、その首を掻っ切りたいくらいだ」

 

そう言うと凛は怒りを通り越してむしろ落ち着いていた

 

「ふぅ、余も余計な火事は起こしたくない。さっさと持ち帰って目の前から消えろ」

 

そう言うと烈はそそくさと"制御式を組み込んでいない"パラサイトを回収して去って行った。帰り際に凛は

 

「もしそれで我や友人に危害が及ぶ様な事をしたら・・・容赦しないぞ」

 

そう言うと烈は少し立ち止まるとそのまま去って行った



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争いの終わり

烈がパラサイトのサンプルを回収したのを確認すると凛はパラサイトの大きな反応を確認した

 

「なんてこったい、パラサイトが増殖して九頭竜みたいになってるな」

 

そう言うと急いで凛はパラサイトのいる方に向かった

 

 

 

 

 

 

同じ頃、達也達はピクシーに集まったパラサイトが融合して一つの情報体となって達也達に電撃を与えていた

 

「幹比古、こちらの情報は分かっているか?」

 

「ああ・・・分かっている」

 

「これを抑えられる可能性はどれくらいだ?」

 

「・・・正直言って五割も無いと思う。今弘樹くんが向かっていて、凛さんももうすぐ着くと思う、2人の気配がパラサイトに向かっているから」

 

「分かった」

 

すると茂みから凛と弘樹が出てきた

 

「よし、到着。達也、後は任せて」

 

「ああ、頼んだ」

 

そう言うと弘樹がパラサイトの注意を引いてその隙に凛が魔法を唱えた

 

「魔法式構築・・・神道魔法『冷火』発動」

 

そう言うとパラサイトが全て凍り、燃えて消えていく感覚があった。元々神道魔法は凛が開発した精神を操る為の魔法、その為精神情報体のパラサイトにはうってつけの魔法であった

 

「・・・流石は神木家、精神に関する魔法の開発を率先して行い、他の古式魔法師からは"退魔師"と言われ恐れられた虚空の一族・・・」

 

達也がそう言うと凛は

 

「おや、そんなことまで知っていたのかい。驚きだねぇ」

 

そう言っている横で唖然としているリーナを見ると

 

「リーナも早く帰りな。君の正体に関しては沈黙を守ると誓おう、それはこの件に関わった全ての人員に適応される」

 

「・・・私に拒否権はないんでしょ?」

 

すると達也が

 

「そんなことはない」

 

そう言うとリーナは立って自分達のことも黙っておく、そう言うと去って行った

 

「ああ、リーナ」

 

「何かしら?」

 

「もし君が軍を辞めるなら。私は最大限のバックアップをするぞ」

 

そう言うとリーナは辞める気は無い、そう言うと凛は後ろを向いて

 

「そうか・・・すまないな、変なこと聞いて」

 

そう言うと凛達は撤収して行った

 

 

 

 

 

撤収した凛達は乗って来た車に乗ってエリカ達を駅まで送り、車の中には凛、弘樹、達也、深雪の4人が残っていた

 

「しかし、お前があんなことを言うなんてな」

 

「なに、ちょっとしたおせっかいよ」

 

そう言うと凛達は達也達を家に送った。その間、深雪が弘樹にデレデレだったのは言うまでも無い

 

 

 

 

 

三学期も終わりに近づいた頃、一高の講堂では卒業式が行われていた

 

「ふぅ、取り敢えず卒業式が終わったか・・・」

 

そう言って行動から出てくる三年生を見てそう言うと

 

「さて、ここからが生徒会にとって本番かな?達也」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って凛が席を立ち、パーティー会場に向かい。達也はカフェでゆっくりしていた

 

 

 

 

 

パーティーが終わったのか三年生がカフェにゾロゾロ入ってくると凛に連れられる形で真由美、摩利、克人の三人が達也達のいる席に近づいた

 

「皆さんどうしました?二次会のお誘いもあったでしょうに」

 

「その前にお前達に挨拶をしようと思ってな」

 

「・・・そうでしたか。後程俺から直接お伺いしようと思っていましたから」

 

そう言っているとリーナがやってきて達也が今回手伝っていない事に文句を言ったが見事に凛にパーティー会場でのライブのことを暴露され、赤面な表情で手に顔を当てている所でジョンがやって来てリーナが泣きついていた。そんな様子を見て凛達は笑っていた

 

 

 

 

 

卒業式が終わり、早くも一年が経った。この一年は今までの人生の時間では一瞬だったが、人生の楽しさとしては長く感じた一年であった。今まで元造と同じくらい充実した生活を送っている。元造が亡くなったことを聞いた時はとてつもない喪失感があったが今はそれを癒せるくらい楽しい生活を送ることが出来た。

 

 

 

 

 

 

・・・そして今は帰ってくる友人を待つために東京湾会場国際空港に来ていた

 

「あと1時間か・・・」

 

そうレオが言うと見知った金髪の男女が歩いていた

 

「ちょっと知り合いを見つけたからちょっと話して来る」

 

そう言って凛と弘樹が席を立つと達也も同じ様な理由で席を立つと深雪もそれに続く形でついて行った。ほのかもついて行こうとしたがエリカがそれを止めた

 

「よっ!元気してたかい?」

 

「あ!リン、ヒロキ」

 

「あ・・・2人も来ていたんですね」

 

「ちょっとね・・・ジョンくん、お父さんによろしくね」

 

「はい、分かっています」

 

「それじゃあ次に会えるのは分からないけど、また会える事を願ってるわ」

 

「はい、また会える事を・・・」

 

そう言うとジョンは凛の差し出した手の握り返した。そしてその後、2人は飛行機に乗ってアメリカ行きの便に乗って行った

 

 

 

 

 

そして1時間後、空港の出口では雫が帰ってきた

 

「おかえりー雫」

 

「ただいま」

 

「よし、じゃあ今日は雫の帰国記念にどっか寄ってから帰ろ!!」

 

「お!良いねぇ〜それ。じゃあ凛の奢りでいい?」

 

「ハッハッハ。何言ってんだい、主役以外は割り勘よ」

 

「ええ〜!ケチ」

 

「バカ言うんじゃ無いよ。全員奢りにしたら破綻しちまうよ」

 

そう言うと笑いながら凛達は空港から出た



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星を呼ぶ少女編
面倒事の予感


パラサイトの一件から数日が過ぎた・・・その間、凛達は特に大きな問題もなく普通の生活を過ごしていた

 

「ただいま〜・・・って酒臭!!」

 

買い出しから帰って来た弘樹は部屋から匂った強烈なアルコール臭に思わず鼻を摘んでしまった

 

「お?ひろき〜・・・おまえものむか〜?」

 

そう言って部屋の奥から酒瓶片手に顔を赤くした凛が出て来た

 

「ちょっと姉さん!!あんた今日何本飲んだんですか!?」

 

そう言って弘樹が驚いていると

 

「うーん、だいたい五本くらいかにぁ〜」

 

そう言うと段々と呂律が回っていないことに気がついた

 

「取り敢えず姉さんを寝かしつけないと・・・明後日は雫のお誘いだ、それまでに酒が抜けるといいけど・・・」

 

そう言って凛をベットに連れて寝かせると弘樹はリビングに向かった

 

「うわっ!なんだこの酒瓶の数は!!全然5本じゃ無いじゃ無いか!!」

 

そう言って視線の先にある大量の酒瓶とおそらく肴の置いてあったと思われる皿が床に散乱していた

 

「一体この部屋で何があったんだ・・・」

 

そう言って弘樹は酒瓶を片付け始めた

 

 

 

 

 

リビングの掃除が終わった頃、寝室から寝ぼけた様子の凛が出てきた

 

「んー!!よく寝た!!」

 

「ちょっと姉さん!あんた飲み過ぎでしょ!!一体何があったんですか!?」

 

そう言って先程のお部屋が汚部屋となっていた理由を聞いた

 

「ああ、なんか急にやけ酒したくなってやっちゃった☆」

 

そう言うと弘樹は呆れたような表情で

 

「はぁ、取り敢えず酒臭いので消してください。明後日は雫の別荘に遊びに行くんですよ」

 

「分かっているわよ」

 

そう言うと瞬時に先程の酒臭さが消えた

 

「しかし、一昨日くらいにジョン君が送ってきたメールはまた面倒な予感がするよ・・・」

 

そう言ってジョンがメールでリーナのみアルバカーキについた途端、シルヴィによってホノルルに飛ばされた事を聞いた

 

「ええ、確かにホノルルだと太平洋方面に逆戻りですね・・・また面倒ごとを増やす気でしょうか?」

 

「さあ?まあ、彼方はまず明後日の準備だ。雫から今回もデザート製作を任されたんだ、それも準備をしないと」

 

そう言って凛は今回のメニューを考え始めた

 

 

 

 

 

そして迎えたお誘いがあった日、凛達は夏休みの時と同じく所有しているクルーザーに乗って島に向かった

 

「ふぅ、取り敢えずこっちは準備をするから。弘樹は深雪と楽しんでなよ」

 

「姉さん・・・はぁ」

 

そう言ってため息をつくと弘樹は深雪に腕を掴まれてビーチに連れて行かれていた

 

「さて、ほのかは今頃達也についているのかな?」

 

「そうじゃない?夏休み以降もずっと達也と一緒に行く機会が多かったからね」

 

そう言って夏休みに告白を断られたがそれでも一緒にいる機会の多いほのかを見て、隣にいた雫がそう答えると

 

「じゃあ、私はこれから準備だから。黒沢さんにジュースを教えてもらう代わりにこっちも料理の提供だからね」

 

「うん、楽しみにしている」

 

そう言ってみんなと一緒にビーチに向かった

 

「・・・さて、まずはクッキーを焼く所からだな」

 

そう言うと凛は別荘にある厨房に入って行った

 

 

 

 

 

厨房に入って少しした時、凛は今回のデザートの下準備を終わらせた

 

「・・・よし、あとは形を作って行くだけだけど・・・む、これは・・・」

 

そう言って凛は島に近づいて来る一気の航空機を認識した

 

「飛行艇・・・国防軍のか・・・」

 

そう言っていると達也が水着から動きやすい服装に着替えて厨房に入ってきた

 

「凛、風間少佐からだ。俺だけに出頭命令があったが、如何したんだ?」

 

そう言って渡された紙には風間少佐からの『サード・アイ』の使用許可に関する内容が書いてあった

 

「OK、じゃあこっちから開けておくから。深雪のところに行ってらっしゃいな」

 

そう言うと達也は部屋を出て、その後に膨大な想子が溢れているのを確認した

 

 

 

 

 

 

「ふう、また面倒ごとが起きなければいいけど・・・」

 

そう言って飛んで行く飛行艇を見送ると、凛はあらかた準備が終わったので雫達と共にVTOL機に乗って南盾島に向かった

 

 

 

 

 

南盾島についた一行は補給基地の余剰能力を使って作られたショッピングモールで各々買い物を楽しんだ

 

「おお〜、立派なものね」

 

「まぁ、此処からは女子の買い物について行く感じだから。男子達はのんびりしてて」

 

「うーん、僕はいいとしてレオは大丈夫かい?」

 

「ああ、ただ弘樹は・・・まぁ、いつもの事か」

 

そう言って弘樹にくっ付いている深雪を見て苦笑いをしていた

 

「まぁ、あれは仕方ないでしょ。実際問題付き合っているわけだし」

 

そう言って深雪が楽しんでいるのを見て凛達は男性陣達と別れた

 

 

 

 

 

そして買い物を済ませて、ちょうどカフェで休憩していたレオと幹比古を見つけた女性陣は男性陣に奢らせた。そして休憩が終わった後、エリカはレオに、美月は幹比古に、深雪は弘樹が奢っていた

 

「しかし立派ね〜」

 

「まぁ、ここら辺に娯楽施設なんて此処くらいしかなもんね」

 

そう言っていると一行事前に調べていたレストランで食事を取った

 

「・・・なぁ、弘樹。なんか妙じゃねえか?」

 

「ああ、なんか変に殺気だっていると言うか・・・あちこちに憲兵らしき人物がいる。さっさと帰った方がいいかも」

 

「そうね、ならさっさと帰りましょ」

 

エリカがそう言うと一行はさっさと空港に向かった



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少女との出会い

南盾島でショッピングを楽しんでいた一行は殺気立っている島の様子を見て空港に向かっていた

 

「あれ?タラップが空いてる・・・」

 

そう言って凛はVTOL機のなかに”二人いる”ことを認識すると伊達がタラップを閉め忘れて居眠りしていたことを謝してタラップを閉めようとしていた時、海軍のジープが近づいてきてそこから海兵が二人降りて来て中を分検すると言ってきた。そしてエリカの圧よって海兵の二人は分検を諦めた

 

「・・・ねぇエリカ、どうして庇ったの?」

 

飛び立ってから少し経った後、凛がエリカにそう言うと

 

「ん?だってさ、確実にさっきの奴らは”あの子”目当てでしょ?」

 

「大丈夫よ、安心して出てきても」

 

そう深雪がいうと機体後方の扉が開いて、そこから無造作に伸びた髪で前髪が隠れている小学生くらいの少女が出てきた

 

「・・・取り敢えず、ちょっとごめんね」

 

そう言って少女を席に座らせると機内に持ち込んでいたアタッシュケースを開いて、そこからいくつかのコードをその少女に繋げた

 

「・・・これは・・・」

 

「どうかしましたか?」

 

そう言って隣で検査の手伝いをしていた弘樹が言うと

 

「これは・・・精神が消耗している・・・一体何をしてたんだ・・・」

 

そう言って凛が名前を聞くと

 

「『わたつみシリーズ』製造No.22。個体名九亜・・です」

 

そう言うとリンを含めた機内にいた面々は驚いていた

 

「調整体・・・か・・・」

 

「これは参った。まさか調整体だったとは・・・」

 

そう言って驚いている中、凛は早速真夜や桜シリーズに施した『有機調整』を施し、精神を回復させる『春の息吹』をかけると九亜は寝てしまった

 

「しかし、精神の消耗って。一体どんなことがあったらそんなんになるんだ?」

 

「ねぇ、こう言う時ってどうしたら良いの?」

 

「一番は、魔法の行使を控えること・・・それにこれは・・・」

 

「・・・大規模な魔法行使の影響・・・」

 

そう弘樹が言うと凛は

 

「だけど、これほどの精神の消耗っぷりは複数人の精神リンクだろうな」

 

そう言って九亜の記憶にある魔法式を”視る”と、凛は呆れてしまった

 

『海軍はそんなに陸軍と差を付けたいのか・・・聞いてて呆れる』

 

そう思うとVTOL機は聟島に到着した。ヘリポートの端には任務を終え、先に戻っていた達也の姿があった

 

「よ!仕事は終えたのかい?」

 

「ああ、それよりも思ったより早く終わったな・・・あの子は?」

 

そう言ってタラップを慎重に降りている九亜を見てそう言うと凛は保護をしたと言って全員をリビングに集めた

 

 

 

 

 

リビングについて九亜にクッキーを差し出すと、九亜は少し匂いを嗅いで恐る恐る食べ、出されたジュースを飲み干した。その様子を見て、リビングにいた全員は九亜が人としての生活をしていないことを認識した。そして達也が九亜のことを見ると、九亜はその目がまるで”睨んでいる”ように見え、思わずエリカに抱きついていた

 

「おやおや、怖かったかい?」

 

「達也や・・・女の子を怖がらせちゃあかんやろに・・・」

 

「いや、そんなつもりは無いのだがな・・・どうして笑う」

 

「ふふっ、お兄様ですから」

 

そう言うと凛は九亜に幾つかの質問をして、そこから情報が分かった。自分は大きな機械・・・大型CADに九亜を含めて九人の魔法演算領域を使って大規模な魔法実験を行っており、盛永と言う研究員に逃げるように言われて逃げてきたと言った。するとエリカが

 

「ねぇ、凛。自我が消えるって本当にあるの?」

 

「・・・いや、それは大戦中の遺産で開発されたものの中にある奴だ」

 

すると達也が詳しく話した

 

「それは複数人の魔法師の精神を強制リンクさせて大規模な魔法演算の実験を行なったという話がある」

 

「それじゃあまるで魔法師はCADのパーツじゃ無いか!!」

 

そう言って幹比古が怒っていると九亜は少し怯えながら助けを求めるような表情をした

 

「お願い、助けて・・・」

 

「大丈夫、此処で放り出すような事はしないさ」

 

「ううん、"私達"を助けて下さい」

 

そう言うと弘樹はある質問をした

 

「ねえ、九亜ちゃん。此処に来る前に盛永さんから何か言われなかった?」

 

「・・・七草真由美さんに助けて貰いなさいって、言ってました」

 

「ブッ!」

 

九亜の発言に凛は思わず飲んでいたジュースを軽く吹いてしまった。するとレオが

 

「ああ、そういえば隣に同じタイプのティルローター機が停まってたな」

 

「へー、意外と覚えているのね」

 

「意外は余計だ!!」

 

そうレオとエリカが言い争っている間に弘樹は真由美に暗号化したメールを送ると、こっそりともう一つの端末にも同じ内容のメールを送っていた

 

「しかし、研究所から逃げさせるとなると海軍と事を交えることになる」

 

「それは・・・不味いのでは・・・」

 

そう言ってエリカは凛が海軍の軍籍を持っている事を指摘すると

 

「うーん。まぁ、なんとかなるでしょ。そん時はそん時だ」

 

「軽いな〜」

 

そう言ってエリカが若干引いていると

 

「何、こう言うのは後から適当に理由つけときゃ良いんだよ。そうすれば何も言われんさ」

 

「よくそんなこと思いつくわね」

 

「んー。とりあえず、今回は魔法師の人道的保護ってことで良いかな?」

 

そう言うと凛は弘樹の方を向くと端末を借りて、ある所に繋いだ

 

「突然すみません、真夜さん」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。しかし、今日はどんな御用で」

 

「実は・・・」

 

そう言って凛は九亜を保護した事と海軍と事を交える事を報告すると

 

「良いのですか?あなたは海軍の軍籍も持っています。その様な事をしたら・・・」

 

「何、こう言う時はうまく隠すさ。それに、最悪“もう一つの役職”を使えば何とかなるさ」

 

「ふふっ、そうですね。そういえばあなたにはもう一つ役職がありましたね。では、装備については真田大尉に言ってください」

 

「助かります」

 

そう言って通信が切れると、凛は達也に先程の事を伝えると納得していた

 

「すまないな、わざわざ通信をしてくれて」

 

「いや、今回は魔法協会に話を付けておかないといけない、その点で連絡しただけよ」

 

そう言って凛はほのか達と共に奥の部屋に入って行った



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本心

凛たちが南盾島で保護をした九亜という少女は海軍が行っている実験に関して全員が驚いていた

 

 

 

 

 

 

その日の夜、達也、弘樹、レオ、幹比古の4人は別荘の浴場で汗を流して食堂に向かうと。女性陣が走り回って夕食の準備をしていた

 

「あれ?姉さんと黒沢さんの姿がないけど・・・」

 

「もしかして、九亜ちゃん絡み?」

 

「ええ、そうよ」

 

そう言うと食堂の扉が開き、そこからきちんとした身なりになり、前髪をきちんと切られた九亜がいた

 

「すごいな、此処まで綺麗になるなんて・・・」

 

「ええ、これは凛がやったのかしら?」

 

「ええ、そうよ。でも此処まで綺麗になるなんて思ってなかったけどね」

 

そう言って化粧なしだと言うと深雪は驚いていた。すると弘樹は

 

「あ!そうだ、さっき連絡があって、七草先輩が明日の昼に来て九亜ちゃんを東京に連れて行くらしい」

 

「でも、大丈夫なんですか?」

 

深雪は此処ら一帯が空軍によって警戒されている事を指摘すると

 

「大丈夫、七草先輩は屈指のスナイパーだ。もし撃墜なんかしたら意気揚々に七草家は国防軍の勢力を伸ばすだろうな」

 

と隣にいた凛がそう言うと全音が少し苦笑いをしていた

 

「さて、取り敢えず。明日、ほのかと美月は先輩のVTOL機に乗って帰って欲しい。まぁ、他のメンバーも残ってくれると嬉しいが・・・」

 

そう言うとエリカは

 

「此処で大人しく帰ると思う?」

 

「だろうな」

 

そう言うと全員は食堂で夕食を取った

 

 

 

 

 

夕食後。凛は1人、人気のないところに移動すると『CHERRY』と書かれた桜柄の書かれたタバコを口に咥え、それに火をつけて吸い始めた

 

「ふぅ〜、最近はこれも吸えなくなってしまったねぇ〜」

 

そう言って煙を上げながら懐かしむ様にタバコを吸っていると茂みから弘樹が出てきた

 

「あ、此処にいましたか」

 

「おお、弘樹だったか・・・」

 

「気を付けてくださいね。ただでさえタバコは駄目なんですから」

 

「ああ、分かっているさ」

 

そう言って凛は煙草を吸い終えると吸い殻を能力で消し、匂いも消し、痕跡を完全に消すと弘樹に向かって聞いた

 

「なぁ、私が君を拾って、育てている時に君は人を捨てた・・・その事に悔いはなかったのかい?」

 

そう問うと弘樹は少し考えた後、返事を言った

 

「・・・正直に言いますと、私は人と言う概念を捨てた事にはくいはありませんでした。私の生みの親はすでにあの時に亡くなっていました。あの時は貴方様について行くことが自分に課せられた生き甲斐であると思っていました」

 

そう言って弘樹は初めて凛と出会ったあの戦争のことを思い出していた

 

「そして貴方様の僕となり。色々と仕事をして来ました。ですが深雪と出会った時。貴方と同等に“守りたい”そんな気がしたんです・・・」

 

そう言って今までのことを吐き出すかの様に言うと凛は

 

「ふふっ、君の本心が聞けてよかったよ。何、大丈夫さ。いずれ答えを見つける事は出来るさ。それに近いうちに達也達には私たちの正体をバラすつもりでいる。その時のまた君と深雪には“選択”をしてもらうさ」

 

そう言うと凛はまた、タバコを吸い始めた。その時空は美しい星で埋め尽くすが如く、輝いていた

 

 

 

 

 

次の日、達也と弘樹は霞ヶ浦にある独立魔装大隊の駐屯地に来ていた

 

「ムーバル・スーツの準備。有難うございます、真田大尉」

 

「いえいえ、事情は聞いています。データを取る意味でもこれくらい痛手にもなりませんよ」

 

そう言って真田は海軍が未成年の魔法師を使っている事を言うと達也は

 

「自分はまだ16ですが・・・」

 

「他所は他所、うちはうち。そういうことです。ああ、あとこれを持って行ったください」

 

そう言って真田は二つのストレージを渡した

 

「これは・・・ディープとベータのストレージですか・・・しかし、ベータはとても戦闘に耐えられすものではありませんが・・・」

 

「これはスーツの貸し出し料と思ってて下さい。こちらのデータもは欲しいですし」

 

そう言って真田は達也にもう一つの箱を渡した

 

「これは、中佐・・・じゃなかった。“准将”に渡しておいて下さい」

 

実は凛は横浜事変の時に敵侵攻軍の排除の功績で昇進をしていた。もちろんこのことで凛は呆れていたのは言うまでもない

 

「これは何ですか?」

 

そう言って達也はこの中身を聞くと

 

「さあ?これは隊長から開けるなと言われているので・・・」

 

そう言うと達也は後で中身を聞こうと思ってその箱を受け取った

 

 

 

 

 

「この、アホンダラが・・・」

 

凛はそう言って目の前に広がる光景を見ていた。九十九折に気絶している兵士を縛りながらそう呟いていた

 

「ね、姉さん・・・」

 

「あ〜あ、凛を怒らせちゃったよ」

 

「さっきも暴れていたしなぁ」

 

そう言って達也が出て行った後、海軍の兵士が銃を突き付けながら海軍の病院からの脱走者の引き渡しを命じたが。それを拒否すると即座に発砲をした・・・が全ての弾丸が刀で斬られていた

 

「バカな・・・グッ!」

 

「ちょっと!私も混ぜなさいよね!!」

 

そう言ってエリカが『最上』を抜き取ると1人の兵士を海に叩き落としていた。

 

「余所見している場合か?」

 

そう言ってよそ見をしている兵士にレオがオリジナルの『エア・バズーカ』を発動して桟橋にいた複数の兵士をエリカと同じ様に叩き落としていた。『エア・バズーカ』はレオが凛とともに開発した魔法で、周囲の空気をある一点に集めてそれを対象者の方向に向けて発射する魔法で、威力の調整が可能。

 

「おお、君たちも上達したねぇ〜」

 

「これもアンタの訓練の賜物よ」

 

そう言ってエリカとレオが強くなっている様子を見て凛はその成長ぶりに驚いていた

 

「これだと、一科生になれるんじゃないか?」

 

「うーん、どうなんだろ。分かんないや」

 

そう言って兵士を片付け終わると凛は島の裏側を見て

 

「お!やってるねぇ〜」

 

「弘樹がどうかしたの?」

 

そう言うと島の裏側をから爆発音の様なものが聞こえた

 

「え!?爆発!?」

 

そう言って後ろで構えていた幹比古が咄嗟に島の反対側に眼を向けると思わず苦笑いをしていた

 

「はは・・・これは酷い」

 

そう言って幹比古は現状を伝えた

 

 

 

 

 

同じ頃、島の裏側に上陸した兵士は陸地に上がった途端に吹き飛ばされてしまっていた。そしてその先にはCADを持った弘樹の姿があった

 

「ふぅ、取り敢えず。これで良いかな?」

 

「はい、お疲れ様です。弘樹さん」

 

そう言って隣に出て来た深雪が弘樹に飲み物を渡していた

 

「さて、あとは縛り上げてしまおう」

 

そう言って兵士を一箇所に集めて縛り上げると凛は乗って来た飛行艇にその兵士を詰め込んだ

 

「ちょっとそこで眠っててね」

 

そう言って飛行艇の扉を閉めて扉を溶接でくっ付け、中から開けられない様にした

 

「あんた・・・なかなか鬼ね・・・」

 

「え?そうかしら?」

 

そう言って凛は風間に連絡を入れるとすぐに回収して来ると言って飛んでくることが決まった

 

「さて、そろそろかな?」

 

そう言うと島に一機のVTOL機が着陸をするとそこから真由美、摩利の2人が出て来た



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救出

九亜の引き渡しのために戦闘を行った凛達は着陸して来た真由美達に挨拶をした

 

「お久しぶりです。七草先輩」

 

「ええ、久しぶりね。さて、君が九亜ちゃん?」

 

そう言って真由美は昨日会えなかったことを謝すると気にしていない様子であった。すると真由美は

 

「兄の恩師の盛永先生が九亜ちゃん達の扱いに私たちに助けを求めて来たのよ・・・それで凛さん、柴田さんと光井さんを同乗させればいいのね?」

 

「はい、後で私の飛行隊が向かいますが。それまでの妨害に遭ったら・・・その時は・・・」

 

「ええ、分かっているわ」

 

そう言って真由美達のVTOL機が離陸したことを確認すると

 

「さて、ウチらも行きますか」

 

「はい、準備は出来ています」

 

「しかし、とんでもない春休みになっちまったな」

 

「暴走しないでよ」

 

そう言って凛と弘樹は雫の用意してくれたクルーザーに乗って舵を握った

 

 

 

 

 

 

クルーザーで向かっている途中、凛は弘樹に南盾島の地図を出させると達也が操縦席に出て来た

 

「さっき真田大尉から箱を受け取ったんだが・・・あれは何だ?」

 

「お?もう来たのか、思ったより早かったな・・・達也、その箱を開けてもらっていいかい?」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って達也は受け取った先程の箱を開けるとそこから黒い箱に金属製の輪っかのついた装置で、箱から電源コードのような紐が出ていた

 

「これは?」

 

「『大和』の追加ブースターさ。ソーサリーブースターと違ってそれは電力をもとに作ってみた試作型」

 

「相変わらず変わった発想をするな」

 

「そうかしら?」

 

そう言っていると憲兵服に着替えたレオとエリカがやって来た

 

「お!ピッタリだったね」

 

「ええ、よくこんなの集めたわね」

 

そう言ってクルーザーは南盾島に着き、凛が弘樹と共に『大和』にブースターを繋げて調整をしていた

 

「ほぉ、そんな方法があったのか」

 

そう言って調整しているのをを見ながら達也がスーツを着て出てきた

 

「達也君、それは何?」

 

「ちょっとした秘密兵器さ」

 

そう言って悪魔のようなマスクをつけた達也を見て、凛達も着替えたことに気づいた

 

「ヘェ〜、今日の2人は国防軍の戦闘服みたいな服なのね」

 

「え?ああ、ちょっと今日はこれで行こうなかって」

 

そう言って凛達は黒を基調とした戦闘服を見せた

 

「さて、そろそろ時間だ。準備はいい?」

 

「いつでも」

 

「おぅ!」

 

そう言うと凛はレオ、エリカ、弘樹の三人は南盾島の実験施設の中に飛ばした。達也はスーツを着た状態で別行動を行なった

 

「よし、これで中に入れたわね」

 

「ちょっと!危ないじゃ無いの!!」

 

「まあまあ、どうせ正面突破なんか無理なんだから・・・む、これは・・・」

 

そう言って島の向こう側から大きな爆発を確認した

 

「こんなところで・・・民間人がいるんだぞ!アメ公は馬鹿しかいないのか!?」

 

そう言って海上にいるUSNA所属の潜水艦の存在を確認するとレオとエリカは弘樹に先導される形で研究室に向かった。途中、国防軍の兵士がいたが弘樹は『エア・バズーカ』で兵士を吹き飛ばして気絶させた。そして司令室に着くと、そこにはアラーム音が響く中。責任の押し付け合いが行われている騒然とした現場であった。弘樹はその人の間を通ってコンピューターを起動して中身を見た

 

『これは・・・セブンス・プレイグが24時間以内に落下・・・落下予想地点は小笠原諸島近海・・・まずいな』

 

そう思って起動式の情報をコピーすると達也が盛永を連れて来て、司令室に入って来た

 

「状況はどうだ?」

 

「いや、セブンス・プレイグが此処に落ちてくるだけで他は分からん」

 

「そうか・・・」

 

そう言うと達也はガラスを突き破って隣の実験室に入った。続いた弘樹が中にあったCADのロックを解くと九亜と同じ体を持った少女が出てきた

 

「ふぅ、取り敢えず処置をしないと・・・」

 

そう言って全員を『春の息吹』で精神の回復を行うと達也が弘樹達に此処から連れ出す様にと頼んだ

 

「んなこと分かってるよ。今姉さんが外にヘリを待たせている、この子達をそこに乗せるよ」

 

そう言って弘樹を先頭にエリカとレオが後ろについて行く形で外に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

同じ頃、雫の別荘では幹比古がレシーバーを使って音声を拾っていた

 

「今、所属不明の潜水艦って言ってなかった?」

 

「うん、僕もそう言うふうに聞こえた」

 

そう言ってつまみを回していると詳しい情報が入ってきた

 

「これは・・・ちょっとまずいかもしれない」

 

そう言っていると深雪が雫にお願いしてVTOL機に乗り込んだ

 

 

 

 

 

わたつみシリーズを保護した弘樹達はヘリの止まっている空港に向かおうとした時、空港に続く橋が落とされており。橋の上には2人の人物がいた

 

「あれは・・・すまん、2人は先にヘリに乗っていてくれ。後で合流しよう」

 

そう言ってエリカ達をヘリの前まで飛ばすと、その2人は驚いた様子で弘樹のことを見ていた

 

「あれは・・・」

 

「隊長、やっちゃっていいですか?」

 

「ああ、そうするしか無さそうだ」

 

そう言うと弘樹は来ている服を見てスターズのメンバーであることを確認すると。突撃してきた兵士をスルリと回避するとその兵士は驚いた様子だったが、むしろ面白いと言ってさらに早い攻撃を仕掛けてきたが、弘樹は空港の方を見て、ヘリが飛び立ったことを確認すると。突っ込んできた兵士の斬撃を受け止め。神道魔法『吹雪』で着ていたスーツを凍らして破壊しながら吹き飛ばした

 

「ふっ、スターズと言ってもこんなもんか。つまらん・・・」

 

そう言って気絶したその兵士をもう1人の兵士に渡すと

 

「スターズに言っておく、これ以上干渉をするなら。こちらも相応の措置を取る事となる、今引けばこれ以上のことはしないと約束しよう」

 

「・・・もし断れば・・・」

 

「その時は・・・容赦しないぞ・・・ベンジャミン・カノープス少佐」

 

そう言って名乗ってもいないのに、自身の名前が知られている事に驚きつつも、先程の魔法を見て勝ち目はないと判断したカノープスはラルフ・アルゴルを抱えると去って行った



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解決

弘樹は時間稼ぎのために2人のスターズを相手取り、退散をさせて少し休憩しようとしたがその間を置かせなかった

 

「これは・・・まさかこの島ごと吹っ飛ばす気か!!」

 

そう言って洋上から高い想子の反応を感じたが、近くに凛の動かしているヘリがおり。リーナの魔法式を吹き飛ばしたのを確認した

 

 

 

 

同じ頃、リーナが発動した『ヘビィ・メタル・バースト』によって起きた火災は深雪によって鎮火され。ついでに潜水艦の足止めの為に周りを凍らせた。すると凛から連絡があった

 

「ごめん、深雪。ちょっと弘樹の回収をお願いできる?空港近くの橋のところに居ると思うから」

 

「分かったわ」

 

「ちょっとこっちは今から大事な仕事があるから」

 

大事な仕事の意味を理解すると深雪は弘樹の元へと向かった

 

 

 

 

 

ヘリに乗って達也を回収した凛はそのまま潜水艦の上に向かうと、そこにはリーナがCADを構えて立っていた

 

「はぁ、ちょっとは加減というものを知らんのか」

 

「し、仕方ないでしょ!」

 

そう言ってヘリから降りた凛が最初に言ったことにリーナは少し膨れていたが達也が落ちてくるセブンス・プレイグの対処をするために上空140kmまで飛ばして欲しいと言うと、リーナは凛の無言の圧力に負け。達也を上空に飛ばす事になった

 

「それじゃあ、後のことを頼む」

 

「おう、任せときな。後始末はこっちがする」

 

そう言って持っていたCADを置いて上空に向けるとリーナは達也を上に飛ばした

 

「スリー、ツー、ワン・・・GO!!」

 

そう言って勢いよく飛び出した達也を深雪は弘樹を回収した時に感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が飛んで行ったのを確認した凛はブースター付きCADを大海原の方向に向けた

 

「ちょっと!何しているの!!」

 

いきなりの事にリーナが驚いていると

 

「何、ちょっとゴミを消すだけさ」

 

そう言って魔法式を構築した

 

「目標確認、距離10000、電力充填85%・・・陽電子加速装置作動、中性子、ガンマ線フィルター展開。標準よし」

 

そう言って凛の背負っている箱が青く光っているのと腰のあたりに着いていた輪っかのような物が光ると光がCADに沿う形で光だし、砲身内が灯りで満たされていた

 

「何が起こるの・・・」

 

そう言ってリーナは、今起こっている現象に驚いていた

 

「電力充填100%、発射準備完了・・・陽電子砲発射」

 

そう言うと光線が海面に突き刺さると氷を溶かして遠くで爆発が起こるとそこから一隻の潜水艦が海面に叩き上げられ、中心から真っ二つに折れて沈んでいった

 

「あれは・・・やっぱり大亜連合か・・・」

 

「え!あんなの報告なんて無かったわよ!」

 

そう言って驚いていると凛たちは上空で起きたオーロラを見て、作戦が成功したことを確認すると。リーナの質問を無視し、そのままヘリに乗って去っていった

 

 

 

 

「さて、これから面倒な日々になりそうだ」

 

そう言って凛はヘリを消すと深雪たちの迎えのVTOL機に乗って帰った

 

 

 

 

「新型砲の試射もできたし。あとは九亜ちゃんたちの保護だな」

 

そう言って今後のことを考えていると

 

「凛、九亜ちゃんたちは無事に雫のところに着いたって連絡があったわ」

 

「そうかい、じゃあ後はあの子達をどうするかの話し合いだな。まあ、雫のところで預かってもらうかも知れないけどね」

 

そう言ってVTOL機は聟島に着いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は大変っだった。この一言で終われそうな毎日であった

 

「ハァ〜、疲れた」

 

「お疲れ様です」

 

「弘樹、お茶を頂戴〜」

 

「畏まりました」

 

そう言って弘樹は凛に緑茶を出すと

 

「ハァ〜、とりあえず雫の所で預かってもらえる事になったけど・・・」

 

「じゃあこれでやる事は終わりですね」

 

「ええ、それに弘樹が持ってきたあの起動式。それだけでも収穫という物だ」

 

そう言って凛はお茶を啜った。すると凛は何かを思い出した

 

「あ!そういえばもうすぐ深雪の誕生日か・・・」

 

「ええ、そうですね」

 

「今年は何をあげようかな」

 

そう言って凛は天井を見た

 

 

 

 

 

3月25日今日は深雪の誕生日だ。凛は朝早くにどこかに出かけると、残った弘樹は着替えて深雪と待ち合わせ場所に向かった

 

 

 

 

 

その頃、凛は達也を呼び出してFLTに来ていた

 

「あ!そういえば達也の家に新しい子がきたんだって?」

 

「ああ、叔母上からな。名前は桜井水波、穂波さんの姪にあたる遺伝子だそうだ」

 

「ほーん。お!着いたね」

 

そう言ってFLTの駐車場に着くと地下入り口から牛山が出てきた

 

「御曹司!お局!」

 

「ごめんなさいね、いきなり連絡を入れてしまって」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

そう言って凛は弘樹は今日は来ないと言うと牛山はその事も了解して2人を研究室に通した

 

「達也、新しい魔法を考えているんだって?」

 

「・・・何処からそれを?」

 

「何、牛山さんからだよ。まぁ、何かあったら言ってくれ」

 

「・・・分かった」

 

「さて、今頃弘樹は深雪とのデートを楽しんでいるかな?」

 

そう言って凛は深雪とのデートを楽しんでいる光景を視て凛は牛山に通されて、目の前にある紺色に青色のコントラストに少しだけキラキラした粉のようなものが付いている日本刀があった

 

「お局、これが『敷島』です」

 

そう言ってその日本刀を牛山は渡すと、凛は魔法式を起動した

 

「・・・ええ、上出来ね。さすがは達也のプログラミングだわ」

 

そう言って凛は敷島を受け取ると牛山に感謝をした上で深雪の誕生日用にスカーフを買って待ち合わせ場所に向かった

 

 

 

 

 

この後は、エリカ達も呼んで予約していた喫茶店に向かって深雪の誕生日会を催した



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ダブルセブン編
仕事場


南盾島での一件が済んでから1週間ほど経ったある日、凛は四葉家本邸にいた

 

「しかし、海軍の連中も馬鹿だねぇ〜」

 

そう言って凛は戦略級魔法の件で愚痴を吐いていた

 

「しかしなぁ〜、保護はしたもののこの後をどうしようかなぁ〜」

 

「それは、すでに考えているのではありませんか?」

 

「うーん、まぁ、一応考えてはいるんだけどさ。銀行とのつながりがあまり表沙汰になりたく無いんだよね」

 

「それは大丈夫でしょう・・・しかし、この後は銀行に向かれるのですか?」

 

「ええ、取り敢えずこの前の出来事を伝えに来ただけだし。この後は会議だ、じゃあこれくらいで」

 

そう言って凛は本邸を後にした

 

 

 

 

 

「・・・さて、このまま銀行に行くよ」

 

「はい、分かりました」

 

そう言って先に車に乗っていた弘樹が運転をして向かった先にあったのは『North・Manchester Bank』と書かれた大きなビルであった

 

「さて、今日は中間報告会議だ。車を頼んだわ」

 

「はい、お任せを」

 

そう言って髪色を金髪に変え、瞳の色を茶色から緑色に変え出てきた凛がそう言うと弘樹は乗ってきた車を地下の駐車場に回した。そして、凛はビルのゲートをカードで通り中に入るとエレベーターで降ると地下12階と書かれたフロアに入り、警備員からの検査を受けて会員証を通して部屋の中に入り、一つだけ椅子が置かれた会議室に入った凛は持っていたカードキーを座った席の前のテーブルにかざすと、机全体に広がるように光が伸びていくとホログラム形態として人の形をした映像が映し出された。すると凛が

 

「それでは、中間報告と今の情報統制を聞こうか」

 

そう言って映し出された映像のある一人が報告を入れた

 

「現在、USNAの人間主義者は落ち着いた様子を見えましたが。複数の人間主義者は出国をし、日本に入国しています」

 

「西EUも主な動きはありません。ただ秋の一件で日本の非公認戦略級魔法師に警戒している模様です」

 

「東EUも秋の『灼熱のハロウィン』以降、日本に警戒をしている模様です」

 

「新ソ連も秋の一件で派遣した艦隊の全滅でその真相の特定に躍起になっています」

 

などと言って世界中にある銀行の支社長(12使徒)が次々に報告を入れた

 

「・・・以上が現在の情報であります。続いては今季の金利に関してですが・・・」

 

そう言って会議は進んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・では、今回の定期中間報告会議はこれにて・・・」

 

凛がそう言うと会議室のホログラムが消え、会議室に一人、凛が席に座った状態となった

 

「ふぅ、周公瑾か・・・」

 

そう言って報告の中にあった周公瑾と七賢人の一人のジード・ヘイグという人物に凛は警戒をした

 

「さて、今日はこの後に達也のところだ。でもまずは・・・」

 

そう言って先を立ち上がると会議室の壁に想子を流すとそこから扉が出てきて番号入力と想子チェックを受け。鍵が解除されると扉の奥から棚いっぱいに埋め尽くされた黄金の延べ棒の数々と、煌びやかな宝石のついた装飾品の数々であった

 

「・・・いつ見ても眩しずぎるくらいね・・・」

 

そう言ってその宝石などにも目をくれずに凛はさらに奥の堅牢の鍵を開け。軽々しく開くとそこには周りが漆黒に包まれ、その上から光が差し、浮いている杖があった。ただその杖は上が水晶球のような球体の中に赤く光るダイヤモンドカットをされた宝石が真ん中に設置され、宝石は宙に浮いていた。そして凛はその杖を見て

 

「・・・これを使うことが無ければいいけど・・・」

 

そう言って凛はその部屋の扉を閉めて金庫室を出て行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀行のビルから出た凛はそのまま変装を掛け直して司波家に着いた

 

「よ!手伝いに来たよー!」

 

「ああ、ちょうど良かった。ちょっと水波の手伝いをしてくれないか?」

 

「オッケー!」

 

そう言って凛は深雪のいる部屋に向かった

 

「よ、お邪魔するね」

 

「ああ、上がってくれ。今お茶を準備するから」

 

そう言って弘樹も達也に続く形で家に上がると軽い話をした

 

「・・・成程・・・七宝と七草か・・・なんか嫌な予感するな・・・」

 

「お前がそれを言うとは・・・本当に起きそうだな」

 

「うーん、でもまずは雫のパーティーだ。一昨日に姉さんが送ったレシピ・・・使ってくれているかな?」

 

「使っているだろ」

 

などと話していると上の階でバタバタした音が聞こえ、弘樹達は準備ができたのだと思うとドレス姿に身を包んだ凛達が降りてきた

 

「2人とも、こっちは準備出来たよ」

 

「ああ、わかった」

 

「外に停めてる車で行くよ」

 

そう言って外に止めてあった大型車に乗ると凛達は北山邸に向かった



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怪しい者

北山邸に着いた一行はその広さに驚いていた。そんな中、凛達は雫達と合流した

 

「あ!いたいた」

 

「凛、深雪。」

 

「達也さん、弘樹さん」

 

そう言って合流した達也は水波の紹介をした

 

「紹介するよ、俺たちの従姉妹の桜井水波だ。今度新一年生として一高に入学する」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

「よろしくね」

 

そう言っていると雫の後ろからある人物が声をかけた、なお前に会ったことがあったので特に驚きもしなかった

 

「さぁ、これは凛が贈ってくれたレシピで作ったお菓子。食べたけどとても美味しかった」

 

「え?そうなの?」

 

そう言ってバイキング形式で置かれているお菓子を見て凛に問うと

 

「ええ、一昨日に頼まれたのよ。まぁ、その時に何故か給料って言ってお金を貰ったんだけどね」

 

「こんなに美味しいのはお金を払わないといけないと思ったから・・・」

 

「別にそんなのいらないって言ったのに」

 

そう言うと深雪は少し恥ずかしそうに凛以外の女性陣とともにバイキングの料理をとって行った。その様子を見た凛は潮に近づくと小声で

 

「・・・北方潮さん・・・少しお話をいいですか?」

 

いきなりビジネスネームで呼ばれたことに潮は少し驚いたが、潮は凛の表情からして何かあるのだろうと思うと人気の少ないバルコニーへと向かった。その様子を見ていた達也は少し不思議に思ったが隣にきた潮の妻であり雫の母親である北山紅音か声をかけたので続きを見ることはできなかった

 

 

 

 

 

 

バルコニーに出た潮は凛に先程の要件を聞いた

 

「・・・それで、なぜ私をビジネスネームで呼んだんだい?」

 

「・・・ちょっと知り合いから言付けを頼まれまして。まぁ、これはくれぐれも内密で・・・」

 

そう言って今では珍しくなった名刺を渡すと、潮は驚いていた

 

「これは・・・っ!・・・驚いた、まさか君が『ノース・マンチェスター銀行』の支社取締役と知り合いとは・・・いつもお世話になっていますよ」

 

「まぁ、昔。父の紹介で・・・」

 

「成程、そうでしたか・・・それで要件とは何ですか?」

 

「・・・今、預かっているわたつみシリーズの子達の事でね。よかったら資金提供をしようと考えている・・・と言付けを頼まれました」

 

「成程、そう言う事でしたか・・・でしたらお願いしても?」

 

そう言って提案を呑むと言うと凛は了解したとだけ言ってパーティー会場に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

会場に戻った凛は紅音に詰め寄られ、潮に宥められている達也を見た

 

「お?どうしたの、達也」

 

「ああ、ちょっと聞かれてな」

 

「成程ね、大体分かったわ」

 

そう言っておそらく達也の身辺調査の件で色々と詰め寄られたのだろうと思うとお疲れ様と思って肩を叩き、雫達が1人の男の子がいた

 

「おや?あれは・・・」

 

「は、初めまして。北山航と言います」

 

「ええ、よろしく」

 

そう言って航が達也に魔法技師のことを聞いて、達也が言うと航は恥ずかしそうに言って会話を楽しんでいた

 

「あれ?弘樹は?」

 

そう言ってこの場に居ない弘樹を凛が聞くと

 

「ああ、さっき用があるって外に出て行ったぞ」

 

そう言ってると弘樹が戻ってきた

 

「よう、遅かったじゃないか」

 

「え?ああ、ちょっと聞かれてね・・・」

 

そう言って凛は弘樹に聞いた人物を聞こうとしたら雫に1人の男性が女性を連れて挨拶をした。そして着いてきた女性は自己紹介をした

 

「初めまして、小和村真紀と言います」

 

凛は小和村真紀のことを少し警戒したが、ほのかが芸能人であることを言うと真紀は自分たちの方に近づくと、お誘いをしたが、凛達は丁重にお断りをしていた。そうして凛達は北山家を去って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なぁ、どうだった?」

 

帰り道の途中、達也が運転をしている凛に聞いた

 

「ん?何をだい」

 

「さっきの小和村と言ったか。あの女性のこと・・・そう言って凛はバックミラーを見て、深雪と水波が寝ていることを確認すると

 

「・・・怪しいと思った。それだけだ」

 

「そうか・・・」

 

達也はそう言って家まで送ってもらったことを感謝した

 

「じゃ、また明日ね」

 

「ああ、また」

 

そう言って軽く寝ぼけている深雪を弘樹が水波を達也がそれぞれ部屋に送っていた

 

 

 

 

 

 

次の日、凛達にとっては2回目の春の季節がやってきた

 

「うーん、懐かしいねこの感覚。初日にぶっ倒れたのが懐かしいよ」

 

「あの時は流石に驚いたぞ」

 

「全く、このバカ姉がねぇ。前日にやらかすからだよ」

 

「ははっ、容赦ないわね」

 

そう言って通学していると何かの視線を感じた

 

「・・・ふぅ、また面倒なことは避けてほしいね」

 

「お前がそれを言うか?」

 

そう言って視線に気づいた達也がそう言うと聞き覚えのある声が近づいてきた

 

「おーい!凛〜!」

 

そう言ってエリカが大きな声を出すと、凛達は合流した

 

「おお、こうなるのも久々だね」

 

そう言って登校時に同じになることが珍しいと言うと雫がある事を言った

 

「あ、制服が変わっている」

 

そう言って指を指すと制服についている紋章が変わっている事を言った

 

「どうなんだい。一科生になった気分は」

 

そう言って凛は新しく一科生となったエリカ、レオ、幹比古の三人に聞くと

 

「全く、驚きでしかないわよ」

 

「ああ、全くだ。一科生になるって言う連絡があった時は嘘かと思ったぜ」

 

と言って二科生の中で上位の成績を収めた三人が上がったことに凛は喜んでいた

 

「よかったわ、あの方法が効くなんて。ちょうどいいモルモットがいて」

 

「ちょっとそれどう言うことよ!!」

 

「ん?独り言だけど?」

 

そう言ってワーワーしていると凛は教室に入った



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二度目の入学式

教室に入った凛は荷物を置くとそそくさと達也のいるE組に向かった

 

「ヘェ〜、意外と元一科生が多いのね」

 

「しかし、エリカ達がC組とは驚いたけどねぇ」

 

そう言ってエリカ達がC組の教室に入っていったことを言うと

 

「まぁ、前より会いやすくなったからいいんじゃない?」

 

そう言って会話をしていると。予鈴のチャイムが鳴り、各々教室に入って新学期の授業が始まった

 

 

 

 

 

 

 

昼となり、凛が部活連に呼ばれ。入学式の話で詰めていた

 

「・・・じゃあ、当日は私はここにいます」

 

「分かった、じゃあこっちの警備は・・・」

 

などと言っていると入ってきた桐原が話題を持ってきた

 

「ああ、そういえば今年の総代ってどんなやつなんだ?」

 

「さぁ?私も会ったことがないので分かりませんね」

 

「まぁ、入学式になったらわかるか」

 

そう言ってその日は何事もなく終わった

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は達也達をマンションに招いていた

 

「よ!来たかい」

 

「お邪魔させてもらう」

 

「失礼するわ」

 

「お、お邪魔します!!」

 

「いらっしゃい水波ちゃん」

 

そう言って夕食は弘樹と深雪に任せると達也は放課後の顔合わせの時のことを話した

 

「ほーん、七宝家か・・・そんなに好戦的だったのか?・・」

 

「いや、どちらかと言うと俺達のことを警戒している様子だった」

 

「七宝家か・・・確か七草家と確執があって。とりわけ十師族に執着している家か?」

 

「ああ、そうだ」

 

そう言うと凛はソファーに深く座ってため息をついた

 

「はぁ〜。全く、面倒な事をしてくれる」

 

「しかし、注意はしておいた方がいいだろう」

 

「ええ、そうしましょう」

 

そう言って水波が深雪の手伝いをしようとしたが断られて、どうしようか悩んでいるところを凛はフォローを入れていた。そしてその日は夕食を全員で取って終わった

 

 

 

 

 

そして迎えた四月八日、この日は一高での入学式がある日だ。この日は朝早くから凛達は学校の出向き、入学式の準備を始めた

 

「おはよう御座います!!」

 

「おはよう、神木さん」

 

そう言って後ろから達也達も到着をした

 

「おや?君、新入生だよね」

 

「はい、俺の従姉妹です」

 

そう言って水波は挨拶をすると、五十里の隣から出てきた七宝が挨拶をしたが。深雪との間に見えない“ナニカ”がバチバチしていた

 

『おお・・最初から荒れそうな予感・・・』

 

そう思うと達也が今日の予定を確認をし、それぞれ配置についていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、これから私は達也と新入生の誘導をするから」

 

「はい、分かりました」

 

「行ってらっしゃいませ。お兄様」

 

そう言って凛と達也は外に出ると早速誘導を行っていた

 

「・・・さて、だいぶ人も減ってきたなぁ・・・ん?これは・・・行くか・・・」

 

そう言うと魔法発動の兆候を認識した凛はその現場へと向かった

 

 

 

 

 

「おぉ、これは一体・・・」

 

現場に着いた凛は目の前の惨劇に思わず苦笑いをしてしまった。すると達也が凛がいることに気づき声をかけた

 

「凛・・・どうして此処に・・・」

 

「いや、ちょっと魔法が発動したのを確認してね。何があったのかなって・・・」

 

「ああ、そう言うことか」

 

そう言うと達也は先程起こった事を話した

 

「ああ〜成程ね、つまり勘違いをして魔法を使ったと・・・」

 

「そう言うことだ」

 

すると凛は魔法の発動をした事を注意だけするとそのまま去っていった

 

 

 

残った真由美、泉美、香澄の三人は凛のことを話していた

 

「ねえねえ、香澄ちゃん。あの女の人って誰なの?」

 

「知らないんですか?あの人は神木凛先輩。去年の総代の人で九校戦ではエクレール相手に優勝した人ですよ」

 

そう言って泉美が驚いていると後ろから真由美が話した

 

「ええ、そうよ。あの子は神木凛、元は古式魔法師らしいんだけど現代魔法も使える家よ・・・でも彼女の恐ろしいところは彼女が怒った時よ・・・あの子を怒らせたら大変なんだから」

 

そう言って真由美は何処か遠い顔をした。それを見た2人は少し凛のことに興味が湧いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式は順調に進み、入学式が終わった後であった。深雪は元・魔法大学学外監事で今は与党国会議員をしている上野に話しかけられていた

 

「いや〜、司波さんのスピーチも聞けたら良かったですな」

 

「いえ、上野先生。登壇できるのは新入生総代と生徒会長だけですよ」

 

そう言って深雪が少し困った様子をしていると上野は後ろから声をかけられていた

 

「上野さん、その位でよろしいのではありませんか?」

 

「こ、これはベルさん・・・ご無沙汰しています・・・まさかいらしていたとは・・・」

 

そう言っていきなり逃げ腰になっている事に不思議に思い、声をかけた人物を見ると短髪の金髪に緑色の瞳をしたすらっとした女性が立っていた

 

「あの・・・どなた様でしょうか・・・」

 

初めて見る人物に深雪は名前を聞くと

 

「あら、ごめんなさいね。私はベル・アンダーソンと言います。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします・・・」

 

そう言って深雪はお辞儀をするとベルは深雪を見ながら

 

「あなたの事は九校戦で見ました。あなたの魔法は素晴らしかったです。またあなたの魔法を見れることを期待しています」

 

そう言っていると上野はベルと深雪に軽い挨拶をすると去って行った。それを見ていたベルは

 

「・・・ふぅ、あの人の話は長い事で有名ですからね。さて、私もそろそろ戻らなければ。では深雪さん、また会える事を」

 

そう言い残すと去って行った。深雪はベルを見て

 

『なぜでしょう・・・あの人、前にもあったことがあるきがします・・・何故でしょう・・・』

 

そう思って謎に思っていた



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一人二役

入学式で上野に絡まれた深雪と別れたベルは人気のないところに向かうと金髪が黒髪に変わり、瞳の色も緑から茶色に変わり。凛の姿となった

 

「ふぅ、他人のふりをするのも大変だね。さて、さっさと片付けて深雪の所に行きますか」

 

そう言うと凛は先ほど使っていたカバンを魔法陣を通して隠すと何も無かったかのように深雪の所に走っていった

 

「あ!おーい、深雪〜!」

 

「あ、来ましたね」

 

「あれ?七草先輩に・・・さっきの・・・」

 

「あ、さっきは紹介し忘れてたわね。この子は双子で新入生なの、神木さんよろしくしてね」

 

そう言うと和泉が深雪に夢中になっている事に気づくと真由美が凛にある事を聞いた

 

「あ!そうそう、神木さん。さっきそっちに女性が行かなかった?」

 

「女性ですか?ああ!その人ならさっき車に乗って行ってしまいましたよ」

 

「そう・・・できれば挨拶をしたかったんだけど・・・」

 

そう言って真由美は少し残念そうに言うと凛はその訳を聞いた

 

「あの女性がどうしたんですか?」

 

「ん?ああ。あの女性は『ノース・マンチェスター銀行』」の日本支社の代表の人よ」

 

そう言うと凛は驚いていたフリをした

 

「え!?あのノース・マンチェスター銀行のですか?」

 

「ええ、だからできれば挨拶をしたかったんだけどね・・・」

 

そう言って残念に思っていると後ろで泉美が

 

「お姉様になってもらえますか?」

 

と言う爆弾発言をして、水波が意見を言って達也と弘樹がやって来て香澄が威嚇する猫のように真由美との間に入って真由美がゲンコツをした上で二人を引っ張って帰ると言う情報量の多いことが重なった。それを見た凛は

 

「まるで台風一過だな・・・」

 

そう言って苦笑をしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式を終えた凛は達也達と別れると部活連本部に入って七宝が部活連に入ることを言うと付き添いで十三束を推薦して凛は喫茶店『アイネブリーゼ』に向かった

 

「ごめん、遅くなった」

 

「いいよいいよ、大丈夫。丁度こっちも役員の話で盛り上がっていたから」

 

そう言って役員に泉美を据えることを言うと少し深雪は昼の一件で泉美に苦手意識が出来ていた。それを見ていた弘樹がそっと声をかけると深雪は安心した様子で弘樹に懐いていた

 

 

 

 

 

アイネブリーゼのトイレで弘樹と達也が手を洗っているとそこに幹比古が入ってきた

 

「・・・幹比古か、どうした。何か外では言えないことがあるのかい?」

 

「まあ、大勢に聞かせる話じゃなくて・・・」

 

そう言って幹比古は話し始めた

 

「今日、入学式に新任のローゼン日本支社の社長が来ていたのは知ってる?」

 

「ああ、確かに重要人物で来ていたな」

 

「実は・・新支社長は本家の人間なんだけど・・・エリカのお母さんの従弟にあたる人物なんだ」

 

「何!」

 

「エリカの母君はローゼン家の縁者だったのか!」

 

そう言って幹比古はできれば二人を巻き込んでおいた方が楽だと言うと二人は酷い話だと言って笑っていた。すると幹比古はさらにもう一つの話題を持ってきた

 

「ああ、あともう一つ。今日の入学式にノース・マンチェスター銀行の日本支社長のベル・アンダーソンが来てたでしょ?」

 

「ああ、そう言えば来ていたな」

 

「ああ、確かに。珍しいなって思ったんだよね」

 

そう言って普段はそう言った式典に滅多に出てこない人物がいた事に達也達は驚いていた

 

「それで?その人がどうしたの?」

 

そう言って弘樹が聞くと

 

「うーん、これは確証じゃ無いんだけどさ。あの人、なんか知った人の様な気がしてね。なんかそんな気がしたんだ。ごめん、この事は忘れても良いから」

 

そう言って幹比古はトイレから後にした。残った二人はさっきの銀行の支社長について話した

 

「でも珍しいよね。どうして大手銀行が一高の入学式に来たんだろう?」

 

「さあ?それは本人に聞かないと分からないんじゃ無いか?」

 

そう言って達也はノース・マンチェスター銀行のことを思い出していた

 

『ノース・マンチェスター銀行・・・19世紀にイギリスで創業した銀行で多くの国に支社を置き、経済界では右に出るものはいないと言われる程の力を持った国際銀行。それに創業してから一回も倒産の気配すらみせなかったことで有名で各国の富豪がこぞって口座を持っており、その国の政治に口出しを出来るほどの力を持っている事でも有名だ・・・そんな銀行の支社長がなぜ日本の高校の入学式なんかに来たんだ・・・それに幹比古の言っていたことも気になるな・・・まさかな』

 

そう思って達也は凛がもしかしてベル・アンダーソンでは無いかと思ったが彼女は直前まで自分と会っていた事を思い出すとその考えをすぐに捨てた

 

「達也、そろそろ行くよ」

 

「ああ、分かった」

 

達也は弘樹にそう言われるとこの日は解散した

 

 

 

 

 

 

マンションに戻った凛はソファーにぶっ倒れていた

 

「ぶへぇ〜、疲れた〜」

 

「全く、今日は無理をしすぎですよ。大体一人二役なんて大変なことくらい知っているでしょう」

 

そう言うと凛は少し今日のことを反省すると弘樹に聞いた

 

「でも今日の私は結構頑張った方でしょ?」

 

「まぁ、そうですが・・・でも幹比古は怪しんでいたよ。あったことある気がするって」

 

「え!そうだったの?」

 

「ええ、幹比古はそうやって言ってましたよ。それに達也も怪しんでいましたよ」

 

そう言うと凛は驚いた上で疲れたと言ってベットに横になっていた




久々のノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
ベル・アンダーソン
凛が使っている偽名。ノース・マンチェスター銀行の日本支社長をしている

ノース・マンチェスター銀行
凛がイギリスで創業した銀行。元々は12使徒の面々に隠れ蓑代わりに使ってくれればと思い、作ったがいつに間にか世界で一番大きな銀行となっていた。12使徒は此処を拠点に国債の売買や株価や保険会社などの多岐にわたる企業に融資や買収を行なったことで様々な産業に伝手を持っている。なお各国の膨大な国債を買っているため。各国首脳はこの銀行には頭が上がらない所がある。この銀行は世界で唯一、兵器の所有を許された銀行でもある


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会食

入学式から三日後、凛は達也から泉美が生徒会に、香澄が風紀委員になった事を聞いた

 

「ほー、双子の妹が生徒会かー・・・」

 

「ああ、どうやら姉の方は去年の俺の話を聞いた途端に風紀委員にやる気になっていたそうだ」

 

「あはは、それは面白いな」

 

「他人事ではないんだがな・・・」

 

そう言って達也は呆れていると

 

「じゃあ、私はこれから部活連で会議だから」

 

「ああ、わかった」

 

そう言って凛は部活連本部に向かった

 

 

 

 

 

「おう、来たか」

 

「すみません、少し遅れてしまって」

 

「いや、こっちも丁度集まったところだ。それじゃあ、明後日からの勧誘週間の警備面だが・・・神木は常に廻ってもらえるか?」

 

「はい、了解しました」

 

「まぁ、神木姐がいればみんな散っていくからな」

 

「人避けみたいなことはよして下さい。桐原先輩」

 

「でも実際問題去年の勧誘週間で説教を受けた生徒が噂を広めてだいぶ揉め事の数が減ったじゃないか」

 

そう言うと凛は言葉に詰まってしまった

 

「と、とりあえず私は巡回をしています。それで良いですか?」

 

「ああ、それで頼むぞ」

 

そう言ってその後は詳しい話をするとその日は解散をした

 

 

 

 

 

 

そして迎えた新入生勧誘週間二日目、凛は休憩のために部活連本部に居た

 

「しかし、去年問題を起こした俺が、今年は取り締まる側なんてな」

 

「桐原先輩、それは誤解を招く言い方ですよ」

 

「別に良いだろ、他に人はいないんだから」

 

そう言っていると部活連に設置された電話が音を鳴らした

 

「はいこちら部活連本部・・・はい、了解しました」

 

そう言って電話を切ると服部が

 

「トラブル発生だ、神木さん司波さん達は仲裁に行ってくれ。場所はロボ研ガレージ前だ」

 

そう言って三人は席を立つと現場に向かった

 

 

 

 

 

現場に着くとロボ研とバイク部が新入生のケントという生徒の取り合いで揉めていた

 

「おーおー、揉めてんねぇ」

 

「呑気な事を言う場合じゃないぞ」

 

すると七宝と十三束が間に入って仲裁をしたがそこに後から来た香澄と琢磨が出会い、そこの2人で揉め始めた

 

「取り締まる人間が何してんだよ」

 

「凛、ちょっと落ち着いたらどうかしら?」

 

そう言って苛立っている凛を深雪が宥めていたがすで遅かった

 

「ちょっと叱ってくるわ」

 

「あ・・・」

 

「これはもう無理だな」

 

そう言って達也は揉め始めた2人のところに向かった凛を見て諦めていた

 

 

 

 

 

「ちょっと2人とも良いかしら?」

 

「え?か、神木先輩?」

 

「ど、どうしましたか?」

 

先程の一件で何故かケンカの売り買いへと発展しかけていたところに“イイ笑み”をした凛が2人の肩を掴んでいた。それを見た説教のことを知っている生徒は蜘蛛の子を蹴散らす様に退散をしていた。凛の表情に思わず香澄と琢磨の二人は顔が青ざめていた

 

「君達・・・自分が取り締まる側だって事を理解しているのかい?」

 

そう言っていると慌てて飛んできた弘樹が凛に声をかけた

 

「ちょっと姉さん!!説教をするなら後にして!また揉め事があったんだからさー。ちょっと来て!!」

 

すると凛は怒りの表情がスッと消えていつもの表情に戻っていた

 

「あら、そうなの?じゃあ、とりあえず今回の一件は不問にします。だけど次やったら容赦しないからね」

 

そう言い残すと凛は去って行った

 

 

 

 

 

その日の夜、凛はベル・アンダーソンの格好でとあるホテルの個室レストランに来ていた。此処はノース・マンチェスター銀行の作ったホテルでかなりの融通が効く

 

「さて、そろそろかな?」

 

そう言って日本酒を嗜んでいるとウェイトレスがある人を通した

 

「ベル様、お客様がお見えです」

 

「ええ、此処に通してもらって」

 

そう言って部屋に入ってきたのはこの国の今代の総理大臣であった

 

「いきなりお呼びして申し訳ありません」

 

「いえいえ、ノース・マンチェスター銀行日本支社代表取締役のお誘いを断るわけには参りません」

 

そう言って用意された席に座るとベルは要件を言った

 

「実は、お呼びしたのは此処最近の反魔法主義の件についてです」

 

「そうでしたか・・・しかし今日の報道では人間主義の報道が活発となっています」

 

そう言うとベルは

 

「実はその件で本部から通達がありまして・・・」

 

「それはどんな?」

 

そう言って総理はベルが本部から来た話を聞いた

 

「では、まずはこれを。必ず他の人には見られないようにしておいてください。これが漏れますと私達の計画がやり辛くなってしまいますので」

 

「分かりました・・・これは・・・っ!本当にこれを行われるのですか?」

 

「はい、我が銀行は魔法師の力で守って貰っているところもあります。なのでその妨げとなる様な行為は火種から揉みつぶすのがいいと思いましてね」

 

そう言って渡した紙を見た総理は心底驚いていた。もしこれが本格的に実行されればこの銀行の影響力を示す事となるからだ

 

「しかし、大丈夫なのでありますか。もしこれを実行されるなら確実に世論は荒れます」

 

するとベルは話した

 

「そこであなたに協力をお願いしに今日、此処にお呼びしました」

 

そう言ってベルは総理にあるお願いをした

 

「総理には混乱するであろう世論の押さえ込みをお願いしたいと思います」

 

そう言うと総理は納得した様子で此処に呼ばれた理由を察した

 

「では、お話はこれくらいで。後は食事を楽しみましょうか」

 

「そうですな、では喜んで」

 

そう言って会食は三時間ほどで終わった



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恒星炉

凛が総理との会食を行った次の日の夜。凛達は達也に呼ばれて司波邸に来ていた

 

「お邪魔しまーす!あれ?亜夜子ちゃんに文弥くん?」

 

「あ、お久しぶりです。凛さん、弘樹さん」

 

「ええ、久しぶりね」

 

そう言って凛はソファーに座り、弘樹は深雪と一緒に地下室に向かった。弘樹が出て行ったのを確認すると亜夜子達は国外からマスコミ工作が行われている事を話した

 

「ほぅ、マスコミを使った新しい工作か・・・」

 

「はい、それに彼らは野党議員にも手を回しています」

 

そう言うと国防軍の一件には七草家が九島家に共謀を持ちかけたことも話した

 

「九島家が・・・」

 

「?どうかしましたか?」

 

そう言って少し雰囲気の変わった凛に文弥が聞くと達也が答えた

 

「ああ、神木家は前に九島家と揉め事があったそうだ。それで九島家には良い印象を持っていないらしい」

 

「まぁ、それも昔の話だけどね」

 

そう言って凛は時に気にしていないと言ったが亜夜子は少し気まずくなってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司波邸で話を聞き、マンションに戻っている途中。凛は先程亜夜子が言っていたUSNAの人間主義者が日本にいる事を聞いてこの前に会議で報告があった事なのだろうと思うと世論に対する警戒をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亜夜子の話を聞いてから一週間ほどが経ったある日、凛は携帯に映るニュースを見ていた

 

「・・・また神田議員か・・・最近よく出て来ているが・・・」

 

そう言って凛は映っているニュースの記事のほとんどに神田議員という単語が写っているのを見てそう言った

 

「学校は平穏に過ごせている。嵐の前の静けさと言ったところかな?」

 

そう言って凛は携帯を閉じた

 

 

 

 

 

その日の夜、凛と弘樹がマンションで寛いでいると電話がなり、出ると亜夜子が画面に映った

 

「おや、どうしたんだい。また新しい情報かい?」

 

そう聞くと

 

「はい、実は来週の水曜日に民権党の神田議員が来週の二十五日に記者と共に第一高校に視察に訪れます」

 

「神田議員・・・やけに国防軍に魔法師が介入する事を極端に批判する若手議員・・・押し掛けてどうする気だ?」

 

「すみません。まだそこまでは・・・ただ、言える事は彼は記者を使って何十倍にも水増しして誇張をすることぐらいしか・・・」

 

そう言って申し訳ない様な表情をしたが

 

「いや、彼が一高に来ることが分かっただけで十分な情報だ。ありがとう」

 

「いえ、達也さんよりも分かりやすい反応だったので助かります。では」

 

そう言うと通信が切れた

 

 

 

 

 

次の日、凛は遊びに生徒会室に来たが五十里が手を握り締めて神田議員達が行っている原理的平和主義の実態を言っていた

 

「原理的平和主義は軍隊が少しでも肯定される様な事は一切許さない。そのためには暴力的な手段だって辞さないんだ」

 

そして凛が続きを言った

 

「そう、彼らは平和主義を謳いながら平気で職業選択の自由を奪おうとしている。目的の為なら周辺情勢がどうであれ自身の信念を貫く、ある種のテロリストみたいな物さ・・・」

 

「凛・・・来ていたのか・・・」

 

「ええ、ちょっと遊びにね」

 

そう言うと達也はいつもの事なので特に気にせずにあずさ達にある紙を渡していた

 

「これって・・・」

 

紙を見たあずさと五十里はとても驚いていた。それもその筈、紙に書かれていたのは加重系魔法三大難問の一つの『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』の実験概要であったからだ

 

「見た目は確かに派手かもしれないけど・・・本当にできるの?」

 

「実物はできません。ですが市原先輩のモノより派手な演出はできます」

 

「常駐型の継続熱核融合炉・・・『恒星炉』ですか・・・市原先輩のとは対照的なコンセプトですね」

 

恒星炉は桁違いにエネルギーが取り出せ、しかも昼夜問わず、気候変動にも影響されないエネルギー供給が可能。これを使えば魔法の平和利用の主張が可能となる。そしてあずさは視線を達也に向けると

 

「これが司波くんのプランですか?」

 

「はい、これが“俺達”の目指しているモノです。まだ実用化には魔法スキルが高いですが、我が校の生徒をもってすれば短時間であれば実験炉を動かせます」

 

「俺たち・・・もしかして弘樹くんもかい?」

 

「はい、そうですよ」

 

そう言って弘樹が部屋に入って来た。するとあずさは

 

「私は司波くんの計画に協力したいと思います」

 

「僕も協力するよ。魔法技術者を目指すものとして」

 

そう言って五十里も協力的な意見を言った

 

 

 

 

 

そして達也は職員室に向かう途中、凛が申請書に書かれているリストも見ると

 

「達也・・・これだと大出力レーザーでも行けそうだな」

 

「ああ、そう言う方向性もあったか」

 

「いや、それじゃあ思いっきり軍事利用じゃん」

 

そう言って達也が職員室に入ると、凛は外で待っていた

 

 

 

 

 

放課後、達也は生徒会室に行くと先生付きで許可が出た事を伝えた

 

「付き添いは誰がするの?」

 

そう言うと入室許可があり、生徒会室に廿楽が入って来た

 

「実験の手順は拝見しました。面白いアプローチだと思います。それで役割分担は?」

 

そう言うと達也が役割分担をした

 

「まずガンマ線フィルターはほのかに頼みたいと思います。クーロン力は五十里先輩でも良いですが、此処は弘樹に任せたいと思います。中性子バリアは従姉妹の水波に、重力制御は妹に任せようかと思います」

 

「妥当な人選だと思います」

 

「あれ?凛は入れないのですか?」

 

そう言って人選の中に凛がいない事を指摘すると

 

「ああ、彼女はちょっと別の事をするから軽い調整しか参加できないそうだ」

 

「そうですか・・・」

 

そう言って別の事を想像すると廿楽が第四態相転移は誰がするのかと聞くと泉美が立候補をした

 

「あの、できれば“私達に”お任せできませんか?」

 

「・・・それは泉美と香澄の二人で、と言うことか?」

 

そう言って達也は七草の双子のことを思い出すと二人の参加を承認した

 

「恒星炉のシステムは技術的に見ればまだまだ未熟です。しかし、このメンバーが協力しあい、チームが機能すればこの実験は成功する。俺はそう確信しています」

 

達也がそう言って恒星炉実験の第一歩が始まった



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誕生日

次の日、実験のために準備をしている中。あずさが期間が四日しか無いことにあたふたしていたが深雪の

 

「お兄様と弘樹さんが大丈夫と言っているのですから。心配入りませんよ」

 

と言う深雪の絶大な信頼にあずさは思わず目が点になってしまった

 

そして毎日リハーサルを繰り返し、そして迎えたリハーサル最終日。この日も達也達はリハーサルが無事に成功し、実験室から出て生徒会室に戻ると、雫にバックの中から達也のプレゼントを渡されたほのかは顔を真っ赤にして達也に誕生日プレゼントを渡していた

 

「じゃあ、僕はこれから用事だから。それじゃあお先〜」

 

そう言って弘樹が先に部屋を出ると達也は深雪の様子を見て少し不思議に思っていた

 

『いつもなら深雪と共に帰ると思ったんだがな。今日は珍しいな』

 

そう思って少し小走りで凛と合流している弘樹を見てそう思った

 

 

 

 

 

その頃、弘樹は凛と合流して水波と共に司波邸に向かった

 

「しかし、ごめんね水波ちゃん」

 

「いえ、いつも凛様の自宅で行われているとお聞きしたので・・・」

 

「今年は少し思考を変えてね、それじゃあ弘樹。また後で」

 

「ああ、姉さんも」

 

そう言って凛は弘樹と別れると凛は水波と共に夕食の準備をした

 

「しかし、驚きました。まさか下準備はもう済んで持って来ていたなんて」

 

「いやー、これって結構大変だからさ。盛り付ける以外は終わらせておいた方が楽なのよ」

 

そう言って準備が終わりケーキの準備が終わり、弘樹が達也用の誕生日プレゼントを持って来て司波邸にやって来て休憩をしていると達也と深雪が帰って来て深雪が先に入って来てクラッカーを準備すると私服に着替えた達也が入って来て誕生日パーティーを催した

 

「驚いた、今年はこっちでやるとは・・・」

 

「まぁ、今年は少し嗜好を変えてね」

 

そう言って達也は席に座ると料理と雑談を楽しんで凛が蝋燭を刺したケーキを持って来て火を消し、達也以外がお誕生日の歌を歌い楽しんでいた

 

 

 

 

 

 

そして誕生日会が終わり、片付けも終わり少しゆっくりしていると弘樹が何かを思いだした形で達也にプレゼントを渡していた

 

「ああ、そうだ。はい、達也。お誕生日おめでとう」

 

「ああ、ありがとう・・・これは?」

 

そう言って箱から出て来たのはシルバー・ホーン用と思われるストレージであった

 

「それは君の使う魔法を組み込んだストレージさ」

 

「ありがとう、使わせてもらう」

 

そう言ってストレージを仕舞うと今度は凛が箱を渡した

 

「じゃあ今度は私が」

 

「良いのか?俺にとってはあの料理で十分だと思うんだが」

 

「いやいや、あれくらいはプレゼントになんかならんさ」

 

そう言って達也は箱を開けると、そこには一枚の紙が入っていた

 

「これは?」

 

「君の夢に一歩近づくための鍵さ」

 

そう言って紙を捲るとそこにはまだ未完成だったが前の魔法式の永続的発動のためのレリックの設計図が描かれていた

 

「これは、良いのか?」

 

「本人がいいって言っているんだから。それに私だとそこから先はあまり得意じゃ無いから」

 

そう言うと達也はその紙も弘樹のと一緒に仕舞った

 

 

 

 

 

そして達也の誕生日会も終わり、凛達はマンションに戻るために家の前に車を止めていた

 

「それじゃあ明日。頑張ろうね」

 

「ええ、また明日」

 

そう言って深雪と別れて車に乗ると、凛達はマンションに戻って行った

 

 

 

 

 

マンションに戻る途中、凛は電話を受けた。その相手は12使徒の一人でノース・マンチェスター銀行の代表をしている人物であった

 

「はい、もしもし」

 

電話に出た凛は運転を弘樹に代わってもらうと通話を続けた

 

「主人殿、銀行は全て準備はできました。後はあなたの号令を待てば計画を実行できます」

 

「分かったわ。それじゃあ明日の実験が終わった直後に、作戦の実行をお願いします」

 

「かしこまりました。ではその様に」

 

そう言って通信が切れた

 

「姉様、これが成功すればさらに銀行の勢力は広がりますね」

 

「ええ、今までもいくつかの会社は買い上げたけど。これほどのものはやっていないからね」

 

そう言って車がマンションの駐車場に着くと凛達は部屋に入って作業をした



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招かれざる客

次の日、一高の前の正門には数台の車が止まり。そこから神田議員とその取り巻きの記者達が校長室に入った。それを見ていた凛は

 

「ふーん。やっぱりほとんどうちの融資を受けている会社じゃ無いの。何が反魔法主義だ、こっちが融資を止めると言えばコロコロ変わるって言うのに。馬鹿馬鹿しい」

 

そう毒吐いていると凛は達也のいる放射線実験室に向かった

 

「達也、神田議員達が来たよ」

 

「そうか、わかった。では準備を進めるぞ」

 

そう言って達也は凛にプログラムの最終調整を頼むと達也が凛に聞いた

 

「なぁ、凛。今の神田議員達はどうなっている」

 

「・・・今は校長室にいて。スミス先生を校長が呼んだ所だね」

 

「そうか・・・じゃあこっちも急がないとな」

 

そう言っていると実験室に続々とメンバーが入って恒星炉準備を手伝った

 

 

 

 

 

 

そして準備を行なって五限目となった時。実験室の扉が開いてそこから神田議員達が入ってきたが、生徒達は厳しい視線を向けていた。神田達は一瞬、怯むも廿楽に今からすることを聞くと廿楽はぶっきらぼうに答えると他の生徒と共に実験器具を外に運び出した

 

「今から何をされるんですか?」

 

「・・・今から生徒達の自主的な魔法実験を行います」

 

そう言うと一人の記者が嫌らしい表情をして聞いてきた

 

「魔法実験と言いますと去年の秋にあった『灼熱のハロウィン』の様な艦隊を一瞬で消し去れるほどの兵器の開発に繋がるとか?」

 

そう言うと廿楽は呆れた様子で

 

「・・・加重系魔法の三大難問に挑む実験です」

 

そう言って実験器具を校庭に運び出した

 

 

 

 

 

校庭に運び出した実験を見に多くの生徒が見にきていたが、その中で異質な存在。神田達は周りにいた生徒から厳しい視線を受けていた。そして準備が終わると達也が拡声器を使って実験を開始した

 

「実験開始」

 

そう言うと深雪が重水と軽水の混合水を水槽の内壁に貼り付け、中が空洞の形となった

 

「第四態相転移」

 

次に香澄達が空洞の水面から重水素、水素、酸素のプラズマを発生させた

 

「中性子バリア、ガンマ線フィルター」

 

そう言うと今度は水波とほのかがともに核兵器の毒性を無害化するために開発されたワンセット魔法を展開した

 

「重力制御」

 

そう言って空洞部の中心に重力を反転させる重力波を発生させ、物質相互間の重力を増幅させる。刻々と変わる水槽内の質量に対応するのが三大難問の原因と言われているが深雪の魔法力と金属環に付けられた凛謹製の標準補助装置を三十個取り付け、それを支柱を介す形で深雪に送られている

 

「クーロン力制御」

 

この魔法で高重力領域での電磁的斥力は一万分の一に低下。これで核融合に必要なエネルギーは確実に小さくなり。容器の中心が光り出した

 

「「おお!」」

 

そして容器内の温度が限界値に達すると実験を終了するために順序に従って魔法の解除を行なった。中性子バリアは残った放射線の残留を考慮して展開したままにし。ケントが放射性物質が確認されないことをいうと中に水を入れて容器を冷やし、中性子バリアを解除した

 

 

 

そして半ば押し付けられる形であずさが達也からマイクを受け取ると

 

「常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合実験は所期の目標を達成しました。『恒星炉』実験は成功です!」

 

そう言うと実験を見ていた生徒を含めて歓喜の声が湧いた

 

 

 

 

 

実験の成功に唖然としていた記者達だったが生徒達が帰って行くことで我に帰ると廿楽とスミスに質問をした

 

「今の実験は一体・・・」

 

「核融合炉の実用化は断念されていたはずでは?」

 

「断念などされていません。先に太陽エネルギーシステムが先に完成しただけで研究自体は魔法学以外でも進んでいます」

 

そう言って構造が複雑になる電磁気制御魔法によるシステムは断念したが。重力制御魔法によるものが研究されていることを伝えると記者は意地悪い質問を言った

 

「核融合の実験とは、魔法による核融合爆発の実現を目指すのですか?」

 

「例えば『灼熱のハロウィン』で使用された様な」

 

そう言うと廿楽は笑い声を上げると

 

「あんな小さな爆発を起こすだけならあんなに精密な制御式はいらない。それにあなた方の仰る大規模な爆発を起こすならあんな魔法式入りません。第一、核融合爆発はブラジル国軍のミケル、ディアスの『シンクロライナー核融合』の成功例だけで他の誰一人として彼の術式を再現できない」

 

そう言って廿楽は記者達に近ずくと

 

「いくら優秀とは言え高校生にそんなことが可能だと思いますか?この実験は社会の基盤となるエネルギー実験です。もしこれが実現すれば人類は遥かに豊かなエネルギーを手にすることができます。如何ですか?我が校の生徒達の平和貢献の主義は」

 

そう言って廿楽は神田に詰め寄ると神田は

 

「社会の繁栄に貢献する姿勢は素晴らしい物だと思います」

 

そう言うと廿楽は待っていたかの様に録音機を取り出すと神田達は驚いた様子で帰って行った

 

 

 

 

 

その日の午後、凛たちは喫茶店アイネブリーゼで今回の実験の成功を祝したパーティーの様な物を催した

 

「それじゃあ、あずさ会長」

 

「は、はい。では、実験の成功を祝って。乾杯」

 

「「乾杯!!」」

 

そう言ってパーティーを始めた時。達也が携帯のニュースを見て、ある事に気づいた

 

「おや?これはまた凄いニュースだな」

 

「ん?どうしたの?」

 

そう言って達也が見せた記事には

 

『ノース・マンチェスター銀行が反魔法主義を掲げる会社の融資の停止を発表』

 

と書かれた記事があった

 

「おー、これは・・・凄いな」

 

そう言って凛は記事に書かれていた会社名がかなりの大手であることに驚いた(フリをした)

 

「ああ、今回はこの銀行では過去最高額で金が動いた様だな。世界の大手テレビ局や新聞社も入っている」

 

「凄いねぇ〜。さすがは世界の銀行だ」

 

「まぁ、あそこは大量の資本を抱えているのだからな、その規模は計り知れないな」

 

 

 

 

 

そしてささやかなパーティーも終わり、達也達は家に戻ると達也はある調べごとを始めた

 

『今回の買収の発表がされた時間がちょうど実験が終わった頃のタイミングだった・・・たまたまかも知れないがそれにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。一応調べてみるか・・・』

 

そう思うと達也はノース・マンチェスター銀行の役員を調べ始めた

 

 

 

 

 

同じ頃、マンションに戻った凛はそのまま変装をするとノース・マンチェスター日本支社の地下会議室で今回の一件の報告を受けた

 

「・・・分かった。じゃあ、取り敢えずの所は報道機関の押さえ込みは成功。反魔法主義者の報道機関も落ち着きましたか」

 

「はい、かのそこらの報道機関はほとんどがうちの融資を受けていたので押さえ込むのは簡単でした」

 

「ありがとう、では今回の一件はこれで終了と言うことで。では、会議を終了します」

 

そう言うと通信が切れた

 

「・・・ふぅ、取り敢えず反魔法主義者の押さえ込みは完了。これで暫くは下火となる・・・か」

 

そう言って凛はマンションに戻るとそのままベットにダイブした



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珍しい人物の怒り

翌日、凛は学校の食堂でテレビに映っているエルンスト・ローゼンのインタビューを見てエリカと幹比古がダンマリしているのを見て何があったのだろうと不思議に思ったが、おそらく前に弘樹が言っていてことだろうと思うとそのまま無視をした

 

 

 

 

 

そして午後になり、凛が部活連で作業をしていると部屋に服部が入って来た

 

「神木さん、ちょっと来てくれ」

 

「どうしましたか?服部先輩」

 

「ああ・・・ちょっと問題が起こってな。それで急遽第三演習室まで来てくれ」

 

そう言って第三演習室に向かう途中。凛は服部から今までの経緯を聞いた。要約すると前と同じ様に喧嘩の売り買いが香澄と琢磨の間で勃発し、雫と森崎が仲裁に入り、達也が模擬演習を提案し、此処に至る。と言った様子であった

 

「・・・と言うことだ。ん?怒らないのか?」

 

そう言ってイライラしていない凛にそう声をかけると

 

「いや、なんかもう呆れちゃいましたね」

 

「そ、そうか」

 

そう言って凛の説教を見ずに済むことに服部は安堵した

 

 

 

 

 

 

そして第三演習室に着くと達也、深雪、雫、ほのか、十三束、弘樹と今回試合をする琢磨、香澄、泉美の合計九人が演習にいた

 

「凛、怒っていないのか?」

 

「いきなりその言い方は無いだろ」

 

「いや、それで良いのよ」

 

そう言って達也達は服部と同じく説教がないことに安堵していた。そして立会人は深雪が、審判は達也で試合形式はノータッチルールで行う事となった。試合形式を言った時。琢磨は弘樹はともかく、達也に試合の中断が出来るのかと小馬鹿にした様子であった

 

「あいつ・・・一回しばこうかしら?」

 

「凛・・・落ち着いて」

 

凛の毒吐いた発言に深雪が宥め、演習場の静粛が最高潮に達した時。達也が試合を開始した

 

 

 

 

 

「・・・これは。グダリそうだね」

 

「凛、それを言っては駄目ですよ」

 

そう言って初めに琢磨がエア・ブリットで香澄達に反撃をしていたしかし香澄達は双子の乗積魔法を使って琢磨の周りを窒素乱流で囲っていた。すると琢磨は床に置いてあった本を手に取ると中身の紙が細切れとなり、一つ一つが刃となり香澄達に襲いかかった

 

「あれが、『ミリオン・エッジ』か・・・」

 

そう言って第七研が研究した群体制御を使った七宝家の秘術を見た凛は内心驚いていた

 

『あんなものを室内で使うとは・・・どう言う神経しているんだ』

 

もちろん、香澄達も『熱乱流』のアレンジ魔法を展開して飛んでくる紙片を焼き払った。しかしこのままでは双方共に後遺症が残る傷を負う可能性が高い

 

「これは・・・決まったな」

 

凛がそう言うと達也が懐から『シルバー・ホーン』を取り出すと『術式解散』で展開されているすべての魔法を破壊した。十三束は初めて見た達也の『術式解散』を見て驚いた

 

「この試合、双方失格とする」

 

その言葉にフリーズしていた一年生たちが我にかえり、香澄がその理由を聞いた

 

「司波先輩、それはどういう事ですか!?」

 

「最初に言ったはずだ。致死性のある攻撃や治癒不可能な攻撃を追わせる攻撃は禁止。危険だと判断した場合は即座に試合の中断を行わせてもらうと・・・」

 

そう言うと泉美が意見を言った

 

「しかし、先輩。窒素乱流はミリオン・エッジと違って致死性でもなければ後遺症も残りません。反則なのは七宝くんだけでは?」

 

そう言うと達也の隣から凛がその理由を言った

 

「確かに、魔法の威力の調整はできる。ただ、さっきの君たちにはそんな余裕は無かったはずだ」

 

そう言うと香澄達は思い当たる節があるのか言葉を詰まらせていた。すると琢磨が食ってかかった

 

「しかし、そうなる前に決着はついていました!!」

 

「ほぅ、つまり君は高熱を帯びた百万もの紙片が高一の女子を傷付けてもいいと?」

 

そう言うと観戦していた複数人から軽く噴き出す声が聞こえた。そして凛は香澄達に近づくと

 

「君達、今回の試合。少し調整が雑なところがあった、もう少し魔法の細かい調整ができるように練習をしておいた方がいい」

 

「はい・・・」

 

「分かりました」

 

そう言って二人が素直に聞いていたことに凛は不思議に思った

 

「あれ?意外と素直に従うのね」

 

「いえ、神木先輩の指摘は聞く様にとお姉様から言われましたので」

 

そう言うと凛はなぜか納得出来てしまった。そして香澄は琢磨に君の勝ちでいいと言うと演習室を去って行った。帰り際に凛は

 

「あ、そうそう。もしさっきのが不満だったら私に言って。いつでも相手してあげるから」

 

「分かりました」

 

そう言って香澄達は去っていった。そして去ったのを確認した時、琢磨が大声で達也にいった

 

「雑草のアンタに言われたくない!!」

 

その言葉に深雪は怒りの視線を向け、凛が殴ろうと思ったが、珍しい人物が既に琢磨を殴っていた

 

「・・・この馬鹿者が」

 

「か、神木副委員長?」

 

「さっきから聞いていれば・・・君は何様のつもりだい?何が28家だ、君はそんなに力を示したいのかね?」

 

そう言って初めてみる弘樹の冷徹な怒り顔に深雪はさっきまでの怒りの視線はどこかに消え、弘樹の表情に恐怖心が芽生えた。凛は久々に弘樹が起こっているのを見て驚いていた。すると怒った顔をした弘樹は

 

「いいだろう。七宝、今度は僕が相手してあげるよ。”九島家を倒した家の子”では不十分かい?」

 

そう言うと七宝と十三束は驚いた表情を見せた。ほのかと雫は前に聞いていたので特に驚きはしなかった。すると弘樹の肩を達也が掴んで

 

「弘樹、少し落ち着け。第一、試合は生徒会長と風紀委員長の許可が無いと出来ないぞ」

 

そう言うとさっきとは打って変わって落ち着いた様子の弘樹が

 

「ああ、そうだったね。それじゃあ早速許可をもらいに行くか」

 

そう言って凛と共に演習室を出ていった。それを見ていた達也は内心弘樹の言動に驚いていた

 

『しかし、驚いたな。まさか凛ではなく弘樹が殴るとは・・・』

 

そう言って普段は凛を宥めて怒った様子を見せない弘樹が起こっていた事に珍しさを覚えた

 

『しかし、七宝も大変だな。弘樹にはいつもお世話になっているからな』

 

そう言って達也は自分よりも確実に強いと言える弘樹を相手に試合をさせられる事に御愁傷様と思うと深雪と共に演習室を去っていった



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交渉

演習室を出た深雪は達也に声を掛けた

 

「お兄様・・・大丈夫でしょうか」

 

そう言って先程、初めて見た弘樹の表情を見て心配になっていた

 

「何、あいつの事だ。心配はいらない」

 

そう言って達也達は生徒会室に向かった

 

 

 

 

 

服部は正直に言って七宝の扱いに悩んでいた。しかし、服部は意外な人物から試合の申し込みを受けていた

 

「模擬戦?姉ではなくお前がか?」

 

「はい、ああ言うのは一度、ボコボコにして置かないと面倒だと思ったので」

 

そう言うと服部は少し考えた。まさか凛ではなく弘樹の方から模擬戦の申し込みがあるとは思っていなかったからだ

 

「・・・分かった、じゃあ今から会長に聞いてくる」

 

「よろしくお願いします」

 

そう言って服部は部屋を出ていった

 

 

 

 

 

服部が出ていった後、弘樹は少しため息を吐くと凛が部屋に入ってきた

 

「よ、久々に見たね。君の怒った顔」

 

「姉さん・・・まぁ、達也のことを差別したんだ。久々にああ言った感情が湧きましたよ」

 

「ほぅ、そう言った感情がねぇ・・・」

 

そう言うと凛は真剣な表情で

 

「弘樹、次の模擬戦。”アレ”を使ってもいいぞ」

 

「っ!いいんですか?」

 

その言葉に弘樹は驚いた

 

「ああ、だがあまり本気は出しすぎるな」

 

「分かっています」

 

そう言うと服部が戻ってきて明後日の放課後に七宝との模擬戦をする事が決まった

 

 

 

 

 

そしてその日の夜、凛はソファーに座って考えていた

 

「うーん、やっぱり裏に誰かいるな」

 

「七宝のですか?」

 

「ああ、だがどうやって調べるか・・・あれを使うか・・・」

 

そう言って凛は部屋に置いてあるパソコンを鼓動するとそこに『Galileo』と表示され、多くの表示が出てきた

 

「さて、久々に調べ事だ」

 

そう言うと凛はキーボードを叩いた

 

 

 

 

 

同じ頃、横浜中華街ではある男がパソコン画面を見ていた

 

「・・・やはりあの事が響いていますね・・・しかしやってくれましたね、あの銀行は・・・」

 

そう言って画面に写っているノース・マンチェスター銀行の融資の停止のニュースを見てそう言うと。男こと周公瑾はノース・マンチェスター銀行を恨めしそうに見た

 

 

 

 

 

 

4月27日、この日は七宝は学校を休んでいた

 

「やっぱり休んだか」

 

「おそらく『ミリオン・エッジ』の準備をするためと?」

 

「恐らく、そうでしょうね」

 

そう言って凛は明日の事と達也から伝えられたことを思い出していた

 

 

 

 

 

その日の夜、達也と凛は車に乗ってあるマンションの前に居た。そしてマンションに琢磨が入っていくのを確認した

 

「あ、来たね」

 

「ああ、そうみたいだな・・・しかし、何故真田大尉が居るんですか?藤林少尉と凛だけだと思っていたんですが・・・」

 

「あはは・・・まぁね。十師族の折り合いが悪くて才能のあるあの子だったら部隊にぴったりだと思わないか?」

 

そう言うと凛は嫌そうに

 

「まさか・・・あいつをスカウトする気ですか?」

 

「あら、嫌そうだから諦めるしか無いわね」

 

「なんですか、その言い方・・・」

 

そう言って呆れていると

 

「だって貴方達は我が隊の最大戦力ですもの。まぁ、『赤城 鈴准将』はちょっと違うけど」

 

「・・・まぁ、こっちに面倒ごとが来なければいいですよ。ああ言うのは根本から取らないとポコポコ出て来ますよ・・・雑草のように・・・」

 

「雑草ね・・・あ、始まったわよ」

 

そう言って部屋につけた盗聴器で藤林達はその内容を聞いていた

 

 

 

 

 

そして話が進むにつれ、どんどん”すごい展開”になっている事を確認した二人はそれぞれ着替えた

 

「おお、それが『西風会』の制服なのかい?」

 

「ええ、まぁ。ほとんど着ることはないと思いますけど・・・」

 

そう言って片手にブースター付きの『大和』を担ぐとマンションの反対側のビルの屋上に飛んだ

 

 

 

 

 

ビルの屋上に飛んだ凛は大和のスコープ越しで達也が真紀に”話し合い”をしているのを確認した

 

「ふぅ、これで・・・むっ、これは・・・」

 

そう言って凛はマンションに近づく一気の飛行船を確認した

 

「達也、今そっちに飛行船が来ているけど。わかる?」

 

そう言って凛は達也に通信をすると

 

「ああ、こっちも確認した」

 

「おそらく盗撮だと思うけど・・・念の為に藤林少尉に確認を・・・」

 

そう言って確認をすると芸能ゴシップのテレビ局の所有と確認すると達也は付近の想子レーダーを切らせた

 

「達也、飛行船をお願い」

 

「分かった」

 

そう言って達也が中に入ると、数人の大陸系の言葉を話す五人の男が襲い掛かったがすべて達也によって倒された。するとひとりの兵士が爆弾のスイッチを入れ、達也が慌てて脱出すると飛行船が爆発をし、墜落を始めた。しかし爆発した飛行船は何事もなかったかの様に消えた

 

「ふっ、さすがだな」

 

そう言って達也は速度を落としてビルの上に着陸した、すると藤林の心配をした声が聞こえた

 

「達也くん!!」

 

「いえ、こっちは大丈夫です。残骸は凛が片付けてくれました。それと、あの飛行船はハイジャックされていました」

 

その言葉に藤林は驚いた

 

「まぁ、テレビ局もグルかもしれませんが・・・」

 

そう言って達也達は凛を回収すると帰って行った




ノリで始めた作品に出てくる物の紹介シリーズ
Galileo
凛と12使徒が作った独自のインターネット傍受システム。この機会はこれ自体が独自のネットワークシステムでシステムに入れるのは12使徒と凛達のみで本体は宇宙空間に設置されいる。この機械はスリズスキャルブでも突破はできないほど硬い防御を持っている。12使徒との通信もこれを介して行われている

西風会
防衛省直属の魔法師集団。USNAの『スターズ』を模範とし、凛の力を知った防衛省大臣が凛達の力を不当に使われない様に横浜動乱後に新たに作った部隊。これによって凛と弘樹は階級が准将となった。なお、ここに所属しているのは今のところ凛と弘樹のみ


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力の発揮

四月二十八日、午後三時。第三演習室にはツナギを着た琢磨と上着を脱いだだけの弘樹が向かい合って服部からルール説明を受けていた。今回は前回と違い、琢磨の『ミリオン・エッジ』の制限がないため、風紀委員から沢木先輩と幹比古が、部活連からCAD使用許可を得て竹刀を持った桐原と凛が来ていた

 

「お兄様・・・」

 

「ああ、大丈夫さ。あいつなら勝つさ」

 

そう言って達也は弘樹の持っているCADが神楽鈴の形をした初めて見る物だと思うと、隣に凛がやってきた

 

「よっ!どうだい、初めて見るだろ」

 

「ああ、あれは何だ?」

 

そう言って達也が聞くと

 

「まぁ、始まれば分かるさ」

 

そう言って凛は少しはぐらかした言い方で言うと達也は試合が始まるのを少し楽しみにした。そして、服部が試合を開始すると琢磨は早速、八万ほどの紙片を使って『ミリオン・エッジ』を展開し、弘樹に襲いかかった

 

「まぁ、あれくらいは対処できないとな」

 

「そうだな」

 

そう言って四本に分かれた『ミリオン・エッジ』が弘樹の両腕両脚に向かったところで弘樹が持っていた神楽鈴を鳴らすと、弘樹の周りにピンク色の光の粒のような物が周り、『ミリオン・エッジ』をただの紙片に戻していた

 

「あれは・・・?」

 

一瞬の事に他の面々は唖然としている中、達也が今の魔法を凛に聞くと

 

「あれは、領域干渉魔法『桜吹雪』さ。あれはうちの神道魔法の一つで神楽鈴の音を媒介に想子を活性化させて、それを波に乗せる形で魔法式を叩き割る魔法さ」

 

「想子の活性化?そんな事が可能なのか?」

 

「うーん、こっからはあまり言えないけど。活性化すると扱い難くなるけど、その代わり扱える様になれば強い魔法力を手に入れられる」

 

「そうか・・・」

 

そう言って達也は"活性化した想子"に興味が湧いていた。そんな中、沢木は少し驚いていた

 

「これは驚いた、まさか一瞬で片付けるとは・・・」

 

「はい、まさかあんな一瞬で魔法式を破壊するなんて・・・」

 

「しかも、『術式解体』が扱えるとは聞いていましたが。此処までとは・・・」

 

そう言って試合を見ていた者達は『桜吹雪』に驚きの声を示していた

 

「さあ、どうする」

 

弘樹がそう言うと琢磨は空気弾を放ち。注意をひき、横から攻撃をしようとしたが、逆に弘樹に先回りをされて腹部を思いっきりパンチをされ。そのまま、床に気絶していった

 

「そこまで!勝者、神木」

 

そう言って弘樹が試合を終えると、深雪が上着を持って近づいてきた

 

「お疲れ様です。弘樹さん」

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って琢磨を壁際に置くと、弘樹は達也に近づいて

 

「あ、そうだ。久々にやるかい?」

 

「俺はいいが・・・いいのか?」

 

そう言って達也は凛の方を向くと

 

「ええ、良いわよ。あの馬鹿には貴方達の戦いが良い薬になるわよ」

 

そう言って毛虫のような目で凛は琢磨の方を見た。すると深雪が

 

「そうですね、そろそろお兄様にもお力を示していただきたいと思っていた頃です」

 

そう言って"すごい笑み"で達也にそう言っていた

 

「じゃあ、片付けはしておくから。そっちは準備してて」

 

そう言って魔法を展開すると、それを見ていた琢磨は驚いていた

 

『何だあれは!数万の紙片を一切余す事なく気流で運んだ!?それにCADのタイムラグもなかった!!全ての工程において俺を上回っている!!!!』

 

そう思って一連の行動に驚きを隠せなかった

 

『これが部活連副会頭・・・神木凛』

 

そう思っていると達也が上着を脱いで、深雪に渡していた

 

「靴は・・・良さそうだな」

 

「ああ、そのままでいいさ」

 

そう言って達也と弘樹が向かい合うと服部が試合を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果としては弘樹の勝ちであった。達也が発動した『雲散霧消』を弘樹が『桜吹雪』で消し飛ばすと。そのまま弘樹が達也を格闘技で倒していた

 

「ふぅ、流石だね」

 

「まぁ、ギリギリだったけどね」

 

「何、勝ちは勝ちだ」

 

そう言っていると琢磨が演習室から走って出ていった

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は藤林から報告を受けていた

 

「・・・成程、つまりあの飛行船は盗まれた物でフライトプランも盗用されたと言う事ですか」

 

「ええ、そう言う事。でも、黒幕を掴むことはできなかったわ」

 

「そうですか・・・分かりました。有難うございます」

 

そう言って通信が切れた

 

 

 

「ふぅ、藤林でも無理だったか・・・」

 

「ああ、そのようですね」

 

そう言って通信が切れた後。凛と弘樹はさっきの"黒幕"について語っていた

 

「しかし、あまりちょっかいをかけるならこっちからも圧をかけるか・・・」

 

「分かりました、他の方々にもそう伝えておきます」

 

「あと、その後ろのやつもね」

 

「了解いたしました」

 

そう言って弘樹と凛は月を見ながら日本酒を嗜んでいた



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幕間II
友人


今回から数話は凛の過去と凛達の夢の王国での過ごし方とかを書いていく予定です


これは凛が元造と出会い過ごしていたある日の事であった。その日、凛は神社でゆっくりしているとインターホンが鳴り、ドアを開けるとそこには元造と初めて見る人物がいた

 

「おお、元造か・・・その人は?」

 

「ああ、こいつは九島烈。俺の親友さ」

 

そう言って烈の方を見ると烈は少し驚いた様な顔をすると少し慌てた様子で挨拶をした

 

「は、初めまして。紹介を受けた九島烈と言う。よろしく!!」

 

そう言って少し顔を赤らめて言うと凛はうっかり変装をしていないことに気付いて後悔していた

 

「まぁ、取り敢えず入りな。何かあったかな」

 

そう言って二人を部屋に入れると居間に座らせた

 

「弘樹はどこにいるんだ?」

 

そう言って元造はここにいない弘樹の居場所を聞くと

 

「あぁ、弘樹なら視察だよ。今は東京にいる」

 

「あぁ、マンションか」

 

「ええ、今の様子が見たいんだってさ」

 

そう言ってお茶と木皿に乗せた煎餅を持ってくると凛は二人の前に置いた

 

「ふぅ、さて。今日ここにきた理由は?」

 

そう言ってお茶を置いた凛は元造に要件を聞くと

 

「ああ、ちょうど友が来たんだ。ついでの紹介さ」

 

「ほーん、そういう事かい。じゃあ、帰りな」

 

「そう言うなよ、わざわざ会いに来てくれたんだぞ。もう少しいい反応しろよ」

 

そう言っていると凛は烈がずっとお茶を飲みながら自分のことを見ていることを感じた

 

「如何した烈。体調でも悪いのか?」

 

そう言って元造は驚いた様子を見せる烈を見てそう言うと烈は

 

「いや・・・元造が今から現人神に会うって言うので緊張していただけです」

 

そう言うと凛は納得した様子で元造を見た

 

「あんたねぇ、そうペラペラ言うんじゃないって言ってんでしょうが」

 

「あぁ、悪い悪い。烈なら大丈夫だ。口は硬いぞ、俺が保証する」

 

「はぁ、これだからこいつは・・・」

 

そう言って呆れていると元造は持っていた包みを取るとそこには凛の好きな銘柄の日本酒があった

 

「まぁ、今回の一件はこれで許してくれや。この銘柄だったろ?」

 

そう言うと凛は奪い取る様に酒瓶を取ると

 

「まぁ・・・いいものを持ってきたことで許してやるよ」

 

そう言って早速蓋を開けて酒瓶ごと飲みはじめた。それを見ていた烈は驚いていた

 

「え!?そのままですか!?」

 

「あぁ、こいつは体の半分は酒でできているもんだ」

 

「神に向かってコイツって言うのはお前しかいないがな・・・さて、烈はもう帰るのか?」

 

「え?いえ・・・今日は元造の泊まっていけと・・・」

 

そう言うと凛は元造を睨む様に見て

 

「お前・・・狙ったな」

 

すると元造は笑いながら

 

「ハハハッ!そうよ、今日は烈の紹介ついでに料理を作ってもらおうと思ってな」

 

「・・・はぁ、分かった。酒樽五つで許してやる」

 

「ちょっと多くないか?」

 

「それくらいが妥当だ、いきなり料理を作らせようなんてな。特別料金だ」

 

「分かった、準備しておく」

 

そう言うと凛は席を立つと台所に立ち、材料を切りはじめた

 

「なぁ、元造・・・あの人って本当に神なのか?」

 

一連の様子を見ていた烈は俄かに凛が神であることが信じられなかった

 

「あぁ、ああ見えても神だぞ。少なくとも魔法ではお前でも勝てないさ」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ、お前くらいなら弘樹相手でも負けるかもな」

 

「その弘樹って誰なんだ?」

 

「あぁ、弘樹は・・・」

 

そう言っていると居間の襖が開いて凛に似た顔立ちの男性が立っていた

 

「戻りました・・・って元造さんと・・・お客さん?」

 

「あぁ、お邪魔させてもらっているよ。あぁ、こいつは九島烈。俺の友人さ」

 

「元造さんのご友人でしたか。私は神木弘樹と言います。以後よろしく」

 

「あぁ、よろしく・・・」

 

そう言うと台所から凛の声が響いた

 

「弘樹〜!帰ったなら手伝って〜!」

 

「分かった、姉様」

 

そう言って弘樹は台所に向かうとジャガイモの皮を剥いていた

 

「元造・・・あの弘樹という子も神なのか?」

 

そう言って烈は元造にそう聞くと

 

「あぁ、弘樹くんは違うよ。正確には九尾、妖怪さ」

 

「妖怪!?そんなものが存在するのか!?」

 

そう言って驚いていると弘樹が台所から聞いた

 

「あれ?元造さん。お客さんには言っちゃったんですか?」

 

「あぁ、こいつの口は硬いからな」

 

「成程、じゃあ魔法も使えますか・・・」

 

そう言うと弘樹の黒い髪が雪の様に真っ白になると頭の部分に狐の耳の様なものが生えた

 

「如何だ・・・驚いただろ・・・烈?」

 

返事がない烈に元造は烈の表情を見ると。烈は完全にフリーズし、固まっていた

 

「あーあ、言わんこっちゃない」

 

そう言って慌てている元造を見て凛は呆れていると弘樹は他の材料を切りながら魔法で切った野菜を炒めていた

 

「まぁ、初めて見ると驚きますよね」

 

そう言ってフリーズから帰ってきた烈は驚いていた

 

「い、今・・・み、耳が生えた・・・え?え?」

 

「おお、落ち着け烈。だから言っただろ弘樹はくんは人じゃないって」

 

「いや・・・でも俄かには信じられない・・・」

 

そう言って動揺していると凛が料理を持ってきた。変装を解いた状態で

 

「はい、今日の料理。泰夜さんは来ないの?」

 

「あぁ、泰夜なら今日は来ないと言っていた」

 

「じゃあ頂きますか・・・烈?おーい」

 

そう言って烈の方を見ると烈は凛の顔を見ると完全に夢中になっていた。ハッと我に帰った烈は顔を赤くして凛の作った料理を食べていた

 

「さぁ、食べ終わったら月でも見るか」

 

「そうだな、確か今日は満月だったか」

 

そう言って四人は夕食を取っていた

 

 

 

 

 

「美味いな、うちの料理人でもこれほどのものはいないぞ」

 

「だろうな、コイツの料理は一番美味いと思うぞ」

 

「よかった、口にあった様で」

 

「むしろ姉様の料理が美味しくないと言う人はいるんでしょうか」

 

「それは言えてるな」

 

そう言って元造が笑っていると烈は凛のことを少し熱い視線で見ていた

 

「ふぅ、取り敢えず。後片付けだな、ほいっと」

 

そう言って凛の手から起動式が生まれると皿がピカピカになり、食器棚に文字通り飛んで入っていった

 

「っ!今に魔法は如何やってやったんだ!?」

 

そう言って烈は驚いていると凛は秘密と言って教えてくれなかった

 

「さぁ、今日は月見酒だ。登るよ」

 

「おう、じゃあ酒を持ってこないとな」

 

そう言って元造はたったが凛が

 

「いや、今日はウチが出すよ。良いのがあるんだ」

 

そう言って凛は床下の倉庫を開けるとそこから一本の酒瓶を取り出した

 

「ほぉ〜、珍しいな。お前が取り出すなんて」

 

「あぁ、今日は特別だ。さぁ、行くぞ」

 

そう言って神社の屋根に梯子をかけると四人は屋根に登るとテラスの様な形で作られていた場所で盃を並べた

 

「じゃあ、乾杯」

 

「「乾杯」」

 

そう言って四人は盃を掲げると一気に飲み干した

 

「やっぱり美味いな」

 

「そりゃ名水で作った酒だ。美味いに決まっておろう」

 

そう言って四人は満月に照らされた神社のテラスで酒を飲んで楽しんだ




あと、更新期間が長くなります。毎日投稿は少し見送らせてください。作者がまだスティープルチュースをまだ読み終えてないんです・・・


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事件

一週間の休憩を挟んでモチベが上がったので投稿を再開したいと思います

毎日投稿できるよう頑張ります!!


烈が元造の誘いに来てから一週間ほど経ったある日。凛は元造からある手紙を貰った

 

「ほい、烈がお前にだとよ」

 

「ん?ああ、如何したんだろ。今どき珍しいな」

 

そう言って受け取った手紙を読むと凛は明らか不機嫌な表情になると気持ち悪そうに手紙を燃やしていた

 

「おいおい、いきなり燃やすなよ・・・」

 

「だって、コイツやばいって。いきなり手紙で告白なんかしてくるか?」

 

「・・・マジかよ・・・」

 

そう言って凛はとりあえずお断りに手紙を書くと投函をした。しかしそのまた一週間後に同じような手紙が届き、凛はまた同じようにお断りの手紙を送り付けることが二、三回あった

 

 

 

 

 

 

「・・・ったく。面倒な事しやがって、何回もお断りしてんだろうが!!」

 

そう言ってとうとう返事を書くのが面倒臭くなった凛は返事も書かずに貰った瞬間に消し炭にしていた

 

「姉様、返事は・・・まあ、諦めますか・・・」

 

そう言って弘樹すらも諦めた様子であった。それを見ていた元造は思わず苦笑いをしていた

 

「はは・・・弘樹君すら匙を投げるとは・・・」

 

「何、こう言うのは一回ボコったほうがいいのかな?」

 

「やめとけ、お前がやるとクレーターが出来ちまうよ」

 

「うーん、でもこう言うのって如何しようかな」

 

そう言うと元造は悩むと

 

「うーむ・・・こう言う時は一回話し合いの場を設けるか・・・」

 

「姉様に魔法戦闘でボコボコにして貰うか・・・」

 

「のどっちかしか無いか・・・はぁ、面倒くさぁ」

 

「そもそも姉様が変装を解いていなければ・・・」

 

「いや、それに関しては俺がいきなり烈を連れてここに来たのが悪かったよ」

 

そう言って元造はこうなった原因は自分にあると言うと

 

「しかしなぁ・・・」

 

「では、姉様。まず、姉様からキッパリとお断りしてそれでその後の行動でまた考えましょう」

 

「じゃ、それで決定しよう。えっとじゃあ場所は・・・」

 

「そこは俺がやっておく」

 

「良いのか?」

 

そう言って凛は元造に聞くと

 

「ああ、そのほうが魔法師の配備もしやすいだろ?」

 

「そうだな・・・よろしく頼む」

 

そう言うと三人は各々烈との話し合いに向け準備をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた烈との話し合いの日。この日凛は四葉家系列のホテルのレストランに一室で待っていると烈が入って来た

 

「お待たせしましたな」

 

「・・・」

 

そう言って少し間が開き、烈が席に座ったことを確認した凛は

 

「・・・まず言わせて貰うわ。もう手紙は送って来ないで。そもそもお断りの手紙は何度も送っているはずよ、諦めて頂戴」

 

そう言うと烈は少し黙ると

 

「・・・ですが、凛様。せめてでもお近くに住まうことは出来ませんでしょうか」

 

そう言うと凛はキッパリと

 

「無理ね、今いる場所から引っ越しは面倒なのよ」

 

それでもなかなか諦めない烈に凛は

 

「済まないが、あなたとは付き合う気は一切ありません。お引き取りを」

 

「っ!!ですが」

 

「それでは、私は用事があるので失礼します」

 

そう言って部屋を出た。残った烈は拳を強く握り、何かを決めた表情をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、余りにも烈が鬱陶しく気晴らしに東京で食べ歩きをしてから神社に戻った凛は神社に誰かが侵入し、神社にある金庫が壊されている事に気づいた

 

「アイツ・・・やりやがったな・・・」

 

そう言うと買い物から帰ってきた弘樹は初めて見た本気の怒りに思わず持っていた袋を落とすと凛は弘樹の方を向いて

 

「弘樹・・・今から支度をする、”アレ”を持ってきて」

 

「っ!良いのですか。あれは・・・」

 

「ええ、”失敗作”とは言えうちのものを勝手に持って行ったやつには制裁を加える」

 

「・・・畏まりました」

 

そう言うと弘樹は魔法陣から杖を取り出すとそれを着替えた凛に渡した

 

「どうぞ、姉様」

 

「ええ、弘樹。貴方はここに居なさい、もしかするとまたアイツらが来るかも知れないから」

 

「了解致しました」

 

そう言うと凛は一瞬にして消えると次に現れたのは魔法技能師開発第九研究所の上空であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、研究所では烈が遺跡から見つけた聖遺物と称して凛の神社から持ってきた勾玉を研究所の職員に検査させていた

 

「閣下、これはすごい発見です!!」

 

「どんな結果だった」

 

「ええ、これは魔法式の保存ができる機能がありまして・・・それでこれを量産出来れば魔法師がいなくとも魔法行使ができます」

 

そう言って研究員が少し興奮気味に言うと烈は

 

『これで、あの人も私のことは無視出来ないはずだ・・・そしたら・・・』

 

その時だった、突如研究所のアラームが鳴り響き警備員が全滅したと言う報告があった

 

「急いで隔壁を閉じろ!!」

 

「侵入者だ、急いで捕らえろ!!」

 

そう言って研究所の至る所で隔壁が閉鎖され、侵入者を捕らえた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・そう思っていた。しかし、突如隔壁が無惨にも吹き飛ばされ、隔壁付近にいた研究員は吹き飛ばされ気絶した

 

「あれは・・・っ!」

 

烈は侵入して来た凛は仮面をかぶっていて表情はわからなかったが、雰囲気からして明らかに怒っているのはわかった

 

「烈・・・見つけた・・・」

 

研究所を破壊し始めた凛は烈の居場所を見つけると硬化魔法で強化されているはずの窓ガラスを簡単に叩き割ると烈以外の部屋にいた人は凛によって気絶させられた



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火災

第九研究所に襲撃を行った凛は烈を見つけると、取り敢えず周りに居た邪魔な研究員を気絶させた

 

「烈・・・見つけた・・・」

 

「ヒッ!」

 

そう言って烈の前に立った凛はまるでゴミを見るかのように烈を見ると烈はあまりの恐怖に悲鳴をあげていた

 

「烈・・・お前が何を仕出かしたかを知っているな?」

 

「・・・」

 

恐怖の余り声が出ない烈に凛は持っていた杖を向けると

 

「貴様は余のことを甘く見ていたであろう。あの時に諦めて居れば許したものを・・・」

 

そう言って杖の際に魔法陣が形成されると

 

「お前くらいだったらこれくらいで十分だ」

 

そう言って魔法陣が展開すると巨大な光と共に第九研究所を含めた周囲一帯が大規模な爆発をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に烈が目を開けたのは病院であった

 

「閣下!!」

 

「良かった、目を覚ましたぞ!」

 

そう言って魔法協会の役人が喜んでいる中、烈は初めはこれが夢だと思っていた

 

『私はあの時にやられたはずだ・・・』

 

そう言って一応今の自分の状況を見ると身体中を包帯で巻かれ、左腕と両足にはギプスがつけられ。身体中を固定されていた

 

「これは・・・」

 

あまりにも現実に近い様子に烈は不思議に思っているとふと窓から手紙が飛んできてそこにはこう書かれていた

 

『許して欲しいのであれば行動で示せ』

 

そう書かれてあった手紙を読むと烈は自分が生きていることを実感すると共に、この命は凛の慈悲によるものだと思うと手紙に書かれてあった言葉を心に誓った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り、凛が魔法を発動した直後のこと

 

「ふぅ・・・取り敢えずこれでいいか・・・」

 

そう言って吹き飛ばした研究所の周りで大規模な火災が発生しており、凛は少しやり過ぎたと思うと取り敢えず目の前で下半身が吹き飛び、右前腕が消えている烈を見て

 

「ふぅ・・・まぁ、直しますか」

 

そう言って凛は能力で消えた部位を復活させると遠くからサイレン音が聞こえて来たのですぐさま飛んで行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明けて、第九研で爆発事故と共に九島烈が重傷を負ったニュースが飛び交う中。凛と元造は神社にて今回の一件で話をしていた

 

「・・・という事で。私は完成したマンションに急いで引っ越すわ」

 

「そうだな・・・その方が安全だろうな」

 

「それに、盗まれたのはまだ失敗作だから良かったけど・・・」

 

「あれで失敗作って言うのも恐ろしいがな」

 

そう言って盗まれた失敗作は先の爆発でほとんどが吹き飛んでしまっていた

 

「ま、そう言う事だからちゃっちゃと荷物纏めちゃいましょう」

 

そう言って荷物を適当に魔法陣の中に仕舞うと凛は

 

「じゃあ、こっちは少し荷物の整理とかで忙しくなると思うから」

 

「ああ、またこっちから呼ぶから来てくれ」

 

そう言うと二人は駅まで飛んで行った

 

「・・・行ってしまったか。まあ、たまにこっちに来てくれると言っていたし大丈夫か」

 

そう言って元造は凛達の飛んで行った方を見るとそのまま屋敷に戻って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し急いでマンションに引っ越した凛は

 

「はぁ、飛んだ迷惑だ」

 

そう吐き捨てながら荷物を片付けていると

 

「でも、そんな相手でも生き返らせすところは姉様らしいところですけどね」

 

「何、彼奴は言わば”盾”だからな」

 

「盾?」

 

そう言って不思議に思うと

 

「ああ、国を守るには英雄と言える人がいれば他国は攻めづらいだろ?」

 

「ああ、そう言う事ですか」

 

そう言って納得した弘樹は凛が出かける準備をしている事に気づいた

 

「あれ、姉様。何処か行かれるのですか?」

 

「ああ、烈に”注意”しにな」

 

「・・・行ってらっしゃいませ」

 

そう言うと凛は部屋を出て行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出た凛はそのまま烈の救急搬送された病院に行くと『送風』で持っていた手紙を烈のいる病室に送るとそそくさと去っていった

 

「さて・・・これでもう関わってこないことを祈るだけだな」

 

そういうと凛は帰りはめずらしく新幹線に乗って帰った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、テレビを付けるとそこには第九研究所で起こった爆発は魔法の暴発か、ガスに引火して起こったものということで収束していた




解説
送風
神道魔法風系統の初級レベルの魔法。ただ、目標まで空気を送るだけの魔法


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年越し

時は少し遡り2095年の年末。凛と弘樹は夢の王国にある自分の別邸でグダグダしていた

 

「あぁ〜、久々にこっちに来たけどこっちは静かね〜」

 

「そうですね、姉さん」

 

そう言ってソファーで寝そべっている凛に弘樹は紅茶を差し出した

 

「まあ、ここ最近は特に忙しかったですからね」

 

「そうだね〜、最初はブランシュで次に無頭龍に大亜連合で止めにスターズか・・・」

 

「てんこ盛りですね」

 

「ああ、元造の時を思い出すよ・・・」

 

「懐かしいですね〜」

 

そう言ってゆっくりしていると突如インターホンが鳴った

 

「あれ?こんな時間にどうしたんだ?」

 

「弘樹〜、確認して〜」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

そう言って弘樹は画面を見ると驚いた表情を見せた

 

「あ・・・姉さん・・・」

 

「ん?どうしたの?」

 

「あ・・・あの、母上が・・・」

 

「え、母上が?」

 

「ええ・・・今家の前に・・・」

 

「まじで?」

 

「ええ」

 

すると凛の行動早かった

 

「急いで支度をして!それから母上の好きなお菓子を急いで!!」

 

そういうと弘樹は普段はメイドとして飼っている猫を使って少し慌てた様子で台所からお菓子の入ったボウルなどを運ぶと彩芽を家の中に入れた

 

「よ、久々ね」

 

「ええ・・・お久しぶりです。母上・・・」

 

「もう、お母さんでいいわよ。ま、彩芽さまと言われなくなったから良いけど」

 

そう言って部屋に入ると彩芽はソファーにゆったりと座ると

 

「はあ〜、やっぱり此処は良いわね〜」

 

「そうですか?」

 

「ええ、最近は描いた絵とかを売っているんだけどさ。これがまあまあ売れているのよ」

 

「そうなんですね」

 

そう言って彩芽は置いてあったお菓子食べると凛にこう言った

 

「ねえ凛」

 

「何でしょうか?」

 

「あの猫ちゃんたちいないの?」

 

「ん?ああ、猫メイドたちですか?あの子達ならそこに・・・」

 

そう言って部屋の隅で毛繕いしている猫たちを指差すと

 

「あ!いたいた。このたち可愛いのよね〜」

 

そう言って猫を撫でると彩芽の周りにたくさんの猫が集まってきて彩芽は幸せそうな表情をした

 

「は〜、こういうの幸せ〜」

 

そう言って彩芽は猫を抱えてソファーに戻ると猫に囲まれながらテレビをつけていた

 

「母上、今日はどう言った御用で?」

 

そう言って凛は年末に彩芽が来た理由を聞くと

 

「ん?ああ、簡単だよ。()()と年越しをする為だよ」

 

そう言うと凛は驚いた様子を浮かべたが。よくこう言ったことをして居たので凛はすぐに弘樹に言って年越し蕎麦を作るように言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彩芽が来て少し緊張があったもののすぐに和み、凛、彩芽、弘樹の三人は部屋に設置したコタツに入ると年末にやっている音楽番組を見ながら運ばれてきた年越し蕎麦を食べていた

 

「しかし、猫ちゃんが運んで来るなんて面白いこと考えたわね」

 

「その方が可愛いと思いません?」

 

「そうねえ、そっちの方が可愛いわね〜」

 

そう言って年越し蕎麦を運んできた猫を撫でながらそう言っていると彩芽は弘樹に聞いた

 

「そう言えばどうなんだい?」

 

「何でしょうか母上?」

 

()()()()()との関係」

 

「「ブッ!」」

 

彩芽の突然の爆弾発言に思わず二人は吹いてしまった

 

「な、何を言っているんですか母上!!」

 

「そ、そうですよ。いきなりそういうのを聞くなんて・・・」

 

そう言って驚いた表情を浮かべると彩芽は笑みを浮かべ

 

「何、ちょっと気になっただけだから。別に言わなくても良いわよ」

 

そう言って弘樹が顔を真っ赤にしているのを横目に彩芽はそばを啜っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして年越し蕎麦を食べ終わり、時間が来るまで年末にやっている音楽番組を見ながら彩芽は猫を撫でて癒されたり、凛と弘樹はこたつでみかんの皮を剥いて食べたりと各々好きな時間を過ごしていた

 

「ああ〜、やっぱ良いわね〜猫は」

 

「そうですよね、私もそういう動物は好きですからねその子たちも一部は現世で拾ってきた子ですよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ」

 

そう言って一匹の三毛猫が凛に近づくと凛の足を踏み始めていた

 

「この子がちょうど拾ってきた子ですよ。名前はミケ。たまたま海で釣りをして居た時に近づいてきた子なんです」

 

「そうなのね。毛並みが綺麗ね〜」

 

「そりゃこの子が一番のお気に入りですからね」

 

そう言って凛は猫の頭を撫でると気持ちよさそうにして居た。するとそのミケは

 

「ん〜、もっと撫でてほしいにゃ〜」

 

そう言ってゴロゴロしていた

 

「ふふっ、分かったわ」

 

ナデナデ

 

「ん〜、気持ち良いにゃ〜」

 

そうしてずっと撫でているといつの間にか寝てしまっていた

 

「あら、寝てしまったわね」

 

「そうですね。でもこの寝顔がまた可愛くて良いんですよね〜」

 

そう言って凛はミケのお腹をワシャワシャしながら言った

 

「しかし、此処の猫は全員がしゃべるんだもんねえ〜。驚きだわ〜」

 

そう言って彩芽は灰色の毛並みの猫を気に入ってずっと撫でていた。すると弘樹がなぜか狐の姿になって寝ていた

 

「あれ?何でその格好で?」

 

「さあ?そっちの方が楽だから?」

 

そう言って不思議に思っていると遠くで年越しを知らせる花火が上がり始めた

 

「あ、もう年越しか・・・」

 

「早いわね〜、こうも長く生きていると」

 

「そうですね・・・でも、今年はだいぶ長く感じましたね・・・」

 

「そうね・・・私も長く感じたわね〜」

 

「それじゃあ、今年も・・・」

 

「ええ・・・」

 

「「よろしくお願いします」」

 

そういうと上がっている花火を見ながら凛と彩芽は新年の祝福を祝った



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スティープルチュース編
競技変更


2096年6月25日

 

一高の演習林では声が響いていた

 

「ぜえ・・・ぜえ・・・」

 

「これキッツ・・・」

 

「ほらほら、無駄口喋らんで後10周!!」

 

「無理言わんでください。これ以上は無理ですよ」

 

そう言って倒れている生徒を見ているのは片手に竹刀を抱えた凛であった

 

「どうした・・・そんなのが言えるなら・・・まだ走れるでしょ?」

 

その言葉に思わず文句を言っていた生徒は黙り込んでしまった

 

「ほい、まだ達也は走っておるぞ」

 

「達也と同じにされても・・・」

 

「やっぱこの二人は化け物だわ」

 

そう言っていると凛の隣に県がやってきた

 

「ああ、悪いな。いきなり頼んじまって」

 

「いいえいいえ、大丈夫ですよ」

 

そう言って凛はこれから用事と言うことで去っていった。その時の山岳部のメンバーは地獄から解放されたかのような表情だったという

 

 

 

 

 

服部に呼ばれ部活連に来た凛は服部から資料をもらった

 

「ああ、そう言えばもうすぐ九校戦ですね」

 

「ああ、今年は会長が気合い入れているからな」

 

「ああ・・・あれですか?あの、選手の予想とかしていたやつですか?」

 

「ああ、今年優勝すれば四連覇だ。これは史上初のことになる、気合が入るのは当然だろう」

 

「そうですね、さて。我々は選手の選定やらで忙しくなりますね」

 

そう言って部活連では選手の選定準備が行われていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、凛が部活連で資料をまとめていた時。服部が驚きの表情でやってきた

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「ああ・・・今回の九校戦なんだが・・・」

 

「九校戦がどうかしたんですか?」

 

「ああ・・・今年の九校戦は・・・競技変更があった」

 

「「!?」」

 

競技変更という言葉に部活連にいた全員が驚きを露わにした

 

「そ、それって・・・」

 

「ああ、正直俺も驚いているが既に決まってしまったらしい」

 

そんな中、凛は服部に聞いた

 

「それで・・・どの競技が変更になったんですか?場合によっては全体的に組み直さなければいけませんが・・・」

 

そういうと服部は

 

「ああ、今回変更される競技は『スピード・シューティング』『クラウド・ボール』『バトル・ボード』の三種目がそれぞれ『ロアー・アンド・ガンナー』『シールド・ダウン』『スティープルチュース・クロスカントリー』になった・・・」

 

「三種目もですか・・・」

 

そう言って凛は変更になる競技を聞いてだいぶ軍事色が強いと思うと放課後に達也達でアイネブリーゼで集まった

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういえば達也。九校戦の競技が変わったって?」

 

そう言ってカフェでゆっくりしていた幹比古が話の話題を切り出した

 

「え、どんな種目が変わるの?」

 

そう聞くと達也は変更される競技の説明をして、スティープルチュース・クロスカントリーは異常であるというと美月が軍事色が強い事を言うとその後は少しその話題で話が盛り上がってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、凛はパソコン画面を開いて情報を集めていた

 

「うーん、やっぱり大亜連合強硬派が関わっているか・・・しかし、此処に烈が乗っかって来たのは意外だな・・・まさか・・・」

 

そう言ってさらに調べていると凛はため息が出てしまった

 

「はぁ・・・何してんだあいつは・・・いくら魔法師の軍事利用を嫌うとは言え・・・うちらの邪魔すんなよ・・・ましてや競技に組み込むなんて・・・」

 

そう言って画面に写っていたのは『P兵器』と書かれた第九研究所の資料であった

 

「パラサイトを人形に組み込んでの人造魔法師の製造・・・かな?」

 

「また面倒ごとですか?姉さん」

 

そう言って隣にやって来た弘樹がそういうと

 

「ん?ああ、また面倒ごとの予感がするよ」

 

「P兵器。直接行って調べて来ましょうか?」

 

「ん〜、そうだね。これくらいだったら弘樹の能力でなんとかなるか・・・よし、お願いしてもらっていい?」

 

「畏まりました」

 

そう言うと弘樹は早速魔法を展開すると監視を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後、凛は八雲に呼ばれて九重寺に来ていた

 

「よ、呼ばれたから来たぞ〜」

 

そう言って通されたのは奥の部屋であった

 

「ああ、来ましたか。龍神殿」

 

「んで、用事とは」

 

「実は朝に達也くんから話を聞いてね」

 

「P兵器か?」

 

「おお、もう知っておられたんですね」

 

「ああ・・・まあな、前に知ったがな・・・それで、用事とは何だ?」

 

そう言って八雲から共に奈良に来ないかと言われたが、凛はそれを断った

 

「んじゃ、そう言うことで。私は行かないよ」

 

「分かりました」

 

「ん、それじゃあ」

 

そう言って部屋を出て行った凛はマンションに戻ると弘樹から報告があった

 

「姉さん、今入った情報ではさっき大規模な想子を検知しました。おそらく先の兵器の実験かと・・・」

 

「ん、わかった。とりあえずあれにパラサイトがいるのは確定したな」

 

「ええ、しかし・・・」

 

そう言って弘樹はある疑問が生まれた

 

「どうしたら第九研究所はパラサイトの制御式を開発したのでしょうか」

 

そう言って九島家がなぜパラサイトの制御式を持っているのかが不思議に思ったが、凛はすぐにその答えが浮かんだ

 

「弘樹・・・制御式なんか既に持っていたんじゃないか?」

 

「それはどう言う・・・ああ、そう言う事ですか!」

 

「ああ、前に襲撃した時に持って行かれた物だろう。おそらく燃え残ったものだろうな」

 

「ですがあれは・・・」

 

「ああ、あれは”完全”な制御式ではない。欠陥品だよ」

 

「ですが・・・それは危険では?」

 

そう言って弘樹は完全に制御しきれていないパラサイトの危険性を言ったが

 

「ああ、まだ人間にはあれの危険性はわかっていない。だが、あれを止めるにはもう一回第九研究所を吹き飛ばすか・・・それとも」

 

「P兵器を全て破壊する・・・ですか?」

 

「そう言うことになる」

 

そう言うと二人は思い切りため息を吐いてしまった



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再選考

凛がP兵器と呼ばれるパラサイトを使ったドールを知った翌日。凛は服部に呼ばれ再選考を行なっていた

 

「・・・と言うことはやはりロアー・アンド・ガンナーのソロは私が行きますね」

 

「すまないな神木さん」

 

「いえ、こう言うのは得意ですから」

 

「後はスティープルチェースには私と深雪は確定で出るとして・・・」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクには出なくていいのか?」

 

「ええ、そっちは弘樹がソロで出ますから」

 

そう言って再選考された結果今回出場するメンバーが決定された

 

ロアー・アンド・ガンナー

男子

ペア:森崎、五十嵐

ソロ:神木

 

女子

ペア:明智、国東

ソロ:神木

 

 

シールド・ダウン

男子

ペア:桐原、十三束

ソロ:沢木

 

女子

ペア:モブ、モブ

ソロ:千倉

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイク

男子

ペア:モブ、モブ

ソロ:神木

 

女子

ペア:千代田、北山

ソロ:司波

 

 

モノリス・コード

服部、三七上、吉田

 

 

ミラージ・バット

光井、里美

 

 

スティープル・チュース・クロスカントリー

男子

服部、吉田、神木、森崎、西城、他の七名

 

女子

千代田、神木、司波、光井、北山、千葉、他六名

 

と言った結果となった

 

「それじゃあ、明日から練習を行いますか」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って凛は選考を終わらせると早速明日の準備を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、凛達は早速九校戦に向けて練習を始めた

 

「ほらよっと!」

 

バキンッ!

 

そう言って凛とエリカがシールドダウンでエリカを場外に弾き飛ばしていた

 

「あ〜っ!やられたわね」

 

「これで五連勝と・・・」

 

「これ試合の意味ある?」

 

「ほぼ蹂躙な気が・・・」

 

そう言って今までの試合を見てそう言っていると凛は

 

「あ、そろそろ時間だ。じゃあ、こっちはまた別の所行くから後よろしく〜」

 

「ええ、ありがとうね・・・ほぼ一方的に負けたけど・・・」

 

そう言ってエリカが言うと凛も力を出しすぎたと少し反省した。別所では桐原、十三束対沢木、西城ペアが練習試合を行い、レオが桐原の盾を叩き割る形で終了していた

 

 

 

「さて、こっちの状況も良さそうだね」

 

「あ、凛。来ていたのね」

 

「よっ!手伝いに来たよ〜」

 

そう言って千代田、雫対凛、深雪の対決を行ったが・・・

 

 

 

「8戦中8勝・・・」

 

「これはひどいですね・・・」

 

そう言って結果を見たほのかと泉美が言葉に詰まっていた

 

「いや〜、ちょっとやり過ぎたかも」

 

「そうだな、特にお前の初手の起動式粉砕はやりすぎだ」

 

そう言って凛は試合序盤に花音と雫の展開した魔法を一瞬にして粉砕したのを見てやり過ぎたと反省をした。そのせいで花音が不貞腐れていた

 

「じゃあ次はお前と深雪のソロでいくか」

 

「ん、分かった」

 

そう言って次に行われたソロの対決では深雪の展開した『氷炎地獄』の魔法式が凛の『桜吹雪』で破壊された後、神道魔法の『音鳴り』にて一瞬にして全ての氷柱を破壊をした

 

「フュ〜、これは凄いわね」

 

「深雪が・・・」

 

「一瞬で・・・」

 

「やっぱり凄いわね、凛」

 

「そうね〜、今のは深雪の起動式の座標にズレがあったからね〜。そこをついたまでよ」

 

そう言って凛は今度は自分の出場するロアー・アンド・ガンナーの練習を行なっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、達也に呼ばれFLTにやって来た凛は牛山から歓迎を受けていた

 

「おお、お局!!」

 

「達也に呼ばれたんだけど」

 

「ええ、そう言うふうに聞いていますよ」

 

そう言って達也が出てくると試作した完全思考型のCADの試験を行った

 

「・・・」

 

「どうだ?」

 

「ええ、良さそうよ。これなら発売しても問題なさそうね」

 

「おお、お局がいい反応をしている。これは良さそうだな」

 

そう言って試験を終えた凛が戻ってくると達也は

 

「すまないな、九校戦で忙しい中呼び出して」

 

「いいよいいよ、今日は弘樹も深雪とのデートでしょ?ちょうど暇だったしよかったわ」

 

そう言って二人は絶賛デートを楽しんでいる二人を想像すると思わず笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ファッションセンターにて深雪に連れられ洋服売り場に来ていた弘樹は何を着ても似合う深雪に流石と言う感想しか出なかった

 

「じゃあ、終わったら呼んで」

 

「わ、分かりました!!」

 

そう言って店員によって試着室に連れて行かれた深雪を見送ると女性用の水着売り場に男子高校生がいるのは不味いと思い移動しようとした時であった。目の前でバッタリと後輩の二人と出会した

 

「あれ?弘樹先輩、どうしてここに?」

 

「その荷物・・・もしかして深雪先輩もいらっしゃるのですか!?」

 

そう言って持っていた荷物を見て興奮気味に泉美が言うとその声を聞きつけて試着室から一人の女性が出てきた。そう、七草真由美である

 

「ちょっと、二人とも何を騒いで・・・!!!」

 

騒がしい二人に注意を入れようと出てきた真由美はまさか弘樹がいるとは知らずに思わず顔を真っ赤にした。それを見た弘樹は

 

『うーん、こう言う時はどうしたものか・・・取り敢えず試着室に戻すか・・・』

 

そう思うと弘樹は真由美に声をかけた

 

「七草先輩、取り敢えずここは公衆の場なので試着室に戻ってください。後でお叱りは受けますよ」

 

「そ、そうね。ご、ごめんなさいね・・・%&$#!!!」

 

そう言って試着室に戻った真由美は表現不可能な言葉で着替えていた。それを見ていた香澄と泉美の二人は

 

「「おお〜!」」

 

と言って称賛をしていた




すいません、メンバー名が思いつかないのはモブということで許してください


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旧第九研

深雪とのデートで思わぬ出会いとした弘樹は着替え終わった真由美と共に近くのカフェに来ていた

 

「いや〜、びっくりしましたよ。、まさか七草先輩もいらしていたなんて」

 

「そ、そうね・・・」

 

そう言って事情を説明すると香澄と泉美は弘樹に謝罪をし、真由美は顔を真っ赤にして煙を上げていた

 

「いや、私があんなところで弘樹先輩を止めたのが悪かったので。悪いのは私達ですよ」

 

「そうですね、私も思わず自分の事ばかり優先してしまったので。反省します」

 

「ああ、大丈夫だよ。こっちもまさか二人がいるなんて思っていなかったから」

 

そう言っていると泉美は

 

「あ、そういえば先輩方はこの後はどうするんですか?」

 

「ん?ああ、この後間もう少し見てから帰るよ。よかったら一緒に回るかい?」

 

そう弘樹が誘うが泉美はそれを拒否した。そのことに香澄が驚きの表情を表した

 

「どうしたの?いつもの香澄なら『ぜひ!』って言ってついて行くと思ったのに・・・」

 

「いえ、わざわざ”聖人”の弘樹先輩の手を煩わせるわけにはいきませんから」

 

聖人という単語に引っ掛かった弘樹は泉美にその理由を聞いた

 

「聖人?なんで僕が?」

 

「そりゃ決まっていますよ。風紀委員会では少なくとも弘樹先輩は聖人っていうあだ名で呼ばれていますよ」

 

「へぇ〜、知らなかったな〜」

 

そう言うと香澄はそうあだ名ついた理由を言った

 

「そりゃそうだと思いますよ。だって、今まで弘樹先輩のおかげで再違反率が下がって来ているんですから」

 

「でもそれだけで聖人なんてね〜」

 

「ふふっ、弘樹さんは優しいですからね」

 

「あれ、そうなのかい?」

 

「ええ・・・とっても」

 

そう言って深雪と弘樹の間がどこかあったかくなっているとそれを見ていた三人は羨ましそうに見ていた

 

「ま、そう言うとこならそろそろ行かせてもらうよ」

 

「あ、じゃあ代金が私が・・・」

 

そう言って真由美は財布と取り出したが

 

「ああ、大丈夫ですよ。ここを選んだをは僕ですから」

 

そう言って去っていったのを見ると残った三人はどうして弘樹がモテるのかが分かった気がした。そして泉美は真由美に対し少し睨みつけると

 

「お姉さま、あの二人になんかしたら許さないからね」

 

「そうだね、私もそれには同意見だね」

 

「ちょっとそれどう言うことよ!!」

 

そう言って真由美は叫んでいた

 

 

 

 

 

店を出た弘樹と深雪は二人きりになると深雪が弘樹の腕にしがみ付いていた

 

「まったく、弘樹さんは優しいんですから。これでまた弘樹さんのことを思う人が増えちゃいますよ」

 

「まあ、良いじゃないの。僕は深雪と一緒にいるだけで幸せだし」

 

「もう、弘樹さん!!」

 

そう言って深雪は弘樹にさらに強く腕を抱き締めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして練習をする事一週間。新競技にも慣れてきた頃、達也、深雪、水波のさん人はこの日学校に来ていなかった。この三人は八雲に連れられ奈良にリニアで向かっていた

 

「ふう、今日は私も加わるね〜」

 

「あれ、凛じゃないの。ロアー・アンド・ガンナーは大丈夫なの?」

 

「ええ、さっきやったらパーフェクト行ったわ」

 

「さ、流石ね・・・」

 

そう言ってエリカは苦笑いをしている中。エリカは凛に聞いた

 

「あ、そう言えば凛って何か達也くんたちのこと知らない?」

 

「ん?ああ、特には知らんね〜」

 

「そう、達也くんのことだから何かしてそうだと思うんだけどね〜」

 

「うーん、そうだね〜あいつの事だから何かしてそうだけどね〜」

 

そう言って始まった練習は前と同様、エリカの惨敗で終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、マンションに戻った凛は連絡を受けていた

 

「おや、こんな時間にどうしたんだい」

 

『いや、久々に京都に来たんでね。君にもこの景色を見せてあげようかと・・・』

 

「・・・引っ叩いてやろうか?」

 

そう言って凛は少し殺気を込めて言うと

 

『おっと、ごめんごめん。ああ、達也くんのことでね。今は第九研に向かっているって言う報告をしたんだよ』

 

「ああ、そう言うこと・・・」

 

そう言って凛は納得していると

 

『ま、今回の一件。ちょっと僕も”会場”に行こうかなって思ってね』

 

「ほー、八雲が来るのかい」

 

『ええ、貴方がP兵器と言っていた物をね』

 

「だからって持って行かないでよ。あれはうちで回収するものだから」

 

『分かっていますよ。では』

 

そう言って通信が切れた

 

「・・・ふう、パラサイトドールか・・・」

 

「また面倒ごとがないと良いですけどね」

 

そう言って凛の前にお茶を置くと弘樹は報告を入れた

 

「現在、第九研究所の前に一人いますね。ああ、やっぱり達也だ・・・ん、これは・・・」

 

「どうかしたか?」

 

そう言って弘樹に聞くと

 

「ええ、どうやらパラサイトドールの暴走実験が行われたみたいです。ちなみに達也は無事ですね」

 

そう言って達也は絶賛バイクに乗り込んで退散しているのを確認すると凛は少しホッとした雰囲気になった

 

「ま、引き続き監視をお願い。人形が移動し始めたら報告よろしく」

 

「承知しました」

 

そして凛は明日の達也の連絡を待った



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二度目の前夜祭

翌日、八雲にお願いされ東京駅まで車を走らせた凛は待っていた達也と合流した

 

「よ、お出迎えに来たよ」

 

「ああ、すまない。いきなりお願いして」

 

「ああ、大丈夫、こう言うのは予想していたから」

 

そう言って四人を車に乗せると深雪は弘樹の隣に座りまるで猫のようにゴロゴロしていた

 

「・・・さて、報告を聞こうか」

 

「ああ、これが黒羽家の情報で、これが亡命した大陸系の方術士のデータだ」

 

「ん、ありがとう」

 

そう言って資料に目を通すと凛は

 

「・・・国防軍の競技変更に九島家のP兵器実験に大陸系の介入・・・か」

 

「・・・凛、なぜP兵器のことを知っているんだ?」

 

「ん?ああ、それは情報屋の情報で知ったのさ」

 

「そうか・・・」

 

そう言うと達也はいつもの知り合いであると推測すると深く言及はしなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた8月3日、今年は例年より1日長い九校戦に去年よりも二人増えた参加メンバーで、バスに技術スタッフ4名が乗り込んで行った。そのうちの一人に達也がおり、誰がこんなことをしたのかはもはや明確であった。荷物を積み込んでいる中香澄は

 

「いくら技術スタッフが忙しいからってなんで3H連れてくるかな。あの男」

 

「香澄ちゃん、あの男と言うのは失礼ですよ」

 

そう言って作業車に載せられたピクシーを見ながらそう言っていると

 

「そうそう、達也は僕の親友なんだからさ」

 

「「ひ、弘樹先輩!!」」

 

そう言って後ろから現れた弘樹に驚きをあらわにした。そして咄嗟に香澄は謝罪をするとそそくさと去って行った

 

「・・・さて、僕も荷物を入れないとね」

 

そう言って二人を見送った弘樹は自分と姉の分の荷物を運んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

会場までの道中、去年のようにトラブルに巻き込まれるわけでもなく会場入りした一高メンバーはどこか安心した様子で荷下ろしをしていた

 

「何を笑っているんだ、深雪?」

 

そう言って前夜祭のパーティーで微笑んでいる深雪に達也が聞いた

 

「だって、去年は借り物の制服でしたからね。今の制服はよくお似合いで」

 

「本当にそうですよ」

 

「私もそう思う」

 

「うん、どこか借り物だった所為があるな」

 

「そーだねー」

 

そう言ってほのかや雫、英美やスバルまで話に入ってきた。そんな中、凛はただ端で料理を大量に食べていた

 

「ちょっと!あんた食べ過ぎでしょうか!!」

 

そう言ってエリカがすごい量を食べている凛に驚くと凛は

 

「え?そう?これがいつも通りだと思うけどね」

 

そう言ってケロッとした表情で言った。その表情に思わずエリカは絶句をしてしまった

 

「・・・あんたの胃袋はどうなっているのよ・・・」

 

そう言ってさらに出てきた料理を皿に取っている凛を見てその量にただただ驚きの声しか出なかった。そんな中凛に声をかける人物がいた

 

「久しぶりね、凛」

 

「あ、愛梨じゃん。久しぶり〜、去年の論文コンペ以来?」

 

そう言ってやってきた愛梨がリスのように顔を膨らませた凛に声をかけていた

 

「ええ、去年のあの論文コンペよ・・・はぁ、ちょっとは食べるのをやめたら?」

 

「え?だっへこういうひょきはたへないとそんじゃない?」

 

「・・・はぁ、もういいわ・・・さて、今年の競技変更。どう思った?」

 

その言葉に凛は少し目を細めると

 

「・・・正直に言って競技変更に異論はない・・・ただスティープルチェースに関しては4キロというのは現役軍人でも普通やらない距離だ。しかも疲れが溜まる最終日に持って来るのはおかしいと思ったわ」

 

「私もやっぱりそう思う。それで私から将輝に今回の一件で調べてもらえないかお願いしたのよ」

 

「・・・それで結果は?」

 

そう聞くと凛は事前に調べた結果と同じで確認程度で終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして前夜祭も終わりに近づいてきた頃、凛は外に出てのんびりと空を見ていた

 

「・・・ふう、取り敢えず今の人形は・・・まだ来ていないか・・・」

 

そう言ってパラサイトの感覚がないと悟ると凛は再びパーティー会場へと戻っていった

 

 

 

 

 

 

 

前夜祭を抜け出し、部屋に戻った凛は部屋の前にいた人物達にため息が漏れた

 

「・・・で?なんで私の部屋に?」

 

そう言って自分に割り当てられた二人用の部屋に集まった深雪、エリカ、ほのか、雫、英美、スバルの六人を見て呆れていた

 

「そりゃ・・・」

 

「どうせ持って来ているんでしょ?」

 

「行く時にバックを持って来ていた・・・」

 

「楽しみにしていたんですよ」

 

そういうとまず凛は全員を部屋に入れるとしまってあったカバンを取り出すと去年と同様に小さなお菓子パーティーを開いた

 

「うーん、やっぱりコレが一番ね〜」

 

「コレを食べると他のが要らなくなりそう」

 

「本当よね〜」

 

そう言ってそのお菓子パーティーは達也が部屋にやってくるまで行われていた



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コース調査

先に前夜祭パーティーを抜け出した凛は部屋の前に既にいた深雪達に呆れていると深雪はあの後前夜祭に烈が来なかった事を言った

 

「ああ、そういえば凛が出ていった後に九島閣下が挨拶をしなかったわね〜」

 

「ほえ〜、そうなのね」

 

「なんかお加減が悪いからって言ってたけど・・・」

 

そう言っていると深雪はあることに気付いた

 

「あれ?そういえば私の荷物は?」

 

そう言って自分の持って来た荷物が部屋にないことに気づくと凛はバームクーヘンを食べながら

 

「ああ、深雪の荷物なら達也のところだよ」

 

「如何してですか?」

 

「だって深雪は()()()()()()()()だもん」

 

「「!!??」」

 

凛の言った言葉に部屋にいた凛以外の女子は驚いた様子を見せていた

 

「え、それって・・・」

 

「そもそも、部屋割りは誰が決めたと思ってんのよ」

 

「「あ・・・」」

 

そう言って凛は思わず声を出して笑ってしまった。深雪は顔を真っ赤にして下を向いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、深雪と同室になった事をまだ知らない弘樹はスティープルチュース・クロスカントリーの会場の森林へと来ていた

 

『やっぱり、去年の影響か警備が厳しいな』

 

そう言いつつも会場内に足を踏み込んでいる弘樹はふと何かに気付いた

 

「おっと・・・貴方も来ていたんですか」

 

そう言って木陰から出て来たのは八雲であった

 

「いや〜、やっぱり君には勝てないか」

 

「そうですね。まあ、八雲先生の場合はもう十分だと思いますけどね」

 

「先生と言ってくれるのはありがたいね〜、凛くんは先生付けしてくれないからね〜」

 

「・・・はぁ、あとで言っておきますよ・・・さて、今の所は人形はいませんね」

 

そういうと八雲も真剣な表情となり

 

「ああ、流石にまだ設置はされていないね」

 

「ええ、戻りましょうか。達也も見に来ている事ですし」

 

「そうだね」

 

そう言って二人は会場の外へと飛んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

会場の様子を見に来た達也は先に来ていた亜夜子と文弥と合流をし、中を見ようと思ったが厳重な警備なため中に入ることは出来なかった

 

「どうしますか、兄さんと僕達が力を合わせれば、あるいは・・・」

 

「いや、無理をして騒ぎになるのが一番まずい今夜は大人しく引き上げるべきだろう」

 

「そうだね」

 

そう言って確実に三人の声ではない人物の声が入った

 

「誰だ!?」

 

そう言って亜夜子が視線を向けた森林の奥から出て来たのは八雲であった

 

「師匠、もっと普通に登場して下さい」

 

そう言って達也が溜息混じりにいうと

 

「そうだね、弘樹くんにもよく言われるね〜」

 

そういうと亜夜子は八雲の姿を見て

 

「・・・達也さん、もしかしてこの方が?」

 

そう言って達也に確認をとった

 

「そうですか・・・では貴方が九重八雲ですか」

 

文弥がそういうと八雲は満足げに頷いた

 

「それで師匠、何か分かったんですか?」

 

相当と八雲は少し悪い笑みを浮かべると

 

「それなら、()()()()()弘樹君に聞くといいよ」

 

そう言って指差した先にはそそくさと戻ろうとしていた弘樹の姿があった

 

「弘樹・・・お前、そこに居たのか・・・」

 

「嘘・・・」

 

「全然気付かなかった・・・」

 

そう言って三人は驚いていると弘樹は八雲のことを一旦睨み付けると溜息を吐きながら言った

 

「はあ・・・ま、とりあえず何も無かった。それしか今は言えないな」

 

そう言うと亜夜子は自分以上に精密な隠形に舌を巻くと共に自分の得意分野で負けたことに悔しさが生まれた

 

「ま、そう言うことで僕は。早く姉さんの報告しておかないと行けないから」

 

「ああ、分かった」

 

 

 

 

 

 

部屋に入った弘樹は凛に報告を入れていた

 

「・・・と言うわけで今の所運ばれたパラサイトドールはまだ会場には設置されていません」

 

「分かった、じゃあ部屋に戻っていいよ。ありがとう」

 

そう言ったが弘樹は疑問に思った

 

「あれ?そう言えば私の荷物は何処ですか?」

 

「ん?ああ、弘樹のなら深雪の部屋にあるよ」

 

そう言うと弘樹は瞬時にどう言うことかを理解し、凛に意見を言った

 

「姉さん・・・まさかですけどこれを最初から狙っていましたか?」

 

「ふふっ、さあ?どうでしょうね」

 

そう言って無理矢理部屋に押し込まれた弘樹は同室にいた深雪と鉢合わせる形となった

 

「あ・・・深雪・・・」

 

「弘樹さん・・・」

 

そうお互いに名前を呼び合うとしばらくの間が空いた

 

「「・・・」」

 

その間を弘樹が破る形となった

 

「と、取り敢えずこっちは荷物の片付けやらないと行けないから」

 

「わ、分かりました」

 

そう言って弘樹は荷物整理を、深雪はシャワーを浴びに行った

 

 

 

 

 

暫くして、シャワーから寝巻き姿で出てきた深雪はそのまま荷物整理が終わりベットの上でグッスリと寝ている弘樹の隣に座ると今まで言えなかったことを語っていた

 

「私は初めて弘樹さんと出会った時は不思議な人だと思っていたんです。普通の男の人なら誰もが私に視線を向けるのに、弘樹さんだけは何事も無いかのように見ていた。それが不思議だったんですよ」

 

そう言って弘樹の髪を軽く触っていた

 

「それに私は弘樹さんに命を救われた。あの時、私はお兄様以外で初めて人に守られたんです・・・だから、嬉しかった」

 

そう言うと深雪は弘樹に顔を近づけた

 

「その時に、私は初めて”恋”と言う物を知ったんです・・・これはいつも私を気にかけてくれる弘樹さんへのお礼です」

 

そう言うと深雪は弘樹に口づけをしていた。全て弘樹に聞かれているとも知らずに・・・

 

 

 

 

 

口づけを終え、顔を一旦離した深雪は一瞬だけ弘樹の頭に()()()()()()()()()がついている気がした



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警戒

深雪が弘樹と同室になってから2日後、2096年の九校戦の開会式が行われた。初日はアイス・ピラーズ・ブレイクペアとロアー・アンド・ガンナーペアの為それぞれ準備を行った。アイス・ピラーズ・ブレイクは9組のグループを3組まで減らす総当たり戦形式となっている為凛の計画ではロアー・アンド・ガンナー女子ペアを確実に優勝させ、男子はがっんばってもらおうと言う考えであった。かなり博打ではあるが海の七高が確実に男子では優勝を飾るだろうと予想して服部に無理を言って作戦案を立てた

 

「しかし競技が被ってなくてよかった〜」

 

「そうだな、競技の時間が被ったら弘樹や五十里先輩に迷惑をかけるところだった」

 

「そうだね」

 

そう言って凛は達也の隣にくるとそう離していた。作戦本部にいるはずの凛は少しできた時間を使って達也のところに来ていた

 

「あ、もう時間だ。そろそろだと思うよ」

 

「ああ、それじゃあロアガンのコースに行ってくる」

 

「行ってら〜」

 

そう言って達也を見送った凛はちょうど横に来た五十里に声をかけられた

 

「どうだい凛さん。今回の作戦はうまく行きそうかい?」

 

「正直に言って七高がロアー・アンド・ガンナーの男女両方一位をとらないか心配ですね。一応男子の方も私が扱きましたが・・・それでもやっぱり心配になりますね。アイス・ピラーズ・ブレイクに関しては問題無いと思っていますし・・・」

 

「そうだね、僕も正直アイス・ピラーズ・ブレイクよりもロアー・アンド・ガンナーで七高が勢いを載せるのが心配だね」

 

そう言ってテレビ画面に映る競技場の様子を見ながらそう言った

 

「でも僕は凛さんがあんな博打のような賭けに出るとは思わなかったよ」

 

「そうですか?まあ、一応賭けが失敗した時の予備は考えていますが・・・」

 

「ははっ、君は本当に準備がいいね。そう言うところが服部君に気に入られているのかな?」

 

「さあ?如何でしょう」

 

そう言って離しているとロアー・アンド・ガンナー第一走者の英美・国東ペアが走り出した。ボート部の国東に狩猟部の英美に加え、凛が扱いたおかげで的確に的を破壊しながら高速で走り抜き、最初から高タイムで一位をもぎ取った。そして、女子ロアー・アンド・ガンナーペアで一位を飾った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2096年度九校戦初日の結果は

 

ロアー・アンド・ガンナー

 

女子ペア 一位

 

男子ペア 二位

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイク

 

花音、雫ペア 予選リーグ一位通過

 

と言った結果で凛が想像していた男子の惨敗がなくホッとして居た。その日の夜、凛は会議室で服部と今日のことで話していた

 

「しかし良かった。男子が二位で」

 

「ああ、神木さんの予想していた惨敗じゃ無かった事で今日は腹一杯だ」

 

「ですね、しかし二位を取ったのは驚きでした」

 

そう言って男子ロアガンペアで二位を取ったことに驚いていた

 

「そうだな。ま、神木さんはもう寝たほうがいい。明日はロアガンに出るんだろ?後はこっちでやっておく」

 

そう言うと凛はお礼をすると自室に戻った

 

 

 

 

 

部屋に戻ると弘樹が深雪と同室になった関係で自分と同室となった達也が明日自分が使うCADの調整を行なっていた

 

「お、悪いね。調整やらせちゃって」

 

「いや、お前がお願いしたんじゃないか?」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

そう言って凛は明日のためにいつもより早めに寝て居た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、弘樹がアイス・ピラーズ・ブレイクのソロに出場するのが分かった日。三高の会議室では将輝と真紅郎が話し合っていた

 

「しかし驚いたね。まさか彼がアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するなんて」

 

「ああ・・・そうだな」

 

そう言って二人は弘樹のことを詳しく知らなかった為彼についての情報を集めた

 

「・・・」

 

「・・・」

 

そして集めた情報を見て二人は沈黙をした

 

「驚いた、まさか彼がこんなに強いなんて・・・」

 

「ああ・・・そうだな」

 

そう言って二人の間に再び沈黙が訪れた

 

「・・・ねえ、将輝」

 

「なんだ?」

 

そう言うと真紅郎はある推測を出した

 

「この情報が本当だとすると、今まで考えて居た作戦じゃあ負けるかもしれない」

 

「・・・そうなのか?」

 

そう将輝が聞くと真紅郎は深刻そうな表情で言った

 

「ああ・・・もし本気で勝ちたいなら。試合が始まった直後に将輝の()()を叩き込まないと行けないかもしれない」

 

その言葉に将輝は驚きを露わにした

 

「ジョージがそこまで言うのか・・・」

 

「ああ、彼・・・いや、神木家は一度九島閣下と対決して閣下に圧勝したと言う噂があるくらいだ。これを見ると噂は本当に聞こえてくるね」

 

そう言って資料を見ながら真紅郎はそういうと将輝は

 

「分かった、ジョージがそこまで言う相手だ。俺はジョージの考えた作戦を信じる」

 

「・・・分かった」

 

そう言って真紅郎は作戦を考えた



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飛び抜けた成績

翌日の早朝、凛は目覚ましのコーヒーを飲んでいるとそこに達也が入ってきた

 

「お、おはよう」

 

「ああ、CADの調整終わらせておいたぞ」

 

「いきなりCADの話をぶちこむなよ・・・緊張するじゃんか・・・」

 

そう言って朝一番にCADの話を持ってきた達也に呆れていた

 

「何、大丈夫だ。お前に緊張という概念があったことが驚きだ」

 

「おい!」

 

そう言って凛は反論していた。しかし内心では

 

『こういうちょっと雑な所も元造に似ているな・・・』

 

そう思って達也がだんだん元造に似ていることに少し懐かしさを覚えていた

 

「さて、今日は弘樹も深雪も出場だ。達也は忙しいね〜」

 

「それをお前がいうか?」

 

「そうかしら」

 

そう言って少し笑みを浮かべると凛は調整してもらったCADの調子を確認した

 

 

 

 

 

同じ頃、深雪は隣でぐっすりと寝ている弘樹の顔を見ていた。実はを言うと深雪自身、弘樹の私生活を詳しくは知らない。姉である凛が言っている事しか詳しい話を聞かないからだ。だが、聞いた話では弘樹は一定時間に起き、何かが一定距離まで近づいてくると目を開けたりと自分の兄に似たところがあると凛は言っていた。しかし弘樹は深雪に関しては心を許しているのか隣に居てもぐっすりと寝ていた

 

『そう言えば一昨日の夜は弘樹さんにお礼をして居ましたね・・・』

 

そう思うと深雪はある疑問が浮かんだ

 

『私は一体どこまで弘樹さんに許されているのでしょう・・・』

 

そう思うと不意に寒気がやってきた。ここは標高が高い影響で気温も下がっている上に今来ているのは真夏用の寝巻き。体温が下がってもおかしく無い。すると深雪の意識がおかしい方向に向き始めた。まず最初に深雪は弘樹の額に手を当てた。一昨日の夜には弘樹が隣に居たことで舞い上がってしまい。昨晩は弘樹が気になって何度も目覚めてしまい少々寝不足気味になっていた深雪はどんどん自制心を解かしていた

 

『弘樹さんは・・・冷たい』

 

元々凛によって妖怪となった弘樹は人の体温ほどの熱量を必要としないのだが。それを知らない深雪は咄嗟に『暖めないと』と言う思考が浮かんで居た。

深雪は弘樹の布団の中に潜り込むと弘樹のことを抱きしめると体の方の体温の温もりで徐々に夢の世界に旅立った

 

 

深雪の規則正しい寝息が聞こえると弘樹は閉じて居た目を開けた

 

『やっと寝てくれた・・・』

 

本来妖怪である自分に睡眠など必要ではないが隣に深雪がいる為、ずっと寝ているふりをしていた

 

『僕は冷たい・・・か・・・』

 

妖怪となった影響で人の心が読めるようになった弘樹は先程まで深雪が思って居たことを思い出していた。去年の九校戦で自分からの告白を受けて晴れて恋人同士となった自分達は空いた日にはよくデートをしてきた。だが自分の過去と正体を話すのはまだ早いと自分の主人()から言われておりどうしようか少し困っていた

 

『ごめんよ深雪・・・僕の正体はまだ明かせないんだ。もう少しで話せると思うから・・・だから今はこれで我慢して・・・』

 

そう思うと弘樹は深雪の髪を優しく撫で、一時的に狐の姿になってベットから抜け出すと部屋のベランダに出て空気を吸っていた

 

 

 

 

 

翌朝、深雪が起きると少し恥ずかしそうにして居たが弘樹が頭を撫でると機嫌は元に戻っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてはじまった大会二日目、凛はロアー・アンド・ガンナーの会場に来ていた

 

「よし、いっちょ頑張るわ」

 

「ああ、朝の調子で頑張って来い」

 

そう言って達也と別れた凛は第一レースのスタート位置に立った

 

『この試作品、達也が調整をしてくれたから大丈夫よね』

 

そう思いながら今持っているショットガンタイプのCADを触ると試合開始のランプが点灯し、乗っていたボードを思い切り発進させ、一気に時速150kmまで上げた。元々バトル・ボードの海上の会場を使用している為、平均時速60km程だがその倍以上の速度て突っ走っている為。物凄い勢いで一周目を通過した、二周目から現れる的も持って居たショットガンを駆使し()()の的を撃ち抜き。圧倒的な差を見せつけて後の選手の士気を一気に下げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ!これであとは大丈夫そうだな」

 

試合が終わり、観客から大きな拍手などを受けた凛はそそくさと着替えながらアイス・ピラーズ・ブレイクの結果を見て安心していた。弘樹、深雪の二人ともアイス・ピラーズ・ブレイク予選リーグは一位で通過していた。ロアー・アンド・ガンナーは初っ端で凛がとんでも無い成績を収めた為、二位との差はとても激しいものとなった。結果は

 

ロアー・アンド・ガンナー

 

女子

一位 一高

二位 三高

三位 七高

 

男子

一位 七高

二位 三高

三位 一高

 

と言った結果となった。この結果を受けてひどく落ち込んでいたのは真紅郎であった

 

「吉祥寺、二位でも立派だ。そう落ち込むな」

 

「そうよ。二位でも立派だと思うわ」

 

そう言って他の三高の生徒が励ますも吉祥寺の心は沈んだままであった。それは簡単である、初っ端からとんでもなく高い点数を叩き出した凛に他校の選手も焦って点数を取りに行った影響で結果的に三高は勝てたのであった

 

「ずっと神木弘樹のことで考えすぎていた、彼には姉がいたのを完全に忘れていた・・・これは僕の失態だ・・・」

 

そう言って吉祥寺は完全に後悔をしていた。この時将輝はどう声をかけようか悩んでいた



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確実な優勝を得る方法

その日の夜、凛は昨晩服部との話で参加できなかった夜のお茶会に参加をした

 

「よ、今日は来たよ〜」

 

「あ、来た来た。今日の主役」

 

「あの結果はすごかったね〜」

 

「ダントツでしたもんね〜」

 

そう言って深雪達が併設されたカフェでゆっくりしていると凛は後ろから達也に呼ばれた

 

「凛、ちょっといいか?」

 

「ん、分かった。ごめんちょっと手伝いに行ってくる」

 

「ええ、分かったわ」

 

「行ってら〜」

 

そう言って達也と共にバルコニーに出た凛は達也から報告を聞いた

 

「そうか・・・今回の競技変更は酒井大佐の大亜連合強硬派の仕業か・・・」

 

「ああ、そうさっき将輝から聞いた。そっちは?」

 

「こっちも同じだったわ」

 

「そうか・・・。わかった、すまんなお茶会中に呼んで」

 

「ああ・・・大丈夫、私もそろそろ寝たいと思って居たから」

 

そう言うと凛は電話で深雪にそのまま寝ることを伝えると凛は部屋に戻って行った

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると凛は先にいた弘樹から明日使うCADを受け取った

 

「しかし・・・大丈夫なんでしょうか」

 

CADの調整中弘樹はそう問うと凛は少し笑みを浮かべて

 

「何、明日使うのは現代魔法だ。神道魔法じゃない」

 

「ですが・・・だからと言って()()()は・・・」

 

「ま、良いじゃないの。確実に優勝したいんでしょ?」

 

「ま、まぁ・・・そうですが・・・」

 

そう言って弘樹は少し言葉を詰まらせた

 

「ま、明日使うのはせめて戦術級だろう。うまく使えば『クリムゾン・プリンス』を完封できるさ」

 

「上手くって・・・相変わらずそこら辺になると雑になるんですから・・・」

 

そう言って呆れているが弘樹はあらかたこうなることを予想して作戦を立てていた

 

「取り敢えず、あとこのとはこっちでやっておきます。なので姉さんはパラサイトドールに集中しておいてください」

 

「ええ、分かっているわ・・・」

 

そう言うと弘樹は部屋を出て行った

 

「・・・ふう、取り敢えずこれで決勝はほぼ確実に勝利だろうね・・・まあ、あの子がふざけなければの話だけど・・・」

 

そう言って凛は弘樹が少し手を抜くことを心配した

 

「ま、取り敢えずは明日の試合の事を考えますか・・・」

 

そう言うと凛は翌日のシールド・ダウンペアとアイス・ピラーズ・ブレイクペアの事を考えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、凛はシールド・ダウンの会場へと足を運んでいた

 

「よ、そっちは順調そうだね」

 

「ああ、この試合で優勝が決まる」

 

「一高と三高は共に1勝ずつ・・・桐原先輩と十三束くんは・・・まあ、勝ちそうね」

 

「じゃなければ困るのはそっちだろ?」

 

「そうだね〜」

 

そう言うと達也はある事を聞いた

 

「そういえば、朝から弘樹がずっと作業車にこもっているのだが。何か知っているか?」

 

そう言って早朝から作業車で調整をしている弘樹に達也は不思議に思っていた

 

「ん?ああ、弘樹なら明後日の試合で確実に勝つための調整をしているんだよ」

 

「手伝わなくて良いのか?」

 

そう言って達也は正直に言って自分でも勝てない相手に思わず心の中で合掌をしていた

 

「ああ、あれくらいなら弘樹一人でできる。別に手伝い必要はないさ」

 

「そうか・・・」

 

そう言っていると目の前でシールド・ダウンペアの勝敗が決し、桐原・十三束ペアが優勝を収めた。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は服部とこの日の結果を見ていた

 

「・・・しかし、予想はしていたがシールド・ダウンの女子ペアが表彰台を逃したか・・・」

 

「まあ、仕方ないと思いますよ。でも女子アイス・ピラーズ・ブレイクペアは優勝しましたから。概ね予想通りです」

 

「そうだな・・・まあ、今日の結果はこんな所だろう。さて、今日はこれで終了にしよう。明日は弟の決勝だろ、手伝わなくて良いのか?」

 

そう言って服部は作業車で準備をしている弘樹の事を言うと

 

「ああ、それは大丈夫ですよ。今は達也が手伝ってくれていますから」

 

そう言って凛は達也の援助を受けて弘樹が明後日の魔法を調整している様子を想像しながらお茶会を開いている作業者の前まで歩いて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、作業車で調整を行なっていた弘樹は座っていた椅子から立つと背伸びをした

 

「ん〜!よし、これで終わり。あとは試合を待つだけだな。ありがとう達也、おかげで少し早く終わったよ」

 

「ああ、これくらいは大した事じゃない・・・だが、この魔法式は確実に魔法大全(インデックス)の連絡があるぞ」

 

「何、これはそれには載せないさ。なんせ、神道魔法を()()()()()に改造したものなんだから」

 

そう言うと達也は神道魔法の汎用性に舌を巻いていた

 

「じゃ、僕は呼ばれているから」

 

そう言って弘樹は達也にお礼を言うと隣で行われているお茶会に参加をした

 

「よ、こっち終わったから参加するね」

 

「あ、終わったんだ」

 

「でも席がいっぱいですね」

 

「あ、どうしましょう。これから凛もくるって言うのに・・・」

 

そう言って満杯な席を見ると弘樹は

 

「あ、じゃあ僕はここでいいよ」

 

そう言って作業者の扉をあけて調整台の椅子に座った

 

「え、大丈夫なんですか?」

 

「私が開けようと思ったけど・・・」

 

「大丈夫大丈夫、僕はここれも十分に会話を聞けるし」

 

そう言ってそれほど遠くない距離で深雪達は少し訳分けなさそうにお茶会は再開した。

 

 

 

 

 

そしてお茶会が進む中、弘樹は来ると言っていたレオがいないことに気付いた

 

「あれ、レオは?」

 

そう言うとケントがここに来る前にローゼン日本支社のエルンスト・ローゼンに声を掛けられていたと言った

 

「ただ、西条先輩は迷惑そうな表情でした」

 

「俺がなんだって?」

 

そう言ってちょうどレオがやって来た

 

「ああ、お前がエルンスト・ローゼンに声を掛けられていたって話さ」

 

「あ、ああ・・・まあな」

 

そう言うとレオは用意された席に座るとレオもお茶会に参加した

 

 

 

 

 

その後に凛もお茶会に加わり夜遅くなったところでお開きとなった



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隠し事

翌日、アイス・ピラーズ・ブレイク男女ソロ決勝リーグでは昨年同様、女子は深雪が『氷炎地獄』で一瞬にして相手を蹴散らしていた

 

「おーおー、これはすごいねー」

 

そう言って控室で試合を見ていた凛は一瞬にして決着した試合を見てそう言っているとそこに達也がやってきた

 

「良いのか?弟の状況を見なくて」

 

「ああ、弘樹なら体調も十分。あとは試合でふざけなければ良いだけさ」

 

「そうだな・・・ま、あいつなら確実にクリムゾン・プリンスには圧勝だろうからな。だが、面白くないと言って少し手を抜くかもしれんな」

 

そう言って達也は弘樹の性格を考えると少し笑みを浮かべた

 

「ま、あまりにも手を抜いて負けたら私からぶっ飛ばすけどね」

 

「負ける事は流石にないだろう」

 

「ま、そうだろうけどね」

 

そう言って試合が終わり、深雪は弘樹がいるであろう準備室に向かっている姿を見ていると二人は少し微笑ましい気持ちとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、弘樹は会場下の準備室で待っているとそこに深雪がやってきた

 

「弘樹さん!!」

 

「ん、深雪か・・・さっきは頑張ったな」

 

そう言って弘樹は頭を撫でると深雪は嬉しそうに弘樹に抱き付いた

 

「おっと・・・」

 

「弘樹さん・・・」

 

「ん?どうした深雪?」

 

そう言うと深雪は少し間をあけると

 

「・・・弘樹さん、必ず勝ってください」

 

「・・・分かった。絶対勝ってくるよ」

 

そう言うと弘樹は会場の方へと歩いて行った。準備室に一人残った深雪は弘樹の出て行った扉を見ると弘樹の優勝を願った

 

 

 

 

 

櫓に登り、会場へと上がった弘樹は対戦相手である将輝を見ると周りの歓声の声に紛れて

 

「この試合・・・全力で行かさせて戴きます」

 

そう言うと試合を始める青色ランプが点灯し、試合が開始された。試合開始と共に将輝は『爆裂』を最大で展開した。が、それは発動する事は無かった

 

『爆裂が発動しない!?』

 

そう将輝が驚くと弘樹は涼しい顔で

 

「音波共鳴・・・発動・・・」

 

そう言うと持っていたCADの引き金を引き、次に起こった衝撃波と共に一気に将輝の氷柱を破壊した。その余波の影響で自陣の氷柱四本も影響を受けたが将輝側の氷柱が全て破壊された為、弘樹の勝利となった。一瞬にしてついた決着に観客はただただ唖然としていた

 

「・・・有難うございました」

 

試合に勝利した弘樹はそれだけを言うと櫓を降りていった。櫓を降りた後も終始観客には動揺が広がっていた。これにより、弘樹はアイス・ピラーズ・ブレイク男子ソロの優勝を飾った

 

 

 

 

 

四日目の結果としてはアイス・ピラーズ・ブレイクソロ、シールド・ダウンソロの男女両方ともに優勝を飾った

 

「いや〜、まさかこんなにも良い成績になるなんて・・・」

 

「ああ、俺も正直驚きの一言だ。まさかここまで優勝を持ってくるとは・・・」

 

そう言って今日に結果を見て驚いている服部と凛はこれで総合優勝も夢ではないと思うと少し嬉しい気持ちが湧いてきた

 

「だが、これで満足していては負ける可能性もある。気を引き締めんとな」

 

「そうですね。人間慢心をした時が一番ひどい目に会いますから。今までの歴史がそうでしたし・・・」

 

「そ、そうだな」

 

そう言って服部は少し苦笑いをすると凛は今頃、部屋で差し入れしたお菓子を嗜んでいる深雪と弘樹を想像すると少し笑みが溢れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、凛から渡されたお菓子を食べている弘樹と深雪はお互いにアイス・ピラーズ・ブレイクソロを優勝したことに軽い祝杯をしていた。初日は同室になったことに少しギクシャクした雰囲気であった二人だが。今ではすっかり慣れていた

 

「じゃあ、優勝を祝して。乾杯」

 

「ええ、乾杯」

 

そう言ってグラスに注がれた飲み物(お酒はダメなので買ってきたジュース)をあげるとそれを飲んで少し笑みを浮かべた

 

「ちゃんと約束通り勝ってきたよ」

 

「ええ・・・一瞬でしたね」

 

そう言って深雪は昼の弘樹の試合を思い出すと嬉しい気持ちで一杯であった

 

「どうだった?さっきの試合は」

 

「ええ・・・驚きと嬉しさでいっぱいでした」

 

「そうか・・・それなら良かった・・・」

 

そう言うと二人は眼前に広がる景色を見ると深雪が喋り出した

 

「弘樹さん・・・」

 

「なんだい?」

 

「私・・・弘樹さんが優勝した時は本当に嬉しかったです・・・本当に・・・」

 

「・・・それは良かった・・・」

 

そう言うと深雪は真剣な眼差しで弘樹に聞いた

 

「弘樹さん・・・弘樹さんは、私に何か()()()()()()()()?」

 

その言葉に少し弘樹はドキッとすると少し返答に困ったがなんとか言葉を紡いだ

 

「いや・・・特に隠し事はないさ・・・ま、そんなことしてもすぐに深雪にはバレちゃうさ」

 

そう言うと深雪はなんとも言えない表情をすると

 

「そう・・・ですね。弘樹さんは嘘をつくのは苦手ですもんね」

 

「ああ、それに隠し事をして良い事なんかないもんな」

 

「そうですね・・・ふふっ、それじゃあ少し寒くなってきましたし部屋に戻りましょう」

 

「そうだな」

 

そう言って弘樹は部屋に戻っていく深雪を見て少し悲しい表情を浮かべると

 

『ごめん深雪・・・きっと・・・きっと話すから・・・それまで待ってて』

 

そう心の中で言うと弘樹は片付けをして部屋に戻った




補足説明
音波共鳴

地系統の音鳴りを現代魔法で使える様にしたダウングレード版。CAD引き金を引く音を元に音波を衝撃波として周囲の敵を一掃する魔法


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高成績

大会五日目から始まる新人戦は初日から男女ロアー・アンド・ガンナー優勝を優勝していた。

二日目のシールド・ダウンは男子が三位、女子は水波が一位を取った結果となった。同日に行われたアイス・ピラーズ・ブレイクの結果は男子は三位で女子は堂々の一位で、男子はなんとか表彰台に上がることができた

 

 

しかし凛が注目していたのは三日目と四日目の新人戦ミラージ・バットと新人戦モノリス・コードであった。

ミラージ・バットでは亜夜子の得意な『疑似瞬間移動』のダウングレードした物を用いて一高の選手との点数をみるみる引き離していた

 

「おーおー、さすが亜夜子ちゃんだね〜」

 

「しかし予想はしていましたがこれ程とは・・・」

 

「ま、そこは仕方ないでしょ」

 

そう言って凛はテントに置かれたお菓子を一つ取って口に入れていた。凛の作ったお菓子類は昨年は泊まっているホテルの厨房で作っていたが、今年は出発前に一高の家庭科部が一高の家庭科室に籠って大量に作っていた。一部では一高のテントにあるお菓子と食べると優勝できるなんて言う噂があるらしい・・・

 

 

 

モノリス・コードでは琢磨が自らディフェンスを買って出てここまで勝利していた。だが、四高との決勝で文弥の『幻衝』の裏で『ダイレクト・ペイン』を使用し、四高が新人戦モノリス・コード優勝を飾った。これにより黒羽家はより一層、四葉家の関係者の説が強くなっていた

 

 

 

 

 

そして新人戦が終わり、本戦九日目となった日。ミラージ・バットとモノリス・コード予選が行われていた。凛は弘樹とともに服部、幹比古、三七上の調整をしていた

 

「はい、これで如何ですか?」

 

そう言って凛は調整台から服部のCADを渡すと、服部はそれを持って感覚を確かめた

 

「・・・ああ、十分馴染んでいる。さすが、司波に()()()()を貰っただけある。これなら会頭の座を安心して渡せるな」

 

「会頭の座は今は関係ないでしょうに・・・」

 

そう言って凛は服部が前に言っていた生徒会長の話を思い出していた。元々、凛は部活連に入る予定だったので特に問題はない。ただ、問題なのは弘樹を風紀委員の連れてこれるかと言う問題であった

 

「弘樹がいればうちの仕事効率が上がるんですけどね〜」

 

「まあ、神木は風紀委員にいるからな」

 

「ええ、できれば引き抜きたいと思っているんですけどね〜」

 

そう言って凛は弘樹を部活連に引き込めないかと策していた

 

「ま、それはそうと予選。勝って下さいね」

 

「ああ、勿論だ」

 

そう言うと他の二人も弘樹によって調整が終わり、三人はモノリス・コード予選を突破した。同日、ミラージ・バットも一位、二位と優勝を果たした

 

 

 

 

 

翌日、スティープルチェース・クロスカントリーが明日に予定された夜遅く、凛は八雲に呼ばれてホテルの屋上に来ていた

 

「で、わざわざ私を呼んだ理由は?」

 

「ああ、ちょっと話をって。思ってね」

 

そう言うと展望台に出た

 

「さて、今は人は来ない様にしているから。楽にしてもらって良いですよ。龍神殿」

 

そう言うと凛は少し笑みを浮かべると遠慮なく変装を解いた

 

「おー、やはり神々しさが増しますな」

 

「・・・それで、要件は何?」

 

八雲の言葉に一切耳を貸さずに凛は八雲から話を聞いた

 

「ああ、そうですな。それじゃあさっき話した事でも話しましょうか」

 

そう言うと八雲はさっき達也と藤林、風間を含めた三人で話し合いをした後、藤林が達也にムーバル・スーツと車を渡した事を聞いた

 

「風間君は古式魔法の使い手として旅団長にその危険性を伝えなかったそうだ・・・」

 

「ほぅ」

 

「それに、パラサイトドールの制御式はやっぱり前に君の家から盗んだものの焼け残りだったそうだよ」

 

「やっぱりか・・・嗚呼、面倒くせ。いっそ誰かに丸投げしたいな」

 

「そこは弘樹君に頼まないのかい?」

 

「ん?ああ、弘樹は一応女子の方をする予定だ。ま、女子は達也がやってくれるから余り張り切らなくて良いかな。それで封印方法は・・・」

 

「ええ、前に貴方が渡してくれた術式を渡しておきましたよ。一応、『本山』からの物と言うことにしておきましたが・・・」

 

「ああ、それで大丈夫だ。あの紙ペラ一枚で一体のパラサイトドールの封印が可能。集めたら全部、地下駐車場のトラックに入れといて。風間にもそう言ってある」

 

「分かりました。じゃあ、達也君が封印して行った物から順に入れておきます」

 

「じゃあ、頼んだよ。明日は男子の方を私がすることになってるから」

 

そう言うと凛は立ち去ろうとしたが。八雲は最後に

 

「ああ、そうそう。大陸の方術師を亡命させたのはやはり周公謹でしたよ」

 

その言葉に思わず凛は少し立ち止まってしまったが

 

「・・・分かった、ありがとう」

 

そう言うと凛は屋上を去って行った



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パラサイトドール

今回は短めです


翌日、九校戦最終日の今日は午前に女子、午後に男子といった形となり。凛は朝早くに起きて軽い運動をしていた

 

「さて、今の所は目立った動きはないか・・・」

 

そう言って演習林の中にあるパラサイトドールを確認するとそのままホテルへと戻った

 

 

 

 

 

そして時は経ち、試合開始時間が近くなって来た頃。弘樹は達也と共に演習林近くに来ていた

 

「大丈夫なのか?」

 

「ん?ああ、大丈夫、みんなには用事って言っておいたから」

 

そう言って午後からの試合に響かないかと心配したが、取り越し苦労と思うと試合開始のピストル音が聞こえた

 

 

 

 

試合開始と共に凛達一高メンバーは走り出し、少しすると分岐点へと別れた

 

「千代田先輩、そこに罠が!!」

 

「了解」

 

そう言うと花音は下から出て来た紐をジャンプで避けた。その時、凛は森の奥でパラサイトドールの気配を感じたが弘樹と達也がすぐに片付けていたのを確認した。すると隣で深雪が少し心配そうにしていた為小声で声を掛けた

 

「大丈夫よ深雪。あの二人が負けるなんて考えられないから」

 

「ふふっ、そうね。それじゃあ最後まで突っ走るわ」

 

「あ!ちょっと!」

 

「くそっ、負けるか!!」

 

そう言うと深雪は速度をあげた。負けじと他のメンバーも同じように速度をあげてゴールへと向かった。そして結果は一位深雪、二位凛、三位エリカ、四位花音という結果となった

 

 

 

 

 

同じ頃、達也と弘樹は目の前にいるパラサイトドールを見ていた

 

「達也・・・ここは僕が行くよ」

 

「良いのか?」

 

「ああ、すぐ片付ける」

 

そう言うと弘樹が前に出ると

 

「ふぅ・・・『銀世界』発動」

 

そう言ってCADを発動すると一瞬だけ周りが白くなると目の前にいた4体のパラサイトドールは一気に崩れ落ちた。そして二人は周りにパラサイトドールの気配がない事を確認すると演習林を後にした。この時、深雪は初めて凛に勝てた事に喜びを露わにしていた

 

 

 

 

 

昼食を挟んだ午後、スティープルチュース・クロスカントリー男子の部は無事に行われ、弘樹はパラサイトドールの邪魔もなく無事に一位を獲得することができた。

 

 

 

 

 

そして無事に総合優勝を勝ち取った一高は各々盛り上がっていた。そんな中、凛は一人地下駐車場にあるトラックの前にいた

 

「さて、仕事しますか」

 

そう言うとトラックの扉を開け、中にある16体のパラサイトドールのパラサイトを全て回収した

 

「よし、これでパラサイトは全回収したね」

 

そう言って凛は振り向くとそこには八雲の姿があった

 

「それで、なんでアンタがいるのよ」

 

「いやー、パラサイトの回収ってどんな感じかなって思ってね」

 

「はぁ・・・ま、この際仕方ないか」

 

そう言うと凛は両手に光の球を取り出した

 

「ちょうどいい、八雲。どっちが調整したパラサイトで、どっちが未調整のパラサイトだと思う?」

 

そう言うと八雲はじっと二つのパラサイトを見ると右の方を指差した

 

「お、正解。よく分かったね」

 

「いや、こっちから邪の気配がしたからね。なんとなくかなって」

 

そう言うと凛は少し笑みを浮かべると

 

「そうだな、未調整のパラサイトは負の感情を持っているからな。邪の気配がするのも当然か」

 

そう言ってパラサイトを仕舞うと凛は八雲に向かってこう言った

 

「いい、パラサイトってのは人間にはまだ早い代物。だから無闇に使うのは自滅行為と同じって事を意識して欲しい」

 

「分かっていますよ。それくらい身をもって知りましたから」

 

そう言うと凛は回収したパラサイトをしまうと祝勝会の会場へと戻った



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古都内乱編
協力要請


モチベが回復したので投稿を再開します


2096年9月23日

 

この日、凛と弘樹は達也に呼ばれて司波邸に来ていた。そして司波邸に着くと先客で亜夜子と文弥がソファーで座っていた

 

「達也、呼ばれたから来たよ・・・って亜夜子ちゃんじゃないの」

 

「凛さん、お久しぶりです」

 

「弘樹さんもお久しぶりです」

 

「ああ、九校戦以来だね」

 

そう言って二人は軽い挨拶をすると凛は文弥から封筒を受け取った

 

「これは?」

 

「御当主様から凛さんと弘樹さんに・・・と」

 

そう言われて凛は封を切り、中身を見るとそこには前に横浜中華街から逃亡した者の名が記されていた

 

「周公瑾捕縛の協力要請・・・達也もこれを?」

 

「ああ、同じ者だと思う」

 

そう言われて凛はもう一度手紙に目を通すと少し険しい顔をした。そこには周公瑾の現時点でわかっている逃走経路が地図付きで描かれてあった

 

「うーん、これはちょっと・・・面倒ね・・・」

 

「どうしてだ?」

 

達也は凛が険しい表情をした理由を聞いた

 

「いや、逃げた先が京都方面となると伝統派とことを交える事になる」

 

「伝統派・・・前に弘樹から聞いたな」

 

「ええ、伝統派は古式魔法師集団。私達が達也の手伝いをしているってバレると厄介なことになる」

 

「そういえば凛は古式魔法師だったな・・・」

 

そう言って達也は凛が古式魔法師であると思い出した

 

「ま、私自身京都に向かっても特に問題はないから。達也についていくことはできるわよ」

 

「そうか、それは助かる」

 

達也は凛が京都に来てくれる事に少し安堵を覚えると今後の計画を考えた。そして凛は手紙からふと柑橘系の匂いを感じるととても小さく笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

用を終えた亜夜子と文弥は司波邸を後にしようとした時。凛は亜夜子に小声で

 

「亜夜子ちゃん、()()()()()()()()()()

 

その言葉に一瞬だけ亜夜子は少し緊張した様子を浮かべると部屋を後にした。部屋から出たのを確認した凛は達也の方を向くと今後の予定について話し合った

 

 

 

 

 

 

 

 

司波邸を後にし、四葉家系列のホテルに到着した亜夜子たちは糸が切れたかの様にベットに倒れた

 

「ハァ〜、疲れた」

 

「姉さん、いきなり倒れないでくださいよ」

 

そう言って文弥が軽くため息をつくと亜夜子は先の凛の言葉を思い出していた

 

「あの言い草だとおそらく凛さんは気づいているわね」

 

「むしろそうじゃない方がおかしいと思うよ。でも凛さんがああ言っていたんだ。達也兄さんに何があっても大丈夫だと思うよ」

 

「あら、文弥も信頼しているのね。でも不思議ね」

 

「?」

 

文弥は亜夜子の含みのある言い方に疑問になった、すると亜夜子はそれを見透かしたかのように話を続けた

 

「だって、そうじゃない。いくら四葉家に出入りしていたとは言え。御当主様があんなにも丁寧な姿勢になるとは思わないもの」

 

「確かに、神木家の情報は平安時代からの名家ではあるけど情報があまりにも少ないし、詳しく調べようとすると御当主様が止めに入ってくる。よく考えると変だね」

 

そう言って二人は過去に凛達の経歴を詳しく調べようとして真夜に止められたことを思い出した。普段は特にそう言ったことをしない真夜がわざわざ自分達の父である貢を呼び出して神木家の捜査をやめさせた事は貢や他の分家にも想定外の事態であったが、分家の当主たちは真夜の命令であった為、それ以上の詮索は行わなかったのである

 

「そうね、でも御当主様が止めると言うことはそれだけ大事な情報の可能性もある。それこそ、御当主様しか知らないような情報かもしれない」

 

「そうだね、いくら怪しくとも僕たちは御当主様の命令に従うのみ。取り敢えず私はちょっと寝るわね〜」

 

「あ!ちょっと姉さん。待ってよ!!」

 

文弥がそう言うも既に亜夜子は先の凛の重圧からの疲れでぐっすりと寝てしまっていた

 

 

 

 

 

 

時は少し戻って凛が司波家にて達也とある程度話し合い結論として達也は九島烈との会談をする事で話はまとまった

 

「じゃあ、九島家に行くとなると私は行けないかなぁ」

 

「そうか・・・じゃあ凛が東京に残るとなると深雪を預けてもいいか?」

 

「え?でも深雪の事だから達也について行くんじゃないか?」

 

凛は深雪の性格を考えると深雪は達也のついて行く可能性が高いと思った

 

「ま、弘樹が居るから大丈夫だと俺は思っているんだが・・・」

 

「・・・ま、そうか。だとしたら弘樹をここに居させるか」

 

そう言いつつも凛は内心、深雪の泣き落としで達也は深雪を奈良に連れて行くと思いながらその日は司波家で夕食をとった

 

 

 

 

 

 

 

夕食を終え、凛達は司波家を後にし、少し離れたところまで行くと凛は手から霊子のでできた鳥を召喚すると司波家の屋根へと飛ばした

 

「『霊鳥』を召喚したと言う事はやはり司波家に来ると?」

 

「ええ、おそらくはウチにも来ると思う。亜夜子ちゃん達は尾行を撒くことを禁じられていた。とすれば真夜は私に達也達を守らなければならない」

 

「ですが霊鳥は想子を吸収しなければ消滅してしまいます。それはあまりにも非効率では?」

 

神道魔法の霊鳥は周囲にある想子を吸収して監視や霊鳥を通じての魔法式の構築ができるものである。化成体と似たようなものだが化成体よりも汎用性に長けており、また霊子から出来ている為、精霊の眼にも見つかりにくい性質を持っている。しかし、霊鳥は吸収する想子の量が多い為周囲から想子が無くなると消えてしまうのである

 

「ま、どうせ奴らの事だ。化成体か人造精霊で見てくるだろうよ」

 

「ああ、そう言う事でしたか」

 

そう言って弘樹は凛の考えている事を理解すると司波家に飛んで行く霊鳥を見ながらそのまま帰宅をして行った




補足説明
霊鳥
霊子を元に造られた人造精霊と似たもの。周りに存在する想子を吸収しながら周囲の状況を把握する鳥。霊鳥を通して別所からの魔法発動も可能。見た目はカラス


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会長選挙

凛達が真夜から協力要請を受けた翌日、一高ではある話題で持ちきりとなっていた

 

「週末の生徒会長選挙は司波深雪さんで決まりだろうな」

 

「対抗馬なんてあの神木姉弟くらいしか居ないだろ」

 

「司波さん・・・いいよな〜。くそう、神木さえいなけりゃ・・・」

 

「やめとけ、神木は九校戦で『クリムゾン・プリンス』に勝っているんだ。少なくともウチらには敵わない相手だぜ」

 

そう言う同級生や

 

「役員は誰にするのかしら」

 

「神木くんは風紀委員だし、かと言って去年深雪さんを抑えた神木さんは部活連会頭だしね」

 

「去年見たいなのがあったらね・・・」

 

「司波さんのお兄さんや神木さんの弟さんってちょっと素敵よね。私もあんなお兄様が欲しい」

 

「あんた上級生でしょうに・・・」

 

そう言って上級生の会話は昼食中の達也達の耳にも入っていた

 

「凛の言う通りね」

 

「ああ、あの三人のうち二人は生徒会長と部活連会頭になるのはほぼ確定だからな」

 

そう言って凛、深雪、弘樹の三人は生徒会室で食事を取っていた

 

「ま、この場に凛がいたらみんな圧で静かになっていたかもね」

 

「それは・・・そうかも知れねえな」

 

そう言ってレオは凛がこの場にいれば確実に凛の圧で全員が静かになる可能性があると思うと否定できない事に苦笑をしてしまった

 

「ま、少なくとも達也が役員になるのは確実だろうね」

 

「僕もそう思うよ。いくら神木くんが前半は引き受けていたとは言え風紀委員長になる可能性が高いから代わりに達也が深雪さんの面倒を見る事になるだろうね」

 

「・・・」

 

もはや逃れられない生徒会の役員に達也は思わず何も言葉が出ていなかった。弘樹は風紀委員の中で外せない存在であり、もし彼が風紀委員長となれば今までのように途中で生徒会に行って深雪のフォローをすることが難しくなる。かと言って凛は部活連会頭になることが決まっており、同じように深雪のフォローが出来なくなる。残る選択肢は自分が生徒会の役員となり、深雪の事を見るしかない。その事を改めて実感すると達也は箸が止まってしまった

 

 

 

 

 

 

同じ頃、生徒会室ではほのかが深雪に役員の質問をしており、半分呆れた様子で答えていた

 

「まだ決めていないって言っているでしょう。まだ選挙すら終わっていないのよ」

 

「そうそう、ほのかが達也の進退を気にするのはわかるけど」

 

そう言いながら凛はピクシーの方を向くとほのかは顔を赤くして俯いていた。その様子を見ていた凛は内心今後の予想を考えていた

 

『ま、達也が生徒会入りするのはほぼ確実だろうね』

 

そう思うと凛は部活連の役員選定を考えた。顔が真っ赤に染まったほのかはピクシーのことを知っている五十里と花音に温かい目で見られ、そのことを知らない香澄と泉美は首を傾げてその光景を見ていた

 

 

 

 

 

その頃、食堂では論文コンペの話で盛り上がっていた

 

「そう言えば、達也くんはなんで論文コンペに出ないの?」

 

「特に深い意味はない。単に今取り組んでいるテーマがまだ発表できる段階に至ってないだけだ」

 

「へぇ、相当高度なテーマなんだろうな」

 

「まあな、だがそれが何かは秘密だ」

 

そう言うとエリカが不満そうに声を上げていた。FAE理論を利用した戦闘用魔法の開発なんて人に言えた代物では無いからだ。すると美月が話題を変えるために達也に質問をした

 

「ところで達也くん、啓先輩からサポートは頼まれていないの?」

 

「今のところはないな。まぁ、今回俺の出る幕は無いんじゃないか」

 

「えっ、何故です?」

 

達也の発言に美月は不思議に思った

 

「今年の開催地は京都だからな」

 

すると幹比古が美月に分かりやすく解説を入れた

 

「論文コンペは横浜と京都で交互に開催されていて。それぞれ評価の傾向が違うんだよ、横浜の時は技術的なテーマ、京都は純論理的なテーマが好まれるんだよ」

 

そう言うとレオ達も納得したのか首を縦に振っていた

 

「成程、達也の得意分野を活かせないと言うことか」

 

「達也さんは純論理分野でも十分高校生離れしていると思いますが・・・」

 

そう言って美月は少し苦笑をしていた。すると達也は食器を片付けながら言った

 

「まぁ、純論理分野に関しては凛の方が詳しい。カーディナル・ジョージなんかよりもよっぽど詳しいと俺は思っている」

 

「達也がそこまで言うのかよ」

 

「それじゃあ今回は凛さんがお手伝いですかね」

 

「そうかもな。だがアイツは服部前会頭の手伝いもあるだろうしな。手伝いをするのかは分からない」

 

そう言って達也は凛が純論理分野で基本コード全ての発見に成功していたことを思い出した。全ての基本コードを発見した凛であったが全ての発表を行わないと決め、研究成果を封印していたのを思い出していた。封印した基本コードは基本的に凛しか開けることはできないが達也にだけ封印の解除キーが伝えられていた。そしてそんなことを話している内に午後の授業の予鈴が鳴った

 

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は達也から通信を受けていた

 

「・・・じゃあ、()()()()にお願い出来たわけね」

 

『ああ、閣下が答えてくれるかは分からないが藤林さんは承諾をしてくれた。しかし良かったのか?お前が行かなくても』

 

そう言った達也は凛が九島家に行かない事を再確認をした

 

「ええ、私は行かないわ。神木家の掟を破るには行かないから」

 

確認をした達也はこの後も少し凛と話すと通信を切った



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人造精霊

9月29日(土)

 

この日に行われた生徒会長選挙は去年のように揉めることも無く無事に終えることが出来た。放課後、アイネブリーゼに集まった凛、弘樹、達也、深雪、エリカ、レオ、美月、幹比古、雫、ほのか、香澄、泉美、ケント、水波の十四人はそれぞれ席に座って乾杯を祝した

 

「それじゃあ、深雪の生徒会長就任を祝って。乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

エリカの音頭で全員が乾杯すると先の選挙結果で話していた

 

「ま、順当だけどね」

 

「信任票100%だしね・・・」

 

「誰もふざけなかったのがすごかったわね」

 

「当然です!!深雪先輩以外に生徒会長は考えられません!!」

 

そう言って一票も不信任票が入らなかった事に不審がった幹比古と凛とは裏腹にエキサイトしている泉美を横目に香澄がチビチビと飲み物を飲んでいた

 

「しかし、深雪。役員はどうするの?前に一応話し合ったけど・・・」

 

「ええ、ある程度は。副会長は泉美ちゃんにお願いしようと思っているわ」

 

「きゃああっ!ムグッ!」

 

泉美が声を上げたが流石に恥ずかしかったのか香澄が泉美の口を塞いでいた

 

「それから水波ちゃんには書記をお願いしたいのだけれど」

 

「はい、分かりました」

 

そう言うと深雪は今度ほのかの方を向くと

 

「ほのかは会計をお願いしようと思っているんだけど」

 

「う、うん。深雪の指名ならやらせてもらうよ」

 

するとほのかは役員に達也がいない事に気づいた。その事を思っていると今度は凛が順に声をかけていた

 

「じゃあ、私からはここにいるメンバーだとエリカを副会頭に。レオとケントを幹事に入れるようにお願いした。あとは全部服部会頭にお任せよ」

 

そう言ってなぜ部活連に美月がいる理由を言った

 

「ケントは魔工科だ。部活連にもそう言った分野に強い人が欲しいからね」

 

「おう、任せろ」

 

「こっちも了解。仕事は引き受けるわよ」

 

「ぼ、僕も頑張ります」

 

全般的に見れば和やかに終わったパーティーであった。土曜日ということもあり店を出たのは日没前。アイネブリーゼで注文したのは軽食に属する料理であったが、それなりに食べてしまった為達也、深雪、水波、凛、弘樹の五人は夕食を取らない事にした。三人は凛に誘われてマンションに入るとキッチンで深雪と水波の間でどちらがお茶を淹れるかで一悶着あったが結局は弘樹が

 

「今日は深雪のお祝いだよ。深雪の好きにするといい」

 

という一言で深雪は喜んでお茶を淹れていた。その様子を見た凛は少し苦笑しつつも達也の方を向いた

 

「・・・じゃあ、九島閣下との会談はするんだな」

 

「ああ、10月8日にな。当日には藤林少尉も同伴するそうだ」

 

予定を聞いた凛は達也に一個の封筒を渡した

 

「達也、閣下にあったらこれを渡しておいて」

 

「これは?」

 

達也は受け取った封筒を見ると凛は真剣な眼差して達也に言った

 

「私から閣下への手紙だ。くれぐれも中を見るなよ」

 

「・・・分かった。肝に銘じておく」

 

凛のただならぬ雰囲気に達也は少し息を呑むと封筒を懐にしまった。すると達也はある質問を凛にした

 

「そう言えば、なぜお前は夏から髪を伸ばし始めたんだ?」

 

そう言って達也は深雪と同じくらいまで伸びた凛の黒髪を見た。それを聞いた凛は少し笑みを浮かべた

 

「ああ、これかい。なんとなくよ」

 

そう言って伸ばした髪を少し触ると再び達也の方を向いた

 

「なんとなく・・・」

 

そう言って達也は今の凛の後ろ姿が自分の妹にそっくりだと思った。それから少しの時間、達也と凛は他愛もない話をすると達也たちは部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、マンションで横になっていた凛は司波家に配置した霊鳥に反応があった事に気づいた

 

「っ!来た。人造精霊、発信源は・・・近くの公園だな」

 

そう呟くと凛はベランダから飛び出して発信源の公園まで走って行った。

 

 

 

 

発信源の公園に着くと公園の一角のベンチで認識阻害の結界が張られている場所があった

 

「あれか・・・よし、早速捕まえて・・・おや、あれは・・・」

 

そう言って公園に着いた凛であったが先に網代傘に袈裟の格好をした三人がすでに術者を取り押さえていた。それを見た凛は九重寺の僧侶であると確認をするとすぐさまその場を去って行った

 

「取り敢えず術者は八雲の部下が押さえてくれた。達也は・・・ふふっ、深雪に泣かれているわね」

 

そう言って霊鳥で家の中を見ると達也にみゆきが泣きついていたのを確認した

 

「ま、取り敢えず先に九重寺に行って詳しい話を聞きましょうかね」

 

凛は早速術者から情報を聞くために九重寺へと向かった



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新生徒会

司波家に人造精霊を展開した術者の情報を聞くために九重寺に来た凛は早速八雲の挨拶を受けた

 

「いきなり済まないね」

 

「いえ、要件は既にわかっております。あの術者のことでしょう」

 

「やっぱり伝統派かい?」

 

そう凛が聞くと八雲は肯定した

 

「ええ、彼らは野良の魔法師でした」

 

八雲から報告を聞いた凛は思わず腕を組んでしまった

 

「伝統派か・・・達也は大丈夫だろうが面倒な事にならないといいな」

 

そう言って凛は来月の論文コンペに伝統派が邪魔をしないかが懸念材料となっていた

 

「さて、もうすぐ達也が来るだろうか私は失礼するよ」

 

「達也くんの訓練は見なくていいのかい?」

 

そう言って八雲は凛にそう問うと

 

「いいさ、どうせ完成したら私に見せてくれる。達也の訓練の様子なんか簡単に想像できるさ」

 

そう言って軽く笑みを浮かべた凛は九重寺を後にした

 

 

 

 

 

 

 

翌日、第一高校新生徒会が発足した。事前に話していた通り、生徒会長は深雪が、副会長には泉美、会計をほのか、書記に水波。そして達也は生徒会と部活連の両方の役職に付けるように生徒会書記と部活連書記の二つを与えていた。当然、一人に二つの役職を与えた事にに職員室からは「これはなんだ」という問い合わせがあったが凛と深雪の二人が

 

「これは私と深雪で話し合って決めました。達也の能力が欲しい我々部活連と生徒会は達也にそれ相応の役職を与えたまでで、やることは普通の書記と変わりはありません。大体、人に二つの役職を与えてはならないなんて言うルールはありませんよね」

 

という鶴の一言とも言える発言で全員を黙らせていた。元々凛は二、三年生からは恐怖の対象として見られている節があり、それは生徒ならず教師達も認識していた。それに加えて深雪と言う暴走すれば何か起こるか分からない一種の爆弾のような存在を止められる達也や弘樹という存在は是非生徒会に入って欲しいと言う共通認識があった。深雪は達也を自分よりも位が高い立場にしたかった様だが凛や達也、そして弘樹からも余分な混乱を防ぐ為に深雪にお願いしていた。自分の兄や親友、それに恋人から懇願された深雪は考えた末に達也にふたつの役職を与えると言うふうに落ち着いたのである

 

 

 

親生徒会が発表されたと同時刻。部活連本部でも凛が部活連会頭として挨拶をしていた

 

「じゃあ、今日から一年お願いしますね」

 

「「はい!!」」

 

そう言って部活連本部に居た全員が凛の挨拶に返事をした

 

「・・・ねえ、一ついいかい」

 

そう言って凛は隣にいた副会頭の五十嵐鷹輔に聞いた

 

「はい、なんでしょうか神木会頭」

 

「何でみんな緊張しているの?」

 

そう言って凛はメンバーを見ると全員が凛を見て緊張した表情をしていた

 

「それは・・・貴方の渾名が原因かと・・・」

 

凛についた渾名である閻魔大王。この渾名のせいで下級生からは凛の事が恐ろしく見えていた。また、同級生からは生徒会長である深雪を止られる数少ない人物に様子を窺っていた。実際去年の会長選挙で深雪が顔を青くしていた事があったので凛は何も言い返せなかった

 

「・・・ま、とりあえず今日のところは解散。明日からの論文コンペの警備はよろしくお願いします」

 

「「了解!!」」

 

そう言って部活連メンバーは緊張が解れた様子で部屋を後にした

 

 

 

 

解散した後、凛は深雪に正式な挨拶をする為に生徒会室のチャイムを鳴らした

 

「失礼します」

 

「凛、わざわざチャイムを鳴らさなくても良いのに」

 

「いや、流石に形式上こういう所はしっかりしておかないと。さて、この度部活連会頭となった神木凛です。宜しくお願いします司波生徒会長」

 

「ええ、神木会頭も宜しくお願いします・・・やっぱり慣れないわね。いつも名前で呼んでいるから慣れないわね」

 

今まで名前で呼ぶことの多かった二人は慣れない呼び方に軽く微笑んでいた

 

「ふふっ、でも驚いたわ

風紀委員長に弘樹じゃなくて幹比古がなるなんてね。まぁ、これから宜しく吉田委員長」

 

「うん、神木さんも宜しく」

 

そう言って部屋の隅で達也と何か話していた幹比古に凛は挨拶をした。花音の後任になる筈だった弘樹は自分が風紀委員長になれば深雪の面倒が今より難しくなるという理由で委員長の座を幹比古に譲っていた。この意見に風紀委員の中で反対する者はいなかった。去年のような暴走を風紀委員としても避けたいと思っており弘樹は風紀副委員長を続投する形となった

 

「さて、達也は部活連との共有と言うことで部活連にも入れるようにしておいたから。手伝って欲しい事があったらこちらから呼ばせて貰うよ」

 

「ああ、分かった」

 

普段は生徒会室にいる達也であるが、凛からの呼び出しで達也は部活連にも手伝いに来る事になった。その事を改めて深雪に確認をとっているとほのかがある話をした

 

「そう言えば、深雪さんと凛さんの後ろ姿って似ていますよね」

 

「あぁ〜」

 

「確かに、神木さんが九校戦から髪を伸ばしたのもあってさらに似ているね」

 

そう言って凛と深雪の後ろ姿がとても似ている事を言っていた。そんな話をしているとほのかは内心

 

『でも、深雪さんと凛さんは知っている人からすればすぐに分かりそうですけどね』

 

そう思っていた。後ろ姿はとても似ているが二人の持っているオーラは全く違う雰囲気であった。深雪は覇者のようなオーラを放っているのに対し、凛は人間をやめているのではと言うほど強いオーラが漂っていた。そんな事を話しているうちに門限となり、生徒会1日目が終了した



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襲撃

10月5日

 

新生徒会発足から一段落するといよいよ論文コンペに向けて本格的に準備が始まった。去年のように大騒ぎしながら作業を行ってすることなく黙々と複雑な設計図に取り組んでいる様子が見受けられた

 

講堂の二階で達也、幹比古、凛の三人は警備の打ち合わせを行なっていた

 

「・・・では今年も風紀委員会だけでなく、広く有志を募るのか?」

 

「もちろん、風紀委員会だけで回せるわけないからね」

 

「ま、ウチからも何人か貸し出す予定だよ」

 

「達也は代表者の護衛と会場の警備。どっちに回ってくれる?」

 

「協力することは前提なんだな」

 

「もちろん、既に神木さん達は会場の警備をするって言ってたから。あとは達也だけだよ」

 

そう言って幹比古は既に凛達は京都の方に行く事を聞いていた。達也は仕事の関係上会場の警備の方を選んだ

 

「じゃあ、俺も会場警備に回らせてもらう」

 

すると同じように会場警備に申し出た人物がいた

 

「じゃあ俺もそっちを手伝わせてくれよ」

 

そう言ってレオが立候補をした

 

「現地の警備ってなると、下見が必要だよな」

 

その一言でレオの考えている事が全て分かった気がした

 

「あたしが達也くんと行くからあんたは護衛に回りなさいよ。得意でしょ肉の壁」

 

「物騒なこと言うんじゃねえよ!!」

 

「はいはい、夫婦喧嘩は外でやっておくれ」

 

「「誰が夫婦喧嘩だ(よ)!!」」

 

そう言ってレオとエリカのの反論に凛は耳も貸さずに続きを話した

 

「それで、私か服部先輩から海上警備の責任者に任命。だから会場警備は泊まりがけで行く事になるわね」

 

「僕はてっきり神木さんが警備担当になると思っていたんだけどね」

 

「まあ、私は服部先輩に頼まれたんだけど面倒そうだからお断りしたのよ」

 

そう言って凛は面倒臭そうな表情を浮かべた

 

「ま、京都に泊まりでも凛なら間違いは起きないか・・・」

 

「ん?どう言うことかなエリカ」

 

エリカは思わずしまったと言う表情を浮かべた。凛はエリカの方を睨みつけ、じっと見ていた。その光景にエリカは寿命が縮んだような気がした

 

「ま、まぁ。俺たち全員会場警備でいいんじゃねえか?五十里先輩は千代田先輩がべったりだろうし、中条先輩には北山がつくんだろ?」

 

レオの発言に凛エリカを睨みつけるのもやめ、レオの気働きに応じた

 

「雫だけじゃないわ。中条先輩には千倉先輩と壬生先輩も協力してくれる事になっている」

 

「そもそも代表者の二人の戦闘力はずば抜けているしね」

 

そう言って警備について話しているうちにだんだん修学旅行のような雰囲気になっていっているのであった

 

 

 

 

 

 

数時間後、達也達の最寄り駅のコミューター乗り場には弘樹と深雪の姿があった。公共交通機関が大人数一括輸送型から少人数個別輸送型にシフトしたのは電車だけではない。自宅と最寄り駅の間はコミューター=AIタクシーを利用するのが大都市圏では一般的になっている。自宅から駅に行く時は住民IDを使ってコミューターを自宅に呼び、駅かた自宅に帰る時は駅前のコミューター乗り場で空車を捕まえる。コミューター乗り場がない街角の場合は携帯端末からネットワークにアクセスして開いている空車を呼び寄せる。魔法を使えばその必要はないのだが、魔法は法令によって厳しく制限されている為凛もよく利用している

 

「しかし姉さんが買い物に出ているとは言え、二人きりとは・・・」

 

五人が乗るとなる大型のコミューターとなり、到着まで時間がかかるとのことで初めはコミューターを待っている間に水波が買い物をすると言って席を立ち、凛も同じ理由から席を立ち達也も凛によって連れられたと言うのが正しい

 

「いいじゃないですか弘樹さん。ああ言うところが凛らしさでもありますよ」

 

「まぁ、そうだね。それに明後日は深雪も九島家に行くんでしょ。夕食は姉さんと作っておくから深雪は準備をしているといいよ」

 

「本当は弘樹さんと行きたかったのですが・・・」

 

そう言って深雪は弘樹と共に九島家に行けない事に少し残念そうにしていた

 

「まぁ、僕達は一応奈良駅までは一緒だから。ごめんね、神木家は九島家と揉めた影響で行けなくて・・・」

 

「いえ、途中まで一緒なら私は嬉しいです」

 

そう言って弘樹は深雪からせめて途中まで一緒に来て欲しいと言うお願いから根負けして弘樹は凛にお願いした事を思い出した。凛は九島烈自身と揉めていただけであったので九島家には特に揉めたわけではないので凛も渋々認めた形となった。そうして深雪と話していると近くに泊まったコミューターから30前の男性が降り、空車となったコミューターがゆっくりと二人のいる乗り場へと近づいた。弘樹は中に人造精霊がいる事に気づくと咄嗟にCADを抜こうとしたが間に合わず自爆した人工精霊によって周りが高密度のサイオンが漂った

 

「な、想子が辺り一面に・・・」

 

「(魔法発動を分からなくするつもりか、ならば次は・・・)深雪!」

 

「はい、弘樹さん」

 

咄嗟の弘樹の指示で深雪は魔法を発動すると同時に近くの噴水の水が一気に濃い霧へと変化した。しかし、咄嗟に深雪の発動した『下降旋風』によって霧を一瞬で吹き飛ばした。一瞬で術を見破られ、動揺したボウガンを持った男に弘樹は瞬時に近づくとボウガンを蹴り上げ、回し蹴りで男をコミューターに叩きつけていた。先にコミューターを降りた男は魔法を放つも深雪の領域干渉で発動できず逃亡しようとした所を深雪の魔法によって体温を下げられ、前のめりに倒れた。弘樹が倒れた音に近づき、首筋を触ると息が続いているのを確認した

 

「この程度なら後遺症もないだろうな。上達しているね深雪」

 

「弘樹さんに追いつくにはまだまだ精進するだけです」

 

そう言って嬉しそうに深雪はモジモジしていた

 

「しかしなぁ、ボウガンにあったこれは危なかったね」

 

「これは・・・破魔矢ですか?」

 

前に弘樹から教わった古式魔法に使う道具を思い出していた

 

「そう、これは破魔矢と言って古式魔法を妨害する道具だけど現代魔法にはあまり効果はないんだ」

 

「じゃあ、破魔矢を持ち出したと言うことは私達を古式魔法師と勘違いしたのでしょうか?」

 

「多分ね」

 

そう言っていると遠くから警官がやって来て自分達に事情聴取をして来た

 

「ま、詳しいことは後で話すから。まずは僕達の正当防衛を証明しよう」

 

そう言うと二人は警官の事情聴取が早く終わる事を願った



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会談

第九研究所の火災の時のお話に少し修正を加えました。そのため、凛の言葉に変化があります


弘樹と深雪が古式魔法師に襲われ、警察からの事情聴取が終わったのが40分ほどであった。想子センサーの情報もそうだが、事情聴取に来た警官が一高のOBであり。二人が九校戦のアイス・ピラーズ・ブレイクで優勝していた事を知っており最後に警官にサインをねだられていた

 

「思っていたより早く解放されたね」

 

「ええ、でも弘樹さんのおかげで早く終わりました」

 

「それは深雪も同じだよ」

 

そう言って二人はコミューターの中で笑っているとコミューターは司波家に到着をした。中では既に凛と水波が夕食の準備をしていた

 

「あ、二人とも帰って来たんだね。まっててもうちょっとで夕食ができるから達也を呼んできて」

 

「分かったわ」

 

話を聞く前に腹が減っていた弘樹達は先に夕食を取ると凛と達也から詳しい経緯を聞かれた

 

「・・・成程、じゃあこれで確定した事が二つね」

 

「ああ、まずは俺たちが伝統派の明確な標的である事。そしてもう一つは敵が俺たちの素性を知らない事」

 

「・・・」

 

後者の言葉に弘樹は言葉が出なかった。自分達の素性を相手がわかっていないこと言うことは自分達以外にも伝統派の攻撃が及ぶ可能性があるからだ

 

「・・・取り敢えず達也は九島家に行く準備をしておいて。私は護衛をお願いしてくるから」

 

「分かった、お願いする」

 

そう言うと凛は携帯端末で九重寺に電話を掛け、凛お手製のお菓子を代金として護衛をお願いする事になった

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、部活連本部では凛が副会頭のエリカに後の事を任せていた

 

「じゃあ、後のことはお願い」

 

「OK、あとは任せておいて。大体のことは凛から教えられているし」

 

そう言って凛はエリカと確認をすると昨日のことを話した

 

「ああ、そういえば昨日弘樹と深雪が古式魔法師に襲われたらしいんだ」

 

「え!?それその古式魔法師死んでない?」

 

そう言って弘樹と深雪の強さを知っているエリカはその古式魔法師の生死を聞いた。あの二人に喧嘩を売るようなバカは少なくとも一高には居ないからだ

 

「いや、ちゃんと生きてはいるんだけど。私としては私達のような人物が狙われる可能性があると考えると美月がちょっと心配なんだよね」

 

「なに、美月はミキに任せればいいよ。私じゃ白兵戦特化だから守りながらだと厳しいし」

 

そう言ってエリカは早速幹比古に美月の護衛をお願いをしに行ったがそれで幹比古が顔を真っ赤にしたのであった

 

 

 

 

 

 

一通りのことを終えた達也達はリニアに乗って生駒へと向かった。深雪にお願いされてついて来た凛達は奈良駅までは同行し、先に予約した部屋で待ち、翌日には伝統派の捜索に向かう予定となっていた。しかし五人であった為二人掛けの席しか空いていなかったリニアでは一人はみ出してしまった。結果、ジャンケンで負けた凛が一人、買ってきた駅弁を食べていた

 

「くそー、そう言う時に運がないんだよな〜」

 

そう言って凛は後ろから聞こえてくる深雪の嬉しそうな声を聞くとさらに悲しくなっていった。すると凛は後ろから達也に声をかけられた

 

「凛、ちょっといいか」

 

「ん?どうしたの」

 

そうして達也は相談をしてきた。相談とは達也の『分解』が通用しない相手の戦闘を考えた新魔法の開発であったそう言った知識にとても詳しい達也が自分に質問など滅多になかった為驚いた

 

「うーん、達也が考えているのはFAE理論を使ったバリオンの射出魔法・・・ね」

 

「ああ、お前の事だから牛山さんから聞いていると思っていたんだ。ハード面だと弘樹と同じくらい強いからな」

 

そう言うと凛は持っていたパソコンを開くと達也に画面を見せた

 

「これは?」

 

「FAE理論の最新の研究結果。まだ書き途中だけどこれならヒントになるかも」

 

そう言って達也は論文を一通り読むと

 

「感謝する」

 

そう言うと達也は席に戻った。それを見た凛は

 

「・・・ふぅ、達也は研究熱心だね。私の書きかけのを読んだだけで新魔法の開発に一歩近づくなんて。でも、それが彼の面白いところでもあるけどね」

 

小さくそうつぶやくとリニアは無事、奈良駅へと到着した

 

「じゃ、私たちはこっから先にホテルに行ってるわね」

 

「ああ、帰りは遅くなるかもしれない」

 

「了解。じゃ、気を付けてね」

 

そう言い残すと凛と弘樹は達也の乗るコミューターとは別のコミューターに乗り込んだ

 

 

 

 

 

 

凛と別れた達也達はコミューターに乗って生駒の九島家本邸へと到着した。出迎えたのは藤林であった

 

「いらっしゃい、よく来たわね」

 

「わざわざすいません藤林さん」

 

「いいのよ、さ入って頂戴」

 

そう言って達也達は藤林に連れられて応接室へと向かった

 

「久しぶりだな、司波達也くん」

 

「本日はお時間をいただき有難うございます」

 

そう言って形式だけの挨拶をすると烈は話をした

 

「本来であれば君の前の顔を出せたわけじゃなのだが。君の方から会いたいと言ってくれた、再会が叶い嬉しく思う」

 

「恐縮です」

 

そして次に烈は謝罪をした

 

「自己満足かもしれんがまずは謝罪をさせて欲しい。パラサイトドールの件は私にも考えと覚悟があってやった事。だが君の手を煩わせ、苦痛を与えてしまったことは本当にすまなかったと思っている」

 

達也は弘樹も共にパラサイトドールの処理を行っていたがその事に触れなかった事に改めて神木家と九島家の間で争いがあった事が窺えた

 

「閣下、お顔をあげください。何を善意と考えるかは人それぞれ、無人魔法兵器を開発すべきと言うお考えまでは否定するつもりはありません」

 

「・・・そう言ってくれると助かる」

 

そう言うと烈は話の本題へと舵を切った

 

「君たちの要件は聞いている。周公瑾の捕縛。これは真夜・・・四葉家より下された任務だね?」

 

「そうです」

 

元々達也達は烈が自分と四葉の関わりを既に掴んでいると思っていた為達也は躊躇なく肯定した

 

「十師族には定められたルールに縛られている。その一つに十師族は師族会議を通さなければ共謀、協調してはならないと言う決まりがある」

 

なんとも白々しい規則だ。達也はそう思いつつも烈の話を聞いていた

 

「なので九島家としては四葉家の協力依頼を受ける事はできない。だからこの件は九島烈個人として司波達也くん個人の要請を受けようと思う」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って達也達は烈に感謝をした。そして達也は最後に烈にあるものを渡した

 

「閣下、実は私の友人から閣下宛てに封筒を渡されていたのでここでお渡ししてもよろしいでしょうか」

 

「ほう、私個人に宛てられたものであれば受け取ろう」

 

そう言って達也は凛から受け取った封筒を渡すと烈はそれを受け取った

 

「確かに受け取った。後で見ておくとしよう」

 

そう言うと達也達は応接室を後にした。部屋に一人残った烈はただソファーに座っていると口を開いた

 

「おそらくそこにいるのでしょう。()()

 

そう言うと烈の後ろから影が生まれた。烈は振り返らなかったが雰囲気から完全に凛本人であると認識した

 

「・・・」

 

「やはり貴方様はお優しい方だ。喧嘩を売ってしまった私にすら声をかけてくださった。おそらくあの手紙には私に対する助言なのでしょう?」

 

そう呟くと凛は閉じていた口を開いた

 

「・・・烈、私は前に許されたいと思うのであれば行動で示せと言った。その結果がP兵器だったのだろう」

 

「・・・そうです。私は貴方様に喧嘩を売ってしまったことをあの時はとても後悔していました。だた許して欲しいわけではなかった。私は子供たちに平和な未来を見せる、それが貴方様に対する最大の配慮。そう思いその一心で今までを生きて来ました」

 

烈はそう呟きながら今までの人生を振り返っていたそれを聞いた凛は烈の前に座りようやく顔を出した。凛の服装は赤を基調とした巫女服を着ていたそして頭には赤いリボンをつけて髪は黒のままであったが、瞳の色はサファイアの様に澄んだ青色となっていた

 

「ま、今までの貴方の行動は見てきた。無人魔法兵器の開発を考えたことは称賛するが、私は弘樹や達也をあてにした事はあまり賞賛はできん」

 

「・・・」

 

烈はそれしかないと思いつつも凛の部下である弘樹をあてにしてしまったことを触れられ、少し言葉に詰まってしまった。すると凛は会話を続けた

 

「まぁ、P兵器に関してはいいでしょう。貴方は孫のような魔法師を戦場に送りたくない。貴方はその一心で今までを生きたのでしょう」

 

「・・・ええ、私は。孫の・・・光宣のために行って来たことです」

 

烈は目を閉じてそう言うと凛は烈に向かってこう言った

 

「・・・烈、貴方の行動はよく分かった。手紙を読みなさい、私からはそれだけです。それじゃあ」

 

それだけを言うと凛は応接室から消えた。烈は凛の発言からようやく許されたと思うと心の底から感謝をしながら渡された手紙を読んだ。そこには

 

『孫とよく話し合いなさい。孫の意思を尊重しなさい』

 

そう書かれていた




凛の姿は東方lost wardの霊夢をイメージしてください


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奈良の捜索

達也が烈との会談を行った翌日。凛達は九島邸の前に来ていた。なぜこうなったのかと言うとそれは昨晩にまで遡る

 

 

 

 

 

烈との会談を終え、ホテルに戻ってきた達也達は部屋でソリティアをしていた凛と弘樹に声をかけた

 

「凛、明日の捜索は九島光宣と一緒にする事になった」

 

「え?そうなの」

 

「ああ、さっき夕食を取った時についでに少尉から光宣は伝統はについては詳しいからとお願いさせてもらった」

 

「了解、じゃあこっちも準備しておくから」

 

そう言って達也は普通の態度をとった凛に少し驚きはしたが。神木家は詳しくは九島烈個人と揉めただけな為、九島家とは対立はしていないと言う。そして凛達も準備を終え、ホテルをチェックアウトし、荷物を送ると再び達也達は九島邸に向かったのがここまでの話である

 

「で、なんでリムジンが?」

 

そう言って凛は目の前に止まっているリムジンを見ながら少し固まっていると光宣が声をかけてきた

 

「おはよう御座います達也さん。それと、はじめまして神木さん。私は九島光宣です」

 

「初めて光宣くん。お話は達也から聞いています。よろしくお願いします」

 

そう言って凛と光宣は握手をしていた。凛は烈のことを完全に許したわけではないが光宣に烈の事を重ねる必要はないと思い、光宣に握手をしていた。九島家と神木家の事を知っている者からすれば驚きの出来事であった。光宣との挨拶を済ませた凛達は光宣の用意したリムジンに乗り込んだ。リムジンを用意した事に対しては凛達はこの家ではこれが普通なんだろうと何も突っ込まなかった

 

 

 

リムジンが走り出すと凛は右腕からブレスレット型の汎用型CADが見えたので凛は光宣が左利きなのかと思っていると凛に視線に気づいた光宣は

 

「これですか?」

 

そう言いながら右袖を捲り、そして次に左袖も捲り、両腕にCADをつけている事を見せた

 

「九十九個じゃ足りなくて・・・類似の起動式を整理すればいいのは分かっているんですがなかなかいい技術者が見つからないんです。でも、FLTの開発した完全思考操作型CADのおかげで助かっています」

 

そう言って光宣は首にかけたチェーンについたメダル型のCADを見せた

 

「この補助デバイスは素晴らしい製品です。これを開発したトーラス・シルバーは紛れもない天才ですよ」

 

光宣は憧れが滲んだ声でそう呟いた。それを聞いた凛はそのトーラス・シルバーである二人が同じ車に乗っているのを悟られないように笑いを必死に堪えていた。すると光宣は話の話題を変えた

 

「そう言えば、皆さんは伝統派のことをどの程度までご存知ですか?」

 

「私と水波ちゃんは殆ど知りませんでした。お兄様と弘樹さんから教わったことが全てです」

 

「俺は九重八雲師からある程度を聞いた」

 

「私と弘樹はかなり知っている方だと思う。旧第九研に自ら協力したが求めていた結果が得られず、研究所閉鎖後に逆恨みで流派を超えて無節操に結束した古式魔法師の集団。伝統派を名乗っていながら正統派の者達からは『異端派』『外法派』と言われている。元は江戸時代以降に仕事を失い、地下に潜った僧兵が起源とも言われている」

 

「完璧です。とても詳しいのですね」

 

そう言って光宣は凛の伝統派の説明が完璧であった事に軽く舌を巻いていた

 

「まあね、かく言う私も勝手に伝統派の一員にされているみたいだけどね。私はあそこまで馬鹿でみっともない事はしないわよ」

 

凛からのキツイ言葉に凛の毒舌に慣れていない光宣は苦笑いをしてしまった。九島烈との揉め事を知った伝統派の一人が勝手に神木家が九島家と揉めたものと勘違いをし、それが間違った情報として伝統派の中で出回っているのである

 

「なかなかキツイ言い方をするんですね」

 

「そりゃそうでしょう。我欲を抑制できない連中だからああ言った行動に出るのでしょう」

 

凛の容赦ない発言に光宣は唖然としていると凛は伝統派の説明を続けた

 

「そう言ったことがあったから大体の伝統派の拠点は正統派の拠点の近くや裏側とかにあるのよ」

 

「有名じゃ寺社の近くということか?」

 

「そう言う事。全く、正統派の者達が迷惑しているだろうね」

 

そう言って凛は達也と会話をしていた。それを見ていた光宣は

 

「すごいな、僕が言おうとしていたことを全て言ってしまっている・・・すいません。どうやら僕は同じ年頃と話すのに慣れていないみたいで」

 

「大丈夫よ、こうして一緒に来てくれただけでいずれ慣れるわよ」

 

とは言っても凛は内心『まあ、自分と弘樹は全然違うけどね』そう思っていた。そして凛は光宣に質問をした

 

「それで光宣くん。私たちはこれからどこに行くの?」

 

「はい、まずは葛木地方へと行こうかと。皆さんは奈良駅からお帰りになると聞いていますので春日大社を最後にご案内しようかと。奈良地方南部は伝統派も比較的大人しい地域なんですが・・・」

 

「そうだな、念の為だ、頼む」

 

「お任せください」

 

そう言ってリムジンは最初に葛城古道と呼ばれる散策路に到着した。葛城古道は徒歩では六、七時間ほどかかる、今は時間がない為リムジンを出口に止めさせ、ロボットスクーターを借りる事になった。立ち乗り式のロボットスクーターは自動制御とは言え一人乗りは原付き免許、二人乗りであれば小型二輪免許が必要になる。そのため免許を持っていない深雪と水波の為に達也と凛、弘樹と深雪、光宣と水波というペアで借りる事となった。弘樹と深雪ペアは言うまでもないが大型二輪まで持っている凛と達也はそれぞれ一人ずつ乗ろうと思ったのだが、一人乗りのを二台借りるよりも二人乗りの方が安かった為。達也が運転する事になった。そして凛はふと弘樹達の方を見ると深雪が安全バーではなく弘樹の腰に手を回して抱きついていた。案内の関係上、光宣、達也、弘樹の順で走っており、水波は深雪のスキンシップを見ずに済んでいた

 

 

結果としては葛城古道の捜索は空振りであった。元々可能性が低いエリアであった為この程度は想定内であった。九品寺、一言主神社、高天彦神社などと言った名所を拠点観察という名目の元訪れた為、心がリフレッシュされた。それに思いがけない再会もあった

 

「神木さんか?」

 

「司先輩、お久しぶりです」

 

去年の4月の「ブランシュ事件」の際に洗脳魔法でブランシュの手先となっていた元第一高校の生徒で当時の剣道部主将、司甲であった

 

「覚えていてくれたのか・・・。いや、あの時は迷惑をかけた。碌な謝罪すらできなかったことも含めて、本当に申し訳なかった」

 

そう言って深々と頭を下げていた。それを見た凛は本心からくるものだと感じると司を宥めた

 

「いえ、司先輩の被害者ですから・・・」

 

「いや、術に惑わされた板とは言え。漬け込まれたのは俺が弱かったからだ。しかし、そう言ってもらえるのは有難いと思う」

 

そう言うと司はふと思い出したかのように呟いた

 

「それと、俺はもう『司』じゃないんだ。おふくろが離婚してね。鴨野甲に逆戻りだよ」

 

「そうだったんですか。もしかしてこちらにいらっしゃるのは」

 

本当に君は鋭いね。そう、この目の事だよ。罪滅ぼしの前にここで修行して、身についた穢れを洗い流すつもりだ」

 

「そうですか。鴨野先輩、月並みなことしか言えませんが、頑張ってください」

 

「ありがとう。司波くんも含めて改めて謝罪に伺わせてもらう」

 

そう言うと甲は深く一礼をすると境内の掃除に戻った。その様子を見た凛は

 

『鴨野先輩の穢れは綺麗に無くなっていますよ』

 

先程、くすみの無い心を見てそう思っていた。魔法によって人生を曲げられたのにも関わらず正道に戻ろうとするのは一種の清涼剤のようであった。境内を出てロボットスクーターに乗り込んだ



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奈良の捜索2

高鴨神社にて鴨野甲に出会った凛はロボットスクーターに乗り込むと葛城古道を出た。葛城古道を出た後、光宣は達也達を橿原神宮から石舞台古墳、天香具山にある伝統派の拠点連れて行ったが、捜索は全て空振りに終わり、単なる観光となってしまった。そして時間は午後3時。四人は奈良公園に来ていた

 

「こんな街中に拠点があるのか?」

 

「いえ、伝統派の本拠地とも言える大規模拠点があるのは御蓋山の中です」

 

「御蓋山は神域。いや、それ自体が御身体で、限られた観光ルート以外の立ち入りは禁じられているんじゃなかった?」

 

「人は近づかない。神聖な場所だからこそ自分達にふさわしいと伝統派は考えているのでしょう。正しい魔法を伝える自分達にこそ神の腕に抱かれてその恵みを受ける資格があるとでも思っているのでは無いのでしょうか」

 

「木を隠すなら森の中。と言うことね、馬鹿馬鹿しいわね」

 

そう言うと達也達は春日山遊歩道に向けて歩き出した。六人は最初、光宣が先頭。その後ろを弘樹と深雪、達也と凛その一歩後ろに水波が歩くと言う形であったが途中から光宣が水波の横に着く形となった。先頭で弘樹と深雪の楽しそうな会話を聞いている水波は顔を真っ赤にして俯いていた。それを見た光宣は辛そうに歩いている水波を気遣って隣に移動していた。深雪から話を聞いていたものの本当に水波は光宣に一目惚れしたのだと実感をした。しかしその苦行は遊歩道入り口手前で止まった。凛が突如歩みを止め、目を細めた。それを見た達也も同じように周囲を見始めた。二人の行動に気づいた弘樹や光宣ほのぼのしていた瞳に鋭い光が灯った。深雪や水波も二人の反応に気づいて深雪は弘樹の腕をすぐに離した

 

「精神干渉魔法、結界よ」

 

そう言って周りに誰もいなくなった遊歩道を見て凛はそう言った

 

「なかなかの結界術者がいるようですね。魔法の出力をギリギリまで絞ってこちらに気づかせないようにしていたようです」

 

「だけど、敵さん。驚いているよだね。これほど早くバレるとは思ってなかったみたい」

 

そう言うと木々の影で多数の気配が揺れた

 

「弘樹!」

 

「はっ!」

 

凛の呼びかけに弘樹は瞬時に障壁を構築すると同時に障壁にダーツ弾が当たっていた。凛と達也は障壁が構築される前に後ろに回り込み分解魔法によって襲撃してきた古式魔法師を撃退していた。弘樹は深雪と水波の周りに障壁魔法を展開しながら敵の位置情報を凛に送っていた。それを元に凛は迎撃を行なっていたが。光宣が何も無いところから出てきて古式魔法師が魔法を放つも全てすり抜けていたのを見ていると

 

「おぉ、パレードか・・・あの精度はリーナ以上だな」

 

そう言って光宣が敵を一掃する為に視界内一杯にスパークを放ち、古式魔法師の隠形を解除させ。各個撃破されていった。凛は光宣の想子保有量の多さに驚くと共に発売されてから二ヶ月しか経っていない完全思考操作型CADをほぼ完璧に使いこなすそのセンスに末恐ろしく感じた

 

「ちっ、こうなれば」

 

倒されていく古式魔法師のうちの一人が最後に呪符を構えて一か八かの攻撃に出た。光宣が倒したものの同時に深雪の真横の茂みから人間よりも遥かに小さく、俊敏な四つ足の獣

 

「管狐!!」

 

気づいた凛が深雪に叫ぶと対物シールドをする抜けられたのを感知した水波が反射的に深雪に覆い被さっていた。しかし、水波は深雪より小さい体のため押し倒す形となっていた

 

「深雪!!」

 

達也はそう叫んだが一瞬で落ち着きを取り戻した。深雪と水波は倒れる途中で止まっており、管狐は凍り付いて地面に落ちていた。光宣はふと魔法の発生源を見ると弘樹と凛が片手にCADを構えていた

 

「ふぅ、これで大丈夫ね」

 

そう言って弘樹は魔法を発動したまま深雪と水波の手を取ると魔法発動を停止させた

 

「すみません、弘樹さん」

 

「いやいや、こちらこそ」

 

そう言って唖然としている水波を横目に深雪は弘樹にお礼を言っていた。光宣は魔法発動の兆候を感じなかった事に驚きを露わにしていた

 

「よし、取り敢えずこれで全員ね」

 

「ああ、そのようだ」

 

そう言っていると光宣が近づいてきた

 

「流石ですね。あの短時間で一掃できるなんて」

 

「いや、光宣くんもすごかったじゃ無い。正面から制圧したんだから」

 

そう言って光宣と話していると達也が質問をした

 

「ところで、ここから伝統はの拠点まではどのくらい時間がかかる?ここで待ち構えていたと言うことは奴等はアジトに行くことを知っていた。特に情報は無いと思う」

 

「ええ。それに、彼らをここに放置しておくわけにもいきませんし」

 

「達也、そろそろ移動した方がいいかも。そろそろ人が来るかもしれない」

 

そう言って凛が入り口の方を向きながら言った

 

「そうか。今日はここまでにするか」

 

「あっ、じゃあ、ここは僕が見ています・・・あの、余計なお世話かもしれませんが、帰りの電車は何時頃ですか?」

 

「十九時半だから、まだ三時間あるな」

 

元々時間がかかると思っていた為、帰りの切符も遅めの時間にとっていたのが功を奏していた

 

「でしたら、温泉でも如何ですか?」

 

「温泉・・・?」

 

光宣の発言に深雪は疑問を浮かべ、水波は思わず服の匂いを確かめてしまっていた。光宣は自分が女心の地雷を踏んだと思って焦った

 

「あ、いえ、決して汗臭いからと言うわけでは無いですよ」

 

「光宣くん。それは自爆よ」

 

そう言って凛は本当に話す事に慣れていないのだと思い、光宣の肩を叩くと止めを刺した

 

「二人とも落ち着いて、光宣くんは温泉に入って疲れを癒すのはどうかって言う提案よ」

 

「悪い話ではないと思うよ。どうする?」

 

「弘樹さんがいくなら私も行きます!!」

 

そう言う事で、全員で温泉に行く事となった。

 

 

 

 

 

光宣が案内した温泉は平城京跡からほど遠くないロケーションの老舗ホテルであった。深雪、凛、水波の三人は早速温泉に入っていた

 

「あぁ〜、癒される〜」

 

そう言って凛は湯船の中で腕を伸ばしていた。その時の凛はいつも掛けている認識阻害を解いていた為、眼は青く、深雪と同じくらい美しく見えていた

 

「ちょっと凛。もう少し控えたらどうなの?」

 

「えぇ〜いいじゃん。広いんだし」

 

凛は人がいなくなった大浴場を見ながらそう言った。その間にいる水波は小さくため息をついていた

 

「「はぁ〜」」

 

そう言って二人がため息をつくと水波はゾクっと震えていたするとそれに気づいた二人は寒いのかと勘違いをして水波の肩を掴んで湯船の中に沈めていた

 

 

 

 

 

 

 

リフレッシュした凛は深雪より先に温泉を出ると自販機でコーヒー牛乳を買ってそれを飲んでいた

 

グビッ!

 

「プハァ〜、やっぱ風呂上がりのコーヒー牛乳は格別だ〜」

 

そう言って凛はコーヒー牛乳を嗜んでいると後から出てきた深雪と疲れた様子の水波が出てきた。そして達也と合流した後は奈良駅までリムジンで送ってもらった

 

「では、ここで。今日は楽しかったです」

 

「いや、こちらこそ助かったよ。ありがとう」

 

そう言って凛は光宣の手を取り握手をした

 

「また、お会いできるでしょうか」

 

「何、まだ用事は終わっていないわ。ちょくちょく来るかもしれない。その時はお願いね」

 

「はい!僕でお役に立てるなら」

 

「ありがとう。じゃあ、また今度」

 

「はい、またその時に」

 

そう言って凛は光宣と挨拶をするとそのまま光宣と別れた



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問い詰め

帰宅した凛に早速八雲から連絡があった

 

『やーやー凛くん。奈良はどうだったかい。いい思い出はできたかい?』

 

「じゃあ、お代は無しということで」

 

八雲のふざけた言い方に凛は少しカチンと来て護衛のお題として渡す予定のお菓子を無しにすると言った。すると八雲は慌てるようにこの言葉を取り消した

 

『ああ、ごめんごめん。冗談だよ。さて、取り敢えずこっちの方は問題なかったよ。古式魔法師の襲撃は無かったよ』

 

「そう、なら良かった」

 

そう言って来ていた服を閉まっていると八雲は

 

『じゃあ、代金を楽しみにしているから』

 

そう言い残すと通信を切った。そうして早速凛が代金のお菓子作りを始めようとした時に、今度は達也から電話が入った

 

「はい、もしもし。如何したの達也」

 

『凛か、ちょっと問題が起きた』

 

「何、如何したの?」

 

次に達也から発せられた内容は衝撃的な事であった

 

『夕方の襲撃事件の管轄が情報の管轄になったそうだ。その為、101旅団はおろか、独立魔装大隊すら手出しができないらしい』

 

「・・・やはり邪魔が入ったか・・・」

 

『お前はこの事態を予測していたのか?』

 

「何となくね。それで、伝統派に関する情報とかはあった?どうせさっきの襲撃は伝統派の古式魔法師の者でしょ」

 

『そうだ、さすがは凛だな』

 

「なんか皮肉に聞こえるのは私だけ?」

 

『どうだろうな』

 

そう言って達也は軽く笑みを浮かべたが達也は話を続けた

 

『少尉曰く、お前はどうやらマークされていない様だが。どんな手品を使ったんだ?』

 

「簡単よ、国防軍内での私の記録を変えているだけよ。ちなみに許可は取ってある」

 

『よくそんな事が許されたな』

 

「それが西風会の強みよ、西風会は法規的な権限もある。それを使っただけよ」

 

そう言うと凛は予定があると言って通信を切った。通信を切った後、凛は準備をしながら先の介入の件を思い出していた

 

『情報部の介入・・・弘樹に指示をしておくか・・・』

 

そう思うと早速凛は弘樹に『ガリレオ』の使用許可を出して情報部にある虜囚達の情報を調べさせた

 

「弘樹、ガリレオの使用許可を出します。情報部の情報を全て洗い出しなさい。時間はいくら掛かっても構いません」

 

「畏まりました。お姉様」

 

そう言うと弘樹はすぐさまパソコンを起動すると情報部を徹底的に洗い始めた

 

「これで、得た情報は上手く活用させてもらおう」

 

そう言いながら凛はふとテーブルに手紙が放置されているのに気付いた、その手紙は前に文弥から受け取った周公瑾捕縛の協力要請の紙であった。それを見た凛はあの手紙からは柑橘系の匂いがした事を思い出した

 

「あ、そう言えばあの時の手紙の炙り出しをしていなかったわね。ちょうど火も使うし見ておくか」

 

そう言ってコンロの火をつけ手紙をその上に当てて炙り出しをした。少しして浮かび上がった文字には日時と場所が書かれていた

 

「全く、真夜さんは何を考えているんでしょう」

 

そう言って凛は日にちを確認するとちょうど来週であると確認をするとその手紙を処分した

 

 

 

 

 

 

翌日、凛は論文コンペの準備(警備メンバーの対人戦闘や基礎訓練)を行なっていたところ。そこに訓練中の弘樹がやって来た

 

「姉さん」

 

「ん、弘樹か。達也ならここには居ないぞ。五十里先輩に駆り出されているから」

 

「ああ、いや。今から生徒会室に手伝いに行ってくるから、その事を伝えておこうかと思って」

 

「ああ、そう言う事。じゃ、行ってらっしゃい」

 

そう言って弘樹は訓練を途中で抜けると生徒会室に向かった。生徒会室に着くと中で深雪がほのかや雫と何かを話していた

 

「神木弘樹入ります」

 

「あ、今開けます」

 

そう言って生徒会室に入るとほのかが心配そうに深雪を見ていた

 

「ん、何を話していたんですか?」

 

「あ、弘樹さん・・・さっきまで雫のご両親が頼まれたボディーガードの話で、いつまで警戒すれば良いのかと聞かれたもので」

 

深雪がそう言うと弘樹は納得をした。確かに不安だと思うと弘樹は優しい口調で言った

 

「ああ、そう言う事。それなら論文コンペが終わるまでだと思うよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

弘樹の明確な返事にほのかは少し驚いた

 

「何、怖いことにはならないさ。論文コンペが終わったら気晴らしついでに達也をデートにでも誘ったら如何だい。こっちからも言っておくから」

 

「あ、それ良いですね。私からもお兄様に言っておきましょう」

 

そう言うとほのかはいきなりの達也とのデートに顔を真っ赤にしていた。達也自身、ほのかを怪訝に思っているところはない為、承諾してくれるだろうと思い弘樹と深雪は後で達也に伝えようと思った。そして弘樹は深雪に頼まれた仕事をこなすと生徒会室を後にし、再び訓練場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

訓練場に向かう途中、弘樹は校門の前で二人の人影を見た。その影は弘樹のよく知る人物達であった

 

「あれ、弘樹じゃないか。珍しいね、一人なんて」

 

「まあ、用事でね。今から美月の送り迎え?」

 

「ええ、私は別に良いと言ったんですけどね」

 

そう言って幹比古と美月の間に自分が混ざるのも悪いと思いそのまま去ろうと思った

 

「じゃあ、僕はまだ姉さんのところに行かないといけないから。また明日」

 

「ええ、また明日」

 

「弘樹も気をつけてね」

 

そう言って二人と別れると弘樹はそっと懐のCADを起動した

 

「人の恋路を邪魔するものは僕が許さないよ」

 

そう呟いて美月や幹比古のことを視ていた存在にオシオキをした。そしてこのことを凛に報告を行った

 

 

 

 

 

 

 

翌日、弘樹は幹比古から風紀委員会室に呼ばれた。要件は自ずと想像できた

 

「ごめん弘樹。呼び出して」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

そう言って幹比古は部屋を会議中にして他人が入れないようにした

 

「要件は昨日の事かい?」

 

「うん、昨日の帰りに弘樹は返しの呪法を使ったでしょ?」

 

「ああ、よく分かったね」

 

「そりゃ、弘樹達には色々と教わったからね。あの時、僕以外で古式魔法を使えるのは君しかいなかったからね」

 

幹比古が少し皮肉をこめた言い方をすると弘樹のことを怪しむような目で見た

 

「弘樹、君と達也は何か隠していないか?何で柴田さんがあんな連中に狙われなきゃいけない。彼らはただのチンピラじゃない。あれは「『裏』の魔法師だった」

 

幹比古は一瞬言いにくそうに口籠ったが、そこで黙りはしなかった

 

「そうだ、じゃなければあんな犯罪行為に手慣れた感じはしなかった。論文コンペ狙いなら発表メンバーが狙われるはずだ。達也達は何か隠していないか!?この前達也が見せた改造式神だって偶々見つけた物じゃない。弘樹達が襲われ、柴田さんが狙われた、一連の事件の絡みだろう!?」

 

そう言って幹比古は弘樹に詰め寄った。だが弘樹は沈黙を貫いた

 

「教えてくれ弘樹。僕が魔法師としての自信と力を取り戻したのは弘樹達のおかげだ。だから僕は君たちの不利益になるようなことはしない」

 

そうして幹比古から向けられら視線は必死な様子であった

 

「でも何が起こっているかわからない限り僕は柴田さんを守りようがない!!」

 

遠回しに幹比古が美月に特別な感情を抱いていると告白したようなものであったが弘樹はそれを利用して話題を変えようとはしなかった。しかし、全てを言う訳にはいかない。そうすれば達也や自分達の秘密をバラすことになってしまう。弘樹は考えた末、結論を出した

 

「・・・去年の横浜事変の手引きをした外人魔法師が『伝統派』に匿われている。僕たちはそれを追っている」

 

そうして事実の一端を話すことにした。すると予想していた通り、幹比古は言葉を失っていた

 

「今言えるのはそれだけだ」

 

「そうか・・・弘樹達は」

 

その続きを幹比古は言ってしまいそうになったが。咄嗟に口をつぐんでいた。そして弘樹は思惑通り勘違いをしてくれた。まだ達也の秘密を知るには早すぎる。協力者に引き込むのは早い。そう判断した弘樹は後で達也と凛に謝罪をしようと思った

 

「弘樹、今伝統派と言ったよね」

 

「ああ、目標が伝統派に匿われているところまで分かっている」

 

「・・・だったら役に立てると思う。放課後は・・・ダメだね。夜、話ができないかな?柴田さんを送った後にもう一回学校に戻ってくるから。その時についでに達也を呼べないかい」

 

「了解、達也にも伝えておくよ」

 

そう言って取り敢えずは別れをした。弘樹はその足で達也の元に向かうとまずは幹比古に尋ねられて一部を話したことを謝罪した。すると返事は

 

「いや、弘樹がそれが最善と判断したのであれば俺は特に文句は言わない。余計なことを言わないとはよく知っている」

 

そう言って達也は特に気にしていない様子であった。そして夜に幹比古と会うことも了解した。凛にも謝罪をしたが同じような反応であった



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話の擦り合わせ

夜七時半。この時間になれば論文コンペの作業も片付けに入っていた。弘樹と達也は生徒会室で課題の処理をしていたするとそこに幹比古が入って来た

 

「お待たせ」

 

そう言って幹比古は席に座った

 

「早速だけど確信させてほしい。弘樹、ターゲットは伝統派に匿われていると言うのは間違いない事だね?」

 

「信頼できる筋の情報だ」

 

「そうか・・・」

 

そう言って幹比古は少し考えると自分達の立場を表明した

 

「まず立場をはっきりさせておくよ。旧第九研に参加した伝統派と僕たち吉田家は、魔法に対する考え方が根本的に違う。吉田家が目指すのはあくまでも神への術法。力が増せば何でもいいと考えている彼らと手を取り合えるはずが無い。だから今回は、他の色々な事を別にしても僕の事をあてにしてもらっても良い。もし達也達が望むなら吉田家としても全面協力出来ると思う」

 

「いや、流石に吉田家の協力を要請するなら離さない訳には行かなくなる」

 

「それもそうだね」

 

弘樹と幹比古の二人の話せない内容は違うが、それを知っているのは弘樹と達也のみであった

 

「分かった。じゃあもう一つのプランだ。達也達が詳しい事情を話さずに済む手を考えてみたんだ」

 

そう言うと幹比古は悪い笑みを浮かべた

 

「不幸にして幸いな事に。今回の論文コンペの会場である京都には伝統派の本拠地がある」

 

「そうだね」

 

「元々現地の状況確認の為に警備チームを派遣する予定だったけど、僕もそれに加わろうと思っている。達也達はそれが目的で警備チームに回ったんだろ?」

 

「そうだ」

 

「だから達也達は市内を自由に動いていいよ。去年みたいな事がないように会場周辺を()()見てくると言う名目で」

 

「それはありがたいな。で、幹比古、お前は?」

 

「僕は囮だ。会場の新国際会議場から派手に探査用の式を打つ。伝統派の神経を逆撫でしてやるんだ」

 

そこで幹比古の意図が読めた二人はニヤリと笑った

 

「伝統派が手を出したら正当防衛成立。そうなれば達也の仕事ではなく吉田家の喧嘩になる」

 

達也は幹比古個人の戦力は凛達によって扱かれている為。問題ないと思っていた。弘樹から前に聞いた古式魔法師の話を思い出した

 

「伝統派が吉田家を圧倒するだけの戦力を出せばそれこそ古式諸派が黙っていない。重要なのは向こうから手を出させる事。古式諸派は名目を重視するからね。向こうから手を出せば間違いなく仲裁に入る」

 

幹比古の言葉をもとに弘樹と達也は頭の中でシュミレートをした

 

「向こうが手を出さなかった場合は?」

 

「その場合、僕の式が君達のターゲットを探す。相手は大陸の道士なんだろう?だったら想子の波動が違う。弘樹が散々扱いたおかげで想子波の識別は僕の得意分野だ。少なくとも弘樹達以外なら僕の右に出る者はいないと思う」

 

「大きく出たな」

 

達也は幹比古の言葉が間違いではないと思った。体術では互角に持ち込めるが、魔法の展開速度と応用性は自分より優っていると思われる弘樹と凛は明らかに異常だと思った。幹比古が自負をするのも分かる気がした

 

「美月はどうする」

 

「美月を連れて行くには危険すぎる」

 

「そうだね、僕も柴田さんを危険にさせるわけにはいかない」

 

「じゃあ、こっちで護衛は手配しておくよ」

 

「頼めるかい?」

 

「もちろん、これは僕達のとバッチリだからだ」

 

そう言うと幹比古はホッとした様子を見せた。達也は誰に護衛を手配するのか想像しながら話を続けた

 

「いつこの話をする?」

 

「風紀委員会として、学校側に根回しをして・・・金曜日かな」

 

「分かった。生徒会の方でも手を回そう、深雪に言っておく」

 

「僕も姉さんに言っておくよ」

 

「お願いする」

 

そう言うと取り敢えず三人は生徒会室から出て行った

 

 

 

 

 

 

 

10月12日

 

論文コンペまで半月となったこの日。大騒動となったプレゼンは五十里を筆頭に追い込みに入っていた。警備チームは服部が先導して訓練に励んでいる。各々激務の中幹比古が生徒会室にやって来たのは放課後であった

 

「お邪魔します・・・」

 

幹比古はそう言って直通階段を使って風紀委員会本部から生徒会室にやって来た

 

「幹比古、時間通りだな」

 

「そりゃあね・・・あれだけ忙しそうにしているのを見たら約束の時間に遅れそうにないよ」

 

その言葉に深雪が「皆さんが吉田くんのような心掛けで居てくださると助かるのですけど」と言い、それが嵐の前の静けさのように感じられ。凛は幹比古の早く本題に入るように促した

 

「じゃあ早速始めようか」

 

「うん、そうだね」

 

そう言って幹比古は持っていた電子ペーパーを机の上に広げた。電子ペーパーに京都市内の地図が浮かび上がった

 

「今日、打ち合わせをお願いしたのは現地の警備に関する下調べについてです」

 

そう言って幹比古は改まった口調で話し始めた

 

「当日の警備は服部前部活連会頭が準備を進めています。ここでの話は神木部活連会頭が報告をお願いします」

 

「了解。私が責任を持って報告をしておきます」

 

この部屋にいるメンバーのうち、達也、深雪、凛、弘樹、水波、幹比古が既に打ち合わせですり合わせをしている。話を知らないほのかや泉美の悟られないように話を進める必要がある

 

「ここは会場の新国際会議場」

 

「かなり外れなんですね」

 

「街の真ん中で会議なんてやって欲しくない、って言う地元の意見が多かったらしいよ」

 

そう言って凛はおそらく去年のことがあったからだろうと思うと苦笑いしか出なかった

 

「去年と違ってここら辺は周りに隠れると事がない。だから工作員や犯罪者が潜伏するには離れたところに拠点を作る可能性がある」

 

ここで深雪が打ち合わせ通りに話に入った

 

「つまり凛は会場周辺だけじゃなくもっと広い範囲を調べておくべきだと言う意見なんですね?」

 

「そう言う事、去年の二の舞はごめんなのよ」

 

そこにすかさず達也が援護射撃を入れた

 

「賛成だな。俺たちは所詮高校生でしかないが、それでもできることはやっておくべきだと思う」

 

達也の言葉にほのかと泉美、事情を知っている水波や凛までからも疑問の念を感じたが。達也はそれをスルーした。達也から所詮高校生という発言が出て来た事に弘樹は笑いを堪えていた

 

「それで幹比古。下調べにに行くメンバーはどうする?」

 

「僕が行くよ。代理は北山さんに、それと達也と凛さんにも来て欲しい」

 

「分かった。凛はどうする」

 

「私も行かせてもらう。ついでに弘樹も連れて行くよ。いいかい?」

 

「ああ、もちろん」

 

そう言って凛に続く形で深雪も手を挙げた

 

」お兄様、よければ私も同行したいのですが。みなさんが泊まるホテルの方と直接打ち合わせをしておきたいのです」

 

「深雪、そんな事だったら私が」

 

「ほのかには移動の事とか個別にお願いしているのがあるでしょう?」

 

「そ、そうね・・・」

 

そう言ってほのかが残念そうに引き下がった。次に深雪は泉美の方を向くと

 

「泉美ちゃんには渡そが京都に行っている間、副会長として代わりをお願いしますね」

 

「はいっ!精一杯努めさせていただきます」

 

扱いやすい子だ。凛は深雪の言う事なら全ての仕事を遂行しそうな泉美の姿にそう思うと幹比古と共に日程を詰めた

 

「日程はじゃあ・・・20から21にかけてでいいかしら?」

 

「妥当な線だね。宿は抑えているのか?」

 

「いや、まだだけど。こちらから取っておくよ」

 

「そうか、じゃあ頼んだ」

 

「了解、メンバーはさっき言った人でいい?」

 

「ああ、それで良い」

 

そう言って部屋の手配は凛が行う事になった。それを見ていた泉美は悔しそうな表情を浮かべていたが、彼女は深雪から代役を引き受けていた為に頭を抱えていた。その後、幹比古はしずくに代役を、凛は鷹輔とエリカに代役をお願いすると帰路に着いた

 

 

 

 

 

 

帰宅途中、キャビネットの中で凛は仕事用の携帯を使ってホテルの予約を。弘樹はニュース記事を見ていた

 

「あれ?」

 

「ん?どうしたの弘樹」

 

記事を見ていた弘樹が何かを見つけたような表情を浮かべた

 

「姉さん、このニュース・・・」

 

そう言って弘樹が見せたのは京都のローカル記事。記事の内容は観光地で発見された他殺死体であった

 

「発見は今朝で、被害者の名前は名倉三郎・・・物騒ね」

 

「ええ、犯人はまだ分からないみたいです」

 

「周公瑾が潜伏しているのも京都。何か起きそうな気がするわ」

 

そう呟くとキャビネットは駅に到着した

 

 

 

 

 

 

その晩、風呂上がりの凛に達也から連絡があった

 

『凛、少し時間あるか』

 

「はいはい、特に予定はないよ」

 

そう言うと達也は帰りに話していた京都であった他殺死体の話をした

 

『京都で他殺事件があったのは知っているか?』

 

「ええ、帰りに弘樹が見つけていたわね」

 

『その殺された名倉三郎という男。同姓同名じゃなければ七草先輩のボディーガードをしていた人物だ』

 

達也の言葉に凛は目を細めた

 

「それは・・・つまり七草家の魔法師が殺されたという事?」

 

『まだ確証は無い。ただ、こんな時期に七草家の魔法師が殺され、発見場所は京都。こんな偶然があると思うか?』

 

 

偶然が重なると確信に変わる。よく出来た言葉だと思った、ここまで事が重なると凛はため息を漏らした

 

「はぁ、とりあえずその事は了解したわ。私はこれから調べてみる」

 

そう言うと通信を切り、早速凛は情報を集め始めた



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悩み

名倉三郎が殺された事に達也から連絡を受けたのと同じ頃。七草家では真由美は父の弘一に問い詰めていた。しかし弘一からは

 

「お前が知る必要のない事だ」

 

と、一蹴りされてしまった。真由美は納得できなかった、親身と言う間柄ではなかった。気味悪いとは思っていたが自分の父の命令で殺されたと直感的に感じた。ただ、あくまでも直感でしかなかった為何の根拠も無かった

 

「どうした、真由美。さっきからため息ばかりついて。それに何だか元気がないな。具合でも悪いのか?」

 

「えっ?ううん、摩利。何でもないわ」

 

「何でもないようには見えんな。何かあったのか?」

 

摩利は何故ここにいるのか。決してサボっているわけではない。魔法大学に魔法師の士官を育成する学課(防衛大特殊技研究科)に所属する学生は週に一度聴講に訪れる制度があり、摩利はその制度に呼ばれて魔法大学に聴講に来ていた

 

「摩利、相談したい事があるんだけど」

 

そう言って真由美は手で口を隠しながら摩利に話しかけた

 

「何だ?」

 

「摩利は名倉さん、知っているわよね」

 

「お前のボディーガードだろう?あの人がどうかしたのか?」

 

「あの人ね、殺されちゃったわ」

 

「殺されたってそんな・・・いつの事だ?」

 

さらっと真由美の言った言葉に摩利はそんな平然とした顔で言うことかと思ってしまった

 

「一昨日の、多分真夜中のことよ。昨日、京都の警察から連絡があったわ」

 

「そうか・・・お悔やみ申し上げます」

 

「・・・ありがとう」

 

摩利は友人の知り合いが亡くなった事に悼んだ

 

「それで死因は?事故死か?」

 

「他殺よ」

 

摩利のある程度予想できた回答に納得ができた

 

「でも理由がわからないの。父は仕事で京都に行かせていた、としか教えてくれなかったわ。何の仕事か、どんな仕事か、一切明かそうとしなかった。どうせ碌でもない仕事に決まっているけど、それでも命を落とすような事になるなんて・・・」

 

真由美の喉から嗚咽のような飲み込む音が聞こえた

 

「別に弔い合戦をしたい訳じゃないの。そうじゃなくて、何だかこのままにして置けない、放ってはならないと言う気がするのよ」

 

「そう考える根拠があるのか?」

 

そう摩利が問うと真由美は首を横に振った

 

「今の所何も無い。でも無視はできないの。気になって仕方がないのよ」

 

「私は・・・あまり時間は取れないからな」

 

防衛大のカリキュラムは魔法大学と比べると自由がないため力になりたいのは山々だったが時間的にそれは無理な事だった

 

「・・・十文字か達也くん、神木姉弟らへんに相談してみたらどうだ?」

 

思いがけない名前が出て来た事に真由美は驚きを露わにした

 

「十文字くんはわかるけど・・・何で達也くん達が?」

 

「今年の論文コンペは京都じゃないか」

 

「コンペはせいぜい一泊二日でしょう?それに忙しくて、他のことをしている暇なんて無いんじゃない?」

 

摩利の意見に真由美は否定的な意見を言った

 

「去年あんな事があったんだ。現地の事前調査くらい、いくんじゃないか?」

 

「それはそうかも知れないけど。でも達也くんや弘樹くんはプレゼンの準備も手伝うだろうし。生徒会の仕事とかあるだろうし・・・わざわざ自分で足を運ぶかしら?」

 

そう言っていると真由美は摩利が呆れた目で自分を見ている事に気づいた

 

「そんなことを考えても仕方ないだろ。本人に聞けば良いじゃないか。大体、何でさっきからあいつらのことばかり考えているんだ。協力を取り付けるならまず十文字の方じゃないか?十文字も大学生だ高校生の達也くんよりは融通が利くだろううし、どっちが頼りになるかと言うと、やはり十文字の方だと私は思うんだが」

 

「そ、それは・・・同じ十師族同士、七草家の問題で十文字家に迷惑を掛けたくないというか・・・」そう言って真由美は言い訳を言ったが摩利は全く聞いていなかった

 

「摩利、まさかと思うが」

 

「な、何なの?」

 

そう真由美に聞いた摩利の目はどこか真剣な様子だった

 

「お前、本気であいつらのどっちかに惚れているんじゃないか?」

 

摩利の言葉に真由美は一瞬フリーズをした

 

「あいつらって・・・達也くんや弘樹くんのこと!?」

 

「馬鹿、声が大きい!!」

 

遮音フィールドで音を消しているのを忘れるくらいの剣幕だった

 

「そんなことあり得ない!そうよ、あり得ないわ!」

 

そう言ってたじたじになっている真由美を見て摩利は面白そうに見ていた

 

「ううん、やっぱそんなことないあり得ない。あり得ないのよ・・・」

 

「そのセリフからは何の説得力もないぞ」

 

「達也くんは頼りになる男の子。弟みたいなもの。弟みたいなものだから・・・」

 

「おいおい、お前とあいつに血のつながりはないぞ」

 

そして真由美が自分勝手に物事を進め、変な風に完結してしまった真由美に摩利は惚れている人物がわかると共に疲れ切った顔で机に突っ伏した

 

 

 

 

 

 

10月14日

 

この日、凛は真夜の手紙に書かれていた場所へと向かった。そこは凛が初めて真夜と出会ったあのホテルであった。凛は指定されたレストランに行くと先客で真夜が座っていた

 

「お待たせしました」

 

「凛さん、今日はお越しいただき有難うございます」

 

「別に良いですよ。真夜さんからのお誘いでしたし」

 

「そうでしたか。さ、まずはお料理をいただきましょう」

 

そう言って二人はまず出て来た料理を楽しんだ

 

 

 

 

 

料理を楽しみ、食後に真夜が頼んでいたワインが出てくると真夜は話に入った

 

「まずは今、達也くんにの所に葉山が面会をしています。この前の襲撃についてです。そのことで閣下にも詳しい話を聞こうかと思いましてね」

 

「あぁ、そう言う事。だとしたらあの襲撃の後、情報部の介入があったよ。ま、まだ大きな成果はないけどね」

 

「いえ、達也くんが九島家の協力を取り付けた事でも大きな成果だと思いますわ」

 

「ま、達也なら大丈夫だと思ったけどね」

 

「ふふふ、そうですね。あの子はそう言う子ですからね」

 

そう言って二人は少し笑うと凛は真剣な眼差しで真夜に言った

 

「あと、私から要請をしても良いかしら?」

 

「何でしょうか」

 

「あの事件の後。達也や深雪、クラスメイトの周りに伝統派が出没しているのです。今は北山家や九重寺の好意で対処してもらっていますが、お手をお貸しいただけないかと」

 

「成程、そう言う事ならば承知しました」

 

そう言って凛は弘樹から頼まれた要件を済ませると真夜からある質問を受けた

 

「そう言えば、達也くんは最近新しい魔法に取り組んでいるとか」

 

「ああ、あれですか。私も詳しい事は聞いていませんが近距離物理攻撃用の術式だとか。春の『レンジ・ゼロ』の一件で分解の通用しない相手を退ける魔法が必要だと感じたそうよ」

 

「成程、分解が通用しない相手。まさに貴方のようですね」

 

「私の場合は達也でも殺せないだろうけどね」

 

真夜が少し笑みを浮かべながら凛に言うと凛は笑みを浮かべながらそう答えた

 

「まぁ、彼が言うには次の正月には披露できると言ってまいたね」

 

「それは頼もしいですね。見るのが楽しみです」

 

そう言って真夜と凛は最近の達也と深雪の様子を伝え、ある程度話し終えると凛は席を立った

 

「さて、そろそろ行かないと」

 

「あら、もうそんなお時間ですか。だとしたらこれを」

 

そう言って真夜は凛に印のついた封筒を二通渡した

 

「ご自宅でお開けください」

 

「了解、それじゃあまた」

 

「ええ、またお話しできることを心待ちにしています」

 

そう言って凛はホテルを後にした

 

 

 

 

 

ホテルを後にし、車に乗り込んだ凛はさっきの会食で話したほとんどが達也に関する話であった

 

「しかし、達也のことを話している真夜さんはキラキラしてたなぁ〜」

 

そう言うと凛は真夜から渡された封筒を見た。そこには自分と弘樹の名前が書かれていた

 

「・・・さて、まずは私のところからも護衛を手配するとしますか」

 

そう呟くと凛は仕事で使っている電話を使い。銀行の警備会社から何人かの護衛を回した



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事前調査

10月15日

 

論文コンペの準備真っ只中の時に一高に来客があった。元生徒会長の七草真由美が十師族、七草家の長女として司波達也に面会を求めてきた。気が気出ない生徒が数名いる中、凛や弘樹は通常通り淡々と仕事をこなしていた

 

「ふぅ、取り敢えず。この仕事はエリカに回して。あとは鷹輔くんに任せるか」

 

そう言って凛は残りの仕事をエリカに任せ、自分はまた生徒会室に向かった。真由美が七草家の長女としてここに来たということはおそらく七草家に関する何かをお願いしたと言う事。つまり名倉三郎の事だろうと予測しながら達也の帰りを待った

 

 

 

 

 

少しして、達也が応接室から出てきた。数名の生徒が不安そうに達也を見ていた

 

「お疲れ、達也。七草先輩はどんな要件なんだ?」

 

「ああ、今度の論文コンペの事前調査に関してだが。先輩も京都に同行したいと言われてな」

 

京都という単語に泉美が一瞬を震わせた。真由美がここにきた理由が名倉絡みだと察している様子であった

 

「先輩の御用というのが何なのかを教えていただけなかったからお断りしたが、割と深刻な表情をされていたな」

 

凛は達也の声色からして明らかな嘘だとわかった。そもそも応接室に遮音フィールドを張っていた時点で詳しい事情を聞いている筈なのである。凛は応接室に設置していた受信機を使い達也に内緒で遮音フィールドの中で話していた内容を聞いていた。だからこそ、凛は達也に言った

 

「達也、七草先輩が十文字先輩や市原先輩を手折らずに此処に来た理由はなんだと思う?調査自体余裕はあるし一緒になるくらい邪魔にはならない。達也を頼ったのは余程の事情があると思うわよ」

 

そういうと達也は凛に説得され、真由美に連絡を取った

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、四葉家本拠地では真夜が葉山から報告を受けていた

 

「・・・奈良における顛末は以上でございます」

 

「そう、閣下から聞いたのと同じですね」

 

「凛様とは如何で有りましたか」

 

葉山の質問に真夜は満足そうな表情を浮かべた

 

「有意義な時間だったわ。閣下は達也くんの事をよく見ている」

 

「そうでしょうな。あの頃と変わらないご様子で御懐かしいです」

 

そう言って葉山は凛がまだ此処に住んでいた時のことを思い出していた。すると真夜は葉山に質問をした

 

「ねえ葉山さん。葉山さんから見て凛さんはどんな人物?」

 

その質問に葉山は一考すると答えを出した

 

「強いて言えば。お優しく、未来を見据えている。そんな印象で有ります」

 

「未来を・・・」

 

葉山の答えに真夜は少し考えていた

 

「ええ、凛様は未来を見据え、この世界の繁栄を望んでいる。おそらく凛様が望むのは魔法と科学が融合し、世界が永久に発展することだと思います。そのために達也殿などに協力を惜しまないのだと思います」

 

あまりにも壮大な計画だ、そう思い。真夜は思わず笑みを浮かべてしまった。だが、人の数ほど人の夢がある。そう凛に教わった真夜はどこか納得できる節があった。そして真夜は凛の言葉を肝に銘じながら話題転換をした

 

 

 

 

 

 

 

10月20日 朝

 

本来登校日であるこの日、凛達は公休扱いで京都に来ていた。朝早くの個型電車に乗った為一番最初に京都駅の到着した

 

「私たちが最初か・・・」

 

「そりゃ朝イチのトレーラーですよ。まだ時間があるから近くでコーヒー買ってくるよ」

 

「お願いするわ」

 

そう言って他のメンバーを待っていると次に到着したのはレオと幹比古であった

 

「お、おはよう二人とも」

 

「おう、おはよう凛」

 

「おはよう凛。弘樹は?」

 

「今、コーヒー買ってきてくれてる。それで、達也達は次のか・・・」

 

そう言うと凛はバッグから幹比古に鉄扇を渡していた

 

「はいこれ、君から前に頼まれていた物」

 

「おお、ありがとう」

 

「鉄扇には演算補助の刻印がしてある。取り敢えず使って結果を教えてくれ」

 

「わかった。感謝するよ」

 

そうして弘樹がコーヒーを持って戻ってくるとトレーラーが到着したアナウンスが鳴り達也達が出てきた

 

 

 

 

 

 

合流した六人は荷物を預けるために凛の予約したホテルへと向かうことにした。しかし、コミューター乗り場に向かおうとした時、凛は背後から近付く覚えのある気配を感じ、その場で振り返った

 

「おはよう、光宣くん」

 

「おはよう御座います。凛さんに達也さん達も」

 

そう言って軽く挨拶をするとエリカがその美貌に驚いていた

 

「いやー、驚きだね。これじゃあ男性版深雪だよ」

 

「初めまして皆さん。第二高校一年の九島光宣です」

 

「私は第一高校二年の千葉エリカ」

 

「俺は西城レオンハルト、同じ第一高校二年だ」

 

「吉田幹比古。僕も第一高校二年だよ。よろしく」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

お互いに挨拶を終えると一向は荷物を置く為にコミューターに乗り込んだ

 

 

 

 

 

 

荷物を預けた達也達はそのまま論文コンペの会場となる京都新国際会議場へと向かった。元は群発戦争の際に京都国際会館を立て直したもので。周囲にはせいぜい二階建ての民家しかなかった。近くにあったスタジアムは老朽化で解体され、今は公園となっていた

 

「大人数で隠れられる場所はなさそうね」

 

「そうだね。でも少人数で複数のグループが隠れる事はできる」

 

「山に野宿とかはなさそうだ。そこまでできるほどこの森は深くない」

 

「ま、民家があると言うことは隠れる方法はいくらでもある」

 

「そうだね、二、三人程度なら隠れるのは容易だ。弘樹の言った通り、古式魔法師は隠れる縫合が現代魔法より多彩だからね」

 

「なら虱潰しに探すか?」

 

そんな心無い提案をしたのは達也であった。すると凛が達也に答えを言った

 

「達也、それでも見つけるのは困難よ。古式の術者は術自体の強度をギリギリまで絞っている。そうなれば達也や深雪の能力でも見つければ幸運レベルのものよ」

 

「それで、如何する」

 

「なら、僕が探査の式を飛ばすよ。エリカ、レオそれに凛さんは護衛をお願いしたい」

 

「俺らが?」

 

「それはいいけど・・・何か理由があるの?」

 

「エリカ、探査の式を飛ばすと幹比古の防御はおろそかになる。そう言う事でしょ?」

 

凛の言葉に幹比古は頷いた。すると凛は弘樹の方を向くと

 

「弘樹は達也と一緒に市内を回ってくれ。光宣くんは達也を案内してほしい」

 

「分かりました。去年の二の舞はゴメンですしね」

 

「光宣くんが藤林さんの親戚でね。その伝手で案内してもらう事になったんだ」

 

凛の的確な指示に光宣は納得し、藤林と聞いてエリカ達は国防軍関係の事だと判断した

 

「さて、役割分担を決まったし。私は準備をしないとね」

 

そう言うと凛は持って来ていたバックを開けるとバラバラになっていた部品を組み上げていた。それを見た達也達は早速行動を開始していた



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事前調査2

2グループに分かれた達也達は早速京都市北東郊外の大原であった。周公瑾の最後の目撃情報は陵墓の近くであった。弘樹は自身の能力を使って町中にいるカラスを駆使して大規模な捜索を行った。その結果鞍馬山にいる伝統派の拠点に周公瑾の姿はなかった

 

「達也。今鞍馬山の拠点を見たけど。周公瑾の姿は見受けられないよ」

 

「そうか、分かった。それじゃあ市街地に向かおう」

 

「お兄様は周公瑾が人の多い所に隠れているとお考えなのですか?」

 

深雪の問いかけに達也は頷いた

 

「成程、木を隠すなら森の中という事ですか」

 

達也は弘樹がどうやって鞍馬山を見たのかは聞かなかった。恐らく神道魔法の何かだろうと予測しあえて聞かなかったのである

 

「ある程度人が多いところで伝統派の拠点があるとすると・・・清水寺の参道、金閣寺の近隣、それから天龍寺の裏手でしょうか」

 

「意外に少ないんだな」

 

「京都は本物の伝統を受け継ぐ宗派の勢力が奈良以上に強いですから。名前だけの新興派閥は周辺の山の中に押しやられるんですよ」

 

奴らの『伝統派』という名称はもしかして伝統に対するコンプレックスか?」

 

達也の人の悪い感想に弘樹と深雪は見えないように呆れ顔となっていた

 

「わかりません。ご承知の通り、伝統派の目的は第九研と『九』の各家の報復のはずなんです」

 

光宣は伝統派の一部が京都に移動した理由がわからなかった。報復が目的なら奈良に集中していてもおかしくないからだ。だが実際問題、京都に行ってしまった伝統派もいた。そんな疑問に弘樹が答えた

 

「そう?伝統派を名乗った理由はともかく、奈良を離れた理由はわかる気がする」

 

「え?」

 

「伝統派が一枚岩ではないのは光宣くんが教えてくれた。ならば第九研の対する温度差もあったんじゃないかな」

 

強い恨みを持つ『伝統派』は奈良に残り、30年以上報復の機会を伺い続けている。だが、その報復で更なる報復を恐れた者は奈良から離れ、京都に流れた。旧第九研の魔法実験は古式魔法と現代魔法の融合。古式魔法の術理・術法を取り入れた現代魔法の開発にあった事は秘密にされておらず、協力の見返り自体社会的地位や金銭的に行う事は説明されていた

 

「その熱意を建設的な方に向けば、国家や社会に貢献できたかもしれないでしょうに」

 

「まあまあ。どんな状況でも前向きにあり続ける方が難しい。それは深雪が一番分かっているでしょう?」

 

「・・・そうですね」

 

すると深雪は弘樹にある質問をした

 

「でしたら、どうして伝統派は大陸の方術士を受け入れるような真似をしたのでしょうか」

 

「伝統派は最初は力を手にれる為だったが、それが積み重なって周公瑾からの依存から抜け出せなくなったんだと思うよ。それこそ、麻薬のようにね」

 

「麻薬・・・」

 

一度始めたらやめられなくなる。それこそ本当に違法薬物のような魔性を持った亡命方術士は伝統派に戦力という快楽を与え、力という欲求が伝統派に方術士を漬け込ませた要因となっていた

 

「まー少し回り道しちゃったけど。まずは市街地の拠点を探ろう」

 

「金閣寺と天龍寺が同じルート、清水寺だけ別のルートになるか」

 

「いずれにしても、吉田くん達と合流した方が良さそうです」

 

「いや態々合流するのは時間が惜しい。このまま清水寺に向かおう。そして金閣寺と天龍寺の順で行こう」

 

「分かりました」

 

そう言うと達也達は清水寺へと歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、達也と別れた凛達は幹比古が放った探査の式を使いながら宝ヶ池を歩いていた。幹比古の前を凛が後ろをエリカとレオが囲むように歩いていた。凛の背中には音楽バックが担がれていた

 

「・・・来たみたいよ」

 

凛が気づいたのと同時に幹比古達も気配を察知した

 

「山の中からか?」

 

「分からない。気配は山の中しかいないが相手が人間だけだと思うなよ」

 

「わかってる。さんざんそれでやられたからね」

 

「あの時は痛かったな」

 

そう言ってレオとエリカは前に訓練で凛の召喚した式神にボコボコにされた過去を思い出した

 

「エリカ!」

 

「はっ!」

 

最初に攻撃に入ったのはエリカであった。持っていた日傘を後ろから迫り来る気配に勢いよく振り回し、すっぽ抜けた傘の部分が青白い鬼火とぶつかり燃え上がった。傘に妨げられずに三人目がけて降り注いだ鬼火を傘の柄に偽装した得物でエリカが打ち落としていた。続く第二、第三波は発砲音と共に全て撃ち抜かれていた。発砲音の下方を向くと凛がヤマトを持っていた。銃口からは硝煙が出ていた

 

「次、来るよ」

 

「了解」

 

そう言うと鬼火の次に赤や黄の葉を巻き上げて今度は風の刃が押し寄せたが。今度は幹比古が金属の呪符から選んだのは敵と同じ風の刃であった。幹比古の風は敵の刃を全て弾き返した。その時、凛達の意識は空から降ってくる次の攻撃に向かっていた。後ろに降り立った木の影が人の形を作り、幹比古に向かったがレオの拳によって防がれた

 

「ほぅ、忍者か・・・」

 

そう言ってその男はレオの拳の威力を下げるために後ろに飛び、間合いの外に逃れたのを見て凛はそう呟いた

 

「ヘヘッ、面白え」

 

そう言って増えていく忍者を見ながらレオは血が激っていた

 

「レオ、一人で突っ込むんじゃないよ」

 

「心は熱く、意識は冷静に。よ」

 

「おう、分かってら。シゴキの成果をしせそうじゃねえか」

 

そう言うとレオはポケットからナックルダスターを取り出して両手にはめた。前に達也から渡された物で有り、樹脂製のオモチャにしか見えない為。警察に見つかってもごまかしが効いた。今回の視察旅行は目立ちすぎないことが条件だ。そのため、達也が凛の協力を仰いでエリカの武装デバイスを日傘などに偽装していた。なお、凛のヤマトに関しては二重底となっている音楽バックを使い隠していた。それを見たエリカからはスパイのようだと言われていた。そして、合成樹脂のナックルダスターが超硬合金の強度となり。着ていた服も最高性能の防弾耐刃服に早変わりした

 

「さてと、それじゃあ改めて」

 

「側面は任せなさい」

 

エリカが銀色の武装デバイスを軽く一振りして身構えた

 

「私は後ろ」

 

凛はヤマトの引き金に指をかけて標準を合わせた

 

「援護は任せて」

 

幹比古が呪具を扇子状に開いた

 

「行くぜ、オラァ!」

 

レオの雄叫びと共に敵に突撃をかました。無論、敵もただ見ていたわけでは無かった。敵は風で木の葉を巻き上げ、レオの視界を塞ぎながら苦無を投げた。しかし、それは貫通するに及ばず。幹比古が放った突風で木の葉を撒き散らし、視界が晴れた。正面に立っていた忍術使いが巻物を加え手で印を結んだ。しかし、次の瞬間に巻物ごと破壊されていた。幹比古が後ろを振り向くと既に後方にいた全員を一掃し終わった凛が銃口を向けていた

 

「伏せろ!!」

 

その言葉にレオは咄嗟に頭を下げた。次の瞬間レオの近くにいた男の放った炎が空中で反転して術者に襲い掛かり、顔面を焼かれていた。

 

「遅い!」

 

そう言ってエリカは反対側で挟み撃ちしようとした男に向かって鋭い切り込みを入れたが直後、男が二つに分かれた

 

「分身!?」

 

エリカが驚いたかのように声を上げると男は苦無を構えながら得意げな表情を浮かべたが。一瞬にして驚愕へと変わった。分身の片方が幹比古の精霊魔法によってかき消されたのだ。その隙にエリカが四度の打撃で男の両手両足の骨を綺麗に折った。そうして倒れた忍術使い全員に雷撃が遅い。全員が完全に気絶した

 

「これで終わりか?」

 

レオが周りを見ながらそう呟いた

 

「今の所増援の気配はないわね」

 

そう言ってエリカが得物を下ろした。しかし凛は違った

 

「いや、まだいる」

 

「何!?」

 

レオとエリカが再び警戒した瞬間であった。突如池から四匹の小さな怪物が飛び出してきた

 

「化成体か!?」

 

「いや違う、あれは・・・」

 

「傀儡式鬼!一種のゴーレムよ!実体を持っている!」

 

「玲玲?合窳?長右?それに夫諸だって?」

 

そう言って目の前に現れたのは大陸で洪水を引き起こすと言われている怪物のミニチュア版であった

 

「なんだこいつら!?」

 

「敵の魔法よ!それ以外は如何でもいいでしょ!」

 

そう言ってエリカがサイオンの刃でゴーレムを構築していた術式を切り裂き、水に還した。しかしここで安心する暇は無かった。池から大量の傀儡式鬼が飛び出し。君が悪かった

 

「とりあえず逃げ・・・えっ」

 

逃げようとて案したエリカであったがその前に絶句していた。ミニチュアの怪物が痺れて動けない忍術使いを貪り始めた

 

「冗談じゃないわよ!」

 

そう言って無系統魔法の刃を放った。次の瞬間、全ての怪物が術式を完全に破壊され、水に還った。咄嗟に後ろを見ると凛が手を広げて魔法を発動した形跡があった。レオが警戒した足取りで忍術使いを見た

 

「うげぇ」

 

レオは齧られた後の忍術使いを見てそう呟いた

 

「派手に齧られたな・・・骨まで届いちゃいないようだが・・・」

 

そう言って凛は忍術使いをみると急所は覆い隠していたため。息があると確認した




漢字が出て来なかった為、玲玲は似たような漢字で代用しました


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事前調査3

宝ヶ池にて伝統派に襲撃を受けた凛達。戦闘の最中に出てきた傀儡式鬼に驚いていた

 

「よし、まだ息はある。欠損箇所を修復するか・・・」

 

「おかしい」

 

「何が?」

 

息があることに一安心した幹比古であったがエリカの言葉に疑問を抱いた

 

「なんで水が地面に染み込まないの?」

 

ここは舗装されていない土の道であった。そのため、水は土に吸収されるはずだ。しかし、実際は血の混ざった水が池に流れていた。すると次の瞬間、一気に水が池に流れた

 

「これは・・・来るぞ!!」

 

凛が叫ぶと池から泥水で出来た異形の大蛇が現れた

 

「相柳!?」

 

「やっぱり大陸の方術士か」

 

そうして出てきたのは大妖怪の相柳であった

 

「避けて!!」

 

幹比古の言葉に凛は全員に障壁を展開した。次の瞬間、相柳は一気に濁った濁流を吐き出した。障壁を展開していた凛を含めた四人は濁流の直撃を回避し、跳ね返った飛沫までも完全に防いでいた。しかし、行動できない忍術使いは濁水を浴びた所から泡を立てて溶けていた

 

「酸!?」

 

「違う腐食よ!」

 

エリカの言葉を凛は否定した。そして幹比古が解説をした

 

「気をつけて!酸と違って溶かされるのはあの液体を浴びた所だけじゃない!」

 

「術者はどこよ!!」

 

そう言って凛は林の中を探したが四人分の障壁魔法と制限を受けた今の身体では見つける事はできなかった

 

『チッ、この体じゃあ限界か・・・』

 

「みんな、いったんここは引こう!」

 

「その意見には賛成だが!」

 

「一体如何やって!」

 

そう言って幹比古の呼びかけに応じるもレオやエリカは避けるのに精一杯であった。凛が障壁を敷いているとは言え、ダメージが大きいと障壁を維持できなくなる。幹比古と凛はそれぞれ別の意味で悩んでいた。凛は力を解放して相柳を吹き飛ばそうと考えた。だがそれはレオ達に自分の正体をバラすことになる。幹比古の場合は『竜神』にアクセスして行使する術を使い、力を借りる。だがこれに失敗すれば力を失ったと錯覚するほどのスランプに陥る。そうして悩んでいると強烈な想子光が相柳の頭の中から生じた。凛は見たことある起動式に思わず周囲を見渡すと。そこには見たことある人物が立っていた

 

「一条将輝・・・」

 

持っていた赤い拳銃形態の特化型CADを右手に持ち、その殺法とした佇まいからまず本人だと確信した

 

「ん?お前達は一高の・・・」

 

「吉田幹比古だ。一条くん、助太刀ありがとう」

 

そう言うと将輝は幹比古のことを思い出したようでホッとした表情が浮かんでいた

 

「いや、如何いたしまして。十師族としてあんな悪質な魔法を見逃すわけにはいかないからな。気にする必要はない」

 

「それでも助かったよ。結構危なかったから」

 

「ああ、いや・・・ところであれは一体なんだったんだ?」

 

そう言って少し照れつつも話題転換をした

 

「血を供物とし、水を材料に伝承に残る怪物を模って作った傀儡式鬼。一種のゴーレムだよ」

 

「古式魔法なのか?」

 

「大陸の方術士が使う術式だ」

 

幹比古と将輝の問答にエリカが不機嫌そうに割り込んだ

 

「ねえ、魔法談義は後にしない?まだその方術士が潜んでいるかもしれないし」

 

すると将輝はハッとした表情を浮かべたが幹比古が首を横に振った

 

「いや、その心配はないよ」

 

「如何してそんな事が言えるのよ!」

 

「それは・・・いや、論より証拠だ。おそらく神木さんは既に向かっているから見に行こう」

 

そう言うとレオとエリカはこの場に凛の姿がいないことに気づいた

 

「方術士の居場所がわかるのか?」

 

「一条君も来るかい?」

 

そう言われて将輝は頷いた

 

 

 

 

 

 

下草を踏みつけて林の斜面を登っていく。四人にとっては苦労も掛からない道行であった。全員汗もかかない内に方術士を発見した。そして隣には音楽バックを担いだ凛もいた

 

「やはりね。わかっていた事だけど気持ちのいい物じゃないな」

 

「そうね、私も一応確認したけど・・・ダメだったわ」

 

「死んでいるのか・・・?」

 

将輝の呟きにレオはしゃがんで首筋に手を当てた

 

「脈がない・・・本当に死んでいるな」

 

そう言ってレオが遺体を仰向けにすると方術師の顔は壮絶な最後を迎えたのが理解できた

 

「・・・術を破られた反動だよ。傀儡を操作する古式魔法は発動後も術式の本体と術者の精神が繋がり続けている」

 

「魔法が発動したら魔法式を魔法師から切断する現代魔法とは随分違うんだな・・・・つまり、こいつは俺があの怪物を術式ごと破壊したから。精神がダメージを受けて狂死したという事か・・・」

 

「一条君のせいじゃないよ。あの種類の魔法はリスクを理解した上で行使しなければならない。特にあんな巨大な傀儡式鬼は反動も激しいものになる。冷たいようだけどこの術者の自業自得だよ」

 

「そうか・・・」

 

将輝が人を殺めたのはこれが初めてでは無かった。だが、この老人の壮絶な死に顔に将輝はどこか虚しさを覚えた

 

「・・・すまん吉田。気を遣わせたな」

 

「良いって。助けてもらったのはこっちの方だ」

 

「一条君。警察への説明は僕がしておくよ」

 

幹比古の言葉に将輝は頷かなかった

 

「いや、俺も付き合う。それよりそっちの彼女・・・えっと」

 

「千葉エリカよ。あたしに気を使う必要はないわ。こういうの慣れているから」

 

その一言で将輝は目を張って硬直した

 

「そうか。君はもしかして千葉家の?」

 

()()()()()()()千葉エリカよ」

 

エリカの突っ慳貪な返事に将輝は目を白黒させた。それを見ていたレオ、幹比古、凛の三人は同年代の少女からぞんざいな扱いを受けた事がないのだと理解していた

 

「じゃあ、私は警察に連絡しておくわね」

 

「ああ、頼んだ」

 

そうして凛が警察に電話をしている間に将輝は他のメンバーにも挨拶をしていた

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、弘樹達は清水寺にて入った湯豆腐の店で奥にある和洋折衷の部屋で茶人帽に作務衣姿の男と会談をしていた

 

「奈良の連中のやり方のはついて行けません。獅子心中の虫になると分かっていてなぜ、大陸の術者を身内に引き込むのか・・・日本人魔法師の忠誠心が日本以外にはない様に、彼らの忠誠心のあり所もまた、祖国にしか無いというのに」

 

呪い師の言葉に光宣は思わず俯いてしまった

 

「彼らは祖国の政治体制が自分の信念と相容れないから亡命したのではありませんか?」

 

「忠誠心は思想の問題ではありません。心情の問題です」

 

「なるほど。だから奈良の伝統派とは手を切り、旧第九研と対立するのはやめるという事ですか?」

 

「ええ。時間は偉大な万能薬です。全ての傷を癒してくれる。たとえ元通りにならなくとも」

 

「時間では言えない傷もあると思いますが」

 

「癒えない傷は治り掛けたところで新たな傷が重ねられているだけですよ。燃料を注がなければ火はやがて消えてしまう、これと同じです。抽象論はこれくらいで止めておきましょう」

 

すると達也は初老の魔法師の目を正面から見た

 

「貴方は何を以って、我々に敵意がない事を証明してくださるのですか?」

 

達也のセリフに初老の魔法師が溜息を吐いた

 

「見れば二十歳にもなっていないでしょうに、一体どのような教育を受けたらここまでドライになれるのか・・・」

 

この言葉に深雪と水波が微妙な表情を浮かべた。確かに自分達は20歳未満なため、間違いではないのだが普通高校生には使わない表現だと思っていた。ただ、この中にいる人物で唯一20以上の年齢の人物がいるのは知らなかった

 

「貴方も現実的になったから、我々との面談に応じて下さったのでしょう」

 

「その判断は間違いでは無かったと思い始めている頃ですよ」

 

「貴方は先ほど、亡命方術士を受け入れるのは認められないという趣旨のことを仰った。それが口先だけではないことを示して頂けませんか」

 

「・・・何をお知りになりたいのですか?」

 

「我々は、横浜から逃れてきた華僑の魔法師を探しています。名は周公瑾。この国に多くの厄災をもたらした危険な男です」

 

呪い師は観念した表情で顔を上げた

 

「・・・分かりました。私が掴んでいる情報をお渡ししましょう」

 

「お聞かせください」

 

達也がそう聞くと呪い師の男は情報を話し始めた



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事前調査4

清水寺で呪い師を名乗る男から面談を受けた達也達は男から周公瑾に関する情報を得た

 

「貴方達が探している周公瑾は京都市街区にはいません。我々が最後に彼の所在を確認したのは10月12日の金曜日。天龍寺の北『竹林の道』と呼ばれる遊歩道の近くにある元密教僧で構成された一派の拠点から立ち去っています。南に向かった様ですが宇治から南に出た形跡はありません」

 

「なぜ、宇治川から南に出ていないと分かるんです?」

 

「正確には宇治川を超えていない事が分かっています。宇治川には京都を守るための結界が敷いてあります」

 

この言葉に達也は驚きを覚えた

 

「宇治川全部に結界を敷いているのですか?そんな長大な領域に対して継続的に作用する魔法を一体如何やって・・・」

 

達也に変わって深雪が質問をした。その問いに弘樹が答えた

 

「いや、深雪が思っているみたいに宇治川に結界を敷いたんじゃなくて。宇治川を結界に使っているの天ヶ瀬ダムに結界の起点を置いて、そこで川の水を霊的に浄化してそれを流している。だけどダムの水全てを浄化することは出来ないからせいぜい敵が出入りしたとかの警報装置くらいにしか使えないと思うよ」

 

「お見事です。100点満点ですな」

 

男は宇治川のシステムを完璧に答えた弘樹のことを褒め称えていた

 

「つまり貴方は宇治川の結界の管理者の一人ということですか?」

 

その言葉に男は頷いた

 

「私が制御呪言を教わったのは偶然です。多分他の管理者は、私は結界の管理者権限を持っていることを知らないでしょう。私も他に誰が管理をしているのかを知らない。ですがそれはこの際問題ではありません」

 

弘樹はその言葉に自分にまだ外連味があるというのを証明している様に聞こえた

 

「あの結界はこの山城の地と大和の地に縁のあるものしか動かせません。そして私は周公瑾が京都に現れてから、彼が再びこの結界を通過したか如何かをずっと見張ってきました」

 

「何の為に?」

 

「あの男がこの国にとって危険だからです」

 

達也の問いにはっきりと答えた

 

「さっきは『時間が全ての傷を癒す』などと偉そうな事を言いましたが、正直に申し上げるならば、私は今でも旧第九研に対する蟠りを捨てきれない。貴方達が私の許へ問答無用で押し掛けたならば、私はこの結界の事も、周公瑾の行方も話さなかったでしょう。だが、貴方達は最低限の礼儀を守って下さった。私の目からすれば随分と性急なやり方でしたが、無用な血を流す事もなかった」

 

「貴重な情報。感謝します」

 

「もう一つ、鞍馬と嵐山の一頭には気をつけなさい。彼らは大陸の魔法師にすっかり取り憑かれている」

 

そういうと達也は立ち上がり一礼をし、深雪や弘樹も遅れる事なく礼をし。水波や光宣が慌てて立ち上がり頭を下げた。それを男は微笑ましそうに見た

 

「取り敢えず、今日はこの後金閣寺に行こう」

 

「そうだな、時間的に嵐山は難しい」

 

「分かりました。宇治方面の件は僕の方から響子姉さんに連絡しておきます」

 

「そうか、頼む」

 

そう言うと一向は坂の下のコミューター乗り場まで向かった

 

 

 

 

 

 

 

警察の事情聴取を終えた幹比古、レオ、エリカ、凛、将輝の五人は正当防衛を認められそのまま解放された。そこには一条と千葉の名前が影響したのは否めなかった。決め手となったのは街頭カメラの映像であった。五人は事情聴取の後、新国際会議場に戻っていた

 

「これから如何する?今日はもう何も起こんねえ気がするんだけどよ、まだこの辺りを調べてみるか?」

 

「いや、今日はもうホテルに戻ろう」

 

「そうね。バカの言う通り今日はもう何も出て来ないだろうし」

 

「ああっ?ばかってなぁ誰のことだよ!」

 

「さあねぇ〜誰のことだろ?それよりなんであんたが怒ってんの?」

 

「こ、の、あ、ま、ぁ・・・」

 

そう言ってレオがエリカのことを睨みつけ、エリカは涼しい顔でそっぽを向いていた

 

「はいはい、夫婦喧嘩は向こうでしておくれ。ここじゃ迷惑だよ」

 

「「誰が夫婦喧嘩だ(よ)!」」

 

幹比古と将輝は凛の手際の良さに舌を巻いていた

 

「さて、幹比古はホテルに戻っててもらえる?私これからレンタカーしてくるから」

 

「うん、分かった。気をつけてね」

 

そう言うと凛はレオ達にも用事で行くことを伝えると凛は街へと繰り出した

 

 

 

 

 

 

街に繰り出した凛は京都貨物駅に行くとそこにはパラサイトの輸送でも使った大型車があった。この車は凛の改造によって国防軍の装甲車なみに強化され、後部には格納式の12.7mm重機関銃が新たに搭載された代物であった。凛は事前にカートレインに入れて運んでいたのである

 

「さて、取り敢えず車を移動させますか」

 

そう言って車に乗り込みエンジンを起動させると自分達の泊まっているホテルの駐車場まで走らせた

 

 

 

 

ホテルに到着をすると達也が将輝に何かを話していた

 

「ちょうどいい足が来たな」

 

「いきなり何言ってんだよ」

 

達也にいきなりなことを言われた凛は思わずツッコミを入れてしまった

 

「お前のことだ。今居なかったのは車を取りに行ってたんだろ?」

 

「はぁ、相変わらず察しがいいねぇ。そうだよ、流石にずっと歩きも辛いだろうと思ってね」

 

「何、神木さんはそんなものまで持ってきていたのか!?」

 

「本当は朝から使いたかったんだけど列車が遅れちゃったらしくて。それで明日しか使えないわけよ」

 

「なるほどな。それは有難い」

 

そう言うと達也は話題転換をした。そして達也は自分も含めた三人が国防軍に関わっている話をし、周公瑾に関する話もしたことを聞いた

 

「ところでなんだが。こっちでは周公瑾の潜伏範囲の大まかな場所が絞り込めた」

 

「ほぅ、で、範囲はどこら辺なの?」

 

そう聞くと達也は昼間の清水寺の話を聞いた

 

「なるほど、宇治川にそんなものが・・・」

 

そう言いながら凛は内心心当たりがあった。それは過去に作った物の中で京都の監視装置に似た様なものがあったと思った

 

「京都市街地区から南に出て宇治川より北ということか・・・」

 

「それでもだいぶ広いな」

 

「だがその情報は信用できる物なのか?」

 

弘樹と将輝の真っ当な意見が出た

 

「漠然と京都全部を探すよりはいいと思うぜ。それに先週まで隠れていたところが分かったんだろ?そこを調べてみりゃ信用できるかできないか裏が取れるんじゃないか?」

 

レオの意見に達也と凛は苦笑してしまった

 

「嵐山に周公瑾が潜伏したいたのが分かったとしても、それで清水寺の古式魔法師が事実を語っている証拠にはならない。嘘の信憑性を増す為に真実を混ぜるのはセオリーだよ」

 

弘樹がレオにそう解説をした

 

「だが嵐山に潜伏していたと言う話の裏を取るレオの意見には賛成だ。事実であれば大きな手がかりになるかも知れないし、嘘であるならはっきりさせておいたほうが混乱を最小限に抑えられる」

 

「ではお兄様。明日はみんなで嵐山に行くと言う方針ですか?」

 

深雪の質問に達也は首を振った

 

「いや、全員で行くのは目を惹きすぎるし、コンペの安全確保も疎かには出来ない。幹比古とレオとエリカは引き続き会場周辺の不審者が潜んでいないか、犯罪者やテロリストは潜みそうな場所がないかを調べてくれないか」

 

「・・・分かったよ、達也」

 

幹比古は少し納得の言っていない感じではあったが風紀委員長として会場の安全を疎かにする訳にはいかなかった

 

「今日の襲撃で僕の実家から抗議が鞍馬山に言っているはずだ。家と付き合いのある京都の各派にも伝えてある。この一件が鞍馬山の独断専行だったとしても今後の牽制になると思う」

 

「そもそもどう言う状況だったんだ?」

 

そう言うと幹比古はハッとした表情となり、忍術使いにい襲われたが傀儡使いによってピンチに陥った事。そこで将輝に助けられたことを話した

 

「・・・水のゴーレムを作るのに肌を食い破られ、血を使われたのか?その様子だと忍術使いもその方術士に騙された様だな」

 

その言葉に光宣が乗っかり、将輝が口を挟んだ

 

「清水の呪い師は鞍馬の古式魔法師が 大陸の魔法師に手下になったと言っている様だが。それが力ではなく騙されているのでは事実を突きつけるだけでいい。味方につけることは無理だろうが敵対をやめさせることは出来るだろう」

 

将輝の言葉に達也は頷いた




すいませんすごく微妙なところで切らさせていただきます


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事前調査5

昼間の相柳のことで話していた達也達はその対策などで話し合っていた

 

「騒ぎが大きくなればなるほど周公瑾にとっては逃亡のチャンスが増える。混乱を最小限に抑えることが敵の思惑を潰すことに繋がると思う」

 

「去年の様なことがあればこちらの負け、未然に防げればこちらの勝ちか」

 

達也の意見に将輝が同調した

 

「九島家として動ければいいのですが、僕一人ならともかく。『九』の各家が大人数で京都入りすれば伝統派だけでなく古式魔法師各派を刺激することになりかねません」

 

「そうですね。伝統派に口実を与えることになりますから。それはやめておいた方がいいでしょう」

 

残念そうな口調の光宣に深雪が指示をすることで慰めた

 

「伝統派の牽制は吉田家だけが動くから十分。これ以上したところで暴れるものは暴れるさ」

 

凛の発言に幹比古が頷いた

 

「そうだね・・・分かった。じゃあ、僕たちは今日と同じ様にコンペ会場の周辺を調べてみることにするよ。家の方にも念を押しておく」

 

「俺はどうすればいい?」

 

将輝の質問に凛は内心『勝手にしろ』と言いたかったが。それを言えば確実に喧嘩になる為。本心を隠しながら将輝に言おうとしたが。先に深雪が答えた

 

「一条さんは私たちにご同伴いただけると心強いのですけど」

 

深雪から頼まれたからか明らかに将輝のモチベが上がっていた

 

「はい!お任せください」

 

こうして明日の行動方針が決まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、幹比古は昨日、達也から真の目的を明かされたためにモチベが上がっていた。達也、深雪、凛、弘樹、水波、光宣に将輝を加えた七人が嵐山、幹比古、エリカ、レオの三人は会場のある宝ヶ池・松ヶ崎方面。十人は朝早くにホテルを出る予定であったがここで思わぬアクシデントがあった

 

「・・・すみません達也さん」

 

光宣が辛そうに声を上げた。彼は今朝突然熱を出してしまい調査に出られる状態では無くなってしまった

 

「気にするな。光宣に責任がある訳じゃない」

 

「ですが・・・僕は自分が情けないです」

 

達也の慰めの言葉に返って辛そうに顔を顰めた

 

「光宣、自分を責めるな。お前はよくやってくれている」

 

この部屋にいるのは達也と光宣のみ。他のメンバーはロビーで待っていた

 

「病気になりやすいのは前から聞いていた。それはお前のせいじゃないし、この可能性を理解した上でお前に手伝ってもらっていたんだ」

 

光宣が達也から目を逸らした

 

「お前は十分戦力になってくれている。昨日も光宣がいなければあの呪い師の所へは辿り着けてなかっただろう」

 

「・・・そうでしょうか?」

 

「少なくとも俺と弘樹は本気で思っている。お前は十分役に立っているし、いざという時には手を貸してもらうことになるだろう。その時のために無理はするな」

 

「僕はまだ・・・達也さんの仲間ですか?」

 

「どうで今日は周公瑾のところまで辿り着けない。お前の能力はその時に必要になる。だから今日は休んでくれ」

 

「・・・分かりました」

 

光宣は弱々しく微笑んだ落ち込んでいる様子は変わらなかったが。自分絵お攻めている感じはなかった

 

「水波を残していく。あの子は家事万能だ。光宣と同じで頼ってもらったほうが水波も喜ぶ。だから細かいことは遠慮なく言ってくれ」

 

そういう光宣は気恥ずかしそうにしていた。それを見た達也は部屋を出て後のことを水波に任せるとロビーへと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビーに向かうと既に外のロータリーには見覚えある車が止まっていた

 

「達也〜、そろそろいくよ〜」

 

そう言って車内から凛が手を振ると達也も助手席に座った。運転席にいるのはもちろん凛であった。元々大型車な為、車内はかなり広々としていた。順番は凛に達也、深雪と弘樹、そして一番後ろに将輝であった。元々光宣と水波が乗る予定だった為。将輝は自前のバイクで来る予定だったが、二人がいなくなったことで車に乗せることにしたのだ。深雪は将輝がいる事で弘樹と一緒にいるのにそれを邪魔された様な気分でいた為、弘樹が少し苦労していた。すると達也が停車させた場所で達也が降りた。行き先が嵐山だと思っていた将輝は驚きの声を表した

 

「司波、嵐山に行くんじゃなかったのか?」

 

「その前に手がかりになりそうな物を見せてもらえることになっている」

 

「じゃ、ここで車を止めるわよ」

 

そう言って凛は近く駐車自由区域に車をとめた。そして達也は車を降りたところで振り返ると

 

「ここから先は、周公瑾のことを口にしないで欲しい」

 

「・・・秘密なのか?」

 

「できればあの人を巻き込みたくない」

 

将輝は何か誤解した様な目で達也を見ていたが、達也はそれを無視した

 

 

 

 

 

 

そしてその場所についてから3分後。目的の人物は現れた

 

「達也くん、遅くなってごめんなさい」

 

「時間通りですよ」

 

そう言ってコミューターから降りてきたのは真由美であった

 

「あれ、凛さん?」

 

「おはようございます七草先輩。先日はお目にかかれなかったので『お久しぶり』ですね」

 

目を丸くした真由美に凛は笑顔で返した

 

「凛さんもいるなんて知らなかったわ」

 

そう言って真由美は凛がここにいたことに驚きをあらわにした。すると真由美はもう一人の同伴者にいつもの調子で文句をつけられずにいた

 

「一条将輝くんね?初めてお会いする訳じゃないけど、一応自己紹介させていただきます。七草真由美です」

 

「お目にかかったことは覚えています。一条将輝です」

 

そう言って久々の再開をよそに真由美は達也の腕を掴んで問いただしていた

 

「達也くん。どうして凛さんがいるのよ」

 

そう言われると達也はわざとらしく驚いた表情を見せた

 

「わざわざ言う必要もないと思っていましたので。むしろ凛が来ないとでも思っていましたか?」

 

「深雪さんはどうしたのよ」

 

「弘樹に任せています。今は凛の乗ってきた車で待っていると思いますよ」

 

真由美は達也が深雪を他人に預けていた事に驚きをしたが、彼女の視線は将輝に固定されていた

 

「それで、なんで一条くんがいるの?」

 

「たまたまです。昨日論文コンペの下調べをしていた吉田たちが同じ目的で来ていた一条とばったり出くわしたので。ボディーガード代わりに連れてきました」

 

「そう言えば吉田くんは風紀委員長になったのよね」

 

「よくご存知ですね」

 

すると真由美の顔が「騙されないぞ」と言う様な目であった

 

「それで、一条くんは私の事情を知っているの?」

 

「先輩の許可なしに勝手に喋ったりしませんよ」

 

ますます真由美の懸念は色濃いものになった。

 

「それで先輩。一条に事情を説明してもらっていいですか。彼は頼りになると思いますよ」

 

「良いのかしら、一条家の跡取り息子をアゴで使う様な真似をして」

 

「顎で使ったりしません。第一あいつはそんな可愛い球じゃありません」

 

それを聞いて真由美は満足そうな表情を浮かべると真由美は達也の事情を話す権利を与えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内の刑事に先導され、四人は警察署内の証拠保管室に入った。凛と達也は予感していた。今回の名倉三郎を殺したのは周公瑾である。まだ根拠がない為予感ではあった

 

「名倉氏が身につけていた衣服です。残念ながらCADは・・・」

 

魔法師にとって命とも言えるCADは中を見る事でどんな魔法使ったのかがわかる為早急に回収されていた

 

「すいません刑事さん、この血は?」

 

「残念ながら全て被害者の血痕でした。名倉さんの死体は腹部が背中から貫かれ、胸の皮膚と筋肉の内側から弾け、心臓が破裂していた様ですね」

 

凛はそれを聞いてまるで『爆裂』の様だと思ったが。一条家の情報が漏れたとは考えづらい。そもそも爆裂は相当扱いが難しい為、使える人物は少ないと考えた。だとすると残った解答は

 

「自爆・・・」

 

「凛もそう思ったか」

 

「え、名倉さんは自爆したの?それって・・・」

 

「ええ、内部から破裂という事とこの服の端にある無数の穴。これらはおそらく針状のものが貫通した後。七草先輩、名倉さんに得意な魔法は何でしたか?」

 

そう言って凛は真由美に聞くと凛が想像した通り、収束系の魔法が得意だと言った

 

「なるほど・・・じゃあ結論はこうですね。被害者は自分の血を針にして撃ち出したんだ」

 

「まさに最後の足掻きだな」

 

そう言うと達也と凛は同じタイミングで名倉の服についた血の情報を取り込んだ

 

「司波に神木さん。何をしているんだ」

 

「いや、腹部に魔法的な痕跡はないかって思って」

 

「なるほど・・・」

 

そして情報を集めた凛と達也は相手が幻獣によって倒されたと分かり、幻獣の説明をした後に二人は軽く頭を下げた



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事前調査6

警察署にて名倉の情報を得た達也達は再び車に乗り込み、嵐山へと向かった。そこに真由美も加わった為に将輝の隣に真由美が座った。向かう途中、達也が傀儡式鬼・・・いわゆるゴーレムについての説明を行い、嵐山に到着をするとちょうど水波から達也に連絡があった。そして電話に出ると達也は今度話の内容から藤林少尉であると確信するとどうやら光宣の容態が変わった様であった。将輝が心配するも達也は藤林が来るからと言い、調査を続けた

 

「取り敢えず血の痕とかはないか・・・」

 

そう言って現場をみるが赤色に染まったものは見受けられなかった

 

「でも姉さん。どう言う状況だったと思う?名倉さんがここに立っていて犯人が近づいたのか。それとも犯人が先に来ていたのか」

 

弘樹の言葉に凛は小声で呟いた

 

「・・・名倉さんの血の記憶を見たけど。まず、周公瑾に殺害されたのは間違いない。読唇術で会話を見たら。どうやら周公瑾が誘い出された形の様だ」

 

「やっぱりか・・・」

 

凛は少し考えると達也に下流の方に行くと伝えた

 

「達也、こっちは下流の方を調べるわ。何かあったら連絡よろしく」

 

「分かった」

 

そう言って下流に歩くこと数分。掛川の河原で血の痕跡などを探していると上流の方で戦闘が行われているのに気付いた

 

「全く、どうしていつも達也はこう言った奴に巻き込まれるんだろう」

 

「何かしら縁の力が働いているのではないでしょうか」

 

そう言うと二人は上流の方まで一気に走り出した

 

 

 

 

 

現場の竹林に着くと達也達が深雪と真由美を守る形で戦闘を行っていた。すると術者の一人が倶利伽羅剣を展開し、障壁を斬っていた

 

「倶利伽羅剣・・・ならば破壊するのみ」

 

そう言うと凛は持ってきていた敷島を鞘から抜き、桜吹雪で倶利伽羅剣の術式や操り人形の糸を引きちぎった。操られていた術者はそのままパタリと倒れた

 

「よっ、随分忙しそうだったじゃないか」

 

「相変わらず良いところで入ってくる」

 

そう言って凛と達也は不敵な笑みを浮かべた。将輝と真由美は一瞬にして全ての術式が破壊されたさっきの魔法に驚きをあらわにした

 

「今のは・・・何だったんだ・・・」

 

「近くの魔法式が全て消えた・・・」

 

そう言って驚いている隙に凛は達也に近づいてくる蜘蛛を払うと近くで絶叫した声が聞こえた

 

「そこか・・・」

 

そう言って達也は茂みに入る戻ってくると60過ぎの男が引き摺られていた

 

「達也くん、一条くん、これからどうするべきだと思う?」

 

達也と将輝が顔を見合わせる

 

「本来ならばこの男を尋問すべきでしょうが・・・」

 

すると凛が口を挟んだ

 

「素直に答えるわけないでしょ。それに、尋問をしたら自分達が捕まる可能性がある・・・それより、人払いの結界が消えてる」

 

「ってことは・・・」

 

「人が来る、今弘樹が警察を呼んでいるわ」

 

そう言うと六人は駆けつけた警官によって事情聴取を受けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、警察署から解放されたのは数時間後であった。今回担当した刑事が陰陽道の古式魔法師で、十師族に好意的ではにことが災いした。凛達は神道系古式魔法師であった為。なるべく早く解放されたが、達也達はその後も取り調べが続いたのだと言う。結局あの後の1日は警察署で過ごす事になった

 

「あんにゃろ・・・うちらが古式魔法師だったから早く解放しただけかよ」

 

「まあまあ、姉さん落ち着いて」

 

そう言って凛がイラついた様子で車に乗っていた。すると車を叩く音がし、音のした方を向くとそこには達也がいた。将輝はバイクで金沢に帰ったとの事だった(バイクは車の荷台に乗せていた)

 

 

 

 

 

達也達がホテルに戻ると部屋で藤林が座っていた。凛は幹比古達の回収に向かっていた

 

「達也くんに深雪さんも、なんだか疲れた顔をしているわね」

 

「警察に引き留められまして」

 

「警察?一体何をしたの?」

 

「その件は後で詳しくお話しします。それより光宣の具合はどうなんですか」

 

「薬が効いて眠っているわ。さっきまでかなり苦しそうだったけど」

 

そう言うと藤林は達也に光宣の不調の原因は想子体にあると考え、達也の精霊の眼で光宣の状態を見てほしいと言い。達也は藤林に確認をした上で精霊の眼を使い、光宣の中を見た。時間としては1秒にも満たなかったが、達也の額には脂汗が滲み出ていた。光宣の事を見た達也はいろいろな情報を知ったが、その中で光宣の体は想子の圧力が強すぎて体の中にある想子のパイプが一部欠損をし、脅威的な速度で修復されているのを繰り返しているのだと伝えた

 

「壊れたままじゃないのね」

 

「修復力はむしろ平均的な魔法師よりも上だと思いますよ」

 

「でも、どうすれば良いのかしら・・・」

 

「直接的には想子の活動を抑えれば良いのですが。それは魔法師としての枷をはめる事になります。となれば想子体を強化する事です」

 

「どうやって?」

 

「すいません、そこまでは・・・」

 

そう言うと藤林は残念そうにしたが達也に感謝をした

 

「ありがとう。原因が分かっただけでも十分よ。あとは専門家に相談してみるわ」

 

すると部屋の扉が開き、そこから凛と弘樹が入ってきた

 

「達也〜、戻ったぞ〜」

 

「ああ、幹比古達は?」

 

「今下でお土産買ってるよ」

 

そう言うと達也は凛にちょうど良いと思い光宣の現状とその解決策を試しに聞いた

 

「・・・なるほど、想子体の異常なまでの負荷ね・・・そう言うときはあえて圧力を外に逃すと言う方法が今の所一番かな」

 

「圧力を外に?」

 

凛の言葉に達也は詳しく話を聞いた

 

「想子体のパイプが圧力に耐えきれずに穴が開くと言うならば。あえてパイプに穴を一時的に開けた状態にして、外に垂れ流しの状態にしておくんだ」

 

「だがそれは魔法力の低下にも繋がらないか?」

 

達也の問いに凛は首を横に振った

 

「いや、たとえ穴を開けたままにしても。演算領域に支障はない、想子保有量は出した分だけ周囲から回収するだけだから魔法行使にも影響はない。膨らましすぎた風船の口を開いて中身の調整をする。そんな感じよ」

 

本当は有機調整を使って想子体の強化をすれば解決できる話なのだが、凛はあえてそれを言わなかった

 

「なるほど、お前がそれをいうと言うことはそのための魔法があると言うことか?」

 

「いや、魔法じゃなくて薬さ。最も、普通の薬とは訳が違うけどね」

 

そう言うと凛は藤林の方を向くと

 

「藤林さん。今から私が言うものって集められる?」

 

「集める物?」

 

「ええ、近い中に私達はここを離れる事になる。ついでだから作って渡しておこうと思ってね」

 

そう言うと藤林は理解した上で凛の要求する物を聞いた。凛が要求したものは胡椒、塩、シナモン、丁字、六角などの香辛料に透明な水晶に硅砂であった

 

「とりあえず必要なのはこれくらいかな」

 

「分かったわ、明日には届けられると思う」

 

藤林はそう言って了解をすると電話で今いった必要なものをメモに残していた

 

「しかし、どうして香辛料ばかりな上に硅砂?ガラスでも作るつもりか?」

 

「違う違う。硅砂は使う水の浄化のために、水晶は魔法を屈折させて薬の濃度を高めるためよ」

 

そう言っていると再び部屋の飛びが開き、幹比古達がお土産袋を持って部屋に入ってきた。そして達也達が今日の報告をし終えると達也が全員に予定変更の旨を伝えた

 

「皆は予定通り東京に戻ってくれ。俺はもう一泊していく。明日、もう一度警察に行って今日捕まえた奴らのことを訊いてくるつもりだ」

 

達也の言葉に深雪が一緒に残ると言ったが、弘樹がそれを少し強い口調で止めた。すると達也は凛の方を向くと

 

「お前には出来れば残っていて欲しい。戦力的にお前は必要だ」

 

達也の言葉に全員が軽く文句を言ったが達也と凛の立場を知っている幹比古達は引き下がるしかなかった



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発覚

今回は結構飛び飛びです


翌日、京都駅まで全員を送った凛と達也はホテルに戻ってきた。深雪を電車に乗せるのは苦労したが凛が

 

「弘樹、今日は深雪の安全の為にマンションに泊めなさい」

 

と言う一言で深雪は一瞬驚くも少し顔を赤くしながらお気をつけてと言い残して電車に乗って行った。光宣は容体が回復した為、藤林が自宅へ連れ帰っていた

 

 

 

 

ホテルに戻った凛は改めて予約したシングルの部屋に移動していた。元々このホテルは銀行が買収していたホテルであった為、予約は簡単に取れた

 

「さて、今日はちょっと良いところに行きますか」

 

そう言うと凛はホテルを出て近くの料亭へと足を運んだ

 

 

 

 

 

 

 

そして料亭に足を運び、日本酒を嗜んでいた時であった。突如持っていた携帯から連絡があった。相手は達也であった

 

「もしもし達也。どうしたの、周公瑾に関する情報でもあった?」

 

『いや、そう言った情報はないんだが。ちょっと手伝ってくれ、七草先輩が酔い潰れた』

 

その言葉に凛は絶句をするもすぐに会計をしてホテルへと向かった

 

 

 

 

 

 

ホテルに到着をすると凛は指定された部屋の前にいた達也と合流をした

 

「達也、あの後どうなったの?」

 

「いや、七草先輩はこの部屋で横になっている。凛は着替えさせてくれないか?」

 

そう言うと凛は了解すると部屋に入って真由美の着ていたドレスを脱がし、パジャマへと着替えさせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、達也の姿は嵯峨野にあった。達也は昨日の方術士の情報をもとに竹林を歩き、アジトに向かうと。そこはだたの町村の集会場のような場所であった。達也は連絡を入れるとともに門を抜け、敷地内に入り、分解で鍵を壊し、中に入ったその瞬間、法輪と呼ばれる密教の宝具が飛んできた

 

『ヨーヨーか』

 

軌道を見て達也は避けながら敵を倒していた

 

「透明化していても俺には分かる。無駄な真似はやめて、姿を見せたらどうだ」

 

「なぜ、摩利支天の行法が効かない」

 

「縛して調伏せよ!!」

 

男の一人がそう叫ぶと達也を取り囲むように十人の魔法師が等間隔に取り囲んだ。正十角形に見せた五芒星であった。そして達也に全員が意識した瞬間であった。達也はこの建物に近づいてくる気配を感じると上に飛んだ。次の瞬間、建物に一台の車が突っ込んだ、運転席には凛がいた。車が突撃したことで何人かの男が弾き飛ばされ、そのまま気絶をした。そして凛は車に積んでいた12.7mm機銃を打ち込んだ。弾丸はもちろん刻印弾であった

 

「ごめん、少し遅れたかな?」

 

「いや、ちょうど良かった」

 

そう言うと達也はリーダーと思われる男から周公瑾に関する情報を聞き、凛は突撃させた車を建物から引き離した。元々装甲車並みに改造された上に、硬化魔法でダイヤモンド以上の硬さとなった車に傷の一つもついていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、真由美を家の近くまで運んだ凛はそのままマンションまで車で戻った。するとマンションから一番乗りに深雪が出てきた

 

「お兄様、おかえりなさいませ」

 

「ただいま。今日は悪かったな」

 

「いいえ。お兄様が無事なのが分かるだけで深雪は十分です」

 

そう言ってた二人が安堵しているなか、凛と弘樹は

 

「お帰りなさい姉さん」

 

「おう、昨日はどうだった?」

 

「普通の生活をしておりました」

 

弘樹の言葉に凛は少しつまらなさそうな表情を浮かべたが凛は弘樹にあることを話していた

 

「弘樹。光宣君なんだが・・・どうやら藤林少尉の異父姉弟らしい」

 

「光宣くんが!?」

 

凛からの言葉に弘樹は驚くもどこか繋がるところがあった

 

「つまりあの魔法力の高さと体調が悪くなるのは近親相姦が原因と?」

 

「断定はできないがその可能性は高い。達也から聞いた時にそう聞いたんだ。薬も一応藤林少尉に渡してある」

 

そう言って先程、帰る途中についでに達也に聞いていたのだ(真由美は爆睡していた)

 

「・・・達也」

 

「なんだ?」

 

「光宣君の事だが・・・原因はなんだ?」

 

「昨日も言っただろう。光宣の魔法力が強すぎて体がそれに耐えられないだけだ」

 

「違う違う、私が言っているのはその原因を聞いているんだよ。嘘をついてる事くらいわかるさ」

 

そう言うと達也は観念したかのようにつぶやいた

 

「敵わなないな・・・光宣と藤林さんは異父姉弟だ」

 

「・・・そうか、近親相姦の可能性が高いか・・・」

 

「ああ、もしかするとあの体質はそれが原因かもしれないな。だが、調整の過程で不具合が出た可能性もある」

 

そう言うと凛は少しばかり深刻そうな表情を浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

10月27日

 

いよいよ論文コンペを明日に控え、一高代表と警備を含めたサポートチームは午後から京都に向かった。一高のプレゼンは午後からだったが一高の伝統で京都会場の時は一泊することになっていた

 

「さて、エリカ。あとは任せてもいい?」

 

「任せなさい。仕事はちゃんとやっておくわよ」

 

エリカは自信ありげに行っていたが。その目には報酬としてあげる予定のお菓子が欲しいと言うのが見え見えであった。すると凛は達也から連絡を受けた

 

「もしもし、どうした?」

 

『凛、周公瑾の居場所がわかった。場所は宇治第二補給基地だ』

 

「また面倒なところだな」

 

凛は人目につかない場所に移動すると返事をした

 

『藤林少尉から手を出すなと言われたが・・・』

 

「それでもお前のことだから行くんだろ?分かった、すぐ宇治第二補給基地に行くわ」

 

『分かった。こっちも文弥達の部隊が補給基地に行く。場所は宇治二子塚公園南西の入り口だ17時に来てくれ』

 

「了解、すぐ行くわ」

 

そう言うと凛は電話を切ってすぐさまホテルの屋上に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

文弥に借りたバイクにもたれ掛かること15分、達也は凛以外に呼んだもう一人の人物が到着した

 

「待たせたな」

 

そう言って赤いバイクから将輝が降りてきた

 

「いや、まだ指定時間の10分前だ。作戦には十分間に合う」

 

そう言うと達也はふと()()()()()自分達に近づいてくる何かに気づいたからだ

 

「司波、どうした?」

 

達也の行動に将輝は不思議がった

 

「いや、どうやらとんでもないもので来た様だな」

 

そう言うと突如、達也の隣に凛が飛び出してきた

 

「うおっ!」

 

「達也、呼ばれたから来たよ」

 

将輝の驚きを気にもせずに凛は達也に声を掛けた

 

「ああ、相変わらずとんでもない物できたな」

 

そう言って達也は光学迷彩で隠され、魔法によって完全に音を消された攻撃ヘリコプターを見た

 

「だってこれから軍に施設に襲撃だろ?だったら万全の体制で行かないとな」

 

凛の言葉に将輝はこいつら正気なのかを疑った。下手をすれば反逆罪となるからだ

 

「周公瑾の捕縛にはある魔法師集団が動員されている」

 

「憲兵隊とは違うのか?」

 

「そう、正式ではない作戦ということだ」

 

そう言うと将輝は正確に理解した

 

「もうすぐ彼らが各ゲートから基地内に侵入する」

 

「ゲートから?そうか、系統外魔法の使い手なんだな?」

 

そう言うと達也は頷いた。すると将輝はその魔法師集団に心当たりがあった

 

「司波、お前は・・・」

 

「俺は、彼らとは別口だ」

 

達也はキッパリと否定した

 

「そろそろ時間だな。俺は凛の乗ってきたヘリに乗って基地に侵入する。一条、お前はどうする?」

 

将輝はすぐに返事ができなかった。国防軍の基地に入るのは明らかな犯罪行為。父親なら尻を蹴っ飛ばしてでも行動を促しただろう。問題は三高の立場だった。論文コンペを控えての警察沙汰、三高の生徒達に与える衝撃は大きなものになるに違わなかた。何より親友の努力を無駄にはしたくなかった。

 

「(だが俺は十師族の一員だ)・・・俺も行く。元々俺があの男に騙されていなければ方が付いていたところだ。知らん顔はできない」

 

すると達也は凛に目配せをすると凛は待機させていた攻撃ヘリに乗り込んだ

 

「さ、飛ぶわよ。私が一番槍よ」

 

そう言って凛はノリノリで改造した攻撃ヘリを操縦し始めた




凛の乗る攻撃ヘリは米軍のヴァイパーを改造したもの。M230A1 30mm機関砲をGAU−8に付け替え、空対空ミサイルを対戦車ミサイルに換装したもの


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襲撃

凛が攻撃ヘリを飛ばして数分後、国防陸軍第二補給基地に警報が鳴り響いた。それだけでなく無数の発砲音が鳴り響いた

 

「何事だ!」

 

基地の波多江大尉が叫ぶと部下が報告に入った

 

「基地に侵入者です!賊は攻撃ヘリに乗って攻撃してきています!」

 

「何ぃ!?」

 

敵が攻撃ヘリできている事に波多江は驚きを露わにした。しかも、別のところからは魔法師が来ていると言うではないか

 

「状況は?」

 

「賊は補給物資を破壊しながらこちらに向かっております。応戦するも止まりません!」

 

「丁度良い」

 

「は?周先生、何を・・・」

 

「ちょうどいい機会です。皆さんは侵入者を排除してください。基地の全戦力を使って」

 

そう言うと周公瑾は鞄を閉じた

 

「大尉さん、お言葉に甘えて車はお借りして行きます。鍵を」

 

そう言うと周公瑾は部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

基地に一番槍に侵入した凛の攻撃ヘリはあえて注意を引きつけるために大きく陽動をしていた

 

「達也、そっちの状況はどう?」

 

そう言って凛は被っていたヘルメット越しに達也に聞いた

 

『こっちは将輝が燃料を処理している所だ。まて・・・戦車が出てきた、そっちから狙えるか?』

 

後ろで将輝の声が聞こえるが凛はヘリに搭載されているレーダーを元に発射ボタンを押した。発射されたミサイルは戦車上空で炸裂し、そこから放出された電磁波によって戦車のエンジンが停止し、近くにあった監視カメラも全て機能停止した

 

『流石だな』

 

「流石に戦車爆発させて人殺すには行かんさ」

 

すると攻撃ヘリに警報がなり、一瞬で避けた瞬間。真横に対空ミサイルが飛んでいった

 

「うおっ!撃ってきた。お返しだ!」

 

そう言って凛は機銃のボタンを押すとガトリング砲から無数に発射されたゴム弾が兵士に当たり、薙ぎ倒していた。すると達也から連絡があった

 

『凛!奴を見つけた!南ゲートに向かっている!』

 

「了解、すぐに向かう」

 

そう言って音が一切しない奇妙な攻撃ヘリは機体を傾けた

 

 

 

 

 

 

 

攻撃ヘリ捜索にあたった凛はレーダに映る一台の車を見た

 

「いた、あそこか!!」

 

そう言った瞬間であった。突如車が停車し、爆発をしたのだ。凛は車を止めた張本人を見て少し安堵した様子を見せた

 

「光宣くん・・・よかった薬が効いた様ね」

 

そう呟いて凛は逃走に入った周公瑾を追いかけ始めた

 

 

 

 

周公瑾は間一髪で脱出し、ありったけの影獣を令牌から吐き出したが。その悉くが光宣の姿をすり抜けていた。そして周公瑾は『神行法』によって四、五十キロの速度で走っていたが、ボブカットの少女によって両足に激痛を与えられ。倒れてしまった。そして次に顔を上げると、そこには一条将輝がいた

 

「一条将輝・・・!」

 

「久しぶりだな、周公瑾。あの時は随分と虚仮にしてくれた」

 

そう言うとごじは川に飛び込もうとしたが、将輝の爆裂によって阻まれた

 

「一条家の『爆裂』の前で水の中に飛び込むのは、爆弾の山に突っ込むのと同じだぞ」

 

そう言って達也が声をかけた。周公瑾はいるだろうと思っていた人物がいなかったことに疑問を思えたが、周は全力で鬼門遁甲を発動したが。達也は手刀をかました

 

「なぜ私の遁甲術が効かないのです?」

 

「鬼門遁甲、見事なことだ。確かにお前の居場所は分からなかった。だが、お前の中にある名倉三郎の血の動きはわかった」

 

「名倉三郎・・・あの時の」

 

「二週間も経てば体内に入った異物は消えるものなんだが。よほど強い念が込められていたらしい」

 

「念、ですか。現代魔法理論では切り捨てられたファクターだと思っていましたが」

 

「理由は今はいい講釈なら檻の中でしてくれあまり時間はやれないかもしれないが」

 

「命乞いは無意味ですか・・・」

 

「名倉三郎の血が残っている限り、お前は俺から逃げられない」

 

「ここまでですか・・・」

 

そう言って今度は将輝の方に飛んだが。将輝の爆裂でふくらはぎを吹き飛ばした

 

「ここまでだな」

 

将輝がそう言ってCADを構えたまま投降を促した

 

「確かに、ここまでの様ですね。ですが!!」

 

そう言うと足がないはずなのに立ち上がった

 

「私は滅びない!例え死すとも、私はあり続ける!」

 

「一条下がれ!!」

 

そう言った次の瞬間。周公瑾の全身の血が吹き出し、炎に変わった。そして燃えたぎる炎の中、周公瑾は延々と哄笑ていた。そしてその声が消えると周公瑾は骨も残さずに消滅していた

 

「周公瑾は死んだのか?」

 

「・・・ああ、間違いなく周公瑾はあの炎の中で焼失した」

 

達也と将輝は思わず笑い声をあげていると突如ローター音が聞こえた。音のした方を向くと凛の攻撃ヘリが達也と将輝の乗っていたバイクを吊るして運んでいた

 

『達也〜。バイクここに置いておくね』

 

「ああ、助かる」

 

そう言って気離反されたバイクを確認すると凛の乗った攻撃ヘリはそのまま着陸をするとヘリは徐々に色が消え、何もなかったかのように攻撃ヘリが無くなった。将輝はそのことに驚き理由を聞こうとしたが、その時にはすでに凛の姿はなかった。達也は凛がここで鬼門遁甲を使ったことに気づき。改めて自分の爪の甘さに実感をした

 

 

 

 

 

 

宇治川から鬼門遁甲と神速を使ってホテルまで戻った凛はそのまま会場に向かった

 

「ふぅ、達也に試してみたけど。上手くいったかな?」

 

そう言って凛は制服に着替えた

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日に行われた論文コンペの優勝校は第二高校であった。議題は『精神干渉魔法の原理と起動式に記述すべき事項に関する仮説』と言うものであった。壇上には光宣が上がり説明をしていた。そして凛は論文コンペの間にずっと寝ており、エリカに叩かれていた




補足説明
神速
神道魔法の一つで対象者の速度を亜光速まで加速させる魔法。この魔法だけを発動すると周りに空気の渦ができてしまうため、障壁を張りながら使うことが多い


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四葉継承編
年末


12月25日 喫茶店アイネブリーゼ

 

この日、二学期の最後日でもあり、クリスマスでもあり。午前中に授業は終わっていた為。クリスマスパーティーを行なった

 

「えー、それでは一日遅れになりましたがご唱和ください」

 

「「メリークリスマス」」

 

エリカの音頭で全員が乾杯をすると各々料理を食べ始めた

 

「欲を言えば日があるうちにやりたかったけどねぇ」

 

「仕方ないわよ。エリカだってクラブや役員の仕事があったんでしょう?」

 

「まあね、でも。ほとんど凛がやってくれたからね」

 

「ほとんどというか全てだと思うがな」

 

そう言って山の様に溜まっていた仕事をものすごい速さで片付けていた凛にレオは舌を巻いていた

 

「まぁ、あのくらいの仕事ならやったことがあるからね」

 

そう言って凛は銀行での仕事量を思い出していた。あそこでは決算などで目を通さなければならない資料が多くあるのだ。ちょうどこう言った年末などは仕事で徹夜することが日常となっていた

 

「いいじゃないか。一日遅れとはいえみんなで集まれたのだから」

 

「まあね」

 

達也の言葉にエリカが賛同した

 

「今日はみんなで気の置けないお茶会ができますね」

 

「そうだね」

 

そう言って幹比古と美月も少し気が緩んでいた様子で言った

 

「今年ももう終わりですね・・・」

 

「今年は平和だったねー」

 

「そうかなぁ?結構大変だったと思うけど」

 

美月の言葉にエリカが同調した

 

「一月二月は吸血鬼騒動があったし」

 

「ピクシー告白事件とか」

 

「アレは傑作だったわね」

 

そう言って凛が笑うとほのかは顔を真っ赤にしていた

 

「去年と比べれば平和だろ。横浜事変見たいな騒動は無かったんだし」

 

「あんなことが毎年起こってたまるか」

 

「そりゃそうか」

 

そう言ってその後も今年のことを懐かしむように話しているとお開きの時間となった。別れる時にほのかが達也に初詣のお誘いをしたが、達也は正月に用事があると言って断っていた。その際に深雪が浮かない表情をしていた為。弘樹が頭を撫でていた

 

「深雪、ごめんね。僕も家の用事があって一緒に年越しはできないね」

 

「いいえ、こちらこそ御免なさい去年に引き続き今年もお断りをしてしまって」

 

「大丈夫だよ。達也、じゃあ僕たちはそろそろ行かないといけないから」

 

「ああ、じゃあな」

 

そう言うと弘樹は凛に呼ばれて少し駆け足で帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションに着くと凛達は早速部屋の掃除に入った

 

「さて、私達は年明けまで帰れないから。さっさと掃除しようか」

 

「分かりました姉様」

 

そう言うと二人は少し散らかっていた部屋の片付けを始めた。散らかっていた物のほとんどは弘樹はFLTで達也と計画している『ESCAPES』計画の資料であった。弘樹は紙媒体で資料にペンで印などを書いてあった

 

「そう言えば弘樹のところに貢さんが来たんだって?」

 

「ええ、二週間ほど前にいらして。私に達也を慶春会に行かせるなと。申しておりました」

 

そう言って弘樹は思い出したくもないあの日のことを思い出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月9日 FLTのオフィス

 

弘樹が神田博樹の名前で借りているこのオフィスは普段あまり使わない為。姉の作った試作品で軽く埋まっていた。すると弘樹のパソコンに通信が入った

 

『博樹さん、失礼します。黒羽貢さんと言う方が面会を希望されていますが、如何なさいますか?』

 

弘樹は名前を聞いて少し考えた。直接会った事はなく、文弥と亜夜子としか黒羽家の人とは面識がなかった。面会自体問題はなかったのだがこの時期なかったのだが面会となると慶春会気関わってくるのは明白であった。だが、ここで追い返すと面倒になると予感した弘樹は面会を受ける事にした

 

「分かりました、オフラインの応接室でお願いします」

 

『畏まりました』

 

そう言ってオフィスから出た弘樹は応接室へと入った。部屋に入るとそこには貢の姿があった

 

「お初にお目にかかります貢殿」

 

「いや、こちらも子供達が厄介になっているよ」

 

「いい友人として接しています。早速ですがご用件とは何でしょうか」

 

時間が勿体無い為、弘樹は少しぶっきらぼうに貢に聞いた

 

「弘樹君、正月に四葉家の慶春会が開かれるのは知っているだろう?」

 

「ええ、私は四葉家お抱えの古式魔法師でありますから。よく知っております」(真夜との約束でそう言う事になっている)

 

そう言って弘樹は眉一つ動かさずにそう答えた

 

「ですが私は四葉の血を引いてはおりません。そのため、本家の事に関しましては私は話す権限すらないかと」

 

「それは承知している。だが、恥を承知でお願いしたい。弘樹君、我々に味方をして頂けないか?」

 

そう言って貢は座りながら弘樹に頭を下げた。弘樹はそれをみて変わらない表情で見ていた

 

「ほぅ、我々の味方と言いましたが。一体私は誰の味方で、誰を敵と認識すれば良いのですか?」

 

「そうだったな。周公瑾の一件は君も知っているだろうが。アレは四葉の忠誠心をあの男に試す為であった」

 

達也をあの男という言い方に弘樹は遺憾を覚えたが。今はそれを堪えて話の続きを聞いた。元々、周公瑾の捕縛は凛から直接聞いており。適当に受けなががした

 

「貢さんは、達也の忠誠心に不安があるから私に貴方達の味方となってほしいと?」

 

「いや、そうではない。先日、真夜さん・・・御当主様から来月の慶春会で次期当主候補を指名すると言われていた。恐らく選ばれるのは深雪だと思っている」

 

弘樹は妥当な判断だと思っていた。しかし、真夜は本当に指名したい人物を次期当主に指名しようと考えていた。弘樹はその話を聞いてから凛と共に何回かの食事会(話し合い)に赴いて確認を取っていた。そして貢の口調からしてその事に関して何も知らない事は明白であった。一応段取りはしてはいる物の、確実に四葉家内で荒れる事は間違いなかった

 

「しかし、ある案件が片付くまで次期当主候補の指名を伸ばすべきだと分家当主の大半が一致した」

 

「黒羽家以外のどこが賛同なさったのですか?」

 

「君達は四葉に長く使えていたから知っているだろうが。新発田、静、椎葉、真柴の四家だ」

 

8つある分家のうち、五つの家が賛同した事に弘樹はある程度予測していた答えに半分話が入って来なくなっていた。深雪がもし次期当主候補になれば確実にある人物の地位も高くなる。弘樹はその人物に名を言った

 

「・・・達也の処遇ですか?」

 

「その通りだ」

 

貢はあと二年で水波は深雪のガーディアンとしてふさわしい実力を手にする。そうすれば達也を『トーラス・シルバー』として四葉の資金源のために()()()()をするつもりであった。国防軍としての特務士官にしてもやめさせるつもりで居たらしいがそうすれば日本の抑止力のリスクが自分達に降り掛かってくるのは明白であった。元々、弘樹達は今年中に軍を辞めようと思っていたため、他人事では済まされなかった。大体、FLTはともかく国防軍に関しては真夜との約束であるため、貢は関われないということを忘れては居ないだろうかと思ってしまった。達也の性格からして結界を破壊してでも四葉本家に来る事を考えているのかすら怪しかった。そうなればあの結界を考えた凛は確実に怒るだろうと思い、その尻拭いは出来るのだろうかと思っていた

 

「ちなみにですが、それは御当主様にお伺いはされましたか?」

 

「ああ、何度も言ったが聞き入れてくれなかった。御当主様から熱い信頼を得ている君達ならば、御当主様も考え直して下さると思ったんだ」

 

すると弘樹の何かのスイッチが入った。すると次の瞬間、部屋の中に想子が充満した

 

「貢さん、それは黒羽の一存ですよね。ならばそれは四葉への叛逆の意があると取られかねません。第一、達也は私と同じ非公認戦略級魔法師です。もし達也が国防軍を辞めれば、それがこの国にどんな影響を及ぼすか。そんな事。貴方ならお分かりですよね」

 

そう言うと貢は完全に固まっていた、先の想子の放出で貢はまるで猛吹雪の中のような極寒を感じた。実際、部屋の一部が凍っていた

 

「さて、話はこれまでです。これ以上何かあれば私はそのまま文弥君達と姉上にご報告させていただきます!」

 

「っ!!それだけはやめてくれ!!」

 

貢は神木家が四葉の戦力強化に深く関わっていたのは知っていた。だからこそ、ここで神木家の者に喧嘩を売るのは一番恐れていた事であった

 

「私は達也を親友として見ています。もし本気で達也を隔離しようとすれば、私達は一切妥協致しません、そのことをご理解いただきたい」

 

四葉家の魔法の源は神木家がルーツな事が多い。例えば自分も使っている魔法なども神木家の受け継ぐ神道魔法を現代魔法に改良した物だと聞いたことがあった。そして、神道魔法は存在こそあやふやで、情報が無いため。確かではないが世界中で最も強力な魔法であると思っている。そして弘樹は椅子を立ち上がると部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

「・・・と言うことでしたね」

 

あらから経緯を話した弘樹は片付けながら凛に向かってそう話した

 

「全く、達也を隔離しようだなんて馬鹿な事を考えるねぇ〜。分家は神木家に喧嘩でも売る気なのか?」

 

そう言って呆れた口調で凛は掃除機を物置に片付けた

 

「さて、これで掃除は終わり。明日から泊まりに行くよ」

 

「では荷物は私が」

 

そう言って凛の分の荷物を持ち、二人はマンションを出て地下駐車場にある小型車に乗り込んだ。真夜から渡された封筒には慶春会の招待状が書かれてあった



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懐かしい我が家

12月26日

 

東京のマンションを出て、長野に向かった凛達はその日の午後に四葉家本邸へと到着した

 

「やっと着いたわね」

 

「姉様、お荷物はどう致しましょうか」

 

「いいよ、そのままで。」

 

そう言って弘樹は近づいてきたメイドに荷物は良いと言うと今度は真夜の私室へと案内された

 

「失礼します」

 

「よくお越しいただきました閣下。さ、座ってください」

 

そう言って真夜は用意された二つの椅子に凛達を座らせると改めて凛が真夜に聞いた

 

「早速ですが真夜さん。達也を次期当主候補に指名するのは本気ですか?」

 

「ええ、私は達也を次期当主候補に指名したいと思っております」

 

キッパリと答えた真夜の言葉に凛は改めてため息をついた

 

「はぁ、分かりましたよ。ただ、私に達也の味方をしろと言うのはいささか遺憾を覚えるがな」

 

「ですが、閣下抜きでも神木家が達也のバックにつけば分家の方々も何もいえなくなると言うものです」

 

「それは脅迫とも同じゃないか」

 

「ふふっ、ですが。そうでもしなければ納得なしないでしょう」

 

「果たしてそうだろうかね。達也の生い立ちを知ったら冷や汗をかきそうだけどね」

 

そう言って他愛もない会話をしていると徐に凛が立ち上がった

 

「さて、私は真夜さんに新しくしてもらった神社にでも行こうかな。弘樹、荷物を運んで」

 

そう言うと凛は真夜にお礼を言うと部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

部屋を後にした凛達はそのまま、元造がいた頃に使っていた神社へと足を運んだ

 

「しかし、なんだか懐かしいな」

 

「何がでしょうか?」

 

突然な凛の言葉に弘樹はおかしな返事をしてしまった

 

「何、まだここが四葉の物にになる前のことさ。弘樹と一緒にここに初めてきた時のことを覚えているかい?」

 

「ええ、あの時、まだ私は子供でした」

 

「そうね、あの時はまだ私の正体すら話していなかったものね」

 

「ええ、ですが。姉様は初めは不思議な人物だと思っておりました。初めて会う見知らぬ子にいろいろな教養をお教え下さった。本当にお優しい方だと思われます」

 

「そうかい。そう言われると嬉しいねぇ」

 

そう言っていると二人は神社の鳥居に到着した。石でできていた鳥居は綺麗に掃除され、境内の石畳には草が一本も生えておらず。一部が朽ちていた社も修復されていた。畳や障子も新しく張り替えられていた

 

「おお〜、ここまでやってくれたのか」

 

「その様ですね」

 

「こりゃ後で御礼しにいかないとね」

 

そう言って凛は社に上がると畳屋障子こそ新しくなっているが置いてあった家具などは修理されて元の位置に置いてあった

 

「懐かしいな・・・」

 

凛はそう呟いて置いてあった家具を触った。そして頭の中に元造と飲み合っていた頃のことを思い出すと。不意に目頭が熱くなっていた

 

「・・・さ、荷物を置いたら真夜さんに御礼しに行くよ。今日から数日はお世話になるんだから」

 

「はい、分かっております。姉様」

 

そう言って持ってきた荷物を社奥の寝室に置くと再び四葉家本邸に戻っていった

 

 

 

 

 

 

四葉家本邸に戻るとそこには葉山がいた

 

「葉山・・・どうして此処に?」

 

「いえ、閣下の仕事説明をしようかと」

 

「・・・はぁ、それで。私は何をすれば良くて?」

 

そう言って凛は葉山に仕事内容を聞いた

 

「閣下は厨房で腕を振る舞いください。弘樹様は掃除の方をと、仰られておりました」

 

「了解、取り敢えず私はこのまま着替えさせて貰うわ。弘樹も着替えてさっさとやるよ」

 

「畏まりました」

 

「ではお二人は予定された時間まで、偽名でお過ごしください」

 

「了解。取り敢えず私は幹花梨、弘樹は柿木博実という偽名で行くから。それで宜しくね」

 

「畏まりました。その様に伝えておきます」

 

そう言うと二人は早速指定された場所まで移動した。葉山はそれを懐かしむ様に見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからのニ日間は特に大きな問題も起きずに平穏に過ごすことができていた。そして12月29日。凛は小淵沢駅の駅で達也達が本家から向かった車に乗っているのを確認した

 

「来たみたいね」

 

「達也君達がですか?」

 

そう言って食事に誘われた凛は真夜と向かい合わせで座っていた

 

「ええ、今小淵沢の列車から達也達が降りてきたよ。それで、今のところ分家の襲撃はなさそうね」

 

「そうですか・・・」

 

「だが、此処までないと言うことは恐らく此処までの道で襲撃をかける事になるだろうね」

 

「ええ、今の所はね」

 

そう言って凛は脳内に流れてくる映像を葉山が持ってきた映写機を使って壁に写した

 

「これで良いでしょう?」

 

「流石ですね。ですが、そろそろ来てもおかしくないと?」

 

そう言った瞬間であった。達也の乗る車に三発のグレネードランチャーが飛んで来てたが。水波が障壁魔法を展開し、達也が分解でグレネード弾を分解していた

 

「さすがは達也だね」

 

そう言って凛は何処か達也を面白そうに見ていた。すると襲撃した車から何人かの人が降りてきて達也に攻撃を仕掛けていた

 

「あれは・・・人造サイキックか・・・」

 

「その様ですね」

 

「だが、達也の敵にはならんだろうな」

 

凛の予想通り、サイキックは達也によって倒されていた。そして一通り達也が倒し終わると警察が来るのを察したのか達也は深雪や水波と合流して小淵沢駅に戻り、東京に戻って行った。それを確認した凛は手を映写機から話した

 

「ふぅ、やっぱり。来たね」

 

「ええ、では早速襲撃した者たちを探ります」

 

そう言って真夜は葉山に指示をすると葉山は部屋を出て行った。そして、それと入れ替わる様に葉山と同じ執事の格好をした弘樹がハーブティーの入った紅茶セットを持って来て部屋に入って来た

 

「姉様、真夜様。食後のハーブティーをお持ちしました」

 

「ええ、早速淹れて貰えるかしら?」

 

そう言うと弘樹はハーブティーを温めたカップに入れると二人の前に差し出した

 

「しかし、弘樹さんはとても優秀ね。葉山さんと同じくらいに仕事ができて」

 

「ええ、自慢の弟ですよ」

 

そう言って凛と真夜は紅茶を飲んでいた




ちなみに、二人の偽名は文字を並べ替えた形です


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怪しいタイミング

12月30日

 

この日の早朝に凛は司波家に飛ばしている霊鳥から電波を探知した

 

「ふむふむ、達也達は今日は長坂白井沢ね・・・」

 

手元で縫い物をしている凛はそう呟いていた。そして、凛は霊鳥から送られてくる映像を見ていた

 

 

 

 

 

そして達也達が長坂白井沢に到着した後、達也達の車は上空からヘリの追跡を受けていた

 

『使い魔にヘリか・・・それと前方に大型トレーラー。早速襲撃ですか』

 

凛は映像を見てその成り行きを見ていた

 

『あーあー、達也の相手にもなっていないなぁ』

 

そう呟いて達也があらかた倒し終わった後、車がEMP攻撃を食らってエンジンが動かなくなってしまっていた

 

「まずいなぁ〜、霊鳥から魔法式を起動すれば達也にバレちゃうだろうしなぁ」

 

そう言って凛は悩んでいるとトレーラーの反対側に一台の車が停まっていた、乗っていたのは津久葉夕歌であった。夕歌は達也に何か言うと警戒しつつも車に乗り込んでいた

 

「ほうほう、達也達が乗り込んで行ったぞ。これは面白そうだ」

 

そう呟きながら夕歌の車に乗り込んだ達也達の追跡を続けていた

 

 

 

 

 

 

 

津久葉邸に到着した後、霊鳥は窓の外でソファーに腰をかけた達也達を見ていると不意に達也が霊鳥との視線が重なった

 

「やばっ!」

 

咄嗟の判断で凛は霊鳥の通信を切ると次の瞬間、霊鳥が達也の分解で消し飛ばされた

 

「ふー、あぶねあぶね。達也にバレるとこだった」

 

そう言って凛は達也に霊鳥がばれたかと思うと思わずヒヤヒヤしてしまった

 

「ふー。しかし、達也がまさか霊鳥を探知するなんて。ビックリだね」

 

そう呟いて凛は達也の探知能力の向上に舌を巻いた

 

「ま、それもそうか。だって達也は私が訓練してあげているんだから」

 

そう言って日頃の訓練がちゃんと生かされている事に何処か納得した表情になった

 

「取り敢えず、今日は津久葉さんの所で一夜を過ごして。大方朝早くにここに来るんでしょうね」

 

凛は明日の達也の行動を想像すると暇つぶしに真夜のいる部屋まで遊びに行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜の部屋に遊びに行くとそこでは真夜が葉山からハーブティーを貰っていた。凛が入ってきた事に気づくと真夜は早速空いていた椅子に凛を座らせていた

 

「よ、さっきの襲撃はすごかったね」

 

「ええ、人造サイキック。おそらく松本の部隊だとのことです」

 

「やっぱりねぇ〜。葉山、私にも一杯ちょうだい」

 

「畏まりました」

 

そう言って葉山はもう一つカップを用意すると凛の前に差し出し、そこにハーブティーを注いだ。ハーブティーを一口飲むと凛は真夜に聞いた

 

「しかし良かったのかい?新発田家を止めなくて」

 

「構いません。達也くんが負けるとは思いませんから」

 

「確かに、達也が負ける相手は私か弘樹くらいでしょうね」

 

そう言って凛は軽く笑みを浮かべるとハーブティーに口をつけた

 

「しかし、弘樹さんはよく働きますね。彼、寝ていることなんてあるんですか?」

 

「んー、元々睡眠を必要としないからなぁ。寝ている時なんてここ何十年見たことないかも」

 

そう言うと真夜は苦笑してしまっていた、少なくとも人間でそんなことをすれば精神崩壊待ったなしだったからだ。これも人という概念を捨てた代償なのかと思うと何とも思えない気持ちとなった

 

「ま、そういう事だ。おそらく達也達は明日には来るんだろう。それまで私はせいぜい仕事に励みますよ」

 

そう言って凛はハーブティーを飲み干すとご馳走様と言って神社に戻って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛が出ていった後、空になったカップの置かれた真夜の部屋では真夜はため息をついていた

 

「はぁ、何だか気疲れしちゃったわね」

 

「左様でございますか。ならばお休みになられてはいかがでしょうか」

 

「大丈夫よ、閣下のあの気配には大分慣れてきたから」

 

そう言って真夜は初めて凛と出会った時の事を思い出していた。あの時、自分は生半可な気持ちで話し合いをしようと思っていたが。実際に会うと見た目とは裏腹に、とてつも無い気配を感じると共に、少しでも気を抜けば気絶してしまいそうな雰囲気であった。その時私は直感的にこの人を敵に回さないほうがいいと本能的に感じてしまった。彼女は到底自分が敵う相手ではない。おそらくこの世界の全戦力を使っても彼女には勝てない。彼女は本当に現人神なのだと実感をした。そんな事を思い出していると葉山も懐かしむように思い出した

 

「左様ですか。私も、凛様と初めてお会いした時は気圧されそうになりました」

 

「そうなの?」

 

「ええ、もう何十年も前です。ちょうど私が元造殿にお仕えしてからまだ日が浅かった頃です。あの時、元造殿は凛様の情報が漏れる事を恐れて信頼できる人物にしか凛様の事を話していませんでした。例えそれが親族であったとしても」

 

そう言って真夜はどうして叔父の英作やその兄妹が凛のことを知らなかったのかがよく理解できた

 

「そして、凛様が本格的に第四研究所に参入したときは過去の情報を使って偽情報を使って情報を共有しておりました」

 

第四研究所に神木家が協力したのは知っていたが。記録上では神木家は消滅した事になっていた為。真夜は特に詮索はしなかったのである

 

「そうだったの・・・」

 

真夜は葉山の言葉に納得した表情を浮かべると残っていたハーブティーを飲み干した。すると葉山がさらに話を続けた

 

「ええ、それに元造殿はよく乳児だったあなた様や深夜様を抱えておりました」

 

「それで、私の赤ん坊の写真が異様に少なかったのね」

 

そう言って真夜は凛から渡された手紙に手書きで家の地図に印が書かれており、その場所に行くとそこには当時珍しくなっていた現像されたアルバムが置いてあり、それを開くと自分がまだ赤ん坊の時の写真が多く残されており、その全てに見た目が変わらない凛と弘樹の姿が写っていた。昔から幼少期の写真は多くあったが、赤ん坊の時の写真は病院の時しかない事を不思議に思っていてが、このアルバムを見て全てを察していた。そして、その事に真夜は思わずアルバムを強く握っていた。そんな事を思い出していた

 

「左様で、情報漏洩を恐れた元造殿が凛様の写っていた写真のデータを全て消去し、現像化した後にあのアルバムに収めていたのです」

 

そう言って葉山は部屋の本棚にある色褪せた緑色のアルバムを見た。アルバムにあった写真は全てデータ化し、保存してあった。そんな事を思っていると葉山は改めてその時の事を鮮明に思い出していた



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強行手段

12月31日

 

年末のこの日、凛は朝早くから仕事をすると共に昨日達也に消された霊鳥を展開して今度はバレにくい高高度から見下ろす形で飛んでいた

 

「ほうほう、もう津久葉邸を出たのか」

 

そう言って凛は早々に津久葉邸を出ていく車を見ていた

 

「大方、トンネル前で雪崩を起こして止めるかな?」

 

凛はそう言って足止めの方法を考えていると予想通り、トンネル前の出入り口で魔法発動を探知するとそこから雪崩が起こり。達也達の乗っている車目掛けて落っこちていた。咄嗟に雪崩は雪から水へと変わり、半球シールドが展開されていた車の周りに濁流として雪崩れ込んでいた

 

「おーおー、派手にやるねぇ」

 

そう言って濁流が流れた後、咄嗟に夕歌が精神干渉魔法の『マインドブレイク』を発動していた。マインドブレイクはその特性上人によっては心に深い傷を負う事になる。だが、マインドブレイクは音波を媒介に魔法を発動する為、音波を減衰する魔法を使えばその効果は薄くなる。そして、夕歌がマインドブレイクを発動すると同時に音波減衰魔法の『サイレントヴェール』が発動し、マインドブレイクの効力を薄めていた

 

「これは・・・新発田家の・・・」

 

そう思っていると夕歌が大声で叫ぶと達也の近くでフォノンメーザーが放たれ、その後に新発田勝成と二人の男女が立っていた

 

「やっぱり楽師シリーズの・・・おおむね、足止めかな?」

 

そう言ってシーツを運びながら凛はその後の様子を観察していた。達也と勝成は少し話し合いをしていたが結局話し合いは破綻となり、達也の提案でボディーガード同士で決闘をする事になった

 

「お、始まったね」

 

そう呟くと丁度そこに仕事を終えた弘樹がやってきた

 

「姉さん。何しているんですか・・・」

 

「ん?あ、いや〜丁度楽師シリーズと達也が二対一で決闘を始めているのを見ているんだよ」

 

すると弘樹は呆れた様子で凛のことを見ていた

 

「姉さん・・・何見ているんですか・・・そんなの結果が見えているような者じゃ無いですか」

 

「いいんだよ、これもまた面白そうなんだし」

 

そう言って凛は弘樹の手を取ると霊鳥の映像を弘樹にも映していた

 

「ほうほう、達也が楽師シリーズの二人と決闘ですか。しかし、この状況なら最初から三人で向かえば良かったのでは?」

 

弘樹の意見に凛も賛同をした

 

「確かにそうだね〜。達也相手なら有無を言わさずに三人で突っ込めば良かったかもね〜」

 

そう言って決闘を上空から眺めていた。決闘が始まるとまず最初に達也が楽師シリーズの琴鳴を上空に叩き上げ、注意が琴鳴に向かった隙に奏太に達也の掌が打ち込んでいた。だが、強い事象干渉力により、魔法の上書きをした後『音響砲』で達也に向かって放っていたが全て術式解体で破壊されていた

 

「うーん、なんか面白みがないな」

 

「仕方ないですよ」

 

そう言って決闘の推移に面白みがないと軽く愚痴をこぼしていると達也が二十四個の音響爆弾の起動式を破壊し、琴鳴を気絶させた

 

「流石だね」

 

「ええ、でも。姉さんの百二十個の起動式を破壊するのもなかなか大変なんですよ」

 

「でも、そうでもしないと達也が油断しちゃうでしょうに」

 

そう言って成り行きを見ていると突然、勝成が横入りをして、圧縮空気弾を放っていた

 

「おいおい、乱入をしちゃダメだろうに」

 

そう呟いた次の瞬間、深雪の発動したニブルヘイムによって勝成を抑えている隙に達也が奏太を蹴りで気絶させていた

 

「お、終わったようだね」

 

「そのようですね。さ、もうすぐ達也が来ますよ。ちゃっちゃと仕事に戻ってください」

 

「分かっているわよ」

 

そう言って凛はあとは問題ないと予測すると霊鳥を消して再び四葉家の仕事に戻って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後3時、達也達が四葉家本邸に到着した頃。凛と弘樹は真夜の部屋に来てこの後の予定を話し合っていた

 

「取り敢えず、閣下は私が合図をするまでメイドのフリをしておいて下さい。弘樹さんも同様に、後は事前に話した通りに」

 

「了解、つまり私と弘樹は奥の食堂で他の人たちと同じように待っていればいいね」

 

「ええ、そのようにお願いします」

 

そう言って軽く確認をしあうと凛達は少しばかりの休憩に入った

 

 

 

 

 

 

 

そして午後6時半となり、凛達は先に部屋に入って他の面々を待っていた。最初に文弥と亜夜子が部屋に入ってきて、次に夕歌、深雪、達也。最後に勝成が入ってきて次期当主候補者全員が部屋に入ってきた。そしてそんな食堂で待っていた凛は内心、愚痴を吐いていた

 

『真夜さん・・・どうして達也の後ろに配置するんですか!!!』

 

そう言って目の前の椅子に座っている達也の姿を見ていた。弘樹は反対側の文弥の後ろに立っていた。そして時間となり、真夜が当主専用の扉から入ってくると凛は達也の椅子を引いていた。四葉家の環境の変化に達也は違和感を覚えていたが、凛はそれを後ろから見ながら笑いを必死に堪えていた

 

「皆さん、急な招待にも関わらずようこそ。どうぞ座ってくださいな」

 

そう言って真夜が椅子に座ると他の面々も席に座り、真夜が葉山に目配せをしフランス料理(のような物)を出してデザートのシャーベットを食べ終えると真夜が居住いを正した為に達也達も背筋を伸ばして座り直していた

 

「さて、そろそろ本題に入りたいと思うけど・・・その前に、皆さんに紹介しておきたい人たちがいるの。少し時間をもらっても良いかしら」

 

そう言って全員に確認を取ると真夜は凛の方に軽く目配せをした。合図を確認した凛は変装をとって自分の正体を明かした

 

「お初にお目にかかります夕歌殿、勝成殿。私、神木家当主神木凛と申します。以後よろしくお願い致します」

 

この場に凛がいたことに真夜と葉山以外の全員が驚きを露わにしていた



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次期当主候補

壊れかけのパソコンの影響で文字化けがあるかもしれません。もしそう言ったことがあれば教えてください


「お初にお目にかかります夕歌殿、勝成殿。私、神木家当主神木凛と申します。以後よろしくお願い致します」

 

凛の登場に目の前にいた達也達などは驚きの声を上げ、真夜はドッキリがうまく行ったかのような満足そうな表情を浮かべた。正直、凛もとても珍しく驚き顔になっている達也の表情を写真に収めたいと思った。そんな事を思っていると真夜が催促をした

 

「さあ、凛さん。立ち話もなんですからそこの席にお座りください」

 

真夜はそう言って空いていたテーブルの反対側に用意されていた席に座った。これで全員分の席が埋まった事で真夜は話の続きをした

 

「今日凛さんにお越しいただいたのは四葉家次期当主の後見人になってもらう為です」

 

そう言って真夜は明日の慶春会で次期当主を決めると言うと一気に場の雰囲気が緊張に溢れていた。すると真夜は口を開いた

 

「まず、皆さんには()()()()次期当主候補を紹介しておきたいと思います」

 

五人目の次期当主候補という言葉に部屋にいた全員が再び緊張に包まれた

 

「五人目の次期当主候補は貴方ですよ。達也さん」

 

真夜の言葉に達也以外は驚きをしたが、達也はどこか予想通りの様子を見せていた。四葉家での対応の代わり用に何かあったのだろうとは思っていたが。まさか次期当主候補になっていたとは思ってなかったのである。すると、それを見ていた勝成が手を挙げた

 

「御当主様。御質問がございます」

 

「なんでしょうか、勝成さん」

 

「確かに、達也君は戦闘魔法師としては優れていると認めますが。魔法力に関してはそれ程のものではないかと」

 

そう言った勝成の疑問は尤もであった。確かに達也は戦闘に関してはピカイチだが、魔法力はそれ程強くないのは良く知られていたからだ。すると真夜は勝成の質問に答えた

 

「それもその筈です。何故なら、達也くんの魔法力は神木家の術が掛けられているのですから」

 

そう言うと次期当主候補達が一斉に凛の方を見た。すると凛は真夜に目配せをすると席を立ち上がった

 

「・・・ええ、確かに。達也には制限が掛かっています。それは前四葉家当主四葉英作の要請で生まれたばかりの達也に制限を掛けるように言われ。我が神木家は達也の魔法力に制限をかけました」

 

そう言いながら達也の隣に立つと真夜が凛にお願いをした

 

「では、閣下。その制限とやらを解除してくださいな」

 

そう言うと凛は軽く笑みを浮かべた

 

「了解です。現四葉家当主の要請です。達也の制限を解除します」

 

そう言って達也の手を取ると凛は呪文のような物を唱え、凛の手が淡く光ると周囲に想子の塊が撒き散らされた。凛はこの想子の放出は達也に植えた()()()()()()の影響だと考えていた。その様子を見た他の次期当主候補達は溢れる想子の量に納得をしていた。そして、次期当主候補達全員が達也に推薦をしていた。その時、勝成が次期当主候補の地位を返上する代わりに内縁関係となっていた琴鳴との婚姻の口添えをお願いしてきた

 

「御当主様に私新発田勝成と堤琴鳴の結婚についてお口添えをして頂きたく存じます」

 

この勝成の発言に凛は飲んでいた飲み物を吹きそうになってしまった。同じように夕歌や文弥も勝成の発言に顔を軽く赤くしながら驚いていた

 

「ブッ!」

 

「堤琴鳴さん・・・貴方のガーディアンよね」

 

「はい」

 

「確か調整体『楽師シリーズ』の第二世代・・・・『楽師シリーズ』は今一つ遺伝子が安定していないから、分家当主の正妻には向かないのではないかしら」

 

「父にもそう言われました」

 

「愛人ではダメなの?」

 

真夜の言葉に二人の間にいた文弥が顔を真っ赤にして俯いていた。反対に亜夜子は平気な表情でいた

 

「取り敢えず、その件も含めて閣下にお願いしましょう。それで良いですか?」

 

「私は四葉家の内情に干渉する気はありませんよ。私はあくまでも四葉家の要請に従っているだけです」

 

そう言って凛は持っていたグラスを飲み干した。すると真夜は今度は深雪の方を向いた

 

「深雪さん、あなたに縁談が来ているのだけど。四葉家として、受け入れようと思います」

 

「・・・・・分かりました」

 

そう言って深雪は手を強く握っていた。分かっていた事だった。自分が当主指名だったら覚悟ができていたがここで婚約者を決めるとは思っていなかったのだ。自分で自由に婚約者を決められないのは分かっていた。だが、それでも辛いものがあった。そんな気持ちを押し殺して深雪は話を聞いていた

 

「一応聞いておくけど、深雪さんに意中の方はいるの?」

 

「・・・いいえ」

 

「そうね、不安よね。いきなりの事ですもの」

 

そう言って深雪の心情を理解すると真夜は優しい表情で微笑んだ

 

「安心して下さいください。お相手はあなたも知っている人物よ」

 

そう言って真夜は相手に名前を告げた

 

 

 

「お相手は神木弘樹さん。貴方には神木家に嫁いでもらいます」

 

 

 

婚約者をの発表に深雪は驚きを露わにすると共に喜びの感情か浮かんだ



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正体

「お相手は神木弘樹さん。貴方は神木家に嫁いでください」

 

「弘樹さんと・・・・?」

 

婚約者の発表に深雪は軽く混乱をしていた。すると真夜は凛の方を向いた

 

「ええ、これは凛さんから持ちかけてきたものよ。神木家と四葉家の関係を強める為に」

 

そう言って真夜は弘樹との婚約を神木家と四葉家の関係強化の為と言ったが実際は深雪と弘樹の意志に沿って決定された事である。真夜は相手が弘樹なら問題ないと言う事で婚約を承諾したのであった。そして、その関係で深雪が次期当主候補から外れ、他の次期当主候補達も達也に推薦をした為に達也しか次期当主候補が居なくなってしまっていた。そのことに真夜が気づくと真夜が凛に確認をした

 

「凛さん。いや、神木殿四葉の次期当主は達也さんと言うことですが宜しいですか?」

 

「いやいや、私が四葉家に口出しをする事はしません。大体、四葉の次期当主の決定権は私にはないですよ」

 

そう言って凛は達也が次期当主になる事を確認すると各々食堂を後にしていた。凛も同じように食堂を後にすると食堂のすぐ外で弘樹が凛の帰りを待っていた

 

「姉さん・・・」

 

「ええ、もうすぐ達也達が来るから私達は準備をするよ」

 

「畏まりました」

 

そう言って二人は神社の方に歩いて行き、準備をしていた

 

 

 

 

 

凛達が神社に戻り準備をしていると神社の近くに気配が近づいて来ていると感じると凛は青い巫女服を、弘樹は神官服を着て達也達の到着を待っていた。二人とも変装を完全に解いて凛と弘樹の頭の上には角や耳、尻尾が生えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は驚きの連続であった。四葉家での自分の扱いの変化に、次期当主の指名。さらに()()()()()()()()()()()()()()()であった。最後に関してはおそらく凛が真夜からお願いをされて起こったものだろうと考え、実際に聞いてみるとあっさりと認め、真夜は凛に頼んで達也の遺伝子情報を操作してもらったとの事。そして、深雪が完全調整体であることを言われ頭が混乱しかけていると真夜が席を立ち、着いて来るように言われ後をついて行った

 

 

 

 

 

着いた先は四葉の村の恥にある朽ちた神社()()()()()場所であった。神社の鳥居は綺麗に掃除され、境内の石畳も綺麗に雑草の一本もなく社には明かりが灯っていた。達也と深雪は綺麗になっていた神社に不信に思っていたが真夜はそんな事も気にせずに神社を歩いていた為、警戒しながら社に向かうとそこに一人の人物がおり、その人物に真夜が頭を下げていた。真夜が礼をするほどの人物に達也達は少し慌てて礼をした

 

「閣下、司波達也と司波深雪をお連れ致しました」

 

そう言うと簾によって隠されたその人物は声色を雰囲気でどこかの老婆の様だろうと思っているとその人物は真夜に言った

 

「ご苦労、真夜殿は下がって貰おうぞ」

 

そう言われ、真夜は了解をすると達也達を神社に残して屋敷に戻っていった。残った達也と深雪は少し緊張した様子でその人物に頭を下げていた。するとその人物の雰囲気が一瞬にして変化し、先ほどとは全然違う声色となっていた。その声に思わず達也と深雪は頭を上げてしまっていた

 

「そう緊張しなくても良いよ、達也」

 

「この声は・・・凛?」

 

そう言って頭を上げた深雪は凛の姿に声を失っていた。なぜなら、凛の頭の上には明らかに動いている耳があったからだ。達也も思わずその光景に唖然としていると凛はドッキリが上手く行ったかのような表情を浮かべた

 

「いや〜、良かったよかった。面白いものを見させてもらったよ。この姿を見たらビックリするんじゃないかと思ってたんだよね〜」

 

そう言って笑っている凛に達也はある質問をした

 

「凛、お前は何者なんだ?」

 

至極真当な質問に凛は答えた

 

「私?私は・・・まぁ、これを見たら人じゃない事は明確だよね」

 

そう言って頭の上の耳を指差しながら動かしていた。信じられない光景に深雪は完全に固まった様子でいたままだった。そんな深雪を気にもせずに凛は自分の正体を言った

 

「私はいわゆる龍神と言われている存在。まぁ、分かりやすい話が神様って事ね」

 

そう言われて達也は今までの凛を思い出していた。自分以上に詳しい魔法知識にオリジナルのCAD制作技術。最後に人では絶対にあり得ない動物の耳を持っている事で凛が人ではないことを認めるには十分であった。すると達也はふと疑問が浮かんだ

 

「そう言えば弘樹は何処にいるんだ?お前が人じゃないと言うことは・・・」

 

そう言うと今度は達也の後ろから声が聞こえた

 

「そうだよ。僕も人では無いのさ」

 

そう言って声の下方を振り向くとそこには弘樹がいた。だが、弘樹の頭の上には白色の狐の耳と九つの尻尾が生えていた

 

「ひ、弘樹さん・・・?」

 

弘樹の登場に深雪は今にも気絶しそうな様子となっていた。深雪の様子に感づいた弘樹は深雪に近づいて支えていた

 

「おっと、頭がこんがらがっちゃったかな?」

 

そう言って弘樹は真っ白な尻尾をゆらゆらさせながら深雪を背中から支えていた。あまりにも人外的な出来事に達也は理解が進んでいないと凛が後ろからお茶を持って来ていた

 

「さ、達也も困惑している事だし。お茶でも飲んで整理すると良いさ」

 

そう言って凛に言われるがままに達也は出されたお茶を飲み始めた



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頭の整理

四葉の村のはずれの神社にて凛と弘樹の正体を知った達也達は取り敢えず頭の中を整理する為に達也達は社隣にある宿舎にて凛から出されたお茶を飲んで状況整理をしていた

 

「さて、ちょっとは落ち着いたかな?」

 

「あ、ああ。少しな」

 

そう言って達也はお茶を飲み終えると改めて凛の姿を見た。頭から生える堂々とした二本の角に淡く光細い線のような物。そして細長く上に伸びている耳。こうして見ると改めて凛は神なのだろうと言う証明だった。そして深雪は弘樹の隣で尻尾を枕代わりに横になっていた

 

「しかし、弘樹もまさか妖怪の九尾とはな」

 

「まぁ、人に言えないでしょう?」

 

「それもそうだな。街中をそのまま歩いていたら確実に不審がられるからな」

 

そう言って弘樹は深雪の頭を撫でていた。すると深雪は気持ちよさそうに声を上げていた

 

「ま、そういう事で。私たちは人じゃ無いって分かった?」

 

「ああ、十分にな」

 

そう言って弘樹の尻尾に囲まれて寝てしまった深雪を見ながらそう言った

 

「あらあら、寝ちゃったようね」

 

「そうだろう。この数時間で色々情報が入ってきたんだ。疲れるのも当然だ」

 

「じゃあ、深雪は奥で寝かせるから。後で運んでおくよ」

 

「ああ、頼んだ」

 

そう言って弘樹が深雪を抱えて隣に敷いてあったベットに深雪を寝かせると達也は凛にいくつかの質問をしていた

 

「まず、凛は現人神という認識でいいのか?」

 

「そうね、その認識でいいわ」

 

「じゃあ弘樹は妖怪か?」

 

「正確には元人間。人の姿をやめた存在。そういう所ね」

 

いくつかの質問を終えた達也は粗方理解をすると達也は凛に向かい合うと正座したまま頭を下げていた

 

「つまり、俺はこうしなきゃいけないんだな。今までの無礼お忘れください閣下」

 

「やっぱりそう来たか。いらないよそう言うのは。私、そうされるのが苦手だから」

 

そう言って凛は達也に頭を上げさせた。頭を上げた達也は

 

「じゃあ、今まで通り凛と呼ばせてもらうぞ」

 

「ええ、それで良いわよ」

 

そう言ってすぐに態度を変えるあたりが元造に似ていると思うと凛は懐かしく感じた

 

「ま、そう言う事だから以後よろしくね四葉家次期当主殿」

 

「なんだか皮肉に聞こえるな」

 

「皮肉を言っているわけじゃないわよ。ただ、お祝いをしているだけだから」

 

凛と達也がそうやって軽く笑みを浮かべながら話していると寝室から起きた深雪と弘樹が出てきた

 

「すいません弘樹さん、迷惑をかけてしまったようで」

 

「いやいや、大丈夫だよ。こっちこそ混乱させるような事をしちゃったね」

 

二人の会話に達也は

 

「美女ではないが美男が美女を惑わしているな」

 

「おい、あまり藪な事を言うなよ」

 

そう言って二人の関係に口を挟んだ達也に凛が注意を入れていると深雪が凛に聞いてきた

 

「ねえ、凛」

 

「ん?何かしら」

 

深雪の問いに凛は少し驚いてしまった

 

「弘樹さんが人では無いと言うことは。私は妖怪と婚約するという事ですか?」

 

「・・・」

 

深雪の問いに凛は軽く目を細めると真剣な眼差しで深雪のことを見た

 

「深雪、今から君に三つの選択肢を伝える。深雪はその中から一つ選択して頂戴」

 

そう言うと凛は深雪に三つの選択肢を与えた

 

 

 

1.弘樹との婚約を破棄して誰か別の人と婚約をする

 

2.弘樹とは内縁関係になって別の人と婚約をする

 

3.深雪も弘樹と同じように人としての存在を捨てて妖になる。ただし、一度妖になれば元の人になる事はできない

 

 

 

凛から出された三つの選択肢に深雪は少し考えてしまった。まず第一に弘樹との婚約破棄は考えたくなかった為、二つ目と三つ目の選択肢に絞られていた。そうして深雪は悩んでいると凛は軽く微笑みながら呟いた

 

「なぁに、すぐに答えは出さなくて良いさ。どうするか決めたら、私に言って」

 

そう言って悩んでいる深雪の隣に弘樹をつかせると凛は一旦立ち上がり、達也を連れて外に出た

 

「ちょっと待ってて、奥から脚立持って来るから」

 

そう言って凛は脚立を屋根にかけると達也と共に屋根に上がった

 

「ふぅ、ここなら誰にも話を聞かれないさ」

 

そう言って達也は自分と凛の周りに遮音フィールドが張られていると感じると凛は達也に言った

 

「達也、知っておくけど私の正体は文弥くん達には秘密だからね」

 

「ああ、分かっている」

 

達也は凛が文弥達に自分の正体を明かさない理由は情報漏洩を危惧したものだと察するとそれを承知した。そして達也は凛に質問をした

 

「そういえば、お前の正体を知っているの人は俺以外にいるのか?」

 

「ああ、いるさ。風間少佐と八雲に深夜さんに穂波さん。あと、水波ちゃんに葉山さんと真夜さん。あと達也が会ったことあるのはジョンソン・シルバーかな」

 

いきなりジョンソンの名前が出てきた事に困惑すると凛が事情を説明した

 

「達也が困惑するのも無理はない。だってジョンソンくん・・・いや、ノース・マンチェスター銀行取締役全員が私のことを知っているわ」

 

「どうしてだ?」

 

達也がいまいち理解が追いついておらず疑問を投げかけると凛は薄く笑みを浮かべた

 

「簡単な話さ、あの銀行は元々私が起こした企業だからさ」

 

そう言うと凛はあの銀行はノース・マンチェスター銀行取締役・・・凛が言うには12使徒を匿う為に作った銀行だと言う。しかし、銀行を与えられたその時の12使徒達がせっかく貰ったなら大きくしてしまおうと言う事で今までに溜まっていた財産を使って銀行を世界的大企業に育てたのだと言う。あまりにも突拍子もない話に達也は苦笑するしかなかった。それに、12使徒が実際に存在することも初めて知ることとなった

 

「じゃあ、その12使徒は実在するんだな」

 

「ええ、そうよ。12使徒は初め、私が情報収集をする為に世界中を飛び回って結成させた組織。今は銀行の取締役をしながら裏では世界中のいろんな情報を集めているのよ」

 

そう言って凛はいつの間にか持っていた日本酒の酒瓶を直で飲んでいた。だが、達也はそんなことも気にせずに頭の中でグルグルと情報の整理をしていた。まず、あのノース・マンチェスター銀行が凛が起こした銀行だった事に驚きだったが、世界各国の政府がその有り余る財産を求めて躍起になっている12使徒の存在をサラッと自分に話した事にも驚いた。そんな事を自分に話して良いのかと思っていると凛はそれを見透かしたかのように達也に言った

 

「ああ、大丈夫だよ。達也は口が硬いのはよく知っている。第一、この情報を公開したら第四次世界大戦が始まっちゃうかもしれないよ」

 

そう言って凛は達也に向かって小さく悪い笑みを浮かべた。達也は食えない人だと思いながら月を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時の月は薄い雲に隠れて綺麗に見える事はなく、遠くで除夜の鐘が鳴り響いていた



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元旦

2097年 元旦

 

凛は朝早くに着替えるとそのまま四葉家本邸へと飛んで行き、深雪の着付けを行なっていた。深雪はあの後ずっと悩み続け、碌に寝られそうに無かった為、弘樹によって半強制的に寝かされると弘樹が二人の泊まっている部屋まで運んだのだった。深雪はまだ弘樹に迷惑をかけたと思って少し暗い雰囲気となっていた。だが、そんな事を思っていると突然襖が開いて凛が部屋に入ってきた

 

「さ、深雪。今から着付けをするよ」

 

「え、い、今から!?」

 

そう言って深雪が驚いていると凛は当たり前のように深雪の手を引っ張った

 

「さ、今から準備準備〜!」

 

「え、あ、ちょっと凛」

 

そう言って眠気が完全に取れていない深雪がオドオドしていると深雪はそのまま着替え室に入れられ、されるがままに凛に化粧をされていた

 

「ちょっと凛!」

 

「はいはい、動かないで。今から深雪の化粧をするから」

 

そう言って凛は深雪の言葉を気にもせずに深雪に和装風ナチュラルメイクを施していた。そして化粧を終えると次に凛はやってきた数人のメイドに指示をするといくつかの着物を持ってきた。そして凛はその中から一枚の着物を選び深雪に着せ、また別の着物を持って来させて深雪の体と合わせていた。凛がこんなことができるのは事前に真夜に頼んでいたからだった。ちなみに達也も弘樹によって着付けをされていた

 

「さ、今日は慶春会。気合いが入るねぇ〜」

 

「ちょっと凛。いきなりすぎじゃないかしら?」

 

そう言って深雪が凛に軽く文句を言うと凛は真面目な表情で

 

「いい?こう言う時こそちゃんとしておかないと舐められるんだよ」

 

そう言って凛のすごい表情に深雪は何も言葉が浮かばなかった。そして凛はウキウキの表情でどの着物がいいだろうとかなどを考えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、小一時間ほど凛に着せ替え人形にされた深雪は少し疲れた様子でいた。すると袴姿の達也も同じように少し疲れた様子で椅子に座っていた。その様子から達也も自分と同じ状況だったのだろうと感じていた。すると文弥と亜夜子が姿を現した為、二人は挨拶をした

 

「達也兄さん、深雪さん。あけましておめでとう御座います」

 

「達也さん、深雪お姉さま。あけましておめでとう御座います」

 

礼儀正しく新年の挨拶をした二人に達也達も立ち上がり挨拶をした

 

「文弥、亜夜子ちゃん、あけましておめでとう。いや、もう()()()()()()とは呼べないかな?」

 

そう言って達也のからかいに亜夜子が笑みを浮かべ、文弥が深雪の着物姿に見惚れていると深雪の後ろから声が聞こえ、文弥達が声のした方を向くとそこには振袖姿の凛と袴姿の弘樹が立っていた

 

「あけましておめでとう、文弥くんに亜夜子ちゃん」

 

「あ、あけましておめでとう御座います凛さん」

 

そう言って一瞬固まった文弥は少し慌てて挨拶をした。亜夜子も同様に少し遅れて挨拶をしていた。文弥達が軽く固まったのも無理はなかった。なぜなら凛の見た目が深雪そっくりだったからだ。深雪は赤を基調とした振袖を着ているのに対し、凛は青を基調とした振袖を着ていた。しかし、慣れていなければ間違えそうなくらいそっくりな見た目に達也も思わず驚きを露わにしていた

 

「いやー、正直驚いたよ。ちょっと似せたとは言えここまでそっくりになるなんてね」

 

そう言って深雪の隣に立つと本当にそっくりな見た目をしていた。その為、文弥達は実は深雪と凛は双子だったのではないかと思ってしまっていた。すると、そこに夕歌がやってきてそっくりな見た目の二人に驚きを露わにし驚いていると。案内役の水波が部屋に入ってきて、文弥と亜夜子が先に部屋を出て行った

 

「そういえばお二人も今日は出席なさるの?」

 

夕歌の質問に凛はすぐに答えた

 

「ええ、こっそり慶春会を見ています。場合によっては()()()させていただくかもしれませんけどね」

 

凛の含みある言い方に夕歌は少し緊張した表情になったが夕歌が達也達に謎のアドバイスを言うと夕歌も呼ばれて去って行った。謎のアドバイスに達也達が疑問に思っているとついに水波が達也達を呼びに来た。凛達は達也の後ろを途中まで着いて行き、慶春会会場の広間の手前の廊下で立ち止まるとここで達也を別れた

 

「じゃあ、私達はここにいるから。話は全部聞こえているものだと思ってね」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って達也達は慶春会に臨む雰囲気となった

 

「次期当主候補、司波深雪様及びその御兄上様、おなーりー」

 

水波の口上に達也は膝が崩れそうになり、深雪はこめかみが引き攣っていた。確かに夕歌のアドバイスが無ければ醜態を晒していたかもしれない。使用人が一斉に平伏するのを見てこれは表情を取り繕う試験なのかと思うほどであった。凛達も水波の口上に必死に笑いを堪えるような声が聞こえていた。達也と深雪はさっさと新年の挨拶を済ませると達也と深雪は真夜の両隣に座り、真夜の隣に座っている達也に厳しい視線が送られていた。今にも爆発しそうな深雪はグッと堪えると真夜が新年の挨拶をした

 

「皆様、改めまして、新年おめでとうございます」

 

そう言って金糸の華麗な振袖の真夜の発声により出席者全員が「おめでとうございます」と口を揃えた。真夜は満足げに左右を見回した

 

「本日はめでたい新年に加えてあと3つ、皆様におめでたい話題をお伝えできます。私はこれを心より嬉しく思います」

 

そう言って真夜は勝成に視線を向けた

 

「まず初めに、この度、新発田家の長男、勝成さんと堤琴鳴さんが婚約されました」

 

この発表は「まさか」よりも「やっとか」「ようやく」と言った声が多く挙げられた。ちなみに慶春会の終わった後に凛は琴鳴に術式を埋め込む事になっている

 

「これから先、楽しい事だけではなく、色々と苦労も多いでしょうが、今は二人の前途に祝福をお願いします」

 

会場から拍手が上がり、真夜の「色々と苦労も」という言葉に頷いていた人物がいた事を達也は見逃していなかった

 

「そして、次に皆様が最も関心を寄せていらっしゃる事をここで発表させて頂きます」

 

そう言うと水を打ったようにしんと静まり返った。会場を見た真夜は少し笑みを浮かべるとドッキリが上手くいったような表情を浮かべると

 

「私の次の当主はここにいる私の息子・・・達也にお任せしたいと思います」

 

真夜の発表に事前に話を聞いていた者以外全員の参加者全員が驚きや動揺の声をあげていた



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慶春会

「次の当主はここにいる私の息子・・・達也に任せたいと思います」

 

真夜の発表に参加者が驚きと動揺の雰囲気に包まれた。すると津久葉冬歌が真夜に質問をしていた

 

「失礼ですが、御当主様。質問をお許しいただけますか」

 

「津久葉殿、何でしょうか」

 

「今、『私の息子』と仰ったようですけど、私の聞き違いでしょうか?達也さんはご当主様のお姉様の深夜様のご子息と記憶しているのですけど」

 

「その事も含めてご説明させていただきましょう。ここに控える司波達也は『事件』前に採取されていた私の卵子を用い、姉の深夜に代理出産してもらう形で生まれました」

 

ここら辺は事前の打ち合わせで遺伝子情報を書き換えた達也は正真正銘の真夜の息子になっている為、紛れもない()()()()()となっていた。その事を意識しながら真夜は説明をしていた

 

「そして、四葉家先代当主である英作さんが神木家に依頼をして達也の魔法力を制限し、感情を制限して四葉の戦力として育て上げました。その為、私の『流星群』も使うことができます」

 

流星群に関しては後で凛と弘樹の監督の元訓練を行う予定で話し合われていた。凛に任せれば大抵は大丈夫と言うことで真夜が凛に任せていた。すると今度は貢が真夜に質問をした

 

「御当主様、質問をさせて頂きたいことがあります」

 

「何でしょうか、貢さん」

 

「御当主様が達也くんを当主に指名した事情は理解できました。ですが、どうして慶春会まで分家当主である我々に隠し続けてきたのですか」

 

貢の問いに真夜は答えた

 

「簡単な話です。生まれたばかりの達也を私から取り上げようとしたのです。先代当主の英作さんも分家当主の荒れ様に心を痛めておりました」

 

そう言って真夜は達也が生まれた時に分家の各家が達也の扱い方で紛糾していたのを思い出していた

 

「そのため、達也の力を制限して深雪のガーディアンとして仕立て上げました。そうすれば達也が害される事はありませんから」

 

そう言って真夜は分家当主を見ると今度は広間の出入り口の方を見ながら言った

 

「そもそも、達也が害される事があれば()()()が許すはずがありませんでしょう。そうですよね、神木凛様?」

 

沖縄であの二人に出会った後、真夜は達也を守る為に凛と取り決めをしていた。表向きは深雪の護衛と称し、神木家に依頼を行い。四葉家から達也を離し、なるべく手の届かない安全な場所に深雪と共に生活をさせた。達也達と共に行動を行い、達也の警護を凛に一任した、凛も元造の孫に危害は及ぼしたく無かった為に真夜の提案を受けることにしていた。四葉の復讐劇の時に自分は何も出来なかった。その償いとして凛は達也の護衛を受けていたのだった。全てはこの日の為に・・・

 

 

 

真夜の声かけに広間の襖が開くとそこには黒髪に青い目をした凛が顔を出していた。その背後では弘樹が目を閉じて軽く頭を下げていた。凛達は空いていた道を歩くと真夜の前で正座をした。弘樹も同じ様に達也の前で正座をしていた

 

「新年おめでとう四葉殿、達也殿、深雪殿。我が神木家としては新発田家の婚約に我が友人の当主指名、そしてこの慶春会にご招待いただいた事、誠にお慶び申し上げます」

 

「凛様。わざわざご足労頂き誠にありがとうございます。さあ、どうぞ此方へ。お席は準備してあります」

 

そう言って凛は真夜の隣に空いていた場所に、弘樹は深雪の隣に座る事になった。元々四葉家の発展に貢献していた神木家は何もしなくても四葉家では無視できない発言力を持ち合わせていた。神木家の登場に分家当主達はその圧倒的な気配に額に冷や汗が浮かんでいた

 

「私、神木家当主神木凛と申す。この度、慶春会に参加する為に色々と観察させてもらったが、とても面白いものを見させてもらったぞ」

 

凛の言葉に貢達を含めた分家当主達全員は今にも気絶しそうな雰囲気であった

 

「いやはや、まさか三回も襲撃をするなんてのう。一度目は強化サイキックでの襲撃、二度目は波多江大尉の部隊の襲撃。三度目は新発田勝成殿の待ち伏せ。とても面白いとは思わんか黒羽貢殿」

 

「はっ・・・そ、そうですな」

 

凛の言い方に貢は完全に固まっていた。それもそうだろう、全て達也の地位向上に不満を抱いたが為の結果だからだ。神木家は詳しい情報が無いためにその強さははかり知れないものがあった。凛の明らかに憤慨している様子に他の当主たちも擁護する言葉が出なかった

 

「なあに、そう緊張することはない。新発田勝成殿は次期当主候補を降りた事で借りを返したが、黒羽殿はどうやって借りを返すのかのう?」

 

貢は焦っていた。目の前にいる御仁はちょっとやそっとの謝罪では絶対に許さない。まるで神が目の前にいる様な感覚で絶対に抗えない圧倒的な差があると感じていた。どうしようか頭を回していると凛は怒りの雰囲気をフッと消した

 

「まぁ、我とてそんな叱ることはせん。後々面倒だからのう。だが、次はないと思え」

 

そう言うと凛は真夜の顔を見ると真夜は小さく頷いた

 

「さて、この件はこれくらいで良かろう。さて、真夜殿。私の用は済んだぞ」

 

「そうですか」

 

そう言って凛による()()を終えると真夜は再び視線を分家当主に向けていた



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選択

凛の警告が分家当主たちに届くと、モーニングコートを着た葉山が真夜の前で平伏をした

 

「達也様、深雪様、弘樹様。この度はおめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます。ですが、顔を上げてください」

 

達也は葉山の大袈裟な作法に違和感を感じていた

 

「自分は本家の仕事やしきたりをまるで知りません。葉山さんには色々と教えて頂きたいと思っているのです」

 

「光栄にございます。ご不明なことはこの老骨に何なりとお尋ねください」

 

そう言って葉山は一瞬弘樹の方を見るとそのまま達也に前に魔法協会で約束した新魔法の一件を話し、真夜と深雪がそれに便乗していた。その時の真夜は少し若く見えていた

 

「分かりました。支度がありますので、少し席を外します」

 

そう言って達也がCADの入ったケースを持ってくると会場に面した庭に檻に入った猪が置かれた。達也は持ってきた『トライデント』に銃剣のようなものを取り付け銃口を猪に向けた

 

「今から発動する『バリオン・ランス』は生物を対象とした致死性の魔法です。無用な殺傷を好まれない方は別室に移動された方がよろしいでしょう」

 

そう言って達也が言うが誰一人として移動はしなかった。結果として『バリオン・ランス』の威力に誰も言葉が浮かんでいなかった。達也を敵に回すことは危険だと感じていた。新魔法で分家当主達を納得させることができたのは凛と真夜としては満足のいく結果だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慶春会が終わり、達也達が着替え終えるとそこに既に私服姿の凛達が迎えに来ていた

 

「達也、着替え終わった?」

 

「凛か。ああ、入ってきても大丈夫だ」

 

そう言って私服姿の凛達を部屋に入れると凛達は達也達の前で正座をした

 

「じゃあ、改めて。達也、おめでとう」

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って凛の祝い言葉に感謝をした。そして凛は次に深雪の方を向くと

 

「深雪。弘樹との婚約、おめでとう」

 

「ありがとう、凛」

 

そう言って弘樹の隣に座って嬉しそうしていた。深雪の婚約事情は先の慶春会で自由に選べるようになったが、深雪はもう既に決めている人物がいた為、実質婚約したようなものであった

 

「その様子だと決まったみたいだね」

 

そう言って凛は深雪の表情を見るとそう呟いた

 

「ええ、私はずっと弘樹さんの隣に居たい。弘樹さんとずっと一緒にいたい。だから・・・」

 

そう言って深雪は選択をした

 

 

 

 

 

「私も弘樹さんと同じ道を行く」

 

 

 

 

 

深雪の返答に凛は小さく頷くと改めて聞いた

 

「良いのかい?人を辞めたらもう元には戻れない。それに人としての生を辞めれば自分は妖怪となって永遠の時を過ごすことになる。それでも良いなら今すぐにでも始めるよ」

 

しかし深雪の決意は固かった

 

「大丈夫です。弘樹さんが人ではないのは驚きでしたが、それでも私は弘樹さんを支えられる存在になりたいから」

 

深雪の意志に後悔はないと判断した凛は立ち上がった

 

「そうかい・・・じゃあ付いて来て。今から術式を施すから。弘樹、準備お願い」

 

「畏まりました」

 

そう言って弘樹は立ち上がると先に神社へと飛んで行った。凛は外に止めてあった自分の車に手を出すと車が一瞬にして消えた。一瞬で消えた車に達也は驚いていると凛は説明ををした

 

「今のは・・・・」

 

「なに、簡単なことさ。私は神様よ。これくらい簡単にできるさ」

 

そう言って精霊の眼を使っても何も分からなかった達也に凛は無駄だよと言われ、そのまま神社の道を歩いていた

 

 

 

 

 

 

 

歩いている途中、深雪が凛にある事を聞いていた

 

「そういえば凛」

 

「ん?何かしら」

 

「前に弘樹さんと凛は本当の姉弟じゃないって言っていたけど。弘樹さんとはいつ出会ったの?」

 

深雪の問いに凛は少し悩むと口を開いた

 

「うーん、弘樹との出会いは群発戦争の時に空襲で焼け野原になった東京で拾ったんだ。その時まだ幼かった弘樹は瓦礫の下でずっと泣いていたんだ。弘樹の親御さんは骨すら見つからなかった」

 

弘樹の過去に達也と深雪は驚きの声を上げた、弘樹は元々は戦災孤児で幼少期に両親を空襲で失っていたのだ。思いがけないとはいえ、壮絶な弘樹の過去に深雪は申し訳ない事を聞いてしまったと思っていた

 

「それで、私が弘樹を拾ってある程度自立できるまで育てようと思ったのよ」

 

そう言って凛はそれからの生活を話した

 

「弘樹を育ててからは毎日が充実した生活だった。味気ないこの世界に弘樹は彩りを与えてくれた」

 

そう言って凛は懐かしむように呟いていた

 

「それまで、私はずっと()()()()で過ごす事が多かった」

 

「別の世界?」

 

達也は凛の言葉に疑問は浮かぶと凛はそのまま歩き続けると神社に着いた。鳥居の前では弘樹が何かを持って立っていた

 

「姉様、準備はできております」

 

「ん、了解。じゃあこれを着けて」

 

そう言って凛は達也達にある物を取り付けていた。それはブローチであった。ブローチの中心には淡く緑色に光る石がはめてあった。達也はその石に見覚えがあった

 

「これは・・・パラサイトの時の・・・」

 

「あ、そっかそう言えばそうだったね。あの時の仮面は私たちだったんだよ。すまんね、あの時はまだこの姿を達也にバラすには行かなかったから」

 

「いや、大丈夫だ。もう、あの件は終わったことだ。自分には関係ない話だ」

 

「了解、達也がそう言うなら。私もそこまで言わないことにするわ」

 

そう言うと凛は達也と深雪の二人を背中から押すと鳥居をくぐった。その瞬間、昨晩とは違い神社の周りには多くの桜が咲いていた



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高次元世界

達也達が鳥居をくぐると辺り一面に桜の花びらが舞っていた

 

「ここは・・・」

 

そう言って達也が周囲を見回しながら精霊の眼で確認をするが、辺り一面がノイズがかかったかのように()()()()()()()()すると凛が達也の方を向くと

 

「精霊の眼はここでは使えないよ」

 

「どういう事だ?」

 

達也の疑問に凛は小さく微笑んだ

 

「簡単な話さ、ここは高次元世界。今まで達也達が過ごして来た世界とは別次元の世界だからさ」

 

達也は驚いた。確かに季節外れの桜に何も見えない精霊の眼。これだけでも十分自分達がいる場所は通常の世界ではないことが窺えた

 

「まぁ、私はここを夢の王国と言っているんだけどね」

 

そう言って凛はどこか嬉しそうに言った。達也はふと後ろを振り向くとそこには先ほどの四葉の村ではなく、長い階段に地平線まで広がっている大地であった。その圧倒的な景色に達也達は圧倒されていた

 

「す、すごい景色ね」

 

「・・・」

 

達也達が景色に見惚れていると後ろから凛の声が聞こえた

 

「深雪、準備ができたからこっちに来て」

 

「分かったわ。お兄様、では行ってきます」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って深雪が達也の手を話すと達也はどこか悲しい気持ちになった

 

自分は生まれながら四葉の戦力として育て上げられた。そして、自分は深雪のガーディアンとして深雪と共に生活をしてきた。たとえ自分が深雪と従兄妹の関係だったとしても、深雪は自分のことをお兄様と言ってくれた

 

自分は深雪が害される事は絶対にあってはならない。そう思い、深雪をずっと見守っていた。だが、凛達との出会いで深雪自身が弘樹に恋をしていた

 

初めは警戒をしてたが、何年も過ごしていくうちに自分も弘樹を信用していた。自分と同じような趣味を持った人間、自分と同じ夢を持った人間。深雪に初めて本当の意味の恋を教えた人間

 

いつの間にか俺たちはあの姉弟との交流を深めていた。あの二人と話していると自然と本当のことが言える。深雪も同じ様に弘樹に対しては心を開き、時にはデートに行ったりもしていた。思えば自分はあまりにも深雪に依存し過ぎていたのかもしれない。自分は深雪を守ると言う気持ちが最優先で行動を起こしていた。自分は深雪に危害が加われば全てを破壊してしまうかもしれない。自分には深雪が必要だった。深雪も同じ様に自分を必要としてくれていた。だが、深雪は恋をした。自分の命を守ってくれた人物に。深雪は自分よりも何歩も前に進んでいた。自分で自分の人生を決めた。自分の愛する人のために人の器を捨てる事を躊躇しなかった。

 

 

全ては愛する人のために

 

 

前の凛が自分に向かって早く大人になれと言われた事があった。この時、自分の元から離れていく深雪を見てその意味が分かった気がした。

 

 

今まで自分は四葉家内でも煙たがられる存在だった

 

深雪以外の人物と食事をしたことが無かった

 

 

だが、凛達と出会った後は凛や弘樹と共に食事をすることが増えていた

 

 

 

初めて妹以外と食事をした

 

初めて深雪が自分以外の人と買い物に行った

 

初めて同じ目標を持つ友人ができた

 

初めて深雪が他の人に本当の笑みを浮かべた

 

初めて牛山さん以外の人と研究をした

 

初めて食事していて楽しいと感じた

 

 

 

そんな事を思い出して達也は思った

 

 

ああ、自分はまだ幼い青年だったんだ

 

 

達也は深雪が弘樹の元に走っていったのを見ながらそう思っていた。すると隣から凛が声をかけた

 

「ようやく達也も分かったんだね。そりゃ良かった、達也をここに連れてきた甲斐があったねぇ」

 

「心を読んだような意見だな」

 

「そりゃ実際に心を読ませて貰ったからね」

 

そう言って凛が軽く微笑んだ。達也はつくづく凛が本当に神なのだと言う事を実感した。そして深雪は弘樹の元に向かうと弘樹からある小瓶を渡された。中には淡く青色に光る液体であった

 

「弘樹さん。これは?」

 

「水に術式を通して僕の血を少し混ぜた物。それを飲んだら、すぐに体に変化が起こる」

 

「これが・・・」

 

そう言って深雪は少し息を呑むと小瓶の蓋を開けた。深雪の手は少し震えていた。弘樹は緊張している深雪の手を優しく包んだ

 

「大丈夫、隣にいるから」

 

「はい・・・」

 

そう言って深雪は意を決して小瓶の中身を一気に飲み込んだ。すると体から力が抜ける感覚があった

 

「あっ・・・」

 

力が抜けて倒れそうになった所を弘樹が支えた

 

「おっと」

 

「大丈夫なのか?」

 

突然倒れた深雪に達也が心配をしていた。今起こっている現象は神の領域に入るために達也は介入が出来なかった。だが、確実に深雪の体が変質しているのは分かった。弘樹に支えられた深雪は弘樹によってお姫様抱っこをされると桜に木の下に寝かしていた

 

「さて、深雪が起きるまで私から達也にあの世界の理を教えようかね。想子のことから霊子に関することまで」

 

「それは・・・いいのか?」

 

「なあに、これは元造にも教えた事さ。別に達也だけに教えたわけじゃない」

 

達也はどうしようか悩んでいた霊視に関する情報、霊子は未だに分からないことが多くこの機会に是非教えてもらおうとも思ったが。それは世界の理を知る事になるため、今知っても良いことなのか迷っていた



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世界の理

霊子に関する情報を知る絶好の機会に達也は迷っていた。今の自分が情報を得てもそれを有効に活用できるのかどうかが問題だった。それに世界の理を自分が知るに値するのかが気になっていた

 

「しかし、俺がその情報を公表する可能性は考えなかったのか?」

 

達也の問いに凛は何を考えているのかは分からないが、軽く微笑んだ

 

「なに、達也は口が硬い。それに、この情報を知ったら他の人には言えなくなるだろうからね」

 

凛の何とも言えない表情に達也は疑問を覚えた。だが、達也はあえて情報を聞く事にした

 

「そうかい、じゃあ場所を変えて話そうか」

 

そう言って凛は突如出てきた棒・・・ではなく、大きな水晶のような物がついた金属製の杖を地面に向かって二回叩くと周りが一瞬にしてガラリと変わった。桜の舞っていた神社から今度は美しい夜空に延々と伸びた砂浜、美しい海の景色。そして海の向こう側に聳え立つ光の線でできている大樹であった。その大樹の中央では眩い光の球が輝いていた

 

「ここは?」

 

達也の問いに凛は光の大樹を見ながら言った

 

「ここは、高次元宇宙。命の始まる場所」

 

その時の凛の感情はわからなかった。だが、凛は光の大樹を見ながらどこか悲しい雰囲気を漂わせていた

 

「高次元宇宙・・・ここが?」

 

高次元宇宙は時間の行き来ができる四次元世界とは違い、何が起こっているのかすらもよく分かっていない空間であった。そんな場所に立っている達也は信じられない気持ちでいっぱいだった。すると凛は話し始めた

 

「あそこに聳え立っている光っている大樹は生命の樹。あそこから霊子を元に精神情報体・・・分かりやすく言えば魂が作られるのよ」

 

「魂・・・それは・・・」

 

凛の説明に達也は驚愕した。まず精神情報体が魂と同じ事に加え霊子が精神情報体の材料とは思わなかった。すると凛は不意に達也の体が宙に浮いている事に気づいた。そんな事に驚いている暇もなく次の光景が映った。そこはさっきよりももっと暗く、深淵とも言えるべき光景が広がっていた。そこには淡く光る球体があったが達也はその球体に見覚えがあった

 

「これは・・・パラサイトか?」

 

「そうだね、達也達がパラサイトと言っている存在。私たちはカケラと呼んでいる」

 

「カケラ・・・どうしてそう呼んでいるんだ?」

 

「簡単な話よ、ここにある情報体は全て負の感情を持った人の魂が行き着いて高次元世界に旅立つ場所。ここにある情報体を分解、再統合して新しい人格を生み出す場所。だから私たちはカケラと呼んでいるの」

 

凛の説明に達也は大方理解をした。前にピクシーがならずの沼と言っていたのは恐らくここの事だろうと予測するとふと疑問が浮かんだ

 

「そう言えば、どうしてピクシーに取り憑いたパラサイトは回収しなかったんだ?あの時、ほとんどを回収していたじゃないか」

 

そう聞くと凛は興味深そうな表情をした

 

「だって、あんな事は初めてだったんだ。まさかロボットに取り憑いて、しかもほのかの情報をコピーして危害を及ぼさない存在になっている。興味深かったんだ」

 

そう言って楽しそうに呟いていた。凛ですら前例を知らないと言うことは本当にイレギュラーだったのだろう。だからこそ、凛はピクシーを観察していたそうだ。すると凛は衝撃的な発言をした

 

「それに、ここの空間で取り出された負の感情は次元の壁を越える際に想子へと変わるんだ」

 

「っ!」

 

凛から告げられた想子の実態に達也は言葉が出なかった。凛の言うことが本当ならば魔法師全員は作り替えられたとは言え、人の感情を燃料に魔法を発動しているのと同じであったからだ。思わず達也は気分が悪くなってしまった。その事に気づいた凛はすぐに話題を変えた

 

「さ、帰ろうか。そろそろ深雪も覚ますでしょうし」

 

「ああ・・・そうだな」

 

そう言って凛が普段からあまり魔法の使用を控えている理由がよくわかった。魔法を構築する事。それは即ち、人の感情をすり潰しながら魔法を行使していると言う事になり、とても気分の良い事ではないからだ。そんな事を思っていると景色は再び桜の舞う神社へと変わっていた。そこではまだ深雪は横になって弘樹が尻尾を枕代わりにするように座っていた

 

「幸せそうだな」

 

「そうね、でも。まだ起きないか〜」

 

そう言って凛は未だに起きない深雪にまだ時間がかかりそうだと思うと達也の方を向いた

 

「じゃあ、達也。深雪が起きるまで時間が掛かりそうだから。今のうちに『流星群』の練習と増やした魔法力のテストをやろうか」

 

「分かった、叔母上・・・いや、母上からの()()だな?」

 

「そうそう、じゃあ早速やろうか」

 

そう言って凛は持っていた杖を斜めに一回振ると一斉に何十個もの魔法式が展開され、達也に向かって圧縮空気弾が放たれた。咄嗟に達也は持っていたトライデントの引き金を引くとその半分ほどを破壊した。だか、残り半分の魔法式は破壊できずに達也に向かって放たれ、最低限の動きで回避をしていた

 

「流石にまだ慣れていないか」

 

「ああ、いきなり増えたからな。まだ体が慣れていないみたいだ」

 

「じゃあ、慣れるまで打ちまくるから」

 

凛の特訓発言に達也は長くなりそうだと感じたのだった。結局、この後二時間ほど達也達は特訓を行うとだいぶ慣れてきたのか最初に展開した数の魔法式は難無く破壊できるようになった。達也が慣れてきた頃、凛は深雪の体に変化がある事に気づき、すぐに特訓を中止した。その事に気づいた達也も咄嗟に深雪の方に近づくと深雪の頭に()()()が出来ていた




補足説明
高次元宇宙は現実世界と高次元世界の中でもより高次元世界に近く、ならずの沼の方がより現実世界に近い

現実世界→ならずの沼→高次元宇宙→高次元世界(夢の王国)

→の部分にそれぞれ次元の壁が組まれている


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新しい生き方

体に変化のあった深雪は頭の上に猫の耳が出来ており、猫で思いつく妖怪と言えば一つしか無かった

 

「猫又?」

 

凛がそう言うと深雪はぱちっと目を覚まし、自分の手を見た。そして軽く手を握ると今度は頭を触り、弘樹の方を見た

 

「どうだい?新しくなった自分は」

 

「ええ・・・なんか・・・変な気分です。ほとんど変わらないのですね」

 

そう言って後ろに生えていた二本の尻尾をフリフリさせながら弘樹にくっついていた。そして深雪はその美しさにさらに磨きがかかっており、より凛に似ていた

 

「そうだろうね。ま、起きたって事はこれで終わり。立てるかい?」

 

そう言って弘樹は深雪の手を取って立たせると深雪の姿は前とは違っていた。頭の上にある耳に二本ある尻尾、髪は一部が白くなっており。より綺麗になっていた。それを見た達也は深雪の頭を撫でていた

 

「綺麗に・・・なったな」

 

そう言って頭を触られ、気持ちよさそうにしている深雪を見ながらそう言った。そして、深雪の表情は今までで一番綺麗に見えた。すると後ろにいた弘樹がいない事に気づき、代わりに雪のように白い九尾がいた

 

「弘樹・・・なのか?」

 

達也の問いにその九尾は答えた

 

「そうだよ。まぁ、あまりこっちの姿は慣れていないからあまりやらないけどね」

 

そう言って狐の姿で弘樹の声が聞こえ、達也はもはや何も驚かなかった。深雪は驚きをしながら弘樹の尻尾を撫でていた

 

「すごいですね弘樹さん。こんなふうにも出来るんですね」

 

そう言って柔らかい毛並みを撫でていると凛が深雪に言った

 

「深雪もできるよ。やってみるかい?」

 

「そうなの?」

 

「ええ、頭の中で意識すれば勝手に変わるわよ」

 

そう言われて深雪は早速イメージをするとなんとなく自分の体が小さくなる感覚となり、目を開けると視線が下がり、隣にいる弘樹が大きく見え、自分の体が猫の姿に変わっているのが分かった

 

「おお〜、こうなるのね。不思議な感覚だわ」

 

「初めはそうなるわよね。弘樹だってそうだったもの」

 

そう言って凛は笑いながら猫となった深雪を抱えた。深雪は顔の一部が白いハチワレ猫と呼ばれる種類の猫となっていた。抱えられた深雪は初めての感覚にオドオドしてしまった

 

「あはは、深雪ったらビックリしているよ。ほら達也、猫になった深雪だよ」

 

そう言って達也は深雪を受け取ると深雪は足をジタバタさせて、可愛く思えた。達也は深雪の背中を優しく撫でるとそのまま地面に置くとすぐに人の姿に戻った

 

「ちょっと凛。いきなり持ち上げないでよ。びっくりするでしょう」

 

「いやー、悪かったよ。でも、面白いでしょう?」

 

「・・・でも確かに。面白い経験だわ」

 

そう言って深雪は面白いと思っていると凛が弘樹に何かを呟いて弘樹が頷くと深雪の手を取って何か術を唱えると深雪の耳や尻尾が消え、元の状態となっていた

 

「弘樹さん・・・これは?」

 

「今の深雪はまだ神道魔法を練習していないから。暴走を防ぐためにその力を封印させて貰ったよ。これで、前と変わらない状態になったから」

 

「そうですか・・・」

 

そう言って深雪は少し残念そうにすると弘樹が耳のない頭を撫でた

 

「大丈夫、また練習をすればいんだから。それに、この術の影響で寝る必要は無くなったからいくらでも練習ができるさ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、だけど無理はいけないよ。無理をすれば何年かの休眠をしちゃうかも知れないから」

 

そう言って弘樹は前に無茶をし過ぎて3年間寝てしまった事を言うと深雪は無言で頷いていた。そして弘樹は達也の方を向くと

 

「達也、深雪が無理をしないかしっかり()()()()()

 

「分かった」

 

「一応、深雪の封印は厳重だから解けることは無いから。そこは心配しないでね」

 

そう言って深雪の封印は弘樹が許可をしない限り解けないようになっている事を言うと小声で弘樹が達也に言った

 

「達也、僕もリソースをちょっと割いているから。まぁ、割いていると言っても微々たる物だからちゃんを見れるかはわからないけどね」

 

弘樹は微々たる物と言っているが、達也はそれは普通の人より何倍もの量だろうと思いながら了解をした。用事を終えた達也達は帰ろうと思ったが、凛がある提案をした

 

「あ、そうだ。ついでだし今回はこのままこっちで帰ろうか。達也達もこっちの世界をじっくり見てみたいでしょう?」

 

「そうか・・・じゃあ、そうさせて貰おう。荷物を取ってくる。帰りはどうすればいい」

 

「そのまま鳥居を通りな。ブローチをつけておけばそのまま戻って来れる。達也が荷物を持って来たら早速行こうか」

 

そう言って深雪が達也の手伝いに達也について行く形で鳥居をくぐり、現実世界に戻り荷物を取りに行った。少しすると達也達が荷物を持って戻って来た為凛達は達也のブローチを取るとそのまま階段を降りて行った。ブローチを取ると鳥居をくぐっても現実世界には戻っていない為に達也はこのブローチに埋め込まれた石。凛は幻楼石と言っていたものがこの世界に来るパスポートのような物だろうと納得をすると達也達は金属製のレールの通る駅舎に着いた




補足説明
深雪が凛にそっくりなのは本当の偶然で凛も驚いていた


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時代錯誤の産物

凛に連れられ駅舎に着いた達也達は金属レールを見て不思議に思った。現実世界では金属レールの列車は少ない為、不思議に思っていると凛が古い懐中時計の蓋を開けると遠くの方を見た。すると、汽笛のような音が聞こえ、レールの先から何かがやってきた。駅舎に入ってくる列車を見て達也達は驚いていた

 

「あれは・・・蒸気機関車?」

 

「どうしてこの時代に!?」

 

そう言って大量の煙と等間隔の音を出しながら蒸気機関車が駅舎に入ってきた。日本にある蒸気機関車は殆どが群発戦争で破壊され、現物が残っておらず写真程度でしか見た事なかった。そんな産業革命の代名詞とも言える蒸気機関車がここにいる事に驚いていると凛が後ろに連結されていた客車の扉を開け

 

「さ、これに乗って行くよ。さっさと乗って」

 

そう言って凛が先に客車に乗ると達也達もそれに続く形で列車に乗り込むと凛は適当な席を選んで座っていた。客車には他にも乗客がいたが、中には深雪や凛達のように耳が生えている人もいた

 

「どう?驚いたでしょう」

 

「ああ、もう十分にな」

 

「まさか、蒸気機関車に乗れるなんて」

 

そう言って弘樹の隣に座った深雪や達也は初めて乗る蒸気機関車に少し興奮をしていた。そして列車は汽笛を上げて駅舎を出発して行った

 

 

 

 

 

 

列車が出発して数分後、凛はこの世界の話をした

 

「この世界はね、私の趣味も混ざっているんだけど。結構現実世界に寄せて作ってあるの。だから、ここではお金の概念があるの。だからここは天国とかじゃないと言うことは認識しておいて」

 

そう言うと凛はやってきた車掌に切符を見せると車掌は改札鋏で切符に切れ込みを入れてそのまま切符を凛に返すとそのまま次の人の切符を切っていた。初めて見る光景に驚いていると凛が達也に言った

 

「でも知っているかい?この列車にすら()()が使われているんだよ」

 

「何?」

 

「簡単だよ。この蒸気機関車の機関部にあの勾玉を改良したものが埋め込まれている」

 

そう言って達也に機関車の運転台を見せるために立ち上がると達也を連れ出した。深雪はずっと弘樹の隣にいると言って席をたたなかった

 

「達也、これだよ」

 

「これは・・・」

 

そう言って運転台にやって来た達也は本来石炭を入れるところに変わり幻楼石が埋め込まれた石板が置いてあり、そこから熱が発せられていた。『加熱』で水を蒸発させてそれをピストンに回しているらしい。石炭を燃やす以外は全て普通の蒸気機関車と同じな為。凛が魔法が使われていると言う理由がよく分かった。すると凛は無人の運転席にあったいるに座ると正面にある蓋を開けると、そこにも火室にあったのと同様の石板がはめてあり。そこでこの列車の速度や、他の列車との調整を行っていると言った。こう言う細々とした場所に魔法が組み込まれている事に面白く感じていると凛達は再び客車に戻った

 

 

 

 

 

客車に戻った凛達は席でお弁当を食べている深雪達を見た。どうやら車内販売で売られていた駅弁を弘樹が買ったらしい。その上、弘樹が深雪の封印を解いており、猫耳が生えていた

 

「これ美味しいですね」

 

「そうだね、この新しいやつも中々だね」

 

そう言って既に何個もの空になった弁当箱を見ると達也は深雪の方を見た

 

「深雪・・・その弁当箱はどうしたんだ?」

 

「あ、お兄様。これは弘樹さんが買ってくれたんですよ。ちょうどお腹が空いていたのでありがたかったです」

 

そう言って深雪は再び弁当を食べ始めていた。その光景を見て達也はどこか凛に似ていると思いながら凛を見ると凛はお茶を飲んでいた

 

「ああ、そうだ達也。水波ちゃんは後から帰るらしいから。気にしなくても大丈夫だよ」

 

「いや、それはそれで大丈夫なのか?」

 

そうって達也が疑問に思うと列車はトンネルを抜けて近代的な都市が見えて来た

 

「あれは・・・」

 

「すごく綺麗・・・」

 

達也はその光景に感嘆の声をあげた。恐らく現実世界のどの場所よりも発展した都市で、美しい見た目をしていた。数多の路線が都市に向かって集まっており、上空には古いレシプロ航空機が飛んでいた。昔の技術や新しい技術がうまく融合しているこの世界に達也達はじっと景色を見ていた。都市に夢中になっていると列車は北中央駅という場所に到着し、凛についた行く形で達也達は駅を降りるとそこには飛行魔法を使って飛んでいく車や何百キロもありそうな荷物を軽々しく運ぶ人達。そこは魔法と科学が両立し、発展した街並みだった

 

「これは・・・」

 

「どうだい、凄いだろう。この街の光景は」

 

「ああ・・・すごいな。魔法がこんなに使われているのは・・・」

 

そう言って街を見ながら驚いている達也に凛は言った

 

「これは私の目標でもあるの」

 

「目標?」

 

「そう、私の目標。現実世界をこの世界のように科学と魔法が融合して永遠に発展する世界。それが私が目指すものよ」

 

「そうだったのか・・・」

 

そう言って達也は凛の夢が自分のよりもずっと壮大だった事に自分の小ささを感じた。だが、凛の今まで生きてきた長さから100年なんかは短い時間なのだろうと感じると凛の夢はそう大きく感じていないのだろうとも思えた。そんな事を思っていると凛はこの世界の自宅に招待すると言って列車を乗り換えた



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移動

今回はどちらかと言うと夢の王国の移動シーンばかりの為、特に話自体は進みません


夢の王国で凛の夢を聞いた達也達はこの世界の彼女の家にお邪魔する事となった。凛に連れられ、乗り込んだ列車は凛の目のように青く塗装された流線形の蒸気機関車で後ろの七両繋がれた客車までも青一色に塗装されていた。

 

「さ、これに乗っていくよ」

 

そう言って客車に乗り込むとそこ客車はさっきとは違い、豪華な内装でさっきの列車とは比べ物にならないくらいだった。中は寝室や食堂、図書室や風呂場など。動く家とも言えるような設備ばかりであった。前方から荷物車、二両目は風呂場、三両目はバーに遊戯室、四両目は食堂車で、五、六両目は客室や図書室などの部屋、最後尾は展望車となっていた

 

「これは・・・」

 

「私の家まで行く列車さ。私の趣味で作ったものでこの世界で移動する時とかによく使っているんだ」

 

そう言っていると列車はゆっくりと動き出し、振動の一つも感じなかった。達也はここにも魔法が使われていると感覚的に感じると自分もこう言った細々としたところで生活を支えているような魔法利用を目指したい思っていた。すると足元に何かがある感覚があった。ふと下を見るとそこには猫がいた

 

「猫・・・なのか?」

 

そう言って達也が聞くと猫が返事をした

 

「にゃあ」

 

するとその猫はテーブルに飛ぶと立ち上がって器用にお茶の準備をしていた

 

「これは・・・」

 

「私の趣味だよ」

 

と言って凛が達也に疑問に答えた

 

「かわいいですね」

 

そう言って深雪がお茶の準備をしていた一匹の猫を撫でていると深雪にも耳が生えていたのと匂いから同族と感じたのか何処からともなく猫が出て来て深雪の周りに集まっていた

 

「あはは、深雪は猫にも好かれるんだね」

 

「いや、そんな・・・弘樹さんほどじゃありませんよ」

 

そう言って前に凛達のマンションに何匹もの野良猫が居座っていた時の事を思い出していると深雪の頭に一匹の猫が乗っかった。その猫は真っ黒な毛色だった

 

「あら、この子・・・」

 

そう言ってその猫を抱えるとどこか自分と似ている気がした

 

「おや、深雪。どうしたんだい?」

 

「え?あ、いえ・・・この子、何処か気になったので・・・」

 

そう言ってその猫を撫でながら言った。すると弘樹はある事を思いついた

 

「あ、じゃあ。その猫を”お付きの猫“にしようか」

 

「お付きの猫?」

 

「ああ、お付きの猫ってのは簡単でわかりやすく言うと召喚獣みたいに名前を呼べばやってくる動物だよ」

 

そう言うと深雪は納得し、達也はもはやなんでもありの世界だと言って用意ができたお茶を飲んでいた

 

「成程、召喚獣ですか・・・でも、この子は弘樹さんや凛の飼っている猫なのでは?」

 

「大丈夫だよ。まだまだ猫ちゃん達はいっぱいいるし、その子も深雪の事が気になっているみたいだから」

 

「そ,そうですか・・・」

 

そう言って申し訳なさそうにしている深雪に弘樹はその猫も深雪と一緒の方が幸せだと思うと言って深雪を納得させると簡単に説明をした

 

「簡単だよ。気が合う猫の名前を考えて名付ければそれで完了だよ」

 

「へぇ、じゃあ。この子とは気が合いそうだから、名前はなににしようかしら。うーん・・・あっ!そうだわこの名前にしましょう」

 

そう言って深雪はこの猫の名前を考えた

 

 

 

「モモってどうかしら」

 

 

 

 

深雪がどうしてこの名前のしたのかと言うと桃の花言葉は邪気を払う意味がありいつも面倒ごとが舞い込んでくる達也の為に名前に名付けたそうだ。その事を聞いた凛は盛大に笑っていた

 

「あははは、邪気祓い。あははは、達也にはピッタリだ」

 

そう言って笑っていると達也もなにも言い返せないのか黙っていた。そしてモモと名付けられた猫は満足そうに深雪をスリスリしていた

 

「お、懐いた。じゃあこれで登録は完了だね。あとは名前を呼んだら何処にでもやって来るよ」

 

そう言って試しにモモを別室に連れて行き、深雪は展望車でモモの名前を言った

 

「えっと、じゃあ。モモ」

 

そう言うと展望室にモモがポンっと言う音を立てて深雪の隣に現れた

 

「本当にやって来たわ」

 

そう言ってモモを撫でるとモモは幸せそうにお腹を見せていた

 

「ははは、モモも幸せそうだね」

 

そう言って弘樹は深雪に登録をした猫は餌をあげる必要はなく。代わりによく可愛あげてあげるといいと言うと深雪も了解していた。そして列車はどんどん速度を上げ、時速700km近くとなっていた。こう言う細々としたところに魔法が使われ、生活の役に立っているのは魔法の()()()使()()()を教えてもらっている気がした。そして外の景色がガラリと変わり数キロはありそうな長さの橋を走っていた

 

「ここは・・・」

 

そう言って高さは数百メートルはありそうな橋を猛スピードで駆け抜けていた列車は橋を降りると花びらの多く舞う春の大地とも言える場所に降り立った

 

「さっきとはまた違う雰囲気だな」

 

そう言ってさっきの場所は同じような気候だが、あそこはどちらかと言うと自然が少ないイメージで人工物が多いのに対し、ここはひたすらに自然が広がっていた

 

「ええ、ここは春の大陸。気候は中央大陸とほぼ同じだけど。あっちは基本的に人工物が多いからねこっちはどちらかと言うと自然が多いかな」

 

そう言って列車は切替ポイントで路線から外れた路線に入るとスピードを落として駅舎に到着をした

 

「さ、到着だよ。ここが私のこの世界での家さ」

 

そう言って家専用の駅舎がある辺りかなり大きいのだろうと想像しながら駅舎を降りるとそこは木の葉ひとつ落ちていない庭に巨大な宮殿が聳え立っていた




ちなみに、凛達の乗っている列車の蒸気機関車はドイツ国鉄05型蒸気機関車です。ちなみに作者の一番好きな蒸気機関車です。詳しくはWikipediaで調べてください


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今後の話

凛に連れられ、屋敷に到着した達也たちは屋敷の大きさにジロジロとみていると凛が先に屋敷に向かっており、少し早歩きで屋敷に入っていった

 

 

 

 

 

屋敷に入るとそこはフランスのベルサイユ宮殿なんかよりも美しいシャンデリアや豪華な装飾の施されたロビーで。その豪華さは現実世界なら世界一を唄えそうなほどであった。凛はそんな装飾に目もくれずに屋敷を歩いて、一つの部屋に達也たちを招いた

 

「さ、達也と私はここでちょっと話がしたい。弘樹は深雪を連れて宝物庫でも行ってきな」

 

そう言って深雪は驚き、弘樹は頷くと弘樹は深雪の手を取ってエスコートしていた。そして深雪達を見送ると凛は改めて達也を応接室に入れた

 

「さて、まずは達也に今後の予定を話しておくよ」

 

そう言って凛は達也に予定している今後の話をした

 

「一応、明日に達也の次期当主指名は公表して。深雪の弘樹との婚約発表は一時見送りをする」

 

「どうしてだ?」

 

「まだ、神木家を知らない魔法師の方が多い。古式魔法師なら知っているところが多いが現代魔法師となるとまだまだ認知度が低い上に十師族の婚約ともなれば確実に探りが入る。まぁ特に七草の狸だな、あそこは烈の話を聞いている可能性があるが。知っていてもバレないと思って探りを入れるだろうな」

 

「七草の狸なんて。お前しか言わなさそうだな、それに老師を名前呼びとは・・・」

 

「そりゃそうだろう。過去に私に喧嘩ふっかけた野郎だ。それくらいが妥当だろう」

 

「容赦ないな」

 

そう言って達也は軽く苦笑をしていた。達也相手ならオブラートにすら包まない言い方にいつもの凛らしいと思いながらも話の続きを聞いていた

 

「あと、一応今でも調べたら出てくる情報で。私の書類上の親は一応ベル・アンダーソンという事になっているのよ」

 

そう言って凛は自分の親がベル・アンダーソンという事になっている事を話した。凛の作ったエピソードは五年前の沖縄防衛戦で凛の架空の両親は二人とも死亡。親戚もおらず、二人の親となったのは父の神木元輝の友人のベル・アンダーソンで沖縄防衛戦の後に二人の親代わりとして育てたという事になっていた。ゴリゴリの公文書改竄にあまり違和感のないカバーストーリーに達也はもはやお手上げの状態だった

 

「流石だな、違和感なくカバーストーリーをここまで作り上げるなんてな」

 

「これくらい慣れているわよ」

 

そう言って凛は部屋に入ってきたメイド服を着た猫(凛は猫メイドと言っていた)にお茶のおかわりを頼むと猫メイドは器用にポットからカップにお茶を入れていた

 

「しかし、よくこんな事ができるな」

 

「そりゃ訓練させたからね」

 

そう言って達也に褒められたのが嬉しかったのか猫メイドは達也にすりすりしていた

 

「ま、そういう事だから。達也、深雪が弘樹と婚約・・・いや、この場合はもう()()と言った方がいいかもね」

 

「ああ、そうかもな」

 

達也は人としての生き方を捨てた深雪を思い出しながらそう呟いていた。すると深雪は何かを思い出したかのように達也に言った

 

「ああ、そうだったそうだった。神木家の情報は過去に第四研究所で研究の援助を行なって、それで四葉家と関係を持つようになったって事になっているから。学校では変な目で見られないようになるはず」

 

「だが、四葉の名の時点で恐れられるんじゃないか?」

 

「まぁ・・・それはしかた無いさ。それはそれで割り切るしかない」

 

そう言って凛はケラケラと苦笑をしていると達也は凛に一つの質問をした

 

「そう言えば、レオ達には本当のことを言うのか?」

 

達也の問いはレオや幹比古達にリンの正体をバラすのかと言う質問だった。達也の問いに凛はしばし間が空いた

 

「・・・正直な話、迷っている」

 

「迷っている?意外だな、お前の事だから言わないかと思っていた」

 

「いやー、正直エリカとかは気づいているんじゃないかって感じるんだよねぇ。ほら、色々特訓とかやっている影響でさ」

 

そう言って凛は頭を抱えながらそう言った。確かに凛はエリカ達に特訓をおこなっており、その時の魔法に関する情報の豊富さや異常なまでの二人の強さに確かに疑問を抱いてそうではあるが。達也は内心エリカでも気づいていないのではないかと感じていた

 

「まぁ、アイツらだから言っても漏らさないとは思うんだがな〜。どうしよう」

 

そう言って凛が盛大に悩んでいる姿は達也にとっては珍しく感じた

 

「まぁ、このことはまた今度考えておくか」

 

そう言って凛はとりあえず答えを保留にすると凛は扉の方を見た

 

「そろそろあの二人も帰ってくる頃合いだろうし」

 

そう言うと応接室の扉が開いて申し訳なさそうな表情を浮かべた深雪が入ってきて。その次に弘樹がいくつかの箱を持って入って来た

 

「深雪、そんな表情をしないの。それは私からの婚約祝いだから」

 

「ですが・・・」

 

深雪の反応に凛は面白そうな笑みを浮かべると

 

「ふふーん、弘樹は深雪に何をあげたのかなぁ」

 

そう言って弘樹に聞くと弘樹は当たり前の表情で答えた

 

「ええ、深雪にはいくつかのネックレスとイヤリングを。姉様がずっと使っていない物を選んでおきました」

 

「ん、それでいいよ。どうせまた送られてくるんだし。こう言うのは価値をわかっている人に使ってもらいたいからね」

 

そう言って隣で心配している深雪を弘樹と凛に押さえ込まれると深雪は渋々宝石の入ったアクセサリーを受け取っていた。ちなみに渡されたアクセサリーはダイヤモンドがあしらわれ、周りにはルビーやサファイヤが埋め込まれたネックレスやダイヤモンドが雪の結晶のように加工されたイヤリングなど。時価何百億円にもなりそうな物ばかりで達也達は驚愕し、家に改めて金庫を買っていた



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師族会議編
飛び交う憶測


1月2日魔法協会を通して有力魔法師に通達された内容に驚愕していた。その内容はこうであった

 

司波達也を四葉家の次期当主に指名する事

 

司波達也は四葉真夜の息子である事

 

司波達也の婚約者を募集する事

 

この発表に多くの有力魔法師は衝撃を受けていた。そんな中、達也達は夢の王国で凛達による練習をしていた。深雪は弘樹によって神道魔法の練習と武術を。達也は凛によって『流星群』と増やした魔法力の慣れ。そして練習と演習を繰り返すうちに2日が経っており、日付は1月4日となっていた

 

「さ、とりあえずはこんな感じかな」

 

「ああ、すまない。練習につき合わせてしまって」

 

「大丈夫よ、これくらいは簡単な事だから」

 

「ごめんなさい弘樹さん」

 

「大丈夫だよ。むしろ深雪の吸収の速さには驚いているんだから」

 

そう言ってこの二日で神道魔法の基礎を固めていた深雪に弘樹は驚いていた

 

「ま、今日はあのエロ坊主のところに行くんだろう?」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

八雲をエロ坊主と呼んだことに少し動揺したがよく考えれば八雲よりも確実に強いと言える人物だからこんな言い方ができると思っていると。駅舎に行くと凛は持っていた幻楼石を叩き割ると粉々に割れた幻楼石はどんどん粉々になり、駅舎にくっつくとどんどん景色が変わり、そこは凛のマンションの地下訓練場だった

 

「ここは・・・」

 

「うちの訓練場だよ」

 

「やはりそうか・・・」

 

そう言って訓練場の隣の駐車場に向かうとそこで凛の運転する車に荷物を乗せると行き先を九重寺へと向けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九重寺に着くと達也達は先に来客があると言って待たされ、左目が白く濁った男性が達也達の隣を横切った

 

『あれは・・・』

 

凛と弘樹は通り過ぎた人物に違和感を覚えると八雲が挨拶をしていた

 

「師匠、挨拶が遅れました。新年、あけましておめでとうございます」

 

「おめでとう。事情はわかっているから気にしなくていいよ」

 

そう言って八雲は達也達の噂が広がっている事を言うと今後は凛達の方を向いた

 

「どうやら、凛くん達の秘密を知ったようだね」

 

「ええ、年末に教えてくれました」

 

そう言って達也は凛達の事を話すと八雲は深雪を見ると手を顎に当てていた

 

「しかし、深雪くんも美しさに磨きが掛かっているねぇ」

 

「そんな事ないですよ。先生」

 

そう言って八雲は改めて深雪と凛が瓜二つのようにそっくりな事に驚いていた。いくら自分が本当の偶々だと言っても双子のように似ている二人に八雲は驚きを禁じ得なかった。そして八雲は達也にまた鍛錬に来るように言うと達也達は駐車場の方に歩いて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

東京にあるとある屋敷。その屋敷では十師族七草家当主七草弘一が集めた情報を見ていた

 

『なるほど、神木家は元々第四研究所に勤めていたのか。道理であの二人と交流があったわけだ・・・』

 

そう言って集めていた情報は神木家に関する情報だった。そこには神木家が過去に朝廷に赴き占いを行なっていた過去や裏では『退魔師』と言われこの世とあの世の管理をしている家であった事、九島家に喧嘩を売られる形で戦闘を行い神木家が勝利した事、明治維新以降は長野の町医者兼人の精神や想子そのものに関する研究を行なっていたなど。とにかく神木家に関する情報をかき集めていた。そんな中、弘一は一枚の紙を見て困惑していた

 

「これは・・・」

 

そう言ってその紙に書かれていたのはあの姉弟の()()()()()に関する情報だった。なんとあの姉弟の親はノース・マンチェスター銀行日本支社代表取締役のベル・アンダーソンなのだ。どうして全く血縁関係のない人物が親なのか、その情報を詳しく調べさせるとその理由は簡単だった。あの姉弟の本当の両親は五年前の沖縄防衛戦の時に敵のミサイル攻撃で死亡、他に親戚もいなかったために父親の友人だったベル・アンダーソンが代わりにあの二人の親となったのだ

 

『成程、つまりあの二人の後ろには経済界の帝王がついているのと同じか・・・』

 

弘一はそう思いながら凛達の顔写真の載った紙を見た。そこには凛達の今までの経歴が載っていた

 

「しかし、私の見立てではおそらく司波深雪と神木弘樹は婚約をしているだろうな」

 

そう言って弘一は今までの出来事を集めた情報からそう判断した。実際に弘一の予想は当たっていた。すると弘一に新たな情報が入った。それは、一条家が四葉家に司波深雪の婚約を申し入れたものだった。おそらく婚約者の話がないと思い息子の将輝の為の行動だろうと思っていると弘一はある考えが浮かんだ。この際に一条家と歩調を合わせれば何かしらの成果は出るのではと。そう思うと弘一は早速準備にかかった



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挨拶

1月4日

 

この日、凛達は国防軍独立魔装大隊本部の霞ヶ浦基地に来ていた。弘樹は深雪と共に神道魔法の練習の為に地下訓練場で猛特訓をしていた。凛の使う魔法は非常に強力で燃料となる想子さえあればいくらでも武器を生み出せる為凛達は防衛庁直轄の軍人という事で本来はここにくる用事はないが達也の付き添いという形で来ていた

 

「懐かしいねぇ」

 

「そう言えば忘れていたがお前達はここの所属じゃないんだったな」

 

「ええそうよ。私たちは防衛省直轄だからねぇ」

 

そう言って基地に入るとそこでは中尉に昇進した藤林が待っていた

 

「あけましておめでとう。大黒特尉に鈴准将」

 

「おめでとうございます。藤林中尉」

 

「おめでとうございます」

 

そう言って軽く挨拶を済ませると藤林は風間のいる執務室に達也達を案内した

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室に案内されるとそこでは風間が凛達に向けて敬礼をしていた

 

「明けましておめでとうございます准将殿」

 

「ええ、あけましておめでとう。風間()()。私の前で仰々しくしないでください」

 

そう言って風間が丁寧な口調で凛に敬礼をすると風間は凛達をソファーに座らせ。藤林にお茶を持って来させ藤林を部屋から出すと風間は改めて姿勢を正した

 

「話は聞いている。特尉に本当の姿を教えたと」

 

「ええ、年末に。達也の次期当主の後見人になる際にね。ま、これは牽制も兼ねているんだけどね」

 

そう言うと風間は苦笑していた。国防軍の中でも凛の正体を知っているのは風間しか居なかった。それ故に風間にのしかかる重圧は今にも破裂しそうだった。事実、風間は最近凛から調合される胃薬をこっそり飲んでいたりする

 

「初めは驚きました。なんでこんな人・・・いや、神がこんな場所にいるのかと」

 

「そりゃ、オメエ。四葉家には昔、付き合いがあったからだよ」

 

そう言って凛は改めて自分は西風会から()()()()()()()()()となっているのを確認した

 

「さて、取り敢えず私と弘樹は予備役と言う事で会っているわね」

 

「ええ、そのようになっています」

 

左伯少将が再三自分たちを魔装大隊に戻して欲しいと言っているらしいが参謀本部全会一致で反対をされ、左伯少将も渋々引き下がっている話を聞いて凛は半分呆れていた

 

「まぁ、こっちは()()ヤっちゃったからね」

 

「あの爆発事故か?」

 

あの爆発事故と言うのは去年の夏。凛が『大和』のブースターの三式弾の耐久テストで魔法式を撃ちまくった後、制御装置のいかれた三式弾が暴走を始め研究所の一室を吹き飛ばした事故だった。幸い、負傷者こそ居なかったものの研究所を吹き飛ばしこの一件で凛は厳重注意を受け、さらに置いてあった設計図までも危険と判断され、目の前で焼却処分を受けていた。その時に凛が泣き崩れたのは言うまでもない

 

「あの後は色々と大変だったと聞いています」

 

「まぁ、まず私の研究室がかなり外れに移動した事。次に半年間の減給。大目玉を食らったよ」

 

そう言って凛はケラケラ笑っていた。この時、風間と達也は同じ気持ちを抱いていた

 

『『どうして、そんなにやらかしてもこんなに平気なんだろう・・・』』

 

達也達は凛のメンタルの強さに驚くしかなかった。だが、凛はこれも計画の内であった。非公式でも戦略級魔法師であることに変わりはなく、とてもじゃないが国防軍をはいそうですかと辞めれなくなってしまった。そこで軍の実験で問題ばかり起こせば少しでも辞めやすくなるだろうと思い凛は弘樹と共に研究所で暴れ回っていたのだ。実際、参謀本部内でも凛達の暴れっぷりには頭を抱えさせられていた。しかし、それでも辞めれなさそうだったら死を偽装して二階級特進をしようとも考えていた

 

 

 

 

 

 

執務室で挨拶を終えた凛は一足先に外に出て自前の車で待っているとそこに真田大尉と柳大尉がドアのガラスを叩いていた

 

「真田大尉に柳大尉。今日はどうされましたか?」

 

「いや、君が来ていると聞いておそらくここに居るだろうと思ったんだが・・・予想が当たったみたいだな」

 

「いや、君に見て欲しいものがあるんだ」

 

「ん?なんでしょうか?」

 

そう言って真田達に連れられるとそこにはムーバルスーツが置いてあった

 

「ムーバルスーツ?」

 

そう言って()()()()ムーバルスーツに疑問を抱いていると真田が凛に聞いた

 

「ええ、ここにあるのは未完成のムーバルスーツです」

 

「未完成?何でまた」

 

凛の疑問に柳が答えた

 

「簡単な話です。研究所を吹き飛ばして色々な改造をしていた准将殿ならこのムーバルスーツをもっといいものに仕上げてくれると思ったからです」

 

「・・・全く、人使いの荒いお二人だ」

 

そう言って軽く悪態を吐きながらも凛はムーバルスーツの改造を引き受けると一着のムーバルスーツを受け取った

 

「取り敢えず学校に行きながらだから完成は先になるよ?」

 

「大丈夫ですよ」

 

そう言って真田達が遅くなることに了解をすると凛は早速、車にある簡易的な調整機で早速ムーバルスーツの改造を始めた

 

 

 

 

 

 

改造をしている事数十分。改造に夢中になっていた凛は達也が戻ってくるまで不気味な笑みをして居たらしい

 

「凛、戻ったぞ」

 

「ん?了解」

 

「それは・・・ムーバルスーツか?」

 

「ええ、さっき真田大尉からお願いされてね」

 

「相変わらずだな」

 

そう言って達也は凛の改造狂具合に軽く引き攣っていた

 

「ま、これはこれで楽しいから良いんだけどね」

 

そう言って調整器を閉じた凛は車を走らせ、マンションに向かった



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お見舞い

1月6日

 

この日、凛はフルーツの入ったカゴを持って伊豆の別荘に来ていた

 

「・・・行くか」

 

そう言って凛はインターホンを押すとそこから深夜が出てきた

 

「あ、閣下でしたか。申し訳ありません。いきなりお呼びして」

 

「いやいや、大丈夫だよ。早速だけど容体を見せてもらって良いかい?」

 

「どうぞこちらに」

 

そう言って凛は別荘の部屋に入るとそこには顔を赤くして寝込んでいる穂波の姿があった

 

「お久しぶり穂波さん、見舞いに来たよ」

 

「あ、申し訳ありません閣下。この様な形で・・・」

 

「良いのよ、病人は安静にしないと。それと、閣下呼びはやめて欲しいなぁ」

 

そう言ってベットから起き上がりかけた穂波にそう言うと凛は持ってきたカゴをベットの横に置いた

 

「さて、深夜さん。穂波さんが倒れたのは昨日からなんだよね」

 

「ええ、昨日お伝えした通りです」

 

そう言って深夜は昨日の夜中、熱を出して倒れた穂波を見て大事を取って凛呼んだのだった

 

「ふーん、取り敢えず()させてもらうね」

 

そう言って穂波の手を取ると凛は早速診察を始めた

 

「・・・」

 

「・・・」

 

凛の診察結果に二人はドキドキしていた。そして穂波の診察を終えた凛は穂波に向かって

 

「大丈夫ね、特に体の方は問題はないと思うわよ。単なる風邪だと思う」

 

そう言って凛は結果を言うと深夜達は心底ホッとした表情だった

 

「取り敢えず。風邪だからちゃんと安静にして、数日は休みなさい。無理をすればまた拗らせるから」

 

「分かりました。いやー、よかったです。もしかして寿命が縮んだんじゃ無いかと思いました」

 

そう言って凛は薬を飲む様に言うと別荘を後にした

 

 

 

 

 

 

 

別荘から帰宅途中、凛はさっきの結果を思い出していた

 

「確かに、()()()は問題なかった・・・だけど、()()()はサンクテルに異常が見られた・・・やっぱり調整体には合わないのか?」

 

そう言って凛は穂波の中にあるサンクテルに異常があり、これからの生活は大変になるのだろうと予測していた

 

「生命の営みの燃料・・・サンクテル。それに異常と言うことはベット生活の可能性が出て来たな」

 

そう言って凛は沖縄の時の事を思い出していた。あの時、凛は深夜に関して問題はないと踏んでいた。なぜなら()()()生まれてきた人間だったから。だが穂波は調整体魔法師。普通ではない生まれ方に影響の有無があるのかと心配があった為細心の注意を払って調整をしていた。初めは問題無いと思い安心していたが今日。問題が起こった

 

「なんとかしないとな。しかし、調整体は初めての事だから時間がかかるかも知れないなぁ」

 

そう言って今までに術を打った水波や琴鳴の事を思い出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月8日

 

三学期が始まるこの日、凛達は登校をするとそこでは異様な雰囲気があった

 

『まぁ、そうか。()()四葉よりも成績の良い私は疑惑の念に狩られるか・・・』

 

そう言って凛はいつも通り大して面白くも無い授業をボーっと聞いていた。四葉家の公表があってから一高の中では疑問が浮かんでいた。総代の神木凛は四葉家よりも成績が良いと言うことはつまり深雪よりも強いと言う事になりその強さは計り知れないと思い恐怖感で埋められていた

 

『この際仕方ないか。まぁ、情報は流してあるし。いつか、納得してくれるでしょう』

 

そう言って凛は誰にも話しかけられないまま午前の授業を終えた

 

『弘樹、屋上に行くよ。そこだったら人目につかないから』

 

『了解です、姉様』

 

そう言って凛と弘樹は鞄を持って席を立つと屋上に向けて階段を登るとそこでは達也達が既にベンチに座っていた

 

「おや、達也もここにいたのかい」

 

「弘樹達も・・・か?」

 

「まぁ、そんなとこ」

 

そう言って凛は達也とは反対側の席に座ると凛達は持ってきていたお弁当を開けた

 

「わぁ、綺麗ね。さすが凛だわ」

 

「食事くらい気分上げたいでしょう?」

 

「それもそうね」

 

そう言って四人は屋上でお弁当を食べていた。その際、深雪が自分の作った弁当を弘樹に食べさせていた。凛もそれに便乗して変装を解いて達也にお弁当を差し出すと返事として渾身のチョップが帰ってきた

 

「達也、はいどーぞ」

 

ボコッ!

 

「っ痛ってぇ〜。何すんだよ」

 

「いや、ふざけていたから注意をしただけだ」

 

そう言って凛は達也に文句を言いつつも昼食の時間を堪能していた

 

 

 

 

 

 

帰宅した凛は気分転換にマンションの屋上に来ていた

 

「今日は綺麗な月だなぁ」

 

「そうですね。あそこほどでは無いですが、ここも中々だと思いますよ」

 

そう言って弘樹が酒瓶を持って隣に座った

 

「おお、気が効くねぇ。丁度良いや、久々に弘樹も飲もうじゃない」

 

「・・・そうですね。偶には良いですね」

 

そう言って弘樹はついでに肴も持ってきた。普段、弘樹はワイン派なのだが今日は日本酒の気分だった。そうして日本酒を嗜んでいると持っていた携帯に通信が入り、相手は真夜であった

 

「おや、珍しいね。こんな時間に連絡だなんて」

 

『夜分に申し訳ありません。少しお耳に入れてほしいことがございまして・・・』

 

そう言って真夜は一条家が深雪に婚約の申し入れがあった事を伝えた

 

「うーん、やっぱり来たか・・・」

 

『ええ、閣下の予想通りです。お返事は師族会議の後にすると返しました』

 

「ええ、それで良いと思うわ。大体、深雪の婚約者は発表していないし。募集もしていない。向こうが勝手に勘違いして申ししれをしてきただけだしね〜」

 

凛の考えに真夜は改めてこの人は腹黒いと感じていた



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弘樹の弱点

1月14日

 

普段通り登校をし、午前の授業を終えた凛達はエリカやレオ以外からは話しかけられなくなった部活連本部で寝ているとそこにエリカが声をかけた

 

「凛、何寝ているのよ」

 

「ん?エリカか、どうした?なんか問題でも起こったのかい?」

 

「いやいや、用があるのは私じゃなくてミキだよ」

 

そう言ってエリカの後ろに幹比古が立ち、お決まりのセリフを言うと凛の方を見た。その目は真剣な目であった

 

「エリカ、少し部屋から出てもらえるかい?」

 

「どうして?」

 

「これはいくらエリカでも話せない内容だからだよ」

 

そう言ってエリカは渋々部屋を出たのを確認すると幹比古は凛に質問をした

 

「神木さん、君は()()なんだ?」

 

「どう言うことだい?」

 

幹比古の質問に凛は惚けた

 

「そのままの意味だよ。神木家は吉田家が調べても詳しい情報は出なかった。だけど、この前の達也の指名の時と同タイミングで君達の情報が公開された。第四研究所に勤務していたからってのは分かるけど。どうしてそれ以前の情報すらもなかったのかと」

 

幹比古の言い方的に凛は心の中で軽く微笑んでいた

 

「成程ねぇ。つまり幹比古はなぜ神木家が今まで情報を隠していたのか。それを知りたいって事だね」

 

「そう言う事。どうして隠し事をしていたのかが気になって。弘樹に聞いたけどはぐらかされたから・・・」

 

そう言うと幹比古は頷いた。そして凛は寝ていたソファーから起き上がると幹比古の視線をじっと見つめた

 

「そうかい・・・じゃあ、君に今度見せてあげよう。我が家の護っている物を」

 

「っ!?それは・・・大事な物じゃ無いのかい?」

 

幹比古は一瞬動揺した。神木家の今まで護ってきた物を他人に見せる。それはつまり、神木家の秘密を教えるのと同義。神木家が代々護ってきた物。そんな物が観れると言う事はもしかすると凛達の使う神道魔法について何か知ることが出来るかもしれないと言う淡い期待が生まれていた。だが、そんな期待はあっさりと打ち砕かれた

 

「まぁ、いつ見せるかはわからないけどね」

 

そう言ってガッカリしている幹比古を他所目に凛は学校を後にした

 

 

 

 

 

その日の夜、凛は部屋で日本酒を飲んでいるとそこに深雪がやってきた。深雪はあの日以来毎日のように地下訓練場で神道魔法と武術の訓練をしていた。司波家の訓練場でも訓練を行うのだが、こっちの方が大きいと言う事で深雪がよく来ていた。初日に瞬間移動を覚えた為に達也の護衛なしで凛の部屋に来ることができた。神道魔法は次元そのものに干渉をする影響で元々ここに存在したと言う()()を作り、それを次元に埋め込むようなイメージの魔法だ。この埋め込む工程に必要になる演算量が恐ろしいくらいになる。だから普通の人間には到底扱えない代物だった

 

「凛、弘樹さんは今どこに?」

 

「もう既に下にいるよ」

 

「ありがとう。じゃあまた借りるわね」

 

「良いわよ〜、今じゃもう家族だしね」

 

そう言って凛は空になった酒瓶をブンブン振り回すと深雪は下に降りて行った。それを確認した凛は酒瓶を消すと書き置きを残して部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はこのくらいにしよう。お疲れ様」

 

「ありがとうござます。弘樹さん」

 

「いやいや、これくらい平気だよ」

 

そう言って深雪の頭を撫でると深雪は心底嬉しそうにしていた。二人の姿は円満夫婦そのものだった。そして二人は訓練場にある階段を登るとそこに凛は居らず、机の書き置きにはこう書かれていた

 

『ちょっと夜通し飲んで来ます。帰りは早朝だと思います』

 

このメモ書きに弘樹達は一瞬固まるとお互いに見合っていた。そして弘樹はいつも通り練習で少し湿った服を洗濯カゴに入れ、シャワー室に入って汗を流し。部屋に戻るとそこでは深雪がパジャマに着替えていた。どうやら部屋にあった凛用のものを着ているらしい。凛と深雪は同じ大きさの服が着れる為、偶に家に泊まりに来た時は凛のを借りていた。弘樹は深雪の姿を見て凛に何か吹き込まれたのだろうと思うと深雪をいつも凛と二人で使っている寝室に招き入れた

 

「深雪・・・」

 

「弘樹さん。隣、良いですか?」

 

「あ、ああ・・・」

 

そう言って深雪が隣に入ると深雪は体を弘樹に寄せてた。直で感じる体温に弘樹は凛とは違う何かを感じた。自分が幼い頃、凛に拾われた後は時々凛が自分が寝れない時によく隣にいた事はあったが今回は全く違う。婚約者となった深雪、妖怪となったことで自分との壁は無くなっていた。それどころか、深雪は自分に血を飲んで妖怪の姿になった。いわば家族以上のつながりを持った存在だった。自分が初めて凛以外に守りたいと思った人。自分について行きたいと言って自分の跡を追って人である事をやめた人間(深雪)。つくづく愛が生む行動は不思議に感じた。愛する人のためならばどんな事だって受け入れることができる。すると弘樹はふと昔の自分を思い出すと深雪を後ろから抱きしめていた

 

「弘樹さん!?」

 

突然の事に深雪は驚いていたが弘樹の小さな声ですぐに収まった

 

「ごめん・・・少しこうさせて欲しいんだ・・・すごく・・・懐かしい雰囲気だから・・・」

 

「・・・」

 

深雪は凛が言っていたことを思い出した

 

『深雪、弘樹は時々本当の親を思い出して気持ちが不安定になる事がある。その時はしっかり弘樹の事を支えてくれないか?ああ見えて中身はまだ幼い子供なんだ』

 

弘樹と凛は本当の姉弟じゃない。その事は沖縄で出会った時に軽く教えてもらっていた。そして、詳しい話をこの前聞き。弘樹の過去を聞き、より一層自分が支えてあげないとと言う誓いを立てた。そう思っていると深雪はいつの間にか弘樹が寝てしまっている事に気づいた。元々寝る必要がなく、寝る事自体が珍しい弘樹は静かに深雪の背中で寝息を立てており、ぐっすりと寝ていた。深雪はその様子を見ようと振り返ると弘樹の表情は小さな子供のようだった



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新しい聖遺物

1月20日

 

この日、凛はマンションから移動しようとすると丁度そこにエリカがやってきた

 

「凛〜!」

 

「ん?エリカか。どうしたの?私、今からジムに行くんだけど」

 

「ゴメンゴメン、ちょっと話したいことがあったのよ」

 

「ほーん。ま、移動しながら聞こうか。どうせ大きな問題でもないんだろ?」

 

そう言って凛はスポーツバイクを引きながらエリカと共に歩き始めた

 

 

 

 

 

エリカと歩き始めた凛は早速エリカから質問を受けた。内容は凛の予想した通りだった

 

「ねえ、凛。深雪と弘樹って婚約しているの?」

 

「いきなりだね、どうしたの」

 

「いや、学校でちょっとした噂になっているからさ。あの二人の婚約の話」

 

「ああ〜、そっか。そう言えばカップルの噂はよく出ていたからね」

 

「と言うか事実だしね」

 

そう言ってエリカと話しているとエリカの疑問に答えた

 

「ええ、ここだけの話。あの二人は婚約しているさ。もちろん、他言無用よ」

 

「やっぱりね。そうなのかなって思ったんだよ」

 

そう言ってエリカは納得した様子を見せた

 

「まぁ、あまりウチが有名な家じゃないから。公表するのはもう少し先になるらしいけどね」

 

「でも凄いじゃない。あの深雪との婚約だなんて」

 

そう言って二人は深雪と弘樹の婚約で話していると凛の通っているジムに到着した

 

「じゃあ、私は着いたから。じゃあね」

 

「へえ〜、凛はここに通っているんだ」

 

「そうよ、個々の設備が一番だからね」

 

そう言って凛はエリカと別れるとジムに入って日課の筋トレを始めた

 

 

 

 

 

ジムでの筋トレを終えた凛はマンションに戻ると玄関目に達也がきていることに気づいた

 

「あれ?達也じゃん。どうしたの今日は連絡もなしに」

 

「凛か、ちょうど良かった。少し良いか?」

 

達也の声色に何かあったのだろうと予測すると凛は達也を部屋に入れた

 

「それで、今日は何があったんだい?」

 

「いや、さっき叔母上・・・いや、今は母上か。から連絡があって婚約者の話だったんだが・・・」

 

「ああ、婚約者ね。一体誰になったんだい?」

 

そう言って達也に聞くと達也は少し困った様子を浮かべた

 

「それが・・・ほのかだそうだ」

 

「あはははは。そうかいそうかい、ほのかが。あはははは」

 

そう言って凛は嬉しそうに笑い声を上げていた。達也はその時、なんとも言えない感情で頭が埋め尽くされていた

 

「いやーよかったよかった。ほのかが婚約者か。良いじゃないか、ほのかもさぞ嬉しいだろうな」

 

「いや、問題はそこじゃなくてだな。母上がほのかを推薦したのはお前だと聞いたんだ。どうしてほのかを?」

 

達也の問いに凛は生み出した酒を飲みながら答えた

 

「簡単な話さ。達也に恋をした人だ、達也に愛の素晴らしさを教える為だよ」

 

「愛の素晴らしさ?どう言う事だ?」

 

凛の答えに?マークが浮かび上がり凛に聞いたが凛は

 

「なあに、いずれ分かるさ」

 

そう言って上手くはぐらかされてしまった。さらに問おうとも思ったがそんな事は部屋の隅に置いてあった機械で頭の何処かに追いやられてしまった。ちなみに、達也の婚約者に発表は近日中に行われることとなり、先にほのかには連絡が行くとの事

 

「あれは何だ?」

 

「ん?ああ、それは試作CADさ。持ってみるかい?」

 

そう言って凛はCADを手に引き寄せると達也に渡した。そのCADは夢の王国で凛の使っていたCADのような金属製の杖だった。ただし、色は凛の赤を基調とした色合いではなく、青色を基調としていた色合いだった

 

「これは・・・」

 

「それは深雪用の新しいCADさ。まだ試作段階だけどね」

 

そう言って凛は机の上にその杖を置くと軽く魔法式を起動した

 

「何をしているんだ?」

 

「ちょっとしたテストさ」

 

そう言って起動式が組み込まれると周囲に小さく風が吹き、上手く行ったように見えた。だが、次の瞬間。杖の上部にある水晶が砕け、粉々になって消えてしまっていた

 

「あーあ、また失敗だ」

 

「そのようだな」

 

そう言って達也は粉々になった水晶を見ながら呟いた

 

「しかしこれで何回目なんだろう。少なくとも100は越えちゃったよ」

 

「そんなにしているのか?」

 

「ええ、上の水晶部分がどうしても弘樹じゃ難しいからね。でもそれ以外は弘樹が作ってくれたんだ」

 

そう言って凛は達也を連れて地下訓練場に行くと壁から木箱を取り出すとそこには先ほど砕けた水晶と同じものが入っていた

 

「これをくっ付けるんだ。こうやってね」

 

そう言って水晶を杖の柄の部分に置くと柄が薄く光り、水晶はビクともしなくなった

 

「これは・・・どう言う原理なんだ?」

 

「ふふっ、それはヒ・ミ・ツ流石にこればかりは君には教えられないな。それにこの杖に使われている金属もね」

 

そう言って凛は再び杖を握った。この杖に使われている金属は伝説の存在のヒヒイロカネを使った金属だからだ。金属自体は凛の能力で作り出したものだが、伝説のように驚異的な熱伝導性はなく色も伝承の赤色ではなく普通の金属と変わりない銀色となっている

 

「ま、私の使っているこの杖自体も何千回も実験を繰り返したからね」

 

そう言って神官の祝福を持った凛は軽く笑みを浮かべた。その時の瞳はどこか嬉しそうなものだった

 

「いやー、まさかこれと似たようなものをもう一回作る事になるなんて。職人妙技に尽きるねぇ」

 

「お前の能力でそれと同じやつを作ればよかったんじゃないか?」

 

そう言って達也は凛にそう疑問を投げ掛けた。だが、凛は首を横に振った

 

「いいえ、これに関してはそれは無理ね。例え同じのを作ってもそれは深雪には合わない。人がぞれぞれ違うようにこれが深雪に会う可能性は限りなく低いの。実際、私もやってみたけど合わなくて複製が割れちゃったしね。まぁ、さっきこの杖に流したのは深雪と同じ想子だからこうやって毎日調整をしているのよ」

 

そう言って凛はくっ付けた水晶に再び想子を流し込んでいた。そして達也はその様子を隣でじっと見ていた



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紛失物

1月22日

 

この日、帰宅し深雪の新しい聖遺物の調整をしていると家の電話に連絡が入った。相手はシルバー家からだった

 

「ん?どうしたんだろうこんな時間に」

 

そう言って電話の通知を開けるとそこにはローズが映っていた

 

『夜分に申し訳ありません。閣下』

 

「いいわよ、それより普通の電話をして来たと言う事ははそれだけ急ぎの用事なんだろう?」

 

『はっ、ご推察の通りであります』

 

そう言ってローズはアメリカ陸軍の旧式の携行式ミサイルが紛失したと言う情報を話した

 

「ふむ、CL-20が主成分のミサイル紛失か・・・で、首謀者と流した相手は?」

 

『はっ、横流しした首謀者はまだ分かりませんが。流した相手は顧傑の可能性が高いとの事です』

 

「顧傑・・・崑崙法院の生き残りの奴か」

 

『はい、その通りでございます』

 

顧傑の名を聞いた瞬間、凛の雰囲気が険しい物になりローズも思わず冷や汗が出ていた。だが、ローズはまだ報告すべき事があったために話を続けた

 

『それで、顧傑に横流ししたミサイルは現在追跡をおこなっており。顧傑は現在行方をくらましております。おそらく日本でテロを起こすのが目的かと・・・』

 

「ここでか?なぜだ、テロを起こすなら普通は大漢を吸収した・・・まさか、四葉家か?」

 

『その通りでございます閣下。其奴は大漢を滅ぼした四葉家に復讐をしようとしていると思われます』

 

凛はそれを聞いて疑問に思った。なぜ自分の復讐相手を代わりに滅ぼした四葉家に復讐を行うのか。それに疑問を思っていたが。取り敢えず凛は持っていた杖を床に置くとローズに言った

 

「ローズ、その不祥事に関する情報があれば全て私に教えてください。この事件は()()私が指揮をします」

 

『はっ!畏まりました。では、また情報が集まり次第お伝えします』

 

凛が直接動くと言うことにローズは驚きをあらわにしたがすぐに姿勢を正すと一礼をして通信を切った

 

 

 

 

 

通信が切れた凛は拳を強く握ると強い口調で呟いた

 

「顧傑・・・」

 

そう言って凛は元造の敵討ちではないが固く決意をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ジョンソンはシルバー家本邸でローズから仕事を教えられていた

 

「えっと・・・取り敢えずこの資料はあっちに渡して。これは経理に回すか・・・」

 

元々魔法師としての技能はそれほど強く無い。ジョンソンは許嫁(リーナ)のストッパーとして無理やりスターズに入れられ、そのまま釣り上げられる形で副隊長の立場までのし上がった。だが、彼自身。自分の努力で上がった訳でも無いのに上の立場であることに疑問を持っており、さっさと実家の家業を継がないといけなかった為。この前基地司令に辞職願を出したのだが、そこで問題が起こった。今までリーナの暴走はジョンソンによってそれほど大きくならずに済んでいたがそのストッパーが消えたらどうなるか基地司令には想像もつかず、ジョンソンが辞職願を出すなど考えてもいなかったが為にこの情報は国防総省にまで届き。辞職して家業を継ぎたいジョンソンとリーナのストッパーとして辞めて欲しくない軍上層部で大揉めになったのだ。わざわざジョンソンの実家に軍上層部が赴き、ジョンソンを説得していた

 

「ジョンソン少佐。考え直してくれないか。君は我々に必要な人材なんだ」

 

「すみませんウォーカー司令。実家の仕事をそろそろ継がなけれいばいけませんので・・・」

 

「そこを何とか。君がいなくなれば被害がどうなるか分かったもんじゃ無い。頼む、この通りだ!!」

 

そう言ってウォーカー司令がジョンソンに大粒の涙を流しながら必死に懇願した為。ジョンソンはローズに相談をするとそのまま凛の下まで届き、凛の提案で軍属になってリーナを後ろから支えながらUSNA軍内の情報収集をすれば良いと言うこととなり。ジョンソンは軍を退官した後、軍属となってリーナのバックアップをしていた。スターズの中でも情報整理に長けたジョンソンは人望があり、退官は惜しまれたが再び軍属で基地に来ることを知り、雰囲気の変化はあまり無かった。そこに何処かホッとした雰囲気があったのは気のせいでは無かった

 

「まさか、軍を辞めることすらできないとは・・・とほほ・・・」

 

そう言ってジョンソンはコーヒーを掻き回しながらそう呟いた。現在、ジョンソンは軍を退官するもリーナの私生活の補助役としてシルヴィアと同じ様な立場にいた。だが、軍属になる時に色々と特権を得ていた。その中にはスターズの基地をいつでも自由に出入りできる権限などもあった。ジョンソンはその権限を使ってスターズの情報や軍内部の情報をローズに報告していた

 

「この際仕方ないか。せいぜい役目を果たしましょうかね」

 

そう言ってジョンソンはそろそろ通信機から戻ってくるローズのために執務室の机の上に自分の淹れたコーヒーを置いた



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情報提供

1月27日

 

この日、凛は司波家に赴いて杖の最終調整をしていた

 

「じゃあ深雪、これを持って送風を展開してみて」

 

「分かったわ」

 

そう言って凛に渡された杖を握り、起動式を展開すると杖は起動式を吸収すると杖を中心に優しい風が吹いていた

 

「うん、上手く行ったわね」

 

「ありがとう凛」

 

そう言ってグレシャーブルーの杖に取り付けられた水晶を見ながら深雪は少し嬉しそうにしていた

 

「じゃあ、最後の工程をするよ。ちょっと借りるね」

 

そう言って深雪から杖を受け取ると凛は持ってきていた木箱から四面体に切り取られた無色の宝石を取り出した

 

「それは何だ?」

 

「これはCADの感応石のような物さ。これを使えばこの杖は本当の力を引き出す。私はこれを宝珠と呼んでいるけどね」

 

「宝珠・・・成程、まさに神の産物だな」

 

そう言って達也は深雪の物になるその杖が聖遺物と変わりない事に笑うしかなかった

 

「達也、精霊の眼を使ったでしょう?」

 

「よく分かったな」

 

「そりゃそうよ。想子の波を感じたもの。それで、どうだった?この杖の感想は」

 

「もはや笑う他ない。これはもう聖遺物そのものだ」

 

「そりゃ良かった。あ、それとこの杖は繋げれば調整器で調整できるからね」

 

「ああ、分かった・・・しかし、その宝珠はどうするんだ?杖につけるのか?」

 

達也の疑問に凛は小さく笑みを浮かべると

 

「まぁ、見てな。きっと驚くから」

 

そう言って凛は水晶に手を置き、触った部分が赤くなるとそこに宝珠を無理矢理ねじ込んだ

 

「っ!?これは・・・」

 

その光景に達也は驚きの声をあげ、深雪も固唾を飲んで見ていた。そして宝珠は赤く熱せられた部分から入り込むと水晶の中心部に埋め込まれた

 

「「おぉ〜」」

 

その光景に夢中になって達也と弘樹は見ていた。弘樹の持っている白玉天地は鈴の一つ一つにこの水晶を小さくした物が付いているがあの時は宝珠の周りに水晶を纏わり付けた形だったためこの方法は初めて見ていた

 

「・・・よし、これで完成。後はこれをもう一回持って想子を流してみて」

 

「分かったわ」

 

そう言って言われた通りに再び想子を流すと無色の宝珠が輝くと無色の宝珠が青色のサファイアのような見た目に変わっていた

 

「凄い・・・」

 

「そうでしょう。この宝珠はその人の想子の質によって変わるのよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、私の場合は赤色だったけど。深雪は青色だったね」

 

そう言うと凛は宝珠は使う魔法の種類が増えるごとにどんどん形が変わっていくと伝えると実際に四面体だった宝珠は八面体に形を変えていた。水晶の個体の中で形を変えている宝珠に達也は考える事を諦めていた。ここら辺は自分の介入できる範疇を超えているからだった。ちなみに、凛の持っていた杖はルビーのような赤色で、宝珠は球体にかなり近い多面体の形をしていた

 

「さて、杖の準備も終わったし。名前を決めなよ」

 

「名前・・・ですか?」

 

「ええ、その杖に名前を付けてあげて。まぁ、私の杖は仮名称だからあれだけど」

 

「そうなの?」

 

「ええ、だから今回正式に決めようかなって思っているの」

 

そう言って凛は神官の祝福を手に持つと達也の方を向いた

 

「達也、これに名前をつけるならどうする?」

 

達也はいきなり自分に話が回ってきた事に少し驚くが自分のそんな大義を任せてくれた事に達也は真剣に考えていた

 

「赤色宝珠の杖だ・・・『柘榴石の杖(ガーナットスタップ)』と言うのはどうだ?」

 

達也の考えた名前に凛は満足そうな表情を浮かべた

 

「やっぱり達也に任せて良かったよ。よし、これからこれはの柘榴石の杖だな。じゃあ深雪のも似た名前にしようか」

 

「満足してもらったようで何よりだ」

 

そう言って凛達は深雪の杖の名前を考えているとそこに連絡があった。相手は去年の冬に来日したリーナだった

 

「リーナか・・・」

 

「どうしたのでしょう」

 

「久々に話したくなったんじゃない?」

 

そう言って通話ボタンを押すとリーナが達也に軽い挨拶をしていた

 

『ハロー、タツヤにミユキ・・・え!?ミユキが二人もいる!?』

 

そう言ってリーナは心底驚いていた。この時、凛は自分にかけた変装を解いていた為深雪にそっくりだったのだ

 

「ああ、私だよ凛だよ」

 

『え?え?リ、リンなの?』

 

「ええ、そうよ。初めはみんなびっくりするんだけどね」

 

そう言って困惑しているリーナ相手に凛はいつもの調子で返事をしていた。そしてリーナは忘れかけていた目的を伝えた

 

 

 

 

「・・・成程。その顧傑と言う男が日本でテロを起こそうとしていると」

 

『ええ、そう言うことね。七賢人がもたらした情報だとそう言う事になるわ』

 

「崑崙法院なら達也が標的かもね」

 

「そうだったらどれだけ楽か・・・」

 

『そう・・・ねえ。たしかにタツヤなら大丈夫そうよね』

 

「リーナまで何を言っているんだ」

 

達也の言い分に深雪までもが小さく笑っていた

 

「ま、とりあえず事情は分かった。すまないリーナ」

 

『だ、大丈夫よ!じゃ、じゃあね!!』

 

そう言ってリーナは達也に感謝されたのが意外だったのか慌てて通信を切っていた

 

「・・・切れたな」

 

「そ、そのようね・・・」

 

そう言って目をパチクリしている凛をよそ目に達也は凛に聞いていた

 

「凛、さっきの顧傑について何か知らないか?」

 

「え!?うーん、特には・・・さっきの情報以外だと・・・どんな情報が欲しいんだい?」

 

「取り敢えず必要なのは容姿、USNAからの行方・・・と言ったところだな」

 

「容姿はすぐに手に入るだろうけど・・・問題は行方の方だな。時間かかかっても良いかい?」

 

「ああ、構わない。師族会議を狙っていると言う事はとても危険だ。なるべく早く頼む」

 

「了解、容姿はすぐにでも取り寄せるよ」

 

そう言って凛は携帯で何処かに連絡を入れるとそのまま司波家で夕食を取る事になった。深雪に渡した杖は青玉の杖(サーフィアスタップ)という名前となった



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師族会議1

2月4日

 

リーナの情報提供から一週間後。顧傑の容姿は難民センターからすぐに調べることができたがここで問題が起こった、ミサイルの炸薬を横流ししたのは元大統領次席補佐官だという事だ。彼はUSNA国内の人間主義者の注意を日本に向けるためにミサイルを顧傑に横流ししたとの事。下手しなくともスキャンダルになりかねないこの不祥事にスターズではベンジャミン・カノープス少佐が日本に来ているという事だった。真夜からも顧傑の顔写真を要求されたために情報を送ったが正直古い写真な為に信憑性は低かった。この日、凛は深雪と一緒に教室に入ってきて。いつも通りに雫とほのかに声をかけた。その時、二人の姿を見たクラスメイト全員が硬直をしていた

 

「おはよう雫にほのか」

 

「あ・・・お、おはよう凛・・・ど、どうしたの?と、と言うか深雪はどうして学校に来ているの?」

 

「何でって・・・今日は平日じゃない。高校生が学校に来るのは当たり前よ?それとも私、いつの間にか仲間外れにされていたの?虐められているのかしら」

 

「え・・・いや、そう言う事じゃなくて・・・」

 

そう言ってほのかやクラスメイトが動揺したのは深雪の隣にいる人物が原因だった。そこには深雪に瓜二つの見た目をした凛がいたからだった

 

 

 

 

 

 

 

昼食の時間となり、凛達は食堂に行くと先に席を取っていたエリカ達と合流をした

 

「わぁ!本当にそっくりね」

 

「そうですね。瓜二つですね」

 

「まるで双子だぜ」

 

「うん、話には聞いていたけどまさかここまでとは・・・」

 

そう言ってレオ達は双子の様にそっくりな凛と深雪に驚いていた

 

「そうかしら。まぁ、私ですらびっくりだけどね」

 

「そうね、私も初めて見た時は驚いたわ」

 

「「ねー」」

 

今の二人の姿は双子と言っても過言ではなく声まで同じにされるとどっちが誰なのか分からなくなりそうだった。そして、二人の話題が落ち着くと凛達は席に座って食事を取り始めた

 

「しかし、師族会議は次期当主じゃ入れないんだな」

 

「ああ、会議の内容は後から聞かされる」

 

「十師族ってのは大変なんだねぇ」

 

レオ達は上を見ながらそう呟いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、箱根にあるとあるホテルの会議室では円卓状のテーブルに座り、それぞれの家の担当地域の報告と十文字家の当主交代の話で一旦は終わっていた。だが師族会議は関係者にとっては命のやり取りとも言える状況で多くの駆け引きがおこなわれるのは自明の理であった

 

「そういえば四葉殿。我が家の婚約の申し入れの件はどの様になったのでしょうか」

 

「一条殿、それはこの会議が終わった後にお返事をすると言いました・・・まあ、この場を借りて返事をしてもよろしいでしょう・・・・お断りをさせていただきます」

 

「・・・理由をお聞かせ願っても?」

 

剛毅の問いかけに真夜は妖美な笑みを浮かべ返答をした

 

「私自身、過去の事故で自由な婚約を破棄する結果になりました。現在の魔法師の婚約事情は自由な婚約ができにくい状況です。なのでせめて自分の姪だけでも自由に恋をしてほしいと言う願いから既に彼女の選んだ婚約者を選定しております」

 

真夜の意見に二木舞衣と六塚温子の二人は賛同をしていた。逆に剛毅は厳しい視線を向けられていた。するとそこに弘一が質問をした

 

「四葉殿、先程婚約者を選定したと聞きました。その相手は誰なのかをお聞かせ願いたい」

 

「・・・いいでしょう。深雪さんの婚約者は神木弘樹殿です」

 

予想通りの答えに弘一はやはりと言う気持ちだった。他の当主たちも同じ様な反応だった。神木家は情報は少ないものの現役の九島烈相手に勝利を収めた情報があり、昨年の九校戦では将輝相手に勝利を収めており、実力は指折りだった。しかし、剛毅は怯まずに真夜に話をしていた

 

「しかし、本当に気持ちは動かせないのでしょうか。将輝にチャンスを頂けないだろうか?」

 

「チャンスですか?両思いの深い愛に横槍を入れたいと?」

 

「深雪殿は将輝を殆ど知らないはずだ」

 

「それは将輝殿にも言えた事では?」

 

真夜のオウム返しに剛毅は言葉を詰まらせてしまった。しかし、そこに弘一が口を挟んだ

 

「しかし、魔法師界の発展を考えるのであれば弘樹殿よりも将輝殿と結ばれた方がよろしいのでは?」

 

「私たち四葉家は深雪さんを政略結婚の道具にし、他家との関係を強めようとは思いません。私は一人の女性としての幸せを得られない分。彼女には幸せな人生を歩んでほしいと願っているのです。それに神木家は代々神道魔法を継承してきた由緒但しき家系。魔法界の発展の為といえば神木家の方が上と思われますが?」

 

真夜は既に人としての器から脱却した深雪のことを思い出していた。姉である深夜は始めは哀愁を漂わせていたが一個人として幸せとなった深雪の姿を見て心の底から祝福をしていた。真夜の発言に他の当主達も賛同し、剛毅と弘一は厳しい視線を受けていた

 

「外見で惚れてしまった、と言うのは否定はできません。ですが、それだけでチャンスもなく振られるのは将輝も納得できないでしょう。姪の深雪の気持ちを汲むように、私も息子の気持ちを汲んでやりたいのです」

 

「なら何故、深雪さんが四葉の縁者だと公表する前に婚姻の申し入れを行わなかったのですか?息子さんの気持ちを汲むのならば始めから家柄を気にせずにそうするべきだったのでは無いでしょうか?深雪さんが四葉家の者だと知ってから申し入れをするのは将輝殿の感情を無視していたのではなくて?」

 

真夜の真っ当な意見に剛毅は黙り告ってしまった。気持ちを汲む形で周りの同情を誘おうとしたが逆に飲み込まれてしまった現状に克人が助け舟を出した

 

「四葉殿、発言をよろしいでしょうか」

 

「何でしょうか、十文字殿」

 

「私は神木家の弘樹殿も一条家の将輝との面識があります。その為あえて言わせて頂きます。一条殿にチャンスを与えても、弘樹殿は気になさらないと思います」

 

「・・・いいでしょう、深雪さんを振り向かせることが出来たら婚約の件については考え直しましょう」

 

そう言ってどうせこの会議を()()しているであろう人物に向かって言葉を投げかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師族会議で深雪の婚約事情が話し合われている頃。2年A組の教室では一人の生徒がこっそりとイヤホンで何かを聞いていた

 

『・・・良いでしょう。深雪さんを振り向かせることが出来たら婚約の件については考え直しましょう』

 

「ほほーん、あのヘタレに何ができるってんだい」

 

そう言って凛はイヤホンから聞こえてくる会話に夢中になっているとそこに一人の人物が近づいてきた

 

「何を聞いているんだ?」

 

「ん?なんだ達也か。いや、古いイヤホンを修理したんでその調整さ」

 

そう言うと達也は無言でイヤホンを自分の耳に寄せるとため息をついた

 

「はぁ・・・師族会議の盗聴なんてしていたのか。犯罪で捕まるぞ?」

 

「大丈夫よ。絶対バレないから」

 

「そんなことがよく言えるな」

 

そう言って達也はイヤホンを凛に返すと凛は再び会議の内容を聞いていた。会議は深雪の婚約の話に剛毅が克人に感謝をし、それでお開きのような雰囲気だった。だが、真夜の発言で一気にある二人が追い詰められる事になった

 

『ところで皆さん、周公瑾という男をご存知ですか?』

 

その名前が出た途端、七草家当主 七草弘一と九島家当主 九島真言の表情が変わっていた。弘一は一瞬だけ眉が動いたが真言に関しては何かに怯えるような様子だった

 

「お、弾劾が始まったぞ」

 

そう呟いて凛は今後の成り行きを聞いていた



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師族会議2

箱根のホテルで開かれた師族会議。そこで真夜の発言に二人が追いやられ始めていた

 

「ところで皆さん、周公瑾という男をご存知ですか?」

 

この発言に真言は怯える様にしていた

 

「しゅうこうきん、ですか?」

 

「四葉殿、それは三国志で有名なあの?」

 

六塚と八代の二人が真夜に問いかけをした。真夜な笑顔のままで首を横に振った

 

「横浜中華街を根城にしていた大陸系の古式魔法師です。道士、と言うのでしたよね。九島殿?」

 

「あ、ああ。大陸の古式魔法師はその様に呼ばれることが多い」

 

真言は震え出しそうな体を必死に抑えながら答えた

 

「九島殿、如何なされた?顔色が悪い様だが」

 

「いや、なんでもない六塚殿」

 

真言の態度に疑問を覚えたが温子は再び視線を真夜に戻した

 

「それで、その周公勤なるものが何か?」

 

「反魔法師団体『ブランシュ』。香港系国際犯罪シンジケート『無頭竜』。横浜事変を引き起こした大亜連合軍破壊工作部隊。そして東京を中心に世間を騒がせた『パラサイト』。これらを手引きし、我が国に混乱を招いた黒幕。その代理人を務めていた人物です」

 

真夜の発言にこの部屋にいる全員に衝撃を与えていた。すると雷蔵が真夜に質問をしていた

 

「四葉殿、今『務めていた』と過去形で話されたのは周公勤を既に()()()()だからですか?それとも国外へ逃亡済みだからですか?」

 

「周公勤は昨年十月、一条将輝殿、九島光宣殿の協力を得て達也が仕留めました」

 

ここで真夜が凛の名前を出さなかったのは凛からそう言う風にお願いされたためであった。もしここで名前を出すと自分の婚約の申し入れをする輩が出てくると言うことで真夜もそれを承知した上でこの件を話していた

 

事前に話を聞いていた剛毅は頷き、他の当主達も感心した様子で頷いていたが真言だけは意外感を露わにしていた

 

「光宣殿と言うと九島家のご子息でしたな?」

 

「一条の将輝殿、四葉家の達也殿、九島家の光宣殿。なんとも頼もしいことです」

 

三矢元が手放しで賞賛していた

 

「そうですわね。優秀な次世代が育つと言うことは、本当に喜ばしい限りです日本魔法界の将来は安泰といえましょう」

 

二木舞衣も同調した

 

「私や十文字殿からすると次世代より後輩、になりますが。頼もしいのは確かだ」

 

会場は和やかな雰囲気となったがそれは一瞬で霧散した

 

「七草殿、あなたは周公勤と共謀関係にありましたね」

 

「・・・四葉殿、それは確かな根拠があってのお言葉ですか?」

 

静まり返った円卓で五輪勇海が掠れた声を出した

 

「七草殿。貴方が配下の名倉三郎を使い、周公瑾とコンタクトを取り、昨年四月に民権党の神田議員を間接的に使嗾して反魔法運動を煽っていたのは調べが付いています。何か反論はお有りですか?」

 

「四葉殿。私も根拠を伺いたいですね」

 

弘一のゆっくりとした言い方に二人は冷ややかに睨みあうと最年少の克人が声を上げた

 

「発言してもよろしいでしょうか」

 

「構いませんよ」

 

そう言って克人が話したのは弘一が反魔法主義を煽っていたことを認めたという事実を告げるものだった

 

「七草殿、何か弁明はありますか?」

 

「十文字の言われたことは事実ですよ。四葉殿の言われたことも概ねその通りだ。但し順序に違いがあるようですね」

 

「順序?それがなんだと言うのだ」

 

「私が部下を使ってコンタクトを取ったのは、反魔法運動が第一高校の恒星炉実験によって小康状態となった後です。ああ、そういえばあれも四葉家の達也殿のお手柄でしたね。あの実験をローゼンの支社長が高く評価した事で、世間の風潮ががらりと変わりました。実に優秀なご子息だ」

 

「だからそれがどうした」

 

剛毅が苛立たしげに弘一を詰る。もしここに凛がいれば確実に弘一のことを殴っていただろうと思いながら真夜は話を聞いていた

 

「私が周公瑾とコンタクトを取ったのは、魔法師全般を対象とするマスコミ工作を止めさせる為でした。無論、取引材料は必要でしたが、日本魔法界の不利益になるような代償は差し出しませんでした」

 

「ああ、そうでしたね。反魔法師運動を煽った後に、周公瑾と手を組まれたのでしたね。ですが、周公瑾がそれ以前からこの国に害をなしていたのは紛れもない事実でしょう? そのような者と手を組んだという事実そのものが、十師族として相応しからぬ行いだと私は思うのですけど。皆様、そうではありませんこと?」

 

そう言って真夜が余裕の表情を崩さなかったのはそこが問題だった

 

「然り」

 

「四葉殿のおっしゃる通りです」

 

「残念ながらその通りですな」

 

「七草殿、私はあの時止めるべきだと申し上げました」

 

そう言って徐々に弘一に向けて厳しい意見が飛び交っていた

 

「七草殿、どのような意図があろうと、超えてはならない一線、手を組んではならない相手というものがございます」

 

二木舞衣が真夜の意見を支持したことで真言以外の全員が弘一に厳しい視線を向けた。しかし、最後の言葉は真言にも当てはまり、真言は苦悩していた。だが、そんな苦悩はドアをノックする音で遮断された

 

『入れてもらって構わないだろうか』

 

完全防音されているはずの扉の向こうから声が響き一番近くにいた克人が扉を開けるとそこには引退した九島烈が立っていた

 

「老師、ご無沙汰しております。それにしても、如何なされまして?」

 

舞衣が丁寧に烈を迎えると克人が席を譲ろうとしたが、烈は笑って手を振った

 

「すまないが、今の話は聞かせてもらった」

 

一瞬にして烈の笑みが消え、本題へと入った



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師族会議3

烈の発言を受けて、どうやってと問う者はいない。師族会議の発言は対外秘がルールだが、会議の模様を様々な手段で外部に漏らしているのは九島家だけがやっている事ではなかったからだ。

 

「皆が弘一を責めるのは当然だ。だが、責任を問うのは待ってもらいたい。反魔法師運動を煽動したことについては、私も弘一から相談を受けていた。そして私は弘一を止めなかった」

 

円卓を囲んで視線が飛び交う。真夜、弘一、真言を除く、剛毅、舞衣、元、勇海、温子、雷蔵、克人は、烈の真意を測りかねていた。

 

「それに、周公瑾と関係を持ったのは、我が九島家も同様だ。弘一は周公瑾と結託しても陰謀を語り合うだけで具体的な行動は起こしていないが、私はパラサイトを利用した無人魔法兵器に周公瑾から提供された技術を使い、罪もない若人をその実験台にしようとした。真夜の息子が止めてくれなかったら、取り返しの付かない事になっていたかもしれない」

 

烈から視線を向けられ、真夜は微かな笑みを浮かべて頷いた。彼女は弘一を徹底的に叩くつもりでいたが、その事に強く執着していたわけではない。烈が弘一を庇うというのであれば、その師弟愛を台無しにするつもりは無かった。

 

「私がしたことに比べれば、弘一の行いは陰謀ごっこに過ぎない」

 

「しかし、老師」

 

剛毅が言いかけた言葉を、烈が目で制する。

 

「九島家は、十師族の座を退く。それでこの場は収めていただけまいか」

 

「先代……」

 

「真言、お前には周公瑾に直接便宜を図った罪がある。周公瑾から送り込まれた道士の件で、四葉殿のご子息にも一条殿のご子息にも迷惑を掛けている。本来であれば、私ではなくお前が言い出さなければならない事だったのだ」

 

「先代……父上!」

 

「真言、お前には失望した。お前の侵した行動は()()()を怒らせるには十分だ。むしろ殺されなかった事が不思議なくらいだ。あの方のことだおそらく救済する価値も無いくらいだったのだろう」

 

烈の言ったあの方を想像できたのは話を聞いていた真夜と情報を集めていた弘一だけだったろう。呆然と父親の顔を見上げる真言に、苛烈な眼差しを向けていた烈を宥めたのは、意外にも真夜だった。

 

「先生、もうよろしいではありませんか。九島家が全ての責任を負われるというのであれば、四葉家はそれで納得しましょう。七草殿には今後の貢献で不祥事を償っていただければ結構ですわ」

 

烈は師弟の情だけで弘一を庇っているのではなく、自分が作った十師族体制維持の為に弘一を庇っているのだ。現在、日本で最も力を持っている魔法師集団は国防軍の魔法師部隊ではなく、四葉家、及び七草家。四葉家と七草家は日本魔法界の双璧であり、その七草家を十師族から除外するのは好ましくない。その思惑を見通すのは、真夜にとって難しくなかったが、これ以上話を長引かせるのも面倒だったので、烈の申し出を受け入れたのだった。

 

「四葉殿がそう仰るのであれば……」

 

「確かに今、七草家に十師族を抜けられると、穴が大きすぎますな」

 

温子と雷蔵が、相次いで真夜に賛同し、他にも反対の声が上がらなかった。弘一は笑みの消えた能面のような表情でこの顛末を見ており、真夜がそんな弘一へ目を向けて、フッと笑った。

 

「真言、行くぞ。皆、失礼したな」

 

烈に命じられて、真言がのろのろと十師族の席を立ち、軽く目礼して会議室を出ていく烈に、肩を落として続いたのだった。部屋を出ていく寸前に烈は何か小声で呟いていたが真夜はそれが弘樹と深雪の婚約を祝う言葉の様に聞こえていた

 

「そ、それでは、九島家に代わる十師族を決めなければなりませんな」

 

パタンと扉が閉まり、止まっていた時を動かしたのは、五輪勇海のやや焦った声だった。

 

「明日は選定会議だ。その時で良いのでは?」

 

「十師族に欠員が出た場合は、次の選定会議まで師族会議が選んだ補充メンバーがその務めを果たすことになっております。例え一日であろうと、十師族を欠けたままにしておくべきではないでしょう」

 

三矢元が反対を唱えたが、真言に代わって最年長になった二木舞衣が勇海の提言を支持した。

 

「そうだな。誰が良いだろうか? どなたか、候補は?」

 

 

剛毅が仕方ないという表情で候補を問う。それに答えたのは真夜だった。

 

「それでは七宝殿は如何でしょうか? ご当主の拓巳殿は思慮深く、配下の魔法師こそ少ないものの財力は中々のものですわ」

 

剛毅、克人、勇海が弘一の顔を窺う。七草家と七宝家の確執は他家にも知られているところだったが、弘一は何の反応も示さなかった。

 

「七宝殿ですか……他に推薦はございませんか?」

 

舞衣の問いかけに答える当主はいなかった。

 

「では十師族の新メンバーは七宝殿に決定します。一日限りのメンバーですが、すぐに七宝殿へお伝えしましょう」

 

「では、私が」

 

克人が手を上げ、電話を掛けるために会議室を出て行こうとしたが、舞衣がその背中に声を掛けた。

 

「十文字殿、お待ちください。少し休憩と致しましょう。再開は三十分後で如何です?」

 

舞衣の言葉に、反対の声は無かった。



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自爆テロ

今30巻読んでるけど光宣どうしよう・・・


2月5日

 

達也は教室に登校をすると七宝琢磨の訪問を受けた

 

「七宝、どうした?」

 

「いや、司波先輩に……その、御礼をと」

 

十三束の訝しげな声に琢磨は少し居心地を悪そうにするも達也に感謝をしていた

 

「四葉殿が家を十師族の補充メンバーに推薦してくれたと聞きましたので……本当にありがとうございました」

 

ちょうどその時遊びに来ていたエリカやレオ、幹比古からは昨年の春のこともあり、厳しめな視線を向けられていた。だが、凛は七宝の心を読んで特に厳しめな視線を向けなかった。そして琢磨から感謝された達也は十師族に慣れた事にとても喜んでいる琢磨に呆然としていると隣に凛がやってきて達也に話しかけた

 

「人間長年の目標が叶うと嬉しくなる物さ。あんな風にな」

 

「そうなのか・・・」

 

自分の何百倍もの時間を過ごした凛がそう言うのだからそう言う物なのだろうと思うと取り敢えず荷物を教室に置き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、箱根のホテルでは四年に一度の十師族選定会議が行われ、一番年配の二木舞衣が宣言をすると十師族の投票が始まった。その様子を真夜に頼み込んで髪飾りに仕込んだ盗聴器で会話の様子を聞いていた

 

『それでは、これより四年間、一条家、二木家、三矢家、四葉家、五輪家、六塚家、七草家、七宝家、八代家、十文字家で十師族を務めさせていただきます。皆様、ご協力お願い致します』

 

選定会議を無事に終えた事を確認した凛は盗聴器の通信を切った。だが、この判断は間違いだった事に気付かされる事になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師族会議が行われている時間、深雪が携帯にきた通知を見ると血相を変えて凛の方を向き、思念通信で声をかけてきた

 

『凛、今すぐ車の鍵を貸して!』

 

『良いけど何があったの?』

 

『緊急通信で師族会議の会場でテロがあったみたいなの』

 

『了解、持っていきな。車は途中の道にある』

 

『ありがとう』

 

そう言って深雪は凛から鍵を受け取ると先生に事情を説明すると教室を後にした。咄嗟に凛はテロのあったホテル周辺を見るとそこにはボロボロになったホテルと十人は降らないだろう死者の数と多数の負傷者が横たわっていた

 

『やられた!顧傑はここで死者を出して四葉家を社会的に葬るつもりだ』

 

そう言って凛は咄嗟に箱根のホテルに魔法をかけた。その魔法は犠牲となった民間人の体を復元して一時的に宙に舞った魂を元の場所に戻す。いわゆる死者蘇生の術だった。だが、不審に思われないように蘇生した人に体には()()()()()()の怪我をつけていた

 

『一応、これで怪我人だけになったが。これからが面倒だぞ』

 

心の中で今後の展開を予想しながらそう呟くと凛は校門を走って行く達也達を見た

 

 

 

 

 

 

 

緊急通信を受けた達也は深雪や水波と合流をし、琢磨や泉美達とも合流をするとそのまま達也達は駅までの道を走っていた

 

「お兄様、凛から借りてきました」

 

「ああ、助かる・・・あれか」

 

そう言って凛から借りた車のキーのボタンを押すとそれに反応し、車道に止まっていた一台の車に乗り込んだ

 

「司波先輩、この車は?」

 

「凛から借りた物だ」

 

「え!?神木先輩のですか!!」

 

そう言って香澄の驚きに耳も貸さずに達也は車を走らせた。幸い、道は混んでおらず改造された車はテロのあったホテルに到着をした

 

「死者は居ないようだな」

 

そう言ってホテルに到着した達也は『精霊の眼』で確認をすると琢磨がホテル近くで横たわっている死体を見ると死者がいると思い込んでいた。だが、それはパペットだと認識すると気分を落としていた

 

「つまり、狙われたのは十師族という事ですか?」

 

「その可能性は高い」

 

そう言って事情聴取を受けている十師族のメンバーに香澄が突っ掛かっていたがそれを達也が宥めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情聴取を終え、ヘリで魔法協会関東支部に移動した十師族の当主達。その中には駆けつけた将輝や七草家の長男の智一や泉美、香澄。それに琢磨なども一緒だった。今伝えたメンバーを別室に預けると当主達は用意された会議室の椅子に腰を掛け二木舞衣の方を向いた

 

「無意味な前置きで無駄に時間を費やすのは止めましょう。この非常事態にどう対処すべきか、皆様のご意見をお聞かせください」

 

「マスコミを抑えるのは難しいでしょう」

 

舞衣の視線を受け、十師族の中でマスコミの扱いに最も通じている弘一が、悲観的な見込みを口にする。

 

「幸いな事に死者は出なかったが、世間をヒステリックな方向へ煽るには十分すぎるほどに負傷者が出ています」

 

「だからと言って手をこまねいているわけにはいかないでしょう」

 

間に一人挟んだ席から五輪勇海が反論する。だがその声には勢いが無かった。

 

「いや、当面は静観する方が良いのではないか。あまり性急に反対工作をすると大衆に見透かされかねない。そうなれば余計に反発を招く」

 

「そうですね。そもそも我々もまた被害者であり、弁明しなければならない事は何もない。焦って動いて痛くもない腹を探られるのは得策とは言えません」

 

三矢元が唱えた消極論に、八代雷蔵が同意を示す。

 

「しかし、黙っているだけでは一方的に悪者扱いされるだけだ。事は我々だけに留まらない。魔法師全体が白眼視されかねない」

 

「私も一条殿に賛成だ。やり過ぎて反感を買うのは論外だが、黙っていても良い事など無い。こちらが抵抗しなければ、相手に追い詰められていくだけだ」

 

剛毅と六塚温子は積極的に手を打つべきだと主張した。会議は始まったばかりだが、早くも決裂ムードが漂い始めた事に眉を顰めた舞依は、まだ意見を述べていない者に発言を促した。

 

「十文字殿は如何お考えですか? どうぞご遠慮なく、ご発言ください」

 

克人は同じテーブルを囲む一同に軽く頭を下げながら、予想外にきっぱりとした口調で意見を述べた。

 

「マスコミ工作は無駄でしょう。その点は七草殿に賛成です」

 

「では何もしない方が良いと?」

 

「いいえ。小細工はせず、堂々と我々の立場を主張すべきだと考えます。具体的には、魔法協会にテロを非難する声明を出させるのです」

 

「なるほど」

 

意表を突かれたという表情で、雷蔵が頷いた。搦め手ばかりに意識が行っていて、正攻法を見落としていたようだ。

 

「十文字殿のご提案は具体的な対応策として検討する必要があると思います」

 

「あっ、私も魔法協会を通じて声明を出すというのは良い案だと思います」

 

「八代殿は弁明不要というお考えだったのでは?」

 

七宝拓巳が克人の案に賛意を示し、雷蔵も軽く手を上げて賛意を示した。そして温子が不謹慎とも思われる茶々を入れ、剛毅が顔を顰めた。

 

「四葉殿は如何お考えですか」

 

「どれか、選ぶ必要などないと思いますわ。そうではありませんか、七草殿」

 

「確かにそうですね」

 

弘一は真夜の挑発とも思われる言葉に、平然とした顔で頷いた。

 

「魔法協会を通じた声明は当然出すべきでしょう。テロを非難するだけではなく、犯人逮捕に全面協力するという宣言を付け加えるべきだと考えます」

 

円卓をグルっと見回し、反対の声が上がらないのを確認してから、弘一は続きを口にする。

 

「無論、マスコミ工作の方も進めておくべきだと思います」

 

「だが、マスコミを抑えるのは難しい。そう言ったのは七草殿、貴方ではないか」

 

そう言うと弘一は愛想笑いを浮かべると今後のテロ対策の為にマスコミ工作をすることを話した




歯切れが悪い気がしますがここで一旦切ります


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悪態

2月6日

 

箱根で自爆テロのあった翌日、食堂でゆっくりしていた凛達はそこで緊急ニュースを耳にした。内容はテロリストによる犯行声明だった。テロリストの内容を要約すると魔法師のせいでこんなテロが起こったのだという事だった

 

「けっ、なぁにが聖戦だ。魔法師はスーパーマンじゃねえんだ。そんなこと出来んならとっくの昔に誰かがやってらあ」

 

「凛、もうちょっとオブラートに包むとかはないの?」

 

「エリカ、私は事実を言っているのみよ。何か問題でもあるの?」

 

「あっはい、ソウデスネ・・・」

 

凛の容赦ない発言にエリカですら黙りこくってしまった。結局、凛の悪態は学校が終わるまで終わることは無かった

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜中、マンションで電話をしていた凛は達也の来訪を受けた。今日予定していた弘樹と深雪の訓練は一時中断し、深雪は弘樹に心の休憩をするよう言われていた

 

「いらっしゃい。予定通りね」

 

「ああ、十文字先輩との話を切り上げてきた」

 

そう言って達也を家にあげると達也は席に座り、口頭で伝えた。弘樹は風呂に入っていてこの場にはいなかった

 

「母上からの伝言だ」

 

「・・・聞こうじゃないか」

 

「四葉家は内密にノース・マンチェスター銀行日本支店代表取締役ベル・アンダーソン。並びに神木凛に顧傑捕縛の協力依頼をするそうだ」

 

依頼という形を取ったのはノース・マンチェスター銀行の規模だと予想しつつ話を聞いていた

 

「・・・分かった。ノース・マンチェスター銀行日本支店代表取締役の要件は承知したわ。もちろん、神木凛の方もね」

 

凛の回答は達也の支援をするものだった

 

「分かった。母上にはそう伝えておく」

 

「頼んだわよ」

 

そう言って凛は弘樹と共に達也を見送った。達也は凛が達也のバックアップをする事を真夜に伝えると真夜は了解して上で早速葉山に指示を出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

2月7日

 

放課後、人の居なくなった部活連本部では凛とエリカ、レオの三人が凛の持参したトランプでババ抜きをしていた。今の時代、携帯でも出来るが凛がどうせならとプラスチック製のカードを取り出したのだ。ババ抜きをしている最中、エリカが凛に問いかけた

 

「しかし、さっきは大変だったね」

 

「ん?ああ、生徒会の千代田先輩の一件ね」

 

そう言って凛は昨日の放課後に千代田の不用意な発言で一時泉美と千代田が大げんかしそうになった事だった

 

「あれは千代田先輩が悪いんじゃないか?」

 

「そう?」

 

そう言ってカードを引きながらレオの発言にエリカが疑問を浮かべた。そこに凛が話に入ってきた

 

「いや、この場合。世論が悪いと思うよ」

 

「どうして?」

 

エリカの問いに凛が答える

 

「今回のテロは反魔法主義を駆り立てるために起きた事。テロの首謀者は日本国内で反魔法主義を活発にさせて魔法師の勢力を弱らせる狙いがあると思うわ。実際問題、片方は反魔法主義を唱えている」

 

残りの半分はテロリストそのものを非難する世論で、この報道をしているのは全てノース・マンチェスター銀行の息のかかった会社だった

 

「なかなかに下衆な野郎なのね」

 

「みんな勘違いしているのよ。十師族はスーパーマンじゃない。魔法師じゃない人、十師族じゃない人からすれば十師族は自分たちの身の安全を守ってくれるのが当たり前だと思っているのよ」

 

そう言って凛は残り一枚になったカードをエリカに取らせると一番先に上がりをした

 

「上がり。後でどっちかは飲み物奢ってね」

 

「あ、しまった」

 

「やられたわ。話に夢中で適当にやっていたわ」

 

そう言ってエリカとレオはお互いに持っているカードを睨み合って選んでいた。結局、勝負はエリカが勝ち、残ったレオが凛とエリカに自販機で飲み物を奢ることになった

 

「よしっ!私の勝ちね」

 

「けっ、運がねえや」

 

そう言ってレオは軽く悪態をつき、自販機に息欲しい飲み物を選ぶと缶ジュースを受け取った凛はさっきの話の続きをした

 

「だから、今回のテロで確実に反魔法主義者は勢いをつける。そして反魔法主義者は魔法を否定するのが仕事。そしてここ魔法科高校は魔法師を育てる場所・・・つまり私が何言いたいかわかるわね」

 

「つまり、魔法科高校に通っている生徒が狙われると言うことか?」

 

「正解」

 

珍しく言い当てたレオに凛は軽く誉めると早速レオに仕事を与えた

 

「だから今からレオには風紀委員に行って幹比古にこのことを言っておいてくれ。生徒に注意喚起をさせるんだ」

 

「分かった・・・って、俺が!?」

 

「あったりまえじゃん。男なんだから走りなさいよ」

 

そう言っていつの間にかパシリにされたレオにエリカが笑うと共に改めて凛の性格が腹黒いと認識したのだった

 

 

 

 

 

 

その日の晩、マンションに戻った凛は銀行の時の服でソファーでぐったりした様子の弘樹を見た

 

「どうしたの。珍しいわね、弘樹がこんなにも疲れを見せるなんて」

 

「姉さん・・・いや、今日銀行に行ってマスコミ工作をしていたら久々に疲れを感じました」

 

「おやおや、それほどの物だったのかい。じゃあ、これでも飲んで今日はもう寝なさい」

 

そう言って凛は弘樹に薬湯を出すと弘樹はそれを飲んでさっさと寝てしまった



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マスコミ工作

2月9日

 

この日、凛は達也に連絡を取っていた。弘樹は銀行本社に行ってマスコミ工作の日々に明け暮れていた

 

「達也、朝にジェネレーターと闘っただろう」

 

『・・・よく分かったな。ああ、鎌倉に顧傑の拠点があると言う情報を頼りにな。だが、そこに彼は居なかった』

 

「そうか・・・分かった。正直に言ってくれただけ感謝するわね」

 

『そもそもお前に隠し事なんて無理に決まっているだろう』

 

「よく言うわ」

 

そう言って達也と世間話をしていると部屋のインターホンが鳴った

 

「ん?誰だろうこんな時間に。今日は何も頼んでいないんだけどな」

 

『誰か来たのか?』

 

「そう見たい。じゃあ、ちょっと切るわね」

 

『ああ、分かった』

 

そう言って達也との電話を切ると扉の前にいる人物を確認した。そしてその人物は凛のよく知る人物だった

 

『この人は・・・』

 

凛は扉を開けるとそこには寿和と稲垣が立っていた

 

「君はエリカの・・・」

 

「お久しぶりです寿和さん。さ、立ち話もなんですから上がってください」

 

そう言って凛は二人を部屋に上がらせる時に稲垣に()()があることに気づいた

 

 

 

 

 

二人をソファーに座らせると凛は早速二人にお茶菓子を出した

 

「すみません、今はこれくらいしか無くて」

 

「いえ、構いません。もともと我々が押しかけたのが悪いのですから・・・しかし驚いた、まさか君が古式魔法師だったなんて」

 

「意外ですか?」

 

「ええ、なんせ初めて知ったんでね」

 

そう言って寿和は出されたお茶を飲むとため息をついた

 

「ふぅ〜、これは良いですね。何だか疲れだとれる。そんな気がしないか?稲垣」

 

「ええ、そうですね。そんな気がします」

 

そう言って顔色の良くなった稲垣を見ると凛は寿和に聞いた

 

「それで、今日は何の御用でここにいらしたのですか?」

 

「ああ、そうだったね。実は・・・」

 

そう言って寿和は藤林のよってここにくれば死霊術に関する情報を聞けると言ってここにきた事を話した

 

「成程、状況は理解できました。だったら初めに言っておきます。これ以上踏み込むと危険です」

 

「・・・それは何故だい?」

 

「簡単なことです。精神面では現代魔法より古式魔法の方が優れているからです。実際、稲垣警部補もさっきまで近江円磨の呪印を受けていたんですから」

 

凛の発言に寿和達は驚くも稲垣は頭痛が消えていたので実感をしていた

 

「まぁ、稲垣警部補も千葉警部もこれ以上は踏み込まない方が身のためです。他の方にもそうお伝えください」

 

「しかし・・・」

 

「しかしもありません。現代魔法では精神面では完全にカバー出来ません。これ以上踏み込むと無駄に命を失う事になりますよ」

 

そう言って凛の気迫に寿和達は額から冷や汗が出ると凛から『僵尸術』の事を話すと念を押して返した

 

 

 

 

 

 

凛のマンションから戻った寿和はさっきの凛の事を思い出していた

 

「エリカの言う通り、彼女は怖いねぇ」

 

「そうですね。ですが彼女は僵尸術について詳しかったですね」

 

「そりゃそうだろう。彼女はあの世とこの世の番人をしている家の当主だそうだ。そう言った事には詳しんだろうよ」

 

「ですが、あの雰囲気はまるで政界の重鎮の様でしたね」

 

「・・・ああ、そうだな」

 

稲垣の言葉に寿和は少し間を置くと返事をした。そして寿和は今出てきたマンションを見た

 

 

 

 

 

 

 

2月10日 昼

 

寿和がマンションに訪問した翌日、凛はベルの姿となってと招待されたある高級レストランに来ていた。相手は十師族七草家当主七草弘一であった。凛は今回の会食の内容を予測しながらレストランに入るとそこには既に弘一が座っていた

 

「お待たせしてすみませんミスター弘一」

 

「いいえ、私も今来たところです」

 

そう言って凛は席に座ると早速食事をし、ある程度食事を終えると弘一が早速本題に入った

 

「ミスベル。あなたの会社ではマスコミ工作をしているとお聞きしました」

 

「・・・ええ、先のテロ事件で反魔法主義は勢いを増すでしょう。そうなれば我が銀行に被る被害も決して小さくはありません」

 

「そうですな。ノース銀行は魔法研究所に出資を多くしていましたな」

 

「その通りです。その為、我が銀行のサイバーテロの件数も以前よりも増して大変ですわ」

 

そう言って凛は軽く皮肉をこめた言い方で弘一の方を見た。弘一は表情ひとつ変えずに話題を変えた

 

「それで、私からノース銀行にお願いしたい事が」

 

「何でしょう?」

 

「もし、魔法科高校の生徒が反魔法主義者によって暴力に走った場合。マスコミを使って煽動を行って欲しいのです。無論、我々もマスコミ工作を行いますがノース銀行の勢いには敵いません」

 

「ミスター弘一は反魔法団体の暴力事件を握りつぶされる可能性は考えないのですか?」

 

「それについては別の人物にお任せします。ノース銀行にはマスコミの煽動をお願いしたいのです」

 

『ふーん、つまり私は魔法師の卵を生贄にマスコミを煽て世論をひっくり返せと・・・』

 

弘一の意図に凛は心の中で悪態を吐くと凛は弘一の話を聞いていた

 

「警察が全力で監視をしても事件にならない限り手出しはできません。その為、起こってしまった事を()()()対処できる様に。ノース銀行日本支社代表取締役ベル・アンダーソンによろしくお願い致します」

 

「・・・分かりました。ではその様に手筈を整えておきます」

 

そう言って凛はさっさとレストランから出ると送迎の車に乗っていた弘樹が凛に聞いた

 

「姉さん。どうだった?」

 

「七草の狸は魔法師の卵を生贄に反魔法主義の世論をひっくり返せ。それ以外は何もするなだとさ」

 

「いかにも狸らしい意見ですな」

 

「ああーもうっ!やけ酒だ、帰ったら飲むぞ」

 

「程々にしてくださいね。明日は学校なんですから」

 

そう言って弘樹はイライラした様子の凛を見ながら車を走らせた



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来校者

2月11日

 

学校に登校した凛は驚きの人物の来校を受けた。初めは信じられない表情を浮かべたが真夜からそんな話は聞いていた為、おそらく偶然だろうと思うと深雪の方を向いた。深雪も信じられない様な表情を浮かべ、弘樹は少し目を細めて将輝の事を見ていた。そして将輝は一ヶ月間お世話になると言うと空いていた席に座り込んだ

 

 

 

 

 

昼の時間になり、てっきり深雪と共に食事を取ると思ったが将輝は森崎達男子グループに混ざっていた。弘樹はいつも凛に振り回されて女子グループにいる為。男子グループからは羨ましがられたり、ご愁傷様ですとでも言う様な視線を向けられていた

 

「てっきり深雪のところに来ると思ってたんだけどなぁ」

 

「いきなりそれじゃあ男女両方から嫌われちゃうよ」

 

エリカの直接な感想に幹比古は苦笑しながら反論した

 

「リーナは女の子だから深雪と一緒でも当然と言った感じだけど、一条さんは男子だもんね」

 

ほのかも幹比古同様苦笑しながら話に同調した

 

「そりゃそうさ。初日から女子のケツ追っかけ回している男なんか信用できないってもんよ」

 

「凛、ケツって・・・もうちょっと淑女らしい言い方はないの?」

 

美月が軽く顔を赤くしながら凛に言った

 

「他にいい言い方ある?」

 

「「・・・」」

 

凛の意見に全員が黙り込んでしまうと雫が話題を変えた

 

「リーナってどんな子だったの?」

 

「そう言えば雫はその時居なかったわね」

 

「金髪の物凄い美女とは聞いていた」

 

「そうそう、金髪で青色の瞳。とても鮮やかで綺麗な子なの」

 

「深雪より?」

 

「えっ?まさか」

 

そう言ってほのかはチラリと深雪の方を見た

 

「深雪はどちらかと言うとキレイ系じゃない?」

 

そう言って困惑する深雪に雫は頷いた

 

「リーナはどちらかと言うとカワイイ系かな。顔立ちは高価なビスクドールみたいで整っているんだけど。雰囲気が割と抜け・・・親しみやすいと言うか、お調子者・・・陽気で明るくて活発で」

 

「それ、同じ意味だと思う」

 

「うぐっ、と、とにかく。いかにもアメリカ人って感じ」

 

「それはアメリカ人に対する偏見」

 

「まぁ、総合的に見れば深雪といい勝負かな」

 

ほのかと雫の話に凛が入り込んだ

 

「まぁ、そのお調子者な性格もジョンがカバーしてるって感じかな」

 

「ジョン?誰それ」

 

初めて聞く名前に雫が疑問に思うと達也が説明をした

 

「本名はジョンソン・シルバー。リーナと共に日本に来た留学生で実力はそこそこだが、おそらくあれはあれでリーナのバックアップで連れて来られたんだろうな」

 

家名を聞いた雫はある疑問が浮かんだ

 

「シルバー・・・もしかしてノース銀行USNA支社の?」

 

「ああ、そこの長男だ。そしてリーナの許嫁でもあるらしい」

 

リーナの許嫁だと言う事に雫は驚いていた。他の面々も頷いていた。リーナのポンコツ具合は雫以外全員が知っており、それに振り回されているジョンソンが可哀想に思えていた。そして話は変わり、今度は学校外で起こっている反魔法師団体の話だった

 

「しかし、幹比古。校外の状況はどうだい?」

 

「ああ、テロ事件の前からそう言うのはあったけどここ最近はより一層増えているね。でもまだ暴力を受けた報告はないよ。前に神木さんが教えてくれたから対応が早めに進んだよ。ありがとう」

 

「こっちも人手が足りないからね。今度まとめた奴送ってくれないか?どうせ達也が報告書を書いてくれるから」

 

「あんたよく達也を頼りにするわね」

 

「だってどうせ達也も考えていた事だろうしね」

 

そう言って達也が肯定をするとエリカは幹比古に発破をかけて昼食の時間を終えた

 

 

 

 

 

 

 

 

2月12日

 

授業を終えた凛達はマンションに集まっていた

 

「さて、今年もやりますか」

 

「そうね、気分転換にはいいわね」

 

「やりましょうやりましょう」

 

そう言って部屋にいるのは凛、深雪、エリカ、ほのか、雫の五人だった。凛が深雪の気分転換にと去年と同じように料理教室を開く事にしたのだ。ただし、今年は人数を絞っての開催となっていた。弘樹は達也に呼ばれて四葉仕事の援護に回っていた

 

「さ、今年はルビーチョコレートを使って料理をしようか」

 

そう言って凛は冷蔵庫からピンク色のチョコレートを取り出し、エリカ達に見せると早速料理を開始した。深雪は表情は明るかったが弘樹と達也の無事を心の中で願っていた

 

 

 

 

 

 

 

そしてすこし時間は経ち、午後7時を回ったところで料理教室は終わり、深雪以外はマンションを後にした

 

「じゃあ、また明日ね」

 

「ええ、また学校で」

 

「今年もありがとう凛」

 

「どう致しまして。ほのかも頑張ってね」

 

「は、はいっ!」

 

ほのかは顔を軽く赤くしながら頷いた。晴れて達也の婚約者となったほのかは頭の中が嬉しさでいっぱいだった

 

「じゃあ、帰りは気をつけてね」

 

そう言って凛はエリカ達を見送ると心配そうにしている深雪に凛は既に準備していた料理を出した

 

「深雪」

 

「・・・どうしたの?」

 

「こう言う時は美味しい物でも食べて吉報を待ちましょう。今、弘樹達は頑張っているんだから。私達が頑張らないとね」

 

「そう・・・ね。そうよね」

 

そう言って自分を奮い立たせた深雪を見て凛はまるで母親の様な温かい視線を向けていた。そしてしばらくして達也達が戻って来たがその表情は暗く、理由を聞くと座間基地で米軍に邪魔をされて顧傑の追跡ができなかったとの事だった。米軍が本格的に介入して来た事に凛は警戒感を露わにした



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二度目のバレンタイン

2月14日

 

バレンタインの今日。凛は一昨日の失敗で落ち込んでいる弘樹や達也のために朝早くからチョコを作るとそれを鞄に入れて学校に持って行った

 

「達也・・・」

 

「ん、凛か。どうした」

 

そう言って学校に登校をし、昼の時間になったと同時に凛は達也に義理チョコを渡していた

 

「そう気を病むなよ。いつまでも溜めていると体に不調をきたすぞ」

 

「ああ・・・すまない」

 

そう言って受け取ったチョコの箱を開けるとチョコと一緒に飴が入っており飴からは漢方薬の匂いがしていた

 

放課後になって弘樹は廊下を歩いていると何人かの生徒からチョコを受け取っており、既に十個以上はありそうな数だった

 

「はぁ・・・こりゃ食べるのが苦労しそうだ」

 

そう言って取り敢えずもらったチョコを教室に置いてあった袋に入れているとそこにエリカがやって来た

 

「よ、弘樹はどれだけもらったんだい?」

 

「エリカか・・・既に十個は超えているよ」

 

「流石だねぇ。私の予想だと二十個は超えると思っているんだよね」

 

「もしそうなったら姉さんに食べてもらうさ」

 

「そうね、凛はよく食べるものね。あの栄養はどこに行くんだろう本当」

 

そう言ってエリカは先の昼食の時間に山岳部が食べるような大盛りのカレーを食べていたのを思い出していた。そんな事を思っていると弘樹はまた別の女子からもチョコを貰っていた。誰にでも優しい弘樹は女子の間では一番の人気だったが深雪とのカップルの噂が流れている為他の女子は半分諦めの様子を見せていた

 

「ま、それは姉さんにしかわからないさ。さ、どうせ姉さんは部活連で遊んでいるだろうし。僕もちょっとサボろうかな」

 

「あら、弘樹からサボろうなんて珍しわね。深雪が聞いたらビックリするだろうね」

 

「僕だってたまにはサボりたくなるのさ。いつも姉さんに振り回されているから」

 

「あはは、それもそうね。じゃあついでに私も行こうかしらね」

 

そう言ってエリカと弘樹は軽い世間話をしながら部活連本部に行くと中から何かが聞こえて来て弘樹はそれがブラックジャックだと理解した

 

「姉さん、遊びに来たよ」

 

「ん?おー、弘樹か。珍しいね、サボってきたのかい?」

 

「ああ、たまにないいかと思ってどうせ姉さんのことだから遊んでいるかなって思って」

 

そう言って凛は弘樹たちを手招きすると先に遊んでいたレオも含めて四人でブラックジャックを始めた。凛がディーラー役をやり、弘樹、エリカ、レオの三人は勝負を行った。あれから少し時は経ち、四人はそれぞれ分かれると凛達は深雪の招待で司波家に向かった

 

 

 

 

 

 

 

司波家に着くとそこでは達也が出迎えた

 

「おや、達也が出迎えかい?」

 

「ああ、深雪と水波が今準備をしている。とりあえず上がってくれ」

 

「オッ邪魔しまーす」

 

そう言って司波家に上がるとそこでは準備をちょうどおえた深雪達が凛を出迎えていた

 

「いらっしゃい弘樹さんに凛」

 

「いらっしゃいませ凛様、弘樹様」

 

そう言って五人は早速食事を取ると最後のデザートにはチョコレートケーキだった

 

「お、今年はケーキなんだね」

 

「ええ、今年はシンプルに行こうかと思って」

 

そう言ってケーキを切り分けると弘樹が最初に口に運んだ

 

「・・・うん、やっぱ深雪のは美味しいね」

 

「本当ですか?ちょっと砂糖を入れすぎちゃったのですが」

 

「いやいや、全然甘くないさ。丁度良い味だよ」

 

そう言って軽く顔を赤らめた深雪がご機嫌な様子でコーヒーの準備に入った

 

 

 

 

 

ケーキを食べ終え、司波家で少しゆっくりした凛は達也を連れて家を出て行った。この日、凛と達也は新魔法の話で詰める予定で達也の代わりに弘樹を司波家に預ける事になっていた。凛は初めはこの時に深雪に『行為』を経験させようとしたが達也が凛を思い切りぶっ飛ばしてでもやめさせ、『行為』に関しては高校卒業までしない事を決めていた。ちなみに、凛が言うには妖怪同士で『行為』をすると一発でデキルらしい

 

「じゃあ、私と達也はこれから家に帰るから。また明日ね」

 

「ああ、姉さんも気をつけて」

 

そう言って軽く別れの挨拶をすると深雪が弘樹の腕を掴んで家の中に連れ込んでいた。その様子を見て凛は不満そうな表情を浮かべると達也に拳骨を食らって頭上に大きなたんこぶを作っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月15日

 

学校に登校した凛達は昨日の浮かれた雰囲気とは違い、全員がニュースに釘付けだった。内容は人間主義者が魔法大学の前でデモを行い、一部が暴徒化し逮捕者が出た事だった

 

「あーあ、遂にこうなったか・・・」

 

「凛の予想通りね」

 

「何してんだか」

 

そう言って凛、深雪、エリカの三人が凛の持っていたタブレットを見ながらニュースの映像を見ていた。エリカは隣の教室のため、よくA組に遊びに来ていた

 

「この様子じゃ逮捕者は二十人を下らないでしょうね」

 

「そうね、少なくとも投石をしている時点で公務執行妨害になるのに何が『言論の自由に対する弾圧』よ。馬鹿馬鹿しい」

 

そう言ってエリカの文句に深雪はだんだん言い方が凛に似て来たと感じていた。その日は全員が終始デモのことで警戒をしていた



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暴行事件

2月16日

 

魔法大学でデモによる逮捕者が出た翌日。遂に事件が起こった。第二高校の生徒が反魔法主義者に襲われたとの事。事情を聞く為に急遽凛は生徒会室に呼ばれていた

 

「あーあ、遂に起こっちゃったか」

 

そう言って凛はバタバタしている生徒会室を見ながらそう呟いた。とりあえず凛は達也にメールを送ると数分後に達也が生徒会室に入ってきた

 

「凛、状況はどうなっている」

 

「下校中に第二高校の生徒が反魔法主義者に襲われたらしい。すぐに他の生徒が駆けつけたが暴漢を撃退する時に少し強めの魔法を使ったらしく暴漢は重傷を負ったらしい」

 

凛が達也に説明をすると水波が回線がつながったと言い深雪がマイクに向かって話始めた

 

「第一高校生徒会長司波深雪です。第二高校さん、聴こえていますか?」

 

『第二高校生徒会副会長九島光宣です。音声はクリアに聞こえています』

 

スピーカーから返ってきた声は、昨秋に奈良、京都で行動を共にした九島光宣のものだった。

 

「光宣君、貴方が二高の副会長になっていたのね」

 

『はい、副副会長みたいなものですが。ところで深雪さん、テレビ回線に切り替えませんか?』

 

「ええ、こちらは構いません」

 

最初からテレビ会議にしなかったのは、それがマナーだからだ。いきなりカメラをつないで、画面の片隅に見られたくないものが映ってしまった時の気まずさは、お互いに言い知れない。一旦音声回線がつながっていれば、それを映像回線に切り替えるのはすぐである。一秒も経たない内に、生徒会室の大型スクリーンに光宣の顔を映し出した。

 

『あれ? 達也さん! お久しぶりです。それに凛さんも』

 

「奈良、京都では世話になったな」

 

『いえ、お手伝いが出来て光栄でした』

 

「光宣君、調子は良さそうだね」

 

『はい、あの薬のおかげで調子はマシになりました』

 

二高のスクリーンにも、一高生徒会室の映像が映ったのと同時に、光宣は画面の端に映った達也と凛に声を掛けた。これだけの美少女が揃っているにもかかわらず、光宣は達也達に興味を惹かれたのだ。それもそのはずで、光宣は達也がテロリストの捜索に当たっていることを知っていて、今日もその捜索でいないのだろうと思っていたのだ。それが一高生徒会室にとどまっているのを知って、少し疑問に思ったのと、久しぶりに顔が見られて嬉しいという感情が爆発したのだった。凛に関しては渡してくれた薬のおかげで学校に行ける日が増えていたのだ。体調かマシになった事に光宣は感謝しかなかった

 

「・・・早速ですけど、九島副会長」

 

光宣が達也に懐いている事は知っていたが、少し引き気味なのを隠せない深雪が、余所行きの口調に改めて質問を投げ掛けた。

 

「御校の生徒が暴行されかかったという事件の経緯を教えていただけませんでしょうか」

 

『はい、司波会長』

 

光宣の方も、何時までも達也と再会出来た事を喜んでいられないと考えなおし、二高副会長としての話し方に切り替えた。

 

『今から約一時間前、当校から駅へ向かう途中の道で、当校の一年生女子が二十歳前後とみられる男性六人に突然、囲まれました』

 

その話を聞いていた一高生徒会役員プラス部活連会頭と風紀副委員長は、一斉に眉を顰めた。

 

『男たちは女子生徒に向かって、大声で「人間主義」の教義を説き始めました。「奇跡は神のみ許された御業であり、神が定めた自然の摂理を神ならざるものが捻じ曲げるのは悪魔の所業である。人は、人に許された力のみで生きなければならない」というあれです』

 

そう言って隣で凛が「何が人間主義者だ。そんなの自分勝手な考えの塊じゃねえか」と言う悪態が聞こえたが達也は取り敢えず話の続きを聞いていた

 

『その生徒は気丈に「どいてください」と何度も叫びましたが、男たちは包囲を解きませんでした。女子生徒が携帯端末の防犯ブザーを作動させようとすると、男たちの一人が彼女に掴みかかって、端末を取り上げようともみ合いになったんです。そこへ騒ぎを聞きつけた他の生徒が駆けつけました。一年が三人、二年が一人です。二年生が人間主義者の壁を掻き分け一年がその後に突っ込む形で、生徒と人間主義者が入り乱れる乱闘になりました。身体は相手の方が大きかった上に拳法系の格闘技を身につけていたらしく、二年生が殴り倒されて気を失った時点で、一年女子が魔法を使い人間主義者の男たちを無力化したという経緯です』

 

「怪我の状況はどうなんですか?」

 

『二年生が鼻骨骨折、鼓膜破裂、肋骨亀裂骨折、他数ヵ所に内出血。内臓にもダメージを負っているようでかなりの重症です。一年男子は鎖骨骨折が一名、脳震盪が一名。こちらは後頭部を激しく打たれていますので精密検査を受けさせています。もう一人の男子と女子は目立った傷がありません』

 

「相手は?」

 

『使用した魔法は「スパーク」と「プレス」でして、スパークの影響で不整脈が出ているものが一名、一人が転んだ際に顔を強打して口の中を切ったのと、歯も一本折れ欠けているようです。不整脈の原因ですが、魔法の影響ではなく元々高血圧で不整脈が出やすい人だったと分かっていますので、とりあえずは安心しています』

 

「それなら、一年生が過剰防衛を問われる心配は無さそうですね」

 

『今、会長ともう一人の副会長が先生と一緒に警察へ行っています。その辺りは会長たちが帰ってこなければ確実な事は分かりませんが、恐らく問題ないでしょう』

 

「そうですか。では会長さんがお戻りになったら結果だけ教えていただけませんか。メールで結構ですので」

 

『分かりました。僕の方から、メールでお知らせします』

 

「お願いします、九島副会長」

 

『はい、確かに。では司波会長、いえ、深雪さん。失礼します』

 

「ええ。光宣君。ごきげんよう」

 

テレビ会議システムのスイッチを切り、深雪はため息を一つ吐いたのだった。達也の隣で凛は不満そうに顔を顰めてぶつぶつと文句を言っていた。生徒会にいたほとんどのメンバーがイライラした様子の凛にビクビクしていた



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深雪への襲撃

2月18日

 

第二高校の暴行事件から2日明けた。この日、凛が部活連で資料を向き合っていると深雪からの信号を探知した。この信号は深雪が何かしらの理由で危険な状態の時に自動的に発せられる信号で弘樹が念のためと言って深雪に埋め込んだ術式だった

 

『これは・・・すぐに行ったほうがよさそうね』

 

そう言って凛は持っていた資料を置くと無限倉庫に入れていたヤマトを担いで飛んでいった。飛んだ先では先に弘樹が片手にフレッチャーを持ってビルの屋上に立っていた。弘樹は凛に視線を向けると凛は小さく頷いた

 

「弘樹、自由にやりなさい」

 

「はっ、感謝いたします」

 

凛は弘樹に目配せをすると弘樹はビルの屋上から飛び降り、深雪の前の立ちはだかった

 

「弘樹さん!」

 

「神木先輩!?」

 

突如現れた弘樹に深雪は嬉しそうにし、泉美は驚きを露わにしていた

 

「邪教徒が一人増えただけだ。消え去るが良い!!」

 

そう言って男は持っていたアンティナイトをさらに強く発するが弘樹は静かに指を鳴らすとアンティナイトが男達の手から消えて、弘樹の手の中に収まっていた

 

「なっ!貴様、魔法を使ったか!!」

 

「・・・」

 

弘樹は男の声に耳も貸さずに深雪に言った

 

「深雪、今のうちに一高に戻りなさい。姉さんがすぐそこで待っている」

 

「分かりました。お気を付けて」

 

そう言って弘樹は囲んでいたうちの通りの方にフレッチャーを向けるとそこにいた男が思い切り吹き飛び、囲いに穴が空いた

 

「さ、今のうちに」

 

そう言って弘樹は三人が視界から消えるまでその場を動かなかった。泉美を含めた人間主義者も弘樹の気配に恐怖に支配されていた。その時の弘樹はどんな表情をしていたかは分からなかった。だが、泉美はいつもの弘樹とは比べ物にならないほど恐ろしかったと言う。深雪が離れて行くのを確認した弘樹は今度は人間主義者の指示をしていた男にフレッチャーを向けた

 

「さて、ここから逃げられると思うなよ」

 

弘樹の発言に数人の人間主義者は恐怖のあまり逃げ出そうと離れようとした瞬間、人間主義者は()()()()()()()かの様に足から血を噴き出した

 

「ガァッ!」

 

「グァッ!!」

 

「アアァァァアア!!」

 

血を出して倒れた人間主義者を見て他の面々は恐怖のあまり力無く床にへたり込んでいた。弘樹は無表情にフレッチャーをリーダーに向けて言い放った

 

「断罪の時間である。人間主義者よ、何か言うことはあるか」

 

「あっ・・・あっ・・・」

 

そしてフレッチャーの引き金を引いた瞬間、周りにいた人間主義者全員が糸が切れたようにパタリと倒れた

 

「・・・さて、この男の刺青は・・・呪印、誰のだ?」

 

そう言って弘樹は追跡を開始したがそれが近江円磨だと分かった瞬間に思念が切れた。ついでに証拠を消す為に撃ち抜いた足を再生で直していた

 

「殺されたか・・・場所は鎌倉、近くに顧傑もいたな」

 

そう言って弘樹は近づいてきた警官に両手を上げて無抵抗の意志を示すと事情聴取からは逃れられないと悟り、面倒臭そうな表情を浮かべてしまった後でこの情報を達也に伝えようと思うと警察官の事情聴取を受けた

 

 

 

 

 

泉美は打ち沈んだ表情を作る事で、苦々しい思いを目の前の大人たちから隠した。実際に落ち込んでいたので、演技するのは難しくない。

 

『私はこの見栄張りな性格で、何時か身を滅ぼすかもしれませんね』

 

「・・・では、桜井さんの魔法障壁を使って暴力から身を守った以外は、魔法は使っていないと言う事ですね?」

 

「はい」

 

「相手がキャスト・ジャミングを使用したというのは事実ですか?」

 

「はい」

 

1年B組の指導教師と、八百坂から投げ掛けられた質問に、泉美は短く、しっかりと答えた。答えを返している一方で、泉美は何故胃の痛くなる思いをしなければいけないのか、と恨み言を心の中で呟いていた。だが、この状況に彼女を追い込んだのは泉美自身で、その自覚があるので、苛立ちも不完全燃焼のまま燻り続けるだけだ。自校の女子生徒が若い男性に嫌がらせを受けた。しかも傷害事件に発展した可能性があったとなれば、教頭に留まらず校長が対応に乗り出してきても不思議ではない。当事者として説明を求められるのも当然のこととして納得出来る。問題は、何故自分一人でその役目を果たさなければならないかと言う事だった。いや、理屈では泉美にも分かっているのだ。この状況がやむを得ないものだということくらいは

 

「相手はアンティナイトを持っていたと言う事ですが、出所などの心当たりはありませんか?」

 

「いえ、私には・・・神木先輩でしたら、何かご存じかもしれませんが……」

 

泉美が口にしたように、弘樹であればアンティナイトの出所くらいは分かるかもしれないと八百坂も思っていた。しかしその弘樹は・・・弘樹だけでなく深雪や凛、達也や水波までも、今は事情聴取の為に八王子署に同行している。最終的には反魔法主義者であるはずの暴漢が魔法を使い人的、物的被害を出しているので、加害者側だけでなく被害者側にも同行を求めた結果だった。水波は障壁魔法を使った本人として警察に同行を求められ、弘樹も自衛の為とはいえ実力行使した人間として事情聴取を拒否できない。深雪も魔法未満とはいえ、大量の想子放出をセンサーに計測されている。泉美も一応同行を求められたが、弘樹が誰か一人は学校に報告しに行かなければならないという趣旨の事を警官に告げた為、泉美は今の状況に陥っているのだ。しかし、学校側に報告しなければいけない事も、自分以外はそう簡単に解放されないであろう事も理解出来たので、その場では達也の言葉に納得して見せたのだった。だがしかし、よく言われるように、理屈と感情は別物なのだ

「七草くん」

 

「はい」

 

それまで無言で話を聞いていた百山校長が口を開いた

 

「暴漢が君や司波くんの身元を認識した上でターゲットを変えたというのは確かかね?」

 

「確かです、校長先生。彼らは私を見て『七草家の』と発言し、司波会長の事を『一高の生徒会長』と仲間内で確認した後、私たちの方へやってきました」

 

「つまり、当初嫌がらせを受けていた一年生より、君たちの方が彼らにとって優先順位が高かったということになる」

 

「私もそう思います」

 

「ふむ・・・」

 

低くそう唸り、百山は和服の袖の中で腕を組んで考え込んだ。泉美は辛抱強く、次の言葉を待った

 

『先ほどの神木先輩の威圧感に比べれば、校長の沈黙の圧力は大したことありませんね』

 

泉美は、先ほどの弘樹の表情を思い出していた。気配だけで人間主義者の戦意を失わせていたあの視線比べれば百山が放つ圧力には耐える事が出来た。だが、大人たちはそうもいかなかったようだ

 

「校長先生」

 

八百坂教頭が、遠慮がちにというより恐る恐る、百山に声を掛ける

 

「教頭。明日は臨時休校とする。期間は当面、二十三日の土曜日までだ」

 

「校長先生、いきなり休校というのは」

 

唐突な決定に、八百坂は思わず口答えをしてしまった。すぐに「しまった」という顔で口を噤んだが、百山の口からは予想された怒声は放たれなかった

 

「理由か?」

 

「あ、はい、その・・・」

 

怒声の代わりに「この程度の事も分からないのか」という蔑みの眼差しを八百坂に向けた

 

「当校の生徒が無差別に襲われたのであれば、それは単なる不平分子の暴走だ。だが実際には、当校の生徒の中で優先的に襲うターゲットを決められていると見られる。衝動的な暴発ではなく、組織的かつ計画的犯行の可能性が高いと言う事だ」

 

「組織犯罪、ですか・・・」

 

蒼ざめたのは八百坂だけではなかった。一年B組の指導教師も、一年生の主任教師も、その他校長席の周りに集まっている大人たちだけでなく、泉美の顔からも血の気が引いていた

 

「単なる暴徒と異なり、手段が過激になっていくことが予想されるからな。少し、様子を見る必要がある」

 

「はっ・・・仰る通りだと思います」

 

「では、手続きは任せたぞ」

 

百山は八百坂にそう命じて、再び泉美に目を向けた

 

「七草君、ご苦労だった」

 

少しも労っているように聞こえなかったが、泉美はこれを退出を許可されたものと解釈した。一刻も早くこの場から解放されたいと感じていた泉美は、この機を逃さなかった

 

「いいえ、当然の事ですから。それでは校長先生、失礼致します」

 

彼女は丁寧に一礼して、出口に足を向けた。まだ何か聞きたそうな雰囲気は感じていたが、これ以上この場に留まりたくなかった泉美は、出来るだけ自然に見える程度の速さで部屋を辞して、怒られない程度の速さで生徒会室へと逃げ込んだのだった



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八雲の紹介

弘樹が警察から解放され、自宅に着いたのは時計が19時を回ったところだった。警察署前で車に乗って待っていた深雪は警察署から出てくる弘樹を見てどこか安心した様子を見せていた

 

「大丈夫ですか弘樹さん。どこか変な事などはされていませんか!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。安心して」

 

そう言って少し興奮気味の深雪を弘樹が宥めて落ち着いた頃に凛に通信があった。相手は八雲からだった

 

「はい、もしもし」

 

『あ、凛君かい?』

 

そう言って八雲は凛に至急九重寺に来て欲しいと言い、通話が切れると弘樹に車を任せると凛は九重寺まで文字通り飛んでいった。弘樹は深雪を一旦落ち着かせると達也に車に置いてあった呪符に文字を書き込むと達也に渡していた。内容は顧傑の記憶を情報化した物だった。自分の手柄を渡してくれた弘樹に達也は感謝をするとその呪符を起動して情報を回収していた

 

 

 

 

 

 

 

凛が九重寺に着くと早速弟子が出迎えていた

 

「龍神殿、よくぞお越し頂きました」

 

「ありがとう、それで八雲和尚はどこに?」

 

「先に部屋でお待ちしております。此方へどうぞ」

 

いつもの凛呼びではなく龍神の名で呼ぶと言う事はそれだけ大事な用事があると言う事だった。凛は弟子によって部屋に通されるとそこには袈裟を着た八雲ともう一人の人物がいた。その男は頭はつるりと剃り上げられた僧形だったが着てるものは明らかに高級そうなスーツだった。白く濁った左眼が特徴的で灰色の太い眉にどんぐり眼で風格ある漂いだった。凛はその男が誰なのかがすぐに察知できた。だが、凛は用意された座布団に座ると八雲が凛に話しかけた

 

「龍神殿、ご紹介いたします。此方は東道青波、青波入道でもあります」

 

紹介された青波は凛に対し座礼をした

 

「お初にお目にかかります龍神殿。私は先程紹介を受けた青波入道と申します。先代がお世話になったとお聞きしております」

 

紹介を受けた凛は八雲からもらったお茶を飲むと青波に挨拶をした

 

「顔を上げよ青波入道、私の名は神木凛。気軽に凛と呼ぶがいい。堅苦しい言い方は嫌いなのだ」

 

そう言うと青波は上半身を起こすと凛と視線を合わせた。東道家とは元造と凛が知り合った時、凛の正体を探らせる為に葉山を派遣していた事があり、先代東道家当主とは凛は面識があった。だが凛は日本を離れた以降は一度も顔を合わせたことがなかった

 

「それで、わざわざ八雲を通して我に出会った理由はなんだ。お主らの無茶な欲望には応えんぞ」

 

「はっ、よく存じております故に」

 

お主らのと言うのは東道家も加わっている元老院の事で、凛の持つ権力を知った東道家先代当主が凛に無茶な要求をしたことで凛を怒らせた過去があった。その事を知っている青波は神木家に足を向けられなかった

 

「・・・成程、達也の手綱を・・・よかろう、其方の要望は受けた。我も顧傑には米国に揺さぶりをかける良い道具になってもらうつもりでおった」

 

そう言っていきなり心を完全に読まれた事に一瞬驚きはしたもの青波は話を聞いてくれた事だけでも満足のいく結果だった。元老院の四大老の一つの東道家は過去に元老院だったある家が凛の逆鱗に触れ、一人残らず()()()()()()()()事実があるのを知っていた。その為、元老院の中でも神木家の実力を知っている家は敵対しない方針をとっていた。最も、凛達が人ではない事を知っているのは元老院の中でも東道家だけであった

 

「はっ、感謝いたします」

 

そう言って青波は先に部屋を後にした。部屋に残った凛は姿勢を崩すと八雲に話しかけた

 

「なあ、八雲。何か頼まれたのかい?」

 

「ええ、達也君が不都合な状況にならない様に補助をしてほしいと」

 

「ホーン、じゃあ面倒な事になりそうだな。おーおー無知ほど怖いものはないねぇ」

 

「それは達也君がもうそんな状況になっていると?」

 

「ええ、少なくとも達也が『灼熱のハロウィン』の『グレート・ボム』だって事を確実視している人物がいるよ。そいつは顧傑を使って達也に揺さぶりをかけているのさ」

 

そう言うと八雲は降参のポーズをとった。八雲でも海外の情報は得づらい為に凛からもたらされる情報は貴重だった。凛も国内の事情はよく八雲から聞いていた

 

「さすがは現人神なだけあるね。僕もそんな情報網が欲しいくらいだよ」

 

「よく言うわ、散々情報をせびるくせに」

 

「おっと、これは手痛い返しだ」

 

そう言って凛は八雲にお茶のおかわりを申し入れるとさらに話を続けた

 

「それに、あの時のテロで破壊されたホテルは元を辿ればうちの銀行が株を持っているんだよ。だからそれを使ってテロリストに批判ができる」

 

「そんなこと言ったらこの世界にあるほとんどのホテルがノース銀行に融資を受けてるのでは?」

 

「それはそうかも知れないわね。でも、直接管理しているホテルは意外と少ないのよ」

 

そう言って凛は軽く笑い声を上げるとお茶を飲みながらどこか浮かない表情になった

 

「しかし、私自身顧傑を使って米国を揺らそうだなんてどうして思いついたんだろうね」

 

「おや、閣下でもわからないことがおありだったのですか?」

 

「私だって完全無欠ってわけじゃない。あくまでも普通の人とは違う特別な能力を与えられて生まれてきた一個人に過ぎない」

 

凛の初めて見る表情に八雲は驚いていた。自分より遥かに長生きをし、人という存在を見てきた凛ですら分からない事。八雲にとってはその答えは簡単に導けたが、凛は長生きをしてきたが故にその感情を忘れてしまっているのかも知れない。八雲はそう考えていた



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追跡開始

作品の都合上、一部変更を加えました。具体的には凛の着る衣装についてです。青色の巫女服から変更をして普通の赤色の巫女服にかえました


2月19日

 

早朝に達也から連絡を受けた凛は司波家に向かった。司波家に向かうと深雪が家の前で凛のことを待っていた

 

「凛、いらっしゃい。お兄様はまだ帰って来ていないわ」

 

「そう?一応頼まれていたものは持って来たけど・・・」

 

そう言って凛は乗ってきた装甲車を見ながらそう呟いた。凛の乗ってきた装甲車は国防軍の払い下げ品で凛の改造が施されており、車体上部には機銃またはロケットランチャーを取り付ける為の穴が空いていた

 

「この装甲車が?」

 

「いや、どちらかと言うとこの中にあるものかな。とりあえず停めてもいいかな。ちょっと邪魔でしょう?」

 

「そうね・・・じゃあ、ちょっと待ってて。今門を開けるから」

 

そう言って深雪は駐車場の門を開けると凛はそこに車を停めるとちょうどそこに達也が戻って来た

 

「凛・・・もう来たのか」

 

「ええ、呼ばれて直ぐにね。さて、いつ動くんだい?」

 

「いや、まだ動かない。今はまだ動かないと思う。もっと遅くても良かったんだがな・・・」

 

「なあに早いことに越した事はないさ」

 

そう言って余った時間に深雪が私物が置きっぱだと言って一高に荷物を取り行くことになっのだが。一高に行った帰り道、特にトラブルに遭遇する事は無かった。達也は不気味さを覚えるよりも拍子抜けを味わったが、同じ場所で二日続けて騒ぎを起こすのはまずいという良識くらいは、活動家にもあったのだろうと考える事にした。本来の捜索活動に集中出来るのだから、不満を懐く筋合いではない。将輝の時間が午後からしか空かないという情報を、深雪が一高内で手に入れてきたのを元に、達也は真由美に顧傑追跡の手配を行った。その間、凛は深雪にある贈り物をしていた

 

「凛、これは・・・?」

 

「私からの贈り物。神道魔法をもっと効率化するための衣装よ」

 

神道魔法は軌道敷を必要としない代わりに感覚的に魔法を発動する為に身につけているもので効率化を図る必要があった。その一環として凛が深雪用に新しい衣装を作っていた

 

「まぁ、試しに着てみなよ。きっと達也が驚くわよ」

 

そう言って凛は部屋に深雪を押し込むと送った衣装に着替えさせた

 

 

 

 

 

 

達也は真由美と話した後、克人や将輝ともヴィッジホンで打ち合わせを終え、一休みしようと考えているとそこに来客があった。来訪者は亜夜子と文弥だった。事前に他の学校も休校になると聞いていた達也は特に理由は聞かずに二人を上がらせた深雪は上で凛と何かをしていた為代わりに達也が玄関に赴いていた

 

「文弥に亜夜子か。今日は学校じゃなかったのか?」

 

「お邪魔します達也お兄さま。本日から四高も休校になりましたの」

 

「そういえば深雪お姉さまはどこにいらっしゃるんですか?」

 

「ああ、深雪なら今凛と一緒に上に居る。何か凛が持っていたから着替えでもしているんじゃないか?」

 

そう言って達也がリビングに二人を入れるとそこでは弘樹が机の上で何かを書いていた

 

「弘樹さん、お久しぶりです」

 

「ん?ああ、文弥くんに亜夜子ちゃんか。久々だね、正月以来かな?」

 

「ええ、そうですわね。ところで弘樹さんは何されているんですか?」

 

そう言って机の上にある印鑑と筆ペンを見ながら聞いていた

 

「ん、これかい?これは護符さ。在庫が切れかかってたから作っているんだ」

 

「「へぇ〜」」

 

初めてみる護符作りに文弥と亜夜子は興味津々だった。文弥は弘樹に護符の作り方を見せて欲しいと言って弘樹は承諾をすると早速その様子を見せていた。達也は何回も見た光景だった為に適当にソファーに座って休憩をしていた

 

「ます護符の作り方としてはここにある印鑑で紙に押した後に筆でこうやって書くんだ」

 

そう言って弘樹は椅子に座った二人の目の前で横に置いてあった判子に朱肉をつけて紙に押すと周りは線で囲まれ、真ん中には二つ巴模様が押され上下に『神代神社』の文字が押されていた。神代神社は四葉の村にあるあの神社の名前で文弥達もその事は知っていた。そして判子を押した後、比叡沖は置いてあった筆ペンで小さく文字を書いていた

 

「こうやってこれを一枚一枚作るのさ。あとはこれを大量に作ってしまうだけ。暇潰しなるから結構良いんだよ」

 

「へぇ〜、初めて見ました」

 

「こんなに面倒なのね」

 

「姉さんもそう思ってコピーしたやつを使ってみたらしいんだけどそもそもこの護符自体このインクを元に魔法発動をしているから動かなかったんだってさ」

 

凛と同じ考えをしていた亜夜子は少し顔を隠して恥ずかしそうにしていた。すると階段を降りる音と話し声が聞こえ、文弥達が声のする方を向くとそこには青袴に白衣に千早、一番上に薄い羽衣を纏い、頭には青色や薄い水色のリボンを着け、手には長めの祓棒を持った深雪の姿だった。白衣には所々に青色や水色が使われており、青以外に白や金色の布も見え、それは十二単のようだった。その隣では凛が深雪では青色となっている部分が赤色となっており、二人の美しさにさらに磨きがかかったのように見えた。二人の圧倒的な美しさに文弥を含めた全員が見惚れていた。既に凛の姿を見た事のあった弘樹は新しく新調した巫女服にずっと見つめていた

 

「あ・・・す、すごく綺麗ですね・・・」

 

「そう・・・ねえ。綺麗だわ・・・」

 

そう言って文弥と亜夜子は要件を達也に言うのも忘れそうなくらい今の深雪たちの姿に見惚れていた。すると達也が二人を現実に引き戻した

 

「ところで、二人がここに来た理由を聞いていいか? 通信は傍受されている可能性があるとはいえ、調査結果を届ける事だけが目的ではないだろう。俺が出ている間の深雪の護衛に来てくれたのか」

 

「あっそうでした・・・達也さん、物分かりが良すぎるのもどうかと思います」

 

「二人が同じ部屋で良ければ、家に泊まると良い。どうせホテルを取っているのだろうが、護衛ならここに泊まる方が都合がいいだろ」

 

「・・・姉さん、どうする?」

 

「御言葉に甘えましょう。達也さん、深雪お姉さま、水波ちゃん、よろしくお願いいたしますわ」

 

「こちらこそよろしく頼む。水波、二人が泊まる部屋を整えてくれないか」

 

「かしこまりました」

 

今から掃除を始めてベッドメーキングをするには、やや遅い時間だ。しかし水波は、嫌な顔一つ見せる事無く達也の指示に言葉とお辞儀で答えた。

 

「では、わたくしたちもホテルから荷物を取ってきます」

 

「俺ももうすぐ出かける。今日は帰れない可能性が高い。弘樹、後は頼んだ」

 

「了解、頑張ってこいよ達也」

 

「達也さん。ご武運をお祈り申し上げますわ」

 

「明日の朝までには、片をつけるつもりだ。凛、頼めるか?」

 

「了解、任せな。私はこのまま行くわ」

 

亜夜子の激励に、達也はそう答えて立ち上がったのだった



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追跡者

司波家からの移動中凛は達也に改めて確認をしていた

 

「達也、私は事態が急変しない限りこの車からバックアップをすればいい?」

 

「ああ、その様に十文字先輩達にも伝えてある」

 

「了解した」

 

そう言って車は凛と達也を乗せて行き先を平塚市に向けていた。この時、凛は片手に柘榴石の杖を足下にはヤマトを置いていた

 

 

 

 

 

 

 

午後六時。曇天の冬空はすっかり闇に染まっている。それとは対照的に、地上には人工の灯りが溢れている。停車した車の中で待機していた凛は達也からの連絡を受けた

 

『凛、顧傑が動き出した。場所は新港。十文字先輩達が追っている。上空から支援を頼む』

 

「了解、上空から車列を確認。これは・・・」

 

そう言って霊鳥から届く映像を見ながら座標を克人達の後ろにいる車に合わせた

 

「・・・座標固定。『発火』発動」

 

そう呟くと車にあったグレネードが暴発し、車は火に包まれていた。だが、克人達の乗った車列は飛び出してきたセダンによって二台が壊れてしまっていた

 

「すまない、二台守れなかった」

 

『いや、大丈夫だ。それよりも顧傑が西の方に向かった。そっちの方を追いかけてくれ』

 

「了解、車を捉えた。達也、気を付けて。中には死兵がいる」

 

『了解・・・』

 

そうって次の瞬間、達也がバイクから飛び降りる音が聞こえ、次に金属の切れる音が聞こえた

 

「達也、大丈夫か?」

 

そう言って達也の安否を確認すると達也からはすぐに返答があった

 

『ああ、問題無い。だが、来てもらっていいか?』

 

達也の口調に凛は何が起こっているのかを理解すると達也の前に瞬間移動をした。そして広がった光景は凛の予想通りだった

 

「達也・・・やっぱりか」

 

「ああ、俺の魔法では跡形もなく消えてしまう。せめて人のまま弔ってほしい」

 

「・・・やはり達也は元造の孫なんだな」

 

そう言って優しい性格なところに凛は思わず元造と姿を合わせてしまった。そして凛は死兵に護符を飛ばすと凛は魔法を発動させ、その死兵は糸が切れたように道路に倒れた

 

「さて、これで良いかな」

 

「ああ、それで死体処理だが・・・」

 

「ああ、それは彼に任せよう。良い加減出て来たらどうだい八雲」

 

そう言って防砂林の方を向くとそこから八雲が出てきた

 

「やはり凛くんには敵わないか」

 

「師匠・・・いつの間に・・・」

 

「言ったでしょう。達也くんの援護をするって。あとは任せなさい、これは僕や凛くんの生業だからね」

 

そう言って死体の方は八雲に任せると達也は凛の召喚した車に乗り込むと将輝の向かった方へと車を走らせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事です、これは?」

 

そう言って車を走らせた達也が目にしたのは消化剤を撒き散らした砂浜だった。達也の問いに克人が答えた

 

「敵が自爆した」

 

「枯れ木でも無いのに、自爆しただけで火事になったんですか?」

 

「人体発火魔法を使ったようだ」

 

残された装備を見てUSNAが絡んでいる事は明白だった。だが、今ここでその話をすると余計に混乱するためにあえてその点は突っ込まなかった。そんなことを考えていると克人は達也に意見を言ってきた

 

「司波。現在顧傑は水陸両用車ごと船に乗り込んでいる。一条殿は海上走行で追いかけるべきだと言っているがお前はどう思う」

 

「そうですね・・・一条の言う通り、走ってでも追いかけるのが一番確実でしょう。十文字先輩、沿岸警備隊に協力は依頼出来ないのですか?」

 

「今から船を呼んでも間に合わないんじゃないか?」

 

達也の意見に将輝が異を唱える

 

「追いかけるのではない。顧傑の船は現在、大島と房総半島を結ぶ線の手前にいる。先回りできる位置に巡視船がいれば、こちらから誘導出来る」

 

どうやって顧傑の位置を掴んでいるんだ、と将輝は思ったが、その疑問は口にしなかった。同じ疑問を懐いているはずの克人も、マナーとして達也の魔法については一切触れない。

 

「智一殿に連絡してみよう」

 

克人は達也の提案を受けて情報端末を取り出した。まるでタイミングを合わせたように、克人の端末にコール音が鳴る。ディスプレイに表示された発信人名は、七草真由美。克人は達也と将輝にも聞こえるようにスピーカーをオンにして受話ボタンを押した。

 

「七草か?どうした」

 

『時間が無いと思うから用件だけ言うわね。巡視船に乗せてもらって、すぐ近くまで来ています。見えるかしら』

 

真由美は今夜の捕縛作戦から外れてもらっているはずだったが、彼女はすぐ側に来ているという。達也、克人、将輝が沖へ目を向けると、そこには確かに、彼らのいる浜辺に近づいてくる巡視船のライトが見えた。

 

「顧傑の追跡に協力してもらえるのか」

 

『ええ、そうよ。達也くん、そこにいる?』

 

克人の質問に肯定を返し、真由美はいきなり達也の名前を呼んだ。それを予期していたわけではなかったが、達也は慌てず、素早く応えた。

 

「ええ、ここに」

 

『達也くんには顧傑の居場所が分かるんでしょう? こっちに来てくれないかしら』

 

「了解です。ついでに後ろに居る神木凛も同乗させて良いですか?」

 

真由美の要請は、達也にとっても望むところだったので、二つ返事で頷いた。その横から将輝が、焦り気味に口を挿んだ。真由美は凛がいることに驚くも四葉の援軍だと思って納得していた

 

「七草さん、一条です。俺も乗せてもらっても良いですか」

 

『ええ、良いわよ。十文字くんはどうする?』

 

「こちらは少し面倒な状態になっている。俺はここに残らざるを得ない」

 

克人も追跡に加わりたいのは山々だったが、焼け焦げた死体や壊れた兵器、火事の跡を放置する事は出来ない。警察や消防に事情を説明する責任者が必要だった。

 

『了解よ。達也くん、一条くん。お迎えは出せないからここまで来てくれるかしら』

 

「分かりました」

 

「凛、頼めるか?」

 

「任せんさい。二人とも、飛ぶわよ。十文字先輩、車をお願いします」

 

克人の端末に向かい将輝が答え、達也が凛に目配せをすると車から降りた凛はヤマトを持って達也と将輝を照準に捉えると自分を含めた三人を巡視船に向かって飛ばした



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捕縛

凛達三人が巡視船に乗り込んだ達也を出迎えたのは、真由美と八雲だった。

 

「やあ、達也くん。遅かったね」

 

「何故師匠がここに?」

 

「何故って、事件解決に手を貸すためだよ」

 

「俺が聞きたいのはそう言う事ではなく、何故師匠がこの船に乗船出来たのかと言う事ですが」

 

「あの、七草さん。こちらのお坊さんは何方です?」

 

達也の隣で、将輝が真由美に問いかける。困惑気味の笑みを浮かべながら、真由美は答えた。

 

「忍術使い、九重八雲先生よ。達也くんのお師匠様で、私たちに協力してくださるんですって」

 

「正確には師というわけではないよ。達也くんは忍びでも坊主でもないからね。ちょっと体術の修業の相手をしているだけさ」

 

達也の質問から逃れるように会話に割り込んだ八雲に、達也は鋭い視線を向ける。その視線が自分に向けられているような気になり、真由美は慌てて答えを追加した。

 

「今日は何もするなって言われてたけど、やっぱりじっとしていられなくて・・・いざという時の為に巡視船を出してもらって平塚の新港に駆けつけたら、八雲先生がいらっしゃって・・・達也くんたちがどこにいるのか知ってると仰るから乗っていただいたの。達也くんの先生だということは知っていたし・・・ダメだった?」

 

恐る恐る真由美に問われて、達也はため息を呑み込んだ。

 

「駄目ということはありません」

 

「それは良かった」

 

「・・・七草先輩。すぐに追跡を開始しましょう」

 

八雲には視線を向けただけで、達也は真由美に言葉を掛ける。

 

「そうね。達也くん、航路を指示してもらえる?」

 

「分かりました」

 

達也と真由美、それに続いて将輝と八雲と凛は、巡視船のブリッジへ向かった

 

 

 

 

 

 

 

ブリッジに上がった真由美は達也にある質問をした

 

「ねえ、達也くん」

 

「何でしょうか」

 

「どうしてここに凛さんがいるの?」

 

「凛は俺が呼びました。四葉家が援軍として送ってきたのです」

 

「なるほど、そういう事だったのね」

 

そう言って真由美は納得していたそして巡視船のライトが一隻の船を捕らえた。巡視船の船長は真由美の声を聞くまでもなく停戦命令を出していた。これで追跡権が成立した事になる。巡視船のブリッジに安堵の空気が流れたが、達也と凛はは何もない闇を睨んでいた

 

「達也・・・」

 

「ああ、最悪の時は頼んだぞ」

 

「了解、弾の確認をしておく」

 

そう言って凛はヤマトの弾倉を外すと別のものに変えていた

 

 

 

 

 

そして追跡を続ける事数分、一向に減速する気配すら無い船に巡視船は威嚇射撃を命じた

 

「照準、不審船至近・・・お待ちください! 敵船より、小型艇の発進を確認!」

 

「達也くん!」

 

「いえ、顧傑は乗っていません」

 

「小型艇、まっすぐにこちらへ突っ込んできます」

 

「武装は!? 艇の種類は何だ!?」

 

「艇種は水陸両用車! 速い! 何だ、この速度は!?」

 

迫りくる水陸両用車に、将輝が真紅のCADを向けた。放つ魔法は一条家のお家芸でもある「爆裂」。水素エンジンを使っていたようで、燃料の爆発は起こらなかった。沈み行く水陸両用車から抜け出した人影が、海上を滑るようにこちらへ急迫する

 

「逃亡する船に威嚇射撃を。あちらは俺が引き受けます」

 

船長にそう進言したのは達也だ。その時には既に、彼は海の上へ飛び出していた。

 

「照準!」

 

「照準、不審船至近!」

 

「射撃準備完了!」

 

「撃て!」

 

曳光弾を交えた機関砲の銃撃が顧傑の乗っている船を掠める。その時に真由美が『魔弾の射手』を発動して人影を撃ち抜き、水中に沈めていた

 

「不審船、領海外に出ました」

 

「構わん。このまま前に回り込め」

 

船長の指示により、巡視船が顧傑の乗る船との距離を詰める。あともう少しで追いつくという時、レーダー員から悲鳴の様な声が上がった

 

「船長!USNAの駆逐艦がこちらに接近を始めました!」

 

「何っ!?」

 

そう言って驚いている中、達也は凛に目配せをした

 

「凛・・・」

 

「了解、ピンポイントで撃ち抜くわよ」

 

そういてヤマトの引き金に手を掛けると発砲音と共に放たれた刻印弾は駆逐艦から飛び出してきたベンジャミン・カノープスの分子ディバイダーを見事に破壊した。刻印弾には術式解体が打ち込んであった。魔法が解体された隙に達也はカノープスの前に立っていた

 

「随分と派手な魔法を発動しましたねベンジャミン・カノープス少佐」

 

「なぜ私の名を・・・いや、お前は」

 

「名を知っている様なら話は早いです。取引をしませんか?」

 

顧傑は既に凛によって無力化され、魔法は使えなくなっている状態だった

 

「俺たちはテロの首謀者を捕らえた事実が世間に広まればそれだけで良いのです」

 

「・・・それで?」

 

「追跡権が成立しているのにも関わらず警告なしでこの船を切り付けようとした事。これは十分問題です。証拠は残っていますし」

 

そう言って達也は視線を向けると八雲が出て来て、その手にはカメラが握られていた

 

「・・・何が目的だ」

 

カノープスの言葉に達也は表情ひとつ変えずに言った

 

「俺たちの要求は二つです。それを守ってくれれば何も言いません」

 

「聞こうか」

 

カノープスは持っていた日本刀を下に降ろすと達也の話を聞いた

 

「一つ目は今縛り上げられている顧傑をテロ事件の首謀者と公表する事。無論、捕縛の際には我々日本の魔法師がいた事も。そして二つ目は顧傑を処分するならUSNA国内で処分してください」

 

「一つ目は構わんが顧傑がどこで消えたかなんてわからないだろう?」

 

「俺たちがここまで追いかけることができたのはなぜだと思いますか?その意味を考えれば顧傑がどこで消えたかのかはわかりますよ」

 

「成程・・・君のところには優秀は魔法師がいる様だな。良かろう、その提案を呑ませてもらおう」

 

「要求を呑んでいただき感謝いたします」

 

そう言って達也が目配せをすると縄でぐるぐる巻きにされた顧傑をカノープスに引き渡していた。縄には魔法力を封じる術が埋め込んであり、縄を切るとその効果は切れる様に設定されていた。こうして追跡劇は一旦の終了を迎えた



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帰宅

顧傑をカノープスに引き渡した後、凛と達也は車に乗り込んだのだが凛の乗って来た車にはなぜか八雲が乗っていた

 

「・・・なぜ八雲が乗っているんだ・・・」

 

「良いじゃないか。たまには二人でドライブだ」

 

「わぁーったよ。じゃあね達也、ちょっと私はこのエロ坊主とドライブしてくるわ」

 

そう言って達也は逆に八雲の準備した車に乗り込むそそれぞれ反対方向に車を走らせた

 

 

 

 

 

車を走らせる事数分、八雲が凛に話しかけた

 

「しかし、驚いたよ。まさか君が身代わりになるとはね」

 

「・・・そうかしら?私は一応達也のガーディアンよ。達也の身代わりになることも仕事のうちよ」

 

「でも、ガーディアンとはまた違う理由もあるんじゃ無いかい?」

 

八雲の言葉が図星だったのか凛は少し黙ると八雲に言った

 

「八雲・・・今から言う事は他言無用だぞ・・・と言っても達也にはすぐにバレちゃうだろうけどね」

 

そう言って凛から出た言葉に八雲は驚愕をした

 

「調整体には凛くんの有機調整の効果が薄い?」

 

「ええ、なんせ初めての事だったのよ。甘く見ていたわ、有機調整は()()()生まれ方をした人じゃ無いとはっきりとした効果が出ない。それがこの前分かったのよ」

 

「調整体は普通の生まれ方じゃない。そういう事か」

 

八雲の疑問に凛は八雲の目をじっと見た

 

「八雲、だから私はその研究をするために時間が欲しいんだ。だが、私は一高の生徒だ。それに国防軍の士官でもある。とてもじゃ無いが研究する時間はあまり取れない」

 

凛の言っている事に八雲は何を考えているのかが思いつかなかった

 

「だが、私には時間が欲しい。だから私は・・・・・」

 

次の瞬間、凛の言葉に八雲は驚愕してしまった

 

「なんと!そんな無茶な方法で時間を作るのかい?」

 

「まぁ・・・これはついでに国防軍を辞める口実作りでもあるけどね。国防軍が素直に辞めさせてくれなかったらすぐにでも実行するさ」

 

「成程、だけどこの事は聞かなかった事にするよ。達也くんには絶対に言わないほうが良さそうだね」

 

「ああ、是非ともそうしてくれ。達也には事を起こした後に話す予定だから」

 

そう言って凛と八雲は途中で道路を引き返すと行き先を九重寺に向けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛達がドライブをしている頃。司波家では弘樹は深雪の巫女服を見て感想を言っていた

 

「ど、どうですか弘樹さん」

 

「ああ、とても似合っていると思うよ」

 

弘樹にそう言われて深雪は嬉しそうに弘樹に抱きついていた

 

「おっと、余りはしゃぐと危ないよ」

 

「もー、そんな子供じゃありませんよ。弘樹さん」

 

実年齢で言えば弘樹は60歳近く、弘樹からみれば深雪は孫の様でもあった。そのせいか時々、弘樹は深雪の事を子供の様に見てしまう事があった。そんな様子を見ていた亜夜子達は円満夫婦の様に見えていた

 

「羨ましいわね、あんなに深雪お姉さまが幸せそうなんだから」

 

「そうだね、深雪お姉さまをあんな表情にできるのは弘樹さんか達也お兄様くらいだと思うよ」

 

そういて文弥は今の文弥の様子を見ながらそう呟いていた。文弥達には弘樹と深雪の婚約は知っている為、深雪もかなり弘樹にべったりする事ができた。今の深雪と弘樹の雰囲気に二人はブラックコーヒーも飲むもそれでも甘く感じるくらいに今のリビングは甘い空間と化していた。だが、そこに達也が戻って来たことでさらに空間は甘いものになっていった

 

「おかえりまさいませお兄様!!」

 

「ああ、深雪。今戻ってきたぞ」

 

「おかえり達也。その様子だとうまく行ったみたいだね」

 

「ああ、凛のおかげでな。今あいつは師匠と一緒に九重寺に行って、もうすぐ帰ってくるそうだ」

 

「分かった。じゃあ、それまで大人しく待っているよ」

 

そう言って弘樹は凛が戻って来るまで司波家で待つ事になった

 

 

 

 

 

 

 

それから十分後、外からクラクションの音が聞こえるとそこには凛の乗ってきた装甲車が止まっており、凛は巫女服から私服に着替えてあった

 

「弘樹〜、迎えに来たよ〜」

 

「分かった。じゃあ深雪、またね」

 

「はい、いつでもお待ちしております弘樹さん」

 

「文弥くん達もまたね」

 

「はい!」

 

「楽しみにしておりますわ」

 

そう言って玄関で弘樹は文弥達に別れを言うと弘樹は車に乗り込んだ

 

「弘樹、どうだった。二人の時間は」

 

「まぁ・・・よかったですよ」

 

「そうかい、そりゃ良かった」

 

そう言うと弘樹は少し暗い雰囲気を出していた

 

「でも・・・申し訳なく感じます」

 

「・・・深雪の事かい」

 

「ええ、自分の都合で振り回してしまっている気がして・・・」

 

そう言うと凛は小さく微笑んだ

 

「ふふっ、そんなことは無いはずよ。深雪も弘樹のことが好きで、ずっと一緒にいたいから人の器から外れたのよ。いやー、愛の力ってのは素晴らしいねぇ」

 

そう言って凛は弘樹を見ながらそう言った、弘樹は凛の言葉で少し元気ついたのかさっきの暗い雰囲気は消えていた

 

「そう・・・ですね。すみません姉さん」

 

「いいってもんよ、こう言うのは年長者に聞きなさい」

 

年長者というには歳をとりすぎている様な気もするが今それに突っ込むと確実に殺人チョップが帰ってきそうだった為弘樹は特に突っ込まなかった。本当の両親の代わりに見ず知らずの自分を育ててくれた凛に弘樹は心から感謝をしていた。親の顔はだいぶぼんやりとしてしまったがそれでも凛に引き取られる前の出来事は思い出すことができた。今思えば凛の事を信用できたのは凛の顔が親に似ていたからかも知れない。深雪の事を好きになれたのもお恐らく同じ理由だと思う。そんな事を思っていると車はマンションの地下駐車場に到着した



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深雪と将輝のデート

今回は間話的なものだと思ってみてください


2月24日

 

顧傑の一件から人段落したこの日、凛と弘樹は喫茶店アイネ・ブリーゼにてバイトをしていた。なぜここにいるのかと言うとマスターが手伝って欲しいと言って凛の家に電話をして来たのだ。電話番号は去年のバレンタインパーティーの時に店を貸切で借りた時に交換をしていたのでそれを使って電話をしていた

 

「いやー、助かったよ。ごめんねいきなり呼び出して」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ちょうど暇していたので。それにバイト代もちゃんと出してくれると聞いているので」

 

そう言ってカウンターで注文を取っている弘樹を見ながらそう言った。すると喫茶店の扉が開き、そこから見慣れた客が入ってきた

 

「いらっしゃいませ・・・って達也!」

 

「凛・・・どうしてお前がここにいる」

 

「なぜって・・・マスターに呼ばれたからバイトやっているのよ」

 

「あら、弘樹さんもここでバイトですか?」

 

「ああ、ここにいるよ」

 

そう言って弘樹が奥から出てくると深雪は嬉しそうにいていたが。余り大袈裟では無かった。なぜなら後ろに人が居たからだった

 

「神木姉弟・・・ここで働いていたのか?」

 

「ええ、1日だけだけどね」

 

「久しぶりだな真紅郎」

 

「ああ、久しぶり弘樹」

 

そう言って弘樹と吉祥寺が握手をすると隣に初めてみる少女が二人いた

 

「真紅郎、この子達は?」

 

「ああ、将輝の妹の一条茜。ほら茜、前に言っていた神木弘樹だ」

 

「は、初めまして。一条茜です」

 

「ええ、はじめまして茜ちゃん」

 

そう言って弘樹は茜に挨拶をすると茜は少し緊張した様子で挨拶をしていた。喫茶店の入り口で話していると凛が邪魔になるからと言って席に座らせた

 

「さて、注文は何しいたしますか?今日のおすすめは野苺のスフレパンケーキです」

 

「本当!凛のスフレパンケーキは美味しいのよね。それでお願いできる?」

 

「畏まりました。幾つ用意すれば宜しいでしょうか」

 

「じゃあ、ここにいる五人分お願いするわ」

 

「畏まりました。ではこのままお待ち下さい」

 

そう言って凛は喫茶店の台所に立つと冷蔵庫から生地を取り出してフライパンに火をかけると手際良くパンケーキを焼き、弘樹は隣で盛り付けをしていた。パンケーキが焼き上がるまでの間、世間話で盛り上がっていると凛と弘樹が皿を持ってきてそれぞれの前に置くと真紅郎が興味深そうに凛の方を見た

 

「へぇ〜、移動魔法で料理を運ぶなんて面白い使い方だね」

 

「ああ、凛はこう言う魔法の使い方が得意なんだ」

 

真紅郎と達也の言葉に将輝は少し驚いたが茜の声でどこかに飛んで行った

 

「これすごい美味しい!」

 

茜はスフレパンケーキの美味しさに驚き、将輝は突然声を出した茜に体をびくりとしていた。そして茜の言葉に深雪も賛同していた為、将輝も少し急いでパンケーキを口に運ぶと確かに美味しいと感じた。そんな事を思っていると茜が作り方を聞いてた為、凛は持っていた紙に材料と作り方を簡単に書いた物を渡すと茜は満足そうに感謝していた。結局この日は深雪達が世間話をするだけで終わっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月9日

 

将輝の送別会の為に学校帰りに目的地のボーリング場に到着した一行は早速ボウリングを楽しんでいたが。エリカと凛のスコアが突出してよかった。結局二人の接戦で終わってしまった為にカラオケや隣にあったゲームセンターで遊びまくっていた。ゲームセンターによく通っている凛と弘樹はゲームセンターにあったUFOキャッチャーで乱獲をしてみんなの欲しいものを片っ端から獲得していた。魔法を使った痕跡は一切ない為、達也は本当の実力だと思っていた

 

「凛、次はあれをお願いできる?」

 

「OK、任せなさい」

 

「ちょっと、一条くんの送別会だって事を忘れないでよ」

 

「大丈夫だって、将輝くんも十分楽しんでいそうだし」

 

そう言って将輝は深雪とともに一旦外に出ていた。おそらく告白をしたんだろうと思いながら凛はUFOキャッチャーから2001年から始まった太鼓を叩く音楽ゲームでフルスコアを叩き出していた

 

 

 

 

 

送別会を終えた後は凛の乗って来た大型車に別方向に向かった将輝以外全員が乗り込むと駅まで車を走らせていた。今回乗って来た車は旧ロシア連邦の歩兵機動車をそのまま改造したものだった。新ソ連もそうだが、あの国は武器の輸出が盛んに行われている影響で凛は比較的簡単にこの車を入手していた

 

「しかし、驚いたね。こんな車を凛が持っていたなんて」

 

「正確には母上の会社のだけどね。借りて来たんだ」

 

「おー、さすがはノース銀行。世界の経済銀行なだけあるねぇ。こんな軍用車を持っているんだから」

 

そう言ってエリカの言葉に凛を含めた事情を知っている者は軽く苦笑いをしていた

 

「さ、もうすぐ駅だから降りる準備してね」

 

「「はーい」」

 

そう言って駅に到着して一番移動に苦労していたのは調子に乗ってUFOキャッチャーで遊んでいたエリカであった

 

 

 

 

 

エリカ達を駅まで送り届けた後、車に残っていた神木姉弟と司波兄妹は各々世間話をしていた。深雪は弘樹に将輝の告白を断った事の報告。凛は達也に新しいCADの提案など。各々好きな事で話に盛り上がっていた



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南海騒擾編
達也からの依頼


3月11日

 

この日、凛は部活連本部で指示を出していた

 

「急げよ!チンタラしてるやつはケツ蹴っ飛ばすぞ!!」

 

「「はい!」」

 

卒業式が近づいて来る中、凛は部活連のメンバーに発破をかけていた。本来これは生徒会の仕事なのだが生徒会では人が足りないと言うことで急遽部活連から人を貸していた。そんな中、凛は達也に呼ばれて空き部屋に来ていた

 

「どうした達也、なんか用事かい?」

 

「母上から伝言だ。今日の19時に料亭来てほしいそうだ」

 

「・・・了解したと伝えておいて」

 

そう言って凛はエリカに予定が入ったと言って部活連を後にすると家に帰って着替え、車を走らせると指定された料亭に到着した

 

 

 

 

 

 

 

料亭に着くと真夜が先の席に座ってワインを嗜んでいた。凛も真夜に進められて席に座ると真夜から早速紙を受け取った

 

「閣下、これを」

 

「・・・承知しました。この紙はこちらで処分しても?」

 

「ええ、その様にお願いします」

 

そう言って凛は手から火を出すと紙を跡形もなく消していた。そして凛は愚痴を吐いていた

 

「全く、せっかくの平和を壊そうとするなんて。作戦を考えた奴の気がしれんな」

 

「ええ、そうですね。それで、私からお願いしたいのは達也のバックアップをお願いします」

 

「戦闘に参加しなくてもいいのかい?」

 

「ええ、戦闘に参加するか否かは閣下の自由にして下さい」

 

「そう言われると混ざりたくなるね」

 

そう言って凛は真夜の言葉に小さく笑みを浮かべると凛は真夜にいつもの近況報告をしていた

 

 

 

 

 

 

家に戻ると深雪がモモを呼んで遊んでおり、今日は練習はやめになった様だった

 

「弘樹〜、戻ったよ」

 

「あ、姉さん。用事はなんでしたか?」

 

「真夜さんから達也のバックアップについてほしいだってさ。うちらも沖縄に行くことになりそうだよ」

 

「じゃあ、準備をしておいた方がいいですか?」

 

「ああ、頼んだよ」

 

そう言って凛は深雪と同じ様に猫じゃらしで遊んでいると深雪が猫じゃらしを追っているのに気づいた

 

「あっ、ごめんなさい。なぜか早いものには目がいっちゃって・・・」

 

そう言って深雪は少し顔を赤くしながら凛に言っていた。少しではあるがだんだん深雪が猫の様になっていることに凛は軽く笑っていた

 

「あはは、いいよいいよ。どうせなら深雪もモモみたいに遊べばいいんじゃ無いか?」

 

「そうだね。深雪の猫の姿も久々に見たいし」

 

「弘樹さんが言うなら・・・」

 

そう言って深雪は弘樹から封印を解かれ、猫の姿になると弘樹も隣で九尾の姿になっていた。狐の上に猫が乗っかる姿はなかなかにいい雰囲気を出しており、凛が写真を撮っていた

 

「ヘェ〜、なかなかにいい感じね」

 

「そ、そう?ちょっと恥ずかしいわね」

 

「そうかな。僕は結構慣れちゃったからなぁ」

 

そう言って弘樹の背中でしがみついている深雪を見ながら弘樹は部屋の中を歩いていた。するとマンションの部屋に達也が入ってきた。凛のマンションの鍵は達也にも渡している為、特に文句なども出なかった

 

「おや達也。珍しいねぇ。この時間に来るなんて」

 

「ああ、深雪の帰りが遅いと思ってな。迎えに来たんだ」

 

そう言って達也は深雪の隣に座ると深雪は人の姿に戻ると達也の隣に座っていた

 

「そうかい、じゃあそろそろ。彼方は準備をし始めるよ。ついでに達也達の航空機チケットもね」

 

「と言うことは凛達も行くのか?」

 

「ええ、行くと言っても私はこっちで行くけどね」

 

そう言って凛はノース・マンチェスター銀行の社員証を出した

 

「取締役でか。それは大変だな」

 

「何、これくらいいつもの事よ」

 

「そうか・・・」

 

そう言って達也は弘樹と顔を合わせると頷いて確認をしていた。そして、達也は深雪の手を取ると二人で部屋を後にしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

3月17日

 

卒業式を終え、達也と弘樹は独立魔装大隊本部に来ていた

 

「では、貴官達は二十四日の彼岸供養式で合流してくれればいい」

 

「了解しました。しかし、風間中佐も戦闘に参加されるのですか?」

 

「ああ、そのつもりだ。敵の目的は騒ぎを大きくすればそれで良い」

 

そう言って風間は二人にそう話すと部屋から二人を出した

 

 

 

 

 

 

独立魔装大隊で二人が出てくるのを待っている間、凛は柳に正月に受け取ったムーバル・スーツの改造型を渡していた

 

「はいこれ、言われた通り改造はしたけど。正直、私でも使いたく無いわね。どうしても飛行魔法が安定しないのよね」

 

「おやおや、准将でも扱いづらい代物ですか。これは楽しみですな」

 

そう言って柳は面白そうに改造したムーバル・スーツを見ていた。見た目の変わりはあまり見られないが、マスクの部分が微妙に変わっていた様に見えた。ただし、性能は通常のムーバル・スーツよりも起動式が効率化されたもので、凛が言うよりも確実に扱いやすい物になっていた

 

「ま、今回の作戦に私は役に立たないと思うから。それの代わりだと思ってね」

 

「ええ、十分お釣りが来そうな出来栄えです。感謝しますよ」

 

そう言って凛の改造したムーバル・スーツはのちにカスタムパーツとしてムーバル・スーツの基本装備となっていた



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5年ぶりの沖縄

3月23日

 

終業式を終えた達也達は東京海上国際空港に来ていた

 

「しかし久々だなぁ、もうあれから5年なんだね」

 

「そうね、あの時はまだお兄様は窮屈な思いをされておりましたわね」

 

そう言って私服に着替えた凛と深雪は弘樹と達也に荷物を任せると空港内にある売店で飲み物を買っていた

 

「しかし達也ももうちょっと贅沢に慣れればいいのにねぇ」

 

「仕方ないわよ。でも、いずれ慣れると思うわ。だってお兄様ですもの」

 

「あはは、それはどうだろうね」

 

そう言って二人は笑いながら話していると水波が達也に気まずそうな様子で何かを話していた。その様子から席がカプセルシートな事に対する事だろうと予測していると弘樹が水波に声をかけて諦めた様子を見せていた。達也も同じよう贅沢に慣れないせいで席に座った後もずっと画面を見続けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄に到着をすると達也達が泊まったのはノース銀行の所有するリゾートホテルで凛、達也、水波と弘樹、深雪のペアで泊まることになった。この部屋割りに悪意を感じた達也は凛の方を見るとどこ吹く風といった感じで外を向いてた為、達也は呆れた様子を見せていた。翌日に行われた式典も大きな問題なく終えると達也達は国防陸軍那覇基地のすぐ目の前にある二階建てのレストラン。沖縄料理店ではなく『取り残された血統』と呼ばれる元沖縄駐留米軍遺児の子孫が経営するステーキハウスだ。貸し切りにされたその二階が、達也たちの目的地だった

 

「おっ!達也に弘樹!久しぶりだな。それに凛も」

 

そう言って達也達を出迎えたのは5年前に知り合った桧垣ジョセフであった

 

「ジョー、ご無沙汰しています。それにしても、その恰好は? 退役した訳じゃありませんよね?」

 

五年前にこの地で知り合った魔法師軍人、桧垣ジョセフは店のロゴが入った派手な色のエプロンを着けていた。

 

「もちろん現役だぜ。こないだ軍曹に昇進したんだ」

 

「それはおめでとうございます」

 

「今日はオフで、この格好は単なる手伝いだ。ノーギャラだからバイトじゃないぜ。ここは退役した友人の店なんだ」

「」

「そうだったんですか」

 

「お前の方も、最近よく名前を聞くぜ。まさかあの達也が……」

 

「ジョー」

 

ジョセフのセリフを遮った達也の声は、決して強い調子のものではなかったが、ジョセフはそれで自分が口を滑らせかけたことに気が付いた。

 

「おっと、いけね。引き止めちまったな。お連れさんが二階でお待ちだ。そこの階段から上がってくれ」

 

達也はジョセフに目礼を返して、深雪と水波を引き連れて二階へと上がった。

 

「司波達也です」

 

扉をノックして声を掛けると、すぐに鍵が外れる音が聞こえ、内側から真田が顔を見せた

 

「よく来たね。さあ入って」

 

そう言って真田が催促をすると達也達が部屋に入り、そこに陳祥山がいた事に深雪は心底驚いた様子だった

 

「今回、大亜連合軍の陳上校は味方だ。それを理解した上で席に座ってくれ」

 

「了解しました。深雪」

 

「はい、私もそのように心得ます」

 

そう言って達也達は席に座った。席は達也、深雪、凛が座り、深雪の後ろに弘樹と水波が立つ形となった

 

「早速だが、状況を説明する」

 

そう言って風間は現状を達也達に伝えた。現状、工作員による大きな行動は無く、慎重になっているとの事

 

「オーストラリア人ですか?」

 

「パスポート上はそうだ。航空機の搭乗履歴もシドニー空港からとなっている。名前はジェームズ・ジャクソン。年齢は40歳、職業はジャーナリスト。入国の際に12歳の娘を連れている」

 

そう言って風間はその人物を写した写真を見せながら言った

 

「・・・似てない親子ですね」

 

「本当に親子だとすればな」

 

そう言って達也の含みある言い方に風間は苦笑しながらも答えた

 

「カモフラージュだとすれば、こんな少女を連れてきている意図が分からん。まさか自爆攻撃に使うわけでもあるまい」

 

「本当に少女だとすれば、ですが」

 

「・・・見た目通りの歳ではない、と?」

 

「写真だけでは判定出来ません」

 

「ふむ、可能性は否定出来んか・・・だがオーストラリア人の情報は入手が難しい。君が指摘した可能性を念頭に置いた上で対応する事にしよう」

 

そう言って風間のみならず凛の正体を知っているものはうっすらと凛の方を見ていた。おそらく・・・いや、この世界にいるどの人間よりも寿命をとっているのは凛だと確信が持てていた。そして風間はある程度話を終えると達也が深雪のことを案じて部屋を後にすると伝え、凛達も達也に続く形で部屋を後にした



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気になる子

達也達が風間とあっている頃、那覇のショッピングモールでは歩いている一行があった。それは今年卒業した服部達であった

 

「なぁ、俺が来て本当に良かったのか?」

 

「何だ、沢木。今更だぞ?」

 

沢木の問いかけに、服部が呆れ声で返した。

 

「そうだぜ、沢木。もう三日目じゃねぇか」

 

「それはそうだが、壬生は司波君と沖縄で合流するから良いとして、俺がいなければ三対三だろ? 空気が読めていなかったと思ったんだ」

 

「なっ!?」

 

「さ、沢木くん、何を言ってるんですか!? わたしと、は、服部くんは、別にそんな仲じゃありませんよ!」

 

絶句した服部の後ろから、顔を赤くしたあずさが焦った口調でまくし立てる。その横では、紗耶香があずさを微笑ましげに眺めていたのが沢木には印象的だった。

 

「中条の言う通りだ。俺としては、カップル二組に相手持ち一人の中に男一人と女一人なんて気まずい状態にならずに助かったと思っている」

 

服部が五十里と花音、桐原と巴に「少しは控えろ」と言いたげな目を向け、紗耶香には「浮かれ過ぎでは」という目を向けた。五十里は派手な柄の開襟シャツにベージュのチノパン、花音は同じ柄の開襟シャツにベージュの膝上丈スカートのペアルック。桐原は無地のTシャツにホワイトジーンズ、巴は同じ色のTシャツに七分丈のホワイトデニムという、これまたペアルック。確かに一緒にいたら気まずいだろう。

 

「沢木君はさっきの司波君たちを見てそう思ったのかな?」

 

五十里が振り返ってそう尋ねる。彼の左腕には花音がしがみついているが、五十里は全く暑そうな素振りを見せていない。この二人のオープンな熱々ぶりは同級生なら知らぬ者はいない。沢木も特に気にした様子は無かった。

 

「自分では気が付かなかったが、言われてみればそうだな」

 

「何だよそれは」

 

「でも、沢木君の気持ちも何となく分かる気がするよ。ご供養の式典でこんなことを感じるのは不謹慎かもしれないけど、司波君と深雪さん、凄くお似合いだったもの」

 

 

 紗耶香の声には、少しの憧れと嫉妬が込められていた。

 

「深雪さんくらいの美人になると相当な二枚目でも釣り合いが取れないけど、司波君の存在感は全然負けてなかった」

 

「二人とも、とても高校生には見えなかったけどな」

 

感嘆する巴に桐原が茶々を入れる。これには巴だけではなく他のメンバーも失笑を漏らした。だが沢木ただ一人が真面目な顔で頷いた。

 

「ああ、全くだ。特に司波君のような堂々とした佇まいには感心した。魔法師とか四葉家とか以前に、武人というのは彼のような男を言うのだろう」

 

「・・・大丈夫。沢木君も見るからにサムライって感じだから」

 

「そうか?」

 

花音の混ぜっ返しにも、沢木は真顔で反応したのだった。

 

 

 

 

 

 

彼らが話題にしていたように、五十里たち一行は沖縄侵攻事件の犠牲者彼岸供養式典を見学した後、街をぶらぶらしているところだった。特に目的は無い。気に入ったアクセサリーがあれば買ってもいいか、程度である。だから紗耶香がその少女に目を留めたのも、偶然でしかなかった。

 

「どうしたんだ、壬生?」

 

紗耶香の視線に気づいた桐原が彼女の視線をたどり、訝しげに眉を顰めた。

 

「・・・今時、白人の子供なんて珍しくないだろう?」

 

紗耶香が見ている先には、十二、三歳くらいの栗色の髪の少女が一人ぽつんと立っていた。肌の色と顔立ちから、白人種であることが分かる。

 

「違うわ。分からない?」

 

「んっ?」

 

紗耶香に言われ、もう一度少女に視線を戻した桐原が、今度は鋭く目を細めた。

 

「どうした、桐原」

 

「・・・穏やかじゃないな、この雰囲気は」

 

服部が桐原に声を掛け、沢木が状況を察して声を潜めた。誰かを待っているのか、じっと立っている少女を盗み見る大の男。それが四人。しかも、取り囲むようにして少しずつ近づいている。

 

「誘拐か?」

 

「待て服部。ここは俺と桐原が行く」

 

服部が軽蔑の篭った声で呟き、誘拐なり猥褻行為なりを止めるために歩き出したが、その肩を沢木が掴んで呼び止めた。

 

「俺と桐原は白兵戦タイプで遠距離は苦手だ。五十里は対人戦向きじゃない。女子をガードしつつ、いざという時に援護の魔法を撃てるのはお前だけだ」

 

何故だという顔で振り返った服部に、沢木はそう返して少女へ向かい歩き出す。桐原がその後に続こうとしたが、今度はその背中に紗耶香と巴が声を掛けた。

 

「桐原君、私たちも行くわ」

 

「いやっ、けどよ・・・。どう見てもアイツら、平和な目的じゃなさそうだぜ?」

 

「でも、桐原君と沢木君だけで近づいては、あの子だけじゃなくって他の人からも変な目で見られちゃうわよ?」

 

そう言うと桐原は嫌そうな表情を浮かべた。だが、沙耶香の警告も妥当なものだと認めざるを得なかった

 

「・・・分かった。だが、俺の側を離れるなよ」

 

「分かってる」

 

紗耶香は自分の腕が剣あってのものだと弁えると桐原が振り返り。五十里と二人で花音を制止している服部が彼に向って頷いた。それを確認して、桐原と巴、紗耶香は足を速めて沢木の隣に並んだのだった



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怪しい親子

ショッピングモールで誘拐?現場に遭遇し、服部達は少女を囲んでいた四人を倒すとジャズという名の少女の目の前に立っていた。無計画にジャズに近づいたが何の声かけをすれば分からなかったところを壬生達がフォローをしており、服部達はジャズを連れてファストフード店に足を運んでいた

 

「お待たせ」

 

「悪いな」

 

「良いよ、これくらい」

 

飲み物をまとめて買ってきた花音と五十里を服部が労い、テーブルに全員が揃ったところで紗耶香がジャズに話しかけた。

 

「ジャズ、大丈夫? 怖くなかった?」

 

「ええ、大丈夫。お姉さんたち、ありがとう」

 

「さっきの人たちに心当たりはある?」

 

「ううん、無い」

 

「そう・・・こんな人通りの多いところで襲ってなんて来ないと思うけど、お父さんが来るまではあたしたちが一緒にいてあげるから大丈夫よ」

 

花音がそういった直後、まるで彼女のセリフを合図にしたかのように野太い男の声がジャズの名を呼んだ。

 

「ジャズ!」

 

「ハイ、ダディ」

 

男の声が切羽詰まっていたのに対して、少女の声は平坦だった。

 

「急にいなくなるから心配したぞ・・・あの、貴方たちは?」

 

「ジャズのお父さんですね? 私は服部刑部と申します。私たちは四人組の男がジャズさんを攫おうとしていたところに偶々居合わせました。見て見ぬふりをすることも出来ず、ジャズさんを人目が多い場所にお連れしたという次第です」

 

「ソーでしたか・・・モーシ遅れました。ワタシ、ジャズの父のジェームズ・ジャクソン、デス。ムスメを助けてくだサリ、ありがトーございマス」

 

「ありがとう、バイバイ」

 

父親に手を引かれたジャズが振り返って手を振る。紗耶香、巴、花音、あずさが手を振り返しを見送った後、二人の姿が見えなくなったところで服部が声を潜めて沢木に話しかける。

 

「沢木、何故あいつらを警察に突き出さなかったんだ?」

 

服部はさっきの四人を倒しただけで放置したことが納得できない様子だ。親友、という程ではないが、三年間それなりに親しくして服部は沢木の気性を把握している。服部は、沢木が誘拐犯如きに怖気づくはずはないのだがという疑問も覚えていた。

 

「俺が相手をした連中だが、中国語を喋っていた」

 

「何ぃ?」

 

「しーっ!」

 

「あっ、ああ、すまん」

 

何事かと集まってくる視線から目を背け、桐原が同じテーブルの皆に謝る。しかしそれで、彼が口を閉ざす事はなかった。

 

「まさか・・・二年前と同じ?」

 

「中国語を喋っていたというだけで決めつける事は出来ないんじゃないか? 政府とは無関係の犯罪組織かもしれん」

 

「確かにそうだが、あいつらの技からは軍隊格闘技の臭いがした」

 

服部の反論はもっとのなものだが、沢木の言葉を否定する材料は無かった。

 

「いやだ、またあの時みたいなことが起こるの・・・?」

 

紗耶香が漏らした不吉な予想を笑い飛ばす声も、残念ながら無かった

 

 

 

 

 

 

 

ステーキハウスを後にした達也は深雪に話しかけていた

 

「一旦ホテルに戻るか」

 

「そうですね、少し疲れました」

 

「タクシーを手配しますか?」

 

「ええ、お願い」

 

「畏まりました」

 

いくら妖怪となった深雪でも疲れを感じる程、今日は忙しかった。そして水波がバックから端末を取り出して廃車センターにアクセスしたが、すぐに訝しげに眉を顰めた

 

「水波、どうした?」

 

「それが・・・タクシーセンターが応答しないんです」

 

「え?」

 

そう言って沖縄名物のアイス片手に凛が驚きの声を上げた

 

「タクシーセンターが? ――つながらないのは交通機関の一部だけ・・・ソフト的な障碍ではないな。ハードウェアの故障・・・いや、破壊工作か」

 

達也の呟きに、深雪の顔色が変わり、水波も表情を硬くした。だが、凛と弘樹は別の考えだった

 

「テロリストに先を越された・・・ということでしょうか?」

 

深雪の問いに凛が答えた

 

「いいえ、局所的に通信網を遮断しても、代替の回線に切り替わるだけ。別の破壊工作、例えば放火や武装蜂起などと連携しなければテロ活動としての意味は無い」

 

「あっ、つながりました」

 

水波が思わず発した言葉が、凛のセリフの証明となった。

 

「ああ、凛の言う通り、逃走の為だな。計画的なものか、行き当たりばったりだったのかは不明だが、こちら側の追跡を振り切るために中継基地局をいくつか破壊したのだろう」

 

「・・・もしかして、破壊工作員は私たちのすぐ近くにいるのでしょうか?」

 

「近くにいた、と言うべきだ。新たな妨害工作も見られないようだし、既に逃亡済みの可能性が高い。水波、タクシーを呼んでくれ。行き先はホテルだ」

 

「かしこまりました、達也さま」

 

破壊工作の首謀者らしいという手掛かりだけでは、達也のエレメンタル・サイトを以てしても犯人までたどり着くのは不可能。それに、」今回達也が張り切る必要は無い。「箱根テロ事件」の際とは、対応にあたっている人材の質が違う。ネットワークに対する工作であれば、真田と響子が何らかの手掛かりを見つけているだろうし、もしかしたらすでに所在を押さえているかもしれないのだ。適材適所という言葉で今の一件を棚上げして、達也達はやってきた無人タクシーに乗り込んだのだった



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オゾンサークル

達也の予想は一部的中し、一部外れていた。国防陸軍基地内の一室で、感情を押し殺した声による報告が、響子によって風間に伝えられていた。

 

「ホテルをチェックアウトしたオーストラリア人工作員を追跡していた捕獲部隊が全滅しました。死者はゼロですが、全員行動不能です」

 

「全滅か・・・敵の増援か?」

 

「いいえ。捕獲対象の魔法攻撃によるものだと思われます」

 

「どのような攻撃だ?」

 

「高濃度のオゾンガスによる急性中毒です。麻痺症状が見られます」

 

響子の具体的な報告に、同席していた真田が自分の端末を見ながら、独り言のような口調で口を挿む。

 

「『オゾンサークル』か?」

 

「真田?」

 

「ハッ。申し訳ございません」

 

「構わん。それより、『オゾンサークル』?」

 

「ハッ。オゾンガスを発生させる魔法は他にもありますが、密閉されていない屋外で訓練を受けたカウンターテロ要員をガス中毒で倒すとなると、『オゾンサークル』の可能性が高いと考えます」

 

「確かに・・・」

 

捕獲に向かわせた部隊はカウンターテロ訓練の一環で、銃器や爆薬だけでなく化学兵器の取り扱いも習得している。前触れが察知出来るものであれば、ガス攻撃にむざむざとやられたりはしない。敵の魔法は捕獲部隊が対応する間もなく彼らを高濃度オゾンガスの中に捕らえたと見るべきだ。それほど素早く、大量にオゾンを生成出来る魔法となれば、真田の言うようにオゾンサークルが第一候補に挙がる。

 

「オーストラリアの魔法師がオゾンサークルを?」

 

「それほど不思議な事でもあるまい」

 

響子が呈した疑問を、真田が否定する。オゾンサークルはイギリスのウィリアム・マクロードとドイツのカーラ・シュミットが操る戦略級魔法として有名だが、元々は分裂前の欧州連合でオゾンホール対策として開発が始まった魔法だ。分裂前の協定に従い、旧欧州連合諸国の間でオゾンサークルの魔法式に関する情報は共有されている。かつてイギリス連邦の一員だったオーストラリアの軍魔法師部隊が情報提供を受けていても、確かに不思議ではないが、逆に言えばジェームス・ジャクソンを名乗るあの男性と、その娘という事になっている少女のどちらか、あるいは両方がオーストラリア軍の魔法師という事を意味している。

 

「藤林、あの二人の正体は分かったか?」

 

「いえ、まだです。ただ想子センサーの記録を見る限り、捕獲部隊を倒した魔法の使い手はジャスミン・ジャクソンと推定されます」

 

「少女の方か」

 

「あるいは、少女の姿をした方の魔法師です」

 

「外見通りの年齢ではないと? 達也も似たようなことを言っていたが」

 

「諜報員に第二次性徴を抑制する薬物が投与された実例は隊長もご存じの事と思います。同時に、成長抑制措置をとられた工作員が存在する可能性は否定出来ません」

 

響子が口にした非人道的な推測について、風間から特にコメントは無かった代わりに、彼はもう一つの事を尋ねた。しかし、内心。自分の知っている人物で思い切り年齢を偽っている二人(凛と弘樹)を思い出すと思わず顔を顰めそうになってしまった

 

「大亜連合の部隊を妨害した者の素性は判明したか?」

 

「はい。国立魔法大学付属第一高校の卒業生です。先日卒業式を迎えたばかりの、達也くんの一年先輩ですね。沖縄には卒業旅行で来ているようです」

 

「そういえば人工島の竣工記念パーティーに、五十里家の長男が招かれていたな。となると、邪魔をしたのは偶然、いや、お節介か」

 

風間がため息を吐きながら笑い声を漏らすという器用な真似をしてみせた。それ以上、一高卒業生に関する言及はこの場ではなかった。

 

「藤林は引き続き工作員の身許調査を進めてくれ。真田は敵本隊の捜索だ」

 

「分かりました」

 

「ジェームズ・ジャクソンとジャスミン・ジャクソンの姿は上空のカメラで捉えてあります。逃がしはしません」

 

「よろしい」

 

真田と響子が同時に立ち上がり、風間に敬礼して部屋から退出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャスミン・ジャクソンの偽名を使用しているジャスミン・ウィリアムズ大尉と、ジェームズ・ジャクソンの偽名を使用しているジェームズ・J・ジョンソン大尉がその情報を耳にしたのは、三月二十四日の夜のことだった。彼らは風間の部下の追跡から逃れ、イギリス系国際資本のシーサイドホテルで大亜連合脱走部隊の幹部と密かに合流していた。

 

「四葉の魔法師が?それに、神木家の姉弟?」

 

オウム返しに問い返したジャスミンに、反講和派のリーダーの一人で、今回の破壊工作の首謀者であるダニエル・劉少校は頷きを返した。

 

「今日の式典に、四葉家次期当主と神木家の当主とその弟の婚約者が参加していました」

 

深雪と弘樹の婚約はテロ事件が落ち着いた頃に発表されたが。事前に氏族会議で公表してた為に特に大きな騒ぎとはなっていなかった、一高でも二人のカップル説が本当だったことを証明するだけで特に大きな話題とはなって居なかった

 

「式典というと、五年前の戦役で犠牲になった者たちの慰霊祭ですか?」

 

「魔法師のリーダーが戦没者の為の式典に代理人を遣わすのは、別におかしなことではないと思いますが」

 

ジェームズがジャスミンの横から口を挿む。

 

「確かに不自然ではありません。ですが、無視出来る事でもないと思います。彼らの沖縄入りが我々とは無関係だとしても、四葉の魔法師がここにいるという事だけで作戦の大きな障碍になりかねません」

 

リウはジェームズの言葉を肯定したあと、彼らの存在がどれだけ危険かを付け加えた。

 

「しかし、四葉のプリンスと一緒にいたフィアンセはまだ高校生だったはず。それほど危険なのか?」

 

ジャスミンの反論に、リウは今度こそ首を横に振った。

 

「横浜の作戦では、当時高校生だった十文字家の現当主によって我が軍は大きな損害を受けました。子供だからと言って侮ることは出来ません」

 

ジャスミンたちに一応の注意は促したものの、リウも達也と深雪の真価を・・・いかに危険な魔法師であるかを知らなかった。理解していなかったのではなく、その知識が無かったのだ。そして続けて劉は話を続けた

 

「それに神木家は我々の調べによりますと四葉に魔法の提供を行なっていたと言う話があります」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、その為神木家の者にも注意してください」

 

そう言って劉はジャズに警戒するよう話していた



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観光

3月25日

 

破壊工作員から要注意人物認定を受けた達也達は、今日も精力的にカウンターテロ作戦に勤しんでいた・・・という事実は無い。二人はホテルでゆったりとした時間を過ごしていた

 

「どうだい達也。このホテルの居心地は」

 

「ああ、十分すぎるくらいにな。俺には勿体無いくらいだ」

 

「そう言うなって、せっかく良い部屋を準備したんだ。もっとゆっくりしなよ」

 

「私も落ち着かないのですが・・・」

 

そう言って今達也達が止まっているのはホテルの中でも一番高ランクの部屋で一泊でも恐ろしい金額の値段になる部屋だった。今回は表向き、沖縄侵攻事件の犠牲者供養式典への出席と夏の慰霊祭の打ち合わせという公的な仕事に、四葉家を代表して来ている。他の十師族は式典に参加していなかったから、師族会議を代表してと言い替えても過言ではないため、当然費用は本家持ちな為こんな良い部屋に泊まっていた。水波は部屋の豪華さと大きさに落ち着かない様子で顔に「自分はもっと安い部屋に」と言う言葉が浮かんでいた

 

「水波ちゃん。護衛が離れちゃってどうするのよ」

 

そう言って水波がそうアピールするたびに凛がそう言って水波は言葉を失っていた。だが、水波の要求通りに安い部屋にしたとしてもこのリゾートホテルは並のホテルよりは十分高いのだが・・・

 

「さ、水波ちゃん。ここに座って食事をとりましょう」

 

「はい・・・」

 

そう言って水波は半分諦めモードで席に座ると大人しく食事を摂っていた。この部屋は大きいために部屋の一室にキッチンが常備してあった。水波と凛はそこで食事を作っていた

 

「さて、今日は遠出するんだろう?」

 

「ああ、お前達はどうするんだ?」

 

そう言って達也達は今日は石垣島に行く予定だが凛はそれを断っていた

 

「いや、今日は遠慮させてもらうわ。少し食べ歩きしたいし」

 

そう言って凛は弘樹を預けると言うと早速部屋を出て行った。今日は深雪の誕生日なので弘樹は深雪のために今日行く石垣島でネックレスを買おうと考えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

先にホテルを後にした凛は那覇の貨物港にタクシーを走らせるとある倉庫の前に向かった。その倉庫はノース銀行の所有する貿易会社の倉庫だった

 

「えっと・・・ここにあるって聞いたけど・・・」

 

そう言って倉庫に積まれた荷物の中から一番大きな木箱を見つけた。木箱には機械部品と書かれており、送り主はオーストラリアにあるノース銀行の実験施設からだった。オーストラリアが鎖国状態な事を使って凛はオーストラリアに多くの実験施設を置いていた。鎖国状態のオーストラリアだが、輸出入に関しては規制が緩い為。荷物は比較的簡単に送ることができた

 

「お、あったあった。流石、仕事が早いねぇ」

 

そう言って凛は最も簡単に木箱を開けるとそこには丁寧に梱包された何かの機械のパーツのようだった。そして凛の立っている木箱の周りには同じような大きさの同じ送り主の木箱が大量に置かれていた

 

「よし、あとはこれを三笹島に運んで組み立ててもらうか」

 

三笠島はノース銀行のPMC(民間軍事会社)の所有する小笠原諸島にある島でこのPMCは普段は銀行の警備を基本業務としている。木箱の中身を確認した凛は再び木箱の蓋を閉じると倉庫を後にした

 

 

 

 

 

 

 

凛が倉庫で荷物を確認している頃、達也達は石垣島に来ていた。石垣島まで行くのにジョセフが護衛する事に驚きを表したがジョセフの説明で納得をすると石垣島にある真珠専門の宝石ショップに足を運んだ

 

「神木弘樹ですが」

 

「お待ちしておりました」

 

そう言って店員が店の奥に入り、深雪は訝しさと期待をしていた。そして店員がジュエリーケースを持ってくると深雪が感嘆の声をあげた

 

「こちらでございます」

 

「わぁ・・・っ!?」

 

そう言ってケースから出てきたのはマルチカラーの白、黒、金色の真珠のついたネックレスで、綺麗な球体で傷もなく、素人が見ても高級そうな代物だった

 

「はいこれ、深雪の誕生日プレゼント。長さは多分大丈夫だと思うよ」

 

そう言って弘樹は深雪の方を見ると深雪は嬉しそうにしていた

 

「ありがとうございます弘樹さん・・・大切にしますね」

 

そう言って深雪はネックレスを大事にしまうとホテルの帰路に着いた

 

 

 

 

 

 

 

 

石垣島から戻った達也達はホテル前でジョーに感謝をしていた

 

「ジョー、今日はありがとう」

 

「いいって、俺ものんびりできたしな。弘樹、彼女を泣かせるんじゃ無いぞ」

 

「余計なお世話だ」

 

そう言ってジョーは無人タクシーに乗ると去って行った。それを見送った達也と弘樹は視線を向かいのビルに向けていた

 

「弘樹・・・」

 

「大丈夫、敵じゃ無いことは確実だ」

 

そう言って水波が咄嗟に深雪を守るように警戒をしていた

 

「恐らく金で雇われた部類だろう。捕まえても大した情報は持っていないだろう」

 

そう達也が言うと四人はホテルの回し扉を押して中に入って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちがホテルの中に入っていくのを、道路を挟んで向かい側にあるビルの一室で見送って、ジェームズ・J・ジョンソン大尉は詰めていた息を吐き出した。額を手で拭おうとして、掌が冷たい汗に濡れているのを今更のように自覚する。

 

「(緊張・・・いや、恐怖していたのか? この俺が?)」

 

現在のオーストラリアは外交に消極的なだけではなく、それ以上に海外派兵に消極的だ。鎖国という表現の妥当性はともかく、表向き孤立政策をとっていることに間違いはない。他国との同盟関係も無く、合同演習の類にも一切参加していない。だがそれは、ジェームズのような種類の軍人に実戦の機会が訪れないという意味ではない。オーストラリアは資源が豊富な国だ。鉱山資源だけではなく、砂漠化の停止と砂漠の緑化に燃える他国の、工作機関相手の謀略戦は日常的と言える程に頻発している。また、表向き孤立政策をとっていても、完全な中立を堅持しているわけではなく、今回のように秘密の非合法作戦で他国の武装組織と手を組むことは決して珍しくない。軍にあって工作任務を専門とするジェームズは、この暗闘の最前線で活躍してきた百戦錬磨の戦闘魔法師だ。死線を潜り抜けたことも一度や二度ではない。大抵のことには動じない度胸を身につけている、と彼は自負していた。

 

「(この俺が・・・あんな餓鬼に? 俺の監視に気が付いただけじゃない。こっちの精神を貫き心臓まで届くような、死神の如きあの視線・・・『アンタッチャブル』の名は伊達じゃないって事か)」

 

およそ三十年前、大漢崩壊とともに囁かれ始めた戒めの言葉。

 

 

『日本の四葉に手を出すな。手を出せば、破滅する』

 

 

現に、ジェームズが属する裏の世界では、大亜連合が日本相手に不利な立場で講和を余儀なくされたのは四葉が手を出したからだという噂が真顔で語られており、朝鮮半島南端を灼いた戦略級魔法は四葉が開発したものではないか、という声も少なくない。そして、世界最強の魔法師部隊の呼び声高いUSNAのスターズが、日本に手を出して四葉家に撃退された・・・そんな未確認情報も彼のところに回ってきている。あまりにも華々しい話ばかりで、ジェームズは全てを額面通りに受け取る気にはなれなかった。今回も、ジェームズたちの敵として日本軍の指揮を執っているのは、インドシナ半島で勇名を馳せた『大天狗』風間玄信。彼をはじめとして日本軍所属魔法師の実力は高い水準にある。日本の魔法戦力は四葉だけではない。大亜連合の奇襲部隊を撃退したのも、飛行ユニットを世界で初めて実戦投入した軍の魔法師部隊の力によるところが大きい。状況を決定づけた戦略級魔法も、日本が開発した秘密兵器だろうというのが、ジェームスを含めたオーストラリア軍の見解だ。常識的に考えて、あれは一民間組織が持つには大きすぎる力だ。そんなことを許せば、国のバランスを保てるはずがないからだ。

 

「(それでも四葉は、決して侮ってはならない相手だ。たとえそれが、十代の学生であっても)」

 

ジェームズはその事を改めて心に刻んだのだった。



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酔っ払い

今日は深雪の誕生日ということで弘樹はホテルのレストランでディナーをとっていた。凛達はホテルの部屋で水波の作った夕食を食べ終えると凛が何かを作り始めていた

 

「何を作っているんだ?」

 

そう言って凛が工具箱を取り出して作っているものを聞いた

 

「ん?簡単な工作だよ」

 

そう言って凛は工作を始めたが達也はその様子が心配でならなかった。なぜなら凛の隣には封を開けた泡盛の瓶が置かれていたからだ。すると達也の予想通り、凛は泡盛を瓶ごと飲み始めた

 

「そのまま飲むのか・・・」

 

「別に良いでしょう。他の人の目があるわけじゃ無いし」

 

「この後の予定は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫。いざとなったら分解でアルコールを消して貰えば良いし」

 

「酷い使われ方だ」

 

「達也もよく私をパシリにしているがな」

 

そう言って凛と達也が話していると達也は『精霊の眼』で今のジェームズ・J・ジョンソンの場所を確認した

 

『現在位置は久米島沖北東海上。漁船を買収でもしたのか?』

 

そう思っていると弘樹が深雪を抱えて部屋に戻ってきた。様子からして雰囲気によったものだと考えられている

 

「弘樹、大丈夫か?」

 

「ああ、どうやら雰囲気によったみたいでね。この後の船の予定はキャンセルでお願い」

 

「んー、分かったー」

 

そう言って凛は飲み干した泡盛の空瓶をブンブン振り回しながら返事をした。足元には既に二本の空瓶が転がっていた

 

「姉さん、飲み過ぎないでくださいよ。明日だって予定があるんですから」

 

「わかってらぁ!」

 

そう言いながらも凛は泡盛を一気飲みしていたそれを見た弘樹は

 

「あぁ・・・これは二日酔い覚悟かなぁ・・・」

 

そう言ってゲンナリしていた。この時、達也はなんと声をかければ良いかわからなかった

 

 

 

 

 

 

 

翌日、部屋には凛、深雪、水並の三人が川の字状態で寝ていた。凛と深雪は夜の記憶が抜けていた為に水波からあの後の状況を聞くと深雪と凛は少し恥ずかしそうにしていた。弘樹と達也の二人は弘樹と深雪で泊まっていた部屋に移動して睡眠をとっていた。幸い、凛は二日酔いにはならず。体調は万全だった。そして達也達は五人は久留米島に向かう為に空港に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港の出発ロビーに入った途端、達也は横合いから声を掛けられた。

 

「達也さん!」

 

声を掛けてきたのは、達也の婚約者であるほのかだった。達也は三人がこの場にいた事に驚きはしなかった。終業式前に深雪が雫に旅行に誘われた事も、紗耶香たち卒業生たちが沖縄に来ている事も聞いていたので、その行き先と目的が自分たちの任務と重なっていた事も知っていたのだ。

 

「おはよう。とりあえず離れてくれるか?」

 

そう言ってほのかの挨拶に達也は返事をすると奥にいた服部達に挨拶をした

 

「中条先輩たちも、おはようございます」

 

「おはようございます。司波君たちも久米島へ?」

 

「ええ」

 

「先日のお彼岸法要会場で招待客の中にいるのを見ましたし、壬生さんが浮かれていたのでどこかで会えるのだろうとは思ってましたけど、偶然ですね」

 

「自分も先輩たちが久米島へ行かれるというのは聞いていましたので、もしかしたらとは思っていました」

 

そう言って服部達と合流した達也達はついでに全員で久留米島に向かう事となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久留米島に到着した一行は雫の手配したグラスボートで島を一周することが決まった

 

「うわぁ!」

 

「これは凄いですね」

 

船内で花音が歓声を上げ、あずさが感嘆を漏らした。その驚きも大げさではないだろう。雫の為に北山家がチャーターしたグラスボードは、側面にも海中を鑑賞できるのぞき窓がついていた半潜水艇タイプ。ただこの船について「窓」という表現は妥当ではないだろう。喫水下の側面が船首・船尾を除いてほぼ透明になっており。床もほんの一部を除いて透けている。船室から見る景色は、まさに海中パノラマだった。

 

「何をしているのかしら」

 

「この船は喫水が深いから、上陸用のゴムボートを組み立てているんじゃないかな」

 

花音の疑問に五十里が応えたように、船員が甲板でゴムボートを膨らませ、船外機をつけている。ゴムボートは八人乗りが二艘。サイズからしても船外機の出力からしても、小型船舶の免許を持っている船員の同乗が必要なのだが、雫は特に気にした様子もなく達也に問いかけた。

 

「達也さん、持ってたよね?」

 

「小型船舶免許か? 持っているぞ。と言うかあそこにいる姉弟なら二人とも持っているぞ」

 

「そうなの?」

 

「あっ、僕も持っているよ」

 

雫の問いかけに達也が頷き、五十里が手を挙げたが。結局、凛と弘樹がそれぞれの船で運転する事となった。内訳は凛のボートには深雪、雫、ほのか、達也、沢木、が。弘樹のボートには五十里、花音、服部、あずさ、桐原、沙耶香が乗ることとなった

 

『わたしと服部君は別に!』

 

「向こうはなんだか騒がしいな。また中条と服部か?」

 

「なにかあったのですか?」

 

沢木の呟きに、達也が相槌程度に反応し、沢木も特に気にした様子もなく答えた。

 

「向こうの船の内訳を見れば分かると思うが、桐原と三十野、五十里と千代田は付き合っているだろ? だから服部と中条もそうなんじゃないかとからかわれているのだろう」

 

「そう言えばそんな噂も流れていた時期がありましたね」

 

無事に無人島に到着した達也たちは、先輩御一行の船に生暖かい視線を向け、白い砂州に上陸したのだった



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海からの襲撃

全員が上陸したのを確認した達也が振り返ると、ほのかがいきなり服を脱ぎだした。下に水着を着ていたので特に大騒ぎはしなかったが、それでも衝撃的な行動だと言えよう。実際五十里と服部はいきなり脱ぎだした二人に驚き、注意しようとまでしたくらいだ。

 

「達也さん、向こうで遊びましょうよ」

 

そう言ってほのかは達也を誘っていた。事前に話を聞いていた深雪と凛はその様子を見て笑っていた

 

「あははは。いやー、まさか本当にやるなんてな」

 

「ほのかにとってはお兄様と一緒にいられるのが一番でしょうしね」

 

「それに、ほのかはおっきいしね・・・本当に・・・」

 

そう言って凛はほのかのある部分を見ながらそう呟いていた。深雪も凛の様子に納得をすると二人で浜を歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

グラスボードに戻っても、ほのかの積極的アピールは留まることはなかった。その様子に卒業生組は少し距離を離していた凛と深雪と雫は船の中にある飲み物でドリンクを作っていた。すると、凛が何かに気づき操舵室に出るとそこには達也がいた

 

「達也!」

 

「ああ、おそらく潜水艦がいる」

 

そう言って達也の発言に後ろにいた服部、桐原、沢木の三人は驚きを表すとソナーに潜水艦の反応があった

 

「やっぱりか・・・」

 

「進路反転!取り舵一杯!!」

 

「注水音を確認!!魚雷発射準備に入った模様!」

 

こちらの動きから、気付かれたと悟ったのか、不審潜水艦が動き始め、それを確認したソナー員が悲鳴を上げた。

 

「注水音が聞こえるのか。旧式艦だな」

 

「そんな事を言ってる場合か!」

 

呑気な呟きを漏らした達也に服部が噛みついたが、達也は服部の非難には応じず、いつの間にか卒業生三人の背後に控えていた水波を呼んだ。

 

「水波」

 

「はい、達也さま」

 

「対物障壁用意。設置場所はボートから三十メートル。サイズは各魚雷前方に半径十メートル。ボートの進路を塞ぐのは厳禁だ。出来るな?」

 

「お任せください」

 

達也のリクエストに、水波は全く取り乱した様子も無く、かつ自信を窺わせる口調で頷いた。

 

「魚雷、来ます!」

 

白い航跡が二本、速度を増しながらたちまち迫る。こちらはまだ回頭中で魚雷を躱せる状態ではない。

 

「水波」

 

「はい」

 

水波が既に構えていた携帯端末タイプのCADを操作する。水中に生じた対物障壁を魔法的な知覚で捉えたのは達也だけではなかった。

 水柱が上がったが、衝撃は押し寄せてこなかった。水波の対物障壁が爆発を完全に跳ね返したという側面もあったが、そもそも魚雷自体が破壊を目的としたものではなかったのだった

 

「発砲魚雷か・・・」

 

そう言って凛は魚雷の種類を確認すると艦尾方向に向かった

 

「達也、次は乗り込んでくるぞ」

 

「ああ、分かっている」

 

「第二波、接近!」

 

凛の予測にかぶせるようにして、ソナー員の叫びが耳に届いた。

 

「お返しだ!」

 

四条の航跡を刻む魚雷に、服部の魔法が炸裂する。海中に生じた気泡が四基の魚雷を包み込んだ。スクリューが推進力を発揮出来なくなっただけでなく、前へ進む慣性も泡に食われて魚雷が立ち往生する。

 魚雷型有人艇の背面が大きく開き、中から一人ずつ、ドライスーツのような戦闘服を着た男が飛び出す。

 

「任せろ!」

 

海面から跳び上がった男へ向かって、沢木が甲板を蹴った。男より高くジャンプした沢木が、鋭角に軌道を変え急降下する。沢木のキックが、敵を海中へ叩き落とした。飛行魔法ではなく、ベクトル操作による空中機動。沢木は空気を足場に再び跳び上がり、もう一人を撃墜するが、残る二人の敵がグラスボードに乗り込んできた。

 

「任せて良いんじゃなかったのかよ!」

 

セリフの内容に反して、桐原の口調は楽しそうなものだった。

 

「爆釣だぁ!」

 

桐原がノリの良い気合いと共に、手に構えた釣竿を敵に打ち込む。敵の男は腕を上げて打ち込みを受け――いや、腕の前に展開した対物障壁で桐原の高周波ブレードを防御していた。

 

「おりゃおりゃおりゃ! はっはっはぁ!」

 

しかし桐原の攻撃は、それで終わりではなかった。高周波ブレードに併用される自壊防止術式で強靭な得物と化した釣竿で、雨霰と剣劇を繰り出す。最後の一人は、仲間が切り刻まれるのを黙って見ていたわけではない。連続攻撃について行けず防御一辺倒になった味方を援護すべく、桐原に銃口を向けた。しかし引き金が引かれることは無く、背後から無数の礫に襲われて、その男はうつぶせに甲板へ倒れたのだった。礫の正体は海水から作り出した氷。服部の魔法だ。服部の持ち札は、真由美が使う魔法と似ている術式が多い。これは偶然ではなく、服部がそれだけ真由美の事をよく見ていたという事だが、彼は真由美の魔法を単に真似するだけではなく、良く消化して自分のものにしていたのだ。

 

「こいつらは?」

 

船上に戻ってきた沢木が、服部と桐原に倒された二人の男を見下ろしながら誰にともなく問いかける。それに応えたのは達也だった。

 

「海賊……海中海賊というべきでしょうね」

 

達也は服部に倒された海賊を写真に収めると、その横にしゃがみ込んでドライスーツのような戦闘服のベルトを両手で掴み、立ち上がる勢いを利用して海に放り込み、桐原に何か所も斬られて血を流している男も撮影した後、足を掴んで甲板の端へ引き摺って行く。

 

「おいっ!?」

 

「こいつらの身柄がこちらの手の中にある限り、海賊は何時までもしつこく襲ってくるでしょう」

 

「取り戻しに来るというのか?」

 

「あるいは、正体がバレないようにこちらの船ごと沈めようとするか、ですね。こうしておけば、海賊が仲間を回収する間、時間を稼げます。その隙に逃げましょう」

 

「分かりました」

 

服部の疑問に答えた後、足を引きずっていた海賊を船縁から投げ落とし、様子を見に来た船長へ指示を出す。船長は顔を蒼ざめさせながらも、部下に指示を出すべく足早に操舵室へ戻っていった。

 

「……お前ってつくづく恐ろしいヤツだな」

 

身震いする桐原に向かって、達也は肩を竦めてみせた

 

「・・・私の出る幕なかった・・・」

 

そう言って凛は船の中で軽くやさぐれていた



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共同作戦会議

達也の読み通り、潜水艦はそれ以上追いかけてこなかった。これは達也の推理力が優れているというより、背景を知っているかいないかの違いによるものだ。

 

「だから無用な手出しはするべきではないと忠告したのです」

 

大亜連合脱走兵集団のリーダー、ダニエル・劉少校を嫌味な口調で詰ったのは、オーストラリア軍魔法師部隊に所属する工作員、ジェームズ・J・ジョンソン大尉だ。

 

「高校生だからといって侮れない。そういったのはリウ少校殿、貴官でしょう!」

 

今回負傷したのは大亜連合の脱走者のみ。彼としては無用な騒ぎを起こして日本側が警戒を強めるに違いない事が無性に腹立たしかったのだ。

 

「それで、これからどうするのです」

 

「作戦対象を二十八日のパーティーに絞ります」

 

「妥当なご決断だと思います」

 

礼儀に配慮したジョンソンの物言いも、今は小馬鹿にされているようにリウには感じられた。そのフラストレーションを紛らわせるために、リウは話題を変えた。

 

「しかし分かりません。何故我々の存在が嗅ぎ付けられてしまったのでしょうか」

 

「……アクティブソナーを使ったからではありませんか」

 

「それはそうでしょう。しかし民間の客船や遊覧船のアクティブソナーは航行の障碍となる浅い深度を対象としたもので、本来なら海底付近に沈んでいた本艦を探知できるものではありません」

 

リウは一旦言葉を切って、ジョンソンが彼の言っている事を理解しているかどうか確認した。ジョンソンの瞳から、無関心のベールが取り除かれていた。

 

「彼我の距離はまだ五百メートルもあったのです。この艦の座標に見当をつけて狙い撃ちしない限り、民間船のソナーでは探知できるはずが無いのですよ」

 

「・・・これも四葉の魔法ですか?」

 

ジョンソンの声に恐れが混じる。彼を動揺させたことで、リウは少し溜飲を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3月27日

 

この日、夏の慰霊祭に関する打ち合わせが予定されていた。今日で表向きの仕事は終わり。後は北山家の招待に応じて明日の「西果新島」竣工記念パーティーに出席するだけだが、無論達也の仕事はそれだけではない。むしろ、今日からが本番だった

 

「達也くん、どうしたの? 今は慰霊祭の打ち合わせ中じゃなかったかしら」

 

「本家から応援が来ましたので、そちらは深雪に任せてきました」

 

そう言って達也が言うと響子は羨ましそうに呟くと凛がいない事を指摘した。

 

 

この時の本家の応援というのは弘樹の事で葉山や真夜が四葉の事をよく知っている弘樹ならば安心して深雪の補佐ができるだろうという事で、弘樹に電話がかかってきていたのだった

 

「あら?凛さんは今はいないの?」

 

「ええ、彼女は弘樹と共に深雪の護衛をしています」

 

「そう・・・光宣君のことで感謝したかったのだけど・・・」

 

「俺から言っておきましょうか?」

 

「お願いできるかしら。なかなか時間が合わなくて直接会えなかったから」

 

そう言って響子は達也に言付けをしていた。響子にとっては長年の心配事が解決したような気分で凛には直接感謝をしたかったが、時間が合わずに今まで言えていなかったのだった。すると響子は達也に聞いた

 

「ところで、達也くんはいったいどんな手掛かりを持ってきてくれたのかしら?」

 

これは響子の冗談だった。いくら達也でも、そこまで都合よく敵に接触できるとは考えていなかったのだが、達也は真面目くさった表情で響子の問いかけに答えた。

 

「破壊工作員の潜水艦を沈めますので手を貸していただけませんか。これが対象となる潜水艦の推定現在位置です」

 

「・・・本当に手掛かりを持ってきてくれたのね。分かったわ、隊長を呼びますので、少々お待ちください」

 

響子は態度を年下の友人に対するものから、有力魔法一族の次期当主に対するものに切り替え、達也が差し出すデータカードを受け取って隣の部屋へ移動したのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち時間は予想外に長かったが、響子が呼んできた面子を見て、待たされた理由ははっきりした。風間、真田、柳の独立魔装大隊幹部に加え、陳祥山、そして呂剛虎までもが作戦卓を囲んでいた。達也と呂剛虎は、八王子特殊鑑別所で顔を合わせたことがあるだけだ。横浜事変に先立ち、大亜連合の手先となっていた関本勲を始末するために特殊鑑別所を襲撃した時以来。あの時、呂剛虎を撃退したのは真由美と摩利で、達也は真由美に襲いかかろうとした呂剛虎を止めただけだ。彼にとどめを刺したのは、摩利だ。横浜事変の際、横浜ベイヒルズタワー前で呂剛虎を迎撃したメンバーにも達也は加わっていない。そういう意味では、達也と呂剛虎の間に直接的な因縁は無いと言える。とはいえ、一年前に陳祥山と呂剛虎が達也とその周辺に様々な工作を仕掛けていたのもまた事実。あの時、陳祥山と呂剛虎は、達也の明確な敵だった。しかし今、達也は何の敵意も無しに、二人と向き合っている。彼の無機的な態度に、呂剛虎の方が戸惑いを覚えていた。だがさすがに陳祥山は、雑念に左右されたりはしなかった。

 

「司波殿、と呼ばせていただく」

 

「ご自由に、上校殿」

 

「敵工作員の潜水艦を沈める作戦の会議だと伺っているが、その潜水艦に工作員が潜んでいるのは確実なのか」

 

「当該潜水艦に貴国の脱走兵と行動を共にしているオーストラリア軍の魔法師が同乗しているのは確実です」

 

「どうやって知った、とは訊くべきことではないのだろうな」

 

「申し上げられません」

 

言葉に出してはっきりと回答を拒絶した達也に、重ねて問いかける声は無かった。

 

「当該潜水艦は貴国の物でも我が国の物でもありません。念のため、外交チャンネルを持つ各国に問い合わせてみましたが、自国の物であるという回答はありませんでした」

 

「オーストラリアにも問い合わせたのですか」

 

「ええ。まぁ、正直に答えるはずもありませんが」

 

「確かに」

 

「限りなく黒に近いとはいえ、当該艦は現在、公海上にある。大っぴらに撃沈するわけにはいかない」

 

「遠距離魔法攻撃で沈めては如何でしょうか」

 

「四葉の魔法か?」

 

「そうです」

 

風間に視線で問われた達也がこともなげに提案し、陳祥山の問いかけに、今度は回答を拒まなかった。

 

「ありがたい申し出だが、それは作戦が上手く行かなかった際の保険にしたい」

 

「司波君が提供してくれた海図データから、私たちも当該潜水艦の現在位置を把握しました。敵艦は浮上中です。補給を受けているものと思われます」

 

「海上に姿を曝しているのですか?」

 

「いいえ。ご同胞はそこまで愚かではないでしょう」

 

陳祥山の質問に、真田は笑顔で首を横に振った。どこがどうとは言えないが、なんとなく人の悪さがにじみ出ている笑みだった。

 

「最早同胞ではない。奴らは脱走兵だ」

 

「これは失礼。話を戻しますと、件の潜水艦は中型タンカーに偽装した係船ドックに隠れています。補給にどの程度の時間を掛けるつもりなのかは不透明ですが、今の状態ならば海賊に偽装して襲撃すれば、係船ドックごと潜水艦を押収出来ます」

 

「我が軍から脱走した者たちは、お引渡し願えるだろうか」

 

「無論です。こちらの作戦にご協力願うのですから、可能な限りの便宜は図らせていただきます」

 

「感謝します」

 

陳祥山の要求に風間が条件付きで応じ、陳祥山が風間に頷き呂剛虎に視線で合図を出した。呂剛虎が立ち上がり、部屋を出ていく。襲撃に加わる部隊の編成に向かったのだ

 

「この作戦は時間との勝負だ。直ちに出撃準備を整えろ」

 

「十分で出撃出来ます」

 

風間の命令に柳が力強く応じる。

 

「司波君も同行願えるか?」

 

「了解です。それと、至急凛を呼んでください。彼女の力が必要になります」

 

「分かった。すぐに彼女も呼び戻す」

 

達也の答えを合図にして、全員が椅子から立ち上がったのだった。



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共同作戦

大亜連合反講和派が用意した潜水艦は通常型だ。さすがに原子力潜水艦を調達する事は出来なかった。現在、原子力機関を兵器に使用する事は国際条約で禁止されており、国際魔法協会が自らの存在意義を掛けて監視に当たっている。もし原子力潜水艦が発見されたのなら、すぐさまその無力化に国際魔法協会が動き出す。とはいえ、全世界全兵器をチェックする実力を、国際魔法協会は備えていない。まだまだ国家の壁は厚い。隠密性が高い原子力潜水艦を相手に実力行使は難しく、事実上野放しになっている。もっとも、国際魔法協会の活動が無意味だというのも極論である。核兵器の使用阻止の為ならば、国籍に縛られず、必要なあらゆる手段を用いる事が許される。『国際魔法協会憲章』はそう定めており、核戦争を恐れるほとんどすべての国家がこの憲章に従う事を自国の魔法師に認めている。他国に原潜が存在する証拠を決して掴まれるわけにはいかない。この厳重な管理を必要とする原子力潜水艦を少数派の脱走兵が手に入れる事は不可能だった。脱走部隊が作戦に投入している潜水艦は通常型ではあるが、現代の潮流として燃料電池を電力源とした非大気依存推進AIP機関を備えている。燃料電池技術の進歩により補給動力に留まらず主動力としてAIP機関を利用しているが、燃料電池の燃料を補給する必要がある。また、小型艦の宿命として、燃料以外の物資も頻繁に補給しなければならない。

 

「(昨日の作戦で消耗した魚雷の補充もあるし、本番前日のこのタイミングで偽装ドック入りしたのは、必要な事だ。だが、昨日の作戦は全くの無意味なものだった)」

 

ジョンソン大尉は苛立ちを抑えられずにいた。無駄な作戦を失敗した結果、本来の作戦の前日になって予想外の補給を行わなければならなくなり、敵の庭先で浮上するというリスクを冒している。彼が懐いている不満は大亜連合軍の脱走士卒にもなんとなく伝わっていて、両者の間に気まずい雰囲気が形成されていた。その所為とばかりも言えないが、ジョンソンは一旦、潜水艦に乗船している脱走部隊主力と別れる事になっている。彼はその為の連絡艇を待っているところだった。

 

「大尉殿、連絡艇が到着しました」

 

「分かった。すぐ行く」

 

彼が待っていたのはタンカー内部をくりぬいて作った係船ドックの中だ。わざわざ案内されなくても連絡艇の到着は見えており、既に上陸用の観光船へ移動する為のドライスーツにも着替え終わっている。ジョンソンは友軍との対立が表面化する前に、さっさと移動する事にした

 

 

 

 

 

 

 

 

達也はジョンソンが移動を始めたことに気付いていたが、それを真田に報告する事はしなかった。優先順位は工作潜水艦の方が高く、それにジェームズ・J・ジョンソンの居場所は継続的に把握しているので、判断を迷わせる情報を与える必要は無かったからだ。おそらく隣にいる凛は気づいているだろうと思っていた。凛は根っから国防軍を信用して居なかった。凛曰く『あんな断りもなく自分を監視している軍隊など信用できるか!!』と言っていた。実際、彼女のマンションを監視している人物がいるのは確認していた。そこで対策として凛はマンションのカーテンに偽の映像を流しているとの事。そんなことを思っていると真田の声が響いた

 

「到着まで五分」

 

「降下準備」

 

真田の報告を受けて、風間が何時でも降下できる態勢を整えるよう告げる。陳祥山と呂剛虎に、特別声を掛ける事はしなかった。ジェット機に残るのは真田のみ。達也と凛はもちろん潜水艦へ突入する。独立魔装大隊では、柳だけでなく風間も今回は降下部隊に加わっている。凛は昨日襲撃した潜水艦にダメージを与える事ですら叶わなかった為にこの作戦にやる気十分だった

 

「視えました」

 

「降下!」

 

ジェット機のスピードでは、一瞬で通り過ぎてしまう。柳とその部下七人を先頭に、呂剛虎、陳祥山とその部下八人、達也、風間。最後に凛と、彼らは矢継ぎ早に空中へ踊り出た。パラシュートを使わずに次々と甲板へ降り立った日本・大亜連合混合部隊に、タンカーの大亜連合脱走部隊は全く対応出来なかった。降下時の隙を無くす為に着地寸前、魔法で一気に減速するというやり方は、特に真新しいものでもない。しかし分かっていてもそのスピードに対処する事は難しい。今回のように機体を偽装して奇襲をかけられたなら、この戦術に精通している日本軍でも侵入を阻止できないだろう。柳と呂剛虎は競うようにして甲板から下の層へと降りて行った。達也は風間と共に、その背中を最後尾で見送っている。自分が前へ前へと出しゃばる場面ではないと、彼は弁えていた。その代わり達也は、迎撃システムを潰す事で柳たちを支援する事に専念していた。透視に等しい情報認識力で、まず対人レーダーを次々に「分解」した。次に船内カメラを潰す。これだけで船内に仕掛けられた対人兵器は使い物にならなくなっていたが、彼は隠しドックへと侵入する過程で、この船の各種システムを「眼」につく限り壊していった。凛は早々に船内のネットワークをジャックして達也達を誘導していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タンカーに偽装したドックの指令室が柳たちの侵入を察知した時には、大亜連合脱走部隊にとって状況は既に手遅れとなっていた。

 

「リモート銃座、反応しません!」

 

「ガスを使え!」

 

船内防御システムの管理を担当していた下士官の悲鳴のような声に、潜水艦からドックに移っていたダニエル・リウ少校が、普段見せている冷静な態度をかなぐり捨てて怒鳴った。

 

「それでは味方を巻き込んでしまいます!」

 

「構わん! 侵入者を止める方が先だ」

 

「了解!・・・駄目です!ガス噴射口が開きません」

 

しかし、部下の返答は彼の苛立ちを増すばかりのものだった。

 

「ええい、どうなっている!?隔壁閉鎖!とにかく侵攻を遅らせろ!」

 

「隔壁、作動しません!」

 

「何が起きているのだっ!」

 

リウの叫びに答えられる者は、この場にはいなかった。



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タンカー制圧

達也が後方から魔法を放つ。柳と呂剛虎の進路上で起動しようとしていた遠隔操作の銃座がバラバラになった。達也が再び魔法を放つ。ガス装置の配線が切れる。凛が事前に船のネットワークをジャックしていた為に自動銃座が事前にFF(フレンドリーファイヤ)をしていた為にドックに着いた頃には脱走兵達は既に立っている兵士は居ない状態になっていた。そして達也の分解によって移動式偽装ドックは達也によって内部から分解されていった。

 

「そのくらいで良いだろう。柳も陳上校も、目的地に着いたようだ。これ以上、君の魔法を知られるリスクを冒す必要は無い」

 

「了解です」

 

達也の隣を歩いていた風間から制止の声がかかり、達也は風間の言葉に頷いて、仕上げとばかり潜水艦のスクリュープロペラとシャフトの結合を分解したのだった。なお、この潜水艦は凛によって改造する為にいつの間にか海中に沈んでいた。事前に話を聞いていた達也と風間は半分呆れた様子だった。なお、凛の接収した潜水艦は襲撃の際に自沈した事になっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃凛はタンカー船のコンテナから艦橋に窓ガラスを突き破って中に突入し、即座に()()()艦橋を制圧して居た。艦橋を制圧した後はネットワークを使い自動銃座を動かして致命傷にならないほどに脱走兵に銃を放っていた

 

「・・・よし、こっちは艦橋の制圧完了」

 

そう言うと他の場所からも遅れて報告が上がり達也と風間が艦橋に来るとタンカーは完全に制圧された

 

「よ、遅かったじゃん」

 

「この惨状は・・・相変わらずだな」

 

「別にこれくらい当たり前よ」

 

そう言って達也は艦橋の隅でぐるぐるに縛り付けられている脱走兵の姿だった

 

「じゃあ、このままタンカーは動かすわよ」

 

そう言って凛は操作板を動かすと港までタンカーを回航させた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風間と陳祥山の部隊が潜水艦と偽装ドックを制圧し終えた時点で、ジョンソン大尉はまだ海中にいた。昼前にランデブーポイントに到着し、海中で小型潜水艇を降りてドライスーツで浮上、海上に予定通り民間クルーザーに偽装した工作船が停泊しているのを見て、ジョンソンは柄にもなくホッと息を吐いた。

 

「ジャズ!?何かあったのか?」

 

船上には彼のパートナーであるジャスミン・ウィリアムズ大尉が待っていた。予定では彼女は久米島の隠れ家で待っているはずであり、ジャスミンは気まぐれで計画を変更するような性格ではない。ジョンソンは軽口を叩く余裕も無く、真顔で予定を変えた理由を尋ねた。

 

「知らないのか?・・・いや、知らないようだな」

 

ジャスミンの反応に、ジョンソンの中で嫌な予感が膨れ上がっていく。残念ながらそれは、杞憂ではなかった。

 

「明日の主力部隊が日本軍に捕まった。戻って早々だが、すぐに打合せしたい」

 

ジョンソンが絶句したのは、一秒未満のごく短い間だった。

 

「・・・了解した。着替えてくる」

 

「ダイニングで待っている」

 

ジャスミンを見送る時間も惜しんで、ジョンソンは更衣室に割り当てられたキャビンに向かった。着替えを済ませ、ダイニングに向かうと、そこにはジャスミンと、大亜連合脱走部隊幹部、ブラットリー・チャンが椅子に座って待っていた。チャンがジャスミンをチラチラ見ているのは、彼女の身体が本心では信じられないからだろう。二人が待っていた席は、ダイニングと言っても簡易キッチンに付属している小さなテーブルと椅子だ。チャンの巨体には見るからに窮屈そうだったが、そんな些細な事に不平を唱える余裕は見られなかった。

 

「捕まったというのは、臨検を受けたのか? 移動ドックは公海上にいたはずだ」

 

「臨検ではない。詳しい事は分からないが、超法規的な奇襲を受けたらしい」

 

「正規軍による海賊行為か!」

 

「その点は我々も日本軍を非難できない」

 

声を荒げたジョンソンに、ジャスミンは彼を宥めるのではなく、鏡を突き付けて頭を冷やさせた。

 

「……他に分かってる事は?」

 

「大亜連合の追跡部隊が襲撃に加わっていたようだ」

 

「日本軍が大亜連合軍と共闘しているのは分かったが、マズいな。明日の作戦の情報は漏れていると見るべきか?」

 

「向こうも非合法の作戦に踏み切っているのだ。今更、自白剤の使用を躊躇わないだろう。それに、既に作戦自体が破綻している」

 

「作戦は実行すべきです。今中止しては、これまでの犠牲が無駄になってしまう」

 

「しかし、作戦の主力となる潜水艦は失われてしまいました」

 

ジャスミンが指摘した通り、明日の作戦はチャンが率いる別動隊で警備の目を引きつけた隙に、海中から工作員を送り込んで密かに接近し、フロートに爆弾を仕掛けるという手順を予定していたのだ。

 

「小型艇は残っています。要は海中から気づかれずに接近できればいいのです。潜水艦は作戦に絶対必要というわけではない」

 

「それが可能ですか?」

 

「我々の部隊には水中での活動を得意とする魔法師が残っています。人数は減ってしまいましたが、作戦に支障はありません」

 

「我々の独断では結論を出せません。本国に照会する時間をください」

 

「・・・分かりました。良いお返事を期待しています」

 

チャンは二人が時間稼ぎをしたいわけではないと分かったのか、焦りを抑えて頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョンソンが本国の上官と連絡を取った手段は、イギリスの軍事用通信衛星をピンポイントで狙った指向性の強い電波による無線通信だった。言うまでもなく盗聴を避けるためなのだが、残念ながら通信は日本軍に傍受されていた。

 

「藤林中尉、ご苦労」

 

「恐縮です、隊長」

 

「真田、解読出来たか」

 

「はい。それほど複雑な暗号ではありませんでした」

 

「内容は?」

 

「明日の作戦を中止すべきかどうかを問い合わせるものですね。オーストラリア軍は回答を保留しています」

 

「こちらとしては、続行してくれた方がありがたいが・・・偽の回答を掴ませるのは・・・いや、無理だな」

 

風間の悪辣な呟きに、真田は残念そうな苦笑いを返した。

 

「偽の通信を流すのは、技術的に不可能ではありません。ですが、本物の回答を遮断するのは難しいと思います」

 

「そうだな」

 

「オーストラリア軍からの回答、来ました」

 

風間が尚も悪だくみをしようと首を捻っているところに、響子から傍受の報告がもたらされる。

 

「何と言ってきた」

 

「ハッ『明日の作戦決行を許可する。大亜連合反講和派と協力して作戦を成功に導け』とのことです」

 

「そうか。柳」

 

「ハッ」

 

「この事を陳祥山にも伝え、迎撃フォーメーションを詰めてこい。細かい部分は任せる」

 

「了解しました」

 

風間に敬礼をして、柳が部屋を出ていく。彼の足取りは、何時もに比べて微妙に軽かった。

 

「オーストラリア軍は本気で成功するとは思っていないだろうな」

 

「それはいったい?」

 

「本当に失えない魔法師ならば、こんな危うい作戦には投入しない。単にリスクが高いというのとは違う。安全ネットなしで綱渡りをさせているみたいなものだ」

 

「最初から使い捨てを視野に入れていたと・・・?」

 

風間の言葉に絶句した真田の代わりに尋ねた響子の声は、わずかに震えていた。

 

「仮に、我が国に差し迫った脅威となる魔法師がUSNAに出現したとして、達也を単独でUSNAに派遣するだろうか」

 

「いえ・・・少なくとも、十分なバックアップをつけると思います」

 

「能力的に欠陥があるのか、身体的な欠陥があるのか・・・潜入任務に起用されるくらいだ。有能ではあるのだろうが、失っても惜しくないと考えているのか・・・例えば、この『少女』の外見が薬物投与によるものではなく、調整の副作用として現れた遺伝子異常によるものだとしたら、どうだ?」

 

「隊長、それは・・・」

 

「あくまでも仮説だ。だが、あり得る話だとは思わないか?」

 

「そうですね。あり得る話です。また、そのような特殊性を抱えた調整魔法師であれば、いつ燃え尽きても不思議ではありません。隊長が仰ったような運用をオーストラリア軍が行っている可能性は十分にあります」

 

今度は響子が絶句したため、風間の相手が真田に変わる。そして、真田が出した結論に、それ以上のコメントは無かった。



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準備

那覇港から戻った凛はホテルのバルコニーでタバコに火をつけて吸っていた

 

「・・・ここで吸うのか・・・」

 

「何、最悪消せばいいさ」

 

そう言ってバルコニーで吸っている後ろでは達也が嫌味を言うように凛に言っていた。今では珍しいものとなったタバコに達也は不快感を覚えていた

 

「まあ、達也は明日のパーティーに備えてもう休みなさい」

 

「お前は良いのか?」

 

「私は良いわよ。疲労はしない体だから」

 

そう言って凛はバルコニーで再びタバコを吸っていた。その様子を見た達也は凛の言う通りにベットの上で休み始めていた。達也が休んだことを確認した凛はバルコニーから見える沖縄のサンセットを見ながら懐から沖縄名物のビールを飲み始めていた

 

 

 

 

 

 

 

凛達がタンカー制圧を行なっていた頃、弘樹達は瀬長島にある商業施設に来ていた

 

「お兄様や凛は大丈夫でしょうか・・・」

 

「大丈夫だよ。姉さんや達也は怪我すらしないと思うよ。むしろ姉さんが勢い余ってタンカーを沈めないかが心配だよ」

 

「ふふっ、そうですね。凛が轟々していましたものね」

 

そう言うと二人は軽く笑っていた

 

「ま、オーストラリアと言ったら実験施設ばかりしか思いつかないなぁ」

 

「実験施設ですか?」

 

「ああ、前に姉さんに世界旅行に連れ出された時にオーストラリアに行ったことがあるんだ。姉さんはオーストラリアの鎖国状態を使って世界中にあった実験施設をオーストラリアとかオセアニアの島にまとめて移していたんだ」

 

「な、なかなか大胆ですね・・・」

 

そう言って深雪は規模の大きさに軽く唖然としていた

 

「まぁ、実際オーストラリア行った時は色々凄かったよ」

 

そう言って弘樹はオーストラリアに行った時の思い出を話していた

 

「ま、深雪も今度連れてってあげるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、魔法大学を卒業したら姉さんに深雪に世界を見せていきなさいって言われちゃってるしね」

 

そう言って弘樹は深雪と約束をすると伝票を持って席を立った

 

 

 

 

 

 

 

3月28日

 

いよいよパーティー当日のこの日、達也達は朝早くからクルーザーに乗って久留米島に向かっていた。このクルーザーは見た目はレジャー用クルーザーだが、中身は戦闘用快速艇と言う羊の皮を被った狼だった。しかもこのクルーザーには格納式で機銃やロケットランチャーを取り付けられる台まで設置されていた。明らかに凛の改造がされている証拠だった

 

「じゃあ、出港するよ」

 

「弘樹が操舵するのか・・・」

 

「まぁ、免許は持ってるしね」

 

そう言って弘樹は凛によって多くの免許を取らされた日々を思い出していた。凛があった方が何かと便利という一言でこの世にある多くの免許を取らされた。流石に医師免許を取らせようとした時は必死に抵抗していた。そんな事を思い出しているとクルーザーは久留米島に到着し、ほのか達が出迎えた

 

「深雪」

 

「達也さん!」

 

そう言って深雪が事前に到着時間を知らせていた為、真泊港に来ていた

 

「ほのか、雫。わざわざ来てくれたのか」

 

深雪が二人にメールを打っていた事を達也は知らされてなかった。だからここに二人がいるのは彼にとって意外な事だったはずだが、達也は驚きはしなかった。

 

「二人とも、食事は? まだだったら一緒に食べないか」

 

「是非! 是非っ! 喜んでっ!」

 

「ほのか、興奮し過ぎ・・・私たちもそのつもりだった」

 

今にも踊りだしそうなほのかと、はにかみながらも頷く雫を見て、達也も微かな笑みを浮かべている。それは高校入学当時に誰も見ていないところで貼り付けていた皮肉な表情ではなく、優しげな笑顔だった。凛は荷物を纏めると言ってクルーザーに残ると言っていた

 

 

 

 

 

 

昼食はほのかのお薦めで「車海老バーガー」を食べた。夕方のパーティーは立食形式でコースの料理でこそないが高価な食べ物ばかりになるはずなので、お昼はカジュアルな物が良いですよね、という理屈をほのかは力説した。

 

「ところで、達也さんたちは何処で着替えるの?」

 

食後のデザートに沖縄ぜんざいを食べながら、雫が達也に、というより主に深雪を見ながら尋ねた。たぶん雫は沖縄本島にホテルをとっている深雪たちは着替える場所がないのでは、と心配したのだろう。それはあながち的外れでもなかった。

 

「もしよかったら、美容室を使えるよ」

 

「ありがとう。でも大丈夫よ。クルーザーの中で着替えられるわ」

 

「深雪、せっかくだから雫の好意に甘えたらどうだ」

 

「お兄様がそう仰るなら・・・お願いしようかしら。化粧は凛が張り切ってするだろうし・・・」

 

簡単に前言を翻した深雪だったが、雫は嫌な顔一つせず答えた。むしろ雫は深雪が安心して任せれれるくらいの化粧ができる凛に興味があった

 

「うん、いいよ。水波も」

 

雫から深雪のついでに名前を呼ばれて、水波が達也の顔を見上げた。

 

「水波もお世話になると良い」 

 

「では、お願いします」

 

達也に判断を仰いだのは水波だが、まさか即答されるとは思ってなかったのか、少し躊躇いがちに雫にそう告げた。

 

「達也さんは?」

 

「俺は普通に着替えるだけだから、クルーザーの中で十分だ」

 

深雪や水波はメイクなどがあるので美容室を勧めたが、達也自身はその必要がないので、雫の申し出を断ろうとするとそこに弘樹が待ったをかけた

 

「達也、君もだ。クルーザーに戻ったら姉さんが化粧するってさ」

 

そう言って凛から連絡を受けた弘樹が達也にそう伝えると達也は心底面倒臭そうな表情を浮かべた

 

「そんな顔すんなって。今頃姉さんがメイクセット持ってやってくるんじゃ無いかな」

 

そう言って弘樹の言葉に達也はガックリと項垂れていた



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パーティー会場

タクシーを使って達也と弘樹が深雪と水波のドレスを雫が泊まっているホテルへ運び込んだのは午後二時。そして、準備が終わったと深雪から連絡を受けたのはパーティーが始まる二時間前、午後四時半のことだった。予想外に時間がかかった、というわけではない。なぜなら弘樹は深雪の、達也も凛のよって化粧をされていたのだ。ただし、達也の方が化粧が早く終わった為に達也は先に化粧室を出てゆっくりしていた。なお、深雪の化粧を見た雫が弘樹を化粧係として勧誘していた

 

 

 

 

化粧を終えた達也だったが時間的な余裕が無いのもまた事実。達也は深雪と水波、弘樹を連れてすぐに出港した。なお、雫とほのかはヘリでパーティー会場の人工島へ向かう予定にしていると言っていた。凛は会社のクルーザーに乗る為に別行動をとった

 

 

 

 

 

 

 

深雪と水波がパーティーの準備をしている間、達也もボウっとしていたわけではない。彼は島の北側にある国防軍の基地で風間と面会して打ち合わせを行い、その際エレメンタル・サイトで確認したジェームズ・J・ジョンソンの所在を伝えた。打ち合わせの後、空軍の偵察機で人工島の周辺海域に飛び、自分の「目」と「眼」で周囲の状況を確認した。彼が真泊港に戻ったのは午後四時。そのあと急いでパーティー用のスーツに着替えて、深雪と水波を迎えに行ったのだ。この強行軍は達也にとってもハードなものだった。ほのかたちとのランチタイムが無ければ多少は楽だったが、その事で愚痴を溢すつもりは彼には無い。だが、快速艇が出港したところで一息つきたくなった気分は、偽れなかった。達也は上着を脱いでハンガーに掛け、キャビンの椅子に腰を掛けた。背もたれが高く、広く、全体にクッションが効いていて座り心地は文句が無い。スーツに皺が寄るのではという懸念がチラリと脳裏を過ったが、また着替え直すのは億劫なので、達也はそのまま身体を椅子に預けた。

 

それからしばらくしてから、達也がいる部屋の扉がノックされ、恐る恐るという感じで扉が開かれた。

 

「お兄様?」

 

そう言って深雪は扉を開けると弘樹が後ろから声をかけた

 

「おや、達也は寝ちゃったみたいだね」

 

「そう見たいですね」

 

「今はそっと出ておこうか。ついでに外に少し出ようか」

 

「そうですね、そうしましょう」

 

そう言って深雪は着替えた弘樹を見ると二人で夕焼けに沈む夕日を眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西果新島は井桁に組んだ海底資源採掘施設を最深部に持ち、その上にフロートを兼ねる十二本と鉱石の搬出蕗を兼ね備える四本、合わせて十六本の円柱を建て、円柱の上に正八角形の人工地盤を載せたメガフロートだ。今日のパーティーは人工地盤地下一層のホテル宴会場で開催されることになっている。開会三十分前になって、宴会場の前のロビーには続々と招待客が集まっていた。

 

「・・・あたし、なんか場違いじゃない?」

 

「大丈夫ですよ。壬生さん、とっても似合ってますよ」

 

「そうかしら」

 

紳士淑女の群れを前にして、紗耶香が気後れを口から漏らした。あずさがフォローを入れても自信が持てないようで、紗耶香は無意味にストールの端を指で弄っている。

 

「気にしすぎよ、紗耶香。高校生とか大学生とかくらいの子も、見たところあたしたちだけじゃないんだし。それにこのパーティーが旅行のメインイベントじゃない。余計な事は考えずに、目一杯楽しまなきゃ」

 

「そ、そうよね」

 

花音に励まされ、紗耶香はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「千代田先輩、壬生先輩、お早いですね」

 

他の客の邪魔にならないように気を遣った早足で近づいてきたほのかが、花音と紗耶香に声を掛ける。その隣で雫が小さくお辞儀した。

 

「光井さん、北山さん、二人で来たの?」

 

「いいえ、あちらに」

 

花音たちのグループは五十里が家を代表して招かれており、花音はその婚約者として出席、残る五人は友人としての参加だが、雫たちの場合は、雫の両親が本来の招待客であり、ほのかと雫はその同行者でしかないと花音は知っている。その質問に雫は言葉少なに視線で答えた。

 

「さすがですねぇ」

 

「あの人、結構偉い政治家だったよね? 挨拶するんじゃなくて、向こうから挨拶に来るんだ・・・」

 

「結構偉いというか、大臣経験者だよ。あの方は国防族の有力者だから、余計に気を使うんだろう」

 

北山家の傘下に直接兵器を取り扱っている企業は無いが、銃弾から戦闘機まで、兵器の生産に必要な中間財で北山家の企業グループは高いシェアを抑えている。なまじ軍需分野が主業態で無い為、北山潮の機嫌を損ねれば売り上げを民生用や輸出に大きくシフトして国防軍の補給が滞る恐れがあった。五十里が使った「気を遣う」という表現は、実態に対して控えめなものと言える。だが、そんな北山夫妻でも自らから挨拶に行く人物がいた

 

「あれ?あの人は・・・」

 

「珍しいね。こんなパーティーに参加するなんて」

 

そう言ってほのかと雫の視線の先には金髪に緑の瞳をした女性が立っていた

 

「誰なの?あの人」

 

「知らないのかい?あの人はノース銀行の日本代表のベル・アンダーソンだよ」

 

そう言って五十里が説明をすると花音はふーん、と言ってベルの事をじっと見ていた

 

「丁度いいから、僕たちも挨拶に行くよ」

 

「どっちに?」

 

「もちろん、両方だ」

 

そう言って五十里は、花音を連れて潮と紅音、そして二人が挨拶をしているベルの方へ歩いていく。 

 

「そんなに慌てなくてもいいのに・・・? ほのか、どうかしたの」

 

「達也さん、まだ来てないのかな」

 

「そうだね。深雪たちが来たらすぐに分かるはずだし」

 

ほのかが零した言葉に、雫は暗に「深雪と水波の事を忘れているよ」と告げたのだが、ほのかには通じなかった



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視察

ほのかの心配をよそに、達也たちを乗せた快速艇は既に人工島の港に着いていた。深雪がロビーに姿を見せないのは、囲まれるのを嫌ってのことである。秘密多き四葉のプリンセスというだけで人々の興味と打算を招き寄せるのだ。そこに着飾った深雪の華麗な容姿が加われば、鬱陶しい事態になるのが目に見えている。達也が会場に近づかないのは、少し事情が異なる。彼は人工島地下一層にオープンしたばかりのショッピングモールに足を向けていた。各店舗の本格的な営業は地下採掘施設が稼働を始める来月からだが、一部の記念品ショップとコンビニエンスストアが先行して店を開いている。彼は全国展開しているコンビニの前で、ジェームズ・J・ジョンソンを見つけた。ジョンソンは髪の色と瞳の色を変え、ヒゲをすっかり剃り落し、インナーアーマーで体格まで変えていたが、その程度で達也の「眼」を誤魔化す事は出来ない。そもそも彼は目で見て見つけたのではなく「精霊の眼」で居場所を把握したうえで足を運んでいるのだ。相手も達也の事は分かったはずだ。達也は特に変装などしていないのだから。それでも、少しも緊張した気配を漏らさなかったのは大したものだと言える。

 

ジョンソンは、見た目十二、三歳くらいの女の子を連れている。赤い髪に緑の瞳。風間に見せられた静止画とは色合いが違うが、達也が見間違えることは無かった。少女が顔を上げ、達也と目が合うと、達也は軽く頭を下げジョンソンに話しかけた。

 

「失礼しました。今日は国内向けのパーティーだと聞いていたものですから……つい不躾な視線を向けてしまいました」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「お嬢さんも、申し訳ありませんでした。ご婦人に対する態度ではありませんでした。お許しください」

 

少女・・・ジャスミン・ウィリアムズ大尉の瞳を正面から覗き込みながら、子供に対するものとは思えない、堅苦しい謝罪を述べる。

 

「・・・ご丁寧に、恐縮です。本当に、お気になさらないで」

 

少女はその外見に相応しい、高く硬い声で答えて、達也に目礼する。それを合図に、ジョンソンとジャスミンは達也に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がコンビニに入っていくのを背中越しに確かめて、ジョンソンは足を速めた。ストライドの違いからジャスミンは小走りになっていたが、ジョンソンは歩くスピードを落とさない。通路を曲がり、コンビニが見えなくなって、ジョンソンは漸く歩調を緩めたが、それでもジャスミンが歩く速度に合わせただけで、足は止めない。あらかじめ監視カメラに細工して作り出した死角にたどり着いてやっと、ジョンソンは立ち止まった。ジョンソンとジャスミンは素早く左右に目を走らせ、誰もいないことを確認してから、前以て鍵を解除しておいた作業員用階段の扉を開け、中に身を潜り込ませ、ジョンソンが大きく、ジャスミンはそっと息を吐いた。しかし、気を抜いたは、ほんの一時だった。

 

「ジャズ」

 

「何だ」

 

「気付かれたと・・・思うか?」

 

「分からない。追いかけてきた気配は無かった。魔法を使われた様子もない・・・ジェイ、魔法を使われた形跡は無かったよな? 私たちは何もされなかったよな?」

 

ジャスミンの口調が不意に乱れ、彼女がジョンソンを、名前でも階級でもなく愛称で呼ぶ。それは彼女が動揺してるサインだった。

 

「ジャズ、どうしたんだ?」

 

「分からない・・・魔法の兆候は無かった。魔法を撃ちこまれたような感覚は無かった。だが、何故だ? なぜこんなにも不安を覚える? まるで自分が知らない内に、絞首刑用のロープを首に巻き付けられているような、この不気味な感覚は何だ?」

 

「ジャズ、落ちつけ」

 

実を言えば、ジャスミンが漏らした不安はジェームズにも覚えがある感覚だった。しかし彼は自分が感じている動揺と不安を強引に抑え込んで、可能な限り不敵な表情を作り、ジャスミンの目を覗き込んだ。

 

「俺にも、ジャズが何かされたようには見えなかった。少なくとも奴はお前に、指一本触れていない」

 

「・・・すまない。柄にもなく動揺した。あの四葉の魔法師という事で、意識し過ぎたようだ」

 

「いや、確かに奴は、何処か得体のしれない感じがする・・・ジャズ、今回は止めないか?」

 

「・・・バカげたことを言うな。既に決行命令が下りているんだぞ」

 

「承知の上で言っている。今回の任務は・・・ヤバい」

 

ジョンソンは任務の放棄をほのめかしていた。

 

「ジョンソン大尉、その発言だけで軍法会議ものだぞ」

 

「ここにきているのは俺たちだけだ。という事は俺たち自身が指揮命令権を有している。深刻な状況の悪化が予測される場合、独自の判断で撤退しても良いはずだ」

 

「それは致命的な状況が高い確率で予測される場合だろう! まだそんな具体的事態は生じていない」

 

「俺たちが身を置いているのは普通の戦闘じゃない! 魔法師同士の暗闘だ! どんな脅威が待っているか分からない!」

 

「そんなことは普通の工作任務でも同じだ! 逃げ出して良い理由にはならない!」

 

ジョンソンとジャスミンが睨み合い、先にジョンソンが目を逸らした。

 

「・・・すまない。どうかしていたようだ」

 

「・・・今のは、聞かなかったことにしておく」

 

「ああ・・・そろそろ戻るか。もうすぐパーティーが始まる。奴もいなくなった頃だろう」

 

「了解だ」

 

ジョンソンは階段同士をつなぐ通路を進んで別の扉へ向かった。その背中を見ながら、ジャスミンは自分の中でもこの任務を放棄したいという気持ちが強くなっているのを確かに感じていたのだった。



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作戦開始

船に戻った達也は弘樹の出迎えを受けた

 

「どうだい達也。下準備の様子は」

 

「5分別室にいるから時間となったら呼んでくれ」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って達也は部屋に入ると弘樹は外を見ていた

 

『達也は実験をするんだろうな・・・少し不謹慎な気もするけど・・・』

 

そう言って弘樹は時間が来るまで待っていた

 

 

 

 

 

5分が経ち、達也を呼んだ弘樹は深雪の手を取った

 

「じゃあ深雪、僕は姉さんの所に行かないといけないから。また後でね」

 

「はい、会場でお待ちしております」

 

そう言うと弘樹は桟橋から凛の元に走っていった。弘樹は表向き深雪の護衛と執事をしているが、今日は弘樹は凛に呼ばれており、深雪より先に会場入りをしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に会場に来ていた凛(ベル)は潮と世話話をしていた

 

「しかし、珍しいですな。まさか貴方が来られるとは・・・」

 

「いえいえ、娘にいい加減こう言ったパーティーに出席をしろと催促されましてね、なんともお恥ずかしい事です」

 

「良いではありませんか。優秀な娘さんで」

 

そう言って凛は会話をしていると隣に弘樹がやってきた

 

「ね・・・ベルさん」

 

「あら弘樹君。久しぶり」

 

「はい。お久しぶりです」

 

そう言って言い間違えそうになった弘樹に少し変な気分になるも挨拶をすると再び潮との話に戻ると会場が少しざわつき、深雪が入ってきたのを感じていた

 

「おや、噂の四葉の人たちですね」

 

「ええ、私も娘からよく話を聞いていますわ。どうやら楽しくやられているようで」

 

「私も初め聞いた時は驚きました」

 

そう言って二人が話していると達也達は自分達の方に近づくと深雪は凛に、達也は潮に挨拶をしていた

 

「お久しぶりです。入学式来でしょうか?」

 

「はい、お久しぶりです。ベルさん」

 

そう言って深雪は挨拶をした。深雪はベルが凛である事を知っていたが。正直、違和感しかなく、小さく口を引き攣らせていた

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーが始まり、壇上にベルが上がったことに会場は少しざわついたが。概ね予定通りに予定は進んでいた。そして壇上に上がった後、ベルは人気のない場所に移動するとそこに達也がいた

 

「達也」

 

「ああ、凛か・・・」

 

そう言って達也は変装状態の凛を見て驚いていた

 

「しかし見事なものだ。とても魔法師の雰囲気とは思えない」

 

「そう?達也がそう言うなら完璧な証拠だね」

 

そう言ってベルは変装を解くと凛の姿となった。そして達也は凛に伝えていた

 

「俺は今から五十里先輩に伝えておく。お前はもし中で何かあったらその対処を頼む」

 

「了解、深雪には弘樹がいるから安心しなさいね」

 

「ああ、分かった」

 

そう言うと凛は再びベルの姿となり、達也とは別ルートで会場へと戻り、パーティーの続きを楽しんでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その船は久米島西約六十キロを北西に進んでいた。船の形は少し大きめの漁船といったところ。漁船と言っても特に漁をしている様子は無く、経済速度で母港へ戻っている最中に見えた。数年前までこの海域では、違法操業を行う大亜連合の漁船を日本の巡視船が追い回し、その内両国の戦闘艦がやって来て火器管制レーダーを浴びせ合うというチキンレースが頻繁に演じられていた。しかし五年前の沖縄侵攻事件以降、大亜連合の挑発行為はぴたりと影を潜めた。そして去年の講和条約締結後は、大亜連合の船も表面上紳士的に海上を行き交っている。

 

「中尉殿、本当に行かれるのでありますか? 我々ではお迎えに上がれませんが」

 

「後の事はなんとでもなる。まずは作戦を成功させることだ」

 

そう言ってブラッドリー・チャン中尉は魚雷のようなカプセルに入り、腹這いになった。チャンは大亜連合脱走部隊のナンバーツー。ナンバーワンのダニエル・リウ少校が日本軍に捕らえられた現状では、彼がリーダーだ。チャン自ら片道切符の作戦に出撃すると言われれば、反論出来るものはいなかった。破壊工作が成功すれば、それだけで人工島は沈められなくても、大混乱は必至。パニックが生じた中で長距離航行が可能な船を強奪するのは、それほど難しい事ではないはずだ。

 

「ハッチを閉めろ」

 

「ハッ」

 

チャンの命令で背中の上のハッチが閉ざされる。一瞬、完全な闇がチャンの視界を閉ざしたが、すぐに仄かな照明が点った。魚雷型カプセルの数は五本。チャンは一人で入っているが、他の四本には二人ずつ乗り込んでいる。この九人が最後の作戦に携わる決死隊だ。カプセルが船底の穴から海中に放り出される。魚雷型カプセルのスクリューには、後ろまですっぽり覆う金属のカバーが取り付けられている。スクリュー音で接近を探知されないための措置だ。五本のカプセルは、乗り込んだ人間の魔法だけで海中を人工島『西果新島』へ進み始めたのだった。



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警告

人工島地下第一層のホテル宴会場では、挨拶が終わりフリートークの時間になっていた。ここに集った上流階級の人たちはやっと調子を取り戻したようで、深雪を盗み見る視線も少なくなった。卒業生組も多少緊張から解放された顔で料理に手を伸ばしていた。

 

「五十里先輩も壇上に上がられるのかと思っていました」

 

「さっきも話したけど、お断りさせていただいたんだよ。誰も僕の話なんか聞いても、喜ぶ人なんていないからね」

 

オードブルを摘まみながら達也が五十里に話しかけ、五十里は達也と同じ料理を手に持って、笑いながら頭を振る。

 

「そんなことないわよ! 啓の格好良いところ、見たかったのに!」

 

「ところで先輩、少しお時間をいただけませんか?」

 

「お兄様?」

 

花音の噛み付きを無視して五十里に話しかける達也に驚いたのは、五十里ではなく深雪の方だった。実は五十里も驚いていたのだが、深雪に先を越されてそれを露わにするタイミングを逃したのだった。

 

「・・・何かあったの?」

 

驚く代わりに五十里は厄介ごとの臭いを嗅ぎ付けた。達也の表情から、自分の推理が的を射ていると悟ったのだろう。

 

「分かった。こっちへ」

 

五十里の家はこの人工島の設計に関わっている。今いる宴会場に近接した小部屋の位置も把握していた。お色直しなどの為に用意されている部屋だが、今日は使っていないはずだ。

 

「深雪はここで待っていてくれ。水波、深雪を頼む」

 

「・・・かしこまりました」 

 

「はい、達也さま」

 

「花音も待っていて」

 

「・・・分かった」

 

ついて来ようとした深雪を達也が、花音を五十里が制して、二人はこっそり隣の部屋へ移った。

 

「それで、いったい何が起こるのかな?」

 

「このパーティーが大亜連合の脱走兵に狙われています」

 

五十里は立ったまま囁き声で達也に話しかけ、達也も立ったままで、五十里の質問に正直な答えを返した。五十里の喉が鳴る。彼が呑み込んだのは「息」でも「唾」でもなく「悲鳴」だったに違いない。

「何故今頃・・・」

 

「誤解しないでください」

 

達也が右手を前に軽く上げて、押しとどめるようなジェスチャーで五十里を宥める。

 

「大亜連合の脱走兵による襲撃が計画されていますが、対策は完了しています。彼らは何も出来ません。破壊工作員は海中からこの人工島に接近し、爆弾を仕掛けフロートに穴を空けるつもりです」

 

「・・・その程度じゃこの西果新島は沈まないよ」

 

「ですが、今日のパーティーは中止になるでしょうね。実行出来れば、ですが」

 

「随分自信がありそうだけど・・・だったら、何故僕にこの事を話したんだい?」

 

「戦闘が始まっても、自重していただく為です」

 

「言われなくても、危ない真似に手を出すつもりは無いけど?」

 

「この人工の島に仕掛けられた刻印魔法の防御システムの事は存じております。その魔法を先輩が自由に発動させられることも」

 

五十里が大きく目を見開いたが、すぐに納得した顔で頷いた。

 

「司波君の立場なら知り得るだろうね。じゃあ国防軍に助けてもらわなくても、爆弾を仕掛けられることは無いという事も分かってるね?」

 

「そもそも近づけないでしょう。大型海洋生物を近づけないために、フロート表面に発生する斥力場は人間にも作用します。怪我をすることは無いでしょうが、生体電流を持っている限りフロートや採掘施設に接触出来ません」

 

「御名答。ついでに言えば、付着物も超音波洗浄の原理で剥がしてしまう。僕じゃなくても、家の刻印魔法を発動させられる魔法師がいる限り、爆弾を仕掛けるなんて無理だ」

 

「そうですね。そしてその事は、破壊工作員も知っています」

 

「・・・僕が、狙われると?」

 

「そうです。正確には、先輩も狙われている、ですね。ご安心ください。会場には先輩の護衛を務めてくださる国防軍の魔法師を手配してあります。その方です」

 

達也がそう言った瞬間、五十里の背後に人の気配が生じる。慌てて振り返る五十里に、ウェイターの制服を着た魔法師が敬礼する。

 

「何時の間に・・・」

 

「国防陸軍、南風原曹長であります。軍規の為、所属部隊を名乗らぬ事についてはご容赦ください」

 

「曹長は護衛のスペシャリストです。個人を対象とする防御魔法に優れ、また格闘戦にも長けています。移動する場合は、曹長に声を掛けてください。では、戻りましょう」

 

達也は五十里が頷くのを確認してから、花音たちの許に戻るよう五十里を促したのだった。



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婚約話

パーティー会場に戻った達也は、一見「有名企業社長秘書」といった印象の控えめなドレス姿の美女に声を掛けられた。

 

「先輩は先に戻っていてください」

 

「分かった」

 

その美女に見覚えがあった五十里は、特に詮索もせずに花音たちが固まっているテーブルへ戻っていった。

 

「あれが五十里家のご長男? 可愛い男の子ね。ドレスの方が似合いそう」

 

「本人には言わないでくださいよ。たぶん、気にしているので」

 

「言わないわよ。そんな無神経に見える?」

 

「いえ、念の為です」

 

意地悪な笑みを浮かべる響子を、達也は軽くあしらった。そして、完全に世間話の口調で尋ねた。

 

「来ましたか?」

 

「ええ。あと五分で防衛ラインに接触するわ」

 

二人の周りには、響子が誰にも気づかれないように張った盗聴防止の「結界」が張られている。現代魔法の遮音フィールドではなく、藤林家伝承の古式魔法だ。効力が強い現代魔法より、センサーに感知されにくい古式魔法の方がこういう場には向いている。

 

「では、浮上して来るまでおよそ十分というところですか」

 

「もう少し早いかもね」

 

「了解です。俺も出撃準備に掛かります。凛にも呼び出しておきます」

 

「了解よ。隊長にはそう伝えます」

 

そう言うと達也は藤林にある質問をした

 

「そう言えば響子さん。寿和さんと今度婚約すると聞いたのですが・・・」

 

「あら、知っていたの?話が広まるのが早いわね」

 

「凛から聞きましたので」

 

そう言うと藤林は納得した様子だった。国防軍の中でも()()()()()情報に凛は特段詳しかったのだ。そして達也は会場に戻る途中、凛に電話をかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛がオードブルを食べ終えた頃、持っていた鞄から連絡があった。それに気づくと反対側にいた潮に話しかけた

 

「潮さん、申し訳ございません。会社からの連絡で少し席を外します」

 

「分かりました。お忙しいのはよく知っておりますから」

 

「失礼します」

 

そう言って凛は会場を後にすると入れ替わるように達也が入ってきた。達也はすれ違いざまに小さくつぶやいた

 

「もうすぐ防衛ラインだ。もしかするともう動いているかも知れない」

 

「了解した、すぐに出るわ」

 

そう言って凛は乗ってきたクルーザーに足を運んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が事情を話して桟橋に向かった時、すでに二台の水上バイクが止まっており、一台には戦闘服に着替えた凛が乗っていた

 

「凛」

 

「達也、すぐに乗って。カプセルが発射された!」

 

そう言うと凛は先に水上バイクを走らせ、達也のそれに続く形で水上バイクに鍵を挿した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人工島『西果新島』から西に僅か一キロ。満月の光を受け、波の上に一人の男が立っていた。中華風の白い鎧を身につけた巨漢。魔法具『白虎甲』を纏った呂剛虎だ。

 

『そろそろ奴らが到着する』

 

『是。潜水を開始します』

 

『分かっているとは思うが、白虎甲は「火」ほどではないが「水」とも相性が悪い』

 

『心得ております。その程度のハンディが無ければ、面白くありません』

 

『まぁ「火」をものともしない上尉のことだ。心配はしていないが』

 

『お任せください』

 

『よし、行け』

 

陳祥山の命令に従い、呂剛虎の身体は海面下に沈んでいく。しかし、水しぶきを上げて一気に海中へ落下するのではなく、少しずつスムーズに水面下へ消えていく姿は、海面に立っていた時同様異様なものだった。呂剛虎はシュノーケルも咥えていなければボンベを背負ってもいない。普通に呼吸している。彼は海中で立ち止まり、前方へ目を凝らした。ここまで潜れば月の光も星の光もほとんど届かない。夜の海は、海水と共に暗闇を湛えている。前に伸ばした自分の腕も見えないという状態だが、呂剛虎の視界には、魔法の行使に伴う想子の光と、肉体の内側から放たれる精気の光が見えていた。呂剛虎が海水を踏みしめ、左腕を突き出し、右腕を引き絞った。呂剛虎の体を覆う気体の層が厚みを増したのは、海上から持ち込んだ空気に海中から抽出した酸素を継ぎ足したからだ。彼の肉体は、高濃度の酸素を消費して「力」を蓄えていき、肉体が生み出したエネルギーが「術」の力と結びつき、突き出す右腕から強大な「波動」となって放たれた。水を動かさず、生体の身を揺らす「波」。跳ね返ってくる乱れた「波動」に、呂剛虎は確かな手ごたえを感じ、海水を踏み海中を駆ける。先頭を行く魚雷型カプセルを蹴り上げる。鼻面を突き上げられて縦に回転するカプセルから二人の男が放り出され、その二人は慌てて海面を目指した。他のカプセルからも次々と脱走兵が抜け出し、海の上へ浮上していく。呂剛虎は獰猛な笑みを浮かべて彼らの後を追った



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飛び入り参加

呂剛虎が魚雷型カプセルと接触した時、海上では達也と凛が水上バイクを走らせていた。その隣には桧垣ジョセフと柳が小型ボートで並走している。

 

「少佐、見えましたか」

 

『君にも見えたか』

 

達也と柳は、海中に広がる「波動」を各々異なる視界で知覚した。

 

「敵工作員が浮上してきます」

 

『俺が行く。君と凛くんは援護を頼む』

 

「「了解(です)」」

 

達也達が返事をしたのと同時に、柳がボートの床を蹴った。彼の手には長さ二メートル程の棒が握られている。彼は波を踏みしめ、棒を海面に突き込んだ。左手で棒の端を押し下げ、五十センチほど離れたところを持つ右手を勢いよく押し上げる。海の中から敵兵が釣り上げられ、宙を舞っているその工作員へ柳が棒を突き出す。柳が突き飛ばした敵兵は、ジョセフが操縦するボートへ落ちた。ジョセフが落下した男の手を素早く拘束する。その間に柳は海面から顔を出した次の敵へ向かっていた。柳の背後に一際強い気配が急速に浮上してきたが、その男よりも更に猛々しい気配が後を追って海中から飛び出してくるのが分かっていたから、達也はCADの引き金は引かなかった。先に飛び出してきたのが大亜連合脱走兵、ブラッドリー・チャン中尉で、追跡者は大亜連合軍、呂剛虎上尉であることを確認し、達也達は柳と共に残りの雑魚を片付けようとして・・・予想外の事態が発生した。

 

「撃滅!」

 

何だか分からない気合いと共に、見覚えのある人影が海面に立ち上がった敵に飛び蹴りを喰らわせ、蹴り飛ばした反動で勝手に達也と凛がが運転する水上バイクのタンデムシートへとそれぞれ乗り込んできた。

 

「・・・先輩。こんな所で何をしているのですか?」

 

「むっ?驚かないのだな」

 

「それはまぁ、先輩だという事は飛び蹴りのフォームで分かってましたから」

 

「この暗闇の中、そんなことまでわかるのか。さすがは司波君だな」

 

「・・・いや、暗闇ではありませんから。この月明かりです。その程度の事は」

 

「せりゃあぁ!」

 

「・・・桐原先輩もですか」

 

「おう。服部も来ているぞ」

 

桐原の掛け声に幻痛を覚えた達也に、とどめを刺すような答えを沢木が告げる。達也は水上バイクを桐原の声が聞こえた方へ向け、服部が運転する水上バイクと合流する。

 

「沢木先輩と桐原先輩だけでなく、服部先輩まで・・・いったい何をなさっているんですか。しかもそんな恰好で」

 

「楽しそうな事をやっているから混ぜてもらおうと思ってな! 司波、独り占めは感心しないぜ!」

 

「女子は一人例外を除いて安全な所に残してきたからな。横浜の時とは違って、遠慮なく悪者退治が出来るというものだ」

 

沢木はこれで、真面目に答えているらしい。ちなみに沢木の言った例外は達也の隣を水上バイクで走っていた

 

「服部先輩、貴方がついていながら・・・」

 

「いや、俺は止めたぞ!いくら神木さんが呼んだからって・・・」

 

服部が慌てて行った瞬間、沢木と桐原が服部のことを睨みつけていた。達也は凛のことをじっと見ていた。すると凛は諦めた表情を浮かべると素直に白状した

 

「ええ、先輩達を呼んだのは私よ」

 

「何故ここに呼んだ」

 

「面白そうだから。それじゃあダメ?」

 

凛は達也の方を向きながらそう言った。達也は凛が何を考えてるのか一瞬分からなかった。だか、凛含め佐伯少将もだが十師族ではないこの三人の実力を見ておきたいという思惑があるのだろうと予測していた

 

 

 

 

 

 

達也の予想はある程度当たっていた。だが、違うのはこれは凛自身が単に三人が戦闘事ではどの程度の強さなのかを見たいだけというただの自己満足でしかないという事だった。

 

 

 

 

 

 

とりあえず沢木は服部の水上バイクに戻ってもらって、達也達は柳の援護射撃に戻った。といっても、既に敵工作員はあらかた掃討済みで、残る三人の内、二人は沢木と桐原が喜々として拳と杖を振るっている。相手の練度もそれほど高くない。こっちは好きにさせておいて大丈夫だろう。そして残るもう一人。こちらは、練度という点では次元が違うと言えるくらい、高い。だがこちらも任せておいて問題ない。むしろ手出し無用だった。呂剛虎が海面を蹴って疾走する。ブラットリー・チャンが水面で足を滑らせてカウンター気味に踏み込む。二人の掌底が衝突する。そのまま手四つの体勢にはならなかった。二人の突きは一瞬拮抗したが、チャンが大きく弾き飛ばされる。呂剛虎が波の上に転がったチャンに迫る。チャンの身体が波間に沈む。呂剛虎が足を踏み下ろすと、海面が揺れた。波が広がったのではなく、半径五メートルにわたって固形化した水面が、鐘のように震えたのだ。固形化した水面が崩れ、激しく波立つ。波と泡の中からチャンが飛び出してきた。その正面に呂剛虎が迫り、突き上げるような肘打ちを放った。チャンが苦悶に顔をゆがめて宙を舞い、海に沈む。二人の闘いを見ていて、達也は気づいた事がある。ブラットリー・チャンは水の上に「足場」を作り、呂剛虎は水の上に「道」を作っているのだ。達也は「足場」を作ることは出来ても「道」を作る方法は知らない。呂剛虎は達也が使う魔法とは異なる体系の魔法を用いているという事だ。

 

『じっくりと観察したいところだが・・・そういうわけにもいかないか』

 

達也が「視」なければならない場所は、ここだけではない。彼は万が一の失敗を犯さないように、好奇心をねじ伏せた。この場に限っても、もっと他に見るべきものがある。呂剛虎とチャンの闘いは、終わりが近づいている。この決着を見逃すわけにはいかなかった。



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ジェネラル

達也は練度が低いと判断したが、それは彼が過ごしてきた環境・・・四葉家、独立魔装大隊、そして九重八雲のレベルを基準にしての話であり、桐原と沢木からしてみれば、十分に歯ごたえがある相手だった。桐原も沢木も、戦いながら水の上を自在に駆け回る技術はまだ身につけていない。水を足場に出来るのは桐原で八歩、沢木で五歩だ。ただし沢木は一旦空中に跳び上がることにより、再び水面に五歩を刻むことが出来る。ただいずれにせよ、桐原も沢木も戦っている最中に服部が運転する水上バイクへ戻る必要がある。服部たちが借りてきたのは男三人で乗っても余裕がある、水上バイクとしては大型の物で、二人同時に飛び乗って来ても運転の邪魔になることは無い。だが桐原と沢木の位置関係を常に把握し、二人が海に沈まないように走り回らなければならない服部は、実際に白兵戦を演じる二人以上に神経を削られていた。達也が見た通り、格闘戦能力自体は敵兵より桐原と沢木の方が上だ。だが二人が戦っている敵兵は不利な体勢になるたびに海中に沈み、二人を足下から狙ってくる。大亜連合脱走兵は、水中と水上を自在に駆け巡る魔法を身に着けていた。日本の古式魔法に当てはめれば、忍術の一つ「水遁」の使い手という事になるのだろうが、脱走兵自身たちは、自分たちが使っている魔法がどういう系統の物か分からないまま、ただ技術として使っている様子だった。だが「使えるから使う」それが道具としての「技術」の正しい在り方なのかもしれない。このような理屈自体、勝敗の帰趨には何ら影響しないのだから。

 

「せりゃぁ!」

 

桐原の杖が相手の肩口に振り下ろされる。高周波ブレードも、杖では真剣程の威力は出ない。それでも高速振動する杖は、触れただけで敵の服と皮膚を裂き、細胞を揺らしてダメージを骨の芯まで送り込む。逆手に握ったナイフで受けても、刀身から指に、掌に振動が伝わり麻痺を誘う。敵が片膝を付き、そのまま水しぶきを上げて水面下に没する。

 

「またかっ! うおっ!?」

 

予想以上の水中速度に、遂に桐原が足をすくわれた。足の下からの攻撃など、普通は想定していない。魔法を併用する『剣術』でもそれは同じだ。海面に倒れる桐原。そのまま彼の身体は海中へ沈んでいく。その首に巻きつく敵の腕。敵兵がもう一方の手に握る刃が、桐原に振り下ろされようとしたまさにその時、彼らの直下に爆発が生じた。海面へと押し上げられる海水で、桐原と敵の身体が海面を超え空中に打ち上げられる。桐原がまだ浮遊感に包まれている最中、敵の身体に急激な下向きのGが掛かり海面にたたきつけられる。表面張力が敵兵の身体を支えている一瞬に、海面を電気が走った。海中爆発、落下加速、電撃。一連の魔法は服部が放ったものだった。

 

「桐原、今だ!」

 

服部は距離を取って魔法を行使している。水上バイクも走らせたままだ。相当の大声を上げても声が届かない可能性の方が高かったが、桐原はその声を聞き逃さなかった。

 

「応っ!」

 

桐原は空中で『跳躍』の魔法を使って軌道を変え、重力に任せて落下しながら『高周波ブレード』を纏わせた杖を、沈んでいく敵兵に振り下ろした。高速振動する杖に触れた海水が気化し、激しく泡立つ。その抵抗で杖の勢いが食われたが、それが結果的に良かったのだろう。気化により発生した泡が海水を押しのけながら、桐原の杖が敵兵の胴体を捉えた。斬りつけるのではなく、気泡をクッションにしながら押し付けられた杖は、敵兵を激しく揺さぶり、その意識を奪ったのだった。

 

 

 

 

 

海に沈んだ桐原が、仕留めた敵兵を抱え上げて海面に顔を出す。沢木と敵兵の闘いはまだ続いていた。海中から攻撃を仕掛ける敵工作員と、空中から攻撃を仕掛ける沢木。端的に言えば、かみ合っていない。沢木の拳や蹴りを受けてダメージを蓄積させた敵兵は、攻撃を完全に水中からのものに切り替えている。それに対して沢木は、海の上を駆けるのではなく、海面を蹴って跳躍しながら、水の上に顔を出した敵目掛け空中で軌道を変えて急降下踏みつけを繰り出す。一瞬の交錯が繰り返される。沢木は敵を蹴り潰そうとし、敵は沢木の脚を捕らえて水中に引き摺り込もうとする。

 

「まずいな、ありゃ。助太刀した方が良くねぇか?」

 

「大丈夫ですよ。ほら」

 

そう言って観戦していた桐原に近づいた凛が手を差し伸べた

 

「おう、すまねえ」

 

そう言って桐原が凛の手を取ると服部が相手の動きを予測して敵兵を倒していた

 

「流石、『ジェネラル』俺の一味二味違うぜ」

 

「聞こえてたら嫌がられそうですね」

 

「聞こえてなさそうだから大丈夫だろ」

 

そう言って桐原は軽く笑っていたGeneralは一般的には『普通の』という意味だが現代魔法では『なんでもできる万能兵』という位置付けだった。

 

 

 

 

服部は自分たち同学年世代、真由美や克人がいた一学年上の世代、達也や深雪がいる一学年下の世代を通して見ても、現代魔法の教育方針を最も忠実に実現している魔法師だと桐原達同級生は考えている。一年先輩の摩利も確かに魔法のバリエーションは豊富だが、彼女は対人戦にめっぽう強いその一方で、機械化部隊を苦手にしているという能力の偏りがある。だが服部にはそれが無い。彼が本来得意とするフィールドは中・遠距離の集団戦だが、狙撃戦も白兵戦も高レベルでこなすことが出来る。白兵戦専門の桐原が、服部に格闘訓練でなかなか勝てないというレベルでだ。

 

 

 

それともう一つの意味が『ジェネラル』の二つ名にはある。服部は『数字付き』ではない。古式魔法の名門というわけでもない。苗字は同じだが『忍術』の名門・服部家とは無関係。百家の一つであり家系こそ古いが、魔法界では非主流派だ。それでいて『数字付き』と対等以上に渡り合う服部は、桐原や沢木のような数字を持たない同級生から将来のリーダー『将軍ジェネラル』と期待されているのだ。桐原や服部には見えなかっただろうが、空中で沢木の唇がかすかに動いていた。彼ももしかしたら桐原と同じように、服部の本人が知らない二つ名を呟いていたのかもしれない。海面に顔を出した敵兵の挙動には精彩が無かった。服部の魔法が計算通り水中の敵に圧力によるダメージを与えたに違いない。沢木は空を蹴って海面を漂う敵に襲いかかった。踏みつけを繰り出す沢木の両足を敵兵が掴み取ろうとするが、その腕は空を切った。沢木は揃えた両足を深く引きつけ、下半身だけではなく腰と上半身のバネを使って両足を突き出す。自己加速魔法により、両足が音速に達した。海面にたたきつけられた空気の壁は、完全に敵を無力化したのだった。

 

「服部がジェネラルならお前はアドミラルだな」

 

「司令官って・・・本気で言ってます?」

 

「ああ、少なくとも俺たちはそう呼んでたぜ。千葉も西城もそう言ってたしな」

 

「閻魔と言われるよりはマシですけど・・・」

 

そう言って桐原と凛は話しているとちょうど最後の敵が倒され、達也達は西果新島に戻って行った



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虎の本気

呂剛虎とブラッドリー・チャンの闘いも、大詰めを迎えていた。まともに闘っては、チャンは呂剛虎に勝てない。『人喰い虎』の異名を持つ呂剛虎は、世界最強の白兵戦魔法師の一人と評価されている強者だ。横浜事変で彼が不覚を取ったのは、同じく近接戦世界最強の一人と言われている『イリュージョン・ブレード』千葉修次との戦いで深手を負っていた所為であり、敵に達也や真由美がいたからである。摩利やエリカ、レオなどの近接戦タイプだけでは負傷していた呂剛虎も倒せなかっただろう。武の技も魔の技も呂剛虎の方が上、それがチャンにもようやく実感できたのか、チャンの気配から一切の余裕が消えた。いや、余裕と表現しては語弊があるかもしれない。チャンは呂剛虎との闘いの後になすべきことをずっと意識していた。彼の目的は呂剛虎に勝利する事ではなく、人工島に対する破壊工作を成功させることなのだから。しかしそれでは、この場で沈められるだけだとチャンは思い知り、彼の目の色が変わった。身体からは抑えきれない想子が噴き出し、陽炎のような揺らめきがチャンの全身を覆った。

 

「ほぅ」

 

呂剛虎が楽しそうに目を細め、唇を歪める。呂剛虎が纏う白い鎧の上に、鋼の色をした想子の層が重ねられ、見る見るうちに密度と硬度を増した。チャンが海の上でグッと身体を屈め、四つ足の肉食獣が襲いかかるための力を溜めるような姿で、両腕を海につける。足と腕から這い上がった海水がチャンの巨体を覆い、空中に持ち上げる。海水はチャンを閉じ込めるものではなく、水の塊が上下に揺れ大蛇の顎を模る。呂剛虎はそれを見上げて笑った。楽し気に、獰猛に、歯をむき出して。呂剛虎が一歩踏み出すのと、チャンの龍蛇が鎌首を振り下ろしたのは全くの同時だった。呂剛虎が水龍の形をした大波に呑み込まれる。直後波の間から咆哮が轟いた。「龍」のものではなく「虎」の咆哮だ。リミッターを外した状態とはいえ、ブラッドリー・チャンの攻撃が呂剛虎に徹っているのは、彼の鎧『白虎甲』が水に弱いというだけでしかない。その程度では呂剛虎は・・・世界に名だたる『人喰い虎』は止められない。水飛沫の弾丸がもたらす体を蝕む痛みを以て「怒」の情をますます燃え上がらせる。敵の攻撃を己の闘争のエネルギーに変えて、呂剛虎はチャンの周囲に展開されている術式ごと右足で薙ぎ払った。まさに一蹴。呂剛虎の全力が込められた蹴りは、チャンの水術を破壊し、その巨体を吹き飛ばした。大きく弧を描いてチャンの巨体が飛んでいく。偶然か、あるいは最後の意地か、ブラッドリー・チャンは達也の上空から襲いかかる形で落ちた。達也の反応は簡単なもので、単にスロットルを開けただけ。水上バイクが急発進し、ブラッドリー・チャンは虚しく海中に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻って達也が海上で戦闘を終えた頃。達也に警告された通り、五十里は会場に留まり続け、深雪と水波もなるべく一高関係者から離れないようにしていた。

 

「花音、何処に行くの?」

 

「お花を摘みに」

 

「あっ、あたしも」

 

「私も一緒に行きます」

 

「じゃあ私も」

 

花音がやむを得ない理由で中座すると言い出し、紗耶香たちも同行を申し出る。

 

「啓も来る?」

 

「・・・行っておいで」

 

ニンマリと笑った花音を、顔を赤くした五十里が追いやる。その傍で深雪が弘樹に聞いた。

 

「弘樹さん、どうしましょう?」

 

「行ってきたら?」

 

「・・・やめておきます。水波ちゃんは?」

 

「いえ、私は深雪様の傍を離れる訳にはいきませんので」

 

そう言う理由から、三人は結局この場に残ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャスミンとジョンソンは、海から接近する工作部隊の結果を待たずに独自に動いていた。二人は今、廊下の隅で目立たぬように囁き声を交わしていた。

 

「制圧できそうか?」

 

「無理だな。お偉方が大勢来ている所為か、制御室前には軍人がうじゃうじゃいやがる。しかもその中に『大天狗』までいるっておまけ付きだ」

 

「ハル・カザマか・・・それは、無理だな」

 

独立魔装大隊隊長・風間玄信中佐は、外国の魔法師から『大天狗』の異名と共に『ハル・カザマ』と名前を省略されて知られている。

 

「今更だが、このまま逃げた方が良いんじゃないか?」

 

「その話は終わっている」

 

ジャスミンが必要以上に素っ気なく即答したのは、彼女自身の脳裏を同じ思いが過ったからだった。

 

「ああそうだったな畜生め! ・・・ジャズの方がどうだ?」

 

「少なくとも私では手に負えない。この島に仕掛けられた魔法システムをクラックするためには、やはりケイ・イソリに協力させる必要がある」

 

「ってことは、その坊やを攫わなきゃどうにもならんか」

 

「カザマを出し抜くより、その方が現実的だ」

 

「まぁ、そうだよな・・・っ?」

 

ジョンソンが近づいてくる人影に気付いて口を噤む。ジャスミンも反射的に身構えたが、すぐに「普通の少女」の素振りを取り戻した。

 

「彼女たちは・・・ケイ・イソリの同行者か」

 

「本当か?」

 

「間違いない」

 

どうやらジョンソンは彼女たちの事を覚えていないようだが、お節介を焼かれて炎天下を連れまわされたジャスミンはしっかりと覚えていた。

 

「丁度良い。ジョンソン大尉、少し隠れていてくれ。彼女たちを人質にとってケイ・イソリを誘き出す」

 

「了解だ」

 

ジョンソンの目から見て、四人とも脅威になるような戦闘力は備えていない。ジョンソンは音を立てないように注意して、作業員用通路の扉を開け、その中に身を隠したのだった。



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あずさの活躍

お化粧を直してパウダールームから出てきた紗耶香は、ドレスアップした小さな女の子が自分たちを見ているのに気が付いた。小さなと言っても年齢は十二、三歳。白人種は日本人に比べて大人っぽく見えるというから、本当はもっと小さいかもしれない。

 

「あっ・・・もしかして、ジャズ?」

 

「ハイ、紗耶香」

 

何となく見覚えがあると思ったら、先日誘拐されそうになっていたところを助けた少女だった。

 

「えっ?でも髪の色・・・」

 

花音が言うように、あの時とは髪の色が違うし、よく見れば瞳の色も違う。色が変わっている事とドレスアップしている所為で印象が随分違うが、本人が認めているのだから間違いないだろう。

 

「ジャズ、どうしたの? お父さんは?」

 

「ちょっと、困ったことになっちゃって」

 

「えっ、何かあったの?」

 

物おじしないと言えば聞こえこそは良いが、多少警戒心に欠けている傾向のある花音が、ジャスミンの間近へ寄っていく。とはいってもこの場合、相手は十二、三歳程度の少女の外見であり、花音の行動を不用心と責め立てるのは少しばかり酷なのかもしれない。

 

「実はね・・・動くな!」

 

「ジャズ、何を!?」

 

結果は御覧の通り。花音の腕を素早くひねり上げ、膝裏を蹴って跪かせ、ジャスミンは花音の喉に隠し持っていたナイフを当てる。紗耶香の悲鳴に、ジャスミンは酷薄の笑みを返し、残りの三人を順番に眺め、全員が視界に入る位置に移動して要求を告げる。

 

「人は見かけによらないという事よ。覚えておきなさい。さて、ケイ・イソリを連れてきなさい」

 

「啓を? 啓にいったいなにをするつもりなの!? うくっ!」

 

花音が拘束を振り解こうとするが、逆関節ががっちり決まっているため、苦鳴を漏らす結果に終わった。

 

「直接的な危害を加えるつもりはありません。早く連れてきなさい」

 

「駄目よっ! あたしの所為で啓に危ない真似なんかさせられない!」

 

 

「呼びに来るまでもない。僕はここにいる」

 

 

あずさと紗耶香、そして巴が顔を見合わせ、どうすればいいのか迷っていたら、背後から五十里の声が聞こえてきた。

 

「啓!何で来たの!?あぅっ!」

 

「少しお静かに願えませんか。話が出来ないので」

 

腕を締め上げて花音を黙らせ、ジャスミンが五十里に目を向ける。五十里も、ジャスミンを見ているが、彼の瞳には珍しく怒りの感情が見て取れた。

 

「まずは花音を離せ。交渉したいのならそれからだ」

 

「状況をよく見てから発言する事です。要求するのは私であって、貴方ではありません。そうですね・・・まずは、隣の軍人を下がらせてください」

 

奥歯を噛みしめた五十里が、隣に立っている南風原に頭を下げる。それを受けて南風原は何も言わず、二歩下がった。ウェイターの制服を着ていた男性が軍人だったと知って、三人は目を丸くしている。しかし三人とも、余計な事を言って場を乱すのは慎んだ。

 

「良いでしょう、では本題です。ミスター・イソリ、我々と一緒に来てください」

 

「・・・僕が一緒に行けば、花音を離してくれるのか」

 

「ええ。ジェームズ」

 

身分を隠すためにファーストネームで呼んだジャスミンに応えて、ジェームズが姿を見せる。

 

「ミスター・イソリをこちらへ」

 

「分かった」

 

「啓、止めてっ!」

 

この時、ジャスミンの意識は花音が余計な真似をしないかという事にむいており、ジョンソンの注意は五十里と南風原、そして紗耶香にむいていた。二人ともあずさを警戒しなかったのは、仕方のない事かもしれない。ジャスミンが警戒されないように、あずさの外見が、彼女の脅威度に関する判断を狂わせたのだ。この場でジャスミンが警戒しなければならなかったのは、実はあずさだったのに。弦のような音が聞こえた。ハープのような弦を弾く音が、何処からともなく響いた。

 

情動干渉魔法『梓弓』

 

ジャスミンの意識は、その音色に誘われて現実から遊離した。あずさの魔法により意識を取られ、誰かにナイフをもぎ取られる感覚に我を取り戻したが、完全ではない。指に力が入らず、ナイフは手から離れてしまい、床に落ちる。

 

「やあぁ!」

 

それを見て紗耶香が動いた。彼女の手刀がジャスミンの首筋を狙う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャズ!」

 

梓弓による自失から回復したジョンソンが、ジャスミンの小さな身体を抱え上げ、二人を拘束しようと踏み出した南風原へダーツの矢を投げつける。南風原は三本のダーツをやすやすと撃ち落としたが、その隙にジョンソンは腕の中のジャスミンと共に作業員用通路へ逃れて行った。

 

「花音、大丈夫」

 

「うん・・・ごめん。ごめんなさい」

 

拘束から逃れた花音の許へ、五十里がホッとした表情で駆け寄ると、彼の顔を見た花音が突然泣き出した。五十里は慌てず、優しく花音の頭を抱え込む。

 

「怖かった?」

 

「ううん。違う、違うの!」

 

「じゃあどうしたの?」

 

「あたしの所為で啓が危ない目に。あたしが、あたしが不注意だった所為で!」

 

「どうして謝るの? 花音は何も悪くないよ」

 

「でもっ!」

 

なおも懺悔を続けようとする花音の耳元に、五十里は唇を寄せた。

 

「花音が無事でよかった」

 

花音の謝罪は止まった。彼女はただ、五十里の胸の中で嗚咽を漏らした。

 

「うわぁ・・・大人ですね」

 

幸いにして、雰囲気をぶち壊すあずさの発言は、二人の耳には届かなかった。紗耶香の「羨ましい・・・」と言わんばかりの眼差しも、二人の世界を作っている五十里と花音には届かなかったのだった



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ゲートキーパー

抱えていたジャスミンを下ろし、ジョンソンは背後を振り返って追っ手がいないことを確認した。

 

「なんとか、逃げ切れたようだな・・・ジャズ、大丈夫か?」

 

「しくじった。アズサ・ナカジョウが精神干渉系魔法を使うとは・・・」

 

口惜しげに唇を噛んでいたジャスミンが、俯いて考え込む。やがて彼女は、瞳に決意を湛えて顔を上げた。

 

「これはやりたくなかったが・・・私の魔法をパーティー会場に使う」

 

「もう、それしかないか・・・」

 

躊躇しているのはジョンソンも同じだった。ジャスミンの魔法『オゾンサークル』をパーティー会場に使うのは、毒ガス攻撃と同じだった。どう言い訳しても正当化は出来ない。爆弾テロ攻撃より激しい非難を浴びる事にあるだろうし、母国の政府は各国の非難を躱す為にジャスミンとジョンソンを生贄に捧げるかもしれない。だが爆弾テロ計画は失敗し、内側から機械的制御を奪う作戦も、魔法システムをクラックして暴走させる作戦も、上手く行かなかったのだ。残る手立ては『オゾンサークル』しかない。

 

「ジャズ、まずは脱出艇の所まで移動しよう。オゾンサークルを使えば、港はすぐに封鎖されるだろう。その前に脱出する態勢を整えておいた方が良い」

 

「了解だ」

 

ジョンソンの先導で二人は整備作業員用の階段を下りて港に隣接する作業員用控室に忍び込んだ。二人がたどり着いた部屋は無人で、人の姿どころか気配も感じ取れなかった。

 

「都合よく誰もいなかったな」

 

「都合が良すぎる気もするが・・・」

 

「さっきの騒ぎに駆り出されているんだろう」

 

ここでグズグズしているわけにもいかないので、ジャスミンはジョンソンの言う通りだと無理矢理自分に言い聞かせた。

 

「警戒を頼む」

 

「任せろ」

 

CADを作動させて起動式を取り込む。目を閉じて精神を集中し、魔法演算領域で魔法式を組み上げる。無意識領域にある魔法演算領域を意識して動かすという、ある意味矛盾した行為。意識と無意識の双方を一つの行為に、同時に集中しなければならない。息をすることも忘れて、ジャスミンはオゾンサークルの魔法式を組み上げた。座標は既に設定済みだ。ジャスミンはパーティー会場へ向けてオゾンサークルを発動する。しかしここで、思いがけないトラブルが発生した

 

「・・・魔法発動に失敗した?」

 

「何だって?」

 

「オゾンサークルの発動に・・・失敗した、と思う。手応えが無かった」

 

「馬鹿な!」

 

ジョンソンが周囲に対する警戒を忘れ、思わず隠れている事を忘れ、声を荒げてしまう程、それは意外な事だった。いや、あり得ない事だと言ってもいい。

 

「もう一度やってみる」

 

ジャスミンが再び目を閉じて精神を集中した。ジョンソンは護衛の務めも忘れ、彼女を見詰めた。眼を開けたジャスミンは、愕然とした表情で力なく床に両膝をついた

 

「発動しない・・・何故だ? 私の力が、消えてしまったのか?」

 

「いいえ」

 

突如第三者の美しく澄んだ、まさに鈴を振るような声が割り込み、存在しなかったはずの第三者の気配が生じた。反射的にジョンソンはその気配に空気弾を放とうとしたが、彼の魔法も発動しなかった。声を失った二人の前に、一人の男と二人の少女が姿を見せる。男性は大亜連合特殊部隊の陳祥山上校で、少女は深雪と水波だった。

 

「お二方が魔法の技術を失ったわけではありません。四葉家の秘術『ゲートキーパー』。如何でしょう」

 

「四葉家の・・・秘術だと?」

 

「はい。普段このような説明はしないのですが、今日は特別です。私どもも、貴重な技を見せていただきましたので」

 

深雪が陳祥山へチラリと視線を投げると、陳祥山は微かな苦笑でそれに応じた。

 

「無意識領域で構築された魔法式は、無意識領域の最上層にして意識領域の最下層たる『ルート』に転送され、意識と無意識の狭間に存在する『ゲート』から魔法の対象に投射されます」

 

「それがどうした」

 

「・・・まさか!?」

 

ジョンソンは苛立った声でを上げただけだったが、ジャスミンは深雪が言おうとしている事に気付いたようだった。

 

「ゲートは魔法師の精神とエイドスのプラットフォームであるイデアの境界。ゲートはイデアに露出しています。そうでなければ魔法式が自分の外側に作用させることが出来ませんから」

 

「馬鹿な!いくら何でも、そんな真似が」

 

「もうご理解いただけたようですね。魔法師無力化魔法『ゲートキーパー』は、対象となる魔法師のゲートに仕掛けられ、そこを通過した直後の魔法式を破壊します。『ゲートキーパー』が解除されない限り、あなた方は魔法を使えません」

 

彼女は『四葉家の秘術』と言ったが、正しくは『達也と神木姉弟の秘術』だ。他人の『ゲート』を監視し続ける、それは少なくとも今現在、四葉家では達也や凛達にしか出来ない事だ。それを「四葉家」の秘術と偽ったのは、達也や凛達にだけ関心が集まり過ぎないための配慮だった。それに、現状ゲートキーパーの攻略は神木姉弟にしか出来なかった。だがそんなことはジャスミンにもジョンソンにも関係なく、二人は肉弾戦でこの場を逃げ切ろうと構えたが、急速な体温低下により立つ事さえ困難になった。

 

「大丈夫ですよ。冬眠が一時的なものであることは、既に実証済みですから」

 

陳祥山が再び苦笑を漏らす。実験のサンプルになったのは彼だったからだ。

 

「弘樹さん、お願いします」

 

「了解」

 

深雪が扉の外に向かって声を掛ける。その言葉を合図に扉が開かれ、弘樹がジャスミンとジョンソンを拘束すべく入ってくる。ジャスミンの目に映る扉の外は、港ではなく飾り気のない部屋だった。

 

「お気づきになりませんでしたでしょう? 鬼門遁甲というのだそうですよ。お二人は階段を下りているつもりで、下りたり上ったりしていたのです。ですから仮に『ゲートキーパー』が作用していなくても、相対座標で魔法を照準する方法では、オゾンサークルは発動しませんでした」

 

「は、はははは・・・何だそれは。私たちは、最初から、お前たちの掌の上だったというのか……」

 

今度こそ決定的に打ちのめされて、ジャスミンは虚ろな笑い声を漏らしたのだった。



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結末

ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・ジェフリー・ジョンソンを拘束して引き渡した後、弘樹は深雪に謝っていた

 

「ごめん深雪、四葉を目立たせるような事をお願いしちゃって」

 

「いいえ、弘樹さんの願いなら深雪は何処へでも向かいます」

 

「無茶だけはしないでよ」

 

「大丈夫です。弘樹さんがいる限りは私は平気です」

 

そう言って今の弘樹と深雪の雰囲気に水波は少し後ろでじっと見ていた

 

「しかし、姉さんだったら『ふははは。見ろ!人がまるでゴミのようだ』と言ってそうだね」

 

「確かに・・・凛ならそう言いそうですね・・・」

 

そう言って深雪はその時の凛の表情を思い浮かべると思わず苦笑してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘックショイ!!」

 

「どうした、濡れて風邪でもひいたか?」

 

「いや、誰かが噂したんじゃないか?」

 

そう言って水上バイクを降りた凛と達也は会場に向かって歩いていた

 

「じゃあ、私は着替えるから」

 

「ああ、また会場で、だな」

 

そう言うと凛は脇道にそれ、変装をしてドレスを着ると再び会場に戻った

 

 

 

 

 

 

 

達也が人工島へ戻ってきた時には、深雪もパーティー会場に復帰していた。凛もベルの姿となって会場に戻っていた

「お兄様、お疲れ様でした」 

 

「深雪の方こそ、ご苦労様。ほぼ予定通りだったようだな」

 

「はい。最後に少し、予定外の仕事をいたしましたが、あのくらいの手間はあった方が、解説だけしているよりも気が楽です。後のことは弘樹さんがするとのことです」

 

「そうか、分かった。後で弘樹に感謝しておこう」

 

達也はあらかじめ明言していたように、パーティー終了時間に余裕で間に合った。スーツに着崩れなど皆無で、靴も曇り一つなく磨かれている。出て行った時よりも、むしろきちんとしているくらいだ。達也の事を目ざとく見つけて、ほのかと雫が寄ってきた。

 

「達也さん、御用はもう済んだんですか?」

 

「ああ。予定より少し、時間がかかったかな」

 

「まだ半分くらいだよ」

 

今日のパーティーは二時間半の予定であり、「半分くらい」は言い過ぎでも、後一時間くらいは残っている。

 

「それより、先輩たち」

 

「そう言えば、何処に行ったんだろうね?」

 

雫とほのかが言うように、主要な招待客の一人である五十里をはじめとして、一高卒業生が全員パーティー会場からいなくなっている。

 

「先輩たちも用事でも出来たんだろ。それより雫、ほのか、残りの時間は一緒にいられると思うぞ」

 

達也も深雪も、その理由を知っていたが、二人に教えるつもりは無かった。詮索させるのを避ける為か、達也は二人の意識を自分に向けさせるのだった。

 

「本当ですか!」

 

「沖縄ではほとんど達也さんと遊べなかったから、今日はゆっくりしたい」

 

達也の思惑通り、二人の意識は卒業生たちから達也へと向けられる。深雪としては少し気に入らないところもあるが、達也がそうしたのだから文句を言うわけにもいかなかった。

 

「深雪様、何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」

 

「大丈夫よ。それよりも、水波ちゃんもご苦労様でした」

 

「私は何もしていません。すべて達也さまと深雪様が済ませてしまいましたので」

 

万が一の時は防壁を作る準備はしていたのだが、深雪の『コキュートス』の前に敵が沈んだので、水波は本当に何もしていなかったのだ。

 

「それにしても、先輩たちも無茶をしましたね」

 

「中条先輩も、必要以上に注目されるでしょうね」

 

梓弓を使ったことはパーティーの参加者には知られていないが、あの場所には独立魔装大隊の南風原がいたので、間違いなく風間や佐伯の耳にもあずさの魔法の事は入るだろう。

 

「まぁ、中条先輩は軍人というよりかは技術者の方が向いているでしょうけどね」

 

深雪の言葉に、水波も同意し、二人で達也に甘えるほのかと雫に嫉妬の視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

陳祥山と呂剛虎は、脱走兵を呑み込んだ高速艇で帰国の途についた。ブラッドリー・チャンらを乗せていた偽装漁船もすでに捕らえてある。彼らの任務は、ほぼ満点で終了した。

 

「上尉、祝杯に付き合え」

 

「喜んで」

 

西に向かい、台湾海峡を通って厦門港を目指す船の甲板で、満月を見ながら陳祥山と呂剛虎が酒杯を交わす。

 

「今回は実りの多い任務だった」

 

「そうですな」

 

陳祥山の言葉に、呂剛虎があながちお愛想ではなく応じた。

 

「やはり、日本軍とはいずれ雌雄を決する必要があるだろう」

 

「小官もそう思います」

 

二人は申し合わせたように、満月を仰ぎ見る。

 

「風間中佐の手の内が見られなかったのは残念だが、やつの部下の力量はだいたい分かった」

 

「ええ。特に柳少佐は手ごわいかと」 

 

「ほう」

 

陳祥山が呂剛虎の杯に酒を注ぎ足す。呂剛虎は盃に両手を添えて恭しく受けた。

 

「だが」

 

「はい」

 

「これ以上厄介な相手に成長する前に、潰さなければならん」

 

「司波達也。司波深雪。忌々しい四葉の後継者」

 

 陳祥山の言葉に、呂剛虎の両眼が燃え盛る闘志を映し出して爛々と輝く。

 

「奴らは脅威だ。それが改めて確認できただけでも、大きな収穫だ」

 

「是」

 

「次は敵だ。今度こそ」

 

「お任せください」

 

「うむ」

 

陳祥山は、そこに映った月の影を飲み干すように酒杯を呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは忘れていた。あの場には四葉よりも恐ろしい存在がいた事を・・・



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報告

パーティー終了後、達也はクルーザーの通信機で真夜に首尾を報告した。

 

『今日はご苦労様でした』

 

「恐縮です」

 

今回の任務は滞りなく終わった。点数をつけるなら、九十点は行くだろう。満点で無いのは、プラスアルファが無かったからだ。

 

『今回の結果には満足しています』

 

「ありがとうございます」

 

『面白い話も聞かせてもらったしね。「ゲートキーパー」・・・なかなか使い勝手がよさそうな魔法ね』

 

口調が崩れ始めたが、この場にその事を指摘するような無粋者はいない。恐らく真夜側にもいたとしても葉山がいるくらいだろうから、真夜の口調に腰を抜かすようなことは無いだろう。

 

「改良すれば、自分達以外にも使えるようになると思います」

 

『魔法師を本当の意味で無力化する魔法がついに出来るって事だね。でも、たっくん以外に使えそうなの?』

 

「速やかに実用化出来るように努めます」

 

『そんなに急がなくてもいいのに・・・大亜連合の魔法も、なかなか興味深いものでした。詳しい報告を直接聞きたいから、東京に戻ったら本家においでなさい』

 

「はい。すぐに伺います」

 

『あら、そんなに私に会いたいの? でもね、さっきも言ったけど急ぐ必要無いの。二、三日そちらで英気を養ってから戻ってらっしゃい。報告は四月に入ってからで構わないから』

 

「恐縮です」

 

『来月、会えるのを楽しみにしているわ』

 

その言葉を最後に、通信は切れた。カメラの前で頭を下げていた達也が、通話ランプの消灯を確認して顔を上げる。達也は小さく伸びをした。今回は成功の報告とはいえ、真夜と話すのはやはり気疲れする。気分をリフレッシュする為に、彼はキャビンから甲板へ上がった。そこでは深雪が、水波を従えて月を見ていた。弘樹は凛の方に用事があると言って凛の乗ってきたクルーザーに移動していた

 

「お兄様。叔母様とのお話は終わられましたか?」

 

「ああ。東京に戻ったら直接報告に来いと言われた。ただし、四月に入ってからにしろという指示だ」

 

「まぁ・・・叔母様は今はお忙しいのでしょうか」

 

深雪はすぐに報告に来るように命じられたのだと思っていたのだろう。口に片手を当て、軽く目を見開いている。

 

「たぶん、お前の言う通りだろう」

 

達也はこの任務を命じられた時、真夜が師族会議以外で珍しく本拠地から出ていたのを思い出した。もしかしたらスポンサーとの間にでも、急を要する案件が発生したのかもしれない。

 

「でも、少し余裕が出来ましたね」

 

「そうだな」

 

達也が深雪の隣に立つと、水波が気を利かせようとキャビンに引っ込もうとした。だがその必要は無いと達也と深雪の両方から視線で告げられ、水波は数歩離れた位置で二人を見守ることにした。

 

「今回は任務でしたが・・・楽しい旅行でした」

 

「俺も楽しかった」

 

「でも、今度は任務抜きで旅行したいです。お兄様」

 

寄り添った深雪の顔に触れないように気を付けながら、達也は深雪の横顔を窺い見た。

 

「明日はどうしましょう? 叔母様からは、二、三日こちらで英気を養えと命じられたのですよね?」

 

「そうだな。あらかた観光は済ませたから、深雪と水波が行きたい場所にでも行くか。予定が会えば、雫とほのか、それから弘樹達も誘って」

 

「そうですね」

 

少し不機嫌さを見せる深雪に、達也は苦笑いを浮かべた。恐らく深雪としては、二人きり、もしくは水波を従えた三人で出かけたかったのだろうが、あまりそのように抜け駆けばかりしていると、何時か痛い目に遭うかもしれないと懸念しているのだろう。

 

「達也さま、私は良いので深雪様とお二人で・・・」

 

「今回の任務、水波にも働いてもらったからな。その分の報酬だと思ってくれて構わない」

 

「恐縮です。ですが、私は何かを貰う程働いた訳では・・・」

 

「深雪の護衛をしっかりと勤め上げただろ? それとも、深雪の護衛は『その程度』だというのか?」

 

「め、滅相もありません!」

 

本気で言っているわけではないと分かってはいても、水波は達也の言葉を即時否定した。そんな彼女の反応を見て、達也と深雪は楽しそうに微笑んだのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、凛の乗ってきたクルーザーの甲板で凛は弘樹から詳しい話を聞いてた

 

「・・・報告は以上です」

 

「ん、分かったよ。ありがとう、今日は疲れたでしょ。後始末はこっちでやっておくからあとはゆっくり休みなさい。中に弘樹の好きなワインも置いてあるから」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

そう言って弘樹はクルーザーの中に入るとワインを取り出して嗜んでいた。報告を受けた凛は空に浮かぶ月を眺めていると連絡があった。相手はノース銀行の所有するPMC『ガルムセキュリティー』からだった。無論、ここの社長は12使徒の一人で、名前はトゥーナ・フォン・オイゲンという

 

「もしもし?」

 

『夜分遅くに申し訳ありません閣下』

 

「良いわよ。それで、荷物は届いた報告かしら」

 

『はい、現在。拿捕した潜水艦はコンテナ船内部ドックにて改修作業を始めました』

 

「了解、潜水艦はそのまま売却予定だから改修を終わらせたらそのままケープタウンに輸送準備をお願いね」

 

『畏まりました』

 

ケープタウンは元はイギリス海軍の一大拠点でもあった場所だが、群発戦争で無政府状態となっており。治安が荒れていた、凛はそこに目をつけPMCを投入し、ケープタウン周辺地域の自治を獲得していた。そのおかげでケープタウン周辺はアフリカ大陸では比較的安全な地域として交通の要所、並びにUSNA、新ソ連、東西EUが資金洗浄の拠点とタックス・ヘイヴンを行う為にケープタウン自治領を認めていた。それと同時にケープタウンの港に巡視艇(とは名ばかりの本格的な戦闘艦)を販売していた。無論、その中には潜水艦も含まれており、今回拿捕した潜水艦はそれに混ざって販売される事となった。するとしトゥーナはついでに凛に報告をした

 

『閣下、潜水艦の他に「ファルケン」の進捗状況ですが。現在、ファルケンは無事に部品全てが三笠島に到着。現在組み立て作業を行なっております。事前の飛行に問題は無し、後は閣下の荷物さえ届けばすぐに飛ばせる状態です』

 

「報告ありがとう。帰ったらすぐに持っていくわ」

 

『は、その日は是非お待ちしております』

 

そう言って通信が切れた。通信を終えた凛は腕を上げて伸びの姿勢となった

 

「んーっ!いよいよファルケンが飛ぶ日が来るのか・・・楽しみね」

 

そう言って凛は自分が描いた航空機が空を飛ぶのを楽しみにした




ファルケン、わかる人には何が出てくるかもう分かっちゃうかもしれんな・・・・


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ゆったりできる旅行

3月29日

 

久米島西沖合の人工島で行われたパーティーの翌日。卒業生一行の中で、紗耶香と巴は疲れ切った表情で歩いていた。

 

「疲れる旅行だったわ・・・」

 

那覇空港の出発ロビーに到着した紗耶香は、スーツケースに両手をついて体重を預け、しみじみと呟いた。彼女の独り言を聞いたあずさと巴は、控えめに乾いた笑い声を上げる。誘ってくれた同級生の手前、大きな声では言えないが「同感!」といったところなのだろう。

 

「そうかぁ? 楽しかったじゃねえか」

 

「・・・そりゃ桐原君は楽しかったでしょうね。子供みたいにずぶぬれになってはしゃいでいたんだから」

 

巴の表情とは逆の意見を言った桐原に、巴は心底疲れ切った表情で指摘すると、桐原は咄嗟に巴から視線を逸らした。昨日スーツを台無しにしかけてこっ酷く怒られたことを思いだしたのだろう。

 

「べ、別に、水遊びをしていたわけじゃねぇぞ。なあ、沢木」

 

「ああ。良い実戦だった。久々に全力を出せて満足だ」

 

何が「なあ」なのか良く分からないセリフだったが、沢木は大きく頷く。そんな沢木に紗耶香と巴、あずさから放たれた視線の矢が、沢木に何本も突き刺さるが、視えざる矢でハリネズミ状態になっても、沢木は一向に堪えていない様子だった。そこに五十里が、済まなさそうな表情で会話に加わった。

 

「なんか、ごめん。変な事に巻き込んじゃって・・・」

 

「あっ、ううん! そんなことないわ!」

 

「私たちの方こそ、変なこと言ってごめんなさいね。楽しかったのは間違いじゃないのよ」

 

「うん、分かってるよ」

 

紗耶香と巴が慌てて釈明すると、五十里は苦笑気味の笑顔で頷いた。

 

「あんなアクシデントに巻き込まれたら疲れちゃうよね。もう一日くらい、ゆっくりしていけば良かったかな」

 

「賛成! 今日の便はキャンセルして、もう一泊して行こうよ!」

 

五十里の何気ない一言に、花音が喰い付いた。フィアンセの腕に自分の腕を絡めながら、甘えた声で五十里に強請る。

 

「そう言うわけにも行かないよ」

 

「そうだな。大学の入学式までにはまだ少し日があるとはいえ、そろそろ準備に取り掛かりたい」

 

服部のセリフにあずさは頷いていたが、花音は納得できないようだった。

 

「準備なんて何があるのよ」

 

「それより、搭乗手続きを済ませないか?」

 

「そうだな」

 

花音の反論をスルーして、服部は五十里に話しかけたが、応えたのは沢木だ。彼はそのままスーツケースを押して搭乗カウンターへ向かった。

 

「ちょっと! こら、無視するな!」

 

「別に外国じゃないんだ。夏にでもまた来ればいいだろ」

 

「良いね。またこのメンバーで来ようか」

 

「えっー、あたしは啓と二人が良いな」

 

服部のセリフに五十里が乗り気な回答を返すと、花音がすかさず不満を唱えた。

 

「俺たちは夏休みが本当に自由に使えるか分からないからな」

 

防衛大学に進む桐原のセリフに、同じく防衛大学進学組の紗耶香と巴が残念そうな顔で頷く。

 

「別に今年の夏に限る必要は無い。夏に限る必要も無い。リスクが何処にでも待ち構えているように、チャンスは何時でも存在する」

 

「服部、そいつは何かの哲学か?」

 

「単なる気休めだ」

 

「・・・何が言いたいのか分かんねぇよ」

 

「次はもっとうまくやれる、というのと同じようなものだ」

 

「なるほど。では次は俺たちだけでトラブルを片付けられるようになろうか」

 

「まぁ、そう言う事だな」

 

搭乗手続きを済ませ振り返り口を挿んできた沢木に、服部は笑ったまま頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定通り飛行機に乗った卒業生組に対して、在校生組は朝からのんびりと波の上を漂っていた。潜水艦の襲撃で中断した久米島遊覧を、同じグラスボートでやり直しているのだった。ただし、そのグラスボートに凛は乗っていなかった。凛は那覇市内で沖縄にしかない食材を買い漁っているとのこと

 

「思いがけず『任務ではない旅行』になりましたね」

 

「これはノーカウントで良いんじゃない?」

 

「何が『ノーカウント』何ですか?」

 

苦笑交じりで会話する二人に、ほのかがすかさず不思議そうに問いかけた。

 

「今回の沖縄旅行は仕事だったから、次回は仕事抜きで旅行しようと話をしていたんだ」

 

「良いですね! その時はまたご一緒しても宜しいですか?」

 

「そうだな。次はエリカたちも誘って、みんなで来るのも悪くない」

 

「そうだね、どうせならみんなで夏に来て遊びたいね」

 

しみじみと呟いた達也と弘樹に、深雪とほのかもそう考えていた

 

「ところで達也さんたちは、何時までこっちにいられるの?」

 

「明日か明後日には戻らなければと思っているのだけど」

 

「あんまり余裕、無いんだね」

 

「最悪、凛のジェットに乗せて貰えば良い。あいつは明日に戻るらしいからな」

 

達也の暴論に雫含め弘樹も若干引いていた。

 

「本当は今日の便で戻る予定だったの。これでも余裕が出来たのよ」

 

「ふーん・・・」

 

「そろそろ入学式の打ち合わせもしなければならないし」

 

「そっか。今年の総代は、また女の子なんだよね?」

 

「そうよ」

 

「十師族なんだっけ」

 

「ええ。三矢詩奈さん。三矢家の末のお嬢さんよ。まだお会いした事は無いのだけど」

 

「そうなんだ。だったら尚更、余りゆっくりはしてられないね」

 

「そうね。残念だけど」

 

深雪がそういった時、彼女自身だけではなくほのかも気落ちした顔をしていた。ほのかも生徒会役員なのだから、入学式の準備に取り掛かる必要があるのは、彼女も同じだからだった。

 

「・・・とにかく、こっちにいる間はのんびりしましょう! 海は少し早いですけど、私たちが泊まっているホテルのプールで泳ぎませんか? 結構広いんですよ!」

 

気を取り直したほのかが、達也に迫っている。深雪は弘樹の隣にいるおかげで特に凍るような事はなく、雫は凛特性のジュースが飲めなかったことに少しガッカリしていた




この時初めて知ったけど。沖縄の加工前の紅芋は国内外に持ち出せないんですって


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ジャスの真相

3月30日

 

久米島沖人工島襲撃未遂事件の翌々日、真夜は都心近くの高級住宅街を訪れていた。見た目は古く大きな一軒家。しかしその実態は最新式の警備装置と幾重にも重ね掛けされた古式魔法の防衛陣地に守られた、一種の要塞だ。家の主は東道青波。青波入道閣下とも呼ばれる老人で、日本の政財界の奥深くに巣くう黒幕の一人であり、旧第四研の真のオーナーで、四葉のスポンサーでもある。東道老人が真夜を呼びつけるのは余程の重要案件がある場合のみなので、真夜と東道老人はお決まりの挨拶を交わした後、さっそく本題に入った。

 

「一昨日の久米島の件、ご苦労だった」

 

「恐れ入ります」

 

「その際、オーストラリア軍の魔法師を捕虜に取っているな」

 

「はい。一人は平凡な魔法師ですが、もう一人はなかなか興味深いサンプルのようです」

 

真夜の言葉に、東道老人は「そうだろう」と言わんばかりに頷く。

 

「お前たちが興味を抱くのは当然だ。だが、その者を決して四葉の懐に入れてはならない」

 

「あら・・・もしかして、罠でございますか? 人間爆弾のような」

 

「爆弾よりも質が悪い。その女は『耳』だ」

 

東道老人の言い方は抽象的なものだったが、真夜は「耳」を諜報系の特殊能力者の事だと正確に理解した。

 

「かしこまりました。佐伯閣下には、その者を早急に処分するよう忠告致しましょう」

 

真夜は東道老人の言葉を疑わなかった。どうやってそれを知ったのかとも尋ねなかった。四葉家は旧第四研だけで開発された一族ではなく、第四研設立以前から、その前身となる組織で交配が進められていた。そして東道老人の手許にはまだ、四葉家に「血」を提供した家系の者が残っているのだ。

 

東道老人の命令に、真夜は心が篭っていない笑顔で頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄から戻った凛は家で久々に占いをすると興味深い結果が出た。達也達はもう一泊してから戻るとの事

 

「ほほう、今年から世界が動く予想か・・・」

 

「どう言うことです?」

 

「そのままの意味よ、今年は厄災の年かも知れないし、そうなじゃないかも知れない。だけど一つ言えることは今年から世界は大きな変革を迎えるってことよ」

 

「姉さんがそう言うならこれから大変ですね」

 

「だけどまず問題なのは国防軍を辞めることだよ」

 

そう言って凛は占い道具を片付けながらそう言った

 

「それもそうですね。僕はそのまま残るので良いとして、姉さんはどうするんですか?確実に監視の目が入りますよ」

 

「それもちゃんと考えてある。ま、最悪夢の王国に逃げるさ。あそこなら誰も来れないから」

 

「それもそうですね。じゃあ僕も大学を卒業したら深雪と一緒に世界旅行に行こうかな」

 

「私が連れ出した時みたいに?」

 

「ええ、あの時は本当に色々な経験をしましたからね」

 

そう言って弘樹は懐かしみながらグラスを磨いていた

 

「せめて深雪には楽しい時間を過ごしてほしいものです」

 

「なんだ。アルプススキー越境はしないのかい」

 

「あんな危ないこと深雪にはさせられませんよ」

 

弘樹は凛を軽く睨みながら呟いた。凛が弘樹を使徒達に紹介するために行った世界旅行。その時、スイスからイタリアに移動する時にスキーで移動するという無謀極まりない行動に出ていた。そんな苦い思い出を思い出していると凛は弘樹に言った

 

「そっかー、深雪じゃああれは危ないか」

 

「そうですよ。深雪には空からの景色だけで十分です」

 

そう言って弘樹は半分呆れながら話していた。数年後、実際に世界旅行に向かった時にその話をすると深雪が弘樹に是非ともスキー滑走がしたいと言って弘樹が非常に困ったのはまだ知らない話だった・・・

 

「さて、そろそろ行こうかな」

 

「ああ、そういえばもう時間ですか」

 

「ええ、今から行ってくるわね」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

そう言って弘樹は凛を見送ると部屋にあった香水の交換を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

凛が向かったのは都内にあるマンションで凛が東京に持っているマンションのうちの一つだった。マンションに着くと入り口に見知った人物がいたのだった

 

「エリカ〜っ!」

 

「あ、来た来た。凛〜!」

 

そう言ってマンションの前にはエリカが立っていた。なぜ彼女かここにいるのかと言うとエリカが凛に相談して凛の所有するマンションの一室を格安で借りていたのだった

 

「引っ越しは終わったのね」

 

「荷物はあまり持っていなかったからね。簡単に出来たわよ」

 

そう言ってエリカは凛に感謝していた。凛がエリカにマンションは最初から家具が置かれている為、簡単に引っ越しができていた

 

「それじゃあ、これから宜しくねエリカ」

 

「ええ、宜しく大家さん」

 

そう言ってエリカは凛を部屋に通した

 

「うんうん、大丈夫そうだね」

 

「ええ、凛の紹介もあるけど。色々と助かっているわ」

 

そう言って入った部屋には最低限の家具にベット。さらに勉強机や本棚も置かれていた。置かれている家具から分かるようにこの部屋は遠出してきた学生の為に作ったマンションで、駅からもアクセスしやすい好立地物件だった

 

「こんな良い部屋があんな値段で借りられるなんて。さすが大家さんだね」

 

「まあ、ここはマンションの中でも一番日当たりが悪いんだけどね」

 

そう言って凛はエリカと軽く世間話をすると部屋を後にした




次回からはまた幕間に入ります。時系列的には凛が旧第九研究所を破壊した後あたりからだと思います

(どうしよう。全然三年生の・・・主にパラサイト関連が全然思いつかない!!)


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幕間Ⅲ
弟の謝罪


今回から数話は幕間で投稿主の思いついた話を書きます

今回は健と凛の話です


旧第九研の事件から数ヶ月後。マンションでゆっくりしていた凛は元造から連絡があった

 

「どうした。何か用かい?」

 

『ああ、お前に会いたいと言う奴が電話してきたんだ』

 

「烈じゃないだろうな・・・」

 

『いやいや、相手は弟の健だ。どうやら兄の暴挙の謝罪をさせてほしいと』

 

「・・・分かった。取り敢えず、直接会いたい。場所は後で送っておくから伝えてくれ」

 

『分かった。健にもそう伝えておく』

 

そう言って通信は切れた

 

「・・・ね、姉様?」

 

「大丈夫よ弘樹。健は烈とは違うのは知っているから」

 

そう言って凛は元造にメールで日時と場所を指定すると取り敢えずベッドで横になっていた

 

 

 

 

 

 

そして迎えた当日、凛は予定の時間より早めに指定したレストランで待っているとそこに1人の人物がやってきた。それは見た目は烈に似ているが、烈とは違った雰囲気を纏った人物だった

 

「遅れて申し訳ありません」

 

「いえいえ、私も今来たばかりですので。さ、どうぞ健殿。お食事を用意しましたので」

 

「恐れ入ります」

 

健は本来会うことすら難しいだろうと思っていた為に、今回の申し出に拙僧なことが内ないよう細心の注意を払っていた。だが、凛の発言でそれは行き過ぎだと感じた

 

「そう、気遣わなくて大丈夫ですよ。私は九島烈個人に怒っているだけであって九島家に怒りを持っているわけではありませんので」

 

「そうですか・・・実は言うと今日は兄の一件で謝罪をしようと思っていたのですが・・・」

 

そう言って健は思わず今回の要件を話してしまった。健は何故だか凛を見ていると全て話せてしまいそうな雰囲気になっていた。だが、烈のようにしつこく手紙を送ったりなどのストーカー行為に出る様な程ではなかった。そんな事を思っていると凛が軽く微笑んだ

 

「ふふっ、別に貴方がわざわざ来なくても良かったのではありませんので?」

 

「・・・そうかも知れません。ですが、兄が迷惑をかけたのは事実です。その事を含めて謝罪を申し上げたいと思い、今日ここに参上いたしました」

 

そう言って健は頭を下げた。凛は健の表情からそれは真剣なものだと確信をしていた。だが、問題を起こした烈本人ではなく、弟が謝罪に来た事に九島家の方針に甚だ呆れていた

 

「・・・貴方が何を思ってここに来たのかは理解出来ました。ですが、健殿。私は九島烈の謝罪が欲しい所です。貴方が身代わりとなって謝罪をするのは間違っていますよ」

 

そう言うと健は言い返すことができずに黙り込んでしまった

 

「・・・ぐうの音も出ません。なんともお恥ずかしいことです」

 

そう言うと凛は健に言った

 

「健殿は背負いすぎなのです。少しくらいわがままを言っても問題ないと思いますよ」

 

「いやはや、全てお見通しということですか」

 

そう言って健は頭を軽く掻くとこうさんのポーズをしていた。凛は少し微笑むと健に言った

 

「いえいえ、あなたにはなかなか面白そうな思想をお持ちのことで。少し興味が湧いただけです」

 

「そう言っていただけるとは、感謝の極みです」

 

そう言うと凛と健はお互いに笑っていた

 

「いやー、烈の弟がこんなに律儀だとは思わなかった」

 

「私も、兄から話に聞いていたより面白い人だと思いましたよ」

 

「アイツからは変なことしか聞いていないだろう」

 

そう言って二人は面白そうに話していた。これを機に健を気に入った凛は時折、健を呼び出しては魔法師の在り方などを話し合う仲となっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健と知り合ってからというもの。凛はちょくちょく健と意見交換をしていた、そんな事を繰り返していたある日。健は凛に衝撃の事を伝えた

 

「アメリカに?」

 

「ええ、今度からアメリカに行くことになりました。まぁ、分かりやすくいえば追放みたいなものですね」

 

「やっぱり、健の考えはやっぱり反感を買ったか・・・まぁ、困ったらなんか言ってくれ。向こうでも手助けはできると思うから」

 

「感謝します。私も貴方のご助力には感謝してもらっています」

 

「いやいや、うちも健の事は気に入っていたからね」

 

そう言うと健は凛に感謝していた。凛も健の考えには賛同でき、それに烈よりも遥かに良い人材だと思っていた為に日本から出て行ってしまうのが惜しい存在でもあった

 

「ま、今度私も旅行でアメリカに行くと思うから。その時は宜しくね」

 

「ええ、向こうでお待ちしています」

 

そう言って凛は健を見送ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数年後、凛と弘樹がUSNAにある小さな町に向かうとそこで健が出迎えた

 

「久しぶり健。元気にしてた?」

 

「ええ、貴方の協力者のおかげで不自由なく過ごせています。本当に感謝しか出ませんよ。さ、どうぞ。弘樹殿も中でお茶でもどうですか」

 

「ありがとうございます。健さん」

 

そう言って久々に再開した二人は話に花を咲かせていると凛が健に早速聞いていた

 

「聞いたよ健。もうすぐ結婚するんだって?」

 

「ええ・・・まぁ、監視も含めてのことでしょうけどね」

 

「大丈夫よ。健の情報は絶対漏れない様にしておいてあるから。安心しなさい」

 

「貴方に言われると安心できますな」

 

そう言うと凛はお茶を飲みながら想像していた

 

「しかし、健が子供を産んだら。孫もできて・・・ふふっ、想像するのが楽しいわね」

 

「そうですか?」

 

「ええ、とても。もし子供が産まれたら教えてね」

 

「まだ、結婚すらしていないのですが・・・」

 

「どうせ作る事になるわよ。あ、後孫ができたらきっと健に似て賢いんだろうなぁ」

 

「私はそこまで賢くはありませんよ」

 

「そう謙遜するなってかえって嫌味に聞こえる」

 

そう言って二人が笑っていると凛がとんでもない事を言った

 

「もし孫ができたらシルバーの孫と婚約させようそうしよう」

 

「何でいきなりそんなことになりんですか・・・」

 

「だって、遺伝的に孫の方が似るってよく言うだろう?」

 

「それはそうですが・・・」

 

そう言って健は半分呆れながら呟いていた

 

「ま、これには別の意味もあるけどね」

 

「どんなのです?」

 

「簡単な話よ、孫が出来る頃には貴方はもう歳でしょう?そうなればUSNA政府から子供を守りづらくなる。USNAにその子が使われない様に保護する意味合いもあるのよ」

 

「成程・・・そう言うことでしたか。それだったら私も安心できますね」

 

こうして凛と健の間で孫の代はシルバー家に嫁ぐことが決まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そんなこともあったねぇ〜」

 

「ええ、あの時が懐かしいです」

 

それから数十年後。久々にアルバムを開いていた凛が懐かしむ様にそう呟いていた。隣では弘樹が別のアルバムを開いて整理をしていた

 

「しかし、健の孫があんなにポンコツとは思わなかったなぁ」

 

「それは・・・言えていますね。健さんのお孫さんだから聡明な方だと思っていたんですがね・・・」

 

「彼女に振り回されるジョン君が可哀想に思えてくるよ」

 

そう言って凛はパラサイト事件の時に出会ったリーナのとこを思い出しながらそう呟いた

 

「・・・ま、結果としてあの子は守ることが出来たのかな?」

 

「軍には入れられてしまいまいしたが。彼女が不当に扱われる様なことは無いと思いますよ」

 

「ジョン君が隣に行く限りは。流石に政府も手出しはできないか」

 

「ローズ殿を怒らせるわけにはいかないですからね」

 

「流石にUSNA政府も彼には頭が上がらない・・・か。それもそうか、あの国はまだ戦時国債です返しきれていないからな」

 

「それに、研究をする為の資金をさらに借り入れていますからね。頭は上がらないでしょう」

 

弘樹が少し悪い笑みを浮かべると凛は少し笑っていた

 

「それにリーナはシルバー家にとっては家族同然だ。それだけでも政府は手出しができないな」

 

「ええ、健さんとの約束はほぼ守られましたね」

 

「ああ、だがその少しの部分を解消しなければいけないわね」

 

「そうですね」

 

そう言って凛と弘樹は片付けを開始した



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キャンプ

幕間第二話。今回は深雪と凛の二人キャンプの話です

かなり雑です


時は戻って深雪達が一高に入学する前の夏休み。この日、達也と弘樹はFLTに篭って研究をすると言うことで深雪は凛のマンションに泊まりに来ていた

 

「凛、深雪の事を頼んだぞ」

 

「任せな、ちゃんと見ておくわよ」

 

そう言って達也はマンションに来ると弘樹を迎え、FLTに向かって行った

 

 

 

 

 

 

達也達が出て行った後、マンションで二人きりとなった時。凛と深雪は顔を見合わせるとお互いに笑みを浮かべた

 

「・・・よし,行ったわね」

 

「そうね、いよいよね」

 

「それじゃあ準備しようか」

 

「ええ、そうね」

 

そう言って二人は部屋の隅にある荷物を車に乗せていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは夏休みが始まる前、久々に二人きりで街に出た凛が深雪に提案をした

 

「キャンプに行く?」

 

「そうそう。どうかなって思って」

 

そう言って凛はカフェで凛に疑問を投げかけた

 

「でも、難しく無いの?」

 

「今は簡単にテント張れるのとかあるから私たちでも十分できるわよ」

 

そう言って凛は携帯からテントの写真を出すと深雪は悩んでいた

 

「でも、キャンプに行くとなればお兄様も呼ばないといけないですし・・・」

 

「いやいや、今回は私達だけで行こうよ」

 

「え!?でも、お兄様が心配になるのでは?」

 

「大丈夫よ。達也の事だから呼んだらすぐに来るって・・・まぁ、その時は私がボコボコにされそうだけど・・・」

 

そう言って凛は深雪にキャンプに行く事を勧めた。深雪もキャンプはしたことが無かったので少し興味はあったがやはり心配な部分があり、少し乗り気では無かった

 

「でも、二人きりで行くのも意外と面白くなりそうだけどね」

 

「それはそうだけど・・・」

 

そう言って深雪はどうしようか悩んでいたが。結局、二人でキャンプに行く事になった

 

「じゃあ、行く場所とか考えないとね」

 

「そうね、どうせなら見たことない様な場所に行ってみたいわね」

 

「じゃあ手近な所で富士山とか?」

 

「行ってみたいわね」

 

二人は携帯を見ながらどこに行こうか話していた

 

「キャンプに必要な用具はほとんどあるから。深雪は服とか持ってくれば良いよ」

 

「そうなの?」

 

「うん、弘樹と行っていたしね。あ、良いキャンプ場あるからそこにしない?こんな景色なんだけど」

 

そう言って凛は携帯から画面を見せると深雪もその景色に行きたいと言い。時期は夏休みに達也達がFLTでいない時など色々と予定が組まれ、弘樹には達也を丸めて押さえて欲しいと言うと準備は大方終わった

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた当日、荷物を積んだ凛と深雪の二人は行き先を設定すると車を走らせた

 

「楽しみね深雪」

 

「そうね、凛と二人きりで泊まるは初めてね」

 

深雪自身、凛のおかげで色々な経験をしていた。時に凛が達也によって叱られている事もあるが楽しい経験ばかりなので文句も無かった。そんな事を思っていると凛がバックからゴソゴソと何かを取り出していた

 

「あ、そうだった。ちょっとこれ食べてくれない?」

 

そう言って凛が取り出したのは袋に丁寧に入ったクッキーだった

 

「これは?」

 

「試しに作ったバナナクッキー。弘樹じゃ全部美味しいしか言わないから試して欲しいんだ」

 

「ありがとう」

 

そう言って深雪は一口入れると驚きの声を出した

 

「っ!?美味しいわ」

 

「そう?それなら良かった。良かったら食べて。まだ一杯あるから」

 

そう言って凛はカバンの中から更に他のお菓子を取り出していた

 

「わぁ!こんなに良いの?」

 

「ええ、私一人じゃ勿体無いと思ったからね」

 

「今度作り方を教えてもらっても良い?」

 

「ええ、もちろん」

 

そう言って二人はキャンプ場に着くまでずっとお菓子の話で盛り上がっていた

 

 

 

 

 

 

「着いた〜!」

 

「思ったより時間がかからなかったわね」

 

「混んでなかったしね」

 

そう言って予定より早く着いたことに深雪は少し驚くと凛が受付をしに行き。受付を済ませるとキャンプ場に車を停めた

 

「さ、まずはテントから立てようか」

 

「そうね、じゃあまずは・・・」

 

そう言って二人はテントの設営に入った。凛は初めはキャンピングカーを借りて来ようかと言っていたが、深雪がどうせならテントに泊まりたいと言うことで普通の車で来ることになった

 

「深雪、そっちそのまま持って」

 

「分かったわ」

 

「はいはいオッケーそのまま・・・はい、置いて」

 

「ふぅ、出来たわね」

 

「ええ、何とかね」

 

そう言って二人が寝泊まりするテントが出来たことに達成感が出来た。すると凛が時計を見て驚いていた

 

「あら。もうこんな時間なのね」

 

そう言って深雪も時間を見ると夕飯の時間だった

 

「じゃあ、もう作っちゃいますか」

 

「そうね」

 

「じゃあ深雪は材料を持ってきて。私は火の準備をするから」

 

「分かったわ」

 

そう言って深雪は車から袋に入った食材を持ってくると凛がフォノンメーザーで木に火をつけていた。凛の魔法の使い方には深雪も学ぶことがあり、度々使い方を真似することもあった。凛曰く魔法は使い方によって変わるものらしい

 

「凛、持ってきたわよ」

 

「ありがとう。こっちは火が付いたばかりだからそこら辺に置いておいて」

 

深雪は凛に食材を渡すとテントの中に入った。テントは思ったよりも広く、中にはランタンと二つの寝袋が入っていた

 

「意外と広いのね」

 

そう言って深雪はランタンを見ながらそう言った。初めてのキャンプに楽しいを感じていると凛から呼ぶ声が聞こえ、外に戻ると凛が焚いた焚き火の上に鍋が置かれ、その中では野菜スープがぐつぐつと音を立てて置いてあった

 

「さ、出来たよ。今日の夕食、簡単だけど栄養は十分よ」

 

「そうなの?あ、ありがとう」

 

そう言ってカップに入れられたスープを飲むとちょうどそこに花火が上がっていた

 

「「わぁ〜!!」」

 

二人は打ち上がった花火に見惚れていると二人はいつの間にか笑っていた

 

「ふふっ」

 

「あはは」

 

「綺麗ね」

 

「そうね、綺麗な花火だわ」

 

そうして二人は花火が打ち上がる姿をずっと眺めていた。後日、深雪を連れ出した事を達也に凛は叱られていた



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後悔

今回で幕間は終わると思います(多分・・・)

今回は凛が四葉の復讐劇の時にどんな事をしていたのかを書きました


ここはヨーロッパのオーストリアとイタリア国境の道。その道の傍ではある一台の車が停まっていた。この時代では滅多に使われない車での越境。その為、周りに車の姿は見えなかった

 

「ん〜、やっとここまで来たわね〜」

 

そう言って車から降りたのは神木凛であった。すると後ろから弘樹の声が聞こえた

 

「姉さん。あと少しでイタリアだよ。この先が国境だってさ」

 

「分かったわ。すぐに行きましょう」

 

そう言って凛は車に乗り込むと車は走り出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして凛達がここにいるのか。事の発端は二年ほど前の事、マンションに引っ越し。健もアメリカに行ってしまい、暇になっていた頃。凛が弘樹に言った

 

「そろそろ、弘樹を紹介に海外に行こうかな」

 

初めは弘樹はいつもの突拍子もない考えだろうと思い、話半分に聞いていたがそれが本気だと分かると驚きの声をあわらした

 

「え!?本気で行くんですか姉様」

 

「ええ、映像よりも直接紹介したほうがいいしね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり過ぎますし。大体、私たちのいない間このマンションとかはどうするんですか!?」

 

そう言って弘樹は驚くと凛は答えた

 

「どうするって、ここはノース銀行の社宅にして管理を丸投げすれば良い」

 

「帰ってきた時はどうするんですか・・・」

 

「大丈夫よ、この部屋を貸さない様にすれば良い」

 

そう言って凛は早速準備を始めており、弘樹はため息を吐いていた。そんな事があり、凛達は世界巡行の為に準備を始めるのだった

 

 

 

 

 

 

そして世界巡行の準備が進んでいる中、凛は何か思い出した様に呟いた

 

「あ、そう言えば元造のやつ元気にしてるかな」

 

「ああ、そう言えば最近は連絡をしていませんでしたね」

 

「今度久々に連絡をしてみるか。もう何年経ったかな、あの時から」

 

「十年くらいでしょうか。あのお二人が生まれて以来ですものね」

 

そう言って弘樹は懐かしそうに呟いた。凛は早速携帯を開くと元造にメールを送った。すると数時間後に返事が返ってきて翌日に二人は会うこととなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいな。あいつから連絡とは・・・」

 

久々に連絡があった時は心底驚いた。そして俺はすぐに返事をした。久々の友人からのお誘いに俺はすぐにメールに返事をすると明日の夜に落ち合うこととなった。すると隣にいた娘の深夜が聞いていた

 

「お父様、どうしたのですか?そんなに嬉しそうな表情をされて」

 

「ん?ああ、久々に懐かしい友人から連絡があってな。すまない、明日の夜は用事ができた」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、すまないね」

 

「大丈夫です。ところで、その友人とは誰なのですか?」

 

「ああ。昔知り合った友人さ。今度紹介してあげるよ。お前のことは生まれた時から知っているからな。さ、明日も早いぞ。今日はもう寝なさい」

 

そう言うと元造は深夜の頭を撫でて寝室へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、元造は待ち合わせをしたバーに行くとそこでは既に見知った顔が座っていた。十年経っても一切変わらない顔に元造は懐かしさを覚えた

 

「よ、元気していたかい?凛」

 

「ええ、久しぶりね。元造」

 

そう言って凛の隣に元造は座った。すると二人は十年ぶりの再会に乾杯をした

 

「じゃあ十年ぶりの再会に乾杯」

 

「ああ、乾杯」

 

そう言って二人がカクテルを飲み干すと話に花を咲かせていた

 

「しかし珍しいな。お前から誘うとは」

 

「いやいや、久々に顔を見たくなっただけよ」

 

「そうか・・・しかし、こうして久々に会えてくれしいよ」

 

「そっちこそ。十年経っていると言うのに衰えが感じないわよ」

 

「歳をとらんお前にだけは言われたくないがな」

 

「ははっ、それは言えてる」

 

そう言って二人は笑っていると凛が本題を話し始めた

 

「まぁ、今日呼んだのは久々に会いたかったってのもあるけど。一番は私達がしばらく日本に帰らなくなるから。顔を見ときたかったってのがあるかね」

 

「日本から?」

 

「ええ、日本から」

 

凛の言葉に元造は少し驚くと再びカクテルを飲み始めた

 

「そうか・・・寂しくなるな」

 

「そうね・・・でもすぐに戻ってくるわよ」

 

そう言って凛は元造に言った。そして、凛が日本に戻ってきたのは二十年も後のことだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、元造が凛にある手紙を渡した

 

「凛、これを預かってくれないか」

 

「これは?」

 

「俺からあの二人用の手紙だ」

 

「なんでまたそんな物を?あの子達は私の顔を覚えていないでしょう?」

 

「ああ、だが。それでも渡しておく。もし俺に何かあったらこれを送っておいてくれ。泰夜は居なくなってしまった・・・俺に何かあれば彼女達を正しい道に直せるのはお前しか居ない」

 

「そうか?私には、お前は老衰か病死しかしない気がするな」

 

「分からんさ。意外とすぐに死ぬかもしれんぞ」

 

「少なくともそれはないんじゃないか?」

 

そう言って二人はバーを出ると凛は元造に向き合った

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ、俺はいつでも待っているさ。その時は、うちに遊びに来いよ」

 

「ああ」

 

そう言って凛は雨の降る中、傘をさして別れを言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、彼女と元造の最期の会話になるとも思わずに・・・・・・




案の定一回じゃ終わらなかったので二回に分割しました。私は平均2000字程度で書いているのですが、皆さんはどのくらいが合っていますか?良ければ教えてください


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後悔2

今回で本当に終わりです。次回から動乱の序章編始まります。

(と言っても孤立編から先はまだ未定。それなのにそこをすっ飛ばして一気にサクリファイス編と卒業編を先に書くと言う暴挙。思い付いたところから書いてしまう投稿主の悪いくせ)


元造とバーで落ち合った一週間後。凛達の姿は関西国際空港にあった(羽田空港は破壊されて使用不能になっていた)

 

「さ、いよいよね」

 

「ええ、行きましょうか」

 

そう言って凛達はパスポートを持って航空機に搭乗した。航空機の行き先はロサンゼルス。日本から今でも出ている数少ない国際線で凛達の予定はまずはUSNAに向かい、その次にブラジル、アフリカ、ヨーロッパ、新ソ連、中東、インド、大亜連合の順番で向かう予定となっていた

 

「さ、まずはアメリカからだ。何年ぶりだろうね」

 

そう言って弘樹と共に世界巡行を行なっていた。最初についたアメリカでは弘樹に射撃を叩き込む為に毎日のように射撃場で銃を撃たせて感覚を掴ませ、ブラジルでは船舶や航空機にヘリコプターの操縦を教え、現在ヨーロッパの街並みを堪能していた

 

「いやはや、まさか自分がこんなことやらされるとは思っていませんでした」

 

「良いじゃないか。お陰で君に飛行機の操縦の才能があったんだから」

 

「あまり喜べることではないですけどね」

 

そう言って弘樹はため息を吐いていた。すると車のナビが国境を越え、イタリアに入ったと伝えた

 

「お、イタリアに入ったか」

 

「その様ですね。それで、このままヴェネツィアに行くので良いんですか?」

 

「ええ、そのまま向かって頂戴」

 

「分かりました」

 

そう言って弘樹は車を走らせる事数時間、二人はメストレに到着した

 

「メストレ到着〜」

 

「ここからは列車で行きますよ姉様」

 

「もう、姉さんでいいのに」

 

「いや、つい癖で。なかなか治らないんですよ」

 

「ま、取り敢えず列車に乗りましょう。もうすぐ出るはずだから」

 

そう言って凛はヴェネツィア・メストレ駅に向かうとヴェネツィア行きの列車に乗り込み水の都ヴェネツィアに到着した

 

「やっぱり、良いわね。この景色」

 

そう言って凛はヴェネツィアの光景に懐かしんでいた。最も彼女が前回ヴェネツィアに来たのは何百年も前だったが・・・すると弘樹がカプチーノを持ってやって来た

 

「姉さん。カプチーノを持って来ましたよ」

 

「ええ、ありがとう」

 

そう言って弘樹がカプチーノの入ったカップを机に置くと弘樹はタブレットの画面を見てニュースを見ていた。すると衝撃を受けた様な表情となり慌てた様子で凛にニュース画面を見せた

 

「ね・・・姉さん!」

 

「どうした弘樹」

 

弘樹の表情から何があったのだろうか。そう思いながら記事を見るとそこには衝撃の事が書かれていた

 

『大漢で大規模テロが発生した模様。殺戮を行ったのは日本の四葉家か!?』

 

このニュースを見てからの凛達の行動は早かった。初めに瞬間移動で大漢に移動すると凛は後始末の消防隊になりすまして元造の事を探した

 

『元造!どこに居るの。無事でいて・・・』

 

そう願いながら凛は瓦礫の山と化した大漢の街を歩き回っていた

 

何日も、何日も。街を歩いては瓦礫を掻き分けて元造の事を探した。例え遺体となっていても、遺体さえあれば生き返らせることはできるからだ。

 

『元造・・・元造!」

 

心の声が漏れているのも気付かずに凛は元造の体を探していた

 

だが現実は非情だった。元造の想子を辿って最後に辿り着いたのは崑崙法院本部の()()()場所だった。その場所は大漢の中でも一番被害が大きく、崑崙法院のあった場所には大きなクレーターが残っているだけだった。

 

「あ・・・あ・・・ああ・・・」

 

クレーターを見た凛は力無く倒れた。後ろで凛の手伝いをしていた弘樹が咄嗟に凛を抱えると凛はただ呆然としていた

 

「姉様!姉様!姉さん!」

 

弘樹は呆然として心ここに在らずとなっている凛に声をかけるが凛は静かに涙を流し、空を見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからと言うもの、凛は現世に興味を持たなくなり、ずっと夢の王国で過ごす日々を過ごしていた。弘樹はその様子から現実逃避をしている様に見える凛を見て無理矢理現世に連れて行き現世に興味を持たせる様にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くしてようやく現世に興味が湧いていた頃に出会ったのが達也達だった。それからの凛は劇的に変わっていた。

 

現世で生活する意味を見出し、達也達と交流をする事で元造がいた頃の様に毎日が楽しい日々となっていた。その様子を見て弘樹は安心した様子を見せていた。元造がいなくなった事による喪失感を弘樹は埋めることが出来なかった。だが、その代わりを達也達がしてくれた。弘樹はその事もあって達也には感謝をしていた。

 

達也が元造に似ているから凛の心を埋める事ができた。そんな部分があるのも否めない。だがそれでも、凛を楽しませてくれているあの兄妹は弘樹にとって必要不可欠な存在だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時のことを今思えば、私もまだまだ幼稚だったのかもしれないわね。人は交流を深めるほど、失った時の代償も大きくする。私はその代償のことをすっかり忘れていた」

 

「いえ、僕も同じ状況だったらおそらく同じ様な事になっていたでしょう。あの時、姉さんが絶望したのはそれだけその人のことを大事に思っていた証拠だと思います」

 

「弘樹がそう言うなら。そうなのでしょうね」

 

「はいこれ。あの時飲めなかったカプチーノ」

 

「ありがとう」

 

そう言って弘樹はカプチーノの入ったカップを凛に渡すと懐かしそうに見ていた

 

「あの時の私は『どうして私を頼ってくれなかったんだろう』、『どうして私に言ってくれなかったんだろう』そんな事で頭が一杯だったのでしょうね」

 

「おそらく元造さんも。これは四葉家の私怨だから。姉さんには関わってほしくなかったのでしょうね。姉さんが関わると自分達の復讐相手を全て消し炭にしてしまうでしょうから・・・」

 

「あはは・・・それは、そうかも知れないわね」

 

そう言って凛は苦笑しながら返事をした。そして凛はカプチーノを飲みながら呟いた

 

「だけど、もうあんな事にはしたくない。私は、もう元造の様な悲劇は繰り返したくない。その為なら私は例え世界が敵となろうとも、戦うでしょうね」

 

「その時は私もお供いたします」

 

「ふふっ、ありがとう弘樹」

 

そう言って凛は空に浮かぶ満月の月を見ながら言った



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動乱の序章編
揺れ始める世界情勢


今回から3年生の部ですが。凛達は動乱の序章編、孤立編辺りまでは出番が少ないかもしれません


4月1日

 

今日から三年生となるこの日、凛は朝早くから険しい表情をしていた。その理由は画面に写っているニュースだった

 

「冗談ならよかったんだがな・・・・」

 

そう言ってニュースに写っていたのはブラジルで『シンクロライナー・フュージョン』が使われ、死者が1000人以上というものだった

 

「ええ、さっきの魔法兆候からまず間違い無いかと。それに、死者はおそらく1万人を超える可能性があるのでは?」

 

「TNT換算では・・・恐ろしい事になりそうだな」

 

「ですね、考えたくもないです」

 

そう言って凛がテレビの電源を切ると二人はマンションを後にした

 

「さ、今日は新入生との顔合わせ。私は部活連本部にいると思うから、遊びにきてね」

 

「ええ、暇があれば遊びに行きます」

 

そう言って二人は制服に着替えるといつもの通学路を歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が学校に着くとそこに雫が声をかけた

 

「おはよう雫。聞いたよほのかが風邪ひいたって。やっぱ無茶したんだね」

 

「うん、でも凛が持って来てくれた風邪薬で体調は良くなっている」

 

そう言って雫は凛に感謝していた。すると凛はさっさと次の話題に話を変えていた

 

「今年の総代は女子なんだよね?」

 

「そう。十師族・三矢家の末のお嬢さんで三矢詩奈さん。凛も一応は聞いてるんじゃないの?」

 

「聞いてるけど、もう一度確認しておこうと思って。その子は生徒会に勧誘するんだろうね」

 

「うん、おそらく。去年は断られていたけど。今年はそんな心配はないと思う」

 

「言っておくけど。良い人材は私がもらうわよ。私が楽をするためにね」

 

「よく言うね。ほとんどの仕事を自分でやるくせに」

 

凛が冗談めかして雫に待ってほしいと告げると、雫は微かに笑みを浮かべながらそう返した。

 

「じゃあ私は部活連本部にいるから。遊びにきてね」

 

「うん、時間ができたら」

 

そう言って凛は部活連本部へ、弘樹は風紀委員会へそれぞれ足を運んだ

 

 

 

 

 

 

 

部活連本部へ着くとそこに一人の友人が座っていた

 

「よ、エリカも珍しく来てたんだ」

 

「ええ、暇だったしね」

 

そう言ってエリカはソファーに座った。部活連の彼女だが、彼女の分の仕事までも凛がやってしまう為に、エリカは部活連では暇をする事となり,あまり本部には来ないのだ。レオも同じ理由で部活連の本部にはあまり来ておらず、この部屋は琢磨と凛がよく使う部屋となっていた

 

「しかし、寿和さんの婚約。おめでとう」

 

「ええ、あのバカ兄貴が婚約だなんて思って見なかったけどね」

 

そう言ってエリカは手をヒラヒラさせると堂々とソファーに座った。そう、寿和と藤林は先月末に婚約を果たしていた。お互いに思っている節があり、見事にゴールインを果たしていた

 

「あはは、相変わらずキツイ言い方だ」

 

「だって、あのバカ兄貴があんな良い人と婚約するなんて思わないじゃないの」

 

「うーん、あまり寿和さんの事を知らないから言えないけど。好きな人と婚約できたからそれはそれで良いんじゃない?」

 

「そうれはそうかもだけど・・・」

 

そう言って二人は話しながら二人はタブレットを開いて通信型の対戦ゲームで遊び始めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻って三矢詩奈と深雪が生徒会室でお互いに挨拶し、詩奈が持ってきたパンケーキと食べた時のことだった。深雪がパンケーキサンドを美味しそうに食べると深雪がふと口にしていた

 

「美味しい、これなら凛に紹介できるわね」

 

「凛?もしかしてあの神木凛ですか?」

 

「ええ、今部活連本部にいるでしょうから。ついでに紹介にいきましょうか」

 

「は、はい!」

 

そう言って詩奈は少し緊張していた。神木家はこの前の師族会議の時に初めて情報が公開された古式魔法師の家で四葉家に魔法を提供していた事でも有名な家だった。だが、使っている魔法もほとんど公開されず、四葉家以上に謎に包まれた家としても有名となっていた。そんな人物ともなれば一体どんな人なのかが気になった。そんな事を思っていると深雪達は部活連本部の前に着き、ノックをするが返事はせず。代わりに中で何かをしている様な声が聞こえ、深雪が痺れを切らして持っていたIDカードでロックを開けるとそこでは黒髪の女性と、赤髪の女性がタブレットを触ってはオンライン対戦型のゲームで遊んでいた。その様子に唖然としていると深雪が二人の間にあったテーブルを思い切り殴っていた

 

バァンッ!!

 

いきなり殴った事に二人は驚愕し、そして深雪の()()笑みにそっとタブレットをしまっていた

 

「何してたのかしら?」

 

「「いえ、何でもございません閣下!」」

 

そう言って二人は深雪を目の前に背をピンと張ると深雪は詩奈を紹介した

 

「紹介するわ。この子が今年の総代の三矢詩奈さんよ」

 

「あ、ああ。この子が、初めまして詩奈さん。私は部活連会頭の神木凛。気軽に凛と呼んでください。それで、この人が千葉エリカ。部活連の役員よ」

 

「千葉エリカよ。よろしく」

 

「は、はい!よろしくお願いします神木先輩、千葉先輩」

 

そう言って詩奈は二人に挨拶をするとそのまま学校を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩奈を紹介した後、部活連本部に残った凛、深雪、エリカの三人は深雪の説教を食らっていた




溜め書きで9月いっぱいまでは毎日投稿の予定です。10月以降は不定期になるかもしれません


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火に油を捧ぐ所業

二〇九五年十月末の、大亜連合海軍基地を壊滅させた攻撃について、日本政府は詳細を一切明らかにしていない。外交チャンネルを通じた他国からの正式な問い合わせに対しても、マスコミからの情報開示請求に対しても、「国防上の機密」の一言で回答を拒んでいる。

あの大破壊に戦略級魔法が使用された事は状況から見て明らかだったが、日本政府はそれを認めなかった。そこには日本の軍事的な切り札となる得る「戦略級魔法師・大黒竜也特尉」の存在を秘匿するという意図が当然にあったが、同時に大量破壊・大量殺戮の魔法を実戦で使用する事を正当化するつもりは無いという側面もあった。それを認めてしまえば、他国から戦略級魔法による攻撃を受けるリスクも高まるからだ。

誰もが知っている秘密であっても、当事者がそれを認めないことに意味がある。公然と認めないということは、公然と使用しないということだ。二〇九五年十月三十一日のように、いざという時には使うとしても、決断に強い心理的なストッパーが掛かる。

実は公開されている大規模破壊兵器にも、同じような歯止めが存在する。大量破壊兵器を自分からは使用しないという建前だ。戦略級魔法も、この建前により実戦投入が控えられてきた。

しかし今回ブラジル軍は、戦略級魔法を他の兵器と同じように使用すると態度で示した。そういう声明を出したわけではなかったが、シンクロライナー・フュージョンの使用をあっさり認めるということは、そう言っているも同然である。あの魔法は隠蔽が難しいという事情は、使用した事を認める理由の一つにはなっていても決定的な要因ではない。戦略級魔法の使用は紛争解決の手段としてタブーではないとブラジル政府が判断した。それがシンクロライナー・フュージョンの使用と、それを認める公式声明をもたらしたのだ。

軍事の世界では『灼熱のハロウィン』により戦略級魔法使用に対する心理的障壁が大きく揺らいでいた。その障壁が今回、政治的にも決定的に崩壊した。それを理解した人々は、今まで以上に激しい反応を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月2日

 

朝早くから凛はGalileoで確認した情報を見て半分呆れていた

 

「何してんだ。これじゃあ、火に油注ぐのと同じだぞ」

 

「そうですね。これに駆り出されているリーナには同情を禁じ得ません」

 

そう言って凛はそこに写っている情報を見て苦笑してしまっていた。そこには北メキシコ州モンテレイで反魔法師団体による暴動に低レベル魔法師で構成された『ウィズガード』が出動し、余計に場を混乱させた状態となっていた

 

「いやはや、ウィズガードの指揮官は馬鹿なのかねぇ」

 

「それは分かりません。ですが確実にウィズガードを派遣したことは間違いだったでしょうね」

 

そう言って弘樹は地下室で実験をしている凛を見ながらそう言った

 

「そう言う姉さんは何を作っているんですか?」

 

「ん?ああ、ちょっとした工作。沖縄では間に合わなかった小型ターボジェットエンジン、これをスケートボードに載せようかなって」

 

「アニメじゃ無いんですから・・・」

 

そう言って弘樹は前に凛と見た推理アニメの主人公が使っているスケートボードを思い出すと呆れてしまっていた

 

「ま、そんな顔をするなって」

 

そう言うと凛は最後の部品をはめるとターボジェット付きスケートボードを完成させた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、アメリカのシカゴにあるシルバー家本邸ではジョンソンが頭を抱えていた

 

「全く、これじゃあリーナは便利屋じゃ無いか。なんとかしないとな・・・」

 

そう言ってジョンは頭を抱えていた。リーナから来た怒りと文句のメールでジョンはどうしようか頭を悩ませていた。するとそこに父のローズが入ってきた

 

『ジョン、入るぞ』

 

「父さんか、どうぞ」

 

そう言ってローズが入ってくるや否やジョンをソファーに座らせ、ある紙を渡した

 

「これは・・・」

 

ジョンはその紙の内容を見ると目を軽く細めた。そこには

 

Hold off on the action for a while(暫く行動は控えろ)

 

と書かれていた。その紙を見たジョンは遮音フィールドを展開し、口を覆うと小声でローズに聞いた

 

「これはどう言う事ですか」

 

「書いてある通りだ。お前は監視されている。しかもバランス大佐からだ」

 

「そうですか・・・」

 

そう言ってジョンはすんなりとその事実を受け入れる事ができた。するとローズはジョンに通告をした

 

「ジョン、気をつけた方がいい。いつ憲兵に・・・いや、CIAに狙われるか分からない。そのため、我々シルバー家は暫く行動は控えるよう閣下からお達しがあった」

 

閣下、それは凛からの情報という事だった。ジョンはローズの言葉に頷くと部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そんな事があるのか?」

 

バランス大佐は困惑していた。この情報は大統領から直接齎されたものでデータではなく、紙媒体で渡された資料だった

 

「ジョンソン元少佐から情報漏洩の可能性?」

 

そう言って紙に書かれていた情報を見た。そこにはジョンソン・シルバーがUSNA軍の情報を持ち出している可能性がある情報と彼の監視を指示する命令書だった

 

『しかし、彼は軍を退役した身だ。そんな事があるのか?』

 

ジョンはリーナが軍に入る時にリーナが強く所望した影響でスターズへ入隊し、リーナが昇進するとそれに釣り上げられる形で昇進した身であり、彼自身の魔法力は平均的であった。だが、彼の情報収集力と洞察力は頭ひとつ抜けていた。しかし、彼は軍を退役し、リーナの補助としてスターズの基地にいるだけであった。その為、機密情報に触れることはできないはずだ

 

『だが、彼の洞察力や情報取集能力を考えるとあながち間違いでは無いかもしれない・・・』

 

バランスは指示書を見ながらジョンの監視を指示するのだった



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三度目の入学式

4月7日

 

全国の魔法科高校で入学式が行われるこの日、凛は式の始まる二時間前に着くと部活連本部で警備の巡回を始めると達也が声をかけてきた

 

「凛、来賓として出なくていいのか?」

 

「ああ、別に良いわよ。今年は出る気なかったし」

 

「そうなのか」

 

「ええ、去年出たのは達也とか深雪に変装の質を確認しただけだしね」

 

「そうだったのか・・・」

 

そう言って達也は凛の理由に少し驚くと凛が達也の肩を叩いた

 

「ま、達也達は今年から頑張れよ。特に達也は四葉家の次期当主だ。『あの』四葉の名前にいろんな人が寄ってくると思って覚悟しておけ」

 

「・・・ああ、わかった」

 

そう言って達也は少し緊張をすると凛は小さく微笑み、再び巡回ルートに入って警備を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳粛な空気の中、入学式は滞りなく終わった。何時もより浮ついた空気が抑制されていたのは、新入生も父兄も来賓も舞台の下に控える生徒会の顔ぶれが気になっていたからに違いない。特に四葉家次期当主の達也の事が。

これから入学しようとしている学校の事だ。余程暢気な新入生や父兄でない限り、一高の事は調べてきている。だから生徒の大半が、現在の一高生徒会には『あの』四葉家の次期当主とその従兄弟がいると知っている。深雪の顔は、九校戦の映像データで見たことがある者が過半数を占めているし、ほのかもそれなりに顔が知れ渡っている。だが肝心の達也の顔は余程コアな九校戦ファンでない限り覚えてはいないだろう。彼が九校戦に『選手』として参加したのは、一昨年のモノリス・コードだけで、後はエンジニアとして参加しているのだから

だが当然の事として、達也が次期当主であることは知れ渡っているので、調べようとすれば映像データは残っている。だから達也の顔を知っている新入生や父兄もそれなりの数いるのだった。

達也や深雪の力を知っている人間が多くいるせいか、講堂内はかつてない緊張感に包まれていたが、唯一雰囲気が和んだのは、詩奈が答辞を読んでいた時間だ。

お世辞にも「堂々と」とか「流暢に」とは言えない、何度も支えそうになりながらなんとか踏みとどまって、読み終えた瞬間に全身から達成感を漂わせたその姿は「一所懸命」という言葉がよく似合っていた。

ただ、新入生らしく見るからに初々しい、言い換えれば頼りなさそうな詩奈を取り囲んで引き止めるのは、常人より少し面の皮が厚い「来賓」たちにも心苦しかったようで、二年前の深雪に比べて詩奈はだいぶ早く解放され、また深雪もそれほど長い時間来賓の対応に拘束されることは無かった。

 

「詩奈ちゃん」

 

「泉美さん?」

 

詩奈を取り囲む人垣が疎らになったのを見計らって、泉美が彼女に声を掛けると、詩奈の周りから自然に来賓たちが離れていく。泉美が七草家の末っ子だという事は魔法関係者の間に広く知れ渡っているし、彼女が弘一に一番気に入られている娘であることも知れ渡っていたからである。

 

「答辞、素敵でしたよ」

 

「ありがとうございます・・・それで、何か御用でしょうか?」

 

泉美の賛辞にはにかみながらも、詩奈はしっかりと声を掛けてきた理由を尋ねた。泉美は詩奈のふわすわした雰囲気に反して、実際には如才が無い事を知っている。

 

「例の件を正式に相談したいので、これから少しお時間をいただけませんか?」

 

「はい、構いません。泉美さんについて行けばよろしいでしょうか」

 

「ええ、お願いします。侍郎くんには声を掛けておかなくていいんですか?」

 

「入学式の後、生徒会の方からお話があるのは侍郎くんも分かっているはずですから」

 

急に幼馴染の名前を出されても、詩奈は少しも慌てた素振りを見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泉美が詩奈を連れて行った先は生徒会室だ。そこには深雪と水波が待っていた。

 

「三矢さん、よく来てくださいました」

 

深雪が会長席から立ち上がり、会議テーブルへ移動する。それに合わせて、泉美が詩奈を深雪の正面に誘導した。

 

「まずはお掛けください」

 

深雪が微笑みながら先に座って見せ、詩奈は一度泉美の顔を見てからおずおずと腰を下ろす。その後、水波と泉美が深雪の左右に座った。詩奈の前にお茶が置かれ、彼女はお礼をしようとしてその相手が3Hであることに気が付き目を丸くした。

 

「驚かせてしまいましたか?その3H『ピクシー』は私の従兄の所有物で、生徒会の雑務を手伝ってもらっているんですよ」

 

「司波先輩の?」

 

達也がそういう趣味なのかと一瞬考えたが、深雪の笑顔を見る限りそんなことはないと自分の考えを否定し、バツの悪そうな愛想笑いを浮かべて誤魔化した。

 

「当校生徒会の習慣については、七草副会長から既にご説明していると思います」

 

「はい、理解しています」

 

深雪がまず確認のセリフを口にし、詩奈がそれを肯定する。実を言えば、深雪が口にしようとしている用件は詩奈と泉美の間で内々に決着済みだ。詩奈をこの場に呼び出しているのは、形式を整える意味合いしかなかった。

 

「そうですか。ではそれを踏まえてお願いします。三矢詩奈さん、生徒会役員になっていただけませんか」

 

「光栄です。謹んで務めさせていただきます」

 

深雪の表情が僅かに緩む。泉美から応諾の意思を伝えられていたので、去年のように断られるという心配はしていなかったが、実際に確定するまではやはり落ち着かないものだ。

 

「それでは、三矢さんには明日から生徒会書記として活躍していただきます。仕事内容については、こちらの桜井さんに尋ねてください」

 

「書記の桜井水波です。三矢さん、よろしくお願いします」

 

深雪のセリフを受けて、水波がお辞儀しながらそう述べる。先輩に先を越されて焦ったのか、詩奈は慌て気味にお辞儀を返した。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします! あの、会長、桜井先輩。私の事は詩奈で結構ですので。そう呼んでいただけませんでしょうか」

 

「分かったわ、詩奈ちゃん。これでいいかしら?」

 

「はい、それでお願いします」

 

遠慮がちに申し出た詩奈だったが、親しみが込められた深雪の答えに、彼女はホッとした表情で肩の力を抜いたのだった。



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盗み聞き

IDカードの交付が終われば入学式関係の行事は一段落だ。今日は日曜日だが、新入生の為に校舎は開放されている。多くの新入生は自分のホームルームを確認しに行き、そこで一年間勉強を共にするクラスメイトと親交を深めるか、家族で記念に食事をする。そのいずれかのパターンが殆どの新入生に当てはまる。しかし例外が無い規則は無いという通り、今年もそのパターンに当てはまらない新入生が存在する。

入学式の後片付けを終え、後の掃除と施錠を職員に引き継いで、達也は講堂を出た。幹比古、ほのか、雫も一緒だ。幹比古は風紀委員長として各委員から最終報告の聴取、ほのかは生徒会役員として備品のチェックがあったのだが、雫ははっきり言えばほのかと達也に付き合って残っただけだった。

講堂の出入り口から校舎の昇降口はすぐ近くだ。その少しの距離を進む途中、幹比古は訝しげな表情を浮かべて立ち止まった。

 

「幹比古、どうした」

 

「・・・誰かが術を使っている?」

 

達也の質問に対する幹比古の回答に、同行していたほのかと雫が顔を見合わせた。

 

「古式の術か?」

 

「そう・・・だね。『順風耳』。遠く離れた特定の場所の音を拾う術だ」

 

「盗み聞きの術?」

 

「いや、まぁ・・・そうだけどさ」

 

雫のボケともツッコミとも判別しがたいセリフに、幹比古が脱力感を漂わせる。しかし彼はすぐに体勢を立て直した。

 

「かなり修行を積んでいるんだろう。技術的には結構高い水準にある。でも、術の出力が低いな。わざと力を押えているのか、それとも適正に恵まれていないのか・・・」

 

「練度は高いが適性に恵まれていない、か」

 

「達也、何か心当たりがあるの?」

 

達也の口ぶりは、術者の正体に気付いているのではないかと思わせるものだったが、彼は幹比古の問いに答えなかった。

 

「場所は分かるか?」

 

達也の質問に幹比古は目を閉じ、そのままあたりを見回すような仕草でゆっくりと首を振る。

 

「第一小体育館の辺り、かな」

 

身体の三分の一回転したところで目を開けた幹比古が、自信ありげな声で達也の質問に答えた。

 

「達也さん・・・今日、小体育館は開放されていませんでしたよね?」

 

「そうだな。部活もすべて休みだ。とにかく、現場を見に行ってみよう」

 

ほのかの問いかけに達也が頷きながら答える。その達也の言葉を待っていたとばかりに雫が先頭に躍り出て第一小体育館へ続く道を進んでいく。

 

「なにしてるの? 解放されていない小体育館で何をしてるのかも気になるけど、術を使うのは明らかに校則違反。風紀委員の仕事だよ」

 

「は、はい! すぐに行くよ」

 

雫に指摘され、幹比古は自分が委員長だったようなと首を傾げたが、裏で『影の委員長』と言われている雫に逆らうのは無謀だし、彼女の言っている事はまったくもって正しいと考え雫の後に続いた。

 

「私たちも行きますか?」

 

「そうだな。幹比古たちでも捕まえられるだろうが、後輩を指導するのも生徒会役員の仕事らしいからな」

 

前に深雪が言っていたことを冗談めかしながらほのかに告げ、達也とほのかも雫と幹比古を追いかけるように第一小体育館へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、生徒会室はお茶会状態だった。詩奈はもう帰っても良かったのだが、この場にいない達也とほのかにも改めて挨拶がしたいという理由で残っているのである。

中学時代の話で盛り上がっている泉美と詩奈の話を笑顔で聞いていた深雪が、二人の話が途切れたところでコーヒーカップを置いて詩奈に話しかけた。

 

「ところで詩奈ちゃん」

 

「はい、会長」

 

随分緊張が取れた表情で、詩奈が深雪へと向き直る。この時、詩奈はすっかり油断していた。

 

「さっきからこの部屋に知覚系魔法を侵入させようと頑張っている子は、詩奈ちゃんの幼馴染くんで間違いないかしら? 確か、矢車侍郎くんというお名前だったと思うけど」

 

「えっ・・・?」

 

深雪はにこやかに微笑んだままだが、その双眸には強い光が宿っている。深雪の眼光に射竦められたという面もあったが、それ以上に深雪の口から聞かされた事実に詩奈はショックを受けた。一瞬の自失の後、詩奈は慌てた手つきでイヤーマフを外す。

 

「詩奈ちゃん、大丈夫なんですか!?」

 

それを見て慌てたのは泉美だ。深雪は冷静な、詩奈が何故そんな行動に出たのか理解している眼で彼女を見詰めていた。詩奈に声を掛けようとする水波を、深雪は唇に指をあてるジェスチャーで制止した。

詩奈の聴覚と魔法知覚に直接関係は無いが、詩奈の実感として耳栓を外した方が外部の魔法的な波動に対する感覚が鋭くなるのだ。物理的に音を減衰させるイヤーマフが無ければ、詩奈は日常生活も送れない。イヤーマフを着けていても魔法を使う分には支障はないが、外部からの魔法的な干渉に対して鈍感になる。実際生徒会室に向けられている知覚系魔法に気付けなかったのだ。

瞼を半分閉じて、微かに耳を澄ませるような表情で意識を集中した詩奈は、すぐに目を見開いた。

 

「侍郎くん、なんてことを・・・!」

 

彼女の口調には、驚きよりも怒りが多く籠っていた。それも、羞恥心から生じた怒りだ。

 

「詩奈ちゃん、とりあえずイヤーマフを着けた方が良いと思うわ」

 

深雪の言葉に、詩奈の表情から可愛らしい怒りが消え、その代わり彼女の頬が見る見るうちに赤くなったのだった



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措置

達也たち四人は、第一小体育館の前で一旦立ち止まった。

 

「術の気配は?」

 

「まだ続いてる。この裏側の壁際にいると思う・・・って、僕に聞かなくても達也なら自分で分かるだろう?」

 

達也の質問に律儀に答えた幹比古だったが、その後で漸くその事に気が付いた。

 

「余計な力は使いたくない」

 

達也の自分勝手とも思えるセリフに、幹比古から抗議の声は上がらなかった。達也が怠け心でそう言っているのではないと理解するだけの知識が幹比古にはあるからだ。

見る者は見られる。有名な哲学者の言葉を引用するまでもなく、これは正しい。少なくとも知覚系魔法の視線を向けられた魔法師は、その視線に込められている魔法力を知覚する。技術的に圧倒的な差があれば、相手に気付かれること無く監視する事が可能だが、どんな魔法を使ってもリスクはゼロにならない。達也のエレメンタル・サイトですら、相手が同じ技術を持っていれば観測者の存在を察知することが出来る。幹比古が相手を認識しているなら、達也があえてリスクを負う必要は無かった。

 

「達也さん、それでどうしますか?」

 

「このまま捕まえる?」

 

ほのかと雫は幹比古程はっきり理解していなかったが、当事者同士が納得しているようなら問題にする必要は無いと考えたようだ。二人は校則違反者についての対応を達也に尋ねた。本来なら幹比古に尋ねるべきなのだろうが、二人ともその事もはっきりと意識していない様子だったし、幹比古も気にしていない様子だ。だから達也も余計な事は言わずに、三人に対してこれからの段取りを簡単に指示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日一高に入学したばかりの新一年生、矢車侍郎は、生徒会室に向けていた意識を自分が今いる場所、第一小体育館の裏に引き戻した。

 

『誰かが近づいて来ている。この気配・・・二人、いや、三人か?』

 

知覚系魔法は自分の五感を強化するタイプでない限りエイドスを上書きするものではなく、他人からは察知されにくいと言われているが、痕跡が全く残らないというわけでもない。それを侍郎はしつこく教え込まれていた。

生徒会室に『順風耳』を向けているだけでも魔法の無断使用を咎められる危険を冒している。彼にこれ以上のリスクを負うつもりは無い。

魔法を使わずに伝わってくる気配を読み取った結果、侍郎は三人の魔法師が自分に近づいて来ていると推測した。

 

『二人は女性・・・職員ではなく女子生徒か。まったく気配を隠してない。だがもう一人は巧みに自分の気配をコントロールしてるな・・・気配を隠して忍び寄っているという感じではないな・・・意識しなくても自然に自分の気配を制御している・・・かなりの手練れだ。もしかしたら職員かもしれない・・・自分が使っていた魔法は他人に気付かれにくい感知系魔法で、かつセンサーに捉えられにくい古式魔法だが、一高の職員ならば察知する事が出来るかもしれないな・・・』

 

侍郎はそう考えた。近づいて来ている三人が単なる見回りという可能性は端から除外していた。残念ながら詩奈を脅かすリスクを見張るという目的は果たされていない。彼の『順風耳』は生徒会室に張り巡らされた結界を、遂に突破する事が出来なかった。

魔法科高校は現代魔法の技術しか利用していないというのは、自分の思い込みに過ぎなかったようだ。侍郎は不承不承、それを認めた。しかしこれ以上「耳」を傾けても、詩奈に対して何が話されているのか聞き取ることは出来ない。引き際を弁える冷静な判断力を侍郎は残していた・・・残しているつもりだった。

侍郎は音もなく、隠れていた場所を離れる。当然、三人が近づいてくる方とは反対側へ。小体育館の壁に沿って移動し、何食わぬ顔で並木道に出ようとした。

しかし彼は移動を開始してすぐ、足を止める事を余儀なくされた

 

『何っ!?』

 

辛うじて驚愕の声は飲み込んだが、それに意味は無かった。

 

「新入生だな? この付近で不正に魔法が使用されたのを感知した。話を聞きたいので同行してもらいたい」

 

こうして鉢合わせるまで気配を感じ取れなかった上級生。侍郎はその顔を知っていた。彼でなくても顔と名前を知っているという新入生はそれなりにいるはずだ。生徒会役員で九校戦のスーパーエンジニア。恒星炉実験の中心メンバーであり四葉家の次期当主。

 

『司波達也!』

 

侍郎が最も警戒していた人物。彼は咄嗟に髪を縛っていた紐を解いた。その長い髪で顔を隠し、高速移動の古式魔法『韋駄天』を発動し達也の前から逃れようとした。

 

「待て」

 

侍郎を呼び止める達也の声は、それほど強いものではなかった。少なくとも、逃走を試みている者の足をすくませる迫力は無い。侍郎が足をもつれさせてしまったのは、その声と共に撃ち込まれた想子の砲弾が原因だった。

 

『対抗魔法、術式解体だと!』

 

それはまさに想子の大砲だった。全身を呑み込む想子流に曝され、発動途中の魔法を無効化されただけでなく、肉体のコントロールまで麻痺してしまう。足の踏ん張りが利かない。五体のバランスも保てない。侍郎は身体が堕ちていく中、辛うじて受け身を取るだけの自由を取り戻した。そのお陰で怪我は免れたものの、無様に転倒してしまう。

 

『くそっ、動け!』

 

侍郎は自分の身体を心の中で叱咤し、意識による制御を取り戻そうとする。何故自分の手足が言う事を聞かなくなったのか、それを理解する知識が彼にはあった。だから突如訪れた麻痺に恐怖は無かったが、知っているがゆえに余計に焦りを覚えたのだった。

神経が伝える電気信号によって筋肉が収縮する。この仕組みは人である限り魔法師も変わらない。しかし侍郎たちのような人間にとっては、それが全てではない。脳が下した命令を筋肉が実行する。そこには神経が命令を伝えるのに必要な僅かなタイムラグが存在する。日常生活には全く支障をきたさないゼロコンマ数秒のズレ。その一瞬は普通なら認識することも出来ない。

しかしその一瞬を認識で来るまでに心を研ぎ澄ませた者にとって、命令と実行の間に横たわる時間差は酷くもどかしい、不自由を感じる瞬間だ。極度の精神集中によって引き延ばされた時間の中では、敵の攻撃が迫っていると分かっていながら意識決定が手足に到達していないせいで避ける事も防ぐ事も出来なかったという無念を味わう事もある。口惜しがるだけならまだいいが、その一瞬が終わりをもたらす事すらあるのだ。

意識と行動のズレを実感出来た者は、これを克服しもっと自由に動くための技を種々編み出した。精神信号で筋肉に命令を伝達するのではなく、想子で肉体に直接意思を伝える技法もその一つだ。この技術は一種の無系統魔法なのだが、習得出来る人間は魔法師に限らない。どんな技術も才能次第の面があるので、この身体繰術も誰でも身に着けられるとは言えない。だが適切な手順で修業を積めば、魔法の才能が無くても会得できるものだ。無系統魔法とは知らず、武術の技として使いこなしている者も多い。

魔法の才能に恵まれなかった侍郎は、その分武術に対して熱心に取り組んだ。そのお陰でこの技法も高いレベルで修得済みだ。今では魔法を使わずに自己加速魔法を使っている魔法師と同等以上の動きが出来るまでになっている。それが今回裏目に出た。想子による身体制御を常時行っていたせいで、達也の術式解体を受けたことによって高速移動の魔法を強制解除されただけでなく、肉体のコントロールまで侍郎は失ってしまったのだ。

 

『捕まる? そんなわけにいくか!』

 

自分は倒れて相手は一歩踏み込めば足が届く所まで近づいている。普通では逃げ切れない状況であることは侍郎にも分かっていた。それでも彼は諦めない。

漸くコントロールを回復した両腕をついて顔を持ち上げ、適当な大きさの石を探して左右を見回す。透水型弾性魔装の路面や綺麗に慣らされた芝の空き地には、侍郎が求める小石は転がっていなかったが、彼の目は街路樹の根元に太めの枝が落ちているのを見つける。なにかの拍子に折れたのだろう。お誂え向きに、端が少しとがっている。

 

『よし、あれだ』

 

侍郎はその枝に意識を集中した。大怪我をさせるつもりは無く、軽く刺して怯んだ隙にこの場から離脱するつもりだったのだ。しかし、侍郎の「力」が作用する前に、再び彼を想子の奔流が呑み込んだ。二度目の術式解体。狙いは「力」が作用しようとしていた枝ではなく、侍郎自身だ。

 

『冗談だろ!? 普通、あの状態から追い打ちをかけてくるか・・・?』

 

漸く回復しかけた肉体のコントロールを再び麻痺させられた衝撃で、侍郎の意識は朦朧と霞み、ゆっくりと闇に呑まれた。

 

「・・・相変わらず達也は容赦がないね。二度も術式解体を浴びせる必要があったのかい?」

 

小体育館をグルリと回り込んで合流した幹比古が、達也の前で気を失って倒れている侍郎を見下ろしながら半笑いでそう尋ねた。

 

「なかなか厄介な能力を持っているようだったからな」

 

「能力?」

 

達也が魔法と言わずに能力と表現した事に、幹比古が疑問を呈するが、達也はその質問には答えなかった。

 

「意識を失ってしまったのは予想外だが・・・想子に対する感受性がそれだけ強いのだろう」

 

このほのかの問いかけで、幹比古の関心も侍郎のコンディションに移った。

 

「想子感受性が特に高いとしたら、達也、まずくない? 達也の術式解体はただでさえ、耳のすぐ近くでシンバルを力一杯鳴らされたような衝撃があるんだから」

 

「人聞きが悪いな。出力調整くらいするぞ。まぁ・・・今回は確かに、手加減抜きだったが」

 

「達也!?」

 

達也の告白に、幹比古が焦った声を上げる。

 

「入学早々の魔法の不適正使用に対する罰をこれで済ませるんだ。この程度の事は問題にならない」

 

 対照的に、達也は自分でしでかした事にも拘わらず、落ちついたものだった。

 

「今は気絶しているというより眠っている状態だと思うんだが・・・ここはアイツに運ばせるか」

 

「アイツって?」

 

幹比古が疑問に思っていると達也は上を見ると言った

 

「どうせそこにいるんだろ。何もしていないんだ、運べるだろ」

 

そう言うと木の上からカサッという小さな音が聞こえると凛が枝に手をかけた状態で降りてきた

 

「なんだよ、後始末は私にってか?」

 

「何もしていないお前に仕事を与えたんだ。感謝してほしいくらいだ」

 

「よく言う、いつも後始末を私に押し付けるんだから」

 

そう言って凛はブツブツ言いながらも侍郎を簡単に持ち上げ、幹比古は少し引いた様子だった



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微笑ましい光景

侍郎が目を開けた時、最初に見えたのは自分を覗き込む幼馴染の顔だった。泣き笑いの表情には、不安の色が見え隠れしている。

 

「侍郎くん! 良かった、目を覚ましたのね」

 

「・・・詩奈、俺は大丈夫だ」

 

状況は分からなかったし、自分が寝ていた経緯もまだ思い出せていなかったが、侍郎はとにかく己の無事を示す為に起き上がった。詩奈の不安を取り除くことが最優先だと考えたからだ。

 

「何処も痛いところはない? 目は霞んでない? 私の声はちゃんと聞こえている?」

 

「何処もいたくないし、目も耳も正常だ」

 

侍郎の返事を聞いて、詩奈は少しホッとした様子だった。そう、少し。彼女の中にはまだ不安。というより心配が拭いきれず残っているように、侍郎には見えた。しかし、なにか気がかりなことがあって気持ちが弱っているように見える詩奈から感じるこのプレッシャーはなんなのだろうか。侍郎は背中にいやなあせを滲ませながら、幼馴染の少女を見詰める。

 

「良かった。じゃあ・・・侍郎くん、避けちゃ駄目よ?」

 

侍郎は自分が詩奈の言葉を聞き間違えたのかと思った。何故そんなことを言われたのか理解出来なかっただけでなく、セリフの内容が詩奈の温和な人柄とマッチせず、頭に上手く入らなかったのである。続く詩奈の行動は、侍郎の戸惑いなどお構いなしなものだった。

右手を大きく振りかぶり、平手を侍郎の顔に打ち付ける。侍郎の頬が派手になった。侍郎には詩奈の動きが見えていたし、技術的には躱す事が可能だった。造作も無かったと表現する方が適切だ。しかしそもそも、侍郎には躱すという選択肢が意識に浮かばなかったのだ。

 

「どうして・・・?」

 

詩奈の両目に涙が浮かぶ。今にも声を上げて泣き出しそうな顔をしている詩奈に、侍郎が当惑した声で問いかける。

 

「・・・何で盗み聞きなんて馬鹿な真似をしようとしたの?」

 

詩奈から答えは無く、代わりに質問が返ってきた。質問の中身よりも震えているその声に、侍郎は絶句した。

 

「私、そんなに頼りなく見える・・・?」

 

「詩奈・・・」

 

自分の名前を呼んだきり黙り込んでしまった幼馴染を、詩奈は涙に潤んだ目で睨みつけた。

 

「侍郎くん」

 

少し寂しそうな咎める声。わざとらしさが無いだけに、若い男ならば罪悪感を刺激されずにはいられないに違いない。睨みつける詩奈と、目を逸らす侍郎。先にしびれを切らしたのは詩奈だった。

 

「・・・私ね、会長さんと約束をしたの。侍郎くんの事は、私が責任を持つって」

 

「なっ!?」

 

詩奈の一言は、劇的な効果があった。慌てふためいた顔で、侍郎が詩奈と視線を合わせる。

 

「何で詩奈の責任になるんだよ!?」

 

「侍郎くんこそ、何でそんなに慌てているの? 私が責任を取ったら、何かまずい事があるの?」

 

「それは・・・」

 

「私に責任を取らせられない、それだけ悪質な事をやっていたって自覚があるからでしょう!?」

 

侍郎は言い訳が出来なかった。詩奈の指摘は、的のど真ん中を射抜いていたからだ。

 

「魔法の無断使用で生徒会室の会話を盗み聞きするなんて、本来なら停学ものだよ? 私は侍郎くんにそんなことを望んでいないよ!」

 

「・・・分かっている。悪かった」

 

侍郎としては、そういって頭を下げる以外に出来る事が無かった。彼は自分が何故、詩奈の護衛役を降ろされたのかが分かっている。感情は納得していなくても、理性はその理由を理解している。

 

「俺は・・・詩奈の親父さんが言う通り、お前から距離を置いた方が良いのか?」

 

苦しげに、侍郎が尋ねる。それが出来れば、こんなに悩まない。だが詩奈本人から拒絶されたら、諦めがつく。この時侍郎はそんな風に思っていたが、詩奈本人の回答は、侍郎が全く予想していなかったものだった。

 

「もう遅いよ」

 

「遅い・・・って?」

 

「さっきも言ったでしょう? 私、司波会長と約束してしまったの。侍朗くんの事は、私が責任を持つって」

 

今回の事は自分が全面的に悪いと侍郎にも分かっている。だがこれは「はい、そうですか」と認めるわけにはいかなかった。

 

「そんなこと頼んでないぞ!」

 

「頼まれてないわよ!」

 

反射的に怒鳴ってしまった侍郎だったが、それ以上の剣幕で怒鳴り返された事で勢いを殺がれた、一方の詩奈は、ますますエキサイトしている様子だった。

 

「でも仕方ないじゃない! 私がそう言わなきゃ、侍郎くんは入学初日から自宅謹慎になってたんだから! 司波先輩が何で保健室に残らなかったのか分かる?」

 

詩奈のヒステリックなセリフに、侍郎はぐうの音も出なかったし、問いかけに答える事が出来なかった。

 

「私が侍郎くんを監督する事になったの! 侍郎くんが何か悪さをしたら、私が責任を取らなくちゃいけないの! だから今日みたいな馬鹿な真似はもうしないで! 今回の罰はあれで済んだと判断されたから、保護者である私だけが保健室にいるの! 分かった!?」

 

「あ、はい」

 

「・・・うん。じゃあ、帰ろうか?」

 

思わず言葉遣いを改めて、侍郎は恭順を示し、言いたい事を全てぶちまけてスッキリした詩奈は、付き物が落ちたように、何時もの笑顔を侍郎に向けた。

 

「それにしても、何で寝てたの?」

 

「・・・司波先輩に見つかって、逃げようとしたところに術式解体を浴びせられ、反撃しようと枝を飛ばそうとしてもう一撃喰らった・・・んだと思う」

 

「逃げるのも論外だけど、何で反撃しようとしたのよ」

 

「・・・詩奈に迷惑がかかると思って」

 

「なら、最初から盗み聞きなんてしなきゃよかったじゃない」

 

「・・・申し訳ございませんでした」

 

ぐうの音も出ない正論に、侍郎は丁寧な言葉遣いで詩奈に頭を下げたのだった。



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国防軍内の考え

入学式を終えた日の夜、凛達は西風会の制服を着て防衛省に来ていた。中に入ると士官達が少し慌てて走っていた為、凛は出動前の様子だと感じていた。そして防衛省の本部室に入るとそこには蘇我大将が座っていた

 

「お呼びでしょうか蘇我大将」

 

「ああ、来てくれたか。まあ、まずは掛けてくれ。話はその後だ」

 

「分かりました」

 

そう言って席に掛けると蘇我は早速本題に入った

 

「早速だが、新ソ連が侵攻する可能性が出てきた」

 

「では、昨日の佐渡島の一件は・・・」

 

「ああ、揺動の可能性がある。現在、独立魔装大隊が先遣隊として派遣される」

 

「では、大黒特尉も・・・」

 

「いや、彼はここに残る。君達は彼に何かあった時のバックアップと新ソ連が侵攻してきた際にすぐに動ける様にしておいてくれ」

 

「分かりました」

 

そう言うと凛達は敬礼をしていた。西風会は陸海空全ての大将達が賛同しない限り動かせない為、凛達が動き出す時は本土に上陸した時だろうと予測すると二人は部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの車内で凛は国防軍の動きを集めていた

 

「あーやっぱりか」

 

「どうしましたか?姉さん」

 

「ん?国防軍内での動きさ。達也が四葉家次期当主になったから達也はいずれ国防軍を辞める可能性がある。だから国防軍内では私たちを再び独立魔装大隊に戻そうと考えている輩もいるみたいね」

 

「やはりですか・・・」

 

弘樹はそう呟くと運転席で心底面倒そうな表情を浮かべた。すると凛は持っていたパソコンの画面を弘樹に見せた

 

「ま、それよりも問題なのはコッチ」

 

そう言って画面に写っていたのは国防軍情報部の計画書だった。そこに書かれていたのはある計画書だった

 

「これは・・・」

 

「この計画を立てたってことは国防軍はどうしても私と言う存在を手放したく無い様だね。こんな武力行使に出ようだなんて」

 

そう言ってそこに書かれた計画書には凛が退役しない為に再教育という名の洗脳を行うと言うものだった

 

「しかし、情報部の連中はそうなった場合のリスクを考えているのでしょうか」

 

「さあ?まぁ、これでハッキリとしたことが私達を監視していたのは情報部だってこと。今は()()手を出さないけど。もし私が襲われたら、その時は・・・頼むわよ」

 

「お任せを」

 

弘樹は凛に小さく頭を下げると車を走らせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、霞ヶ浦にある独立魔装大隊本部では風間と響子が達也や凛達が国防軍に抱いている気持ちを話していたしていた

 

「君にも見せる必要がありそうだな」

 

「何でしょうか」

 

響子は風間から渡された資料に疑問を感じた

 

「ここに書かれている数字とグラフは何ですか?」

 

「ああ、それは赤城准将が今までに破壊した研究所の被害額だ」

 

「これがですか?」

 

そう言って響子は資料をじっと見ていた。前から凛が研究所の壁を吹き飛ばした事があるのは聞いていたが、まさかここまでの被害とは思っていなかったようだった。むしろ、この金額で給料減棒に始末書とお叱りで済んだのがおかしいくらいだった

 

「どうしてこれを見せたのですか?」

 

「なぜ彼女はこんな事故を引き起こしたと思う」

 

風間の質問に響子は疑問を感じた。そんなことは始末書に書かれている内容であるからだ

 

「それは・・・赤城准将が耐久テストでミスを起こしたからなのでは?」

 

響子の答えに風間は別の解答を言った

 

「そうか・・・いや、何でも無い。野暮なことを聞いたな」

 

そう言いながら風間は外の夜空を見ていた。だが、風間は以前に凛からマンションを監視している輩をどうにかして欲しいという要望があったのを思い出していた

 

『恐らく、あの監視の一件で彼女が国防軍に対する信頼はほぼゼロになったと言っていいだろう』

 

風間は凛が今後どんな動きに出るかは分からなかったが最終的な目標は薄々勘づいていた

 

『恐らく彼女は早くて来月。遅くても二ヶ月後には辞表を叩き付けて国防軍を退役するかもしれんな。最も、彼女は辞表を出すのかは分からないが・・・』

 

風間は心の中で考えを巡らせていると風間は響子に声で現実に引き戻されると北海道に行く準備を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一ヶ月後、国防軍を震撼させた大事件が発生するとは未だ思ってもいなかった



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二人の会談

この時の克人ってすごい大物感あると思いませんか?


克人は七草智一との密談に臨んでいた。場所は都心の高級料亭。大物政治家や一流経済人が使うような店だが、座敷に端然と座る克人には、一切の場違い感が無かった。黒檀の座卓の前で待つ事一分。智一が姿を現す。

 

「お待たせして、申し訳ありません」

 

智一はそういって頭を下げ、克人の正面に腰を下ろした。克人と違って正座に慣れていないのか、少し窮屈そうである。

 

「どうぞ、足を崩して、お楽になさってください」

 

克人はすぐにそう声を掛けた。

 

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて・・・」

 

智一が座椅子の上で膝を崩して胡坐になる。一方の克人は正座のままだ。元々の体格差もあって、克人が智一を見下ろす形になる。しかし表面上、智一も克人もそれを気にしていなかった。

ひとしきり社交辞令を交換し、アルコールが入っていない飲み物を口につけて、二人はどちらからともなく会談モードに入る。もっとも、二人同時に喋りだしたわけではなく、話し合いの火口は克人が切った。

 

「七草さん。妹さんから、私に相談したい事があるとうかがいましたが」

 

「そうですね。本題に入りましょう。十文字さんは、昨今の魔法師に敵対的な風潮について、どう対処すべきだと思われますか?」

 

「どう思うか、ではなく、どう対処すべきと思うか、ですか。つまり七草さんは、反魔法主義に対して能動的な対処が必要だとお考えなのですね?」

 

「そうです」

 

智一の言い回しに意外感を示しながらも、克人はそれ以上の動揺を見せなかった。対する智一も、誤魔化しも韜晦もせずストレートに認める。この辺りは父親の弘一とあまり似ていないと言える。

 

「最早、被害を受けたらそれに対処するというスタンスでは凌げないと考えています」

 

「魔法師に対して攻撃的なプロパガンダを放置しては、取り返しの付かない事態が起こりうると? 具体的に、どのような危機が訪れるとお考えですか?」

 

「私は箱根テロ事件を上回る爆弾テロや、まだ魔法を使えない幼児、児童を標的にした誘拐殺人も起こりうると恐れているのです」

 

「魔法師でない人々を巻き込む凶悪犯罪が続出するとお考えなのですね」

 

「そうです。そうならないために、我々は何をすべきでしょうか」

 

「・・・すぐには思いつきません。いえ、時間を掛けても私一人では良い対策案を考えだせるとは思えません」

 

智一に問いかけられ、克人は強がらずに正直に述べる。彼の人柄を考えれば少しも意外な事ではない。

 

「実は私にも分かりません」

 

しかし智一がこうもあっさり白旗を揚げたのは、多少なりとも七草智一の為人を知る克人にとって意表を突かれることだった。

 

「一人で対策を練るには重すぎる問題ですし、仮に名案を思い付いたとしても、一つの家だけでは実行できないでしょう」

 

「・・・確かに単独では、現在の反魔法師主義運動に対抗する事は出来ないでしょう」

 

克人の同意に、智一は少しホッとしたような表情を見せた。演技には見えない。こういう点は父親の弘一程手ごわくはなく、弘一よりも信用出来る。克人はそう感じた。

 

「この問題は十師族だけでなく、もっと多くの魔法師の知恵を集め、意思を結集して対応しなければならないと私は考えています」

 

「日本魔法協会の総会に諮るべきだと七草さんはお考えなのですか?」

 

「いいえ。いきなりそんな大人数を集めても、一般論以上の結論は出せないでしょう。それに当主クラスを集めても、腹の探り合いに終始して、実りのある論議は出来ないのではないでしょうか」

 

「どういうことでしょう。各家を代表する事が出来る立場の者が参加しなければ、何かを決めたとしても単なるアイディアに終わる可能性が高くなると思いますが」

 

「ですから当主やそれに準じる年代ではなく、もっと若い年代の、次の当主に決まっているような方々にお集まりいただいてはどうかと思うのです。まずは二十八家から始めて、ナンバーズ、百家とメンバーを増やしていくのはどうでしょうか」

 

「次期当主という事であれば、私には参加資格がありません」

 

克人のこのセリフに、智一は激しく焦った。

 

「いえ、十文字さんはお若いですから、若い年代を集めるという趣旨であれば……」

 

「年齢で参加資格を分けるのですか? では具体的に何歳以下とするおつもりなのでしょうか。七草さんは当然、参加されるのですよね?」

 

「え、えぇ、そうですね・・・三十歳以下とするのは如何でしょう?」

 

「三十歳以下ですと、六塚殿は参加資格があって、八代殿は対象外となりますが?」

 

智一は冷や汗を流しながら、何とか体勢を立て直した。

 

「どこかで線引きは必要なのではないでしょうか。八代殿にはすぐ下に補佐役の弟さんがいらっしゃいますし、問題ないと考えます」

 

「確かに、線引きは必要だと思います。分かりました。微力ながら、お手伝いいたします」

 

克人が重々しく頷く。智一にとっては、緊張を緩める事が出来ない反応だったが、続くセリフを聞いて、智一を取り囲む空気は一気に弛緩した。

 

「ではまずは二十八家の血縁者を集めるという事でよろしいですか」

 

「そうですね。全員参加出来るとは思えませんが、有資格者には声を掛けておきましょう」

 

「分かりました。私からも何人か声を掛けておきましょう」

 

克人のこのセリフが会談モード終了の合図となり、二人が纏っていた空気が変わったのだった。




深雪の達也の呼び方がお兄様じゃなくなっていたら教えていただけると嬉しいです


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新ソ連での会談

少し時間軸は戻ります


4月4日

 

新ソビエト連邦黒海基地

 

レオニード・コンドラチェンコ少将は、モスクワから特別な客を迎えていた。

 

「閣下、ご無沙汰しております」

 

「こちらこそ。ベゾブラゾフ博士、ご来訪を歓迎しますぞ」

 

コンドラチェンコを訪ねてきたのは、まだ四十代の若さでありながら新ソ連科学アカデミーにおける魔法研究の第一人者と認められ、また国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人でもあるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフだった。公的な地位は一科学者でありながら、国内における発言力は国防大臣に匹敵するといわれている人物である。

コンドラチェンコはベゾブラゾフを彼の私室に招いた。正確には基地内に設けられた彼の住居の応接室に。

 

「博士はお呑みにならないのでしたな」

 

「不調法で申し訳ございません」

 

「何の。儂も最近はめっきり酒に弱くなりましたのでちょうどいい」

 

コンドラチェンコの問いに、ベゾブラゾフは恐縮した表情で答えたが、ベゾブラゾフに笑いながらそう応え、コンドラチェンコは指を二回鳴らして従卒を呼んだ。

従卒が紅茶の用意をして部屋から出ていったのを見てから、コンドラチェンコは紅茶の味見をすることなくサモワールからティーカップにお湯を注ぎ足し、小さなスプーンでヴァレニエを口の中に放り込んだ後、紅茶を一口含んだ。ベゾブラゾフはヴァレニエと紅茶の味を確かめてから、ティーカップに少しお湯を足した。

 

二人がティーカップから手を離し、改めて向かい合う。

 

「さて、博士のご来訪理由を、お伺いしてもよろしいか?」

 

「たぶん、閣下のお考えの通りです」

 

「やはり昨日、当基地で発生した暴動の件ですか。しかしあれは、既に解決しておりますぞ」

 

「承知しております。そこを案じているなら、閣下ではなく基地司令をお訪ねしています」

 

「なるほど、それはそうだ。では、何をお訊きになりたいのですかな?」

 

コンドラチェンコは不快感を白い髭の奥に引っ込めて尋ねると、ベゾブラゾフは微かな躊躇を見せた。

 

「・・・私は魔法研究者であって、憲兵ではありません」

 

「無論、理解しています」

 

「ですから、暴動が起こった事に関する責任問題を追及する立場にありません。私が解明すべきことは、昨日の暴動に関して魔法的な介入があったかどうかです」

 

「つまり博士は、外国、もしくは反政府勢力に属する魔法師による工作を疑っておいでなのかな? 暴動、いえ、反乱を扇動する精神干渉系魔法が使われたと仰る?」

 

「断定するつもりはありません。しかし、その可能性はあると考えています。我が国が抱える九人の戦略級魔法師の内、対外的にその存在が公表されているのは閣下と私の二人。国家公認戦略級魔法師である閣下がおられるこの基地で、なんの工作も無く魔法師を敵視する反乱が起こるというのは考え難いと思っています」

 

「防護服が無ければ無菌室から出ることも出来ないあの劣化コピーのクローンどもと同列視されるのは愉快な事ではないが、ご懸念は理解出来ます。しかし残念ながら、考え過ぎですな」

 

「本当ですか?」

 

ベゾブラゾフの反射的な一言に、コンドラチェンコはムッとした表情を浮かべた。

 

「儂の感覚が信用出来ないと仰せか?」

 

「失礼しました。決してそのようなつもりではありませんでした」

 

「・・・博士が猜疑心に囚われておいでなのは『ドラキュラ』の暗躍を疑っておられるからでしょう」

 

「ご明察、恐れ入ります」

 

「実は儂もです」

 

「はっ?」

 

ベゾブラゾフがポカンと口を開け固まったのを見て、コンドラチェンコは愉快そうに笑った。

 

「ですから、暴動を起こした兵士については精神干渉系魔法の痕跡を徹底的に調べました。首謀者クラスについては儂自身が直接調べております」

 

「そうでしたか・・・しかし閣下。昨日の暴動が国外勢力や反政府勢力の破壊工作によるものではないとすると、また別の懸念が生じませんか?」

 

「兵士たちの間に広がりつつある、魔法師と非魔法師の対立ですな」

 

「アメリカや日本に広がっていた反魔法主義運動は、社会格差に対する不平と不満をエネルギー源にしている面がありましたが、我が連邦には社会格差は存在しません。昨日の反魔法主義者による暴動には、別の要因があると考えられます」

 

「然様。魔法師でない兵士は不安を覚えている。近い将来、軍で活躍するのは魔法師ばかりになり、自分たちの居場所がなくなるのではないかと恐れている」

 

「実際には、魔法師だけで軍を編成するのは不可能です。魔法師の部隊を作ることは出来ても、魔法師だけで前線の兵員全てを賄うわけにはいかない」

 

「しかしそれを兵士に理解させる為には、実際に戦場に出る機会が必要ですぞ」

 

「では、その機会を作りましょう」

 

「ほう・・・博士、当てがあるのですか?」

 

コンドラチェンコは七十歳を過ぎているとは思えない強い眼光をベゾブラゾフに向けた。

 

「残念ながらヨーロッパ方面には、現在兵を動かす余地はありません」

 

「ヨーロッパの軍事情勢については、博士より儂の方が詳しいでしょうな。つまりヨーロッパ方面以外・・・極東ですか?」

 

「ええ。つい先日、香港軍の士官が部下を引き連れて大亜連合から集団脱走するという事件が起きまして」

 

「それは初耳ですな」

 

「私も一昨日知ったばかりです。それで、その脱走兵を捕獲する為に大亜連合は日本軍との共闘に踏み切りました」

 

「脱走兵の目的は、日本における破壊工作か・・・」

 

「そうです。既に失敗に終わっていますが」

 

「なるほど、理解しました。大亜連合と日本は長年の戦争状態が解決したことで、宿敵同士、手を結ぶことが可能になるほど、緊張が緩んでいる。考えてみれば当然の事だ。緊張状態を永続できる人間も組織も存在しない。我々はそこに付け込むというわけですな」

 

「モスクワに戻ってすぐ、クレムリンに提案してみましょう。もし作戦の実行が決まれば、閣下の部下も一部お借りする事になると思います」

 

「兵士には良い張り合いになるでしょう。博士、その件はむしろ儂の方からお願いします」

 

右膝を壊していて杖を使わなければ立てないコンドラチェンコは、座ったままベゾブラゾフに一礼した。無論ベゾブラゾフがその程度の非礼に気分を害することは無く、老将軍に笑顔でお辞儀を返した。

 

 

 

 

 

 

 

だがコンドラチェンコは内心では恐れていた。それは『灼熱のハロウィン』の際にどさくさに紛れて出港させた艦隊が壊滅した事だった。無論この事は新ソ連内部でも大騒ぎとなり、情報収集を行っていたが生き残った兵士は誰一人としておらず。上空の偵察衛星からも何も情報を得られず、さらに日本国内にいる工作員からも何も情報を得られず。極め付けに、新ソ連国防省から艦隊を全滅させた全ての情報が消された事にコンドラチェンコは恐怖していた。これだけ綺麗に情報を消すことができるのはコンドラチェンコが考える中では一個しか思い浮かばなかった

 

『12使徒、これだけ情報を完璧に消すことができるのは彼等しかいない。常に我々の歴史を動かしてきた謎の集団。その気になれば世界を再び戦争に巻き込むことも可能な存在・・・彼が消されない事を祈るばかりだ』

 

コンドラチェンコは内心そう思いながらベゾブラゾフを見ていた



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エリカの稽古

入学式の翌日、まだ勝手が分からず右往左往していた新入生もちらほら居たが概ね平穏だった。だが、そんな中でも一際人気のある授業があった

 

「おぉ、やっぱり魔工科は人気だね」

 

「そうね、すごい人ね」

 

「やっぱり去年の恒星炉が原因かね?」

 

「そうじゃ無いかしら」

 

そう言って人だかりとなっているE組を見ながらそう言った凛と深雪の二人は端で立っていた。すると凛が時計の時間を見ると

 

「あ、もうこんな時間なのね。じゃあ深雪、また後で」

 

「ええ、じゃあね」

 

そう言い残して凛は深雪と別れると凛は第二小体育館(通称闘技場)に移動した。今日は同級生の斎藤弥生に誘われて剣道部で稽古をする事にしていた

 

「弥生〜、来たよ」

 

「あ、来た来た。いやーごめんね朝にいきなり、今日の稽古相手の子が来れなくなっちゃったからさ」

 

「大丈夫よ。じゃあ、着替えてくるわね」

 

そう言って凛は剣道着に着替えると道具をつけて早速稽古に入った。部活連の仕事は仕事を覚えさせると言う名目のもと全て七宝に任せていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稽古を始めて少しした時、闘技場にエリカともう一人、見たことある顔が入ってきた

 

「あの子は・・・」

 

凛がその顔が誰なのかを思い出すとエリカが声をかけた

 

「凛じゃ無いの。珍しいわね、今日は手伝い?」

 

「ええ、そんなところ。部活連の仕事は七宝に任せてきたしね」

 

「相変わらずの丸投げですか・・・」

 

「それより、あの子は?たしか、矢車侍郎だったっけ?」

 

「ええ、彼ってさ。訓練しがいがありそうだと思ってね」

 

「ああ、確かに。光る原石ではありそう」

 

そう言って凛は絵画を鑑定するような目で侍郎を見ていた

 

「ま、またエリカと試合させてもらっても良いかい?あの子との稽古が終わった後に」

 

「ええ、お願いするわ」

 

そう言ってエリカは剣術部の相津と剣道部の弥生から闘技場の一端を借りると侍郎の稽古を始めた

 

 

 

 

 

 

侍郎とエリカの稽古はエリカの圧勝だった。彼は自分の身体能力をまるで活かせておらず、真剣勝負では確実に負ける動きだと感じていると稽古を終えたエリカが凛に近づくと

 

「凛終わったわよ」

 

「分かった。じゃあ、始めますか。今日は時間がないから一本勝負ね」

 

「ええ、望む所よ」

 

そう言って凛は立ち上がるとエリカは先程は着けていなかった防具を着け、本気で試合をするのだと感じると周りにはエリカと凛の試合を見ようと部員が集まっていた

 

「「お願いします」」

 

そう言ってお互いに向き合うと礼をして試合が始まった

 

 

 

 

 

エリカにコテンパンにやられて相津に足を揉んでもらっている侍郎は二人の試合を見て戦慄していた

 

『すごい・・・二人は本当に人なのか?』

 

内心驚愕していると相津が話しかけてきた

 

「すごいだろう、あの二人は」

 

「え・・・ええ。凄いです。動きが見えない」

 

そう言って驚いていると凛がエリカに胴を当てることで試合の決着が決まった

 

「一本!」

 

「「おぉ!」」

 

エリカから一本取ったことに部員から驚きの声が上がると声を他所に凛は防具を取るとこの日は下校して行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下校した凛は少し寄り道をしてから家に帰ると弘樹が先に戻っており、ついでに達也も来ていた。達也がいる時点で何かあったのだろうと予測していると弘樹が事情を説明した

 

「実はさっき十文字先輩から手紙が届いたらしくって、それがこれらしくて・・・」

 

そう言って弘樹は凛に紙を見せると凛は違和感を覚えた

 

「これは・・・十文字先輩のやり方じゃないな」

 

凛達の先輩と言う言い方に達也は違和感を覚えたが確かに凛の言う通り、この招待状には違和感を感じていた

 

「で、こんなものをわざわざ見せる為に達也はここにきたのかい?」

 

「いや、俺が頼みたいのは当日に俺の事を送って欲しいんだ」

 

「・・・何をする気?」

 

「いや、さっき弘樹とも話したんだ。恐らく彼等は深雪やお前を使って何か考えているんじゃないか、とな」

 

「そりゃ困るねぇ。反魔法主義のダシに使われるなんて」

 

「そうだろう。その日、お前は横浜港に用事があるそうじゃないか。ついでだから送ってもらおうとな」

 

「・・・はぁ、あんたは本当元造に似て人使いが荒いわね・・・分かったわよ。だけど良いの?私はただでさえ情報部から危険視されているのに」

 

「いや、むしろ俺との関わりを情報部に見せつけておけば襲われる可能性も下がるんじゃ無いか?」

 

「うーん・・・まあ、確かにそうなんだけどさ・・・」

 

そう言って凛は苦笑しながらも返事をしていた。だが、この行動によって逆の情報部は凛のことを危険視する羽目になってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、エリカがある男子生徒に唾をつけたことで話題となった。だが、その生徒が凛にも目を付けられた噂がが駆け巡ると凛のことをよく知っている上級生は全員がその男子生徒に『ご愁傷様』と心の中でその男子生徒の無事を願っていた



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八雲の警告

三年生に進級しても、達也は毎朝可能な限り八雲の寺に通っている。高校に入学したばかりの頃は全戦全敗だった組手も、今では勝率五割になっていた。だからといって、達也は自分の実力が八雲に並んだとは考えていない。元々達也と八雲では得意とするものが異なる。情報収集や潜入工作や対人戦闘と言った日常的に役に立つ分野では、自分の実力は八雲に遠く及ばないと自覚している。

比べる対象を一対一の戦闘に限ってみても、達也は八雲と対等に遣り合えるのはお互いの姿が見える状態から「用意、始め」で戦いが始まる場合だけだ。殺し合いなら最終的に達也が勝つだろうが、それまでに多くの物を失う事になるだろう。ただ相手を殺すだけの勝利に意味はない。

とはいえ、そういう戦う意味を奪い去ってしまう類の技術が伝授されることを期待して、達也は八雲の許に通っているのではなかった。達也は八雲の弟子ではなく、鍛錬の相手だ。これまでは達也の方が弱かったから八雲に鍛えてもらっていただけであり、組手の技量が釣り合うようになってようやく、お互いに益がある練習相手になったと言える。

今朝最後の対戦を敗北で締め括り、達也は挨拶をして帰宅しようとしたが、その彼を八雲が呼び止めた。

 

「あ、達也くん。ちょっと」

 

「なんでしょうか」

 

そう答えた直後、達也は周りの空気が変化したのを感じた。雰囲気が変わったという意味ではなく、達也と八雲を包んで音を通さない空気の壁が出来ていた。

 

『遮音結界・・・俺が知ってる術式とは別のものだな』

 

「十文字家から招待状が届いているだろう? 誰が出席するんだい?」

 

「もう知っているんですか・・・」

 

「僕は忍びだからね」

 

八雲の得意げな決め台詞は何の説明にもなっていないのだが、達也は時間が無駄になると分かっている問答に労力を割かなかった。

 

「まだ本家の許可を得ていませんが、俺が一人で出席するつもりです」

 

「そうだね。その方が良い」

 

「なにか不穏な動きがあるんですか?」

 

「直接的な危害を加える類の企みは、今のところないみたいだね」

 

「間接的な攻撃を企てている者はいるという事ですか?」

 

「攻撃のつもりは無いんじゃないかな」

 

「そうですか」

 

八雲が何を言おうとしているのか、なんとなく分かったような気もしたが、達也は根拠のない不確かな推測をそこで中断した。

 

「危ない事があるとすれば、会議が終わった後だろうね」

 

「分かりました。警戒します」

 

「達也くん、余り甘く考えない方が良いよ。社会という怪物には牙も爪も無いけど、人一人くらい簡単に食い殺せるからね」

 

達也自身に対してであれば、なにが襲いかかろうと恐れる必要は無い。この時達也は、深雪のガードを強化するために本家から応援を呼ぶ必要があるかもしれないと考えていたのだが、そんな達也に八雲から突如警告が浴びせられ、達也は頭から氷水をぶっかけられたような気がした。

 

「・・・肝に銘じます」

 

彼は八雲の真意が分からぬまま、半ば反射的にこう答えた。すると八雲はさらに付け加えた

 

「それともう一つ。凛くんに伝えて欲しいことがある」

 

「何でしょうか」

 

「『彼から動き出した』そう彼女に伝えておいてくれ」

 

「・・・分かりました」

 

彼らと言う言葉に達也は疑問を抱くもその事を凛に伝えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉真夜の朝は、それほど早くない。今朝は少し遅めの八時半に起床し、朝食を終えたのはその一時間後。そのタイミングを見計らって、背後に控えていた葉山が恭しい口調で真夜に話しかけた。

 

「真夜様、達也様よりビデオメールが届いております」

 

「たっくんから? こんな朝早くにどうしたんだろう?」

 

「届いたのは昨晩。奥様がお休みになられた後の事です」

 

「そんなに急ぎの用件ではない、という事かしら」

 

「はい。達也様は『見ていただくのは翌朝で構わない』と仰せでした。恐らく、真夜様がお休みになられているのを分かっていてあの時間に送ってきたのではないかと」

 

葉山の答えを聞いて、真夜は逆に興味を惹かれたようだった。

 

「分かりました。ここで見させてもらいます」

 

「かしこまりました」

 

葉山が部屋の隅に控えていたメイドたちに合図を送り、食器の片付けと並行してスクリーンを用意し、真夜の前に整列し腰を折る。主が頷くのを見て葉山が退出を命じ、全ての扉を施錠して防音壁を下ろすスイッチを入れた。

ビデオメールは長さが三分も無い、簡潔なものだった。最後まで見終わって、真夜は「ふふふ」と小さな笑い声を漏らした。

 

「こんな些細なことまで私の許可を求めてくるなんて、たっくんも案外可愛らしいことね」

 

「奥様にとっては好ましい事かと存じます」

 

「それはそうね。でも私の息子だと公言した時点で、たっくんには大きな自由を与えたつもりだったのだけど。伝わっていなかったのかしら」

 

真夜が小首を傾げている姿は、おそらく誰の目から見ても白々しかった。

 

「四葉家の者として当然の心構えを、達也様は堅持なさっているのだと私めは愚考します」

 

「そういう言い方もあるわね」

 

真夜は醒めた口調で呟いた。今朝も葉山が自分のジョークに乗ってこなかったので、白けてしまったようだ。

 

「ところで奥様。達也様から申請があった件については、如何なさいますか」

 

「もちろん、許可するわ。たっくんには私の息子としての裁量権を与えているのだもの」

 

「では、私めがそのようにお伝え致します」

 

「本当は私が話したいのだけど、たっくんも学校があるだろうし、あんまり時間を掛けるのも悪いものね。あぁ、それから今後はこの程度の事なら私の許可を求める必要は無いって言っておいてちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

少しつまらなそうに命じる主を見て、葉山は楽しそうな笑みを浮かべながら恭しく腰を折って承知の意を伝えたのだった。



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九島家の招待状

十文字家当主からの書状が九島家に届いたのは、達也がそれを手にした翌日の正午前だった。思いがけない招待状に兄たちが騒いでいるのを、九島光宣はテレビ画面でも見るようにぼんやりと見つめていた。今日は平日で、本来ならば学校にいるはずの時間だが、光宣は昨日の夜から熱を出していて、今日は学校を休んでいた。第二高校生徒会副会長の光宣は、入学式に関わる多忙な日々に疲労を溜め込んで体調を崩してしまったのだ。凛の処方してくれた薬のお陰で多少はマシになったがそれでも無理をすれば簡単に体調を崩してしまう。

生徒会役員であるにも拘らず新学期早々欠席しなければならなかったことが、光宣は情けなかった。身体が弱いのは誰の所為でもない。自分の所為ですら無いと理性では分かっている・・・と真実を知らない光宣は思い込んでいる。彼は自分が不健康に生まれた理由を知らないが故に、その事で誰も恨んでいない。恨むことが出来ない。しかし他人に責任を転嫁できない分、光宣は自分を責めていた。十師族に相応しい魔法力を持ちながら、ちょっとした事で寝込んでしまう体質の所為で、その力を発揮する事が出来ない。それは、十師族に相応しい魔法力を持っていない事より質が悪いのではないかと光宣には思われた。

 

『達也さんや深雪さん、それに真由美さんたちは僕の事を認めてくれていたけど、それでも僕は自分が許せない』

 

九島家が十師族から落ちてしまった事も、彼の自虐に拍車をかけていた。十師族の地位を失ってしまった事に、光宣は無関係だ。彼に責任は無い。だが自分が九島家の後継者として、例えば九校戦のような表舞台で活躍出来ていたのなら十師族から転落する事は無かったのではないかと、光宣はふとした弾みに思ってしまう。

彼は自分を卑下するのと同時に、兄や姉の事を無意識に見下していた。祖父の九島烈より、従姉の藤林響子より、そして自分より明らかに魔法力が劣っている者として、兄と、姉と、父親を。実の姉のように彼が慕っている藤林響子が、自分の身体の治療法を探してくれているらしいが、現在までのところ進展はない。自分はこのまま九島家の行く末に関わるかもしれない重要な話し合いに加わることさえ出来ず、平凡な魔法力しか持たない兄や姉から相手にされることさえなく、陽の当たらぬ場所でひっそりと朽ち果てていくしかないのか・・・光宣は何時の間にかそんな絶望に蝕まれていた。

彼が一言も発言しない内に、十文字家当主が提案した会議には光宣のすぐ上の兄が出席する事で話は纏まったようだ。すぐ上と言っても、光宣とは七歳離れている。

 

『そういえば何故兄たちはここにいるのだろう・・・仕事中のはずなのに・・・てか、姉たちも嫁いで子供のいる身なのに、何故この家にいるのだろう・・・』

 

そんなことを考えてすぐ、光宣はでは自分はここで何をしているのだろうという考えに陥った。

 

『そうだ。僕は食事に来たんだった』

 

少し体調が戻ったので使用人には昼食は食堂で摂ると告げて、準備が出来たとの報せに足を運んでみれば、食卓に兄と姉が勢ぞろいしていたのだ。兄姉の前には手が込んだ、見た目も鮮やかな料理が並べられているのに対して、光宣の前に置かれていたのは、大量のサプリメントで味付けされた病人食のお粥だ。元々量が少なかったこともあって、光宣は既に食べ終えている。

 

『これ以上ここにいる意味はないな・・・』

 

そう考えて光宣は席を立った。椅子が立てた音で注意が向いたのか、すぐ上の兄が光宣に目を向けた。

 

「光宣、もう戻るのか?」

 

「具合はどう?」

 

その声は、食堂に姿を現した弟の挨拶に応えて以来のもので、それに続いて二番目の姉が今日初めて光宣に声を掛けた。

 

「まだ少し熱っぽいので、休んでいようと思います」

 

光宣が立ったまま答えたのは、早く部屋に戻りたいという意思表示だった。

 

「そうか・・・残念だな。お前の体調に問題が無ければ、一緒に東京へ連れていこうと思ったのだが」

 

「僕を、ですか?」

 

「光宣は四葉の次期当主と面識があったよな? もし体調が戻ったら、旧交を温めると良い」

 

「そうですね。可能なら、ぜひ」

 

光宣はそういって軽く頭を下げ食堂から出ていく。兄の思惑は見え透いており、十師族の地位を失った九島家が勢力を盛り返す為に、四葉家を味方につけたいと考えており、その為に光宣を利用できないかと考えたわけだ。

 

『四葉の次期当主か・・・』

 

光宣が達也たちと会ったのは去年の秋、半年前の事。共に過ごした時間はわずか数日間。実質的に別行動ったり自分が体調を崩して寝込んだりしていた日があったから、本当に一緒にいたと言えるのは正味で二日間だけだ。しかしその二日間の記憶は、光宣の中で輝いていた。

 

『奈良を案内し、春日山の麓で外国人の手先になった魔法師相手に共闘した事。その外国人魔法師、周公瑾の手掛かりを求めて京都を歩き回った事。あの二日間は、自分が魔法師として本来あるべき姿でいられた時間だった気がする。その後、周公瑾本人と対峙して逃走を阻止しているが、あれは単なる作業だった。大した相手ではなかったし、出来て当然の事だ』

 

今となっては、不甲斐なく病に倒れ看病された日の事も、少し恥ずかしくはあるがいい思い出だと思っている。水波のような友人を持っている達也と深雪の事が、光宣は正直羨ましかった。

 

『東京に行けば、達也さんや深雪さん、そして水波さんと再会できる。それは兄のくだらない思惑を差し引いても魅力的だな。それに、神木さんには御礼しに行かないと』

 

部屋に戻りベッドに倒れ込んだ光宣は、兄の思惑如きが達也の邪魔をしないだろうなと考え、当日東京に行ければいいなと考え始めていたのだった。



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一条家の招待状

将輝が招待状の事を知ったのは、学校から家に帰った後だった。

 

「失礼します」

 

帰宅してすぐ、将輝は父親が寝ている部屋を訪ねた。一昨日の不審船との戦闘で原因不明の衰弱状態に陥った一条家当主・一条剛毅は、病院に入院せず自宅療養している。

 

「将輝か、入れ」

 

戦闘でダメージを負った剛毅は満足に起き上がれない状態だが、意識はある。正常な状態よりは眠っている時間は長いが、起きている時は思考もはっきりしている。自宅で療養する事は剛毅本人の希望だった。

 

「親父、起きていて大丈夫なのか?」

 

「ああ。今日になってだいぶ、手足に力が戻ってきた」

 

剛毅は電動ベッドのリクライニングを起こして、もたれかかる体勢で座っていた。将輝にそう答えて、剛毅はベッドの横に控える部下に「次だ」と指図する。

部下との会話の中で、剛毅が入院する原因となった不審船に触れているのを聞きつけて、将輝は思わず口を挿んだ。

 

「親父、新ソ連の船は姿をくらましたんじゃなかったのか?」

 

「所属不明船だ。新ソ連の物と確定してはいない」

 

「公式の話じゃないんだから別にいいだろ。それとも親父は、あの船が新ソ連以外からやってきた可能性があると本気で信じているのか?」

 

「・・・不審船は行方不明のままだ。もしかしたら自沈したのかもしれない」

 

「証拠隠滅か。捜索と言っていたのは・・・残骸を探して海底から引き揚げるつもりか?」

 

「あるいはそうなるかもしれない」

 

さっきから剛毅の回答は、なんとなく要領を得ないものだった。断定的な物言いを避けている印象がある。まるで第三者の耳を警戒しているみたいに・・・。

 

「そうか」

 

将輝は短くそう答え父親との会話を切り上げ、今日も病室に来てくれている「第三者」に話しかけた。

 

「津久葉さん、本日もありがとうございます」

 

「どういたしまして。ご当主様も少しずつ回復されているご様子で、私も無能を曝さずにすんで、ほっとしております」

 

あの日、剛毅が運ばれた病院では治療法どころか衰弱の理由も分からず、家族は不安に押しつぶされそうになっていた。娘の茜と瑠璃は時々声を押し殺して泣いていたし、妻の美登里は気丈に振る舞っていたが、娘たちを元気づける為の強がりであることは誰が見ても明らかだった。将輝も平気なフリを装っていたが、内心の動揺は抑えられなかった。そんな彼女たちに手を差し伸べたのは、意外な事に四葉家だった。

 当日の内に剛毅の症状を探り出した事には警戒心を禁じ得なかったが、なにをすればいいのかさえまるで分からなかった剛毅の治療に、専門家を派遣するという提案には縋りつかずにはいられなかった。そうしてやってきたのが将輝の目の前に立つ女性、津久葉夕歌だ。

 

「父は・・・回復していますか?」

 

一昨日は首も動かせない、声も出すのも苦労する状態だった。昨日はまだベッドに寄りかかっても身体を起こせなかった事を考えれば、自力ではないにしても起き上がれたのは大きな前進だ。しかし見かけは良くなっても実は病状が悪化しているというケースを時々耳にするので、将輝は安心出来なかったのだ。

 

「治療に関しては手探りの部分が多いので何時頃完治するかは申し上げられませんが、状態は着実に改善しています。大丈夫、治りますよ」

 

「心配するな、将輝。何時までも寝てはいられないからな。すぐに良くなってみせる」

 

「さて、今日はこれで失礼しますね。また明日、参りますので」

 

夕歌が一礼して部屋を去ろうとしたのを見て、剛毅は部下に玄関までの案内を命じた。将輝はそれを人払いだと感じた。

 

「将輝」

 

「なんだ、親父」

 

「そこに封筒があるだろう? お前宛だ。開けてみなさい」

 

「あぁ・・・」

 

何故そんなことを指図されているのか分からず、しかしとりあえず拒否する理由もなく、将輝はサイドテーブルに置かれた封筒を手に取り、そしてすぐ表情を引き締めた。

 

「十文字殿からの書状・・・?」

 

封筒の裏に書かれた差出人の使命を読み取り、ペーパーナイフを手に取り慎重に開封した。手紙を送ってきた相手が相手なので、万が一にも中の書状を破損させて用件が読めなかったなどという事は避けなければならない。

 

「・・・何が書いてあった」

 

「・・・招待状だ」

 

「何の」

 

食い入るように手紙を読んでいた息子の目が止まったのを見計らい、枕の上で首を捻って顔だけそちらに向けて剛毅が尋ねる。

 

「二十八家から三十歳以下の魔法師を集め、反魔法主義にどう対処していくかを話し合う会議を開きたいと十文字殿は提案している。会議の開催は次の日曜、場所は横浜の魔法協会関東支部だ」

 

「今度の日曜? 随分急だな・・・十文字殿は横槍を入れさせたくないのか」

 

「横槍? 何処から横槍が入るというんだ?」

 

「例えば国防軍。あるいは警察当局」

 

「・・・政府が十師族の邪魔をするというのか?」

 

「そういう可能性があるということだ」

 

剛毅は困惑している息子に説明して納得させようとはしなかった。こういう事は自分で理解し納得するしかないというのが、剛毅の教育方針だからだ。

 

「それより、どうするんだ?」

 

「出席する。侵略者の動向は気になるが、蚊帳の外に追いやられるわけにはいかない」

 

「その通りだ」

 

剛毅は将輝の決断にお墨付きを与える。反対されるとは考えていなかったが、それでも明確に認められたことで「もしかしたら」という不安が消える。その代わりに、別の心配事が将輝の意識に浮かび上がった。

 

「親父・・・こういう場合は、やはり手紙で返事を出すべきだよな?」

 

「当然だ」

 

「・・・なんて書けばいいんだ?」

 

剛毅はあっさり答えたが、生憎将輝は十師族間で遣り取りする正式な書面を作った事が無い。途方にくれた声で尋ねる息子を、剛毅は「情けない・・・」という眼差しで見返したのだった。




個人的に将輝がキャラの中では一番好きな気がする。深雪の件を除けば・・・


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十山家の来訪

投稿主がキャラクターの中で一番嫌いな人物


四月九日の夜。大学から帰宅した克人は、客が待っていると家人から伝えられた。

 

「何時から待っているんだ?」

 

「三十分ほど前からです」

 

克人の質問に家政婦が答える。その答えを聞いて克人は着替えもせずに応接間に急いだ。約束も無く押しかけてきた相手とはいえ、ぞんざいに扱っていい相手でもなかったからだ。

 

「お待たせしました」

 

応接間に入るなりそう謝罪した克人に、スーツ姿の相手の女性も立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

 

「こちらこそ、お留守の間にお邪魔してしまい申し訳ございません」

 

「いえ。ただご連絡くだされば、もっと早く帰って参りましたが」

 

克人の非難めいたセリフに、相手の女性は恐縮したような態度を取って見せた。克人がソファに戻るよう勧め、二人は同時に腰を下ろした。

 

「お久しぶりですね。十文字家御家督継承、遅ればせながらお祝い申し上げます」

 

「ありがとうございます。二月の師族会議でお目に掛かれるかと思っておりましたが」

 

「あら、これは失礼しました。ご存じの通り、私は家の方針で軍務に重点を置いておりますので……十山家の事は弟に任せております」

 

本人が言った通り、彼女は師補十八家・十山家の人間だ。名は『十山つかさ』。ただし軍では『遠山つかさ』を名乗っている。言うまでもなく氏名の詐称に他ならないのだが、彼女の場合は上官も承知の上だ。実質的に陸軍情報部を牛耳っている諜報畑の黒幕的実力者と十山家の密約により、彼女は身分を隠して情報部の超法規的任務に従事しているのだった。

 

「でしたら、本日は国防軍に関係したご用件でいらっしゃたのですか?」

 

「いえ、そういうわけではないんですが」

 

「では、ご用件は何でしょう?」

 

十山つかさは感情が全く籠っていない笑みを浮かべ、ジェスチャーをまったく伴わなず言葉だけで克人の問いに否を返した。

克人の性急とも思える話の進め方にも、つかさは嫌な顔一つ見せない。今年二十四になるつかさと克人との歳の差は四つ。しかしもっと年が離れていても、普通ならば克人を前にしてこれだけ落ち着きを保つことは難しいだろう。彼女もまた「十」の数字を冠するに相応しい教育を受けて育ったに違いない。

 

「克人さんからご招待いただいた件です。まことに申し訳ございませんが、十山家はご存じの通りの事情を抱えておりますので、欠席させてください」

 

「そうですか・・・残念ですが、致し方ありませんね」

 

つかさが言う「十山家の事情」とは、十山家と国防軍のつながりの事だ。十山家は第十研で首都防衛の最終防壁として生み出された。十山家は国民を守る為というより国家機能を守る為の魔法師だ。国防軍との関係は、二十八家の中で最も強い。

十師族は魔法師が国家権力によって使い捨てにされない為の仕組みとして、日本という国家に口答えする為の組織として作られたものだ。ただ十山家は、十師族体制の中枢に参加していながら決して十師族にならない、十師族として国家に魔法師の利害を主張する事が許されない一族だった。

この事を知っているのは、同じ第十研で作られた十文字家のみ。もしかしたら他にも、知っていながら知らないふりをしている家があるかもしれない。しかし、十山家が自分のスタンスを明らかに出来る相手は十文字家だけだ。会議参加者から十山家が欠席した事を問題にされれば、二十八家内部における十山家の立場が悪化するかもしれない。

 

「欠席の理由はどうしますか?」

 

「それをご相談したいと思いまして。是非とも克人さんのお知恵をお借りいたしたく」

 

いくら国防軍がバックについていると言っても、魔法師開発研究所で作り出された同じ境遇の魔法師集団から爪弾きにされるのは、やはりデメリットが大きすぎる。だからそうならないように上手い言い訳を考えてほしいとつかさは言っているのである。

 

「十山家以外にも、欠席を申し出てきた家はあるのではありませんか?」

 

十文字家当主の座に就いたばかりの克人が、十師族当主として初めて二十八家の魔法師に呼びかける、試みとしても初めての会議。出席を断るのは心理的にかなり難しい。また、欠席裁判のような不利益が生じるとは考えられないが、旨みのある話に乗り遅れてしまうのではないかという懸念は拭い去れない。しかし何しろ急な話しだ。自分たち以外にも欠席すると回答してきた家があるのではないか。つかさがこう考えるのはある意味で当然だった。

 

「回答自体はまだ数件ですが・・・七夕家から欠席するとお詫びの書状をいただきました」

 

「どのような理由で?」

 

すかさず発せられたつかさの問い掛けに、克人は思わず顔を顰めた。他人の手紙の内容を知りたがるのは、あまり礼儀に適っているとは言えない。

 

「次期当主殿が防衛大に在籍しているから、という理由ではありませんか?」

 

「・・・そうです」

 

克人が回答を躊躇っている間に、つかさは自分で答えを出した。彼女の推理は完全に的中していたので、克人は渋々頷いた。

 

「そうすると、同じくご子息が防衛大在学中の一色家、ご子息が軍務についておられる五頭家、八朔家は会議を欠席しそうですね」

 

「つかささん、あまり嬉しそうに言わないでもらいたいんですが」

 

「安心しました。我が十山家も同じ理由で欠席させていただきますね」

 

「・・・承りました」

 

にこにこしているつかさとは対照的な、ムッとした顔で克人が頷く。自分の招待を笑って蹴飛ばすつかさの態度は愉快なものではなかったが、十山家と国防軍の裏事情を知っているだけに、出席を無理強いする事は出来なかったのだ。




今日から毎日7時投稿の予定です


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つかさの狙い

克人はそろそろ、つかさの相手をすることに疲れていた。真由美と話している時、しばしば感じる居心地の悪さとは違う。真由美には、悪気はあっても悪意はない。彼女は本質的には善良な人間だ。

それに対してつかさは、悪気も悪意も無い代わりに善意まで欠如している。彼女の発想に誰かが喜ぶから、という観点は無い。喜怒哀楽の感情はきちんと備わっているくせに、他人の喜怒哀楽を簡単に無視してしまう。

だからと言って任務に支障が無い限り、ルールやモラルに反した事はしていないから余計に質が悪いのだ。感情が無いロボットではなく、価値観が異なる異邦人でもない。なまじ不自由なくコミュニケーションが取れるせいで、彼女と話していると小さな疲労がどんどん蓄積していくことになる。だが丁度、彼女の用件も終わった。後は別れの挨拶を交換するだけだ。克人はそう思っていたのだが、それは希望的観測に基づく誤認識だった。

 

「ところで、四葉家の次期当主とその妹、司波達也さんと司波深雪さんは会議に来られるのでしょうか?」

 

「・・・返事はまだ届いていませんが、恐らく出席するでしょう」

 

「克人さんはあの二人とご面識がお有りなのですよね?」

 

「一高の後輩ですから」

 

社交的な笑みの中で、つかさの瞳が克人の眼を捕らえる。彼女の目は鋭い光を放つ代わりに、全てを呑み込む深淵を宿していた。

 

「どのような方々なのですか?」

 

「親しくしていたわけではありませんから、詳しい為人は分かりません」

 

「ご存じの事だけでも、教えていただけませんか? 少なくとも、秘密主義の四葉家の人間であるにも拘わらず、出席が任意の会議に顔を見せると判断される程度には理解されているのでしょう?」

 

『なるほど、それが狙いか・・・』

 

克人は今更ながらにつかさの真の狙いを悟った。考えてみれば、いくら口実を見つける為という目的があったとはいえ、欠席の断りを入れるだけの用件でわざわざつかさが訪ねて来るはずもない。彼女は社会の裏側で常に暗闘を繰り広げている一員で、重要な役目を担う人物。メッセンジャーが必要なら、十山家にも他に適任者がいるだろう。

彼女は四葉家の魔法師に関する情報を得るために、欠席の謝罪にかこつけて自分のところにやってきたのだと克人は理解した。克人は彼女の要求を突っぱねることも出来た。彼には、つかさの疑問に一から十まで答える義理も務めも無い。しかし克人は結局、黙っている必要も無いという後ろ向きな理由で回答に応じた。

 

「妹殿については良く分かりませんが、次期殿は信義に厳しい男です」

 

「信義に厳しい?信義に厚い性格、ではなく?」

 

「一度盟約を結べば、自分からは決して裏切らない。だが裏切りに対しては裏切りで報いる。司波達也殿はそんな人物だと、私は思っています」

 

「そうですか・・・例えば政府に、いえ、国防軍に裏切られたとしても、同じだと思いますか?」

 

「国家に対する利敵行為は働かないでしょう」

 

「軍の幹部や政府の要人には平気で敵対するという事ですね?」

 

「自分から敵対するような、愚かな人物ではありません」

 

話を不穏な方向へ誘導しようとしているとさえ思えるつかさの問い掛けに、克人はゆったりとしながらも力強い口調で応えた。

 

「しかし、絶対的な忠誠心は持っていない」

 

「あくまでも私は司波達也殿のことをそう見ているというだけの事ですが。それに、個人に対する忠誠心は無くても国に対する忠誠心は持っていると思います」

 

「独善的な愛国者というのは、教条的な平和主義者と同じくらい有害な存在だと思いますが」

 

「愛国者も平和主義者も悪ではないでしょう。実際に害を為さない限り、内輪で争うのは得策ではない」

 

「嫌ですね。十山家には、四葉家と事を構えるつもりなどありませんよ」

 

克人の鋭い視線が、つかさの柔らかな眼差しとぶつかる。克人が眉を顰めるのを見て、つかさは素知らぬ顔で、すっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。

 

「まだ何か聞きたい事が?」

 

「いえ、今日のところはこれで失礼しようと思っています。お茶、ご馳走様でした」

 

いい加減に疲れていた克人は、使用人を呼びつけつかさを玄関まで案内するよう言い付け、自分は応接間に残った。

 

「では克人さん、ごきげんよう」

 

つかさの挨拶にも無言で頷くだけに留めた克人は、つかさの姿が見えなくなったと同時にため息を吐いた。

 

「十山家には、か・・・」

 

克人はつかさに達也の事を話したことを後悔はしていない。だが、彼女が何か考えているという事は理解出来た。それがどのような考えなのかにたどりつくことは出来ない。克人にはつかさや達也のように、腹黒い事を平気で考えるだけの経験が無いし、素質も無い。基本的に善人であるがために、彼女たちの考えには同意出来ないのだろう。

 

「まぁ、司波なら何とかするだろう」

 

つかさが何か仕掛けたとしても、達也なら自分が手を貸すことなく解決するだろうと決めつけ、克人は抱いていた疑問を棚上げする事にした。

 

「だが、司波も平気で場を乱す人間だからな・・・面倒事にならなければいいが」

 

協調性は無くはないが、不利益だと感じたら平気で孤立するタイプの人間だという事を理解するだけの付き合いはあるので、克人は今度の日曜に開く会議に一抹の不安を抱いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つかさが帰った後、夕食を食べていた克人はさっきのつかさの話を思い出していた

 

『さっき彼女は司波の事しか聞かなかった。だが、彼女は彼以上に恐ろしい人物がいる事を知らないはずがない』

 

そう思い脳裏に浮かんだのは二人の姉弟だった。彼等は裏切りには粛清を持って答える。二度と地から這い上がれないように徹底的に潰す。その為には反魔法主義ですら使うだろう。そんな気質を彼等からは感じていた

 

『彼等を敵に回す事だけは断じて避けたいな』

 

克人はそんな事を思うと一瞬だけ体は震えた気がした



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計画の再始動

4月11日

 

朝の4時から凛はジョンから連絡を受けた

 

『閣下、至急お耳に入れておきたい事が・・・』

 

「あら、どうしたの?それより、貴方達監視を受けているけど大丈夫なの?」

 

『はい、この通信はGalileoを中継して通信をしております。それより、またスターズに動きがありました。どうやら今度は情報部がピックアップした魔法師を送り込み、「グレート・ボム」の戦略級魔法師を捕縛するとのことです』

 

「また、あの計画か?懲りないねぇ」

 

『ですが、既に閣下の情報は消去致しました。一応、候補者リストから閣下の名前は消えておりますが・・・』

 

「問題は、スターズの誰が来るかだが・・・」

 

『それに関してはシルヴィア・マーキュリ・ファースト准尉が主な人物です』

 

「あら、もうそこまで調べたの」

 

『はい、バレないようにするのはなかなか難しかったですが。リーナに聞いたら教えてくれました』

 

「あぁ・・・リーナにね。そりゃ簡単だわ」

 

そう言って凛は苦笑しつつもジョンソンに感謝をすると通信を切った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月12日

 

夕食を済ませて寛いでいる時間に電話が掛かってきた。

 

「このような恰好で失礼します」

 

『構わないわよ、たっくんの普段着姿は中々見られないしね』

 

ヴィジホンのカメラに向かって折り目正しく一礼する達也と、ディスプレイの中から微笑みながら達也の普段着姿を眺めている真夜。

 

『あら、深雪さんはお出かけ?』

 

「今、水波に呼びに行かせています」

 

本当は四葉本家からの電話と分かった時点で着替えに行かせたのだ。たぶん真夜にも分かっているだろうが、その事に興味は示さなかった。

 

『そう。まぁ、今日は元々たっくんに用事があって電話してるんだから急がなくても良いわよ』

 

「恐縮です」

 

『早速だけど、日曜日は午前中に会議の予定でしたね?』

 

「そうです」

 

達也がそう答えた直後、深雪がリビングに戻ってきた。もちろん、慌てて走ってきたり、ドアを大音量で開け放つなどの失態は犯さない。

 

「叔母様、大変失礼いたしました」

 

『構いませんよ、急に電話を掛けたのは私の方ですから』

 

丁寧に一礼した深雪を関心無さそうに一瞥して、真夜は中断していた話を続けた。

 

『では、日曜日の午後からこちらにいらっしゃい。久米島の件を詳しく聞かせてちょうだい』

 

「かしこまりました」

 

達也は考える素振りも見せずに承諾を告げ一礼したが、本家に顔を出すのは兎も角、問題は会議が午後遅くまで続いた場合どうするかだった。横浜から四葉本家まで距離は大したことないが時間はかかるのだ。翌日も学校で、三人同時に休むわけにはいかない。かといって深雪が別行動を承諾するとは考えられなかった。

 

「会議が長引いた場合は、途中で退席してもよろしいでしょうか?」

 

だから達也が導き出した答えは「日を改める」ではなく「会議を抜け出す」だった。

 

『あらあら・・・十文字殿が主催を務める会議でしょう?それはマズいのではなくて?』

 

「むしろ、必要以上に長い時間会議に留まると、不都合が生じるように思います」

 

『七草家のご長男は、そんなことも考えているでしょうね』

 

真夜が言ったことは、同格の十師族の間で払うべき礼儀を考えれば当然だが、達也は会議が長引けば面倒事を押し付けられる空気になるのではないかという損得を重視していた。達也はあえて言わなかったのだが、真夜が達也の考えを正確に読み取って笑いながら頷いた。

 

『もしかしたら、たっくんや深雪さんに主役を押し付けたいと考えているかもしれないけれど・・・でも十文字殿がいるから、そんなことにはならないでしょう。会議が長引く心配もしなくても大丈夫だと思うわよ』

 

「分かりました」

 

『じゃあ、日曜日はそのように。でもその前にたぶん、お仕事をしてもらう事になると思います』

 

急に口調を改めた真夜の言い方に、達也は違和感を覚えた。

 

「決定ではないのですか?」

 

『お仕事を依頼するのは私ではありませんもの』

 

「国防軍が自分に任務を持ってくるという事ですか?しかし何故母上が、そのような事を気になさるのでしょうか?」

 

四葉家で無ければ、達也に仕事を押し付けるのは国防軍だ。では何故、真夜が国防軍の任務について口にするのか。もしかしたら真夜はその任務を受けさせたくないのかもしれないなと考えていた。

 

『私も国土に外国軍を上陸させたくありませんから』

 

「・・・北海道の状況は、そんなに悪いのですか?」

 

『状況は悪くないみたいですよ。むしろあの程度の兵力で、何故新ソ連軍が強気な態度でいられるのか気になります』

 

「新ソ連が『トゥマーン・ボンバ』を使う可能性があるという事ですか?」

 

真夜が何を懸念しているのか深雪と水波には分からなかったようだが、達也がその答えを口にした事により、深雪と水波の顔色が変わった。

 

『ええ。達也さん、実を言えばね、一条殿が後れを取った魔法も規模を押えた「トゥマーン・ボンバ」の可能性が高まってるの』

 

「魔法で大量の酸水素ガスを生成し、一気に点火するのが『トゥマーン・ボンバ』の正体だとお考えなのですか?」

 

『酸水素ガスを燃料にした気体爆弾と言ったところかしら。肝心のメカニズムは全く分からないけど、佐渡沖で「トゥマーン・ボンバ」を使ったとすれば、宗谷海峡で使用を躊躇う方が不自然でしょう』

 

「それに対抗せよと?しかし敵味方の距離が近い状況でマテリアル・バーストは使用できません。酸水素ガスを燃焼させる魔法であれば威力の調節も難しくないでしょうが、質量をエネルギーに変換するマテリアル・バーストは変換対象を細かく絞り込むにも限度があります」

 

『大丈夫ですよ。国防軍も日本の沿岸近くでマテリアル・バーストを使用しろとは言ってこないでしょうから。達也さんに求められる役割は、超遠距離狙撃による敵艦艇の足止めではないかしら。それと、敵の魔法の無効化ね』

 

達也は最後の一言で、真夜が何故国防軍の後押しをするようなことを言い出したのか、その本音が分かった気がした。

 

「戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の分析をお求めですか?」

 

『達也さんでも一目で解明出来るとは考えていません。何らかの手掛かりが得られれば十分です。どんな些細なものでも構いません。最悪はお金はかかりますが凛さんに情報を売ってもらいます』

 

「了解しました」

 

『日曜日に合えることを楽しみにしています』

 

「恐れ入ります」

 

達也の答えに満足したのか、真夜はニッコリと微笑み、達也が頭を下げている間に電話を切ったのだった。



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急展開

4月11日

 

入学式から3日経ったこの日、新入生部員勧誘週間が始まったが。例年とは打って違い、大きな問題なく事が進んでいた。恐らく、深雪と達也の存在が睨みを効かせているお陰だろうと考えていると凛は本部室で部屋にいた達也、レオ、詩奈の四人は大富豪をして遊んでいた。初めは驚いた様子の詩奈だったが達也がいつもの光景だと言って詩奈も誘っていた

 

「え?良いんですか、遊んでいても。バレたら怒られませんか?」

 

「大丈夫よ。どうせ先生は来ないだろうし」

 

「ああ、それに万が一先生が来ても会頭が何とかしてくれるだろう」

 

「ああ、逃げるのは得意だからな。こいつは」

 

「おい男ども、少しは自分で何とかすると言う事を知らんのか」

 

凛が文句を言いながらもトランプを配り、四人は遊んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月13日

 

座学を受けていた凛は学校の窓から国防軍の自走車を確認し、そこに真田と達也が歩いて行ったのを見ると驚いた

 

『あれ?真田さんがいるって事は何で私たちは呼ばれなかったんだろう』

 

そう疑問に思っていると後ろから弘樹が念話で話しかけてきた

 

『姉さん。どうやら北海道で異変があったようです』

 

『やっぱりか。だが、私たちを呼ばない理由は?』

 

『それは分かりませんが。どうしますか、達也の援護ならここからでも出来ますが・・・』

 

『あまり国防軍に見せたくは無いが・・・ここは一つ、賭けてみるか』

 

そう呟くと凛達は休み時間になるまで普通に授業を受けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、休み時間中に凛達は一高の屋上でヤマトを上空に向けると弘樹が常に持っているパソコンの画面を開き衛星と繋いで映像を確認していた

 

「姉さん、こっちは準備完了。映像をそっちに送るよ」

 

「ええ、こっちも準備完了。いつでも行けるわ」

 

そう呟くと宗谷海峡から大規模な魔法発動の兆候を感じ、桜吹雪を展開すると想子を活性化させ、想子同士で共鳴波を起こし宗谷海峡一帯に魔法発動を()()()()()()空間を作り出し、達也の術式解散をスムーズに行えるようにバックアップした

 

「さて、私がするのはここまで。あとは達也の仕事ね。弘樹、片付けるわよ」

 

「はい、姉さん」

 

そう言って弘樹はパソコンを鞄にしまい。ヤマトは凛によって起動式の中に消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、凛のマンションに達也がやってきた

 

「よ、達也か。今日はどうしたんだ」

 

「いや、さっきの宗谷海峡のトゥーマン・ボンバの空間に見たことある起動式があったからな。お前達だろうと思ったんだ」

 

「・・・流石ね、でも達也の探知能力も上がってない?前の時は分かっていなかったのに」

 

「ああ、お前の植えた演算領域のおかげかもしれないな」

 

「だとしたら嬉しい成長ね」

 

そう言って凛は達也の成長を見ながらそう呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウラジオストク、新ソビエト科学アカデミー極東本部。その一角にある窓のない建物の中で、縦横高さ三メートルの筐体の中から、近代の宮殿で使われていた玉座のような椅子がゆっくりと迫り出した。その椅子に座っていたのは新ソ連の公認戦略級魔法師、イゴール・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。彼は鼻のあたりまで覆っているヘルメットをゆっくり外し、軽く頭を振って立ち上がった。

 

「あの魔法は『分解』か・・・?」

 

今回の作戦は、本気で日本侵攻を目論んでいたのではなく、下級軍人のガス抜きの為に実施された演習みたいなものだ。大亜連合と大規模紛争を終えたばかりの日本に、逆侵攻の余裕は無い。そう計算した上での作戦だった。

 

『まぁ、この読みが外れる事は無いでしょうけど・・・』

 

彼が見ていた限り、日本軍の追撃に樺太まで届く勢いはなかった。そこは計算通りだったが、唯一の計算外があったとすれば、自分の魔法を無効化した魔法師の存在だった。

 

『いったい何者なんですかね・・・少なくとも我々の艦隊を全滅させた魔法師ではありません・・・もしや大亜連合艦隊を殲滅した、質量・エネルギー変換の戦略級魔法師でしょうか・・・』

 

ベゾブラゾフは独り、心の中で呟く。彼はたった一度の交錯で、真実に大きく迫っていたのだった。



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若手会議

個人的に若手会議の内容が好きではないのでカットさせていただきました


4月14日

 

二十八家の若手会議のある日に、達也の送迎をお願いされている凛は司波家の前に一台の車を停めていた

 

「・・・遅いな」

 

そう思っていると達也がスーツ姿で家から出てきた

 

「お、来たか」

 

「すまない、少し準備に手間取った」

 

「大丈夫よ。まだ時間はあるわ、行くわよ」

 

そう言って達也を車に乗せると行き先を魔法協会関東支部に設定した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若手会議に向かう途中、凛は盗聴器を仕込んだネクタイピンを渡した

 

「じゃあ達也、それ付けておいてね」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って達也はネクタイピンを受け取るとそれを付け、凛がパソコンで通信状況を確認した

 

「オッケー、通信も良好ね」

 

「ああ、相変わらずの工作上手だ。見分けがつかないな」

 

「そりゃそうでしょう。だって私が作ったものだもの」

 

そう言って車内で二人は話していると車は魔法協会関東支部に到着した

 

「じゃあ、達也。またね」

 

「ああ」

 

そう言って凛は車を走らせ、達也は車を見送ると魔法協会の中へと入って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也を送った後、凛は一旦マンションに戻ると変装をして別人となると達也を乗せた車から乗り換えて何食わぬ顔でマンションを後にした

 

「これで情報部の目は欺いた。あとは荷物を届けるだけ」

 

そう言って凛は車を港まで走らせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

港に到着すると凛は既に停泊していた船に車ごと載せると凛を乗せた船はそのまま進路を三笠島へと向けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三笠島は20世紀初めに海底火山噴火でできた東京湾沖合にある島で名前の由来は同時期に日露戦争で連合艦隊旗艦を務めたた戦艦三笠の名前から取られている。大きさは約5キロ平方メートルと中にPMCの訓練場や飛行場を置くには十分な大きさだった。さらに、海中では地下ドックも建造されている、ガルムセキュリティーが日本における拠点であった。

そんな三笠島に凛が到着をすると出迎えたのは沖縄で凛に連絡をしたトゥーナだった

 

「お待ちしておりました閣下」

 

「ええ、待たせてしまったようですね」

 

「いえ、私も着いたばかりですので」

 

「じゃあ、早速荷物を持ってきたから機体を見たい。見せて貰えるかい?」

 

「はい、準備は万端です」

 

そう言うと凛は車の中から厳重にロックされたジュラルミンボックスを取り出すとそれを台車にそっと乗せるとトゥーナが台車を押し、港近くにある地下格納庫に入り、トゥーナがライトをつけるとそこには真っ赤に塗装された一機の機体が駐機してあった。その航空機はコックピットがなく、代わりに無数の高性能カメラが取り付けられていた。それを見た凛は驚きの声をあげていた

 

「これが・・・ファルケンか・・・」

 

「ちょうど昨日に調整が終わり、今はいつでも飛ばせる状態です」

 

「じゃあ、最後のパーツを取り付けよう」

 

そう言って凛がトゥーナに運ばせたジュラルミンケースを開けるとそこには三つの大きめ筒状の水晶が丁寧に梱包されていた。その水晶には魔法式が刻印されており、凛はその水晶を手に取るとコックピットを開いて椅子の下にある空間にその水晶を差し込むと水晶に電流が走り、電流を中心に水晶が赤くなるのを確認すると凛は満足げな顔をした

 

「よし、これで準備完了。この機体の兵装システムは完成したわね」

 

するとそれを聞いていたトゥーナが少し喜んだような声が聞こえ、凛はトゥーナに残った水晶を渡すとこの水晶の複製を頼むと凛はファルケンを見ながらコックピットに乗り込み、トゥーナから今後の予定を聞いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛が三笠島に到着した頃、達也も魔法協会関東支部の一室で会議に参加していたが、七草家の智一が深雪を矢面に立たせる意見に真っ向から対立していた。だが、深雪を生贄にするようなこの意見に反対の意を示し、会議はギズギスした雰囲気で終了となっていた




事前報告
お盆期間中(8月6日〜16日)は一日2回投稿を目指します


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つかさの策略

兄が出席している横浜ベイヒルズタワーの会議室で、ブリザードが吹き荒れているとは露知らず、詩奈は自主トレの為、第三研を訪れていた。

第三研・・・魔法師開発第三研究所は、十箇所あった魔法師開発研究所の内、今も元の看板のままで稼働している五つの研究所の一つである。第三研は閉鎖されずに残った五箇所の魔法師開発研究所の中で、最も活発に動いていると言えるだろう。

第三研の研究テーマは、マルチキャストの技術の向上。同時に発動可能な魔法数の限界を極める事。それは十師族以外の魔法師にも有効な技術だ。特に軍の魔法師にとっては、千葉家の白兵戦術と並び、個々の兵士の戦闘力を向上させる技術として重要視されている。

その当然の帰結として、第三研には多くの軍人魔法師が出入りしている。軍の研究者も少なくないが、やはり多いのは現役の戦闘魔法師だ。

そんな環境で子供の頃から訓練を積んでいるので、詩奈はおっとりした外見に反して戦闘力もかなり高い。耳に原因不明のハンディを抱えていなければ、三矢家でも随一の戦闘魔法師になれるだろう――というのは、父親の三矢元が残念そうな、ではなくホッとした表情で語っている事だ。何故残念がっていないかというと、詩奈が戦闘魔法師の道に進む心配が減ったからである。

また詩奈は、第三研に足繁く通っている軍人と知り合う機会も多い。特に同じ二十八家の彼女は、親しい知り合いの一人と言えた。

 

「あっ、つかささん」

 

「あら、詩奈ちゃん。今日もトレーニングですか?」

 

国防陸軍情報部所属。遠山つかさ曹長。ここでは「遠山」を名乗っているが、つかさが「十山」であることを詩奈は早い時期から知っていた。

 

「侍朗くんは一緒じゃないんですね」

 

つかさの何気ない一言に、詩奈が拗ねた表情を浮かべる。

 

「侍朗くんは千葉家の道場に行きました」

 

「千葉家に?」

 

「はい。入門するつもりじゃないかしらと思います」

 

つかさは失笑を抑えて、誠実そうに見える表情で詩奈と改めて目を合わせた。

 

「侍朗くんの特性を考えれば、千葉家の剣術は彼の為になると思います。入門ではなく、武者修行と考えてあげれば良いじゃないでしょうか」

 

「・・・それ、どう違うんですか」

 

「あら、余り違いませんね」

 

つかさが片目を閉じてお茶目な笑みを浮かべると、詩奈もつられて笑顔になった。

 

「ところで詩奈ちゃん。魔法科高校はどうですか? いろいろ大変ではありませんか」

 

「思ったほどではありません。これから大変になるのかもしれませんけど」

 

「生徒会長があの四葉家の縁者なのでしょう?」

 

「あっ、そっちも大丈夫です。それは、すっごく綺麗な人で緊張しちゃいますけど、最初に想像していたような『怖い』って感じはありませんでした」

 

「そうですか。だったら、少し私の仕事を手伝ってもらえませんか」

 

つかさは打ち解けた雰囲気になったところで、さりげなく頼み事を切り出した。

 

「えっ、つかささんのって・・・情報部のお仕事ですよね?」

 

「ええ。ですが、そんなに難しくはありませんよ。要人救出の訓練の、人質役を探しているのです」

 

「・・・そういうのって情報部のお仕事なんですか?」

 

「私がいる部署は防諜が任務ですからね。情報流出を防ぐために、誘拐された要人の奪還なんかも担当していますよ」

 

「私に務まるでしょうか?」

 

詩奈は迷った素振りを見せているが、本音ではかなり乗り気になっていた。実はかなり好奇心が強い質なのだ。そして、詩奈が乗り気になっている事はつかさには筒抜けだった。

 

「大丈夫ですよ。拘束時間も、半日程度ですし」

 

「うーん・・・少し考えさせてください」

 

「ええ、良いですよ。では、詳しい事は決心がついてからという事で」

 

「えーっ、先に教えてもらえないんですか?」

 

「一応、決まりですから」

 

既に詩奈は、好奇心に負けそうになっている。これなら引き受けるのは確実だろう。同じ一高の、しかも同じ生徒会の一年生が人質になったと聞けば「彼」も無視する事は出来ないはずだ。

 

『『彼』をテストする良い駒が手に入ったわね』

 

つかさは優しげな笑顔の下で、妹分とも可愛がっているはずの詩奈の事を、そんな風に考えていた。

 

「ちなみに、家の人とかには話しても良いですか?」

 

「詩奈ちゃんが決心したら、こちらからお家の方には話を通しておくので、詩奈ちゃんからは何も言わないでくれるかしら。もちろん、侍朗くんにも内緒よ」

 

「でも、私が侍朗くんに黙っていなくなると、彼凄く心配するんですが」

 

「三矢家の人から矢車家にも話してもらいますし、その流れで侍朗くんにも情報は行くはずですよ」

 

「なら、安心かな・・・ちなみに、人質役って大人しく捕まってるだけで良いんですか?」

 

「そういう事も、詩奈ちゃんが参加してくれればお話しします」

 

「ちぇ。少しは情報が聞き出せるかなと思ったんだですけどね」

 

「腹の探り合いは私の領分ですもの。詩奈ちゃんに負けたりはしないわよ」

 

「難しいですね」

 

騙し合いや腹の探り合いなど、詩奈の性格を考えれば向いていないのだが、彼女はそっち方面でも頑張ってみようと思うだけの向上心があった。つかさは笑顔の裏で、詩奈が執拗に内容を探ってくることに対して面倒だと思い始め、訓練を適当な所で切り上げて第三研から去るのだった。



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勝手な約束

三笠島で新型航空機の視察と最終パーツの取り付けを終わらせてきた凛がマンションに戻ったのは夜8時を回ったところだった。マンションに戻ると弘樹が凛にさっきあった事を話していた

 

「姉さん。遅かったですね」

 

「ええ、ちょうどファルケンをちょっと飛ばしてみたのよ。自分の設計した航空機がどんな感じなのかって思ってね」

 

「そうでしたか・・・あ、そういえばさっき真夜さんから連絡があって。巴焼島の研究所の資金提供の感謝とそのお礼の件を話していました。一応、僕が返事をしておきましたが。よかったでしょうか」

 

「ええ、それで十分よありがとう弘樹。今度稲荷寿司作ってあげるわね」

 

「あ、有難うございます」

 

そう言って弘樹は嬉しそうにキッチンの棚からハーブティーの入った缶を取り出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十八家の若手を集めた会議の翌日、三矢家は厄介な客を迎えた。来訪者の名は、十山つかさ。国防陸軍の女性士官で、軍の名簿には『遠山つかさ』で登録されている。対外的に『遠山』を名乗っているのではなく、本名として届けられているのだ。

つかさは同じ二十八家の魔法師だが、十山家は一度も十師族に選ばれた事が無いから、二十八家内の序列では三矢家より下になる。だが国防軍の中枢と深くつながっている遠山つかさを、三矢家は疎かに扱う事ができない。それどころか、多少の無理なら聞き入れなければならないのが、三矢家と国防軍とつかさの関係だ。詩奈がつかさと顔見知りというのも実のところ、三矢家が十山家に便宜を図らなければいけないという関係性の副産物だった。

当然の心情だろうが、十山家との関係の実情を知っている三矢家の大人たちは、つかさに対して好意的ではない。それはつかさ本人にも分かっていたが、彼女は自分が好かれていないことを全く気にしていなかった

 

「お忙しいところすみません」

 

「いえ、お気になさらず。それで本日はどのようなご用件ですか」

 

つかさの形式的な挨拶に対し、当主の三矢元が性急に用件を尋ねる。「早く用事を済ませて帰れ」と言わんばかりの態度に、同席している長男の元治が父親を咎めるような視線を向けるが、元は気づいていない。彼は意識をつかさに集中していた。

 

「昨日の会議のこと、伺いました」

 

「・・・そうですか」

 

 しかしつかさには、話を手早く終わらせるつもりはないようで、元が仕方なく、という声音で相槌を打った。

 

「十山さんもいらっしゃるかと思っていたのですが」

 

「家の事は弟に任せていますので」

 

このまま父親に任せていると喧嘩になる。そう感じた元治が横から、多少は愛想のいい声で口を挿んだが、つかさが型通りの愛想笑いで、答えになっていない答えを返したのを受けて、元治は取り繕うのを止めた。

 

「それで、昨日の会議が何か?」

 

「たいそう和やかな雰囲気の中で、皆さん親睦を深められたそうですね」

 

「ええ、おかげさまで」

 

「ただ残念な事に、最後の方で協調ムードを乱された方がいらっしゃったとか」

 

「・・・そんなに深刻な雰囲気ではなかったですよ」

 

「そうですか?」

 

元治が返した無難な答えに、つかさは冷ややかな眼差しで応じた。

 

「四葉家の方は会食にも参加されなかったとか」

 

「先約のご用事があったようです。さらに言うなら、協調ムードと十山さんは仰られましたが、あれは七草家が我々を扇動して四葉家の方を担ぎ上げて反魔法主義者を煽るような事をしようとしたところを達也殿が正論を言ったに過ぎないかと」

 

元治が達也を弁護しているのは、十山家と四葉家の争いに巻き込まれるのを避けるためと、智一やつかさのように自分たちに都合よく物事が進むものだと考えている態度が気に食わないからだ。達也が魔法師の結束を乱しているという結論になれば、三矢家としてもそれに対処するつかさに協力しなければならなくなる。だから元治は結束を乱そうとしているのではなく、もっと考えるべきだと注意しただけだと主張した。

 

 だがそれは無駄な努力で、つかさの結論は最初から決まっていた。

 

「司波達也さんの非協調的な態度については、我々も懸念しております」

 

「我々というのは、国防軍ですか?」

 

「そうです。私どものセクションとしましては、司波達也さんが治安維持の妨げにならないかどうか、テストしてみる必要を感じています」

 

「司波達也殿は軍人ではありません。国防軍に、そんな権限はないでしょう。無論十師族にも、十山家にも四葉家の人間をテストする権限など無いはずだ」

 

聞き捨てならないと感じたのか、それまで息子に話を任せていた元が口を挿んだ。しかしその程度の正論で、つかさは畏れ入らなかった。

 

「権限はありませんが、テストはできますでしょう?」

 

「・・・それで十山さんは、我々に何をお求めなんですか」

 

つかさが元に、ニッコリと笑い掛けるが、その笑顔には少しも心が篭っていなかった。どうやらつかさの悪巧みの片棒を担がされるのは決定事項なようだと諦めを含んだ元の問い掛けにも、つかさは愛想だけの笑いを崩さないまま答えた。

 

「私たちの演習に詩奈ちゃんを貸していただきたいんですよ」

 

顔色を変えた元の機先を制するように、つかさが話を続ける。

 

「演習といっても、なにも危ない事はありません。それに、詩奈ちゃんの同意はもらってあります」

 

「何時の間に・・・」

 

元治が呆然と呟く横で、元が忌々しげに舌打ちをする。その程度の無礼はどうでも良いという気分に、元はなっていた。

 

「どうせ私に拒否権は無いんでしょう」

 

「そんな事はありません。私は三矢さんに、快く協力していただきたいと思っています」

 

白々しいという以外に表現のしようがないつかさの言い草に、元はもう一度舌打ちした



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琢磨の意見

4月16日

 

一高は放課後を迎えていた。達也は一度生徒会室に顔を出した後、深雪に断ってロボ研のガレージ横に来ていた。見回りではない、ピクシーのメンテナンスでもない。達也は後輩から呼び出されてここに来たのだ。

 

「先輩、こんな所にわざわざすみません」

 

「何か内密の話があるのだろう?」

 

「内密と言いますか・・・会長のお耳に入れたくない事でしたので・・・」

 

「聞かせてくれ」

 

言い淀む琢磨に、達也は言葉で続きを促した

 

「昨日、先輩たちがお帰りになった後の事です」

 

「まだ七草さんが何かを企んでいるのですか?」

 

「会食の席での事か。察するところ、俺の悪口で盛り上がったんだろう」

 

「いえ、決して盛り上がってなど・・・一条さんも六塚さんもいらっしゃいましたし」

 

つまり、達也を悪し様に言う向きはあったという事だ。

 

「先輩は、ご自身の発言が七草さんの不興を招くと分かっていて、あえて発言したんですよね? 何故そんなことを?下手をすれば他の二十六家も敵に回す事になりかねなかったんですよ?」

 

琢磨が言う二十六家とは、四葉と七宝を抜いた残りの家の事だ。彼は間違っても達也が敵に回るとは思っていないようだ。

 

「強者が弱者に媚びても、弱者を脅かす力自体を捨てない限り弱者の恐怖は消えない」

 

「・・・我々が魔法師である限り、一般市民から恐れられ妬まれるのは避けられないということですか?」

 

「魔法師でない人々が、魔法師を必ず妬むとは限らない。だが、恐れられる事は避けられないだろう。俺たちは丸腰の人々の中で、常に銃をぶら下げているようなものだからな」

 

「・・・だから、社会に向けたアピールに反対したんですか? 効果が無いから?」

 

「あの時も言ったが、警察や消防、それに軍にだって既に社会に貢献している魔法師は大勢いる。それを横から出てきた大して実績もない魔法師が社会にアピールしたところで今更であるし、何より『同じ魔法師』からも不興を買う恐れがあった。そして、深雪を矢面に立たせて四葉家にダメージを与えようとする思惑が見え透いていたからな」

 

「・・・確かに、議論の誘導の仕方があからさまでした。先輩が言ったように、七草家の真由美さんでも一定の効果は得られたかもしれないのに、最初から会長を神輿に仕立て上げようとも感じましたが」

 

以前の経緯もあってか、琢磨は智一の考え方に些か批判的な事を口にする。

 

「七宝。お前にも分かっていると思うが、こちらが善意を向けても、相手から善意が返ってくるとは限らない」

 

「それは・・・そうでしょうね。理解出来ます」

 

「魔法師が魔法師でない人々に善意で奉仕したとしても、全員がそれに感謝するとは限らない。嫉妬が積み重なり、敵意となって燃え上がる可能性は、ペシミストの悪夢で無いと思う」

 

「悲観的過ぎる思い込みでは無いと? しかし、そんなことが・・・」

 

「宣伝効果が高ければ高い程、それを疎ましく思う頑固な者たちが存在する。この場合は狂信者と言ってもいいだろう。もし七草家の思惑通りに事が運べば、狂信者のターゲットになるのは深雪だ。そんな見え透いた計略を認める事は出来ない。論議に応じる事すら論外だ。魔法師が社会に対して自らの貢献をアピールすること自体に反対しているわけじゃないが、それに伴うリスクを見据えるべきだと考えているだけだ。過激派は自分たちが社会に支持されないと自覚したとき、破滅的な行動にでる。自爆してでも、自分たちにとっての悪を抹消しようとする」

 

「悪・・・ですか?」

 

「ここに異質な強者がいたとする。異質であるが故に、自分たちの庇護者に祭り上げる事も出来ない強者だ。何時危害を加えられるか分からない。それに対して、自分たちは抵抗出来ない。その相手が、自分たちを実際に害そうと考えているのかどうかは関係ない。ただ自分たちを危うくする可能性があるというだけで、人はその存在を排除したいと願うのではないか? その存在に名を付けるとすれば『悪』になると思うが」

 

「その『悪』が・・・反魔法主義者にとっての魔法師ということですか?」

 

「俺にはそう思われる。魔法師が絶対的な強者と言うつもりはないが、暴力において優れているという点では確かに強者だろう。弱者は強者を信用しない。それはおそらく正しい。強者は弱者を、何時でも蹂躙できるのだから」

 

「だから弱者は、強者を悪として否定しようとしたがる・・・?何時蹂躙されるか分からないという恐怖から逃れる為に?」

 

そして深雪がその「悪」の象徴にされることを達也は忌避した、ということだろう。ここまで説明されて、琢磨はようやく達也が何を懸念したのか理解出来たような気がした。

 

「弱者の横暴に迎合しても事態の解決にはならない。こちらが強者である限りは。対立を解消するために、こちらが強者であることを辞めるのも無理だ。魔法は魔法師に生来備わった力。魔法師は、魔法という力を捨てられない」

 

「先輩は・・・魔法師と魔法師でない人々が共存する事は、不可能だと考えているのですか?」

 

「共存を望まない相手との共存は、困難を極める」

 

達也の言葉に琢磨は言葉を詰まらせていた



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同級生から見た二人

日はすっかり西に傾き、もうすぐ下校時刻となる。部活を終えたレオは、小腹を満たす為にカフェに向かっていた。ICタグについた食券を引き換えに自動化されたカウンターでサンドウィッチを受け取り、ただの水を乗せたトレイを持って空いているテーブルを探すと、最近何かと縁のある一年生を見つけた。

 

「侍朗、相席してもいいか?」

 

「西城先輩!どうぞ」

 

空になったコーヒーカップを見詰めて物思いにふけっていた侍朗は、声をかけられて漸くレオに気付いたようだった。

 

「誰かを待ってんのか?」

 

「ええ、詩奈を」

 

「ふーん・・・今日もエリカにしごかれたのか?」

 

「ええ、まぁ・・・」

 

目に見える所に怪我はしていないが、注意して観察すると、侍郎はかなり消耗している。こんなことで帰り道に何かあったら幼馴染を守り切れるのかと心配になるほどだったが、これは余計なお世話だろう、とレオは思い直した。

 

「ありがたい事です。ご自分の修行もあるでしょうに、俺みたいな未熟者の為に・・・」

 

「そんなこと気にする必要は無いと思うぜ。あいつは好きでやってんだろうからさ」

 

「その通りだけど、あんたに言われるとなんかむかつく」

 

「おわっ!?気配を殺して忍び寄んなよ!オメェは忍者か!」

 

「気配を消す技は忍者の専売特許じゃないわ。近接戦闘のフロントアタッカーには、この程度必須技能だし、この程度で気づけないあんたが未熟なのよ」

 

「絶対嘘だろ、それ・・・おう、美月もいたのか」

 

「私は今来たところですよ」

 

レオの向かい側で、侍郎がそわそわし始める。面識がない三年女子の登場で居心地が悪くなったのだろう。逃げ出そうと構えを見せた侍郎に、エリカからの足止めが突き刺さった。

 

「侍朗。この子は柴田美月。私たちと違って平和的な魔法科高校生なんだから、ヤバい事に巻き込んじゃ駄目よ」

 

「しませんよ、そんなこと・・・あの、初めまして。矢車侍郎です」

 

侍郎が背筋をピンと伸ばしたまま、腰だけを曲げて上半身を倒す。緊張に難くなっている事が分かりやすい一礼に、美月が声に出さずにクスッと笑う。

 

「柴田美月です。よろしくね」

 

「・・・矢車、なに赤くなってんの?」

 

「あ、赤くなってなんかいません!」

 

「ダメよ。美月はミキの彼女なんだから」

 

「エ、エリカちゃん!?」

 

「僕の名前は幹比古だ!で、僕がなんだって?」

 

たった今姿を見せた幹比古が定番のセリフで割り込んだが、どうやら「ミキ」の部分だけしか聞き取れなかったようで、なにを話していたのかを聞いてきた。その問いかけにエリカがニヤリと笑みを浮かべたが、美月が叫び声をあげて遮った。

 

「何でもないんです!」

 

「し、柴田さん?」

 

「あっ・・・」

 

「ミキ。風紀委員長がこんなところでサボってていいの?」

 

普段なら追撃を掛けるところだが、エリカはあえて話題を変えた。幹比古は顔をしかめたものの、エリカの狙いは理解したようだった。

 

「もうすぐ下校時間だし、一服するくらい良いじゃないか」

 

「おっ、余裕だねぇ・・・風紀委員会にとっては春の修羅場、新入部員勧誘週間だっていうのにさ」

 

「今年は去年に比べてグッとトラブルが減っているからね。僕たちも楽をさせてもらっている」

 

「そうなんですか?」

 

「深雪のご威光じゃない? それに、達也くんも目を光らせているでしょうし」

 

「だろうね。どんなに羽目を外していても、達也が姿を見せると勧誘している二、三年生の目がそっちに向くんだよね」

 

「達也さん、別に怖い人じゃないと思うんですけど・・・」

 

「そうだね。達也は別に、威圧的な態度を取っているわけじゃない。でも、無視できないんだ。存在感っていうのかな? とにかく、みんなから一目置かれているって感じだよ」

 

「司波先輩って、どういう方なんですか?」

 

侍朗の質問は、幹比古に対してではなくこの場にいる全員に宛てたもの。四人の三年生は顔を見合わせ、誰が答えるかアイコンタクトで話し合った。

 

「優秀だよ。魔法の専門知識は既に大学レベルを超えていると思う」

 

「強いわ。学校でやる実技は威力も規模もまだ大したこと無いけど、実戦になれば強い。それに何か、底知れない力を隠してる雰囲気があるわ」

 

「達也の強さは魔法だけじゃねえな。俺も腕っ節には自信があるが、達也とやり合うのは御免だ。立っていられる気がしねぇ」

 

「あの、本当に怖い人じゃありませんよ? 紳士的で、横暴な所もありませんし。でも、矢車くんが知りたいのはそういう事じゃありませんよね? 何を聞きたいんですか?」

 

他の三人が言い過ぎだと思ったのか、美月がここにいない達也を弁護するように言った後、逆に侍朗に尋ねた。問い返されるとは思っていなかったのか、侍郎はその質問に答える事が出来ない。それに気づいたエリカが、彼に助け舟を出した。

 

「性格や気性について知りたいなら、なにを優先すべきか悩まない人よ。自分の中で優先順位が決まっていて、脅されてもすかされても、泣き落としでも色仕掛けでも、それは動かない。動じない。ある意味では誰よりも信頼できるけど、別の意味では誰よりも薄情な男だわ。達也くんの最優先は深雪。これは動かせない事実よ。深雪一人とあたしたち全員の命、どちらかしか助けられないとしたら、達也くんは迷わず深雪を選ぶでしょうね」

 

「おい・・・」

 

「エリカ、それはちょっと・・・」

 

レオと幹比古が反論しようとして言葉に詰まる。言い方は兎も角、エリカの意見が正しい事は二人にも分かっているのだ。昨日、十師族の若手を集めた会議で何が起こったのか大凡のところを聞いていた侍郎は、「だから司波先輩は七草家の思惑に反対したのか」と無言で納得していた。するとふと侍郎はある二人の人物が思い浮かんだ

 

「あ、そう言えば皆さんにお聞きしたいのですけど。神木会頭や、神木先輩はどんな方なのですか?」

 

侍郎の疑問にエリカ達は一瞬固まると全員が唸っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後にカフェで集まったエリカ達は侍郎の疑問に少し頭を悩ませていた

 

「皆さんから見て、神木会頭や神木先輩はどんな人なんですか?」

 

侍郎の質問にエリカ達は返答に悩むと幹比古が最初に答えた

 

「うーん・・・なんて言えば良いんだろう」

 

「そう言えば考えたことなかったですね」

 

「そう・・・だな、あまり意識したことなかったな」

 

「あら、みんなどうしたの?」

 

そう言ってエリカだけ考えていたような口調で話していた

 

「そう言うお前は考えた事あるのかよ」

 

「ええ、一昨年の冬くらいにね」

 

そう言ってエリカは凛達の印象を話した

 

「うーん、そうねー。端的に言うと霧に隠れた存在。かな〜」

 

「どうしてですか?」

 

侍郎がエリカに理由を聞くとエリカは理由を言った

 

「だってさ、四葉家との関わりは前に公表されたから分かったけど。それ以外は何もわからないのよ。いつからある家で、どんな魔法を使うのか。その全てが一切分かっていないのよ。怪しいこの上ないじゃん」

 

エリカの言葉にレオ達もどこか納得のいく声が出ていた。一高の入学前から達也達と交流があったと言う凛達、この前の師族会議の時に四葉家と神木家の交流は知ったが。神木家の伝承する魔法に関しては一切の情報がなかった

 

「あー、確かに。言われてみれば神木さん達が何の魔法を使っているかって見たことない気がする」

 

「そうですね。いつも現代魔法しか使っているイメージしかありませんし・・・」

 

「今度聞いてみるか」

 

「あんた馬鹿なの?秘密にしてるってことは教えてくれる訳ないじゃん」

 

「んなもんダメ元で聞くに決まってんだろうが」

 

そう言ってエリカとレオがまた言い合いになりそうな所を幹比古が宥めるとエリカがさらに続きをいった

 

「でも、あの二人は達也とはまた違って人を動かすのが上手な印象があるわね。たとえばあの二人に色仕掛けをすれば二人はその色仕掛けした人を逆に魅了して使いわます。そんな感じ。敵に回すと厄介な姉弟ね」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、そうかも知れないな」

 

「うん・・・否定できる要素がないね・・・」

 

そう言ってレオや幹比古も少し考えるとエリカの反応に頷いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅途中の個型電車の中で、侍郎はエリカたちからカフェテリアで聞いたことを詩奈に話して聞かせた。

 

「へぇ、昨日の先輩の態度には、そんな理由があったんだ」

 

若手会議の事は、詩奈も侍郎と同じくらい知っている。いや、本来は「侍郎が詩奈と同じくらい」と言うべきか。侍朗の知識は会議に出席した三矢家の長男が、詩奈を含めた弟妹に説明しているのを、横で聞いて仕入れたものだ。

 

「だったら仕方ないね」

 

「仕方ない?」

 

侍朗の話を聞いた詩奈の感想はこれで、侍郎には何故そういう結論になるのか理解出来なかった。

 

「自分の愛する従妹を晒し者にしたくなかったんでしょう? 当然の心理だと思うけど」

 

「十師族として魔法界の為に必要な貢献・・・とは考えないのか?」

 

質問の途中で詩奈が機嫌を傾けていくのが分かったので、侍郎はセリフを中断しようかとも考えたが、結局最後まで言い切った。ここまで言ってしまえば中断する意味は無いとすぐに気づいたからだ。そして、言い切った侍郎に対して、詩奈は侍郎限定で発動する毒舌を炸裂させた。

 

「何それ?気持ち悪い」

 

「き、気持ち悪いって・・・」

 

「十師族だったら見世物になるくらい我慢すべきだとか、侍郎くん、そんな風に思っていたの?それって、アイドルだったらプライバシーを侵害されても当然とか嘯いてたレポーターと一緒じゃない」

 

「いや、そんなレポーターがいたのは何十年も前だから。今はそんなことを放言したら当局に呼び出されるからな。第一、今のアイドルは殆ど3Dアバターじゃないか」

 

「アバターアイドルにだって中の人がいるじゃない。それに芸能記者も口に出さなくなっただけで、心の中では今でもそう思っているに違いないんだから」

 

今にもムッと唇を尖らせそうな表情で詩奈が侍郎を睨む。

 

「・・・芸能記者の事は横に置いておこう。今は関係が無い話だ」

 

「芸能レポーターにこだわったのは侍郎くんの方でしょ」

 

最初に喩えとして持ち出したのは詩奈なのだが、侍郎はそれを蒸し返すような非生産的な真似はしなかった。

 

「司波会長の私生活を犠牲にしろなんて、昨日の会議では言われてないんだろう?司波先輩の対応は、少し過激じゃないか?」

 

「そうかなぁ。私が男子だったら、従妹にキャンギャルみたいなことして欲しくないけど」

 

「キャンギャルって・・・水着になれとか、短いスカートを穿けとか、そんなことを求められているんじゃないんだし・・・」

 

「最初はそうかもしれないけど、その内似たような事をリクエストされると思うよ。司波会長はあんなに美人なんだから。例えば、会長がタイトミニのスーツを着ているところとか、侍朗くん、見たくない? 素足か薄手のストッキングで」

 

詩奈が小首をかしげて侍朗のひとみを下から覗き込み問いかける。侍郎はその問いかけに否を返せず、言葉に詰まってしまう。

 

「・・・嫌らしい」

 

「詩奈が言ったんじゃないか・・・」

 

理不尽な蔑みの眼差しを前に、侍郎は何故か強く抗議できなかった。

 

「それじゃあ、侍朗くんは私がそういう事をやれと言われた時、反対しないでさっきとおんなじことを言うの? 十師族だから、魔法師界の発展の為に生贄になれと」

 

「いうわけないだろ!」

 

「だよね?じゃあ司波先輩の事を非難する権利なんて侍朗くんには無いよね?」

 

「・・・・・・」

 

「会長を宣伝に使うってアイディアには、魔法師としての力だけじゃなくて女性としての魅力も利用しようって思惑があるんでしょう? だったらメディアから『視聴者が望むコスチューム』をリクエストされたら、断り切れないと思うんだ。会長のような美少女には、絶対セクシャルな路線を求めてくるよ。むしろそうしないメディア局員は無能だと思う」

 

「・・・男はそんなスケベばっかりじゃないぞ」

 

「でも見たいよね?」

 

侍郎は非常に居心地が悪い思いをしていた。問われた事自体、異性を相手に答えるのが難しい内容だったのに加えて、その相手が「美少女」かつ「気心が知れた幼馴染」となると、否定も肯定も難しい。肯定するのは恥ずかしすぎるし、否定してもすぐに嘘だと見破られてしまう――つまりは、詩奈の指摘が図星だったという事だ。

 

「そういう事は希望者を募ってやらせるべきだと思う。十師族だからって、他人に強制されることではないはずよ。しかもそれを、自分が言い出すんじゃなくて大勢が集まっている中でなんとなく押し付けようとするなんて卑怯じゃないかな? 違う?」

 

「・・・いや、違わない、と思う」

 

詩奈は侍朗を責めているわけではない。だが侍朗はますます居たたまれない気持ちになっていた。

 

「真由美さんたちのお兄さんをあんまり悪くは言いたくないけど・・・私は、司波先輩が間違っているとは思えないよ」

 

「そう、だな・・・」

 

話を始める前の侍朗なら、詩奈が出した結論を予想外のものだと受け取っていただろうが、今は幼馴染の言う事ももっともだと感じていた



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情報部の暗躍

十師族の次期当主クラスを集めた会議から二日後の朝。早朝鍛錬を終えた達也に、珍しく八雲から声を掛けた。

 

「ちょっといいかな」

 

「何でしょうか、師匠」

 

「達也くん、本格的にきな臭い事が起こりそうだ」

 

「きな臭い事、ですか?」

 

「軍の情報部が動き出した」

 

「情報部が?」

 

達也が驚きを隠しきれない口調で問い返す。情報部云々に驚いたのではなく、達也が驚きを隠せなかったのは、八雲が自分から具体的な警告をしてくれたことに対してだった。

 

「今回は君たちを直接狙ったものじゃない。だけどいずれその影響が、厄介ごととなって達也くんたちに降りかかってくるだろう」

 

「何が起こるのかは・・・教えていただけないんでしょうね」

 

「君が動けば事態が余計に悪化・・・いや、事件自体は阻止できるかもしれないが、君にとっては都合が悪い事になる」

 

「分かりました。手は出しません」

 

「じゃあ、教えてあげよう」

 

「はっ?」

 

あっさりとした口調で薄情な答えを返した達也に、八雲はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「心構えは早いうちに済ませておいた方が良い。今後の対策を立てる為にもね」

 

八雲はそう言って、達也を本堂の奥の間に引っ張り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件はその日の夜に起こった。場所は幕張新都心。USNAの魔法科学機器メーカー『マクシミリアン・デバイス』の日本工場が、深夜襲撃を受けたのである。

工場は無人ではない。そもそも工場として稼働しているのは敷地内の建物の、ほんの一部でしかない。この工場はUSNAの工作拠点として、米軍の強い要望を受けて建設されたものだった。

その米軍の秘密拠点で、USNA軍統合参謀本部直属魔法師『スターズ』の惑星級魔法師、シルヴィア・マーキュリー准尉は、心を侵食しようとする絶望と懸命に戦っていた。

 

「監視カメラ、完全に沈黙しました」

 

「ダメです。ジャミングが強すぎて、本国と通信できません」

 

「これほど市街地に近いところで、そんなに強力なジャミングを使っているだと? まさか、日本軍が攻めてきたのか!?」

 

この拠点のコマンダーと拠点スタッフの会話を横で聞きながら、シルヴィアは自分の異能とも言える得意魔法を駆使して状況の把握に努めていた。

 

『こちらチャーリー・リーダー!既に分隊の半数がやられた!応援を請う!』

 

「本部了解。ブラボー・リーダー、チャーリーの救援は可能ですか?」

 

『ブラボー・リーダー、了解。ただしこちらも苦戦中だ。チャーリーと合流できるかは不明!』

 

「了解。デルタ・リーダー、チャーリーが応援を求めています」

 

『こちらデルタ・リーダー!ここに応援が欲しいくらいだ。いったい何だ、こいつらは・・・うわぁっ!』

 

「デルタ・リーダー、どうしました!?デルタ・リーダー!」

 

状況はよくは無い。元々今回の任務に選ばれた魔法師は、戦闘の精鋭と言うには程遠い。スターズの中で戦闘要員に分類される衛星級も、今回参加している隊員は都市部におけるゲリラ戦を想定したメンバーで、敵の攻勢を正面から受け止めなければならない防衛戦に向いているとは言えない。

惑星級はシルヴィアを含めて後方支援や破壊工作任務むきで、恒星級や衛星級に比べて、直接戦闘は苦手としている。

 

「・・・総員、脱出準備」

 

コマンダーが苦渋を含んだ声で拠点放棄の決断を伝えたが、この決断は遅きに失したかもしれない。

拠点放棄の手順として定められたデータ消去のスイッチを押した直後、ロックされていたはずのドアが騒々しい音とともにこじ開けられた。指揮所を守る兵士が対魔法師用の高威力携行火器、ハイパワーライフルを入り口に向かってぶっ放したが、その銃弾は悉く敵兵が展開した対物障壁に食い止められた。

 

「馬鹿な!?」

 

日本軍の魔法師戦力が充実しているということは世界の軍事関係者の間で共通認識になっているが、それでもハイパワーライフルを確実に防御できる実力を有しているのは、スターズの中でも一等星級のみなので、意外感を禁じ得なかった。

 

「(工作任務中とはいえ同盟国の部隊に、特別な精鋭部隊を投入してきた? それとも、これが日本軍では普通なの・・・?)」

 

シルヴィアが立ち竦んでいた短い時間に、護衛部隊は全滅した。迎撃に出ていた部隊も、全て沈黙している。

 

「私は国防陸軍情報部首都方面防諜部隊所属、遠山つかさ曹長です。指揮官は何方ですか?」

 

「私だ。USNA特殊作戦軍魔法師部隊スターズ所属、ゲイリー・ジュピター中尉」

 

「ジュピターのコードをお持ちの中尉殿には既にお分かりだと思いますが、これ以上の戦闘行為は無意味です。投降してください」

 

「・・・部下の安全は保証してもらえるか?」

 

「皆さんは謂わば、非合法活動の現行犯です。捕虜としての保護を要求出来るお立場ではない事は理解されていると思います。しかし我々には、同盟国の軍人である皆さんを傷つけるつもりはありません。使用した銃弾も、全て特殊な麻痺弾です」

 

「・・・確認しても?」

 

「どうぞ」

 

ゲイリーの指示により、指揮所のスタッフが手近な護衛兵の状態を確かめる。シルヴィアも一番近い所に倒れている兵士の脈を取り、傷を確かめた。確かにつかさが言ったように、着弾箇所が打撲で腫れている以上の負傷兵はいなかった。

 

「中尉殿、ご納得いただけましたか?」

 

「・・・ああ」

 

「皆さんは取り合えず拘束させていただきますが、脱走などの敵対行為を取らない限り、近日中に本国へお帰しする事を約束します」

 

「人道的な対応に感謝する」

 

ゲイリーはこう回答して、武装解除に応じた



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救助要請

幕張新都心の潜入拠点陥落は、三時間後にスターズ本部の知るところとなった

 

「司令官殿、シリウス少佐です」

 

バットニュースを聞いたリーナがジョンソンの制止も無視して司令官室に突撃した

 

「入り給え」

 

リーナのアポが無いのにも関わらずウォーカー大佐が入室を許可した

 

「失礼します」

 

そう言って司令官室に入るとそこにはウォーカー指令とバランス大佐が座っていた

 

「それで少佐、何かね」

 

「はっ、東京に潜入した部隊が急襲を受けたと聞きました」

 

「事実だ」

 

リーナの言葉にウォーカー司令は肯定をした

 

「潜入部隊は全員が拘束されているものと推測します」

 

「それは分からない。現在判明しているのは死体が残されていなかっただけと言うことだけだ」

 

「死体が発見されない限り、生存しているとみなすべきです」

 

「まあ、そうだな。それで?」

 

リーナはシルヴィア達が生きていると信じてウォーカーに食って掛かっていた

 

「・・・小官に彼らの救出任務をお与えください」

 

「スターズ総隊長のあなたが直々に日本に赴いて虜囚となった部隊員を救出したいと?」

 

「はい」

 

「あいにくだが認められない」

 

リーナの肯定にバランス大佐が返事をした

 

「大佐殿!」

 

そう言ってリーナは懸命に鼓舞をしたが軍の秩序に縛られているリーナはどうする事もできなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官室を後にしたリーナは悔しそうに歯を噛み締めるとジョンソンが自分に声をかけた

 

「リーナ・・・」

 

「ジョン・・・私・・・どうすれば良いのかな・・・」

 

そう言ってリーナはジョンソンに体を倒すと胸の中で涙を流していた

 

「私はスターズの総隊長だから・・・シリウスの名前を持っているから・・・シルヴィすら助けに行けない・・・」

 

「・・・」

 

ジョンソンは泣いているリーナに背中を優しく撫でるとリーナに言った

 

「リーナ、少し時間をくれるかい?助ける伝手を探して見る」

 

「え・・・・ほんとう・・・?」

 

リーナの問いかけにジョンソンははっきりと答えた

 

「ああ、父さんに聞いてみないと分からないけど。シルヴィを助ける方法を探してみる。だから少し我慢してもらっていい?」

 

「本当?」

 

「ああ、本当さ」

 

「絶対だよ」

 

「ああ、任せな」

 

そう言うとリーナは疲れてしまったのか床に倒れかけてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・と言う事なのですが。閣下』

 

「うーん、USNA工作員の脱獄の手伝いね・・・」

 

学校帰りにローズから連絡を受けた凛は少し考えた。USNA工作員の入れられた収容所の場所を探すのは1日もあれば十分だが、今の自分は情報部の監視も受けている。そんな中、下準備無しに救出は難しい為。少し時間をかけたら行けると返事をしておいた

 

『では、救出をする方向で宜しいのでしょうか』

 

「ええ、だからCL-20とC4をそれぞれ準備を明日までにお願い」

 

『畏まりました。では明日の20時にお届けいたします』

 

「それでお願い」

 

そう言って凛は通信を切ると早速工作員の収容されている収容所の調査に入った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法大学は教育内容こそ特殊だが、その雰囲気は他の大学とそれほど変わらない。独特の空気を漂わせているという意味では、付属の魔法科高校の方がよほどその傾向は強い。午後のカフェテリアは、空き時間になっている学生で賑わっていた。交わされる会話はファッションやグルメではなく、魔法に関する話題が大半を占めている。それでも、学生たちは楽しそうだ。魔法師であっても、不穏な時代であっても、自由がある限り若者が青春を謳歌出来ない理由にはならない。

 とはいえ、カフェにいる学生の全員が賑やかに論を交わし、お喋りをしているわけではない。静かに読書をしている者も、物思いに耽っている者もいる。例えば、一人で何事かに悩んでいる克人のように。

 

「こんにちは、十文字くん。ここ、良い?」

 

そして、そんな人間にちょっかいを掛けてくる学生も、タイプとしては珍しくない。ただ十文字家当主として大学内に知られ、それに相応しい風格を醸し出している克人の邪魔をする存在となると、七草真由美くらいしかいなかった。

 

「七草か・・・構わない。座ってくれ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

真由美は遠慮の素振りも見せず、克人の向かい側に腰を下ろした。こんな態度を取っているから「四葉家次期当主から十文字家当主に乗り換えた」などという噂話が止まないどころか広がっているのだ。真由美は噂されるのを嫌がっているくせに、自分のわきの甘さに気付いていない節がある。

 

「十文字くん、なにか悩んでるみたいだね」

 

「いや・・・」

 

 

口で否定の返事をしながら、克人は迷惑そうな目を真由美に向けた。この場で触れてくるなというアイコンタクトなのだが、残念ながら克人の願いは真由美に伝わらなかった。

 

「日曜日の会議の件じゃない?」

 

克人が思わず目を左右に動かす。顔を固定したまま、周囲の学生に警戒している事を悟られないように。

 

「大丈夫。遮音フィールドを張っているから」

 

しかし、真由美には克人の用心が理解出来ていないようだった。

 

「・・・七草、読唇術という技術を知っているか?」

 

「どくしんじゅつ?テレパシー?」

 

「・・・いや。とにかく、ここでその話はしないでくれ」

 

「んーっ?」

 

真由美は顎に人差し指を当てて目だけ上を向くというあざとい仕草を見せた。それでも幼いイメージにならないのは、根っから「あざとさ」が身についているのだろう。そして、真由美が克人に笑顔を向けると、克人は半ば本能的に身構えた。そして、その直感は正しかった。

 

「分かった。じゃあ、何処ならOK?」

 

「・・・あくまでも首を突っ込んでくるつもりか?」

 

「その言われようは心外ね。私にも一応、関係がある話のはずだけど? これでも『十師族の若手』よ?」

 

「・・・分かった。駅前の『静寂ジャクソン』という喫茶店は知っているか?」

 

「分かると思うわ」

 

「その店の二階に五時半でどうだ」

 

「分かった。邪魔しちゃ悪いから、私は退散するわね」

 

そう言って真由美が席を立つ。その時になって克人は今更のように、真由美の前に飲み物も何も置かれていなかったことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学からの帰り道、真由美は古風な構えの喫茶店に立ち寄った。店の名前は『静寂ジャクソン』。「静寂が存在する所」という意味らしい。

 

「ふーん・・・『静けさを楽しむ方、お待ちしております』かぁ。演出かな? 徹底してるわね」

 

「そうだな」

 

「どうしたの、摩利。なんだか疲れてるみたいだけど」

 

「みたい、ではなく、あたしは疲れているんだが」

 

「老け込むには早いわよ?」

 

「魔法大学と違って、防衛大は身体を酷使する事が多いんだよ!」

 

防衛大の学生は、戦闘魔法師育成を目的とする特殊戦技研究科であろうと基本教練や戦闘訓練から逃れられない。今日もさんざんしごかれて、摩利は正直なところくたくただった。本当は今すぐにでも風呂を済ませてベッドに飛び込みたいところなのだ。特殊技研究科は窮屈な寮生活を免除されているので、そういう贅沢が許されているのだ。

 

「それより早く入ろう。重要な話があるんだろう」

 

「そうね」

 

早く席に座りたい摩利の意見に真由美は賛同し、店の中に入って行った



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会議の揉め事

真由美がウエイトレスに待ち合わせであることを告げると、二階に行くよう指示された。やはり克人は既に来ているようだ。二階は、四部屋の個室になっていて、全ての扉が閉まっている。のぞき窓があるような造りではないので、どの部屋なのかと真由美が戸惑っているところに、右側奥のドアが開いた。

 

「七草。入ってくれ」

 

克人が二人を誘う。ドアを押さえている克人の横を通って真由美と摩利が個室に入った。中は、四人掛けのテーブルが一つ。これでは喫茶店として効率が悪いだろう、と真由美は思ったが、よく見ると窓は二重ガラス、壁も床も防音になっている。どうやらここは密談スペースのようだ。個別に部屋代も取っているのだろう、と彼女は納得した。

 二人に席を進め、自分も腰を下ろしながら、克人が摩利を見て嘆息を漏らした。

 

「渡辺も来たのか・・・あまり広めたい話では無いんだが」

 

「じゃあ、帰って良いか?あたしは真由美に無理矢理連れてこられたんだ」

 

「ダメよ。大事な話だって言ったでしょう?」

 

駆け引きではなく本気で摩利は腰を浮かせたが、真由美に袖を引っ張られて、再び同席を強要された。渋々摩利は、卓上コンソールでコーヒーを注文し、続いて真由美がミルクティーを注文した。飲み物が揃いウエイトレスが退出した後、真由美は改めて克人に真正面から向き合った。

 

「さて、と・・・十文字くんが頭を悩ませているのは、達也くんのことでしょ?」

 

「そうだ」

 

隠しても仕方が無いと克人は考えたのだろう。彼は真由美の問いにあっさりと頷いた。摩利が頭上に疑問符を浮かべていたが、彼女はそれを性急に問う事はしなかった。どうせ否応なく巻き込まれるのだからと考えて、待つことにしたのだ。

 

「摩利は知らないと思うけど、この前の日曜に十師族の若手を集めて会議を開いたの。若手と言っても、ボーダーラインは三十歳だけど」

 

「会議が開催された事は聞いているぞ。魔法師を標的にする過激派をどうするか、話したんだろ?」

 

「過激派対策ではない」

 

克人が疲労感の滲む声で摩利の答えを部分否定する。

 

「社会の反魔法主義的な風潮に、魔法師としてどう対応していくかを話し合う会議だった」

 

「それは・・・意味がないんじゃないか?相手が犯罪者なら反撃のしようもあるが、好き勝手な事を言っているだけの相手に『魔法師を好きになれ』と強制する事は出来ないだろう?」

 

摩利は百家の出身と言っても、魔法師コミュニティの主流から外れている。魔法師の社交界である『魔法界』との関わりは薄く、その為か彼女の価値観は真由美たちに比べて一般軍人寄りだ。

 

「強制はできないけど、アピールは出来るでしょう?魔法師はこれだけ社会に貢献しているんだと訴えるだことで、反感を和らげることはできるんじゃない?」

 

「どうだろうな。押しつけがましいと、かえって反発されるような気がするが・・・それに、奴らだって魔法師が社会に貢献してることくらい知っているだろ。知っていて、気付かないふりをしてるんだろうし」

 

真由美と摩利の双方が水掛け論に発展する危惧を覚えたところで、克人の制止が入る。

 

「もしかしたら渡辺の言う通りかもしれんが、先日の会議では七草のアイディアと同じ提案が多くの賛同者を集めかけた」

 

「フム・・・まぁ、アイディアとしてはあり得るだろう。だが具体的にはどうするんだ?真由美をテレビに出して喋らせるのか?」

 

「摩利!何で私なの!?」

 

「そりゃ、外面が良いからだ」

 

「何よ!私が猫を被ってると言いたいわけ?」

 

「理由は兎も角として、そういう案も出た」

 

口喧嘩になりかけたところで、再び克人が割って入る。

 

「だが多くの支持を集めたのは、四葉殿の姪に魔法師を代表してもらうというプランだった」

 

「司波の妹・・・いや、従妹だな?その会議に本人は出ていたのか?」

 

「いや。司波が一人で出席した」

 

「達也くんが?ああ、そりゃダメだ」

 

摩利はあっさりとそう決めつけた。いや、そのプランを斬り捨てた。

 

「あの過保護な達也くんが、従妹にそんなことをさせるはずがない。司波深雪を衆目に曝すなどというプランを、達也くんが許すはずないじゃないか」

 

「そうね。まさしく会議はそうなった。そして気まずい空気のまま閉幕。達也くんは会食にも参加せずさっさと帰ってしまったのよ」

 

「達也くんを擁護する意見は出なかったのか?」

 

「司波側についたのは一条だけだった。だが、あの様子だと七宝も司波側についているだろうな。それ以外は明言はしていない」

 

「同調圧力か・・・そう言う所を見ると魔法師も普通の人間なんだな」

 

「当たり前じゃない。前に凛さんが言ってたけど。魔法師は普通の人より魔法が使えるだけで他は全部同じだって」

 

「俺は四葉殿の姪を担ぎ上げようとした側にも、それに反発した司波にも道理があると思う。問題は、司波があのような態度を取ることで、四葉家が非協調路線に転じる可能性があるという事だ」

 

「おいおい、いくら何でもそんな、子供の喧嘩に親が出てくるみたいなことには・・・」

 

「摩利、今の達也くんは四葉家の次期当主なのよ。十文字くんが言っている事は、決して大袈裟じゃないわ」

 

摩利が背もたれに身体を預けて、大きくため息を吐き出す。

 

「厄介な・・・まるきり貴族政治の世界だ」

 

「血縁が実質的な意味を持つ以上、貴族制的な面が生じるのは仕方がないわ。封建的な階級制社会ではなく、古代都市国家的な血族合議社会に似ていると信じたいところだけど」

 

「あたしに言わせれば、そっちの方がなお悪い。古代都市国家社会は奴隷の存在を前提にしたものだからな」

 

「あら。古代の奴隷を自動機械に置き換えれば、少なくとも非人道的ではないでしょう?」

 

「七草、渡辺、いい加減にしろ。事あるごとに脱線していては、話が先に進まん」

 

「・・・すまん」

 

「・・・ゴメンなさい」

 

気まずそうに頭を下げる二人の旧友を前にして、克人は小さくため息を吐いた。

 

「とにかく、司波が孤立しようとしているみたいに見られている今の状態は何とかせねばならん。日本魔法界は現在のところ十師族を頂点に纏まっているが、それを快く思わぬ者がいないわけではないのだ」

 

「四葉家が十師属体制から離反すれば、あの家を担ぎ上げて新たな派閥を作ろうとする動きが出てくる・・・十文字くんが一番懸念しているのはそれなのね」

 

「だからといって、どちらかに詫びを入れろと言える話でもない。お互い、ルールを犯したわけではないのだ。司波も他の方々も、会議の趣旨に則って発言し、筋を通して行動している」

 

克人が真由美、摩利へと順番に目を向けた。

 

「せっかくだから、意見を聞かせてくれ」

 

「そうだなぁ・・・会議が決裂したように見えているのが問題なら、もう一度開催したらどうだ?」

 

「いったいどういう名目で?」

 

「反魔法主義対策の会議だったんだろ? だったら今度は、より具体的な対策を出し合う会議という事にすればいい」

 

「今回喧嘩別れみたいな結果になったのに、各家が応じるかしら?」

 

「喧嘩別れだったからこそだ。日曜日の会議は、十文字家が主催したことになっているんだろう?」

 

「ああ」

 

「元々、具体的な対策を決める会議だったのか?」

 

「いや、最初という事もあり、自由に意見を交換しようという趣旨だった」

 

「つまり、若手の交流を図るのが真の目的だったわけだ。少なくとも参列者は、隠された意図をそう忖度して行動すべきだったんじゃないか?」

 

「まぁ・・・それはそうね」

 

「そんな場所で四葉家の人間を広告塔にしようなんて提案する神経が、あたしにはむしろ理解出来ないんだけどな。基地のPRに基地司令の娘をマスコットにしましょう、ってスタッフが言い出すようなものだ。本人がやりたがっているならともかく、当人の意思も確認していないのでは左遷間違いなしの事案だぞ」

 

「だけど、達也くんを会議に誘うにしても。その方法は・・・あ、私達三人で説得するのはどうかしら」

 

「三人で?」

 

「ええ、わたしたちで十文字くんの顔を立てるようにお願いするの。それなら達也くんも応じやすいんじゃ無いかしら」

 

「・・・私いるのか?」

 

「何よ、友達甲斐無いわね」

 

「いや、私は二十八家じゃ無いし」

 

そして三人の話し合いは続いていた



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スターズの襲撃

喫茶店で話し合っている三人は達也のことで話し合っていた

 

「ウチの兄の事は兎も角、十文字くんは先輩でもあるんだし、達也くんも多少は考慮してくれるでしょう。達也くんには私から連絡しておくから。深雪さんにも来てもらうよう言っておくから」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「会うのは、出来れば土曜日にしてくれ。平日は辛い」

 

「日曜じゃなくていいの?」

 

真由美がからかうような口調で摩利に尋ねる。

 

「次の日曜は野外演習の出発日だ」

 

「・・・ハードなのね」

 

しかし、親友の答えを聞いて、同情を露わにした

 

「お陰様でな」

 

克人のそれは土曜日で了解という印だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法科高校で課せられている魔法師となる為の教育とは別に、深雪には淑女教育として様々な習い事がある。和洋のマナー講座以外にダンス、生け花、茶の湯とやっている事の種類は多いが、物覚えが良い深雪は中学卒業の時点で大体の事をマスターしているので、今は週一回、上流階級の女子向けの総合スクールに通っているだけだ。

曜日は限定されていない。あらかじめ一ヶ月前にはスケジュールを決めているのであまり意味は無いかもしれないが、誘拐などのターゲットになるのを避けるためだ。これは深雪の為の特別措置というより、どちらかと言えば魔法師でない他の無力な生徒の為の措置だった。

 

「水波、頼むぞ」

 

「はい、達也さま。深雪様の御身はこの命に替えましても」

 

スクールは男子禁制だ。護衛という名目でも、達也は入れない。以前はこの入り口でスクールの警備員に護衛を引き継いでいたが、水波が来てからは彼女に任せていた。このスクール通いも、夏になる前には終える予定にしている。魔法大学受験を理由に以前からそうするつもりだったが、身の回りがきな臭さを増している現状で、スケジュールの繰り上げも検討しているところだ。

達也はいつも通り深雪のレッスンが終わるまでの時間を潰す為、適当な喫茶店に入った。吸血鬼騒動の最中に迷惑を掛けそうになった家族向けレストランには自主的に近づかないようにしているが、他にも待ち時間を消化するのに適した店はある。だが、この調子ではこの地域に利用できる店がなくなりそうだ。

達也はコーヒーをまだ半分以上残した状態で、自動機で会計を済ませ店を出た。喫茶店を巻き添えにしないためだ。前回もガラスが割れるとか、他の客が怪我をしたとか、そういう実害は生じていない。今回も達也は、当事者だけで終わらせるつもりだった。

彼の感覚に引っ掛かった気配も、前回とよく似ている。事前に八雲から話を聞いていなければ、達也は当惑に足を取られていたかもしれない。何故、自分をまた、米軍の魔法師が襲うのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

『脱走兵がターゲットAを捕捉しました』

 

「モニター続行。民間人の誘導に抜かりはないな?」

 

『作戦エリア内に民間人の姿はありません』

 

現場と上司の会話を聞きながら、遠山つかさは静かに微笑んでいた。今のところ作戦は順調に進んでいる。

 

『『人形』のコントロールも今のところ問題なし。衛星級に傀儡がかけられなかったのは残念ですが、結果的にこちらの方が再現度は高くなりましたから良しとしましょう』

 

この作戦を立案したのはつかさだった。この場で指揮を執っている上司の階級は少尉だが、実質的な権限を握っているのは階級上曹長でしかないつかさの方だった。彼女は国防軍と十山家の密約により、情報部の部長に対して強い影響力を持っている。つかさは意図的に、一年前の二月、ブリオネイクを携えたリーナに襲われた時の状況を再現していた。達也にあの時の焼き直しだと誤認させるためだ。それは今のところ、上手くいっているように思われた。

 

『今回は千葉修次という助っ人がいない代わりにアンジー・シリウスという大駒も盤面に存在しませんから、この局面の結果は同じでしょうけど・・・四葉家の若様、期待していますよ』

 

つかさは貼り付けたような微笑と同じ、凪いだ心で事態の進展を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は情報次元イデアを経由して、自分を包囲している敵の情報を閲覧していた。

 

『敵は十二人。銃は持っていない、か。不自然な話だ。去年と同じ『スターダスト』のようだが、情報体に妙なノイズが混じっているな』

 

見覚えのある、壊れかけの肉体のエイドス。しかしそこに、外部から想子情報体を撃ち込んだ痕跡と思われるノイズがあった。

 

『顧傑の死体操作魔法に似ているが・・・こいつらは死体ではない。マインドコントロールというより外科手術か薬物で大脳を壊して意識を奪い、代わりに行動を制御する古式魔法のコマンドを埋め込んだ・・・というところか? 今後の為、無事に帰らせてやりたかったんだが』

 

残念だ、と達也は声に出さず呟く。彼が八雲から教えられていた情報は二つ。一つは、東京近郊に潜入したUSNA軍の工作部隊を国防軍の情報部が襲撃しようとしているということ。もう一つは、捕らえた米軍兵士を使って達也と深雪にちょっかいを掛けようと情報部が計画しているということ。

達也は人通りの多い方へ向かって歩く。無関係の人間を巻き込みたいと考えているわけではなく、この状況を作り出している相手に対する嫌がらせだ。店を出てすぐ、通行人がいなくなっているのに達也は気づいていた。工事や事故をでっちあげて人通りを規制しているのだろう。いくら情報部でも国民を巻き込むことには躊躇を覚えるということか。

だから達也の方から無関係の市民が多くいる所へ足を向ければ、人混みに近づく前に仕掛けてくるだろう。達也は衝突のタイミングを早める事で、「敵」の計画を狂わせるつもりだった。

果たして敵は、八雲が言った通り国防軍情報部か。それとも、八雲が嘘を教えたのか。戦闘それ自体より、こちらの方が達也にとって重要だった。



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パペット兵

正直、達也に直接ちょっかいをかけるなんてこの人のメンタルすごいと思う


現場から送られてくる情報を分析していたスタッフが、指揮官の少尉に慌てて進言する。

 

「ターゲットAの進行方向に人影有り。隊長、このままでは民間人の隔離が十分になし得ない可能性があります」

 

「・・・やむを得ん。パペットに仕掛けさせろ!」

 

不本意だ、という表情で隊長が命令を下す。作戦の推移をただ観察しているつかさも、小さな不満を覚えていた。事態が予定のルートから外れつつある。これまで自分の掌の上で転がっていた状況が、手の中から転がり出そうとしている。

 もっとも、だからこそ試してみる価値がある、という思いも同時に生まれていた。少なくとも司波達也という少年が、「なにがなんでも民間人を保護しなければならない」という理想主義者でないことは分かった。

 

『パペットがターゲットAに接触。作戦をフェーズ2に移行します』

 

計画的に脱走させた米軍兵士がターゲットA、すなわち達也に攻撃を仕掛けた。古式魔法『傀儡法』により自由意思を奪われ、つかさの作戦の駒となったUSNA軍統括参謀本部直属魔法師部隊『スターダスト』の隊員たち。スターズに選ばれず、志願して強化措置を受け『普通の人間』であることを捨てた魔法兵士が、その意思までも作り変えられて命じられるままに達也へ襲いかかる。

 

『「飛び道具」は使わないんですか』

 

その光景を、正規のバックドアを通じて街路カメラで観察していたつかさは、達也が遠隔魔法による迎撃を行わなかったことに軽い驚きを覚えた。達也も日本人にしては体格が良いとはいえ、今彼に襲いかかっているのは米軍の兵士たちは上背も筋肉の量も達也と同等、またはそれ以上だ。しかも多勢に無勢、例えそのつもりが無くても反射的に遠距離からの攻撃で相手を寄せ付けまいとするのが普通だ。

 

『観察されている事に気付いている・・・?』

 

その可能性は、無視し得る程には低くない。市街地で非合法に魔法を使い慣れている魔法師は、魔法の行使に当たって監視の目を感知する直観力が磨かれていく。科学的な根拠は無いが、そういう傾向があると信じられている。つかさもこの迷信を支持している一人だ。

 

『情報部のデータベースには記録が残っていませんでしたが、司波達也は既に四葉家の非合法活動に携わっている可能性が高いと判断するべきですね』

 

つかさがそう考えている内に、人払いをした路上で達也とパペット化したスターダストの間に、実際の戦闘が始まっていた。パペットが大型のナイフを鋭く振って、達也の腕の腱を狙う。情報部はパペットに銃器を与えていない。流れ弾による被害を恐れてのことだった。

双方が魔法という攻撃手段をもたなければ、戦闘は必然的にナイフや鈍器、手足を使った白兵戦になる。しかし達也もスターダストも魔法師だ。手が届かない間合いから魔法を撃ち合うという展開もあり得たし、むしろつかさや他の情報部員もそうなると予想していた。

しかし蓋を開けてみると、最初に加えられた攻撃は、魔法で加速されたナイフによる一閃だった。その攻撃は達也に当たらなかった。街路カメラで第三者の視点で見ていたつかさにも、達也がどうやってパペットの背後に回り込んだのか、はっきりとは分からなかった。

達也がパペットの首筋に手刀を打つ。パペットの身体が前のめりに崩れ落ち、つかさは素早く街路カメラに併設された想子センサーのモニターに目を走らせる。魔法の使用は検出されていない。

 

『・・・想子センサーに検知されずに魔法を使う技術があるようですね』

 

仲間がやられた光景に怯まず、脱走兵が達也に襲いかかる。パペットだから恐れを知らないのではなく、スターダストとして身体だけでなく精神も改造されていたからだ。

 つかさはそれを非道だと思わない。彼女もまた人間を操り人形にする魔法を使っているし、人を洗脳して思い通りに動かすなんてことは、彼女の業界では誰でもやっている。彼女がこの時、眉を顰めたのは別の理由によるものだった。

ディスプレイの中で、達也が一対十二、いや既に一対九になっているが、一人で多数に囲まれているという圧倒的に不利な状況であるにも拘わらず、洗脳魔法によって人形化した兵士を次々と地に這わせている。

 

「隊長。このままでは別動隊がターゲットBに接触する前に、ターゲットAがフリーハンドになってしまいます!」

 

彼女とほぼ同時に、他のスタッフも気が付いたようだ。一年前の二月、米軍はスターダストにアンジー・シリウスと推定される魔法師を加えた陣容で達也を捕らえようとして失敗している。それを知っている情報部は、つかさだけでなく他の誰もが、スターダストだけで達也を仕留められると考えていなかった。この局面におけるパペットの役目は達也の足止めだ。本命は別にある。つかさの目的は達也の情報を集める事だが、その本番は、ここではない。前座として、達也の戦闘能力に関するデータを取るという意味合いはありそうだが、つかさが本当に知りたいのはもっと別の事だ。

 

「ターゲットBに対するアタックを急がせろ」

 

「パペット、全滅しました。ターゲットAはステージを離脱」

 

隊長が作戦の繰り上げを命じた直後、まだ四人残っていた米軍兵士が一斉に沈黙した。つかさは達也の格闘能力についての評価を、事前の予想から二ランク引き上げた。想子センサーは、最後まで達也の魔法行使を検知しなかった。



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術式凍結

深雪が通っているマナースクールには、良家の子女ばかりが集まっている。警備はそれに相応しい、厳重なものだ。少なくとも民間の犯罪組織程度では手を出せないレベルの腕利きの女性が雇われていた。だから色々と後ろ暗いところのある親も、男子禁制などという時代錯誤な規則を受け入れて娘を預けているのである。しかしその安全神話は、今夜崩壊の時を迎えた。

 

「皆さん、落ち着いてください! 非常時のマニュアルに従ってセーフルームに避難してください! セーフルームは安全です。落ち着いて、速やかに避難してください!」

 

誰よりもまず落ち着く必要があるのは、叫んでいる女性講師だろう。生徒の中で魔法師は深雪以外にもう一人いるだけだが、護衛は全員魔法師だ。水波以外の護衛は二十代から三十代前半で、どう見ても講師より頼りになりそうだった。

 

「深雪様、如何いたしましょうか」

 

「セーフルームでは、袋のネズミになる未来しか見えないわね・・・とはいえ、私たちだけ勝手な真似をするのもスクールの皆様にご迷惑でしょうし。ここは大人しく先生の指示に従っておきましょう。いざとなれば水波ちゃんが入口を防げばいいのだし。達也様が迎えに来てくださるまでの間くらい、楽勝でしょう?」

 

「ご命令とあれば」

 

どうするか決定してからの深雪の行動は早く、彼女は近くにいたスクール生に声をかけ、返事を待たずに決められたルートを通ってセーフルームに向かう。水波に先導された深雪の背中に、他の生徒とその護衛、そして講師が続いた。

警備兵は善戦していたように深雪には見えた。現在の状況に至っているのは、相手の方が更に上手というだけの事だ。途中の通路で横合いから襲いかかってきた電撃を、水波のシールドが防ぐ。空中放電ではなく、極細のワイヤーを飛ばしてそれに電流を這わせているのだと分かったのは、対物障壁で電撃が止まった後だ。

 

「水波ちゃん、良く分かったわね。さすがだわ」

 

「恐れ入ります」

 

「ところで、殿を務めてくださっているのはどちらの家の方なのかしら? こちらでお見かけした記憶が無いのだけど、水波ちゃん、知っている?」

 

前方からだけではなく、後方から魔法が降ってきたのは一度や二度ではない。深雪は最後尾を振り返り、侵入者の攻撃を防いでくれている二十歳前後の女性二人組に視線を向けながら水波に尋ねた。

 

「綱島様と仰るそうです。護衛の方は津永さんと名乗られました」

 

「綱島さんに津永さん・・・申し訳ないけど、聞き覚えが無いわ」

 

達也程ではないが、深雪も記憶力に優れている。教室で一緒になった生徒の名前を忘れることはまずないし、魔法師の名前も百家の苗字ならば大体覚えていた。

 

「津永さんが仰るには、最近こちらに通い始められたとか」

 

「そうなの・・・いきなりこんなアクシデントに遭遇して、お気の毒ね」

 

列の先頭を深雪と水波、殿を綱島と津永で守りながら、生徒たちはセーフルームにたどり着いた。深雪と水波は扉の前で、最後尾で侵入者に反撃しながら走ってくる綱島嬢とその護衛の津永を待っている。

深雪は水波から携帯端末タイプのCADを受け取り、微笑みを浮かべながらパネルに指を走らせた。逃げてくる生徒と護衛の背後で魔法を放とうと構えた浅黒い肌の男と黒い肌の男性二人組が後方に吹っ飛ぶ。タイムラグは、認識限界以下だった。

新たな侵入者が廊下の向こう側に姿を見せたので、深雪が再びCADを操作しようとするが、降り注ぐ想子のノイズと廊下の間接照明を反射する真鍮色の指輪を見て、水波が深雪の前に出ようとした。

 

「深雪様!」

 

不法侵入者はキャスト・ジャミングを使ってきた。水波の右手には、小型ながらしっかりした造りの戦闘用ナイフが握られていた。水波が辛そうに顔を顰めている横で、深雪は平然とした表情を崩さない。

 

「心配しなくても大丈夫よ、水波ちゃん。達也様に頂いた新魔法のテストには、丁度いい機会だわ」

 

深雪は素早くCADを操作して、二つの魔法を連続発動した。その瞬間、想子のノイズが凍り付いた。想子の波が完全に凪になった空間の中で、今度は二人の男が凍り付いた。受け身どころか手を付く事すら出来ずに床に激突する様に深雪が顔を顰める横で、水波は驚愕に大きく目を見開いていた。魔法を阻害する想子のノイズを止めてしまった魔法に対する驚きだ。

 

「対抗魔法『術式凍結フリーズグラム』。お兄様が私の為に創ってくださった対抗魔法。『術式解体』や『術式解散』のように全ての魔法を無効化出来るわけではないけど、キャスト・ジャミングが相手ならばこれで十分」

 

術式凍結は領域干渉の強化版で、無効化出来る魔法は無系統魔法、領域魔法、そして発動途中の魔法。個体を対象にする発動済みの魔法を消し去ることは出来ないが、無系統魔法の亜種であるキャスト・ジャミングならば深雪の言う通り完全に無効化出来る。

 

「残り・・・十人まではいないわね。八人というところかしら?」

 

「私もそう思います」

 

確認の意味が強い深雪の問いかけに、水波が頷く。

 

「では・・・後は警備の方々に任せて、私たちはお兄様のご到着を待ちましょう」

 

「かしこまりました」

 

深雪と水波もセーフルームに入る。深雪は壁際から離して並べられたソファの一つに腰を下ろしたが、水波は鍵を掛けた扉の前で、何時でも障壁魔法を発動できるよう待機した。



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助っ人

達也がスクールに到着したのは、襲撃を受けてから十分弱が経過した時点だった。深雪がセーフルームに避難した、およそ五分後だ。達也は襲撃されたと連絡を受けたわけではない。不法侵入者の通信妨害は、情報部が関与しているのでなければ不可能なレベルで完璧だった。八雲からも深雪が標的になっているという情報は得ていない。彼自身が受けた襲撃の手応えから、それが陽動だと推理したからでもなかった。

達也がここに来たのは、深雪の安全を確保する事が彼の最優先事項だからだ。既にスクール内で戦闘は行われていない。だが、暴力的な侵入が行われたことは一目瞭然だった。

もっとも、それを見ても達也に動揺は無い。深雪が傷一つ負っていないことは、肉眼で見なくても分かる。深雪が何処にいるのかも「情報」に意識を向けるだけで分かる。それと同時に、複数の気配が深雪から約十メートルのエリア内に集まっているのも分かった。だが、すぐに集まった気配が消え、代わりに二人の新しい気配が見え。それを確認した達也は安心した様子を見せた

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、セーフルームの前では二人の人物が立っていた

 

「ふぅ、これで全員かな?」

 

「ええ、その様です」

 

そう言って凛達は床に横たわっているスターズダストを見ながらそう言った

 

「しかし、まさか情報部の連中がここまでするとは・・・」

 

「全くです。監視カメラには僕たちが格闘戦をしている様にしか見えないはずです」

 

そう言って弘樹がドアを開けようとした時、達也が声をかけてきた

 

「弘樹に凛か。お前達もきていたのか・・・」

 

「ああ、八雲さんにお願いされてね」

 

「師匠にか?」

 

「ええ、詳しくはまた後で。よし、扉近くに人はいないね」

 

「・・・何をする気だ」

 

達也の問いに凛はすぐに答えを出した

 

「こうするのさっ!」

 

バコンッ!!

 

凛がドアを足で思い切り蹴り飛ばすと重い音と共に扉が奥に倒れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パペットが全て、謎の二人に倒された。それをつかさは、指揮所とは別の部屋で確認した。セーフルームの中に監視カメラは設置されていない。逃げ込んだ深雪とその護衛が何をしているのか、つかさには残念ながら分からない。パペット兵が知らない誰かに倒された事に苛立ちを覚えていたが。その後に達也がやって来ている為、その時がチャンスだと思った。

彼女は自分の部下との間に設けられた、魔法的な回線を確認した。接続状態は良好だ。傀儡法という古式魔法は使っても、彼女は本来的に、人の精神に干渉する系統外魔法の使い手ではない。あくまでも魔法障壁を生成する領域魔法を植え付けられた第十研出身の、十山家の魔法師だ。

魔法的なリンクが繋がっていても、つかさに相手の心を読むことは出来ない。互換情報が中継されてくるわけでもなければ、意思を直接操れるわけでもない。彼女に分かるのは、その相手が今魔法的に何処にいるかどうかということだけだ。情報次元の座標を特定できるだけの繋がりだった。しかし十山家の術者にとって、それで十分であり、それが最も重要だった。

音や景色などの物理的な情報が必要ならば、無線機器を使えばいい。それよりも魔法発動の鍵となる情報次元の座標。それは電子機器では取得できない。情報次元を直接観測するエレメンタル・サイトの持ち主ならばあるいは、映像情報から情報次元の座標を割り出せるかもしれないが、それにも限度があるはずだ。人が実感できる距離には限界があり、無限の広さは抽象的な観念の中にのみ存在するもの。人間の認識力の広さには限るがあるのだ。物理的に存在する距離という強固な現実を無視して、映像から得られた認識だけで情報次元の情報体に意識の焦点を合わせられるような壊れた人間などいるはずがない。つかさは自分の事を棚上げしてそう思っていた。

十山家に与えられた魔法、彼女に課せられた役割にはそんな技術は必要無いし、現在のミッションにもそんなものは必要ない。

彼女は子飼いの部下を適切に支援すべく、ハッキングした監視カメラの映像に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一点が大きく凹んだ扉が倒れると倒れた先では盛大に凹んだドアに目を点にして固まっている生徒と予想外の助っ人に喜んでいる深雪がいた

 

「弘樹さん!」

 

「深雪、大丈夫か?」

 

「ええ、それよりどうして弘樹さんが?」

 

「頼まれたんだよ」

 

そう言って深雪と弘樹の幸せオーラに辺りが包まれた。氷砂糖の中に閉じ込められたような呪縛から真っ先に抜け出したのは、もう一組の魔法師主従だった。

 

「あの、危ないところをありがとうございました。司波様にも、お礼を申し上げるのが遅くなり、失礼いたしました」

 

丁寧な言葉遣いが何処かぎこちなく、お芝居をしているような印象があった。

 

「わたくしは綱島と申します。この者は津永です。津永さん、貴女からもお礼を申し上げて」

 

綱島嬢に促されて、津永が前に出る。綱島嬢と深雪の間に割り込むように。達也の身体が静止状態から最高速へ瞬時に切り替わり、彼は津永の身体を突き飛ばした。深雪の首に腕を回して拘束しようとしていた津永がもんどり打って倒れる。

 

「動かないで!」

 

「弘樹!」

 

綱島と達也の声は同時だった。綱島は手近にいた無関係の生徒を捕まえて隠し持っていたナイフを首に突き付けていた。

弘樹は達也の声に応じて深雪の身体を引き寄せ、くるりと立ち位置を入れ替え深雪を背中に庇う。達也が弘樹を呼んだのはこのためだ。

 

「動くと無関係の女の子が・・・」

 

ただでは済まない、と綱島は言おうとしたのかもしれないが、達也は彼女の声を完全に無視した。深雪に狼藉を働こうとした津永に向けて魔法を放つ。ガラスが砕け散るような幻音と聞いたのは、深雪と弘樹だけではなかった。魔法障壁が壊れた「音」だ。

津永は転倒しながらも障壁を張っていた。それを達也の魔法が分解したのだ。達也は表情こそ出さないが、心の中で小さくない訝しさを覚えた。突き飛ばした時、彼の手が触れたのは津永の肉体だけではなかった。まず一瞬で展開された魔法障壁を、掌を起点に発動した分解魔法で消去し、その上で軽めの掌底攻撃を加えながら少量高圧の想子流を流し込んでいた。

障壁魔法は確かに消し去ったし、達也の想子を流し込まれてまともに魔法を構築できなくなっているはずだった。それなのに、倒れたまま起き上がろうともしない津永が魔法障壁を展開していた。時系列的に見て、達也に想子を流し込まれ、ひっくり返った後に構築したと考えるべきだろう。身体が麻痺しているからといって魔法を使えなくなるとは限らないが、どう見てもこの程度の魔法師に出来る事ではないはずだった。



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後始末

心の中で疑問点を整理している間も、達也は止まらなかった。右手を掲げ、細く絞り込んだ想子流を倒れたままの津永に放つ。

術式解体。本来は魔法式を吹き飛ばす為の技だが、想子流の浸透性を高める事により接触して想子を流し込むのと同じ効果を発揮する。津永の身体が一度大きく跳ね、それきり動かなくなる。気を失ったようだ。死んでしまう可能性のある攻撃に躊躇いは無いが、後始末が面倒なのでこの手段を使ったのだが、どうやら上手くいったようだ。そう考えた時には、達也は綱島の方へ足を踏み出していた。

達也は綱島を名乗った魔法師に想子弾を放とうしたが、その時彼は綱島と人質を囲んで魔法障壁が形成されているのに気づく。

 

『何処からだ?』

 

綱島を名乗った女に、魔法の発動を完全に隠蔽する技術は無い。何者かがこの女性魔法師の周りに魔法障壁を展開している。それ以外に考えられない。

魔法障壁が消滅し、達也の左手が綱島のナイフに届いた。握りしめる掌の中で、ナイフのプレートが砂になって崩れ去る。どちらも達也の分解魔法による現象だ。心に留まる疑問は戦いの妨げになっていない。

達也は綱島の右手首を掴み外側に捻る。綱島は逆らわずに自ら床を蹴って空中側転した。達也は綱島から手を離し人質を手繰り寄せ、後ろにいる水波に投げ渡した。よろめいて倒れそうになった人質を水波が抱き留めた。

着地した綱島に達也が横蹴りを放つが、その前に魔法障壁が形成される。だが構わず達也は足を伸ばす。彼の足が魔法障壁に接触する寸前に、障壁が砕け散った。魔法と肉体を別々に制御しながら、達也は綱島の胸を蹴り飛ばした。津永と違い既に加減は無い。

綱島の心臓が停止する。心臓震盪だ。達也は女魔法師の身体が床に崩れ落ちるのと同時に、雷撃魔法をその胸に撃ち込む。フラッシュ・キャストで紡ぎ出された弱い電撃は丁度除細動器の役目を果たし、運よく女の心臓は生命活動に必要な機能を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つかさはクッションが堅い椅子の上で閉じていた片目の瞼を開いた。

 

「相手が女性でも容赦なしですか・・・」

 

この小さな部屋は、彼女の個室になっている。誰も聞いていないのをいいことに、つかさは遠慮なく独り言を呟いた。

 

「それにしても、私の障壁魔法を一瞬で消し去るとは。本来の使い方から外れている所為で強度が落ちていたとはいえ、自信を無くしてしまいそうですね。いえ・・・さすがは四葉の魔法師と、ここは認めるべきでしょう。それにしても、私の障壁魔法を壊した魔法は何だったのでしょうね? 魔法式そのものが破壊されたような感じでしたが・・・まさか、術式解散ですか?・・・幾ら何でも、それは無いでしょう。あの魔法は実験室の中でのみ存在し得るもの。実戦で成功するはずがない」

 

自嘲気味な笑みを浮かべて呟くつかさだったが、その自嘲も自分に向けたものでありながら何処か他人事な印象があった。

 

「しかし四葉の魔法師といえども、待機状態にある魔法までは無力化出来なかったようですね。まぁ・・・これだけ離れている私に直接力を及ぼす事が出来るなら、既に魔法師の範疇に収まりません。人間を超えた怪物です・・・この国に人を超えたものの居場所はありません。もしも貴方が人外の怪物だとすれば、可愛そうですがいなくなってもらいます」

 

出ていってもらう、ではなくいなくなってもらう。つかさは優しいとすら言える穏やかな声音で、ディスプレイの中の達也に向けてそう呟いた。

 

「しかし、まさか彼らがいるのは予想外でした」

 

つかさは椅子から上半身を上げるとさっきの映像に写っていた深雪を守っていた二人を思い出しながらそう呟いた

 

「まさか監視対象の二人が出しゃばってくるとは・・・監視役は何をサボっているんですか」

 

忌々しげにつかさはそう呟くと部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は倒した女魔法師の側にしゃがみ込んで魔法の痕跡を探っていた。先ほどの魔法障壁はこの女が作り上げたものではない。少なくともこの建物にはあの魔法障壁を発動した魔法師はいない。

発動対象を正確に指定した遠隔魔法。まず考えられるのはこの女を中継点にしていたという可能性だ。人間を魔法の中継点に使う技術は珍しくはあっても驚くほどのものではない。ほんの二ヵ月前にも顧傑に協力していた古式魔法師が人間主義者の青年を中継点に仕立ててSB魔法を行使するのを見たばかりだ。

しかしこの女魔法師には魔法的な識別信号を発する刻印が見当たらない。達也の「眼」を以てしてもその痕跡すら見つけられない。

では映像情報を使って情報次元の座標を割り出したのだろうか。技術的には可能だ。他でもない達也が使っている『サード・アイ』は成層圏カメラや低軌道衛星の映像を照準の補助に使っている。また監視カメラを通じて自分を観察する視線を、達也は今も感じている。

 

「障壁を展開した魔法師は・・・辿れないな。痕跡が薄すぎる」

 

「どうだい達也」

 

「ああ、痕跡が薄すぎて難しいな」

 

そう言って隣で負傷者を探している凛が達也に聞いた。安全の為に深雪と弘樹、水波の三人は凛の乗ってきた車に乗せていた

 

「大体、達也の手の内を見るなら八雲か達也のコピーを置かないと」

 

そう言って凛は笑うと達也は少し呆れたような表情を浮かべた

 

「凛、それはからかっているのか?」

 

「いやいや、誉めているのよ。達也はそれだけすごいって事よ」

 

そう言って二人は駆けつけた警察に事情聴取を受けたのだった




ちょっとした作者の小話
『異世界迷宮でハーレムを』を地上波で見て思わず爆笑してした。よくあれで地上波流したなって思った・・・
(よーつべで検索すると笑う理由わかる)


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静かな生徒会室

四月二十日、土曜日の放課後。一高の生徒会室には、生徒会長と書記長の姿が無かった。深雪は達也と共に今日の生徒会を休むと二日前から他の役員に告げていた。水曜日の夜に、真由美から会って話がしたいという申し出を受けていたからだ。

もっとも、ほのかや泉美に理由は告げていない。泉美は真由美の妹だから知っているかもしれないが、どんな話か分からないので、ただ所用があるだけだと深雪は伝えていた。

今日はまだほのかも来ていない。生徒会室にいるのは泉美と詩奈、そして風紀委員の香澄だけだ。「今日はお休みにしましょう」と深雪はいっていたのだが「大丈夫です、お任せください」と泉美が張り切って答えた為に少人数体制になっているのだ。なお当然と言えば当然だが、水波は深雪に同行する為ここにはいない。

香澄、泉美、詩奈は子供の頃からの付き合いだ。生徒会室はすっかりリラックスした空気に包まれている。それでも真面目に各クラブから上げられてきた新入部員勧誘週間の活動報告を泉美が処理している。詩奈はそのお手伝いだ。そして香澄は、のんびりお茶を飲んでいた。

 

「ねぇ泉美」

 

「何ですか、香澄ちゃん」

 

中央のテーブルに肩肘をついて横向きに座っている香澄が泉美の背中に話しかけ、泉美は振り返りもせず手も止めず生返事をする。

 

「司波会長のご用事って、やっぱりあれかな?」

 

「あれ、とは?」

 

「ほら、お姉ちゃんも今日、お出かけだって言ってたじゃない。会長と達也先輩、お姉ちゃんに呼び出されたのかな?」

 

泉美が手を止め、椅子から立ち上がる。どうやら一段落ついたらしい。

 

「そうじゃないですか?ピクシー、お茶をお願いします」

 

『かしこまりました』

 

「もちろん全くの偶然という可能性はありますが・・・ありがとう」

 

最後の一言は、お茶を淹れてきたピクシーに対するものだ。湯呑の中は緑茶。泉美は和洋どちらでもいける口だが、どちらかと言えばお菓子は洋風、飲み物は和風が好みだ。

 

「お姉様は社交的に見えて、親しくお付き合いする方は限られていますから」

 

「あはっ、お姉ちゃんって本当に猫みたいだよね」

 

香澄がそう言いながらブラックのコーヒーを飲む。彼女は思考が男の子的というか、糖分をあまり好まない。

 

「確かに。(香澄ちゃんは子犬みたいですけど)」

 

「何か言った?」

 

「いえ?」

 

「そう? まぁ、交友関係が狭そうなのは会長も一緒か」

 

「深雪お姉さまは女神の化身なのですから、孤高で当然なのです」

 

「うわぁ・・・」

 

香澄が仰け反ったが、そんな露骨な態度も泉美は一向に気にならない。逆に、何故理解出来ないのかと香澄に哀れみの目を向ける始末だ。そんな二人を、詩奈が困惑顔で見ていた。

 

「・・・詩奈も一休みしたら?」

 

「そうですね。一緒に一服しましょう」

 

「あ、はい。それでは」

 

詩奈は双子の向かい側に座った。その手には自分で淹れた蜂蜜たっぷりのミルクティー。香澄とは逆に、詩奈は極端な甘党だ。それなのに手作りするお菓子は決して甘すぎる失敗作にならないのだから、趣味というのは不思議なものだ。

 

「それで、キャットなお姉ちゃんと女神な会長さんは何の用で会うんだろう」

 

「赤坂の料亭だと仰ってましたからね・・・」

 

「えっ、そうだっけ」

 

泉美は当然のように知っている前提で話したが、香澄は初耳だった。

 

「ええ。香澄ちゃんは、興味が無い事は聞き流してしまいますから覚えていないのでしょうけど」

 

「興味が無いわけじゃないよ!泉美、それ、本当にボクも聞いてた?」

 

気の置けないメンバーだけだからか、学校内にも拘わらず、香澄の一人称が「ボク」になっている。

 

「さぁ?」

 

「さ、さぁって」

 

「私はお姉様に直接伺いましたけど、香澄ちゃんは聞いていないんですか?」

 

興味があったら尋ねるはずですけど、という副音声を香澄は正確に聞き取った。その所為で「ぐぬぬ・・・」と唸ることしか出来ない。

 

「それで、真由美さんは会長と司波先輩に何を相談されるおつもりなのでしょう」

 

「例の会議の事じゃないかしら」

 

「例の会議というのは、この前の日曜日の会議ですか?」

 

「克人さんもいらっしゃるとの事ですから、会議でやらかした司波先輩を責めるなり懐柔するなり考えているのではないでしょうか」

 

「やらかしたって、泉美・・・」

 

「そうですね。内容の是非は兎も角、不穏当な言い方でした」

 

「いつも目の敵にしている香澄ちゃんからその様なこと言われるとは思いませんでした」

 

「目の敵なんかにはしてないよ!ちょっと気に入らないだけだ!」

 

『そう言う態度を「目の敵にしている」と言うのではありませんか?』

 

「何か言った?違うからね!」

 

そう言って二人の会話はヒートアップして行った



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揉め事の予兆

深雪達のいない生徒会室では二人の話で泉美、香澄、詩奈の三人は盛り上がっていた

 

「まあ私も司波先輩には色々と不満がありますよ。深雪お姉様を何よりも大事にされているのは評価しますけど、他の方に配慮する余力がある癖に手を差し伸べない所や、相手が何を感じているか推理する洞察力がある癖に気を遣おうとしない所など・・・一言で表現すれば薄情ですから、司波先輩は。それに比べて弘樹先輩は深雪お姉様や私達のことまで気を遣ってくれる素晴らしい人ですよ」

 

「・・・うん、まぁ、そうだね」

 

この場に本人がいないとはいえ、学校の先輩に対して何の遠慮も無い、上から目線の批判に香澄が仰け反る。

 

「司波先輩に大きなお力があるのは何となく分かりますが・・・?」

 

詩奈は逆に、泉美の方へ身を乗り出している。達也に対して異性としての興味は無くても、同じ生徒会の先輩に対する興味はあるらしい。

 

「洞察力はあるみたいですよ。共感力は無いようですけど」

 

「つまり、相手がどう感じているのかは分からなくても、なにを考えているのかは理解出来る、と・・・?」

 

「それならば腹も立たないのですけどね」

 

泉美はため息を吐きかけて呑み込んだような顔をしている。

 

「司波先輩はどうも、私たちの感情の動きも分析できているようなのですよ」

 

「分析、ですか・・・? 共感ではなく?」

 

「ええ、分析です。そしてその場で必要が無いと判断すれば、相手の感情をあっさり無視するのです」

 

「泉美、少し言い過ぎなんじゃ・・・」

 

「表面的には少しクールくらいにしか見えませんが、深雪お姉様が関わらない限り本物の冷血漢ですよ」

 

そう言って泉美がヒートアップした所で香澄が本題に話を戻していた

 

「・・・話、戻ろっか」

 

「そ、そうですね」

 

そう言ってヒートアップしていたことに気づいた泉美は少し不満気だった

 

「責めるとか懐柔するとかは言い過ぎかもしれませんけど、お姉さまは司波先輩たちと今後どうするかを話し合うおつもりだと思いますよ」

 

「お姉ちゃんは兎も角、克人さんは本気で悩んでいそうだね。それでお姉ちゃんが、お節介を焼いているのかな? うん、ありそうだ」

 

「しかし、お姉さまはどんな提案をするつもりなのでしょう。司波先輩の事ですから、深く考えずに喧嘩腰な態度を取られたという事は無いでしょうし・・・お姉さまの仰ることは兎も角、克人さんのお言葉には耳を傾けられると思いたいです」

 

「でも四葉家の力が噂通りのものなら、あそこは十師族を離れてもやっていける。もし先輩の反対が四葉家の意向を受けたものなら、妥協何かありえないと思うけど・・・兄貴はさ、達也先輩の事を分かってなかったんだよ。だからテレビ出演くらい大したことは無い、そんなことで波風を立てるはずがないって甘く考えてたんだと思う。克人さんが止めてくれれば・・・いや、それは無理か」

 

「克人さんですものねぇ」

 

苦笑を交わす双子を見て詩奈が不思議そうな表情を浮かべていたのは、香澄たち程克人と親しくする機会が無かったからだろう。

 

「何だか心配になってきた。お姉ちゃんたち、また地雷を踏んだりしないよね?」

 

「地雷って何ですか」

 

「ねぇ、泉美はお姉ちゃんたちが何処で会うのか知ってるんでしょ? 見に行かない?」

 

「私たちが行って、どうなるものでも・・・」

 

「それは、なにも出来ないかもしれないけどさ」

 

「・・・それでも、行った方が良いと思いますか?」

 

「うーん・・・」

 

顔を見合わせて悩む香澄と泉美と、それを横で見ていて何も言えない詩奈。その停滞は、新たな来訪者によって破られた。

 

「泉美ちゃん、詩奈ちゃん、お疲れ様」

 

「香澄・・・何してるの?」

 

「北山先輩!これは、その、サボっているわけでは・・・!」

 

「うん」

 

雫が微かに眉をひそめているような印象を受けた香澄は慌てて立ち上がり、直立不動に近い姿勢を取った。香澄の慌てぶりとは対照的な雫の素っ気ない態度が、見ている者にも緊張感をもたらしている。

 

「香澄が非番だというのは分かってるよ。姉妹で見つめ合って何をしているのかなって思っただけ。それで、なにをしてたの? 自分そっくりの顔に見惚れてた?」

 

「ち、違います!」

 

「北山先輩!私たちはナルシストではありませんわ!」

 

「ナルシス?百合?」

 

とんでもない汚名を着せられたと感じ、香澄と泉美が揃って抗議するが、雫がボケとも本気ともつかないセリフを漏らす。

 

「違いますって!」

 

「ナルキッソスは水仙です! 百合ではありません!」

 

「水仙って百合科じゃなかったっけ?」

 

『水仙が百合科に分類されていたのは、旧分類のクロンキスト体系です。現代ではヒガンバナ科に分類されています』

 

「そう。私の勘違いだった。ピクシー、お茶くれる?」

 

「かしこまりました」

 

雫は何事も無かったようにテーブルの席に着く。泉美と香澄がぐったりと倒れ込んだ横でまったりしてると、不意にピクシーが詩奈の傍へ歩み寄った。

 

「詩奈様。応接室に・お客様が・お見えです」

 

「お客様が?」

 

詩奈は慌てて自分の端末の前に戻り、校内メールをチェックした。そこには確かに、来客を告げるメールが届いていた。

 

「ピクシー、ありがとう。光井先輩、泉美さん、お聞きの通りの事情ですので、席を外してもよろしいでしょうか」

 

「ええ、良いわよ」

 

「ありがとうございます。ピクシー、後片付けをお願い」

 

「かしこまりました」

 

「それでは、行ってきます」

 

詩奈が扉の前でくるりと振り向き、ぺこりと一礼して生徒会室を後にする。彼女の私物を詰めた鞄は、生徒会室に置きっ放しになっていた。



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侍郎の訓練

一高の裏の演習林ではレオの所属する山岳部が侍郎の訓練を手伝っており。内容はおもちゃのナイフで一回も触られずに五キロを走り抜ける事だった。そしれ3度目のリスタートで侍郎は大の字になって倒れていた

 

「侍郎、大丈夫か?」

 

「・・・はい」

 

そう言って侍郎は満身創痍の状態で答えた

 

「へぇ〜、結構やった方じゃない?ねえエリカ」

 

そう言って凛が木の上に座りながらエリカに話しかけた

 

「そうね、少なくともこの体力バカ相手によくやったと思うわ」

 

エリカの「体力バカ」発言は、レオをはじめとする山岳部員たちも受け入れいているので、特に抗議の声が上がることは無かった。そして、その発言をスルーしているのは山岳部員だけではなかった。

 

「柴田さん、あんまり近づくと危ないよ」

 

「水が張ってあるから怪我はしないと思うけど、スケッチブックが濡れたら大変でしょ?」

 

「そうですね」

 

スケッチブックを開いてスケッチしていた美月も、エリカの発言はスルーしている。ちなみに美月が覗き込んでいた穴は、新部長に就任したレオがフリークライミング用に使うと生徒会に掛け合って造ってもらったものだ。そのレオの方針のお陰で、山岳部はその名に相応しい活動の比重を増やしている。

ちなみに、何故美月が山岳部の領域でスケッチをしていたのかというと、今美術部で取り組んでいる課題が「躍動する筋肉」という、一部の女子生徒の趣味丸出しのものだからである。

部員たちが壁のぼりをしているのを見ていたレオが、そろそろ自分も壁に挑むかと立ち上がると、林の中から声がかけられた。

 

「レオ」

 

「幹比古。こんな所まで珍しいな」

 

林の中から現れたのは幹比古。制服姿にも拘わらず、ズボンの裾にも上着の端にもほとんど汚れがついていない。それに気づいた部員の間で「さすが部長のお友達」とか「やっぱり風紀委員長は常識ブレーカーの一員」とか微妙な賞賛の声が上がるが、レオやエリカは気にしていない。

 

「生徒が倒れたって報告があったから見に来たんだけど、大丈夫みたいだね」

 

前半のセリフの間に、倒れた生徒が侍朗だと確認した幹比古は、笑みを浮かべながらそう言い切る。その直後、ツッコミを堪えている気配が一斉に生じた。侍朗の姿を見て何処が大丈夫なんだと山岳部員たちは言いたかったのだろうが、侍朗本人が異議を唱えなかったので誰も何も言わなかった。

 

「侍朗、起きられる?」

 

「・・・はい」

 

エリカの問いかけに侍朗が身体を起こす。まだ少しふらついていたが、そこは意地で身体を支えている。

 

「せっかくだから、風紀委員長に稽古を付けてもらいなさい。ミキ、お願い出来る?」

 

「えっ? 大丈夫なのかい?」

 

「お願い」

 

依頼に対して目を丸くして驚いた幹比古に、エリカは重ねて依頼をする。

 

「魔法無しで良いなら、僕の方は構わないけど・・・」

 

「それで良いから」

 

風紀委員長が率先して魔法無断使用の校則違反を犯すわけにはいかないという事だ。エリカも最初からそんな無茶を押し付けるつもりは無かったようだ。

 

「侍朗。吉田委員長は魔法抜きでも、この学校屈指の実力者よ。勝てるなんて考えず、胸を借りるつもりで行きなさい」

 

「分かりました!吉田先輩、お願いします!」

 

 

仕方がないという表情を浮かべ、幹比古は上着のボタンに手を掛けた。そしていつの間にかすぐ後ろに立っていた美月に上着を渡した。

次の瞬間、幹比古は侍朗との間合いを詰めており、反射的に突きを繰り出す侍朗の手首を取って、伸び切った腕を外に返す。侍朗の身体は簡単に浮いて、地面に落ちた。

 

「何故、僕が上着を脱いでいる隙に攻撃してこなかったのかな?」

 

幹比古が不思議そうに問いかける。自分の甘さを指摘されて、侍朗の意識が過去へ動く。ほんの僅かな後悔。その意識の空白に、幹比古はまたしても間合いを詰めていた。侍朗の右横に並んだ幹比古が、むしろゆっくりと左腕を上げる。幹比古の腕に顎をかち上げられ、侍朗がもんどり打って倒れた。すかさず膝で侍朗の胸を押さえ、左手で右手を封じ、右手の指を侍朗の瞼の上に置く。侍朗は空いている左手で幹比古の膝上をタップし、ギブアップを表明した。

幹比古が立ち上がり、侍朗に背中を向ける。侍朗は幹比古の背後から組み付こうとしたが、幹比古はくるりと回ってその腕を避ける。そのまま侍朗を引き込んで押しつぶし、背後から馬乗りになる恰好で逆関節を取って固めた。

 

「わぁ、凄いです!」

 

「うえっ・・・えげつねぇな」

 

「まだ、神木さんよりは優しいと思うよ」

 

滅多に見られない幹比古の華麗な立ち回りに美月が手を叩いて喜んでいる横で、レオはセンブリ茶を一気飲みしたような顔をしている。エリカは侍朗のふがいなさと幹比古の賢い戦い方に、苦い顔をしていた。

 

「まだ続ける?」

 

「お願いします!」

 

幹比古が抑え込みを解いて侍朗に尋ねると、侍朗は間髪を入れずに答えた。

 

「ミキ、遠慮しなくていいから。侍朗に上級生の凄さを教えちゃって良いわよ」

 

「僕の名前は幹比古だ!でも、上級生の凄さを教えるなら、達也の方が良いんじゃないの?魔法無しなら、達也に勝てる人なんていないんだしさ」

 

「達也くんは今日いないし、侍朗の目標は達也くんだもの。いきなりラスボスを相手にしろって言ってもね」

 

「入学式の時の遺恨かい?」

 

「そうではありません。あれは俺が悪かったんですし」

 

遺恨では無いと確認して、幹比古は小さく頷いて組手を再開した。それからの三十分、侍朗は立っていられた時間の方が短かった。




センブリ茶ってマジで苦いんだよな・・・(そこにレモン果汁を入れると更に苦くなり、口の中が地獄絵図になる)


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居なくなった幼馴染

各クラブから上がってきた報告の処理が一段落して顔を上げた泉美が、少し気がかりそうな声で呟く。

 

「詩奈ちゃん、遅いですね」

 

「そうだね。単なる面会にしては、時間がかかり過ぎているような気がする」

 

風紀委員会の仕事を生徒会室に持ち込んで作業していた香澄が、顔を上げて同意する。

 

「誰が会いに来たのかな?ピクシー、分かる?」

 

「プライベートな情報につき・お答えできません」

 

まるで女中相手のように香澄が尋ねたが、ピクシーの回答は機械的な決まり文句だった。

 

「そんな機械みたいな答えを・・・」

 

香澄が引き攣り気味の笑みを浮かべながら講義する

 

「マスターから・三年生以外には・機械らしく・振る舞う・ように・指示されて・います」

 

「メールの内容を聞くなんて、そもそもマナー違反」

 

「・・・はい、すみません」

 

雫からさらにツッコミを受けて、香澄は白旗を揚げた。この二人の間には、先輩後輩を超えた力関係が出来上がっているようだ。

 

「詩奈はまだ面談中?」

 

「いえ、三矢様は・既に・下校・されています」

 

「えっ?」

 

「何時!?」

 

「十六分五十秒前です」

 

雫に続いてほのかが質問すると、ピクシーはサイコキネシスで即答する。これは本来生徒会室のシステムにコマンドを渡す機能しか持っていないピクシーには知り得ない情報だが、この場で気づいた者はいなかった。

 

「おかしい」

 

「何がおかしいの?」

 

雫の呟きに、ほのかが不吉な予感を覚えながら尋ねる。

 

「荷物が残っている」

 

「先輩、私、ちょっと聞きに行ってきます」

 

「香澄ちゃん、何処に行くんですか!?」

 

慌てて立ち上がった香澄に問い返したのは「先輩」の雫でもほのかでもなく泉美だった。事務室に事情を聞きに行っても、プライバシー保護の名目で回答を拒まれるだろう。職員室でも同じことだ。

 

「侍朗のとこ。確か今日は、山岳部でしごかれているとか言ってた」

 

香澄は双子の妹に情報通なところを見せて、生徒会室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両手両膝を地面についてぜぇぜぇと息を荒げている侍朗を心配そうな目で見降ろしながら、幹比古は美月が広げている上着に袖を通した。その、どっちにツッコんで良いのか分からない光景を、香澄はまるで気に留めなかった。

 

「先輩方、失礼します! 侍朗!」

 

香澄は侍郎の前につかつか歩いていくと、制服が汚れるのも構わず彼の前に両膝をついて目線の高さを合わせた。

 

「詩奈は何で急にいなくなったの!?」

 

その言葉を聞いて、侍郎は空気を貪るのを忘れた。顔が青くなっているのは、酸素が足りないからではなかった。

 

「詩奈が・・・いなくなった?」

 

「侍郎、聞いてないの?」

 

何事かと二人の周りに集まっていたエリカ、レオ、幹比古、凛が、一斉に眉を曇らせる。そこで、侍郎が激しく咳き込んだ。

 

「ちょっと!? 大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

それで我を取り戻した侍郎が、身を乗り出した香澄を制しよろよろと立ち上がった。覚束ない足取りながら全力で自分の鞄に駆け寄り、携帯情報端末から音声通信用子機を取り外して自分の耳にはめる。彼は声を潜めるのも忘れて、回線がつながったばかりのマイクに叫んだ。

 

「父さん!詩奈がいなくなった!何か聞いていないか!?」

 

『詩奈お嬢様が?少し待て。すぐ折り返す』

 

電話の相手は父親の矢車仕郎。仕郎はそう答えて一方的に通話を切った。じりじりしながら侍朗が見つめていたディスプレイに父親の名が表示されたのは、およそ一分後だった。

 

「侍朗だ!父さん、何か分かったか!?」

 

『三矢家からは何も指示していないそうだ。いったいどういう経緯なんだ?』

 

「俺も今、聞いたばかりで・・・」

 

『・・・学校には元治様が問い合わせる。今のところお前は何もしなくていい。事情も分からない内から性急に動くと、かえって事態を悪化させる恐れがある』

 

「・・・分かった。何か判明したら教えてくれ」

 

『ああ。詩奈様が学校へお戻りになる可能性もゼロではない。お前はもう少し、そこで待っていろ。良いな?』

 

「了解だ」

 

侍朗が終話ボタンを押す。彼は明らかに酷く混乱していた。

 

「香澄、いったいどういう事?」

 

「はい、その・・・」

 

実は香澄も、なにも理解していないに等しい。それでも彼女は、自分が知っている事を整理してエリカに答えた。

 

「応接室に呼び出し、ね・・・」

 

「普通に考えれば、そいつらが連れて行ったんじゃねぇか?」

 

「いえ、連れ去られたとは限らないよ。自分から同行したのかもしれないし、来客とは無関係に帰宅したのかもしれない」

 

「そうね、何かしらの急な用事があったのかもしれないし・・・」

 

「生徒会室に詩奈の私物が置きっ放しなんです」

 

「とにかく、生徒会室に行ってみましょう」

 

眉を顰めたエリカの提案に、レオが疑問を呈する。

 

「俺たちが生徒会室に行ってどうなるんだ? 誰が来たか、事務室で強引に聞き出した方が良いんじゃねぇか?」

 

「達也くんや十文字先輩じゃあるまいし、事務室の職員がほいほい言いなりになるはずないじゃない」

 

「だからといって、何で生徒会室なんだよ」

 

「生徒会室にはピクシーがいるでしょ」

 

「でもピクシーは、プライベートな情報だから答えられないって」

 

「達也くんに連絡して、ピクシーを説得してもらえば良いだけよ。緊急事態だと分かれば、ピクシーだって教えてくれるってば。それに、達也くんに命じられたら、ピクシーも従うだろうし」

 

「そうだね。生徒会室に行こう」

 

「うはっ。俺、生徒会室に足を踏み入れるのは初めてかもしれん」

 

レオは思った事を口にしただけで、冗談で空気を和ませようというような意図は無かった。

 

「今まで呼び出されなかったのが不思議よね。あっ、呼び出されるのは風紀委員会の方か」

 

「そっちにも呼び出されたこたぁねぇよ!」

 

「はいはい、うるさいから黙ってちょうだい」

 

だが、ギャアギャア言い合うエリカとレオに、胃が痛くなるような空気が少し緩んだのも確かだった。

 

「ピクシー、非常事態なのよ。誰が詩奈ちゃんに会いに来たかだけでも、教えてくれない?」

 

『マスターの承認が無ければお答えできません』

 

ほのかの懇願にも、ピクシーは首を縦に振らない。そしてエリカと少し話した末。ピクシーは情報を開示した

 

「面会人は・三矢家の・使者と・名乗っていました」

 

「でも、三矢家は知らないと言っているわよ」

 

「映像を・ご覧ください」

 

エリカの反論にピクシーは機械的な仕種で顔を向け、手ぶりで大型ディスプレイへ視線を誘導する。校内の監視カメラがディスプレイに映し出される。ハッキングの動かぬ証拠だが、それを気にする者はいない。心に余裕が無い為か、その大きな問題に気づいた者もいなかった。

 

「こちらの女性が・自分は・三矢家の・使者と・名乗られました」

 

映像に収まっていたのは一組の男女。女性は二十代前半、男性は三十前後に見える。そして年齢とは逆に、男性が女性に敬意を払っているように見えた。

 

「この方・・・どこかでお顔を拝見した事があるような・・・」

 

「こいつ・・・まさか・・・」

 

泉美がもどかしそうに呟く。その隣で凛は少し驚愕した様子を見せていた

 

「二人とも、軍人だね」

 

「確か第三研には、現役の軍人が多く出入りしていたよね?」

 

数秒間、身のこなしを観察していただけで断言したエリカに続いて、幹比古が香澄の顔を見て問いかける。

 

「はい、そうですけど・・・」

 

「三矢家の皆様には、国防軍に奉職されている方はいらっしゃらなかったと思います」

 

口籠った香澄のセリフを受けて、泉美が幹比古の推測を否定する。

 

「軍人が三矢を騙して連れて行った、ってことか?」

 

「どうも・・・レオの拉致説が現実味を帯びてきたね」

 

「ミキ! 拉致とか、そんな物騒な事は言わない!」

 

エリカが鋭い声で叱責する。幹比古は侍朗の顔色が真っ青になっているのに気づいて謝った。

 

「だけどよ。軍人が女子高生を連れていくなんて、普通じゃねぇだろ」

 

改めてレオに指摘され、エリカと幹比古がグッと奥歯を噛み締める。

 

「・・・この二人が第三研に出入りしている顔馴染みだとしたら、僕たちの心配は杞憂の可能性が高い」

 

「でも、三矢家が知らないと言ってるんでしょ?」

 

エリカが、幹比古の言っている事は気休めに過ぎないと切り捨てる。

 

「・・・詩奈ちゃんが本当に家に帰ったのでないのかどうか、確認するのが先だと思う」

 

「そうだな」

 

幹比古の言葉にレオが頷く。実は風紀委員長の幹比古とは違って、レオは他の生徒の心配をしなければならない立場ではないのだが、そんな野暮を言う者は一人もいなかった。

 

「雫。達也さんたちに連絡しなくて良いのかな・・・?詩奈ちゃんは生徒会活動の途中でいなくなっちゃったんだし・・・」

 

「深雪には、連絡した方が良いと思う。これ以上達也さんの邪魔は出来ないし」

 

ほのかの問いかけを微妙に編集して、雫は頷いた。

 

「会長のお邪魔にならないでしょうか」

 

泉美が懸念を述べる。さすがに空気を読んだのか「深雪お姉様」呼ばわりはしなかった。

 

「メールで良いんじゃない?」

 

「私が深雪にメールする」

 

雫の言葉を受けて、ほのかが端末に向かった。凛はピクシーに写っている画面をじっと見ていた

 

「凛、どうしたの?」

 

「ん?あ、ああ。どこかで見たと思ったんだけどな〜。いまいち思い出せん」

 

「なんだぁ、誰か分かったのかと思っちゃった」

 

そう言ってエリカは予想外の返事にため息をついていた。だが、凛は内心別のことを考えていた

 

『驚いた、まさか十山つかさとは・・・こりゃ一悶着ありそうね』

 

心の中でそう呟いて凛は面倒臭そうな気分になっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのかのメールが届いた時、深雪は馴染みの美容室にいた。真由美との約束の時間は五時。時間に余裕があったので、丁度いいタイミングだと髪を整えに来たのだ。「一見さんお断り」の看板すらも出していないこの店は、警護を擁する重要人物を相手にする高級店。腕に見合って料金が高い代わりに客は少ないので、急な予約でも問題なくとれた。ついでに、水波の髪を依頼した。

そういった店だから、ボディガードが控える場所もある。達也は深雪の後ろで本を読んでいた。紙の本ではなく、電子書籍だ。FLTの業務に関わる論文でもなく、四葉家の仕事に関わる資料でもない、完全な暇つぶしの読書。つまり達也は今、忙しくなかった。

深雪の端末で、メールの着信音が鳴った。何時もと少し違う音色は、親しい相手にだけ知らせてある緊急の合図だ。メールに出られない状態だった深雪が、達也に手助けを求める。

 

「お兄様、すみません」

 

「何だ?」

 

達也は読書を中断してそう答えた。

 

「私の端末を見ていただけませんか」

 

「メールか?」

 

「はい。急用のようです」

 

達也は深雪の私信を覗くほど無神経ではないが、深雪の方から確認してくれと言われてそれを拒むほど遠慮深くもない。達也は深雪のハンドバッグから携帯端末を取り出して、メール画面を開いた。

 

「ほのかからだ。詩奈が学校から連れ去られたと言っている」

 

「詩奈ちゃんが?」

 

「軍人と思われる男女の二人組が面会に来て、詩奈はそのままいなくなったらしい。その二人組について行った可能性が大だな」

 

「攫われたのでは、ないのですよね?」

 

「無理矢理動向を強いられたのかもしれないが、少なくとも暴力的な手段を用いた誘拐ではない。そんなことをすれば、学校の警備システムが黙っていない」

 

「・・・学校に戻るべきでしょうか?」

 

「戻っても、俺たちに出来る事はない。仮に誘拐されたのだとしても、対応は警察の仕事だ」

 

深雪が攫われたのなら、決して言わないセリフを達也はあっさり口にした。

 

「警察が動いてくれますか?」

 

「今の段階では誘拐と断定する事も出来ないから、普通なら難しいだろう。だが詩奈は三矢家の直系だ。三矢家も警察にコネくらいあるだろうし、エリカもやる気になっているようだからな」

 

「エリカが?」

 

「ご丁寧に二人組の画像をピクシーを介して送って来てるからな。それに、俺たちにはやることがある」

 

「・・・そうですね。では、達也様に返信をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「ああ、構わない」

 

達也の言っている事は道理で、例えそれを口にしたのが達也でなくても、深雪は同意しただろう。そして、エリカなら達也が意図した通りに動いてくれるだろうと、深雪は顔には出さずに笑ったのだった。



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三矢のそれぞれの動き

三矢家では、当主の元と総領の元治、二人の密談が行われていた。

 

「父さん、詩奈が連れていかれたそうです」

 

「・・・そうか」

 

詩奈がいなくなったという侍朗の報告を聞いて、元と元治はすぐにつかさが言っていた「協力」の件だと察した。一高から回答があった面会者の容姿も、遠山つかさのものに一致した。

 

「侍朗くんは、つかささんに気付いていないようです」

 

「彼はつかささんと会った事が無いからな」

 

「そうなのですか?」

 

元の回答に、元治は意外そうだ。詩奈とあれほど親しいのに、何時も詩奈と一緒にいる侍朗がつかさと会っていないのは、俄かに信じがたいことだった。

 

「つかささんは、実際に顔を合わせる人間を慎重に選ぶ。十山家が担っている役目の性質上、自分の素性を知る人間は少ない方が良いと考えているのだろう」

 

「それにしたって、詩奈とあれだけ何度も会っていて、侍朗くんには顔も見られたことが無いなんて……」

 

「そういう綱渡りの曲芸じみた工作が可能な人なんだ。いや、つかささんだけじゃない。十山家はそういう秘密工作に長けている」

 

「・・・第十研の魔法は、対物理・対魔法障壁じゃなかったんですか?」

 

「元々はな。だが、その発動形態の特殊性から、十山家には単なる盾を超えた役割が与えられた。十山家は防諜工作部隊として、国防軍情報部に取り込まれている」

 

「軍の作戦に対する協力は、何処の家でもやっているのでは? 我々三矢家も、東アジア地域の情報収集では軍に貢献していると思いますが」

 

息子の疑問に、元は首を横に振った。

 

「協力ではない。十山家は完全に情報部の一部となり、情報部内で密かな影響力を振るっている。十山家には、四葉家のような底知れぬ力は無い。魔法力で言えば、同じ元第十研出身でも十文字家の方が上だろう。七草家のような政治力も無い。名声を持たない代わりに、悪名も負わない。影に徹し、手段を問わず、自らが属する党派の利益を実現していく。追い求めるのが国の利益、魔法師の利益、二十八家の利益ならば、その態度はむしろ立派だと言える。だが彼らは、身内の利益の為なら二十八家内の同士討ちすら画策しかねない。四葉家のような分かり易い脅威でない分、余計に厄介だ」

 

「・・・でしたら、今回の事はチャンスでは?」

 

「・・・どういう事だ?」

 

元治の一言は、元の意表を突いた。

 

「詩奈に怪我をさせないことが大前提になりますが・・・つかささんが司波達也殿をターゲットにしたことで十山家が四葉家と争う事になれば、十山家の潜在的な脅威を取り除くことが出来ます」

 

「可能性が無いとは言わんが・・・我々には何も出来ないぞ。十山家と四葉家の争いになっても、傍観者に徹するしかない」

 

「傍観していて望ましい結果が転がり込んでくるのであれば、それが一番良いのではありませんか?」

 

「気休めだな・・・だが、気休めでも無いよりマシか」

 

どうせ、何らかの決着がつくまで詩奈は戻ってこないのだ。元は諦念の滲む自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩奈を乗せた大型セダンは、単に広々としているだけでなく乗り心地も最高だった。リムジンでこそないが、快適さはそれ以上だったかもしれない。

一高の駐車場を出発したセダンは、途中カートレインを利用する事も無く軽井沢まで走った。到着したのは「今時こんな館が残っていたのか」と思わず言ってしまいたくなるような古い洋館だった。ホラー映画のロケにでも使われているような雰囲気がある。現に詩奈は、車を降りて無意識にブルっと身体を震わせた。

 

「詩奈ちゃん、外は寒いでしょう? 遠慮せず中に入って」

 

もう四月も半ばを過ぎた。いくら軽井沢でも寒いという程ではないが、だた外に立っていても意味は無いので、詩奈はつかさに誘われるまま館に入った。

 

「わぁ・・・」

 

詩奈の口から、思わず感嘆が漏れる。古びた外見の洋館は、中に入ってみればクラシックな佇まいはそのままに、豪華な雰囲気を漂わせていた。

 

「詩奈ちゃんのお部屋はここ。自由に使ってね」

 

つかさに案内された部屋は、ロビーに負けず劣らず、貴族趣味の豪華なものだった。特に詩奈の目を惹き付けたのは天蓋付きの大きなベッド。鏡台も金細工をあしらったアンティークなデザインで、いったい幾らするのか、それなりに高級品を使い慣れている詩奈にも見当がつかない。

 

「クローゼットの中に着替えが入ってるから。サイズは合っているはずよ。予定では一泊してもらうだけだけど、それでも必要でしょう?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「どういたしまして。私の方が協力してもらっているのだから、この程度当然よ」

 

「あの・・・家に連絡しちゃダメなんですよね?」

 

「ゴメンなさい。それもアルバイトの内だと思って」

 

「分かりました」

 

「ご飯の用意が出来たら呼ぶから」

 

つかさが部屋を出ていく。鍵を掛けた音は聞こえなかったが、詩奈は試してみようとは思わなかった。私物を入れた鞄は生徒会室に置きっ放しだが、携帯情報端末は上着の内ポケットに入っている。彼女はそれを取り出して、電波状況を確認した。

 

「やっぱり・・・」

 

思った通り、アンテナは立っていなかった。詩奈はクローゼットを開けてラフなルームウェアに着替え、天蓋付きベッドの感触を確かめた。

彼女はつかさが親や兄に口止めしているのを知らない。生徒会の先輩や侍朗に黙って下校したのは悪かったと罪悪感を懐いているが、家族が事情を説明してくれていると思い込んでいた。詩奈は、自分が行方不明になっているとは想像もしていなかった。



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私的濫用

返信メールを読み終えたほのかの顔に浮かんでいる感情は、当惑だった。

 

「深雪、何だって?」

 

「達也さんからだった」

 

エリカの問いに、ほのかはエリカに端末を手渡した。

 

「警察に任せた方が良いって」

 

「何それ、月並み」

 

「見せて」

 

エリカが読み終えるのを待って、雫がその端末を覗き込んだ。

 

「警察に任せた方が良い、か・・・」

 

「でも、証拠無しで警察が動くははわからないからね〜学校外の事は私たちくらいじゃ何もできないからね〜」

 

「それはそうですけど・・・」

 

そう言って香澄は凛に軽く食って掛かっていた。だが、泉美が冷静に対応したお陰で生徒会室を飛び出す様なことにはならなかった

 

「ま、果報は寝て待てと言うけど・・・どうするのエリカ?」

 

「そりゃ勿論。使うに決まってんじゃん」

 

「公権力の私的濫用」

 

「い、良いのかな」

 

「せっかく伝手があるんだから、使わなきゃ損よ。それに、バカ兄貴には凛からお願いすれば断れないだろうし」

 

「あはは・・・あなたも随分と悪くなったわね」

 

「誰のせいだと思うの?」

 

そう言ってエリカは凛に笑っていない視線を向けていた

 

「じゃあ、早速行くわよ」

 

「え!?もう行くのかい?」

 

「勿論、時は金なりよ」

 

「ちょ、ちょっとまってよ〜!」

 

そう言って荷物を持って飛び出したエリカにレオ達も慌ててついて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

一人生徒会室に残った凛は最後に部屋を後にするとマンションに戻った。マンションでは弘樹が久々に自室のカーペットでのんびりとしていた

 

「あ、姉さん。戻ったんですね」

 

「ええ、今ね。それより、情報部が動き出した。一高から三矢詩奈を連れ出したぞ」

 

「そうですか・・・」

 

弘樹はそう言って少し考えると凛が指示をした

 

「弘樹、貴方は今すぐエリカ達と合流して。私は今から仕掛けを置いてくる」

 

「分かりました」

 

凛の指示に弘樹はすぐに行動に移した。弘樹はマンションから出ると千葉道場まで瞬間移動で移動。エリカ達と合流し、凛は別途別行動をとった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真由美が達也と深雪を招いた場所は、赤坂の料亭だった。達也たちの、少なくとも三倍以上の年齢でないと似合いそうに無い。地位か、名誉か、財産か、あるいはそのすべてが求められるような店だ

達也たちが料亭に着いたのは、約束の三分前だった。店の者は、若者だけの場違いな三人を、笑顔以外の表情を見せずに案内した。五時ちょうどに、達也、深雪、水波の順番で座敷に入る。待っていたのは克人一人だった。

 

「お待たせしてしまいましたか」

 

「いや、時間通りだ」

 

達也は着座の許可も取らずに、座りながらそう尋ね、克人もそれを咎める事は無かった。達也に一呼吸遅れて深雪が、更に一拍遅れて水波が腰を落ち着かせる。深雪は達也の隣の座布団に、水波は座布団を使わず深雪の後の畳に。四人とも正座だ。もぞもぞと腰を動かしたり、足の指を重ね替えたりというような落ち着かない仕種を見せる者はいない。全員正座に慣れている様子だ。

達也と克人が「さて」という感じで目を合わせた丁度その時、障子が開き、真由美と摩利が姿を見せた。

 

「ごめんなさぁい!お待たせしちゃった?」

 

「いえ、我々も今来たところです」

 

真由美の問い掛けに間髪入れず達也が答える。克人は苦い表情で何か言い掛けたが、結局何も言わず口を閉ざした。

真由美はほっとした表情で克人の隣、深雪の正面に膝を揃えて座る。摩利は真由美の隣だ。世間一般の女子大生に比べれば真由美の正座は様になっているが、達也や深雪、克人に比べれば微妙にぎこちなかった。どちらかと言えば摩利の方が決まっている。

 

「じゃあさっそく・・・」

 

真由美が話し合いという名の説得を始めようとするが、その出鼻を挫くように「失礼します」という声が障子の向こう側から掛かった。真由美の「はい、どうぞ」という返事を待って姿を見せたのは、仲居ではなく若女将だった。

 

「お連れ様と仰る方がお目見えになっておりますが・・・」

 

困惑を隠せぬ顔で、若女将が問いかける。事前に聞いていた客は全員揃っているのだから、当惑するも当然だろう。もっとも、戸惑いを覚えているのは真由美も同じだ。

 

「えっ、どちら様ですか?」

 

「七草香澄様、泉美様両名です」

 

「えっ・・・!?」

 

真由美は一瞬絶句した後、達也と深雪に向かい「ちょっと中座させてね」と断って、若女将が案内するのも待たずに店の玄関へ向かう。若女将が「失礼致しました」と丁寧に一礼して障子を閉めた。

 

「あの件でしょうか?」

 

「かもしれないな。だが、エリカに指示は出しているのだから、香澄と泉美がわざわざここに来る意味は無いと思うのだが」

 

若女将が去るのを待っていたのか、障子が閉まったのを見て深雪が達也に話しかけ、達也も深雪の考えに同意する。ただ、彼女たちがここに来た理由については、達也も分かっていないようだ。

 

「あの件とは? 達也くん、真由美の妹が押しかけてきた理由に心当たりがあるのか?」

 

二人の会話を拾った摩利が、達也に問い掛ける。克人は摩利の一高時代と変わらぬ態度に眉を顰めていたが、達也は気にせず気軽に答えた。

 

「ええ。本日、三矢家の末のお嬢さんが、一高から連れ去られた可能性がありまして。その件でしょうね」

 

「連れ去られた? 三矢家の末っ子というと、今年の新入生主席か?」

 

「渡辺先輩もご存じだったのですか」

 

「真由美から少し聞いていた」

 

「そうですか」

 

「連れ去られたとはどういう事だ」

 

摩利の問い掛けに、達也は少し考えてから事情をかいつまんで説明する事にした。

 

「三矢家の者と名乗る男女二人組が詩奈に面会を求めてきて、彼女は生徒会業務を中座して応接室に向かい、帰りが遅いと心配した香澄がピクシーに尋ねると、詩奈は既に帰宅しているとの事だったそうです。しかし、詩奈の私物が入った鞄は生徒会室に置きっ放しとの事です。誘拐の可能性もあるからと報告を受けましたが、自分たちにはこの話し合いがあるからと、簡単に指示を出すだけに留めたのが気に入らなかったのかもしれませんね」

 

淡々と話す達也とは対照的に、摩利の表情はだんだんと焦りを含んだものに変わってきていた。

 

「大事じゃないか! 達也くん、司波もだが、こんな所で何をしているんだ!?」

 

「何、と言われましても・・・」

 

生徒が犯罪に巻き込まれたかもしれないというのに、生徒会長と実質的な生徒会トップが簡単な指示を出しただけで後は何もしていないというのは、摩利にとってありえないことに思われた。

しかし達也としては、苦笑するしかない。彼はこの場に招かれた側だ。付き添いとはいえ、招いた側の摩利に責められる筋合いの事ではないのだ。

 

「司波」

 

「何でしょうか」

 

克人に名前を呼ばれ、達也は視線を摩利から克人へ移す。

 

「同じ十師族の、十文字家の者と四葉家の方という立場ではなく、一高の先輩・後輩として話をさせてもらってもいいか?」

 

「構いません」

 

達也が頷くと同時に、克人の気配が質量を増す。

 

「この話し合いは延期しよう。お前たちは、攫われたかもしれない一年生を優先してくれ」

 

達也が再び苦笑を漏らす。その表情は、直前のものよりも皮肉の成分が多かった。

 

「十文字先輩、とあえて呼ばせていただきますが。この席は四葉家代表の立場で会議に参加した自分を、七草家のご息女が十文字家の当主と連名で招いたものです。ですからこの話し合いを後回しにするというのは、十師族・十文字家としてのご発言以外の、何物でもありません。ですが、その上でこの席を延期すると仰るのであれば、自分にも深雪にも異存はありません」

 

達也の指摘に克人がムッとした表情を見せ、達也に視線を向けられた深雪が淑やかに軽く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午後六時に近づいている。もうすぐ日没だ。エリカとレオは、下校して千葉道場にいた。そこへ、門弟に案内された幹比古が姿を見せる。

 

「お待たせ」

 

「美月、ちゃんと送ってきた?」

 

「家まで送り届けてきたよ」

 

「そっ」

 

エリカの問いかけに頷く幹比古は、少し照れくさそうだったが、しかし彼の純情な反応を、エリカはどうでもよさげにスルーした。

 

「エリカの方はどうなの? 何か手掛かりは見つかった?」

 

「今、街路カメラの記録を洗わせてるとこ」 

 

「なるほど。一高に駐めていた車を使ったのなら、途中でカートレインを使ったとしても街路カメラでトレース出来るね。そんな当たり前な事、さっきは何で思いつかなかったんだろう?」

 

「街路カメラを調べるよう、泉美がメールで提案してきたんだけどよ」

 

「泉美さんが? うん、そんなに意外でもないかな」

 

「ところがどっこい、泉美は達也に指示されたらしい」

 

「達也に? それなら当然だね」

 

今回正面切って行動はしていないが、やはり自分たちは達也に助けられていると、幹比古は満足げに頷いた。そこへ今度は、侍朗が現れる。

 

「すみません、失礼します」

 

「侍朗、三矢家の方はどうだった」

 

「・・・御当主様も元治様も、まだ大騒ぎする必要は無いというお考えのようです」

 

「元治って?」

 

「三矢さんのお兄さんだよ」

 

「何か・・・変です!おかしいですよ!そりゃあ、ご家族の皆様、詩奈の事は普段から放任気味ですけど!門限とかあまり厳しいく言われませんけど!それは俺じゃない本当の護衛がついているからで!何処に行ったか分からなくなっているのに『騒ぐな』なんて、理解出来ません!

 

「護衛が隠れてついて行ってるって事は無いのか?」

 

「ウチの者に確認してきました。今のところ、完全に詩奈を見失っている状態です」

 

レオの問いかけに、侍朗が激しく頭を振って答える。

 

「それで、侍朗はこれからどうするの?」

 

「ここで待たせてください。その為に来ました」

 

「そう。まぁいいけど・・・そろそろ人も多くなってきたわね。三人とも、ついてきなさい」

 

返事も待たず、エリカが道場から出ていく。彼女が三人を連れて行ったのは、エリカの部屋がある離れとは別の小さな建物だった。

 

「こっち」

 

「へぇ、茶室なんてあったんだ」

 

「笑っちゃうでしょ。剣術家気取りで。伝統的な剣術とあたしたちがやってる剣術は別物なのにね」

 

レオの感嘆にエリカが嘲笑で返す。それは自嘲ではなく、他者を嘲る笑みだった。幹比古はそこに、解消される兆しもない家族との確執を見て顔を曇らせた。

 

「茶室の出入り口はもっと小さいもんだと思ってたぜ」

 

「躙り口のこと?わざわざ狭苦しい思いをしたければ、そこからどうぞ」

 

エリカはどうでもよさそうに高さ七十センチ足らずの小さな引き戸を指差し、入ってきた障子戸の向かい側に位置する片引きの襖から奥へ引っ込んだ。

 

「突っ立てないで座ったら?」

 

再び姿を見せたエリカの両手は、湯飲み茶碗を人数分乗せたお盆を持っていた。

 

「なに? もしかしてお茶を点ててほしかったの?」

 

男三人が、慌てて首を横に振る。エリカはその顔を、軽く細めた目で順番に睨んだ。

 

「そんな面倒臭いことするはずないじゃん」

 

「あはは・・・そうだよね」

 

「エリカお嬢さん」

 

躙り口の外から、若い男性の声が掛かる。エリカはすっと立ち上がり、躙り口の側に跪いて小さな引き戸を開けた。そこから薄い電子ペーパーが差し込まれる。

 

「何だって?」

 

「詩奈を乗せた車の行き先が判明したわ。途中、一切の乗り換えもなく、車は軽井沢まで行ったそうよ」

 

「意外に近いんだな・・・」

 

「何事も準備の方が時間が掛かるものよ」

 

レオが漏らした言葉には、「だったらもう少し早く分かってもよさそうなものだ」というニュアンスが込められていたのに対し、エリカの答えは「監視カメラのデータを使えるようにするまでが大変だった」という意味が込められていた。その答えに、レオは軽く肩をすくめるような素振りを見せた。

 

「何だか幽霊が出そうな洋館だね」

 

「ミキ。あんたが言うと洒落にならない」

 

「・・・地図データをいただいても良いですか」

 

「良いわよ。ただし、今日乗り込むのはダメだからね」

 

「何故ですか!?」

 

逆上した侍朗が、エリカに食ってかかる。一刻も早く詩奈を助け出したいと念じている侍朗にすれば、エリカの言葉は断じて受け容れられないものだった。

 

「理由は二つ。一つには、こっちの準備が整っていない」

 

「準備なんて、すぐにでも!」

 

「あんた一人で行くつもり? 止めときなさい。墓穴を掘るのがオチよ」

 

「しかし、せっかく見つかったのに!」

 

「まだ見つけたわけじゃない。詩奈を乗せた車が、この洋館に駐まっているというだけ。それに監視をつけているから、動き出したら分かるわ」

 

「・・・」

 

とりあえず侍朗が黙ったのを見て、エリカは二つ目の理由を告げる。

 

「もう一つは、警察との根回しが済んでいない。いざとなれば豚箱入りも厭わないけど、必要な準備を怠って馬鹿を見るのはゴメンよ」

 

犯罪者として魔法師用の刑務所送りになる可能性を示唆されて、侍朗はそれ以上何も言えなくなった。彼自身は詩奈の為なら命も惜しくないが、学校の先輩でしかないエリカたちにそれを強いることは出来ない。

 

「侍朗は帰って、お家の人と相談しなさい。三矢家郎党の協力が得られれば良し。最悪でも、単独行動の黙認は取ってこなきゃダメよ」

 

「・・・分かりました」

 

確かに、今必要なのはそれだ。自分の行動が家族に、ひいては三矢家に迷惑をかける結果になるかもしれないのだ。自分は何でも自由に動けるわけでは無いと、侍朗は改めて思いだしたのだった。すると茶室の扉を開ける音が聞こえ、そこから弘樹が入ってきた

 

「弘樹、いきなりどうしたの」

 

「ああ、姉さんに言われてね。軽井沢に詩奈ちゃんが連れて行かれたって?」

 

「早いわね。って事は凛は準備しているの?」

 

「ああ」

 

そう言って弘樹も茶室に座りながら話した



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達也への命令

その頃、詩奈は湯船の中でゆっくりと寛いでいた。

 

「はぁ・・・侍朗くん、心配しているだろうな」

 

生徒会の先輩に無断で下校したことに対する罪悪感以上に、侍朗に何も告げずここまで来てしまった事が、喉に刺さった小骨のように、詩奈はずっと気になっていた。入浴により緊張が解けたことで、それが改めて意識の表層に浮かび上がった。

だがそれは仕方が無いことだったのだ。国防軍がこういう活動をしている事は秘密にしてほしいと、学校の応接室でつかさに頭を下げられてしまったのだから。この演習が軍事機密扱いになっているなら、通信を禁じられるのも当然だと思う。秘密にしなければいけない演習に、何故高校生のアルバイトを雇ったりするのか、理由は皆目見当もつかない。何より、自分より十歳近く年上の大人に頭を下げられて、嫌と言えるはずがない。詩奈はそう自分を正当化して、これ以上悩まずに済むよう、意識を使用中のお風呂に向けた。

大柄な白人仕様なのか、日本の標準的な浴槽よりかなり広い、小柄な詩奈なら、ゆったりと足を伸ばせるどころか、下手をすれば溺れる心配をしなくてはならない程だった。

いうまでもなく詩奈も入浴中は耳栓代わりのイヤーマフを外している。髪を流すシャワーの音さえ、詩奈には篠突く豪雨に等しく聞こえるのだが、さすがにこれはどうしようもない。その間魔法技能が衰えるのを承知で、髪や身体を洗っている最中は聴覚遮断の魔法を使っている。つまり自分さえ余計な音を立てなければ、耳栓の無いクリアな世界と向き合う事が出来る。浴槽の縁に乗せた腕に頭を預けているだけで、この洋館の敷地内全ての波動が詩奈の耳に飛び込んでくる。そこで詩奈は小さな違和感を覚えた。

館の中に待機している魔法師たちが漏らす波動は、随分と攻撃的で、まるで敵が来るのを待ち受けている感じがするのだ。迎撃の目的は撃退に非ず、殲滅、または捕獲にあるように見える。それはこのアルバイトを受けるにあたり、つかさから説明された内容と矛盾する。つかさは要人救出訓練の、救出される重要人物をやってほしいと詩奈に依頼した。つまり、救出側の役目を振られた本隊が詩奈を助けに来るというわけだ。

そこまで考えて、詩奈は重要な事に気付いた。奪還される人質役ということは、何時救出隊がやってくるか分からない。もしかしたらそれは今かもしれない。下手をすればバスタオルを巻いただけの姿で外に連れ出される恐れがある。

 

『の、のんびりお湯につかっている場合ではない』

 

詩奈は大きな音を立てない範囲のスピードで、浴槽の縁に手を掛けて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たち三人が家に戻ってすぐ、まるでタイミングを計ったようにヴィジホンのコール音が鳴った。コールサインは四葉本家、真夜のものだ。幸い帰ったばかりで、三人とも着替えていない。達也は深雪と顔を見合わせて、受話ボタンを押した。

 

『こんばんは、達也さん、深雪さん。あら、どちらかへお出かけだったの?』

 

「はい。七草真由美嬢に招待されまして」

 

特に隠す必要が無い事なので、達也は正直に答える。

 

『あら、七草家から?』

 

「いえ、十文字家の御当主が同席されていましたので、恐らく先日の会議の件で何か言いたい事があったのでしょう」

 

『フフッ、あのお嬢さんならありえそうなことね』

 

真由美らしいお人よし、という意味では達也も同感だった。

 

「ただちょっとしたトラブルがありまして、座敷に足を運んだだけで会食はキャンセルになってしまいましたが」

 

『・・・それはまた失礼な話だと思うけど、何があったの?』

 

達也は詩奈がいなくなってからの経緯を、かいつまんで真夜に説明した。

 

『三矢家のお嬢さんが・・・中々興味深いお話だけど、今は関わっている時間が無いわね』

 

つまり、急を要する仕事があるという事だ。真夜が直接電話をかけてくるときは大抵そうなので、意外感はない。達也は背筋を伸ばしたままで、次の言葉を待った。

 

『昨日、達也さんと深雪さんが襲われた件だけど、あれは国防軍情報部が国内に潜入した米軍の工作員を洗脳して起こった事件であることが分かりました』

 

「情報部の仕業だったのですか」

 

『米軍工作員は、まだ多数捕まっているみたいなの』

 

その工作員が何を探りに来ていたのか、達也は気になった。高い可能性でマテリアル・バーストの魔法師、つまり自分がターゲットだったのだろうと考えたからだが、真夜の話の腰を折ってまで確かめたいと思わなかった。

 

『それで、達也さんには彼らを救出して欲しいのだけど』

 

「米軍の工作員をですか?」

 

小さな驚きとともに、達也が問い返す。深雪を襲った情報部は許し難い。いずれ何らかの形で思い知らせてやるつもりではいた。だが、非合法活動中の外国工作員を拘束する事は彼らの職務だ。報復の為に邪魔をしていい事ではないはずだった。

 

『工作員にはスターズのメンバーが含まれています。彼らだけを助け出すより、全員を逃がす方が手間はかからないでしょう?』

 

「了解しました」

 

『既に凛さんが収容所に仕掛けを設置している様ですので。達也さんは明日にでも合流してください』

 

つまり、真夜とスターズの間には何らかのコネクションが出来上がっているという事だ。そのルートを通じて、救出の依頼が来ているのだろう。今では、四葉家の利益と達也の利益は結びついている。自分にとって益になるのであれば、骨折りも吝かではない。昨夜の「けじめ」をつける意味も合わせて、達也は真夜の指令を受諾した。



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朝の出発

詩奈が誘拐された日の翌日、早朝。千葉家の道場をレオ、幹比古、そして侍朗が訪れていた。ここにいない弘樹とは現地で合流となっていた。三人を迎えたエリカはすっかり身支度を済ませており、侍朗の顔を見ながら問いかける。

 

「侍朗、家の人とは話がついたの?」

 

「はい。好きにしていいと、言われました」

 

「・・・まあ良いわ」

 

それはダメと言われているのと同義であったが、エリカは気にしなかった。侍朗に筋を通させることが重要だったのであって、そこから先は彼の事情だからだ。

 

「レオがお祭りに参加したがるのは分かるけど、ミキが来るとは思わなかった」

 

「僕の名前は幹比古だ! それに、ここまで関わって知らん顔は出来ないだろ」

 

恐らく一度はこれを言わないと気が済まないのだろう。幹比古はエリカに決まり文句を返してから大真面目に付け加えた。

 

「あはは・・・お・ひ・と・よ・し」

 

「・・・何とでも言ってよ。人でなしよりマシだ」

 

「まっ、そうかもね。じゃあ行こうか」

 

そう言ってエリカは、道場前に道に駐まっていたパトカーの助手席に乗り込む。男三人が後部座席に詰め込まれ、パトカーは発進した。

 

「ところで・・・良いんですか?」

 

「エリカお嬢さんの無茶ぶりは、今に始まった事じゃありませんから」

 

今更ながらレオがハンドルを握っている制服警官に尋ねると、警官は表情を崩さずに答えた。それはエリカに心酔しているというより、もう笑いも出なくなった結果のようにレオには感じられた。絶対にああはなりたくない、とレオは心密かに誓いを立てた。

パトカーはカートレインで軽井沢まで行き、そこで現地の警察と合流した。言うまでもなく、全員千葉家の息がかかった警官だ。実は四葉家より千葉家の方が怖いんじゃないか、とレオは思ったが、それを口にするほど命知らずではない。直接の当事者である侍朗は、そんなことを気にしている余裕がないようだ。

少し先に、昨日報告書で見た古い館。その洋館を侍朗は睨みつけている。いや、もしかしたら何らかの魔法で透視しようとしているのかもしれない。

エリカは集まった警官たちに指示を出すので忙しい。だからエリカたち一行の中で精神的に最もゆとりがあったのは幹比古で、彼が真っ先に彼女たちの姿を認めたのは当然かもしれない。

 

「香澄さんに泉美さんじゃないか」

 

幹比古が思わず上げた声に、二人が同じ顔を向ける。髪型や雰囲気はまるで違うが、顔立ちは本当にそっくりだ。

 

「吉田先輩」

 

「千葉先輩に西城先輩?侍朗くんも来ていたんですか」

 

七草の双子姉妹が、何事か打ち合わせをしていた大人から離れて幹比古たちの方に駆け寄ってくる。

 

「君たちも三矢さんを?」

 

「はい」

 

「一応三矢家には話を通してきましたので、詩奈が傷つかない限り三矢家から何か文句を言われることはありません」

 

「へー。良く話が通ったわね。侍朗の問い掛けには、知らぬ存ぜぬしか答えなかったのに」

 

「実は、達也先輩からのアドバイスで、ちょっと三矢家に脅しをかけたんです」

 

「なるほどね。達也くんお得意の悪知恵か、それなら納得だわ。それじゃあ、同士討ちになってもバカバカしいし、少しすり合わせしない?」

 

「そうですね」

 

エリカと泉美が打ち合わせを始めた脇で、香澄が侍朗に話しかける。

 

「力み過ぎじゃない? もう少し落ちついた方が良いって」

 

「・・・はい」

 

肩に力が入り過ぎていたことを自覚していたのか、侍朗は素直に香澄の忠告を聞き、一つ息を吐いたのだった。幹比古は弘樹を探すと弘樹は乗ってきたであろう車の中で寝ていた

 

「弘樹、僕だよ。開けてくれるかい?」

 

そう言うと車と扉が開き、弘樹が出てくると二人は館を見ながら計画の調整をしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞼を開くと、いつの間にか外は明るくなっていた。意識が覚醒するのと同時に、耐え難い騒音が押し寄せてきたので、詩奈は慌ててイヤーマフを着けた。

詩奈の異常聴覚は、意識が覚醒している間しか作用しない。眠気が一定レベルを超えると、音は普通の大きさになる。これが、彼女の鋭敏過ぎる聴覚は魔法的な作用によるものだという仮説の論拠になっていた。

結局昨晩は救出されなかったようだと、詩奈は自分の現状を理解した。つかさからは半日程度のアルバイトと聞いていたが、どうやら予定が延びたらしい。

詩奈は空腹を覚えたが、お腹が鳴るほどではない。彼女は何時連れ出されても良いように、まずは制服に着替える事にした。この部屋は、というより詩奈に宛がわれた二階の続き間はちょっとした高級ホテル並みで、バス、トイレ、ドレッシングルーム付きだ。彼女は制服のワンピースだけ着た後、ドレッシングルームで毎朝悩みの種である癖の強い髪を丹念にブローして整えた。何処から調べたのか、彼女が使っている物と同じ化粧品が置いてあったので、一応魔法で有害物質が混入していないかチェックしてから、手早くメイクを済ませる。

騒ぎが起こったのはそのタイミングだった。廊下をバタバタと走り回っている音がする。何が起こっているのか確かめようと、詩奈はドアノブに手を掛けたが、アンティークなドアノブはピクリともしなかった。

 

 

『閉じ込められてる!?・・・って、それはそうよね』

 

反射的に驚愕したのは一瞬の事で、自分の配役が「誘拐された重要人物」であることを思い出して、詩奈は落ち着きを取り戻した。

大丈夫、と彼女は自分に言い聞かせる。CADは取り上げられていないし、魔法も問題なく使える。いざとなれば窓でも天井でも破って脱出出来る。そんなことを考えてしまうのは、詩奈が自分の置かれている状況を胡散臭く感じ始めている証拠だったが、彼女はつかさに対する疑念を無理矢理ねじ伏せて、もう少し「囚われのお姫様」に甘んじる事にした。

 

『お腹すいたな・・・』

 

そんな、緊張感のない思考で心を紛らわせながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如襲撃を受けた洋館内では、カメラの復旧が急かされていた。

 

「監視カメラの映像、復帰します!」

 

「これは警察の特殊魔法急襲部隊?何故警察が我々を襲う?」

 

指揮官の少尉が、理解出来ないという表情で叫ぶ。特殊魔法急襲部隊、通称SMAT。一昨年の横浜事変に警察が対応出来なかったことの反省を踏まえて組織された、警察内の戦闘魔法師を集めた組織である。事変直後に設置が決定されたものの、大亜連合との停戦成立後に各方面から反対の声が上がり、二月の箱根テロ事件を受けて先月漸く発足したばかりだ。

いろいろと悪評が飛び交う中でも、所属する隊員の士気は高い。そして最大の特徴は、ほぼ全員が千葉道場の出身者だという事だ。

この作戦の指揮官に任命された少尉は、つかさがいるセクションとは別の部署の所属で、今回の作戦の裏に潜む事情を知らされていない。それどころか、表に出ている事情もよく理解していない。

 

『・・・これは、千葉家のお転婆がしゃしゃり出てきたんですね』

 

つかさは「厄介な・・・」と心の中でため息を吐いた。詩奈を餌に使った事で、四葉家の二人だけでなく七草家が介入してくる可能性は計算していた。「七草の双子」が詩奈を可愛がっている事はつかさも承知している。だから「上の方」と掛け合って、当主の弘一を京都に足止めしているのだ。目論見通り、七草家の魔法師は少数しか出てきていない。七草家単独で作戦に横槍を入れてくることは無かっただろう。千葉家の出しゃばりが無ければ。

もっとも、千葉家が関わってきた事は、大きな攪乱要因ではあっても、作戦に致命的なダメージを与える計算違いではない。

作戦の意味を根幹から失わせる計算違い。それは、肝心のターゲットが姿を見せていない事だった。

 

『司波達也の姿が見えませんが・・・餌に掛かりませんでしたか。もっと我が儘かと思ってましたが、予想外に小市民なようですね』

 

つかさは、司波達也という少年はつまらない面子にこだわらない性格だったらしいと結論付け、自分の計算違いを認めた。詩奈救出の過程で、達也が国家権力をどの程度重んじているか、それを観察するつもりだった。国防軍の権威を全く気に留めないようなら、国家に対する危険人物として排除を提案するつもりだった。

だが生憎、国防軍が相手と分かっていながら敵対するかどうかというシチュエーションは、観測出来ないようだ。

 

「残念ですけど、何事も思い通りというわけにはいかないのが世の常ですね・・・」

 

つかさは達観とも負け惜しみともつかないセリフを呟いて、指揮官の少尉の前に進み出た。

 

「隊長殿」

 

「遠山曹長、何か」

 

「小官に捕虜の監視へ行くことをお許しください」

 

この状況でつかさが言及した「捕虜」を、この館に捕えられている少女、つまり詩奈の事と少尉は勘違いした。

 

「許可する」

 

「ありがとうございます」

 

つかさはまず、詩奈の部屋に行くつもりだった。だが、そこに留まるつもりは無い。彼女は指揮官の許可を得て、米軍工作員の「捕虜」を捕らえている場所へ逃げるつもりだった。非合法工作員は捕らえた側が捕虜と認めるまで「捕虜」にならないという規定は、彼女の中で棚上げにされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突入の準備が整い、一人の隊員がエリカに話しかける。

 

「三分後に突入を開始します」

 

「分かった。指揮は任せるわ」

 

「光栄です」

 

SMATの小隊長がエリカに報告し、指揮権を任された事で男臭く笑った。彼はかつて、千葉道場で「エリカ親衛隊」の筆頭を務めていた。昔の自分を知る彼の笑みに、エリカは何となく照れ臭さを覚えて顔を背けた。そちらの方では七草家の魔法師集団に守られた香澄と泉美が、緊張した目を館に向けていた。あんなにガチガチになってまともに動けるのか、とエリカは感じたが、あれが普通かと思い直した。先ほど聞いた。彼女たちはこれが初めての実戦なのだ。無力な活動家を相手にしたことはあっても、対等に武装した敵と相対した事は無かった。

例え魔法科高校の生徒であっても、高校生は普通、実戦に臨むことはない。入学直後から銃弾飛び交う修羅場を駆け抜けてきた自分たちの方が、よほどおかしいのだ。

 

「レオ、ミキ、弘樹。あんたたちは緊張してないでしょうね?」

 

「する訳ねぇだろ」

 

「僕も大丈夫。あと、僕の名前は幹比古だ!」

 

「いつでも、いけるよ」

 

「ハイハイ。それだけ何時も通りなら問題ないわね。侍朗、あんたは大丈夫?」

 

「平気です」

 

今にも突っ込んでいきそうな侍朗を見て、エリカは苦笑いを浮かべる。彼の気持ちは分からなくはないが、気持ちだけ前のめりになっても危険が増すだけなのだ。

 

「落ち着きなさい。詩奈を助けたいというあんたの気持ちは分かるけど、そんな血走った目で詩奈を助けるつもりなの? 気持ち悪いって言われるのがオチよ?」

 

「・・・すみません。ちょっと興奮し過ぎました」

 

詩奈に「気持ちが悪い」と言われたことを想像したのか、侍朗は落ち着きを取り戻した。

 

「それにしても、俺たちはこういう事件に巻き込まれやすいのかねぇ?」

 

「あんたは自分から首を突っ込んでるんでしょ? ミキは風紀委員長だから仕方ないし、あたしはSMATの連中のまとめ役だけど、あんたはここまで付き合う義理は無いんだから」 

 

「こんな面白そうな事を、放っておけるかよ」

 

「それが巻き込まれてる原因よ」

 

エリカは呆れたように笑い、作戦開始まで残り数十秒の合図を見て、すぐに千葉の剣士の顔に戻ったのだった。



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警察と国防軍

扉が開錠される音に、詩奈は顔を上げた。それは彼女の気のせいでは無かった。

 

「つかささん」

 

「詩奈ちゃん、長時間拘束してゴメンなさい」

 

「いえ、その、この部屋、居心地良かったですから」

 

「そう、良かった」

 

つかさが詩奈に笑い掛ける。彼女の笑顔には、後ろめたさが一切なかった。

 

「今、演習の最終段階に入ったから、もう少しこの部屋にいてね。ちょっと手違いがあってスケジュールが遅れちゃったので、救出役がこの部屋に着いたら終わりよ」

 

「じゃあ、もう移動は無いんですね」

 

「ええ」

 

詩奈がホッとした表情を浮かべる。両親の了解は取っているというつかさの言葉を詩奈は疑っていなかったが、これ以上帰るのが遅くなると心配をかけてしまうと思っていたのである。

 

「私は持ち場に戻るからお見送りは出来ないけど」

 

「あっ、はい。お疲れ様です」

 

「詩奈ちゃんこそ、少し早いですけどお疲れさまでした」

 

詩奈は最後まで、つかさを疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国防軍と警察、情報部とSMATの闘いが始まった。戦いと言っても実際にやり合っているのは少人数で、警察は包囲を維持したまま、少数の精鋭を突入させた。国防軍は元々、それほど多数の兵士を用意していない。ただ実戦の練度は、国防軍側が上だった。お互い非殺傷武器でやり合って、今のところSMATに多くの脱落者が出ている。

 

「荒風法師!」

 

「パンツァー!」

 

その中で、レオと幹比古の奮闘が目立っている。幹比古が風の塊を大槌にして振り回す。やはり風で出来た透明な式鬼を呼び出してバリケードにツッコませ、防衛側の態勢が崩れたところに効果魔法の鎧を纏ったレオが飛び込む。弘樹は弘樹で格闘技で一人ずつ確実に沈めていた

 

「詩奈!何処だ!」

 

そう叫びながらレオに負けじと突出した侍朗が、奥から出てきた軍の魔法師の攻撃を受ける。侍朗の首元に軍の魔法師が取り出したスタンバトンが振るわれたが、いつの間にか現れたエリカの脇差がそれを跳ね上げる。そのまま刀身の腹で兵士の顔を殴りつけた。大きく振り抜くのではなく、鞭をしならせるような打ち上げ方だ。兵士の口から折れた歯が飛ぶことは無かったが、その身体は横ではなく、真下に崩れ落ちた。

 

「侍朗、焦り過ぎ! 技が雑になってるよ!」

 

「ハイ! すみません!」

 

情報部側もここが正念場だと考えたのだろう。二階に上がる階段の登り口に戦力を集中してきている。魔法の技量もハイレベルで、警察組織の中でも戦闘力に優れた魔法師ばかりを集めたSMAT以上の魔法力を有していた。

 

「幹比古、こいつら、なんか変な感じがしねぇか!?」

 

「たぶん、薬で一時的に魔法力を引き上げている!」

 

「だが、やる事は変わらないぞ」

 

実際に拳を交えているレオと魔法を撃ち合っている幹比古や弘樹の感触だ。ドーピングしているのは間違いあるまい。

 

「クッ、当たるかっての!」

 

エリカが脇差で飛んでくる弾を弾き飛ばす。魔法も厄介だが、ここにきて数メートルの距離で放たれるこの「銃弾」に、警察は特に苦戦した。国防軍側にも警察側にも、同じ日本当局同士という遠慮があり、相手を殺してしまうかもしれない攻撃にはどうしても躊躇ってしまう。そんな中この銃弾は精々骨折くらいで済むので、相手を殺す心配がない。そのお陰で圧倒的な優位性を国防軍側が発揮していた。

 

「泉美、行くよ!」

 

「ええ、香澄ちゃん!」

 

その状況を打破するために動いたのは、数人の味方に守られた二人の小柄な少女だった。その声を耳で拾って、エリカ、レオ、幹比古は転がるようにその場から飛び退いた。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

「キャスト!」

 

室内の狭い範囲で激しい風が荒れ狂う。頭上から吹き降ろす風が敵も味方も抑えつけたかと思うと、今度は後ろから、横から、狭いゾーンに密集していた軍人と警官を煽る。

 

『窒息乱流』

 

窒素の密度を著しく高めた空気に曝されたことによる低酸素症が戦闘魔法師を無力化する。

 

「お次!」

 

そう叫んだのは香澄だ。「七草の双子」の乗積魔法は魔法式の構築と事象干渉力の付与を分担して一つの魔法を発動する物。香澄と泉美は全く同じように魔法を使えるが、香澄が魔法式の構築を、泉美が事象干渉力の付与を担う事が多い。今回も、どんな種類の魔法を紡ぎだすかは香澄に決定権がある。

香澄が選んだ魔法は『ドライ・ブリザード』。窒息乱流の発動により押し退けられた空気成分の内、二酸化炭素をかき集めてドライアイスの雹を降らせる魔法。気体を防ぐ機密シールドは、個体のドライアイスを防ぐことが出来ない。

 

「香澄ちゃん!」

 

「分かってる!」

 

泉美に促されて最後に発動した魔法は『酸素空洞』。英語でそのまま「酸素カプセル」を意味するこの魔法は、高濃度酸素の領域を作り出す低酸素症治療の為の魔法だ。

 

「吉田先輩、西城先輩、敵の拘束をお願いします!」

 

『窒息乱流』に倒れた警察官がもうろうとした意識を回復して立ち上がる一方で、『酸素空洞』の恩恵に与れず倒れたままの国防軍兵士を、レオや幹比古、それに偶々魔法の範囲外にいた警官が拘束していく。

 

「何が・・・起こったんですか」

 

半失神状態から回復した侍朗が、覚束ない足取りでエリカの方へ歩み寄る。

 

「うわぁ、あの二人、ちゃっかりしてるわ~」

 

「はっ?」

 

「何でもない」

 

美味しいところを総取りした双子に思わず呆れ声を漏らしたエリカは、侍朗に問い返されて表情を改めた。

 

「それより、詩奈のところに行くわよ」

 

「はい!」

 

戦闘の後始末を警察に任せて、エリカは侍朗と共に二階の奥へ向かう。詩奈の気配がする部屋の前には、女性士官が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性兵士へエリカが脇差を向け、自己加速魔法で一気に飛び込もうとしたその直前、監視の女性兵士はCADを含む武器を足下に落として両手を上げた。

 

「・・・降参するという意味?」

 

エリカは返事があるとは思っていなかったが、その女性兵士は、エリカの言葉をあっさり認めた。

 

「投降します。自分が投降した事により、本演習は奪還側の勝利で終了しました」

 

「はぁ?演習?」

 

しかし続くセリフはエリカにも侍朗にもすぐには理解出来ないものだった。女性兵士がロックを解除し、扉を開ける。未だその意味が分からぬままだったが、心が状況に追いつく前に、侍朗の身体は詩奈を求めて部屋に踏み入っていた。

 

「侍朗くん!?」

 

「詩奈!」

 

彼の目が詩奈を捕らえるよりも早く、彼の耳に詩奈の声が飛び込んだ。侍朗は勢いよく足を踏み出したが、その脚で体が前に進むのを止めた。彼の身体は何も考えず詩奈を抱きしめようとしたが、彼の意思がそれを止めさせた。

 

「何で侍朗くんがここに?」

 

「助けに来たんだ! 詩奈、怪我はないか? 何も酷いことはされていないか?」

 

「助けに? 何で?」

 

侍朗の言葉に、詩奈は心底不思議そうに尋ねる。しかし、侍朗にとっては詩奈のこの反応の方が信じられないものだった。

 

「まさか、洗脳・・・?」

 

「えっと、侍朗くんが何を言っているのか本気で分からないんだけど。私は国防軍の演習に協力していただけだよ?」

 

「演習・・・?」

 

侍朗がポカンと口を開け、呟いた後も口は開きっ放しだった。エリカがドアを開けてから再び両手を上げた女性兵士に目を向ける。

 

「どういう事か、説明して貰える?」

 

「それは捕虜に対する訊問ですか?」

 

「そうよ!」

 

「でしたら、刀を下げてください。身体的な危害を匂わせる事で捕虜を脅迫する行為は、交戦法規により禁じられています」

 

「あんたねぇ!・・・これでいい?」

 

「それから、腕を下ろしても良いでしょうか」

 

「・・・良いわよっ!」

 

女性士官が表情を変えず手を下ろし「休め」の姿勢を取る。

 

「今回の演習課題は要人奪還です。奪還側と道営側に分かれ、奪還側は本日十八〇〇までに要人役の民間人をこの館から所定の場所まで送り届けるのが当初の達成条件でした。しかし奪還側に生じた事故により、この部屋に奪還側が到達した時点で状況が終了となるよう条件が変更されました」

 

「つまり? 詩奈がその『要人』役ってこと?」

 

「肯定です。三矢様には、昨日よりご協力頂いております」

 

「・・・あたしたちは国防軍の人間じゃないわよ」

 

「存じ上げております。しかし演習中断の通知がありませんでしたので、貴女方を奪還側として演習を継続しました」

 

「~~~っ!・・・もういいわよ。あたしは国防軍の敵じゃないから、捕虜とか関係ないわ」

 

「失礼します」

 

女性兵士はエリカに敬礼して、廊下を小走りに駆けていく。丸腰のままなのは、彼女の側にも敵意が無い事を証明する為だろう。

 

「まったく・・・とんだ茶番ね」

 

「詩奈・・・今の話、本当なのか?」

 

「本当って、演習の事? そうだよ。私はつかささんに頼まれて、軍の人たちに協力していたの」

 

「つかささん?」

 

「遠山つかささん。国防軍情報部の曹長さん。侍朗くん、会った事なかった? よく第三研に来てるんだけど」

 

「・・・知らない」

 

「それより! 何で軍の演習の邪魔をしたの!? 大怪我したかもしれないんだよ! それに何だかお咎め無しみたいな雰囲気になってるけど、公務執行妨害で捕まったらどうするの!?」

 

「公務執行妨害にはならないわよ」

 

詩奈が侍朗に詰問し始めたが、エリカが横から口を出す。詩奈はこの場に第三者がいたことを思い出して、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「千葉先輩・・・」

 

「国防軍と言えど、市街地で勝手に暴れるなんて許されないわ。演習の申請も許可も出ていないんだから、警察に捕まるのはむしろあいつらの方よ」

 

「はぁ・・・ですがその理屈は、一緒になって暴れた先輩たちにも適用されるのでは?」

 

「あたたたちは警察の協力者だから。ところで三矢さん。あたしの事知ってたのね」

 

「どうぞ、呼び捨てにしてください。出来れば、詩奈と呼んでもらえると嬉しいです。……千葉先輩は一年生の間でも有名ですから」

 

「そう。んじゃ詩奈。侍朗を弁護するわけじゃないけど、こいつが無茶をするのも仕方が無いと思うわよ? だって詩奈は、誘拐されたと思われてたんだから」

 

「えっ!?」

 

エリカの言葉に詩奈が硬直する。数秒を経てぎこちなく侍朗に顔を向け「本当?」と尋ねた。

 

「そうだよ! 千葉先輩だけじゃなく、香澄さんと泉美さんもここに来ている。光井先輩や北山先輩にもずいぶん心配掛けて・・・大騒ぎだったんだぞ」

 

「そんな・・・だって、つかささんがちゃんと話してあるって」

 

「詩奈が悪いとは言わないわ。どうせ、上手いこと言いくるめられたんだろうから」

 

「あぅっ・・・」

 

「でも、心配掛けた分はちゃんと謝っときなさいよ」

 

「はい、千葉先輩、申し訳ございませんでした」

 

素直に頭を下げる詩奈。これにはエリカも毒気を抜かれてしまう。

 

「・・・いや、あたしはいいから。ほのかとか雫とか泉美たちに」

 

「はい、分かりました」

 

「・・・何かやりにくいわね」

 

エリカがボソッと呟く。美月のように天然気味というわけでもない。詩奈はあまりにもクセが無さ過ぎて、エリカにはかえって扱いにくかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の外で弘樹は凛に電話をかけていた

 

「あ、もしもし姉さん?そう、こっちの方は終わったよ。やっぱり情報部が絡んでいたよ。そう、それじゃあ」

 

そう言って電話を切ると弘樹は上を見上げていた

 

『達也の事を知りたいなら深雪を連れて来ないと。あ、でもほのかでも意外と行けるかも』

 

何方にしろ、二人の何方かを誘拐しようものなら確実に東京は火の海だろうと思いながら弘樹は後のことをエリカに任せると先に東京へと戻っていった



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収容所

克人にとって、今日は久しぶりに十師族としての仕事がない日曜日だった。午前中、なかなかじっくり時間を取れない魔法大学の課題を片付け、昼食後レコードを聴いて寛ぐ。二十一世紀末現在、アナログレコードは割高だが、好事家たちの間で一定の需要がある為、今でもオーケストラの演奏を中心に毎年新規で録音されている。克人はその好事家の一人だった。

本音を言えば克人は、室内楽でもソロでも良いから生演奏の方が好きなのだが、生憎彼には楽器の演奏を習得する時間も、演奏家を呼ぶ時間もない。彼だけでなく、十文字家の人間には「一騎当千」の名に相応しい力を身につけ、維持するためにそれ以外の事に割く時間が殆どないのだ。

 

「克人、邪魔するぞ」

 

「親父」

 

部屋に入ってきたのは、克人の父親で十文字家前当主の十文字和樹だった。彼はまだ四十四歳。引退するには早すぎる年齢だが、十文字家の切り札に付きまとう宿命とも言える代償の為、引退を余儀なくされ、今年二月の師族会議を機に家督を克人に譲ったのである。

 

「十山殿がお見えだ」

 

「十山殿が?」

 

和樹が「十山殿」と呼ぶのは十山家当主、十山信夫だけだ。つかさではなくその父親が自分を訪ねてきた事に訝しさを覚えながら、克人はレコードを止めて応接室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は房総半島の先端近くに来ていた。真夜から司令を受けたのは昨晩だったが達也は先に来ている人物に会う為に昼前には到着していた

 

「仕掛けは大丈夫そうか」

 

「ああ、達也か・・・ええ、粗方ね」

 

そう言うと凛は最後の爆弾を設置すると達也に一個のライターを渡した

 

「これは・・・」

 

「仕掛けた爆弾の起爆装置さ。どうせ達也は今から収容所を襲撃するんだろう?」

 

「ああ。だが、お前はどうするんだ」

 

「私はとっとと帰るわ。ただでさえ私は情報部から監視されているしね。達也が襲撃をするなら私はもう用済みだし、私が関与していることがバレると色々と面倒だから」

 

そう言って凛は達也の横を通り過ぎると達也が凛に一個質問をした

 

「凛、一つ聞いていいか?」

 

「なんだい?」

 

「四葉元造とはどんな人物なんだ?」

 

達也の問いに凛は少し笑うと返事をした

 

「・・・そんな事かい。そうねぇ・・・達也が無事に帰ってきたら教えてあげるわ」

 

そう言い残すと凛は止めてあった車に乗り込むと逃げるように去っていった。残った達也は凛から受け取ったライター型起爆装置を見るとさっきの言葉を思い出していた

 

「無事に帰ってきたら・・・か。これは追加要求か?」

 

そう呟くと達也は山を降りて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は自分の執事の花菱兵庫が運転してきたバンボディのトラックに戻った。この場所の情報を持ってきたのも兵庫だった。電話では具体的な場所を告げず待ち合わせの場所のみ指定してきたのは、万が一の盗聴を避ける意味より、このトラックに達也を乗せる為だったに違いない。

兵庫は運転席ではなく、トラックから降りて達也を待っていた。彼が頷くのを見て、素早く荷台の後方に回る。大きな箱型の荷台は、アルミ製に見えて実はチタン合金とセラミックの複合装甲板で出来ている。彼が手許のリモコンを操作すると、その後方扉の一部がスライドして小さな乗降口とタラップが現れた。

 

「達也様、どうぞ」

 

兵庫に促されて荷台の中に入る。中は暗くなかった。タラップが降りると同時に、照明が点る仕組みになっているのだろう。荷台の中は、ちょっとした研究室という風情だった。そこには黒塗りのフルカウル電動バイクと、ハンガーに吊るされたライディングスーツのような物が用意されていた。

 

「これは・・・ムーバルスーツですね」

 

「さすがは達也様。一目でお分かりになるとは」

 

「独立魔装大隊のムーバルスーツをここまで再現するとは・・・ん?これは・・・」

 

「お気づきになられましたか。ええ、この飛行スーツは閣下のオリジナル品です。パワーアシスト系、にデータリンク機能も搭載し、防御性能とステルス性能はオリジナルの物より強化してあります。達也様が単独で動かれる分には、オリジナルより使い勝手が良いと自負しております。またこちらのバイクには、この飛行スーツとリンクする機能が搭載されています」

 

「つまり、バイクごと飛ぶ事が出来る?」

 

「然様でございます」

 

凛のことを閣下呼びしている事に真夜あたりから凛の正体を教えてもらったのだろうと予測しながら達也はバイクに「眼」を向けた。バイクという形状の宿命から側方や後方からの攻撃に対してライダーを守る防御力は無い。だが前面からの攻撃に対しては装甲車並みの防御力を有している事が分かった。

 

「達也様、そのスーツにはまだ名前がありません。達也様にお名前を頂戴出来ませんでしょうか」

 

「いえ、それは辞退します」

 

「では便宜的に開発中の仮名称で『フリードスーツ』と呼ばせていただきます。良きお名前を思いつかれましたなら、是非頂戴致したく存じます」

 

達也としては『フリードスーツ』で十分だった。「束縛から解放されたスーツ」というわけだ。「束縛から解放するスーツ」でないのが妙に思われたが、単なる語呂の問題だろうと達也は考え、「ありがたく使わせてもらいます」と一言断ってフリードスーツに着替え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

スーツと違って、黒塗りのバイクには名前がついていた。『ウイングレス』という名称だ。翼が無い、転じて翼が無くても飛ぶぞ、という意味らしい。これはなかなか洒落が効いていると達也は思った。

『ウイングレス』に跨って、工作員が収容されている監獄に向かう。今回のミッションに挑むのは達也一人。兵庫はいざという時の為に先ほどのポイントで待機しているだけで、解放した工作員は収容所の車を奪って逃げる予定だった。

支援要員がいなくても、達也に不安はない。元々彼の戦闘スタイルはワンマンアーミーに親和性が高い。自分の事だけ考えていればいい。この条件なら彼は自分の戦闘力をフルに発揮する事が出来る。

 

「・・・せっかくだ、ありがたく使わせて貰おう」

 

そう呟くと達也はライターの蓋を開け、中の赤いボタンを押した。すると目的の建物の侵入する反対側から大きな爆発音と共に爆炎が上がっていた。その隙に達也は手に入れた玩具を試すように、監獄の壁を黒塗りのバイクで飛び越えた。



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十山家の魔法

遠山つかさが軽井沢の洋館から房総半島の秘密収容所に移動したのは、捕虜の米軍魔法師を何かに利用しようと考えたからではなく、単にあの場を逃れるための方便だ。詩奈や事情を知らされていなかった同僚に色々と問い詰められる前に姿を消しただけだ。洗脳が通用しない虜囚は、つかさにとって価値のない物だった。根気強く薬物投与を続ければ、もしかしたら使えるようになるかもしれない。だがその前に魔法技能が損なわれる可能性大だったし、人格の破壊は免れない。差し迫った用途も無いのに人間を壊して回るほど、彼女は人非人ではない。少なくとも自分ではそう思っている。

 

「どうせ処分するなら早い方が良い」

 

つかさは一人きりの部屋でそう呟いた。この部屋は「看守」の控室なのだが、職員は現在勤務中で自分の持ち場についている。工作員を閉じ込めている部屋は完全な機密構造になっている。空調から致死性の薬品を流せば、ガス室に早変わりだ。彼女は収容所の所長に処刑を具申すべく立ち上がった。その時、収容所全体を大きな揺れが襲った

 

「何が起こったのでしょう」

 

つかさの独り言に、駆け込んできた兵士が答えた。

 

「遠山曹長、爆発です。入口の方で大規模な爆発が!」

 

飛び込んできた下士官の階級は軍曹。自分より下の階級であることを確認して、つかさは状況を尋ねた。

 

「爆発の規模は?どのくらいの被害がありましたか?」

 

「はい。まだ詳しくは分かりませんが揺れの大きさからおそらく塀が破壊されたかと・・・」

 

報告につかさは「もしや」と思ったがすぐに否定すると下士官に装備を持ってこさせる様に指示をした

 

「もしかするとこの爆発に紛れて侵入者がいるかもしれません。私の装備はどこにありますか?」

 

「はい、こちらに」

 

 つかさは軍曹が差し出す情報端末機能付きのワンレンズサングラスを掛け、片耳だけを覆うマイク付きのヘッドセットを装着した。するとつかさの予想通り、入ってくる情報から誰かが侵入をしていた

 

「やはり誰か来ていましたか・・・」

 

そう呟いてサングラスに侵入者の座標と、迎撃に向かっている兵士の情報が表示された。味方兵士は通常の射程距離内だ。

 

「援護を開始します」

 

つかさはそういって、十山家の魔法を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に見つけた警備員室の端末で工作員が捕らえられている場所を調べた達也は、念の為に『分解』で空調システムを破壊した。さっきの爆発で警備員のほとんどが現場に出払っており、簡単にここまで辿り着けた

 

『ガス室に虜囚を閉じ込めるなど、ろくでもない場所だな』

 

最初からいい印象を持っていないこともあって、彼はここを非合法実験施設と決めつけた。

 

『特に遠慮は要らなさそうだ』

 

達也は心の中でそう呟いた。もっとも、周囲に人気が無い、ちょっとした山の中の施設という事もあり、最初から遠慮などしていなかった。立ちはだかる警備員にCADの「銃口」を向ける。彼が装着しているスーツには完全思考操作型のCADが予め組み込まれていたが、今回の戦闘には慣れた拳銃型の物を使っていた。

『トライデント』が一瞬で起動式を出力し、それより更に短い刹那の時間で発動した『分解』が迎撃の兵士を穿つ。殺してはいない。だが手足の付け根を貫通する穴を開けられて、倒れた兵士は再び立ち上がるどころか這う事も出来ないだろう。新手が現れる。達也は機械操作のように攻撃を加えようとした。廊下の角から現れた兵士は魔法障壁を纏っていたが、強弱の違いがあるだけで今までの兵士も同じだ。達也は魔法障壁を分解し、その後すぐに兵士の対組織を『分解』しようとした。

しかし、彼が障壁を分解した直後、間髪を入れず障壁が再構築された。兵士がハイパワーライフルで反撃する。彼はその銃弾を咄嗟に切り替えた魔法で分解し、スーツの力で高速移動して射線から逃れた。廊下に身を隠す遮蔽物は無い。達也は天井の一部を分解して、その穴へ飛び上がった。

駆け寄ってくる三人一組の兵士。達也は穴の中で身を屈めたまま、術式解散を発動した。兵士三人の対魔法障壁が消え失せるが、すぐさま魔法障壁が再構築される。

次の瞬間、障壁が消え失せる。障壁が再々構築されるより、達也の分解魔法が兵士の身体に穴を穿つ方が早かった。六枚の障壁破壊と、一人四つの穿孔。合計十八の事象改変だが、今の達也にとっては何の困難もない。それよりも、魔法障壁再構築の方が問題だった。

 

『ファランクスではない』

 

魔法障壁の連続生成と言えば、十文字家のファランクスが有名だが、今の魔法はファランクスでは無かった。達也は克人のファランクスを実際に見たことがあったから断言出来た。今の障壁は十文字家の魔法に非常に似通った別の術式だと。

 

『考えられるのは第十研で開発された魔法』

 

貫通していなかった天井の穴から降りて、達也は再び廊下を走る。

 

『第十研で開発された魔法師、今回の一件には十山家が関わっているのか?』

 

今の魔法は、一昨日の襲撃の際にマナースクールで見た魔法と同じものだった。あの襲撃も、背後で十山家が糸を引いていたという事だろうか。

 

『母上からなるべく関わるなと言われたが・・・相手が深雪に害を為すなら話は別だ』

 

施設の奥へ進むにつれて、警備兵と遭遇する頻度も上昇する。出現する兵士の全てがあの魔法障壁を纏っていたが、達也の前進を阻むことは、最早出来なかった。

 

『確かに厄介な魔法だが、俺には相性がいい』

 

達也は敵の魔法を冷静に評価しながら、遂に監獄があるエリアに突入した。



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脱獄

つかさは迎撃を支援しながら、心の中で悲鳴を上げていた。

 

『私の・・・十山の魔法が通用しないなんて!?』

 

十山家の魔法は個人用魔法障壁の同時多数投射。保護対象者の肉体を起点として、その周囲に魔法障壁を構築する術式。魔法のターゲットが予め登録されている為、直接視認の必要はなく、座標を再設定する必要もない。術者のキャパシティが許す限り、何人でも何度でも魔法の鎧を味方に着せる事が出来る。本来は要人の逃亡を支援する為の術式。国家の心臓部にまで敵に攻め込まれた時、政府の要人を銃弾や爆発から逃がす為の魔法だ。

十山家は中央政府の最終防壁。首都の最終防壁である十文字家に対して「中央政府の」と称される所以がこれだ。十山家が守るべきは政府要人のみ。市民はその対象に含まれない。このような性質を持たされているから、十山家は表舞台に立つことは許されない。

市民を見捨てて逃走する手段という極めて消極的な動機で開発された魔法だが、敵兵を食い止めるという積極的な目的に使えないわけではない。味方の識別信号をターゲットにして魔法を発動すれば、兵士は自分の魔法技能を超えた強力な防壁を纏って攻撃に専念する事が出来る。つかさが着けているバイザーは、その為の道具だった。

この技術を開発したのは国防軍情報部。この技術によって、十山家は「逃げ出す為だけの魔法師」から脱却できた。十山家にも、前向きに国家に貢献したいという欲があった。その望みを叶えるべく国防軍情報部と取引した結果が「遠山」の名を持つ魔法師。つかさはその二代目になる。二代目にして「遠山」は、情報部に不可欠な存在になっている。

他国に対して破壊工作を仕掛けようとする場合、工作班には大抵魔法師が含まれる。個人が運用できる戦力として、魔法は破格の威力を持つからだ。必然的に破壊工作を阻止する防諜セクションには魔法に対抗する力が求められる。魔法師でなくても魔法障壁の恩恵を受けられる十山家の魔法は、防諜セクションにおいて大きなプレゼンスを獲得した。

つかさの魔法は、拠点を防衛する兵士から頼られるのだ。彼女の魔法が通じないと分かったら、士気は大きく減退するだろう。そこから防衛体制が瓦解してしまうかもしれない。だからつかさは不安を表情に出す事が出来ない。先天的な欠陥の所為で不安を覚える精神的な機能も低下している。そのお陰でポーカーフェイスを保つのに対して苦労はしない。

しかし彼女の演技に関係なく、この敵を阻止できないという結果は、すぐ傍まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米軍の工作員を閉じ込めている監獄は、渦巻き状の廊下に囲まれたブロックに会った。別棟になっているなら、外からもっと早く侵入できただろう。

しかしここまでくれば、もう馬鹿正直に廊下を通っていく必要はない。達也は内側の壁にトライデントを向け、分解魔法で廊下の壁を打ち抜いた。次の瞬間、全ての監獄の壁に人が通れる穴が開いた。天井にトライデントを向ける。刳り貫かれた天井が警備兵の上に落ちた。

彼は監獄へ走った。既に人を閉じ込めておく機能が失われているにも拘わらず誰も脱出してこないという事は、出てこられない状況にされているのかもしれない。

達也の懸念は的中したが、最悪には遠かった。虜囚は薬物で麻痺しているだけだった。虜囚を蝕む体内の薬物に「眼」を向け、全て同じ薬物であることを確認して、達也は当該薬物の概念に照準を合わせて分解魔法を発動した。概念に対応する薬物が、元素レベルで分解される。

人体に有害な元素もあったが、当座の麻痺は消える。彼は激しく咳をして、吐きそうになって結局吐けなかった手近の女性に声を掛けた。

 

「立てるか? 立てるなら仲間に声をかけてほしい。脱出するぞ」

 

「大、丈夫です・・・この声は、タツヤ・シバ?」

 

達也はヘルメットの奥で眉を顰めた。このスーツに変声機能は付いていないが、ヘルメットはスモークになっている。

 

「俺を知っているのか?」

 

「わ、ゴホッ、私は、USNA軍参謀本部直属魔法師部隊スターズ所属、シルヴィア・マーキュリー准尉です。去年、リーナの副官として一時期日本に滞在していました」

 

「リーナの副官か。なるほど・・・自分は貴女たちを脱出させるよう命じられている。可能なら自分の足で歩いてほしい」

 

「可能です。仲間に声をかけてきます」

 

少し吐き気が収まったのか、シルヴィアは咳をすることも無くしっかりとした口調で答えた。

達也を先頭に収容所の建物から脱出する。背後から撃たれることは無かった。米軍工作員の中にそんな愚か者は、さすがにいなかったようだ。前に立ちはだかる兵士もすでに尽きかけているようで、妨害はほとんどなかった。

兵員輸送用のトラックを見つけて、そこに駆け寄る。良く鍛えられている為か、既に全員が走れるまでに回復している。達也はトラックのナビに、花菱兵庫がいる地点の住所番地を打ち込んだ。

 

「ナビが案内する先で、自分の仲間が待っている。その者の指示に従えば脱出できるはずだ」

 

シルヴィアは少し躊躇った後、頷いた。

 

「・・・理由は伺いません。本来ならば処刑もやむを得ない所、助けていただき、ありがとうございました」

 

シルヴィアが達也に敬礼する。達也も陸軍式の敬礼で応えた。



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勝算

シルヴィアたちを乗せたトラックを見送って、達也は収容所の中に戻った。そのまま脱出しても問題は無かっただろう。スモークシールドのヘルメットを被ったライディングスーツ姿の映像だけでは襲撃犯を特定する事は出来ないし、警備員室の端末で所内の構造を調べた際に、ここで行われた人体実験の記録を保険として確保してある。

彼が収容所に戻るのは、後で余計な手間を掛けずに済むよう事前に不都合な記録を消しておく為。必要ではないがやっておいた方が良い事後処置と、個人的な後始末の為だ。

建物の最上階にトライデントを向ける。分解魔法により、指揮指令室の屋根が消し飛んだ。達也はスーツの飛行機能を使って、指令室に上から侵入する。

いきなり天井が消え失せた指令室では、収容所の責任者とスタッフが、両手を上げて待ち受けていた。収容所に入り口で起こった大規模な爆発に監獄への侵入者などの問題で司令室は情報が錯綜していたため、まともに反撃が出来なかった

 

「降参する。貴君の戦闘力は、我々が対応出来るものではない」

 

達也は頷き、魔法で合成した声で応える。

 

『監視システムのデータをすべて消去させてもらいます』

 

「分かった」

 

達也は手近の端末に手を伸ばす。わざわざ操作を偽装するような手間は掛けず、電磁気的な情報体を魔法で全て分解した。

 

『十山家の魔法師は何処にいますか』

 

「・・・遠山曹長は、隣の部屋にいる」

 

責任者の大尉は一瞬躊躇ったが、自分が回答を拒絶出来る立場に無いという事を思い出し、無念の滲む声で答えた。

 

『私を追ってはなりません』

 

達也はそう伝えて、音声合成の魔法を切った。飛び上がり隣の部屋を覗き込むと、案の定そこには誰もいなかった。建物に沿って逃げていく人影が、上空からだとはっきり見える。行く先は先ほどシルヴィアたちを見送った駐車場だ。達也はつかさの行く手を遮る形で地上に降り立った。

 

「四葉家の司波達也殿ですね」

 

つかさはいきなり彼の名を言い当てた。達也の答えは、魔法だった。彼はトライデントを構えずに、つかさの魔法障壁をはぎ取った。達也が右腕を持ち上げ、トライデントがつかさを照準に捉える。

その間にも、魔法障壁の構築と破壊が繰り返されていた。つかさが力尽きたように、両膝をつく。破壊のスピードが、構築のスピードを完全に上回った。達也が引き金を引こうとする。

 

「待てっ!」

 

その大音声と、つかさを囲む対魔法障壁の発生はどちらが早かっただろう。スピードも障壁の強度も、つかさのものより数段上だ。

達也の分解魔法が障壁を破壊するが、ほぼ同時に障壁が再構築される。それが幾度も幾度も繰り返される。しかし数十回に及んだその攻防は、実のところ三秒にも満たない時間、上空から人が落ちてくる間の出来事だった。

 

「この女性を殺させるわけにはいかん」

 

上空のヘリから飛び降りたのは克人だった。達也はトライデントをつかさに向けたままだ。その前に、克人が立ちはだかる。

 

「事情は知らん。だが、引け。このまま立ち去ってくれるなら、攻撃はしない。約束しよう」

 

本来の力を制御しつつある今の達也なら、克人ごと消し去るのは容易だが、彼は無言で頷き克人に背を向けた。彼は克人からの攻撃を警戒した素振りも無く、飛行魔法を発動し『ウイングレス』を駐めてある場所へ移動する。程なく克人は、それを飛んでいく黒塗りのバイクに跨ったライダーの姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違法収容所襲撃の一週間後。克人の自宅につかさがやってきた。

 

「克人さん、お忙しい所失礼します」

 

応接室に克人が姿を見せると同時に、つかさは立ち上がり深々と腰を折った。

 

「先日は誠にありがとうございました」

 

「いえ、お礼は十分頂きました」

 

だからもう頭を下げる必要はない、と克人が言外に告げる。それを理解したつかさが、頭を上げた。

 

「どうぞ、お掛けください」

 

克人の言葉に従い、つかさがソファに戻る。

 

「お加減はもうよろしいのですか」

 

「お陰様で。すっかり回復しました」

 

達也との一戦はつかさの魔法演算領域に過重な負荷を掛けるものだった。深刻な後遺症も懸念されたが、幸い一週間の休養で元に戻った。

 

「先週、助けに来てくださったのは父がお願いしたからだと聞きました」

 

「いえ。御父上は魔法師同士の私闘を知らせてくださっただけです。それを止めるのは十師族の義務だ。お気になさる必要はありません」

 

「私闘、ですか・・・」

 

つかさが微かな苦笑を漏らす。収容所襲撃に関しては一方的に襲われた格好だが、その前につかさの側から仕掛けたことを含めれば確かに私闘だ。その部分まで克人は父親から聞いているに違いなかった。

 

「あの襲撃者はやはり・・・」

 

「つかささん。そこから先を伺う事は出来ません。貴女もそれを口にしてはならない。良いですね」

 

四葉家の司波達也さんでしょうか、と言い掛けたセリフを、克人が強引に遮る。

 

「・・・私は今回、絶体絶命の窮地から助けられた立場ですから、そのお言葉には従いますね。・・・一つだけ、関係のない事を申し上げても良いですか」

 

含みのある答えを返した後、短い沈黙を挟んで、つかさが何時もの感情が篭っていない笑顔で話しかける。

 

「何でしょう」

 

克人はいつも通り、眉一つ動かさずに続きを促した。

 

「先日の戦闘を見て確信しました。克人さん。貴方なら、彼に勝てます」

 

しかしこのセリフには、克人といえど表情を動かさずにいられなかった。



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元造という人物

昼食が終わり、もうすぐ午後のティータイムの時間。深雪は机に向かって受験勉強をしていた。彼女の魔法力なら、入学試験に落ちる事は無い。各魔法科高校に割り当てられた推薦枠に関係なく、魔法大学の方から「入学してください」と頼みに来るに違いない。

だが深雪は、ちゃんと試験を受けて合格するつもりだった。魔法学科だけでなく、一般学科でも恥ずかしくない点数を取るつもりだ。そうでなければ、弘樹の婚約者として相応しくないと思っている。

彼女が「そろそろお茶にしようか」と思って顔を上げた丁度そのタイミングで、ヴィッジホンの呼び鈴が鳴り響いた。誰かしら、と思っていると、水波が電話転送のコールを鳴らした

 

『はい、国際電話です。リーナ様と名乗られています』

 

「・・・繋いで頂戴」

 

そう言って画像が流れるとリーナが挨拶をした

 

『ハイ、ミユキ。お元気でしたか?』

 

「リーナ。あなたこそお変わりない様ね。でもどうしたの?そっちは真夜中じゃなくて?」

 

『ええ、もうすぐ二十三時。でも、これくらいじゃないと電話できなくて・・・』

 

そう言ってリーナは達也に会いたいと言った

 

「お兄様なら今はお出かけ中よ」

 

そう言って達也がここにいない事を言うとリーナは達也にシルヴィアの一件を感謝すると通信を切った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、都内の喫茶店では達也と凛がお互いに向き合ってカフェでお茶をしていた

 

「・・・それで?達也はどんな話が聞きたいの?」

 

そう言ってわざわざFLTでの研究を中断してまでここに達也が来た理由を聞いた

 

「ああ、単なる興味からだ。俺は祖父のことを全く知らない。だが、母上や叔母上よりもお前は祖父に詳しい。だからお前に四葉元造という人物はどんな人物で、どんなことをしていたのかを聞きたいと思った。それだけだ」

 

達也がそう言うと凛は意外な表情を浮かべると話し始めた

 

「ふーん、達也からそんな事を聞かれるなんてね・・・まあ、かなり端的に言うと『魔法の平和利用を考えた先駆者』かな」

 

「先駆者・・・」

 

「ええ、先駆者。九島烈は魔法師の権利保護を目的に、元造は魔法師を使った経済革命を目的に。何方も魔法師の立場を確立する為だけど私としては元造の考えの方が良いかな」

 

「どうしてだ?」

 

「元造の考えは時間はかかるが魔法師全体としての実績が残る。逆に烈の考えは時間はそうかからないが実績は九島烈だけの物となってしまう」

 

凛はアイスティーを飲みながらそう答えていた。そして凛はさらに話を続けた

 

「それで、元造は人一倍責任感が強くって・・・家族想いで・・・今の十師族の誰よりもこの国に歯向かった男かもしれないわね」

 

そう言って凛はそう話していると不意に目頭が熱くなっていた

 

「すまない、少し話が脱線してしまったね」

 

「いや、今ので元造という人物がどんな人だったのかがよく分かった。教えてくれて感謝する」

 

そう言って達也は席を立つと凛の分まで会計を済ませて店を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店に残った凛は歩道を歩く達也の後ろ姿を見ながら不意にその姿が元造に似ていた事に気づいた

 

「ははは・・・後ろ姿まで元造そっくりだ」

 

そう言って懐かしむように達也を見ていた

 

「あの頃が懐かしいわね・・・」

 

凛は心の声が漏れているとも知らずに達也の背中を見ていた

 

 

ーー初めて元造がやって来たあの日ーー

 

 

ーー元造が烈を連れてやって来たあの日ーー

 

 

ーー元造と共にはしゃぎまくったあの日々ーー

 

 

そんな思い出を思い出していると凛はカフェを後にし、車に乗って帰宅した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションに戻ると弘樹が出迎えた

 

「お帰りなさい姉さん」

 

「ああ、戻ったよ」

 

二人はそういうと弘樹が凛にある紙を見せ、それを見た凛は半分呆れていた

 

「はぁ、情報部の連中は遂にイカれたか」

 

「ええ、ですが収容所の爆発が達也のせいだと思われているのは少し後ろめたいですね」

 

そう言って紙に書かれたのは情報部秘密幹部会議で達也に再教育(という洗脳)を施そうという物だった。もし本当に洗脳をするつもりなら東京が更地になる覚悟でもしない限り無理だと思っていた

 

「それはしょうがないさ。達也も、それを理解してあの起爆装置を受け取ったんだから」

 

「元造さんのように背負いすぎないと良いですけど・・・」

 

「ああ・・・そうだな」

 

二人はそういうと陽が傾き始めた空を見上げた



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孤立編
情報部の計画


国防陸軍情報部の幹部たちは、公式記録に残せない類の集まりを開いていた。

 

「南総収容所襲撃の顛末は、ただいまの遠山曹長の報告書でご覧いただいた通りです」

 

遠山つかさの直属の上司である犬飼課長が部下の報告を読み上げて着席した。

 

「襲撃犯の正体は確認できていないのですね?」

 

「はい。確認出来ていません」

 

出席者の一人から投げ掛けられた質問に、犬飼は即答した。

 

「ですが、状況から見て襲撃者が何者であるかは明らかです。四葉家の司波達也以外に考えられません」

 

「そうですね」

 

「確かに」

 

今度は、犬飼の断定に賛同の声が上がった。ここに集う国防陸軍情報部の幹部たちは、達也を南総の秘密収容所を襲撃した犯人だと決めつけた。このケースでは事実だが、例え冤罪であっても彼らは気にしなかっただろう。この会議は国防陸軍情報部の秘密幹部会議。必要を認められた場合にだけ開催される、非公式の集まりなのだ。

 

「司波達也は、危険人物として監視を強化する必要があると考えます」

 

「すぐに排除しなくて良いのか?」

 

「思想的には危険分子ですが、得難い戦力であることは間違いありません。背後に四葉家が控えている事を抜きにしても、十山の魔法を凌駕する攻撃力は魅力的です」

 

「司波達也についてはもう一つ、留意すべき未確認情報があります」

 

「ほぅ。何かね、恩田課長」

 

犬飼の発言に続いて、特務一課の課長が立ち上がった。特務課は秘密性が高い国防陸軍情報部の中でも存在しないとされている部署であり、その組織形態も一課だけのこともあれば十三課まで存在していた時期もあるという、不定形の組織だ。

その一課の課長の発言に副部長が興味を示し、先を促す。なおこの席に部長は出席していない。ここにいる副部長も、対外的には公表されていない人物である。

 

「司波達也が属する四葉家と第一○一旅団が協力関係にあるのは、既に皆様ご存じの事と思いますが」

 

「それで?」

 

「司波達也は第一○一旅団の一員として、一昨年の十月末、鎮海軍港一帯を焼き払った魔法師である可能性があります」

 

「・・・『灼熱のハロウィン』か」

 

存在が秘された副部長は、国防陸軍の暗部を取り仕切る存在だが、その彼もさすがにこのセリフには平静でいられなかった。

 

「・・・あの戦略級魔法師の正体が、司波達也だと言うのか?」

 

改めて恩田に問いかけたのは犬飼だ。彼は国防戦力としての戦略級魔法師の重要性はよく理解している。もし司波達也が『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師だとしたら、そう簡単に処分出来ないと考えたのだ。

 

「未確認だ。だが仮に司波達也が戦略級魔法師だったとしても、危険思想を抱えている者を放置する事は出来ない。いや、個人で過剰な力を持っているなら、それだからこそ見過ごしには出来ない。私はそう考えます」

 

軍人的な言い回しを意識的に排除した言葉で、恩田は超法規的組織の一員らしい意見を主張した。その揺るがないスタンスに感化されたのか、副部長が落ち着きを取り戻した。

 

「・・・君の言う通りだ。司波達也については、再教育方針で対処する事にしよう」

 

「賛成です」

 

「それが妥当だと思います」

 

副部長の決定に、会議メンバーから次々と賛同の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報部の秘密会議が開かれた頃と時期を同じくして、北海道に出動していた風間たちが第一○一旅団本部に帰還した。

 

「風間以下百九十五名、ただいま帰投しました」

 

「全員無事に戻ってくれて何よりです。中佐、出動した隊員には三日間の特別休暇を与えます。外出も許可しましょう」

 

「ありがとうございます。皆、喜びます」

 

風間が「休め」の姿勢のまま、微かに口元を緩めると、佐伯少将は「うむ」とでも言うように小さく頷き、瞼を閉じて小さく息を吐いた。眼を開き、風間に向けられた佐伯の顔は、国防軍指折りの謀将のものになっていた。

 

「昨日、恩田少佐から連絡がありました」

 

「恩田少佐・・・何者ですか?」

 

「恩田少佐は特務の課長です」

 

「情報部の特務ですか・・・」

 

佐伯は情報部に対して直接の指揮命令権を持たない。情報部の課長には、佐伯に対する報告の義務はない。つまり恩田少佐は佐伯少将の情報源の一つなのだろうと、風間はそのように解釈した。

 

「それで。恩田少佐は何を報せてくれたのですか?」

 

「大黒特尉が情報部の粛正対象リストに載りました。情報部の秘密収容所を襲撃した件です」

 

「・・・特尉を消そうと言うのですか?」

 

「捕らえて教育するとの事です」

 

「愚かですね」

 

「確かに洗脳は魔法技術を高確率で損なうからな」

 

「閣下、そうではありません。特尉を捕らえるなど絶対に不可能です。情報部が壊滅するだけならともかく、最悪の場合、東京が火の海に沈みます」

 

「・・・特尉がそこまでやると?」

 

「彼は自分や身内を国家や市民の為に犠牲にする事はあり得ません。軍人には最も向いていない種類の人間です」

 

「能力的には申し分ありませんが、性格的には中佐の言う通りでしょうね」

 

達也に公僕の精神が欠如している事については、佐伯も風間と同じ考えだった。

 

「危険度の認識が甘すぎです。特尉はマテリアル・バーストを使わなくても、一晩あれば一都市を破壊しつくせるでしょう」

 

「大黒特尉を随分高く評価しているのですね」

 

「もし現実世界に物語やゲームのラスボスがいるとすれば、それは彼でしょうね」

 

「ラスボスですか。では、物語をハッピーエンドで終わらせる勇者は何処にいますか?」

 

「我々の前にはまだ、登場していません。だからせめて、勇者が現れるまでは彼を刺激すべきではないのですが」

 

「貴官の意見は、恩田少佐を通じて情報部に伝えておきましょう。どの程度意味があるか、分かりませんが・・・ご苦労様でした。中佐、下がってよろしい」

 

「ハッ!」

 

風間は佐伯に敬礼して、彼女の執務室を後にした。



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お披露目

5月2日

 

放課後に自分が知り合いから大魔王扱いされた事など知らず、達也は日常に復帰していた。四月下旬に発生した詩奈の誘拐事件騒動は結局、連絡不足による誤解という事で片づけられ、一高内ではすでに過去の出来事になっている。

昨日から生徒会では、通常の業務以外に九校戦の準備を始めている。中止の噂も飛び交う中、まだ正式に発表されていないから仕方なく、という部分も多分に含んでいるが、去年の種目変更のように、開催ギリギリまで連絡が来ないかもしれないので、何が起こってもいいように準備をしているのだ。

 

「マスター」

 

ピクシーがテレパシーではなく、音声で話しかけてきたので、達也は作業を中断して応える。

 

「何だ?」

 

「重大な・ニュースが・入ってきました」

 

「重大なニュース?」

 

「戦略級魔法に・関する・ニュースです」

 

さすがに無視できないワードが出てきたので、達也は視線を動かして、ピクシーの声に顔を上げていた深雪とアイコンタクトで意思を通わせた。

 

「壁に出してくれ」

 

達也の指示に、ピクシーが録画中のニュースを追い掛け再生で壁面大型ディスプレイに映示する。達也だけでなく、生徒会役員全員の目が集まった。最初は興味本位だった空気が、すぐにシリアスな色に染まる。途中、悲鳴のような息を呑む音が聞こえたが、ニュースが終わるまで、誰も、何も、言わなかった。

 

「今度はアフリカですか・・・」

 

「ギニア湾岸、ニジェール・デルタ地域・・・今は大亜連合が実質的に支配している地域だよね」

 

「うん」

 

「紛争地帯だからな。欧州や北米で使われるより可能性は高かったが・・・」

 

 

伝えられたニュースは、ニジェール・デルタ地域において戦略級魔法『霹靂塔』が使われ、多数の死傷者が出たという事実と、それを認める大亜連合軍の声明。確かに南米におけるシンクロライナー・フュージョンの使用によって、戦略級魔法使用に関する心理的なハードルは下がったが、世界の目は逆に厳しさを増している。

それにも拘らず、大亜連合は戦略級魔法の使用を隠そうとしていない。逆に、自分から『霹靂塔』の使用を公表している。今回の戦果を世界へ向けて誇っているかのようだった。

 

「フランスに対する牽制でしょうか?」

 

「主な目的は、それだろうな」

 

深雪の質問に、達也は条件付きで頷いた。世界群発戦争の期間、アフリカには資源を求めた列強が押し寄せた。国家と国家、政府軍と反政府軍。戦火を交える勢力を支援し、背後から操り、あるいは直接介入して地下資源を「確保」しようとした列強の行動が、アフリカ大陸から国家を消滅させた。その争いは、軍事衝突の規模が小さくなり、散発的になっただけで、世界大戦終結から三十年以上が経過した今も続いていた。

ニジェール・デルタ地域では、数年前に纏まった領域を大亜連合が勢力下に収めたが、ここ数ヶ月、今世紀初頭に活動していた国際テロ組織MEND(ニジェール・デルタ解放運動)の流れを汲むと自称する武装勢力がフランスの支援を受けて、大亜連合の支配を脅かしていた。

今回の戦略級魔法が、フランスの支援を牽制し後退させることを目的としているという推理は、間違いなく一つの正解に違いない。

 

「他にも目的があるのですか?」

 

こう尋ねたのは深雪ではなく泉美だ。彼女は今でも、達也に打ち解けているとは言えないが、姉二人が認めている事と共に、今回は好奇心が勝ったので、自分から積極的に達也に質問したのだった。

 

「使われた魔法は『霹靂塔』だが、大亜連合が発表した使用者は劉雲徳ではなく、劉麗蕾という少女だ」

 

「先程のニュースでも注目されていましたね。新たな国家公認戦略級魔法師のお披露目という意味があったのでしょうか」

 

「お披露目には違いないが、隠せなくなったのだろうな」

 

「何をでしょうか?」

 

首を傾げているのは泉美だけではない。ほのかと詩奈も、頭上にクエスチョンマークを浮かべているし、遊びに来ていた雫も、泉美と同じように首を傾げながら達也の答えを待っている。

 

「劉雲徳は一年以上前から公式の席に姿を見せなくなった。毎年必ず参列していた軍事パレードも、去年は欠席している。軍事関係者の間では、彼の死亡説が以前から囁かれていたが、ついに隠し切れなくなったのだろう」

 

達也は『灼熱のハロウィン』で劉雲徳が戦死した事を、その直後から知っていたが、大亜連合はその情報をひた隠しにしてきた。だから彼もこの場では、少し事情通なら知っていてもおかしくないレベルに合わせて話をしている。

 

「では劉雲徳は既に死んでいて、その後釜として劉麗蕾を?」

 

「戦略級魔法師の存在を公表するのは、抑止力とする為だ。劉雲徳が死んでもその代わりの戦略級魔法師がいるという、大亜連合のデモンストレーションではないかな」

 

「フランスに対する牽制と、世界に対するデモンストレーションですか」

 

泉美が納得した顔で呟いた



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霹靂塔

凛達たちと合流して、三年生だけで寄り道した喫茶店アイネブリーゼでも、主な話題はアフリカで投入された戦略級魔法の事だった。

 

「でも、それって周辺諸国への挑発にもなるよね?」

 

話の流れから、大亜連合が戦略級魔法の使用を自ら公言した理由について、達也は生徒会室で泉美に答えたのと同じ説明を繰り返した。それに対するエリカの反応が、このセリフだった。

 

「そんな事は承知の上だろうね。抑止力と言うのは要するに、他国に対する威嚇だからな」

 

いかにも達也が言いそうなことだが、そう答えたのは幹比古だ。人の好い彼には似合わないようにも思えるが、今時の男子高校生には珍しくないセリフだ。

 

「新しい十三使徒は十四歳か。俺たちより年下とはなぁ」

 

第一報から一時間もしない内に、大亜連合から詳しいプレス向け発表があった。主な内容は敵対武装勢力の非人道的行為を非難し、戦略級魔法の正当性を訴えるものだったが、その中に新たな「使徒」の宣伝も含まれていた。

最初のニュースでは『劉麗蕾』という名前と性別しか分からなかったが、大亜連合の公式発表で十四歳の少女と明かされて驚いたのは、レオたちばかりでは無かった。

 

「年齢にも驚いたけど、あんなちっちゃい女の子が戦略級魔法師なんて・・・」

 

「本当に。国によって事情は違うとはいえ、なんだかやりきれないですよね・・・」

 

眉を曇らせたほのかの言葉に、同じような表情で美月が共感を示す。

 

「大人の言いなりになっているのは可哀想だと思うけどさ。国家公認なんだから、良い境遇だと思うよ」

 

エリカの口調が少し苛立たしげなのは、劉麗蕾の年齢が、同じ様な年齢の子供が魔法実験の実験の犠牲になった九亜の一件があったからだ。こういう悲劇は世界中で発生し続けているに違いない。闇に葬られる被害者が多い中、こうして陽の当たる舞台に押し上げられた少女は、ある意味で確かに幸運だったと言えよう。

 

「私は顔出しに驚いた」

 

「そうね。戦略級魔法師の個人情報は隠そうとするのが普通なのに、名前や年齢だけではなく本人の映像まで公表したのは確かに意外だわ」

 

エリカの発言が場の空気を沈ませる前に、雫がみんなの興味を別方向へ誘導し、それに深雪が続いた。だが深雪が雫のセリフに続いたのは、暗い話題を避けようという意図もあったが、言葉通り劉麗蕾の容姿が公開されたことに対する意外感も強かった。

 

「確かに国家公認戦略級魔法師の他にも、秘匿されている戦略級魔法師は存在しますものね」

 

「日本では国家公認戦略級魔法師は五輪澪さん一人ですが、国防軍が秘匿している戦略級魔法師が存在します。ですから、私たちも劉麗蕾の顔が公表された事は驚きました」

 

「あの少女が本当に霹靂塔の術者だとするならばな」

 

達也の推測に、深雪と雫たちは「あっ・・・」という表情を見せた。劉麗蕾を名乗る少女が影武者である可能性を完全に失念していたらしい。

 

「本物だったとしたら、達也くんはどう思うわけ?」

 

「大亜連合は彼女を士気高揚の為のシンボルにするつもりではないかな」

 

「こんな幼気な少女が頑張ってるんだから、大人はもっと根性を見せろ、ってところ?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「ひどい看板娘ね」

 

さっき苛立ちを見せたのはエリカ本人にとっても不本意だったのだろう。彼女は達也の推測に対して、殊更砕けた解釈を見せ、その気持ちが理解出来ないでは無かった達也も、あえて口調に苦笑いを混ぜ、凛の言葉に全員が苦笑していた

 

「劉雲徳の戦死を大亜連合が認めたのも、『祖父の跡を継いだ健気な少女』のイメージを補強する為かな?」

 

「本当に孫なのかどうかは分からないけどね」

 

幹比古のセリフに、エリカが人の悪い笑みを浮かべてツッコむ。大亜連合の発表によれば、劉麗蕾は劉雲徳の孫娘だが、それを証明する証拠は何一つない。

 

「話は変わるけどよ・・・」

 

そう言ったきり、セリフの続きをなかなか口にしないレオに、幹比古が「どうしたの?」と問い掛けた。幹比古に促されて、レオが言い淀んでいた疑問を吐き出す。

 

「・・・死者八百人っていうのは本当なのかね? 激戦地域で民間人が殆ど住んでいなかったっていうのは嘘じゃないかもしれないけどよ。それにしたって少なくねぇか? 戦略級魔法なんだろ?」

 

レオの問いに答えられず、みんなの目がなんとなく達也へ向いた。

 

「シンクロライナー・フュージョンによる戦死者よりはすくないだろう。霹靂塔は直接的な殺傷の為の魔法というより、工場やインフラを破壊する為の魔法だからな」

 

「霹靂塔って、雷を落とす魔法じゃないんですか?」

 

意味が分からないという顔で、美月が質問する

 

「霹靂塔は、目標エリア上空で電子雪崩を引き起こす魔法と、目標エリアの電気抵抗を断続的かつ不均等に引き下げる魔法の、二種類の魔法から構成されている」

 

達也にそう言われたが、美月だけは何のことだか分からないという表情を浮かべているのだった。すると幹比古が代わりに説明をした

 

美月の表情を見て、達也は幹比古に視線を向けた。「説明を代わってみるか」というアイコンタクトで、幹比古はその誘いに応じた。美月に良い所を見せよう、という意思が無かったと言えば、多分嘘になるだろう。

 

「簡単に言うと、電子雪崩を引き起こす魔法は雷に必要な電気を作り出す為のプロセスで、電気抵抗を不均等に引き下げるというのは、丁度絶縁破壊が起こるレベルに抵抗値を設定するプロセスなんだ。それを短いインターバルを置いて断続的に引き起こす事によって、落雷を連続発生させる」

 

「・・・つまり、雷を次々と落とす魔法なんですね?」

 

幹比古の説明を一言も聞き逃すまいと真剣な顔つきで彼の顔を凝視していた美月だったが、あまり理解出来ているとは言い難かった。

 

「そうだね。その理解で正しいよ」

 

しかし、幹比古の採点は甘かった。それが誰にでもそうなのか、美月に限定しての事なのかは、この場だけでは分からない。

 

「霹靂塔の特徴は、単発の威力より手数を重視しているところにある」

 

そこで言葉を区切って、幹比古がチラリと達也に目を向ける、達也が目だけで頷くと、少し自信が無かったのか、幹比古は微かにホッとしたような表情を見せた。

 

「・・・一ヵ所に超強力な雷を落とすのではなく、一度の魔法でそれなりの威力の雷を広い範囲に降らせる。軽装の歩兵には悪夢のような魔法だけど、ある程度しっかりした落雷対策をしておけば致命傷にはならなかったんだ。だけどこの魔法には、予想を超えた別の効果があった」

 

「それがインフラ破壊なんですか?」

 

「そう。短いインターバルを置いて断続的に落雷が発生するという事は、その一帯の電磁界が連続して急激に変動するという事だ。しかもその瞬間はエリア内の全ての物体の電気抵抗が、ギリギリで絶縁破壊を引き起こすレベルにまで引き下げられている。細かい説明を省くと、霹靂塔は広い範囲で電子機器に深刻なダメージを発生させる魔法なんだ」

 

「つまり霹靂塔の正体は、魔法によるEMP兵器ってことか」

 

「原理は違うけど、効果を見ればそう言えるね」

 

ここでレオが口を挿んだ。美月との語らいを邪魔されても、幹比古は気分を害すことは無かった。

 

「直接的な殺傷力が高くないから、死者は少なかった。その理屈は分かったような気がするぜ。でもよ、そうすると別の疑問が出てくるんだが」

 

「疑問って、何?」

 

「ずっと陣取り合戦が続いていた紛争地帯だ。高度に技術化した都市の建設なんて出来ないだろ? EMP兵器でダメージを受けるような機械は資源採掘設備くらいなもんだと思うんだけど?」

 

「詳しい事は分からないけど、そうだろうね」

 

「その採掘施設を今抑えているのは大亜連合だろ?だったら、EMP兵器で被害を受けるのは大亜連合じゃねぇか。自分たちの損になるような魔法を何で使ったんだ?」

 

レオに疑問に対しての答えを持たなかった幹比古は、助けを求めるような視線を達也に向けた。幹比古以外からも視線を向けられても、達也は慌てず騒がず、おもむろに口を開いた。

 

「ニジェール・デルタ地域では最近、大亜連合が劣勢に陥っていると伝えられている。フランスが提供した無人自動兵器の所為で、実質的に支配していた地域の約半分を敵対武装集団に奪われてしまったらしい」

 

この説明だけで、レオはピンときたようだ。学校での成績は並みでも、やはりレオはバカではないのだろう。

 

「無人自動兵器・・・?それでか」

 

「採掘施設にダメージを与えても、無人兵器の無力化を優先したんだね」

 

幹比古も同じ理解に達していた。よく見れば周りのメンバーも二人の答えに納得したような表情で頷いていたが、達也は二人の解釈に満点を与えなかった。

 

「自国の勢力圏内で霹靂塔を使った動機は無人兵器対策だろう。だがあの魔法は言うまでもなく、殺傷力を有する。十分な避雷装備を持たない軽装な兵士や、平服の民間人ならば簡単に命を奪う」

 

レオと幹比古の顔が強張る。彼らは人的被害がゼロでは無かったという事を失念していた。

 

「実際の死傷者数は・・・発表されている数を上回ると?」

 

こう尋ねたのは深雪だ。レオと幹比古は既に答えに達したのか難しい顔で無言を貫いており、ほのかたちには衝撃が強すぎて言葉を発する余裕がない。深雪も余裕があるわけではないのか、恐る恐ると言った感じでしか達也に問い掛けられなかった。

 

「霹靂塔の厄介な点は、医療施設も麻痺させてしまう事だ。即死でなくても、助からない者も多いだろうな・・・」

 

達也が暗い表情で答えた



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報復攻撃

一昨年、二〇九五年の九校戦において、達也は自らが考案した『アクティブ・エアー・マイン(能動空中機雷)』という魔法を雫に使わせた。雫はこの魔法で新人戦スピード・シューティング優勝の栄冠を勝ち取り、『アクティブ・エアー・マイン』は魔法大学が編纂する魔法の百科事典『魔法大全』に新種魔法として収録される事になった。

 しかし当時はまだ四葉家の日陰者だった達也は新魔法の開発者としての脚光を浴びる事を嫌い、雫を開発者として登録しようとした。だが雫は他人の手柄を横取りするような提案に頷くはずもなく、結局『アクティブ・エアー・マイン』は開発者不明として仮収録の形で留め置かれた。結局この魔法が正式に収録されたのは、今年の一月だった。四葉家の中で「当主の息子」「次期当主」という地位を達也が手に入れた事により、隠す必要が無くなったからだが、もちろん達也の方から名乗り出たわけではない。魔法大学は当時から真の開発者が達也であることを把握していて、定期的にアプローチを続けていたというのが真相だ。達也が四葉の次期当主だと発表されたことにより、魔法大学は事態の背景に何があったのかを覚ったのだろう。年が明けてからすぐに、達也の許へ説得の電話が掛かってきた。何時までも仮収録のままでは体裁が悪いからという泣き落としの電話が。

だから本当は乗り気ではなかったのだが、今日になって自分の名前を載せておいてよかったと、達也はしみじみと感じていた。もし雫の名前で載せていたら、彼女に迷惑をかけていたからだ。

達也の席は、去年と同じ通路側の窓側だ。始業前、その三年E組の教室では、彼の方を見てヒソヒソと囁き交わす生徒の姿が目立っていた。廊下側の窓から内側へ上半身を乗り出しているエリカが、じろりと教室内を見渡す。偶々目が合った生徒が、慌てて顔をそむけた。そのタイミングで、幹比古が教室内に入ってきて達也に声をかけた。

 

「達也が考案した魔法、アクティブ・エアー・マインを武装ゲリラが使ったという話、本当なのかな? 戦術級クラスの破壊力があったんだよね? あの魔法にそれほどの出力があるとは思えないんだけど」

 

興味本位からではなく、達也を心配してわざわざ自分の教室までやってきたと分かっているので、エリカは幹比古に鋭い視線は向けなかった。

 

「殆どの魔法に当てはまることだが、あの魔法にも威力上限はない。規模とスピードにトレード・オフの関係はあるが、魔法師次第で威力はいくらでも上がる。気を遣ってくれるのはありがたいが、死体の状況から見て、あの魔法が使われたのは確実だろう」

 

達也が淡々と答えを返すと、幹比古が顔を曇らせ、教室内の噂話は一層活発になった。クラスメイトの口の端に上がっている話題は、今朝各メディアで報じられたニュースだ。

二日前、アフリカで戦略級魔法が使用され、多数の死傷者が出た。言質を実質的に支配している大亜連合の発表では、昨日の時点で死者は九百人に満たない。それでも大量の死者が出たと言って良い規模だが、実際には現地人だけで死者は三千人を超えていると欧米のマスコミは推測している。現地人の中には武装ゲリラも含まれているだろう。ゲリラとすら言えないテロリストも紛れていたに違いない。だが、大勢の民間人を含んでいる事も確実だった。

そして昨晩、その報復が行われた。中央アジアの大亜連合基地が武装ゲリラに襲われたのだ。襲った組織はニジェール・デルタ解放軍。国際テロ組織ニジェール・デルタ解放運動の流れを汲むと自称する武装勢力で、タイミング的に彼らは、戦略級魔法・霹靂塔の使用に関係なく大亜連合基地の攻撃を企んでいたはずだ。無差別攻撃への対抗措置は後付けの理由に過ぎない。

報復成功の声明を出したのは、奇襲の中心となったギニア西海岸出身の少女魔法師、エフィア・メンサー。そして彼女が使った魔法がアクティブ・エアー・マインだった。

アクティブ・エアー・マインは疎密波を発生させる振動場により個体を脆弱化させて粉砕する魔法だ。この魔法が作り出す振動領域に捕らえられた人間は、全身の骨が砕かれ血袋となって絶命する。それが今回、エフィア・メンサーが人間に向けて初めて使用したことにより判明した。

 

「使われたのが達也くんの作った魔法だとしても、犠牲者が出たのは当事者の問題じゃない。達也くんに何の責任があるっていうのよ。凛だったら『そんなの使う中の人間が悪い』って愚痴ってそうね」

 

エリカが苛立たしげに舌打ちをする。達也のクラスメイトは大半が気まずいという表情で顔を背けたが、当事者の達也は苦笑いを浮かべていた。

 

「見知らぬゲリラより、知っている開発者を責める方がやりやすいんだろ。使った人間ではなく、作った人間を非難するなんて、昔からよくあることだ」

 

「ノーベルのダイナマイトにアインシュタインの原子爆弾。因縁のつけようなんていくらでもあるもんだ。マスコミ連中なんて、さっそく魔法大学にどう責任を取るのか聞きに行ってるみたいだぜ」

 

「アホらし・・・そんな暇があるなら議員の不正でも追いかけてなさいよ」

 

レオの言葉にエリカが心底つまらなそうに呟くと、達也だけでなく幹比古とずっと隣に座っていた美月までもが苦笑いを浮かべたのだった。



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大揉めの記者会見

『魔法大学に責任は無いと主張するんですね?』

 

『魔法大全は魔法学の研究成果を纏める物であり、魔法大学は研究機関としての役目を果たしているだけです』

 

テレビの中で居丈高な記者の詰問に対して応える魔法大学の広報担当職員は、口調こそしっかりしているが、相手の勢いに怯んでいるのか顔色があまり良くなかった。

 

『では、人殺しの魔法を開発した一高生に責任があるという事ですか?』

 

『一高生に責任などありません!』

 

『ですが現に、魔法科高校生が全国魔法科高校親善魔法競技大会用に開発した魔法で、百人以上の死者が出ているんですが』

 

『戦死者でしょう。その責任は魔法を兵器として使った武装ゲリラが負うものであって、魔法を作った人間の物ではありません』

 

『そうでしょうか。通常兵器も、毒ガスやダムダム弾のように残虐な物は条約で禁止されています。国際的に、非人道的兵器は違法と定められているわけです』

 

『アクティブ・エアー・マインは兵器ではありません!』

 

『しかしですね、厳に兵器として使用されたわけですし。それに「機雷」という名称をつけたくらいですから、最初っから兵器としての使用も視野に入れていたのではありませんか?』

 

最初っから魔法を作った人間が悪いと決めつけている記者の質問に対して、職員はいら立ちを覚えていた。

 

『非人道的兵器は所有も開発も違法であるというのが国際社会のコンセンサスです。我が国が国際社会から人道の敵と非難されないようにする為には、大学が学生や付属高校の生徒に対して適切に指導していくべきではありませんか』

 

『第一、今回の件で悪いのは魔法の開発者ではなく、その魔法を兵器として使用したゲリラです。そちらを非難するのが貴方たちの仕事でしょうが!これ以上個人を攻撃するような報道を続けるのであれば、こちらとしてもこれ以上お話しする事はございません!』

 

『報道の自由を認めないつもりか!』

 

『個人攻撃を目的にしている時点でそんなことが認められると思っているのか。このマスゴミめ!!』

 

『なんですと!?学長!今の言葉の撤回を求めます!』

 

そう言って会見はヒートアップしてしまい、警察が出動するまでの問題となってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法大学の記者会見は、異例ではあるが日曜日に行われた。それだけ緊急の対応が必要だと大学側は考えたのだろう。その模様を自宅の居間で生視聴した凛は、悪態をついていた

 

「けっ、何が報道の自由だ。達也を攻撃したいだけじゃないか」

 

「姉さん・・・まあ、この記者に関してはいささか行き過ぎと思いますね。どうしますか?」

 

弘樹の言葉に凛は『この会社を買収しますか?』という意味が含まれていると感じると首を縦に振った

 

「分かりました。ではすぐに買収を行います」

 

そういうと弘樹は電話をした。翌日、記者会見で大暴れしたその会社の名前は消えていた

 

「しかし、兵器として開発を考えていなかったものを非人道的なのか、そうじゃないのかを判断するのは使った後に判断する事だ。だから本来ならこれを元に色々と規制を考えるんだが・・・」

 

「魔法は軍事利用を考えていなくても魔法師自体の力量で大量破壊兵器にもなりますからね。その点難しいとしか言えませんね」

 

「全く、面倒な事だね」

 

「ええ、全くです」

 

そう言うと凛は弘樹から渡されたお茶を飲んだ



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中止の連絡

今回はかなり短めです


5月10日

 

部活連本部で凛は大会委員会から達せられた通知に顔を顰めていた

 

「やっぱ世の中理屈通りには進まないか・・・」

 

「ええ、でも不満だわ。これじゃあ達也が原因みたいな感じじゃない」

 

そう言って隣でエリカも愚痴を言っていた。大会委員会から発せられた内容は今年の九校戦の中止の発表だった

 

「ええ、それは同感ね。まあ、確実に大会に勝つために計画した私にも非があるのかもしれないけど」

 

「そんな事ありません。会頭や司波先輩は九校戦に勝つ為に提案しただけで、使い方を間違えた人が悪いんですよ」

 

そう言って琢磨が凛や達也を擁護するような発言をしていた。他の役員も同じような思いを抱いていた

 

「一高は良いけど。他の学校では酷いことになりそうね・・・」

 

「そうね、一高は達也のおかげで勝てた部分があるからあれだけど。他の学校では顕著に達也の批判が飛び交うでしょうね」

 

「荒れそうだなぁ」

 

そう言って凛は心底面倒臭そうな表情になると肩をガックリ落としていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、三高では生徒が将輝の元に押しかけていた

 

「九校戦が中止になったって本当か!?」

 

「本当だ。さっき俺も聞いたばかりだ」

 

「中止の原因は一高のアイツなんですか!?」

 

「それは違う、九校戦で公開された魔法が武装ゲリラやテロリストの手に渡らないよう情報管理体制を見直す為だ」

 

一高のアイツと言うのは達也の事で将輝とはライバルにあった。だからこそ、達也を不当に扱って冤罪で貶めるのは卑怯に感じていた

 

「でも、見直しが必要になったのは、アイツが作った魔法が原因なんだろう?」

 

「そうだぜ。名目はともかく、直接の原因はアイツだろう?」

 

「きっかけはそうかもしれないが・・・」

 

「そうですよね。一条先輩、俺、口惜しいです。何故あいつのせいで俺たちが九校戦を諦めなきゃいけないんですか」

 

「全くだ。別に大会を中止にしなくても一高抜きで開催すれば良いじゃないですか。さもなくば、あいつだけ抜きでやればいい」

 

「いや、流石にそう言うわけには行かないだろう。差別的な扱いだと、帰ってマスコミに叩かれてしまう」

 

行き過ぎた発言に将輝は控えめな注意をした

 

「チッ、そうか。どこまで迷惑掛けりゃ気が済むんだ」

 

「天才エンジニアとか言われて自分はなんでも許されると思っているんじゃないですか?」

 

だが、将輝の注意は生徒達の怒りをさらに焚き付ける結果となっていた

他の魔法科高校でも同じような会話が繰り広げられていた。日が経つに連れてアクティブ・エアー・マインを作った達也に対する個人攻撃が生徒の間に広まっていた

達也をさらに追い込むニュースが飛んできたのはそんな逆風の中だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦中止が発表された日の放課後。凛は一人部活連本部で一冊のノートに何かを書き込んでいた

 

「・・・よし、とりあえずこれくらいで良いかな」

 

そう言って凛はペンをしまうとそのノートを机の引き出しにしまうと凛は部屋を後にした



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ディオーネ計画

朝一番で報道されたそのニュースは、ロサンゼルスで現地時間前日十三時に発表された国際プロジェクトに関するものだった。発表者の名はエドワード・クラーク。USNA国家科学局(NSA)に所属している政府お抱えの技術者だ。その声明はNSAが世界各国に協力を呼びかけるという性質を持っていた。

まだ何の根回しも出来ていない、アメリカが一方的に打ち上げた国際プロジェクト。名称は『ディオーネー計画』。それは魔法技術を用いて、木星圏の資源で金星をテラフォーミングしようという夢物語だった。

金星の直径は地球の0.95倍、重力は0.9倍。この点では火星よりもよほど人類の移住先としては都合がいい。だが分厚い二酸化炭素の大気と硫酸の雲、温室効果によるものと推定される高温の為、環境改造は困難と判断され、宇宙植民計画の対象は火星へと移行している。地球からの距離を別にしても、低重力が人体にもたらすであろう悪影響を考えれば、人類の植民先は火星より金星のほうが望ましいだろう。通常技術であれば極めて困難な金星の大気改造を、魔法技術で実行しようというのが『ディオーネー計画』の趣旨だ。

エドワード・クラークは『ディオーネー計画』の推進に必要な人材として、自分以外に九人の名を上げた。そこに含まれていたのは、科学者ばかりでは無かった。『マクシミリアン・デバイス』の社長ポール・マクシミリアンや、『ローゼン・マギクラフト』の社長フリードリヒ・ローゼンの名もあった。

世界の二大魔法工学メーカーのトップに協力が求められたのは、その現実性は別にして妥当だと言えるだろう。国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の一角であるウィリアム・マクロードとイーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフは魔法学の権威としても有名なので、協力を得られる可能性はさらに低いが、名前が挙がった事に納得感はあった。

この発表されたばかりの、現段階では絵に描いた餅でしかないプロジェクトに日本のマスコミが注目したのは、名前が告げられなかった十人目がいたからだ。エドワード・クラークは九人の名を列挙した後、カメラに向かってこう告げたのだった。

 

『もう一人、是非プロジェクトに参加して欲しい技術者がいます。居住国の法律ではまだ未成年ですので実名は申し上げられませんが「トーラス・シルバー」の名で活動している日本の高校生です』

 

エドワード・クラークがこう締めくくり会見は終了した。その様子を報道していたニュースを見ていた達也は、事前に知っていたとはいえため息を吐きたくなっていた。

 

「傍迷惑な話だ・・・」

 

そう言って録画で映像を見た達也は苦々しくつぶやいた。すると心配そうに達也を見ていた深雪に達也はいつも通りの落ち着いた笑顔で声を掛けるが深雪の目からは涙が出ていた

 

「も、申し訳ありません」

 

そう言って水波から渡されたハンカチで涙を拭うと声をかけた

 

「お兄様、前に凛も言っていたでしょう。背負い過ぎないでくださいと・・・」

 

「深雪・・・」

 

深雪の訴えに達也は思わず名前を言ってしまった

 

「だから・・・私の前で無理に笑顔を作らないでください。できるなら私に悩みを分けてください」

 

そう言って深雪は達也に訴えかけていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、凛達も映像を見て悩んでいた

 

「うーん、トーラス・シルバーが誰なのかを知っているのか・・・。だが、エドワード・クラークはどうやら達也にしか興味がないようね。弘樹の事は言わなかった・・・」

 

「ええ、私はFLTだと25歳と言うことになっていますから。本来なら神田博樹の名前を出すはずですから・・・」

 

そう言って弘樹はソファーに座りながら呟いた。確かに、トーラス・シルバーは達也と弘樹、牛山の三人で研究を行っていた。なのに公表したのは高校生、つまり達也だけだった事に凛は疑問になっていた

 

「まぁ、このディオーネ計画の概要に気になる部分もあるし、少し調べさせよう。じゃあ、私はこれから防衛省に行ってくるわ」

 

「いよいよ退役届を出しに行かれるんですか?」

 

「ええ、帰り道には気を付けるわ」

 

そう言い残すと凛はマンションを後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛省に到着した凛は蘇我大将の居る会議室に入った。元々凛はこの日に防衛省に呼ばれており、そのついでに退役届を出すつもりでいた

 

「ああ、准将。よく来てくれた」

 

「閣下、その件に関しましてこれをお渡ししたいと思います」

 

「これは・・・どう言うつもりだ」

 

「これは私の意志です」

 

そう言って退役届を渡した凛は蘇我に理由を話した

 

「私は以前より情報部の監視を受けており。数日前には勝手に家の中に入られていました」

 

「そんな事があったのか?」

 

蘇我の口調からして何も知らされていないのだろう。凛はそんな風に感じるとさらに言葉を続けた

 

「ええ、それに契約では私は5月1日で退役する筈ですよね。それなのに私は未だに軍籍が残っています。契約違反を正すために私は今日付で国防軍を辞めさせていただきたいと思います」

 

「君は・・・それがどんな結果になるか考えているのか?」

 

そう言って蘇我は警告をした。だが返答は変わらなかった

 

「ええ、情報部が私を洗脳しようをしているのであれば。それは戦略級魔法師を失うことになります、それに私はもうすぐ戦略級魔法は使えなくなるでしょうから」

 

「・・・そうか。分かった、今までご苦労だった」

 

「・・・寛大な措置に感謝します。今まで有り難うございました」

 

そう言うと凛は執務室を後にした

 

「良かったのですか?退役を認めてしまって」

 

そう言って部屋にいた秘書官が蘇我に聞くと蘇我は答えた

 

「ああ、構わないさ。既に赤城鈴准将の退役に関しては三人で話し合っている。恐らく彼女の退役を邪魔したのは情報部の連中だろう。全く、愚かな話だ」

 

蘇我の言葉に秘書官は疑問に思っていると蘇我がその訳を話し始めた

 

「ああ、君の疑念もわかるよ。だけど、契約違反をしていたのはこっちの方だ。私とて四葉と敵対はしたくないからね。それに、彼女がもうすぐ戦略級魔法が使えなくなるのは本当だ」

 

「!?」

 

蘇我から言われた発言に秘書官は驚くも蘇我の渡した紙を見て納得していた

 

「この情報だとあと数年で魔法力を失うようですが・・・」

 

「ああ、3年前から分かっていた情報だ。だから、彼女を佐伯少将から保護する意味合いでも西風会を作ったんだ。後任は弟の赤城光彦准将に決定している」

 

「そこまで決まっていたんですか」

 

そう言って秘書官と話していた時だった。蘇我の執務室に報告官が慌てて入ってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛省を出た凛は寄り道をするために歩いていた

 

「しかし、すんなり受け入れてくれたよ。よかったよかった」

 

そう言って凛は途中のスーパーで買い物をしようと思った

 

「しかし、情報部が邪魔をしたか・・・」

 

そう言ったところで凛の記憶は途切れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜はある一つのニュースで埋め尽くされていた。そのニュースは日本中の魔法師を震撼させる大事件となった

 

『人間主義者の暴挙か!帰宅途中の少女を襲う!?』

 

『集団暴行事件発生!被害者は魔法科高校に通う女生徒との事』

 

『襲われた少女は意識不明の重体で、暴行をした集団を警察が捜査を始めたとの事』

 

このニュースは魔法関係者の間で即座に広まっていった



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緊急事態と呼び出し

5月13日

 

この日、全国の魔法科高校ではある一つのニュースで持ちきりとなっていた

それは一高も例外ではなく三年A組ではヒソヒソと複数の生徒が話していた。それは、本来ならこの時間に来ているはずの姉弟が来ていない事と昨日のニュースで重体となったのはその姉の方ではないかと言う話だった

 

「雫、昨日のニュース見た?」

 

「うん、一高の生徒が重体になった話でしょ?」

 

「そう・・・あれってもしかして・・・」

 

その時、深雪が教室に入ってきた。だが、深雪の雰囲気は少し暗いものだった

 

「深雪、おはよう」

 

「ええ、おはようほのか」

 

そう言って深雪は平然を装っているがそれでも暗い雰囲気が漂っており、それだけでもここに凛達がいない理由を決定づけていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始業時間ギリギリのタイミングで教室に滑り込んだ達也を、美月が怪訝そうな顔で眺めた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、達也さんがギリギリという事が珍しいなと思っただけで」

 

美月の問いかけに応えながら席に着いた達也だったが、座学用の端末に表示されたメッセージにまたすぐ立ち上がることを余儀なくされた。

 

「どうかしたんですか?」

 

昨年同様隣の席の美月が訝し気な表情を浮かべながら達也に尋ねる。先ほどより表情が険しいのは、遅刻ギリギリで教室にやってきていきなりサボる、なんてことはあり得ないと思っているからだろう。

 

「職員室に呼び出された。さすがに無視は出来ないから行ってくる。全く、こっちは早く見舞いにいかなければならないと言うのに」

 

「見舞い・・・ですか?じゃあやっぱり昨日の襲われた女生徒って・・・」

 

美月の顔が心配そうに曇ってるのを見て、達也は心配はいらないという感じの笑みを浮かべて美月に答えた。

 

「大丈夫だ。彼女のタフさはよく知っているだろう」

 

「そうですが・・・」

 

それでも表情が晴れない美月を見て、達也はなんとか話を逸らせてよかったと思っていた。本当の呼び出し先は職員室ではなく、校長室。一介の生徒が校長室に呼び出されることなど滅多になく、達也は既に一度校長室に呼び出された事があるのだから、再び校長室に呼び出されたと美月に告げれば、いらぬ心配をかける事になるだろうと達也も理解しているのだ。

達也が何故こんなに親友の重体にも関わらず軽い気持ちなのか。それは昨晩の事・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日 午後19時頃

 

連絡を受けた達也達は慌てて凛の搬送された病院に来ていた

 

「弘樹さん!!」

 

「ああ、深雪か」

 

「凛はどうした」

 

「この中にいるよ」

 

そう言って弘樹が扉を開けると部屋には包帯でグルグルに巻かれた状態で横になっている凛がいた

 

「凛・・・」

 

凛の現状に深雪は手を口に当てて小さく震えて、弘樹が優しく体を抱いていた。そして深雪は達也の顔をじっと見ると達也が小さく頷き、懐からトライデントを取り出し、銃口を凛に向け再生を発動しようとした瞬間、達也は違和感を覚えた

 

『これは・・・成程、そう言う事か』

 

その違和感の正体がわかると達也は銃口を下に向けた。達也が再生を使わなかったことに驚愕した深雪だったが達也が弘樹に聞いた

 

「弘樹。()()()どこに居る」

 

達也の問いに弘樹が答えようとした時、達也達の居る方向とは別の方向から返事があった

 

「ここに居るわよ」

 

そう言って窓の方を見ると病院服ではあるものの包帯がない凛が窓辺に座っていた

 

「凛!」

 

「やはり、そう言うことだったか」

 

「やはり甘い誤魔化しでは達也に聞きませんでしたね。姉さん」

 

そう言って各々別々の反応をしていると凛が達也に聞いた

 

「ちなみに聞くけど、どうしてそれ(ベットの上にいる自分の人形)が私じゃないと分かったのかしら?」

 

「ああ、再生の時に遡れなかったからな。それで違和感を覚えたんだ」

 

「ああ、成程。じゃあ、今度人形を作る時はその点も考えて作ってみるかね」

 

そう言いながら凛は達也の前に立つと自分に似せた人形を見ながらそう言った。そして達也は凛に更に問いかけていた

 

「それで、何故わざわざこんなことを?」

 

達也がそう聞いたのも無理は無かった。わざわざ自分の身を犠牲にしてまでこんな事件を起こしたのか。達也はその意味が分からなかった。達也の問いに凛は人差し指を上げるとすぐに答えた

 

「主な理由は三つ、一つは反魔法主義者の弱体化。これは理由を言わなくてもわかるわよね。一人のか弱い女性が集団リンチをされた事が世論に出回れば人間主義者は社会から厳しい視線を受けることになる。その為、ノース銀行傘下の報道機関にはこの一件を大々的に流すようにしている」

 

凛がか弱いと言った部分に違和感を覚えた達也だったが。それを指摘すれば確実に凛のパンチが飛んでくること間違いなしの為、あえて指摘しようとは思わなかった。そして凛は中指を上げた

 

「二つ目は国防軍に私の使い道を無くさせる為。元々、国防軍の情報部が私を目の敵にしていたのは知っていたし、私の退役を邪魔したのも彼ら。それに、人間主義者を焚き付けて私を襲わせたのも元はと言えば情報部の計画。だから私はこの襲撃計画を逆手に取ったのよ。それにここはノース銀行が建設した医療機関。診断結果の書き換えは簡単だし、この人形にもそう言った細工はしてある。今頃、国防軍内部は大騒ぎでしょうね、なんせ一部署の暴走で一人の戦略級魔法師を失ってしまったんですから。これ以上の失態はないでしょうね」

 

そう言って笑いながら凛は話していた。凛の言葉に達也達は『うわぁ、これは酷い』と心をそろえて思っていた。そう思っていると凛は最後の薬指を上げた

 

「最後の三つ目。これが本当の目的」

 

そう言って凛は水波がここにいないかどうかを確認すると達也達に言った

 

「実は私が水波ちゃんにかけた『有機調整』がどうも調整体には効果が薄いみたいなの」

 

「え!?」

 

「それは・・・」

 

凛から発せられた衝撃の言葉に深雪は驚愕し、達也も思わず目を細めてしまった。しかし、凛に真剣な表情からそれが嘘ではないことは明白だった

 

「ええ、これは本当の話。しかも原因はまだ分からない。だから私としては1秒でも時間が欲しい状態なのよ」

 

そう言うと達也はどうして凛がこんな事件を引き起こしたのかが分かった。凛の今言った三つの条件をクリアするには『自分が犠牲になる事』、『自分を襲わせるのは人間主義者である事』、『時間を作る為にずっと何処かに自分の偽物を置けるようにする事』。この三つがうまく噛み合わなければなし得ない事だった。達也はそこまで考えていた凛に一種の恐怖を覚えた

 

「まあ、私が無事であることも。さっきの水波ちゃんの一件も内緒にしてもらえる?なるべく混乱は避けたいから」

 

「ああ、分かった」

 

「それと、達也達は水波ちゃんが無理をしないように見張っていてもらえるかしら?」

 

「分かったわ」

 

「ここ数週間は弘樹も私の研究に借りるから達也の援護は難しいかもしれないわ」

 

「了解した。弘樹、頼むぞ」

 

「ああ、達也もな」

 

そう言って達也と弘樹はお互いに視線を合わせた。そして達也達は病室を後にして行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、凛にはもう一つの理由があった。それは九校戦が中止になった事で達也に向けられていた不満を払拭する意味合いもあった。同じ魔法科高校の生徒が反魔法主義者に襲われたとなれば自分の身の安全を守る為にそちらに意識を向けなければならなくなる。そうすれば多少なりとも達也に対する不満は消えるだろうと考えていた

 

「しかし、姉さんも恐ろしいこと考えますね。たった一個の事件で国を動かすんですから」

 

「ここまで大きくなったのは正直予想外よ・・・でも、これで私はしばらく研究に没頭できるわ」

 

そう言って病室の中で腕を伸ばしている凛は自分の目の前に広がっている紙を見ながらそう呟いた

 

「さ、頑張りましょうかね。水波ちゃん達を救う為にも」

 

「ええ、お手伝いします」

 

そう言って二人は病室の中で研究に没頭していた。病院の外では襲われた少女の情報を得ようとマスコミがわんさかやって来ていた



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校長室では

凛が襲われたことで混乱しているはずの一高の校長室では百山校長、八百坂教頭と、三年E組の指導教諭、ジェニファー・スミスが達也を待っていた。重厚なデスクの奥に百山が座り、そのデスクの横に八百坂、八百坂の斜め後ろにジェニファーが立つという布陣で、達也がデスクの前に立つと、百山は前置きを省いて問いかけた。

 

「早速だが確認したい事がある。司波達也君、君がトーラス・シルバーなのか?」

 

「何故そのようなことを?」

 

達也は百山の質問に答えず、質問で返した。生徒と校長という関係を考えれば失礼な行為だが、百山は特に気分を害した様子を見せなかった。達也が答えないと予測していたような態度だ。

 

「アメリカ大使館を通じて、USNA国家科学局、USNAから書状を受け取った。昨日、わざわざ私の自宅に大使館員が持参したのだ。これがその書状だ」

 

百山がデスクの引き出しから白い封筒を取り出してデスクの上に置く。達也はその封筒に視線を向け、すぐに興味なさげに百山に視線を戻した。

 

「ここには『トーラス・シルバーこと、ミスター達也・司波がディオーネー計画に参加出来るように取り計らってほしい』という趣旨の依頼が書かれている。UNSAは君がトーラス・シルバーであると断定し、プロジェクトへの参加を求めてきた」

 

「校長先生。例え自分がトーラス・シルバーだろうと、学業を中途で放り出すつもりはありません。もっとも、自分はトーラス・シルバーではありませんが」

 

達也は「トーラス・シルバーか?」という質問に否定の答えを返す。彼はあくまで「トーラス・シルバーのシルバー」であるので、嘘は吐いていない。

 

「我が校の生徒が国際的な魔法プロジェクトに招かれる。これは名誉な事だと私は考えている。もちろん、私だけではない。魔法大学の学長も同じ意見だ。君がUSNAのプロジェクトに参加するなら、当校の卒業資格と魔法大学への入学資格を与える。プロジェクト参加により魔法大学の授業が履修出来ない場合は、プロジェクト参加期間に応じて自動的に単位を与え、期間が四年に達した時点で魔法大学卒業資格を授与する」

 

百山の言葉に、達也は苦笑いを禁じ得なかった。どうやら百山や魔法大学の学長は、名誉に目がくらんでディオーネ計画の裏の目的には気づいていない様子だった。

 

「そのような空手形を信用しろと?」

 

「私の地位と名に懸けて保証しよう。スミス教諭。司波君は既に、本校卒業に相当する知識と技術を習得しているのではないか」

 

百山は達也の皮肉にも気づかず、ジェニファーへ顔を向けた。ジェニファーは気が進まないが仕方なく、という口調で百山の問いかけに応える。

 

「仰る通りです。去年の恒星炉実験一つを取ってみても、司波君は既に魔法大学卒業生レベルに達していると私は評価します」

 

「そうか」

 

百山はジェニファーに向かって頷き、達也へ視線を戻した。ジェニファーが込めた皮肉には気づかずに。

 

「司波君。君も自分よりレベルが下の授業で時間を無駄にするのは本意ではあるまい?」

 

「自分は当校の授業を無駄だだとは考えておりませんが。それに、無駄かどうかを判断するのは校長ではなく自分です」

 

「謙遜はしなくても良い」

 

百山は達也の発言を心にも無いものとして取り合わなかった。達也も本心からの言葉では無かったが、別に方便のつもりもなかった。

 

「とはいえ君も、すぐには結論は出せないだろう。幸い、USNAは回答期間を定めていない。今日を以て司波君の授業出席を免除するから、よく考えてみなさい」

 

「必要ありません。参加するつもりなど毛頭ありませんので」

 

達也はあえて挑発的な口調で百山に答える。百山の本音は、能動空中機雷の件で面倒な事になっているのと、USNAから達也への説得を押し付けられるのを避けたいという気持ちが色濃く出ているのを達也は感じ取っており、また自分が校長を務めている学校から国際プロジェクト参加者が出る優越感に浸りたいのかもしれないという邪推もしているので、最初から取り合うつもりなのなかったのだ。

 

「そう考えを急ぐ必要は無いだろ。今まで通り施設を使ってもらっても構わないし、授業に参加するのも自由だ。だが授業に出なくても履修したものとして取り扱うし、定期試験も受ける必要は無い。すべてをA評価として処理する。だからもう少しゆっくり考えると良い」

 

達也の態度に苛立ちを募らせた百山に代わり、横から八百坂が口を挿んだ。八百坂の立場からすれば、百山の援護射撃をするのは当然なのだが、彼は人一人の人生を勝手に決めつけて良いものかという考えも持ち合わせているので、百山のように強制的な雰囲気ではなく、あくまで考える時間を与えるという雰囲気で提案した。

 

「分かりました。教頭先生の申し出の通り、少しお時間を頂戴します」

 

達也は百山から向けられる憤怒の視線には取り合わず、あくまで八百坂の提案を受け入れるという体で今回の件を保留とする態度を見せた



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凛の見舞い客

午前最後の授業は実習だったが、ジェニファーが訝し気な目を向けてくるのに構わず、達也はやはり何食わぬ顔で参加したのだった。

 

放課後の生徒会活動の前に深雪たちに話題を切り出した。

 

「少し話しておきたい事がある」

 

「はい、ここで構わないでしょうか?」

 

「ああ、みんなにも聞いてもらいたい事だ」

 

場所を移さなくて良いのかと尋ねる深雪に、達也はこのままで構わないと答えた。何を話すかは何となく察しがついているが、彼の意図が分からずに困惑気味だったが、ひとまずは達也の言う通りにしたのだ。

生徒会長のデスクから、会議用のテーブルに移動する。達也は深雪の正面に座り、ほのかと泉美と詩奈は自分の席からテーブルに身体を向け、水波は深雪の斜め後ろに立った。ピクシーは部屋の隅に置いてある椅子から立ち上がり、二人分のお茶を淹れて持ってくる。達也の席からは、水波が表情を変えずにムッとしたのが良く見えた。

 

「それでお兄様、お話しとは?」

 

ピクシーがテーブルから離れるのを待って、深雪が問い掛ける。全員が達也の回答を聞き逃すまいと耳をそばだてた。

 

「今朝、校長室に呼ばれて授業への出席を免除すると申し渡された」

 

「何故ですっ!?」

 

深雪がたちまち血相を変えて立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。深雪だけではなく、ほのかも椅子から立ち上がり、達也の背後に詰め寄った。

 

「理由は後で詳しく説明する。停学や謹慎ではないと言われたが、本音はしばらく俺に登校して欲しくないのだろう」

 

「・・・外聞を憚る理由なのですね?」

 

深雪が椅子に戻った。懸命に落ち着こうとしながら、自分に言い聞かせるように尋ねる。

 

「そうだ」 

 

「・・・もしかして、九校戦が中止になった事に関係があるのですか?」

 

深雪が席に座ったのを見て、泉美が横から質問を挿んだ。

 

「直接の理由ではないが、それもあるかもしれない」

 

「じゃあ、直接の理由ってまさか・・・」

 

今度は立ったままのほのかが、質問とも独り言ともつかぬセリフを漏らした。ほのかは「達也さんがトーラス・シルバーだとバレて、プロジェクトに参加するように言われたでは?」と言いかけて、何とか口を噤んだのだ。ほのかは昨日の凛のニュースが無ければ雫に確認をしようと思っていた一つの懸念だった。それは完全に正解だったが、達也が続きを促すように視線を向けると、ほのかは「何でもありません」と首を横に振って、質問を呑み込んで席に腰を下ろした。

 

「この件に関し、家の方からも何か言ってくるかもしれない」

 

彼が言及した「家」が四葉家であることは、ここにいる全員が理解した。

 

「暫く学校に来られなくなる可能性は否定出来ない。だから、生徒会役員を辞めさせてほしい」

 

生徒会室を沈黙のヴェールが覆った。深雪は口を開かず、達也は彼女の回答を待っている。泉美は深雪を、ほのかは達也を無言で見つめている。詩奈は深雪と達也の間でオロオロと視線を往復させ、水波は目を伏せたままじっと立っている。

冷めてしまったお茶を取り換えようと、ピクシーが湯呑を下げると、すかさず水波が新しいお茶を達也と深雪に出し、ピクシーに向けて笑みを浮かべ、深雪の背後に戻る。

それから暫くして、深雪が漸く、沈黙を破り苦し気な声で、答えを絞り出した。

 

「・・・分かりました。しかし生徒会役員を外れてしまうと、校内でCADを携行出来なくなってしまいます。名目上だけでも、生徒会役員に留まっていただく方がよろしいかと存じますが」

 

「しかしそれでは、けじめがつかない」

 

「誰にも、文句は言わせません」

 

深雪が公私混同の暴言を口にし、達也は当然それを窘めようとしたが、今にも泣き出しそうな深雪の悲壮な眼差しに、達也は叱責を引っ込めた。それに深雪だけではなく、ほのかや水波も深雪の意見に賛同するような視線を達也に向けているのに気が付き、達也はため息交じりに答えた。

 

「・・・分かった。お前の言う通りにしよう」

 

達也の返事に満足げに頷いた深雪たちとは別に、達也はもう一度ため息を吐いた。高校内部の秩序など、達也にとっては実の所どうでも良い事だし、自分の事を厄介者扱いしている校長相手に、名目など気にするつもりもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が学校から帰る時、校門でほのかと雫が達也に聞いていた

 

「達也さん」

 

「どうしたんだ、ほのか」

 

婚約者であるほのかの問いかけに達也は返事をするとほのかは凛の場所について聞いてきた

 

「あの・・・凛の入院してる場所ってどこか知っているんですか?」

 

「・・・ああ、彼女がいるのは四ツ谷総合病院だ」

 

「あ、有難うございます。雫、行こう」

 

「うん、それじゃあ達也さん。またね」

 

「ああ」

 

そう言って達也は雫達が見えなくなるまで見送ると凛に電話をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽が落ちかける頃、四ツ谷総合病院の病室に複数の男女がやってきた

 

「弘樹・・・」

 

「エリカか、その様子だとお見舞いに来てくれたのかな?」

 

そう言って部屋にはエリカ、レオ、幹比古、美月、ほのか、雫の六人が入ってきた

 

「ええ、会頭が重症なのに見舞いにすら行かない役員がいると思う?」

 

「それもそうか」

 

そう言ってエリカが持ってきた花を置くと幹比古が現状を聞いた

 

「それで、どうなの?凛さんの現状は」

 

「一応、応急処置は終わって安静にすれば良い。けどいつ目を覚ますかは分からない。もしかするとこのままの可能性もあるって・・・医師が言ってた」

 

「「・・・」」

 

弘樹の言葉に部屋にいた全員が凛の方を向いていたすると弘樹は更に話を続けた

 

「襲われた時に後頭部を強く殴られたんだって。それに身体中を殴られたりして、その影響で魔法力も失う可能性があったって」

 

「それは・・・」

 

弘樹の説明に幹比古がかろうじて言葉を発した。弘樹は隣で凛を見ているとエリカ達は見舞いを終えて部屋を後にした



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真夜の指示

生徒会のけじめはどうでも良い事と片づけられたが、そう簡単に片づけられない問題が達也にはあった。NSAが百山に送り付けた書状について、真夜に黙っているわけにはいかない。達也は他の婚約者たちに説明する前に、時間を見計らって本家に電話を掛けた。

 

「母上、夜分に失礼します」

 

『まだそれほど遅い時間ではありませんし、構いませんよ。大事なご用件なのでしょう?』

 

画面に登場した真夜の表情を見て、達也は軽い違和感を覚えた。達也が何の用事で電話を掛けたのか、真夜は演技ではなく本当に分かっていない。そのように見えたからだ。心の中が表情に映し出されないよう、達也はいつも以上に気を遣って真夜の問いかけに答えた。

 

「はい。重大な事態だと考えます」

 

こう前置きをして、達也は真夜が口を挿む前に本題に入る。

 

「第一高校の百山校長、八百坂教頭、及びジェニファー・スミス教諭にトーラス・シルバーの正体を知られてしまいました。USNA国家科学局からアメリカ大使館を通じて百山校長に届けられた書面に書かれていたようです」

 

『・・・それは、例の計画に関して?』

 

真夜の反応に、わずかなタイムラグ。それは彼女にとってもこの情報が意外な物であるという証拠だった。

 

「そうです」

 

『達也さんはそれを認めた・・・はずはないわね』

 

「はい。しかし、意味はないでしょう」

 

達也が否定しても、百山も八百坂もNSAの方を信じるだろう。百山達だけではなく、達也を知る多くの者が「トーラス・シルバーの正体は司波達也である」という主張に納得し、それを真実として受け入れるはずだ。NSAがアメリカの政府機関だからではなく、達也はそれだけの能力を、今までに見せすぎてきたからだ。

 

『そうでしょうね・・・予定より随分早いけど、トーラス・シルバーの件は諦めなければならないでしょうね。それで、百山先生は他にどんな話をされたの?』

 

真夜に問われ、達也は百山から提示された条件について漏れなく説明した。

 

『百山先生は、達也さんの去就を巡って政治家やマスコミが学校運営に口出しするのを、避けようとなさっているのね』

 

「自分もそう思います」

 

百山の動機に関する真夜の推測は、達也のものと一致していた。

 

『そうね・・・達也さんは暫く、一高に通わない方が良いかも』

 

「本家で謹慎せよ、ということでしょうか」

 

『私に対する謹慎ではありませんよ。明日からますます、周囲の雑音が激しくなるものではなくて?そんな事で貴方が判断を狂わせるとは思わないけど、煩わしいものは煩わしいでしょう?だから学校に対して謹慎するふりをして、ほとぼりを冷ましてはどうかと思うの』

 

「自分もその方が良いとは感じ、既に水波に深雪の事は任せると伝えました」

 

『そうね、それで良いでしょう。登下校はこちらから人を用意します・・・ただ、問題は寝込みを襲われる事ね。深雪さん』

 

「はい」

 

『面倒かもしれないけど貴方には調布に引っ越して貰います』

 

「調布と言いますとあのビルですか?」

 

『そうです。あのビルは四葉家の首都圏本部として建てたものです。少し予定を繰り上げますが良い機会です。次の日曜日に引っ越しなさい。必要な手続きはこちらで済ませるわ』

 

「承知いたしました」

 

そう言うと真夜は今度は達也の方を向くと次の指示を出した

 

『達也さん貴方は伊豆の別荘に行ってもらいます』

 

「伊豆と言いますと。あの別荘ですか?」

 

達也の問いに真夜は頷いた

 

『ええ、姉さん・・・深雪さんのお母様が住んでいらっしゃる別荘ですよ』

 

そう言って真夜は話していた。伊豆には現在、深夜と穂波の住んでいる別荘があり、達也はそこに移動する事となった

 

『次の日曜までには必要な物を運び込んでおきます。研究用の機械も設置しておきますから、手ぶらで移動出来ますよ』

 

正味一週間でワークステーションや調整装置をゼロから設置出来るというのは、いくら何でも手回しが良すぎる。その別荘というのは、本当は研究用の外部拠点ではないのか、達也はそう思ったがその疑惑は口にしなかった。

 

「仰せの通りに致します」

 

『深雪さんたちには、調布のマンションに一時避難してもらいますから、そちらも心配いりませんよ』

 

「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 

『気にしないで良いですよ。貴方は私の息子。息子の為に手を焼くのは、親として当然ですから』

 

ディスプレイに映る真夜の笑みに対して、達也は真夜にもう一つ質問をした

 

「母上、もう一つ質問をよろしいでしょうか?」

 

『何でしょう?』

 

「昨日起こった凛の襲撃事件ですが。母上は何処までご存じですか?」

 

達也の問いに真夜は少し間を置くと返事をした。達也が何処までと言うのは真相を何処まで知っていたのか。と言うものだった。そのことを理解した真夜は少し間を置いたのだった

 

『・・・ええ、この事は私は二月の時点で知っていました。もちろん、その目的も・・・』

 

「そうですか・・・」

 

真夜の言い方に達也は納得すると真夜は更に話を続けた

 

『この事は閣下から知らされており、負担を減らす為にも姉さんには伝えていません。伊豆に行ってもそこは注意して下さい』

 

「分かりました」

 

そう言って達也は従順な態度で一礼して通信が切れるのを待った。通信が切れたのを確認してから、達也は下げていた頭を上げてため息を吐いた。

 

「母上は既に情報を掴んでいると思っていたのだが、成程、この一件で忙しかったのか・・・」

 

そう言って達也は納得していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也との通話を終えた真夜は、笑顔を消し不快感を露わにした顔でティーカップの中身を飲み干した。カップをデスクに戻すが、ソーサーにカップの脚が触れる直前、真夜はカップを宙に放り投げた。

その直後、室内を「夜」が満たす。闇ではない。星が煌めく夜空だ。星が流れる。流星が四方八方からティーカップに殺到する。夜が去り、人工の明かりに照らされた床にカップの欠片が落ちた。

 

「誰か、掃除を」

 

真夜の背後から、一片の動揺もない声が上がる。葉山の命令に「はい、ただいま」と応えて、お仕着せに身を包んだ女中が箒と塵取りを持ってきた。

わざわざ手で床を掃いてカップの残骸を片付けた女中が室外に下がる。彼女の姿が見えなくなってから、葉山が真夜の視界の中に移動した。

 

「奥様、新しいお茶をお持ちしましょうか?」

 

「いえ、結構よ」

 

真夜の声には、わざわざ『流星群』まで使った癇癪の余韻も残っていない。

 

「今回はUSNAに出し抜かれてしまいましたな」

 

「・・・認めるわ」

 

真夜は不承不承という声で、葉山の声に応える。

 

「葉山さんが言っていた通り、私はフリズスキャルヴに頼り過ぎていたようね。システムが停止した途端、このざま」

 

真夜が自嘲気味に唇を歪めたのを見て、葉山が慰めの言葉をかける。

 

「いえ、奥様。今回の件は、事前にそのような兆候があったにも拘わらず出し抜かれたのですから、向こうが何をしでかすか分かっていても防ぎようが無かったと存じます。我々の手も、USNAの国家機関には届きませんので。

 

「・・・エドワード・クラークを暗殺するくらいの事は出来たのではなくて?」

 

「その仮定は無意味かと」

 

「・・・そうね。心にも無い事を言って強がるのは止めましょうか」

 

仮に可能であっても、暗殺指令など出さなかった。葉山はそう指摘し、真夜はそれを認めた。

 

「奥様。私めは、このタイミングでフリズスキャルヴが停止したことをこそ重視すべきと愚考致します」

 

「エドワード・クラークとフリズスキャルヴの間に、関係があると?」

 

葉山の指摘に、真夜が軽く目を見張り尋ねる。

 

「フリズスキャルヴは全地球通信傍受システム・エシュロンⅢのハッキングシステムでございます。NSAの職員が関わっている可能性は、十分に考えられるかと」

 

「・・・そうね。今の状況を直接左右するファクターにはならないと思うけど、心に留めておきましょうか」

 

真夜の呟きに、葉山は恭しく一礼した。そして真夜は葉山ある事を聞いていた

 

「そう言えば。弘樹さんの引越しはどうなっているのかしら?」

 

「はい、現在弘樹様は調布のマンションに引っ越しを終え、既に滞在されております」

 

「そう・・・深雪さんの驚く顔が思い浮かぶわ」

 

そう言って面白そうにしている真夜に葉山は眉一つ変えず隣で立っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつも以上に白熱した組手の後、達也は暫く修行を休ませてほしいと八雲に告げた。

 

「別に構わないよ。君は僕の弟子という訳じゃないから、堅苦しく考える必要は無いよ。何時辞めても良いし、手が空いたら何時でも相手するよ」

 

「ありがとうございます、師匠」

 

「ただ、事情は聞いておきたいかな。やっぱり、アメリカの宇宙開発計画が原因かい?」

 

八雲の顔は、好奇心で満たされていた。これには達也の方が苦笑いをしそうになったが、その軽い衝動は、唇を歪める前に消滅した。

 

「直接の原因はそれです。暫く、伊豆の別荘で謹慎する事になりました。それと併せて、深雪の方も調布に引っ越す事になりました」

 

「そうか。遠くなるね」

 

「通えない距離ではありません。差し支えなければ、謹慎が明けてからまた稽古をつけていただきたいのですが」

 

「もちろん、構わないよ。それより達也くん、深雪くんの事が心配だろう? 伊豆と調布、君ならひとっ飛びの距離とはいえ、一瞬で移動出来るわけじゃないからね」

 

「心配でないと言えば嘘になりますが、深雪まで学校を休ませられません」

 

「四葉家から追加で護衛が手配されるんだろうけど、君以上の手練れなんてそうそういるものじゃないからね。解決には時間が掛かりそうだし・・・僕も目を配っておくことにしよう」

 

「そうしていただけると心強いですが・・・何故そこまでしてくださるのですか?」

 

達也は何か裏があるのではないかと考え尋ねたのだが、すぐに「聞かなければよかった」と後悔した。達也に問われて、八雲は「待っていました」と言わんばかりに唇の端を吊り上げた。

 

「僕もまだ死にたくないからね」

 

「・・・どういう意味でしょう」

 

「深雪くんに万が一の事があったら、君は世界を滅ぼしてしまうだろう? 幾ら僕でも、核を超える炎の中で生き延びる自信は無いよ」

 

達也は、何も言い返せなかった。ただ苦虫を噛み潰した表情で口を噤むだけだ。もしまた、深雪に万が一の事があったら。自分から深雪を奪った世界に対して、達也は何もしないでいる自信は無かった。



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達也の周囲

その日、達也は教室に姿を見せなかった。学校には登校しているが、朝から図書館に篭ったまま、昼食も摂らなかった。下校時、深雪たち合流するために、漸く図書館から出てきた。彼の友人も遠慮して達也に近づかなかった。婚約者であるエリカやほのかたちでさえも、駅までの道のりで達也と深雪の間に割り込むような事はしなかった。二人の近くには、背後に付き従う水波しかいなかった。次の日も、状況は変わらなかった。その、次の日も。

木曜日の放課後、閉門時間三十分前のカフェテラス。その一角に陣取るグループの中で、こんな声が上がっていた。

 

「そろそろヤバいんじゃない?」

 

「ヤバいって・・・達也の事?」

 

「決まってるじゃない」

 

エリカが零した言葉に反応した幹比古に、エリカは鋭い視線を向けた。

 

「出席日数は大丈夫なんだろ?」

 

「ええ・・・校長先生直々に、出席を免除すると言われたらしくて」

 

「確かにヤバい」

 

「えっ、雫さん、どうしてですか?」

 

一見会話の流れを無視したような雫の発言に、美月が首を傾げる。

 

「達也さんは学校に来る必要が無くなった」

 

「北山先輩、達也先輩がこのまま学校に出てこなくなるという事ですか?」

 

この席にいるのは三年生だけではない。泉美に付き合いを強要されて居心地が悪そうにしていた香澄が、誰も口にしようとしないことをあえて言葉にした。

 

「状況が落ち着いたら戻ってくると思うけど」

 

「そ、そうよね」

 

ほのかが声をあげて雫に答えた。自分の婚約者が追い詰められているこの状況に何も出来ないのが悔しかった

 

「でも、この状況どうにかなるの?」

 

エリカの発言にほのかは表情が凍ってしまった

 

「エリカ!そんなこと言わなくて良いだろう!」

 

エリカの発言に幹比古が反射的に怒鳴ってしまった

 

「幹比古、落ち着けよ」

 

幹比古の怒声にレオが言い返した

 

「エリカの言った事はっ間違っちゃいねえ。今の状況が一、二カ月で好転するとは思えない。たとえ達也が辞めてもダチなことに変わりはないさ」

 

「本当、あんたのそう言うところ敵わないと思うわ単純バカも偶には良いこと言うわね」

 

「おい・・・そりゃ褒めてんのか、貶してんのか?」

 

「あたしは事実を言っただけよ」

 

「このアマ!」 

 

「ストップ!レオも落ち着いて」

 

不穏な空気を漂わせ始めたレオを、今度は幹比古が制止する。

 

「西城先輩のご友情は真、尊敬に値すると思いますが、私はやはり、司波先輩には学校を辞めないで欲しいです」

 

「えっ?」

 

「司波先輩が学校を辞められたら、深雪先輩が悲しまれるに違いありませんので・・・」

 

「あぁ、そういうことね・・・」

 

泉美が達也に残ってほしいと言った時は驚いた表情を浮かべた香澄だったが、その理由を聞いて納得したような表情に変わった。

 

「そうか!だったら大丈夫」

 

「えっ、何が?」

 

泉美の言葉にポンと手を打ちそうな勢いでそう言った雫に、ほのかが詳細を尋ねる。

 

「達也さんが退学したら、深雪も学校に残っていない」

 

雫の予測に、泉美が蒼褪める。だが雫の予測はここで終わりではなかった。

 

「深雪が学校を辞めるなんて、達也さんも許容出来ないはず」

 

続きを聞いて、泉美の顔色はすぐに反転し、興奮して赤くなる。

 

「そうです!深雪先輩の為ならば」

 

「達也さんも学校を辞めたりしないよ」

 

泉美のセリフを、雫が完成させた。

 

「・・・でもそうすると、この状況ってやつを何とかしなきゃならないんじゃないんですか?」

 

めでたしめでたし、という空気の中、侍朗が遠慮がちに発言すると、たちまちテーブルのムードは再降下した。詩奈から「何言ってるの!?」という厳しい眼差しを向けられ、侍朗は肩をすぼめ縮こまる。意図せぬ無言の時が過ぎ、気まずい雰囲気が更に悪化する中、カフェのモニターがいきなりニュースに切り替わった。

 

「おいおい・・・マジかよ」

 

ニュースの途中でレオが呟く。カフェに残っていたのはレオたちのグループだけではなかったが、それを邪魔だと窘める声は無かった。恐らく、全員が同じ思いだったのだろう。ニュースはモスクワからの中継録画。画面に映っていたのは新ソ連アカデミーの幹部と、国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人である、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフその人だった。ニュースはベゾブラゾフに対するインタビュー画面に移っていた。

 

『ベゾブラゾフ博士、アメリカの「ディオーネー計画」に対する参加をご決断された動機をお聞かせください』

 

『先程長官からもお伝えしました通り、金星のテラフォーミングには国家間の対立を超えた意義があると信じたからです。私たち人類は一世紀以上前から、世界総人口の限界に怯えてきました。それは遠くない未来、人類同士の破壊的な対立、人類社会の活力の低下を招き寄せます。生存圏の拡大は、人類の未来に待ち受ける破局を回避する唯一の解決策でしょう』

 

『だから博士は、その為の計画に、積極的に関わっていこうと?』

 

『魔法という技術は、人類同士の闘争に用いられるより、人類の未来を切り拓く為に用いられるべきものですからね』

 

『計画が実際に進められる段階になれば、博士が我が国を離れアメリカに活動拠点を移さなければならない状況も考えられますが、それについて政府の了解は得られているのでしょうか。戦略級魔法師でもある博士が長期間、国を離れるという事になれば、国防上の懸念も予想されますが』

 

『平和を愛する私たちの政府は、国防力を低下させる事になっても金星開発計画には全面的に協力すると約束してくれました。ただ研究拠点を何処に置くかについてはデリケートな問題であり、現段階では未定だと理解しています』

 

『アメリカではなくこの新ソ連に研究拠点が設けられる可能性もあるということですか』

 

『もちろん、その可能性もあります。ただ個人的には中立国、あるいは如何なる政治的なコントロールも受けていない場所に新拠点が置かれる可能性が高いと考えます』

 

『計画拠点を何処に定めるだけでも、相当な対立が予想されますが』

 

『人類史上かつて無い壮大なプロジェクトです。本拠地の場所だけでなく、様々な問題が待ち受けているでしょう。しかし私たちは、理性の力でそれを解決できると信じています。既に計画参加を表明されているウィリアム・マクロード卿やミスターマクシミリアンだけでなく、ヘル・ローゼンをはじめとする他の方々、そしてトーラス・シルバーを名乗る日本の少年にも是非このプロジェクトに参加していただきたい。そして共に力を合わせ、人類の未来の為、あらゆる困難を克服していきたいと考えております』

 

『ベゾブラゾフ博士、ありがとうございました』

 

ニュースはここで、ディオーネー計画の概要に関するまとめに切り替わった。

 

「・・・な~にが『平和を愛する私たちの政府』よ。ふざけんなっての」

 

「新ソ連政府の過去の悪行は関係なく、ベゾブラゾフ博士の発言は一定の説得力を持っていると認めざるを得ないよ」

 

エリカの忌々し気なセリフに、幹比古は同意しながら今のインタビューが持つ効果を認めていた。そして今問題になっている事と、過去の事件とは切り離して考えなければならないという点について、エリカに注意を促した。

 

「戦略級魔法師が国を出て非軍事的活動に従事するなんて・・・随分思い切ったね」

 

「だからこそ、吉田先輩が仰るように説得力があるのですわ。新ソ連は、魔法の平和利用に本気だというポーズに」 

 

香澄の感想を受けて、泉美が軽い毒を吐く。そのセリフを受けてレオが苦笑いを浮かべたが、すぐに笑いを消して眉を顰めた。

 

「ポーズだとは思うけどよ、新ソ連のベゾブラゾフが、アメリカのプロジェクトに参加するのは事実だ。どこまで本気で参加するのかは分からねぇけど、アメリカにとって新ソ連は敵国だ。それが協力するって言ってるんだから、一応同盟国の日本としては断り辛くなっちまったんじゃねぇか?」

 

「・・・確かに」

 

「魔法協会としては『トーラス・シルバー』に参加を表明してもらいたいだろうね・・・自発的に」

 

雫が短く、幹比古の推測を交えてレオの指摘に頷く。

 

「達也さん、大丈夫かな・・・」

 

達也とトーラス・シルバーが頭の中で結びついていない詩奈と侍朗の一年生カップルは、ほのかの呟きの意味が分からずに頭上に疑問符を浮かべて顔を見合わせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カフェで話し合ったエリカ達は詩奈達を別れると普段なら絶対いるはずの姉弟がいない事に寂しさを覚えていた

 

「なんか・・・静かですね・・・」

 

「そう言えば、いつも凛がよく話していたわね」

 

「ああ、そう言えばそうだな」

 

「凛と話していると楽しかったですものね」

 

そう言ってエリカ達はここにいない凛の事を思い出していた

 

「今、達也の周りは大変だって言うのに凛は反魔法主義者に襲われて・・・何してんだか」

 

「弘樹さんも元気ないですしね」

 

「ああ、帰りに誘ったりしたんだが全部断られるしな」

 

「そりゃそうですよ。むしろ弘樹さんが学校に来ている時点で十分すごいと思いますよ」

 

そう言ってエリカ達は駅まで話しながら歩いていった。今頃、自宅で黙々と研究をしているとは思わずに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いち早く下校した達也は自動録画してあったニュースを見ていた

 

「これは本当にベゾブラゾフなのか?」

 

そう言って達也の隣には弘樹がいた。何故彼がここにいるのかと言うと日曜の引っ越しの準備の手伝いに来ていた。深雪は既に調子のマンションに住んでいると言う弘樹の言葉に驚くと共に早く日曜が来ないかと待ち遠しにしていた。達也は凛の手伝いをしなくて良いのかと心配をしていたが弘樹曰く

「自分には手の出しようがない領域だから。僕が手伝うのは完成した魔法の試験だけだよ」そう言って弘樹は荷物を箱に詰めていた。弘樹ですら干渉できない領域の研究となると、到底自分には理解し難い物なんだろうと思いながら達也は自分の荷物を片付けていた

 

「だが、重要なのはこいつがベゾブラゾフかどうかでは無い」

 

「そうだね、新ソ連がディオーネ計画に参加するとなると日本としては断りづらくなるな」

 

「ああ、恐らくディオーネ計画は俺を宇宙に追放して脅威を取り除こうと考えているんだろうな」

 

「全く、呆れた話だ。脅威と考えるなら自国に取り込もうとは考えなかったのかね」

 

「自国に取り込むには目先の脅威が大きすぎたんだろう」

 

「それもそう・・・か。はぁ、強すぎる力は敵同士でも手を組んでしまう。そう言うことかなぁ。まぁ、今の日本の経済規模じゃああの大国相手に打ち勝つ事は難しいか・・・」

 

そう呟きながら弘樹は片付けを手伝っていると上から深雪に呼ばれてそっちの方の手伝いへと回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングに残った達也は自分の思考に沈み込んでいく。弘樹との会話で、彼は自分のプランの欠点を自覚した。今まで意識していなかった問題だ。

魔法師を人間兵器の宿命から解放する。その基本コンセプトに間違いはない。魔法師が兵器として使い潰される現実が、肯定されて良いはずがない。だが魔法の経済的利用を推し進めていくことで、軍事の現場レベルに高レベルな魔法師が足りなくなってしまったら。魔法という廉価で高威力な武器が消えてしまったら。小国は最早、大国に対抗出来なくなってしまうのではないだろうか。大国が小国を呑み込み、世界が少数の大国に分割支配された時、世界中で再び泥沼の地域紛争が繰り広げられる未来しか、達也は想像出来なかった。

 

『やはり、抑止力は必要なのか・・・?』

 

自分の手の中にある、究極の大量破壊兵器。未来がどう動こうと、自分が悪名を背負う事は避けられないのではないか。そんな事を達也は思っていた




明日はお盆頑張ったのでお休みをさせていただきます。


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三国オンライン会議

大西洋を越えて、エシュロンⅢのサブシステムでガードされた極秘通信会談が持たれたのは、日本時間で深夜の事だった。

 

『マクロード卿、お久しぶりです。こうしてお話しするのは、五年ぶりくらいになるでしょうか』

 

ヴィジホンのモニターの中で、まずベゾブラゾフが会話の口火を切る。

 

『そうですね。お久しぶりです、ベゾブラゾフ博士。その節にも申し上げたと思いますが、私は「卿ロード」ではありませんよ。私はナイトの勲位を賜っているにすぎません』

 

ベゾブラゾフの挨拶に、真面目なのか頑固なのか出来の悪いジョークなのか、マクロードがどうでも良い事に拘って見せた。

 

『サー・ウィリアム。そのように堅い事を仰らずともよろしいのでは? 公式の会談ではないのですから、「マクロード卿」でよろしいではありませんか』

 

クラークはそれを笑えない冗談と受け取ったようである。彼はマクロードに対して、軽く窘めるように口を挿んだ。本気でマクロードを非難しているのではなく、ベゾブラゾフが気分を害してせっかくの会談が台無しにならないように気を遣ったのだ。

 

『お気遣いありがとうございます、クラーク博士。こうして言葉を交わすのは初めてでしたね?』

 

『そうですね。初めまして、ベゾブラゾフ博士。エドワード・クラークです』

 

三人の挨拶は、ここで終わった。

 

『早速ですがクラーク博士、あなた方が仰る「グレート・ボム」の戦略級魔法師がトーラス・シルバーであり、トーラス・シルバーの正体が日本の高校生であるというのは事実ですか?』

 

ベゾブラゾフが、やや性急な口調でエドワード・クラークに問いかける。

 

『事実です。「グレート・ボム」の日本側正式名称は「マテリアル・バースト」。質量をエネルギーに直接変換する魔法のようです』

 

『直接変換・・・?』

 

『実に興味深い。ですが、今ここでそのシステムを論じても意味はないでしょう』

 

『・・・そうですね。データがない所で幾ら仮説を論じ合っても意味はない』

 

強い好奇心を示したベゾブラゾフを、マクロードがやんわりと牽制する。ベゾブラゾフは、マクロードの制止を受け入れて割合あっさりと引き下がった。

 

『マテリアル・バーストは博士のトゥマーン・ボンバと同じく、偵察衛星のデータを元に地球上全域をターゲットに収めると考えられます』

 

『それは世界の軍事バランスを根こそぎ壊してしまう脅威ですな』

 

クラークの言葉に、マクロードが頷いてみせる。ベゾブラゾフは「トゥマーン・ボンバの仕組みも分かっている」というクラークのほのめかしを無視した。

 

『マテリアル・バーストが何処まで届くのか分かりませんが、さすがに木星軌道から地球には届かないでしょう』

 

『トーラス・シルバーを木星圏に追放するのがクラーク博士のプランなのですか?』

 

『ええ、その通りです』

 

ベゾブラゾフの質問に、クラークはもったいぶった態度で頷いた。

 

『ディオーネー計画のガニメデステージは、トーラス・シルバーの実績に合わせて立案されています。彼にはガニメデで、人類の未来に生涯を捧げてもらいましょう』

 

『クラーク博士。そろそろトーラス・シルバーの正体を明かしてもらえませんか?』

 

『それは直接お目に掛かった時にお話しします』

 

『・・・良いでしょう。楽しみにしています』

 

『何処で会談を行うのですか』

 

ここでマクロードがクラークにそう問いかけた。

 

『大西洋公海上を予定しております。その方がお互い、しがらみが無くていいと思いましたので』

 

『三国が船で合流するのですか?』

 

ベゾブラゾフがクラークに尋ねる。

 

『既に、予定海域にエンタープライズを派遣しております。お二方にも航空機で御出願うつもりだったのですが……』

 

『エンタープライズですか・・・』

 

ベゾブラゾフが興味深そうに呟いた。エンタープライズはUSNAの戦闘的艦名を受け継ぐ新空母だ。原子力機関を搭載していないにも拘わらず、これに匹敵する出力と航続時間を実現しているとされていて、そのシステムの謎は世界の注目を集めている。

 

『分かりました。空からお邪魔しましょう』

 

『私もそうさせていただきますかな』

 

ベゾブラゾフに続いて、マクロードが頷く。

 

『ありがとうございます。それでは二、三、もう少し細かい点について話しておきたいのですが・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして会議は続いていった。盗聴されているとも思わずに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、大西洋洋上

 

星の照りつける大海原の水上に一隻の超大型潜水艦が浮かんでいた。その潜水艦は艦橋部からアンテナを回転させ、情報を集めていた

 

「どうだね、状況は」

 

その一隻の潜水艦に白髪の男性が同じ潜水艦に乗っている士官に聞いていた。彼の名はニコラス・アンダーセン。この大型潜水空母の艦長を務め、12使徒の存在を知る数少ない部外者の一人である。

 

「はっ、現在傍受した情報ですとウィリアム・マクロード、イゴーリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフそれとエドワード・クラークの三人がエンタープライズにて会談を行うとの事です」

 

「三人のうち二人が戦略級魔法師か・・・分かった。その情報を直ちに基地に連絡。我々も帰投する」

 

「了解」

 

そう言うとアンテナが収容され、潜航した潜水艦はケープタウンに進路を向けた。この潜水艦は何処の国にも所属していない潜水艦で表向きは群発戦争後、米軍の解体請負と言う形でノース銀行傘下の解体業者が回収した数多の軍艦の一つ。今では12使徒が諜報や通信傍受のために使う艦艇と改造を受けていた。

 

 

 

 

 

 

潜航した潜水艦の中でアンダーセンは腕を組んで考え事をしていた

 

『・・・戦略級魔法師とNSAのシェンロンⅢの開発者が何を話すつもりだ?』

 

艦長室でアンダーセンはそんな事を考えているといつの間にか基地に到着していることを伝えられた。



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国内オンライン会議

四月にメキシコにおける叛乱以降、USNAでは小規模な暴動が幾つか発生しているが、鎮圧に軍が出動しなければならない事態には至っていない。日本に対する諜報工作は規模を縮小して続けられているが、それ以外は国外で実行中の作戦もなく、USNA軍統括参謀本部直属魔法師部隊スターズは訓練の日々を送っている。

この日も一日中訓練の予定だったがリーナは基地指令に呼ばれて司令官室まで連れて行かれた

 

「シリウス少佐、参りました」

 

「シリウス少佐、あなたに参謀本部からの指令を伝えます」

 

「ハッ!」

 

自分の監視役のウォーカー大佐にリーナは扮装のまま敬礼をすると指令を受けた

 

「ワシントンD.C.に飛び、エドワード・クラーク博士と合流。その後博士の護衛として大西洋上のエンタープライズまで同行せよ。エンタープライズでは、ディオーネー計画に関する重要な会談が予定されている。会談の相手はウィリアム・マクロードと『イグナイター』ベゾブラゾフだ。なお言うまでもないと思うが、この会談は終了まで秘密にしなければならない」

 

「了解であります。大佐殿」

 

そう言うとリーナは忘れていた相槌を慌てて返した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ、イギリス、新ソ連の動きとは別に、日本国内でも慌ただしい動きがあった。現在の魔法協会の会長は去年の七月に就任した十三束翡翠、第一高校三年の十三束鋼の実母が就いている。

十三束翡翠は去年の六月、「どうせ持ち回りみたいなものだから」という軽い気持ちで会長職を引き受けたのだが、今彼女は頭を抱えながら去年の自分を呪っていた。

日曜日にディオーネー計画が発表された時は、まだそれ程差し迫った感はなかった。幾らUSNAでも外国から魔法科学者を招くのは難しいと予想していたからだ。ましてや他国の「十三使徒」を借りるなど絶対に無理だと高を括っていた。それは十三塚翡翠ばかりではなく、魔法協会のスタッフ全員がそうだった。

ところが昨日、よりによってUSNAの最大のライバル、新ソ連の「十三使徒」ベゾブラゾフがプロジェクトへの参加を表明した。その所為で、猶予がゼロになってしまった。

元々魔法師を人類の未来を切り拓く為に平和利用するというコンセプトには、文句のつけようがない。反魔法主義者は、魔法が魔法師でない人々を殺傷する危険な武器だと訴える事で、人々の支持を得ている面がある。魔法の平和的利用、それも火事を消すとか洪水を防ぐとかいうちっぽけな貢献ではなく、人類の未来に繁栄をもたらす大事業。反魔法主義者に対する反撃には、この上なく効果的な大風呂敷だ。

プロジェクトが実現する必要も成功する必要もない。そういう事業が進んでいるという事実だけで、反魔法主義運動への反論になる。魔法師は今の苦境を脱する事が出来る。

そんなプロジェクトに、対立する二大国が手を結ぶ姿を前にして、仮にも同盟国である日本が参加を拒否する事などありえない。保留する事すら不可能だ。一刻も早くトーラス・シルバーを名乗る高校生の身柄を差し出さなければならない。

実を言えば、翡翠はトーラス・シルバーの正体を知っていた。USNAの大使館員が彼女の許へ手渡しで届けた、古風にも封蝋が施された書状に書かれていたのである。翡翠は両手で抱え込んでいた頭を上げた。嘆いているばかりでは何の解決にもならない。

彼女は前任者が使わなかった日本魔法協会会長の特殊な権限を使う事にした。

 

師族会議の招集

 

翡翠は専用回線を使い、十師族各家当主へオンライン会議開催を呼びかけたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

招集から一時間後、翡翠が見ているオンライン会議のモニターには一条、二木、三矢、四葉、五輪、六塚、七草、七宝、八代、十文字各家当主が顔を揃えていた。

 

『四葉殿、その節はお世話になりました』

 

『一条殿、お加減はよろしいのですか?』

 

『おかげさまで、すっかり回復しました』

 

『それはようございました。それで会長、私たちを集められたのは、いったいどのような問題に対処する為なのですか?』

 

いきなり翡翠を無視して話始めた一条剛毅と真夜に相槌を打ちつつ、二木舞衣が無視された格好の翡翠へみんなの注意を誘導する。舞衣のお陰で、出鼻を挫かれていた翡翠はなんとか態勢を立て直した。

 

「・・・皆様、お忙しい中、かくも速やかにお集まりいただきありがとうございます」

 

『緊急招集とのことでしたので。いったい、どのような「緊急事態」なのか、すぐにお聞かせ願えませんか』

 

七草弘一が皮肉な口調と冷たい声で先を促す。そのプレッシャーに、翡翠は泣きそうになった。彼女は決して心が弱い女性ではないが、白刃で斬り合うような修羅場には慣れていない。もっとじっくり下準備をしてから交渉事に臨むタイプだ。

 

「はい。皆さん、お察しになっているかもしれませんが、USNAの技術者が呼びかけた金星開発計画についてです」

 

翡翠は会長としての責任感で何とか踏みとどまって本題に入った。

 

「昨日、新ソ連がプロジェクトへの参加を表明したことにより、日本魔法協会としても早急な対応を余儀なくされてしまいました」

 

『何故協会が? エドワード・クラークは個人の参加を呼び掛けていたはずですが』

 

「表向きはそうですが、日本人が一人、指名されてしまいましたからねぇ」

 

「それはアメリカ人の勝手だ。我々が従わなければならない義務はない」

 

学者的な口調で七宝拓巳が指摘し、苦笑い気味に応じたのは八代雷蔵、気分を害した表情と声で六塚温子が吐き捨てた。

 

「ところが、そうもいかないんです」

 

翡翠が内心ビクビクしながら発言すると、案の定モニターには彼女を睨みつけている顔が映し出された。しかもそれは、温子一人分ではない。翡翠はさらに泣きそうな顔になりながらも、破れかぶれの心境で言葉を続けた。

 

「現在魔法師は、平和の敵と謂れのない非難を浴びています。反魔法主義者の幼稚なプロパガンダですが、立て続けに使用された戦略級魔法、戦術級魔法がそのプロパガンダに説得力を与えています」

 

卓上モニターの中で、当主たちの視線が動いた。画面サイズが小さいので少し分かりにくいが、視線を集めたのは真夜だった。『反魔法主義に説得力を与えている戦術級魔法』が達也の開発した能動空中機雷であることは、皆言われずとも理解していた。

 

「クラーク博士のディオーネー計画は、魔法が軍事面以外で人類に寄付する事を示す格好の材料になるのです。国際魔法協会本部は、ディオーネー計画に対する全面支援を表明する準備に入っています。アメリカ、イギリス、新ソ連の協会は独自にプレス発表を予定しているとも聞いています。ドイツはアメリカ政府に対して、ローゼン・マギクラフト一社に留まらない企業連合体での参加を打診しているようです。こうした動きに、日本が乗り遅れるわけにはいかないのです」

 

『焦る会長のお気持ちは分かりますが、具体的にどうするのです? トーラス・シルバーを探し出して、参加を強制するのですか?』

 

五輪勇海が咎めるような表情で問う。彼は一昨年、虚弱な娘を「戦略級魔法師である」という理由だけで戦場に送り出さなければならなかった。それ以来、個人に全ての負担を押し付けて体裁を取り繕うようなやり方に嫌悪感を覚えている。

 

「・・・実は、探し出す必要は無いのです」

 

翡翠も、単なる言い訳の為に人身御供を差し出すようなやり方は心情的に良しとしていない。その感情が逆に、「自分が泥をかぶらなければ」という変な力みに繋がっていた。

 

「トーラス・シルバーは・・・四葉様。貴女のご子息ですよね?」

 

真夜が「何故そう思うのですか?」とカメラの向こうから翡翠に目で問いかける。その視線に臆しながらも、翡翠はその根拠を口にする。

 

「アメリカ大使館から書状を受け取りました。本人が未成年であることを鑑み、今のところ指名の公表は控えるから、その代わりトーラス・シルバーこと、司波達也氏の説得に力を貸してほしいと」

 

『体の良い脅迫だな』

 

苦々しい声で剛毅が呟く。反感を露わにしているのは、彼だけではなかった。だが最も当事者に近い真夜が、誰よりも平然としていた。

 

『実を申しますと、この件については一高の百山先生からもお話がありましたが、私は達也本人の決断に任せております』

 

モニターの中から真夜が笑い掛ける。翡翠は真夜と同年代だが、声の震えを抑えるために数秒の時間を必要とした

 

「・・・四葉様から説得してくださるおつもりは無いと?」

 

『我が家の次期当主をあの様な計画に差し出すつもりはありません。お話がそれだけなら、私はこれで失礼させていただきたいのですけど?』

 

取り付く島もない答えを返し、これ以上の問答を拒絶する姿勢を示す真夜に、翡翠は引き止める事は出来ないと諦めた。

 

「・・・お忙しい所、ありがとうございました」

 

『それではこれで』

 

『私も失礼させていただきます』

 

『では私も』

 

真夜の顔が、モニターから消え、それに便乗するように、六塚温子、八代雷蔵がオンライン会議から退席した

 

 

 

 

 

三人がオンライン会議から退席したが、逆に言えば十人の当主の内、七人は会議に残ったのだ。

 

『確かに一生の問題かもしれませんが、日本魔法師界に対する責任も考慮してほしい所ですね』

 

七草弘一が、「やれやれ」と言いたげな口調で独り言とも口ともつかないセリフを零した。

 

『本人の意思を問うている場合ではないと仰る?』

 

弘一の台詞に、七宝拓巳が弘一に問い返した。

 

『十師族の魔法師である以上、ある程度の滅私奉公は仕方がないでしょう。五輪殿のご息女も肉体的なハンディを抱えながら、一昨年の秋には国防軍の要請に従って出撃されています。五輪殿、あの時もご息女は自ら進んで出征されたわけではないのでしょう?』

 

『それは、そうですが・・・』

 

このような質問のされ方をすれば、否定的な答えを返すのは難しい。五輪勇海も言葉を濁す事しか出来なかった。

 

『しかし、四葉家のご子息を外国主導の惑星開発計画などに取られては、国防上大きな損失にならないだろうか』

 

「司波達也さんがどの程度の魔法を使われるのかは存じませんが、魔法師を軍事力と直結させる思考パターンこそが我々を苦境に追い込んでいるのだと思います。現在、日本魔法界のみならず世界中の魔法師を切迫している最大の脅威は人間主義をはじめとする反魔法主義運動ではないでしょうか。ならばこれに対処する事こそが、最優先だと考えます」

 

二木舞衣がため息と共に呟く。それに反対する声は、上がらなかった。

 

『しかし現実問題として、誰が司波達也殿を説得するのですか? あの感じでは、四葉殿に期待は出来ますまい』

 

その代わりに三矢元から提起された難問に、弘一すら重い沈黙を余儀なくされる。

 

「十文字様は・・・司波達也さんと個人的に親しくされているのですよね?」

 

翡翠の発言は苦し紛れのものだった。単に先輩後輩という関係だけで、意思を曲げさせられるような問題ではないのだ。それに個人的な知り合いというなら、翡翠の息子十三束鋼は同じ一高の同級生で、しかもクラスメイトである。去年の春卒業している克人より、ずっと身近な関係だ。

 

『・・・司波達也殿が私の言葉に耳を貸すかどうかは分かりませんが、話してみましょう』

 

だが克人はこの難題を引き受けた。

 

『・・・よろしいのですか?』

 

『とりあえず、話はしてみます。結果は保証できません』

 

克人がなぜ交渉を請け負ったのかは弘一にも分からなかった



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引越し

一般的な戸建て住宅の小さな門を出て、深雪は振り返りながら呟いた。

 

「やはり・・・少し、寂しいですね」

 

「家を売ってしまうわけじゃない。何時でも戻ってこられるさ」

 

達也の慰めに、深雪は「そうですね」と頷いた。

 

「達也様、深雪様、よろしければ出発したいと存じますが」

 

二人の背後から、控えめに声がかけられる。達也が振り返った視線の先には、黒いスーツに白手袋の花菱兵庫が立っていた。

 

「分かりました。深雪、水波、行くぞ」

 

達也は兵庫に頷いて、同行者に声をかける。二人は順番に「はい」「かしこまりました」と応えて、達也の後に続いた。

今日は深雪の引っ越しの日だ。名義上父親の持ち物になっている自宅から、調布の四葉家東京本部ビルへ。深雪のガードを強化する為である。家の前には大型のセダンが止められている。既に必要な荷物は運びだし済みだ。荷物と言っても家具は引っ越し先に備え付けられているので、衣服と小物、それに学業用の小型端末くらいだが。なお、地下の研究所のデータも丸ごと東京本部ビルの地下研究施設に移動が完了している。コピーではなく移動だ。この家のプライベート研究室は数日後に完全破棄される予定になっている。

全員の乗車を確認して、セダンは緩やかに発進した。府中から調布。この程度の距離ならば自家用車と個型電車で到着までの時間は殆ど変わらないが、駅から歩くのを考えれば、車の方が早いくらいだ。

兵庫の運転は巧みだった。車自体の性能もあるだろうが、揺れも加重も殆ど感じさせない。短く快適なドライブの間、達也も深雪も何も言わなかった。水波の口数が少ないのはいつも通り。兵庫も空気を読んで話しかけなかった。

車がビルの地下駐車場に駐まる。自動駐車用の誘導発信機が埋め込まれた白いラインで仕切られる、よくあるタイプの駐車場の奥に設けられた、自動点検装置付きのガレージだ。

 

「こちらでございます」

 

兵庫の案内でエレベーターに乗る。このエレベーターは今日から深雪が住む部屋の前に直通していて、達也と深雪以外は鍵が無ければ使えないとの事だ。

 

「いざという時の為に、他の階にも降りられるようになっておりますが」

 

兵庫が控えめな笑顔でそう付け加える。降りる事は出来るが、乗るのは一階と地下と屋上、そして部屋の前からだけ、という仕様らしい。

案内された部屋は、控えめに言って豪華だった。だからと言って、けばけばしくはなく、上品に洗練されている。深雪も一目で気に入っていた。

 

「達也様、本日はこちらに泊まられますか?」

 

「いえ、準備が出来次第、別荘に向かいます」

 

深雪は今日からここに住む。水波も深雪付きのメイド兼ガーディアンとして同居するが、達也は真夜の言い付けに従い、伊豆の別荘に移ることになっている。

 

「承知つかまつりました。それでは、二時間程お寛ぎください」

 

兵庫が恭しく一礼して部屋を出ていく。達也は深雪を促して、リビングのソファに腰を下ろした。本当は既に、伊豆へ移動する準備は完了しているのだが、兵庫が気を利かせたのだ。その事に気づいていた達也と深雪は兵庫に感謝をしつつ二人で話していた

 

「深雪、下の階には弘樹が住んでいる。表向きは婚約者の保護としているが、いざとなったら弘樹の部屋に住まわせてもらってくれ」

 

凛と真夜の二人は、本当は弘樹と深雪は同じ部屋にしたかったらしいが二人がそれを聞いて顔を真っ赤にしてしまった為に妥協して上下の回に別れる事となっていた。もともと弘樹の住んでいたマンションはまた戻ると言う事でそのままにしていた

 

「はい。分かっております。お兄様、心配しすぎです。もう私の体は怪我をしないのですから」

 

そう言って深雪は達也の肩を撫でながらそう言った。人としての生を捨てた深雪の体はたとえ切り付けられても傷がつかない、死なない体となっていた。だが、達也はそれでも心配に思っており、常に深雪の事を視続けていた。そんなふうに話しているとエレベーターから見知った住居人が降りてきた

 

「よ、達也。お邪魔だったかな?」

 

「いや、そんなことは無い」

 

「弘樹さん!」

 

そう言ってやって来た弘樹に深雪は嬉しそうにし、達也は深雪を頼むと言った視線を向けていた。挨拶に来た弘樹は深雪の隣に座ると頭を撫でていた頭を撫でられた深雪は嬉しそうにするとそこに兵庫がやって来てVTOL機の準備が出来たと伝えにきた

 

「じゃあ、弘樹、深雪を頼んだぞ」

 

「ああ、指一本触れさせないさ」

 

そう言って弘樹は達也を見ると安心しは表情でマンションを後にした。深雪は達也の無事を祈りながら見送っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊豆への移動は、例の小型VTOLが用意されていた。飛行時間は、約三十分、随分ゆっくり飛んだのは、空が混んでいたという理由だ。

別荘は予想通り山奥にあった。伊豆には戦前のゴルフ場を改造した元防空陣地があるのだが、そこからも離れている。誰にも煩わされない「静かな」環境という条件にピッタリだ。

 

「義母はこんな不便な所で療養していたんですか?」

 

心に浮かんだ疑問を、達也は思わず兵庫にぶつけていた。深夜の事を「義母」と呼んだことは無かったが、つかえる事は無くスムーズに達也の口からその言葉が出たのだった。

 

「深夜様には、静かな環境が何より必要だったと伺っております」

 

兵庫の抽象的な答えの意味を、達也は正確に理解した。人混みが発する雑多な想子のノイズが負担になっていたという意味だ。達也は深夜が自分たちの為に随分無理をしていたと改めて知った。

そして別荘に入ろうとした時、別荘の入り口で待っている人物がいた。その人物は達也のよく知る人物だった

 

「お久しぶりです。穂波さん」

 

「久しぶり、何年振りでしょうね。達也くん」

 

「中学校卒業の時ですから。3年振りくらいでしょうか」

 

そう言って達也は久々に出会った穂波を見ながら話をしていた。すると穂波は達也を中に入れた

 

「さ、立ち話もなんですし。さっさと部屋に入りましょう」

 

そう言って穂波が別荘に招き入れると兵庫は

 

「必要なものがあればいつでもお電話ください。すぐにお届けいたします。また『フリードスーツ』と『ウイングレス』を置いてありますので、ご自由にお使いください」

 

と言い残して去って行った

フリードスーツは通常のライディングスーツに偽装した飛行戦闘服で、ウイングレスはフリードスーツとリンクする装甲バイクだ。武装勢力の襲撃を受けた場合だけでなく、ちょっと街に降りるような場合にも重宝するだろう。そんな事を思いながら別荘に入り、達也は自分の生みの親となった深夜と再会をした



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21世紀のヤルタ会談

ニューファンドランド島西五百キロ、大西洋公海上にUSNA大型航空母艦エンタープライズは停泊していた。二千フィート級、全長六百メートル。大戦前の原子力大型空母の二倍に迫る巨体を、原子炉を使わず動かしている技術は世界中から注目を集めている。

その巨大空母に、小型輪送機が着艦しようとしていた。戦闘機四機に護衛された高速輪送機だ。見たところVTOLやSTOVLのような垂直着陸機能はない。

 

『あの機にベゾブラゾフが・・・』

 

スターズの礼装を身に纏い仮面を脱いで、黄金の瞳で接近する輸送機を見上げてリーナが心の中で独り言つ。新ソ連の十三使徒、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ。『イグナイター』の異名を持つ、戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の使い手。先日のインタビューに登場するまで、その外見は新ソ連の軍事機密という事になっていたが、USNA軍は把握していた。ベゾブラゾフの所在も、常時というわけにはいかないが掴んでいた。

彼は新ソ連アカデミーのメンバーでもあり、新ソ連随一の現代魔法学の権威だ。外見と所在を隠し通すのは、元々無理があったといえる。しかしベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の正体は、現在の所判明していない。魔法のシステムだけでなく、その効果も判然としない。分かっているのは『トゥマーン・ボンバ』という名称と、それが非常に広い範囲に爆発の被害をもたらすという事、そして八年前にベーリング海峡を挟んで発生した米ソの武力衝突で、先代のシリウスを葬り去ったということだ。

小型輸送機がアプローチに入った。空母の着艦手順は百五十年前から本質的に進歩していない。垂直着陸機能を持たない機体は、アングルド・デッキ、アレスティング・ワイヤー、アレスティング・フックの組み合わせで再アプローチの余地を確保しつつ、ワイヤーにフックをひっかけて強制的に減速する。艦の全長を六百メートルまで伸ばしても、逆噴射ブレーキだけでは確実に停止出来るレベルに至っていない。発艦用の技術は大きく進歩しているが、着艦用の技術はワイヤーによる減速のショックを軽減するに留まっている。

 

『・・・アレスティング・フックが下りていない?』

 

リーナは接近する輸送機に違和感を覚え、すぐにその原因を発見した。気づいたのはリーナばかりではなく、甲板上にざわめきが広がった。

 

「エンジンの出力を絞りすぎだ!」

 

「あれでは墜ちる・・・!」

 

空母のスタッフが声を上げる。リーナは事故を防止すべく、CADを操作した。次の瞬間、輸送機が想子光に包まれた。魔法発動対象に生じる、余剰想子の非物理光だが、リーナの魔法はまだ発動していない。

 

『あの魔法は、中から!?』

 

リーナは輸送機に作用している魔法が機内から放たれたものであることを感知した。輸送機のランディングギアがデッキを捕らえる。小型ジェットが滑らかに、通常ではありえない減速度でスピードを落とす。

 

『慣性制御と加減速制御。あんなに自然に減速するなんて・・・』

 

通常タッチダウンから千メートル走るところを、百メートルに縮めた着陸。その減速には、少しも無理がなかった。

 

『あんな緻密なコントロールをどうやって・・・あれが『イグナイター』ベゾブラゾフ・・・予想以上の実力ね』

 

リーナは今の魔法がベゾブラゾフによるものだと疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフが到着したすぐ後に、マクロードを乗せた輸送機も着艦した。そしてすぐに、三人の会談が始まった。この部屋にいるのはエドワード・クラーク、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ、ウィリアム・マクロードと、アンジー・シリウスに変身したリーナの四人。リーナがクラークの背後に控えているのは、彼だけ魔法が使えない一般人だからだ。

ベゾブラゾフとマクロードは戦略級魔法師。クラークの護衛にはやはり、戦略級魔法師がついていた方が良いだろうとマクロードがアンジー・シリウスの同席を提案したのである。

 

「クラーク博士。お約束の通り日本の戦略級魔法師、トーラス・シルバーの正体を教えてください」

 

それは会議の冒頭。ベゾブラゾフがいきなり、クラークにこう尋ねた。その言葉にリーナの身体がビクッと震える。現在の「アンジー・シリウス」は仮面を取った状態だ。だから彼女が酷く驚いているのが他の三人のも分かった。

 

「クラーク博士。博士はお味方にも情報を伏せていらしたのですか?」

 

マクロードの声は呆れ気味だ。アンジーの思いがけない反応に、ベゾブラゾフも息を勢いを殺がれた感じだった。もっともそれは、事態の方向性に影響を与えるものではなかった。

 

「正体が判明したのは最近の事ですから。トーラス・シルバーの本名は司波達也。あの『四葉』の次期当主です」

 

クラークから発せられた言葉にリーナは衝撃を受けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、日本では潜水艦から情報を受け取った凛が半分呆れ顔になっていた

 

「なんだよこれは。これじゃあまるで21世紀のヤルタ会議ね」

 

そう呟きながら魔法の実験をしていた。ヤルタ会談といえば1945年にイギリス、アメリカ、ソ連の3カ国がヤルタで行った戦後の国際レジームを決定した会談である。話している内容や場所は違えど、参加している人の出身国や大国同士での利害一致の確認などは全く同じ事を話していた。その事に凛は思わず苦笑してしまっていた。



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空母の秘密

今後の大まかな行動プランを決めて、会議は特に対立もなく終わった。会議が無事終了したことで、リーナの任務も終わり。帰りの機が発進するまで手持無沙汰になった彼女は、艦長の許可を得てエンタープライズ艦内を彷徨っていた。名目は「見学中」なのだが、彼女の意識はここにいない一人の人物に向けられていた。

 

『タツヤが灼熱のハロウィンの戦略級魔法師?』

 

あの後話し合われていた内容のほとんどは最初から記憶していなかった。断片的に残っている話も衝撃的すぎて話についていけなかったのかもしれない

 

一昨年に『マテリアル・バースト』で朝鮮半島を焼いたのも『司波達也』

 

飛行魔法を開発した天才魔法工学技術者も『司波達也』

 

『確かに、最初はそう言う過程だったけど・・・』

 

この事をすぐにでもジョンに話せれば・・・。そう内心思いながらふらふらと艦内を歩いているといつの間にか立入禁止区域に入っている事に気がついた

 

『あれ、ここは立入禁止区域・・・何、この想子波?』

 

リーナは自分がこの場から離れようと焦っていた事も忘れて眉を顰めた。この区画に入るまで感知出来なかった想子波だ。隔壁に想子波を減衰させる感応石のグリッドが仕込まれているのだろう。

一瞬原子炉を隠す為の措置かと疑ったが、リーナはすぐに自分の勘違いに気付いた。感応石は想子波を電気信号に変換する。その副次的効果として想子波は減衰し、波として観測出来なくなる。しかし、感応石に放射線を吸収したり遮断したりする機能はない。

 

『魔法?でも、これって・・・』

 

禁じられた原子力利用の疑惑が去ると、新たな疑念が彼女の意識に浮かび上がった。魔法は個人で使う物。複数の魔法師が一つの魔法を共同で発動する事は原則的に無い。稀にそのような能力を備えた魔法師が生まれてくることはあるが、その場合も協働出来るのは精々二人か三人だ。

だがリーナが感じている想子波は・・・

 

『少なくとも十人以上。もしかしたら二十人近い・・・どういう事? 魔法師から強制的に魔法を引き出すのは、軍規で禁じられているはず。・・・魔法自体はフライホイールを回転させるだけの簡単なものだけど、こんな単純作業を長時間続けさせるのは、ストレスの蓄積でかえって難しい・・・十人以上の魔法師を集めているのは、ホイールの質量が大きいのと回転速度が高いからだわ』

 

そこでリーナは、一つの結論にたどり着き、思わず声を上げてしまった。

 

「まさか!?『これって・・・発電システム!?まさかこれが、エンタープライズの出力の秘密!?』」

 

リーナはすぐに両手で口を押え、慌てて左右を見回した。周りに人影は無く、監視カメラは作動しているようだが、モニター越しでは立ち入り禁止区画に間違って入り込み、狼狽えているように見えただろう。リーナは自分にそう言い聞かせて、早足に通路を逆戻りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの輸送機も、リーナはクラークと一緒だった。護衛の任務は会議が無事幕を下ろした時点で完了していたが、本土へ戻るのにわざわざ別の飛行機を準備するのは無駄な手間だ。だからワシントンD.C.まで同行するのも仕方のない事だった。

 

「シリウス少佐、ご苦労様でした」

 

「恐縮です」

 

クラークに話しかけられて、リーナはつい不愛想な答えを返してしまう。彼女は今、誰とも会話したくない気分だった。本当はパレードによる偽装を解いて、何も考えずに眠りたいところだ。口調に棘が混ざらないようにするので精一杯だった。

クラークは年の功なのか、リーナの態度を気にした様子はない。

 

「少佐には改めて申し上げるまでも無いと思いますが、トーラス・シルバーの正体については他言無用です。ウォーカー大佐にも、バランス大佐にも告げてはなりません」

 

「・・・小官には報告義務があるのですが」

 

「大丈夫です。少佐が咎められる事はありません」

 

リーナは驚きを表情に出してしまった。

 

「何故、それを・・・」

 

「少佐をシルバーに接触させたのは、軍の大きな失態だったと思います。貴女はまだお若い。情が移ってしまうのも、仕方がない事でしょう」

 

クラークはニヤリともせず、そう告げた。リーナが日本で何をしていたか、軍が把握している以上の事を知っているとほのめかす。

 

「シルバーの正体だけではありません。エンタープライズの真実についても、報告の必要はありませんから」

 

そうして、リーナを完全に口止めするセリフを付け加えたのだった。

この時、リーナはいち早くジョンの元に帰り、甘えたい気分になるのだった。



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情報部の計画Vol.2

不必要なおかわりですなぁ


月曜日から、達也は一高に顔を見せなくなった。それはまだ表向き一高校生の動向に過ぎなかったが、その事実は各所で波紋を広げていた。

東京某所。場所も名前も明らかにされていない会議室に、国防陸軍情報部の暗部を担うメンバーが集まっていた。情報部はこの前の凛が襲われた時に情報部が計画した凛を襲わせる為の裏金の帳簿と搬送された病院の診断で戦略級魔法を撃てなくなった責任を取らせる形でメンバーの殆どが一掃されていた

 

「例の高校生が一人暮らしを始めたようだが・・・」

 

「これはチャンスなのでは?街中と違い、纏まった人数を投入しても問題にならない」

 

「お待ちください」

 

「犬飼課長、何か?」

 

前のめりになった座の空気を制止する声が上がった。水を注したのは、達也を最も危険視している犬飼課長・・・遠山つかさの直属の上司だった。犬飼は情報部の中で数少ない生き残ったメンバーの一人だった

 

「こちらが十分な戦力を投入出来るという事は、向こうも手加減する必要がない環境という事です。不用意な襲撃は危険だと思われます」

 

「罠だというのですか?」

 

「いえ、そうは言いませんが、相手は仮にも『アンタッチャブル』と呼ばれる四葉一族。何も備えがないとは考えられない」

 

「賛成です」

 

犬飼のセリフに、特務課の恩田課長が賛同を示した。

 

「南総収容所には十分な守備兵を置いていたにも拘わらずあの結果です。攻守が入れ替わるとはいえ、我々が単独で対処するのは避けるべきだと考えます」

 

「恩田課長、協力者に心当たりがあるのか?」

 

「協力者ではありませんが、結果的に利用出来ると思います」

 

「どのような事情なのだろうか」

 

犬飼課長が興味をそそられた声で、恩田課長に問いかける。

 

「伊豆に引き篭もった司波達也の許へ、近々十文字家の当主が魔法協会の代理人として赴くようだ。何をしに行くのか詳細は分かりませんが、どうも例のプロジェクト絡みではないかと」

 

言葉遣いを変えて、集まったメンバー全員に推測の形で告げる。ここで恩田は一つ嘘を挿んだ。彼は達也がトーラス・シルバーであり、克人がプロジェクトへの参加を説得しに行くという事まで把握している。それを同じ情報部の人間に明かさなかった。

 

「魔法協会はUSNAのプロジェクトに乗り気なようだ。四葉家も参加しろ、と説得に行くのではないか?」

 

「・・・なるほど。それはチャンスだな」

 

この場にいる大人たちは、達也とトーラス・シルバーを結び付けてはいなかった。彼らは達也の戦闘力は高く評価しているが、彼の知力も技術力も知らないので、高校生と一流魔工師が結びつかなかったのだ。

 

「四葉家の非協調的な態度は、前の会議でも明らかだ」

 

前の会議というのは、四月に開催された十師族の若手会議の事だ。現在の状況とは関係がないが、この席の最上位者である副部長の指摘は、推理というよりまぐれ当たりだが、表面的な事実関係は正しかった。

 

「司波達也と十文字家当主の交渉は決裂の可能性が高い。そして二人が戦えば、十文字克人が勝つ。そうだな、犬飼課長」

 

「はい」

 

副部長の問いかけに、犬飼は自信を持って頷いた。

 

「遠山曹長が・・・十山家が、そのように判断しました」

 

十山家は二十八家の中で、一度も十師族の席に着いたことがない。候補に挙がった事すらない。だが戦闘魔法師としてではなく軍事用魔法師としては、四葉、十文字に匹敵する。国防陸軍情報部はそう確信している。

軍事用魔法師は、戦うだけが能ではない。それだけでは務まらない。戦力分析や戦術判断も必要になる。そして十山家は二十八家の中で唯一、生まれた時から国防軍で軍事訓練を受けているナンバーズだ。

 

「十文字家当主は、司波達也を殺さないでしょう。ですが十文字克人に敗北した司波達也は抵抗力を失っているはずです」

 

「そして、十文字家には国防軍と対立する意思はない」

 

「はい」

 

副部長の言葉に、犬飼が頷いた。

 

「では十文字家の動きに合わせて、こちらも駒を動かすとしよう。念のため、遠山曹長にも出動してもらう。今度は司波達也の相手ではない。四葉家が配置している護衛を潰すためだ」

 

「分かりました」

 

犬飼の返事には、微かな躊躇が混じっていた。

 

「心配するな、犬飼。四葉家は司波達也の戦闘力に自信を持っているようだ。ならば貴重な戦力を護衛につけることはない。手練れは妹の方に集中しているだろう」

 

「仰る通りだと思います」

 

恩田は恭しく副部長に頷いた。

だが、悲しいかな。深雪には弘樹という真夜ですら勝てないと言わせた最強の護衛がいた。それ故に達也にリソースが振られているとは知る由もなかった。



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ピクシー

放課後、生徒会室に入るなり、詩奈が訝しげな声を上げる。

 

「失礼します・・・あれっ?」

 

「どうかしたんですか、詩奈ちゃん」

 

「あ、いえ、ピクシーはどうしたのかなって・・・」

 

先に来ていた泉美が、椅子を回して振り返り詩奈に尋ねると、詩奈は一点を見詰めて答えた。確かに詩奈の言うように、いつも生徒会室の片隅に待機していたピクシーがいなくなっている。

 

「あれはお兄様の持ち物ですから」

 

お掃除箱から布巾を出した水波が、その問いに答える。そのままテーブルを拭きだした水波に、詩奈は「私がやります」とは申し出なかった。水波がこの仕事を下級生にも譲らないのは、一ヶ月の付き合いでよく分かっている。

 

「ピクシーは達也様の身の回りの世話をさせる為に、ついていってもらったの」

 

「深雪先輩、お疲れさまです!」

 

「お疲れさまです、会長。あの、それって・・・」

 

何時も通り高いテンションで反応した泉美とは対照的に、詩奈は不得要領な顔で小首を傾げる。 

 

「ひゃうっ!き、北山先輩・・・」

 

深雪が返答する前に、いきなり背後から肩を突かれ、詩奈は声を上げ跳びあがり、慌てて振り返ると、雫が咎めるような目をして首を左右に振っていた。 

 

「詩奈ちゃん、達也さんのことは、ねっ」

 

雫の隣から、ほのかが詩奈にささやきかける。それで詩奈は、なんとなく事情を察したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が一高に来なくなって一週間。深雪はいつも通り授業を受け、何時も通り生徒会の業務を処理した。普段達也と交流がない一科生には、何時と同じ深雪に見えていたに違いない。久しぶりに一緒に下校した友人たちにも、具体的な違いが分からなかった程だ。

 

「深雪、その・・・大丈夫?」

 

だが、何となく「おかしい」と感じ取ることが出来るのは、さすがに友人という事だろうか。それとも、エリカも心のどこかで深雪と同じような気持ちを懐いているからだろうか。

 

「えぇ、大丈夫よ。ありがとう、エリカ」

 

友人としての思いやりが分かるから、深雪も素っ気なく否定するような真似はしなかった。

 

「達也さん、今どちらにいらっしゃるのですか? もし差し支えなかったら・・・」

 

婚約者ではない美月は達也の居場所を知らない。その事を失念していたエリカが、少し驚いた表情で美月を見た後、深雪の方へ視線を向けた。

 

「構わないわよ。達也様は今、伊豆の別荘でお休みになられてるわ。偶にはのんびりされるのも良いのではないのかしら」

 

「伊豆かぁ・・・いろいろと面倒臭い事情が無ければ羨ましいんだけどね」

 

「その面倒臭い事情があるから、達也は別荘に避難しなきゃならなかったんだろう」

 

「うっさいわね。それくらい分かってるに決まってるでしょ。そんな細かい事を言ってるからモテないのよ」

 

「なっ・・・!余計なお世話だぜ。達也程じゃないにしても、俺は女子に嫌われてるわけじゃないんだ。そうだよな、桜井」

 

「・・・はい、そうですね」

 

レオの同意を求める言葉に対する水波の回答は、歯切れが悪いものだった。

 

「あ~、やだやだ。こんなところで権力を振り回しちゃって。ああはなりたくないわね~」

 

「はぁぁ!?」

 

裏返った声で抗議するレオを無視して、エリカは水波に顔を向けた。

 

「水波、部長だからって庇わなくてもいいのよ?」

 

「はぁ・・・」

 

「エリカ。西城君も、水波ちゃんを困らせないで」

 

困り顔でエリカとレオを交互に見ていた水波に、深雪が助け舟を出した。注意された事で二人は深雪に向かって同時に頭を下げ、水波は漸く困惑から逃れる事が出来た。

 

「達也さん、日曜日にはこちらに戻ってきたりはしないんですか?」

 

「残念ながら、当分は戻ってこれないって言ってたわ。色々とうるさい人がいるからって」

 

「私たちの方からお邪魔するのは、駄目なんでしょうか?」

 

「ご都合を伺ってみなければ分からないわ。もしかしたら、好ましくないお客様が訪ねてくるかもしれないし」

 

深雪のセリフに、香澄と泉美が反応した。

 

「先輩、それって・・・」

 

「ありそうなことですね」

 

深雪は後輩の双子に、慈愛の籠った笑みを向けた。

 

「泉美ちゃん、香澄ちゃん、もしそんなことが起こって、お家の方が『お客様』の立場に立たれた場合、お父様やお兄様の邪魔をしてはダメよ」

 

「深雪先輩! 私はどんな時でも先輩にお味方します!」

 

「泉美ちゃん、そんな事を言うから、香澄ちゃんが困っているわよ」

 

「香澄ちゃん! 香澄ちゃんは私の味方ですよね?」

 

「いや、そりゃ、ボクは泉美の味方だけど・・・」

 

そう言って戸惑いの色を隠せなかった

 

「泉美ちゃん。せめて、何もしないで? 私もお兄様も、本気で泉美ちゃんたちのお父様と敵対するつもりなんてないから」

 

「・・・分かりました」

 

惚れた弱み。誤解しようがない言葉で深雪にお願いされてしまえば、泉美に抗いようはない。

 

「深雪こそ、あたしたちの力が必要な時は、遠慮しちゃ駄目だからね」

 

「無茶はして欲しくないのだけど・・・恐らく、お兄様も同じことを仰ると思うわ」

 

「自分から無茶をするつもりなんかないわよ?」

 

エリカが白々しく嘯く。その表情はあまりにも平然としていて、深雪は曖昧な笑みを浮かべる事しか出来なかったのだった。



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十文字と七草

魔法大学には同好会サークルと言うものはないが、クラブ活動はある。だがすべての学生がクラブに入っているわけではない。当たり前だが、部活は強制ではない。高校では部活連会頭を務めた克人も、魔法大学では非部活組だ。

十文字家当主としての仕事もある克人は、出来るだけ早く家に帰る事にしている。こんな時間に校門を出る事は少ない。今日は偶々実習のレポート作成が長引いて遅くなってしまったのだ。予定外の事で、仕事が気になっていた克人は駅に向かう足を速めた。そんな勝とを背後から呼び止める声があった。

 

「十文字くん!」

 

振り向かなくても分かる、馴染みの声。歯に衣着せぬ言い方をすれば、予定の邪魔になることの方が多い人物なのだが、どういうわけかつい足を止めてしまう相手だった。今も克人は立ち止まり振り返っている。

 

「十文字くん!」

 

「七草。聞こえているから、そんなに大声を出すな」

 

小走りで駆け寄ってきた真由美は、克人のすぐ前でブレーキをかけ、照れくさそうに笑った。

 

「ごめんなさい、呼び止めたりして」

 

「いや、それで何の用だ?」

 

前置きもなく用件を尋ねる。そんな不愛想な対応は、真由美の事を女扱いしていないからではなく、彼女が克人にとって気の置けない女性であることを示している。

 

「ちょっと、聞きたい事があって。電車、ご一緒してもいい?」

 

「遠回りになるぞ?」

 

「精々二十分くらいでしょ? かまわないわよ」

 

個型電車の車内はプライバシー保護が徹底している。車内の会話が漏れる事は、ほぼありえない。この性質を利用して個型電車を密談の場所に使うビジネスマンやカップルは、例外的な存在ではないだろう。

真由美が相乗りを誘ったのも、密談が目的だ。ただ最初の行き先は、現在真由美が一人で暮らしている部屋の最寄り駅だった。

 

「十文字くんってフェミニストよね」

 

「このくらい当然だろう。それで、聞きたい事というのは何だ?」

 

「十文字くん、達也くんに会いに行くそうね」

 

「お父上から聞いたのか」

 

「何をしに行くかは、教えてもらえなかったわ」

 

克人は腕を組んで目を瞑った

 

「それは言えない」

 

「ありがと、今ので分かっちゃった」

 

「ねぇ、十文字くん」

 

「・・・何だ」

 

あからさまに何かをおねだりする口調に、克人は渋々応えを返した。

 

「私も連れて行ってくれない?」

 

「・・・何のために」

 

大きく見開いた目を真由美に向け、克人はすぐ視線を正面に戻してそう尋ねる。

 

「達也くんが大人しく説得に応じるとは思えないのよ。そもそも、私が言ってもあまり聞いてくれなかったし」

 

「・・・まぁ、そうだろうな」

 

「だからといって、十文字くんが手ぶらで引き下がるとは思えない」

 

「・・・」

 

「十文字くんが達也くんに負けるとは思わないわ。達也くんも強いけど、十文字くんにはきっと及ばない」

 

「それで?」

 

「でも、達也くんもそう簡単にはやられないと思う。達也くんにはあの治癒魔法があるから、死ぬまで止まらないかもしれない」

 

「司波の治癒魔法・・・それほどのものか」

 

克人が腕を解き、真由美に顔を向ける。

 

「えぇ。厳密に言えば治癒魔法じゃないんだけどね」

 

真由美は克人の視線を正面から受け止め、逆に彼の瞳をじっと覗き込んだ。

 

「だから、取り返しがつかない事にならないように、私もついて行こうと思うのよ」

 

「司波の説得に、七草が加わると言うのか」

 

「足手纏いにはならないつもりよ」

 

「話し合いが前提なんだが・・・そうだな。七草に同行してもらった方が、平和的に解決するかもしれん。俺よりもお前の方が、司波とは親しい間柄だからな」

 

「親しいかどうかは微妙だけど・・・達也くんの所にはいつ行くの?」

 

「司波の予定が合えばだが、今度の日曜日にしようと思っている。車を使うつもりだから、家まで迎えに行こう」

 

「あら、ありがとう」

 

真由美はニッコリ笑って前を向く。ちょうど個型電車が真由美の部屋の最寄り駅に到着したので、真由美はもう一度克人にお礼を言ってから、改札を抜けて家路につく。二人は一瞬弘樹が邪魔に入る可能性も考慮したが姉に付きっきりになっていると思い即座にその考えは忘れられていた。だが、それは大きな間違いだったと後に思うのだった



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リーナの戸惑い

航空母艦エンタープライズにおける護衛任務から戻ってきた翌日、リーナは何もする気にもなれずに部屋でボーっとしていた。

 

「何だか調子が悪そうですが、身体の具合でも・・・?」

 

「いえ、何でもありません。ですが、そんなにだらしない顔をしてたかしら?」

 

「少なくともジョンが見ればしっかりしてほしいと思うような表情ですね」

 

「それはだらしないと言っているのも同じじゃないですか」

 

真顔で心配していたカノープスにリーナは頬を軽く膨らませながら言った

 

「どういう意味ですか?まぁ、ベゾブラゾフ、マクロード、二人の『使徒』を前にして、柄にもなく緊張していたようです」

 

「船上ではなく会談の場ですからね。外国のお客様に粗相があっては、と気疲れするのは無理もありません」

 

「・・・ベン? それは私が、がさつだと言いたいのですか?」

 

「あ、いえ、滅相もない」

 

咄嗟にカノープスが目を逸らす。リーナはこめかみが引き攣るのを感じた。

 

「ゆっくり休むのが一番ですよ、総隊長殿。それでは」

 

カノープスがさわやかな笑顔で去っていく。リーナは肩の力を抜くとジョンのいる部屋に遊びに行く事にした

カノープスにムッとさせられたお陰で少し気が晴れたが、その程度で心にこびりつくしこりは取れない。さわやかな風を浴びてもスッキリした気分にはならなかった。

原因は自覚している。エンタープライズで見た・・・正確には感じた、魔法師の境遇だ。今までリーナは、魔法師が兵器としての扱いを受ける事にそれほど違和感や嫌悪感を覚えていなかった。その事に最も強く疑問を懐いたのは日本にいた時、達也や深雪たちと・・・否、達也と関わっていた時だった。

ジョンの部屋に行く途中、リーナは自分の思考に没頭していた

 

ーー達也は魔法技が戦う事を否定しなかったーー

 

ーー達也は魔法師が軍人にな事を否定しなかったーー

 

ーー達也は魔法師が兵器になる事を()()()()否定しなかったーー

 

ーー達也は自分が軍人であり続ける事を否定したーー

 

そんな事を思っているといつの間にかジョンの部屋の前にたどり着いている事に気づいたリーナは部屋をノックした。すると数秒もしないうちに扉が開き、ジョンが出てきた

 

「どうした、リーナ?」

 

いつも通りの接し方にリーナは何処か安心するところがあった。小さい頃から自分に優しくしてくれたシルバー家の人達。私が軍に入れさせられそうになった時は家族総出で阻止しようとしてくれた。自分の親の代わりに自分に愛情を注いでくれたシルバー家には感謝しきれない部分もあった。そんな事を思っているとジョンソンが私に話しかけていた

 

「どうしたの?」

 

「え?あ、ああ・・・ちょっとね」

 

「昨日のエンタープライズで何かあったの?」

 

事前にリーナがエンタープライズに行く事走っていた為、リーナも特に気にする事はなかった。そしてリーナは昨日のエンタープライズで起こった事を話そうと思ったがエドワード・クラークから口止めをされていた為、どうすれば良いか悩んでいるとジョンソンがリーナに声をかけた

 

「リーナ、おそらく口止めされているんだろう?詳しい事は聞かないけど。恐らく達也の事だろ」

 

ピタリと言い当てたジョンソンにリーナは小さく頷くとジョンソンはやはりと言った表情を浮かべた

 

「やっぱりね、恐らくトーラス・シルバーが達也で、灼熱のハロウィンの魔法師も達也だった。そんな所じゃないか?」

 

「すごいわ、私ってそんなに顔に出やすいのかしら」

 

「そうかな、でも表に出やすいって事はそれだけ素直って事だよ」

 

そう言ってジョンソンはリーナの前に紅茶を置くとリーナはジョンソンに聞いた

 

「ねえジョン。私はどうすれば良いのかな。やっぱり私に軍人は向いていないのかな・・・」

 

リーナの問い掛けにジョンソンは少し間を置くと返答をした

 

「・・・少なくとも、リーナは軍人には向いていない。それは言えると思うよ」

 

「・・・」

 

ジョンソンの答えにリーナは去年のパラサイト事件のことを思い出していた

 

「リーナ、そんなに気負いしない方がいいよ。いずれ体調を崩す可能性がある。それに美容にも良くないからね」

 

そう言うとジョンソンは紅茶を残していくと私室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの仕事を終えたジョンソンはスターズ基地を後にすると迎えに来た車に乗り込み、自宅まで向かった。そしてジョンソンは車の中でローズに電話していた

 

「あっもしもし父さん。どうやら昨日のエンタープライズでディオーネ計画の本質が見えてきたよ。やっぱり大国にとって邪魔な魔法師を追放するの算段らしい」

 

『そうか・・・分かった。お前もすぐに戻ってこい。閣下から緊急の会が行われる事になった』

 

「・・・分かった」

 

ローズの言葉にジョンソンは端末を閉じると急いで家へと戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛はエンタープライズで行われた会議に警戒をすると急遽晩餐会を開く事を決めた

 

「ディオーネ計画対抗できるESCAPES計画。それを支えるためのあの計画もそろそろ始めないとな」

 

そう呟きながら凛は机の上に置かれた紙を見ていた。そこには『新時代計画構想』と書かれていた



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文弥の来訪

達也の手許に克人からのメールが届いたのは、水曜日の夕方の事だった。日曜日の都合を尋ねるメール。それが四葉本家から転送されてきたのは、この面会が一高の先輩・後輩の関係に基づくのではなく、十師族・四葉家に対する十師族・十文字家の申し入れという事を意味している。

 

「達也兄さん、急なご用事ですか?」

 

ソファに戻ってきた達也に、ついさっきこの別荘にやってきた黒羽文弥が尋ねる。そこへピクシーが二人分のコーヒーを運んできた。彼女に構わず、達也は文弥の問いかけに答える。数日前に深夜と再会した達也は穂波によって別荘の一室を案内され、今はそこで生活をしていた

 

「いや、十文字家の当主が日曜日にここへ来たいと言ってきた。本家を経由したメールだ。文弥、何か聞いているか?」

 

「いえ、何も・・・」

 

 

 達也がコーヒーカップに手を伸ばし、文弥にも「冷めないうちに」と勧める。文弥はマニキュアを塗った指をテーブルに伸ばし、頬に掛かるセミロングの髪を片手でかき上げ、ルージュを引いた唇をカップにつけた。

 

「そうか。しかし、文弥と亜夜子が別行動をしているのは珍しいな」

 

「姉さんも達也兄さんに会いたがっていましたが、命令ですから」

 

「では、どんな命令でここに来たのか聞かせてくれ。わざわざそんな恰好をしているのも、命令の一部なんだろう?」

 

「僕は、その、顔を知られていますから……」

 

「ああ、なるほど。今の俺に素顔で接触するのはマズいか」

 

 

 言われてみれば合理的な理由だった。文弥は去年の九校戦で顔が売れてしまっている。彼が四葉一族の人間だという事も既に公然の秘密みたいなものだが、本家はまだ文弥の存在を公に認めるつもりは無いらしい。女装趣味の無い文弥には、たいそう気の毒な事だが。

 文弥に同情的な視線を向けていた達也が、頭を切り替え文弥を見詰めると、文弥も居住まいを正して見つめ返した。

 

「それで?」

 

「この別荘が襲撃される可能性が高まりました」

 

「国防軍か?」

 

「そうです」

 

 

 眉一つ動かさずに問い返してきた達也とは違い、文弥の可愛らしくメイクした顔は、緊張に強張っていた。

 

「文弥、お前は伝言を持ってきただけだ」

 

「・・・四葉家から、援軍は出せない・・・との事です」

 

文弥がスカートの上に置いた両手をキュッと握る。彼は達也から罵られるのを覚悟していた。

 

「当然の判断だろうな」

 

「はっ?」

 

「十師族内部の抗争とはわけが違う。今、国防軍と事を構えるのは得策ではない。俺一人の為に、一族丸ごと地下生活を強いられるのは明らかに収支がマイナスだ」

 

「達也兄さんはそれで良いんですか!?」

 

「何を動揺している。俺一人で、全員を返り討ちにすればいいだけだ」

 

達也はさらりと、初歩的な数学の公式を述べるように、そういった。文弥が大きく目を見開き、上下の唇を少しだけ離す。彼にとっては不本意だろうが、ルージュが映える唇の隙間から覗く白い歯とピンクの舌は、男を誘っているように見えた。

 

「幸いな事にスーツもバイクもある。それに、トーラスもトライデントもランス・ヘッドも持ってきている。人目が無い山林の中は俺のフィールドだ。『今果心』や『大天狗』、神木姉弟クラスの敵が出てくれば話は別だが、そうでない限り後れを取るつもりは無い」

 

達也が口にした『トーラス』とは腕輪形態の完全思考操作型CAD『シルバートーラス』のこと。トライデントは愛用の拳銃形態CAD『シルバー・ホーン・カスタム・トライデント』。『ランス・ヘッド』は『バリオン・ランス』専用のCADアタッチメントだ。

確かにそれだけの装備を身に着けた達也ならば『今果心』=九重八雲や『大天狗』=風間玄信クラスの敵が現れない限り、確実に勝利する。文弥はそう確信し、自分の震えが止まっているのを自覚したのだった。神木姉弟に関してはその二人よりも強いと確信できた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘の外には、タクシーが一台駐まっていた。文弥が利用した車で、運転手は黒羽家の黒服だ。達也はつばの広い帽子を被った文弥を見送りに、玄関先まで出た。

 

「盗撮のデータは潰しておいたが、気を付けて帰れよ」

 

「お手数をお掛けしてすみません」

 

 

文弥が恐縮の態で一礼する。その仕草は、着ている物に全く違和感が無かった。なお達也が言った「データを潰す」というのは、彼の『分解』で辺りに潜んでいる出歯亀の・・・おそらく、軍の情報部員・・・盗撮カメラのデータを消去したという意味だ。写真を骨格照合すれば、いくら女装していても本人だと分かってしまう。

文弥の女装は、あくまでも肉眼を欺くもの。彼がつばの広い帽子を被っているのも、偵察衛星や成層圏プラットフォームのカメラを避けるためだった。

 

「先程のメールだが、本家から転送されてきたものだから母上も内容は知っていると思う。一応本家にも回答のコピーを送るが、お前の口からも俺が十文字家との面会に応じるつもりだと伝えてくれないか」

 

「分かりました。達也兄さん、それではこれで」

 

「ああ。わざわざご苦労だったな」

 

「いえ。達也兄さんの方こそ、次期当主だというのにこんな所で生活させられて、お疲れではないのですか?」

 

「慣れれば快適だ。まぁ、監視の目は鬱陶しいがな」

 

達也のねぎらいの言葉と、肩を竦めてみせる仕草に、文弥がニッコリと笑った。彼はもう一度丁寧に頭を下げてから、黒服が運転するタクシーに乗り込み、別荘から去っていたのだった。



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亜夜子の訪問

達也が文弥と話をしていた頃、深雪は亜夜子を客に迎えていた。

 

「月曜日に移られたと聞いていましたが、すっかり片付いていますのね」

 

「大して荷物も無かったし、水波ちゃんが頑張ってくれましたから」

 

深雪は丁度お茶と茶菓子を運んできた水波に目を向けながら、亜夜子のお世辞に応えた 

 

「わたくしと同い年ですのに、有能なんですね」

 

亜夜子の称賛に、水波は「恐縮です」と小声で一礼する。水波にも亜夜子の言葉が社交辞令だということくらい、当然分かっていた。

給仕を終えた水波の姿が、閉ざされたドアの向こうに消える。深雪と亜夜子が、同時に相手の顔へ目を向けた。

 

「亜夜子ちゃん、今日はどんなご用事なのかしら」

 

「今日のわたくしは単なるメッセンジャーですよ、深雪お姉様」

 

二人が微妙な緊張感を孕んだ笑みを交換する。ここにはブレーキをかける達也も文弥もいない。このまま際限なくライバル同士的な雰囲気が高まっていくかと思われたが、深雪がフッと目を逸らした。彼女はテーブルに目を向け、惚れ惚れするような所作で湯呑を持ち上げ、熱すぎないお茶に口をつけた。僅かな時間さで、亜夜子が上品な手付きで羊羹を小さく切り分けて口に運ぶ。

 

「叔母様からご伝言?」

 

「ええ、そうです」

 

亜夜子が口の中のものを呑み込むのを待って深雪が質問し、亜夜子がフォークを音も無くお皿に戻して答える。

 

「聞かせてもらえますか」

 

「近日中に、国防軍が達也さんに対して拉致を試みる可能性が高まりました」

 

「そうですか」

 

「驚かれませんのね」

 

亜夜子自身、あまり意外ではなさそうな口調で深雪に尋ねる。

 

「普通に予想出来た事ですから。私はお兄様と違って、国防軍を信用していません」

 

「達也さんが独立魔装大隊に籍を置いているのは、信用しているからでは無いと思いますが」

 

「そうね。でも親しくされている方がいれば、多少なりとも情は移るものでしょう? 達也様は完全に感情を失われているわけではありませんから」

 

「・・・日曜の詳細については、国防軍の動向が掴め次第お知らせします。ですが、わたくしに出来るのはそこまでです」

 

「・・・もっと分かり易くお願いするわ」

 

「つまり、本家も分家も情報以上の支援は出来ないという事です」

 

「それが叔母様の決定なのね?」

 

「はい」

 

「そう・・・」

 

その呟きと同時に、室温が急激に低下した。テーブルのお茶が氷結し、羊羹の表面に霜が降りる。冷却現象はそれだけに留まらず、亜夜子の髪や眼に氷が貼り付き始める。

 

「亜夜子ちゃん、本気で抵抗しないと凍ってしまうわよ?」

 

「どうぞ、お気の済むように」

 

静かに、優しく、降り積もる雪のように柔らかく深雪が告げ、血の気が引いた唇を震わせながらも、亜夜子が気丈な口調で答える。

 

 

 

「そう」

 

その呟きを合図に、室温が急激に回復した。

 

「深雪様、何事ですか!?深雪様!?」

 

「水波ちゃん、入ってきて」

 

「失礼します!っ!?」

 

「水波ちゃん、亜夜子ちゃんをお風呂にご案内して。この部屋は私が乾かしておくから」

 

「か、かしこまりました。亜夜子様、どうぞこちらに」

 

「ありがとう」

 

水波に促されて立ち上がった亜夜子は、ドアの手前で足を止めた。

 

「深雪お姉様」

 

「何か?」

 

「先程の、そして今のお姉様は、ご当主様にそっくりですわよ」

 

「光栄ね」

 

それだけ言って亜夜子は浴室の入口まで水波に案内され、ここからは一人で大丈夫と告げた。

 

「亜夜子様、本当にお手伝いしなくても宜しいのですか?」

 

「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

 

「・・・私はここでお召し物を整えておりますので、御用がお有りの際は何なりと、お声掛けください」

 

「ええ。何かあればお世話になります」

 

そう言って亜夜子は、一糸纏わぬ姿でバスルームに入り扉を閉めた。このバスルームの扉はありがちな磨りガラスなどではなく、中と脱衣所をしっかりと仕切るものになっている。脱衣所からは、シルエットも見えなければ中の音もよく聞こえない。だから亜夜子はシャワーのお湯を出しっぱなしにしながら、安心して床にへたり込んだ。

 

『あれが深雪お姉様の御力・・・あれでも本気じゃないなんて・・・』

 

 先ほどは意地で平然とした顔を取り繕っていたが、その反動なのか両目に涙が滲んでいる。

 

『事象改変なんて生易しいものじゃない・・・まるで、世界が自分の意思で深雪お姉様に従っていたかのよう。世界の精神を魅了し、虜にして、直接支配下に置いているかのような魔法だった・・・』

 

亜夜子が知る魔法とは、理を別にする超自然の法。そんな妄想が心を過り、熱いシャワーに打たれながら、亜夜子はブルっと身体を震わせた。

 

 

 

 

 

 

亜夜子がマンションを後にすると深雪は上の階にいる弘樹の部屋を訪れた

 

「・・・と言う事なんです弘樹さん」

 

「成程、国防軍が・・・」

 

「何とかなりませんか?」

 

「うーん、手伝いに行っても良いけど。あまり国防軍に喧嘩は売りたくないんだよね。一応僕は姉さんと違って国防軍には忠誠をしている身だからさ」

 

そう言って弘樹は頭を少し掻きながら言った。その横では深雪が強請るような目で弘樹を見ていた。現在、国防軍西風会会長となっている弘樹は一応の監視を受けているものの凛ほど激しいものではなかった。だが国防軍に対する背徳行為はあまりしたくはないのが現状だった

 

「まあ・・・考えておくよ。僕も婚約者からのお願いを無視するなんて考えられないしね」

 

そう言って弘樹は深雪の頭を撫でながらそう言うと深雪は嬉しそうに弘樹に抱きついていた



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国防軍では

五月下旬の木曜日。独立魔装大隊の風間中佐は、デスクワーク中に達也からの電話を受けた。

 

『お忙しいところ申し訳ありません、風間中佐。司波達也です』

 

「・・・沖縄ではご協力いただき、感謝している」

 

電話回線の向こう側で司波達也を名乗った事の意味を、風間は誤解しなかった。独立魔装大隊の隊員「大黒特尉」としてではなく、四葉家の魔法師として電話を掛けてきた事が何を意味しているのか、薄々ではあるが察していた。

 

「それで、本日はどのような用件なのかな?」

 

『国防軍が自分に対して襲撃を企てていると耳にしました。事実ですか?』

 

風間が水を向けると、人工知能のような事務的な口調で、非友好的な質問が達也から返ってきた。

 

「完全な事実ではない」

 

風間は正直に答える必要も認めていなければそんなつもりもなかったが、達也の質問に何故か白を切ることが出来なかった。

 

『では何処までが事実なのでしょうか』

 

「君を狙っているのは国防軍情報部だ。情報部の暴走であり、陸軍として意思決定されたものではない」

 

答えながら風間は精神干渉系魔法の介在を疑ったが、すぐに自分でその可能性を却下した。達也の苦境を座視している後ろめたさと、達也を繋ぎ留めておくためにはある程度正直に喋った方が良いという計算が自分の舌を動かしていると自覚したからだ。

 

『つまり、情報部の反逆なのですね』

 

「・・・そうとも言える」

 

達也のキツイ表現に、風間が声を詰まらせる。だが達也の言っている事は間違っていない。風間はそれを、認めざるを得なかった。

確かに達也は、陸軍の秘密施設を襲撃した。その意味では犯罪者であり、彼が特務士官であることを考えれば反逆者だ。しかし、軍人が許可なく国家から預けられている軍事力を行使することは、文民統制の根幹に関わる大罪だ。達也を反逆者として処断するなら、その罪を軍事法廷で明らかにする必要がある。正規のプロセスを経ず、情報部が独断で戦力を動かす事は、達也の指摘通り紛れもない反逆行為だった。

 

『ならば自分が自衛しても、旅団としては問題ありませんね?』

 

今度こそ風間は、答えに窮してしまった。情報部の計画は間違いなく法の秩序にも軍の秩序にも反している。マスコミにでも漏れようものなら、軍は大バッシングを受け、内閣は総辞職しなければならなくなるだろう。達也が秘密裏に対処してくれるなら、本来は歓迎すべきところだ。

だが情報部の実行部隊殲滅に、第一○一旅団がお墨付きを与えたという格好にするのはマズい。「三人いれば派閥が出来る」というように、派閥争いから無縁の組織は無い。国防軍も、その例外ではない。

第一○一旅団は旅団長佐伯少将の高い手腕と、文句のつけようがないキャリアにより背広組や政治家の介入を撥ね退けているが、派閥という意味では基盤が弱い。佐伯が女性でありながら切れ者すぎるという男社会の反発もあって、確実に信用出来る後ろ盾が無い。佐伯が国防軍内勢力図の中で置かれている立場を考えれば、揚げ足を取られるような可能性は極力潰しておくべきなのだ。

 

「独立魔装大隊としては、問題ない」

 

結局風間は、いざという時に自分で責任を取れる範囲の答えしか返せなかった。

 

「・・・理解してもらえると思うが、大隊として君を支援する事は出来ない。自分の力で切り抜けて欲しい」

 

『無論、理解していますし、最初から期待もしていません』

 

一瞬、達也が酷く酷薄な笑みを浮かべたような気がして、風間は自分の目を疑った。

 

『中佐がご理解くださっているだけで十分です。お邪魔しました』

 

「あ、あぁ・・・健闘を・・・いや、幸運を祈っている」

 

健闘は必要無い。達也が勝利するに決まっている。だがその勝利が事態を更に悪化させない為には、幸運が必要だろう。ヴィジホンは達也の返事を風間に届けずに切れた。

 

「達也・・・何をするつもりなんだ・・・」

 

風間は、達也が浮かべた笑みを気のせいとして忘れる事にした。デスクのヴィジホンは会話を自動的に録画している。今の通話を再生すれば、あの、相手を赤の他人に格下げするような酷薄な笑みが錯覚だったがどうか、すぐに分かるはずだ。しかし風間はそれを確認しようとせず、録画データの消去ボタンを押した。

 

「しかし、情報部は何をしているんだ。今月初旬の粛清を忘れたのか?ただでさえ、情報部の暴走で戦略級魔法師を一人失った事で情報部は白い目を向けられると言うのに・・・」

 

そう呟きながら風間は今月初めに起こった事件を思い出していた

事件の名前は『市谷本町事件』。今世紀最大の国防軍の失態として名を馳せる事件であった。1人の非公式戦略級魔法師が魔法力の低下を理由に退役した際。国防軍情報部がそれを阻止するための最終手段として反魔法主義者に手引きをしてその魔法師を襲わせた。これによって情報部は国外に戦略級魔法師が流れる事を防いだ。だが結果は情報部の予想を超え、襲われた魔法師は魔法力を急激に低下させる事となり、戦略級魔法は使えなくなってしまった。この事件の後、情報部の人員の殆どが異動、もしくは退官する事となった。

 

『だが、閣下は何処かで悠々と生活しているのだろうな』

 

風間はそんな事を思いながらコーヒーを飲んでいた



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深雪の心配事

木曜の昼食時間。魔法大学のカフェテラスで一人コーヒーを飲んでいた克人に、真由美が声をかけた。

 

「ご相席しても良いかしら?」

 

「構わない。座ってくれ」

 

そう答えた後で、克人は真由美のトレイにティーカップしか載っていない事に気が付いた。

 

「七草、もうランチを終えたのか?」

 

「三限目が休講だったから、食堂が混む前に終わらせたの」

 

「なるほど」

 

魔法大学の学生は勤勉で、学ぶことは多い。克人自身もそうだが、午前中に空いているコマというのは殆どない。午後は割と空き時間があったりするのだが、これは家の仕事をしている学生に配慮しての事だ。

 

「十文字くん、例の件なんだけど」

 

腰を落ち着けるなり、真由美が本題を切り出す。彼女にしては性急にも思われるが、長居して目立つのを嫌っているのだろう。具体的な固有名詞は避けているが、「例の件」が達也の説得であることは説明されるまでもなかった。

 

「昨日、返事が来た。予定通りだ。この後七草に会うつもりだったから丁度良かった。九時頃出発で構わないか?」

 

「大丈夫よ。会うのはお昼なのね」

 

克人の問いかけに頷きながら、真由美は「少し意外」という声で答えた

 

「相手は高校生だ。酒を酌み交わしながらというわけにもいくまい。ならば夜に押しかけるのは迷惑だろう」

 

克人が挙げた理由は常識的なものだったが、真由美が疑問を覚えたのはそこではなかった。

 

「だって、実力行使の可能性があるんでしょう? 暗くなってからの方がよくない?」

 

不穏な事を言い出した真由美を、克人は制止しなかった。周りの学生は克人が十師族の当主で、真由美が十師族直系であることを知っている。十師族が「実力行使」に及ぶことは、それほど珍しい事ではない。遮音フィールドを張っているので、そもそも隣の席に聞こえていないが。

 

「暗闇の中では思わぬ不覚を取る恐れがある」

 

「十文字くん・・・もしかして、結構本気になってない?」

 

克人の回答に、真由美は納得と戦慄を覚えた。確かに達也にとっては、視界が開けた状況よりも暗かったり障碍物が多かったりする方が楽に勝てるだろう。それを克人が警戒するのは当然の事だ。だが今の言い方では、克人が達也を全力で叩き潰そうとしているように真由美には感じられた。

 

「本気で当たらなければならない相手だ」

 

『あ、これ100%本気だ。私だけじゃ無理かも・・・』

 

真由美は心の中で誰を連れて行こうか考えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日、深雪は授業中もずっと昨日の夜に亜夜子から受け取ったメールについて考えていた。

 

『明後日・・・』

 

メールの内容は、国防軍が達也を襲撃する日時について。それに加えて、もう一つ。

 

『国防軍だけならお兄様が後れを取ることはない。でもそこに、十文字先輩が加わったら』

 

亜夜子からのメールは、克人の来訪に合わせて国防軍が襲ってくるという内容だった。

 

『一対一なら、十文字先輩にも必ず勝利されると思うけど』

 

深雪も真由美と同じく、達也と克人の力関係について正確に把握している。彼女たちは達也の勝利を、達也が最強であることを微塵も疑っていない。だが、達也が無敵でない事も、深雪には分かっていた。克人と国防軍が手を組んだら、魔法演算領域の過負荷で達也が倒れてしまう可能性が無視できない。手を組まなくても、先に克人と戦って力を消耗したところに襲いかかられたなら、思わぬ不覚を取ってしまうかもしれない。

 

『・・・やっぱり、私も行こう』

 

深雪がこの決断を固めたのは、生徒会活動の後片付け中だった。真夜は深雪に、達也の許を訪れてはならないと命令してはいない。だが達也を助けに行くことは、二人に別れて暮らすよう命じた真夜の意に背く行為に違いない。いくら弘樹が援軍に行くとはいえ心配な事に変わりはなかった



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エリカの夢

ほのかたち生徒会役員、それに雫と香澄の風紀委員コンビ、詩奈を待っていた侍朗の組み合わせで駅に向かっていた深雪は、背後から彼女を呼ぶ声に足を止めて振り向いた。弘樹は凛の見舞い(研究の手伝い)のためにここには居なかった

 

「あら、エリカたちも今帰りなの?今日は遅くなったから、もうみんな帰ったかと思っていたのだけど」

 

「見回りの人に追い出されちゃった」

 

「カフェテラスで試験勉強をしていたら、こんな時間になっていた事に気が付かなくて・・・」

 

深雪の問いかけに、エリカがあっけらかんと、美月が恥ずかしそうに答える。

 

「もうすぐ定期試験ですものね」

 

美月の答えに、深雪が頷く。魔法科高校の定期試験は魔法学関係科目と魔法実技。一般科目は筆記試験を行わず日常点で評価。これは三年生になっても変わらない。美月は魔工科だから試験内容が少し違うが、ここにいるのは全員が一科生の為、内容に変化は無かった

 

「今まで勉強会なんかしてなかったのに」

 

雫のツッコミは言葉足らずだった。正確には「達也や凛がいないのに放課後に学校に残って勉強会なんかしたこと無かったのに」だ。

 

「最近成績が上がってきたし、俺もちょっと魔法大学を狙ってみようと思ってよ」

 

尤も、雫の言葉が足りないのは今更なので、そんな事は気にせずレオが少し照れくさそうに答えた。

 

「あたしは大学に行く気、無いんだけど、この馬鹿が必死に勉強してるのにあたしだけ勉強してないなんて何だか恥ずかしいからね。気合い入れようかと思って」

 

「馬鹿とは何だ!」

 

「賢いつもりなの?あんたの成績が良いのは凛に毎回教えてもらっているからでしょうに」

 

「はいはい、エリカちゃんもレオくんも夫婦喧嘩は止めようね」

 

「「夫婦喧嘩言うな!!」」

 

「でも、エリカちゃん頭いいからもっと早く勉強すればよかったのに」

 

そう言って2人の意見を無視して美月は言った

 

「柴田先輩、やるね・・・」

 

香澄が感嘆を漏らして隣では泉美が頷いていた

 

「・・・言ったでしょ、あたしは進学するつもり、無かったの。高校は親に言われて仕方無く入ったけどさ。まあ、結果的には大正解でこの事だけはちょっぴり感謝してるけど」

 

そう言ってエリカは真面目に返事をした。

 

「高校卒業したら武者修行の旅に出ようかとも考えていたのよ」

 

「えっ!?」

 

「いや、私。凛を見てさ、いろんな武術に興味が湧いてさ。それに凛にいいバイト紹介してもらったからさ。そこでお金貯めて世界中を旅したいな・・・って思ってさ」

 

照れ臭そうにエリカは言うと深雪たちは真剣な目を向けた

 

「・・・それは魔法大学卒業後でも、出来るんじゃないかしら?」

 

「えっ?いや、そんなわけにも行かないでしょ?大学を出たらいい年だよ?」

 

深雪の言葉のエリアは両手を上げて左右に振っていた

 

「年齢なんて関係ない。素敵な夢だと思うわ。凛だったらきっと進んで援助をするでしょうね。お兄様が良いとおっしゃればアルバイトせずに出来る良い援助させてもらうわよ」

 

「いやいやいや」

 

深雪の言葉にエリカは焦っていた

 

「私も素敵な夢だと思うよ」

 

「私も。スポンサーは任せて」

 

「いやいやいや・・・ところで深雪」

 

雫やほのかの意見に恥ずかしくなったエリカは強引に話題を変えた

 

「ところで深雪。今度の日曜日、達也くんの所に行ってもいいかな?あたし一人じゃなく、みんなで」

 

「さっき勉強しながら、みんなでそんな話をしたんです」

 

「・・・何か用があるというわけじゃないんですけど」

 

「なんつうか、たまには顔が見たくて」

 

エリカのセリフに、美月、幹比古、レオの順に続いた。ただでさえ世間は達也に無理強いをさせようとしている。それ何のにここにいる友人達はそんな世間に振舞わされる事なくいつも通りに接してくれる事に深雪は不意に目頭が熱くなっていた。だからこそ、深雪は彼らを巻き込みたくないと思っていた

 

「・・・ゴメンなさい。今度の日曜日は、別のお客様がいらっしゃるそうなの」

 

「それって・・・好ましくないお客様?」

 

「本当は言ってはいけないのかもしれないけど・・・お客様は、十文字先輩たちよ」

 

エリカは納得しても他の三人が首を傾げているので、深雪は表向きの来客の名を告げた。それで三人とも克人が何の用事で達也を訪ねるのかに思い当たった。

 

「だからエリカ。おかしなことは考えないでね」

 

そう言って深雪はエリカに釘を刺すと駅で別れる事となった



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別荘への来訪者

土曜日の夜、達也の別荘に予定外の客が訪れた。間違えるはずがない「情報」の接近に、達也はワークステーションの前から立ち上がり玄関前の駐車場まで迎えに出た。

後部座席がスモークガラスになっている大型セダンが滑らかに停車する。運転席と助手席から青年が、後部座席左側から少女がほぼ同時に出てきた。

青年は花菱兵庫と神木弘樹。少女は桜井水波。水波がドアを押さえたまま、綺麗な姿で立つ。兵庫は肩を竦めているような表情で微笑みを浮かべている。そのすぐ後に、後部ドアからこの世のものとも思えぬ程麗しい少女が、水波の手を借りて降りてきた。深雪が黒絹の髪を揺らして顔を上げる。達也と深雪の目が合った。

 

「お兄様!」

 

「よく来たね」

 

感極まった声を上げて、深雪が達也の胸に飛び込む。達也は深雪の華奢な身体を優しく受け止めて、柔らかく抱きしめながら彼女の耳元で囁いた。

 

「お会いしたかったです、お兄様」

 

「俺もだ。水波も無事なようだな」

 

「ご無沙汰しております、達也さま」

 

「弘樹も、だいぶ疲れただろう」

 

「こっちは大丈夫さ」

 

「そうだな。まだ一週間しか経ってないのに、随分久しぶりな気がする」

 

そう言って兵庫に明日の夕方に迎えにくるよう伝えると達也は弘樹達を連れて別荘に招き入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の荷物はそれぞれ小さな鞄が一つずつ。実のところこの別荘には達也の身の回りの品だけでなく、深雪と水波の着替えも用意してあった。弘樹の分は用意がない為、弘樹だけは小さめのスーツケースを持って来ていた

別荘には深夜と穂波がいる為、水波も納得した様子でいたが、ほとんど会ったことの無い叔母に少し緊張をしていた

そんなわけで二人が提げている鞄は大して重くもなかったが、別荘に入るなりピクシーに取り上げられた。正確には、ピクシーがコントロールしている非ヒューマノイド形態のポーターロボットにやんわりと奪い取られた。

手から鞄が無くなったので寝室へ寄る必要が無くなった二人は、達也に案内されるままリビングのソファに腰を下ろした。

 

「お兄様、お母様は何処にいらっしゃいますか?」

 

別荘に入った深雪は初めに母の深夜に挨拶をしようと思っていたが達也はここにいないと返答をした

 

「今、母上は穂波さんと一緒に北海道に旅行に行っている」

 

「北海道・・・ですか?」

 

「ああ、ここ最近の趣味だそうだ。全く、凛の趣味が映ったようだ」

 

そう言って達也は軽くため息を吐いていた。ここ数年、深夜は全国を旅行するのが趣味となっており、前に伊豆別荘に居たのは偶々で、あの後すぐに北海道へと向かってしまった。本人曰く「せっかくもらった人生。今までしたかったことを存分に楽しみたい」との事

 

「食事はまだだろう?すぐ用意させる」

 

しかし達也の口からこのセリフが告げられた時、水波は座ったばかりのソファから勢いよく立ち上がっていた。

 

「お兄様、私がご用意致します」

 

声は落ち着いたものだったが、彼女の瞳には並々ならぬ熱意が込められている。それを見て、達也はすぐに説得を諦めた。

 

「・・・分かった。ピクシー、キッチンシステムをマニュアルモードに変更してくれ」

 

「拒否・します」

 

しかし、ピクシーの回答は予想外にも程があるものだった。対応出来ない、ならまだ分かる。マニュアルへの切り替え機能がついているのは把握しているので明らかに嘘だと分かるが、それならまだ、ある意味で誤作動の範疇に何とか収まるだろう。だが自分の意思でオーナーの命令に逆らうなど、機械としてあってはならない事だ。ピクシーが純然たる機械でないことを改めて実感しながら、達也はもう一度命じた。

 

「拒否は許さない。ピクシー、キッチンシステムをマニュアルモードに変更しろ。これは命令だ」

 

「マスターは・その人間の・料理の方が・お好み・なのですか」

 

達也は頭痛を覚えた。薄々感じていたが、この別荘に来てからピクシーの自我が育っているように思われる。達也の命令に背いて自己主張をするのはこれが初めてだが、達也が指示を出す前に自分からあれこれ世話を焼こうとする場面には少なからず心当たりがある。しかし、だからこそ、あまり自由にさせるわけにはいかない。そう思い達也が言おうとした時、荷物を置いて戻ってきた弘樹がピクシーに命令をした

 

『ピクシー、命令だ。キッチンシステムをマニュアルモードにせよ」

 

「かしこまりました」

 

弘樹の言葉のような、思念会話のような声が部屋に響くとピクシーは先ほどとは打って違い、素直に命令を聞き、部屋の隅に座り人形のように停止した。水波はそれを見るとキッチンに入って準備を始めた。弘樹は水波が小さく「勝ちました・・・」と言う言葉が聞こえたが、聞こえなかったことにした。

 

「今のは・・・なんだ?」

 

弘樹の行動に達也が聞くと弘樹は答えた。

 

「いや、ちょっと実験でね。僕がパラサイトに命令できるか試しただけだよ」

 

「成程・・・じゃあ、深雪にもできるのか?」

 

「多分ね」

 

そう言って二人は深雪を見ると今の術式の練習をしようと考えた。



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深雪の決意

料理を作り、達也と深雪に給仕をし、後片付けとお風呂の準備とベッドメークを終えて水波は漸く満足した様子を見せた。メイドの顔色を窺う主という存在に小さくない疑問を覚えながら、達也はピクシーのサスペンドを解除して残りの業務に復帰させた。既に家事はあまり残っておらず保安業務が主体だったが、ピクシーは不平を唱えなかった。達也は少しずれているのを自覚し、自分を心の中で叱責してから、テーブルの向こう側で寛いでいる深雪に目を向けた。

二人がいるのはリビングでもダイニングでもない。バルコニーにテーブルを出して、向かい合わせに座っていた。既に夜九時を過ぎているが、外は薄着でも寒くない。山の中とは言ってもここは伊豆半島で、季節は五月下旬だ。暑くなく寒くなく、丁度いい気温になっている。時折吹く風も、街中とは違いさわやかなものだった。

深雪が目を細めて、そよ風に靡いた髪を抑える。彼女もさっきまで水波とピクシーの毒気に中てられた顔をしていたが、場所を変えたことが気分転換になったようだ。

 

「お兄様、ここは気持ちい所ですね」

 

「そうだな。時期的にも丁度いいのだろう」

 

夜の闇の中、屋内から漏れてくる光が深雪の白い肌を浮かび上がらせる。黒絹の髪は風が吹くたびに星を散らし、黒真珠の瞳は内側から光を放っているように煌めいている。深雪をじっと見つめていると、現実感が薄れてくる。自分と同じ世界に存在している事が信じられなくなってくる。達也でさえも、そう感じてしまう。

 

 

天上の、あるいは魔性の、人外の美。

 

 

「・・・お兄様、その、そんなに見つめられると・・・恥ずかしいです・・・」

 

深雪の声に、達也はハッと我を取り戻す。テーブルの向こうでは、深雪が頬を染め、俯き、膝の上に置いた指を落ち着かなげに何度も組み替えている。知らず知らず、自分が深雪を凝視していた事に達也は漸く気が付いた。

 

「すまない。つい見惚れていた」

 

「そんな・・・見惚れていた、なんて・・・」

 

「本当に済まない。この通り謝るから、顔を見せてくれないか」

 

「・・・はい」

 

深雪が赤みの引かない顔を、そろそろと上げる。上目遣いに達也と視線を合わせ、すぐに恥ずかし気に目を逸らした。

 

「・・・真面目な話をしても良いだろうか」

 

「・・・はい」

 

達也の声音に何かを感じたのか。深雪が目元に朱を残しながら達也としっかりと目を合わせた。

 

「お前が今日来てくれたのは、明日の事を知ったからか?」

 

「そうです。お兄様こそ、ご存知ですか? 明日訪ねてくるのが、十文字先輩だけでないことを」

 

「ああ、文弥から連絡があった」

 

「そうですか・・・」

 

短い沈黙の後、達也が口を開く。

 

「・・・深雪、俺はお前に、危ない真似をさせたくない」

 

「存じております」

 

深雪の返答の後、再び短い間が生じた。

 

「お兄様と十文字先輩の戦いに、手は出しません」

 

「十文字先輩の訪問は、話し合いが目的だぞ」

 

「それだけで済まないのは、お兄様にもお分かりのはずです」

 

「ああ・・・そうだな」

 

達也がため息を吐く。その顔に浮かぶは、面倒だという表情ではなく、避けられない衝突を嘆く表情だ。達也は克人を、出来る事なら戦いたくない強敵と認識していた。

 

「お兄様」

 

「何だ?」

 

「十文字先輩は、あの秘術を使うでしょう」

 

「あれは魔法師生命を縮めるものだぞ」

 

十文字家の切り札。二人がそれを知ったのは、最近の事だ。遠山つかさを庇い、克人が達也の前に立ちはだかった時に、克人との衝突が避けられないと知って四葉本家から聞き出した十文字家の秘密。その代償は真夜に対する大きな借りになっている。

 

「お兄様、今のままでは恐らく十文字先輩は明日の戦いにその秘術を使います。そうなれば苦戦は免れません」

 

「・・・深雪、叔母上の許可は取ってあるのか?」

 

「・・・龍神殿から解呪の式を受け取りました」

 

龍神。つまり、凛の許可を受けたという事は真夜も納得しての事だろうと納得すると達也は深雪を別荘の中に入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘に戻ると弘樹がスーツケースから折りたたみ式の供物台と、樒の入った陶器製の花瓶を二つ置いて準備をしていた

 

「お、戻って来たんだね」

 

「・・・成程、だから弘樹はあんな大荷物だったのか」

 

「まあね、じゃあ深雪。僕は着替えてくるから深雪も準備してね」

 

「はい、分かりました。弘樹さん」

 

そう言うと弘樹は水波に指示をして準備をさせた。その様子に達也は弘樹に声をかけた

 

「すまないな。どうやら迷惑を掛けたようで」

 

「いいよいいよ、それに達也の誓約の解呪は元々高校を卒業したら外す予定だったんだ。それが早まっただけだよ」

 

「そうなのか?」

 

そう言って達也は少し驚くと弘樹はさらに話を続けた

 

「ああ。姉さん無しでこういうのするのは初めてだけど。まあ、頑張ってみるさ。じゃあ僕も着替えて来るから。達也はそこで待ってて」

 

そう言うと弘樹は自分の泊まっている部屋に戻るとスーツケースから着替えを取り出し、衣冠に着替えて出てきた。



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誓約の解呪

弘樹に指示され、浴槽で洗い終わった深雪は弘樹から渡された服を見た。その服は見覚えがあった

 

「水波ちゃん。これ、あの時の服よね・・・」

 

「そう・・・ですね・・・」

 

そう言って深雪は広げるとそれは顧傑の事件の時に凛からもらったあの青い袴だった。だが、あの時と違うのは全体的に薄く、あの時よりも軽装に見えた

 

「これは緋袴・・・じゃなくて青袴?」

 

「そう見たいですね・・・」

 

そう言ってその隣には青色の袴が置いてあった。そして深雪は渡された服に着替えると今度は風呂場に達也が入った。その間に深雪は髪を乾かし、手入れが終わると丁度達也が風呂を終えて戻ってきた

 

 

「深雪、そろそろ行くよ」

 

「はい、分かりました」

 

深雪は立ち上がると弘樹の衣装を見た。彼は白い狩衣に黒い鳥帽子を被っていた

 

「水波ちゃん、ありがとう。あとは休んでて」

 

弘樹はそう言い残すと深雪を連れて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弘樹が案内したのは別荘にある和室だった。畳の上には緋毛氈が轢かれ、四隅には盛り塩がされており、中央には大きめの紙に書かれた魔法陣の書かれた紙が置かれ、その上に達也が正座をして座っていた。達也の前には供物台と真白な瓶子と盃が置かれていた

 

「深雪はここに座って」

 

「はい」

 

弘樹に言われて深雪は指定された場所に正座をするとそこは丁度達也と供物台を挟んだ反対側だった

 

「誓約の性質について説明する」

 

達也にいきなり告げられた言葉に、深雪の背筋が更にピンと伸びた。

 

「津久葉家の誓約は、効果ではなく仕組みで言えば、相手に自分の望む魔法を使わせる術式だ。相手に自分の精神を操作する魔法を使わせる。魔法のプロセスに介入する魔法とも言えるだろう。その為、魔法師相手でなければ効果が薄い」

 

深雪は理解した印に頷いた。すると続きを弘樹が言った

 

「魔法のプロセスへの介入という性質上、誓約は意識の深層『ゲート』の近くに仕掛けられる。そのシステムはゲートキーパーに近い感じだね」

 

「お兄様が開発されたゲートキーパーに、ですか?」

 

「そう。誓約が魔法を使わせる術式で、ゲートキーパーは魔法を使わせない術式。システムが類似するのも当然かもしれない。故に誓約は、ゲートキーパーの応用で完全に消去出来るはず」

 

「じゃあ、今回はその方法で行うのですか?」

 

深雪の言葉に弘樹は頷きながら盃に純水を入れた

 

「ああ、だから深雪。これを飲んで」

 

「これは・・・酒ですか?」

 

「いやいや姉さんじゃ無いんだからそんな事はしないさ」

 

そう言って深雪の言葉に弘樹と達也はガクッとなってしまった。凛がいれば確かに酒を飲ませていたかもしれないが弘樹は深雪にそれは純水だと伝えると

 

「水は体を清めるのに一番簡単な飲食物だからね。まあ二人で解呪するんだったらお互いに精神的に繋がらなければいけないから抱き合う形だっただろうけどね」

 

そう言うと深雪は顔を赤くして小さく俯いていた。それを見た弘樹は抱き合うと言う言い方に語弊があったと言うと気を取り直して解呪をする準備をした

 

「申し訳ありません弘樹さん。勘違いをしてしまって・・・」

 

「ああ、ごめんごめん。こっちも言い方が悪かったね。じゃあ、早速始めようか」

 

「はい」

 

弘樹はそう言いながら持ってきた白色天地を取り出すと今回のプロセスを説明した

 

「まず、最初に誓約への想子の供給と止めて。誓約の活性化を行ったところで誓約の魔法式を達也の分解で破壊する。これが今回の解呪の方法だよ」

 

「はい」

 

「それで、僕たちは誓約の活性化を行うプロセスまでを行うから」

 

「はい」

 

「じゃあ早速始めようか」

 

そう言うと弘樹は持ってきた白玉天地を鳴らすと和室にいた全員がまるで宇宙にいるかのような意識に駆られた。深雪はそんな風に感じているとそこに響くように弘樹の声が聞こえた

 

『深雪、今から君の想子の供給を止めるよ』

 

そう聞こえると途端に何かが切れたような感覚が起こり、深雪が次に目を覚ますと、変装を解いた弘樹の尻尾に包まれいた

 

「お疲れ様、深雪。達也も、的確に撃ち抜いたね」

 

「ああ、弘樹が分かりやすくしてくれたからな。簡単に打ち抜けた」

 

「そうか、それならよかっ・・・た・・・よ・・・」

 

そう言うと弘樹は横に倒れてしまった。

 

「ひ、弘樹さん!?」

 

いきなり倒れた弘樹に深雪は驚愕し、弘樹の顔を見た。すると弘樹は小さく呟いた。

 

「あらら、初めてだからかちょっと想子を使いすぎちゃったかな」

 

「弘樹さん。大丈夫ですか!?」

 

「ああ、ちょっと深雪にお願いして良い?」

 

「弘樹さんのためなら」

 

そう言って深雪は疲れた様子の弘樹を見ながらそう言った。

 

「じゃあ、ちょっと手を貸して」

 

「分かりました」

 

そう言って深雪は弘樹に手を出すと弘樹は突如深雪の体を抱き込んだ。

 

「ひ、弘樹さん!?」

 

「ちょっとごめん。こっちの方が早いから・・・ごめん、少し痛いかも」

 

「わ、分かりました」

 

そう言うと弘樹は伸びている犬歯を深雪の首に噛んでいた。

 

「うっ・・・」

 

「!?」

 

弘樹の行動に達也は驚いてしまっていたが。深雪が視線で邪魔をしないでほしいと言うような視線を向けていた為に達也はその様子を見ていた。ある程度首を噛んだ弘樹は口を離すと深雪に感謝していた。彼の口は少し赤く染まり、袴にも少し血がついて居た。

 

「ありがとう深雪。痛かったでしょう?」

 

「いえ、大丈夫です。弘樹さんのお役に立てたなら。これくらい痛くもありません」

 

そう言うと深雪は弘樹に噛まれた場所を触ると既に噛まれた傷跡と血痕は完全に消えていた。

 

「しかし、今のは想子を吸収したのですか?」

 

「うん、手から吸収してもよかったけど。こっちの方が早かったからね。ごめんよ達也、なかなか衝撃的なことをして」

 

「いや、構わない。深雪がいいと言ったなら俺はそれ以上の事は言わない」

 

「全く、そんなんだから姉さんにシスコンなんて言われるんだよ」

 

そう言うと弘樹は上半身を起こすと三人は和室を後にした。



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お断り

日曜日の朝。克人は約束通り、マイカーで真由美が生活している部屋まで真由美を迎えに行った。克人の車は立派な物だった。サイズと、パワーと、堅牢性において。このまま中央アジアの紛争地帯に乗り込めそうな車体を、真由美は呆れ顔で見ている。

 

「十文字くん、これ、国防軍の払い下げ?」

 

「普通の市販車だ」

 

確かにこのSUVはオーダーメイドカーでもなければフルカスタムの改造車でもない。特別仕様車と呼ばれる。オリジナルモデルをチューンナップした少量生産のモデルではあるが、れっきとした市販車だ。

到着するなり不当な疑惑に曝された克人だが、実は彼の方にこそ、真由美に聞いておきたい事があった。

 

「それより七草。渡辺が来るとは聞いていなかったが?」

 

先月も似たような問い掛けをした覚えがある克人の視線は、何時もより少し鋭かった。真由美の隣で摩利が「もっと言ってやってくれ」と言いたげな顔で何度も頷いている。真由美は「これぞお手本!」と言いたくなるような誤魔化し笑いを浮かべた。

 

「まぁ良いじゃない。摩利も後輩の事が気になるんでしょう」

 

「おいっ!あたしが自分から参加したような言い方をするんじゃない!」

 

真由美の、いっそ潔い程の責任転嫁に意表を突かれた摩利が声を上げる。しかし、少し抗議されたくらいで前言を翻すくらいなら、こんな見え透いた嘘は吐かないだろう。

 

「またまたぁ。摩利ったら、てれちゃってぇ」

 

「お前な・・・」

 

「そんなことより、出発しましょう!時間は限られているんだから」

 

「そうだな・・・」

 

今日はこれ以外に予定を入れていないが、こうして揉めていても時間の無駄にしかならないのは確かだ。克人はそう思って運転席に戻り、真由美はうきうきした表情で後部座席に乗り込む。摩利は諦め顔で、真由美の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊豆へ向かい出発した克人一行は、現地到着後ある意味予定通りの展開にぶち当たった。

 

「お断りします」

 

そう発言したのは達也。そのセリフが向けられた相手は、別荘の応接間で達也の正面に座る克人。達也の隣には深雪が座り、内心が全く窺い知れない顔を、克人の隣に座る真由美に向けている。真由美はさっきから深雪の視線に気圧されながらも、久しぶりに見た婚約者の顔をぼんやりと眺めている。

 

「何故だ」

 

克人の重々しい声は達也に向けられたものだが、真由美は思わず腰を浮かせそうになった。それ程の迫力に、達也ばかりか深雪もまるで動じた様子が無い。

 

「逆に伺いたいですね。十文字先輩は何故、俺がディオーネー計画に参加すべきだとお考えなんですか?」

 

達也が拒絶を返した、克人のリクエスト。それは達也にUSNAのディオーネー計画へ参加して欲しいというものだった。

 

「司波、俺は二年前、お前にこういった。お前は十師族になるべきだ、と」

 

「ええ、覚えています」

 

「十師族はこの国の魔法師の、助け合いのシステムの一環として九島老師がお作りになったものだ」

 

「一環と言うより相互扶助システムの管理者だと思いますが・・・それも理解しています」

 

「俺は強い力を持つ者、優れた力を持つ者には、それに見合った責任が生じると思っている。魔法師の大半は、大した力を持っていない。暴力という点に限っても、魔法を持たぬ、武術や格闘技で鍛えた一般市民に敵わない魔法師が大半だ」

 

「程度の差によると思いますが。それに魔法師も軍や警察に奉職しない限り一般市民です」

 

「そんな詭弁を・・・」

 

克人を挟んで真由美の反対側に座っていた摩利が呆れ声で呟くが、達也はその言い分を無視した。克人も気にしなかった。

 

「だが魔法師ではない者は、魔法師を別の種族と考えている。それはこの国に限らず、現在世界各地で起こっている事を見れば分かることだ」

 

「全員がそう考えているわけではありませんが、それはひとまず横に置いておきましょう」

 

「魔法師が人間とは別種族だという考え方には、欠片も賛同するつもりは無い。だが、魔法師が人類の中でマイノリティだという事実も忘れてはならない。魔法師同士は、助け合わなければならん。その意味で、老師が作った十師族という制度は正しいと俺は思っている」

 

「魔法師同士の助け合いが、魔法を使えない人間に対する蔑視と排斥に繋がらなければ、俺も正しいと思います」

 

「・・・それは魔法師がエリート階級として魔法を使えない人間を見下す、ということか?」

 

摩利が克人の隣から「考え過ぎではないか」というニュアンスで問いかける。達也は摩利のセリフを、今度は無視しなかった。

 

「将来的には、あり得ない話ではありません」

 

「司波。お前も十師族の一員なら、同じ魔法師に手を差し伸べるべきだ」

 

克人は摩利の質問と達也の回答を二つとも無視した。

 

「十文字家のご当主。失礼ながら、達也様は四葉家当主の縁者ですが」

 

ここで初めて深雪が口を挿んだ。なお昨晩、あれから達也と話し合って、幾つかの決まり事を設けた。克人に対して「十文字家ご当主」という呼びかけもその一つだ。

 

「存じ上げている。しかし十師族は役目であって血統ではない。俺はそう考えている」

 

克人の返答に、深雪は柳眉を釣り上げたが克人はその程度で動じたりはしなかった。



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交渉決裂

克人から視線を向けられた達也だったが、全く表情を動かす事はしなかった。それを見て克人は、話を先に進める事にした。

 

「例の戦術級魔法について、俺はお前を非難するつもりは無い。全くのお門違いだからな」

 

例の戦術級魔法とは、中央アジアで武装ゲリラの少女が使用した能動空中機雷の事だ。九校戦の中止という、魔法科高校生にとっては大きな波紋を広げた事件だったが、達也は最初から欠片も罪悪感を覚えていないので、眉一筋も動かさなかった。その事に少し計算違いを覚えながら、克人は話を続ける。

 

「だが今回、ディオーネー計画にお前が参加する事で、魔法が戦争の為だけのものではないと大いに訴える事が出来る。新ソ連の計画参加表明で、日本は魔法の平和利用に出遅れているという好ましくないイメージが広まりつつある。これ以上、国内の魔法師に対する誹謗中傷の悪化を看過する事は出来ない。有効な対策が必要なのだ」

 

「十文字様のご懸念は理解出来ますが、何故達也様なのですか?魔法大学にも世界的な権威である先生方がいらっしゃいますが」

 

深雪の指摘に、克人は即答出来なかった。国家的な問題を高校生一人に押し付けるな、という正論は克人にも分かっていた。それでも彼は十師族当主としての使命感から、答えを返そうとした。

 

「それはね、深雪さん」

 

しかし、克人の機先を制するように真由美が口を開いた。これは真由美自身の考えではなく、アイコンタクトで達也が真由美に合図を出した結果だ。

 

「達也くんが、エドワード・クラークの指名したトーラス・シルバーだからよ」

 

「なにっ!?」

 

真由美のセリフに最も強い反応を見せたのは摩利だった。克人は少し非難するような視線を真由美に向け、深雪は微かに眉を顰めるのみ。達也の表情筋は微動だにしなかった。

 

「仮に達也様がトーラス・シルバーだとして、それが何だと仰るのですか?」

 

「えっ・・・?」

 

深雪の思いがけないセリフに、真由美はぽかんとした表情を曝してしまう。

 

「達也様がトーラス・シルバーだとしても、未成年の高校生という事実は変わりませんよ。もっとも、四葉家は達也様がトーラス・シルバーだなどと認めるつもりはありませんが」

 

セリフで真由美を沈黙に追い込んで、更にダメ押しを付け加えた。トーラス・シルバーの正体を達也だと決めつけるのならば、四葉家との全面対決もあり得るとほのめかす一言を。

深雪には、七草家と十文字家を同時に敵とする覚悟がある。真由美には、七草家と四葉家との全面抗争の引き金を引く覚悟が無い。それがこの場における、二人の違いだ。

 

「司波」

 

膠着した空気を打ち破ったのは、やはり克人だった。

 

「あくまでも、プロジェクトへの参加は受けられぬと?」

 

「受けられません。あのプロジェクトには、裏がある」

 

「この国の魔法師を苦境に追い込むだけの、正当な理由があるというんだな?」

 

「そうご理解していただいて構いません」

 

達也と克人の視線がぶつかり、火花を散らす。

 

「分かった・・・このような手段は不本意だが、やむを得ん」

 

克人が立ち上がる。

 

「司波、表に出ろ」

 

達也が立ち上がり、克人の目を見据える。

 

「十文字克人、本気か?」

 

悲鳴を呑み込んだのは、真由美か、摩利か。冷気が漂い始める。発生源は深雪ではなく、達也が放つ、鋼の冷気。

 

「既に状況はギリギリだ。お前に拒否は許されない」

 

歯を食いしばる呻き声は、深雪か、水波か。克人の身体から、地球の重力を数倍に増加したような重圧が放たれる。

 

「良いだろう。ピクシー、CADを」

 

「かしこまりました、マスター」

 

達也の命令に従い、ピクシーがCADのケースを持って歩み寄る。

 

「先に行っているぞ」

 

克人が達也に背を向け歩き出す。背後から奇襲を受ける恐れは、全く懐いていない。水波が慌てて玄関の扉を開けに走った。

 

「七草先輩、渡辺先輩」

 

克人がいなくなったことで、達也が少し、語調を緩めた。そのお陰で二人が金縛りから解放された。

 

「お二人とも、用意があるでしょう。先に行ってください」

 

「私たちが十文字くんに加勢しても構わないの・・・?」

 

「今更ですね」

 

「大した自信だな。後悔するぞ?」

 

「どのような結果になっても、後悔はしませんよ」

 

「・・・摩利、行きましょう」

 

「ああ・・・達也くん、その言葉、忘れるなよ」

 

真由美が立ち上がり摩利を促し、捨て台詞を残して摩利は真由美と共に克人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

克人たち三人は、SUVの前に固まって達也を待っていた。達也が深雪と水波を引き連れて別荘から出てくる。達也は克人の許へと歩みより、そのまま前を通り過ぎた。

 

「ついてこい。このままでは別荘が壊れる」

 

すれ違いざま、達也が克人にそう告げる。深雪、水波の順に通り過ぎた後、少し間隔を置いて克人はその後に続いた。真由美と摩利も、慌てて克人に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也達と克人達が別荘から移動するのを空中で確認した弘樹は隣の席に座っている人物に声をかけた。

 

「ね・・・花梨さん。達也達が動きましたので。機体を移動させてください」

 

「分かりました」

 

そう言って弘樹は隣に座っていた女性に声をかけると今度は後ろの方を見た。

 

「みんな、機体を下すから。森に降りたら予定通りにお願い」

 

そう言うとティルトローターの貨物室にいる六人は頷くとそのうちの四人が扉を開けて森の中に降りて行った。



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達也VS克人

達也と克人の動向を、木の陰に隠れて覗いていた者がいる。その男は最後尾の摩利が十分に遠ざかったのを確認して、腕時計を口元に近づけた。

 

「こちらネズミ。司波達也が別荘を出ました。閉鎖されたゴルフ場に向かっている模様」

 

その腕時計は、バンドの一部が通信機のマイクになっていた。

 

『イノシシ、了解。監視を切り上げ、本隊に合流せよ』

 

伊達メガネのツルに仕込まれた骨伝導スピーカーが通信相手の回答を届ける。

 

「行き先を確認しなくてよろしいのですか」

 

『閉鎖ゴルフ場方面にはサルを、分岐方向にはトリを監視に出している。リスクを冒して尾行する必要は無い』

 

「ネズミ、了解」

 

ネズミのコードネームを使っている男は、陸軍情報部特務課に所属している諜報員だった。今日達也を襲撃する予定の部隊は、遠山つかさが所属する防諜課が主体になって構成されているが、山の中で達也を見失う事が無いよう特務課からも監視員を出しているのだ。

ネズミは先日、達也の許を訪れた少女の盗撮データを破損させてしまうというミスを犯している。その件は機械の故障だろうという結論になって、ネズミ本人が咎められる事は無かった。だがこの世界で十年以上生き延びているネズミにとっては、大層不本意な一件だった。司波達也に接触した清楚な少女の正確な顔形は持ち帰ったとはいえ、似顔絵では写真データと違って変装を暴く骨格照合までは出来ない。事実、あの女臭さが無い植物的な美少女の正体は未だに判明していない。今回の任務は、ネズミにとって謂わば雪辱戦だ。行く先が本当に確定するまで、尾行を続けたいというのが本音だった。そんな事を思った次の瞬間、男の視界が突如暗転し、そこからの記憶は途絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊豆半島には前回の大戦中、対空陣地として接収されたゴルフ場が幾つもあった。それらは大戦終結後、元の持ち主に返却されるはずだったが、再整備のコストと予想収益を天秤に掛けて、運営会社が受け取りを拒否したゴルフ場もあった。そうしたゴルフ場は国が法の定める補償金を支払って国有地になったが、そのすべてが対空兵器を撤去しただけで後はそのまま放置されている。達也が克人を連れてきたのは、そういう閉鎖されたゴルフ場の一つだった。

 

「ここならば家屋の被害を考慮する必要は無い」

 

達也が足を止め、振り向き、克人に向かって告げる。

 

「こんな開けた所で良いのか?」

 

克人の問いかけの意味は、こんな視界が開けた所では相手にならんぞ、という挑発だ。

 

「十文字殿は言い訳が欲しいのか?」

 

達也の挑発返しは定番のものだが、ある程度は効果があったようだ。

 

「・・・良いだろう。司波、初手は譲ってやる」

 

そう言うと同時、克人の魔法障壁展開により、二人の戦いの火蓋が切られた。克人のセリフは、自分の防御を敗れるものなら破ってみろという更なる挑発だ。対する達也は、これ以上言葉で殴り合う意思を見せなかった。

魔法のように、という表現はこの場合相応しくないだろう。達也の右手には、いつの間にか拳銃形態のCADが握られていた。抜く手も見せず、達也はシルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を克人に向けていた。克人の周りで、激しい閃光が何度も弾ける。肉眼では見えない光だが、この場にいるのは全員が優れた魔法師で、想子光の爆発を確認出来なかった者はいない。

閃光の発生は、合計十八回。それが達也の攻撃回数。そして克人の身体には、達也の攻撃が一発も届いていない。

 

「領域干渉、情報強化、想子ウォールか」

 

「よく見破った、と言いたいところだが、見ているだけで俺は倒せんぞ」

 

達也のセリフは克人に対する揺さぶりだったが、その意図は簡単に見破られていた。達也が再び分解魔法を放つ。

想子ウォール。その名の通り想子を高密度に固めた壁を自分の周囲に築く魔法。術式解体の防御版にも見える魔法だが、十三束の先天的防御と違い想子を固める段階で構造が発生している。だから達也の魔法で分解できる。

しかし想子ウォールを分解した直後、強力な領域干渉のドームが立ちはだかる。領域干渉フィールドを分解すれば今度は情報強化の盾が翳される。

それを破ればまたしても想子ウォール。領域干渉。次は情報強化かと思いきや、もう一度領域干渉。想子ウォール。情報強化。領域干渉。情報強化。想子ウォール。想子ウォール。領域干渉。情報強化・・・このように三種類の対抗魔法防御が次々と展開される。

同時展開ではないから、一度に消し去ることが出来ない。規則性が無いから、あらかじめ複数の分解魔法を一纏めにして放つことも出来ない。同じ種類の魔法が同時に展開されていれば、達也はそれらを魔法的に同じものとして処理する事が出来る。つまり、一度に分解する事が出来る。

しかし克人の魔法障壁は、展開済みの防壁の崩壊をトリガーとして、次々と生み出されているものだ。達也と言えど、まだ存在していないものを分解する事は出来ない。

何かが作り出されようとしているかが分かれば、それを作り出す構造を破壊する事も出来るが、工場の役目を果たす構造自体が壊れる都度生み出されていくのだ。これを達也と同等のスピードで続けられれば、分解が追い付かなくなる。

分かっていた事だが、自分の魔法は防御型ファランクスに対して、圧倒的に相性が悪い。それを達也は事実として思い知ったのだった。

障壁の崩壊に伴う想子の閃光が消える。早くも手詰まりとなった状況を打開する為、達也が一旦攻撃を中止したのだ。その直後、達也に向かって二次元の壁が押し寄せる。物質不透過の壁を間断なく叩きつけ、標的を押し潰す魔法。攻撃型ファランクス。

それは既に、魔法として発動済みのもの。既に、そこに、あるもの。既に存在するならば、達也に分解出来ない魔法式は無い。達也は二十四層に及ぶその魔法障壁を、一撃で消し去った。

 

『ほぅ・・・』

 

克人が感嘆を漏らし、ニヤリと笑う。攻撃型ファランクスが達也の魔法に対して致命的に相性が悪いと一度で理解しながら、少しも動揺した様子が無い。

克人が腰を落とす。達也のエレメンタル・サイトには、克人の魔法演算領域が激しく想子光をまき散らしているのが見えている。

魔法演算領域の過剰活性化。先月、一条家当主、一条剛毅が陥ったオーバーヒートの前兆だ。かつて、四葉家元当主、四葉元造の命を奪ったオーバーヒートの前兆だ。

 

『来る・・・!』

 

達也が身構える。克人の巨体が飛んだ。対抗魔法の障壁に加え、対物障壁を球状に展開した克人が、自らを砲弾と化して突っ込んでくる。

達也が左手を突き出す。その掌から、高圧の想子流が撃ち出された。術式解体。克人を包む対物障壁が消え、領域干渉を突き抜け移動魔法を消し去る。

しかし、克人の身体がまだ空中にあるうちに、移動魔法と対物障壁が復活する――否、新たに発動される。克人が迫る。衝突寸前、達也は対物障壁の破壊に成功した・・・だが、移動魔法は無効化出来なかった。克人のショルダータックルを、達也は肩で受けた。

 

「達也さま!」

 

 

思わず声を上げたのは深雪ではなく水波だった。達也の身体が大きく吹き飛ばされ、雑草に覆われた地面に落ちた。深雪は唇を引き結び、達也をジッと見つめている。

達也は自ら転がりながらフラッシュ・キャストで発動した移動魔法を併用して、克人から大きく距離を取った。克人からの追撃は無かった。勝利ではなく、屈服させることが目的だ、と言わんばかりに。

 

「硬化魔法まで使うのか」

 

立ち上がった達也が呟く。自分が当たり負けしたのは、克人が自分のジャケットの、肩の部分に発動した硬化魔法によるものだと、達也は弾き飛ばされた後に気付いた。

 

「使えない道理はあるまい?」

 

再び克人から余剰想子光が放たれる。魔法演算領域のオーバーヒートに繋がる過剰活性化。それを克人は意識的に起こしていると、達也は知っていた。

十文字家の切り札『オーバークロック』。自分のポテンシャル以上に魔法演算領域の活動を引き上げて、一時的に魔法力を増大させる技術。これは魔法師としての寿命を代償にして勝利を得るための技術だ。決して敗退が許されない「首都の最終防壁」に刻み込まれた呪詛だ。

先代の十文字家当主、十文字和樹は度重なるオーバークロックの使用により魔法を失った。克人はそれを、目の当たりにしている。それでもなお、この技術を使って達也を倒しにかかっている。

達也は地面すれすれを飛んで突っ込んでくる克人の対物障壁を分解し、横にステップしてタックルを躱す。だがすれ違い終える前に、対物障壁が克人を包んで急膨張する。

達也が再び、撥ね飛ばされた。地面に転がる達也に、克人が迫る。踏み下ろされる克人の右足。その靴裏には、ソールの形に合わせた対物障壁が貼り付いている。

達也はギリギリで克人の踏み潰しを避けたが、片膝をついて身体を起こした達也に克人の拳が突きだされる。至近距離で攻撃型ファランクスが撃ち出される。達也はそれを、消し去ってみせた。

だがそのすぐ後ろから迫る拳は、対物障壁と領域干渉に包まれていた。領域干渉は、術者以外の魔法の発動を妨げる。拳をブロックした達也の腕は、不自然な方向に曲がった。

背後に跳んで拳の威力を殺す達也。足が地面を触れた時には、腕の骨折は無かったことになっていた。しかし着地した直後では、跳躍の為の踏ん張りは利かない。コンマ数秒あれば回避できただろう。

しかし、その僅かな時間を克人は許さなかった。克人のショルダータックルが再び達也に決まる。達也の身体が十メートル近く飛ばされた。乗用車にぶつかったとしても、こんなことにはならないだろう。おそらくは、大型トラックに撥ねられたに等しい衝撃。

達也が地面に伏す。地面には、彼が吐き出した血が飛び散っている。内臓に大きな損傷を折っているのが確実だ。

 

「達也くんっ!」

 

悲鳴を上げたのは、克人側についている真由美だった。深雪は右手で左手をギュッと握り締めて胸に当て、達也から目を逸らさず無言で耐えていた。

克人が右手を達也に差し伸べる。

 

「おい、止めろ!」

 

摩利の呼び止めを無視して、克人は俯せて倒れたままの達也へ攻撃型ファランクスを放つ。装甲車すら押し潰す二次元の障壁が達也に迫る。しかし、三十二層に及ぶ障壁は、達也に接触する直前に消え去った。

 

「何っ・・・?」

 

達也に抵抗力が残っていると思っていなかった克人が意外感を超えに漏らす。



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達也VS克人2

克人の攻撃型ファランクスを打ち消した後、達也の腕が動いた。両手をついて、上半身を持ち上げる。ゆっくりと立ち上がる。その口元に血の痕跡が無いばかりか、雑草に覆われた地面からも血痕が消えていた。

 

「司波。それがお前の『再成』か・・・」

 

さすがの克人も、驚愕を隠せなかった。だが彼はすぐに気を取り直して、再び防御型ファランクスを展開した。達也は何も言わない。その表情には何の感情も浮かんでいない。人間味が、徹底的に欠如している。

達也の左手が克人へ差し伸べられた。その手には、拳銃形態のCADが握られている。ただし、今もだらりと下ろした右手にぶら下げている物とは少し形状が違っていた。CADの先端・・・銃口にサイレンサーのような物が取り付けられている。十五センチほどの、金属製の棒。

如何なる予感に捕らわれたのか、克人が突進を躊躇する。前ではなく、横に跳ぼうとする。しかし、達也が引き金を引き絞る方が早かった。何が起こったのか、克人を含め視認出来た者はいなかった。ただ、魔法が使われた事だけは分かった。

 

「ぐっ・・・」

 

克人が両膝を付く。

 

「十文字くん!?」

 

「十文字!?」

 

真由美と摩利が悲鳴を上げる。克人が右手で押さえる彼の左腕は、肘のあたりが炭化していて、そこから先が地面に転がっていた。

 

「何を・・・した」

 

答えが返ってくるはずはない。そう知りつつ、克人は問わずにいられなかった。いったい何が彼の障壁を貫いたのか、それを聞かずにはいられなかった。

 

「バリオン・ランス」

 

だが克人の予想に反して、達也は答えを返した。

 

「ランス・ヘッドを電子、陽子、中性子に分解し、陽子に電子を吸収させ、中性子線を放つ対人魔法」

 

「中性子砲だと・・・それは国際魔法協会が禁じる放射能汚染兵器だぞ!」

 

克人は奥歯を噛みしめて苦痛を堪え、達也を非難する。しかし達也は何のリアクションも見せず、淡々と説明を続けた。

 

「放射線汚染は起こらない。放射性残留物質は残らない。攻撃したという事実を残して、攻撃に用いた中性子は全て元に戻している」

 

「再成か・・・」

 

「そうだ」

 

達也はランス・ヘッドを再び克人に向ける。今度は、克人の心臓へ。

 

「十文字殿、降伏してもらおう」

 

「っ・・・」

 

「貴方のファランクスでは、俺のバリオン・ランスを防げない。それは理解出来たはずだ」

 

「・・・」

 

「そして、手を抜いていた俺に対して、貴方は圧倒する事が出来なかった」

 

「なにっ!」

 

達也がバリオン・ランスの説明をしたのは、克人に降伏を勧告する為で、更に達也が手を抜いていたと告げたのは、彼の目がまだ諦めていないのを見て取ったからだ。

 

「十文字くん!」

 

真由美がCADを操作する。しかし、起動式は出力途中で凍り付いた。

 

「深雪さんなの!?」

 

真由美が深雪を鋭く睨みつける。

 

「対抗魔法『術式凍結』。七草先輩、CADは使えませんよ」

 

深雪は慈愛すら感じさせる穏やかな表情で、静かに宣言した。

 

「だったら!」

 

今やCADは魔法師にとって必需品だが、魔法を発動する為に必須の物ではない。そもそも現代魔法は、思うだけで現実を捻じ曲げる超能力から発展したもの。魔法力が高い魔法師は、使い慣れた得意魔法ならばCAD無しでも魔法を使う事が出来る。

ただ魔法を発動するまでに時間がかかるのと、魔法演算領域に魔法式の構築を促す自己暗示の為の『呪文』が必要なだけだ。

 

「セット:エントロピー減少・密度操作・相転移・凝結・エネルギー形態変換・加速・昇華:エントリー! 事象改変実行! 魔法名『ドライミーティア』!」

 

これが現代魔法の呪文。英語と日本語が混じっているが、言語の種類は関係ない。概念を明確に言語化して自分自身にインプット出来れば、声に出す必要もない。

だが、敵の前でこれだけの手間を要する。イコール、同じ時間、隙だらけの姿を曝す事だ。現代魔法が呪文を捨て、CADを選んだのはそれを避けるため。

だが深雪は、真由美が呪文を口にしている間、攻撃を仕掛けなかった。その必要が無かったからだ。真由美のドライミーティアは、発動しなかった。

 

「領域干渉・・・なんて強度なの・・・」

 

「手出し無用です。お兄様の邪魔はさせません」

 

呻く真由美に、深雪が宣言する。摩利が無言で地面を蹴った。彼女の手には、何処に隠していたのかファイティングナイフが握られている。魔法が使えないなら物理的な武器で深雪を無力化しようというのだろう。

その考えは正しい。深雪が一人であったなら。水波が見た目通りの少女であったなら。ここに達也達以外の人物がいなかったら。

摩利が咄嗟に後ろに気配を感じ、振り向こうとしたが。その前に首筋に剣が当てられた。動けなくなった摩利に水波が拳銃を向けた

 

「渡辺さま、武器をお納めください」

 

「言う通りにしておいた方がいいと思われますよ。渡辺先輩」

 

こんな時でも、水波の言葉遣いは丁寧だった。摩利が「くっ」と奥歯を噛みしめ、後ろからの声の主の名を言った。

 

「弘樹、なぜ邪魔をする」

 

「なぜって・・・そりゃ達也の友人だからですよ」

 

そう言って弘樹はちょうど真由美や克人から狙えないような位置取りをとっていた。

拳銃は魔法師にとっても脅威だ。まして今は、深雪の領域干渉で魔法が使えない状態。拳銃を構える水波の手つきは明らかに慣れていて、付け入るスキが無い。

卑怯だぞ、とは、摩利は言わなかった。自分はナイフしか用意していなくて、この後輩の少女は銃を隠し持っていた。そして後ろから弘樹が近づいている事に気づかなかった。自分が甘かったのだ。そこから目を背ける事は、摩利自身の矜持が許さなかった。

 

「十文字!どんな絡繰りがあろうと所詮は中性子線だ!お前の中性子バリアなら防げるはずだ!」

 

その代わりに克人に「諦めるな」とエールを送るが、克人は膝をついたまま動かなかった。

 

「生憎だが中性子バリアでは、俺のバリオン・ランスは防げない」

 

「何を!?そんなハッタリが通用すると思ってるのか!中性子バリアは完成した技術だ。中性子線を完全に防ぐことが出来る!」

 

その反論に摩利の後ろにいた弘樹が「だからですよ」と答えた。

その言葉の意味を理解できたのは克人しかいなかった。

中性子線は極めて貫通力が高い。物質の特性はそのまま情報に反映されるから、中性子のエイドスには、貫通力が高いという情報が刻まれる。魔法は情報を介して事象に干渉する技術だ。情報的にも「貫通力が高い」中性子線を、魔法で遮断するのは難しい。「遮断が難しい」と定義されているのだから。

だがそもそも現代魔法はその黎明期、核分裂がもたらす災禍の防止を第一目標としていた。中性子線の遮断は、現代魔法が避けて通れないテーマだった。多くの研究資源が、魔法により中性子線を遮断する方法に注がれた。その結果生み出されたのが、中性子バリア。中性子線を遮断する為だけの完成された魔法。

魔法師は中性子線を遮断する時、中性子バリア以外の魔法を使わない。それが唯一、中性子線を遮断出来る完成された魔法だから。既に完成された魔法があるのに、他の術式を模索する魔法研究者はいなかったし、何より他の術式で中性子線の遮断に成功した例しがないからだ。

それは、十文字家の魔法師と言えど同じ事。ファランクスの中に含まれる多種多様な魔法障壁の中で、中性子線を遮断するのは中性子バリアただ一つ。そして、使用される術式があらかじめ分かっていれば、達也に分解出来ない魔法は無い。

バリオン・ランスには、ランス・ヘッドを中性子線に変換して射出するプロセスと、ランス・ヘッドを再構成するプロセスと、もう一つ、中性子バリアを分解するプロセスが含まれている。

例え領域干渉で防御しても同じだ。領域干渉を無効化すると同時に、中性子バリアも分解される。そしてその一瞬に、中性子線は標的へと到達する。

さっきも克人は、中性子バリアを展開していないわけではなかった。防御型ファランクスは「どんな攻撃にも対処出来る」魔法防壁だ。高速質量体、液体散布、気体浸透、音波、電磁波、重力波、想子波などに対処する防御と共に、中性子線に対する障壁も組み込まれている。達也のバリオン・ランスは、その防御を貫いたのだ。

同じ事を繰り返しても同じ結果にしかならないと、達也にも克人にも分かっていた。

 

「・・・俺の負けだ」

 

「十文字!?」

 

「十文字くん!?」

 

真由美と摩利の悲鳴を浴びながら、克人は立ち上がり、降参の印に残っている右手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の激闘を双眼鏡で監視していた「サル」のコードネームを持つ情報部員は、この結末に仰天していた。情報部は、二人が激突した結果、克人が勝利すると予測していた。その上で、敗北により弱った達也を拉致しようともくろんでいたのだ。

彼は慌てて通信機をオンにした。待ち受けの電波を探知されるのを恐れて電源を切っていた物だ。今では古風な道具になった純粋光学式双眼鏡をわざわざ引っ張り出してきたのも、万が一にも監視を気づかれない為の用心だった。

通信機をオンにしても、音声を送るような不用心な真似はしない。あらかじめ決めてあったシグナルを送るだけだ。返信はすぐにあった。強攻策だ。

彼の心情は、撤退だった。彼も魔法師の端くれだったが、今の戦いを見て士気はすっかり萎えていた。あれは自分たちが手を出せるレベルではない、と。

サルの所属は特務課だ。同じ情報部の所属でも、防諜課ほど十山家の魔法に信頼を置いていない。十師族でもない十山家の魔法が、あの四葉の魔法師に通用するとは、彼には思えない。

しかし、命令は命令だ。サルは本隊と合流すべく中腰で立ち上がった。あの化け物を狙撃しろと命じられないだけマシだと、彼は自分を慰めた。彼は慎重に後退り、達也たちの姿が木の陰に隠れたところで身体ごと振り返った。

その瞬間、彼の目の中に色の洪水が押し寄せた。人間の色覚を試すような、ありとあらゆる色を帯びた光の粒子が視界の全てを塞いで踊りまわる。彼の意識は、狂喜を誘う光から逃れるように、闇に堕ちた。



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真相と壊滅

達也と克人が向かい合う。克人の左腕は、達也の『再成』によって復元されていた。摩利の背後から弘樹が剣をしまって出てきた

 

「司波。俺をどうするつもりだ」

 

克人が降伏の条件を尋ねる。

 

「このまま手ぶらで帰り、二度と同じ話を蒸し返さないでもらいたい」

 

「・・・そうか」

 

達也の条件はそれだけで、克人はそれを妥当だと思った。敗者の自分には、異議を唱えられないものだと。しかしどうしてもこれだけは言っておかなければいけないと思っていた。

 

「司波。先ほども言った通り、状況は猶予が無いところまで来ている。魔法協会は四葉家の不興を買ってでも、お前がトーラス・シルバーである事実を公表するだろう。そうなれば、世論はお前にプロジェクトへの参加を強要する」

 

達也は何も言わずに克人の話を聞いていた。これは、克人が話を蒸し返しているのではないと理解しているからだ。

 

「それでもなおプロジェクトへの参加を拒むのであれば、日本魔法界に、いや、この国にお前の居場所は無くなってしまうぞ。きっと、四葉殿でも庇いきれない」

 

「例えそうなったとしても、ディオーネー計画には参加出来ない」

 

達也の声に、迷いは無かった

 

「何故なの!?何故そんなに頑なに拒むの!?アメリカは達也くんを実験台にしようとか、無償で働かせようとか言っているんじゃないでしょ!達也くんはある意味、日本の代表という名誉を以て国際プロジェクトに迎えられる。ディオーネー計画自体も、人類の未来に立ち塞がる困難を解決しようとするものよ!日本から孤立してまで拒否する話ではないはずよ!」

 

「魔法を平和利用する利益は、魔法師自身が享受すべきものだからだ」

 

達也は克人に対するものと同じ口調で摩利に答えた。その強い物言いに、真由美が思わず怯んだ。

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「ディオーネー計画には裏の意図がある」

 

「なに?」

 

「金星のテラフォーミングが表の意図。裏の意図は、地球上から自分たちの邪魔になる魔法師を追放する事だ」

 

「説明をしてくれ」

 

克人にリクエストに弘樹が答えた

 

「簡単な話です。ディオーネ計画の実行段階にて、金星衛星軌道、小惑星帯、木星上空、木星の衛星ガニメデに、多数の魔法師を配置しておかなければならない。今の宇宙飛行技術を考慮すれば、一旦その仕事に就いたなら、長期間地球には戻ってこられないでしょう。交代はあるにしても、地球上でリハビリが終わればすぐまた現場に戻される」

 

「幾らなんでもそれは・・・」

 

「計画の必要条件を満たす魔法師は、要求される人数に対してそれ程に少ない。計画の実行段階に投入される魔法師は、人類の未来の為、人柱にされる。魔法師が道具として利用される構図は、魔法師を兵器として使い潰す現状と、何も変わらない。そんな事、許されるはずがない」

 

弘樹の言葉に克人達は何も言えなくなってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也と克人の戦いを監視させていた特務課員から報告を受けて、情報部の達也拉致部隊は襲撃に向け動き出した。その中には遠山つかさも混ざっている。彼女は克人の敗北にショックを受けていたが、それを顔には出さなかった。

つかさの直感は、作戦を中止して撤退しろと囁いている。しかし今回の作戦は、情報部副部長が決行を指示したものだ。彼女に中止を決める権限は無い。

 

『克人さんも戦闘力を失っているというわけではなさそうですし・・・七草家のお嬢さんも、いざとなれば力を貸してくれるでしょう』

 

つかさはそんな気休めで自らを誤魔化しながら、他の襲撃メンバーと共に物音を立てないように進んでいく。標的の達也がいるのは閉鎖されたゴルフ場だ。そこへ通じる道路ではなく、ゴルフ場を囲む山の陰からつかさたちは接近している。

いよいよ、ここを超えれば標的が視認出来る。その瞬間、戦闘開始だ。そう気を引き締めて、鬱蒼と木々が茂った斜面に彼らが足を踏み入れた瞬間。情報部員の目の前に、混沌とした色の洪水が出現した。

一見、出鱈目に明滅しているかに見える光の粒は、人間に睡眠を強制する色彩パターンを描いていた。襲撃チームの半数が意識を刈り取られる。残る半分は、つかさが咄嗟に設置した個体用魔法障壁で光魔法を打ち消し、何とか難を逃れた。

この襲撃の指揮を命じられていた少尉が態勢の立て直しを連呼する。しかし、襲撃チーム一小隊三十余名の内で健在なのは二十名足らず。三人いた分隊長の内、立っているのは一人だけ。指揮系統の崩壊により部隊は混乱していた。

彼女はその隙を突いて襲ってきた。突如、斜面の上から殺到する小柄な人影。否、小柄な、というのは錯覚だった。それは、女性としては平均的な背丈の少女だった。あっという間に先頭の兵士へ殺到し、木々の枝が邪魔をしているにも拘らず、その隙間をすり抜けて銀光を反射する得物を振り下ろす。獲物は、刀。その刀身は、つかさが設置した個体用シールドに激突して停止する。ところが、斬撃を浴びなかったはずの兵士が、ふらりと崩れ落ちた。

 

『さっきの催眠魔法!』

 

シールドが対物防御にシフトしたタイミングに合わせて、部隊の半数を眠りに導いた光魔法が味方兵士を襲ったのだ。まんまとやられた事に、つかさは動揺を禁じ得なかった。

しかし指揮官の少尉はその細工を理解しなかった。それが逆に、決断を停滞させなかった。

 

「撃て!」

 

少尉の命令により、アサルトライフルの銃口が少女へ向けられる。しかし銃弾が発射される前に、大柄な男が少女を庇って立ちはだかった。

鳴り響く銃声。銃弾の殆どが、男の身体に命中するが、男は倒れない。血も流さない。銃弾が男の前に散らばる。

 

「ハイパワーライフル隊!」

 

少尉の声は、悲鳴に近かった。それでも、判断は的確だった。アサルトライフルの銃口をかき分けて、対魔法師用携行火器。ハイパワーライフルを抱えた四人の兵士が前に出る。それと同時に雷鳴が轟いた。ハイパワーライフルの銃声でもなければ、本物の落雷でもない。轟音だけが空気を震わせた。

つかさの個体用シールドは、音波攻撃にも対応しているので、今の轟音で大きなダメージを被った兵士はいない。だが命令は妨げられ、ハイパワーライフルの引き金は、引かれぬままだ。

雷鳴は、一度で止まなかった。古典的な絵画で雷神が打ち鳴らす太鼓のように、何度も何度も空気を震わせる。身体までも震わせる。その所為で、兵士たちは震えているのが空気だけではないと気づかなかった。

突如、地面が割ける。地割れが縦横に走り、根が露出した気が傾く。地割れの深さは大したことないが、兵士の動揺を誘うには十分だった。

 

「撤退! 林の外へ退避せよ!」

 

少尉から命令が発せられたその瞬間、何故か雷鳴は止んでいた。情報部員は、野外で集団戦闘に従事する事は少ない。活動のフィールドは大抵市街地。銃撃戦に及ぶ場合も、単独、または少人数だ。駆け出した彼らの撤退は、秩序だったものとは言えなかった。

その脚に、下生えの草が絡みつく。草の方から絡みついてきたように彼らには感じられただろう。何人も足を取られて転倒する。混乱した状況を、つかさは把握しきれなくなっていた。二本の足でたち撤退を続けている味方の位置は掌握していたが、転んで視界から消えた兵士の座標を見失ってしまう。

認識から消えるのと同時に、つかさが設置した個体用シールドも消える。彼らに、雷光が降り注いだ。鬱蒼と茂る林の中であるにも拘わらず。雷光は天空からではなく、木々の間から撃ち出されていた。

林を抜け出た兵士たちを待っていたのは、雷を浴びた同僚より少しはマシな境遇だったと言えるだろう。みじめさは、上回っていたかもしれないが。

捕獲用のネット弾が、彼らの頭上から襲いかかる。何発も、情報部員全員を逃がさぬように。ただ一人、林の中に留まっていたつかさは、その光景に唇を噛んだ。

彼女の個体用魔法障壁は、銃弾も爆弾も毒ガスも通さない。だが、シールドで守った相手に超人的な身体能力を付与するものではない。シールドごと網の中に捕らえられてしまえば、逃走も抵抗も出来なくなる。まさか暴徒鎮圧用のネット弾が自分の魔法の天敵になるなんて、つかさには考えてもみない事だった。

 

「さて、残るはあんた一人ね」

 

少女剣士、千葉エリカが刀の間合いでつかさに告げる。彼女が迫っている事も、自分の逃げ道が塞がれている事も、つかさは承知していた。

 

「千葉エリカさん?」

 

「ええ、そうよ」

 

エリカは端的に、それだけを答える。つかさが予想した軽口は無かった。

 

「私は国防陸軍曹長、遠山つかさ」

 

「あっ、そっ」

 

興味なし、というエリカの態度が本音か演技か、つかさは見極めようとしたが、上手くいかなかった。

 

「千葉エリカさん。私たちは任務の最中だったのですけど」

 

とりあえずつかさは、突きつけられた刀を無視して舌先三寸で攻める事にした。

 

「ふーん、それで?」

 

「それを妨害した貴女には、ちょっと思いつくだけで暴行、傷害、公務執行妨害、銃刀法違反、これだけの容疑が成立するんですけど」

 

エリカがつかさから目を離さぬまま、深くため息を吐いた。エリカには少しも恐れ入った様子が無かった。

 

「あんたたちさ、少しは学習しなよ」

 

「どういうことでしょう」

 

「たとえ国防軍の士卒でも、基地や演習場の外で武器を携行するには許可と届け出が必要なのよ。あんたたちは包括認可対象外の銃器を無届けで持ち歩いている。銃刀法違反はあんたたちの方なんだけど」

 

「・・・高校生なのに、詳しいんですね」

 

「あんたたち、この前も無許可で演習と称して武器を振り回していたでしょ? 警察は随分とお冠よ」

 

「しかし貴女は、警察官ではないでしょう?」

 

「林の外のあいつらは現役の警官よ。しかも、達也くんに助けてもらった事があるやつの部下たちだから、軍の権威とかを笠に着て逃げようとしても無駄よ。それにあんた、分かってて言ってるでしょう」

 

エリカが呆れ声を漏らしながら、刀を持つ手を下ろした。しかしそこに、隙は生まれなかった。



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頼もしい友人達

エリカは刀を下げたが、それはつかさを見逃すというわけではない。彼女は何気ない動作で「無形の位」を実践していたのだ。

 

「魔法師犯罪に対処する為、警察は民間の魔法師に協力を求める事が出来る。結構有名な特例よ。あたしたち魔法師の間じゃね」

 

その言葉につかさが笑みを浮かべる。その笑顔には、感情と呼べるものが宿っていなかった。

 

「というわけで、大人しくお縄につきなさい。痛い目は見たくないでしょ?」

 

エリカがそう言い終えた瞬間、つかさは自分を魔法障壁で包んだ。間髪入れず、移動魔法を発動する。対象は自分自身。エリカは慌てず、自分目掛けて飛んでくるつかさの身体を横にステップして躱し、その胴を薙いだ。

済んだ音を立てて、刀が折れる。エリカの打ち込みとつかさの障壁に、刃引きした刀身が耐えられなかったのだ。つかさをそのまま、山の奥へ逃走を図るが、その前にレオが立ちはだかった。つかさが空中でショルダータックルの体勢を作り、レオが地面を踏みしめ半身になってそれを迎え撃つ。つかさの障壁とレオの肉体が衝突した。レオは微動だにせず、つかさは後方に弾き返される。それにより、移動魔法の効力が切れた。

エリカが滑らかな足取りでつかさに迫る。地割れが走り、木の根が所々露出している足場の悪さをまるで感じさせない、舗装された車道を走っているかのような安定した姿勢。右にも左にも躱せない。つかさはそう感じた。

彼女に出来るのは、障壁で身を守ることのみ。何時でも動けるように、障碍物に引っ掛からないように、つかさは身体に沿って障壁を構築した。

エリカが折れた刀を振り下ろす。その刀身は、つかさの身体ばかりか、魔法障壁にも届いていない。エリカが、折れた刀身の間合いを見誤ったのだ。ありえない幸運に、つかさはチャンスだ、と思った。

エリカは刀を下ろした姿勢で残心を取っている。いや、居着いている。つかさの目にはそう見えた。彼女はエリカの横をすり抜けて逃げるべく、右足を踏み出した。その膝が、力なく折れた。右足だけではない。左足にも、力が入らない。全身に力が入らない。つかさの身体が、地面に崩れ落ちる。エリカが残心を解いた。つかさが、その姿を見上げる。エリカが振るう折れた刀身の先に、陽炎のような想子の刃がついている事に、つかさはその時、漸く気が付いた。

 

「裏の秘剣、切影」

 

エリカが呟くのと同時に、陽炎の刃が消える。それを確認しながら、つかさの意識は闇の呑まれた。エリカは折れた刀身を見ながら呟いた

 

「やっぱ凛から貰った最上じゃないと折れちゃうわね」

 

「エリカちゃん。あんな高級品を安安と使っちゃ駄目だよ」

 

「そうだよ、貰っただけでもすごい事なんだからさ」

 

「そうなんだけどさ、あっちの方が使いやすいのよ」

 

エリカはそう呟くと森の中をゴルフ場に向けて歩いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の宣言が、克人と摩利を圧倒する。達也が生易しい覚悟でディオーネー計画を拒んでいるのではないと、ここにいる誰もが思い知った。

 

「・・・だが!」

 

達也の覚悟は分かった。信念は理解した。だからこそ真由美は、声を上げずにはいられなかった。

 

「達也くんの推理が正しいのだとしても!それで居場所を無くすのは達也くんなのよ!孤立に苦しむのは、達也くんなんだよ!」

 

達也を犠牲にしてはならない。真由美の心は、そう叫んでいた。アメリカを、日本を、世界の人々を騙す事になっても、ここは従ったふりをするのが得策だと、真由美は訴えようとした。

だが、林の中から掛けられた声が、摩利の説得を妨げた。

 

「達也くんは孤立なんてしないわよ」

 

手入れがされなくなって無秩序に木々が生い茂った山の中から、良く見知った四人の少年少女が下りてきた。エリカ、レオ、幹比古、ほのか、この場には顔を見せていないが、美月と雫も近くにいるに違いない。

 

「俺たちがいるからなぁ」

 

レオの肩に女性が担がれている事に気が付き、それが誰かを認識して眉を顰めた。

 

「この人、十文字先輩の知り合いなんだろ?引き取ってもらえますか」

 

レオが恐れ気もなく克人の前に立ち、つかさを地面に下ろした。

 

「達也さんを孤立なんてさせません!」

 

「僕たちは達也の友人です。いえ、それだけじゃありません。僕は達也に、返しきれない恩がある。だから、例え達也が犯罪者になっても、絶対に見捨てたりはしません。僕は達也を孤立させたりしません」

 

「おいおい、幹比古。恩なんて関係ないだろ? ダチだから。これ以上の理由があるもんかよ」

 

レオがのしかかるように幹比古の首に腕を回す。幹比古は苦笑いを浮かべながら「そうだね」と返した。克人は、地面からつかさを抱え上げて、達也へ顔を向けた。

 

「司波。お前はいい仲間を持っている。少し羨ましいぞ」

 

克人が背中を向け、別荘の前に止めたSUVへと歩き出す。

 

「十文字くん、待って!」

 

「やれやれ、負けたよ」

 

そう言って真由美と摩利は克人の背中を追いかけた。それを見送った達也は毒気を抜かれた顔で、飛び入りの友人たちの顔を見回す。

 

「しかし、随分と大層な登場だな」

 

「大丈夫、合法だし。凛みたいに暴れたりしていないから」

 

そう言っていると達也達の頭上から大きなローター音が聞こえ、ゴルフ場に一気のティルローター機が着陸した。ティルローター機のドアからは雫と美月が顔を見せていた

 

「達也さ〜ん!」

 

そう言って名前を呼ばれた達也の視線は操縦席にいる一人の女性にあった。その女性に見覚えのあった達也は無性に変装を解かせたいと思っていた。そして、達也は伊豆までやってきたエリカ達を乗ってきたティルローター機に乗せて別荘へと戻った



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驚きの真実と面倒事

別荘に戻った達也達はティルローター機も着陸できる広さの別荘に驚いていると達也はティルローター機の操縦席にいた操縦士に声をかけた

 

「失礼、あなたは確か四葉家で俺の後ろに居た・・・」

 

「覚えていらっしゃいましたか。お久しぶりでございます。達也様。私、幹花梨と申します。以後よろしくお願いいたします」

 

挨拶を済ませると達也は幹の頭を思い切り殴った

 

「ふざけるのもいい加減にしたらどうだ。凛」

 

そう言うと殴られた花梨・・・もとい、凛は殴られた場所を摩っていた

 

「ってーなもう。何すんのよ!」

 

「お前がふざけなければよかった話だ」

 

「ひどいわ。男が女の子に暴力を振るうなんて」

 

「お前の場合は問題ない。少なくとも俺はお前のことを女とは見れないからな」

 

「じゃあなんだってのよ」

 

「改造狂の狂研究者」

 

「ひどい言い方ね」

 

そう言うと凛はティルローター機から降りると達也がここに来た要件を聞いた。すると凛はすぐに返事をした

 

「ああ、今日ここにきたのは私が偽装入院をしている事とその理由を言うためよ」

 

「水波のことを言うのか?」

 

達也の問いに凛は首を横に振ると別の理由を伝えた

 

「いいえ、伝えるのは情報部の事だけ、水波ちゃんのことを言えばレオが黙っちゃいないでしょう?」

 

「それもそうか」

 

そう言って二人は別荘に入ると凛は執事の雰囲気を出して全員のいるリビングに入って行った

 

 

 

 

 

 

リビングに入るとエリカ達が広さに驚きながらキッチンでは弘樹がハーブティーを淹れて持って来ていた。すると弘樹が早速本題に入っていた

 

「紅茶を淹れました。()()()()、どうぞ」

 

そう言って幹の前に紅茶を置くとエリカ達は疑問に思いながら自分達をここまで送ってくれた幹の顔を見た。するとそこには自分達の友人である凛が座っていた。いきなり凛がいた事に驚いていた

 

「え!?なんで凛がここにいるの!?」

 

「凛さんは四ツ谷の病院にいるんじゃなかったのですか?」

 

「どう言う事だ・・・!?」

 

そう言って驚いていると凛は紅茶を置くと事情を話した

 

「ごめんなさいね。実はを言うと入院した日の夜には目覚めていたのよ」

 

凛の説明に、エリカ達は見舞いに行った時にはもう目覚めていた事に驚いていた。

 

「じゃ、じゃあ。私たちが言った時になんで起きなかったの?」

 

エリカの問いに凛は淡々と答えた

 

「簡単な話よあの時にいたのは人形。偽物の人形を置いていたからよ」

 

凛の答えに美月が質問をした

 

「じゃあ、なんで人形を置いたりしたんですか?わざわざそんなことしなくても良かったのに・・・」

 

「それは、私を襲った事件の真相を調べさせる為よ」

 

「「?」」

 

凛の返答に疑問詞が浮かんでいると凛が説明をした

 

「えっと、つまり私を襲ったのは人間主義者だけど。その人間主義者に手引きした人達がいるからその人達が誰なのかを調べるために私が偽装入院をした状態でその人達が動くかを調べているのよ」

 

「な、なるほど・・・?」

 

凛の答えにいまいち納得の言っていないエリカ達だったがとりあえず偽装入院をして、事件の真相が分かるまでどこかに隠れると言う事は理解できた

 

「じゃあ、凛も達也くんと同じように学校にはしばらく来ないの?」

 

「ええ、そうよ」

 

凛の返答にエリカ達は少し驚くものの既に高校の成績で達也に勝っている時点で勉強に関して問題はないだろうと思っていた

 

「成る程ね、じゃあ凛は達也くんとは違って絶対学校には来れないのね」

 

「ええ、だけど年内には学校に通う予定よ」

 

そう言うとエリカ達はホッとした様子を見せていた。学校を辞めるような事はないと知ると安心していた。

すると時間がかなりいい時間となっている事に気づくと達也はエリカ達に催促した

 

「時間、大丈夫か?」

 

「ん?え、あ、もうこんな時間なの」

 

「もうそろそろ帰らないと」

 

「ティルローターが飛ばせなくなる」

 

「急がないと!」

 

「じゃ、じゃあ達也さん。また今度会いましょう!!」

 

「ああ、またな」

 

そう言って達也とほのかは別れを言うと深雪と水波以外の全員は慌ててティルローター機に乗り込むと機体は空へと飛び上がっていった。この数十分後、深雪達は兵庫の迎えで車に乗って帰って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

克人と戦った翌日の朝。達也はピクシーの用意した朝食を、テレビの報道番組を見ながら食べていた。視聴しているといっても、ほとんど聞き流している状態だ。深雪と共にテーブルを囲んだ昨日を別にして、ここでの朝はだいたいそんな感じで済ましている。今朝の朝食も何時も通り終わるはずだった。だがこの朝、テレビの中でアクシデントが起こった。

 

『緊急ニュースです。まずは、こちらのメッセージをご覧ください』

 

画面の焦点が、アナウンサーの横の大型モニターに切り替わる。一面ブルーだったモニターに、怪しい人物のバストショットが浮かび上がった。

 

『私は七賢人の一人。第一賢人とでも名乗らせてもらおう。私は日本の皆さんに、ある真実を伝える』

 

流暢な日本語だが、この言い方だと日本人ではないなと、達也は思った。そう考えるのと同時に「七賢人」という言葉から、ある少年の顔を連想した。吸血鬼事件の大詰め、ビデオレターを送りつけてきた「七賢人」の少年。雫の留学先の知り合いだった彼の名は、レイモンド・クラークといったはずだ。

 

『クラーク・・・?』

 

そのファミリーネームが、達也の意識に引っ掛かる。だが彼はとりあえず、ニュースに注意を向けた。

 

『私はUSNAが提唱したディオーネー計画が、速やかに実行されることを望む。その為に日本からもトーラス・シルバーの参加を望む』

 

達也の頭の中で、三人の人物が結びついた。

 

 

エドワード・クラーク

レイモンド・クラーク

この怪人物の正体

 

 

『トーラス・シルバーこと、司波達也氏の参加を望む。トーラス・シルバーは国立魔法大学付属第一高校三年生、司波達也氏である。日本の方々よ。司波達也氏を説得して欲しい』

 

ビデオメッセージはここで終わった。達也はその映像を見て、また面倒な事になったなとため息を吐いた。

 

『マスター、如何なさいましたか?』

 

「いや、今まで考えていた手ではどうにも出来ない事態になったなと思っただけだ。これはエスケイプ計画を早急に公表するしかなくなったな」

 

この段階で発表するのは達也としても不本意ではあったが、そうしなくてはいけない状況になったと、達也はエドワード・クラークの介入でそう思ったのだった。



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エスケープ編
四葉家への出頭


七賢人を名乗る怪人のビデオメッセージは、日本だけではなくアメリカでも大きな反響を呼んだ。

 

『トーラス・シルバーは、国立魔法大学付属第一高校三年生、司波達也氏である。日本の方々よ、司波達也氏を説得してほしい』

 

今まで正体不明とされていたトーラス・シルバーの正体を発表したことで、アメリカ魔法学会は大騒ぎだ。魔法の学問的な分野でトーラス・シルバーの名は『基本コード』の発見者である吉祥寺真紅郎と同じくらい注目されていたのだ。加重系統魔法の基本コードの発見以来、特に目立った業績が無い吉祥寺より、飛行魔法を実現したトーラス・シルバーの方を高く評価する向きもある。理論分野では『カーディナル・ジョージ』技術分野では『トーラス・シルバー』というのが、アメリカ魔法学会における一般的な対日イメージだ。

そのトーラス・シルバーの、今まで秘匿されていた素性が明かされ、しかもその正体が吉祥寺真紅と同じ高校生。このニュースは、普段あまり魔法に興味を示さない人々の間にもセンセーショナルなものとして注目を集めた。

期待通りに踊ってくれている大衆の様子を普通のネットを見て、レイモンドは一人、満足げに笑った。根暗な絵面だという自覚はあったが、ハイスクールの友人と一緒に楽しむというわけにはいかない。レイモンドが七賢人だということは、彼と父親であるエドワード・クラークだけが知る秘密だ。ただの友人に、自慢は出来ない。

そろそろ夕食にするかと考えて、レイモンドがデスクの前から立ち上がった丁度その時、ホームセキュリティが父親の帰宅を報せた。珍しいなと感じたのと同時に、昼の件かという推測がレイモンドの脳裏に浮かんだ。父親のエドワードが家に帰ってくるのは一週間に一、二度。用がある時はレイモンドの方から父親のオフィスに出向くのが普通だ。なお母親は、レイモンドが十歳に時に離婚して出ていった。

帰宅する日も、何時もならばもっと遅い。エドワードの普段と異なる行動パターンと自分の「悪戯」をレイモンドが結び付けたのは、自然な思考と言える。

 

「ダッド、お帰りなさい」

 

怒られるだろう。そう予想しながら、レイモンドは自分の部屋を出て、笑顔で父親を迎えた。

 

「レイモンド、馬鹿な真似をしたな!」

 

「ごめんなさい」

 

エドワードの語調は、レイモンドの予想より随分厳しい。だがレイモンドの謝罪は口先だけのものだった。心の中だけでなく、表情にもまるで怯んだ様子が見られない。彼は確信しているのだが。父親が、本気で怒っているはずないと。

 

「・・・だが、結果的には好都合だ。未成年のプライバシーを政府の関係者が暴露したとなれば、マスコミや人権団体が余計な騒ぎを起こすだろうからな。司波達也を追い詰める次の一手に悩んでいたところだ」

 

「ダッドの役に立てて嬉しいよ」

 

レイモンドが神妙な顔をしていたのは本当に短い間だけだった。エドワードの叱責も、その後に告げられた本音も、レイモンドの想定内だ。民主国家であるUSNA政府が、公然と魔法師の人権を侵害する事は出来ない。未成年の権利は尚更だ。だからこそエドワードは、トーラス・シルバーの氏名を公表して日本の世論を誘導するという手段を選べなかった。世論の圧力で司波達也の身柄を差し出させるのが、USNAにとって最も低コストだと見込まれるにも拘わらず。明らかに政府関係者以外のルートからこの情報が漏洩すれば、USNA政府がマスコミや人権団体から攻撃を受ける事はない。レイモンドが演じた「七賢人」によるトーラス・シルバーの正体暴露は、このニーズに応えるものだった。レイモンドはそれを見透かしていた。

 

「他に、ダッドの役に立てることはない?」

 

親孝行をしたいというより、もっと遊びたいという欲求からレイモンドが尋ねる。エドワードが僅かに両目を細めた。息子の思惑は彼にも分かっているのだろうが、それを叱らなかったのは「七賢人」に利用価値があると判断したからだ。

 

「近々、日本に行く予定だ」

 

「ダッドが?」

 

レイモンドの問いかけに、エドワードが頷く。

 

「お前も来るか?」

 

「良いの? 行くよ!」

 

父親の誘いに、レイモンドは二つ返事で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がニュースで『七賢人』の動画を見たのは朝七時のことだ。そして彼が沈思黙考を止め行動を開始したのは、その三時間後だった。午前十時、達也が電話を掛けた先は四葉本家。

 

『お待たせ。大変な事になってるわね』

 

以前と異なり、真夜に取り次ぎ依頼して居留守を使われることはなかった。ヴィジホンの画面に現れた真夜は、少しも大変だと感じていない顔であいさつ代わりにそう話しかけてきた。

 

「はい。最早消極的な対応では凌ぎきれないと考えます」

 

自分を弄ぶ意図を持った真夜の言葉に、達也は真正面から応じた。思惑を外されたのが不快だったのか、真夜が軽く眉を顰めて見せた。

 

『・・・積極的に反撃したいという事かしら』

 

「そのご相談をさせていただきたく、お電話いたしました」

 

真夜が気分を害して見せても、達也の表情は変わらない。彼は愛想笑い一つ見せず、前置きを挟んで本題に入った。

 

『何か考えがあるのね?』

 

「はい」

 

『・・・』

 

真夜が薄笑いを消して、画面の中で考え込んでいる。その姿を見ながら、達也は無言で答えを待った。

 

『今から迎えを出します。少し早めだけど、お昼をいただきながらお話ししましょう』

 

「承知しました」

 

真夜からこの指示が帰ってきたのは、秒針が半周した後だった。達也は電話で済ませても構わないと考えていたが、話をしに来いというならば否やは無い。達也は画面の中の真夜に向かって恭しく一礼した



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英文書くの大変・・・


達也が四葉本家に到着したのは十一時半の事だった。迎えに来た花菱兵庫が、そのまま達也を母屋の奥に案内する。大晦日に後継者指名が行われた食堂はすぐにでも会食が始められる状態になっていたが、真夜の姿はまだ無かった。達也は今更、真夜の威光を恐れたりはしないが、この家の最高権力者を待たせることにならず安堵していたのも事実だった。

達也が席に着いて五分もしない内に、真夜が姿を見せた。

 

「お待たせしてごめんなさいね」

 

「いえ、滅相もありません」

 

食堂に入ってきた真夜を、達也は椅子から立ち上がって迎える。

 

「そう」

 

鷹揚に頷き腰を下ろした真夜に続いて、達也も椅子に戻った。二人の席は向かい合わせ。会話をし易いように、テーブルも大晦日より小さな物に取り替えられていた。真夜の背後には葉山が、達也の背後には兵庫が立っている。

食事の支度は葉山の合図で入室した女性使用人の仕事だ。コース料理ではなく一汁三菜だったのは、給仕で話が遮られるのを避けるためか。

 

「どうぞ召し上がれ」

 

「頂戴します」

 

真夜に促され、達也が料理に箸を付ける。無論、彼の神経は真夜に向けられたままなので、急に話しかけられてもまごつくことはなかった。

 

「今回の事は、私も予想外でした」

 

「自分もです」

 

「達也さんは彼の事を知っていたのですよね?」

 

「レイモンド・クラークをですか? ご報告した通り、直接話をしたことはありませんが」

 

パラサイト事件が一応の解決を見た後、達也は事の顛末を報告書の形で真夜に提出した。その中にはレイモンド・クラークによる情報提供の件も漏れなく記載されていた。

 

「レイモンド・クラークとエドワード・クラークの関係には、気付いていなかったのかしら」

 

「迂闊でした。継続的に情報を提供すると申し出ておきながら、その後何のコンタクトもなかったものですから」

 

レイモンドは達也に送ったビデオメッセージの中で『僕は今後、継続的に、君に必要は情報を提供しようと思う』と告げていた。だがその口約束が果たされることはなかった。

 

「忘れていたと?」

 

「思い出さなかったという意味では、そうです。『フリズスキャルヴ』の存在も記憶の片隅に放置してしまいましたが、もっと真剣に調べておくべきでした。コンタクトしてきた時点でトーラス・シルバーの正体はレイモンド・クラークに知られていたと思われますが、彼が使っているツールについて詳細が判明していれば、こうして不意を突かれることはなかったと後悔しています」

 

「・・・過ぎてしまった事は、仕方がありません」

 

「仰る通りです」

 

表面的には神妙に一礼するだけで済ませた。だが真夜にとって、その一瞬の狼狽は誤魔化さなければならなかったもののようで、彼女はいきなり話題を変えた。

 

「それより達也さん。どうでしたか?自分の本来の力を取り戻して」

 

「・・・十文字殿よりも十山家の方が邪魔だと思っていましたので。それよりも自分は閣下があの場に来られた事に驚きでした」

 

「そう・・・本当は高校を卒業してから解呪しようと思っていたのですけど・・・この際仕方ありませんね」

 

そう言うと真夜は本題に戻った。真夜は達也が凛の事を閣下呼びした事に少し驚いていた

 

「さて・・・そろそろ本題に入りましょうか」

 

達也はまだ食べ終わっていなかったが、いったん箸を置いた。

 

「FLT本社で記者会見に応じる許可を、頂戴したく存じます」

 

「貴方が矢面に立つというの?」

 

真夜が目を見張る。

 

「はい」

 

「記者を相手に、何を話すつもりなのかしら」

 

真夜が達也へ、探るような眼差しを向ける。

 

「恒星炉を使った海水資源化プラントの開発計画を発表するつもりです」

 

「恒星炉というと、貴方が開発を進めていた常駐型重力魔法式熱核融合炉ね? どんなプランなのかしら」

 

「Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generatorの頭文字を取って『ESCAPES計画』と名付けました」

 

ここで達也は初めて真夜に、彼が本当に目指しているプランを打ち明けた。

 

「・・・中々面白いわね。達也さんはそのESCAPES計画で、魔法師の独立国家建設を目指すつもりなの?」

 

「国家からの分離独立は意図していません。魔法師だけで衣食住全てを賄うのは、能力面から考えて非現実的です」

 

「自治権も要求しないのかしら」

 

「政府を無用に刺激しても、デメリットしか無いと考えます」

 

「随分と子供らしくない考え方ね」

 

真夜はおかしそうに目を細め、片手で口を隠した。声を出さずに笑われているのだが、真夜の表情に達也は嫌な印象を持たなかった。

 

「建前として保証されている魔法師の権利が本当に守られるようになれば十分です」

 

「その履行を政府から勝ち取る。それが達也さんの目的なのね」

 

「はい。その為の手段として、実質的な自治権を手に入れる可能性は否定しませんが」

 

遂に堪えきれなくなったのか、真夜が楽しそうに声を上げて笑った。

 

「・・・そうね。制度としての自治権は、一般市民の皆さんが反発するに違いありませんものね」

 

真夜は笑いを収めて、達也の目を真っ直ぐ覗き込んだ。

 

「達也さんのプランは分かりました。成算は十分にあると私は判断します」

 

私は、をわざとらしく強調した真夜の真意を、達也は誤解しなかった。

 

「母上のお考えだけでは、許可出来ないという事ですか?」

 

「ええ、その通りよ。でも、分家の皆様の許可が必要という意味ではないわ」

 

達也が真夜の目を無言で見返し、言葉の続きを待つ。

 

「我が四葉家には特に親しくしていただいているスポンサーがいらっしゃいます」

 

「東道閣下ですね。お名前だけは存じ上げています」

 

「あらっ、そうなの」

 

真夜は意外そうに声を上げ、すぐに満足げな笑顔で頷いた。

 

「だったら話が早いわ」

 

真夜が煎茶で喉を湿らせる。彼女が自分の正面から外してテーブルに置いた湯呑を、葉山が新しい物に取り替えた。

 

「達也さんが今の話を自分で東道閣下に説明して、閣下のお許しを得る事が条件よ。閣下のご都合は私の方で伺ってあげる」

 

「分かりました。お手数をお掛けします」

 

達也は何の恐れ気も見せず、了解の言葉と共に一礼した。

 

「とはいえFLTにも準備があるでしょうから、仮の予定を決めておきましょう。四日後の金曜日、朝十時からでどうかしら」

 

「自分は差し支えありません」

 

今回の騒動で、高校生としても企業の研究者としても特務士官としても予定表が空白になっている達也は、真夜の質問に即答した。

 

「閣下のご都合がつかなければ記者会見は延期。閣下のご了解が得られない場合は中止になるけど」

 

「やむを得ないと理解しています」

 

「そう」

 

達也の従順な態度に、真夜は笑顔で頷いた。



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葉山の意見

大晦日以来、達也に対する使用人たちの態度は大きく変わっているが、本家で暮らしたことが無い為、達也との距離感に戸惑っているのが現状だ。

 

「・・・達也さん本人は、そんなことなんて全く気にしてないでしょうけども」

 

彼女のプライベートスペースである書斎で、真夜は無意識に思考の一部を声に出して漏らした。彼女の独り言は、すぐ傍にいる葉山にも聞こえていたはずだが、葉山は真夜の呟きに関して何もコメントせず、紅茶のカップをテーブルに置いた。

 

「葉山さん・・・」

 

「はい、奥様」

 

真夜の声音は独り言とさほど変わらぬものだったが、葉山は慌てる事も戸惑うことも無く彼を呼ぶ声に応えた。

 

「達也さんのお話し・・・どう思いました?」

 

「達也様のお話しと言われますと、解呪の件で御座いましょうか。それとも、記者会見の方で御座いましょうか」

 

「どちらもだけど・・・そうね、ます解呪の件について。葉山さんの意見を聞かせてちょうだい」

 

「然様でございますな・・・私めが愚考しますに、達也様の判断に間違いはなかったと思われます」

 

「解呪した事に問題はないと?」

 

真夜は意外感を隠せぬ声で、葉山に改めて尋ねる。

 

「恐らく凛様のお渡しになられた術式には何か仕掛けがあると思われます」

 

「あら、閣下が何か考えていると?」

 

「ええ、凛様の事です。達也殿の魔法を暴走させない様に・・・そうですな、恐らく『分解』に細工を施した可能性がありますな」

 

「細工・・・成程、閣下はたっくんの魔法が暴走しない様に魔法そのものに制限をかけたと?」

 

「恐らくその様なものかと・・・」

 

葉山はそう言うと真夜はカップを置きながら聞いていた

 

「魔法を制御する達也様の技量は、この四葉でも一、二を争うもの。恐らくは世界でも最高水準と申せますでしょう」

 

「・・・そうね。少なくとも、私より上でしょう」

 

「深雪様の御身に万が一の事でもない限り、達也様が魔法を暴走させることなどありえないと思われます」

 

「そして深雪さんに万が一の事があれば、誓約でも暴走を抑えられない・・・葉山さんはそう言いたいのね」

 

「御意。故に四葉家は、何に代えても深雪様の御身をお守りしなければならないと考えます。私が申し上げるのも僭越ではございますが」

 

「良いわ。事実ですもの。大きすぎる力というのは、本当に厄介なものね。利用してるつもりでも、結局はこちらが振り回されてしまう。隔離しても、いずれ無視できなくなる」

 

真夜はティーカップに手を伸ばし、それを途中で引っ込めて大きくため息を吐いた。

 

「実在の脅威を無かったことには出来ません。妥協するか、葬り去るか、それともこちらが屈服するか。脅威の元となる力を取り上げぬ限り、相手を屈服させても一時的なものにしかなりません」

 

「葉山さんの言う通りね。相手が持つ力を取り上げない限り、屈服させても解決にはならない。その力が相手の存在と不可分のものである場合は、葬り去るしかない」

 

「妥協出来ないのであれば、ですな」

 

「一般論としてなら、妥協による問題の先送りは選択肢の一つなのだけど・・・このケースでは難しいでしょうね。あの魔法の脅威に曝されているのは世界中の国家なのだから」

 

「達也様の暗殺を目論む輩が出てくるとお考えなのですか?」

 

葉山がそう尋ねながら、冷めてしまったティーカップの中身を取り替えた。

 

「実行段階に入っている勢力もあると思うわ」

 

今度はティーカップを手に取って、唇を当てる寸前に真夜はそう答えた。

 

「それは一大事でございますな」

 

真夜が横目で葉山の表情を窺うと、真夜の予想に反して葉山は笑みを浮かべていなかった。それを見た真夜は、何故か反論しなければならない気分になった。

 

「達也さんを暗殺なんて、出来るわけないでしょう」

 

「私もそう思います。達也様は事実上、不死身です。深雪様も弘樹様と同じ存在となりました。ですが、それでも看過はできません」

 

「・・・深雪さんが達也さん暗殺の巻き添えになると?」

 

「四葉家が最も警戒すべきリスクかと存じます」

 

葉山の指摘に、真夜が黙り込んだ。深雪が妖となったのは達也以外の四葉家の中では真夜、深夜、葉山だけが知る事実だった。そして妖となった深雪は死ぬ事は無い本当の不死身の体を手にしたが。それでも深雪に何かあれば達也や深雪の力を封印している弘樹が黙ってはいない。そうなれば待っているのは破滅の道のみ。その事に思わず真夜は体を小さく震わせていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉山の読みはある程度は当たっていた。だが、凛が達也に施した術式は再生の時に起きる苦痛のエネルギーを分散させる為の術式だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内にある凛の住んでいるマンションではニュースを見た凛が顔を顰めていた

 

「うーん、動いたか・・・できればこうなる前に対処できたらよかったんだが・・・」

 

凛はそう呟くとソファーから立ち上がると玄関に積まれたスーツケースを見た

 

「さて、そろそろ行きますか」

 

凛はそう言ってスーツケース片手に地下駐車場から車に乗り込んで港へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

港に着くと凛は停泊していた中型貨物船にに乗り込み、三笠島に到着した凛は真っ先に島の飛行場に足を運ぶと既に駐機させていた『ファルケン』に乗り込み、エンジンを起動させた。

 

「流石に何千キロ先にいる潜水艦まで飛ぶのはキツイからね」

 

そう呟くとファルケンは30mほどのカタパルトから打ち出されると上空に飛び立った。飛び出した機体は神道魔法の『陽炎』によって視界からも情報の次元からも見えなくし、航宙機ファルケンは高度60kmの高度で飛行をしていた。



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二人の考え

幾ら達也が優秀な護衛であっても、彼は万能ではない。克人との戦いも、殺さないという条件下で動いていたので楽勝ではなかった。達也は力を抑えた状況で防御型ファランクスを無力化出来なかった。彼はあらゆる魔法式を分解し霧散させてしまう技術を持っているが、あらゆる魔法を無効化出来るわけではない。

達也は克人を倒すのに、中性子線の照射という物理的な手段を用いらなければ無かった。照射と同時に中性子バリアを使えなくしているから、中性子線を防御する事は出来ない。だが躱す事は出来る。そして『バリオン・ランス』は達也にとっても魔法演算領域に高い負荷が掛かる魔法であるゆえに、躱されてしまうと大きな隙を曝す事になる。

達也本人はどんな攻撃を受けても死ぬ事は無いだろうが、致命傷を負う攻撃を受けて深雪を庇いきれない、というケースが無いとは言い切れない。もしかしたら、そんな攻撃が可能な魔法師が、世界の何処かに隠れているかもしれない。

実際達也はアンジー・シリウスの荷電粒子砲によって片手を失う大ダメージを受けたし、宗谷海峡でベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバを完全に無効化出来なかった。先日の戦いでバリオン・ランスをあらかじめ用意していなかったら、克人を生かして帰せたか分からない。

 

「・・・達也さんを守ることが深雪さんを守る事に繋がり、延いては達也さんの魔法を暴走させない事にも繋がると葉山さんは言いたいのね?」

 

「誓約による封印を受けた状態でも、達也様が最終的に後れを取ることは無いと思われます。しかし達也様の御力を制限して深雪様をお守りする余裕を削られてしまうのは、マテリアル・バーストの暴走を防ぐという本来の趣旨に反するものではないかと」

 

「そうね・・・葉山さんの言う通りかもしれません。達也さんの魔法を暴走させない為という建前を尊重させるならば、力を制限する事はむしろ逆効果とも言えるわね」

 

「黒羽殿や津久葉殿には私めからお話し致しましょう」

 

「ええ、お願いするわ」

 

真夜と葉山の間では、これで達也が完全に封印を取り除いた件は済んだことになった。

 

「ところで、ESCAPES計画の方はどう思いました?」

 

「感服しました」

 

葉山らしからぬ感情が露出した声音に、真夜が意外感を覚えて振り向く。真夜の隣で、葉山はセリフ通りの表情を浮かべていた。

 

「随分と評価しているのね」

 

「エドワード・クラークのディオーネー計画は、責任ある立場の魔法師にとって反対するのが難しい理想的なプロジェクトでした」

 

「確かに全人類の為という理想を掲げられては、逆らうのが難しいわね」

 

「しかし達也様のご計画は、別の解決策を示すものです。エドワード・クラークの謀略に真っ向から立ち向かう為の、大義名分となりましょう」

 

「プロジェクトの壮大さの点で、達也さんのプランはディオーネー計画に一歩も二歩も劣っていると思うのだけど」

 

達也が持ち込んだプランに葉山が傾倒し過ぎているように、真夜には見えたのかもしれない。彼女は水を注すような皮肉な反論をしたが、葉山は浮ついた気持ちで達也のプランを褒めちぎっているのではなかった。

 

「その分、リアリティがあるかと。資本家は、より現実的な利益を見込める投資案件を好むものかと存じます。それに、既にノース銀行から融資の準備は十分に出来ているとのことです。あとは時間を待つのみと・・・」

 

「・・・世界銀行との揶揄されるノース銀行が大々的に融資を発表すれば影響力はさぞかし大きいでしょうね」

 

あくまでも、反撃手段としての有効性を評価しているのだと分かり、やや負け惜しみ感がある表情で、真夜は葉山の意見を認めた。

 

「奥様が仰せの通り、夢物語としてのインパクトは弱いと存じます。ですが国家以外から資金を集める説得力は圧倒的に勝っていると思われます」

 

「閣下もそうお考えくださればいいのだけど。でも、凛さんが既に話を通されているかもしれないわね」

 

達也が東道青波を説得できるかどうか。達也の思惑通りに現在の行き詰った状況を打破出来るかどうかは、そこに掛かっている。

葉山は真夜の呟きに答えず、今度は彼の方から話題を変えた。

 

「ところで奥様」

 

「何かしら」

 

「先程のお話ですが、私は妥協が必ずしも不可能とは考えておりません」

 

「達也さんの魔法が世界に脅威を与えている事について?」

 

「はい。達也様は先程、魔法師が実質的な自治権を手に入れる事を否定されませんでした。達也様が一個人ではなく、国家を代表する方々と同等の立場になれば、妥協は成立するのではございませんでしょうか」

 

「それは達也くんに家督を譲れば良いと?」

 

「もしくは戦略級魔法師として公表するか」

 

葉山の意見に真夜は返事をすると葉山はさらに話をした

 

「それに、ノース銀行が達也殿の支援をするのは当然かと・・・」

 

「もしかして『新時代計画』の事?」

 

「ええ、新時代計画に恒星炉は必要不可欠でしょうから」

 

「そうね・・・ノース銀行がたっくんの味方につけば確実に資産家達は動くでしょうね」

 

そう呟くと真夜は紅茶のおかわりを申し出た



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駆け込むマスコミ

謎の怪人によってトーラス・シルバーの正体が暴露されたその日、第一高校には、朝からマスコミが押しかけていた。さすがに登校時間には間に合わなかったが、二限目が始まる頃には、一高の出入り口は正門も通用口もマスコミで固められていた。

記者は達也に対する取材を要求したが、学校側はこれを悉く拒否。凶悪な違法行為を犯したわけでもないのだから、未成年のプライバシー保護の重要性を考えれば当然の事だが、取材を拒否されたくらいでマスコミは諦めたりしなかった。いや、学校の許可など最初からどうでもよかったのかもしれない。午前の授業が終わり昼休みになっても、大勢のマスコミが一高の敷地を取り囲んでいた。 

 

「まだいますよ・・・」

 

「というより、増えているみたい」

 

「通用門の前も記者で溢れてるよ・・・」

 

泉美と香澄に続くように、ほのかが弱気な声で付け加える。光を屈折させて視線を通用口に通しているのだが、この校則違反を咎める者はいない。

 

「問題は下校時間ね」

 

「警察を呼ぶ?」

 

「それは先生方がお考えになる事でしょう。私たちの一存では決められないわ」

 

「そうか」

 

「ですが会長。私たちの力では、無事に帰れないと思います・・・」

 

詩奈が「私たちの力で」と言っているのは無論、魔法を使わない事が前提だ。自衛の範囲なら魔法の行使も許されるのだが、「報道の自由」を盾に取られたならば、こちらが未成年であることを考慮しても、魔法の行使が合法だと認められる可能性はかなり低いだろう。「ジャーナリズム」を神聖視する悪癖は、所謂「有識者」を中心に根強く残っているのだ。

 

「何か対策を考える必要があるわね」

 

深雪は深刻な表情でそう応えた。すると深雪の隣にいた香澄が「こんな時、神木会頭が居てくれたら。きっと記者達を睨みつけて追っ払えたのでしょうけど・・・」と言って生徒会室に居た全員が思わず苦笑いをしてしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一高同様にマスコミが押しかけてきたトーラス・シルバーの勤務先であるフォア・リーブス・テクノロジーには、露骨にカメラを向けるリポーターチームも多かった。報道機関の肩書があっても業務妨害だと訴えられそうな勢いだったが、それも午後には一段落した。記者やリポーターの中で、いきなり良識が目を覚ましたわけではない。

 

午後二時、FLTからマスコミに取材申し込みに対する回答があったのだ。

 

「四日後にトーラス・シルバーの記者会見を開きます。金曜日の朝十時、当ビル一階でトーラス・シルバーの記者会見を実施しますので、本日はお引き取りください。お引き取りいただかない方は記者会見の入場をお断りさせていただきます。また、当社のみならず国立魔法大学付属第一高校の生徒さんから取材に関してクレームがあった場合も、関係者の入場をお断りする事があります」

 

「報道の自由を侵害するのか!」

 

広報担当の若い女性が声を張り上げて告げた言葉に反発する者も多少はいるが、意外な事に同じ立場である他の記者から制止が掛かった。余計な騒ぎを起こして記者会見が中止にでもなったらどうしてくれるんだ、という理由だった。

マスコミたちが引き上げた頃、FLT開発本部長室では、この部屋の主である司波龍郎が四葉本家の使者を迎えていた。

 

「マスコミのお相手、ご苦労様でした」

 

二十代半ばの青年が、丁寧な口調ながら自然に見下す態度で龍郎を労わった。

 

「いえ、私は広報に指示しただけですから」

 

「ご謙遜を。なかなか見事なご差配でした。その調子で金曜日も余計なトラブルが起らぬよう、お手配願います」

 

「お任せください」

 

「結構。では私はこれで」

 

満足げに頷き、花菱兵庫が本部長室を後にしようとする。その背中を、龍郎が躊躇いがちに呼び止めた。

 

「・・・一つ、お聞かせ願えますか」

 

「何でしょうか」

 

兵庫は薄らと笑みを浮かべて、その声に振り向く。龍郎は兵庫の視線から目を逸らした。兵庫は龍郎を急かす言葉を口にしない。龍郎は秒針が半周した後、漸く逡巡を振り切って口を開いた。

 

「・・・本家は、あの子をどうするつもりなんですか」

 

「あの子、とは?もしや達也様の事ですか?」

 

喉と舌の動きを妨害する葛藤でもあるのか、龍郎は唇を震わせるだけで兵庫の問いに答えない。

 

「さぁ? 私は新参の若輩者ですので、ご当主様がどのようなお考え持っていらっしゃるのか測りかねます。それに達也様は四葉家次期当主様。そのお役目は、達朗殿が気になさることではないかと」

 

慇懃な口調の裏に「お前はその若輩者以下だ」という蔑みが隠れている。

 

「わ、私はあの子の父親だったんですよ!」

 

「それが何か?達也様が次期当主に決まった事で、龍郎殿の役目は終わりました。良かったではありませんか」

 

「な、何を・・・」

 

「龍郎殿は達也様がお嫌いだったのでしょう? もう親子として振る舞う必要は無くなったのですよ?」

 

龍郎は兵庫に、何も言い返せない。達也の実母は真夜で、実父も自分ではないという事を聞かされ、龍郎はそれなりにショックを受けていたのだ。

 

「龍郎様が達也様に親として愛情を注いでこられたのであれば、本家もその絆を尊重したことでしょう。ですが貴方は・・・あなた方は達也様を疎んじていた。今の関係は、龍郎殿が望まれていたものであるはずです」

 

龍郎に反論の言葉は無かった。彼は兵庫の言葉を否定出来なかったのだ。



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マスコミの驚き

自分の発言が深雪の気分を害している事に雫は気づいていたが、だからと言って引き下がろうとはしなかった。むしろ端で聞いていたほのかや幹比古の方がオロオロしていた。

 

「深雪の責任感は理解出来る。でも今回は止めた方が良い」

 

雫の父親である北山潮は大企業のグループのオーナーだ。潮くらいのレベルになるとマスコミも遠慮して、露骨な攻撃を仕掛けてくることは滅多にない。だがそれでもマスコミ対策には常に気を配ってきた。そんな父親の姿を、全てではないにしろ見てきただろうか。雫はこの場にいる誰よりもマスコミの力を恐るべきものだと評価しているようだ。

 

「そうは言っても・・・」

 

このまま何もしないわけにはいかない。深雪はきっと、そう続けるつもりだったのだろう。しかし彼女は不意に、報道陣の背後に目を向けそのまま固まってしまう。

 

「・・・深雪先輩?」

 

泉美が声をかけても、深雪は眼を張って硬直したままだ。泉美の声が、意識に届いていない。異変を感じて、全員が深雪の見ている方へ顔を向ける。注意力を傾けた所為か、深雪以外の者にも自走者が接近しているのが分かった。

 

「まさか・・・?」

 

誰が近づいてきているのか分かったのは、もう彼女だけではなかった。不意に、深雪が校門へ向かって駆け出そうとしたが、その腕を背後から水波

を掴んだ。深雪がハッと振り向き、我を忘れていた彼女の瞳に自制の光が戻る。深雪が水波に微笑みかけると、水波は深雪の腕を離して一礼する。

深雪が落ち着いた足取りで歩きだし、その後ろに水波が続いた。ほのかと雫、香澄と泉美、詩奈と侍朗が目を見合わせて深雪と水波を追いかける。最後尾は、残念ながらあぶれてしまった幹比古だ。十三束や琢磨は、並木道に入らず前庭に残った

一方、校門付近に集中して屯していた記者、リポーター、カメラマンは、電気自走車エレカーの接近に気付いて道を空けた。交通妨害を理由に逮捕というのは最近の警察が好む手口で、微罪とはいえ明確な違法行為なのでマスコミも文句を言いにくい。それにエレカーの入構に乗じて校内に侵入できるかもしれない。そんな思惑も彼らにあった。

エレカーが校門前で止まる。僅かに遅れて、深雪たちが校門の手前で止まる。彼女たちに注目した記者やリポーターは例外的な少数だった。エレカーから降りてきた人影が、報道陣の間にざわめきを走らせる。

 

「・・・何故・・・?」

 

「達也さん・・・」

 

深雪が呑み込んだ「お兄様」というフレーズを、深雪の背後で雫が零す。エレカーの運転席から姿を見せたのは、達也だった。

 

「司波達也さん、ですね?」

 

報道関係者にとっても、今日この場に達也が現れるのは完全に予想外の出来事だったのだろう。一高の制服を着た達也は、変装どころか帽子も被っていない。達也の事を取材に来た報道マンならば、見間違えるはずがない姿なのに拘わらず、真っ先に達也へ話しかけたリポーターの口調は、半信半疑のものだった。

 

「そうですが、何か?」

 

一方、達也の返答は落ち着いたものだった。しらを切っている印象すらない自然な口調だ。

 

「・・・貴方がトーラス・シルバーだというのは事実なんですか?」

 

マスコミの取材を受ける心当たりなど無いと言わんばかりの無表情に、リポーターは一瞬怯んだが、すぐに機を取り直して持ち前の図々しさを発揮したが、達也の回答は「はい」でも「いいえ」でもなかった。

 

「報道機関には既に連絡が言っていると思うのですが、金曜日にFLTの本社でトーラス・シルバーの記者会見が行われます。疑問があれば、その席でお尋ねください」

 

達也の声はマイクを突きつけてきたリポーターだけでなく、かなり遠くまで届くものだった。報道陣の一番後ろの列まで。閉ざされた校門の向こう側まで。

 

「記者会見だって? また思い切った事を・・・」

 

感心しているのか呆れているのか、恐らくその半々の声で幹比古が呟く。深雪は目を見張り口に片手立ち尽くしている。

達也が深雪に目を向けた。幹比古の声を耳にするまでもなく、彼は門扉の向こう側に立つ深雪たちに気付いていた。

 

「道を空けてください」

 

校門の前を塞いでいる記者の集団に要求する達也。声を荒げたわけでも大声を張り上げたわけでもない。その声に威圧的な響きは、一切無かった。それにも拘わらず、彼の行く手を遮っていた記者とリポーターはよろめくように後退った。彼らの一部は自らの弱気を恥じるように、顔を赤くして達也の前に立ち塞がった。

 

「貴方がトーラス・シルバーということ良いんですね!」

 

「どちら様ですか?」

 

「はっ?」

 

達也は記者の決めつけに、感情の籠っていない問いかけを返した。達也の質問は、記者にとって思いがけないものだったようだったが、その記者は数秒間抜け面を曝した後、誇らしげに大手新聞社の社名を名乗った。

 

「そうですか。フリーの方でないならば、会社から聞いているはずですが」

 

「何をですか!?」

 

その記者は見た所三十前後。十歳も年下の少年が余裕ある態度を崩さないことが気に食わないのだろう。記者は喧嘩腰で達也に反問した。

記者を見返す達也の瞳には、苛立ちや怒りどころか、蔑みも憐みも浮かんでいない。喩えて言うなら、路傍の石ころを見る目付きだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、一高の屋上では自走者でやってきた達也を見ながら弘樹はヘリを呼ぼうと電話をしたが。やって来た達也を見ると呼び出しを中止した

 

「達也・・・む!あれは・・・」

 

屋上からマスコミの中で見えた金属製の物体に弘樹は即座に動いた



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達也の迎え

達也の視線に曝されて、記者は逆上するのではなく、戦いた。記者は達也に、不気味な、別種の生物を見るような目を向けた。もし、とりあえず無害で人間によく似た、けれども明らかに人間とは異なるエイリアンに遭遇したなら、人はこんな目付きをするに違いない。

 

「一高の生徒から取材に関してクレームがあった報道機関の方は、トーラス・シルバーの記者会見をご遠慮いただく結果になります。FLTはそうお報せしたはずです」

 

報道陣に動揺の波が広がる。どうやらここにいる記者の半分は、今達也が告げたことを聞いていなかったようだ。

 

「たった四日です。その程度待たせても、報道の自由を侵害したことにはならないと思いますが」

 

記者は達也の言葉に納得したわけではなかった。反論に詰まったわけでもなかった。記者の叫びは、より大きな破裂音によって未発に終わった。

破裂音は、銃声。報道陣に混じっていた女性レポーターが、黄色い悲鳴を上げる。達也に食ってかかっていた記者が尻餅をついた。もし達也が銃弾を躱していたら、自分が撃たれている事に気が付いて腰を抜かしたのだった。達也は記者に背を向けている。彼はコマ落とし映像のように、瞬時に振り返って銃弾を掴み取っていた。胸の前で握り締めていた左手を達也が開く。そこから、拳銃の弾がぽろりと落ちた。

達也のすぐ横にいたリポーターが目をむいて絶句する。その斜め後ろにいた記者は、達也が素手ではなく両手に黒い手袋をはめている事に気が付いたが、それで驚きが無くなるわけではなかった。たとえ高性能の防弾手袋をはめていたとしても、それだけで銃弾を掴めるものではない。

記者とリポーターとカメラマンが形作っていた人垣が割れる。狼狽の叫びをあげ、彼らの中に紛れていた暴漢が持つ拳銃の射線から逃れようと、押し合いへし合いしている。足をもつらせて転び、同輩やライバルに蹴られたり踏まれたりしている報道マンの姿も見られた。

暴漢は報道関係者に目もくれていない。血走った目は、ただ達也を睨みつけている。拳銃を固く握りしめ、達也へ向けている。銃声が連続する。達也は飛来する銃弾の悉くを掴みとめた。そこには言うまでもなく、絡繰りがある。

達也は分解魔法を使って、銃弾そのものではなく前に進む銃弾の運動量を全方位に分解した。ところで、力をいくら分解しようと、作用点に掛かるのはその合力だ。銃弾を受け止める手に負うダメージが減るわけではない――物理的には。だがそもそも、飛んでいる銃弾の運動量を外部から力を加える事無く分解するなどと言う「現象」が物理的ではない。銃弾が持つ運動量を分散しているという「情報」が、作用点だけでなく何も作用する相手が無い空間にも力を伝えるのだ。その結果、銃弾は殆ど停止した状態で達也の掌に受け止められていた。

しかしそれは、魔法師にしか実感出来ない理だ。物理的にあり得ない、それ以前に人間に出来るはずのない「銃弾をつかみ取る」という真似を目にして、報道陣に紛れていた反魔法主義テロリストはパニックを起こした。スライドが後退したまま戻らなくなっているにも拘わらず、達也に銃口を向けたまま何度も引き金を引く。

明らかに判断力を失った隙だらけの状態だが、達也はテロリストを取り押さえようとはしなかった。まるで、自分が襲われているのを記者やレポーターに見せつけるように。

達也の目は無意味に引き金を引く道化に向けられていたが、彼の意識は共犯者に対する警戒に割かれていた。だが何時まで待っても仲間が出てくる気配はない。どうやら単独犯だったようだと達也は判断し、テロリストに向かって一歩踏み出した。

その男は、奇妙な叫び声を上げた。恐らく悲鳴なのだろうが、男の事が見えていなければ野犬の遠吠えと勘違いしたかもしれない・・・いや「負け犬の遠吠え」か。

達也が普通に歩くペースで二歩目を踏み出す。男は弾が切れた拳銃を達也へ投げつけた。その拳銃は達也が躱すまでもなく、彼の顔の横を通り過ぎた。

テロリストはさっきより幾分人間的な叫び声を上げながら、ポケットに右手を突っ込み、短いナイフを取り出した。握り込んだ拳の前に刃が突き出す、プッシュダガーと呼ばれるタイプのナイフだ。言うまでもなく持ち歩くのは違法だが、拳銃で武装していた事を考えれば今更だろう。刃渡りが短いと言っても、十分人を殺し得る武器だ。だが達也はその刃をまるきり無視する恰好で、三歩目を踏み出した。お互いにあと一歩踏み出せば手が届く間合いに入る。

最後の一歩を詰めたのは、テロリストの男だった。プッシュダガーを達也の腹目掛けて突き込む。顔を狙わなかったた事に意外感を覚えながら、左手で男の右手首を掴み、いったん右にいなしてから左に返した。男は簡単に体勢を崩し、ひっくり返った。

達也が男を倒したところで、一高に雇われている警備員が詰め所から漸く姿を見せた。門扉をわずかに開けて、その隙間をすり抜ける。そこから校内に侵入しようとする非常識な報道マンは、さすがにいなかった。

警備員が駆け寄ってくる。達也は警備員が到着するまで、プッシュダガーを持つ男の右腕を踏みつけていた。テロリストが無害化された事で漸く、思い出したように報道陣の間にざわめきが走った。

 

「今、魔法は?」

 

「反応が無い」

 

こんな内容の会話が、言葉遣いを変えてあちらこちらから聞こえる。彼らは達也が、魔法を使わずに暴漢を取り押さえたことに驚いていた。

 

銃弾を受け止めた際には魔法を使っていたのだが、彼らが持つセンサーでは達也の魔法を感知出来なかったのだ。魔法師が、魔法を使わずに拳銃の弾を掴み取り、ナイフを持った男を無傷で捕らえた。記者もリポーターもカメラマンも、それをどう理解して良いか分からず立ち尽くす。

 

「ごめん達也、間に合わなかった」

 

「問題ない。それよりみんなを呼んでくれ。それと車を借りたぞ」

 

「それくらい問題ないさ」

 

そう言うと校内から深雪と水波、ほのかに雫、泉美や香澄、エリカとレオを連れ出すと乗って来た車に乗り込んだ。その車は凛が将輝のお別れ会の時に使った大型車だった。報道陣は大型車に驚いて飛び退いていた

 

「・・・お兄様、いつの間に免許を取られたのですか?」

 

聞きたい事はいろいろあるはずだが、深雪が真っ先に質問したのはこの、比較的どうでも良い事だった。今でも四輪免許の取得条件は満十八歳以上。だが昔と違って抜け道がある。業務上の必要が認められ、かつ事業者の保証がある場合は、二輪免許と同様に義務教育終了を以て四輪免許も取得可能だ。例えば克人は、十文字家が経営する土木建設会社の業務に必要という名目で一高入学直後に普通乗用車の運転免許を取っていた。この免許には運転に当たって、同乗者も必要ない。もっとも、検定試験は通常のものよりもはるかに難しくなる。

達也はこの特例を使っていなかった。トーラス・シルバーとして働いている事は秘密なので・・・現下の状況では「秘密だった」と言うべきかもしれない・・・「事業者の保証」という条件をクリア出来なかったのだ。

 

「伊豆に移ってすぐに。やはり、四輪の方が何かと便利な事が多い」

 

「存じませんでした・・・教えてくださっても良いのに。お兄様、水臭いです」

 

「ハハッ、すまん」

 

可愛く拗ねた深雪に、達也が横を向いて軽く謝罪する。自動運転中だからこそ出来る真似だ。この他愛もない遣り取りで、深雪は漸く気分が解れたようだった。

 

「何故、迎えに来てくださったのですか? マスコミの前に姿を見せるというリスクを冒してまで」

 

「生徒会長だから、生徒会役員や風紀委員だからという理由で、深雪や雫たちがしなくても良い苦労をしていると思ったからな。こんなつまらない事でお前らに負担を掛けるのは忍びない」

 

「お兄様・・・」

 

深雪が何時もの様に陶酔の表情を浮かべ、雫とほのかは嬉しそうに微笑み、水波が不自然に表情を消した。

 

「それで、本当の目的は何だったのですか?」

 

深雪は軽く酔っているような声で、達也の真意を尋ねた。鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、水波が瞬きしている。彼女はまさか、深雪が達也の言葉の裏を疑うとは思っていなかった。

 

「心外だな。俺は嘘など吐いていない」

 

「ですが、それだけではないのでしょう?」

 

達也は、セリフとは裏腹に声は笑っていた。深雪の声も笑みを含んでいるが、誤魔化される気は無いようだった。

 

「マスコミに釘をさす意図はあった。今後も無遠慮に嗅ぎまわっていると、大事な取材が出来なくなるぞ、と。俺がマスコミを恐れていないと見せつけるのも目的だった。だがあくまでも本命は、今日、一高が被っている迷惑行為を解決してお前たちの負担を減らす事だ」

 

「・・・分かりました。そう理解しておきます」

 

深雪は言外に「納得してはいませんよ」と告げながら、一旦矛を収めた。すると運転をしていた弘樹が全員に声をかけた

 

「さて、みんな。もうすぐ駅だからさっさと降りて」

 

そう言うと車は駅のロータリーで停車し、車の中には深雪、達也、水波、弘樹の四人が残った。達也の婚約者のほのかは今週末に四葉家の用意した家へと引っ越しする事になっていた



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悪巧み

達也の思惑通り、一高を取り囲んでいた報道陣は姿を消した。「速やかに」と言える程引き際は良くなかったが、達也の車(凛の所有物)が去って三十分もした頃には記者もリポーターも全員引き上げていた。立ち去ったふりをして物陰に隠れ、通りかかった一高生を捕まえて取材を強要する等という通り魔じみた真似をする記者もいなかった。一高の生徒は・・・生徒だけでなく職員も・・・マスコミに煩わされること無く無事に下校出来た。やはりトーラス・シルバーの記者会見から締め出されるという脅しは有効だったようだ。

深雪たちを家に送った後、一高を見張っていた者からそれを確認して、達也は伊豆に戻った。なお第一高校を見張らせていたのは、達也ではない。ただ彼はその手配したものから情報を得るコネを持っていた。

伊豆に戻った達也は、一足先に別荘で達也の帰りを待っていた情報提供者と居間で向かい合っていた。

 

「兵庫さん、今日はいろいろとご苦労様でした」

 

「達也様こそ、お疲れ様でございます」

 

椅子に腰かけている達也に対して、兵庫は立ったままだ。無論達也が立たせているのではなく、兵庫が頑なに座ろうとしないだけである。また達也が「兵庫さん」と呼んでいるのは親しくなったからではなく、兵庫と同様に四葉家の執事をしている彼の父親と区別をつける為だった。

 

「いえ、俺は深雪たちを迎えに行っただけですから。ああ、暴漢の情報もありがとうございました」

 

暴漢の情報というのは、達也を銃撃したテロリストの件だ。実を言えば達也は、兵庫から前以て一高に押し寄せる報道陣の中に暴漢が紛れていると知らされていた。

 

「あれでよろしかったのでしょうか」

 

「そうですね。一人しかいなかったのは予想外でしたが」

 

「深雪様が流れ弾でお怪我をされるようなことがあってはと、あらかじめ間引きしておきましたが・・・余計な真似でございましたか」

 

「間引きしていたんですか。なるほど・・・いえ、その判断は妥当だと思います」

 

「恐縮です」

 

兵庫が胸に手を当てて一礼する。

 

「達也様が銃撃されたのを見て、マスコミの間にも多少動揺が見られるようです。彼らの内部では、反魔法主義者と武装テロリストを短絡的に結び付ける論調も見え始めた、という報告を受けております」

 

「少しは、わざと撃たせた甲斐があったようですね。ただでさえ人間主義者は前の暴行事件で世間から危険視さえていると言うのに・・・これでまた人間主義者の勢力は弱まりますね」

 

「そうですな。ただでさえ閣下が体を張って人間主義者を追い立て。さらに、人が撃たれる光景は、銃になれていない者にとっては、例え被害者が仇敵であってもショッキングな代物です。特に今回、達也様は銃弾の形を残したまま受け止められましたので、凶悪な印象はより強いと思われます。影響はこれからじわじわと浸透していくのではないかと存じます」

 

「怪我をした方が良かったでしょうか」

 

「そうでございますね。しかし達也様が血を流されると深雪様が悲しまれますので、お止めなった方がよろしいかと」

 

「確かに。深雪が逆上して暴走させるようなことがあっては、逆効果だ」

 

達也は微かに失笑し、兵庫は瞼を閉じて軽く一礼した。二人が話しているように、達也がテロリストに撃たれたのはわざとだ。テロリスト自体はやらせではないが、もし襲撃計画が無かったら二人が自作自演していた可能性もある。

 

「当初の予定では、魔法師に纏わり付いていたら反魔法主義者の襲撃の巻き添えを食う可能性があると、理解してもらうだけで十分だったんですが」

 

「その警告は伝わったと思われます。反魔法主義者が憎むべきテロリストであることも、記事になるよう手を回す所存です」

 

「お任せします」

 

「かしこまりました」

 

再度胸に手を当ててお辞儀する兵庫は、裏工作を企み実行するのが楽しいのか、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が一高で人間主義者の暴漢を取り押さえた事は太平洋上に浮かんだ潜水艦にも届いていた

 

「なるほど、一高で銃がね・・・」

 

そう呟きながら凛は潜水艦艦内にある個室で研究をしながらニュースを見ていた。彼女がなぜ狭い潜水艦に移動したか。それはこの潜水艦の行き先にあった

 

「閣下、間も無く『ジオ・フロント』に到着いたします」

 

「ありがとう。今行くわ」

 

潜水艦の飛行甲板上に降りた凛はベルの姿で目の前に広がる建設中の巨大な建造物を見た

 

「おぉ〜」

 

その建造物を見た凛は感銘を受けていた

 

「だいぶ出来上がっているのね」

 

「はい、現在ジオ・フロントは地上部分の建設のおよそ60%が完了しております」

 

「そう・・・」

 

そう言うとベルは建設現場を見ていると朱雀はジオフロント内部の極秘ドックに入港した



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不審者と母のプライド

伊豆には達也が滞在している別荘の他に、四葉家の所有物件がもう一つある。別荘で静養する深夜を、煩わせない範囲で見守る為の物だった。小さな一軒家だ。

深夜は四葉の中でも唯一の特殊な魔法資質の持ち主だった。魔法の過剰行使により魔法師として十分に働けなくなっても、その特殊な因子を狙って誘拐を企む不届き物が予想された。この小屋は、それを防ぐための物だった。

実際に深夜の誘拐を目的とした襲撃が三回あってその全てを撃退したので、小屋を建てたのは取り越し苦労ではなかった。しかし、深夜の体調が良くなり、ほとんど別荘に戻らなくなったことにより、別荘と共にこの小屋も時々手入れをするだけで基本的に放置されていた。別荘は先日から達也が滞在しているが、小屋の方にも久々に使用の機会が訪れていた。

 

「お嬢様。家具、器具備品とも、問題無く調っております」

 

「ご苦労様」

 

鷹揚に頷いたのは四葉家分家の一つ、津久葉家長女、津久葉夕歌だ。

 

「荷物を置いたら、すぐに取り掛かりましょう」

 

情報戦を仕掛けてきたエドワード、レイモンド、二人のクラークへの対応を相談する為に達也が真夜と昼食を共にした日の夕暮れ。彼女がこの小屋を訪れたのは、無論、遊びが目的ではない。四葉家当主に命じられた任務を果たす為だ。

津久葉家が真夜に命じられた仕事は、達也が滞在する別荘からマスコミを遠ざける「人払いの結界」の構築。この手の術式は古式魔法の得意分野で、本来現代魔法向きではない。しかし津久葉家は四葉一族の中でも特に精神干渉系魔法を得意としている。威力を下げる代わりに持続時間を引き延ばした条件発動型の魔法で、古式の術者に劣らぬ結界を張り巡らせることが出来る。

監視小屋に到着したのが夕暮れ時だった為、結界敷設が完了する頃にはすっかり暗くなっていた。魔法を使えても夜目が利くわけではない。暗視は、魔法とはまた別の技能なので、夕歌が人影に気付かなかったのは仕方がない事だと言える。

 

「お嬢様、あちらに不審者がいます」

 

「えっ、何処?・・・あぁ、あれ。達也さんがいる別荘を覗いているみたいね」

 

その不審人物は闇に紛れる濃紺のシャツとズボンを身に着けて、首から双眼鏡をぶら下げていた。立っている場所から見ても、夕歌の言う通り達也の動向を探りに来たのだと分かる。

ところで夕歌の部下が何故今になってその男に気付いたのかというと、結界が完成した影響だった。夕歌が指揮して構築した結界は、達也が滞在している別荘を認識出来ないよう思考に干渉するものだ。周公瑾や陳祥山が使っていた鬼門遁甲と原理的には同じ。眼は正しく認識しているが、意識はそれを見えていないと考えてしまう。

では、結界が完成する直前まで別荘を見張っていた者にはどう影響するのか。突如、別荘が消えてしまったように感じる事になる。気配を隠す事が疎かになってしまっても、無理は無いだろう。逆に言うのなら、この不審者は動揺さえしなければ、夕歌たちから自分の存在を隠し通すだけの技量を持っているという事になる。

 

「捕らえなさい。殺しては駄目よ。大きな怪我もさせないで」

 

「了解しました」

 

夕歌の側にいた魔法師が、護衛役の一人を残して闇の中に散った。

 

「どうせ達也さんは気づいているんでしょうけど・・・」

 

夕歌は達也がいる別荘の方へ目を向けた。窓から漏れてくる灯りが、別荘を闇の中に浮かび上がらせていた。達也が覗かれている事に気付いていなかったはずもない。実害は無いと判断したから放置したのだろう。あるいは、捕まえても後の処理が煩わしいと考えたからか。

その男が潜んでいる場所は別荘の敷地内だ。この辺りは広く四葉家の――正確には四葉家が密かに支配している不動産会社の――私有地になっている。だが特に柵のような物は設置していない。不法侵入を口実に拘束しても、気付かなかったと開き直られれば逆にやりすぎを咎められるだろう。

 

「・・・面倒な事は私たちに押し付けるつもりなのでしょうね」

 

不審者だけでなく、自分たちの存在にも達也は気づいているはずだ。小者の処理に自分の手を汚す必要は無いとでも考えているのだろう。可愛げのない遠い親戚の顔を思い浮かべると夕歌はため息を吐いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不審人物の訊問を完了した夕歌は、小屋に戻って真夜に報告の為の電話を掛けていた。

 

「ご当主様、結界の構築は滞りなく完了しました」

 

『ご苦労様』

 

「それから達也さんを見張っていた曲者を発見しましたので、捕らえて訊問しました」

 

『まぁ』

 

真夜は軽く目を見張っているが、唇の両端は笑みの形に吊り上げられている。

 

『素性は分かりましたか?』

 

「富田家の術者でした」

 

『百家の富田・・・あそこは魔法協会の専属のような立ち位置でしたね』

 

「はい。達也さんを監視していたのも、魔法協会の差し金でした」

 

『そう・・・』

 

真夜が艶やかな笑みを浮かべてゆっくりと頷く。夕歌は背筋が凍り付きそうな寒気を覚えていたが、神妙な表情は何とか維持した。

 

「富田家の術者は、危害を加える意図は無かったと供述しました。魔法協会はどうやら、達也さんが何処かに行方をくらますと考えていたようです」

 

『そうですか』

 

「術者の身柄は押さえてありますが、如何致しましょうか」

 

『解放しなさい。記憶の処理も必要ありません』

 

「・・・よろしいのですか?」

 

『ええ。私たち四葉家は決して身内を見捨てない。その事を魔法協会が思い出してくれると良いのだけど』

 

「(白々しい)」

 

夕歌は思わず、心の中で呟いていた。口に出さなかったのがせめてもの分別だ。去年まで達也が置かれていた境遇を思い出せば、不適当な感想とは言えない。

いや、過去の事だけではない。十文字家当主との決闘は、四葉家次期当主になる者として一人で立ち向かわなければならない戦いだったと夕歌は考えている。だが陸軍情報部の謀略に対し四葉家として実質的な対抗手段を執らなかった事については、随分薄情だと夕歌は感じていた。

 

『以上ですか?』

 

「任務とは関係のない事なのですが」

 

真夜の問い掛けを受けて、夕歌は余計な事など何も考えていなかったように、すぐ応えを返した。

 

『構いませんよ』

 

「深雪さんの方に残っていた封印が消失した件を、母が気に掛けております」

 

『気に掛けている、とは控えめな表現ね』

 

真夜に混ぜ返されても、夕歌は反駁しなかった。夕歌の母親の冬歌は自分の魔法技能にプライドを持っている。魔法師であれば誰しもそう言うところはあるが、彼女はその面が特に顕著だ。それを知っていれば、誓約を破られて冬歌がヒステリックになっているという事くらい、真夜でなくても推測は容易い。

 

「ご当主様は、問題無いとお考えなのですか?」

 

反論する代わりに夕歌は、真夜の真意を端的に尋ねた。

 

『誓約を完全に解呪した事? そうねぇ、全く問題が無いとは思わないけど・・・もう、仕方がないのではなくて?』

 

「仕方がない、ですか・・・」

 

真夜の答えは夕歌の意表を突いた。

 

『原理的に解呪が可能だと分かっていたけども、達也さんが深雪さんを危険に曝してまで実行に踏み切るとは予想出来なかったでしょう?』

 

「ええ。それは、そうです」

 

『それにもう、達也さんに誓約を掛け直す事は出来ないのだし』

 

真夜の指摘を、夕歌は認めざるを得なかった。誓約はそれを掛けられる者だけでなく、術式を維持する者にも大きな負担を与える。解呪の際の反動だけではない。誓約が作用している状態では、日常的に術式維持者の魔法技能を損ない続ける。深雪の魔法技能を低下させる魔法を、今の達也が許容するはずはない。

 

『出来ない事に拘っても、現実逃避にしかならなくてよ?』

 

真夜のこの発言は、誓約を完全に破られて逆上している夕歌の母親に対する、一般論の皮を被った辛辣な批判だった。

 

「そう、ですね・・・仰る通りだと思います」

 

それを理解しながら夕歌がこう応えたのは、上下関係でそうせざるを得なかったからではなく「現実逃避」という言葉に納得してしまったからだ。



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貢の呼び出し

四葉家の分家の一つ、新発田家の次期当主・新発田勝成の職業は、表向き防衛省の事務官である。勝成の魔法戦闘力は極めて高いのだが、自分が魔法を使って戦うのではなく魔法をどうやって使って戦うべきかを考える業務に従事している。

南米、アフリカ、中央アジアと立て続けに大きな戦闘が続いているが、東アジア、西大西洋地域は一昨年の秋以降、小康状態が続いている。そのお陰で防衛省の職員も、このところ比較的早い時間に退庁出来ていた。

トーラス・シルバーの正体でマスコミが大騒ぎした翌日、十九時前に庁舎を出た勝成は、自宅ではなく都心のホテルに向かった。海外まで名前が知れ渡っているような一流ホテルではないが、ビジネスマンの間では食事が美味くセキュリティがしっかりしていると好評なホテルだ。待ち合わせの相手は、指定されたレストランですぐに見つかった。と言っても個室方式の店だから、部屋を間違わなければすぐに分かるのは当然だ。

 

「やぁ。呼び出してすまないね」

 

勝成の父親と同年代の、平凡なスーツの男性。その中身を知っている勝成にも、ただのビジネスマンにしか見えない。

 

「いえ。父の都合がつかなかったものですから。代理人を寄越した非礼をお許しください」

 

「いやいや。当日いきなり会いたいなどと非常識な事を言った私の方に非はある。謝罪するのはこちらの方だよ」

 

「そう仰ってもらえると助かります。黒羽さん」

 

勝成を案内してきたウエイターが、テーブルにやってきた。貢と勝成は酒と軽いおつまみだけを注文してウエイターを下がらせた。

 

「さて、と。今日、来てもらったのは他でもない。彼の事を相談したかったんだ」

 

「達也君について、ですか」

 

「そうだ。昨日、遂にトーラス・シルバーの正体が一般に知られてしまったわけだが、あれについて勝成君はどう思うかね」

 

「エドワード・クラークがトーラス・シルバーの名前を出した段階で、避けられなかったのではないでしょうか。四葉家にとって好ましくない事ではありますが、達也君に責任があるとは思えません」

 

「しかしそもそも、彼が一高に進学せず本家で大人しくしていれば、避けられた事態だと思わないか? エドワード・クラークのディオーネー計画はトーラス・シルバーの実績ではなく、彼が去年の春に行った恒星炉実験を念頭に置いている事が明らかだ」

 

「達也君が一高に進学したのは、彼の意思ではありません。ガーディアンという四葉家の制度上、避けられない事でした」

 

「勝成君は知らないかもしれないが、横浜事変の後、ご当主様は彼に本家で謹慎するよう命じられた。しかし彼はそれを拒んで一高に通い続けた。あの時点で表舞台から消えていれば、目をつけられることは無かったはずだ」

 

「いいえ。形は変わっていたかもしれませんが、マテリアル・バーストを使った時点で達也くんが国際政治の裏舞台に引っ張り出されるのは時間の問題となりました。そしてあの時、マテリアル・バーストを使わないという選択肢は無かった。あの魔法が無ければ、日本は甚大な被害を受けていたでしょう」

 

「そうだろうか。九州には八代家もいる。海戦ならば五輪家が出てくるだろう。海上戦闘に限って言うなら、澪嬢の『深淵』でなくても五輪家は大きな戦力となる。大亜連合は強敵だが、マテリアル・バーストが無くても負けていたとは思えない」

 

「それでも、です。それでも、あの局面でマテリアル・バーストを使わないという選択肢は無かった。戦争は、勝てばいいというものではないのと同様、負けなければ良いというものではありません。国土を蹂躙されればその分、次の戦いに投入出来る戦力が少なくなる。戦力の補充に時間がかかることも、その為には時間だけでなく経済力が必要となる事も、マテリアル・バーストで大打撃を被った大亜連合のその後を見ればお分かりのはずです」

 

貢に反論の言葉は無かった。その程度の事は、言われなくても分かっているのだ。勝成に対して今のままでは効果が見込めないと考えたのか、貢が攻め口を変えた。

 

「・・・今後も彼のあの魔法が国防に欠かせないという、君の考えは理解した。ならば尚更、アメリカに彼の身柄は渡せない」

 

「はい」

 

勝成はただ、肯定の一言だけを返した。初めて賛同を得た貢が、勢い込んで畳みかける。

 

「ならば彼を、四葉家の奥深くで保護すべきではないか? 急死した事にすれば、USNA政府も諦めるだろうし、人間主義者に殺された事にすれば、魔法師に対する世論の矛先を鈍らせることも出来よう」

 

「そうですね」

 

「ならば」

 

「黒羽さん」

 

貢は分家の意思を一つにして、真夜に達也の監禁を要求するつもりだった。だが共謀を迫ろうとして貢の言葉を、勝成が強い口調で遮った。

 

「私は、分家当主の皆様が達也君に過剰な敵意を向ける理由が理解出来ませんでした。だから先日、父に確かめました。なかなか白状しようとしませんでしたが、最終的には話してくれました」

 

「・・・そうか」

 

その話は、貢たちの中だけに留めておく約束だった。だが新発田家当主の理を、貢は非難する気になれなかった。いや、出来なかった、と表現した方が正しいだろう。相手が達也本人であるとはいえ、真っ先に秘密を漏らしたのは貢自身なのだから。



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若者の意見と会長の悲鳴

個室の外からウエイターの声が掛かった為、二人はいったん会話を中断し、冷酒のグラスが並んでウエイターが退室したのを見届けて、話を再開した。

 

「黒羽さん。私は、父やあなた方に賛同できません。達也君を敵視するのは、間違っている」

 

「だが、あの男は危険だ」

 

「一人の人間が世界を破滅させる力を持つ。一人の権力者が、世界を破滅させるスイッチを持つ。一つの政府が、世界を破滅させる戦力を持つ。この三つは、特に前者二つと後者一つは性質が異なるように見えますが、本質的には同じものです。どんなに民主的な国家であっても、戦力はすぐに行使出来る状況になっています。そうでなければ意味がない。民主的な手続きを取っているうちに国そのものが滅ぼされてしまっては、戦力を保持する意味がありませんから。シビリアンコントロールは、恣意的に軍を動かせば失脚すると権力者を牽制するものであり、いったん行使された戦力の継続的な行使を止めさせるものです。どんな場合でも事前に、完全に戦力の行使を止める事が出来る制度は、純粋な自衛すら不可能にしてしまう」

 

「それでも、歯止めが全くないよりは、有った方がいいだろう。たとえ牽制にしかならないとしてもだ」

 

「仰る通りです。だから大量破壊兵器を独裁者に持たせてはならない。軍事力はシビリアンコントロールの下にあるべきだ。ですが、黒羽さん。民主的な選挙で選ばれた権力者であっても、戦略核ミサイルの発射キーを回す事は何時でも出来るんですよ。鍵が複数に分けてあっても、権力者は有権者の支持を背景に、その所持者を選べるんですから」

 

「・・・それは極論だ」

 

「達也君が世界を滅ぼすというのも、極論です」

 

「そこまで言うなら、独裁者が大量破壊兵器を使用するというのも極論だろう」

 

「いいえ。独裁者は、組織内部に自分を止めようとする者がいないから独裁者なのです。そこが個人とは違う。個人の心の中には介入出来ない。個人が何を思い何を決断しても、他人がそれを止める事は出来ない。ですが独裁者でない個人ならば、止めるよう働きかける事は出来る。思いとどまるよう、牽制する事が出来る。説得をすることが出来るのです」

 

「・・・個人は、独裁者より民主的政府の権力者に近いと言いたいのか」

 

「一人で生きている、いえ、一人で生きていると思い込んでいる個人は、独裁者に近いでしょう。しかし、誰かと共に生きる事を望む者、人は独りでは生きられないと知っている個人は、独裁者にはなれない。自ら独裁者になろうとしない限りは。あるいは、独裁者に祭り上げられない限りは」

 

「・・・」

 

「黒羽さん。達也君を独裁者にしてはならない。真に世界の未来を案じるならば、彼を独りにすべきではないのです。失礼ながら、あなた方のやろうとしている事は逆効果としか思えません。この国の戦力を損なうだけではない。この世界の未来まで損なおうとしている」

 

「・・・それは、君の考えか?」

 

「この場に父ではなく私が来た。この事実から、お察しください。黒羽さん。どうか、現実的になってください」

 

席を立ち椅子に座ったままの貢にそう言い残して、勝成は琴鳴が食事の支度をして待つマンションへの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貢と勝成が喧嘩別れのような恰好になった頃、京都の魔法協会本部では、協会会長の十三束翡翠が個室のデスクで頭を抱え込んでいた。彼女の目の前には、またしてもわざとらしく書面で届けられたUSNAからの要望書。そこにはエドワード・クラークの来日計画と、トーラス・シルバーこと司波達也との面会をセッティングして欲しい旨が書かれている。

 

「あーーーっ、もう!私にどうしろって言うのよ!?」

 

翡翠がデスクの天板に向かってヒステリックに叫んだ。

 

「何をすればいいかなんて分かってるわよ!司波達也さんとの面会をセッティングすればいいのでしょう!」

 

頭を抱えたまま、自分自身にツッコミを入れる。翡翠の思考は煮詰まり過ぎて鍋底に焦げ付いている状態だ。

 

「分かっていますよぉ・・・」

 

遂に翡翠は、デスクに突っ伏した。

 

「でも私にはそんな権限、無いんですけど」

 

デスクに顔を付けた状態で、翡翠は深く、長いため息を吐く。

 

「お断り・・・なんて、出来るはずありませんよねぇ・・・」

 

翡翠は気怠そうに身体を起こした。

 

「今週の土曜日・・・急な話ですけど、それ以上に嫌な予感がするのは」

 

彼女は脇机に置いた小型ディスプレイに目を向けた。そこには、最近のニュース一覧が表示されている。

 

「前日にトーラス・シルバーが記者会見?よりによって前の日に?いったい、何を話すつもりなのよ?」

 

絶対にろくでもない事だ、と翡翠は心の中で決めつけた。

 

「何で私が会長をやってる時に限って・・・」

 

彼女の頭は、再びデスクの上に沈んだ。そして、軽々しく会長職を請け負ったことを酷く後悔していた



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スポンサーの取り付け

達也の許に真夜から電話があったのは、夜遅く、二十一時を過ぎてからだった。

 

『こんな時間にごめんなさいね』

 

「いえ、こちらこそわざわざお電話いただき、恐縮です」

 

「気にする必要は無いわ。そういうお約束でしたもの』

 

確かに、東道青波の都合を真夜の方で確かめて連絡をするという話になっていた。だが、真夜が直々に電話を掛けてくるというのは、達也の予想外だった。

 

「東道閣下から、お時間を頂戴出来たのですか?」

 

『ええ、そうですよ。明日の夜七時にお会いくださるようです』

 

真夜は達也の動揺を見透かしたような笑みを浮かべていたが、あえてそれを指摘するような嫌らしい真似はしなかった。

 

「場所は何処ですか?」

 

『九重寺です。九重八雲さんが立ち会ってくださるそうよ』

 

達也は今度こそ、驚きを隠せなかった。真夜は「してやったり」と言わんばかりにクスクスと笑っている。

 

『・・・ゴメンなさいね。そのお話には私もびっくりさせられたものだから。たっくんでも驚くのね。少し安心したわ』

 

「驚きました。まさか師匠が関わってくるとは」

 

『閣下と八雲さんは以前から懇意にされている間柄だそうよ。縁というのは不思議なものね』

 

「そう思います」

 

口にした返事はあっさりしていたが、達也は内心、大きな驚きと共に強い疑惑を覚えていた。八雲を達也に紹介したのは風間だ。そこに四葉の意思は介在していない。その事は風間からも八雲からも直接聞いている。四葉家と独立魔装大隊、第一○一旅団が四葉家に・・・十師族に対して懐いている密かな対抗心を考慮すれば、その言葉を疑う必要は無いと思われた。

だが、八雲と東道青波が親しい関係だという情報を加味すれば話は別だ。達也と八雲は師弟ではない。最初に引き合わされた時、そう決められた。あくまでも魔法格闘戦の訓練相手であり、八雲の方から教える事はしない。質問は受け付けるが、答えられない事もある。それが八雲の許へ通うに当たっての取り決めだった。にも拘らず、達也は八雲から多くの事を教わった。特にパラサイトへの対抗手段として編み出した『徹甲想子弾』は、八雲の協力が無ければ会得出来なかった。

また「聞かれたら答える」というスタンスは変わらなかったが、どう考えても「答えられない事」に該当するはずの知識を、達也は八雲から数多く授かっている。

達也はそれを、八雲の気まぐれだと思っていた。八雲の為人をまだよく知らない内は、何か企みがあるのではと感じていたが、自分を四葉家から引き離して、国防軍の手駒にする方策である可能性も疑った。しかし八雲との付き合いを積み重ねるにつれて、そんな疑惑は霧散していった。

だがそれは、そう思わされていただけだったのではないだろうか?八雲が一筋縄ではいかない、いや、今の達也のレベルではまだ手に負えない曲者であることは分かっているはずだったのに、いつの間にか達也は八雲の事を信頼していたのだ。

 

「それでは、明日の夜七時、九重寺に伺います。ありがとうございました」

 

達也は真夜にそう応えを返す裏側で、そんな風に警戒心を募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイモンド・クラークが「第一賢人」を名乗ってテレビに登場した月曜日当日こそ、「トーラス・シルバー」は人々の興味の的だったが、翌日には早くも大衆の関心が薄れ、水曜日には一般人の間では殆ど話題にならなくなっていた。

魔法に関わりのある人々の中では、トーラス・シルバーは知らぬ者がいないという程有名人だが、実用レベルで魔法を使える者は、成人後の年齢別人口比でおよそ一万分の一。もっとも、実用レベルの魔法スキルを持たなくても技術者や経営者、政治家、軍人、公務員として魔法に関わりを持つ者もいるから、九十九・九九パーセントの人々が魔法とは無縁に暮らしているという事にはならない。

最近は反魔法主義という形で魔法と関わっている人が目につくようになった。政治や国防、災害対応で間接的に魔法の恩恵を受けている国民も少なくない。だがそれでも、大多数の人々は魔法と直接関係が無い生活をしている。

魔法は現代の社会生活に必要なファクターではない。少なくとも、平和に生活出来る社会環境では。だから大衆は罪もない――いや、罪が定かでもない魔法師が迫害されても、無関心を貫く事が出来る。無関心でいる事に、罪の意識を覚えない。トーラス・シルバーを名乗っていた一人の高校生が、その意思に反する未来を押し付けようとされていても、人々にとってそれは三面記事の一つでしかない。

達也が九重寺を訪れた夜は、世間はまだそんな状況だった。



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物騒な出迎え

午後六時四十五分。達也は九重寺の山門に続く階段の前で自動運転のコミューターを降りた。同行者はいない。一人で来ること、それも東道青波から達也に課せられた条件だった。

コミューターを降りた達也は、見せつけるようにゆっくりと左右を窺った。実際に彼は、監視者がいれば見つつけるつもりでわざと目立つ行動を取ったのだが、見張っている者の気配は感じられなかった。

少し前から、具体的にはこの小高い丘の麓に差し掛かってから尾行の気配が途絶えていたのだが、間違いではなかったようだ。偶然ではあるまい。恐らく八雲の弟子が、もしかしたら八雲自身が何か手を打ったのだろう。加減を間違えるような未熟者に客のもてなしを任せる八雲ではないから、自分が心配する必要は無いと達也は判断した。

それに心配しなければならないのは自分の事だ。幾ら八雲でも政財界の黒幕として密かに有名な東道青波との面談を邪魔するような真似はしないだろうが、確信は持てない。この場を選んだのは達也を試す為かもしれないのだ。その可能性を考慮して十五分も前に到着したのだが、八雲が本気になればその程度の時間で足りるかどうか怪しい。

悪ノリだけはしないでもらいたいものだ。そう心の中で呟きながら石段に足を掛けた。だが残念ながら達也の懸念は的中した。石段の半ばを過ぎた辺りで、いきなり遠近感が狂わされる。自分が小さくなっている幻影を見せられようとしていた。

自分の意思に魔法が働きかけているのが分かる。こういう断続的な作用の仕方は古式魔法ならではだ。達也には今、現実の視界と幻覚の光景が重なって見えている。これは達也が、精神に侵入しようとする魔法式を術式解体の要領で押し返しながら、その魔法式の記述内容を読み取っているからだ。彼に仕掛けられた魔法は、時間を掛けて術中に落としていくタイプのものだったが、達也で無ければ既に幻影の虜となっていただろう。

しかし彼は、幻影魔法にかからなかった。それはもう術者にも・・・八雲にも分かっているはずだ。九重八雲は、通用しなかった手に何時までも固執するような甘い相手ではない。幻術が通用しないと分かったならば次は・・・

 

『・・・実体による攻撃』

 

達也が心の中で呟くのと同時。左右からカマイタチが襲いかかってきた。真空の刃ではなく、極薄の板状に固めた空気で細かく砕いた石の粉を支えて、それを高速で飛ばす魔法だ。石段の左右は開けている。立木どころか、低い生垣も無い。文字通り何もない闇の中から飛来する四本のカマイタチを、達也は瞬時かつ同時に分解した。

無論、八雲の攻撃がこれで終わるはずがない。たとえ本気でなくても、幻術とカマイタチの二段構え程度で済ませるような善良な性格ではないのだ、九重八雲という人物は。

達也が今いる石段は、そんなに長いものではない。今夜は張れていて月も出ている。夜であっても普通なら山門の中まで見えるはずだが、今そこは暗く塗りつぶされている。その闇の中から、矢が降ってきた弓弦の鳴る音は聞こえなかったし、魔法で音を消した気配も、矢そのものを飛ばす魔法の気配も感じられない。音を立たずに矢を射る技術があるのか、音を立てないように作られた弓なのか。頭の片隅でそんなことを考えながら、達也は矢の雨に意識の主な部分を向けた。

 

『情報体偽装魔法!?』

 

分解しようとして、矢に実体がない事に気付いた達也。単なる幻影ではなく「情報」を「視」る視力を欺く、情報の次元に干渉する幻術。実体物で攻撃してくる、という予想の裏をかかれた格好だ。

達也は五感を研ぎ澄ませて石段を駆け上がると、前方で気配が揺らいだ。達也が立ち止まるでもなく、ゆっくりと周囲を警戒しながら進むのでもなく、突っ込んできた事に意外感を禁じられなかったのだろう。この戦いの場で、達也は初めて「敵」の所在を掴んだ。

研ぎ澄ませた聴覚が、衣擦れの音を捉える。研ぎ澄ませた嗅覚が、衣服に染み込んだ香の匂いを捉える。研ぎ澄ませた視覚が、闇の外に踏み出した影の輪郭を捉える。階段の、上と、下。下方に位置する達也の方が明らかに不利な態勢だ。

達也が跳躍する。足場が無くなることを恐れず、駆け下りてくる敵と同じ高さに並んで蹴りを繰り出した。敵は上体を屈めて、達也の跳び前蹴りを躱す。前に跳躍した達也の身体は、そのまま相手を飛び越して石段に着地した。

今度は達也が上。だが達也は敵に背中を向けている無防備な状態だ。研ぎ澄まされた触覚が、空気の流れを捉えた。背後から敵の突きが迫っている。達也はフラッシュ・キャストで移動魔法を発動した。

フラッシュ・キャストで発動する魔法は、規模も小さく威力も低い。ただスピードだけが取り柄と言える。だが僅か六十センチ移動するだけなら、フラッシュ・キャストの出力でも問題はない。そして敵の拳を躱す為ならば、六十センチは十分な距離だ。敵の縦拳突きが三十センチを進むより早く、達也の身体は石段の二段上にいた。

敵の攻撃が不発に終わる。敵が更に踏み込むのと、達也が振り返り攻撃態勢を整え終えたのは、同時だった。達也の手刀が敵の首筋に。敵の・・・八雲の拳が達也の脇腹に。二人の手が、互いに、その寸前で止まる。

 

「師匠、随分手荒なお迎えですね」

 

「そろそろ時間だ。行こうか。閣下は既にお待ちだよ」

 

達也は腕時計に目を落とした。デジタルの文字盤は、午後六時五十分を表示していた。石段を上り始めてから、まだ五分しか経っていないという事だ。たったそれだけの時間で八雲を撃退出来るとは、達也には思えない。おそらく、八雲の方で時間を調整していたのだろう。

達也は今の攻防で、周囲に被害を及ぼさない範囲ではあるが本気を出していた。だが八雲には予定を気にする余裕があったという事だ。

達也は少しの悔しさと共に、八雲にまだまだ及ばぬ自分を自覚したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は埃一つ付いていないスーツ姿で本堂に入った。八雲の「悪戯」でついた汚れは『再成』の応用で取り除いている。八雲が案内したのは奥の間。内陣に向かって右側の脇間で、東道青波は待っていた。

寺に相応しく、頭はツルリと剃り上げられているが、着ているものはオーダーメイドの高級スーツだ。背筋を自然に伸ばして座るその姿は、肩幅が広く下半身もがっしりしている。高齢による衰えは隠せないが、若い頃は堂々たる偉丈夫だったに違いない。

一方、首から上、禿頭の下は異様だった。灰色の太い眉にドングリ眼。眉目秀麗というタイプではないが、風格のある顔立ちだ。ただ、白く濁った左目が相対する者に異様な圧迫感を与える。異様という印象は、この左目によるものだった。

達也はその左目に注意を引きつけられた。彼はすぐに、この老人と今年の正月、正確な日付をいうなら一月四日にこの寺で会っていた事に気が付いた。会っていたと言っても、達也が帰る途中の東道を背後から見かけ、東道が振り向いて白く濁った左目を達也に向けたという形で、言葉は交わしていない。

 

「ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか」

 

達也は下座に座り、まずは頭を下げた状態でそう尋ねた。

 

「許す」

 

東道の返事は、別の人間が口にすれば時代錯誤に聞こえただろう。だが東道の声にそのセリフは、不思議と似合っていた。

 

「初めまして。司波達也と申します。お目に掛かれて光栄に存じます」

 

「東道青波である。()()達也。会えるのを楽しみにしていた」

 

東道は達也に向かって「司波達也」ではなく「四葉達也」と呼びかけた。東道に向かって頭を下げたままの達也は、その言葉を浴びて微動だにしなかった。

 

「面を上げよ。直答を許す」

 

達也は言われた通り身体を起こした。その状態で目を伏せるのではなく、東道と目を合わせる。「直答を許す」とはそういう意味だと、達也は解釈した。それを咎める声は、東道本人からも八雲からも無かった。

 

「真夜から聞いた。私に説明したい事があるそうだな」

 

「はい」

 

「聞かせてもらおう」

 

達也の態度を咎める事もせず、東道はすぐに本題に入るように求めてきた。

 

「一言で申し上げれば、魔法を利用してエネルギー資源を生産するプラントの建設案です」

 

達也はそう前置きして、ESCAPES計画の説明から始める。東道は途中一度も口を挿まず、達也の話を聞き終えた。

 

「分かった」

 

記者会見をエドワード、レイモンド両クラークの仕掛けてきた情報戦に対する反撃手段としたい、というところまで達也の説明を聞いて、東道はそう応えた。

 

「では、マスコミの前に出る事をお許しいただけますか?」

 

「許可しよう。其方の計画に協力するよう、私の知り合いに声をかけても良い」

 

「ありがとうございます」

 

そう言いながら、達也は喜びよりも警戒感を覚えた。話が旨すぎると疑ったのではない。無条件なはずがない。どんな条件を付けられるのか。無理難題を恐れたのだ。

 

「ところで、其方に訊ねたい事がある」

 

「何でしょうか」

 

達也は表情を動かさずに応えたが、肩透かしにあった感を否めなかった。彼は東道が、すぐに何らかの要求を突きつけてくると心の中で身構えていたのである。

東道はおそらく、達也の心の乱れに気付いていたが、そこに乗じようとはしなかった。

 

「其方は先程の説明で、政治的な権力を求めないと言った」

 

「はい」

 

正確には、プラントの運営を邪魔されなければそれ以上の権限を自分から求める事はないと言ったのだが、自分から政治的権力を要求するつもりは無かったので、東道の言葉を敢えて訂正しなかった。

 

「エネルギープラントに限らない。其方の持つ力は、桁違いに強大だ。個人が持ち得る限度を超えているというだけではない。本来であれば、国家以外の組織に許されるものではない」

 

達也は特に反論しなかった。東道の言う通りだと、彼自身も本気で思っている。だからといって達也は、自分の力を捨てるつもりも誰かに委ねるつもりも無いのだが。

 

「其方はその力を何に使う?その力で何を望む?」

 

「快い日々を」

 

達也が迷う素振りも見せず即答する。その答えを聞いて東道ははっきりと、不快げに眉を顰めた。

 

「個人の身に余るその力を、自分の為にのみ使うと申すか。社会の安寧や国家の存続には興味が無いと?」

 

「社会の安寧無くして快適な生活はあり得ません。また現段階において国家の存在は、社会秩序の維持の為に不可欠だと考えます」

 

「私的な快事の為ならば、国家に力を貸す事も厭わぬという事だな」

 

「力を貸すなどと偉そうなことを申し上げるつもりはありませんが・・・状況に応じて国防や治安維持の為に働くという点は、閣下の仰る通りです」

 

「ならばよい。四葉達也」

 

正面から向かい合った状態で、東道が達也を「四葉達也」と呼んだ。東道の表情を見て、達也は彼が言い間違えているのではなく故意にそう呼んでいると悟った。

 

「其方に求める事はこれまでと同じだ。この国の為、抑止力になってもらいたい」

 

東道の言葉に、達也は戸惑いを覚えたのだった。



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達也の居場所

抑止力になれとは、どういう意味なのだろうか。自分が戦略級魔法『マテリアル・バースト』の使い手であることを公表する事を求められているのだろうか。しかしそれでは「これまでと同じ」とは言えない。達也は思考の袋小路で無駄に時間を費やさず、東道の真意をストレートに尋ねた。

 

「・・・自分に戦略級魔法師として名乗りを上げろと、お求めになっているのですか?」

 

「今はまだ不要だが、それが必要になったならば、そうするが良い」

 

「では、軍事的脅威が生じた場合にそれを退けよ、という意味でしょうか?例えば一昨年秋のように」

 

「抑止力とは、脅威が現実のものとなる前にそれを断念させる力だ。現実のものとなった軍事的脅威に対抗する力は単なる戦力であって抑止力ではない。抑止力は、使用されないことが望ましい。分からぬか」

 

「恥ずかしながら」

 

実際には、東道が何を言いたいのか全く分からないという事は無かったが、達也は小賢しく推測を並べるより、正解を請う方を選んだ。

 

「其方にとっては、難しい事ではない。恐怖を示して、他国を牽制すれば良い」

 

「先程閣下は、抑止力は使用されないことが望ましいと仰いました。しかし相手を恐怖させる為には、威力を見せつける必要があると思われますが?」

 

「示威の為に必要であれば、再使用もやむを得ぬ。その判断は其方に任せる」

 

東道は、達也が抑止力として機能すれば、ESCAPES計画を――魔法師を兵器の宿命から解放するための第一歩を、黙認するだけでなく後押しもしてくれるというのだ。達也に断る理由はない。

 

「閣下の御心のままに」

 

達也は遠回しな表現で東道の申し出を受ける意思を表明した。そこれ、それまで達也と東道の話を黙って聞いていた八雲が、初めて口を挿む。

 

「良いのかい?君を待っているのは、孤独だよ?」

 

「構いません」

 

達也が本当の意味で必要としているのは、ただ一人の人間だ。その一人が側にいれば、彼が孤独を覚える事はない。達也の心はそういう風に出来ている。今の自分にはほのかや深雪、凛がいる。ほのかは深雪と同じくらい自分から離れることはない、彼は思っている。死すらも、達也とほのか達を引き離す事は出来ない。彼がそれを許さない。

他の孤独は、達也を躊躇わせる理由にはならない。八雲の警告は達也にとって、脅しになっていなかった。

 

「話は決まった」

 

八雲には、まだ言いたい事があるようだった。だが東道が強引に、説得――東道にとっては横槍――を切り上げさせた。

 

「閣下。具体的に、自分はまず何をすれば良いのでしょうか」

 

達也にも、これ以上八雲と話を続けるつもりは無い。八雲が自分の事を心配しているのが分かるから余計に、後味が悪くなるに違いない口論を避けた。

 

「私の方から其方にあれこれ指示をするつもりは無い。其方は自分の意思で、必要と判断する事を為せ」

 

東道のこの言葉は、白紙委任状ではない、その逆だ。何をしても東道が責任を取るという事ではなく、何か不都合が生じれば達也に責任を取らせるという意味だ。

 

「承りました」

 

それを正しく理解した上で、達也は東道にそう答えた。素より、何か不都合が起った場合に、黒幕が責任を取ることはない。責めを負わされるのは常に実行者だ。東道が言っている事は、今更でしかなかった。

 

「うむ。では私の方も、知り合いに声をかけておこう。有意義な時間であった」

 

東道が面談の終わりを告げる。

 

「それでは、これにて失礼させていただいてもよろしいでしょうか」

 

「退出を許す」

 

達也は額が畳に付くほど、深々と頭を下げて、畳から立ち上がる。最初から座布団は与えられていなかった。達也は相手を見下ろさぬよう顔を伏せたまま、東道に背中を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山門に送るまでの途中。さっきの話の続きをしようとした八雲に、達也が問いかけをした

 

「ところで師匠、凛の居場所はわかりませんか?」

 

「おや、いきなりどうしたんだい?」

 

「いえ・・・今度の記者会見の時に弘樹をどうすればいいか聞こうと思いまして。本人に聞いた所、凛の判断を聞いてからにすると言っていたので・・・電話をしても繋がらないので・・・」

 

「ほう・・・そんな事が・・・」

 

そう言いながら顎を触ると八雲は達也に言った

 

「別に居場所は分かるけど・・・それでも当たっている可能性は半分以下だよ」

 

「それでも構いません。最悪、弘樹に使いを任せます」

 

そう言うと八雲は凛の居るであろう場所を伝えた

 

「今彼女が居るであろう場所は・・・『ジオフロント』だ」

 

「『ジオフロント』ですか・・・」

 

八雲の言葉に達也は驚きの表情が浮かんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーージオフロントーー

 

ソロモン諸島沖の赤道上に建設が進んでいる軌道エレベーターの地上基部を指すメガフロート、およびその周辺地域の関連施設をまとめた名前だった。宇宙エレベーターの難問であるケーブルの維持などを魔法師に任せ、地上では膨大な電力を使ってエレベーターを宇宙空間まで飛ばす計画だ。周辺施設には港湾施設、空港、娯楽施設など多くの建築物が建設され、その大きさは3平方キロメートルを越えようとしていた

 

「そんな所にいるんですか。彼女は・・・」

 

「ああ、お仲間さんと今後の話をするんじゃないかな。今、世界中のノース銀行の取締役が『ジオ・フロント』に集まっている情報もあるし」

 

「成程・・・これは弘樹にお使いに行ってもらった方が良さそうですね・・・」

 

「そうした方がいいと思うよ」

 

そう言うと達也は八雲にお礼をして山門を降りて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也を山門から送り出した八雲が、奥の間に戻ってくる。東道は達也が去った時と同じ体勢で待っていた。八雲が東道に、お代わりの茶を点てる。東道が茶碗を空にするのを待って、八雲は東道の正面に移動した。

 

「実際に話しをしてみて、如何でしたか?」

 

四葉家のスポンサーという立場から、東道青波は達也に関する詳細な情報を知り得る立場にある。その情報に触れていないという事はあり得ない。達也に関して外側から得られる情報は調べつくしているだろう。その上で実際に会ってみた印象を、八雲は尋ねているのだった。

 

「予想以上に壊れておった」

 

「期待外れでしたか」

 

「壊れているからと言って、使えないことはない。例えば、安全装置が壊れていても、引き金を引けば弾は出る」

 

「使い方次第だと?」

 

「危険ではあるがな」

 

東道が八雲と目を合わせる。その白く濁った左の瞳が、八雲の魂魄に向けられる。

 

「閣下の眼力も、彼には通用しなかったようですな」

 

「・・・すまぬ。意識しての事ではないのだ」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

東道青波は術者の家の出身だ。その家系図が事実であるなら、日本で最も古い霊能力者一族の一つと言える。しかし、術者として自らの術を磨く道より、術者を統べる家の責務を果たす道を選んだ東道青波が、自分の「目」を完全に使いこなせていないことを八雲は知っている。無意識だったというのであれば、言い訳ではなく本当の事だろう。八雲は東道の謝罪を、あっさりと受け入れた。

 

「貴殿が言うように、四葉達也の心底は見抜けなかった。四葉も面白いものを作り出したものだ」

 

「偶然の産物ではありますが、彼は一つの究極ですから」

 

「そうだな」

 

八雲の表現は、かつて東道が使った表現をアレンジしたものだ。これには東道も、苦笑いを禁じ得なかったが、すぐに東道老人は、真顔に戻る。

 

「九重八雲。貴殿に尋ねたい事がある」

 

「はい、何なりと」

 

「いざという時、貴殿の力で四葉達也を仕留められるか?」

 

問われた八雲は、薄らと笑みを浮かべたままだったが、東道の質問を聞き終えて、さすがに笑ってはいられなかった。

 

「さて・・・先ほど試してみた感触では、勝ち目は六割、と言ったところでしょうか。相打ちを含めれば、七割程度かと」

 

先ほどの試しとは、石階段での一戦だ。あの悪ふざけには、そんな意味合いがあったらしい。

 

「貴殿の技量を以てしても、三割は討ち漏らすか」

 

東道の驚きは、本物だった。だが八雲の答えは、それで終わりでは無かった。

 

「いえ、返り討ちに遭う確率が三割です。拙僧と彼の間に、逃げられるという結末はあり得ないでしょうな」

 

「・・・果心居士の再来と謳われる貴殿が、逃げる事も出来ないと?」

 

「半年前なら逃げる事も出来たのでしょうが・・・あぁ、六割というのも今ならば、です。後一年もすれば、拙僧の手には負えなくなるでしょう」

 

「そこまでか・・・」

 

東道の愕然とした様は、おそらく八雲の前以外では見られぬものだ。東道がそれだけ八雲に気を許しているという事であり、本気でショックを受けているという事でもある。

 

「拙僧を超える程度の力量であれば、驚くに値しませぬよ。彼に対抗し得る若者は、拙僧の知る範囲に限ってみても、一人ですが、心当たりがあります。全世界を見渡せば、十指に収まるという事はあるますまい」

 

「・・・恐ろしい時代になったものだ」

 

「そうですな・・・閣下、お茶のお代わりは如何ですか」

 

「もらおう」

 

八雲が東道から茶碗を受け取って炉の前に移動する。慣れた手つきで抹茶を泡立て、無造作に茶碗を差し出した。東道老人もまた、作法を無視した無造作な仕種で茶碗を口元に運び、ゆっくりと呷った。

 

「馳走になった」

 

「お粗末さまでございました」

 

「まったくだ。貴殿はどういうわけか、茶の腕だけは上達せぬな」

 

遠慮のない東道の物言いに、八雲はただ、苦笑いを返した。

 

「また来る」

 

「お見送りしますよ」

 

東道が立ち上がり八雲に告げ、八雲は座ったままそう応えた。

 

「無用だ」

 

東道老人は振り返りもせず、自分の手で襖を開け去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人襖に残った八雲は茶器を片づけ始めようとすると茶室の窓からやってきた突然の来客に少し驚いた。

 

「おやおや、まさか閣下ご自身が来られるとは。会議の方は良かったのですか?」

 

八雲が声をかけた女性は窓辺から離れると八雲の前に座った。その女性はこの世のものとは思えないほど美しく。また神々しさを持ち合わせていた。

 

「いや、会議は別の場所でする事にした。どうも、ネズミがいる様だったからね」

 

「成程・・・それで急遽帰って来たわけですか・・・」

 

「すまんが茶をくれ。少し疲れたのでな」

 

「分かりました。少しお待ちを」

 

そう言い八雲はお茶を立てると女性こと凛の前に茶碗を置いた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

そう言って凛が一口お茶を飲むと八雲がさっき達也が凛の居場所を聞いていたことを伝えた。すると凛は少々呆れた様子で茶碗を置いた。

 

「ああ、その事。それくらい自由にすればいいのに・・・全く、どこか真面目なのよね。あの子は。別に思念会話で話しかけて来ても良いと思うのに・・・」

 

そう言うと凛はまたお茶を飲み始めた。八雲は一連の会話を聞いて弘樹の性格を思い出すと少し口元が歪んでしまった。

 

「ま、達也が聞いて来たなら私も返事をしておきましょうかね」

 

そう言うと凛は持っていた端末から弘樹に連絡をすると再びお茶を飲んでいた。神が携帯を使っている姿に八雲は少しだけ違和感を感じていた。



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真夜の報告

達也が九重寺から伊豆の別荘に戻った時には、既に午後十時近くになっていた。帰ってすぐ、達也は電話機に向かったが、真夜を呼び出すつもりは無かった。時間も時間だ。葉山か、葉山の補佐の白川に「了解が取れた」と一言だけ、伝言を依頼するつもりだった。

 

『・・・達也さん、何かしら』

 

だがヴィジホンの画面には何故かいきなり、真夜が登場した。まるで彼が電話を掛けてくるのを待っていたようなレスポンスだ。

 

「遅い時間に失礼します。ただ今、九重寺より戻って参りました」

 

思わず面白味の無い返答になってしまったが、真夜も達也にされた会話を期待してはいなかった。

 

『そう、ご苦労様。閣下にはお目に掛かれましたか?』

 

「はい。計画についてはお許しをいただきました」

 

『そう・・・』

 

真夜が達也の表情を窺うような感じに、少し目を細める。

 

『代わりに何を命じられたのかしら?』

 

どうやら真夜も最初から、東道の指示を得るためには取引材料が必要だと考えていた模様だ。それを前以て教えられなかった件については、達也もどうせそんな事だろうと考えていたので実害は無かったし、特に気にもならなかった。

 

「諸外国に対する抑止力を務めるよう求められました」

 

『今、達也さんがなし崩しに置かれている立場を、公式に認めろという事ね』

 

「いえ。今はまだ、公表の必要は無いと。やり方については全てこちらに任せると、閣下は仰いました」

 

『全てこちらに? それはそれは・・・責任重大ね』

 

真夜の思考は、達也と全く同じ経路をたどっている。それが合理的な思考プロセスだからか、それとも達也と真夜が似ているのか・・・達也は頭の片隅で軽く悩んだ。

 

『・・・とにかく、閣下のご承諾が得られたのは何よりでした。記者会見の件は、予定通り進めましょう』

 

「ありがとうございます」

 

真夜は東道の応諾が得られて一安心なのだろうが、達也は真夜の言質を得られて同じようにホッとしていた。誰かに使われる気苦労は、本当の意味でトップに立たない限り上も下も同じものらしい。

 

『ところで達也さん、巳焼島の話は覚えている?』

 

突然変わった話題について行く為、達也は余計な思考を全て棚上げして意識を集中した。

 

「四月中旬に聞かせていただいた話でしょうか。巳焼島に新しい研究施設を建設するという」

 

『ええ、それ。その計画を一部変更して、達也さんのプロジェクトのプラントを誘致しようかと思うのだけど』

 

真夜の提案に、達也は咄嗟に答えを返せなかった。

 

『葉山さんとも相談したのよ。達也さんの計画を進めるうえでは最適に近い立地だと思うのだけど、どうかしら』

 

「・・・誘致と仰いますと、外部の事業者を入れるのですか?」

 

自分にとって都合が良すぎる、という警戒感を顔に出さないよう意識しながら、達也はとりあえず当たり障りが無さそうな疑問だけを口にする。彼の質問を受けて、真夜は「よく気が付きましたね」という表情で笑った。

 

『規模を抑えればウチの傘下企業だけでも可能だけど、将来を展望すれば最初から外部の協力者を入れた方が良いと思うのよ』

 

その点については、達也も同感だった。仮に四葉関連企業だけでプラントをスタートさせると、そこで働く魔法師も四葉の息がかかったものだけとなる可能性が高い。それでは魔法師の解放ではなく、四葉家の新規事業になってしまう。

 

『土地もあの程度の広さなら、実質的な自治区になっても騒ぐ人は少ないだろうし』

 

その意見にも、達也は納得を覚えた。確かに八平方キロ程度であれば、小さな市には匹敵するとはいえ、ミュータントの反乱とか魔法師の王国とか騒ぎ出す者もあまりいないに違いない。

 

『どうかしら』

 

「ありがたいお話しだと思います」

 

『では、進めさせてもらって良いのね?』

 

「はい。よろしくお願いします」

 

自分のプランを別の目的に、良いように利用されるかもしれない、という漠然とした不安が達也の意識を過ったが。だが彼は、計画の推進を優先すべきと己を納得させた。

 

『ところで、弘樹さんはどうされるのかしら?何か知っていますか?』

 

「ええ、彼は記者会見には出ないそうです」

 

『じゃあ、別の人を出すと?』

 

「いえ、彼はFLTを退職すると言っていましたので・・・恐らく辞表を出しているかと・・・」

 

『そう・・・分かったわ。それじゃあ、記者会見、楽しみにしているわ』

 

そう言うと通信が切れた。真夜が記者会見を楽しみにしていると言う事はおそらくそれだけマスコミを黙らせるのか。と言う事だろうと思うと達也はため息を吐いてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信を切った真夜はすこぶる機嫌が悪かった。

 

「はぁ・・・嫌になっちゃうわね。こう言う時って」

 

「奥様、それは達也殿に四葉家内では未だに反感がある事でございましょうか。それともディオーネ計画の事でしょうか」

 

「どっちもよ。はぁ・・・こう言う時は甘いものが欲しくなるわね」

 

「すぐに準備いたします」

 

真夜の言葉に葉山はすぐに反応するとお茶菓子を持って来させた

 

「ふぅ・・・今度閣下にお願いしてお茶菓子を作ってもらおうかしら」

 

「そうですな。凛様であれば世界一のお茶菓子を作ってくれましょう」

 

「お代はどうすれば良いかしらね」

 

「酒樽を4つほど用意すれば良いかと・・・」

 

そう言うと真夜は早速葉山に凛の好きな銘柄の日本酒の用意をさせた



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経済界のドン

ホクサングループの総帥、北山潮は財界のみならず政界にも強い影響力を持っている。政府の会合等に呼ばれて自分から出向く事は少なくないが、そんな場合でも事前に予定を聞かれ、彼の都合に日程を合わせてるケースが圧倒的多い。しかしこの日、五月最後の木曜日、北山潮は当日いきなり、都内の高級料亭に呼び出された。彼が他の予定をキャンセルしてその料亭に足を運んだのは、招いたのが彼にも無視できない相手だったからだ。

東道青波。その名を知る者が極限られている、陰の実力者。良くいる有名なフィクサーとは違って、東道青波は一度も表舞台に出たことが無い。だがその名に触れる縁を得た者は、彼の実力が疑いようのないものであることを思い知らされる。

潮は幸い、東道が持つ裏の権力に脅かされた事はない。だが潮のライバルだったある新興企業の創業者は、東道の権勢を軽視したしっぺ返しで、その財産を全て失った。普通ならば問題にされないありふれた犯罪で長期の懲役に服すことになり、再起の機会すら奪われた。それを潮は、まざまざと見せつけられた過去がある。

 

「お招きいただき、光栄です」

 

「急に呼びつけて申し訳ない」

 

東道青波は六十過ぎ、北山潮は五十代前半。東道の口調がややぞんざいなものになるのは、二人の年齢を考えれば不自然な事ではない。だが彼らの態度の違いは年齢差によるものというより、手にしている「力」の種類の違い――権力と財力――を反映しているのだと思われる。

東道と潮は、少しの間当たり障りのない世間話で時間を潰した。東道青波といえど、トップクラスの財界人に対していきなり用件だけを告げるような無神経な真似はしないようだ。

仲居の目を気にしたという面もあっただろう。東道のような人々が使う店は単に料金が高いだけでなく、食事や酒が美味いだけでもなく、使用人に三猿を徹底的に叩き込む。それでもなお用心を欠かさないのは、それが権謀術数の魔界を生き抜いてきた人間の性というものだからか。結局、東道が話を切り出したのは、珍味を揃えた酒肴の膳が出尽くした後だった。

 

「今日来てもらったのは、ある若者のビジネスに力を貸してやって欲しいからだ」

 

「起業する若者に出資せよという事ですか? 入道閣下の御眼鏡に適うとは、いったい如何なる素性の者ですか?」

 

「貴殿も良く知っている青年だ。戸籍上の名は、司波達也という」

 

「・・・司波君ですか」

 

一瞬より長い絶句の後、潮は辛うじて、それだけの言葉を返した。

 

「では、新規事業というのはトーラス・シルバーとしての発明に関わるものですか? それとも、核融合炉に関係するものですか?」

 

「後者だ。司波達也は、エネルギー生産の仕事を与える事で、魔法師を兵器の役目から解き放とうとしている」

 

「分かりました。お引き受けしましょう」

 

今度は即答だった。これには東道も戸惑いを覚えたようだ。

 

「もっと考えなくても良いのか?」

 

念を押されても、潮に迷いは生じなかった。

 

「閣下もご存じの通り、私の妻と娘は魔法師です。妻は長い事『兵器』として生きる事を余儀なくされましたが、今はその役目を退いています」

 

無論、東道は潮の妻の紅音の事も、娘の雫の事も知っている。彼は視線で、話の続きを促した。

 

「しかし戦争が起れば、妻だけでなく娘も戦場に駆り出されるかもしれません。総力戦になれば、生産の役に立たない魔法師は、戦力となることを強制されるかもしれない。私はそう恐れています」

 

「戦争以外で役に立つというなら、米国が発表した計画もあるが」

 

無論、東道は本気でディオーネー計画に協力する事を唆しているのではない。このセリフは、潮が何処まで本気なのかを探る観測気球だった。

 

「妻や娘を人身御供にする気はありません。あれは、軍に徴用されるより酷い」

 

「ほう。何故そう思う」

 

今度の問いかけは潮を試すものではなく、本物の好奇心から出たものだ。

 

「ディオーネー計画は魔法師を宇宙に追放するものです。アメリカの意思によるものかエドワード・クラークの陰謀なのか、また如何なる理由によるものかは分かりませんが、彼は司波君を地球から追い出したいようだ。しかし被害は彼一人に止まらない。計画が進めば、それに携わる魔法師は地球で暮らせなくなる。地球に居場所がなくなってしまいます。あれは、そういうプロジェクトです」

 

潮の答えは、達也が出した結論と同じものだった。おそらく、潮や達也が特別なのではない。夢物語のヴェールを剥がせば、同様の推理に至る者は少なくないに違いないだろう。

実を言えば、東道もディオーネー計画の隠された意図に気付いていた。

 

「一方、司波達也の計画では、魔法師の居場所は拡大する。エネルギーの生産は戦時にも欠かせない。むしろその重要性は増す。国家のエネルギー供給に司波達也のプラントが組み込まれてしまえば、魔法師を前線で使い潰してエネルギー不足を招くような愚は犯さなくなるだろう。よく考えられている」

 

そして東道が達也のESCAPES計画を最も評価している点は、戦力の供給とエネルギーの供給の間にトレードオフの関係を作り出し、魔法師を兵器として利用したくても出来ない状況を生み出す事にあった。



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租税回避地

達也が考案したESCAPECE計画は国防の観点から言えば、決して歓迎される話ではない。だがこれだけで終われば、東道はまさにそれを理由として達也の計画を潰す方に回っていただろう。だが達也は、自分が抑止力となることを受け入れた。

恒星炉を中核とするエネルギー生産システムが世界に普及すれば、他の国は魔法師戦力を失い、マテリアル・バーストという切り札を持つ日本の軍事力が相対的に向上する。次の世代で達也に匹敵する抑止力が生まれるかどうかは不透明だが、その時のことはその時の権力者に与えられた課題だ。東道は今に生きる者として、今に責任を負えば良い、彼は、未来にまで責任を負える等と自己を過大評価していなかった。

 

「同感です」

 

一方潮は、魔法師戦力の欠損をあまり気にしていなかった。彼は政治家ではない。魔法戦力が欠けたなら、通常戦力で補えば良いと考えている。彼の会社では兵器を扱っていないが、家族を守る為に必要であるなら、軍需産業に本格参入する事にも躊躇いは無かった。

 

「司波君の計画について、詳しい話をお聞かせ願えませんか」

 

達也の計画は、自分の利害と一致する。潮はすっかり前向きになっていた。家族が絡んで投資家としての猜疑心が麻痺しているという面もあったのだろう。だがこの件に関して、東道は潮を騙すつもりが無かったので、問題にはならなかった。

 

「詳細は本人に聞くが良かろう」

 

しかし、勇み足気味である事は否定出来ない。

 

「そうですね。失礼しました」

 

それを自覚して、潮は率直に頭を下げた。頭を冷やし、この場で本当に確認しておかなければならない懸念事項へ意識を向ける。

 

「閣下。それとは別に、一つだけお伺いしたい事があります」

 

「何か?」

 

「彼の計画について、政府はどのようなスタンスを取るのでしょうか」

 

現在、政府はディオーネー計画を歓迎している。表向き、反対の立場を取る国は無い。ディオーネー計画に対抗するプランの立ち上げは、外交的にマイナスと判断される恐れがある。東道青波も、そこは当然理解している。

 

「日本政府に邪魔はさせん」

 

その上で彼は、きっぱりと断言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燦々と照りつける太陽に打ち付ける波ーー

ここはアフリカ大陸の主要都市ケープタウン。かつてロイヤルネイビーの一大拠点であったこの街は群発戦争により無法地帯と化していた。だがこの地に派遣された民間軍事会社により、街一帯の安全を確保。街の自治権を獲得していた。この行動にUSNA、イギリス、新ソ連などの大国は群発戦争の影響で破壊されたスイス銀行の代わりの資金洗浄の場として活用するためにこの地に企業を置いた。そしてノース銀行も富豪を集めるためにここを新たな租税回避地(タックス・ヘイブン)や経済特区にするとこの地に続々と世界中の企業や安全な地を求む富豪がこの地に集まっていた。その為、ここには多くの娯楽施設やインフラ、交通機関などが建設され、世界で最も高貴で安全な都市と謳われている。表向きにはノース銀行傘下の不動産の私有地だが、裏では影の戦争が盛んに行われている最前線であった。

そんなケープタウンの郊外に存在する巨大な施設。ここはガルムセキュリティーケープタウン支部。ケープタウンの治安維持を目的に建造されたこの場所は新型兵器の実験施設とともにアフリカでの勢力拡大のための司令部でもあった。その為、ここには常に最新鋭の兵器や試作段階の兵器も置かれていた。

そんなケープタウン支部の地下深く。核戦争にも耐えられる様設計された地下司令部会議室に12人の男女が座っていた。待っていると会議室の扉が開き、そこから少女が入ってきた。

 

「すまない、待たせてしまったかな」

 

「いえ、我々も到着したばかりです」

 

そう言いながら少女こと凛は席に座ると早速本題に入った。

 

「さて・・・皆も知っているだろうがUSNAで発表されたディオーネ計画。それに対抗する為に我々が出資しているFLTが発表予定のESCAPES計画。どちらも魔法師の兵器利用から脱する計画だ」

 

FLTに出資をしているノース銀行はFLTからいくつかの情報を聞いていた。その為、ここにいる全員がまだ発表前のESCAPCE計画の内容を知っていた。

 

「そこで、我々はどちらの計画に付くべきか。それを考える必要がある」

 

そう言うと全員が小さく苦笑していた。全員が考えてることは一緒だった。

 

「・・・と言っても、どっちに付くかは決まっているな。発表は時期を見る。指示をしたらすぐに出せるよう準備をしておいてくれ」

 

そう言うと会議室にいた全員が立つと凛はトゥーナを待たせた。

 

「トゥーナはこの後残ってください。話したい事が」

 

「分かりました」

 

そして会議室に二人だけとなると凛はトゥーナに早速ある話をした

 

「トゥーナ、ガルム小隊に出動準備をさせてください」

 

「了解しました。それで・・・どこに派遣される予定ですか?」

 

トゥーナが聞くと凛は言う

 

「日本の予定だ。一週間以内に三笠島訓練場に向かってくれ」

 

「分かりました。すぐさまベルリンから呼び戻します」

 

「ええ、お願い」

 

「それでは失礼します」

 

そう言うとトゥーナは会議室を後にすると部屋には凛一人が残り、会議室にあるジオフロントの完成予想模型を見た

 

「『新時代計画』・・・これからの世界は大きな転換点を迎えることになる。その第一歩目がジオフロントの軌道エレベーター建設・・・この建設には達也の恒星炉が必要不可欠になる・・・いくら根回ししようとフロンティアが無いに等しい今の時代。ディオーネの様な夢物語で世界は動かないのよ。それは今までの歴史が証明しておる」

 

凛はジオフロントの模型に触りながら呟くと会議室を後にした。



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記者会見

二〇九七年五月三十一日、金曜日。フォア・リーブス・テクノロジー本社には、朝からマスコミ関係者が押し寄せていた。彼らの目的は言うまでもなく「トーラス・シルバー」の記者会見である。会見は十時からの予定だが、記者やカメラマンの大群が業務妨害どころか交通妨害にもなりかねない有様だったので、九時過ぎには会場を開けていた。

普段は魔法産業に大して興味を示さない伝統的大手新聞社も、大勢の取材チームを組織して前列に陣取っている。彼らの偉そうな態度には眉を顰める同業者も少なくなかったが、第三者観点ではその同業者も似たようなものだった。彼らの無秩序なお喋りは、広報担当の従業員が登壇したことで潮が引くように収まった。係員が照明やマイクの最終点検をする姿を、マスコミが固唾をのんで見守っている。会場のデジタル時計が十時を示した。会場前方のドアが開き、達也が牛山を引き連れて壇上に姿を現した。

一斉にシャッターが切られる中、達也がマイクスタンドの前に立つ。壇の中央に椅子は用意されていなかった。会場の正面奥、達也の背後は大型のスクリーンになっている。そこに「魔法恒星炉エネルギープラント計画」という文字が大きく表示された。

ざわめきが会場に広がる。まるで新規事業発表会のような演出を訝しむ声だ。彼らの困惑に構わず、係員が記者会見の開始を宣言した。

 

「トーラス・シルバーのソフトウェアの開発を担当している司波達也です」

 

「トーラス・シルバーのハードウェアの開発を担当しています、牛山欣治です」

 

その発言に、ざわめきがいきなり激しくなった。スーツを着ている青年――まだ高校生だが、達也の外見は少年と言うより青年と表現する方が相応しい――がトーラス・シルバーの正体だと、取材に押しかけたマスコミは信じ込んでいた。そこに工場のユニフォームであろうジャンパー姿の男が、自分もトーラス・シルバーだと名乗ったのだ。取材陣はすっかり混乱していた。

記者から質問が出ないので、牛山がそのまま話を続けた。

 

「えーっ、トーラス・シルバーは独りの研究者の名前ではありません。彼と私から成る、開発チームの名称であります。先ほど出願者個人情報を公開に切り替えましたので、特許庁でご確認いただけると思います」

 

「・・・何故そんな、人々を騙すようなことをしたんですか?」

 

漸く気を取り直したのか、一人の女性記者がそんな質問をする。表現が無神経で相手に対する敬意を掻いているのは、元々そういう質なのだろう。

 

「騙していたつもりはありません。団体名で特許を出願するのは珍しい事ではありませんし、構成員の個人情報を非公開にする事も今では普通に行われています」

 

「し、しかしですね、トーラス・シルバーはCADのソフトウェアを僅か一年で十年分進歩させた天才技術者と評価されていて、御社もそれを否定しなかったではありませんか」

 

「天才技術者等という過分な評価を、肯定したことはありません」

 

取り付く島の無い達也の回答に、記者は反論出来ない。否定しなかったから肯定したというのは、記者の勝手な思い込みなので、達也の反応は当然だと言える。

 

「個人情報を非公開としていたのは、御、いえ、こちらの司波が未成年だったからで、今まで取材をお断りしていたのも同じ理由です」

 

そこへ牛山が、慌て気味にフォローを入れた。未成年の保護は、この時代、強力な建前だ。マスコミであろうと、正面切って否定する事は出来ない。

 

「それでは『第一賢人』を名乗る怪人物が流した動画の半分は事実だったという事ですね」

 

別の記者が微妙に論点をずらした質問で続いた。

 

「トーラス・シルバーはあくまでも私と牛山のチーム名ですので、トーラス・シルバーの正体が私、司波達也という報道は虚報です」

 

達也はマスコミに揚げ足を取られないよう、一人称を「私」に代えている。だが答えている内容は、記者に真っ向から喧嘩を売るものだった。

 

「テレビが虚報を流したと?」

 

「事実と異なる情報をニュースとして流したのです。それを虚報と言うのでは?」

 

「貴方がトーラス・シルバーであることは事実でしょう!」

 

達也の挑発的なセリフに、会場の別の個所から鋭い――ヒステリックな声が上がる。

 

「トーラス・シルバーは個人の名称ではないと、先ほどから申し上げています」

 

その記者の顔を正面から見据え、達也が落ち着いた――ふてぶてしくも感じられる声で答えた。達也が言っている事は屁理屈ではあるが事実であるので、記者たちからの反論の声が途切れた。そこへ牛山が取り繕うように、ぎこちない口調で口を挿んだ。

 

「とはいえ、世間の皆さんに誤解を与えたことは事実であります。そこで、この場を以てトーラス・シルバーの解散を宣言します」

 

会場内にどよめきが起こる。

 

「・・・どういう意味でしょう」

 

「トーラス・シルバーとしての活動をやめるという事です」

 

ある意味で潔い質問に、達也が分かり切った答えを返した。

 

「CADの開発を止めるという事ですか」

 

魔法産業に詳しい報道機関に記者から質問が飛ぶ。

 

「牛山はCADの開発を続けますが、私は別の事業に移ることになります」

 

そう言って達也は、背後のスクリーンへ腕を振り上げたのだった。記者たちのざわめきが収まるのを待たずに、達也は説明を開始する。

 

「魔法恒星炉、重力制御魔法による核融合炉を実用化し、家庭用、産業用に広くエネルギーを供給する新規事業です」

 

達也の説明を聞いた報道陣が、無秩序に仲間内で会話を始める。達也は今度は騒ぎが収まるまで、無言でそれを眺めていた。

 

「プラントの仕組み自体は、それほど目新しいものではありません」

 

秩序を取り戻した会場に、達也の声が響く。報道陣は、彼の言葉を質問で遮ろうとはしなかった。

 

「プラントは離島、あるいは海上に建設する予定です。魔法恒星炉により生み出された電力で海水から水素を作り出し、本土に輸送します。水素生産の過程で同時に海水中の有害物質を取り除き、海洋環境の浄化にも貢献したいと考えています」

 

 

プラントの仕組みを表す簡単なアニメーションが大型スクリーンに映し出される。動画の解説は、達也ではなくFLTの女性従業員が務めた。

動画が終了し、会場内に軽いざわめきが走る。工業系産業紙の記者が、興味をそそられた表情で手を上げた。

 

「――核融合炉から直接送電する事は考えていないのですか?」

 

「魔法恒星炉の安定性に懸念を懐く方もいらっしゃると思いますので、当初は市街地から十分距離を置いた場所にプラントを建設する予定です。ですから、送電ロスを考慮し、水素燃料に変換するスキームを計画しています」

 

「核融合炉の稼働には、相当数の魔法師が必要になると思いますが」

 

今度は魔法関係雑誌の記者から質問が飛ぶ。

 

「仰る通りです。この事業に参加する魔法師は、プラントのある島、あるいは海上基地に移住してもらう事になります」

 

「魔法師の独立国を作るつもりですか!?」

 

この質問は、魔法に否定的なメディアの記者によるものだ。

 

「プラントの性質上、魔法師だけでは運営出来ません。スタッフの内訳はむしろ、魔法師以外の技術者の方が多くなるでしょう」

 

「つまりそこでは、少数の魔法師が多数のスタッフを支配するという事ですか」

 

「プラントは法令を遵守して運営します」

 

魔法師に対する反感を剥き出しにした難癖を、達也はまともに取り合わなかった。だがその答えは教科書通りのものであるが故に、具体的な材料が無い今の段階では、これ以上言い掛かりを続ける事が出来なかった。

 

「ディオーネー計画への参加要請はどうするのですか?」

 

援護射撃なのだろう。同系列の報道機関の記者から挑みかかるような口調で質問が飛ぶ。

 

「USNA国家科学局の要請は、トーラス・シルバーを名乗る高校生の参加です。ですが先ほど、トーラス・シルバーはいなくなったのですから、応えようがありません」

 

「屁理屈だ!」

 

達也の人を喰った回答に、記者が反射的に叫んだ。達也自身、屁理屈だと分かってて言っているので、そう指摘されても動揺はない。むしろこの程度の屁理屈で大人しくなられたら、拍子抜けの気分を味わっていただろう。

 

「ではUSNA国家科学局のエドワード・クラーク氏は、この私に参加を求めてきているのですか?」

 

反論もあらかじめ用意してあったものである。記者には「そうだ」と応えられない反問だ。何せエドワード・クラークが参加要請をしていたのは『トーラス・シルバーを名乗る高校生』であって『司波達也』個人ではないのだから。

 

「しかし、クラーク氏が貴方の事を指してトーラス・シルバーと言っていたのは明らかですよね!」

 

それでもその記者は、更に食い下がった。どうしても達也をディオーネー計画に参加させたいのだろうと、達也の新規事業に興味をそそられたメディアの記者たちはそう感じていた。あるいは、形だけの同盟国に対する義理を果たせとでも言いたいのかもしれないと。

 

「そうなんですか?」

 

記者が言っている事は事実だと達也は知っているが、世間に大して明らかにはなっていない。達也は「Yes」とも「No」とも答えず、ただそう聞き返した。

記者の方は、完全に憶測だ。だから「そうなのか」と問われると、答えに詰まってしまった。

 

「仮に今後、ディオーネー計画からお誘いがあっても受けられません。魔法恒星炉プラントの計画は、既に建設地の選定段階に入っています。他の大型プロジェクトに関わっている時間は、私にはありません」

 

達也は最後に締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FLTの中継を凛はケープタウンのリゾートホテルの一室で紙に魔法式の試作品を書きながら見ていた。

 

「ふーん、さすがは達也だねぇ」

 

そう呟くと凛は横に置いてあるブランデーの入ったグラスを傾けた

 

「さて、何回目か分からないけど試作完了っと」

 

そう言いながら凛はリゾートホテルから街を見た。

そこには明かりに照らされ煌びやかな夜景を作っている建物。

街中を飛ぶ荷物を抱えたドローンに建物の間を網目の様に走るリニアモノレール。海上空港に離着陸する旅客機。近くの道路ではサイレンを鳴らしながらガルムセキュリティーの装甲車が走り、駅では戦車や装甲車、武器弾薬を乗せた列車が現在アフリカ統一国家樹立を掲げる『自由アフリカ解放戦線』へ向けて動き出す。

 

 

 

豪華絢爛

 

 

 

この街にこれほど似合う言葉はなかった。

だが、この街の裏側では様々な取引が行われている。大国の諜報員が敵性国家の情報を探る為に日々諜報戦を切り広げ、私有地の街であることをいい事にここにある数多の銀行で資金洗浄、多くの抵抗組織に資金提供をしていた。そんな街を見下ろしながら凛は呟く

 

「こんな成金街でも国は成り立つんだ。国家そのものの基盤を破壊するのも、作るのも簡単だってことね」

 

凛はそう呟くとホテルの部屋を後にし、日本へと戻っていった



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ある青年の話

達也の記者会見はテレビで生中継されていた。テレビといっても、メジャーな地上波ではなくケーブルテレビのマイナーなニュースチャンネルだ。

前日から体調不良で学校を休んでいた九島光宣は、その中継を自宅のベッドでリアルタイムで見ていた。

 

「達也さん、すごいな・・・」

 

中継が終わり、光宣の口からため息が漏れる。光宣の心には、達也に対する賞賛と憧れが渦巻いていた。

恒星炉を中核としたエネルギープラントのプランその物に対する賞賛。世間が敵となった中で、そのプレッシャーを跳ね返し、自分に対する注目を逆利用する強さに対する憧れ。

それに対して自分は、狭いベッドの中で、パネル越しに彼の活躍を眺めているだけだった。光宣は思う、自分に健康な身体さえあったなら、と。

頭脳でも魔法でも、自分は達也に、そんなに劣っていないという自信が光宣にはあった。それは決して自惚れではなかった。光宣は達也の力量を認めた上で、自分自身の能力を正確に評価していた。光宣自身だけが、彼の能力を認めているのではない。祖父の九島烈は、常に彼の才能を惜しんでいる。

幸運にも不調を免れた去年の論文コンペで、達也が出場していなかったとはいえ、一高の五十里啓や三高の吉祥寺真紅郎を抑えて優勝を勝ち取っている。

論文コンペの事を思いだして、それに先立つ一ヶ月足らずの出来事が、彼の脳裏に連鎖的に蘇る。あの日々の事を、光宣は全て覚えている。あの時自分は生まれて初めて、誰かの役に立てた。光宣はそう実感できた。

追憶の中で、光宣は何時の間にか、眠りに落ちた。夢の中で彼は、論文コンペの前日、二〇九六年十月二十七日に戻っていた。

宇治橋の前に立ち塞がる少年。夢の中で光宣は、自分自身を他人の目で見ていた。乗っていた車のボンネットに火花が散る。エンジンが爆発する直前、車から飛び出し、光宣自身を睨みつける。光宣は自分が、周公瑾になっていると気づいた。そういう夢を見ているのだと。

宇治川に沿って、下流方向に逃げる。突如出現したボブカットの「少女」から攻撃を受ける。夢の中なのに痛みを覚えた。

光宣が知らないはずの光景。知らないはずの経験。前に一条将輝、背後に達也が出現する。事件の報告書から当時の情景を再現しているのだろうか。夢を見ている最中にも拘わらず、光宣は冷静にそう考えた。将輝の攻撃を受け、両足のふくらはぎが内側から爆ぜたが、今度は痛みが無かった。

 

『私は、滅びない。たとえ死すとも、私はあり続ける!私と一つになれ!』

 

夢の視点は何時の間にか光宣自身のものになっていた。宇治橋の上に立つ光宣に向かって、周公瑾がそう叫びながら飛び掛かってきた。

自分が見ているのは七ヶ月前の夢ではなく、今現に起こっている事だと光宣は認識した。あの時の事を自分が思い出したことで、ある種の通路が繋がったのだろう。半年以上の時を経て、周公瑾の霊が自分に目を付けたのだと、光宣は理解した。

 

『我がものとなれ!』

 

周公瑾の両手が、自分の胸に突き刺さる――否、沈み込んでいく。自分の中に侵入しようとするものがあると認識しても、光宣は不思議と落ち着いてた。

何をすればいいのか分かっているから、恐れる必要が無かったのだと、光宣はすぐに理解した。自分を侵食しようとしている物が、パラサイトと呼ばれるものの本体と、同質の存在である事を。彼は十六歳にして既に、九島家の全ての魔法を会得している。

 

「離れろ、亡霊」

 

光宣は精神干渉系攻撃魔法を行使した。夢の中で、魔法を補助する媒体もなく、それどころか肉体も無い状態でも、魔法の行使に不自由は感じない。

術式解体のような想子流では吹き飛ばせないが、精神干渉系魔法ならば攻撃も防御も可能だ。光宣から離れた周公瑾の「身体」には、両手が無かった。手首まで光宣の身体に食い込んでいた両手は、光宣の「身体」から噴出した光の粒子によって、逆に食いちぎられたのだ。

 

『身体をよこせぇ!』

 

「すぐにいう事を聞かなくなるポンコツな身体だけど、くれてやるわけにはいかないよ」

 

『我に、よこせ・・・』

 

「・・・憐れだな、周公瑾。もう、終わりにしよう」

 

光宣は九島家の魔法を全て会得している。パラサイドールを作る為に使われた魔法を含めて。パラサイトを縛る、忠誠術式を含めて。

 

「僕に従え、亡霊。僕の糧となれ」

 

光宣が周公瑾の腕を掴んで、霊体を隷属させる魔法を発動した。通常の忠誠術式は、対価を示して特定の条件に従わせるもの。パラサイドールの製造に使った対価は、パラサイトが必要とする想子の供給。条件は絶対服従。それに背いた場合は、吸収した想子の剥奪と想子吸収経路の封鎖。

光宣が示した対価は、自分の中に存在する事。条件は、自分に吸収されてしまう事。つまり光宣は、忠誠術式により周公瑾の亡霊を食ったのだった。

 

「――ご苦労様。わざわざ知識を持ってきてくれてありがとう」

 

周公瑾が溜め込んでいた「魔」に関わる「秘匿された知識」が自分の物になっていくのを、光宣は感じた。光宣は夢の中で「天使のように」笑った。その笑みはまさしく、天の高みから地上を見下ろす御使いのように、麗しくも傲慢で、人間性を欠いていた。



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百山との話

達也は記者会見に付き合ってくれた牛山とスタッフに感謝を述べ、会場を後にした。

更衣室で着替え、地下駐車場に行くと父の部下ではない誰かが達也を呼び止めた

その女性は魔法協会の職員だった。

 

「時間がかかる話なんですか?」

 

「お時間は取らせません。ですがお返事を頂戴したいので・・・」

 

達也は別に魔法協会に対して悪感情を持ってはいない。彼が迷惑そうに尋ねたのは、この場を早く離れたかったからだ。彼はマスコミの嗅覚を、過小評価していない。

だが達也のそんな感情が分からない女性職員は、ビクビクした態度で達也の問いに答えた。魔法協会が男性ではなく若い女性を寄越したのは、達也に少しでもいい印象を与えたかっただろうが、この態度では逆効果だ。

余程男性経験が乏しいのか――性的な意味ではない――彼女は達也の視線に怯えるばかりだ。これでは、相手に特殊な性癖が無い限り、気分を害するだけである。達也には女性を怖がらせて喜ぶ趣味が無かったので、やはり不快感を覚えた。

 

「では、車にどうぞ」

 

魔法協会の使者にそう促したのは、意趣返しの面が全く無いとは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法協会の用件は、明日来日するエドワード・クラークに、魔法協会で会ってほしいというものだった。

 

「明日の午後ですか・・・?」

 

「はい!午後でしたら、お時間は司波さんのご都合に合わせますので!」

 

「随分と急なお話しですね」

 

「申し訳ありません!」

 

現在、自走車は自動運転中だが、達也は規則に従い運転席に座っている。そして協会の女性職員は、助手席のドアに身を寄せていた。どうやら彼女は、男性に成れていないというより男性が苦手、もっと言えば男性恐怖症の気があるように見える。

その怯え様に同情したというより、彼女の態度が鬱陶しくなって、達也はこの話を早々に切り上げる事にした

 

「仕方がありませんね。では明日の午後二時に、関東支部で」

 

「よろしいんですか!?」

 

「断るわけにもいかないでしょう」

 

このセリフは駆け引きではなく、達也の嘘偽り無い本心だ。正式なものではないが、エドワード・クラークはUSNA政府を代表するような立場で面会を申し込んでいる。会う前から結論は決まっているが、門前払いにするのは外交上の悪影響が大きすぎる。それを無視出来るほど、達也は傲慢でも子供でもなかった。

 

「ああ、ありがとうございます!」

 

女性職員が大袈裟に感激している。その態度がますます鬱陶しく感じた達也は、道端に車を停めて、彼女を車内から追い出す事にした。

 

『こう言う時、凛だったらどうしたんだろうな』

 

達也はそう思うと行き先を一高に設定した。元々FLT本社から直行するつもりだったのだ。寄り道をしたわけではないが、余計な時間を使ったというのが達也の実感だった。上着以外はFLTの更衣室で制服に着替えてあった。ビジネスジャケットを車に積んでおいた制服のロングブレザーに替えて一高生の姿になった達也は、教室ではなく事務室に向かった。

校長に会いたい旨を、窓口の職員に伝える。時刻は正午前、もうすぐ昼休み。こんな時間に登校した生徒がいきなり校長に面会を求めても、普通なら説教付きで追い返されるところだが、さすがに一高の職員は達也の事情を知っていた。現下の状況では、知らない方がおかしいくらいだ。偶々校長の予定が空いていたのか、それとも彼の来訪を聞いて空けたのか。達也はすぐに、校長室に通された。

 

「突然の事にも拘わらず、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

 

まずは神妙に、達也は謝辞を述べたが、それに大して百山校長は、いきなり自分から話題を振ってきた。

 

「中継を見させてもらった。君がディオーネー計画への参加を拒んでいたのは、今日の話が念頭にあったからか?」

 

しかし百山の方からそう尋ねてくれれば、達也はむしろ話をしやすい。

 

「そうです」

 

「魔法恒星炉エネルギープラント計画・・・もっと短い通称のようなものはないのかね?」

 

「プラントの立地計画を加味して『恒星炉による太平洋沿岸地域の海中資源抽出及び海中有害物質の除去計画』、非公式には『Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator』を略してESCAPES計画と呼んでいます」

 

百山はその名称に、魔法師が軍事から逃走エスケープするという意味が含まれている事に、すぐ気づいた。

 

「はい。ですから記者会見では、魔法恒星炉エネルギープラント計画と発表しました」

 

「うむ・・・それで、君の計画には、どの程度の実現性があるのだ?」

 

デスクの奥から立ったままの達也にをじろりと見上げて、大抵の生徒ならば震えあがるような声で百山が尋ねる。もちろん、その程度で達也が震えあがる事は無いので、彼は淡々とした口調で答えた。

 

「既に実現に向けて動き出しています。ディオーネー計画からエスケープする為のハッタリではありません」

 

まさに百山は、ディオーネー計画への参加を断る為の口実ではないかと疑っていたのだ。

 

「――信じよう」

 

わざわざ「信じる」と口にしている事自体、心から信じているのではない証拠だが、とにかく百山は達也にそう言質を与えた。

 

「ありがとうございます。今回、直接にではありませんがディオーネー計画への不参加を表明したことで、授業免除の条件は――」

 

「授業免除は変わらない」

 

達也のセリフを百山が遮った。

 

「君の卒業資格は私が保証する。魔法大学への推薦もだ。だから君は、ESCAPES計画の推進に注力したまえ」

 

「・・・よろしいのですか」

 

百山の言葉に、達也は訝しさを禁じ得なかった。元々達也に与えられた授業免除は、USNAの圧力を受けて、達也をディオーネー計画に参加させる為のものだった。それを拒否した今、百山に達也を特別扱いする必要は無くなったはずだ。

 

「私はディオーネー計画を、魔法師に名誉ある生き方を与える、意義深いものだと考えている。だから君にも、その参加を勧めた」

 

百山は言外に、USNAから圧力を受けただけなら達也を特別扱いしなかったと主張している。それが果たして本当の事なのか、それとも政治的圧力に屈した恥辱を誤魔化す為のものなのか、達也には分からない。ただ一つだけ分かったのは、百山は未だにディオーネー計画の裏に隠された真相に気付いていないという事だけだった。

 

「そして今回、君が発表したESCAPES計画も、魔法師に平和的な生き方を提示する意義深いものだと感じた。その社会的な意味はディオーネー計画に劣るものではないと評価している。故に、君の処遇を変える必要は認められない」

 

「――ありがとうございます」

 

ここまで聞いてもやはり、百山の本音は分からなかったが、達也は表向きの評価に対して、とりあえず礼を述べる事にした。

 

「頑張りたまえ」

 

百山の激励に再度一礼して、達也は校長室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が校長室から退出したのは、あと十分もしない内に昼休みになるという時間だった。当初はこのまま伊豆に戻るつもりだったのだが、先ほど校長に言ったように、友人たちと会っておこうと考え、少し迷った末に生徒会室へ向かう事にした。授業中の教室から見られないルートを使って、四階の一番端の部屋へ向かう。先ほど校長が言っていたように、達也のIDカードは問題なく――まだ一高の生徒であるから当然だが――鍵の役目を果たした。

そんなに長い事留守にしたわけではない。達也は特に懐かしさを感じるでもなく、何時も通り自分の席に座って端末を立ち上げた。業務の進捗状況をチェックする。深雪たちは特に滞りなく生徒会の仕事を進めていた。

久しぶりに「仕事」と関係のない作業で気を紛らわしていると、すぐに昼休みが訪れた。とはいえ、深雪たちが来るのは食事を済ませてからだろう。達也はそう思っていたが、彼の予想に反して深雪たちはすぐやってきた。

 

「達也様?」

 

「達也さん?」

 

深雪だけではなく、ほのかも、生徒会役員ではない雫も、学年が違う泉美と香澄と水波もほぼ同時に生徒会室へやってきた。

 

「久しぶり、でもないか」

 

今日は金曜日で、前回この一高の、校門のすぐ側で会って、深雪と水波、ほのかと雫を家まで送ったのが月曜日。久しぶりと挨拶するのは微妙なところだ。ちなみに、深雪とは毎晩ヴィジホンで話しているので、彼女に関して「久しぶり」が適当ではないのは確実だが。

 

「・・・本日の記者会見について、学校へ報告に来られたのですか?」

 

達也の顔を見て少し考え込んでいた深雪だったが、すぐに気を取り直していきなり正解を言い当てた。

 

「そうだ。知っていたのか?」

 

「記者会見の事は伺っておりましたので、おそらく、そうではないかと・・・」

 

深雪が言う通り、記者会見を開く事は、東道青波から許可をもらい、真夜に報告してすぐ深雪にも伝えていた。

 

「ああ。たった今、校長先生とお話しさせてもらったところだ。ディオーネー計画への参加を断っても、授業の免除は続く事になった」

 

「そうですか」

 

「・・・何かここでする事があったのか?」

 

深雪だけでなく、ほのかも何となくそわそわしている。自分がいると都合が悪いようだと、達也はそんな印象を持った。もちろん、深雪やほのかたちが、達也を追い出すなんてことはないが、達也は何となく出ていった方が良いのだろうと感じていた。

生徒会室に集まったメンバーは、深雪、ほのか、雫、泉美、香澄、水波。先に来ていた達也を除けば女子ばかりだ。もしかしたら、女の子だけで話し合う事があったのかもしれないと考えての問いかけだ。

 

「いえ、その・・・達也様の記者会見を、ここで拝見しようと思っていたものですから」

 

「・・・なるほど」

 

達也が記者会見を開いていたのは、授業中の事だ。真面目な生徒が生中継をリアルタイムで視聴出来るはずがない。今日の会見を知っていた深雪は、生徒会室のサーバーで中継を録画していたのだろう。魔法関係のニュースが充実しているあのチャンネルは、学校単位で視聴契約している。

 

「図書館に行っているから、帰りに声を掛けてくれ」

 

自分の記者会見をテレビで見るのは、いくら達也でも気恥ずかしいものだ。彼は逃げるように、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になって、達也は校内のカフェテリアで友人と落ち合った。生徒会室で顔を合わせた深雪たちだけでない、何時ものメンバーだ。今日は車で来ているので、下校路の途中にある何時もの喫茶店が使えない。そこら中から向けられる生徒の視線が鬱陶しかったが、今日に限って言えば仕方のない事である。達也の記者会見録画が再生されたのは生徒会室だけではない。昼の食堂でも、大画面で映し出されていた。自分の情報端末に録画して視聴した生徒も多い。それだけ関心の的だったのである。当然、彼の友人たちも見ていた。

 

「達也、見たぜ」

 

「バカのお相手、お疲れ様」

 

「達也さん、あんなことを考えてらしたんですね」

 

「本当に凄いと思った。僕には到底考えつかない事だ」

 

順にレオ、エリカ、美月、幹比古。生徒会組より元クラスメイトの方が、反応が開けっ広げだった。余計な感情が無いからかもしれない。

 

「恒星炉を使ったエネルギー生産プラントの計画か。達也、何か言いやすい略称みたいなもんはないのか?」

 

レオが百山校長と似たような事を尋ねた。もしかしたら、多くの人が思っている事かもしれない。

 

「非公式だが、ESCAPES計画という略称がある」

 

「エスケイプス?何の略だ?」

 

「Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator、ExtractのE、SubstancesのS、Coastal AreaのCとA、PacificのP、ElectricityのE、StellarのSでESCAPES。『恒星炉による太平洋沿海地域の海中資源抽出及び海中有害物質除去』の略だよ」

 

「ははぁ・・・察するところ、ESCAPEって単語に合わせたんだな」

 

「ご名答だ」

 

「何からの脱出なんだ?」

 

「軍事利用からの」

 

達也のその言葉に、それまで楽しそうに笑っていたレオが真顔になった。レオは兵器として開発された調整体魔法師の血を引いている。「軍事利用からの脱出」が「兵器であることを強制される魔法師の宿命からの脱出」であることを、彼は敏感に悟った。

レオだけではなく、同じように兵器としての調整体の血を引く水波はある意味当然の事として、他のメンバーも神妙な顔になっている。特に、ほのか、香澄、泉美の、親や祖父の世代で遺伝子操作を受けた可能性が高い三人は、表情が硬かった。

 

「・・・そういう事か?」

 

「そういう事だ」

 

「是非とも、成功させなきゃね」

 

「大丈夫でしょ、達也くんなら」

 

しんみりとした声で幹比古が呟いたのを受けて、エリカがその雰囲気を吹き飛ばすように明るく言った。それで、全員の表情が和らいだ。

 

「そうですね。達也さんならきっと大丈夫です」

 

「場所の選定は始めていると仰ってましたけど、実際には何時頃から建設を始められるんですか?」

 

ほのかの信頼と言うより信仰にちかいセリフに続いて、美月が具体的なスケジュールを問う。

 

「計画はもうスタートしている」

 

「えっ?じゃあ学校には?」

 

「今までと同じで出席は免除されているが、もう少し落ち着いたら学校には通うつもりだ」

 

「そうだんですかぁ。良かったぁ・・・」

 

目を丸くした美月に、達也が軽い笑みを作りながら答えると、ほのかが大袈裟に胸を撫で下ろした。その仕草が、下級生を含めてみんなの笑いを誘う。おそらくほのかは、達也が遠くに行ってしまうと怯えていたのだろう。

そんなほのかに微笑ましげな表情を向けていた雫が、達也に視線を移して真面目な顔で話しかける。

 

「達也さん」

 

「何だ?」

 

「父が、会いたいって」

 

雫のセリフに、ほぼ全員が驚きの表情を浮かべた。雫の父親がどんな職種の人間か知っているのと同時に、今日発表されたばかりの計画についてだろうと全員が分かっていたので、その驚きはかなり大きいものだった。

 

「プロジェクトについて、達也さんに直接会って聞きたい事があるみたい」

 

「分かった。何時、伺えば良い?」

 

達也はすぐに、東道が手を回したのだろうと思い当たった。だがそれは顔に出さず、ただ真面目な表情で雫に尋ねた。

 

「日曜日に会えたら嬉しいって」

 

「時間は?」

 

「特に指定は無かった」

 

「では午後、そうだな、一時過ぎにお邪魔しても良いか?」

 

「大丈夫だと思う。都合が悪かったら電話する」

 

「ああ、頼む」

 

この時間は単なるコーヒーブレイクのつもりだったが、達也にとって思いがけなく有意義なものとなった。



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明確な拒否

カフェテリアで思いがけない有意義な時間が手に入ったと思うと、唐突にエリカが呟く

 

「はぁ・・・凛はいつ戻るんだろうなぁ〜」

 

そう言うとレオ達も同じことを考えていた。数日前に凛が学校に来ない理由を明かされたエリカ達は半ば学校に来ないのではないかと考えていた。するとそこに声をかける人物がいた

 

「姉さんなら少なくとも一学期中は帰らないと思うよ」

 

その言葉に反応するようにエリカ達は顔を向けるとそこには弘樹がいた

 

「弘樹・・・それはどう言う事だい?」

 

弘樹の言葉に幹比古が言うと弘樹は深雪の隣に座りながら言う

 

「そのままの意味だよ。姉さんが戻ってくるのは最低でも二学期から。結構あの事件の追跡に手こずっているんだってさ」

 

小さめの声でそう言うと弘樹はエリカ達と共にコーヒーブレイクを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。弘樹は現在住んでいる調布のマンションのキッチンでウイスキーを取り出しストレートで飲んでいるとそこに風呂から出てそのままきた様子の深雪が入ってきた。あらかじめ部屋の鍵は渡してある為に部屋に入ってきた事に疑問は無かったが髪が少し濡れたままな事に少し疑問を抱いた。

 

「深雪、どうしたんだい?」

 

「あ、いえ・・・少し話したいことがありまして・・・隣、いいですか?」

 

「ああ、いいよ」

 

そう言って隣に深雪を座らせると深雪は弘樹に言う

 

「実は・・・今度の日曜日に雫の家にお邪魔する事になったんです」

 

「ああ、達也から聞いたよ。雫のお父さん・・・北方潮がスポンサーになるって。社交辞令のために行くんでしょう?」

 

「はい・・・そう私も言われました・・・」

 

すると深雪は思いがけない事を言い出した

 

「弘樹さん・・・弘樹さんはお兄様のお見方ですか?」

 

深雪の言葉に弘樹は少し間を置くと答えた

 

「・・・当たり前じゃないか。達也とは何年の付き合いだと思う?」

 

「そう・・・ですね。すみません、変なことを聞いてしまって」

 

「大丈夫だよ。深雪、あまり深く考えなくていい。僕と姉さんはいつまでも達也の味方だよ」

 

そう言うと弘樹はグラスを置き、不安そうにしている深雪を抱き込んでいた。弘樹は深雪を見ながら思っていた。

 

『元造さんの孫達なんだ。無碍にするはず無いじゃないか』

 

そう思うと弘樹はいつの間にか寝てしまっていた深雪をベッドまで運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワード・クラークの来日は、多くの報道陣に迎えられた。外交官の訪日というより、大物芸能人のプライベート旅行みたいな騒ぎだった。エドワード、レイモンド父子に人目を忍ぶ気が無かったのも、騒ぎが大きくなった原因だろう。彼らはむしろ、マスコミに騒がれるのを当てにしていた節がある。だからといって記者会見とかインタビューとかの類の報道機関向けのサービスはせず、結局駆けつけた警察に守られて空港を脱出した。

彼らが向かった先はUSNA大使館だ。エドワード・クラークは政府機関の職員だから、この待遇が可笑しいとは言い切れないが、それを知った記者やリポーターは、彼の背後にUSNA政府の陰を見て萎縮する者が多かった。そして午後一時半過ぎ、彼らは大使館をヘリで脱出し、一時五十分、魔法協会関東支部が入居している横浜ベイヒルズタワーの屋上ヘリポートに到着した。

達也が魔法協会関東支部に到着したのは、面会予定時刻の五分前。エドワード・クラークは既に応接室で待っていると告げられても、達也は別段慌てた素振りを見せなかった。前日にいきなり時間を割くよう強制されたのだから、一時間くらい待たせてもいいんじゃないか、と言うのが達也の本音だった。それでも間に合うように到着したのは、彼は自分で思っているよりも強く「常識」というものに縛られているのかもしれない。

 

「初めまして。司波達也です」

 

「初めまして。エドワード・クラークです」

 

達也が日本語で挨拶すると、エドワードが流暢な日本語で挨拶を返した。

 

「お目に掛かれて光栄です」

 

少し驚きはしたが、そこで絶句せずに日本語での会話を押し通す辺りが、達也の図太いところだろう。ちなみに彼は「一度見聞きしたことを忘れない」という特殊な記憶力を活用して、英語のみならず主要国の言語はほぼマスターしている。

 

「こちらこそ」

 

雫の挨拶にも、エドワードは眉一つ動かさなかった。彼も平凡な外見に似合わず相当な食わせ物だと、達也はこの短い時間で実感した。

椅子を勧められて、達也は遠慮なくソファに座り、雫もその隣に腰を下ろした。達也の無遠慮な振る舞いに職員は落ち着かない様子だったが、エドワードとレイモンドは気にした様子を一切見せず、向かい側に腰を下ろし、今度はエドワードの方から話しかけてきた。

 

「昨日の記者会見を拝見しました。ミスター司波、貴方のエネルギープラント計画には驚かされました」

 

「恐縮です。空間的にも時間的にも、ディオーネー計画のスケールには遠く及びません。ディオーネー計画は、人の一生を費やしても成し遂げられない大事業だと思います」

 

「ご謙遜を」

 

達也のセリフは、分かりにくいが嫌味である。時間的なスケールにおいても空間的なスケールにおいても、魔法師を人類社会から隔離するための計画なのだろう、と遠回しに指摘している。エドワードがそれを理解出来たかどうかは、彼の表情を窺う限り分からない。

 

「重力制御魔法式熱核融合炉――魔法恒星炉、でしたか。あれは、エネルギープラントを造り上げる為に開発した物ですか?」

 

「はい。完成形は、海水を直接利用する構造になります」

 

今度の嫌味には、微かにエドワードの表情が動いた。達也の「だから宇宙空間では使えませんよ」という牽制を理解出来た証拠だった。

 

「魔法恒星炉を使ったエネルギープラントの建設は、確かに日本にとって有意義な計画でしょう。ですが金星のテラフォーミングは全人類にとっての希望となる者です。トーラス・シルバーとして数多くの技術的飛躍を成し遂げてきたミスター司波には、ディオーネー計画に是非とも参加していただきたいのですが」

 

「昨日の記者会見をご覧になったのならお分かりだと思いますが、自分はトーラス・シルバーではありません。その事は自分が申し上げるまでもなく、よくご存じのはずですが」

 

「トーラス・シルバーの名声は、ソフトウェア面での驚異的な実績に由来している。つまりはミスター司波こそが、トーラス・シルバーの本体でありましょう」

 

「どんなソフトウェアも、それに対応するハードウェアが無ければ単なる落書きです。ソフトとハードは、どちらが主でどちらが従という関係ではありません」

 

「そんな事はない。ハードウェアは、ソフトウェアがなければ単なる箱だ」

 

「ですが、実際に仕事をするのはハードウェアです」

 

レイモンドが父親の脇腹を肘で小突き、エドワードがわざとらしく咳払いをする。達也によって話を逸らされかけている事に気付いて、仕切り直しを図ったのだ。

 

「トーラス・シルバーと言う名のチームは昨日解散したのですから、その参加を求める事は諦めます。その代わり、ここで改めてご依頼申し上げる。ミスター司波、ディオーネー計画に参加していただけませんか」

 

「残念ですが、自分は昨日の段階で既に、魔法恒星炉エネルギープラント計画の責任者に就いています。最初からトーラス・シルバーに対する呼びかけではなく自分あての参加要請であればプラントの計画を他人に任せるという選択肢もあり得たんですが・・・間が悪かったとしか言いようがありません。それに彼女の御父君のように、自分の計画に出資してくださるとい企業様もおります。申し訳ありませんが、諦めてください」

 

達也は魔法協会の職員がいる前で、エドワード・クラークの依頼をはっきりと拒絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ディオーネ計画の参加をはっきりと拒絶した達也はその後も押し問答を繰り返されたが結局達也を言い負かす事はできなかった。

 

「それでは私はそろそろ時間ですので、失礼します」

 

「ああ、貴重な時間をすまないな」

 

そう言うと達也は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一筋縄ではいかないと思っていたが・・・予想以上に手ごわい」

 

「ダッド、それでどうするの」

 

二人がいる部屋はUSNA大使館が手配した部屋で、両脇の部屋には、ボディガードが詰めている。政府関連機関の職員にしては、異例のVIP待遇と言える。エドワード・クラークが単なる技術者でない証拠だ。

 

「穏便な手段では、目的を果たせないかもしれない」

 

「暗殺は最後の手段だと思うけど」

 

「しかし、ディオーネー計画を使ってあの男を無力化出来ないのであれば、それも考慮に入れるべきだろう」

 

エドワードにとって、ディオーネー計画の目的は金星開発ではなかった。結果的に金星をテラフォーミング出来ればそれに越した事はないが、真の目的はあくまでも司波達也の無力化。戦略級魔法マテリアル・バーストの無力化にある。その真の目的を達也に見抜かれているとは気付いていないようで、クラーク父子は未だに達也をディオーネー計画に参加させようと躍起になっているのだ。

 

「だが暗殺は、お前が言うように最後の手段だ。明日はテレビ局の取材を受ける事になっている。そこで日本の世論を煽ってみよう」

 

「その結果を見て、次の手を考えるんだね」

 

「そうだよ、レイモンド」

 

「ダッド?」

 

頷いた後、エドワードが顔を顰めたのを見てレイモンドが心配そうに声をかける。エドワードは新ソ連、具体的にはベゾブラゾフの出方を懸念しているようだった。

 

「もしかしたら、新ソ連は世論工作を待たず強硬策に出るかもしれない。強硬手段を使って中途半端な結果に終わるような事があれば、司波達也に逆襲の材料を与えないとも限らない。もうしばらく、自重して欲しいところなんだが……」

 

「フリズスキャルヴで探ってみようか?」

 

レイモンドの提案に、エドワードは首を横に振った。

 

「新ソ連はエシュロンⅢに対抗するための逆探知システムを構築したという噂がある。フリズスキャルヴが尻尾を掴まれることは無いと思うが・・・ベゾブラゾフとの協力関係を壊すリスクを冒すべきではない」

 

「分かったよ、ダッド」

 

レイモンドはつまらなそうに、それでもエドワードの反対を受け容れた。

 

「じゃあボクは、明日、自由にして良い?」

 

「あまり遠くに行かなければ。そうだね、念の為に、何をするつもりか聞かせてくれるかい?」

 

「ティアに、会いに行こうと思うんだ」

 

「ティア?あぁ、さっき司波達也と一緒にいた北山家のご令嬢か」

 

エドワードが少し黙り込んだのは、USNAでも有名なホクサングループのオーナー一族と縁を深めるメリット、デメリットを頭の中で計算していたのだろう。

 

「・・・いいんじゃないか? 行っておいで」

 

「うん、分かった」

 

レイモンドはうきうきした足取りで、ベッドルームに向かった。恐らくは雫に電話を掛けに行ったのだ。

エドワードは微笑まし気に息子の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ティアに会いに行こうと思うんだ』

 

鼓膜越しに聞こえるレイモンドの声に滅多につけない眼鏡をかけて弘樹はホテルの地下駐車場に停めている車の中で盗聴を行なっていた。盗聴方法は達也との階段中に彼らの持ってきていたバックの中に盗聴器を仕込ませておいたのだった。通信はGalileoを介しての通信のため、傍受や逆探知される可能性は少なかった。

 

「雫に会いに行くのか・・・」

 

弘樹は眼鏡を外すと車のエンジンをかけ、ホテルの駐車場を後にした。

 

「だが、今はそれが問題じゃない。むしろこっちに情報の方だな」

 

そう言いながら弘樹は昔ながらのUSBメモリを見た。そこには先ほどの盗聴内容が入った情報であった。

 

「これ売ったらいくら位になるかな」

 

そんなことを考えながら弘樹は車を元々住んでいたマンションへ向けて走らせた。このUSBメモリは直接凛に渡す事になっている為、待ち合わせ場所まで車を走らせていた。

 

「しかし、達也を説得なんて姉さんですら匙を投げるんだ。もしディオーネ計画を本気で実行したいんなら姉さんを連れてきて気絶させた隙に宇宙に送らないと。あ・・・でも達也なら帰ってくるかもしれないな・・・」

 

そう言いながら考えていると弘樹の携帯に連絡があり、相手は達也だった

 

「ん?もしもし達也。どうしたんだ?」

 

『ああ、弘樹か。すまんが車で送って欲しいんだが・・・』

 

「ああ、いいよ。場所は?」

 

『FLTの近くの喫茶店なんだが』

 

「分かった。すぐに行くよ」

 

弘樹は今の達也の現状を知っている上で達也のいる喫茶店まで向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店近くに着くと達也が喫茶店前で弘樹の車を見つけ、素早く車に乗り込んだ。

 

「達也、迎えにきたよ」

 

「ああ、すまない。周りにマスコミがいると言うのに」

 

「大丈夫さ。この車のガラスはスモークガラス。外から見えないさ」

 

実際達也を追っているマスコミは突然迎えにきた車の運転手が誰かわからず歯噛みをしていた。弘樹の言葉に達也はマスコミの歯噛みする姿を想像するとどことなく清々する気分だった。

 

「そうか・・・やはりお前の姉は用意周到だな」

 

「どんな時でも万全に。ーーそれが姉さんのポリシーでもあるしね」

 

そう言うと弘樹は車のアクセルを踏むと後ろからやってくる追跡者を撒いてマンションへと戻った。



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潮との会談

北山家で行われた達也と雫の父親である北山潮との面会は、和やかな雰囲気の内に短時間で終わった。潮がESCAPES計画に手を貸す事は、東道青波の口添えにより確定していた。

もっとも潮が達也に手を貸す事を約束したのは、東道に強制されたわけではない。魔法師に軍隊以外の職場を提供する事は、潮の望みにも適っているからだ。

現段階ではまだ、具体的な建設費や運営費についての話は出来ないから、今日のところは記者会見で説明しなかった、より詳細な計画の中身を達也が潮にプレゼンして終了した。

 

「面白い話が聞けた。有意義な時間だったよ」

 

潮は上機嫌で達也と深雪を応接室の出口まで送り出した。

 

「水素の製造だけでなく、リチウムやコバルト、ウランの抽出も恒星炉の電力があれば採算に乗りそうだ。グループ内に海水中資源の捕集を研究している会社があるから、いろいろ検討させてみることにするよ」

 

「よろしくお願いします」

 

魔法工学に関する知識、見識は一流でも、達也の工業知識は所詮高校生の域を出ない。採算に乗る形で資源を取り出すノウハウは、達也が最も求めていたものだ。潮から全面協力の確約を得られたのは、達也にとって大きな前進だった。

 

「小父様、雫にも今の話を説明しておいた方が良いと思うのですが、今雫はどちらに?」

 

「そうしてくれると、娘も喜ぶよ」

 

娘の友人が一緒に助けを求めてきたというのも、潮の態度を大いに軟化させた。深雪は達也の期待通り、役に立っていた。

 

「旦那様。雫お嬢様は、お客様のお相手をされています」

 

「客・・・そういえば、そうだったな」

 

「お取込み中だったのですね。それではまた、機会を改めて」

 

「ああ、いや」

 

来客と聞いて深雪は遠慮しようとしたが、潮がそれを押しとどめた。

 

「その客というのは、雫が留学中に知り合った男子生徒でね・・・昨日いきなり会いたいと言ってきたらしいんだ。非常識な話なので断らせたかったんだが、すぐに帰国する予定だというから無下にも出来なくてね。司波君とも縁がない相手ではないし、様子を見てきてくれないだろうか」

 

「達也様に縁がある相手ですか?」

 

潮の言葉を聞いて、深雪が首を傾げる。達也は雫に来た客が誰なのかを知っているし、潮も達也が知っている事を知っているので、この会話自体茶番なのだが、深雪は本気で分からない様子だった。

 

「その少年は、レイモンド・クラークという名前なんだ」

 

大企業グループ総帥の情報網を以て「クラーク」のファミリーネームの意味が分からないはずがない。潮の意図が、深雪は漸く理解出来た。

 

「分かりました、小父様。同席させていただきます」

 

「そうか。君、娘の部屋に案内を」

 

お辞儀をしながらそう応えた深雪を見て、潮がすかさず使用人に命じる。まるで台本が用意されていたようだと、深雪はそんなことを思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雫は自分の部屋ではなく、ティールームでレイモンドの相手をしていた。ティールームのドアは、開け放たれていた。側に使用人がいても、同年代の男性と締め切った部屋の中で過ごすのは潮が許さなかったのだろう。もしかしたら、雫の母親の言い付けかもしれないが。

 

「雫、お邪魔するわよ」

 

「あっ、深雪・・・達也さん」

 

廊下から深雪が声をかけると、雫がすぐに目を向けた。ホッとしているように見えるのは気のせいではないようだった。

 

「レイモンド・クラーク。邪魔するぞ」

 

「司波達也・・・うん、どうぞどうぞ」

 

深雪と達也の乱入に呆然としていたレイモンドだが、達也が声をかけるとすぐに、笑顔でそう応えた。

 

「昨日はゆっくり話を出来なかったからね。ちょうどよかった」

 

「俺に話があったのか?」

 

雫を口説いていたんじゃないのか? と達也は訝しく思ったが、彼もレイモンドが何を言いだすのか興味があったので、そのまま正面へ腰を下ろす。なおそれまでレイモンドの正面に座っていた雫は、達也がレイモンドに答えるより先に、腰を浮かせてテーブルの横の席に――達也の隣に移動した。深雪は一瞬ムッとしたが、雫の意図を理解して雫の隣に腰掛けた。

 

「君の考えを聞きたかったんだ」

 

レイモンドは深雪に見向きもせず、達也の問いかけに答えた。

 

「ねえ、達也」

 

レイモンドは馴れ馴れしく、達也の事をそう呼んだ。まぁ「ザ・デストロイ」等と聞いているだけで恥ずかしくなる名称を使われるよりマシなので、達也はそれについて何も言わなかった。

 

「あの恒星炉エネルギープラント計画・・・えっと、もっと呼びやすい名称はない?」

 

「調べたら分かるんじゃないか?」

 

フリズスキャルヴで調べれば良いだろうと、レイモンドの質問を達也が皮肉る。

 

「調べて分かるんだったら、記者会見なんて開かせなかったよ」

 

不貞腐れた表情でレイモンドが目を逸らした。男が拗ねている顔を見ても楽しくはなかったので、達也はあっさり「ESCAPES計画だ」と答えた。

 

「ESCAPES計画ね。意味は・・・まぁ、いいや」

 

レイモンドが問うのを止めたのだった。



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ロマンで人は動かない

レイモンドが問うのを途中で止めたのは「ESCAPES」が何を略しているということよりも「escape」の語義そのものに達也は意味を持たせていると直感的に悟ったからだった。

 

「君は本気でESCAPES計画を実行するつもりがあるのかい?」

 

「皆、似たような事を聞くんだな。ESCAPES計画はディオーネー計画の当て馬ではない。そもそもこの計画は、お前たちが金星テラフォーミングをでっちあげる前から組み上げてきたものだ」

 

達也はうんざりしたような表情を浮かべた後、レイモンドに対して好意の欠片も無い口調でそう答えた。

 

「でっちあげとは酷いね」

 

「本気で金星をテラフォーミングするつもりなのか? 実際に移住できるようになるまでの期間は、恐らく十年や二十年ではきかない。百年単位の事業だ。数世代にわたって資金と労力を投入し続ける必要がある。そんな大事業に本気で取り組む動機がUSNAにあるとは思えない。いや、USNAだけではない。現在の地球上に、そんな動機を持つ国家が存在するとは思えない。その大事業を成し得るものがあるとすれば、それは世界政府ではないか? 俺にはそう思えるんだが」

 

「・・・火星移住計画は、それこそ百年単位のプロジェクトとして実際に進められているよ」

 

「計画されているだけだろう。まだ移動手段すら確立されていない」

 

「壮大なプロジェクトを通じて、世界政府建設が促進されるとは思わないかい?」

 

「世界を無理矢理一つにしても、戦争が内乱に変わるだけだ」

 

旗色が悪いと見て、レイモンドは反論の切り口を変えたが、達也から別の反論を引き出すだけに終わった。

 

「・・・達也って夢がないんだね」

 

「叶えられる夢しか見ない事にしている」

 

「それじゃ、ロマンがないよ。叶えられるから夢を見るんじゃない。叶えられるかどうか分からないけど、それでも見てしまうのが夢なんじゃないの?」

 

「ロマンティストだな。ディオーネー計画はお前にとって、実現可能性を度外視したロマンとでもいうことか?」

 

「人が魔法で、心の力で、宇宙に飛び出す。まさしくロマンじゃないか」

 

「何故そこに俺が巻き込まれなければならない」

 

「・・・えっ?」

 

完全に意表を突かれた表情でレイモンドが固まった。

 

「魔法の力で宇宙に出たい。その『夢』を否定するつもりは無い。だがそれはお前の夢だろう? 俺が協力しなければならない理由は無いはずだ」

 

「それは・・・」

 

「俺をディオーネー計画に縛り付けたい理由は、夢を追いかける為では無い。もっと現実的な計算に基づくものだ」

 

「・・・分かった。じゃあ、現実的な話をしよう。海洋開発により、地球のキャパシティの限界が到来するのは、少し先延ばしに出来るかもしれない。でも地球の広さには限りがある。どんなに引き延ばしても、いずれは人類の人口増大に耐えられなくなる限界がやってくる」

 

「その未来は否定しない」

 

「じゃあ、宇宙開発は困難だからと言って目を背けられない現実じゃないか! 人類が繁栄を続けていくためには、まだ余力がある内に宇宙へ踏み出さなきゃならないはずだ」

 

「何故宇宙開発が人口増大の解決策になるんだ?」

 

「えっ・・・? だって、そんなの決まってるじゃないか。地球のキャパシティには限界があるんだから、地球の外に出ていかなきゃ・・・」

 

「宇宙は有限空間だ」

 

「それは・・・そうかもしれない。けど――」

 

「人類の生存に適するような改造可能な空間は、さらに限られている。宇宙を開発しても、限界からは逃れられない。人類に可能なのは、限界の到来を先送りにする事だけだ」

 

「・・・極論だ」

 

「何をしようと限界が到来するまでの時間を引き延ばす事にしかならないのであれば、出来る事から順番に手を付けるべきだ」

 

「極論を用いた詭弁だ! 宇宙には、事実上の限界なんて無い! 魔法があれば、人類は無限のフロンティアに羽ばたけるんだ!」

 

「もっとも、ESCAPES計画の目的は人口増大に対応するだけではないがな」

 

「――っ」

 

「俺は、俺の目的を叶える為、恒星炉を完成し、プラントを実現する。お前たちはお前たちの目的を叶える為、宇宙を目指せばいい。それがお前たちの、本当の目的であれば」

 

反論の言葉を見つけられなかったレイモンドは、打ちひしがれた表情で、のろのろと立ち上がった。

 

「ティア、ゴメン。僕はもう帰るよ」

 

「うん」

 

「・・・達也。僕たちは決して、君を逃がしたりはしない」

 

「逃がすも何も、俺は元々お前たちに捕まってもいないし、俺がお前たちに囚われる事は決してない」

 

達也の言葉に何かを言い返そうとして、やはり何も反論の言葉が見つけられなかったレイモンドは、一度だけ未練がましく雫の方へ振り返った。

 

「じゃあ、ティア。また会おうね」

 

雫の答えに寂しげに笑みを浮かべ、彼は開け放たれていたドアから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に残った雫は徐に塩の入った小瓶に手をかけた

 

「雫!?」

 

雫の行動に直感的に深雪はその小瓶を抑えた。すると雫は言う

 

「気分が悪くなったから塩撒くだけなのに・・・」

 

「雫、それはあとで掃除が面倒になるわよ」

 

「・・・それもそうだね」

 

雫はそう言って小瓶から手を離すと感情を落ち着かせていた。達也は内心今の雫と凛が被っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何となく後味の悪いムードがティールームに居座っているのを感じて、空気と一緒に雰囲気を入れ替える為、雫は窓を開けるよう女性使用人に指示した。自分はリモコンを操作してテレビをつける。これも気分を変えようとしての事だったが、映った番組が逆効果だった。

 

「雫、このままで頼む」

 

チャンネルを変えようとした雫を達也が制止する。画面の中ではインタビューに答えるエドワード・クラークのコメントが続いていた。

 

『――ですから、魔法を真の意味で人々の未来に役立てようとするなら、宇宙開発に活用すべきです』

 

テレビの中のエドワードは英語で喋っており、字幕が彼のセリフを同時通訳している。

 

『魔法核融合炉は素晴らしい発明だと思います。しかしそれは燃料の補給が困難で太陽光の供給も不安定な、例えば木星の衛星上で用いられるべきです。核融合発電なら、衛星が公転により木星の陰に入る時期でも安定して電力を供給できます』

 

「ガニメデの公転周期はたったの七日、カリストでも十七日弱しかないけどな」

 

達也が皮肉な声音で呟く。無論テレビの向こう側に、彼の声は届かないが、深雪と雫は達也の呟きに力強く頷いた。

 

『海洋開発は魔法を使わなくても、他の技術で代替出来ます。海上太陽光発電や地熱発電を使えばプラントに必要な動力は確保出来るはずです。魔法という希少な才能は、もっと有意義な用途に使われるべきなのです』

 

「さっき、聞いたような話ですね?」

 

深雪が皮肉でも嫌味でもなく、素朴に疑問を覚えた口調で達也に尋ねる。

 

「向こうの公的機関に確認したわけではないので断定は出来ないが、親子だから似たような事を言っていても不思議ではないだろう」

 

「凛が言ってた。ディオーネみたいな夢物語よりもESCAPESの方が断然、現実的だって・・・今までの歴史がそうだったからって・・・」

 

「彼女らしい言い方だな」

 

そう言うとテレビではエドワードが力説をしていたが本心を見抜いている達也は苦笑しか出てこなかった



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人外化

6月2日、日曜日の夜。

 

第九研の、パラサイドールが厳重に保管されている倉庫に近づく人影があった。非常灯の微かな光に浮かび上がる、この世の物とは到底思えない程に妖しい、神魔の美貌。

九島光宣は元々非人間的なまでに美しい少年だったが、夜の闇の中で神秘性と魔性が人間性を塗りつぶし、人の範疇から逸脱した存在に見せていた。光宣は倉庫の扉を、あっさり開けた。魔法を使ったのでもシステムをクラックしたのでもなく、普通に鍵を使って。

光宣が、保管庫の中に足を踏み入れる。空調が効いた室内は、寒いくらいに冷やされていて、程よく乾燥していた。霊気は殆ど感じられない。古式魔法と現代魔法のハイブリッドである「九」の魔法の申し子である光宣は精神干渉系魔法に適性があり、霊子波を知覚する事が出来る。特殊な目を持つ美月のように、霊子そのものを見る事は出来ないが、霊子が作り出す波は見分けられる。彼の実感に沿うならば「聞き分けられる」と表現する方が適切かもしれない。

その光宣にも、活性化した霊子の波動は感知出来なかった。パラサイドールの本体である妖魔、パラサイトが休眠状態で固定されている証拠だ。

 

『こいつらを取り込めば、僕は健康になれるのか?』

 

『取り込むのは一体で十分です。肉体の一部がパラサイトの物に変容するのは避けられませんが、「僕」ならば自我を侵食されることはないでしょう』

 

心の中で発した問い掛けに、周公瑾の知識が答える。光宣はパラサイトを隷属させる忠誠術式で、周公瑾の亡霊を吸収した。忠誠術式は「従える」為のものであり「一体化する」ものではない。その性質から、周公瑾の亡霊は第二の意識のような形で光宣の意識に追加された。

光宣にとって自我の無い助言者、霊的なAIアシスタントが意識に追加された、いや、接続されたような感じだった。

 

『・・・肉体の一部?』

 

『米軍の情報によれば、脳に交信用の器官が追加されます』

 

『そんなものが出来て、害はないのか?』

 

『完全に無害だと保証は出来ません。ですが「僕」が頻繁に体調を崩すのは、想子を肉体の許容範囲内に制御出来ていないからです。パラサイトは人間よりも想子のコントロールに長けていますから、パラサイト化する事により肉体の不調は完全に取り除けます』

 

『だったら、僕が想子をコントロールする技術を身につければいいんじゃないか?』

 

『理屈の上ではそうです。しかし「僕」の肉体はその修行に耐えられないでしょう』

 

光宣が唇を噛む。この議論の最期の部分は、今が初めてではない。追加された意識――「増設知識」とでも表現すれば適切だろうか――は聞かれた事に答えるだけなので「またですか」等は言わない。だからついつい、同じ問答を繰り返してしまうのだが、繰り返しの概念を持たないが故に、答えも常に同じだ。

結局、普通に努力するだけでは、光宣は肝心の場面で活躍出来ないままだ。そして彼の肉体は、欠陥を克服するために必要な、普通ではない努力をする事すら許されない。努力では、肉体の欠陥を克服出来ないと、光宣は分かってしまった。だから彼は今夜、ここに来た。

ここには、彼を肉体の欠陥から解放する為の手段がある。休眠しているパラサイトを起こすのも、それを自分に憑依させるのも、彼には難しくない。経験は無いが、問題無く可能だと分かっている。

第九研で蓄えられた知識と「増設知識」が、光宣には可能だと教えている。後は、決断するだけだ。光宣が決意するだけだ。人を捨てる、決意を。

彼が立ち尽くしていた時間は、如何ほどだったのか。少年美を形にした彫像と化していた光宣が、身動ぎをする事で人間に戻る。

 

『凛さんからもらった薬は一時的なものでしかない・・・あれは一体どんな成分でできているんだ?』

 

『あれは極めて珍しい漢方薬だ。「僕」は飲んでいるあの薬は神の作った薬のようにも思われる』

 

『神?この世界にいると思うのかい?』

 

『分からない。だが、あれはあと数十年は実現不可能であろう技術が使われている可能性がある』

 

『そうなのか?僕にはただの漢方薬にしか思えないが』

 

『詳しくは分からない。だが、それでもあの薬はただの漢方薬ではない事は確かだろう』

 

『・・・分かった。今度その薬を作った凛さんに会って聞いてみるよ』

 

『その方がいい』

 

そう言うと光宣は部屋を後にした。



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焦燥感

テレビに出演した後、魔法協会にはおざなりな謝礼を一言だけ残して、エドワード・クラークは息子と共に帰国した。ロサンゼルス空港に着いたのは、現地時間午前六時。一休みしてエドワードが自分のオフィスへ出勤したのは、午後二時の事だった。

国家科学局のカリフォルニア支部に、エドワードの上司はいない。支局長も、エドワードが何をしているのか理解していない。彼には完全な個室と、完全な自由裁量権を与えられている。それは元来、エシュロンⅢの秘密を同僚に漏らさない為の措置だったが、今は日本の大陸間戦略級魔法対策を進める為に与えられた特権に変わっていた。

 

「向こうは朝の七時か・・・」

 

エドワードの呟きは、意識しない独り言、一人きりの部屋で仕事をしている弊害に違いないが、本人は自覚していない。他人に指摘された事がないから、この個室限定の癖なのかもしれない。

 

「もう少し待つべきか?いや・・・」

 

たぶん、考えを纏める為の、ある種の儀式なのだろう。エドワードは迷う事を止めて、通信機に向かった。形は通常のヴィジホンだが、エシュロンⅢのシステムを利用した盗聴防止のシステムが組み込まれている、通話先を限定した電話機である。

電話を掛けた先は新ソ連。ウラジオストクにある新ソビエトアカデミー極東支部の一室。相手は言うまでもなく、イゴール・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ。

 

「おはようございます、ドクター」

 

『おはようございます。いえ、そちらはもうお昼過ぎですね』

 

ヴィジホンの画面で見る限り、ベゾブラゾフの顔に眠気は無かった。

 

「朝早くから申し訳ない」

 

『こちらがちょうど良い時間だと、そちらが夜更けになってしまいます。お気になさらずに。急ぎのご用件だったのでしょう?』

 

「急ぎの用というわけではありませんが、すぐにご相談をしたいと思いまして」

 

『伺いましょう』

 

社交性を考慮した柔和な表情を浮かべていたベゾブラゾフの顔が、厳しく引き締まったのを受けて、エドワードの表情も真剣な――否、深刻なものへ変わる。

 

「既にご存知かもしれませんが、日本の戦略級魔法師、司波達也はディオーネー計画への参加を拒否し、別のプランをぶつけてきました」

 

『知っています。記者会見の様子は、リアルタイムで見ていました。重力制御魔法式熱核融合炉――「魔法恒星炉」を用いたエネルギープラント。魅力的なプランですね。共同研究を申し出たいくらいだ。あぁ、そんな顔をしないでください。冗談です』

 

「ドクター、お人が悪いですよ・・・」

 

イニシアティブを取る為のベゾブラゾフの手だと分かっていても、エドワードは狼狽の跡を隠せなかった。

 

『申し訳ない。ですが、エネルギープラント計画が魅力的なものであったのは紛れもない事実。司波達也を木星圏に追放するのは、難しくなったのではありませんか?』

 

「ディオーネー計画が頓挫したとは考えておりません。日本政府に対してエネルギープラントの建設を認可しないよう、我が国の政府に圧力を掛けさせます。建設途中のプラントに事故を起こさせても良い。とにかく、ドクターには引き続きディオーネー計画へのご協力をお願いしたいのですが」

 

エドワードの言葉に、ベゾブラゾフは「フム・・・」と呟きながら、思案する顔を見せた。

 

『私はもっと、そう、ダイレクトな方法で戦略級魔法マテリアル・バーストを無力化する事を検討していたのですが・・・』

 

「ドクター!」

 

『ミスタークラークがそこまで仰るのであれば、しばらく静観する事にしましょう』

 

「・・・感謝します」

 

やはり、という思いが、エドワードの安堵感を増幅した。彼はベゾブラゾフが短絡的な行動に出て失敗する事を恐れていたのだ。攻撃に成功すれば問題ない。司波達也をベゾブラゾフが抹殺してくれれば、USNAにとっても非常にありがたい事だ。

しかし、もし失敗したら。ベゾブラゾフは自分が関与した痕跡を残さない自信があるのかもしれないが、彼が戦略級魔法師であることは世界に知れ渡っている。魔法攻撃の痕跡を以て、ベゾブラゾフから奇襲を受けたと司波達也が言い立てるだけで、疑惑の目はこちらに向く。疑われるのは新ソ連だけではない。ベゾブラゾフが真っ先にディオーネー計画を指示した事も、世界中の人々が憶えている。暗殺の濡れ衣を着せられたなら、それこそディオーネー計画は頓挫してしまう。

そうならないように、エドワードは他の事を全て後回しにしてベゾブラゾフに電話を掛けたのだったが、ベゾブラゾフの話は、それで終わりでは無かった。

 

『ですが、ミスター。もし司波達也をディオーネー計画に引きずり込むことが不可能な状況になれば、我が国は独自の路線を選ぶことになるでしょう。質量エネルギー変換魔法の脅威を解消する為ならば、どのような選択肢も排除しません』

 

ベゾブラゾフの言う「選択肢」に戦略級魔法トゥマーン・ボンバの使用が含まれている事は、確かめるまでもなく明らかだ。喉が乾燥し、咳き込みそうになって、エドワードはミネラルウォーターのボトルに口をつけた。

 

「――失礼。そうならないよう、至急手配します」

 

『私もそう願っています』

 

ベゾブラゾフの顔がモニターから消える。向こうから通信を切ったのだ。エドワード・クラークは、激しい尚早に駆られて別の電話機に手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして未だ何も動かないノース銀行に恐怖心を覚え始めていた。



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勘違い

魔法協会京都本部の会長室に外務省の職員が訪れたのは、火曜日の昼過ぎ、会長の十三束翡翠が昼食から戻った直後だった。

 

「――魔法協会から四葉家に圧力を掛けろと仰るんですか!?」

 

「そのご理解で構いません」

 

「無理です!魔法協会は魔法師に対してあれをしろ、これをするなと命令出来るような権限を持っていません!」

 

翡翠は体裁を取り繕う事も忘れて叫んだ。彼女の言葉は、責任逃れの嘘ではない。魔法協会は魔法師の互助組織であって、魔法師を統括する組織ではない。

 

「ですが魔法師に対して、強い影響力をお持ちでしょう?国際魔法協会は、超法規的な懲罰部隊を組織する事さえ成し得る」

 

「それは核兵器の使用を阻止するという限定的な目的においてのみ可能な事です!日本魔法協会には魔法師の、私人としての経済活動を妨害するような影響力はありません!」

 

「そうなのですか?」

 

「そうです!」

 

外務省の職員は、本気で不思議そうに問い返してきた。どうやらこの人には親しい魔法師がいないようだなと思いながら、翡翠はなんとか納得してもらおうと力説した。

 

「それに、強い魔法師は魔法協会より十師族に多いんです。仮に協会が懲罰部隊を組織出来たとしても、四葉家を恐れ入らせることなんて出来ませんよ」

 

「十師族も一枚岩ではないでしょう」

 

しかし論法を誤ったのか、外務省の男は翡翠のストレスが倍増するような事を言い出した。

 

「十師族の内部抗争を唆せと仰るのですか!?」

 

「唆すというのは不適切な表現ですね。魔法師同士の私闘など、私たちは望んでいません。ただ、内部でけん制し合い構成員の暴走を抑止するのが組織として正しい自治のあり方ではないかと思っただけです」

 

「魔法協会は十師族のまとめ役ではありません」

 

鳩尾の辺りに鈍い痛みを覚えながら、翡翠はそれを我慢して懸命に反論する。

 

「私たちはそう考えておりません、十師族を名乗る魔法師コミュニティに最も強い影響力を持っているのは、客観的に見て魔法協会ですから」

 

「貴方たちがどう思おうが、私たちに十師族にあれこれ指示する権限などありません!」

 

翡翠の悲鳴に近い叫びにも、外務省の男は聞く耳を持たなかった。

 

「それでは、くれぐれもよろしくお願いします」

 

捨て台詞のようにそう言い残して、外務省の職員は席を立つ。会長室で一人になった翡翠は、吐き気に脂汗を滲ませ、痛みが増す腹部を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本政府がESCAPES計画の妨害に動き始めたのは、言うまでもなくUSNA政府からの要請によるものだ。現段階で日本政府は、海中資源の抽出にそれほど大きなメリットを感じていなかった。過去に散々失敗してきたスキームなので、実現性と経済性に懐疑的だったのだろう。それよりも外交面と貿易面でデメリットが生じない事を重視したのだった。

しかし、経済界の反応は違った。

 

「北方さん、例の事業にさっそく関わっていらっしゃるようですね」

 

北方というのは北山潮のビジネスネームだ。非公式な昼食会でも、ビジネスネームがある場合は本名で呼ばないが経済界では一種のマナーになっている。なお政治や自治体の公式行事だと、本名しか使えないケースが多い。

 

「さすが室町さん。お耳が早い」

 

潮が返した「室町」というのも本名ではない。相手は潮のホクサングループよりも規模でこそ劣っているが、遥かに伝統がある旧財閥系企業群の実質的なオーナーで、財界における潮の兄貴分のような存在だ。

 

「もう出資も決まっているとか?いったいどのようなご縁だったのですか?」

 

反対側の席から、やはり顔馴染みの財界人が話しかけてきた。

 

「そこまでご存じとは。岩田さんこそ、何方からお聞きになったのですか?」

 

「そこはそれ。いろいろな方面からですよ」

 

潮と岩田が同時に破顔する。磐田は室町と違って、潮にとっては敵対的なライバルグループの総帥で、つい最近も大口の海外案件を奪い合った間柄だ。だがお互い、そんな事など欠片も顔に出さない。

 

「別に隠す事でもありません。司波君は娘の同級生なのですよ」

 

「そういえばお嬢さんも魔法大学付属一高に通っておいででしたね」

 

室町とも岩田とも違う、向かい側の席に座っている者が話しかけてくる。潮が達也とプロジェクトの件で会ったのはまだ一昨日の事だというのに、すっかり話が広まっていた。東道青波が意図的に噂を流したのだろうと、潮は話しかけてくる相手に愛想よく応えながらそう考えた。儲かりそうな新事業の話を聞いても、単独で金を出す決断は難しい。だが既に大口の出資者がいれば、それに便乗したくなるものだ。同席している財界の大物たちにとっては、プラントを一つ建設するくらいの金額なら「試しに出してみるか」というレベルで収まる。

 

「どうでしょう、北方さん。司波君を紹介していただけませんか」

 

一人がこう切り出せば、遅れじとばかり同様の申し出が潮の許に殺到した。出資者が増えるのは、潮にとっても悪い事ではない。リスクが分散出来るし、事業に口出しする者が多くなれば、それを仕切る為に自分を頼るよう仕向ける事も可能だ。結果的に、プロジェクトにおける自分の発言力が上がる。

 

「皆さんのご希望は、司波君にお伝えします」

 

もちろん、そんな腹黒い事を考えたところで、達也のプロジェクトに自分が口出しするつもりなど更々ない潮だが、リスクが分散出来るのには違いないので、昼食会が終わりに差し掛かる頃、潮は笑顔でそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの昼食会の数日後。世界中の経済界を大きく動かす発表があった。



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緊急通信

日本時間:六月三日 午後三時

 

日本に帰国している凛はマンションで過ごしていると緊急通信が入った

 

『閣下、緊急事態です・・・』

 

「おお、ジョンか。どうした」

 

凛が要件を聞くと思わず顔を顰めてしまった

 

『実は・・・()()()()が行われることとなりました・・・』

 

「あの実験・・・まさか!?マイクロブラックホール実験か!?」

 

『はい・・・偶然なのですが・・・』

 

そう言いジョンはことの経緯を話した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し戻り、基地内で切らした牛乳を買いに行く際にジェイコブ・レグルスの部屋の前を通った時だった。

 

『なんだこれは・・・。マイクロブラックホール実験が日本の工作員に仕業だと・・・?』

 

室内から聞こえたレグルスの声にジョンは足を止めるとそっと壁に耳を当てた。そこから聞こえたのは出鱈目な内容ばかりだった。

 

「(マイクロブラックホール実験が日本の工作員が使嗾させた?もう一度マイクロブラックホール実験をすれば観測員がやってくる?何出鱈目なこと言っているんだ!?あれは科学者と七賢人が興味本位でやった実験だろうが!!)」

 

ジョンは内心毒を吐きながら思う。それに今は時期が悪いと思った。それは現在、パラサイトの捜査が息詰まっている現状。真相解明のために実験をう可能性が高くなることを示唆していた。

 

「(不味い・・・今、そんな事を囁かれたらリーナが危ない!)」

 

そう思い、ジョンは急足で自室に戻ると緊急で連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・と言う顛末でした』

 

「そう・・・分かったわ、ありがとう。とりあえずあなたはそのまま監視を続行。動きがあれば逐一報告をしなさい」

 

『了解しました・・・ところで閣下。現在のスターズの現状をご存知ですか?』

 

「ええ、聞いているわ。達也を取り込んでESCAPES計画の情報を得ようって言う派閥と無理矢理にでもディオーネ計画に達也を参加させて宇宙に追放させようと言う派閥はある事でしょう?」

 

『はい。私は前者の方が断然良いと考えているのですが・・・』

 

ジョンの心配に凛は言う。

 

「大丈夫よ。そこら辺はお父さんに任せて、あなたはできる事をしてちょうだい」

 

『はい、了解です・・・そろそろリーナが帰ってきますので私はこれで』

 

そう言うと通信が切れ、画面は真っ黒になった。その画面を見つめると凛はすぐさま電話をかけた。

 

「ローズ、私だ。至急、USNAが保有する閉鎖されたのも含めて加速器研究所一覧を調べてくれ。今すぐにだ。それとトゥーナに連絡。ジオフロント基地の部隊をすぐに動かせるように言ってくれ」

 

凛は連絡を入れると慌ただしく事態は急変していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛から連絡を受けたローズはすぐさま部下に命令し、国内にある閉鎖されたのも含めた。彼は12使徒の中でUSNA全域の情報収集を担当する役割を与えられていた。そして彼はUSNA国内の加速器研究所の情報を集めさせ、そしてその情報を指示通り軍事部門を預かるトゥーナとその統帥である凛に情報を送ると凛はトゥーナに命令を出した。

 

『トゥーナ、もしマイクロブラックホール実験が開始されれば。爆撃を始めなさい』

 

『閣下・・・本気ですか?』

 

トゥーナは確認を入れた。

 

 

 

USNA本土への爆撃

 

 

 

確実に世界を揺るがす大事件だろう。だが、それをしてでも行うべき出来事であるとトゥーナは認識すると国内にあるすべての加速器研究所を地図に移した。

 

「閣下、恐れながら言わせてもらってもよろしいでしょうか」

 

『なんだい?』

 

「はっ・・・実はジョンのことなのですが・・・少し危なくなってきたかも知れません」

 

『基地に居づらくなったか』

 

「左様であります」

 

ここ最近、ジョンやシルバー家の行動を監視しているものが増えてきている事を凛は察すると少し困った様子を見せた

 

『そうか・・・分かった。その件はこっちでなんとかするから君は動かなくていい』

 

「畏まりました」

 

そう言うとローズは先に通信を切り、これからの行動方針を部下に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信を切った凛はマンションの地下室に移動すると柘榴石の杖を持って地面に魔法陣を展開させた。

 

『マイクロブラックホール実験が実行させるまでの間に少しでも数を少なくさせないと・・・面倒なことになる・・・!!』

 

魔法陣が展開され、体がならずの沼に移動する中。凛はそんな事を考えていた。そしてならずの沼に移動すると凛はひたすらに手当たり次第に魂の浄化を始めていた。

 

「ったく・・・米国も面倒な事をしてくれる・・・」

 

そう言いながら凛は光の球から黒いドロッとしたものを取り出すと光の球を上に飛ばし、次に近くにある光の球を引っ張って同じ工程を繰り返していた。

 

「マイクロブラックホール実験なんてバカな事をまたしようだなんて・・・うまく口車に乗せられたな・・・米国は去年の吸血鬼事件で何も学ばなかったのかよ・・・」

 

そうブツブツと文句を言いながら凛は呟く。そして作業を続けているとならずの沼に弘樹が入ってきた。

 

「姉さん。手伝いに来たよ」

 

「おお、助かるよ。じゃあこっちの方をお願い」

 

そう言って凛の近くに座ると弘樹も同じように浄化を手伝い始めていた。だが、弘樹はあまり慣れていないのか凛よりも少しペースが遅かった。



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十三束の要望

ならずの沼で浄化をしている最中。弘樹が凛に言った

 

「ああ、そう言えば今日水波ちゃんが十三束と決闘をしましたよ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、どうも十三束の母親が急性胃潰瘍で倒れられたらしく・・・達也にディオーネ計画の参加の直談判にわざわざ生徒会に来ていましたよ」

 

そう言うと弘樹は事の経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日の放課後、十三束鋼が生徒会室を訪れた。部活連会頭の五十嵐鷹輔が生徒会室に足を運ぶことは珍しくなかったが、十三束の来訪はあまり例がない事だった。

 

「お兄様が次に登校されるご予定ですか?あいにく、伺っておりませんが」

 

次に達也が登校するのは何時か、という十三束の質問に深雪が不本意そうな表情で答える。その回答は嘘では無いし、その表情は演技ではない。達也が登校していないのは記者会見によって世間の風向きがどう変わったのかを、しばらくの間観察する為だ。通学の再開は世間の風向き次第であり、「何時から」という予定は達也本人にも立てられない。そして深雪は、達也が自由に登校出来ない現状に対して、日に日に不満を募らせていた。

 

「じゃあ・・・司波君が今何処にいるのか、教えてもらえないでしょうか」

 

「お兄様に何かご用事なのですか?」

 

訝し気な声音で深雪が反問する。彼女でなくても、十三束の様子はおかしいと感じただろう。態度に余裕がないし、自分の都合を相手に押し付けるような話の持って行き方は、十三束らしくなかった。

 

「あっ、すみません。えっと・・・司波君と、話をしたい事があって」

 

「お話しですか?よろしければ私が伺いますけど」

 

十三束は視線を左右に彷徨わせた。暫くそうやって躊躇していたが、そう長くない迷いの末に深雪と正面から目を合わせた。

 

「母が倒れたんです」

 

「お母様が!?」

 

「あ、いえ、倒れたと言っても命に別状はありません。急性の胃潰瘍で・・・一ヶ月程安静にしていれば退院出来るそうです」

 

「そうですか・・・お大事になさってください」

 

「ありがとうございます」

 

深雪のお見舞いの言葉に謝辞を返した後、十三束はまだ何か言いたそうにしていた。言葉を選んでいる十三束に先んじて、泉美が彼に話しかけた。

 

「十三束先輩のお母様は、確か魔法協会の会長を務めておいででしたよね?」

 

「そうだよ、七草さん」

 

「お母様のご病気は、心因性のものですか?」

 

「・・・医者は、ストレスによるものだと言っている」

 

「つまり十三束先輩は、お母様のご病気は司波先輩の所為だと仰りたいのですね?」

 

「そこまで言うつもりは無い!」

 

言い返す十三束の顔は赤い。泉美の指摘が全くの的外れではない証拠だろう。自分が興奮していることを自覚した十三束は、深呼吸で間を取った。

 

「・・・母はこのところ、政府から厳しく責められていたそうです」

 

「お兄様の事で?」

 

「そう、ですね。エネルギープラント計画を取り下げてディオーネー計画に参加するよう、司波君を説得しろと」

 

「何それ!」

 

ほのかが声を荒げる。理不尽だというのは同感だったようで、泉美も詩奈も、冷たい眼差しを十三束に向けていた。

 

「そんな事をこの場で言っても良いのですか? 秘密にするよう求められていたのでは?」

 

「・・・確かにオフレコだって言われてましたけど、家族を病院送りにされたんです。関係者に事情を明かすくらい構わないでしょう」

 

吐き捨てるような口調は「政府関係者」に対する十三束の憤りを示していた。

 

「母の入院を司波君の所為にするつもりはありません。司波君の責任にするのはおかしいというくらい、僕にも分かります」

 

再び泉美が、深雪の疑問を代弁する。

 

「僕は政府の思惑に関係なく、司波君はディオーネー計画に参加するべきだと思っている。人類の未来にとって間違いなく有意義な計画だし、USNAは司波君を最大限の名誉ある待遇で迎えようとしているじゃないか。彼にもいろいろとやりたい事があったかもしれないけど、ここは日本の為にも日本の魔法師の為にもUSNAの招待を受けるべきだと思う。今までは当事者じゃないから黙っていたけど、家族がここまで関わったとなれば僕も関係者だ」

 

十三束の論法に賛同する者は、生徒会役員の中にはいなかった。だが彼の演説を遮る者もいなかった。

 

「政府な理不尽な要求に従う恰好になるのは癪だけど、ディオーネー計画に参加するよう司波君を説得したい」

 

十三束の主張が一段落したのを確認してから、深雪は口を開いた。

 

「そのような目的でしたら、お教え出来ません」

 

「えっ・・・?」

 

十三束はまさか断られるとは思っていなかったのだろう。深雪の回答が理解出来ないという顔で、彼女を見返している。

 

「ですから、そのような目的であれば、達也様のお住まいを教えるわけには参りません」

 

「何故・・・」

 

「何故といわれましても・・・お兄様の妨害をすると分かっているのに、協力するはずがないでしょう」

 

「だって、司波君一人の我が儘で、皆に迷惑を掛けて良いはずがない! 司波君が少し我慢すれば、全部丸く収まるんだ!」

 

「我が儘と言いますか・・・十三束君、お母様が倒れられた所為で我を失っているようですね。今日のところはお引き取りください。それがお互いの為です」

 

深雪は呆れている事を隠そうともしなかった。普段の十三束はむしろ我が弱いくらいで、こんなに独善的な事は口にしない。深雪はそれを知っているから、平和的な解決を図ったのだ。 

達也が侮辱されて穏健な手段で済ませるのは、彼女としては異例の譲歩だ。魔法が暴走しなかったのは誓約の解呪により本来の魔法制御力を取り戻していたからだ。



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試合

最近、スプラ3に沼ってます。スプラ楽しい!!


深雪としては異例の譲歩をしたので、これで十三束が大人しくなると思っていたのだが、自分一人で追い詰められた気分になって、精神的な視野狭窄に陥っていた相手には逆効果だった。

 

「・・・司波会長。僕は貴女に決闘を申し込みます」

 

「決闘ですか?」

 

「はい。僕が勝ったら、司波君の居場所を教えてください」

 

十三束の勝手な言い草を、深雪は冷静に聞いていた。いや、表面的には冷静に受け止めているが、彼女の内側では怒りが燃え上がるのではなく、殺意にも似た敵愾心が冷たく研ぎ澄まされていた。

 

「・・・いいでしょう。その試合、お受けします」

 

「深雪様、お待ちください」

 

「水波ちゃん?」

 

今にも十三束を凍り付けさせような深雪に声をかける事で、とりあえず深雪に冷静さを取り戻させる。だが声をかけられた事に、深雪は驚きと訝しさがブレンドされた声で水波の意図を問うた。

水波は今「会長」ではなく「深雪様」と呼んだ。深雪が四葉家の人間であることが知れ渡る事で、水波は深雪の従妹などではなく四葉家に仕える身分だろうと周囲の皆が認識していた。だから水波が深雪の事を「深雪様」と呼んでも違和感はない。ただ校内では深雪が嫌がるので、主従関係を匂わせるような態度はなるべく控えていた。

だからこの場であえて「深雪様」と呼びかけ、後輩の域を超えた臣従の姿勢を見せたのには、何か理由があるはずだった。

 

「私は達也さまから深雪様をお守りするよう命じられています。達也さまのご信頼にかけて、深雪様が必要のない戦いに臨まれるのをお止めしないわけには参りません。ましてや家を巻き込んでの戦争など、達也さまの意思を確認しないままそのような事をすれば、後々「何故止めなかった」と怒られてしまいます」

 

深雪は水波に、何も言い返せなかった。達也の意向を持ち出されては、深雪に反論の言葉は無い。

 

「ですがそれだけでは、十三束先輩は納得出来ないでしょう。ですから、深雪様の代わりに私が十三束先輩のお相手を務めます」

 

「・・・分かりました。十三束君、それでいいですね? 水波ちゃんが負けた場合は、十三束君の要求通り、達也様のご滞在中の別荘を教えます」

 

「・・・司波君の居場所を教えてもらえるなら、僕は構いません」

 

生徒同士の諍いを、当事者の実力行使で白黒つける。それは一高のルールに組み込まれている問題解決方法の一つだ。当然模擬戦の手続きも定められていて、生徒会長と風紀委員長の許可を得なければならない。実力に格差がある場合等で、模擬戦が一方的な暴力に利用されることを防止する為の措置だ。

 

「・・・今年は生徒会絡みの決闘なんて無いとおもったのに」

 

模擬戦の承認印を申請に来た泉美に、風紀委員長の幹比古が愚痴を零す。今回は生徒会長が一方の当事者なので、副会長である泉美が模擬戦を仕切っていた。

 

「決闘ではなく試合ですよ、吉田先輩」

 

幹比古のセリフに軽い修正を入れ、泉美は試合形式が記された生徒会決済済みの許可書を差し出した。それを見て幹比古が驚きに目を見張る。

 

「白兵戦形式!?良いのかい?十三束君と桜井さん、男女の試合なんだろう?」

 

通常、男子同士の試合以外で白兵戦形式が採用されることはない。特に男女の模擬戦の場合は、セクハラ行為の問題が発生する。

 

「模擬ナイフを使った寸止め有りのルールです。水波さんは、自信があるみたいですよ」

 

泉美の説明は、幹比古にとって少しも安心要素にならなかった。模擬ナイフの寸止めで決着が付くと言っても、殴ったりけったりが認められている事に変わりはない。

 

「・・・僕が審判を務めるよ」

 

自分が見ていないところで女子生徒が男子生徒に怪我をさせられるかもしれないと思うと、とてもじゃないが承認印は押せなかったのだろう。幹比古は審判に立候補する事で承認印を押したのだ。するとそこに連絡を受けた弘樹が部屋にやって来た

 

「幹比古。決闘だって?」

 

「正確には試合だよ」

 

「だが、演習場を使うんだろう?」

 

「まぁ・・・そうなんだけどさ・・・」

 

そう言いながら演習場に向かい途中、弘樹は一旦幹比古と別れると深雪の元へ向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪!」

 

「弘樹さん。こっちです」

 

演習場近くの空き部屋に入った二人は行われる試合と水波のことで話し始めた

 

「水波ちゃん・・・大丈夫でしょうか・・・」

 

「あまり過度な魔法さえ使わなければ問題ないが・・・」

 

そう話しながら演習場に向かって歩いていると目の前に水波が着替えて部屋から出て来ていた。その格好に弘樹は少し驚いていた

 

「おや・・・その格好で行くのかい?」

 

「はい、問題はないはずですが?」

 

「・・・まあいっか・・・少なくともこう言うのに慣れていない十三束は大変だろうな・・・」

 

小声でボソッと弘樹が言うが水波には聞こえていないようで水波は首を傾げていた。元々凛がバスローブ一枚で寝ることが多かった為、弘樹に耐性はついていたがそれでも今の水波の格好はなかなかに刺激的であった

 

「では、弘樹さん。演習場で待っていますね」

 

「ああ、先に行っててくれ」

 

そう言うと深雪は水波を連れて演習場の方に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部活のユニフォームに着替えて第三演習室で待っていた十三束は、深雪の後に続いて入室してきた水波の姿に目をむいた。

 

「その恰好で試合するんですか!?」

 

「ルールには違反していないはずですが」

 

「それは・・・そうだけど・・・」

 

淡々と答える水波に、十三束は少し頬を赤らめて視線を彷徨わせた。自分と水波との恰好の違いに、十三束は否応なく相手が女の子だと意識させられてしまったのだ。

十三束の格好は、マーシャル・マジック・アーツの試合用のユニフォームだ。上は肘の部分にクッションが入ったボタン無しの長袖のシャツ、下は膝の部分にクッションが入り足首の部分だけが締まっているルーズなベルトレスのズボン。足下は格闘技用のソフトシューズだ。

それに対して水波は、半袖のシャツに短いスパッツの体操服姿だった。右足の太腿にウェポンベルトを巻いて予備の模擬ナイフを差しているが、それ以外は普通に球技や陸上競技をする格好、腕も足もむき出しだった。

水波の格好を見て絶句した十三束の内心を、他ならぬ対戦相手の水波が代弁する。

 

「怪我を心配してくださるのですか? 確かに十三束先輩の攻撃を受けたら、酷く腫れてしまうのは間違いないでしょう。骨折の可能性も小さくありません」

 

「だったら――」

 

もっと防御を固めて欲しいという十三束のセリフを、水波が遮った。

 

「十三束先輩。模擬戦というのはそういうものです。白兵戦禁止のルールでも、怪我をする危険性はそんなに変わりません」

 

今日の水波は、珍しく多弁だった。

 

「十三束先輩は、女子に怪我をさせる事を厭わず、今日の試合を吹っ掛けたのです」

 

そこで水波は意図的に一呼吸置いた。

 

「ご自分の都合だけで」

 

そして、十三束を糾弾する言葉を放つ。十三束は、水波の非難に反論出来なかった。

 

「・・・十三束君、試合を中止するかい?」

 

立ち竦む十三束に、幹比古が声をかける。泉美と同じく、水波に心を掻き乱されて試合どころではないと思ったのだろう。

 

「この試合、勝っても負けても君にとって後味が悪い結果が残るだけだ。今止めれば、後悔せずに済む」

 

幹比古の助け船に十三束は乗らなかった

 

「ーー吉田君。試合の合図を」

 

ちょうどその時に演習場ひな行って来た弘樹はやはりと言った気分であった

 

「(やっぱりダメだったか・・・まあ、今の彼はいつもの冷静さを失っている。今更何を言ってもダメなんだろうが・・・)」

 

そう思っていると試合が開始された

 

「ではーー始め!」

 

幹比古の号令に合わせ、両者ともに魔法を発動した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間合いを詰めて振動魔法で平衡感覚を奪い、怪我をさせる事無く勝利する――十三束が描いていた戦いの青写真は、目の前に立ちはだかる対物シールドに阻まれた。去年の恒星炉実験でも九校戦でも水波の実力は見ていたが、彼女の魔法発動速度に十三束は驚きを禁じ得ない。試合開始の合図から一瞬で、彼の接近を阻む障壁が完成していた。

驚きはしたが慌てる事はなく、十三束はその透明な壁に突っ込んだ。想子を肉体から離れた場所に投射出来ないという彼の欠点は変わらない。一部の魔法については離れた敵を攻撃出来るようになっていたが、それは手元で発動した魔法の影響を連続した空間内に及ぼしているだけであって、離れた場所に魔法を仕掛けられるようになったわけではない。

しかし同時に、高密度の想子を纏い、身に触れる魔法を無効化する特性も変わっていない。いや、この「接触型術式解体」というべき魔法無効化技能は想子のコントロールが上達した分、強化されていた。

水波の魔法シールドに、十三束は肩から体当たりする。抵抗を感じたのは一秒未満。肉眼には見えない壁が砕け散るのを十三束は実感し、そのまま水波に掌底を打ち込もうとしたが、水波は十三束が魔法障壁に意識を取られた僅かな時間の隙を突いて、側面に回り込んでいた。

魔法シールドの設置場所は、相対座標と絶対座標のどちらでも指定出来る。本当の意味での絶対座標で障壁を設置すると地球の自転、公転に猛スピードで置いて行かれてしまうから、絶対座標といっても殆どの場合は地球上の座標を基準とした相対位置指定なのだが、人の意識の上では絶対座標と表現しても差し支えない。――なお、真の絶対座標を指定して追いついてくる相手を壁にぶつからせることでダメージを与える技術は、きわめて高度な攻撃性魔法として知られている。

今、水波は一般的な意味での「絶対座標」で障壁を展開していた。それに対して十三束は「障壁の向こうに敵がいる」という先入観で行動した。その所為で彼は、壁を破った直後の瞬間、水波の姿を見失ってしまう。

水波が十三束の側面から、攻撃性魔法の基礎技術とも言える圧縮空気弾を放った。調整体「桜」シリーズは魔法障壁に高い適性を与えられており、第二世代の水波も障壁魔法を特に得意としている。だが水波は達也や十三束のように、得意魔法以外の術式を苦手としているわけではない。それに「圧し固めた状態を維持する」圧縮空気弾は概念的に障壁魔法と相通じる面があり、水波には使いやすい魔法だ。

それは「大きな威力を出せる」魔法と同義。脅威度が高かったからこそ、直感が働いたのかもしれない。十三束は強烈な危機感に駆り立てられて、甲冑型の魔法障壁を張り巡らせた。

十三束に出来るのは、身体的な接触がある物体、あるいは領域に魔法を発動させる事だけ。だが接触状態の距離ゼロメートル「レンジ・ゼロ」においては、無類の強さを発揮する。それが十三束鋼という魔法師だ。

強化魔法とはまた違う、着ている服に重なる形で発動した対物障壁が、水波の圧縮空気弾を受け止める。十三束の作り出した甲冑は、空気の塊が激突した衝撃と圧縮が解かれて生じた爆風の両方を防ぎ切った。

十三束が続けて、移動魔法を発動する。自分自身を移動させる魔法は彼の得意技『セルフ・マリオネット』の基礎だ。その練度は高く、次の攻撃性魔法を準備していた水波のすぐ前に、十三束は飛ぶよりも早くたどり着いた。足の裏に床の感触を掴んですぐに、十三束が右手を右脇のすぐ前まで引いた。右足を踏み出して掌底順突きを放つ構え。

だが目の中に飛び込んできた思いがけない光景に、十三束の手足は動きを止めた。



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試合2

不意を突かれた水波の顔に動揺が走る。彼女にしてみれば、十三束が空間的な隔たりを無視していきなり出現したように見えただろう。水波が十三束の攻撃を逃れ得たのは、四葉本家の戦闘訓練で培われた反射神経のお陰だった。

十三束が順突きの呼び動作に入るのと同時に、水波は狙われている胸を大きく後方に逸らし、勢いよく床を蹴った。敵を目の前でバク転をするという映画のようなアクションに、十三束の攻撃が不発に終わる。

否、十三束の動作に遅滞が生じたのは、バク転そのものに驚いたというより、めくれ上がるシャツの裾から覗いた肌色に目を奪われた所為ではないだろうか。少なくとも水波は、距離を取った自分に向けられている十三束の視線から、そう感じた。

水波は嫌悪感を覚えるよりも、助かったと思った。十三束の間合いを読み違えたのは、模擬戦終了に繋がりかねない隙だった。おへそを見られたくらいで見逃してもらえるなら御の字だ。

 

「(相手が達也さまや凛様達だったら、今ので終わっていた)」

 

バク転で掌底突きは躱せても、着地した直後の体勢では次の攻撃を躱せなかったに違いない。それが達也の攻撃なら絶望的だ。

そして達也達だったなら、女性の素肌を見たくらいで攻撃を中断したりしない――水波は相手が達也で無かったことに安堵し、それと同時に自分の考えの甘さを反省してからさらに横へ跳んで、魔法障壁を展開し直した。

 

硬直から回復した十三束が、鋭い足さばきで水波に迫る。障壁の破壊。そこまでは、前回の焼き直しだ。だが水波は今回、横に回り込むのではなく、後ろに下がった。シールドが破壊された瞬間、次のシールドを構築する。

達也の魔法分解魔法、術式解散ならば魔法の破壊は一瞬だ。情報の次元に露出している魔法式は、想子情報体を分解する術式解散に抵抗出来ない。

だが術式解体は、エイドスに貼り付いた魔法式を想子の圧力で吹き飛ばす技術。魔法式がエイドスに固着する強さに応じて、効力を発揮するまでにタイムラグが生じる。

何もない場所に魔法式を固定する領域魔法は、術式解体に対して脆いのが普通だ。だが水波の障壁魔法は、決して「普通」ではない。巨大な運動量に耐える「桜」シリーズの対物障壁は「そこにあり続ける」性質が極端に強い。水波もその魔法特性を受け継いでいる。

つまり水波の魔法障壁は、術式解体に短時間であれば耐えられる。最終的には突破されるとしても、次の魔法を準備する時間は稼げるという事だ。

十三束の前進を、水波の対物障壁が阻む。対物障壁はすぐに、ただし一秒近い時間をかけて破壊される。その時には、わずかに後方へずらして、水波は次の障壁を作り終えている。

それは、疑似的なファランクスといえた。作る端からシールドを破られていくことに、水波がプレッシャーを感じていないわけではない。魔法を発動する事による疲労も確実に蓄積していく。だが彼女は十三束が纏う想子の鎧が同時に接触しないギリギリの隙間を空けて確実に魔法障壁を構築しながら、わずかずつ後退していく。

十三束はシールドの破壊が短時間で可能であるが故に、横に回り込むでもなく愚直に前進する。少しずつ、少しずつ、殆ど足を止めたも同然の状態で。それは十三束本来のスタイルではない。フットワークを駆使し手数で攻めるのが彼の持ち味だ。足を止めて打ち合う事はあっても、四つ相撲やラグビーのモール、スクラムのような踏ん張って押し合う戦い方には、これまで十三束は縁がなかった。

水波は演習室の対角線上を後退している。部屋の隅が近づいてきているのを、水波は左右の壁との距離で理解した。向かい合う十三束の視線が、一瞬、自分の背後に向けられたのを水波は見逃さなかった。――コーナーに追い詰めた。そう考えている十三束の心理が、水波には手に取るように分かった。

あと二歩で、コーナーを背負う。後ろに下がれなくなる。水波は障壁を破壊されると同時に、足一つ分ではなく大きく一歩下がった。次の障壁を構築せずに。

次の障壁破壊の為に身体を前へ傾けていた十三束の体勢が流れる。身体で触れなければ魔法を無効化出来ない、接触型術式解体の欠点。それで大きな隙を作ったのは、障壁破壊がルーティンワークになっていた、十三束の油断だった。水波はすかさず、準備していた魔法を発動した。

 

『下降旋風』

 

単に自分を中心とした下降気流を作り出すだけの魔法で、殺傷力は皆無に近い。だがあと一歩の距離まで水波に接近していた十三束は、その気流に巻き込まれて更に体勢を崩した。水波が十三束の背中に回り込み、模擬ナイフを投げ捨てて組み付く。

 

「(っ!?)」

 

十三束が顔を赤くしたのは、焦ったばかりでは、きっとない。薄い体操服のシャツ一枚では、年相応の「柔らかい感触」は隠せなかったに違いない。だが十三束にとっては幸いな事に、水波は彼の赤面に気付かなかった。

水波は内側から足を引っかけて、十三束の身体を前に押しつぶした。十三束は身体を捻って水波を投げ落とそうとしたが、巧みに体重を移動させた水波が十三束の身体にのしかかる恰好で、彼を下敷きにして倒れる。水波は十三束の背中に馬乗りになって、予備の模擬ナイフを太もものベルトから抜き、十三束の喉に押し当てた。

 

「勝負あり! 桜井さんの勝利だ!」

 

幹比古が模擬戦の終了を宣言する。ナイフが本物であれば、十三束は水波に喉を掻き切られている。勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

「お疲れ水波ちゃん」

 

そう言って試合を終えた水波に水筒を渡すとねぎらいの声をかけると演習場を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦の後始末を終えた頃には、閉門時間が迫っていた。深雪たちはそこで生徒会活動を切り上げ、エリカやレオと合流して何時もの喫茶店に集まった。

 

「へぇ。水波、そんなに強かったんだ」

 

「いえ、今日は運が良かっただけで・・・」

 

香澄の言葉を、水波が恥ずかしそうに否定する。

 

「運もあるだろうけどさ。実力が無きゃ十三束くんには勝てないよ」

 

「エリカ、桜井の実力を知っていたのか?」

 

「分かりにくく鍛えてあるけどね。よく見れば相当やれるって伝わってくるわ」

 

「そんなもんかね・・・」

 

レオが感心したのはエリカに対してか、水波に対してか。たぶん、その両方だ。

 

「でも、体育の成績はあまり良くないと聞いていますが?」

 

泉美が特に他意はなく、単なる質問として水波に尋ねた。

 

「その、球技は苦手で・・・」

 

本気で苦手なのか、水波は少し恥ずかしそうだ。体育全般があまり得意ではない泉美は――出来ないのではなく心理的に「不得意」なのである――それ以上、問い詰めたりしなかった。

あまり持ち上げすぎるのも気の毒だと思ったのか、幹比古が話題の方向性を変えた。

 

「でも、実力だけの結果じゃなかったというのは、桜井さんの言う通りだと思うな。十三束君は本当にやり難そうだったよ」

 

「女子が相手だから?」

 

「うん。白兵戦形式のルールだったから余計に、だろうね」

 

「魔法だけで戦えば良かったんじゃないですか?」

 

「十三束先輩の魔法特性上、そういうわけにはいかないの」

 

十三束の事をよく知らない侍朗が疑問を呈したが、詩奈から速攻で却下を喰らう。詩奈が侍朗に『レンジ・ゼロ』の二つ名の意味を説明している横で、ほのかが「だったら止めればよかったのに」と十三束を非難した。

 

「本当は喜んでいたとか?」

 

雫が冗談にしては悪質な、本気ならばもっと悪質なセリフを呟く。

 

「そう言えば十三束くん、水波ちゃんのおへそに見惚れていたような・・・」

 

「ほのか、詳しく」

 

水波がほのかを止めるよりも先に、雫が油を注いだ。

 

「水波ちゃんは体操服だったの」

 

「大胆」

 

「それでね。水波ちゃんが十三束くんの攻撃を避ける為にバク転したのよ」

 

「おおっ」

 

「その拍子にシャツの裾が捲れて、お腹が結構派手に露出したの。もちろんすぐに隠れたんだけど、十三束くん、しばらく固まってて、水波ちゃんのおへその辺りをジーっと見てたんだよね」

 

「ギルティ」

 

話を聞いていた雫は、躊躇なく決めつけた。

 

「水波ちゃんに背中から組み付かれた時も顔を赤くしていたみたいだし・・・」

 

「本当ですか!?」

 

ほのかの追加証言に、水波が悲鳴を上げた。

 

「うん。たぶん・・・胸が当たってたんじゃないかな」

 

「――っ」

 

水波が両手で顔を隠して俯く。レオと幹比古も少し赤面して、決まり悪げに顔を背けた。深雪の隣でコーヒーを飲んでいた弘樹は話を聞いて昔を思い出していた。

 

「(僕の場合は姉さんに保護された時から色々経験させられたなぁ・・・)」

 

そう思い、保護された当初は一緒に風呂に入っていたことを思い出すと少し恥ずかしい気持ちになっていた。そして弘樹はエリカの声で現実に引き戻されていた

 

「ふーん・・・もしかして、それが目的で体操服だったの?」

 

「水波ちゃんは十三束君に、模擬戦を中止にしてもらいたかったのよ。元々十三束君は、私に試合を申し込んできたの」

 

「勝負にならないじゃん」

 

答えられる状態に無い水波の代わりに深雪が代弁すると、エリカは考えるポーズも見せずに一刀両断した。

 

「そうだね、十三束は明らかに冷静さを欠いていた。そんな感じがしたよ」

 

「で、その頭を冷やさせる為に、水波が身体を張ったというわけか」

 

「そう言えば聞いてなかったけど、十三束君は何故、模擬戦を申し込んだりしたんですか?」

 

今更ながら、幹比古は自分が模擬戦の理由を知らなかったことに気が付いた。

 

「十三束先輩は、司波先輩が何処にいらっしゃるのかを知りたがっておられたのです」

 

「達也の居場所を?」

 

深雪の代わりに応えた泉美の言葉に、幹比古だけではなく数人も頭上に疑問符を浮かべた。

 

「十三束先輩のお母様が、心労で入院されたのだそうです」

 

「十三束君の御母上って・・・確か、魔法協会の会長だよね?」

 

「ええ。さすがは吉田先輩、よくご存じですね。翡翠様――十三束先輩のお母様のお名前です。翡翠様は政府から、司波先輩を説得するよう随分圧力を掛けられていたご様子です」

 

「説得って、ディオーネー計画に参加するように?」

 

「はい。そのストレスで急性胃潰瘍になられたようで・・・一ヶ月程入院されるとか」

 

「・・・でもそれは、達也の所為じゃないだろ?」

 

「私もそう思います」

 

泉美の言葉にレオが横から口を挿むと、泉美はその言葉にすぐ頷いた。レオと泉美の判断に異論は出なかった。

 

「十三束先輩もそう仰っていました。ですが本音では・・・司波先輩の責任だとお考えだったのでしょうね。USNAの宇宙開発に参加するよう司波先輩を説得したいから、という理由で司波先輩のお住まいを知りたがっていらしたのです」

 

「お母様の為に・・・何か、したかったんでしょうね」

 

「でも達也くんの所為にするのは、はっきり言って逆恨みよ」

 

美月が同情的な口調で呟いたが、エリカがそれを断ち切った。

 

「達也はもう、自分がこれから何をするのか明言してるだろ? それに横からごちゃごちゃケチをつけるのは間違っていると思うぜ」

 

レオや弘樹は別の角度から十三束の行動を否定した。

 

「ですが、十三束先輩とおなじようなことを言い出す人たちは、いなくならないと思いますよ。達也先輩が間違っていて、自分が正と思っている人たちは」

 

「ああ、無理が通れば道理がひっこむって言う諺もあるくらいだ。これからもそう言った輩は増えていくだろうな」

 

香澄はある程度第三者的な立場で推測を口にした。その予言を、深雪もエリカも、誰も否定出来なかった。



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国外からの反応

「・・・以上がその試合の顛末です」

 

弘樹が水波との試合のことを話し終えると凛は呆れていた

 

「はぁ・・・なんと傲慢な・・・まあ、あれだけ騒いだらそう言った行動にも出てしまうか・・・」

 

「ええ、なのでそろそろ頃合いかと考えたのですが・・・」

 

弘樹がそういうと凛は少し考え、弘樹に伝える

 

「そうねえ・・・弘樹。明日か明後日に発表をさせなさい。時間はロンドン時間19時にして」

 

「畏まりました。ではそのように調整を行います」

 

そう言うと弘樹はならずの沼を後にし、連絡を入れ始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木曜日、達也を巡る情勢に大きな変化があった。インド・ペルシア連邦の魔法研究の中心地、旧インド中南部のハイダラーバード大学で同大学の魔法工学分野第一人者、戦略級魔法アグニ・ダウンバーストの開発者として知られている女性科学者アーシャ・チャンドラセカールが記者会見を開いた。

 

『――以上の理由により、私はUSNAの金星開発計画ではなく、日本の恒星炉計画を支持します』

 

その席でチャンドラセカール博士は、ディオーネー計画ではなく、達也のESCAPES計画に対する支持を表明したのである。

インド・ペルシア連邦はそれまでディオーネー計画に対する態度を明らかにしていなかった。それが、政府の公式発表ではなく一科学者による記者会見とはいえ、ディオーネー計画に対する不支持を表明した事は、他国に大きな驚きを持って受け止められた。

しかも不支持の理由が、日本の一青年が発表した、国家プロジェクトでもない単なる民間の事業計画であるエネルギープラントの建設を支持するから、というものだ。達也のESCAPES計画はその正式名称すら決まっていない内から、世界の注目を集めつつあった。

 

 

 

 

 

アーシャ・チャンドラセカール博士の記者会見が世界に中継された翌日、USNAの野党系テレビ局が「十三使徒」の一人、トルコのアリ・シャーヒーンのインタビューに成功した。そのインタビューは生中継でこそ無かったが、当日中に北アメリカと西ヨーロッパのテレビネットワークで放映された。そこでシャーヒーンは、ディオーネー計画に対する消極的な反対意見を述べた。

 

『――では。トルコ政府はUSNAが自国の宇宙開発計画に他国民の参加を強制すべきでは無いと考えている、ということでしょうか?』

 

『政府の見解ではありません。あくまで私個人の意見ですが、魔法の平和利用の道は、一つに決めてしまわれるべきではありません。例えば先頃、日本で魔法による核融合炉を使った画期的なプロジェクトが発表されました』

 

『昨日、インド・ペルシア連邦のチャンドラセカール博士が言及されていたプロジェクトですか?』

 

『そうです。皆さんがご存じかどうかは分かりませんが、重力制御魔法を使った核融合炉は、加重系魔法の技術的三大難問の一つと言われていました。司波達也という青年は、その解決に目処をつけたばかりか魔法の平和利用に活かそうとしているのです』

 

『野心的なプロジェクトですね』

 

『はい、私もそう思います。こうした平和的魔法利用の動きは、今後世界中で生まれてくるのではないでしょうか。ディオーネー計画は素晴らしいプロジェクトだと考えますが、他の可能性を摘み取ってしまうような真似は控えるべきだと思います』

 

アリ・シャーヒーンの発言は押しつけがましさが無かった分、チャンドラセカール博士の記者会見以上に、欧米の人々の間に広く受け入れられた。

 

 

 

 

 

新ソ連の国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人、レオニード・コンドラチェンコ少将は、ヴィジホンの中で大層不快気に唇を歪めた。

 

『シャーヒーンの魂胆は分かっておる。あの小僧は我が国とアメリカがこれ以上接近するのを、何としても阻止したいのだ』

 

アリ・シャーヒーンはまだ三十歳。七十歳を超えるコンドラチェンコにとっては、紛れもなく「小僧」だろう。

 

『故にシャーヒーンは、ディオーネー計画に負の印象を植え付ける事で計画を頓挫させようと望んでいる。我が国はあの計画でアメリカと手を結んだ格好になっておるからな。小僧としては、何とか潰したいのだろうよ』

 

「シャーヒーンが日本に使嗾されて動いている可能性はありませんか?」

 

ベゾブラゾフはコンドラチェンコにそう尋ねた。彼自身の調査では、シャーヒーンと日本の如何なる勢力の間にも、今回の件で共謀関係は無い。だが国境地帯を挟んでシャーヒーンとにらみ合っているコンドラチェンコであれば、自分には分からなかった事情を知っているのではないかとベゾブラゾフは考えたのだが、コンドラチェンコの回答は明確なものだった。

 

『無いな。シャーヒーンにトルコ国外の者が接触すれば、儂には分かります。今回の事は、小僧が自分の考えでやった事だ』

 

「それにしては、タイミングが良すぎませんか?」

 

『シャーヒーンは博士がディオーネー計画に協力すると発表して以来、あの計画を妨害する材料をずっと探しておったはずです。彼奴にとって我が国がアメリカと手を組むのは、最悪の凶夢ですからな』

 

「そこに司波達也が、核融合炉プラント計画を発表したというわけですか」

 

『然様。小僧にとっては砂漠で見つけた井戸だ。喜び勇んで飛びついたことでしょう』

 

「ただ、井戸の水が飲めるかどうかがすぐには分からなかった。だから利用するのに数日の時間差があったのですね」

 

『司波達也の計画を利用しようと決意するまでの時間は精々二、三日でしょう。そこからアメリカのテレビ局に渡りをつけて、向こうからインタビューを申し込まれた態を装った。真相はこんな所でしょうな。それで、博士。どうなさるおつもりか。最早エドワード・クラークは当てにならぬと思うが』

 

ほぼすべてにおいて、ベゾブラゾフはコンドラチェンコに賛成だった。エドワード・クラークは国際世論工作に失敗したと、ベゾブラゾフは判断していた。

 

「そうですね・・・今日にでも、再びウラジオストクに向けて発ちます。今度は『イグローク』を連れて」

 

『では?』

 

「ええ。我が国に何時牙をむく分からない戦略級魔法を、これ以上放置しておくべきではないでしょう」

 

『おお・・・成功を祈っておりますぞ』

 

ベゾブラゾフが『イグローク』を連れていく。その意味を知っているコンドラチェンコは、ヴィジホンの画面の中で目を輝かせた。



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2度目の来訪

土曜日は昼過ぎから雨空になっていた。だが深雪の心は晴れている。学校から帰ってすぐ外出した彼女の行く先は、達也がいる伊豆の別荘。真夜から泊りに行ってもいいと許可が出て、達也も認めてくれたからだ。浮かれている主に対して、水波はずっと緊張していた。およそ警戒感というものが欠如している状態の主に代わって、自分が周囲に気を配っていなければいけないという使命感は当然のものだが、それだけでなく水波は家を出てからずっと嫌な予感に付きまとわれていた。考え過ぎだ、これから向かう先には達也がいるのだから、彼が側にいれば深雪の安全は絶対確実だ。自分が力んでいる必要は無い・・・。いくら自分にそう言い聞かせても、水波の不安は消えなかった。不安の正体も分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊豆に着いたのはまだ夕方、日没前だったが、雨と霧で周囲はすっかり暗くなっていた。肉眼では視界十メートル以下の酷い状況だが、自動走行用レーダーと高精度位置情報システムはそのような悪条件をものともしない。また仮に機械的な補助がなくても、運転席に座っている花菱兵庫は平気だったかもしれない。深雪たちを乗せた車はほぼ予定通り、達也がいる別荘に到着した。

傘を差して迎えに出た達也が、わざわざ運転席から降りてきた兵庫を労う。

 

「花菱さん、ご苦労様でした」

 

「恐縮です」

 

そう応える兵庫の表情が何処か苦笑い気味なのは、自分の仕事を取られたと感じているからか。

 

「深雪、よく来たな。水波もご苦労様」

 

「お兄様、お邪魔致します」

 

兵庫の仕事を強奪して、自分が濡れるのも厭わずにドアを開けて傘を差し掛けていた水波から傘を受け取り、深雪は淑やかに挨拶を返した。水波は達也に無言で一礼して、車の中から荷物を運び出している兵庫を手伝いに向かう。もっとも、すぐに家の中から屋根付きの自走台車が出てきて二人の仕事を取り上げてしまったのだが。

 

「深雪、水波、先に家の中に入っていなさい」

 

二人がこれ以上濡れないようにそう指示して、達也は兵庫に話しかけた。

 

「花菱さん、何か聞いていますか?」

 

「いえ、本日は何も言付かっておりません。深雪様をお連れしただけでございます」

 

「何処も、特に動きは無いという事ですね」

 

「国内は、そうでございますね」

 

「国外では、動きがあると?」

 

「チャンドラセカール博士の記者会見と、シャーヒーンのインタビューは、達也様もお耳にされたと存じます」

 

「ええ、知っています」

 

「ただ、それに対する反応がUSNAからも新ソ連からも伝わってきません」

 

「かえって不自然だ、ということですか」

 

「御意にございます」

 

「分かりました。・・・とはいえ、こちらとしては受け身で警戒しているしかありませんね」

 

「引き続き、情報収集に努めます」

 

「よろしくお願いします」

 

「かしこまりました。本日はこれにて失礼させていただきます」

 

兵庫は恭しく一礼して、雨に濡れた執事服を魔法で乾かしてから、運転席に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば弘樹はどうしたんだ?今日は来ると聞いていたんだが・・・」

 

家の中に入り、ピクシーの用意したコーヒーを飲みながら達也は聞くと深雪が答えた

 

「弘樹さんは少し遅れてくるそうです。少し会社で仕事を終わらせてからくるとおっしゃっておりました」

 

「そうか・・・」

 

仕事・・・FLTではないと確認するとおそらくはノース銀行。どんな仕事なのかを想像しながらカップを机に置くとb閲の話題を深雪や着替えから戻ってきた水波に振った

 

「深雪、水波も座ってくれ。俺がいない間の話を聞きたい」

 

そう言って達也は、水波がピクシーと台所争奪戦を始めるのを事前に阻止した。意地悪をしたのではなく、少しは水波も休ませてやりたかったのである。彼女は疲れを知らないロボットではないのだから。

 

「そうですね・・・水曜日の事なのですが」

 

不満を面に出さず腰を下ろした水波の隣で、達也の正面に座った深雪が心の中で苦笑いをしながら話し始めた。

 

「十三束君が生徒会室に来て、達也様が次に何時登校されるのか予定を教えろと」

 

「それは、答えようがないな」

 

「私もそう回答しました。すると今度は、達也様に会いに行きたいからこの別荘の場所を教えろと言い出しまして」

 

「何か急ぎの用があったのか?」

 

「はい。十三束君は、達也様を説得したかったようです」

 

「説得?何故?」

 

達也は「何を」ではなく「何故」と尋ねた。達也に問われて、深雪は事の次第を最初から際しく説明した。時々、水波も交えた事情説明は結構な時間を要した。

 

「――そういう事か。気の毒にな」

 

全てを聞き終えた達也の、十三束に対する感想は、淡泊なその一言だった。達也は十三束よりむしろ、水波の事を気に掛けたのだった。

 

「水波にも苦労を掛けた」

 

「いえ、おそれいります」

 

水波はすかさずそう応えたが、意外感に戸惑っている様子は隠せていない。まさかあの程度の事で、達也に心配してもらえるとは思っていなかったのだ。

 

「まともに戦えば十三束は強敵だ。あいつの純情に助けられたとはいえ、怪我をしなかったのは僥倖だった。あまり無茶をしてくれるな」

 

純情に助けられた、の件で水波は微かに顔を顰めた。自分が異性の邪念に曝されたと改めて指摘されるのは、少女にとって愉快な事ではない。しかし最後の思いがけず真情のこもった声で労わられて、水波は動揺してしまう。

 

「はい・・・ありがとうございます」

 

そんな二人を、深雪がちょっと怖い笑顔で見ていたのだった。



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新ソ連の介入

ウラジオストクに着いてすぐ、ベゾブラゾフは司波達也の動向を情報部員から告げられた。

 

「伊豆の別荘に、従妹と滞在中か・・・」

 

人里離れた場所にいるのは好都合だ。従妹である深雪も強力な魔法師だと聞いているが、ベゾブラゾフは自分の魔法に自信を持っている。まして今回は、彼の魔法力を増幅する外付け端末『イグローク』を連れてきているのだ。

ベゾブラゾフは人工授精により誕生した人間だ。遺伝子操作は行わず、無数の受精卵を作り出しその中から選ばれた最高の成功例。それが新ソ連の国家公認戦略級魔法師イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ。当然の試みとして、彼の元となった受精卵は生化学的にコピーされ、彼の「妹」とも言えるクローンが作られた。彼女たちはベゾブラゾフと同じ戦略級魔法師になることが期待され、事実七人のクローンがトゥマーン・ボンバをマスターした。

しかし『アンドレエヴナ』の名を与えられた彼女たちクローンは、健康体では無かった。一応トゥマーン・ボンバを発動できるものの、射程距離と発動速度の点で実戦に耐え得るものではなかったのだ。

しかし、単独では使い物にならなくても、ベゾブラゾフを補助する外部端末としては有用だった。オリジナルであるベゾブラゾフの受精卵をコピーした、性別が違うだけのクローンだ。魔法演算領域を同調させるのは、難しくなかった。本体であるベゾブラゾフの精神が浸食を受けないようアンドレエヴナたちは自我を奪われ、ただ魔法を発動する為の生体機械『奏者イグローク』となった。『指揮者ディリジオール』ベゾブラゾフが操るままに、魔法を奏でるプレイヤー。それがアンドレエヴナの名を持つし七人のクローンに与えられた役割、彼女達に強制された人生だった。

ベゾブラゾフが彼女たちを使うたびに、使用されたイグロークの精神は壊れていく。その事に、ベゾブラゾフは躊躇いを持っていない。それはもしかしたら、彼自身の運命だったかもしれない。

今は新ソ連有数の科学者として名を成していようとも、作られた存在であるベゾブラゾフに他の生き方は選べなかった。それは今でも、本質的には変わらない。ベゾブラゾフにイグロークを使わないという選択肢は無い。彼は新シベリア鉄道の軍用列車で牽引してきた大型CADの最終調整を係員に指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の軍事バランスに大きな影響を及ぼす国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の動向は、各国軍事関係者の注目の的だ。これまでその動向が極めて掴みにくかった新ソ連のベゾブラゾフは、ディオーネー計画への協力表明以来表舞台に出る事が多くなったから、十三使徒の中でも特別の注目を浴びている。

日本にとっては特に、ベゾブラゾフは国境を接する非同盟大国の戦略級魔法師。直接的な脅威である。しかも四月には佐渡島近海及び宗谷海峡でベゾブラゾフの戦略級魔法トゥマーン・ボンバによるものと推定される攻撃を受けている。ベゾブラゾフの行動を監視し推測する事は、日本の国防上、最重要級の課題だった。

六月八日土曜日の夜、陸軍第一○一旅団を統括する佐伯広海少将は、陸軍内の公式ルートではなく参謀本部に築いた私的ルートから、重大なニュースを得た。ベゾブラゾフが専用列車で、極東に移動したというのである。

 

「極東といっても沿海州は広いけど・・・たぶん、ウラジオストクでしょうね。それにしても専用列車か・・・」

 

トゥマーン・ボンバの発動には、一車両をまるごと占める大型CADを使うという情報がある。未確認で異論も多い情報だが、この説によればベゾブラゾフはCAD車両をつないだ専用列車で新ソ連国内を移動し、ターゲットに接近してトゥマーン・ボンバをコントロールしている。

魔法には本来、物理的な距離は関係ないが、現にそこに存在する「距離」を飛び越えるためには、魔法に対する深い理解と強い確信が必要だ。もしその種の意志力においてベゾブラゾフが達也に劣っているならば、トゥマーン・ボンバを使用するために標的へ近づく必要があってもおかしくはない。

そして同時に、ベゾブラゾフが専用列車で極東に移動してきたのは、トゥマーン・ボンバで日本に近い何処かを狙う為だという事にもなる。狙いは日本そのものかもしれない。今度は本州、四国、九州、北海道の陸地を直接狙ってくる可能性も否定できない。

 

「・・・現在の情勢下で最もターゲットとなる可能性が高いのは『彼』か」

 

警告すべきか、と佐伯は考えた。しかし一分間近く悩んだ末、放置する事にした。いや、観測する事にした。佐伯は基地内電話機を手に取り、短縮番号をプッシュする。

 

「――風間中佐、私です。こんな時間にすみませんが、至急指令室まで来てください」

 

宗谷海峡方面の緊張状態も去った現在は平常態勢。時間外もいいところだが、風間はすぐにやってくるだろう。

風間ならば「彼」に悟られずに何が起こるか観察できるはずだ。上手くすれば「彼」とベゾブラゾフ、両方の攻略ポイントを見つける事が出来る。佐伯はそんな風に、そろばんを弾いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪を別荘に迎えた達也は研究を休みにして、彼女の相手を務めた。義理感からではなく、深雪の話を聞いていたい、深雪と同じ時間を過ごしたいという欲求が達也自身にもある。もしかしたらそれは、伯母・深夜の精神改造によって植え付けられたのかもしれない。もっとも達也は、それで構わないと考えている。

もし彼の心が何の操作も受けていなかったとして、彼は自分の自由意思で、完全無欠な妹を妬み、深雪を疎んじたかもしれないのだ。憎む事すらしたかもしれない。才能に劣る兄が妹の才能に嫉妬し憎悪するというのは、如何にもありがちだ。

深雪にそんな気持ちを向けるより、今のままが良い。達也はそう思っている。

しかし、それにも限度がある。夕食と入浴を済ませ、寛いでいた居間で深雪が口にしたリクエストは、達也にもさすがに頷けないものだった。

 

寝ると言っても、色っぽい話では無かった。と言うかそんなことになればあの面倒な神()が確実にちょっかいを掛けにくるだろう。深雪が「おねだり」してきたのは、同じベッドで眠るということだった。幼子が添い寝をねだるのに近い。

 

「駄目ですか・・・?」

 

達也は眩暈を覚えた。ここで「駄目だ」と強く言えない自分の、何と情けないことかと。

 

「・・・先日の和室に布団を用意させる。同じ部屋で眠る、ここまでが最大限の譲歩だ」

 

「それで良いです。ありがとうございます、お兄様!」

 

深雪は嬉しそうに両手を合わせてはしゃいでいる。仕方がない、と達也は心の中でため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフはアンナ・アンドレエヴナ、ベロニカ・アンドレエヴナ、二人の「イグローク」を大型CAD『アルガン』に無菌カプセルごと閉じ込め、自分はそのオペレーター席に座った。アルガンというのは単なる通称だ。意味はそのまま「オルガン」、ベゾブラゾフのチームは「パイプオルガン」の意味で使っている。この一車両を占拠するCADを見たある政府高官がそのサイズに驚き「まるでパイプオルガンのようだ」と発言したのが、そのまま採用されたのだった。

ただ似ているのはサイズと筐体の左右背後にパイプを並べているような形状だけで、プレイヤーはコンソールに向かうのではなく内部に取り込まれ、指揮者も豪華な椅子に座ったまま筐体の中に閉じこもる。

イグロークは全部で七人いるが、彼女たち全員を同時に使う事はない、その必要がない。トゥマーン・ボンバを発動するだけなら、ベゾブラゾフ一人で事足りる。イグロークはあくまでも補助、そして安全装置なのである。今回の作戦規模なら二人で十分、ただそれだけのことだった。

ベゾブラゾフは新ソ連軍の情報ネットワークからもたらされるターゲット周辺の情報に目を通した。現地の天候は小雨。風もなく、トゥマーン・ボンバの使用には最適に近い状態だ。現在の時刻は朝の六時。日本の現地時間は朝五時。ターゲットはまだ眠っているに違いない。その眠りを永眠に変えるべく、ベゾブラゾフは魔法の発動態勢に入った。

CADアルガンに付属する大型コンピューターが、観測機器から得られるターゲットの位置データをCADが利用出来る形式に変換する。併せて、魔法式構築に必要な起動式の元データがベゾブラゾフのオペレーションにより大型コンピューターで作成される。

ベゾブラゾフは自分の精神内で魔法式の諸元を指示する代わりにコンピューターのコンソール上で全ての条件を指定して、それを元に起動式を組み立てている。彼はそうする事で、普通の魔法師には不可能な、きわめて複雑な魔法式を構築していた。

同様の装置――大型コンピューターを利用したCADは、新ソビエト科学アカデミー極東本部にも置かれている。打ち明けた話、極東本部に据え付けられている物の方が、コンピューターの性能は上だ。ただ向こうにはイグロークを利用するシステムが備わっていない。ベゾブラゾフがアルガンを持ってきたのは、今回の作戦にイグロークのアシストが必要だと判断したからだった。

電気的な刺激により、強制的に眠らされているイグローク――二人のアンドレエヴナから想子を抽出する。無菌カプセルの中で体温と同じ温度に調整された生理食塩水に浸かっている二十代前半の全裸の女性が、意識のないままに呼吸用マスクの下で苦悶の表情を浮かべた。

もっともカプセルに透明な部分は無いし、既に二人はアルガンの内部に収容されているので、彼女たちの表情を窺い見る事は誰にも出来ない。ベゾブラゾフにも分からない。たとえ彼女たちが苦しんでいる姿を見たところで、ベゾブラゾフも彼のスタッフも眉一つ動かさなかったに違いない。

アルガンの本体部分へ想子が注入され、すぐに起動式の出力が始まった。起動式をベゾブラゾフと二人のアンドレエヴナが、同時に読み込む。ベゾブラゾフは自ら意識して、イグロークの二人は彼女たちの意識によらず強制的に。

アルガンがイグロークの起動式の読み込み速度を調整することで、三人の魔法式出力タイミングを合わせる。ベゾブラゾフを含めた三人が、魔法式構築終了を以て自動的に、その部分はベゾブラゾフすら彼の意思によらず、戦略級魔法トゥマーン・ボンバを発動した。



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重症

 

 

深雪が危ない

 

 

感覚的に弘樹は移動中の車内で感じると次に大規模な魔法発動の兆候を確認した。そして、常に持っているバラオを上に向けると術式分散を発動する。だが、魔法発動が終わった兆候はなかった

 

「ならばこっちだ」

 

そう言い次に桜吹雪を発動すると周囲一帯の魔法式全てが生成された想子の散弾のよってまとめて破壊された。それと同時に達也の雲散霧消も確認できた

 

「これで・・・終わり・・・じゃない!!しまった!!」

 

弘樹は法定速度を超えた状態で走らせている車中でそう叫んだ。その魔法式は桜吹雪を発動したさらに上空。効果の範囲外にあった。先の魔法で次に桜吹雪が発動できる頃には既に魔法発動後だ

 

「ならば・・・」

 

弘樹は別荘前に飛ぶと左手を別荘に当て、防御シールドを展開する直前に別の誰かが対物障壁を展開した

 

『誰だ・・・っ!!』

 

そう弘樹が考えた直後、弘樹に強い衝撃波が加わり、視界が一瞬真っ暗になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三連続波状攻撃の、最後の一手。チェックメイトとすべく繰り出した攻撃が無事発動した手応えに、ベゾブラゾフは勝利を確信した。

 

「(勝った!)」

 

上空を覆っていた雨雲は、今の魔法の副次効果吹き飛んでいる。この時間にちょうど、日本の伊豆上空を飛んでいる低軌道偵察衛星を新ソ連は持っていないが、準同期軌道上の衛星が観測可能位置にいる事は照準段階で分かっている。

ベゾブラゾフは大型CADアルガンに搭載されている通信機能を使って、その衛星の観測データにアクセスした。

 

「なにっ!?」

 

彼の口から、思わず驚愕の声が漏れる。手元のモニターに表示された映像の中で、標的の別荘は健在だった。トゥマーン・ボンバが生み出した集束衝撃波を浴びて、木造建築家屋が無事でいられるはずはない。半日前に偵察衛星で分析した別荘の構造は、間違いなく、単なる木造建築だった。地下にシェルターが備わっていた可能性はあるが、あのように地上の家屋が無傷で残っているのはありえなかった。

その一つの可能性を、ベゾブラゾフが見落としていたわけではない。

 

「(防御シールド魔法・・・?今の衝撃波を、受け止める程の?)」

 

司波達也や彼の婚約者がシールドを張っても、衝撃波を受け止められないと計算していたのだ。ベゾブラゾフはそれだけ、集束衝撃波の威力に自信を持っていた。このバリエーションのトゥマーン・ボンバは、かつてベーリング海峡を挟んでUSNAとの間に発生した局地的武力紛争『アークティック・ヒドゥン・ウォー』(The Arctic hidden war:北極の隠された戦争)で先代のスターズ総隊長、ウィリアム・シリウスを葬った魔法なのだ。

 

「(まさか、十文字克人が護りに加わっていたのか!?)」

 

強力な障壁魔法を持つ十文字克人の存在も、ベゾブラゾフは知っていた。自分のトゥマーン・ボンバを防ぎきる可能性を持つ、最も手強い存在としてベゾブラゾフは克人の事を認識している。

 

「(いや、そんな情報はなかった)」

 

脳裏を過った懸念を、ベゾブラゾフは妄想だと自ら否定した。そんな要注意人物の動向を、情報部が見逃していたはずがない。

 

「(しかし、だったら何者が・・・)」

 

ベゾブラゾフが答えの出ない自問の迷路に陥る。彼はこの、意味のない迷いの所為で貴重な時間を――勝機を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波の朝は早い。メイドの心得として、司波家で誰よりも早く起きる事にしている。それは自宅を離れ別荘に来ていても同じだった。

とはいえ朝の五時は、いつもならまだボーっとしている時間だ。彼女は決して低血圧ではないが、特別に寝起きが良いわけでもない。寝ぼけ眼の水波の意識を一気に覚醒させたのは、彼女のライバルであるピクシーだった。

 

『上っ!ご主人さまを守って!』

 

無防備の頭をガツンと殴られたような衝撃。脳内に直接響いたピクシーの能動テレパシーだという認識は、CADを操作した後に訪れた。何時でもガーディアンとしての指名を果たせるように、CADは常に電源を入れた状態で手元に置いてある。今はもう着替えた後だったので、エプロンのポケットに入っていた。

意識するよりも早く愛用の携帯端末型CADを手に取り、水波は指に想子を込めてショートカットキーを押した。目を上に向ける。魔法の発動に要する時間を可能な限り短縮する為に、座標は起動式に「目を向けた先の個体がない空間」と定義してある。

水波の中で、屋根の上に覆い被さったドーム型の魔法障壁のイメージが形成される。その直後、シールドを衝撃波が襲った。達也の分解魔法が間に合わず、水波の防御魔法が間に合ったのは、彼女のシールド魔法が自分だけで完結しているからだ。あらゆる物理的な攻撃を受け止める魔法。

しかしその曖昧な定義は、術者の魔法演算領域に負荷を掛ける。防御する対象を限定する方が、魔法としては容易だ。しかも襲いかかっている衝撃波は、水波のシールドを破り掛ける威力があった。

単層の防御として比較すれば、水波のシールドは克人のファランクスに匹敵する。ただ、ファランクスとは衝撃を維持する方法が違う。

十文字家の防御型ファランクスでは、いったん形成したシールドは基本的に放置だ。持続時間を指定するだけで、耐久力を超える攻撃を受ければ崩壊するに任せる。その代わり、既に存在するシールドの崩壊の兆候を発動条件として次のシールドが用意されている。複層のシールドがタイムラグゼロで次々と作り出され維持される、それが十文字家の防御魔法。

対して水波の――「桜」シリーズの防壁は、物理的な攻撃を受け止める障壁の生成と、それを維持する断続的な魔法行使の、二段構えの術式だ。

同じ種類の魔法であれば、重複による弊害は無い。例えばレオが得意とする硬化魔法は、先に発動した魔法の効果が残っている内に次の硬化魔法を発動しても、必要となる事象干渉力の増大は無い。

水波の障壁魔法も同じだ。同一の領域に、障壁魔法をかけ続ける。それによって、水波はシールドが破られるのを防いでいる。

だがそれは、ただでさえ負荷が重いランダム攻撃に対する防御魔法を、途切れることなく発動し続けるという意味だ。魔法演算領域に過重な負荷を掛け続ける行為だ。

 

「(――負けない!負けられない!達也さまと深雪様は、私が守るんだ!)」

 

客観的に考えれば、水波がそこまでして二人を守る理由はない。達也のように、血縁の愛に駆り立てられるわけではない。水波の遺伝子上の叔母に当たる桜井穂波は家族に等しい愛情を深雪に注いでいたが、それは水波には関係のない過去の出来事だ。

深雪の護衛は彼女たちを買い取った、ある意味で彼女たち調整体「桜」シリーズを奴隷として隷属させている四葉家の女主人に命じられたことでしかない。

水波が深雪と一緒に暮らした期間も、丸一年と少しでしかない。それでも、魔法演算領域がオーバーヒートする苦痛に耐えて、水波は障壁を維持した。

 

魔法師としての意地?

 

偏った教育によって植え付けられた、歪んだ価値観?

 

用済みとされる恐怖?

 

そんな、薄っぺらい動機でも消極的な動機でもなかった。そんなものでは、自分の身を削れるはずがなかった。

 

 

何故守るのか?

 

 

そう問われても、水波自身答えられないだろう。理由も分からぬまま、理由を必要とせず、水波は達也と深雪の盾となって、戦略級魔法トゥマーン・ボンバに立ち向かっていた。

ベゾブラゾフの魔法が作り出した、酸水素ガスが燃え尽きた。衝撃波が消える。それは時間にしてみれば、一瞬にも等しい短い間の出来事だった。しかしその一瞬は、水波が限界を迎えるには十分長い時間だった。

攻撃が止んだことを手応えで知って、水波は障壁魔法を解除した。同時に、意識が遠のく。身体が支えを失い、床に崩れ落ちる。

魔法の過剰行使により、魔法演算領域のオーバーヒート。かつて四葉元造が倒れた原因で水波は倒れ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の腕の中で、深雪が呆然と呟いた。

 

「いったい、何が・・・」

 

彼女もトゥマーン・ボンバの発動と衝撃波の襲来は感知していた。自分の『凍火』では防御出来ない事も、反撃態勢に移行していた達也の迎撃が間に合わない事も。だが自分が死ぬとは思わなかった。

弘樹さんからもらったこの身体は傷を負わない。死ぬこともない。

心のどこかにその甘えがあったから、すぐに訪れるであろう痛みに怯える余裕があった。だが確実に到来するはずの破壊が起こらなかった。致命傷がもたらすはずの激痛が、やってこなかった。

意識の全てが「達也の奇跡」と「それを授かる自分」に向いていた深雪は、何が起こったのか咄嗟に理解出来なかった。

 

「深雪、減速領域だ!半径三十メートル!」

 

「は、はいっ!」

 

深雪は達也の命じられた魔法を発動した

 

『減速領域』

 

対象領域内の、物体の運動を減速する魔法。通常であれば個体を減速するだけの魔法だが、深雪の『減速領域』は気体の分子運動にも及ぶ。爆発による膨張速度、即ち空気分子のランダムな運動速度の上昇も抑制され、衝撃波は減衰し、破壊力を失う。

達也も深雪も勘違いしていたのだ。トゥマーン・ボンバに対抗する為の魔法は『凍火』ではなく『減速領域』が正解だったのである。

 

「ピクシー、水波を頼む!」

 

深雪の魔法発動を確認せず、達也は虚空に向かって呼び掛けた。

 

『かしこまりました、ご主人さま』

 

テレパシーでピクシーから返事が戻ってくる。それ以上の指示は出さない。今は、これ以上の攻撃を許さない事が最優先だ。

達也は中断していた照準を再開した。大型拳銃形態の特化型CAD『トライデント』を持つ右手を、頭上に差し伸べる。エレメンタル・サイトを、トゥマーン・ボンバの発生源に向ける。爆発の発生源ではなく、魔法の源。魔法を放った魔法師。

 

「(ベゾブラゾフではない?)」

 

達也が到着したのは、二人の若い女性のエイドス。酷く歪で脆弱な、恐らくは壊れかけた調整体魔法師。ディオーネー計画参加の記者会見に姿を見せたベゾブラゾフは、四十代後半の男だった。あれがベゾブラゾフ本人だったという保証はないが、少なくともベゾブラゾフが、ロシア人男性であることは確実だったはずだ。間違っても二十代の女性ではない。エレメンタル・サイトに見間違いはない。リーナが得意としていた魔法『仮装行列』のように、エイドスを偽装している形跡もない。

 

「(新ソ連が秘匿している戦略級魔法師か?)」

 

世界には十三人の国家公認戦略級魔法師以外にも、三十から四十人の戦略級魔法師が隠れている。この二人が何者であれ、彼女たちがトゥマーン・ボンバの発生源であることは確実だ。

 

「ならば、消し去る」

 

あえて口にしたその言葉と共に、達也は愛用のCADと同じ名を持つ三連分解魔法『トライデント』を発動した。人体焼失ならぬ、人体消失魔法。およそ千キロメートルの距離を超えて、人間を消し去る魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大型CADアルガンのコンソールで、警告灯が激しく明滅する。ベゾブラゾフが座る『指揮者』の席に警報が鳴り響く。

コンソールに表示された警告文は、二人のイグローク、アンナ・アンドレエヴナとベロニカ・アンドレエヴナを閉じ込めたカプセルが破裂したと。童話に描かれた人ならざる姫君の如く、二人のアンドレエヴナは、生理食塩水に満たされたカプセルの中で泡となって消え失せた。人体の気化による圧力の上昇が密閉されたカプセルの耐久力を超えて、アルガンの内部でカプセルが破裂するという事態を招いたと。

ベゾブラゾフはアルガンから緊急脱出した。カプセルの破裂によりダメージを被った大型CADは修理が必要だ。中に留まっても攻撃を続ける事は出来ない。

だがそれ以上に、自分の姿を情報の次元から隠していたダミーが消えたことで、今度はベゾブラゾフ自身が人体消失の超遠隔魔法攻撃に狙われる可能性が生じた。ベゾブラゾフはそれを恐れたのだ。

二人のイグロークはベゾブラゾフを守る壁の役目もしていたが、その防壁が消え失せたのだ。次は消し去られたイグロークと同じCADに接続している魔法師が狙われる。それは魔法理論に詳しい者にとって自明の展開だった。

ベゾブラゾフはアルガンから脱出しただけでは安心出来ず、CAD車両を抜け出した。線路から遠ざかり、一基の大型CADに占有された列車車両をじっと見つめる。それ以上の攻撃は無かった。

ベゾブラゾフの心に、屈辱感は無かった。ただ、生き延びたことへの安堵があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は二人の敵魔法師が消失し、トゥマーン・ボンバに使われていたCADが破損したのを情報の次元で観測して、戦闘態勢を解除した。

 

「深雪、もういいぞ」

 

「はい、あの、水波ちゃんは・・・」

 

深雪も既に気付いていた。自分たちを衝撃波から守ったのが、水波の防御魔法であることに。

 

「一緒に来てくれ」

 

達也は深雪と目を合わせる時間も惜しんで、寝室に使っていた和室を後にする。ただ事ではない達也の態度に、深雪も慌ててその背中に続いた。

そして、ダイニングの床に倒れている水波の姿に、悲鳴を上げたのだった。



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達也の成長

二〇九七年六月九日、日曜日早朝。正確な時刻は、午前五時六分。伊豆半島中央やや東寄りの高原地帯が、大規模魔法による爆破攻撃を受けた。新ソビエト連邦の国家公認戦略級魔法師、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』によるものと推定される魔法攻撃は、民間の別荘二十七戸を全半壊させ、幸い死者は出なかったものの十一人の重軽傷者を出した。

爆発の規模に対して相対的に被害が少なかったのは、家屋が疎らな地域であるのに加えて、オフシーズンで利用客が少なかったからだ。負傷者は全員、別荘の管理業務に従事する者だった。

とはいえ、国土が不当な攻撃に曝され、国民の身体と財産が脅かされたのは、紛れもない事実だ。日本政府は同日、国際社会に向けて、正体を確定出来ない攻撃者に対して厳重な抗議の意思を表明し、相手国を指名しないまま犯人の引き渡しを要求した。

なお、その攻撃の規模は完全な奇襲、しかも夜明け直後の時間帯だったにも拘わらず、国防陸軍により地上から近距離で撮影されていた。不当な先制攻撃の確たる証拠であるその映像は同時に、日本軍が奇襲を事前に察知していながら外交上の交渉材料とするため、国民を見殺しにしたのではないかという疑念を招くものでもあった。

国防軍のスポークスマンに対して、当該疑惑を正面から質問した気骨のある記者もいたが、国防軍は当然の如くこの「言い掛かり」を事実無根と一蹴した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイニングの床に倒れた水波を見て、悲鳴を上げて立ち竦んだ深雪だったが、パニックに支配されていたのはごく短い時間の事だった。未だにパニックに囚われているが、身体の硬直は解けていた。

 

「水波ちゃん!」

 

倒れている水波のすぐそばに駆け寄り両膝を突く。既に水波の横にはピクシーがいて、手首に指を当てて脈を取っている。深雪はその向かい側に座り込んで、水波の鼻の前に手を翳した。僅かに狼狽の色が薄れたのは、水波の呼吸が確認出来たからだろう。だが、翳していた手で首に触れて、深雪は顔色を失った。

 

「冷たい・・・脈も弱い・・・お兄様!」

 

深雪が達也を見上げて、眼差しで縋る。

 

「ピクシー、水波の容態は!」

 

達也も焦りを隠せない。ピクシーに問いかける声は、不必要に荒れている。

 

『外傷はありませんが、体温、血圧、脈拍数、全てが危険な水準です、マスター。このままでは衰弱死の可能性があります』

 

達也の焦燥を感じたからだろう。ピクシーは機械の音声ではなく、能動テレパシーで答えた。許可無くテレパシーを使う事を達也はピクシーに禁じていたが、今、彼はそれを咎め無かった。そんな事を問題にしている場合では無かった。

達也は左手を水波に向けた。そこにCADは握られていない。右手には迎撃に使った『雲散霧消』用の大型拳銃形態CAD『トライデント』を握ったままだが、左手に『再成』用のCADを掴み上げる時間的な余裕は無かったし、『再成』用のストレージを取りに行く心理的な余裕も無かった。

達也は自分だけの力で『再成』を発動した。

エイドス復元魔法『再成』は、エイドスの変更履歴を遡及し、任意の状態――多くの場合、劣化や損傷がない状態――のエイドスをコピーして現在のエイドスを上書きする魔法だ。事象には情報が伴う。情報を書き換えられた事象は、その情報に従って変化する。情報を書き換えて、事象を改変する。これが現代の「魔法」だ。事象の情報『エイドス』には修復力があって、書き換えられた偽りのエイドスは時間経過とともに本来のエイドスに書き直されていく。だから魔法による改変は、永続しない。

しかし「過去のエイドス」は、確かにその事象そのものを記述した情報体。情報に矛盾が無ければ、エイドスの修復は行われない。ただ、時間経過による内在的変化が調整されるに留まる。

エイドスを自分自身の過去の情報に書き換えられた物体は、その時点から外的な作用を受けずに時間だけが経過した状態で現在に定着する。その事象が固有にもつ時間を遡り、過去の一時点からその事象に限定して世界が上書き更改される。

達也の『再成』は、通常の魔法のように因果の「果」を変更するのではなく「因」を変更する事により「果」を変えるものなのだ。その固有時間遡行、世界限定更改の魔法が水波に向けられた。

水波の肉体の情報を読み取り、その変更履歴を遡る。衰弱の原因は見つからない。水波の肉体に付随する想子情報体そのものを読み取り、その変更履歴を遡る。衰弱の原因は、まだ見つけられない。

達也は更に深く、桜井水波という少女の情報にアクセスする。水波の肉体と精神を繋ぐ想子情報体の構造を読み取り、その変更履歴を遡る。以前の達也には、難しかったことだ。

半年前も、恐らく不可能だった。想子情報体である以上、アクセス自体は可能だった。だが、おおむねの情報を読み出す事は出来ても、構造情報を完全に読み取ることは困難だった。しかし今の達也には、それが可能だ。

誓約の完全解除により、達也は真の力を取り戻した。それは、マテリアル・バーストを自由に使えるようになったという変化に留まらない。

エイドス復元魔法『再成』の対応領域も広がった。これまで彼の力が及ばなかった、精神に直結する想子情報体『幽体』の構造情報を遡及し、複写出来るようになった。

しかしそれでも、水波が衰弱している根本的な原因は見つからなかった。幽体構造に所々綻びが見られる。情報が局所的に欠落している所為で、何ヵ所も穴が空いた状態になっている。

だがこれは衰弱の原因ではなく結果、想子情報体の修復力が衰えた為に生じた虫食いだ。これを修復しても、元々の修復力が回復しなければ根本的な治療にはならない。

しかし、精神に付随する情報体の破損を放置すれば、肉体に付随する情報体の破損が繰り返して発生し、肉体をますます損なっていくことになる。

幽体は、精神の命令を肉体に伝える。破損した幽体は、破損しているという情報を肉体に伝えてしまう。肉体は精神から、壊れる事を命じられていると誤解してしまう。その結果肉体は、物質的には壊れていないにも拘わらず、壊れてしまった状態と同程度の性能しか発揮出来なくなってしまうのだ。

応急処置にしかならないが、一時凌ぎだからといって処置をしなければ決定的な悪化に繋がる。故に、達也は再成により、水波の想子情報体を復元した。

肉体に付随する想子情報体と、肉体と精神を繋ぐ想子情報体の構造を、攻撃を受ける前の構造情報で書き換える。上書きされた過去の情報が、時間経過を加味した調整が自動的に行われた後、現在に定着する。

 

『体温、摂氏三十五度を回復。血圧、心拍数共に危険値を脱しました』

 

ピクシーがテレパシーで症状の改善を伝えてきた。だが水波の意識が回復する兆しはない。

 

「ピクシー、布団をここに持ってきて水波を寝かせろ」

 

『かしこまりましたイエス、ご主人さまマスター』

 

「深雪は水波の周りを、水波の現在の体温と同じ温度に温めてくれ」

 

「かしこまりました!」

 

「それと凛に連絡。弘樹に緊急で運んでもらう」

 

「はい!」

 

ピクシーにコントロールされたホームオートメーションロボが動き出し、深雪の魔法が床と空気に干渉する。達也はそれらの結果を確認せず、電話機の前に走った。一一九番ではない。ダイヤルした先は、四葉本家だ。

 

『達也様、如何なさいましたか?』

 

早朝であるにも拘わらず、葉山は一筋の乱れもない服装で画面に出た。一方の達也は、まだパジャマ姿だ。だが達也にはそれを気に掛けている余裕はなかったし、葉山も咎めようとはしなかった。

 

「このような恰好で失礼します」

 

それでも一応、そう前置きして、本題に入る。

 

「別荘が遠距離魔法による攻撃を受けました。使われた魔法は、トゥマーン・ボンバと思われます」

 

葉山の眉がピクリと跳ね上がった。だが彼の驚きを示すものは、それだけだった。

 

『被害はございましたか?』

 

慌てていない、かつ適度に緊張感を伝える声で、葉山が尋ねる。

 

「自分と深雪には、かすり傷一つありません。ただ水波が魔法演算領域のオーバーヒートと推定される症状で倒れました。応急処置は済ませましたが、専門的な治療が必要です」

 

「魔法演算領域のオーバーヒート」というフレーズを聞いて、葉山の顔色が僅かに変わった。葉山が動揺を垣間見せたのはごく短い時間だったが、先々代当主・四葉元造の死因と推定される「魔法演算領域のオーバーヒート」はやはり、四葉家の重臣にとって無視できないものであるようだ。

 

『・・・承知しました。こちらで入院の手配を致します。兵庫を迎えに遣わしますので暫しお待ち願います』

 

「よろしくお願いします」

 

目的を果たして、達也は電話を切った。すると別荘のドアが開き少し泥のついた状態の弘樹が入ってきた

 

「弘樹、緊急で頼みたいことが・・・」

 

「ああ、事情は聞いている。急いで車に乗せる。水波ちゃんは今どこに?」

 

「こっちだ」

 

達也がそう言うと弘樹は早速別荘の中に入って水波のいるリビングに入った

 

「弘樹さん!!水波ちゃんが・・・!!」

 

「ああ、わかっている。今姉さんにも伝えた。今すぐ飛ぶ。深雪達もついてきて」

 

「はい」

 

そう言うと弘樹は瞬間移動でマンションの地下室に行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下室に着くとそこでは凛がいつもの変装を解いて手術台のような台を設置して水波を待っていた

 

「姉さん、連れてきたよ」

 

「分かったわ。弘樹も手伝って」

 

「はい、わかりました」

 

そう言って二人は緊急で治療を開始した。その様子を見て凛は達也達に「上に行って休んでいなさい」と言うが二人とも首を横に振って台の上に横になっている水波を見て無事を祈っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分。日が傾き始めた頃に仕上げに水波の腕に何かをはめ、体に貼り付けた護符が炭となって消えると凛は達也達の方を向いた

 

「ふぅ・・・とりあえず終わったわ・・・」

 

そう言うと深雪は心底ホッとした様子を見せるが凛は二人に注意事項を伝えた

 

「重要な事だから後で紙に書いて渡しておく。まず、私が行った治療で治るとは限らない。厳しいけどこれが現実よ」

 

そう言うと達也達は暗い顔をした。凛も元造と同じ症状で運ばれてきた水波にできる最大限のことはしていた。だが、人間の魔法演算領域はいまだに分からないことが多く、完全に治す方法は凛もまだ研究中であった

 

「それと彼女につけている腕輪。あれは魔法発動を外部から抑える・・・まあ、所謂魔道具みたいなものね。これで水波ちゃんが不用意に魔法発動をしないようになっているから」

 

「ああ、助かった。感謝する、ありがとう」

 

そう言って達也は凛に頭を下げると凛は目覚めない水波をストレッチャーに乗せ、車に乗せると調布の病院まで車を走らせた。



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不審車

達也が滞在している別荘の周りには、半径およそ一キロメートルに渡って結界が張られている。四葉分家、津久葉家による精神干渉魔法フィールドだ。魔法師かそうでないかを問わず、精神干渉魔法に耐性が無い人間は無意識の内に避けてしまう人払いの陣。その心理防壁を越えて内部に侵入した者があれば、それを術者に伝える対人センサーの役目も兼ねている。

だが昨晩の深更からその結界内に、一台の特殊車両が駐まっていた。可変サスペンションを備えた迷彩柄の装甲車。一目見ただけで分かる国防陸軍の軍用車両だが、津久葉家の術者はその存在に気付いていない。

可変サスペンションを限界まで下げ、ほとんど接地した状態でトゥマーン・ボンバの爆風に耐えた装甲車の車内には四人の軍人が乗っている。

 

「・・・想子センサーに新たな反応はありません。遠距離魔法による攻撃は終了したものと思われます」

 

そのうちの一人が助手席に座る指揮官に向かってそう報告した。

 

「そうか」

 

助手席の指揮官、国防陸軍第一○一旅団独立魔装大隊の隊長である風間中佐は、大隊の中から選抜した部下に振り返らず応えを返す。風間は別に、横着しているのではない。隊長という立場と階級を考えればおかしな態度ではないが、彼が振り向きもしなかったのは取り込み中だからだ。

風間は瞼を半ば閉じ、両手で印を結び背筋を伸ばした姿勢で、もう何時間も身動ぎ一つしていない。装甲車を駐めてからではなく、走行中もずっとだ。車体の揺動が風間にだけ伝わっていないかの如く、彼の上半身、鳩尾から上は地球の重力に対して垂直を保っていた。

装甲車が津久葉家の結界に引っ掛からなかったのは、風間の術によるものだった。

 

認識阻害魔法、天狗術『隠れ蓑』

 

見えているのに見ない。聞こえているのに聞かない。光や音波を遮断、あるいは攪乱するのではなく、意識に干渉し「そこにいない」と思い込ませる魔法。津久葉家の侵入者を感知する結界に対して、結界に触れたことを術者に認識させない魔法で対抗しているのだ。装甲車の存在を覚られていないのは、風間の天狗術が津久葉家の結界を上回っているからに他ならない。

風間が身動ぎも出来ず念を凝らしているのは、津久葉家の結界に対抗する為には他の事をしている余裕がないからだ。『大天狗』の異名を取る風間の実力を以てしても、四葉の術者に対抗するのは容易ではないという事だった。

 

「撤収する」

 

「了解しました。観測終了、撤収準備」

 

風間の短い命令を受けて、運転席の士官が後ろを振り返り指示を伝える。各隊員が自分の担当する観測機器からデータを記録したメディアを取り出し、保護ケースに格納する。機器をサスペンド状態にした二人の下士官から「撤収準備完了」の声が次々に届いた。

 

「車体を上げます」

 

運転席に座る士官の声と同時に、サスペンションが装甲車を持ち上げる。地面すれすれまで床を下げて駐車していた装甲車が、オフロード走行モードに切り替わった。

 

「発進準備完了」

 

「むっ? 待て」

 

装甲車を動かす許可を求めた士官に、風間はスタートの許可を出さなかった。印を結んだまま、半ばまで閉じていた目を開く。装甲車の外部マイクが接近するモーター音を捉えたのは、その直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が滞在している別荘の周りには、人を寄せ付けない為の結界が張られている。それをコントロールしている小屋には、四葉分家・津久葉家の術者が交代で詰めていた。この日、津久葉家次期当主であり、達也の婚約者の一人でもなる夕歌が小屋に滞在していたのは、単なるローテーションの結果だった。

 とはいえ、徹夜の番を跡取りにやらせるほど、津久葉家はこの任務に緊急性を認めていなかった。強烈な魔法の波動に覚醒を強制された夕歌は、パジャマにガウンを纏った寝起きの姿で儀式室に飛び込んだ。

 

「被害状況を報告しなさい!」

 

次期当主のラフすぎる姿に若い男性の術者は顔を引きつらせた。夕歌の格好に露出度はゼロだったので、ちょっとした動揺だったのだろう。

 

「地上部分は全壊に近いと思われます」

 

だが問われた事には、しっかりと答えを返している。なお彼らが落ち着いて会話出来ているのは、寝室も儀式室も地下に造られているからだ。この監視小屋は――別荘の監視ではなく、別荘に近づくものを監視する為の小屋である――地下が本体で、地上部はカモフラージュ用だった。

 

「原因は?」

 

夕歌は魔法の波動に叩き起こされた。何が起こったのか聞かなくても見当は付いていたが、万に一つ、自分が寝ぼけていた可能性を考慮して夕歌はそう尋ねた。

 

「極めて強力な遠距離魔法による攻撃です。上空で爆発を起こし、衝撃波を集束させたものと推測されます」

 

「衝撃波を集束?魔法で?」

 

「いえ、爆発自体をそのような結果になるようコントロールした模様です」

 

「ふーん・・・」

 

正直なところ、夕歌にはそのメカニズムが良く理解出来なかった。だがそれだけの威力とコントロールを両立させる魔法の正体であれば心当たりがある。

 

「トゥマーン・ボンバかしら?」

 

「おそらくは」

 

部下の術者も、同じ意見だった。

 

「達也さんと深雪さんは?」

 

「別荘に被害はありません。ご無事かと思われます」

 

それを聞いて、夕歌が訝し気に眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也と深雪に被害がないという推測に違和感があったのではなく、別荘に被害がないという報告に引っ掛かりを覚えたのだった。

 

「・・・衝撃波の焦点は達也さんの別荘だったんでしょう?」

 

「強力な魔法シールドが衝撃波を受け止めた模様です」

 

「・・・千穂さん、どう思います?」

 

夕歌は新しく付けられたガーディアンの女性魔法師に尋ねた。

 

「水波さんが務めを果たしたのでしょう」

 

夕歌の新たなガーディアン、桜崎千穂は迷う素振りもなく明確な答えを返した。彼女もまた、調整体「桜」シリーズの一人だ。桜井穂波、桜井水波とは異なる受精卵をルーツにした、いわば別の血統の第二世代。年齢は水波より八歳上で、魔法師にしては地味目な、一件「平凡な会社員」の外見を持っている。

千穂の得意魔法も「桜」シリーズの調整方針に従ったもの。対物・耐熱防御シールドだ。個体と熱を防ぐのが最も得意だが、物理的な物体、エネルギーであれば凡用的に防御する。

衝撃波を散乱させたものであれば達也の分解魔法、減衰させたのであれば深雪の振動減速系魔法によるものと考えられるが、魔法シールドで受け止めたのならば自分と同じ魔法を得意とする水波がやった事だ。千穂がそう推理するのは当然で、理論的だった。

 

「貴女にも可能かしら?」

 

夕歌の質問は無遠慮なものだったが、千穂が気にした様子はない。

 

「恐らく可能です。ただ・・・」

 

「ただ、なに?」

 

千穂が口籠ったのは、ほんのわずかな時間だけだった。

 

「ただ、その後も務めを果たせる自信はありません。あの威力を受け止めたなら、魔法演算領域のオーバーヒートで倒れてしまうでしょう」

 

千穂の答えに夕歌の顔色が変わる。彼女は四葉一族の中でも過負荷による魔法演算領域の損傷に関しては特に詳しい。いわば専門家であり一種の医師だ。たとえ相手が他人の護衛役であっても、魔法演算領域に深刻なダメージを負っている可能性を示唆されれば見過ごす事は出来ない。

 

「五分で支度するわ。付き合って」

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「結構よ」

 

千穂は夕歌の状態を見て、五分で身支度を終えるのは難しいと判断したのだが、夕歌は余計なお世話とばかり断って、寝室へ戻っていった。主と違ってパンツスーツをきっちり着こんでいた千穂は、すぐに出られるようガレージへ向かった。

地上のガレージは爆風で全壊していたが、あえて簡素な造りにしてあったのが逆に功を奏して、車が埋まってしまうという事態にはならなかった。外見は市販のSUV、実態は装甲車並みの防御力を備えたオフロード車に乗り込んで、夕歌は今更思い出したように結界の状態を確認した。

 

「えっ!?」

 

「如何されましたか?」

 

思わず声を上げた夕歌に、モーターの始動スイッチを押してドライブレバーを前に倒そうとしていた千穂が、その動きを止めて理由を尋ねる。

 

「侵入者・・・?」

 

「結界に引っ掛からなかったのですか?」

 

千穂の冷静な口調に、夕歌は動揺から抜け出した。

 

「そうね、恐るべき手練れだわ。水波さんも心配だけど、こちらを優先します」

 

夕歌の判断に、千穂は異を唱えなかった。その代わり、ここにいる全員で当たるべきだと間接的に意見した。

 

「総員に緊急出動を掛けます」

 

「ええ、お願い。私たちは先に行くわよ」

 

「了解しました」

 

夕歌は千穂の意図を理解していたが、そのアドバイスには従わなかった。千穂は、夕歌の命令に逆らわなかった。

夕歌が指し示す方へ、オフロードを発進させる。結界内に侵入したのが何者であれ、味方が駆け付けるまでの間くらい自分の障壁魔法で持ちこたえられるという自信が千穂にはあるという事だろう。

侵入者は、別荘を中心にして時計回りに九十度の位置にいた。

 

「陸軍の装甲車ですね」

 

迷彩柄の鋭角なフォルムを見て、千穂がそう断定する。夕歌は千穂程、車の種類に詳しくなかったが、そんな彼女にも軍の特殊車両であることは一目瞭然だった。

 

「達也さんが所属している部隊の車かしら?」

 

「例えそうだとしても、ここは四葉家の私有地です。陸軍の車だろうと、不法侵入には変わりありません」

 

「そうよね。それに、達也さんに用があるなら、わざわざ結界を誤魔化すような事はせず、四葉家に話しを通してここに来るわよね」

 

千穂の指摘に、夕歌はあの車が独立魔装大隊の関係車両だったとしても、味方ではないという考えに至る。

 

「外務省から命じられたのかしら? 達也さんが姿を晦ませないように見張れ、とか」

 

「外務省の命令に陸軍が素直に従うとは思えません。それに、このタイミングで国防軍が達也様の監視に付くのは不自然です。もしかしたら、先ほどの攻撃を予期しておきながら放置して、魔法の威力を観測していたのではないでしょうか」

 

千穂の言葉に、沸点の低い夕歌は国防軍に対して不信感を募らせ、怒りを爆発させた。それでも、千穂に八つ当たりするという子供じみたことはしない。

 

「話をします。あれの前に付けて」

 

夕歌の指示に従い、千穂は装甲車の進路を塞ぐポジションにオフロードを停めた。

 

「増援が来るまで待った方が良いと思います」

 

「・・・そうね」

 

今度は千穂の助言を受け容れ、今にも飛び出しそうだった夕歌は大人しく車内に留まったのだった。



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国防軍への不信感

申し訳ございません。スプラやってて投稿サボりました。


比較的小型のSUVが装甲車の鼻先に停まったのを見て、運転席の士官が指示を求めるように風間へ目を向けると、風間は印を解き、ドアの開閉スイッチに手を掛ける。

 

「隊長?」

 

「全員、車内に待機。こちらに敵対の意思があると相手に誤解を与える行為は禁じる」

 

部下に釘を刺し、風間は装甲車を降り、その位置でSUVに顔を向ける。分かり易い動作を心掛けたので、相手にも見られている事が分かったはずだと考え、風間は自分からそれ以上の行動を起こさず、車内からの反応を待った。だがリアクションはなかなか得られなかった。その理由に、風間はすぐに気が付いた。

今いる場所は、比較的開けている。達也がいる別荘に対する攻撃を記録するという目的からそう言う場所を選んだのが、それでも木立で所々視線が遮られている。その死角に、人が集まっている。総数十一人。風間の感覚では、全員かなりレベルが高い魔法師だ。

SUVの運転席と助手席のドアが同時に開いた。増援はこれですべてという事だろうと、風間はそう判断した。

 

「津久葉夕歌と申します。四葉家を本家と仰ぐ、津久葉家の長女です」

 

助手席から降りてきた若い女性が、良く通る声で呼びかけてくる。彼我の距離は五メートルを超えているが、風が吹いている屋外でも聞き取りに不自由はない。

 

「国防陸軍第一○一旅団、独立魔装大隊の風間中佐とお見受けします」

 

自分の素性を言い当てられたことに、風間は驚かなかった。彼女が名乗った通りの素性なら、自分の事を知っていても不思議ではない。

 

「如何にも。自分は、国防陸軍の風間です」

 

風間は装甲車の側から動かず、応えを返した。手の届く範囲に近づくことを、相手が望まないと考えたからだったのだが、風間の予想に反して、夕歌の方から風間に歩み寄ってきた。風間もすぐ、それに応じた。

相手に友好姿勢を見せるという意味は無論あったが、それだけではない。二十代前半の若い女性を、部下の乗る装甲車の傍まで歩いてこさせるというのは、自分が臆病風に吹かれているように見られるのではないかと懸念したからでもある。

運転席から降りてきた女性が、夕歌のすぐ後ろに付き従っている。彼女の護衛なのだろう。前に立たないのは、防御魔法に自信があるからだろうと風間は推測した。

 

「(『ガーディアン』か。手練れだな)」

 

四葉家の「ガーディアン」について、風間は達也からある程度の事を聞いている。護衛と思われる後ろの女性が「ガーディアン」であることは、身に纏う雰囲気で察せられた。

 

「風間中佐。ご存じないかもしれませんが、ここは四葉家の私有地です。厳密に言えば四葉家が支配する不動産会社の持ち物なのですけど、今はどうでもいい事でしょう。国防軍は私有地で何をされていたのですか? そんな物まで持ってきて」

 

ガーディアンの女性――千穂に意識を移していた僅かな時間に、夕歌は普通に会話できる距離まで近づいてきて、装甲車に目を向けながら問い掛けてきた。

予想通りの詰問に、風間はどう答えるべきか悩んだ。見つかる事を想定していなかったので、言い訳を用意してなかったのだ。

風間にとって不運だったのは、昨日と今日が夕歌のローテーションの日だった事だ。他の術者であれば、彼の『隠れ蓑』が見破られることは無かった。

 

「申し訳ありませんが、軍機につきお答えできません」

 

結局風間は上手い言い訳を捻りだせず、民間人に対するジョーカーを切る羽目になった。

 

「軍機というのは、外国による民間人を標的とした攻撃を事前に察知していたことですか? そちらの装甲車・・・情報収集の為の装備ですよね?」

 

だが夕歌は「軍機」で恐れ入るような、殊勝な性格ではなく、風間たちが乗ってきた装甲車に視線をやってから背後の千穂を振り返った。

 

「はい。偵察用の仕様になっていると見受けられます」

 

応じる千穂のセリフは断定形にこそなっていなかったが、口調はそれに等しかった。

 

「誤解しないでいただきたい。我々に四葉家と敵対する意思はありません」

 

風間は表面上は欠片も同様を見せず、「民間人」を「四葉家」と言い換えて夕歌の言葉に応じた。

 

「四葉家は民間人ではないと?」

 

夕歌は風間がほのめかした部分をすかさず追及したが、この返しは風間の注文に乗るものでもあった。

 

「形式はともかく実質的には、完全な非戦闘員ではないでしょう」

 

「・・・公僕は形式こそが重要なのではありませんか?」

 

言い返しはしたものの、わずかにタイムラグが生じた。夕歌が風間の論法を否定出来なかった証拠だ。

 

「形式で納得していただけるのですか?」

 

風間が控えめな笑顔で問いかけると、夕歌は答えに詰まってしまった。これで切り抜けられると思った風間だったが、彼の思惑を打ち砕く第三者が現れた。

 

「そんなことより、トゥマーン・ボンバによる攻撃を、軍が予期していたかどうかを知りたいのですが」

 

予期せぬ反問に、風間は慌てて振り返る。木陰の陰から投げ掛けられた声に、風間の顔には隠し切れない動揺が浮かんでいた。

 

「達也・・・」

 

「達也さん・・・」

 

達也の姿を確認して、風間と夕歌が、同時にその名を呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションで水波の治療を終えた後、凛が車内で言う

 

「達也、今別荘に風間中佐が来ている」

 

「風間中佐が?」

 

「ええ、夕歌さんの魔法で炙り出されたようね。別荘の式神じゃ見つからなかったわ。おまけに装甲車まで連れてきている」

 

なんで式神がいるのかは置いといて達也は凛に聞いた

 

「凛、今から別荘に俺を送れるか?」

 

「今からかい?」

 

「ああ、頼む」

 

そう言うと赤信号で車を止めたところで凛と弘樹が運転席をかわり、凛は達也の手をとって別荘まで飛んだのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘まで飛び、二人はこっそりと近づくと風間と夕歌は問答の最中だった。彼の到着に気付いた津久葉家の術者を手振りで黙らせ、達也は風景に同化して風間と夕歌の口論に耳を傾けた。

夕歌の相手をしていなければ、風間は達也の存在に気が付いただろうし、風間の相手をしていなければ、夕歌は達也の存在に気が付いただろう。

互いに相手の事を「油断出来ない精神干渉系魔法の使い手」と意識している所為で、他への注意力が疎かになっているのだ。夕歌は兎も角『大天狗』の異名を取る風間にしてはお粗末な次第にも思われる。達也は知らない事だが、津久葉家の結界を一人で欺き続けた疲労が蓄積しているという面は確かにあった。

 

『軍機というのは、外国による民間人を標的とした攻撃を事前に察知していた事ですか?』

 

夕歌によるこの指摘が、達也の心に波紋を呼んだ。風間が乗ってきたに違いない装甲車は、戦闘よりも情報収集を目的とした装備になっている。しかも積んでいるのは、かなり高額な機器だ。ストレートに考えれば、今日ここで貴重なデータが観測出来ると期待して出動していると推測される。夕歌の言う通り、国防軍はトゥマーン・ボンバによる奇襲を事前に察知していた・・・? 

それは達也にとって、見過ごせない疑惑だった。

 

『形式で納得していただけるのですか?』

 

したり顔で繰り出された風間の揚げ足取りに、夕歌が反論の言葉を失う。元々時間に余裕があるわけではない。これ以上の傍観は不要だと達也は判断した。凛も出たかったが今の自分は入院の扱い。なるべく達也達以外の人物に顔は見せたくなかった。ましてや国防軍の風間に見られれば偽装入院がバレてしまう。その為風間を殴り飛ばしたい気持ちを抑えつつ、話を聞くだけにとどめていた、

 

「そんなことより、トゥマーン・ボンバによる攻撃を、軍が予期していたかどうか知りたいのですが」

 

「達也・・・」

 

「達也さん・・・」

 

隠形を解き、木立の陰から姿を見せた達也を、風間と夕歌が驚きの表情で迎えた。

 

「風間中佐、お答えください」

 

達也は風間に敬礼をしなかった。普通の挨拶も省略した。友好的な挨拶の交換で、自らの舌鋒が鈍るのを嫌ったのだ。

 

「・・・津久葉さんにも申し上げたが、答えられない」

 

「つまり、肯定ということですか?」

 

「ノーコメントだ」

 

達也は風間に視線を固定したまま、軽くため息を吐いた。

 

「風間中佐。自分は中佐に義理と恩義を感じています。ですから、こういう事は言いたくないのですが」

 

「・・・」

 

「あらかじめ警告をいただいていれば、新ソ連にみすみす奇襲を許しはしませんでした」

 

「・・・遠距離魔法による奇襲が、新ソ連によるものだというのは確かなのか?」

 

風間がそこに関心を寄せるのは当然だが、達也が問題にしているのは別のポイントだった。

 

「根拠を応えれば、自分の疑問も解消していただけますか?」

 

風間は先程の攻撃が新ソ連の戦略級魔法、十三使徒ベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバによるものだと考えているが、確信には至っていない。達也は風間が遠距離魔法を使った奇襲が行われることを知っていたと確信している。

 

「・・・良いだろう」

 

新ソ連による奇襲攻撃が行われたという根拠。言質を取られない事に拘っていても益は無いと、風間が考え直すには十分なネタだった

 

待ったをかけた夕歌に、達也は視線を向けて先を促した。

 

「この人たちは、達也さんがベゾブラゾフを仕留めても、ベゾブラゾフが達也さんたちを仕留めてもどっちでもいいと思ってたはずよ。そうじゃなきゃ、こんなところでこそこそしてなかっただろうし」

 

「風間中佐個人に、俺たちを助ける義務はありません。ただ、軍が放置していたのなら、それなりの対処をすればいいだけです。すべては、軍の情報を聞いてから判断しましょう」

 

風間に対して感情的になり、軍の情報を無視しようとした夕歌とは違い、達也は全てを聞いてから判断すると決めていた。

 

「それで、遠距離魔法攻撃が新ソ連からのものだという根拠は?」

 

「奇襲攻撃に使われた魔法はウラジオストク近郊の線路上から放たれました」

 

「線路上?」

 

「トゥマーン・ボンバと推測される魔法を放った術者に付随する情報を読み取った結果です」

 

「ベゾブラゾフを捕捉したの!?」

 

ふくれっ面をしていた夕歌が、思わず口を挿む。

 

「術者は倒しましたが、あれはベゾブラゾフではないでしょうね。二人とも女性でしたから」

 

「女性!?」

 

「二人・・・未公開の戦略級魔法師か」

 

夕歌は驚きの声を上げたが、風間はすぐに真相にたどり着いた。

 

「ベゾブラゾフが全く関与していないとは思いませんが、自分に見えた術者はその二人です。彼女たちは間違いなく、新ソ連の極東領土にいました」

 

「線路上という事は、新シベリア鉄道の軍用車両か」

 

国防軍にとって、これは大きな意味を持つ情報だった。トゥマーン・ボンバの発動には、一車両丸ごと占める大型CADを使うらしいというのは、以前から言われていた事だが、その説には裏付けがなかった。宗谷海峡でトゥマーン・ボンバらしき魔法が使われた時には、そのような列車の移動は観測されなかった所為で、国防軍は専用列車を使うという情報が誤りだったのか、それともあの時の魔法がトゥマーン・ボンバではない別の術式だったのか、頭を悩ませることになった。

しかし達也の証言により、トゥマーン・ボンバを使用する為の専用車両があるという点については事実であると判明した。達也は「トゥマーン・ボンバと推測される魔法」と表現したが、威力から言っても射程距離から言っても今の魔法がトゥマーン・ボンバであることは確実だ。そうでないなら、新ソ連はトゥマーン・ボンバとは別の、超長距離射程・高威力の魔法を持っている事になる。それがトゥマーン・ボンバであるにせよ違うにせよ、日本にとって脅威となる魔法が専用列車を使って放たれることが分かった。軍が持っている観測の為のリソースは有限だ。優先的な監視対象が明らかになれば、そのリソースを有効に配分出来る。

 

「中佐、今度は貴方の番だ」

 

しかし風間は、満足感に浸ってばかりではいられなかった。達也は独立魔装大隊の一員として、風間の部下として報告を上げたのではない。これは取引だった。

 

「国防軍は、今朝この場所に奇襲攻撃が行われることを知っていた。そうですね?」

 

「分かっていたわけではない。それに、日時までは予測出来なかった」

 

「つまりここが奇襲を受ける事は予測できた。それは何故ですか?」

 

風間は即答出来なかった。これは軍の情報収集能力に関する質問になる。達也は半分国防軍の身内とはいえ――いや、身内だからこそ、彼にそれを知る権限があるのかどうか、風間は咄嗟に迷ってしまったのだ。

 

「国防軍は――いえ、佐伯閣下は、ベゾブラゾフの動向に関する情報を入手した。そこから、自分を標的とした奇襲攻撃を予測したのではありませんか?」

 

達也は風間の回答を待たずに、事実を寸分違わず言い当てた。風間は何も答えない。彼が答えられなくなっているのを見て、達也は自分の推測が正しかったと知った。もし奇襲について警告を受けていたなら、水波が倒れるような事態にはならなかった。そもそも深雪と水波を別荘に来させなかった。達也一人なら、先ほどの攻撃をまともに喰らっていたとしてもダメージは残らなかった。

 

「負傷者がいますので、自分は別荘に戻ります」

 

達也はその恨み言を、呑み込んだ。風間に当たっても、何の意味も無いからだ。

 

「それでは中佐。夕歌さんも、失礼します」

 

「待って、達也さん。負傷者というのは・・・水波さん?」

 

呼び止める夕歌の言葉に、背を向けていた達也が振り返る。

 

「そうです。夕歌さんには水波がどのような状態か、お分かりのようですね」

 

水波に負傷と言うべき外傷は無い。だが魔法演算領域――精神の無意識領域に傷を負っている。その意味で達也は「負傷者」と表現し、夕歌はそれを理解した。

 

「すぐに病院に運ばないと!家の者に手伝わせましょうか?」

 

夕歌が慌てて搬送の手伝いを申し出る。予測していたにも拘わらず、彼女は動揺を抑えられなかった。



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調整体の特徴

水波の負傷に夕歌は驚くも達也は淡々と説明した

 

「既にきていた弘樹に緊急治療を施してもらいました。今頃車に乗って病院に向かっています」

 

だから戻らなければならない、と達也がほのめかす。

 

「そ、そう? その・・・お大事に」

 

「ありがとうございます」

 

夕歌に軽く頭を下げ、達也は今度こそ二人に背を向けて歩き出した。その後姿を心配そうに夕歌が見送る横で、風間が黙ってその後姿を見送っていた。ついに最後まで、風間の口から「負傷者」を案じる言葉は出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波が収容された病院は、調布のマンションのすぐ近くにあった。もちろん、偶然ではない。深雪が転居した調布のビルは四葉家の東京本部として建てれらた物。傷病者対策は最初から考慮されていた。達也は深雪と共に、マンションへ戻っている。深雪は水波に付き添っていたいと希望したのだが、担当の医師からやんわりと断られたのだ。一応の治療はしているがやはりしっかりと設備の整ったところでもう一度治療を行うこととなった。

 

「水波ちゃん、大丈夫でしょうか・・・」

 

達也の隣に全く距離を置かず腰掛けた深雪が、不安を隠せない声で呟く。恐らく、隠す気も無かったに違いない。この時弘樹は凛に連れられ治療の再会をした

 

「命に関わる事は無い、と思う」

 

達也から期待したものに近い言葉が得られて、深雪の顔から少しだけ不安の色が薄れた。

 

「・・・そうですよね。お兄様や凛が治療を使われたのですもの。万が一のことなどありえません」

 

「・・・俺が行ったのはあくまでも応急処置でしかない。完治はさせられなかった。だが肉体の衰弱が致命的なレベルにまで進行する事は避けられたはずだ。それに水波は第二世代。第一世代の穂波さんより、自分の魔法に対する抵抗力は強いはずだ」

 

「そうですよね!」

 

深雪が俯かせていた顔を上げる。伏せられていた目が、寄る辺を求めて達也の眼差しを捉える。

 

「世代を重ねる事で、魔法が遺伝子に定着する・・・この傾向は、私たち調整体にも当てはまる事ですよね?」

 

深雪が自分を「調整体」と呼んだことに、達也は抵抗を覚えた。深雪自身もう人ではないのだが、それでも昔の体の事を隅々まで知った深雪は時々、自分の事を調整体と言ってしまう事がある、

 

「普通の調整体は、第一世代よりも第二世代の方が安定している。少数の例外はあるものの、こうした傾向があるのは間違いない」

 

一般的に調整体は、生物として安定を欠いている。ある日突然、急激に衰弱して死んでいくこともあれば、何の前兆も無く突然死するケースも少なくない事例が記録されている。その原因について、まだ定説はないが、幾つかの仮説は考え出されている。その中で最も有力だと達也が考えているのは「調整体の魔法は精神のリミッターが外れた状態で行使されている」という仮説、「リミッター不全説」だ。

この説によると、本来人間の精神は、魔法の行使が可能なようには出来ていない。魔法演算領域は魔法師に固有の物ではなく、人間一般の精神に備わっているが、魔法の行使は人間の精神に許容限度を超えた負荷を与える為、通常は無意識領域に備わるリミッターで百パーセント稼働が制限されている。つまり、完全に凍結されている。

しかし稀に、魔法に対して強い耐久力を持つ精神の持ち主がいて、そういう者のリミッターは僅かに解除されている。百パーセントのリミッターが九十九パーセントの状態に設定されて生まれてくる。たとえ一パーセントでも二パーセントでも、使用可能な容量がゼロパーセントとは本質的な違いが生じる。例え最初は一パーセントでも、とにかく使えないはずの魔法が使えるのだ。筋肉と同じく、魔法演算領域も使用する事により出力が増す。そして骨や腱が筋肉の増大を支えるべく強度を増していくのと同様に、精神も魔法という負荷に対する耐久力が上昇していくと「リミッター不全説」の論者は言う。

ところが、調整体魔法師は魔法を使える状態で人工的に作り出している所為で、このリミッターが機能していないと主張する。精神の魔法耐久力向上に従って解放されるはずの魔法演算領域が、最初から解放されている。精神は耐久力を超えた魔法の負荷に曝され続ける事により、遂には破損しそれが肉体の生命活動に波及する。調整体の不安定な生命力を、このように説明する。

調整体の「第二世代」は「第一世代」が自滅への道を歩みながら手に入れた魔法耐久力を生まれながらにして持っているのが「第二世代」であり、「第三世代」は「第二世代」が高めた耐久力を更に受け継いでいる事になると仮定されている。

それはあくまで仮説であり、正しいという保証はないが、「第二世代」の水波は「第一世代」の穂波よりも、魔法の過剰行使に耐える力が備わっている。そう考える事で深雪は多少なりとも気持ちが楽になった。

深雪の顔から悲壮感と罪悪感が薄れた。彼女は、水波が自分の為に我が身を犠牲にしたと少なからぬ罪の意識を懐いていたのだ。それを見て、達也が深雪に微笑みかける。心の中に懸念を秘めて。

深雪が調整体というのは、達也にとって不愉快な事実だ。出来れば信じたくないが、否定する根拠がない。調整体に忌避感や差別意識を懐いているのではなく、深雪が誰かの手で弄り回されたと考えるのは、たとえそれが誕生前の事であっても不快感を覚えてしまうのである。

達也は意識していないが、一種の独占欲だと言える。しかしそういう感情を抜きにして深雪が調整体であるという事実を受け容れたなら、深刻な懸念を無視できなくなる。それは、第一世代が持つ生命力の安定性欠如を、真夜が言うように本当に克服できているのかという不安。真夜の言葉を前の仮説に当てはめるならば、深雪は調整体でありながらリミッターが正常に機能しているという事だろう。あるいは、リミッターがそもそも必要ない程に生来の対魔法耐久力が高いのか。

達也にそれを確かめる術はないので、信じるしかないのだ。もし真夜が達也に告げた言葉が偽りで、深雪が調整体の欠陥を持っていたとしたら。そして深雪に、調整体の宿命である突然の死が襲いかかったなら。その先の未来を、達也は思い描く事が出来ない。

その時、自分は生きていないだろう。そしてその時、自分だけで済ませる自信が、達也には無かったのだった。



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とある実験の予定日

奇襲攻撃について、日本政府が相手国不明のまま国際社会に抗議の意思を表明したのは、日本時間で午後二時の事だった。だが日本の伊豆半島が遠距離魔法の攻撃を受けた事実は、ほぼリアルタイムでUSNAの知るところとなった。

USNAの偵察衛星は伊豆が攻撃を受けたのと同時刻、極東新ソ連領内に強力な魔法の反応を探知した。この二つを結び付けて考えない、お目出度すぎる、あるいは懐疑的過ぎる人間は、USNAの政府にも軍にもいなかった。そしてこの事実を、数時間遅れでリーナも知らされた。

USNAニューメキシコ州にあるスターズ本部は、まだ六月八日土曜日である。その夕方、訓練終了後のミーティングに呼び出されたリーナと、スターズの幹部軍人は驚くべきニュースに触れた。日本の一地方、しかも離島や海上ではなく首都のすぐ近くが、現地時間未明に新ソ連の戦略級魔法による攻撃に曝されたという報せだ。

 

「なおこの攻撃のターゲットとなったのは、日本の新たに判明した戦略級魔法師、タツヤ・シバであったと考えられる」

 

「っ!?」

 

ブリーフィングルームでこのニュースを伝えたのは、ウォーカー基地司令の、魔法師ではない男性副官だった。

 

「タツヤ・シバの状態は?」

 

こう質問したのは、リーナではなかった。彼女はまだショックの真っ直中で、筋道立った質問が出来る状況にない。基地司令副官に達也の安否を尋ねたのはカノープスだった。

 

「詳細は不明ですが、健在である模様です」

 

副官がウォーカーに顔を向け、ウォーカーが頷いたのを確認してから彼は答えた。その答えに対しての魔法師の反応は様々だった。

リーナはホッとした様子を隠しきれていない。カノープスは達也による報復を警戒しているのか、厳しく唇を引き結んでいる。アークトゥルスが落胆をのぞかせているのは、暗殺任務が中止にならなかったからか。同じ任務を受けているベガは、対照的に不敵な笑みを浮かべていた。

ここでウォーカー大佐が口を開く。

 

「我が国は本件に関して、基本的に不干渉のスタンスを取ると参謀本部より通達があった。諸君が対外的に発言する機会は無いと思われるが、心に留めておいてくれ。では、解散」

 

ウォーカーの言葉に、USNAの頂点に立つ十三人の魔法師が一斉に敬礼で応えた。

 

「アークトゥルス大尉、君は残ってくれ」

 

一人だけ呼び止められたアークトゥルスをちらりと見たが、リーナはあまり気にせずそのまま退出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナと他の十一人ばかりでなく副官まで退出して、ブリーフィングルームにはウォーカーとアークトゥルスの二人だけが残った。

 

「大尉、遮音フィールドを張ってくれ」

 

「ハッ」

 

この部屋には強固な防諜システムが備わっているにも拘わらず、ウォーカーはアークトゥルスにそう命じ、アークトゥルスは訝し気な表情をのぞかせながらも、命じられた通り室内と室外の音を遮断する。

 

「遮音フィールド、展開完了」

 

魔法的な資質がないウォーカーは、アークトゥルスの言葉が事実かどうか自分で確かめる事は出来ないが、頷いて本題に入った。

 

「大尉。例の実験の実施が決まった」

 

「マイクロブラックホール実験でありますか?」

 

アークトゥルスは、自分で音を遮断する魔法を行使している最中でありながら、声を潜めた。

 

「そうだ。場所は前回と同じ、ダラス国立加速器研究所。日時は来週、六月十五日十一時。貴官はスターズでも随一の、ルーナ・マジックの使い手だ。仮にパラサイトが出現しても対処は可能だと考えているが、必要ならば第十一隊も出勤させるぞ?」

 

アークトゥルスは強力な精神干渉系魔法の使い手ではあるが、彼はその種の魔法を用いた実戦の経験に乏しかった。その点、第十一隊の恒星級魔法師は三人ともルーナ・マジックを得意としており、精神干渉系魔法を得意とする古式魔法師を相手取る作戦にチームで出撃する事が多く、精神を蝕む攻撃への対応にも慣れている。

 

「いえ、小官だけで十分です」

 

実戦経験の不足は、アークトゥルスも自覚している。とはいえ、彼にも自負がある。それに、この件に関わる人間はスターズ内部であっても必要最小限にすべきだという考えもあった。

 

「そうか、分かった」

 

関与人数は少ない方が望ましいという点については、ウォーカーの判断も同じだ。これだけの会話で、実験の現場に投入するのはアークトゥルスの第三隊だけと決まった。

 

「研究所の外に第六隊を待機させておく。不審者を発見したら、すぐに知らせろ」

 

第六隊の恒星級隊員はリゲル、ベラトリックス、アルニラムと三人ともオリオン座の星のコードを与えられており「オリオンチーム」と呼ばれている。これは偶然ではなく、第六隊は追跡が得意な魔法師を集めた狩人のチームだった。

 

「分かりました。リゲル大尉には・・・」

 

「心配するな。実験の事は伏せておく」

 

ウォーカーの言葉に、アークトゥルスがホッとした表情を一瞬だけ見せた。今回の実験は日本の工作員をいぶりだすのが目的で、確実に捉える為他の隊の協力があった方が良い。だが必要以上に危ない橋を渡っていると自分でも思っているアークトゥルスは、出来れば他の隊の者に実験の事を知られたくなかったのである。

それはウォーカーも同じだった。二人とも、結果として保身が動機では無かったが、結果的に共有すべき情報を隠匿してしまったのだった。



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光宣の連絡

日本政府は伊豆高原の別荘地帯が魔法で攻撃を受けたことを公表し、攻撃相手を特定しないまま厳しく非難した。同時に、魔法による攻撃に対抗する為には魔法戦力を充実する以外に無いと強調した。魔法師排斥は人道上の問題というだけでなく、外国勢力による魔法攻撃に対する自衛力を低下させ、国民の生命を危機に曝すものであると、間接的に反魔法主義運動を批判した。

だが、この攻撃のターゲットもまた魔法師であることは伏せられ、厳重な緘口令が敷かれた。しかし完全な隠蔽は不可能だった。達也の所在を知っていた者は、彼と魔法攻撃をごく自然に結び付け、それを知らなくても、鋭敏な魔法的知覚力によって事実に辿り着いたものもいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政府による奇襲攻撃の公表とこれに対する非難が行われた直後、響子は私的な電話を受けた。勤務中にも拘わらず私用電話が可能だったのは、彼女がいざという時に備えて司令部公認の下、九島家との間に設定していた仮想ホットラインからの呼び出しだったからだ。

 

『響子姉さん?光宣です』

 

「光宣くん?」

 

『お仕事中にすみません』

 

「大丈夫よ。今は手が空いているから。それで、何か急用なの?」

 

響子は内心の焦りを隠しながら問い掛けた。ただでさえ、この直通線が使われることは稀だ。光宣が掛けてきたのは初めてのことだった。傍若無人とは程遠い光宣が、軍務中と承知の上で電話してきたのである。何か緊急事態が生じたのか、と響子が身構えるのは当然だった。

 

『急用というわけではないんですが、どうしても教えてもらいたい事があって・・・今さっきの、政府の発表ですけど』

 

「ええ」

 

『遠距離魔法の攻撃を受けたのは、達也さんたちではありませんか?』

 

「何故それを・・・?」

 

『東の方で、衝突し合う強い魔法の波動を感じたんです。一方は達也さんたちの気配だったような気がして・・・』

 

光宣の言葉に、響子は思わず絶句してしまう。光宣のセリフが本当ならば、達也のエレメンタル・サイトをある意味で超えている。もし光宣が本当にトゥマーン・ボンバの波動を感じ取ったとすれば、四百キロメートル近い距離を隔てて、魔法の発動を無作為に知覚した事になる。トゥマーン・ボンバのように強力な魔法だったからこそ、という面もあるに違いないが、受動的な感受性においては明らかに、光宣のエレメンタル・サイトは達也のそれを凌いでいる。響子にはそう思われた。

 

「(光宣くんは、エレメンタル・サイトに目覚めている・・・?)・・・光宣くん、貴方、いつの間にそんな知覚力を・・・?」

 

『それで、達也さんたちは無事なんですか!?深雪さんや、桜井さんは!?』

 

光宣は響子の問いかけを聞いていなかった。彼の意識は達也たちの安否で――いや、水波の安否でいっぱいだと響子は感じていた。

 

「達也くんと深雪さんは無事よ。でも、桜井さんは・・・」

 

『桜井さんが、どうしたんです!?』

 

「・・・入院している。大隊の山中先生は、魔法の使い過ぎで精神にダメージを受けているのではないかって推測しているわ」

 

『推測って、独立魔装大隊は治療に当たらなかったんですか!?現場にいたんでしょう!?』

 

響子は光宣のセリフを聞いて、何も言えなくなってしまった。今朝の現場に独立魔装大隊が出勤していた事を知っているのは佐伯、風間、出勤した隊員と大隊の一部。そして達也、深雪、及び四葉家。政府にも、具体的な出勤メンバーは報告されていない。奇襲データを取ったのが独立魔装大隊であることを、光宣は知り得ないはずだったし、響子が知っている光宣には、確信を持って独立魔装大隊の作戦行動を言い当てたりなど出来なかったはずなのだ。

まるで、禁断の知恵をもたらす悪魔が光宣に憑いているようだ・・・そんな迷信じみた妄想を懐いてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響子から今朝の仕儀を聞いても、光宣は特に怒りを懐かなかった。それよりも光宣は、水波の事が心配で堪らなかった。魔法の使い過ぎで精神にダメージを受けたという事は、魔法演算領域のオーバーヒートだろう。今はまだ治療法が確立していない魔法師固有の病だ。

特に遺伝子調整を受けた魔法師が罹患しやすい。周公瑾から吸収した知恵によれば、光宣自身の不安定な体質も魔法演算領域の過負荷が原因になっている。

光宣の場合は肉体が耐え得るレベルに魔法力を抑えるリミッターが上手く働いていないのだが、普通の魔法師でも戦闘に伴う魔法の使い過ぎで魔法演算領域の稼働水準が許容レベルを超えてしまうと、リミッターが壊れてしまう。それを修復する技術は、周公瑾の知識にも含まれていなかった。

 

「(『僕』には治せなくても、四葉家には可能かもしれない・・・)」

 

それは推測というより願望だったが、居ても立ってもいられない焦燥を沈める為にはそうとでも思う以外に無かった。

 

「(お見舞いに行こう。直接会えば、僕の取り越し苦労だって分かるはずだ)」

 

達也が自分の身内をむざむざ死なせるとは思えない。自分が焦るまでもなく、適切な治療が行われているはずだ。それを自分の目で確かめに行こう、光宣はそう考えた。明日は学校で、体調が安定している時に出席日数を稼いでおくべきなのだが、光宣はしばらく高校を欠席する事に決めた。



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入院

目覚めは、快適ではなかった。身体が重く、少し疲れが取れていないどころか、激しい倦怠感が全身を侵食している。瞼を開けた先には、目に優しいクリーム色の天井。横を向けば同じ色の壁、そして清潔な白い布団カバーとシーツ。左腕には点滴用の注射針が刺さっている。

 

「(ここは・・・病院?・・・そうだ!深雪様と達也さまは!?)うくっ・・・」

 

水波は身体を起こそうとして、それすら出来ない程に衰弱していることを知った。身体に力を込めて、その力が実を結ばず声となって零れ落ちる。ベッドにあおむけの状態で息を整えている水波の耳に、ノックの音が届いた。

 

「・・・どうぞ」

 

「お邪魔するわね」

 

「(深雪様!?)」

 

まだ意識には薄い霞が掛かっていたが、その声が誰のものだか分からないという事は無かった。水波は慌てて起き上がろうとするが、結果は同じだった。

 

「水波ちゃん!?」

 

慌てて駆け寄ってくる足音。頭を横に向けた水波の視界に、心配の余り焦りを満面に浮かべた深雪の顔が映る。

 

「(綺麗・・・)」

 

「水波、無理をするな」

 

「た、達也さま・・・」

 

トリップしかけた水波の意識が、達也の声によって現実に引き戻される。

 

「・・・お二人とも、ご無事でしたか」

 

「ああ。水波、お前の御蔭だ」

 

「――光栄です」

 

水波の目が潤んでいるのは、護りきれたことに対する安堵感と、認められたことに対する感激、その両方の感情が高まったからだ。

 

「駄目よ、寝てないと」

 

「話したい事があるなら、そのままでいい」

 

身動ぎをする水波を深雪が止め、達也にまで言われてしまったので、水波は無理に起き上がろうとするのを止めた。

 

「達也さま、深雪様、申し訳ございません」

 

「――何を謝る。お前の御蔭で助かったというのは嘘でも誇張でもない。本当の事だ」

 

「ですが私は、途中で力尽きてしまいました。護衛は、主を最後まで守り切れてこそ、務めを果たしたと言えますが、私は務めを果たせませんでした」

 

声に力はなく、身体は目覚めた直後同様、起き上がることも出来ないが、水波の瞳に宿る光は、それが弱った心の言わせる泣き言ではなく、本心からのセリフだと物語っていた。

 

「水波。心身ともに疲れているお前と議論をするつもりはない。だが二つだけ、聞いてもらいたい事がある」

 

「・・・承ります」

 

水波の返事を受けて、達也は枕元のスツールへ腰を下ろした。そうする事で目の位置の高低差を減らして、水波が受けるであろう見下ろされている印象を緩和する。

 

「水波、お前の使命感は立派なものだと思う。だが、お前の魔法がトゥマーン・ボンバの衝撃波を防いだのは紛れもない事実だ。その功績を自分から否定するのは止せ」

 

「・・・はい」

 

水波は顔を動かさず言葉だけで頷いたが、心から納得しているようには見えなかった。

 

「これが一つ目。そして二つ目だ」

 

達也の真剣な声。水波だけでなく、横で聞いている深雪も同時に息を呑んだ。

 

「俺は、深雪を護衛する仕事だけでお前を頼りにしているのではない」

 

「・・・」

 

水波が横になったまま、達也を無言で見詰める。その眼差しは、自分に何をさせたいのかと尋ねている。自分の存在意義を、答えとして求めている。

 

「俺には、信頼出来る人間が少ない。凛や弘樹、レオやエリカや美月、幹比古、ほのか、雫。その他の同級生は、信頼出来ても出来るだけ俺たちの事情に巻き込みたくないと思っている。四葉家は今でこそ味方だが、未だに俺の事を邪魔だと思っている人もいるだろう。文弥と亜夜子は、個人としては信頼しているが、二人には自分たちの仕事がある。いざという時、当てにできないかもしれない。師匠や風間中佐は、将来において敵になる可能性を否定出来ない」

 

私は、と水波が視線で問う。

 

「水波。お前は俺が信じて頼れる、数少ない人間の一人だ。だから俺はお前に、護衛としてではなく深雪の付き人として、深雪の側についていてもらいたいと思っている」

 

「護衛ではなく、付き人・・・ですか?」

 

「俺の希望だ。強制は出来ない。だが、出来れば深雪の側についていて欲しい。護衛として死に急ぐのではなく、可能な限り長く。少なくとも、お前がいずれ、生涯を共にする相手を見つけるまで」

 

蒼ざめていた水波の顔が薄らと赤みを帯びた。達也が自分の結婚のことまで考えてくれているなど、予想外過ぎたのだ。水波にとって、最後のセリフは酷い不意打ちだった。

 

「・・・水波ちゃん。私も貴女が隣にいてくれると嬉しい。だから、自分の事を粗末にするような考え方はしないで欲しいの。お願いだから、ゆっくり養生してね。それが健康を取り戻す為には、何より必要だと思うから」

 

「・・・分かりました。出来る限り早く治します。そうしたら、また深雪様のお側にお仕えしてもよろしいですか?」

 

「ええ、私の方からお願いするわ」

 

そう言うと病室の部屋がノックされ、そこには白い髪をし、青い目を持ち、白衣を着た凛が入って来た

 

「よ、起きたようだね。どうだい調子は」

 

「凛様・・・申し訳ありません」

 

「何を謝るんだい。あれは仕方のないことさ。今なゆっくり休んで体調を整えなさい」

 

「はい・・・有難うございます」

 

「横のボタンを押したらやってくるから。何かあったら言ってね」

 

そう言うと凛は達也に注意事項などを書いた紙を渡すと深雪と共に病室を後にした



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水波の今後

達也は深雪と一緒に調布のマンションへ戻った。リビングに腰を落ち着けた達也に、改めて外出する気配はない。

 

「お兄様・・・今日はこちらにお泊りですか?」

 

達也の前にコーヒーカップを置きながら深雪が尋ねる。

 

「伊豆の別荘は叔母上に聞いてから引きはらおうと思う。都合が付けば明日にでも、向こうに置いてある物を取ってくるつもりだ」

 

「ここへお戻りになられるのですか?」

 

「戻ってくる・・・そうだな戻ってくることにする」

 

「わかりました。すぐにお部屋の準備をいたします」

 

達也の返事に深雪は喜ぶとソファーから立とうとした

 

「わざわざ手を掛ける必要は無い。深雪も少しゆっくりしなさい」

 

水波が倒れたことに、深雪は自分より大きなショックを受けているはずだと達也は考えている。不安を紛らわせるために、じっとしているよりも動いていたいのだろうという事も想像がつくが、身体を休めるのも大切な事だ。深雪は気が向かない様子だったが、それでも達也の言葉に従った。

深雪が達也の向かい側のソファに浅く腰を掛け、少しの間深雪は落ち着かなげに目を泳がせていたが、やがて躊躇いがちに達也と目を合わせた。

 

「どうしたんだ? 何か聞きたい事でも?」

 

「達也様・・・水波ちゃんをどうなさるおつもりなのですか?」

 

「どうする、とは?俺には水波の意思に反して何かを強制するつもりは無いが」

 

「も、申し訳ございません。そのような意味ではございませんでした!」

 

達也が眉を顰めて問い返すと、深雪は慌てて両手を横に振った。

 

「そうか? ああ、もしかして、これから水波のどんな役割を期待しているのかを聞きたいのか?」

 

「はい・・・いえ、それもありますが・・・」

 

深雪が言いにくそうに口籠る。それで漸く、深雪が何を聞きたいのか達也は理解した。

 

「・・・もう、水波に無理はさせられない」

 

達也も、それをはっきりと口にするのは躊躇われた。何時もに比べて察しが悪るかったのは、その所為だったに違いない。

 

「それは・・・水波ちゃんを、ガーディアンの任務から外すべきだという意味ですね?」

 

「そうだ。魔法演算領域の損傷が治るまでは魔法を使わせられないし、そもそも治るのかどうかも分からない。あれは俺たち魔法師自身にとってもブラックボックスのようなものだ。構造も性質も、判明していない事が多すぎる」

 

「そうですね・・・一条家の御当主様は順調に良くなっているようですが、だからといって水波ちゃんも同じように回復するとは限りません・・・」

 

「同じ十師族の当主でも、十文字家の前当主は意図的な魔法演算領域の過負荷を多用した結果、魔法技能を失っている。治療について、楽観は出来ないだろう」

 

達也と深雪、二人の顔が憂慮に暗く覆われる。

 

「・・・それに今回回復したとしても、また同じことが繰り返されないとも限らない」

 

「魔法を使い続ける限り、ですか?」

 

「そうだ。そして、次回は応急処置が間に合わないかもしれない」

 

「もう、水波ちゃんは、魔法師としては働けないという事でしょうか?」

 

「いや、普通の魔法師として活動を続ける事は出来るだろう」

 

「激しい戦闘には耐えられない・・・という事ですね?」

 

「その通りだよ、深雪。まず、撤退が許されないガーディアンの務めは無理だ。戦闘に加わるのも避けた方が良いだろう」

 

「水波ちゃんが、納得するでしょうか?」

 

「さっきも話したが、戦いだけが生きる道ではない。水波には、これから平和な人生を歩んでほしいと俺は思っている」

 

「お兄様は・・・いえ、何でもありません。失礼しました」

 

水波に平和な生き方を勧めようとする、達也本人はどうなのか。達也にも、平和に生きる権利があるのではないか。深雪はそう問おうとして、途中で止めた。それが現実的に、意味がない問いだと深雪にも分かっていた。それをつい口にしそうになって、その最中に思い止まったのである。

達也が平穏な暮らしを望んでも、周りがそれを許さない。達也の方から使うつもりが無くても、戦略級魔法を使用出来るというだけで敵も味方も放っておかない。それは予測ではなく、明白な事実だ。

 

「そうか」

 

達也自身も、当然それを分かっている。たぶん、深雪以上に深く理解している。深雪が聞きたかった事、言いたかった事を理解した上で、達也はそう応える以外に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、病院では凛と弘樹がカルテやCTスキャンした映像を見ながら現状を呟いた

 

「はぁ・・・結果を見たけど・・・最悪ね」

 

「そうですね。現状、活性化した想子が体内を駆け回っている状態ですから・・・今の所の治療法は魔法力を封じて魔法師としての生き方を諦める・・・しかないですかね」

 

「そうねぇ・・・魔法演算領域はいまだ分からないところが多い、下手に触ると心身ともに衰弱死する可能性がある」

 

「とりあえず現状維持のままでいいんですか?」

 

「ええ、今のところは様子を見て今後の様子次第ではあっち(夢の王国)に連れて行くかもしれないわね」

 

「今の状態でつれてはいけないのですか?」

 

そう言うと凛は一息ついて弘樹に言う

 

「現状は難しいわね。次元を越える時に想子を消費する・・・達也たちは膨大な想子保有量だから行けたけど・・・今の水波ちゃんをつれて行ったら想子が途中で途切れて次元の狭間の取り残される可能性が極めて高いわね」

 

そう呟くと凛は禁煙のはずの部屋でタバコを吸い始めた。



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水波の病状

六月十日、月曜日。海を隔てた遠距離魔法攻撃を受けるという、極めつけの非日常に見舞われたのがつい昨日の事であっても、日常は容赦なくやってくる。深雪は水波の容態を気に掛けつつ、何時も通り弘樹と共に一高に登校した。

 

「達也さまもいろいろとお忙しいのではありませんか?」

 

リクライニングを起こしたベッドに背中を預けた水波が、申し訳なさそうな声で達也に尋ねる。なお彼女はまだ自力で身体を支える事が出来ない為、補助外骨格を上半身に付けている。

 

「今は通学を免除されている身だ。俺の事を気にする必要は無い」

 

「ですが・・・」

 

「それより、まだ横になっていた方が良いのではないか?」

 

「いえ。アシストを受けながらでも寝たきりにならない方が、日常生活に早く復帰出来るとお医者様に勧められましたので」

 

「しかし、余り付け心地の良い物ではないだろ?」

 

パワーアシスト機能自体は達也もムーバル・スーツでお馴染みだ。今のアシストシステムはフィードバックスピードが速いので、動きの邪魔になることはない事は知っている。最先端の軍事用装備とは性能に差があるかもしれないが、少なくとも動作を妨げられていると意識する事はないはずだ。重さも外骨格自身が接地面で自重を支えているので、装着したものが重量を感じる事はないが、身体にしっかりと固定しなければならないから、ある程度締め付けられるという感じは避けられない。決して快適なものではないだろうと、達也はそう予想したのだが、水波の答えは思いがけないものだった。

 

「大丈夫です。まだ皮膚の感覚が完全には戻っていないので、これを付けても気になりません」

 

「触覚が麻痺しているのか・・・?」

 

意識的に瞬きを繰り返して達也が低い声で尋ねる。声のトーンは、意識しての物では無かった。

 

「麻痺しているという程、大げさなものでは・・・少し鈍く感じるだけです」

 

「医者は何と?」

 

「脳にも神経組織にも損傷は見られないから、衰弱による一時的な異常だと仰いました」

 

「ならば良いが」

 

口ではそういったが、達也の顔には依然として心配そうな表情が浮かんでいた。

 

「達也さま・・・一つ、伺っても宜しいでしょうか」

 

自分が何故このような質問をしたのか、後になっても水波にも分からなかったが、この時は疑問を心の内に留める事が、どうしても出来なかった。

 

「言ってみなさい」

 

「達也さまは何故、私の事をそんなに心配してくださるのですか?」

 

最初、質問の意図が分からなかったのか、達也は軽く眉を顰めたが、すぐに「合点がいった」という顔になって、自嘲気味の苦笑いを浮かべた。

 

「感情が欠落している俺が赤の他人の事を心配する姿は、確かに奇妙なものかもしれないな」

 

「い、いえ、そんな!」

 

「良いんだ。お前の認識は間違っていない」

 

水波は慌てて、達也の思い違いを正そうとしたが、達也に言われて自分の問いかけの背後に思い込みがあった事に気付き、自分の非礼を恥じた。

 

「水波に考え違いがあるとすれば、俺はお前の事を他人だと思っている、という点だ」

 

「えっ・・・?」

 

「水波は俺の事、どの程度知っている?」

 

達也からの反問。しかし、水波の立場として答えられる問いではない。達也もそれを理解していたのだろう。彼は自分から正解を口にした。

 

「俺は深雪に関わる事以外、基本的には強い感情を持てないという事は知っているな」

 

問い掛けの形を取ってはいるが、達也は水波が答えるとは思っていない。水波も知っているからこそ、何も言えなかった。

 

「そして深雪はお前の事を姉妹同然に思っている。水波、お前は深雪にとってもう身内だ。だから俺には桜井水波という少女が、深雪に深く関わる人間として認識されている。俺がお前を心配するのは、深雪がお前の事を心から案じているからだ。お前にとっては失礼な事かもしれないが、俺は深雪に対する想いを通じて、お前の事を本気で心配しているつもりだ」

 

「・・・恐縮で、光栄です」

 

自分の事を深雪が姉妹同然に思ってくれている。それに対して水波は「恐縮」と言い、達也が自分の事を、深雪に対する愛情を通じて心配してくれている。それに対して水波は「光栄」と言った。深雪への愛情に付随する感情は、彼にとって心からのものであると水波は理解していた。

 

「意味が良く分からないが」

 

「・・・申し訳ございません。気にしないでください」

 

達也には、水波がどういう思考プロセスを経た結果なのか理解出来なかったようで、水波にも自分がどう考えたのか上手く表現できる自信が無い。だから水波は無理矢理回答を捻りだすのではなく、誤魔化す方を選んだ。

 

「・・・夜になると思うが、深雪と一緒にまた来る。今は仕事の事を忘れて養生してくれ」

 

「はい。仰せの通りに致します」

 

達也は回答を得る事に拘らなかった。水波も無理に答えるつもりは無いので、辛うじて動かせる首を縦に振って、達也に小さく一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実を言えば、深雪は今日学校を休むつもりだった。水波の事が気になって授業に集中する自信が無かったのだ。それよりも、水波の傍についていてやりたかった。

だが、自分がいても治療の手助けにはならない。それどころか長時間近くにいると、無意識に放出している想子波が水波の魔法演算領域を刺激して回復の妨げになる(かもしれない)と言われては、遠慮しないわけにはいかなかった。

彼女自身は、想子波をそこまで派手にまき散らかしているつもりは無い。誓約に魔法の制御力を喰われている状態だった先日までなら、そういう面が無かったとは言えない。しかし魔法制御力を取り戻した今ならば、他の魔法師を無闇に圧迫するような真似はしないはずだ。ただ自分の想子を完全に支配している達也に比べれば、自分はコントロールがまだまだ甘いと認めざるを得ない。深雪は自分が、達也程ではないにしても魔法師の平均を大きく上回る想子量の持ち主だと自覚しているので、水波の病状に悪影響を与える可能性を否定出来なかった。そういう事情で水波の看病を諦めて、深雪は一高に何時も通り登校して、教室についてすぐに、席に着いていたほのかと雫が心配そうな顔で寄ってきた。

 

「深雪、大丈夫だった!?」

 

「何が?」

 

恍けているのではなく、いきなり大丈夫かと聞かれても、深雪としては「何が」と問い返すしかない。たとえ心当たりがあったとしても、それが自分の思い違いだったとしたら、本来秘密にしておくべき情報を不用意にばら撒く事になってしまうからだ。ただ今回のケースについて言えば、その警戒は不要だった。

 

「昨日政府から発表されたアレって、達也さんの別荘がある所でしょう!?深雪、泊りに行くって言ってたじゃない!」

 

やはりほのかも雫も、遠距離魔法の標的となったのが達也だと気付いていた。

 

「ええ・・・達也様と私は大丈夫だったけど、水波ちゃんが入院して治療を受けているわ」

 

そういいながら、深雪は自分の席に腰を下ろす。

 

「ええっ!?」

 

「・・・怪我?」

 

その横でほのかは立ち尽くし、雫は横向きに座りながら上半身を後ろに捻って尋ねた。雫の席は、深雪の席の一つ前なのだ。

 

「怪我じゃないんだけど・・・似たようなものかしら」

 

雫の質問に、深雪は答えを濁した。魔法演算領域のオーバーヒートは魔法師の間に限っても、まだ一般的な傷病とは言えない。それに心と体の違いはあっても「怪我のようなもの」である事には違いないから、嘘は言っていない。

 

「そう・・・悪いの?」

 

雫は容態をしつこく問い詰めるような真似はしなかったが、その軽重だけを尋ねた。

 

「何時頃退院出来るか、まだ分からないのよ・・・」

 

「そう・・・心配だね」

 

深雪が顔を曇らせると、ほのかと雫も気遣わしげな表情を浮かべた。

 

「お見舞いに行ってもいい?」

 

「感染症じゃないから、問題無いと思うけど。凛に確認してもらうわね」

 

雫の申し出に、深雪は即答しなかった。水波を見舞ってくれるというのは深雪にとっても嬉しい事だったが、事情が事情だけに、諸手を挙げて歓迎というわけにはいかなかったのだ。

 

「凛に?お医者さんじゃなくて?」

 

「水波ちゃんの手当てを見ているのが凛なの。だから凛に聞くのが一番早いのよ」

 

「そうなんだ」

 

「じゃあ、凛の許可が出たら教えて」

 

「分かったわ」

 

自分の机の横にしゃがみ込んでいたほのかに、深雪は安心させるように柔らかい笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、達也は凛と共に別荘に向かい、荷物を片付けをおこなっていた。前日に深夜や真夜に連絡をいれ、伊豆の別荘を引き払うことを承諾してもらった。新ソ連の攻撃を受けたあの別荘を引き払う事に二人は問題ないと言っていた

 

「しかし達也。私までつれて来てどうしたんだい」

 

「ああ、少し水波の現状を詳しく知りたくてな」

 

「ああ、それならカルテに書いてあることで全部よ」

 

「いや・・・俺が聞きたいのは水波をあの世界につれて治療はできないのかと言うことだ」

 

「ああ・・・それは無理ね」

 

「なぜだ?」

 

達也の問いに凛は淡々と答える

 

「まず今の水波ちゃんをあの世界につれて行くことができない。もし運ぶことになっても途中で想子切れを起こして次元に狭間に彼女だけ残される事になる」

 

「・・・」

 

凛の返答に達也は考えると凛がさらに話を続けた

 

「ああ、あと彼女の魔法力を封じているあの腕輪。あれって一ヶ月くらいしたら交換しないといけないから。気をつけてね」

 

「ああ、お前が病院にいる限り問題ないだろう」

 

「それもそうね・・・」

 

凛はそう呟くと携帯がなり、それを見た凛は少し険しい表情になると電話を秘匿通信に変えて耳に当て、少し会話をすると凛は通信を切ると達也に言った

 

「達也、すまない用事ができた。二週間くらい日本に帰らないかもしれない」

 

「そうか、弘樹には俺から伝えておく」

 

「お願いね」

 

そう言うと凛は一目散にさらに舞い上がり、どこかへと飛んでいった。



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光宣の見舞い

個室のドアをノックする音に、水波は「何方ですか?」と誰何を返した。今は午前十一時過ぎ。達也は伊豆に、深雪は一高にいるはずだ。ここは四葉家の息が掛かった病院ではあるが、四葉家専用というわけではない。総合病院として、一般の患者も利用している。とはいえこの病室があるブロックは、出入りが厳しくチェックされていると水波は聞いていた。不審者の可能性は殆どないと水波も考えていた。そうではなく、自分と同じ四葉の関係者の見舞客が部屋を間違えたのではと水波は思ったのである。

 

『九島光宣です』

 

「み、光宣さまですか!?」

 

扉越しに返ってきた答えは、水波がまるで予想していなかったものだ。セリフの出だしで閊えながらもなんとか意味のある応えを返した水波だったが、心の中では「何故!」と絶叫していた。水波の意識は当惑の余り真っ白になったが、彼女が我を忘れたのは、一瞬だけのことだった。年頃の女の子としての嗜みが、今自分がどんな状態なのかを強制的に思い出させる。

朝、達也が来る前に、一応身だしなみは整えたが、その後ずっと半分眠っている状態でぼんやり寝ていたから、髪は乱れているに違いない。

 

「少々お待ちください!」

 

水波は慌てて反応が鈍い右手を動かし、ベッドの内側に置かれた優先コントローラーの一際大きなボタンを押した。ベッドの上半身側が持ち上がり、横になっていた水波の身体を起こす。左右から補助外骨格が移動してくると同時に、水波の背中が背もたれになったベッドの下から軽く押される。ベッドの一部が付きあがった事で、背中との間に一部隙間が出来る。その隙間を通って外骨格の右パーツと左パーツが連結する。補助外骨格が水波の上半身に固定され、彼女の身体を支えた。

腕のパーツのアシストを借りて、水波が手鏡とヘアブラシを手に取った。慌てて鏡を覗き込み、髪の乱れを直す。本当はメイクもしたかったのだが、病室では髪を整えるまでが限界だ。それに、これ以上待たせる事も出来ない。

 

「・・・お待たせしました。どうぞ、お入りください」

 

「失礼します・・・」

 

水波のセリフを病室のAIが分析して、扉のロックが外れた。躊躇いがちな声と共に、光宣が病室内に姿を見せる。その瞬間、部屋の中に神聖な光が差した。

汚れ無き純白に染め上げられた空間に、ただ一人、鮮やかな色を纏って天上界の住人が降臨した――そんな光景を水波は幻視した。

 

「桜井さん、その・・・具合はどう?」

 

はにかんだ笑みを浮かべて尋ねる光宣は、水波が自分を見る奇妙な目には気付いていない。あるいは、この手の視線を向けられることが多くて気にならないのかもしれない。

光宣が普通に話しかけたお陰で、水波も夢幻の世界から現実への復帰を果たした。理性を取り戻した事で、先ほど掴みかけて霧散した疑問が漸く形を成す。

 

――光宣は何故、自分が入院していることを知っているのか?

――光宣は何処からどうやって、自分がこの病院で治療を受けている事を突き止めたのか。

 

しかし水波の口から出た返事は、光宣を問いただす言葉ではなく、光宣の質問に対する従順な回答だった。

 

「はい。苦しいとか痛いとか、そういう不具合はありません。まだ体に力が入りませんが、これも直に良くなるとお医者様が」

 

「それは良かった」

 

光宣がニッコリと笑う。その笑みを見て、水波は自分の意識に霞が掛かっていくのを感じていた。先ほど懐いた些細な疑問すらも意識から飛び去って行きそうになったが、急に光宣が真顔で自分を見詰めてきたので、水波も表情を引き締めようとした。

 

「――桜井さん。他に、悪いところはない?」

 

「は、はい。他にですか?」

 

医者のような事を聞く。そう訝しむ気持ちが、水波の意識を繋ぎとめた。

 

「例えば目が霞むとか、耳が良く聞こえないとか」

 

「・・・」

 

確かに、触覚が鈍っているという自覚症状はある。しかしそれを光宣に告げて良いものだろうか? 単に、心配させるだけではないか。水波は、そんな風に迷った。

 

「僕なんかに答えても仕方がない。そう思われるのは当然だ。でも大事な事なんだ。桜井さん、正直に答えて欲しい!」

 

しかしその迷いも、光宣の真摯な眼差しには抗えなかった。もし光宣が前とは違う存在になっていると気付ければ、答えはしなかったかもしれない。

 

「・・・皮膚の感覚が少し」

 

「触覚が鈍くなっているんだね!?」

 

光宣の顔が、水波の顔に近づく。水波が耐えられず、目を逸らした。

 

「は、はい・・・それから光宣さま。以前にも申し上げましたが、私の事は水波とお呼びください」

 

思いがけないリクエストに、光宣の意識が水波の病状から少し逸れる。そのお陰で自分の危うい体勢に気付いた光宣は、さりげなく、とは言えないスピードで身を引いた。水波に何を望まれたのか、それが意識に届いたのは十分に距離を取った後だ。

 

「えっ、でも・・・」

 

光宣は絶世の美青年だが、男女交際の経験値はゼロ。神秘性すら疑わせる美貌の所為で、女の子が尻込みして近寄ってこなかったのである。世の「モテない男」とは理由が対照的だが、それでも「非モテ少年」の一人である光宣には「可愛い少女の名前呼び」は少々ハードルが高かった。深雪くらいの美少女になると逆に抵抗を覚える感覚自体が麻痺してしまうのだが、水波は高校二年生の少年にとって――いや、光宣にとって、丁度気恥ずかしさが刺激される「可愛い少女」だった。

 

「そうでなければ、私も『九島さま』とお呼びしなければならなくなってしまいます・・・」

 

水波と光宣の立場を考えれば、本来は「九島さま」と呼ぶべきなのだ。そもそも水波が光宣の事を「光宣さま」と呼んでいるのは、光宣が達也と深雪を「司波さん」では区別がつかないという理由で名前呼びした釣り合いを取る為だ。達也と深雪がいない場所では「九島さま」が正しいのである

 

「分かったよ、水波さん」

 

水波の言葉を受けて、光宣は羞恥心を忘れた。彼女の言葉を聞いて、光宣は反射的にそう答えていた。名前で呼んでもらえなくなることを、光宣は惜しんでいるように見えた。

 

「はい、光宣さま」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

しかし、恥じらう気持ちが消えてしまったわけではない。光宣が恥ずかしそうに視線を逸らした所為で、水波の方まで恥ずかしくなってしまい、病室内には実に青春的な空気が充満した。

 

「・・・えっと・・・触覚の鈍化について、医者は何か言っていた?」

 

「あっ、はい、その点・・・脳にも神経組織にも損傷は見られないから、一時的な異常だろうと・・・」

 

水波の答えを聞いて、光宣の表情が険しいものになった。光宣の変化を見て、水波の心の中で押し殺していた不安が膨らむ。何でもないように振る舞ってはいたが、彼女も本音では自分の身体に生じている異常に怯えていたのだ。

水波は調整体の不安定性について、四葉家で教わっている。それが何時か、自分に降り懸かってくる運命かもしれないという事も知っていた。その「何時か」がやってきたのかもしれない。水波がそう思わなかったと言えば、嘘になる。

単に身体が怠いだけなら、然して気にならなかったに違いない。だが明らかに普通ではない、五感の異常。それが魔法演算領域の過負荷により生じているものだと水波には分かっている。調整体に訪れる突然死が、魔法の使い過ぎと密接に結びついている事も。

達也と深雪を守る為に力を振り絞った。その事に後悔は無い。あの時の水波にはポーズではなく命を懸ける覚悟があったし、今もそれを後悔していない。だがやはり、死を意識するのは怖かった。だからなるべく、考えないようにしていた。平気なふりをして、自分を誤魔化していた。

しかし今、深刻な表情をした光宣と向かい合って、目を背けていた不安が水波にのしかかる。

 

「水波さん、その、手を触ってもいいかな・・・?」

 

「・・・はい、どうぞ?」

 

こんな時でなければ、水波はここまで平然と答えられなかっただろう。心の中に広がった不安が彼女の羞恥心を鈍らせていた。

水波が外骨格のアシストを受けて右手を光宣に差し出す。自分から言い出した事にも拘わらず、光宣の白い頬は薄く紅潮していた。

光宣が水波の右手に、下からそっと自分の右手を重ね、更に光宣は水波の右手の甲に左手を重ねる。水波の右手を左右の手で挟み込む形だ。これにはさすがに、水波も赤面してしまう。

光宣が左手をゆっくりと、微かに動かす。頬を赤く染めたまま、真剣な表情で。熱がこもった光宣の瞳を、水波は吸い寄せられるように見詰める。

光宣が時折眉を顰めているのは、医者にも水波本人にも分からなかった何かを感じ取っているのだろうか。一分近くそうしていた後、光宣は水波の手を放して大きく息を吸い込み、吐き出した。呼吸を忘れる程に集中していたのだろう。

 

「・・・水波さん。残酷と思うかもしれないけど、水波さんの怪我は治っていない。魔法演算領域は傷ついたままだ。一時的に体調が回復しても、何時また倒れるか分からない」

 

「・・・そうですか」

 

「信じられないのも無理はない」

 

水波は光宣の言葉が信じられなかったのではない。既に達也からも「激しい戦闘には耐えられない」と言われているので、自分が完全に回復する事は無いのだろうと覚悟はしていた。だが光宣は、水波が信じられないのだと勘違いしたのだった。

 

「でも、信じて欲しい」

 

水波は声に出さずに「えっ?」と心の中で漏らしていた。何を信じろと言うのか……光宣のセリフは、水波にとって思いがけないものだった。だが彼女の疑問は、すぐに解消された。

 

「僕が必ず、治療法を見つけ出す。だから、諦めないで欲しい」

 

水波の脳裏に浮かんだのは「何故?」という疑問だった。水波は今朝、同じ質問を達也にぶつけたが、光宣に同じ問いを向けるのは、何故だか躊躇われた。

 

「・・・はい。よろしくお願いいたします、光宣さま」

 

水波の口から出た答えは、光宣にとっても彼女自身にとっても、予想外のものだった。



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達也の懸念

伊豆の別荘を引き払う作業に追われていた達也が昼食を摂ったのは、十三時過ぎの事だった。荷造りや積み込みに達也が手を出す必要は無かったが、途中で凛が用事で抜けた事で研究データの移動に時間がかかったのだ。

キッチン道具は別荘に備え付けのものだったので、昼食は何時も通りピクシーが調理した。キッチン用具に限らずこの別荘にある道具も着替えも、ほとんどは四葉本家が手配したものなので、持っていく荷物は余りない。昼食が遅くなったのは、作業の終わりが目に見えていた所為でもある。

ダイニングのテーブルについているのは達也一人だ。他の作業員は車の中で弁当をつついている。お偉いさんとの同席を避ける気持ちは達也にも理解出来るので、無理にテーブルへ誘ったりはしなかった。

 

「達也様、お食事中、失礼します」

 

達也がお皿を全て片付け、食後のコーヒーで一服しているところに、花菱兵庫が入ってきた。今日の彼は何時もの三つ揃えではなく運送会社のユニフォームのようなワークパンツとジャンパー姿だ。だからこそ、何時もと同じで折り目正しく一礼する姿は形容しがたい違和感を放っていた。

 

「いえ、もう食べ終わっています。何かありましたか?」

 

「調布碧葉病院の担当者から報告がございました」

 

調布碧葉病院は水波が入院している病院の名前だ。水波の容態が急変したとか一瞬焦りを覚えたが、達也はすぐにその思い付きを自分で却下した。そんな事が起これば、兵庫の口調がもっと緊張感のあるものになるはず。その点、兵庫は気遣いの出来る人物だ。

 

「聞かせてください」

 

「午前十一時過ぎ、桜井の病室にお客様がございました」

 

兵庫にとって水波は四葉家に仕えるメイドの一人。執事である彼の方が地位は上だ。自然とこういう呼び方になるのだ。

 

「お見舞いですか? 面会は制限していたはずですが」

 

達也が訝しげに問い返すと、兵庫は達也の疑問は尤もだという感じで答えた。

 

「それは病院の者も認識しておりました。ですが無闇に追い返すわけにもいかず、本家に問い合わせたところ、通しても良いと許可が下りたそうです」

 

「誰ですか?」

 

追い返せない相手という段階で、ただの見舞客ではない事が分かる。その上、本家が許可を与えたという。その客がいったい何者だったのか、達也には心当たりがなかった。

 

「九島家の御三男、九島光宣様でございます」

 

「光宣が・・・?」

 

達也の脳裏にまず浮かんだのは、何故平日にも拘わらず光宣が見舞いに来るのか、という当たり前の疑問だった。水波の入院を光宣が知っている理由については、特に頭を捻る必要は無かった。響子が教えたのだろう――達也はすぐに、そう考えた。本来は軍の内部に留めておくべき情報であるはずだが、響子は光宣に何かと甘い。光宣に懇願されては、この程度の事は漏らしてしまうに違いない。国防軍にとっても、機密にする必要までは無い情報だ。

しかしそれを知ったとして、昨日の今日で、学校を欠席してまで見舞いに来る理由が達也にはよくわからなかった。光宣が水波と一緒にいたのは、正味三日に満たないはずだ。確かに相性はいいように見えたが、二人の間に特別な好意を思わせる素振りは見られなかった。京都で水波に看病され、それで光宣が水波にある種の感情を懐いたという可能性は、ゼロではないが、それにしても思い切りが良すぎる。それが光宣らしくないと言える程、達也は彼の性格を詳しく知ってはいない。

 

「それで光宣は、まだ病院にいるんですか?」

 

もし今も調布碧葉病院にいるのであれば、どういうつもりなのか直接尋ねてみようと達也は考えた。だが生憎、達也の目論見通りにはいかなかった。

 

「いえ、既にお帰りになったと。病室には二十分程度しかいらっしゃらなかったそうです」

 

「(単なるお見舞いではない、何か別の目的があったのか?)」

 

光宣の真意を推測しようにも、材料が少なすぎる。

 

「光宣の件は了解しました。他には?」

 

「特にございません」

 

恭しく腰を負った兵庫に退出を指示し、一人になった達也は、物置と化したダイニングの隅に控えているピクシーへ振り向いた。

 

「ピクシー、情報端末を取ってくれ」

 

「かしこまりました」

 

能動テレパシーではなく機械の身体のスピーカーで応えて、ピクシーはすぐに端末を持ってきた。達也は去年の秋に、光宣と連絡先を交換している。光宣がIDを変えていない限り繋がるはずなのだが、ここでも達也の思惑は外れた。スピーカーからコール音が聞こえているから、IDが無効という事は無い。情報端末に付属する通信用IDは使いまわしが出来ないようになっているから、IDを変えると前のIDは無効になる。つまり、コール音は鳴らずにID無効のメッセージが返ってくる。端末の電源が入っていない場合も、その旨のメッセージが返ってくる。つまり光宣は現在、情報端末を手に取れない状況にあるのか、それとも居留守を使っているのか、だ。

 

「(・・・居留守というのも、あいつらしくない気がするな)」

 

とはいえこれも、材料不足の下でのイメージでしかない。達也は光宣の行動に関する疑念を、凛に連絡を入れるとともにいったん棚上げする事にした。



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知識の答え

達也が光宣に電話を掛けた時、光宣は既に奈良へ向かう長距離列車『トレーラー』に乗っていた。ただそれは、電話に出られなかった理由にはならない。トレーラーは個型電車を収納して走るカートレインの亜種だ。利用客はトレーラー本体に移乗して手足を伸ばすのが一般的だが、個型電車の車中に留まる事も出来る。光宣はわけあって、そうしていた。個型電車の内部は完全な個室で、電話に出ても迷惑がる者はいない。

では何故、光宣は電話に出なかったのか。結論から言うと、光宣はコール音に気付いていなかった。その時光宣はちょうど、心の中で会話中だった。光宣が尋ねたのは、水波の治療法。だが光宣の中にいる「知識」からの回答は、非情なものだった。

 

「(彼女の魔法演算領域を修復するのは困難です)」

 

「(治療出来ないと言うのか? 何故だ。一条家当主は順調に回復しているじゃないか)」

 

一条剛毅が倒れた原因は伏せられているが、魔法演算領域のオーバーヒートに違いないというのが十師族の間では共通の認識となっていた。順調に回復しているというのは一条家の発表で、それが事実だという事は九島家でも裏が取れている。

 

「(一条剛毅のダメージは、それほど深刻なものでは無かったのでしょう)」

 

「(じゃあ水波さんは、ずっとあのままだと言うのか!?)」

 

「(肉体的には回復すると思われます。その点は、医者も嘘を吐いていない)」

 

「(肉体的には?)」

 

「(安静にしていれば、身体の衰弱や鈍化は比較的短時間で元に戻ると見られます)」

 

それを聞いて、尋ねている側の光宣は少し安堵した。だがすぐに、懸念が蘇る。

 

「(だけど、肉体の不調は魔法演算領域の損傷が原因なのだろ? 原因を何とかしなければ再発するんじゃないか?)」

 

「(自然に再発する可能性は低いでしょう。彼女は「僕」と違い、肉体が耐えられないレベルで想子が常時過剰に活性化しているわけではありませんから)」

 

「知識」の冷静な指摘が、光宣の神経を逆撫でする。一般的に言えば、想子の活性度が高いのは優れた魔法師である証拠なのだが、光宣の場合はそれが、彼を病床に縛り付ける枷となっている。行き場のない怒りを光宣は心の中にねじ伏せた。今優先すべきは、水波の治療法だ。どうしようもない自分の欠陥に囚われている場合ではない。

 

「(それは、想子の活性度を上げたら肉体の不調が再発するということか?)」

 

魔法を行使する時、魔法師の内側で想子は活性化する。強い魔法程、活性度は上昇する。想子活性度の上昇が肉体を損なうのであれば、今後水波は高威力の魔法を使うたびに倒れてしまうという事になる。高度な魔法は、事実上使えなくなる。

 

「(その通りです。「僕」と違って条件がはっきりしていますから、日常生活に支障は無いでしょう。ただ「僕」と同じく、魔法師としての活動は制限されます)」

 

魔法師として活躍出来ない。それこそが光宣を苦しめ続けてきたものだ。光宣であれば、断じて耐えられない。だが、水波はどうだろうか。彼女にとって、魔法を使えなくなるのは不幸な事なのだろうか。

 

「(・・・魔法を使わなければ、普通に暮らせるんだな?)」

 

「(残念ながら、断言は出来ません。彼女は調整体の血を引いています。おそらく、両親共に調整体の血統でしょう。自分で魔法を使おうとしなくても、魔法演算領域が暴走して肉体の許容範囲を超えるという事態は十分にあります)」

 

「(僕のようにか)」

 

「(そうなれば状況は「僕」よりも深刻です。「僕」の魄は強度こそ不足していますが、同時に高い修復力を備えています。だから倒れる事が多くても、死に至らずに済んでいる。ですが彼女の場合は、いったん魄が壊れると、そのまま命が尽きてしまうかもしれない)」

 

「(・・・でも、今回は助かった)」

 

「(何者かが魄をその場で修復したのでしょう。それに、彼女の魔法演算領域は殻のようなもので覆われ、現在は魔法がほとんど使えない状況と思われる)」

 

達也と凛だ、と光宣は直感した。達也が有している魔法技能の全貌を光宣は知らないが、二年前の夏にテレビで観戦した新人戦モノリス・コード。あの試合で達也は大逆転劇を見せた。あの状況から考えて、達也は高度な自己修復能力を持っている。それを他人にも及ぼす事が出来るに違いない。凛は自分の体の調子がよくなったあの漢方薬を作った実績がある。彼女ならばこう言ったこともできるだろうと自分で納得できる部分があった

 

「(じゃあ、その「何者か」がいないところで「発作」が起こしたら・・・)」

 

「(助からないでしょうね。調整体には生涯付き纏う悲劇ですが、「水波さん」の場合は今回の事で、それが起りやすくなっていると推測されます)」

 

「(最終的な治療方法も、僕と同じか・・・?)」

 

「(パラサイトとの融合。これが最も効果的だと思われます)」

 

その回答を聞いて、光宣は「知識」との対話を打ち切った。水波を救うためには、彼女をパラサイトにしなければならない。とんでもない、と光宣は思った。だが、自分と同じ。そう考えると、光宣はなんだか心惹かれるものを感じた。



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水波の違和感

予告通り、夜になって深雪を伴いお見舞いに訪れた達也は、水波の口から光宣が何をしに来たのかを聞いた。

 

「治療法を見つけ出す、と光宣は言ったのか?」

 

「はい、達也さま」

 

やはり、単なるお見舞いではなかったようだ。水波の答えを聞いて、達也は小さく頷いた。手を握られたとか手の甲をさすられたとか聞いた時には不埒な意図を疑いもしたが、光宣の真意は水波の治療にあると、達也は一応納得した。

 

「達也様、光宣君にそのような知識があるのでしょうか?」

 

一緒に水波の話を聞いていた深雪が、もっともな疑問を呈する。魔法演算領域の治療は四葉家が長年取り組んできて、まだゴールが見えない難問なのだ。

 

「無いとは言い切れない。去年の論文コンペでも分かるように、『精神』に関する光宣の見識は高校生のレベルをはるかに超えている。また古式魔法の要素を取り組んだ旧第九研の魔法には、精神干渉系の術式も多く含まれている。光宣が旧第九研の研究成果から魔法演算領域の治療に関する手掛かりを掴んでいるというのは、あり得ない話ではない」

 

「しかし、魔法演算領域それ自体の研究は旧第四研の時代から、四葉の研究者にとって一貫したテーマでした。それでもまだ、治療法が見つかっていません。それに光宣君自身も魔法演算領域と肉体のアンバランスを抱えています。そのような知識があるなら、真っ先に自分の治療に着手するのではないでしょうか?」

 

「自分が似たような悩みを抱えているから、特に詳しくなっているとも考えられる」

 

深雪の否定的な推測に反論していた達也だったが、ここで「いや・・・」と言いながら一度、小さく首を横に振った。

 

「ここで光宣の能力についてあれこれ議論していても意味はない。水波の治療法を探してくれるというんだ。今は光宣の好意を、好意として受け取っておこう」

 

「・・・そうですね。詮無い事を申しました」

 

達也は深雪に頷いて、水波へ視線を戻した。

 

「水波の治療については、ここの医師も努力してくれている。本家の方でも研究のピッチを上げているそうだし、俺も手をこまねているつもりは無い。安心して、吉報を待ってくれ」

 

「はい。あの、達也さま・・・」

 

達也は水波を安心させるつもりで言ったのだが、水波から不安げな声を返され「逆効果だったか」と軽い後悔を懐いた。

 もちろんそれを表に出す事はしない。落ち着いた声と表情で、水波に続きを促した。

 

「何だ?」

 

「機会がございましたら、光宣さまに無理をしないよう、お伝えいただけませんか」

 

達也は心の中で「おやっ?」と呟いた。水波が不安を覚えていたのは、治療の成否ではなく光宣本人についてだったようだ。

 

「光宣に何か感じたのか?」

 

「はい。・・・凄く、張り詰めていらっしゃるように思われました。私の事を気に掛けてくださるというだけでなく、何か他にも、もっと深刻な悩みを隠していらっしゃる・・・そんなご様子でした」

 

「光宣の体調は悪くなかったのだろう?」

 

「はい。お身体の方は、特に無理をしていらっしゃるようには見えませんでした」

 

「・・・気になりますね、達也様」

 

水波の不安が伝染したのか、深雪が心配そうな表情で達也の顔を見上げる。

 

「光宣は聡明な男だ。無茶はしないと思うが・・・」

 

そういいながら、達也には十分な確信が無かった。彼も光宣の人柄を熟知しているわけではない。それでも、去年の秋に出会った光宣ならば、馬鹿な真似をしないと言い切れる。だが今日の光宣の振る舞いは、あの時の光宣のイメージと合致しない。達也は漠然とそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?光宣君が?」

 

『ああ、病院に見舞いに来たらしいが水波が言うには随分と必死に見えたらしい』

 

「そう・・・分かったわ。何かあったら教えて」

 

そう言って携帯を切ると凛は目の前に広がる地図を見た。そこは今度の15日にマイクロブラックホール実験の行われるダラス国立加速器研究所の内部図とその周辺地域の地図だった

 

「さて・・・すまない。会話を切ったわね・・・どこまで話した?」

 

「閣下、ダラスに向かわせる部隊と作戦内容の詳しい詰めです」

 

「ああ、そうだったわね・・・それで、向かわせるのは万全を期してガルム隊全員を連れて行きなさい」

 

「・・・良いのですか閣下?」

 

トゥーナが驚きながら言うと凛は頷いた

 

「ええ、問題ないわ・・・かつての上司を相手にするのは大変だろうけど・・・それより研究所襲撃前に実験が行われた時はすぐさま爆撃機で研究所ごと破壊する事を全員に伝えてちょうだい」

 

「はっ!了解しました」

 

トゥーナは少し緊張した様子で了解した。すると凛は緊張しているトゥーナを見て少し微笑んだ

 

「そんな緊張しなくても大丈夫よ。彼らならやってくれるはずよ」

 

「あ・・・そ、そうですね・・・失礼しました」

 

実はトゥーナが緊張したのは作戦の成否ではなかった。彼女が緊張したのは今の凛の姿が原因だった。

今の彼女はガラスのような白い肌や髪を持ち、海を詰め込んだような神秘的な姿をしていた。

一瞬アルビノかと思う様な白さだが青い目が彼女がアルビノではない事を示していた。

なんとか返事のできたトゥーナはもし作戦が失敗した際の計画を凛に伝えた



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久々の登校

第一高校への通学路は、最寄り駅から道なりにまっすぐだ。脇道はあるが、事実上の一本道と言える。一高生徒の殆どは、登下校時にこの道を通る。例外は学校から徒歩圏内に住んでいる生徒くらいだ。

六月十一日、火曜日の朝。この通学路を登校する生徒たちの間にざわめきが走った。一高生の間では知らぬものが無い生徒会長・司波深雪が男子生徒に寄り添っていた。その男子生徒も、生徒会長と同じくらい有名人だ。今や社会的な知名度は彼の方が高いだろう。

その生徒の名は司波達也。久々の登校だった。

 

「達也さんっ!」

 

一高の校門と校舎の間には、長い直線の並木道がある。その道に入った直後、達也は前方から声をかけられた。登校する生徒の群れを逆走する人影は、一つでは無かった。

 

「達也さん、戻ってこられたですね!?」

 

事情を知る者からは「仕方ないな・・・」という視線、事情を知らない生徒からは奇異の目を向けられながら、ほのかはそれに構わず達也の許へ駆け寄った。

 

「ああ。今日からまた、よろしく頼む」

 

達也は微かな苦笑いを浮かべて、それでも迷惑そうな素振りは見せずにほのかに応えた。

それを見た弘樹と深雪は軽くため息をつきながらも日常といった感じで二人のことを見ていた

ほのかのすぐ後ろでは雫が恥ずかしそうに目で挨拶をし。

さらにその後ろでは「やれやれ」と言った表情でエリカ、レオ、幹比古、美月が控えていた。達也の視線に気づいたエリカが軽い仕草で手を振った。

達也は右に並んだほのかと共に校舎へと進んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔工科の昇降口は二科生側にある。これはA組~D組、E組~H組で昇降口が分かれているからで、校舎の構造上仕方がない事だ。

深雪、ほのか、雫、幹比古、エリカ、レオと前庭で別れて、達也は美月と共に教室に向かった。

 

「(三年E組の教室も久しぶりだ)」

 

そんな事を考えながら達也が教室に入る。

 

「机は残っていたんだな」

 

窓際の席に着いた達也の口から、皮肉ではなく素朴な感想としてそんなセリフが零れる。美月が隣の席に腰を下ろして、身体ごと横座りに達也へ向き直る。

 

「恒星炉のプロジェクトの方はよろしいんですか?」

 

「いや、もちろん忙しい。だから毎日通学するのは難しいかもしれない」

 

達也の答えを聞いて、美月の顔に寂しそうな表情が微かによぎるが笑顔でそれを隠していた

 

「そうですか。でも、偶に来て頂けるだけでも嬉しいです」

 

美月の台詞に荷物を置いてきたのだろう。エリカやレオが乱入して頷いていた

 

「朝と帰り、深雪のエスコートだけでも良いから毎日来てよ。やっぱり、達也くんがいないと何か物足りないのよね」

 

「深雪のエスコートか」

 

学校の意義を丸ごと無視したエリカのセリフに、達也は苦笑いを禁じ得ない。しかしエリカが言ったことは、意外に核心をついていた。

 

「そういえば達也。桜井は結構悪いのか?」

 

三高女子たちの盛り上がりが一通り済んだところで、レオが水波の容態を気にした。彼が水波の不在を気にするのは、彼女が部活の後輩だからだ。

 

「後遺症が残らないと医者は言っている。だが、少し掛かりそうだ」

 

「そうか・・・」

 

「桜井さん、そんなに悪いのですか?」

 

「あんまり心配し過ぎると、今度は水波が心苦しく思うだろうから、そんなに深刻な顔はしないでくれ」

 

「俺は見舞いにはいかないが、お大事にと伝えておいてくれ」

 

「ああ」

 

レオが気にしているのは水波の容態だが、達也の場合はそれだけではない。無論、純粋に回復を願っているのは嘘では無いが、それと同時に深雪の護衛をどうするかという点も達也は気になっていた。

昨日は一人で登下校させた。深雪に危害を加えられる者など、魔法師にも非魔法師にも滅多にいないだろうし、近くにいなくても達也は深雪を守る事が出来る。それに今の深雪には弘樹という自分以上の実力者がついている。

だか、彼は最近別の仕事があると言って常に深雪のそばにいることは難しいと言っていた。

だからと言っていつも側についている生徒を用意するのは不可能だ。登下校時だけでも自分がエスコートするというのは、達也もエリカに言われる前から考えていた事だった。

 

「というかさ。凛を呼んで護衛にはできないの?」

 

と、エリカが小声で言うが達也は否定した

 

「いや、彼女は別件で今日本にすら居ない。帰ってくるのは最低でも一週間後らしい」

 

そう言うとエリカは少し驚いた表情をした

 

「えっ!今凛は外国にいるの?」

 

「ああ、何か用事とか言ってどっかに行っていた」

 

「どうやって出国したんだよ・・・」

 

「さあ?まぁ、あいつのことだから偽造パスポートで出国したんじゃないか?お前達も見ただろ、あいつの変装能力を」

 

そう言うと全員がどこか納得出来た。前の伊豆の別荘に向かった時、同じヘリに乗っていたにも関わらず弘樹が言うまで気づけなかったあの変装を

 

「ああ・・・確かに、凛のやつなら簡単に出国できそうだな」

 

「そうね、メイクとカツラだけであんなに変われるのだもの。出国審査くらい簡単に抜けられそうね」

 

そう言うと思わずエリカ達は笑いそうになってしまった



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国家間の考え

達也が一高に復学したのは、ディオーネー計画に関わる騒動が落ち着いたからではない。先週達也が対抗策を打ち出したことにより、騒ぎはむしろ過熱している。一高の周辺にマスコミの姿が見えないのは、拳銃による殺人未遂事件が影響しているのだろう。「トーラス・シルバー」の正体は既に明らかとなったので、もう命懸けで取材する必要は無いという事かもしれない。

今や騒動は、達也の周辺を離れて世界規模に広がった感がある。四大大陸の内、新ソビエト連邦がUSNAのディオーネー計画を支持する一方、インド・ペルシア連邦は政府の公式声明は無いものの達也のESCAPES計画を事実上支持する姿勢を示している。大亜連合は未だ態度を明らかにせず。

四大大陸以外の国々も、ヨーロッパはおおむねディオーネー計画支持、西アジアから東南アジア掛けてはESCAPES計画支持、ブラジルとオーストラリアは大亜連合同様旗幟を明らかにしていない。

両陣営が表立って争う姿勢を見せていないのが、事態をややこしくしていた。ディオーネー計画もESCAPES計画も、魔法の平和利用という点では一致している。そしてどちらも、建前上は相手を排除していない。公開された資料で判断する限り、ディオーネー計画を実施したからといってESCAPES計画が推進出来なくなるというものではないし、その逆も言える。ただ同じ魔法師が、両方の計画に同時に参加する事は出来ないというだけなのだ。

二つの計画が両立されるものだと認知されることによって、達也とクラークの間で繰り広げられた宣伝戦は、達也の優勢で進んでいる。これは達也の頭脳がクラークに優っているというより「後出し」の有利によるものだが、この闘いは審判がいる競技ではない。後出しだろうがイカサマだろうが勝利にのみ価値がある。

理屈の戦いで後れを取ったエドワード・クラークは、権力という搦め手に頼った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国防陸軍第一○一旅団の総責任者である佐伯広海少将は防衛省の庁舎ビルを訪れていた。統合軍令部もここに置かれているが、今日出頭を命じられているのは背広組が勤務するセクションである。

昼過ぎに基地へ帰ってきた佐伯は、指令室に戻るなり風間を呼び出した。

 

「・・・達也を、いえ、司波達也氏を――」

 

「わざわざ言い直す必要はありませんよ、中佐」

 

「・・・失礼しました。ディオーネー計画に参加するように達也を説得せよと命じられたのですか」

 

「外務省の課長には、私に命令する権限はありません」

 

防衛省の会議室で佐伯を待っていたのは、外務省北米局の課長だった。佐伯が言う通り、外務省には国防軍に対して命令する権限は無い。会議室で告げられた言葉も、依頼の形を取っていたが、防衛省の諸機関も同席していたあの場の発言は事実上の強制、つまり命令に他ならなかった。

 

「閣下にその依頼が回ってきたのは、達也が『大黒竜也特尉』だからですか?」

 

「そのようです」

 

仏頂面をした佐伯の前で、風間は隠しようもないため息を漏らした。

 

「背広組はどうやら、達也に与えられた『特務士官』の性質をよく知らないようですね」

 

「大黒特尉の地位はある意味で超法規的なものです。事務職が知らなくても無理はない」

 

「法制を所管する事務職だからこそ、知っていて然るべきだと思いますが」

 

「中佐の指摘はもっともですが、今問題にすべき点は別にあります」

 

「失礼しました。問題は達也を説得できるかどうか、説得すべきかどうかという点でしょうか」

 

話を逸らしてしまった事を謝罪し、風間は二つの問題点を列挙した。

 

「そうです」

 

「まずこの件の出発点として、達也がマテリアル・バーストの術者だという事を防衛省と外務省は認識しているのですか?」

 

「今日の感じからすると、伝わっていないようですね」

 

「なるほど。であれば、このような頓珍漢な指示が出てくることにも納得が出来ます。いっそのこと、達也を十四人目の『使徒』として認定してはどうですか?」

 

「・・・悪くない考えですね」

 

「閣下?」

 

「これ以上状況が悪化するようなら、検討すべきなのかもしれません。彼が戦略級魔法師だと明らかになれば、官僚もUSNAに引き渡せなどとは言わなくなるでしょう。とりあえずこの件は一先ず置いておくとして、風間中佐、司波君を説得出来ると思いますか?」

 

「不可能でしょう。このところ、達也と我々の関係は良好とは言えません。これは小官自身の失態ですが、先日の隠し撮りの件でも大きな不審感を与えてしまいました」

 

「我々が説得に動いても成功の見込みは無く、むしろ彼との関係を悪化させる結果にしかならないという事ですか。では外務省からの要請を断る事で、司波君の歓心を買う事が出来ると思いますか?」

 

「それは・・・どうでしょう。我々がどう動こうと、達也がディオーネー計画に参加する事はありません。それ程ありがたいとも思わないでしょう。何もしない事が、この場合ベストの選択肢ではないでしょうか」

 

「なるほど・・・貴官の意見を採用しましょう」

 

「それは、何もしないという事ですか?」

 

「そうです。外務省の要請は正規の手続きを経ていない、非公式の物でした。放置しても問題ありません。中佐、ご苦労様でした」

 

「ハッ。失礼します」

 

一応達也に教えておくか、と風間は頭の中で考えてすぐ却下した。

それより、十四人目の『使徒』として認定するなどいう話が現実的になった際には、達也の意向をしっかり確認しなければならないだろう。

既に達也はトーラス・シルバーとして、世界的に望まぬ知名度を得てしまっているので、以前ほど表に出る事を忌避していないかもしれないが、戦略級魔法師として公認されることを達也が望んでいるかと聞かれたならば、風間ははっきり「No」と答える。ここで対応を間違えて、彼の気分を害するのは得策ではない――と、こんなことを考える程度には、達也との関係が疎遠になっていることを、風間は気に掛けていた。それに、風間はなぜ達也が使徒認定させようとしているにも関わらず弘樹も国家公認戦略級魔法師に認定しないのか。その点が気掛かりになっていた



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十三束の訴え

達也とエドワード・クラークの間で右往左往しているのは、外務省だけでは無かった。産業省は、大臣を務める与党重鎮の事務所から加えられている圧力に苦悩していた。かつては通商産業省と呼ばれていたように、貿易は産業省の重要な所轄分野だ。USNAはこの時代でも最も重要な貿易相手国であり、産業相の官僚としては通商摩擦の芽を出来る限り小さな内に摘み取っておきたいところだ。彼らとしては一民間人の去就でUSNAと揉めるなど冗談ではなく、達也にはさっさとアメリカに行ってほしいというのが本音だった。

ところが今朝になって、大臣の事務所から「魔法恒星炉エネルギープラント計画」を実行するにあたって必要な立法措置について問い合わせがあった。これはつまり、USNAのディオーネー計画には参加しない方向で具体的な検討をしろという事だ。そもそもディオーネー計画も魔法恒星炉プラント計画も政府が決めた公式事業ではないので、日本として参加するしないもない。最も協力的と見られる新ソ連も、協力を表明しているのは政府ではなくアカデミーだ。ここで日本政府が何もしなくても、表立ってUSNAから難癖をつけられる段階ではない。

プラント計画の方は国内で行われる事業なので、その法的側面について検討するのは産業省本来の役割とも言える。しかしそれを大臣の事務所からわざわざ照会してきたのは、どう考えても「支持しろ」という圧力だ。

何故そんな事になったのか、産業省は調査済みだった。大臣の事務所に陳情があったのだ。それも、与党の大きな資金源となっている大企業グループ複数から。

オール経済界というわけではないから、USNAの機嫌を損ねる可能性が高いプラント計画に反対している財界人も少なくは無いと見られる。だが産業省の実感としては、単なる一高校生が口にしたプロジェクトが経済界を二分する勢いになっている。

一体全体、何処でそんなコネを掴んだのか、いつの間に海千山千の大物経営者たちをたらし込んだのか、仕事に追われながら産業省の職員は盛大に首を捻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わるまで、達也は教室の席から動かなかった。三年生になれば魔法に関する専門的な課程が増える。だが、一般教養科目がゼロになるわけではない。達也は欠席中未履修だった一般科目を三倍速で集中的に受講していたのである。残念ながら半日で終わる量ではなかったが、彼も今日一日で後れを全て取り戻せるとは思っていない。昼休みになったので、食事に行こうと立ち上がったのだった。

 

「達也さん、お食事――」

 

「司波君」

 

隣の席の美月が「お食事ですか」と問い掛ける声に、少年の声が被さる。声の主は十三束だった。

 

「美月、先に食堂へ行っていてくれ」

 

美月にそう答えてから、達也は十三束へ振り向いた。

 

「十三束、何か用か?」

 

「・・・少し、話したい事があるんだ」

 

「それは時間がかかる話か?」

 

「たぶん」

 

「放課後では駄目なのか?」

 

「出来れば、すぐに」

 

「だが、時間がかかる話なんだろう?」

 

「それは・・・そうだけど」

 

十三束が口籠る。

すると達也にヒステリックな言葉が飛ぶ

 

「何よ、話くらい聞いてあげなさいよ」

 

平河千秋は達也を睨みながらそう言う。するとそれに反応したのは美月だった

 

「そんな言い方・・・!達也さんは話を聞かないなんて言って無いじゃないですか!」

 

普段温厚で引っ込み思案な美月が食って掛かってきた事に、女生徒同士の場外乱闘になりかけたが達也の「止せ、美月」という制止によってそれ以上には発展しなかった。

 

「美月。悪いが、今日の昼休みは十三束の話を聞く事にする。皆にもそう言っておいてくれないか」

 

「・・・分かりました」

 

「悪いな」

 

美月が不服な表情をのぞかせているのを見て、達也は美月に謝罪する。

 

「いえ・・・では、失礼します」

 

達也に一礼して、十三束には目もくれずに教室から美月が出ていった。まさか美月があそこまで自分に敵意を向けてくるとは思っていなかった十三束は、自分の思い通りに事が進んでいるにも拘らず、何をして良いのか分からなくなってしまっていた。

 

「十三束、何処で話をする?」

 

「えっと、じゃあ屋上で」

 

達也が軽く眉を上げたのは、屋上では他の生徒にも聞かれることになる可能性があるのではないかと考えたからである。

 

「分かった」

 

だが十三束がそれでいいなら、達也が気にする事ではない。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「ああ」

 

そして十三束は教室をさる時、千秋に感謝をした

 

「千秋さん、ありがとう」

 

そう言い残すと十三束は先に教室を後にした達也の後を追いかけた



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最後の説得

達也の予想に反して、屋上は無人だった。東京は先週梅雨入りして、今日もどんよりとした曇り空、今にも雨が降り出しそうな空模様だ。屋上でお昼を過ごそうと考える生徒がいなくても、当たり前かもしれない。

屋上にはベンチも置いてあるが、達也も十三束も座ろうとはしない。立ったまま向かい合う二人。口火を切ったのは達也だった。

 

「それで、俺に話しというのは何だ」

 

「・・・先日、母が倒れたんだ」

 

「魔法協会の十三束翡翠会長が入院されたそうだな。深雪から聞いている。災難だったな。だがその件は魔法協会会長と外務省の間の問題だ。俺に苦情を言われても困る」

 

他人事のように評する達也に、十三束がムッとした表情を浮かべた。達也には十三束の表情が見えていたが、彼はその心情をまるで斟酌しなかった。

 

「そんな言い方はないだろう!」

 

「年下の女の子に喧嘩を吹っ掛けておいて、『そんな言い方』も無いものだ」

 

達也の薄情な物言いに、十三束の声が怒気に染まったが、達也の皮肉と言うには辛辣すぎる物言いに、十三束は思わず怯んだ。十三束はここにいたり初めて、達也の瞳に冷たい怒りが宿っているのに気が付いた。

 

「それで十三束。お前の用事というのは、魔法協会会長の心労を取り除くため、俺に生贄になれという事か?」

 

「生贄なんて言っていない!」

 

「だが俺をUSNAに追いやりたいんだろう?」

 

「追いやるなんて・・・僕は・・・あの計画が、本当に魔法師のためになると思って・・・」

 

達也の声に込められていた毒は、十三束の予想をはるかに超えていた。

 

「十三束。お前はディオーネー計画の真の目的を理解していないのか?」

 

今度は微かな苛立ちが達也の声に篭る。あえてそう聞かせている事を知らない十三束は、達也の非情な態度に対する怒りを忘れてオロオロし始めていた。

 

「真の目的って・・・?」

 

すると二人しかいない屋上に一人と男子生徒が入ってきた

 

「弘樹・・・」

 

「よう、話聞いて飛んできた。悪いが全部聞かせてもらったよ」

 

そう言うと弘樹は十三束の方をじっと見た

 

「十三束、公開されているディオーネ計画の資料をよく見ろ、資料だけでもディオーネ計画の真意が見えて来る」

 

そう言うと弘樹は面倒そうに後頭部を掻くと十三束に言う

 

「いいか。あれはUSNA、新ソ連、イギリスなどの大国が自分達にとって脅威となる魔法師を排除するのが目的だ。まあ、いわゆる国外追放ならぬ宇宙追放と言っていいものだ」

 

「そんなの・・・ただの陰謀論に過ぎないじゃないか!

 

十三束はそう反論するも弘樹はきつめの顔で言う

 

「だったら公開されている資料を見返せ。それで僕の言っている理由がわかるはずだ」

 

そう言うと弘樹は達也を連れて校舎へと戻った。

 

「・・・何だよ、それ」

 

十三束がぽつりとそう呟いたのは、堕ちてきた雨粒の感触で我に返った結果だった。

 

「真の目的?宇宙に島流し?はっ、まるきり陰謀論じゃないか」

 

嘲るように、吐き捨てる。しかしどんなに否定しようとしても、達也の言葉が心に突き刺さったまま抜けてくれない。

雨はすぐに、本降りになった。十三束は雨に濡れるのを気にせず、もしかしたら気が付きもせず、ただただ屋上に立ち尽くしている。

 

「僕はそんな事、聞いていない。そんな事は、誰も言わなかった」

 

正確に言えば、彼の周りでは誰も言わなかった。彼が視聴した番組では、そんな意見が出なかった。それだけのことだ。

どれ程情報化が進展しても、一人の人間が触れ得るデータには限界がある。結局、拠り所となるのは自分自身の思考だ。

 

「宇宙追放だって?そんなの、考え過ぎだ。宇宙に島流しなんて、世論が許すはずがない」

 

とはいえ「自分の考え方」も、自分一人で作り上げるものではない。自分が触れてきた情報の影響を受けて形作られていく。

達也と十三束では、経験と、取り入れた情報と、積み重ねてきた思考が違い過ぎる。優劣ではなく、お互いに異質すぎる。達也が出した結論は、今の十三束には受け入れがたいものだった。恐らく、十三束の方が普通なのだ。彼が示している拒絶は、多くの人々が共有するものに違いなかった。

 

「司波君はただ、自分の我が儘でディオーネー計画に参加したくないだけなんだ。僕が資料を見直してその事を突きつければ、司波君だって大人しくディオーネー計画に参加するしかなくなるはずだ。大体なんで弘樹くんが話に入ってくるんだ・・・」

 

十三束はそう結論付け、公開されているディオーネー計画の資料を手に入れる為に図書室に向かおうとして、自分がびしょぬれになっている事に初めて気が付いたのだった。



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作戦前夜

伊豆高原に対する攻撃の失敗以来、エドワード・クラークはベゾブラゾフに度々電話を掛けているが、ずっと捉まえられずにいた。

 

『やはりベゾブラゾフ博士にはつながりませんか』

 

「ええ、サー・ウィリアム」

 

クラークが会話しているのは、イギリスのマクロードだ。クラークのいるロサンゼルスは真夜中、マクロードがいるロンドンは早朝だが、ベゾブラゾフがモスクワにいるのか極東にいるのか分からない為、クラークも時間がどうこう言っていられないのである。

 

「残念ながらベゾブラゾフ博士は、こちらとのコンタクトを拒むつもりのようです」

 

『仕方ありませんね・・・博士は我々と敵対する東側の人間だ。彼と私たちは同床異夢。独自の行動を取ると決めたベゾブラゾフ博士をコントロールするのは、最初から無理だったのでしょう』

 

「そうなるとやはり、ベゾブラゾフは再攻撃を諦めていないと?」

 

クラークの使う呼称が、「ベゾブラゾフ博士」から「ベゾブラゾフ」に変わった。その事にマクロードも気づいたが、特に何も言わなかった。

 

『そうでしょうね。あくまでも実力行使で、質量エネルギー変換魔法を葬り去るつもりなのでしょう』

 

「もう少し待ってくれればいいものを・・・」

 

待ったところで自分たちに有利な流れになるとは決まっていないのだが、クラークは思わず自分の髪を乱暴にかき回しながら悪態を吐く。

 

「サー・ウィリアム・・・成功の見込みはあるのでしょうか?」

 

『見込みはあると思います。ただ、五分五分でしょうね。前回は良いところまで追いつめたようですが、司波達也の実力がどの程度のものか、私たちには分かっていません』

 

「司波達也の魔法力次第だと?・・・確かに、その通りですね」

 

マクロードの推測は甚だ心許ないものだったが、クラークはそれに頷く以外なかった。

 

『クラーク博士。貴方の「フリズスキャルヴ」でも、司波達也の実力は分からないのですか?』

 

「・・・残念ながら。『アンタッチャブル』の異名は、伊達では無かったようです」

 

「アンタッチャブル」は四葉家の異名。達也が表舞台に登場する以前から、彼とは無関係に、いずれ葬り去らなければならない相手として、クラークは四葉家をターゲットにしていた。真夜にフリズスキャルヴの端末が渡ったのは、実を言えばクラークが四葉家の情報を収集する為だった。

しかし四葉家の当主は、クラークが思うようには踊ってくれなかった。四葉真夜の使用履歴からは、司波達也の能力も他の分家魔法師の能力も詳しい事が殆どつかめなかった。

 

『そうですか・・・』

 

失望したように、マクロードが嘆息する。マクロードに侮辱の意図は無かったが、クラークのプライドは大いに傷つけられた。

 

『こうなっては、ベゾブラゾフ博士の再攻撃が成功するよう祈るしかありませんね・・・クラーク博士、夜分遅く、失礼しました』

 

「いえ、呼び出したのはこちらですから。朝早くから申し訳ありませんでした」

 

『私の方は普通に起きている時間でしたよ。それでは博士、良い夜を』

 

「はい、サー・ウィリアム。良い一日を」

 

マクロードとの電話が切れる。マクロードは最後に、定型句として「良い夜を」を使ったが、クラークは到底安眠出来る気がしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スターズの基地の一室でジョンは横でぐっすりと寝ているリーナを横目にパソコンのコンソロールを動かす。

今見ているのは15日に行われるマイクロブラックホール実験に関する情報だった。現在、軍属という形でリーナの側にいるジョンは軍属となる際にこう言った機密文書にも触れる権限をウォーカー大佐からもらっていた。ジョンはコーヒー片手にパソコンに移る画面を見る。

 

「(実験開始は午前12時丁度・・・ダラス国立加速器研究所にて行うか・・・)」

 

そう思いながらマウスを動かすと今度は自分の携帯を見た。そこには明日に行われるダラス国立加速器研究所襲撃計画の内容だった

 

「(今回襲撃するのはガルム全4個小隊にコンテナ自走砲10輌、ステルス爆撃機三機と護衛のステルス戦闘機六機・・・戦争でも始める気ですか?)」

 

明らかに過剰とも言える戦力にジョンは軽く苦笑するとベットがモゾモゾと動き、リーナが目を覚ました。ジョンはふと携帯の時間を見ると時刻は午前5時、いつもリーナの起床する時間であった。つまり、今日マイクロブラックホール実験が行われると言うことだった。

 

「んんーっ!・・・ジョン、おはよ〜。何してたの?」

 

「おはようリーナ。ちょっと調べ事だよ」

 

そう言ってパソコンのデータを消し、電源を落とすと寝ぼけて髪の毛がボサボサの状態のリーナを見て目覚めのコーヒーを淹れ、彼女の髪を櫛で整え始めた。



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疑念まじりの警備

ここ数日間、国内でも海外でも、特に大きな動きは無かった。ここ数日間、国内でも海外でも、特に大きな動きは無かった。達也個人の周辺では平穏とは遠い日常だったが、世間的には平穏だったと言えるだろう。達也とエドワード・クラークの争いは、小康状態に移行したかに見えたが、その背後では、レイモンド・クラークの陰謀が進行していた。

六月十五日土曜日、北アメリカ大陸合衆国テキサス州ダラス郊外。ここは全長三十キロメートルに及ぶ長大な線形加速器を備えた国立加速計測研究所がある。その計測器の周りでは、朝から秘密実験の準備が進められていた。

実施される内容は、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験。前回、二〇九五年十二月に同じ実験が行われたが、その時の目的は質量エネルギー変換魔法の手掛かりを得る事だった。

だが今回の目的は、マイクロブラックホールの蒸発によって生み出されるエネルギーの観測では無かった。マイクロブラックホールの生成自体、成功する必要は無い。今日の秘密実験は、この研究所に潜り込んでいると推定される工作員を誘い出す為のものだった。

とはいえ科学者たちにとっては、漸く再実験の許可が下りた貴重な機会だ。彼らはこのチャンスを無駄にせぬよう、短い準備期間をものともせず張り切っていた。

工作員に対処するのは、情報部員でもカウンターテロ部隊でもない。参謀本部に直属する魔法師の部隊・スターズだ。工作員が本当にいるならば、高い魔法技能を持っていると考えられる。これもスターズが出動している理由だが、他の部隊が来ていないのは、そもそもこの作戦がスターズから具申されたものだという経緯が強く作用していた。

 

「ジャック、異常はないか」

 

『異常ありません、隊長。現時点まで、工作員らしき者の姿も見えません』

 

研究所内のすべてモニター出来る警備センターにはスターズ第三隊隊長のアレクサンダー・アークトゥルス大尉が詰めている。彼が通信している相手は第三隊の一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス中尉。レグルスは加速器の管制室で、不審な動きを見せるであろう工作員を見つけ出すべく目を凝らしていた。

 

「そうか、監視を続行せよ」

 

『了解』

 

「隊長」

 

通信機から口を離したアークトゥルスに、星座級の隊員が話しかけてきた。――なおスターズの序列は一等星級、二等星級、星座級、惑星級、衛星級の順になっている。この序列は階級とは別のもので、作戦行動時には下士官の星座級が准士官の惑星級の指揮下に入る事も多い。

 

「何だ」

 

アークトゥルスは部下の声に一声で答え、視線で続きを促した。

 

「フォーマルハウト中尉の件に、日本が関与しているというのは根拠のある情報なのでしょうか。日本の工作員がそこまで有能とは正直、思えないのですが」

 

この作戦実施中の段階でそんな今更感満載の疑問が出てくるのは、工作員の気配が全くないからだ。星座級の隊員たちがこの国立加速研究所に張り込んでいるのは、今日からではない。再実験が決まった翌日、今週の日曜からずっとだ。それなのに実験直前になっても、敵の影も形も見当たらないとくれば、多少懐疑的になっても仕方がないかもしれない。アークトゥルスは士気の低下を防ぐため、機密性の低い情報を部下に開示する事にした。

 

「日本軍は去年、パラサイトを使った自律人型兵器の開発に成功している」

 

「パラサイトを使った自律兵器でありますか?」

 

「事前の準備があったとしか思えないタイミングだ。直接の根拠では無いが、フォーマルハウト中尉の一件に日本軍が関与していた可能性は十分にあると思われる」

 

この推理には誤認がある。パラサイトを使った自律兵器――パラサイドールは元々式神術を応用して動かす構想だった。ただ式神や人造精霊では機体を動かす事は出来ても期待された魔法技能は発揮出来ず、電子頭脳で制御される機体に対して優位を獲得出来なかった。それが理由で、パラサイトが手に入るまで実用性が認められなかったのである。

つまり、正しくは完成の一歩手前だった兵器にパラサイトを利用したのであって、パラサイドールは最初からパラサイトの使用を想定して開発された物ではない。

この一件に限らず、レグルスに提供されたアークトゥルスとウォーカー基地司令に伝えられた「根拠」は全て、表面的な事実に歪曲された「事情」が付け加えられたものだった。そうしてマイクロブラックホール実験の再実施の為の「日本の工作員の関与」を信じ込ませたのである。

 

「そのような事が・・・失礼しました!」

 

この星座級の隊員も、捻じ曲げられた根拠を疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ダラス郊外にある渓谷では砂漠色の戦闘服に身を包んだ集団が光学双眼鏡越しに視線の先に映る加速器研究所を見ていたすると双眼鏡で現在の研究所を確認した男は通信機に手を当てた

 

「こちらガルム第一小隊。研究所が騒がしくなってきた。実験時間が予定より早くなった模様」

 

男が通信を入れるとすぐに返事があった

 

『了解。爆撃隊は現在ブラジル上空を通過中。あと二時間ほどで到着する。砲兵隊は予定位置に配置完了済みだ。何かあれば砲撃はできる』

 

「了解、実験開始の予兆あり次第、砲兵隊に砲撃を要請する」

 

そう言い通信を切ると男は双眼鏡越しに研究所近くに接近している部隊を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は午前10時

実験開始まであと一時間であった。



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実験開始

アークトゥルスたちが警戒をしている中、不審者は既に研究所へ侵入していた。いや、正確にいうのなら発見されていないのではないく、不審者として認識されていなかった。それも当然で、侵入した不審者は、国家科学局が発行した入構パスを所持していたのだ。父親の伝手で見学者のパスではなく臨時職員のパスを手に入れたレイモンド・クラークは、研究所の事務棟の屋上で加速器の偉容を眺めていた。

ありもしない「日本の工作員の関与」をでっちあげて、今回の実験を実施するよう仕向けたのはレイモンドだ。彼は達也に対抗する戦力を造り上げる為、パラサイトを再び呼び出そうと考えた。その為にレグルスの復讐心を利用した。

友であるフォーマルハウトが無残に処刑された事に納得出来ないままだったレグルスの、やり場のない怒りに行き先を与えた。それだけでレグルスは、レイモンドの期待通りに踊ってくれた。

魔法師として自分よりはるかに優れたレグルスが、アークトゥルスが、自分の書いた脚本で茶番を演じている。自分が企画した舞台で喜劇を演じている。それをレイモンドは見学に来たのだ。ただ、その喜劇には笑えない、深刻な結末が用意されている。それをレイモンドは、確かめに来たのだ。フリズスキャルヴによる中継では満足出来ず、直に、ただ好奇心と、達成感を満たす為に。本物の職員は皆、二度と機会は無いと思っていたマイクロブラックホール実験に掛かりっきりだ。何もせず屋上の手すりに両肘をついているレイモンドを咎める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前十一時

 

実験の予定時刻だ。実験自体に、スターズは関与しない。加速器の管制室にいるレグルスも、口出しはしないし、出来ない。素よりレグルスには、実験に口出しするつもりは無かった。成功しようが失敗しようが、関心は無い。彼の心は、フォーマルハウトを陥れたものへの復仇心で占められていた。パラサイトを呼び出す実験を唆した工作員だけではなく、工作員を捕まえ、その背後にいる組織を突き止め、叩き潰す。彼は強く、純粋に、それを念じていた。

怪しい真似をする者がいないかどうかレグルスが目を光らせている中、実験を取り仕切っている科学者が加速器の始動を告げた。膨大な電力を呑み込んで、線形加速器が稼働を始める。加速器両端に陽子ビームを注入し、正反対方向へ衝突軌道で加速する。

一回の実験は一瞬で終了する。それを望まれているデータが得られるまで何度も繰り返すのだが、今日は最初の試行だけで二回目が行われることは無かった。加速器にトラブルがあったのではない。一回で、実験が成功したからだ。

実験開始の声が聞こえた直後、加速器の管制室にいたレグルスの視界を闇が覆う。停電か、とレグルスは一瞬疑った。疑問を覚えたのは、一瞬の事だった。次の瞬間、レグルスは強い痛みと圧迫感を覚えた。「何か」が「自分」を侵食している。自分の中に、無理矢理押し入ろうとしている。すると次の瞬間侵食され、意識が薄れゆく中、大きな衝撃が研究所を襲った

 

「(何が起こったんだ!?)」

 

レグルスは一瞬そんなことを思ったがそんなことを消し飛ばすほどの()()()が自分の体に入ってくるのを感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、始めやがった。砲兵隊に連絡!!実験が始まった。急いで砲弾を叩き込め!!」

 

研究所のある一角で突入の様子を伺っていたガルム第二、第三小隊は感覚的に実験が始まったことを確認した次の瞬間。研究所一帯に一瞬だけ広がる真っ黒なオーラを見た。それを見ることのできた隊員は次の瞬間、CADを起動してパラサイトに慣れていない他の隊員達を守る障壁を作っていた。彼らは()スターダストの隊員達・・・昨年の冬に凛達によって保護されたあの隊員達であった。

 

「『魔障壁』発動」

 

パラサイト対策用の障壁を展開すると次の瞬間。自走砲の砲弾がどこからともなく飛んできて研究所の一部を破壊した

 

「よし、突入して中の寄生された者達と研究所内のデータ及び研究員の抹殺を行う。一時間後には爆撃機がここを吹き飛ばす。作戦時間は50分とする」

 

そう言い、隊員達のヘルメットの端に50分から始まるタイマーがつくと一気に小隊は研究所に突撃を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レグルスは痛みよりも自分の中に自分以外のものが入ってくる気持ち悪さから逃れようと、「何か」を押し戻そうと、もがいた。精神干渉系魔法に適性が無いレグルスは、手足を操るように神経を動かす方法を知らない。その代わり精神干渉系魔法に対抗する為の想子操作や、無系統魔法、果ては自分自身に得意の放出系魔法による電撃を浴びせることまで試みた。

しかし、精神干渉系魔法への対抗技術や無系統魔法は侵入者に対して効果が無かった。自爆的な雷撃魔法は、発動さえしなかった。

侵入が進んでいく。侵入してきた「何か」から、それ自体の意思は感じなかった。ただ、「何か」が自分と混ざり合っていく。「侵食」は何時の間にか、「同化」に変わっていた。痛みが消えていき、圧迫感が薄れていく。

 

「(まさかこれは、パラサイト!?くそッ!さっきの揺れといい何が起こっているのだ!?・・・日本の工作員の仕業ではなく、誰か別の人間が仕組んだとでも言うのかっ!?)」

 

レグルスの自我が悲鳴を上げる。自我が薄れ行くのを感じながら、レグルスは真相にたどりついた。急激に恐怖が湧きあがる。しかしそれは、消えゆく蝋燭の、最後の光輝に似て、急激に静まった。

恐怖も、架空の工作員に対して懐いていた怒りも意識の水底に沈み、心に凪が訪れる。

 

「(――私はジェイコブ・レグルスと呼ばれている。――私は/私たちは、この世界の人間から『パラサイト』と呼ばれてる)」

 

こうしてレグルスはパラサイトになった。



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突入

警備センターのアークトゥルスは、実験の直後自分の精神に何かが侵入したのを明確に確認した。

 

「(精霊・・・?)」

 

彼がレグルスのように痛みや圧迫感を覚えなかったのは、精霊魔法の使い手だったからだ。アークトゥルスは移動系魔法を得意とする一方で、精霊を召喚する古式魔法にも熟達していた。自分の中に精霊を召喚してその力を行使する古式魔法。現代人の感覚からすれば、魔物を自分に憑依させてその力を利用する魔法というイメージになるかもしれない。アークトゥルスは自分以外の「何か」が自分に宿る感覚に慣れていた。自分の意思に依らず「何か」が侵入してきても、狼狽える事は無かった。精神に侵入してきた物への対処手段を持っているからだ。

アークトゥルスの誤算は、侵入者が自我を有していない点にあった。自分以外の、精神的な実態を持つ「何か」。だが、それ自体に意思は無い。だから、自分自身と選り分けられない。それは何の意思もなく、ただ自分の中に入ってくる。水が乾いた布へ染みていくが如く、自分の芯へと食い込んでくる。

自分が修得している技術がこの侵入者に通用しないと知って、アークトゥルスの心に恐怖が芽生え、彼は精霊を召喚してこの「何か」を追い出そうとした。だが精霊は、彼の召喚に応じなかった。彼の「中」は、この侵入者で満員になっていた。

自分の中に、自分以外の何かが食い込んでくる。自分と、自分以外の何かが、混ざり合ってくる。アークトゥルスは自分が満たされたのを感じた。精霊の召喚では得る事が出来なかった、真の一体感。これこそが、人と精霊の、真の合一。それが純粋にアークトゥルスとしての、最後の思考だった。

 

「(――私はアレクサンダー・アークトゥルスと呼ばれている。私は/私たちはこの世界の人間から『パラサイト』と呼ばれている)」

 

こうしてアークトゥルスはパラサイトになった。そして次の瞬間、研究所に轟く巨大な衝撃によって崩落した天井の下敷きとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レグルスとアークトゥルスがパラサイトに侵食されているのと時を同じくして、レイモンドは事務棟の屋上でのたうち回っていた。

 

「痛い、痛い、痛い」

 

彼の口はひたすら痛みを訴えている。精神を自分以外の「何か」が侵食する激痛。精神干渉系魔法の攻撃に対抗する為の訓練を受けたことが無いレイモンドには、耐えられない痛みだ。痛みに塗りつぶされて、彼は「何か」が押し入ってくる圧迫感を認識していなかった。

それでいて、強固なレイモンドの自我は、精神を侵食する自分以外の存在を強く拒んでいた。抵抗が激しいから、痛みも激しい。自分が抵抗している事を知らないから、それを止める事も出来ない。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い――」

 

絶え間ない苦痛に、精神が壊れていく。それが自我の抵抗を弱めていったのは、果たしてレイモンドにとって幸いだったのか。抵抗力が低下し、侵食の速度が増す。レイモンドはのたうち回る力も失い、痛いという言葉を発する事も出来ず、屋上の床にぐったりと横たわる。まるで死体のようになったレイモンドの中で、彼の意思も既に死に体になっていた。

急速に侵食が進み、急速に同化が進む。彼を侵す「何か」は、無抵抗であるが故に、あるがままの形でレイモンドの意思を呑み込んでいく。彼の意思が、「何か」を彼色に染め上げる。

レイモンドは、自分には主役になる力が無いと諦めていたが、本当は主役になりたかった。ヒロイックサーガのようにロマンあふれる活躍をしたかった。魔法で宇宙を征服する。それはとてもロマン的だと思っていた。

だが司波達也は、そんな彼のロマンを否定した。それが邪魔だった。司波達也を屈服させるには、彼の力だけでは不可能であり、スターズ最強の魔法師「シリウス」でも敵わなかった。

だからパラサイトの力を求めた。スターズの魔法師にパラサイトを憑依させれば、司波達也を屈服させることが出来るに違いない。レイモンドはそう思った。

そのためにこの舞台を用意した。パラサイトの力で、司波達也を倒す為に。

 

「(それがレイモンドの/僕たちの望み。司波達也を倒す事を、レイモンドは/僕たちは望む。僕は/僕たちは、この世界の人間から『パラサイト』と呼ばれている。レイモンドは/僕たちは、司波達也を屈服させる)」

 

こうしてレイモンドの中で、歪んだ望みが誓いとなった。

 

「僕は、司波達也を屈服させる。そうする事で、僕は満たされる」

 

誰にも聞かれる事の無い誓いを宣言し、レイモンドはパラサイトになった。そして彼はどこからともなく飛んできた砲撃によって破壊されてゆく研究所を見るが、彼自身何事もなかったかのようにカリフォルニアの自宅への帰路についた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究所に突入した部隊は手始めに研究所入口の見張り員を撃ち抜き中へ侵入した。侵入した二個小隊は研究所のデータを破壊する部隊と研究員と寄生された人達の抹殺を行うに部隊に分かれた

 

「よし、第二小隊はデータの破壊を。第三小隊は研究員を見つけ出せ」

 

「「了解」」

 

そうして分かれた第二小隊は制御室に向かうとそこから研究データなどの入ったディスクを銃で物理的に破壊し、研究所のコンピューターを木端微塵に破壊した。また別所では所々で血を上げて人が倒れ、時には呻き声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらかたの掃討を終えた時、突入した部隊全員に通信が入る

 

『突入部隊に次ぐ、現在研究所に消防車が接近。直ちに退避せよ』

 

「こちらガルム第二小隊。了解した。空爆までの時間はあとどのくらいだ」

 

『あと10分で到着する。自走砲も既に撤退済み。直ちに帰還せよ』

 

「了解した。全員聞いたな。各々研究所から脱出しろ。回収地点は地図に送られている。撤退だ」

 

通信を切ると突入部隊は砲撃でところどころ燃えている研究所から破壊された柵を抜けて着陸したヘリに乗り込み撤退をした

 

「さて・・・後は爆撃機だが・・・」

 

すると乗り込んだヘリから微かに聞こえるジェットエンジンの音に気がついた。姿は見えないが確かにそこにいる感覚はあった

 

「きたか・・・」

 

すると次に空中から爆弾が飛び出したかに見えると投下された爆弾が研究所全体を粉々に破壊し、近くを走る消防車も被害を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日のUSNAニュースはダラス郊外の加速器研究所での()()爆発事故で埋め尽くされ、()()()()生き残っていたレグルス、アークトゥルス、『オリオンチーム』の三人は救助されたのち、基地へと帰還した



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パラサイトの吸収

六月十六日、日曜日。九島光宣は再び、パラサイドールを格納している倉庫に来ていた。今はまだ夜明け前、外は暗闇と静寂に覆われている。彼がここにきている事を、家族は誰も知らないだろう。父も兄も使用人も、光宣は部屋で寝ていると思っているはずだ。

先日、学校を休んで水波のお見舞いに東京まで日帰りで往復した光宣を、家の者は誰も叱らなかった。祖父の九島烈だけが心配顔で光宣に事情を尋ねたが、理由を説明すると「そうか」の一言で納得した。祖父は兎も角、父と兄は自分の事を見限っているのだ。光宣は彼らの反応を見て、そう考えた。

そして案の定、翌日から光宣に対する接し方は今まで以上に放任になった。もしかしたら彼らは、光宣がついに自棄を起こしたのだと勘違いしたのかもしれない。もう、いつ死んでしまうか分からないから、好きにさせておこうと思ったのかもしれない。

光宣には、ありがたい勘違いだった。今の彼は、家族や使用人の相手をしている時間も惜しかったからだ。水波を治してあげたい。光宣の心は、この想いでいっぱいになっている。

自分が何故、そこまで一生懸命になっているのか、光宣は理解していない。いや、本当は分かっているのかもしれないが、意識しないようにしている。もしかしたら、たった三日で恋に落ちるなどという、一目ぼれに等しい軽薄な気持ちを原動力にしているのではない、というこだわりがあるのかもしれない。

前回と違い、開錠の魔法を使って倉庫に入る。この魔法は周公瑾の知識の中から見つけた『電子金蚕』の応用魔法だ。陳祥山が魔法協会関東支部に侵入した際にも使った魔法だが、陳の術式より洗練されていて、警報を作動させるような事は一切ない。

ひんやりと乾燥した空気が光宣の身体を包み込む。前回と同じく、そこに霊気は含まれていない。

 

「やはり、これしかないか・・・」

 

光宣の口から独り言が漏れる。彼の中から、答えは帰らなかった。この言葉は問いかけではなく、決意を固める為のものだった。

光宣は倉庫の最奥に置かれた「棺」に歩み寄った。その中には、東アジア系の男性の死体が凍った状態で安置されている。これは去年の冬、第一高校の演習林で達也と幹比古によって封印されたパラサイトの一体。死体と仮死体の内、死体の方だった。死体の皮膚にはパラサイトを封じ込めておくための文字と模様が文様が刻まれている。この死体は、パラサイドールに使用したパラサイトの供給源だ。

パラサイトが部分的に脱出出来るよう封印を緩めると、死体に閉じ込められていたパラサイトは自分のコピーを送り出して新たな個体を作り出そうとする。そのコピーをガイノイドに閉じ込めて、死体を再び封印する。そのようにして旧第九研、現在の『第九種魔法開発研究所』の研究者はパラサイドールを製造していた。

この封印術式はパラサイドールの生産が凍結された現在も、十二時間ごとに九島家配下の術者の手で更新され続けている。

更新時刻は午前と午後のそれぞれ六時。現在の時刻は午前四時。そろそろ術の効力が弱まり始めている頃だ。

もう一度覚悟を露わにして、光宣が棺の側面にあるスイッチを押した。棺の蓋が自動的に開く。死体には白装束が着せられていた。これは光宣にとっても歓迎するべき事だった。むさくるしい男の裸など、死体であっても見たくない。

光宣は右手を、凍っている死体の胸においた。

硬い感覚だけで当然鼓動は感じなかった。

光宣は想子を流し込む。

 

次の瞬間、死体の中から光で出来たスライムが飛び出した。光宣が見た光景は、そうとしか表現出来ないものだった。ぼんやりと光る非実体の不定形生物。それは大きさ的に「アメーバー」というより「スライム」と表現する方がしっくりくる。「スライム」が光宣に襲いかかる。光宣はそれを、避けなかった。むしろ「スライム」――パラサイトを招き入れるように両手を広げた。

光宣が着ているサマーセーター、その胸の中央に幾何学模様の文字が浮かび上がる。光宣が自分で仕込んだ魔法陣だ。パラサイトはその魔法陣に、吸い込まれるようにして飛び込んだのだった。

光宣は精神を苛む異物感に顔を顰めながら、倉庫の床に座った。胡坐をかき、左足を右ももの上へ。半跏趺坐と呼ばれる座り方だ。苦痛をねじ伏せてその体勢を維持し、光宣は冷却魔法を発動した。体温を引き下げ、仮死状態となる魔法。発動の対象は、自分自身。

光宣は肉体を仮死状態に近づけながら、意識を自分の内側へ向けた。意識は、主導権を手放さぬように。光宣は自分をパラサイトに侵食させながら、パラサイトを支配しようとしていた。

彼は自分の意思を一欠片もパラサイトに渡すつもりは無かった。自分自身を保ったままで、パラサイトの力だけを手に入れるつもりだった。

 

「(自我を持たない生き物に、負けたりはしない!)」

 

パラサイトを葬り去ってしまわないよう細心の注意を払いながら、パラサイトを隷属させる術式を自分の中に行使する。

 

「(僕は、この気持ちを失うわけにはいかない。この気持ちを少しでも失くしてしまったら、人であることを捨てる意味がない!)」

 

パラサイトを相手に自らハンディを負った戦いを繰り広げながら、光宣は心の中で吼えた。

 

「(僕自身を保てなくて、どうして彼女を彼女自身のままでいさせてあげられるんだ!)」

 

彼がパラサイトになる決意をしたのは、水波を死なせない為だ。自分自身が脆弱な肉体から逃れる。ただそれだけの為なら、光宣は人であることを捨てようとは思わなかった。

彼は、周公瑾の知識がもたらす誘惑に屈したのではない。パラサイトとなっても自分の心を、自我を維持出来る事を、自分自身で確かめる。人の身体がパラサイトに屈服しても、人の心はパラサイトを征服出来ると確かめられたならば、その時初めて、水波にこの方法を用いる。これは自分自身を実験体とする、一種の自己犠牲だ。

あるいは、自分の肉体を生贄に捧げて、魔の力得る儀式だ。己の人生に諦めを懐いていたから、出来た決断かもしれない。だが光宣には勝算があった。いや、絶対に成功させるという意思があった。

彼は他に方法を見つけられなかった。なまじ周公瑾の知識を得てしまったが為に、他には方法が無いと分かってしまった。他に手立てがないならば、この術式を成功させるしかない。失敗は決して許されない。この強い念が、今の光宣の最大の武器だ。

精神生命体を斃すだけなら、技術が決め手となる事もある。例えば、パラサイトの融合体を葬った深雪の『コキュートス』のように。だが精神生命体を従えたいなら、技術だけでは不足だ。相手は周公瑾のような亡霊――命を失った残骸ではない。物質的な形を持たないものの、自ら捕食し増殖する生き物だ。それを自分の一部として飼い慣らす為には、相手に喰われない心の強さが必要だ。

盲目的な一念が、光宣をこの愚行に追い込んだ。だがその強い想念が、一見無謀なこの賭けに勝利をもたらそうとしている。

 

「(――僕に従い、僕の一部となれ!)」

 

光宣の咆哮と同時に、パラサイトの同化が終わった。

 

「(――僕は、九島光宣。僕に繋がろうとする声が聞こえる。一つになれと、囁いている。だけど!僕は、僕だ!『僕たち』じゃない)」

 

パラサイトと同化しても、光宣は「九島光宣」のままだった。彼は肉体に掛けた冷却魔法を解いて、仰向けに転がった。凍傷がたちどころに癒えていくのを見て、光宣はそう呟いた。この治癒再生能力は、パラサイトになった恩恵なのだと瞬時に理解した。額の奥に、今までになかった器官が形作られたと、何となく理解した。

だがそれは今のところ、光宣の意識に何の影響も与えていなかった。

自分自身を保ったままパラサイトを従えたことを実感し、笑いが込み上げてきた。光宣は倉庫の床に寝ころんだまま、楽し気に笑い声を上げた。



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2回目のお見舞い

六月十六日

 

朝から報道ではある一本のニュースが上がった

 

『ダラス近郊の加速器研究所で爆発事故』

 

テロップと共に流れる映像は黒煙をあげて燃え上がり、何十台もの消防車が懸命に消火作業に当たっている映像だった

 

「お兄様・・・このニュース・・・」

 

「ダラスの研究所の爆発事故か?」

 

「はい・・・少し気になりまして・・・」

 

そう言いながら深雪はニュースを見た。達也も釣られてニュース映像を見ると過去の記憶から情報を引き出した。ニュース自体は短いものだったが達也はダラスの研究所について思い出した

 

「確か・・・去年マイクロブラックホール実験を行った研究所だったな」

 

達也が小さく言ったためか深雪は達也の言ったことがいまいち聞こえなかった。そして弘樹の出迎えによって深雪はいつも通り学校に通学した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、お見舞いに来ていた深雪が帰ろうと思った時、深雪がそろそろ帰ろうかと思い始めたころ、水波の病室へ新たな来訪者が現れた。

 

「はい、何方ですか?」

 

ノックの音に深雪が応え、恐縮する水波を手で制してスツールから立ち上がり、ドアに向かう。

 

「九島光宣です」

 

「光宣君?」

 

深雪が途中で立ち止まり、水波へ振り返る。

水波は顔を赤くして俯いていた、深雪は綻ぶとそのまま扉に手を伸ばした。

 

「はい、今、開けますね」

 

深雪が病室の扉を開く。深雪と光宣が、手の届く距離で向かい合う。この光景を見ていた者が無かったのは、不幸なのか、幸運なのか。

 

「光宣君、いらっしゃい。水波ちゃんのお見舞いに来てくれたの?」

 

「はい。あの、入っても良いですか?」

 

「どうぞ」

 

深雪は光宣を先導するのではなく、彼の為に道を空けた。光宣は淡いピンクのバラや同じ色のガーベラ、オレンジのカーネーションをまとめたアレンジメントを持っていた。これは直接手渡したいだろうと、深雪が気を利かせたのである。案の定、アレンジメントを渡した光宣は頬に薄く朱を掃いて水波から微妙に目を逸らしていた。受け取った水波は、恐縮しきった表情でアレンジメントを見詰めている。

 

「光宣君、ありがとう。水波ちゃん、何処に飾ろうか?」

 

「あ、あの、では、そちらに・・・」

 

深雪は笑顔で水波の手からアレンジメントを受け取り、彼女が指定したサイドチェストの上に置いた。

 

「あ、あの、達也さんはどちらに?」

 

気恥ずかしくなったのか、光宣が唐突に話題を変える。

 

「あら。光宣君、達也様にもご用事があったの? お医者様のところに向かわれたらしいから、今もそこにいらっしゃると思うけど、急ぎ?」

 

「いえ、急ぎというわけでは無いんですが、ちょっと相談したい事があって」

 

「俺に相談が?」

 

光宣のセリフに応えたのは、開いたままだったドアの外から聞いていた達也だった。

 

「お兄様!り・・・お医者様とのお話は終わられたのですか?」

 

「ああ。聞きたい事は一応聞けた」

 

深雪の問いかけに答えながら病室に入り、達也は扉を閉めた。なお深雪がドアを閉めなかったのは閉め忘れではなくわざとだ。たとえ女二人とはいえ男性がいる部屋を締め切るのは良くないと思ったからだ。もちろん、その男性が達也だったならば、深雪は迷わずにドアを閉めただろうが。

 

「それで光宣――」

 

そういって光宣と目を合わせた達也は、言葉を切って眉を顰めた。意識しての行動では無かったが、達也は難しい顔のままで中断したセリフを続けた。

 

「――俺に相談というのは?」

 

水を向けられた光宣だが、すぐには口を開かなかった。否、開けなかった。

 

「・・・水波さんの身体の事です」

 

やがて苦し気に、そんなセリフを絞り出す。

 

「分かった。場所を変えよう」

 

「お待ちください!」

 

光宣のただならぬ様子に気を回した達也だが、他ならぬ水波本人がその判断に異を唱えた。

 

「達也さま、光宣さま。私の身体の事であるならば、私にもお話を伺わせてください」

 

「でも・・・」

 

水波の訴えに、光宣が難色を示す。

 

「お願いします! 私は、本当の事が知りたいのです」

 

「・・・分かったよ、水波さん」

 

だが結局、水波の望みに頷いた。

 

「私は席を外した方が良いでしょうか?」

 

「「いえ」」

 

深雪がお伺いを立てた相手は達也だが、光宣と水波から異口同音に答えが飛んだ。光宣と水波が、目配せで続きを譲り合い、光宣がその後を続けた。

 

「・・・深雪さんにも聞いてもらった方が良いと思います」

 

その問答の間に、達也が部屋の隅から光宣と自分用のスツールを運ぶ。

 

「まずは座ろう」

 

光宣は恐縮した表情で、達也が持ってきたスツールに腰を下ろした。深雪が光宣の来訪まで座っていた枕元のスツールに戻り、達也はその隣に腰掛ける一方、光宣はベッドの足側だ。達也、深雪、水波と向かい合う格好になった光宣は、まだ躊躇いを捨てきれない表情で口を開いた。

 

「・・・医者が何と言っているかは知りませんが、水波さんの『怪我』が完治する事はありません」

 

表情がオブラートに包まれていないのは、光宣に余裕がないからか。彼の言葉に、最もショックを受けているように見えたのは、深雪だった。彼女は両手で口を押え、目を見開いて硬直している。水波は、少なくとも表面的にはショックを受けているようなそぶりは見せず、光宣の言葉を受け止めていた。

そして達也は、ただ冷静な瞳で光宣を見返していた。

 

「――達也さんにも、分かっていたんですね」

 

「いや。分かってはいなかったし、完治が不可能という意見にも同意しない。どうやら光宣が考える『完治』と俺が考える『完治』は意味が違うようだからな。光宣が言いたいのは、水波の魔法演算領域が完全に元通りになる事は無い、という事じゃないか?」

 

「達也さんは症状が悪化しなければ完治という考え方なんですね」

 

「それも違う。だが細かい定義を争っても仕方がない。光宣が本当に探り上げたい問題は何なんだ?」

 

「・・・調整体の肉体は、生物としての安定性を欠いています」

 

「突然死の問題か」

 

「ええ、そうです。医学的には何の異常も無いはずなのに、不意の風に蝋燭の火が吹き消されるように、ある日突然、死が訪れる」

 

達也の視線の先で、光宣の瞳が暗い色に染まる。

 

「――僕も、水波さんも、背負ってる宿命です」

 

「どうして・・・」

 

どうして水波が調整体だと知っているのか、そう呟き掛けたのは深雪だった。



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光宣の異変

水波はじっと、光宣を見詰めるだけだった。

 

「魔法演算領域の損傷により、突然死のリスクが高まった。光宣はそう言いたいのか?」

 

「はい。達也さんもご存じだったんですね」

 

「調整体の突然死については、以前から調べていた。俺の親友ががそれで死なせてしまった人がいるからな」

 

「そうでしたか・・・」

 

光宣はここでお悔やみを言うべきかどうか迷ったが、事情を知らない自分が何を言っても心が篭っていないような気がして思い止まった。実際、事情を知っているであろう深雪と水波が沈鬱な表情になっているのを見たのも、光宣が思い止まった理由でもあった。

 

「魔法演算領域の過熱が肉体に付随する情報体を揺さぶり、壊してしまう。情報体の損傷は、実体にフィードバックされる。通常であれば魔法演算領域の活動は、自分自身を壊してしまわない範囲に抑えられているが、調整体はこの安全弁がうまく機能していない。これが俺の、最も妥当だと考える仮説だ」

 

「僕もその説が正しいと思います。そして魔法演算領域のオーバーヒートは、常にそのセーフティの破損を伴うと考えています」

 

「セーフティの破損がオーバーヒートを招くと?」

 

「セーフティが壊れた結果オーバーヒートが起こるのか、オーバーヒートがセーフティを壊すのか、僕にも分かりません。ですが、因果はこの際関係ない。セーフティが壊れる。その結果こそが重要です」

 

前半のセリフに反して、光宣の顔に自信の欠如に伴う頼りなげな表情は見られず、彼は達也から視線を逸らさずに、言い切った。今、何が問題なのか、その核心を。

 

「そうではありませんか?」

 

「確かにそうだ」

 

光宣の主張を、達也は全面的に肯定した。

 

「光宣は、水波が意図せぬ魔法演算領域の異常稼働に突然見舞われて、深刻なダメージを受ける事を心配しているんだな?」

 

「そうです」

 

今度は光宣が、達也の言葉に頷く。

 

「水波さんの今の状態は、調整体の悲劇が現実のものとなる可能性が増大している。これが僕の考えです」

 

「しかし、魔法演算領域を修復する方法は無いと言わなかったか? それとも、セーフティだけは別なのか?」

 

光宣は、すぐに答えなかった。

 

「・・・光宣、お前は何か、解決策を持ってきたのだろう?」

 

達也が、更に突っ込んだ問いを投げ掛ける。光宣は達也の視線から逃れるように俯いた。

 

「・・・ええ」

 

その短い答えは、達也と目を合わせては出来ないものだったのか。

 

「それは、何だ?」

 

「・・・」

 

「光宣」

 

達也がスツールから立ち上がり、半歩、横に移動する。ベッドから離れるのではなく、ベッドに近づく。深雪と水波を、背中に庇うように。

 

「お前、何になった?」

 

光宣が俯いていた顔を上げた。達也を見上げ、唇の両端を吊り上げる。達也はその笑い方を忘れていなかった。それは京都で見た、周公瑾の笑みによく似ていた。

 

「――これなら、分かりますか?」

 

深雪が勢いよく立ち上がる。光宣の身体から漂い出た想子波動、妖気に、深雪は見覚えがあった。

 

「パラサイト!?そんな、まさか・・・!」

 

水波は瞬きを忘れて達也の背中を見詰めている。達也の身体に遮られて見えない、光宣へと視線が釘付けになっていた。

 

「心配しないでください。僕はパラサイドールを作った九島家の人間です。九島家の中でも、お祖父様に次ぐ第二位の魔法師。パラサイトを支配する方法は、会得しています」

 

光宣が立ち上がり、達也と深雪に笑い掛ける。その笑顔に、周公瑾の面影は無かった。だがその言葉を、達也が否定する。

 

「違うだろ。ナンバー・ツーじゃない。お前は九島家のナンバー・ワン。『九』を冠する魔法師の最高峰だ」

 

否定された意味が分からず視線で問いかけた光宣に、達也はニコリともせず、厳しい表情と抑揚に乏しい口調で答えた。その答えに、光宣は達也とは対照的に、純真な笑みを浮かべた。

 

「・・・嬉しいな。達也さんに認めてもらえるなんて」

 

その、相対する者の魂を抜き取るような笑顔にも、達也はまるで動じない。油断も、まるでない。

 

「嫌だな、そんなに警戒しないでください」

 

緊張が欠けているとすれば、それは光宣の方だった。彼は困惑顔で、目を泳がせている。

 

「パラサイトになっても、僕は僕のままです。自我に対する侵食は受けていません。人間を襲いたいなんて思ってませんし、それ以外にも、以前の僕には無かった欲求に苦しめられてたりしていません」

 

「だが、九島光宣は人間だった。今のお前はパラサイトだ」

 

「それは・・・そうですけど」

 

光宣は少し傷ついた表情を見せたが、すぐに気を取り直した顔で、強い確信を込めて、達也に、深雪に、水波に語り掛けた。

 

「それでも、僕は僕です。僕は今でも九島光宣です。正しく対処する知識と力があれば、パラサイトと融合しても自分を失う事はありません。僕はそれを、自分自身で証明出来ました。パラサイトになる事を、恐れる必要は無いんです」

 

「光宣、お前は、水波をパラサイトにしたいのか?」

 

達也が低い、それにも拘わらずはっきりと聞き取れる声で囁いた。そのささやきを聞いた深雪が、ずっと手にしていたハンドバッグから、素早くCADを取り出して構えた

 

「――パラサイトの身体は、想子波動に対する高い耐性を備えています。パラサイトと融合すれば、魔法演算領域が暴走しても肉体がダメージを受ける心配はありません。いえ、人間の魔法師よりも魔法に近いパラサイトは、魔法演算領域を暴走させる心配すら不要かもしれません」

 

光宣は水波に向けて言っているのもあるので、ジッと水波を視ようと視線を前に固定している。だが達也は光宣と水波の間から動こうとしない。二人の視線を遮ったままだ。

 

「こういう場合、水波本人の意思を問うべきなのだろうが、ここは主としての我が儘を通させてもらう」

 

正確に言えば水波の主は深雪なのだが、そんな厳密性が必要な場面でもないし、次期当主として四葉家のほぼすべての権限が与えられている達也が、水波の主だと言っても過言だとはだれも思わない。そしていま必要なのは、口を挿む根拠だけだ。

 

「却下だ。水波をパラサイトになど、させない」

 

「達也さん!?」

 

光宣は本気で驚愕していた。彼はどうやら、達也が自分のアイディアに反対するような事は無いと思い込んでいたようだ。

 

「でもこのままじゃ、水波さんは何時突然の死に見舞われるか分かりませんよ!」

 

「魔法演算領域の暴走が原因ならば、パラサイトにならなくても対処法はある」

 

「ですから、魔法演算領域の修復は不可能なんです!セーフティの機能だけでも取り戻せるなら、最初からこんな提案はしません!」

 

「セーフティに頼らなくても、魔法演算絵領域を外側から封印してしまえば暴走する心配も必要なくなる」

 

光宣が大きく目を見開いた。一歩、二歩と後ろによろめき、漸く体勢を立て直す。

 

「達也さん、貴方は・・・水波さんから魔法を取り上げるというんですか!?」

 

それは光宣には、信じられない事だった。魔法師から魔法を取り上げる。それは、魔法師としての存在意義を奪う仕打ちだ。優れた魔法師であることだけをよりどころに生きてきた光宣にとっては、ただ口にするだけでも許せない事だった。

 

「俺は水波に、生きていて欲しいからな」

 

「その為に、彼女を魔法師でなくすんですか!」

 

「魔法師だけが人間の生き方じゃない。もっと平和に、普通の女の子として過ごす人生が水波にはある」

 

「それは達也さんの願望でしょう!貴方に、水波さんから魔法を奪う権利は無い!」

 

「なるほど、確かに俺の望みは水波から魔法を奪う事になる。だが光宣、お前の望みは、水波から『人である事』を奪う結果になるんだぞ。それを理解しているのか?」

 

「だったら水波さんに選んでもらいましょう!彼女の人生だ。水波さんがパラサイトになることを拒んだら、僕も諦めます。水波さん!」

 

達也は相変わらず光宣の視線を遮ったままだが、光宣は構わずに、水波に向けて叫んだ。

 

「僕は君を死なせたくない!君から魔法を取り上げたくもない!頼む、僕と同じになってくれ!」

 

水波の顔に、激しい動揺が走る。彼女は、パラサイトになるつもりなど無かった。もしそんな事になれば、達也と深雪の側にいられなくなる。そんな事を選べるはずもなかった。

だから、魔法を捨てるかどうかは別にして、この場は達也に任せるつもりだった。だがしかし、この光宣の言葉は水波の心を揺さぶった。何故光宣がここまで自分に執着しているのか、水波にはそれが分からなかったからだ。

水波の動揺を知ってか知らずかは分からないが、その迷いを断ち切らんとばかりに、達也が鋼の声で光宣の言葉を斬り捨てた。

 

「言っただろ、光宣。却下だ」

 

「達也さん、どいてください!僕は水波さんと話をしたいんだ!」

 

遂に、光宣が激高した。光宣から達也へ、魔法が放たれる。その魔法は単純な移動魔法だった。水波との会話を妨げる達也を、横に退けるという意図が形になったもの。だがそこには加速の工程も減速の工程も含まれていない。一瞬でトップスピードに至る、歴とした攻撃魔法。

達也の反応は、反射的でありながら的確なものだった。自分に襲いかかった魔法式を『術式解散』で分解する。

 

「光宣、どういうつもりだ」

 

「五月蠅い、どいてくれ!」

 

光宣は優れた魔法師であることを、拠り所にしている。魔法技能で負けない事が、彼の心を支える柱だ。その魔法を無効化された事で、光宣はこの時、逆上していた。ムキになっていた。不戦敗以外では負けたことが無い。その経験不足が、ここで祟った。病気がちな身体の所為で全てを諦めていた光宣にとって、「健康でさえあれば」という想いは妄執に近い。――健康でありさえすれば、魔法では負けない。

その想いを、たった一度の攻防とはいえ、覆されてしまったのだ。今年十七歳になる未熟な少年が我を失っても、同情の余地は十分にあった。かれが、普通の少年だったならば。

だが光宣は「普通」ではない。今や「人」ですらなくなっているのだ。



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達也VS光宣

さっきのよりも、強く、速い魔法が達也を襲った。今度も達也はその魔法を『術式解散』で無効化したが、一回目と違い余裕が無かった。達也の意識が、容赦のない戦闘魔法師のものに切り替わる。浴びせられた魔法を分解した達也は、光宣との間合いを一気に詰めた。

右の掌を、光宣の腹に押し当てる。打ち込むのではない。むしろその勢いは「そっと」という形容が似合うものだ。次の瞬間、達也の右手から魔法が放たれた。ゼロ距離で撃ち出す『加速』の魔法。その魔法は掌に触れた部分だけに作用するものではなく、光宣の身体全体を後方に吹き飛ばすもの。実際に、光宣の身体は宙に舞った。だが達也の手に、手応えは残らなかった。 

ドアに叩きつけられるはずの光宣の身体は音も無く扉に受け止められ、ストンと床に降りた。光宣は達也が発動した加速魔法を踏み台にして、自分を対象にした加速魔法を行使し、ドアまで飛んで慣性を中和する事で衝撃を消去、達也から距離を取ったのだ。

 

「深雪、領域干渉を最大出力!」

 

「は、はいっ!」

 

深雪はさっきの光宣の言葉について考えに浸っていたところを達也によって引き戻された。達也の指示は、光宣の足がまだ床に届かぬ内に伝えられた。光宣が着地すると同時に、深雪の領域干渉が病室を覆う。光宣は視線が通った水波をちらりと見て、ドアのロックを解除し勢いよく引き開けた。深雪の領域干渉は病室内を効果範囲に指定している。達也が間合いの内へ踏み込むより早く、光宣が廊下へ――領域干渉の効果範囲外に出た。

はめ殺しの窓ガラスが、細かく砕けて外へ吹き飛ぶ。光宣と達也は一瞬目を合わせ、ガラスが無くなった窓から飛び出す。光宣の視線の意味を、達也は誤解しなかった。

 

「深雪、水波を側で守れ」

 

「お兄様は!?」

 

「光宣の挑戦を受ける。それと、もし呼べるのであれば凛か弘樹を呼んでくれ」

 

「分かりました」

 

光宣は深雪の領域干渉から尻尾を巻いて逃げ出したのではない。病室内で戦っては、余計な被害が出るかもしれない。水波に怪我を負わせるかもしれない。光宣はそれを嫌って、達也を外に誘ったのだ。

達也がここに留まれば、光宣はいったん退くだろう。だが光宣は水波に執着している。それは今の短い遣り取りで、嫌という程分かった。何時また水波を攫いに来るか分からない。

達也の今の最優先は、自分の周りで起こっている問題を解決し、平穏な日常を婚約者たちの為に取り戻す事。それにただでさえ男と女。愛人候補とはいえ二十四時間、水波の側についている事は出来ない。ここで光宣を無力化して捕らえるのが、ベストの選択肢だった。達也は光宣に続いて、破壊された窓から病院の中庭に飛び降りた。

この病室は地上四階にある、肉体の力だけで飛び降りられない事も無いが、光宣に着地直後の隙を見せるのは好ましくない。人間だった当時から、彼は並々ならぬ使い手だった。

達也は記憶領域の中にある魔法式のライブラリから、慣性制御の術式を呼び出した。フラッシュ・キャストで慣性制御魔法を発動し、着地の瞬間だけ、自身に掛かる慣性を中和する。人工魔法演算領域で慣性制御の術式を行使するのと並行して、本来の魔法演算領域で情報体分解の魔法『術式解散』を発動。光宣が放った放出系魔法『スパーク』を無効化した。

 

「やはり『術式解散』。さっき見た時は勘違いかと思いましたが、実験室でしか成功しないと言われている高難易度魔法を実戦で成功させるなんて、さすがは四葉の直系というべきでしょうか」

 

光宣が抑制された口調で話しかけてくる。既に逆上は去っている様子だ。

 

「自らの執着するものの為に、一方的な実力行使を厭わない。光宣、これはパラサイトの行動様式だぞ」

 

思いがけない指摘を受けて、落ち着きを取り戻していた光宣の表情に動揺が過る。

 

「人間だった頃のお前は、こんな独り善がりな真似はしなかった」

 

「独り善がりなんかじゃありません! 僕は、間違っていない!」

 

光宣が放出系魔法『人体発火』を達也にぶつける。人体の魔法的防御を無効化した上で、細胞を構成する分子から強制的に電子を引き出して体外に放出する魔法。皮膚上で起こる放電が人体発火現象のような外観を呈する事から『人体発火』と名付けられているが、実態は分子間結合に用いられている電子を奪い取ることにより分子レベルで細胞を崩壊させる恐るべき魔法である。

達也は自分に向けられた『人体発火』の魔法式を、発動寸前で分解した。達也の分解魔法を以てしても、ギリギリのタイミングだったのだ。恐るべき魔法発動速度。元々光宣のスピードは卓越していたが、パラサイトと融合した事で更に発動速度が向上していた。 

誤算だったのは、光宣を心理的に揺さぶるつもりで放った言葉が、逆効果になってしまった事だ。光宣は、感情の乱れで魔法の精度を損なう事は無かった。興奮している事でむしろ、魔法演算領域が活性化しているような印象さえある。

最早手加減は不可能だ。光宣と本気でやり合うのは、少なくとも達也にとっては不本意だった。病室に現れた時点では、光宣に敵対の意思は無かったのだから。自分のコミュニケーション能力不足を、達也は痛感していた。だが光宣を無力化しない限り、後悔も出来ない。達也は光宣に『分解』を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は魔法発動にCADを使わない。CADを使っていては、光宣の速さに追いつけない。誓約の封印が完全に解除されていなければ、光宣のスピードに抗し得なかっただろう。達也の情報体分解魔法を受けた光宣の姿が、跡形もなく消える。光宣の本体が身体一つ分、右に現れた。

偽装魔法『パレード』。達也が分解したのは『パレード』によって作り出された幻影だった。達也が魔法を放つ。幻影の右に出現したという認識が、幻影が立っていた場所の左に本体が存在するという認識に書き直される。方位を欺く魔法『奇門遁甲』を達也は分解したのだ。

魔法には個性がある。同じ魔法を使って同じ効果が出ても、術者が違えばそのプロセスや痕跡に微妙な違いが現れる。魔法の完成度が高い程、その差異は見えにくくなるが、それも見る者と見られるものの相対的な力関係による。達也の「視力」は光宣が使った『奇門遁甲』から、周公瑾の個性をはっきりと見取っていた。

 

「(光宣が融合したのは、パラサイトだけではない。何時、周公瑾の亡霊を取り込んだ!?)」

 

達也が心の中で独白している間に、放電の魔法的な兆候が空中に生じた。放出系魔法『青天霹靂クラウドレス・サンダー』。空気をプラズマ化し、そこから抜き出した電子シャワーを攻撃対象に浴びせる。負に帯電した攻撃対象は次に、取り残されていた陽イオンの本流に曝されるという二段構えの攻撃だ。

光宣の『青天霹靂クラウドレス・サンダー』は、達也が『パレード』と『奇門遁甲』を分解する間に放たれていた。達也が今からその魔法式を分解するより、『青天霹靂クラウドレス・サンダー』が発動する方が早い。達也はライブラリから『導電皮膜』の魔法式を選択した。放出系魔法『導電皮膜』は身に着けた衣服や靴の、表面の電気抵抗を近似的にゼロまで引き下げ、それらをアースにして雷撃の電流を地面に流す防御魔法だ。人工魔法演算領域に呼び出した魔法式をセット。達也はフラッシュ・キャストで『導電皮膜』を発動しようとしたが、同時に電気抵抗増大の魔法が達也に打ち込まれ『導電皮膜』を定義破綻させた。

防御の為の魔法発動に失敗した達也を『青天霹靂クラウドレス・サンダー』の電子シャワーが襲う。苦鳴を噛み殺して、達也は自ら中庭を転がった。土の地面に転がった事で、達也が負った電荷は地面に流れ、陽イオンは地面に吸い込まれた。

達也が片膝立ちで起き上がると、光宣は意表を突かれた顔で立ち尽くしていた。痛みには耐えられても、電子の雨に撃たれた筋肉は自由に動かないはず――光宣はそう考えていたのだ。それは光宣の油断では無かったが、常識に囚われていたのは否めない。その隙を突いて、達也の『雲散霧消』が遂に光宣の身体を捉える。

光宣の右足付け根から、血が噴き出した。右足だけでなく左足にも力が入らないのか、尻餅をつくように光宣が仰向けに倒れる。達也は光宣の動きを完全に封じるべく、左足、右肩、左肩にも照準を合わせたが、そこに倒れていたのは中身の無い影だった。

放電の魔法的兆候が達也のすぐ後ろに生じる。達也は振り向かず、その時間も惜しんで『青天霹靂』を『術式解散』で消し去った。彼の「眼」は『青天霹靂』の魔法式だけに焦点が合わせられていたのではない。三六〇度、方位に関わらず達也は光宣の実体を探していた。右側方から地を這うように飛んできた『熱風刃』を達也が破壊出来たのは、その成果だった。

達也の『分解』により圧縮を解かれた熱風の刃が急激に膨張する。下が芝生だった為に砂埃で目潰しを喰らう事は無かったが、かなり強い風に思わず目を細めてしまう。瞼を半分閉じた状態で、達也は構わず地面を蹴った。右にではなく、左に。

微かな焦りが、左に転じた達也の正面から伝わってきた。見つけられてしまった焦りだろうか。その気配の乱れが、光宣の正確な位置を達也に教えた。

足下から這い上がる電光の魔法を、具現化の直前に消し去る。身体を拘束する減速の檻を、発動直後に分解する。浴びせられる空気弾と熱風の刃を、空気の圧縮を無効化する事で霧散させる。

次々と襲いかかる光宣の魔法は、今や悉く致死性の威力を有していた。その全てを無力化して、達也は光宣を拳の間合いに捕らえた。

達也が右手を突き出す。人差し指だけを伸ばし、他の指を折った一本貫手と呼ばれる形で。その指は、光宣の着ている服を貫き、皮膚を貫き、光宣の左腕、その付け根に深い穴を穿った。空手や拳法で指を鍛えた成果ではなく、達也は自分の指先を起点に『雲散霧消』を発動したのだ。

肉眼や魔法的な視力で照準を付けるだけでは、九島家の秘術『パレード』に狙いを外されてしまう。だから至近距離まで接近して、ゼロ距離の『分解』を放ったのだ。

これならば五感の全てで、視覚や聴覚だけでなく触覚までも騙されたとしても、相手の身体に当たりさえすれば確実にダメージを与えられる。

光宣が悲鳴を上げ、パラサイトの精気吸収能力を使おうとしたが、達也はその前に指を抜いていた。今度は達也の左手人差し指が、光宣の右腕付け根を狙う。光宣は反応出来ず、右肩の内側にも穴を穿たれた。

達也が光宣の身体から左手を抜く。ところがここで達也は思いがけない反撃を受けた。その左手首を、動かなくなったはずの光宣の左手が掴んだのだ。

急激な脱力感が達也を襲う。左手首から何かを吸われた。パラサイトの精気吸収能力だ。吸収されたのは一瞬、達也は左手首を掴まれた直後、反射的に腕を捻って光宣の拘束を解いていた。同時に右の手刀を振り下ろし、光宣の左手を手首の手前から切断する。

光宣が落下する自分の左手を右手で受け止め、後方へ跳んだ。光宣が左手を、切断口にくっつける。今度は達也が目を見張る番だった。光宣の左手は、瞬く間に元通りに繋がっていた。光宣が達也を見て、ニヤリと笑った。

 

「パラサイトの治癒再生能力を見るのは初めてですか?・・・そうですか。パラサイトの能力にも個人差があるようですね」

 

そう言われ達也は去年戦闘中に凛が連れて行ったミアを思い出した。(夢の王国で凛から直接聞いた)

達也が表情を微妙に変えたことを見逃さず、光宣は全てのパラサイトに高い治癒能力が備わっているわけではないという事実を引き出した。

 

「パラサイトの能力は、種類もレベルもばらばらだった。光宣、お前が肉体の脆弱性をパラサイトと化した事で克服出来たのだとしても、水波が同じように治るとは限らないぞ」

 

光宣がハッと息を呑む。その隙を逃さず、達也は握り締めていた右手を突き出した。八雲の指導を受けて対パラサイト用に開発した無系統魔法『徹甲想子弾』、その魔法が、本来の役目を託されて宙を翔ける。

想子弾の飛翔に、本来であればスピードの誓約は無い。だが『徹甲想子弾』はただの想子弾ではない。ただ硬いだけの想子弾でもない。『徹甲想子弾』は情報の次元を飛翔する弾丸。本来情報の次元に移動の概念は無い。「移動する」という情報は存在しても、情報それ自体の位置変化は不連続で時間を要しない。「何処に適応される情報なのか」が書き変わるだけだから、一瞬すらも必要ないのだ。『徹甲想子弾』はその情報次元に、移動の概念を持ち込んだ。「情報の次元を連続的かつ排他的に移動していく」という定義を与えられた、情報素子である想子の塊。それが『徹甲想子弾』だ。

その所為で、その移動速度は、術者、つまり達也が移動を認識出来る限界内に制限される。それも、自分で投げつける速度の限界内だ。彼は『徹甲想子弾』を投擲の感覚を流用して放っているからだ。それでも移動速度は時速百キロを大幅に上回っているが、弾丸には遠く及ばない。矢の速度にも大きく劣る。光宣は『徹甲想子弾』を視認して、反射的に飛び上がった。ジャンプではない。飛行魔法で「徹甲想子弾」を躱した。

光宣が使った飛行魔法は、達也が開発した現代魔法の術式ではない。「雲」に乗る、仙人術系古式魔法の飛行術式だ。「雲」の化生体を作り出し、それを足場としての機能と浮遊機能、水平移動機能を与えて空を飛ぶ魔法。その雲を達也が魔法で分解する。

しかし光宣は落ちてこなかった。今度は過重系の現代魔法で重力を中和して浮いている。光宣が掌を地上に向けて、両手を伸ばした。その掌から次々にプラズマ弾が打ち出される。達也はプラズマ弾の生成を妨害しながら『雲散霧消』を光宣へ向けるが、光宣は連続ジャンプの要領で空中を移動し、『パレード』の幻影を残像のように残しながら空中を蹴って跳んでいた。

達也は迷っていた。部分分解で傷を負わせても、光宣にはあの治癒再生能力がある。制圧するためには、意識も奪わなければならないだろうが、手首を切り落としても光宣は止まらなかった。何より、光宣の攻撃は致死性のものであっても達也を殺し得るものではないし、深雪や水波に刃を向けていない。

光宣の動機は、水波の治療だ。つまりいまのところ、敵対は一時的なものでしかないと判断される。たとえパラサイトに変じていても、光宣を今後利用出来る可能性が高い。九島光宣という貴重な戦力を、今ここで失って良いものか。その迷いが、達也の矛先を鈍らせていた。

 

「(しかし、このままでは埒が明かない)」

 

心臓を分解し、組成可能時間内に『術式解体』の要領でパラサイトを吹き飛ばす事が出来れば、その後心臓を『再成』する事で光宣を人間に戻せるかもしれない。達也が事態打開の決意を固めたその時、光宣の攻撃が止んだ。

 

「(やるか)」

 

「達也さん、このままでは埒が明かないと思いませんか? どうやら僕には、殺す以外の手段で達也さんの壁を突破できないようです」

 

「そうだな」

 

「達也さん。僕は、パラサイトになって『健康』な身体を取り戻す事が、水波さんにとってベストな道だと思っています」

 

「俺は、そうは思わない」

 

「そうですね。僕たちの意見は平行線だ」

 

光宣がガラスの無くなった窓へ目を向けた。その向こうには水波の病室がある。光宣が達也に視線を戻す。

 

「でも、僕の考えを水波さんに伝える事は出来ましたので、今日のところはそれで満足しておきます」

 

光宣の身体がスーッと上昇する。彼の足下に、化成体の雲が復活した。光宣はそのまま、雲に乗って飛び去った。

 

「・・・行ったか」

 

光宣を乗せた「雲」が見えなくなって、達也はため息を吐くように小さな呟きを漏らした。これで終わりではない。まだ何も片付いていない。光宣はまた、やってくるだろう。しかし今日は、これで終わりと考えてもいいはずだ。達也はそう思った。

そして達也は近づいてくる弘樹の声を確認した。



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深雪の迷い

今日は16時にまた投稿します。
(もしかすると夜中にも投稿かも?)


病室の水波には、ただ「光宣は帰った」とだけ伝えた。領域干渉は魔法の実行を妨げるもので、魔法の波動を遮断するものではない。達也が光宣と戦った事、その戦いが激しいものだった事は水波にも感じ取れていたはずだが、彼女は詳しい説明を求めなかった。

達也は光宣の襲来について病院から真夜に報告し、警備の増員を要請してマンションに戻った。リビングのソファに腰を下ろした達也に、深雪がコーヒーを持ってくる。

 

「お兄様、大丈夫ですか・・・?」

 

空になったトレーを胸に出してローテーブルの向かい側に立っていた深雪が、達也におずおずと問い掛ける。一瞬とはいえ、達也が疲れている表情を浮かべたのを、彼女は見逃さなかった。

 

「苦戦はしたが、大丈夫だ」

 

「パラサイトとなった光宣君は、それ程までに手強い相手でしたか?」

 

「そうだな。光宣は元々魔法の発動速度が抜きん出ていたが、パラサイトとなった事で更に速くなっていた。それに、あの治癒再生能力が厄介だ」

 

「治癒再生能力ですか?」

 

「ミカエラ・ホンゴウに憑りついていたパラサイトがいただろ?」

 

「そういえばあの個体は、強力な自己治癒能力を持っていました」

 

「光宣に備わった治癒再生能力は、あの個体に匹敵するか、あるいはそれ以上だ」

 

「それは・・・確かに厄介ですね」

 

深雪が表情を曇らせて呟く。

 

「だが本当に警戒すべきは、パラサイト由来の能力じゃない。光宣が本来持っていた力、そして、もう一人の力だ」

 

「本来の力と・・・もう一人、ですか?」

 

「ああ。光宣はエレメンタル・サイトの持ち主だ。以前からそうではないかと疑っていたし、今日確信した」

 

光宣は達也がフラッシュ・キャストで発動しようとした魔法を、逆の事象改変を定義する魔法をぶつけることで無効化した。あれは、偶然では無かった。予測を的中させたのでもない。相手、つまり自分が出力した魔法式を読み取った結果だと達也には分かった。

 

「それはっ!・・・お兄様。それで、もう一人、というのは・・・?」

 

達也のセリフに驚愕の声を上げたが、それを疑うセリフは沸いてこなかった深雪は、別の疑問を達也に投げ掛ける。

 

「どういう経緯なのかは分からないが、光宣は周公瑾の知識と魔法技能を取り込んでいる」

 

深雪の問いかけに対する答えを、達也は躊躇う事なく告げる。常識的にはあり得ない事なのだが、常識以上に確かな事実を彼は感じ取っていた。

 

「周公瑾とは、あの周公瑾ですか!?」

 

「そうだ」

 

「光宣君が・・・例えば、周公瑾が残した魔法解説書を見つけて、その内容を会得したという意味でしょうか?」

 

「そうじゃない。あえて分かり易い表現を使えば、光宣は周公瑾の亡霊を吸収したのだと思う」

 

達也の言葉を常識の範囲内で解釈した深雪の考え方を、達也は否定した。そう考えておく方が心を掻き乱されることは無いだろうと理解は出来たが、達也は誤魔化す事をしなかった。

達也の言葉を受けて、深雪が片手で口を押える。両手でなかったのは、もう片方の手には胸にトレーを抱いているからだ。

 

「・・・九島家には、そんな魔法まであったのでしょうか?」

 

「亡霊との一体化を目的とするような魔法は、いくら何でもなかったはずだ。それは、現代魔法の目的から外れている。しかし精神体を支配する魔法ならば、あったと思う」

 

達也は一旦言葉を切って、深雪に分かり易い例を記憶の中から引っ張り出した。

 

「例えば、パラサイドール。あの人型兵器を完成させるためには、パラサイトの本体を制御する魔法が必要だ。光宣はその種の魔法を応用して、周公瑾の残留思念を取り込んだのではないか。あいつは今日の戦いで『奇門遁甲』を使用したが、あの使い方は周公瑾のものだった」

 

「そうですか・・・」

 

正直なところ深雪には、何ヶ月も前に死んだ魔法師の亡霊を自分の中に取り込んだりすることが出来るというのは信じ難かった。だが、それが達也の言葉ならば、深雪は信じる事が出来た。

 

「・・・対策を立てねばなるまい。旧第九研の魔法と、大陸流の古式魔法と、パラサイトの異能。この全てを兼ねそなえた相手に、普通の戦い方で対抗するのは難しい」

 

そこで達也は、物憂げに眉を顰めた。

 

「それに、九島閣下にも光宣の事を伝えなければならない。母上が言わないようなら、俺の口から申し上げねばならないだろう。その上で、九島家の助力が必要だ」

 

ただでさえディオーネー計画への対策にリソースを割かねばならないのに、それに加えてこの問題だ。達也が憂鬱な気分になったのも、当然と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜中、深雪は弘樹の部屋に入るとそこでは弘樹が机の上で護符作りに励んでいた

 

「弘樹さん・・・」

 

普段の深雪ならばキッチンに置いてあるコーヒーを入れて置いてから話しかけるのだが。今日はそんな様子もなく、真っ先に弘樹に声をかけた。その事に弘樹は何となく理由を察すると弘樹は筆を置いた。

 

「どうしたんだい・・・と言っても深雪の思っていることは分かるさ。夕方の光宣君のことだろ?」

 

そう言うと深雪は無言で頷くと弘樹に言った

 

「私・・・光宣くんの言葉が忘れられなくて・・・」

 

そう言い深雪は先の光宣が水波に言った言葉を思い出していた

 

 

 

『僕は君を死なせたくない!君から魔法を取り上げたくもない!頼む、僕と同じになってくれ!』

 

 

 

あの時の光宣の必死な様子は深雪の脳裏に焼き付けられた

 

「弘樹さん・・・私、光宣くんの言葉が忘れられないんです・・・私、どうすれば・・・」

 

深雪はどうしたら良いのか分からなくなり、たまらず弘樹の胸に飛び込んでいた。

弘樹は深雪の頭を撫でると深雪にこう言う

 

「大丈夫さ。達也も僕達を信用して深雪の事を見届けてくれたんだ。だが、今の光宣君は違う」

 

「どういう事ですか?」

 

弘樹の返答に深雪は顔を上げると疑問に思った。今の自分は妖怪、つまりは人を捨てているのだ。その点で自分は光宣と同じだからだ。深雪の疑問に弘樹は深雪に答える

 

「まだ深雪は神道魔法を完全に習得したわけじゃないからあれだけど。僕や深雪は自分の魂自体が変質して人外化をしている。だが、光宣くんの場合はパラサイト・・・つまり他人の魂を自分の魂と融合させて人外化している」

 

「?」

 

いまいち理解が追いついて居ない深雪に弘樹は少し詳しく説明をした

 

「えっと、つまり僕たちは飲み物で例えるなら丸ごと絞った果実ジュースだ。だが、光宣くんはそこに添加物とかを加えた加工されたジュースと言えばいいかな?」

 

弘樹の説明に深雪はなんとなく納得すると弘樹に言った

 

「では、私や弘樹さんは純粋な魂で、光宣くんは混ざり物の魂。という事ですか?」

 

「そうそう、そんな感じだね」

 

「じゃあ、私達と光宣くんは違うと言うとこですか?」

 

「ああ、そう言うことさ」

 

そう言うと弘樹は深雪の肩を優しく触ると

 

「そう、だから僕や姉さんも達也の見方になる。そう言うことだよ」

 

弘樹がそう言うと深雪はホッとした。

自分がどうすればいいか。それを教えてくれた弘樹に感謝をすると弘樹の誘いで今日はそのまま部屋で弘樹の隣で眠りにつくのだった



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老師の提供

真夜が光宣に関する情報を握りつぶすかもしれないという達也の懸念は、杞憂に終わった。達也と光宣が調布の病院で不幸な衝突を起こした翌日、達也は魔法協会関東支部に呼び出された。今日の用件は、ディオーネー計画絡みの説得ではない。彼は、臨時師族会議にオブザーバーとして出席を求められたのだ。いや、証人として、と表現した方がより実態に近いかもしれない。

魔法協会関東支部がある横浜ベイヒルズタワーの会議室に来ているのは、達也と克人の二人だけだった。克人は先月最後の日曜日に行われた決闘を匂わせるような態度は取らなかったが、何事も無かった様な振る舞いは、逆にあの一件を消化しきれていない証拠だったかもしれない。

関東支部のスクリーンに映る顔は十人。九人の十師族当主ともう一人、九島烈だ。会議は礼儀的な挨拶を最小限で切り上げて、いきなり本題に入った。

 

『――信用しないわけではないが、改めて尋ねたい』

 

病床から復帰したばかりの一条剛毅が、病み上がりであることを感じさせない気迫のこもった声で発言した。質問の相手は達也だ。

 

『九島家の光宣殿がパラサイトになった言うのは、本当の事なのか?』

 

「本人がそう言っていました。自分が相対した感覚でも、彼はパラサイトになっていました」

 

スクリーンの中の十人は、改めて驚きを示す者、何の感情も見せぬ者、悲し気に目を伏せる者の三通りに反応が分かれた。

 

『・・・光宣殿の狙いが四葉家配下の魔法師、桜井水波嬢だというのも?』

 

この問いかけは、驚いていた組の三矢元のものだ。

 

「これも本人の口からはっきりと聞きました」

 

『その・・・光宣殿と桜井水波嬢の間には、特別な関係があったのですか?』

 

『光宣殿の動機は、ひとまず横に置いておきましょう。光宣殿がパラサイトに変じた事も、四葉家の魔法師を狙っている事も大いに問題ですが、私は光宣殿に憑りついたパラサイトが何処から来たのか、それが気になります』

 

『確かに。パラサイトが再び日本に侵入してきたのだとしても、国内に発生源が出来たのだとしても。これを放置しては被害が拡大する恐れがあります』

 

『・・・それは』

 

七宝拓巳の質問をわきに追いやり口を挿んだ七草弘一の考えに五輪勇海が同意する。九島烈が苦渋の滲む声で回答しようとしたが、達也が横から口を挿んだ。

 

「前回パラサイトが侵入した際、自分は友人の助けを借りて二体のパラサイトを封印しています。ですがその封印体は何者かに奪われてしまいました。恐らく、その二体が発生源だと思われます」

 

『誰が奪っていったのか、分からないのですか?』

 

「不明です」 

 

『調査はしなかったのですか?』

 

「東京は四葉のテリトリーではありませんので。当時、パラサイトには七草家の真由美嬢、十文字家、千葉家のエリカ嬢と共同して対処していました。奪われた封印体についても、神木家の凛嬢と情報を共有していたのですが」

 

「確かに聞いています」

 

『一体は私の手元にあります。達也は残りのパラサイトと交戦中でしたので、私が回収を手配したのですが、一体しか確保できませんでした』

 

『・・・それを、達也殿にお伝えしなかったのですか?』

 

達也と克人の回答に追及を諦めた弘一の横から真夜が思いがけないセリフを飛ばし、二木舞衣が呆れたような口調で確認する。

 

『達也には学業に専念してもらいたかったので。本件の報告を受けて念のために確認しましたが、当家が保管しているパラサイトに異常はありませんわ』

 

『では、残りの一体が感染源である可能性が高い?』

 

『結論を急ぐのは危険でしょう。感染源については、情報が無さすぎる』

 

『七草殿や五輪殿の懸念はごもっともだと思いますが、今は分かっている問題への対処を優先すべきでは?』

 

『そうですね。その通りだと思います』

 

『・・・老師には申し訳ございませんが、パラサイトと判明している以上、放置は出来ません』

 

『そうだな』

 

「宿主を失ったパラサイトは、新たな宿主を求めて飛び去る事が確認されています」

 

達也の注意喚起に、十師族当主たちは様々な表情を浮かべた。

 

『では精神体を攻撃できる魔法師の動員が必須という事か?』

 

『光宣殿を殺さずに無力化する方が安全なのでは?』

 

『私もその意見に賛成します』

 

『達也殿は封印の方法をご存じなのですよね?』

 

『そのノウハウは私の方から提供しよう』

 

『老師がですか?』

 

『失礼ながら、老師はパラサイトを封印する方法を何処でお知りになったのですか?』

 

『先生でしたら、当然ご存じでしょう。当家がパラサイトの封印に使っている術式も、元はと言えば先生から教えていただいたものですから』

 

九島家の持つ精神体の術は元はと言えば凛の神社から強奪した物品に含まれていた物だ。もちろん、その事を凛から聞いている真夜は烈の事をチラッと見ると烈は眉一つ変えずに正面を向いていた。

真夜のセリフに、剛毅が鋭さを増した視線を烈に向ける。そのグダグダになりつつあった空気を、舞衣が修正しようと口を開く。

 

『光宣殿の狙いは桜井水波嬢、こう考えてよろしいでしょうか?』

 

「彼にとっての最終的なゴールは、ウチの水波だと思います」

 

『では、東京の病院にいる水波嬢の近くで網を張るのが効果的ですね』

 

『ええ、それでよろしいかと。水波の守りは、私の方で手配しておきますので』

 

「四葉殿。我が家からも警備の手を出したいのですが」

 

『病院の外でよろしければ』

 

「それで結構です」

 

『では是非に』

 

『私たちはどうしましょうか?』

 

『光宣殿の最終的な狙いが桜井水波嬢だと思われますが、九島家に戻ってくる可能性も十分にあります』

 

『無論、姿を見せれば捕らえる。匿いはしない』

 

『そのような心配はしておりませんが。光宣殿は健康面にこそ不安はありましたが、元々極めて優れた魔法師でした。パラサイト化した光宣殿の実力がどれ程のものか、予測がつきません。よろしければ、私のところからも人を出そうと思うのですが』

 

『必要ならば、私も』

 

『かたじけない。それでは、二木殿、ご助力をお願いしても良いだろうか。一条殿にも、もし援軍が必要となれば手勢を貸してもらえるとありがたい』

 

『かしこまりました』

 

『承知した』

 

「では四葉家が桜井水波嬢の護衛。七草家が光宣殿を迎え撃ち捕縛。我が十文字家は桜井水波嬢の病院の外で警備。九島家の援軍に二木家、援軍二陣に一条家。他家は各々警戒に当たるという事でよろしいでしょうか」

 

克人の言葉に、次々と賛同の声が上がる。十師族の方針は、斯く決定した



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対策

会議室の後片付けは魔法協会の職員が受け持ったため、達也は克人と共に退室してエレベーターホールに向かう。二人は並んで歩くのではなく、達也が克人の一歩斜め後ろに位置している。真後ろで無いのは、死角に入るのを避けたためだ。克人が嫌ったのではなく、達也の方で気を遣った結果だ。

 二人の間に会話は無い。共に無言で足を進めている。それも当然というべきか。二人の間で演じられた戦いは、彼ら二人でなければどちらかが死んでいておかしく無いものだった。それからまだ、一ヶ月も経っていない。互いに敵意を見せないだけで、二人ともできていると言えよう。あるいは、戦いに身を置く者の心得か。

 しかし二人の沈黙は、エレベーターホールの死角に潜んでいた人物の声で破られた。

 

「達也くん、十文字くん、会議は終わったの?」

 

「七草・・・何故ここに?」

 

先月の衝突の際居合わせた一人だったにも拘わらず、能天気に話しかけてきたのは真由美だった。克人は素で驚いているようだが、達也は気配で真由美がここにいる事も、何が聞きたいのかも何となく分かっているので、無表情のまま克人に真由美の相手を任せた。

 

「気になったから」

 

真由美のあっけらかんとした答えに、克人がこめかみを押さえる。その気持ちはよく分かる、と達也は思った。

 

「会議は終わった」

 

「意外と早かったのね。それで、どんな結論になったの?」

 

克人は真由美は話さなければ引き下がらないという事を理解し、小さくため息を吐いた。真由美がそういう女性であると、克人も長い付き合いで知っているのだ。

 

「・・・ここでは話せん」

 

「じゃあ、談話室に行きましょう」

 

魔法協会には、他聞を憚る相談をする為の個室が幾つも用意されている。真由美は常連という程ではないにしても、この個室を度々利用している。

 

「達也くんも」

 

「・・・いいですよ」

 

達也は「喜んで」ではないが、真由美の誘いに頷いた。どうせ今から一高に行ったところで、授業に間に合うわけでもないし、深雪たちの迎えにもまだ余裕がある。

真由美を先頭に、克人、達也の順にエレベーターホールから談話室に向かい、部屋に入って真由美が最初にしたことは、お茶を淹れる事だった。

 

「達也くんも紅茶でいいかしら?」

 

「お任せします」

 

真由美が三人分の紅茶をテーブルに並べて腰を下ろす。ポジションは克人の向かい側、達也の隣だ。

 

「冷めない内に飲んで?」

 

お薦めという名の強制を受けて、達也と克人がティーカップに口をつける。全員がカップをソーサーに戻したところで、克人が真由美に目を向ける。

 

「それで、何が聞きたい」

 

「全部」

 

「会議のテーマが何だったか、七草は知っているのか?」

 

「光宣くんがパラサイトになった。その対策、でしょ?」

 

会議の内容を知っているにしては、真由美の口調が軽い。達也はそれが気になった。克人も同じことが気になっているのか、訝しむ視線を真由美に向けている。

 

「本当に意味を理解しているのか?光宣殿とはそれなりに親しかったはずだが」

 

「当然理解しているわ。私も前回のパラサイト騒動に関わっていたのよ。まぁ、あまり役には立たなかったけど」

 

付け加えられた最後のフレーズに少しだけ不満の色が滲んでいるが、それ以外は真由美は冷静そのものだった。

 

「・・・光宣がパラサイトになったと分かっているなら、結論も想像がつくのではありませんか?」

 

「光宣くんを捕まえて、封印するなりパラサイトを引きはがすなり処置する、でしょ?でも具体的にはどうやって捕まえるの?」

 

達也と克人が目配せし合う。真由美に話しても良いのか、という確認と、どちらが話すのかという相談。口を開いたのは、克人だった。

 

「・・・光宣殿が桜井水波嬢を攫いに来るのを待ち伏せて捕らえる」

 

「十文字くんが?」

 

「いや、七草殿がこの役目を引き受けられた」

 

「えっ、家・・・?」

 

桜井水波さんって、香澄ちゃんのクラスメイトの『桜井さん』よね?」

 

「はい。水波と妹さんはクラスメイトです」

 

「高校二年生の女の子を囮にするの?達也くんはそれで良いの?」

 

「我々の思惑に関係なく、光宣はまた、水波のところに来ます」

 

「桜井嬢が入院している病院は四葉家が、病院の外は我が十文字家が警備に当たる。桜井嬢の身の安全は、決して蔑ろにしていない」

 

「ガチガチに警戒してたら、光宣くんだってさすがに、のこのこやって来ないんじゃない?」

 

「その場合は別の策を考えるだけだ」

 

真由美が示した懸念に、克人はきっぱりと答えた。

 

「そう・・・それで、達也くんと十文字くんは手を取り合ってこの事態の解決に当たるのよね?」

 

真由美の意図が理解出来ず、克人は眉を顰めたが、達也は「お節介な人だ」と、彼女の善良さに心の中で唇を綻ばせた。

 

「この件に限らず、十文字家と四葉家は十師族の一員として協力関係にあります。一時的な対立を何時までも引き摺ったりはしませんよ」

 

「そう・・・」

 

達也の回答に、真由美は笑みを浮かべてそう呟く。そして達也は真由美達に言った

 

「これから聞きに向かいますが俺は今回の計画に弘樹を呼ぼうと思っています。彼らほどパラサイトに詳しい家はないと思いますから」

 

そう言うと二人はどこか納得できる部分があった。去年の吸血鬼事件であの姉弟はパラサイトの対処が的確だった事を思い出すと達也に説得する様お願いしていた。



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怪物

克人達との話し合い終え、マンションに戻った達也は弘樹の部屋に入るとそこでは珍しい人物が帰ってきていた

 

「凛・・・戻っていたのか」

 

そこには特徴的な白い髪を持つ凛が部屋で二つのグラスにワインを注いで待っていた。達也が声をかけると凛は振り向く。その姿は今までとは打って違い妖艶で大人な雰囲気であった。髪も少し切り落とされ、着ている服装は少し青みかかったスモックブラウスに白いジプシー・スカートと言う涼し目の格好であった

 

「ええ、ついさっきね・・・達也も一杯どう?」

 

「・・・俺は未成年だぞ」

 

そう言うとつまらなそうに眉を顰めると一人でグラスを傾け始めた

 

「連れないなぁ・・・ちょっとは付き合ってくれても良いじゃないか」

 

凛の小言を聞いた達也は今日戻ってきた理由を聞いた

 

「それで、随分と早い帰国だが。用事は済んだのか?」

 

「ええ、一応はね。ああそうそう、光宣君のこと。弘樹から聞いたよ」

 

「そうか・・・それなら俺から聞きたいことがある」

 

そうして達也が聞いたのは昨晩に深雪が弘樹に聞いたのと似たような内容だった。凛は達也の問いに弘樹と同じ説明をすると追加で達也に言った

 

「それに、もしあの状態が続けば。彼も無事ではいられなくなる」

 

「・・・どう言うことだ?」

 

達也は一瞬思ったが一個の考えが頭をよぎった。すると凛が答えた

 

「ええ、今の光宣君は言わば複数の魂を混ぜている・・・いわば添加物まみれのジュースのような状態・・・ねえ達也、もしそのジュースにさらに苦味が混ざったらどうなる?」

 

「・・・ひどい味になる」

 

達也が答えると凛は小さく頷いた

 

「ええ、今の光宣君は体に添加物まみれの悪い物質を取り込んでいる。そこに負の感情という苦味物質が混ざると全てを飲み込んで全体を苦味物質へと変化させてしまう・・・つまり、今の状態を維持・・・もしくは新たにパラサイトを取り込めば彼の体は壊れてしまう」

 

「壊れるとどうなるんだ?」

 

達也が聞くと凛は少し間を置いて答えた

 

「・・・崩壊する体の中に蓄積されたパラサイトは外に出ることなく体内で暴走を始める・・・そして、その暴走した負の感情とエネルギーと想子が大量に融合し・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的には人の原型を失い、ただ人を喰らう怪物と化す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛が返答した時、達也は気温が下がったわけでも。深雪がこの場にいるわけでもないのに関わらず体温が急激に下がってゆく気がした。達也はもしそうなったらどうなるのか。恐る恐る聞いた

 

「もしそうなったら・・・どうなるんだ?」

 

「そうねえ・・・私が最後に怪物となった人を見たのは最低でも一千年前・・・いや、九百年前かな・・・まあ、分かりやすく言えば平安、鎌倉時代あたりが最後ってことよ」

 

「そんなに昔なのか・・・?」

 

「ええ、あの時は大変だったわ。あの時、街にいた人が消えるって言ってお祓いに行った時はビビったものよ」

 

そう言うと凛は過去のことを話し始めた

 

「いやー、まず見た目が全部真っ黒でね。口以外影みたいに真っ黒になって四つん這いで夜の街を徘徊するの。それが、いかにも禍々しくてね・・・大変だったわね」

 

「・・・なあ凛」

 

「何かしら?」

 

凛が達也に聞くと、達也はある質問をした

 

「もし・・・光宣がその怪物になったら。どうなるんだ?」

 

達也の問いに凛は淡々と答えた

 

「そうねえ・・・もし彼が怪物となったのなら・・・私は自分の役目を果たすために彼を楽にしてあげるのみよ」

 

凛が返答をした瞬間。達也は一瞬固まると脳裏にある予感がよぎった

 

 

『もしかしたら・・・俺と彼女で対決をするかもしれない』

 

 

達也は光宣を優秀な魔法師と思っている。だから、彼を救いたいと考えていた。だが、彼が怪物に変わってしまった場合。凛は断固として彼の抹殺を始めるだろう。

もしそうなれば意見の対立から俺と凛で問答無用の殺し合いが始まるかもしれない。現状、俺と彼女が本気で戦って勝てる確率は4割にもならないと思う。しかも、俺は彼女の本気を見た事がない。弘樹ですら本気の彼女は見た事がないそうだ。その分の力を加味するとさらに勝率は下がる。それに、俺と彼女が本気で戦えば確実に首都圏全域規模の地域が文字通り地図から消える可能性がある。

 

彼女との対立はできれば避けたい。

 

そんな事を考えていると凛は達也を見て少し笑っていた

 

「大丈夫よ。私とて、達也と本気で戦いたくはないさ。その前になんとか事を片付けたいところだが・・・」

 

そう言いながらもう一度グラスを傾けると凛は思い出したかの様に呟く

 

「あ、そうそう。ノース銀行がESCAPECE計画の出資をする事が決まっているから」

 

「ああ、というか前々からFLTに出資をしている時点で分かってはいたがな」

 

「この出資に関する発表は今度の20日に発表の予定よ」

 

「そうか・・・世界銀行がESCAPECE計画につくとなれば。確実に経済界は動くな」

 

「そうねえ・・・私も、あの銀行がここまで大きくなるとは思ってなかったし・・・」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、だから名前を適当に考えたのよ・・・でもそのおかげで世界中の政府の中心に入ることができる様になったんだけどね」

 

そう言うと二人は少し世間話をしてから凛は弘樹が帰ってきたことを確認すると今日は一泊していった。



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精神世界での攻防

北アメリカ大陸合衆国ニューメキシコ州ロズウェル郊外。ここにスターズの本部基地がある。スターズは十二の部隊に分かれていて、各部隊が独自に命令を受け出動する事も多い。総隊長であったリーナは各部隊が携わっている任務をすべて把握している必要があったのだが、実際にはリーナに内容が伝えられない任務も多かった。

先代のシリウスはスターズを完全に掌握していたが、リーナはそのレベルに至らなかった。否、全くと言っていい程近づく事すら出来なかった。彼女はお飾りの総隊長と陰口を叩かれていたが、あながち根拠のない事では無かった。むしろ、彼女についてきて入ったジョンの方が隊員達から慕われているくらいだった。

 

「今日は全部隊いたらしいけど、先週末はいきなり、第三隊と第六隊がどっか行ってたらしいし、知らないのはベンもだったから、まだ救いはあったけど・・・」

 

リーナは、滞在用に宛がわれた部屋でシャワーを浴び、ベッドの上で独り言ちた。土曜日の朝に第三隊のアークトゥルスと第六隊のリゲルの姿が見当たらなかったようで、カノープスに何か知らないかと尋ねられた。カノープスはリーナよりも各隊の動向をよく把握しているので、リーナが現役の時ですら彼の方が総隊長に相応しいとすら言われていたのだが、そのカノープスが知らない事をリーナが知っているはずもなく、彼女はジョンに聞いてみるも彼も知らないと言っていた。

第三隊と第六隊の事はスターズの中でも知らない人間が多かったので、リーナは自分だけが蚊帳の外に置かれていたわけではないと自分を慰めたが、表向きまだ総隊長である自分の地位が蔑ろにされている事実に変わりはないと改めて落ち込んだ。

現役の頃から心の片隅に押し込めていたストレス源だが、今夜は何故か頭蓋骨の裏側に貼り付いて離れない。考えまいとする程、頭の中で自動再生される。

 

「(いったい、第三隊と第六隊は何処へ、何をしに行ったのかしら。何故表向きはスターズの総隊長の地位にある私に出動理由が教えられていないのかしら・・・私やジョンは兎も角、ベンも知らないなんておかしいわ)」

 

気にしては駄目だと自分に言い聞かせる程、苛立ちが募る。

 

「(そりゃ元々、戦略級魔法が使えるだけの、力が強いだけのお飾り総隊長なんだろうけどさ)」

 

その結論を心の中で出してしまったがために、リーナは独り言を自分の中で留める事が出来なくなってしまった。

 

「そりゃ私は、まだ十七歳の小娘だし。ジョンみたいに飛び級するような頭は無いし。そもそもそんなに成績は良くなかったし。部隊指揮の教育なんてまともに受けてないし。背は高くないし。童顔だし。ジョンみたいに人に好かれやすいわけでもないし。でも、出動理由くらいちゃんと伝えておきなさいよね。留守にするならあらかじめ報告するのが普通でしょ。予定が変わったしわ寄せは『総隊長』のところに来るんだから。私が総隊長で不満なら、何時でも外しなさいよね!頼りない総隊長で悪かったわね!でも、私だってこんなところさっさと辞めてジョンのお嫁さんになりたいわよ!」

 

リーナはブランケットを捲って中に潜り込み、そのまま眠りに落ちた。誰も聞いてくれなくても、散々愚痴を言ってスッキリしたのか、それとも自虐の沼でもがくのに疲れたのかは分からないが、リーナの眠りは何時も以上に深かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、リーナは懐かしい夢を見た。潜入先の第一高校、その裏山で、パラサイトを次々と殺していった記憶。パラサイトが襲いかかってきては、魔法で撃ち倒す。いつの間にかループしていた夢の中で、リーナは首を捻った。

 

「(達也達は、何時登場するんだろう?)」

 

登場人物でありながら観客でもある、あの夢に独特の多重視点の中で、観客側の意識が訝しさを覚えた。達也達は、自分の事を「小娘」扱いしなかった。自分を「十三使徒」だからといって特別扱いしなかった。同年代なのだから「小娘」扱いしないのは当然だし、達也はヘヴィ・メタル・バーストを超える戦略級魔法の使い手だったから、特別扱いする理由は無かったのだろうが、そうだとしても対等に扱ってもらえたのが嬉しかった。

隣に誰もいない。その事に一抹の寂しさを覚えながら、その寂しさを紛らわすように、リーナはひたすらパラサイトを撃退し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でリーナに侵入できないパラサイトたちは、だんだんとざわめきだした。

 

「(総隊長の精神に侵入出来ない)」

 

「(総隊長には精神系の魔法適性が無いのではなかったのか?)」

 

「(総隊長にルーナ・マジックの適性は無いはずだ)」

 

「(では何故、侵入できない?)」

 

「(押し返される。退けられる。撃退される)」

 

夜の闇の中、蜂の巣から聞こえてくる羽音のようなざわめきが満ちる。肉体の耳では聞き取れない音、精神体の間で交換され、共有される会話だ。パラサイトの相談の声。自問自答の声。

 

「(総隊長の同化は困難だ)」

 

「(総隊長の同化は不可能だ)」

 

「(総隊長は危険だ)」

 

「(彼女は、危険だ)」

 

「(彼女は、我々の敵になるだろう)」

 

「(彼女は、排除すべきだ)」

 

「(彼女を、排除しよう)」

 

ざわめきはやがて、一つの声になった。



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叛乱

六月十八日、火曜日。USNAでは日付が変わったばかりで、時刻はまだ午前五時にもなっていない。幾ら軍人でも、ミッション中でもなければまだ眠っている時間だ。

 

「夢見の所為かしら・・・」

 

夜も明けぬ内に目を覚ましてしまったリーナは、ベッドの上で身体を起こして思わず独り言ちた。どんな夢だったからは、朧げに覚えている。いい夢だったとは言い切れないが、ストレスの発散にはなった気がする。少なくとも気分は、寝る前に比べてスッキリしていた。

いつもならばジョンがリーナにコーヒーを入れてそれで強制的に目を覚ましていた。だが、今日はその必要を感じない。

今は六月。日中は二十七度を超える事も当たり前な季節だが、日の出前のこの時間なら精々十六度くらい。散歩するにはちょうどいい。リーナはその考えを、即実行に移した。

とはいえ、リーナは年頃の女の子。自分の部屋を出る前にやるべき事は山ほどある。もう軍人でもないのだから、手を抜く言い訳も出来ない。身支度を整えて外に出たころには、空が白み始めていた。

それでもまだ、基地の敷地内に動いている人影は殆どなかった。「全く無かった」ではないのは、当直の兵士や整備員が起きているからだ。時々見かける仕事中の彼らの姿に心の中で「ご苦労様」と声をかけ、リーナは訓練用のグラウンドを回り込んで基地の内外を仕切るフェンス際まで足を進めた。ここはUSNAの旧本国。分離独立を主張する武装勢力の手も、ここまでは届かない。紛争地帯のように、フェンスの側に立っていても狙撃を心配する必要は無い――はずだった。

殺意は音も無くやってきた。不可視の狙撃をリーナが避けたのは全くの偶然だった。いや、避けたとさえ言えないだろう。高エネルギーレーザーは、リーナの幻影を貫いて内側からフェンスを焼いた。リーナが偶々散歩がてらの自主トレで『パレード』を自分から一ヤード離して展開していなければ、狙撃はリーナの即死という形で成功していただろう。

しかしリーナがショックを受けたのは、危うく死を免れたことについてでは無かった。もちろん狙撃を認識した時には肝を冷やしたし、命拾いした事については心からホッとしていた。だが彼女の心に衝撃を与えたのは、それが基地の中からの攻撃だったという点にあった。

 

「叛乱!?」

 

時間差で迫る対人ミサイルを移動魔法で跳ね飛ばし、熱と破片を魔法障壁で防ぎながら、狙撃の射線を辿って倉庫の屋上へ目を向ける。

 

「ジャック!?やっぱり!」

 

そこには、伏射の姿勢でライフルのような物を構えている男性の姿があった。倉庫までの距離は百メートル以上ある。まだ薄暗い事もあって、肉眼では誰だかよく分からない。だがその男が放っている想子波動は確かに、リーナが知っているスターズ隊員のものだ。

スターズ第三隊一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス中尉。愛称はジャック。得意とする魔法は、ライフルに似た武装デバイスで放つ高エネルギー赤外線レーザー弾『レーザースナイピング』。たった今、リーナに向けられた攻撃はまさに『レーザースナイピング』だった。

 

「ジャック!何故私を狙うんですか!?」

 

リーナの問いかけに対する答えは無い。返事の代わりに高まる魔法の気配に、リーナは電磁波反射魔法『ミラーシールド』を展開した。『レーザースナイピング』の光弾を『ミラーシールド』が反射する。『レーザースナイピング』は音も無く、使用した銃弾も残さない狙撃に適した魔法だが、発射までに一秒前後の溜めが必要になるという欠点がある。魔法発動に必要となる時間ではなく、光の増幅に必要な時間だ。魔法発動の気配を感知してから展開したシールドで撥ね返す事が出来たのは、この性質によるものだ。

一方で『ミラーシールド』はシールドの向こう側からやってくる電磁波を全て反射する。当然、可視光線も。シールドを張っている最中、敵の姿はシールドに遮られて見えなくなる。

『ミラーシールド』を解除した時、倉庫の屋根にレグルスの姿は無かった。リーナは魔法探知を最高レベルに引き上げて倉庫に向かい駆け出す。彼女の探知に、魔法を帯びた飛来物が引っ掛かった。スターズの戦闘魔法師の間で共有されている魔法『ダンシング・ブレイズ』だ。

 

「アレク!?」

 

この「ダンシング・ブレイズ」に宿る想子波動は、アレクサンダー・アークトゥルス大尉のものだ。リーナの魔法感覚は、彼女にそう告げた。リーナが『領域干渉』を放つ。自分を中心に展開するのではなく、飛来する四本のナイフに重ねるように自分の事象改変力をぶつける。渦を巻くような曲線軌道でリーナに迫っていたナイフは、コントロールを失って放り出されるように地面に落ちた。

 

「第三隊隊長のアレクまで叛乱に加わっているというの!?それとも・・・」

 

それとも、自分に対する私怨なのか。リーナはそのセリフを口に出来なかった。独り言とはいえ、その疑惑をはっきり言葉にするのは、まだ十七歳の彼女には辛過ぎたのだ。

自分が嫉妬される立場だったと理解はしていた。だがリーナは、スターズの仲間と上手くやっていたつもりだったのだ。第四隊のベガやデネブにはしょっちゅう嫌味を言われていたが、本気で嫌われているわけではないと思い込んでいた。しかし今の彼女に、くよくよ悩んでいる暇は無かった。

追撃の『ダンシング・ブレイズ』が迫る。今度は四本ではなく、一本。ただし、質量がずっと大きい。

 

「(トマホーク!?)」

 

この攻撃は、領域干渉では無力化出来ない。アークトゥルスは白人と黒人の先住民のハイブリッドで、血統的には先住民のクォーターなのだが、魔法の面ではその血を色濃く受け継いでいた。古式魔法には、武器に「念」を注ぎ込んで魔法的に強化し他者の魔法を受け付けなくするという技術が、世界的に広くみられる。アメリカ先住民の魔法にもこの技術があった。そしてアークトゥルスはその技術を使い強化した片手斧を対魔法師戦闘の切り札にしている。白兵戦の武器としても用いるが、もっぱら移動系魔法で投擲武器として使う戦い方が、アークトゥルスの十八番だ。彼のトマホーク攻撃は、リーナの領域干渉でも堕とせない。

それを知っているリーナは、水平に飛んで躱した。地面すれすれの空中を一気に二十メートル近く、すべるように移動する。着地するなり『ミラーシールド』を再展開。着弾の手応えと同時に、リーナは遮蔽物を求めて走り出した。リーナは特殊車両の格納庫に飛び込んだ。

特殊車両と言っても、重機や戦車ではなく、加法を利用した短距離であればそれを飛ぶ自走車とか、海底を走るワゴン車とか、ライディングスーツと一体化して強化外骨格に変形するバイクとか、一部実用性を度外視した実験兵器が格納されている倉庫だ。今日は飛行機能付き自走車の長距離走行テストをすると、リーナは聞いていた。扉が開いているのは整備員が出入りしているからだろう。

 

「シリウス少佐です! 中にいる者は全員ここから離れなさい!」

 

リーナは整備員が逃げたかどうか、そもそも格納庫内に人が残っていたのかどうかを確かめる精神的な余裕が無かった。彼女は格納庫の入口横に片膝を突いて、恐る恐る外の様子を窺った。何も見落とさないように神経を研ぎ澄ませて、外から狙撃されないように慎重に敵を探す。

リーナは落ち着いてアクシデントに対応しているように見えるが、実の所彼女は冷静とは程遠い精神状態にあった。頭のすぐ上の壁にくっついている電話機に気づければ、基地司令部に助けを求められ、今後の展開はまるきり別物になっていたかもしれないのだ。

リーナの注意は格納庫の外に向いている。だが、そもそも彼女はアークトゥルスが何処にいるのか一度も把握していない。それに、敵はレグルスとアークトゥルスの二人とは限らない。背後から足下に転がされた手榴弾に対応できたのは、偶然に近かった。

格納庫の壁は爆発に耐えた。その所為で逆に、いろいろな破片がリーナに降ってくる。魔法シールドの中で爆発とその余波をやり過ごしたリーナは、振り返ってクリアになった視界の中に犯人の姿を認めた。

 

「レイラ!貴女もなの!?」

 

スターズ第四隊、一等星級レイラ・デネブ少尉。北欧系の長身でグラマラスな女性が、リーナを憎々しげに睨んでいる。

 

「馴れ馴れしくレイラなんて呼ばないで欲しいわね。この裏切り者!」

 

「裏切り!?何のことです!」

 

「とぼけるとか、往生際が悪い!」

 

デネブが右手に持ったナイフを振りかざす。その直後、リーナを身長で十センチ近く上回る女性が目の前に立っていた。振り下ろされる戦闘用のナイフ。反射的に移動魔法を発動させたリーナが、格納庫の入口の反対サイドに出現する。サプレッサーで抑えられた銃声と、リーナのシールドに当たって床に落ちる潰れた弾。デネブが舌打ちを漏らした。ナイフと拳銃のコンビネーションは、彼女の得意戦法だ。

リーナが移動魔法と同時に魔法シールドを張っていたのは、その記憶が頭にあったからにすぎない。

 

「恍けてなどいません!私が何時裏切ったというのです!?」

 

シールドを張ったままの状態のまま、リーナが叫ぶ。

 

「白々しい。だったらはっきり言ってやる。お前は総隊長の地位にありながら、男に迷って第六隊を日本に売ったんだ!」 

 

「第六隊?ランディたちがどうしたというのですか!?」

 

「反省の欠片も無いって事ね」

 

その声はリーナの背後から聞こえた。慌てて振り返るリーナ。すかさずデネブから背中に打ち込まれた銃弾は、再び対物シールドで弾く。デネブが銃弾に付加した貫通魔法よりも、リーナのシールド魔法の事象干渉力が上回った結果だ。

だが新たな登場人物の攻撃は、思わぬ方向から来た。リーナの身体が、シールドごとうちあげられる。リーナに移動魔法や加速魔法をかけたのではなく、局所的な移動魔法だ。リーナを中心にして半径一メートルの円内の重力が逆転増幅されたのである。リーナは自由落下の十倍の加速度で格納庫の天井に叩きつけられたのだった。



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叛乱2

天井は破れなかった。勢いに対して小さすぎる音を立てて揺れただけだ。リーナが咄嗟に自分の慣性を中和した、それが功を奏したのだ。だが完全では無かった。それなりの衝撃を受けてリーナが落下に転じる。今度は逆方向に、十倍の加速度が働いた。

しかしリーナが、痛みに耐えて自身に減速魔法を掛け、それ以上のダメージを負う事なく彼女は床に復帰した。それだけではない。落下途中の空中から空気弾をまき散らす。殺傷力は乏しかったが、敵の牽制にはなった。

 

「シャル・・・」

 

着地したリーナが崩れそうになる足を踏みしめて、自分を天井に叩きつけたシャル――シャルロット・ベガ大尉を睨みつける。

 

「へぇ・・・確実に仕留めたと思ったんだけど、さすがは元シリウスね。その魔法力だけは名前負けしてなかったと認めてあげる」

 

今の攻防で、リーナの『パレード』は解けている。鮮やかな金髪碧眼の、凛々しさよりも可愛らしさが勝っている美少女が苦しげに息を荒げている。それを見て、ベガの唇に勝ち誇った笑みが浮かんだ。

 

「でも、随分苦しそう。男に迷って部下を売った裏切り者には相応しい姿だわ」

 

「だから!裏切りなんて知りません!第六隊に何があったのです!男って何のことですか!?」

 

「お前、まだ!」

 

「良いじゃない。教えてあげましょうよ」

 

潔白を主張するリーナにデネブが逆上し変えたが、ベガがデネブを制止した。そしてリーナに嘲りの目を向ける。

 

「貴女に掛けられた容疑は、日本の工作員に内通してマイクロブラックホール実験を再実施するように仕向け、警備に派遣した第六隊の三人を日本が企んだ人体実験の犠牲にした、というものよ。日本の戦略級魔法師、司波達也に籠絡されてね!」

 

「達也が?」

 

リーナがそこに反応したのは、達也がそんな『無意味な事』をするはずがないと知っているからだ。わざわざスターズの人間をパラサイトにするなんて事をしなくても、達也ならばあっという間に無力化する事が出来る。むしろ、パラサイトにした方が厄介だという事は、リーナも先の件で重々承知している。

だがベガとデネブにとっては、その名前を呟いた事で、ハニートラップに引っ掛かって裏切った証拠に他ならなかった。

 

「そうよ。ランディ、イアン、サムの三人は、夜中に正気を失って暴れているところを保護された。彼らは貴女の所為でパラサイトに憑りつかれていたわ!」

 

ランディ――オルランド・リゲル大尉。イアン――イアン・ベラトリックス少尉。サム――サミュエル・アルニラム少尉。スターズ第六隊、通称オリオンチームの名を痛ましげに呼んで、ベガはリーナを鋭く睨んだ。

 

「やっぱり、パラサイトの発生原因はマイクロブラックホール実験・・・」

 

その事実にショックを受けて立ち尽くしているリーナの姿も、ベガには白々しい演技にしか見えない。

 

「裏切り者には死を!貴女がシリウスとして処断してきた隊員たちと、同じ結末を与えてあげる!」

 

咄嗟にリーナが体勢を立て直すが、第六隊がパラサイトに憑依されたと聞かされ生じた動揺は、あまりにも大きすぎた。

リーナは格納庫の奥から現れたベガに身体を向けている。入口に背を向けている。そして今、格納庫の外から、回転するトマホークがリーナの背中に迫っていた。アークトゥルスの攻撃が格納庫に侵入しようとしたその時、五十メートル以上に伸ばされた分子ディバイダーの刃が、魔法的に強化されたトマホークを斬り落とした。

 

「リーナ!無事ですね!?」

 

一秒未満のタイムラグで、格納庫の入口に現れた大柄な人影。

 

「ベン!」

 

「カノープス少佐・・・」

 

リーナとベガが、それぞれの表現でその人物の名を呼んだ。

 

「少佐、貴方はそこの裏切り者の味方をするの?」

 

「リーナは裏切ってなどいない。ベガ大尉、君はパラサイトに騙されているのだ!」

 

ベガの糾弾に、カノープスは少しも動じず言い返す。

 

「はぁ?騙されるも何も、私は保護されたランディたちと言葉を交わしていないわ」

 

「そうではない!パラサイトは、っ!」

 

カノープスはそのセリフを中断しなければならなかった。自分に襲いかかる高エネルギーレーザーの狙撃と、自由な曲線を描いて飛来する、新たなトマホークを撥ね返す為に。

格納庫内に、突如スキール音が響く。今日使うはずだった実験車が急発進してリーナとベガ目掛けて突進してきた。右と左に分かれて、リーナとベガが跳ぶ。リーナの横に急停止した車の右前扉が、勢い良く開いた。

 

「リーナ、乗ってください!」

 

「ハーディ!?」

 

助手席から呼び掛けてきたのは、スターズ第一隊二等星級、ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉だった。リーナは反射的に、その扉に突っ込んだ。ミルファクが運転コンソールごと左にずれる。この実験車両はUSNAのように左ハンドルの国だけでなく、イギリスのような右ハンドルの国でも不自由が無いように運転コンソールが左右に動き、フロントシートも間に切れ目がなく一続きになっている。また、ペダルは無い。

リーナがドアを閉めると同時に、ミルファクが車を発進させる。

 

「リーナ、いったん基地の外に脱出します!」

 

「えっ?」

 

「ジョン軍属の指示です!」

 

リーナにとっては寝耳に水だったが、彼女の愛するジョンの意見と聞いて、リーナの反論は封じられたのだった。

実はリーナは反論を諦めたのではなく、反論している余裕が無かったのだ。この車はピックアップトラックの形状をしており、その荷台がガタっと音を立てる。

 

「待てっ!」

 

自分を高速移動させる魔法が得意なデネブが、疑似瞬間移動で荷台に飛び乗ったのだ。

 

「待たねぇよっ」

 

しかしデネブは、すぐに車から降りる羽目になった。荷台に潜んでいた若い男が、彼女に飛びついて一緒に転がり落ちたのだ。

 

「ラルフ!?」

 

デネブを道連れにして車外に転げ落ちたのは、ミルファクと同じスターズ第一隊二等星級のラルフ・アルゴル少尉だった。

 

「ここはアルゴル少尉に任せましょう!揺れますからお気をつけて!」

 

ミルファクの言葉に、リーナが慌ててシートベルトを締める。ピックアップトラックが飛んだ。基地のフェンスを越えて着地、そのままアルバカーキへ向かって走り去った。

しばらく走り、基地が見えなくなって一息ついたのか、リーナは運転中のミルファクに説明を求めた。

 

「ハーディ、いったい何が起こっているのです?」

 

「正確な時間が分かりませんが五時前後、第三隊のアークトゥルス大尉とレグルス中尉を首謀者とした叛乱が発生しました。反乱に加わっていると現時点で判明している隊員は他に、第四隊のベガ大尉、スピカ中尉、デネブ少尉、第六隊のリゲル大尉、ベラトリックス少尉、アルニラム少尉、第十一隊のアンタレス少佐、サルガス中尉です」

 

「待ってください!シャルは第六隊のランディたちがパラサイトに憑依されたと言っていましたが、嘘ですよね!?」

 

「・・・残念ながら、事実と推測されます。第六隊の三人だけではありません。第三隊の二人と第十一隊の二人もパラサイト化していると推測されます」

 

「そんなっ!?」

 

「我々にその情報をもたらしたのは、シャウラ少尉です。彼がアンタレス少佐とサルガス中尉の異常に気付き、カノープス隊長に指示を仰ぎました。それと同時に、ジョン元大尉がカノープス隊長にマイクロブラックホール実験に関する情報を持ってきました」

 

彼女は精神干渉系魔法に長けているが、シャウラ少尉は霊子波動に対する感受性と精神干渉系魔法に対する防御が特に優れている。彼女がパラサイトに侵されず、真っ先にその暗躍を察知したというのは説得力があった。

 

「その、リーナ殿はお部屋にいらっしゃらなかったようですので」

 

ミルファクが言い訳がましく付け加える。リーナは気にしていなかったというより、気付いていなかったのだが、一応総隊長のリーナにではなく第一隊隊長のカノープスに相談した事を、リーナが不快に思ったのではないかと勘違いしたのである。

 

「私とアルゴル少尉が緊急招集を受けて隊長の部屋に集合した直後、アンタレス少佐の『ヒュプノス・ガーデン』が発動。我々はシャウラ少尉の『月蝕』で難を逃れましたが、宿舎一帯の人間は我々以外、全員無力化されています」

 

アンタレスが使った『ヒュプノス・ガーデン』は領域内の人間を眠らせる系統外魔法。広範囲に散らばる不特定多数の人間を対象にする分、強制力はそれ程強くない。一方、シャラウ少尉が使った『月蝕』はアメリカで『ルーナ・マジック』と呼ばれている戦闘用精神干渉系魔法による攻撃で、精神レベルで目標を見失わせることにより無力化するシールド魔法だ。彼女がパラサイトの同化を免れたのも、反射的に展開した『月蝕』のお陰だった。

 

「・・・これからどうするのですか?」

 

リーナの声が不安に揺れていたのも、仕方がない事だった。彼女は常にスターズのバックアップを受けて活動してきた。今の状況では、それが望めない。逆に装備も資金も持っていない状態で、恒星級魔法師を何人も相手どらなければならないのかもしれないのだ。

リーナの声が聞こえたわけではないだろうが、まるで彼女の問いかけに答えるように、ミルファクの胸ポケットでメールの着信音が鳴った。ミルファクは車を自動運転に切り替えて胸ポケットから端末を取り出す。彼の指が慌ただしく動いているのは、暗号を解除するためか。相当複雑な暗号が組み込まれている様子だった。

漸く復号が終わったメッセージを、ミルファクが厳しい表情で一読する。彼は、読み終わった端末をリーナに差し出した。リーナが端末を受け取り、ミルファクは再び運転レバーを握る。

 

「リーナ殿、バランス大佐殿からのご指示です。隊長はリーナ殿に対する第三隊の襲撃を知った直後、バランス大佐殿に今後の方策を仰いだのです」

 

「ベンが?」

 

リーナがごくりと息を呑んで、ミルファクの端末に目を落とす。バランスのメールを読みながら、リーナは驚愕に目を丸くした。

 

「――日本に!?」

 

バランスの指示は、日本に脱出して四葉家の保護を受けろというものだった。

 

「・・・何故わざわざ・・・」

 

バランスが手を回さなくても、ステイツを出国して日本までたどり着ければ、自分は四葉家の庇護下に入る事が出来る、と内心驚いていた。

リーナのセリフを、何故わざわざステイツから出国して日本にまで逃れなければならないのかと受け取ったミルファクは、追加の説明をするために口を開いた。

 

「恐らくバランス大佐殿は、リーナ殿を標的とした陰謀を懸念されているのでしょう。戦略級魔法師であるリーナ殿を暗殺する等という愚行は考えられませんが、リーナ殿を洗脳して都合よく利用しようとする勢力が軍内部で暗躍しているのかもしれません」

 

ミルファクの推測に、リーナは超弩級空母『エンタープライズ』艦内で「目撃」した軍機を思い出した。

 

「(強制的に魔法を使わされ、発電機の燃料代わりとされた魔法師たち。自分を彼らと同じような、軍事システムのパーツとして利用しようとしている・・・?)」

 

確かに現在の世界情勢で『ヘヴィ・メタル・バースト』を失うのは、国家の自殺行為とまではいかなくてもそれに近い愚行だ。しかしリーナを洗脳して使いやすい駒に変えるというのは、戦力面のみを考えればありえない話ではない。

 

「しかしそれでは、私は完全に軍を裏切ったという事にされてしまうのでは・・・」

 

「その点は大丈夫だと思われます。リーナ殿、添付ファイルをご覧ください」

 

そういわれて、リーナは慌て気味に端末を操作した。添付ファイルも、本文と一緒に復号化されている。リーナが開いたファイルは、在日武官の秘密監視の為、日本に潜入せよという内容の命令書だった。

 

「命令書!?」

 

「大佐殿は、ご自分の権限が及ぶ範囲内で最大限の便宜を図ってくださったのだと考えます」

 

ミルファクはそう告げる。バランス大佐は軍人の不正行為を取り締まるための監査部門のナンバーツーだ。日本大使館や領事館に勤務する武官の監視の為にリーナを派遣するというのは、指揮系統面で問題が多々あるにしても、ギリギリでバランスの権限内と言えるだろう。

 

「その端末はそのままお持ちください。私の個人情報は入っておりませんので、ご心配なく。パスワードは第一隊のものを使用しています」

 

リーナには総隊長として各隊の情報文書を検閲する権限が与えられていたが、スターズ内ではほぼ無視されていた。リーナもそれを問題にしたことはない。ただカノープスと第五隊のカペラ少佐だけは、パスワードを変更の都度、律儀にリーナに報告していた。

 

「それから潜入任務用のパスポートとクレジットカード、マネーカード、各種装備を後部座席のキャリーバッグに纏めておきました。渡航を考慮し、武装デバイスは入れておりません。航空券は、バランス大佐殿が手配してくださっています」

 

ミルファクの言葉に、リーナがもう一度端末を見直す。そこには確かに、チケットデータが二つ転送されていた。

 

「このままアルバカーキ空港へ向かいます。隊長が抑えていてくださっているので追跡は無いと思いますが、念の為に対探知シールドを使用しますので、リーナ殿は魔法の使用をお控え願います」

 

「・・・分かりました」

 

ミルファクの対探知シールド魔法は、スターズ随一のものである。追跡ミッションに優れた第六隊『オリオンチーム』でも発見は困難だろう。リーナは大人しく、ミルファクの言葉に従った。

基地の外に出る時、リーナは出入り口にいるジョンを見つけた

 

「ジョン!」

 

「リーナ!・・・無事だったか」

 

「うん、こっちは大丈夫・・・それよりジョン。ここは危ないからついてきて」

 

そう言いリーナは車の扉を開けるが、彼は車に乗らずに扉を閉めた。

 

「何しているの!」

 

そう言いリーナは驚くがジョンは基地を見ながら呟く

 

「リーナ。ごめん・・・先に日本に行ってて。後から追いかけるから・・・」

 

基地の方を見たジョンは覚悟を決めた表情だった。リーナは必死についてくる様言ったが彼は動かなかった。彼はおそらく裏切りと判断され軍法会議に回されてしまうであろうカノープスを守るためにスターズの中に潜入すると言っていた

 

「ジョン・・・先に行って待っているから」

 

「ああ、必ず行くさ」

 

リーナはそう言うとジョンは最後にリーナ達に言った

 

「リーナ、達也に会ったら凛にも会うようにしてくれ。それからミルファク。アルバカーキについたらサンタフェに向かってください。父の部下が待っています。ミルファクは父が守るとのことです」

 

「分かった。ローズ殿のご好意に感謝する」

 

そう言い残すと車はアルバカーキ空港に向かって走り出した

 

「・・・行ったか」

 

ジョンはリーナを乗せた車が見えなくなると車のトランクに入っていたアタッシュケースから拳銃型CADを取り出した

 

「閣下に製作してもらったCAD・・・初めて使うな・・・」

 

そう言いながら手には大型拳銃が握られた。それはマガジン部分が完全思考操作型CADのなっており本来の拳銃としても対物ライフル並みの威力を持つ強力な拳銃だ。名を『フォートレス』と言う

 

「さて・・・始めますか・・・」

 

そう言うとジョンは拳銃を持ってスターズの内情を探るために基地に潜入を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナが無事に日本に到着したのは、日本時間六月十九日午後の事である。彼女はすぐにバランスから教えられた番号に電話をかけ、真夜の命を受けた黒羽家に保護された。

その頃スターズ本部基地では、カノープスとアルゴル、そしてシャウラが略式裁判の結果、ミッドウェー島の魔法使用軍事刑務所に送られることが決定された。また、ミルファクは宣言通り基地には戻らず、そのままサンタフェに向かい、ローズの保護を受けた。



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2度目の奇襲攻撃

USNAでスターズの叛乱騒動が起こっている頃、新ソ連ではベゾブラゾフ専用の大型CAD『アルガン』の修理が急ピッチで進んでいた。

 

「進捗はどうですか?」

 

「博士!」

 

ベゾブラゾフに声をかけられた作業責任者がビックリした顔で振り返る。その男が驚いたのは、ベゾブラゾフには学者貴族的な面があって、油臭い修理現場に顔を出すような事は滅多に無かった為だ。

 

「修理は今日中に完了します。博士におかれましては、明日、テストをお願いしたいのですが」

 

また、作業責任者が必要以上に緊張して鯱張った話し方をしているのは、ベゾブラゾフが政府高官、軍の将軍並みの重要人物で、それに見合う権力者だからだ。

 

「良いですよ。何時頃来ればいいですか?」

 

ベゾブラゾフが一般人に対して、その権力を振りかざした事は無い。特に役職を持たない技術者に対しても、横柄な態度を取った事は無い。だがそれは彼が人格者だからではなく、下々に関心がないからだ。

 

「早朝より可能です!」

 

「そうですか。では・・・九時半に」

 

「承知しました!」

 

責任者だけでなく修理に携わっていた技術者全員に見送られて、ベゾブラゾフは修理工場を後にした。彼が珍しく工場に足を運んだのは、第一に『アルガン』を使った作戦が急がれているからだが、彼が達也に対して強い屈辱を覚えているからでもあった。

成功に絶対の自信を持っていた『トゥマーン・ボンバ』による奇襲攻撃。しかし『トゥマーン・ボンバ』専用の生体増幅器である『イグローク』まで使用したにも拘わらず、司波達也暗殺に失敗した。そればかりか、使用した二体の『イグローク』を消し去られ、『アルガン』も使用不能にされた。『イグローク』を使っていなかったら、ベゾブラゾフ自身が返り討ちに遭っていただろう。

ベゾブラゾフはそれまで、戦略級魔法師としての任務に失敗した事が無かった。ベーリング海峡を挟んで行われたUSNAとの小規模ながら激烈な戦闘では、先代のスターズ総隊長ウィリアム・シリウスを『トゥマーン・ボンバ』で葬っている。

その自分が、任務に失敗した。率直に言えば、敗北を喫した。ベゾブラゾフはこの屈辱を晴らす為、一日も早い作戦再開を望んでいたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月十二日、木曜日。東京は朝から雨が降っていた。国立魔法大学付属第一高校がある八王子周辺も、しとしとと降り続く雨に町中が濡れていた。鬱陶しいのは梅雨時だから仕方がない。他の生徒は暢気にそう思っていたが、達也は朝から警戒心をマックスにして過ごしていた。隣の席の美月に不審がられても、適当に口を濁すだけで、緊張を隠そうともしない。

季節は梅雨だが、今年の東京は例年に比べて雨が多くないようで、月の前半こそよく雨が降っていたが、後半に入って朝から雨が降り続けているのは今日が久しぶりだ。断続的にであれば雨は降ってるから、空梅雨という程でもないが、梅雨にしては雨の日が少なかった。

達也はそれが気に入らないというわけではなく、むしろ自分がいるところに雨が降らないのは彼にとって歓迎すべき事だった。元々雨が好きな質では無かったが、今年は特に歓迎出来なかった。そんな気分になったのは、伊豆から東京へ戻ってきて以来だ。

伊豆で戦略級魔法に狙われた日も、雨だった。一日中弱い雨が降り続く風のない天気は『トゥマーン・ボンバ』にとって最高の気象条件なのである。そして今日はほぼ無風、ベゾブラゾフが仕掛けてくるなら今日だろうと、達也は推測していた。達也はそれを、確信していた。十一日前に達也が葬ったのは、ベゾブラゾフ本人では無かったが、無関係でもなかったと達也は考えている。トゥマーン・ボンバの使い手がベゾブラゾフ一人とは限らない。新ソ連はベゾブラゾフのスペアを生産しているかもしれない。

その根拠は、伊豆高原からの狙撃分解した二人の魔法師の肉体情報だ。あの二人の素材は、全く同じものだった。同一の遺伝子でまったく同じように作られた人体。一卵性双生児という可能性もあるが、達也は「クローン」だろうと推測している。あの二人の情報構造には、調整体以上に不自然な歪みがあった。

あの時自分に『トゥマーン・ボンバ』を撃ったのはベゾブラゾフの指図に基づくものであり、あの二人の女性魔法師はベゾブラゾフの道具に過ぎない。それが達也の推理だった。レイモンド・クラークは達也が『マテリアル・バースト』の術者であることを知っていた。きっとこの情報も新ソ連に伝わっているだろう。

新ソ連は達也の戦略級魔法の無力化=戦略級魔法『マテリアル・バースト』の術者である達也の抹殺を決断している。伊豆の別荘に対する攻撃はその結果だ。達也はそう結論付けていた。

この事は今朝、深雪にも伝えてある。再び一高のシステムに接続したピクシーにも、最大限警戒するように命じてある。

このように待ち構えていた達也が攻撃の兆候を感知したのは、午前最後の授業終了の三分前。三年E組は端末を使った座学の最中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフは昼過ぎに、小規模な改修を経た大型CAD『アルガン』のオペレーター席に座った。日本時間では正午前だが、新ソ連沿岸州の時計は日本の標準時より一時間進んでいる。ちょうど昼食時だが、ベゾブラゾフは食卓に目もくれず作戦の実施だけに意識を向けていた。

前回の反省を踏まえ『アルガン』は『イグローク』が分子間結合力中和魔法により気化してもダメージを受けないように改良してある。また『アルガン』を繋いだ新シベリア鉄道の列車は、ウラジオストクの郊外ではなくその北方のウスリークス郊外に停めてある。前回の地理データを基に攻撃されない為の用心だ。

連れてきた『イグローク』も前回の二体に対して、今回は五体。残された『イグローク』を全てこの作戦に投入する構えを取っていた。フォーメーションは発動用の外付け演算装置として『イグローク』を二体、ファイアウォール用を一体、予備を二体。USNAのスターズを相手にした時も、これほどの大盤振る舞いはしていなかった。それだけベゾブラゾフが、前回の雪辱を果たすべく今回のミッションに入れ込んでいる証拠だった。――達也の攻撃に怯えて、大型CAD『アルガン』を搭載した列車車両から転がり落ちるように逃げ出した。あの記憶が、ベゾブラゾフのプライドを苛んでいる。あの屈辱は、必ずや雪が無ければならなかった。放置している程に、段々頭がおかしくなる。それがベゾブラゾフの実感だった。そして、あの忌まわしい恥辱を忘れる為の唯一の道は、司波達也を葬り去る事だ。それがベゾブラゾフの意識に住み着いた妄執だった。

コンソールに情報部から回ってきたデータを呼び出す。司波達也は現在、第一高校にいる。核融合炉プラントを企画するほどの頭脳の持ち主が高校で何を学習するのか、ベゾブラゾフにはさっぱり分からない。時間の無駄としか思えない。

 しかし学習面の意味は別にして、第一高校の内部に籠っているのは厄介だった。頑丈な鉄筋コンクリートの建物は、衝撃波で破壊するのが難しい。旧世紀のコンクリートではなく、第三次世界大戦中に開発された高強度の物だから尚更だ。

だからといって『トゥマーン・ボンバ』は移動中の相手を狙うのには向いていない。二つの住まいは衛星写真から推測して、学校以上に頑丈だ。

 

「(衝撃波で窓を破壊し、霧を侵入させて内部から爆破する)」

 

ベゾブラゾフはあらかじめ用意した作戦案の内、このプランをストレージから呼び出した。ベゾブラゾフの座る椅子が『アルガン』に吸い込まれていく。彼は『イグローク』を操って破壊と殺戮の曲を奏でる『ディリジォール』として、指揮棒を振る代わりにコンソールのスイッチを操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピクシーから能動テレパシーで警告が送られてくる。

 

「(ご主人様、魔法発動の兆候を探知しました。発動点は一高直上二百メートルです)」

 

達也はその時既に、魔法式を複写して時間差で発動させる魔法技術『チェイン・キャスト』の発動をはっきり捉えていた。立ち上がり、懐から大型拳銃の形状をしたCADを引き抜く。

今はまだ授業中、何事かと驚き、ざわめくクラスメイトには目もくれず、達也は天上を仰いでCAD:シルバーホーン・カスタム『トライデント』を真上に向ける。彼の動作には、一瞬の停滞も無かった。照準がピタリと固定された瞬間、彼は『トライデント』の引き金を引いてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大型CAD『アルガン』内部に耳障りな警報が響く。コンソールに表示されている警告メッセージは、発動用の『イグローク』が魔法式展開の途中、一秒に満たない間に消し去られたというものだ。

魔法式は魔法師が構築するもの。魔法演算領域における組み立てが終わっていても、それを目標座標に固定しなければ魔法は発動しない。魔法式を固定する一瞬の間に魔法師が殺されてしまえば、魔法は未発のまま霧散する。

 

「『イグローク』を予備の物に交換、急げ」

 

ベゾブラゾフは『アルガン』の内部に留まったまま、外部の作業員に命じた。今度は逃げるわけにはいかない。彼は肉体の消失という不気味な死の影に怯えながら、交換作業の完了を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トゥマーン・ボンバ』の発動を阻止するのは難しい。より正確に言えば『チェイン・キャスト』によって発動される『トゥマーン・ボンバ』を『術式解散』で無効化するのは難しい。これが二度にわたる対決から、達也が出した結論だった。『チェイン・キャスト』によって展開される魔法式は、一つ一つが少しずつ違う。その差異は、座標が離れる程大きくなる。グループ化して分解しようとしても、全てを一度には消しきれない。

 だからといって『術式解散』の連射で対応しようとしても、その途中で『トゥマーン・ボンバ』が発動し、強力な爆発に曝されてしまう。ならば、魔法の発動を元から絶つしかない。それが達也の作戦だった。

前回の戦闘で『トゥマーン・ボンバ』の発動元を逆探知するノウハウは取得している。『チェイン・キャスト』が始まった瞬間、その魔法的な経路を逆にたどり、術者を三連分解魔法『トライデント』で分解する。『チェイン・キャスト』は魔法式を広範囲に複写固定した後、その全ての魔法式を同時に作用させる技術だ。魔法式の広域敷設というステップを踏む分、単純に一個体を分解する『トライデント』の方が速い。対象が二個体になろうと、その程度は誤差の内だ。これは博打ではなく、明確な勝算に基づいたカウンター攻撃による防御だった。



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奇襲失敗と大きな代償

達也のカウンター攻撃には気づかずに、新ソ連では急ピッチで『イグローク』の交換作業が行われていた。

 

「『イグローク』交換完了」

 

作業員の報告に応える事はせず、ベゾブラゾフはコンソールの衛星映像を凝視した。前の『トゥマーン・ボンバ』が未発に終わったので、目標上空の待機状態に変化は無い。相変わらず厚い雲の下で雨が降り、風は殆どない。再攻撃はすぐに可能だ。

前回の戦闘で、二体の『イグローク』を消し去った後に、分子間結合力を中和する魔法の第二波は襲ってこなかった。あの現象をシミュレーションした結果は『アルガン』の演算能力でも発動に五分以上かかるというもの。それ程までに複雑な魔法だったと推測された。携帯用のCADしか持っていない状態で、連射が出来るはずがない。仮に出来たとしても、十分以上の時間を要する。ベゾブラゾフはそう計算していた。

それならば『トゥマーン・ボンバ』の第二射が先に発動する。念の為第三射が可能なように『イグローク』を一体ずつ使用するように設定を変更して、ベゾブラゾフは今度こそ司波達也を葬るべく、自身の魔法演算領域に『アルガン』が組み上げた起動式を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフが勝利を確信している頃、達也は全神経を一点に集中していた。

 

「(『トゥマーン・ボンバ』の発射地点を確認)」

 

自らがカウンターで放った『トライデント』の「記憶」を基に『トゥマーン・ボンバ』が一高直上に投射された経路を意識内で再現した。

 

「(対象を術者が接続されていたCADに変更)」

 

魔法師とCADの間には、魔法の発動中密接な関係性が発生する。情報的にCADは魔法師の一部となり、魔法師はCADと共に「魔法」というシステムのパーツになる。それは魔法師に魔法を押し付ける大型CADの場合でも同じだ。達也は『アルガン』を照準内に収めた。

 

「(戦術目標、貨物車両型CADの完全破壊)」

 

達也が「視」ているCADの中で、魔法式構築のプロセスがスタートしている。しかしまだ、起動式の読み込み段階だ。相当複雑な起動式らしく、一秒以上が経過しても読み込みが完了していない。達也の分解魔法も、本来であればそれと同等、あるいはそれ以上の準備を要する。しかし達也の魔法演算領域は、『分解』と『再成』に特化している。『分解』と『再成』用のサブシステムがあらかじめ準備されていて、そこに追加データを入力するだけで極めて複雑な魔法が発動可能になっている。故に、「物質を元素レベルに分解する」「情報体を想子レベルに分解する」という複雑な処理を、極短時間で実行出来るのだ。

 

「(『術式解散』、『雲散霧消』、発動)」

 

大型CADの周りに発生している事象干渉力の力場を分解し、『アルガン』を元素レベルに分解する。千キロを越える距離を挟んで、一瞬で二種類の魔法を連続で発動させることが出来るのも、彼がこの魔法――『分解』を使用する為のシステムを、他の魔法技能をある程度犠牲にして精神内に備えているからだ。

情報分解の魔法と、物質分解の魔法が、連続して発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフは最初、地震が起こったのかと思った。目の前の光景が、二重に霞む。だが身体は揺れを感じていない。それ以上の錯覚を感じる余地は無かった。

落下の感覚。それは錯覚ではなかった。自分が座っている椅子が、いきなり自分の体重を支える機能を失う。椅子だけではない。コンソールも、床も、壁も、全てがあやふやにある。床が抜ける。天井が落ちる。壁が崩れる。全てが砂になる。塵になる。

地面に強く打ち付けられて、ベゾブラゾフは呻いた。すぐには立ち上がれない程の痛みだ。ダメージは身体だけでは無かった。外側からの痛みだけでは無かった。

頭が内部から、酷く痛む。何も考えられない。それがCADとの接続を強制的に断ち切られたショックによるものだと、気付けない程の頭痛だ。

それでも、頭から被った砂を鬱陶しく感じた。苦労して上体を起こし、頭の砂を払いのける。その砂が『アルガン』の残骸だと気付く思考能力は、今のベゾブラゾフには無い。目の前に、ウスリースクの景色が広がる。自分が外に放り出されたと、その景色を見て漸く認識する。

ベゾブラゾフは激しい頭痛の中で、呆然と座り込んでいた。三人の『イグローク』の心臓が、CADとの接続を強制切断されたショックで止まっていた。その騒ぎも、ベゾブラゾフには聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、一高が何者かの魔法の発動を確認したニュースが取り上げられた。だが情報が未だ少なく、それほど大きく報道はされなかった。それよりも大々的に報道されたニュースがあった

 

『ノースマンチェスター銀行がESCAPECE計画に出資する事を決定』

 

この発表に経済界は大いに揺れた。三〇〇年近く経済界の皇帝に君臨し続けている企業が日本の高校生が発表した計画に出資する事を大々的に公表したのだ。誰もが驚いていた。ノース銀行のホームページにはこの発表と共に続けて文章が綴られていた。

 

『現在、公表されている魔法の平和利用に関する二つの計画。ディオーネ計画とESCAPES計画。我が社は現在の世界情勢を鑑みて計画実現に必要な年月、出資する金額を鑑み、協議してまいりました結果。日本のESCAPES計画に出資する事を決定いたしました』

 

この発表に事情を知っている者からすればかなり遅いと思っていた。だが、この発表は世論を動かすには十分なほどであった。



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反響

第一高校に対する魔法攻撃は、未遂であってもしっかりと観測されている。国立魔法大学の付属高校の中でも、最も設備が整っているのが一高だ。こと魔法に関する限り、学校周辺を観測する機器の充実ぶりは国防軍の主要基地にも匹敵する。一高の観測機器群は、頭上に酸水素ガスを生成し爆発させる魔法が発動しかけたという事、その魔法が新ソビエト連邦沿岸州から放たれた物であるという事を、客観的なデータ付で示した。そのデータは、十師族を経由し、魔法大学、そして政府へと渡った。

外務大臣は新ソ連に対して、未遂とはいえ侵略行為だと強く非難し、国際社会に新ソ連に対する制裁を呼び掛けた。また、東道青波の意を受けていた産業大臣のコメントは、更に踏み込んだものだった。あくまでもデータに基づく観測だと断りを入れながら、今回の未発攻撃は新ソ連の『十三使徒』ベゾブラゾフによるものだと発表した。その上で、ベゾブラゾフが協力しているディオーネー計画の平和的性格について深刻な懸念が生じたと決めつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月二十二日 土曜日

 

「思いかけない副産物だな・・・」

 

産業大臣の記者会見のニュースを朝食の席で見ていた達也は、誰に聞かせるでもない独り言を漏らしていた。

 

「あら、達也がそこまで考えていないなんて珍しいわね」

 

そう言ってキッチンでは凛が食器を片付けながら達也に言う。今日は珍しく達也、凛、弘樹、深雪の四人で朝食を取っていた

 

「ああ、考えていなかった。学校で『トゥマーン・ボンバ』を迎撃したのは偶然だ。むしろ、日中に仕掛けてくる可能性は小さいと考えていた」

 

「お兄様でも計算違いはあるのですね」

 

「当たり前だよ。姉さんですら予想外の出来事に出くわす事が多いんだから」

 

計算違いと言えば、水波の入院は深刻な計算違いだが、弘樹はそれを深雪に気づかせないよう、後悔を意識の奥に押し込めた。

ニュースの画面が切り替わったのを合図に、達也と深雪は止まっていた食事の手を再開した。ただ、深雪の関心は動いていなかった。

 

「ですがこれで、世論の風向きは随分変わるのではありませんか」

 

「日本国内・・・いや、世界中で、ディオーネー計画に対する逆風が期待できる」

 

元々ディオーネー計画自体が陰謀の産物だ。世論工作で自分を宇宙に追放しようとする企みを、世論工作で叩き潰すのに、罪悪感を覚える必要は無い。少なくとも、達也はその必要を認めなかった。

 

「ですがお兄様。状況が変わっても、ESCAPES計画はこのまま進められるのでしょう?」

 

「当然だ。本来ESCAPES計画はディオーネー計画に対抗する為のものではなく、タイミング的にそうせざるを得なかっただけだからな。本音を言えば、もっと準備期間が欲しかったんだが、いったんスタートしたからには立ち止まる事は出来ない」

 

「はい。お兄様の進まれる道は、間違っていないと存じます」

 

「そうね、少なくとも元造もそれを望んでいた」

 

凛が懐かしそうに呟くと深雪がふと思い出した事を口にした

 

「そういえば叔母様から、一度巳焼島の視察に行くよう勧められていたのではございませんでしたか?」

 

「ああ。俺も気になっている。母上が巳焼島に予定していた研究施設をESCAPES計画推進の為の施設に変更してくれるというのは、今でも話が旨すぎると思っているのだが」

 

「叔母様はきっと、四葉家の利益にもなるとお考えなのですよ」

 

「だったらいいが・・・ご馳走様」

 

「コーヒーを用意しますね」

 

達也が箸を置いたのを見て、自分のお皿にはまだ一口分残っているにも拘わらず、深雪がそういって席を立った。キッチンで深雪と凛がバトンタッチをすると達也の正面の椅子に凛が座った

 

「しかし、一昨日の発表で世間はESCAPES計画に傾きつつある・・・いや、完全に流れがESCAPES計画に傾いたと言っていいだろうね」

 

「流石だな。世界銀行の影響力をあらためて身に沁みてわかったさ」

 

「そうかい。でも、できればもう一押し。何かあればディオーネ計画を叩き潰せるんだがなぁ・・・」

 

そう言いながら凛が頬杖をつくと達也が軽く上を向きながら呟く。

 

「案外、相手が動くかもしれんぞ」

 

「そうなったら楽なんだけどねぇ」

 

そしてキッチンから聞こえる深雪の嬉しそうな声を聞くといつの間にか弘樹がキッチンに向かいそれを深雪が手伝っているのが伺えた。微笑ましい光景を横目に凛は達也に学校のことを聞いていた。

 

「そういえば達也。最近の部活連、どうなっているのかしら」

 

「エリカからはうまくやっていけていると聞いている。臨時で五十嵐が会頭を。七宝が副会頭として仕事を分担して行っているらしい・・・流石にお前のように素早くはないらしいが・・・」

 

「そうかそうか。なら私が鍛え上げただけあるわね。部活連の後任は七宝にしようと考えていたしね」

 

凛は満足げにすると達也にマジックのように取り出したアタッシュケースを渡した

 

「・・・これは?」

 

達也が聞くと凛は見てからの方が早いと言った。アタッシュケースの中には一つの大型拳銃が入っていた。正確にはウエスタンちっくな回転式大型拳銃だった。それは昔銃集めが趣味の弘樹に見せてもらった拳銃にそっくりだった

 

「これは・・・CADか?」

 

「ええ、それも()()()()()()用のね。名前は『カルタリ』」

 

凛がそう言うと達也はその大型拳銃を手に持った

 

「随分と大きいなカルタリは」

 

「そりゃそうよ。パラサイトの捕縛をするためには強力な弾丸と弾丸の衝撃に耐えられる銃が必要なのよ」

 

「お前の持つ拳銃じゃダメなのか?」

 

達也は凛にそう聞くが彼女は首を横にふった

 

「ええ、おそらくハイパワーライフルでギリギリなのでしょうけど・・・あんなデカブツを持ち歩けるはずがないからね。携帯できるとしたら、強力な威力を持つ拳銃が一番なのよ」

 

「・・・なぜこれを渡したんだ?」

 

「そりゃもちろん、パラサイトを元の場所に帰すためさ。何かあった時ようにこの拳銃を持ち歩いていなさい」

 

そう言って拳銃を受け取った達也はリボルバーを回転させると凛から受け取った刻印弾を入れ、それをホルスターに入れた。



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リーナの来訪

達也達が朝食の席で巳焼島の話をしたのは単なる偶然だった。特に予感の類ではなかった。

だが、夕食前の来客から切り出された話に、達也は朝の雑談を思い出さずにはいられなかった

 

「は、ハーイ・・・」

 

決まり悪げな顔で手を上げて達也と深雪に挨拶したのは・・・

 

「リーナ!?」

 

深雪が声をあげた通り、アンジェリーナ・クドウ・シールズだった。

 

「達也さん。深雪お姉様。遅い時間に申し訳ありません」

 

「いや、まだ夕食前だし構わないが・・・」

 

達也も流石に驚きを隠せず驚くと亜夜子に言葉を返しながら、彼の意識もリーナへと向いている。

 

「とにかく、玄関で立ち話もなんだ。中に入ってくれ」

 

「そうですね。リーナ、亜夜子ちゃん、どうぞ」

 

そう言って二人を招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・叛乱、アメリカ脱出か」

 

「リーナ、大変だったわね」

 

深雪がリーナを労わると亜夜子が達也に言う。

 

「シールズさん、いえ、シリウス大佐はいったん私たち黒羽家で保護させていただきましたが、御当主様はリーナさんが隠れ住む場所として巳焼島をお考えです」

 

「巳焼島にリーナが生活出来る環境はあるのか?」

 

「その点は問題ないと聞いております。しかし私たちが十分だと思っても、リーナさんは不足かもしれません」

 

「私、そんなに贅沢じゃないのだけど?」

 

「ですから、前以てリーナさんに巳焼島を見てもらおうようにと」

 

リーナが小さな声で抗議したが、亜夜子はリーナの抗議を取り合わなかった。

 

「母上がそう言ったのか?」

 

達也もリーナの抗議を取り合わなかったので、リーナが目に見えていじける。その光景を見て達也は少し苦笑いを浮かべたが、何も言わずに視線を亜夜子に固定した。

 

「はい。それで、リーナさんを巳焼島に案内する役目を達也さんに、と」

 

「なるほど」

 

亜夜子の言葉に、達也は納得したのか小さく頷く。

 

「リーナの逃亡が偽装で真の目的が四葉家内部における破壊工作だった場合に、リーナを確実に抑えなければならない事を考えると、案内人には同じ戦略級魔法師である俺が適任だ、と判断されたんだろう」

 

「そんなことしないわよ!」

 

「分かっている。。当主の四葉真夜はそんな事は考えていない。これは、四葉家内部に対するポーズだ」

 

「あ、あぁ・・・そういう事」

 

すると達也はジョンの事を聞いた

 

「そういえばジョンはいないのか?いつも一緒にいると聞いていたんだが・・・」

 

「ああ・・・ジョンは今・・・スターズにいるわ。ベンを守る為に・・・基地に残るって・・・」

 

そう言うとリーナはトーンを落としながら言う。それを聞いた達也と深雪は驚愕に近い驚きをすると達也は詳しい話を後で聞くことにして一旦亜夜子に返事をどうすればいいかを確認した

 

「とりあえず亜夜子。母上に返事は電話でいいのか?」

 

「いえ、御当主様より、達也さんのお返事をすぐ持ち帰るようにと命じられております」

 

「電話では不安か・・・分かった。母上に拝命するとお伝えしてくれ」

 

「はい、そのように」

 

「今日はもう遅い。巳焼島には明日向かう事にする。深雪も連れて行くから、水波のガードを一層強化するよう花菱さんに伝えておいてくれ」

 

達也が亜夜子に伝言を頼んだ相手は、兵庫ではなく父親の花菱執事の方だ。

 

「その件も、承りました」

 

達也は亜夜子に頷き返して、深雪へと視線を転じた。

 

「深雪、凛と弘樹に連絡をしてくれ。今日は彼の部屋の寝室を借りよう」

 

「ちっ、ちょっと・・・」

 

リーナの意思を抜きに、どんどん予定が詰まっていく

 

「それでは達也さん、深雪お姉様。慌ただしい限りですが本日はこれにて」

 

「ああ。今度ゆっくり話す時間を作ろう」

 

「是非に。文弥も喜びます」

 

達也の言葉に、亜夜子が満面の笑みで応えた。

 

「亜夜子ちゃん。リーナを連れてきてありがとう」

 

「どういたしまして。それでは、失礼します」

 

廊下で深雪と亜夜子が話をするとそのまま玄関まで送り、扉が閉まる。そして、深雪が戻ってくると

 

「リーナ、詳しい話を聞かせてくれるな?」

 

「私からもお願い。本当にまた、パラサイトが出現したの?」

 

二人の真剣な表情にリーナは首を縦に振った

 

「ええ・・・今ジョンが基地に入って調査をしているらしいのだけど・・・私・・・どうすればいいのかな」

 

「「・・・」」

 

今まで見たことないような表情でリーナは悲しげに言う。その表情に達也達はかける言葉を見つけられなかった。するとリーナは涙を流しながら言う

 

「今すぐ基地に戻りたい・・・でも、今の私は裏切り者・・・基地に戻ればパラサイトに殺される・・・達也、こう言う時。私、どうすればいいの」

 

「・・・取り敢えず、座ってくれ。俺ができる事があれば、言ってくれ」

 

「リーナ、まずは少し落ち着きましょう。そうすればお兄様も協力しやすくなると思うわ」

 

「ええ・・・分かったわ・・・」

 

そう言うと三人はテーブルに座り、深雪がお茶を持ってくるとリーナは落ち着いてきたのかゆっくりと詳しい状況を話し始めた。



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イノベーション編
基地での戦闘


それは有り得べからざる出来事だった。西暦二〇九七年、現地時間六月十八日、火曜日早朝。北アメリカ大陸合衆国ニューメキシコ州ロズウェル郊外に置かれている、USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズの本部基地において、恒星級隊員による叛乱が発生した。

それも、一隊員の反逆ではない。スターズは十二の部隊に分かれていて、それぞれの隊に一等星級の隊長が置かれている。その十二隊の内の三隊が、隊長に率いられる形で叛乱を起こしたのである。幸いと言って良いのかどうか、叛乱に参加したのは少数の幹部のみ。だがそれで事態が矮小化する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナが達也たちの許にたどり着いた、その七十一時間前。リーナが脱出を果たしたスターズ本部基地では、恒星級隊員同士の戦いが続いていた。スターズは通常の階級以外に、隊員を魔法力によって恒星級(一等星級)、恒星級(二等星級)、星座級、惑星級、衛星級にランク分けしている。その最強クラスである恒星級隊員同士が、訓練ではなく本気で魔法をぶつけ合っていた。

リーナを暗殺しようとした者たち――第三隊隊長アレクサンダー・アークトゥルス大尉。第三隊一等星級隊員ジェイコブ・レグルス中尉。第四隊隊長シャルロット・ベガ大尉。第四隊一等星級隊員レイラ・デネブ少尉。

リーナの脱出を支援した者たち――第一隊隊長ベンジャミン・カノープス少佐。第一隊二等星級隊員ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉。同じく第一隊二等星級隊員ラルフ・アルゴル少尉。

この内、ミルファクはリーナを乗せたピックアップトラックを運転して彼女と共に基地を脱出している。カノープスはアークトゥルス、レグルス、ベガの三人を一人で相手にしている。そしてリーナが脱出する直前まで彼女を追いかけていたデネブは、アルゴルに食らい付かれていた。

 

「レイラ!」

 

リーナを乗せたピックアップトラックの荷台から、デネブがアルゴルに組み付かれて落下する。それを目撃して、ベガが叫び声を上げた。彼女も実験車両倉庫から脱出したリーナを追って屋外に飛び出したのだが、カノープスを無視できずにその場に留まっていた。

 

「カノープス少佐!貴官はシリウス少佐の裏切りを知らないの!?」

 

ベガのセリフが叛乱の口実なのか、それとも本気でそう思いこまされているのか、カノープスには分からない。たぶん後者なのだろうと思っていたが、それが自分の推測でしかない事は彼も弁えていた。

第十一隊のアリアナ・リー・シャウラ少尉は、第三隊、第六隊、そしてシャウラ少尉自身を除く第十一隊の恒星級隊員がパラサイト化していると断定した。彼女は精神干渉系魔法の防御に長けている。その一環として、異常な霊子波動を捕捉する能力も高い。彼女の推測は信頼できるとカノープスは考えていた。

シャウラの言う通りであれば、第四隊のベガとデネブはパラサイトに冒されていない。この叛乱がパラサイトに主導されたものであるなら、パラサイト化していないベガは偽の情報に踊らされている可能性が高い。

ベガとデネブがリーナに好意的ではない事を知っていたカノープスは、偽の情報をこれ幸いと信じ込んでリーナを暗殺しようとしたのだろうと思っていた。

軍人は感情に任せて行動してはならない。士官はどんな時でも自分を強く律するよう教育されているが、人は大義名分に弱い。立派な理由を与えられれば、簡単に自分自身を誤魔化してしまう。自分は感情に動かされているのではなく、大義に従っているのだと。そう言い訳して、己を許してしまうのだ。

カノープスはそれを、頭で理解しているだけでは無かった。彼はこれまで、そういう実例を多数見てきた。

 

「リーナ殿はスターズを裏切ってなどいないと言っただろう! ベガ大尉、貴官の行為こそ叛乱だぞ!」

 

だから彼は、ベガに言い返しながら、説得の効果は無いと諦めていた。ベガの返答は、加重系魔法『ダブルプレス』。その返答に対してカノープスは加重系魔法『プレス』を二つ、並行して発動し、ベガの魔法を相殺した。魔法そのものを解除したのではなく、相反する事象改変を定義する事でお互いの魔法を破綻させたのである。

 

「なっ・・・」

 

ベガの口から驚きが漏れる。定義破綻で敵の魔法を無効化するテクニックは、スターズの訓練に取り入れられている。当然、彼女も知っているはずのものだ。だが意図的に定義破綻を作り出す為には相手の魔法を読み取って、後出しで自分の魔法を適切な座標に放つか、敵が使う魔法を正確に予測する必要がある。

前者には、術式解散程ではないにしても、同種の困難が付き纏う。後者は敵の、つまりベガの手の内を読み切っていたという事を意味する。

ベガが見せた動揺は、カノープスにとってのチャンスだった。ベガへ向けて、カノープスが間合いを詰める。彼は『分子ディバイダー』で斬るのではなく、至近距離から電撃を浴びせて身体の自由を奪うつもりだった。

しかしカノープスは、四歩目で足を止めた。振り返る時間も惜しんで、自分の右斜め後方に『ミラーシールド』を展開する。彼の対高エネルギー光線兵器用シールドが、レグルスの放ったレーザー光弾を撥ね返した。

 

 

 

 

 

 

自分が撃ったレーザー光弾がレグルスの顔を掠めた。ジワリ、と彼の背中に冷や汗が滲む。レグルスは大急ぎで武装デバイスを抱えて移動する。これまでのところレグルスは、カノープスから能動的な攻撃を受けていなかった。カノープスがレグルスの所在を見つけられずにいるのか、それともベガやアークトゥルスに優先順位を置いているのか。狙撃で攻めているのはレグルスだが、プレッシャーを受けているのもレグルスの方だった。

レグルスが得意とする『レーザースナイピング』はその性質上、一発撃てば敵の魔法師に居場所を知られてしまう。攻撃直後、敵に位置を覚られるリスクがあるのは実弾による狙撃の場合も同じだが、通常の魔法が視線の通らない障碍物の向こう側からでも攻撃出来るのに比べれば、隠密性に乏しいと言える。

レグルスは自分が得意とする魔法の持つ欠点をよく理解している。彼は一度撃つ事に、ライフル形態の武装デバイスを抱えてその場を走り去っていた。移動に魔法は、最低限しか使わない。とにかく敵に捕捉されないよう、横着せず必ずある程度以上の距離を挟んで狙撃ポイントを変えていた。カノープスから反撃以外の攻撃を受けていないのは、その甲斐あってに違いない。しかしその反撃が、レグルスを精神的に追い詰める。

カノープスの『ミラーシールド』に撥ね返った光弾が、さっきから何度もレグルスの身体を掠めている。その度にレグルスは肝を冷やしていた。

レーザー光は言うまでもなく、光速で進む。撥ね返ってきたエネルギー弾も当然光速だ。発射から反射光の到達までのタイムラグはゼロに等しく、射撃後にシールドを形成して反射してきたレーザー光を遮ろうとしても間に合わない。

エネルギー弾に対する防御シールドは、大別して二種類ある。一つは、一定以上のエネルギーを遮るもの。通常の防御シールドはこのタイプだ。もう一つは、電磁波を反射するもの。『ミラーシールド』はこのタイプである。

レーザー弾に対しては後者の方が効果が高い。『ミラーシールド』は外からの光を反射するだけで、内側から出て行く光は遮らない。シールドを展開したままでも『レーザースナイピング』による攻撃の妨げにはならない。

だがシールドを張れば、その事象改変の余波を察知されてしまう。自分の居場所を敵に大声で報せるようなものだ。それでは「狙撃」ではなく、単なる「遠距離攻撃」になってしまう。原理的には射撃の直前に『ミラーシールド』を展開する事で、撥ね返ってきたエネルギー弾を遮断する事が可能だ。『レーザースナイピング』には魔法発動から発射までの間に不可避のタイムラグがある。『レーザースナイピング』を発動した直後に『ミラーシールド』を展開しても実害は無い。

しかし残念ながら、レグルスの武装デバイスにはその起動式が用意されていなかった。起動式無しで『ミラーシールド』を瞬時に展開する事も、レグルスには出来ない。パラサイトと一体化してエネルギー弾を操る魔法技能は向上しても、シールド形成技術にパラサイトの恩恵は無かった。

リーナ相手の狙撃ならば、反射光に対するシールドを張れなくても問題無かった。リーナの『ミラーシールド』は流れ弾による第三者の被害を防ぐ為、レーザーの入射角に関わらず反射光が自分の二メートルの地面に着弾するように設定されていた。それはそれで高度な技術だが、敵に脅威を与えないという点で軍人としての甘さを否めない。

一方、カノープスの『ミラーシールド』は光弾をほぼ百八十度反転して反射する設定になっている。厳密に言えば百八十度ではないのでレグルスも今のところ直撃を免れているが、その幸運が今後もずっと続く保証はない。反射角が厳密でないのは魔法の定義に「揺れ」が存在するからで、百七十八度とか百七十九度に設定されているわけではないからだ。数字で表現するならば「百八十度プラスマイナス三度」と言ったところだろう。その誤差がゼロになった時、光弾はまっすぐレグルスに帰ってくる。

自分が放ったレーザーに撃ち抜かれる恐怖。それがレグルスの精神力を少しずつ、だが着実に削っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カノープスとベガが対峙している実験車両倉庫前から二百メートル程離れた場所では、第四隊のレイラ・デネブ少尉と第一隊のラルフ・アルゴル少尉が一騎打ちを演じていた。デネブはリーナを乗せた車両に移動系魔法で跳び乗ったのだが、荷台に潜んでいたアルゴルに組み付かれて諸共転げ落ちたのだ。

デネブとアルゴルはほぼ同時に立ち上がり、問答無用の白兵戦を始めた。デネブはアルゴルが「裏切り者のシリウス」に加担していると考えて――「裏切り者」の部分を除けば、デネブの判断は間違っていない――斬りかかり、アルゴルは敵とか味方とか関係なしに喜んで応戦したのだった。

デネブが右手一本で拳銃の狙いを付け、引き金を引くが、その瞬間には既にアルゴルは射線上には存在せず、彼は十メートルの距離を一瞬でゼロにして、デネブをナイフの間合いに捉えていたのだった。



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基地での戦闘2

アルゴルが大型の戦闘ナイフを一閃する。刃渡り一フィートの片刃のナイフ。肉厚の峰は、サバイバルナイフと違って鋸状にはなっていない。峰側に湾曲した長いヒルトが付いているのは、相手のナイフを絡めとる為か。魔法師の装備とは思えない、生粋のナイフファイターが好みそうな凝った得物だ。

デネブとアルゴルは、同じタイプの戦闘魔法師だ。高速移動の魔法を駆使した近接戦を得意とする。そしてデネブは既に、自分を移動させる魔法を連続発動している状態にあった。これはトーラス・シルバーが開発した飛行魔法の応用技術だ。飛行魔法は一秒未満の短時間で断続的に重力制御魔法を発動し続ける事で自在な飛行を可能にした術式。それをスターズは移動魔法に応用した。ごく短い時間で移動魔法を断続的に発動し続ける。特に意識しなければ移動先が定義されない状態になり、移動魔法は効力を発揮しないまま自動的に破棄され、移動を意図した時にだけ自分の身体を直線軌道で運ぶ魔法が作用する。この技術によって、近接戦闘魔法師を悩ませていた、急な移動を妨げるCAD操作のタイムラグがスターズでは解消されていた。

だから、この技術により何時でも移動魔法が行使可能な状態になっていたデネブは、アルゴルの攻撃を躱そうと思えばそうする事が出来た。しかしデネブは、左手に持つナイフのナックルガードで、アルゴルのナイフを受け止めた。移動魔法で後退しても、同じ技術を使っているアルゴルには次の瞬間、追いつかれる。回避しても千日手になってしまうという判断もあった。だがそれ以上に、デネブが好戦的な気分に支配されていたという面が強かった。

デネブはリーナの裏切りを心の底から信じ込んでいた。彼女は「シリウス」の名を汚すリーナの背信行為に、激しく憤っていた。「シリウス」の称号は祖国USNAの、軍人魔法師の象徴。そのシリウスの裏切りは、USNA軍に所属する魔法師の誇りを汚すものだ。デネブはそんな義憤に駆られていたのだった。

デネブが右手の銃をアルゴルに向ける。アルゴルの左手が跳ね上がり、逆手に構えたナイフのブレードとヒルトの間にデネブの拳銃を挟んで絡めとった。前方に湾曲した長いヒルトは通常の戦闘ナイフに見られる物ではない。マン・ゴーシュ、あるいは釵に近い。手首を挫かれる前に、デネブがグリップから手を離した。拳銃が地面に落ちるより早く、デネブが数メートル後退する。アルゴルは奇声を上げながら、それを見送った。

 

「何だそれは!」

 

「ヒャハハハハハッ!ナイフにはこういう使い方もあるんだぜぇ!」

 

この長いヒルトを持つナイフは、敵の得物を絡めとる目的で用意している特注品なのだろう。そういう意味でも、これはマン・ゴーシュに近かった。アルゴルの、ナイフに対する偏執的な拘りが表れている。

 

「この、切り裂き魔が!」

 

「ヒャーハッハッハッハッ!銃もナイフもなんて、中途半端なんだよ!」

 

アルゴルの身体が、残像を置き去りにして消える。次の瞬間、彼はデネブの側面に出現していた。アルゴルが、逆手持ちのナイフで斜めに斬り上げた。デネブの右手は空いたままだ。彼女は左手のナイフでアルゴルの斬撃を受け止めようとした。アルゴルの左手が、微妙に軌道を変える。彼は自分のナイフとデネブのナイフのブレードをわざと打ち合わせた。そのままナイフを滑らせて、鍔迫り合いの状態を作り上げる。アルゴルが右手に持つナイフの切っ先が、がら空きになったデネブの左脇腹に向く。デネブの顔が、焦りと恐怖に引き攣った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カノープスには、部下の戦いをじっくり観戦している余裕は無かった。仮に状況が分かっていたとしても、助勢は不可能だ。今のところ戦況は互角以上。だが一対三、数的不利は否めない。

ベガの重力魔法を同種の魔法で相殺。レグルスの『レーザースナイピング』を『ミラーシールド』で反射。アークトゥルスの『ダンシング・ブレイズ』を『分子ディバイダー』で迎撃。一等星級隊員三人を相手に、三面六臂の奮戦を続けている。それは、カノープスの技量を以てしても苦しい戦闘だった。

もしこれが本当の戦争であったなら、彼はここまで苦労しなかったかもしれない。カノープスが本気だったならば、既にベガは斃されていただろう。

同格の隊長同士とはいえ、カノープス少佐とベガ大尉の間には、階級以上の実力差がある。カノープスは先代シリウスが健在の頃から、近距離の陸上戦闘ならばカノープスの方が強いのではないかと噂されていた猛者だ。こういう、お互いの姿が見えている真っ向勝負でベガに勝ち目はない。既にベガの顔には、リーナを相手にしていた時には視られなかった焦りの色が見え隠れしている。

レグルスも、カノープスにとっては「無視は出来ないけれども本質的な脅威にはならない」相手だった。レグルスが使っている『レーザースナイピング』には、発動から発射までに一秒前後を要するという構造的短所がある。

レグルスの持ち札はこれだけではないはずだが、彼は先程から何故か『レーザースナイピング』以外の魔法を使っていない。レグルスが自らの戦術の幅を狭めている限り、カノープスの技量を以てすれば、ベガと同時に相手取る事は難しくないのだ。

レグルスとベガだけならば「本気で戦えない」というハンディ付きであっても、この戦闘は短時間でカノープスの勝利に終わっていただろう。彼らが二人ずついても、それは変わらなかったに違いない。だがアークトゥルスは、強敵だった。

スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルス大尉。スターズで主流の現代魔法と北アメリカ大陸先住民族の古式魔法――精霊魔法を、双方高いレベルで取得している戦闘魔法師。パラサイトと同化した事により精霊を使役する魔法が使えなくなっていたが、その代わりパラサイトの力を存分に引き出す事で失った以上の戦闘力を得ている。

カノープスがレグルスの光弾を撥ね返し、ベガに急迫する。しかし横から叩きつけられた風の塊に、カノープスはステップバックを余儀なくされた。

アークトゥルスの『風槌ウインドハンマー』だ。殺傷力は低い。相手の体勢を崩す事が目的の魔法だが、直径二メートル、秒速六十メートルの局所的な突風を躱す為に、カノープスは五メートル以上の距離を下がらなければならなかった。

後退したカノープスを追って、石の鏃が飛ぶ。矢だけでない。矢尻だけだ。鋭く削って形を整えた、黒曜石の鏃による『ダンシング・ブレイズ』。通常『ダンシング・ブレイズ』にはナイフ形態の武装一体型CADを用いる。魔法の発動から投擲までワンアクションで済ませられるという手軽さと確実さがその理由だ。だがそれは『ダンシング・ブレイズ』で使う得物は武装デバイスでなければならないという意味ではない。魔法を発動する主体はCADではなく魔法師。それはどんな魔法でも変わらない絶対的な原則だ。

そもそも『ダンシング・ブレイズ』は投擲武器の飛翔軌道を操作する魔法であって、投げられる武器自体は何でも良い。刃物である必要すら無い。極端な事を言えば、道端の石ころでも『ダンシング・ブレイズ』の「弾」になる。

異なる軌道を描いて同時に襲いかかる四つの鏃。その全てを、カノープスは日本刀形態の武装デバイスから伸ばした『分子ディバイダー』で打ち落とした。二つに割れた黒曜石の鏃が地面に落ちる。『ダンシング・ブレイズ』の対象として定義された形状が損なわれた事で、魔法が定義破綻により強制終了したのである。

しかしアークトゥルスの攻撃は、それで終わりでは無かった、矢継ぎ早に繰り出される魔法の所為で、カノープスはまだアークトゥルスの隠れている場所を特定出来ずにいる。風が吹き、鳥の羽が舞った。白頭鷲の羽――を模したイミテーション。合成繊維とチタンの針で作った羽型ダーツだ。極細の高強度繊維は、スピード次第で人体の皮膚どころか革製のプロテクターをも切り裂く。

何十枚もの羽が風に乗ってカノープスに襲いかかる。アークトゥルスが得意とする魔法は、精霊魔法と移動系魔法。特に気流を作り出し操作する術式に長けている。この羽は群体制御で操られているのではなく、気流に乗って飛んできているだけだ。『分子ディバイダー』で気体に干渉する事は出来ない。一枚一枚の羽は風に流されているだけなので、武装デバイスで撃ち落しても意味はない。カノープスは圧縮した空気塊を爆発的に膨張させる魔法『爆風』で対抗した。自分にも押し寄せる爆風を流体に特化した対物シールドで防ぎ、彼は再度ベガに突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのカノープスの姿を、レグルスはちょうど真後ろから見ていた。強引に見える攻撃は、三対一の不利を凌ぎ切れなくなったからだろうか。レグルスの脳裏にそんな推測が浮かぶ。訓練用に置かれていた廃棄大型車が宙を舞った。ベガの重力制御魔法だ。それをカノープスが、加重系魔法で叩き落とす。走りながらCADを操作してもカノープスの姿勢に乱れは生じない。だが彼の意思は間違いなく、自分に向かって飛んでくる大型車両へ向いていた。

レグルスは、そう判断した。ライフル形態の武装一体型CAD、その引き金を引く。起動式の読み込みから魔法の発動まで〇・二秒。この数値は特化型CADを使っているとはいえ、かなり速い。元々『レーザースナイピング』はレグルスの得意術式で、専用CADの性能も相俟って魔法の威力にもスピードにも優れていた。それがパラサイトになった影響で、魔法発動速度が更に向上している。

しかし、レーザー光弾の増幅に掛かる時間は、機械的・物理的な物であり短縮できない。最初からより高エネルギーのレーザー光を発生させればこの時間も短縮できるし、パラサイト化で向上した事象干渉力を以てすれば不可能ではない。

だがその為には、レグルスが使っている武装デバイスを高エネルギー用に改造しなければならない。あるいは、新しい武装デバイスを作成するか。レグルスたちがパラサイトになったのは三日前。たった三日間では武装デバイスのアップグレードまで手が回らなかったのだ。

それでも、カノープスがベガに意識を取られている今ならばタイムラグを突かれて反撃される事は無い。それがレグルスの計算だった。

しかし、レグルスのレーザー光弾がまさに発射されようとしたその直前、カノープスの後姿がスコープの中から消えた。

 

「なっ!?」

 

一瞬透明化を疑ったが、そうではない。人のシルエットの代わりに切り取られた景色が登場したのを見て、レグルスは何が起こったのかを理解した。そこに写っているのは、レグルス自身が潜んでいる格納庫――つまりカノープスは『ミラーシールド』を展開したのだ。

レーザー光弾が発射され、光速で帰ってくるエネルギー弾に、見て、対処する事は不可能だ。反転百八十度、正確に反射されたエネルギー光弾はレグルスの武装デバイスを破壊し、焼けた破片が彼の右目を潰す。絶叫は上げて、レグルスは戦闘をリタイアした。

 

「(まず一人)」

 

レグルスの悲鳴を聞いて、カノープスは心の中でそう呟いた。彼は別に、レグルスを罠に嵌めたわけではない。ベガへ近づいていったのは彼女に大きな怪我をさせる事無く無力化するためだし、レグルスに対する反撃は警戒を怠っていなかっただけに過ぎない。カノープスはただ、レグルスが期待したように視野を狭めてはいなかっただけだ。

だがこれで戦闘が楽になるのは確かだ。レグルスの魔法がどうこうではなく、単純に一対三から一対二になったのは大きい。彼がそう考えた直後、二つの悲鳴がカノープスの鼓膜を叩いた。反射的に声が放たれた方向へ目を向ける。同時に後退していたベガから距離を取った。無意識的に選択した、安全を確保する為の行動だ。そこではアルゴルがデネブの脇腹をナイフで抉っていた。やり過ぎだ、とカノープスは心の中でアルゴルを叱責する声を上げる。

しかし、よろめき、倒れたのはデネブだけでは無かった。アルゴルの身体もまた、前のめりに崩れ落ちる。デネブを押し倒すような恰好だが、襲いかかろうとしているのではない事は遠目にも明らかだった。アルゴルの背中がべっとりと血で濡れているのは、カノープスの位置からは見えない。いや、じっくり見れば分かったかもしれないが、敵の攻撃を警戒しながらの状況で、そんな時間は取れなかった。だが、アルゴルが新たな敵から攻撃を受けたのは分かった。彼自身に、その矛先が向けられたからだ。

細く鋭い、槍状に変形した『分子ディバイダー』の力場がカノープスに伸びる。彼はその力場を同じ魔法で切り払った。

 

「(スピカ中尉か!)」

 

その魔法を放った相手を視認するより早く、彼にはその術者の正体が分かっていた。この『分子ディバイダー』の変形バージョン『分子ディバイダー・ジャベリン』の使い手はスターズでも一人だけ。スターズ第四隊所属一等星級、ゾーイ・スピカ中尉。カノープスの視線の先で、早朝にも拘わらず夏用の軍服をきちんと着込んだ女性隊員が真っ直ぐに伸ばした右腕でカノープスを指差していた。その伸ばされた人差し指の先に付けられた金属製の、湾曲していない爪。日本の暗器である『猫手』の一種に似たそれが『分子ディバイダー・ジャベリン』の照準器だ。

再び、細く尖った分子破壊の力場がカノープスへ伸びる。攻撃範囲を狭めた代わりに、射程距離を延ばした中距離用『分子ディバイダー』。カノープスは再びその穂先を切り落とし、返す刀で彼を閉じ込めようとしたベガの重力場を切り裂く。いや『分子ディバイダー』が『重力制御魔法』を切り裂いたという表現は誤解を招くものだろう。重力制御は歪曲度という空間の性質を改変する魔法で『分子ディバイダー』もまた空間の性質を改変するもの。「正常な空間の重力場だけを改変する」という事象改変と「正常な空間の電磁気的性質だけを改変する」という事象改変が衝突して、両方の魔法が破綻したのである。

その瞬間、カノープスの『分子ディバイダー』も途切れた状態にあった。そこへアークトゥルスのトマホークが迫る。カノープスは『分子ディバイダー』を再発動しながら、全力で横に跳んだ。カノープスの残像を、トマホークが断ち割る。訓練場の乾いた地面を転がって起き上がったカノープスへ、空中で反転したトマホークが襲いかかった。これは本来『ダンシング・ブレイズ』に可能な攻撃ではない。『ダンシング・ブレイズ』はあらかじめ投擲武器の飛翔軌道をプログラムしておく魔法であって、得物の遠隔操作は出来ないはずのものだ。

精霊魔法の応用で「念」を込めた武器との間にある種の感応状態を作り出し、そのパスを通じて新たな『ダンシング・ブレイズ』を上書きする。これは現代魔法師である古式魔法師でもあるアークトゥルスの、独自技術だった。異なる定義の魔法上書きによる必要な干渉力の増大からは逃れられない。新しい軌道の設定は、精々五回が限度だが、設定する軌道は直線、放物線ではなく、自在に上昇、降下、旋回する『ダンシング・ブレイズ』のもの。一度の投擲で、五回どころか三回も軌道設定を変えられれば大抵の敵は逃さない。アークトゥルスはパラサイト化したことにより、精霊魔法が使えない状態になっているが、それは「精霊」と定義された独立情報体にアクセスする能力を失っているだけで、古式魔法の技術を喪失したわけではない。独立情報体を使わない古式魔法の技術は、パラサイトと同化した事でむしろ向上していた。



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カノープスの処遇

襲い来るトマホークを、カノープスは片膝立ちからの斬り上げで迎撃した。スピードはともかく、力が入らない体勢でのスイングだ。刃筋も立っていない。刀を振るというより、棒を振り回す動作に近い――にも拘らず、カノープスの斬撃はアークトゥルスの思念で魔法的に強化されたトマホークを真っ二つに断ち割った。

日本刀に似たブレードの、刃で切り裂いたのではない。元々カノープスの武装デバイスは、鋼の刀身で斬る為の物ではなかった。刀身は単なるガイドツールであり、切断を担っているのは魔法の刃。分子間結合力反転フィールドが正確に形成されていれば、ブレードの傾きが多少ぶれていても実害は無い。二つに分かたれたトマホークは、地に堕ちて飛ぶことを止めた。念を込められ感応状態にあった得物であっても、定義時点の形を失えば魔法が破綻するのは通常の武装デバイスと同じだ。

アークトゥルスからの追撃が途切れる。『ダンシング・ブレイズ』が媒体として有形の実体物を必要とする以上、事前に用意できる「弾」の数には限界がある。アークトゥルスは「弾切れ」を起こしたのだった。カノープスは未だ、アークトゥルスが何処に隠れているのかを発見できていないが、一時的にであれアークトゥルスからの攻撃が無くなったのは、敵の戦力を削るチャンスだった。

今、カノープスが視認している敵はベガとスピカの二人。スピカの『分子ディバイダー・ジャベリン』は初見殺しの性格を持っているが、刺した直線上の狭い範囲にしか効力を発揮しないという術式の性質を知っていれば対応は難しくない。カノープスはより厄介な相手であるベガを、先に無力化する事にした。

スピカに牽制の魔法を放ち、ベガへ『分子ディバイダー』で斬りかかる、と見せかけてカノープスはプラズマ化した空気の弾丸を放った。『分子ディバイダー』を警戒していたベガは、完全に虚を突かれてプラズマ弾をまともに喰らってしまう。カノープスは致命傷を避ける為にプラズマの密度をあまり上げていなかったが、それでも一時的に麻痺させるには十分な威力があった。ベガが仰向けにひっくり返る。完全には気絶してはいないようだが、手足が自由にならない様子だ。

カノープスがスピカへ振り返る。彼はスピカを片付けて、アークトゥルスとの一対一に持ち込むつもりだった。しかしカノープスの視線の先には、スピカの華奢なシルエットだけでなくアークトゥルスの分厚い身体があった。

 

「カノープス少佐、抵抗を止めてもらいたい」

 

視界に新たな人影が入ってくる。イアン・ベラトリック少尉と、サミュエル・アルニラム少尉。先日のマイクロブラックホール実験でパラサイト化した第六隊の二人は、両側から腕を抱える格好で負傷し意識が定かでないアルゴルを引きずっていた。スピカが目を見張っている。彼女にとっても、この増援は意外なものだったようだ。

 

「・・・人質という事か?」

 

カノープスが嫌悪感を隠さぬ口調で、アークトゥルスに話しかける。

 

「シャウラ少尉の身柄も先ほど確保した」

 

アークトゥルスはカノープスの問いには答えず、更に手札を一枚出した。

 

「カノープス少佐。貴官の目的はシリウス少佐を逃がす事だろう。その目的は果たしたはずだ。これ以上、被害を拡大する戦闘は無意味だと思わないか?」

 

「無意味な叛乱を起こしたのは貴官たちだ」

 

カノープスの非難に、アークトゥルスは無言で応えた。パラサイト化した相手にそのような理屈は通用しないと、素よりカノープスにも分かっている。カノープスは日本刀形態の武装デバイスを手放した。

 

「・・・投降する」

 

「身の安全は保証する」

 

「肉体だけか?」

 

「貴官を仲間にするつもりは無い」

 

カノープスの皮肉な問い掛けに、アークトゥルスは面白味の無い表情で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カノープスの予想に反して、彼が連れていかれたのは独房ではなく、他部署の高級士官が基地を訪問する際に使用する個室だった。もちろん武装デバイスを含めた武器は取り上げられていたが、脱走は難しくないように思われる。CADは現代魔法の使い手に取って今や必須と言えるツールだが、魔法を使う為に絶対不可欠というわけではない。また魔法を使いにくくする手段はあっても、魔法を完全に使えなくする一般的な技術は、まだ確立されていない。特殊な精神干渉系の術式によって他者の魔法発動を阻害する事が可能という話はカノープスも聞いていたが、少なくともスターズには、そのような魔法が使える隊員は在籍していない。

だがカノープスは、脱走どころか部屋を抜け出す事もしなかった。何時間経っても食事は運ばれてこなかったが、彼は備え付けの冷蔵庫にあったミネラルウォーターだけで夜まで過ごした。

呼び出しの使者がやってきた時には、二十一時を過ぎていた。彼はベラトリックス少尉とアルニラム少尉に挟まれて、司令官室に出頭した。

 

司令官デスクの前に、椅子が一つ置かれている。一方の壁際にはアークトゥルスとベガが椅子に腰かけ、もう一方の壁際には第五隊隊長のカペラ少佐がムスッとした顔で座っていた。

カノープスを呼び出した相手――つまり指令室の主がカノープスを正面に見据えて声をかける。

 

「カノープス少佐、掛けたまえ」

 

ウォーカー基地司令の言葉に従い、カノープスは敬礼の後、デスク正面に腰を下ろす。

 

「さて。カノープス少佐、貴官にはラルフ・ハーディ・ミルファク少尉の脱走幇助と、これに伴う傷害の嫌疑がかけられている」

 

カノープスの顔に意外感が浮かぶ。その反応を、ウォーカーは予想していた。

 

「シリウス少佐の渡航については、正式な軍命の形式が整っているのでね。さすがはバランス大佐、大したものだ」

 

つまり、リーナに関しては罪に問う隙が無かったという事だ。カノープスの表情から意外感が消え、ポーカーフェイスに戻った。

 

「日本の戦略級魔法師、司波達也に対して、上層部の意見が割れているのは貴官も知っていると思う」

 

「存じ上げております」

 

達也をあくまでも脅威として抹殺するか、脅威ではあるがUSNAの世界戦略に組み込んで利用するか。USNA軍の上層部は、この二つの意見で真っ二つと言っていい状態だった。

 

「だが貴官ならば、あの戦略級魔法はあまりにも強大過ぎて、利用など不可能だと理解出来るはずだ」

 

「・・・」

 

ウォーカーの語り掛けに、カノープスは沈黙で応じた。ウォーカーは軽く眉を顰めたが。すぐ元の事務的な表情に戻って話を再開した。

 

「私は、司波達也を抹殺すべきだと考えている。アークトゥルス大尉、ベガ大尉も同じ意見だ」

 

「司令官殿、彼らの健康状態には重大な懸念事項があります」

 

カノープスの婉曲な訴えに、アークトゥルス本人が応じる。

 

「カノープス少佐。確かにこの身はパラサイトと成り果てましたが、祖国に対する忠誠は変わりません。それこそが私のコアになるスピリットです」

 

アークトゥルスの向かい側で、カペラがあからさまに顔を顰めた。

 

「アークトゥルス大尉の処遇については、現在検討中だ」

 

ウォーカーはカノープスの警告に耳を貸さなかった。カノープスはこの時点で、ウォーカーがパラサイトの精神干渉下にあることを確信した。相手を人形化する精神干渉ではなく、思考誘導。理性のストッパーを麻痺させ、本人が元々懐いていた欲求や危機感を刺激する事で、操られていると覚らせずに思い通りにコントロールする術中にウォーカーは嵌まっている――カノープスはそう推測した。

 

「少佐。貴官は司波達也の暗殺に賛同できないようだな」

 

「例え敵対が不可避であっても、暗殺などという手段を取るべきではありません」

 

「・・・そのようなきれい事が通用する世界ではない事は、貴官も良く知っていると思うが?」

 

「きれい事を否定しなければならない事案とは思えません」

 

「・・・カノープス少佐。取引をしないか」

 

ウォーカーはカノープスの説得を諦め、話題を変えた。

 

「司法取引という意味でしょうか」

 

「そうだ。軍法会議になれば、参謀本部が介入してくるだろう。当部隊の特殊性を考えれば、それは避けられない。現在の状況で少佐の軍法会議が開廷されれば、法廷は司波達也抹殺派と利用派の口論の場となり、両派の対立を激化させるに違いない。軍の運営にも深刻な悪影響を及ぼす恐れがある。貴官がレグルス少尉に対する過失傷害を認めるならば、ミルファク少尉は脱走ではなく任務中の行方不明として処理しよう。アルゴル少尉とシャウラ少尉についても、刑の軽減を約束する」

 

「・・・具体的には、どのような刑罰になりますか?」

 

「一年間の禁固刑だ」

 

司法取引にしてはかなり重い実刑だが、パラサイトにとって自分が邪魔者であることを考慮すれば、彼らから物理的に距離を取れる禁固刑は好都合かもしれないとカノープスは考えた。

 

「また、刑罰の期間は潜入任務中として処理しておこう。貴官の軍歴には傷をつけないし、ご家族にも心労を追わせないよう配慮する」

 

「・・・分かりました。ただ、私からも二つ条件があります」

 

「言ってみたまえ。可能な限り対応しよう」

 

「収監先はミッドウェー刑務所を希望します」

 

「・・・それで良いのかね?」

 

「その方が司令官殿にとっても都合が良いのではありませんか?」

 

自分に邪魔される心配をせずに済むだろう、とカノープスが皮肉ると、ウォーカーは一瞬顔を顰めたが、すぐに不快気な表情を消した。

 

「分かった。そのように取り計らおう。それで、もう一つの条件とは?」

 

「アルゴル少尉とシャウラ少尉も、同様の措置をお願いします」

 

「二人もミッドウェー軍刑務所に保護しろということかね?」

 

「あの二人にも刑が与えられるのでしょう?」

 

ウォーカーの嫌味に、カノープスは全く動じなかった。

 

「――取引成立だ。ミッドウェーには、カペラ少佐に護送してもらう」

 

表情を消して、ウォーカーが告げると、壁際の席でアークトゥルス大尉とベガ大尉が満足げな微笑を浮かべたのに対して、彼らの向かい側に座るカペラ少佐は、終始不機嫌そうな表情のままだった。

カノープス、アルゴル、シャウラに対する禁固刑は、早くも翌日に正式決定された。この異常に迅速な手続きにペンタゴンでは不審を覚えたものも多かった。だがその決定を妨げようとした者は、バランス大佐を含めて存在しなかった。



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基地からの逃亡

カノープス達三人がミッドウェー監獄に移送される事を知ったジョンはカノープスが移送される直前、待機している部屋に入った

 

「カノープス少佐。少しいいですか?」

 

「ジョンか・・・ああ、用件は何だ」

 

ジョンは席に着くとカノープスに伝えた

 

「少佐。リーナは無事に出国しました。ミルファクも父の保護を受け、今は実家で怪我の療養をしています」

 

「そうか・・・教えてくれてありがとう」

 

そう言ってカノープスはホッとしているとジョンは申し訳なさそうに言った

 

「すみません。僕がしっかりしていなかったばかりにこうなってしまって・・・」

 

「いや、構わんさ。禁固刑と言っても一年だけだ。特に問題は・・・」

 

するとジョンはカノープスに一枚の紙を渡した。カノープスはその紙を読むとそっとジョンに返した

 

「手紙は読んだ・・・だが、断らせてもらうよ」

 

「何故ですか?」

 

その紙には移送中の輸送艦に襲撃を行う旨が書かれていた。ジョンの提案を断ったことに疑問を感じているとカノープスはジョンを見ながら理由を言った

 

「今、私の周りで騒ぎを起こせば確実に君に疑惑が掛かる。下手をすれば君がパラサイトに寄生されてしまうかもしれない。そうなったらリーナが悲しむだろう?」

 

「ははっ・・・それもそうですね。今寄生されていないのが奇跡みたいなものです」

 

そう言うとジョンは最後にカノープスに言った

 

「僕は二週間ほど基地に残って情報を集めたら日本に行くつもりです。カノープス少佐、僕が父に頼んであなた達を必ず助けます。それまで辛抱していてください」

 

「ああ、分かった。それまで辛抱するとしよう」

 

そう言い残すとジョンは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を後にしたジョンは部屋の前で警備していた兵士に鍵を戻すと彼に掛けていた()()を解くと次に監視室へ向かい、同じように監視カメラの映像を戻すと監視員に掛けていた催眠を解き、ジョンは何事もなかったかのように自室に戻ると早速今日の成果を纏めていた

 

「(19日現在の感染者はスターズ第三隊、第四隊、第五隊の3部隊・・・感染はどんどん広まっている)」

 

思っていたよりも深刻な感染状況にジョンは思わず手を顎に当てる。

 

「(こりゃ、スターズ全体がパラサイトだけになってもおかしくないな・・・今すぐにでも逃げるか?いや、で情報把握が必要だと・・・)」

 

すると部屋をノックする音が聞こえ、ジョンは咄嗟にフォートレスを構えて扉で名前を聞いた。

 

「誰ですか?」

 

『私だ、デネブ少尉だ』

 

「・・・どうぞ」

 

そう言って扉の前にいたのははパラサイトに感染しているスターズ第四隊隊員レイラ・デネブ少尉だった。ジョンはコッキングし、ジークフリートをホルスターにしまうとデネブを部屋に入れた

 

「今日はどうされましたか?」

 

そう言いながらジョンは窓辺の近くにあるコーヒーメーカーからコーヒーを淹れ始めるとデネブが要件を言い出す

 

「ああ、少し君の淹れるコーヒーが飲みたくなってね。ここ最近、君は総隊長の世話で忙しかったからね。彼女がいない今、君のコーヒーはいつでも飲める」

 

「そうですか・・・では少し待っていてください。すぐ淹れますから」

 

そう言いながらコーヒーの準備をしているとデネブはジョンに話しかける

 

「ジョン君。君は『ゲッタウェイ』と言う映画を見たことはあるかい?」

 

「・・・ええ、昔の映画ですよね。確か・・・銀行強盗をした主人公が裏切られて警察に追われるという内容でしたよね」

 

ジョンが聞き返すとデネブは「そうだ」と言う

 

「ええ、サラッとした内容はそんな感じね・・・ところでジョン君。君はその映画を見たなら。思うところがあったんじゃないか?」

 

「・・・何のことです?」

 

ジョンはやはりと言った気持ちであった。ジョンが惚けるとデネブはソファーから立ち上がった。

 

「そうか・・・あくまでも認める気はないんだね・・・私は悲しく思うよ」

 

そう言いながら振り向く瞬間、デネブは隠し持っていた拳銃をジョンに向けようとする。次の瞬間、ジョンは持っていたコーヒーカップをデネブに投げ付ける。温度が95℃もあるコーヒーを投げつけられてデネブは一旦後退してしまった。その瞬間にジョンがジークフリートを放つ。

 

バァン!!

 

拳銃とは思えぬ重い銃声が響き、放たれた銃弾はデネブの右肩を撃ち抜いた

 

「グハァ!!」

 

右肩を撃ち抜かれたデネブはその痛みに拳銃を手放してしまう。その隙にジョンはパソコンの入った鞄を持つと防弾仕様のガラスを蹴破って外に出た。外では既にパラサイトに感染されたアークトゥルス、レグルス、ベガの三人とウォーカー司令が部下を引き連れて待機していた

 

「そこまでだ。ジョンソン」

 

「さあ両手を上げて。地面に伏せなさい」

 

「ジョン・・・残念だわ。まさか貴方まで裏切り者だったなんて」

 

そう言いながらベガがジョンを見る。複数の銃口を向けられ、ジョンは観念したのかゆっくりと両手を上げ始めた。するとジョンはウォーカーに言う

 

「なるほど・・・リーナがいなくなった今。基地内で邪魔な存在である僕は用済みですか」

 

「いや、お前には聞きたい事が山ほどある。殺すわけじゃない」

 

「そうですか・・・ですが、申し訳ありません。僕は未来の妻と約束をしたのです。必ず追いかけると・・・約束を破るような夫は夫婦失格ですからね。失礼します・・・よっ!」

 

ボォン!

 

そして、両手を上げた瞬間。ジョンは隠し持っていた煙幕弾を思い切り下に振り下ろした。煙幕は辺り一帯に広がり、ウォーカー達は混乱していた。

 

「やめろ!無闇に撃つな!!」

 

「チッ、下降気流を・・・!?魔法が使えない・・・!?」

 

「どう言うことだ!」

 

魔法が使えないことに三人は困惑していた。そして煙幕が晴れるとそこにジョンの姿はなかった

 

「チッ、探せ!!遠くには行っていないはずだ!!」

 

「車を出せ!!」

 

「私たちが追う!!急げ!!」

 

そう言い全員が居なくなり、所々ではスキール音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ジョンは基地近くの上空を飛行魔法で飛んでいた

 

「よかった・・・無駄に弾を使うことが無くて」

 

そう言いながらジョンは今持っている弾倉の数を確認すると今後の行動を考えた

 

「おそらく家には戻れない・・・このまま日本に向かうには・・・密航しかないか・・・」

 

そう言うとジョンはさらに加速し、港へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、スターズ基地からスパイ容疑をかけられたジョンは連邦全体から追われる事となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二〇九七年二月十三日 日曜日の朝

リーナは小型VTOL機に乗り込んでいた。

リーナはパラサイトと同化した隊員に反逆者の汚名を着せられ、本部基地で暗殺されかけた。四葉家と密かに手を結んでいる参謀本部のバランス大佐の手引きで日本に逃れ、一昨日まで四葉分家の黒羽家に身を寄せていた。昨夜は弘樹の部屋の寝室へ一泊し、今は新しい潜伏先に移動していた。房総半島の南海上約九十キロ、三宅島の東約五十キロの海上に浮かぶ『巳焼島』。二十一世紀最初の年に海底火山の活動によって新たに形成された事から『二十一世紀新島』とも呼ばれる小さな島だ。小さいと言っても面積は今や八平方キロメートルにまで成長している。これは東京の国立市とほぼ同じ広さだ。この島がリーナとミアの新たな潜伏先だった。

巳焼島は全島が四葉家の私有地になっている。正確には四葉家が支配する不動産会社の所有地だが、実態は変わらない。四葉家がこの土地を手に入れた背景には、島の特殊な歴史があった。元々国防海軍の補給基地が置かれていたが、度重なる噴火で基地は放棄され、第三次世界大戦後、軍民を問わない魔法師専用の秘密刑務所となり、その管理は四葉家に委託された。四葉家は秘密刑務所の業務を引き受ける事で、巳焼島を取得したのである。

しかし刑務所は二〇九三年一月に島の東側で起こった噴火をきっかけに移設が検討され、二〇九五年には移転先が決まった。そして先月、新たな秘密刑務所が完成し囚人の移動も完了した。囚人用の施設は改装が必要だが、監督者用の建物はすぐにでも居住可能だ。また刑務所に使われていなかった島の東側には、魔法実験施設の建設計画が進められていた。四月には着工するばかりとなっていたが、ここにきて達也のESCAPES計画に基づく魔法核融合炉エネルギープラントがこの地に建設されることになった。

小型VTOLには、達也と深雪も同乗している。リーナを案内兼監視をするのが第一目的だが。同時に、建設予定地を視察する目的もある。ESCAPES計画を巳焼島で実行する事に決まったのは先月末の事だ。達也は何度か巳焼島を訪れた事があり地形も気候も理解しているが、そこに何かを建てるという視点で見た事はない。自分の計画に不都合な自然条件が無いか、一度チェックしておく必要があるのは確かだった。

 

「達也様、深雪様、シールズ様、間も無く到着いたします」

 

四年前に訪れた時は、西側の海岸地域に刑務所施設群があるだけで、島の殆どは黒い岩と砂の溶岩原だったが、今眼下に広がる巳焼島には、島の北部に滑走路と、それに隣接した淡水化施設、中央の山裾に地熱発電所、東部に十棟以上の中層ビルが立ち並んでいる。

 

「(あれは感応石の精製工場か?あちらは大型電算センター・・・)」

 

達也もまた意外感に撃たれていたが、驚いているポイントは深雪とは違う。FLTの研究所で見覚えがある特徴を備えた建物を、ビル群の中に視付け、納得した。

この島に四葉家の新たな本拠地を造る。達也は真夜の口から、その計画を教えられていたではないか。巳焼島にESCAPES計画のプラントを建設する。だがそのプランは四葉家第二の本拠地を排除するものではない。

真夜は、四葉家は、ここにオープンな実験プラントを建設しながら、その横に閉ざされた研究施設を造ろうとしている。そしておそらくは、ESCAPES計画の為に集まった研究者の中から、特に優れた者を四葉家内部に取り込もうと考えているのだろう。魔法技術の、更なる高みへと至る為に。

小型VTOLがヘリポートに着陸した。ここの滑走路は、大型機が離着陸できる長さは無いが、VTOLやSTOVLでなくても中型ジェットまでなら十分に離着陸可能だ。巳焼島開発に懸ける四葉家の本気が窺われる。

たださすがに、鉄道やモノレールは無かった。五人は魔法使用刑務所を管理していた四葉分家の一つ、真柴家が用意した自走車に乗って――運転したのは兵庫だ――島の西岸へ向かった。

小規模な活動が続いている火山を回り込んで、刑務所管理スタッフ用の居住棟に到着。道中、左右には以前通り溶岩原と岩だらけの海岸が続いていた。島の開発は、刑務所とは反対側の東側に力点が置かれているようだった。

囚人がいなくなり、管理スタッフも約半数が島を去ったが、いなくなったのは主に看守で、囚人と一緒に新たな監獄へ移っている。施設の運営要員は丸々残っているので、居住棟もすぐに入居できる状態に維持されていた。



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リーナの潜伏先

今回は駄文かもしれません・・・


案内された部屋を一通り見て回ったリーナは、ボソリと感想を漏らした。

 

「ふーん・・・ホテルというよりコンドミニアムね」

 

リーナが懐いた印象に、達也も深雪も異論は無かった。

 

「食材も冷蔵庫とストッカーに用意されているし、服以外は当面必要なさそうだな」

 

「・・・そうね」

 

「この管理施設には住居だけではなく日用品店舗や訓練室、レクリエーション室も備わっております。それらもご覧になっては如何でしょうか?」

 

「・・・案内してもらえますか」

 

リーナはここでも、自分に「No」を口にする権利は無いと誤解していた。彼女は避けられないセレモニーのつもりで、兵庫に向かってそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

施設を一巡りして部屋に戻ってきたリーナは、おどろきを隠せない表情で達也に尋ねる。

 

「ねぇ・・・私、ここに住ませてもらってホントに良いの?」

 

「気に入ったようで何よりだ」

 

自分が答えるのも変ではないかと達也は感じていたが、リーナが尋ねているのは達也だ。彼はとりあえず、思い浮かんだセリフを返した。

 

「これで気に入らないなんて言ったら罰が当たりそう・・・」

 

リーナの声には疲労感が滲んでいるが、肉体的な疲労ではなく精神的な疲労、驚き疲れているのだ。

 

「それに、あんな物まで見せてもらってよかったの・・・?」

 

リーナの瞳が不安げに揺れている。彼女を主客にしたガイドツアーの行き先は、刑務所施設だけでは無かった。建設中の研究所もツアーに含まれていた。

居住関連施設を一回りした後、達也、深雪、リーナ、ミアの四人は刑務所のヘリを使って島の東部に向かった。操縦したのは、やはり兵庫。刑務所の人間を信用していないというより、兵庫は達也の「運転手」を他人に譲る気が無いようだ。兵庫が達也に仕え始めてからまだ二ヶ月ほどしか経っていないが、兵庫は達也に忠誠心を捧げるに値する何かを見出したのだろう。早くも達也の忠臣に収まった感がある兵庫が最後に案内した場所は、達也が着陸直前の機中から目に留めた感応石の精製工場だった。

感応石はCADの心臓部だ、その基本的な製造方法は広く知られている。軍事技術として開発されたCAD関連の技術は、特許で保護されていない代わりに公開もされていないが同盟国間の技術提供やスパイ合戦で技術流出が進み、今では秘匿する意味がなくなっている。

しかしそれは、あくまでも基本的な技術。事実上公開されている技術で感応石は製造出来るが、高性能な感応石は精製出来ない。感応石は想子信号と電気信号を相互交換する部品だが、全ての感応石が同じように想子信号を電気信号に変換し、電気信号から想子信号を発するわけではない。設計次第で性能が変わるし、仕上げ加工によって効率が更に変化する。ある感応石は想子信号を電気信号に変換する効率が高く、別の加工ラインで生成された感応石は電気信号を想子信号に変換する効率が高い。微弱な信号を変換する能力に秀でた石もあれば、信号を忠実に再現する能力に秀でた石もある。例えば感応石の総合的能力で高い評価を得ているのはドイツのローゼン・マギクラフト、イギリスのマクレガーワンド、アメリカのマクシミリアン・デバイスの順だが、信号を再現する正確性に限って言えば日本のFLTが世界一の企業だと言われている――軍や国の研究機関が直接製造する感応石の性能は、詳しく分かっていない。

感応石の設計は各企業の、そして各国家の持つ重要な知的資産だ。感応石の精製工場を部外者に見せるのは、魔法産業の常識からしてあり得ない事だった。リーナの「あんな物まで」という言葉は、この「常識」を反映していた。

 

「それが理解出来るなら、無闇に近づこうとは考えないだろう?」

 

「・・・そんな分別のない真似、最初からしないわよ」

 

達也の回答に、リーナは不満を露わにする。だがその語調は、力強さに欠けていた。この島にどのくらいの期間、隠れていなければならないのか、今の段階では分からない。潜伏が長期間に及べば、緊張感も遠慮も薄れていくに違いない。あのエリアの重要性を理解していなかったら、うっかり足を踏み入れて警備員と無用なトラブルを起こしていたかもしれない。その可能性を、リーナは自分で否定しきれなかった。

 

「そうだな」

 

達也はリーナの言い分を軽く受け流して、兵庫へと振り返る。兵庫は視線による合図だけで、いつの間にか手に持っていたお洒落な封筒を達也に渡した。

 

「リーナ、この部屋の鍵だ」

 

「あ、ありがと・・・」

 

リーナは封がされていない封筒を開けて、中に入っている物を確かめた。出てきたのは、金色のICカードが一枚。

 

「そのカードで、食事やショッピングを含めて、島内の全施設を自由に使える。紛失しても再発行は可能だが、少し面倒な本人確認が必要だ」

 

「分かったわ。気を付ける」

 

リーナはカードを両手で大事そうに握り込んだ。

 

「何かあったら、部屋の固定端末から電話してくれ。俺宛じゃなくてもいい。深雪にも亜夜子にも、四葉本家にも繋がるようになっている」

 

「了解よ」

 

「他に聞きたい事は?」

 

「今は無い。分からない事があったら電話するわ」

 

「そうしてくれ」

 

達也が深雪へと振り返る。達也の斜め後ろにいた深雪が、半歩前に出た。

 

「じゃあ、リーナ。ごゆっくり。また会いに来るわ」

 

「ええ。本当に、色々とありがとう」

 

リーナが少し照れくさそうに、小さく手を振ると、深雪はクスッと笑って、軽く手を振り返したのだった。すると兵庫が達也に耳打ちをした

 

「達也様。凛様がご到着なされたそうです」

 

「そうですか・・・思っていたよりも早かったですね」

 

「どうされますか?今すぐにでも連れてきて参りますか?」

 

「ええ、そうですね・・・彼女の為にも連れて来てください」

 

「畏まりました」

 

そう言いうと兵庫は達也から離れ、何処かへと小走りで向かった

 

「お兄様。どうされましたか?」

 

「ああ、凛達がここに着いたらしい。()()を連れて来たそうだ」

 

「なるほど、そう言う事ですか」

 

深雪がそう言い納得するもリーナは誰が来るのか疑問になっていた。そして少しすると兵庫が凛達を連れて戻ってきた

 

「達也。待った?」

 

「いや、丁度いいくらいだ」

 

そう軽く会話をすると凛はまずリーナを労った

 

「リーナも、大変だったわね。聞いたわ、ジョンの事」

 

「え・・・あ・・・うん、ありがとう・・・?」

 

凛の言葉にリーナは一瞬困惑し、変な返事をしてしまった。すると凛はリーナに言う

 

「リーナ、ジョンの事は任せて。私が責任を持って探してあげるわ」

 

「う、うん・・・お願い・・・」

 

リーナは凛の表情に少し顔が強張ると後ろに控えていた弘樹が凛に声をかける

 

「姉さん。そろそろ合わせてはいかがでしょうか?」

 

「そうね、もう会わせちゃいますか。もう出て来ていいわよ」

 

凛がそう言い、声をかけると弘樹の背中から一人の少女が出て来た。その少女を見たリーナは目を見開いて驚きをあらわにした

 

「ミア!?」

 

リーナが名前を言うとミアは頷いた

 

「はい、お久しぶりです。リーナ」

 

そう言うとリーナはミアに抱きついていた

 

「ど、どこ行ってたのよ!死んだと思ったじゃないの!」

 

そう言いながらリーナは久々の再会に驚くと抱きついていた。するとミアは事情を説明した

 

「すみません。あの後、私はパラサイトの治療に専念するために日本に留まっていて。その後、USNAとの関係を完全に断つためにリーナに連絡ができなかったんです」

 

「そうだったの?」

 

「はい、それでその後私は凛さんの勧めでガルムセキュリティーに入社して日本国籍を作ってもらったんです」

 

事情を説明し終わるとリーナは喜んでいた。

ジョンが居ない今、リーナの心の拠り所となってもらう為に凛が急遽ガルム隊から呼び戻していた。すると達也がミアに言う

 

「いきなり呼び戻して済まない。今のリーナには必要だったのでな」

 

「構いませんよ。私もリーナと再会することができて嬉しいですし」

 

そう言いながらミアはリーナに伝えた

 

「リーナ、今の私は本郷美亜です。今日からリーナの世話役をやらせて頂きます」

 

「うん、分かったわ・・・よかった、無事だったのね」

 

「はい、私は元気ですよ」

 

そう言うとミアは一旦抱きついたリーナを離すと達也から鍵を受け取り、達也と凛ががミアにリーナのことを任せるとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナとミアから別れた達也は凛に言う。

 

「凛、ジョンを探すのか?」

 

「・・・そうねえ、アメリカでは今やスパイ容疑をかけられている彼を探すのは一苦労だねぇ」

 

「・・・何だと」

 

凛から出た発言に達也は驚くと凛はしまったと言うような表情になった。

 

「あっ・・・この事はリーナには言わないでよ」

 

「当然だ。バレたら彼女が錯乱してしまう」

 

そう言うと凛はさらにまずそうな表情を浮かべた。

 

「それに、連邦政府が彼が12使徒と繋がりの可能性があるって考えて血眼になって探しているのもまた問題なのよね」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、大統領府から国防総省、CIA、FBI長官らに送ったメールにそう書いてあったのよ」

 

「なかなか大事になったな・・・で、どうするんだ。目星はついているのか?」

 

「うーん、一応アメリカ東西海岸線を探しているわ。でも、まだ見つからないみたい。どこかのガルムセキュリティー支社に逃げてこれば後は楽になるんだけどね」

 

「どうするんだ。今からまたアメリカに行くのか?」

 

達也がそう聞くと凛は首を横に振った。

 

「いいえ、私は行かないわ。水波ちゃんの事もあるし」

 

「そうなのか?」

 

達也の予想が外れ、少し驚くと凛は達也に言った。

 

「達也、ここ1、2ヶ月くらいは忙しくなるかも知れないわ常にあれを持ち歩いていた方がいいかも」

 

「ああ、USNAでパラサイトが出たからには日本にも影響が出るだろうな」

 

「深雪も、拳銃の使い方は教わったね」

 

「はい、弘樹さんから教えてもらいました」

 

「OK、弘樹。深雪に小さめの拳銃を渡しておいて」

 

「分かりました。姉さんの分は必要ですか?」

 

「要らないわ」

 

「分かりました。達也、深雪に渡してもいいかい?」

 

「ああ、構わない」

 

そうして四人はそれぞれ話をしていると達也が兵庫に声を掛けられていた。



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同級生の見舞い

リーナとミアと別れ、駐車場に向かっていた達也に、すぐ後ろに付き従う兵庫が話しかける。

 

「達也様、もう一つ見ていただきたい物があるのですが」

 

「良いですよ」

 

今日はこの島の視察以外、予定を入れていない。達也は兵庫の言葉にそう答え、案内するよう指示した。兵庫が達也と深雪を連れて行った先は、滑走路の脇にあるガレージ。そこには淡いブルーで塗装されたショートノーズの四輪車が一台だけ駐まっていた。

 

「変わったデザインですね。ミッドシップ・・・というわけでもないようですし」

 

「この車は『エアカー』でございます」

 

「・・・飛行魔法車両、という意味ですか?」

 

達也は軽くではあるが、目を見張っている。驚きを隠しきれていなかった。

 

「然様でございます。開発自体は飛行機能付きバイク『ウイングレス』と並行して二年前に着手されていた物ですが、先々月、達也様から頂戴したアイディアで漸く完成にこぎ着けた、とうかがっております」

 

確かに達也は今年の四月、大質量物体用の飛行魔法新スキームを考案したが、色々と忙しくて、ラフなプランを本家に提出したまま意識の片隅にしまい込んでいた。それが思いがけない形で結実したのである。達也としては、不意を撃たれた気分だった。

 

「この車体は公道用自走車として登録を済ませておりますので、日常的にお使いいただけます」

 

「尚且つ、この島への往来にも使えるという事ですか?」

 

「無論、お呼びがあれば参上致しますが」

 

兵庫は神妙な表情で答えたが、達也は最初から自分が蔑ろにされているなどと思っていなかった。

 

「お兄様、試してみられては如何ですか?」

 

「いや、今日は止めておこう」

 

深雪が横から試乗を勧めたが、達也は首を横に振った。しかし、この『エアカー』に興味が無いわけでは無かった。

 

「明日、テストします」

 

「かしこまりました。メカニックにはそのように伝えておきます」

 

テスト走行中、深雪が放置状態になるのを達也は嫌ったのだ。空陸両用車『エアカー』のテストは深雪が学校に行っている時間に行う事を、達也は決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちが巳焼島を訪れていた頃。日曜日にも拘わらず、外務省と防衛省はちょっとした騒動に見舞われた。USNAから日本に対して、外交ルートを通じて内密の要求があったのだ。日本で消息を絶ったアンジー・シリウス少佐の捜索協力依頼。発見次第保護し、大使館に引き渡して欲しいという内容だった。事前の通告なく高級士官を入国させたことに対して、日本政府はUSNAに抗議したが、軍事目的の来日では無いと反論されれば、それが見え透いた嘘でもそれ以上責められない。日本政府はUSNAに対して、アンジー・シリウスの捜索と保護を約束した。

 

「アメリカの要求は厚かましいものですが、同時にもっともだと思われます。ただその対処が何故、この一○一旅団に求められるのでしょうか」

 

「風間中佐、私も疲れているのです。分からないフリは止めてもらえませんか」

 

「失礼しました」

 

「・・・シリウス少佐が四葉家に保護されているのは分かっています」

 

「四葉家から報せがきたと、耳にしておりますが?」

 

「あれは報告というより警告でしたね」

 

「アンジー・シリウスは既に四葉家が保護した。国防軍は手を出すな・・・と言ったところですか」

 

「そういう事でしょう」

 

佐伯が苦い表情で頷くと、風間も彼女に同調した。

 

「大黒特尉が関わっていると、閣下はお考えなのですか?」

 

「そうです中佐。貴官と同様に」

 

「大黒特尉に・・・いえ、達也にシリウス少佐を差し出すように要求するのですか?」

 

「最終的にはUSNAに引き渡す事になるでしょう」

 

風間も佐伯も、USNAで起こった事を全ては知らないが、リーナが四葉家に逃げ込んだ理由など達也絡みでしかないと考えていた。

 

「・・・シリウス少佐は何故、脱走する羽目になったのでしょう?」

 

「残念ながら、詳しい情報は入手出来ていません」

 

「事情も分からずに手出しするのは危険では?」

 

「ですがそれは、本人に訊けばいいでしょう」

 

シリウスの身柄を確保して直接訊問すれば良いと、佐伯はそう思っているようだ。風間は上官の考えに漠然とした危うさを覚えたが、根拠は説明できない。

 

「ではシリウスに面会できるよう、達也に依頼します」

 

「何故頼む必要があるのです? 風間中佐。アンジー・シリウス少佐の引き渡しを大黒特尉に命じなさい」

 

「達也が拒否した場合の対処は如何しましょう」

 

「強硬手段は好ましくありませんが、シリウスを国内に置いておけないという国防軍の意思は、誤解の余地が無いよう伝えてください」

 

「・・・了解しました」

 

既に帰化しているリーナを、いくらUSNAからの要請があったからと言って追い出す事が出来るとは風間は思っていない。だが政府が外国の将校と認め、正規の軍人である自分たちが匿えるはずもないという理由も理解していたが、これが正解だとも風間には思えなかった。

 

「(大体、今入院中の赤城元准将ですら偽物の可能性すらある。もし彼女がシリウス少佐を守っていたら確実に我々に勝ち目は無い)」

 

風間は内心、面倒事にならないことを願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後もだいぶ遅くなっていたが、巳焼島から東京に戻った達也と深雪は、すぐに水波の病室を訪れた。途中、病院の外では十文字家、病院内では四葉家から派遣された魔法師らしき人間と何度かすれ違ったが、達也はあえて知らぬふりをした。

 

「病室の前くらい、しっかり見張っていて欲しいものですが」

 

達也は師族間で決められた方針に文句をつけるつもりは無かったが、こういう愚痴を零す程度には、深雪は不服を覚えているようだった。その深雪も達也が病室のドアをノックした時には、不満を完全に引っ込めていた。

 

「水波、入っても構わないか?」

 

『はい、どうぞ』

 

『入ってくるな』

 

『深雪先輩もご一緒ですか!?』

 

三重唱で届いた返事は、全て聞き覚えがある声だった。達也は水波の承諾に応じてドアを開けた。ベッドの脇から振り返る、そっくりな顔は別々の方に視線を向けている。

達也の方に視線を向けるのは七草香澄。満面の笑みで喜びを表現しながら深雪に視線を向けるのは七草泉美。一高の後輩である、七草家の双子姉妹だ。

 

「泉美ちゃん、香澄ちゃんも、水波ちゃんのお見舞いに来てくれたの?」

 

「はい。同級生が入院しているのに、護衛だけでは薄情かと思いまして」

 

「そう、ありがとう」

 

師族会議で決まった七草家の役割は、九島光宣の迎撃と捕獲だが、香澄も泉美も、水波の護衛は任じられていない。しかし深雪は、泉美に笑顔でそう応えた。

 

「あうっ! もったいないお言葉です・・・」

 

「大袈裟だなぁ・・・」

 

泉美は苦し気に胸を押さえ、感極まった声を漏らし、香澄はそんな芝居がかった泉美を見て呆れた表情を浮かべているが、泉美本人は至って真面目だ。

泉美の大袈裟なジェスチャーを、達也も深雪も馬鹿にしたりはしなかった。ただ微笑まし気に見ているだけだ。ベッドの上の水波は、微妙に目を逸らしている。

達也が水波に近づくと、香澄がその分横に距離を取り、深雪が達也についていくと、泉美は深雪に場所を譲る。結果的に達也たちと香澄たちが入れ替わる恰好となった。

 

「水波、具合はどうだ?」

 

「はい、少しずつ元に戻って参りました」

 

感覚が、とはっきり言わなかったのは、香澄と泉美に詳しい病状を打ち明けていないからか。水波の身体が力を取り戻しているのは、彼女が既に補助外骨格の助けを必要としていない事からも分かる。だが感覚障害は、外から見ただけでは分からない。

 

「良かった・・・」

 

「そうか」

 

本人の口から症状の改善を聞いて、深雪が右手を胸に当てて安堵の息を吐き、達也も少し口元を緩めた。

 

「俺が改めて言う必要は無いかもしれないが、無理に早く治そうとしないことだ」

 

「はい」

 

「お医者様は何と仰っているの?」

 

「あと二週間で退院出来るだろうと」

 

「それはリハビリも含めて?」

 

「そこまでは伺っておりません」

 

「そうなの? あっ、でも、もし自宅でリハビリが必要でも、心配しなくて良いのよ? 私たちがいくらでもお手伝いするから」

 

「そんな、畏れ多いです!」

 

「遠慮はしないで欲しいのだけど・・・」

 

「ですが・・・」

 

少し悲しげな深雪と困惑を深める水波、そんな二人を見て、泉美が二人の会話に口を挿んだ。

 

「深雪先輩。よろしければ私が、退院後のリハビリをお手伝いしたいと存じますが」

 

「泉美ちゃんが?」

 

「はい。もし、お差支え無ければですけど」

 

ここで泉美の真意を疑うのは、邪推というものだろう。達也は自分にそうツッコミを入れた。泉美は同級生として水波を思いやってくれているのであって、深雪の自宅に上がり込みたいという欲求からこんなことを言っているのではないはずだ。

 

「泉美・・・まさか、水波を出汁にして会長の家に入り浸ろうなんて・・・考えて、ないよね?」

 

「し、心外です!そんな不埒な事を考えてなどおりません!」

 

だが達也が自重した質問を、香澄は遠慮しなかった。残念ながら、泉美の顔にも声にも動揺が浮き出ている。香澄は目を半眼に開いて泉美を見据えた。泉美は香澄から顔こそ背けていないが、視線が合わないように目を泳がせていた。

 

「・・・会長。泉美がお宅にお邪魔する時は、私も同行しますから」

 

「ありがとう、二人とも」

 

そう言うと二人は半ば泉美が香澄に引っ立てられるように先に病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双子を見送った達也たち三人は、顔を見合わせて似たような笑みを浮かべた。呆れているけど憎み切れない、そんな笑顔だ。同級生の中では清楚でお淑やかな美少女だが、達也たちの間では少しずれているが愛すべきキャラクターとして、泉美は認識されているのかもしれない。

達也が部屋の隅からスツールを持ってきて座ると、深雪は元々ベッドの側に置かれていたスツールに腰を下ろした。

 

「それでも、ああしてお見舞いに来てくれるのですから、ありがたいですよ」

 

「あの二人には、向いていないのかもしれないな」

 

達也は「何に」の部分をはっきりとは口にしなかったが、深雪だけでなく水波も、彼が省略した言葉が理解出来ていた。香澄も泉美も、十師族に向いていない。姉の真由美も向いているかいないかで言えば向いていないのだろうが、それでも彼女にはまだ、立場と義務を優先する姿勢がある。だが香澄と泉美は、立場よりも正しさを、義務よりも人情を優先しそうな面がある。一言で言えば『善良』なのだ。

 

「悪い事では無いと思いますよ。少し、羨ましい気もします」

 

深雪が漏らしたその言葉は、彼女が達也と同じ事を感じて同じように考えている証拠だった。そんな空気を換える為に、達也が突然話題を変えた。

 

「ところで水波」

 

「はい、何でしょうか」

 

「あれから、異常は無かったか?」

 

「光宣さまが接触してこなかったかという意味でしょうか?」

 

「光宣本人に限らない」

 

「不審なお客様の姿は、拝見しておりません」

 

「光宣くん諦めたとは思えません。何か、準備をしているのでしょうか? 例えば、配下を集めているとか・・・」

 

「その可能性はある」

 

深雪が少し不安げに達也の顔を見上げて問うと、達也はその可能性を否定しなかった。前回の襲撃から一週間。その間光宣が何もしていないとは考えられない。はっきりと確認したわけではないが、光宣は周公瑾の知識を受け継いでいる。それは魔法の知識に限らないだろう。

九島家をはじめとした「九」の各家が師族会議を裏切る事は無いはずだから、ここから味方を集めるのは難しいが、周公瑾が築き上げた工作員ネットワークの中から手下を見繕う事は可能かもしれない。

 

「パラサイトを封じる術式を、凛に教わっておくべきかもしれないな。正直あの拳銃だけでは心許ない」

 

深雪と水波が、同時に動揺を示す。パラサイト封印術式と聞いて、水波はそれを光宣に使うのだと思ったが、深雪の懸念は別にあった。

 

「達也様は・・・光宣くんがパラサイトを増やすとお考えなのですか? 去年の冬の「吸血鬼」のように」

 

「光宣が手当たり次第に人を襲うとは考えていない。だが、人であることを止めてでも力を欲する者は、少なからず存在すると思う。見つけ出すのは、それ程難しくないかもしれない」

 

達也の推測を、深雪は否定しなかった。深雪だけでなく水波からもその言葉を疑う声が上がらなかったのは、達也のセリフだからだけではなく、そういう人間的な弱さに彼女たちも心当たりがあったからだ。

 

「達也様、あの、今思いついたのですが・・・エリカたちにも、詳しく話しておくべきではありませんか?」

 

「・・・そうだな。俺が迂闊だった」

 

多少の情報を与えているとはいえ、光宣はパラサイトの気配を隠す事が出来る。三人は去年の秋、味方として光宣と会っている。もしかしたら幹比古は光宣の正体に気づくかもしれないが、エリカとレオは騙される可能性が高い。あの三人が利用されるケースを想定していなかったのは、確かに迂闊と言えた。

 

「いえ、たった今まで気づかなかったのは私も同じですので・・・エリカたちには、私から話しておきましょうか?」

 

「いや、俺から話す。明日の日中はエアカーのテストをする予定だから、放課後に『アイネ・ブリーゼ』で待っていてくれ」

 

「・・・よろしいのですか?」

 

深雪が念を押すように問い返したのは、マスターに話しを聞かれても構わないのかと危惧したからだった。

 

「構わない。下手に校内で話すより盗み聞きされるリスクは低いだろうし、もしかしたらマスターに力を貸してもらう事になるかもしれない」

 

「マスターに・・・?」

 

アイネ・ブリーゼのマスターの実父が腕利きの情報屋で、マスター自身も情報売買に片足を突っ込んでいると、達也もはっきりと知っているわけでないが、堅気でない事を確信している。深雪には分からない裏社会の臭いを、達也はマスターから嗅ぎ取っていた。

 

「いえ、分かりました」

 

マスターの正体について、深雪は達也に尋ねなかった。自分が知らねばならない事ならば、達也の方から教えてくれる。達也が説明しないのは、今の自分が知る必要のない事だから、と彼女は考えたのだった。

 

「エリカたちとアイネ・ブリーゼでお待ちしております。・・・あの、達也様。ほのかと雫と美月も同席させてよろしいでしょうか?」

 

「あまり、関わる人数を増やしたくないのだが・・・報せずにおくのもリスキーか。分かった、皆に声をかけておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

達也と深雪が頷きあう。そして二人は、揃って水波に顔を向けた。



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エアカーのテスト

自分に目を向けたままなかなか口を開かない達也と深雪に、焦れというより不安を覚えて水波が問いかける。

 

「・・・何でしょうか」

 

「今更かもしれないけど・・・水波ちゃんは光宣くんの事をどう思っているの?」

 

「どう・・・?」

 

問いかけに応じた深雪から逆に問われ、水波の顔が困惑に染まる。

 

「光宣くんはどうやら、水波ちゃんの事が好きみたいだけど」

 

「好き・・・」

 

「水波ちゃんは光宣くんの事が好きなのかしら?」

 

「私が、好き!?」

 

先ほどまでまともに思考が働いていなかったが、動揺したお陰で逆に意識を取り戻したようだ。

 

「私が光宣さまを好きだなんて、考えてみたこともございません!」

 

「それは、意識した事がないだけだろう?」

 

「私たちは決して、興味本位で質問しているのではないの」

 

達也と深雪が何を言いたいのか、水波には理解出来なかった。それを何と言って尋ねれば良いのかさえ、彼女には分からなかった。

 

「もし水波が光宣の事を少なからず想っているのなら、覚悟を決めてもらわなければならない」

 

「覚悟とは・・・光宣さまと戦う覚悟でしょうか?」

 

「戦うのは俺たちだ。俺はなるべく光宣を殺さずに済ませたいと思っているが、光宣を迎え撃つのは俺だけではない」

 

達也の言葉に、水波は無言で小さく頷いた。四葉家以外に十文字家と七草家が光宣を待ち構えている事は、水波には教えられていないが、水波は少なくとも七草家が光宣を捕縛する作戦に加わっている事を察していた。泉美が漏らした護衛という言葉を聞き逃さなかったし、それが無くても香澄たちの来訪を、単なる同級生のお見舞いと考えられるような普通の環境で彼女は育っていない。

 

「それに、光宣は手強い。殺さずに捕らえるなどという、甘い考えは通用しないかもしれない」

 

「仕方がない、と思います」

 

「頭では理解出来るだろう。そこは疑っていない。だが、ハートではどうだ?」

 

「・・・」

 

達也の問い掛けに、水波は答えられなかった。

 

「覚悟とは、そういう意味だ。水波、光宣はお前を救う為に人であることを捨てた。だがそれは、光宣が勝手にやった事だ。そこにお前の意思は無い」

 

「・・・」

 

「しかし、そう簡単には割り切れないだろう。お前は光宣の想いを知ってしまった」

 

「・・・はい」

 

水波は俯いて顔を隠した状態で、達也の言葉を認めた。意識していなかっただけで、光宣は水波から見ても魅力的な異性だ。もし達也が側にいる事を許してくれいなかったら、光宣の誘いにその場で乗っていたかもしれない。

 

「水波ちゃんが迷うのは、人として当然よ。何も、後ろめたく感じる必要は無いわ」

 

「・・・はい」

 

深雪が水波の手を握る。水波が顔をあげて、深雪へ弱々しい微笑みを向けた。

 

「でも、もし水波ちゃんが光宣くんに特別な感情を持っていないのだったら、覚悟を決めて欲しいの」

 

「光宣が目の前で殺されそうになっても、その邪魔をしない覚悟を」

 

決定的なセリフを達也が引き継ぐ。達也は「殺す」というセリフを、深雪に言わせなかった。

 

「もし私が光宣さまの事をお慕いしていると申し上げたら・・・」

 

「光宣を殺さずに済ませる方法を考えるが、その場合犠牲が増える可能性が高まる」

 

達也が若干躊躇いながら告げると、水波の顔色が変わった。

 

「申し訳ございません! 戯言を申しました!」

 

「水波ちゃん、落ちついて」

 

水波がベッドの上で腰をふらつかせるのを、深雪が横から支えた。たぶん、ベッドの上で座り直して謝罪しようとしたのだろうが、また急な動きに耐えられるほどには回復していなかったようだ。

 

「馬鹿げた発言だとは思わない。今まで意識しなかった自分の気持ちが、すぐに分からなくても無理はない」

 

「いいえ! 私は光宣さまに、特別な感情は一切懐いておりません!」

 

水波が深く考えずに、一時の勢いでそう言っている事は明白だった。だが、そのことをこの場で指摘しても彼女は認めないだろう

 

「分かった」

 

だから達也は水波の答えに対して、頷くに留めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室を後にした達也は携帯で凛に連絡を入れた。凛達は巳焼島で達也達と別れて三笠島に移動し、必要な物資を選んでいた

 

「凛、少しいいか」

 

通話先から凛の声が聞こえる

 

『ん?如何したんだ』

 

「ああ、水波の一件で手伝って欲しい事が・・・」

 

『・・・・分かった。こっちも物資を運んだら病院に行くわ。もちろん病院関係者としてね』

 

「ああ、頼む」

 

通信を切ると達也は深雪に伝えた

 

「深雪、明日弘樹達が来る。ついでに射撃場で練習だそうだ」

 

「分かりました。では、明日は凛のマンションに行けばよろしいのでしょうか?」

 

「ああ、地下室で訓練だそうだ」

 

そう言うと達也は明日のエアカーのテストのため、早めに寝室へと入った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月二十四日、月曜日。達也は前日決めたスケジュールの通り、今日も巳焼島を訪れていた。エアカーのテストか主な目的だが、テスト自体に特筆すべき事は何も無かった。全ての項目で計画された通りの性能を発揮したからだ。

 

「潜水まで可能だとは思いませんでした」

 

「機密性は宇宙空間に出ても問題ないレベルだと技術者は申しております。車体に作用する地球の重力に干渉して飛行する仕組み上、高度六千キロを超えると飛行システムがうまく作動しなくなるそうですが」

 

「エアカーで宇宙飛行するつもりはありませんよ」

 

兵庫が説明する過剰スペックには、達也も苦笑いをせずにはいられなかった。

 

「ツードアスタイルは開口部を少なくして機密性を高める為でもあったんですね」

 

エアカーのドアは横開きではなく、後方にスライドする仕組みになっている。また窓ガラスも分厚く、はめ殺しになっている。これらも機密性を高める為の設計によるものだろう。

 

「仰る通りでございます。もっともエアカーは陸上、低空及び海上での使用を想定した物でございますので、実際に使われる上でもその点をご考慮いただきたいとの事です」

 

「余程の必要がない限り、エアカーで成層圏まで上がったり海中に潜ったりするつもりはありません」

 

「恐れ入ります。老婆心ながら申し上げますと、本州とこの島の往来は水上走行モードを使われるのがよろしいかと」

 

「高度数十センチを自動的にキープするモードですね」

 

「はい。それでしたら、達也様は外航用の小型船舶免許をお持ちですので官憲に咎められる事も無いかと存じます」

 

達也は十八歳になって四輪自走車免許と共に、水面の制限が無い小型船舶免許も取得している。言うまでもなく船舶操縦免許はエアカーを想定していないが、水上走行モードであれば航行時の状態はホバークラフトと同じだ。達也の持つ免許で航行可能だと主張する事は可能だろう。

 

「そうします」

 

いざとなれば飛んで逃げればいい。遵法精神に乏しい達也は大方、そんな事を考えているに違いなかった。

 

「ねぇ」

 

達也と兵庫の話が終わったと見たのか、横から話しかけてくる声。

 

「リーナ、どうした」

 

その声の主は、エアカーのテストを見学させられていたリーナと、その横では面白そうに凛が窓の外を見ていた

 

「私たち、無事に帰してもらえるの?」

 

「意味がよく分からないが・・・」

 

「恍けないでよ! こんな軍機を見せられて、無事に日常生活に帰してもらえるのかって意味よ!」

 

リーナが大声で達也に詰め寄る。その横ではミアが不安そうに首を何度も縦に振っている。

 

「リーナ、何を言っているんだ?」

 

顔を顰めながら詰め寄ってきたリーナを、達也は不思議そうに見返した。

 

「四葉家は民間組織だから、エアカーは『軍事機密』じゃないぞ」

 

「どの口が言ってるのよ! 国家の軍隊じゃなくても、軍事組織には変わりないでしょう!」

 

「それは誤解だ。我々は軍事組織ではない。確かに暴力行為で報酬を得ているが、それはあくまでも副業だ。あえて分類するなら、四葉家は研究組織だ」

 

「副業で世界中から恐れられているなんて、何の冗談よ・・・」

 

「勝手に怖がっておいて、それをこちらの所為にされても困る」

 

「一艦隊を基地と軍港ごと一撃で消滅させる相手を、怖がらないわけがないでしょう!」

 

「それは俺個人の力だな。四葉家の力ではない」

 

リーナは思わず、大きく目を見開いて達也を凝視してしまった。数万人規模の戦死者を出しながら、それを「個人の力」と言い切る達也の神経が、リーナには信じられない。それは、数万人の命を奪ったのが自分自身だと認める事に繋がる。

責任は、分け合う事が出来る。『灼熱のハロウィン』は軍事衝突の中で起こった事件だ。戦略級魔法の仕様は軍の指揮系統の中で決定され、その責任は命令を下した上官にあると言い逃れる事が出来る。だが命令されたから使ったという事実は変わらなくとも、それを個人に属する力と認めてしまえば、その結果も個人に帰属する事になる。

責任はなくとも、結果は残る。数万人を殺したという、結果が。それとも、達也はその事を理解していないのだろうか・・・?

 

「(いえ、そんな事はあり得ない)」

 

達也は現実から目を背けるタイプではない。付き合いはまだそれ程長くないが、リーナは達也の事を、その程度には理解していた。達也は自分が大量殺人者であるという事実を、正気のまま受け止めているのだ。

 

「・・・軍事機密でないなら、私たちは日常生活に戻れるのでしょう? だったら、それでいいわ」

 

リーナは自分からこの話題を打ち切った。彼女も戦略級魔法師だ。これ以上掘り下げると自分にとっても不愉快な話になりかねないと、無意識にブレーキを踏んだのである。

 

「それより達也、お願いがあるのよ」

 

「内容による。まずは話を聞かせてくれ」

 

二人が話しているのは格納庫の中だ。エアカーは制度上四輪自走車として登録されているから「ガレージ」と言うべきかもしれないが、大きさといい整備用の機械類といい「ガレージ」よりも「格納庫」がしっくりくる。その隅に屋外用のテーブルがあって、それにマッチする椅子が四脚置かれている。達也がそのテーブルへと向かって歩き出したので、リーナとミアは彼の後に続いた。

ミアが椅子を引いてリーナを見る。達也がその向かい側に座り、リーナはミアが引いた椅子に腰を下ろした。兵庫が三人にアイスティーを持ってきて、達也が兵庫に目でお礼を告げてから、リーナへ改めて顔を向けた。

 

「それで、何が欲しいんだ?」

 

単刀直入に聞かれて内心は少し怯みを覚えていたが、リーナはそれを態度に出さなかった。

 

「私って捕虜じゃ無いんでしょう?」

 

「もちろんだ」

 

「だったら、お世話になる時に預けたCADを返して欲しいのよ」

 

「何故?」

 

その質問をリーナは予期していたが、実際に直面してみると、答えを返すのに少々気合いが必要だった。

 

「丸腰でいるのは、落ちつかないのよ」

 

聞く者の気分によっては、敵対宣言とも受け取られ得る不穏なセリフだったが、リーナは当たり障りがない穏当な理由を思いつけなかったし、何も疚しい気持ちが無いのに本心を誤魔化したくないと思った。それに達也はこの程度の我が儘で気を悪くする器ではないと、リーナは心のどこかで思っていた。

 

「別に不自由はさせていないはずだが」

 

「気分の問題なの!」

 

リーナが強い態度に出られているのは、達也が笑っているからだ。要するにリーナは達也に甘えているのだが、本人にそのつもりは無いのだろう。気付いていない、というべきかもしれない。

 

「気分か。まぁ、理解出来る」

 

「だったら!」

 

「だが、その要望には応えられないな」

 

「どうしてよ!?」

 

てっきりCADを返してもらえると思ったリーナだったが、達也の返事に問い詰めるように語気を強め、テーブルから身を乗り出した。だがその程度で達也が慌てるはずもなく、彼は冷静な口調でリーナの問い詰めに答えた。

 

「USNA軍のCADを日本国内で使わせるわけにはいかない。君ですら知らないギミックが組み込まれている可能性がある」

 

「うっ・・・」

 

リーナがコメディエンヌのような反応を返す。ただし、彼女はこれで大真面目だ。下手に使って居場所を割り出されないとも分からない物を、達也が――四葉家が簡単に使わせてくれるはずもないと理解出来るだけの冷静さは持ち合わせていたからの反応だ。

 

「だが代わりのCADなら用意してある」

 

暫くは落ち着かない日々を送る覚悟を決めていたリーナは、達也のこの一言に食いついた。

 

「えっ?用意してあるって、あらかじめ準備しておいてくれたの?」

 

「この施設の守りには万全を期しているつもりだが、相手はUSNAだ。もしもの時は、自衛手段が必要だろう?」

 

「達也・・・人が悪いわ」

 

リーナが半眼に開いた目で据わった眼差しを達也に向ける。所謂「ジト目を向ける」というやつだが、達也はリーナの「ジト目」を平然と受け流した。

 

「秘密にしていたわけではない。リーナがせっかちだっただけだ」

 

「呑気すぎて緊張感が無いよりマシでしょ」

 

リーナの反論にはもっともな面があったが、顔が赤くなっていた所為で説得力はあまり備わっていなかった。すると今度達也はミアを見た

 

「本郷さんはCADは持って来ていますか?」

 

「はい、凛さんから貰った狙撃銃型CADを一個。なかなか使い勝手がいいですよ」

 

狙撃銃型CAD路言う単語に達也は引っかかるとミアに聞いた

 

「狙撃銃型・・・まさかそれって・・・」

 

「はい、凛さんから貰ったのは『ムサシ』。ヤマト型の二個目です」

 

ミアから聞いた事実に達也は少し上を見上げる。そして達也は顔を下ろすとリーナ達に言う

 

「・・・CADは調整施設に置いてある。ついでに調整も済ませてしまおう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「・・・達也が調整してくれるの?」

 

「慣れているから心配するな」

 

「あっ・・・そういえば達也は『トーラス・シルバー』の片割れだったわね・・・いろいろあって忘れてたわ」

 

「そういう事だ」

 

達也が立ち上がる。リーナは半分になっていたアイスティーを一気に飲み干して、既にテーブルを離れていた達也を追いかけた。



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リーナの勘違い

達也とリーナ、そしてミアはエレカーの格納庫から感応石精製ラインを含むCAD工場の隣に建てられた研究施設に移動した。交通手段は残念ながらエアカーではなく、水素エンジンのオフロード車だった。ミアはムサシを取りに行く為に一旦別れた。

 

「リーナたちにはこれを使ってもらおうと思う」

 

調整室に入る前に、リーナは会議室のような小部屋に連れていかれた。そこで達也は彼女たちに、金色の太いチョーカーと銀色を基調とした幅広のブレスレットを見せた。

 

「ボタンが無いけど・・・もしかして、FLTの完全思考操作型?」

 

「よく分かったな」

 

達也は満更お世辞でもなさそうな声でリーナを称賛した。

 

「FLTの完全思考操作型CADは、ステイツでも話題になっていたから・・・」

 

手でスイッチを扱う事なく思考だけで操作するCADは、まずドイツのローゼン・マギクラフトが商品化し、日本のFLTがすぐにそれに続いた。しかしまだ、三番手の企業は登場していない。今のところ完全思考操作型CADを発売しているのはローゼン・マギクラフトとFLTだけで、現時点における市場の評価は後発のFLTが優勢だった。

 

「スターズでも試している隊員はいたけど、私は使った事ないわ。いったいどういう仕組みなの?」

 

リーナの告白は、達也にとって意外なものだった。彼女にはあの戦術魔法兵器『ブリオネイク』を開発した科学者だか技術者だかが付いているはずだ。達也は面識どころかその科学者の名前も知らないが、その者の技術力は『ブリオネイク』を見ただけで疑い無いものだった。あれ程の技術力をも持っていれば、完全思考操作型CADの実用化も可能なはずだ。「不可能ではない」ではなく、確実の可能で、市場に製品が出回っている状況下では大して時間もかからないと断言出来る。しかし達也は、その疑問を口にしなかった。

 

「FLTの完全思考操作型CADには、既に製品化済みの非接触型スイッチを発展させた技術が使われている」

 

「想子波で操るという事?」

 

「そうだ。このチョーカー形態の特化型CADは想子を注ぎ込むことで、一種類だけの起動式を出力する。細かく絞り込まれた想子波を指定した場所に照射する無系統魔法の起動式だ」

 

「想子を注入するだけで作動するの?」

 

「出力する起動式を一種類に限定しているから、スイッチとしてはそれで十分だ。チョーカー形態の操作用デバイスは思考操作型ではなくセミオート型と言うべきだろう」

 

「武装デバイスと同じような仕組みね」

 

リーナの指摘がある程度的を射ていたのか、達也は「そうだな」と頷き、言葉を続けた。

 

「チョーカーが出力する起動式には、ブレスレットの内蔵スイッチがターゲットとして指定されている。使いたい魔法の番号を変数として無系統魔法の魔法式に組み込むだけで、ブレスレットタイプから望みの起動式が出力される」

 

「・・・つまり『何番の魔法を使いたい』と考えただけで起動式を呼び出してくれるという事?」

 

「大雑把に言えば、その通りだ」

 

リーナの考えは達也が言ったように大雑把だが、リーナはその大雑把な説明で十分な衝撃を受けた。

 

「ちょっと、それって凄い事じゃない? CADを手で操作する手間は、白兵戦を行う魔法師にとって軽くない枷だわ」

 

CADは魔法の発動を高速化するツールだ。CADを使用した魔法のスキームが確立する事によって、魔法師は銃器で武装した大勢の兵士と正面からやり合える力を得た。だが今度はCADを操作するアクションが、一瞬を争う場面で勝敗を分ける隙としてクローズアップされている。特化型CADはその欠点をカバーする為の物だが、そうすると今度は使える魔法の種類が限られてしまう。

FLTの完全思考操作型CADは、これらの問題をすべて解決するツールだった。特化型CADに思考操作機能を組み込んだローゼンの製品と違い、FLTの製品は操作用のデバイスと本来のCADの役割を担うデバイスを分けている。デバイスを二つ持たなければならないという欠点はあるが、特化型だけでなく汎用型も使えるという点で、「操作に手を使わない」というニーズと、「戦術の幅を狭めたくない」というニーズを同時に満たしている。

 

「気に入ってもらえたようで安心した。操作用デバイスは最大四機とペアリング出来るんだが、とりあえず汎用型一機で良いだろう」

 

「十分よ」

 

もしかして一つの操作用デバイスで汎用型と特化型を両方操る事も可能なのかという思いつきがリーナの脳裏を過ったが、この場では口にしなかった。考えただけで汎用型と特化型を使い分けられるというのは都合が良すぎると思ったのと同時に、達也が頷いたとして、その場合に自分がどんな顔をするのか予測出来なかった。すると部屋からCADを持ってきたミアが部屋に入ってきた

 

「達也さん。持ってきました」

 

「ああ、持ってきてくれ」

 

「いいのですか?かなり大きいですけど・・・」

 

「凛のヤマトと同じなら慣れている」

 

「分かりました。ではお願いします」

 

「ミア、私は先に行って着替えているわね」

 

「はい、分かりました」

 

そう言うとリーナは先に準備室に入り着替えを始めた。そして達也はミアの持ってきたCADを見て頭を抱えた

 

「やっぱりコレか・・・」

 

「はい、凛さんの中では一番の傑作だからともらいました・・・」

 

「と言うことは本郷さんは凛がもみじだと知っているのか?」

 

「はい、凛さんから直接聞きました。もちろん、もみじさんがFLTから独立したと言うことも話題になっていますよ」

 

「だろうな・・・まあ、調整はやっておくとして・・・まずは着替えてください」

 

「では、失礼します」

 

達也は二つのCADを持ってそのまま調整室に向かった。リーナたちは調整室の隣の準備室だ。この施設にはヘッドセットと両手を置くパネルで使用者のデータを取る通常の調整装置もある。だが凛からの要望で寝台タイプの装置で精密測定を行うことにしていた。リーナたちはその為の準備、つまり着替えに行っているのである。

 

「達也、その・・・お待たせ」

 

まず調整室に入ってきたのはリーナだ。彼女は太腿が半分隠れる、ボタンが無い白いシャツ一枚の姿だった。膝上十五センチ前後のロングTシャツと言えば分かり易いだろうか。髪は、付けていた物を全て外して、背中に下ろしている。足には病院で使うようなサンダルを履いているだけだ。リーナは両腕で胸を抱え込むように隠している。もじもじと、恥ずかしそうな態度だ。

 

「・・・これで良かった?」

 

「良かった、とは?」

 

「・・・下着姿じゃなくて良かったの?」

 

リーナは目元を赤らめて、そっぽを向いている。自分の質問に、恥ずかしがっているような感じだが、そんな初心な姿を見せられても、達也の態度は変わらない。

 

「リーナはこのタイプの測定装置を使った事があるのか?」

 

「月に一回以上の精密測定が義務付けられていたわ」

 

スターズの基地にも、同じ機械があったという意味だろう。月に一回以上というのは、達也から見れば少なすぎる。だがまだまだ魔法の成長期にある深雪と違い、スターズの軍人に未成年者は少ないはずだ。二十代なら兎も角、三十代、四十代になれば短いインターバルで測定結果を更新する必要は無い。達也はそう思い直した。

 

「水着の方が良ければ用意させるが?」

 

「別に、ビキニの方が良いってわけじゃないけど・・・」

 

「俺はどちらでも構わないぞ」

 

リーナは迷いながら、まだもじもじしている。普通に考えればセパレートタイプの露出が多い水着よりロングTシャツの方が恥ずかしくないはずだし、迷う必要は無いと思っていた達也だったが、とある推測にたどりついた。

 

「(もしかしてリーナは、あのシャツの下に何も着ていないのではないだろうか・・・)」

 

酔っ払った時の凛でもあるまいと初めは思っていた。だが、着替えるに当たって「下着を取るように」とは達也は指図していないし施設の人間も言っていないだろう。だが寝台タイプの測定機械を使う際、下着姿になることが普通だと知っているリーナであれば、ロングTシャツタイプの検査着を与えられて「この下には何も着ちゃいけない」とかってに思い込んでしまった、というのはありそうに思われた。

 

「・・・このままでお願い」

 

しかし今更、顔いっぱいに恥じらいを浮かべてそう答えたリーナに「下着は着けても良いんだぞ」とは言えない。そんな事を告げれば、お互い気まずくなってしまう。リーナは余計に恥ずかしくなるだろう。もしかしたら、調整どころではなくなる可能性もある。

達也は何時も以上に、事務的な口調を意識した。作業中「下着を着けていないのでは」疑惑はますます深まった。薄い生地越しにその証拠となりそうな突起も達也の目は捉えていたが、その部分を凝視するような真似はしなかった。だからなのか、リーナは「気付かれた事」に気づかなかった。無意味なトラブルを引き起こすことなく、リーナの調整は終わった。

 

「リーナ、本郷さんを呼んできてくれ」

 

「わ、分かったわ」

 

そう言うとリーナは顔を真っ赤にしてミア呼びに向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミアは普通に下着姿で少し恥ずかしそうにするも特に問題も起きないまま調整を終了した。

ミアのCADにリーナは驚くも、自分には扱いずらそうにも見えた為特に文句は出ていなかった

リーナの首には、さっそくチョーカータイプのデバイスが巻かれている。いや、半円の円環を繋いでとめる形態だから「はめられている」と表現すべきか。金色の輝きはリーナの髪色と同じで、リーナによく似合っていた。一見、豪華な首輪の用にも見えるが、言うまでもなく自分の意思で取り外せないという事は無い。彼女たちも「首輪のように見える」事には気付いてたが、気にしている様子は無かった。

 

「明日も来るから、不都合があったら言ってくれ」

 

「了解よ」

 

リーナが右手を挙げて達也に応える。銀色のブレスレットは、反対側の手首だ。

 

「本郷さんも、リーナのことお願いします」

 

「はい、お任せください」

 

そう言うと達也はエアカーを起動させる

 

「達也様、トレーサーはお切りにならないよう願います」

 

「分かっていますよ」

 

兵庫の注意に苦笑いで頷き、達也はエアカーを発進させた。タイヤを地面から数十センチ離して浮かんだ車体は、相対高度を保ったまま海へと乗り出した。達也を見送ったリーナは今ミアが担いでいるCADを見て驚いていた

 

「しかし、大きわね。そのCAD」

 

「ええ、なにせ元が20mm狙撃銃を元に造ったと凛さんが言っていましたからね。コレだけで30kg近くはありますよ」

 

「30kg!?」

 

ミアから飛び出た銃の重さにリーナは驚愕していた

 

「そんな重さの銃を担いでいるの!?」

 

「ええ、一部分は強化プラスチックなどで軽くしているのでコレでも軽い方ですよ。凛さんのヤマトなんか全金属製で50kgありますからね」

 

「それでも十分おかしいわよ・・・」

 

リーナはいつの間にか自分の友人が怪物化している事に驚き呆れていた。



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国防軍の要求

第一高校の通学路にある喫茶店『アイネ・ブリーゼ』の扉を達也がくぐった時には、既に深雪と友人たちが顔を揃えていた。

 

「あっ、達也くん、いらっしゃーい」

 

「達也さん、お待ちしてました!」

 

エリカとほのかが、ほぼ同時に声をかけて達也を歓迎する。達也は軽く手を上げてそれに応え、空いている深雪とほのかに挟まれた席に腰を下ろした。店内に、他の客の姿は無い。達也が尋ねる前に、深雪が「今日は貸し切りにしてもらいました」と説明した。

 

「達也くん、これはサービス」

 

マスターが小型のガラスポットをカウンターに置いた。中にはしっかりと淹れられた水出しコーヒー。ほのかと雫が素早く立ち上がって、ポットをほのかが、カップを雫がトレーに載せて、テーブルに運ぶ。達也が二人にお礼を言っている間に、マスターは「帰りに声をかけてね」と言って店の奥に引っ込んだ。

達也が入って来た時から、店の中には盗聴防止の魔法が掛かっていた。幹比古の音声結界だ。それを大袈裟に感じている者はいない。こうして達也が自分たちをわざわざ集めたからには、よほど重要な内容なのだろうと、全員が察していた。

 

「せっかくマスターに気を遣ってもらったんだ。早速本題に入ろう」

 

ほのかがカップに注いだコーヒーを前にして、達也が話を切り出す。友人たちの目と耳は、既に達也へ向いていた。

 

「九島光宣がパラサイトになった」

 

「・・・『九島光宣』って、論文コンペで二高の代表だった九島光宣くんですか?」

 

「そうだ」

 

光宣と面識があるメンバーと、既にある程度の事情を聞かされていた人間は声を出さなかったが、そのどちらでもない美月が遠慮がちに問い掛け、達也はためらわずに頷いた。

 

「・・・達也くん、詳しい事情をもう一度話してくれる?」

 

エリカが鋭い眼差しを達也に向ける。何故美月まで巻き込んだのかという目だと達也は気づいたが、それに対応するつもりは無かった。

 

「俺も全てを知っているわけではない。分かっているのは、光宣が自分の意思で人間を捨てたという事と、光宣が何を目的としてパラサイトになったのかという事だ」

 

「その『分かっている事』は教えてもらえるんだろ?」

 

レオはいち早く落ち着きを取り戻していたが、その双眸に宿る光の強さは、エリカに劣るものでは無かった。隠し事は許さない。彼の目は、そう語っていた。

もっともレオに睨まれたからといって、達也がこの場で話す内容に変化はない。多かれ少なかれ事情を話しているとはいえ、彼は最初から光宣がパラサイト化した背景について、教えられる範囲内で説明しておくつもりだったからだ。

 

「光宣の目的は、水波が入院した理由に関係している」

 

「・・・ただの怪我じゃねぇのか?」

 

「水波が入院している理由は、魔法演算領域に大きなダメージを受けたからだ。完全な回復は望めない」

 

達也が打ち明けた事実に、質問したレオだけでなく、深雪を除く全員が絶句した。

 

「今すぐ命に関わる事は無い。だが高威力の魔法が引き金になって、症状が決定的に悪化する可能性がある」

 

「何故そんなことに!」

 

言葉を失っていたレオが吼える。水波はレオが部長を務める山岳部の部員。この中では達也と深雪に次いで、身内意識を持っているのだ。

 

「それを説明するつもりは無い。今、話しておかなければならない事は別にある」

 

「・・・良いぜ。だったら、そっちを聞かせてくれ」

 

歯を食いしばったレオの顔は、達也の言葉に納得しているようには到底見えなかったが、彼はこの場面でも強い自制心を発揮した。

 

「光宣は水波を治療する方法を試す為に、自らパラサイトとなった」

 

「ちょっと待って、達也」

 

達也の言葉を受けて質問をしようとした幹比古だったが、彼はなかなか次のセリフを発する事が出来なかった。

 

「・・・つまり光宣君は、桜井さんを治療するために、パラサイトを取りつかせようとしているのかい? 自分を実験台に使って?」

 

「本人はそう言っている」

 

「馬鹿な・・・正気の沙汰じゃない」

 

「光宣は本気だ」

 

放心状態に陥った幹比古に、達也は容赦なく事実を告げた。

 

「要するに、光宣が水波を攫いに来るということ?」

 

「光宣は桜井を、攫いに来たんだな?それで、達也に撃退された。そういうこったろ?」

 

達也が言おうとしたセリフをエリカが横取りし、レオが更に踏み込んだ問いかけを達也にぶつけた。

 

「そうだ。一度目は撃退出来た」

 

「達也、君が・・・負けるかもしれないと?」

 

「やられはしない。だが、容易な相手でもない」

 

幹比古の問いかけに、達也は「負けない」と断言しなかった。

 

「それは、達也くん自身がやられちゃう事は無いけど、水波を守り切れないかもしれないって思っているという事だよね?」

 

「そうだ」

 

エリカのセリフに達也が頷いた。

幹比古が落ち着いたのを見て、達也が再び口を開く。

 

「お前たちに注意してもらいたい事は、エリカ、レオ、幹比古。俺は光宣が水波を連れ去る為の策として、お前たちに接触してくる可能性があると考えている」

 

「あたしたちを協力者に仕立て上げようとするって事?」

 

「こっちで光宣の知り合いと言えば、七草先輩、香澄、泉美の姉妹を除けば、お前たちくらいだからな」

 

「・・・確かに、今の話を聞いてなけりゃ、光宣に力を貸していたかもしれんな」

 

「光宣君はパラサイト化しているんだろう?人間とパラサイトの見分けが付かないと思われるのは心外だな」

 

レオは素直に認めたが、幹比古は不満を口にした。人と妖魔の区別が出来ないと思われるのは、古式魔法師のプライドが許さないのだろう。

 

「俺は光宣が自分から正体を明かすまで、アイツがパラサイトになっていると分からなかった」

 

「・・・そうなんだ」

 

達也が正直に話すと、幹比古は渋々ながらも納得した。自分の方が達也より優れているとは、幹比古も言えなかったのだ。

 

「パラサイトに対する感覚は、幹比古の方が俺より上かもしれない。だが九島家には情報体を偽装する魔法がある。光宣はパラサイト化していても『九』の魔法を失っていない」

 

「いや・・・柴田さんの『目』なら兎も角、僕の感覚が達也より上だと言い切る自信は無いよ。それに、光宣君に対して警戒が必要だという事は理解している」

 

「それを納得してくれれば良い」

 

「うん・・・ところで」

 

「何だ?」

 

「光宣君に取り憑いたパラサイトは、いったい何処から来たんだろう」

 

「まさか、またアメリカから侵入されたのか?」

 

「いや、前回封印したパラサイトだ。何者かに持ち去られた二体の内の一体は、九島家が持っていた」

 

レオの問いに答えて、達也はこの場で初めて逡巡を見せた。迷った末に、達也は事実を打ち明ける事を選んだ。

 

「・・・実は、リーナが日本に来ている」

 

「リーナさんが、ですか?」

 

「お兄様!?」

 

美月と深雪が同時に反応する。美月は純粋にリーナが来日している事に対して疑問を懐いたようだが、深雪は完全に驚愕していた。達也が秘密にすべきその事実を、たとえ友人に対してとはいえ、明かした事に対するものだった。

 

「リーナの来日には、USNAで再びパラサイトが発生した事が関係している」

 

「アメリカでパラサイトが・・・」

 

続けて投げ込まれた爆弾の破壊力が高過ぎて、皆それどころではなかったのだろう。辛うじて反応できたのは幹比古だけで、他の五人、エリカ、美月、レオ、ほのか、雫は言葉を失っている。一日だけ一緒に過ごしたとはいえ、詳しい話を聞いていなかったのだろう。

 

「光宣に取り憑いているパラサイトは、それとは無関係だ。しかし、USNAで新たに発生したパラサイトが日本に侵入するような事があれば、光宣と共闘する事態は十分に考えられる」

 

「達也・・・パラサイトを無力化する手段はあるのかい? もし、僕の力が必要だったら・・・」

 

「九島閣下からパラサイトを封印する魔法が提供される事になっている」

 

「九島閣下って、『老師』のことよね?」

 

「光宣の祖父さんだろ・・・?」

 

エリカとレオが、九島烈と光宣の関係を指摘して信憑性に疑問を呈する。

 

「身内だから役に立たない術式を渡すとは考えられない。だが、もし上手くいかなかった場合は、幹比古。お前を頼らせてもらうかもしれない」

 

達也は身内贔屓こそ否定したが、九島家の魔法が光宣に通用しない可能性は低くないと考えていた。九島家にパラサイトを封じる魔法があるのは確実だ。そうで無ければ、パラサイドールのような兵器は作れない。しかし光宣も九島家の魔法師だ。当然、パラサイドール製造に投入された術式を知っているに違いない。今や自らを縛ることになるその魔法から逃れる方法を編み出そうとしているはずだ。いや、対抗手段は、既に完成しているかもしれないと達也はそう考えていた。

 

「その時は、是非力にならせて欲しい」

 

幹比古は達也に、力強く頷いた。妖魔対策は古式魔法師の使命。幹比古の応えには、そんな信念が込められたいた。すると深雪が喫茶店にあった時計を見ると席を立った

 

「お兄様。私はそろそろ時間ですので。お先に失礼します」

 

「ああ・・・もうこんな時間か・・・じゃあ、俺も行くとするか」

 

「ほのか、またね」

 

「うん、深雪もじゃあね」

 

そう言い達也達は先にアイネブリーゼを後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は空陸両用車『エアカー』でアイネ・ブリーゼに来たのではない。巳焼島から乗ってきたエアカーはいったん自宅の車庫に置き、公共交通機関を使って最寄りの駅まで来た。帰りも当然、個型電車だ。今から深雪の拳銃の練習のために凛のマンションに向かっている達也達の口数は少なかった。

さっきまでの重い話を引きずっており、珍しく会話が弾まなかった。だが、マンションの地下室に到着し、弘樹と共に拳銃の練習をしながらエアカーの話になる頃にはいつもの調子に戻っていた。

凛が来るまで弘樹や深雪と共に団欒していたが。一本の電話でそんな雰囲気はぶち壊された。

 

「――つまり、アンジー・シリウス少佐が保護を求めて来たら、国防軍に引き渡せという要求ですか?」

 

『そう喧嘩腰にならないでもらいたい。USNAの軍人であるシリウス少佐を民間組織で匿う事は、国防軍として認められないと言っているだけだ』

 

「ごもっともです。しかしそんな分かり切った話を、中佐は何故なさっているのでしょうか」

 

『達也、君がシリウス少佐を保護しているのは分かっている。四葉家が自分から報せてきたのだ』

 

「では本家に要求なさってください」

 

口調から韜晦を許さないと揺さぶっても、達也は全く動じない。要求に頷きもしなかった。達也の非協力的な姿勢に、風間も厳しい目付きになり、年下の友人に対する親しげな口調が消えた。

 

『大黒特尉、貴官が四葉家の中で地位を向上させても、貴官に対する国防軍と四葉家の契約はまだ有効だ。司波深雪嬢の護衛を例外として、貴官は国防軍の命令を優先しなければならない』

 

「風間中佐。四葉家と国防軍の契約を曲解するのは止めていただきたい」

 

『なに?』

 

風間からのプレッシャーに対しても、達也は無表情を貫き、ついには彼の声から表情が消え失せた。

 

「深雪の護衛を除き、四葉家は司波達也に対する優先命令権を国防軍に認める。これが四葉家と国防軍の契約だ、俺が国防軍に従わなければならないという取り決めは存在しない」

 

『特尉。軍に叛逆するのか?』

 

「それも違う。俺に与えられた特尉の地位は、国防軍が俺を利用する為の方便だ。五年前、沖縄で軍の指揮下に入った際の宣誓は、あの時限りのものだった」

 

『・・・達也、国防軍は、民間人がアンジー・シリウス少佐を保護する事を認めない。それは理解してもらいたい』

 

「風間中佐。自分はシリウス少佐を匿ってなどおりません。四葉家がアンジー・シリウス少佐を保護していると言っているのであれば、引き渡しは本家に要求してください」

 

達也も風間も、最後は決定的な決裂を避けた。お互いに相手の利用価値を認めた結果だった。



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封玉の練習

通話を切った達也は面倒臭そうに射撃場の椅子に座るとそこに凛がやって来た

 

「達也、如何したんだ?」

 

「ああ・・・リーナの一件で面倒な事になった」

 

「・・・リーナを国防軍に引き渡せと?」

 

「大体そんな感じだ」

 

「達也が引き渡しを拒んだんなら今度は弘樹に電話が来そうね」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言いながら深雪の射撃を見ると凛が達也に聞いた

 

「ところで、今日ここに来た用事はなんだい?」

 

「・・・パラサイトの封印方法について」

 

達也の返事に凛は少し眉を細めた。そして達也に答えた

 

「なるほど・・・パラサイトねぇ・・・達也。それは神道魔法に関わる事よ。それはつまり・・・」

 

「俺には扱えないか・・・」

 

「そう言う事・・・今の達也の魔法力なら八雲あたりに聞きに行くといいわ。彼なら教えてくれるかもしれないわね」

 

「そうか・・・」

 

すると達也は別の話題を切り出した

 

「ところで、今お前が持っているその銃はなんだ」

 

そう言いながら達也は凛の持っているCADを指さした。彼女の手にあるのはヤマトを元に改造を加えたような大型ライフルだった

 

「ああ、これはヤマトを改造した大口径ライフル型CADよ」

 

「・・・でかいな」

 

「まあ、大きさが2mだからね。相当大きいわ」

 

「一体何を目指しているんだ・・・」

 

達也はそう言いながら半分呆れていると凛はさらに改造したヤマトの説明をしていた

 

「大型化したからね。その分詰め込める魔法式も増えたわ。弾倉を変えれば特化型とか汎用型に変えられるのも変わらないしね。まあ、最大の特徴はやっぱりコレかな」

 

そう言うと凛は柘榴石の杖を取り出し、それを銃口にはめ込むとカチッと言う音が聞こえ、柘榴石の杖はヤマトの銃身にガッチリと固定された。すると柘榴石の杖の宝珠の部分が擲弾発射機の擲弾ように先端が少し膨らみ、銃自体も延長された。

 

「なんだそれは」

 

「咄嗟の思いつきだったんだけどね。神道魔法の単発の威力を上げるにはコレが一番だと思ったんだ」

 

「柘榴石の杖をはめるために銃身を大きくしたのか?」

 

「ええ、そんな所ね」

 

そう言いながら柘榴石の杖を外すと凛は今度は射撃場の端に置いてあった箱からヤマト用の20mm弾薬の入った弾倉を取り出すとそれをヤマトにはめて射撃台の上に置いた

 

「改造したヤマトは20mm口径で威力も大きいから通常弾薬でもパラサイトにも十分通用するわ」

 

そう言いながら凛はハンドルを引くと引き金を引いた

 

ドォン!! カランッ!

 

重々しい銃声と共に20mm弾は的に命中し、床には薬莢の落ちる音がする

 

「だけど、ミアのように回復力の高いパラサイトは通常弾の20mmでも回復できる可能性は十分高い」

 

「そうなのか?」

 

達也は少し驚きながら凛に聞く。軽装甲車両なら余裕で破壊することのできる20mm対物ライフル。それを持ってしても光宣を倒す事は難しいという事になる。凛はヤマトの試射をしながら達也に説明をする

 

「ええ、だけどそう言ったパラサイトは大半が己の寿命を削っている」

 

ドォン!! カランッ!

 

「そして、己の寿命を使い切るまで回復力を使用すれば前に言ったように彼は怪物となってしまう」

 

ドォン!! カランッ!

 

「だからなるべく大きな傷は彼につけたくないのよ」

 

ドォン!! カランッ!

 

「彼を傷つけるにも小さな傷が望ましい」

 

ドォン!! カランッ!

 

五発の弾丸を打ち終えたところで凛は引き金から手を離し、達也に向かって言う

 

「だから達也。光宣君を捕まえるときはなるべく大きな傷を与えないでほしいの。私だって、彼を殺すような事はしたくないから・・・」

 

「ああ・・・分かった。俺も善処しよう」

 

達也はそう言うと練習を終えた深雪を連れて地下室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月二十五日、火曜日の早朝。達也は久しぶりに八雲の寺を訪れた。事前に連絡は入れていないが、達也としては八雲が留守でも文句をつけるつもりは無かった。ところが、予想外の歓迎が達也を待っていた。

調布のマンションから九重寺はそれなりに離れている。走っていけない距離では無かったが、達也は現下の情勢を鑑みて飛行バイク『ウイングレス』を使った。着ている物は普通のバイクウェアではなく、四葉製飛行戦闘服『フリードスーツ』だ。バイクを降りた後、彼はヘルメットを脱いで左手にぶら下げていた。何時もの特化型CADは持ってきていないが、『フリードスーツ』には完全思考操作型CADが組み込まれている。

山門をくぐっても、門弟による何時もの乱取りは発生しなかった。それどころか、人の気配がまるでなかった。留守でも構わないと考えたのはフラグだったか、と達也が考えた直後、それは襲ってきた。

実体の無い、気配そのもののような「モノ」。伝わってくるのは明確な敵意。達也はその正体を見極めるより先に、想子流で迎撃した。一瞬で術式解体の密度まで高められた想子の激流が、同じくらい高密度の想子構造を持つ情報体を弾き飛ばす。

 

「(独立情報体・・・「使い魔」か? それとも自然に発生した「魔神」か?)」

 

世間では希に、大量かつ高密度の想子組織で形成された独立情報体が自然発生すると、達也は四葉家で彼を鍛えた古式の術者から聞いたことがある。通常の独立情報体は単に情報を保存するだけで事象に干渉する力を持たないが、内部に抱え込む情報と想子の量がある水準を超えると自分だけで事象に干渉を始めると。それを古人は神と呼び、魔と呼んで恐れ、またそれらを元に精霊魔法や召喚魔法と呼ばれる、独立情報体を使役して事象を改変する魔法を編み出した。達也の教師を務めた古式魔法師は、そう教えた。

 達也が吹き飛ばした独立情報体が、反転して再び襲いかかってくる。この時点で分かった事が二つ。この「精霊」は「風」の独立情報体であること。そしてこの「精霊」は、人の意思によって制御されているということ。

 

「(師匠の仕業か?)」

 

しかしそれにしては、情報体に乗せられている敵意が本気過ぎる。独立情報体に込められている攻撃力は、当たり所が悪ければ死に至るレベルだ。とりあえず目の前の脅威を取り除くため、達也は術式解散で「風の精霊」を消し散らそうとしたが、彼は次の瞬間、情報体分解魔法・術式解散を放たずキャンセルした。

 術者を八雲と断定して戦闘を中止したのではなく、達也は術式解散の代わりに、想子を圧縮して放つ無系統魔法を行使した。押し固めた形状は網。と言っても、細かな網目まで再現されているわけではない。薄く広げた想子の膜で標的を押し包む様は、網というよりも風呂敷の方が近いかもしれない。無論、直径三メートルなどという巨大な風呂敷は存在しないのだが。

突っ込んでくる「風の精霊」を想子の「網」で止め、押し包み、更に外側から圧力をかける。だがすぐに「網」は切り裂かれてしまった。拘束を逃れた精霊が、自らを風の刃と化して達也に襲いかかる。達也はそれを、横に跳んで躱した。砂利の地面を転がって立ち上がった達也の左腕から赤い血が滴り落ちる。肩に近い部分がぱっくりと避けていた。

相手は透明な空気の刃、避けたつもりでも完全には躱しきれていなかった。それにしてもこれは、明らかに稽古の威力ではない。もし着ている物が『フリードスーツ』でなければ、上腕部から左腕を切り落とされていたかもしれなかった。ただスーツが避けて血に染まっていたのは、ほんの一秒程度の間だけ。達也の魔法『再成』が発動したのだ。

これが生身の相手なら、驚愕が生まれたかもしれないが「風の精霊」が操りだす攻撃に停滞は無かった。再び、風の刃が迫る。達也は独立情報体へ、右手を開いて突き出した。その先に想子の盾が形成される。高密度の想子から成る盾にぶつかって「風の精霊」が前進を阻まれる。独立情報体によって維持されていた高圧空気の刃が、圧縮を解かれ爆風となって達也に押し寄せる。単なる風に、フリードスーツを切り裂くことは出来なかった。

達也が右手を握り締めるように閉じる。達也の想子が「風の精霊」を中心にして集まってくる。独立情報体ごと圧し固められていく。大型乗用車を呑み込む程の広がりを持っていた想子の雲が、掌に収まる大きさの玉になった。実態を持たず肉眼には見えない、水晶玉のような想子の球体。「風の精霊」はその中に閉じ込められている。想子の球体から「精霊」が抜け出してこないのを確かめて、達也は息を吐いた。最初の回避の際に投げ捨てたヘルメットを探して足下を見回す。その注意が逸れた一瞬の出来事だった。

手に持つ想子球に、内側から爆発的な膨張圧力がかかる。達也は右手、掌の上に固定していた想子の球体を真上に投げ捨てた。右手を下ろし、その反動を利用して左手を勢いよく突き上げる。想子球を爆発させて「風の精霊」は自らも爆発した。それにより生み出された衝撃波と、達也の左手から放たれた術式解体が彼の頭上で激突し、無数の同心円を描く想子の波紋となって境内一杯に広がった。

 

「やぁ、惜しかったね。もう少し念圧の掛け方を工夫すれば、封玉は完成していただろうね」

 

「師匠、おはようございます」

 

「ああ、おはよう、達也くん」

 

「それで師匠、封玉とは何ですか?」

 

「君が今、作ろうとした物さ」

 

まるで何事も無かったように朝の挨拶をして、何かの話の続きのように問う達也に、八雲は苦笑い気味の笑顔で応じた。

 

「パラサイトを封印する方法を聞きに来たんだろう?昨日、凛君から色々と聞いたよ」

 

「光宣の事を、もうご存知でしたか」

 

「アメリカでパラサイトが再発生した事も知ってるよ。今度は前以上に厄介そうだ」

 

「恐れ入ります。それで・・・封印の術式は伝授していただけるのでしょうか?」

 

「もちろん、教えない」

 

「そうですか」

 

八雲が口にしたのは、相手によっては「ふざけているのか」と怒りを爆発させる類の答えだったが、達也はそれを当然のものとして受け止めた。達也は八雲を「師匠」と呼んでいるが、彼は「忍術使い」九重八雲の弟子ではない。達也は八雲の好意で稽古をつけてもらっているだけだ。魔法を教わる権利はない。だが同時に、なにも教えてくれないというわけでもなかった。

 

「僕が教える必要もないだろう?さっきの封玉はよくできていたよ。初めてとは思えない程だ」

 

「封玉というのは、内側に独立情報体を押し込めて『徹甲想子弾』の要領で想子を球形に固めたものですね?」

 

「なるほど、徹甲想子弾の技術を応用したのか」

 

「あれで、パラサイトを封印出来ますかね?」

 

「風精の護法を僕の術から隔離したんだ。パラサイトにも十分、通用するんじゃないかな」

 

護法とは、護法童子の略。本来の意味は密教僧や修験者が使役する神霊、鬼神だが、もっと広く、密教系の術式における「使い魔」の意味で用いられる事もある言葉だ。今の八雲の発言を言い換えると「八雲が使役する風の精霊を閉じ込める段階までは成功した」という意味にある。八雲の気分次第という条件はつくが、こうして術式の伝授に近い助言をしてくれる。達也が弟子としての務めを果たしていないという事を考えれば、破格の厚遇だ。

 

「先程『念圧の掛け方を工夫すれば』と仰いましたが、何がまずかったのでしょう?」

 

「あのままでも、十時間程度念を込め続ければ自爆で破られる事もなかっただろう」

 

「時間を掛ければ良いと?」

 

「いやいや、そうじゃない。工夫といっただろう?封玉の錬成に時間は必須じゃない」

 

ではどうすれば良いのか、とは達也は尋ねなかった。達也と八雲の付き合いは五年目を迎えている。これ以上のヒントを与えるつもりは無いと見抜く程度には、八雲の人柄を達也は理解していた。

 

「分かりました。自分で工夫してみます」

 

「吉田家の次男坊相手に練習してみると良いよ」

 

このおまけで今朝の収穫は十分、むしろ期待以上だった。



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病院での攻防戦

「深雪先輩のお顔を拝見したい・・・」

 

「何言ってるのさ。夕方に生徒会室で別れたばかりじゃん」

 

「ですが香澄ちゃん。こうしてじっと待っているだけなら、深雪先輩とお茶でもご一緒している方がずっと建設的だと思いませんか?」

 

「僕はやだよ。会長のお宅にはあいつがいるじゃん」

 

深雪が暮らしているマンションと水波が入院している病院は、近所と言っていい距離にある。徒歩で行くには少々遠いが、車を使えば五分も掛からない。先日のお見舞いで水波からこれを聞いて以来、泉美は度々そんな愚痴を零していた。

なお、二人がいるレストランは、先日の師族会議で役割が決まって以来、七草家が貸し切っている。元々予約客しか入れない営業形態の店だから、拠点とするにはもってこいだった。七草家に割り当てられた仕事は、パラサイトと化した九島光宣を待ち伏せて捕える事。捕獲が困難な場合は誅殺もやむを得ないとされているが、香澄も泉美も、出来れば光宣を殺したくないと思っているが、野放しにするくらいならやむを得ないと納得している。

 

「それにしても、ホントに来るかな」

 

「私は来ると思いますよ」

 

「そうかなぁ・・・光宣だってバカじゃないし」

 

「むしろ香澄ちゃんより頭は良いと思いますけど」

 

「確かに光宣はボクより頭が良いけど、泉美もボクとそんなに成績変わらないじゃん!」

 

「でしたらもう、一般科目の課題をお手伝いしなくても良いという事ですね?」

 

「ま、待った!そういうのはずるい!今はそんな話をしてるんじゃないだろ!ボクが言いたいのは、光宣だって待ち伏せを警戒しているんじゃないかって事!」

 

旗色が悪くなってきたのを察し、泉美に口を開かせないよう、香澄は矢継ぎ早に言葉を放つ。泉美はクスッと笑ってから香澄の言葉に応える。

 

「その程度は予想しているのでしょうね。もしかしたら私たちが控えている事も、お見通しかもしれません。しかしそれでも、光宣くんは来ると思いますよ」

 

「えっ? どうして?」

 

「子供の頃から病気がちだった所為でしょう。光宣くんは物事に執着しない男の子でした」

 

「・・・そうだね。もっと我が儘になって良いのにって、何度か歯痒く思った記憶があるよ」

 

香澄たちは光宣と、そう頻繁に会っていたわけではない。また香澄たちも他の子共から見れば、物事に執着しない質だった。そんな香澄たちから見ても、光宣は物も事も欲しがらない子共だったのだろう。

 

「その光宣くんが、人であることを捨ててまで水波さんを望んだのです。それ程までに激しい想い……残念ながら私には理解出来ませんが、決してあきらめないだろうという事だけは想像出来ます」

 

「泉美にも分からないんだ・・・」

 

「ええ。乙女として、誠に遺憾ではありますが」

 

「乙女って・・・まぁ、泉美は乙女だろうけどさ。そういう気持ちに、男も女も関係ない気がするんだけどね……。でも、気持ちは兎も角現実問題として、水波の身辺は四葉家、十文字家、そして七草家で固めてるじゃない? こんな敵ばっかりの中に突っ込んでくるかな? それとも、恋は盲目ってやつ?」

 

「香澄ちゃん、恋は盲目はそういう意味ではありませんよ?」

 

「えっ、そうだっけ? 恋をすると理性や常識が無くなっちゃうって意味じゃないの?」

 

「国語の辞書にはそう書いてありますが、理性が無くなるというのは相手の欠点が分からなくなるという事で、常識が無くなるというのは自分や相手、家族の社会的地位や立場を省みなくなるという側面を差しているのですよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「それに光宣くんが待ち伏せにもこだわらずやってくると私が思っているのは、光宣くんが冷静な判断力を失っていると推測しているからではありません」

 

「・・・じゃあ、何で?」

 

「光宣くんはきっと・・・」

 

泉美が声を潜める。声だけでなく、表情でも「大きな声では言えない」とい語っていたので、香澄も泉美に顔を近づけた。

 

「四葉家と十文字家と、私たち七草家を恐れていない。そう思うからです」

 

「・・・光宣はそういう自信過剰なタイプじゃなかったと思うけど」

 

「光宣くんの実力なら、その自信は過剰ではありませんでした」

 

「それは・・・」七草家くらいなら出し抜けるかもしれないけど」

 

「今の光宣くんは、パラサイトの力を得ています。またそれ以外にも、嘘か真か大陸の古式魔法師の亡霊を取り込んだとか」

 

「・・・亡霊はさすがに無いんじゃない?」

 

「・・・とにかく」

 

周公瑾の亡霊を吸収したという件については、泉美も本気で信じていなかったので、香澄のツッコミに対してあまり反応を示さなかった。

 

「光宣くんが一段と強くなっているのは間違いないと思います」

 

「香澄ちゃん、泉美ちゃん、現れたわよ!」

 

香澄の返事を聞く前に真由美が二人を呼びに来たことで、この場の議論は打ち切りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井さんは!?」

 

厨房の奥に通じるドアから姿を見せた真由美に、勢いよく立ち上がった香澄がまず尋ねたのは水波の安否だった。生徒会で一緒に活動している泉美よりも、クラスメイトの香澄の方が水波に対する親愛の情は深いようだ。

 

「大丈夫。病院内に忍び込まれる前に捕捉したから」

 

「十文字家の方々がですか?」

 

「いいえ、うちの部下よ」

 

尋ねたのは泉美だったが、彼女が聞かなければ香澄が質問しただろう。香澄が「やるじゃん」という表情で目を輝かせたが、彼女の眉はすぐに曇る事になった。

 

「一分も持たずに蹴散らされちゃったみたいだけどね。今は十文字家の人たちが駆けつけてくれて、何とか食い止めているところ。お父様にも連絡したけど、到着まで十分以上はかかる。十文字くんにも報せが言ってるはずだけど、五分以内の到着は望めない」

 

「それまで、私たちで足止めしなければならないという事ですね?」

 

「そういうこと」

 

香澄と泉美は、ただのんびりと真由美の話を聞いていたのではない。二人は耳を傾け口を動かしながら、CADを手首に巻き目を保護する通信機内蔵のゴーグルを着け、防護ベストを身体に固定していた。

 

「準備完了」

 

「私もです」

 

「OK。行くわよ」

 

同じいでたちの真由美がドアを開け、香澄と泉美がその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たち三人が現場に到着した時、戦闘は一時的に終わっていた。道路に倒れている四人の魔法師に駆け寄り、泉美と香澄は脈と呼吸を確かめる。

 

「生きてる!」

 

「こちらもです。大した怪我は無さそうですね」

 

真由美は肩で息をしている二人の魔法師に近寄り、ゴーグルを額に上げ顔を見せ、自分の足で立っている二人の魔法師に話しかける。

 

「光宣くんは何処へ行きましたか?」

 

「右手の路地へ姿を消しました。そちらを守っている者に迎撃するよう伝えてあります」

 

右側に病院内に通じる扉は無い。窓を破るつもりか、それとも屋上から忍び込もうと考えているのか。いずれにせよ、光宣は逃げ去ったのではないだろうと真由美は思った。

 

「分かりました。私も彼を追います。あなた方は持ち場に戻ってください」

 

「よろしくお願いします」

 

十文字家の二人は真由美に一礼して病院の裏口前へと戻っていく。彼らに与えられた任務は院内への侵入を阻止する事。七草家の魔法師に加勢するためにここに駆け付けたが、本来の役目からすれば、入り口から離れ過ぎていた。

 

「二人はその人たちをお願い」

 

「お姉ちゃん、一人で行くつもり!?」

 

「危険です!」

 

香澄と泉美は姉を止めようとしたが、真由美は笑み一つ浮かんでいない真剣な表情で頭を振った。香澄と泉美でも見た事があまりない表情だったので、二人はそれ以上何も言えなかった。

 

「怪我人を放っておくわけにはいかないでしょう。重症でなくても、意識がはっきりしていないのよ。それに、光宣くんが裏口の方へ戻ってこないとも限らないわ」

 

別の場所へ行ったと見せかけて、警戒が薄れたところから再侵入を狙うのはよくある手口だ。二人とも姉が示した可能性を否定出来なかった。

 

「・・・了解だよ、お姉ちゃん」

 

「お姉様、お気をつけて」

 

「ええ、二人もね」

 

ゴーグルを掛け直して、真由美は病院の右側に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如高まった魔法の気配。真由美はそれを追いかけて、病院沿いの路地からさらにもう一本外側の側道へ駆け込んだ。

雷光が、中空に閃く。地上約五メートル。厚い雲に覆われた夜空を背景にした、誰もいない暗闇から電撃が放たれた。標的は二人の男性魔法師。作戦開始前に克人から紹介された十文字家配下の術者だ。

一人は片足から出血し、傷を押さえて蹲っている。無事な方の魔法師が仲間を背にして立ち、魔法障壁を形成して雷撃を受け止めた。通常の放出系魔法ならばシールドに止められた時点で終わりだが。現代魔法で攻撃の起点を標的から離れた位置に設定するのは、敵の事象干渉力に魔法発動を妨げられないようにするため。それ以上の意味はない。

だがこの電撃は単なる電子の流れでは無かった。斜めに数メートル走った電光は、残像で光の蛇を空中に描き出す。それが魔法障壁に衝突して砕け散るのではなく、その上を張って側面に回り込もうとする動きを見せた。事象に形を与える。生物の象徴的な形態を加えるという追加的なリソースを費やす代わりに、魔法によって作り出した現象で操作性を高めるテクニック。

確かに高度な技術だが、繰り返し雷撃を発生させさせる方が効果的な気がすると、真由美はシールドの上を移動する電光の蛇をみてそう思ったのだが、すぐに自分の思い違いだと気付いた。十文字家の術者が構築した魔法障壁は半球ドームの形状を取っている。横に回り込んでも、シールドを越える事は出来ない。しかし無駄に思われた雷蛇が、シールドをぐるりと一周して自らの尻尾を咥え、術者をシールドごと拘束する円環になった。これを目撃して、真由美は漸くこの魔法の目的を理解した。これは足止めの魔法だ。

雷光の蛇は電撃の硬化を持つだけで、シールドに圧力を加えたり、ましてや障壁内部の魔法師を締め上げたりはしないが、シールドを解けばたちまちその中に立てこもっていた人間に雷撃が襲いかかるだろう。また雷蛇はシールドに巻き付いているように見えるが、実際には魔法障壁に接触する位置で固定されている。シールドを張ったまま移動しようとすると、雷蛇を固定している魔法との力比べになる。

さらに空中から雷が放たれた。一本だけではなく、続けざまに三連撃。電撃は雷光の蛇となり、十文字家の魔法師二人をシールドごと取り囲む。半球ドームの魔法障壁を縛る、三重の円環。最初の雷蛇は消えていたが、第二段で放たれた雷撃が六箇所で交差してシールドを取り囲んでいる。

真由美は雷撃の射出ポイントに想子の弾丸を放った。真由美の想子弾に、達也が使う術式解体のような威力は無い。だが狙ったポイントを正確に撃ち抜く技術は人後に落ちない。

真由美が放った想子の弾丸は、空中に設置されていた魔法の砲台を正確に捉えた。魔法を継続的に遠隔発動する想子情報体。真由美の想子弾は、その砲台としての情報構造を破壊した。

真由美には通常の魔法以外に、知覚系の先天的な特殊能力がある。遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』。魔法としても実現可能だが、真由美はそれを先天的特殊能力として自由に行使出来る。

これは異例な事だった。一人の人間が魔法と超能力を兼ね備える事は出来ないはずなのだ。超能力は念うだけで用を捻じ曲げる代わりに、特定のパターンの事象改変しか出来ない。しかし真由美は、多彩な魔法と特殊な知覚能力を両立させている。彼女は達也とは別の意味でイレギュラーな魔法師と言える。

今、真由美は彼女に備わった異能『マルチスコープ』を全開にしていた。様々な角度から見た視覚情報が一斉に流れ込んでくる全力の『マルチスコープ』は、彼女の精神に大きな負荷を掛ける。僅か数分でも意識に霞が掛かってくるので、全力を出す事は滅多に無い。無理を承知で真由美が探しているのは、この近くに隠れているに違いない光宣の姿。

 

「(見つけた!)」

 

真由美の執念が実ったのか。それとも、彼女の強い思念がそれを見せたのか。彼女の異能『マルチスコープ』の視界に少年の背中が映った。顔の見えない、後姿であるにもかかわらず、この世のものとも思われぬ麗しく妖しい人影。真由美は視点を動かして、その人影の顔を確認した。正面から「見た」瞬間、彼は顔を背けたが、その一瞬で十分だった。

真由美が手首のCADに指を走らせる。発動した魔法は、彼女の代名詞ともいえる『魔弾の射手』。空中に砲台を造り、そこからドライアイスの弾丸を放つ魔法。三つの砲台が、光宣に集中砲火を浴びせる。

遠隔視の視界の中で『魔弾の射手』は確かに光宣を捉えていた。真由美が見ている少年の人影が地上から消える。彼女の『マルチスコープ』は、光宣の麗姿を見失っていなかった。彼の姿は、空中にあった。

真由美は新たな砲台を造り、ドライアイス弾を浴びせるが、空を駆ける人影は、複雑なステップを踏んで弾丸の大半を躱した。

光宣が病院の屋上に着地する。真由美は上空からの視界だけを残して『マルチスコープ』に費やすリソースを絞り、光宣を捕縛する為の魔法を待機させて跳躍の魔法を編み上げた。雷撃に捕まった味方を置き去りにして、真由美は屋上へ跳びあがった。



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七草姉妹VS光宣

「・・・お姉ちゃん、大丈夫かな」

 

「相手が光宣くんでも、お姉様がそうそう後れを取る事は無いと思うのですが・・・」

 

香澄の問いに答える泉美の口調は自信なさげだが、彼女の表情から不安感は読み取れない。声音程、心配はしていないという事だろう。

現在、七草家最強の魔法師は恐らく真由美だ。父親の弘一が子供たちとの力比べに参加する事は無いので絶対確実とは言えないが、兄弟姉妹の間で真由美が最も強いと実証されている。香澄と泉美は、二人がかりでも真由美に勝てない。彼女たちが真の意味で力を合わせる切り札、乗積魔法を使っても敵わないのだ。

二人がのんびりお喋りをしているのは、会話と見張り以外にすることが無いからだった。光宣に倒された部下の応急処置はもう終わっている。元々大量の出血を伴うような大怪我を負ったものはいなかった。外から見た限りで分かる骨折もない。倒れた際に頭を打ったと推測される負傷者は一人いたが、脳のダメージは生憎と二人の手に負えない。腫れている個所を冷やして、救急車の代わりに七草家の援護部隊が来るのをとりあえず待っていた。口に出して相談はしていないが、何時までも救護班が来ないようなら目の前の病院に担ぎ込もうと、二人とも同じように考えていた。

 

「それにしても来ないね」

 

「来ませんね・・・」

 

そして二人は、余り気が長くなかった。香澄は外見からしてせっかちだが、泉美も実は飽きっぽい性格だ。泉美の方は、マイページと表現した方が良いかもしれないが、いずれにせよ二人とも堪え性がないと言う点では一致していた。

 二人は顔を見合わせて、相手が自分と同じ考えであることを覚った。示し合わせたように、同時に病院の裏口へ振り返る。そして怪我人運搬の手伝いを依頼しようとした瞬間、二人の口は直前に意図したものとは別の言葉を放っていた。

 

「危ない!」

 

しかしその警告は逆効果だった。裏口を守っていた二人の魔法師が、香澄と泉美に目を向ける。彼らの注意が逸れた瞬間、暗闇から魔法が放たれた。空中に激しい火花が散る。物質中から電子を強制的に抽出し放電現象を起こす魔法『スパーク』。放出系魔法の基礎的な術式だが、要求される事象干渉力は高い。一般的な魔法師は密度が低い=一定体積内の分子数が少ない気体をごく限られた対象範囲で電離するのが精一杯だ。ところが今放たれた『スパーク』は、二人の人間を丸々覆う広さをプラズマ化していた。正確には胸から下を覆う領域で、頭部は直撃していない。だが彼らは自らの肉体のコントロールを失って、痙攣しながら膝から崩れ落ちた。

 

「誰だ!」

 

香澄が叫びながら魔法を放つ。激しい閃光が芸当と街頭の狭間に蟠る闇を照らした。誰だと訊ねてはいるが、相手が光宣だと香澄は確信している。光宣以外の人影が光に浮かび上がったならば、香澄は驚きの余り声を失っただろう。

眩い閃光で抵抗力を奪う魔法の光に、光宣は目を細めただけで手も翳さなかった。強い光が濃い影を生み、光宣の美貌を彩る人外の趣を強調した。

 

「光宣、大人しくしろ!」

 

香澄が『凍気弾』を放つ。空気を冷却しながら圧縮し、奪った熱量を弾速に換える魔法。真由美の切り札であるドライ・ミーティアを、二酸化炭素ではなく通常の空気で放つ魔法だ。窒素と酸素を主成分とする混合気体の凝固点が二酸化炭素よりも低いために凍結はしないが、高圧に圧縮されながら冷却された弾丸は、ドライアイスの弾丸とは異なる効果を発揮する。

香澄が魔法を放つと同時に、泉美が領域干渉の防御陣を張り巡らせた。閃光の魔法の効果が切れ、光宣の姿が闇の中に沈む。香澄が放った『凍気弾』が魔法障壁に衝突して砕けた。魔法による拘束を解かれた空気が急激に膨張し、物理法則に従って氷点下数十度の冷気塊を作り出す。しかしその冷気にも、光宣が張ったシールドの内部に入り込めなかった。靄が生じ、シールドの表面に結露して、水滴が透明の壁を伝わり落ちる。光宣の魔法障壁は、個体そのものの「堅さ」を備えていた。

光宣から魔法の攻撃が繰り出されたのは、香澄の『凍気弾』が砕け散るのと同時だった。泉美が領域干渉を展開しているテリトリーに、事象干渉の働きかけが発生する。領域干渉は魔法式を出力して行使する魔法ではない。自らの事象干渉力を使い続ける防御魔法だ。敵から魔法が放たれれば、それが手応えとして術者に伝わる。

泉美は光宣の魔法を無効化しようと力を振り絞ったが、その抵抗はあっけなく突破された。空中に放電が生じる。十文字家の魔法師が喰らった『スパーク』よりも規模が小さいのは、泉美の領域干渉で事象改変の強度が下がっているからか。だが相手の魔法が発生した状態で、それはあまり慰めにならない。火花を散らすプラズマが香澄と泉美を襲う。そのプラズマを拭き散らした突風は、光宣に対する第二撃をディフェンスに転用した香澄の機転によるものだった。

 

「泉美、大丈夫!?」

 

事象干渉力の力比べでダメージを負った泉美に、香澄が駆け寄り手を伸ばす。自分の肩に伸ばされた香澄の手を、泉美はその途中で掴んだ。

 

「香澄ちゃん、一人ずつでは無理です」

 

「分かったよ、泉美」

 

泉美が何を言おうとしているのか、香澄は誤解しなかった。

今の状況は二対一。順番に、一人ずつ戦っているのではない。今の状況でも、香澄と泉美は連携している。泉美が言っているのは、単純な頭数の問題では無かった。二人が二人として戦うのではなく、二人の力を一つにしなければ光宣には勝てない。泉美はそう言っているのだ。そして香澄も、それに頷いた。

二人が互いの指を絡める。香澄の右手と泉美の右手の、掌がピタリと合わさる。双子の姉妹は互いを引き寄せて正面から向かい合い、もう一方の手も繋いだ。香澄の左手から泉美の右手に、想子が流れ込む。泉美の左手から香澄の右手に想子が流れ込む。繋いだ手と手を通して、二人の想子が二人の身体を循環する。

思い出したように、光宣から魔法が放たれた。向かい合った双子の直上に、事象改変の力が作用する。しかし、光宣の魔法は未発に終わった。先ほどまでとは比べ物にならない強さの領域干渉が、姉妹の身体を守っていた。

 

「行きます」

 

「任せた!」

 

泉美が囁き、香澄がそれに応える。泉美が左手首に巻いたCADから思考操作により起動式が出力される。二人の乗積魔法に、どちらかが主でどちらかが従という決まりはない。香澄が魔法式を構築し、泉美が事象干渉力を付与するという役割分担が多いのは確かだが、その逆、泉美が魔法式を構築し香澄が事象干渉力を担う形でも、乗積魔法は全く同じように作動する。

暗闇に光源が生じた。目を眩ませる強さではない、照明の役割を果たすだけの光が光宣の身体を照らす。魔法の明かりの下で、光宣は戸惑いの表情を浮かべていた。こんな、何の攻撃力も持たない魔法に力を割く意味が分からなかったのだろう。

無論ここまでは、準備段階に過ぎない。魔法の照準を付けやすくするための手順だ。次の魔法が発動する。光宣もぼんやりしていたわけではないが、戸惑いが決断を鈍らせたのか、今度は泉美の方が早かった。

光宣の頭上で突風が渦巻く。大量の空気が常温を保ったまま一瞬で圧縮される。泉美はその空気塊を光宣にぶつけるのではなく、直下へ向けて介抱した。断熱膨張により急冷却された下降気流が光宣を襲う。『冷気嵐流』。深雪に憧れる泉美が、深雪と同じ冷却魔法を使いたいという気持ちから新たにに会得した魔法だ。

 

「つ、冷た!」

 

「ゴメンなさい!」

 

氷の霧を含んだ風に吹かれて、香澄が悲鳴を上げる。謝る泉美の声は、少し強張っていた。寒さと動揺、その両方が原因だ。『冷気嵐流』はまだ修得したばかりで、余波を防ぎ得る程、完全ではなかったようだ。

 

「いいよ。それより、やった?」

 

香澄に言われるまでもなく、泉美も霜に覆われた光宣の姿を見詰めている。光宣は魔法の光に白く煌めきながら立ち尽くしている。動きは無い。その代わり、倒れもしない。

 光宣が手足の力を失っているなら、転倒しないのはおかしかった。仮に全身が硬直していたとしても、そのまま立ち続ける事は普通、不可能だ。

 

「香澄ちゃん、もう一度!」

 

泉美の叫びと、光宣の変化は同時だった。光宣の髪や顔や服についた霜が、一瞬で消える。霜が消えた後の彼は、濡れてもいなかった。光宣が右腕を泉美たちに差し伸べる。

 

「行くよ!」

 

香澄が焦った声で泉美に応えた。ただしさっきの繰り返しではなく、今度は香澄がイニシアティブ取る。窒素の割合が九十パーセントを超える強風が、光宣に向かって吹いた。『窒息乱流』酸素濃度が極端に低下した気流で酸素欠乏症を引き起こす魔法だ。

しかし、双子が放った『窒息乱流』は光宣のシールドに阻まれ、上空から引きずり下ろされた下降気流で無効化された。

 

「―――」

 

光宣の唇が動くのを、泉美は見た。香澄はそれに気づかなかったし、荒れ狂う風で泉美も何と言ったか聞き取れなかった。だが泉美は何となく、「今度は僕の番だ」と光宣が告げたと思った。

瞬間的な魔法発動の兆候を、泉美は感じた。同時に、そよ風が吹いた。泉美は慌てて、対物シールドを展開した。だがその風は、シールドの表面で止まり、シールドの内側で再び吹き始める。風が魔法障壁を通り抜けたのではない。魔法が、障壁を通り抜けたのだ。もっとも、それ自体に然したる意味は無かった。泉美と香澄が最初に風を感じた時点で、既に手遅れだった。

香澄がふらりと倒れる。慌てて香澄を抱き留めた泉美が、忘れていた呼吸を再開する。その直後、泉美の意識も呑まれた。

香澄と泉美の身体は、地面に激突する前に見えない手で受け止められた。そのままそっと道路に横たえられる。二人の身体を受け止めたのも二人の意識を奪ったのも、光宣の魔法だった。

前者は移動系魔法による停止と、加重系魔法による重力の軽減。後者は収束系魔法による酸素濃度の低下。双子が使った『窒息乱流』と原理的に同じ魔法だ。二人の魔法防御を力づくで突破するのではなく、相手が発動中の魔法と同種類の魔法を使う事で自他の魔法を誤認させるテクニックを使ったのである。これは周公瑾の知識から仕入れた技術だった。



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真由美VS光宣

光宣は気流を操作して、酸素濃度を上げた空気を二人の鼻孔に吹き込んだ。そのまま強制的に、肺に酸素を流し込む。二人が同時に咳き込んで呼吸を再開した。光宣が次の魔法を使う。半覚醒状態で魔法抵抗力を失っていた二人を、古式魔法の幻術で睡眠へ導く。開きかけた二人の瞼が閉じた。ゆったりとした呼吸は、先ほどの失神状態と違って身体的に無害な熟睡状態にある証拠だ。

光宣が安堵の息を吐く。この二人を傷つけるのは、彼の本意ではなかった。攻撃の魔法を向けるだけでも気が引けた程だ。彼はただ、水波を救いたいだけだ。水波の意思を確かめて、自分の考えを受け容れてくれるなら彼女をパラサイトにする。その後は二人でひっそりと隠れて暮らすつもりだった。もし水波が望むのなら、四葉家に返すつもりもあった。四葉家なら他の十師族が何を言おうと身内をかばうくらいの事は出来るはずだと考えていた。だから攻撃を受けても、出来る限り穏便に済ませたいと思っている。幼いころからの知り合いでそれなりに親しく付き合ってきた香澄と泉美に後遺症のリスクがある攻撃をしたのは、彼の中では苦渋の決断だった。

しつこい後味の悪さを覚えながら、光宣は病院の裏口へ向かった。彼の目的は水波の誘拐だ。あえて言葉は飾らない。今日は彼女の意思を無視して、病院から連れ去るつもりで来た。最初から説得の時間は無いと思っている。光宣の計算では、既に達也が飛んできてもおかしくないだけの時間が経過していた。

光宣が裏口のドアへ手を伸ばす。だが彼はその直後、手を引っ込めて大きく後方へ跳び退る事を余儀なくされた。彼の残像をドライアイスの弾丸が撃ち抜く。

 

「光宣くん、投降しなさい!」

 

頭上から降ってきた声に、光宣は顔をあげた。

 

「幻術が、もうばれたのか・・・」

 

光宣が思わずつぶやく。病院の屋上から、真由美が彼を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣の姿を追いかけて屋上に跳びあがった真由美は、そこで足を止めた。光宣が、反対側の縁で立ち止まっていた。厚い雲に遮られて、月も見えない。この高さからだと、都心の雲が地上の照明を反射してぼんやり光っているのが見える。その微かな光が、光宣の後姿を辛うじて浮かび上がらせていた。

 光宣は、真由美に背を向けている。彼女が攻撃の為に想子を活性化させても、振り返らない。

 

「光宣くん、大人しくしなさい!これ以上抵抗しなければ、悪い様にはしないわ!貴方の話も、ちゃんと聞いてあげる!」

 

真由美の呼びかけにも、光宣は反応しなかった。攻撃の兆候どころか、防御の素振りすら見せていない。真由美は迷った。無抵抗の相手を攻撃するのは、さすがに躊躇いを覚える。だが、ここで見逃す事も出来ない。光宣はパラサイト化している。彼女自身の目で確認したわけではないが、こんなことで達也が偽りを口にするとは思えない。彼女の婚約者は、そんな悪質な嘘を吐く人間では無かった。そしてパラサイトは、放置して良い存在ではない。

 

「光宣くん、CADを足下に置いて両手を挙げなさい」

 

真由美が自分自身に決断を促すつもりで光宣に投降を呼びかける。光宣が屋上で初めて反応を見せた。顔だけ真由美へと振り返る。彼の横顔は、怪しく、邪悪で、それでいながら人間離れして美しい笑みを浮かべていた。

いや、人間離れと言うより、人外。光宣がパラサイト化したという話を、真由美は疑っていたわけでない。だが彼女はこの時漸く、本当の意味で、光宣が人以外の存在に変わったと確信し、納得した。

真由美が得意魔法『魔弾の射手』の魔法式を組み上げた。最早彼女に、躊躇は無い。

 

「(幻術!?これが『仮装行列』!?)」

 

情報次元に及ぶ幻術を作り出し相手の照準を狂わせる九島家の『仮装行列』。今回の作戦に従事する事が決まった際、真由美はこの魔法の存在を父親の弘一、そして達也から教えられた。あらかじめ聞いていた通り、実物と全く見分けが付かない質感。真由美は『魔弾の射手』の行使に当たって同時に六方向から光宣の姿を見た。だがどの角度から得た視覚情報にも、違和感をまるで覚えさせなかった。

 

「(本体が見つけられないんだったら!)」

 

真由美の得意魔法は遠隔精密射撃。標的の位置が分からなければ、彼女の特技は活かせないが、彼女は「世界屈指の遠隔精密射撃魔法の使い手」であると同時に、「万能」の二つ名を持つ七草家の、長女にして恐らくは最強の魔法師だ。真由美の手札は「点」の攻撃だけではない。

 

「(『仮装行列』は自分の近くに幻影を置いて、敵の攻撃を逸らす魔法……だったら、光宣くんの本体は、屋上の何処かにいるはず!)」

 

真由美は『仮装行列』の特徴をそう聞いていたので、彼女は新たな魔法式を構築する。ドライアイスの弾丸を一面に降らせる魔法『ドライ・ブリザード』。屋上の上空三メートルに二酸化炭素の気塊が形成され、摂氏マイナス十八度の礫が叩きつけるように降った。屋上の約三分の二がその範囲に入っているが、その攻撃が光宣にダメージを与えたことを示す痕跡は何もない、それでも真由美に動揺は無かった。ドライ・ブリザードの弾幕は、彼女にとって本命の為の準備に過ぎない。

真由美が気体を閉じ込める檻を形成する。出入りを防げるのは気体だけ。その中で、ドライアイスが一斉に昇華した。二酸化炭素濃度が極めて高い、摂氏マイナス数十度の空気塊が屋上の半分を覆う。真由美は二酸化炭素以外の気体を徐々に排出しながら檻を縮め、同時にその内部に研ぎ澄ませた感覚を向ける。この中に光宣がいるなら、何らかの魔法防御を行使しなければならない。

 しかし何時まで経っても屋上に新たな魔法の気配はなく、その代わり真由美が熟知している強大な魔法の気配が地上に生じた。

 

「(騙された!)」

 

真由美は漸く、絡繰りに気づいた。光宣の狙いは一貫して、裏口からの院内侵入だった。光宣の幻影は、彼女を遠ざける為のダミーだったのだ。真由美は気体遮断の障壁をそのままにして、屋上を裏口方向へ走った。

 

「(香澄ちゃん、泉美ちゃん!)」

 

彼女は悲鳴を懸命に噛み殺した。香澄と泉美が倒れている。最悪の予想が、現実となっているかに見えた。だが今優先すべきは光宣の捕縛。少なくとも光宣を撃退しなければ、妹たちの治療も出来ない。

狙いは裏口の扉に手を伸ばしている光宣。真由美は屋上に確保している大量の二酸化炭素を使って、ドライアイスの弾丸を形成・射出した。光宣が手を引き、大きく後方へ跳ぶ。真由美の攻撃は、光宣の残像を貫くに留まった。

 

「光宣くん、投降しなさい!」

 

真由美の呼びかけに、光宣が顔をあげる。光宣から返事は無く、真由美の言葉に従う素振りも見せなかった。真由美は躊躇わず、ドライアイス弾で光宣を狙い撃つ。

 

「(また!?)」

 

彼女の弾丸が、光宣の身体と重なり、背後の地面で砕けた。今度こそ『仮装行列』、真由美は瞬時にそう判断した。

真由美は自分の制御下にある二酸化炭素の塊を、固体化せずに圧縮した。十メートル四方の気体が、直径一メートルの球体に押し込められる。彼女はその球体を光宣に向かって投げつけた。路面に激突した直径一メートルの球体は、半径五メートルの半球状に広がった。それ以上は拡散しない。妹たちを圏外に置く、それを真由美は忘れていなかった。

二酸化炭素の濃度は、中毒を起こすレベルを軽く突破している。パラサイトの代謝機能が人間と大差ないならば、この気体の中でそのまま呼吸するのを、光宣は避けるはずだ。

真由美は半球内に緩やかな気体の流れを作り出した。その流れがある地点で遮られた。幅からして光宣の体格だと判断して、真由美はその一点に向かって『魔弾の射手』の集中砲火を浴びせた。

街灯の弱い光に、立ち尽くす少年の姿が浮かび上がった。『仮装行列』が敗れたのだ。光宣の姿を見ても、真由美は銃弾の威力と精度を上げて捕縛しようと集中していた。

不意に、光宣が右手を挙げた。真由美は降参の合図かと思った。そこに隙が生じなかったとは言い切れないが、銃撃は途切れていなかった。だから光宣の反撃は、真由美の隙とは無関係に行われたとみるべきだろう。

真由美を誘い出した光宣の幻影は『ドライ・ブリザード』を放った時点で消えていた。だから彼女は、虚像が投影されていた場所に濃い影が生じても、それに気づかなかった。

影から四本の脚が伸びる。首に続いて頭が形作られ、反対側に細い尻尾が付く。そのシルエットは虎に似ていた。大きく開いた口の中に牙が生え、咆哮の代わりに雷鳴が放たれた。

真由美が慌てて振り返ったが、既に雷を纏った獣は目の前だった。真由美は成す術なく獣に押し倒され、獣の牙が真由美に突き刺さる。血が噴き出す代わりに、彼女の身体は意識を奪う電撃に襲われ、屋上の縁に採れた真由美の身体がぐらりと揺れた。

 

「しまった!」

 

その叫びは光宣の口から放たれた。

 

「真由美さん!」

 

真由美の身体が落下する。光宣が彼女を受け止めるべく、重力制御の魔法を構築する。しかしその魔法が放たれるより先に、真由美の身体は空から降ってきた逞しい人影に包まれたのだった。



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魔法の適性

真由美が屋上から落下したのは、光宣にとって完全に計算違いだった。彼は慌てて真由美を救助する魔法を放とうとしたが、その寸前に彼女の身体は容貌魁偉な男性によって救助された。

 

「十文字さん・・・」

 

その巨体は、十文字家当主・十文字克人のものだった。克人は真由美を抱いたまま、光宣に背中を向けた。彼女の身体を、そっと道路に横たえる。光宣は克人を、背中から攻撃しなかった――否、出来なかった。彼は「少し待て」と無言で語る克人の背中に、気を呑まれていた。

克人が立ち上がり、振り返る。光宣は咄嗟に『仮装行列』の幻影を残して後退ったが、それは回避としての意味がなかった。透明の壁が、克人から放たれる。約二畳、縦横一・八メートル余りの、固体不透過の性質を与えられた魔法障壁、それが猛スピードで光宣に迫る。

光宣は慌てて右に跳んだ。個体以外の物質・物理的エネルギーには影響を与えない障壁だが、「個体を通さない透明な壁」という性質を空間に与える魔法であるが故に、この定義と相反する性質を空間に与える幻影とは両立しない。克人が放った「壁」は光宣の『仮装行列』を粉砕し、光宣の身体を掠めて闇の中に消えた。路面に身を投げ出す事で克人の攻撃を躱した光宣は、すぐさま立ち上がり次の魔法を編み上げた。周公瑾の知識を取り込むことで新たに修得した、方位を偽装する魔法『鬼門遁甲』。同時に左へと走る。『鬼門遁甲』が成功していれば、克人からは逆方向へ逃げたように見えるはずだ。

だが彼の逃走は、わずか二歩で頓挫した。彼の行く手に、対物障壁がそびえたったのだ。

 

「(『鬼門遁甲』が効いていない?)」

 

光宣は一瞬そう思ったが、すぐに己の思い違いに気付いた。克人の魔法障壁は、直径四メートル、高さ二メートルの円形に構築されていた。全ての方位を取り囲む壁。方位を誤認させる『鬼門遁甲』は、意味をなさない。

真上から、壁が迫る。円筒状の檻に蓋をする格好で、円形の「天井」が落ちてくる。包囲陣内全てを押し潰す魔法障壁に、光宣は同じ対物シールドで対抗した。直径四メートルの円い壁に対して、直径五十センチの円形シールドに全力を注ぐ。光宣の障壁と克人の障壁が同時に砕け散る。光宣はすかさず跳躍の魔法を発動し、「檻」の中から脱出した。

着地と同時に光宣は片膝を突いてしまう。「鉄壁」の二つ名を持つ十文字家、その最強の魔法師と障壁魔法でせめぎ合ったのだ。克人が広く力を分散し、光宣が狭い範囲に力を集中したからこそ辛うじて相殺で来た。この力比べは、光宣を酷く消耗させていた。

しかし光宣には、のんびりと休んで力の回復を待つような余裕は無かった。克人は光宣に休憩を許すような、甘い人間ではない。追撃が来る前に、光宣は反攻の魔法を放った。

 

『青天霹靂』

 

彼が得意とする放出系魔法の中でも、対人魔法としては高い攻撃力を持つ術式だ。消耗した今の光宣にとっては、決して軽く行使出来る魔法ではないが、生半可な攻撃では克人に通用しない。一塊の空気分子がプラズマと化す。そこから電子のシャワーが克人に向かって降り注いだが、克人には届かない。僅かな時間差で雪崩落ちた陽イオンの群れも、全てが魔法障壁に阻まれる。

それは光宣の想定内だった。虚勢ではなく、彼は最初から『青天霹靂』で克人にダメージを与えられるとは考えていなかった。光宣がポケットから黒光りする札――令牌を取り出し克人に向けた。『黒犬』と呼ばれる西洋の古式魔法をアレンジした、周公瑾の攻撃魔法『影獣』だ。

 

「(アストラルサイドから因果を逆転させる系統外魔法だ。対物理シールドでは防げないはず!)」

 

しかし漆黒の『影獣』は、克人の身体に触れる事無く魔法障壁に衝突して消えた。

 

「(・・・十文字家の障壁魔法には、防御する対象を限定して、他の空間属性を本来あるべき性質に維持する作用があるのか)」

 

光宣はその結果に動揺するのではなく、目の前の現象から克人の魔法を冷静に分析した。光宣は分身をばら撒いて、その陰の間を素早く跳び回った。『仮装行列』ではなく単なる虚像を作っているのは、魔法のリソースを節約する為。そうして克人の目を眩ませながら、彼は次々と魔法を繰り出した。

『スパーク』『青天霹靂』『プラズマ・ブリット』『熱風刃』といった彼が普段から使い慣れている魔法だけでなく『窒息乱流』や『ドライ・ブリザード』といった七草姉妹の得意魔法まで、彼は克人の意表を突く目的で多彩な術式で攻め続けた。

しかしその全てを、克人は防ぎとめて見せた。そして僅かな隙を突いて、攻撃型ファランクスの障壁を飛ばす。一ヵ所に何十回と集中するのではなく、ばら撒かれた幻影全てへ、散弾式に。その内の一枚が、光宣に命中した。

『攻撃型ファランクス』は個体不透過の障壁を次々と叩きつける事で相手の防御を破壊し、本体を押し潰す魔法。一枚だけならば、通常の加重系魔法とそれ程変わらない。光宣は対物シールドで、克人の障壁を相殺したが、そのことで自分の居場所を克人に曝してしまった。

押し寄せる『攻撃型ファランクス』に対して、『鬼門遁甲』は間に合わなかった。光宣は自分のシールド解除と、加速魔法発動を同時に行った。

克人の障壁が、光宣の肉体を撥ね飛ばす。光宣は激痛に途切れそうになる意識を懸命につなぎ止め、飛ばされる方向を上方に改変、勢いを増幅する。肋骨を何本か、内臓にも深い傷を負いながら、彼はさらに反重力の魔法を自分に掛けた。

闇の中、光宣の身体が勢いよく上昇する。彼は傷だらけになりながら、低く垂れこめた雲を突き破って逃走を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真由美たち七草姉妹は、いったん水波が入院している病院に運び込まれた。達也と深雪と弘樹が駆けつけた時、香澄と泉美はまだ目を覚ましていなかったが、真由美は最初から意識を完全に失っていたわけでは無かったので、ベッドの上ではあるが既に自力で起き上がって話しが出来る状態だった。

 

「とにかく、酷い怪我が無いようで何よりです」

 

「光宣くんが加減してくれたんだと思う」

 

達也のセリフに、真由美が自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「敵対するつもりが無いというより、敵にならなかったんじゃ無いかしら」

 

深雪の慰めにもひねくれた応しか帰ってこない

 

「先輩・・・」

 

その所為で深雪も沈鬱な雰囲気になりかけたのを見て、達也が真由美に非難の視線を向けると、漸く真由美も自分の失調に気付いたようだ。

 

「ゴメンなさい・・・大人げなかったよね」

 

「いえ・・・負ければ口惜しいのは当然だと思います」

 

真由美の謝罪に対して深雪がかけた言葉に、真由美は今にも首を傾げて唸りだしそうな顔になった。

 

「・・・深雪さんも、負けたことがあるの?」

 

「・・・はい、あの・・・ありますけど・・・」

 

「ご、ゴメンなさい。変な事聞いちゃって」

 

「ところで、十文字先輩は、光宣の追跡ですか?」

 

妙な空気が居座る前に、達也が話題を変えると、真由美もこれ幸いと、達也の誘い水に応じた。

 

「ええ。本人から直接聞いたわけじゃないんだけど、十文字家の人はそう言ってたわ」

 

真由美が小さくため息を漏らす。それは自らを嘲るものでもなく、自己憐憫でもなく、感嘆のため息だった。

 

「やっぱり十文字くんは凄い・・・無傷で光宣くんを撃退するんですもの、さすがと言うしかないわね」

 

「確かに十文字先輩の技量は素晴らしいものですが・・・十文字先輩お一人であれば、もっと苦戦されたと思いますよ」

 

深雪のセリフに、真由美が「んっ?」と首を傾げる。

 

「香澄ちゃんと泉美ちゃん、その後七草先輩と戦って、光宣くんも相当に消耗していたはずです。先輩たちの奮闘が無ければ、十文字先輩も無傷では済まなかったに違いありません。私はそう思います」

 

「そうかしら・・・?いえ、そうね。そう思っておくことにする。深雪さん、ありがとう」

 

真由美が深雪に笑い掛け、深雪は小さなお辞儀でそれに応えた。すると弘樹は持っていた護符を真由美の右腕に貼り付けた

 

「七草先輩、念の為応急処置をしておきます。コレで明日からも普通に生活ができると思います」

 

「ありがとう弘樹君・・・」

 

真由美に感謝されると弘樹は次に泉美や香澄にも同様の処置を施すと達也達は病室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室を後にし、マンションに部屋に戻った深雪は気になっていること達也にきいた

 

十文字先輩は光宣くんを捕捉出来ますでしょうか?」

 

「難しいだろうな」

 

深雪は本気で光宣の追跡の首尾を気に掛けていたのだが、達也の答えは簡潔で悲観的だった。達也は光宣の手強さを身に染みて知っている――という理由からではない。

 

「十文字家の魔法は『鉄壁』『首都の最終防壁』の異名にも表されてる通り、拠点防衛に適したものだ。迎撃し、撃退する任務には無類の強さを発揮するが、追跡し、捕捉する仕事に向いているものとは思えない」

 

「そういえば『吸血鬼事件』の際にも、逃げ回るパラサイトの追跡には、あまりご活躍されていなかったと記憶しております」

 

「誰にでも得意不得意がある。十文字先輩自身も、追いかけるより迎え撃つ方が性に合うと思っているのではないか」

 

「達也様、適性と性向は必ずしも一致しないと存じますが」

 

「・・・一本取られたな」

 

達也が笑いながら両手を挙げ、深雪が得意げな笑顔で応じた。

 

「十文字先輩がどう思っているかは別にして、病院に侵入するという目的から、光宣の行動範囲は自ずと制限されていた。病院の破壊を出来るだけ避けるという方針に縛られていれば、侵入経路は正面出入り口、夜間出入り口、職員出入り口、裏口、屋上に限定される。十文字先輩にしてみれば、光宣が自分の掌の上に飛び込んでくるのを待っていればよかった」

 

「しかし光宣くんには『仮装行列』と『鬼門遁甲』があります。どちらも、すぐ目の前にいながらその所在を見失わせる魔法です。来ると分かっていても、捉えるのは難しかったのではないでしょうか」

 

「光宣が何処にいるのか、正確に知る必要は無かったんだよ、十文字先輩には」

 

「・・・すみません、どのような意味でしょうか?」

 

「魔法障壁の用途は、内側を外側から守るだけじゃない。内側に閉じ込めて外に出さないという使い方も出来る。十文字先輩が魔法障壁をどの程度の規模まで広げられるか、詳しくは知らないが、十メートルや二十メートルでは収まるまい。光宣の行動範囲を予測して、その領域を取り囲んでしまえば良い。そうなれば『仮装行列』や『鬼門遁甲』では逃げられない」

 

「なるほど、何処に来るかが分かっていれば、十文字先輩ならば・・・」

 

「魔法的な偽装に拘わらず、捕捉出来る」

 

「ですが、何処に向かっているのか特定できない状況では、『仮装行列』や『鬼門遁甲』を破るのは難しい・・・ということですね?」

 

「俺はそう考えている。この推理が間違っていなければ、逃走する光宣を捕捉するのは困難なはずだ。人手を使って地道に探すのが一番の早道かもしれないな・・・七草家や九島家の捜索網に期待しよう」



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密入国

光宣は個型電車のシートに背を預け、安堵のため息と共に後悔の独言を吐き出した。

 

「甘かった・・・」

 

克人が指揮する十文字家の追跡部隊を振り切り、北陸方面に向かう個型電車に乗り込んだのが、十分前。パラサイトの治癒能力のお陰で、克人に負わされた怪我は既に治っている。『仮装行列』で顔を変えている光宣を乗せた個型電車がトレーラーに収容され、彼は漸く逃げ切ったと確信できた。

光宣に、十師族を過小評価しているつもりは無かった。だが結果を見れば、なめていたと認めるしかない。彼は一人で、水波を連れ去るつもりだった。それが可能だと見込んでいた。だが実際には、病院内に侵入する事も出来なかった。七草家の三姉妹を無力化したところまでは良かったが、十文字家の当主に阻まれて、水波の誘拐を断念せざるを得なかった。

真由美、香澄、泉美も、簡単に倒せたわけではない。短時間で決着をつけたので圧勝だったように見えるかもしれないが、三人とも彼が予想していたよりはるかに手ごわかった。香澄や泉美も一人ずつなら苦戦しなかったと思っているし、真由美に『仮装行列』を破られるとも思っていなかった。だが二人相手に苦戦し、真由美にも『仮装行列』を破られた。それは完全に予想外の出来事だ。

そして十文字克人。光宣は克人の事をよく知らない。一応面識はあったが、単なる挨拶以上の言葉を交わした記憶は残っていない。実際に矛を交えてみて分かった事だが、克人はまさに「鉄壁」だった。改めて振り返ってみても、彼の守りを突破できるイメージがまるで湧かない。

その直前に七草姉妹との戦いがあったのは、言い訳にならない。確かにあの連戦による消耗はあったが、光宣はそれを予測した上で、今夜の襲撃に踏み切ったのだ。それに真由美たちとの戦いで消耗していなかったとしても、克人を出し抜けたとは思えない。負けるとは思わないが、倒せる気もしない。

 

「(・・・僕にとっては、達也さんよりも強敵かもしれない・・・)」

 

幻影と仮成体を無効化する『ファランクス』の特性。『仮装行列』に対して「範囲」で閉じ込め「面」で攻撃する戦術。

 

「(――自分一人の力では攻略できない・・・)」

 

光宣は個型電車のシートで、無念さを噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣の襲撃があった翌日、達也は真夜から呼び出しを受けた。兵庫が運転する迎えのVTOLに乗り込み、途中から例の地下道で本家に向かう。到着したのは、昼前というよりまだ朝の内に含まれる時間帯だった。

 

「早くから悪いわね。実はペンタゴンの協力者から重要な情報がもたらされてね。情報源が情報源だから、直接お話ししたいと思ったの」

 

USAがUSNAに代わっても、国防総省の所在は変わらない。ビルも外見だけは変わらず、通称もペンタゴンのままだった。

 

「ペンタゴンに協力者がいる事は存じませんでした」

 

「そのうち、達也さんにも紹介しますね」

 

達也はまだ四葉家の全貌を知らされていない。教えられずに知っている知識も少なくないが、全てには程遠かった。

 

「それでその内容ですけど」

 

「はい」

 

「スターズが処刑チームを出動させたそうですよ」

 

「捕縛ではなく処刑ですか。少し意外に思われます」

 

スターズがリーナ追跡部隊を送り込んでくるのは、ほぼ確実と考えられていた。だが暗殺目的というのは予想外だった。リーナ――アンジー・シリウス少佐は国家公認の戦略級魔法師だ。通常兵力が充実しているUSNAでは他の国に比べて優先順位も下がるだろうが、それでも貴重な戦力のはずである。

 

「ペンタゴンの決定ではないとの事です」

 

「スターズの独断ですか」

 

「黙認状態のようですけど」

 

「USNAも深刻な内部対立を抱えているようですね」

 

「ええ。それが正解でしょう」

 

いったい何と何の対立なのか、達也には分からない。ただ一方の勢力はリーナを邪魔だと思っており、もう一方は彼女の戦略級魔法師としての戦力を惜しみはするが、他国に取られるくらいなら暗殺もやむを得ないと考えているのだろう。達也はそう推測した。真夜はもっと詳しいUSNAの内情を知っていたが、この場で説明はしなかった。

 

「具体的な侵入経路は分かっているのですか?」

 

「分かっていたら対処してもらえますか?」

 

「ご命令とあらば始末します」

 

達也の返事に、躊躇いはなかった。真夜が楽しそうに唇を綻ばせる。二人の表情から、殺人に対する忌避感は伺われなかった。来日するスターズの隊員は、他の主権国家で暗殺などという無法行為をしでかそうとしているのだ。逆に殺されても文句は言えないだろう? というのが、恐らく二人の本音だった。

 

「残念ながら、侵入ルートは掴めていません。ただ、到着予定は分かっています」

 

「いつでしょうか」

 

「今晩です」

 

「・・・それでは、調べてる時間がありませんね」

 

「そうですね」

 

達也の苦い顔がおかしかったのだろう。真夜はそういった後、片手で口を隠して上品な笑声を零した。

 

「母上、笑っている場合では無いと思いますが」

 

「・・・ごめんなさい。でも、全く手をこまねいているわけではありませんよ。首都圏の空港と空軍基地には監視員を派遣しました。海路までは手が回らないけど、今回は無視して大丈夫だと思うわ」

 

「問題は、首都圏以外の空港を利用した場合ですか」

 

「そうですね」

 

達也はすぐに、問題点を指摘してみせた。真夜は、それで気を悪くした素振りは無い。同時に、感心した様子もない。その程度の事はすぐに気づいて当たり前、と思っていたのだろう。

 

「ただ、外に漏らす事も出来ませんので、その場合は発見次第対処するという方針で行くしかないでしょう」

 

「はい」

 

その方針に、達也も異存はない。

 

「では、その際にはよろしくお願いしますね」

 

いきなり話を蒸し返されても、達也は慌てなかった。

 

「始末するという事でよろしいでしょうか?」

 

「本当はその方が後腐れが無くて良いのだけど・・・政府の方々は、別のご意見をお持ちでしょうから」

 

「了解しました。可能な限り捕らえる方針とします」

 

「ええ、それでお願い」

 

そう言うと真夜は次に達也にある話をした

 

「そういえば達也さん。昨日、ガルム社から巳焼島の警護に関する提案があったのだけれど・・・たっくんに意見を聞きたいのだけど」

 

「俺に言われても困りますよ母上・・・」

 

「・・・それもそうね。ごめんなさい。話は以上です」

 

話を終えると達也は真夜に前傾四十五度で一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

克人が指揮する十文字・七草連合から逃れた光宣は、いったん富山で個型電車を降りて適当な個室カフェに入った。追跡を完全に振り切ったかどうかを確認するためだ。

完全ロボットサービスの個室カフェは、従業員とも他の客とも顔を合わせなくて良いかわりに、人間の代わりを務めるアンドロイドのカメラアイでネットワーク越しの監視を受けるリスクがある。だが今の光宣は『仮装行列』で目立たぬ容姿に顔を変えているので、カメラ越しに見られる事への警戒は無い。そもそもカメラによる監視を忌避するなら、現代のこの国では公共スペースを歩けない。

個室カフェは飲み物・軽食の提供以外に、ネットワークサービスや店舗内限定の映像ソフトも提供している。しかし光宣は飲み物以外、注文も利用もしなかった。彼は時間を潰す為、占術を試してみようと考えた。周公瑾から得た知識によれば、完全な予知は望めないものの、今後の行動方針の参考とする程度の抽象的な情報は得られる。彼はウエストポーチから布製の遁甲盤を取り出した。ハンカチサイズの黒い布に緑、赤、黄、白、青の五色の糸で刺繍して作成したもの。『鬼門遁甲』ではなく、正統的な『奇門遁甲』をアレンジした占いの道具だ。今の自分にとって「吉」である場所を占った結果は「南西」「島」「空」「港」だった。

 

「(空と港は、普通に考えれば空港だよな? ここから南西で、島にある空港・・・いや、空港になっている島か?)」

 

光宣の頭に思い浮かんだ候補は、関西国際空港と神戸空港。光宣は占術ではなく直感で、関空を目的地に定めた。次に「時」を占う。結果は「今日」の「夜」。まだ時間に余裕はあるが、現地で何が起こるのか分からない。早めに到着しておく方が良いだろう。

追跡者の有無を確認するための時間は十分に経過した――追跡は受けていない。光宣は個室カフェを後にして、再び個型電車の駅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節、関西地区の日没時間は十九時を越える。晴れていれば、残照がまだ闇に抵抗していただろうが、厚い雲に覆われた空は、地上に夜の到来を告げている。関西国際空港にUSNAロサンゼルスからの直行便が到着した。その飛行機には一人の若い男性と一人の少年が登場していたが、乗客の多くはアメリカ人だ。アングロサクソン系の外見も、全く目立っていなかった。

真夜の情報と達也の推測はおおむね正しかった。間違っていたのは、今日来日したのが処刑チームではなく、その先遣隊という点だ。色の濃いサングラスを掛けた男性は――よく見れば、その右目が義眼だったと分かっただろう

――ジェイコブ・レグルス中尉。スターズから派遣されたのは、彼一人だ。連れの少年はレイモンド・クラーク。彼が再び日本にやってきたのは、父親であるエドワード・クラークの指示ではない。パラサイトの間の「話し合い」によって決まった事だった。

レイモンドは達也を屈服させるという歪んだ執念を懐きながらパラサイトになった。その強い願望によって、レイモンドはパラサイトの中で司波達也暗殺に関する主導権を握っていた。

 

「電車乗り場はあっちみたいだよ」

 

偽造パスポートで入国手続きを終え到着ロビーに出たレイモンドが連れのレグルスを振り返りながら指差す。

 

『電車を使うのか?』

 

「Sh!」

 

レイモンドの言葉にテレパシーで応えたレグルスに、レイモンドは慌てて「声」を出さぬよう肉声で注意した。

 

「あ、ああ、すまない」

 

レグルスがレイモンドに謝罪する。テレパシーの会話は盗聴マイクを気にせずに済む代わりに、魔法師や異能者に気付かれるリスクがある。彼らにとってどちらが厄介かといえば、圧倒的に後者だ。マイクは有効な距離に限度がある。相手が特定できていれば相当離れていても声を拾えるし、雑踏の中でも声紋フィルタリングで特定の音声だけ拾い出す事が出来る。だがターゲットが分かっていなければ、それも無理だ。精々キーワードを認識して、その音声を追いかける程度しか出来ない。

一方、テレパシーには距離による制限が無い。個人の能力の強弱によってキャッチできる範囲は変わってくるが、他の魔法と同じで物理的な距離には本来縛られない。それに、テレパシーで会話している人間が絶対的に少ない。偶然テレパシーによる会話を聞き留めて、彼らの正体に気付く者がいないとも限らない。

だから出国前に二人は話し合って、テレパシーは使わないと決めていた。ただ、パラサイト同士のコミュニケーションはテレパシーが自然な形態だ。レグルスは普通に話しているつもりでうっかりテレパシーを使ってしまった。それを指摘されて、素直に謝罪したという次第だった。

 

「一瞬だったし、僕の気にし過ぎかもしれないけど」

 

「いや、警戒しておくに越した事は無いだろう。私が迂闊だった」

 

レイモンドが大袈裟に反応し過ぎたことを反省したような表情を見せたが、レグルスは今のは完全に自分のミスであり、気にし過ぎだという事は思っていなかった。そして彼らの警戒は、杞憂では無かった。



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関空での追跡

「神戸水上警察署の空澤巡査です。テレパシーの発信をキャッチしました。直前にロサンゼルスから到着した便の乗客だと思われますが、入国者のデータをチェック願います」

 

『確認する。・・・・乗客名簿に魔法師は確認出来ない。パスポート偽造の可能性がある。空澤巡査、詳しい人相は分かるか?』

 

「二十代の男性と十代後半の少年の二人組です。いずれも白人、男性の方は灰色の髪でサングラスを掛けています。少年は金髪でした。テレパシーを発したのは、灰色の髪の方だと思われます。個型電車乗り場へ向かっているようです」

 

『応援を出す。見失わぬよう追跡せよ。また、その二人の写真を撮影して送れ』

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制服警官の追跡に気付いたのは、レグルスが先だった。

 

「レイモンド。警察に尾行されているぞ」

 

「えっ?」

 

制服警官が付いて来ていれば気付きそうなものだが、この場合はレイモンドが素人だからというより、警官のスキルが優れているのだろう。

 

「すまない。先程のテレパシーを感知されたのだと思う」

 

とはいっても、レグルスはエリートの魔法師軍人だ。しかも作戦時には観察力を要求されるスナイパーの仕事を任されることが多い。分かり易い外見的特徴を備えた制服警官が、気付かれずに尾行するにはハードルが高かった。

 

「どうしよう、ジャック」

 

「我々には土地勘がない。かくれんぼでは分が悪い」

 

「じゃあ」

 

「荷物は捨てろ。どうせ大した物は持ってきていない。パスポートは身に着けているな?」

 

「大丈夫」

 

「よし、走るぞ!」

 

レグルスの問いかけに、動揺から抜け出した声でレイモンドが答えたのを合図に、二人はスーツケースを置いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイモンドたちを尾行していた制服警官が、通信機で二人の逃走を報せる。

 

「こちら空澤巡査。不法入国魔法師の疑いがある二人組はスーツケースを捨てて逃走を開始。有人タクシー乗り場に進路を変えました」

 

『追跡せよ。スーツケースの写真を送れ。こちらで回収する』

 

「了解」

 

警官は走りながら情報端末を操作し、証拠確保の為に撮影しておいたスーツケースの写真を送信する。

 

『データを受信した』

 

「移動に魔法の使用許可を願います」

 

『許可する』

 

その言葉を聞くと同時に、警官の身体は人々の頭上へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中を蹴って迫ってくる制服警官。いち早く気づいたレイモンドが、レグルスに警告を発する。

 

「追ってきている!」

 

「正気か!?」

 

これほど人が多い屋内で日本の警官があんな派手な真似をするとは、レグルスにとって完全に予想外の出来事だった。USNAでもこんなに派手な追走劇は滅多に見られない。多くの州では、一般人を心理的に脅かさないという理由で、警察による魔法の使用は出来る限り目立たない事が原則になっている。市民が魔法を目にする機会は、警察よりも消防の方がはるかに多い。実は日本の事情も、大抵の地域ではアメリカと同じで、阪神地区が例外なのである。もっとも、事前に知識があったとしてもこの状況を回避できたとは思えないが。

レイモンドが警官に向けて、払いのけるように手を振った。すぐ後ろまで迫っていた警官の身体が吹き飛ばされる。レイモンドがパラサイト化して得たサイコキネシスだ。

 

「レイモンド!」

 

「仕方ないだろ!」

 

レグルスは叱責を中止した。確かに仕方がない――やってしまった事は。しかしこれで、自分たちが魔法を使える事を隠して侵入した偽装入国者であることがバレてしまった。

魔法発動の気配がした。たった今飛ばされた警官が、もう復活したようだ。他にも自分たちを包囲するように人の気配が集まってきている。警察の応援だろう。

レグルスは焦った。まさか日本侵入の第一歩から躓くとは思っていなかった。首都圏の空港、基地はマークが厳しいだろうという予測で、関西国際空港を選んだのだ。その配慮が全くの無駄になりつつある。自分の不注意が原因とはいえ、あんな些細な失敗でここまで追いつめられるとは、レグルスでは無くても予想しなかっただろう。

現地協力者の動員もなく密入国など、無謀だったかという後悔がレグルスの脳裏を過る。しかし、ここで大人しく捕まるなど論外だ。

 

「やむを得ん。レイモンド、強行突破するぞ」

 

レグルスは自己加速魔法を発動して、人混みの隙間を一気に駆け抜けた。レイモンドもすぐ、それに続く。彼の方は通行人に接触したようだが、相手が大怪我をしようと今は構っていられない。二人は観光ガイドを兼ねた有人タクシー乗り場にたどりついた。

 

「車を奪う」

 

「分かった!」

 

レグルスの指示に、レイモンドが元気よく応える。いったん戦闘を覚悟すれば、レグルスは世界最強の魔法師部隊とも呼ばれているスターズの一等星級隊員だ。警察官相手に怯みはしない。レイモンドは軍人でも警官でもない素人だが、素人だからこその「怖いもの知らず」が、今の状況ではプラスに働いた。

彼らはスピードが出そうな有人タクシーを物色した。運転手が無謀な抵抗をしそうなタイプでは無ければなお良い。だが二人の意識はタクシーではなく他の車に吸い寄せられたのだった。

 

『乗って』

 

レイモンドとレグルスが顔を見合わせる。今、彼らに話しかけてきたのはテレパシー。しかも、明らかに同胞、つまりパラサイトが発したものだった。レイモンドがレグルスに向かって頷く。レグルスは黒塗りの乗用車に駆け寄って後部扉を開けた。レイモンドは助手席のドアを開ける。二人が乗り込んだところで、大型セダンはすぐさま発進した。強い魔法の気配が自走車全体を覆う。

 

『これは・・・「パレード」?』

 

「そうですけど、テレパシーは控えてください」

 

レグルスがテレパシーで呟くと、肉声で話しかけられた。レグルスは隣に座っている少年の顔を初めてしっかりと見て、絶句した。息をする事すら忘れてしまう。こんなに美しい少年が実在するとは、今まで夢にも思った事が無かった。単なる美しさだけなら、アンジー・シリウスの素顔――リーナもそれほど、劣っていない。だがリーナは絢爛豪華な美貌の中に性格から来る親しみやすさがにじみ出ていて、近寄りがたいという印象は無い。

 しかしこの少年の美貌は、単なる造形だけでなく、人間離れしている。妖艶な、人外の美しさ。堕天使は、このような美を備えているのではないだろうか・・・レグルスはそんな脈略の無い事を考えていた。

 

「テレパシーは『仮装行列』でカモフラージュしきれない可能性がありますから」

 

少年はレグルスの不躾な視線を気にした様子もなく、こう続けた。きっとみられる事に慣れているのだろう。

 

「あ、ああ、すまない。それから、助かった。礼を言う。私はジェイコブ・ロジャース。ジャックと呼ばれている」

 

座ったまま軽く頭を下げて、自己紹介をしていなかった事に気付き、慌て気味に名乗った。なお『ロジャース』というのはレグルスの本名だ。

 

「どういたしまして。僕の名は九島光宣です」

 

「僕はレイモンド・クラーク」

 

レイモンドが振り返って、助手席から会話に加わる。

 

「『九島』って、元十師族の『九島』?」

 

「そうです。クラークさんはディオーネー計画の『クラーク』の関係者ですか?」

 

「うん、そう。ああ、僕の事はレイモンドで良いよ。確か、一つしか違わないし」

 

「分かりました。ところで、送ってほしい場所はありますか?」

 

光宣の質問に、レグルスは少し渋い表情を見せた。

 

「・・・予約したホテルには、警察の手が回っているだろう」

 

「そうですね。お二人のパスポートデータは、手配に回されているでしょう。よろしければ僕が泊まる場所と新しいパスポートを用意しましょうか? もちろんアメリカ国籍で、入国記録付きの物です」

 

光宣の提案に、レグルスは「ありがたい」と思うより先に警戒を覚えた。

 

「こちらとしては助かるが、何故そこまでしてくれる?」

 

「僕もお二人の同類ですから。それに、僕の方にも手伝ってほしい事がありますので」

 

「えっ、なに?」

 

レイモンドはレグルスのように警戒を覚えていないようだった。パラサイトとしては、レイモンドの方が自然だろう。パラサイトは個にして全。個体として独立した意思を持ちながら、同時に全体で一つの意思を共有している。本質的に、仲間を裏切る事はあり得ない、のではなく、出来ないのだ。

 

「仲間にしたい女の子がいるんです」

 

「恋人?」

 

レグルスが目を輝かせて食いつく。だが、光宣は悲しそうに左右に頭を振った。

 

「いえ、まだ片思いですけど。あっ、無理矢理仲間にするつもりは無いんですよ。彼女が頷いてくれなければ、諦めるつもりです」

 

「へぇ・・・随分我慢強いんだね。立派だ。尊敬するよ。僕だったら無理矢理にでもこちら側に引き込もうとするだろうから」

 

光宣の言動に、レグルスは違和感を覚えていた。同胞にするのを諦める、という考え方は、そもそもパラサイトの本能に反している。自分たちより人間的なメンタリティだ。それにレグルスには、光宣の心が見えない。一つにを共有しているはずの光宣の意識にアクセスできない。光宣がパラサイトであることに疑いはない。そこは理屈抜きに分かる。しかし、光宣には自分たちとは違う、何かがある。レグルスには、そう思えてならなかった。



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光宣とスターズ

テレパシーを使う密入国者が警察の包囲を突破して逃走した事は、地元の警察から二木家へ伝えられ、二木家を通じて十師族の間で情報共有された。そろそろ日付が変わろうかという真夜中に、達也はその報せを葉山から電話で受け取った。

 

「関空でしたか」

 

『はい。捜索は黒羽家が引き受けてくださいました。達也様には今まで通り、東京都巳焼島で待機していただけますよう、奥様からご指示を賜っております』

 

「密入国者がスターズなら、狙いはリーナでしょうからね。了解しました。こちらで警戒します」

 

『警察が撮った密入国者の写真をお送り致します。一人はレイモンド・クラークでした』

 

「レイモンド・クラークが?」

 

葉山の言葉に、達也が軽く目を見張った。

 

『まだ確証はございませんが、同時に観測された想子波動のデータから見て、レイモンド・クラークはパラサイト化していると推測されます』

 

「想子レーダーでパラサイトを判別できるようになったんですか? 研究の成果ですね」

 

『達也様が実験用のパラサイトを確保してくださった御蔭でございます』

 

去年の二月に一高の演習林で封印したパラサイトを四葉家が持ち去った事は、先日の臨時師族会議で真夜の口から明かされている。達也の発言はそれを踏まえた軽い皮肉だったのだが、葉山には通用しなかった。達也にも別に、葉山を言い負かして溜飲を下げるような意図はない。パラサイトを機械的な手段で探知できるようになったという事実の方が重要だった。

 

「その成果で、光宣を探知できませんか?」

 

『紅林が九島光宣用に調整したレーダーを開発中です。今しばらくお待ちください』

 

紅林は四葉家序列三位の執事で、旧第四研の調整施設を管理する四葉家の技術部門総責任者だ。自身も優れた魔工技師で、達也に魔法工学の手ほどきをした最初の師でもある。

 

「分かりました。期待しています」

 

『達也様のお言葉は紅林にもお伝えします。ところで、リーナ殿は如何お過ごしでしょうか?』

 

「まだ退屈はしていないようです」

 

『それはようございました。何かお入り用の物があれば、すぐに用意させますので』

 

「リーナにはそう伝えておきます」

 

『恐れ入ります』

 

その後、簡単な挨拶を交わしてヴィジホンの画面は暗くなった。達也が電話を取っていたのは自室で、他の人間は既にベッドに入っている時間だ。通話を終えた達也が考えを向けたのは亜夜子だった。

パラサイト化した密入国者の片割れは、恐らくスターズの魔法師だろう。その追跡を黒羽家が担当する。それ自体は四葉家内部の役割分担を考慮すれば自然な事だ。そこに文弥と亜夜子が加わる可能性は、小さくない。二人には学業がある。達也のように、四高から出席を免除されているわけでもない。だが黒羽家なら、高校より任務を優先しそうな気がするのだ。

文弥の事は、余り心配していない。彼の『ダイレクト・ペイン』は精神干渉系魔法。パラサイトにも、十分通用するはず――むしろ相性はいいと言える。

 だが亜夜子には、パラサイトに対して有効な攻撃手段がない。パラサイトの肉体には、普通にダメージを与えられるだろう。だがその本体には、手が届かない。それでも、スターズが相手なら何とかなるかもしれない。少なくとも形勢が不利になれば逃げることは出来るはずだ。しかし、もし光宣に遭遇したら――

 

「(・・・考え過ぎか)」

 

黒羽家に命じられたのはスターズと推定される密入国者の捜索。光宣を見つけ出す事ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーースターズの先遣隊と光宣が既に合流しているとは、達也も考えていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣はレイモンドとレグルスを、神戸の中華街に連れて行った。南京町とも呼ばれている狭い地域だ。神戸の中華街にも横浜同様、周公瑾の拠点があった。そこで働く者は、光宣が新たな主として乗り込んでも、何の疑問も口にせず従った。彼らにとって主人の姿かたちはどうでもよかった。ただ主にしか開けられない宝物庫の「鍵」さえ持っていれば、主人として迎えるには十分だったのである。光宣は周公瑾の亡霊から「鍵」の絡繰りに関する知識を引き出していたので、宝物庫を問題なくあけられた。

光宣がレイモンドたちと話し合いを持ったのは翌日、二十七日木曜日の事だった。

 

「・・・つまりジャックの目的は、当面のところ脱走したシリウス少佐の行方を突き止めるという事なんですね」

 

光宣の問いに、レグルスは頷いた。すぐに答えを返さなかったのは、テレパシーを使いそうになるのを自制したからだ。

 

「もし可能ならば、私の手でシリウス少佐を討つ。難しいようなら、仲間の到着を待って合流する」

 

「お仲間は何時、日本にいらっしゃるんですか?」

 

「四日後、日本時間七月一日夜、座間基地に到着する予定だ。ただ今年二月に実行した作戦の所為で日本当局の厳しい監視が予想される。到着しても、そう何度も動けないだろう。ある程度の情報を集めて、一度で目的を達成する必要がある」

 

今年二月の作戦とは、顧傑を日本当局の手に渡さない為にカノープスが指揮を執って展開した臨時ミッションの事だ。

 

「分かりました。配下にシリウス少佐の居場所を探させましょう」

 

「配下って、九島家?九島家を継ぐのは長男の玄明さんだと思ってたんだけど、光宣にも自由に動かせる手勢がいるのかい?」

 

「詳しいんですね、レイモンド。フリズスキャルヴで調べたんですか?」

 

光宣を驚かせようと口を挿んだレイモンドだったが、光宣のカウンターに自分が驚愕させられてしまった。

 

「フリズスキャルヴを知っているの!?」

 

光宣は曖昧に笑った。普通の者なら「誤魔化し笑い」だが、光宣が浮かべると「謎めいた笑み」になる。

 

「僕にもいろいろと情報源があるんですよ」

 

「・・・」

 

「捜査協力の件、よろしく頼む。それで、我々は何を手伝えば良い。君のガールフレンドを連れてくれば良いのか?」

 

呆然とした顔で固まったレイモンドを横に、レグルスが話を元に戻す。

 

「それが可能なら、お願いしたいところですが・・・」

 

レグルスの言葉に、光宣が苦笑する。その笑みを見てレグルスは対照的に、ムッとした表情を浮かべた。自分の力量を疑われたと思ったのだ。だがそんなレグルスの表情を見ても、光宣に焦った素振りは無い。

 

「彼女は四葉家の関係者なんです」

 

何気ない口調で打ち明けられた事実に、レグルスが目を見張った。

 

「ヨツバというのは、あの四葉家か?」

 

「ええ。『アンタッチャブル』の四葉家です。関係者といっても使用人なんですが、四葉家次期当主の従妹の側近なんです」

 

レイモンドが「深雪の側近・・・?」と呟いた。

 

「彼女は今、東京の病院に入院しているんですが、パラサイトになった僕を捕まえる為に周りを十師族が固めています」

 

「それは、四葉家だけでなく、他の十師族も、という意味か?」

 

レグルスの問いに、光宣は頷いた。

 

「ええ。具体的には七草家と十文字家が。しかしそれは何とかなります」

 

一昨日の夜、光宣は克人によって手痛い目に遭ったばかりだ。だが、七草家と十文字家のガードを潜り抜ける策は既に考えてある。

 

「問題は最後の関門である四葉家の守りなんです。司波達也さん・・・名前はご存知ですよね? あなた方にとっても因縁のある相手です」

 

レグルスが「ああ、知っている」と答える。レイモンドは何か言いたげだったが、とりあえず話を聞く姿勢を見せている。

 

「四葉家の魔法師が他家と一線を画した手練れであることは分かっています。そこへ達也さんに加わられると、僕では彼女に手が届かない」

 

先日は引き分けだった。だが光宣自身がそうだったように、達也も本気では無かった。お互い、手を抜いていたわけではないが「相手を殺してもやむを得ない」という意味での本気では無かった。

最後まで本気で戦えば結果はたぶん相討ちだ。それでは本当に意味がない。自分が倒れては、水波を救えなくなってしまう。光宣はそんなジレンマに陥っていた。それに彼は、はっきりと意識していなかったが、懸念事項はもう一つあった。

前回は互角だった。だがこうしてる間にも、達也はパラサイトに対抗する為の魔法を編み出しているかもしれない。光宣は周公瑾の知識を取り込むことで多くの魔法を新たに修得したが、周公瑾は所詮亡霊だ。新しく何かを生み出す事は無い。だが達也には四葉家――旧第九研と、日本トップクラスの古式魔法師、九重八雲が付いている。光宣が心の奥底で真に恐れているのは達也の力ではなく、彼と彼の周りにいる者の知恵だった。

 

「では、私が司波達也の相手をすれば良いのか?」

 

レグルスの質問に、光宣は今度も頷いた。

 

「倒す必要はありません。僕が彼女を連れ出す日に、達也さんを何処か離れた場所に引き付けておいてもらえれば」

 

「陽動か」

 

「そうです」

 

「それは消極的じゃないかな!」

 

そう言ったのはレイモンドだった。

 

「達也は光宣の邪魔をしているんだろう? だったら斃してしまうべきだ。そうじゃなきゃ、その彼女を連れ出す事に成功しても、達也は追いかけてくるよ!」

 

レイモンドのヒステリックな口調に、光宣は眉を顰めた。光宣は他のパラサイトたちと意思を共有していないので、何故レイモンドがここまで達也に固執するのかが分からないのだ。だがレイモンドに説明する口調は、落ち着きを保っていた。

 

「それは構わないんですよ。彼女が頷いてくれれば、パラサイトの移植はその日の内に終わります。彼女が嫌といえば、すぐに四葉家に返すつもりです」

 

「だらしない!光宣はその彼女の事が、本当に好きなの?攫っちゃうくらい好きだったら、返すなんて中途半端な事を考えるのはおかしい!」

 

「おい、レイモンド・・・」

 

レグルスがレイモンドを窘めるが、レイモンドの耳にその声は届いていなかった。

 

「邪魔な達也には、この世からいなくなってもらうべきだ!」

 

「レイモンド、落ちつけ!」

 

レグルスがレイモンドの肩を掴み、強引に黙らせた。レイモンドはレグルスの事を睨みつけたが、レグルスが無言で頭を振ったのを見て多少落ち着きを取り戻した。

 

「すまない、光宣」

 

「いえ、気にしていません」

 

その言葉の通り、光宣はレイモンドの興奮振りを、少なくとも表面的には気にしている様子が無かった。

 

「私も司波達也は斃すべき相手だと思っているが、とりあえずは光宣の目的を優先しよう」

 

「そうしていただけると助かります」

 

「ただ・・・斃せるようなら、斃しても構わないだろう?」

 

「ええ、それは構いません」

 

レグルスが付け加えたセリフに対する光宣の回答には、殆ど分からない程の僅かなタイムラグがあった。



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パラサイトに関する動き

この日、午前中に巳焼島での用事を済ませて、達也は午後から一高に登校した。登校といっても授業は免除されているので、授業時間を図書館で過ごし、放課後になってから彼が向かったのは、生徒会室ではなく風紀委員会本部だった。

 

「幹比古、いるか?」

 

「達也!?今日は来てたのかい?」

 

「午後からな」

 

間の良い事に、幹比古は見回りではなくデスクワーク中だった。幹比古に答える達也の隣を、小柄な影が軽く会釈をして通り過ぎようとした。

 

「香澄、身体の方は大丈夫なのか?」

 

その後輩に、達也は声をかけた。香澄は達也の邪魔をするつもりが無かったので無言で通り過ぎようとしたのだが、達也に声をかけられて足を止めて振り返った。

 

「・・・はい、弘樹先輩のおがげで」

 

「そうか。それは良かった」

 

仏頂面で香澄が返事をするとそそくさと本部を後にした

 

「・・・何かあったの?」

 

「香澄がどうこうというわけではないが、その件に関して幹比古に頼みたい事がある」

 

「僕に頼み・・・?」

 

「ああ。先日、光宣の話をしただろう?」

 

その一言を聞いて、幹比古の顔色が変わる。達也の頼みがパラサイト絡みだと覚って、緊張しているのだ。

 

「・・・うん、覚えている」

 

「一昨日、水波が入院している病院の近くに光宣が現れた」

 

「えっ!? じゃあ・・・」

 

そこで幹比古は、ハッと目を見開き口を噤む。彼は急ぎ足で風紀委員会本部を戸締りして回り、最後に呪符を取り出して室内を結界で「閉鎖」した。

 

「・・・お待たせ、達也。座って話そう」

 

「ああ」

 

達也と幹比古が、長机を挟んで向かい合わせに腰掛ける。

 

「えっと・・・一昨日、七草さんは光宣君と戦ったんだね?」

 

「そうだ。外傷はなかったんだが、幻術系の魔法で眠らされてな。その前にも酸欠を引き起こす魔法でダメージを受けていたから、後遺症を心配していた。だが、問題なさそうで一安心だ」

 

「そうなんだ・・・」

 

一安心と言いながら達也は淡々とした態度で、話を聞いていた幹比古の方がホッと胸を撫で下ろしていた。ちなみに達也が気にしていたのは、達也の魔法を詳しく知らない泉美が不審がらないかという一点だけだったので、その辺りは香澄たちが美味い具合に説明したのだろうと勝手に納得していた。

 

「それで、頼みというのは? もし光宣君を捕まえるのを手伝えという事なら、喜んで手を貸すよ」

 

幹比古がテーブルに身を乗り出す。月曜日に自分で言った通り、幹比古はパラサイトへの対応は本来、自分たち古式魔法師の仕事だと考えていた。

 

「もちろんそっちもその内、手を貸してもらう事になるかもしれない。だが当面は、俺の修行を手伝って欲しいんだ」

 

「修行って?」

 

肩透かしを喰らった形だったが、幹比古は特にがっかりした様子もなく、乗り出していた身体を戻して達也に問いかける。幹比古に促されて、達也は修行の内容を説明した。

 

「放課後しか時間がないから、風紀委員会の仕事は暫く休んでもらう事になるんだが、頼めるだろうか?」

 

「何を言ってるんだい」

 

幹比古が失笑を漏らす。達也にとっては身内と言える女の子の大事。世の中にとっては妖魔の跳梁を抑える重大事。それなのに、たかが高校の課外活動への影響を気にする達也の義理堅さが、幹比古は妙に可笑しかったのだ。

 

「どう考えても、風紀委員会の仕事より君の修行の方が大事じゃないか。それに、そろそろ風紀委員長の引継ぎを考えなきゃと思っていたところだ。そういう意味では、丁度良い機会だよ」

 

そう応じて、幹比古は達也の頼みを快諾した。

 

「そうか、それじゃあこの事も弘樹に伝えよう」

 

すると幹比古の結界を叩く音が聞こえた。結界を叩いた相手は弘樹だった

 

『達也、入っても良いかい?』

 

「ああ、構わない。入ってくれ」

 

そう言うと平然と結界を壊さずに風紀委員会本部に入ってきた弘樹を見て幹比古は内心落胆していた

 

「なんか・・・そんな完璧にする抜けられると自信失くすなぁ」

 

「そんなこと言うなよ・・・なんか僕が悪いみたいじゃないか」

 

「いや、案外幹比古の言う事も理解できるな」

 

「達也までそれを言うのかい」

 

そう言いながら席に座ると今度は三人で話し始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一般に、妖魔は闇夜に活動すると思われている。特に吸血鬼はそのイメージが強い。だがパラサイトは太陽が苦手という事もなく、人間だった時の習慣に従って特に用事が無ければ朝起きて夜寝る。パラサイトになれば時差ボケになることも無い。それがいったいどういうメカニズムに基づくものか、レグルスには興味深かったが、彼は興味を興味のまま留めて、ベッドに入る事にした。部屋のドアが叩かれたのは、丁度その時だ。

 

「入っていいかな?」

 

「どうぞ」

 

レグルスがドアを開けると、レイモンドが一人で立っていた。正直に言えば迷惑な時間だったが、こんな夜更けに訪ねてきたのは重要な話があったからだろう。レグルスは扉を開けた時点で、そう考えていた。

 

「それで、なんだ?」

 

「光宣のことなんだけど」

 

「彼がどうかしたか?特に不審な動きは無かったと思うが」

 

「そうかな?」

 

レグルスの言葉が、レイモンドには納得出来なかったようだ。

 

「光宣はおかしいよ」

 

「おかしいとは?」

 

レイモンドが少しの間、口を噤む。それは躊躇ったのではなく、どう話せばいいのか改めて考える為の時間だった。

 

「・・・僕たちのテレパシーは、どういう理屈か国境を越えると通じなくなる」

 

「それで?」

 

「でもテレパシーが開通すれば、僕たちは同じ意思を共有する。それは出自が違うパラサイトであっても当てはまるはずだ」

 

レイモンドとレグルスは、今月行われたマイクロブラックホール実験でパラサイトになった。一方光宣は、二〇九五年一一月に行われた実験でこの世界に迷い込んだパラサイトが宿主を変えたものだ。

しかし、パラサイトになった経緯は違っても、彼らは同じ種類の生き物だ。それは光宣もレイモンドたちも直感、いや、実感で認識している。

それに元はと言えば、光宣と同化しているパラサイトもUSNAはダラスの、同じ実験施設をルーツとしている。出自が違うというレイモンドの指摘も、厳密に言えば正しくない。

 

「レイモンド、何が言いたいんだ?」

 

「何故光宣は、僕たちと意見が合わない?」

 

レグルスの質問に、レイモンドは反問で応じた。それだけでレイモンドは、レグルスが何を言いたいのか――何故光宣の事を気にしているのかに思い当たり、神妙な顔で質問を変えた。

 

「・・・司波達也の件か?」

 

「そうだ。僕たちの意思は、達也を排除するという事で統一されているはずだ。なのに何故光宣は、達也を斃す事に賛成しなかった?」

 

「司波達也排除に反対したわけではないだろう? ただ光宣には他に、優先すべき事があるだけだ」

 

「そんなのおかしいじゃないか。僕たちにとって今の優先事項は、達也を葬る事だと決めたのに」

 

「その話し合いを行ったのはステイツで、だっただろう? 我々のテレパシーは国境を越えられないと、君が言ったばかりだぞ、レイモンド。我々は純粋な意思、強い願いに引かれて人間と一体化する。我々の強い意志がパラサイトを招く。光宣の中で一番強い意志が、愛する女性を救いたいという想いだったのだろう。だったら、それを最優先としてもおかしくはない」

 

レグルスのセリフは、パラサイトの二重性を示している。人間と一体化する前のパラサイトの視点と、パラサイトに侵食された人間の視点が、元人間の中で共存しているのだった。

レグルスとレイモンドは午前中の話し合いで、光宣が何故水波をパラサイトにしたいのか、その理由を聞いていた。だがそこまで打ち明けておきながら、光宣はまだ水波の名を二人に告げていない。

 

「それは認められない!僕たちの最優先ターゲットは、達也でなければならない!」

 

「そうは言ってもな・・・」

 

レグルスはレイモンドに引きずられて、達也を抹殺しなければならないと考えている。しかしそれは、レグルス自身にも「祖国の脅威となる戦略級魔法を無力化しなければならない」という意思があったからでもある。

レイモンドの方も、元々の想いは「達也を屈服させる」であって「達也を抹殺する」では無かった。この点は『マテリアル・バースト』を排除すべき脅威と認識するスターズ隊員の意思に影響されている。

このように、パラサイトの意思は混じり合うものだ。最も強い「願い」を懐いている個体がパラサイトの集合的意志のイニシアティブを取るのは確かだが、それは一つの個体の意思が他の個体を支配するという事ではない。例えば、光宣が交わったところで、彼がイニシアティブを取ることになっても、レグルスやレイモンドの意思が無視される事にはならない。

 

「・・・分かった。じゃあ、今晩僕が光宣と話し合ってみるよ」

 

「・・・そうしたければ、そうすると良い」

 

既に光宣と「回線」が通じているのは、昨晩確かめている。レグルスとレイモンドと光宣は繋がっているのだから、レイモンドと光宣が「話」をすれば、レグルスも部外者ではいられない。彼らの特性として、誰かがイニシアティブを取ることになるのだ。レグルスに、レイモンドを止める理由は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣は夜中に、ふと目が覚めた。生理的な欲求が原因ではなく、心の奥底で聞こえたざわめく声に起こされたのだ。

 

「(――起きたかい、光宣/僕たち)」

 

その呼びかけに、光宣は苦笑した。

 

「(レイモンドか。こんな時間に何の用?)」

 

「(驚かないんだね。こうして集合的な意思の中で話をするのは初めてだと思うけど)」

 

「(話をするのは初めてだけど、声を聞くのは初めてじゃないよ)」

 

「(そんなはずはない)」

 

レイモンドのテレパシーから戸惑いを感じて、光宣は失笑を漏らした。

 

「(テレパシーは国境を越えて届かないと思っていたんだろう? その考えは間違っている。国境を越えてもテレパシーは届く。一つになろうとする意思が僕にも干渉してきたのがその証拠だ。ただ国境を越えると、テレパシーを意味のある言葉として意識が理解出来ないだけなんだ。人間のテレパシーでは、こんな現象は起こらないんだけどね。僕たちパラサイトの能力には、色々と不可解な制限がある)」

 

「(そんな事は知らない・・・)」

 

「(たぶん、パラサイトの本体から人間本来の意識に伝達される過程で、翻訳が上手くいっていないんだろう)」

 

沈黙を伝えてきたのは、レイモンドだけでは無かった。混じり合った意識の中で、レグルスも絶句していた。

 

「(今はどうでもいい事だね。こうして深い意識で接触してきたんだ。何か、意思を統一しておきたい事があるんだろう?)」

 

「(そんな事までどうして・・・現在、この国で活動していた同胞は光宣/僕たちだけじゃなかったのか!?)」

 

「(もう一人いるよ。今は完全に封印されているけど、時々実験台にされて悲鳴を上げている。助けに行きたいけど、強力な結界あって手出しが出来ない)」

 

再び伝わってくる絶句の気配。どうやら自分は、かなり侮られていたらしいと光宣は思った。

 

「(いや、光宣/私たちをバカにしていたわけではない。そこは誤解しないで欲しい)」

 

「(分かった。それで?)」

 

「(僕たちは個別の身体を持ちながら、全員で一つの生き物だ。僕たちの意思は、一つでなければならない。僕たちは司波達也を抹殺するつもりだ。光宣/僕たちの意思も、一つにしてもらおうぞ!)」

 

その意思と共に、思念が押し寄せてきた。レイモンドとレグルス、二人だけの思念ではない。彼らは気付いていないようだが、コミュニケーションは取れなくても彼らの精神はUSNAにいる同胞と繋がっている。スターズの本部基地で、今も増殖を続けているパラサイト全員の混然一体となった思念が、光宣を呑み込もうと襲いかかってくる。

光宣はそれに抗った。抗う事で、一つになったはずの様々な思念が光宣の「耳」に飛び込んでくる。その中で最も多かったのは、達也を排除しようとする意思。レイモンドの背後にいるのがスターズの隊員で、彼らは戦略級魔法師・司波達也の脅威を知らされたばかりだ。そうなってしまうのも当然かもしれない。

光宣は自分を呑み込もうとする思念の大波に、魔法技術で対抗するのではなく、自分が懐く最も強い「願い」で真っ向から立ち向かった。

彼は水波が欲しいのではない。光宣の中に、水波を自分のものにしたいという欲は無い。彼はただ、自分と同じ境遇にある女の子を救いたいと願って、人間であることを捨てた。自分以外の誰かの為だからこそ、自分を侵食する誘惑に打ち克つことが出来た。人格は後天的に形成されるものだ。精神の核にある欲求・衝動に対して、それをどう律してどう活かしていくか、何を禁じて何を許すか、社会とのかかわりの中で交わる人々に従い、逆らう事で形作られていく。

そうした、自分を閉じ込める枠を捨てて、自分の欲求のままに人とは別の生き物として生きていく――もし欲が中核にあったなら、その誘惑に耐えられなかったに違いない。「自分の為」ではなく「自分以外の誰かの為」だったからこそ、光宣は「自分」を保つことが出来た。

それは永い戦いだった。それは一瞬の戦いだった。

精神の世界で、時間は長さをもたない。連続した線ではなく、時間は点で出来ている。「長い時間」「一瞬の時間」という情報だけがある。その一瞬で永遠の戦いの果てに――最後まで立っていたのは、光宣だった。

 

「(レイモンド、僕に協力してくれるね? まず、彼女を連れてくる。達也さんの事は、それからだ)」

 

「(――僕/僕たちは、光宣の意思に従おう)」

 

光宣は最後まで、自分であり続けた。だが、彼にも何の変化も無かったかと言うと、それも違った。人間でも、同じ内容の事を何十回も、何百回も行かされ続ければ、その影響を受ける。最初は否定していても、徐々に共感が芽生えていく。

光宣もまた、そういう人間的な弱さと無縁では無かった。人間でなくなっても自分であることにこだわり続けている彼は、自分が元々持っていた長所も短所も同じように引き継いでいる。達也を排除せよ、という何十、何百もの囁きに曝され続けて、光宣の意識も、知らぬうちに誘導され、変質していた。

 

 

 

「(達也さんは、その後で処理しよう)」

 

 

 



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大亜連合と新ソ連の戦争

関西国際空港で密入国騒ぎはあったが、日本国内はこのところ、概ね平和だった。光宣とレイモンドの間に繰り広げられた熾烈な戦いは精神の次元で行われたため、一般人には知りようがない。反魔法主義者の攻撃的な活動は、小康状態にある。USNAからシリウス少佐の引き渡しを厳しく求められることも無ければ、大亜連合が東西諸島部にちょっかいをかけてくることも無い。特に外交面の無風状態は、外務省も国防省も不気味に感じる程だった。

大亜連合に関しては、その理由が六月二十八日金曜日に明らかになった。世界を震撼させるニュースと共に。

 

『臨時ニュースをお伝えします』

 

登校直前の朝の食卓で、達也と深雪はニュースキャスーターの緊迫した声に振り向いた。達也は箸を持ったまま、深雪は行儀よく箸を置き、テレビへと顔を向ける。

 

『本日未明、大亜連合と新ソビエト連邦が戦争状態に突入しました』

 

深雪が大きく目を見張る。もしも箸を手に持ったままなら、テーブルに落としていたかもしれない。達也もさすがに、箸を置いて本格的にニュースを聞く姿勢になった。

 

『昨日から本日に掛けての深夜、大亜連合がハンカ湖西の国境を突破。南下してウスリースク方面へ進軍を開始しました。これに対して新ソ連はウラジオストクに駐留する極東軍を直ちに動員し、両軍はウスリースク北方三十キロの地点で衝突に至りました。現在も激しい戦闘が続いている模様です』

 

深雪がぎこちない動きで達也に目を移す。達也もテレビから視線を離して深雪と目を合わせた。

 

「お兄様、大変な事になりましたね・・・」

 

「これほど、日本に近い地域で発生した軍事衝突だ。我が国への影響は避けられないだろう」

 

達也の声にも、何時もとは違う緊張感が滲んでいる。テレビスタジオでは、解説者がカメラの前に登場した。

 

『大亜連合の狙いは沿岸地域南部の奪取でしょう。この地方、特にウラジオストクは地政学的に、高麗自治区を支配下におさめた大亜連合にとって、喉元に突きつけられたナイフに等しい意味を持ちます。大亜連合としては、この脅威を取り除く機会を以前から窺っていたに違いありません』

 

テレビに地図が映し出される。それを見てキャスターが「なるほど」と納得の言葉を口にした。

 

『しかし、ウラジオストクが狙いなら何故わざわざハンカ湖から南下するルートを取ったのでしょう。高麗自治区から侵攻したほうが近いようにお思われますが』

 

『大亜連合は横浜事変に続く我が国との戦いで海軍戦力を大量に損耗し、その打撃からまだ回復していません。南からウラジオストクを攻めるとすれば海軍との連携は欠かせませんので、高麗自治区から攻めあがるルートを断念せざるを得なかったのではないでしょうか』

 

「そうだろうな」

 

解説者の説明に、達也が相槌を打った。

 

『何故大亜連合はこの時期に、侵攻作戦に踏み切ったのでしょうか』

 

『本格的な準備は、一年以上前から始めていたのだと思います。二〇九五年十一月に終結された日亜講和条約は日本にとってかなり有利な内容でした。大亜連合中央政府は、威信回復の為に対外的な戦争を必要としたのです。ただ決定打となったのは、ここ数日で軍事関係者の間に囁かれ始めたある噂だと思います』

 

『噂・・・ですか?』

 

ニュースキャスターに水を向けられ、解説者は気が進まない様子ながら、その噂の内容を明かした。

 

『新ソ連の国家公認戦略級魔法師であるベゾブラゾフ博士が、死亡、または人事不省に陥っているという噂があるんですよ』

 

「それは知らなかった」

 

達也が合いの手を入れたタイミングが可笑しかったのか、深刻な顔をしていた深雪がクスッと笑いを漏らした。

 

『両国の軍事力は質を加味すれば新ソ連が勝っていますが、単純な数で言えば大亜連合が上です。また、新ソ連の兵力は北に配置されているシベリア軍が主力です。新ソ連の戦略級魔法師が機能しないとなれば勝算は十分にあると、大亜連合は計算したのでしょう』

 

『ベゾブラゾフ博士が戦力にならない状態にあるというのは、どの程度信憑性がある情報なのでしょうか?』

 

『全く根拠がないとは、言えないと思います。東京の八王子上空で新ソ連の戦略級魔法と推定される魔法の兆候が観測されるという事件がちょうど一週間前にありましたが、その少し前からベゾブラゾフ博士の消息は途絶えています』

 

『今月上旬に伊豆半島を襲った大規模魔法も、新ソ連によるものという話がありますが』

 

『そうですね。これらの奇襲攻撃は、軍部の独断により実行された可能性があります。ベゾブラゾフ博士がその責任を追及された可能性は、十分にあると思います』

 

『ディオーネー計画で世界に平和を訴えたベゾブラゾフ博士が、伊豆半島奇襲攻撃の当事者だったということですね・・・』

 

『今後の大亜連合の動きはどのように予想されますか?』

 

それまで発言しなかったアシスタントが、少し慌て気味に口を挿む。ディレクターから「ディオーネー計画の件にはあまり触れるな」という指示があったのかもしれない。

 

『そうですね。大亜連合はシベリアの部隊が参戦してくる前に決着をつけたいはずです。つまり、短期決戦を狙ってくると思います』

 

『では、新ソ連は増援が調うまで持久戦に持ち込みたいと考えているのですか?』

 

ここでニュースキャスターが会話に戻ってくる。彼はベゾブラゾフの話題を蒸し返さなかった。

 

『そう思います』

 

『大亜連合側は、戦略級魔法を使ってくるでしょうか』

 

『先日お披露目、いえ、その存在を明らかにした劉麗蕾少尉を投入してくることは、十分に考えられます』

 

その後も細かい話が続いていたが、そろそろ家を出なければ学校に遅刻する時間になってしまった。遅刻と言っても、それを心配しなければならないのは深雪だけだった。達也は深雪を学校までエスコートして、その後は自由行動となる。

 

「お兄様、本日は如何なさいますか?」

 

達也が運転席に座る自走車の中で、深雪が達也に問いかける。

 

「風間中佐から呼び出しが無ければ、FLTに行くつもりだ」

 

「リーナのところへは行かれないのですか?」

 

「やる事が出来た」

 

それはきっと、大亜連合と新ソ連の軍事衝突に関わる事なのだろう。深雪はそう思ったが、それ以上詳しくは尋ねなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の予想は的中した。深雪を一高に送り、FLTに向かう為に着替え終えたタイミングで、風間から電話が入った。

 

『大黒特尉。ここ最近、貴官との間の信頼関係を損なうような事態が続いたことは遺憾に思う。だが知っての通り、非常事態が発生した。すぐに基地まで来てもらえないだろうか』

 

「了解しました」

 

風間の、ある意味虫が良いとも思われる要請に、達也は二つ返事で頷いた。国防軍と喧嘩しても、いい事は何もない。それに、つまらない意地を張っている場合ではなかった。

 

『すまない』

 

そんな達也の心情を知ってか知らずか、風間は言葉少なげに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極東で起こった軍事衝突のニュースは、光宣も達也と同じ時間に見ていた。光宣は昨晩激しい戦いに勝利したばかりだったが、惰眠を貪るような真似はしなかった。なお、レイモンドもレグルスも、まだ起きてきていない。パラサイトの性質上、時差ボケではないのは明らかだ。

 

「こんなこと考えちゃいけないんだろうけど・・・」

 

これはチャンスに繋がるかもしれない。光宣はそう思った。

 

「(軍事衝突が長引けば、十師族も日本海側に注意を集中しなければならなくなる。短期間で決着したとしても、勝利した側が余勢を駆って日本海を南下すれば十師族はそれに対応しなければならなくなり、僕に構っている所ではなくなる・・・)」

 

テレビの解説者が正しければ、この戦争は達也がベゾブラゾフに反撃して大きなダメージを与えたことが引き金になっている。

 

「(達也さんは皮肉に感じるだろうけど、これも因果応報というものかな)」

 

ベゾブラゾフの攻撃により水波は傷つき、ベゾブラゾフを倒した事の影響で巡り巡って、達也は水波を守る余裕を失う。光宣が考えた通りになれば、達也にとって確かに皮肉な因果に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は巳焼島を訪れる予定とFLTに出社する予定をキャンセルして、独立魔装大隊本部がある霞ケ浦基地へ向かった。無論、この件は真夜に報告済みだ。都合よく直接話が出来たのだが、真夜は国防軍との関係を修復する事に前向きだった。多数の兵員を展開出来る国防軍の人的動員力は、やはり捨て難いということらしい。

 

「特尉、よく来てくれた」

 

風間の歓迎に、達也は敬礼で応えた。表情を動かしたのは副官の響子だ。風間中佐は当然という顔をして達也に礼を返した。

 

「今日来てもらったのは他でもない。ベゾブラゾフについて聞きたかったからだ」

 

伊豆の別荘で攻撃を受けた際、達也は仕留めた相手がベゾブラゾフでなかったと風間に教えた。だが一高が標的となった後の事は、軍に伝えていない。本家には報告してあるので、四葉家から国防軍に情報提供がされているのであれば、改めて達也が語る事は無いが、どうやらそうではなかったようだ。

 

「自分はベゾブラゾフに対して直接の攻撃はしておりません。ただ、稼働中の大型CADを分解しましたので、何らかのダメージを負っている可能性はあります」

 

「先日教えてもらった、列車型のCADか」

 

「そうです」

 

「稼働中のCADに接続している状態でそのCADを破壊されると、魔法演算領域を通じて精神に大きなダメージを被る。貴官が破壊したCADに、ベゾブラゾフが接続中だったという事だな?」

 

「あれ以降、トゥマーン・ボンバによる攻撃を受けておりませんので、その可能性が高いと思います」

 

「ふむ・・・」

 

風間が、与えられた情報を咀嚼するように考え込む。達也は無言で風間の表情を観察していたが、響子が不安そうな顔で達也を見詰めている事に気付き、無言で首を振る。

 

「・・・ベゾブラゾフが死亡した可能性はどの程度あると思う?」

 

「一パーセントもないでしょう」

 

「ゼロという事か」

 

「そう言い換えても構いません」

 

そう答えた後、達也は「あの件と無関係に事故死する可能性はゼロではありませんが」と言わずもがなの言葉を付け加えた。

 

「では、復帰の時期はどうだ。今回の大亜連合による侵攻に、ベゾブラゾフは間に合うと思うか?」

 

「新ソ連軍首脳部がベゾブラゾフを使い潰しても構わないと考えているのであれば、今日にでも投入可能でしょう。しかし十分な戦果を望むのであるば、すぐには無理だと思われます」

 

「具体的には、どの程度かかると思う?」

 

「過去の事例が当てはまるとすれば、CAD強制切断のダメージからの回復に要する期間は十日間から二十日間です」

 

今日は金曜日。一高がトゥマーン・ボンバで攻撃されそうになったのは、先週の木曜日の事である。

 

「つまり早くて二日、長くて二週間か」

 

「そうなります」

 

「・・・分かった」

 

頷いた風間に、今度は達也の方から話しかけた。

 

「中佐。自分の方からも、お話ししておきたい事があります」

 

「言ってみたまえ」

 

「既にご存知かもしれませんが、この国が再びパラサイトの脅威に曝されています」

 

「九島家の事なら知っている」

 

「USNAでも新たにパラサイトが発生しました」

 

「なに・・・?」

 

どうやら国防軍は、この件を掴んでいないようだ。あるいは風間の所まで情報が下りていないのか。そのどちらであれ、達也に出し惜しみする気はなかった。



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風間の確信

霞ヶ浦基地で達也はUSNAでパラサイトが発生したことを話した

 

「先週、スターズの本部基地でパラサイト化した隊員による叛乱が発生しました。現在スターズは、パラサイトによって事実上占拠されている状況にあります」

 

「・・・それはシリウス少佐から聞き出した情報か?」

 

「いいえ。九島閣下の縁者である九島リーナ嬢が話してくれた事実です」

 

「・・・そうか」

 

ここでも達也は、自分が匿っているのは「シリウス少佐」では無いと言外に主張し、風間にもこの話を蒸し返すつもりは無いようだった。

 

「そしてどうやらパラサイトが少なくとも二体、日本に潜入したようです」

 

「なに!?」

 

風間の表情に驚きだけでなく焦りが混じる。

 

「関空を警備していた警察が、テレパシーを使う密入国者を発見したそうです。ロスからの直行便で来日した乗客ですので、時期的に考えて一人はパラサイト化したスターズの可能性が高いと思われます」

 

達也は既に、潜入したもう一人がスターズの隊員であるジェイコブ・ロジャース――通称レグルスであることをリーナから聞いているが、それを風間に告げるつもりは無かった。

 

「・・・佐伯閣下にうかがってみよう」

 

「そうされた方が良いと思います」

 

阪神地区の警察も、自分の手元だけで情報を留めておくつもりは無いはずだ。中央に報告せず、十師族に情報を流すというのは考え難い。警察が軍に情報を流すかどうかは微妙なところだ。警察が縄張り意識を発揮して国防軍の力を借りるのは良しとしないかもしれない。だがそうであっても、佐伯が私的なルートから詳しい情報を仕入れている可能性は低くない。

 

「それで、一人はというのは、どういう意味だ?」

 

「二人組の片割れは、レイモンド・クラークでした」

 

「・・・本当か?」

 

「警察が撮影した写真で確認しました。ほぼ間違いありません」

 

「特尉」

 

それまで風間の斜め後ろで控えていた響子が、「思わず」といった感じで口を挿んだ。

 

「レイモンド・クラークというのは、あのエドワード・クラークの?」

 

「はい。ディオーネー計画の発案者、エドワード・クラークの息子です」

 

達也はいったん言葉を切って、思い出したように付け加えた。

 

「そしてエシュロンⅢのバックドアを利用した情報収集システム『フリズスキャルヴ』を運用していた『七賢人』の一人、トーラス・シルバーの正体を暴露した張本人でもあります」

 

「・・・待って、特尉。情報が多すぎて頭がどうにかなりそう」

 

「本題はここからなんですが・・・」

 

響子の「一休みさせて欲しい」という泣き言に、達也は無慈悲に拒否をする

 

「言ってくれ」

 

「では、四葉家の司波達也として、国防軍独立魔装大隊に協力を要請します」

 

風間の目が強い光を放ち、達也に抱き留められていた響子も体勢を正した。

 

「密入国したパラサイトは、同じくパラサイト化した九島光宣と結託した可能性が高いと考えられます」

 

光宣の名前を聞いて、響子の顔から血の気が引いた。しかし光宣がパラサイト化したことは、達也も響子に伝えているし、九島家を通じて教えられているはずだ。この場で響子の心情をケアする時間を割く余裕は、達也には無かった。

 

「また、スターズが日本で非合法活動を行うとして、送り込んでくるのが一人だけとは考えられません」

 

ここで達也は、レイモンドを人数から除外している。レイモンドを軽んじているわけではない。パラサイト化した以上、侮れない力を身につけていると予測している。ただスターズの方で、人数に数えていないだろうと推測しているだけだ。

 

「必ず、増援があるはずです。それも、近い内に」

 

「そうだろうな」

 

達也の推測は論理的で、風間も反論は無かった。そこで達也は話の焦点を、スターズから光宣に移した。

 

「九島光宣の目的は、当家使用人の桜井水波です。九島光宣がスターズと共同戦線を張れば、四葉家の力を以てしても桜井水波を守り切れない可能性があります」

 

「護衛の兵を貸せという事かね?」

 

「いいえ。横須賀や座間のような共同利用基地を使ってスターズが侵入を試みた場合、これを阻止していただけないでしょうか」

 

四葉家は首都圏の民間空港と軍事基地を監視している。だが国防軍の基地は、外部からしか監視できない。内部に潜り込めない事は無いが、現下の情勢では手間が掛かりすぎる。

それよりも、国防軍の基地は国防軍に監視してもらった方が、合理的で手間もかからない。そもそも非合法活動を目的とする部隊の侵入阻止は、国防軍の為すべき仕事である――たとえそれが同盟軍の部隊であろうと。

 

「――分かった。旅団長閣下を通じて、軍令部に掛け合ってみよう」

 

風間が達也に代替条件を出さなかったのは、彼もこれが国防軍の仕事だと理解していたからだった。

 

「ところで特尉。貴官は今回の紛争をどう見る」

 

「勝敗の帰趨を、という意味でしょうか?」

 

「そうだ」

 

「新ソ連が勝つでしょう」

 

達也は考える素振りも見せず、即答した。考える時間は、基地に来るまでに十分あった。

 

「根拠を聞かせてくれ」

 

「大亜連合の侵攻は、ベゾブラゾフの不在という不確かな情報に基づくものです。その前提条件が間違っているのですから、ベゾブラゾフが戦列に加わった瞬間に、大亜連合軍の士気は瓦解するでしょう」

 

具体的には、『トゥマーン・ボンバ』が使われた瞬間に。それは言葉にしなくても、風間に伝わっていた。

 

「フム・・・ベゾブラゾフが復帰する前に決着が付く可能性は無いと考えるのだな?」

 

「極東に展開している新ソ連軍と大亜連合に、決定的な兵力差はありません。たとえ大亜連合軍が『霹靂塔』を投入しても、短期間で勝利する事は難しいでしょう」

 

『霹靂塔』は大亜連合の国家公認戦略級魔法師が使う大規模攻撃魔法だ。この魔法を編み出した劉雲徳は『灼熱のハロウィン』――達也の『マテリアル・バースト』による朝鮮半島南端壊滅――により戦死したが、彼の孫娘という触れ込みの劉麗蕾が『霹靂塔』を受け継ぎ、新たな国家公認戦略級魔法師となっている。

 

「もし勝利した新ソ連軍が日本進攻を目論んだら――」

 

風間はそう言って、達也の目を正面から覗き込んだ。

 

「国防軍は、貴官の力を当てにできるのだろうか」

 

「当てにしていただいて問題ありません」

 

この時も、達也の答えに躊躇いは無かった。他国の軍事的冒険を牽制するのは、東道青波の力を借りた対価だ。風間に――第一○一旅団に依頼されなくても、達也は必要な措置を講じるつもりでいた。だがそれは、正直に言う必要のない事だ。ここは風間に「借り」だと思わせておくのが得策だった。国防軍も赤城鈴准将という戦略級魔法師を情報部の暴走で失っている。ここで大黒特尉から返事を貰えなければ国防上大きな損失となる事間違いなしだった。ただでさえ、赤城光彦准将の戦略級魔法は水辺でないと使えない為、陸では湖や沼地でしか使えない。その点達也のマテリアル・バーストは使い勝手が良かった。

そして達也が部屋を後にするとき、風間は不思議な質問をした

 

「達也・・・凛はどうして居る」

 

「・・・彼女は病人ですよ。病院で寝ていますよ」

 

「そうか・・・」

 

「・・・失礼します」

 

そう言い達也は扉を閉じた。風間の不思議な質問に響子は思わず風間に聞いてしまった

 

「中佐・・・今の質問はどういう事ですか・・・?」

 

響子が聞くと風間は

 

「いや、何でもない・・・少々疲れて居るみたいだ。すまないがコーヒーを頼む」

 

「分かりました。すぐにお持ちします」

 

響子は少し不満げに部屋を後にすると風間は先の達也の返答を思い出し、ある確信を持った

 

「(やはり、凛の昏睡状態は嘘だったか・・・)」

 

風間は達也が一瞬少しだけ驚いた様子をしていたのを見逃さなかった。現在、病院で情報部などから渡される資料などは正直風間は信じていなかった。彼女の性格からしてまず情報部に遅れを取った時点で疑っていた。

だが、病院から送られてくる情報に間違いは無かった。だが、彼女ほどの魔法師であれば情報の書き換えも容易であろうと思っていた。そして先の達也の表情を見て彼女は病院なんかにはいない事を確信していた。

 

「(だが、コレを報告すれば私は虚言を吐いていると判断されそうだな)」

 

風間は今の話を心の中で完結させると霞ヶ浦基地の空を見上げるのだった。



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封玉の練習2

大亜連合による新ソビエト領侵攻が勃発した翌日。極東、新ソ連沿岸海域では一進一退の攻防が繰り広げられていた。世界中がこの紛争に注目していたが、中でも日本は戦場に隣接してると言っていい、強い関心と警戒を懐いて戦況の推移を観察していた。

第三次世界大戦当時の、核兵器の使用を禁じるルールは今も生きている。国際魔法協会が介入するのは「汚い核兵器」が使われようとした時だけだが、これに準じて環境を汚染する生物兵器や化学兵器、有害な残留物を発生させる大威力爆弾、大気中に有害物質をまき散らす種類のサーモバリック爆薬も「自主規制」されている。その為、現代の戦争は昔ながらの弾丸、破片で殺傷する爆弾、そして高価な「環境に優しい」高威力爆弾が主体となっている。「金持ち」の軍隊であれば、そこに電磁波兵器やレーザー兵器が混ざってくる。

つまり何が言いたいのかというと、古いタイプの兵器が未だに主流を占めている所為で、まともな軍同士が衝突すると戦争が長引く傾向があるという事だ。なおこの場合の「まともな」とは「兵站がしっかりしてる」という意味である。

短期間で敵を打ち倒すには、相手が持っていない兵器が必要だった。大亜連合の勝算の元は『霹靂塔』。戦略級魔法だ。新ソ連の戦略級魔法師が出動できないと予想して、大亜連合はこの戦いを仕掛けている。世界の軍事専門家が推測した通りだった。

しかし、一日程度では決着はつかなかった。大亜連合は初日から戦略級魔法師・劉麗蕾を投入し、彼女が加わった戦場では戦い優位に進めている。だが『霹靂塔』は、全戦場をカバー出来るような魔法ではない。もしそんな魔法があったとしても、敵味方が接近している陸戦では使いどころが難しい。戦略級魔法は、世の人々が考えている程、便利なものではないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は土曜日。余暇と創造性を混同した一時期と違って、週休二日の学校は芸術の専門教育を謳う一部の中学校、高校だけだ。魔法科高校も当然、授業がある。達也は今朝も深雪を学校まで送っていた。水波が入院中で、彼女の代わりが四葉家から派遣される予定は今のところない。達也は既に『ガーディアン』ではないが、彼なりの習慣となってしまっていた。深雪の婚約者である弘樹は深雪のガーディアンでは無いため、達也がついてきても特に文句は無かった

 

「じゃあ弘樹、後は頼んだぞ」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

「お兄様、お気をつけて」

 

達也を見送った深雪と弘樹はお互いに見つめ合い少し笑うといつも通り学校へと通学した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一応制服を着ていた達也は、一度マンションに戻ってもっとラフな服に着替えてエアカーで巳焼島に直行した。第一の目的は魔法研究の為だが、リーナからずっと目を離しているのは不安だから、でもあった。案の定、リーナは早くも暇を持て余しており、用もないのに研究中の達也のところへ押しかけてきた。ここにきてからミアが世話係をしているがリーナはミアの変化に心底驚いたことなどを達也に話すが、達也は話半分に聞き流していた。

そのことに腹を立てたのか。リーナはさっさと話題転換をした。

 

「・・・達也、何をしているの?」

 

「魔法を創っている」

 

「コンピューターだけで!?」

 

「そんなに驚く事か?例の『ブリオネイク』を作った君の技術者だって、似たような事は出来るだろう?」

 

『ブリオネイク』はFAE理論を技術として実用化し、戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』を局地戦、対人戦闘でも使用可能にした魔法兵器だ。FAE理論――フリー・アフター・エグゼキューション理論、日本では後発事象可変理論とも呼ばれている、「魔法で改変された結果として生じる現象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に改変直後のごく短い時間は物理法則の束縛が緩く、それに続く事象改変が容易になる」という理論だ。

 達也の『バリオン・ランス』にもこの理論が使われているが、『バリオン・ランス』は『ブリオネイク』を参考にして作ったもの。『ブリオネイク』の開発者は、達也が心の中で白旗を揚げ、何時か会ってみたいと強く念じている相手だった。

 

「確かにアビーも、自分のデスクだけで魔法の改造とかしてたけど」

 

ブリオネイクを開発した技術者は『アビー』と言うのかと、達也は心のメモ帳に、その名をこっそり書きつけた。

 

「でも、新しい魔法を創る時には、途中で何度も実験してるわよ?」

 

「この魔法も、一から創っているわけではないからな」

 

達也は「アビー」という技術者への興味をおくびにも出さず、リーナの疑問に答えた。

 

「先日『トゥマーン・ボンバ』を視る機会があったので、あれを俺たちにも使える別の魔法に応用できないかと考えた。『トゥマーン・ボンバ』は複雑すぎて簡単には使えない」

 

達也は「大掛かりな装置が必要で簡単には使えない」という意味で言ったのだが、リーナは「要求される魔法力が高過ぎて簡単には使えない」と解釈した。もちろんそれも、間違いではないので、達也はリーナが頷いたのを見て、詳しい説明を省いた。

 

「・・・えっ!?ちょっと待って!もしかして創ろうとしている魔法って、戦略級魔法なの?」

 

「分類上はそうなる」

 

一拍置いてリーナが調子はずれな声を出し、達也も慣れてきたのか失笑を漏らすことも無く淡々と答えた。

 

「呆れた・・・グレート・ボム・・・いえ、『マテリアル・バースト』だったかしら?あんなデタラメな魔法を持っているのに、新しい戦略級魔法を身に着けようというの?魔王にでもなるつもり?」

 

「リーナはゲーマーだったのか」

 

「ゲ、ゲームなんかしてなくても、みんな『魔王』くらい当たり前に知ってるでしょう!」

 

リーナが注文通りムキになってくれて、達也は少し溜飲が下がった。彼を魔王扱いしたがる人間が増えてきて、達也は少々うんざりしていたのである。

 

「この魔法を自分で使うつもりは無いぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「君の言う通りだよ、リーナ。戦略級魔法なんて、一つ持っていれば十分だ。あんなもの、使いどころが限定される所為で普段は役に立たないくせに、持っているだけでしがらみが山のようについてくる」

 

「分かるわ」

 

リーナが文脈を無視して、力強く同意する。同じ戦略級魔法師として、リーナも思うところが多々あるのだろう。

 

「これが完成すれば、別の魔法師に使わせる」

 

達也は苦笑をもっともらしい表情に隠してこう続けた。

 

「使えそうなやつには心当たりがある。そいつが新たな『使徒』として名乗りを上げてくれれば、鬱陶しいしがらみも多少は減るだろう」

 

「そうね」

 

リーナは「しがらみ」にばかり気を取られて、肝腎の部分に注意を払っていなかった。もしこの場にミアが同席していれば気付いたかもしれないが、日本に新たな国家公認戦略級魔法師が誕生するという、世界の軍事バランスに大変動をもたらすその一言に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が巳焼島にいたのは午前中だけだった。彼は戦略級魔法よりも差し迫って必要な魔法がある。

 

「弘樹、幹比古。いるか?」

 

「ああ、ここだ」

 

「幹比古、今日も頼む」

 

「僕も良い修行になるよ」

 

「達也、幹比古。こっちだ」

 

達也は幹比古を修行のパートナーとして、八雲に示唆された『封玉』の完成に取り組んでいた。肉体から追い出したパラサイトを、想子で圧し固めて閉じ込める魔法。閉じ込めた『封玉』は、何らかの呪物に吸い込ませるなどの手段で物質的に封印して保管するか、精神的に解体・償却してしまうか、更に処理が必要になる。だがいったん閉じ込めてしまえば、達也の役目は終わりだ。別の専門家に引き継ぐことが出来る。

修行の内容は、言葉で表現すれば単純だ。幹比古が精霊を呼び出し、力を注ぎこんで故意に暴走状態を作り出す。それを達也が無系統魔法で拘束し、想子ごと圧縮して安定的な凍結状態に変える。想子の殻で情報体を覆いつくすだけでなく、想子を混ぜて一緒に固めてしまう。放射性廃液をガラスに混ぜて固化するのに似ているだろうか。固めた物を保存する容器を別に用意しなければならないし、最終的な無害化には別途の処理が必要だ。だがとりあえず、パラサイトが何処かに飛んで行ったり別の人間を侵食したりするのは止められる。

 

「今のはなかなかだな」

 

「そうだね、前と比べると上達していると思うよ」

 

木曜に始めたばかりで、まだ完成には程遠い。だが、少しずつコツを掴みつつあるのは確かだった。

 

「そうか?」

 

幹比古に褒められても、達也は手応えをあまり感じていない。だがそれは完成形のイメージが強すぎる為で、八雲の許を訪れた時に比べれば明らかに進歩している。

 

「そうだよ。達也、自信をもっていい。普通の人間だったら、始めて数日でここまで出来るとは思えないし、達也が焦る気持ちも分かるけど、上手くなってきているのは確かなんだし」

 

「・・・そうだな。懐疑的になっても意味は無いか。幹比古、もう一度頼む」

 

「何度でも」

 

嫌な顔一つせず、幹比古が頷く。達也は友人の助力に感謝しながら、『封玉』を放つべく体内で想子を練った。

 

「達也、コレなら次の段階に行っても問題ない気がするぞ」

 

「そうか?」

 

そういうと弘樹は何もない空間から制御式の組み込まれたパラサイトを取り出した。すると幹比古が驚いた表情をした

 

「これは・・・パラサイトじゃないか!?」

 

「ああ、正確には制御式の組み込まれた安全なパラサイトだがな」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ああ、安全は保証する」

 

そういうと達也は早速制御式の組まれたパラサイトを封印しようとするが練った想子は飛散してしまった

 

「あら。ダメだったか・・・」

 

「そのようだな」

 

「うーん、少し早かったか・・・」

 

「まだまだだったな」

 

「何そう焦らなくてもいい。さ、続きをしよう」

 

「そうだな。幹比古、もう一度精霊を頼む」

 

「分かった」

 

三人は演習林で練習を繰り返した



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パラサイトの襲撃計画

例の件で、響子から達也の許へ連絡が入ったのは日曜日の午前中の事だった。食事を済ませ、今日はどうしようか考えていた達也を眺めていた深雪は、少しムッとした表情を見せたが、個人的な電話ではなく『仕事』の電話だと分かり表情を改めた。

 

『特尉。アメリカ軍から、明晩、座間基地にハワイ発の輸送機が到着するという通告がありました。共同利用協定に基づく、正式な通告です』

 

「それでは、表立って手荒な真似は出来ませんね」

 

『こちらの予想した通りとも言えます』

 

響子の言う通り、スターズが協定を利用して増援を送り込んでくるのは、達也たちの想定通りだった。ただこうして正規の制度を堂々と利用してくることから、USNA軍内部でパラサイトが勢力を伸ばしていると読み取れる。響子の顔色が優れないのは、それを懸念しているからに違いなかった。

 

「では打ち合わせ通り、監視をお願いします」

 

『特尉。いえ・・・達也くん。本当に達也くんだけで乗り込むつもりなの?』

 

「乗り込むのは一人ですが、戦力は俺一人ではありませんよ。パラサイト対策はまだ未完成ですから」

 

『それ、四葉家の人?それとも、学校のお友達・・・?』

 

「家の者は光宣の方に注力しています」

 

達也ははっきりと答えなかったが、つまりは一高の友人を頼るということだ。彼としても本意ではなかったが『封玉』が未完成である以上、パラサイトを封印できる人材が必要だった。

しかし、響子の口から制止の声は出てこない。達也にそんな意図はなかったのだが「光宣を捕らえる為だ」と言われれば、彼女は何も言えなくなる。

 

『・・・何時決行するの?』

 

「早い方がいいでしょうから、明日の夜、到着直後に」

 

『そう・・・達也くん、気を付けて。監視には柳少佐にも加わってもらうから、いざという時は通信してちょうだい』

 

「分かりました。いざという時には、甘えさせていただきます」

 

そう言って、達也が軽く一礼する。しかし、カメラの向こうの響子は理解していた。達也が決して、自分たちを頼らないだろうという事を。

 

『ええ。でも、それが必要な事態にならないよう祈っているわ』

 

響子との通話を終え、達也が振り返る。自分の背後に心配そうな表情の深雪が控えているのは、見なくても分かっていた。

 

「お兄様・・・明日、私はどういたしましょうか」

 

半年前の深雪ならば「どうするべきか?」と尋ねるのではなく「自分も行く」と主張しただろう。だが今の彼女は、自分が達也や弘樹の弱点となり得ることを納得している。昔から自覚はあったが、それを呑み込むことが出来るようになったのだ。

 

「水波についてやってくれ」

 

達也の判断は最初から決まっていた。深雪は、スターズとの戦いには連れて行かないと。達也は深雪の能力がスターズに劣るとは考えていない。スターズの精鋭を相手にしても、深雪が後れを取る事は無い――むしろ深雪の方が優位に立てると確信している。

だが、自分から危ない真似をして欲しくない、それが達也の本音だった。攻撃を受ければ反撃はやむを得ない。巻き込まれるのも仕方がない。今回のケースで言えば、水波が光宣に攫われそうになった場面で、深雪に手出しをするなと言っても無理だろう。それは諦めている。

だがパラサイト化したスターズの駆除は、深雪が関わる必要のない事だ。

 

「光宣の動向が掴めないからな。俺が他の戦いに手を取られている間は、お前に目を光らせていて欲しい」

 

「・・・かしこまりました」

 

達也のセリフは、嘘では無い。だが本心の全てでもない。達也が自分を危ない目に遭わせたくないと思っているのは、深雪も理解している。

 

「お兄様の、お言い付けのままに」

 

それを理解した上で、深雪は達也の指示に従うと約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣はレグルスとレイモンドを神戸の隠れ家に置いて、一人で奈良に来ていた。奈良にも周公瑾が築いたネットワークが残っている。去年の秋、他ならぬ光宣自身が達也と協力してその一部を暴いたが、魔法とは縁のない「一般人」の間にも周公瑾の手は伸びていた。光宣が今いるのは、そうした「魔法とは縁のない一般市民」の所有する民家だった。

 

「恐ろしい相手だったんだな・・・」

 

思わず、光宣の口から独り言が漏れる。以前の自分が思っていた以上に、周公瑾は厄介な敵だった。だが今はそのお陰で、光宣は不自由なく動く事が出来る。

とはいえ、安全に行動できるのはここまでだ。ここから先は、自分を待ち受けている九島家の懐に飛び込んでいかなければならない。彼の目的地は『第九種魔法開発研究所』。旧第九研、「九」の魔法の本丸だ。光宣はそこから、封印されているパラサイドールを奪取するつもりだった。

七草・十文字家連合、特に克人と戦って、光宣は一人の限界を痛感した。レグルスとレイモンドを助けたのは手を借りようという下心があっての事だが、あの二人だけでは足りない。それに彼らには彼らの仕事がある。もっと他に、手足となって働くものが必要だった。周公瑾と懇意にしていた関西の古式魔法師は当てにできない。彼らはずっと、第九研と対立してきた。そしてこの身体は「九」の魔法師の一つ、九島家直系のものだ。隠れ家と違って、周公瑾の知識を持っていても彼らが味方してくれるとは思えない。

そこで光宣が思いついたのは、パラサイドールを配下に従えることだった。パラサイドールの開発は中止された事になっているが、性能的には既に完成している。ただ倫理的な理由で実用化が凍結されているだけだ。何よりパラサイドールの中核は、その名から分かる通りパラサイト。自分ならば人間の魔法師よりも上手く使えるはずだと、光宣は考えた。運用試験で破損したパラサイドールは修理された上で、旧第九研の倉庫に封印されている。そこに忍び込んで、パラサイドールを再起動させることが出来れば、彼女たち自身の戦闘力で脱出は難しくないはずだった。

しかし、旧第九研は九島家の管轄下にある。それは九島家が十師族を外れても変わらなかった。光宣がパラサイドールを狙う事を予想していなくても、旧第九研には九島家による厳しい警備が敷かれているだろう。もしかしたら彼の祖父、九島烈が待ち構えているかもしれない。

虎穴に入らずんば虎子を得ず。旧第九研はまさしく「虎穴」だと、光宣は思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉家当主・四葉真夜は、関空で発見された密入国者の調査を四葉分家の一つ、黒羽家に任せた。黒羽家当主・黒羽貢には、優秀な双子の子供がいる。姉・黒羽亜夜子。弟・黒羽文弥。

達也は黒羽家に捜査を任せると聞いた時「黒羽家ならば学業よりも任務を優先するかもしれない」と考えた。だが達也の推測は、この時点ではまだ、正しいとは言えない。貢は自分の子供たちを、学校を休ませてまで阪神地域へ派遣したりはしなかった。

六月三十日、日曜日。亜夜子と文弥の双子姉弟は、関西国際空港に来ていた。

 

「あまり参考にならなかったわね」

 

「写真では分からない密入国者の特徴や、見失った時の状況が聞けただけでも大きいよ」

 

せっかく時間を割いてくれた警官に対する感謝が欠片も見られない亜夜子に、文弥はそう反論して遠回しに姉を窘めた。

 

「それにしても、姉さんが当事者の巡査さんと知り合いだったとは思わなかった」

 

「空澤さんが第一発見者だったのは単なる偶然だけど」

 

亜夜子は三年前、中学二年生の夏休みに、一ヶ月ほど文弥と離れて神戸にいたことがある。同じ年ごろの少女だけを対象にした、泊まり込みのマナースクールに参加していたのだ。無論仕事絡み、潜入捜査だった。

上流階級の子女を洗脳して工作員に仕立て上げる無国籍犯罪組織の陰謀を暴く事が目的で、亜夜子は無事その任務を成し遂げたのだが、その際に当時まだ第二高校の生徒だった空澤巡査といろいろあったらしい。

 

「でも結局、手掛かりにはならなかったでしょう?」

 

「全く手掛かりが無かったわけじゃないよ。密入国者の二人は有人タクシー乗り場で突然、姿が見えなくなった。追いかけていた人影と同じ姿の人間がいなくなった。その際、タクシーではなく乗用車で走り去った二人の人間が監視カメラに記録されていたけど、その二人の姿は空澤巡査が目撃したものとは別だった。走り去った車も、空港の外に配置された街路カメラには同じ特徴の車両が映っていなかった。これって、あの魔法が使われた状況に似てない?」

 

「・・・九島家の『仮装行列』ね」

 

「そう。そして、九島家でパラサイトの協力しそうな人物と言えば」

 

「先日パラサイトになって、私たち四葉家に挑戦してきた九島光宣。彼しかいない」

 

「スターズと推定される密入国者は九島光宣に匿われている」

 

文弥の断定に亜夜子は頷いて同意をした



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光宣の強奪

文弥と亜夜子は、密入国したスターズの隊員が九島光宣に匿われているという達也の仮説がほぼ間違いないという事を、父親と本家へ別々に報告した。

その結果、父親からは捜査を中断して戻ってくるよう言われ、本家からは真夜の指示として、旧第九研に立ち寄って二人が掴んだ情報を伝えてくるようにと命じられた。言うまでもなく、優先するのは真夜の指示だ。

 

「・・・それにしても、何故九島家じゃなくて旧第九研なんだろう?」

 

研究所へ向かう車の中で、文弥が意識せず疑問の声を漏らす。この車はタクシーではなく、黒羽家が作戦用に使っている物だ。文弥は通学の都合で黒羽の実家を出て、浜松市内のマンションに住んでいる。今日はそこから電車に乗って関空に行ったのではなく、迎えに来た車を使ったのだ。ちなみに、亜夜子は最初からその車に乗って文弥のマンションにやってきたのだ。

行きこそは余計に時間がかかったが、旧第九研は町外れの結構不便な場所にあるので、結果的には正解だったと言えよう。

 

「真言様ではなく閣下にお伝えすべきだと、御当主様はお考えなのかもしれないわね」

 

文弥のセリフは独り言に近かったが、隣に座っていた亜夜子は律儀に答えを返した。なお「真言様」というのは九島家当主・九島真言のことで、「閣下」というのは九島家前当主・九島烈のことだ。十師族のみならず、日本魔法界の長老として敬われている九島烈は通常「老師」と呼ばれることが多いのだが、達也はこの通称を嫌って「九島閣下」と呼んでいる。烈が元国防軍少将だった事実に則った呼び方だ。文弥も亜夜子も以前は「老師」と呼んでいたのだが、達也が「閣下」と呼んでいるのを聞いて、二人も「閣下」派に転向したのだった。

 

「ああ、だから姉さんにお遣いが回ってきたのか」

 

亜夜子と九島烈は、前回のパラサイト事件の際に面識がある。ある種の共犯関係と言った方が正解か。全く見知らぬ本家の使用人が出向くより、烈も快く話を聞いてくれるかもしれない。

 

「私に、じゃなくて私たちに、でしょ」

 

そう言いながらも、亜夜子は文弥の推測を否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車ではなく車を使った所為か、そもそも昼食が遅かった所為か、文弥たちが旧第九研に着いた時には既に暗くなり始めていた。今は一年の中で最も日が長い時期だが、梅雨明けの前の空はどんよりと曇って夕陽の光を通していない。

旧第九研――現在の正式名称は『第九種魔法開発研究所』なので通称は『第九研』でも良さそうなものなのだが、魔法関係者は頑なに『旧第九研』と呼ぶ。そこには予想通り九島烈がいて、亜夜子の面会申し出にすぐ応じた。

亜夜子と文弥が応接室に通される。簡単な挨拶の中で、日曜日にも拘わらず九島烈が旧第九研に来ている理由が語られた。

 

「光宣が家族中から貶されるので、家は居心地が悪くてな・・・」

 

烈は大勢の孫の中で、光宣を一番可愛がっていた。魔法の才能に恵まれながら病気がちな為に実力を発揮出来ない光宣を不憫に思っていた。もしかしたら他の孫は、それを敏感に感じ取っていたのかもしれない。また父親の真言にも、真言の妻にも、光宣を疎む理由があった。客観的に見て、光宣は親兄弟から愛情を十分に注がれたとは言えない。もしかしたら九島の家の中で、光宣に家族愛を向けていたのは烈だけだったかもしれなかった。

 

「もう遅い。ここで食事を済ませていってはどうかね」

 

話を終えた後、烈は文弥と亜夜子にそう勧めた。光宣と同じ年の二人を前にして、寂しさを募らせたのかもしれない。烈の言葉に打算が見当たらなかったので、文弥と亜夜子も断るのが忍びなかった。

 

「連れの食事も用意させよう」

 

「・・・ありがとうございます。ご相伴に与らせていただきますわ」

 

結局、二人の意思を代表して亜夜子が烈の誘いに頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧第九研を臨む里山の木陰に潜んでいた光宣が、心の中で呟く。

 

「(そろそろ日没か・・・)」

 

辺りはすっかり暗くなっているが、もし晴れていれば今が日没の時間である。厚い雲が無ければ、今が黄昏。まさに、逢魔が時。大禍時。人と魔が出会う時。魔の力が強まり、人に禍が降り掛かる時。

 光宣は今回の作戦の為に調達した戦力に、思念で合図を送った。

 

「(今回だけなら、彼らでも十分役に立つだろう)」

 

彼らは京都・奈良の古式魔法師ではなく、周公瑾が送り込んだ大陸からの亡命者を、術で縛って一時的に従えているだけだ。自分の意思がない、つまり意志力が欠けている状態だから達也や克人の相手は到底務まらないが、パラサイドールを封印から目覚めさせるための時間稼ぎくらいはできる。光宣はそう考えて周公瑾の知識から得た傀儡術式を使ったのだ。

方術士が一人、研究所正面ゲートに突っ込んだ。そのまま、火炎の方術で自爆する。

 

「(冷静に見ると、随分な光景なんだろうな)」

 

自爆と言っても、言葉の通り肉体を爆発させるわけではないから、そのまま即死はしない。だが自分の魔法力を限界以上に引き出して、ゼロ距離で魔法を行使するのだ。放置すれば死に至る怪我を負った代わりに、一撃でゲートを破壊する威力を発揮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルを囲んでいた烈、亜夜子、文弥の三人は、丁度スープを飲み終えたところだった。全員が一斉に研究所正面の方向へ振り向く。立ち上がったのは文弥だけだが、烈も亜夜子も、それを咎めたりはしなかった。

 

「何故、接近の警報が鳴らなかった?」

 

烈の呟きは「不審者接近を告げる警報が何故ならなかったのか」という意味だ。その呟きを聞いても、文弥と亜夜子は答えられない。

 

「・・・結界か」

 

彼は他人の意見を聞くことなく、自力で答えに至った。かつて「世界最巧」と呼ばれた烈が気づかない程に、魔法の波動を隠蔽する結界。想子波を遮断するのではなく分かりにくくする攪乱フィールドが、研究所前方の広い範囲と敷地内半分を覆っている。その事実に烈は、この段階になって漸く気づいた。

 

「これは大陸南西部の方術士が得意とする隠蔽結界だな」

 

ここで烈が「大陸」と言っているのはユーラシア大陸の事でもアジア大陸の事でもなく、大亜連合の領土にほぼ重なる地域の事だ。「大陸南西部」は四川・雲南地方を指している。

 

「閣下! 光宣君が来たのではないでしょうか」

 

大陸の結界と聞いて、光宣を連想したのは文弥だった。

 

「光宣ならば、狙いはパラサイドールだろう」

 

「パラサイドールというのは、去年、スティープルチェースの会場でテストされた人型兵器のことですか?」

 

「知っているのかね」

 

「はい。些か、関わりがありました」

 

烈の反問に、亜夜子が頷く。

 

「そうか。そのパラサイドールで合っている」

 

烈は亜夜子の最初の質問に答えた後「あの時動いていたのは、司波達也君だけではなかったのか」と独り言のように付け加えた。亜夜子からすれば、あの時「動いていた」と言える程の成果を上げていないので、烈の言葉にどう反応すれば良いのか悩んだが、幸いそんな事で頭を悩ませる時間は無かった。

 

「パラサイドールは北側の倉庫に封印されている。すまないが、そちらの応援に行ってもらえないか。私も研究所内の状況を確認し終えたらすぐに向かう」

 

「分かりました!」

 

黒羽家の二人が烈に従わなければならない理由は、本来ない。だが九島光宣は、四葉家にとっても敵だ。彼がパラサイドールを求めて研究所を襲撃しているのであれば、その目的は戦力増強、この人型兵器を自分の手足として使おうとしているに違いない。四葉家の敵が戦力を調達しようとしているのを邪魔するのは、四葉分家として当然の義務。

 

「姉さん、行こう!」

 

「ええ」

 

この文弥の判断に、亜夜子も反対しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧第九研の警備は、力を増した光宣にとっても決して楽を出来る相手では無かった。だが――

 

「(真由美さんたちや、十文字さんほどじゃない。ましてや達也さんと比べるまでもない)」

 

光宣は旧第九研の警備に当たっていた人間を短時間で倒し、封印したパラサイドールを格納する倉庫に辿り着いていた。先日、彼がパラサイトになる為に忍び込んで以来だが、鍵は取り替えられていない。幾ら電子錠とはいえ、不用心だと光宣は思った。

 

「(――いや、待てよ)」

 

光宣は念の為『仮装行列』と『鬼門遁甲』で守りを固めて、一歩離れたところから『電子金蚕』を非接触で放った。『電子金蚕』が電子錠に侵入する。その直後、電子錠のコンソールで激しい放電が起った。

 

「(・・・危なかった)」

 

今の電圧・電磁量は致死レベルに達していたように見えた。光宣でも、不用意に接触すれば暫く行動不能に陥っていただろう。

 

「(魔法を放つ瞬間は、その魔法に対して無防備になる・・・この原理を逆手に取った罠か・・・これを仕掛けたのは、恐らくお爺様だろう。さすがはかつての『世界最巧』)」

 

だが光宣は空中に電流の通り道を作って『電子金蚕』を離れたところから放つアレンジを編み出していた。電気の通り道をそのままにしておけば感電する恐れがあった。だが『電子金蚕』の通過と同時にラインを閉じるようにしてあったのが功を奏したのか、コンソールの放電は光宣に何の害も及ば差なかった。

もう一度『電子金蚕』を放つ。既にコンソールの電子回路は焼き付いている。電子錠はコンソールからの信号ではなく『電子金蚕』が代わりに送り込んだ信号により作動し、光宣を迎え入れた。

扉を潜り抜けるのと同時に、光宣の虚像が攻撃を受ける。先日と違い、倉庫の内部にも警備の人間を配置していたようだ。しかも一人や二人ではなく、五人以上の気配が、光宣に牙を剥く。

 

「(今の僕に気配を覚らせなかったとは見事な腕だ! だが、足りない)」

 

光宣は九島家の人間だった頃の意識で、彼を迎え撃った魔法師を惜しんだ。

 

「(パラサイトとなり、力を存分に発揮出来る僕を停めるには、これだけでは足りない。まして、達也さんや克人さんとやり合った後だと、どれだけの実力者だろうが僕にとっては不足にしか思えない)」

 

達也も克人も、本気で自分を捕まえようとはしていなかったように感じられたが、光宣にとって彼らはかなりの強敵だったのだ。だからこれくらいの警備なら、彼にとって無いも同然だ。

一分も経たず、戦闘が終わる。最終的に六人の魔法師が、倉庫の中に倒れていた。



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黒羽姉弟VS光宣

文弥と亜夜子は、場所を教えられた倉庫に直行しなかった。彼らが向かったのは駐車場。ここまで乗ってきた黒羽家の車だ。文弥はそこに『ダイレクト・ペイン』専用CADを置いて来ていた。

 

「若!?」

 

「九島光宣の襲撃だ!お前は本家と父さんに連絡の上、ここに待機!退路を確保!」

 

「分かりました!」

 

黒羽の黒服の中で文弥の側近を務める、黒川白羽という「黒だか白だかはっきりしろ」と言いたくなるような名前を持つ青年が、無駄な問答はせずに文弥の指示に従って通信機のスイッチを入れた。文弥が後部座席の小物入れから、黒塗りのナックルダスターを取り出す。彼はそれを右手に嵌めた。軽く握り込むことで、ナックルダスター形態の専用CADに電源が入る。

 

「姉さん、お願い」

 

「分かったわ」

 

亜夜子が研究所の敷地の北側へ目を向ける。建物と建物の隙間から、件の倉庫は見えていた。

 

「あれね。念の為、屋根の上に飛ばすわね」

 

「了解。姉さんは無理に来なくて良いよ」

 

「警戒は怠らないわ」

 

文弥の心配を笑顔で蹴飛ばして、亜夜子は『疑似瞬間移動』を発動した。文弥の身体が消え、次の瞬間には、彼は約八十メートル先の、屋根の上に出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強力な魔法が、今いる倉庫に向かって放たれたのを光宣は感知した。

 

「(『疑似瞬間移動』か)」

 

直接攻撃用の魔法ではないが、ここに戦闘員を送り込んだのだろう。屋上に気配が生じる。だが光宣は構わず、実行中の魔法に力を注いだ。

 

「――完了だ!」

 

思わず、力のこもった独り言を漏らす。その直後、倉庫の天井に穴が空いた。戦術核にも耐える複合材が、僅か数十秒の魔法で破られたのだ。使われた魔法は『酸化崩壊』。光宣も得意とする、固体から強制的に電子を排除して分子間結合力を奪う魔法だ。光宣自身が使う『酸化崩壊』よりも劣るが、この魔法師の『酸化崩壊』もかなりハイレベルな代物だった。

 

「黒羽文弥?」

 

光宣は、その穴から飛び降りてきた小柄な人影に、見覚えがあった。去年の九校戦。その新人戦モノリス・コードで四高快進撃の立役者になった、彼と同学年の少年魔法師だ。

黒羽文弥は光宣の声に応えず、右手を前に突き出した。

 

「(ナックルダスター?)」

 

その拳には黒塗りのナックルダスターがはめられているが、光宣との距離は十メートル近くある。光宣には文弥が何をしたいのか分からなかった。

その、一瞬前までは。突如として光宣を、激痛が襲う。

 

「(腹を打たれた?)」

 

だが、文弥の拳が届いていない事は確かめるまでもなく明らかだ。空気弾や「圧力」が撃ち込まれた感じでもない。

 

「(クッ!?)」

 

光宣は肉体の制御を脳・神経系によるコントロールから精神による直接制御に切り替え、痛覚神経をカットした。

 

「(痛みが消えない!?)」

 

だが依然として、腹部が激しく「痛む」。

 

「(このままではまずい!)」

 

正体不明の攻撃に曝される危機感から、光宣は文弥に向かって電離した空気弾『プラズマ・ブリット』を連射した。文弥は九校戦でも見せた素早い空中フットワークで光宣のプラズマ弾を全て躱し、着地した一瞬に再び右手を突き出した。

 

「ぐっ!」

 光宣の口から苦鳴が漏れる。彼は右手で、右目を押さえた。目が潰れたのではないかという激痛が右目に生じたが、右の掌に感じる眼球の手触りは、目に何の損傷も生じていないと告げている。

 

「(負ける?このまま何も出来ずに?)」

 

彼は「望み」を叶えられなくなるという焦りに駆られて、自爆的な魔法を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精神に直接痛みを与える文弥の魔法『ダイレクト・ペイン』は、パラサイトにも有効だった。一撃で倒せなかったのは予想外だが、二発撃ちこんで光宣は膝を突いている。この場を冷静な第三者が見ていても、あと一歩で文弥の勝利だと思ったに違いない。

しかし、三発目の『ダイレクト・ペイン』を放とうとした瞬間、文弥は強烈な危機感に見舞われた。

 

「(まさか『ノックス・アウト』!?)」

 

『ノックス・アウト』とは、窒素化合物を出現させる魔法。具体的には空気中の酸素と窒素を強制的に化合させる吸収系魔法だ。生成する化合物は毒性が極めて高い二酸化炭素を避けて、主に一酸化窒素を作り出すように魔法式が組み込まれているが、一酸化窒素にも毒性はある。吸い込めば数分で意識を喪失する。この特性から「ノックアウト」とのダブルミーニングで『ノックス・アウト』と名付けられている。

この魔法の対人効果は一酸化窒素による意識喪失だけでなく、空気中の酸素を大量に消費する事で、酸素欠乏状態も作り出す。閉鎖空間では、きわめて脅威度の高い魔法だ。

 

「(自殺する気かっ!?)」

 

文弥は心の中でそう罵ったが、本当は分かっていた。これはパラサイトの生命力と治癒力を当てにした「ごり押し戦術」だと。文弥は出入り口まで下がって扉の開閉ボタンを押した。彼にとって幸運だったのは、九島烈が仕掛けた罠は外のコンソールだけに影響するもので、扉のシステム自体には害が及ばぬようになっていたという点だ。モーターは問題なく作動し、扉はスムーズに開いた。文弥は倉庫から飛び出すと、念の為に二十メートル前後の距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一酸化窒素に中枢神経を冒され、更に酸素欠乏にまで曝されて、光宣の肉体は活動を停止していた。しかしパラサイトである彼の精神は、外の世界を認識し、外の世界へ働きかける力を失っていなかった。

 

「(お前たち、行け!)」

 

光宣は十六体のパラサイドールに、戦闘の開始を命じた。彼女たちの封印は光宣がついさっき、全て解いた。元々何時でも稼働が可能な状態に修理された上で凍結されていたのだ。パラサイドールたちは扉が開いたままの出入り口へ向かって駆け出した。

次に彼は、倉庫内の窒素化合物を酸素と窒素に戻した。空気が呼吸可能な状態になった時点で、治癒能力は自動的に作動している。

 

「人間のままだったら、負けていたな・・・」

 

うつぶせの状態から両手をついて身体を起こしながら、光宣は苦く、弱々しい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亜夜子は約五メートルの距離を進むのに、一分以上を要した。敵が次々と襲いかかってきたからだ。相手は全て古式魔法師、それも大陸から渡ってきた『方術士』であるようだ。

亜夜子の能力は、戦闘向きではない。それにもっと広い場所に向いていて、このような遭遇戦は彼女が最も苦手とするシチュエーションだった。

それでも、姿を消して逃走することなく七人の方術士を地に這わせた。次々と襲いかかってきた敵が途切れて、亜夜子が一息吐く。敵の方術士は力量だけ見れば、決して弱くなかったが、七人が同時に襲いかかってきたのではなく、一人が倒されたら一人が現れるという具合に、全く連携が取れていなかったので、亜夜子は無傷で済んだのだった。

それに各方術士の攻撃パターンも単調だった。古式魔法は相手の五感を騙し、肉体の攻撃ではあり得ない奇襲で意表を突き、敵を精神的に崩してから決定打を叩き込む戦い方を得意にしている。正面からぶつかり合えば、スピードに勝る現代魔法には敵わない。それは敵の方術士にも分かっていたはずだが、襲いかかってきた方術士たちは、視覚化した火の玉などをぶつけてくるだけだった。

 

「乗っ取られていたのかしら?」

 

方術士の戦い方に疑問を覚えながらも、亜夜子は文弥に加勢すべく倉庫へ向かおうとしたが、三歩も進まずに歩みを止めた。倉庫から文弥が飛び出してきたのだ。

何があったのかと声をかけるより先に、女性型ロボットが文弥を追いかけて倉庫から駆け出してきた。その正体を亜夜子は知っていた。パラサイドール。妖魔を宿し魔法を行使する人型兵器。

パラサイドールの群れが文弥に襲いかかる。その一部は、亜夜子へと向きを変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文弥が倒すべき相手は、パラサイドールではない。この群れを操っている九島光宣だ。パラサイドールは一々命令を下さなくても自分の判断で戦闘を続行する事が出来るが、現在命令権を持っている光宣を倒せば、研究所の人間が新たな命令を上書きする事が出来る。

しかし文弥が戦闘を回避しようとしても、パラサイドールがそれを許さなかった。文弥が真上に跳ぶ。空中に逃れて、パラサイドールを振り切るつもりだった。だが二体のパラサイドールが、彼以上のスピードで地上から追いすがってきた。一直線に急迫するその姿は、まるで人型爆弾。魔法の気配でそれに気づいた文弥が、大きく横に跳ぶ。だが妖魔を宿した人型機械は、文弥の動きをトレースして逃さない。

迫りくるパラサイドールに向けて、文弥が『ダイレクト・ペイン』を放つ。だが、パラサイドールの挙動に変化は生じなかった。

 

「(不発っ!?)」

 

文弥が動揺に見舞われる。その隙に、二体のパラサイドールは文弥に追いつき、片方が左手を振り、手首の内側から細い鋼の糸が伸びる。文弥が反射的に対物シールドを張る。闇に紛れた鋼糸が、シールドの上から文弥に巻き付いた。

もう一体のパラサイドールは、二叉の短槍を持っていた。真っ直ぐなブレードが細い隙間を開けて並行に向かい合っている形状の穂先だ。二本のブレードの間に、閃光が生じた。放電の火花を散らす短槍をパラサイドールが文弥目掛けて突き出す。

文弥は鋼糸のパラサイドールへ突っ込み、距離を詰める事で鋼糸を緩ませ、絡んでいた糸を気流を操作して吹き飛ばした。

背後から迫る短槍を身体を傾けて躱したが、鋼糸を放ったパラサイドールが文弥に抱き着いた。文弥を抱きかかえたまま、パラサイドールが地上に落ちる。文弥は自分にしがみつくパラサイドールへ『ダイレクト・ペイン』を叩き込んだが、やはり効果がない。

 

「(こいつらには効かないのか!?)」

 

文弥は漸くそれを覚った。元々痛覚を持たない人型機械に宿った、元々肉体を持たない精神情報体には、『ダイレクト・ペイン』が再現すべき痛みがない。文弥がしがみついたパラサイドールごと、地面に叩きつけられる。

 

「文弥!?」

 

亜夜子の必死な叫びが、飛びそうになる文弥の意識を繋ぎとめた。亜夜子は三体のパラサイドールに、完全に囲まれていた。

 

「どけぇっ! 邪魔だっ!」

 

文弥の行く手を邪魔しようとするパラサイドールを圧縮空気弾で転倒させ、文弥が思い出したように自己加速魔法を発動する。彼は一瞬で、姉を囲んでいたパラサイドールの背後に出現し、右拳を撃ち込むと同時に、加重系魔法を発動する。

 

「姉さん、いったん離脱だ!」

 

振り向き、障碍物が消えている事に気付いた亜夜子は『疑似瞬間移動』で、その場から離脱した。文弥は移動直前の瞬間、光宣の絶叫を耳にしたような気がしていた。



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老師の死

パラサイトになって手に入れた治癒能力で麻痺状態から回復した光宣は、倉庫の外に意識を向けた。戦闘は続いている。つまり、パラサイドールは全滅していない。さっきの魔法師、黒羽文弥にパラサイドールの戦闘能力は通用するようだ。

 

今日の彼の目的は、戦力となるパラサイドールを持ち去る事。ここでの戦いに勝利する必要は無い。パラサイドールとの戦いに集中している相手の不意を突いて、『鬼門遁甲』で研究所を逃走する。光宣はそう方針を決めた。光宣が倉庫の出入り口に向かう。

しかし不意に、酩酊感が彼を襲った。先程の『ノックス・アウト』の影響が残っていたのかと光宣は疑ったが、すぐにそうでは無いと覚った。確かにこれは『ノックス・アウト』によって合成された一酸化窒素による症状だが、この魔法は経った今光宣以外の人物によって発動されたものだった。

極めて小規模な、効果範囲を光宣の頭部周辺だけに限定した『ノックス・アウト』。しかもこの複雑な魔法を、彼に覚らせること無く完成させた。そんな技巧の持ち主を、光宣は一人しか知らない。

光宣は下降気流を起こして、自分の周囲に生じた窒素酸化物と酸素欠乏状態を吹き消し、倉庫内にいるはずの術者の気配を探る。その人物は、光宣から二メートルも離れていない場所に立っていた。知らぬ間にここまで接近されていた。その事に光宣は、屈辱よりも戦慄を覚えていた。

 

「お祖父様っ!」

 

「今の魔法に気付くとはな・・・惜しい。本当に、惜しい。私は本当の意味で、お前を評価してやれなかったのだろう」

 

九島烈の態度は、敵を前にしてのものではなかった。残恨。そして深い悲しみ。それは、懺悔のようだった。

 

「お前の真価に気付いてやれなかったのだろう。お前が求めるものを、本当の意味で理解していなかったのだろう。私はお前が可愛かった。私はお前が不憫だった。せめて私が、お前を守ってやらなければと思っていた。だが……」

 

烈が言葉を切って、天を仰ぐように、顔を上に向けた。それは、零れ落ちんとする涙を堪える仕草にも見えた。

 

「私は、間違っていたのだろう」

 

違う、という言葉が、光宣の口から漏れかけた。

 

 

ーーお祖父様の所為じゃない

 

ーーお祖父様は、何も悪くなんかない

 

 

しかし結局、光宣はそれを祖父に伝えられなかった。人でなくなった自分に、祖父と語り合う資格はない。不意に、そんな思いが光宣の中に湧きあがり、彼の唇を縫い止めた。

 

「お前はきっと、ベッドの上で生き存えるより、命を代償にして何かを得たいと願う人間だったのだろう。そんなお前にとって、私の愛情は枷でしかなかったに違いない」

 

「・・・」

 

「だが、光宣。それでも私は、今のお前を認めてやれない」

 

烈の声音が変わる。残恨が諦念に。懺悔が決意に。

 

「人でなくなったお前を、私は認めてやる事が出来ない。人の世に仇為す妖魔の存在を、私は看過できない」

 

「お祖父様、僕はっ!」

 

人間社会に害を為すつもりなど無い。そう言い掛けて、光宣はそれを口にする資格を失っている事に気付いてしまった。

 

「十師族は、お前を殺さずに捕えると決めた。だが囚われの身となれば、お前に待っているのは実験動物の境遇だ。それは、あまりに忍びない」

 

光宣の心は、強い衝撃に見舞われていた。烈が何を言おうとしているのか、光宣には分かってしまった。

 

「せめてもの情けだ。光宣、この祖父の手であの世へ逝け」

 

烈から致死性の魔法が放たれる。光宣の人間の心は、それを受け容れようとした。だが彼のパラサイトとしての精神が、滅びを拒んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

烈は最後に呟いていた。

 

 

 

 

「閣下・・・貴方がおっしゃっていたのはこういう事だったのですな。・・・私は2度も貴方に逆らってしまった・・・この罪は私自身の命をもって償わせていただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣は不意に、意識を取り戻した。いや、現実感を取り戻した。まるで、立ったまま夢を見ていたような感覚だ。倉庫の外では、まだ戦闘が続いている。自分を失っていた時間は、それ程長くなかったようだ。

 

「僕は・・・生きているのか?」

 

烈から致死性の魔法を受けたはずの光宣は、自分が生きている事に首を傾げながらも自分の身体を見回した。服のあちらこちらが裂け、焦げているが、傷は殆ど治っている。今もパラサイトの治癒能力が、彼の身体を復元している。

彼は目を上げた。視線が前に移動する。暗い倉庫の床に、一つの人影が倒れている。誰だろう? と頭を捻ったのは一瞬の事。次の瞬間、彼はその答えを得ていた。

 

「お祖父様っ!?」

 

光宣が叫び、駆け寄る。うつぶせに倒れている烈の身体に手をかける。しかし、その肩を揺すろうとして、光宣は手を離した。

彼は理解した。祖父は死んでいる。

 

 

 

自分が、殺した。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁっ!」

 

光宣の口から絶叫が漏れた。光宣の心が軋みを上げる。自分の心にひびが入る音を、光宣の一部が他人事のように認識していた。

旧第九研を襲った光宣は、パラサイドール十五体と共に研究所を去った。後に残されたのは負傷した研究員と、壊れた一体のパラサイドールと、捕えられた方術士とーー、

 

 

 

 

 

 

 

 

九島烈の、遺体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

也は文弥から、烈の死の知らせを電話で知った。

 

「九島閣下が亡くなったか・・・」

 

『はい・・・。僕が不甲斐ないばかりに・・・』

 

「それは違うぞ、文弥」

 

文弥はきっと、達也に慰めて欲しかったのだろう。達也の言葉は、文弥が望むものだった。もっとも達也の方には、気休めを口にしているつもりは無い。

 

「お前はよくやった。光宣に加えてパラサイドールの集団まで相手にしたんだ。お前たちの撤退は、やむを得ないものだった」

 

『・・・そうでしょうか』

 

「ああ」

 

『・・・ありがとうございます、達也兄さん』

 

「過去の事もあまり気に病むな。閣下と光宣の事は、本来、九島家内部の問題。旧第九研内部で起こった事に、四葉家が責任を覚える必要は無いんだ」

 

『はい・・・』

 

その後、画面に登場した亜夜子にも慰めの言葉をかけて、達也は電話を切った。電話は達也に宛がわれた部屋で受けたので、深雪は烈が死んだことをまだ知らない。

達也が情報共有を先送りにしたのは、手に入れた情報を頭の中で整理したかったからだ。

 

ーー光宣がパラサイドールを十五体強奪

 

パラサイドールの戦闘力を、達也はよく知っている。テレパシーに似た能力で一つの意思を共有しているパラサイドールは、集団になればなるほど、手強い存在となる。しかもそれを統率するのが、同じ思念共有能力を持つパラサイト――光宣だ。容易な相手ではない事は、深く考えるまでもなく予想できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、旧第九研では烈の死亡に九島家の者たちが混乱した様子であった。そんな中、文弥は車の中で項垂れていると予想外の人物が車のガラスをノックした

 

コンコン!

 

「凛さん!?」

 

ガラスの先にはバイクに跨りやって来た凛の姿があった

 

『ええ、それより文弥くん。老師は今どこにいるかわかる?』

 

「え・・・あっ、はい・・・今は旧第九研の霊安室に・・・」

 

「そう・・・ありがとう」

 

そう言い残すと凛はバイクを走らせて旧第九研に向かった。文弥は色々と混乱をしていた。

 

なぜここに凛がいるのか。

なぜ凛は烈が亡くなった事を知っているのか。

 

そんな事を考えていると文弥は部下に呼ばれて後始末をすることになり、その忙しさから凛の事が頭から抜けてしまっていた。



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エリカの見舞い

月曜日の第一高校は、九島烈の死去のニュースで一色に染め上げられている感があった。恐らく、他の魔法科高校も同じようなものだろう。『老師』と敬われた九島烈は、日本魔法界の象徴的存在だったのだ。

昼前に登校した達也が友人たちと共にしたランチのテーブルでも、話題はもっぱら九島烈の事だった。

 

「ご病気だったなんて、知りませんでした・・・」

 

「達也さんはご存じでしたか?」

 

美月の呟きを受けて、ほのかが達也に話題を振る。

 

「いや、知らなかった。最近はヴィジホンでしかお目に掛かっていないが、特に体調を崩されているようには見えなかった」

 

烈の死因は「病死」と発表されている。考えてみれば、それは当然だろう。孫が人外の魔物になって、その孫に殺されたなどと公表できるはずがない。

 

「そうですか・・・」

 

「達也くんと深雪は、ご葬儀に出席するの?」

 

エリカの質問に、深雪ばかりか達也まで目を見開いた。

 

「まだそういうお話しはいただいていないけど・・・何故、私たちが?」

 

「だって、達也くんと深雪は同じ十師族の一員で直系でしょ? 葬儀に招かれても不思議は無いと思う程」

 

「ああ、なるほど。達也は面識もあるしな」

 

エリカの指摘に、レオが納得した表情で頷く。

 

「招かれれば、出席する。九島閣下には一昨年の九校戦でお世話になった縁もあるからな」

 

達也は深雪のCADに『電子金蚕』を仕掛けた大会運営委員を締め上げた際に、烈から口添えをしてもらった事がある。彼が言っているのはその事だ。実は次の、つまり去年の九校戦で烈に多大な迷惑を掛けられているのだが、それは言ってはならない事だし、今更言う必要もない事だ。

 

「あっ、あの件・・・」

 

雫は「一昨年の九校戦の件」を、すぐに思い出したようだ。深雪は当然として、ほのかも覚えているはずだが、相槌を打ったのは雫だけだった。九校戦を話題にするのを、避けているのだろう。今年の九校戦は中止になっていて、達也がそれに無関係とは言い切れない。

 

「今年の九校戦は、どっちにしても中止になっていたかもね。老師の喪に服す意味で」

 

しかし、そういう気遣いとは無縁の少女もここにはいる。――いや、もしかしたらエリカは、逆方向に気遣いを発揮したのかもしれない。

 

「それはむしろ、逆だろう。閣下は九校戦がお好きだったからな」

 

何を考えているのか、当の達也がエリカのセリフにそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みも残り十分となって、達也たち全員が席を立つ。一塊になって食堂を出たところで、エリカが達也と深雪に声をかけた。

 

「深雪、ちょっといい?達也くんと弘樹も」

 

「なに?」

 

「ちょっと」

 

深雪の問いに、エリカが口を濁す。皆の前では話にくい用件だという事は、すぐに分かった。

 

「風紀委員会本部を使うと良いよ。今の時間帯は誰もいないはずだ」

 

そこへ横から幹比古が口を挿む。彼にはエリカの用事が何だか分かっている様子だった。

 

「分かった。深雪」

 

「はい、お兄様。エリカ、それでいい?」

 

深雪が達也に頷いて、エリカに尋ねる。当然、エリカに否は無かった。

 

「悪いわね」

 

当然エリカに否やは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幹比古が言った通り、風紀委員会本部は無人だった。深雪が持っている生徒会長のIDカードで鍵を開けて、エリカ、深雪、達也、弘樹の順に中に入る。扉を閉めてすぐ、深雪が部屋全体を対象に遮音フィールドを張った。

四人がテーブルの前に腰を下ろす。テーブルが綺麗に片づけられているのは、幹比古の性格だろう。達也が委員会に入ったばかりの頃とは、様変わりしていた。

 

「あんまり時間がないから、手短に行くわね」

 

エリカがあまり余裕がない感じで前置きをする。時間もさることながら、彼女は早く真相を知りたいのだろうと達也は感じた。

 

「今夜の事、ミキから聞いたわ。深雪はどうするの?」

 

深雪が振り向いて、隣に座った達也の顔を見た。達也は特に驚いた様子もなく、深雪の顔を見返していた。達也は幹比古に、今夜深雪がどうやって過ごすのかは話していない。だから当然、エリカも知らない。

 

「私はお兄様や弘樹さんがお戻りになるまで、水波ちゃんに付き添っているつもり」

 

「光宣を警戒して?」

 

「ええ」

 

「あたしも」

 

エリカはそこで、一呼吸置いた。演出ではなく、躊躇いを乗り越える為だ。

 

「行って良いかな?」

 

「水波ちゃんのお見舞いに?」

 

「うん」

 

「今夜?」

 

「そう。レオはミキの側に付けるわ。術を使っている最中は無防備になるから」

 

エリカは深雪に頷いて見せてから、早口で達也に向けてセリフを続けた。達也は幹比古からもレオからも、この話を聞いていなかった。二人はたぶん、放課後に相談するつもりだったのだろう。

 

「何をしに行くのか、理解しているんだな?」

 

「もちろん」

 

「本当に分かっているのであれば、喜んで力を借りよう」

 

彼の反対を予想していたエリカは、意外感を覚えるとともにホッとしていた。エリカは視線を深雪へと移した。

 

「それで、どう?」

 

「エリカ。私はお兄様や弘樹さんのように戦いに慣れていないわ。もしものことがあっても貴女までは守れないけど、それでも良いの?」

 

「守ってもらうつもりは無い。その逆よ」

 

「・・・お兄様、どういたしましょう?」

 

「エリカなら問題ないだろう。覚悟もあるようだしな」

 

「当然よ」

 

達也がエリカへ挑発的な目を向けると、エリカは不敵な笑みで応えた。もっとも、達也のこれはブラフだ。昨日の今日で光宣が動く事は無いと、達也は考えている。

 

「病院には凛もいる。エリカ、何かあれば彼女に伝えてくれ」

 

「ええ、分かったわ・・・でも、凛がいるなら私いらないんじゃ・・・」

 

「人は多いことに越したことはない」

 

達也はそんな事を言うと四人は風紀委員会本部を後にした。達也自身、リスクがあるのは幹比古、そしてレオだと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、連絡を受けたエリカが水波の入院する病院にやって来た

 

「うわー。こりゃすごい人数だ」

 

そう言い驚いていると病院に待っている人物を見た。その人物を見つけたエリカは近づくと小さめの声で声をかける

 

「凛、久々ね」

 

「ええ、1ヶ月ぶりくらいかしらね」

 

二人は短く会話をすると早速病院の中に入り、空いている部屋に入ると凛はエリカに状況を伝えた。

 

「エリカ、いつ襲撃してくるか分からないからあれ持って来た?」

 

「ええ、もちろん。調整お願いできるの?」

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

そう言い、エリカはもって来た最上を取り出すと凛はそれを受け取って調整器で軽い調整を始めた。

その様子を見たエリカは凛にある疑問を投げかけた

 

「ねえ凛、ずっと聞きたかった事があるんだけど」

 

「ん?何かしら」

 

「凛ってさ、道田もみじだったりするの?」

 

エリカの疑問に凛はあっさりと答えた

 

「ええ、そうよ」

 

凛の答えにエリカはやっぱりと声に出していた

 

「あー・・・やっぱりそうだったんだ。いやー達也がトーラス・シルバーだったら交流のあった道田もみじは凛かなって思ったんだよねぇ」

 

「ま、その名前も今年の4月で辞めたけどね」

 

そう言うと凛は小型調整器から最上を外すとエリカに渡した。

 

「ま、私が作った作品は半分遊びみたいなものだから・・・」

 

「時価何億円もするような日本刀を遊びで・・・?だったらやっぱ凛は化け物ね」

 

「私は化け物じゃないさ。ただ趣味を極めただけよ」

 

そう言いながらヤマトを持つとエリカは前に見た時から変わっている事に驚いていた。

 

「わぁ・・・なんかでっかいわね・・・」

 

「そりゃ改良して2メートルあるもの。大きいに決まっているじゃない」

 

「そんな大きさでよく運べるわね」

 

「いつもは半分に折れるから。それで運んでいるのよ」

 

そう言いながら二人は目立つCADごとエレベーターに乗り込み、水波のいる病室へと向かった。



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座間基地の作戦

その日の夜は、ここ最近では珍しい星空だった。月はまだ出ていない。今日の月の出は、真夜中近くだ。達也は座間基地から道路二つを隔てた大きな公園の駐車場にいた。基地とは反対側だ。当然、ここから座間基地は視認できない。

 

「レオ、本当に良いのか?」

 

疑っていたわけではないが、レオは本当に幹比古と連れ立って現れた。

 

「幹比古には聞かないのに、何で俺には念を押すんだよ」

 

達也から問われ、レオは不服そうに答えた。彼としては、ここまで来て「帰れ」と言われたところで、素直に帰るつもりは無いし、達也がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。

 

「俺としては、本当は幹比古も巻き込みたくないんだが」

 

「でも、僕の力が必要なんだろ?」

 

幹比古に問われ、達也は渋々「まぁな」と認めた。達也の表情とは反対に、幹比古はそう言ってもらえて嬉しそうだ。

 

「幹比古が構わないんだったら、俺も良いだろ。『的』にならない分、幹比古よりリスクは無いんだからよ」

 

確かに幹比古は遠隔魔法、それも呪法と呼ばれる類いの術を使う関係で、魔法的なカウンターを喰らう危険性がある。だが魔法を辿って反撃部隊が襲来すれば、レオも戦闘に巻き込まれることになる。

 

「仕方ないな」

 

ここで問答しても無駄だという事は達也にも分かっている。放課後にもレオの意思は確認済みだ。それに、意識を基地内に飛ばしている最中の幹比古を守ってくれるというなら、達也としても助かるのは確かだった。――今の達也にとっては、独立魔装大隊よりレオの方が信頼出来る。

 

「さて、後は弘樹だが・・・来たようだな」

 

達也の視線の先に弘樹を見た。弘樹は動きやすい私服姿で手にアサルトファイフル型CADフレッチャーと腰に二丁の大型拳銃型CADフォートレスとバラオを身につけていた

 

「達也、ごめん遅れた」

 

「まだ時間はある。それより、私服でよかったのか?」

 

「ああ、大丈夫」

 

弘樹はそう言い持って来たフレッチャーと拳銃型CAD二丁を確認すると弘樹はフレッチャーのコッキングレバーを引き、すぐに撃てるよう準備を終えた。それを確認した達也は幹比古とレオに確認を取る

 

「幹比古、頼むぞ。レオは幹比古の事をよろしくな」

 

「うん、任せて」

 

「おう、任された」

 

達也がバイクに跨る。四葉家が開発した短距離飛行機能付きの電動二輪『ウイングレス』だ。彼が着ている戦闘服も『ムーバル・スーツ』ではなく、四葉家の飛行戦闘服『フリードスーツ』だ。今夜の作戦は表向き、第一○一旅団とは無関係という事になっている。独立魔装大隊からいざという時の援軍は派遣されているが、彼らが行動を起こすのは本当に「いざ」という時で、それまでは隠れている段取りになっている。

 

「行ってくる」

 

達也はヘルメットのバイザーを閉じて、バイクを発進させた。その横で弘樹はバラオを下に撃ち、神道魔法『浮雲』を起動すると飛行魔法のように中へと浮き、達也の跡を追いかけた

 

「あれが・・・神道魔法・・・」

 

「すげえな。あんなに小さな魔法式で飛行魔法と変わらない効率へ飛んでいやがる」

 

「これは確かに神木家が隠したがる技術なだけあるね」

 

そう言い二人は少し緊張感に欠ける会話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

USNA軍の輸送機は、丁度到着したところだった。滑走路をゆっくりと移動している。念の為、響子が直前に発着記録を調べたが、今日はこの機以外に米軍の機体は着陸していない。過去一週間で見ても、唯一の米軍機だった。

 

「(ベストに近いタイミングだな)」

 

輸送機には確かにパラサイトが乗っていた。光宣のように、特徴的な想子波のパターンを隠蔽していない。あるいは、出来ないのか。

 

「(パラサイトは全部で四体。意外に少ないな。一体だけ、突出して魔法力が高い・・・か)」

 

すると弘樹が達也に思念会話で語りかけてくる。

 

『どうする、達也。このまま行くかい?』

 

『ああ、弘樹もついて来てくれ』

 

『了解』

 

基地のすぐ横を通っている道路を走りながら『エレメンタル・サイト』で観察していた達也は、弘樹と短く会話をするとパラサイトが輸送機から降りる前に決着を付けるべく『ウイングレス』の飛行機能を起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座間基地に着陸した輸送機には、スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルスが乗っていた。

 

「(見られている・・・?)」

 

タキシングする輸送機の中で、アークトゥルスは心の中で独白した。着陸直後から感じる視線。だが、その視線には方向性が無かった。

遠隔視ならば、その力の流れが視線の向きとなって感じられる。使い魔による監視ならば、その使い魔が視線の源となる。様々な角度から死角なしの監視を可能とする『マルチスコープ』という名の異能もあるが、あれは空中に中継カメラを何台も並べているようなものだ。複数の使い魔から同時に監視を受けているのと同じで、方向性が無いわけではない。

しかし今、アークトゥルスが漠然と感じている視線には、「何処から」という要素がまるで見いだせなかった。あらゆる方向から、ですらない。ただ、見られている。まるで神か悪魔に見つめられているようだ……。その「視線」に気を取られていた所為だろう。同乗者が声を上げるまで、アークトゥルスはその異様な飛行物体の接近に気付けていなかった。

 

「何だ、あれは!?」

 

「バイクか!?」

 

機外モニターに映る、小さなシルエット。警戒システムが自動で暗視処理、ズームアップした時には、その「物体」は輸送機の目前まで迫っていた。

空を飛ぶバイクに跨る、一個の人影。その人影はステップを踏みしめ膝を伸ばして立ち、拳銃のような物を輸送機に向けていた。

突如、輸送機に穴が空いた。バイクからライダーが飛び降りる。バイクはそのまま輸送機を飛び越え、ライダーとライダーの後ろに隠れていたもう一人の人物が壁の穴から機内に飛び込んできた。思い出したように、輸送機内で警報が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也はバイクごと輸送機に向かって飛び、スーツのホルスターから拳銃形態の特化型CADを抜いた。シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』。彼は愛用のCADを使って『分解』を発動した。輸送機の壁面に、達也が飛び込めるだけの穴を空ける。

達也は『ウイングレス』を自動操縦に切り替え、自分が空けた穴を目掛けて飛び降りた。軽く腰を落とした姿勢で、輸送機の床に着地する。その直後、輸送機壁面の穴が消えた。『再成』による修復だ。

自らを密室に閉じ込めたのは、パラサイトを外に出さない為だ。機内の米軍兵は、事態についていけないのか座ったまま竦んでいる。パラサイトも同じだ。

達也は最も近い位置にいたパラサイトに突進した。CADは両方ともホルスターに戻してある。彼の右手には細く短い、針のようなナイフが握られていた。その狭い刀身には、細かい模様が彫り込まれている。

達也に狙われたパラサイトが驚愕の呪縛から抜け出して腰を浮かせた。達也はナイフではなく、左拳を突き出した。インパクトの直前、握り締めていた拳を開く。ゼロ距離で、パラサイトに『徹甲想子弾』が叩き込まれた。悲鳴を上げ、痙攣するパラサイト。達也はその左鎖骨のすぐ下に、右手のナイフを突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地から道路二つ隔てた公園で、幹比古が呟く。

 

「来た・・・!」

 

彼が用意した封印用の呪具が、妖魔の身体に打ち込まれた反応を察知したのだ。達也が持っていた針のような細い短剣。それこそが刀身を呪符とした方具だった。幹比古の左手には、短剣と対になっている呪符が扇となって握られている。反応があった呪符を右手で引き抜き、幹比古は封印術式を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痙攣していたパラサイトが、突如糸の切れた操り人形のように動きを止めた。ナイフを鎖骨の下に突き刺したまま、床に崩れ落ちるパラサイト。『徹甲想子弾』で体内の想子を掻き乱され、精神と肉体のリンクが揺らいでいる最中に封印術式を流し込まれたのだ。生まれたての妖魔には、対抗の術が無かった。ナイフを抜いても、肉を焼き骨に刻まれた封印術式は解けない。幹比古以上の魔法技術を持つ術者がいなければ、パラサイトは仮死状態で眠ったままだ。

残った米兵は達也と同時に機内に侵入した弘樹がフレッチャーを的確に米兵に撃ち、装填された睡眠薬弾丸が米兵に銃を持たせる間も無く眠らせる。床に落ちた銃は達也が『分解』でバラバラに粉砕。達也はその隙に、二人目のパラサイトを「処理」した。繰り返される痙攣と脱力。封印の光景。ここで、達也が唯一警戒していた魔法力の持ち主が動いた。



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座間基地からの撤退

アークトゥルスは目の前で何が起こっているのか、理解出来なかった。突如輸送機に穿たれた穴は、まるでそれが夢か幻だったように消え失せている。だが、その穴から飛び込んできた侵入者は消えなかった。消えるどころか、彼らが新しく仲間に加えた元スターダストの隊員を、一瞬とも言える短時間で封印してしまった。

スターダストは死を待つだけの実験体。

彼らはパラサイトになった事で、不可避の死から逃れたはずだったが、パラサイトとしては死んだも同然の状態に落とされた。同乗していた友軍兵士が、侵入者に銃を向ける間も無く別の侵入者に撃ち殺される。彼らはパラサイトではないが、彼らから見れば侵入者は、同胞を殺したテロリストだ。銃口の数は二十以上。狭い機内では逃れようもない。あのライディングスーツが防弾機能を持っていたとしても、至近距離から何十発もの銃弾を撃ち込まれれば生身の体では済まないはずだ。

しかも、侵入者が仲間の侵入者が撃った友軍の銃をバラバラにする。

予想外の展開に、というよりその魔法に見惚れていた所為で、アークトゥルスはまたしても仲間を見殺しにしてしまう。

二人目の仲間が封印された。その光景を見てアークトゥルスはトマホークを抜いて侵入者に斬りかかった。彼の本分は『ダンシング・ブレイズ』を用いた中距離の戦いだ。アークトゥルス本来の精霊魔法は索敵と武器の遠隔操作、対精神干渉系魔法用で、直接攻撃に用いるものではない。こんな狭い空間での戦闘は、魔法師としては苦手だった。

だが彼は魔法しか使えないひ弱な「魔法使い」ではない。トマホークを使った白兵戦は、スターズに入隊するまで負け知らずだった。踏み込み、間合いに捉え、トマホークを振り下ろす。一撃必殺とは考えていなかったが、避けられるタイミングでもない、と思っていた。だが、侵入者はトマホークを躱したばかりか、アークトゥルスの前から消えた。

アークトゥルスが振り返る。恐らく、自分を援護しようとしていたのだろう。アークトゥルスが見たものは、大型ナイフを右手に握った三人目の仲間が、激しく痙攣する身体の左鎖骨の下に、針のような短剣を刺された直後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人目の仲間が封印される光景を見て、アークトゥルスはただそれを見ていただけでは無かった。

 

「(このままでは、最後の仲間も封印されてしまう。だがこの封印の魔法を使っているのは、目の前の侵入者ではない。この男を倒しても、封印は止らない)」

 

 

 その思考は、アークトゥルスの脳裏を一瞬で駆けて行った。アークトゥルスが、手にしたトマホークを投げた。トマホークは輸送機の壁を突き破って、空へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は強い魔法の気配に振り返った。三人目の封印は、これ以上彼が何もしなくても完了する。それよりも最後の一人、この場で最も手ごわいパラサイトが放った魔法に警戒するのは当然だった。

四人目が放った魔法は、達也を攻撃するものでは無かった。信じがたい事に、四人目が投げたトマホークは、輸送機の壁を貫いて夜空に消えた。四人目が何をしようとしたのか、達也は気になったが、四人目が投げたトマホークを『エレメンタル・サイト』で追跡する余裕はなかった。戦闘ナイフを抜いて、四人目が襲いかかってくる。相手はスターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルス。『エレメンタル・サイト』を開放したまま意識を向ける事で、その情報が達也の『眼』に映る。リーナや光宣のように、情報体を偽装する能力は持っていない。

達也はアークトゥルスのナイフを、手刀で迎え撃った。『フリードスーツ』には、ホルスターのCADの他に完全思考操作型CADが組み込まれている。ゼロ距離射程の『分解』が、アークトゥルスのナイフを砂に変えた。

 背後から別の兵士が組み付いてきた。パラサイトではなく、魔法師でもない、一般兵だ。達也は身を翻してその兵士と体を入れ替え、アークトゥルスに向けて突き飛ばした。

アークトゥルスが兵士を受け止める。達也が兵士の背中へ、貫通衝撃波を拳に乗せて放つ。武術でも、達人は同じ事が出来るらしいが、達也の技は魔法を併用したイミテーションだ。

ただ、模造品であっても威力は同じ。アークトゥルスの百八十五センチの巨体が、後ろへよろめく。達也は自分が突き飛ばした兵士の襟首を右手で掴み、引きずり退ける反動でアークトゥルスに左手を突き出した。その手には『徹甲想子弾』。アークトゥルスの身体が痙攣する。右手で四本目の短剣を抜き、達也はアークトゥルスの鎖骨下に突き刺そうとした。だが、アークトゥルスの左手がそれを阻んだ。

確かに『徹甲想子弾』は効いている。にも拘らず、アークトゥルスは戦闘力を失っていない。それどころか、彼は右手にプラズマを集め始めた。古式魔法による雷撃。あのやり方だと自分が先に感電するはずだが、そこはパラサイトの肉体の耐久性頼みなのか。アークトゥルスの右手から雷撃が放たれる前に、達也の左手が再びアークトゥルスの鳩尾を打った。その右手から、放電の火花が消失する。達也が右手でアークトゥルスの左手を撥ね上げ、ガードが戻ってくる前にナイフを突き刺した。封印術式の作動を確認する。達也達はその結果を肉眼で確認する事なく、床に穴を開けて輸送機から脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也達が脱出する少し前、幹比古が切迫した声を上げた。

 

「何かが来る!」

 

レオは「何が」と尋ねるより先に、自分の五感を総動員した。耳が、風を切る音を捉える。高速で近づいてくる飛翔体。高速と言っても銃弾やミサイル程ではない。それでも時速二百キロは超えているだろう。野球の打球より早い、テニスの高速サーブより少し上か。レオは自分が経験した事のあるスピードに当てはめて、そう判断した。

レオの目が、幹比古より先にその正体を把握する。回転するトマホークだ。彼は隠れていた軍人が飛び出してくるのものの隅に留めた。

レオは彼らを待たなかった。幹比古を背に、トマホークの前に立ったのは、本能的な行動だった。生存本能ではない。戦闘本能だ。

 

「ジークフリート!」

 

レオが吼える。咆哮と共に両手を突き出す。その手がトマホークを――アレクサンダー・アークトゥルスの『ダンシング・ブレイズ』を受け止める。古式魔法師が念で強化した得物を、レオは『ジークフリート』で強化された肉体で掴み取った。レオの肉体不壊化魔法が、スターズ第三隊隊長を務めるアークトゥルスの切り札に打ち勝ったのだ。

トマホークが完全に停止したのを手応えで確認して、レオは地面に尻餅をついた。それでも刃の頭部と柄の上部で掴んだトマホークを離さなかった。

幹比古は、自分の盾になったレオを、見ていなかった。彼はパラサイトの封印に集中していた。それはきっと、レオが自分を守ってくれると確信していたからに違いない。

 

こうして座間基地から侵入しようとしたアークトゥルスと三体のパラサイトは、無事に封印された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、レオお疲れ」

 

「ああ、なかなか驚いたぜ。まさか本当に幹比古に飛んでくるなんてな」

 

「すまない、撃ち漏らした」

 

「なあに、大丈夫さ。それより達也。お前国防軍に協力をしなかったのか?」

 

「ああ、国防軍よりもお前達に方が信用できるからな」

 

「そりゃ嬉しいなぁ」

 

「ま、僕は姉さんをボコボコにした国防軍を信用してないけどね」

 

「「えっ!?」」

 

レオと幹比古は驚いた様子で弘樹を見る。彼らは公園から移動し、弘樹の乗って来た車に移動していたがレオが詳しく聞いた

 

「えっと・・・それってつまり凛を暴行したのって・・・もしかして国防軍なのか?」

 

「ああ、正確には国防軍の情報部。もちろん証拠も掴んでいる」

 

「そうなのか?」

 

「この状況で嘘をつけると思う?」

 

「・・・それもそうか・・・」

 

弘樹の表情に幹比古とレオは嘘でなはいと感じると衝撃を受けた

 

「しかし、まじか・・・国防軍が国民を襲ったって事だよな」

 

「だったらとんでもないスキャンダルじゃないか!」

 

「いやー、姉さん昔から情報部に喧嘩ふっかけたりしてたからなぁ・・・まぁ、実害が出ないくらいに煽る感じだったけど」

 

「なんか・・・凛ってすげえな」

 

「うん・・・国防軍相手に喧嘩売るなんて・・・」

 

レオと幹比古はそう言いながら驚いていた。凛や弘樹が国防軍軍人である事は知っていたがまさか国防軍に喧嘩を売っていたとは思っていなかったのだ。

 

「ま、姉さんも姉さんで国防軍の病院で医者に金握らせて国防軍から辞められるように偽の診断書を書かせたりしていたからね」

 

「「・・・」」

 

弘樹の言葉に思わず二人は絶句してしまっていた。だが、弘樹はそんな事を気にもせずに話を続けた

 

「姉さんは国防軍で色々やらかしているからね・・・元々姉さんは国防軍を辞めたかったらしいし。あの一件で色々姉さんは国防軍から手を引く事ができたし、国防軍は下手に姉さんに手出しができなくなった。これほどうまい話はないね」

 

弘樹が笑いながら言うがレオ達は凛が達也よりも別の意味で恐ろしいのでは?と思ってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちが座間基地から去ったのと同じ時刻、横須賀基地に、米軍の空母が来航する。夜の入港は夜間発着訓練を行った為で、あらかじめ日本側に通告されていた。だが、知らされていない事もある。空母には最新鋭の複座VTOL戦闘機が着艦している。

日本軍はそれが、飛行甲板を持つ超大型潜水艦から発艦した機体だと知らなかった。三機の複座戦闘機が、後部座席にレーダー迎撃士官でも兵装システム士官でもない女性士官を乗せていたことも、日本軍は知らなかった。超大型潜水艦から空母に移乗した彼女たちの名前は、シャルロット・ベガ。ゾーイ・スピカ。レイラ・デネブ。リーナがUSNAを出国した後にパラサイト化した女性士官が、二〇九七年七月一日の夜、横須賀基地に潜入した。



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病室の水波

二〇九七年七月一日、夜。ここ最近では珍しく、今夜は星が見えている。例年より随分早いが、梅雨明けが近いのだろう。水波は明かりの消えた病室の窓を開けて、空を見ながらぼんやりとそんな事を考えていた。

つい十分ほど前まで、この病室は若い女の子の声で賑わっていた。水波自身、「若い女の子」に他ならないが、お見舞いに来てくれた二人の上級生、深雪とエリカ、そして凛のお喋りだった。

水波が入院してから、深雪は一日と欠かさずに彼女の病室に来ている。自分の主に毎日足を運ばせるのは水波にとって申し訳ないというより畏れ多く、彼女は何度も遠慮の言葉を告げているのだが、深雪は全く耳を貸さない。まさか「来るな」とも言えず、自分の忠誠が認められている証拠だと水波は自分に言い聞かせて居心地の悪さに耐えていた。

その反面、深雪が自分を気に掛けてくれるのが、水波は嬉しかった。深雪は水波の主で、彼女が入院するきっかけになった事件にも関わっていた。深雪が水波を見舞うのに、何ら不思議はない。凛も学校に行かなくていい為、最近では深雪よりもあっている時間は長いと思う。だがエリカが病室に姿を見せた瞬間、水波は正直なところ戸惑いを覚えた。

客観的に見て、水波とエリカはあまり接点がない。同じ上級生と比較してみても、ほのかのように生徒会で一緒に仕事をしているという事もなければ、頻繁に生徒会室を訪れる雫のように顔を合わせる機会が多いというわけでもない。レオのように、部活の先輩・後輩という関係でもない。水波がエリカと行動を共にするのは、ほぼ深雪のお供をする下校時だけだ。それも、駅に向かう通学路で話しかけられる事は殆どなく、言葉を交わすのは途中で喫茶店に寄る時くらいのものだった。

そのエリカが、何時ものメンバーを伴わず深雪と凛の三人だけでお見舞いに来た理由を、水波は何となく察していた。たぶんボディガードの助っ人に来てくれたのだ。

達也は今晩、病室に姿を見せていない。「明日の夜はお見舞いに行けない」と、昨日の内に本人の口から聞いていた。何故来られないのかは説明されなかったが、深雪と別行動を取るのだ。きっと重要な任務を果たさなけばならないのだろう。

達也の仕事内容を、水波が知る必要は無い。彼女に関係があるのは、もしその時間に病院が襲われても、達也が助けに来られないという点だった。だからといって水波には、達也を責めるつもりは無い。本来、水波は守られる立場ではないからだ。水波が四葉家の魔法師として守らなければならない相手は深雪だけだが、達也は四葉家の次期当主であり、水波が達也に守ってもらうのは役割がひっくり返っている。少なくとも水波はそう思っていた。

 

達也さまはご自身が来られないことを気にして千葉先輩をこちらに寄越したのでしょうか?

 

ふと脳裏に浮かんだ思い付きを、水波は慌てて打ち消した。この病院には四葉家配下の魔法師が警備員として詰めている。それを知っている達也が、いくら腕が立つとはいえ同級生の女子生徒に用心棒を頼むはずがない。水波は自分の思い付きを「自意識過剰だ」と恥じた――事実は、当たらずとも遠からず、だったのだが。

なお深雪達は、遊び気分で騒いでいたのではない。エリカと深雪は凛に教科書の分からない箇所を教わる、賑やかな勉強会だった。

一高は明日から五日間、一学期の期末試験なのである。

試験の事を考えて、水波は憂鬱になった。彼女の退院予定日は七月九日。それに対して期末試験は七月六日、土曜日まで。事情を考慮して別途試験を受けさせてもらえることになっているし、テストの評価が悪くても――テスト欠席による評価ゼロという事になっても、進学するつもりは無いから実害は発生しない。最悪高校中退でも、水波は構わないのである。ただ「追試」という言葉の響きが、わけもなく鬱な気分を誘発していた。

水波は軽く頭を振った。彼女は底なし沼に足を取られる前に、別の事を考えようとした。しかしその結果、新たな底なし沼に突っ込んでいく事になった。

 

『僕は君を死なせたくない! 君から魔法を取り上げたくもない! 頼む、僕と同じになってくれ!』

 

光宣の叫びが、水波の耳の奥で蘇る。セリフの内容だけでなく、その必死な声音までもが、たった今聞いたかの如くリアルに再現される。

光宣は本気だった。彼の言葉は、心からのものだったと水波には思える。光宣がパラサイトになったのは自分を助ける為――水波はそれを、理屈抜きで理解した。

 

「何故なのですか・・?」

 

水波の口から呟きが漏れる。夜風に紛れたその問い掛けは、あの日から、夜ごとに繰り返されたもの。答えをくれる相手は、ここにはいない。そう知りつつ、彼女は問わずにはいられない――自分の為に、何故そこまでしてくれるのか?

水波が光宣と共有した時間は、僅か三日間。しかも先日再会するまで、半年以上顔を合わせていない。いや、会うどころか電話で話した事もメールを交わした事もない。八ヵ月前の僅か三日間の事とは言え、水波は光宣の事をしっかりと覚えていた。この世のものとも思われぬ美貌を持つ、同い年の男の子と、共に過ごす。その鮮烈な時間を、忘れられるはずもなかった。

深雪に匹敵する「美」を持つ異性。同性の深雪でも、同じ時間、同じ場所にいるだけで、自分の中にその存在が刻み込まれていくように感じられるのだ。異性の光宣がより強烈な印象を残すのは当然ではないだろうか。自分でなくても女の子ならば、光宣のような麗しい男の子と過ごした時間を忘れられるはずがない。それこそ深雪のような、きわめて特殊な例外でなければ――水波は誰にともなく、心の中で力説していた。

それは強がりでも誤魔化しでもない。彼女は本気でそう思っていた。

少なくとも、意識の表層部分では。

だから、余計に水波は不思議だった。自分が光宣を忘れられなかったのは自然な事だ。光宣の姿を強く心に刻み続け、彼を自分にとって特別な存在だと思い込んだとしても、何もおかしくはない。自分くらいの年頃に女の子はむしろ当然の成り行きだと水波は考えた。

だが、光宣にとっての「特別」になれるとは、水波にはどうしても思えなかった。

自分は異性に強い印象を持ってもらえるような、華のある美人ではない。どちらかと言えば地味な顔立ちだ。「よく見れば可愛い」くらいの事は言ってもらえるかもしれないが、光宣が妥当ではないだろうかーーそれが水波の正直な思いだった。

 

去年の10月、光宣と過ごした三日間、日付で数えれば四日間の記憶。そこに水波は意識を向けた。

 

「(光宣さまと初めて会ったのは、去年の10月6日、土曜日の夕方。場所は九島家本邸・・・)」

 

日付まで鮮明に思い出せたことに水波は正直驚いた。水波にとって、それほどまでの衝撃だった事を実感できた。

そしてそれからの三日間のことも繊細に思い出す事ができた。

そして、自ら地雷を踏んでいる事に気づいた水波は思わずキヲクをスキップさせてしまっていたが、それでも鮮明に日時まで覚えていた

 

 

 

 

2度目は周公瑾の手掛かりを探しに行ったのだが、観光気分がゼロだったかと言えばウソになる。奈良を捜索した前回と違い、あの日は敵と戦う状況が発生しなかったからかもしれない。別行動を取ったエリカたちは周公瑾に与する古式魔法師から攻撃を受けたようだが、水波のグループでは戦闘が無かったからだ。

もちろん、ただ遊んでいたわけではない。清水寺の参道に隠された『伝統派』の拠点を突き止め、周公瑾の行方に関する大きな手掛かりを掴んだ。だがその功績は実質的に達也が一人で成し遂げたもので、深雪と光宣はアシスタントとして貢献したが、水波自身は本当にただついていっただけだった。

 

「(・・・あのお店の湯葉鍋、美味しかったな・・・)」

 

自分が役立たずだったという記憶から思わず逃避してしまい、咄嗟に思い浮かべたのが食事の事だったという事実に、水波はダブルでショックを受けた。

 

「私はそんなに食いしん坊だったのでしょうか・・・」

 

自分が役立たずだった事と、食いしん坊だったのかもしれないという思い出を頭の中から追いやり、水波は別の事を考えようとしたが、暫くは何も考えられなかった。

ひとしきり恥ずかしい思いをした後、水波は漸く別の思い出を記憶から呼び起こした。思考が再開したのは、秒針が二周以上してからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからずっと水波は光宣のことばかり考えており、赤面したままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪が水波の入院している病院を出たのは二十一時過ぎの事だった。一般病棟の面会時間は本来二十時までなのだが、無理を言って消灯時間まで病室にいさせてもらったのである。新たなパラサイトの侵入を阻止すべく、座間基地に着陸した米軍輸送機を急襲した達也は、既にミッションを完遂し四葉ビルに戻っている。「迎えに行こうか」というメールを受け取ったのも、深雪がお見舞いを切り上げた理由の一つだ。グズグズして居れば達也か弘樹が迎えに来る。「仕事で疲れているのに無茶はさせられない」そう思った深雪は病室を後にした。ここで瞬間移動を使って帰ろうかと思うとちょうどそこである人と鉢合わせた

 

 

 

 

 

 

 

「夕歌さん、わざわざすみません」

 

「良いのよ。私も帰るところだったんだから」

 

深雪が病院を出るタイミングで、丁度夕歌と鉢合わせし、報告の為にビルに向かうという事で深雪は夕歌の車に同乗させてもらった。凛はいつも通り病院に部屋に戻って警戒を行い、エリカは千葉家の門弟が迎えに来て新居の方へ送ってもらっている。

夕歌は現在、魔法大学の院生だ。学部を卒業したのは今年の三月だが、一昨年から今の研究室に所属していた、魔法学の研究は機械だけでは進められず、魔法師による実践が不可欠である為、優れた魔法技能の持ち主は学生でも厚遇を受ける。夕歌が所属している研究室は四葉家の援助を受けている上、彼女は魔法師の中でも希少な精神干渉系魔法の使い手なので、教授から三顧の礼で迎え入れられたのだった。

深雪と夕歌を乗せた自走車は、四葉ビルの地下駐車場に到着し、深雪と夕歌、そして運転手を務めていた夕歌のガーディアン・桜崎千穂も車から降りる。

 

「ありがとうございました」

 

車を降りた深雪が、夕歌と千穂に軽くお辞儀する。

 

「どういたしまして。今度一緒に食事でも如何?」

 

「ええ、予定がありましたら是非」

 

笑顔で社交辞令を返してきた夕歌にそう応えて、深雪は夕歌たちとは別の最上階への直通エレベーターに乗り込む。ケージが止まり扉が開くと、達也が玄関のドアを開けて待っていた。

 

「お帰り」

 

「・・・ただ今戻りました」

 

達也の出迎えに恐縮しながら、それでも頬を緩めて深雪は玄関を上がる。二人はそのままリビングに直行し、達也はソファに腰を下ろし、深雪はキッチンへ向かった。

何時も通り丁寧に手で淹れたコーヒーを達也の前に置き、自分は向かい側に腰を下ろした。だが達也はカップを持って立ち上がり、深雪の横に移動した。

深雪が戸惑いの眼差しを達也に向けるが、すぐに視線を自分のカップに移した。俯き加減に浮かべた微笑みは、喜びと羞じらいを同時に表していた。だらしなく笑み崩れた――と自分では思っている――顔を柔らかく引き締め、深雪は顔を上にあげ達也に目を向けた。

 

「お兄様、お疲れさまでした」

 

「深雪もご苦労様。水波の様子はどうだった?」

 

「日常動作のレベルでは、すっかり快復しているように見えました」

 

「そうか。昨日はまだ、ぎこちないところがあったんだが」

 

「はい。それも全く目につかなくなっています」

 

達也は一安心という表情で「そうか」と言いながら頷く。そのすぐ後、深雪が小さく息を吸う。垣間見える、僅かな緊張。それだけで達也は、深雪が何を告げようとしているのか気付いていた。

 

「光宣君も、姿を見せませんでした」

 

「文弥、そして九島閣下と一戦交えたばかりだ。パラサイトの治癒能力で怪我は消えても、疲労は残っているのだろうな。それに閣下を死なせてしまった事で、光宣はますます身動きがとり辛くなったのではないか。これまでは十師族だけを相手にしていれば良かったが、今後は国防軍が光宣の捜索に加わるだろう」

 

「国防軍が、ですか?」

 

「九島閣下は引退後も国防軍内部に大きな影響力を持っていた。去年、パラサイドール事件で失脚した後も、閣下を慕う軍人は少なくないはずだ。長い時間をかけて醸成された忠誠や信奉の心は、一度の事件で消えてしまうものではないからな」

 

そもそもパラサイドールの開発は、やり方がマズかっただけであって、そのコンセプトは軍の倫理に照合するなら間違っていない。人に害を為す妖魔を兵器として用いる事にリスクはある。だがピクシーという身近な実例を通じて、パラサイドールとの共存は不可能ではないと証明されている。少なくとも達也にとって、それは疑いようのない事実だ。

とはいえ、人間に寄生しているパラサイトは危険な存在だ。致死性が高く治癒が不可能な病原体のキャリアと同じ種類のリスクがある。達也が光宣を敵視するのも、水波にパラサイトを感染させようとしているからに他ならない。

事情を詳しく知る軍人は、パラサイドールとパラサイトを分けて考えるに違いないし、詳しい事情を知らなければ、そもそも九島烈に対する崇敬の念を失う理由が無い。

 

「お兄様は、光宣君が首都圏に再侵入するのは難しいとお考えなのですか?」

 

「何も無ければ、難しいだろう。だが残念ながら、今は・・・」

 

「・・・具体的なケースを、達也様は想定されているのですか? 私たちは何を警戒すべきなのでしょう?」

 

言い淀んだ達也に踏み込んだ質問をするのを、深雪は一瞬躊躇う。だが結局、彼女は聞かずにはいられなかった。水波の――彼女たちの大切な家族の安全に関わる事だからだ。

 

「現在進行している大亜連合と新ソ連の軍事衝突。そこで重大な局面の変化が起れば、国防軍の目は北に向く」

 

「その混乱に乗じて、光宣君が忍び込むと?」

 

「その可能性が高いと思う。具体的には、大亜連合の敗北直後。そこが山になると考えている」

 

達也の眼差しは深雪の瞳に向けられている。だが深雪には、達也の目が未来を見つめているように感じられた。



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深雪の悩み

防衛大学校の学生は今も昔も寮生活が原則だが、魔法師の士官を養成する特殊戦技術研究科の学生は、入寮を免除されている。現在四年生の千葉修次は自宅から、二年生になった渡辺摩利は校舎の近くにアパートを借りて防衛大に通っている。

しかし二十一時過ぎという夜遅い時間にも拘わらず、今二人がいる場所は修次の自宅でも摩利のアパートでもなかった。

彼らは現在、国防陸軍朝霞基地の一室、作戦会議室の一つにいた。室内には四十人前後の士卒が集まっている。その内の三十人は遊撃歩兵小隊、通称『抜刀隊』の構成員だった。残りは第一師団の偵察、補給、整備、通信各小隊の隊長または補佐役の下士官だ。修次と摩利は、遊撃歩兵小隊に仮配属された身分でこの会議に参加していた。

 

「・・・これは、私闘ではない」

 

前で喋っているのは『抜刀隊』の小隊長。この会議を呼び掛けたのも彼だ。ただ会議を企画したのはもっと上の人間である。小隊長が話している内容が、それを雄弁に物語っていた。

小隊長は会議の冒頭で、九島烈の死因が他殺である事、その犯人が孫の九島光宣であることを語った。そして、どよめきが静まったのを見計らい、遊撃歩兵小隊は光宣の捕縛に出動すると告げた。

 

「犯罪者の捜索と逮捕は警察の職務だ。軍の仕事ではない。だが九島光宣は外国人工作員に使嗾されている、または共謀関係にある可能性が高い。工作員の所属国は判明していないが、本任務は破壊工作に対する予防的出動と位置付けられる」

 

今度はざわめきは起らない。全員が緊張した面持ちで、衣擦れの音一つ立てず小隊長に視線を向けていた。

 

「だが、そのような大義名分が無かったとしても、身内でありながら閣下を手にかけた九島光宣を放置しておくことは出来ない!ましてや犯人の九島光宣は、パラサイト化している。これは、信頼のおける筋からの情報だ」

 

息を呑む音が、そこらかしこから聞こえた。遊撃歩兵小隊は去年の二月に、パラサイトを捕獲する目的で出動した事がある。数人の隊員が最後列の修次へ振り返ったのは、その際に修次と自分たち小隊が一発即発の状況になった事を思いだしたからだろう。

 

「閣下の敵は人に仇為す魔物だ。我々は二重の意味で九島光宣を放置しておけない。そうだろう!」

 

その通りです!という応えが一斉に湧き上がる。その声を上げたのは、遊撃歩兵小隊の隊員だけではなかった。

 

「捜索には近畿、中部の各師団及び公安の協力も得られる事になっている。遊撃歩兵小隊は東富士演習場で待機、九島光宣の潜伏場所が特定され次第、現地に急行する。当基地出発は明後日、七月三日〇九〇〇だ。以上」

 

修次と摩利は抜刀隊の隊員と共に立ち上がり、小隊長に敬礼で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪と達也は兄妹二人で暮らしている。婚約者の弘樹は一つ下の階で暮らしている為、深雪がよく遊び行く事は多かった。

達也が凛を説得(と言う拳骨)で『高校を卒業するまで一線を越えることは禁止』と言うルールを二人は厳格に守っていた。しかし、もし深雪が積極的に望めば弘樹もそれを拒まないだろう。最期の一戦を踏み越える事にも、大して抵抗しないに違いない。文字通りの意味でベッドで一緒に寝た事は何回もある。

深雪はそれだけでも嬉しいはずだ。また彼女には、間違いを恐れる理由もない。だが今でも二人の部屋は別々だった。たまに弘樹のベットルームに行く事はあっても寝ることは以前よりも少なくなった。

感情の暴走を恐れているという面は確かにあるが、それ以上に彼女の歯止めとなっているのは、間違いなく水波の現状にあった。

水波は自分を守る為に死にかけた。深雪はそう思っている。またそれは、客観的な事実でもある。その後遺症で水波は今、入院しているのだ。自分が浮かれている場合ではない。幸福に浸るのが後ろめたい。この想いが、深雪の気持ちにブレーキをかけている。

だから、と言うと多少語弊はあるが、深雪は自分の部屋で一人、眠りに就こうとしていた。ベッドに座り、音声コマンドで照明を消す。そこでふと、深雪は先程達也と交わした会話を思い出した。

光宣は今まで以上に、厳しい状況へと追い込まれている。それでも彼は、水波の事を諦めないだろう。達也はそう言っていたし、深雪も同じ思いだ。光宣は本気で水波を愛しているのだろう。達也の意見は確認していないが、深雪はそう考えている。

愛を自覚するのに、時間は必要ない。深雪は自身の経験から、それを知っている。だが何故そうなったのか、理由が理解出来ない。

深雪は五年前の沖縄でこの上なくドラマティックな体験をして、自分の気持ちに気付いた。心を入れ替えた、の方が妥当かもしれない。だが光宣は? 水波と光宣の間には、特別な出来事は無かったはずだ。それとも水波を光宣の看病に残したあの日に、何かあったのだろうか?あの日、光宣は急に容態を悪化させて、水波は達也に電話で対処方法を尋ねた。普通に考えれば、水波に光宣の病状を改善する事も緩和する事も出来なかった。水波はただ、光宣の側についていただけだ。

 

「(だけど・・・光宣君にはそれが、特別な事だったのかもしれない)」

 

他人には何でもない出来事でも、本人にとっては忘れられない思い出になる。深雪にも覚えがある事だ。他人には分からない、光宣にとっては忘れられない大切な思い出を、水波は自分でも知らない内に与えていたのかもしれない。それが何か、深雪には分からない。彼女にはまだ、推測の糸口も見えていない。

ただ光宣を動かしている物が何であれ、彼の思い通りにさせるわけにはいかない。光宣の方法では、水波を人間以外の存在に変えてしまうのだ。桜井水波という個体の命は保てるかもしれないが、桜井水波という名の人間はいなくなってしまう。意識の継続性が何処まで保たれるのかも分からない。

 

「(でも・・・水波ちゃん本人はどう思っているのだろう?)」

 

凛や達也の判断は魔法さえ使わなければ普通に生活が出来るとのこと。だが、それで彼女が満足できるのかどうか。もしかしたら魔法を失いたくないと思っているかのしれない。

魔法師にとって魔法とは、手足も同じだ。その手足を失くすのは確かに怖いが、心臓を失うのはもっと怖い。魔法を守る為に「人である事」を諦めるのは、片腕と心臓を引き換えにするようなものではないだろうか。普通ならそんな選択はしない。もしそのような決断に至るとすれば、プラスアルファとして、心臓に匹敵するほど貴重なものが手に入る場合だけだ。

 

「(水波ちゃんにとって、光宣君がそれだけの価値を持つ相手だとしたら・・・?)」

 

今の水波の立場を考えた時、もし弘樹に同じ事を言われたら

 

「(私は間違いなく弘樹さんの手を取る・・・そして、今の私は人を辞めた妖怪・・・)」

 

深雪が結論を出せずにいるのは、水波にとって光宣がそれほど大切になっている可能性があるのか、という点についてだ。光宣の容姿に心を動かさない女の子は、多分いない。深雪自身も初めて会った時には、思わず目を奪われてしまった。達也という心に決めた男性がいなければ、ほのかな恋心くらいは懐いたかもしれない。

だが恋愛は、容姿が全てではない。男性の事は分からないが、女の子はそんなに単純じゃない、と深雪は思っている。少なくとも自分は、たとえ達也がいなくても見た目だけで恋人を選ぶつもりは無い。そこは恐らく水波も同じだ。一目惚れを否定するつもりは無いが、あれだってきっと、外見だけで恋に落ちているわけではない。外見からにじみ出る内面をひっくるめた、その人の総合的な印象に恋をするのではないか、というのが深雪の意見だ。

光宣の為人を詳しく知る時間は、水波には無かったはずだ。光宣に一目惚れしたような素振りも、水波には見られなかった。前回京都で別れた後、水波が深雪の前で光宣を話題にしたことはない。水波はあまりお喋りではないが、隠し事もそれほど得意でない。ポーカーフェイスを装っていても、近くにいれば案外分かり易かったりする。例えば水波が深雪と達也の距離感に辟易している時は、その気分が深雪にも達也にも筒抜けになっている事が多い。実は、気付いていないフリをしているのは深雪や達也の方だったのである。

その水波が、先日再会するまで、光宣に対する好意を深雪たちに感じさせなかった――いや、達也の方は気付いていたのかもしれないと、深雪は自分の考えを一部否定する。

意識の下ではどうだったのか分からないが、少なくとも意識的には、水波は光宣に対して恋をしていなかった。この点は自信をもって、深雪は断言出来る。

 

「(でも、今まで意識していなかった気持ちに気付いて、それが弘樹さんに対する私の気持ちと同じ種類だったら・・・)」

 

 

ーーもしかしたら、水波が光宣を選ぶ未来もあるかもしれない

 

 

深雪はその事に小さく身震いするとなんだか眠る事ができ無くなってしまい、時間は夜中であるが一個下の階にいる弘樹の部屋に向かった。部屋の扉をノックすると弘樹が暖かく迎えた。

 

「おお、深雪か。丁度よかった、見て欲しいものがあるんだ」

 

そう言い弘樹の部屋に入ると机の上にはたくさんの部品が置かれ、その中には拳銃も置かれていた。凛や弘樹の作る拳銃型CADは基本的に弾倉を変えれば実包も発射可能になっていた。日本の法律上大丈夫なのかと聞かれれば

 

「他のCAD制作会社の銃型CADも本物の銃に似ているからいちいち検査なんかやってられるはずがない。第一、実包さえなんとかすれば警察は詳しくは見ない」

 

と言い、弘樹さんは基本的に実包を持って来ていなかった。

だが、ここ最近の弘樹さんは常に実包を携帯していた。おそらく光宣やリーナの一件で二人はパラサイトを封印する為に対パラサイト用の刻印弾を持ち合わせている。

パラサイトに・・・特に光宣に警戒しているのが目に見えてわかる。

光宣対策に凛は達也にパラサイト用の実包の入った拳銃を渡した。弘樹さんはパラサイト用の強力な威力を持つ拳銃を持ち始めた。

私にも何かあったとき用にと弘樹さんは私に拳銃を作っていた。それが今持っているこの拳銃だった。弘樹さんが言うにはS&W M36と言う銃をもとに製作した拳銃らしい。

 

「一応護身用の銃だけど、何かあったらこれを使って」

 

「はい・・・分かりました」

 

弘樹さんにそう言われた私は渡された拳銃を持つとそれを大事にしまった。



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急転編
スターズの動き


現地時間七月一日、日本時間七月二日午前八時。USNAニューメキシコ州ロズウェル郊外に位置するスターズの本部基地に第五隊隊長、ノア・カペラ少佐が帰投した。

 

「カノープス少佐他二名の護送、及び『ホースヘッド』のハワイ基地移送を完了しました」

 

「ご苦労だった。今日はゆっくり休みたまえ」

 

基地司令ポール・ウォーカー大佐が報告に訪れたカペラを労う。しかしカペラは、デスクの前から動こうとしなかった。

 

「少佐、何か言いたい事があるのかね?」

 

「大佐殿。小官は『イリーガルMAP』を自由にすべきではないと考えます。あの者たちの暴走でどれ程大きな損失が生じたか、大佐殿もお忘れではありますまい」

 

イリーガルMAP。非合法魔法師暗殺者小隊。表沙汰に出来ない暗殺任務を専門に請け負っていた魔法師部隊で、『コールサック』『コーンネビュラ』『ホースヘッド』の三部隊で構成される小隊だ。

イリーガルMAPの対人戦闘能力は極めて高いが、これまで度々通常の部隊であれば命令違反を問われる暴走事件を引き起こしている。彼らの仕事の後始末の為にスターズが大きな犠牲を強いられたのも、一度や二度ではない。先代シリウスを失った『アークティック・ヒドゥン・ウォー』も、彼らが新ソ連秘密部隊との間で繰り広げた暗殺合戦が一つのきっかけになったと見られてる。

いくら腕が立って仕事が出来ても「シリウス」の犠牲はさすがに看過できるものではなかった。その上あの戦争で失われたのはシリウス一人ではなく、恒星級隊員に何人もの欠員を生じさせたのだ。新ソ連との間の戦後処理が一段落した後、上層部はイリーガルMAP全員をミッドウェー監獄収監を決定した。これが七年前の事である。

 

「だが、彼らの任務遂行能力は確かだ」

 

「過剰殺戮は任務を正しく遂行したとは言えません」

 

引く気配がないカペラに、ウォーカーはため息を吐いた。階級はウォーカーが大佐、カペラは少佐だが、年齢・軍歴はカペラの方が上だ。スターズ恒星級隊員最年長のカペラに対しては、ウォーカーも頭ごなしな態度はとりにくい。

 

「・・・通常の任務ならそうだろう。だが今回は相手が相手だ。オーバーキル程度に目くじらを立てていれば、ターゲットに手が届かない」

 

「彼らを何に使われるおつもりですか?」

 

ウォーカーは答えを渋った。権限で言えば『ホースヘッド』に与える任務をカペラに教える必要は無い。だがウォーカーは「ノーコメント」と回答する事も躊躇した。

 

「ターゲットはアンジー・シリウス少佐ですか?」

 

「そうではない」

 

カペラの推測をウォーカーは反射的に否定し、そして躊躇いながら、その前の質問に答える。

 

「・・・ターゲットは日本の戦略級魔法師、司波達也だ」

 

カペラはカノープスのように、リーナと親しい間柄ではない。今回の叛乱においても、彼の態度は中立だ。ただカペラは良くも悪くも真面目で典型的な軍人であり、軍の力を殺ぐ行為、軍機を乱す行為、戦友を害する行為に対して激しい嫌悪を見せる。中立的と言ってもパラサイトとなったアークトゥルスたちによる叛乱に好意的ではないのは明らかだ。ただ軍人の規律で、好悪の感情を抑え込んでいるに過ぎない。

カペラは混乱を拡大しない為に、現在のところ中立的な姿勢を見せているのだ。これ以上、カペラを刺激するのはウォーカーとしても避けなければならなかった。

 

「また彼らはあくまで、チャイニーズ・マフィアから仕事を請け負ったという態で行動する。作戦開始時には、我々との関係を示す者は全て抹消されている」

 

ホースヘッド分隊は東アジア系および中央アジア系のメンバーで構成されており、全員がアジア人的な外見だ。この分隊は元々東シベリア及び大亜連合領内における非合法工作任務を目的としていたので、隊員もそれに合わせた容姿の魔法師が採用されている。見た目だけなら、チャイニーズ・マフィアの手先を装ってもさほど無理はない。

だがカペラには、そんな偽装が上手くいくとは思えなかった。どれ程パスポートや装備品を偽装しようと、魔法師同士の戦闘の場合、訊問に読心系、傀儡系の系統外魔法を使われる可能性が常に付きまとう。

 

「了解しました。しかし、彼らが暴走した場合は誰が対処するのですか?」

 

しかしカペラはそれを指摘しなかった。そんな事は承知の上で作戦を立てているはずだからだ。それより彼は、より懸念される点について尋ねた。

 

「検討中だ」

 

しかしその問いに対して、ウォーカーははっきりした答えを返さなかった。カペラが僅かに目を細めたのは、うんざり感が思わず顔に出てしまったのだ。

 

「・・・質問は以上かね?」

 

自分の返答が答えになっていないことを自覚しているウォーカーは、カペラの態度を咎めなかった。その代わりに遠回しに、これ以上の問答を拒否する。

 

「はい、大佐殿」

 

「少佐、下がって良し」

 

カペラは大人しく基地指令室から出て行く。その後ろ姿を見詰めるウォーカーの目には、本人も意識していない苛立ちが浮かんでいた。そしてウォーカーは司令室の椅子に乱暴に座るとため息をついた

 

「全く・・・こんなふざけた命令を受諾できるか・・・!!」

 

彼が苛立っていたのはカペラの一件だけでは無かった。それは昨日の夜に大統領府から届いた直接の命令だった。命令書にはこう書かれていた

 

『7月1日午前0時をもってジョンソン・シルバーへの罪状を取り消し、追跡、捕縛する事を禁じる』

 

この命令を見た時のウォーカーは思わず命令書の紙を潰していた。基地で取り逃し、さらには見失うという失態を犯したために、必ず逮捕し、軍法会議にかけてやると意気込んでいた思っていた時にこの命令書が送られてきた。ウォーカーが憤慨するのも無理はなかった

 

「(こうなったのは間違いない。父親が・・・ローズが動いたに違いない・・・彼は経済界、政界両方に強い人脈がある。大統領を動かすには十分な力だ)」

 

ウォーカーは内心恨めしく思っていると鬱憤を晴らすかの如く、仕事に熱中し始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から一高は定期試験だが、達也は深雪を送り届ける為に登校しただけで、すぐに校舎を後にした。学校から試験を免除すると言われているのだ。好き好んで受けなくてもいい試験を受ける趣味は、達也には無い。この点では、彼も多数派の一員だ。

彼が今いるのは、巳焼島の研究棟の一室。本当なら『チェイン・キャスト』の技術を応用した新魔法の開発はFLTの研究室で行いたかったのだが、結局ここで続けている。リーナからずっと目を離しているのが怖かったからだ。

達也は別に、リーナ達の事を疑っているわけではない。亡命を装った破壊工作員という可能性は、頭から除外している。ある意味で達也は、リーナを信用していた。彼女には潜入工作員としての適性が無い。その才能の欠如を、達也は確信している。彼にとってマイナスになる可能性をマイナスに評価した結果、プラスの信用が生まれているのだった。

ただ暇を持て余したリーナが何かしでかさないか、目を離していると気が気でない。小さな子供ではないのだから馬鹿な真似はしないはずだが、この点では達也はリーナを全く信用していなかった。一応、ミアが世話をしているとはいえ、外せない用事などで目を離した時に誰も彼女を見ていないのは心配だったからだ。実際、今日彼女は就職しているガルムセキュリティーに呼ばれて三笠島に向かって巳焼島にいなかった。

 

「達也!」

 

そろそろ昼食にするかと研究室をでてすぐのロビーで、達也は横合いから声をかけられる。

 

「リーナ、何か用か?」

 

「今からお昼でしょ? ご一緒しない?」

 

「それは構わないが、あまり時間は取れないぞ?」

 

このセリフは、リーナに対する嫌がらせではない。達也は『チェイン・キャスト』を応用した新魔法の開発以外に、パラサイトを封じる無系統魔法会得の為の修行にも時間を使わなければならない。昼食を一緒にする以外の目的が見て取れるリーナの相手をしている時間は、本来彼には無いのだ。

 

「時間が無いなら、さっさと行きましょう」

 

リーナは達也のそっけないセリフを気にした様子もなく、食堂へ向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島の物流はまだ整備途上の段階で、品揃えも決して豊富とは言えない。生活用品は、とりあえず暮らしていくのに不自由はない、という程度だ。

だが、食事は美味い。ここの食堂も、所謂社食とは思えない程、料理に力が入っている。他に楽しみが無いので料理くらいは、という事かもしれない。

リーナが本題を切り出したのは、食後のコーヒーで一服している最中だった。

 

「達也、聞いてもらいたい事があるんだけど」

 

「長くなる話か?」

 

「いいえ」

 

「手短に頼む」

 

達也がカップをテーブルに戻して、リーナに目を向ける。それを了解の印だと理解したリーナは、笑みを浮かべて本題に入る。

 

「スターズ本部基地で起こった叛乱については、前に話した通り。私はベンのお陰でステイツを脱出出来た」

 

「ベンというのはベンジャミン・カノープス少佐の事だったな? だが君を空港まで送り届けたのはラルフ・ハーディ・ミルファク少尉だったんじゃないか? また、出国の体裁を整えてくれたのはヴァージニア・バランス大佐だったはずだが」

 

「ええ、その通りよ。でも大佐に助けてもらえるよう依頼してくれたのはベンだし、脱出の状況を整えてくれたのも彼だわ」

 

「リーナがカノープス少佐に恩義を感じているのは分かった。それで?」

 

「私が脱出した後、ベンは多分、投降したと思う。彼の実力なら包囲を切り開いて脱出するのは可能だけど、自分一人で逃げる人じゃないから」

 

「力尽くで叛乱を鎮圧するという選択肢もあると思うが」

 

リーナが目を見開いて達也の顔を見返す。達也は欠片も笑っていなかった。

 

「・・・味方に刃を向けられる人じゃないわ」

 

「パラサイトは味方では無いと思うが、そう簡単には割り切れないか。それで?」

 

「ベンはスターズ内部だけでなく、他の部隊やペンタゴン、国務省にも人脈がある。パラサイトといえども、彼を処刑したり出来ないはず。多分、軍事刑務所に収監されることになっているわ。もう移送されたかもしれない」

 

「だがスターズの一等星級隊員を閉じ込めておけるような監獄があるのか? CADを取り上げても魔法が使えなくなるわけじゃない。それともUSNAでは、魔法を封じる技術が実用化されているのか?」

 

「そんな技術はないはずよ。アビーから聞いたこともない」

 

「アビーというのは、戦術魔法兵器『ブリオネイク』の開発者だったな」

 

「ええ、そう。スターズの主任技術者、アビゲイル・ステューアット博士」

 

「軍の階級は持っていないんだな」

 

まさかリーナの口からブリオネイク開発者のフルネームが飛び出すとは思わず、達也は咄嗟にどうでもいい事を口にしてしまう。リーナはステューアット博士の名前をうっかり漏らしてしまったのではない。何も隠し事はしないというスタンスの表れだ――多分。

 

「だったら、カノープス少佐は何処に?」

 

「恐らく・・・ミッドウェー刑務所に閉じ込められているのだと思う」

 

「脱獄しても周りは海ばかり、か」

 

「ここもそういうコンセプトで刑務所になっていたんでしょう? いくら私たちでも補助デバイス無しに百キロ以上も移動できないから」

 

「それで? カノープス少佐がミッドウェー島に閉じ込められたとして、君は何を望むんだ?」

 

核心を問われたリーナの顔が、明らかに強張る。




微妙なところですがここで切らせていただきます


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リーナの願い

メリーフ⚪︎ッキンクソスマス!!!


リーナの要求に達也は直球に聞き

 

「・・・ベンがミッドウェーに送られているというのは、単なる推測じゃないの。もし政治的な理由で粛清されそうになったら、自分からミッドウェー刑務所に閉じ込められるように取引するってベンは言ってたわ。私にも、そうするようにって」

 

「それはまた、思い切った対策だ・・・」

 

「権力闘争は理屈じゃない、正義は勝っている時にしか役に立たないってベンは言っていたわ。どんなに自分が正しく、どんなに相手が間違っていても、敗者は強者に従うしかない。でも、絶対的な敗北でない限り取引の余地はあるから、負けそうになってもそこで諦めちゃダメだって。敗北が決まったら、出来る限り自分に有利な条件で負けなければならない・・・ベンは何度も、そう教えてくれたわ」

 

「権力闘争に限った話ではなく、むしろ戦争の終わらせ方に通じる教えだ。カノープス少佐は戦闘魔法師として優れていただけでなく、戦略家としてもすぐれた識見を持っている軍人なのだな」

 

「USNA陸軍士官学校の卒業生らしいわ」

 

「なるほど」

 

この言葉に続く「間違って魔法師になった口か」というセリフは、達也の頭の中だけで語られた。

 

「達也?」

 

「ああ、すまない」

 

カノープスの生い立ちを頭の中で空想していた自分に、達也は声に出さず嘲笑した。他人の事は、その者にしか分からない。それに他人の人生に同情出来るほど、自分は順調な人生を歩んでいないだろう、と達也は自分を笑わずにはいられなかった。

 

「要するに、カノープス少佐がミッドウェー島の刑務所にいるのは間違いないと考えて良いんだな?」

 

「ええ。ベンなら上手くやったはず。ミッドウェー島なら脱走が難しい代わりに、暗殺者を送り込むのも難しいから」

 

「他の囚人に襲わせるという手があると思うが」

 

「その可能性はゼロではないけど・・・あそこの造りは少し特殊なの。囚人の部屋は全部が完全防音の独房で、中の様子は監視カメラでしか分からない。食事の支度や掃除は全自動。トイレだけでなくシャワーも独房内完備。外出や運動施設の利用は一人ずつ。囚人同士の交流を徹底的に排除する仕組みになっているのよ」

 

「囚人の共謀を防ぐためか」

 

「ええ。それと、貴重な戦闘魔法師を刑務所で無駄に失わないよう、って配慮があるとベンは言ってた」

 

「監視付きだが、居住性は悪くないようだな。それも戦力としての質を低下させない為か」

 

「そうでしょうね・・・」

 

達也は何でもない事のように語っているが、リーナは心中穏やかでないという表情になっている。刑務所の中でも自分たちが兵器として管理されている現状を改めて認識した事で、感情的な反発が生じているのだろう。

 

「それでリーナは、カノープス少佐をミッドウェー島から救い出して欲しい、とでも?」

 

達也は本気で、こう尋ねたわけではなかった。まさかそこまで厚かましい願いを、リーナが口にするとは思っていなかった。

 

「・・・ええ」

 

「・・・本気か?」

 

「厚かまし過ぎるお願いだとは分かっている。でも今ステイツで起きているのは、普通の、人間同士の戦力争いじゃない。安全だと思われていたミッドウェー刑務所の中も、暗殺の危険が無いとは限らないし、最悪の場合はベンが無理矢理パラサイトにされてしまうかもしれない」

 

カノープスがパラサイト化する可能性は、達也も無視できなかった。達也とカノープスの間には、好ましからぬ因縁がある。カノープスを味方にする為に助け出すという話であれば、達也はうなずかなかったに違いない。カノープスを味方に付けられても、それは今回限りの事だ。アメリカの軍事刑務所に忍び込んで囚人を強奪するというリスクに見合わない。

だが敵を減らすという目的であれば、検討の余地があると達也には思われた。敵に回した時のカノープスの力量は、達也も経験している。一度きりでも、その技量を測るには十分だった。

 

「・・・残念ながら、リスクに見合うメリットが無い。パラサイト化のリスクを除くだけなら、俺のマテリアル・バーストでミッドウェー島の刑務所を爆破した方が簡単だ。パラサイト・パンデミックに対処するためという名目なら、国際社会の非難も逸れるだろう」

 

「待ってよ! そんな事を発表されたらステイツが・・・!」

 

パラサイトの増殖を放置したなどと知られたならば、USNAの信用は地に堕ちる。国家分裂の悪夢では済まなくなってしまうに違いない。形式上はUSNAの軍人という事になっているリーナは、これを受け容れられなかった。

 

「だがUSNAがカノープス少佐まで無理矢理パラサイト化して利用しようとするならば、パラサイトの脅威を世界に公表しないわけにはいかなくなる」

 

達也のセリフが単なる脅しでは無いと分かったのだろう。リーナは思い詰めた硬い表情で達也に問いかける。

 

「・・・メリットがあれば良いのね?」

 

「まあ、そうだ。俺も島を丸ごと吹き飛ばすなんて荒っぽい真似を、好き好んでやろうとは思わない。それだけの熱量を発生させた場合、世界の気候に無視し得ない悪影響を及ぼさないとも限らないからな」

 

真顔で言う達也に、リーナとミアは背筋を震わせた。一撃で世界の気候バランスを崩してしまう魔法。それが大袈裟でも何でもないと理解出来たからだった。

固くなっていたリーナの表情に焦りが出る。

 

「私が達也の味方になるわ」

 

リーナが何を言いたいのか、達也は理解出来なかった。達也がリーナに訝し気な眼差しを向けると、リーナはさらに焦ったように勢いよくまくしたてる。

 

「スターズに一度戻って、軍を抜ける。それだけじゃなく、達也に対する敵対行為は止めさせる」

 

「君の一存で決められる問題では無いと思うが・・・」

 

「大丈夫、軍は簡単に抜けられるわ。元々私が軍に入る時に国防総省は叔父様に借りを作っちゃって頭が上がらないから。それに帰化をすればいいわ。私は九島ショーグンの姪の娘なんだから、それほど難しくないと思うし」

 

そう簡単に行くだろうかと達也は考えてしまった。だが、達也の疑念を口には出さずにリーナの話を聞いた。

確かに、それなら達也にとってリスクを冒すだけのメリットがある。

リーナが一旦USNAに戻って再亡命してきた場合、受け皿になるのは四葉家かノース銀行日本支社代表のベル(凛)だろう。USNAに強気で入れるのはこの二つしか達也は思い浮かばなかった。

今は客人だが帰化をすればリーナを戦力として使えるようになる。

もちろん、彼女を真夜に渡すつもりはさらさらなかった。

 

「分かった。すぐにとは約束できないが、カノープス少佐救出のプランを練ってみよう」

 

「ホント!? ありがとう、達也」

 

リーナが面を輝かせて身を乗り出す。間にテーブルが無ければ、彼女は達也に抱き着いていたかもしれない。

 

「それとリーナ」

 

「何かしら?」

 

「兄弟姉妹の孫を姪孫という。『九島閣下の姪の娘』より『九島閣下の姪孫』と表現する方がスマートだ。自己紹介する時に役に立つから覚えておくといい」

 

途端にリーナは白けた顔になる。盛り上がったリーナの気分に水を掛けたのは、天然なのか、それともわざとか。

とにかくこれが俗にいう「フラグを折った」のは違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナと別れた達也は元々リーナに伝えようと思っていた事を思い出していた

 

「言えるわけないな・・・ジョンがUSNAでスパイ容疑をかけられ指名手配になっているなんて・・・」

 

そう言いながら達也はエアカーに乗りながら呟く。この時、達也はジョンがUSNAで容疑が晴れていることはまだ知らなかった



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封玉の成功

魔法科高校も試験期間中は午後早々で放課後になる。達也が再登校したのは十五時前だ。生徒会役員だからと言って残っているとは限らなかったが、目当ての生徒は運よく生徒会室で試験勉強中だった。

 

「詩奈」

 

「は、はいっ!?」

 

達也が生徒会室に入ってきたのは彼女も気付いていたし、顔を上げて挨拶もした。だが自分に話しかけてくるとは全く思っていなかったのだろう。達也に名前を呼ばれて応える詩奈の声は、少し裏返っていた。

 

「お父上の三矢元殿か、ご長男の元治殿にご意見を伺いたい件がある。お時間を頂戴出来ないか、聞いてみてはもらえないだろうか」

 

「えっと・・・父と会って話をしたいという事ですか?」

 

「そうだ」

 

「司波先輩、詩奈ちゃんのお父様にいったい何を尋ねたいのですか?」

 

困惑している詩奈を見かねたのだろう。横から泉美が口を挿んできた。

 

「米軍の動向について知りたい事がある」

 

達也は泉美の横槍を無視しなかった。テキトーに誤魔化す事もせず、真っ向から答を打ち返した。泉美の隣で「米軍の?」と不得要領な声を上げたほのかに、「三矢家の方々は国外の軍事事情にお詳しいのよ」と深雪が小声で教える。

それは泉美も知っていた。達也が米軍の事を三矢家当主に尋ねるのは理に適っている。自分の一言が余計なものだったと、泉美は認めざるを得なかった。

 

「あのっ、司波先輩!父に、予定を聞いてみますので!」

 

詩奈が慌てて達也にそう答えたのは、泉美の心情を慮った結果だった。そのお陰で泉美は、達也に頭を下げずに済んだ。

だが達也に謝罪するのと詩奈に庇われるのと、泉美にとってどちらが楽だったのかは、きっと本人にしか分からない事だった。

 

「泉美ちゃん。約束通り、実技試験の課題を見てあげましょうか?」

 

「えっ?深雪先輩、本当によろしいのですか?」

 

「ええ、構わないわよ。振動系のコントロールは得意分野だから」

 

「ぜひ!よろしくお願いいたします」

 

顔を感激で埋めた泉美を連れて、深雪が生徒会室を出て行く。

ナイスフォローだと達也は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実験棟に向かう深雪を見送った後、達也は演習林に来ていた。

 

「試験期間中だというのにすまんな」

 

「何を言ってるんだい。試験よりもこっちの方が重要だろ」

 

割と本心から謝罪した達也に、幹比古は出来の悪い冗談を耳にした時のような笑顔を返した。本気で笑えるわけではないが、他に表情の選択肢が無いので笑みを浮かべている、というやつだ。

 

「それに、一夜漬けが必要になる勉強の仕方はしていないよ」

 

幹比古が本気で言っているなら大したものだし、強がりならば別の意味で賞賛に値する。達也は幹比古の言葉に軽く驚いた表情で頷いた。

 

「では、頼む」

 

本気だろうが強がりだろうが、今日は早めに帰そう。そう考えて、達也は幹比古に修行の開始を合図した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴走した独立情報体――『精霊』に前後左右上下の六方向から想子流をぶつけて、想子塊の中に呑み込む。想子の雲を広げてその中に取り込むより、こちらの方が効率的だと判明したのは修行を開始して三日目のことだ。試験前にも拘わらず日曜日も幹比古を修行に付き合わせて、今日で六日目。六方向から同じ圧力の想子流をぶつけるのではなく、四方向からぶつけた想子流が逃げ出さないように上下から蓋をする方が高い効果を得られるという所までノウハウは理解出来ている。

後は最終段階。圧縮した想子を、固定する技術だ。封印の形は立方体ではなく、球体。効率を考えるならば、単に球をイメージしながら圧縮していくのではなく、三次元的に球体が形成されるよう圧力をかけるべきだろう。ただ握りしめるのではなく、手の中で転がすように。一度で固めてしまうのではなく、何度も練り直しながら最終的に固く、小さな球にする。

 

「・・・達也、それ・・・」

 

「・・・出来た、のか?」

 

達也の五十センチ前方で高密度の想子球が浮いている。まるで実体物のように、安定した状態で。達也は慎重に手を伸ばし、想子の球体を掴んだ。実体の無い想子の塊が、まるで個体のような手ごたえを返している。達也の肉体ではなく、肉体に重なる想子場を押し返しているようだが、少し強めに握ってみても壊れる気配はない。

 

「これが封玉・・・術式だけでパラサイトを捕獲する無系統魔法・・・」

 

幹比古が感嘆を漏らす。呪具や人形などの実体物に頼らず、純粋に「術」で精霊を封印する。精霊を封印出来るなら、「魔」も封印出来るだろう。それは幹比古にとっても珍しいと感じる技術だった。

達也は想子球を手放した。球体に干渉しないよう、自分の想子場をコントロールする。そのまま二人は、疑似固体化した想子の塊を観察した。想子の球体は、七分後に自壊した。中に閉じ込めていた「暴走精霊」は、精霊の形を保ちながら活動を停止していた。

その後の二時間で、達也は成功と失敗を繰り返した。今日のところの成功率は三割。だが最後の十分間は、続けて四度成功した。

 

「幹比古、今日はここで止めよう。これ以上はお前が持たない」

 

「まだ大丈夫、と言いたいところだけど・・・達也の言う通り、今日は残念ながら限界だ。でもこれで、目途が立ったね」

 

「ああ。幹比古、お前の御蔭だ」

 

「どういたしまして」

 

「実戦で使用するには、成功率を十割まで上げなければならない。すまないが、明日も付き合ってもらえるか?」

 

「もちろんだよ」

 

幹比古が笑みを崩さず、むしろますます深めて頷く。彼は修行を手伝っている立場だが、幹比古の笑顔はまるでわがことのような充足感に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、達也は弘樹をマンションの地下室に呼び出した

 

「達也、聞いたよ。上手くいったんだってね」

 

「ああ、それで頼みなんだが・・・」

 

「ああ、わかっているさ」

 

そう言うと弘樹は動き回る制御式の組まれたパラサイト・・・弘樹や凛は『付喪神』と呼んでいるものを取り出すと達也は早速成功した封玉を試した。すると付喪神はぴたりと動きを止め、その場に止まっていた

 

「おお!」

 

「やっぱり、本物の方がこう言う時は分かりやすい。暴走した精霊より想子の消費量が大いな」

 

「もっと練習をする?」

 

「ああ、頼む」

 

そう言うと二人はこの後数回練習を行うと練習は一旦終えることにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二日、火曜日の夜、七草邸では、香澄と泉美が試験勉強に励んでいた。光宣の迎撃フォーメーションは、今日も続いているが、高校生である香澄は泉美同様学業優先で任務はお休みだ。今日は二人だけでなく、真由美もローテンションの都合でお休みだ。その真由美を、予定にない客が訪ねてきた。

 

「摩利・・・!?どうしたの、いきなり」

 

「少し、話をしたいと思ってな。迷惑じゃなかったか?」

 

「迷惑なんてとんでもない!さっ、入って」

 

真由美が摩利を連れて行ったのは自分の部屋だ。真由美は自分で飲み物を用意し、二人きりの空間を作った。

魔利の前にアイスティーを置き、自分は彼女の正面に腰を下ろす。お茶を一口飲んでから、真由美は軽い感じで口を開いた。

 

「来てくれるなら連絡すればいいのに。今日は偶々家にいたけど、昨日だったら行き違いになってたわよ?」

 

「九島光宣を捕まえる為か」

 

真由美としてみれば親しい友人同士の軽口で、特に深い意味のないセリフだったのだが、摩利の口から全く予想していなかったセリフを聞いて、思わず息を呑んでしまう。

 

「何故、光宣くんの事を・・・」

 

「やはり十師族が動いていたのか。十文字も関わっているのだろう?」

 

鎌をかけられたと思い、真由美がムッとした表情を摩利に向ける。だが摩利の方には、真由美を引っかけたつもりは無い。単純に、推測を口にしただけだ。これから持ち出そうとしている話題の前振りとして。

 

「実はあたしも、九島光宣追跡に加わる事になった」

 

「えっ、貴女が?何故?」

 

「第一師団から遊撃歩兵小隊を中核とする追跡本隊が出動する。あたしもその一員として作戦に加わるよう命じられた」

 

「貴女、まだ学生じゃない・・・」

 

「魔法大学とは学生の意味が違う。知っての通り、防衛大の学生は入学時点で国防軍の一員だ」

 

摩利の口調に、皮肉なニュアンスは無かった。彼女は出動に不満を覚えていないようだ。

 

「遊撃歩兵小隊というと・・・確か『抜刀隊』よね?老師の熱烈な信奉者で構成されている魔法師白兵戦部隊」

 

「ああ、その小隊だ。そこまで知っているなら話が早い。遊撃歩兵小隊は老師の仇討ちに立ち上がった。私怨で軍を動かすのは問題だと思うが、話を聞いた限りでは九島光宣を放置しておくわけにはいかない」

 

「仇討ちって・・・光宣君が老師を殺したの・・・?」

 

「確かな情報だそうだ」

 

「そんな・・・」

 

真由美はショックを露わにしている。どうやら真由美はその事を聞かされていなかったようだと、摩利はアイスティーを少しずつ飲みながら、彼女が落ち着くのを待った。

 

「・・・国防軍は箱根より西に捜索網を展開するから、現場でかち合う事は無いと思うが、念の為だ。真由美たちを混乱させないように、報せておこうと思ってな」

 

真由美の顔色が多少まともになったのを見計らって、摩利が話を続ける。どうやらこれが、彼女の本題だったようだ。

 

「・・・気を付けて、摩利。光宣くんは手強いわよ」

 

「老師に勝った相手だ。一対一じゃ敵わない事くらい分かっている。無謀な突撃などしないさ」

 

心配する真由美に、摩利は気負いのない表情で応える。それを見て、「高校の時とは違うんだな」と真由美は思った。



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悪魔の囁き

エドワード・クラークが提唱したディオーネー計画は多少のつまずき事あったが、足踏みすることなく進んでいる。現在は彼一人の手を離れ、USNA国家科学局の学者グループが木星の衛星から金星へ氷の塊を送り届けるシミュレーションを行っているところだ。このシミュレーション結果を基にして、必要な要素を盛り込んだ魔法式が作成される。

国家科学局の研究スタッフは、金星の二酸化炭素を分解するより大量の氷塊を投入して気温を下げ、水を供給する事を優先する方針に傾いている。エドワード・クラークは、その方針に異を唱えていない――どうでもいい事だからだ。

金星のテラフォーミングは、あくまでも表向きの目的に過ぎない。ディオーネー計画の真の狙いは、質量・エネルギー変換魔法などというバカげた大規模破壊手段を持つ日本の戦略級魔法師、司波達也を地球から追放する事にあった。この観点から見れば、ディオーネー計画は破綻しつつある。

司波達也本人が企画した魔法核融合炉エネルギープラント計画は、予想に反して実現に向けて着々と前進している。司波達也はその中核人物として、ディオーネー計画への参加を辞退する口実を手に入れていた。

プラントの構想自体は別に目新しいものではない。大規模なエネルギープラントを建設し、そこから得られる電力を利用して海水から水素を製造し、海水中に溶けている鉱物資源を抽出し、海水中から有害物質を除去する。在来技術では採算が取れなかったプランだが、重力制御魔法を使った核融合炉、『恒星炉』を用いればビジネスとして成り立つ。エドワード・クラークも、それを否定出来ない。

人口増大による居住空間の不足に備えるというディオーネー計画の大義名分は、まだ説得力を失っていない。しかし、そこに司波達也を参加させなければならないとは強弁出来なくなっている。ディオーネー計画の推進に、恒星炉は必ずしも必要ではない。国家科学局のスタッフは、木星圏のミッションに必要な電力も太陽光発電で賄えると試算していた。

一方、司波達也のプラント計画は恒星炉を前提に組み上げられている。恒星炉プラントは将来的に、より多くのエネルギーを人類にもたらす可能性がある。故にその試みを妨害すべきではない、という意見が上院議員の間にも広がってきている状況だ。ここで司波達也の引き抜きを強硬に主張すれば、世間にもクラークの真意を覚られてしまうかもしれない。

このままでは、ディオーネー計画の真の目的は達成出来ない。だからといって下手な動きは取れない。マスコミにも資本家や政治家の言いなりにならず、真実を暴くジャーナリストが、一人や二人はいるかもしれないのだ。そういう本物のジャーナリストでなくても、勝手な憶測が多数積みあがって、その中から何の根拠もなく真実に至る確率も無視できない。更にノース銀行が正式に魔法核融合炉エネルギープラント計画に出資する事を大々的に報道したことで経済界は完全に魔法核融合炉プラント計画にしか興味を示さなくなっていた。

手詰まり感が高まる中で、それでもエドワード・クラークは諦めていなかった。状況をひっくり返す糸口を求めて、彼はオリジナルの『フリズスキャルヴ』が集めてくる膨大なデータと格闘を続けていた。

家にはもう十日以上帰っていない。息子のレイモンドと直接顔を合わせたのは半月以上前の事だ。その所為で――と言い切って良いのかどうかは不確かだが――クラークはレイモンドがパラサイト化した事も知らない。レイモンドが日本に渡る事も、クラークはメールで許可を与えたくらいだ。

今日もクラークはデータの海でもがいていた。オリジナルの『フリズスキャルヴ』は世界にばら撒いた端末と違って、大型コンピューターに接続しデータを保存・整理出来る。クラークは戦略シミュレーションAIのアシストを利用しながら逆転の道筋を探していたが、妙案はなかなか見つからない。

その電話が掛かってきたのは、蓄積した疲労が諦めを呼び込み始めた午前三時のことだった。

 

『クラーク博士、ご機嫌は如何ですか?』

 

ヴィジホンのディスプレイに、ずっとコンタクトを取れなかったベゾブラゾフが登場した。

 

「ベゾブラゾフ博士、お久しぶりです。正直なところ、気分は芳しくありません」

 

『そうですか。しかしそれは、私の所為ではありませんよ』

 

クラークは思わず罵声を放とうとして、辛うじて自制した。ベゾブラゾフに、クラークの反応を気にした様子はない。

 

『私が失敗したのは事実ですが、元はと言えば恒星炉プラント計画を政治工作で阻止出来なかった事が原因ですから』

 

「博士のお立場では、そうなるでしょうな」

 

喧嘩別れは有害無益。自分にそう言い聞かせても、口調に棘が生えるのをクラークは抑えられなかった。

 

『ご理解いただけて幸いです。私の立場では、司波達也を放っておく事は出来ませんでした』

 

「事態は余計に悪化しましたけどね!」

 

反省の欠片も無いベゾブラゾフの態度に、クラークがとうとう怒りを爆発させてしまう。

 

「司波達也を暗殺する。それは結構!失敗したのも仕方がないでしょう。相手が一枚上手だっただけです。しかし博士が分かり易い状況証拠を残してくれたお陰で、ディオーネー計画の平和的性格を疑われる羽目になっています」

 

『平和的なプロジェクトを装う事に、意味があったのでしょうか?』

 

「何ですと・・・!」

 

ベゾブラゾフの思わぬ指摘に、クラークは更なる怒りを覚え、思わずディスプレイを睨みつけていた。

 

ベゾブラゾフは彼の気色ばんだ表情を見ても、冷笑的な口調は変わらなかった。

 

『ディオーネー計画の目的は戦略級魔法師・司波達也の排除。その目的さえ達成出来れば、金星開発はどうでもいいはずですが』

 

ベゾブラゾフの本質を突く指摘に、クラークは反論出来なかった。

 

「・・・博士には何か妙案があるのですか?」

 

クラークの反問は、苦し紛れのものだ。

 

『妙案と言えるかどうかは分かりませんが、一つ、提案があります』

 

ベゾブラゾフの答えは、クラークにとって思いがけないものだった。具体的な答えが返ってくるとは、クラークは予想していなかった。

 

「・・・伺いましょう」

 

クラークのこのセリフは時間稼ぎを意図したものだが、手詰まり感に追い詰められている中で出口を求める深層心理が吐かせたものであった。

 

『ご存じの通り我が国は現在、大亜連合の侵攻を受けております。この局地戦は大亜連合が一方的に仕掛けてきたものですが、明日には我が国の勝利で決着する予定です』

 

「博士がトゥマーン・ボンバを使われるのですね」

 

『そうです』

 

戦略級魔法を投入しただけで勝敗が決するというのは戦争を単純化し過ぎているようにも思われるが、今回のケースに限ってはその単純な図式が現実になる可能性が高いとクラークも知っていた。大亜連合の軍事行動はベゾブラゾフの不在を前提に立案されたものだ。一個人の存在が開戦を左右するといえば大袈裟に聞こえるかもしれないが、戦術核クラスの大量破壊兵器が投入される可能性の有無を考慮して軍事行動を決定していると言い換えれば、奇異には思われないだろう。

大亜連合はトゥマーン・ボンバによる反撃が無いと計算して新ソ連領沿岸地域に進攻した。だから余計に、トゥマーン・ボンバによって大打撃を受ければ、精神的に継戦が難しくなるに違いない。新ソ連軍と大亜連合の戦力が拮抗している中で、大亜連合軍の戦闘意識欲低下は致命的だ。新ソ連の勝利、大亜連合の敗北は容易に予想できる。

 

『我が国はこの勝利に乗じて、日本海を南下する予定です』

 

「日本へ攻め入るのですか!?」

 

『大義名分は用意するのでご心配なく。それに、本州へ上陸する計画もありません。そもそも領土を求めての侵攻作戦ではありませんので』

 

「・・・」

 

『お分かりのようですね。そう、これは陽動です。司波達也の恒星炉プラントが何処に建設されているのかは、ご存じでしょう?』

 

「・・・東京南方八十キロ、『巳焼島』と呼ばれる火山島ですね」

 

『その通り。我が軍が南下する海域の、ちょうど逆サイドです』

 

「貴国の南下に会わせて、建設中のプラントを破壊しろと?」

 

『難しくはないでしょう?施設が国籍不明のテロリストの標的になったと知れば、プラントに出資する資本家も考え直すのでは?恒星炉プラント計画は中止せざるを得なくなり、司波達也はディオーネー計画参加を拒む口実を失います』

 

ベゾブラゾフの提案に、クラークは即答出来なかった。理性的に考えれば、即座に蹴るべき有害なプランだ。国家による破壊工作が明るみに出れば、USNAの国際的信用は地に堕ちる。そして、露見するリスクは小さくない。一人や二人の暗殺なら兎も角、建設中のプラントに対する破壊工作を完全に隠蔽する事は困難だ。

それにプラントが破壊されれば出資を行なっているノース銀行が怒り狂うのは間違いなかった。そうなれば火消しをすることは不可能だ。

だが思うに任せぬ状況の中で閉塞感に苦しんでいたクラークには、ベゾブラゾフの申し出が魅力的な打開策に思われた。ベゾブラゾフが唆す作戦案は、クラークにとってはまさに甘美な悪魔の囁きだった。

 

「・・・貴国の艦隊が出動するのは何時になりますか」

 

『作戦が順調に進行すれば五日後、七月八日になります』

 

「五日後ですか・・・」

 

間に合う、とクラークは思った。短い準備時間は、彼の精神内で歯止めとならなかった。

 

「分かりました」

 

『引き受けていただけると思っていました』

 

ベゾブラゾフが満足げに笑う。クラークはその笑顔に、以前の――司波達也に敗れる前のベゾブラゾフからは感じられなかった寒気を覚えた。



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想子波の衝撃

西暦二〇九七年七月四日、木曜日。大亜連合と新ソ連の戦争は今日で七日目を迎える。この日の朝、戦況に大きな変化が生じた。東シベリア方面の新ソ連軍の再配置が完了し、ハバロフスクの南で防衛に当たっていた機甲部隊が南下を始めたのだ。同時にそれまでウスリースク郊外で大亜連合軍を食い止めていた沿岸地方軍はムラヴィヨフ=アムールスキー半島の入口を目掛けて後退を開始する。

新ソ連の意図が、東シベリア軍と沿岸地方軍による大亜連合進行部隊の挟撃にある事は明らかだ。これに対する大亜連合の選択肢は二つ。

一つは、ハンカ湖西岸の占領地域まで軍を引き、同地域の支配を固定化する事。もう一つは、南下する沿岸地域軍を急迫し東シベリア軍が到着する前にウラジオストクを落とす事。ウラジオストクを手に入れれば、高麗自治区から北上する部隊が海上から側面攻撃を受ける心配も無くなる。ハンカ湖西から進行した東北地域軍と高麗自治区軍で沿岸地方を一気に占領する――大亜連合の理屈では「取り戻す」――事が出来る。

大亜連合は急戦を選んだ。南下・後退する新ソ連軍の後を大亜連合軍が追いかける。しかし追跡の決定に多少の時間を要したのと戦闘車両自体の速度差で、両軍の間隔は大きく開いていた。そして両軍の間隔が二十キロを超えた時、戦局は劇的な転換を迎えた。

突如、大亜連合軍の前に霧が立ち込める。濃密な霧は、わずかな時間で六千人の兵員を乗せた戦闘車両――兵員輸送車を含む――の列を覆いつくした。「退避!」と叫んだ指揮官は、直感的に危険を感じ取ったのか。「霧を排除せよ!」と魔法師部隊に命じた参謀は、白いヴェールの正体を見抜いていたに違いない。

だが、彼らの対応は遅すぎた。否、相手が――ベゾブラゾフが速すぎた。深い霧が作り出す白い闇を、一瞬で増殖した魔法式が満たし、超広域の酸水素ガス爆発が生じた。

酸素一、水素二の混合気体。その燃焼炎の温度は三千度に満たず、核兵器の焦点温度には遠く及ばない。しかし一点に集中して熱が発生する核爆弾や通常爆弾と異なり、数ヘクタールから数十平方キロの広大な空間で同時に高熱が生み出される。またトゥマーン・ボンバ本来の攻撃形態――相手の魔法防御を考慮しない形態――は燃料気化爆弾と異なり、攻撃対象を爆発の直中に巻き込んで発動する。爆発によって発生した高圧の衝撃波で殺傷するのではなく、摂氏二千度超の爆発に敵を直接曝露するのだ、その最大破壊規模は多弾頭核ミサイルに匹敵する。

西暦二〇九七日月四日、現地時間八時五十五分。日本時間七時五十五分。この一撃で、大亜連合進行部隊の七割以上が無力化された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法科高校の授業は一高から九高まで共通だ。一限目は八時から始まる。ただ一限目が始まる前に朝礼やSHRを行う慣行は、学校によってまちまちだ。一高には朝礼もSHRもなく、いきなり授業が始まる。

それとは対照的に、三高は各クラスの指導教師が朝礼に名を借りて生徒に活を入れるのが毎朝の習慣になっていた。ただし、指導教師が付いている『専科』、一高で言う『一科』のみのセレモニーである。

今日は定期試験三日目だが、昨日までと同じく、朝礼は普段通りに行われる。始業十分前になり、一条将輝は彼のクラスメイト同様、自分の席に着いた。それから一分も経たない内に指導教師が入ってくる。五十代の、がっしりした体格の男性教師だ。生徒に親しみを持たれるタイプではなく、確かな指導力で生徒に頼られるタイプの教師である。

異変が起こったのは、指導教師の経験に裏打ちされた訓示が中盤に差し掛かった、七時五十五分の事だった。強烈な魔法の波動に、将輝が思わず腰を浮かせかける。

反射的な反応を見せたのは彼一人ではなく、同じ教室で実際に立ち上がった生徒も何人かいた。指導教師は、それを咎めなかった。

 

「朝礼は中断する。皆は自席で待機する事」

 

立ち上がった生徒を手振りで座らせながら、男性教師は強張った表情でそう告げて教室を後にした。ざわめくクラスメイトの声を聞きながら、将輝は唇を固く引き結んでいた。

 

「(想子波の震源は北・・・いや、北北西か?強い揺れだったが、震源地はかなり遠い)」

 

将輝の感覚では「遠い」としか分からなかったが、彼はそれを直感的に、新ソ連と大亜連合の軍事衝突に結び付けた。彼は学習用端末に、日本海を中心とした地図を呼び出した。魔法の軍事利用を積極的に肯定している三高の端末は、地政学の資料が豊富に呼び出せるようになっている。

 

「(推定八百キロ以上・・・。それであの強さ、本物のトゥマーン・ボンバか・・・?)」

 

ベゾブラゾフは目的に応じてトゥマーン・ボンバの破壊力を使い分けているのであり、本物も偽物も無い。今回の爆発も、破壊力の上限を発揮したものではない。しかしそれを知らない将輝は、伝わってきた想子波動の強さから魔法の威力を感じ取り、戦慄と共にそう考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥマーン・ボンバの余剰想子波をキャッチしたのは、三高の生徒だけではなかった。その特大規模の波動は、日本全国の魔法師の感覚を震わせた。達也はその時、一高から四葉ビルへ戻る個型電車の中にいた。

 

「(――魔法式の規模は水平方向に三平方キロ前後、高さ二十メートル前後。目的は地上部隊の殲滅だな)」

 

広く展開した戦闘車両、歩兵輸送車両を纏めて葬るべく、魔法の規模を広げたのだろう。

 

「(密度は低いが、これだけの広さの空間で同時に爆発が起こったんだ。国土の被害も相当なものだろうに。これもある種の焦土戦術か)」

 

本来の意味とは違うが、自国の土地を焼いてまで敵軍に打撃を加える。政府の権限が強くなければ採れない戦法だ。しかし、有効な戦術であるのも確か。大亜連合軍が投入していた百数十~二百両の戦車とそれに追随する戦闘・輸送車両は破壊され、五千~一万人の兵員が鬼籍に入ったことだろう。

 

「(予想していた形とは少々異なるが、勝敗は決した)」

 

新ソ連が――ベゾブラゾフがここまで大規模な反撃を行うとは、達也も予想していなかった。これならベゾブラゾフ健在がもたらす精神的ショックとは無関係に、大亜連合は戦闘の継続が不可能だ。達也は個型電車のヘッドレストに頭を預けて目を閉じた。

 

「(・・・これだけの大敗だ。大亜連合はしばらくの間、対外的な軍事行動が出来なくなる。新ソ連は極東艦隊を動かしても、背後を突かれる懸念はなくなった。どういう名目を持ち出すかは分からないが・・・艦隊は既に動員済みだと考えるべきだろう)・・・時間的な余裕はない」

 

最後の最後は、達也の口から声になって発せられた。達也がトゥマーン・ボンバを参考にして開発している魔法は、新ソ連艦隊の南下を阻止するためのものだ。分かっていたことだが、いよいよその完成を急がなければならなくなった。

個型電車が四葉ビル最寄り駅に到着するまで、あと十分前後。そのわずかな時間さえ、今の達也にはもどかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大亜連合の戦略級魔法師、劉麗蕾は友軍崩壊の際、味方部隊の移動には同行せず後方に待機していた。機甲部隊と輸送車両で移動した歩兵部隊が敵を捕捉した後に、ヘリで部隊に合流する予定だったのだ。お陰で彼女は、トゥマーン・ボンバによる被害を免れた。

劉麗蕾の護衛部隊を率いる隊長は、ハバロフスクから新ソ連軍が南下しているのを知りながらあえて北上し、ヴォズドヴィデンカの飛行場を占拠した。護衛部隊の隊長は、司令部に即時帰国を具申。進行部隊が壊滅した状況では、当然の申請だ。

しかし大亜連合軍司令部は、劉麗蕾とその護衛部隊に現在地点で待機を命じた。ハバロフスクから南下した新ソ連の部隊はその動向を把握していたはずであるにも拘わらず、劉麗蕾一行が潜むヴォズドヴィデンカを、攻撃も包囲もしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也はマンションに着くとそこには凛が待っていた

 

「凛!」

 

「達也!・・・手伝うわ」

 

凛は達也の心を読むと頷いて達也と共に地下の研究所に籠り、戦略級魔法の開発を急ピッチで始めた

開発中の戦略級魔法に関するデータは、毎日ストレージに入れて持ち帰っている。四葉家東京本部の地下室でも、研究を続けるのに不都合はない。深雪にも、一人で帰宅させた。彼女には達也以外にもつかず離れずの護衛が付いているし、達也も「眼」を離していない。それに深雪には弘樹がいる。それでも深雪に単独行動をさせるのは異例な事だ。

その甲斐あってと言うべきだろうか。チェイン・キャストを利用した新魔法の基本設計は、夕食前に完成した。魔法式を構築可能な状態にした起動式ではない。あくまでも基本設計、新魔法のシステムとコンセプトを示したものだ。

後一日かければ、達也は実用レベルの起動式を書き上げられたに違いない。だが彼はわざと、この段階で手を止めた。そのことに凛は疑問に思った。

 

「達也、どうしたの。ここで終わるのか?」

 

「ああ、あとは彼のことをよく知っている奴に任せようと思う」

 

「ああ・・・そう言う事。じゃ、私が送っておくわね」

 

「頼む」

 

そして彼は書き上げた基本設計書を旧第一研、現在の金沢魔法理学研究所へ受取人指定で送信した。

 

「これで、あとは様子見ね・・・しかし新ソ連も面倒なことをするもんだ」

 

凛の言種から達也と同じ答えだろうと感じると達也も話に乗っかった

 

「ああ、正直俺もツゥーマン・ボンバがあれだけの広範囲の威力だとは思わなかった」

 

「犠牲者はどのくらい出たのでしょうね・・・」

 

「・・・」

 

想像を絶するであろう犠牲者の数。その事を思うと達也は何も知らずに戦地に送られた軍兵に短く黙祷を捧げた



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九島家対立

三日前、九島烈を殺してしまった日の翌日から神戸の隠れ家に閉じこもっていた光宣がレグルスとレイモンドの前に姿を見せたのは、大亜連合軍にトゥマーン・ボンバが炸裂した日の、夕方の事だった。

 

「光宣・・・もう、具合は良いのか?」

 

レグルスが遠慮がちに問い掛ける。光宣は「気分が優れない」という理由でずっと部屋に閉じこもっていたのだ。

 

「もう大丈夫です」

 

具合が悪いといっても、人間だった頃のように体調を崩していたのではない。真実は単に「誰にも会いたくなかった」だけだった光宣は、レグルスにそっけない答えを返した。

 

「・・・そうか」

 

その態度は以前に光宣とは別人のもののようにレグルスには感じられた。人間的ではなく、パラサイトらしくなった。それが、レグルスの受けた印象だ。だが彼は、それを口にしなかった。口にしなくてもその思念は光宣に伝わっていたが、光宣も反応を見せなかった。

 

「それより、二人とも今朝の魔法には気付いたでしょう?」

 

「うん。トゥマーン・ボンバだよね、あれ」

 

「本国からのアクセスはまだないが、あれに関して何らかの指令があると思う」

 

レイモンドは面白そうに頷いただけだが、レグルスはエリート軍人らしく自分たちの行動に影響があると考えていた。

 

「ペンタゴンは僕たちよりも詳細な情報を掴んでいるでしょうね。アメリカ本国から何か指示があった場合は、そちらを優先していただいて結構です。ただ、ジャック、今から少し付き合ってもらえませんか」

 

「今から?」

 

まだ梅雨は明けていない。雨は降っていないが、今日も曇り空だ。外はもう、すっかり暗くなっている、人目を避ける行動には好ましい時間帯かもしれないが、それにしても今から何かを始めるには遅い時間のようにレグルスは思えたのだった。

 

「真夜中になる前に帰ってこられますよ」

 

「・・・分かった。同行しよう」

 

デイライト・セービングタイムの現在、スターズ本部があるニューメキシコと日本の時差は十五時間。日本の零時がニューメキシコの午前九時だ。光宣が言う通りなら、外出している最中に本国から指令が送られてくる可能性は低い。もし通信があったとしても、横須賀に潜入した第四隊が後で報せてくれるだろう。レグルスはそう判断したのだった。

ベガ、スピカ、デネブの三人が横須賀基地に潜入した事も、アークトゥルスが潜入に失敗して封印されてしまった事も、レグルスは知っていた。彼だけではなく、レイモンドも、光宣も、パラサイトのテレパシーネットワークで情報を共有していた。

 

「僕も行って良いだろ? 仲間外れは御免だよ」

 

「潜入ミッションですよ? レイモンドには向いていないと思いますが」

 

「問題ない。やれるよ」

 

「光宣。レイモンドは確かに経験不足だが、戦力にはなる。不慣れな点は私がカバーするから、レイモンドも連れて行かないか」

 

レイモンドが感情的になっているのを見て、レグルスは仲間割れを回避するため、二人の間に割って入った。表面的にはレイモンドを弁護しながら、光宣の言い分をもっともなものとして認める。このレグルスの論法にレイモンドは口を閉ざした。

 

「ジャックがそう言うなら」

 

そして光宣も譲歩を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個型電車や都市間高速電車ではなく、高速道路を使って自走車で一時間と少し。

 

「あれは、もしかして・・・?」

 

「九島本邸。僕の家です」

 

レイモンドの推測に、光宣が自分から答えを付け足す。光宣、レグルス、レイモンドを乗せた自走車が停まったのは、九島家の少し手前の路上だった。

 

「自分の家に忍び込むというのも、考えてみれば情けない話ですが・・・」

 

光宣が苦笑いしながら車を降りる。レグルスとレイモンドも、それに従った。

 

「僕がパラサイトになった事は両親にも兄弟にも知られているはずですので、仕方がないですね」

 

軽く肩を竦めて、光宣が旧島家の裏手は歩き出す。レグルスとレイモンドは一度顔を見合わせて、すぐに光宣の後に続いた。塀の角で光宣が立ち止まり、二人に振り返る。

 

「ここから先は、想子波動を漏らさないようにお願いします」

 

「分かった」

 

「OK」

 

二人の返事に満足したのか、光宣が再び前進を始める。途中、光宣が何度か魔法を使ったのは、レグルスにもレイモンドにも分かった。だが具体的に何をしたのかは、二人とも分からなかった。

光宣の背中を見失わないようにすぐ後ろを付いていった二人は、いつの間にか高い塀の内側を歩いていた。何時の間にか、高い生垣の間を歩いていた。

そして不意に、小さいけれども古風で立派な扉の前に出た。光宣が小さく息を吐き、肩越しに振り返って二人に告げる。

 

「もう魔法を使っても大丈夫です。ジャックとレイモンドは、二階と三階の人間を無力化してください。出来れば、殺さないでもらえると助かります」

 

「了解だ」

 

レグルスの答えに頷いて、光宣がドアを開ける。こういう状況では当たり前かもしれないが、三人とも靴は脱がなかった。

 

「わくわくするね」

 

「不謹慎だぞ、レイモンド」

 

二階に上がっていく二人の背中を見送り、光宣は一階のダイニングへと足を向けた。何時もなら、両親と兄が食事中の時間だ。もしかしたら、二人の姉も、祖父・烈の葬儀の為に嫁ぎ先から帰ってきているかもしれない。

 

「(お葬式は次の次の日曜日と言ってたっけ・・・)」

 

閉じこもっていても、情報は集めていた。祖父の葬儀の予定を聞いても、予想したほどショックを覚えなかったのが逆に衝撃的だったが、その時は感情が麻痺しているのだろうと自分を納得させたのだった。

 

自分のメンタリティがパラサイトに近づいている可能性は、認められなかった。精神を自分のままに保つ。それは、光宣の行動を支える大前提だ。ここが崩れてしまえば、彼は自分の行為を正当化出来なくなる。水波をパラサイトにしても問題ないと言い切れなくなる。

急に吐き気を覚えて、光宣は自分の口に手を当てた。彼はそれを、祖父の葬儀のスケジュールから「お祖父様」の死を実感したからだと思った。

 

「(・・・嘆くのは、全てが終わってからだ)」

 

光宣は自分にそう言い聞かせて、前に進んだ。自分が直前まで考えていた事――自分の精神がパラサイトに近づいている可能性――からは、無意識に目を背けていた。

九島家の屋敷は広い。裏口からダイニングまで、そこそこ距離がある上に部屋数も多いのだが、ここは光宣が育った家だ。彼は一度も迷うことなく、誰にも気づかれず、家族用のダイニングにたどり着いた。ドアをノックしようとして、声に出さず苦笑いする。自分が「侵入者」であることを思い出したのだ。光宣は頭を振って手を下ろし、うち開きのドアを押し開けた。

 

「誰だ!?・・・光宣?」

 

慌てて反応したのは、ドアに最も近い席に座っていた二番目の兄だった。背中を向けていたから、余計に動揺したのだろう。もっともその狼狽は、光宣があえて露わにしたパラサイトの気配が最大の理由だったに違いない。

 

「光宣・・・っ!」

 

上の兄は、次兄とは違った反応を見せた。椅子を蹴って立ち上がったところまでは同じ。だが長兄はただ驚くのではなく、CADを操作して起動式を呼び出していた。読み込んだ魔法は『ルナ・ストライク』。屋内である事を反射的に考慮して、物理的な影響力が無い術式を選択したのだろう。

それでなくても、九島家の長男・九島玄明は四系統八種類の魔法より系統外・精神干渉系魔法を得意としている。精神干渉系魔法の基本術式である『ルナ・ストライク』を、玄明がしくじるはずがなかった。

しかし現実に、『ルナ・ストライク』は発動しなかった。

 

「玄明のルナ・ストライクをキャンセルしたですって・・・?」

 

信じられない、という口調で長女の白華が呟く。得意魔法だけあって、玄明の『ルナ・ストライク』発動は速い。少なくとも、彼女や次女の朱夏、次男の蒼司には術式の発動を妨害できない。

 

「何の用ですか?」

 

落ち着きを保った顔と声で光宣に問い掛けたのは、戸籍上の母親である九島柴乃だ。だが光宣は柴乃の質問に答えず、逆に問い返した。

 

「父さんはまだ帰っていないんですか?」

 

「真言様は工場視察で遅くなると仰っていました」

 

柴乃は真言より一回り以上年下だ。光宣が相手だから、ではなく、家の中でも外でもこういう言葉遣いをしている。

 

「工場?」

 

九島家は様々な軍事企業に出資している。訝し気な声を漏らした光宣だが、その事を思いだして「別におかしなことではない」と思い直した。

 

「何処の工場か教えていただけますか」

 

「ええ、いいですよ。真言様にご用事だったのなら、最初からそう言いなさい。玄明たちが無用に混乱したではありませんか」

 

柴乃は二つ返事で頷き、屋敷がある生駒市の外れに位置する住所を伝えながら、光宣を他人行儀に叱りつける。柴乃の態度に、光宣はショックを受けなかった。

 

「義母さんには、他に用はありません」

 

柴乃だけでなく、白華と朱夏も眉を顰めた。「用は無い」という遠慮を無視した物言いにも不快感を刺激されたが、それ以上に「かあさん」という単語に「母さん」以外の意味が込められているように感じられたからだ。しかし長女にも次女にも、それに拘っている余裕はなかった。

 

「兄さんたちと姉さんたちには、僕の力になってもらいますけど」

 

「どういう意味?」

 

強気な言葉を返したのは次女の朱夏だ。だがそれが強がりでしかない事は、不安げな表情を見れば明らかだった。

 

「僕の配下になってください。ああ、九島家の当主になるという意味ではありませんから安心してもらっていいですよ。僕の目的を達成するまでの、一時的なものです。僕一人では、手を組んだ七草家と十文字家、それに四葉家を出し抜けないと分かりましたから」

 

「同じ十師族を裏切れというのか!」

 

光宣の言葉に、次男の蒼司が声を荒げる。

 

「何を言っているんですか、蒼司兄さん。九島家はもう、十師族に入ってませんよ?」

 

「くっ・・・」

 

しかし光宣に軽くいなされ、蒼司は言葉に詰まってしまう。

 

「たとえ十師族の一員でなくても、妖魔の言いなりになどなるものか! ましてやお祖父様を殺したお前に!」

 

気骨を見せたのは、長男の玄明。さすがは次期当主の意地と言うべきか。彼は光宣に向けて、再び魔法を放とうとした。

 

「グッ・・・!」

 

しかし起動式の読み込みが完了する前に、胸を押さえて俯いてしまう。圧倒的なスピードで発動した光宣の精神干渉系魔法攻撃だ。

 

「無駄な抵抗は止めてもらえませんか。元十師族として、魔物に膝を屈する事は出来ないという気持ちは理解出来ます。だから当主の座は要求しませんし、表立った助力を求めるつもりはありません。十師族に分からないよう、こっそり力を貸してくれるだけで良いんです」

 

光宣が無邪気な笑みを浮かべる。相手のご機嫌を取ろうという下心が一切存在しない、相手の気持ちを当たり前に考えない、子供のような、帝王のような笑みだった。



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九島家対立2

光宣の言葉に答えは無い。長男は応えられる状態に無く、次男、長女、次女は目の前で見せつけられた力量差に声も出せなくなっている。戸籍上の母親は、怯えた表情こそ見せていないが、唇を引き結んで光宣の視線から顔を背けていた。

 

「とはいえ、父さんを差し置いて僕の要求に頷けないのは分かっています。先に父さんと話を付けてきますので、それまでここで待っていてください」

 

そのセリフを言い終えると共に、光宣は新たな魔法を発動した。義母の、姉の、兄の身体から力が抜け、次々と椅子から転げ落ちる。机に突っ伏したならば、料理の皿に顔を突っ込んでいたに違いないから、床に転落したのはマシな結果だったといえるだろう。

 

強制的かつ速やかに、睡眠を強制する精神干渉系魔法。光宣の家族は彼の手によって、眠りの檻に囚われた。

光宣の魔法は、家族だけを対象にしたものではなかった。一階にいた使用人は一人残らず意識を奪われ。偶々刃物を使っていた、あるいは倒れた際の打ちどころが悪かったという理由で重傷を負った者もいたが、光宣は負傷者を見つけ次第、治癒魔法を掛けて回った。

光宣がレグルス、レイモンドの二人と再合流したのは、裏口ではなく表玄関のホールだった。

 

「光宣」

 

階段を下りてくるレグルスに声をかけられて、光宣は立ち止まり顔を上げる。

 

「終わりましたか?」

 

「ああ、全員眠らせた。三人から激しい抵抗を受けたが、何とか命を奪わずに済ませた」

 

「上首尾ですね」

 

レグルスの答えに、光宣が笑顔で頷く。彼の思惑を達成するためにも、万が一があっては話をスムーズに進められないので、今の光宣の笑みに邪気は含まれていない。

 

「ところで、殺さずに眠らせたのは彼らを利用するからかい?」

 

明るい口調でこう尋ねたのは、レグルスに続いて二階から下りてきたレイモンドだ。

 

「力を借りたいのは屋敷の使用人ではなく、外で仕事をしている部下たちですけど。身内意識があるので反感を買いたくなかったんですよ」

 

「ふーん・・・でも九島ショーグンを殺しちゃってるんじゃ、手遅れじゃないかな」

 

「レイモンド!」

 

レグルスに強い口調で叱りつけられて、レイモンドが首を竦める。

 

「光宣、その、な・・・」

 

「ジャック、気にしないでください」

 

光宣の返事は、あたふたするレグルスを慰めるような語調だった。慰めようとしていた相手から慰められ、レグルスはますます困惑したが、光宣はそのレグルスの態度を気にした様子もなく視線をレイモンドへと向けた。

 

「僕が祖父を殺したのは事実です。でも、祖父ではなく父に忠誠を誓っている者も、今では多いんですよ」

 

「へぇ・・・」

 

レイモンドの呟きには、反省した様子もない。だがらといって、光宣は気を悪くしなかった。

 

「その父のところに行きます。付き合ってください」

 

そう言って、光宣は返事を待たず玄関を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義母から聞き出した住所に到着して、光宣はその美しい弧を描く眉を顰めた。小規模ながら最新技術が投じられていると分かる建物は、アンドロイドの製造工場だった。電子金蚕を使って通用口から中に入る。あえて気配を隠さなかったので、目論見通り「警備員」はすぐに現れた。人間に似た、女性型の機械。それは、戦闘用ガイノイドだった。

 

「おっ?強いぞ、こいつ」

 

襲いかかってきたガイノイドを、レイモンドはサイコキネシスで押し戻した。レイモンドはガイノイドを押し潰すつもりでPKを行使していたが、ガイノイドのボディはPKの拘束に抗って僅かに前進した。だがレグルスの放出系魔法を喰らい、床に崩れ落ちた。

 

「・・・随分高性能なマシンソルジャーだな。特にフレームの強度は目を見張るほどだ」

 

レグルスが軍人らしい感想を述べる。だが光宣は、機体その物の性能とは別の部分に着目していた。

 

「(これは、パラサイドールの素体じゃないか・・・?いや、今はそんな事を気にしてる場合ではない)行きましょう。時間を無駄にしたくありません」

 

自分が懐いた疑念に蓋をして、光宣はレグルスとレイモンドを促し施設内を進む。光宣が探している人物、彼の父親、九島真言は工場の生産ラインにいた。

 

「制御室にいるかと思いました」

 

光宣が話しかけても応えは返ってこない。もしかしたら真言自身は会話をする意思があるのかもしれないが、彼を背中に庇う人垣がそれを妨げていた。

 

「護衛の人は下がってもらえますか。攻撃されない限り、危害を加えるつもりはありません。工場の方も安心してください」

 

光宣の言葉に工場の従業員と思われる集団は露骨な安堵の表情を浮かべたのとは対照的に、真言の護衛と思われる集団は、緊張に一層顔をこわばらせた。もし銃を持っていたなら、今にもトリガーを引きそうな雰囲気だ。

 

「皆、下がれ」

 

ここに至り、九島真言が漸く口を開いた。ボディガードの人垣が、躊躇いを見せながら左右に割れる。

 

「お久しぶりです、父さん」

 

「もう少し早く来ると思っていたぞ」

 

光宣に気後れが見られないのは、二人の力関係からすれば当然かもしれない。だが二人の関係を鑑みれば、心を乱さないのは少々不自然だ。真言の方も普通なら、少しは罪悪感を見せて然るべきだと思われる。

 

「お前は欠陥品だと思っていたが、実は未完成品だったのだな。妖魔を宿す事により完成品になるとは全くの予想外だ」

 

真言の薄情というより無情なセリフに対して、光宣は怒るのでも泣くのでもなく、冷笑を浮かべただけだった。

 

「本音で話してくれてありがとうございます。お陰で僕も、罪悪感を覚えずに済む」

 

「妖魔に罪悪感のような感情があるとは思わなかった」

 

「パラサイトの本体は、人間の精神活動に由来する独立情報体という仮説があります。この仮説が正しければ、僕たちが人間の感情を持っていても不思議ではないでしょう」

 

「仮説が正しければな」

 

「この工場は、パラサイドールの素体を製造していますね?」

 

「そんな事を訊きに来たのか?」

 

「素体のストックは何機ですか? ああ、父さんは答えなくて結構です。そこの貴方、回答をお願いします」

 

光宣は視線を真言から、作業員の中にいるワイシャツ姿の男性に問い掛けた。恐らく彼がこの工場の責任者なのだろう。

 

「か、完成済みの素体が二十四機、進捗五十パーセント以上の仕掛品が十二機です」

 

「合計で、パラサイトを移植済みの個体の二倍以上ですか。父さんは国防軍への売り込みを諦めていなかったんですね」

 

「諦める必要が何処にある。パラサイドールそのものに問題は無かった。試験運用のやり方を、先代がしくじっただけだ」

 

先代とは、九島烈の事。真言は父親に対する非難を躊躇わなかった。パラサイドールの有用性については、光宣も同意見だ。だが烈に対して見え隠れする悪意に、光宣の視線はますます温度を下げた。

 

「・・・では、完成済み・製造中の素体を含めて、九島家は僕の命令に従ってもらいます」

 

光宣の口調は、必要以上に高圧的なものだ。それは多分、烈に対する光宣の、消しきれない思慕を反映していたのだろう。

 

「分かった」

 

真言の答えは、光宣の要求を理解しているのかどうか疑わしくなるほど、あっさりとしたものだった。

 

「御当主様、よろしいのですか!?」

 

当然の成り行きと言うべきか、ボディガードから反発の声が上がる。むしろ尋ねた側である光宣の方が、ボディガードの反応は当然だと思っているほどだ。

 

「抵抗しても無駄だ」

 

だが真言は彼らに対しても、淡々とした――というより、精気が乏しく感じられる口調で答えた。

 

「光宣は先代を斃した、『九』の魔法師の完成品。光宣が九島家最強の魔法師である以上、我々が光宣に従うのは当然の事だ」

 

彼のセリフにも表情にも、口惜しさはまるで見られない。「完成品」と口にした真言の声は、無念とは逆の満足感を漂わせているよにも感じさせるものだった。



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天才の改良

金沢魔法理学研究所、旧魔法技能開発第一研究所は敷地内に研究員用の独身寮を持っている。国立魔法大学第三高校の生徒でありながら研究所員でもある吉祥寺真紅郎は、この独身寮住まいだ。第三高校も第一高校同様、現在は定期試験の真っ直中。とはいえ、吉祥寺は試験勉強にあまり時間を使っていない。翌日の科目を合計二時間復習する程度で、残りの時間は何時も通り研究所の仕事に当てていた。

世界で最初の「基本コード」の発見者である吉祥寺は、基本コード理論の完成という自分の研究テーマに時間と予算を費やす事を許されている。だが残念ながら、自分の研究テーマだけに取り組んでいられるわけではなかった。

魔法学はまだ、細分化された専門分野に特化出来るほどには成熟していない。幹部研究員から新たな仮説の検証を依頼されることも少なくない。

吉祥寺は事実上研究所に寝泊まりしていて、仕事の時間と私的な時間の区別が曖昧になっている傾向がある。彼は今日も夕食後、自分の研究所に戻って研究を再開しようと端末のスイッチを入れた。そして自分宛に、外部からメールが届いているのを発見した。所外からの通信は、全てセキュリティ保持の観点からチェックを受けている。個人用の端末に届いているのは、安全面での問題は無いという事だ。

 

「司波達也からだって・・・?」

 

吉祥寺はまず、差出人の氏名に目を見張った。研究所宛てに送られているのだから、魔法理論関係のメールだろう。だが吉祥寺と達也の間には、私的なメールどころか研究上の意見を交換する関係も無い。吉祥寺にとって、このメールは唐突なものだった。「いったい何を寄越してきたんだ」と訝しみながら、吉祥寺はメールを読み始めた。

 

「・・・これはっ!?」

 

本文に途中まで目を通して、読むスピードが加速する。吉祥寺はメールを最後まで読み終える前に、添付ファイルを開いた。そこに書かれている内容が衝撃的過ぎて、すぐ確かめずにはいられなかったのだ。

 

「・・・」

 

ファイルの中身は起動式の基本設計書だった。起動式自体が魔法式を構築するための設計書の役割を果たすものだが、基本設計書はどんな技術を使ってどういう働きをする魔法式を構築するか、起動式に記述すべき項目と組み込むべきモジュールを記述したものだ。吉祥寺の目をまず釘付けにしたのは、全体像を示すコンセプトではなく、部品であるモジュールの一つだった。

 

「チェイン・キャスト?」

 

それは、吉祥寺が初めて見る技術だった。達也がいったいどこでこんな技術を見つけたのかと気になり先に進むと、その答えはすぐに得られた。

 

「トゥマーン・ボンバの基幹技術だって・・・?」

 

本物か?と吉祥寺は思った。そんな重要な情報を、司波達也が自分に提供する意味が、吉祥寺には理解出来なかった。改めてモジュールを精読する。手の込んだ悪戯ではなさそうだ、という事はすぐに分かった。

 

「・・・要求する魔法演算能力が高過ぎる。僕にも扱いきれない」

 

吉祥寺はチェイン・キャストのモジュールを数回読み返しただけで、この技術の重大な問題点に気付いた。吉祥寺は平均的な魔法師に比べて、かなり高い魔法処理能力を持っている。その彼の能力を以てしても、チェイン・キャストは扱い切れるものではなかった。

チェイン・キャストは小規模な魔法式を連鎖的に複写する事で、空間的に大規模な魔法を実行する技術だ。だが元になる魔法式を複写展開する副次的魔法式の情報量があまりにも膨大だった。全体の効果を考慮すれば、確かに魔法式の規模はコンパクトに圧縮されている。しかしそれでも、一人の魔法師が処理するには過大であるように思われた。

 

「高性能コンピューターを組み込んだCADで魔法師の変数処理を全て肩代わりする事で、負担を減らすというのは分かる。だけど、それにしたって・・・こんなものを使いこなすのは、剛毅さんだって無理じゃないか? 将輝なら、もしかしたら可能かもしれないけど・・・」

 

吉祥寺は耳から入ってきた自分の独り言に、ハッと固まった。

 

「(将輝なら?)」

 

今度は、声に出さず思考する。

 

「(・・・起動式を整理してサイズを抑えれば、将輝なら使いこなせる?)」

 

吉祥寺は改めて、基本設計書の主文を最初から読み返した。そして、目的とする魔法の正体を理解する。

 

「(これはまさか・・・)チェイン・キャストを利用した海上用超広域『爆裂』の基本設計か!?」

 

吉祥寺はまだ目を通していなかった、メール本文の末尾に戻った。そこには「吉祥寺と一条の健闘を祈る」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が生駒市郊外の工場に到着したころ、達也は深雪と遅めの夕食を摂っていた。その食事の合間に、達也が何の前触れもなく謝罪の言葉を口にした。

 

「今日は済まなかったな」

 

「お兄様・・・申し訳ございませんが、心当たりが無いのですが」

 

深雪は本気で心当たりが無いようで、目を丸くして問い返した。

 

「今日は、一人で下校させてしまった」

 

「そのことでしたら・・・」

 

何を言われるのか少し緊張していた深雪が、ふっと表情を緩める。

 

「お兄様がお気になさることではないと思います。お兄様はもう『ガーディアン』ではないのですから。それに弘樹さんが守ってくれましたし」

 

「そうか・・・だがつい気になってしまうんだ」

 

「そうなんですか?」

 

深雪はもう少し前であれば顔を赤らめて返事をしていただろう。段々と自分から離れていく深雪に達也は寂しさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を赤らめ目を泳がせた深雪が、俯いて「お兄様、ズルいです」と小声で付け加える。達也の耳はその言葉をしっかり捉えていたが、彼はあえて反応しなかった。

会話が再開したのは、夕食のお皿を片付けて食後のコーヒーがダイニングテーブルに並べられた後だった。再開のきっかけは深雪の質問。達也が謝罪する必要は無いというのは深雪の本心だが、達也が何をしていたのか気になっているのも事実だった。

 

「達也様が今日、何をされていたのか、うかがってもよろしいでしょうか?」

 

「・・・そうだな」

 

深雪の質問に対して、達也は少し迷ったが結局は頷いた。話しておく予定はなかったが秘密にする理由もない、とでも考えたのだろう。

 

「大亜連合に勝利した新ソ連は、日本海を南下する可能性がある」

 

「新ソ連が日本に戦争を仕掛けるのですか!?」

 

「いきなり宣戦布告してくるのではなく、何らかの理由を付けて艦隊を出動させるのではないかな。例えば、今回の紛争における戦争犯罪者が日本に逃げ込んでいるから引き渡せ、とか」

 

「大亜連合の亡命者を日本政府が受け入れる事など、あり得るのでしょうか?」

 

「大義名分はこの際、どんなものでも良い。新ソ連の目的も、様々な推測が成り立つ。彼らの狙いが何であっても、侵攻を受ける可能性があるなら、それに備えなければならない」

 

「横浜事変の折りのように、達也様が出動されるのですか?」

 

「他国の軍事的野心に対する抑止力になる事は、東道青波にESCAPES計画を支持してもらう条件だからな。知らん顔は出来ない。ただ今回は横浜事変の時と違って、一度撃退したら終わりというわけにはいかないだろう」

 

「・・・何故でしょう?」

 

「あの時の大亜連合と違い、新ソ連はマテリアル・バーストの存在を知っている。軍事行動に出るならば、都市や基地が直接攻撃を受けないよう手を打ってくるはずだ」

 

「達也様のマテリアル・バーストを防ぐ手段など無いと思いますが・・・」

 

「魔法的にマテリアル・バーストを防ぐ方法が無いわけではない。それに、魔法で抵抗しなくても俺が攻撃できなくする方法はある」

 

「そんな事が可能なのですか?」

 

「例えば、ウラジオストクを無防備都市と宣言する」

 

「すると、どうなるのでしょう?」

 

「無防備都市を宣言しても、そこに隣接する軍事施設が攻撃を免れるわけではない。軍事施設は存在するだけで軍事力だからだ。だがマテリアル・バーストでウラジオストクの軍港施設を攻撃すれば、都市部にも被害が及ぶ。あの魔法は領域を限定して攻撃する事が出来ないからな。戦時国際法を無視する無法者国家の汚名を着せられたくなければ、マテリアル・バーストによる攻撃は断念しなければならない」

 

「それはあまりにも虫が良すぎると思いますが」

 

「確かに、見え透いている。しかしいくら偽計だと分かっていても、形式が整っていれば無視できない。海上戦力についても、マテリアル・バーストを使わせない手はある。例えば難民船団を仕立てて、戦闘艦から通常兵器では流れ弾の被害を受けない程度、離しておく。散開した艦隊をマテリアル・バーストで殲滅するためにはある程度規模が大きな攻撃をしなければならないが、それを実行すれば難民船団も巻き込んでしまう」

 

「・・・破壊力が大きすぎるが故の悩みですね」

 

「破壊力の調節が困難な所為で、相手に付け入る隙を与えてしまっているというべきだろうな。そういうわけで、新ソ連の侵攻があった場合は別の迎撃手段が必要になる」

 

「・・・もしかして、お兄様はその為の魔法を開発していらしたのですか?」

 

眉を曇らせていた深雪が、目を輝かせて問いかける。その代わりように達也は苦笑いをしそうになったが、実際には誠実そうな顔で頷いた。

 

「基本設計まで終わらせた。後は実際に使用する奴らに頑張ってもらおう」

 

「お兄様が使われるのではないのですか?」

 

「これ以上面倒な事に巻き込まれることは御免だ。これは凛とも話した結論だ」

 

「・・・失礼しました」

 

「いや」

 

気にしていないと笑って見せる笑顔の裏で、達也は深雪に隠している事があった。チェイン・キャストを利用した戦略級魔法。彼はそれを、一条将輝に使わせるべく吉祥寺に提供した。だが適性だけを考えるならば、新戦略級魔法のシステムは、深雪にこそ向いているものだった。



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スターズのそれぞれの動き

スターズの指揮系統に関する規則では、作戦に関する指令はペンタゴンの参謀本部から総隊長に直接下される事になっている。だが総隊長不在の現在、その指令は基地司令官から届けられた。

現地時間、七月四日午前十時。日本時間、七月五日午前一時。スターズ本部基地司令官・ウォーカー大佐は、ディスプレイに表示された命令文に絶句していた。

 

「建設中の恒星炉プラントに対する破壊工作は理解出来るが・・・」

 

それはかねてから検討されていた作戦案だ。戦略級魔法師・司波達也の脅威を取り除く方策として、彼が提唱する恒星炉プラント計画を潰した上で国際的な圧力によりディオーネー計画への参加を強制するというプラン。司波達也の暗殺という直接的な手段より確実性は落ちるが、実行の際のリスクは小さく現実的な作戦として、一度はゴーサインが出たものだ。

その後、パラサイトの発生とそれに伴う叛乱騒ぎで作戦は事実上中止されているが、命令自体は効力を失っていない。今回の指令はいわば棚上げになっている作戦の再スタートを指示するもので、意外感を覚えるのはおかしいかもしれない。

 

「・・・新ソ連の極東艦隊が出動している隙に任務を遂行せよとは」

 

だが、ディオーネー計画に関して、USNAと新ソ連が協力関係にあるのは知っていたが、まさか軍事行動で連携するとは思いもよらない事だった。少なくとも、新ソ連軍と砲火を交えた経験を持つ軍人にとっては。

 

「昔の事に拘ってはならないのだろうが・・・」

 

感情的に、納得出来ない部分がある。ウォーカーのような高級士官でさえそうなのだ。実際に命の遣り取りをした兵士がどう感じるか。一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

「人選には慎重を期さなければならないが・・・いや、私が考えるべき事ではないか」

 

スターズから出動するメンバーは、日本へ潜入済みのレグルスやベガたちになる。これについては、今から検討し直す余地が無い。彼らをサポートする人員は別の部隊から派遣される事になるが、その選定はウォーカ-の権限外だ。

そう言えばと、ウォーカーは思い出した。

 

「(恒星炉プラントに対する破壊工作は先月上旬、既にアークトゥルス大尉とベガ大尉に命じている。日本潜入直後に重傷を負ったアークトゥルス大尉は、この作戦に復帰可能なのだろうか?)」

 

ウォーカーはそんなことを思っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月五日早朝。国防海軍横須賀基地では、敷地内を走る二人の米軍女性士官の姿が見られた。現在横須賀には、USNAの空母が寄港している。米軍士卒が歩き回っていても、それだけで目を引くという事は無い。

彼女たちが目立っていたのは、二人が共にファッション誌の表紙を飾っていてもおかしくない外見だからだ。片方は栗色のショートカットに茶色の瞳、都会的な美女。訓練用の飾り気がない半袖シャツ姿でもお洒落に見せる雰囲気を持っている。もう一人は銀髪ロングに青い瞳の、グラマラスな北欧系美人。タンクトップを大きく盛り上げる胸のボリュームが男性兵士には目の毒だ。

 

「あっつぅい・・・」

 

軽いジョギングではない。ダッシュ、ジャンプ、スクワット、ストレッチを組み合わせたかなりハードなトレーニングを終えて足を止めた北欧系美人――レイラ・デネブが、手で胸元を煽ぎながら呻いた。

 

「日本ってこんなに暑いんでしたっけ・・・」

 

「今の季節は熱帯海洋性気団の影響で高温多湿になるらしいわよ」

 

レイラの疑問とも愚痴ともつかないセリフに、都会派美人――シャルロット・ベガが額を流れる汗を拭いながら答える。

 

「スピカ中尉が外に出たがらない理由が分かった気がします・・・」

 

今レイラが口にした「スピカ中尉」を含めて、彼女たち三人は日本に潜伏したスターズの隊員だった。三人とも、来日する前にパラサイト化している。半ばだまし討ちの格好でパラサイトを植え付けられたのだが、同化が完了した彼女たちがそれに不満を懐く事は無い。

 

「『インディペンデンス』が戻ってきたわね」

 

「良い報せがあると良いのだけど」

 

インディペンデンスが夜の海に出ていたのは、艦載機の夜間発着訓練のためだ。だがその裏には、無線に乗せられない本国からの極秘指令・マル秘情報を受け取る目的があった。

 

「裏切り者の小娘の居場所が早く分かると良いのですが」

 

レイラが苛立ちのこもった声でベガのセリフに続く。彼女が口にした「裏切り者の小娘」は、言うまでもなくリーナの事だ。

 

「見つからなければ差し出させるまでよ」

 

リーナはどうやら日本政府以外の組織に匿われているようだ――恐らくは四葉家の息のかかった施設に匿われている――、というところまでは分かっている。しかし彼女の潜伏先を日本政府が――日本軍が知らないはずはない。日本軍がどういうつもりで「裏切り者のシリウス」の行方を隠しているのか分からないが、圧力を強め続ければ遠からず白状するはずだ。何なら、怪しい施設を二、三箇所破壊すれば舌の回りも良くなるかもしれない。

ベガは元々、政治的な損得をあまり考えない方だったが、それでもこんな、テロリストじみた事を本気で考える軍人ではなかった。彼女のメンタリティは、パラサイト化したスターズ隊員の中でも顕著に変質していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二〇九七年七月五日、午前八時。神戸の隠れ家に戻っていたレグルスは、スターズ本部からの指令をパラサイトのテレパシーネットワークで受け取った。西太平洋公海上を航行中の空母が受け取った電文を指令書にして戦闘機で横須賀に寄港中の空母に届け、横須賀基地に潜伏中のベガがパラサイト同士の意識共有でレグルスに届けるという面倒な手間を踏んで送られてきた命令だ。パラサイトの集合意識を通じた情報共有であるから、その内容は同じパラサイトであるレイモンドと光宣にも伝わっていた。

 

「どう思う?」

 

レグルスが光宣に肉声で尋ねる。光宣はパラサイトでありながら人間の「個」性を残している。光宣の側からパラサイトの集合意識へのアクセスは自由に出来るが、光宣の意識に侵入する事はレグルスもレイモンドも、横須賀のベガたちも成功していない。

 

「スターズ本部からの指令は、奇しくも僕がジャックにお願いしようと思っていた陽動作戦と一致しています。ジャックは恒星炉プラントの破壊工作に参加してください」

 

「その隙に光宣は彼女を奪うのかい」

 

そう尋ねたのは、レグルスではなくレイモンドだった。

 

「そのつもりです。レイモンドも一緒に来ますか?」

 

「いや、僕はジャックのバックアップに回るよ」

 

その配役に、光宣も異存なかった。

 

「光宣の依頼が無くても本部からの指令には従うつもりだが・・・」

 

「何か懸念が?」

 

「その前に、アークトゥルス隊長の現状を確認したい。出来る事なら、封印から解放して差し上げたいと思う」

 

アークトゥルスは座間基地到着直後、日本の古式魔法師によって封印され、現在も座間基地に寄港中の輸送機内に隠されている。それがレグルスの認識だ。

 

「分かりました。それでは先に、アークトゥルス隊長の様子を見に行きましょう」

 

光宣はレグルスの予想を裏切る気安さで、彼の要望に頷いた。その答えに、レグルスだけでなくレイモンドまでも疑問を懐いた。

 

「東京に移動するのは、新ソ連艦隊が南下を始めてからじゃないの?」

 

「スターズの作戦通り事態が進行すれば、十師族にも国防軍にも西からの旅人を全員チェックする余裕なんて無くなりますよ」

 

光宣の口調には、自信と余裕が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本時間七月五日午前九時。大亜細亜連合政府は新ソビエト連邦政府に対し、極東地域における休戦を呼び掛けた。その一時間後、新ソビエト連邦政府より休戦に関する条件提示があった。そこには、戦争犯罪人の引き渡しが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

日本時間七月五日午前十時二十分。現地時間午前十一時二十分。ウラジオストクの北、ウスリースクの更に来たに位置するヴォズドヴィデンカに潜伏中の劉麗蕾は、護衛部隊の隊長に呼び出された。

 

「・・・新ソ連は私の身柄を要求しているのですか?」

 

強張った声で劉麗蕾が護衛部隊の林隊長に問い返す。

 

「そうです。新ソ連政府が引き渡しを要求した戦争犯罪人のリスト上位に、劉校尉の名前がありました。これは確実な情報です」

 

「戦争犯罪人・・・」

 

劉麗蕾の血の気が引いた唇を噛む。ただ激しいショックを受けていても、「何故」とか「どうして」といった言葉は口にしなかった。彼女も理解しているのだ。戦略級魔法の行使は大量破壊兵器の使用と同様、容易く「非戦闘員の殺傷」に結びつくという事を。

戦争に勝利すれば、罪に問われる事は無い。だが敗北すれば、重罪人として処刑台に送られる。そんな劉麗蕾の右手を、林隊長が勇気づけるように両手で包み込んだ。

 

「劉校尉、逃げましょう」

 

「林隊長?」

 

「勝者の裁きに身を委ねる必要はありません。校尉は命令に従っただけなのですから」

 

「しかし、私が逃げたら休戦が成立しないのでは・・・」

 

「校尉が考えるべき事ではありません」

 

「ですが、それでは祖国が困難な状況に・・・」

 

「劉校尉、いえ、小劉」

 

林隊長の口調が、上官に対するものから年下の子供にやさしく語り掛けるものに変わった。「小劉」は「劉ちゃん」といったニュアンスだ。

 

「貴女がそんな事を考える必要は無いんですよ。小劉はまだ子供なんですから」

 

「――子供ではありません。私は一人前の魔法師です」

 

「いいえ。小劉はまだ十四歳ではありませんか。国が貴女を庇護してくれるなら、国に報いるべきでしょう。ですが国が貴女を生け贄にしようとしているのに、貴女がその言いなりになる必要はありません。小劉、貴女は生きるべきです」

 

「しかし・・・」

 

「では、こう考えてください」

 

なお決心できない劉麗蕾に、林隊長は口調を戻して説得を続ける。

 

「劉校尉が処刑されてしまえば、祖国は再び戦略級魔法師を失います」

 

本当は六人の非公認戦略級魔法師を大亜連合は抱えている。それは大亜連合の最重要機密であり、林少尉は知らされていない。ただその六人の魔法には大きな欠陥が存在していて、国家存亡の危機に直面しない限り用いる事は出来ない。劉麗蕾以外に、普段から使える戦略級魔法師はいないのだ。そのいう意味では、戦略級魔法師が不在になるという林少尉の主張も間違いではない。



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戦略級魔法師の亡命

「この場は裏切り者の汚名を甘受してでも逃げ延びる事が、将来、祖国にとって大きな利益になるはずです」

 

「そう・・・ですね」

 

名誉を失っても祖国に尽くす。『悲劇のヒロイン』の役回りは劉麗蕾の琴線に触れたようだ。

 

「隊長の言う通りだと思います」

 

「決心してくださいましたか!良かった・・・!」

 

自分以上に喜んでいる林隊長を見て、劉麗蕾の心の中で彼女に対する共感と依存が芽生えた。

 

「直ちに脱出の準備に掛かります!劉校尉は必ず、安全な場所にお届けしますから」

 

「はい、よろしくお願いします。それと、私の事は『小劉』と呼んでください。その、大亜連合軍人としての身分を捨てて亡命するのですから」

 

「では私の事も林姐(林ねえさん)と。少しここで待っててね、小劉」

 

親し気に口調を崩し、パチッとウインクをして林少尉が部屋を出て行く。劉麗蕾は、はにかんだ表情で彼女を見送った。

 劉麗蕾一行が潜伏しているのはヴォズドヴィデンカの民間空港だ。幸いな事に二千キロを超える航続距離を持つビジネスジェットと、タンクを満タンにする燃料が保管されていた。

 

「離陸準備、急げ!燃料の充填は終わったか!?」

 

林少尉が格納庫で作業中の部下に声をかける。

 

「完了まであと五分です!」

 

「機体コンディション、オールグリーン!」

 

「滑走路の点検完了!クリアです!」

 

機体の準備は昨夜から始めていた。彼女たちは明らかに、自分たちのヘリではなく航続距離の長い小型ジェットによる脱出を想定していた。

部下たちの作業を一通りチェックして、林少尉は管制塔に上った。室内には、彼女以外の人影はない。彼女は通信機の前に座り、無線のスイッチを入れた。

 

「こちらガスパジャー・タイガ。応答願います」

 

彼女の呼びかけは、ロシア語で行われた。――なお「ガスパジャー」は英語の「Ms.」に当たり、「タイガ」は亜寒帯針葉樹林の意味だ。大亜連合旗の「虎(タイガー)」とも掛けている、林少尉のコードネームだった。

 

『こちら「ユキヒツジ」。現状を報告せよ』

 

応答も、当然ロシア語だ。

 

「劉麗蕾の説得に成功。これより予定通り、日本に向かいます」

 

『了解。ハバロフスクの部隊が一時間弱でヴォズドヴィデンカに到着する。それまでに脱出を完了せよ』

 

「タイガ、了解しました」

 

交通審から察せられるように、林少尉は新ソ連軍に寝返った工作員だった。現地時間正午前、ヴォズドヴィデンカを一機の小型ジェットが南へ向けて飛び立った。まだ休戦が成立していない紛争中にも拘わらず、新ソ連軍がこれに反応したのは当該機がウラジオストクの東を通過した直後だ。追跡の戦闘機が離陸したが、ビジネスジェットが公海上に出た時点で追撃機は引き返した。日本軍のレーダーはこの動きをキャッチしていたが、新ソ連は大亜連合との戦争が終わるまで日本やアメリカを刺激したくなかったのだろうと判断してそれ以上深く考えなかった。

小型ジェットはそのまま日本海を縦断し、領空侵犯に応じてスクランブル発進した日本国防空軍機の誘導に従って旧石川県の小松基地に着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワード・クラークは、国家科学局カリフォルニア支局に個室を与えられている。彼はこのところずっと、就業規則を無視して自分の部屋に泊まり込んでいた。現地時間七月四日午後十時、真夜中にも拘わらず仕事を続けているクラークの端末に、一件の暗号メールが届いた。

 

「・・・予定通り、ではあるな」

 

何気なく開いたメールだが、読み終えた時にはクラークの眉間に深い皺が刻まれていた。

 

「劉麗蕾を日本に亡命させ、その引き渡し要求を口実に艦隊を南下させる、か。随分強引な手口だが・・・スマートさなど求めていないという事なのだろう」

 

意識せず漏れ出ている独り言は、精神的なショックの裏返しだ。大亜連合の出兵は無理が多いものだった。不確かな情報に基づき、願望混じりの見通しで進行に踏み切った。彼らが前提とした「トゥマーン・ボンバは投入されない」という条件が覆った瞬間、戦列が崩壊するのは予測されていた。

 しかし、そう言った諸々の要素を加味しても、事態はベゾブラゾフが言明した通りに進んでいる。彼の予定と、寸分の違いも無い。

 

「(これほどの知性と能力がありながら、何故失敗した・・・)」

 

大亜連合を手玉に取っているベゾブラゾフの知謀と、それを支える魔法の実力には戦慄を覚えずにいられない。だがこれだけの力がありながら、ベゾブラゾフは司波達也を抹殺出来なかったのだ。

 

 

運が悪かったのか、それとも――司波達也の力が、更に上回っているのか。

 

 

クラークは肩ての親指と人差し指で両目の目頭を押さえて軽く頭を振った。余計な事を考えている時間はない。ベゾブラゾフは、クラークにしか情報を流していない。クラークは彼に代わって作戦が次のステップに進んだことを関係各所に伝える必要がある。

 

「(ロンドンはまだ早朝だな・・・)」

 

伝える先は、国内だけに留まらない。向こうの時間に合わせて電話するより、メールで伝えておく方がいいとクラークは判断した。カリフォルニアが深夜であることを考慮して直接電話を避けたに違いない、ベゾブラゾフのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がその連絡を受け取ったのは午後五時過ぎ、四葉ビルに戻ってきた後だった。通信端末に入電した伝言に、ワンタッチ送信をする。その直後、居間の電話が鳴った。ヴィジホンに出ようとする深雪を制して、達也はソファから立ち上がった。

コンソールのサブディスプレイに目を走らせ、暗号装置が最高強度で作動しているのを確認して、達也は回線を開くボタンを押す。ディスプレイの中の風間は、如何にも済まなそうな表情を浮かべていた。

 

『達也、寛いでいるところすまないな』

 

「いえ、緊急とのことでしたから」

 

情報端末に入ったメッセージは「緊急の用件につき、電話に出られる状態になったら合図して欲しい」という趣旨の定型文だったのだ。

 

「それで、何が起こったのですか?」

 

『大亜連合の劉麗蕾が我が国に亡命してきた』

 

「・・・何故そんな事に?」

 

『大亜連合は今朝、新ソ連に対して休戦を提案した』

 

「大亜連合としては妥当な判断でしょう」

 

『それに対し、新ソ連は条件付きで休戦を受諾すると回答したようだ』

 

「降伏は要求しませんでしたか」

 

『今はまだその時では無いと判断したのだろう』

 

大亜連合は日本相手の屈辱的講和に対する不満で、政情不安が生じていた。そこに今回の、事実上の敗戦だ。反政府運動・分離独立運動の鎮圧で国力を消耗する事が予想される。国家の分裂も、あり得ない事ではない。

ここで新ソ連が大亜連合に対して圧力を高めれば、逆に大亜連合内部の結束を強めてしまう結果になるかもしれない。それより、大亜連合の統治が弱体化するのを待って南下する方がローコスト・ハイリターンだ。おそらく、新ソ連政府も達也と同じような事を考えたに違いない。

 

『新ソ連が提示した条件の一つに、戦争犯罪人の引き渡しがある』

 

「あの国は報復裁判劇場を開催したがっているようですね」

 

『戦争犯罪人のリストに、劉麗蕾の名前が載っているそうだ』

 

達也が吐いた毒を無視して、風間は要点に触れた。

 

「それが亡命の理由ですか」

 

『劉麗蕾の協力者はそう言っている』

 

「一緒に亡命してきた士卒ですか」

 

『そうだ。劉麗蕾の護衛部隊を務めていたらしい』

 

「護衛部隊?怪しいと思いますが」

 

戦略級魔法師が寝返れば、戦力バランスは不利な方向へ大きく傾く。戦略級魔法師の裏切りや逃亡は、最大限警戒されているはずだ。戦略級魔法師に付けられた護衛は、同時に監視役であるとも考えて差し支えない。

 

『その者たちは、将来に向けて国家公認戦略級魔法師を温存する為だ、と言っていたそうだ』

 

「もっともらしい口実にしか聞こえません」

 

『国防軍も亡命を偽装した工作員の可能性は忘れていない』

 

「失礼しました」

 

『いや、警戒するのは間違いではない。亡命の真偽は別にして、彼女たちを受け容れた基地でも事情聴取の最中だ。そこで特尉の力を借りられないかという話が出ている』

 

「拷問なら兎も角、訊問のお役に立てるとは思えませんが」

 

『・・・訊問の手伝いを依頼したいわけではない』

 

風間はカメラの向こうから、達也の真意を窺うような目を向け、拷問云々を冗談と理解したようで、彼はその件はスルーした。

 

『特尉、貴官は相手の魔法発動を封じる術式を持っていたな?』

 

「『ゲートキーパー』の事ですか?」

 

『その魔法で劉麗蕾の「霹靂塔」を封じてもらえないだろうか』

 

「通常の対抗魔法で対応出来ないのですか? CADを取り上げれば魔法の阻害は随分やりやすくなると思いますが」

 

『劉麗蕾はCADを持っていないそうだ』

 

「・・・それは、CADを使わないという意味ですか?」

 

『護衛部隊の隊長の証言によれば、劉麗蕾は「霹靂塔」と電磁場遮断の二種類の魔法に特化していて、他の魔法は使えない代わりにこの二種類についてはCADを必要としない』

 

「二種類の魔法に特化・・・」

 

この時達也が懐いた思いは、自分と同じ二種類の魔法に特化している事に対する親近感ではなく「偶然なのか、必然なのか」という疑念だった。

 

「(補助手段を必要とせず魔法を使いこなすのは、二種類が限度なのだろうか?)」

 

達也がそのような疑念を懐いているなどと思いもせず、風間は申し訳なさそうな表情で話を続けた。

 

『劉麗蕾の魔法を無力化出来ないと知った基地司令は、悩んだ末に戦略級魔法師の部下を持つ佐伯閣下に協力を求めたという次第だ』

 

正しくは、達也は佐伯の部下ではない。戦闘時、佐伯の指揮下に入る民兵だ。だがそれは風間も承知している事で、達也はわざわざこの場でそれを指摘したりはしなかった。

 

「劉麗蕾を保護している基地は何処ですか?」

 

『小松基地だ』

 

「この近辺に移送できないのでしょうか?」

 

『難しいな。完全に敵では無いと判明していない戦略級魔法師を、首都に近づける事は出来ない』

 

申し訳ありませんが、協力は困難です」

 

『・・・それは、東京を離れられないということか?』

 

「国内に侵入しているパラサイトから攻撃を受ける懸念があります。長期間、東京を離れるわけにはいきません」

 

『しかし、劉麗蕾の潜在的な脅威も無視できない』

 

「劉麗蕾を保護しているのは小松基地でしたね? であれば、一条家に協力を依頼すればいいのではないでしょうか」

 

『一条殿に「霹靂塔」を抑えられるだろうか?』

 

「旧第一研の研究テーマは対人魔法、人体に直接作用する魔法です。不審な動きを見せた魔法師を無力化するには向いていると思いますが」

 

『しかし、「爆裂」では殺してしまうことにならないか?亡命者の命を確かな証拠もなく奪っては、国内外から非難を招く』

 

「一条家当主夫人は一色家傍系の出身だったはずです。一色家の御家芸は神経電流への干渉。夫人や彼女の娘が一色家の魔法を受け継いでいるかもしれません。長男の一条将輝も、もしかしたら『神経電流干渉』を隠しているかもしれない」

 

『ならば、一色家に直接依頼する方がよくないか?』

 

「一色家ではいざという時の対処が困難です」

 

「いざという時」というのは、劉麗蕾を予防的に無力化するのではなく、本気で敵対して彼女を斃さなければならないケースだ。たとえ劉麗蕾が本物の亡命者でも、彼女は大亜連合の兵器として育てられた魔法師。祖国のために日本の国益を損なう決断をする可能性は小さくない。風間も「いざという時」の一言で、それを理解した。

 

『小松基地に最も近い十師族は一条家だしな・・・分かった。向こうの基地司令には、一条家を頼るよう佐伯閣下からアドバイスしていただこう』

 

「お役に立てず済みません」

 

『いや、こちらの方こそパラサイトの件ではあまり力になれていない。今後しばらく我が旅団は、新ソ連への対応で手一杯になってしまうだろう。パラサイトへの対処を任せきりにしてしまうのは、心苦しく思っている』

 

「この情勢では、仕方がありません」

 

『そう言ってくれると助かる。一条家に関する提案も参考になった』

 

「恐縮です」

 

達也が画面に向かって敬礼をする。風間もカメラの向こうで敬礼を返して、ヴィジホンはブラックアウトした。



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一条家家族会議

夜八時過ぎ、東富士演習場の士官用宿舎の一室。防衛大特殊戦技研究科四年生、卒業前でありながら少尉の階級で従軍している千葉修次の部屋を、同科二年生で臨時に軍曹の地位を与えられた渡辺摩利が訪ねていた。

 

「シュウ、一服しないか?」

 

「そうだね。ありがとう、摩利」

 

個室だが、シングルベッドと小さなロッカーと申し訳程度のライティングデスクでいっぱいになる、細長く小さな部屋だ。キッチンなどついているはずもなく、デスクに置かれたアイスコーヒーは自販機コーナーで調達してきたもの。恋人に自販機のドリンクを差し入れるのは摩利としては大層不本意だったが、出動中に贅沢は言えなかった。

もっとも、男のみとしては自販機のドリンクでも可愛い恋人が持ってきてくれたというだけで一味違うのだろう。アイスコーヒーを一口飲んでデスクに戻した千葉修次の表情は、満足げなものだった。

摩利は飲みかけのボトルを手に持ったまま、ベッドに腰掛けた。修次が毎晩使っているベッドに座るのは正直なところ気恥ずかしかったが、他に腰を下ろせるところが無いからやむを得ない。

 

「シュウ。随分苦戦してるようだけど・・・」

 

「僕は元々、デスクワークが得意じゃないから」

 

心配そうに問いかける摩利に、修次は苦笑いで答える。

 

「摩利、手伝ってくれるのかい?」

 

「あたしがそう言うのを苦手にしてるのは、シュウも知っているじゃないか」

 

「ハハハッ、そうだったかな」

 

そっぽを向く摩利のご機嫌を取るでもなく、修次は小さなキーボードに向かって作業を再開した。

 

「書く事が何も無いと、かえって時間がかかるね」

 

背中に視線を感じたのか、修次はノート型のディスプレイに目を向けたまま背後の摩利に話しかける。彼が悪戦苦闘しているのは日報の作成だ。毎日書いているのであればコツもつかめるのだろうが、今回の出動は当番制。まだ出動から三日目、修次の番になったのは無論初めてだし、他人の書いたものを参考にしようとしても二日分しかない。

それでも、戦闘や演習、陣地構築などの活動実績があれば、行は埋まる。だが修次の言うように、今日は完全な待機状態だった。元々捜索は各地の師団や公安の協力任せ、手掛かりを得られるまで待機というのが今回の方針だ。だがそれにしても、記録できる出来事が無さすぎた。

 

「やはり国防軍の情報リソースは、新ソ連の動向に占められているのだろうか?」

 

摩利の問いかけに、修次は椅子を回して振り返る。

 

「まだ三日目とはいえ、情報が全く入ってこないのはそういう事だろうと僕も思う」

 

「こんなことを言ってはならないのかもしれないが、いったん仕切り直して東京に戻った方が良くないか? 九島光宣の最終目的は、桜井水波という少女なのだろう?」

 

ここで修次は何故か、失笑を堪えているような表情を見せた。

 

「・・・何が可笑しい」

 

「いや、ごめん。桜井水波って子は摩利と三歳しか変わらないんだろう? それで『少女』っていうのがちょっとね・・・」

 

「他に適当な表現が無かったからだ!」

 

「ああ、そうだね。うん、確かに九島光宣の目的はその少女の拉致で合っているはずだ」

 

摩利は釈然とせずムッと唇を引き結んだが、生憎彼女は拗ねる、泣く、我が儘を言うといった駆け引きが極めて苦手だ。

 

「僕も、摩利の考えが正しいと思う。だけど本来の目的とは別の理由で、小隊はここに留まらなければならないんじゃないかな」

 

本来の目的――九島光宣の捕縛とは別の理由。摩利がすぐ真顔になったのは、苦手だからという理由ではなかった。真剣にならざるを得ない未来が示唆されたからだ。

 

「新ソ連の侵攻か・・・?」

 

「上陸部隊に対する奇襲要員だろうね」

 

摩利の推測に、修次は言葉を換えて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月六日、土曜日。最終日の試験を終えて帰宅した一条将輝は、父親の剛毅に呼び出された。昼食前の空腹を抱えて父の書斎に赴く。そこには中学二年生になる上の妹、茜もいた。

剛毅は茜と向かい合わせで、ソファセットに腰掛けていた。父の「まずは座れ」という指示に、将輝は茜が座っている三人掛けのソファに一人分の隙間を開けて腰を下ろす。

 

「昼食前だ。手っ取り早く済ませるぞ」

 

剛毅の言葉を聞いて、茜が微かに眉を顰める。将輝は気にならなかったが、お年頃の茜には父親の粗暴な言動がお気に召さなかったのだろう。何時もの事なのか、剛毅は娘の反応をスルーした。

 

「大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾が日本に亡命してきている」

 

「『十三使徒』の劉麗蕾が?」

 

「そうだ」

 

将輝が思わず、聞くまでもない質問を口にしたが、剛毅はそれを咎める事はしなかった。この報せを聞いて、彼自身も耳を疑ったからだ。

 

「現在、小松基地に保護されている」

 

「国防軍から何か要請があったのか・・・?」

 

「話が早いな。だが向こうが指定してきたのはお前じゃない。茜だ」

 

「あたしっ!?」

 

他人事の顔で父と兄の話を聞いていた――聞き流していた可能性も十分にあるが――茜が、突然名前を呼ばれて飛びあがった。

 

「正確には『神経攪乱』を使える一条家の魔法師を求めている」

 

『神経攪乱』、正式名称は『神経電流攪乱』、または『ナーブ・インパルス・ジャミング』。敵の神経インパルスに干渉して五感を狂わせ随意筋を麻痺させる、二十八家の一つ、一色家が切り札としている魔法だ。将輝たちの母親・一条美登里は一色家の一族だが、傍系出身で『神経攪乱』は使えない。どんな遺伝の悪戯か、一色家の直系でも全員が使えるわけではないこの魔法に、茜は適性があった。

 

「な、何で!?」

 

だからといって、茜には国防軍に目を付けられるような活躍をした覚えがない。彼女の叫びは、心からのものだった。

 

「劉麗蕾の亡命には不審な点がある」

 

「偽装亡命の可能性があると?」

 

「そうだ。劉麗蕾の『霹靂塔』は電子機器に致命的なダメージを与える。基地施設に対する破壊工作に使われたら、防空網が麻痺してしまう恐れがある」

 

「基地に使われている電子機器は電磁波対策がなされているのでは?」

 

当然とも思われる疑問を口にする息子に、剛毅は重々しく首を横に振った。

 

「どんな対策も、その耐久力を超える負荷を掛けられれば破られてしまう。我々は『霹靂塔』の限界出力を知らないし、試してみる事も出来ない」

 

「だから『神経攪乱』か?不審な動きを見つけ次第、麻痺させてしまえと?」

 

今度は、将輝の疑問に剛毅が頷く。

 

「疑わしいというだけで致死性の攻撃を仕掛ける事は出来ない。確たる証拠もなしに保護している亡命者を殺せば、日本の国際的な立場が悪化してしまうからな。だが魔法の発動を確認してからでは遅すぎる。劉麗蕾はCADを必要としないそうだ。もたもたしていたら『霹靂塔』を喰らってしまう」

 

「・・・『爆裂』ではなく『精神攪乱』が必要とされている理由は分かった。だがそれなら、一色家に依頼すれば良いんじゃないか?」

 

『精神攪乱』は元々一色家の魔法だ。将輝でなくても旧第一研の内部事情を知っていれば、同じ疑問を懐くに違いない。

 

「そ、そうよ!第一、あたしまだ中学生だよ!?」

 

それに、茜の言い分ももっともだ。状況に適した魔法を使えることと、状況に対処出来ることは、イコールではない。長女の抗議に、剛毅は一瞬たじろいだ。彼も本音では、十四歳の娘に国防軍の依頼を押し付けたくなどないのだろう。しかし彼はすぐに、父親の顔から十師族当主の顔に表情を切り替えた。

 

「一色家では力不足だ」

 

「こいつには確かに『精神攪乱』に対する適性があるが・・・」

 

将輝に「こいつ」呼ばわりされて、茜がムッと頬を膨らませる。だが自分の味方になってくれようとしているのは理解出来たので、不満を口には出さなかった。

 

「それでも、一色本家より力が上ってことはないんじゃないか?」

 

「そうではない」

 

首を左右に振った剛毅な深刻な声音に、将輝だけでなく茜も固唾を呑んで次のセリフを待った。

 

「劉麗蕾が密かに破壊工作を企むのではなく強硬手段を取った場合、一色家では鎮圧できない。彼の家の魔法は射程距離が短すぎる」

 

剛毅の言葉を、将輝も茜も納得せざるを得なかった。『神経攪乱』をはじめとする一色家の生体電流干渉魔法を確実に作用させる為には、数メートルの距離まで近づく必要がある。相手が友好を装ってだまし討ちを企んでいるのであれば、術者を近くに配置して無力化する事が出来る。しかし殺し合いを厭わなければ、側に付けられた監視者を取り除いてから行動に移るだろう。その場合、至近距離まで近づかなければならない生体電流干渉は役に立たない恐れがある。

 

「だから将輝、お前も呼んだ」

 

「・・・俺も茜に付いて行けと?」

 

「そうだ。いざという時は、お前が茜を守ってやれ。そして、劉麗蕾を斃せ」

 

将輝は剛毅に即答せず、茜へと目を向けた。視界の端でそれを認めた茜も、将輝と向かい合った。

 

「茜、親父はああいっているが、断っても良いんだぞ」

 

「・・・良いよ、やる」

 

将輝の問いかけに茜は大きく目を見開き、そしてフイッと顔を背けた。将輝からも剛毅からも目を背けたまま、茜ははっきりとした口調でそう答えた。

 

「兄さんに守ってもらう必要もない。ただ、もしもの時は兄さんの手でけりを付けて」

 

妹が見せた覚悟に、将輝が絶句する。彼は茜を、才能は兎も角メンタリティは平凡な少女だと思っていた。だから彼女の答えは将輝にとって、思いもよらないものだった。

 

「茜はああいっているが、将輝、お前はどうする」

 

「当然、引き受ける」

 

剛毅の問いに、将輝が即答する。将輝の顔には「妹だけに押し付けるなんて格好悪い真似ができるか!」と書かれていた。

 

「分かった。国防軍には承諾を伝えておく」

 

将輝のそんな表情を見て、剛毅が満足げに頷いた。

 

「ところでふと思ったんだが、俺たちが小松基地に行くより劉麗蕾を家で預かった方が良くないか?」

 

きまり悪げに目を逸らした将輝が、照れ臭さを誤魔化すようにそっけない声で思い付きを口にする。将輝の提案に剛毅は意外感を隠さず「どうしてそう思う」と問い返した。

 

「そりゃあ・・・基地から離した方が施設を攻撃されるリスクは低下するだろうし、一緒に亡命してきた軍人とも分断できるだろう?」

 

「なるほど。劉麗蕾は茜と同じ十四歳だ。決断を委ねられる大人と引き離す事で、自爆的な破壊工作を思いとどまらせられるかもしれんな・・・」

 

剛毅は将輝に対してというより、自分に話しかけているような口調で呟いた。

 

「その件も国防軍に伝えておこう」

 

剛毅は愉快気な笑みと共に、将輝にそう告げた。



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監獄に関する情報

七月六日、十六時。一台の軍用トラックが座間基地に到着した。近畿の師団に属する輸送車だ。トラックはゲートのチェックをすんなりパスして、基地の内部に侵入した。

 

「随分あっさり到着したね」

 

荷台から飛び降りたレイモンドが、後続の光宣に拍子抜けの口調で話しかけた。

 

「トラックも運転手も他の乗員も本物ですから。疑ってかかる理由はありませんよ」

 

彼らが使った車輛は九島家が国防軍に手を回した物だ。厳密に言えば不正な便宜供与だが、この程度の特別扱いは九島家相手、十師族相手に限らずよくある事。トラックを出した部隊長は、持ちつ持たれつの相手から受けた些細な依頼にその意図を疑う事さえしなかった。

レイモンドとレグルスだけでなく、光宣も仮装行列で白人青年に変装した上でUSNA軍の制服を着ている。国防軍の車輛にUSNA軍の兵士が載っているのは本来不自然だが、ゲートのチェックでは荷台の中まで確認されていない。

 

「手を抜いているという感じはなかったな。それより、必要以上の事をしている余裕が無いという印象だ」

 

レグルスがそのような印象を持ったのは、今のゲートだけではない。彼らが乗ってきたトラックは戦後再建された東名高速を通ってきたのだが、何度か停められることはあっても、やはり荷台の中を検査される事は無かったのだ。途中、光宣を捕まえる為に出動中の国防陸軍第一師団所属・遊撃歩兵小隊がいる東富士演習場のすぐ側を通ったのだが、そこでは停車を求められる事さえなかった。

 

「注意も人員も北に向かっているという事でしょう」

 

レグルスの意見に、光宣は控えめな推測を返す。

 

「光宣の予想通りというわけか」

 

レイモンドのセリフには、然して誇らしげでもなく、小さく微笑むことで光宣は応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座間基地は「日米共同利用基地」に指定されている。二十一世紀世界群発戦争の際に全部隊が本国へ引き上げ、在日米軍基地は消滅した。その代わり日米同盟に基づき、自国の基地と同様に利用出来る基地が相互に設定された。座間はその一つだ。

だから、USNAの軍人が基地内を歩いていても見咎められる事は無い。軍服を着ていれば認識票を改められる事さえない。光宣たち三人は堂々とアークトゥルスを保護している輸送機に乗り込んだ。輸送機は達也が脱出の際に空けた床の穴とアークトゥルスがトマホークでぶち抜いた壁の穴の所為で飛び立てなくなっている。一両日中に代替機が到着する予定だ。輸送機内には当直の兵士がいるだけで、他の乗員は米軍用の宿舎に寝泊まりしている。

達也の襲撃は、日米双方の思惑から無かったことにされていた。機体の破損はあくまでも着陸時の事故によるもの。日本軍は基地内に破壊工作員の侵入を許してなどいないし、米軍にはテロリストによる被害者など存在しない。アークトゥルスと三人のパラサイトは、輸送機に乗っていなかったことになっている。

こんなもみ消し工作じみた真似は、普段であれば通用しなかっただろう。だが大亜連合が新ソ連領内に侵攻した事で、軍の意識は北に向いていた。この時期に好んでUSNAとの間にトラブルを持ち込もうとする者は、現場にも上層部にも殆どいなかった。達也が呪具の剣を突き立て幹比古が術を行使する事で封印されたアークトゥルスの「遺体」は、代替機でUSNAに送り返される予定だ。現在は棺桶サイズの冷凍機能付きコンテナに保存されている。

アークトゥルスの遺体が保存されているコンテナは、輸送機からの要請に基づき座間基地が準備した物だが、基地のスタッフは用途を尋ねなかった。

 

「中尉殿、こちらです」

 

当直兵はレグルスの顔を知っていた。彼は見知らぬ同行者――レイモンドと光宣――に構わず、三人をアークトゥルスの「遺体」へ案内した。

 

「上等兵、少し外してくれないか」

 

「了解しました、サー」

 

レグルスにそう言われて、当直の兵士は疑う素振りさえ見せず倉庫からキャビンへ戻った。レグルスがコンテナの蓋を開けると、中にはアークトゥルスが埋葬される姿勢で横たわっていた。封印の呪具である短剣は抜かれていたが、封印は全く緩んでいない。痛ましげな目で言葉もなく、レグルスがアークトゥルスを見下ろす。

 

「これは、かなり強固な封術ですね」

 

レグルスの横に並んでコンテナを見下ろしていた光宣が、独り言にしてははっきりとした口調でそう漏らす。その独り言を聞いて、レグルスが目を見開いて光宣に問うた。

 

「分かるのか!?」

 

「ええ、だいたいは」

 

「解除出来そう?」

 

レグルスの問いに対する光宣の答えを聞いて、今度はレイモンドが問い掛ける。レグルスもその事を聞きたいだろうと思って、先にレイモンドが問い掛けた形だが、レグルスも光宣の答えを期待しているような眼差しを向けていた。

 

「やってみなければ分かりません・・・。さっきも言ったように、これはかなり強固な封印です。肉体自体を封印の呪具に仕立ててあります。肉体を破壊してパラサイトの本体を取り出すだけなら可能だと思いますが、それでは意味が無いんでしょう?」

 

光宣の最後の質問は、レグルスに向けたもの。

 

「・・・隊長を死なせない方向で試してみてくれないか」

 

それに対するレグルスの望みは、パラサイトではなくアークトゥルスを救う封印解除だった。ここで「出来ない」と答えようものなら、水波誘拐の為の陽動を拒否しそうな雰囲気がある。

 

「・・・分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

定期試験終了の今日、達也は朝から一高にいた。とはいっても、彼は試験を受けてはいない。免除されている物を受けて、他の生徒を刺激する事を避けての事だ。

新ソ連迎撃用の戦略級魔法開発は、いったん彼の手を離れている。リーナを放置するのは些か不安だったが、彼女も小さな子供ではない。自分が毎日様子を見に行かなくても馬鹿な真似はしないはずだ、と達也は己に言い聞かせている。もし何かあったとしたら、花菱を介して自分に連絡が来る手筈になっているので、その連絡が無いのでとりあえずは大丈夫なのだろうと自分を納得させている。

試験時間中は図書館に篭り、試験終了後は幹比古を付き合わせて『封玉』の練習。そして久々に遅い時間まで生徒会の仕事をしていた深雪たちと共に下校したのは六時過ぎの事だった。

ただし、二人はそのまま帰宅したのではない。達也と深雪は四人乗りの個型電車に乗って町田に向かっていた。同乗者は三矢詩奈と矢車侍朗。目的地は十師族・三矢家の屋敷だ。ミッドウェー島及び北西ハワイ諸島海域におけるUSNA軍の動向に関する情報を仕入れる為に、達也は詩奈に三矢家当主または総領との面会を依頼していた。詩奈から「定期試験が終わった日の夜で良ければ」という回答があったので、こうして下校する詩奈に案内してもらっているのだった。

案内といっても、達也は屋敷の所在地だけなら以前から知っていた。ただ約束しているとはいえ。達也は当主の三矢元と直接言葉を交わした経験も無い顔見知り未満の間柄だ。詩奈に連れて行ってもらう方が、無用な軋轢を避けられるに違いなかった。

達也が面会を申し込んだのは、当主の三矢元、または長男の三矢元治だ。だが達也を待っていたのは、三矢元及び元治の二人だった。

四人が挨拶を終えたところに、達也と深雪を応接室に案内していったん下がった詩奈が、冷たい飲み物を持ってくる。

 

「詩奈、ご苦労様。ここはもういいぞ」

 

彼女はどうやらそのまま居座るつもりだったようだが、父親の元に退室を言い付けられて、不満をあらわにしながら出て行った。元治が手元のリモコンで応接室の扉に鍵をかけ、元が改めて達也へ向き直った。

 

「達也殿、とお呼びしても良いだろうか」

 

「そう呼んでください。自分は『三矢殿』、『元治殿』とお呼びすればよろしいのでしょうか」

 

「それで構わない」

 

達也の反問に元が頷く。そうして元は、早速本題に入った。

 

「詩奈から聞いた話によれば、達也殿は米軍の動向についての情報を求めておられるとか」

 

「はい。具体的には、ミッドウェー島及び北西ハワイ諸島海域における軍事施設と部隊展開について、ご存じのことがあればご教示賜りたく」

 

元と元治、両者の顔に意外感が浮かぶ、達也が口にした地域は、三矢家の親子が予想していた物と違っていた。

 

「・・・それは、現下の情勢に対応する為という理解で良いのだろうか?」

 

「新ソ連と大亜連合の紛争に、直接関連する理由ではありません」

 

「・・・では、何故?」

 

「ミッドウェー監獄に囚われている魔法師を脱走させることが可能かどうか、判断するためです」

 

元が探るような目付きで問い掛け、韜晦は許さないという雰囲気だったが、達也は最初から答えを偽るつもりなど無かった。

達也の答えにだけではなく、その雰囲気に圧されはしたが、元も元治もその程度で動揺を表に出す事は無かった。

 

「ミッドウェー軍事刑務所から囚人を連れ出す?それは四葉殿もご存じの事か?」

 

「当主・真夜の承諾は取ってあります」

 

これも嘘では無い。達也はリーナから相談を受けたその日に、依頼内容を真夜に報告している。真夜の答えは、「無理をするな」だった。「可能なら決行、見込みが薄ければ放置」の方針だ。

 

「・・・理由を訊いても?」

 

達也にこう訊ねたのは元治だった。

 

「当家で保護している、亡命者からの依頼です」

 

「亡命者? そう言えば政府がアメリカからアンジー・シリウス少佐の引き渡しを要求されていたが……四葉家で保護しておられるのか!?」

 

「依頼者は、シリウスではありません」

 

元治の推測を、達也はきっぱり否定する。達也に、嘘を吐いているつもりは無い。彼が匿っているのは『九島リーナ』という名の少女だ。リーナが『アンジー・シリウス』の名を持っていたのは事実だが、それはあくまでも偽名であり仮面だった。自分が米軍とアメリカ政府の詐術に付き合う義務はないと達也は思っている。たとえ人間の嘘を百パーセント暴く発見器があったとしても、達也の言葉に虚偽は見いだせないだろう。元治も、達也が口にした否定を疑わなかった。

 

「・・・依頼人が誰であるにせよ、ミッドウェー監獄に手を出すのは利口では無いと言えるだろうな」

 

「今のミッドウェーがどのような所か、ご存じなのですか?」

 

元が遠回しに「止めるべきだ」と言っているのは達也にも理解出来たが、彼は元の意見を意図的に無視した。

 

「監獄内部は知りようも無いが、周辺の状況ならばだいたい分かっている」

 

達也だけでなく、深雪も次の言葉を待って元を見詰めている。元は深雪が達也を制止するのではと期待していたが、当てが外れたと知ってため息を吐いた。

 

「我々が知っている事はお教えしよう。だが、実行に際しての支援は期待しないでもらいたい」

 

「心得ております」

 

「・・・ミッドウェー島には警備の陸上兵力が置かれているだけで、輸送船以外の海上兵力は配備されていない。あの島には航空兵力もない。おそらく、囚人に奪われるのを警戒しているのだろう」

 

「海上・航空基地は別の島にあるんですね?」

 

「島というか、人工島だな。パールアンドハーミーズ環礁に半フロート式の巨大人工島が造られている。駐留している戦力は、約半年前のデータだが・・・」

 

パールアンドハーミーズはミッドウェー島の東南東約二百五十キロに位置する環礁だ。北西ハワイ諸島に属している。大規模な環礁の内側に砂で出来た島が点在しているが、USNA軍の基地がある人工島は珊瑚礁の内側ではなく外側に建造されている。

所属艦艇は空母一隻、対空護衛艦二隻、駆逐艦二隻、潜水艦一隻。人工島自体に滑走路は無いが、空母の艦載機は七十機以上。元が提供した情報は、要約するとそんな内容だった。

 

「戦略級魔法でもない限り、個人には対抗しようのない戦力だ」

 

達也が戦略級魔法師であることは、まだ公開されていない。だが元の意味ありげな口調と視線から察するに、彼はその事を知っているようだ。

驚くに当たらない。達也がリーナから聞いた話によれば、マテリアル・バーストの事はスターズ上層部に知れ渡っているらしい。新ソ連も、ベゾブラゾフ一人に情報が留まっているという事はないだろう。ベゾブラゾフがエドワード・クラークからマテリアル・バーストの事を聞いた席には、イギリスのマクロードも同席していた。

たぶん日本国内でも、自分が戦略級魔法師であるという事実はあちこちで語られているに違いない。三矢家は国の内外に広く情報網を張り巡らせている。その当主が蚊帳の外に置かれているとは、むしろ考え難かった。

 

「ミッドウェー島の陸上部隊はどの程度の規模なのですか?」

 

パールアンドハーミーズ基地の所属艦隊は確かに強力だが、軍隊同士の戦闘に備えた物だ。USNAと正面から喧嘩するつもりは、達也には無い。彼にとって障碍になるのは、ミッドウェーの駐留部隊の方だ。

 

「あくまでも実行されるおつもりか・・・」

 

元がため息交じりに呟く。しかしそこに、驚きや意外感はない。隣の島に大兵力が控えているくらいのことで四葉家の魔法師が尻込みするとは、彼も考えていなかった。

元が息子に目を向ける。元治は合図を受け取る前から、手元のノート型端末にデータを呼び出していた。

 

「監獄内のスタッフを除き、兵員は二百から二百五十人と推定される。内、一小隊は魔法師部隊だが、スターズではない」

 

「武装のレベルは?」

 

「監獄屋上にフレミングランチャー二門が確認されているが他は対人武装だ」

 

達也の質問に、元治はよどみなく応えていく。三矢家が保有している情報はかなり詳細なものだった。三矢家訪問で、達也は満足のいく成果を得られたが、一方の三矢家は、元も元治も対価を要求しなかった。



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三矢家の陰謀

深雪がミッドウェーの件を達也に尋ねたのは、四葉ビルの中にある自室に戻ってからだった。いくら個型電車がプライバシーを保証しているからとはいえ、外で話せることではなかった。

 

「お兄様・・・本当に、行かれるのですか?」

 

カノープス脱獄作戦は、真夜に報告する前に深雪には話してある。彼女はその時から消極的反対のスタンスだったが、彼女の予想を超えた兵力の存在を聞いて、ますます不安になったのだった。

 

「ああ、時期は決めていないが、近い内にトライする」

 

「・・・リーナのお願いだから、ですか?」

 

深雪に心配をかけるのは、達也としても心苦しいが、知らぬ顔が出来る案件でもなかった。達也の答えを聞いて、深雪が一層表情を曇らせて質問を重ねる。嫉妬の成分がゼロパーセントとは深雪本人にも言えないだろうが、単なる嫉妬でもない。深雪の声は、もっと深刻な響きを帯びていた。

 

「それはきっかけに過ぎない。カノープスは容易ならざる相手だ。もしかしたらベゾブラゾフやシリウスよりも強敵かもしれない」

 

「リーナ」ではなく「シリウス」。性格的な弱さは考慮せず、魔法力だけで見ればリーナは確かに達也や深雪に匹敵する。そのリーナ、つまり「シリウス」よりも手強いかもしれないというのが、達也がカノープスから受けた印象だった。

 

「カノープスがパラサイト化して敵に回る。それは可能な限り避けるべき未来だ。その芽を摘む為にカノープスを脱獄させる」

 

「ですが・・・」

 

ミッドウェー島、北西ハワイ諸島はUSNAの領土だ。遠距離から爆発するなら兎も角、潜入して囚人を連れ出すなど危険すぎる。深雪は最初にこの話を聞いた時にも、達也にこう言って翻意を促した。

 

「無理はしない。脱獄が難しそうなら、監獄ごと爆殺する」

 

このセリフも初めてのものではない。また、深雪を宥める気休めでもなかった。達也はマテリアル・バーストでミッドウェー監獄を爆発するアイディアを捨ててはいない。彼にとって優先すべきはリーナの歓心を買う事ではなく、自分たちにとっての脅威を取り除くことだからだ。

 

「それにまだ、具体的なプランは何も決まっていない。今の情勢は極めて流動的だ。もしかしたら基本的な方針から見直さなければならなくなるかもしれない」

 

「はい・・・」

 

達也が言っている事は一般論で、深雪も心から納得したわけではなかった。二人ともこの時点で、一般論が現実のものとなる未来を予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三矢家の当主と次期当主は、達也と深雪を送り出した後、そのまま話し合いに入った。

 

「父さん、四葉家のミッドウェー監獄襲撃計画を国防軍に報告した方が良くはないですか? アメリカ軍に情報をリークすることも視野に入れるべきだと思いますが・・・」

 

「・・・いや、それは信義に反する。同じ十師族を軍やアメリカに売るような真似は出来ない」

 

元は息子の提案を却下した。だが「迷わず」ではない。元の内心も揺れ動いていることは、歯切れの悪い口調に現れていた。

 

「ですが今日の事を黙ったままでは、最悪、三矢家は四葉家の共犯者にされてしまいます」

 

「・・・そう思われないように、見返りを要求しなかった」

 

達也が思った通り、元が達也に見返りを要求しなかったのは共犯者にされるのを避ける為だったが、元治はそれで納得する事は出来なかった。

 

「それだけで納得が得られるとは思えません」

 

息子の言葉に元が黙り込む。元治が言うように情報提供に代償を求めなかった程度では、弁明の根拠として弱すぎる。それは元にも分かっていたのだ。

 

「・・・アメリカにリークするのは駄目だ。それでは師族会議の理解を得られない」

 

元は長い沈黙の後、ゆっくり頭を振りながらそう答えた。いくら四葉家の暴走を止める為だからと言っても、国外に情報を流して貴重な戦力を失わせたと言われたら、四葉家だけでなく三矢家も師族会議内での発言力を失い、最悪十師族から外されてしまうかもしれないと考えたのだ。

 

「では少なくとも国防軍には、司波殿のプランを警告という形で伝えておくべきです」

 

「・・・そうだな」

 

今度は元も、頷かざるを得ない。もし達也がミッドウェー監獄襲撃を実行し、その事が問題になった時、知っていたのに報せていなかったという理由で責められるのも避けるべきだと考えたのだろうと、元治は父親の反応からそう感じ取った。

 

「だがリーク先は慎重に選べよ。反魔法主義闘争に利用されでもしたら、七草家や九島家の二の舞だ」

 

元の言葉に、今度は元治がしっかり頷く。師族会議の内容は基本的に会議室内以外には知られていないのだが、彼は前の師族会議で七草家や九島家がつるし上げられたことを知っていた。

 

「まず、司波達也殿と関係が深い第一〇一旅団の佐伯少将に話してみようと思います」

 

「そうだな。佐伯少将ならば、司波殿と決定的に対立する事もあるまい」

 

「ではさっそく手配します」

 

元治が立ち上がる。ドアの外で小走りに去る足音も聞き逃していた。

 

「(大変な事、聞いちゃった・・・)」

 

詩奈は自分の部屋に駆け込んで、絨毯の上にペタリと座り込んだ。両手にはコップを下げる為のお盆を抱えたままだ。

彼女は鋭敏すぎる聴覚の持ち主だ。常人には知覚できない微かな空気の振動を音として識別出来る代わりに、日常的な生活音が詩奈には耐え難い騒音として襲いかかる。肉体的には何の異常も見つかっていない。それ故に、無意識に聴覚強化の魔法を常時発動しているのだろうと推測されている。眠っている時は聴覚過敏――一般的な聴覚過敏症ではなく文字通りの意味――に悩まされないのがその傍証だ。

ただその魔法は外部から観測出来ない。完全に自分の内部で魔法が完結している為、具体的な対策を立てられずにいる。今のところ対症療法的に、マイクとスピーカー付きの完全遮音ヘッドホンで詩奈にとっては大きすぎる音を調節している。カップの外部に就いたマイクが拾った音を、カップ内部のスピーカーが詩奈に害のない音量で再生する。

彼女は基本的に入浴時と睡眠時以外、ヘッドホンを外さない。今もつけているし、コップを下げに応接室の前まで行ったさっきも付けていた。彼女の耳を守るヘッドホンは、外部の音を詩奈が耐えられる音量に調節する物だ。小さな音を増幅する物ではない代わりに、最初から無害な音を弱めたり遮ったりもしない。どんなに微かな空気の振動でも、マイクに入力された通りに再生する。普通なら聞こえるはずのない重厚なドアに遮られた室内の声も、詩奈の耳は聞き分けられた。意識して聴覚を強化しているわけではないから、詩奈に盗み聞きの意図が無くても聞こえてしまうのだ。

 

「(「司波殿」って司波先輩の事だよね? 先輩の事を、軍に告げ口する?)」

 

詩奈が聞いたのは「アメリカにリークするのは」以降の会話だ。「司波殿のプラン」が何なのか、詩奈は分かっていない。ただ「反魔法主義闘争」とか「七草家や九島家の二の舞」とか「決定的に対立」とかのフレーズから、きな臭い話だった事は何となく感じ取った。

 

「(どうしよう・・・)」

 

父と兄が、達也に対して背信行為を働こうとしている。詩奈はそう理解した。家族と達也、どっちを取るのかと問われれば、考えるまでもなく家族だ。だが詩奈の価値観では、裏切りは悪。告げ口は卑怯。家族だからと言って悪事を見逃すのは、違うような気がしていた。

 

「(この事を司波先輩に話すべきかしら・・・)」

 

だがそれでは自分が告げ口をする事になってしまう。詩奈は自縄自縛に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月七日の今日は、七夕であり、日曜日であり、国立魔法大学付属各校の生徒にとっては定期試験が終わった直後の休日である。例年であれば、各校の生徒会や代表に選ばれた選手は九校戦の準備に忙しい時期だが、今年は大会が中止されている。一高生徒会も今日は休み。生徒会長を務める深雪にとっては、久しぶりに予定が何も入っていない一日となった。

 

「お兄様、今日は私も連れて行っていただけませんか?」

 

「巳焼島にか?」

 

「はい。今日はリーナの様子を見に行かれるのでしょう?」

 

達也は昨日と一昨日、巳焼島を訪れていない。一昨日も短時間顔を見せただけだ。リーナを疑うわけではないが、他国の戦略級魔法師を匿っているだけで放置するのは好ましくないだろう。達也だけでなく、深雪もそう考えていた。

 

「水波のお見舞いを済ませた後、すぐに出る予定だった。すまない、最初からお前も連れていく予定にしておくべきだったな。今日が日曜日だという事をうっかり忘れていた」

 

世間の休日を意識せずに済む世捨て人のような物言いに、深雪がクスリと笑い声を漏らす。

 

「では?」

 

「ああ。病院の後、巳焼島にも一緒に行こう。今日は凛達が先に巳焼島にいる」

 

「本当ですか?」

 

達也の言葉に、深雪は満面の笑みを浮かべる。そして胸の前で両手を合わせて達也の顔を見上げる。この格好は、大抵些細なお願いをする時に見せるのだが、深雪にとって達也にお願いをする時は何時も緊張するのだ。

 

「でしたら、エアカーに乗せていただけませんか?」

 

「いいとも。久々の、ではないな。初めての海上ドライブを楽しんでくれ」

 

達也のセリフに、深雪は無邪気に目を輝かせて微笑んだ。



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小松基地での対面

二〇九七年七月八日。座間基地にUSNA軍のヘリが飛来した。横須賀に寄港中の空母、インディペンデンスの艦載機だ。空母からヘリが送られてくることは昨日、予告されていた。目的は、飛べなくなった輸送機の乗員移送。クルーの半数をインディペンデンスは引き取ると座間の司令部は通告を受けていた。

座間基地としては、拒む理由はない。通告が間近だったこと以外は手順も守られている。基地の管制スタッフは、ヘリの求めに応じて着陸許可を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光宣、隊長を頼む」

 

レグルスが輸送機の中で光宣に頭を下げる。彼はスターズ本部からの命令に従い、明日の巳焼島襲撃に参加する為、空母インディペンデンスに移動する。一方、アークトゥルスの身体を冷凍保存しているコンテナは、日本軍の不審を招かぬよう輸送機に隠しておくことになった。

 

「最善を尽くします」

 

光宣はアークトゥルスに掛けられた封印を解く為、ここに残留。彼は巳焼島襲撃を陽動として水波を連れ去るつもりだったから、どのみちレグルスたちとは別行動になる予定だった。

 

「じゃあね、光宣。短い間だったけど楽しかったよ」

 

「ええ。ここでいったん、お別れです。何か力になれる事があったら連絡してください」

 

「光宣もね。残念ながら僕は自由に約束できる立場じゃないけど、出来るだけの事はするよ。同じパラサイトなんだし」

 

「ああ、約束する」

 

レイモンドの方は何か含みがあるような語調だったが、レグルスは他意の無い口調で光宣にそう言いながら右手を差し出した。光宣がレグルスの右手を握り返すと、仕方無いなぁ、という表情で続けて差し出されたレイモンドの手も握り返した。

 

「ミッションの成功を祈っています」

 

この言葉でレグルスとレイモンドを送り出し、二人を乗せたヘリが離陸したのを輸送機のコックピットから見届けて、光宣は貨物室に足を向けた。

輸送機と言いつつ、この機は貨物をあまり運んできていない。アメリカから乗せてきたのは人員がメインだ。軍用機の場合は人員の輸送も「輸送機」の役割であるのだが。新たに積み込んだ貨物も殆どないので、アークトゥルスの身体を冷凍保存しているコンテナは貨物室に入ってすぐ目についた。

 

「(封印に使われている術式は、修験道のものをベースに陰陽術と西洋古式魔法・エノク魔術をミックスしたもの・・・というところまでは分かっている)」

 

アークトゥルスを眠らせている封印に触れて、光宣は無意識のうちに眉を顰めた。

 

「(道術がベースなら話は早かったんだけど・・・)」

 

道術系の魔法ならば、光宣は周公瑾から豊富な知識を受け継いでいるのだが、西洋魔術については自分が使用する術式に関わる知識しか持っていなかった。周公瑾は魔法の研究者ではなく実践者だったから、知識が特定の分野に偏るのはある意味当然だった。

 

「(まずは意識の状態を確認するところからだな)」

 

外部からの刺激に一切反応しないからと言って、意識が活動していないとは限らない。肉体を動かせずテレパシーに反応出来ないだけで、アークトゥルスの意識は完全な暗闇の中でもがいているかもしれないのだ。

光宣は手始めに、アークトゥルスの身体に想子波を照射した。系統外魔法に用いられる、精神に作用するよう組織化された想子波だ。想子は情報体として組織する事で、肉体に対してだけでなく精神にも影響を与える。無論肉体に干渉する想子情報体とは別の構造が必要だし、そもそも精神体をターゲットとして認識出来なければならない。単なる霊子の塊ではなく、情報体として認識出来るかどうか。精神干渉系魔法に対する適性の有無はここで別れる。

人間の光宣は、この部分があまり得意ではなかったが、パラサイト化する事で、彼は霊子情報体を明瞭に認識出来るようになっていた。にも拘らず、封印されたアークトゥルスの精神は光宣にも捉えられない。何処に隠されているのか、分からない。

そこで光宣は、想子情報体によって精神と繋がっているアークトゥルスの肉体にニュートラルな――特定の感情や衝動を刺激しないよう構成された精神干渉系魔法を撃ちこんでみたのだった。

 

「(弱い・・・けど)」

 

光宣の系統外魔法に、アークトゥルスの肉体に付随する想子情報体は確かに反応した。精神干渉系魔法はその名の通り精神に働きかける性質をもつもので、肉体には作用しない。アークトゥルスの想子情報体に生じた変化は、精神の反応が波及したと考える以外にない。

 

「(とっかかりとしては、このアプローチで間違っていない)」

 

どんな形であれ反応を返したということは、こちらからの働き掛けが届いているという事だ。その反応を辿って隠された精神の所在を突き止める事が出来るかもしれないし、眠らされているのであれば覚醒に導く事も出来るかもしれない。

光宣は基地のセンサーに引っ掛からないよう慎重に系統外魔法を操って、アークトゥルスを開放する為の試行錯誤を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前九時。国防軍小松基地を、男子高校生と女子中学生の二人組が訪れた。一条将輝と一条茜。一条家の兄妹である。父親であり一条家の当主である一条剛毅は同行していない。だが将輝の態度は堂々としていて、保護者不在を気に掛けている様子はない。彼はまだ高校生だが、その戦歴は既に百戦錬磨と言って良い、基地のゲートを通り抜けるくらいで、今更ビビったりしない。――妹の茜は、少し不安げな素振りを見せていたが、将輝はそんな事気にしない。

彼らが身分証を見せながら名乗ると、すぐに迎えの車が来た。今日の訪問は軍の要請によるもの。当たり前だが、話は通っていたようだ。

 

「・・・どんな子だと思う?話は通じるのかな?」

 

沈黙に耐えられなくなった茜が、小声で将輝に話しかける。普段憎まれ口ばかり叩いているようでも、茜は将輝を嫌っているわけではない。軽んじてもいない。家族感情としては特別なものではないが、彼女は両親の次に兄を頼りにしていた。

 

「劉少尉は日本語が堪能ですよ」

 

茜の疑問に答えを返したのは運転席の軍人だった。茜をリラックスさせようとしているのだろうか。まだ若い兵士なので、女子中学生に対して単に気安いだけだという可能性もある。

 

「日常会話は全く違和感がありません。戦略級魔法への適性が判明するまでは、対日工作員として育成されていたのかもしれません」

 

だが言っている事が剣呑すぎて、茜の緊張を解すには至らない――どころか、余計に緊張させている結果になっていた。

 

「では不用意な発言をしないよう、注意しなければなりませんね」

 

兵士の話にこう応じたのは将輝。彼は対日工作員である可能性を最初から考えていたので、この程度の話で緊張感を増す事は無かった。

 

「あまり警戒し過ぎるのも、逆効果かもしれませんが」

 

そういう自分が将輝と茜の警戒を煽るセリフを連発しながら、兵士は二人を文官用の宿泊棟へ連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉麗蕾一行が保護されている宿泊棟は、一応「ホテル」と呼べる設備が整っていた。将輝と茜が劉麗蕾に引き合わされたのは一階のロビーだ。当然だが、ロビーの内外を多くの士卒が見張っている。将輝の感覚では、十人以上の魔法師が確認された。

 

「初めまして、劉麗蕾です」

 

基地のスタッフが将輝、茜、劉麗蕾、林護衛隊長の順に紹介した後、劉麗蕾は通訳を遣わずそう名乗った。案内の兵士が言っていたように、全く不自然さの無い日本語だ。

 

「初めまして、一条将輝です」

 

劉麗蕾に対して、将輝は無難に名乗り返す。だが茜は呆然と、場にそぐわぬ呟きを漏らした。

 

「うわっ、可愛い・・・」

 

「おいっ」

 

将輝が慌てて小声で叱りつけると、茜はハッと我を取り戻し、慌てて挨拶を返した。

 

「――将輝の妹の一条茜です。よろしくお願いします」

 

ペコリとお辞儀をしてから、今更のようにじわじわと頬が赤らむ。そんな茜の姿を前にして、痛々しい程気を張っていた劉麗蕾の表情がフッと緩んだように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、吉祥寺真紅郎が目を覚ましたのは午前九時二十分。睡眠時間は三時間三十分。いうまでもなく寝不足だが、彼は起きるや否やカフェイン錠剤を飲み込み、洗顔もそこそこにテレビを点けた。チャンネルは軍事情報のオンデマンド型データ放送。新ソ連艦隊がまだ動いていないことを知り、吉祥寺は安堵の息を吐いた。

 

「よし、まだ間に合う」

 

彼は自分に対して言い聞かせるよう独り言ち、今日の未明、漸く完成した魔法式の起動式を保存した大型スーツケースサイズのCADの、移動用ハンドルを握った。

このCADはレーダー、光学センサー、空撮情報と連動して対象範囲を起動式に追加する為の機能と、対象範囲に応じて百分の一秒刻みでスケジューリングされた数千から数万の魔法式の制御を起動式の中に書き込むための機能を担う、中型コンピューターと一体化している。スーツケースサイズの大部分が、電源を含めたコンピューターの為のスペースだ。

幸運だったのは、コンピューター連動型のCAD自体が今回の新魔法とは無関係に、この研究所で完成していた事。お陰で吉祥寺はソフトウェアの開発に専念する事が出来た。

ソフトウェアは出来た。ハードウェアへの実装も終わった。だがこれで開発完了ではない。魔法は魔法師が使うものだ。理論上完璧な起動式を造り上げても、それを魔法師が発動出来なければ意味はない。

 

「将輝なら使えるはずだ」

 

再び、自分に聞かせるための独り言。吉祥寺は自分が完成させた新戦略級魔法を将輝が使いこなせると確信している。

 

「とにかく、すぐにテストだ。新ソ連が攻めてくる前に」

 

吉祥寺には「新ソ連艦隊の南下」に対するトラウマがある。彼が中学一年の夏まで住んでいた佐渡島は、新ソ連の小規模覆面艦隊によって破壊され、両親は殺された。未だに新ソ連は五年前の佐渡侵攻を認めていないが、そんな事は吉祥寺が抱えるトラウマには関係ない。

 

「(今度はやらせない)」

 

彼は一刻も早く確かめたかった。親友が、この魔法を使ってくれることを。吉祥寺は、将輝の予定を確かめようともせず――そこまで気が回らず――一条家に突撃するつもりだった。

 彼は独身寮の玄関に置かれていた鏡で自分がパジャマのままだった事に漸く気付いて、顔を真っ赤にしながら慌てて自室に戻った。



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新ソ連の動向

今日と明日は7時、12時、17時、24時に投稿する予定です


達也と深雪が巳焼島に着いたのは午前十時前。最高速度時速四百キロ、平均速度三百キロの海上ドライブは、深雪を大いに満足させた。エアカーは本来、空の乗り物。時速四百キロは、航空機としてはむしろ控えめな数字と言える。

だが海上走行モードのエアカーは、海面すれすれを飛行する。雲の高さを飛ぶより、スピード感は数倍増しだ。深雪は決してスピード狂ではないが、左右の視界が開けた海の上をそれだけのスピードで疾走する爽快感には、興奮を抑えられなかった。

 

「リーナ、ご機嫌は如何?」

 

「深雪・・・貴女の方こそ、ご機嫌ね?」

 

――リーナにこう思われる程度には。

 

「そうかしら?自分では良く分からないわ」

 

こういう回答が口から出るのは、深雪が軽い躁状態にあるからだろう。

 

「それより、リーナの方はどうなの? 何か不自由は感じてない?」

 

「・・・ありがとう、生活の方は大丈夫よ」

 

深雪の、普段とは微妙に違う雰囲気に訝しさを覚えながら、リーナはそれ以上追及しない事にした。

 

「お陰様で、不便な思いはしていないわ。管理スタッフの皆さんも親切だし。ただ、ミアのスケジュール管理が細かいのがのがちょっと不満だけど・・・」

 

「それはあたり前なことなのでは?」リーナの話を聞いた達也と深雪は同じ考えを持った。軍人であるリーナは規則正しい生活が当たり前なはずだ。そんなことを思わず考えてしまった。ミアは達也からの用事で巳焼島から本州に飛んでいた

 

「立ち話もなんだから、とりあえず入って」

 

リーナ自身が「コンドミニアムのようだ」と印象を述べたこの住居には、小さいながらも独立したリビングが付いている。彼女は達也と深雪を、玄関口からそこに案内してソファに腰掛けるよう勧めた。

 

「アイスコーヒーでいいかしら?」

 

「私もそれで」

 

リーナはすぐにグラスが三つ入ったトレイを持ってきた。

達也はミルク、シロップ無し

深雪はシロップ無しでミルクを少々。

リーナはシロップに伸ばした手を止めて、アイスコーヒーにミルクをたっぷり入れた。

三人がそれぞれ口につけたグラスをテーブルに戻す。

 

「早速だが、悪いニュースだ。新ソ連の極東艦隊は明日にでも日本海を南下するだろう。我が国も今回は迎撃準備を完了し、艦隊は何時でも出撃出来る情勢だ」

 

「日本は新ソ連と正面からぶつかるつもりなの?」

 

自分が顔を顰めたことを知られなかったと心の中で安堵しつつ、リーナは疑わしげに問い返す。

 

「総力戦にはならないだろうが、衝突は避けられない」

 

「新ソ連の要求は、劉麗蕾の引き渡しだったわよね?」

 

日本は劉麗蕾の亡命を公表していない。だが新ソ連は「日本に対して戦争犯罪人・劉麗蕾の引き渡しを要求した」と世界に向けて公表していた。

 

「そうだ。日本としては、亡命してきた十四歳の少女を、処刑されると分かっていて引き渡せるはずがない」

 

「最初から呑めない条件を付きつけて開戦の口実にしようとしているって、テレビでも言ってたわ」

 

リーナが視聴した「テレビ」は、国内のチャンネルではない。有線チャンネルで流れているアメリカのニュース番組だ。この管理スタッフ用宿泊棟には、ケーブルテレビも導入されている。

 

「新ソ連が本気で日本の領土を占領しようとしているとは、俺は考えていない。真の目的は別にある。それが何かは、断定出来ないが」

 

「ここに建設中のプラントじゃないの?あの国は達也の事が本当に邪魔みたいだから」

 

思いがけない鋭さを見せたリーナに、深雪が軽く目を見張る。

 

「・・・なに?」

 

深雪の反応に、リーナが不本意だとばかりに眉を顰めた。

 

「いえ、私もそう思っているから」

 

リーナは深雪に胡乱なものを見る視線を向けた。

 

「それも可能性の一つではあるが、その場合もリーナの身の安全には十分考慮する」

 

「私も戦っても良いわよ」

 

「頼りにしているよ・・・だが、真のターゲットがここ以外の場所だったとしても、リーナには無視できない問題がある」

 

「私には?」

 

達也はわざわざ「リーナには」と対象を限定したのだから、リーナがそう問い返すのは当然だろう。

 

「今回、極東艦隊を撃退しても、新ソ連との間に緊張が続く。日本には、USNAとの間にトラブルを抱え込む余裕が無くなる」

 

二正面作戦を避ける。これは砲火を支える戦争でなくても、絶対的に遵守すべき原則だ。自ら望んで二正面作戦に踏み切るのは余程のギャンブラーか、予測と願望の区別がつかない底抜けの楽天家くらいだろう。

 

「新ソ連との間の緊張状態が続いている限り、日本当局はミッドウェー監獄襲撃を妨害しようとするはずだ。国防軍の艦船だけでなく、民間の船舶も調達は困難になるだろう。無論、航空機も」

 

「・・・そうでしょうね」

 

リーナは達也を責めなかった。ここで達也を糾弾しても、八つ当たりにしかならないと理解していたからだ。

 

「カノープス少佐の救出については、必ず手立てを考える。時間が欲しい」

 

「・・・元々、今すぐという話じゃなかったし、準備に時間が必要だという事は私にも分かってるから。達也に任せるわ」

 

「理解してもらえて助かる」

 

気落ちして俯くリーナを、達也が慰める。表面的なセリフは二人とも素っ気ないが、お互いに相手を思い遣っているのが、端から見るとよくわかる。――少なくとも深雪はそう感じていた。そして達也はリーナにある事を伝えた

 

「リーナ、ジョンの事なんだが・・・」

 

「ジョン!ジョンに何かあったの!?」

 

リーナは席を勢いよく立ちながら達也に近づく。リーナの瞳には強い願望が浮かんでいた。だが、達也が伝えたのは現実だった

 

「すまないが、まだ彼を発見できていない・・・だが、スターズの基地から逃げ出した情報は入っている。それに、彼らしき姿が昨日のサンフランシスコで確認されたらしい。今、サンフランシスコを中心に捜索を行なっているそうだ」

 

「そう・・・ありがとう・・・教えくれて」

 

リーナは落胆はしたもののジョンが生きている事にほっとした様子だった。すると部屋の外から大きめのジェット機の音が聞こえてきた。何事かと思っていると達也が「時間通りだな」と呟くと深雪と共に部屋を出た。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

リーナは達也にそう言うもそそくさと出て行ってしまった達也の後を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也達が向かった先は飛行場の格納庫だった。格納庫には三機の中型輸送機が着陸し、そのうちの一機から荷物を持った軍人らしき人物達が降りてきた。

 

「何・・・これ」

 

リーナは輸送機を見ると輸送機からミアが降りてくるとミアは達也に近づいた。

 

「達也さん。予定通り連れてきました」

 

「ああ、時間通りだな」

 

そう言いながら達也は輸送機から下ろされる荷物を見ながら呟く。

 

「しかし・・・すごい量の荷物だな」

 

「ええ、今回は対魔法師部隊も連れてきていますし。装甲車も持ってきましたからね。明後日には重火器が届く予定です」

 

「うっかりすればテロリストと思われそうだな」

 

そう言いながら輸送機から下ろされる装甲車を見た。するとミアが達也に敬礼をしながら伝える。

 

「達也様。四葉真夜様との契約により、本日よりガルムセキュリティーも巳焼島の警備に加わらせていただきます」

 

「ええ、此方こそよろしくお願いします」

 

達也はそう言うとミアに握手を求めると達也はミアにある人物の居場所を聞いた。

 

「ところで、凛はどこにいる。この輸送機に乗ってくると聞いていたんだが・・・」

 

すると輸送機から凛の声がした

 

「私ならここよ」

 

「凛、弘樹はどこにいる」

 

「弘樹ならあそこよ」

 

そう言い指を差した先には弘樹に甘えている深雪の姿があった。その様子を見た達也は

 

「・・・あれはあのままにしておいた方が良さそうだな」

 

そう呟くとあの甘い雰囲気に耐えられなかったのか達也の隣に移動してきたリーナが少し羨ましそうに二人の事を見ていた。



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吉祥寺の来訪

みなさん良い年末を!!


一条家の兄妹と大亜連合からの亡命者の顔合わせは、和やかな会話で進むべきものだった。だが実際には、険悪な表情でお互いの主張を応酬し合う展開を見せていた。

 

「まだ十四歳という劉少尉の年齢を考慮して、軍事施設ではなく民間でお預かりすると申し上げているのです!洗脳などという意図は断じてありません!」

 

「まだ十四歳だからこそ、私たち同胞が側にいなければならないのです!少尉だけ民間施設に移すというのは、私たちの分断を図るものとしか思えない!」

 

「民間施設ではない!我が一条家で責任をもってお預かりすると申し上げている!」

 

「失礼ながら、十師族の屋敷は単なる市民の住宅ではないでしょう。民間の魔法師軍団を率いる軍閥の館だ」

 

「軍閥などとは失礼な!十師族が領地を欲した事はない!我々は魔法師の互助組織だ。だから劉少尉の事も保護したいと言っている」

 

「無用です!こうして日本軍に保護していただくだけで十分です!」

 

口論は将輝と林隊長の間で繰り広げられていた。将輝は林隊長に本音を言い当てられながら、さっきから一歩も引いていない。だがもしこの場に達也が来ていたのなら、このような言い争いになる事は無かっただろう。戦場経験は豊富でも、こういった経験は将輝には不足しているのだ。

 

「失礼ながら、劉少尉は子供だ。子供は軍以外の世界も知らなければならない!」

 

将輝を支えているのは、この青臭い正義感だ。理想論と言うべきかもしれない。彼の経験から出た言葉ではない。実感は将輝自身にも無い。

将輝は十師族が掲げる魔法師の自治を、自分の意思で魔法を使うべきだと解釈した。兵器になることを強制されない。戦う時は自分自身で決める。自分で決めて兵士になる。魔法が兵器となることを否定しないが、自分自身に選択肢が無ければならない。それが将輝の理念であり、若者らしくこの正義を貫こうとしているのだった。

 

「林隊長、私は一条家でお世話になっても構いません」

 

将輝と林隊長の口論に待ったを掛けたのは、争点となっていた劉麗蕾本人だった。

 

「劉校尉、何を言い出すんですか!?」

 

将輝の言う通りにして良いという劉麗蕾の言葉に、林隊長は単に驚くばかりでなく、焦りも見せた。劉麗蕾のセリフは日本語だったが、林隊長の反駁は中国語だ。

 

「私たちは保護を求めている立場ですけど、校尉がそこまで譲歩する必要はありません!」

 

林隊長は慌てて劉麗蕾に翻意を促す。彼女の言葉は、一応同席していた通訳によって翻訳された。

 

「兄さん、そんなに結論を急がなくても良いんじゃない?私は一晩くらい、ここに泊まっても構わないよ」

 

茜はギスギスした雰囲気に辟易していたのだろう。彼女は将輝に向かって棚上げを勧めた。立ち会っている基地の軍人もクールダウンが必要だと考えていたのか、茜の提案をこぞって支持した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉麗蕾と林護衛隊長は彼女たちに割り当てられた私室に戻り、同席していた基地の士卒も、各々の持ち場に戻っている。

 

「兄さん、話を急ぎすぎ」

 

「・・・そうだったかな」

 

「そうだよ。相手を怒らせてどうするの」

 

「・・・怒ってはいなかったと思うが」

 

「馬鹿正直に怒ってますって顔をするはずないでしょ。向こうの立場として。でもあれは絶対怒ってたよ」

 

二人きりになったロビーでは今、将輝に対する茜の説教が続いていた。

 

「だが劉少尉は納得していたようだぞ?」

 

「そんなわけ無いでしょ!あれは自分が人質になれば、この場が上手く収まると考えてのセリフだよ。兄さんだって本当は分かっているくせに」

 

「・・・すまん」

 

「だいたい兄さんは、女の子の扱いが分かってなさすぎ。レイちゃんが十四歳だって自分で散々言っておきながら、あの高圧的な態度はないでしょ」

 

「ちょっと待て。もしかして『レイちゃん』というのは劉麗蕾少尉のことか?」

 

「んっ? そうだよ。リーレイちゃんだからレイちゃん。あんなに可愛いんだから『劉少尉』じゃ可哀想だよ」

 

「いや、可哀想とか、そう言う問題ではなく手だな。相手は仮にも『十三使徒』の一人だ。いきなり日本流の愛称で呼ぶのはまずくないか?」

 

「えっー、そうかなぁ」

 

会話の焦点が妙な方向へズレ始めたところに、「失礼します」という声と共に基地の兵士が入ってきた。

 

「一条さんに――一条将輝さんにお客様です」

 

ここにいるのが二人とも「一条さん」であることを途中で思い出した二等兵は、そう言い直した。

 

「ここに?」

 

将輝が「俺に?」ではなく「ここに?」と問い返したのは、ある程度無理からぬことだ。外出先、それも国防軍の基地まで追いかけてくるなど、余程重要な用でもない限り考えられない。

 

「失礼。案内していただけるだろうか」

 

しかしその質問が詮無いものであるとすぐに気付いて、将輝は立ち上がりながら兵士に依頼した。

 

「こちらです」

 

兵士が回れ右をして歩き出す。将輝がその背中に続き、当たり前のように茜が将輝の後に続いた。

 

「・・・お前は来なくてもいいんだぞ」

 

「あたしを一人にしておく気?」

 

将輝は茜の問いかけに答えなかった。同時に、それ以上ついてくるなとも言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

将輝は「客」が宿泊棟に来たものだとばかり思っていたが、彼と茜は来客を伝えに来た兵士が運転する車で研究所のような見た目の建物に連れていかれた。そこが軍の魔法師が使う装備をメンテナンスしている施設だという事は、着いてすぐに説明を受けた。

建物の中に入り、案内されたのは二階の一室。室内に一歩足を踏み入れた途端、将輝は耳に親しんだ声に名前を呼ばれた。

 

「将輝!」

 

「ジョージ?何故ここに?」

 

聞きなれているのも当然の事。将輝を待っていたのは、自他ともに認める彼の親友、吉祥寺真紅郎だった。それにしてもなぜ、わざわざ小松基地まで追いかけてきたのだろうか? 将輝は真っ先にそう思った。

 

「真紅郎くん、こんにちは。こんな所まで兄さんを訪ねてくるなんて、何か余程急ぎの用事なの?」

 

しかし将輝の質問は、彼の背後から少し不満そうな声で吉祥寺に話しかけた茜に横取りされた。何が不満だったのかといえば、吉祥寺が兄ばかり見ていて彼女に気付いた様子が無かった点だ。

 

「あっ・・・茜ちゃんもいたんだ。ゴメンね。詳しく説明している時間がない。今は一刻を争うんだ」

 

茜の心理状態を考えれば、吉祥寺の反応はかなりマズい。しかしいつになく深刻で押しが強い吉祥寺の態度に、茜は子供っぽく拗ねられなかった。家に遊びに来ている時の吉祥寺とは何かが違うと、茜にも理解出来た。違いが分かったという点では、将輝は茜よりも鋭敏にそれを感じ取った。将輝には、こんな状態の吉祥寺を過去に見た覚えがある。

 

「(あれは確か、加重系魔法の基本コードを発表する前日だった)」

 

魔法学の分野において十年、いや、二十年に一度の大発見と称えられた基本コードの特定。『基本コード仮説』を部分的に立証する、大きな意義を持つ発見だった。今の吉祥寺は、その時と同じ空気を纏っている。

 

「・・・ジョージ、俺に何の用だ?俺は何をすれば良い?」

 

将輝に問われて、吉祥寺は興奮を抑えきれなくなったのか、彼の両肩をがっしりと掴んだ。吉祥寺の顔が視界の中でアップになって、将輝が頭を仰け反らせる。

 

「真紅郎くん、血迷わないで!」

 

茜の悲鳴は的外れとばかりも言えまい。煩悩のフィルターを抜きにしても、吉祥寺が将輝にキスを迫っている構図と見えなくもない。

しかし生憎、茜の声は吉祥寺には届かなかった。生理的には聞こえているはずだが、精神が反応しなかった。

 

「新しい戦略級魔法を試して欲しい!将輝、君の為の魔法だ!」

 

吉祥寺の叫びが意識に染み込むや否や、将輝は吉祥寺の両肩をがっちりと握り返した。

 

「新しい戦略級魔法!?ジョージ、お前・・・戦略級魔法を創ったのか!?」

 

「あっ、いや、僕が一から創ったわけじゃ・・・」

 

将輝の質問に吉祥寺が新魔法完成の興奮から一気に冷める。新戦略級魔法の基本設計が達也からもたらされた物だということを、吉祥寺は忘れていたわけではない。ただ一刻も早くテストして新魔法が新ソ連軍を蹴散らし得るものだと確かめたい、その一念で心を占められていたのだ。

 

「ジョージが俺の為に創ってくれたものじゃないのか?」

 

口籠った吉祥寺に、将輝が訝し気な声で問いを重ねる。将輝の「俺の為に」というフレーズが吉祥寺の心に突き刺さった。

 

「いや、完成させたのは僕だよ!」

 

彼は思わず自分の功績を主張した。別に嘘では無いのだから最初からそう言っておけば良さそうなものだが、達也への対抗心が邪魔をしたのかもしれない。

 

「そうか!」

 

だが詳しい事情を知らない将輝は、研究所の同僚と共同で開発した成果を独り占めするのが躊躇われたのだろう、くらいにしか考えなかった。今や吉祥寺よりも将輝の方が前のめりだ。

 

「早速試させてくれ!そのために来てくれたんだろう?」

 

「うん、お願い」

 

無論、吉祥寺に否やは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨界前核実験、というものがある。核分裂爆発を起こす為のプロセスを臨界直前で止めてシミュレーションに必要なデータを取る実験だ。将輝と吉祥寺が戦略級魔法のテスト目的で行おうとしている実験は、この臨界前実験と性質が類似している。

戦略級魔法とはその名の通り、戦略級兵器に匹敵する威力を持つ。民間人居住区、分かり易く言えば市町村の近くでは、テストの実施が難しい。

そこで新魔法を発動直前でキャンセルするというテスト方法が用いられる。直前で魔法を中止しても、魔法師本人の手応えと精密な観測により八十パーセントから九十パーセントの確度でその魔法が設計通りに作動するかどうかが分かる。この方法なら民間人への被害も出ないし、軍事衛星などを通して新魔法に関する情報が他国に漏洩する事もない。

十パーセントから二十パーセントの誤差は、数字で見れば大きすぎるように思われる。だが大規模な魔法程、慣れない内は成功率が低いのが常。たとえテストで実際に最後まで発動出来た魔法でも、いざ実戦投入しようとして発動しなかったという不確実性は普通にある。通常の魔法ならば兎も角戦略級魔法のテストで、実際に最終プロセスまで完了する事に拘る必要性はないと言えるのだ。



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戦略級魔法の試射

みなさんあけましておめでとうございます。


将輝と吉祥寺、それに茜は実験の為、国防空軍小松基地から国防海軍金沢基地へと移動していた。前の大戦中に海沿いのゴルフ場を潰して建設された、比較的新しい海軍基地だ。小規模だが最初から魔法戦術を考慮して造られた基地で、設計には旧第一研も加わっている。海戦魔法の実験にはうってつけの場所と言える。

 

「将輝。分かっているとは思うけど、事象干渉力のコントロールを間違えないで」

 

「もちろん、分かっている」

 

魔法は魔法式を対象のエイドスに投射し、事象干渉力を注入する事で発動する。通常ならば魔法式の投射と発動に必要な事象干渉力の注入が同時に行われるが、発動前実験は事象干渉力を魔法が顕在化しない水準に抑えて行う。機械的な制御装置が無いから、この辺りは完全に個人技能任せだ。その為、強大な魔法の実験には、それだけ大きなリスクが伴う。

 

「・・・茜。せめてシェルターに入っていた方が良くないか?」

 

だから将輝も吉祥寺も、茜を連れてくるのは気が進まなかった。本来ならばいったん家に帰したいところだ。

 

「何で?」

 

「何でって、危ないだろ」

 

「失敗しないんでしょ」

 

「それは、そうだが・・・」

 

「じゃあ危ない事なんて無いじゃん」

 

だが茜はこの論法で、将輝は彼女の同行・同席を認めざるを得なかった。小松基地ではもっと粘り強く引き留めたのだが、「兄さんって、そんなドジっ子だったっけ」といういわれなき誹謗を前にしては、それ以上のリスクを説くことが出来なかった。

 

「・・・ジョージの邪魔はするなよ」

 

その言葉を最後に、将輝は茜の存在を意識から締め出した。将輝が本気モードになったのを理解しているのか、吉祥寺の隣に陣取っている茜も憎まれ口を返さない。

将輝が海に面した窓の外へ短機関銃によく似た照準器を向ける。全長約五十センチのサイズはまさに短機関銃だが、太さがほぼ一定のフォルムに加えてグリップがちょうど真ん中についていて、片手で構えてもバランスがとりやすくなっている。

だが、今は両手で保持している。将輝の左手は「銃口」のやや手前。本物の銃であればハンドガードの部分だ。眼鏡型のゴーグルは照準領域を視覚化するツール。新戦略級魔法は長方形の平面――海面を攻撃対象にする。縦横の長さは照準器側面の四つボタンで調節する仕組みだ。上が左右拡張。したが左右縮小。前が前後拡張。手前が前後縮小。押し続ける事でゴーグルに投影される長方形のフレームが変化する。

また厳密に言うなら、グリップの部分は照準器ではない。照準器として機能するのは「銃身」とその後方に続くパーツだ。グリップには感応石が組み込まれており、ケーブルを介して中型コンピューターから送り込まれた電子データを想子信号に変換・出力する役割を担っている。

ゴーグルに沖合二十キロ、水平線の向こう側の海が実際の視界に重なり合って映し出される。彼は照準器側面のボタンを使って、その映像の中に幅一キロ、奥行き五百メートルのターゲットエリアを設定した。

 

「テストを開始する」

 

将輝の宣言に吉祥寺や茜だけでなく、実験に協力している基地の技術者も固唾を呑んだ。将輝の左手が対象領域設定用のボタンから離れ、照準器の「銃身」を支える。彼の右手がグリップを強く握り、その人差し指が照準器の引き金を引いた。

確定された座標情報を、中型コンピューターが起動式のフォーマットに変換。コンピューターに保存されていた起動式の電子データに座標データと魔法式複写のタイムテーブルが追加され、ケーブルを伝って照準器のグリップに送り込まれる。

照準器のグリップに組み込まれた感応石が、電子データを想子情報体に変換。起動式が想子信号で出力され、将輝の右手に吸い込まれる

 

――起動式の読み込み。

 

将輝の無意識内に存在する魔法演算領域に、起動式が送り込まれる。

 

――魔法式の構築。

 

通常であれば〇.五秒以内に魔法式は完成する。だが起動式読み込みからおよそ一秒の時間を要して、将輝は魔法式を出力した。彼が意識することなく、魔法式は対象領域中央に投射され――魔法が中断される。

その直前、確かに、無数の魔法式が千メートル×五百メートルの海面を埋め尽くしていた。

 

「テスト、成功!」

 

基地の技術者がどよめきを漏らす中、吉祥寺は満面の笑みを浮かべながら、高らかにそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月七日午後六時。日没前の横須賀軍港から大型空母が出港していく。二週間前から寄港していたUSNA海軍の『インディペンデンス』だ。

インディペンデンスは房総半島南東の公海上で艦載機の夜間発着訓練を行い、そのままハワイ基地へ帰国するスケジュールになっている。二十五ノット前後というこの時代の船舶としてはゆっくり目のスピードで航海に出たインディペンデンスに、ウェーブ・ピアサー型の双胴高速輸送機が接近した。インディペンデンスから飛び立った小型ヘリが、高速輸送艦『ミッドウェイ』に着艦する。ヘリからミッドウェイに降り立ったのは、四人の軍人と一人の民間人。シャルロット・ベガ大尉、ゾーイ・スピカ中尉、レイラ・デネブ少尉の女性士官と、それにジェイコブ・レグルス中尉とレイモンド・クラーク(民間人)である。五人が甲板に揃ったところで、迎えに出ていた下士官が声を張り上げる。彼の声は上昇するヘリのローター音にもかき消されなかった。

 

「スターダスト、ソルジャーC13、チャールズ・クーパー軍曹であります!」

 

「スターズ第四隊隊長、ベガ大尉である」

 

軍曹に答えたのはベガだ。彼女たち四人の中で最も階級が高いのがベガだから、彼女が指揮官として振る舞うのは相談するまでもない事だった。

 

「小官以下スターダストソルジャーメンバー二十名、現時点をもちまして大尉殿の指揮下に入ります」

 

「了解した。軍曹以下二十名を私の指揮下に加える」

 

「ハッ!」

 

ベガの言葉に返事をしたのはクーパー軍曹だけではなかった。声にも出した軍曹を含め二十人分の思念波が一つの思考になって、ベガの意識に流れ込んだ――否、湧きだした。その思念波はレイモンドを含めた他の四人にも届いていた。この輸送艇で運ばれてきた戦闘要員は、全員がパラサイト化したスターダストの強化兵士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベガたち五人は、キャビンではなく輸送艇内の小さなブリーフィングルームに案内された。ベガがそう希望したのだ。

 

「明日の配置を決めておきたい」

 

「そうですね。作戦は明日ですから、早すぎるということはありません」

 

前置きを省いて切り出したベガに、その流儀に慣れているスピカが、性急すぎる印象を和らげるように相槌を打つ。

 

「隊長はどのようにお考えなのですか?」

 

続いてデネブが巳焼島の航空写真をテーブル一体型モニターに呼び出してベガのプランを尋ねる。彼女たち第四隊は、隊長であるベガが一人でだいたいの事を決めてしまうスタイルだった。ベガは航空写真の北東岸を指差しながら、部下の問いに答えた。

 

「そうね、私とデネブ少尉がスターダスト各十名を率いて抵抗を排除。レグルス中尉は後方から援護。スピカ中尉とレイモンド君は本船に残って退路の確保でどうかしら?」

 

「僕は構いませんよ、大尉殿」

 

真っ先に賛同したのはレイモンドだった。ただし、いささか真剣味に乏しい口調だ。

 

「ただ、施設の破壊はどうするんですか?」

 

同じような口調で放たれたレイモンドの質問に、ベガは軽くではあるが顔を顰めた。レイモンドの言い方には、相手を小馬鹿にしているようところがある。ベガに余り者扱いされている事を、レイモンドはレイモンドで不満に思っていた。

とはいっても、彼らは意識を共有しているパラサイト。ベガの判断はレイモンドの結論でもある。レイモンドの不満は自分の理性に自分の感情が反発しているようなもので、表立って訴えられない。またベガの方も、レイモンドの「面白くない」という気持ちを共有している。心が接続されているから、見て見ぬふりも出来ない。彼らは自分と他人の対立を、自分同士の諍いとして抱え込んでしまう。これは「他人でいられない」弊害と言えよう。

 

「無力化が完了したらレイモンド君を呼ぶわ。船から爆弾を持ってきてもらえるかしら」

 

「はいはい。了解です、大尉殿」

 

「レグルス中尉もそれで良いわね?」

 

「はい、大尉殿」

 

「よろしい。では解散」

 

それ以上自己嫌悪を募らせる前に、ベガは作戦会議を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、巳焼島に駐機している輸送機の中で凛は警護を行なっているガルム小隊と話し合っていた

 

「閣下、現在スターズの隊員で寄生されているのは誰でしょうか」

 

「今の所、確認されている数は五人。そのうち一人は既に封印されている」

 

「と言うことは後四人ですか・・・」

 

凛の隣でミアがそう呟く。彼女はガルム第二小隊副隊長を勤めており、今はリーナの世話の為に一旦ガルム小隊を離れている状態だった

 

「そう言うこと。シャルロット・ベガ、ゾーイ・スピカ、レイラ・デネブ、ジェイコブ・レグルス。スターズの中で感染が確認されているのはこの四人よ」

 

「全員が元上官ですな・・・」

 

「そんなこと言ったら今のガルム小隊の殆どがそれに該当するわよ」

 

「それもそうですな」

 

そ売った次の瞬間。輸送機の中で思わず笑い声が響いた。

 

「ま、気をつけなければいけないのは。こっちにある重火器が少ないってことね」

 

「その点に関しては我々魔法師部隊が海岸で足止めを行い。美香の砲撃でパラサイトの各個撃破を狙っています」

 

「了解。一応今日から数日は弘樹がここに残るわ。何かあれば彼に伝えて」

 

「了解しました」

 

「では解散。スターズは必ずリーナを狙ってここに来る。それまで気を引き締めてちょうだい」

 

「「はっ!」」

 

そう言い残りの作戦は任せると凛は輸送機から降り、巳焼島を後にした。



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緊迫する情勢

七月八日日曜日、日本時間午前零時。新ソ連極東艦隊は、ウラジオストクを出港した。

新ソ連艦隊接近。この報せを受けて日本海に面する地域では、多くの企業、学校で臨時休業・休校の措置が執られた。山陰、北陸、東北日本海側各地ではシェルターへの避難準備が勧告され、それに隣接する地域でも厳重注意が呼び掛けられている。

一昨年の横浜事変は奇襲攻撃だったので、脅威に備える時間が無かった。逆に言えば、迫りくる敵軍の脅威に怯える時間もなかった。

それに対して今回の新ソ連艦隊は、目に見える形で押し寄せてきている。重苦しいプレッシャーが人々の心にのしかかっていた。

日本時間正午、新ソ連艦隊は能登半島北西三十海里で停止した。接続水域のすぐ外と言って良い位置だ。フレミングランチャーを主武装とする対地攻撃艦二隻。対空・対艦ミサイル艦四隻。対潜・対艦ミサイル艦四隻。小型戦闘艇十二隻の陣容に加えて、後方十海里に空母とその護衛艦二隻が控えている。

これに対し日本軍は対空・対艦ミサイル艦四隻と対潜・対艦ミサイル艦六隻を出動させた。これに加えて小型艇各八隻が出港準備を終えて舞鶴、金沢、新潟でスタンバイしている。恐らく文字通りの水面下でも、両軍の潜水艦がにらみ合っているに違いない。

新ソ連の要求は昨日から変わっていない。戦争犯罪人、劉麗蕾の引き渡し。それに対して日本政府は、国際刑事裁判所の開廷を提案。一方的な断罪は亡命者の人権保護の観点から認められないと回答した。

劉麗蕾を保護する政府の方針に対して、非難の声が無かったわけではない。外国人の為に国民の命を危険に曝して良いのか、という理屈だ。だがニュースで劉麗蕾の映像が流れると、そうした声は殆ど賛同を得られなくなった。劉麗蕾がまだ十四歳の少女である事、それに加えて彼女が美少女である事が、同情的な空気を増幅したのだと思われる。

その劉麗蕾は、小松基地から動いていない。そして今日、劉麗蕾の許を一条茜と、彼女の父親で一条家の当主、一条剛毅が訪ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月八日正午過ぎ。将輝は吉祥寺と共に、佐渡島にいた。二人がこの島に着いたのは今朝早くだ。新ソ連艦隊の動きを知らなかったわけではない。敵が能登半島の西を目指していると知らされていながら、まだ劉麗蕾を監視する妹の護衛を父親に代わってもらってまで将輝が佐渡島に渡ったのは、吉祥寺の意見によるものだった。

将輝と吉祥寺は大胆にも、島の北岸に建てられた灯台の回廊部に立っている。敵の艦影を真っ先に発見できる代わりに、敵からも丸見えとなる場所だ。

 

「ジョージ・・・奴らは本当に来るのか?」

 

沖を見渡しながら、将輝が吉祥寺に尋ねる。その口調が半信半疑になっているのは、仕方のない部分もあった。将輝は能登半島北西海域に航行してきた新ソ連艦隊を、昨日貰ったばかりの新魔法で撃退してやると意気込んでいた。だがその魔法を与えてくれた当人の吉祥寺は、新ソ連の侵攻目的地は金沢や小松ではなく佐渡島だと強く主張した。将輝としては親友の言葉を無視出来ず、金沢―小松方面を父親に任せてここにやってきたのだが、ニュースや一条家の通信網が伝えてくるのは敵艦隊が依然として能登半島の北西にいるという代わり映えのしない状況だ。このままでは新魔法が無駄になってしまう。将輝はそんな焦りを覚えていた。

 

「来るよ。間違いない」

 

そして答えを返す吉祥寺は、不自然な程、確信に満ちていた。

 

「日本の海軍は弱くない。正面からぶつかり合って潰しあいになるのは新ソ連も望まないはずだ。大亜連合は事実上降伏しているとはいえ、まだ完全に無力化されているわけじゃないからね」

 

「だから奇襲を仕掛けてくると?」

 

「その通りだよ、将輝」

 

吉祥寺の自信の根拠を聞いて、将輝も敵がここを責めてくると確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新ソ連艦隊の接近に、国立魔法大学とその付属高校では足並みを揃えた対応が取られた。地域に拘わらず、一斉に臨時休校となったのだ。ただこれは、普通の学校と違って生徒、学生、職員の避難を優先したからではない。義勇兵として国防に参加する者の都合を考慮した措置だった。

それを考えれば、達也は土浦の国防陸軍第一○一旅団基地に出頭すべきだったのだろう。だが彼は深雪と共に、四葉ビルの一室にいた。と言っても、朝からずっといたのではなく、午前中は水波が入院している病院、調布碧葉医院にいて、今は昼の食事に戻っていたのだった。

 

「達也様、お待たせしました」

 

「分かった」

 

昼食の後片付けを終え、着替えを済ませた深雪がリビングの達也に声をかけると、データ放送と軍用通信で状況の変化を追いかけていた達也は、壁一杯を占めるディスプレイをオフにして立ち上がった。二人は地下の車庫に降りて、今や達也の愛車となっているエアカーで調布碧葉医院に向かう。到着まで五分も掛からなかったのは四葉ビルと病院が近いという事もあるが、道が空いていたという理由も間違いなくあった。

 

「水波ちゃん、入ってもいいかしら」

 

「はい、どうぞ!」

 

病室の外から深雪が声をかけると、中から水波の元気な声が返ってきた。入院したばかりの頃からは別人のようだ。それもそのはずで彼女は明日、退院が決まっている。肉体的には、水波は殆ど全快していた。

 

「達也さん、深雪さん、お疲れ様。今のところは異常なし、よ」

 

「夕歌さん、ありがとうございました」

 

夕歌には、達也と深雪が食事で病室を離れている間、代わりに水波の周囲を見張ってもらっていた。深雪の言葉はそれに対する謝辞であると同時に、ここから先は再び自分たちが請け負うという意思表明でもあった。

 

「どういたしまして」

 

夕歌がベッド脇のソファから立ち上がる。この個室はサイズに余裕があるので、長時間座っていても疲れないように夕歌が運び込ませた物だ。ソファを据え置いたのは一週間前。つまりそのくらい前から、夕歌は水波の病室警備に参加していた。

 

「じゃあ私はこの階の警備室にいるから」

 

「俺も後から行きます」

 

そう応えた達也に軽く手を振って、夕歌が病室から出て行く。深雪は達也と顔を見合わせて、躊躇いがちに夕歌が座っていたソファへ腰を下ろした。このソファは一人掛けである上に、達也は決して自分が座ろうとしないと、ここ数日の実績で分かっているからだ。達也は何時も通り、スツールに腰掛けた。

 

「退院の準備は終わっているようだな」

 

「準備と申しましても、大した荷物はありませんでしたから・・・」

 

「明日は十一時だったか?もし臨時休校が今日だけだったら、俺一人で迎えにこよう」

 

「そんなお手間を取らせるわけにはっ!」

 

「大した手間ではないさ」

 

水波が何度も口を開け閉めしているのは、反論の言葉を探しているのだろう。だが彼女は遂に、小さなため息の後、口を閉ざした。達也に翻意してもらうのを諦めたのだ。それでも、問う事は止められなかった。

 

「あの、達也さま・・・」

 

「構わないぞ」

 

「・・・基地に行かなくても、本当によろしいのですか?」

 

躊躇いに満ちた問い掛けの真意は、「何故、ここにいるのか?」

 

「大丈夫だ。あっちには代わりを手配してある」

 

ここは、他人に任せられない。

自分が、片を付ける。

 

水波には、達也の答えがこう聞こえたのだった。すると病室に凛が入ってきた

 

「達也」

 

「凛か。状況はどうだ」

 

「今のところ変化は無いわ。霊鳥でも彼らしき反応は無いわ」

 

「そうか・・・」

 

達也は凛の反応を見ていつ光宣が来るのか。警戒をしながら窓の外を見た。すると凛が心配そうに達也に聞いた

 

「達也、本当に私が相手じゃなくていいの?」

 

「ああ、凛は手出しをするな」

 

「・・・分かったわ。でも、彼に変化があれば悪いけど邪魔させてもらうわよ」

 

「ああ、そうならないように努力するさ」

 

達也の意思を確認した凛は柘榴石の杖を差したヤマト片手に病室の椅子に座った



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計画始動

USNAの空母インディペンデンスに随伴していた双胴高速輸送機ミッドウェイ。その航路が、東へ向かう空母のものから分かたれた。南へ、そして西へ。その向かう先は房総半島南海約九十キロ。レグルス、レイモンド、ベガ、デネブ、スピカ、及び二十人のパラサイト化したスターダストを乗せた輸送機は、巳焼島に針路を取った。

 

「(動き出したか)」

 

輸送艦ミッドウェイの転進、恒星炉プラント襲撃作戦の開始を、光宣は座間基地でリアルタイムに把握していた。彼がいるのはUSNAの輸送機の中。壊れて飛べない機体の格納庫には、封印されたスターズ第三隊隊長、パラサイト化したアークトゥルス大尉の身体が隠されている。

彼は昨日からずっと、アークトゥルスに掛けられた封印解除に取り組んでいた。そして今、その最終段階に来ている。

 

「(これで意識は覚醒するはずだ!)」

 

光宣が仕上げの術式をアークトゥルスの精神に撃ち込む。何時間も掛けてアレンジされた精神干渉系の魔法式が、精神と肉体を繋いでいる想子情報体を通じて、霊子情報体に干渉する。

光宣はアークトゥルスの精神が起き上がるのを確かに感じた。それと同時に強い電流が彼の体を走った

 

「(しまった!トラップか!)」

 

そう思った次の瞬間。電流は彼の二の腕の見えにくい場所に小さな蛇の噛み跡のようなものを残して消えた

 

「これで僕の居場所はバレたか・・・」

 

光宣はそう呟くと一層警戒した。だが、アークトゥルスの封印解除はうまく行ったため、あとは本人次第だと言うことを確認し、彼は姿を消して輸送機を降りた。『仮装行列』と『鬼門遁甲』の合わせ技だ。透明化による不自然な光の屈折は、意識の方向を逸らす魔法により他者に見咎められる事がない。

光宣は基地のゲートを抜けて透明化したまま徒歩で近くの公園を突っ切り、反対側の道路に止めたあったドライバンに乗り込んだ。九島真言が奈良から届けさせた車両だ。今でも貴金属や湿度管理が必要な薬品の輸送に用いられるタイプのドライバンには、マネキンのフリをしたパラサイドールが詰め込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灯台の回廊に上った際、将輝と吉祥寺は椅子を用意していなかった。椅子の代わりに腰掛けられるような物もない。スーツケース大のCADは頑丈なケースに守られているが、これも高校生男子が座れるほどの大きさではなかった。幾ら若くても立ちっぱなしで疲れないわけではない。だが二人は疲労が施行に悪影響を及ぼすまで待つ必要が無かった。タブレット型端末で新ソ連艦隊の動きを見張っていた吉祥寺が将輝に告げる。

 

「動いた!」

 

「何処だ!?」

 

「地上攻撃艦に随伴していた小型高速艦が一斉に東へ移動を始めた。これは・・・凄い加速だ。一時間もせずに、この海域へ到着する」

 

吉祥寺の回答に、将輝が唸った。

 

「推定最高速度百四十ノットか・・・我が国の最速艦と同等のスピードだな。迎撃は?」

 

将輝の質問、吉祥寺がタブレットを操作して情報を引き出す。

 

「正面で対峙していたミサイル駆逐艦は敵の駆逐艦に牽制されて手が出ないみたいだ。小松の空軍も敵空母艦載機の対応に追われている。新潟基地から小型艦八隻が出港したみたいだけど・・・不利は否めない」

 

「じゃあ?」

 

「うん」

 

吉祥寺が将輝に頷く。

 

「僕たちが敵の作戦を阻止するんだ。新ソ連のベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』で介入してくる前に、将輝の『海爆オーシャン・ブラスト』で」

 

「ああ、やってやるとも!」

 

そして、将輝が吉祥寺に頷き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて言うまでもないが、達也は十八歳の少年で水波は今年十七歳になる少女だ。深雪が一緒とはいえ、達也が水波の個室に長時間居座るとお互い気まずくなるのは避けられない。特に、水波の精神安寧を考えるならなおの事だ。達也が同じ階に設けられている警備室に移動したのは、それを避ける為だ。

この病院は四葉家が実質的に支配しており、水波の病室がある階は四葉家の関係者専用にキープされている。病室の警備機器も、入院棟のこの階だけ独立の追加システムが入れられている。それだけでなく、病院全体の情報がこの警備室でモニター出来る仕組みになっていた。

 

「あら、達也さん。ご苦労様」

 

先程本人が言ったように、警備室では夕歌が達也を待っていた。

 

夕歌さんもお疲れ様です。そろそろ交代の時間ではありませんか?」

 

「その予定だけど、今日はもう少しここにいるつもり」

 

夕歌は気まぐれに見えて几帳面な性格だ。意味もなく残業するような女性ではない。

 

「そうですか。正直なところ、助かります」

 

夕歌が居残りする理由は、達也にも分かっていた。

 

「こういう状況だと、防衛省の官僚さんが個人の都合を優先なんて出来ないでしょう」

 

夕歌が言う「防衛省の官僚さん」は、四葉分家の一つ、新発田家の次期当主である新発田勝成を指している。勝成の直接的な戦闘能力は、恐らく四葉分家随一。いざという時、彼が戦闘に参加出来ないのは、光宣を迎撃する上で間違いなくマイナス材料だ。

 

「・・・ねぇ、来ると思う?」

 

「時間は分かりませんが」

 

夕歌の問いかけに、達也は間接的な肯定を返した。

 

「この状況を作ったのも九島光宣かしら」

 

「それは違うと思います。ただ、あらかじめ知っていた可能性はあります」

 

「じゃあ、色々と準備しているでしょうね」

 

「恐らくは」

 

二人とも、光宣が襲ってくるなら今日だろうと予測していた。今度は光宣単独ではなく、仲間を調達しているだろうという点でも、達也と夕歌の考えは一致していた。

 

「パラサイドールだけじゃないでしょうね」

 

光宣が九島家からパラサイドールを奪った事も、二人は共に知っていた。達也は文弥本人から、夕歌は真夜から提出された報告書を通じて。

 

「光宣もそこまで我々を甘く見てはいないでしょう」

 

ただ、それで光宣の手の内を読み切ったとは、達也も夕歌も考えていない。

 

「となりとやはり・・・こちらの戦力分散を狙った陽動かしら?巳焼島の襲撃はあると思う?」

 

「パラサイト化したスターズが少なくとも一人、光宣と行動を共にしたと判明していますから・・・可能性としては、小さくないでしょうね」

 

巳焼島に建設中のプラントが攻撃される可能性は、リーナからも指摘されている。また関西国際空港に密入航した軍人がスターズ一等星級隊員のジェイコブ・レグルス中尉であることは、リーナに顔写真を見せて明らかになっている。巳焼島が襲撃されると考えている者は、四葉家の中で達也だけではなかった。

 

「ただ追加で送り込まれたパラサイトは、座間で封印済みです。それ以降、USNAから飛来した軍用機もありません。巳焼島の防衛は、現地のスタッフだけで対応出来るのではないでしょうか。ただ横須賀基地にUSNAの空母が寄港しているようなので、そこからパラサイトが侵入していた場合は少し厳しいかもしれません」

 

「その為に弘樹さんを巳焼島に送ったのでしょう?」

 

「ええ、そうです。ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「いえ・・・何でもありません」

 

達也は弘樹にある事で危険視していたが、そうならない事を祈っていた。もしそうなれば自分か凛が巳焼島に向かわなければばならないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェーブ・ピアサー型双胴高速艦である『ミッドウェイ』は、水上部分が低く平らな直線的な形状をしている。高速艦であると同時にステルス艦でもあった。

だがレーダーによる探知はある程度誤魔化せても、成層圏プラットフォームの高性能カメラを欺く事は出来ない。監視システムに見つからずに日本の領土に近づくことは、本来出来ないはずだ。たとえそれが、小さな島であっても。

だが実際には、レグルスが艦体に沿って展開した光学迷彩が可視光だけでなく電磁波全般による観測も無効化していた。

 

「レグルス中尉。貴官は前からこんなに、光学迷彩が上手だったかしら?」

 

「この作戦に当たって、九島光宣から術式の提供を受けました」

 

ベガの質問に、レグルスは正直な答えを返した。パラサイトの性質上、仲間に隠し事は出来ないが、そうした事情とは別に、レグルス自身も自分の魔法に驚いて誤魔化す余裕が無かったのである。

 

「魔法式の提供を受けただけで、魔法のスキルが劇的に向上したのですか?」

 

スピカが提示した疑問は、レグルス本人も懐いていたものだ。

 

「我々がパラサイトだからではないでしょうか。精神がつながっていることで、魔法式だけでなくそれを使うスキルも共有されているのかもしれません」

 

「それは変じゃないかな」

 

ここで口を挿んだのは、スターズにとって部外者であるレイモンドだった。

 

「変、とは?」

 

「魔法師がパラサイト化した場合、得意魔法に特化する傾向がある」

 

レグルスの問いかけに、レイモンドはフリズスキャルヴで集めた知識を披露する。

 

「個性という事か?」

 

そう尋ねたデネブに、レイモンドはゆっくり頭を振った。

 

「個性には違いないだろうけど、僕たちパラサイトは全体で一つのユニットを形成しているのだと思う。つまり、分業だね」

 

「その理屈からすると、スキルの共有はおかしい・・・と言いたいのか?」

 

レグルスの言葉に、今度は首を縦に振る。

 

「他人に自分のスキルを使わせる。これは言い換えれば、他人を通じて自分のスキルを使うという事だ。光宣の能力にはおかしなところがある。パラサイトとして、光宣は変だよ。異質だ」

 

「気に入らないな・・・」

 

レイモンドのセリフを受けて、ベガが呟く。彼女は「それではまるで、九島光宣がレグルスを使い魔にしているみたいだ」と考えたのだった。

 

「・・・とりあえず今は、ミッションの遂行に集中する。どういう性質のものであれ、九島光宣からもたらされた光学迷彩魔法は有効だ。このまま巳焼島に接近する」

 

とりあえず、今は。意識を共有している彼らは、ベガが口にしなかった部分まで理解していた。ただここにいる五人とも、それが光宣にも筒抜けになっている事を失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座間から調布に向かう車中で、光宣はひっそりと笑みを浮かべていた。美麗にして妖艶なその笑顔は、間違いなく光宣自身のものでありながら、周公瑾の面影もあった。

輸送機の中でベガが懐いた疑念は正しい。ベガたちの破壊工作ミッション――光宣にとっては陽動作戦――を成功させるため、光宣はレグルスの魔法演算領域を使って光学迷彩魔法を行使していた。レグルスは自分で魔法を使っていると思っていたが、真相は光宣が魔法をコントロールしていたのだった。

いくら周公瑾の知識を得た光宣でも、相手が人間なら出来なかったことだ。傀儡にする事は出来ても、傀儡の自由意志による行動に見せる事は困難だった。精神を共有し自我があやふやになっているパラサイトが相手だからこそ、自分の自発的な意志だと思い込ませられたのである。

警戒されるのは一向に構わなかった。光宣の方でも、レグルスやレイモンドを同族だと思ってはいない。彼らはパラサイトの虜であり、自分はパラサイトの主人。光宣はそう考えている。

レグルスたちを助けたのは、同じパラサイトだからではない。水波の誘拐に利用する為だ。もっとも一方的に利用するのではなく、光宣の方でも彼らに必要な支援をしている。客観的に見てもお互い様だろう。そのスタンスは今も変わらない。同族だから助け合うのではなく、お互いの目的に利用し合う。

 

「(目的を果たした後は赤の他人になるのだから、何と思われようと構わない)」

 

この時点では、光宣はそういう風に高をくくっていた。

車が調布に入った。パラサイドールを乗せているのは、彼が載っているドライバンだけではない。同じ型式の車が他に五台、異なるルートで目的地へ向かっている。彼はパラサイドールとのサイキカルなラインを通じてではなく、交通管制情報でそれを知った。

 

「(水波さん、待っていてくれ・・・!)」

 

後はタイミングだ。光宣はレグルスたちの破壊工作が少なくとも途中までは上手くいくよう、本気で願った。




一月は毎日7時と17時の2回投稿を目指します。


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戦略級魔法師の誕生

光宣が調布に入った頃、水波は病院の検査着を普段着に着替えて、個室を離れていた。深雪も一緒だ。二人は面会人用談話室で、机を挿み向かい合わせで座っている。机の上にはA4サイズの折り畳みタブレット。完全なベゼルレスで開くとA3サイズになるその端末には、魔法科高校二年生課程の全教科書が詰め込まれていた。

ここまで言えば二人が何をしていたのか分かるだろう。水波が深雪から、勉強を教わっているのである。先週は一学期の期末試験だった。入院中だった水波は、その事情を鑑みて、特別に追試を受けさせてもらえることになっている。しかし試験範囲までは考慮してもらえない。一ヶ月に及ぶ入院期間の前半はとても勉強どころでは無かった為、休んでいた間の分が追いついていないのだ。座学は教師による一斉授業ではなく端末学習だから本人次第で幾らでも課程を先取りできるのだが、残念ながら水波は理論がそれほど得意ではない。ベッドの上で端末を睨みながら悩まし気に唸っている水波を見かねて、深雪が教師役を買って出たのだった。

笑顔で優しく解説する深雪の正面で、水波の顔はカチコチに強張っていた。主たる深雪に家庭教師などという手間を掛けさせている罪悪感と、無駄な時間を使わせてはならないという緊張感が原因だ。

そういう思いもあって、水波は深雪の一言一句に過剰なまで集中していた。親の仇を見るような目付きで、タブレットの文字と図表を追いかけていた。

ところが突然、水波の集中が切れた。不意に耳元で名前を呼ばれた。そんな表情で水波の双眸に霞が掛かる。

 

「・・・水波ちゃん、どうしたの?」

 

深雪が心配して声をかけると、水波は慌てて深雪に目の焦点を合わせた。

 

「申し訳ございませんっ!」

 

「そんなに力まなくても良いのだけど・・・何か、気に懸かる事でもあるの?」

 

「いえ、何でもありません! 少し気を抜いてしまっただけです。誠に申し訳――」

 

「謝らなくてもいいから。休憩にしましょう。お茶でも飲む?」

 

「あっ、私が!」

 

二回目の謝罪を笑顔で遮り、深雪がそう提案すると勢いよく水波が立ち上がり、自販機の前に駆けて行く。深雪は軽く苦笑いしながら、水波の思い通りにさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐渡島の灯台では、将輝が短機関銃によく似た照準器を沖に向け、吉祥寺がその足下でCADと一体化した中型コンピューターを操作していた。

 

「良し!これでつながったはずだよ」

 

「捉えた!だが・・・見えている艦影は六隻だけだ。小型艦は十二隻じゃなかったか?」

 

「僕の方で縮尺を調節する」

 

吉祥寺が優先接続したタブレット型端末をモニター兼コンソールにして、将輝が掛けているゴーグル型モニターの映像を調節する。

 

「・・・ジョージ、OKだ!」

 

「そのまま照準を維持して」

 

そう言って吉祥寺は、タブレットとは別の情報端末を取り出した。予め作成しておいた暗号メールを国防海軍金沢基地宛に送信する。内容は「攻撃許可願う」。

佐渡島の西側を北上する艦影が吉祥寺の視界の端に映る。新潟基地から出港した高速戦闘艦だ。五十ノット以上のスピードで、更に加速していく。

 

「ジョージ!?」

 

「まだだ!」

 

「いっそのこと!」

 

「ダメだよ!」

 

焦れた将輝が許可を待たずに攻撃しようと提案するが、吉祥寺がそれを制止する。将輝がゴーグルを上げて吉祥寺へ振り向いた。吉祥寺が照準を戻すよう、将輝に注意すべく口を開きかけるが、二人の表情が同時に固まった。

水平線の向こう側、味方の高速艦が描いた航跡の先に強力な魔法の気配が生じる。それは二人にとって、覚えのある波動だった。つい三ヵ月前、将輝の父、一条剛毅が入院する原因となった海上爆発と同じ魔法。爆音が轟き、水煙が水平線から立ち上がる。

 

「トゥマーン・ボンバか!?」

 

将輝の叫びに、吉祥寺が無言で頷く。吉祥寺は将輝のCADに接続している情報端末で、味方艦の現状を確認しようとした。だが新潟から出港した小型艦八隻の消息は、このわずかな時間で途絶えていた。

 

「ジョージ!もう一度照準アシストを、頼む!」

 

その時、吉祥寺の端末に着信があった。自動デコードされたメール文は「攻撃を許可する」。吉祥寺は心の中で国防軍の優柔不断を罵りながら、再び敵艦列をモニター内に捉えた。

 

「将輝、タイムラグに注意して!」

 

「予測フレームに狙いを合わせればいいんだろ!」

 

「北方二十キロの海域に漁船団らしき船影がある!照準を南に寄せて!この魔法なら直撃でなくても沈められる!」

 

「最北の艦艇をギリギリで収められるよう修正する!」

 

将輝が照準を修正し、トリガーを引いた。中型コンピューターのストレージに保管された起動式の電子データが読みだされ、ターゲットの座標、サイズを組み込んで再計算される。タイムラグは、約一秒。標的の敵艦列は、およそ百二十ノットのスピードで海上を疾走している。その現在位置と、タイムラグを計算に入れた予想フレームがピッタリ重なった。

 

「行け!」

 

将輝が吼え、魔法式が投射される。チェイン・キャストを併用した『爆裂』。戦略級魔法『海爆』。単に水を水蒸気に帰るだけでなく、生み出された瞬間、水蒸気の分子を更に加速する事で威力を高めた水蒸気爆発が、新ソ連の高速艦十二隻を吹き飛ばした。

こうして新ソ連海軍の佐渡島強襲作戦は失敗に終わる。日本軍も小型船八隻の犠牲を出したが、将輝の『海爆』によって新ソ連艦隊の別動隊は全滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦二〇九七年七月八日十四時七分。一条将輝は、新たな戦略級魔法師となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島、北東海岸部。リーナは先々月から稼働しているCAD開発研究棟を訪れていた。新しいCADの開発には魔法師によるテストが不可欠だ。開発しようとしているCADのスペックが上がれば上がるほど、テストする魔法師の能力はより高いレベルが求められる。

なんだかんだいって、リーナの魔法師としてのレベルは世界最高水準だ。開発スタッフによってみれば、彼女は滅多に見つからない貴重なテスターである。いつも暇そうにしているリーナは、CAD開発研究セクションで人気者となっていた。

この交流は、研究スタッフ側だけでなくリーナにも思惑があった。ただしそれは、匿われている立場として現地の人々と良好な人間関係を築く、という当たり前のものではない。亡命時に取り上げられたCADを返して欲しいというリーナのリクエストに、達也は最新型のCADを貸し与えるという形で応えた。その結果をリーナは不満に感じていない。亡命時に持ち込んだCADよりも達也が用意した物の方が高性能だったのだから、不満を覚える余地はなかった。

ただ、物足りなさは残った。彼女はUSNAを脱出する際、彼女専用の武装デバイス『ブリオネイク』をスターズの武器庫に置いて来ている。元々参謀本部の許可が無ければ作戦行動時も持ち出せない物だ。日本に持ってこられなかったのは当然だった。ただ遠く離れてしまうとかえって執着が生じるのは、人も物もあまり変わらない。この島に落ち着いて一週間で、リーナはブリオネイクが恋しくなった。

あの武装デバイスにはFAE理論という特殊な学説が使われている。しかし達也がFAE理論を解明しているのは本人の口から確認済みだ。達也の指導下にある子の島の技術陣がFAE理論を使ってブリオネイクのレプリカを作り出す能力を持っているのは間違いない、とリーナは考えている。彼女は開発スタッフと仲良くなって、あわよくばブリオネイクの代わりとなるデバイスを作ってもらいたいという、虫の良い事を考えているのだった。

今日も彼女は下心満載で、気前よく開発スタッフのリクエストに応えていた。その、最中の事。突如襲ってきた想子波動に、リーナは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「うひゃ!?何これ・・・?」

 

波動の強さ自体は、大したことがない。ただ完全な不意打ちで、背後からいきなり背中を突かれたような不快感があった。前触れの無い想子波動を感じたのはリーナだけではない。開発棟のあちこちで、魔法的知覚力を持つ者が不快気に顔を顰めている。

 

「大規模魔法を発動しようとして、制御しきれなかった余剰想子? でもこんなに大量の余剰想子をまき散らすなんて、原因の魔法は戦略級・・・?」

 

現在の情勢下で戦略級魔法を使うとすれば、ベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバか、劉麗蕾の霹靂塔。だが二人ともこんな初心者じみた力の無駄遣いはしないはずだ。

 

「(初心者じみた?)」

 

自分が想い浮かべたフレーズに、リーナは引っ掛かりを覚えた。

 

「(確かに、初めて使う魔法なら、この無駄に想子波動を撒き散らす拙さも理解出来る・・・これってもしかして、達也が開発していた新戦略級魔法?)」

 

リーナは正しい結論にたどり着いた。しかし彼女は、自分の推理を検証できなかった。突如鳴り響いた警報に、リーナは思考の中断を余儀なくされた。

 

「不審船の接近だって!?」

 

「ステルス魔法で接続水域の内側まで接近された!?」

 

「(ステルス魔法ですって!?)」

 

飛び交う職員の声に、リーナの意識は海へと向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒュー、今のはデカかったねぇ〜」

 

凛は病院の屋上で凛はそう呟くと屋上からある一点を見下ろした。

 

「(光宣くんはあそこか・・・)」

 

そう言いながら凛は光宣の解呪能力に舌を巻いた。

 

「(しかし、幹比古の封印を解くなんて・・・カケラはやっぱり恐ろしいわね・・・)」

 

凛は心でそう呟くとヤマトを今光宣の乗っている車に向けると車に霊鳥を放つと人知れず凛は水波のいる病室へと戻る。



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巳焼島襲撃

過剰な想子波の放出は、輸送艦ミッドウェイに乗船中のパラサイトにも影響を与えていた。突如ステルス魔法が解除された事に驚いたのは、ベガだけではなかった。

 

「レグルス中尉!?」

 

「申し訳ありません!思わぬ想子波動に集中が乱れてしまいました!」

 

レグルスは、自分の魔法的ステルスフィールドが消失した理由をそう思い込んでいた。

 

「直ちに再開します!」

 

「いや。中尉、もう良い」

 

慌てて光学迷彩魔法を再発動しようとしたが、それを声に出してレグルスを咎めたベガが制止する。

 

「目的地はすぐそこだ。もう偽装は必要ない。それより、突入を開始する!」

 

ベガの命令を受けて、デネブがキャビンから出て行く。今回の作戦では飛行戦闘服――USNA軍では『スラスト・スーツ』と呼ばれている――は使用しない。パラサイト化したスターダストは飛行デバイスと相性が悪かった。上陸には伝統的なツール、ボートを使う事になっている。デネブはその、上陸用ボートの準備を指揮しに行ったのである。

 

「スピカ中尉とレグルス中尉は、上陸支援砲撃準備」

 

「イエス、マム」

 

このミッドウェイは輸送艦であり、対空・対艦機銃と対潜ミサイルランチャーは少数ながら備えているが、対地攻撃用のフレミングランチャーは搭載していない。だが小型爆弾は豊富に積んである。そしてスピカもレグルスもパラサイトの専門化傾向が表れているとはいえ、移動系魔法で野戦砲の代わりくらいは務める能力が残っている。

 

「レイモンド・クラーク。万が一この艦が攻撃を受けた場合、防衛を頼む」

 

ベガはそう言い残して、一緒に上陸するデネブのところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島はつい最近まで魔法師犯罪者用の監獄に使っていた地区と、魔法研究施設群の建設が進んでいる地区に分かれている。前者が島の西岸、後者が島の北東岸で、恒星炉プラントも北東沿岸部に建設中だ。

不審船は巳焼島の北東から接近していた。恒星炉プラントが狙いだと、島のスタッフはすぐに理解した。未だに所属を明らかにしていないウェーブ・ピアサー型双胴船は、ハイピッチで減速しつつ既に領海内へ侵入している。ただ、今のところ島の諸施設に対して攻撃はしていない。巳焼島には四葉家の配下で固められた水上警察が駐在しているが、この状態では臨検以上の措置は執れない。

実際には、警察の警備艇は出動しなかった。不審船の軍事的意図は明らかだ。臨検に応じるはずがないと分かっていて警備艇で接近するのは、殉職者を増やすだけの結果にしかならない。守備要員の魔法師たちは、何時でもシールド魔法を発動出来るように身構えた。

それに、呼応したのだろうか。沖合四キロまで近づいた不審船から、突如爆弾が撃ち出された。フレミングランチャーやグレネードランチャーによる射出ではない。移動魔法による射出だ。

爆弾自体は小型だが、数が多い。まるで多弾頭榴弾を使ったような炸裂弾の雨に、守備隊は一斉に魔法障壁を展開した。

空中に次々と、光の華が咲く。魔法障壁に付加を与える飛散物の運動量は、大したことが無かった。それよりも爆発に伴う閃光が、守備隊の視界を奪った。閃光弾か、という声が障壁を維持する魔法師の間から上がる。

しかし仮に閃光弾だとしても、魔法障壁を解くわけにはいかない。閃光弾に紛れて、殺傷力の高い本物の爆弾が襲ってくるかもしれないからだ。

不審船が更に近づく。その陰から、二隻の上陸用ボートが姿を現わした。すぐに迎撃チームが海岸へと出動するが、厚みのある陣容とは言えない。爆弾の雨は降り続いており、その防御にも人数を割かなければならない。迎撃チームはまず、ボートを転覆させようと直接干渉を試みた。だが上陸ボートは二隻とも強い対抗魔法に守られていて、直接的な干渉を受け付けない。ボートを直接沈める事を断念した島の魔法師は、海水に干渉して接岸を阻もうとした。

離岸流を再現して沖へ向かう海水の流れを作る。海面を爆破して大波を起こす。海中に氷の銛を作り出してボートの船底に突っ込ませる。

しかしボートその物に対する攻撃は魔法シールドで、ボートの前進を妨害する攻撃は移動系魔法で防がれてしまったのだった。

攻撃が防がれたのは、迎撃要員の魔法力が弱いわけではない。彼らは四葉分家の一つ、真柴家配下の魔法師で、島が監獄だった頃から引き続いてここの警備と防衛を担当している。真柴家の血族こそいないものの、収監されていた凶悪犯を力尽くで抑え込んできた実績を持つ魔法師たちだ。その彼らが力負けしているのは、単純に、ボートに乗っているパラサイトの能力が強いからである。

迎撃に当たっている魔法師たちは既に、相手がパラサイトであることを知っていた。巳焼島にはパラサイトを探知するレーダーが、実験的に設置されている。

上陸用ボートから迎撃チームへ銃弾、擲弾を交えた攻撃が加えられた。迎撃に出た魔法師は、掩体の陰から顔も出せない状況に陥った。援軍を出そうにも、移動魔法による砲撃は散発的ながらまだ続いている。魔法障壁要員を減らすわけにもいかない。軍ならば司令部に相当する島の管理スタッフは、真柴家ではなく本家にこの状況を知らせ、指示を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島に不審船が近づいている事を知ったガルム小隊及び弘樹はそれぞれ武器を取って現場に向かう準備を始めた。

 

「チッ、よりにもよって戦車が来ていない時にかよ・・・ついてねえ」

 

「総員戦闘用意。敵はパラサイトだ。精神干渉に強い魔法師を先行させろ。援護に向かう」

 

「あれ?弘樹様は?」

 

と一人の隊員が弘樹がいない事を気にかけると通信があった

 

『先に戦闘地区に向かっています。ガルム小隊は急いで来てください。戦況はこっちが不利です』

 

そう言い通信が切れるとミアを含めた全員が戦闘服に身を包むと装甲車に乗り込んで戦場となっている北東方面へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島が攻撃を受けている状況は、管理棟以外でもモニター可能だった。CAD開発棟にいるリーナとミアも、迎撃の様子を背後から映したカメラの映像を実験室の大型ディスプレイで食い入るように見ていた。

不意にリーナが計測用の有線ヘルメットを外し、テストを担当していた男性研究員に歩み寄った。

 

「ねぇ」

 

「な、何でしょう?」

 

リーナは深雪に匹敵する美貌の持ち主だ。絶世の美少女に正面から見つめられた、三十歳になったばかりの研究員は舌をもつれさせた。

 

「計測用のヘルメットじゃなくて、防爆用の物はないかしら」

 

この場所に馴染んでいるリーナはすっかりため口だ。しかしそんな事は、このセクションでは今更だった。研究員が目を見開いたのは、それを気にしたからではない。リーナは研究員の驚きに頓着せずにリクエストを続けた。

 

「出来れば、もっと動きやすい装甲服も」

 

CADの実験には危険も伴う為――自分の魔法が意図せず暴走するリスクがある――少なくとも外部からの衝撃を緩和するプロテクターをリーナは身に付けている。だが動き回る事を考慮していない為、決して戦いやすい恰好ではない。

 

「あ・・・ありますが」

 

「サイズも?」

 

「大丈夫、だと思います」

 

「すぐに用意してもらえるかしら」

 

「何故・・・ですか?」

 

この質問はリクエストを受けた研究員とは別の、二十代後半の女性スタッフ放たれたものだった。リーナは女性スタッフに視線を向けてから、地上視点の映像の、後方に小さく映ってい双胴船に目を向け、断定的に告げる。

 

「あの船はUSNA海軍の輸送機。襲って来ているのはパラサイト。ならばあれは、私が対処すべき相手」

 

「・・・」

 

「ここにいる私は『シリウス』ではありません。それでも私は、同胞の過ちに知らん顔をするつもりはありません」

 

リーナの口調が変わる。帰化したとしても、彼女は自分の事をUSNAの国民であった事とステイツの軍人だった事を否定していない。それは「シリウス」としてではなく、USNA軍に所属していた戦闘魔法師としての矜持だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が本家からの緊急通信を受け取ったのは、水波の病室と同じ階の、警備室でのことだった。ただの通信ではなく、緊急通信だ。そのシステムがあるのを達也は知っていたが、まさか自分宛に使われることがあるとは、まるで予想していなかった。

 

『達也様、音声のみで失礼します』

 

「花菱さん、ご用件をどうぞ」

 

専用の有線回線を通じて話しかけてきたのは四葉家執事序列二位であり花菱兵庫の実父である、花菱但馬だった。彼の担当は実力行使を伴う各業務。平たく言えば荒事だ。花菱執事がコンタクトを取ってきたという事実だけで、達也は何が起こっているのかおおよその見当がついた。

 

「巳焼島が襲撃を受けているんですね?」

 

『然様でございます。USNA海軍高速輸送艦ミッドウェイから発進したボートによる上陸作戦です』

 

「正規軍の艦艇を使ってきましたか・・・」

 

『上陸部隊の陣容はパラサイト二十二体。ミッドウェイ艦内にもパラサイト三体の反応があります。通常人の生体反応もありますが、戦力としては無視してよろしいかと』

 

輸送艦に残っている通常人は、航行スタッフに違いない。日本領土に対する攻撃に積極参加しているのか、命令を盲目的に遂行しているだけなのか。精神操作を受けている可能性も達也は考えた。だがそれはこの際、本質的な問題ではない。

 

「防衛部隊は苦戦しているのですね?」

 

『残念ながら。ボートの二体と輸送機の二体から、スターズ一等星級に匹敵する魔法力が観測されました。ミス・シールズが証言したスターズのパラサイトと推測されます。現在、弘樹様やガルム小隊が現場に向かっております』

 

弘樹でもきつい人数だ。達也は即座にそう判断した。リーナに忠告しておいたとはいえ、達也は自分の認識の甘さを一瞬だけ反省し、すぐに他人事のようにあっさり押し潰した。

 

「巳焼島に急行します」

 

『よろしくお願い致します。病院の防衛には、追加の人員を手配します』

 

「了解です」

 

『以上でございます』

 

その言葉を最後に、緊急回線を通じた音声通話が切れた。



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巳焼島襲撃2

達也が受けた緊急通信は、個人用の受話器ではなくヴィジホンと同じスピーカーとマイクを通じて行われていた。室内にいる者には、耳をそばだてなくても達也と花菱執事の会話が聞こえていた。

 

「良いの?」

 

達也の隣にいた夕歌が話の内容を把握しているのは当然の事だ。そして、その夕歌が達也にこう尋ねるのも、事情を知る者にとっては自然な流れだった。

 

「良いか悪いかで言えば、良くありません」

 

達也は微かに眉を顰め、夕歌と正面から向き合いながら答える。

 

「ですが、建設中のプラントを破壊させるわけにもいきません」

 

「私が言うまでもない事だけど、これは陽動よ」

 

「分かっています」

 

夕歌の次のセリフを待たず、達也は隣の更衣室に向かった。夕歌も、達也を呼び止めはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪が水波に勉強を教えている談話室に、達也が姿を見せる。達也の格好を見て、深雪も水波も驚きを隠せなかった。

 

「・・・お兄様、出撃ですか?」

 

達也は四葉家が開発した飛行戦闘服『フリードスーツ』に身を包み、手にはそのヘルメットを抱えていた。

 

「巳焼島がパラサイトに襲われた。合計二十五体の敵中には、スターズの一等星級が四人含まれている。弘樹が守備隊に加勢しても、少々きつかもしれない」

 

「分かりました。お兄様、ご武運を」

 

達也の答えはやや言い訳臭かったが、それに対する深雪の言葉には、一切の裏が無かった。

 

「二人は病室に戻った方が良い」

 

「分かりました」

 

「なるべく早く戻ってくるつもりだが・・・深雪、水波、無理をするなよ。」

 

深雪は達也が何故そんな事を言ったのか、理解していた。深雪だけではなく、水波も達也の出動が彼を引き離す為の策によるものであり、彼がいない内に光宣が襲ってくるに違いないと分かっていた。

 

「はい、ご心配には及びません、お兄様。ここは私にお任せください」

 

深雪は光宣の襲撃があると理解しながら、笑顔で頷いた。彼女の瞳には、欠片の不安も浮かんでいなかった。

 

「凛を病室に待機させておいてくれ。それと、封印の一部解呪を凛にしてもらってくれ」

 

「お兄様・・・分かりました。お気をつけて」

 

そう言うと深雪は達也を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守備隊の抵抗は、デネブの予想を超えて頑強だった。激しくはない。デネブのボートにもベガのボートにも被害は出ていない。だが、なかなか岸に近づけない。ボートが止められたり押し戻されたりすることこそ無いが、船足は間違いなく遅滞妨害を受けている。

船に対する攻撃も、簡単に防げるものではなかった。スターダストだけでは船体にダメージを被っていただろう。簡易な造りの上陸用のボートだ。沈められていた可能性も十分にある。

 

「アンタッチャブルか。虚名じゃなかったんだな」

 

デネブは獰猛な笑みを浮かべて呟いた。彼女は自分の思考が声になっている事に気付いていない。彼女は元々好戦的な質だが、興奮して自分の状態が分からなくなる程ではなかった。これはパラサイト化による変化だが、デネブ本人に自覚はない。

予定より時間は掛かっているが、前進を続ければ何時かはゴールに到達する。遂に、上陸が間近になった。岸に立つ敵の顔が、肉眼ではっきりと見分けられる。

 

「あれは・・・?」

 

自分の正面に小柄な人影を認めて、デネブは訝しげに眉を顰めた。魔法師の能力に性差はない。前線に立つ女性魔法師は、珍しい存在ではなかった。デネブの意思に引っ掛かったのも、装甲服を着てグレネードランチャーのような武器を構えている相手が、女性だったからではない。銃口を向けるその立ち姿が、デネブの記憶を刺激した。

 

「あいつ!」

 

無意識下で覚えていた疑問の答えが、デネブの意識に到達する。

 

「シリウスの名を汚す裏切り者!」

 

デネブがウェポンベルトからナイフを抜き、岸に向かって投げた。ナイフは正確にランチャーを構える女性魔法師へと飛んだが、命中する前にコントロールを失い彼女が経っている舗装された堤防に落下する。

デネブの得意なスタイルは白兵戦。遠隔攻撃魔法はあまり上手くないと自覚している。彼女はボートの分隊を率いる責任から、彼女がシリウスと認める魔法師へすぐにでも飛び掛かりたい欲求を懸命に堪えた。

 

「(まだか・・・まだか!)」

 

彼女が睨みつける視線の先で、女性魔法師が引き金を引く。ランチャーの銃口が火を噴き、自分も構築に参加していたボートの多層シールドが撃ち抜かれたのを、デネブは知覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナはヘルメットの望遠機能で、ボートの指揮を執っているベガとデネブの姿を認めた。

 

「(シャル、レイラ、貴女たちも!?)」

 

ボートに乗っているのは全員がパラサイトだと分かっている。その中にベガとデネブを見つけたリーナの心に湧きあがったのは、怒りでも「ざまあみろ」という歪んだ喜びでもなく、哀しみだった。彼女は何処までも善良に出来ているようだ。

 

「(パラサイトになったなら、真実を知っているでしょうに)」

 

しかし、トリガーに掛けた指が躊躇で固まる事は無かった。リーナは、戦士として精神的に欠けているところが多い。むしろ戦士に向いていないとはっきり言い渡してやる方が彼女の為――そういうレベルだ。

 だが、敵に同情して味方を危地に陥れることだけはない。それだけは、彼女が持っている戦士の適性だった。彼女が構える火器は、銃身の太さこそグレネードランチャーだが銃口は大口径ライフル程度しかない。異様に銃身が厚いのだ。バレルの内側にライフリングはない。その点だけ採り上げれば、散弾銃に見える。

しかし、これは純粋な火器ではなく武装デバイスだった。巳焼島で開発中の、武装一体型CADの試作品だった。開発スタッフから渡された武装デバイスの引き金を、リーナが引く。分厚い銃身の根元で、導電体がプラズマ化する。プラズマは自らの膨張圧により銃身からあふれ出ようとするが、銃口に生じた強力なプラスの電場に電子が引き寄せられ、逆に陽イオンは、その電場に反発する形で拡散が抑え込まれる。電子と陽イオンが分かれたところで――といっても掛かる時間は一瞬だ――今度はバレル内部に陽イオンを銃口方向へ加速する電磁場が形成される。バレルが超小型の線形加速器になったのだ。この時点で銃口の電場は解除されている。拡散しようとした電子は銃口から噴き出した陽イオンに引きずられ中性子雲となってターゲットに襲いかかる。

つまり、この武装デバイスは荷電粒子ライフルだった。リーナのブリオネイクとは全く原理が違う。威力も明らかに劣る。だが――

 

「(これって、なかなか・・・!)」

 

ー―リーナが現在の憂鬱な状況を一瞬忘れて、ご機嫌になる程度の性能はあった。中性粒子(中性子ではなく、全体として電気的に中性のプラズマ群)のビームが、デネブの乗るボートの魔法シールドにぶつかる。障壁魔法が想定しているのは音速の十倍程度までの個体物。音速の百倍以上に達する、総質量が小銃弾に匹敵するプラズマの衝撃を受け止める事は想定していない。中性粒子ビームは魔法シールドを貫き、ボートを貫通して海中で小規模な水蒸気爆発を起こした。

デネブとその同乗者が海に投げ出される。リーナは銃口をベガのボートへ向けた。ベガが重力制御魔法で海水の塊を持ち上げて盾にする。リーナの武装デバイスの性質を、ベガは一目で見抜いたようだ。

それに対してリーナは、達也に用意してもらった思考操作型CADで反重力中和魔法を発動した。これは重力場そのものに干渉するのではなく、斥力に捻じ曲げられた重力場を正常な引力に書き直す魔法だ。重力制御魔法には、重力の性質を引力に保ったままその方向を改変するものもある。ベガの魔法が重力のベクトルに干渉するものだったならば、リーナの反重力中和魔法は何の効力も発揮しなかった。

だがリーナの魔法により、ベガが掲げた水の盾は海面に落ちた。荷電粒子ライフルのトリガーが引かれる。中性粒子ビームが、ベガの魔法シールドに激突。隊長の名は伊達ではないのか、デネブのシールドを貫いた粒子線に、ベガの障壁は耐え抜いた。

 

「(まだよ!)」

 

しかし次の瞬間、拡散して海面に散ったと見えたプラズマが高熱を帯びて輝く。リーナの得意魔法『ムスペルスヘイム』。通常であれば空気分子を高エネルギープラズマに変えるだけだが、この場の大気には荷電粒子ライフルが放ったプラズマが散乱している。今、リーナが発動した『ムスペルスヘイム』は規模こそコンパクトだが、威力は高い。灼熱の領域に触れて、魔法障壁が崩壊する。

それと、ほとんど同時。ベガと彼女の指揮下にあるスターダストは、ボートを捨てて一斉に海へと飛び込んだ。プラズマがボートを呑み込む。その熱で水素燃料が発火し、ボートは海の藻屑と消えた。

リーナが武装デバイスを下ろし、一息吐く。だが、油断は一つ息を吐く間だけの事だった。リーナのミラーシールドが、見えない光条を海へ叩き落とす。連射される高エネルギー赤外線レーザー弾。レグルスの『レーザースナイピング』だ。

しかし連射と言っても、魔法の性質上射撃と射撃の間には一秒前後の間隔がある。リーナはレーザースナイピングの着弾を認識した直後にシールドを解いて、レグルスの居場所を確認した。海岸から約一キロ、輸送艦ミッドウェイの舳先だ。

リーナがミラーシールドを張り直す。ミラーシールドは、術者から見て外から内に入ってくる電磁波を遮る障壁。内側から発射する粒子線は邪魔しない。リーナの武装デバイスから中性粒子ビームが放たれた。

 

「あらっ?」

 

しかしその直後、リーナの口から気の抜けた声が漏れる。輸送艦に命中した手応えが無かったのだ。

リーナは荷電粒子ライフルのトリガーを引いた。中性粒子ビームが発射され、リーナとスピカのちょうど中間地点で拡散を始める。輸送艦の手前では、ビームは完全に霧散していた。

 

「(やっぱり!)」

 

分子ディバイダーは電子の電気的極性を見かけ上で逆転させ、分子間結合を切断する魔法。荷電粒子ライフルに向けて直線状に形成された電気的極性逆転のフィールドが、中性粒子群に含まれる電子の極性を反転。中性粒子群を正電荷の粒子の集合体に変える事で、粒子同士を反発させ拡散に導いたのだ。

レグルスが、スピカの隣から跳ぶ。リーナが荷電粒子ライフルの銃口をレグルスに向ける。だがレグルスは空中・海面を蹴ってジグザグに進み、リーナに照準をつけさせない。リーナの得物がブリオネイクであれば、レグルスの回避は意味をなさなかった。ブリオネイクのプラズマビームは、リーナが定義した通りに走る。収束も拡散も、屈曲も思いのままだ。リーナが目で追えないスピードで回避しない限り、ブリオネイクの砲撃からは逃れられない。

だが荷電粒子ライフルは銃口から真っ直ぐビームが撃ち出されるだけだ。照準をつけられるのは射手のテクニック。リーナはライフル射撃が、それほど上手くない。

 

そのため拳銃型CADを取り出した時、重い銃声と共にレグルスの直前を銃弾が飛んでいった。

リーナが銃声のした方角を見るとそこには完全武装し、ムサシを持っているミアの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調布碧葉医院の駐車場から淡いブルーの自走車が発進する。達也が運転するエアカーだ。交通法規、航空法を無視して路上から飛び立ったエアカーを、光宣はパラサイドールではないガイノイドに持たせた隠しカメラを通じて見送った。

 

「・・・ミッション開始だ」

 

独り言のような口調で光宣が呟く。もちろん実際には、独り言ではなかった。光宣の言葉に応じて、運転手がドライバンを路肩から発進させる。この運転手は九島家から派遣された人間で、今は光宣の暗示下にある。

光宣の声は、無線を通じて他のドライバンにも伝えられた。光宣が乗っている物を含めて、合計で六台。その貨物室にパラサイドールと戦闘用ガイノイドを積み、それぞれ別々の道を通って水波が入院している病院を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道路交通に関する法規と航空管制に関する法令を無視して行動から空に飛び立った達也は、当局の停止命令も追跡も受けなかった。

登録上、航空機ではなく自走車であるエアカーは無線チャンネルを開けておくことを要求されていない。警察のヘリコプターではエアカーのスピードについていけないし、国内の道路から離陸する飛翔体に対して、空軍にはスクランブル発進を実施する手順が無い。

つまり、当局には命令する手段も追跡する手段も無かったのである。ナンバープレートは街路カメラで見られているだろうから、後で出頭を命じられる恐れはある。だがその時はその時だ。達也の側には、自国領土である巳焼島が外国勢力による侵攻を受けているにも拘らず国防軍が出動しなかった、という言い分がある。

法的な免責の根拠にはならないが、取引材料にはなる。それに今は、そんな事を気にしていられる状況ではなかった。達也は湾岸線に出ると、東京湾を縦断し浦賀水道上空を抜けるコースにエアカーを乗せた。一応、陸地の上を避ける気遣いはあったのだ。達也はエアカーの速度を時速九百キロまで上げて巳焼島を目指した。



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巳焼島襲撃3

リーナに襲い掛かるレグルスを撃ちそびれたことにミアは舌打ちした。

 

「チッ、当たらなかったか。さすが現役スターズ・・・」

 

ミアの銃声を元に装甲車から身を乗り出した他の隊員達も持っていた武装一体型のCADやハイパワーライフルを撃ち始めた。

そして装甲車が停車すると隊員達は次々に降車し、守備隊の援護を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナは右手に拳銃、左手にナイフを構えてレグルスを迎え撃つ構えを取った。だが彼女に襲いかかったのはレグルスではなく、海中から飛び出したデネブだった。

 

「リーナぁっ!」

 

デネブがリーナを愛称で呼んだのは、親愛の情からではない。余計な事を考える余裕が意識から消失して、かつての習慣が蘇っただけだった。

 

「レイラっ!」

 

リーナもそこは、勘違いしなかった。彼女は海面から飛び出し、上から襲いかかってくるデネブに魔法を向ける。加重系攻撃魔法『ハンマー』。敵の存在を投影図で確認し、見えている面に対して圧力をかける魔法だ。左側面から加えられた衝撃を、デネブは右方向への移動魔法で緩和した。十数メートルの近距離に、レーザースナイピングの気配が生じる。リーナはミラーシールドを展開するのではなく、ウェポンベルトに差したままのナイフをレグルスに放った。音声コントロールではなく思考操作型CADによる『ダンシング・ブレイズ』だ。

ナイフはリーナが手で触れる事無く、ナイフのホルスターから飛び出してレグルスを狙う。レグルスが体制を崩したことにより、赤外線レーザー弾は空へ逸れた。

リーナが放ったナイフはレグルスの背後で反転し、レーザースナイピング用の武装デバイスに襲いかかる。機関部にブレードが刺さった武装デバイスを、レグルスが放り投げた。武装デバイスが海面で爆発する。レグルスは左腰から前に突き出しているグリップを右手で握りしめて、引く抜いた。薄く幅の狭い金属ベルトが華奢な剣、レイピアに変わる。無論、単に突き刺す細剣ではない。金属のベルトはレグルスの放出系魔法により、全体が良くしなる電撃ブレードに変わった。

その変化に注目している余裕は、リーナには無かった。加重系攻撃魔法『ハンマー』が、今度はリーナへと襲いかかる。彼女が使った『ハンマー』より威力は上だ。

 

「シャル!?」

 

続けざまに加重系魔法がリーナを攻撃する。

 

「・・・馴れ馴れしいのよ」

 

ベガが堤防に上がってきたのは、リーナが大きく内陸側へ後退した後だった。リーナは拳銃とナイフを構え、油断なく左右へ目を配る。

正面にベガ。右にレグルス。左にデネブ。

そして背後の上陸するスターダストはリーナのさらに後ろにいるガルム小隊の攻撃で足止めを食らっていた。

だが、それでも一等星三人相手はリーナ一人にはきついものがあった。

 

「貴女たちもパラサイトになったのですね」

 

状況の打開を試みて、リーナが母国語でベガとデネブに話しかける。ベガはリーナの言葉に反応を見せなかったが、デネブは眉を小さく上下させた。

 

「パラサイトに成った今なら、真実を知っているはずです。私がパラサイトを呼び寄せてなどいないと。私が日本に内通したなどというのは、冤罪であることを!」

 

「日本に内通していないのだったら、何故日本に亡命した!」

 

デネブが興奮を露わにリーナに叫びかける。

 

「身を守る為ですよ。貴女たち、反逆者から」

 

リーナは表面上、冷静に言い返した。心の中はデネブに負けないくらい荒れ狂っている。リーナはそれを意志の力で抑え込んでいた。

 

「そうね。あの時は言い掛かりだったわ」

 

ベガの口調は、冷静とは言えなかったが興奮してもいなかった。彼女はリーナに嘲笑を向けていた。

 

「でも、今はこうして日本の民間軍事企業に手を貸している。ステイツの軍人であったくせに、ステイツに敵対している」

 

「日本はステイツの同盟国です。日本が新ソ連に攻められている時に、一緒になって破壊工作を企むなんて不誠実な真似が許さるはずないわ」

 

「それを決めるのはペンタゴンよ。前線の軍人である私たちじゃない」

 

「クッ・・・」

 

ベガがリーナをやり込めている間にも、スターダストは守備隊やガルム小隊が攻撃を加えて足止めを行なっているがいつまで持つかはわからない。リーナにもそれは見えている。だが目の前の三人に背を向ければ、斃れるのは彼女自身だ。それが分かっているリーナは、身動きを取れない状態になっていた。

 

「裏切り者のシリウス。貴女がここにいてくれて良かったわ。ステイツに敵対した現行犯で、貴女を堂々と粛清出来るのだから!」

 

ベガがそう言い終えるのと同時だった。ベガ、デネブ、レグルス。三人のスターズ一等星級隊員、USNAトップレベルの魔法師と融合した三体のパラサイトが、一斉にリーナへ襲いかかった。デネブが移動系魔法で間合いを詰め、大型ナイフで斬りかかる。同種の魔法で距離を取ったリーナに、デネブが拳銃を発砲。

しかし、弾丸はリーナの発動したシールドに当たる直前で勢いを失った様に下に落ちる。三人は魔法の兆候のあった方に視線を向けるとそこには手を前に出し、無感情に自分達を見るミアの姿があった。スターズでは去年に死亡が確認されたミアに三人は驚愕した

 

「ミア!?なぜここに!?」

 

ベガが叫ぶようにミアに聞くとミアは嘲笑った

 

「なぜ・・・そうですね。・・・強いて言えばこの世に未練があったと言えばよろしいでしょうか」

 

そしてミアは領域干渉を展開したままパラサイトに近づく。リーナは今のミアの姿に少しばかり恐怖を抱いき、地面にへたり込んでしまった。

今まで見た中でも強力な領域干渉。スターズにいた頃とは比べ物にならないほど魔法力が上がっているのが目に取れた。

そしてリーナが最も驚愕したのは魔法を発動している彼女の手が、硝子の様に透き通っていたことだった。

 

「ミア・・・貴女・・・その手・・・」

 

「リーナ。詳しくは後で話します。彼らの相手は私がします」

 

そう言うとミアは三人の方を向くともう片方に小型のナイフを持つと三人と対峙した

 

「さあ、貴方たちの相手は私です。幾らでもかかってきなさい」

 

「っ!舐めるな!!」

 

デネブが大型ナイフで切り掛かった。だか、ミアはそれを真正面からナイフで受け止めた

 

「何!?」

 

デネブが驚いたのも束の間。ミアはナイフをデネブの心臓に突き刺した

 

「リーナはやらせない・・・『フラッシュ・ブラスター』!!」

 

ミアがそう唱えた瞬間。デネブの体に無数の穴が開き、デネブは穴だらけになり、残ったのは穴だらけのアーマーと霊子情報体だった。

 

「何が・・・起こったの・・・?」

 

リーナがそう呟いた、直後のことだった。墜落と見まがう勢いで、淡いブルーの自走車が空から風を裂いて落ちてきた。道路の端に立つベガたちを目掛けて。

ベガがエアカーに斥力場をぶつけるが、彼女が作り出した斥力場は、完成する直前に霧散した。その結果に目を見張るベガ。彼女だけでなく、デネブとレグルスも信じられないという目でエアカーを見上げた。デネブの十メートル手前で、自走車――エアカーが着陸する。そのまま自分たちを轢き殺しにくるエアカーを、二人は堤防に跳躍して躱す。

エアカーがタイヤを軋らせずに停止する。道路との摩擦で止まるのではなく、車体全体に制動を掛けた結果だ。運転席のドアが開き、飛行装甲服フリードスーツに身を包んだ達也が、巳焼島の戦場に降り立った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調布から巳焼島まで二十数分。全工程を亜音速で翔け抜ければ、その二分の一の時間で到着した。だが調布から海上に出るまでの時間、東京湾内で加速する時間が、それだけの時間を要求した。

巳焼島上空に到着する前から、達也には厳しい状況が分かっていた。島からリアルタイムでデータを受信していたし、リーナが敵と撃ち交わす魔法の波動もキャッチしていた。しかし達也に、瞬間移動は使えない。現代魔法に、テレポーテーションは無い。彼は湧きあがる焦りをねじ伏せ、エアカーのコントロールに意識を集中した。

巳焼島がノーズのカメラに映る。達也はほとんど減速せずに、戦場となっている島の北東岸へと突入した。航空機用の滑走路は使わない。戦闘が行われている堤防沿いの道路に、達也は直接着陸した。途中、エアカーの進路を妨害する目的で放たれた反重力魔法は術式解散で無効化する。

道路上には味方の守備隊もいたが、彼らを轢かないように急制動を掛ける。その途中には敵の個体もいたが、そちらは一切考慮しなかった。――エアカーで轢き殺せるなら、その分手間が省ける。達也はそういう風にしか考えなかった。

三体のパラサイトが、跳躍魔法でエアカーの進路から逃れる。その三体がスターズ一等星級の成れの果てであることは一目で――「眼」を向けるだけで分かった。

巳焼島の車道は左側通行だが、それを無視してエアカーを右側に止め、達也は運転席を降りる。道路横の岩場には、リーナが苦し気に膝を突いていた。

 

「リーナ、まだやれるか?」

 

「やれるわ」

 

「ミアも、助かった。ありがとう」

 

「いえ、自分もまだ力の調整に慣れていませんから」

 

「そうか・・・すぐに消す。援護を」

 

そう言うと達也が堤防の二人に振り向く。リーナは、達也の冷たい声がもたらした、背筋を震わせる戦慄で返す言葉を失っていたのと、自分に達也の左手が向けられた――と思った次の瞬間には全身から痛みが消えていたことに驚いていた。

達也をエアカーごと吹き飛ばす魔法がベガから放たれる。しかし彼女の魔法は、魔法式がエイドスに定着する直前、逆に吹き飛ばされた。達也の全身から放たれた高圧の想子流で。

 

「術式解体!?」

 

ベガとデネブの口から、同じ言葉が流れる。達也の右手が上がるが、その手に拳銃形態のCADは無い。ただ、指差す。スーツに内蔵された完全思考操作型CADによる『雲散霧消』。タイムラグは、ゼロに等しかった。領域干渉を消し去る時間も観測されなかった。情報強化を剥ぎ取る時間も観測されなかった。生体組織の分子間結合を切り離す時間も観測されなかった。ただ一瞬で、レグルスの身体が霧散する。服も、デバイスも、何も残らない。残ったのは、想子の衣を纏った霊子情報体。パラサイトの本体。

達也の左手が突き出される。徹甲想子弾、射出。その標的は「レグルスだったもの」ではなかった。



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病院襲撃

「拒絶」の念の下に硬く押し固められた想子の砲弾に胸を撃ち込まれたベガが、激しく痙攣しながら堤防の上でひっくり返り、海に落ちる。

徹甲想子弾は、その一発ではなかった。レグルスが一瞬で消滅し、ベガが一撃で戦場から脱落する。

一瞬の事だった。スターズの隊員二人を無力化したことにリーナとミアは驚愕していた。

 

「リーナ、その女を見張っていてくれ」

 

達也はリーナがショックを受けている事も、彼女が誤解から自分の戦闘力を過大評価していることも理解していた。達也が「スターズの成れの果て」を短時間で無力化出来たのは、不意打ちの側面が強い。だが今、それを説明している時間は無かった。パラサイトの本体が現れ、非物質生命体としての活動を始めていない。このステージが本番であり勝負所だ。

達也は体内で想子を練り上げ、パラサイトの本体目掛けて放出した。術式解体のように正面一方向からではなく、前後左右上下、六方向から同時に。

パラサイトは達也の想子流を押し返そうとした。それが不可能だと理解したらすぐに、自分から押し流されてこの場から逃れようとした。しかし前後左右から同じ強さで圧縮され、上下はしっかりと押さえられている。パラサイトは想子で殻を作り、内側の霊子情報体を守ろうとした。

しかしその想子が、外から押し寄せる想子流の侵食を受ける。パラサイトは自然に回転しながら、空の中に浸透する自分のものではない想子に固められていく。

達也の放った想子流が、小さな領域に収束していく。最終的に、直径三センチの球状空間内に全ての想子が固定された。堤防のコンクリートから十センチ――相対高度十センチに浮かぶ、直径三センチの非物質球体。『封玉』が「レグルスだったもの」を幽閉した。幽閉したパラサイトを見た達也はミアに聞いた。

 

「ミアさん。凛から封印用の容器を貰っていませんか?」

 

「あっ、はい。ここに・・・どうぞ」

 

そう言いガラスの試験管のような筒に達也はパラサイトを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪と水波は、達也の言い付け通り病室に戻っていた。深雪は一人掛けのソファで読書、水波はリクライニングを起こしたベッドで試験勉強の続きだ。電子ペーパーのページをめくっていた深雪が、ふと顔を上げた。

 

「・・・随分と素早いわね。見張られていたのかしら?」

 

「深雪様?」

 

自分が話しかけられたと思って、水波はその意味を尋ねる。だが深雪のセリフは、少し大きめの独り言だった。だがらといって、深雪は水波の問いかけを無視したりしない。

 

「水波ちゃん、来たわよ」

 

「それは、もしかして!?」

 

水波が教科書を閉じ――端末の電源を切ったという意味だ――ベッドから足を下ろす。寝間着姿ではなかったので、慌てて着替える羽目には陥らなかった。

 

「ええ」

 

深雪は頷き、インターホンで警備室を呼び出す。小さな画面に夕歌が登場し、深雪が話しかける前に夕歌の方から話しかけてきた。

 

『深雪さん、お客様よ』

 

「六方向からパラサイトの気配を感じます」

 

『・・・よく分かったわね。センサーの反応でもその通りよ』

 

深雪は魔法的知覚も平均的な魔法師を大きく凌駕していたが、卓越した作用力に比べれば一段落ちる印象があった。夕歌の驚きはその先入観に基づくものだったが。

 

「私自身も、封印から解放されていますので」

 

『それが元次期当主候補筆頭だった貴女の、本来の力ってわけね』夕歌の苦笑と呆れ声に対して、深雪は微笑みを返した。夕歌の方もここで深雪に皮肉をぶつけても時間の無駄だと理解しているので、すぐに本題へ戻る。

 

『じゃあ、九島光宣が何処にいるのかもわかる?』

 

「光宣君の感触はあやふやです。仮装行列と鬼門遁甲で偽装していると思われます」

 

深雪でも分からないのかと夕歌は肩を落とし掛けたが、画面の向こう側の深雪が何かを探っているような気配を感じ彼女の言葉を待つ。白旗を揚げたようなセリフを零した深雪だったが、何かを感じ取ったのか「ですが」と続けた。

 

「他のチームから光宣君の気配を感じませんので、おそらく北東の道路から接近している車両か何かの中にいるのではないでしょうか」

 

『北東の、自走車ね? 十文字家にもそうお伝えします』

 

「はい、お願いします」

 

『深雪さんは病室から動かないでください。院内に侵入されても、こちらで対処します』

 

「分かりました」

 

『・・・では、これで』

 

物分かりが良すぎる深雪の態度に夕歌は不審感を懐いたようだが、深雪を問い詰めたりはしなかった。インターホンが切れて、深雪が軽くため息を吐く。

 

「(お兄様のご帰還は、間に合いそうにありませんね)」

 

「深雪様・・・?」

 

この状況を判断している深雪を、水波が不安そうに見つめる。そんな水波の顔を見て、深雪はすぐに同性すら魅了する笑みを水波に向ける。

 

「(封印が解かれた状態の自分にはいい練習になりそうね・・・)」

 

達也が間に合わないという状況に対して、深雪は彼に対する不満や恨み言、光宣の襲撃に対する不安はまるで存在していなかった。

 

「凛、来たわよ」

 

深雪は病室の椅子に座っている凛を起こした。

 

「ん?この雰囲気は・・・来たようね」

 

「ええ、準備をお願い」

 

「了解」

 

そう言うと凛は隣にかけてあった柘榴石の杖を手にとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣は病院の手前、約二百メートルでドライバンを降りた。このあたりは背の高い建物も多く、調布碧葉医院は最上階が少し見えるだけだ。彼とほぼ同時に、荷台から六体のパラサイドールが降りてきた。他の車も、積み荷は同じ。光宣が用意した戦力は、パラサイドール三十六体。旧第九研から奪取した十五体。それに加えて光宣は、生駒の工場に用意されていたガイノイドの素体から二十一体のパラサイドールを完成させた。

パラサイドールの素体は軍用のマシンソルジャーだが、彼女たちの服装はカジュアルなものだった。ボトムスは全員足首まであるパンツだが、上はブラウスやTシャツ、サマーセーターなど様々だ。現在時刻は昼の最中で、この辺りも一般の通行人が歩いている。今日は新ソ連侵攻の情報でいつもより遥かに通行人は少なかったが、ゼロではない。閑散という程でもない。パラサイドールはその中に混じっても違和感のない恰好だった。

違和感と言えば、最も強く異彩を放っていたのは他ならぬ光宣だろう。彼は魔法で姿を変えていなかった。彼が持つ天上の美貌に、道行く人々は足を止めて見惚れる。病院へと進む光宣の周りに、人が吸い寄せられていく。光宣が足を止めると、群衆も足を止める。光宣は、彼の行く手を遮る大柄な青年を見上げていた。

 

「十文字さん、通していただけませんか」

 

「こんな時間に姿を見せるとは思わなかった」

 

克人の返事は、光宣のリクエストとは関係のないものだった。光宣は克人のセリフに対して、冗談交じりで応えを返す。

 

「吸血鬼ではありませんから、夜にしか外出しないという事はありません」

 

「お前は確かに、普通の吸血鬼ではない。だが吸血鬼でないとも言えまい。吸血鬼は人の血を吸って、人を人間以外のものに変える。これはフィクションの中のエピソードだが、お前はリアルな存在だ」

 

光宣の冗談に対して、克人は真顔でそう言い返した。

 

「心外ですね。僕は手あたり次第に人を襲ったりはしません」

 

「だがお前は今、一人の少女を人間以外のものに変えようとしている」

 

光宣と克人の問答は街を行き交う人々の前で行われていた。通行人の間からは「映画?」とか「ロケ?」とかの囁きも交わされていたが、それは少数派だった。人々は、二人の会話に創作では片付けられない真実の重みを感じていた。

 

「十文字さん、ここを通してください」

 

光宣がもう一度、克人に要求する。今度は真剣味が増した表情で克人を睨みつけながら。

 

「九島光宣、お前を拘束する」

 

克人の答えは単なる拒絶ではなかった。光宣は特に驚いた様子もなく、克人の答えに対して落ち着いた態度で対応する。

 

「どんな罪状で?」

 

「一般道路に軍事兵器を無許可で持ち込んだ罪だ」

 

克人の言葉と共に、彼の背後から十文字家の息が掛かった私服刑事が警察手帳を示しながら現れた。兵器、という克人の言葉と、それを裏付けるような警察の登場に、群衆が動揺する。だが当の光宣は、慌てた様子もなくパラサイドールを見ながら苦笑するだけだった。

 

「パラサイドールの事ですか・・・これは一本取られましたね。ですが、これだけ多くの一般人がいるところで戦えますか?」

 

光宣が、克人を挑発する。彼は目的の為にはどれだけ犠牲が出ようが構わないのだ。勝手についてきた群衆を巻き込むことを躊躇う必要は無い。

 

「市民を巻き込むつもりか!」

 

一方の克人たちは、光宣さえ捕まえられればそれで良い――というわけにはいかない。克人は光宣に怒号を発しながら、光宣を閉じ込めるべく魔法障壁を発動した。しかしその瞬間、光宣と、少し離れて彼の背後にいたパラサイドールが入れ替わる。瞬間移動ではない。克人と会話を始める直前、『仮装行列』で外見と「存在感」を入れ替えていたのだ。克人が冷静だったなら気付けたかもしれないが、光宣の挑発行為に対して頭に血を登らせていた克人を騙すのは、それほど難しい事ではなかったのだ。

光宣が入れ替わった場所から魔法の電撃を私服刑事に放つ。克人の部下が、障壁魔法で私服刑事を庇った。その一方で光宣の身代わりになったパラサイドールが克人に突進する。克人の魔法障壁と、パラサイドールの魔法障壁がぶつかり合い、想子光の火花を散らす。このパラサイドールは、対物障壁魔法を専門とするタイプだった。

パラサイドールの魔法は特定の分野に特化する傾向がある。多様性が無い代わりに、その分野では強大な能力を発揮する。障壁魔法に特化した個体が、障壁魔法で克人に抗いうる程に。とはいえ、克人と互角に戦えるレベルではなかった。克人は光宣から目を離す事を余儀なくされたが、本気になることでパラサイドールの魔法障壁を破壊し、そのままパラサイドールの機体を押し潰した。

パラサイトが肉体的な死を迎える事で、厄介な非物質情報生命体の本体が解放されることは達也から聞いていた。それは機械であるパラサイドールも同じものだと推定されていたので、克人はパラサイドールを完全に破壊するのではなく、修理すれば再起動が可能なレベルで壊したのだ。四肢と頭部は完全に壊れているが、ガイノイドの中枢は胸部の電子頭脳と燃料電池だ。そこが修復可能なら、機械にとっては「死」ではない。

そこまでは、克人の想定内だった。だが次に起こった事は、彼の予測を超えていた。

 

 

 

 

パラサイドールが、自爆したのだ。

 

 

 

 



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病院襲撃2

 

 

 

パラサイドールが、自爆した。

 

 

 

爆発自体は、克人がシールド魔法で抑え込んだが、自爆により機体が完全に破壊された事で、パラサイトの本体が解放された。自爆したパラサイドールは、その一体だけではない。病院に走る光宣の前に立ち塞がった十文字家の魔法師を、パラサイドールが襲う。十文字家の魔法師は、パラサイドールを無視出来なかった。

光宣の侵入を阻止する余裕を作る為、十文字家の魔法師は一対一に拘らず、速やかにパラサイドールを無力化していく。そのたびに、パラサイドールが自爆し、パラサイトの本体が解放される。人に寄生する事で肉体を得る非物質情報生命体は、十文字家の魔法師に襲いかかった。それだけでなく、通行人や近くの建物に隠れた人々に襲いかかろうとしている。

克人は、彼の部下は、パラサイトの本体から市民を守らなければならなかった。光宣を止めている余裕は、彼らには無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レグルスの肉体を消去し、彼に宿っていたパラサイトを『封玉』に閉じ込めた達也は、同じ要領でデネブを処理した。完成した『封玉』は、外から魔法的な力で干渉しなければ、相対高度十センチを浮遊しながら十二時間以上その状態が保たれる。封印の後始末は、その間に専門家が行えば良い。

達也は巳焼島に飛んでくる途中で、花菱兵庫に封印技術を持つ魔法師の派遣を依頼していた。兵庫が抜かりなく自分のオーダーをこなすことを、達也は疑っていなかった。

 

「ミアさん、次にこれを」

 

「はっ、はい!」

 

達也に言われて少し慌てた様子のミアが封印用の容器を達也に渡す。

 

「ミアさん。ここをお願いします」

 

「え?あ、ちょっと!!」

 

ミアが「へ?」となっている頃には達也は既に堤防を東に走り出していた。彼が追いかけているのは、海に落ちたベガだ。ベガは徹甲想子弾の影響で、パラサイトの本性が表に浮かび上がっている。肉体を持っているのに呼吸もせず、海中に潜ったままで島の東岸へ回り込もうとしている。達也は堤防の上から『雲散霧消』の照準をベガに向けた。

自分がロックオンされたのを、ベガに宿るパラサイトは感じ取ったのだろうか。ベガが突然、海面に浮上する。瞬時に高まる想子波動は、ベガが達也に反撃の魔法を放とうとしたものか。彼女はパラサイトに成った事で、魔法の発動速度が大幅に上がっていた。今はパラサイトの本性が顕在化しているので、スピードアップはさらに顕著だ。

しかし、パラサイト・ベガの魔法は、完成しなかった。構築途中の魔法が霧散し、肉体を守る魔法が剥落し、肉体そのものが消失する。シャルロット・ベガの肉体を更生していた物質は単一元素の分子となり、ある物はそのまま、ある物は化学反応を起こしながら海に溶けていった。

そこまでは達也の予想通り。だがここで一つ、計算違いが生じた。パラサイトの本体が上がってこない。融合していた肉体の消失により、本体が出現したのは見えている。パラサイトが纏う想子の外皮が達也には「視」えるし、コアの霊子情報体も分析こそ出来ないが存在は知覚できる。

パラサイトは、海中を漂っていた。それは、この非物質情報生命体に関する仮定に反している。非物質情報生命体となったパラサイトは、その存在を安定させるためにひとの肉体を求めると考えられている。元々の住居である異空間からこの世界の人間に取り憑く際には、パラサイトは人の強く純粋な思念に惹かれて宿主を選ぶことが分かっている。だがいったんこの世界に招かれた後宿主を失った場合は、自分を安定させる想子の供給源に潜り込むことを優先すると推測されている。人の思念が絶対条件ならば、ピクシーやパラサイドールの説明が出来ないからである。

 

「(怯えている・・・のか?)」

 

その在り方はあまりにも異質だが、パラサイトも生命体だ。生命体である以上、自己保存本能があり、自己保存本能に基づく恐怖心も、あるかもしれない。しかしパラサイトが恐怖し、逃走を試みるというのは、にわかに納得しがたかった。

 

「(・・・いや、今はそれどころではないか)」

 

巳焼島に対するパラサイトの侵攻は、まだ終わっていない。特に強力な三体は事実上斃したが、まだ十体以上のパラサイトが守備隊と交戦している。島のパラサイトだけでなく、光宣の動向も気がかりだ。このパラサイトによる侵攻が、自分を引き離す為の陽動であることを達也は確信している。まだ深雪に危害が迫っている状況ではないが、一刻も早く調布に戻らなければならない。

 

「(このままやるか?)」

 

想子は非物質粒子。組織化された神経細胞以外には干渉しない。影響も受けない。無系統魔法の使い勝手は、海の中でも大気中と変わらない。

そのとき、「ベガだったもの」が急に移動を開始した。沖へ。達也から逃げるように。達也は咄嗟に、海中へ想子の塊を放った。ベガの進行方向に投下した想子塊を、手前にし攻勢を持たせて爆発させる。

パラサイトは想子の外皮を半分近く失いながら、コアの霊子情報体は無傷で空中に打ち上げられた。霊子情報体の構造は分からなくても、存在は分かる。厚みが半分に減った想子の外皮は、その構造まで「視」えている。達也は「ベガだったもの」に『封玉』を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の外に出現したパラサイトの本体を、深雪は水波の病室にいながらハッキリと知覚した。

 

「夕歌さん」

 

『何かしら』

 

深雪はインターホンを操作して、再び夕歌を呼び出す。深雪の方は普段通りだったが、応える夕歌の声には、焦りが含まれていた。

 

「パラサイトの本体が発生しています」

 

『・・・分かっています』

 

「このままでは市民に被害が出ます。夕歌さんは配下の方とご一緒に、外のパラサイトの封印に向かってください」

 

『それでは、病院内が無防備になりますよ?』

 

「市民に犠牲が出れば、せっかく下火になっている反魔法師運動が再び勢いづくでしょう。それは、避けなければなりません」

 

『しかし・・・』

 

「侵入した敵は私が何とかします」

 

『・・・分かりました』

 

小さなディスプレイの中で、夕歌が渋々頷く。夕歌にも深雪が言っている事は理解出来ている。再び反魔法師運動が勢いづけば、達也の時間を更に奪ってしまう結果になる。それだけは避けなければならないのだ。

 

『深雪さんの仰ることは尤もです。市民に犠牲が出ないよう、まずパラサイト本体を封印して参ります。少しの間、院内をお願いします』

 

「夕歌さんが戻ってこられるまでの間くらいなら、持ちこたえてみせます」

 

深雪は力んでいる様子もなく、さらりとそう告げた。深雪が光宣に脅威を覚えていないと、彼らの向こうで夕歌は理解した。

そして通信が切れると深雪は凛の方を見る。水波は今の二人の姿に思わず見惚れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣は隠蔽魔法に全力を注いで、病院の正面玄関脇に隠れていた。自分と、別方向から合流したパラサイドール四体。残念ながらそれ以外の機体は足止めを受けている。予想した以上に戦力が減った事で、光宣は一層慎重になっていた。

病院の中から十人近い魔法師が駆け出してくる。病院内で最終防衛線を担っていた四葉家の魔法師だ、と光宣は直感的に覚った。その魔法師たちをやり過ごしてから、光宣は建物内部に、慎重に魔法的知覚を向ける。能動的な魔法探知では覚られてしまうリスクがあるから、あくまでも受動的な探知だ。

 

「(残るは深雪さんだけ、か・・・)」

 

受動的な探知でも、深雪の気配はハッキリと分かった。彼女は自分の存在を隠していなかった。陽動でこの場を離れるのは達也だけだと、光宣自身、予測していた。深雪が水波の側に残っているのは、光宣の想定内だった。深雪の実力の一端は、奈良で見ている。だがあれが深雪の全力だと、光宣は思っていない。そんな甘い考えは持ち合わせていなかった。

 

「(それでも達也さんよりは・・・)」

 

――手強くないはず。光宣は自分にそう言い聞かせて、侵入のチャンスを窺った。病院のドアは開いたままだ。後続がやってくる気配もない。四葉家の魔法師は、解放されたパラサイトに意識を向けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉分家の一つ、津久葉家の魔法師は精神干渉系魔法を得意としている者が多い。今回、夕歌に率いられている八人は精神干渉系の中でも、精神防御に優れている魔法師だ。その八人が、夕歌を囲んで等間隔に円陣を形成した。いや、これは円陣ではなく八角陣か。夕歌はその中央だ。八人の配置は正確に八方位。

 

「乾」

 

「兌」

 

「坤」

 

「離」

 

「巽」

 

「震」

 

「艮」

 

「坎」

 

まず北西に位置する魔法師が声を上げ、西に位置する術者がそれに続く。南西、南、南東、東、北東、そして北の術者が締めくくる。

古式魔法八卦法のノウハウを取り込んだ精神干渉結界が、夕歌を中心に出現した。対精神干渉系魔法結界ではない。精神干渉系魔法から内部の術者を守るだけでなく、内部の術者が放つ魔法の効力を高める効果も持つ祭壇だ。

夕歌がポーチから掌大の紙を取り出した。正方形のパーツを中心にして、左右に正方形、上に三角形、舌に繋がる正方形のパーツは切込みで左右等分に分かれている。それは、人の形を抽象化した紙人形、呪符だった。

夕歌は人形の呪符を左手の人差し指と中指で挟み、顔の前に掲げた。そして、呪文を唱える――のではなく、左手首にはめたCADを右手で操作した。

夕歌から人形への呪符へ、魔法式が投射される。魔法式を宿した呪符が、夕歌の左手から飛び立つ。呪符はパラサイトに飛び掛かり、コアとなっている霊子情報体を吸い込んだ。ヒラヒラと呪符が風に舞い、紙人形が落ちたのは、八角陣精神干渉結界の内部だった。

夕歌が新たな呪符を指に挟む。危機を察知したのだろう。パラサイトの一体が、夕歌に雷撃を放つ。その物理的な魔法を、克人のシールドが防ぎ止めた。

 

「あら、ありがとうございます」

 

「十文字家の魔法師がお守りします。津久葉さんは封印に集中してください」

 

克人と夕歌は何日も前に自己紹介を済ませてある。今更余計な挨拶で時間を浪費せず、克人と夕歌はこの状況を鎮める為の、自分の仕事に戻った。



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巳焼島襲撃4と病院襲撃3

海面すれすれを漂っていた封玉を回収し、達也がリーナのところに戻る。守備隊とパラサイト化したスターダストの戦闘はまだ続いているが、戦況は拮抗しており、慌てて介入しなければならない状況ではなくなっている。達也とリーナが戦列に加われば、五分以内に片が付くだろう。

 

ーーいっそ一気に片付けるか

 

そう考えた時だった。飛行場に続く道から、小型装甲車が近づいてくる。装甲車のドアが開き、運転席から花菱兵庫が降りてきた。

 

「達也様、お待たせいたしました」

 

「兵庫さん。いえ、丁度良いタイミングでした」

 

達也がヘルメットのシールドを上げてそう応えを返し、装甲車の後部ドアに目を向ける。そこに依頼した、パラサイト封印の術者が乗っているはずだ。

装甲車右の後部座席のドアが開く。降りてきたのは戦場に似合わぬ涼しげなワンピースを着た、達也より一つ年下の少女だった。

 

「亜夜子?」

 

達也の声には意外感が滲み出ていた。四葉の魔法師は二つのタイプに分かれる。精神干渉系魔法に高い適性を持つ魔法師と、ユニークで強力な希少魔法を持つ魔法師だ。達也と亜夜子は共に後者のタイプ、精神干渉系魔法には適性が高くない。だが、パラサイト封印術式には、精神干渉系魔法に対する高い適性を持った魔法師が必要だ。

 

「達也さん、こんにちは。ほら、文弥!達也さんがいらっしゃるのよ。早く降りてきなさい!」

 

達也が懐いた疑問に対する答えは、亜夜子の挨拶に続く言葉で解消した。文弥の得意魔法『ダイレクト・ペイン』は精神干渉系魔法。光宣と痛み分けで終わった後、文弥は本家で封印術式を授かっていたのだろう。それで今回、こうして達也の要請に応えてくれたわけだ。

何故か愚図っていた文弥が装甲車から下りてくる。達也は咄嗟に、挨拶の言葉を見失ってしまった。

 

「文弥・・・いや、ヤミか?」

 

「ヤミでお願いします・・・」

 

下半身につけている緋袴と同じくらい顔を真っ赤にして、蚊の泣くような声で答えた文弥が答える

 

「それでヤミ・・・その恰好は?」

 

「い、嫌だって言ったんですけど!」

 

「封印術式に必要なんだから仕方がないじゃない」

 

泣きそうな声で文弥が達也に不服を訴えたが、亜夜子の口調は突き放し気味だ。ここまで、文弥の愚痴を散々聞いてきたに違いない。

 

「封印に必要?」

 

達也は質問の相手を亜夜子に変えた。本来、そんな暇はないのだが、聞かずにはいられなかったのである。

 

「パラサイト封印の魔法には、本来五人以上の術者が必要なのです。でも今回は東京に人員を割いている所為で人数が揃わなくて」

 

「なるほど。それで文弥が一人で来てくれたんだな?」

 

文弥は四葉分家・黒羽家の跡取りだ。本来なら貢を補佐して黒羽家の魔法師を統率しなければならないのだが、彼の高い魔法力を買われて巳焼島に派遣されたのだろう。だがそれだけでは、文弥がこんな格好をしている理由が分からない。

 

「異性装には、ある種の古式魔法の威力を高める効果があるそうです」

 

「だからヤミが、巫女の格好をしているのか?」

 

「ええ。人数が足りない分、こういう形で魔法を補強しなければならないと御当主様が」

 

「それは・・・すまなかった」

 

達也は思わず本気で文弥に謝っていた。彼が封印の術者をリクエストしたのは必要あっての事だったが、その所為で文弥が真夜の玩具にされてしまうなど、達也にとっては予測不能であり不本意な成り行きだった。するとそこに弘樹の声が聞こえた

 

「じゃあ、今の僕の格好はヤミちゃんには見せないほうがよかったかな?」

 

「この声・・・弘樹か・・・」

 

そう言って後ろを見るとそこには狩衣を着た弘樹が立っていた

 

「うわぁ・・・」

 

「僕もそっちがよかったです・・・」

 

そう言いながら文弥は羨ましそうに弘樹を見ていた。そして弘樹は達也の隣に来ると弘樹はいくつかのパラサイトの入ったガラス瓶を取り出した

 

「じゃあ、これを文弥君にやってもらおうか」

 

「これでも十分な強度がありますよ?」

 

「ガラスだし、この容器じゃ耐久性がないんだよ。練習だと思ってやってみなよ」

 

「そうですか・・・分かりました」

 

文弥が装甲車の後部左側ドアに回り、薬箱のような木箱を持って戻ってきた。蓋を上に開けると、中には顔が描かれていないこけし人形が十六体入っていた。車の中には同じ木箱があと二つ。文弥が箱からこけし人形を一本引き抜く。亜夜子は大きめのスポーツバッグから緋毛氈を取り出して道路に敷いた。

 

「始めます」

 

文弥が封玉の前にこけしを置いて緋毛氈の上に座り、帯に差していた細長い携帯端末形態のCADを手に取った。文弥と、彼を見守る亜夜子から達也とリーナ、弘樹がそっと離れる。

 

「ねぇ達也・・・」

 

沈んだ声で達也を呼ぶリーナ。達也は無言でリーナに目を向け、続きを促した

 

「文弥は――」

 

リーナは亡命直後、黒羽家の世話になっていたので、文弥とも当然面識がある。

 

「――すぐに着替えられると思う?」

 

「戦闘中のパラサイトを早急に無力化しよう。文弥がすぐに封印に取り掛かれるように」

 

パラサイトは最低でも十体いる。達也は「気の毒に」という表情を隠さず、リーナにそう答えた。

そして達也は弘樹がパラサイトをじっと見ている弘樹を見て少しずつ不安に思い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院内に侵入した光宣と四体のパラサイドールは、階段を使って四階に上がった。水波の病室があるフロアだ。病院の入口から四階の廊下まで、光宣は妨害に遭わなかった。警備員に呼び止められるどころか、その姿も見なかった。

 

「(罠・・・か?)」

 

光宣を警戒していないという事は考えられない。警備員だけでなく、他の入院患者も、看護スタッフもいないのだ。しかし罠だとしたら、それはどのようなものか。光宣にはまるで見当がつかない。病院の中に人の気配は、水波と、そして深雪のみ。どんな罠を張っても、これでは水波を連れ出してくれと言っているようなものだ。光宣には、そんな風にすら思われた。

 

「(なんだか気味が悪い・・・)」

 

その思いから、足取りは自然と重くなる。パラサイドールに「不気味だ」などという感情は無い。だが主に同調して、その歩みはゆっくりしたものだ。

通常の倍近い時間をかけて、光宣とパラサイドールは病室の前にたどり着いた。中から攻撃してくる気配はない。光宣は一度深呼吸して、パラサイドールの一体に突入を指示した。鍵のかかっていないドアを開けて、パラサイドールが病室に足を踏み入れる。

次の瞬間、冷たく白い流氷を幻視した。

命の気配が無い。絶対的な静寂に包まれた氷と水の世界に立つ自分。それは心臓が止まりそうな圧迫感をもたらす幻影だった。そして、気付いた。病室に足を踏み入れたパラサイドールが止まっている。動作が停止しただけではない。物理的に硬直しているだけでは、決してない。

戦闘用ガイノイドをパラサイドールたらしめているもの――パラサイトの本体が活動を止めている。精神生命体にも凍り付いている。氷漬けのパラサイドールが、突き飛ばされたように廊下へ戻ってきた。ドアとは反対側の壁にぶつかり、そのまま廊下に崩れ落ちる。

光宣には分からなかったが、パラサイトと繋がっていた電子頭脳の機能が精神的にも物理的にも凍結され、機体のコントロールが失われているのだ。

病室の扉は開いたままだ。中から人が出てくる気配はない。このまま時間が経過すれば、警備の魔法師が戻ってくる。それだけではなく、達也が今にも、戻ってくるかもしれない。

光宣はレグルスたちが達也を長時間足止め出来るとは思っていなかった。彼らが達也に勝てる可能性はゼロだと考えていた。今、時間は光宣の敵だ。

光宣は三体のパラサイドールに突入を命じ、自分は全力の仮装行列と鬼門遁甲を纏って、そのすぐ後に続いた。

 

「「氷神護法(ひょうしんごほう)」」

 

二人の声が同時に響くと部屋の中のはずなのに恐ろしく冷たい水が押し寄せ、幻影を凍り付かせた。鬼門遁甲は、全く役に立たなかった。仮装行列で身を、否、心を守っていなければ、自分の精神は凍死を迎えていた。それを光宣は、直感的に理解させられた。外からの損傷は一切なく、一部が凍りながら床に崩れ落ちるパラサイドール。ただの人形と化した女性型機械を挟んで、光宣は深雪ともう一人の少女と対峙した。

光宣は驚愕した。今自分の前に立っている二人は髪色以外は双子と言えるほどにそっくりだった。

深雪は黒い髪、もう一人は白い髪を持ち、二人とも美しさと神々しさを持ち合わせて居た。静かに立つ二人と立ちすくむ光宣。先に口を開いたのは深雪だった。

 

「目障りね」

 

そう言って深雪が、軽く右手を振る。床に倒れたパラサイドールが、部屋の隅に掃き寄せられる。

 

「今のは・・・?」

 

光宣が呻くように問う。彼が尋ねたのは、人形を動かした単純な移動系魔法についてではなった。深雪も、誤解はしなかった。

 

()()()の魔法。精神凍結魔法・氷神護法」

 

「精神凍結魔法・・・?」

 

呆然と、光宣が呟く。彼は「何だそれは!?」と言いたかったに違いない。だが深雪は、今度の問いかけには答えなかった。

 

「光宣君、貴方は計算違いをしているわ」

 

「計算違い・・・?」

 

「貴方は私がお兄様より弱いと思っているでしょう」

 

「・・・」

 

「確かに、私はお兄様や凛より弱い」

 

光宣は無意識に、唾を飲み込んだ。深雪の魔法ではなく彼女の言葉がもたらす緊張が、光宣の身体を拘束していた。

 

「でもパラサイトにとっての天敵は、お兄様ではなく私達なのです」

 

深雪の口調から、わずかに残っていた親しみが消える。その反応を受けて、漸く光宣は体の自由を取り戻した。

 

「私はパラサイトの本体を殺す事が出来る。精神生命体であるパラサイトは、私達の魔法に抗えない」

 

「精神凍結魔法・・・精神を、凍死させる魔法ですか・・・」

 

「ええ、氷神護法は精神を凍らせ、破壊する魔法・・・絶対零度でも原子は振動することはわかって居ます。ですが、氷神護法を浴びた精神は凍りつき、破壊され、どの世界からも消滅していまいます」

 

「精神的な、絶対零度・・・?」

 

すると隣にいた少女が会話に入ってきた。その少女の声を聞いて光宣は白髪の少女が凛であることを確信する。

 

「そう、破壊された精神はそのまま塵となってどの次元からも消滅してしまい、二度と目覚めることはない」

 

「・・・クッ・・・」

 

凛の言葉は正しかった。光宣は自分の計算違いを認めぬわけにはいかなかった。達也や弘樹を引き離すのでは、不十分だった。陽動を企画するなら、むしろ深雪を遠ざける方が重要だったのだと、凛の入院を鵜呑みにするのではなかったと、今ここに至って理解させられたのだった。



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病院襲撃4

絶対的不利な状況をどうにか打破出来ないか、持てる全ての知識を振り絞って考え込んでいた光宣に、凛から思いもよらない言葉が掛けられる。

 

「光宣君、今すぐ帰りなさい」

 

「えっ!?」

 

意外感を示したのは、光宣だけではなかった。凛の隣にいた深雪や水波も無言で意外感を露わにしていた。

 

「私はこの子達に血を見せたくないの」

 

「・・・」

 

「さあ、今来た道を戻りなさい光宣君。私は追いかけないわ。貴方を追いかけるのはは達也の仕事。貴方を浄化するのも弘樹の仕事」

 

凛の言葉に嘘が無いことは、理屈ではなく分かった。ここで引けば、自分は逃げられる。そう囁きかける卑怯な自分を、光宣は自分の中に見出した。

 

「・・・出来ない」

 

だからこそ、光宣は深雪の勧告を受け入れられなかった。

 

「僕は、水波さんを救うため、ここに来た。我が身惜しさに、引き下がれない」

 

自分が愚かな真似をしているという自覚はある。だが次の機会を作り出せる自信も、光宣には無かった。「これが最後かもしれない」、「今を逃せば、水波に手が届かなくなる」、それが光宣に、賢い選択をさせなかった。

 

「そう・・・残念だわ」

 

凛が光宣に柘榴石の杖を差す。神道魔法である氷神護法にジェスチャーは必要ない。これは光宣に、翻意の時間、逃げ出す時間を与える為のものだった。光宣から攻撃を受ける心配はしていない。さっきのコキュートスが光宣の精神を掠めた事、その結果光宣の魔法技能が一時的に低下している事を、凛は分かっていた。

しかし光宣は、それでも、逃げなかった。柘榴石の杖を差し伸べた姿勢のまま、凛の顔から完全に表情が消えた――その、直後。

 

「おやめくださいっ!」

 

凛を制止する声が上がる。その声の主は、水波だった。水波は凛に取りすがるのではなく、凛達と光宣の間に立ち、彼を背中に両手を広げた。光宣を庇って、凛達の前に立ちはだかっていた。

 

「水波ちゃん、何を・・・」

 

凛が目を見開き、立ち竦み、呆然と呟く。だが凛はすぐに、我を取り戻した。彼女は水波を説得しようとはしなかった。水波は自分でも何をしているのか分かっていない。それより、その体勢では追い詰められた光宣が何をするか分からない。それが凛達の判断だった。

 

「水波ちゃん、止めなさい!」

 

凛は氷神護法を発動しようとして、障壁魔法を全力で発動しようとしている水波を、声の限り制止した。

 

「お願いです!おやめください!」

 

「何故・・・?」

 

凛は身動きが取れなくなった。自分が魔法を使えば、水波も魔法を使う。凛はこの時、水波につけていた封魔の腕輪がなぜか外れていることに気がついた。氷神護法は物理的な事象改変を引き起こすものではない。水波の魔法障壁では、氷神護法は防げない。だが氷神護法を防ごうとして魔法力を振り絞れば、水波の魔法演算領域は焼き切れ、彼女の命も燃え尽きるかもしれない。

 

「先ほど仰ったじゃないですか。光宣様を捕まえるのは、達也さまのお仕事だと」

 

「水波さん、ごめん!」

 

光宣が凛の迷いを突く。光宣の腕が、水波の腰に回され、後ろから抱きかかえた状態で、光宣は後方へ跳躍した。窓を破るのではなく、空中を滑って階段へ。

 

「ちっ、待て!」

 

凛が咄嗟に魔法を発動しようと深雪とともに病室を飛び出したが、光宣の肩越しに自分を見る水波の眼差しに、魔法を放てなかった。二人のどちらかが魔法を撃てば、水波がそれを防ぐ。その予測が、恐怖が、二人の心を縛った。

光宣が踊り場の窓から病院外に脱出する。光宣は脱出する時に窓を飛んで追いかけようとする凛に向かって何かの魔法を打ち込んだ。そのせいで凛は廊下まで思い切り吹き飛ばされてしまった。また深雪は病室に駆け戻り、何度も操作をミスしながら達也の通信機を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残りのスターダストを片付けようとしたタイミングでなった通信機に目をやり、達也はリーナに断ってからその通信を受けた。

 

『お兄様、水波ちゃんが!』

 

深雪の悲痛な叫びが、達也の心に失われかけた緊張感を呼び戻した。呼び方が昔のものに戻っているのも、緊急性を感じさせたからだ。

 

「深雪、何があった」

 

達也は緊張と共に呼び起こされた焦りを抑え、努めて冷静に問い返した。

 

『水波ちゃんが光宣君に!』

 

「攫われたのか!?凛がいたのにか!?」

 

『はい!いいえ!』

 

すっかり動揺しているのか、深雪の言葉は全く要領を得ない。しかし達也は、深雪を問い詰めるような事はしなかった。

 

「深雪、すぐにそっちへ戻る。いいか、深雪。俺が、お前の許に戻る」

 

『・・・はい』

 

力強い達也の言葉が、深雪の狼狽を、少しだけ取り除いた。

 

「深雪。俺がついている」

 

『はい・・・はい!』

 

達也は一旦深雪との通信を切って、リーナへ振り向いた。だが達也が話しかけるより早く、リーナが達也に告げる。

 

「達也、行ってあげて。ここは私が引き受ける。達也は早く、深雪のところへ」

 

「頼んだぞ、リーナ」

 

亜夜子、文弥には声を掛けず、達也はエアカーに駆け寄った。運転席に乗り込むや否や、エアカーが急発進する。その音に、亜夜子が振り向いたが彼女は何故達也がそこまで慌てているのかが分からなかった。

亜夜子と、リーナと、無言で状況を見守っていた兵庫に見送られて、淡いブルーのエアカーは東京へと飛び立った。巳焼島にやってきた時とは違い、全工程を亜音速で翔け抜ける事も厭わないようなスピードに、見送っていたリーナと亜夜子は驚きの表情を見せたが、兵庫は表情一つ変える事無く、飛び去るエアカーに一礼したのだった。



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幽体離脱

スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルス。破壊工作を命じられ日本に潜入するも、着陸直後にUSNA本国から乗ってきた輸送機内で襲撃を受け、彼の意識はそこで途切れた。

長い夢を見ていたような気もするし、一瞬で覚醒したような気もする。アークトゥルスが意識を取り戻した時、彼は完全な闇の中にいた。

一切の光が無い漆黒。重苦しくまとわりつく闇ではない。彼には闇の重さすらも感じない。自分が目を開けているのかどうかさえも分からない。彼は自分の肉体から、外界の全てから、切り離されていた。

 

「(自分は死んだのか。これが『死』か。死後に待つ者は、裁きではなく虚無なのか。罪人は地獄の業火に焼かれるのではなく、虚無の闇に呑み込まれるのか)」

 

彼はジワジワと迫ってくる絶望の中で、ふと、違和感を覚えた。同族の声が聞こえなくなっている事に気付いたのだ。パラサイトになって以来、彼の精神を意識の奥底から湧き上がる「囁き」が、今は聞こえない。アークトゥルスの心の中で紡ぎ出されている思念は、彼自身のものだけだ。

 

「(どういうことだ・・・?)」

 

アークトゥルスがパラサイトになったのは、彼がそう望んだからではない。精神生命体の浸食を受けて、同化させられたのだ。だがパラサイト化は、精神生命体の全面的な乗っ取りではなかった。支配は双方向のものだった。精神生命体になって彼は人間ではなくなったが、それでも彼はアレクサンダー・アークトゥルスであり続けた。パラサイト化によって感性や思考様式は変質したが、意識の継続性は保たれていた。

アークトゥルスは、パラサイトになる以前の事を覚えているのと同じように、パラサイトとなった後の事も記憶している。パラサイトがどういう生き物なのか、詳細に思い出せる。パラサイトには自我が無い。いや、全く無いわけではないが、不完全だ。天地一切の存在と区別される、他の何者/何物でもない「自分」を持たない。パラサイトは個にして全。自分に意識がありながら、常に同族の思念が紛れ込む。意識の奥底で他の個体の思考が囁き続ける。テレパシーと違って、相手に伝えようとする意思がなくても聞こえてしまう。

最初のうちは、自己の思念と他の個体の思念の区別がつく。しかしやがては、心の奥底から湧き出す思念が自分自身のものと見分けがつかなくなる。ただの人間でも、毎日毎日同じイデオロギーを吹き込まれれば、それを自分自身の価値観だと思い込んでしまう。パラサイトの場合は心が繋がっているのだ。ただ聞くのとは、自他同一化を強いる力の桁が違う。

それに、人間が変化してなったパラサイトと違って、精神生命体であるパラサイトの方は元々個体と全体を区別しない。それがアークトゥルスの実感だった。人に寄生する前の精神生命体は、実態を持たない情報の塊だ。情報は他者を排除しない。情報は、利用される事によって減少・消耗していく物質的な資源とは逆に、共有されることで存在し続ける力を増す。

精神生命体であると同時に情報生命体でもあるパラサイトは、存在を確かなものとするために強固な思念の持ち主に宿る。そして己の存在を永続的な物とするため、積極的に共有されようとする。

それが思念の交換、意識の融合を促す圧力になっていた。だが今、アークトゥルスは自分がこのプレッシャーから解放されていると気付いた。

 

「(まさか・・・パラサイトから人間に戻っているのか?)」

 

喜びよりも恐怖を伴って、彼はそう考えた。異種族になる事への、自分が自分でなくなる事の恐れ。元は人間だったとはいえ、今のアークトゥルスはパラサイトだった。人間がパラサイト化するのも、パラサイトが人間に戻るのも、別種の生物になるという意味では同じだ。生物には自己保存本能がある。自分を自分のままで保ち続けるという生存原理だ。あらかじめ生物種として組み込まれていない変容に対しては、理屈抜きの忌避を覚える。

 

「(落ち着け・・・パラサイトであろうが人間に戻っていようが、今はさして重要ではない)」

 

アークトゥルスは、本能から生じる忌避感を意志の力で抑え込み、自分に何が起こっているのか現状分析に精神のリソースを向ける。

 

「(USNAから日本にやってきて、自分は早々にやられた・・・それからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、こうして意識があるという事はまだ作戦を遂行する事が出来るという事なのだろうか。仲間との連絡が取れないのが痛い・・・もし連絡が取れれば、今がどういう状況なのか一瞬で分かるというのに・・・)」

 

状況の把握は思うように進まない。実のところ彼はまだ、半分以上眠っているようなもの。機能している思考能力は、平常時の五分の一程度だ。しかも彼は、夢の中の登場人物と同様、自分の能力低下に疑問を懐かない。

 

「(とにかく動けるかどうかの確認をして、動けるようなら命じられた任務を遂行しなければ)」

 

パラサイト化しようと彼は軍人だ。命じられた任務を遂行する事を第一に考える。半分以上眠っていた意識は、不意に覚醒するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦二〇九七年七月八日十四時七分。アークトゥルスを閉じ込めていた闇が、激しく震えた。彼は知らない事だが、一条将輝の『海爆』によって引き起こされた余剰想子の大波が一瞬で押し寄せてきたのだ。その事により、アークトゥルスの意識を覆っていた靄が晴れる。思考が一気に、明瞭なものとなる。

 

「(今のは、想子の波動か?大規模な想子波が、想子の殻を揺さぶった?私は自分自身の想子情報体に閉じ込められているのか?)」

 

肉体は精神の牢獄。そう語ったのはプラトンだが、今のアークトゥルスの精神はこの古代ギリシャの哲学者が説いたのとは別の意味で、肉体の檻に閉じ込められていた。古式魔法で肉体に焼き付けられた封印の呪句。それが彼の心を、外界から隔てている。アークトゥルスは現代魔法を修めると同時に、アメリカ大陸先住民の古式魔法も受け継いでいる。だから自分を縛る術式を理解出来た。この術式が極めて強固で、彼の古式魔法スキルでは解除出来ないという事も。

 

「(だが、封印を解除出来なくても・・・)」

 

彼を閉じ込めている古式魔法は、精神と肉体の結びつきを利用して肉体の側から精神を縛るものだ。

 

「(ならば、精神と肉体の結び付けを断てば)」

 

アークトゥルスは精神だけで魔法を準備した。肉体感覚の欠如に思いの外、戸惑ったが、苦労して魔法式を構築する。

 

「(幽体離脱)」

 

CADを操作する代わりに心の声でコマンドを唱えて、精神体を肉体の外に放射する魔法を実行する。彼がこの魔法を使うのは、これが初めてではない。使い慣れたとまでは言えないが、制御を失敗しない程度には経験を積んでいた。自分を固定している留め金が外れたような感覚。アークトゥルスは、身体を置き去りにして起き上がる。幽体離脱を行使する際に特有の感覚で肉体を抜け出そうとした。

今までに感じた事の無い、網を被せられているような抵抗があった。見えない網目に手を掛けて、強引に引きちぎる様をイメージする。急に視界が開け、目の前には輸送機の天井。彼の記憶が正しければ貨物室だ。振り返らなくても背後が見える。床に置かれた「棺」の中に、血の気が引いた顔の、自分の肉体が横たわっている。

これまで経験した幽体離脱では「自分」と自分の肉体を細い糸が繋いでいた。しかしその「糸」が見当たらない。肉体と繋がっている手応えもない。先程「網」を引きちぎった際に、一緒に切れてしまったのだろうか。

 

「(私は・・・死んだのか?)」

 

この魔法を授けてくれた祖母は、あの糸が肉体と魂を繋いでいると教えてくれた。若い頃に指導を受けた日本人の僧侶は、あの糸が切れると肉体に戻れなくなると言っていた。

アークトゥルスが動揺したのは、一瞬だけだった。直前までの境遇を思い出すことで、死に対する恐怖がパニックに繋がる前に未発のまま消えた。全てから断絶された虚無の暗闇。その中に寿命が尽きるまで閉じ込められていたかもしれないと思えば、世界を見て、聞いて、感じる事が出来る状態は、たとえ今の自分が幽霊だとしても、比べようもなく好ましい。そもそもパラサイトになった時に、人としての命は終わったようなものだ。今更、生に執着のは無様で滑稽な事に思われたのだった。

それより、この自分が亡霊なのだとしたら、アレクサンダー・アークトゥルスとしての意識が保たれている内に為すべききことを為さればならない。彼はそう考えた。アークトゥルスはUSNAの軍人であることを、己のアイデンティティと定めている。人間からパラサイトに変じても、祖国アメリカの軍人として義務を果たしている限り、自分は「自分」でいられる。それは思考や主義というより信仰に近い念いだ。

アークトゥルスは自分が自分で無くなるその時まで「アレクサンダー・アークトゥルス」でいたいと念じた。その為には、何をすれば良いのか。

 

「(・・・私に与えられていた任務を遂行すればいい)」

 

彼に与えられていた任務は何か。

 

「(・・・タツヤ・シバの恒星炉プラントを破壊し、彼がディオーネー計画参加を拒めない状況を作り出す。それが私に与えられた任務だ)」

 

魔法は、幽体の状態でも行使出来る。ダンシング・ブレイズのように武器を併用する魔法の使用はシステム的に不可能だが、流体や電磁波に干渉するものならば問題なく発動可能だ。精神干渉系の術式は、幽体の方がむしろスムーズに使える。

 

「(まずは恒星炉プラントがある島を目指す。恐らくそこに仲間もいるだろう)」

 

アークトゥルスがこの決断に至るまで、暗闇の中で覚醒した時からおよそ一時間。この時点ですでに、彼の仲間たちによる巳焼島襲撃は失敗に終わり、レグルス、ベガ、デネブの三人は肉体を達也達によって分解消失され、精神体の状態で封印されていた。



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必死の逃亡

水波が光宣に攫われた。助けを求める深雪の声に応えて、達也は巳焼島を飛び立った。二十一世紀初頭、新しく伊豆諸島に加わった巳焼島から、東京の調布までエアカーで二十分は掛かる。その時間を達也は無駄にしなかった。

深雪が激しいショックに囚われていて、秩序だった説明が出来ないのは分かっている。試すまでもないことだし、彼女に余計な負担を掛ける結果にしかならないのも達也にとっては明らかだ。

 

『はい、桜崎です』

 

達也が無線を繋いだ相手は夕歌のガーディアン、桜崎千穂だった。達也は挨拶もそこそこに状況の説明を求める。

 

『九島光宣がパラサイドールを引き連れて病院を襲撃。パラサイドールを自爆させてパラサイトの本体を解放し、居合わせた市民を襲わせました。十文字家がその対応に追われている際に、九島光宣は防衛線を突破。病院に侵入しました』

 

「夕歌さんはパラサイトの対応に出動されたんですね?」

 

『はい、深雪様のご指示でした』

 

千穂の口調は、微妙に言い訳臭かったが、達也に対する弁解としては、確かに有効だったと言える。深雪の判断だと言われれば、達也には文句をつけられない。

 

「光宣の相手は深雪が一人で?」

 

『いえ、深雪様と凛様のお二人です・・・病院内で何があったのか、まだ詳しくは判明していませんが、深雪様は無傷、凛様は水波様を追いかけようとした所を九島光宣の魔法により現在意識不明。九島光宣と共に侵入したパラサイドール四体は御二方の魔法で全て機能を停止。桜井水波は九島光宣に連れ去られました』

 

千穂の説明で、事態の表面的な推移は把握出来た。だがその裏で何が起こったのか、達也は理解出来なかった。

パラサイトドールを停止させたのは恐らく凛が深雪に渡した『氷神護法』だろう。神道魔法を練習中の深雪ではあるが氷神護法を使うために一時的に封印を解除しており、二人いれば効果は100%である。効果は当たり前だが、パラサイト用に開発されている為に抜群である。

分からないのは凛がいるのにも拘らず水波や光宣を逃した事だった。

凛はいわばパラサイトの管理者である。いざとなれば『神の声』を使って服従させる事だって出来る。

 

「(あの二人がみすみす見逃すのはあり得ない。何か想定外の事態が起こったのか?)」

 

それがいったいどんなシチュエーションなのか、達也には想像出来なかった。

 

「光宣の現在位置は把握できていますか」

 

『使用している車両の詳細は不明ですが、中央道を西に向かっている模様です。十文字家の御当主様が追跡の準備を終えられました』

 

逃走車両の外観、種類が分からなければ、街路カメラや成層圏プラットフォームの監視カメラは役に立たない。交通規制システムの交信は、当然遮断されているだろう。

 

「中央道を西進していると判断した根拠は?」

 

『パラサイト用のレーダーによる観測から推定しました』

 

「光宣は戦闘によるダメージを受けているのですか?」

 

魔法技能の低下。それが一時的なものなのか、ずっと後遺症として残るものなのか。精神を攻撃する系統外魔法によるダメージなのか、防御力を上回る攻撃に曝されて魔法演算領域がオーバーヒートした事によるものなのか。氷神護法を受けた可能性が最も高いが、原因は兎も角光宣の仮装行列が弱体化しているのだとすれば、水波を取り返すだけでなく、光宣を殺さずに捕える絶好の好機となるかもしれない。

いくら達也でも、万全の光宣を相手に殺し合いを覚悟しなければならない。達也は未だに光宣を殺す決断が出来ずにいるのだ。だが光宣の魔法力が低下しているのであれば、それが一時的なものであっても、達也にとっては大きなチャンスだ。とりあえず水波を取り戻すという姿勢ではなく、今日決着をつけるという心構えで臨む必要がある。達也の質問は、そういう意図で出されたものだった。

 

『九島光宣は現在、偽装・隠蔽の魔法技能が低下しているようです。どの程度の時間、弱体化状態が続くのかは分かっていません』

 

それに対する千穂の答えがこれだ。達也は千穂との通信を切り、水波を取り戻す算段を立てる。

 

「(光宣の魔法技能が弱体化している今、追いつくのはそう難しくはない。無論、横槍が入らなければという条件付きではあるが)」

 

まだ光宣に手を貸しているパラサイトがいるかもしれない。達也はその可能性を無視する事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が調布碧葉医院――水波が入院していた病院の前に到着したのは、深雪の助けを求める通信を受けてからちょうど二十分後のことだった。かかった時間は調布から巳焼島の二十数分より少し短い。四葉本家の緊急出動要請に応じた往路よりも復路の方が速かったのは、達也の中での優先順位を表していた。

 

「お兄様!」

 

深雪が飛びつくように駆け寄ってくる。辺りに克人以下、十文字家の魔法師たちの姿は見えない。逃亡した光宣の追跡に出発した後なのだろう。だが夕歌をはじめとした津久葉家の者は残っている。

 

「深雪。お前に怪我がなくてよかった」

 

達也の口から出たこのセリフは、計算されたものではない。彼の内側から自然に湧き出した言葉だった。だが、深雪は少し身体を震わせながら達也に詰め寄る

 

「お兄様・・・凛が・・・凛が・・・!!」

 

そういい深雪は軽く錯乱している様子を見ていつもと何かが違うと感じた達也は何が起こったのか聞こうと思ったがそこに割り込む様に声が入る

 

「達也」

 

「・・・弘樹か・・・」

 

達也は声の主である弘樹を見ると弘樹は真剣な目で達也に言う

 

「達也、水波ちゃんを追って。姉さんや深雪は、後でいいから・・・」

 

「・・・分かった。だが、約束はできない」

 

「そうか・・・だけど、頼む」

 

弘樹の心意を感じた達也は深雪を弘樹に任せると西の空へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉家が開発した飛行装甲服『フリードスーツ』は国防軍の『ムーバルスーツ』と比較して、パワーアシスト機能は備わっておらずデータリンク機能で劣っているが、防御性能は同等以上だ。ステルス機能と肝腎の飛行性能は、むしろ勝っている。データリンクも多人数と連携して行動するための機能が足りていないだけで、外部データを利用する分に不足はない。追跡にはムーバルスーツよりも適しているとさえ言えるだろう。

達也の視界には半透明の地図が映っている。関東西部・武相地区の広域地図に、パラサイト用に調整された想子レーダーの観測結果から推定した光宣の現在位置が直径一キロ程度の赤い円で示されていた。調布の病院前で時間を無駄にしたつもりは無いが、それでも出発までに五分以上費やしている。逃走した光宣に遅れる事、三十分弱。しかし、地上と空、道なりに進まなければならない光宣に対して達也は直線で飛べるアドバンテージがある。道路上には他の車もあり、自由に走れるわけではない。

光宣の現在位置を示す半透明の円は高尾山の手前を西に進んでいる。五分以内に追いつくべく、達也は飛行速度を時速四百キロまで引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波を病院から連れ出した光宣は、九島家が用意した自走車で中央道を西に向かっていた。パラサイドールを運んだ物とは別のボックスワゴン車だ。後部座席と貨物スペースがキャンピングカー仕様に改装された「バンコン」と呼ばれるタイプの自走車である。車内にいるのは光宣と水波の二人きり。運転手は人間そっくりの、パラサイドールではない戦闘用ガイノイドだ。水波はベッドにもなる長椅子に腰掛け、光宣は助手席に座っている。水波を見張る者はいない。高速道路を走行中だから車外に出られないという事情はあるが、仮にそうで無くても、光宣には水波を監視するつもりは無かった。

彼女が自分の許から逃げ出すなら、それもやむを得ないと光宣は考えている。強がりではない。水波を連れてきたのは彼の我が儘だが、それ以上彼女に何かを強制する気はなかった。光宣は、水波とゆっくり話をしたかった。達也や深雪に邪魔をされず、水波の意思を確かめたい。それが光宣の望みだった。

水波は、本当はどうしたいのか。ただ死にたくないのか。それとも、魔法を失いたくないのか。「人であること」と「魔法師であること」の、どちらを選ぶのか。

水波が「魔法を捨ててもいい」「人としての平凡な人生を送りたい」と答えたとしても、光宣は説得も強制もしないと決めていた。だまし討ちで水波をパラサイトに変えてしまうような真似は決してしないと、自らに誓っていた。

光宣はただ、水波の為に何かをしたかったのだ。何もせず黙ってみているのが耐えられない。それは間違いなく、光宣の我が儘であり押し付けだ。光宣がもう少し愚かであれば、あるいは目の前の事しか見えない性格であれば、もっと楽に生きられるだろう。だが賢い彼は、こうして達也と深雪の許から引き離している事自体が、水波の意思を蔑ろにする強制だと自覚していた。だからこそこれ以上、水波を束縛するような真似はしたくない。

深雪のコキュートスを受けて、光宣の魔法力は大幅にレベルが下がっている。一時的な物だという実感があるので弱体化自体にショックは受けていないが、今の状況は楽観できない。彼は逃走を開始してからずっと、自分を追いかけてくる「機械の目」の存在を感じていた。自分の想子波を識別されたという「情報」が、「情報次元」を通じて伝わってくるのだ。

魔法力の低下により仮装行列の効果までレベルダウンしている現状では、機械による想子波探知を完全に遮断する事は出来ない。探知の精度を落とさせるのが精一杯だ。精度、半径十メートル。それが最初、逆流してきた情報で光宣が把握した、彼を追い掛けるレーダーの性能だった。それを今、半径五百メートルまで自身の反応を誤魔化している。それも、自分を円の中心に置くのではない。偽装した想子波の発信源を道路上の前後左右に移動させることで、探知結果を不安定に揺れ動かしていた。

いくら高速道路に速度の制限が無くなったとはいえ、不自然にスピードを出し過ぎれば目立ってしまう。どんなに気が急いても、無理な運転はさせられない。四葉家や十文字家の追跡を躱す為には、弱体化した仮装行列を全力で行使するしかなかった。しかし隣に水波がいたのなら、彼女の心の裡が気になって魔法に集中しきれなかっただろう。そしてつい先ほどから、偽装工作はますます厳しいものになっていた。

自分に向けられている「眼」。達也の『精霊の眼』だと、光宣にはすぐに分かった。しかし分かっただけでは、どうにもならない。今の光宣では、達也の「視線」を振り切れない。せめて正確な居場所を掴ませないように、光宣は全力を振り絞らなければならなかった。



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水波の恐怖心

光宣の想いは別にして、彼が距離を取ってくれているのは水波にとってもありがたかった。今、隣に人の温もりを感じたならば、寄りかかってしまいそうだ。水波は自分の精神状態を、そう認識していた。

彼女は罪の意識に苛まれていた。自分は二人の邪魔をした――それが信じられないという思いもある。自分は何故、あの二人の邪魔をしたのか。自分は何故、深雪達の邪魔をして光宣を庇ったりしたのか。

達也の仕事だからだと、あの時は自分に言い聞かせていたが、達也や深雪よりも光宣の方を好きになったからだ、という突き放した意見を述べる意識の中のもう一人の自分には、頷けずにいる。

達也達に対する感情と、光宣に対する感情は、全く種類が異なる。水波にとって、深雪は主で達也はガーディアンとしての先輩、凛は家事などの先生だ。最初はそれだけだったが、今では家族のようにも、姉のようにも思っている深雪や母に陽に接してくれる凛。任務だからではなく、大切だから、命懸けで守りたい。伊豆の別荘で戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』による奇襲に対して己の限界を超えた力を発揮で来たのは、その気持ちがあったからだ。水波は自分の行動原理をそこまで明確に意識していないが、それが彼女の、紛れもない真実だった。

一方で光宣に対する気持ちは「まだよく分からない」というのが水波の偽らざる心情だ。自分が光宣の事をどう思っているのか。水波はそれを、ずっと考えている。今もまだ、結論は出ない。

単純に好きか嫌いかと聞かれれば「好き」と答えるだろう。

では、どのくらい好きなのかと問われれば答えに詰まってしまう。

水波は必死に光宣を庇った時、何を思っていたのかを思い出そうとしていた。

 

 

 

 

自分が達也や深雪と比べて光宣を選んだのではない事は確信している。深雪に対する忠誠心を捨てたわけではないのは確信していた。「疑うな」と、「信じろ」と、水波は強く、自分に命じていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークトゥルスは恒星炉プラント破壊の任務を果たすべく、仲間に合流しようと考えた。しかし幽体になったからと言って、何処にでも自由に飛んでいけるわけではない。確かに物理的な制限はなくなったし、海にも山にも妨げられる事はしない。移動速度も彼が体験した事のあるスピードは再現可能だ。ちなみにアークトゥルスは超音速戦闘機の後部座席に座った事がある。

だが行き先を自動的に設定してくれるナビゲーションシステムは、幽体の状態では利用できない。目的地が分からなければ、どれだけ速く跳べても精神力を消耗するだけだ。そして仲間の事は、どんなに離れていても分かる――はずだった。

だがアークトゥルスがどれだけ感覚を研ぎ澄ませても、彼はレグルスの気配を発見できなかった。

 

自分がパラサイトでなくなってしまったからか? やはり自分は、人間に戻っているのだろうか?

 

アークトゥルスは実体の無い首を捻る。もう一度、今度は知覚系の古式魔法で部下の生体波動をサーチする。この魔法はアメリカ先住民の間に伝わる系統外魔法で、物理的な距離に関係なく、情報的な距離に応じて反応に強弱が現れる。例えば単なる顔見知り程度なら、隣の部屋にいてもぼんやりとした感触しか得られないが、友人や濃い血縁の者、あるいは部族の宿敵、狩りそこね逆に傷を負わされた獣などは、百キロ以上離れていても、人間であるか否かに拘わらず強い手ごたえを返す。それなのにレグルスの所在は、やはり探知出来なかった。同じ隊で五年以上もの間、行動を共にしてきた相手であるにも拘わらず。

 

「(まさか、やられてしまったのか・・・)」

 

悲観的な推測がアークトゥルスに衝撃を与える。しかし彼には、悲嘆に暮れている余裕はなかった。

 

「(この感触は!?)」

 

アークトゥルスが広げた探知の網に、強い因縁を持つ存在が掛かった。

 

「(これは、あの時の!?)」

 

日本に到着した直後の輸送機に襲いかかり、自分を肉体の中に閉じ込めた仇敵。それが、北の空を西に向かっている。

 

「(あれは、敵だ)」

 

その相手が誰なのか、アークトゥルスの魔法では分からない。それが彼に与えられた任務の最終的なターゲット「司波達也」であるとは知らぬまま、アークトゥルスは仲間の兵士と自分自身の敵を討つべく、空を行く人影を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は高尾山の手前でスピードを緩めた。確実に近づいている。情報面から水波を追跡していた達也は、彼の視界を遮るフィルター越しに水波のエイドスを読み取りながら、そう思った。何の妨害もなければ、達也は水波の現在位置を地球の裏側からでも取得できる。同じ家で暮らしていた達也と水波の情報的な距離は、それだけ近い。光宣の魔法によって詳細な座標は隠されていても、「相対距離」という大まかな情報は読み出せる。

光宣は達也の視線が自分に向けられていると誤解していたが、達也が追いかけていたのは、より彼自身に縁が深い水波の情報だった。

達也はバイザーの表示を切って、地上の道路に目を向ける。想子の波動そのものを観測する為だ。光宣は弱体化した状態でも、偽装の魔法を使っている事を遠くから感知されているような余剰な想子を漏らしていない。だがパラサイト用レーダーが彼の反応を捉えた事からも分かるように、パラサイトの波動を完全に隠せていない。おそらく、深雪のコキュートスが掠めたダメージによるものだろう。

 

「(――あれか?)」

 

明らかに人間のものとは違う、異質な波動が達也の目に留まる。ぼんやりと靄のように広がっている想子波の源を特定しようと、達也は高度を落とした。

だが次の瞬間、自分を狙う魔法の兆候を左側に感知して、彼は降下を中止、逆に高度を上げる。跳ね上がるように上昇した彼のすぐ下を、細く絞り込まれた魔法による雷が走り抜けた。魔法の発生源へ、達也は空中で向き直った。魔法の発動地点と魔法式の出力地点は、ほぼ一致していた。手元から荷電粒子銃のように電撃を放つ。現代魔法では武装デバイスを使用するケースを除き、あまり好まれない魔法の形態だ。

 

「(敵は古式魔法師か)」

 

そう予測した達也が視認した敵の姿は、思いがけないものだった。敵には実体がなかった。肉体の姿形をコピーした精神体が、達也に敵意を向けていた。

 

「(意思を宿した想子体――亡霊?いや、幽体離脱か!?)」

 

次の魔法が達也に襲いかかる。鋭く圧し固められた空気の槍が旋回しながら飛来する。魔法の対象となっていない空気との境界面でプラズマの火花を散らしながら自分を貫こうとする旋風の投槍を、達也は術式解散で無力化した。

術式解散は、魔法式の構造情報を分析して組織化された想子粒子の結合を解き散らす魔法だ。その第一段階で、魔法式に記述された情報を取得する。魔法の内容と同時に、魔法のオーナーに関する情報も。

幽体は肉体の形状をコピーしていると言っても、細部までは再現されていない。相手が何者なのかはっきり意識して見ない限り、シルエットしか分からない。だが今、達也は相手の魔法を解読する事によって、敵の正体を知った。

 

「(スターズ一等星級魔法師、アレクサンダー・アークトゥルス)」

 

その認識が、幽体に詳細な形を与える。空中で対峙する人型の想子体は、座間基地の輸送機内で戦った大柄な魔法師の姿を現わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭上で始まった魔法戦の気配を、光宣はすぐにキャッチした。

 

「(一人はアレクサンダー・アークトゥルス・・・戦っている相手は達也さんか?)」

 

魔法を撃ちあっている片方の正体はすぐに分かった。封印されていたアークトゥルスの精神体を呼び覚ましたのは光宣に他ならない。封印から完全な脱出までは確かめていないが、上空で戦っている幽体の想子波形が封印解除の際に接触したアークトゥルスのものと同じだったから、すぐに見分けが付いた。霊体は霊子で構成された情報体だが、光宣はそれに伴う想子情報体の活動を認識した結果、アークトゥルスだと判断した。

もう一人は達也だと光宣が推測する事しか出来なかったのは、これとは裏腹な理由。彼は達也の想子波動を観測できなかった。

アークトゥルスが戦っている相手は、確実に魔法を使っているにも拘らず、想子波を漏らしていない。魔法で干渉するエイドスにのみ自分の想子を投射して、その余波を情報次元にも物理次元にも生じさせていないのである。高度な魔法を操るのではなく、魔法を高度に操る事で実現された隠密性。まさしく、芸術的なテクニックだ。

 

「(・・・いや、逆に考えればいい。こんな魔法運用は、達也さんにしか出来ない)」

 

達也が自分に追いつこうとしている。その認識は、光宣に激しい焦りをもたらした。光宣には、自分の魔法技能が一時的にレベルダウンしている自覚がある。万全な状態でも、達也を確実に退けられる自信は持てないのだ。力が低下したこの状態で追いつかれたならば、十中八九、水波は連れ戻されてしまう。

 

「(そんなのは嫌だ!僕はまだ、水波さんの気持ちをはっきりと聞いていない!)」

 

光宣は事魔法に関する限り、他人を頼った事はない。肉体の変調が理由で他人に譲った事はある。他人に任せたことはある。だが魔法に関する限り、自分に出来ないことを他人に願った経験はない。それは光宣にとって、初めての経験だった。

 

「(頼む・・・!三十分でいい。何とか達也さんを足止めしてくれ・・・!)」

 

光宣は我武者羅な攻撃を繰り出すアークトゥルスの幽体に、そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波が達也の接近に気付いたのは、光宣のように魔法戦闘の余波をキャッチしたからではなかった。光宣にも分からなかった達也の想子波動を知覚したからでもない。

 

ーー視られている

 

魔法的な感覚以外の直感で、水波はそう感じた。それは水波が家の中で、一高の校内で毎日浴びてきた達也の、全てを見透かすような視線だった。最初の頃とは違って、達也の視線を浴びても理由もなく竦んでしまう事は無くなっている。だが一年以上経っても、恐れが完全に消えてしまう事は無かった。

恐怖と言えど今まで一度も達也の折檻などを受ける事はなかった。

 

ただ視られている事。それだけが怖かった

 

水波は自分が完璧から程遠いと自覚している。仕事もそうだし、人格的にもそうだ。拙い自分、非才な自分、怠惰な自分、醜い自分。他人には知られたくないし、自分でも見ないようにしている大勢の「自分」がいる。達也に見られていると、そんな「自分」までもが暴き出されてしまうように感じる時がある。考え過ぎだと、水波にも分かっている。達也の力が他者の心に及ばないことは前以て教えられていたし、他人の小さな秘密を一々暴いて悦に入る悪趣味な性格ではない事は一緒に暮らしてすぐに分かった。

ただ、達也に隠し事を見抜く力があるのも、確かな事実だ。心の中は覗けなくても、犯した罪は閲覧出来る。地獄の裁判官のように。最後の審判で検事を務める天使のように。

二十四時間と言う制限がる物のそれは何の慰めにもならなかった一緒に暮らしていた頃は、二十四時間以上顔を合わせない事が無かった。まして今の水波は、裏切りという重罪を冒してから、まだ一時間も経っていない。俯いている体勢からさらに、肩を抱き背中を丸めて縮こまる。

彼女は怖かった。達也に断罪されることを恐れている――ではなく、達也が水波の罪を、裁かないことを。自分には、罪を問うだけの価値がないと告げられる。自分がどうでもいい人間だと切り捨てられる。水波は達也の視線を感じながらただただ恐怖し続けるのだった。



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追憶編
亡霊VS達也


アークトゥルスの幽体が、達也に向けて魔法を放つ。達也はその魔法を、術式解体と術式解散を駆使して無効化する。達也は戦っている精神体の正体を看破している。座間基地に着陸した直後の輸送機内で刃を交えた、スターズのアレクサンダー・アークトゥルスだと認識している。

だからこそ、勝手が違う感を否めない。アークトゥルスの幽体は、肉体を備えていた時より多彩な魔法を繰り出している。あの時には使わなかった系統外魔法による精神攻撃まで仕掛けてきている。しかも、前回戦った時より遥かに強い。肉体が無い状態で魔法を使っている事に驚きはない。魔法を行使する精神体には、パラサイトという実例がある。

しかし精神だけの存在になったからと言って、魔法技能が向上するわけではない。少なくとも過去に日本で行われた実験では、幽体離脱状態で魔法の威力や発動速度が向上するという結果は得られなかった。この実験は四葉家でも行われていて達也も二度立ち会っているが、速度は変わらず、威力はむしろ低下するというのがその時の結論だった。

断熱圧縮で高温プラズマ化した空気の刃『熱風刃』を術式解散で迎撃しながら、達也は何度目かの呟きを心の中で漏らす。

 

「(何故この力を前回使わなかったのか)」

 

飛行機内だったからというのは理由にならないはずだ。あの時、アークトゥルスは自ら輸送機の壁を撃ち抜いている。機体の破壊を恐れていたはずはないし、友軍の兵士がいたというのも、その同僚が達也に倒されるのを目の当たりにしているのだから理由にならない。力を加減していたというのは、考え難い。封印から抜け出した際、何らかの理由で力が増したのだろうか。

 

「(幹比古の封印を破ったのは、光宣だろうか・・・)」

 

達也では、パラサイトを封じた古式魔法を発動出来ない。だがその性質は理解している。あれは、内側から破れるようなものではなかった。

 

「(封印解除と同時に、魔法力を向上させる術式を使った?)」

 

達也は他人の魔法技能レベルを引き上げるような魔法を知らない。だが言うまでもなく、達也は全ての魔法を知り尽くしているわけではないし、それを自覚している。

 

「(考えるのは後だ)」

 

アークトゥルスが非圧縮空気弾を撃ち出す。圧縮していない空気の砲弾を着弾と同時に、気圧に逆らって球状に強制拡散させる魔法。断熱膨張による冷却と気圧の急激な低下によってダメージを与える攻撃だ。

達也は魔法式の、強制拡散を定義した個所を術式解散で分解した。彼の狙い通り、アークトゥルスの事象干渉力は何の効果も生み出さずに浪費される。

ただ魔法を無効化するより相手を消耗させるディフェンスだが、所詮は防御であって攻撃ではない。攻撃を防いでいるばかりでは、アークトゥルスを撃退する事は出来ない。

達也は飛行魔法を操って、アークトゥルスの幽体に急接近した。精神体そのものではなく、肉体の情報を保持する人型の想子情報体を目掛けて。

いくら達也といえども、戦った事の無い相手を簡単に倒す事は出来ない。それが分かっているから相手の情報を間近で視ようと接近を試みた。アークトゥルスは達也が間合いを詰めるのを予測していたかのように、待ち構えていたようなタイミングで、達也の前に灼熱の壁が立ち塞がる。空気の断熱圧縮による高温の障壁。達也は気体を圧し固める魔法を、術式解散で分解する。

解き放たれた熱と爆風は、飛行装甲服・フリードスーツで遮断。十メートル未満の距離まで近づいて、達也はアークトゥルスに想子の本流を叩きつける。

術式解体。相手が肉体を持つ人間であれば、想子流を浴びても一時的に身体の感覚を狂わせるだけだ。肉体は精神を守る強固な防護殻であり、想子情報体は肉体と結合して安定性を得る。術式解体に想子情報体の一部を吹き飛ばされても、欠損は肉体の情報を参照する事ですぐに修復される。

だが肉体という宿を持たなければ、想子情報体の修復は出来ないはずだ。想子流の圧力で、情報体が破損したなら。

アークトゥルスの幽体は、達也の術式解体に能く耐えた。人型のシルエットがほんの少し細ったように見えるが、それだけだ。「アレクサンダー・アークトゥルス」という情報は保たれている。

アークトゥルスが達也から離れる。逃げたのではない。一旦距離を取っただけだ。アークトゥルスが、肉眼では視認困難な雷撃の針を連続して放つ。達也は術式解散ではなく、空中機動でこれを回避した。その結果、二人の距離が術式解体の射程外まで広がる。そこで初めて、達也の内側に焦りが生じ始めた。

水波を乗せた自走車は今も西に進んでいる。光宣の事だから、魔法的な隠蔽を固めた隠れ家を用意しているに違いない。光宣の魔法力低下が何時まで続くのかも分からない。もしかしたら五分後には、水波の所在を探知できなくなるかもしれない。

だが目の前の敵を撃退しなければ、追跡を続けられない。それなのに達也は、攻略の糸口を見つけられずにいる。

達也は戦闘経験が豊富だ。年齢を考慮に入れなくても、百戦錬磨と言って良い。幽体離脱を使う魔法師との戦闘も、何度か経験している。しかし、これほどタフな幽体と出会ったのは初めてだ。幽体離脱は通常、索敵用の魔法に分類される。直接戦闘に向いた魔法ではない。

本来、幽体は肉体に固定されているもので、肉体を抜け出して活動するのは不自然な状態と言える。受動的な能力を使うだけなら兎も角、能動的に魔法を行使すれば、その「不自然な状態」を維持できなくなるのが普通だ。この術式に相当慣れた魔法師であっても、正面切っての戦闘は二、三分が限度だろう。

ところがアークトゥルスの幽体は、戦端が開かれてからすでに五分が経過しようとしているにも拘わらず、存在感が薄れる兆候は一向にない。今も達也を攻撃する魔法を放っている。それに、達也の術式解体に耐えた幽体も過去にはいなかった。術式解体を直撃させても、精神体を滅ぼすには至らないが、過去に戦った幽体に対しては、肉体から離脱した状態を維持できなくなるだけのダメージは与えられた。

敵の系統外古式魔法が達也を狂気の幻影に引きずり込もうとする。これも厄介だった。精神を標的とする魔法は、いくら肉体的な回避行動を取っても躱せない。霊的な偽装魔法を使えない達也には、敵の魔法それ自体を無効化する以外に対抗手段がない。

アークトゥルスが精神干渉系魔法を使うたびに、達也は術式解散の発動を余儀なくされる。ただでさえ有効な攻撃手段が見つからない状況で、防御に手を取られてしまう。

 

このままでは、ジリ貧だ。

 

今のところ達也はアークトゥルスの魔法を全てシャットアウトしている。だが相手のスタミナが切れて幽体離脱の魔法が先に解除されるのでなければ、達也が墜とされてしまう未来も十分にあり得る。再び精神を攻撃する魔法が達也に襲いかかる。『カオス・ファントム』。幻覚剤でトリップしている最中の被験者が体験するサイケデリックな視界と音を対象の意識内で再現する魔法。元は精神障害に対する、肉体的な副作用が存在しない治療手段として開発された医療用の魔法だ。その段階では『混沌の幻影カオス・ファントム』などという物騒な名称ではなく『無秩序な幻影ディスオーダリー・イリュージョニスト』と呼ばれてた。

それ自体に殺傷力は無いが、致命的な隙を作り出す魔法を、達也は今回も術式解散で分解した。術式解散はこの魔法のシステム上、どうしても後手に回ってしまう。相手の魔法式の構造を解析してそれを分解するというプロセスは、敵の攻撃を待たなくては始められない。局面の打開には、こちらから攻撃を仕掛ける必要がある。アークトゥルスの幽体は系統外魔法のみで攻めてきてはいない。精神をターゲットにする魔法を受ける事も躱す事も出来ず、防ぐのみ。だが波やエネルギー、空気弾を放つ魔法であれば、躱して反撃に転じるのも不可能ではない。

 

「(しかしその為には、今の間合いは遠すぎる)」

 

術式解体の欠点は射程距離が短いこと。原則として、魔法は物理的な距離に縛られない。空間的な隔たりが魔法の妨げになるように見えても、それは術者が懐く『遠い』という認識が魔法を届かなくしているだけに過ぎない。

だが術式解体は、距離に関する原則の例外だ。この魔法――というより想子操作技術は、本当に物理的な距離の制約を受ける。限界値は術者によってまちまちだが、その距離を超えると途端に想子流が減衰して想子情報体破却の効果を失ってしまう。達也の場合、現在の限界は三十メートル前後。術式解体としては破格の射程距離だが、他の魔法に比べればやはり見劣りする。

この場に限っても、アークトゥルスは達也との間に五十メートル以上の隔たりをキープしている。先程、十メートル未満の間合いまで接近して放った術式解体はあまりダメージを与えられなかったように見えたが、それでもアークトゥルスを警戒させるに足る攻撃ではあったようだ。

何としてもこの距離を縮めなければならない。たとえ多少のダメージを被る事になるとしても、有効な攻撃手段が術式解体しかない以上。精神体に分解魔法は通用しないのだから――。

 

「(――何故通用しない?)」

 

アークトゥルスの魔法を無効化しながら、達也の脳裏にふとそんな疑問が浮かび上がる。

 

「(『分解』が使えないのは、精神の構造を認識出来ない身体。精神は霊子情報体。俺には、霊子が形作る構造は「視」えない)」

 

文字通りの自問自答。それは達也にとって分かり切った、己の限界だった。だがこの時、彼の意識は自身の答えに納得しなかった。

 

「(俺は人体を分解できる。だが俺は人体の構造を直接視認しているわけではない。細胞の一つ一つ、細胞を更生する一つ一つの分子とその結合を顕微鏡的に見て理解する事は、俺には出来ない。俺は人体以外の物質も分解できる。それだって、分子結合を直接認識してはいない。機械を部品に分解する際も、パーツの組み合わせを透視しながら解体しているのではない。俺は物質の情報を記録している想子情報体を「視」て、その構造を理解して、それを分解しているだけに過ぎない)」

 

それは別段、卑下すべき事ではなかった。魔法とは、そういうものなのだから。



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亡霊VS達也2

世界に存在する事象の情報を写し取り保存して誤認させる技術。それが魔法だ。四葉家は達也の『分解』を「魔法ではない」と判定したが、根本的な原理は魔法以外の何ものでもない。

 

「(俺には物質の構造が見えていない。だが、「分解」する事が出来る。ならばなぜ、精神の構造が直接「視」えていないというだけで、分解魔法が通用しないと言える? 今、俺が視ているものは何だ?)」

 

彼が「アークトゥルス」と認識しているのは、彼の肉体の情報を保持した想子構造体だ。しかしそこに保存されているのは、肉体を更生する物質的な情報だけではない。まだ完全には解明されていない事だが、物質世界に属する肉体とは別次元に存在する精神を繋ぐのが、生物にとっての想子の主たる役目だ。物理的な相互作用を持たない想子が唯一の例外として、想子の波で組織化された脳細胞に電磁的な信号を発生させ、脳細胞の電磁パルスが想子の波を誘発する。この性質によって、想子は精神と肉体の通信を担っている。

事象には情報が伴う。事象の情報は、想子に記録される。それは、想子自身が引き起こす現象にも当てはまる。肉体の情報を保存した想子情報体には、精神との交信に使われていた想子の情報も残されている。達也が視ているアークトゥルスの想子ボディには、その精神がこの次元に働きかける為の通路が記録されている。

 

「(そもそもなぜ、精神体が想子情報体を伴う必要がある?)」

 

達也は新たな問いかけを自身に向ける。アークトゥルスの攻撃の手――正確に言えば術式解体を使うための接近機動は中断され、迎撃と回避一辺倒になっているが、今考える事を停めるべきではないと達也の直感は告げている。彼はその、心の声に従って答えとなる仮説を組み立てた。

 

「(この敵、アレクサンダー・アークトゥルスだけではない。パラサイトの本体も常に、想子の外皮を纏っていた。精神は肉体を直接コントロール出来ない。肉体が感じている情報を、直接認識する事も出来ない。精神は、霊子情報体は、想子波を発信する事で肉体に命令を伝え、想子波を受信する事で肉体が入手した情報を取得している)」

 

達也の反撃を考慮しなくてもいいと判断したからなのか、アークトゥルスの攻撃が激しさを増す。達也は敵の魔法を機械的に無効化しながら、考察の核心に踏み込んだ。

 

「(肉体が無くても同じなのか?精神はこの次元に直接干渉ことが出来ず、この次元の情報を直接取得する事が出来ない?現在の魔法学会では、情報次元といってもこの世界から独立した異世界があるわけではない、という仮説が主流だ。情報の次元は、事象の情報を記録する為のプラットフォームに過ぎないもの。この世界とは、表裏一体の関係にある。精神体は、物質次元と同様に情報次元にも、直接のアクセスは出来ない?想子で構築した構造体を媒体とし、その中に設けた通路を使って物質次元と情報次元にアクセスしているのか?ならば精神にとってのアクセスポイントになっている想子構造体を分解すれば、精神をこの次元から切り離せる!?)」

 

天啓のように達也の脳裏に閃いた方法を、彼はさっそく試してみる事にした。まずアークトゥルスの幽体に、情報体認識能力『精霊の眼』を向ける。幽体の中に、精神が情報次元と接続するために使っている構造を探す。

肉体そのものの情報――非該当。肉体が精神との交信に使っていた想子情報体セクションの情報――非該当。魔法式を出力する『ゲート』の情報――

 

「(・・・いや、これではない)」

 

意識領域の最下層にして無意識領域の最上層に存在する『ゲート』は、肉体を持つ魔法師の精神が魔法式を魔法演算領域からターゲットとなるエイドスに放つ出口だが、肉体から抜け出たアークトゥルスは、幽体に記録された『ゲート』を魔法の発動に使っていない。どうやら『ゲート』は、精神が肉体と交信する際のチャネルを改造したものであるようだ。

 

「(――!?)」

 

アークトゥルスから達也に、精神干渉系魔法の攻撃が飛ぶ。フル稼働状態だった達也の『精霊の眼』は、その魔法の射出口を捉えた。観察に気を取られていた所為で、魔法の無効化が一瞬遅れる。達也は空間認識――上下左右前後の感覚を奪う幻覚に襲われた。二メートルを落下したところで自分に貼り付いた幻覚魔法の魔法式を分解し、空間認識と飛行魔法の制御を取り戻す。

 

「(今のは・・・?)」

 

達也は意識を集中し過ぎないように調節しながら、たった今捉えた想子構造へ「眼」を向ける。精神体で魔法式を出力する際のチャネルは使い捨てなのか、そこにあるのは痕跡だけだ。今は何処にも繋がっていない。だがその近くに、稼働中のチャネルが見つかった。

達也はアークトゥルスの攻撃を無効化しながら、その通路を「眼」で調べた。幽体の「奥」からそのチャネルを通してごく短い間隔で――殆ど途切れなく――事象干渉力が送られてきている。

アークトゥルスの攻撃は続いている。じっくり時間を掛ければ他のチャネルも見つけられそうだが、その余裕はない。一秒でも早く戦闘を終わらせて、水波を追い掛けなければならないのだ。達也は発見した事象干渉力の通路に「眼」で照準を合わせた。発見したチャネルの構造を解析。物質・物理現象の情報体や魔法式の構造との質的な違いに手間取りながら、達也は常時稼働中のチャネルが何か、把握した。

 

「(――これは幽体離脱の術式を維持する為の「通路」か)」

 

彼の分析が完了したのと、ほぼ同時。アークトゥルスの攻撃が、いっそう激しさを増す。そこには、焦りのようなものが感じられた。もしかしたらアークトゥルスは、自分が「視」られたことを感じ取って、危機感を覚えているのかもしれない。

だからといって、達也が為す事は変わらない。敵の攻撃を分解し、自分の攻撃を組み立てる。物理的事象のエイドスの分解とはいささか勝手が異なるとはいえ、想子情報体の分解という本質に違いはない。情報体に伴う情報体を分解するスキームは、魔法式の分解に近いと言えるかもしれない。達也はそう判断して、魔法式の構築に術式解散のノウハウを応用した。何時もの倍の時間をかけて、達也はアークトゥルスの幽体に情報体分解の魔法を放った。幽体の全てを分解するのではなく、幽体離脱を維持するために稼働中の魔法チャネルを標的として。

手応えは、あった。彼が「視」ている先で、事象干渉力の通路が崩壊する。幽体の該当箇所から、霊子の波が漏れる。達也は霊子を粒子として視認できないし、霊子波を信号として理解も出来ないが、霊子波の明暗程度は知覚できる。

 

「(事象干渉力の正体は霊子波か!?)」

 

事象干渉力は魔法師の無意識領域からターゲットのエイドスに直接注ぎ込まれる。それは魔法師本人にも「事象干渉力を注いでいる」としか認識出来ないものだった。だが達也は今、むき出しになった事象干渉力のチャネルを破壊する事で、魔法師としておそらく初めて事象干渉力そのものを「眼」にしている。

 

「魔法には、想子だけでなく霊子も使われていたのか・・・」

 

彼は思わず声に出して呟いた。事象干渉力はテレポーテーションのように直接移動するものであるが故に、達也のクラスメイトの美月のような、霊子を直接視認する事が出来る異能者にも霊子波として認識される事は無かった。領域干渉のような事象干渉力そのものを空間に満たす魔法でも、それはあくまで「魔法」として、空間に干渉した後の状態でしか観測されることはなかった。

事象干渉力の正体について、過去に探求がされてこなかったという事ではない。想子情報体ではなく霊子情報体が事象干渉力を媒介としているという仮説も、少数派ながら魔法研究者の間には存在している。しかし、事象干渉力の正体が霊子波であると観測されたのはこれが最初だ。達也の誤認でなければ、魔法学における一大発見となるだろう。だがこの場では、研究者としての好奇心より戦士としての状況把握が優先される。事象干渉力チャネルの崩壊よりも、幽体全体の状況に達也は注意を向けた。

変化はすぐに現れた。これまで絶え間なく攻撃魔法を放っていたアークトゥルスの幽体が、動きを止めている。空間的に動かなくなっただけでなく、想子情報体の活動が観測出来なくなった。投影幽体を構成する想子の密度が低下していく。希薄化は十秒前後で止まり、その直後アークトゥルスの幽体は、虚空に吸い込まれるが如く消え去った。

事象干渉力の供給路が閉鎖された事により幽体離脱の魔法が維持できなくなり、アークトゥルスの精神体は肉体へと追い返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況は自分に有利だったはず、暗闇の中でアークトゥルスはそう考えた。仲間と自分自身の仇に遭遇して、全力を以て報復を果たそうとした。敵は精神体に対する攻撃手段を一種類しか持ってなかったうえ、射程距離が魔法としては話にならないくらい短い。相手は強力な魔法無効化手段も持っていたが、距離を取って攻撃を続けていれば、少なくとも負ける事はない。

そのはずだったが、突如激痛に襲われた。アークトゥルスに抜歯の経験は無いが、麻酔を使わずに歯を抜かれたらこんな苦しみを味わうのだろう、そう思わせるような痛みだった。血ではないが、血液と同様の命に直結している「何か」が抜け出していく感覚。突如視界が暗くなる。視覚だけではなく、幽体が再現していた代用の五感が突如薄れる。現実がいきなり、遠ざかっていく。

そして気がついた時には、アークトゥルスはこの暗闇の中にいた。彼はこの暗闇が、虚無で満たされている事にすぐ気づいた。

 

「(封印された肉体の中に戻されたのか)」

 

自分は死んだと思っていた。精神と肉体の繋がりは、完全に切断されてしまったと思い込んでいた。だがどうやらそれは、誤解だったようで、自分には分からない鎖で「自分」と自分の肉体は繋がっていたらしい。アークトゥルスは薄れ行く意識の中でそう思った。思考に霞が掛かる。考える事、思う事がままならなくなる。

我思う、故に我あり。この有名なデカルトの命題が正しいとすれば、思う事、即ち思考が途絶えた瞬間に「我」は消える。アークトゥルスは意識を失い、思考を失い、彼の自我は虚無の闇に沈んだ。



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三度の驚愕

達也は苦戦しながらも、アークトゥルスの幽体を退けた。だが術式解体と術式解散の連発は、彼をひどく消耗させていた。

 

「ここまでか」

 

無理をすれば、まだ飛べる。だが彼は、ここで無理をして万が一にも自滅する事は出来なかった。

 

『水波を助けたい』

 

達也自身もそう思っているが、彼以上に深雪がそれを望んでいる。しかし達也が優先すべき相手は、水波よりも深雪だ。ここで倒れてしまえば、いざという時に深雪を助けに行けなくなる。達也に無理が許されるのは、深雪が望んだ場合と深雪に脅威が迫った場合だけ。水波の追跡を続ける為にアークトゥルスを撃退して、その結果、追跡続行の余力を失うのは皮肉な結果だが、それが現実だから受け入れる以外にない。達也はスーツの情報機能を呼び起こし、現在時刻を確認する。

 

「(戦っていた時間は、約十五分か・・・)」

 

達也の体感以上の時間が経過している。それだけ自分に余裕がなかったのだろうと、達也は考えた。

 

「(やはり無理をしなくて正解だったか)」

 

負け惜しみ気味ではある事は否定出来ないが、達也は自分のコンディションをチェックしながらそう考えた。今すぐ飛べない事は無いが、再び空中戦闘になれば、十分なパフォーマンスは望めない。暫く地上で休んでいた方が良いだろうと、彼は判断した。

達也が着用している『フリードスーツ』は、普通の公道を走っていても不審に思われないよう、市販のライディングスーツとよく似た外見に作られている。バイク用のスーツを着ていながら徒歩というのは違和感を覚えさせるが、道端にいても奇異の目で見られる程ではない。そう考えて達也はヘルメットを脱ぎ、ゆったりとした歩調で西へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

克人に指揮された十文字家の魔法師は今、厳しい顔つきで光宣の車を追いかけている。彼らは先ほどまで、師族会議の決定に従って、水波が入院していた病院の周りで光宣を待ち構えていた。

十文字家に与えられた役割は、七草家と協力して九島光宣を捕らえる事。だが今日光宣の奇襲に対して七草家は全く役に立たず、十文字家は当主の克人が陣頭指揮を執っていたにも拘わらずまんまと光宣に出し抜かれた。

光宣と接触する事さえ出来なかった七草家の魔法師たちは、当主・弘一の指示を仰ぐべく一旦屋敷へ戻った。一方、光宣の策に落ちて彼を捕縛するという目的を果たせなかったばかりか、囮に使った水波を奪われるという失態を演じた十文字家は、克人自ら追跡車両に乗り込んで光宣の後を追っていた。

追跡部隊の陣容は軍用車両を改造した七人乗りSUV二台に四人ずつ、合計八人。面子を掛けるには物足りない陣容に思われるが、首都防衛という十文字家本来の役目に支障が出るのでそれ以上の人員を割けないという事情がある。

しかし同時に、克人が指揮する十文字家の精鋭八人だ。そもそも調布で光宣に後れを取ったのは、市民を人質に取られたという側面がある。純粋な戦闘で後塵を拝したわけではない。市街地を離れれば、相手は同じ策を使えない。克人も彼の部下も、光宣の追跡に出発する前から雪辱の念に燃えていた。

克人たち追跡部隊が出発したのは、光宣が水波を攫っていった十分後。その遅れを縮めるべく相当無茶な運転をさせていた。彼らの車は警察車両でもなければ緊急車両でもない。危険走行は警察の取り締まりを受ける恐れがあるので、彼ら追跡部隊は事実上の限界速度で西進していた。

それだけの無理をしてきたにもかかわらず、克人は突如、一般道へ降りるよう運転手に指示した。もう一台の車両には追跡を続行するように命じて、自分が乗るSUVは八王子ジャンクションから圏央道経由で甲州街道へ針路を向ける。

高尾山南の上空で感知した、激しい魔法戦闘の気配。旧行政区分で言えば、ここはまだ東京都内だ。首都防衛の要である十文字家の魔法師として、到底見過ごせるものではない。

十文字家の魔法師は卓越した能動的干渉力に比べると、受動的な知覚力がワンランク落ちる。現在彼らが感知している戦闘も、開始されたのはもっと前の可能性がある。ここまで接近しなければ分からなかっただけで、もう決着が付こうとしているのかもしれない。それでも、素通りは出来なかった。十文字家に与えられた本来の役割は首都を武力攻撃から守る事。物質兵器による攻撃だけでなく、魔法による攻撃も取り除くべき脅威に含まれている。いくら辺緑とはいえ首都圏で、実際に魔法戦闘が発生している気配を捉えて、それを無視する事は出来なかった。十文字家当主として、克人自身が対処しなければならなかった。

しかし、八王子ジャンクションから圏央道を南下中に、戦闘の気配は消えた。どうやら戦いに介入するまでもなく決着が付いたようだ。圏央道に乗り直して追跡を再開するというのも一つの選択肢だったが、どうせ一度は高速道路から下りなければならない。最期に戦闘の余波をキャッチしたのは高尾山南西の上空だ。克人はその地点に車を向けるよう、改めて命じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は背後から迫る自走車の音に、足を止めて振り返った。単にここを通る車が珍しかったからではなく、その中に知人の気配を感じたからだ。

 

「(十文字先輩か)」

 

光宣の乗った車を追い掛け中央道を西に進んでいるはずの十文字克人が、何故高尾山南西の甲州街道を走っているのか、疑問ではある。だが戦闘に堪えるだけの力を回復する為、もう少し休憩を取りたい達也にとっては好都合だ。

達也は足を止め身体ごと振り返った。二分も経たない内に武骨なフォルムのSUVが近づいてきて、達也の前に停まる。助手席の窓を開けて彼の名を呼んだのは、達也が察知した通り克人だった。

 

「司波?」

 

「十文字先輩。光宣を追跡中でしたら、乗せていただけませんか」

 

達也の図々しいリクエストに、克人は一言「乗れ」と答え招き入れる。達也は二列目左のシートに座らされた。克人の真後ろだ。

克人が伊豆で達也に左腕を焼かれてから――その腕は他ならぬ達也が元に戻したが――まだ二ヵ月も経っていない。それなのに克人は達也に背中を向けて、まるで警戒している素振りがない。肝が太いのか人が良いのか、それとも思考のあり方が常人とは違うのか。

もっとも達也の方も、克人がどう感じるかなど全く考えず、勧められるままこの席に座ったので、達也と克人はこの辺りお互い様だろう。

 

「司波、誰と戦っていた?」

 

「パラサイト化したUSNAの軍人です」

 

Uターンした車の中で、克人が最初に尋ねたのは、戦闘の相手だった。達也としても、特に隠す必要は無いので、事実をそのまま答える。ただこの回答では、説明不足の感は否めない。

 

「宿主を抜け出したパラサイトの本体が、こんな所まで飛んできたのか?」

 

直前までパラサイトの本体に手を焼かされた克人がこのように誤解するのは、無理もないと思われる。

 

「いえ、パラサイトの本体ではないと思います。自分には精神体を詳細に認識する視力がありませんので確実とは言えませんが、幽体離脱で肉体から抜け出した幽体ではないかと」

 

達也も言葉が足りなかったと自覚したのか、今度は少し長めの答えを返す。だがこの答えも、克人の疑問に完全に答えた物とは言えない。

 

「幽体離脱?パラサイトが?」

 

「パラサイトだったのかどうかも分かりません」

 

「・・・しかしお前は、パラサイト化していた米軍の者だと言ったではないか」

 

「それは確実です。先程の相手と交戦したのは二回目。前回は間違いなくパラサイトでした」

 

それまで前を向いたまま質問をしていた克人が振り返る。ヘッドレストの脇から横顔をのぞかせた克人は、鋭い眼差しを達也に向けた。

 

「――それはつまり、パラサイトが人間に戻ったのかもしれないということか?」

 

「自分が懐いた印象以外の根拠はありませんが、その可能性は排除できないと考えます」

 

「・・・そのアメリカ軍人は倒したのか?」

 

少し考えてから、克人はパラサイトとは関係ない質問をした。それはつまり、パラサイトに関する考察を差し当り棚上げにしたことを示していたが、達也としてもその判断に異論はない。

 

「当面は無力化出来たと思います」

 

「そうか。我々はお前が言った通り、九島光宣を追跡中だ。もう一台の車は四葉家から提供された情報に基づき、現在は河口湖方面へ進んでいる」

 

「街中に入られると厄介ですね・・・」

 

「都心で交戦するより被害は少ない。そう考えて、ある程度割り切るしかあるまい」

 

克人はどうやら、第三者を巻き添えにする事も辞さないと腹を決めているようだ。調布の病院前で市民を盾に取った光宣の遣り口が、この覚悟に繋がったのだろう。

 

「むっ」

 

克人の眉がピクリと動き、短く声を漏らす。ただしそれは、状況の悪化に反応したものではなかった。

 

「高速を下りたようだ。これは・・・市街地に潜り込むルートではないな。目的地は青木ヶ原樹海か?」

 

達也は手に持っていたヘルメットをかぶり、克人が受信しているのと同じデータを、バイザーに表示する。光宣の現在位置を示す円は相変わらず直径一キロ程度の大きな誤差に甘んじながら、河口湖に広がる町の南を西に向かって進んでいた。確かにこのコースなら、青木ヶ原樹海に隠れ家があると考えて良いだろう。達也もそう推理した。

木ヶ原樹海が脱出不可能な魔境だと考えられていたのは前世紀の話。そこにいると分かっていれば、捜索はそれ程困難ではない。

しかし達也はなぜか楽観的にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣と、そして水波を乗せたワゴン車は、木々の間を縫って伸びる細い道を進んでいた。舗装されていない土の道だが、走っていて凹凸はまるで感じられない。左右は樹木の壁。頭上には緑の天蓋。車一台分の幅しかない道は緩やかに蛇行していて、視界は十メートルもない。

富士の樹海にこんな道があったのかと、自責の念に沈んでいた水波ですら驚愕に捕らわれ、いくら達也たちでもこのような道は把握していないだろうという考えにたどり着く。そもそも水波は、この細い道に何時、何処から入ったのか気付けなかった。河口湖、西湖の南側を東西に走る道路から富士山の西側を回り込んで南下する道へ移り、暫くは走っていたかと思えば、いつの間にかこの細い道路に入り込んでいた。対向車が来れば互いに立ち往生してしまうような小道だが、水波が乗っている車以外に、車両どころか歩行者の影もない。これだけ平らに整備された道であれば遊歩道として観光客が利用しそうなものだ。

首を捻っていた水波の前に、突如意外な光景が広がる。いきなり開けた視界。綺麗に整地された広い敷地に建つ、平屋の木造家屋。派手さは無いがどことなく異国情緒を漂わせる邸宅の向こう側に、道は無かった。今通ってきた細い道路は、この館に出入りする為だけの物だという事だ。敷地は森をきれいな円形に切り開いたもので、塀も門もない。ワゴン車は、玄関の前で駐まった。

ふと背後を振り返って、水波は三度驚く。

 

彼女が通ってきた細い道は消えていたのだ。

 



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凛の問いかけ

「むっ?」

 

克人が訝し気な声を漏らす。その理由は聞く必要は無い。達也も同じ心境に陥ったから。バイザーに映っていた光宣の反応を示す光円が唐突に消失した。

 

「司波、お前の方もか?」

 

「えぇ」

 

ヘルメットを脱いだ達也に問いかけてきた克人は、自分たちのレーダーの故障ではないと確認し、もう一台の自走車を無線で呼び出した。

 

「・・・そうか。分かった。俺が合流するまでその場で待機」

 

通信を終え、克人が達也に振り返る。

 

「九島光宣の逃走車は、結局視認出来なかったようだ。先行している追跡車は富士風穴の手前で反応を見失っている」

 

「樹海の中に潜り込んだのでしょうが、東か西かも分からないんですか?」

 

「残念だが」

 

達也はそれ以上、十文字家を責める言葉を口にしない。光宣を見失ってしまったのは自分も同じだという事を、彼は忘れていなかった。

 

「可能性は二つですね」

 

「ああ。九島光宣が本来の魔法力を取り戻したのか、強力な隠蔽が施された家に逃げ込んだのか。あるいは、その両方か」

 

克人が示した三つの可能性に、達也は異を唱えなかった。達也もその三つのどれかだろうと思っていたのだ。

 

「そのいずれであるにせよ、現地で痕跡を探してみるしかあるまい」

 

「(弘樹を呼ぶか・・・いや、今は無理か・・・)」

 

達也は一瞬そう思うものの先の深雪の錯乱ぶりから凛に何かあった可能性がある。そんな状況下で弘樹を呼べば深雪がどうなるか分かった物ではないと考えると達也は克人の意見に賛同するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也と克人が彼らに先行して光宣を追い掛けていた自走車に合流した時刻は、午後四時二十分前後だった。既に夏至を過ぎているとはいえ、まだ日は長い。道路には左右に生い茂る木々が影を落としているとはいえ、照明が必要になる暗さではなかった。

 

「・・・司波、何か分かるか」

 

樹木の壁を左右交互に睨んでいた克人が、小さく一つ息を吐いて達也に振り返って尋ねる。車の中で彼自身が言ったように、こういった痕跡探しは達也の方が適任だろう。

 

「確かめてみます」

 

立ち並ぶ木々を克人と同じように見詰めていた達也が、道路を横切って西側の樹林へ進む。克人の部下が、声にならない驚きを漏らす。木々の間を縫って進むのではなく、樹木の壁に向かってまっすぐ進んだ達也の身体が、立ち塞がる木の枝と幹を素通りしたのだ。

達也が両手を左右に広げてゆっくり回る。半回転しても、達也の腕は枝に引っ掛かるどころか、木の葉に触れる事もなかった。それどころか、彼の周りに立っていた木が消えた。代わりに車一台が辛うじて通れる、細い道が出現する。

 

「幻術か」

 

「ええ。目の前まで近づいても気が付かない、強力な幻影魔法ですね。近くに魔法師の気配が無いところから見て、聖遺物クラスの魔法具を使っているのでしょう」

 

「魔法具か」

 

「どのようなものかは分かりませんが。我々の知らない、古式魔法の秘術だと思われます」

 

「フム・・・」

 

克人が腕を組んで考え込む。とりあえず入り口を隠す魔法は破ったが、この先にどんな術が仕掛けられているか分からない。それに、隠されている道がこれだけとは限らない。光宣がこの道を進んだと断言できないのだ。

 

「空から探しても、見つからないでしょう」

 

腕組みをしたまま達也へ視線を向けた克人に、達也は微かに苦い表情を浮かべて答える。

 

「そうだな・・・」

 

上空から暴き出せるような幻影なら、偵察衛星や成層圏プラットフォームで存在が暴かれているはずだ。克人が車中で言ったように、青木ヶ原樹海は国防軍の管轄だ。国防軍がそれを放置するはずがない。青木ヶ原樹海は観光地であると同時に、国防陸軍が定期的に森林行軍の演習に使っている軍用地。誰のものとも分からない幻術が仕掛けられた森林で演習など、徒に兵士の身を危険に曝す愚行。そのような術の存在を許すはずがない。もっとも、現実に幻術は仕掛けられている。たとえ不注意で見逃したのではないとしても、国防軍が大きな失態を犯しているのは事実だ。しかしそれは裏を返せば、上空からの監視ではこの地に仕掛けられた魔法の陣を発見できないという事だった。

 

「進もう。虎穴に入ったからと言って虎児を得られるとは限らんが、ここで引き返しても状況は改善しない」

 

「賛成です」

 

克人は達也の指示など必要とはしなかったかもしれない。だが達也が克人の決断に賛同してすぐ、十文字家の魔法師はそれぞれの車に戻った。

 

 

 

 

 

 

だが、細い道は何度往復しても何も発見する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也達が調布に戻ったのは夜8時を過ぎた頃であった。飛んで帰る途中で敵に遭遇しても差し支えないだけのスタミナは回復していたが、当局を刺激しないようにと克人の進言を受け容れたのだ。

病院の前には深雪ではなく弘樹が待っていた。弘樹は達也の表情を見ると口角が少し下がった。水波の奪還に失敗したと察したのだ

 

「達也、お疲れ」

 

「すまない、失敗した」

 

達也は最初に謝罪を口にし、達也は親友や深雪の期待に応えられなかった事を悔いていた。

 

「いいよ、元は姉さんの失態だったから・・・」

 

克人とその部下を見送った後に弘樹はそう答えた。

 

「今凛はどうしている」

 

「・・・着いてきて。今、深雪の部屋にいるから」

 

そう言うと達也は弘樹の後をついて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に入ると凛は頭に包帯を巻いてソファーに横になっていた。

階段が凹む勢いだと聞いていたが、流石の頑丈さだなと思いつつ達也は少し気まずそうに声をかけた。

 

「凛・・・」

 

達也の声に反応する様に凛が顔をテレビに向けたまま返事をする

 

「ああ、おかえり達也」

 

そう素気なく返事をすると凛はすぐに視線を元に戻す。

達也は凛が自責の念に駆られているのがよく分かった。そして達也は深雪に弘樹の部屋に行ってもらう様伝え。部屋に凛と達也の二人だけの状態になると凛が小さく喋り始めた

 

「私って甘いのかな・・・」

 

「?」

 

達也は凛の言葉の意味が分からないでいると凛は訳を言い出した。

 

「いや、私が光宣君と会った時、私は彼を捕らえようと思いたくなかった・・・」

 

凛はポツリポツリと呟き今日のことを悔いていた。達也はどう言葉を掛ければいいか分からなかった

 

「私のどこかにあった希望という感情が私が彼を捕らえることを拒んだが為に水波ちゃんは彼に着いて行ってしまった・・・」

 

そう呟くと凛は今日初めて達也の顔を見て問いかける

 

「ねえ達也・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の判断は間違っていたのかな・・・」

 

達也はこの時、凛に何も答えることが出来ない無力感を噛み締め、感情を失ったことを後悔するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣は達也よりも一足早く、夕食の卓に着いていた。料理を作ったのは水波。光宣は自動調理機で済ませるつもりだったのだが、それまでほとんど口を利かなかった水波に請われて、キッチンを明け渡したのだった。調理開始時刻は七時で、支度が終わったのは八時過ぎ。料理に慣れている水波にしては随分時間がかかったが、馴染みのない調味料が多かった所為や、食材と調理器具、台所に用意されていた物が中華料理専門店で使われるようなものが揃っていたのもあるだろう。この隠れ家は周公瑾が用意した物だから、それも仕方がない事だろう。

苦戦しながらも、水波は無事に料理を完成させ食卓に並べる。食卓には中華料理風の献立が並んでいる。ただ脂分が濃かったり刺激が極度に強い品は無い。水波は和洋中の中で、中華があまり得意ではない。ただ幸い光宣も、脂っこい料理よりもあっさりした物を好む。もっとも、水波が作った料理なら光宣はどんな物でも美味しく感じたに違いない。

光宣は小食では無いが、この年頃の少年にしては食べるのが遅い。幼いころからベッドの上で食事をする事が多かった所為で、ゆっくり食べる事が習慣になっているのだろう。一方、水波は決して大食漢ではないが、食べるペースは速い。小さなころからメイドとして教育されているので、食事に時間をかける習慣がないのだ。それは達也・深雪と同居した一年余りの年月が過ぎていても変わらない。その二つの要因が相まって、光宣と水波が食事を終えたのはほぼ同時だった。

 

「ご馳走様」

 

「お粗末さまでした」

 

「とんでもない!とても美味しかったよ!」

 

「・・・ありがとうございます。食後のお飲み物は何がよろしいでしょうか?」

 

水波の問いかけに遠慮の言葉を返そうとして、それはかえって失礼だと思い直し、光宣は少し考えてから答える。

 

「じゃあ、紅茶をもらえるかな」

 

「かしこまりました」

 

水波が立ち上がって食べ終わった食器をワゴンに載せる。そのワゴンは非ヒューマノイドタイプの家事支援ロボット。自走するワゴンに先導される格好で、水波の姿がキッチンに消える。

光宣が大きく息を吐いて、口から緊張を吐き出す。水波の目が無くなったところで、改めて気合いを入れ直す。

水波が紅茶を手にして戻ってきたのは、キッチンに引っ込んでさほど時間は過ぎていない。だが光宣が覚悟を決めるには十分なインターバルだった。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。水波さんも座って」

 

「はい」

 

水波は素直に光宣の言葉に従う。覚悟を決めた光宣だったが、いざとなって再び緊張に囚われ、暫く無言の時が流れた。

 

「――水波さん」

 

「はい、何でしょうか」

 

「水波さんの正直な気持ちを教えて欲しい」

 

「・・・」

 

「僕は・・・水波さんに、パラサイトになって欲しい。水波さんの身体を、魔法を奪わずに治す為に」

 

「・・・」

 

「でも僕の考えを水波さんに強制するつもりは無い。無理矢理攫っておいて今更何を言ってるとは思うだろうけど、無理強いはしたくないんだ。絶対に」

 

「・・・はい。信じます」

 

もし無理強いをするつもりなら、自分は既にパラサイトにされているだろうという考えから、水波は光宣の言葉に信憑性を感じていた。思いがけない水波の言葉に光宣が目を見張る。

 

「ありがとう。水波さんは、どうしたい? パラサイトになっても、魔法を捨てたくないのか。それとも、魔法師であることを止めても、人としての生を全うしたいのか」

 

水波が俯く。前髪で表情が見えなくなった水波。彼女が考えているのは光宣への答えではなく、達也の計画を光宣に話して良いのかであった。

だが光宣は否定されるのを恐れたのか、慌てて言葉を継いだ。

 

「パラサイト化しても自我を乗っ取られる事は無いよ。その点は保証する。僕は自分自身を保ったまま、パラサイトの能力だけを手に入れるやり方を見つけた」

 

「・・・」

 

確かに光宣の自我は保たれているように見えるが、水波は以前の光宣と今の光宣では、若干違う人物になっていると感じている。だから無言で俯いたままだったのだが、光宣の焦りをますます激しくするには十分だった。

 

「公平を期す為に言っておくけど、演算領域を封じれば命の危険はないという達也さんの言葉も、多分間違っていない。魔法師ではなくなってしまうけど、人としては生きられる」

 

光宣は達也が人工演算領域を造るなどと考えていないのか、しきりに『魔法師でなくなる』という言葉を使う。

 

「・・・少し、お時間をください」

 

水波は眼を上げぬまま、聴覚に意識を集中していなければ聞き逃してしまうような声で、そう答えた。

 

「そ、そうだよね!ご、ごめん!いきなりきめられないよね、こんな大事なこと」

 

水波が魔法と人と、どちらを選ぶのかで悩んでいると勘違いしている光宣は、椅子を鳴らして立ち上がり狼狽を露わにする。

 

「本気で考えてくれるのは嬉しいよ!返事は何時でも良いから」

 

光宣が自分の使ったティーカップを持って、キッチンへ駆け込むように姿を消す。水波はそれを制止しようともせず、俯いた姿勢で固まっていた。



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深雪の問いかけ

凛から詳しい話を聞く。今日の顛末をレポートに纏めて本家の真夜へ送信し、巳焼島防衛戦の詳細と結末を本家から転送してもらった報告書で確認する。

とりあえず今日の内に終わらせるべき事を完遂した達也は、寝間着代わりの半袖Tシャツ・ハーフパンツ姿で、渇いた喉を潤すべくダイニングへ向かう。現時刻は真夜中近く。理由は凛があの後自棄酒を起こし、彼女の気が済むまで近くで話を聞いていたからだ。本家への報告なんかを書く暇などなかった。

 

「(今日の自棄酒は中々だったな・・・明日は酷いことになりそうだ・・・。凛はこれで良いとして・・・あとは深雪だな、明日はずっと一緒にいるか・・・?)」

 

深雪はいつもの調子を取り戻したと言っても表面的なもの。彼女が無理をして笑っているのは達也でなくても分かる。幸いにして、新ソ連侵攻に伴う休校が解除されるという報せは無い。そんな事を考えていた達也の耳に、扉が開く控えめな音が飛び込んできた。

 

「お兄様・・・」

 

「深雪、まだ寝ていなかったのか」

 

「すみません・・・なんだか、眠れなくて」

 

ネグリジェにナイトガウンを羽織った深雪の口調は、そう言いながらも少しあやふやだ。身体も心も疲れているのに、気持ちが寝る事を拒んでいる。達也はそんな印象を受けた。

テーブルの前から立ち上がり、ダイニングの入口に立つ深雪に達也が歩み寄る。

 

「少し、話をしようか」

 

「・・・はい」

 

深雪は達也に肩を押されて、大人しくリビングに移動する。その際達也がHARにハーブティーを持ってくるよう命じ、深雪が慌てて「自分が」という雰囲気を見せたが、達也はそれを手振りで押しとどめた。自走式のワゴンがオレンジピールとカモミールのブレンドを二人分持ってきて、達也が身軽に立ち上がって片手で一つずつ、ソーサーに載ったままのカップを取り、一つを深雪の前に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

恐縮しながら深雪がお礼を言い、達也は笑顔で首を左右に振る。互いにハーブティーに口をつけたが、特に感想は無かった。HARが淹れたハーブティーの味が満足のいくものではなかったからだろうか。

深雪にとってこのハーブティーは、不満ではあるが顔を顰める程でもない。そんな微妙な味だったようだ。

そんな、どうという事の無い感想が自然に湧き上がってきたお陰で、深雪の心は少しだけクールダウンで来た。達也がそれを意図したわけではないが、会話を始めるにはちょうどいい雰囲気になっていた。

 

「眠れないのは、水波の事が気になっているからか」

 

「はい」

 

質問でも念の為の確認でもない、ただ事実を述べる口調で達也が言う。質問ではないから、否定出来ない。深雪は虚勢を張れず素直に頷く。強がることが出来ず――強がらずに、済んだ。そしてその達也の口調のお陰か、深雪が押し隠していた心情を語りだす。

 

「何が・・・間違っていたのでしょうか。水波ちゃんとは上手くやれていたと思います。本当の家族のように思っていたのは、私だけではない・・・と、信じたいです」

 

「そうだな。決して、深雪だけの思い込みではない」

 

達也はあえて、推定系ではなく断定形で相槌を打った。それを聞いた深雪が微笑む――弱々しく。

 

「光宣君に対する気持ちも、理解していたつもりです。水波ちゃんは光宣君に人として好意を持っていた。それが恋になるかもしれないものだと。もしかしたら光宣君の一方通行の好意ではなくなっていたのかもしれません。私は水波ちゃんが光宣君を選んだとしても、それを否定するつもりはありませんでした」

 

そこで深雪が言葉を切って俯く。だがすぐに顔を上げて、縋りつくような眼差しを達也に向ける。

 

「それが、間違っていたのでしょうか?私は水波ちゃんに、光宣君を好きになってはいけないと、命じるべきだったのでしょうか?たとえ自分が他人の想いを踏みにじる人でなしになっても、光宣君は敵だと思わせるべきだったのでしょうか」

 

深雪は水波が光宣に対して恋心に似た感情を懐いていたのを知っている。あれだけの美少年を相手に何も思わない自分の方が特殊で、水波の方が普通だという事も理解している。もし水波が自分の――達也の側にいる事よりも光宣の側にいる事を選んだとしても、自分にそれを止める権利はないと思っている。だが実際に自分よりも光宣を選んだように見えた水波の行動に、深雪は複雑な思いを懐いたのだ。水波の気持ちを優先したいと思う一方で、自分の側にいてくれると思い込んでいた自分に気が付き、深雪はどうすればよかったのか頭を悩ませていたのだ。

 

「深雪、お前は間違っていない。気持ちというものは自分の心の中から湧き上がってくるものだ。長い時間をかけて価値観を刷り込む場合は例外だが、基本的に他人が動かせるものではない。こんな時に俗なセリフで申し訳ないが、世間では『障碍が多い程、恋は燃え上がる』という。一旦恋愛感情にまで成長したならば、尚更言ってどうなるものではないと俺は考える」

 

「障碍が多い程、恋は燃え上がる・・・そうですね」

 

深雪がクスッと笑う。今度は先程の微笑み程、痛々しくはなかった。恐らく自分の経験を振り返って、強い納得感を覚えているのだろう。深雪が初めて弘樹と出会った時もそうだった。心の中から湧き上がる何かが恋心であると。深雪は後から知るのであった。

 

「ではやはり、水波ちゃんは光宣君を好きになって、私たちよりも彼を選んだという事でしょうか・・・」

 

水波が懐いていた達也への想いがあの場面になって光宣の方へ傾いたとは深雪は思っていない。だがもしも、光宣への想いを断ち切る為に達也に想いを打ち明けたとしたら。そんな考えが頭を過り、深雪は再び自分を責める。

 

「私は甘すぎたのでしょうか?」

 

「水波に、光宣に対する好意を捨てるよう命じられなかったからか?」

 

達也の反問に、深雪は頭を振る。達也に視線で問われ、深雪は少しためらってから口を開いた。

 

「私は『氷神護法』を光宣君に撃つべきだったのでしょうか・・・」

 

氷神護法は精神を凍らせ、臼の様に粉々にしてしまう。すなわち死と同等であった。体も凍りつけにされ、どの次元からも精神情報体は塵となって消えてしまう。二度と生き返る事はない。

 

「俺が同じ状況に置かれて、パラサイトを葬る術を持っていたとしたら、俺は光宣を殺しただろう」

 

達也を見詰める深雪の眼差しが彼に近づく。ソファから身を乗り出したわけではなく、眼差しだけが迫ってきたように達也は感じた。だからといって、達也が舌をもつれさせる事は無い。

 

「だがその前に、警告はしたと思う。凛の様に逃げさせようとはしなかっただろうな」

 

そういうと二人は今頃ベットで横になっているであろう凛を想像した。

 

「そして結局、同じ状況に直面しただろう」

 

「・・・そうですか」

 

深雪がフッと目の力を緩めて頷く。達也でも同じ結果だったと聞かされ、少しは慰めになったのだろうか。

 

「それに」

 

しかし達也の言葉は、それで終わりではなかった。深雪が勢いよく顔を上げる。彼女の瞳には、不安が宿っている。次に何を言われるのか怯えている、だが逃げ出す事も出来ずにただ見詰める。

 

「俺がその場にいたなら、凛を止めていただろう――水波と同じように」

 

「水波ちゃんと、同じ・・・?」

 

深雪が大きく目を見開く。達也の言葉が信じられないというより、彼が何を言っているのか分からなかった。

 

「深雪に人殺しの現場を見せたくないのさ」

 

深雪は目を見張って両手で口を塞ぐ。

 

「凛は深雪に死を見せたくないんだろう・・・彼女らしいと言えばそうなる。おそらく水波と同じ考えだ。彼女も悩んでいたさ。自分の判断が間違っていたのか・・・自棄になってもそのことだけはずっと悩んでいた。顔も名前も良く知っている、一度は親しくした相手を失う哀しみを、お前に味合わせたくないと」

 

見ず知らずの敵の命と、知人・友人の命は等価ではない。達也は言外にそう告げている。人道主義的な正義の観点から見れば、とんでもない主張だが、深雪はそれを真実だと思った。それが真実だと、深雪は感じた。

 

「だから深雪・・・」

 

「はい・・・」

 

達也が深雪の瞳を覗き込む。深雪は両手を下ろして、達也の呼びかけに答える。

 

「俺にとっては、間違いではない。お前は間違っていない。そう思っているよ」

 

「――っ!」

 

深雪が再び、今度は勢いよく両手で口を覆う。深雪の両目から涙がこぼれる。達也は立ち上がり、深雪の隣に移動した。

 

「我慢する必要は無い。何故水波がお前を止めたのか分からず、ずっと自分を責めていたんだろうが、もうその必要は無い。水波はお前を裏切ったのではなく、お前を助けたんだ」

 

「はい・・・はい!」

 

深雪が達也に抱き着く。達也は深雪を、肩ではなく胸で受け止める。深雪は達也の胸に顔をうずめて、小さく嗚咽を漏らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくし、深雪が胸の中で寝てしまい一旦ベットに横にさせると達也は弘樹のいる部屋に向かうと弘樹が人差し指を立てて静かにする様言い、部屋のソファーで酒瓶を抱えながらブランケットを羽織っている凛を見た

 

「なるべく静かに頼むよ。姉さん、よっぽど今日のことで悩んじゃったみたいで・・・久々に泣いたのを見たよ」

 

そう言われ達也は思わず凛のことを見ると目頭に濡れた跡があったのを見つけた。

 

「よっぽどだったんだね。姉さん、泣きながら酒を飲んでいたよ」

 

「あの後も飲んでいたのか・・・」

 

達也はすでに大量の酒を飲んでいるはずなのにさらに飲んでいたことに驚くとともに、言われてみれば凛が泣いた所など見たことないなとも思っていた。



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早朝の出来事

七月九日、火曜日早朝。眠りから目覚めへと浮上する途中で、深雪は身体の自由を制限されていると感じた。縛られているのではない。実際に縄を打たれた経験など無いが、どうもそれとは違うようだ。狭い籠の中に閉じ込められているような感触とでも、表現すればいいのだろうか。未だクリアにならない意識に、危機感は何故か生まれなかった。囚われているのがむしろ、心地好くすら思えてくる、そんな感覚だ。

深雪が再び眠りの園へ戻ろうとした時、まるでそれを見透かしたように、不意に拘束が緩んだ。

 

「(あっ、だめ・・・私を自由にしないで)」

 

自分の心の声に、深雪は激しく動揺した。まるで、被虐趣味の変態が言いそうなセリフではないか、と。焦りが意識を急激に覚醒させる。深雪は勢いよく身体を起こした。彼女を包んでいた腕は、起き上がる邪魔をしなかった。自分を抱いていたものの正体が分かって、深雪は慌てて振り向いた。

 

「おはよう」

 

隣には、達也が寝ていた。同じベッドに。深雪は慌てて達也に背中を向ける。背後では、達也が起き上がる音がしたが、深雪は朝の挨拶を返すどころの精神状態ではなかった。

 

「(な、何故お兄様が同じベッドで? 昨日は確か夜遅くにお兄様に私は間違っていたのかどうか尋ね、間違っていないと言っていただいて安堵して・・・そこからどうしたのかしら?)」

 

自分が達也の胸で泣いたところまでは覚えているが、そこから先が思い出せない。もしかしたら自分から達也をベッドに誘ったのかと、深雪は狼狽に染まった顔で自分の身体を見下ろす。ネグリジェはそれなりに乱れていたが、胸元のリボンは解けておらず、前開きのボタンも外れていなかった。

 

「(なんだ・・・)」

 

心の中で息を吐き、自分の中で安堵よりも落胆が勝っていると気付いて、深雪は羞恥に顔を赤らめる。

 

「よく眠れたか?」

 

達也の声は、背後の高い位置から聞こえた。ベッドの反対側で立ち上がっているようだ。

 

「は、はい・・・おはようございます」

 

呼吸を整えて立ち上がり、深雪は達也に向かって振り返る。赤面したままの顔を見せるのは恥ずかしかったが、何時までも挨拶を返さないのはもっと恥ずかしい。ただ、お辞儀をした顔を上げるのは、かなり抵抗があった。

髪で顔を隠したまま、深雪は漸く昨晩の就寝前の事を思い出した。リビングで達也の胸に縋って泣いた深雪は、そのまま力尽きるように眠った。達也に部屋まで運んでもらい、ベッドに降ろしてもらったところで中途半端に目を覚ました深雪は、達也が考えていたように離れて行くのを恐れて両手で達也の腕を掴み「一人にしないでください」と懇願した。その結果が達也の添い寝だ。彼女は達也の腕に抱かれて、一晩を過ごしたのだ。

 

「まだ早い。もう少し寝ていてもいいぞ」

 

達也は深雪の不審な振る舞いには触れず、そう告げて彼女の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪が自分の部屋から出てきたのは、達也がトレーニングウェアに着替えて玄関に向かおうとしていたタイミングだった。まだネグリジェのままだが、上にガウンを羽織り、髪にはきちんと櫛を入れている。

 

「お兄様、トレーニングですか?」

 

このマンションは四葉家の東京拠点として建てられた。ビルの中には、戦闘要員の鍛錬に使える本格的なトレーニング施設が備わっている。

 

「ああ。軽く汗を流してくる」

 

達也は背中を向けたまま答えて、ふと何かを思いついたように足を止め、振り返った。

 

「一緒にどうだ?」

 

「一緒に、ですか?」

 

達也からの誘いに、深雪が目を丸くする。

 

「三年生になって身体を動かす機会も減っているだろう? 特に今年は九校戦の練習が無かったから、運動不足になっているんじゃないか?」

 

達也の顔は、一見大真面目だが、深雪は騙されなかった。フィクションには「目だけが笑っていない」という表現がよくつかわれるが、この場合は逆だ。達也は目だけ笑っていた。

 

「運動不足に見えますか?」

 

深雪はガウンの紐を解いて挑発的に両手を広げ、ポーズをとった。無論、巫山戯半分だ。ネグリジェも肌が透けるような生地ではないし、肌が大胆に露出しているデザインでもない。

 

「凛ほどではありませんが。これでも美容には気を遣っているのですよ」

 

深雪から思いがけない反撃を受けて、達也は苦笑する以外になかった。いや、凛の場合はやりすぎと言ったところだろう。バーベルで200kgと重量挙げ選手もびっくりの重さを軽々持ち上げるのだ。比較対象が間違っていると思ってしまった。

 

「ですが、せっかくのお誘いです。お断りするのも無作法ですし、準備をしてまいります。少しお待ちください」

 

深雪が軽い足取りで洗面所に向かう。口では気が向かないような事を言っているが、その実浮かれているのが後姿だけでも分かる。達也の苦笑は、微笑に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼と一緒にたっぷり汗を流したことが、深雪にとっていい気分転換になった。朝食の席に着いた深雪は、昨日に比べて随分と顔色が良かった――運動よりも添い寝の方が効果的だったという可能性は、達也の意識の中で自動的に無視されていた。

何時も通り食後のコーヒーを用意して、それを運んできた深雪を見て、達也は不謹慎かもしれないがホッと笑みを浮かべる。普段通りの――水波がいる時と変わらない表情の深雪が目の前にいるという事が、達也にって何物にも代えられない幸せという事だろう。

 

「深雪、今日の予定は?」

 

「私の予定ですか? 学校は今日も休みのようですし、特にございませんが・・・」

 

いきなり問われて、深雪は訝し気な表情で答える。達也の真意を窺うように、彼の顔を見詰める深雪。

彼女の視線の先でやや戸惑いながら彼は次のセリフを紡ぎ出す。

 

「凛の調子を見てだが、ドライブでもどうだ」

 

「ドライブですか?」

 

「家でのんびりしたいなら、それでも構わない。俺も久々にゆっくりしよう」

 

「お兄様、お気遣いはありがたいと思います」

 

達也が何を意図しているのかを理解して、深雪は真剣な眼差しを達也に向ける。その視線を受けて、達也はきまり悪げな表情を浮かべた。

 

「ですがどうか、お兄様のお時間は水波ちゃんの救出に充ててください。光宣君が水波ちゃんの意思を無視してパラサイトを取り憑かせるとは思えませんが、先ほどお兄様が仰られた可能性もありますし、一時の気の迷いが取り返しのつかない過ちに結びつかないとも限りません」

 

深雪の真剣な眼差しと言葉を受けて、達也は自分の考えが甘く深雪の言葉が正しいと認める。先程自分が上げたのはあくまでも最悪の可能性だが、それが起こらないとは言い切れないのだから。

 

「そうだな。普通の過ちならともかく、人間を辞めてしまっては本当の意味で取り返しがつかない。まず、水波が隠されている場所の特定に全力を注ごう」

 

達也はまだコーヒーを飲み終えていないにも拘わらず、カップを脇によけて深雪を見詰める。深雪もカップを避けて姿勢を正して、達也の眼差しを受け止める。

 

「深雪、手伝ってくれるか」

 

「私に出来る事でしたら、何なりと」

 

深雪の答えに、迷いはなかった。自分が光宣を見逃した所為で水波は攫われ、達也にいらぬ苦労を強いていると思っている深雪にとって、達也の手助けができるというのは少なからず自分を責める気持ちから解放され、達也の手助けができるという幸せを感じる事なので、彼女が断るはずはないのだが、それでも深雪が快諾してくれたことに、達也は優しい笑みを浮かべて頷いたのだった。

 

「さて、そろそろ弘樹の部屋に行くか。昨日の自棄酒で凛は相当飲んでいたからな」

 

「お供します」

 

深雪の目的はおそらく弘樹に会うことだろうが、達也はそこを指摘せずに席を立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弘樹の部屋の階に降り、インターホンを押すと弘樹が疲れた様子で出てきた

 

「おはよう達也・・・」

 

「・・・一体何があったんだ・・・」

 

達也は弘樹の様子を見て何が起こったのか何となく予想出来てしまったが、念のため理由を聞いた

 

「ああ・・・姉さんは今は二日酔いでぶっ倒れているよ」

 

そう言うとトイレから顔色が土器色になっている凛が出てきた

 

「うぇぇぇぇ・・・ぎもじわるい・・・」

 

「ほら姉さん。水飲んで横になって」

 

そう言い弘樹が介護をしているのを見ると彼の苦労が目に見えて分かった。

 

「邪魔した様だな・・・戻るか・・・」

 

「そうだね、今日一日僕は姉さんの介護で忙しいかも・・・ごめん深雪」

 

「大丈夫です。凛の昨日のことは聞いていますから」

 

「ごめん、今度埋め合わせするから」

 

「弘樹ぃ〜、助けてぇ〜」

 

「はいはい、今行きますよ」

 

そう言うと弘樹は部屋の奥へと戻り、二日酔いで大変なことになっている凛の介護をしていた。

苦労する弘樹に達也達は同情してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が目を覚ましたのは朝七時過ぎという、早くも遅くも無い時間だった。達也相手に全力で魔法を行使していたのだから、もう少し寝ててもいいような気もするが、まだ完全に達也を撒いたとは思えないので普段通りの時間に目が覚めてしまったのだろう。

達也のように朝身体を動かす習慣はないので、光宣は現状を整理する事に集中し始める。

 

「(とりあえず昨日は達也さんから逃げおおせたようだが、達也さんがあの程度で諦めるとは思えない。水波さんをこのまま僕に委ねてくれるはずがない)」

 

光宣はこの後の事を考えながら寝室を出て、顔を洗いダイニングへ向かった。そこで彼は、思いがけない光景に立ち竦んだ。

 

「おはようございます」

 

テーブルのセッティングをしていた水波が振り返って光宣に朝の挨拶を贈る。不意を突かれて一瞬立ち尽くしたが、光宣はすぐに反応を示す。

 

「・・・おはよう」

 

硬直から何とか立ち直り、不自然にならないギリギリのタイミングで――光宣から見れば何とか誤魔化せたタイミングだったが、水波からしてみれば不自然な間があったことには変わりない――挨拶を返し、光宣は多少引きつり気味の笑みを浮かべた。

光宣は水波の存在を忘れていたわけではない。むしろ彼女の事を考えていたからこそ驚いたのだ。客観的に見れば誘拐犯でしかない自分に対して挨拶を交わしてくれるとは思っていなかったのもある。

だが一番の原因は、同じ年齢の少女がエプロン姿で朝食の支度をしてくれているというのは、美形すぎて周りの女子から敬遠され、結果的に彼女いない歴が年齢と等しい光宣には十分にショッキングな出来事だったのである。

 

「朝食のお支度はできております。すぐに召し上がりますか?」

 

「う、うん、お願い」

 

少しセリフを噛みながら、光宣が答えを返す。光宣の動揺には一切指摘を入れず、水波は朝食を運ぶためにキッチンに引っ込んだ。

 

「(今の僕はみっともなくなかっただろうか?突然の事で動揺して噛んでしまったけど、水波さんは気にしなかったんだろうか?)」

 

そんな懸念を懐きつつ、光宣はテーブルの前に座る。昨日まで水波の側にいたのは達也であり深雪だ。光宣から見てもあの二人の所作は美しく、自分のように動揺してセリフを噛むような事は無いように思える。――深雪に関していえば、達也の前で動揺したりするのだが、光宣はその光景を見た事が無い。

 

「(もし僕が達也さんのように大勢の人と婚約を許されたとして、果たして僕は達也さんのように堂々としていられるだろうか?)」

 

水波一人を相手にしただけでここまで動揺するのだから、他の女性も同時に相手にしなければならないと考えただけで、光宣は顔が熱くなるのを感じ、慌ててその思考を放棄する。

そんな事を考えている光宣を不審がることもなく、水波はテキパキとテーブルに朝食の茶碗と汁椀と皿を並べている。

 

「お待たせいたしました」

 

「・・・いただきます」

 

「はい、どうぞ」

 

今度は噛まずに食事開始の挨拶を口にした光宣に、水波は言葉少なく、ただし決して無愛想ではない口調と表情で応えた。水波も光宣の向かい側に座って両手を合わせる。小声で「いただきます」と呟いた後、箸を手に取った。

光宣は水波から苦労して視線を外した。彼も幼い頃は姉と一緒に食事をしていたはずなのだが、同じくらいの年齢の少女が同じ食卓を囲んでいる光景は、何故か彼の心を強く掻き乱していた。光宣はパラサイトすらねじ伏せた意志力を発揮して、自分の食事に専念する事にした。

向かい合って箸を動かす光宣と水波の間には、殆ど会話がなかった。光宣は近年、一人で食卓に着くことが多く、食事中に会話を楽しむ習慣が身に付いていない。水波は元々口数があまり多くない上に、二年前まで使用人として食事は仕事の合間に素早く摂る生活を続けていた為、食卓での会話が得意ではなかった。深雪のガーディアンとして司波家で生活するようになってからは、深雪が話しかけてきた時に答える事はあったが、自分から何かを話すような事は無かったので、このような状況でも何かを話そうという思考は働かなかったのだ。

何となくぎこちない雰囲気のまま、二人が箸を置く。この食卓でパラサイト化が話題に上がる事は無かった。水波の意思は未だに決まらず、光宣は水波に「強要されている」という印象を持たれることを恐れていた。

 

「少し、外を見回ってくるよ」

 

食後に出されたお茶を飲み干した光宣は、そう言いながら席を立った。水波に好意を懐いているからこそ、このダイニングの空気は居心地が悪かった。

 

「はい、お気をつけて」

 

居心地が悪いのは水波も同じだ。



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二人のそれぞれの思い

「上手くいかないなぁ・・・」

 

玄関前の空き地で、光宣は落としていた肩を無理矢理上げ、空を見上げてからため息交じりに呟く。頭上に見えている明るい曇り空は、本物の空ではない。東亜大陸古式魔法によって、地上から反射された、可視光を含む電磁波が高さ約十メートルを境界面として散乱し、白く濁って見えているのだ。上空から見たなら、その境界面上に切れ目なく茂る森が再現されている。

見回りというのは、言うまでもなく口実だ。偽装・隠蔽結界の点検をしなければならないのは事実だが、それは館の中にいても出来る。ここは魔法的に閉ざされた空間だが、それでも光宣は、外の空気を吸いたくなったのだ。

 

「後の事をもっとしっかり考えておくべきだった」

 

零した愚痴は、自分自身に対するもの。昨日までの光宣は、水波を攫う事しか考えていなかった。達也の邪魔が入らないところで水波と話をする事しか頭になかったのだ。光宣に同情する余地はある。まず、達也を出し抜くのが困難だった。それに加えて、七草家と十文字家まで障碍に加わった。パラサイトになった時から覚悟の上とは言え、光宣を取り巻く状況は厳しく、水波を連れ出すのに彼は知恵と力を振り絞らなければならなかった。それに彼は、水波と二人きりになれば自分の思い通りになると考えていたわけではない。パラサイトになることが水波にとって最良の道だと、光宣は確信している。だがそれを、水波に押し付けるつもりは無い。建前でもポーズでもなく、彼は水波の意思を尊重するつもりだ。水波が「パラサイトになりたくない」と決めたなら、光宣は彼女を無傷で達也の許に返すと決めている。

光宣の目的は、水波を手に入れる事ではない。彼は水波を突然死の恐怖から救ってやりたいだけなのだ。同時に、出来る事なら、魔法師でありながら魔法を自由に使えないもどかしさ、口惜しさを彼女に味わわせたくないだけなのである。何故光宣は、水波の為にそこまでするのか。自ら、人であることを捨ててまで。実を言えば彼自身も、そこまでする理由が良く分かっていなかった。そもそも人間だった当時に苦しめられていた体質的な欠陥と、水波が現在抱えている問題は性質が異なっている。光宣が頻繁に体調を崩していたのは、活性が高過ぎる想子の圧力に肉体のエイドスが破損し、それが肉体の不調にフィードバックされていたのが原因だった。それに対して今の水波が患っている症状は、魔法演算領域の安全機構が壊れている所為で、本人が耐えられる限界以上の魔法を出力してしまう恐れが強いというものだ。

共通しているのは思い通りに魔法が使えないという点と、最終的な治療方法。パラサイトになれば、何も心配しせずに魔法が使えるという事だ。

自らが手に入れたパラサイト化のノウハウを水波が修得すれば、彼女が自分の心を失ってしまう恐れはない――光宣はそう確信している。一人で使いこなすには難しい技術かもしれないが、パラサイトと同化する際に自分が導師役を務めて水波を誘導してやれば必ず上手くいくという自信も、光宣にはあった。

しかし、ただ「魔法を自由に使えるようにしてあげたい」というだけでは、動機として弱すぎる。他ならぬ光宣自身がそう思っている。自分を駆り立てるものが何なのか、曖昧なまま棚上げにしてきた。それが多分、今の居心地が悪い状況を招いている。本当に水波に意思を確かめたいだけなら、水波が結論を出すのを、ただ待てるはずなのだ。真に彼女からリターンを期待していないのであれば、水波がどんな決断をするのか、やきもきする必要は無い。水波が迷うのは、当然予想できたことだ。自我が保たれるとはいえ、人間を辞めるのだ。決断に時間がかかるのは当たり前だと言える。水波が最終的に決断するまでの間、彼女にどう接するべきか。

それを全く決めていなかったという事に、光宣は今更気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この館は見たところ、築二十年は経過していると思われる。キッチン設備も店舗並みに充実している割に型が古い。しかし、家自体も設備も調度品も、傷んでる様子はない。しっかりとメンテナンスされているようだ――もしかしたら魔法的な手段でコンディションを保っているのかもしれない。とにかく試しに使ってみて、不具合は無かった。全自動食洗器も問題なく動く。にも拘らず、水波は自分の手で食器を洗っていた。

 

「・・・はぁ」

 

その手をふと止めて、水波はため息を漏らす。彼女が自動機を使わないのは、家事をするにしても、自分の身体を動かしていないと余計な事を考えてしまいそうだと思ったからだ。

だが生憎、あまり効果は無かった。いや、「余計な事」を考えない効果はあったと言えるかもしれない。彼女の意識を突発的に占拠したのは、深雪に対する罪悪感だったのだから。

 

「(深雪様は私の事をどう思っていらっしゃるだろう・・・)」

 

水波の意識の内側を覗いたならば、光宣はショックを受けたかもしれない。今、水波の思考の中に、光宣は存在していなかった。自分自身がこれからどうするか――パラサイト化を受け容れるか、拒むか、彼女が真っ先に考えるべきであるはずの重大事も、水波の視界から外れていた。

彼女の心は、後悔で満たされていた。今だけではない。昨日からずっと、水波は後悔の淵に沈んでいる。

 

「(あれは、裏切りだ。私は深雪様を、凛様を裏切ってしまった)」

 

もしあの時、深雪を止めただけだったならば、水波はここまで苦しまなかっただろう。自分が何を考えていたのか、多少なりとも冷静に振り返る事が出来たに違いない。

だが水波は、光宣を庇ってしまった。光宣を背に庇い、深雪とにらみ合ってしまった。誰が見ても、深雪を裏切り光宣の側に寝返ったと判断するだろう。水波自身、自分の行動を振り返ってそう思った。

 

「(申し訳ございません。申し訳ございません。深雪様、凛様、申し訳ございません・・・!)」

 

水波の心に繰り返し繰り返し湧き上がる、謝罪の言葉。もし目の前に深雪達がいたとしたら、自分の事を罰するだろうと思い込んでいるからの謝罪。許してもらえるとは思っていない謝罪。

 

「(私は取り返しのつかない真似をしてしまいました。私は何とお詫びをすれば良いのでしょう。私はこの不始末を、どう償えば良いのでしょう)」

 

ただ後ろ向きに、罰を望む思考の羅列。彼女は自覚しているだろうか。罰は、許しの対価。自分がただひたすら深雪に見捨てられる事を恐れていると、果たして水波は気付いていただろうか。自分が何故そこまで、異常ともいえる程に怯えているのか、水波はまだ理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣による水波の誘拐を阻止するという目的は、残念ながら果たせなかった。水波を囮にして光宣を捕らえるという計画も、昨日の時点で破綻している。

だが十師族が光宣を危険視する理由は、水波の誘拐・パラサイト化を目論んでいたからではない。光宣がパラサイトであり、彼の能力が社会を揺るがしかねないものだから、師族会議は彼を捕縛しようとした。

国防軍が光宣を敵視する理由も、水波の件とは無関係だ。第一師団遊撃歩兵小隊『抜刀隊』が光宣に対して敵意を燃やしているのは、まず第一に、彼らが崇敬の念を惜しまない九島烈を殺した犯人だからだ。

光宣が烈の身内――孫だからという事実も、抜刀隊の怒りを増幅していた。身内殺しは忌むべき罪。それに加えて、烈が自分の子と孫の中で光宣を最も可愛がっていたという情報が隊内で共有されていたという事実が、復仇の念に拍車をかけていた。

しかし国防軍が正規の作戦として光宣の追跡に隊を動かすことを許可したのは、九島烈シンパの心情に配慮したからではない。出動の理由は十師族と同じだ。私情ではなく、光宣の存在が国家にとって脅威になると判断した故のもの。十師族も国防軍も、水波が攫われてしまったからといって、それが矛を収める理由にはならなかった。

七月九日、朝八時。光宣の動向に関する有力な情報が得られず富士山麓で待機したままの状態だった遊撃歩兵小隊に、十師族から一つの手がかりがもたらされた。防衛大学生の身でありながら九島光宣捕獲作戦に抜擢された千葉修次と渡辺摩利は、急遽かけられた招集に従って会議室に着席していた。

朝の八時半、指定の時間。前の扉から抜刀隊の隊長が姿を見せる。修次と摩利は他の隊員と同じタイミングで立ち上がり、勢ぞろいした隊員の前に立つ小隊長に敬礼した。隊長は隊員たちを座らせ、短い前置きを挟んで本題に入った。

 

「九島光宣の行方について、情報を入手した。提供者は十文字克人殿だ」

 

修次と摩利の周りで小さなざわめきが生じる。この遊撃歩兵小隊が『抜刀隊』の異名を持つのは、この部隊が魔法白兵戦技能『剣術』で戦う戦闘魔法師集団だからだ。九島烈の信奉者という面を差し引いても、十師族当主の氏名は当然の知識として記憶している。

なお彼らの剣術は千葉家から学んだ物であり、九島烈に対して一般的な敬意しか持ち合わせていない修次と摩利がこの作戦に駆り出されたのは、その縁によるものだ。

 

「九島光宣は昨日調布に出現し、青木ヶ原樹海を縦断する道路で消息を絶った」

 

小隊の間に先程より大きなざわめきが起こる。彼らは一様に、プライドを傷つけられた怒りを見せていた。遊撃歩兵小隊がこの地にいるのは、奈良で目撃された光宣が東京に侵入するのを阻止する為ではなかった。彼らは検問を張っていたのではなく、まだ東海以西に潜伏しているであろう光宣の手掛かりを得られ次第、その場に急行する基地としてここを選んだのである。

だから光宣が彼らの東側に出現したからと言って、恥に思う必要は、本来ない。だがみすみす首都に侵入を許したのは事実だ。目的が違うからといって、納得出来るものではない。

それに、推定される潜伏場所がまた、隊員の神経を逆撫でした。青木ヶ原樹海は東富士演習場の目と鼻の先。ここに自分を探している部隊が控えている事を光宣は知らないかもしれないが、抜刀隊の面々としては「なめられている」と感じても仕方がないと言えよう。

 

「十文字殿は、九島光宣が樹海に逃げ込んだと断定はしなかった。だが提供を受けた追跡データから判断して、その可能性は高いと思われる」

 

隊員たちの囁き交わす私語が、完全に止まった。修次と摩利を含めた全員の視線が隊長に集まる。

 

「本日○九三○より、樹海全域の捜索を開始する。各員はそれまでに担当地域と捜索手順を頭に叩き込んでおけ。以上だ」

 

立ち上がり敬礼する隊員たちの目は、待ちに待った出動命令に熱く燃えていた。






日本の法律上、確か親殺しと放火の罪って重いんですよね・・・


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気まずい二人

状況に変化があったのは抜刀隊だけではなかった。ほぼ時を同じくして関東の、東の海上にも動きがあった。横須賀を出港して帰国の途に就いたはずのUSNA海軍空母『インディペンデンス』が房総沖に戻ってきたのである。日本軍事同盟に基づき、新ソ連の侵攻に対する戦闘に加わる。これがインディペンデンスから日本政府にもたらされたメッセージの主旨だった。同盟の義務を果たすという申し出はおかしくない。むしろ昨日の時点で参戦の意思を表明しなかった方が同盟条約違反だとさえ言える。

政府内には、援軍の申し出が何処まで本気か疑う向きもあったが、戦争において最も避けるべきは孤立である。「栄光ある孤立」が通用した時代は遥かな過去。少なくとも日本の国力で、孤立戦略は採用できない。ましてや現在交戦中の相手は相手は大国、新ソ連だ。参戦を拒否するという選択肢は無かった。

この前日、アメリカ海軍所属艦艇が日本の領土である巳焼島に攻撃を行ったという暴挙に、口を噤む結果になるとしても。巳焼島襲撃についてUSNAの謝罪を求めるべきだという意見は、国防軍内に置いて少数派にもならなかった。タカ派のリーダーですら、謝罪の要求を主張していない。領土侵攻は、単なる言葉の謝罪では済まされないからである。

巳焼島を襲撃した輸送艦はインディペンデンスと海上で接触している。輸送艦ミッドウェイの対日敵対行動とインディペンデンスが無関係であったとは思わない。そしてミッドウェイから発進した小型艇で巳焼島に上陸した米軍兵は、全員がパラサイト化していた。

 

「――では閣下も、インディペンデンスの参戦は工作員を潜入させるための口実だとお考えですか?」

 

国防陸軍第一○一旅団司令官室。この部屋の主、佐伯少将の前で、彼女の腹心と目されている風間中佐は割と深刻な表情で少将にこう尋ねた。

 

「援軍としては戦ってくれるでしょう。実際に砲火を交えなくても、新ソ連軍に対する圧力にはなってくれるはずです」

 

「しかし、それだけではないと?」

 

「その通りです。我が国の領土に対する攻撃は決して許せることではありません。たとえそれが離れ小島であろうとも。ただ・・・」

 

「ただ、何でしょうか」

 

「こちら側に、アメリカを刺激する要素があったのも否定しがたい事実。このところ、彼の振る舞いは私から見ても些か目に余ります」

 

「特尉――達也の事ですか?」

 

上官がぼかした対象を、風間は躊躇せずに特定した。佐伯が風間に非難の眼差しを向けるが、悪びれた様子が無いのを見てため息を吐いた。

 

「・・・そうです」

 

「達也にも言い分はあると思いますが」

 

「それはそうでしょう。考えなしにあのような真似をされては困ります。ですが、どんな理由があろうとも、脱走した国家公認戦略級魔法師を匿うなど、個人で許されることではありません」

 

「ミサイル原潜の逃亡を手助けするようなものですからな。だからといって、工作員の跳梁を見過ごすわけにはいかないと思いますが」

 

「その通りです、中佐」

 

風間が本気で自分に同意しているのか、それとも表面を取り繕っているだけなのか。佐伯は風間の表情から読み取ろうとしたが上手くいかず、正論を口にする部下に頷いた。

 

「私が依頼を出した時には既に、情報部はインディペンデンス監視の手筈を整えていました」

 

「情報部に借りを作る事にはなりませんか」

 

「その懸念は不要です。この程度で私からの貸しは清算できませんから」

 

風間が規律を軽んじる不良軍人なら、口笛の一つも吹いたかもしれないが、実際に風間が示した反応は、軽く目を見張るだけだった。

 

「小官は何をすれば宜しいのでしょうか」

 

「工作員の上陸が明らかになった場合、これを内密に、かつ穏便に無力化しなさい」

 

風間は「難しい」と感じたが、その事を口には出さなかった。

 

「了解しました。しかし、情報部の介入があると思いますが」

 

「情報部で対処出来るようであれば、手を出さなくても構いません。それより重要なのは」

 

佐伯は一旦言葉を切って「分かるでしょう?」と言いたげな目を風間に向ける。その視線を受けた風間も、神妙な面持ちで佐伯からの質問に答える。

 

「――達也に手を出させない事、ですか」

 

「これ以上、民間人の思惑で対米関係を悪化させたくありません」

 

佐伯の言う「民間人」は、達也一人を指しているのではない。彼の背後にいる四葉家の勝手を許さないという強い意思が、彼女の両眼に宿っていた。もしここに赤城准将がいれば「ガキかよ・・・」と呟き確実に揉めることが容易に想像できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一高からは八時前に「本日も休校」との正式な通知があった。一時限目の開始は朝八時だから、もし「本日から授業再開」と告げられても間に合わない時間だったが、再開する場合は「午後から」などの配慮が当然あったに違いない。

午前九時、一旦各々の部屋に戻って心身のコンディションを整えた達也と深雪は、四畳半の和室に膝を突き合わせて座った。二人とも正座だが、衣服や装身具、敷物などに特別な品はない。達也は半袖のTシャツに薄手のアンクルパンツ、深雪はサマーニットのワンピース。深雪のワンピースはボディラインが露わになるなかなか刺激的な代物だが、彼女が達也と二人きりの時に挑発的な恰好をするのは今更だ。達也は眉一つ動かしていない。

普段使われていない部屋だが、ゴミも埃も見当たらない。二人は座布団を使わず、清潔な畳の上に直接座っていた。達也の表情は平静そのものだが、対峙する深雪は目元が少し赤い。

 

「普段着で良いとのお言葉でしたので、この様な恰好で参りましたが・・・お兄様、その、ぬ、脱がなくても宜しいのですか?」

 

恥ずかしげな声で、それでも達也から目を逸らさずに深雪がこう尋ねたのは、今年の二月に同じようなシチュエーションを経験しているからだ。

師族会議が開催されていた箱根のホテルを狙ったテロ事件の首謀者であり、それ以前から配下の周公瑾を通じて日本に反魔法師工作を仕掛けていた顧傑の潜伏場所を探すために、達也はイデアの「景色(形色)」を視る能力『精霊の眼』を全開にした。顧傑を見つけ出す為には、自身が持つ情報知覚能力の全てを投じる必要があると達也は判断した。しかし彼は深雪の身に迫る脅威を見張る為に、常時『精霊の眼』のキャパシティの少なくない割合を彼女に向けている。その分のリソースも捜索に充当するには、少しの間、深雪から「眼」を離しても大丈夫だと、自分を納得させなければならなかった。

それには「視覚」以外で深雪を守っているという実感が必要だった。その為に達也が選んだ手段は、深雪の存在を肌で感じるというものだ。具体的には、自分は水泳用のハーフパンツのみを身に着けて下着姿の深雪を背後から抱きしめるという、些か非常識な真似を達也は採用した。あの時はその甲斐もあって、顧傑を見つけ出す事が出来た。今回も同じ成果を得ようとするなら、同じプロセスを踏まなければならないのではないかと、深雪は考えたのである。

決して、下着姿を達也に見てもらいたいと思ったのではない。達也も、そんな誤解はしなかった。

 

「そのままで大丈夫だ。あの時と違って、今の俺には封印が掛かっていない」

 

「そ、そうでした・・・」

 

しかし達也の答えを聞いて、深雪は強い恥じらいを覚えた。自分がはしたない露出狂のように思えて達也の顔を見ていられなくなる。彼女は太腿の上で両手を握りしめて俯く。長い髪の隙間からのぞいている深雪の両耳は、先端まで真っ赤に染まっていた。過去に弘樹の部屋に不用意に入り、そこで弘樹の着替えを見てしまった時ほどに彼女は恥ずかしい気持ちでいた。

そんな深雪を見ている達也の表情も、何となくきまり悪そうだ。顧傑の行方を探ったあの日、必要だった事だったとはいえ、深雪にこういう顔をさせるような真似をしたという自覚はあるのだろう。感情は乏しくても、彼は羞恥心を持たないわけでも理解しないわけでもない。

 

「捜索を開始する」

 

このまま時間が経過しては、お互いにますます気まずくなるばかりだ。達也はあえて事務的に――というより軍隊調にそう告げて、目を半眼に閉じた。完全に瞼を閉ざさなかったのは、肉眼で深雪を見つめ続ける為だ。顧傑の時は視界を完全に情報次元へ移さなければいけなかった。通常の意味で目が見えない状態だったから、触覚によって――肌と肌の触れ合いで深雪を感じている必要があった。それ以上に、単なる視覚では深雪に危機が迫っていないと確信出来なかった。だが今は違う。こうして向かい合っているだけで、『精霊の眼』を敢えて向ける必要が無いと理解出来る。物理次元と情報次元の両方を、最大限まで知覚出来る。

彼は間近に座る深雪の姿を見ながら、情報の次元へ視線を伸ばした。探し求める対象は水波のエイドス。彼女に縁が深い「物」を用意しなくても、達也自身に水波と結ばれている「縁」がある。その「縁」を辿って、達也の「視力」は空間の隔たりを超えた。捜索を開始してから、五分足らず。正面に座る達也が水波の「情報」を視界に捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の『精霊の眼』は希少な能力だが、彼にしか使えないものではない。魔法は事象に付随する情報、エイドスを認識してこれを一時的に書き換えるもの。魔法を行使する魔法師は、程度の差こそあれ「情報」を知覚する能力を持っている。『精霊の眼』は、魔法師ならば誰もが持つこの知覚力の最上位バージョンとでも言うべきものだ。魔法師を魔法師たらしめている情報知覚能力を高めていけば、最終的に『精霊の眼』へとたどり着く。

人間だった頃から持っていた高い知覚能力を、パラサイト化によりさらにレベルアップさせた光宣も、この「眼」を持っていた。

 

「(これは――っ!?達也さんか!?)」

 

観測もまた「働きかけ」であり、観測された対象には「視られた」という情報が加わる。それはほんのわずかな変化だが、同じ『精霊の眼』の能力を持つ者ならば「眼」を向けられた時に、そうと気付く。

達也の視線が向いている先は「桜井水波」に付随する情報で、光宣も無意識に水波へ「眼」を向けていた。だからこの瞬間、達也が『精霊の眼』で水波の現在位置を暴こうとしていると、いち早く察知出来たのだった。

 

「(まずい・・・!)」

 

達也が水波を視界に捉えたのと、光宣が達也の「眼」に気付いたのは殆ど同時だった。タイムラグは物理次元で半秒にも満たなかったはずだ。しかしそのわずかな時間に、達也の視線は水波のエイドスに深く食い込んでいた。

 

「(せめてこの場所だけでも隠さないとっ!)」

 

余裕があれば、達也の視線を遮って精神干渉系魔法で反撃する事も出来たかもしれないが、今の光宣にはこの隠れ家の場所を知られないようにするだけで精一杯だ。ここは周公瑾が構築した魔法の防御陣で守られている。東亜大陸の古式魔法『蹟兵八陣』の流れを汲む大規模な隠蔽の結界だ。そのカモフラージュの効果は地上から接近を阻むだけでなく、空中からの捜索、魔法による探知も妨害する。しかし達也の「眼」を誤魔化すには力不足。光宣はそう感じた。

光宣の『精霊の眼』が捕らえた達也の視線の鋭さは、周公瑾の結界をさほど時間を掛けず貫いてしまうと予想させるものだった。一旦場所を特定されたら、隠蔽結界は役に立たない。方位感覚を狂わせる『鬼門遁甲』も達也の襲来を阻み得ないだろう。そんな危機感に駆り立てられて、光宣は『仮装行列』を行使した。

偽装する対象は、水波の現在位置に関する情報。達也には既に、情報次元における水波の「姿」を捉えられている。この段階から彼女の情報を丸ごと偽装するのは不可能だろうと判断し、偽装項目を一つに絞る事で偽装の強度を上げようと考えたのだ。

偽りの位置情報が水波のエイドスに書き加えられる。光宣が自分の「眼」に「視」えている水波の情報を確認したところ、彼女はここから約十キロ離れた河口湖の湖上にいることになっている。同時に、達也の「視線」が青木ヶ原樹海に逸れたのを光宣は感じた。『仮装行列』は達也の『精霊の眼』による捜索の阻止に成功した――いったんは。

光宣の心に、安堵の気持ちは湧かなかった。誤魔化せたのは位置情報だけ、今も達也の「視線」は、水波の情報体を照準し続けている。

 

「まだ、気を抜いちゃダメだ」

 

光宣は声に出して呟くことで、自分を戒めた。



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達也の攻撃

光宣の魔法によって「視線」を逸らされたのと同時に、達也はその事実を察知していた。

 

「光宣の『仮装行列』か・・・」

 

「光宣君が妨害してきたのですか?」

 

達也の呟きを聞きつけて、それまで息遣いの音さえ漏らさないようにしていた深雪が思わず尋ねる。

 

「そうだ」

 

達也は深雪の事を咎める事はせず、一旦瞼を開けて言葉だけで頷く。そしてすぐに目を半眼に戻した。光宣が『仮装行列』を使ってくることは最初から織り込み済みだ。彼の妨害を想定していなければ、わざわざ深雪を間近に置いて万全の体勢を整えたりしない。達也はこれまで何度も『仮装行列』に苦杯を舐めてきた。エイドスを読み取る能力を戦術の基盤としている達也にとって『仮装行列』は天敵とも呼べる程に相性が悪い魔法だ。過去にリーナと対峙した際も『仮装行列』によって魔法の照準を外された事もあるほどだ。

 

「だが、何時までも後れを取りはしない」

 

瞼を半ばまで閉ざしたまま、達也は自分に言い聞かすように呟いた。彼は光宣の妨害を予想していたのだ。何の対策も立てていないはずはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也から注がれる「視線」が突如二本に増え、それを感知した光宣は戸惑った。

 

「(なんだ?なにを「視」られている?)」

 

達也の『精霊の眼』は、水波のエイドスをしっかり捕捉したままだ。それと並行して、もう一つの「視線」が光宣に注がれている。

 

「(いや・・・僕に、じゃない。僕の魔法を観測している?)」

 

魔法式は、その魔法が作用している事象の表面に書き込まれている。エイドスの最外層、「世界」と接している面を魔法式が覆っている形だ。「世界」はエイドスの最外層に貼り付けられた魔法式の情報から、当該事象は「そういうものである」と誤解する。「世界」と直に接しているから魔法は「世界」を欺き得るのだし、だからこそ魔法式は露出していなければならないのである。『仮装行列』も魔法である以上、魔法式は露出している。ただ『仮装行列』自体に情報体の座標を偽装する効果がある為、露出した魔法式を見つけられずに済んでいる。魔法式が露出していても、それが書き込まれている対象が何処にあるのか分からなければ、発見される事は無い。

だがこの世界には時の流れがある。物理次元の事象は決して同じ状態に留まることなく時々刻々と変化し、情報もそれに伴い更新されていく。時の流れの中に積み重なった過去の情報を閲覧できない限り、情報的な関連性だけで所在不明の「情報」を探り当てられない。

 

「(いくら達也さんでも、時の流れに逆らう事は出来ないはずだ)」

 

光宣は発動中の魔法が途切れないよう、集中力を高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この段階で、光宣は二つの誤解をしていた。

一つは自分と達也の『精霊の眼』の性質の違いについて。光宣は特に意識を向けていなかったにも拘わらず、達也とベゾブラゾフの激突を伊豆から遠く離れた生駒でキャッチした。こういう受動的な知覚力は、達也の『精霊の眼』にはない。その代わり達也はエイドスの変更履歴を、時の流れに逆らって縦覧出来る。この違いは恐らく、二人が得意とする魔法に由来する。

エイドスを認識する力、『精霊の眼』は、あくまでも魔法技能の一部。魔法の行使に必須なプロセスとして、魔法師はエイドスを認識する。『精霊の眼』は、この魔法師ならば誰もが持つ知覚力の最上位バージョンでしかない。光宣は『仮装行列』を行使するために受動的な知覚力を発達させ、達也は『再成』に不可欠な要素として時を超える認識力を得ている。

しかしこの一事を以て光宣を短絡的だと誹るのは、それこそ早計と言える。『精霊の眼』は、実例を知る者が極めて限られている希少能力。自分と他人の『精霊の眼』の性質の違いを比較検討する機会など、現時点では皆無だ。

そして二つ目。より本質的な勘違いは、達也が何に「眼」を向けていたのかについて。『仮装行列』の魔法式を直接発見するのが困難だという事くらい、達也は承知している。嫌という程、思い知っている。

彼はこの魔法による妨害を予測した上で、今回の捜索に臨んだ。過去の失敗をむざむざと繰り返すはずはない。達也は『仮装行列』の魔法式を探していたのではなかった。

彼が観測しようとしていたのは『仮装行列』による事象改変の痕跡、「魔法で情報が偽装された」という情報だ。事象には情報が伴う。事象の情報は、想子に記録される。それは、想子自身が引き起こす現象にも当てはまる。

魔法とは、想子で構築された魔法式によって事象に付随する情報を書き換える技術。魔法による事象改変の本体は、想子が引き起こす現象に他ならない。魔法を行使すれば、魔法によって改変された事象の情報とは別に、魔法でエイドスを書き換えたという情報が残るのだ。

達也はアークトゥルスのアストラル体と矛を交えている最中、その事実に気付いた。いや「事実」というより「法則」と表現した方が適切かもしれない。

彼は情報次元で「魔法が位置情報を書き換えた」という記録を探していた。達也は情報の履歴を遡る事が出来る。いろいろと制約はあるが、この場合それはネックにならない。それ程長い時間を遡るわけでもなく、この場合は一瞬以上遡る必要は無いからだ。

魔法師が事象改変を意識するのは発動時のみだが、魔法は終了条件に該当するまで有効に作用し続ける。しかし「改変した」という情報の中には、主体と客体が含まれる。「何が」「何を」改変したのか。

ただ漠然と「魔法」が「位置情報」を改変した、というだけにはとどまらない。この場合で言えば「仮装行列の魔法式」が「桜井水波の位置情報」を書き換えた、という情報が「世界」に記録されているはずだ。

改変の痕跡を解析すれば、位置情報を偽装している『仮装行列』の魔法式に関する情報が手に入る。達也は魔法式を直接観測してその構造情報を認識するのではなく、魔法式の効果から間接的にその情報を入手し、無効化しようと考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如襲いかかってきた重圧に、光宣は思わず口からうめき声を漏らす。

 

「――クッ!・・・何だ、今のは?」

 

彼が感じたプレッシャーは、物理的なものではない。肉体が圧力を受けたのではなく、精神に与えられた強い圧迫感だった。

 

「(――っ!)」

 

再び、プレッシャーが襲ってくる。二度目を予想していたので声は出さなかったが、心の中では強いストレスを覚えていた。到底無視できる重圧ではない。

だが光宣は圧力の正体を探るより先に、『仮装行列』による位置情報の隠蔽が保たれているかどうか確かめた。彼は魔法を中断していない。しかし、魔法師が突発的なストレスに見舞われて魔法を途切らせてしまうのは珍しくない。

 

「(――えっ!?)」

 

『仮装行列』は有効に機能している。魔法はまだ破綻していない。だがいつ壊れてもおかしくない状態だった。魔法式が、まるで風化したように脆くなっている。元々魔法式は、魔法師が制御を手放せば霧散してしまうものだが、光宣には『仮装行列』の制御を放棄した覚えはない。

 

「(こんな状態になっていると、何故気付かなかったんだ!?)」

 

惑乱に陥りかけた頭で自問しながら、光宣は慌てて『仮装行列』に力を注ぐ。彼は術式の維持ではなく、同じ魔法の重ね掛けを選んだ。

魔法で魔法を上書きするのは一般的に悪手だと言われている。上書きの都度、魔法が効力を発揮する為の事象干渉力が上昇していくからだ。

しかし全く同じ結果をもたらす魔法であれば、重複発動しても要求される事象干渉力の増大は起こらない。エイドスの位置情報を偽装する新しい魔法式が壊れかけの魔法式を上書きし、『仮装行列』が堅牢性を取り戻したのも束の間――

 

「(クッ!また!?)」

 

三度、プレッシャーが襲い来る。三度目は二度目よりも圧力が増していた。光宣は偽装魔法の状態を確認するより早く、『仮装行列』を再発動した。

 

「(・・・これは、達也さんの攻撃じゃないか?)」

 

新たな『仮装行列』が効力を発揮するところまで確認し終えた光宣の脳裏に、そんな推測が浮かび上がる。達也は最上級の対抗魔法『術式解散』の遣い手だ。それを光宣は、自身で実際に体験して知っている。あの対抗魔法は、魔法式そのものを破壊する。情報次元に露出しているという魔法式の性質上、『術式解散』は防げない。

だがターゲットとなる魔法式を直接照準出来なければ、『術式解散』は使用できないはずだ。それに『術式解散』による魔法式破壊であれば、こんな、ある意味中途半端な脆弱化にはならない。原理的に、魔法式は跡形もなく四散する。

 

「(でも『術式解散』でないとしたら、いったい何をされている・・・?)」

 

自分が発動中の魔法式が脆弱化しているのは、感覚的に分かる。だが具体的に何が起こってどういう状態になっているのかまでは分からない。魔法は意識して組み立てるものではないからだ。自分自身の魔法であっても、構造の細部は分からない。全体としてどのようなもので、どう働くかが分かるだけだ。この点では光宣も普通の魔法師だった。

 

「――っ!」

 

放置すれば魔法式を崩壊へと導く圧力は、断続的に襲い来ている。光宣はこれに対処して『仮装行列』を重複発動し続けなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法による事象改変の痕跡を見つけ出し、情報を改ざんしている魔法式をその作用の記録から遡って消去する。結果は、達也にとって満足出来ないものだった。

 

「(・・・やはり、直接照準する場合のように上手くはいかないか)」

 

事象改変の痕跡からその原因となる魔法式の構造を探るのは、あくまでも間接的な解析だ。魔法式を直接観測するのに比べれば、どうしても精度は落ちる。達也の『分解』は構造情報を精確に認識する事で成り立っているから、情報の精度が落ちればその効力も低下する。

それに間接的な分析で特定した魔法式は、一瞬前に作用していたもの。達也は過去の魔法式の情報を使って現在稼働中の魔法式を破壊しようとしているのだが、今のところ成功していない。手応えはある。まったくの空振りという感触ではない。しかし現実問題として、未だ水波の居場所は分からないままだ。

 

「(想子の結合にダメージは与えている。だが、全てを切り離すには至っていない・・・というところか?)」

 

達也は魔法式の構造を細部に至るまで認識出来る。彼が使う『分解』と『再成』に付随して獲得した知覚力だ。しかしその力も、分析対象が「視」えていればこそ。『仮装行列』で魔法式の所在が隠された状態では、魔法を使った手応えから推測するしかない。

その推測が正しいとは限らない。だが今は、自分の感覚を信じる以外に道は無かった。「眼」が頼りにならなければ、手探りで進むしかないのだ。達也は五度目の攻撃に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五度目、六度目と立て続けに達也からの攻撃を凌いでいた光宣だったが、今の彼の表情からは余裕なんてものは感じられない。達也と対峙する事は光宣にも分かっていたし、水波を攫ってしまえば圧倒的に自分が有利だと考えていた昨日までの彼は、何処にもいなくなっていた。

 

「(――クッ! どんどん激しくなってきている)」

 

『仮装行列』の魔法式を標的とする達也からの攻撃は、七度目を数えた。光宣の精神に加わる圧迫感は、重圧というより衝撃と表現する方が相応しいレベルになっている。

あまりの衝撃に、光宣が崩れ落ちるように片足を突く。魔法の連続発動による負荷よりも、まるで気を抜けない状況の継続も相俟って、光宣の気力だけでなく体力も消耗させていたのだ。

 

「ハハハッ、外に出ていてよかった(・・・御蔭で、こんな姿を水波さんに見られずに済んだ)」

 

彼の口から自嘲の笑い声が漏れ、心の中でセリフを付け加える。だがその自嘲が彼を奮い立たせたのか、膝に手を突き、立ち上がった。

 

「まだだ。達也さんの力だって無限じゃない」

 

光宣を襲うプレッシャーが、達也からもたらされているという証拠はない。だが彼は、これが達也からの攻撃によるものだと確信していた。

 

「まだ、負けるわけにはいかない。僕はまだ、答えを貰っていない。ここで引いたら、今までしてきた事が無意味になってしまう」

 

光宣の脳裏を過ったのは、うつぶせに倒れた祖父、九島烈の姿。意識の底から吹き出そうとする後悔に全力で蓋をして、光宣はその代わりに闘志で心を満たした。

 

「負けられない」

 

光宣はもう一度そう呟いて、よろめきそうになる足に力を入れ、虚空をにらんだ。



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目に見えない攻防

光宣の推測に根拠はなかったが、間違ってはいなかった。確かに達也の力には限界があった。それも、そう遠くないところに。

 

「お兄様、そろそろおやめになった方が・・・」

 

深雪が心配そうな声でやんわりと捜索の中断を勧める。彼女はハンカチを持った右手を伸ばし、達也の額とこめかみに浮かんだ汗の玉を拭った。汗がにじんでいるのは額だけではなく、達也のTシャツの生地は所々、汗を吸って色が変わっている。血の気が引いた顔には、極度の精神集中による疲弊が露わに見受けられる。

 

「もう少しだ・・・」

 

達也の口から漏れたセリフは、深雪の言葉に対する回答なのか、それとも独り言だったのか。達也は彼の心身を案じる深雪の制止に従わず、九度目の『仮装行列』攻略に挑んだ。既に偽装のパターンは把握している。水波のエイドスは位置情報だけが改竄された状態だ。ただ情報体に記述された内容は読み取れても、情報体そのものが視認できない為、構造が読み取れない。『仮装行列』の最も厄介な点であり、達也にとって相性が極めて悪い理由だ。

書き換えられた位置情報から、書き換えを行った魔法の痕跡を読み取る。「事象そのものの情報」ではなく「事象が改変されたという情報」の読み取りは、昨日の戦闘で発見したばかりのテクニックで、正直なところ達也はまだ、自分のものにできたと言える水準に達していない。

情報次元に記録された痕跡を分析し、魔法のプロセスを推測する。読み取った事象改変を起こすには、どのようなプロセスを持つ魔法が必要か。これは目的とする事象改変効果を得る魔法を設計する手順と本質的に同じと言える。ただ、自分で設計するのではなく他人の設計図を再現しなければならないのだから、難度は数段高い。

推測したプロセスからさらに、魔法式の構造を推定。これも魔法開発の手順と本質的に同じ。ただこちらも、他人が設計した魔法式の構造を導きださなければならない。達也は他人が使った魔法の魔法式構造を直接「視」て、理解出来る。それを間接的に推定するのは、普段魔法式の構造把握に不自由していないからこそ、彼にとっては難しく感じられるかもしれない。

構造を推定した魔法式に所在不明のまま狙いを付け分解する。達也の分解魔法は構造情報を細部まで理解する事によって成り立っている。曖昧な認識を基に『分解』を行使すれば十分な効果が得られないばかりか、反動として彼の精神に大きな負荷がかかる。

達也が酷く消耗しているのは、これらのマイナスファクターが重複した結果だ。元々、直接「視認」出来ない情報体を『術式解散』で無効化しようというのに無理があるのだ。それでも達也は、九度目のチャレンジを敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでとは比較にならない程激しい衝撃に、光宣は苦鳴を漏らし、今度は両膝を突く。

 

「グッ・・・!」

 

水波の位置情報を偽装している『仮装行列』が軋みを上げている。光宣はそんな幻聴を覚えた。

 

「(『仮装行列』が・・・破られるっ!?まだ・・・まだだ!)」

 

既に限界に近い精神と身体。元々頑丈ではない身体と、ここまで圧倒された経験が無い為、光宣の心は弱気に傾いていた。だが己を叱咤して、魔法力を振り絞り達也に対抗する。

 

「(僕が限界に近いように、達也さんだってそろそろ限界のはずなんだから)」

 

何の根拠もない――もっと言えば、達也からの攻撃だという証拠もないのに、光宣はそう己を鼓舞して、何とか水波の位置情報を偽装している『仮装行列』を維持するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が己の限界を感じつつある頃、達也の心の中でも変化が起っていた。

 

「(あと一息だ!)」

 

達也は水波の所在を隠している魔法が破れかけているのを、確かに感じた。

 

「(いや、これまでだ)」

 

その一方で、己が限界に達していると冷静に指摘する自分がいた。肉体に生じている変調は極度の精神集中と、それに伴う呼吸量減少によるものだ。緊張を解けば短時間で回復するし、このままでも命に別状はない。

しかし、意識の領域で生じているストレスとは別に、意識の水面下では深刻な事態が発生しかけていると達也は理解していた。

無意識領域は自覚できない。だからこその無意識だ。しかし魔法師は、無意識領域を意識して利用出来る。『魔法演算領域』と名付けられているゾーンの機能を。その魔法演算領域に、オーバーヒートの兆候がある。

 条件が充足されていない状態で、無理に『術式解散』を使い続けた反動だ。多少不十分な条件の下でも、その状態に慣れていればオーバーヒートのリスクは回避できただろう。だが今日の試みは所謂「ぶっつけ本番」だ。「視」えていない「情報」に狙いを付けて、その構造を分解する。そんな真似が容易くできる程、魔法という技能体系は甘くない。

確かに、あと一歩で水波の現在位置を突き止められるかもしれない。だがその一歩が致命傷になるかもしれない。

 

「(ここで進むか、立ち止まるか)」

 

達也の、恐らくは生死に拘わる、重大な選択。その決断を下したのは、彼自身ではなかった。

 

「お兄様っ!」

 

悲鳴のような叫び声と共に、半分閉じていた達也の視界が完全に塞がれる。瞼を下ろしきったわけでもなければ、意識がブラックアウトしたわけでもない。

達也の顔を覆う柔らかな、かつ弾力に富んだ感触。深雪が彼の頭を胸に抱え込んだのだ。

 

「もう、お止めください!いくらお兄様でも、これ以上は危険です!」

 

「・・・」

 

「確かに水波ちゃんの事は心配です。一刻も早く助け出さなければと思っております。ですが私は、お兄様の事がもっと大切です!」

 

自らの身体で達也の目と口を塞いでいる深雪が、その腕に一層力を込める。達也が前から覆いかぶさる深雪の腰に両手を添えて、彼女をゆっくり押し退けると、膝立ちの体勢で抱き着いていた深雪は、その手に逆らわず腰を落とした。

達也が半眼に閉じていた目を開くと、正面に見える深雪の両目には、涙が滲んでいた。達也は、その涙を無視する事が出来なかった。

 

「・・・分かった。今日はここまでにしよう。あとで凛の部屋に行く。もう二日酔いも治っているだろう。それに、聞きたい事もある」

 

「分かりました。でも無理はしないでください」

 

「ああ、分かっている」

 

達也が『術式解散』を中止する。それを感じ取った深雪が笑みを浮かべる。彼女の目にたまっていた涙が、頬にこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(プレッシャーが消えた・・・?)」

 

錯覚ではなく本当に自分を圧し潰そうとしていた圧力が消失したのだと、光宣は何度も確認して確信した。

 

「(僕は、堪えきったんだ・・・)」

 

自分の魔法を破壊しようとする達也の魔法を凌いだ――光宣はそう思った。その思考と共に、光宣の意識は闇に落ちた。『仮装行列』は解除され、光宣と水波を隠すものは、周公瑾の結界だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は水波のエイドスに向けていた『精霊の眼』を解除しようとした。その一瞬、青木ヶ原樹海の座標場が、達也の眼前を過る。

 

「(ん?)」

 

半径百メートルほどの、狭いエリアを示す情報。達也はそれを確認した上で「眼」を一つ、閉ざした。

 

「お兄様、すぐに汗を流されますか?」

 

「そうだな・・・さすがにこのままというわけにはいかないだろう」

 

深雪が心配そうに自分の身体を見ているのにつられるように、達也も視線を自分の身体に向ける。Tシャツは汗で色が変わっているし、自分が座っていた周辺にまで汗が滴り落ちている。風邪を引く事はないが、このままでは深雪が心配し続けてしまうという事くらい、達也にもすぐ理解出来た。

 

「すぐにご用意いたしますので、お兄様はそれまでの間体力を回復しておいてください。いくらお兄様とはいえ、今回は些か消耗し過ぎているようですので」

 

「そう・・・だな・・・すまないが頼む」

 

「はい」

 

深雪は嬉しそうに言いながら部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・見つけた」

 

同じ頃、下の階では凛が閉じていた目を開けながら言う。弘樹が凛に聞いた

 

「光宣君の居場所ですか?」

 

「ええ・・・昨日吹っ飛ばされた時に印が破壊されていたのは焦ったけど。印の残骸が残っててよかった。これで今度は逃がさない」

 

「では、行かれるので?」

 

弘樹がそう聞くも凛は首を横に振った

 

「いや、向かうならもう少し先かな。彼に異変が有れば私は出向くわ」

 

そう言うと彼女は未だ治らない二日酔い用の頭痛薬を飲むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月九日になっても、新ソ連の艦艇は能登半島沖に留まったままだ。まだ軍事的脅威は去っていない。だが昨日敵艦艇十二隻を、小型艦ばかりだったとはいえ撃沈した戦果は、日本国民を大いに勇気づけた。空母をはじめとする敵軍の主力艦は健在だから緊張は緩和されていないし楽観ムードには至っていないが、国内に「新ソ連恐るるに足らず」という気分が醸成されつつあるのも確かだった。

その戦果をもたらした攻撃手段について人々が知りたがり、マスコミが公開を迫るのは当然かもしれない。フロックではないと分かれば、国民の不安はさらに縮小するだろう。政府もそう判断した。敵艦を沈めたのは戦略級魔法によるものだ、という事実は昨日時点で既に、推測の形ではあるが報道されている。政府はそれを正式に認め、また一条将輝を国家公認戦略級魔法師に認定する方針を固めた。

午前十時、防衛省会見室。防衛大臣は集まった記者の質問に答えて、新ソ連小型艦艇部隊を一網打尽にした『海爆』の存在と、それを行使した魔法師の名を公表した。

 

「――今発表された『一条将輝』さんというのは、国立魔法大学付属第三高校の一条さんのことですか?」

 

女性記者がミーハーな目付きで大臣に問いかける。客観的に見て将輝のルックスは光宣程では無いが、一般受けはいい方だろう。彼は一部で「美少年魔法師」として知られていた。

 

「一条将輝君は現在、国立魔法大学第三高校の三年生です。政府は彼を、我が国二人目の国家公認戦略級魔法師として認定しました」

 

防衛大臣はこのような表現で、記者の質問を肯定した。

 

「一部の報道で『海爆』はかつて『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師の新しい戦略級魔法だと言われていますが、その事については」

 

「それは違うとはっきりと断言出来ます。詳しくは発表出来ませんが『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師と、一条将輝君は別人であることは確認できております」

 

「ではなぜ『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師を国家公認戦略級魔法師として認定しないのでしょうか? 今回の襲撃だって、その魔法師が出撃すれば既に片が付いていると思うのですが」

 

「今日の会見はそのような事にお答えする為の物ではありませんので、その質問に対する返答は致しません。他にご質問が無ければ、これで失礼させていただきます」

 

防衛大臣が腰を浮かして席を立ち去ろうとしたのを見て、カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。脅しのような発言にも聞こえたが、今回の会見はあくまでも『一条将輝を国家公認戦略級魔法師として認定した』旨を発表する会見であり、『灼熱のハロウィンの魔法師に関する情報』を発表する会見ではない。場違いな質問をした記者に腹を立てて会見を打ち切っても仕方がないと、同業者からも質問をした記者に厳しい目を向けている人間も少なくない。

だが少数ではあるが、大臣の返答に不満を懐いた記者も存在する。質問を投げ掛けた記者が言ったように、『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師が出撃していれば、既に新ソ連艦隊は全滅していてもおかしくないからである。

だが大勢の記者たちは『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師を探す事よりも、将輝が現状何処にいるのかを探し出すことを優先している。

 

「一条将輝は今、何処にいる」

 

「石川じゃないのか? 能登半島沖で新ソ連艦隊を殲滅して、今は基地に戻ってきているはずだ」

 

「おい、確認が取れたぞ。一条将輝は今、小松基地にいるそうだ」

 

「すぐに支社の人間に連絡しろ!小松基地に向かい、一条将輝のインタビューをしろと!」

 

「他所の記者に後れを取るな!少しでもいい位置でインタビュー出来るように急がせろ!」

 

あちこちから飛び交う怒号の中、既に将輝から興味が失せている記者も当然の如くいる。他社が将輝の事を記事にするのは分かり切っている事で、そこで勝負しても部数を出せるとは考え難い。そこで今回の会見で、大臣が高圧的な態度でマスコミが掲げる『報道の自由』を妨害したという記事を書こうとしているのだ。

『報道の自由』と『知る権利』を妨害したと書けば、それが事実ではないとはしても読者の興味は惹くだろう。そして記者の質問を一蹴した事はボイスレコーダーに記録されており、見方を変えれば確かに大臣がマスコミたちを一蹴したと言えなくもない。

 

「(こっちの方向から攻めれば、防衛大臣だって無視しきれなくなるだろう。世間が知りたがっている事を報道するのが俺たちマスコミであり、『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師の情報は、今回の新ソ連艦隊の撃退以上に興味を惹かれる内容になるだろうしな)」

 

世間の代弁者と名乗っているが、結局のところは部数を出す事しか考えていないのが、大抵のマスコミ関係者だろう。この男も多分に漏れず、世間が興味を持っている事という大義名分を使って利益を上げる事しか考えていない下種の人間だ。そして他社を出し抜くことだけに躍起になった結果、今後魔法界から隔離されるのは、少し魔法界の事を知っている人間ならすぐに分かりそうなものだったので、誰もこの男を相手にしなくなるのだった。



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余計な一言

午前十時十五分。マスコミは早くも将輝の居場所を突き止め、小松基地に群がっていた。

 

「何で僕まで・・・」

 

「そう言うなよ!俺とお前の仲じゃないか。ジョージは記者会見に慣れているだろう?」

 

記者会見の会場の舞台袖で愚痴をこぼした吉祥寺を、将輝が懇願する口調で宥めている。あまりにも大勢のマスコミが押し寄せた所為で、小松基地職員から懇願されて会見を開く形となったのだが、吉祥寺は完全に巻き込まれた気分になっている。

 

「記者は将輝の取材に来たんだ。僕はお呼びじゃないと思うけど」

 

「そんなは事ないぞ。『海爆』はジョージが創ってくれた魔法だ。開発者の話も聞きたいに決まっている」

 

「・・・はぁ・・・」

 

将輝に肩を叩かれ、吉祥寺がため息を漏らす。ここで将輝に真実を話しても解放される事は無いだろうし、将輝に話したところで大した意味はない。将輝専用に調整したのは確かに吉祥寺であり、あれだけの戦果を残せたのには吉祥寺の力も多分に含まれているのだ。

吉祥寺がどうにかして逃げられないかと考えていたところに、基地の女性職員から「お時間です」と声を掛けられ、将輝は吉祥寺を促して一段高くなった演壇の中央に置かれたマイクの前に進んだ。その後に表情を消した吉祥寺が続く。

 三高の制服を着た二人が揃って一礼し、一斉にフラッシュが焚かれた。――今のカメラの感度なら発光装置は必要無いはずなのに、まるで「お約束だ」と言わんばかりに記者会見ではエレクトロニックフラッシュが使用される。

その強すぎる光に、将輝が微かに眉を顰める。一方、吉祥寺は平然とした顔だ。「記者会見に慣れている」という将輝の言い分は、確かに間違っていない。将輝と吉祥寺が用意された椅子に腰を下ろすと、すぐに記者会見が始まった。

 

『この度はお手柄でしたね。一条さんの軍功に国民は大いに勇気づけられています』

 

『皆さんのお役に立てて、光栄だと思います』

 

記者の質問を聞いていた吉祥寺は、その記者の顔を見た事があった。魔法関係のマスコミなので見知った相手がいたとしても不思議ではないが、吉祥寺の記憶が正しければ、彼は反魔法主義寄りの報道をしていたメディアの人間のはずだった。だが今の質問は明らかに、魔法によって助けられたという事を認めている。

 

「(方針転換でもあったのか? それとも、さすがにこのタイミングで魔法排斥運動を煽っても意味が無いと思い、当たり障りのない報道をするつもりなのだろうか)」

 

吉祥寺が無表情のままそんな事を考えているなど、誰も気にしない。隣にいる将輝も、気付いた様子はない。

 

『新ソ連艦隊迎撃には、ご自分で志願されたんですか?』

 

『はい。国防軍には父を通じて、義勇兵に志願しました』

 

『それは新戦略級魔法で敵艦隊を撃破する自信があったからですか?』

 

『はい。隣にいる吉祥寺が創ってくれた『海爆』があったからこそです』

 

ここで早くも、記者の関心が吉祥寺に向かう。吉祥寺は少し恨みがましい目で将輝を睨んだが、将輝の方は親友が褒められるのが嬉しいのか、何時も以上に輝かしい目をしていた。

 

『吉祥寺さん。貴方が新戦略級魔法『海爆』を開発されたというのは本当ですか?』

 

『はい』

 

『吉祥寺さんは第三高校に在学される傍ら、金沢魔法理学研究所にもお務めですが、新戦略級魔法の開発は研究所の方針ですか?』

 

『いえ、金沢魔法理学研究所では、軍事用の研究は行っておりません』

 

これはある程度魔法界に詳しい人間なら知っている事だが、吉祥寺は丁寧に質問に答える。少しでも態度の悪い返答をすれば、すぐに『調子に乗っている』と報道される。そんな事になれば研究所にいる他の研究員にも迷惑が掛かってしまうので、吉祥寺は必要最低限の返答だけで、次の質問を促す事にした。

 

『「海爆」の開発は、吉祥寺さんが自主的に行われたのですか?』

 

『はい』

 

『それは、新ソ連の侵攻を予期しての事ですか?』

 

この質問に、吉祥寺は、少し迷う素振りを見せた。新ソ連の侵攻を予期して『海爆』を創ったということ自体に誤りはない。だがそれを自分が答えて良い物かどうか、吉祥寺はそれを迷ったのだ。

 

『仰る通り「海爆」の開発は、新ソ連海軍の侵攻に備えたものです』

 

『お一人で新しい戦略級魔法を開発されるとは、さすがは我が国が誇る英才「カーディナル・ジョージ」ですね』

 

事情通の記者が放ったこのセリフに、今度はハッキリ、吉祥寺は迷う表情を浮かべた。記者の間では今の質問に同意するような声が漏れ、隣に座っている将輝も『当然だ』と言わんばかりに胸を張っている。

 

「・・・ジョージ?」

 

何時までも答えない吉祥寺の事を、将輝が心配そうに顔を覗き込んできた。その将輝の反応が吉祥寺を決心させた――のかは分からないが、短い沈黙を破り、本人にとっては誠実な、言われた方にとっては傍迷惑なセリフを口にした。

 

『いえ、「海爆」は僕一人の力で開発したものではありません。この魔法の基礎部分は、第一高校の司波達也君から提供を受けました』

 

吉祥寺の答えを受けて、マスコミの間にざわめきが起こる。

 

「司波達也? あの『トーラス・シルバー』の片割れの?」

 

「すぐに本社へ連絡。司波達也のインタビューも話題になるぞ」

 

まだ会見は終わっていないが、既にマスコミたちの興味は達也へと向けられている。将輝は信じられないという表情で吉祥寺を見ているが、吉祥寺は胸に閊えていた物が取れたような表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あの馬鹿野郎・・・事態をややこしくさせやがって・・・」

 

テレビを見ながら凛はそう愚痴る。その隣では弘樹が紅茶の入ったカップを持って隣に置いていた

 

「彼の研究者としてのプライドが邪魔をしたのでしょうか・・・達也の元にまた記者が飛んできますね」

 

「全くだ・・・と言ってもおそらく記者が向かうと言っても府中のあの家だと思うがね」

 

「この前までUSNAに突き出そうと考えていた輩が、今度は達也の功績を聞こうと取材に走る・・・随分と都合の良い事で」

 

「そう言うな、記者というのはそう言う仕事だ。時に人を煽り意見を台頭させる。言わば活字のDJ。意見なんか簡単に変わるさ」

 

そう言うと凛はカップに口をつけ、ティータイムを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

将輝と吉祥寺の記者会見放映は、日本国内向けのものだった。だが特にスクランブルはかけられていない。交戦相手国が戦略級魔法の情報に関心を持たないはずがなかった。

もっともそれは、新ソ連の政府や高官が字幕のついたニュースをリアルタイムで視聴しているという意味ではない。情報収集はそれを担当する末端の役目。上層部は部下の纏めた結果を検討するのが仕事だ。

しかし新ソ連政府の実質的な幹部であるベゾブラゾフは、ハバロフスクに用意された高級宿舎で、傍受した記者会見を写すモニターを会見の最初からじっと見つめていた。

 

「(またか・・・またあの男か!あの男が私の魔法を盗んだのか!)」

 

荒れ狂う感情を、全力で心の中にだけ抑え込みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家事が一段落ついてぼんやりとニュースを観ていた水波は、吉祥寺が達也の名前を口にした瞬間、反射的にリモコンの電源ボタンを押した。ダイニングに置かれた小型のテレビがブラックアウトする。

無論、達也に対する嫌悪感の故ではない。達也や深雪の名前を聞くだけで、今の水波には辛いことだった。罪悪感が再び心の中で頭をもたげる。水波はそれを、無理に打ち消そうとはしなかった。むしろ、この精神的な苦痛に甘んじるべきだと自分に言い聞かせる。

再びテレビを点ける気にはなれず、水波は館の外へ出てみる事にした。外出は禁じられていない。仮に水波が結界を抜け出しても、光宣は彼女を責めないだろう。水波にもそれは、直感的に分かっていた。「無理強いはしない」という光宣の言葉は信じられると、水波は感じていた。

もっとも今のところ水波には、光宣の許から逃げ出すつもりは無い。ただしそれも、光宣と一緒にいたいと思っているのではない。逃げ出しても行くところが無い――それが水波の心境だった。

深雪の手を汚させることを防いだ、と言えば聞こえがいいかもしれないが、結果的に達也たちの手を煩わせる結果にしかなっていない。そんな自分がおめおめと「家」に帰れるはずがない。水波はそんな風に思い詰めていた。

一つだけ不安があるとすれば、外で光宣と顔を合わせてしまう事だった。同じ屋根の下に寝泊まりしているのだから、避け続けるのは不可能だ。ただ今は何となく、光宣と顔を合わせたくなかった。いや、光宣に顔を見られたくないと言うべきか。

光宣と一晩以上、同じ館で過ごしても、水波の意識を占める想いは達也と深雪の事ばかり。正確に表現を期すならば、達也と深雪に対して犯してしまった罪の意識ばかりだ。

水波にとって主は深雪だが、四葉家に仕えている以上達也も主という事になる。水波自身は気が付いていない事だが、彼女の心はただ主に忠義を尽くすように造り上げられている。遺伝子操作や薬物投与によるものではない。価値観で人の心を縛るのにそんな特別な手段は不要だ。ただ閉ざされた環境を用意して、周到に準備された教育を施すだけでいい。

生まれた時から四葉の本家で教育されてきた水波は、主となる相手に絶対的な忠誠心を懐いている自分を、異常だとは思えない。思う事が出来ない。

そもそも水波に刷り込まれたメンタリティーは、主に指定された人間に対する裏切りなどなし得ないもの。深雪の魔法を妨げたあの行動は、達也の推理が恐らく正しい。だが水波本人は、そんな風に自分にとって都合の良い考えが出来ない。彼女は出口があるにも拘わらずそれを見ないようにして、自分を苦しめているのである。

水波は自分の犯した罪に苛まれ、本質を見誤っていた。光宣と会いたくないのも、そういう自虐的な精神作用の一環だ。家族以上の人を裏切った自分を罰する事も出来ない醜い姿を曝したくない。そんな乙女心が光宣との間に壁を作っていた。

 

「(大丈夫よね・・・結界の点検に行くと言って外に出られてから、もう二時間近く経っているのだし・・・点検だけなら、屋敷の中でも出来るでしょうし)」

 

光宣は自分の部屋に戻っているはずだ。そんな水波の推測というより願望は、玄関を一歩出たところで早くも打ち砕かれた。

ただ彼女が本当に望んでいたとおり、光宣に顔を見られる事は無かった。彼は前庭に倒れていたのだ。水波は慌てて光宣の側に駆け寄り、さっきまで悩んでいたことを忘れたかの如く彼の側に膝を突いて呼び掛ける。

 

「光宣さま!?」

 

どうしようと一瞬だけ迷いはしたが、彼女はエプロンのポケットに突っ込んでいたCADを操作して、重量低減の魔法を発動。見かけ上軽くなった光宣の身体を抱き上げ、彼の部屋に運ぶ。頭の芯に生じた微かな疼痛を気のせいだと誤魔化しながら・・・



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親愛なる幼馴染の再会

侵攻する敵海軍を退けた新戦略級魔法の共同開発者が、最近話題のトーラス・シルバーこと司波達也だった。こんな視聴率とPVを確実に稼げるネタを、マスコミが放置するはずもない。そう考えて達也は四葉ビルから外に出る事を控えていたのだが、それはそれで新たな問題が発生するだけだった。

 

『達也さんのコメントをどうしても取りたいのでしょうね。FLTの本社と府中の自宅にマスコミが群がっていますよ。それとわずかながら新居の方にも』

 

「――ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」

 

動画電話の画面の中で笑う真夜に、達也は神妙そうな表情を作って頭を下げる。達也としては自分の関与を明らかにするつもりは無かったのに、吉祥寺の余計な告白の所為で面倒な事になったのは自分の計算ミスが故。頭を下げるのも当然だと考えていた。

一方の真夜は、本気で面白がっているのだろう。そうで無ければこんなつまらない事で、いちいち電話を掛けてきたりはしないはずだ。

 

『本当にフットワークが軽くて感心するわ。マスコミの方々の勤勉さだけは評価せざるを得ないでしょうね。取材される方は迷惑だけど』

 

この意見には達也も同感だったが、この場合は同意するのもはばかられる。FLTや旧自宅、新居のご近所に迷惑をかけているのは、達也もある意味同罪だからだ。

 

『ですが入道閣下は今回の結果にご満足なさっているようです。わざわざお褒めの言葉を頂戴しました』

 

「恐縮です」

 

真夜が口にした『入道閣下』というのは四葉家の最有力スポンサー、東道青波のことだ。達也はこの老人から恒星炉プラント『ESCAPES』計画に対する支持を獲得する対価として、軍事的な抑止力になることを約束した。この契約を厳密に履行するなら、達也は矢面に立って新ソ連艦隊の侵攻に対処すべきだったのかもしれない。だが他の魔法師に戦略級魔法を提供するという間接的な関与でも、東道老人にとっては構わなかったようだ。もしかしたら、こうして達也の関与が明らかになったからかもしれない。

 

『ただ心配なのは深雪さんの事よね・・・今は学校が休みになっているから良いけど』

 

「――はい」

 

これも真夜の言う通りなので、達也に反論の余地はない。戦前に比べればマスコミも節度を身に着けている。もしかしたら当局が怖いのかもしれないが、単なるご近所、同僚、同じ学校の生徒というだけで直接関係のない人間にマイクを突き付けて回るような真似はあまりしなくなった。

ただ、深雪が達也の従妹であることは少し調べればわかること。深雪が取材攻勢に曝されるのは避けられないだろう。深雪やほのかがマスコミに煩わされるというだけで、達也にとっては許しがたい。だがそれ以上に懸念されるのは、取材を装った刺客や誘拐犯が近づいてくる可能性だ。

深雪自身にも計り知れない価値があるが、今の情勢下では達也を無力化するために深雪の身柄を抑えようと考える者の方が多いだろう。自分の所為で深雪がリスクに曝されるなど、達也には絶対に許容できない事だった。

深雪自身も凛から護身術を習っているがまだまだ日常的に使える程ではない。

 

『達也さん、深雪さん、一つ提案なのだけど』

 

真夜が話している相手は達也だが、カメラには隣に立つ深雪も収まっている。真夜があえて深雪の名前を呼んだのは、深雪も当事者になるプランを提示しようとしているからだった。

 

『深雪さんに新しく、校内で一緒にいられる女の子の護衛をつけてはどうかしら?』

 

「護衛・・・ですか?」

 

問い返したのは深雪だ。彼女の声音には、消極的な拒絶が込められている。水波が光宣に連れ去られたのは昨日の事だ。その翌日に、新しい護衛を決める。それではまるで、水波を用済みだと切り捨ててしまうように深雪には思われた。

 

『情勢が落ち着くまでの、一時的な措置だけど』

 

真夜が付け加えたセリフは、そんな深雪の心情を見抜いて彼女を宥める言葉のようでもある。

 

「有難いですが。適任者はすぐに用意できるのでしょうか?」

 

達也がすぐに具体的なプラン内容を聞いてきたので、真夜は却下されると思っていながら用意しているプランを告げる。

 

『亜夜子ちゃんを本格的に一高に編入させて、そちらで生活させてはどうかと考えているのだけども』

 

真夜の提案に、達也は「悪くない」と思った。亜夜子の魔法は、マスコミの目もそこに紛れ込む敵の目も誤魔化してくれるだろうと。

 

「それは亜夜子の為にならないと思います」

 

だが彼はその案に賛成しなかった。理由は彼が今、言った通りだ。達也は深雪が大切だが、亜夜子も大切な婚約者の一人だ。ここ最近島で頻繁に起こっている爆発事件の元凶を東京に呼び戻せるチャンスがあるのに、亜夜子に犠牲を強いるような真似は好ましくない。

 

『あら・・・達也さんには、他に心当たりがあるのかしら?』

 

真夜の問いかけは、達也が出す答えを知っているような雰囲気のものに感じられたが、達也はその事を気にする事なく、迷う素振りも見せずに答える。

 

「はい。当家で保護しているアンジェリーナ・クドウ・シールズを深雪のそばに置いては如何でしょうか?」

 

『アンジェリーナさんねぇ・・・』

 

真夜が唇の両端を少し吊り上げながら思案のポーズを見せる。

 

「彼女は『仮装行列』の遣い手です。九島光宣ほどではないにしても、刺客の目を欺くには十分な腕だと思われます」

 

実のところ達也は、真夜が護衛の話を言い出す前から、リーナを深雪のガード役として活用できないかと考えていた。具体的には、吉祥寺のインタビューを聞いた直後から。

リーナは、遊ばせておくにはもったいない戦力だ。深雪と対等に戦えるだけの戦力を持ち、ハイレベルな魔法師の目すらも欺く特殊技能を持つリーナは、深雪の身の安心を任せられる希少な人材なのだ。性格面で多少不安は残るが、そこは護衛される側である深雪が補ってくれるに違いない。

 

『アンジェリーナさんを東京に戻しても大丈夫かしら』

 

「巳焼島に対する侵攻を撃退した際に、彼女の存在は米軍の目に触れています。あの島に置いたままにしている方が、むしろリスキーだと考えます」

 

何に関してのリスクかと言うと、リーナが危ないのではなく、巳焼島の安全が脅かされるというのが達也の判断だ。

 

『フフッ、そうですね』

 

真夜が小さく笑いを漏らしたのは、達也が口にしなかった彼の本音を見抜いたからだと思われる。

 

『・・・良いでしょう。アンジェリーナさんを深雪さんの護衛に付けることを許可します』

 

「ありがとうございます」

 

『彼女の一高編入について当家からも話を通しておきます。ただ、達也さんも直接百山先生に頭を下げた方が良いでしょうね』

 

真夜が言う『百山先生』は言うまでもなく、第一高校校長・百山東のことだ。百山校長は四葉家の権威を以てしても、頭ごなしに言う事を聞かせられない人物だった。

 

「分かりました。リーナを連れて、頼みに行きます」

 

『そうですね。今、アンジェリーナさんのところに行っても泣いているだけでしょうから・・・』

 

「・・・どう言うことでしょうか?」

 

『明日、巳焼島に行けばわかると思いますよ』

 

真夜はそう言うと少し笑みを浮かべ、その後の詳しい予定を達也と詰めていた。その隣で深雪はリーナが泣く理由を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、巳焼島ではリーナが虚空の夜空をながめながら外に出ていた。リーナは外の夜空を見ながら呟く。

 

「ジョン・・・」

 

リーナは本国に残っている恋人の名を口にする。スターズの動向、そしてカノープスを擁護するためにスターズの基地に残っている彼とはもう1ヶ月近く連絡がつかない。

 

『後から追いかけるから』

 

リーナの頭にはジョンとの最後の短い会話が繰り返される。

小さい頃からいつも隣にいた幼馴染であり、自分の未来の夫となる人。

そんな彼と自分がこんなに長い時間、離れた事なんて無かった。

彼のことが心配でならない。この数週間、リーナがまともに寝れた日は無い。その所為で最近は疲れが溜まり、体が不調気味であった。

一応、食事は十分にとっていた。ミアに起こされ、規則正しい生活は送れていた。だが、どこか空虚感があり、寂しさがあった。ミアも自分を気遣ってくれるがやはりジョンとは違うため、空虚感を満たすことはなかった。

 

「いつ・・・来るのかな・・・」

 

そう呟いた時だった。リーナの後ろに誰かが近づく。

いつも通り、ミアが部屋から呼びに来たのかと思い、振り向いた。

 

「分かっているわよミア。今行k・・・」

 

振り向くとそこにはミアの小柄な体ではなく。スーツを着た青年が立っていた。青年の顔を見たリーナは無意識に目頭が熱くなっていた。

 

「ジョン・・・なの?」

 

「追いかけるって、言っただろ?」

 

そう言うとリーナは大泣きしながらジョンに抱きつく。

 

「う・・・うわあぁぁぁぁあああ!!!」

 

「おっと」

 

リーナが号泣しながら嗚咽を鳴らしながらジョンの体に強く抱きついていた。

 

「よかった・・・無事でよかった・・・本当・・・よかった・・・」

 

リーナはそう呟くとジョンの胸の中で無事であったことに安堵し、今までの疲れのせいかそのまま泣き疲れて寝てしまっていた。それを見たジョンはリーナを抱えるとマンションに向かって歩き出す。すると途中で一人の少女がマンション手前の入り口で二人の帰りを待っていた。

 

「閣下・・・」

 

ジョンがそう言うと凛は彼の腕の中で寝ているリーナを見ると微笑んだ。

 

「いいじゃないか。そのまま部屋に連れて行きな」

 

「ここまで送っていただき有難うございます」

 

「いいわよ。それくらい簡単なことだし。それより今はゆっくり休みなさい。君もまだ全快というわけでは無いんだから」

 

そう言うとジョンは凛に小さく礼をし、マンションの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人を見送った凛はそのまま人気のない場所に移動すると持っていたタバコに火を付け、煙は空高く登っていった。

高く上る煙を見ながら凛はそっと呟く。

 

「世界大戦は終わっちゃいない・・・人が世界の支配者である限り。戦争は終わることは無い。ましてやこの日本も現状は前門の(大亜連合・新ソ連)後門の(USNA)ってところかしらね・・・よくもまあこんな世界でこんな小国が何千年も独立して行けるものね」

 

凛の呟きは今吸っているタバコの煙のように風に乗って消えてしまった。



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聖遺物クラスの呪物

四葉家の現当主・次期当主・姪の間では和やかな雰囲気で決着が付いたが、吉祥寺の「告白」が新たな緊張を招いたのは、新ソ連においてだけではなかった。USNAの軍事魔法師としては随一の精鋭部隊であるスターズの本部基地はニューメキシコ州ロズウェルにある。この基地にはスターズの本部とは別に基地司令部が置かれており、そこの司令官はスターズの所属でも魔法師でもない。本部の指揮系統で言えば基地司令官はスターズに対する命令権を持たないが、軍人としてのキャリアに乏しいリーナがスターズの総隊長に就任して以来、彼女を補佐する範囲を超えて基地司令のポール・ウォーカー大佐がスターズを実戦闘以外の実務面で管理している。

特に今は、スターズナンバー・ツーで実質的な総指揮官を務めていたカノープス少佐が不在で、ウォーカーがスターズの司令官を事実上兼任している。このような事態に至った直接の原因は基地の内部でパラサイトが大量発生した事だが、ウォーカー大佐自身はパラサイト化していない。また確認出来る限り、パラサイトの増殖は止まっている。ホワイトハウスやペンタゴンに、パラサイト汚染が広がっている形跡もない。

ウォーカーは今、デスクの前で天井を仰いでいる。少し前まではデスクに両肘を突いて頭を抱えていた。幾ら悩んでもらちが明かないので、考えるのを放棄しているところだ。

彼は途方に暮れていた。その原因は、参謀本部から押し付けられた命令にある。彼は軍人だから、作戦が指示されればそれに従って行動し、部下を動かす。ところが先ほど受領した指令は、作戦立案までウォーカーに丸投げする者だった。

USNA軍上層部は――政府もだが――対日融和派と対日強硬派の深刻な対立状態にある。より詳しく言えば、戦略級魔法師・司波達也をアメリカの世界戦略に利用すべきであると唱える一派と、彼をあくまでも脅威と考え抹殺すべきであると主張する一派の対立だ。ウォーカー自身もこの争いに中立ではない。ウォーカー大佐が達也を排除すべきと考えているのは、スターズの中に紛れ込んだパラサイトの影響を受けたから、という面は否定出来ないが、それよりもウォーカーはスターズの活動をすぐ側で監視し続けてきた非魔法師の軍人として、一人で一軍に匹敵する戦略級魔法師のあり方に危うさを感じていた。その上で達也を危険すぎると判断しているのだった。

そういう意味では、ウォーカーは達也個人に悪感情を懐いていない。アメリカ軍から離反したリーナも、現時点では裏で協力関係にあるベゾブラゾフも、同じように排除すべきだと考えている。

だから今日、参謀本部強硬派が見せた焦りは行き過ぎではないかとウォーカーは感じていた。新戦略級魔法に脅威を覚えたのであれば、その術者である一条将輝と最終的に魔法を完成させた吉祥寺真紅郎をターゲットに追加するのが筋だ。司波達也に技術者の側面があるのは以前から分かっていた。司波達也は、トーラス・シルバーでもあるのだから。

新ソ連艦隊の侵攻を押しとどめた戦略級魔法の開発に司波達也の関与が明らかになったからと言って「一ヶ月以内に司波達也を排除する為のプランを策定し実行せよ」という指令は、いくら何でも過剰反応だとウォーカーは思う。「一ヶ月以内にプランを策定」ではなく、「一ヶ月以内にプランを実行」なのだ。もっとも、期限を切られた事にウォーカーは不満を覚えていない。

 

「・・・当面はイリーガルMAPの成果に期待するか」

 

恒星炉プラントに対する破壊工作は残念ながら失敗に終わったが、それに続く作戦は既に手配済みだ。参謀本部の強硬派に指示されなくても、ウォーカーは司波達也を排除する為の手を着々と打っている。

 

「一ヶ月も必要無い。司波達也は、一刻も早く無力化しなければならない」

 

ウォーカー大佐は、今日の指令を受ける前から、もっと短時間でケリをつけるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪に「今日はここまでにしよう」と約束した達也だが、中止したのは情報次元を経由した間接的な捜索だ。彼は、水波の捜索自体を止めるつもりは無かった。

午後、深雪の制止を掻い潜った達也は、富士山の西方山麓、青木ヶ原樹海を縦断する道路に来ていた。昨日、十文字家の追跡部隊が光宣を見失った地点だ。

達也は今日も飛行装甲服『フリードスーツ』を着込んでいるが、これで飛んできたのではない。このスーツとセットになっている特殊な二輪車『ウィングレス』で地上を走ってきた。過度に目立つのを避ける為だ。ただでさえ調布碧葉病院から巳焼島、また巳焼島から調布碧葉病院へと法定外の速度で移動して目をつけられているのだ。これ以上役人を刺激するは得策ではない。

情報次元を戦場とした攻防の、最後の瞬間。水波の位置情報を偽装していた『仮装行列』が消失した。達也の攻撃が成功したのではなく、光宣が自ら解除したのか、あるいは何らかの理由で魔法を維持できなくなったのか。どちらにせよ、水波の所在は半径百メートル程度の狭い範囲に絞られた。

 

「(残る障碍は鬼門遁甲か)」

 

だがまだ、楽観は出来ない。達也はまだ、情報次元からマーカーを撃ち込むという方法でしか鬼門遁甲を破れない。そして半径百メートルであろうと半径一メートルであろうと、座標が特定出来ない限り情報次元経由で想子弾を命中させることは出来ない。

 

「(該当エリアを虱潰しに探すしかないが・・・)」

 

この地に構築された鬼門遁甲の結界は、高度な呪物で強化された方位感覚を狂わせる魔法の迷路。それに偵察衛星でも見分けられない幻影を被せている。

 

「(半永続的な幻術か。厄介だな)」

 

おそらく、聖遺物クラスの呪物によって維持されているのだろう。恒星炉に組み込んだ魔法式保存システムの上位版と言える。いったいどのような仕組みで機能しているのか、正直、興味深いが・・・

 

「(どうせ、ろくな代物ではあるまい)」

 

この隠れ家を築いたのは、ほぼ間違いなく周公瑾だ。『ジェネレーター』や『ソーサリー・ブースター』と同系統の技術が使われている可能性が高い。人間を材料とするこれらの技術は倫理的に利用できないし、達也の個人的な感情から言っても利用したくない。知的好奇心と好悪の念は次元を異にするものだ。

とはいえ、水波と光宣を隠している結界の効果は確かで強力。可視光以外の電磁波や音波を使った観測でも暴き出す事は出来ないだろう。結局、結界の痕跡を感知できる距離まで近づくしかない。

達也は幻影の木々が立ち並ぶ壁にバイクで突っ込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界が侵入者接近の警報を告げる。思念波で伝達されたアラートが、光宣の意識を覚醒させた。

 

「光宣さま!?お目覚めですか!?私が誰だか、お分かりですか!?」

 

「水波さん? いったい何を・・・」

 

「ああっ、良かった!」

 

目に涙を滲ませて笑み、水波はベッドサイドに置いた椅子から立ち上がった。

 

「気分がすっきりするお茶をお持ちします。少しお待ちください」

 

「水波さん?」

 

光宣が「意識ならクリアだ」と言って水波を呼び止めようとするが、その前に水波は一礼して寝室を出て行った。そこで光宣は、記憶の不連続性に気付く。

 

「(・・・寝室?僕は前庭にいたはず・・・達也さんから正体不明の魔法で攻撃を受けて、『仮装行列』を破られそうになって、辛うじて達也さんの攻撃を凌ぎ切って・・・そうか、僕は気を失ってしまったんだ)」

 

そこまで認識して、光宣は慌てて時計を探した。全体的にアンティークなこの館には、見た目が古い掛け時計が各部屋と廊下のあちこちに設置されていた。これにも呪術的な意味があるのだが、針は正しい時間を指し示している。

現在の時刻は、午後一時五十八分。意識を失った正確な時間は分からないが、少なくとも三時間以上が経過している。

 

「結界は!?」

 

光宣はベッドから飛び降り、立ち眩みを覚えて頭を片手で抑えた。ふらつく身体を支えようとして、一本脚のサイドテーブルを倒してしまう。幸いテーブルの上には何も載っていなかったが、フローリングの床に転がって結構派手な音が鳴った。

 

「光宣さま、如何なされました!?大丈夫ですか!?」

 

その音が、ドアの向こうにも聞こえたのだろう。扉越しに、水波の焦った声が届く。それだけの事なのに、光宣は何処か喜びを感じた。

 

「大丈夫!テーブルを倒しただけだから!」

 

自分の事を気に掛けてくれていると分かったのは嬉しいが、余計な心配を掛けないように慌てて答えを返したが、逆効果。水波の焦りを助長するだけだった。

 

「失礼します!」

 

扉が開き、狼狽した顔の水波が姿を見せる。それでも騒々しい音を立てず、まだ片手に持ったトレーに載るカップの中身は、一滴も零していない。プロのメイドを自認するだけの事はあると言えよう。

光宣が体勢を崩しているのを見ても、水波は最後の一線で冷静だった。ライティングデスクの上にトレーを置いてから、光宣の側に駆け寄る。

 

「本当に大丈夫ですか?まだご気分が優れないのでは・・・?」

 

「大丈夫。少し待って・・・」

 

光宣は自分を抱き起そうとする水波を片手で制し、無理をせずベッドに座る。その上で彼は目を閉じて、館を守る結界に意識を集中した。隠蔽結界のすぐ外を、何人もの魔法師が行き来している。青木ヶ原樹海が軍の捜索を受けていると、光宣はこの時、初めて気が付いた。

もっともそれで焦りを覚えたりはしない。昨日、隠蔽結界内部に逃げ込む直前まで十文字家の車両に追跡されていたのだから、樹海が捜索対象になるのは想定内。大規模な捜索を受けても見つからない自信があるから、ここを隠れ家に選んだのである。それより、彼が気に掛けているのは――

 

「(・・・よし。『鬼門遁甲』は、まだ有効に機能している)」

 

この館を隠している『鬼門遁甲』の魔法が破られていないかどうか。もっと詳しく言うなら、ここへ捜索に訪れている達也の手によって隠蔽結果が無効化されていなかどうかだ。

達也がここを探しに来ている事を、光宣は疑っていない。情報次元の攻防は、ひとまず自分が勝利を収めたと光宣は思っている。同時に、それで達也が引き下がるはずはないと、彼は確信している。

光宣は達也に「眼」を向けたい衝動を、目が覚めてからずっと抑えていた。自分が「視線」を向ければ、それを逆にたどられて達也にこの館の場所が知られてしまう――そのリスクを避ける為だ。その代わり、十六層から成る隠蔽術式の一層が破られるたびに、自分の許へ警報が届くように光宣は結界を設定していた。

結界を突破してくる魔法師は、達也しかいない。光宣はそう思い込んでいる。客観的に見れば彼は視野狭窄を起こしているのだが、とにかく光宣は、結界が破られればそれは達也が近づいている証拠だと考えていた。今はまだ最外層の術式が突破されただけで、しかもこの層は短時間で自動的に修復される。

 

「(まだ、大丈夫だ)」

 

光宣は漸く、水波に顔を向ける余裕を取り戻した。



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危険な返答

光宣が余裕を取り戻している一方で、達也は閉塞感を募らせていた。この地に張り巡らされていた隠蔽の魔法陣地は、彼の予測を大きく上回る代物だった。

達也は水波が囚われている隠れ家の間近まで接近すれば、魔法による事象改変の兆候が何らかの形で感知できると考えていた。しかし実際には、彼が探知した半径百メートルの領域を縦断しても幻術の存在を何度か感知できただけで、それを解除しても更なる手掛かりは得られなかった。

準備不足であるのは否めない。だがそれ以前に、東亜大陸流古式魔法を自分が過小評価していたと、認めぬわけにはいかなかった。

古式魔法も根本原理は現代魔法と同じ。そこに、疑いの余地はない。しかし大本は同じでも、現代魔法と古式魔法は異なる技術体系だ。また同じ古式魔法に分類されていても、国内の古式魔法と東亜大陸の古式魔法ではノウハウが違う。時間をかけて理解を深めるなら兎も角、何の準備もせずにその場で体系を異する術式を解除できると考えたのは、どう見ても自信過剰というもの。達也は自嘲の苦笑いを浮かべながらそう思った。

 

「(周公瑾や顧傑の魔法を、もっと真剣に研究しておくべきだったか・・・)」

 

そんな時間は、達也には無かった。彼は自分の自由になる時間、ESCAPES計画に知的リソースの全てを注いでいた。自分にそんな余裕はなかったと、達也にも分かっているはずだ。それでも彼は、後悔を覚えずにいられなかった。

結局達也は、半径百メートルの狭い土地の中に、水波が囚われている隠れ家を見つける事は出来ずに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、達也以上に広範囲を捜索している抜刀隊も、光宣の所在を示す手掛かりを見つけられなかった。抜刀隊は『九島光宣は青木ヶ原樹海にいない』と結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十七時過ぎ、国防軍の捜索隊が樹海から引き上げた。達也の動向はあえて「視」ないようにしていたから分からないが、隠蔽結界への干渉は十五時過ぎを最後に途絶えている。今日のところは見つからなかったと、光宣は一息ついた。

光宣がいるのは寝室を兼ねた書斎で、周公瑾が自分用に調えた部屋だ。ここには周公瑾が生前仕事で使っていた事務機器や通信機器も置かれていて、それらは今も動いている。

マスコミは周公瑾の死を報道しなかった。元々著名人ではなかったし、彼は老化しない身体の秘密を守る為に長期間身を隠す事がたびたびあったから、彼が経営していた横浜中華街の店はオーナー不在でも営業を続ける体制が整備されていた。それに当局は、大亜連合からの非公式亡命ブローカーだった周公瑾の死亡を、密入国ルート摘発の目的で巧妙に隠蔽していた。

そういった事情が重なって、周公瑾の取引相手は彼の死を知らなかった。その為に今でも、周公瑾宛の依頼が彼のアカウントに飛び込んでくる。光宣が使っている部屋でも、それを受信・暗号解読する事は可能だった。

そのメッセージが周公瑾の端末に届いたのは、光宣がデスクの前で伸びをしている最中だった。彼は熱意の無い表情でデコードされた文面に目を通す。光宣には周公瑾の仕事を引き継ぐ意思は無いから、熱心になれないのは当然と言える。

しかし、一読し終えた後の光宣は真剣な顔つきになっていた。もっともそれは、商売っ気が生まれたからではない。内容が単なる亡命の依頼ではなかったからだ。そのメッセージは、大亜連合軍の秘密工作部隊から寄せられた依頼だった。

 

「工作員の潜入を支援して欲しい、か・・・確かこの署名は大亜連合軍特務部隊の指揮官である陳祥山のものだったな。となると、潜入させたい工作員は『人喰い虎』呂剛虎か・・・」

 

最初に関心を惹かれたのは、このメッセージが日本に大きな損害をもたらす陰謀の存在を示しているからだった。国益の観点からも放置できない、と光宣は思ったのだ。しかし彼はすぐに思考の方向を反転させた。人間ですらなくなった自分が祖国愛を語ったところで相手にされるはずがない。それよりもこの陰謀を時間稼ぎに利用できないかと考えなおしたのだ。

大亜連合の陳祥山は、小松基地への潜入を手助けして欲しいと求めている。それ以上の詳細には触れていなかったが、大亜連合の国家公認戦略級魔法師である劉麗蕾が日本に亡命していて、現在小松基地で保護されているのは今や公然の秘密だ。日本政府は公式に認めていないが、その事実はスクープの形でネットの世界を飛び回っている。大亜連合の狙いは劉麗蕾の奪還、あるいは暗殺だろう。

後者の方が可能性が高いと考えたが、そのどちらであろうと国防軍が陳祥山の企みを阻止しようとするのは確実だ。呂剛虎の密入国が成功すれば、派手な戦闘へと発展するに違いない。

達也は過去に、陳祥山や呂剛虎と因縁がある。彼らの跳梁を、完全に無視する事は出来ないはずだ。彼の注意が部分的にでもそちらへ逸れれば、ここから次の隠れ家に移動する機会が得られるかもしれない。

光宣は既に、この場所に留まり続けるのは不可能だと判断していた。『仮装行列』も『鬼門遁甲』も、そう長くは達也を阻めない。光宣にはそんな予感があった。光宣は周公瑾のサインを使って、陳祥山に承諾の返事を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十日、水曜日の早朝。達也は久しぶりに、八雲の寺を訪れていた。

 

「・・・要するに、『鬼門遁甲』の破り方を教えろということだね?」

 

「そうです」

 

体術修行の為では無い。手詰まりの状況を打開する為、古式魔法の大家である八雲の教えを請いに赴いたのである。しかし八雲の答えは、冷たいものだった。

 

「自分にそれを要求する資格はないと、君は知っているはずだけど」

 

「知っています。それを曲げて、お願いしています」

 

達也も断られるのは予想していた。簡単に引き下がるつもりも無いので、彼は特に表情を変えずに間髪入れずに頭を下げた。

 

「フム・・・何故だい?」

 

八雲がそう尋ねた意図は、達也には理解出来なかった。八雲が何に興味を以てそう尋ねてきたのか、今の達也には窺い知ることが出来ない。

 

「九島光宣に攫われた水波を取り戻す為です」

 

理解出来ないから、これしか答えようがない。

 

「分からないなぁ・・・」

 

八雲は別に、達也を嬲っているわけではなかった。彼は本心から首を捻っている。それは達也にも、何となく感じられた。

 

「桜井水波嬢の為に、君が何故、そこまでする必要があるんだい? 道理を曲げて知識を求めているんだ。大きな対価を請求されると分かっているだろうに」

 

「水波は身内ですから」

 

「違うね。彼女は単なる使用人だ」

 

その一言は不思議な程、達也を動揺させた。八雲の言い分に怒りを覚えたのではなく、何故動揺したのか達也本人にも理解出来ない衝撃で、達也は言い返すことが出来なかった。

 

「君の家族は深雪くんのはずだよ。君は、深雪くんさえ守れればいいはずだ」

 

「それは・・・」

 

水波を取り戻す理由なら、今思いつくだけでも三つある。一つ目は、彼女は家族でなくても、この二年、家族同然の存在だった。二つ目は、水波が現在の状況に陥ったのは、達也と深雪をベゾブラゾフの魔法から守ったからだ。三つ目は、深雪が水波を取り戻したいと願っているから。

しかしそれは、八雲を納得させることも、八雲に借りを作ってまで為さなければならないと問われれば、達也は即座に頷けなかった。

 

「フム・・・やはり、君の求めには応じられない。どうしてもと言うなら、頭を丸めなさい。出家して僕の弟子になるんだったら、いくらでも教えてあげよう」

 

八雲の弟子になれば、俗世との関わりを制限される。水波を助け出すどころか、深雪たちを守る自由もなくすことになる。達也に頷けるはずはなかった。

 

「凛くんや弘樹くんにでも教えてもらった方がためになると思うよ・・・最も、あの二人が教えてくれるかは分からないけどね」

 

「分かりました・・・今日はここで失礼します」

 

そう呟くと達也は境内を後にした。それを見た八雲は顎を摩りながら達也の表情を思い出した。

 

「(おそらくあの様子だと達也君。教えて貰えなかったようだね・・・いやぁ、しかし・・・達也君も顔に表情が出るようになったもんだ。初めて会った時とはまるで違うねぇ・・・)」

 

八雲はそう思うと少し笑みを浮かべながら境内へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海を南下していたUSNA空母『インディペンデンス』は、七月十日午前六時、山形沖で足を止めた。能登半島沖に陣取る新ソ連艦隊を、側面から牽制する位置だ。飛行甲板上には艦載機が何時でも発艦可能な状態でスタンバイしている。

午前七時。新ソ連侵攻艦艇の内、最後列にいた空母とその護衛艦が撤退を開始する。午前九時。政府は記者会見を開き、新ソ連艦艇の全面撤退を発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警戒態勢は続いている。新ソ連艦隊が押し寄せてきたのは大亜連合からの亡命者引き渡し要求を日本政府が拒絶したからで、その状況に変化はない。しかし戦争状態は中断された。緊張と警戒が多少緩むのは仕方がない事で、かつ社会活動の正常化には必要な事だった。

午前九時半、政府は空路と海路の正常化を宣言。一時的に厳正化していた入国審査を本来の基準に戻す。一時間後には近隣アジア諸国からの航空機が飛来し、日本海側の港にも漁船や貨物船の出入りが見られるようになった。

国防軍の情報部も警察の公安部門も、警戒を怠っていたわけではない。だがひたすら強く締め付ければ良い戦時体制から、経済活動を阻害しないギリギリのラインを見極めなければならない準戦時体制に移行する時間帯に、警戒する側も多少の混乱は避けられない。彼らはまさに、そのタイミングを狙ってきた。

午前十時、松江港に呂剛虎が率いる少人数の大亜連合工作部隊が密入国。午前十一時、羽田空港に台北空港(台湾桃園国際空港)発の旅客機が着陸。入国ゲートを通過した乗客の中には、USNA非合法戦闘魔法師部隊『イリーガルMAP』所属『ホースヘッド』分隊の十人が混じっていた。空母『インディペンデンス』の参戦を工作員潜入ミッションの一環と考えていた国防軍の幹部及び防諜担当者は、第一○一旅団の佐伯少将を含めて、完全に裏をかかれた格好となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はやや遡る。空路が正常化した直後、羽田空港から伊豆諸島に向けて小型旅客機が飛び立った。より詳しく言えば、目的地は巳焼島。乗客は防衛省の職員で、目的は一昨日の国籍不明艦艇による侵攻の被害調査と再侵攻に備えた対策の実施だ。

派遣された職員の名は新発田勝成。四葉分家・新発田家の次期当主であり、分家中最強の戦闘力を誇る魔法師である。

 

「勝成様。ようこそ、お出でくださいました」

 

「作間。出迎え、ご苦労」

 

勝成を小型機専用の空港で出迎えたのは、新発田家に長く仕えている使用人だった。彼の家には本家のような「執事」はいないが、この『作間』という初老の男性は本家の葉山執事と同じような役割を新発田家で担っていた。

勝成の表向きの身分は防衛省勤務の職員であり、巳焼島にはしばらく滞在するのも公務員としての出張だ。本来、この様に私的な歓待を受けるのは好ましくないはずだが、この場にそれを責める者はいない。非難を押し隠している者もいない。それもそのはず。空港で彼を出迎えているのは、新発田家の関係者ばかりだった。

巳焼島は実質的に四葉家が所有する島だ。表向きの所有者は東京に本社を置く不動産会社になっているが、その会社は四葉家の完全支配下にある。

一昨日までこの島は、同じ四葉分家の中でも真柴家が管理していた。だがスターズの侵攻で真柴家が少なくない怪我人を出したことで、新発田家が管理を替わる事になったのだ。元々真柴家は精神干渉系魔法による監視を得意とする家であり、新発田家は実戦闘――殺し合い、壊しあいを得意とする分家だ。真柴家から新発田家への交替は、この島の役目が犯罪魔法師の監獄から四葉家の秘密研究拠点に変わった時点で計画されていた物だった。

彼らは元ガーディアンで、現婚約者の堤琴鳴と、その弟で現在も勝成のガーディアンを務める堤奏太を従えて、島の管理施設へ向かう車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝成の到着が告げられた時、リーナは部屋で荷造りを終えていた。昨夜、巳焼島に到着したジョンは荷物など持っておらず、リーナの荷造りを手伝っていた。

 

「何時でも出られますよ」

 

リーナが少し枯れた声で告げた相手は、今や達也の側近に収まりつつある花菱兵庫だ。今日は彼女たちを東京へ連れて行く役目を与えられている。

 

「では、参りましょう」

 

兵庫はリーナのスーツケースを手に取り、部屋の扉を抑えて彼女を促した。ミアはこのまま島の警備隊と合流するため、ここでお別れとなる。

 

「ではリーナ。またお会いしましょう」

 

「ええ、またねミア」

 

「一ヶ月、リーナの事をありがとう」

 

「いいえ、私はジョンさんと比べられるほどの者ではありませんので・・・また会いましょう」

 

そう言うと二人はマンションを見るとそのまま東京に向かった。



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重要な話

リーナが調布の四葉家東京本部に着いたのは正午前のことだった。リーナは荷物を兵庫に任せ、真っ先に深雪の部屋を訪れた。

 

「それで、私は何故東京に呼ばれたの?」

 

そして今、彼女は達也たちと同じ食卓を囲んでいる。リーナたちが中に通された時には既に、彼女たちの分の食事も用意されていた。

 

「リーナには、深雪の護衛を頼みたい」

 

達也の回答は端的なものだったが、リーナでなくてもこれだけでは納得出来ないと思われる。

 

「・・・事情を教えて」

 

当然、リーナは説明を求めた。無論、達也はその労を厭わなかった。

新戦略級魔法の取材に押しかけるマスコミに紛れて、反魔法主義者の刺客や深雪の誘拐を企む外国工作員、反政府テロリストの襲撃が懸念されること。それを撃退するのではなく回避する為、リーナの『仮装行列』を必要としている事。全てでは無いが、リーナが不足を感じない程度には、達也は彼女に護衛を依頼する理由を正直に語った。

 

「・・・分かった。でも、良いの?私が人前に出るのは、達也にとってもまずいことになるんじゃない?」

 

より正確には、USNA軍の人間は彼女の事を『USNAの国家公認戦略級魔法師アンジー・シリウス』として認識しており、現在アメリカ軍を脱走中という事になっている。脱走では無いが、USNA政府は日本政府に対し『アンジー・シリウス少佐』の引き渡し要求を突き付けている。リーナを匿っている事が明らかになれば――現在は「公然の秘密」の状態だ――達也は自国の政府とアメリカ政府の両方を敵に回すことになりかねない。

それは達也にとっても、楽観視出来る予想図ではないはず。

 

「構わない。君たちを四葉家が匿っている事は、軍にも政府にも知られている。だがアメリカが身柄引き渡しを要求しているのは『アンジー・シリウス少佐』だ。リーナが『自分がアンジー・シリウスだ』と名乗り出たりしない限り、アメリカ政府も日本政府も表向きは手が出せない」

 

「そんなこと、しないわよ・・・でも、裏側では?」

 

「裏工作なら、恐れるに足りない」

 

達也が躊躇なく断言すると、それを聞いたリーナの頬が小さく引きつる。その隣ではジョンも同じような表情をしていた。

 

「そ、そう・・・?達也が良いなら私も構わないけど」

 

「感謝する」

 

「リーナも政府を恐れないのね。頼もしいわ」

 

それまで達也とリーナの会話に無言で耳を傾けていた深雪が、不意にリーナへ笑顔を向ける。少々唐突な発言だったが、リーナは深雪に意味を聞き返したりはしなかった。

 

「私は巳焼島で姿を見られているしね。あのまま隠れていても、新しい刺客が送り付けられてくるだけだと思うわ。それなら大都会の真ん中の方が、仕掛けてくる方も派手な真似は出来ないでしょ」

 

ただその口調は少し自棄気味だった。

深雪への説明を終え、リーナは達也へ顔を向けて話を本題に戻す。

 

「それで、具体的には?深雪が出かけるたびに『仮装行列』で変身させれば良いの?」

 

「そうだ。リーナには、一高に再編入してもらいたい」

 

「えっ?私に女子高生をやれって言うの!?」

 

「・・・何をそんなに驚いているの?」

 

リーナの反応を見て、深雪が思わず問いかけを挿む。確かに達也の言葉は不意打ち気味だったが、それにしてもリーナは驚き過ぎのように深雪には思われた。

 

「だって、今更ハイスクールに通うだなんて・・・」

 

「?」

 

リーナが何を躊躇しているのか理解出来ない深雪は、大きく首を傾げた。

 

「リーナは私と同い年でしょう? 高校生でもおかしくないと思うけど・・・。もしかして、年齢を偽っていたの? 本当は私よりも随分年上なのかしら?」

 

「そんなことしてないわよ!私はまだ、正真正銘十七歳なんだから!」

 

今は七月。一月生まれのリーナは、三月生まれの深雪同様、まだ十八歳の誕生日を迎えていない。

 

「だったら何が問題なの?」

 

「任務なら兎も角、今更ハイスクールに通うなんて・・・」

 

「・・・自分はもう就職しているのに学校なんて、とか、そういうこと?」

 

「就職・・・ま、まぁ、そんなとこ」

 

軍を抜け――半ば脱走のような恰好なのはリーナも自覚している――今の身分としては無職扱いなのだが、リーナは深雪が使った表現を訂正しようとはしなかった。

 

「でもアメリカでは、退役軍人が大学やビジネススクールに入り直すのはよくある事だと聞いているけど」

 

「大学なら良いのよ!」

 

「つまり、高校という点が気になっているの?」

 

「え、えぇ・・・」

 

リーナに向けられる深雪の眼差しが、心なしか冷たくなっている。「呆れられている」とリーナが感じたのは、多分気のせいではないだろう。実際、隣に座っているジョンは眉間に指を当てて困った表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーナ、一高に再編入してもらうのは仕事の一環だ。任務では無いが、依頼を受けた仕事を遂行するための手段だと考えれば、体裁を気にする必要は無いんじゃないか」

 

「仕事・・・そうね。私は護衛の仕事を引き受けたんだから、その為に必要な事を恥ずかしがるのは間違っているわよね」

 

自分に言い聞かせるリーナの表情は、どことなく嬉しそうだ。もしかしたらリーナは、また一高に通いたかったのか、と達也も深雪も思った。

 

「ジョン、後で話がしたい。時間を開けてくれるか?」

 

「ああいいとも。どうせ僕の仕事はリーナの世話役だから」

 

そう言ってジョンは快諾すると達也は席を立った。

 

「納得してくれたな。これから一高に行くぞ」

 

「えっ、今から!?」

 

達也の言葉に、リーナが目を丸くして問い返す。

 

「そうだ。再編入については既に内諾を得ているが、本人を連れて頼みに行くのが筋だからな」

 

「それは、そうでしょうね・・・」

 

達也の言葉が道理だと思ったので、リーナはその事には抗わなかった。だが少し不満げな表情になってしまうのは避けられなかった。

 

「深雪も同行する。リーナ、早速だが頼む」

 

「『仮装行列』で深雪の外見を変えるのね。任せて」

 

達也のリクエストには、リーナは張り切って頷く。その後、ジョンは一高に通わない事に終始、頬を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也、深雪、リーナの三人は、達也が運転するセダンタイプの自走車で中央自動車道を西進していた。目的地は八王子の、国立魔法大学付属第一高校。この車はエアカーではなく、普通の電気自走車だ。エアカーは構造上、残念ながら実質二人乗り。一応後部座席はあるが、三人目が無理に載ろうとすると大層窮屈な思いをする事になる。目下、巳焼島の研究施設で本当の意味での「四人乗り」エアカーを急ピッチで組み立て中だが、まだ十日前後は掛かる見込みだ。

そういうわけで今日はエアカーではなく、普通の電動セダンで外出していた。もっとも、この場合の「普通」は「地上の道しか走れない」という意味で、モーターの出力は最高グレードだし防弾や耐衝撃、ガスフィルターなどの乗員保護に不足はない。

何時もは達也の隣が定位置の深雪も、今日はリーナと二人で後部座席に座っている。こうして並んでいると、色違いの双子のようですらある。明るい栗色の髪をポニーテールにした、薄い茶色の瞳の、リーナによく似た顔立ちの少女。リーナの『仮装行列』で変身した深雪の姿だ。髪と瞳の色、髪型と髪質は違っているが、それ以外はそっくりと言っても過言ではない。

 

「そうしていると、近しい親戚としか思えないな」

 

外見を変えた深雪と何時も通りのリーナをバックミラーで見ながら、達也が感想を口にする。そういう達也もイメージがガラッと変わっている。今の彼は、甘いマスクのエキゾチックな青年だ。普段の雰囲気からは想像出来ない程、今の達也の印象は違う。

 

「ここまで似ていると、かえって目立ちませんか?」

 

美少女という点は同じでも「静」から「動」に大きくイメージチェンジした深雪が、視線を前に戻した達也に尋ねる。

 

「いや、ある程度は目立っている方が、見る者に別人だという印象を強く植え付ける事が出来ると思う。他人の目を避ける人間は、目立たないようにコソコソしているものだという先入観を逆手に取る事も出来るだろう」

 

「そういうものですか・・・」

 

「もっとも、何故リーナが自分の容姿をモデルにしているのか、その点については理解出来ないが」

 

「・・・不満なら変えるけど」

 

達也の言葉に、リーナは拗ねた表情で窓の外へ顔を向ける。まるで達也が自分の容姿に不満を持っているように感じたのだろう。

 

「その必要は無い」

 

達也は特にリーナのご機嫌を取るでもなく、素っ気ない口調で答えた。それ以上、フォローする言葉もなく、リーナは小さくため息を吐いてから理由を話し始める。

 

「・・・まったく架空の人物の外見を一から組み立てるのは大変なのよ」

 

「毎日鏡で見ている自分をモデルにするのが楽だったということか」

 

「深雪と私は、背格好も違わないしね」

 

リーナの言う通り、二人の身長差は一センチ以内。スリーサイズもほぼ同じ。深雪の方が多少胸が大きいだけで、それも服の着こなしで分からなくなる範囲だ。確かにリーナにとっては、自分の肉体を元にした幻影を深雪に被せるのが、最も手っ取り早かったのだろう。

 

「達也様のお姿も、親しい方をモデルにしているの?」

 

深雪の質問には、今の達也の姿があまり彼女の趣味ではないという不満が混じっていた。

 

「達也の顔はニューメキシコの若手ミュージシャンのものよ。ライブ専門でテレビにもネットにも顔出ししない人だからバレる恐れはないし、仮に知っている人がいても髪質と身体付きが違うから他人の空似で通用するはずよ」

 

「・・・手抜きじゃないの?」

 

「仕方ないでしょ。男の人のメイクアップなんて、やった事ないんだから」

 

呆れ声で非難する深雪に、リーナは開き直った。

 

「やはり、凛に変装術でもして貰うべきだっただろうか・・・」

 

「ちょっと!それ私の仮装行列が信用ならないって事?」

 

「そう言うわけでは無いが・・・」

 

そう言うと達也はある重要な事を思い出した。

 

「リーナ。一高についても()()()()()は一切口にするな」

 

「え?何でよ」

 

そう言うと深雪も真剣な表情でリーナに言う

 

「そうね。リーナ、凛の事は学校では話さないでちょうだいね」

 

「わ、分かったわ・・・約束する・・・」

 

深雪の表情にリーナは少しタジタジになりながら返事をした。なぜ凛の事を話してはいけないのか。その理由は一高についてから分かるのだった・・・。



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遠い縁

達也たちが家を出る直前、明日から授業が再開される旨、一高から連絡があった。だが裏を返せば今日までは休校になっている。生徒だけでなく、教師も事務員も学校に出てきていない。校内にいるのは警備員と、特に仕事がある教職員だけ。にも拘らず、達也たちを乗せた電動セダンはゲートをあっさり通された。守衛に提示した身分証明書とハンドルを握る達也の顔は違っていたが、あらかじめ変装して登校すると連絡しておいたのが功を奏したのか、静脈認証で身分照合はパスできた。

駐車場に電動セダンを駐め、三人は教職員用の中央玄関から校舎に入る。受付の事務員が見ている前で、深雪はワインカラーのシュシュを抜き、ポニーテールの髪を解いた。明るい栗色のストレートヘアーが背中に流れる。その直後、長い髪が黒絹の色に染まる。薄い茶色の瞳は黒曜石の漆黒に。顔立ちも、美少女という共通点以外は全く別物に。そこには事務員も良く知っている、第一高校現生徒会長が立っていた。

彼女の変化に、三人の事務員は意識を奪われていたのだろう。深雪の隣に出現した達也へ、事務員三人は「いつの間に入ってきたのか?」という目を向けていた。

達也は自分に向けられる訝し気な視線に、満足を覚えていた。偽装は上手くいっているようだ、と。その心の裡をおくびにも出さず、達也は窓口の事務員へ「校長先生に面会したい」と取次ぎを依頼した。

 

「うかがっています」

 

事務員は、相手が生徒だと気安い態度は取らなかった。達也の申し出を受けた女性事務員が席を立ち、廊下の扉から出てきて達也たちを先導する位置に立つ。校長室は一階の、中央玄関から程遠くない所にある。達也たち三人の到来が事務室から内線電話で伝えられていたのだろう。女性事務員のノックには、すぐに応えがあった。

 

「失礼します」

 

事務員を廊下に残して、達也、リーナ、深雪の順番で中に入る。室内にはデスクの奥に座る百山校長と、デスクの横に立つ八百坂教頭の二人が待っていた。

 

「来なさい」

 

腰を下ろしたままの百山が、尊大な口調で指図する。達也は言われるままに、デスクの正面へ歩み寄る。彼の右後ろにリーナが、左後ろに深雪が立った。

 

「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

 

「君の用向きは御母堂から聞いている」

 

「それでは改めて申し上げます。本日共に参りました、こちらの九島リーナさんを本校生徒として受け入れていただけませんでしょうか」

 

「事情は知っている」

 

百山はそう答えて、達也ではなくリーナに鋭い光を湛えた目を向けた。その迫力に、リーナが思わず身を固くする。百山は厳しい表情のまま、重々しい声でリーナに話しかけた。

 

「この第一高校は学び舎で、私は教育者だ。学びを求める者を拒みはしない。君に本気で高校生として学ぶ気があるならば、私は第一高校の責任者として君を受け容れよう」

 

「やる気はあります!」

 

「・・・実を言えば、防衛省から彼女を編入させないよう圧力が掛かっている」

 

「それは・・・ご迷惑をお掛けしました」

 

達也は驚きを隠せなかった。軍がそこまでなりふり構わない態度に出るとは、彼も考えていなかった。

 

「司波君、君の謝罪は不要だ。当然、そんな横車に従うつもりは無い。魔法師であろうと、教育を受ける機会を奪われる事があってはならない。九島君、これは君の祖父君、九島健氏の信念でもある」

 

「・・・祖父とお知り合いなのですか?」

 

「祖父君と私は魔法師として生まれた青少年の教育がどうあるべきかを共に模索した同志であり、彼は私にとって尊敬出来る年長の友人、兄のような存在であった」

 

百山の目には懐古の念が穏やかな光となって表れている。リーナは思いがけない縁に驚くばかりだ。

 

「祖父君・九島健の兄である九島烈は魔法師の権利保護の為に自らの地位を懸けて戦い、九島健本人は魔法師にも人間的な教育が与えられなければならないと強く訴えた。その代償として九島烈は少将の地位を引かねばならず、九島健はそれより前に事実上日本から追放される形でアメリカに派遣された。だが彼の行為は無駄ではなかった。この魔法大学付属高校が現在のような方針で運営されているのは、九島健の主張が多少なりとも認められた結果だ」

 

「存じませんでした」

 

「公に口外する事が禁じられているからな」

 

達也の正直な一言に、百山が初めて笑みを見せた。苦笑という名の笑みではあったが。

 

「私も九島健と信念を同じくする者だ。故に、九島君。君の教育を受ける権利を軍に損なわせたりはしない。それが何処の国の軍であろうとも」

 

「・・・ありがとうございます」

 

リーナが神妙な表情で頭を下げる。しかし百山の言葉は、それで終わりではなかった。

 

「ただし、君の目的が学ぶこと以外にあると判断した場合は、如何なる保護も期待してはならない」

 

「学びたいという気持ちは本当です。私はまた、この学校に通いたい」

 

「その願い、この百山東が叶えよう。無論、編入試験に合格する事が条件だが」

 

「では、編入試験を受けさせていただけるのですね」

 

達也は打ち合わせに無かったリーナの熱意に驚きながらも、それを押し隠して落ち着いた口調で八百坂教頭に尋ねた。

 

「シールズさんに差支えが無ければ、さっそく明日にでも編入試験を受けてもらいます」

 

「明日・・・」

 

「試験科目は魔法理論と実技です。九島さんが一年生の時の学力を維持していれば確実に合格できます。合否判定はその場で出ますので、早ければ明後日から通学できますよ」

 

「・・・ガンバリマス」

 

八百坂に向けられた笑みを見て、リーナの口調は少し硬かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校長室の外に出て、リーナはホッと息を吐いた。どうやら緊張していたらしい。軍務とは勝手が違うのだろうと好意的に解釈して、達也も深雪もそこには触れなかった。

 

「大丈夫よ、リーナ。私が教えてあげる」

 

「・・・うん、お願い」

 

「では、すぐに帰って勉強だな」

 

深雪を連れてきたのは『仮装行列』のテストという面もあったが、生徒会室が使えるようなら過去のテスト問題を引っ張り出して編入試験対策をしようと言う意図もあった。だが残念ながら、生徒会長の深雪にも休校中の学校施設は勝手に使えないとの事。であるならば、校内に残っている理由はない。

 

「リーナ、頼む」

 

「OK」

 

リーナが達也の声に頷くのと同時に、深雪は手首に着けていたネイビーブルーの小さなシュシュで髪をポニーテールに纏めた。

リーナの視線に、深雪が頷き返す。変化は、一瞬だった。深雪の髪色が明るい栗色に。髪を纏めるシュシュがワインカラーに。瞳の色は淡い茶色に変わる。そこに立っているのは、リーナによく似た顔立ちの、深雪とは全くの別人だった。

 

「何度見て、見事なものだ」

 

そんな感想を口にした達也も、ニューメキシコの若手ミュージシャンの顔に変わっている。声まで顔のイメージに相応しいものに変化していた。

 

「似合っていますか?」

 

深雪が別人の顔と別人の声で尋ねる。

 

「いや、俺は素顔の深雪が一番だと思う」

 

「・・・ありがとうございます」

 

ただ、はにかむ表情と仕草は何時もと変わらない。二人を見るリーナのげんなりした顔も、何時も通りのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションに戻った深雪は、一服する事も無くリーナを自室に引きずり込んだ。一高の校舎内で宣言した通り、リーナに試験勉強をさせる為だ。編入試験は明日。もう半日も残っていない。今から知識を詰め込んでもあまり意味は無いように思えるが、達也は止めなかった。深雪が言い出し、リーナが頷いたことだ。彼が邪魔できる筋合いではない。

達也は今、一人でマンション内の訓練用フロアにある「瞑想室」に来ていた。ここはその名の通り、魔法訓練の一環として瞑想する部屋だ。瞑想はあくまでも魔法を制御する精神力を鍛える為の一手段でしかないが、意識を逸らす原因となる外部からの光、音、振動がカットされ、室内は一定の温度と一定以下の静寂に保たれている。高水準の精神集中を必要とする魔法を使うには都合のいい環境が整っていた。

達也がこの部屋に来た目的は、言うまでもなく水波の現在位置の特定だ。ただ今日は昨日のように、光宣の偽装魔法を強引に突破する事は考えていない。

昨日は最終的に『仮装行列』が解除された状態で水波の位置情報を手に入れたが、現地を捜索しても結局光宣の隠れ家は見つけられなかった。恐らくは周公瑾の手で構築された、隠蔽の魔法陣地を無力化する方法が見つからない限り、『仮装行列』だけを破っても意味はない、昨日の捜索で達也はそれを思い知った。

ただ昨日は、有意義な成果もあった。水波の完全な座標情報は手に入らなかったが、それ以外の、彼女の現在状態に関する情報は入手できた。

 

『水波はまだ、人間のまま。パラサイトには、なっていない』

 

情報次元経由でパラサイト化を阻止する方法は分かっていない。そんな事が可能かどうかさえ不明だ。しかし救出対象の無事を確認出来るだけでも、意義はある。まだ手遅れでないと分かれば、諦めや迷いで救出に取り組む気力が衰えることもない。

達也はフローリングの床に直接腰を下ろした。八畳の広さがある部屋に、今は彼一人だ。手の届く距離に深雪がいないから『精霊の眼』の全能力を水波の捜索に注ぎ込むことは出来ない。だが昨日の経験から、深雪の身辺警護に知覚力のリソースを割いても、水波のエイドスにアクセス可能だと分かっている。達也は『精霊の眼』の空いているリソースをフルに動員して、水波へと「眼」を向けた。

 

「(肉体のデータは人間のままだ。想子波の形状にもパラサイトの特徴は現れていない。座標情報に変化はない。依然として青木ヶ原樹海、誤差およそ半径百メートル――座標が変わった?光宣が俺の視線に気づいたか。だが『仮装行列』で妨害されていても、水波の身体情報を読み取る事は可能だな)」

 

昨日は水波の居場所を突き止める事ばかりに意識を奪われて、他の点がしっかり認識出来ていなかったと分かる。昨日は冷静でなかったようだと、達也は反省した。

光宣の魔法が僅かに揺らいでいるのは、こちらから攻撃を受けない事に戸惑っているのかと、達也は推測した。微かに安定性を欠いているお陰か、昨日よりも『仮装行列』の構造情報が明瞭に「視」えている気がする。

 

「(リーナの術式とはかなり違う・・・か?これなら・・・分解できるか?いや、まだ不十分だ)」

 

昨日よりも光宣の魔法式を詳しく解析した手応えを達也は得ていた。だが魔法式の構造を分解するにはまだ足りない。もっと詳しい構造情報が必要だ。達也はさらに「眼」を凝らした。

しかし、光宣の魔法が揺らいでいたのはそこまでだった。彼の『仮装行列』は安定性を取り戻し、構造情報を覗き見る「隙間」が閉ざされてしまう。達也は試しに、間接的な『術式解散』を放ってみた。「事象改変が行われた」という情報から、事象改変を引き起こしている情報体を分解する。情報体の活動記録から情報体そのものを分解する、これは達也がアークトゥルスの幽体と戦っている最中にインスピレーションを得たテクニックだ。この技術を発展させた先には「精神」という情報体を分解する魔法がある。

 

「(――ダメか)」

 

今の達也では精神体どころか、所在を隠された魔法式を分解する事も出来ない。だが達也は前日の教訓から、焦らなかった。彼は一旦、捜索を中止する事にした。

 

「(観察によって詳細な情報が得られないなら、別の手段で魔法式の構造データを手に入れられないか?)」

 

光宣が使っているのは九島家の術式。それは間違いないだろう。リーナの『仮装行列』と光宣の術式が違っているのは、リーナの祖父、九島烈の弟・九島健が渡米した後に、九島家で改良が加えられたからに違いない。光宣が独自のアレンジを追加していたとしても、それ程大きな違いは無いと思われる。いくら光宣が優れた頭脳の持ち主でも、九島家の――九島烈の長年にわたる工夫を超えるのは簡単ではないはずだ。

九島家から『仮装行列』の魔法式を入手できれば、光宣の偽装を打ち破れる可能性が高まるではないか。達也は瞑想の姿勢を解いて床から立ち上がりながら、交渉の段取りについて検討を始めた。



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密入国者

一時間以上に及ぶ達也の攻撃が止み、光宣は大きく息を吐いて肩の力を抜いた。リクライニングチェアの背もたれを倒し、楽な姿勢で座っていたつもりだったが、知らず知らずのうちに力んでいたようだ。脱力して改めて、椅子に背中を預ける。

今日の攻撃には、昨日のような圧力が無かった。光宣が本当にプレッシャーを感じたのは、終了直前の一回のみだ。それが光宣には不気味だった。もしかしたら攻撃ではなく、観察されていただけかもしれないとも思う。だからといって光宣は、楽観する気にはなれなかった。観察するだけだとしても、何か目的があったはず。もしかしたら光宣も気付いていない『仮装行列』の弱点を探っていたのかもしれない。達也の視線が消えたのは、探していたものを見つけ出したからかもしれない。

しかし光宣は、自分が使う『仮装行列』に自信を持っている。第九研が開発した魔法に祖父・九島烈が改良を重ねて完成度を高めたのが、光宣が使っている『仮装行列』の術式だ。かつては祖父よりも祖父の弟の方が優れた『仮装行列』の遣い手だと言われていたらしいが、魔法式の改良を祖父が続けた理由はその評価を覆したかったからかもしれないと光宣は思っている。彼が知る「お祖父様」には、そういうプライドが高い一面があった。

世界最巧と呼ばれた魔法師である祖父が心血を注いで完成度を高めた魔法だ。いくら達也でも魔法式事体に欠点は見つけられないと、光宣は思う。それでも、万が一の事がある。この場所は見つかっていないが、樹海に逃げ込んだことは達也にも十師族にも知られている。念の為、移動するべきだろう。今度は追跡されないようにして。光宣はそう考えた。

呂剛虎を密入国させたのは国防軍の目を、あわよくば十師族の注意をそちらに向ける為だ。この細工を完全なものとする為に、光宣はリクライニングを起こし、デスクに向かって匿名通信のための専用アプリケーションを立ち上げた。

 

「(これで国防軍の目は完全に呂剛虎へ向くだろう。十師族も、一条や他の家はこちらに構う余裕が無くなる。問題は達也さんが呂剛虎を気にするかどうかだ・・・周公瑾の記憶が確かなら、達也さんと呂剛虎との間には浅からぬ因縁がある。その相手が密入国したと知れば、達也さんも僕だけに集中していられなくなるだろうか?)」

 

水波に意見を求められれば、その答えは得られたかもしれない。だが光宣は水波をなるべく巻き込まないようにと考え、その事を確かめようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十日、十七時。東富士演習場に隣接する基地に駐留している国防陸軍第一師団遊撃歩兵小隊、通称『抜刀隊』の宿舎には徒労感が漂っていた。彼らがこの基地に滞在している理由は、国防陸軍の元将官である九島烈を殺害したパラサイト、九島光宣を捕縛する為だ。ここに到着したのは七月三日。その日を含めて六日間は何の手掛かりも無く、基地で燻っているだけだったが昨日、十師族・十文字家からターゲットが青木ヶ原樹海に潜伏しているという情報を入手し、全員張り切って捜索に出動した。

しかし、結果は空振り。徹底的な捜索にも拘わらず、隠れ家どころか轍一つ見つけられなかった。十文字家がガセネタを流したと疑う隊員はいなかったが、十師族も一杯食わされたのかと自棄気味に嘲笑う隊員は少なくなかった。

小隊幹部の結論は「九島光宣は青木ヶ原樹海一帯に潜伏していない」、九島光宣捕縛ミッションは振出しに戻った。

今日は全員で宿舎での待機が命じられている。自由な外出は出来ないが、実質的な休みだ。昼間から飲酒している隊員はいなかったが、前日の疲れもあってか、総じてだらけ気味だった。そんな彼らの許に、夕方になって、心身を引き締める報せが飛び込んできた。

急遽ブリーフィングルームに集められた隊員たちの顔に、疲労の痕跡は残っていない。一日のオフを皆、有効に利用したようだ。急な招集に、ただならぬ事態を予感している、という面もあったに違いない。

小隊長が登壇し、全員に着席を命じる。彼は前置きを短く済ませて本題に入った。

 

「およそ一時間前、当基地に宛てられた差出人不明の電文を受信した」

 

隊員の三分の一近くが同僚と顔を見合わせた。ざわめきが生じる前に、小隊長の説明が続く。

 

「情報部で分析したところ、発信元は不明のままだがマルウェアの類は仕込まれていなかった。肝心の内容だが・・・」

 

小隊長が言葉を切って着席している隊員たちを見渡した。緊張感がブリーフィングルームを満たす。

 

「大亜連合の工作部隊が、本日密入国した。狙いは我が国に亡命した戦略級魔法師、劉麗蕾の暗殺。工作部隊を率いているのは呂剛虎だ」

 

今度こそ、ざわめきが起こる。正規の隊員たちと同様に集められていた千葉修次と渡辺摩利も、異口同音に「呂剛虎・・・」と呟いていた。

小隊長から下された命令は、大亜連合工作部隊迎撃を支援すること。目的は第一に劉麗蕾を保護している小松基地の防衛、第二に呂剛虎の捕縛または殺害。

そのために『抜刀隊』の半数が、別行動で小松に派遣されることになった。出発は明日。そのメンバーに修次と摩利も含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日の移動に備えて荷造りをしている修次の部屋に、ノックの音が響いた。ベッドとクローゼットで部屋の半分が埋まる狭い部屋だ。修次は三歩で扉の前に立ち、「どうぞ」の声と共にドアノブを押した。外開きの扉が隙間を広げ、廊下に立つ女性隊員の姿が露わになる。恋人の渡辺摩利だ。

 

「シュウ、入って良いだろうか」

 

「もちろんだよ」

 

「お邪魔します・・・」

 

摩利の口調が躊躇いがちだったのは、夜も遅く、かつ明日の準備で修次も忙しいと思っていた所為である。

 

「摩利はもう、荷造りは終わったのかい?」

 

「もちろん、終わっているぞ」

 

「着替えを手当たり次第に突っ込んだだけじゃなくて?」

 

「し、失礼だな。あたしだって女だぞ」

 

「ごめんごめん。でも別に、女性だからと言って整理整頓が出来なければならないというルールは無いと思うけどね」

 

修次の謝罪は笑いながらのものだ。これに摩利が怒らなかったのは、惚れた弱みと、彼の言い分が完全な誤りではないからだ。自分が「片付けられない女」であることを摩利は自覚している。だがここは軍の宿舎だ。自分のアパートのように、だらしなく散らかすわけにはいかない。だから彼女は毎日、洗った衣服、乾かした歯ブラシやヘアブラシをその都度鞄にしまい込んでいたのだ。

摩利は謂わば、毎日旅支度をしていたようなもの。明日の準備が短時間で終わったのは、そういう事情によるものだった。

 

「それより、何か相談事?」

 

修次は笑いを消して摩利に尋ねる。彼としては何も用事が無くても恋人の顔は見たいし、野暮用抜きで会いに来てくれる方が嬉しい。しかし彼の恋人は真面目だ。出動中のこんな夜遅くに、ただ遊びに来るはずはなかった。

 

「シュウの意見を聞きたくて・・・明日の出動だが・・・あたしたちの目を逸らす為の陽動という可能性は、無いだろうか?」

 

「・・・呂剛虎の侵入がデマだと?」

 

「それは本当かもしれない。でもなぜその情報がここに送られてくるんだ?」

 

「その点は僕も不思議に思っていたよ。情報源が発信元を隠した不正メールだ。内容自体も、何処まで信用して良いか分からないと思っている。じゃあ摩利は、九島光宣の捜索を邪魔する為に密告のメールは送られてきたと考えているんだね?」

 

「あたしは・・・九島光宣は、まだ青木ヶ原樹海に潜んでいると思っている」

 

「何故? あんなに探したのに?」

 

「十文字が不確かな情報を寄越すとは、あたしには思えないんだよ、シュウ」

 

摩利の視線は床を向いている。修次と目を合わせて主張できる程、自信はないのだろう。だが彼女の口調は、前のセリフよりも力強いものだった。

 

「・・・今の十文字家当主は、摩利の同級生だったね。彼の事は良く知ってる?」

 

「プライベートはほとんど知らない。趣味とか、食べ物の好き嫌いとかはさっぱりだ。だけど、無責任な発言はしないヤツだってことは、良く知っている。あいつは、知らない事は知らない、出来ない事は出来ないと言う。十文字が『九島光宣は青木ヶ原樹海に逃げ込んだ』と言うからには、九島光宣は樹海にいる。あたしたちが知らない魔法で身を隠しているに違いない――シュウ、あたしには、そう思えてならない」

 

「そうか」

 

顔を上げて修次と視線を合わせた摩利を見て、修次は摩利の眼差しを受け止めたまま、穏やかに頷いた。

 

「僕は十文字家当主の為人を知らない。摩利がそう言うのなら、十文字克人氏からもたらされた情報は信頼に値するのだろう。九島光宣が未知の魔法で隠れているという摩利の意見も、大いにあり得ると思う」

 

「シュウ・・・」

 

「何と言っても九島光宣は、老師を倒した『九』の魔法師だ。『九』の秘術を自在に使いこなす力の持ち主なのかもしれない。でも・・・」

 

「でも?」

 

「たとえ陽動だとしても、明日の出動は、辞退出来ない」

 

「・・・命令だから?」

 

「もちろん、それもあるよ。でもそれ以上に、呂剛虎が侵入した可能性があるなら放ってはおけない。やつとは因縁がある」

 

二年前の、横浜事変の直前、修次は呂剛虎と一戦交えた。結果は痛み分けだったが、あの時倒していれば、その後の魔法協会関東支部襲撃で多くの日本人魔法師が犠牲になる事は無かったし、その際に摩利が危険な思いをする事も無かった。修次はそう考え、後悔していた。

 

「もし本当に密入国しているなら、今度こそ仕留める」

 

「・・・そうだな。因縁なら、あたしにもある」

 

摩利もまた、呂剛虎と矛を交えている。横浜事変の前と、当日の二度。いずれも摩利たちの勝ちに終わったが、それを自分の実力とは、摩利は考えていない。一度目は修次がつけた傷が開いて生じたすきに乗じたものだし、二度目に止めを刺したのは真由美だ。どちらの戦いでも自分は手玉に取られていた、という口惜しさを摩利は心に秘めている。

修次程の強い思いではないが、再戦を望む気持ちは摩利の中にも確かにあった。

 

「考えてみれば、あたし個人には九島光宣を捕らえる理由が無い。軍の命令でなければ、最初から積極的に関わろうとはしなかっただろうな。そういう意味でも、新しい命令が優先か」

 

「そうだね。同時に、両方に対処する事は出来ない。優先順位をつけるとすれば、呂剛虎が先だ」

 

修次が出した結論に、摩利も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、達也は風間からの抗議の電話を受けていた。

 

『――達也、もう一度言う。アンジー・シリウス少佐を学校に通わせて公衆の面前に曝すなどという馬鹿な真似は止めてもらいたい』

 

「何度も申し上げた通り、当家で預かっているのは元アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナさんであって、アンジー・シリウス少佐ではありません」

 

『そんな言い逃れが通用すると本気で思っているのか?』

 

「冗談を口にしているつもりはありませんが?」

 

厳しい声で問い詰める風間に対して、達也は飄々とした口調で応えを返す。最初から抗議が来ることは想定していたし、たとえ軍から抗議されたとしても、既に第一高校校長・百山東の協力は得ているし、何処から横槍が入ったとしてもリーナの『教育を受ける権利を保障する』と言質も得ているので風間からの抗議をまともに相手にする理由も無い。

 

「アンジー・シリウス少佐は百七十センチ弱の身長にダークレッドの髪、金色の瞳という極めて特徴的な外見です。珍しいと言えばリーナの金髪碧眼の組み合わせも、民族的特徴と言われているのに対して実際には少ないと聞きますが、アンジー・シリウス少佐の外見とは一致しません。髪や瞳の色は兎も角、体格から違います」

 

『アンジー・シリウスは『仮装行列』の遣い手だ!外見などいくらでも偽れる!』

 

「USNA政府がそう認めたのですか? 元アンジェリーナ・クドウ・シールズだと」

 

『・・・認めるはずがなかろう』

 

「では大使館から自国民の保護要請でも出されましたか。あるいは、犯罪者だから引き渡せとでも?」

 

『・・・それも無い』

 

「では九島リーナさんはシリウス少佐ではありませんし、彼女をアメリカに引き渡す必要もありません」

 

『達也・・・本気で軍と対立するつもりか? 君にとって、アンジー・シリウスにはそれだけの価値があるというのか?』

 

「中佐、誤解しないでください。軍と対立するつもりはありません。少なくとも、自分の方からは」

 

達也は風間からの問いかけに即答で否定した後、そう付け加えた。彼からすれば、軍と対立など面倒な事を好んでするはずもなく、自分の邪魔さえしてこなければ相手にするつもりも無い。だが達也の言い分を素直に聞き入れられる程、軍は柔軟性に富んでいない。

 

『軍としては、危険分子であるアンジー・シリウス少佐を公衆の面前に曝すなど、敵対行為と判断せざるを得ない。その事を理解しているのか?』

 

「先ほども申しましたように、彼女は九島リーナです。アンジー・シリウス少佐ではありません。また彼女の教育を受ける権利は、第一高校校長・百山東殿によって保障されています。もしそれを軍が犯そうというのであれば、こちらはマスコミにその情報をリークするだけです。国防軍は無実の少女の教育を受ける権利を侵害し、犯罪者に仕立て上げるつもりだと」

 

達也の脅迫に、風間の顔に動揺が浮かぶ。

 

「そうすればどこかの誰かが余計な事をした所為でこちらに向いているマスコミの目も、軍に向くでしょうし、俺としてはそうしたいところですが、如何致しましょうか?」

 

『・・・脅迫するのか』

 

「滅相も無い。こちらとしては軍が九島リーナさんの自由を保障してくれさえすればそんな事をするつもりはありません」

 

『だが、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナがアンジー・シリウス少佐である事はお前も知っているだろう? USNAの国家公認戦略級魔法師を匿うということは、USNA軍と戦争をする覚悟があるんだな?』

 

「USNA政府がアンジェリーナ・クドウ・シールズがアンジー・シリウスだと発表したとしても、こちらからリーナをUSNAに送り返すつもりはありません。パラサイトに中枢を犯されているUSNA軍から逃げてきたと発表すれば良い。ついでにディオーネー計画の真の目的も添えて発表すれば、世論はどちらの味方に付きますかね」

 

達也としては、冗談のつもりで言っていたのだが、次第に「それもいいかもしれない」と思い始めていた。リーナを戦略級魔法師だと発表するのにはリスクが伴うが、USNAの現状を世間に報せれば、少なくともそれが事実かどうか調べようとする集団が出てくる。パラサイトと対するのだからマスコミ個人では到底出来る事ではないが、本当に危険が伴うのなら、USNA政府も見過ごすことはしないだろうし、パラサイトが寄生するのは基本的に魔法師だ。魔法人形にも寄生するが、その事をマスコミは知らない。

 

「ついでに国内にパラサイトが発生している事を軍が隠している事も発表しましょうか?そうすればこちらに構っている暇など無くなるでしょう」

 

『・・・分かった。今回は君の要求を呑む。だが達也、上層部は君の行動を面白く思わないだろう』

 

「どう思われようが関係ありません。もしUSNA政府が元アンジェリーナ・クドウ・シールズ=アンジー・シリウス少佐だと発表したのなら、さすがに身柄をこちらで預かるつもりは無いと、佐伯閣下にお伝えください」

 

風間が意図した「上層部」が誰なのかを見透かしたような発言をして、達也は通信を切ったのだった。



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差し入れ

日付はもうすぐ、七月十日から十一日に変わろうとしていた。リーナに与えられた部屋は、フロアこそ深雪と同じ最上階だが、住居としては別だ。鍵が掛かる別の扉があり、独立したバス、トイレ、キッチン、リビング、そして寝室も当然ついている。だがこの時間になっても、リーナはまだ深雪の部屋にいた。彼女のベッドがまだ届いていない、とかいう理由ではない。明日の、編入試験対策のためだ。

深雪が普段使っているデスクの前にはリーナ。その隣――家庭教師ポジション――に、深雪がスツールを持ってきて座っている。

 

「そろそろ終わりにしましょうか」

 

深雪のこのセリフを受けて、リーナはデスクに突っ伏した。

 

「・・・疲れた・・・」

 

「大袈裟ね」

 

額を乗せた両腕の隙間から、リーナのうめき声が漏れ、それを聞いた深雪は失笑を漏らす。

 

「大袈裟じゃないわ!断じて!」

 

リーナは勢いよく起き上がり、深雪の言葉に異を唱える。リーナの剣幕に、深雪が小首を傾げる。

 

「試験前は、これくらい普通だと思うけど・・・」

 

「これが普通・・・?ほんとに?深雪が特別なんじゃないの?」

 

「この程度で特別って・・・。勉強していた時間は、正味で精々五時間よ?」

 

「時間だけ見れば大したこと無いかもしれないけど、普通の人はこんなに集中力が続かないでしょ!」

 

リーナの正論は、深雪の周辺においては正論ではない。従ってリーナの反論に深雪は少し呆れた様子で答える。

 

「お兄様はもっとすごいわよ?」

 

「達也こそ普通じゃないでしょう!もっと他にいなかったの!?」

 

「他にって、一緒に勉強した人?」

 

「そうよ!」

 

「もちろん、いるわよ。弘樹さんとか凛とか水波ちゃんとか・・・」

 

不意に深雪が黙り込む。リーナが「あちゃあ・・・」という表情を浮かべ、片手で顔の半分を覆う。彼女は詳しい事情を知らされていないが、何か予想外の事件が起こった事は察していた。興味はあったが、自分が踏み込むべき事ではないだろうと考えて今まで触れずにいたのだが、どうやら自分は深雪を地雷原へ誘導してしまったらしいと、リーナはそう思った。

 

「ねぇ・・・一昨日、何があったの?」

 

知らないふりをして自分の部屋に戻るという選択肢もあった。多分、そちらを選ぶ方が賢いのだろう。しかしリーナはあえて、深雪にそう尋ねた。

 

「達也のあんな顔、見た事なかった。一昨日、深雪からの通信を受けている最中よ。深雪に何か、余程ショッキングな事が起こったんでしょう?」

 

深雪の瞳が頼りなさげに揺れる。彼女は短くない躊躇の後、小さく頷いた。

 

「一昨日はショックだったけど・・・今はもう、大丈夫。お兄様や弘樹さんに慰めてもらったから」

 

その答えは、百パーセントの本音ではないと、リーナには感じられた。不意を突かれれば、それが自爆であっても言葉を失うくらい、まだ尾を引いている。だが、嘘でもないのだろう。こうして、無理にでも笑みを浮かべながら話せるくらいには、痛みも薄れているようだ。

 

「そうね・・・聞いてくれる?」

 

深雪が一昨日の事を直接には関係のないリーナに打ち明ける気になったのも、彼女がそれを乗り越えようとしている証に違いなかった。

水波が光宣に連れ去られた時の事を、深雪がリーナに詳しく語る。その後、深雪を慰める為に達也が何を言ったのか、そのセリフも付け加えて。

 

「そう・・・凛って優しいわね」

 

「そうね・・・今でも凛は後悔しているかも知れないわね」

 

「知り合いを殺したくないという言葉は、納得出来る。達也が水波の動機も同じだというのなら、きっとそうなんでしょう」

 

リーナはスターズで、重大な罪を犯した戦闘魔法師を処分する任務に携わっていた。彼女が処分する対象には、スターズの隊員も含まれていた。起居を共にした仲間に銃口を向けて引き金を引く辛さを、リーナは実体験として知っている。「知り合いを殺させたくない」という言葉は、リーナの偽らざる本音でもあった。

するとそこにジョンが紅茶とお茶菓子を持ってきた。

 

「二人の夜食を持ってきたよ」

 

「ありがとう、ジョン」

 

「勉強、頑張りなよ」

 

そう言うとジョンは紅茶を置くと部屋を後にした。昨日来たばかりだと言うのにリーナのご機嫌はとてもよかった。

深雪はもし自分が弘樹と一ヶ月もの間、音信不通になっていたらどうなっているか。想像もしたくなかった。

その点、深雪はリーナの心の強さに舌を巻いていた。

 

「(少なくとも、私じゃあ耐えられないわね・・・)」

 

深雪はそう思いながら差し入れを楽しみながらまた勉強に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナが深雪に勉強を教えてもらっていた頃、達也は四葉本家へ連絡を取っていた。内容は、国防軍からの要請――という名の圧力があった事を報告する事と、百山校長からリーナの権利を保障してもらった事だ。

 

『やはり国防軍として、リーナさんを公衆の面前に曝すなんてことはされたくないみたいね』

 

「普通に考えればそうでしょう。ですが、彼女は『アンジー・シリウス少佐』ではなく『九島リーナ』です。彼女が公衆の面前に現れたとしても、問題はありません」

 

『そうね。でも彼女の事情を全て知っている人間としたら、そんな理屈は通用しないと言いたいのじゃないかしら』

 

真夜の言葉に、達也は特に反応を示さなかった。彼女がそういう事は想定内であり、普通に考えれば国防軍の要求は正しい。だが、それを素直に受け入れる必要は感じていないのだ。

 

『国防軍の方々や、政府の方々はひやひやするかもしれないけど、リーナさんが一高に通えれば、深雪さんの身の安全が確保出来るから、達也さんとしては突っぱねた、というところかしら?』

 

「USNA政府から正式に要請があったのなら兎も角、あくまでも国防軍独自の判断ですからね。従う理由はありません。たとえ彼女が『アンジー・シリウス少佐』だとしても、USNA政府がそれを認めるとは思えませんしね。ましてUSNA軍の現状を考えれば、そんな事を発表するメリットはありません」

 

『パラサイトに汚染されているUSNA軍など、達也さんは恐れるに足らない、という事かしら?』

 

「直接ちょっかいを出してこない限り、興味もありません。所詮海の向こうの出来事ですから」

 

いくら同盟国とはいえ、達也はUSNAという国に興味はない。先程自分で言っていたように、直接害のある事をしてこない限り、何をしようが興味はないのだ。

 

『未だに達也さんをディオーネー計画に参加させろと言う声があるようだけど、ノース銀行がESCAPES計画に出資を表明してからは恐ろしいくらいに静かになっているわね』

 

「いくら何を言われようと、俺がそれに従う理由はありません。むしろ参加するか分からない段階で、俺がいなければ成立しないような計画を立てた側を責めるべきです」

 

『それもそうね。いくら人類のためという名目があったとしても、本人が納得しない限りその計画に参加する事は無いのだから。クラーク博士には達也さんを必ず参加させるための秘策があったのかもしれないけど、息子のレイモンド・クラークが余計な事をして達也さんが『シルバー』だと発表し、達也さんはそれを逆手にとってディオーネー計画への参加を拒否したからね』

 

いくらトーラス・シルバー=達也だとUSNA側が騒ごうと、トーラス・シルバーはあくまでも達也と牛山のコンビ名。そして既に解散したのだから参加しようがない。マスコミに対する記者会見でも達也が言った事だが、USNA側が参加要求していたのは『トーラス・シルバー』であり『司波達也』ではないのだ。

 

『百山先生はもう少し否定的かと思っていたけども、九島閣下の弟さんと関係があったとはね』

 

「そちらで調べがついていたのでは?」

 

『さすがにそこまで調べないわよ。でも、問題はリーナさんの学力よね・・・その辺は問題ないのかしら?』

 

「先ほどまで深雪がつきっきりで勉強を教えていたので、問題は無いと思われます。元々の頭もそこまで悪くないようですし、編入試験を合格するくらいは造作もないかと」

 

自分の知らないところで凄いプレッシャーを掛けられているリーナだが、その事は本人には知りようがない。

 

『なら安心ね。一応リーナさん以外の護衛も一高周辺に用意はしてあるけど、基本的には達也さんとリーナさんの二人で深雪さんを守る形だから、その辺をしっかりと伝えておいてください』

 

「了解しました」

 

そう言うと通信は切れ、画面が真っ黒になった。

達也は振り返るとそこにはジョンが立っていた。

 

「すまない、待たせたな」

 

「いいよいいよ。大事な話だっただろうし」

 

達也はジョンを椅子に腰掛けさせると早速用件を話した。

 

「凛から色々と話は聞いている。よくスターズの基地から逃げ出せたな」

 

「まあ、それでもだいぶサンフランシスコに着いた時はボロボロだったけどね」

 

そう言うとジョンは軽く苦笑いをした。実は彼はスターズ基地から逃げ出した1週間後にはローズの部下に保護されていた。だが、基地からの逃走途中にスターダストの妨害で身体中を負傷し、さらには演算領域にも少なからず負担が掛かっていた。

本当はすぐにでも日本に行きたかったが。凛が直接出向いて彼を無理やり治療に専念するよう言ったために一ヶ月近く日本に来れなかったのだ。

 

「日本まではどうやって来たんだ?」

 

「閣下の操縦する飛行機に乗せてもらった」

 

「そうか・・・じゃあ、傷は治ったと言うことか」

 

「まだまだ全快というわけでは無いけどね。閣下に無理を言って飛ばしてもらったんだ」

 

そう言うとジョンは裾に隠れていた包帯を見せた。リーナに心配されないよう包帯は見えないように隠してあったのだ。

 

「随分と恋人想いだな」

 

「達也がそれを言うかい?」

 

そう言うと思わず笑ってしまった。お互いにそう思える人物がいるため、二人は少し笑っていた。すると今度はジョンの方から話し始める。

 

「まあ、そう言うことだからよろしく頼むよ」

 

「ジョンはどこに泊まるんだ?」

 

「僕は父の会社の社宅に泊まるよ。ある程度落ち着いたらリーナもそこに呼ぶつもりでいる」

 

「じゃあ、しばらく先になりそうだな」

 

「なるべく早く呼びたいんだがなぁ」

 

そう言うとジョン達也から部屋の鍵を受け取るとマンションを後にした。



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編入生

七月十一日、木曜日。三日間の休校を挟んで今週初の登校日だ。最寄駅から一高へ続く通学路を校舎に向かう生徒たちの間に、夏休みが近づいている事による一足早い開放感とは別の理由で、ざわめきが起こっていた。

一、二年生の間では「あの金髪美少女の女子生徒は誰?」という声が多く、三年生の間では「シールズさん/リーナ(ちゃん)が何故?」と質問し合う姿が見られた。そして全学年に共通して「あのポニーテールの美少女は何者? 編入生?」という疑問が呈されていた。そもそも魔法大学付属高校は原則として、編入生を受け入れていない。退学した生徒で減った分は、補充せずにそのままだ。

もっとも、編入と言う制度はある。その制度が適用された事も、過去にに数件ではあるが記録されている。生徒が懐疑的ながら編入生の可能性を排除していないのは、それを知っているからだった。

彼らの話題になっているのは金髪をツインテールにした青い瞳の少女と、明るい栗色の髪をポニーテールにした淡い茶色の瞳の少女。二人の顔立ちはよく似ている。リーナの事を知っている三年生もそうで無い下級生も、二人は親戚同士ではないかと考えていた。

彼女たちを見ているのは、生徒だけではなかった。通学路のそこかしこには、記者の姿が見え隠れしている。マスコミの目的は新戦略級魔法『海爆』の取材だ。彼らの第一の狙いは『海爆』の共同開発者である達也のコメントだが、彼の従妹である深雪もインタビューの対象になっていた。マスコミはまずFLTに押しかけたのだが達也は出社していないと突っぱねられ、引っ越し前の府中の自宅に押しかけたのだが、あそこは現在空き家になっている。

無論その程度でマスコミが諦めるはずもなく、彼らはFLTにしつこく食い下がる者、府中の家に未練がましく貼り付く者、そして通学路で達也と深雪を待ち伏せする者の三勢力に分かれて記事のネタを追い求めているのだった。

今日から魔法科高校の授業が再開される事実は、秘密でも何でもない。公式サイトにも掲載されている。達也と深雪のコメントを求める記者は、朝早くから通学路に張り込んでいた。だが残念ながら、彼らは目当ての生徒を見つけられなかった。大勢の生徒たちの中で目立っている金髪と茶髪の二人組にはマスコミも目を留めていたが、ターゲットは何時現れるか分からない。美少女と言うだけではニュースバリューも定かでない女子生徒に割いている時間は、彼らには無かった。

そういうわけで、マスコミの注意はリーナたちからすぐに逸れた。ただ、生徒以外でリーナたちに注目している者はいなかったかと言うと、そんな事は無かった。

全国展開しているコーヒーチェーン店の二階席窓際で、記者に見えなくもないラフな格好をした四十歳前後の二人組が通学路を行くリーナを見下ろしていた。

 

「・・・東京の外れとはいえ、こんな街中を堂々と歩いているとはな」

 

「あれは本当にアンジーなのか?」

 

その片方が、呆れ越えで呟きを漏らすと、もう一人がその独り言を拾って問い返した。二人が喋っているのは英語だ。顔立ちも東アジア系ではあるが、生粋の日本人の物ではない。もっともそんな事を気にする人間は、店員にも疎らな客の中にもいなかった。

 

「あの特徴的な外見だ。見間違えるほど、似ている人間がいるとは思えない」

 

「隣の女はよく似ているぞ? 髪と瞳の色を変えればそっくりだ」

 

「アンジーは偽装魔法を得意としている。もう一人の方は変装だろう。何故自分に似せているのかは分からないが」

 

「もしかして、ヤツのフィアンセか?」

 

「その可能性はある。あくまでも可能性だが」

 

金髪と茶髪の美少女が遠ざかっていく。二人組の男は、彼女たちから視線を外して真っ直ぐ向かい合わせに座り直した。

 

「あれがアンジーだとしても、我々の仕事は脱走兵の粛清ではない」

 

疑問を呈した方の男が、慎重な口ぶりで会話を再開させる。リーナをアンジーと断定した方の男も、その言葉に頷く。

 

「そうだな。だがとりあえず、本国に報告はしておくべきだろう」

 

「それについては同意する。ただ茶髪の方のヤツがフィアンセだとすれば、そちらの方が重要だ」

 

「ああ。アンジーが介入してくる可能性を含めて、作戦を再考する必要があるな」

 

男たち――USNA軍非合法工作部隊イリーガルMAP・ホースヘッド分隊所属の二人は、それぞれカップの中身を一気に飲み干して椅子から立ち上がり店を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナと一緒に登校した深雪はそのまま教室には行かず、生徒会室に向かった。リーナも一緒にだ。深雪がIDカードでドアを開けて中に入ると、始業前にも拘わらず泉美が入口に向かって立っていた。デスクの上では端末が開いているから、作業中にドアシステムが読み取ったIDカードの情報で深雪が入ってくると分かり、立ち上がって出迎えようとしたのだろう。泉美の背後では、ほのかと雫もドアの方へ視線を向けている――生徒会役員であるほのかがここにいるのは兎も角として、風紀委員の雫が生徒会室にいるのは、些か疑問ではあるが。

 

「おはようございます、深雪先・・・輩?」

 

張り切って挨拶をしたのは良いが、入室したのは別人の顔を持つ少女だった為、泉美はその顔をジッと見つめて固まる。

 

「おはよう、泉美ちゃん」

 

明るい栗色の髪の少女が、深雪とは違う声、同じ口調で挨拶を返す。そして、ドアが閉まるや否やワインカラーのシュシュを抜き取り、ポニーテールに纏めていた髪を解いた。

変化はすぐに訪れた。淡い栗色の髪が烏の濡れ羽色に。淡い茶色の瞳が漆黒に。顔立ちが瞬きする間に変化し、泉美の愛する「深雪お姉様」が出現する。

 

「深雪先輩、先ほどのお姿は・・・」

 

「煩わしい人たちがいるから」

 

目を真ん丸にして尋ねた泉美は、深雪の短い回答に「ああ、なるほど」という納得の表情を浮かべた。

 

「泉美ちゃんなら言わなくても分かってくれる思うけど」

 

「はい、無闇に他言はしません」

 

「ありがとう」

 

期待通りの対応を見せた後輩を、深雪が笑顔で労う。魂がお留守になった泉美の視線を、深雪は片手の動きでリーナへと誘導した。

 

「こちらはアンジェリーナ・クドウ・シールズさん。私たちはリーナと呼んでいるわ。明日から三年生に再編入する予定よ。リーナ、この子は七草泉美さん。二年生よ。私は泉美ちゃんと呼んでいるわ」

 

深雪の紹介を受けて、泉美がハッと意識を取り戻す。

 

「七草泉美です。シールズ先輩、よろしくお願いします」

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。こちらこそよろしくね。それから私の事はリーナで良いわよ」

 

リーナが上級生らしく余裕を見せようとしているのを、深雪は微笑まし気に眺めていた。だがここで笑うとリーナが気を悪くするに違いないので顔には出さなかった。

では、リーナ。教頭先生のところに行きましょうか。泉美ちゃん、またね」

 

「はい!深雪先輩、リーナ先輩、失礼いたします」

 

お辞儀をする泉美に見送られて、何時もの姿を取り戻した深雪はリーナを連れて職員室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪とリーナを送り出した達也は、マンションの地下にいた。調布のマンションの地下には、府中の自宅より遥かに高性能の機器が調った研究フロアが設けられている。実質的に、達也一人のための研究室だ。分家の人間がどのような感情を懐いていようと、トーラス・シルバーとしての実績、四葉家の財政面への貢献は無視できない。

達也はここで、二日間にわたる『仮装行列』の観測結果を魔法学の枠組みに当てはめて科学的に整理しようと試みていた。感覚的に認識するのではなく、理論的に把握する事で今までに見えてこなかった『仮装行列』攻略の糸口がつかめるのではないかと期待しての事だ。

しかしコンソールに向かって約一時間、午前九時に予定にない来客の知らせを受けて、彼は作業中断を余儀なくされた。地下三階の研究フロアから地上二階の応接室へ。そこで待っていたのは藤林響子だった。

 

「おはようございます。今日は軍服ではないんですね」

 

「おはよう、達也君。今日はお休みをいただいているのよ」

 

「どうぞおかけください・・・それでは、藤林さんとお呼びするべきでしょうか」

 

「別に名前でも構わないけどね」

 

ソファに腰を下ろした響子は、軍人ではなく私人としての用件だという意図を込めて頷いた。彼女の方は最初から『大黒特尉』ではなく達也を本名で呼んでいる。そのタイミングでノックの音が室内に響き、達也の「どうぞ」という声を認識してドアが自動で開く。入ってきたのはワゴンを押した、ロングスカートのワンピースに白いエプロンをつけた若い女性だった。彼女は響子の前に置かれた紅茶を新しいものに替え、達也の前にコーヒーを置いた。

 

「藤林さん、別の飲み物がよろしければ、交換させますが」

 

「いえ、これで結構よ。ありがとう」

 

最後の一言は給仕の女性に向けた言葉。エプロンの若い女性はニッコリ笑って一礼し、再びワゴンを押して部屋を出て行く。

 

「彼女、相当の手練れね。人材が豊富で羨ましいわ」

 

「あの女性は戦闘要員ではありませんよ。それで、本日のご用件を伺っても? 藤林中尉としてのお越しでないなら昨夜の電話の続き、リーナの事で抗議に来られたのではありませんよね?」

 

「本日は藤林家当主、藤林長正の代理人として謝罪に参りました」

 

居住まいを正し言葉遣いを改め、響子は深々と頭を下げる。

 

「謝罪とは?心当たりがありませんが」

 

「藤林家一族の一人、九島光宣が為した司波家に対する無法の数々に対して、当主として謝罪したいと申しております」

 

「一族といっても血縁関係はないはずですが・・・」

 

達也は当惑気味の口調で響子に問い返す。藤林家当主、藤林長正は響子の父親。長正の妻が光宣の父である九島真言の妹。系図的には光宣は長正の甥にあたるが、義理の兄の息子だ。表向きは長正との血の繋がりはない。

裏の事実で言っても、光宣は真言の精子と長正の妻である真言の妹の卵子を人工授精させた受精卵をベースにしており、やはり長正との血縁は無い。光宣の行為に、九島家なら兎も角、藤林家が責任を感じる必要は無いはずだった。

 

「たとえ血のつながりがなくとも、妻の息子であれば藤林家の一員。当主はそう考えています」

 

「・・・分かりました。しかし藤林さんは、単に謝罪の言葉を伝えに来たのではないのでしょう?何か他に用件があるのではありませんか?」

 

「用件と言うより実質のある――言葉だけではない謝罪です」

 

「・・・伺いましょう」

 

「これを」

 

藤林はハンドバッグの中から大容量のストレージであるソリッドキューブを取り出して、達也との間にあるローテーブルに置いた。

 

「藤林家の、謝罪の印です。お受け取り下さい。中には『仮装行列』の起動式及び運用方法と、東亜大陸流古式魔法『蹟兵八陣』の詳細を記した文献が記録されています」

 

「いいんですか?『仮装行列』は九島家の秘術でしょう?」

 

「・・・本来であれば九島家から差し出させるべきところですが、提供の同意を得るのが精一杯でした」

 

九島家から同格の四葉家に秘術を差し出すのはプライドが許さない。だから、藤林家から司波家に提供する形をとったという事だろう。くだらないとは思うが、理解出来る話だった。

 

「ありがたく頂戴します」

 

どのような思惑があるにせよ、『仮装行列』の詳細を九島家から何とかして入手したいと考えていた知識だ。軽く頭を下げた達也に、藤林は目礼を返す。

 

「『蹟兵八陣』は『鬼門遁甲』を応用した大規模結界構築の技術です」

 

「光宣の隠れ家は、その術で構築されているということですか?」

 

「私たちはそう考えています」

 

「至れり尽くせりですね・・・」

 

響子が嘘を吐いているのでなければ、達也が欲した知識が一気に手に入った事になる。少々都合が良すぎると、彼でなくても考えたに違いない。

 

「私たちは達也君に、光宣君を捕まえて欲しいと期待しているわけではないの。父と真言伯父様は、自分たちの手で光宣君を捕らえるつもりです。達也君に手を引けと言うつもりは無いけど、出来れば私たちに任せて欲しい。これが父の本音よ」

 

「共闘は出来ないのですか?」

 

「・・・父には、達也君の要望を伝えます」

 

達也に引く気が無いのは、分かり切った事だ。響子は急ぎ実家に戻って相談すると付け加えて、席を立った。部屋を出る直前、少し名残惜しそうにしていたのは、達也の見間違いではなかっただろう。



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凛の事情

編入試験が始まる前は不安を駄々洩れにしていたリーナだが、午前の記述試験が終了した後はスッキリした顔になっていた。

 

「どうだった?って聞くまでもないみたいね」

 

「私の実力を以てすれば、当然の結果ね」

 

そっくり返り過ぎて転びそうな勢いだが、試験勉強中にリーナが「落ちたらどうしよう」と自覚のないまま何度もつぶやいていたのを横で聞いていた深雪の目には、ただ微笑ましだけだった。

 

「まだ実技試験が残っているけど、それこそリーナの実力ならそっちは心配いらないわね」

 

「・・・知識の方は不安だったように聞こえるんだけど」

 

半眼に開いた目の据わった眼差し、所謂「ジト目」をリーナが深雪に向ける。彼女のその反応に、同じテーブルを囲む一同から笑い声が上がった。今は昼休みで、ここは一高の学食だ。リーナは制服を着ているので――深雪の予備を借りている――咎められる事は無いが、さすがに目立っていた。

ただでさえ深雪、ほのか、エリカと、下級生からの人気も高い女子が揃っており、さらに美月や雫といった面々がいるので目立たたない方がおかしいのだが、リーナが加わった事でその度合いはさらに上昇している。

 

「リーナなら当然一科生ね。どのクラスになるのかな」

 

「うちのクラスだと思うよ。人数が一番少ないから」

 

エリカの何気ない疑問に、ほのかが深く考えると笑えない答えを返した。一番人数が少ない、それは即ち最も多く退学者が出たという事だ。二年生へ進級する際、魔工科新設に伴う人数調整が行われているから、三年A組はこの一年で退学した生徒が他のクラスよりも多いという事を意味している。

凛、深雪、ほのか、雫と学年トップを独占しているA組で最多のドロップアウトが発生しているというのは、皮肉と言うべきか、それともバランスが取れていると言うべきか。おそらく百山校長にも分からないだろう。

 

「でもリーナさんが日本に来ていたなんて知りませんでした。いつ来日されたのですか?」

 

美月の質問に、リーナが軽く引きつった顔で言葉を詰まらせる。

 

「柴田さん、それはちょっと・・・」

 

「美月ぃ。あんたもリーナの事情は知っているでしょう?」

 

困惑顔の幹比古とあきれ顔のエリカが美月を窘めたのは、リーナが『アンジー・シリウス』である事を知っているからだ。

彼女ばかりではなく、このテーブルを囲っているメンバーは、当時一緒にいなかった雫も含めて、去年の冬のパラサイト事件の全容とリーナが果たしていた役割を知っている。

 

「あっ・・・ごめんなさい!」

 

自分の何気ない質問が実は非常にセンシティブな問題に絡んでいると気付かされ、美月は慌てて頭を下げる。

 

「気にしないで。・・・でもそこはもう、聞かないでくれると助かるわ」

 

「もちろんです!」

 

勢いよく頷いた美月に、リーナ、幹比古、エリカは三者三様の表情でため息を吐いた。

 

「リーナに編入してもらったのは、私の都合だけど」

 

深雪の一言は空気を変えようと意図した物でも引っ掻き回そうと企んだものでもない。会話の流れに関わりなく、予定していた発言だった。

 

「どういう事?」

 

深雪の注文に応じたのは雫だ。他のメンバーは深雪の発言の意図が分からず首を傾げたり、聞くまでもなく何となく察しているような表情を浮かべている。

 

「五月蠅く付き纏う人たちがいるから」

 

「あぁ、マスコミ」

 

「吉祥寺君の共同開発者発言で、取材熱が最燃したみたいだね」

 

幹比古、ほのかのセリフに、深雪が「えぇ」と頷く。

 

美月の勘違いを訂正することなく、メンバーは話の本筋へと戻っていく。その口火を切ったのはレオだった。

 

「達也が捕まらないから、深雪さんのところにまで押しかけているのか。力づくで追い返すわけにもいかないだろうし、そりゃ始末に困るよな。国防上の機密にも関わる事なんだから、政府の方で規制してくれてもいいだろうに」

 

「えぇ、本当に」

 

レオの言葉に返す深雪の同意は、ため息交じりだった。レオの発言でさっき自分が何を勘違いしたのか分からなかった美月も、漸く理解したような顔を見せた。

 

「ですが、それとリーナさんの編入と、どう関係があるのですか?」

 

一つの謎が解けたと思ったらまた新たな謎が襲ってきたので、美月はハッキリとその事を深雪に尋ねた。だがこの疑問は美月だけではなく、レオや幹比古も「分からない」という顔をしているので、美月がしなくてもこの質問は深雪にぶつけられただろう。

 

「リーナは偽装魔法が上手なのよ。姿形を全くの別人に変えられるの」

 

美月の質問に答えたのは、深雪ではなくほのかだった。彼女も幻惑魔法で他人の姿に変わる事が出来るので、リーナの魔法にはある程度の理解が及んでいるのだ。

 

「私は実際に見た事ないけど、ほのかより凄いの?」

 

「私よりずっと上だよ」

 

「それは凄い。今度見せてもらいたい」

 

「あれ、変えられるのは自分だけじゃなかったんだ」

 

リーナの魔法の話で盛り上がっている雫とほのかの会話をしり目に、エリカはリーナに向けて問いかける。エリカもリーナの変身技術は知っていたが、自分自身しか出来ないと思っていたのだ。

 

「どちらかと言うと、他人に掛ける方が楽かな。もちろん、その人が抵抗しなければだけど」

 

「へぇ・・・」

 

「自分に掛ける時は鏡だけじゃチェックできないから」

 

「なるほど。鏡一枚じゃ、背中は見えないもんね。凛の変装じゃあるまいし」

 

「そういうこと」

 

リーナはエリカが一番話しやすいのか、さっきからエリカの方に視線を向けている。とても銃と刀で殺し合いを演じた間柄とは思えない。尤もそれをいうなら、リーナと深雪は決闘で高等魔法『ムスペルスヘイム』と『ニブルヘイム』、までぶつけ合った関係なのだが。『ニブルヘイム』は低体温で無力化するという使い方も出来るが、『ムスペルスヘイム』の方は並みの相手ならば普通は即死、運が良くても瀕死の重傷だ。そんな魔法をぶつけ合った間柄の二人が普通に会話しているのだから、武器を使っての殺し合いなど、リーナにとっては可愛い物なのかもしれない。

 

「じゃあ、暫くは外で一緒に行動しない方が良いね」

 

ほのかが深雪に尋ねる。深雪は少し申し訳なさそうな表情で頷いた。

 

「えぇ・・・マスコミの興味が薄れるまで、当分はリーナと二人で下校するわ・・・弘樹さんと別れるのは辛いけど・・・」

 

「あたしたちも近づかないようにするよ。何時もの面子が周りにいると、バレるかもしれないからね」

 

「ありがとう、エリカ」

 

エリカが見せた気遣いに、感謝の眼差しを向ける深雪。エリカはそれに、粋なウインクで応じた。なお、みゆきのこぼした小言は全員が聞かなかった事にしていた。

するとリーナはある事を聞いた。

 

「そういえば聞きたいんだけど・・・何で凛は学k・・・ムグッ!」

 

リーナが言おうとした頃に隣の深雪と弘樹によって口を塞がれた。エリカ達も睨むようにリーナを見る。

 

「リーナ。凛の事は学校で言ってはいけないって・・・言ったよね?」

 

「ムグムグ・・・プハぁ・・・ご、ごめん・・・なさい・・・」

 

「詳しい話は僕のマンションで話そうか・・・六時までにマンションに集まってくれ。なるべく別々になって来て」

 

「了解。凛のマンションね」

 

「ああ、そこで詳しい話をしよう」

 

そう言うと弘樹達は放課後まで別れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後七時。凛の住んでいるマンションには深雪、弘樹、リーナ、エリカ、レオ、ほのか、雫、幹比古、美月さらにはここに呼ばれたジョンまでもが部屋に集まっていた。

 

「それで・・・何で一高では凛の事を話しちゃいけないのよ」

 

リーナが最初にそう言うとエリカがその訳を話した。

凛が表向き人間主義者による暴行事件で大怪我を負った事。おまけに国防軍に目をつけられていた事など。一通り説明し終えるとリーナは驚いた様子でいた。

 

「そうだったの!?あのニュースが・・・」

 

「リーナも知っているの?」

 

「ええ、そのことは向こうでも結構やってたから・・・」

 

そう言うとリーナはそのニュースの影響で今USNAでは人間主義者は畏怖の目で見られるようになった事を話した。

 

「へぇ〜、外国にまでそんな影響があったのね」

 

「そうね、未成年・・・特にUSNAは女性暴行に関しては結構厳しかったりするから・・・」

 

「そうだね、USNAだと女性への暴行は性的暴行と判断されて罪が重たくなる場合があるからね」

 

「そうなんだ」

 

ジョンの解説にエリカ達は納得していた。エリカ達はジョンも日本に来ている事に驚いていた。実を言うとジョンは飛び級で現在は大学2年生をやっており、二ヶ月の留学ということで日本に来ていた。

リーナの許嫁であるとエリカ達が知った時、全員から「大変だっだだろうねぇ」と慰められながら声をかけられていた。

今までずっと共に時間を過ごして来たジョンからすればそんな性格も彼女のアイデンティティだと思い、すっかり慣れてしまっていた。

 

「ま、そういう事だ。リーナ、こういう理由があるから姉さんは学校に来ていないんだ」

 

「そうなのね・・・道理で平日のお昼に部屋にいるわけね・・・」

 

「そう言う事よ。だから学校で凛の話題を持ち込んではダメよ」

 

「でも、ここに居るみんなは凛が学校に来ていない理由を知っているんでしょう?」

 

「まあ・・・そう言う事だな」

 

「そうね・・・少なくとも私たちも共犯にされた気分よね・・・」

 

「そうですね・・・凛さんは本当の話を知って欲しいからと事情を聞きました」

 

「大変だよね。いつもはヘラヘラとしているのにさ。こう言う時だけチャッカリしているんだもの。凛を動物で表すならネコを被った虎よね」

 

「そうだな・・・まあ、虎じゃなくてもっとこう・・・何だろうな。()とでも言うべきな雰囲気があるよな。あいつには・・・」

 

レオの言葉に弘樹や凛の正体を知っている深雪やジョンは一瞬ビクッとするも他の友人達と同じように頷いていた。

 

「ま、そうね。少なくとも凛の考えている事は私たちのは想像もつかないような事を考えていそうよね・・・ほんと、凛の頭をのぞいてみたいわ」

 

そう言うと久々に凛のマンションに来たと言う事で思わず話が盛り上がり、途中で買って来た惣菜なので小さめのパーティーを開くと帰る事には午後9時を回りかけていた。

 

「じゃあね、また明日」

 

「ああ、また明日な」

 

そう言うと深雪、弘樹、リーナの3人と他の友人達はそれぞれ別れると帰路についた。



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面倒な奴ら

時は少し遡り。第一高校だけでなく、魔法科高校九校は今日一斉に授業が再開されている。第三高校も例外ではない。だが一条将輝と吉祥寺真紅郎は、登校していなかった。マスコミの取材攻勢を躱す為だ。新しい国家公認戦略級魔法師と新戦略級魔法の主開発者に対するマスコミの執着は、達也や深雪に対するものの比ではなかった。この状況で登校したら学校に迷惑をかけると考えた将輝と吉祥寺は、自主的に一足早く夏休みを取る事にしたのである。

夏休みといっても吉祥寺は研究所の仕事、将輝は小松基地で劉麗蕾の監視だ。二人ともこれらの仕事があるから、今回は三高の前田校長も公休にしてくれている。なお将輝の妹の茜が通っている私立中学は、まだ不穏な情勢が解消していないという理由で本当に今日から夏休みだ。正確に言えば、夏休みの十日繰り上げが決定・実施された。こうして一条家の兄妹は、小松基地で真夏の一日を過ごしていた。

茜と劉麗蕾は順調に親交を深めているが、将輝と護衛隊長の間の感情的な断絶はますます深まっていた。今も部屋の中央に置いてあるテーブルで、茜と劉麗蕾は仲良く肩を並べている。劉麗蕾の前には、茜が中学で使っている教科書。無論、紙の本ではなくタブレット端末だ。どうやら茜が劉麗蕾に、日本の一般常識を教えているようだ。

その二人を部屋の隅と隅、対角線の端から将輝と林隊長が見ている。将輝自身も大人げないと思っているのだが、林隊長と今後の方針について相談しようとすると、いつの間にか激しい口論になってしまうのだ。だからといって、何故かお互い無視する事が出来ず、こうして茜と劉麗蕾を挟み、部屋の最も遠い位置から睨み合うような恰好になっていた。

将輝は居心地の悪さを覚えていたが、この部屋を出て行くわけにはいかない。彼は茜を父親から任されているのだ。また劉麗蕾一行に敵対行動が見られたならば、基地の士卒と共同してこれを鎮圧しなければならない。将輝の選択肢は「我慢」しかなかった。

将輝にとって胃が痛い状況に変化が訪れたのは昼食後、十三時の事。劉麗蕾一行が使っている部外者用宿泊棟のロビーに、別の基地から来訪者があったのだ。

ここは空軍基地。やってきたのは陸軍の士官だった。国防陸軍第一師団遊撃歩兵小隊所属、千葉修次少尉。小隊所属は臨時の措置らしいが、将輝にとってはどうでもいい事だ。それより、彼がもたらした情報こそが重要だった。

千葉修次は防衛大の学生でありながら、特例として少尉の地位を与えられている。これは彼の実績と「三メートル以内の近接戦闘であれば世界でも十指に入る」という国際的な名声によるものだ。同盟国の要人警護部隊との共同作戦に組み入れられることが多いため、士官の地位を与えられていたのである。

ところで、修次が臨時に所属している『抜刀隊』、遊撃歩兵小隊の隊長は中尉だ。四人いる分隊長は全員が少尉の階級を持っている。つまり、修次と分隊長の階級は同じだ。

分隊長の方が先任なので、指揮系統上は分隊長の方が上。そしてここには二人の分隊長が派遣されているが、彼らは基地司令部との調整と、部隊の運用で忙しい。その結果、残った隊員の中で最も階級が高い修次に、劉麗蕾一行への説明役が回ってきたのだった。

 

「呂剛虎が襲ってくるのですか!?」

 

「密告が真実だという確証はありません。ただ我々は、その可能性ありと判断して出動しております」

 

食って掛かる勢いで問いかけてくる林隊長を宥めるような仕草と共に、修次はそう答えた。彼としては、楽観であるにせよ悲観であるにせよ、いい加減な事は言えない。だが彼のあやふやともとれる物言いは、林隊長のお気に召さなかったようだ。

 

「わざわざ東京から出動してきたのは、何か掴んでいるからではないのですか」

 

確かに抜刀隊が所属する第一師団は東京に本拠地を置いているが、抜刀隊が小松基地に派遣されたのは密告メールが彼らの許に届いたという理由が最も大きい。それに、九島光宣の捕獲よりも大亜連合工作部隊への対処の方が、陸軍としては優先順位が高かった。しかしそういう細かな事情は、亡命者に説明すべき事ではなかった。

 

「確証はありません。しかし、備える必要はあります。小官に言えるのは、それだけです」

 

やや強い口調で繰り返された修次の答えに、林は納得していない風ながらも、それ以上は食い下がらなかった。

 

「安全が確認されるまで、皆さんはこの建物から出ないようにしてください」

 

「それは、何時までですか?」

 

修次にこう尋ねたのは、劉麗蕾本人だった。

 

「現在、警察の助けも借りて呂剛虎を捜索中です。ヤツでなくても密入国者がいれば、一両日中には発見できるでしょう」

 

「分かりました。それくらいなら、我慢します」

 

修次が告げた言葉に、劉麗蕾は渋々ながらも納得した表情を見せたのに比べ、林隊長の目には焦りの色のようなものが過った。それに気付いたのは、修次の横で亡命者たちをさりげなく、しっかりと観察していた摩利だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日間の休校から開けた初日、しかも夏休みまであと十日で、今年の夏休みは九校戦も無いという気合いの入らない条件が重なっていたが、一高の授業は何時も通り午後三時半まであった。ただ九校戦が中止になっているので、生徒会が遅くまで残って処理しなければならない仕事は無い。日が長い時期でもあり、生徒会役員組も部活組もまだ明るいうちに校舎を出た。

深雪と弘樹は無事編入試験をパスしたリーナと二人で一足早く駅に向かった。例の茶髪ポニーテール姿で。そして残る何時ものメンバーは、学校のカフェで待ち合わせをして下校した。最初は達也と深雪を核にして形成されたグループだが、今ではその二人がいなくても行動を共にするようになっている。

弘樹に指定された時間までに別々のグループに分かれて凛の住むマンションまで行かなければならないが、その時間までまだ間があった。

学校と駅のちょうど中間の辺りで、エリカがふと道路に面した喫茶店の二階を見上げ、一瞬鋭い目を見せた。

 

「エリカちゃん、どうしたの?」

 

エリカの後ろを幹比古と並んで歩いていた美月が、目敏くその仕草を見つけてエリカに呼び掛ける。エリカは振り返って足を緩め、美月に並んだ。

 

「妙な視線を感じてさ」

 

「妙な視線?」

 

訝し気、かつ割と真剣な面持ちで幹比古が尋ねる。エリカが見上げた喫茶店の二階に視線を向けても、特におかしな気配はしなかったので、幹比古以外でもこのような反応を示しただろう。

 

「はっきりと捉えられなかったんだけど、何か、うなじがチリチリするって言うか、背筋がぞわぞわするって言うか・・・。邪悪、うん、この表現が一番近いかな」

 

「邪悪な視線?」

 

「何それ。怖くない?」

 

「エリカが捉え損なったって言うのかい・・・?」

 

雫とほのかは、エリカの言う『邪悪』という表現に嫌悪感を含む声を上げたが、幹比古は『邪悪な』というフレーズよりも、こちらの方が気になったようだ。

 

「ちょっと気が抜けていたかもね。無警戒だったから、こっちが感度を上げた時には消えていた。あたしの気のせいって可能性もあるかな」

 

「気が抜けてたくらいで、テメェが敵を見失うかぁ? 邪悪な視線って、大方鏡でも目に入ったんだろ」

 

「黙れ邪気の塊」

 

エリカのローキックがレオの足を襲う。彼女に足技系格闘技の経験はないはずなのに、レオは片足を抱えて跳びはねる事になった。

 

「~~っ!テメェ、靴に何か仕込んでやがるだろう!」

 

「さあねぇ~」

 

「こんの女ぁっ!」

 

「何よ、やる気!?」

 

今にもエリカに飛び掛からんとするレオと、警棒を伸ばしてそれを迎え撃つ構えのエリカ。その光景を見た幹比古が、慌ててその間に入った。

 

「ちょっと、二人とも!?レオ、落ちついて!今のは君も言い過ぎだよ」

 

「エリカちゃん、女の子だから暴力は!それに、いきなり蹴ったら可哀想だよ」

 

幹比古がレオを宥める一方で、美月がエリカを窘める。それでこの場は「邪悪な視線」を含めてうやむやになったが、ほのかは不安が消えない顔つきで、エリカが目を向けていた窓へ振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした話題になった喫茶店の二階席では、男女の二人組が窓から顔を背けていた――大袈裟には思われない程度だが、少しあからさまな気もする。

 

「・・・見られたか?」

 

「いや、顔は見られていないと思う。この距離で人相の判別は普通無理だし、魔法を使った気配もなかった」

 

「だが気配は覚られたな」

 

「ああ。予想以上だ」

 

この男女はUSNA非合法工作部隊『ホースヘッド』のメンバー。朝に張り込んでいたのとは別のコンビだ。

 

「アンジーの報告書は、誇張されたものではなかったのか」

 

「小娘でもシリウスという事だろう」

 

二人は声を潜めて話している。仮に盗み聞きをしようとする者がいても、この二人が使っている台湾諸語の中でもマイナーな言語を理解出来るものはいないに違いなかった。

 

「どうする?」

 

「最終的には分隊長の判断だが、千葉の女剣士は避けた方がいいのではないか」

 

「ああ。私もそう思う。光井の方はどうだ」

 

「あの娘は候補から外す必要もないだろう。今も気付いた様子はなかった」

 

「そうだな」

 

会話する二人は、去って行くエリカたち一行の背中に、目を向けようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ喫茶店の少し離れた席では一人の白髪の外人にも見える少女が待人を待つかのように手元にあるコーヒーを飲んでいた。その少女は小学3・4年生ほどの身長で、一見すれば親と待ち合わせをしてるかのように見え、少女は暇潰しに携帯で動画を見ていた。だが、少女の耳に聞こえてくるのは台湾諸語のマイナーな言語で話す男女二人組の声であった。

 

「(やれやれ。米国も面倒な奴らを送ってくれたもんだ・・・)」

 

少女はそう思いながらコーヒーを飲むとちょうどその二人組が席を立ち、喫茶店を後にした。

 

「(ほのかが狙われる可能性があるな・・・相手は手練れだ。ちと応援を呼んでおくか・・・)」

 

そう思うも少女はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「(いや・・・応援はいいか。彼らの成長具合も見たい。守るのはほのかだけでいいかもな・・・・あとは遠くから見守り、もしもの時に動かせば良い)」

 

そう思うと白髪の少女こと凛は残ったコーヒーを一気に飲み干すと代金を支払い、喫茶店を後にすると連絡を入れた。



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新ソ連のスパイ

劉麗蕾の護衛部隊隊長として一緒に亡命してきた大亜連合の林少尉の正体は、新ソ連軍の工作員である。敵軍のスパイが組織の要所に紛れ込んでいるというのは、珍しい話ではない。特に地続き、長い国境線で接している国同士では。

珍しくないから、何処の国でもスパイの潜入には注意を怠っていない。大亜連合軍も最高レベルの警戒を払っていた。国家公認戦略級魔法師・劉麗蕾の護衛を選ぶにあたっては、自白剤を使い洗脳を施し、有望な女性軍人を何人も人格破壊に追い込んでまで徹底的に検査している。

だがスパイを送り込む方も、それは計算に入れている。諜報と防諜は常にいたちごっこだ。そしてこのケースでは、新ソ連の方が上手だったという事に過ぎない。具体的には林少尉の能力が、大亜連合軍のスパイ対策よりも強力だったという事になる。彼女の能力は催眠術。意識操作の魔法ではない、単なる催眠術だ。この魔法に比べればありふれた技術が特殊能力と呼べるのは、その技術レベルが異常に高いからである。

林の催眠術は、意識操作の魔法に遜色ない深さで被術者の心に食い込む。自他を問わず、自他は問わず、自白剤の強制力すら撥ね退ける程に。彼女は自己催眠によって大亜連合の意識検査をパスしていた。

彼女の技が魔法だったなら、大亜連合軍は細工に気が付いたに違いない。敵魔法師の侵入は、国家に限らずあらゆる武装勢力が最大限に警戒している。林が低レベルとはいえ魔法師だから余計に、大亜連合軍は魔法以外の偽装手段に気付けなかった。

魔法ではない催眠術のメリットはもう一つある。魔法に対する耐性とは無関係という点だ。劉麗蕾一行が使っている宿舎には、魔法師の警備員がついている。国家公認戦略級魔法師とその護衛部隊の監視役だ。魔法による攻撃力よりも対魔法防御力、精神干渉系魔法に対する耐性を優先して選抜されていた。だから、林の術が魔法によるものなら通用しなかったかもしれないし、そうで無くても早い段階で露見していたかもしれない。

 

「基地の中ではどうしても手に入らない物があって・・・ほんの一時間ほどで良いんです。外出許可をいただけませんか?」

 

劉麗蕾が一条茜と一緒に早めのお風呂を使っている時間に、宿泊棟の警備を担当していた兵士は林隊長からそのような申し出を受けた。二人の兵士は困惑に顔を見合わせる。買いたい物は何かと林に尋ねると、大亜連合の女性にとって必須の物だという。自分たちが代わりに買いに行くと兵士の一人が申し出たところ、「恥ずかしいから」と断られた。そう言われてしまえば、それ以上の押し問答は何故か憚られた。もう一人の兵士が「何故こんな時間から」と質問すれば、「劉麗蕾少尉が入浴している最中なら一条将輝に無理矢理連れ去られる心配がない」と返す。兵士は二人ともその答えに何故か納得してしまった。

結局、監視の兵士は自分たちが店の前まで同行する事を条件に林の外出を許可してしまう。基地司令部に許可を取る事も無く。

小松基地のゲート係員は、呂剛虎の襲撃に備えて外部からの侵入者に対する警戒態勢を強化し、劉麗蕾の保護に神経を尖らせていた。だからなのか、林が基地ゲートから外に出ても監視の兵士が同行しているからという理由で、それ以上の注意は払われなかった。基地の将兵、スタッフにとっては、戦略級魔法師・劉麗蕾のおまけなど然して気にする価値が無いというのが本音だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摩利がすれ違ったオープントップ車に訝しさを覚えたのは、先ほど修次が行ったブリーフィングの際に一瞬だけ林の目を過った焦燥感が気になっていたからだ。

 

「シュウ」

 

「何か見付けたのかい?」

 

摩利が、一緒に街を捜索中の修次に声をかけ、彼女の隣で目立たぬように物陰へ目を配っていた修次が、彼女へと振り返り問いかける。

 

「今、林少尉が乗る車とすれ違った」

 

摩利の言葉に、修次が眉を顰める。

 

「劉少尉の護衛隊長の? 外出は控えるよう言っておいたはずだけど・・・」

 

見間違いではないのか? とは、修次は問わなかった。この辺り、彼は摩利の事を信頼している――甘い、のかもしれないが。

 

「監視の兵士二名も一緒だった」

 

「それなら基地から出られたのも不思議じゃないけど・・・」

 

「いや、おかしいだろう。この情勢じゃ亡命者に外出許可が下りるのは、常識的にあり得ない」

 

「・・・うん、確かにそうだね」

 

修次は慎重な態度ながら、摩利の言い分を認めた。

 

「密入国工作員に関する重要な手掛かりが林隊長から得られたのか、あるいは……監視の兵が何らかの手段で操られているのか」

 

「意識操作の魔法か?」

 

「いや、魔法なら対策は打ってあるだろうし、基地内で魔法が使われればすぐに分かる」

 

「・・・そうか。そう言えばそうだな」

 

「安心するのは早いよ、摩利。意識操作の魔法を使わなくても、他人を操る事は可能だ。君にもできるだろう?」

 

摩利がハッと目を見張る。修次が言う通り、摩利には無害とされている合法な香料を気流操作で混ぜ合わせて、その匂いで意思の自由を奪う技術がある。

 

「林少尉は、魔法以外の手段で監視の兵を操っているのかもしれない」

 

「例えば、ドラッグか?」

 

「いや、基地に薬物の持ち込みは難しいだろう。林少尉は女性だ。怪しまれないとすれば・・・例えば、宝石を使った催眠術」

 

「催眠術で他人の意思を思いのままにするなんて、本当にできることなのか?」

 

自分の技術に鑑みて、摩利が疑問を呈する。彼女の「調合」技術では、意志の抵抗力を引き下げる事はできても、相手を完全に意のままにする事はできない。

 

「僕も催眠術には詳しくないから、この答えが正しいとは限らないけど・・・他人の自我を完全に乗っ取るのは無理でも、意思を少しだけ自分の望む方向に捻じ曲げるのは不可能じゃないと思う」

 

「意思を捻じ曲げる?意思を誘導するという事か?」

 

「思考誘導か」

 

摩利の言い換えに、修次は「それだ」とばかり頷いた。摩利としては何気ない発言だったのだが、修次にとって今の発言はかなり意味のあるモノだった。

 

「その言い方の方が適切だという気がする。催眠術とかに関係なく、意見が対立している相手を説得しようとする場合を考えてみれば良い。そう言う時、僕たちは自分の目的を達成する為、相手が受け入れられそうな理屈を言葉で説くだろう? そうして同意の言葉を言わせることで、相手の意識をこちらが望む方向へ誘導していくわけだ」

 

「つまり・・・こういうことか?催眠術でも、相手が絶対に受け入れられない事を強制はできない。だが可能性が少しでもある事なら、言葉で説き伏せるよりも強力に、相手に信じ込ませることができる。相手にそう思わせて、行動させることができる」

 

「僕はそう考える。その程度でも、監視兵を騙して基地の外へ出る事は可能だ」

 

「――理屈は分かった」

 

摩利はほんの短い時間で考えを纏めて、修次の顔を見上げた。彼女の周りには彼女以上の頭脳を持つ人が集まっていたからあまり目立たなかったが、摩利は決して考える事が苦手な方ではない。むしろ得意だと言える。だからこういった状況でも間違った方向へ考えが流れていく事は無く、冷静に物事を見る事が出来るのだ。

 

「仮に監視が操られているのだとしたら一大事だぞ、シュウ」

 

「ああ。悠長に会話している場合じゃなかったな」

 

修次はそれでも慌てず、軍用携帯端末を胸ポケットから取り出した。悠長に会話している場合ではなかったと言いながら端末を操作し始める恋人を、摩利は訝し気に見詰める。

 

「シュウ、何を?」

 

「亡命者の監視は通常任務とは別カテゴリーの、特殊任務だ」

 

携帯端末に指でコマンドを書き込みながら――加圧センサーでも静電容量センサーでもなく、光学インターフェイスによる肉筆文字認識を軍用端末は採用している――修次は摩利の質問に答える。

 

「任務の性質から考えて、彼らの車両は現在位置が検索しやすくなっているはずだ・・・よし、見つけた。摩利、呂剛虎の捜索は中断だ。林少尉のところへ行くぞ」

 

「分かった」

 

修次と摩利は高速走行の魔法を自分に掛けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林が護衛――実は監視――に連れて行ってもらったのは、基地から車で十分ほどのところにある香港資本の薬局チェーン店だった。前の大戦以来、日本と大亜連合の間に正式な国交は結ばれていない。だが民間レベルでは経済交流があり、企業が相互進出を果たしている。

林は「ここで待っていてください」と二人の監視兵に告げて、店内に入っていった。薬局は通りに面してガラス張りとなっており、車道からでも中の様子がよく見える。監視の兵士は外から目が届くカウンターより奥に行かないという条件で、林少尉の単独行動を許した。

林がカウンターの前に立つと、三十過ぎと見える女性店員が対応に現れた。黒髪黒目、日本人と言っても違和感はない。だがそんなものは大亜連合相手でも新ソ連相手でも、当てにはならない。

 

「黄砂が気になるのだけど」

 

「そうですか?最も激しい時期は過ぎていると思いますが」

 

林が広東語で店員に話しかける。これは暗号で、内容は「大亜連合の武力攻撃の恐れあり」という意味。対する店員の答えも、無論暗号だ。内容は「大規模な軍事行動は観測されていない」である。

 

「細かい黄砂が近くまで押し寄せてきているような気がするのよ(小規模な部隊が迫っている可能性が高い)」

 

「では検査薬をお出ししましょうか? (諜報部隊に探らせてみるか?)」

 

林と暗号で会話しているのを考えれば分かるが、この店員は新ソ連の連絡員だ。だがこの場には林とこの店員しかいないので、この会話を不審に思う人物はいない。

 

「いえ、症状が出る前に塗り薬を処方していただきたいのだけど」

 

林の「調査ではなく、対抗部隊を出動させて欲しい」というリクエストに、店員は「かしこまりました」と硬い声で答えた。

 

「・・・どこかお加減でも?」

 

そう言えばカウンターに出てきた時から様子がおかしかった――そう思った林は「イレギュラーな事態が発生したのではないか?」という意味でそう尋ねる。

 

「林少尉」

 

返答は、背後からやってきた。背後の、頭上から降ってきた声に、林は狼狽を露わにして振り返る。

 

「呂上尉!」

 

林が悲鳴混じりに叫ぶ。彼女はそれ以上、何も言えなかった。呂剛虎の巨大な手が林の首を掴み、それ以上声を上げさせなかった。

 

「ご苦労だったな。もう良いぞ」

 

呂剛虎のこのセリフは、新ソ連のエージェントである店員に掛けたもの。女性エージェントは足をもつれさせながら店の奥へと引っ込んだ。

それを見て、林は覚った。あのエージェントは、既に呂剛虎に屈していたのだと。拷問でも受けたのだろう。呂剛虎の技量ならば、外傷一つ残さずに死を望むほどの苦痛を与える事ができる。苦痛は悪夢となり、反抗の意志を永続的に奪う。

呂剛虎がにやりと笑う。それを見た林の心を絶望が覆う。エージェントを襲った災禍は、そのまま自分の未来ではないだろうか。いや、拷問だけでは済まない。自分の場合は、最後に命を奪われるだろう。

林は一縷の望みを持って、外の監視兵へ目を向けた。彼らが呂剛虎に敵うとは思えない。だが、僅かでも自分が逃げ出す為の隙を作ってくれないだろうか、と。

二人の日本兵はオープントップ車のシートの上で俯いていた。居眠りをしているようにも見えるが、あれは既に死んでいる。林はそれを、直感的に覚った。

 

「裏切り者、林衣衣」

 

呂剛虎が林少尉を階級なしのフルネームで呼ぶ。彼女たちの古い文化では、姓や字ではなく実名を呼ぶことは相手に対する軽視、または敵視を表す。

 

「劉麗蕾に助けを求めろ」

 

呂剛虎はそう告げて、林の首を掴む手の力を少し緩めた。林は咳き込みながら、呂剛虎の狙いが何かを考える。

劉麗蕾をここまで誘き出して暗殺する、などという単純なたくらみとは思えない。そもそも日本軍が劉麗蕾の外出を許すはずがない。新ソ連のスパイとしての林の役目は、劉麗蕾を日本に亡命させて開戦の口実を作る事だった。その任務は既に果たされている。極論すれば林は新ソ連にとって用済みであり、助けの手を差し伸べる価値はない。

価値が無いという点では、日本軍にとってもそうだ。亡命者が暗殺されるというのは不名誉な事かもしれないが、日本政府にとって自分は劉麗蕾のおまけに過ぎない。それを林はしっかりと認識している。

 

「(自分が助けを求めても、日本軍は劉麗蕾を危険に曝す真似はしない。それは呂剛虎にも分かっているはずだ)」

 

彼女の迷いを知ってか知らずか、呂剛虎は空いている方の手で林の身体を遠慮なくまさぐり、携帯端末をポケットから抜き出して林に突き付けた。場合によってはセクハラだと言えなくもないが、この状況でそんな事を言っても意味はない。

 

「お前に選択権は無い」

 

選択肢は無いではなく、選択権は無い。呂剛虎に、分かり切っていた事実を告げられ、林は突き付けられていた携帯端末を受け取り、言われた通りに基地に残した部下へ通じる回線を開いた。



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心待ちの再戦

林が劉麗蕾に助けを求める通信が入ったと別の隊員に聞かされ、小松基地は大混乱に陥っていた。

 

「どうして林少尉が基地の外に出ている!?」

 

「呂剛虎が市街地の店舗に立てこもっているだと!?」

 

「ヤツが暴れ出したら、市民の被害は避けられないぞ!横浜の二の舞だ!」

 

基地のあちこちで怒号や不安の声が飛び交う。

 

「何故呂剛虎はそんなところに姿を見せた!?いくら『人喰い虎』でも袋のネズミじゃないか!?」

 

なかでも、そう訝しむ声が最も多かった。林少尉が呂剛虎に、人質に取られている。小松基地幹部の一部には、劉麗蕾にこの事実を教えるべきではないという意見もあった。だが人質の林少尉が呂剛虎に殺されれば、今日の内に分かってしまう事だ。

そして、そうなる可能性が高い。その時、情報を伏せていた所為で日本軍に対する劉麗蕾の感情悪化に繋がる事は想像に難くない。結果的に基地司令の決断により、劉麗蕾にも林少尉が陥っている事態が伝えられた。

 

「行かせてください!」

 

劉麗蕾は日本軍の護衛(監視)兵にそう訴えた。それは、予想された通りの反応だった。そして、基地の護衛責任者の答えも、用意されていたものだった。

 

「許可できません。貴女の身柄は、我が軍の保護下にあります」

 

「でも私がいかないと林姐が!」

 

劉麗蕾が平常心を失っている事は、日本の軍人に対して「林姐」という彼女たちの間でしか通用しない呼称を使用した事からも分かる。

 

「劉少尉、貴女が言っても林少尉が解放される可能性は低い。貴女が出て行けばむしろ、用済みとして殺される時期が早まるだけです」

 

「じゃあ、どうすれば・・・!」

 

護衛責任者の理屈が理解出来ない程、劉麗蕾は判断力を失ってはいなかったが、どうすれば分からなくなり彼女は救いを求めるように辺りを見回す。しかし、彼女の眼差しに応えた者はいない。応えられた軍人も魔法師もいなかった。

 

「・・・兄さん、何とかならない?」

 

今にも泣き出しそうな顔で俯いた劉麗蕾の姿に、茜が自分まで泣き出しそうな声で将輝に尋ねる。茜の声に、劉麗蕾の姿に、将輝も心が動かないわけではなかったが、安請け合いは出来なかった。

 

「すまない、茜。ヤツが何故この基地ではなく市街地の薬局に現れたのか、林隊長を人質に取った狙いが何なのか、俺には見当がつかない。だが、これだけは分かる。呂剛虎の最終的な狙いは劉少尉だ。ならば劉少尉を基地の外に出すなど論外だし、俺はここを離れるわけにはいかない」

 

「・・・」

 

将輝を見上げたまま、茜が言葉を失う。将輝は奥歯を噛みしめて、茜の眼差しから目を逸らした。ジレンマがこの場を覆う。将輝が指摘した通り、呂剛虎の最終目的が劉麗蕾の暗殺にあるのは火を見るより明らかだ。

しかし、だからといって林少尉を見殺しにする事も、日本軍としては出来ない。彼らはまだ、林少尉が新ソ連のスパイであることを知らない。日本にとっては、林少尉も保護すべき亡命者だ。

また、林少尉につけた護衛兼監視が既に絶命している事実も、メディカルセンターを通じて分かっている。状況から見て呂剛虎、あるいはその部下の手にかかったのは明白。治安の観点からも面子の観点からも、呂剛虎は放置できない相手だ。

問題は、どの程度の人数を派遣するか。今から派遣して、呂剛虎を捕捉できるのか。

一つの可能性として、呂剛虎は自分を囮にして外部からの侵入者に対する基地の兵力を削ろうとしているのかもしれない。それを警戒したら、呂剛虎に多くの人数は割けない。だが相手は白兵戦世界最強の一角と呼ばれている戦闘魔法師だ。しかも『鋼気功』という銃撃を撥ね返してしまう魔法技術の持ち主。少人数で仕留められる相手ではない。

少数では駄目、だからといって大人数を動員するには不安要素が大きい。この身動きが取れない状況を解決したのは、偶然がもたらした配役の妙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修次と摩利が件の薬局に到着したのは、林が呂剛虎に捕まってから五分余りが経過した時点だった。事件の事は市民には伏せられている。警察の手で理由を適当に誤魔化した、この一帯の立ち入り規制が行われているだけだ。

警察は軍服を着ている修次と摩利を足止めしなかった。高速走行の魔法を使用中だった二人は、人質事件の発生を報せる通信文を見ていなかった。

現場の薬局前に到着した摩利は、林の所在を探して店内に呂剛虎の姿を認め、呂剛虎もまた、店の前にいる摩利に気付いた。

建物の中から轟く咆哮。呂剛虎の雄叫びだ。店の窓から呂剛虎が林の身体を投げ捨てたのが見えたが、摩利に彼女を気遣う余裕はなかった。その窓を突き破って、呂剛虎が飛び出してくる。短絡的に見えて、その鋭い先制攻撃に、摩利は防御態勢を取る間もなく打ち斃されるかに見えた。

 

「シュウ!?」

 

だが摩利の身体に呂剛虎の拳が届く瞬前、修次の振り下ろす刃がその攻撃を止めた。修次の『圧斬り』と呂剛虎の『鋼気功』がぶつかり合い、肉眼に見えない火花を散らす。

 

「また会ったな、幻刀鬼・・・千葉修次!」

 

「人喰い虎・・・呂剛虎!今日こそ決着をつける!」

 

「望むところよ!」

 

共に白兵戦では世界最強クラスの魔法師と謳われる千葉修次と呂剛虎。ここにいきなり、剣鬼と狂虎の一騎打ちが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摩利は呂剛虎の急襲に一瞬、死を覚悟した。その危機から自分を救ってくれた恋人の雄姿に、彼女はしばし心を奪われていた。

大木をなぎ倒し山を崩す、嵐のような呂剛虎の剛拳。それをいなすのではなく、断ち切るかの如き修次の鋭い刃。修次は呂剛虎の「剛」に対し、「柔」で立ち向かうのではなく「鋭」で対抗していた。

恋人の剣理を極めた鮮烈な技に、摩利の眼は釘付けだったが、二人の攻防が十合を数えたところで彼女はハッと我を取り戻し、慌てて状況の把握に努める。彼女はまず、林を乗せてきたオープントップ車に駆け寄った。

 

「クッ・・・死んでいるか」

 

そして護衛兼監視兵が二人ともこと切れているのを確認する。摩利は呂剛虎が飛び出してきた薬局の中に踏み込む。呂剛虎にそれを阻む余裕はない。修次と呂剛虎の戦いは全くの互角だったが、残念ながら摩利が横から手を出せるレベルの死合いではなかった。

摩利が店舗内に侵入したのと同時に、サプレッサーで減衰した銃声が鳴った。彼女が狙われたのではない。撃たれたのは床に転がっていた林少尉。銃を構えているのは、見知らぬ女だった。

その女、ここの店員を隠れ蓑にした新ソ連のエージェントが、摩利に銃を向ける。しかしその引き金を引くより早く、摩利の三節刀が銃を握る手の甲を切り裂いた。

女の手から銃が落ちる。その時には、摩利はエージェントのすぐ横まで間合いを詰めていた。摩利の右手には三節刀。女エージェントに向かって動いたのは、指の股に三本の金属製シリンダー容器を挟んだ彼女の左手。容器からぶちまけられた香気を、摩利は気流操作の魔法で女の鼻孔に送り込んだ。

途端に、女の目から意志の光が抜け落ちる。崩れ落ちそうになる女エージェントの身体に手を貸して、摩利は床に座らせた。

摩利は林の傍らに膝をつく。林は既に死んでいた。銃弾が急所に血の穴を穿っているから、即死だったのだろう。建物の外で続いている修次と呂剛虎の戦いも気になったが、摩利は先に、林を射殺した女の訊問を行う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呂剛虎と千葉修次の戦いは、全くの互角だった。全てをなぎ倒す剛拳で相手をねじ伏せる戦い方は、何時もの呂剛虎のもの。それに対して鋭い剣閃で呂剛虎の拳勢を斬り落とす修次の戦い方は『幻刀鬼』あるいは『イリュージョン・ブレード』の異名を取る、修次が多用するスタイルではなかった。

慣性制御魔法を使った、完全な停止からタイムラグ無しのトップスピード、そして減速無しの完全停止。この繰り返しで間合いを幻惑するのが、修次の得意とする戦法だ。

だが今日の修次の戦い方は、力ではなく鋭さでという違いはあるものの、全てを、相手の攻撃すらも断ち切る剛の剣。予備動作を巧妙に隠し、立ち会っている相手ばかりか傍で観察している者にも次の動作を覚らせない「天才の剣」は健在だ。だが緩と急の使い分けで相手を惑わせ疑心暗鬼の自滅に追い込む「幻の剣」は、あえて使っていないように見える。何が何でも相手を、呂剛虎を斬り伏せるという焦りすらも見え隠れしている、そんな印象の戦いぶりだ。だが本当に焦りを抱えていたのは、呂剛虎の方だった。

呂剛虎が摩利に襲いかかったのは、横浜でやられた自身の復仇目的ではない。単に目撃者を消す為だった。彼にも自分と並び称される『イリュージョン・ブレード』と雌雄を決する欲がなかったとは言えないが、それよりも明確に任務が優先された。

千葉修次と呂剛虎、両雄の戦闘力は全くの互角。それは横浜事変の前哨戦でも明らかになっていた。だからこの戦いの勝敗を分けたものは紙一重。この戦いを本来の目的とするか、しないか。ただそれだけの、心構えの違いにあったと思われる。

呂剛虎の縦拳打ち下ろしを、横に振られた修次の刀が切り払う。呂剛虎の腕は切れず、その拳は修次に届かない。その代償として、修次の両足はしっかりと地面を踏みしめていた。

修次の足が居着く。好機と判断した呂剛虎が大技を繰り出す。押し潰すような双拳打。戦車の前面装甲すら突き破る『鋼気功』を使用した虎形拳。この一撃に見舞われたなら、修次の胴体はゼロ距離でダイナマイトの爆発に曝されたように破裂していたことだろう。

だがその打撃は、ほんの少しの差で修次に届かなかった。呂剛虎が間合いを読み違えたのではない。修次が僅か半歩の慣性制御を発動したのだ。

彼は「幻の剣」を自ら捨てていたのではなかった。この技を、相手の意思から隠していたのだった。「幻の剣」の技術を幻と、ここには無いものと錯覚させる。これぞ真の「幻」の剣技。修次の突きが、呂剛虎の胸に伸びる。その刃を呂剛虎は、両手で挟み取った。途中で四分の一回転した刀身は、呂剛虎の右掌に食い込み、刀の峰をしっかりつかんだ呂剛虎の左手が、胸に突き立つ寸前の切っ先を止めた。

呂剛虎がニヤリと笑う。彼の右手は死んだも同然、左手は塞がっているが、まだ両足は健在だ。刀を掴みとめられた修次は、蹴りを躱せる体勢にない。

しかし、何時まで経っても呂剛虎の蹴りが放たれることはなかった。修次がフッと息を吐き、柄から両手を話す。呂剛虎の身体は、修次の刀を掴んだままゆっくりと崩れ落ちた。仰向けに倒れ、刀を手放す。それを見届けて、修次は残心を解いた。

 

「・・・裏の秘剣、突陰」

 

修次の口から、技の成就を確かめるように呟きが漏れる。研ぎ澄まされた想子の刃による刺突。意識にではなく、肉体の想子情報体「魄」に「心臓を貫かれた」と錯覚させる技。錯覚により心臓を止める、無系統魔法の秘剣。修次のこめかみから一筋の汗が流れ落ち、彼は力尽きたように片膝をついた。



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無意識の攻略

呂剛虎撃破の報せは、基地に帰投した摩利から直接、将輝たちにもたらされた。しかし彼らは、少なくとも劉麗蕾はその報せを喜ぶことができなかった。

 

「林姐が・・・死んだ?新ソ連軍に内通していて・・・新ソ連のエージェントに仲間割れで殺された・・・?」

 

「はい」

 

「嘘です!」

 

唇を震わせながら呟いた劉麗蕾に、摩利が端的に答えると、その答えに納得ができない劉麗蕾が摩利に食って掛かる。

 

「そんなの、新ソ連エージェントのでまかせに決まっています!」

 

血相を変えている劉麗蕾に対して、摩利は落ち着いた――表情を押し殺した顔で応じる。

 

「この戦争において林少尉、コードネーム『タイガ』に与えられていた使命は劉少尉を日本に亡命させ、対日開戦の口実を作ることでした。小官が訊問したエージェント、サーシャ・フーはそう白状しています」

 

「デタラメです!」

 

「劉少尉、おかしいとは思いませんでしたか? 貴官がヴォズドヴィデンカから脱出した際、新ソ連の対応は極めて鈍いものでした。当時、ウラジオストクのすぐ北には極東軍が布陣していましたが、彼らが追跡機を出したのは自分たちの頭上を通過された後でした。普通ならあり得ないことです。既に勝敗は決していたとはいえ、大亜連合軍は武装解除されていたわけではありません。少尉が脱出に使われた小型ジェットが爆撃機だったなら、新ソ連極東軍は大きな損害を被っていました」

 

「それは・・・」

 

「極東軍が対空監視を怠っていたはずはありません」

 

劉麗蕾の反論が途絶えたのは、彼女自身「おかしい」と思っていたからだろう。

 

「小官は、少尉ご自身の潔白を疑ってはおりません。少尉は利用されただけ。サーシャ・フーもそう話しています」

 

「林姐が私を利用してただなんて・・・」

 

愕然とした声で呟く劉麗蕾の前で、摩利も眉を顰めていた。こんな子供を戦争の駒として利用した林衣衣に、新ソ連に、そして彼女を戦略級魔法師に祭り上げた大亜連合に対しても、摩利はやるせない憤りを覚えていた。

 

「ただ林少尉の部下は、訊問させていただきます。中に新ソ連のスパイが潜んでいないと判明するまで、彼女たちとは接触できません」

 

摩利の非情ともとれる発言に、声を上げたのは劉麗蕾ではなく将輝だった。

 

「待ってください!劉少尉はまだ十四歳の女の子ですよ。それなのに亡命してきた異国の地で、同胞と切り離されるなんて・・・そのサーシャ・フーとかいうエージェントの訊問で誰がスパイだったのか分かっているんでしょう? 全員と隔離する必要は無いはずです!」

 

「将輝さん・・・?」

 

将輝の名を呆気にとられた表情で呟く劉麗蕾。将輝の抗議は彼女にとって思いもしない、意外なものだった。彼は自分の身柄を自宅に引き取りたがっていた。自分と「林姐」を引き離したがっていたはずだという疑問が、彼女の中で渦巻く。

 

「サーシャ・フーが知っていたスパイは林少尉だけです」

 

「だったら!」

 

「一条君。君の言い分は理解できる。だがこれは必要な措置だ。そんな事が分からない君ではあるまい」

 

「――っ」

 

「幸い劉少尉は日本語が堪能だ。君たちが話し相手になってやって欲しい。それでは劉少尉、小官はこれで失礼します」

 

前半部分は一条兄妹に、後半はもちろん劉麗蕾に向けての発言なので、若干口調が違ったが、敬礼をして去って行く摩利をただただ見送る三人。

 

「レイちゃん・・・とにかく座ろう?」

 

悄然と立ち作る劉麗蕾に、茜が声をかけるが、あまり反応が見られない。三人掛けのソファに並んで座る十四歳の少女。大人たちは何と慰めて良いのか分からない。劉麗蕾に声を掛けたのは、将輝だった。

 

「劉少尉、俺は林少尉が貴女を裏切ったとは思いません」

 

「将輝さん?」

 

「兄さん?」

 

「わずか一週間足らずの期間でしたが、俺は林少尉と何度も衝突してしまいました。彼女とは最後まで意見が会わなかった。俺は彼女と、理解し合えませんでした。ですが、林少尉が劉少尉を本気で心配しているということだけは、理解できたつもりです。林少尉は、新ソ連のスパイだったかもしれない。劉少尉の亡命は、新ソ連軍の戦略に沿ったものだったのかもしれない。ですが」

 

将輝の言葉に劉麗蕾ばかりか、茜までもが大きく目を見開き将輝を見詰める。将輝は気恥ずかしさに堪え、劉麗蕾の瞳を正面から覗き込む。

 

「日本に亡命したことで、劉少尉は新ソ連からも大亜連合からも守られました。これは、紛れもない事実です」

 

「あっ・・・」

 

「また、林少尉が基地を抜け出した結果、呂剛虎の破壊工作は未発のまま頓挫した……彼女の真意は俺には分かりません。ですが結果だけを見るならば、林少尉は劉少尉、貴女のことを命懸けで守ったんです」

 

「うっ・・・」

 

劉麗蕾の声が泣きだす前兆を示す。将輝は慌てて、用意しておいたセリフで締めた。

 

「結果論かもしれませんが、それで良いじゃないですか」

 

「はい・・・はい・・・」

 

劉麗蕾が顔を覆って泣きだす。茜がその肩を抱きながら、将輝に非難の視線を向ける。将輝は「後は任せた」とアイコンタクトで応えを返し、ロビーから逃げ出した。

 

「(仕方ないな、兄さんは・・・)」

 

茜はそう思うと温かい気持ちが生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が人喰い虎だ!あの役立たず!」

 

光宣が罵声をまき散らす。彼はこの瞬間、水波が同じ屋根の下にいることさえ失念していた。もし書斎兼寝室の防音が完全なものでなければ、彼は水波に不審を持たれたに違いない。

 

「時間稼ぎにもなっていないじゃないか!」

 

大声を出したことで、光宣は少し落ち着きを取り戻した。彼が呂剛虎の密入国に手を貸したのは、劉麗蕾暗殺の破壊工作が引き起こす混乱に乗じて、既に場所を知られているこの屋敷から別の隠れ家へ移動する為だった。その機を失わないようリアルタイムで追跡していたのだ。

呂剛虎と彼が率いる工作部隊は、密入国した山陰の松江から無事小松市に潜入したが、呂剛虎は密入国から二日目、小松市に侵入したその日の内に斃されてしまった。一日も時間を稼げなかった。

呂剛虎を斃したのは遊撃歩兵小隊の一員として出動した千葉修次だ。遊撃歩兵小隊に呂剛虎の密入国の情報を漏らしたのは、劉麗蕾暗殺がスムーズに達成されて混乱に繋がらないことを懸念した光宣だ。

この急すぎる事態の推移を招いたのは光宣自身であるとも言える。だから彼は余計に、この結末が腹立たしかった。自分の所為でもあると分かっていたから余計に、呂剛虎の力不足に怒りを覚えていた。

 

「落ち着こう。八つ当たりしても仕方がない。それより、これからどうすべきか、だ」

 

室内を苛立たし気に歩き回っていた光宣は背もたれの高い椅子に座り、自分にそう言い聞かせながら考えを声に出さずまとめ始める。

 

「(もしかしたら僕は、達也さんを過大評価しているのかもしれないけど、達也さんは遠からずこの隠れ家を見つけ出す。それはもう、明日のことかもしれない。本来であれば、すぐにでも移動すべきだ。でもこの場所は、細かく特定されていなくても、大まかには知られている。達也さんだけじゃない。十師族も知っている。国防軍にも知られているだろう。この一帯は監視されているとみるべきだ。今は『鬼門遁甲』で・・・『蹟兵八陣』で守られているけど、結界の外に出れば『仮装行列』を全開にしても捕捉されてしまうだろう。悲観的に過ぎるかもしれないけど、達也さんは既に『仮装行列』を破る為の手掛かりを掴んでいると考えておいた方が良い。・・・やはり、僕一人では難しい。外部に協力者が必要だ)」

 

「(だったら僕/僕たちが手を貸そうか?)」

 

「(レイモンド?)」

 

「(光宣、君らしくないね。思念の防壁が外れてたよ)」

 

光宣は「しまった」と思いながら、その感情も瞬時に立て直した自我の防壁の内側に隠した。そして部分的に開放した意識の領域でレイモンドに応えを返す。

 

「(聞かれてしまったのであれば、仕方がないね)」

 

「(状況は理解している。ああ、念の為に断っておくけど、君の思考を読み取ったわけじゃないんだよ。僕にもとっておきの情報収集手段があるんだ)」

 

レイモンドのセリフに「フリズスキャルヴか」と、光宣はガードした領域で考えた。フリズスキャルヴについては、周公瑾がだいたいのところを掴んでいた。

 

「(僕たちは今、相模灘に停泊している)」

 

「(インディペンデンスを隠れ蓑にしているのか)」

 

「(ご名答。侵入したのは僕たちだけじゃないよ。イリーガルMAP、アメリカの工作部隊も東京に侵入済みだ)」

 

「イリーガルMAP・・・USNA軍非合法魔法師暗殺者小隊かい?」

 

「(よく知ってるね。正式には、軍の所属じゃないんだけど)」

 

「(正式には、じゃなくて、建前上は、だろう?)」

 

「(そうとも言う)」

 

光宣の脳裏で、レイモンドのクスクス笑いが響いた。どれだけ建前を作ろうと、イリーガルMAPが軍の命令を受けて動いている事は隠しようのない事実だと、レイモンドも分かっているからだろう。

 

「(それで、イリーガルMAPの一部隊、ホースヘッド分隊が達也の暗殺ミッションに取り掛かっている)」

 

「(達也さんの暗殺?上手くいくはずがない)」

 

光宣は本心からそう反論した。達也を殺せるのは自分だけ、と考えたのではない。達也を殺せるはずなどないという思考が、何の疑いも無く光宣の脳裏に浮かび上がっていた。

 

「(まぁね。僕/僕たちもそう思うよ。でもイリーガルMAPは無能じゃない。少なくとも呂剛虎よりは、マシな混乱を引き起こせるはずさ)」

 

そこまで言われれば、光宣にもレイモンドの意図が分かる。

 

「(その混乱に乗じてここを脱出しろと?)」

 

「(その通り。横須賀まで来れば、日本から逃がしてあげるよ。もちろん、君の彼女も一緒に)」

 

水波と一緒に、と言われて、光宣は即答できなかった。水波を日本から連れ出す。そこまで光宣は、考えていなかったのだ。

 

「(どうだい?)」

 

「(レイモンド、ありがたく君たちの助けを借りることにするよ)」

 

だが再度問われて、光宣はこう答えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也・深雪・弘樹の3人で、ではなく。リーナとジョンを交えた5人で卓を囲み、夜食を食べていた。一人暮らしを始めたリーナを「落ち着くまでは」という口実で深雪が誘ったのだ。

深雪の手料理は、今日も美味だ。そのことにリーナは、少なからずショックを受けている様子だった。本人に隠す気があるのかないのか不明だが「クッ・・・美味しい」などといいながらフォークを口に運んでいれば、何を考えているのか丸わかりだ。

リーナの食事はジョンが作ることが大半らしく。彼はまさしく主夫と言ったように料理もそこそこできる腕を持っていた。

だが、凛から直接料理を教わっている深雪にリーナは深雪から料理を教わりたいと考えていた。もしそう思っているのであれば確実にリーナの家事力は大幅にアップするだろう・・・ぜひそうでありたいと願いながら夜食で深雪が作ったクッキーを食べる。

動画電話の呼び出し音が鳴ったのは、達也がそんな失礼なことを考えているとリーナに覚られることなく、無事に食事を終えた直後のことだった。達也はまだ食事中の深雪を制して、リビングに移動し電話を取る。画面に現れたのは、直接話をしたことが無い、資料で顔と名前は知っている相手だった。

 

『司波殿、このような時間に失礼する』

 

「初めまして。藤林家の御当主殿ですね?」

 

『そうだ。私のことを知っていてもらえたようで、光栄だ』

 

電話の相手は古式魔法の名門、藤林家当主・藤林長正だった。

 

「何時もお嬢様にはお世話になっております」

 

『いや。響子の方こそ、貴殿には何時も無理難題を押し付けてばかりいるようで、恐縮している』

 

達也が持っている資料が正しければ、藤林長正は五十代半ば。深雪の父親より年長だ。丁寧とはいいがたい言葉遣いも、礼を失しているとは言えないだろう。

 

『この度は一族の者がご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ない』

 

「いえ、藤林家に責任があるとは考えておりません」

 

『そう言ってもらえるのはありがたいが、血の繋がりはなくとも、あの者は私の甥だ。当主の甥ならば、一族の人間。知らん顔など許されない。私は藤林家当主として、あの者を一族内で処断したいと考え、九島家の許可も得た』

 

「九島家が承諾したのですか」

 

その報せは、達也にとって意外なものだった。九島光宣は当主の息子であり、先代当主を殺した仇だ。九島家は既に光宣の処分を師族会議に委ねているが、本音では他人に介入させたくないのだと達也は考えていた。

 

『だが司波殿は、ご自分もあの者の討伐に加わりたいとのご意向だと伺った』

 

「今回の件は、自分と光宣の対立に端を発したものです。この手でケリをつけるべきだと、自分は考えています」

 

達也は誤解を招かぬよう、誤解される余地が無いよう、ハッキリと答えた。彼はこの件で蚊帳の外に置かれても良いとは、毛頭考えていなかった。

 

『当事者である貴殿の御心は尊重したいと、私は考えている。ついては九島光宣討伐のスケジュールを調節したい。私は明後日、七月十三日土曜日に青木ヶ原樹海に赴き、九島光宣を討ちたいと考えている。司波殿のご都合は如何か』

 

「明後日ですか」

 

達也が即答しなかったのは『仮装行列』と『蹟兵八陣』を分析する時間がもう少し欲しいと本音では考えていたからだ。だが水波の状態が分かるとはいえ、一刻も早く救出すべきであるというのも事実。

 

「承知しました。お供させていただきます」

 

『ありがたい。では待ち合わせの場所、時間は司波殿にお任せする』

 

「分かりました。後程、お嬢様にお伝えします」

 

『それで構わない。当日はよろしくお願いする』

 

藤林長正は画面の中で深々と一礼して、通話を切った。考えていた以上の急展開に、達也は改めて気持ちを引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がそんな事を考えているのと、時を同じくして――

 

「真言殿、これでよろしかったのか?」

 

――電話を終えた藤林長正が、カメラの範囲外にひっそりと座っていた九島家当主、九島光宣の父である九島真言に、念を押すように話しかけた。

 

「ああ、これでいい。長正、手間を掛けるな」

 

「先ほど司波殿にも申し上げたが、血の繋がりはなくとも光宣は私の甥、一族の一員だ。知らぬ顔はできない」

 

藤林長正の言葉に、九島真言が無言で頷く。仄暗く照明が抑えられた部屋の中に、暗い沈黙が蟠った。



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暗殺部隊の計画

時刻は既に二十時を過ぎている。だが陸海空を問わず、国防軍の軍令、作戦立案にかかわる部署は日中と変わらぬ稼働率を維持していた。新ソ連艦隊は一先ず能登半島沖から撤退したが、今はまだ停戦協定すら結ばれていない。宣戦布告はなくとも、日本と新ソ連は現在も戦争状態だ。この軍事的緊張が続く限り、これらのセクションの灯りが消える事は無い。それは、国防陸軍第一○一旅団司令部も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

第一〇一旅団、独立魔装大隊指揮官の風間中佐は、旅団司令官・佐伯少将に呼び出されて彼女の執務室を訪れていた。風間は旅団司令部のスタッフではないが、旅団内で佐伯の腹心のような立場にある。風間自身、その役目を積極的に受け容れており、何時でも旅団司令部に出頭できるよう自分の執務室で待機していた。

 

「昨日松江に密入国した呂剛虎は、本日小松市内で無力化されました」

 

「捕らえたのですか」

 

佐伯の言葉に、風間が質問の形で相槌を打つ。しかし風間の表情は暗いものだった。

 

「いえ、殺してしまったようです。手を下したのは第一師団遊撃歩兵小隊に臨時で加わっていた防衛大の千葉修次少尉」

 

「学生の身でありながら、特例で少尉の地位を与えられている『イリュージョン・ブレード』ですか。あの呂剛虎を仕留めるとは、世界トップクラスの近接戦闘魔法師と呼ばれるだけのことはありますね。叶うならば、我が大隊に欲しい人材です」

 

風間の称賛を、佐伯は面白くなさそうな顔で聞いている。千葉修次に対して思うところ、含むところがあるのではない。呂剛虎を討ったのが別の士卒でも、あるいは警官や民間人であっても、佐伯は同じように不快感を滲ませていただろう。

 

「破壊工作を事前に阻止できたのは、本来喜ぶべきなのですが・・・『人喰い虎』も存外だらしない」

 

佐伯が愚痴を漏らす。聞きようによっては、呂剛虎の破壊工作・・・劉麗蕾暗殺が成功することを期待していたようにも聞こえる一言だ。風間はその不謹慎な発言を、聞かなかったふりをするのではなく聞き流した。

彼は佐伯の思惑を、一昨日の時点で知っていた。実を言えば、佐伯も風間も呂剛虎の密入国に関する情報を事前にキャッチしていた。風間の副官を務める藤林響子中尉は、彼女の能力を知る者の間で『電子の魔女』と呼ばれている。この二つ名は電子、電波に干渉する魔法に長けている魔法師を意味するのと同時に、情報ネットワークを手玉に取る悪魔的なハッカーの称号でもある。

周公瑾のネットワークには、電子的なハッキング対策だけでなく呪術的な防御も施されている。だが電子的ネットワークの土俵の上では、響子の能力が勝っていた。佐伯と風間は響子を通じて、周公瑾に成りすました光宣と陳祥山の間で遣り取りされた通信文を入手していたのである。

佐伯と風間は、呂剛虎の密入国計画を、場所も日時も知っていた。彼らは水際で呂剛虎を捕らえることもできた。実際に、風間は自ら部下を率いて松江港に向かおうとした。

しかし佐伯は、風間の出動を許可しなかった。そればかりか、この情報を外部に漏らさないよう命じたのだ。佐伯は、消極的ではあるが、呂剛虎の破壊工作の手助けをしようとしたことになる。

風間は当然、理由を尋ねた。本来、軍において上官の命令は絶対。しかし彼は、理不尽な命令を受け容れられない欠陥軍人だ。若い頃に命令された以上の戦果上げた所為で、風間は長期にわたる冷遇を味わった。その苦い経験がありながら、彼の性格は矯正されていない。佐伯は、そんな風間に対する説明を厭わなかった。

 

――新ソ連は劉少尉の引き渡しを口実に艦隊を南下させる。

――真の目的が何であれ、劉少尉がいなくなれば新ソ連の軍事行動は口実を失います。

――新ソ連の侵攻がなくても、劉少尉の存在は大きなリスクです。

――彼女が祖国に帰順し我が国に『霹靂塔』を向ける可能性は、決して小さくありません。

――呂剛虎による劉少尉暗殺は、日本にとってもメリットがあります。

――亡命者を守り切れなかったことで、国防軍は世論の非難を浴びるでしょう。国際的評価の失墜も避けられません。

――ですが劉少尉を国内から排除するメリットは、それらのデメリットを上回るものです。

――劉少尉の監視に十師族の一条将輝君が参加しているのも好都合です。

――同じ基地内にいながら劉少尉の暗殺を阻止出来なかったことに対する非難は、一条君にも向かうでしょう。

――魔法師工作員による、亡命魔法師の暗殺です。十師族に対する非難は、国防軍に対するものより大きくなることが期待できます。

 

これが佐伯の思惑だった。そして風間は、その共犯に甘んじたのだが、結果は佐伯の思い通りにならなかった。呂剛虎は基地に侵入も出来ずに討たれ、彼の部下は次々に捕縛されている。

 

「千葉少尉の存在は、計算外でした」

 

佐伯はそんな表現で、自分の目論見が甘かったと認めた。

 

「遊撃歩兵小隊は元々、九島光宣を捕縛する為に出動していたようですよ」

 

風間のセリフは、慰めにしてはピントがずれている感がある。佐伯もそう感じたようで、彼女は訝し気な視線を風間に向けた。

 

「九島光宣は青木ヶ原樹海に潜伏しているようです」

 

「その情報は、遊撃歩兵小隊の捜索で否定されたはずですが」

 

「あの小隊は九島閣下に心服していた割に、古式魔法師の人材が手薄です。結界を破れなかったのでしょう」

 

風間は光宣が今も樹海の中に隠れていると考えているらしい。それは佐伯にも理解できたが、彼が何故そんな話を始めたのかについては、まだ推測できていなかった。風間になぞかけの意図はないので、彼はあっさりと自分が言いたい事を明かした。

 

「捕まえなくて、よろしいのですか?」

 

「我々が?」

 

佐伯が風間の問いかけを予想できなかったのは、それが突拍子もない内容だったからだ。

 

「何故この一○一旅団が、九島光宣の捕縛に動かなければならないのです?」

 

佐伯の反問は、疑問の表れというより風間の提案を却下する間接的な回答だった。

 

「殺人・誘拐犯の追跡は、我々の任務ではありませんよ」

 

「しかし小官ならば、九島光宣の居場所を突き止められます」

 

風間の言葉には迷いが無かった。躊躇も虚勢も存在しない。彼が「森林戦のエキスパート」と呼ばれているのは、ゲリラ戦の技術が優れているからばかりではない。風間が修めている古式魔法『天狗術』は、山林で最も高いパフォーマンスを発揮する。光宣がどれ程強固な結界の中に隠れていようとも、それが樹海――森林の中である限り、必ず見つけ出せるという自信が風間にはあった。

しかし佐伯の回答は、後ろ向きなものだった。

 

「もう一度言いますよ、中佐。それは、この第一〇一旅団の任務ではありません」

 

「九島烈を殺害するほどの力を持つパラサイトを、放置していて構わないのですか? それに、我々の手で九島光宣を捕らえれば、十師族の鼻を明かすことにもなると思うのですが」

 

「九島光宣が国家に敵対する姿勢を見せない限り、あの少年は放置しておくべきなのです」

 

佐伯が強い口調で断定する。風間は目を大きめに見開き、両眉を持ち上げることで意外感を表現した。風間から言葉による質問は無かった。だが佐伯は、風間の見せた疑問を無視しても良かったのだが、彼女はそうしなかった。

 

「・・・九島光宣が逃亡を続ける限り、大黒特尉、いえ、司波達也はその追跡に手を取られて、他の事案に着手できません」

 

「他の事案、ですか?達也が何か余計な真似をしでかす恐れがあると?」

 

風間の察しが悪い態度は、本物なのか演技なのか。どちらであっても、佐伯がため息を漏らす理由にはなる。

 

「三矢家から提供された情報は、中佐にも見てもらっているはずです。司波達也がUSNAのミッドウェー監獄襲撃を企んでいる一件ですよ」

 

佐伯は一条将輝を君付けで呼んだのに対して、達也は呼び捨てだ。それが風間の意識に少し引っかかったが、彼はわざわざ真意を聞こうとはしなかった。代わりに風間は、別の質問を投げかける。

 

「達也をミッドウェー島へ行かせない為に、九島光宣を援助するのですか?」

 

「何もしないことが消極的支援だという指摘は否定しません。ですが司波達也は、当局の制止など歯牙にもかけないでしょう。出国を禁じても実効があるとは思えません」

 

それは確かに。風間は心の中で頷いた。達也ならば密航でもハイジャックでもシージャックでも思いのままだろうし、自分で飛んでいくことも多分できる。たとえ密出国が明らかになっても、再入国を禁じることも監獄に閉じ込めることもできない。彼は日本が有する最大戦力、最強の戦略兵器なのだから。

 

「中佐、九島光宣への手出しはなりませんよ」

 

「了解しました」

 

改めて念を押す佐伯に、風間は姿勢を正してそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリーガルMAP。非合法魔法師暗殺者小隊(illegal Mystic Assassin Platoon)。表沙汰にできない暗殺任務を専門に請け負っていた魔法師部隊で、『コールサック』『コーンネビュラ』『ホースヘッド』の三分隊で構成される小隊だ。形式上はどの国の軍隊にも所属していない組織だが、実態はUSNA軍統括参謀本部直属の魔法師部隊であり、指揮系統からすればスターズの兄弟部隊と言える。公認されているかいないかという点も含めて例えるならば、嫡出子と非嫡出子の異母兄弟と言うべきか。

元々の指揮系統が途中までは同一であるから、実質的な指揮官が同一人物になるのもそれほど不思議なことではないかもしれない。日本に派遣されているイリーガルMAP・ホースヘッド分隊の分隊長アル・ワンがスターズ本部基地司令官のポール・ウォーカー大佐に指示を仰ぐ電文を送ったのは、ウォーカーがイリーガルMAPに参謀本部の意向を伝える窓口だからだ。

厳密に言えば、現在イリーガルMAPを動かしているのは参謀本部の統一された意思ではなく参謀本部内の対日強硬派。USNAの覇権を揺るがす危険な戦略級魔法師・司波達也を排除すべきと主張する一派だ。ウォーカー大佐は強硬派の有力高級士官として、イリーガルMAPの指揮を任されているのだった。

日付が変わり日本時間七月十二日午前零時を過ぎて、ようやくウォーカーからの返信があった。時間については、時差を考えればやむを得ないだろう。とはいえホースヘッドの分隊員が長時間待たされていたのも確かな事実で、隠れ家にいた隊員たちは暗号電文をデコードしている分隊長アル・ワンの手元を遠慮なく覗き込んでいた。

 

「ええいっ、ハイスクールのガキみたいな真似をするんじゃない!デコードが終わったらすぐに読み上げてやるから待っていろ!」

 

背中にのしかかられて鬱陶しかったのか、アル・ワンが水を撥ね飛ばす大型犬のような身震いをしながら部下を叱りつける。ホースヘッド分隊は最も若い隊員でも三十歳を超えている。「ガキのような真似をするな」というのは、掛け値無しの本音だったに違いない。

アル・ワンの部下は、大人しく彼の背後から離れたが、恐れ入っているわけではない。それは半数以上の隊員がビールやハイボールの缶を手にしたままであることからも窺える。

イリーガルMAPは非合法部隊。正規部隊の規律を期待しても最初から無理な話だ。そもそも分隊長からして部下にそんな物を求めていない。デコードが終わってディスプレイから顔を上げたアル・ワンは、飲酒する部下の姿を見ても全く表情を変えなかった。

 

「隊長、本国は何だって?」

 

「まぁ、予想通りだな。作戦に変更はない。我々はアンジー・シリウスを無視する」

 

「ターゲットはあくまでも司波達也ってことですね」

 

最初とは違う隊員が、多少は丁寧な口調で念を押した。ホースヘッド分隊は隊長を含めて十人。その内二人いる女性隊員の一人だ。

 

「そうだ。段取りもさっき決めた通りでいくぞ。エリー、お前とジュリア、フランクは光井ほのか、ゲイブ、ヘンリー、イギーは柴田美月を連れてこい。バート、チャーリー、ドンは私と共にこの隠れ家の警戒だ」

 

「了解です」

 

「しかし隊長、人質なんて通用しますかね」

 

「通用しなければ何時も通り、教育して送り返すだけだ」

 

アル・ワンが言う「教育」は、洗脳のことだ。人質に暗示を植え込んでターゲットを暗殺させる手口は、イリーガルMAPの三分隊全てが得意としている戦術だった。

 

「だったら人質は、一人だけで十分じゃないですか?」

 

分隊の中で副隊長格のバート・リーが作戦に疑問を呈する。彼がこれを口にするのは、初めてではない。夕方の作戦会議でも議論になったポイントの蒸し返しだ。

 

「ターゲットの司波達也は、あの四葉家の次期当主だ。『アンタッチャブル』の異名がどの程度実態を反映しているのか分からないが、実力が分からないからこそ手を抜くべきではない」

 

「バート、もう決まったことだぜ。今の俺たちは軍人じゃないが、隊長の決定には従うべきだ。そうだろ?」

 

最初に砕けた口調でアル・ワンに質問したチャーリー・チャンという名の隊員が、バート・リーに語り掛ける。その声音は「窘める」というより「からかう」ものだった。ここまでの遣り取りで分かるように、ホースヘッドは決して和気藹々とした雰囲気の部隊ではなかった。そのことに頭を痛めている隊員はいない。分隊長のアル・ワンも気にしていない。

 

「バート、自信があるなら一人で首を取りに行っても構わないぞ」

 

「・・・隊長はアンタだ。アンタの指示に従いますよ」

 

イリーガルMAPは過去にやり過ぎた所為で、廃棄されていてもおかしくない部隊。実験材料にもならずに生かされているのは、その方が役に立つを思われているからだ。与えられたターゲットを暗殺できれば、隊内の雰囲気などどうでもいい。ホースヘッドだけでなく、イリーガルMAPに所属している全員が心底そう考えているのだった。



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新魔法の原案

7月12日 金曜の朝

 

「ではお兄様、行って参ります」

 

「ああ、気を付けて。リーナ、深雪のことを頼んだぞ」

 

「任せて」

 

達也に見送られて、深雪とリーナが一高に向かう。時刻はまだ七時前。何時もより早めの時間に家を出ているのは、深雪が学校で変装を解く時間を計算に入れているからだ。

達也は今日も登校しない。二人を送り出した達也はすぐに地下の研究室へと向かう。昨日藤林家当主の代理として訪れた響子から『仮装行列』の起動式及び運用ノウハウの説明書と、『蹟兵八陣』の詳細を記した文献を手に入れた。『蹟兵八陣』は東亜大陸流古式魔法の、結界構造術だ。光宣が今いる隠れ家は、周公瑾が『蹟兵八陣』で造り上げた物である可能性が高い。光宣の居場所を暴き水波を取り戻す為には、『仮装行列』と『蹟兵八陣』を破らなければならない。

とりあえず、結界が『蹟兵八陣』によるものだと仮定。達也はこの二つの魔法を無効化する術を編み出すべく、昨日から『仮装行列』と『蹟兵八陣』の分析に取り組んでいた。

 

「『仮装行列』はだいたい分かった。問題は『蹟兵八陣』の方か・・・」

 

研究室のデスクの前に座り、達也は昨日の成果と課題を声に出して確認した。響子から『仮装行列』の起動式と運用マニュアルを受け取ったのは昨日の九時過ぎ。現代魔法のフォーマットで記述されたデータは、達也にとってスムーズに理解できるものだった。食事や入浴、睡眠などの時間を差し引いても、達也が分析を始めてから十時間以上が経過している。達也は既に、九島家の『仮装行列』がどのような魔法か、ほぼ解明していた。

 

「それにしても・・・リーナが使う『仮装行列』との違いがあれほど大きいとは予想外だった。道理で、同じやり方では破れないわけだ・・・」

 

複写したエイドスを編集・加工して、オリジナルのエイドスを覆い隠すように貼り付ける点は、九島家の『仮装行列』もリーナの『仮装行列』も同じ。だが九島家の術式は、編集・加工したエイドスのコピーを人造精霊化――人工の独立情報体に変換するプロセスが追加されていた。それによって、術者が魔法発動後に、維持、修復、改変、移動などの操作ができるようになっている。

この仕組みならば、敵の目を偽装されたコピーの情報体に引き付けた後、コピーをオリジナルから少しずらすことによって、さらに敵の目を欺くことが可能だ。ピッタリ重なっていないから、偽装情報体を破壊しても、その下には何もない。また、一旦相手に認識された偽装情報体の記述内容に追加的な改変を加えれば、敵は照準どころではなくなる。

しかしそのからくりがわかった今ならば、『仮装行列』の魔法式が直接見えていなくても無力化が可能だろう。光宣が九島家の術式に大きな変更を加えていなければ、間接的な『術式解散』でも魔法を分解できるはずだ。

しかし達也はそれを、実際に試してみることはしなかった。水波が囚われている隠れ家の、『仮装行列』で偽装されていない座標ならば既に分かっている。三日前から動いていなければ、青木ヶ原樹海内部、半径百メートルのエリアに特定できている。にも拘らず、現地に赴いた達也は隠れ家を発見できなかった。方向感覚を狂わせる東亜大陸流古式魔法『鬼門遁甲』。『蹟兵八陣』は恨みを懐いて絶命した死体を地中に埋めて陣を造り、その怨念を以て『鬼門遁甲』の効果を長期間にわたり持続的に発揮する大規模結界だ。この結界を破れない限り、達也は水波が連れていかれた隠れ家にたどり着けない。仮に光宣を隠れ家から追い出すことに成功しても『鬼門遁甲』を無力化できなければ捕捉は困難だ。捕らえるべき相手が逃げている方向を正しく認識できなければ、追跡すら覚束ない。

 

「やはり『鬼門遁甲』――『蹟兵八陣』を同時に破らなければ、光宣と水波を見つけ出すことはできない」

 

達也は自分に言い聞かせるように、そう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時もより一時間以上早く起きた光宣は、隠れ家の周りを歩き回っていた。結界の点検という名目だが、それよりも眠気覚ましの意味合いが強い。

光宣は昨日、あまり眠れなかった。呂剛虎が時間を稼げなかった計算違いに対する落胆と、そこから生じた焦り。光宣は呂剛虎が騒ぎを起こしている隙に、今いる隠れ家から移動するつもりだったのだ。

遠からずこの場所が達也に見つかると彼は考えている。今はまだ『仮装行列』と『蹟兵八陣』で達也の眼を誤魔化しているが、それも長くないというのが光宣の実感だ。「なんとなく」などというあやふやなものではない。魔法式が受けている損傷の度合いから、自分の魔法が通用しなくなる時も近いと推測しているのだ。

昨晩、突如パラサイトのネットワークで話しかけてきたレイモンドの提案を光宣が受け入れてしまったのは、その焦りが原因だった。話が終わり、ベッドに入って、光宣はそれに気づいてしまった。眠れなかったのは、安易にレイモンドの話に乗ったことに対する後悔によるもの。レイモンドの提案は、水波を連れて日本から逃げ出せという内容だった。自分たちが出国の手段として、USNA軍の艦船を用意するから、と。

光宣はその誘いに、頷いてしまった。水波の意思を確認することも無く。自分が軽率な真似をしたと光宣が気付いたのは、レイモンドとの会話を終えた直後だった。しかし彼が後悔しているのは、レイモンドの申し出を受け入れたこと自体に対してではない。受諾を、撤回しなかったこと。それを光宣は悔いていた。

光宣がその気になれば、レイモンドとのコンタクトは何時でも取れる。パラサイト同士の意思疎通に、道具や面倒な手続き、儀式の必要は無い。本来であれば常時繋がっているものを、光宣は力尽くで遮断しているのだ。だから水波の同意が取れていないと気付いた時点で、受諾を撤回することも保留にすることも可能だった。

だが光宣は、そうしなかった。ベッドの中で悩み続けて、結局そのまま放置している。彼は、自分の本音を自覚させられた。自分が本当は、水波を遠くへ攫ってしまいたいのだと。

 

「(・・・でも、決めたことだ)」

 

水波が望めば、すぐに達也と深雪の許へ返す。光宣は改めて、自分にそう誓わせた。

 

「(その代わり、水波さんの答えを聞くまでは・・・決して捕まらない)」

 

光宣はそういう風に考えて、自分の中で折り合いをつけた。

 

「そのためには『仮装行列』だけじゃダメだ。逃げきれない」

 

この隠れ家が長く持たないと判断したのは『仮装行列』が達也によって遠くない未来に破られてしまうと魔法師の感覚で理解したからだ。ならばこの結界を抜け出して逃亡するにしても、『仮装行列』だけではすぐに捕捉されてしまう恐れが多分にある。

 

「(どうすれば良い?今から新しい魔法を編み出している時間なんて無い。考えろ、僕。考えろ、九島光宣)」

 

光宣が緑の壁に囲まれた左右に見回し、明るい曇り空を見上げたのは、別段ヒントを探していたのではない。思考の行き詰まりから来る息苦しさを和らげるための、条件反射的な仕草だった。しかし光宣の眼に映る不自然な空が、彼にインスピレーションをもたらした。地上からの反射光が乱反射して、雲れた日の曇りガラスのように白く濁った明るい空。そこに結界の壁があるという、分かり易い徴だ。

 

「(『仮装行列』だけでは達也さんの「眼」から逃れられない。だったら、『仮装行列』と『鬼門遁甲』を組み合わせれば? この場所がまだ見つかっていないのは、僕の『仮装行列』だけでなく周公瑾が構築した『蹟兵八陣』が達也さんの接近を阻んでいるからだ。だが『蹟兵八陣』を持ち運ぶ事は出来ない。でも『鬼門遁甲』と『仮装行列』の同時展開なら、今の僕には可能だ。『鬼門遁甲』は方位を欺く魔法。達也さんなら『鬼門遁甲』の対策も立てているだろうけど・・・)」

 

そこまで考えて、光宣は小さく頷く。

 

「・・・これなら行けるはずだ」

 

光宣が力強く呟く。だが顰められた眉間の皺は、完全には消えていない。

 

「(問題は、コピーしたエイドスを貼り付ける身代わりか・・・)」

 

脱出プランは、まだ重要なピースが埋まっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛は森に来ていた。人目につかないように乗り物には乗らず、陽炎で成層圏プラットホームからも身を隠しながら森の木々を進んだ。

 

「うーん・・・ここら辺だと思うんだがなぁ・・・」

 

木々をかき分けながら進む途中。凛は別の事を考えていた。

 

「(佐伯には消えてもらうか・・・・)」

 

凛がこう思うのは佐伯の考えからあった。彼女は国防軍の中でも十師族批判の最右翼であり、十師族に国の防衛を強く依存している事に警鐘を鳴らしている人物である。

 

「(だが・・・殺すのはまずいな。彼女は軍上層部からの信頼も厚い・・・)」

 

彼女は大越戦争の際に多大な功績を残し、首脳部ですら彼女に手を焼き『銀狐』などと呼んでいる。

 

「(十師族が強ければこちらとしてもありがたいんでね・・・)」

 

そう思いながら凛は草を掻き分けると遂に目的の場所を見つけた。

 

「あった・・・ここだね」

 

そう言うと凛は近くの木に適当に印を書き込むとそのまま森を後にした。

 

「(さて・・・どうしたものかね。どうやって蹴落とそうか・・・)」

 

凛が思うとある一つのいい情報が思い浮かんだ。そして悪い笑みを浮かべた。

 

「(そうだ・・・()()を使えば・・・それを国防軍に流せば・・・)」

 

そう考えた矢先、凛は早速行動に移していた。



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詩奈の告げ口

二〇九七年七月十二日金曜日、朝七時。国防陸軍情報部の秘密幹部会議開催が、簡素なセリフで宣言された。この会議は定期的なものでも公式のものでもない。必要を認められた場合にだけ開催される、非公式の集まりだ。陸軍情報部の幹部が、必要と認める事態に対応して招集されるもの。そういう非常事態が発生しているという、情報部の認識を示している。

 

「潜伏中のメンバーは捕捉できておりませんが、USNA軍非合法魔法師暗殺者小隊が首都圏に侵入しているのは確実と思われます」

 

「イリーガルMAPか・・・」

 

USNA軍内部においてすら「非合法」と呼ばれている暗殺部隊の暗躍は、非常事態と呼ぶにふさわしい事案だった。

 

「メンバーを発見できていないにも拘わらず、確実に侵入されていると判断した根拠は何だ?」

 

「七月十日の入国記録に、イリーガルMAPのメンバーである可能性が高いデータが発見されました」

 

情報部の、対外的にはその存在を公表されていない副部長の質問に、首都圏防諜部隊防諜十課の犬飼課長が椅子から立ち上がらずに答えた。なお「十課」の名称は「十番目」だからではなく、陸軍情報部と密接な協力関係にある師補十八家・十山家の、直接のパートナーを意味している。

 

「十日か・・・狙われたな」

 

副部長の呟きに、説明を求める声は上がらなかった。新ソ連艦隊の撤退に伴い、政府は十日の午前九時半に、空路と海路の正常化を宣言した。この規制を緩めたタイミングで外国の工作員が侵入することは予測されていたし、空港でも港湾でも警戒を強めていた。だがやはり、それまで足止めされていた来日客が一気に流れ込み、一人一人のチェックが行き届かない隙をつかれてしまった。この場に列席している情報部の幹部全員が、その無念を共有していた。

 

「密入国した人数の規模は?」

 

「正規の入国手続きを経ているから、密入国というより不正入国だが・・・工作員と推定される侵入者の数は十人。イリーガルMAPは三分隊で構成されている事が分かっている。その内の一分隊が派遣されてきたのだろう。これをご覧ください」

 

特務一課の恩田課長に問われ、犬飼が答えを返しながら手元のコンソールを操作する。最後の一言は、列席者全員に向けたものだ。各メンバーの前に置かれた卓上端末のディスプレイにパスポートのデータが表示された。一人一ページで十ページのデータファイル。デスク上のホルダーからスマートグラスを手に取る者もいる。列席者がデータに目を通し終えたのを見計らって、犬養が発言を再開する。

 

「パスポートを信用し過ぎるのは危険ですが、容姿や偽名の特徴から見て、侵入したのはホースヘッド分隊だと推定します」

 

「対大亜連合を想定しメンバーを東アジア系の魔法師で固めた暗殺部隊か」

 

情報部は、イリーガルMAP構成員の個人データは持っていないが、どのような部隊なのかは探りだしている。列席者の一人が口にした特徴は、彼らの前に表示された映像と一致していた。

 

「奴らの目的は判明しているのか?」

 

「いえ、残念ながら。ただ現下の情勢を鑑み、高い確率で司波達也の暗殺にあると推定します」

 

副部長の隣から上がった質問に、推定と言いながら犬飼は自信をうかがわせる口調で回答した。

 

「そうですね。私も同感です。我々は先々月、あの者の矯正を試みて失敗しましたが、今回はどう対処いたしましょうか」

 

恩田課長が犬飼の推測を支持した上で、イリーガルMAPへの対応を副部長に尋ねる。

 

「恩田課長。君はどう思うのだ?」

 

副部長はその問い掛けには答えず、逆に恩田の意見を尋ねる。恩田は応える前に、犬飼と一秒未満目を合わせた。その短い時間で、お互いの考えが一致していることを確認する。

 

「思想性向を別にすれば、あの者は我が国に有益な存在です。我々の意のままにはならなくとも、取引は可能だと思われます」

 

「また火曜日のマスコミ報道で、新ソ連艦艇を撃退した新戦略級魔法の共同開発者として彼の名は国民に広く認知されております。あの者が外国人テロリストの手で殺傷されるような事態に発展すれば、政府が国民の非難に曝されるに違いありません」

 

恩田課長に続いて、犬飼課長が副部長に間接的な表現で意見を述べた。

 

「そうだな。イリーガルMAPによる司波達也暗殺は阻止しなければならん。素より、外国工作員の跳梁を許すなど論外。原則を曲げるだけのメリットもない」

 

間接的な表現でも、副部長は二人の提言を誤解しなかったし、室内にいる幹部全員が頷いている。

 

「犬飼課長」

 

「はい」

 

副部長に改まった口調で話しかけられ、犬飼が立ち上がる。今回はさすがに座ったままではまずいと理解していた。

 

「遠山曹長に名誉挽回の機会を与えてやれ」

 

姿勢を正した犬飼に、副部長はそう命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前七時三十分。正確な時間はこれより五分は前後するが、深雪とリーナは始業時間の約三十分前に一高の生徒会室に到着した。

二人を泉美が出迎える。昨日深雪の変装を見ている泉美に、戸惑いは無かった。その代わり、もう一人の下級生が頭上に大きな疑問符を浮かべている。今日は泉美に加えて詩奈も早朝から生徒会室に来ていた。

 

「詩奈ちゃん。随分早いけど、どうしたの? 何か気になることでも?」

 

変装を解いた深雪が、その変貌を見て目を丸くしている詩奈に尋ねる。深雪は生徒会役員に朝の活動を強制していない。彼女自身、普段は登校したら直接教室に向かう。詩奈は以前から時々、早い時間に登校していたようだが――どうやら家にいたくない理由があるらしい――、詩奈が始業前の生徒会室に顔を出しているのは珍しかった。

 

「はい、いえ、その・・・」

 

詩奈の返事は、ハッキリしないものだった。改めて目を向ければ、顔も迷いに曇っている。

 

「・・・会長、実は・・・お耳に入れたいことが」

 

「私に?場所を変えましょうか?」

 

途中言葉を途切れさせながら、詩奈は漸くそれだけを言い、視線を下に向けた。詩奈は未だに逡巡に囚われている様子だと、彼女の表情からそれを読み取った深雪は、二人きりで話さないかと提案した。

その深雪の思い遣りにいち早く反応した泉美がさりげなく立ち上がり、深雪に一礼した。

 

「深雪先輩。私、今朝はこれで失礼いたします」

 

「ええ、ご苦労様。また放課後に」

 

「はい。では、お先に」

 

泉美の意思に気付かない深雪ではない。彼女も自然な口調で泉美に答えを返し、泉美が生徒会室を出て行く。

 

「深雪、私も教室に行くわね」

 

ここにいたり漸く泉美が気を遣って席を外したのだと気づいたリーナが、焦り気味のやや不自然な態度で扉に向かう。その背中を微笑まし気に見送った深雪は、扉の閉まる音と共に詩奈に向き直った。

 

「詩奈ちゃん、座りましょう?ピクシー、飲み物をお願い」

 

「かしこまりました」

 

達也の命令で生徒会室に常駐しているピクシーが、深雪の言葉に従ってドリンクサーバーを操作する。深雪の前にアイスカフェオレ、詩奈の前にアイスココアを置いてピクシーは部屋の隅に戻った。

詩奈は緊張の面持ちでココアのグラスを手に取り、喉を湿らせても硬い表情は変わらず、彼女はなかなか話を始められずにいる。

深雪は詩奈を急かさなかった。リラックスした態度でカフェオレのグラスを持ち上げる。赤い唇が半透明のストローを包み込んだ。白い喉が小さく動き、微かな吐息と共にグラスをテーブルに戻す。グラスから目を上げた深雪は、詩奈が食い入るように自分を見詰めているのに気づいた。

 

「・・・どうしたの?」

 

「あっ!あの、いえ、その、実はうちの父と兄が!」

 

さすがに不信感を覚えた深雪から尋ねられ、まさか「色気に見惚れていました」と正直に打ち明けるわけにもいかず、詩奈は顔を赤らめたまま慌てて本題を切り出した。

 詩奈の不自然な態度に、深雪は勿論気付いている。だがこの慌て方は、深雪にとっては割と馴染みな光景であり――ただし原因については理解していない――、対処法も放置が一番と経験上分かっていた。なので深雪は黙って詩奈のセリフの続きを待った。

 

「・・・父と兄は、司波先輩の計画を国防軍に、つ、告げ口、しようと・・・しています・・・」

 

しりすぼみに詩奈の声が小さくなる。それでも、目の前にいる深雪に聞き取れないほどではなかった。なおこの三ヵ月で、詩奈は達也の事を「司波先輩」、深雪のことを「会長」と呼ぶようになっている為、深雪も誤解はしなかった。

 

「お兄様の計画?先日お邪魔した時にお話しした件かしら」

 

「はい・・・その件です」

 

問いかける深雪の口調は厳しいものではなかったが、詩奈はおどおどした表情で、声と一緒に姿勢まで小さくなっている。深雪が口にした「先日」の話を、詩奈は聞いていないことになっているはずなので、聞き耳を立てていたと思われ責められると思ったのかもしれない。

 

「そう・・・。仕方ないわね。詩奈ちゃんのお父様方にも、お立場がおありでしょうから」

 

まるで自分が詩奈を苛めているような気分にさせられて、深雪は詳細を尋ねなかった。本当は三矢家が国防軍の誰に密告したのか、深雪はとても気になっている。しかし詩奈がそこまで知っているとは限らない。問い詰めて生徒会の後輩と気まずくなるより、自力で調べた方がいいというのが深雪の判断だった。

 

「兄は『第一〇一旅団の佐伯少将』に告げ口すると言っていました」

 

もっとも、それは無用な気遣いだった。深雪が問うまでもなく、詩奈の方から密告の相手が伝えられた。思いがけなく知っている名前が出てきたが、深雪にショックは無かった。詩奈は、三矢家の方から佐伯に情報を流すと言っているだけで、佐伯が達也を裏切ろうとしているという話ではない。だが仮にそうだったとしても、深雪は意外感を覚えただけだっただろう。

元々深雪は、達也に危険な仕事を押し付ける佐伯や風間に、あまり好感を懐けずにいる。佐伯が達也にとって不利益なスタンスを取るなら、深雪は遠慮なく第一〇一旅団を敵として認定するだけだ。

 

「ありがとう、詩奈ちゃん。お兄様のお耳に入れておくわね」

 

ただ、達也には報せておかなければならない。深雪はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、休暇を取得して実家の使者を務めた響子は、何時も通り午前八時に出勤した。彼女の職務は独立魔装大隊隊長の副官であり、勤務地は大隊司令官室。作戦で出動している時以外は霞ケ浦基地の大隊司令官室が彼女の職場になる。司令官室の主である風間が出勤する時間はまちまちで、午後遅くまで顔を見せないこともあれば、響子より早く席についていることもある。響子の出勤が自分より遅くても、風間は何も言わない。そもそもこの部屋の扉は八時にならないと開けられない設定になっているので、風間がどうやって出入りしているのか、響子は知らない。ずっと気になってはいるが、聞かない方が良いという自分の直感に彼女はしたがっていた。

響子が仕事を始めて十分後、風間が姿を見せる。響子はすぐに自分の席から立ち上がり、デスクの奥に収まった風間の正面で一礼した。儀礼的な言葉の遣り取りをし、本日のスケジュールと旅団司令部からの指示を確認する。一通りの朝のルーティンが終わった後、風間は昨日の首尾について尋ねた。

 

「司波達也氏は、身内だけで九島光宣を捕らえるという藤林家当主の申し出に対して、自分も捕縛ミッションに加わることを希望。藤林家当主はこれを受け容れました」

 

響子は「達也くん」でも「大黒特尉」でもない呼称で報告した。これは軍の作戦ではなく、本来であれば報告義務もない。だが風間は報告されるのが当然という顔をしており、響子の方も特に疑問を抱くことなく風間に報告した。

 

「日時と場所は?」

 

「明日の正午、富士風穴北西の国道上で合流することになっております」

 

「そうか。ご苦労」

 

「ハッ」

 

響子が一礼し、自分の席に戻る。風間は卓上の端末を開かず、椅子の背もたれに身体を預けた。一旦は天井に向けた顔を居眠りしているようなポーズで俯かせる。響子がちらりと風間の顔を盗み見る。上官が何を考えているのか、彼女にはまるで分からなかった。



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結界の侵入者

七月十二日金曜日。達也は朝からマンションの地下フロアーに設けられた研究室に籠っていた。彼は響子からもたらされた『仮装行列』と『蹟兵八陣』のデータから、この二つの魔法を破る方法を発見しようと頭脳をフル回転させていた。どちらも光宣が身を隠す為に使っている魔法で、『仮装行列』と『蹟兵八陣』を部分的にでも無効化しない限り、光宣に連れ去られた水波を見つけ出し、取り戻すことはできない。

研究の目的は、あくまでも光宣に連れ去られた水波の奪還。その前提条件としての、水波の居場所特定だ。達也は『仮装行列』と『蹟兵八陣』の解析に取り組む一方で、本来の目的を片時も忘れていない。肉体的には地下に閉じこもっていたが、彼の精神は魔法的な知覚力を通じて、定期的に水波の状態を看視していた。

彼の「眼」が変化を捕らえたのは、午後三時過ぎのことだった。状況の悪化ではない。むしろ達也にとっては都合のいい変化と言える。

 

「(結界に、穴が空いた?)」

 

光宣と水波の所在を覆い隠していた魔法の効果が薄れていた。弱体化しているのは『蹟兵八陣』の方だ。偽装が解けてしまったわけでは無いが、今なら現地に突入して無理矢理結界を破ることもできそうに思える。ただ、弱体化は限定的だ。そこが気になった。

 

「(これは・・・誰かが結界を通り抜けたのか?)」

 

偽装結界を破壊したのではない。正規の手順で通り抜けたのでもない。抜け道を見つけて、そこから『蹟兵八陣』の結界に侵入。その結果、結界に小さな穴が残った――達也はそんな印象を受けた。

 

「(藤林家が抜け駆けした・・・?)」

 

達也がまず疑ったのは、この可能性だった。藤林家とは明日の正午に合流することで、当主藤林長正と合意ができている。しかし藤林家は当初、自分たちだけで光宣を捕らえたいと達也に言ってきた。

 

「(可能性は低くない。だが、断言はできない)」

 

光宣を狙っているのは達也や藤林家だけではない。十師族も光宣を追跡しているし、国防軍も光宣捕縛に動いている形跡がある。それ以外にも、日本には伝統的に「魔」を「汚れ」として目の敵にしている一団が存在する。パラサイトも彼らにとっては滅ぼすべき「魔」だろう。そういった勢力が動いている可能性もある。

 

「(少し様子を見るか・・・)」

 

事情も分からず闇雲に突っ込んでいっても、敵を増やすだけの結果になりかねない。達也は『蹟兵八陣』の解析を一旦中断して――『仮装行列』の解析は一段落ついている――、まずは四葉本家に、第三勢力介入の有無について尋ねる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後三時、光宣はダイニングで水波と同じテーブルを囲んでいた。実家にいたころ、つまりつい一ヶ月前まで、光宣には「お茶の時間」の習慣は無かったが、水波の誘いを断るという選択肢は、彼には無かった。光宣の前にはストレートの紅茶、水波の前にはミルクティー。お茶菓子はライチのムースで、言うまでもなく水波の手作りだ。

この隠れ家で光宣が口にした物は全て水波の手作りだが、美しすぎる容姿が災いして年齢=彼女いない歴だった光宣の感動は、まだまだ薄れていない。彼は束の間、誘拐中の後ろめたさを忘れて「女の子お手製のお菓子」の味を噛みしめていた。

一方の水波は、先ほど感じた達也の視線を気にしながらのお茶だったが、不思議と昨日まで感じていた恐怖は薄れてきていた。気持ちの整理がついたからではなく、先ほど感じた達也の視線に、自分を責めるような感じが含まれていなかったからだ。それに加え、光宣から向けられてくる視線にも慣れてきたということもあるだろう。幸せそうに自分の作ったムースを食べている光宣を見て、水波は自分が誘拐されていることを忘れられるような感覚になっていた。

ただ、そんな幸せそうに見える時間は短かった。スプーンを置いた光宣は、真剣な眼差しを水波に向ける。水波のガラスボウルにはムースがまだ四分の一ほど残っていたが、彼女は光宣の視線を認めてすぐに、両手を太腿の上に置いた。水波が光宣を正面から見つめる。怯んでしまいそうになる己を奮い立たせて、光宣は本題に入った。

 

「・・・ええっと。今日、明日にでも、この隠れ家を引き払おうと思う」

 

「はい」

 

水波はそれだけを口にして、目で続きを促す。彼女もこの隠れ家が達也に知られていると確信しているし、光宣が自分を諦めるとは思っていない。水波の返事を聞いた光宣も、ここに至って今更動揺することも無く、続きを話し始める。

 

「一旦横須賀に向かって、そこからアメリカ海軍の船で、日本を脱出するつもりだ」

 

「――っ」

 

水波の顔が驚愕に強張る。国外逃亡。予想外過ぎて、咄嗟に言葉が出ない。昨日までなら達也から逃げることにそこまで後ろめたさは感じなかったかもしれない。彼女は達也か深雪に罰せられると思い込んでいたのだから。だがさっき感じた達也の視線だけを信じるなら、彼は純粋に自分の身を案じてくれているのだ。決して自分を罰するために取り戻そうとしているとは思えない。

 

「ごめん」

 

水波が硬直しているのを見て、光宣はすぐに頭を下げた。だがその謝罪にも「何に対して謝っているのか」と尋ねることさえできない。もっともそれは、質問するまでもなかった。

 

「答えは急がないなんて言っておきながら、僕はその言葉を翻さなければならない」

 

水波が太腿に上に置いた両手をギュッと握りしめる。手だけでなく、腕から肩にまで余分な力が入る。光宣が言った「前言を翻す」と言うのがどういう意味なのか、理解出来ない水波ではない。

 

「もし今決められるなら、答えて欲しい。人間のままでいたいというのが水波さんの答えなら、僕は一人で横須賀に向かう」

 

「・・・」

 

答えは最初から決まっている。考えるまでもなく水波は、達也と深雪の側にいることを願い、その思いを打ち明け真夜から許しも得た。だが自分の為にここまでしてくれた――人間を辞めた光宣の想いを無碍に出来る程、水波は冷めた性格ではなかった。

 

「まだ決められないなら、横須賀に着くまでに結論を出して欲しい。そこで水波さんがパラサイトになりたくないと言えば、僕は一人で船に乗る」

 

「・・・」

 

僅かでも可能性があるならと願う光宣の顔を見て、水波は無言を貫く。彼女の胸の裡には二つの疑念が渦巻いているのだ。一つは「このまま光宣を国外に逃亡させて良いのだろうか」というもので、もう一つは「先ほど感じた視線を本当に信じて良いのだろうか」というものだ。

一つ目の疑念は、パラサイトである光宣を国外に逃がせば、国防上の問題が発生するのではないかというもの。一女子高生でしかない水波が考えなければならないことでは無いが、妖魔を逃がしたとなれば他国から日本軍への追及は免れないだろう。そこに達也も巻き込まれるかもしれない。

二つ目の疑念は、達也が純粋に自分の身を案じてくれているという状況が信じられないという点だ。達也は確かに深雪には甘いし、婚約者たちにもある程度の我が儘は許しているし、彼女たちの身に危険が迫れば万難を排して救助に向かうだろう。だが自分は、その中の一人にすら入っていない。あくまで特例で側にいることを許されているだけなのだ。

そんな水波の逡巡を前向きに捉えたのか、光宣が更に言葉を続けた。

 

「それでもまだ迷っていたなら――迷ってくれるなら、一緒に船に乗って欲しい。その場合でも、決して水波さんの意思に反する真似はしないと誓う。アメリカ軍が君を拘束しようとしても、そんな狼藉は僕が許さない」

 

「・・・何処に・・・」

 

答えを告げられずにいる水波からの、辛うじて絞り出た一言だけの問いかけ。僅か一文節の質問だが、その意図は誤解しようのないものだった。

水波からの問いかけは他に誤解しようのないものだ。

 

「・・・ゴメン、それはまだ分からない」

 

情けなさが、光宣の心を満たす。その思いから解放されたいと願うあまり、光宣はレイモンドとの思念回線を開こうとした。しかしその前に、答えは光宣の知らない声で返ってきた。

 

「北西ハワイ諸島。ミッドウェー島か、その隣のパールアンドハーミーズ環礁だと思うよ」

 

「誰だっ!?」

 

光宣が椅子を蹴って立ち上がる。倒れた椅子が派手な音を立てたが、光宣にそれを気にしている余裕はない。食堂にいるのは光宣と水波だけ。この屋敷にいるのは、光宣と水波だけのはずだった。僧形痩身の男など、ここにいるはずは無かった。結界破りを見過ごしたばかりか、この部屋に侵入されたことすら、光宣は気づかなかった。

 

「八雲僧都さま!?」

 

光宣とは少し性質が異なる驚きの声を上げながら、水波が立ち上がる。いつの間にかこの部屋に立っていた僧形の男性は、達也が「八雲師匠」と呼び深雪が「八雲先生」と呼ぶ、忍術使い・九重八雲だった。

 

「うら若い乙女に僧階で呼ばれるのは、何だかこそばゆいね」

 

「・・・すみません」

 

「いや、構わないよ。これはこれで、良い感じだ。ところで水波くん。そちらの彼氏が戸惑っているよ」

 

「カ、カレシ・・・」

 

「初々しいねぇ。達也くんでは望めない反応だ」

 

八雲のからかいに頬を真っ赤に染めて俯いた光宣を見て、八雲は微笑まし気に目を細めた。その隣では水波が少し批難めいた視線を向けてきているが、八雲はそっちには反応しなかった。

とはいえ、自分を正体不明にしておいては話もできない。その程度の常識的な思考回路は、八雲にも備わっている。

 

「九島光宣くんだね? 僕は九重八雲。仕事は坊主、正体は『忍び』だよ。無断で上がり込んだことは勘弁してほしい。忍び込むのは僕たちの性みたなものだからね」

 

他の忍者――『忍術使い』に聞かれたら憤慨されそうなセリフだが、軽い口調に反して八雲は大真面目だ。それが伝わったのか、あるいはふざけた言い回しに毒気を抜かれたのか、光宣は少しだけ警戒を解いた。

 

「・・・僕のことはご存じのようですが、一応、自己紹介を。九島光宣、パラサイトです」

 

光宣の自己紹介は、一種の挑発だったが、八雲にその程度の挑発が利くはずもなかった。

 

「うん、知っているよ」

 

「――すみません、さっきの話ですけど」

 

空回りの羞恥心を覚えるような反応をされ、気恥ずかしさをねじ伏せるように光宣は看過できない疑問に話題を移した。

 

「アメリカ軍のパラサイトが僕たちをミッドウェー島に連れて行こうとしている、と言うのは本当ですか」

 

光宣は無意識に、水波も同行すると決めつけていた。そのことに光宣は気が付かないし、水波も気付いていなかった。

 

「ミッドウェーとパールアンドハーミーズのどちらになるかは、僕にも分からないな」

 

恍けた口調の答えだが、ミッドウェー島とパールアンドハーミーズ環礁の二箇所まで、八雲は候補を絞り込んでいるのだということを、光宣は誤解しなかった。それが真実ならば、あまりにも驚異的な諜報能力だということも。

 

「いった・・・どうやって・・・」

 

それを知ったのか、という問いかけを、光宣は最後まで口にできない。最後まで息が続かなかった。

 

「どうやって、かぁ。もちろん、内緒だ」

 

しかし八雲の返答はあくまでも軽い。ウインクでもしそうな雰囲気だ。水波は既に、肩の力を抜いている。八雲の態度に、緊張を維持できなくなっていた。だが光宣は、誤解しようにも無い程緊張し、警戒を続けていた。

 

「それより、本題に入ろうか。僕は、君が一人で船に乗っても二人で逃避行を続けても、どちらでも構わない。ただこの国を出るなら、一つだけ約束して欲しいんだ」

 

「・・・水波さんを攫って行ってもいいんですか?」

 

「無理強いはしないんだろう? だったら僕が止める筋合いじゃない。馬に蹴られて死ぬつもりも無いし。それに、パラサイトである君がこの国からいなくなるのは、僕たちにとって歓迎すべきことだからね」

 

意味ありげな複数人称。だが今の光宣には、それを気に掛けている余裕が無かった。

 

「――約束、とは?」

 

八雲の態度に脅迫的なところはまるでない。だが表情や態度とは別のところで、光宣はジワジワトプレッシャーを受けていた。その重圧が今や、光宣の意思を押し潰そうとしていた。

 

「仮装行列の術式、ノウハウを秘密にして欲しい。誰にも教えないのは当然として、術を盗まれることもないように細心の注意を払ってもらいたい。これを約束してくれるなら、僕の方も君の逃避行を邪魔しないと約束しよう」

 

言い換えれば、八雲の申し出を拒めば達也に、あるいは他の光宣を捕らえようとする勢力に協力するということだ。

元々光宣に、逃亡先で『仮装行列』を広める意思は無い。他のパラサイトに自分の手の内を明かすつもりも無かった。

 

「――約束します」

 

光宣にとっては自分の予定に口約束の拘束力を付け加えるだけのことだ。八雲の申し出を受け入れないという選択肢は、存在しなかった。



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父の来訪

背もたれに体重を預け、半眼にした目を虚空に向ける。達也は地下の研究室ではなく最上階に設けられている自分の部屋で、物思いにふけっていた。彼が研究を中断したのは、水波が閉じ込められている――と達也は考えている――隠れ家の隠蔽結界に異変が生じたからだ。異変と言っても、達也にとって不利な変化ではなく、水波を救出する為にはむしろ状況が好転したと言える。

結界に生じた、小さな穴。内部が見通せるようなものではなく、結界そのものの機能も損なわれていない。少なくともこの部屋がある調布から情報次元経由で観測して、隠れ家の場所を真に特定できるような綻びではなかった。

だが「千丈の堤も蟻の一穴から」という。この場合は諺としての意味より元々の意味に近いだろう。先程見つけた小さな穴から、水波の居場所を隠している結界『蹟兵八陣』が潰えるかもしれないのだ。

問題は、その「穴」が生じた理由だった。結界の経年劣化によるものという可能性もゼロでは無いが、それはこの際、考慮から外すべきだろう。葉山に確認を取ったところ、少なくともマークしている団体が動いたという情報はない。詳しく調べるという話だったが、葉山と達也の中では結界に穴を空けたのは九重八雲だと確信している。

しかし確実に八雲だと分からなければ、手出しは難しい。下手に刺激して八雲との戦闘になれば、その隙に光宣に逃げられてしまうからだ。

問い合わせの電話を終えてから、もうすぐ一時間になる。八雲の動きがすぐに調べがつくとは達也も思っていなかったが、予想していたよりも時間が掛かっている。しかし、催促しても逆効果にしかならないだろう。彼はいつでも出動可能なように飛行装甲服『フリードスーツ』を着用しヘルメットも手元に置いていたが、そろそろ「この格好のまま研究室に戻るか」という気分になっていた。

達也が二度目の異変を感じたのは、ちょうど「地下に戻る」と決めたタイミング、午後四時を十分前後過ぎたところだった。

 

「(結界が破れた!?)」

 

達也は約一時間前に異常を感知した時点から、光宣と水波を隠している『蹟兵八陣』の結界を継続的に監視している。相手に気付かれないよう、遠くからの観測だ。この「相手」は光宣だけでなく、結界に穴を空けた何者かも含まれる。そして今、別の何者かが結界を破って中に侵入したのを、達也の『精霊の眼』は捉えた。

隠蔽結界『蹟兵八陣』は瞬く間に修復されたが、達也はその短い時間で明瞭に結界の内部を「視認」した。遠くからだったので侵入者の正体までは分からなかったが、結界の焦点になっている「屋敷」の情報は「視」えた。

 

「(今度こそ、座標を特定した)」

 

生憎結界に隠された隠れ家の場所を見極めるのが精一杯で『仮装行列』を無効化する魔法を行使する余裕は無かった。二人の現在位置を正確に把握するには至っておらず、追跡用のマーカーも撃ち込めなかったが、それでもこれは大きなチャンスだ。

達也は大急ぎで動画電話を操作し、スリーコールを待つまでもなく画面が、お辞儀している花菱兵庫の上半身を映し出す。

 

『――達也様。兵庫でございます。先程お問い合わせいただきました件は、まだ確認が取れておりません。まことに申し訳ございません』

 

「いえ、その件ではありません」

 

先回りして謝罪する兵庫に、達也は急かせているわけではないと遠回しに伝えた。そして兵庫が再び無用な謝罪をする前に、達也は本題に入る。

 

「たった今、九島光宣の隠れ家に何者かが侵入したのを観測しました」

 

『先ほどお報せいただいた一件とは別口ですか?』

 

「別人でしょう。先程の者より結界の破り方が雑でしたから」

 

雑と言っても達也に嘲る意図はない。彼には破れなかった結界を突破したのは(おそらく)事実。あくまでも先刻結界に穴を穿った者と比較しての話だ。

 

「結界の綻びは既に塞がっていますが、隠れ家の所在は特定しました」

 

『では、現地に向かわれるのですね?』

 

「ウイングレスを使います」

 

移動手段を告げることで、達也は兵庫の問いかけを肯定した。『ウイングレス』は飛行装甲服『フリードスーツ』とセットで運用するように作られた電動二輪だ。『エアカー』と同じ仕組みの飛行機能を備えているが、長距離を飛ぶには向いていない。

 

『然様でございますね。時間は掛かりますが、陸路の方が当局を無用に刺激せずに済むと思われます』

 

週初の月曜日に、達也は『エアカー』で調布と巳焼島を往復し、フリードスーツで高尾山の西側まで飛んでいる。この派手な無断飛行は、国内航空を所管している役人を相当刺激しているにちがいなかった。また、魔法の無許可使用でもある。法が厳正に適用されれば、何時逮捕されてもおかしくない。無闇に当局を刺激すべきではないという兵庫の言葉は、達也の考えと一致していた。

 

「何か分かったことがあれば、スーツの無線にお願いします」

 

『かしこまりました。お気をつけて』

 

丁寧に一礼する兵庫に会釈を返して、達也は動画電話の通話スイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲の姿がダイニングから消えて約一時間が過ぎ、テーブルの上はきれいに片付いている。にも拘らず、水波はまだ、光宣の前に座っていた。光宣に引き止められているのではない。単にすることが無くて、座っているだけだった。

水波は寝室よりもダイニングにいる時間の方が長い。家事をしていない時間は、大抵ダイニングテーブルの前に座っている。何時もと違うのは光宣の方だ。水波は口数が少なく、光宣は世間話が苦手。異性に対して口下手になるのは二人とも同じ。ただ沈黙が苦にならない水波に対して、光宣は会話がない静けさに気まずさを覚えて書斎に引っ込むのが常だった。

しかし今日の光宣は、目の前から食器がなくなり、十分以上会話がなくなっても、テーブルの前から動かなかった。本来であれば光宣には、じっと座っている時間はない。彼はこの隠れ家から明日にでも移動すると決めたのだ。逃避行に大荷物を持っていけないが、それでも最低限の身の回りの品は欠かせない。着替えも、この屋敷の物を持っていくことになる。逃亡先が外国であれば、念の為偽造パスポートも作っておいた方が良いだろう。少なくとも移動中に入手できるよう、手配する必要がある。

時間を無駄にできないということは、光宣も理解していた。それでも具体的な行動に移れずにいるのは、八雲の来訪――侵入があまりにもショッキングだった所為だ。

光宣は「この屋敷の隠蔽結界が破られることはない」などと思っていなかった。『鬼門遁甲』も『仮装行列』も、より強力な魔法、より高度な魔法技術をぶつけられれば無効化されてしまう。それが分かっているから、光宣はこの隠れ家に見切りをつけたのだ。

だが八雲は『蹟兵八陣』の結界を破るのでも解くのでも、正しい手順で通り抜けるのでもなく、光宣にも分からない隙間から潜り込んだ。あまりにも、レベルが違う。もし八雲が追手に加わっていたなら、光宣はとうに捕らえられていたに違いない。そして達也と八雲の関係を考えれば、そうなっていない現状の方が不思議だ。

 

「(一体全体、九重八雲は何を考えているのか。どういう思惑があって、自分を泳がせているのか)」

 

そんな疑念が、先ほどから光宣を捕らえて離さないのだ。彼がその迷いから抜け出したきっかけは、隠蔽結界に対する新たな攻撃だった。

 

「結界を抜けられた?」

 

正体までは不明だが、結界を部分的かつ一時的に無効化して、内部に侵入した者がいる。結界を構成している魔法の構造式を破壊するのではなく、逆位相の波をぶつけて中和したのだろう。今度は、それが分かった。中和による無効化だから、それを止めれば結界は機能を取り戻す。侵入してしまえば、中和術式を維持する必要は無い。現に隠蔽結界は元に戻っている。

 

「・・・お客様ですか?」

 

その問いかけを受けて、光宣は正面に座っている水波が不安げな表情を浮かべてることに気付いた。光宣は心の中で呟いたつもりだったが、声に出てしまっていたらしいと思い至る。

 

「大丈夫。誰であろうと水波さんに手出しはさせないから」

 

自分の独り言が水波を不安にさせているのは、光宣にとって不本意なことだった。その気持ちが言わせたセリフだ。そしてその言葉を嘘にしない為に、光宣の意識は既に侵入者へと向かっている。

 彼は自分のセリフが熱烈な口説き文句になっていると認識していなかった。また、だからなのか、水波が薄らと頬を赤らめているのにも気付いていない。彼は侵入者の気配に神経を集中していた。

 

「(光宣さまのセリフに深い意味など無いはず・・・現に光宣さまは私ではなく、お客様に意識を向けていますし)」

 

何時も通りの光宣なら、自分のセリフが相当恥ずかしいものだったと気付き、視線を彷徨わせてもおかしくはない言葉だったが、彼は虚空に意識を向けて何処かを睨みつけている。もし彼が何をしているのか分からなければ、かなり怪しい行動に見えるだろうが、水波はこの行動を見慣れていた。光宣だけではなく、達也も偶にやっているのを見た事があったからだ。

 

「(恐らく光宣さまも達也さまと同じ『眼』を行使しているのでしょう。常人には出来ない方法で相手を探る・・・敵として考えたらこれほど恐ろしい『眼』は無いでしょう)」

 

水波は『精霊の眼』の性質を詳しくは知らないし、達也と光宣との『精霊の眼』が厳密に言えば違うものだということも知らない。だが光宣が何をしているのかは理解しているつもりだった。だから彼女は何も言わずにただ座って光宣を見詰めている。

結界が突破されたのに光宣が気付いてから、約五分。光宣は席を立ち、ダイニングの扉へ歩み寄る。結界を抜けた者が、屋敷内に侵入を果たしたことは分かっていた。

光宣が扉を開ける。侵入者の正体も、光宣は『精霊の眼』で把握していた。

 

「どうぞお入りください。こんなところまで来てもらえるとは思いませんでしたよ――父さん」

 

「邪魔するぞ」

 

九島家当主にして光宣の父親、九島真言は特に驚いた様子もなくダイニングに足を踏み入れた。光宣も知られているのが当然だと言わんばかりに真言を招き入れ席に戻った。



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父の好意

兵庫から通信が達也のヘルメットに届いたのは、彼が調布のマンションを出発してすぐのことだった。

 

『達也様、お耳に届いておりますでしょうか』

 

「感度良好。何か分かりましたか」

 

『当家以外の十師族で、青木ヶ原樹海に手勢を派遣した家はございませんでした。国防軍にも該当する動きはございません』

 

「つまり、軍と十師族以外ということですか」

 

達也はすぐに、兵庫が遠回しに告げた事実に気が付いた。何も分かっていないなら、こうして通信を送ってくるはずはないからだ。

 

『詳細は、突き止めたご本人がお話しになりたいそうです』

 

『達也兄さん、運転中に失礼します』

 

兵庫に尋ねる前に、その「本人」の声が割り込んできた。その声はどことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせている。

 

「文弥か」

 

学校はどうした、と達也は尋ねそうになったが、少なくとも自分が言えることではないと思い止まる。代わりに、調査結果を催促する事にした。

 

「早速だが、話してくれ」

 

『はいっ』

 

文弥の弾んだ声が達也の耳元に返る。達也に頼ってもらって嬉しいという、子犬みたいな反応だ。

 

『今朝から九島家当主及び次男の所在が分からなくなっています』

 

「監視していたのか?いや、それはそうか」

 

改めて言うまでもなく、光宣は九島家の一員だ。周公瑾のネットワーク以外で彼が頼る先があるとすれば、九島家が真っ先に候補としてあげられる。

 

『火曜日からですが・・・』

 

火曜日は、水波が攫われた日の翌日。彼女の誘拐にはパラサイドールが用いられた。あの人型魔法兵器は九島家が中心となって開発した物だ。九島家前当主・九島烈は光宣のパラサイドール強奪を阻止しようとして命を落とした。この事実を以て九島家は光宣との共謀容疑を免れているが、九島家を潔白と断じるのは早計だ。

九島家当主は九島真言。そして、前当主の烈と現当主の真言の仲があまり上手くいっていなかったのは、それなりに知られている事実だった。真言と光宣の仲も決して良好とは言えないが、それでも実の親子だ。真言が光宣に協力している可能性は、排除して良いものではない。

文弥の歯切れが悪い発言は、この反省からくるものだった。水波誘拐に投入されたパラサイドールの数は、九島烈殺害時に強奪された機体数を上回っていたと推定されている。前以て九島家を監視していれば、パラサイドールの大量投入による自爆戦術は防げたかもしれない。あれが無ければ十文字家の迎撃部隊が突破されることはなく、水波が連れ去られることも無かっただろう。

 

「手が足りないのは、どうしようもない。このところ色々なことが重なり過ぎている」

 

しかし達也に、文弥を責めるつもりは無かった。三十四年前に当時の東亜大陸南東地域を支配していた大漢と半ば相討ちのような恰好で失った戦力も、この三十年間で随分回復してきている。だがそれでも四葉家は、今も数の不足を質で補っている状態だ。戦力を多方面に同時展開する余力は乏しい。それに、現在の同時多発攻撃を受けている状態を招いたきっかけは達也自身で、文弥はこれに巻き込まれて「巫女の女装コスプレ」までする羽目になった被害者。八つ当たりなどしようものなら、罰が当たるというものだ。

 

『そう言っていただけると、少し気が楽になります』

 

「最初から気にしなくて良い。それで、九島家の当主と次男は今朝から姿が見えないんだな?」

 

『そうです。ただ監視に派遣している者の技量は「それなり」でしかありませんので、昨晩の内に移動していた可能性もあります』

 

「いや。生駒から青木ヶ原までの移動時間を考えれば、九島の屋敷を抜け出したのは今朝だろう」

 

『やはり、九島光宣と裏でつながっていたのでしょうか』

 

「その可能性は高い。もっとも、光宣にとっては予定外のことだろうな」

 

『父と兄が隠れ家を訪れたことがですか?』

 

文弥はすっかり、九島真言と九島蒼司が光宣の隠れ家に侵入したという前提で話をしている。まだそうと決まったわけではないが、達也は特に、指摘などはしなかった。多分、それで間違いないと達也も考えているからだ。

 

「光宣とあらかじめ打ち合わせていたのであれば、結界を破る必要は無かった。光宣を訪ねたのが九島真言だったとしても、緊密に連絡を取り合っての行動ではないだろう」

 

『あっ、なるほど』

 

「俺はこのまま、青木ヶ原に向かう」

 

『お手伝いは必要ありませんか?』

 

さらに達也に頼られたいという文弥の気持ちが、達也にも伝わってきて、ヘルメットの内側で達也は苦笑いを浮かべる。

 

「逃げられた時には、必要となると思う。だが現時点では不要だ」

 

『分かりました。スタンバイしておきます』

 

達也は文弥との通信を切って、バイクのスピードを上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九島真言はティーカップを傾け、満足げに吐息を漏らした。アイスではなく熱い紅茶が供されているのは真言のリクエストで、水波が淹れたものだ。

 

「そろそろご用件をうかがっても?」

 

光宣の問い掛けは本人が「そろそろ」と前置きしたとおり、タイミングを計って切り出したものだった。水波にお茶の用意をしてもらったのは、光宣自身が態勢を整えるためでもあった。前以て侵入者の正体が父親であると分かっていたにも拘わらず、実際に顔を合わせて見て動揺を免れなかったのだ。

 

「その前に、蒼司を中に入れてやってくれないか」

 

「蒼司兄さんも来ているんですか?」

 

光宣の口調には意外感がこもっていたが、これは演技だ。結界の外に二台の大型乗用車が停まっているのも、その中に蒼司が乗っているのも光宣は『精霊の眼』で把握していた。相手が達也でなければ、逆探知を恐れることなく『精霊の眼』を駆使できる。そして結界をバラバラに解いてしまうのではなく一時的に中和する手段を取ったことから、侵入者が達也ではないのは分かっていた。

真言は光宣の演技に気付いた様子もなく――あるいは気付いた素振りを見せず――頷いた。

 

「ああ。お前の身代わりを務めてもらう予定だ」

 

「・・・詳しいお話しは、蒼司兄さんが揃ってから聞かせてもらいます」

 

応えを返すまでの、不自然なタイムラグ。光宣はまたしても、真言に動揺を曝してしまう。

 

「私がお迎えに上がりましょうか?」

 

水波の申し出は、単なるメイドとしての職業意識の表れではなく、光宣がペースを取り戻すまでの援護射撃という意味合いもあったのかもしれない。

 

「ありがとう。でも、良いよ。出迎えはガイノイドに行ってもらうから」

 

ここに逃げ込む際、運転手に使った戦闘用ガイノイドは、パラサイドールに改造することなくサスペンド状態で玄関ホールに待機させている。光宣は胸ポケットから薄い端末を取り出してサスペンド解除のコマンドを打ち込み、ガイノイドに「客」の出迎えを命じた。

端末を胸ポケットに戻し、光宣が自分のティーカップに口をつける。真言もカップを手に取った。水波がお代わりの紅茶を用意する為に、キッチンへ引っ込む。光宣の兄、九島家の次男である九島蒼司がダイニングに姿を見せたのは、水波が戻ってくる前だった。

光宣と顔を合わせて、蒼司が微かに怯みを見せる。生駒の自宅で光宣の襲撃を受けた際の記憶と恐怖は、まだ薄れていなかった。

 

「兄さん、どうぞそちらに」

 

「遠慮は無用だ。蒼司、座れ」

 

光宣に促され真言に命じられて、蒼司は硬い表情のまま無言で父親の隣に座った。そこへ水波がティーカップの載ったトレーを持って戻ってくる。彼女は蒼司が醸し出している張り詰めた空気にも表情を変えず、真言と光宣の前から古いティーカップを回収し、三人の前に新しい紅茶を置いた。

 

「水波さん。ここはもう良いから、悪いんだけど・・・」

 

「かしこまりました」

 

歯切れの悪い口調で、光宣が席を外すように水波に頼むと、水波は素直に頷いて、丁寧なお辞儀の後にダイニングを退出した。

 

「別に、あの娘を同席させても構わなかったのだがな。お前が人間を辞める切っ掛けを作ったのは彼女なのだろう?」

 

「僕は彼女の為に、パラサイトになりました」

 

父親の言葉に、光宣は強い口調で言い返す。水波の存在を、まるでついでのように言われたのが気に食わなかったのだ。

 

「そうか」

 

自分と息子の温度差に、真言は微かに笑みを漏らした。それは嘲笑とも見える表情だったが、光宣は、今度は反発しなかった。

 

「それで、わざわざお越しいただいた理由はなんでしょう」

 

光宣の言葉遣いはかなり他人行儀だが、これは今に始まったことではない。光宣と真言の関係は、もう何年も前から冷え切っていた。真言の光宣に対する態度はネグレクトに近く、もし祖父の烈がいなかったら光宣はもっと前に、今とは違う形で人間から転落していたに違いない。

 

「助けがいるのではないかと思ってな」

 

「助け?」

 

光宣が見せた驚きの表情は、ポーズではない。まさか今更、親らしい愛情に目覚めたとは考えられない。父親が自分に手を差し伸べる理由が、光宣には理解できなかった。

 

「今のままでは逃げきれまい」

 

光宣が懐いていた不審感に、真言は気付いていた。だが真言は、助力を申し出た理由を自分からは説明しようとはしなかった。

 

「仮装行列を使って追手の目を誤魔化すにも、幻影を纏わせる『器』が不足しているのではないか?」

 

「・・・蒼司兄さん以外にも『役者』を用意していただいているのですか?」

 

光宣は質問に質問を返すことで、真言の指摘を間接的に認めた。

 

「蒼司以外はアンドロイドだが、仮装行列の『器』にするだけなら人である必要はなかろう」

 

「・・・ありがとうございます。つまり、それを使ってここを去れ、と?」

 

「そうだ。行き先の当てはあるか? 台湾かインドシナで良ければ伝手がある。お前が望むなら、話をつけてやろう」

 

どれ程冷淡に見えても、子を思わない親はいないということか――とは、光宣は考えなかった。光宣は真言の顔を見詰めながら、彼の本音を知り笑みを浮かべた。



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水波の決断

父親の真の目的を探り当て、それが明らかになってようやく、光宣は父の「好意」が腑に落ちた。

 

「僕を日本から追い出したいんですね。僕に便宜を図ったことが他の十師族に知られたら、今度こそ九島家は二十八家の中で立場を失う。それどころか魔法界に居場所が無くなるかもしれない。だから四葉家や十文字家に捕まる前に、僕を国外へ逃がそうということですか」

 

魔法界とは魔法師の社会のこと。二十八家は十師族及びその補欠の師補十八家を指す。光宣は九島家が「社会的な死」を免れる為に、自分を追放しているのだろう、と父親の真言に迫った。

 

「それもある。だがそれ以上に、お前は九島家の最高傑作だ。失うのは惜しい」

 

真言は息子の詰問にあっさりと首を縦に振り、続けて薄情を通り越した無情なセリフを光宣に浴びせる。

 

「蒼司はお前に操られたことにする。それだけでも九島家の名誉は失墜するが、貴重な完成品を四葉や七草に取られるよりはマシだろう」

 

蒼司がビクッと身体を震わせる。捨て駒にすると、隣で声も潜めずに言われたのだ。屈辱を覚えないはずがない。だが蒼司は、何も言わなかった。それどころか、反抗的な態度を一切見せなかった。

 

「既に下準備はできている」

 

「・・・蒼司兄さんに傀儡法を使ったんですか?」

 

意志に干渉する魔法を掛けて蒼司を操り人形にしたのか、という光宣の問い掛けに、真言は「いや」と首を横に振った。

 

「九島家の・・・『九』の魔法師の役目をよく言い聞かせただけだ。蒼司も納得している」

 

「そうですか。では、お言葉に甘えます」

 

光宣は次兄、蒼司の顔に目を向けた。到底納得しているとは思えない表情だったが、光宣はここで真言との問答を打ち切った。肉親の情が薄い点は、光宣も真言も非難できない。自分の身代わりで捕まって蒼司の個人的な信用がどん底まで転落しても、光宣の心は全く痛まない。だからといって、「ザマァ見ろ」とも思わないだろう。「どうでも良い」というのが、光宣の本音に最も近かった。

元々達也の目を誤魔化す為にいろいろと手を打ってきたのだ。今更肉親を見捨てるような作戦を用いようと、光宣の心は揺るがない。今の光宣にとって大切だと思えるのは、水波のことだけであり、それ以外はまさしく「どうでも良いこと」なのだから。

光宣のそんな考えが伝わったのか、真言は問答を打ち切った光宣のことを軽く見詰めるだけで、それ以上は何も言わずにティーカップを口に運んだ。

 

「ただ、渡航先は紹介していただかなくても結構です。既に友人が手配してくれていますので」

 

「米軍のパラサイトか」

 

光宣の回答に、真言はただそう言って頷いた。九島家の当主は、パラサイト化した息子を管理下に置きたいとは思っていないようだ。それとも、自分の手には余るので、国外で好きにさせようと思っているのだろうかと、光宣は父親の本音を探ろうとしたが、すぐにどうでも良いことだと考えなおし父親を正面から見詰める。

 

「横須賀から船か?・・・いや、聞かないでおこう。何時、発つ?」

 

「準備が終わり次第、すぐにでも」

 

「あの娘を説得しなくて良いのか?」

 

真言の言う「あの娘」は、言うまでもなく水波のことだ。光宣を追い出すという目的のためには、水波を連れて行かない方が得策だが、真言に光宣と水波を引き離す意思は無いようだった。――こちらも、どうでも良いのだろう。

 

「しません」

 

光宣は、潔い笑顔で真言の問いかけに否定を返した。

 

「どんな強制も説得もしないと決めているんです」

 

こうして水波の身柄を拘束している以外に、水波の意思に反することはしない。それは光宣が自身に立てた誓いだった。

 

「若いな」

 

真言は光宣の決意を誓いして、つまらなそうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九島家親子の話し合いが行われているダイニングから席を外した水波は、寝室に割り当てられている部屋に移動した。着替えと、寝る為だけに使っている部屋だが、クローゼットとベッド以外にも、古風なライティングデスクと小さめのアップライトピアノ、それに本棚が置かれている。

水波はそのライティングデスクとセットになっているクラシックなデザインの椅子に座った。キャスターなど付いていない猫足の椅子だが、華奢な作りで動かすのに苦労しない。ただ、水波のような大柄ではない女性が座るには問題ないだろうが、体重が九十キロとか百キロとか立派な体格だと、腰を下ろさない方が無難だろう。そういう椅子だ。

ライティングデスクは天板を手前に開いて使うタイプの物だ。だが水波は天板を閉じたまま、横向きに座ってぼんやりしていた。

本棚には今時珍しい紙の書籍がぎっしりと詰まっている。日本語の本と、漢語の本が半々だ。日本語の書籍の中には前世紀以前の文学全集も含まれていて、水波にはかえって目新しい。彼女はこの屋敷で、気分転換には、もっぱらダイニングで読書をして過ごしていた。

だが今は、本棚に手を伸ばそうともしない。考え事で、何も手に付かない状態だ。

処断されると思い込んでいながら尚、水波は達也と深雪の許に戻りたいと願っている。そして光宣の好意に返答する勇気が出せずにいる自分に苛立っていた。

 

「(・・・最低だ、私・・・)」

 

主である達也と深雪を裏切っておきながら、あの人たちの許に帰りたいと願うのか。光宣に答えを返さず、曖昧な関係のまま、必要とされる心地好さに浸っているのか。考えれば考える程、自分が卑怯な人間に思えてくる。彼女の精神状態が回復不能なレベルまで墜落しなかったのは、突如室内に生じた人の気配に、警戒心を最高レベルまでかき立てられたからだった。

 

「――っ!誰ですか!」

 

「ごめんごめん」

 

いや、「かき立てられたお陰だった」と表現するべきかもしれない。水波が感じた気配は不思議なことに、まず声だけが彼女の意識に届いたのだ。

 

「驚かせちゃったみたいだね」

 

「僧都さま・・・?」

 

水波は思わず、何度もせわしなく瞬きを繰り返した。正面から声が聞こえた、その後に、八雲の姿が見えるようになったのだ。

 

「いつの間に・・・」

 

「たった今だよ。ノックをしなかったのは申し訳ないけど、あっちに気付かれたくなかったからね」

 

そう言って八雲は、ダイニングの方角へと顔を向ける。八雲が光宣だけではなく真言たちにも気づかれたくなかったのだろうと、水波はそれだけで理解した。

 

「いえ・・・考え事をしていただけですので、別に」

 

乙女の部屋に無断侵入だ。本当は、簡単に許してはならないことだが、驚愕で心が麻痺していた水波は怒ることができなかった。

 

「それよりも、僧都さまはお帰りになられたのでは・・・?」

 

先ほど八雲は「一つ約束して欲しい」と言った。それに光宣が応じたことで、八雲の用件は終わったのではないか。水波はそう考えたのだった。

 

「君に報せておきたいことがあって」

 

「私にですか?」

 

水波が思った通り、光宣に対する用件は終わっていた。それとは別に、八雲は自分にさせたい事があるようだと水波は受け取った。だいたいにおいて「報せる」という行為は、その知識に沿った行動を取らせる為のものだ。

 

「達也くんはミッドウェー島にある米軍の監獄から数人の魔法師を連れ出して欲しいという依頼を受けている」

 

「それは・・・!いくら達也さまでも、難しいのではないでしょうか」

 

「能力的には問題ないよ。達也くん自身にも利益がある話だ」

 

アメリカ軍の監獄を破るなど、水波には無謀としか思えない。だが達也の力量は、自分よりも八雲の方が良く知っているだろうと、水波は考えなおした。しかしそれが自分とどう関係するのか、水波には全く見当がつかない。水波のそんな表情を見て、八雲が人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ただ、場所が場所だ。達也くんもなかなか踏ん切りがつかないようでね。まっ、無理もない。達也くんはこの依頼がもたらす本当の利益をまだ理解していないみたいだから。婚約者の一人である可愛い女の子に頼まれたというだけでは、遥々ミッドウェー島まで遠征する気にはなれないのだろう」

 

ニヤニヤと笑いながら、八雲は「可愛い女の子」を強調した。だが水波は繰り返された地名で、八雲が何を言おうとしているのか覚った。

 

「・・・僧都さまは先程、光宣さまの行き先はミッドウェー島だと仰いました」

 

水波の言葉に、八雲が「おっ?」という感じで軽く目を見張る。

 

「私が光宣さまに付いて行けば・・・」

 

「達也くんは、追いかけるだろうね」

 

八雲の笑みが「ニヤニヤ」から「ニヤリ」に変わる。

 

「――ミッドウェー島まで」

 

「・・・そう、でしょうか」

 

「ああ、間違いないよ。そして達也くんはミッドウェー島で、ついでに監獄破りの依頼を片付けるだろうけど」

 

「・・・それは達也さまにとって、大きな利益になるのですね?」

 

「達也くんと深雪くんの未来を保障する縁の一つになると思うよ」

 

八雲の答えは、水波の期待を上回るものだった。

 

「分かりました。正直申しまして迷っておりましたが、僧都さまのご助言で決心がつきました」

 

「助言のつもりは無かったんだけど、お役に立てたのなら何よりだ」

 

水波は八雲に向かって深々とお辞儀をする。彼女が顔を上げた時、八雲の姿は既に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家を後にした八雲は通り過ぎた木に突然現れた気配に気づき、歩みを止める。

 

「おや、あなたも用事でここに?」

 

八雲が視線を向けた先には二十歳ほどの白い髪の美しい女性が木に背中を預けるように立っていた。

 

「・・・私の仕掛けを使うんじゃないよ全く・・・」

 

「いやいや、たまたまそこに便利な道具が落ちていたから使わせて貰っただけだよ」

 

「何が便利な道具だ。使い方間違えて誰かが結界を通り抜けたことが達也に丸わかりじゃないか」

 

「これは、なかなかな返事だね」

 

そう言うと女性は八雲に近づく。その姿はこの世のものとは思えないほど美しく、神秘的であった。

 

「とても綺麗だよ。いつもの凛くんとは思えない姿だね」

 

「あの姿と一緒にしないで欲しいわね」

 

「おっと、これは地雷だったかな?」

 

今の彼女は柘榴色の杖が掴まれていた。

 

「歩きにくく無いのかい?」

 

「慣れたわよ。それより、八雲。用事は終えたの?」

 

「ええ、僕の用事は終わったよ。君は?」

 

「私は彼を観察するだけだから」

 

「・・・その様子だと治療法は見つかったのかな?」

 

そう八雲がそう聞くも凛は既に目の前から消えていた。

 

「やれやれ、自由人なところは変わらないねえ」

 

そう呟くと八雲は青木ヶ原樹海を後にした。



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逃走開始

光宣は真言との話し合いに十五分前後の時間を費やした。逃亡に九島家の手を借りることそのものについてはすぐに決まったが、細かい段取りを詰める必要があったのだ。父親の真言と次兄の蒼司を送り出し――真言はそのまま帰途についたが、蒼司は結界のすぐ外に停まっている乗用車で待機だ。

光宣は水波の部屋に向かった。躊躇いを乗り越えて、扉を叩く。中から「少々お待ちください」という応えがあった。バタン、というまるでスーツケースを勢い良く閉じたような音が漏れ聞こえた。

 

「(荷物を纏めているのだろうか?帰宅する為に?それとも、僕と一緒に日本から出て行く為に?)」

 

「お待たせしました」

 

光宣が自分に都合のいい解釈を思い浮かべた、丁度のタイミングで扉が開かれ水波が中から顔を見せる。

 

「あっ、あぁ、ごめん」

 

水波と顔を合わせて、光宣は反射的に謝ってしまう。しかし当然、水波には何に謝罪されているのか分からない。小首をかしげる水波を見て、光宣の鼓動はますます激しくなった。

 

「ええと・・・」

 

「光宣さま」

 

何とか呼吸を整えて、用件を切り出そうとする光宣だったが、それを水波の声が遮った。

 

「人を捨てるのか、魔法を捨てるのか。私はまだ、結論が出せません」

 

本当はとっくに結論は出ているのだが、水波はそんなことを微塵も感じさせない表情で光宣に告げる。もし光宣が達也のように人の心の裡まで見透かすような視線を向けてきていたら、水波も動揺してぼろが出たかもしれないが、光宣は水波の言葉を疑っている様子はない。

 

「そう・・・」

 

光宣は落胆を隠そうとしたが、完全には果たせなかった。彼の声には、閉じ込めきれなかった本音が滲みだしていた。

 

「だから、もうしばらく考えさせていただけませんか」

 

「えっ・・・?」

 

心の中の葛藤を見せずに続けた水波の言葉で、光宣の表情は押し殺した失望から隠し切れない期待へと反転する。

 

「何時までも、とは申しません。それでもよろしければ、ご一緒させてくださいますか?」

 

「良いよ、もちろん!喜んで!」

 

光宣の顔が歓喜に輝く。ただでさえ人間離れしている美貌が、芸術と光明を司る青年神の如き輝きに彩られた。

その美に圧倒されながら、水波の心は先程から感じている痛みを覚える。

水波は自分が無用の存在になることを恐れていた。誰の役にも立てずに、誰からも必要とされない。それを水波は、盲目的に怖がっている。偏執的な恐怖とも言えるだろう。それこそが水波にとって最悪の未来だ。

魔法を失った自分は、もう「深雪様」の役に立てないかもしれない。人間であることを辞めた自分は、もう「達也さま」と「深雪様」の側にいられないだろう。

彼女は光宣が自分のことを本当に必要としてくれているとは、思えずにいる。自分を治そうとする光宣の本気は疑っていない。だが今は本気でも、それがずっと続くとは思えない。

今は、自分を側に置きたがっているが、しかしそれも

何時まで続くか分からない。

 

「(自分と光宣さまでは、釣り合わない。自分に光宣さまの心を掴むだけの魅力があるとは、とても思えない)」

 

だから水波は迷っている。迷っているふりではなく、本当に決心がつかない。ここで光宣と別れるか、もう少し光宣の行動を見てから判断するかの決心がつかないのだ。

だが八雲から聞かされた「達也と深雪の未来を保障する」という言葉が、光宣と一緒に行くという決断の決め手になっているのも確かだった。

 

「(光宣さまは純粋に自分を案じてくれているというのに、私はそんな光宣さまの好意を利用しようとしているなんて)」

 

それが水波の心に小さくない痛みを与えている罪悪感の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が青木ヶ原樹海に到着した時、時計の針は午後五時を少し回っていた。場所は月曜日に、十文字家の追跡隊が光宣の逃走車両を見失った地点。達也があの時、幻術を破って最初に発見した細い道に、新しい轍が刻まれているのを彼は認めた。

 

「(ここで正しかったのか)」

 

微かな苦みを伴った思考が、達也の意識の中に湧き出した。隠れ家の精確な座標を特定した今なら分かる。この道で正しかったのだ。あの日、もう少し粘り強く探していれば――

 

「(・・・いや、詮無い課程だな)」

 

日付が変わるまで探しても、あの時は正しい道を見つけられなかっただろう。今日は先に結界を破った者がいるから、達也にもゴールが見えたのだ。目的地から逆にたどらなければ、そこにたどり着く経路が分からない。少なくとも達也にとってこの結界は、そういう難解な迷路だった。

達也は路肩に電動二輪『ウイングレス』を駐め、徒歩で樹海の中に踏み入った。バイクを駐車した場所から光宣の隠れ家まで、直線距離でおよそ七百メートル。自分の足で走っても、大して時間は掛からない。道がくねっているであろうことを考慮に入れても、十分足らずでたどり着けるだろう。

達也が着用している四葉家製の飛行装甲服『フリードスーツ』には、独立魔装大隊が開発した『ムーバル・スーツ』のようなパワーアシスト機能は備わっていないが、機械的なパーツが少ない分軽量に仕上がっている。総重量は二十キログラム未満。このていどの重さなら魔法を併用しなくても達也は苦にしない。普通の高校生陸上選手が競技会で走るのと同程度の速度は出せる。彼はゆっくりと走り出し、徐々にスピードを上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の接近を、光宣は『精霊の眼』ではなく『蹟兵八陣』のセンサー機能で察知した。

 

「(来たか!)」

 

彼はまだ、水波と共に隠れ家の中にいる。達也を迎え撃つ為に、ではない。『蹟兵八陣』の結界は魔法的な探知を妨げる。『鬼門遁甲』の固定型陣地結界『蹟兵八陣』は、最早達也の侵入を阻み得ないかもしれないが、結界の外にいるよりは達也に見つかりにくいはずだ。達也が結界内に侵入した瞬間が勝負のタイミング、光宣はそう決めていた。

『蹟兵八陣』が達也の「視力」を妨害している間に、水波のエイドスをコピーして貼り付けたガイノイドを、光宣のエイドスのコピーを自分に貼り付かせた九島蒼司が運転する車で、結界の外に逃がす。達也がそれに引っ掛かってくれれば、その隙に光宣は水波を連れて反対方向へ逃走する。もし引っ掛からなければ――正面衝突も覚悟する。

ここを切り抜け、小田原まで行けば『仮装遁甲』を使用する地理的な条件が整う。『仮装遁甲』は『仮装行列』と『鬼門遁甲』の複合魔法。光宣が今日半日で組み上げた即興の術式で、彼以外に知る者はいないはずの魔法だ。幾ら達也でも、未知の魔法をすぐに見破るのは不可能に違いない――光宣は祈るようにそう思った。パラサイトである自分には、祈る神が存在しないと知りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中距離ランナー並みのスピードで駆けていた達也は、微かな、だが無視し得ない違和感を覚えて立ち止まった。まるで弱い足払いを掛けられたの如く、足を踏み下ろした位置をわずかにずらされた気がしたのである。

 

「(ムッ?これが『鬼門遁甲』の効果か・・・)」

 

『鬼門遁甲』は方位を欺く魔法。それは以前から知っていた達也だが、「方位を欺く」とはどういうことなのか、それを実感したのは初めてのような気がした。

おそらく、バイクに乗っていては気付けなかっただろう。魔法でアシストしながら走っていても、分からなかったかもしれない。自分自身の足で踏みしめる地面を感じながら進んでいたからこそ、僅かなズレに気が付けたに違いない。もっともその感覚も、達也だからこそ感じられたものだった。

 

「(それも行く先が分かっていてこそか)」

 

今回は目的地が特定できている。曲がりくねった道を、常にゴールの位置を確認しながら進んでいるから、方向をずらされた時、それが勘違いでないと確信できた。

 

「(つくづく厄介な魔法だ・・・)」

 

東亜大陸流古式魔法『鬼門遁甲』の威力を、達也は改めて見せつけられた思いだった。彼一人の力では、この結界を破るのはまだまだ難しかっただろう。九島家の意図が何であるにせよ、今はそれに助けられている格好だ。達也は遂に『蹟兵八陣』の境界を踏み越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の侵入を感知するのと同時に、光宣は指向性近距離無線機のスイッチを押した。

 

「(来た!)蒼司兄さん、出発してください」

 

『分かった』

 

通信機から明らかに不満げな、それでも反抗の気配はまるでない応えが返る。結界が、外に抜け出す車の反応を伝えた。光宣の『精霊の眼』は、自分のエイドスコピーを纏った蒼司と水波のエイドスコピーを張りつけられた女性型アンドロイドが予定のコースに乗ったのを「視認」した。

 

「(後は、達也さんが上手く引っ掛かってくれれば!)」

 

まだ屋敷内に潜入を許したわけではなかったのだが、光宣は思わず息をひそめて、結界が伝える達也の動向を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界の中に踏み込んだ、という手ごたえを達也が得てから一分弱。彼は突如明瞭になった二つの気配に首を傾げた。

 

「(この気配は、水波と光宣、か?)」

 

 

 改めて『精霊の眼』を向ける。彼の「視界」には、北に向かって時速三、四十キロで進む水波と光宣の「情報」が映った。

 

「(隠れ家から出入りする道は、やはり一本ではなかったか)」

 

 

 追手に備えて逃走路を複数確保しておくことは常識である。光宣が自分の接近を察知して別の道から逃げ出すのは、意外でもない。

 

「(何処へ行くつもりだ?それに、分かり易す過ぎる)」

 

ただ、光宣の行動が不自然に思えて、達也は自分の知覚を信じ切れなかった。分かり易いといっても、光宣と水波のエイドスに『仮装行列』は作用している。リーナが使う術式ではなく、九島家の『仮装行列』だ。響子からもらったデータが無かったならば、ここまで明瞭には「視」えないだろう。ただ、明瞭すぎる。はっきりと見え過ぎている。まるで「視」られることを前提としているような魔法の掛け方だと、達也は感じた。

逃げている方向も疑問なのだ。「光宣たち」は樹海を抜けて、公道をそのまま北上している。このままいけば西湖にぶつかり、東に折れれば河口湖から中央道。西に曲がれば本栖湖手前でさらに北上して甲府市に入ることになる。本栖湖から南に進むルートは除外して良いだろう。

問題は、そこから先だ。東に進めば、東京圏。十文字家のテリトリーに入る。北に進めば、四葉家が控えている。四葉本家の所在地――旧第四研の場所は十師族他家にも魔法協会にも秘密にされているが、三矢家、六塚家、七草家、九島家には「甲府から諏訪の間」という大まかな地域を明かしている。特に他言無用とはしていないので、他にも一条家、二木家、十文字家辺りは知っているだろう。

光宣がそれを知らないなどということがあるだろうか。それとも、四葉家の庭先を突っ切ってさらに北へ逃げるつもりなのだろうか。

 

「(・・・あれは本当に水波と光宣なのか?だが、放置するという選択肢は無い)」

 

考えれば考えるほど、疑わしくなってくるが、あの水波と光宣のエイドスを持つ者が偽物だという保証はどこにもない。万が一偽物だったとしても、光宣の協力者を減らすことに繋がるのだから、無駄足ということにはならないだろうし、そこから新たな手掛かりが得られるかもしれない。

 

「(サポートを連れてくるべきだったか)」

 

人員確保より素早い対応を優先したのが裏目に出たという後悔が、達也の脳裏を過る。彼は迷いを抱えながら、来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が再び『蹟兵八陣』の外に出たのを、光宣は結界からもたらされる情報で知った。厳密には偽装された小道も結界の一部なのだが、あそこには幻影を持続的に展開する仕掛けが埋め込まれているだけで、侵入者を監視する機能は与えられていない。『精霊の眼』を向けて達也の動向を直接確かめたいという気持ちを、光宣は懸命に抑え込んだ。彼が「眼」を向ければ、それを達也に察知されてしまう。機械的な手段、カメラや対人センサーでも同じことだ。西湖方面に向かわせた車がダミーだと、すぐに気付かれてしまうだろう。出て行くのが早すぎれば、達也に見つかってしまう。

だからといって、何時までもここに潜んでいるわけにはいかない。囮で稼げる時間はそんなに長くない。これは、賭けだ。

 

「・・・水波さん、行くよ」

 

「――はい」

 

結界内から達也の反応が消えた、その五分後。光宣は水波を連れて、隠れ家を後にした。木々に囲まれた細い道を抜けて、南北に――正確には北北東から南南西に走る公道に出る。そこに、達也の姿は無かった。



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不穏な雰囲気

新ソ連の艦艇が撤退したとはいえ、軍事的脅威が去ったと言える状況ではない。日常が完全に回復されるまでには、まだ数週間を要するだろう。全国の魔法大学付属高校も授業こそ再開したが、課外活動は午後四時半までと制限されている。魔法科高校の授業時間は三時二十分までだから、約一時間に短縮するということになる。

無論第一高校も、その例外ではない。放課後の活動を監督する生徒会や風紀委員会も、五時前には活動終了だ。

一高最寄り駅のプラットフォームではエリカ、レオ、美月、幹比古が個型電車を待っていた。深雪とリーナは一足先に別行動で下校。雫は実家に呼ばれているということで先に帰宅。ほのかも用事があるということで別行動しており、先に到着した車両で出発済みだ。次の個型電車が駅に入ってくるのを見て、エリカが美月と幹比古の顔を交互に見た。

 

「あっ、来た来た」

 

個型電車に時刻表は無いが、利用客が多い時間帯はだいたい五分以内で次の空き車両が来る。この駅でいえば生徒の登下校時間だ。今はもうピークを過ぎていて待っているのはエリカたちだけだが、それでもほのかを乗せた個型電車が駅を出てから五分で次の車両が到着した。

 

「じゃあ、お先に失礼しますね」

 

美月が開いたドアの前に進む。彼女たちの間では、乗る順番が固定されている。以前の住まいでいえばほのかは逆方向だったので別として、深雪と達也がいない時は雫、美月、エリカ、幹比古、レオの順番だ。

 

「ミキ、送っていきなさいよ」

 

だが今日は、いつもと違う点がある。エリカが幹比古に、美月を送っていくよういきなり勧めた――というより、命じたのである。

 

「えっ!?」

 

「ほら、早く。他のお客さんがいないからって、グズグズしてたら迷惑でしょ」

 

「まぁ、良いけど・・・」

 

エリカの言い草は相当理不尽だが、美月を送っていくのは幹比古としてもやぶさかではない。それどころか、本音は大いに歓迎だ。

 

「えっ、そんな、悪いですよ」

 

美月は幹比古に向かって遠慮して見せたが、嫌がっていないのは確かめるまでもなく明らかだった。

 

「ダメよ、美月。まだ物騒なんだから」

 

そんな美月の内心に関わりなく、エリカは有無を言わせない。表情こそ笑顔だが、その口調は拒否は許さないと言わんばかりのものである。

 

「ほら、早く」

 

「う、うん・・・」

 

結局美月と幹比古はエリカに押し切られて、同じ車両に乗り込んで出発していった。二人を乗せた個型電車がプラットフォームを離れて行くのを見送りながら、レオがエリカに、言葉少なく尋ねる。

 

「・・・どういうつもりだ?」

 

「何が?」

 

エリカはレオの顔も見ずに、そう応じる。この二人の遣り取りは割と何時も通りなのだが、レオはエリカの真意を探る為に視線をエリカに向けた。

 

「幹比古に、美月を送っていけって言った理由だよ。休校開けで二人の時間を作ってやろうってわけでもないんだろ?」

 

「言ったでしょ?物騒だからよ」

 

エリカは美月を乗せた車両が走り去った彼方を見詰めたままだ。そのただならぬ張り詰めた雰囲気に、レオは眉を顰めた。

 

「物騒って、昨日はそんなこと言わなかったじゃねぇか。何か気になることでもあんのか?」

 

エリカがようやく、レオへ振り向く。その表情は真剣そのもので、レオもエリカには何か確信があるのだと考え出す。

 

「・・・思い過ごしなら良いんだけどね」

 

そのセリフに被せるようにして、次の車両がプラットフォームに進入した。エリカが乗車位置まで進んで、振り返る。

 

「レオ、ちょっと付き合いなさい」

 

「藪から棒になんだよ?」

 

「良いから来なさい。中で説明するわ」

 

エリカが個型電車に乗り込む。レオはガシガシと苛立たしげに髪を掻き、個型電車の前を遮断するように下りている軌道上の可動橋を渡って、反対側のドアからエリカの隣に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電動二輪『ウイングレス』に跨り、追跡開始から十分後。達也は西湖の手前で、水波と光宣のエイドスを備えた者が乗る自走車を肉眼の視界に収めた。加速し、乗用車の右隣りに並ぶ。伝統的デザインの運転席でハンドルを握っているのは、光宣の顔をした男性だ。十八歳未満でも特例で四輪免許が取れるとはいえ、光宣がその条件を満たしているとは思えない。

だが今、問題にしなければならないのは、そこではなかった。スーツに組み込まれた完全思考操作型CADを想子波で操作し、出力した起動式を読み込む。組み上げる魔法は対仮装行列用にアレンジした『術式解散』。九島家の術式に対応した魔法式分解魔法だ。たとえこの光宣が肉眼に映っている場所にいなくても、目に見えている幻影を元にそれを構成する魔法式を分解する。

達也が、魔法を放った。光宣の顔にノイズが走り、全身の輪郭がぼやける。光宣の姿をしていた者の、肉体が崩壊しているのではない。光宣の姿を形作っていた魔法式が、情報体としての構造を失って霧散しているのだ。

 

「(九島蒼司!やはり、ダミーか!)」

 

想子粒子の霞が晴れた後には、達也は助手席に座る「水波の姿をした物」には最早、目を向けなかった。「光宣」が偽物だったのだ。水波が本物であるはずがない。

達也は樹海の中の隠れ家へ引き返すべく、急ブレーキをかけた。それと同時に、蒼司がハンドルを右に切る。大型乗用車がタイヤを軋らせながら達也目掛けて急接近する。

スピンする自走車。弾き飛ばされたように道路から飛び出す電動二輪。達也が駆る『ウイングレス』は、空中で弧を描き向きを変えた。バイクは乗用車に撥ねられたのではない。飛行魔法で、自ら飛び上がったのだ。

達也は飛行バイク『ウイングレス』を空中でUターンさせて道路上に戻した。達也がバックミラーに目を向ける。そこには横向きに停車した自走車が映っている。蒼司が運転する乗用車は、達也のバイクを追いかける構えを見せていた。

達也は想子波でスーツに組み込まれたCADを操作。彼が魔法を発動するのと同時に自走車のタイヤ、片側二輪が外れ、車台の片端が路面に落下して激しい音を立てた。あの車で、達也の邪魔はできない。

その代わりに蒼司から魔法による足止めの攻撃が撃ち込まれてくるのではないかと、達也は警戒した。バックミラーの中で、脱輪し傾いた乗用車が小さくなっていく。何時まで経っても、蒼司から攻撃の魔法が放たれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が使っていた隠れ家に達也がたどり着いたのは、午後五時四十五分前後のことだった。樹海内部に突入する前、スーツの通信機を使って、走りながら兵庫に蒼司のことを伝えた。今頃は兵庫の実父、花菱但馬の手の者が確保に向かっているだろう。

バイクは路肩に置いてきた。しかし結果的に、その必要は無かったようだ、先ほどと違って、結界による妨害は受けなかった。方位を狂わせる結界自体は、まだ残っている。だがその機能は、大きく低下していた。

隠すべき者が不在となったからか、度重なる結界破りに魔法を持続的に作用させる機構が弱体化しているのか。

達也はどことなく異国情緒を漂わせる木造平屋建ての家屋の前に立ち、その玄関の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

隠れ家の中はもぬけの殻だろう、という達也の予想は正しくなかった。扉を開けた直後に伝わってきた、薄い気配。確かに人の気配でありながら、生気が感じられない。達也に所謂「霊感」は無いが、亡霊というものに遭遇すれば、こんな印象を受けるのだろうかと、彼は思った。

その存在を無視するという選択肢は、達也の中に無かった。亡霊の如き何者かは、達也に意識を向けている。自分を待っているのだと、達也には分かった。

今、余計な戦闘をしている余裕はない。同時に、どんな些細な手掛かりも見逃すわけにはいかない。それにこの気配が本当に敵ならば、罠が発動するのを待っているより自分から踏み抜いて食い破る方が時間の節約になる。

達也は屋敷の奥、気配の許へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのかは前に住んでいたマンションに来ていた。理由はマンションにほのか宛の郵便物が届いたからだと言う。

今住んでいるのは四葉家から提供されたマンションで以前住んでいた場所よりもさらに厳重な警備だった。友人や両親は今住んでいる住所を知っているが移転申請をしていない為にその事を知らない人からすれば昔の住所に荷物が届くのも特段おかしな話ではない。そんな事を思いながらほのかはマンションに足を運んだ。

その時刻は達也が光宣の使っている隠れ家に足を踏み入れたのと、ちょうど同じ頃だ。

彼女が一人暮らししていたのは、ほのかの両親がほのかが小学生の頃から、仕事で家を空けることが多かったからだ。ほのかの母親と雫の母親が若い頃から親しくしている縁で、ほのかは雫の家に預けられることが多かった。中学生時代も、両親の不在が長期にわたる場合は、雫の家に半ば下宿しているような生活だった。

北山夫妻は、ほのかを雫の姉妹のように可愛がってくれている。特に雫の父、北山潮の可愛がり方は少々度を超していると感じられる程のもので、成長したほのかが後ろめたさを覚えるレベルだった。第一高校入学と同時にほのかが一人暮らしを始めたのは、雫の両親に何時までも甘えてはいられないという決意が大きく作用していたのは間違いないだろう。

ほのかが一人で暮らすマンションを決める際にも、ちょっとした悶着があった。まず最初に、北山潮が「マンションを買ってやろう」と言い出した。妻の紅音もその意見に賛同したのだが、ほのかと雫がそれを却下。すると次は「自分の系列会社が運営する、万全のセキュリティを備えた部屋を」と言って超高級マンションを用意しようとした。賃貸用に建てられたマンションではなく、分譲マンションをほのかに「貸す」名目で与えようとしたのである。

当然そんなことをしても雫にバレてしまったので、それも却下され、渋々「せめてセキュリティのしっかりした賃貸マンションに住みなさい」といって、潮は十を超える物件を部下にピックアップさせた。

その中から両親と話し合って、以前住んでいたマンションに落ち着いたのだ。最新鋭でなくても女の子の一人暮らしには必要十分なセキュリティを備え、通学に便利という条件で決めたマンションである。

また魔法師とはいえ、ほのかの感性、思考のあり方、心構えは普通の女の子寄りだ。この様に人目に付きやすいエントランスで、不審者の警戒などするはずがない。音もなく背後から忍び寄った人影に気付くことなく、ほのかは背後から組み付かれた。

 

「キャ(ンンッ)」

 

悲鳴も満足に上げられないように布で口を塞がれてしまう。息を止めなければと思う間もなく布に染み込ませてあった薬を吸い込んで、そのまま思考の自由を奪われてしまった。



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不穏な雰囲気2

友人たちより一足早く学校を出た深雪は、既に自宅で私服に着替えていた。達也の不在は、本人が残したメッセージで帰宅後真っ先に把握している。通信回線越しでも達也の声を聞きたいという欲求は心の中で消し難く燻っているが「達也の邪魔をしてはならない」という強い念がそれを押しとどめている。

そんな深雪の耳に、着信のコールが届く。深雪は期待に突き動かされて、卓上端末に飛びついた。しかし自室の机に置かれた小型端末のモニターが表示しているのは、達也の名前ではなかった。電話の発信元は、一高の生徒会室に待機させているピクシーだった。

 

「ピクシー、どうしたの?」

 

『深雪様』

 

ピクシーは達也に、自分が不在の間は深雪に従うよう命じられている。今現在、深雪はピクシーの暫定的な主人なのだが、ピクシーは深雪のことを「ご主人様」とは呼ばない。あくまでも自分の主人は達也だと、ピクシーは――ピクシーの中のパラサイトは思っているのだろう。

ただ達也の命令に従って、必要な時はこうして深雪に報告を上げる。非常事態の通知についても。

 

『光井様が・誘拐・されました』

 

「何ですって!?」

 

深雪は思わず声を裏返らせてしまった。いろいろと非日常的な経験には事欠かない深雪だが、クラスメイトが誘拐されるという事件は全くの予想外のものだった。

誘拐が稀な犯罪というわけではない。街路カメラの整備で着実に減少しているが、今も年間六十件~八十件のペースで発生している。去年は暴力団による大規模な人身売買事件が発生して、被害者が一気に二百人を超えた。

だが自分の友人が犯罪被害者になるとは、なかなか考えないものだ。決して平和とは言い切れない世の中だが、少なくとも国内では、毎日犯罪に怯えながら暮らしていかなければならないという治安状態ではない。

 

「ピクシー、状況は分かっているの?」

 

それでも深雪は、すぐに落ち着きを取り戻した。深雪は生まれてからまだ十七年四ヶ月しか経っていないが、彼女のこれまでの人生は控えめに言っても波瀾万丈だ。そのキャリアは、伊達ではない。

 

『光井様は・薬物で・自由意思を・失っている・状態です。二人の誘拐犯に・誘導されて・以前生活していたマンションを出ました。現在は・徒歩で移動中』

 

ピクシーの中に宿ったパラサイトは、ほのかの「想い」によって覚醒し、自我を得た。その経緯から、ピクシーとほのかは霊的につながっている。情報処理能力の問題でほのかの側からピクシーの見聞きした物をモニターすることはできないが、ピクシーはほのかの体験をリアルタイムでトレースすることができる。

達也はピクシーに、ほのかの私生活を無闇に覗き見ないように命じた。ほのかとピクシーの間に存在するパスを通じて、ピクシーが意図しなくてもほのかの状態は見えてしまうのだが、達也はそれに制限を掛けた。だが今は、ほのかの身が危険に曝されている非常事態だ。制限を掛けられた状態でもほのかの危機は察知できる。

ピクシーのボディは自ら想子を生み出すことができない機械で、ピクシーに宿るパラサイトは外部から想子の供給を受けなければ活動を維持できない。そしてほのかは、ピクシーにとって最大の想子供給源。パラサイトは、一旦活動が停まればそれまでの自我がリセットされる。活動停止は生物にとっての死に等しい。つまり、ほのかの身の安全はピクシーの生死に関わっている。ほのかの安全を保つ目的の範囲内であれば、ピクシーがほのかの行動を最低限モニターすることは達也からも許されている。

 

『訂正。たった今・自走車に・乗り込みました。誘拐犯は・自走車の運転手を・加えて・三人に増加』

 

「分かりました。ほのかが暴行を受けそうになったら、PKで阻止しなさい」

 

『かしこまりました。PK使用の・解除条件を・受諾しました』

 

「地図と照合して、ほのかの正確な位置をトレースし続けなさい。誘拐犯がアジトに到着したと判断したら、その場所を報告するように」

 

『かしこまりました』

 

深雪はピクシーとの電話を切って、達也の執事である花菱兵庫を呼び出そうとした。だがそれよりも早く通信ができる思念会話で弘樹に連絡を入れていた。

 

「(弘樹さん。ほのかが誘拐された)」

 

するとすぐに弘樹から返事があった。弘樹は用事があると言い、深雪と共に帰らず、今は学校からの帰り道だと思われる。

 

「(分かった。姉さんにすぐに伝える。深雪も来るなら気をつけて)」

 

「(分かりました)」

 

会話はすぐに終わったが深雪は着替えて腰に巻いたウェストポーチに弘樹から受け取った実包も撃てる拳銃型CADをしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣の隠れ家は造りこそ平屋建てだが、部屋数は多く床面積もかなり広かった。達也は一旦玄関を出て、家屋の外周をグルリと見て回り、裏口がないことを確認して、改めて玄関から中に入った。靴は履いたままだ。床は綺麗に掃除されていたが、自分の足跡がついても達也は気にしない。彼にとってここは「捜索対象」であって「居住空間」ではない。屋敷を外から観察するのに五分近く費やしたが、これにも達也は気に掛けていない。急がば回れ、ではないが、中を探している間に秘密の通路から逃げられた、などということがないと分かっただけでも十分な収穫だった。そして気配の主は、比較的すぐに見つかった。

 

「藤林殿?」

 

隠れ家の奥、窓のない調合室のような部屋で達也を待っていたのは古式魔法師『忍術使い』の名門・藤林家当主、独立魔装大隊中尉・藤林響子の実父、藤林長正だった。達也は屋敷の中でも被ったままだったヘルメットを脱いで小脇に抱え、長正の姿をしたものに話しかけた。

 

「司波殿。貴殿も来られたのか」

 

「結界に異常を感知しましたので。藤林殿も、同じ理由ですか?」

 

長正の口調に責めるニュアンスは無く、問い返す達也の声は友好的なものだったが、彼の眼は鋭い光を宿していた。

 

「いや。私は予定通りだ」

 

「それはつまり、最初から俺抜きで片を付けるつもりだったということか?」

 

彼の言葉遣いから、年長者に対する敬意が消えた。しかしそれを、長正が気にしている様子はない。

 

「片を付ける・・・。フム、ある意味それは、正しい表現と言えよう。私はこの混沌とした状況に片を付ける為に、ここに参った」

 

「光宣を捕らえるのではなく、逃がすのが目的か?」

 

達也は、長正のセリフとは直接つながらない問いを放つ。長正も、達也の質問とは関係ない答えを返してきた。

 

「旧第九研に、『仮装行列』の基礎となる術式を伝えたのは我が藤林家だ。先代九重の『纏い』が大本になっているのは紛れもない事実だが、それを現代魔法と結び付けたのは我が藤林家の『影分身』。他にも多くの術法を、我々は旧第九研に提供した」

 

「だから? 恨み言を聞く気はないぞ」

 

「恨み言など、まさかというもの。我々は伝統派のように、卑俗な損得に拘らない」

 

「高尚な求道目的だったとでも言いたいのか?」

 

「求道。まさにその通り」

 

達也の口調に、嘲りの色が混じるが、長正は大真面目に頷いた。

 

「司波殿。貴殿は、忍びの術が何の為のものか、知っているだろうか?」

 

「知らん」

 

達也は素っ気ない答えしか返さなかった。「口述試験ごっこに付き合うつもりは無い」という副音声が聞こえてきそうな口調だ。

 

「忍びの術は、電子機器が発明されていなかった時代の諜報・暗殺技術だ。『忍術』を使える忍びも使えない忍びも、諜報員であり暗殺員だった。それ以上の存在ではなかった」

 

「それが不満だったとでも?」

 

「当時を生き延びた忍びは満足していたのかもしれない。待遇は兎も角、我らの技が有意義なものであったのは間違いない」

 

「現代においても『忍術』は有意義な技能だ」

 

「果たして、そうだろうか? 電子機器の普及により、忍びが活躍出来る舞台は、ごく限られたものになった。迅速確実に発動できる現代魔法の発達によって、『忍術』は諜報の分野においても駆逐されつつある」

 

「暗殺には奇襲性に勝る古式魔法が活躍している」

 

「我々は暗殺者としてのみ生きることに満足出来なかった」

 

「時間稼ぎのつもりでないなら、結論を言え」

 

もどかしさを剥き出しにした達也の要求に、長正は不快気な表情一つ見せず「よかろう」と頷いた。

 

「その有用性において、『忍術』は現代魔法に勝てない。役に立たたない技術は廃れていき、やがては消え去る定めだ。そうなる前に『忍術』を現代魔法の中に残し、同時に『忍術』を現代のニーズに応える技術に進化させる。それが伊賀上忍たる我が藤林家の務めだと先代は考えた。『忍術』そのものの発展。これこそが我々の目的だ」

 

「それが光宣と、どう関係する?」

 

「九島光宣は現代魔法に古式魔法を取り込んだ新たな術を編み出すことを目的とした『九』の魔法師の完成形。同時に、現代魔法のノウハウを極めた藤林家の一員でもある。あの者を十師族や国防軍の手に渡すわけにはいかぬ」

 

「光宣と藤林家の間に血縁関係はないはずだ」

 

「忍びに血のつながりは必要ない」

 

達也は長正の説得を試みていたのではない。有用な情報が得られないか、探りを入れていただけだ。そして、その見込みは無いと判断した達也は、長正に背中を向けて歩き出した。

背後からの攻撃は、警戒していなかった。長正に自分を攻撃出来る実体はないと、達也は最初から見抜いていた。達也の背後で、長正の姿が空気に溶ける。達也の予想通り、背後からの攻撃は無かった。

達也はハッと目を見開き、素早くヘルメットを被って玄関へと駆け出す。その行く手を、激しい炎と爆音が塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ午後六時になろうという、夕暮れ時。夏至を過ぎてもまだまだ日の長い時期ではあるが、空が雲に覆われている所為で薄暗くなってきている。

 

「夕立が来るかもしれないね」

 

「家で傘を貸しましょうか?」

 

最寄駅から美月の自宅に向かう川縁の道を、美月と幹比古は並んで歩きながらそんな会話を交わしていた。

 

「上がっていっても大丈夫ですよ。父はまだ帰ってきてないはずですので」

 

そう言って美月がクスッと笑う。幹比古が美月を自宅まで送っていくのはこれが初めてのことではなく、美月の両親に「ご挨拶」も済ませている。その際、美月の父親の幹比古に対する態度は随分厳しいものだった。美月の母親が後で「大人げない」と窘めた程だ。幹比古は「柴田さんも女の子だし、仕方がないのかな」と苦笑い交じりに自分を納得させたが、苦手意識が根付いてしまったのは否定出来なかった。

 

「い、いや、もう遅いし。家の前まで送っていくだけにするよ」

 

「そうですか?」

 

美月は残念そうな表情を見せた後、もう一度笑みをこぼした。美月の笑顔に、幹比古が瞬間的な硬直に見舞われる。しかしすぐに、幹比古も照れくさそうな笑みを浮かべた。第三者にはむず痒くなるような、ほのぼのとしながらもくすぐったい雰囲気を醸し出しながら、美月と幹比古が川に沿った土手の道を歩いていく。

その「良いムード」を壊したのは美月の母親ではなく、予定外に早く帰宅した父親でもなく、不気味なオーラを纏った四人の男だった。近所の暇人が談笑しながら散歩している、といった態で近づいてくる四人の人影に、美月と幹比古は顔色を変えて同時に足を止めた。

不気味といっても、見た目はいたってまともだった。年齢は三十代から四十代前半。暴力的な気配を放っているわけでもない――その逆だ。気配が薄く、嘘くさかった。

幹比古はその異常を彼らが身に纏う偽装の空気から、美月は眼鏡越しにも分かるまがまがしい色のオーラから見抜いた。身構える幹比古とその背中に隠れる美月の反応に、四人の男たちは一様に感心の表情を浮かべた。

男の一人がいきなり、水平に飛んだ。「跳ぶ」のではなく「飛んだ」のだ。幹比古は慌てて、美月を背中で押しながら道の端に避ける。よろけた美月を片手で支えた幹比古が顔を上げた時には、その男に駅へと続く道を塞がれていた。起動式の展開を視認させない程の早業。それだけでこの三人が、強く、危険な魔法師だと幹比古には分かった。美月も直感的に彼らの危険性を覚った。

前に二人、後ろに一人。男たちに挟まれて、幹比古は体勢を彼らに対して横向きに替えた。川を背負う向きだ。背中には美月を庇っている。

 

「何か、用ですか」

 

右に二人、左に二人、後ろに川、前に空き地。幹比古は美月の自宅へと続く道に立ちはだかる、右手の二人に問い掛けた。答えを――話し合いを期待してのことではない。ここは人里離れた山奥ではなく、端の方とはいえ住宅街の中だ。住民が警察を呼んでくれることを期待しての時間稼ぎだった。しかし、男たちから答えは返ってこなかった。

幹比古が左手を勢いよく振り下ろす。袖口から飛び出した金属製の扇を、幹比古はタイミング良くキャッチした。幹比古専用のCADであるそれを片手で軽く開き、扇を構成している金属製の短冊を一枚、右手の人差し指で押さえる。

幹比古と美月の周りを、風が巡り始めた。渦を巻く風が、幹比古の左側から吹き付けたエアロゾル混じりの風を遮断する。

エアロゾルの正体は、自由意思を麻痺させる薬物の霧。勘で放った魔法が、男たちの攻撃を遮断した。男たちの顔色が変わる。鼻歌混じりの気楽な表情、分かり易く言えば「相手をなめた顔」が、戦いに挑む顔つきになる。

 

「何者だ!」

 

幹比古に、薬物の成分までは分からなかった。だが攻撃を受けた確かな事実、そこに潜む紛れもない悪意を認識した幹比古は、鋭い声で誰何した。

彼の叫びは、反射的な問いかけだった。今度も答えが返ってくるとは期待していない。だが予想に反して、毒気流の攻撃魔法を放った左の男が、幹比古の問いかけに答えた。

 

「ホースヘッド」

 

「(ホースヘッド?)」

 

答えが返ってきたことにも意外感を覚えたが、男が答えた単語に心当たりが無かった幹比古。その疑問が意識を捕らえ、敵への集中を損なう。そこに、隙が生まれた。



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不穏な雰囲気3

相手の正体を聞かされ、その答えに意識を取られてしまったせいで、そこに隙が生じた。右側の敵から投擲される太い針。いや、それは細く削った白木の杭だった。移動魔法で速度と貫通力を与えられた杭を、幹比古は右手で叩き落とした。幹比古に怪我はない。裂けた制服の袖からのぞくかれの右腕は、鈍い光沢に覆われている。五行の『金』を皮膚に宿す防御魔法。術理は異なるが、効果だけを見ればレオが得意とする硬化魔法の古式魔法版と言える。

 

「(習っておいて良かった・・・!)」

 

幹比古がこの金行装甲術を教わったのは先月のことだ。五月末近くに伊豆で、遠山つかさが率いる国防軍と一戦交えた際に近接戦闘技術の必要性を感じた幹比古が、父親にアドバイスを求めて授かった魔法だった。想定したシチュエーションとは少々異なっているが、幹比古の危機意識が功を奏したと言える。

敵の攻撃は、それで終わりではなかった。むしろ杭の投擲は、牽制でしかなかったのだろう。深く身体を沈めた男が、伸びあがるようにして右手を左下から右上に振り上げた。男の右手には、短剣のグリップだけが握られているように見える。

だがその見かけに、幹比古は誤魔化されなかった。仰け反りながら前に翳した右手の袖が、鋭利な切り口を見せて裂ける。

 

「(ガラス製の短剣か!)」

 

幹比古の露出した右腕の色が、鈍い光沢から元の肌色に変わった。金行装甲術は身体の一部にしか纏うことができない。また持続時間が短く、再使用には時間を置かなければならないという欠点がある。

無論、幹比古はそれを忘れていない。彼は装甲術が解けるのを見越して準備していた魔法を、ガラスの刃を受けた直後に放った。

 

「ごめんっ!」

 

言葉にできたのはそれだけだ。幹比古は美月の返事を待たず、彼女の腰をいきなり抱き寄せた。硬直する美月。彼女もまた何も言えない。悲鳴を上げる余裕もなかった。

幹比古の魔法が発動する。ガラスの刃を振るう男、ホースヘッド分隊のヘンリー・フーと幹比古の間で、空気の塊が爆発する。

爆風がヘンリーだけでなく、幹比古も襲う。幹比古は美月を抱えたまま、強風に乗って跳び上がった。転落防止柵を越え、土手を飛び降りて川の中へ。川と言っても水路に近い準用河川だ。川幅は狭く、流れは緩やかで水深は浅い。空中で発動した魔法によって一旦水面に立ち、次の瞬間、水に膝まで浸かる。

 

「柴田さん、ごめん。でも、もう少し辛抱して」

 

幹比古が改めて謝罪を述べる。その最中にも、彼の指は魔法の準備に動いていた。

 

「気にしないでください。――吉田くん!」

 

美月の口から、悲鳴の形を取った警告が放たれる。それを聞くまでもなく、幹比古はホースヘッドの追撃に気付いていた。

襲いかかる電撃を、土手の草が吸収する。ホースヘッド分隊の一人、イギー・ホーが放った放出系魔法を現代魔法の『避雷針』で防御したのだ。幹比古のCADは古式魔法の形式に則ったものだが、現代魔法の起動式も保存されていた。

イギーを残して、後の二人が川に飛び降りる。上流に麻薬の霧を放ったゲイブ・シュイ、下流にガラスの刃を振るったヘンリー・フー。状況は、まるで改善されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が隠れ家に使っていた屋敷に誘い込まれた達也を、燃え盛る炎が襲う。藤林長正が屋敷の外から放った火遁の術だった。達也の分解では、燃える物を消し去ることはできても燃える元素がその場に残り、爆発的な燃焼を招くだけなので、彼は着用している『フリードスーツ』の耐熱性能に任せて、炎の直中を突っ切った。

炎上している屋敷の外に出た達也を、手裏剣の嵐が襲う。その数、二十本。四方向から微妙に的とタイミングをずらして飛来する手裏剣を、達也は宙に逃れて躱した。

そのまま空中に留まり、敵の姿をヘルメット越しに捉える。襲撃者は全て、藤林長正の姿をしていた。ヘルメットの中で達也が眉を顰めたが、彼が見せた停滞はそれだけだった。達也は『徹甲想子弾』を放ち人影を撃ち抜いた。同時に消える四人の長正。

 

「(四体とも幻影――『分身』か)」

 

背後から襲い来る火薬玉の礫を落下で避けながら、達也は心の中で呟いた。長正が『分身』を使っているのは屋敷の中で対峙している時から気付いていた。

 

「(似ているが『仮装行列』とは別物だな。化成体ではない。精霊魔法・・・『式神』か。魔法式の発生地点に関する情報を遡れば本体の居場所を突き止められるはずだが・・・)」

 

簡単にはいかないだろうと、振り返って背後の分身を消しながら達也は思った。試しにたった今、礫を飛ばした加速魔法の発生源に「眼」を向けたが、誰もいなかった。情報を追いかけているのだから移動しただけなら本人を追跡できるはずだが、隠形術で情報的な連続性を断ち切っているのだろう。似たような技を八雲に見せられた記憶が達也にはある。

魔法を発動している最中を捕らえなければ、情報次元経由の捕捉は難しそうだ。そして長正は、手裏剣や礫を撃ち出す瞬間にだけ魔法を使い、すぐに遠隔操作を手放している。故にこの攻防は、何時、何処から魔法が放たれるか、それを察知する勝負になる。そして今のところ、達也は後れを取り続けていた。

ここで手間取っている間にも、光宣は逃走を続けている。達也は長正相手のみならず、焦りとも戦わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土手から降り注ぐ杭と電撃。上流から吹き付ける麻薬の風。下流から迫る刃。幹比古はホースヘッド分隊四人の攻撃を、川の水を操ることで凌いでいた。杭に対しては水の礫で。電撃に対しては濃霧のカーテンで。麻薬の風に対しては地から天へと逆流する滝の壁で。ガラスの刃で襲いかかる敵に対しては八叉に分かれた水の鞭で。

だが遠隔攻撃に対しては遮断するのが精一杯、接近戦を挑み掛かる相手に対しては近づかせないのが精一杯で、幹比古は反撃の糸口を掴めずにいる。

彼の背後では、美月が震えを堪えている。真夏と言えど夕暮れ時、水量が少ないとはいえ流れる川だ。膝下まで川の水に浸かっていれば、身体も冷えてくる。それが理解できるから余計に、幹比古の焦りは増していく。

 

「(・・・いや、ダメだ。焦るな、僕。焦りは絶対に禁物だ)」

 

いっそ、一か八かの賭けに出た方が。そんな誘惑を、幹比古は自分を叱りつけることで懸命に退ける。今のところ、川の水に体温を奪われる以外のダメージを、美月は受けていない。それは幹比古が守りに徹していればこそだ。そのことは幹比古自身、よく理解していた。

 

「(ここで焦れば、全てが台無しだ)」

 

幹比古は自分に、そう言い聞かせる。

 

「(ここで襲われたのは、きっと偶然じゃない。この道は、柴田さんの通学路。狙われているのは僕じゃない。柴田さんの方だ)」

 

そう思っているから、神経をすり減らす、防御一辺倒の戦いに耐えられる。幹比古の忍耐は、援軍の到来という形で報われた。土手の上で激しい衝突音が生じる。堅い木材に細い金属の棒を叩きつけたような音だ。

 

「グッ!お前は、千葉の剣士娘!何故ここに!?」

 

「問答無用!」

 

その直後、ホースヘッド分隊のイギー・ホーが狼狽の叫びを漏らし、その叫びに応える声は、紛れもなくエリカのものだった。そしてエリカの後方、やや駅寄りの地点から、別の声が幹比古たちに投げ掛けられる。

 

「幹比古!美月!無事か!?」

 

「レオ!?」

 

幹比古が応えるより早く、土手の道から大柄な人影が落ちてきた。派手な水しぶきを上げて、レオが川に降り立つ。

 

「こっちは任せな!」

 

思いがけない飛び入りに立ち竦むホースヘッド分隊の暗殺者、ヘンリー・フー。

 

「気を付けて!そいつはガラス製の短剣を持っている!」

 

「おうっ!」

 

レオは威勢よく吼えて、驚愕から立ち直り構えを取ったヘンリー・フーへと突撃する。パンツァー、という雄叫びは無い。レオが現在使用しているCADは、去年の夏にエルンスト・ローゼンから手に入れた思考操作型だ。雄叫びの代わりに、溢れ出す想子光を纏って、レオは短剣使いと激突した。

 

「天狐流 獅子脅し!!」

 

そして四人目も金属の音と共に上から落ちてき、刀を思い切り振りながら仮面をかぶる特徴的なフーズ・ブーに襲い掛かる。彼の持つ日本刀型CADは白と薄い水色のグラデーションを持ち、エリカの最上と違い、木目の鞘に木目の柄の持ち手と何も装飾や鍔が取り付けられていないシンプルな見た目だった。

 

「弘樹!」

 

「間に合ったかな?」

 

これで美月を除いても四対四。幹比古は残りの一人、ゲイブ・ジュイと正面から向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長正の分身と戦っている内に、達也は隠れ家の前庭から樹海の中へと誘い込まれていた。樹海と言っても、身動きが取れない程の密度で木々が生い茂っているわけではない。魔法師でなくても多少鍛えている人間であれば、道を外れても立ち往生する心配はない。

だが動きを阻害されてしまうのは確かだ。森林に不慣れでは、満足な戦闘行動はとれないだろう。飛行装甲服を使った三次元機動など論外だ。

しかし、藤林長正にとっては想定外のことかもしれないが、達也は障碍物の中で動き回るのを苦にしない。彼は肉眼から得られる視覚情報の代わりに、『精霊の眼』から得られる情報に基づいて行動することに慣れている。魔法がもたらす情報ではなく電子機器から入手する非映像情報でも、ほとんど不自由は覚えないレベルに達している。

逆に、射線が制限される分、長正が魔法の砲台を設置する場所を読みやすくなっていた。可視光や赤外線、電波が木々に遮られる所為で、肉眼による捜索やスーツのセンサーを使った探知は先程よりもさらに難しくなっている。

だが『精霊の眼』による座標特定は、難易度が低下した。魔法を発動する瞬間、発動対象と魔法師は情報的につながっている。今までと同じ、手裏剣や礫の射出を仕掛けてくるなら、その瞬間を正確に予測できれば逆探知は成功したも同然だ。

正面の木の陰から分身が現れる。達也は背後に「眼」を向けた。正面からの攻撃は無かった。手裏剣は右斜め後方から飛来する。下草に足を取られない、小さなステップで躱した時には、術者との接続は切れていた。正面の分身から、魔法発動の気配。

 

「(いや、違う)」

 

想子弾を撃ち込んで、分身を消す。正面の分身が発動しようとしていたのは、遅延発動によるカモフラージュ用の魔法だった。後方から魔法発動の気配。

 

「(非致死性の音波攻撃)」

 

振り返り、徹甲想子弾で攻撃する。

 

「(耐えた?)」

 

分身は、消えなかった。可聴域上限周波数帯の音波が達也に浴びせられるが、達也が被っているヘルメットが自動的に遮断。直接的な効果だけ見れば、無意味な攻撃。

達也は前の攻撃の、三倍の想子を圧縮した。術式解体。想子の奔流が分身を吹き飛ばすと、直後に達也の足に鎖が巻き付いた。

無意味な攻撃は、反撃を引き出すことに意味があった。鎖が電撃の火花を散らすが、次の瞬間鎖は消え失せ、スーツの破損もその下の傷も消えていた。木々の陰から動揺が漏れる。達也の視線が揺らぐ気配に向けられる。

達也の左に、新たな分身が現れ、炎に包まれた礫を放とうとしている。達也の「眼」が、その「姿」を捉えた。達也は本体に繋がったままの分身の情報を読み取った。今この瞬間の情報から、一瞬前の情報へ。さらに、前へ。刹那の過去へ。遡る。遡る。情報の変更履歴を「現在」に隠された「過去」を暴き出す。

そして、達也が力を放つ。局所的『分解』。人体に細い穴を穿つ魔法。およそ十メートル先の木の陰に、人が両膝から崩れ落ちる音を、達也は確かに聞いた。



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不穏な雰囲気4

美月の自宅へ続く川沿いの道では、エリカとイリーガルMAP・ホースヘッド分隊のイギー・ホーが白兵戦を演じていた。エリカの得物は、CADを内蔵した伸縮警棒。イギー・ホーの得物は、針金だった。

 

「そんな日曜工作でよくやるわ。良い腕してるじゃない」

 

打撃と刺突の狭間に、エリカが揶揄する口調で声をかける。イギーは険しい目付きで、エリカの隙を窺っている。彼が使っている武器は太い針金をより合わせ、その先端をヤスリで削って尖らせたものだ。それに木の棒のグリップを取り付けてレイピアのように使っている。

ホースヘッド分隊は一般人として飛行機で入国したので、武器を持ち込めなかった。これは今回に限ったことではない。現地で容易に調達できる材料を使って武器を自作するのは、彼らにとって何時ものことだ。幹比古に投げた杭も丸太を自分たちで削ったものだし、ガラス製の短剣も窓ガラスを加工して刃にしたもの。彼らはそうした加工に役立つ魔法に熟達していた。

加工だけでなく使用に際しても、素材の強度不足を補う魔法を使っている。手に入る者から得物を作り出し、手元にあるものを何でも武器にする。潜入先で、本国の支援を受けずに破壊工作・暗殺任務を遂行。それが、イリーガルMAPのミッションスタイルだった。

イギー・ホーが使っている針金細剣は、彼の魔法によって本物のレイピアに勝るとも劣らない強度と弾性を見せている(見掛け上、備えている)。ただそれはあくまでも自作した武器の性能であって、戦闘技術の分野はまた別の話だ。

イギーは決して弱くない。わざわざレイピアを模した得物を使っている程だ。実戦フェンシングのテクニックは高いレベルにある。しかし、こと剣の技術に関していうならば、エリカの方が一段上、どころか二段も三段も上回っている。ここまで決着が付いていないのは、エリカがイギーの隠し球を警戒しているからだ。

しかし実際のところ、イギー・ホーはエリカの攻撃を凌ぐために針金細剣の強度と弾性を維持しなければならず、他の魔法を使う余裕がない状態だった。そのことに薄々勘付いていたエリカは、手数重視でイギーを攻め立てている。自己加速魔法によるヒットアンドアウェーではなく、弧を描く足さばきで距離を一定の範囲に保ちながら、相手に息を吐く余裕を与えない戦い方だ。そして遂にエリカは、相手に魔法攻撃が無いと確信した。

イギー・ホーが針金細剣を水平に振る。切っ先がとがっているだけで刃は付いていないので、これは斬る為の攻撃ではなく強度と弾性を持たせた針金を鞭として使う打撃の攻め手だ。エリカはその攻撃を、飛び退って躱した。これまでとパターンを変えて、大きく距離を取った。

イギー・ホーが、すかさず腰のベルトに左手を伸ばす。ホースヘッドの三人は手首ではなく、腰にCADを付けていた。

エリカは、相手がCADを操作しようとしていると、認識してはいなかった。彼女はただ、そこに隙を見た。彼女の注文通りに生まれた隙だ。そこに付け込む用意もできている。

自己加速魔法を発動。目にも留まらぬスピードで、エリカがイギーへ肉薄する。イギー・ホーは慌ててCADの操作を中断し、左手を添えて横向きに針金を掲げた。エリカの警棒が、針金の剣を軽く打つ。

予想よりもずっと弱い手応えに、イギー・ホーは戸惑いを覚えた。ホースヘッドの殺し屋に生じた、半秒未満の、僅かな停滞。イギーの意識が空白を抜け出した時には、エリカは彼の背後に回り込んでいた。

振り返る時間は無かった。勘任せで、頭を傾けるのが精一杯だ。頭を狙ったエリカの警棒が、イギー・ホーの左肩を打つ。肩と言っても、首の根元に近い。常識的には勝負あり。だがエリカは気を抜かず、警棒を鋭く振り上げた。

だが今度はエリカが、意表を突かれた。背中を向けて前かがみになった敵が、自爆したのだ。イギー・ホーの背中から勢いよく煙が拡がる。ただそれは、自爆であっても自殺ではなかった。

 

「煙幕!?」

 

エリカが口にしたように、イギー・ホーは上着の裏側に仕掛けた炸薬で煙幕をまき散らしたのだった。幾ら威力と温度を抑えているとはいえ、炸薬は炸薬だ。服の内側で爆発させて、本人が無傷で済むはずがない。にも拘らずイギー・ホーは痛みを感じさせない素早さで、次の行動に移った。

 

「あっ! こら、待てっ!」

 

煙幕に巻かれたエリカが声を上げる。彼女は気配で、敵が急速に遠ざかっているのを捉えていた。イリーガルMAPは非合法工作部隊。隊員は必須技能として、高い戦闘力を要求される。しかしそれ以上に、敵の手に落ちないことが重要だった。

現代の技術を以てすれば、死者の脳から情報を引き出すことも、ある程度であれば可能だ。機密保持のためには、自決では不十分。何があっても逃げ果せる能力が、非合法工作員には特に求められている。

エリカはイギーを追いかけなかった。咄嗟に目を瞑ったので、煙幕で目にダメージは負っていない。だが視界を遮る以外にも、どんな薬品が混ぜられていたのか分からない。もしかしたら自覚できない程の微妙な麻痺効果を受けているかもしれない。

不用意な追跡は、逆襲を喰らう恐れがあった。それにエリカたちが駆け付けた目的は、美月と幹比古の救援。逃げ去った敵よりも、残っている敵への対処が優先だ。エリカは転落防止柵から身を乗り出した。レオと幹比古が、まだ川の中で戦っているはず。エリカはその戦いに飛び込むことを考えていたのだが、彼女は拍子抜けの気分を味わうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオとヘンリー・フーの戦いは、白兵戦と言うより殴り合いの様相を呈していた。ヘンリーの短剣は刀身が普通のガラス製だったとはいえ、魔法で強度を上げていた。だが同種の魔法で強化したレオの拳を受けて、呆気なく砕けた。

音声認識型を思考操作型に変えたことにより、レオはCADと一体になったプロテクターの着用も止めている。その代わりに彼は、拳の部分を強化したオープンフィンガーグローブを両手に着けていた。――念の為に付け加えておくと、グローブは普段から着けているのではなく、こういう時のために持ち歩いているのである。ガラスの刃を砕いたのは、魔法で硬度を上げたこのグローブのナックル部分だ。

ヘンリー・フーの魔法で強化された刀身を、レオの魔法で強化された拳が砕いた。これはレオの魔法がヘンリーの魔法を上回ったということに他ならない。それに加えて、両側から挟んで折るのではなく固定されていない状態で殴って砕くレオの非常識なパワーに、ヘンリー・フーの口元が引き攣る。

だが想定外の事態にフリーズしたままでは、非合法工作員どころか下級兵士も務まらない。ヘンリーは柄だけになった短剣をレオに投げつけて時間を稼ぐと、川の中という劣悪な足場をものともせず後方へ大きく距離を取り、右手で左の袖をめくった。真夏にも拘わらず長袖のジャケットを着ていたその左手首には、CADではなく砂鉄を錘にした細いリストウェイトが二本、巻かれていた。ヘンリーが右手のリストウェイトを外す。

 

「ハッ!ハンデのつもりだったのかい?」

 

鼻で笑うレオのセリフには応えず、ヘンリーは重りの部分を外側に回してリストウェイトを拳に巻いた。レオも本気で、相手が自分からハンデを負っていたと考えていたわけではない。ヘンリーがリストウェイトを左手首から両拳に移した意味を、レオはすぐに理解した。

これは拳を保護すると共に、打撃を内部に浸透させるためのグローブ代わりだ。そうと理解した時には既に、レオはヘンリー目掛けて突進していた。あと一歩まで迫ったレオに、ヘンリーは自分から踏み込んだ。

レオとヘンリーの拳が交差する。鋼の強度を有するレオの拳。砂鉄のクッションで覆われたヘンリーの拳。レオの右ストレートを、ヘンリーが首を振って躱す。ボディを狙うヘンリーの右フックを、レオが左腕でガードする。

そこから先は乱打戦だった。ヘンリー・フーはレオのパンチに顔を切りながら、直撃だけは貰わない。レオはヘンリーのパンチを何発も浴びながら、急所だけは打たせない。両者ともすぐに、魔法を使う余裕を失った。

レオの硬化魔法も切れている。ヘンリー・フーは短剣を強化する魔法が破られた後、格闘補助の魔法を細かく使っていたようだが、それも中断している。二人は魔法師でありながら、身体能力だけで肉弾戦を演じていた。レオの顔が、歓喜に染まる。ヘンリーの顔が、苦渋に歪む。

イリーガルMAP・ホースヘッド分隊のヘンリー・フーにとって――暗殺者や工作員にとって、こういう真っ向勝負の戦闘は本来不本意なものであるはずだ。一対一の近接戦闘が避けれないシチュエーションでも、普通ならば正面衝突にはならないだろう。これが街中の舗装された路面ならば、フットワークを使って距離を取り、逃げると見せかけて追いかけてきた相手にカウンターを打ち込むなどの、真っ向勝負にならないテクニックを駆使する余裕があるはずだ。

だがここは川の中で、ふくらはぎの半ばまで水に浸かった状態だ。川底の状態も、動き回るのに適したものではない。こんなところでボクシング流のフットワークを使おうものなら、足を滑らせて隙を曝すのが関の山だろう。ヘンリー・フーはレオと殴り合いながら、この作戦は失敗したと考えていた。これ以上状況が悪化する前に、撤退すべき局面だ。

とはいうものの、一人で勝手に逃げ出すことはできない。ホースヘッド分隊の中では例外的に軍人気質を多く残しているヘンリーは、レオにショートフックの連打を叩き込みながら、そうも考えた。彼らは分断されている。三人が一斉に撤退するなら兎も角、連係が断たれた状態で一人が離脱すれば、残された二人が数的劣位に陥ってしまう。相手が高校生だと侮る気持ちは、ヘンリーの中から消え失せていた。四対五で――実質四対四で勝てない敵だ。数の上で不利な状態になれば、逃げることすらままならなくなるかもしれない。何とか、他の二人に撤退の合図を送れないか・・・。

ヘンリー・フーがそう思い始めた時に、それは起こった。土手の道から聞こえてきた、小さな爆発の音。ヘンリーはレオの拳を抱え込むようにして押さえ、それによって稼いだ時間で視線を上に向けた。

 

「(あの煙幕は!イギーのヤツ、負けて逃げ出しやがったのか!?)」

 

道の端から流れ落ちる黒い煙を見ただけで、ヘンリー・フーは何が起こったのかを覚った。同時に彼は、強い危機感に捕らわれた。目の前の高校生は魔法技能こそしれているが、肉体のパワーとスタミナはネイビーシールズやグリーンベレーの隊員並み。ここに事前の調査で要注意人物とされた「千葉の女剣士」が加わったら、「持て余す」ではすまない。ヘンリー・フーの脳裏を最悪の事態が過った。イリーガルMAPにとっての「最悪」は戦死ではなく、敵の手に落ちて素性と任務の内容に関わる証拠を握られてしまう事だ。

レオが組み付いているヘンリーの身体を突き放す。ヘンリーは川底に足を取られながら、二歩、三歩と後ろによろめいた。レオが川面に激しいしぶきを上げながらヘンリーへと突っ込む。

 

「ゲイブ!ブー!撤退だ!」

 

眼前に迫るレオの姿をしっかりと見据えながら、ヘンリー・フーは上流に残った仲間に大声で叫んだ。突然の撤退宣言にも、レオの勢いは止まらない。

 

「逃がすかよ!」

 

戸惑うのではなく、激しさを増した。ヘンリー・フーの間近まで迫り、大きく踏み込むと同時に、レオは身体を沈めた。踏み込んだ足が、川底に深い穴を穿つ。その穴を砲台固定のアンカーにして、レオは身体を起こすと共に猛烈な勢いで拳を突き上げた。

内蔵を突き破らんばかりのボディアッパー。その直前、ヘンリー・フーの手がCADに伸びたのをレオの目は捉えていたが、構わず相手の腹を打つ。レオの拳を受けたヘンリー・フーの身体は、冗談のように宙を舞った。

 

「はぁっ・・・!?」

 

間が抜けた声が、レオの口から漏れる。パンチを繰り出したのは彼自身だが、まさか相手が五メートル以上吹き飛ぶとは思わない。距離で五メートルではなく、高さで五メートル以上だ。まるで漫画かアニメのような光景に、レオは呆気にとられた。土手の上でも、エリカがポカンとした表情でそれを見ている。

ヘンリーの身体が川に落ちる。彼はダメージを感じさせない動作で立ち上がり、レオに背中を向けて一目散に川を下って行った。

 

「何だそりゃ・・・?」

 

後から考えれば、敵が攻撃を受けると同時に魔法を行使して、ボディアッパーの勢いも利用して自分から跳んだのだと分かる。しかしあまりに急な幕切れに、この時のレオは呆然と立ち尽くすだけだった。



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不穏な雰囲気5

弘樹とフーズ・ブーは互いに刀と籠手で戦っていた。

相手が硬化魔法で固めた籠手で殴ろうとすると日時はそれを刀で受け止め、お返しと言わんばかりに弘樹が刀を思い切り振る。刀はもちろんCADであり、刀を思い切り振ったことで見えない圧縮された空気の刃がフーズ・ブーを襲う。咄嗟に自信を守ったが圧縮された空気の刃が水面を削り、ブーの周囲を水飛沫で囲み、水濡れになった。その隙に急接近した弘樹に慌ててもう一度硬化魔法を使用し、籠手で刀を押さえた。

 

「ほぅ・・・これを防ぐか。ならば!」

 

弘樹がそう言うと弘樹は左手を離し、目に追えない速度で人差し指を突き出し、そこに強固な硬化魔法をかける。

 

「金剛六式 指銃」

 

そう呟くと弘樹の人差し指全体を硬化魔法で硬くすると、ブーの腹を刺した。

 

「うっ・・・」

 

腹を刺された事による痛みで一瞬、ブーはうめき声を上げる。すると弘樹の後ろから「ゲイブ!ブー!撤退だ!」という叫び声が聞こえ、ブーは咄嗟に煙幕を焚く。

 

「しまった・・・!」

 

弘樹は咄嗟に目を瞑り、次に視界が晴れた時にはエリカ達以外、誰もいなかった。

 

「やられたか・・・」

 

そう呟くも、弘樹は意識を情報次元に向けると少し口角が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幹比古は相手が一人になっても苦戦していた。エリカ対イギー・ホー、レオ対ヘンリー・フーの戦いと違い、幹比古とゲイブ・シュイの戦いは魔法の撃ち合いだった。幹比古は、肉体を使った戦闘が苦手ではない。体力も運動神経も、達也やレオが認める程だ。だがやはり彼が得意とするのは魔法主体の戦闘であり、中長距離での魔法の撃ち合いだ。

一方、イリーガルMAPは破壊工作部隊であると共に暗殺部隊でもある。その性質上、接近して刺殺、撲殺という手口も多用するが、本質的にはやはり魔法戦闘部隊であり、肉体を使った戦闘より魔法戦を得意とする。

そして美月と幹比古を襲撃した当初の役割分担を見ても分かるように、ゲイブ・シュイはホースヘッド分隊の中でも純魔法戦を得意とするメンバーだった。幹比古とゲイブの戦いが魔法の撃ち合いになるのは、二人の得手を考えれば必然の流れだった。

対人戦の経験において、ゲイブ・シュイは幹比古を大きく上回る。幹比古も年齢を考えれば、決して対人戦闘経験が乏しいとは言えない。だが基本的に幹比古が学んだ吉田家の魔法体系は、人間と戦う為の物ではなく、人外と交流し、調伏し、従え、あるいは力を借りる為のもの。達也と一緒に行動する中で対人戦の経験を積んできたが、人間相手に戦うことを目的とした魔法を実戦の中で磨いてきた相手には分が悪かった。

ゲイブ・シュイの足下から、川面を突き破って石が飛び出す。飛来する小石を、幹比古が川の水から作った氷の矢で撃ち落とす。わざわざ凍らせるというプロセスを間に挟んでいるのは、水のままだと「土克水」で威力が落ちるからだ。現代魔法では問題にならないが、古式魔法は五行相克を無視できない。

幹比古は自分の足下に魔法の気配を感じた。大急ぎで川の流れを遮断し水の壁を作る。泡が、爆ぜる。魔法で圧縮し、水面下に沈められていた空気が解放されて、ちょっとした手榴弾並の爆発力を発揮したのだ。

激しい水しぶきで幹比古の視界が遮られる。そこに再び、石礫が飛来する。相手に上流を取られている位置関係も、幹比古が不利な状況に陥っている一因だった。

上流だからゲイブ・シュイは、泡の爆弾以外にも、麻痺薬を川に流して幹比古と美月の近くでエアロゾル化させるといった攻撃も仕掛けられる。それを石礫や高速周波攻撃に混ぜてくる。ゲイブの攻撃は種類こそ少ないが、手数が多くパターンが読みにくかった。

幹比古もやられる一方ではない。石礫を撃ち落とすのに使った氷の矢を敵に向ける、水の槍を撃ち出す、敵の足に細く絞り込んだ高圧の水流をぶつけるといった、川の水を利用した数々の攻撃を繰り出している。バリエーションは幹比古の方が、むしろ勝っているだろう。だがゲイブ・ジュイの攻撃は単純だが人間にダメージを与えることに特化していた。そんなゲイブの攻撃を、幹比古は全て遮断しなければならない。さもなくば自分よりも、背後に庇う美月に害が及ぶ。それのプレッシャーが、何よりも幹比古を追い詰めていた。

 

「(さっきよりも人数的には有利なのに・・・)」

 

エリカとレオ、弘樹が駆けつけてくれるまでは四対二、実質的に四対一だった。今は実質的に四対四、相互に分断されているから自分だけ見れば一対一。それなのに幹比古は、先ほどよりも追い詰められている気分を味わっていた。

その状況が急転する。頭上で起こった、小さな爆発音。流れ落ちてくる黒と茶色と赤が混ざった煙。背後から聞こえる「ゲイブ!ブー!撤退だ!」という叫び声。

次の瞬間、川面が爆発した。幹比古とゲイブ・ジュイの間に、濃密な水しぶきの壁ができる。しぶきが落ち切った時には、幹比古の視界から敵の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪の許にピクシーから再び連絡が届いた時、時計の針は午後六時を五分すぎようとしていた。

 

『深雪様。よろしいでしょうか』

 

「ピクシーね。報告してちょうだい」

 

『光井様の・移動が・止まりました。誘拐犯の・アジトに・到着したものと・思われます』

 

「ほのかは無事なの?」

 

『光井様は依然として・薬物の影響下に・あるようですが・それ以外のダメージは・感知できません』

 

「そう・・・」

 

深雪がホッと安堵の息を漏らす。ほのかにメディカルセンサーが取り付けられているわけではなく、ピクシーは医学的な情報を受信しているのではない。だがピクシーは距離に関わりなく、ほのかから想子の供給を受けている。その副産物として、ほのかのコンディショニングを相当程度詳細に知ることができるようだ。

普段はほのかのプライバシーを尊重して、達也も深雪もピクシーからその情報を聞き出すことはない。だが今は非常事態だ。拉致被害者が身体的に危害を加えられていないという報告は、その安否を気遣う深雪にとって安心をもたらすものだった。

 

「ピクシー、ほのかを閉じ込めている場所の、正確な位置情報は分かるかしら」

 

魔法とは本質的に、物理的な距離の制約を受けない。裏を返せば、魔法的なつながりだけでは相手との距離や方向を導き出せない。しかしピクシーは、パラサイトと人型機械の融合体。想子レーダーと同じように、自分が受信する想子波の方向と距離、自分が供給を受ける想子流と関連付けながら認識できる。

 

『地図データと・照合中・・・。照合が・完了しました。データを・お送りしますか』

 

「ええ、お願い」

 

『かしこまりました』

 

その応えと共にデータ受信のサインが点り、音声のみの通信だった端末のディスプレイに地図が表示される。

 

「受け取ったわ。引き続き、監視をお願い」

 

『はい・深雪様。監視を・続行します』

 

深雪はリモコンでピクシーとの通信を切った。最初に電話を受けたのは自分の部屋だったが、今はリビングに移動している。深雪はソファから立ち上がり、振り返って背後に控えていた男性に目を向けた。

 

「兵庫さん」

 

「はい、深雪様」

 

「すぐに車を出せますか」

 

花菱兵庫が恭しい口調で応え、深雪は端的に兵庫へ問い掛けた。だが兵庫はこの問いかけに答えなかった。

 

「恐れながら、深雪様はご自身で光井様の救助に向かわれるおつもりですか?」

 

「そうです」

 

質問に質問を返すという、従者らしからぬ言動をとった兵庫だったが、深雪は特に気分を害した様子を見せずに頷いた。

 

「いけません」

 

「いけない、とは?行くな、ということですか?」

 

「然様でございます」

 

「貴方が、私に命令すると?」

 

「命令ではございません。達也様からの指示でございます」

 

「お兄様の?」

 

「はい。この様な些事で深雪様の御身を危険に曝すわけにはいかないと」

 

「些事?兵庫さん、貴方はほのかの――婚約者の一人の危難を些事とお兄様が仰ったというのですか」

 

冷え冷えとした声がリビングに響く。深雪は決して大きな声を張り上げていない。だが彼女の声は、特に音響を考慮していないはずの部屋の中に谺した。兵庫は恐れ入ったように頭を下げたが、恐れている様子は無かった。

 

「深雪様が自ら御手を煩わせるほどの価値はございません。何となれば、これより私が出向いて片付けて参るからでございます」

 

「兵庫さんが?」

 

深雪が訝し気に眉を顰める。兵庫が達也の執事になる前に海外の民間軍事会社で経験を積んでいるという、彼のキャリアは深雪も知っている。だが深雪は兵庫が実際に戦ったところを見た事も無ければ、そんな話を聞いたこともない。

それ以上に疑問を覚えたのは、深雪の目から見て兵庫の魔法師としての技量は、大したものではないという点だ。深雪には兵庫が、自信たっぷりに語るほどの戦闘力を持っているとは見えなかった。

 

「はい。私にお任せください」

 

恭しく深雪に向かって腰を折る兵庫。兵庫を見る深雪の目付きは厳しいままだ。真夏のリビングが冷房によるものではない冷気に覆われているような気がして、先ほどから沈黙を守っていた――深雪の静かな迫力に沈黙を強いられていたと表現した方が良いかもしれない――もう一人の同席者が慌て気味に口を挿んだ。

 

「深雪、私も彼に付いて行くわ。それなら良いでしょう?」

 

「リーナ、貴女が?」

 

「ええ。私の強さは、深雪も知っての通りよ」

 

「ほのかを攫った相手が誰だか分からないのよ? もしUSNAの工作員だったらどうするの?」

 

「ステイツの工作員が、どんな理由でほのかを攫うのよ?」

 

「それは、そうだけど・・・」

 

このまま事態が進めば、USNAの非合法暗殺部隊・イリーガルMAPホースヘッド分隊と『アンジー・シリウス』であるリーナが首都のすぐ側で激突するという、ややこしい事態に発展すると理解している兵庫は、どうにかしてリーナの同行を阻止しようとしたが、それを未然に防止したのは、マンションの電話ではなく、深雪の携帯端末が鳴らした受信のコール音だった。

 

「はい・・・エリカ?」

 

電話の相手はエリカだった。



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新魔法完成

エリカの前に、レオ、幹比古、美月が上がってくる。美月は幹比古の魔法で一緒に、レオは土手の急斜面を魔法ではなく脚力で登った。幹比古の魔法が、川の水に浸かっていた三人の汚れを落とし、水気を乾かす。さっぱりしたところで美月がホッと安堵の息を吐く。彼女の膝がカクッと折れた。幹比古が慌てて手を差し出す。美月は幹比古の腕に捕まって、何とか転倒を免れた。

 

「ご、ゴメンなさい・・・」

 

「極度の緊張状態から解放されて、足腰に力が入らなくなってるのよ。暫くそのまま、ミキに捕まっていた方が良いわ」

 

この時ばかりは二人を冷やかすこともなく、エリカは真面目な口調でアドバイスした。美月と幹比古、二人は揃って恥ずかしそうに俯き、エリカとレオは「仕方ないなぁ」と言わんばかりに、別々に、かつ同時に頭を振った。

そこでお互いに、全く同じ反応に及んでいたことに気づく。とはいえさすがに二人とも、つまらない喧嘩をする気力が余っていなかった。

エリカがレオから顔を背け、携帯端末を取り出す。通話モードで呼び出した相手はほのかだったが、繋がらない。エリカは険しい表情で今度は深雪にコールした。

 

『はい』

 

「あっ、深雪?あたし。エリカ」

 

『エリカ?なんだか焦っているようだけど、何かあったの?』

 

随分と話が早い。エリカはそう思った。だがその疑問は後回しにして、今は質問に答えることにした。美月と幹比古が襲撃を受けたこと、相手は外見が東アジア系、名前が英語系だったこと、ほのかに電話を掛けたが繋がらないことを順番に、要領よく話す。

 

「・・・それで、深雪は大丈夫かなって」

 

応えが返ってくるまでに、一秒程の時が経過した。

 

『・・・私は大丈夫よ。そう・・・美月も狙われたのね』

 

「何か知ってる?」

 

美月も、と深雪は言った。つまり、他にも同じ目に遭った子がいるということだ。エリカはすぐにそう思った。

 

『ほのかが誘拐されたわ』

 

「・・・そういうこと」

 

何かあったと予想していても、エリカは一瞬、言葉を失ってしまう。

 

『犯人は分かっていないけど、何処に連れていかれたのかは、ピクシーのお陰で分かっているの』

 

「・・・ピクシーって、そんなことができたの?」

 

『誰にでも、ではないけれど』

 

「ああ、なるほど」

 

ピクシーにパラサイトが宿った経緯はエリカも知っている。ほのかとピクシーの間に特別なつながりがあるのだろう、ということは考えるまでもなくピンときた。

 

「じゃあ、あたしたちが迎えに行くよ」

 

『・・・危険よ』

 

「深雪も放っておくつもりはないんでしょ」

 

『それはそうだけど・・・』

 

「深雪やリーナが行くよりもいいと思うよ。相手はアメリカの工作員かもしれないんだし」

 

電話回線の向こう側で、短い沈黙があった。

 

『ゴメンなさい、エリカ。私からかけ直してもいいかしら』

 

「良いよ」

 

エリカの方から、通話を終える。彼女の端末に受信サインが点るまで、五分も掛からなかった。

 

『エリカ、私よ』

 

「うん、それで?」

 

『エリカの言う通りだと思うわ。美月を狙った相手は、USNAの非合法工作部隊である可能性が高いそうよ。ほのかを誘拐した犯人も、同じだと思う』

 

「それ、リーナの意見?」

 

『違うわ。でも私やリーナが行くべきではないというのも、エリカが言う通りなのでしょう。でもエリカたちだけで行かせることもできないわ。相手がアメリカ軍の工作員では、危険すぎる』

 

「こっちはもう一戦交えてるんだから、危険なんて今更よ」

 

エリカが耳に当てているスピーカーから、小さなため息が漏れる。

 

『あえて危険を重ねる必要は無いのだけど・・・エリカは納得しないでしょうね』

 

「分かってるじゃない」

 

『自分たちだけで敵陣に突っ込むような真似はせずに、然るべき方たちと一緒に行動すると約束してくれるなら、ほのかが連れていかれた場所を教えてあげる』

 

もう一度、エリカの耳に届くため息。これ以上の説得は無理だと思ったのだろう。深雪は条件付きで折れた。

 

「然るべき人たちって?」

 

『私の方からSMATに出動をお願いするから、現地で合流してちょうだい』

 

SMAT.特殊魔法急襲部隊。一昨年の横浜事変に警察が対応できなかったことの反省を踏まえて組織された、警察内の戦闘魔法師を集めた組織だ。魔法師集団による民間人誘拐事件は、確かにSMATの管轄だろう。

 

「でも警察に騒がれるのはマズくない?」

 

しかしエリカの言う通り、警察が大々的に動くことで誘拐された被害者の身が危うくなる可能性もゼロではない。

 

『私が教えなかったら、エリカは警察の力を借りるつもりだったのでしょう?』

 

もっとも、エリカは警察に太いコネクションを持っている。ほのかの居場所を突き止める為に警察の力を借りることが彼女には可能だったし、SMATには長兄が事務職として携わっている。

 

「降参。深雪の言う通りにするよ」

 

それを深雪に見抜かれて、エリカは白旗を揚げた。いや、この場合は「ほのかの救出を任せる」という妥協を深雪から勝ち取っているのだから引き分けか。

 

『地図データを転送するわね』

 

「・・・OK、受け取ったわ」

 

『気を付けてね、エリカ』

 

「任せなさい。ほのかを助け出したら、また連絡するから」

 

そのセリフで、エリカは深雪との通話を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也はおよそ十メートル先の木の陰に回り込んだ。彼が手応えを感じて、下生えに何者かが膝から落ちる音がした場所だ。その「何者か」は、藤林長正だった。

 

「光宣が何処へ向かったか知っているか?」

 

「知らぬ・・・」

 

達也は勝ち誇るでもなく、裏切りを詰るでもなく、淡々と長正を訊問する。一方の長正は、肉体に穴を穿たれた激痛に脂汗を滲ませながら、闘志を失っていない声で答える。

 

「そうか」

 

達也は重ねて問い詰めなかった。そのまま長正に背中を向けて去ろうとする。会話の継続を望んだのは、長正の方だった。

 

「待たれよ・・・それで、良いのか・・・?訊問も拷問もしないのか?」

 

「知らないのだろう?だったら、訊いても仕方がない」

 

「そうか・・・。時間稼ぎを警戒しているのだな・・・?」

 

長正の推測は、半分正解だった。確かに達也は時間稼ぎを警戒していたし、長正が嘘を吐いていても真偽を確かめる術がないから訊問は無駄だとも考えていた。最初に光宣の行方を訊ねたのが、気まぐれのようなものだったのである。

達也は答え合わせに時間を割くような、余計な親切心は発揮しなかった。木の幹に上半身を預けた長正を放置して、その場を去ろうとする。

 

「まだだ!まだ終わりではない!」

 

達也も、内心では焦っていたのだろう。長正はまだ、戦闘力を失っていなかった。達也が振り返ると同時に、長正の肉体に新たな穴が穿たれる。だがその傷がもたらす痛みは、長正を止めるに足りなかった。達也が長正を殺さないのは、藤林響子の実父という事情を考慮したからではない。古式魔法の名門・藤林家当主を消してしまうと、事後処理が面倒なことになるからだった。

しかし長正は、そのような手加減ができる相手ではなかった。右肩を撃ち抜かれて、普通なら右手を使えなくなっているはずだ。にも拘らず、長正は両手で印を結んだ。達也はそれを見て、今度は左肘の腱に穴を穿った。

それでも長正の結印は崩れない。それどころか、目にも留まらぬ速さで次々と印を組み替えていく。達也が長正の始末を決意した時には、既に術が完成していた。

この場を覆う結界が、『蹟兵八陣』が達也と長正を中心に集束していく。時刻は午後六時過ぎ。日が長い季節と言えど、樹海の中は闇に包まれている。その闇が、さらに厚みを増した。

暗闇が達也にプレッシャーを与える。達也は自分が撥ね返している圧力の正体に「眼」を凝らした。人の形をした靄のようなものが、達也を包囲し手を伸ばしている。

 

「(分身・・・?いや、幽体離脱・・・。違う、死者の残留思念か!)」

 

今達也に精神的な――「系統外魔法的な」と言い換えることもできる――圧力を加えているのは、魔法出力装置に改造された死蠟の中の霊子情報体に違いない。達也は「死者の残留思念」と表現したが、一般的には「死霊」「亡霊」と呼ぶべき情報体だろう。『蹟兵八陣』の装置に改造された魔法師の死蠟には、額に「道を迷わせる」というコマンドが刻みつけられている。自ら考えることのできない死霊は、ただその命令に従い達也を迷わせようとしているのだろう。達也が意志の防御を崩されたならば、死霊たちが力を使い果たすまで、彼は樹海を彷徨い続けるに違いない。

 

「(藤林長正は・・・自滅したか)」

 

死霊たちの手は、長正にも及んでいた。達也には、霊子情報体の活動を詳細に「視認」する能力はない。ただ漠然と感じるだけだ。それでも長正の精神が既に、残留思念に呑み込まれているのが分かった。

 

「(術者が自滅した以上、魔法を解除させるのは不可能だ。このまま残留思念を押し返し続ければ、何時かはこいつらの力も尽きるだろうが・・・それを待ってはいられない!)」

 

達也は残留思念――「死霊」を自分という事象に干渉することによって発生しているはずの想子情報体へと「眼」を凝らした。達也の仮説が間違っていなければ「達也の精神に干渉して方向感覚を狂わせようとしている」という情報が、そして「達也の精神に干渉している霊子情報体」という情報が、この世界に記録されている。

その記録からさらに、「司波達也というこの世界の一部分を成す事象に干渉可能な形でこの世界に霊子情報体を存在させている構造」を読み取る。

 

「(「視」える、「視」えるぞ)」

 

『死霊』という名の霊子情報体が、この世界に存在する為の足場を見つけだし、それを壊す。分解する!

 

「(霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』、発動)」

 

――霊子情報体を、精神体をこの世界に存在させている想子情報体の構造を破壊する。霊子情報体を、滅ぼすのではなく、この世界から追放する。

達也を取り巻く、白い人型の靄が急速に晴れていく。死者の念によって支えられていた『蹟兵八陣』が、崩壊していくのが分かる。

霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』。精神体を、この世界で封印するのではなく、精神体を、この世界に存在できなくする魔法。この世界に存在できなくなるということは、この世界に生きるものの視点からすれば、消えてなくなるということ。死ぬということ。消し去り、殺すということに等しいと言える。

達也は遂に、精神体を消去し、精神生命体を殺害する手段を得た。



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黒羽家の確執

藤林長正の自爆攻撃に新たに開発した魔法で退けた達也は、そのまま樹海の外に向かおうとした。だがその足は、五メートルも進まぬうちに止まってしまう。達也が部分分解の魔法で長正に空けた穴は小さな物だが、数が多い。出血も馬鹿にならないし、重要な神経を切断してしまっている穴もある。このままここに放置すれば、一晩で命は尽きるだろう。一度は消してしまう決断を下した相手だが、最初からそうしなかった事情は消えていない。殺してしまうには、いささか都合の悪い相手だ。

だからといって『再成』を使って助ける気には、達也はなれなかった。傷がなくなれば、長正は再び達也の邪魔をするだろう。都合よく意識を奪うのは難しい相手だし、拘束する為の道具も持っていない。やはり、見捨てるか。彼が止めていた歩みを再開しようとしたその時、新たな気配が達也の前に生じた。

 

「伊賀流上忍・藤林家の当主を下したか。まぁ、四葉家の次期当主を名乗る以上、この程度はできて当然だな」

 

真夏にも拘わらず黒いコートに黒手袋。黒いソフト帽を斜めに被った不審人物は、挨拶もせず傲慢な口調でそう言った。達也の前にいきなり現れた男性は、四葉分家、黒羽家当主、黒羽貢だった。

 

「黒羽さん、何時こちらへ?」

 

「たった今だ。君が結界を破壊してくれたお陰で、真っ直ぐに跳んで来られた」

 

「黒羽さんなら、結界が機能していても邪魔にはならなかったでしょう」

 

「謙遜ではないさ。あの結界が健在なら、相当な回り道が必要だった」

 

つまり結界を抜ける手順は分かっていたということだろう。それだけではない。魔法を行使した気配を覚らせず間近まで接近する技術は、さすがに亜夜子の父親だけのことはある。達也は感心すると共に、警戒せずにはいられなかった。

 

「こちらに来られたのは、母上のご命令ですか?」

 

「いや、君に聞きたいことがあって来た」

 

「自分に、ですか?」

 

達也の意識に浮かんだ疑問は「いったい何を?」ではなく「こんな時に?」だった。だが光宣の追跡を再開するにしても、貢を無視するのはまずい。長正を殺してしまう以上に、不都合が予想される。達也は大人しく、貢の問いかけを待った。

 

「達也君」

 

達也が軽く、目を見張る。道化の仮面を脱いだ貢が、敵意や憎悪を込めずに彼の名を呼ぶ。それを達也は、初めて聞いた。

 

「君は何故、そうまで熱心に九島光宣を追いかける?」

 

達也の脳裏を「またか」という思考が掠めた。正直なところ、あまり好ましい問いではない。彼は、何故それが自分にとって好ましくないのか踏み込んで考えないまま、その質問に答える。

 

「水波を取り戻す為です」

 

それ以外に光宣を追いかける理由はない。光宣がパラサイトであるという事実は、達也にとって敵対の理由にはならない。光宣がパラサイトたちの意識に呑み込まれて深雪の平穏を掻き乱すような真似を始めない限り、達也は水波さえ取り戻せばそれで良かった。

 

「使用人一人を取り戻すのに、なぜそこまで熱心になれる?」

 

貢は重ねて「熱心」という単語を使った。今の自分はそう見えるのだなと、達也は他人事のような感想を懐いた。

 

「分かりません」

 

達也は迷った素振りもなく即答した。散々迷った結果だ。八雲から水波を助けようとする理由を問われて以来、達也は自分の中に答えを探し続けていた。

だが、見つからない。表面上な答えで良いなら、簡単だった。深雪が求めているからだ。水波を光宣に奪われた、深雪をみすみす逃がしてしまった、深雪の後悔を消す為だ。

しかし、本当にそれだけか? と自問したなら、途端に分からなくなる。水波を、死んでしまった穂波に重ねているつもりはない。水波と穂波は別人だ。それは分かっている。理解している。穂波を救えなかった代償行為では断じてない、と思う。

では何故、自分は水波を取り戻したがっているのか。分からない。

 

「(あぁ、そうか・・・)」

 

達也は自分が何故、この問いかけを好ましくないと思ったのか、今更ながら気が付いた。自分の心が、理解できないからだ。自分が意味も分からないまま駆けずり回っていると、思い知らされたからだ。

達也の行動には、常に目的があった。深雪の為に、という目的がはっきりしていた。彼は自分の意志で、深雪の現在と未来を守ろうとしているつもりだった。だが――

 

「(本当に?本当は「自分の意志」など、自分には無いのではないか? 本当の自分は空っぽで、「深雪を守る」という与えられた課題で、空虚な器を埋めていただけではないのか?)」

 

そんな疑念と、達也は向き合わされると感じているから、八雲や貢から投げ掛けられた問いを「好ましくない」と感じるのだ。

 

「八雲師匠にも、同じ事を問われました。それからずっと、考えています。ですが自分には、分からない」

 

達也は正直に、その気持ちを貢に伝えた。ここで深雪を理由にしてはならないと、彼は何故か思った。

 

「・・・そうか」

 

貢は、深く納得したような口調で頷いた。達也には理解できなかったことを、貢は理解している。そんな風に、達也には感じられた。

達也の答えを聞いて一人で納得していた貢が、達也の事を正面から見詰める。基本的に貢が達也と話す時は視線を合わせないですることが多いのだが、今だけはしっかりと達也の目を見て話しかけてきたのだ。

 

「君には心が欠けていると、私は今まで思っていた」

 

精神構造干渉の秘術によって、達也に感情が欠けているのは事実だ。だが貢が言っているのは、もっと違う意味だと達也は感じた。

 

「どうやらそれは、私の思い違いだったようだ」

 

しかし、貢が何を言っているのかその内容までは、達也に理解出来なかった。「心を持たぬ者に、迷いはない」という、貢が口にしなかったセリフを聞き取るには、達也はまだまだ人生経験が足りなかった。

 

「達也君。私は、君が嫌いだ」

 

「存じております」

 

口にしなかったセリフの代わりに、いきなり叩きつけられた、貢のむき出しの感情。達也に動揺は無かった。知っていたというのは、彼の強がりではなく事実だった。だが、嫌われている理由を完全に理解していたとは言えなかった。

 

「課せられた務め、背負わされた定めを力尽くで乗り越えていく、いや、蹴り倒していく君の生き方は、務めと定めに生きる我々のような人間にとっては『馬鹿にするな!』と言いたくなるものだ」

 

「・・・馬鹿にしているつもりは、ありませんが」

 

「分かっている。絶対的な破壊の力を持って生まれた君に、一人では世界に到底抗い得ないひ弱な凡人の心情は理解できまい。世界を思うがままに蹂躙できる力を持たされた君の心情を、私が理解できぬように」

 

「・・・」

 

困惑が、達也から言葉を奪う。貢は達也を睨みつけ、小さく息を吸い込み、憎々しげに吐き出した。

 

「私は君の為になど、指一本動かしたくない――私自身の指は」

 

達也は「そうですか」とは応じなかった。それはこの場に、相応しいセリフではないように思われた。

 

「だから・・・、私自身のものではない手を貸そう」

 

そう言って貢は左手を顔を高さに挙げた。木の陰から、黒服の集団が現れる。一本の木の陰から、一人の黒服が。九本の木の陰から、九人の黒服が。

 

「藤林長正の身柄は、彼らに任せたまえ」

 

「――分かりました」

 

達也は意外感に打たれていた。黒服の登場に、ではない。貢が、真夜に命じられていないにも拘わらず、自分に助力を申し出たことに対して。

 

「それからこれは、亜夜子と文弥に頼まれていたことだが」

 

「何でしょうか」

 

「『九島光宣の逃亡先を達也さんに教えてあげて欲しい』だそうだ。特に亜夜子は、桜井水波のことを大層心配していた。ここで黒羽家が君に手を貸すのも、亜夜子に懇願されたからだ」

 

「・・・」

 

「九島光宣の最終的な目的地は分からん。だが今は、小田原に向かっている」

 

「ありがとうございます」

 

「君の感謝は、子供たちに伝えておこう」

 

そう言って貢は、達也に背を向けた。達也は貢の背中に一礼して、林の外に駐めてある電動二輪『ウイングレス』へと駆け出した。



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強い想い

深雪との通話を終えた十分後、エリカは大和市の外れに来ていた。第三次世界大戦中に米軍が世界展開を止める前は、アメリカ海軍の飛行場があった辺りだ。USNAとなったアメリカ軍が本国に引き上げたことにより、この飛行場は国防軍の空軍基地に吸収された。同じく首都圏にある座間基地のように共同利用基地にはなっていない。国防空軍が占有する基地だ。

とはいえ、アメリカが日本の同盟国であることに変わりはない。たとえ裏で敵対していても、一般市民はその事実を知らない。この街にアメリカ人がいても珍しいとは思われない。

 

「ましてやアイツら、見た目は日本人と区別が付きにくかったからね・・・」

 

個型電車の駅を出たエリカが忌々しげに呟く。現地の住民と区別が付きにくい兵員を工作員に選ぶのは当然の配慮であり、日本人とは異なる特徴を持つ民族的外見の工作員を日本に送り込んできたとすれば、それはなめられているということに他ならないだろう。ただ、そんな理屈はエリカにとって、何の慰めにもならなかった。

 

「そこらに伏兵とか歩いていないでしょうね・・・」

 

隠れている敵よりも、歩行者が突如敵となって襲いかかってくる方が精神力を消耗させる。隠れている敵は見えない所に神経を配っていればいいが、見えているのに分からない敵は視界の全てを警戒しなければならない。

 

「気にしても仕方ないと思うぜ」

 

ピリピリとした雰囲気をまき散らしながら鋭い視線を左右に投げているエリカを、レオが何時も通りのおおらかな口調で窘める。

 

「敵のアジトは分かってるんだ。いるかいないか分かんねぇ伏兵より、そっちに集中すべきだろ」

 

エリカはムスッとした。見るからに気分を害した顔でそっぽを向いた。

 

「・・・エリカ?」

 

「レオに正論を説かれるなんて・・・一生の不覚だわ!」

 

「おいっ!?もう一生分の不覚を使い果たしたのかよ!?」

 

レオの抗議兼ツッコミに、エリカは一層はっきりと顔を背けた。

 

「(あぁくそっ!めんどくせぇ!というか、エリカの機嫌を取るのは達也の仕事で、地雷を処理するのは幹比古の仕事じゃねぇのかよ。なんで俺が・・・)」

 

達也は光宣追跡の為この場には来られないとレオも分かっているし、幹比古は美月を家まで送った後そのまま警察の事情聴取に付き合う段取りで弘樹は相手に印を付けたからと別ルートで襲撃者を追いかけた。だからレオが心の中で悪態を吐いたのは、彼なりの分別――というより、直感に基づくブレーキが反射的にかかったお陰だ。口に出したなら「面倒臭い」ではすまない事態に陥っていただろう。

本来ならエリカもレオも警察への対応に残っていなければいけなかったのだが、ほのかのことが心配だったエリカは千葉道場のコネを使って門下生の警官を電話で呼び出し、美月の家に向かわせて、自分一人でも深雪に教えられた場所へ向かうと言い出したので、レオが付き添いを買って出たのだ――というより、自分が残るよりも幹比古が残った方が美月も嬉しいだろうと、彼なりの気遣いから申し出たのだが。

 

「エリカ!タクシーを拾うぞ!」

 

レオが自棄気味の大声でエリカに話しかける。ほのかが監禁されている場所まで徒歩で行けないこともないが、できる限り急いだ方がいい。相変わらずエリカの反応は無かったが、幸いなことに気まずい空気は第三者の介入で強制終了した。

 

「エリカお嬢さん!」

 

急ブレーキをかけてエリカとレオの前に停まった自走車の中から、二十代後半から三十代前半の男性が叫んだ。

 

「東海林さん?」

 

助手席の窓から顔を出したその男を見て、エリカが軽く目を見張る。車こそ普通のセダンだったが――少なくとも外見は市販車そのままだったが、その男性はSMATのアサルトスーツを着ていた。

 

「東海林さん、SMATに入隊したんだ」

 

「ええ。先月研修を終えて、今月から着任しました」

 

このやり取りを傍で聞いていて、レオは二人の関係をだいたい把握した。この東海林という男はSMATの隊員で、千葉道場の門下生なのだろう。エリカが合流すると聞いて迎えに来た、というより、迎えを押し付けられたに違いない。

 

「(もしかしたらこの人も「親衛隊」のメンバーなのかもしれないな)」

 

レオはそれを初めて聞いた時、にわかには信じられなかった。千葉道場には『エリカ親衛隊』という集団が存在していてエリカを姫将軍のように崇めているのだ。単なる「姫」でないのは、説明不要だろう。

その忠誠心は、もしかしたら師匠であり道場主であるエリカの父親に対するものより強いかもしれない。彼らの団結力は去年の冬の『吸血鬼事件』の際、レオは自分の目で確かめている。そんなことを考えながら眺めれば、気のせいかエリカに向けられた東海林隊員の目には崇拝が込められているように見えた。

 

「本官のことより、早く乗ってください。既に突入態勢は整っております」

 

「そうね。レオ、行くわよ」

 

さっきまでの不貞腐れ顔は何処へやら。エリカはさっさと覆面パトカーに乗り込むと、後に続くようレオを促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美月の誘拐に失敗したホースヘッドの隊員は、エリカたちより一足早く自分たちのアジトに到着していた。ヘンリー・フーが美月誘拐チームの四人を代表して、分隊長のアル・ワンに作戦失敗の顛末を報告する。それを聞いた他の隊員から、三人を嘲る声は上がらなかった。

 

「隊長、作戦を変更すべきではありませんか?」

 

ヘンリーの話を聞き終えた後、ほのかを誘拐してきた女性隊員のジュリア・マーが分隊長のアルにそう進言した。

 

「ターゲット側の対応速度が、私たちの予想を遥かに上回っています」

 

「偶然じゃないの?事前にこっちの動きを読んでいたのなら、光井ほのかを一人にはしないでしょ」

 

ほのか誘拐に携わったもう一人の女性隊員、エリー・チャオが口を挿む。

 

「邪魔をされたという事実を軽視すべきじゃない。そもそも事前に調べた限り、柴田美月は一人で登下校しているはずだった。彼女にエスコートが付くなんて情報は無かった」

 

エリーの指摘に、ジュリアが反論する。ホースヘッド分隊が美月のことを調べている間、幹比古が美月を家まで送るというシチュエーションは無かったのだが、それは偶々のことであり、幹比古は結構な回数美月を家まで送っている。単純にホースヘッド分隊の調査不足が招いた結果とも言えなくはないが、実際は四葉家からきな臭い情報を得ていたエリカが、半強制的に幹比古を美月のナイトに指名したのだが、そのことをホースヘッド分隊の人間は知りようもなかった。

 

「それも偶然かもしれないじゃない」

 

「エリーの言う通り、偶然かもしれない。だが偶然こちらに不都合な状況が生じたというなら、ジュリアの指摘通り、それを無視するのは賢明ではないな」

 

エリーの再反論に続いて、アル・ワンが二人の主張を両方認めた。ただ彼は、日和ろうとしたのではない。

 

「作戦は人質を二人確保することを前提に立てられていた。一人しか確保できなかった以上、ジュリアの言うように変更は避けられない」

 

「人質が一人でも、誘き出すことはできるのでは?」

 

誘拐ミッションに参加していないドン・ヤンが疑問を呈する。

 

「人質が一人じゃ、その場で奪還されてお終いだろう。ターゲットの抵抗を封じる為には、人質を殺せないんだから。誘き出す為の人質と大人しくさせる為の人質。やはり人質は二人以上必要だ」

 

ほのかを誘拐してきた三人目、フランク・ウーがドン・ヤンに反論する。分隊長の判断を支持するその意見に頷いたのは、最初に作戦変更を言い出したジュリアだけではなかった。

 

「で?隊長、具体的にはどうするんだ?」

 

「光井ほのかをブービートラップにして送り返す」

 

副隊長格であるバード・リーの問いかけに、アル・ワンは「分かり切ったことを」と言わんばかりの口調で答えた。

ホースヘッドのメンバーが自分の使い方について相談している横で、ほのかは無表情にじっと座っていた。彼女はアル・ワンが魔法で調合した薬によって意識を麻痺させられている。眠ってはいないが、目覚めてもいない。そんな状態だ。耳は声を認識しているが、それに対して能動的な思考ができない。洗脳に対する抵抗力はゼロに等しくなっている。そんなほのかに、アル・ワンは手慣れた様子で暗示を刷り込み始めた。

 

『司波達也を殺せ』

 

細かい条件を省略すれば、暗示の内容はこの一言に尽きる。ほのかは、抗えないはずだった。

 

「・・・い、や・・・」

 

「なに?」

 

ほのかが発した呟きを理解できなかったのは、アル・ワンだけではなかった。バード・リーも、チャーリー・チャンも、外の警戒にあたっているゲイブ・シュイとイギー・ホーの二人を除く、この場に立ち会っている全員が訝し気な目をほのかに向けている。

 

「達也さんを・・・殺す、なんて・・・できない・・・」

 

「ジュリア、薬を追加しろ」

 

あるはずのない抵抗に、アル・ワンはすぐさま落ち着いた口調でこう命じた。これ以上の薬物投与は、回復不能な後遺症をもたらす恐れがある。そんな冷酷な命令に反対した者はいない。躊躇いを示した者もいない。ジュリア・マーが圧力注射器に薬液をセットして、ほのかの横に歩み寄る。

しかし注射器が押し付けられる前に、ほのかが薬物の影響下で取れるはずがない、激しい反応を見せる。

 

「嫌よ!達也さんに手だしさせない!」

 

彼女はカッと目を見開き、喉も裂けよと絶叫した。それは、エレメンツの血がもたらした忠誠心によるものか。それとも、恋心が引き起こした奇跡か。

彼女が閉じ込められている部屋が、光の洪水に呑み込まれた。無秩序な色彩の光がホースヘッドの視界を埋め尽くす。その光には、人体を破壊する効果は無かった。暗示効果も、意識を奪う効果もない。ただ乱舞する光が全ての影を消し去り、視力を役立たずなものへと変えるのみだった。

 

「全員、この部屋から退避!」

 

彼らが隠れ家に選んだのは、二年前までサテライトオフィスとして使われていた平屋のプレハブ建物。ホースヘッドの八人はその会議室から一斉に、隣の執務室へ移動した。最後に会議室から出てきたバード・リーがドアを閉めて光を遮断した。



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事の顛末

全員が会議室から執務室に逃げ込んだ直後、見張りに立っていたイギー・ホーがボロボロになって執務室に飛び込んできた。

 

「敵、一人だ!」

 

イギーは腹から血を滴らせている。銃による傷、しかも致命傷だと、この場にいる全員が一目で理解した。だが、敵は一人だという。多勢に無勢、勝算はある。

 

「(一人なら勝ち目はある。馬鹿なやつだ)」

 

だが、それは甘い考えだった。表で爆発音が轟いた。自爆用の爆弾の音だ。イリーガルMAPでは作戦地域に潜入した後、この爆弾を最優先で製造することになっている。今の爆発音はゲイブ・シュイが自分の脳から情報が漏れないように自爆したのだと、分からぬ者はいなかった。

 

「離脱する!イギー、わかっているな」

 

アル・ワンは部屋にいた七人の隊員に逃亡を命じた後、イギー・ホーの目を見て念を押す。イギーは掌に収まるサイズの爆弾を取り出し、口にくわえて、笑って見せた。

アル・ワンは人質用に誘拐したほのかを連れ出そうともせず、代わりにイギーの手からアサルトカービンを受け取って、地下の荷物配送用チューブへと逃げ込む。

執務室の扉が蹴破られるのと同時に、イギー・ホーは自分の頭を吹き飛ばす爆弾の起爆スイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカは覆面パトカーの中で、前方に小さな、だが紛れもない爆発音を聞いた。隣に座るレオに顔を向けると、レオもちょうどエリカの方へ振り向いていた。二人はアイコンタクトで、自分の耳に届いた音が幻聴ではないことを確認し合った。

 

「何が起こってるの?」

 

「我々とは別の組織が誘拐犯のアジトに突入したようです」

 

エリカが緊迫した声で助手席の東海林に尋ねると、東海林も緊張を隠せていない声で答える。

 

「別組織?警察じゃないのね?」

 

「公安という可能性もゼロではありませんが・・・」

 

すると次にさっきよりも大きめの爆発音が聞こえた。

 

「何は起こったの・・・?」

 

エリカの呟きに応える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覆面パトカーが停まった先に、アサルトスーツを着用したSMATの隊員たちが人垣を作っている。彼らと向かい合うようにして、アサルトカービンを携えた国防陸軍の兵士が横列隊形を取っていた。銃口はSMATの方ではなく、空へと向いている。

兵士の隊列が左右に分かれ、その間から二人の若い女性が歩いてくる。片方は高校の制服姿だ。

 

「ほのか!」

 

その少女が攫われた友人に間違いないと認めてエリカが駆け出す。レオもそのすぐ後ろに続いた。

 

「ほのか、どうしたの!?あたしが分からないっ?」

 

ほのかは駆け寄るエリカにぼんやりとした目を向けるだけだ。そのただならぬ様子に、エリカが顔色を変える。

 

「薬によって一時的に精神機能が麻痺しているだけです。調べたところ、後遺症が残るような薬物ではありません。ですから、大丈夫ですよ」

 

そんなエリカを安心させようと、隣に付き添っている女性軍人が笑みを見せながら説明する。その女性下士官の顔に、エリカもレオも見覚えがあった。

 

「あんたは、伊豆の時の!」

 

叫ぶレオに、遠山つかさはにっこりと笑い掛けた。

 

「何でアンタが光井を助けに・・・」

 

遠山つかさの本名は十山つかさ。二十八家の一つ、十山家当主の娘で、国防陸軍情報部所属の曹長だ。彼女は今年の五月、部隊を率いて、伊豆の別荘に引っ込んでいた達也の襲撃を企てた。エリカとレオは、幹比古、ほのかと協力してそれを阻止した。その際に二人は、遠山つかさ個人と直接戦ったという経緯がある。つかさの顔を知っているのはそのためだ。

情報部の任務を邪魔され、個人としても苦杯を舐めさせられた相手に、何も思うところがないはずはない。だがつかさの笑顔は、そういう負の感情をまるで感じさせないものだった。

 

「私の所属は防諜セクションです。外国の諜報活動や破壊工作を阻止することが本来の任務なんですよ」

 

「・・・仕事に私情は持ち込まないってわけ?」

 

胡散臭いと感じていることが丸わかりな口調でエリカが問う。レオはつかさの笑みに偽りを見出せなかったが、エリカは同性だからか、違うようだ。

 

「実は、個人的な動機もあります。この任務で伊豆の失態を挽回してこいと、上司に命じられまして。救出対象が誰かなんて、考えていられなかったんですよ」

 

「・・・あっ、そう・・・」

 

あっけらかんとした内情曝露に、エリカは気勢を殺がれた。元々、自分たちの手でほのかを取り戻すことに拘りがあったわけではない。先程の戦いで、暴れ足りないということもなかった。とにかく、ほのかは助け出せたのだ。文句をつける筋合いでは、少なくとも表面的には何処にも無かった。

 

「・・・ほのかに治療は必要なの?」

 

とりあえず聞いておかなければならないことは、これくらいだ。

 

「必要ありません。三、四時間で薬の効果は抜けますよ」

 

今はこの言葉を信じて、四時間くらい側についていよう。それで回復しなかったら、その時は改めて医者に診せれば良い――エリカはそう思った。

だが、次につかさから聞いた言葉にエリカは驚く。

 

「ですが・・・私達がついた時にこの拠点は爆破しました。この子もその時すでに拠点から放り出されていました」

 

「え?」

 

つかさはそう言うと窓ガラスが完全に粉々になった拠点を見た。そこでエリカは先の大きな爆発音の正体が分かった。

 

「(さっきの大きいのはここが吹き飛んだ音だったんだ・・・じゃあ、一体誰がこの拠点を・・・)」

 

そう思った時だった。今エリカのいる道路の反対側の野次馬の中に混ざって爆発現場ではなく、ほのかをじっと見る一人の女性がいた。

 

「(あれは・・・成程、そういう事ね)」

 

エリカはその女性に視線を向けると女性はエリカの視線に気づき、小さく笑みを浮かべると野次馬に紛れてその場をさっていった。

一度だけ、彼女の本当の姿を見たことあるエリカはどういった顛末だったのかほとんど想像できてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのかの無事が確認できて、ようやく周りに目を向ける余裕ができたのか。エリカは拠点がいかに派手に吹き飛んだのかを確認した。

 

「随分派手な爆発だな・・・」

 

呟いたのはレオだ。彼もエリカと似たような表情で黒焦げの拠点に目を向けていた。レオのセリフは問いかけではなく独り言だったが、つかさは神妙な顔で「そうですね」と応えを返した。

 

「我々が到着した瞬間にあの拠点が吹き飛んだんです。ほのかさんはその時、街路樹に放り出されて横に倒れていたんです。一体誰が・・・」

 

つかさに疑問にエリカは答える気は無かった。もしうっかりここで答えようならば親友の身に危険が迫ってしまうからだった。

 

「イリーガルMAP・・・その悪名は、伊達ではありませんが・・・。私たちよりに先に動けるものなどいるのでしょうか・・・」

 

「イリーガルMAP?それがあいつらのチーム名なの?」

 

「USNAの、魔法師で構成された非合法工作部隊です。一説によれば新ソ連軍の重要人物を彼らが暗殺し過ぎた所為で、USNA軍と新ソ連軍が深刻な局地戦に突入したとか。その件が米軍内部でも問題視されて、粛清されたとも聞いていたのですが」

 

「ヤバい奴らだったんだな・・・」

 

レオの呟きに、つかさは「ええ、そうですよ」と応じる。

 

「あなた方も一戦交えてきたようですが、犠牲者が出なかったのは幸運でした。あまり派手な真似をすると本来の目的に差しさわりがあるので、撤退を優先していたのでしょうね」

 

「本来の目的って?」

 

「司波達也の暗殺」

 

エリカの問いかけに、つかさはあっさり答えた。これにはエリカの方が面食らってしまう。

 

「ホースヘッド分隊は――ああ、これは今回我が国に派遣されたイリーガルMAPの部隊名ですが、彼らは司波さんに自分たちの実力を知られたくなかったのではないでしょうか。手強いと思われたら、人質を取っても誘き出されてくれないかもしれませんから」

 

「光井を攫ったのも、美月を狙ったのも、達也を誘き出す人質にする為だったのか?」

 

「私たちはそう考えています」

 

レオの質問にも、つかさは誤魔化さずに頷く。

 

「皆さんの実力は承知していますが、本気のイリーガルMAPを相手にして無傷で済むとは思わないでください。できれば追跡は私たちに任せて、SMATにも手を引いてほしいのですが」

 

これを言いたいが為に、つかさはエリカとレオの疑問に答えていたのだろう。

 

「では、失礼。私たちは残存工作員の追跡に移ります」

 

つかさはこう言って敬礼し、エリカたちに背を向けて仲間と合流する。オープントップの軍用車で去って行く陸軍士卒を見送りながら、エリカは何時の間にか隣に来ていた東海林に話しかける。

 

「陸軍はああいっているけど、SMATはどうするの?」

 

「相手が何者であろうと、国内の犯罪は警察の管轄です。軍に手を引けと言われては、余計に引き下がれませんな」

 

東海林は唇の端に、千葉道場の人間らしい不敵で人を食った笑みを浮かべた。

 

「エリカお嬢さんは、被害者をご自宅まで送っていただけますか。事情聴取は明日以降で結構ですので」

 

「・・・分かった」

 

エリカは意地を張らなかった。それよりも早くほのかを治療させてあげたほうがいいと考え、不本意ながらレオを同行者に個人電車の駅まで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(おそらく彼女のことだから途中で・・・やっぱりね)」

 

エリカがそう心の中で呟くと駅のロータリーで一台の見覚えのある車が停まっていた。エリカはその車の扉をノックすると扉が開き、エリカはそこにほのかとレオを入れた。

中ではエリカの予想通り、凛が乗っていた。凛は真っ白な髪に青い目をしていた。

一瞬レオはその人物が誰なのか戸惑っていたが、すぐに誰なのか理解した。

二年前、凛の特訓を受けた時に一度だけ見た彼女の本当の姿。下手すれば深雪よりも神秘的に美しい姿だった。

 

「ここにいるって事はやっぱあの爆発は凛の仕業ね」

 

「そうなのか!?」

 

レオが少し驚くと凛は当たり前のように頷く。エリカはむしろ凛がやったことに気づいていなかったレオに驚きの表情をしていた。

 

「そうよ。エリカなら気づいてくれるかなって思って。実際その通りここに来てくれたし」

 

そう言うと凛は薬で衰弱しているほのかに解毒の術を仕込んだ護符を発動し、一瞬でほのかの治療を終えた。

治療されたほのかは疲れのせいでぐっすりと眠ってしまっていた。

 

「ほい、治療は終わり。どうせだしこのまま家に送るよ」

 

「お願いするわ。ついでになんで凛があそこにいたのかも聞きたいし」

 

そう言うとエリカは運転する凛に色々と問いただしを始めるのだった。

 

「いやぁ、元々達也の暗殺をするなら人質取って脅すもんだと思ってたから・・・そうしたら真っ先に狙われるのはほのかだと思ってね・・・」

 

「で、実際ほのかは誘拐されたと」

 

「ええ、探すのには苦労したさ。でも、面白かったわよ〜。だってさ、見つけた経緯がさ・・・」

 

そう言い、凛はほのかを見つけた経緯を離すとエリカ達も思わず笑ってしまった。

 

「ぶっ。相変わらずほのかの達也くんへの想いは本物ねぇ」

 

「それは間違いねえな・・・。しかし面白ぇな。そんな見つけ方だったのか」

 

「私もびっくりしたわよ。それでさ、ほのか見つけて突撃したらまさか拠点ごと吹っ飛ばすなんて思わなくて、慌ててほのかを放り出したのよ」

 

「あの爆発を?だったらよく生き残っていたわねアンタ」

 

「偶々ね」

 

そう言うと車はほのかの住むマンションに到着した。するとそこにはエリカからの連絡を受けて雫が待っていた。

 

「それじゃあ、またね」

 

「ええ、送ってくれてありがとう」

 

凛はエリカ達を下ろすとそう告げて車を走らせてさっていった。



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仮装遁甲

小田原に着いた光宣は駅で自走車を降りた。水波も一緒だ。二人は当然、顔を変えているが『仮装行列』による変身ではない。周公瑾が隠れ家に用意していた小道具を使った変装だ。『仮装行列』は現在、二人の位置を偽装する為だけに集中して使っている。

 自走車は九島真言から譲り受けたアンドロイドに『仮装行列』で光宣と水波の個体情報を貼り付けて、海岸線沿いから東に向かわせている。最終的には逗子に入ったところで自爆するよう設定しておいたが、多分その前に捕捉されるだろうと光宣は考えている。光宣と水波が向かう先は横須賀。自走車の進路と、方角はほぼ同じだ。追っ手を撒くのが目的なら全く違う方向へ向かわせるのが、常識的には正解だろう。だが今回は、進路が重なっていることに意味がある。

 

「(『仮装遁甲・・・上手く働いてくれるといいけど・・・』)」

 

達也の目を誤魔化す為には『仮装行列』と『鬼門遁甲』を融合させた魔法が必要だ、と考えて急遽組み上げたのが『仮装遁甲』。急拵えの、間に合わせの術式だという自覚はある。だが光宣が限られた時間で、全力を傾けて工夫した魔法だ。その簡単には見抜かれないという自負も、光宣の中には確かに存在した。

『仮装遁甲』が達也を欺けるかどうか。それは、逃げて見ないと分からない。既に自走車は光宣たちを置いて発進した。彼が逃亡を成功させる為に知恵を絞って組み立てた仕掛けは、作動を始めている。

 

「(賽は投げられた。もう迷っている段階ではない。後は、行動するだけだ)」

 

光宣は水波を連れて個型電車に乗り込み、行き先を『横須賀軍港前』に設定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は小田原まであと少しというところで、水波のエイドスが分裂したのを観測した。

 

「(どういうことだ?)」

 

これが高速道路でなければ、彼はバイクを路肩に停めていただろう。達也は運転モードをセミオートに変更して、この不可解な現象へと思考を向けた。

 

「(相変わらず、座標は特定できない。ある一点ではなく、存在可能範囲の広がりでしか分からない。だがその不確かな位置情報が、さらに、二つに分かれて移動している?)」

 

これは『仮装行列』でも『鬼門遁甲』でもないと、達也は感じた。両者の特徴を兼ね備えている。二つの魔法を同時に行使しているのではなく、『仮装行列』と『鬼門遁甲』を融合させたような印象を達也は得ていた。

 

「(光宣が新しい魔法を創った?)」

 

もしそうなら、光宣はこの短時間で九島烈の数十年を乗り越えたということだ。絶対にあり得ない話ではない。他ならぬ達也自身も、僅か一週間足らずで『アストラル・ディスパージョン』の完成に近づいているのだから。

 

「(いや、今重要なのは、そこではない)」

 

しかしこの状況で問題にすべきは、使用された魔法の開発期間ではなかった。達也は考察が脇道に逸れそうになる自身を戒めた。

 

「(水波のエイドスは――水波は何処にいる?)」

 

結局、突き止めなければならないのはこの一事に尽きる。達也は運転を機械に委ね、自分は意識を情報次元へ向けた。

 

「(一つは、海岸線沿いの道路を移動している。もう一つは・・・同じ道路上?いや、都市間列車の軌道上・・・か?)」

 

達也の『眼』では、偽装に隠された実体を見極めることができなかった。方向が同じである為に、可能性の広がりによって二つのエイドスの差異が呑み込まれている。

 

「(――まずは、分岐点に向かう)」

 

水波の位置情報を示す「面」が分岐したのは、小田原駅の辺りだ。達也はセミオートを手動運転に戻して、バイクを小田原駅に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリーガルMAPの隊員にとって最も重要視される作戦遂行上のルールは「現地当局の手に落ちてはならない」である。自分たちがUSNA政府の指示を受けて犯罪行為、テロ行為を実行しているということだけは、隠し通さなければならない。

アメリカとの繋がりを示す物件を一切所持していなくても、生きたまま捕まれば自白を強要される。自白しなくても、頭から情報を抜き取られる。死者の脳からでもある程度の情報は読み出せるから、自害するなら自分で脳を吹き飛ばさなくてはならない。

遠山つかさが率いる陸軍情報部防諜部隊の急襲を受けて逃亡が不可能な状況に陥ったゲイブ・シュイとイギー・ホーは、自殺用の小型爆薬で自らの頭部を爆破した。だが自爆は最後の手段だ。その前に、捕まらない為の逃走経路確保が欠かせない。

ゲイブとイギーを除くホースヘッド分隊の八人は、貨物搬送用の地下チューブを使って陸軍情報部の包囲から抜け出した。だがまだ、安心できる状況ではない。ホースヘッドのアル・ワン隊長は、自分たちを追跡している、少なくとも二つのチームを確認していた。作戦は破綻したが、今は追手を振り切ることが優先される。

地下チューブを使ったのはせいぜい一分、距離にして一キロメートル前後。移動には魔法を使っているから、それを探知された可能性もある。ホースヘッド分隊の生き残りは隊長の指示を待たず、次々とヘリに乗り込んだ。

逃走用に目を付けていたヘリは某報道機関の物。実を言えばこの場所は、大手新聞社の支局だ。この新聞社がイリーガルMAPとグルになっている、という裏事情は無い。事前の調査で、ここに置かれているヘリは極めて稼働率が低いと分かっていた。それを当てにしての逃走ルートだった。

無論「稼働率が極めて低い」であって「全く稼働していない」わけではない。ここで確実にヘリコプターを確保できる保証は無かった。運悪くヘリが出動中の時は、また別の乗り物を奪う予定だった。運不運の程度で判定するなら、今回は「悪くはなかった」ということになるだろう。

操縦席に座ったバード・リーが、すぐさま離陸手順に入る。アル・ワンは軍用無線、警察無線を傍受しようと、通信機能に特化した携帯端末をウエストポーチから取り出した。受話器を左耳にはめ、まずは暗号解除が容易な警察無線に周波数を合わせる。しかし、警察の交信が耳に入ってくるより早く、小さな端末にメッセージの着信サインが点った。

小型端末の細長いディスプレイに表示された送信元はUSNA海軍だ。思いがけない通信にアル・ワンは眉を顰め、胸ポケットから汎用のスマートグラスを取り出して顔に掛ける。通信端末をスマートグラスのツルに押し付けることで接触通信によるペアリングが自動で完了し、目の前にメッセージが表示される。

飾りが一切ないテキストのメッセージに目を通し、アル・ワンはスマートグラスの下で目を見張った。

 

「お前は何者だ!?」

 

アル・ワンの詰問がマイクから通信端末に流れ、自動でテキストに変換されて送信される。回答は、すぐに返ってきた。

 

「七賢人だと?七賢人が何故、司波達也の情報を我々に流す?」

 

アル・ワンの声が聞こえていた部下の全員が振り向く。『七賢人』のことは監獄に隔離されていたイリーガルMAPにも、要注意勢力として通知されていた。

 

「・・・分かった。今は信用してやる」

 

アル・ワンは乱暴に受話器のスイッチをオフにすると、スマートグラスを掛けたまま目を操縦席に向けた。

 

「バード、鎌倉から小田原に向かうフリーウェイに沿って西に飛べ。その道路上に司波達也が現れる」

 

「了解」

 

バードは余計なことは言わず、アルと必要以上の会話をしようともせず、新しい飛行ルートを航空ナビに設定した。

だが残りの六人が全員バートと同じような反応をしたわけではなく、アル・ワンの右隣に座っていたエリー・チャオが遠慮のない口調でアルに尋ねる。

 

「隊長、七賢人は何て?」

 

「『ホースヘッド分隊に与えられた任務は、司波達也を暗殺することだろう。他のことを気にしている余裕はないはずだ』」

 

アル・ワンは、回答として受け取ったメッセージをそのまま読み上げることで、エリーの質問に答えた。

 

「癪に障るが、七賢人が指摘した通りだ。この際、情報の信憑性は無視すべきだろう」

 

「罠だったらどうします?」

 

「食い破るだけだ」

 

上昇を始めたヘリの中で重ねて問うエリー・チャオに、アル・ワンは、強い語気でそう返した。



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暗殺部隊の最期

達也が小田原駅前に着いたのは、光宣と水波が横須賀行きの電車に乗ってから約十分が過ぎた頃だった。金曜日の午後六時台だ。駅を利用する乗降客は多く、その所為で想子の痕跡を探るのは難しい。一方『精霊の眼』に映るエイドスは、相変わらず二つに分かれたままだ。分裂を感知した時点まで時間を遡ってみても、自走車を降りて個型電車に乗り込んだ二人と、そのまま自走車で東に走り去った二人の、二通りのエイドスが観測される。残念ながら、どちらが本物でどちらがダミーか、達也にも見分けが付かなかった。

 

「(確実なのは、どちらも東に向かったということだけか)」

 

二つに分かれた水波の情報は、殆ど同じ方角に向かって移動している。どちらを追いかけるにしても、とりあえず海岸線沿いの高速道路を進むのが最も速いルートだ。それは、水波と光宣を乗せていることになっている自走車のルートと同じだ。

 

「(・・・気に食わないが、仕方がない)」

 

光宣の思う壺にはまっているような気がしていたが、他の選択肢は選びようがない。達也は高速の入口に向けてバイクを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホースヘッド分隊を操ることに成功した『七賢人』ことレイモンド・クラークは、次の密告に着手した。パラサイトになってからずっとスターズのオマケに甘んじてきた彼にとって、久々に本領を発揮できる出番だ。レイモンドの表情は生き生きしていた。

次の情報提供先は日本の警察。ホースヘッド分隊を追っているSMATではない。今でも慣習で「県警」と呼ばれている地方警察の一支署。具体的には小田原警察署だ。彼はキーボードでタイプしたばかりのテキストを見直して、にやりと笑った。リアルタイムの遣り取りは音声入力を使うレイモンドだが、最初に送り付けるメッセージはキーボードでタイプすることを好む。その方が「密告」らしいという、趣味的なこだわりの表れだ。

 

『小田原駅付近にテロリストが電動バイクで侵入した模様。仲間割れによる戦闘が生じる恐れあり。バイクは黒単色塗装、横三眼ライトのフルカウル大型車。ライダーも黒のスーツを着用。鎌倉方面へ向かうと予想される』

 

日本語で書いたその文章を見て、レイモンドは「ちょっと硬すぎるかな・・・」と呟いた。

 

「まぁ、良いか。あまり時間をかけてもいられないし」

 

しかしその直後、自分を納得させるように独り言ちて、彼は送信ボタンをタップした。

 

「さて・・・。達也、君は自分の国の警察官に手出しできるかな?」

 

レイモンドは邪悪な、というより、いたずら小僧の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小田原警察署は時ならぬ怪文書に、ちょっとした騒ぎになっていた。小田原にテロリストが侵入したという電子メール。警察官たちはそれを呼んで、最初はイタズラだと笑っていた。

しかし念の為に小田原駅付近のカメラを中継モードで確認して――録画データと違って、ライブ映像は利用制限が緩くなっている――、メール文に記載されたとおりの特徴を持つバイクとライダーが発見されたことで、対応を主張する刑事が約半数に上ったのだ。

黒のフルカウバイクは、特に珍しい物ではない。黒のライディングスーツも同様だ。だが黒のバイクに黒のライダーの組み合わせは、言われてみれば何となく怪しいと思えてくる外見だった。

 

『署長。電動二輪の所有者が分かりました』

 

ナンバープレートを照合させていた係員から内線で報告が届く。すぐに持ち主が判明したということは、少なくともナンバープレートは偽装ではない。

 

『花菱モータースポーツという東京の会社の、法人名義です』

 

「代表者は?」

 

『花菱兵庫と登録されています。実質個人経営の、小さな整備工場のようです』

 

「分かった。ご苦労」

 

署長の前には刑事課と交通課の課長の他、機動隊の責任者も集まっていた。

 

「どう思う?」

 

「違反行為も見られませんし、現時点で職務質問を行うのも躊躇われます」

 

署長の問いかけに答えたのは、交通課の課長だ。それに続いて機動隊の隊長が進み出た。

 

「特型警備車を出して追跡させましょう。もし実際にテロリスト同士の銃撃戦などという事態が勃発すれば、パトカーや白バイでは署員を危険に曝すだけの結果になります」

 

第三次世界大戦、別名二十年世界群発戦争後の現在、機動隊が使用する特型警備車は、国産の小型装輪装甲車を警察用に改造した物が使用されている。

 

「そうだな」

 

署長は頷き、管区機動隊に出動を要請した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリの側面から顔を出して双眼鏡と暗視装置を魔法で代用していたチャーリー・チャンが、キャビン内部に向かって叫ぶ。

 

「発見しました!」

 

チャーリー・チャンの反対側の席に座っていたアル・ワンが、ドアを後方にスライドさせ、半身を機外に突き出して国防軍から奪ったアサルトカービンを構えた。

 

「バート、高度を落として接近しろ!」

 

風の音に負けないように、アル・ワンが怒鳴る。交戦中に奪った物だから、予備の弾倉は無い。アサルトカービンの他に攻撃手段が無いわけではないが、敵の反撃を封じる意味からも、確実を期するべきだった。

 

「了解!」

 

同じように怒鳴り返して、バート・リーが機首を下げる。アル・ワンは、照準スコープの中に黒尽くめのライダーの姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小田原駅からおよそ十分、高速道路上を約二十キロを進んだところで、達也は東から近づいてくるヘリの音に気が付いた。明らかに自分へ向けられた視線を直感で感じ取って、『精霊の眼』を向ける。大和市と綾瀬市の境界付近から鎌倉経由で飛来した報道用ヘリ。ただし乗っているのは、戦闘魔法師である。

その情報を読み取ったのと、自分に向けられた銃口を察知したのは、ほぼ同時だった。達也はカウルに身を伏せ、前輪を大きく浮かせてバイクを上空のヘリへ向けた。

銃声はしなかった。かなり高性能のサプレッサーを使っているのだろう。だが着弾の衝撃はあった。電動バイク『ウイングレス』の前面カウルに弾かれたアサルトカービンの小口径高速弾が周囲に散らばる。幸い、跳弾が届く範囲に他の車両は無い。

このままでは転倒不可避というところまで前輪を持ち上げた『ウイングレス』は、そのまま達也の魔法で空中に舞い上がった。銃撃がバイクの下を虚しく通り抜け、道路の舗装を砕いて跳ねる。

達也は『ウイングレス』をそのまま急上昇させ、前後輪を同時にヘリへ叩きつけた。キャノピーにひびが入り、ヘリが大きく揺れる。バランスを崩したヘリが急降下し、墜落直前で何とか姿勢を立て直した。そこから再上昇する報道機関所有のヘリ。中に乗り込んだ暗殺部隊の戦闘魔法師から攻撃を受ける前に、達也は空中を全力で遠ざかりながら魔法を発動した。

ヘリが、巨大な火球に変わる。破片は、飛び散らなかった。ヘリを粉微塵にしたのは達也の分解魔法『雲散霧消』。火球が生じたのは機体の材料に含まれていた自然発火性物質が燃焼し、その熱で可燃性物質が連鎖的に引火したもので、燃焼のプロセスは比較的緩やかに進行した。その為、火球の規模に対して爆風は小さく、発生した高度もあって高架道路を破損させることはなかった。

だが日没間際の曇り空に、突如生じた火球は人々の度肝を抜く物だった。時刻はまだ午後七時前。平日の七時前だ。高速道路を行き交う自走車は、上りも下りも少なくなかった。

最初の銃撃で既に車の流れは止まっていたが、突如発生した火球によって、ドライバーはパニックに陥っていた。車を捨てて高架道路上を徒歩で逃げ惑う人々。だがそのお陰で、現場に一般人を巻き込むことが無かったのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。

達也を乗せた飛行バイクが道路上に着地する。火球の中から八つの人影が飛び出してくる。四つの焼死体と、炎に耐えた四人の魔法師。

達也は『ウイングレス』を停めて、シートから飛び降りた。相手が遠距離攻撃手段を持っていないとは限らない。バイクに乗ったまま背中を曝すリスクを負うより、多少時間を消費してもここで斃しておくことに決めたのだ。

四人の魔法師派いずれも三十代後半から四十代前半。三人は男性、一人は女性。達也は彼らのエイドスに記載された個人属性を読み取ることはしなかった。彼が読み取ったのは、四人の魔法師が構築しようとしている魔法式の情報と、四人の肉体の構造情報。

スーツにセットされた完全思考操作型のCADではなく、腰のホルスターから拳銃形態の特化型CADを抜いてアサルトカービンを構えた魔法師に向ける。

四人の魔法師が魔法の発動態勢に入る。達也は構わず、CADの引き金を引いた。愛用のCAD『トライデント』が、三連分解魔法『トライデント』の起動式を出力する。読み込みも、魔法式構築も、一瞬だった。かかった時間は、CADの作動時間とほぼ等しい。彼は同時に、四つの三連分解魔法を発動した。

四×三の魔法プロセスが一瞬で走る。四人の戦闘魔法師、その体内と体外に形成されていた事象干渉力の力場が霧散し、肉体を守る情報強化の鎧が剥がれ落ち、肉体が元素レベルに砕け散る。小さな炎が瞬いて消える。人体を構成していた自然発火性物質が一瞬で燃焼した結果だ。人体焼失の外見を呈するその現象の真実は、人体消失。三連分解魔法『トライデント』。男性三人、女性一人。達也の魔法は――達也は、男性も女性も区別しなかった。

火球に耐えた四人の魔法師は一瞬でその存在をかき消され、後には四つの焼死体が残った。二人で陸軍情報部諜報部隊に多大なる損害を与えたUSNAイリーガルMAPホースヘッド分隊は、八人がかりで、達也一人を相手に三分持たなかった。達也によって、三分未満で殲滅された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましいサイレンの音と共に、西側から装甲車両が近づいてくる。パニックで路上に放置された自走車を押し退けながら進む、機動隊の特型警備車だ。それが、二台。

達也はCADをホルスターに戻し、電動二輪『ウイングレス』に駆け寄った。モーターを始動させ、車体を一気に加速させる。こんなところで警察に付き合って時間を浪費することは、今の達也にはできなかった。だからといって、警察の車両を魔法で分解するのは、後々のことを考えると憚られる。このバイクのナンバープレートは当局に登録した正規の物だ。登録内容には、間接的にではあるが達也に繋がる情報が含まれている。

彼はスーツ内蔵のCADを思考で操作した。『分解』の魔法を組み上げ、前方に向かって放つ。八百メートルにわたって高速道路、一般道路の監視用カメラが断線し、機能を停止する。続いて、飛行魔法を発動。達也は車体を跳躍させ、高架下の一般道路に降りる。

達也はハンドル中央のコンソールに設けられたスイッチの一つを操作した。車体に変化が生じる。カウルの色がブラックからディープブルーに変わり、ナンバープレートが書き換わった。

高架高速道路の建設により通行量が減った旧バイパスを、それでもたびたび前方に現れる自走車の横をすり抜けながら、達也を乗せたバイクが東へ向けて疾走する。途中から高速道路に乗り直し、達也は追跡を再開した。



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横須賀軍港

個型電車が横須賀に到着する。プラットホームに降りた光宣は、達也の現在位置を確かめたいという誘惑を苦労してねじ伏せた。今ここで『精霊の眼』を達也に向けたなら、『仮装遁甲』が破れてしまう可能性が高い。まだ逃走は完了していないのだ。最後まで気を抜くべきではなかった。

水波が個型電車から降りてくる。彼女は俯いていた顔を北に向け、またすぐに俯いた。彼女の意識は、自分を追いかけてきている達也の上ではなく、調布の方角。深雪が既に帰宅しているはずのマンションだった。

 

「(達也さまが私を追いかけてきているのは、深雪様が私を許さないと仰ったから?それとも、僧都さまが仰られたように、達也さまと深雪様が私のことを必要としてくれているから?)」

 

水波が何を考えたのか、光宣は尋ねるまでもなく覚った。彼女が今までの生活に、達也や深雪と共に暮らした日々に未練を残しているのは明らかだ。

 

「(このまま彼女を連れて行っても良いのか?)」

 

光宣の中に、迷いが生じる。今更、このタイミングで・・・と、彼は声にも無く自らを嘲笑う。それでも、考えずにはいられない。水波には、日本から逃げ出す必要などない。米軍が水波の身柄を丁重に扱うとは限らない。日本を出たならば、彼女の味方は光宣だけとなる。米軍は水波を人質にして、光宣を支配しようとするかもしれない。それどころか、達也を抹殺する為に利用しようとするかもしれない。

自分の気持ちを度外視すれば、水波と個々で別れる方が彼女の為だ――光宣はそう思わずにいられなかった。

 

「水波さん――」

 

「はい」

 

光宣の声に、水波は俯いたまま、目を合わさずに返事をする。

 

――ここに残るかい?

 

――ここで別れよう。

 

光宣の喉元までせりあがったセリフ。だが彼は離別を告げられなかった。彼が口にした言葉は、同行を促すものだった。

 

「――行こうか」

 

「・・・はい」

 

水波が頷く。歩き出した光宣の後を、水波が離れずついてくる。

 

「(これでいい。彼女が頷いてくれたのだから)」

 

光宣は自分に、そう言い聞かせた。そして改めて、水波は自分が必ず守ると、己自身に誓いを立てた。光宣は水波を誘導して、横須賀軍港に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が追跡していた自走車を肉眼の視界に捉えたのは、ホースヘッドの襲撃を撃退した約十五分後、鎌倉市内に入って少し経ってからだ。達也が予測していたよりも十分以上遅れている。ホースヘッドの撃退に要した時間よりも、その後で機動隊の車両を撒く為に、一旦高速道路から下りたことによるタイムロスが大きかった。

 

「(あれは・・・違うな)」

 

情報次元で認識するだけでなく、同時に物理次元でも視認することにより、小田原駅前の時点では分からなかった違和感がはっきりと知覚できた。自走車に乗っている光宣と水波のエイドスには、時間的な厚みがない。精々一時間半の履歴しか存在しない。つまり、一時間三十分前に創り出されたコピーということだ。

 

「(なるほど・・・二十四時間以内に作成された分身なら、エイドスの履歴を遡っていけば見分けられるということか)」

 

達也は「今更遅いが」という自嘲の念と共に、この発見を心に刻んだ。西湖の手前で、九島蒼司が身代わりを務めているのを発見した時に気付いていれば良かったのだが、過ぎてしまったことにくよくよ拘っても益は無い。今回は見事に騙された。だが同じ手を喰わない為には、覚えておかなければならない。

達也がこの時点で自走車の追跡を中止しなかったのは、コピーされたエイドスから本体の情報を取得しようと考えているからだ。彼は情報の読み取りをより確実のものとする為、自走車を停めてエイドスのコピーを貼り付かせている何者かに接触するつもりだった。タイヤを外すとかモーターを壊すといった乱暴な方法で強制的に停車させるのは、事故を引き起こす恐れがあって好ましくない。事故に直結しない故障で、車輛の安全システムに停止命令を出させるのがベターだ。

何を壊すか検討した結果、達也は衝突時衝撃緩和装置の制御コンピューターを断線させることにした。慎重に照準を定め、分解魔法を発動。エアバッグの展開タイミング、シートの角度、スライドブレーキをコントロールするコンピューターをシステムから切り離す。

達也の目論見通り、自走車はゆっくりと路肩に停止した。自走車の前に回り込んでバイクを駐め、達也は助手席の横に歩み寄ってドアレバーを掴んだ。鍵が掛かっていたが、魔法で破壊する。ドアを強引に開けて、助手席に収まっていたガイノイド(女性型アンドロイド)の頭部に左手を当てた。

ガイノイドには、水波のエイドスがコピーされていた。そのコピーが作成された時点まで遡る。そして今度は、作成元になったエイドスの履歴を追う。こんな真似が可能なのは、擬装用のエイドスがオリジナルを忠実に複写したものだからこそだ。コピーは作成時点で必ずコピー元の情報に接触するから、その時点まで遡ればオリジナルのエイドスにたどり着く。

これが本人の衣服や装飾品では、こう上手くいかない。本人の身体の一部、例えば髪の毛や体液ならば、同じことが可能だ。樹海の隠れ家が藤林長正の『火遁』で焼き払われていなかったら、達也は水波の髪の毛を探し出すことでもっと早くその行き先を掴んでいただろう。もっとも水波のことだ。隠れ家の中は完璧に掃除して、髪の毛など残していなかった可能性も高い。退院直前の、入院中の病室がそうだったように。

それは兎も角として。水波が攫われてから初めて、達也は『仮装行列』の影響も『鬼門遁甲』の影響も受けていない水波のエイドスに接触した。これでもう達也が目を離さない限り、彼女を見失うことはない。いくら光宣が現在のエイドスを偽装しても、過去から追いかけて得られる情報を誤魔化すことはできないからだ。

 

「ムッ?」

 

達也の口から短い声が漏れる。いきなり、アンドロイドが宿していた光宣と水波のエイドスのコピーが消えた。光宣が達也の接触に気付いて、魔法を解除したのだろう。あるいは、あらかじめ「誰かに接触されたら解除する」という条件付けがされていたのかもしれない。

どちらであろうと、結果は一つ――いや、二つだ。達也は、光宣に対する手掛かりを失った。達也は、水波を見失うことがなくなった。前者は、もう一度接触しない限り、という条件がつく。後者は、自ら望まない限り、という条件がつく。

だが、この結果は満足すべきものだった。彼は水波の現在位置を確認した。

 

「(横須賀軍港か)」

 

現在水波は、横須賀軍港のゲートにいる。そこに光宣もいるはずだ。

決着を付けるべく、達也は横須賀へ飛行装甲服『フリードスーツ』で飛ぶことにした。

 

「(――何っ?)」

 

しかし彼は、飛び立つことができなかった。このタイミングで、達也にとってできることなら入って欲しくない邪魔が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個型電車の駅から横須賀軍港のゲートまでの距離は、道なりで約四百五十メートル。不動産業界の計算方法で徒歩六分。光宣と水波はその道のりを十分かけて歩いた。

その歩調は、迷いの証だ。光宣も水波も、迷いを抱えていた。このまま進んで良いのかと、二人とも迷っていた。

 

「(水波さんに黙っているままで良いのだろうか)」

 

これが光宣の迷いだった。

 

「(光宣さまに黙っているままで良いのでしょうか)」

 

これが水波の迷いだった。

二人とも、相手を騙しているのではないかという罪悪感を懐いていた。光宣は、米軍が水波を人質として利用しようとするのではないかと予測して、それを黙っていることに対して。水波は、八雲から「光宣についていくのは達也と深雪の為になる」と唆されて、それを黙っていることに対して。

途中、何度も打ち明けようとして、二人ともその度に口を噤んでしまう。二人はお互いに打ち明けられないまま、横須賀軍港のゲートにたどり着いた。

ゲートでは国防軍の係員の他に、USNA海軍の下士官が立っていた。いや、下士官の軍服を着た少年だ。

 

「やぁ、光宣。迎えに来たよ」

 

「レイモンド。君が?」

 

二人を迎えに来たのはパラサイトの一人、レイモンド・クラークだった。



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最強の妨害者

達也が飛行魔法で空に舞い上がろうとした瞬間、上と下が逆転した。彼は夜空の雲を見下ろして立ち、頭上には滑らかに舗装された高速道路が走っていた。合理的に考えれば、幻覚だ。

自分を一瞬で幻覚に捉えた技量に強い警戒を覚えつつ、達也は幻影を破る為に飛行魔法を中断し『術式解散』の準備に入った。しかし、彼が飛行魔法を中断した途端、逆転した世界が正常に戻る。

 

「(この幻術の手触りは、やはり・・・)」

 

達也は明確に定義できない魔法の特徴、雰囲気のようなものを「手触り」と表現した。言葉はこの際、重要ではない。問題はこの幻影の魔法に、覚えがあることだ。

達也は飛行魔法を発動した。今度は発動直前での中断ではない。実際に重力制御を作用させる。ただし、足は地面につけたままで。そして再び、発動の直前で天地が逆転した。

飛行魔法は重力のベクトルを改変することで、任意の方向に落下するもの。仮に達也の身体が空中にあったなら、彼は方向を見失って飛行魔法を制御できなくなっていただろう。靴底から伝わってくる舗装道路の感触があるから、達也は自分の上下左右を見失わずに済んでいる。

 

「(方向感覚への干渉という点では『鬼門遁甲』と同じ。同じ源流を持つ技術が『忍術』にも取り入れられているのか?)」

 

達也を空に行かせないのが幻術の狙いなら、この状態はその目的を果たしていることになる。だが飛行魔法が発動中だから、幻術を解除することもできない。達也は今も幻影を生み出している魔法式を読み取り、発動プロセスの履歴から魔法が放たれた場所を特定する。

達也は飛行魔法を終わらせると同時に、『術式解体』を放った。自分自身に魔法を掛けていない魔法師に『術式解体』を放っても、魔法を解除する効果はない。だが隠れている相手をいぶり出す効果はある。高圧の想子流は、人間が纏う想子の場を揺るがせる。揺らぎは気配の乱れとなって周囲の空間に波及する。術者が移動しながら幻術を使っていた場合は『術式解体』も単なる無駄撃ちに終わっていたが、どうやらこの相手は徹底的に隠れるつもりが無かったようだ。

痩身僧形、馴染みの顔が、達也の前に姿を現す。達也を阻んだ幻術の術者は、やはり彼が「師匠」と呼ぶ、九重八雲だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣と水波を乗せレイモンドが運転するオープントップの自走車は、横須賀海軍基地をゆっくり走っていた。

 

「レイモンド。君が入国して、大丈夫だったのかい?」

 

「大丈夫って?」

 

既に夜七時過ぎということもあり、基地の道路を行き来する人影は少ない。会話するのに、他人の耳を気にする必要はなかったのだが、光宣の質問に対してレイモンドは恍けてる様子もなく問い返した。

 

「大阪で警察に追いかけられていただろう?まだ手配は解けていないと思うけど」

 

「ああ、そのこと。基地から出なきゃ、問題にならないんじゃないかな」

 

横須賀海軍基地は米軍も利用できるというだけで、日本の法令が適用されない治外法権の地ではない。だが軍の基地内に警察の捜査権が及びにくいのも事実だ。国防軍と警察の力関係をよく知らない光宣は「そんなものか」と納得するしかなかった。

 

「光宣の方こそ、よくここまでたどり着いたね。達也に追い掛けられなかったの?」

 

「追い掛けられてたよ。多分、今も追いかけられている」

 

ニヤニヤしながら尋ねてくるレイモンドに、光宣は素直に答える。

 

「達也さんが次の瞬間、僕たちの頭上に現れても、僕は不思議に思わない」

 

「基地の上空に?いくら達也でもそこまでするかなぁ・・・」

 

レイモンドは一旦、頭を振ったがすぐに言を翻した。

 

「・・・いや、達也ならやりかねないか。じゃあ、急がないとね」

 

そう言いながら、レイモンドは自走車のスピードを上げなかった。光宣とレイモンドが会話している間、水波は光宣の隣で口を閉ざしたままだった。レイモンドも、水波に話しかけようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追跡を妨害してきた相手は、達也が強引に振りきれる相手ではないので、彼はとりあえず追跡を諦め妨害者に声をかける。

 

「師匠、どういうおつもりですか」

 

達也の第一声が弾劾調になっているのは、この場の経緯を考えれば無理もないと言えよう。彼は警告もなしに、幻術による攻撃を受けたのだ。

 

「まぁ、そう怒らずに。少し話をしようじゃないか」

 

八雲には、まともに答える意思がない。そう判断した達也は、飛行魔法で水波の許へ飛ぼうとしたが、再び八雲の術が達也を妨げる。

 

「師匠!貴方は、光宣に味方するつもりなんですか!?」

 

達也が語気を荒げるのも当然だ。八雲もそう思ったのか、唇から何時ものつかみどころがない笑みを消した。

 

「九島光宣と桜井水波嬢は、もう横須賀に着いているだろうね。もしかしたら、そろそろ船に乗り込んでいる頃かもしれない」

 

「だから急いでいるんです」

 

「何故?」

 

「なにっ?」

 

達也のセリフから、敬語、丁寧語が抜け落ちる。それくらい八雲の問いかけは、達也にとっては予想外のものだった。

 

「達也くん。何故、君は急いでいるんだい?」

 

「出航されたら面倒な事態になるからに決まっている」

 

「面倒になるから?でも君の行動は既に、大きな問題に発展しているよ」

 

「・・・っ」

 

達也が思わず舌打ちをする。彼本人にも、ここに来るまでに様々な問題が発生しているという自覚があるからだ。

 

「機動隊は君のことを探し回っている。国内の公道上で銃撃戦なんて、戦争中にも中々無かったことだ。その上ヘリが炎上し、焼死体が四つも放り出されている。警察にとっては、到底看過できる事態じゃない」

 

「・・・」

 

「西湖の手前で脱輪した車を放置したのもまずかったね。九島家の次男が警察に事情聴取されて、魔法協会は大騒ぎだよ。樹海の中で発生した火災を放置したことも。消防が大慌てだ」

 

「・・・」

 

「おっと。自分が引き起こしたわけじゃない、なんて言い逃れが通用しないことは、君自身がよく理解しているよね。今日だけのことじゃない。調布の病院前で戦闘用の自動人形が自爆して何匹もの妖魔が解放されてしまった騒動も。九島烈の死とそれによって生じた国防軍の混乱も、君と九島光宣の諍いが原因になっている。巳焼島に対する侵攻があそこまで派手な展開になったのも、水波嬢を巡る対立と無関係じゃない」

 

「・・・だから今、俺の邪魔をするというのか?」

 

「行かせてあげればいいじゃないか」

 

達也は八雲を消さないように、苦し紛れに詰問したが、八雲は眉一つ動かさず平然と答える。

 

「水波嬢はまだ、人間のままなのだろう?九島光宣が彼女の意志を尊重している証拠じゃないか。彼は確かに妖魔だけど、水波嬢を害する存在ではない」

 

「水波が・・・パラサイトになっても構わない、と?」

 

「僕にはどうでも良いことだし、人を捨てるも捨てないも、彼女自身の意志だろう。君や深雪くんが口出しすることじゃない」

 

達也は奥場を強く噛みしめ、一度瞼を閉じて、カッと目を見開いた。

 

「九重八雲。俺の邪魔をするな!」

 

「いいや、邪魔させてもらおう。君はもう少し、僕に付き合ってもらうよ」

 

達也が勢いよく飛び立つ。だが八雲の幻術によって彼は十メートルも上がらぬ内に墜落し、地上に舞い戻ることを余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣と水波は、自走車から小型艇に乗り移っていた。屋根のない、手漕ぎボートにエンジンと推進器が追加されただけのような代物だ。船尾に取り付ける、昔ながらのラダーと一体化したレバーをレイモンドが操る。

さすがにこの小型ボートで太平洋を渡るということはないはずだ。沖に、もっと大きな船が待っているのだろう。光宣はレイモンドの操艇を邪魔しないよう、声を掛けずにいた。しかし彼の気遣いに反して、口を開いたのはレイモンドの方だった。

 

「達也は間に合わなかったようだね」

 

「移乗する船は、もうすぐなのか?」

 

レイモンドのセリフが不吉なフラグのように感じられて、光宣は軽い焦りを覚えながら尋ねる。

 

「うん、もうすぐ・・・あぁ、見えてきた」

 

そう言われても、光宣には船体が確認できなかった。

 

「潜水艦・・・?」

 

光宣の隣で、水波が呟く。久しぶりに聞いた彼女の声に導かれて、光宣はもう一度海面を凝視する。そこには確かに、緩やかに歪曲したドームのような物が顔を出していた。

 

「あれか・・・?」

 

「よく分かったね。全水没型高速輸送艦『コーラル』。輸送用の潜水艦と表現した方が、やはり分かり易いかな」

 

「全水没型?」

 

「そう。造波抵抗を・・・いや、こんな話は乗り込んでからにしよう」

 

レイモンドはスピードを落とさず、エンジンユニットを前に倒すことで推進器とラダーを水中から持ち上げた。ボードが輸送用潜水艦の背中に乗り上げる。近づいてみてようやく見える細いポールをレイモンドが掴んだ。それが合図だったのか、歪曲した船体に切れ目が入り、大きなハッチがスライドして開いた。

 

「さぁ、乗って」

 

レイモンドがボートから降りる。光宣が船体に足をつけた。靴の裏側から返ってくる感触は、少しクッションが利いていて思ったほど滑らない。

光宣と水波は、レイモンドに続いてハッチから下に伸びる階段に足を踏み入れた。彼らの背後では、クルーがボートを船内に引き入れている。

二人が階段を下りきるのと同時にハッチが閉まり、レイモンドが振り返り両腕を横に大きく開く。

 

「ようこそ。USNA海軍輸送艦『コーラル』へ」

 

レイモンドは芝居掛かった口調で、光宣と水波にそう告げた。



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師弟対決

八雲の幻術によって墜落を強いられた達也は、辛うじて両足で着地した。身体を起こし、今度は水平に、東に向かって飛ぶ。八雲の幻術圏内から逃れた後に上昇しようと考えたのだ。だが再び、飛行の中断を余儀なくされた。彼はわずかに両足を後ろ向きに滑らせて身体を止め、棒立ちに見える八雲へ目を向けた。

達也の右手が腰に伸びる。彼はホルスターから『トライデント』を抜いて、「銃口」を八雲へ向ける。八雲の姿がゆらりと揺らぎ、煙のようにかき消えた。

達也の両足が舗装された路面を蹴る。飛び上がったのではない。八雲の姿が消えた一メートル左に、拳を打ち込む態勢で踏み込んだ。

柔らかな風が達也に纏わり付く。達也を取り巻く空気が、重油並みに粘性を増した。達也の右手人差し指が、引き金を模したCADのスイッチを入れる。身体に纏わり付く空気を吹き飛ばす、のではなく、空気に粘性を与えていた魔法を消し去り、身体の自由を取り戻す。

達也が左手を突き出した。拳ではなく、掌を前にして。揃えた指を上向きに立てた左掌が、誰もいないと見える空間を打つ。

音が鳴った。グローブが布の手甲を打った音ではない。金属の槌と打ち合わされたような甲高い音だ。音に吹き払われたかの如く、透明の靄が晴れる。達也の左掌を右腕でブロックしている八雲が姿を見せた。

達也が後方に跳ぶ。彼の残像を、八雲が左手に握る苦無で薙いだ。達也が右手の『トライデント』をホルスターに戻す。代わりに何処からか、ナックルガード付きの戦闘ナイフを抜いて右手に構えた。愛用のCADを手放したのは、近接戦闘に対応する為だ。

起動式の出力は、スーツ内蔵の完全思考操作型CADでも代用できる。使い慣れた拳銃形態のCADより、彼は刃を手に取ることを選んだ。達也は、魔法だけでは八雲を倒せないと判断したのだった。

八雲がニヤリと笑って苦無を投げる。達也はそれを躱すのではなく、右手のナイフで打ち落とした。達也は八雲から、ほとんど目を離していない。だが僅かな時間差で投擲された後発の苦無へ目の焦点を合わせた直後、八雲は達也の視界から消えた。

達也が『精霊の眼』に意識を向ける。しかしその途端、達也の「視界」に九人の八雲が現れる。彼らは達也の周りを、跳び回り駆け回っていることになっている。

しかし実際に見えるのは、殺風景な高速道路上の風景だけだ。時折、達也が立っている車線を避けるようにして自走車が通り過ぎていく。

 

「『纏いの逃げ水』か」

 

達也の唇から呟きが漏れる。彼は左手の中に想子を集め、その手を握り締めた。左手を突き出す。放たれた想子弾は九発。圧縮された九つの想子球が、八雲がいるはずの実体空間座標を貫いた。

情報次元に「視」えていた八人の八雲が消え、残る一人が場所を変えて出現する。九人目は、達也の正面にいた。

姿を現した八雲が小太刀を振り下ろす。達也はその刀身を、ナイフのブレードで受け止めた。

 

「やるね」

 

刃と刃が交わる先で、八雲がニヤリと唇を吊り上げた。ヘルメットのバイザーに隠れたままの、達也の表情は変わらない。

達也が左手を伸ばした。自分の手首を掴もうとする達也の左手を、八雲は大きく跳び退って躱す。

 

「組打ち狙い?掴んでしまえば、僕が何処にいるか幻術を使われても分かるって寸法か」

 

自分の目論見をはっきり指摘されても、達也はバイザーの下で焦りを見せなかった。達也は滑るような足捌きで八雲との間合いを詰めた。八雲の姿が消える。達也は構わず右手のナイフを突き出した。金属同士が擦れる音。それが先に生じた。

次に八雲の姿が現れる。八雲は身体の横に小太刀を立てて、達也のナイフを滑らせている。伸びてきた達也の左手を、八雲が小太刀の柄から離した右手で振り払う。達也が右手のナックルガードで小太刀の小さな鍔を殴った。左手一本で支えられていた小太刀が、八雲の手からこぼれ落ちる。

達也はナイフを投げ捨てて、右手を八雲の襟に伸ばす。八雲は右手を上から下に振り下ろした。彼の右手には、小さな玉が握られていた。

道路に叩きつけられて破裂する煙玉。達也と八雲の間を濃い煙が遮る。八雲の姿が煙の中に消える。情報次元を「眼」で「視」ても、八雲のエイドスは見つからない。

 

「今のはかなり驚いたよ。君、僕の姿が見えているのかい?」

 

その声は、前から発せられているようにも、後ろから発せられているようにも、前後左右上下、あらゆる方向から聞こえてくるようでもあり、実際には聞こえない空耳のようでもあった。

達也は素より、声の出所から八雲の実体を探そうとはしていない。彼の意識は現在を見据えながら、同時に過去へと遡っていた。

過去から現在を追跡する。現在に重ねられた偽りの情報と、過去を積み重ねて得られた現在の情報。達也の突き出した左拳が、八雲の右掌で受け止められた。

 

「見事だ」

 

八雲が感嘆を漏らした。自走車が達也と八雲に迫ってくる。運転席で驚愕に目を見開いたドライバーの顔が見て取れた。

達也と八雲は、左右に跳んで自走車を避けた。今までは八雲の幻術が、彼らの戦いを邪魔しないように自走車を誘導していたのだと、達也はこの時覚った。自分と戦いながら自走車のドライバーも支配していた八雲の余裕を、ようやく突き崩せたと理解する。

八雲が高架道路の壁を飛び越えた。達也も八雲を追いかけて、高速道路から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤林長正を河口湖畔に確保した拠点まで連行した黒羽貢は、息子と娘から激しい突き上げを受けていた。

 

「お父様。理由を仰ってください。何故達也さんに援軍を出せないのですか?」

 

「何度も言っているとおりだよ。達也君は既に米軍の非合法工作員部隊を撃破し、機動隊の追跡を振り切っている。もう援軍は必要ない」

 

「ですがまだ、九重八雲先生の妨害を受けているのでしょう?必要か不要かに拘わらず、助けに行った方が良いと思います」

 

達也の状況を黒羽家は『千里眼』と『順風耳』の異能力者を動員することで掴んでいた。『千里眼』は遠隔視、『順風耳』は遠くの音を聞く異能で、どちらも物理的な信号を知覚する能力でしかない。彼らに八雲の幻術を破る技量は無かったが、時折達也が八雲の幻術を破ることで、監視の彼らにも達也が誰と戦っているのか確認できていた。

そして黒羽家が入手した情報は、逐次本家にも伝えられている。現状において関係者の中で、事態の推移を知らないのは、恐らく深雪だけだっただろう。

亜夜子はまだ冷静さを欠いていない口調で父親に問いかけたのだが、亜夜子の言葉を受けて、文弥が強い口調で訴え始める。

 

「姉さんの言う通りですよ!達也兄さんにとって今、最大の敵は時間です。勝ち負けより一刻も早く切り抜けることを、達也兄さんは望んでいるはずです!僕たちが助けに行くのは、決して無駄ではないと思います!」

 

「文弥、確かにお前の言う通り、今の達也君にとって真の敵は時間だ。しかし彼の前に現実の敵として立ち塞がっているのは当代最高の忍術使いと呼ばれている男だ。数が多ければ良いというものではない。お前が行くことで、かえって達也君の妨げになるかもしれない」

 

文弥の抗議を、貢は一見厳しくもっともらしい理屈で却下しようとしている。口惜しそうな文弥の表情を窺えば、それは上手くいったかに見えた。

 

「お父様、私はそうは思いませんわ」

 

しかし貢の理屈では亜夜子を納得させることはできなかった。文弥は亜夜子が何を言うのか気にする余裕がない精神状態だったが、貢は亜夜子が何を言いだすのかに集中していた。

 

「九重先生は忍術使い。『忍術』が得意とする分野は、精神干渉系の幻覚魔法です。精神干渉系に適性が無い私ならともかく、精神干渉系魔法に高い適性を持つ文弥は達也さんの御力になれるはずです」

 

「それは、そうかもしれないが・・・」

 

亜夜子の言い分に、貢は思わず言葉を詰まらせる。彼は基本的に親馬鹿なので、息子と娘の能力を誰よりも高く評価している。彼も本音では、文弥なら八雲に対抗できると考えていた。だから自分の本心を突かれた格好になる亜夜子の理屈を否定することは、相手が娘であるだけに、貢にとって難しかった。

 

「それに我が家には、甲賀の流れを汲む『忍術使い』が大勢います。文弥だけでは荷が重くても、お父様の部下を貸していただければ九重先生の足止めくらいはできると思いますが」

 

これも貢が腹の底で考えている通りだ。彼は答えに窮して、とうとう本当の理由を打ち明ける羽目になってしまう。

 

「ダメだ。真夜さんに――本家の御当主に止められている」

 

「御当主様が!?」

 

貢の曝露に、亜夜子と文弥の声が重なる。それだけ貢の告白は双子にとって衝撃が強いものだったのだ。

 

「何故ですか!?」

 

これも、二人同時の問いかけだった。双子ならではのシンクロなのかもしれないが、ここにいたのが深雪だったとしても、二人と同じタイミングで同じ言葉を発したかもしれない。それくらい、真夜の命令は不可解な点があるのだ。

 

「・・・理由までは聞かされていない」

 

貢の声から微かな不満を感じ取って、文弥は父親が本当に理由を知らないのだと覚った。父としても不本意なのだろう。それが理解できたから、文弥はそれ以上の追及ができなかった。しかし亜夜子はそれで引き下がるほど素直ではなかった。

 

「そうですか。では直接、ご当主様に理由をうかがいます」

 

「姉さん!?」

 

亜夜子の暴挙を、文弥は止めようとした。いくら次期当主の婚約者とはいえ、今の立場は分家の娘。本家当主の考えを問いただすなど、失礼極まりない行為だ。もしかしたら、真夜が亜夜子を罰すると言い出すかもしれない行動だ。文弥でなくても止めるのが普通だ。しかし貢は、娘の我が儘を止めなかった。

 

「そうだな・・・。亜夜子になら、御当主も本当のことを話してくださるかもしれない」

 

てっきり自分と一緒に姉を止めてくれると思っていた文弥は、貢の反応に驚き身体ごと貢に振り返る。その所為で押さえていた亜夜子の腕を離してしまった。

 

「お許し、ありがとうございます、お父様。では、電話を掛けて参りますので」

 

文弥の拘束から解放された亜夜子は、そう言って立ち上がりこの場を去っていく。

 

「姉さん、待ってよ!」

 

文弥も、慌てて立ち上がりその後に続いた。



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師弟対決2

達也と八雲が高速道路から飛び降りたところは、とある普通科高校のすぐ近くだった。敷地内は緑も多く、校庭も広い。ただ逃げながらの誘導ではなく、絶妙なタイミングで攻撃を加えながらの逃走だ。達也はそれを無視できず、夜の高校へと引きずり込まれた。校舎の中にも校舎の外にも、敷地内に人の気配はない。普通であれば、まだ職員が残っていてもおかしくない時間だ。それどころかこの時間なら、生徒が残っていても不思議ではない。

だがこの高校もやはり、非常事態が完全に解消していないという理由で生徒と職員を早々に帰宅させたのだろう。もしかしたらまだ休校したままか、あるいは夏休みを前にズラすという決定をしたのかもしれない。どのような決定がされた結果なのかは分からないが、結果は分かっている。この高校の敷地内が、今は完全に無人だということ。少なくとも達也には、そう感じられた。恐らく八雲も、同じように感じているのだろう。自分は敷地内に侵入してそれを感じ取ったが、八雲はもっと遠くからこの事実を把握していたに違いないと、達也は思った。

八雲は無関係の人間を巻き込まぬよう配慮している。それは同時に、技と力を加減するつもりは無いということだろう。その点は達也も同じだ。まだ真の意味で真剣勝負をする気にはなれないが、命の遣り取りをしない範囲でなら、先ほどから手加減をしていない。もし八雲を殺すことになっても、自分は後悔しないだろうと達也は思った。水波の為に八雲を殺すのは、正直なところ不本意ではある。ここで八雲を失うのは自分にとって不利益しかないとも思っている。

しかし自分にも八雲にも引き下がる意志が無い以上、最悪の事態も想定しておかなければならない。そして達也にとっては、その「最悪」よりもここで追跡を諦めることの方が、忌避すべき選択だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉山から亜夜子から電話だと言われ何事かと思いながらも用件を聞き、援軍を禁じた理由を問われた真夜は、事実を誤魔化さずに教えることにした。

 

「スポンサー様のご意向よ」

 

『スポンサー様の、ですか?』

 

モニターの中の亜夜子は、意外感を隠せていない。無理もない、と真夜は思う。四葉家の仕事に、途中でスポンサーが口出しするのは異例のことだ。最近では、去年の冬の『吸血鬼事件』の際に解決を急かされたくらいか。

ましてや今回は「仕事」ではない。四葉家の使用人の問題として、スポンサーとは無関係に動いている案件だ。干渉を受けるのは、真夜も予測していなかった。

 

「ええ。『今夜はこれ以上の手出しを控えてもらいたい』という、表面上は依頼の形で。達也さんを止めろとまでは言われていないけど、新たに人員を投入するのは躊躇われるわね」

 

四葉家は「スポンサー」に隷属しているわけではない。あくまでもクライアントとコントラクターの関係で、それも下請的な依存関係にあるのではなくほとんど対等の立場だ。

ただ四葉家が優位という力関係でもない。実力(暴力)は四葉家が上でも、権力と財力はスポンサー側が上回っている。「依頼」という形で下手に出られては、真夜としても拒否できなかった。

 

『・・・水波さんをお見捨てになると?』

 

「スポンサー様のご要望はあくまでも『今夜は』です。水波ちゃんを見捨てるつもりはないわ」

 

『――失礼を申しました。お許しください』

 

「亜夜子さんの気持ちも分かるけど、今夜の出動は許可できません」

 

『かしこまりました』

 

「文弥さんも、良いですね?」

 

『はい、御当主様』

 

モニターに映っていた文弥にも念を押して、真夜は亜夜子との通話を終えた。画面が完全に暗くなるのを見届けてから、背後に控える葉山に、独り言のような口調で話しかける。

 

「それにしても・・・あの方々は本当に、何を考えておいでなのか・・・」

 

「やはり、パラサイトを国内から一掃したいとのお気持ちが強いのではないでしょうか」

 

「国外に逃がすより滅ぼしてしまう方が早いと思うのだけど」

 

実のところ、スポンサーの指示に不満を覚えているのは、真夜も亜夜子に負けず劣らずだった。

 

「九島光宣の処理に時間が掛かり過ぎていると、あの方々はお考えなのかもしれません」

 

「ならばそう仰ればいいのに。そもそも九島光宣の捜索の邪魔をしている連中に加担してる気がして、私は嫌なのだけど」

 

真夜の漏らした少女のような不満に、葉山は礼儀正しく沈黙を守ったが。葉山は内心、その理由が理解できていた。

 

「(おそらくは凛様方が動かない以上、パラサイトという妖魔を駆除する方法を持たない。汚れを嫌うのはまるで日本がかつて神国を呼ばれていた時期のようですな。凛様が知れば馬鹿馬鹿しいと呟きそうです・・・)」

 

葉山は内心呆れながら今後の事を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦の合図は風に舞い散る木の葉だった。ケヤキ、コナラ、ヤマザクラ。校庭の隅に植樹された木々の葉が、真夏にも拘わらず、まだ青々として赤みを帯びている部分もないのに、枝から千切り落とされたように落ちてくる。不自然な落葉と、不自然な風。渦巻き迫る青葉の群れを前に、達也は大きく横に跳躍した。躱しきれなかった葉が、達也の腕を掠めて一筋の線を刻む。

表面を薄く、ではあるが、防刃・防弾効果を持つ『フリードスーツ』を木の葉が切り裂いたのだ。「葉」と「刃」。言霊を利用した「類感呪術」の応用だろう。通り過ぎた木の葉の群れが、大きくカーブして再び達也に襲いかかる。

達也の身体を、眩い想子光が覆う。接触型『術式解体』。かつて達也が苦戦した、十三束鋼の得意技だ。達也は想子操作の技術で、十三束の体質的な特殊技能と同じ効果を持つ技を編み出していた。想子の装甲に触れた風が勢いを失い、木の葉が刃の性質を失って地に落ちる。

 

「(『木遁術』――『木の葉隠れ』のバリエーションか?)」

 

達也は想子の鎧を解除して、八雲の気配を探った。『精霊の眼』は使わない。先程の戦闘でも明らかなように、八雲は『精霊の眼』を欺く術を持っている。頼りすぎるのは危険だ。かえって八雲の術中に陥る恐れがある。

達也の感覚が八雲の所在ではなく、魔法発動の気配を捉える。場所は足下。達也はその場から大きく飛び退いた。彼の身体が空中にあるうちに、地に散った木の葉が一斉に燃え上がる。まだ青々としていたにも拘わらず、乾ききった木の葉に火を付けるような勢いだ。

 

「(五行相生に則った『火遁術』か)」

 

五行相生、木生火。この「木が火を生む」という言葉を現実に対して強制的に適用することで、水気を含んだ青葉を枯れ葉の如く燃焼させた。これも言霊の魔法と呼べるかもしれない。

木の葉が燃え尽きても、火は消えない。可燃物を伴わない、物理的にはあり得ない魔法の火が達也を追いかける。これは現実の炎ではない。これは炎の幻影だ。しかしこの炎に触れたなら皮膚が焦げ肉が焼けることも、達也には分かっていた。

達也は圧縮した想子の砲弾を幻影の炎にぶつけた。『術式解体』。実体を持たない情報に他ならない幻影は、想子の暴風に吹き消された。『術式解散』を使わなかったのは、魔法式を読み取るプロセスに罠が仕掛けてあるかもしれないと警戒したからだ。

それが疑心暗鬼でないとは言えない。警戒させることで達也の得意技を封じるのが八雲の目的ならば、達也はまんまとその術中にはまっていることになる。もっとも、達也もやられてばかりではなかった。

 

「(五行相生ならば、次は「土」。『土遁術』か)」

 

炎を消した達也は着地する直前の空中で片足を高々と挙げ、着地すると同時に地面を激しく踏みつけた。靴の裏から拡がった想子波が、地面を震わせる。舞い落ちた木の葉の灰から「土」へ、接触による「感染」を始めていた魔法式が想子波の衝撃で砕け散った。

 

『「五遁連鎖の術」をよく見破ったね』

 

出所の分からない八雲の声が、校庭に木霊する。『五遁連鎖の術』という名称は初耳だったが、達也はそれに意識を奪われなかった。恐らくは五行相生の原理を利用して木遁、火遁、土遁、金遁、水遁と繋げていく魔法なのだろう。達也は土遁術を予測した時点で、この答えを予想していた。だが彼はこの短い思考にも精神のリソースを割かず、意識を八雲の所在に集中した。

 

『だけどまだ、終わりじゃないよ』

 

八雲の言葉は、ハッタリに聞こえなかった。達也は直感に導かれて、目を上に向けた。無数の針が落ちてくる。どういう原理か尖った先を下にしてかなりの勢いで真っ直ぐに落ちてくる長い針の群れを、達也は全力のダッシュで避けた。

土の校庭に長さ三十センチ前後の針が次々と突き立つ。その長さ、太さはすべて同じだ。最初から投擲武器として、同じ規格で作られた物に違いない。

達也はフラッシュ・キャストで断続的に自己加速魔法を発動しながら、頭上から襲い来る長く太く鋭い針を全て躱した。

しかし達也には、一息吐く間もなかった。地に刺さった針は、まだ生きている。全ての針に魔法発動の兆候がある。

 

「(放出系魔法?)」

 

それが電撃の魔法だと、達也は「眼」を使うまでもなく直感的に覚った。

 

「(そういえば『忍術使い』と『陰陽師』は別物だったな!)」

 

五行思想では一般的に、雷は木行に属する。金行と木行は金克木の関係であり、通俗的な五行思想からは、金属の針が電撃を発するという現象が導かれない。達也の悪態はこういう背景に基づくものだが、彼は埒もない雑言とは別に、実のある対処も始めていた。

スーツ内蔵のCADを思考で操作して、達也は起動式を出力する。魔法式の構築に要した時間は、一瞬だった。魔法を無効化する情報体分解魔法『術式解散』ではなく、物質を個体も液体も微塵に砕く魔法『雲散霧消』。同一の形状を持つ複数の物体は、一つの集合体として一度の分解魔法の対象になる。これは達也の分解魔法の、きわめて優れた特徴だった。

空から降ってきた針は全て同じ長さ、同じ太さ、同じ針先の仕上がり。一つの集合体と認識する条件に当てはまる。針に仕込まれた魔法の発動に一歩先んじて、達也の『雲散霧消』が地に突き刺さった針に作用した。

針の林が、一瞬で形を失い消失する。それに伴い、針が宿していた魔法も強制的に終了した。魔法を実行すべく用意された事象干渉力が行き場を失う。ほとんどの事象干渉力はその場で霧散したが、ほんの一部が術者へと逆流した。

事象干渉力の正体を観測する前の達也ならば、見落としていただろう。魔法が五感の及ばない遠隔地から放たれたものだったならば、霊子を観測することができない達也にはどうしようもなかっただろう。だが今回は、視覚の及ぶ範囲内。達也の視界の中で、霊子の流れは一点に集束していく。

達也は――いや、達也でなくても魔法師ならば、霊子情報体を情報体として認識できなくても、霊子の流れを漠然と感じ取ることができる。術者、八雲の許へ戻っていく霊子が流れつく先を、達也は確と見極めた。距離は、およそ二十五メートル。『術式解体』の射程範囲内だ。

達也は一瞬よりも短い時間で想子を圧縮し、突き出した右掌から撃ち出した。眩く輝く想子の奔流が、校庭の端にそびえる一際立派なケヤキの幹を直撃する。

幹の側面に波紋が生じる。濁った水の中から浮かび上がるように、波紋の中から八雲が姿を現した。横を向いていた八雲が、達也に正面を見せる。声が届く距離ではないが、達也の肉眼は、八雲の唇が「見付かっちゃったか」と動いたのを認めた。それはかくれんぼで鬼に見付かった子供よりも緊張感が無い呟きに見えた。それに対して達也は何も言わず、八雲目掛けて突進した。



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師弟対決3

USNA海軍全水没型高速輸送艦『コーラル』。その内部では、光宣たちの案内人がレイモンド一人というわけにはいかなかったようだ。光宣と水波はレイモンドに先導され、二人の兵士と一人の女性士官に背後から監視されながら、広い通路を船尾方向へと歩いている。女性士官はスターズの一等星級隊員でパラサイトのゾーイ・スピカ中尉だった。

『コーラル』の艦内は狭苦しい潜水艦のイメージに反して広々としていた。もしかしたら豪華客船よりも内部空間に余裕を持たせた設計になっているかもしれない。

 

「ここが光宣の部屋で、彼女の部屋はその隣ね。鍵は中からなら掛かるようになっているけど、外からの施錠には反応していない。申し訳ないけど」 

 

「贅沢を言うつもりは無いよ。個室をもらえるだけありがたいと思っている」

 

少しも申し訳なさそうに見えないレイモンドに、光宣はわざとらしく声に感謝の気持ちを込めて答えた。

 

「本当は一つの部屋の方が良かったのかもしれないけど」

 

「そんなことはないよ」

 

レイモンドの冷やかしに、水波は仮面のように表情を動かさず、光宣は素っ気ない答えを返す。それを照れ隠しと取ったのか、レイモンドはニヤニヤと笑いながら付け加える。

 

「あっ、でも、外から鍵が掛からないということは、外から鍵を開けられないということでもあるから。鍵を掛けておけば、中で何をしていても分からないよ」

 

「あり得ないな。監視カメラも無いなんて」

 

光宣の声の、温度が下がる。ムッとしている心情を、光宣はあえて隠さなかった。光宣と水波は部外者だ。軍の艦艇内で、監視されないなどということはあり得ない。外から鍵が開けられないというのも嘘に違いないと光宣は考えている。米軍がそこまでお人好しとは、到底思えなかった。

 

「いやいや、本当に。君たちは捕虜じゃなくて、お客様だからね。のぞき見なんて失礼な真似はしないよ」

 

光宣はレイモンドの戯れ言をスルーしようとして、その言葉尻を利用しようと考えを変えた。光宣はまだこの船の――自分と水波の行き先を、レイモンドの口からは聞いていなかった。

 

「僕たちを客扱いしてくれるのなら、せめて目的地だけでも教えてくれないか」

 

「良いよ、もちろん」

 

レイモンドは当然とばかりに頷いた。スピカ中尉も、二人の兵士も、レイモンドを制止しない。捕虜扱いしないというのは、少なくとも表面上は嘘ではないようだと、光宣は思った。そんな光宣の猜疑心には気付いていないような顔で、レイモンドは光宣に向かって、あっさりと目的地を告げる。

 

「この船の行き先は、パールアンドハーミーズ環礁の海軍基地だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が八雲の懐に踏み込む。左フックはフェイント。右ボディアッパーを、八雲は左肘で受けた。達也は右拳を開きながら滑らせて、八雲の右手を取りに行く。グローブ越しではあるが、八雲の腕に接触している感触は確かにある。八雲は間違いなく、達也の前にいる。

それなのに、達也は背中に、強い衝撃を受けた。前のめりに体勢を崩した達也の頭部を、八雲の右手が狙う。後ろから回り込んでくるような打撃は、ヘルメットの中から見る視界の死角から飛び込んでくる。達也は半分以上直感で右斜め前に頭を振った。完全には躱しきれず、八雲の開いた右手がヘルメットを掠める。達也は衝撃に逆らわず頭を振った方向に転がり、立ち上がりざまヘルメットを投げ捨てた。今の打撃は、ヘルメットを貫通する威力があった。いや、威力がヘルメットを貫通していた。

今の八雲の打撃は、鎧や兜でも防げない。装甲を貫通する衝撃に、ヘルメットは視界を遮る邪魔者でしかない。自らヘルメットを脱いだのは、それを瞬時に理解したからだ。頭部を剥き出しにした達也は、直前のスピードを上回る勢いで八雲の間合いに踏み込んだ。彼が伸ばした左ジャブは、八雲の顔をすり抜けてしまう。

紙一重で躱されたのではない。幻影だ。達也は左ジャブを伸ばしきる直前で止め、掌を開いて下に向けた。そのまま左手を下に振る。左手が八雲の作務衣に触れる。幻影が解け、八雲の実体が現れる。達也は八雲の逆襟、作務衣の鎖骨の辺りを掴んでいた。

達也は左手の指先に分解魔法を発動しようとした。八雲の身体の、自分の左手で触れている部分に『分解』で穴を穿ってダメージを与えようとしたのだ。だが彼が魔法を発動するより先に、横殴りの衝撃が達也の右顔面を襲った。思わず達也は左手を放し、八雲から距離を取る。同時に八雲も、背後のヤマザクラを背にする位置まで後退した。

 

「危ない危ない。これは迂闊に近づけないね」

 

八雲が余裕を失った口調で呟く。今の攻撃はそれなりに八雲を追い詰めていたようだ。しかし達也の方には、声を出す余裕もなかった。達也は、自分にダメージを与えた攻撃を認識できなかった。

 

「(今の衝撃はなんだ? 左手を使った打撃ではない。九重八雲の左手は見えていた。右手では、あの体勢からあの角度の攻撃は繰り出せない。足でもない。左足は見えていた。右足からでは、右手以上にあの角度は出せない)……『ダイレクト・ペイン』か?」

 

達也は、たどり着いた推測を思わず口に出していた。精神干渉系魔法『ダイレクト・ペイン』。肉体を経由せず、精神に直接痛みを与える魔法。

 

「(文弥以外にも、使える者がいたのか?)」

 

『ダイレクト・ペイン』は彼の再従弟である黒羽文弥が得意とする魔法で、達也は文弥以外の使用例を知らなかった。達也はこの魔法を、文弥にしか使えない、先天的な異能の一種だと考えていた。だがそれは――

 

「(・・・俺の思い違いだったのか?)」

 

「ちょっと違うなぁ。『ダイレクト・ペイン』ではないよ」

 

彼の迷いを見透かしたかのようなタイミングで、八雲が達也に声を掛ける。

 

「今の術は名を『欺身暗気』という。歴とした忍術だ。まぁ、忍術の中でも奥義に数えられるものの一つだけどね」

 

「『欺身暗気』・・・」

 

「奥義といっても、仕組みは簡単だ。相手に『攻撃を受けた』という幻覚を与える、幻術の一種。ほら、催眠術なんかで有名だろう? 焼けた鉄の棒を押しあてたという暗示を与えられた被験者の皮膚に、火ぶくれができるという現象。『欺身暗気』はそれを、催眠導入の手続きを経ずに、また言葉によらず闘気を打ち込むだけで行う技。『ダイレクト・ペイン』と違って、痛みを覚えているのはあくまでも肉体だ。だがこの痛みは、幻術を破らない限り消せないよ」

 

そのセリフの末尾と共に、達也の腹を衝撃が襲う。息が詰まり、彼は思わず半歩、後退った。八雲の長広舌は、蘊蓄と披露して悦に入る為のものではなかった。『欺身暗気』という術の存在を強く印象付けることで、その効果を高める為のものだった。

達也は苦し紛れに『分解』を放った。だがその魔法は、ヤマザクラの枝の上で虚しく破綻する結果に終わる。『変わり身』の術だ。

八雲程の高位忍術使いが『変わり身』を使えないはずはない。並の『変わり身』と違って、八雲の術はエイドスの分身を枝の上に残してあった。達也の魔法は、そのダミーに作用したのである。実体の無い構造情報を分解しても、それが物体に反映されることはない。

達也は自分の焦りを自覚して舌打ちを漏らす。そしてすぐ、八雲の反撃に備えた。予測した攻撃は『欺身暗気』。達也は自分自身に『精霊の眼』を向けた。幻覚によって痛みを与えているのなら、幻術が自分の肉体に掛けられているはずだと考えたからだ。

情報次元には、そもそも固定された視点が無い。鏡が無くても自分自身を「視」ることができる。達也は情報次元における自分の身体に、足下から這い上がった二匹の大蛇が螺旋状に絡みついているのを「視」た。大蛇は、魔法式の連なりだ。八雲は一つの幻影を行使するのに、二グループに分かれた何十という魔法式を構築していたのだ。

達也は身体の周りに、想子の鎧を展開した。接触型『術式解体』。だが魔法式の大蛇は、砕け散らなかった。吹き飛びもしなかった。ただ想子の鎧の周りに絡みついているだけだ。そして幻覚をもたらす効果が、鎧を構成する想子の中に浸透している。

達也は接触型『術式解体』を解除し、『術式解散』を発動する。今度こそ、幻覚の魔法式が霧散した。達也は『変わり身』に騙されないよう、八雲のエイドスを「眼」で探した。発見した八雲の情報体は九つ。一つが本体で、八つは分身だろう。『九重』の苗字と九重分身。象徴的な符号だ。達也は分身を消し去る情報体分解の魔法を放つのではなく、九つの情報体へ同時に『分解』を放とうとした。彼の同時照準可能数は今や三十二まで増加している。分身を消して本体に狙いを定めるという二ステップの手順を踏むより実体と分身の全てを同時に狙う方が、タイムラグが発生せずに確実だ。

しかし達也が九つの情報体を特定した直後、再び幻術の大蛇が襲いかかってきた。八雲は老練な戦闘魔法師だ。達也から攻撃されるのを黙って待っているような、のろまではない。

達也が『術式解散』で幻術を無効化する。そして再び、八雲のエイドスを分身ごと把握する。達也が魔法の照準を定めようとする直前、またしても幻術が襲ってくる。

この攻防が何度も繰り返された。おそらく、達也の魔法発動速度と八雲の魔法発動速度が全く同じなのだ。だから、一旦先手を取った八雲に、達也の魔法構築が追いつかない。八雲が攻撃できない代わりに、達也も攻撃できない。

このままでは千日手。ただ時間だけが過ぎていく。そして無為な時間経過は、この戦闘において八雲の勝利、達也の敗北を意味する。

幻術が襲いかかり、幻術を消す。幻術を消すのに『術式解散』を発動する手間を取られている限り、達也の方から攻撃する時間は取れない。幻術を破る為には、攻撃を諦めなければならない。

 

「(・・・何故、幻術を破る必要がある?)」

 

達也は意識の、魔法を行使する意志とは別の部分で、ふとそう思った。

 

「(幻術を破らなければ『欺身暗気』を受けてしまうからだ。肉体に痛みを負ってしまうからだ)」

 

そして、彼の思考主体が反転する。

 

「(何故、痛みを負ってはならない? 痛みがあっても、実際の運動機能に損傷を受けるわけではない。ただ、痛いだけだ。感じるだけの痛みなど、俺は慣れているではないか)」

 

達也の『再成』は、遡及する過程で対象が取得した情報を一瞬に凝縮して認識する。傷を治す場合は、傷を負ってから『再成』時点までに蓄積された痛みを一瞬に凝縮して追体験する。致命傷の激痛を、その何十倍、何百倍もの激しさで、自分自身のものとして体験してきた。何百人もの痛みを、何十倍にも何百倍にも増幅して体験してきた。

 

「(痛みは、無視すれば良い)」

 

達也はそう思った。決心してみれば、簡単なことだった。

胸を貫かれた激痛が達也を襲う。達也は構わず、『分解』を二重発動した。八雲の本体と分身体、九つの情報体の右肩付け根を覆う情報強化を分解する。本人と分身の、その部分だけが無防備となった。

タイムラグゼロで、肉体組織を分解する。皮膚を分解し、筋肉を分解し、血管と神経、その他直線状にある全ての組織を分解し、右肩付け根に、細い穴を穿つ。

八雲の気配が揺らいだ。情報次元で分身が消え、本体が残った。同時に、八雲の姿が肉眼の視界に現れた。片膝を付く八雲の前に、達也は瞬時に移動した。そして『分解』を待機させた手刀を、八雲の喉に突き付ける。

 

「――師匠、決着がつきました」

 

「――認めるよ。僕の負けだ」

 

達也の瞳から殺気が消えている。彼は本気で八雲を殺そうとしたわけではなく、この勝負は終わりだと告げる為に『分解』を待機させた手刀を突き付けていたのだ。

 

「いえ、俺の負けです。――水波は日本を離れました」

 

八雲を無力化した直後、彼は「眼」の焦点を水波に合わせ直した。そして彼女が、既に日本の領海外に出てしまったことを知った。公海の船上では、船籍国の主権が通用される。民間船舶では無視されがちな原則だが、軍用艦艇では容易く国家間紛争の火種になる。安易な手出しは、不可能となった。

 

「そうか」

 

八雲は、笑わなかった。何時もの内心が読めない曖昧な笑みすら浮かべず、その代わりに一仕事を終えたという疲労感を漂わせている。

 

「師匠」

 

達也はそう言って、八雲の右肩に手を伸ばした。一瞬で、八雲の身体を穿っていた穴が消える。

 

「済まないね」

 

八雲が苦笑いを浮かべる。二人の間に、何時もの空気が戻っていた。

 

「理由を伺っても良いですか」

 

「君の邪魔をした理由かい?」

 

八雲の反問に、達也は無言で頷き返す。

 

「良いよ」

 

八雲は地面に座ったまま、あっさり頷いた。



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影の組織

理由を説明すると言いながら、八雲はすぐには話し始めなかった。「そうだねぇ・・・」と呟きながら、説明の段取りを考えている様子だった。

 

「この国には、魔がもたらす穢れを極端に嫌う人たちがいる」

 

「存じております」

 

「いや、君が知らない組織のことだ」

 

八雲の説明に頷いた達也に、八雲は苦笑いを浮かべたまま頭を振った。

 

「その組織に所属する人たちは、政府の如何なる役職にも就いていない。公的な地位は何もない。しかし、この国で二番目くらいに権力を持っている人たちだ」

 

「国家の黒幕ということですか」

 

「まぁ、その認識で合っている。僕は今回、その人たちからの依頼で動いていたんだ。妖魔を、パラサイトをこの国からさっさと追い出せ、という依頼をね」

 

「・・・だから光宣の逃亡を手助けしたんですか?」

 

「その人たちは妖魔を封印しても、あまり良い顔をしないんだよ。封印は何時か破られてしまうものと、思い知っているんだろうね。滅ぼせなければ追い払ってしまいたいと考える人たちなんだ」

 

「師匠はその連中に、逆らえないんですね」

 

達也が辛辣な口調で指摘すると、八雲は似たような口調で達也に応えた。

 

「東道青波閣下も、その人たちの仲間だよ」

 

達也の顔から表情が消える。八雲の顔からも表情が消える。二人の間に、居心地が悪い沈黙が居座った。その沈黙を破ったのは、達也の方だった。

 

「師匠は常々、自分は世捨て人だと仰っていましたが・・・」

 

達也が何を言いたいのか、この段階で分かったのだろう。八雲はこの夜で一番、苦い笑いを浮かべた。

 

「結構なしがらみに囚われているんですね」

 

「まったくだ。浮世は本当にままならない。本当の世捨て人になるには()()のように世界でも通用するほどの圧倒的な力を持たないとこの時代、本当の世捨て人にはなれないって事だね」

 

彼ら、とはもはや誰のことか言わずともわかる。

他人事のように呟く八雲。達也はそれ以上何も言わず、今も土の上に胡坐をかいたままの八雲に、背中を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が見えなくなってから数分。八雲はあぐらを掻いたまま虚空に向かって語りかける。

 

「見物はどうだったかい?凛くん」

 

そう言うと何も無いところからカーテンを捲るように二人の人物が現れた。もちろん、凛と弘樹であった。ほのかの誘拐事件の際、フーズ・ブーを追跡していた彼だったが。東京のとある山道で彼を始末した後、急いで凛の元まで戻ってきていた。

 

「ええ、そうね。なかなか面白かったわよ。師弟対決」

 

「そうですね姉様」

 

そう言うと凛は満足そうな表情を浮かべると八雲に話しかける。

 

「どうだい、今日は達也の勝利を祝って何処かいかないか?」

 

「いやいや、僕は世捨て人だよ。遠慮させてもらうさ」

 

「何が世捨て人だ。元老院の命令を聞いている時点で世捨て人ではなかろうに」

 

「社会との関わりは少ないと思うよ」

 

「どうだか」

 

そう言うと凛と弘樹は軽い世間話をするとそのまま校庭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高速道路に放置した電動二輪『ウイングレス』を回収し――幸い、警察に持っていかれてはいなかった――、それに跨って達也が調布のマンションにたどり着いたのは、午後九時を回った後だった。

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

「あぁ、ただいま」

 

玄関まで迎えに出てきた深雪と目を合わせるのが、達也は気まずかった。今日、光宣の隠れ家に突入したことを、深雪には事前に話していない。水波の救出がますます困難になったことをどう説明すれば良いのか、達也はバイクを運転しながらずっと考えていた。

しかし、まだ結論は出ていない。とうとう結論は出せなかったのだ。

 

「お兄様、今日のことは葉山さんから伺っております」

 

達也に助け舟を出したのは、他ならぬ深雪自身だった。黒羽貢があのタイミングで出て来たのだから、本家は当然、達也の動向を掴んでいたのだろう。それを深雪に隠しておく理由もない。言われてみれば、予測していて然るべきことだった。

 

「そうか・・・状況は、ますます厳しくなった」

 

「先生まで妨害する側に回ったのですから、仕方がありません。お兄様が無事にお戻りになっただけで深雪は十分です」

 

「そうか・・・心配を掛けたな」

 

「いえ・・・」

 

深雪が声を詰まらせる。達也は本当に心配をかけていたのだと、その姿を見て覚った。彼は深雪の肩を優しく抱いて、リビングへと誘った。

隣り合わせに座ってしばらく達也の肩に顔を埋めていた深雪は、ようやく気分が落ち着いたのか、達也からそっと身体を離して立ち上がった。深雪は瞼が少し赤くなっていたが、達也はそれを指摘したりはしなかった。

 

「コーヒーをご用意しますね。それとも、紅茶の方がよろしいですか?」

 

「そうだな・・・今は、紅茶をお願いしようか」

 

「かしこまりました。ホットでよろしいのですよね?」

 

「あぁ、それで頼む」

 

深雪がリビングからキッチンに向かう。彼女と入れ替わるように、リーナが隣の部屋からやってきた。恐らく物音で達也が戻ってきた事に気付き顔を出したのだろう。

 

「ようやく帰ってきたわね、達也」

 

「リーナ。深雪についていてくれていたのか」

 

「まぁね。達也も大変だったみたいだけど、こっちも大騒ぎだったんだから」

 

「・・・何かあったのか?」

 

達也が眉を顰めてリーナに問う。だいたいの事情はエリカから聞いているが、その事件に深雪が巻き込まれたとは聞いていない。もしかしたらエリカから聞かされたのとは別件なのだろうかと考えたが、リーナから事情を聞けばいいだけだと結論付け尋ねる。

 

「あったわよ、大事件が。深雪が戻ってきたら話してあげる。多分深雪は、自分の口から伝えたいだろうから」

 

「そうか」

 

達也はそれ以上、質問を重ねなかった。リーナも、口を閉ざした。彼女は沈黙が居心地悪そうだったが、「深雪が戻ってきたら」というのは自分から言い出したことだ。すぐに前言を翻すつもりは無いようだ。

深雪がリビングに戻ってくる。

 

「リーナ。起きたのなら言ってくれないと。貴女の分、用意していないわよ」

 

起きた、という深雪の言葉に、達也がリーナへ目を向ける。リーナは居心地悪そうにさっと目を逸らした。よくよく見れば、彼女は髪を下ろしていた。その金色の髪には微妙に寝癖がついていた。どうやらリーナは仮眠中だったらしい。起こしてしまったか、と尋ねるのはリーナが嫌がると思ったので、達也はそこには触れなかった。

 

「私はジュースで良いわ」

 

リーナは達也から顔を背けたまま、殊更平然とした声で応えた。そして自分でリモコンを操作して、ホームオートメーションにオレンジジュースを注文する。

深雪がソーサーに載った紅茶のカップを優雅な仕草で達也の前に置き、自分の分もローテーブルに置いて達也の正面、リーナの隣に座ったすぐ後に、ホームオートメーションの非ヒューマノイド型ロボットがジュースのグラスを運んできた。全員の飲み物が揃い、改めてお互いに顔を向き合わせる。

 

「深雪。ほのかと美月の件を、達也に話したら」

 

「ほのかと美月に何かあったのか?」

 

達也が真剣な眼差しを深雪に向けた。深雪は、目を逸らさない。彼女は最初から、今日の事件を達也に話しておくつもりだったのだ。

 

「えぇ、実は――」

 

そう前置きして、深雪は達也に、ほのかが誘拐された件と美月が誘拐されそうになった件の顛末を話した。

 

「ほのかはエリカが付き添っています。凛が直してくれたようで。お医者様の診断でも問題ないとのことです」

 

「えぇ、本当に。エリカの直感が無かったら、美月も危ないところでした」

 

「そうだな。エリカには俺からも礼を言っておこう」

 

「ピクシーもね。アレがいなかったら、ほのかが攫われた先は分からなかったわ」

 

「あぁ。ピクシーも労っておく」

 

深雪と、最後に口を挿んだリーナに達也は頷き返し、そして虚空に視線を固定する。

 

「・・・お兄様?」

 

「んっ? あぁ、すまない」

 

「何をお考えだったのですか?」

 

深雪と、彼女に便乗したリーナが、視線で達也に答えを迫る。

 

「いや・・・こんなことを考えるのは自意識過剰かもしれないが」

 

深雪もリーナも、達也から視線を離さない。達也は観念したように、答えを続けた。

 

「ほのかは婚約者ということで分からなくは無いが、美月は俺の友人というだけで敵対軍事勢力の標的になってしまった。彼女たちが危ない目に遭ったのは自分の所為だ、と自虐するつもりは無い。薄情かもしれないが、悪いのは非合法工作員とそれを操ったUSNA政府だ」

 

「薄情なのではありません!お兄様の仰ったことは紛れもない事実です」

 

「そうよ!深雪の言う通り、悪いのはイリーガルMAPとペンタゴンだわ!」

 

二人の剣幕に達也は面食らった。深雪が自分の弁護をするのは達也も予想していたが、リーナもそれに加わるとは思わなかったのだ。

 

「USNAの責任を肩代わりするつもりは無いが・・・まったく知らん顔もできないと思ってな」

 

「それは、婚約者たちだけではなく美月たちの身の安全にも、達也が責任を感じているということ?」

 

「今後、同じことが起こらないとも限らない」

 

「具体的に・・・何か方策を考えていらっしゃるのですか?」

 

深雪の質問に、達也は珍しい程の躊躇いを見せた。しかし、何時までも答えを渋っているわけには行かないと覚悟を決めたのだろう。達也は自分をジッと見つめ続ける深雪の瞳に向かって、答えを告げた。

 

「・・・いずれ、美月たちも四葉家で・・・、いや、俺の手元で保護するべきではないかと考えている。無論、本人が望めばだが」

 

そしてすぐに、それでは答えとして不十分だと考えた。

 

「今回襲われた美月やほのかだけではなく、レオや幹比古も、必要ならば庇護下に収めることを検討すべきではないか・・・。そんなことを考えていた」

 

「よろしいのではないかと、存じます」

 

深雪は達也の言葉に、反対しなかった。仮に保護の対象が女性陣だけだったら、抵抗を覚えたかもしれない。それは所謂「ハーレム」宣言とも解釈できるからだ。ただでさえ大勢の婚約者がいるというのに、標的になるかもしれないという理由でそのメンバーが増えるのは深雪としても面白くない。だがレオと幹比古の名前が加わったことで、その不安が払拭されたのだ。

 

「そうそうたるメンバーね。王国が創れるんじゃない?」

 

リーナがあながち冗談とも思えない口調で感想を述べる。達也は苦笑いを漏らしたが、深雪はそれに同調しなかった。

 

「まあ、それでも凛と弘樹はそれすらも必要ないかも知れないがな」

 

「そうですね。あの二人は強いですから」

 

「達也と深雪が認めるほどって・・・一体どれほどなのよ・・・」

 

「私たちですら凛の本気は見た事無いですしね」

 

「あれで本気じゃないの!?」

 

「そうよ」

 

「それって本当の化け物じゃん・・・」

 

リーナは半分呆れながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本時間七月十六日未明、現地時間七月十五日早朝。光宣と水波を乗せた全水没型輸送艦『コーラル』は、北西ハワイ諸島のUSNA海軍パールアンドハーミーズ基地に到着した。



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国防軍の動き

七月十三日、土曜日の早朝。具体的には午前七時の十分前。一高に登校する深雪に、達也は何時も通りの顔、何時も通りの声で問いかけていた。

 

「ほのかのお見舞いは、一度家に帰ってからだったな」

 

「はい、予定通りです」

 

リーナの魔法『仮装行列』によって明るい栗色の髪、淡い茶色の瞳の、別人の姿に変身した深雪が、何時もとは違う声、何時もと同じ口調で答える。

昨日、七月十二日。水波は米軍のパラサイトを味方につけた光宣の手で、海路、国外に連れ去られた。達也の追跡は、失敗に終わった。だが達也も深雪も、失敗に打ちのめされてはいなかった。

 

「達也も行くんでしょ?」

 

深雪の隣で、深雪と色だけが違う同じ顔をしたリーナが達也に尋ねる――リーナが自分の顔を参考にして深雪を変身させたという経緯を考えれば、今の深雪がリーナと色彩を除いて瓜二つの顔立ちをしている、と表現するべきか。

達也が水波の奪還に失敗したことは、リーナも知っている。だがリーナに達也を気遣っている様子はなかった。昨日の失敗を、達也が気にしていないと思ってるからではない。達也も、深雪も、精神的に小さくないダメージを負っているとリーナは理解していた。

だが、達也も深雪も、諦めていない。リーナはそれも、知っているからだ。

 

「そのつもりだ。リーナも同行してもらえるか?」

 

「もちろんよ。ほのかは友達だもの」

 

達也と深雪が何時も通りに振る舞うのであれば、自分もいつもと同じ態度を貫く。リーナはそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪がリーナの魔法によって別人の姿を得ているのは、マスコミの取材攻勢を躱す為だ。七月八日、今週の月曜日。日本海を南下する新ソ連の艦隊を、一条将輝が新たな戦略級魔法『海爆』で退けた。それ自体は、達也が仕組んだことで、彼の計算通りだ。しかし、新たなヒーローに群がるマスコミに向けて吉祥寺真紅郎が放ったセリフが、達也の予定を大きく狂わせた。

吉祥寺は『海爆』の共同開発者として、達也の名前を記者に対して馬鹿正直に喋ってしまった。その御蔭で達也ばかりか、深雪や他の婚約者まで取材攻勢に曝されそうになる事態に陥ってしまった。

幸いまだ、達也も深雪も、他の婚約者たちも記者やカメラマンに囲まれるには至っていない。深雪が調布のマンションに引っ越したことも、他の婚約者たちが新居に引っ越したことも、学校にも伏せられている。達也たちの自宅は記録上、父親の司波龍郎が所有する府中の一軒家のままだ。マスコミは現在、そちらに押しかけている。

だが自宅でコメントを取れなかった記者が一高の通学路で待ち伏せるに違いないことは、容易に想像できた。また実際、そうなった。それを見越して、深雪の姿を『仮装行列』で別人のものに変えてしまうことを、達也はリーナに依頼したのだった。

深雪がリーナと一緒に、何時もより早い時間に登校しているのは、学校で『仮装行列』を解く時間が必要になるからだ。魔法の解除自体は一瞬だが、変身シーンを不特定多数の生徒に見られないようにする為に、教室ではなくいったん生徒会室に向かって、そこで変身を解除しているのだ。その為に登校時間繰り上げだった。

深雪たちを送り出した達也は、ダイニングに腰を落ち着かせた。繰り返しになるが、水波の奪還を諦めたわけでもなければ、光宣に逃げられて打ちのめされているわけでもない。今日の午前中は、昨日の後始末で外出しなければならない。何を始めるにしても、時間的に中途半端だった。

 

「(・・・水波は太平洋を東進中。進路に変更は無しか)」

 

ホームオートメーションで淹れたコーヒーを飲みながら、水波の情報に「眼」を向ける。水波のエイドスは、問題なくトレースできた。

 

「(光宣は・・・俺が「視」ていることに気づいたな)」

 

光宣は水波の側にいるはずだ。達也はその「縁」をたどって光宣のエイドスを読み取ろうとしたが、ピントが合う前に、光宣の「影」は達也の「視界」から外れてしまう。

 

「(『鬼門遁甲』か)」

 

達也の「視線」を逸らしたのは、光宣の『鬼門遁甲』だろう。周公瑾の亡霊から受け継いだ東亜大陸流古式魔法を、光宣は完全に使いこなしているようだ。達也はそこで、いったん観測を打ち切った。無論、水波のエイドスに付けたマークは残したままだが、光宣を見つけることには拘らなかった。詳細な観測を続ければ、水波を連れ去っている輸送船の足を止めることも不可能ではないだろう。しかし下手に攻撃して水波の身に害が及んでは本末転倒だ。機関部のみを破壊したつもりが、船の沈没という結果に繋がりでもしたら目も当てられない。

 

「(まだ少し早いが・・・)」

 

外出の支度でもするか、と考えて達也はコーヒーを飲み干した。行き先は師族会議だ。正装までは必要無いが、それなりにフォーマルな装いが求められる。公的な身分は高校生だから学校の制服でも許されるのだが、彼はスーツに着替えることにした。

カップを食洗機に入れて――スイッチを操作しなくても洗い物が適量になったら自動的に始動する――達也は彼に宛がわれている部屋へ向かう――だが彼は途中でリビングに寄ることになった。動画電話のコール音に呼び止められたのだ。

時刻はまだ八時前。こんな時間に電話してくるのは、急ぎの用事があるからだろう。あるいは、この時間しか電話できないのか。そう思うと、知らん顔は躊躇われた。リビングに入った達也が受信ボタンにタッチする。壁面ディスプレイに登場したのは、軍服を着た藤林響子だった。

 

『達也君、おはようございます。こんな時間からすみません』

 

響子が遠慮がちに画面の中から話しかけてくる。その態度は、朝早くであることを気にしているばかりではないように見えた。

 

「おはようございます。急なご用件ですか?」

 

達也は素っ気ない口調でいきなり尋ねた。愛想が無いのは気分を害しているからではなく、これが達也の平常運転なのだ。

 

『急用というわけでは、ないのだけど・・・』

 

口籠る響子。達也はカメラ越しの視線で続きを促す。響子はディスプレイの中でそわそわと瞳を左右に揺らし、達也の顔を直視しないまま、本題を切り出す。

 

『・・・父のことで、謝罪したくて。達也君、お時間をいただけないかしら』

 

「それは、直接会って話をしたいということですか?」

 

『えぇ』

 

ここで響子は、ようやく覚悟を決めた表情で、達也と目を合わせた。

 

『父がしたことは、カメラ越しの謝罪で済まされる裏切りではないから』

 

藤林響子の父、藤林長正は昨日、富士山麓・青木ヶ原樹海で達也と戦った。九島光宣を逃がす為に、達也の追跡を邪魔したのである。その前日、長正は光宣の捕縛に関して達也に協力すると約束していたから、彼の行為は紛れもない裏切りだった。だが達也の返事は、相変わらず素っ気なかった。

 

「不要です」

 

『でも・・・』

 

「謝罪は今、受け取りました。これ以上は不要です」

 

取り付く島もない。達也の口調は、そんな表現が似合うものだった。それでも響子は、食い下がろうと口を開く。しかし達也の声が、彼女の機先を制した。

 

「それより、お父上のお見舞いに行かれては? 入院先はご存じですか?」

 

『え、ええ。母から聞きました』

 

「重症ですが、面会謝絶にはなっていないはずです」

 

達也に敗れた藤林長正は黒羽貢の配下に捕らえられて、四葉家の支配下にある甲府の病院に運び込まれた。今はそこに軟禁されたまま治療を受けている。ただ軟禁と言っても、四葉家には長正と外部との接触を妨げるつもりは無い。家族には病院の名前と住所、電話番号を昨晩の内に伝えてあった。

 

『・・・分かりました。この度は本当に、申し訳ございませんでした』

 

迷惑を掛けた張本人である父親としっかり相談してから、出直してこい。達也はそう言っているのだと、響子は解釈した。

 

「いえ、お大事に」

 

響子が自分の発言を誤解していることを達也は何となく察していたが、わざわざ言い訳しようとはしなかった。彼は皮肉と受け取られても仕方のないセリフと共に、通話スイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国防陸軍第一〇一旅団独立魔装大隊指令室に出勤した風間中佐は、席を温める間もなく部屋を後にした。卓上端末を立ち上げた直後、呼び出しのメッセージを目にしたからだ。そして彼は今、一○一旅団司令官である佐伯少将のデスクの前に立っている。

 

「昨日、旧山梨県富士河口湖町の西湖近くで九島蒼司が警察の取り調べを受けました」

 

一通り定型的な遣り取りをした後、佐伯が最初に取り上げた話題はこれだった。

 

「九島家の次男と同じ名前ですね」

 

「本人です」

 

風間の顔に浮かんでいる意外感が、ハッキリとしたものとなった。

 

「何故そんなところに? 九島閣下の葬儀を明日に控えて、遠出をしている余裕などないはずですが」

 

光宣に殺された――表向きの死因は病死ということになっている――九島烈の葬儀は、風間が言うように明日、九島家の地元で執り行われる予定だ。間違いなく、多数の弔問客が式場を訪れるだろう。今日だけでなく、昨日も遺族は準備に追われていたはずだった。

 

「どうやら九島蒼司は、九島光宣の逃亡を支援して司波達也と一戦交えたようですね」

 

「九島家はまだ、九島光宣とつながっていたんですか?」

 

「状況証拠だけですが」

 

風間の声には、驚きよりも呆れの成分の方が濃く混じっていた。一方、佐伯は特に驚くでも呆れるでも意外感を示すでもなく、淡々と風間の質問に答える。

 

「警察が訊問できたということは、達也は九島蒼司を消さなかったのですね?」

 

「当たり前です。彼の雲散霧消は機密指定魔法ですよ。使用人奪還の邪魔をされたくらいで乱用するなど許されません」

 

ここで、佐伯のポーカーフェイスにひびが入った。彼女のセリフは、軍の立場を一方的に押し付けるものだ。達也にとっての優先順位は別にあるし、水波は単なる『使用人』ではないことを佐伯も風間も知っている。しかし風間は、今この場でそれを指摘したりはしなかった。

「そのくらい、彼にも理解出来ていると思ったのですが・・・昨晩、湘南で観測された火球は彼の雲散霧消によるものです。証拠はありませんが、成層圏プラットフォームの赤外線カメラが撮った映像を私のスタッフが分析した結果、ほぼ間違いないと結論付けられました」

 

「初めて聞きました」

 

風間の発言は、何故自分のところに情報が下りてこなかったのかという不満の表明だ。達也は『大黒竜也特尉』として風間が指揮する独立魔装大隊に所属している。一次的な分析を師団本部の情報部隊が担当するのは妥当としても、最終的な結論を出す前に自分が指揮する大隊に意見を求めるのが筋ではないか、と風間は考えたのだった。

佐伯は風間の心情を理解できたし、予測もしていた。その上で、佐伯は風間の不満を無視した。

 

「当旅団は、昨日司波達也が犯した数々の不法行為に関して、彼を擁護しません。ここ最近の彼の振る舞いは目に余ります。戦略級魔法師だから好き勝手が許されると考えているのであれば、考え違いを正さなければなりません」

 

「達也はそんな誤解などしていないと思いますが・・・」

 

一条将輝という新しい戦略級魔法師が手に入ったから、達也は用済みですか?――とは、風間は口にしなかった。だが目では言っていると自覚していたので、風間は強引に話題を達也から逸らす。

 

「ところで、九島蒼司は九島光宣の逃亡をサポートしたということですが・・・、九島光宣は達也の追跡から逃げきれたのですか?」

 

「九島光宣は桜井水波を連れて、米軍の輸送艦で太平洋に逃れたようです」

 

「米軍が手引きしたのですか?」

 

「米軍内のパラサイトが協力したのでしょう」

 

スターズを中心として、USNA軍内でパラサイトが影響力を拡大しているという事実は、日本軍もキャッチしていた。今はまだ情報部の一部と一握りの幹部だけに留め置かれている情報だが、佐伯は私的なルートによってこれを入手済みだった。

 

「なるほど」

 

佐伯はこのことをまだ風間に伝えていなかったが、彼に驚いている様子はない。風間の反応に佐伯は意外感を覚えたが、「知っていたのか」とは尋ねなかった。情報の入手ルートに話が及ぶと藪蛇になるのではないか、という懸念が佐伯の意志を過っていた。

 

「・・・おそらく、司波達也も九島光宣の逃亡手段は知っているでしょう。逃亡先も掴んでいる可能性があります」

 

「達也にはあの『眼』がありますからね。しかし、それが何か不都合でも?」

 

「九島光宣を乗せた輸送艦は、北西ハワイ諸島に向かっているようです」

 

「北西ハワイ諸島・・・閣下は達也がミッドウェー島に向かう可能性を危惧されているのですか?」

 

「そうです。中佐、独立魔装大隊は決して、司波達也のミッドウェー襲撃に手を貸してはなりませんよ」

 

「分かっております。部下にも徹底しておきます」

 

風間の弁えた態度に、佐伯が軽く、安堵の息を吐く。どうやら自分は、米軍基地攻撃という暴挙の片棒を担ぐと疑われていたらしいと、佐伯の態度からそう考えた風間は、国益よりも私情を優先する人間だと思われているようで大層不本意だった。

 

「お話しはそれだけですか」

 

彼の言葉に棘が生じたのはその所為だ。風間はこの時、あえて不快感を隠さなかった。

 

「いえ。本題は別にあります。三月に捕えたオーストラリアの魔法師、ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンを解放することになりました」

 

「オーストラリアに引き渡すのですか?」

 

「そうです」

 

風間は解放の理由を問わなかった。政府の決定であれば自分が口を挿む筋合いではないし、藪をつついて蛇を出したいとも彼は思わなかったのだ。オーストラリアで捕虜になっている日本の将兵は、公的な記録上では存在しない。だがもしかしたら捕虜ではなく罪人として拘束されている工作員がいるのかもしれない。風間自身、非合法業務とは無縁でないから余計に、その手の連中とは関わりたくないというのが本音だった。

 

「中佐には、彼らの護送任務を引き受けてもらいたいと考えています」

 

「小官がですか?」

 

しかし話題に出た時点で、二人のオーストラリア魔法師工作員の解放にタッチしないで済まされないのも分かっていた。

 

「日帰りです。大隊の運営に支障はないはずですが」

 

「日時と場所を伺っても?」

 

「当基地出発は七月十四日○九○○。二人の身柄は今日中に当基地へ移送される予定です」

 

「明日ですか・・・護送先は何処でしょう。オーストラリアですか?」

 

「硫黄島です。そこで捕虜を引き渡します」

 

「引き渡すだけでよろしいのですか?」

 

「捕虜交換ではありません。ただ」

 

そう言って佐伯は、デスクの中から封をした手紙を取り出した。

 

「これを先方の責任者に渡してください。必ず本人に、手渡しするように」

 

「本人と仰いますと、誰でしょうか?」

 

封筒には宛名が書かれていない。風間の質問は、当然のものだった。

 

「中佐も顔と名前は良く知っている人物です」

 

それに対する佐伯の回答は、普通ではなかった。今、この旅団司令官室には佐伯と風間しかいない。それでも、名前を口に出せない相手ということだ。

 

「了解しました」

 

風間はそれ以上、詮索しなかった。



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十師族オンライン会議

達也は午前九時過ぎに、迎えに来た兵庫の操縦する小型ヘリでマンションを出発した。行き先は横浜ベイヒルズタワー。今日の十時から、魔法協会関東支部のオンライン会議室を借りて師族会議が臨時開催されることになっている。達也はそこに、参考人として呼ばれているのだった。

 

「七草先輩、おはようございます」

 

「・・・達也くん、おはよう。早いわね」

 

そう言うと真由美は笑みを浮かべ、達也に近づく。

 

「先輩は七草殿の代理でご出席ですか?」

 

「まさか。十文字くんのアシスタントよ」

 

「そうでしたか。確かにテレビ会議システムを一人で操作しながらでは、如何に十文字先輩でも会議に集中出来ないかもしれません」

 

「だからといって、部外者に手伝わせるわけにはいかないものね」

 

真由美の顔に一瞬、暗い影が差した。当たり前だが、今日の会議で何が議題となるのか、彼女は知っているようだ。しかし真由美はすぐに、愛想の良い笑みを浮かべた。

 

「達也くん、向こうでお茶でも飲まない?」

 

「もうすぐ会議が始まる時間では?」

 

「まだ十分以上あるわよ」

 

そう言って真由美は、半ば強引に達也を喫茶スペースへ連れて行った。彼女が紅茶に一家言ある女性だと、達也は知っている。十分程度では満足にお茶を点てられないのではないかと達也は懸念したのだが、真由美もそこまで凝り性ではなかったようだ。達也の前に差し出されたのは、冷蔵庫で冷やされていたアイスティーだった。

 

「達也くん、この前はお役に立てなくてごめんなさい」

 

真由美が腰を下ろした達也の前にグラスを沖ながら、まず謝罪を口にする。シロップ、ミルク、レモンなどの余計な物はテーブルに置かない。ストレート以外を認めないのは、時間不足の中でせめてもの拘りだろう。

 

「・・・先月のことですか?あの晩は結果的に、光宣を撃退していただきました。むしろお礼を申し上げなければなりません」

 

真由美が言っているのは六月の下旬、水波が入院していた病院を光宣が襲撃した夜のことだ。達也が言うように、あの晩の光宣は水波の誘拐に失敗している。

 

「あの時、光宣くんを撃退したのは十文字くんだし・・・それにあそこで光宣くんを捕まえていれば・・・」

 

「光宣を捕らえなれなかったのは俺も同じです」

 

喫茶スペースの空気が、重量と粘度を増した。真由美は暗いムードを払拭しようと図ったのか、口調と表情をがらりと変えて達也に尋ねる。

 

「・・・ところで最近、学校には行ってる?」

 

「行っています。時々ですが」

 

達也的には、嘘ではない。今週に限っても、水曜日にリーナを百山校長に引き合わせるために登校している。それにそもそも、学校が再開されたのは木曜日からだ。学校に行っていないと答える方が嘘になるだろう――達也はそう思った。

しかし彼の思惑とは裏腹に、真由美は達也の言葉を聞いて眉を曇らせた。真由美が気遣わしげな眼差しを達也に向ける。

 

「達也くんが出席を免除されていることも、そうなった事情も知っているけど・・・でもそれは、達也くんが望んだ境遇ではないでしょう・・・? 学校に来るなと言われているわけじゃないんだし、出来るだけ毎日、登校した方が良いんじゃない? 高校生でいられるのは、あと半年と少ししかないんだし・・・」

 

真由美は自分のことを心配して、そう言ってくれているのだ。そこは達也も誤解していない。誤解があるとすれば、真由美の方だろう。

 

「可能な限り、登校するつもりです」

 

これはその場限りの言い逃れではなく、紛れもない達也の本音だ。入学直後の頃ならともかく、今の達也は一高に通うのが嫌ではない。むしろ、一高に愛着すら覚えている。それに自分の好き嫌いを別にしても、深雪とリーナが学校でどのように過ごしているのか、達也はかなり気になっている。深雪のことは純粋に心配で、リーナのことは何か突拍子もないことをしでかさないか心配で。ただ現状は、通学している余裕が無いだけだった。

 

「・・・余計なお世話だったかしら?」

 

達也の短い返事で真由美がそこまで理解したとは思えないが、彼の口調や表情から感じ取れたものがあったのだろう。彼女の眉を曇らせていた憂いは、完全に晴れてはいないが、だいぶ薄れていた。

 

会議開始の三分前になって、克人が姿を見せた。来るのが遅すぎるということはない。事前の準備は魔法協会の職員が調えてくれている。アシスタントが必要なのは、会議が始まってからだ。

達也は真由美と共に、克人の後に続いて会議室に入った。十分割された大型ディスプレイには既に、六人の顔が映っていた。達也は十師族当主である彼らに、まとめて会釈であいさつした。これは達也が、他家の当主を軽んじているからではない。克人も真由美も、頭を下げる角度こそ違っても(真由美だけが深めに身体を倒した)同じように一人一人個別に挨拶はしなかった。

達也たちの入室に少し遅れて、八代家当主が画面に姿を見せる。そして十時ちょうど。残る三人――四葉真夜、七草弘一、そして九島真言がディスプレイの中に揃った。

 

「それでは時間となりましたので、臨時師族会議を開催します」

 

克人の宣言に、儀礼的な言葉の遣り取りは無く、一条家当主・一条剛毅がいきなり強い口調で切り出す。

 

『早速だが、まず事実関係を明らかにしたい。九島蒼司殿が、九島光宣の逃亡を助けたというのは事実か』

 

「自分がお答えします。事実です」

 

その問いを、ひるむことなく達也が引き受ける。

 

「九島蒼司殿は『仮装行列』で九島光宣になりすまして、自分を誘導する囮になりました。自分が蒼司殿を追跡している隙に、光宣は逆方向へ逃走を果たしました」

 

『九島殿。司波殿のご発言に、間違いはありませんか?』

 

二木家当主・二木舞衣が真言に尋ねる。九島家は現在、十師族のメンバーではない。師補十八家、十師族の補欠と位置付けられる十八の家の一つだ。九島真言が会議に招かれているのは事情を聞く側ではなく、訊かれる側としてだった。

補欠の位置だからといって、真言は舞衣の質問に怯むことなく答える。

 

『表面的には事実だが、なりすましたという表現には語弊がある。蒼司は自発的に囮となったわけではない』

 

『操られていたというのですか?』

 

『パラサイト化した光宣君が、蒼司殿を操り人形にしていたと仰る?』

 

六塚温子、八代雷蔵が、続けて真言を問い詰める。

 

『そうだ。パラサイトと同化した光宣の精神干渉魔法に、蒼司は対抗できなかった』

 

九島蒼司がこの場にいれば、自分は魔法で直接操られたのではないと証言したかもしれない。蒼司は自分から進んで光宣の逃亡に手を貸したのではなく、威圧されて仕方なく協力した。だが蒼司に圧力を掛けたのは、光宣だけではない。光宣の力に対する恐れがあったのは事実だが、囮になるよう蒼司に命じたのは真言だった。光宣は蒼司に対して、心を操る魔法は使わなかった。

 

『光宣君は意識操作の魔法を使えたのですか? いただいたデータの中には、そのような情報はありませんでしたが』

 

『パラサイト化して、新たに会得した力だろう』

 

真言の説明は意図的な虚偽だ。光宣は蒼司を魔法で操ったのではないし、意識操作の魔法を会得してもいない。しかし七宝拓巳の質問に答える真言の声には、これまでと同じく動揺が見られなかった。

 

『蒼司殿はあくまでも、光宣君に操られていたと仰るのですね?』

 

『その通りだ』

 

この質問を投げ掛けたのは七草弘一だ。真言の答えは変わらず、彼はあくまでも、光宣に全責任を押し付けるつもりなのだろう。

 

『何時からですか?』

 

『・・・何ですと?』

 

真言が初めて動揺を見せる。この問いかけは、さすがの真言も予想外だったのだろう。

 

『蒼司殿が光宣君の術中に落ちたのは何時のことですか? 蒼司殿が囮を務める為に使用した自走車は、レンタカーでも盗難車でもなく九島家の所有物だったと耳にしております。蒼司殿は何時意識操作の魔法を受けて、何時自走車を持ち出したのでしょうか』

 

『それは・・・』

 

『九島殿は、蒼司殿の不審な振る舞いにお気付きではなかったのですか?』

 

『・・・恥ずかしながら、気付いておりませんでした』

 

真言の口調が、苦しげで謙ったものに変わる。彼の強気な態度に綻びが生じた。

 

『それは危ないですね』

 

『危ない、とは?』

 

弘一が嬲る口調ではなく、深刻な声音で指摘すると、一条剛毅がその会話に割り込んだ。剛毅は答えに窮した真言に助け舟を出したのではなく、弘一が何を危険だと言っているのか、その正体を確かめる必要を覚えたのである。まるで剛毅の質問を待っていたかのように、弘一は熱のこもった口調で答えていく。

 

『九島殿は、ご家族がパラサイトの強い影響下にある事に気付いておられなかった。ということは、蒼司殿の他にもパラサイトに心を支配されている方が、ご家族や使用人に隠れている可能性を否定出来ません』

 

弘一の理屈は強引なものだ。しかし、否定することもできない。真言が、蒼司は光宣に操られていたという主張を取り下げない限り。

 

『九島殿。七草殿の御懸念は、無視し得ない物だと思われますが、如何でしょう』

 

『・・・仰る通りです』

 

二木舞衣が中立的な態度に努めながら、真言に話しかける。真言はその言葉を、認めざるを得なかった。

 

『すぐに家の者全員を改めさせます』

 

『誰がパラサイトの支配下にあるのか、分からないのでしょう? 九島殿お一人では手が足りないのではありませんか?』

 

『七草殿がお手伝いされると言うのか?』

 

弘一の問いかけに応じたのは、真言ではなく剛毅だ。剛毅が口を挿まなければ、真言は黙り込む羽目に陥っていただろう。

 

『思うところがありまして、この一年、当家は知覚系の術者発掘に努めてまいりました。お役に立てると思いますが』

 

弘一が知覚系の魔法師取り込みを熱心に進めたのは、昨年の第一次パラサイト事件の反省を踏まえたものだ。少なくともこの件に関して、弘一の言葉に嘘はない。もっとも、弘一の申し出は善意に基づくものではない。

 

『では、当家もお手伝い致しましょうか?』

 

『いえ、それには及びません。光宣君やUSNAとトラブルを抱えている四葉殿の御手を煩わせるのは、申し訳ないですから』

 

四葉真夜の提案に、それが突然の発言であったにも拘わらず、間髪入れず反論したのがその証拠だ。弘一は調査の名目で旧第九研の研究成果を盗み出そうと企んでいた。

 

「その件は後程、九島殿と七草殿の間で直接話し合われては如何でしょう」

 

『そうだな。十文字殿の言う通りだ』

 

弘一と真夜の間に火花が散るのを予感したのか、克人が割って入り、すかさず剛毅が克人を支持する。真夜としては弘一が無条件で九島家の家内検めに参入するのを防ぎたかったのだが、ここで克人の意見に対して不満を見せれば、こちらが何かを企んでいるのではないかと、痛くもない腹を探られる可能性を考え黙っていた。

 

『そうですね。九島殿、後でお時間をいただけますか』

 

『構いません』

 

真言が弘一に頷いたことで、この場は一旦、けりがついたという空気が生まれる。次の話題に進むべきと判断した七宝拓巳が、改まった態度で達也に話しかけてくる。

 

『司波殿。いえ、四葉殿とお呼びすべきですか』

 

「司波でお願いします」

 

達也がそう答えたのはアイデンティティの問題ではなく、真夜と区別が付きにくいだろうと配慮した結果だ。

 

『では、司波殿。昨晩、平塚の東部海岸近くで報道機関のヘリコプターを奪った魔法師集団と銃撃戦を演じたのは、貴殿でしょうか』

 

「ヘリコプターから銃撃を受け、魔法で反撃・殲滅したのは自分です」

 

達也は微妙に七宝拓巳の発言を修正しながら肯定する。拓巳の言い方では、達也も銃で応戦したように聞こえたので、そこは修正しておきたいと考えたのだろう。

 

『司波殿の反撃が自衛の為のものだったということは、いただいた資料で理解しています』

 

達也の反論に、宥めるようなセリフを拓巳が返す。彼も達也が銃撃戦を繰り広げたとは思っていなかったので、達也の反論も仕方がないと思うところがあっての反応だ。

 

『相手が何者だったか、お分かりですか?』

 

『その連中は、九島光宣の共犯者だったのだろうか?』

 

拓巳が達也を宥めたすぐ後に、五輪勇海と六塚温子が質問を続ける。温子は兎も角五輪家としては、七草真由美を達也に取られたという思いがあるのか、表面上は兎も角裏に刺々しさを感じさせる問いかけ方だと、数人の当主たちはそう感じていた。

 

「分かりません。東アジア系の人相でしたが、日本民族と言われれば頷ける程度の違いしかありませんでした」

 

本当はエリカが遠山(十山)つかさから聞いた話で、襲ってきた相手がイリーガルMAPであることは推測できている。だが昨晩の交戦時点では知り得なかった情報なので、達也は正体不明で押し通そうとしたのだが、彼の回答を打ち消すように、七草弘一が再び口を挿む。

 

『彼らの身元については、私の方で掴んでいます』

 

「何者ですか?」

 

もったいぶる弘一に、克人が答えを促す。達也だけでなく真夜も黙っているのを見て、弘一は内心つまらなそうに敵の正体を明かした。

 

『USNA非合法魔法師暗殺小隊・ホースヘッド分隊』

 

『イリーガルMAPですか・・・』

 

弘一が明かした名称を聞いて、三矢元が「なる程」と言わんばかりの口調で呟いた。

 

『七草殿、三矢殿、イリーガルMAPとは?』

 

一条剛毅の問いかけに、七草弘一と三矢元の視線が小さく動く。お互いに手許の画面で、相手の表情を窺ったのであり。カメラ越しの譲り合いの結果、説明役を引き受けたのは三矢元だった。

 

『米軍統合参謀本部直属の非合法工作・暗殺部隊です。所属メンバーは全員が対人技能に優れた魔法師で、三つの分隊から構成されています。その内ホースヘッド分隊は対大亜連合を想定して、東アジア系の外見を持つ魔法師で固められた分隊だと聞き及んでいます』

 

『米軍が保有する非合法工作の精鋭部隊ということか』

 

『その理解で大丈夫です』

 

一条剛毅のセリフに、三矢元が頷く。



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後味の悪い会議

剛毅が何を考えたのかは全員が理解していたし、聞いておくべきだと考えていたので他家の当主が口を挿まなかったのは当然だが、真夜が黙っているのが達也には少し意外に感じられていた。

 

『四葉殿、何故アメリカが御子息の抹殺を目論むのだ』

 

『さぁ?彼らの要求を達也がはねつけたからではないでしょうか』

 

真夜の白々しい物言いは、恍けていることを隠すつもりが無いのだろう。剛毅は真夜の態度を気に掛けることはしなかった。

 

『ディオーネー計画への参加要求をか? それだけの為に、魔法師の暗殺部隊を送り込んでくるとは思えん。やはり、ご子息に関する噂は事実なのではないか?』

 

『噂、とは?』

 

真夜は剛毅の挑発には反応せず、ただ薄らと笑うだけで、剛毅の発言に対して尋ねたのは、七宝拓巳だった。

 

『朝鮮半島南端を壊滅させた戦略級魔法師――俗に言う「灼熱のハロウィン」を引き起こした戦略級魔法の遣い手は、四葉殿の御子息、司波殿だという噂だ』

 

剛毅によるこの発言は、形式的には拓巳に対する答えだが、実質的には真夜に対する、そして達也に対する問いかけだった。真夜は相変わらず、冷たく微笑むだけ。

 

「答える必要を認めません」

 

回答したのは、達也だった。考慮の素振りもない達也の返答に、剛毅が目を見開き顔を紅潮させる。剛毅が声を荒げる前に、達也が更に言葉を重ねる。

 

「それはこの会議で話し合われるべき議題ではありません。もしそのような会議であれば、自分はここにお邪魔していません」

 

『司波殿、それは言い過ぎだ。落ち着きたまえ』

 

『一条殿も、他家の事情を詮索するような発言は控えるべきかと』

 

剛毅に対して一切怯む様子もなく、淡々と事実を告げる達也に六塚温子が、達也の発言を受けみるみる顔を赤らめていく剛毅に八代雷蔵が慌てて仲裁に入る。

 

『・・・そうだな。不適切な話題だった』

 

「失礼しました」

 

剛毅が、言葉だけではあるが、己の非を認め、それを受けて達也が心のこもっていない謝罪を口にした。会議室に、白けた空気が漂い始める。画面に映る当主たちは、モチベーションの低下を隠せない。あるいは、隠す気を無くしている。

 

『発砲騒動を起こした武装勢力がイリーガルMAPであれば、彼らの狼藉は光宣殿とも、国内の犯罪組織とも無関係でしょう。今回は新ソ連艦隊撤退の隙を突かれる格好で入国されてしまいましたが、今後は国防軍も面子に懸けて警戒を強めるに違いありません』

 

このままダラダラと長引かせても益が無いと考えたのだろう。三矢元が議論を強引にではあるが纏めに掛かった。

 

『この件については、我々が関与する必要はないでしょう。ここで問題にすべきは、九島殿の責任についてだと考えます』

 

『三矢殿の仰る通りかと。光宣殿の魔法に屈服した結果とはいえ、パラサイトが社会を騒がせる手助けをしたのですから』

 

七草弘一が三矢元の発言に便乗する。父親の姑息な手に会議室で克人の手伝いをしている真由美は恥ずかしさと苛立ちが綯交ぜになった視線を父親に向けているのだが、生憎真由美の事はモニターに映っていないので弘一には届かなかった。

 

『四葉殿。九島光宣に連れ去られたのは、貴家の使用人です。四葉家としては、九島家にどのようなけじめを求めますか?』

 

弘一が投げ掛けた問いは、真夜に憎まれ役を押し付けようとするものであった。投げ掛けられた真夜は笑みを崩さずに、視線を弘一が映るモニターから達也が映るモニターに移した。

 

『そうですね・・・達也、貴方はどう思いますか?』

 

「責任を取っていただく必要はないと考えます」

 

真夜は自分が答えるより達也が答えた方が弘一に対してダメージを与えられるだろうと考えたのだが、達也は最初から自分に振られるだろうと分かっていたので、彼は迷うことなく答えた。

 

「光宣に操られていたのであれば、九島家のパラサイトの被害者と言えるでしょう。客観的な事実として、九島家は光宣に先代当主を殺害された、第一の被害者。故九島閣下の御葬儀を明日に控えて、そのご遺族を共犯として糾弾するのは、人情としても適当ではないと思います」

 

『司波殿、よくぞ仰いました』

 

反論が挟まれるのを恐れたのだろうか。二木舞衣が、彼女にしては少し早口で、賞賛の形を取って達也に同意する。

 

『司波殿が指摘した通り、九島光宣は九島家前当主を殺害した犯人です。その様な者と、九島家が進んで手を結ぶはずはありません』

 

『常識的には、そうでしょうね』

 

八代雷蔵が、やや皮肉な相槌を打つ。だがここで話を蒸し返すのは得策ではないと分かっているので、それ以上は何も言わなかった。

 

『私も、九島家に償いは必要無いという意見に賛成です。七草殿も、それでよろしいですね?』

 

『四葉殿がそれでよろしければ、私に異議はありません』

 

三矢元に念を押されて、七草弘一が神妙な表情で頷く。

真夜や達也は別にして、舞衣、雷蔵、元の発言は十師族の団結に亀裂を入れたくないという意図によるものだ。九島家は現在、十師族の一員ではないが、つい最近までその中核にあった家として他の師補十八家とは一線を画している。ここで九島家を必要以上に追い詰めては、十師族という体制が弱体化するかもしれない。それが彼らの懐く危惧だった。

弘一も十師族を頂点とする日本魔法界の秩序を壊したいわけではない。彼は、十師族を外れながら今も強い影響力を保持している九島家の地位低下を目論んでいたのであって、共倒れは望んでいなかった。

 

『結構です。それと、司波殿』

 

三矢元は、七草弘一の妥協を引き出しただけでは、矛を収めなかった。

 

「何でしょうか」

 

『確かにこの場は、貴殿の力を暴く場所ではありません』

 

「三矢殿。その話はもう・・・」

 

克人が元を制止する。だが、元の舌は止まらなかった。

 

『しかし、司波殿。貴殿が彼の戦略級魔法師であることは、今や公然の秘密です。司波殿の行動と発言に国内外の多くの軍事関係者が疑心暗鬼に陥り、脅威を覚え、彼らの過剰反応を引き出す現実を、貴殿はもう少し重く認識する必要がある』

 

元の発言は、嫌悪や悪意に基づくものではなかった。むしろ逆ベクトル、達也の現在と未来を気遣ってのものだと言って良いだろう。三矢家は国内だけでなく、海外の軍事関係者との間にも多くのパイプを持っている。もしかしたら「戦略級魔法師・司波達也」を無力化する謀略の一端を掴んでいるのかもしれない。

 

「御忠告と受け止めます。ただ公然の秘密と言われても、自分には何も申せません」

 

達也もそこは理解しているようだ。それでも、彼の態度は変わらない。達也には、国防軍との約束で自分がマテリアル・バーストの遣い手だと明かすことが許されていない、という事情がある。それに加えて、彼は深雪を経由して詩奈から伝えられた情報を無視できなかった。

三矢家は、達也のミッドウェー監獄襲撃計画を国防軍に密告している。密告先に達也と関係が深い佐伯を選んだのは、計画が実行に移されるのを阻止する為だろう。穿った見方とは思いつつ、今の発言も自分の手足を縛る為のものではないかと達也は考えずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の臨時師族会議は、達也にとって後味の悪いものとなった。イリーガルMAPとの交戦を責められなかったことは上首尾だが、戦略級魔法師として事実上暴露されてしまったのは、自分の失態では無いとはいえ、いただけない結果だ。

しかし、スッキリしない気分を何時までも引きずっていては、深雪に余計な心配をさせてしまう。彼は気持ちを強引に切り替えて、前日から予定していた通り学校から帰宅した深雪、リーナと一緒にほのかが入院している病院へ向かった。

 

「ハイ、ほのか!体調はどう?」

 

病室に入って、リーナがほのかへ真っ先に話しかける。その後ろで、達也と深雪が微妙な無表情を浮かべていた。

実を言えば深雪は、達也が最初に声を掛けた方がほのかは喜ぶだろうと思って控えていたのである。達也も深雪の考えを汲んで、まず自分が容態を尋ねようと準備していた。ところが、リーナがノリと勢いで、その段取りを壊してしまった。あらかじめ打ち合わせしていたことではないから、リーナを非難するわけにもいかない。その結果が、達也と深雪の一時的な表情喪失だった。

もっともこれは、達也たちが気を回し過ぎた嫌いもある。ほのかはリーナの明るい声に、気落ちなど欠片も匂わせず笑顔で応えた。

 

「どこも悪いとこはないよ。入院と言っても、用心の為の検査入院だから」

 

「そうか。それは良かった」

 

ほのかの返事を受けて、達也が態勢を立て直して会話に割り込む。

 

「達也さん・・・すみません、ご心配をお掛けしました」

 

ほのかが恐縮しながら、隠しきれない笑みを零す。達也が自分のことを心配していないとは考えていなかったが、こうして気に掛けていることを態度で示されると、やはり喜びを禁じ得ないのである。

 

「ほのかが謝ることじゃない。むしろ謝らなければいけないのは俺の方だ、今回は巻き込んでしまって、すまなかった。エリカにも、迷惑を掛けたな」

 

病室には達也たち以外に、エリカと雫もお見舞いに来ている。達也はまずほのかに頭を下げ、エリカにも謝罪の言葉を向ける。

 

「そんな!達也さんが悪いわけじゃないです!」

 

「そうね。悪いのはあの悪党どもよ。幸い、ほのかにも美月にも怪我は無かったんだし、達也君が責任を感じる必要は無いんじゃない?」

 

「本当に、怪我が無くて良かったわ。ほのかと美月だけじゃなく、エリカや西城君や吉田君にも」

 

深雪の言葉は彼女の紛れもない本心だが、これ以上何度も達也に謝罪させないためのものでもあった。

 

「そうね。美月も学校を休んでいたけど、昨日あんなことがあって大事を取っているだけだし。レオとミキは・・・あの程度でどうにかなるタマじゃないでしょ」

 

エリカの言う通り、美月は大事を取って本日は自宅で休養。レオと幹比古は女の子の病室、それも個室だからと遠慮しているわけだった。

 

「私も、達也さんの責任とは思わないけど」

 

それまで黙っていた雫の発言は、ここまでの流れとニュアンスが異なるものに聞こえた。雫がじっと、達也を見詰める。その顔に、笑みは無い。

 

「二度とこんなことが起きない様に、達也さんがほのかを守って欲しい」

 

「ええっ!?」

 

雫の、軽口ではあり得ない、本気の口調。本気の表情に声を上げたのは、ほのか。エリカもリーナも、驚きを露わにしている。深雪の顔には何故か、驚きも怒りも無かった――その代わり、笑ってもいない。

 

「いいのか?ほのかの負担が大きくなる可能性があるが・・・」

 

「構いません」

 

ほのかは受け入れる姿勢をとっていた。

 

「深雪は・・・それでいいの?」

 

ほのかが深雪に聞くと深雪は目を伏せた。

 

「ええ、構わないわ。お兄様にはほのかのことを見て欲しいし・・・今の私には弘樹さんがいるから・・・」

 

お兄様にもお兄様の自由な人生を生きて欲しい。とは言わなかったが深雪の思ったことはエリカ達にも理解できた。

 

「それでは。私はこれから習い事ですので」

 

「凛の鬼マナー教室?」

 

「ええ、今日は華道の練習よ」

 

「頑張ってね」

 

「ええ、ではお兄様。失礼します」

 

そう言うと深雪は病室を後にした。

 

達也は深雪がほのかを大事にして欲しいという気持ちは理解している。

だが、感情を失っている今の自分とほのかは果たして合うのだろうか。そんなことを達也は考えてしまっていた。



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弘樹の説明

午後七時。リーナは今日も、達也、深雪、弘樹と一緒に食卓を囲んでいる。ただ今日はずっとテーブルで待っているのではなく、深雪と一緒にキッチンに立った。残念ながら「一緒に料理をした」と言える水準ではなく「深雪のお手伝い」だったが。

 

「・・・まさか雫の方から提案してくるなんてね」

 

苦労して箸を操りながらリーナが達也に話しかける。深雪はなかなかスパルタで、ナイフとフォークで箸を代用することをリーナに許していない。深雪も凛から食事のマナーを四葉家以上に厳しく教えられた為にその厳しさが伝染していたのだ。

 

「確かに、意外だった」

 

雫の提案とは「ほのかのことを達也が守って」という内容のものだ。雫の提案は達也が「婚約者以外も自分の庇護下に置く必要があるかもしれない」と口にしたものと似ており、リーナもその話は聞いていたからだ。

 

「でも達也だって、向こうから言ってくれて都合がいいって思ったんじゃない?」

 

「そうだな。・・・本当は守ってやらなければならない状況になんて、ならない方が良かったんだが」

 

達也の独り言めいたセリフは、リーナたちの予想外に重いもので、三人は一瞬言葉を失い、リーナは視線で深雪に助けを求めた。

 

「・・・ほのかも魔法師ですから。お兄様とは関係なく、危ない目に遭う確率は低くないと思いますよ」

 

「そ、そうね。強い魔法師に目をつけて無理矢理思い通りにしようとする連中だし、政府にも民間にも犯罪組織にもいるし。達也に守ってもらえるのは、ほのかにとって幸せなんじゃないかしら」

 

「そ、そうですね。達也に守ってもらえるなら、絶対的な安心感を手に入れられるでしょうし」

 

三人が慌てて慰めを口にする。実際慌てているのはリーナと弘樹の二人で、深雪の言葉には、自分に言い聞かせているような趣があった。

 

「・・・まぁ、そうだな。それにこの件は、今すぐどうこうしなければならないという性質のものじゃない」

 

「・・・そうですね。今は水波ちゃんの方が優先です」

 

深雪の言葉に、四人の箸が止まる。空気が一層重くなったが、今度は逃げたり誤魔化したりできなかった。

 

「・・・私が言うことじゃないかもしれないけど、水波を追い掛けなくて良いの? 諦めるつもりはないんでしょう?」

 

「もちろん、諦めるつもりは無い」

 

リーナの問いかけに、達也が即答する。そこに、迷いはなかった。深雪の表情から、少しだけ憂いが消えた。

 

「行方は掴んでいる。現在位置は・・・東京のほぼ東、約千二百キロ。太平洋の海中を三十五ノットで航行中だ」

 

「そんなことまで分かるの!?」

 

達也が発したセリフに、リーナが目を丸くする。彼女も達也の『精霊の眼』がそこまで正確に相手の居場所を把握できるものだとは思っていなかったようだ。

驚き過ぎたリーナの手から、ポロっと箸が落ちた。深雪が正面に座るリーナに、非難の目を向ける。リーナは「ゴメンナサイ」と小声で謝って、テーブルクロスに落ちた箸を陶器製の箸置きに載せた。

 

「海中ということは、潜水艦で移動中なのですか?」

 

リーナが「立て箸」や「渡し箸」といった横着をしなかったのを見届けて、深雪は達也に顔を向け問いかけた。なおいうまでもなく、深雪は食事を中断した直後に箸を箸置きに置いている。

 

「そこまでは分からない。全水没型輸送艦の可能性もある。・・・それより、せっかくの料理が冷めてしまう。食べながら話そう」

 

「そうですね」

 

「全水没型輸送艦なんて、良く知っているわね・・・」

 

反応はそれぞれだが、深雪とリーナも達也に続いて食事を再開する。

 

「東京の東って・・・ハワイ、かしら?それとも・・・」

 

リーナは「ふと思いついた」という態度を装っているが、期待感を隠しきれていなかった。リーナは水波を乗せた艦船がミッドウェー島に向かっているのを、奇貨と捉えているのだ。

それを不謹慎だと、達也達も咎めなかった。達也と深雪が水波の身を案じているように、彼女たちがミッドウェー監獄に閉じ込められたベンジャミン・カノープスのことを大切に思い、心配しているのは二人とも理解していた。

 

「ハワイ諸島、それもハワイ島やオアフ島ではないだろうな。ミッドウェー島か、その隣の環礁か・・・」

 

だからこそ、という面は間違いなくあっただろう。達也はリーナが望む方向へ話を発展させた。

 

「リーナ、北西ハワイ諸島にアメリカ軍の基地は無いか?」

 

達也は三矢家からパールアンドハーミーズ環礁にある米軍基地の存在を聞いている。それでもあえてこの質問をリーナに投げ掛けたのは、ミッドウェー監獄を無視しないという言外のサインだった。

 

「パールアンドハーミーズ環礁に海軍の補給基地があるって聞いたことがある」

 

しかし残念ながら、リーナは予想外に真面目だった。達也のサインに気づかず、聞かれたことだけに答える。深雪が「そうじゃないでしょう!」というもどかし気な視線をリーナに向け、弘樹も「変なところで真面目なのな」と言いたげな視線をリーナに向けていた。

達也もリーナの勘の鈍さは承知しているので、根気強くリーナとの問答を続ける事にした。

 

「聞いたことがある?知っているではなく?」

 

「利用予定のないローカルな基地のことまで一々調べたりしないわよ。海軍の士官じゃないんだから」

 

「それ程大規模な基地ではないということか?」

 

「そうね。いくら私でも、重要な基地ならもっとしっかり覚えていると思う」

 

「(自分で言うか・・・)」

 

達也はそろそろ頭が痛くなってきた。ここまで察しが悪いとは思っていなかったのだが、助けを求めようとした深雪は既に我関せずと、食事に専念している。弘樹も似たような感じで、達也は本気で頭を抑えたくなった。

 

「本土から遠く離れていて、軍の内部でもあまり知られていない基地か。拉致した人間を閉じ込めておくには好都合だな」

 

「・・・達也は、パールアンドハーミーズ基地が目的地だと考えているの?」

 

リーナが恐る恐る、達也に尋ねる。ここでワザと頷いて見せるような性格の悪い真似を、今夜の達也はしなかった。

 

「ミッドウェー島の監獄に閉じ込めようとしている可能性も無視するつもりは無い」

 

リーナが安堵の息を吐く。深雪がリーナをちらりと見る。その眼差しは「世話の焼ける子ね」と語っていたが、リーナは自分が深雪からどんな目で見られているのか、気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、達也は地下室に向かい。深雪とリーナ、弘樹の三人はリビングでゆったりとしていた。

深雪とリーナは弘樹の入れた紅茶を飲み、ジョンが作り置きした茶菓子を嗜んでいた。

ジョンは今日の朝に急遽USNAに帰国することになり、今は日本に居なかった。

当然リーナは心配をしていたが。以前と違い、いつでも連絡はできるため、リーナはこの後に早速ジョンに電話をかける予定だ。

 

夕食後でのんびりとしているとリーナが話題を持ち出してきた。

 

「そういえば私にきなっていたことがあったのよ。ミアのあの透明な手。結局忙しくて聞く時間すら取れなかったのよね」

 

「透明な手?」

 

「ええ、実はね・・・」

 

そう言うとリーナはこの前の巳焼島襲撃の時にミアが魔法を放つ時に右手がガラスのように透明だったことを話した。話を聞いた深雪は無意識に弘樹を見て理由を聞いた。

 

『(どう言うことですか弘樹さん?)』

 

『(ん?ああ、本郷さんの手の話?あれはパラサイト治療の代償みたいなものさ)』

 

『(どう言うことですか?)』

 

深雪はあまりにも端的に弘樹が答えた為、詳しい説明を求めた。

 

『(パラサイトを付喪神する時・・・まあ、簡単に言えばパラサイトを無毒化する時に体も付喪神の圧力に耐えられるように改造をするんだ。その時の影響で体一部分の色素が全部抜けてガラスのように透明になる)』

 

『(色素が抜けて・・・ですか?)』

 

『(そうそう、それで色が抜ける場所は人それぞれ。本郷さんはたまたまそれが右手だけだったって話)』

 

『(ではいつもはどうしているのですか?)』

 

深雪の問いに弘樹は淡々と答える。

 

『(色を上から塗っているのさ。光の屈折率を変えてね)』

 

『(それは常に発動しているのですか?)』

 

『(そうだね。付喪神に取り憑かれている人は体の一部が変化する代わりに強い魔法力を得る。だから変化した部位に色を付けることなんて簡単なのさ)』

 

『(そうなのですね)』

 

『(これで納得してくれたかい?)』

 

『(ええ、十分満足しました)』

 

会話を終えると深雪は満足げにし、リーナの話を半分ほど聞き流していた。



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魔法師の引き渡し

七月十四日、日曜日。午前九時。風間中佐は、予定通り硫黄島に向けて飛び立った。風間の副官の藤林中尉は祖父・九島烈の葬儀に参列する為、既に奈良に発っている。本日の同行者は柳少佐と独立魔装大隊の下士官、兵卒数名だ。

それに加えて、厳密に言えば同行者ではないが、ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンの両名。二人はオーストラリア軍の魔法師だ。この春、破壊工作の現行犯で逮捕して、昨日まで軍事刑務所――捕虜収容所とは別の、捕虜ではない敵性戦闘員用の監獄――に収監していたが、本日解放の運びとなっている。風間の役目は、硫黄島まで引き取りに来ているオーストラリア軍の代表に二人を引き渡すことだ。

ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンの二人にも、解放の件は伝えてある。両名ともかなり驚いていたが、殊更疑心暗鬼に陥っている様子もない。その態度は、大人しいものだ。どうやら今日の任務は穏便に終わりそうだと考えながら、監視だけは怠らないよう風間は輸送機内で部下に改めて命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、風間たちに遅れること三十分。達也は深雪とリーナ、弘樹を連れて、兵庫が操縦するVTOLに乗り込んだ。目的は水波を追跡する手段の確保。具体的には、北西ハワイ諸島まで飛行可能な四人乗りエアカーの開発状況の確認と催促だ。

達也はまだ、ミッドウェー島やパールアンドハーミーズ環礁までエアカーで飛んでいくとは決めていない。往復にエアカーを使うのは、どちらかと言えば最終手段だ。四千キロを超える距離を飛んで、その直後に戦闘へ突入するのは自分でも無謀だと思っている。米軍の艦船をシージャックする方がまだ現実的だろう、というのが達也の考えだった。そういう、第三者的にはいかれたプランを胸に懐きながら、達也は巳焼島へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、硫黄島には西から航空母艦が近づいていた。オーストラリア軍の艦船ではない。イギリス海軍の空母だ。硫黄島まで一時間弱の海域で、小型の極超音速輸送機が空母に接近する。これもイギリス軍のものだ。輸送機はそのまま、アングルド・デッキに着艦した。

 他方、巳焼島にも西から航空機が近づいていた。ただしこちらは、福岡国際空港を飛び立ったビジネスジェット、国内便のチャーター機だ。その小型ジェット機は、達也たちの到着に一歩先んじて、巳焼島の飛行場に着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也、深雪、リーナ、弘樹を乗せたVTOLが巳焼島に到着したのは、午前十時過ぎのことだった。所要時間はフライトプランの通り。あらかじめ連絡してあったので、迎えの車を待つ必要もなかった。ただ、送迎車の行き先が予定とは違った。

弘樹とは格納庫で別れると達也達は送迎車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

車はそのまま島の東部にある研究所を目指すのではなく、西部海岸沿いの、かつては魔法師用監獄の管理スタッフが駐在していたビルに向かう。その旧所長室。つまり最も質の高い内装をより豪華に改装した部屋で達也を待っていたのは、四葉家当主・四葉真夜だった。ソファに腰掛けている彼女の背後には葉山が控えている。

同行している兵庫へ思わず振り向いたのは深雪。しかし兵庫は「濡れ衣です」という表情で小さく首を横に振る。真夜が巳焼島に来ていることは、彼も報されていなかった。とにかく、驚いてばかりはいられない。達也が真っ先に、真夜に対して挨拶を述べる。すぐに深雪が、その後に続き、リーナがまごついていたが、結局無言のお辞儀を選択した。

真夜に椅子を勧められて、達也が三人掛けのソファの右側に腰を下ろす。達也の隣、ソファの中央に深雪、深雪を挟んで達也の反対側にリーナが腰を掛けた。ちなみに達也の正面には、二人掛けのソファの左側に座った真夜がいる。

 

「いきなりごめんなさいね」

 

「いえ。それで、ご用件を伺っても宜しいでしょうか」

 

「そうね。遠来のお客様を、あまりお待たせしては申し訳ないし」

 

その言葉を聞いて、達也は「おやっ?」と思う。真夜のセリフは、彼女の客ではなく自分への客であるように、達也には聞こえた。だが言うまでもなく、達也に来客の心当たりはない。

 

「昨日ゆっくりお話し出来なかったから。やはり、確認しておかなければと思って」

 

「何をでしょう」

 

「聞くまでもないことかもしれないけど、達也さん。貴方はこれからどうするつもり?」

 

抽象的な問いかけだったが、達也は勘違いする事は無く、ハッキリと答える。

 

「水波を取り戻しに行きます」

 

「そう・・・水波ちゃんが何処にいるのか、分かっているの?」

 

「はい。水波を拉致した輸送艦は現在、北西ハワイ諸島に向かっています」

 

「そんな所まで、どうやって行くつもり?」

 

「それはまだ検討中です」

 

「そう・・・達也さん」

 

今まで受け身だった真夜の表情が、当主のものに変わる。

 

「二、三日待ちなさい」

 

「・・・何故、とお尋ねしても良いですか?」

 

「良い報せでも悪い報せでも、隠さずに教えてあげますから」

 

真夜は達也の質問に答えなかった。ただ彼女に何か腹案があるということは、達也だけでなく深雪にもリーナにも分かった。

 

「分かりました。ご命令に従います」

 

達也は真夜に向かって、承諾の意志を込めて一礼した。それを見た真夜は、満足そうに頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は深雪、兵庫と共に、同じビルの応接室に向かっていた。案内をしているのは堤琴鳴。四葉分家・新発田勝成のガーディアンであり婚約者でもある女性だ。リーナは「話を聞きたい」と真夜の意志で先程の部屋に居残りだ。真夜の面接が終わればすぐに、合流することになっている。琴鳴が応接室の扉をノックする。応えはすぐに返ってきた。

 

「勝成さん、達也さんと深雪さんをお連れしました」

 

正確に言えば、達也と深雪以外に兵庫もいる。だが勝成が、というより「客」が待っていたのは達也だけだ。四葉家次期当主の婚約者である深雪は無視できないとしても、兵庫を数にいれなかったのが傲慢・無神経とは言えないだろう。

 

「どうぞこちらへ」

 

勝成が立ち上がって達也たち三人をソファへ誘導する。向かい合わせに置かれた三人掛けのソファ、その一方の前には肌の色が濃く目鼻立ちがはっきりしている、推定四十代半ばの女性が、その後ろには二十代半ばと思われる、ココア色の肌で背が高い、スレンダーな美女が立っていた。年長の方の女性の顔を、達也は知っていた。

 

「(アーシャ・チャンドラセカール博士・・・?)」

 

インド・ペルシア連邦の魔法研究の中心地、旧インド中南部のハイダラーバード大学教授で、同国における魔法工学分野の第一人者。戦略級魔法アグニ・ダウンバーストの開発者。

 

「(インド・ペルシア連邦のVIPが何故ここに?)」

 

達也は疑念を押し隠してチャンドラセカールの正面に移動した。深雪はその隣、兵庫は深雪の背後だ。

 

「教授。こちらが司波達也、そして司波深雪です」

 

勝成がまず、達也と深雪をチャンドラセカールに紹介する。

 

「達也君、深雪さん。こちらはインド・ペルシア連邦ハイダラーバード大学のアーシャ・チャンドラセカール教授でいらっしゃる」

 

そして間を置かず、達也たちに目を向けてそう付け加えた。

 

「お目に書かれて光栄に存じます。司波達也です。ご高名はかねてよりうかがっております」

 

「こちらこそ、お会いできて嬉しく思います。アーシャ・チャンドラセカールです」

 

チャンドラセカールが手を差し出す。達也は控えめにその手を握った。

 

「司波深雪です。よろしくお見知りおきください」

 

「こちらこそよろしく」

 

深雪とチャンドラセカールが握手を交わしたのを見届けて、勝成が三人に座るよう勧める。チャンドラセカールの背後に立っている女性は、そこを動かなかった。説明されるまでもなく、彼女はチャンドラセカールの護衛だと分かる。

達也は彼女を一瞥しただけで正体を探るようなことは言わなかったが、チャンドラセカールの方から、彼女の素性を明かした。腰を下ろそうとする動作を中断して、チャンドラセカールは背後へ振り返った。なお、達也と深雪は年長の科学者が腰を掛けるのを待っている状態だ。

 

「彼女は」

 

そう言って、達也に視線を戻す。

 

「アイラ・クリシュナ・シャーストリー。私の護衛で、この三月に『アグニ・ダウンバースト』を会得したばかりの非公認戦略級魔法師です」

 

チャンドラセカールの言葉に深雪が目を見開いて息を呑む。

 

「司波達也です」

 

達也は眉一つ動かさず、アイラに会釈する。アイラは無言で、達也に会釈を返した。

チャンドラセカールが微笑みを浮かべたままソファに腰掛ける。続いて達也と深雪がその向かい側に座り、勝成はサイドに置かれたスツールに腰を下ろし、琴鳴がその背後に立つ。こうして、達也とチャンドラセカールの会談が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜の背後には葉山が控えているが、リーナのサイドに味方はいない。リーナ的には、孤立無援そのもの。しかも相手は『極東の魔女』『夜の女王』の異名を取る魔法師だ。リーナもまた、戦略級魔法師として世界最強の一角に上げられている。しかし真夜は「防御不能」「対人戦ならば戦略級魔法を凌駕する」と噂される特殊な魔法の遣い手。今は敵ではないと分かっているが、リーナとしては、緊張せずにはいられないシチュエーションだ。

 

「東京の生活にはもう慣れましたか?去年の冬とは勝手が違うでしょう?」

 

話しかける真夜の表情は、とりあえず友好的だった。

 

「大丈夫です。深雪も達也も良くしてくれますから」

 

リーナは自分に「怖がるな」「警戒し過ぎた態度を見せるな」と言い聞かせながら、笑顔を作って答える。婚約者の母親相手に何故ここまで緊張しなければならないかと内心思いながらも、相手があの『四葉家当主』なのだから仕方ないと思いながら。

 

「深雪さんの護衛を引き受けてくれて、本当にありがたいと思っているのですよ」

 

「私の方こそ、ステイツから匿っていただいていることには感謝の念が絶えません」

 

「そう・・・」

 

葉山がいつの間にか、ティーカップとグラスを用意してローテーブルに置いた。ティーカップは真夜の前に、リーナの前にはアイスティー入りのグラスだ。

 

「冷たいお紅茶で良かったかしら?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

リーナはすぐに、ストローに口をつけた。他意の無い印に、というより、緊張で喉が渇いていたのである。



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リーナの家族

実はストレートティーがあまり得意ではないリーナだが、葉山が準備したアイスティーはミルク、シロップ抜きでも飲みやすかった。苦みが無いのではなく、気にならない。むしろそれが旨みに感じられた。美味しい物を口にして、緊張が少し緩む。きっとそれは、真夜たちの手口だったのだろう。

 

「貴女には、できればずっと深雪さんの護衛を続けて欲しいのだけど。どうかしら?」

 

真夜の言葉を聞いて、リーナはアイスティーを吹き出すのではなく呑み込んだ。運よく気管に入らなかったので咳き込まずに済んだが、返事をするのに一呼吸以上の時間が必要になる。

 

「リーナさんは今後、どうするつもりなのかしら。アメリカに帰る?それとも、このまま日本に残る?」

 

いきなり突き付けられた、重い選択。だが他人から迫られるのが初めてというだけで、自分の中ではずっと悩んでいることだった。

 

「・・・去年の二月、私は達也に、スターズを辞めたいなら力になると言われました」

 

真夜が軽く目を見張って驚きを表す。半分は演技だが、半分は本物だ。この話は真夜も、報告を受けていなかった。

 

「その時は『スターズを辞めたいなんて思っていない』と私は答えました。でも今は・・・」

 

「辞めたくないの?」

 

「分かりません。いえ、迷っています」

 

リーナは今でもスターズの総隊長である。その所為でエドワード・クラークの護衛として指名され、USNAに戻らなければいけなくなり、パラサイトたちの叛乱に巻き込まれて逃げ帰ってくることになったのだ。

リーナは考えを纏める為か、膝の上に置かれた自分の両手を見詰めるように目を伏せる。真夜はリーナが自分の中で考えを纏められるまで、その姿をじっと見つめている。

 

「ステイツが嫌いになったわけじゃないです。今でも、アメリカに対する愛国心は消えていません。でも祖国は私を・・・私を必要としてくれているのは・・・彼しかいませんから・・・」

 

スターズ本部基地を追われた日のことを思い出したリーナが声を震わせる。

 

「そう簡単に決められることではないわよね。結論を急がなくても良いですよ」

 

真夜が、表面的には優しく、慈愛に満ちた表情でリーナを慰める。

 

「・・・ありがとうございます」

 

「もし結論が出たら教えてちょうだい。貴方の未来の旦那さんからはご厚意にさせてもらっているから。力になるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「ですが、ご両親には連絡をしておいた方が良いのではなくて?」

 

「いえ・・・両親とは軍に入って以来、ほとんど会っていませんし」

 

「電話は?」

 

「電話も、手紙もです」

 

リーナは、家庭的にはあまり恵まれていない。高過ぎる魔法資質が禍してか、軍人になる前から家族からも親族からも敬遠され気味だった。容姿が整い過ぎていたのも、彼女の場合は愛情を遠ざける一因になっていた。

そんな家庭環境の為かリーナは幼い頃からずっとシルバー家で育った。少なくともリーナの実家で過ごした記憶は無いに等しかった。

彼女が軍にスカウトされた時、真っ先に猛反対したのもシルバー家だった。

リーナを甘やかしてくれたのもジョンの父のローズだった。

テーブルマナーを教えてくれたのはジョンの母親だ。

どこかにお出かけすることになっても誘うのは必ずシルバー家の人だった。

今思えば自分はもうシルバー家の一人なのではと思うほど今までを生きて来た気がする。

彼女が軍にスカウトされたのは十歳になるかならないかの頃だ。その後すぐに入隊して、それからほとんど会いに来ないというのは、親として薄情すぎると思われる。もしかしたらリーナの知らないところで、軍か政府の力が働いたのかもしれない――例えば、国家公認戦略級魔法師の身柄秘匿策の一環などの理由で。

 

「そうなの・・・ゴメンナサイ、嫌なことを聞いて」

 

真夜はリーナの話を聞いて、単純な親子仲以外の事情を推測した。だがそれはおくびにも出さず、同情を込めた声を掛けた。

 

「いえ。もう割り切っていますので。ですから、両親に関しては連絡しなくても大丈夫です。私の家族はシルバー家の人達だけですから」

 

「分かりました。さっきも言ったように、私たちは貴女の味方ですから」

 

「はい」

 

リーナは座ったまま、真耶に向かって頭を下げ、グラスに残っているアイスティーを飲み干し一息ついた。

 

「あらあら、そんなに緊張していたのかしら?」

 

「そういうわけではないのですが・・・いえ、そうかもしれませんね。いくら達也の母親で、深雪の叔母だと分かっていても、四葉家当主の肩書はそれなりに身構えてしまうものでした」

 

「リーナさんは海外の人ですものね。日本国内でもあまり関わり合いたくないと思われている相手と正面切って話すのは緊張するわよね」

 

リーナが素直に話したことに真夜は彼女の評価を一段階上に修正する。リーナからすれば表面を取り繕うのが苦手なので正直に話したに過ぎないのだが、真夜は彼女の事情をそこまで正確には知らないのだ。

そして二人の話し合いはもう少し続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜とリーナが一対一で会話をしている頃、達也とチャンドラセカールの方でも具体的な会話が始まっていた。

 

「ミスターは、現在の魔法師の境遇についてどう思われますか?」

 

チャンドラセカールが達也に尋ねる。なおこの場では達也を「ミスター」、深雪を「ミス」、チャンドラセカールを「博士」という呼び方が定着していた。

 

「もっと具体的に言うと、各国政府による魔法師の管理の在り方についてです」

 

達也は少し考えてから答えを返す。

 

「政府の側から見れば、それなりに機能しているのではないでしょうか」

 

あくまでも「それなりに」。また「政府の側から見て」という条件付きだ。チャンドラセカールは、達也の意図を正しく理解した。

 

「そうですね。どの国の政府も、新ソ連や大亜連合でさえも、魔法師の管理が十分とは考えていないでしょう」

 

「おそらく」

 

チャンドラセカールの言葉に、達也が小さく頷く。

 

「そして魔法師の側から見れば、全く満足できるものではありません」

 

「・・・」

 

今度の達也の反応は、ノーコメントだ。チャンドラセカールはそれを気にせず、持論を展開する。

 

「現在の世界は、魔法師の人権が軽視されすぎています。少なくとも民主主義社会においては神聖不可侵のものであるべき基本的人権が、魔法師には認められていません。あるいは、容易に制限され、侵害されています。魔法師の軍事利用は、それが最も顕著に表れている分野です。徴兵制を廃止している国家も、魔法師に限っては事実上の徴兵制を維持している。魔法師はそうでない国民に比べて、差別的な取り扱いを受けているということです」

 

達也はチャンドラセカールの熱弁を、驚きを持って聞いていた。彼女は『アグニ・ダウンバースト』だけでなく他にも多くの軍事用魔法を開発し、魔法師を政府に役立ててきた側の科学者である。チャンドラセカール自身も魔法師だが、彼女の力は弱く戦力としては役に立たない。逆に言えば、彼女は政府に利用される魔法師ではなく、魔法師を利用する政府の側の人間だということだ。少なくとも、これまではそうだった。

 

「一方で魔法師以外の市民は、魔法師は武器を持たずに自分たちを殺傷する力を持っている危険な生き物だから、その自由をもっと強く制限すべきだと主張しています」

 

「それは一部の反魔法主義者だけではないのですか?」

 

思わず口を挿んだのは深雪だ。達也は依然として、沈黙を守っている。チャンドラセカールの顔が曇る。その表情は憂鬱に囚われているだけでなく、怒りを抑え込んでいるもののようにも見えた。

 

「ドイツとフランスでは政府の主導で、魔法の発動兆候を感知して電気ショックを与え、装着者を無力化する首輪の開発が進められています。完成すれば、魔法師にこの首輪の着用を義務付ける法案が提出されるでしょう。イギリスを除くヨーロッパ諸国が多数これに倣い、やがては世界の多くの地域に広がるでしょうね」

 

「そんな!まるで家畜扱いではありませんか!」

 

深雪が怒りに震える声で叫ぶ。チャンドラセカールは、深雪を宥めようとはしなかった。

 

「そうですね。奴隷どころか家畜です。しかし一部の過激な反魔法主義者だけでなく、一般的な市民の間にもそのような考えが広まりつつあるのです」

 

「そんなことが、許されるはずはありません!」

 

「ええ、ミスの仰る通りです。私もそう思います。・・・過去の私は、魔法師を国家にとって不可欠な戦力とすることで、その社会的な地位を確保しようとしてきました。しかしもう、考えを変えました」

 

「何か、具体的なプランをお持ちなのですか?」

 

達也が抑制の効いた口調でチャンドラセカールに尋ねる。達也の冷静な口調を聞いて、深雪が少し落ち着きを取り戻し、チャンドラセカールも視線を深雪から達也に戻した。

 

「もはや魔法師は、自分で自分の権利を守らなければならない段階に来ていると考えます。それも一国家単位ではなく、国境を越えて団結すべきです」

 

「博士は魔法至上主義者に与するおつもりではありませんよね?」

 

「違います。あれはあくまでも、反魔法主義に対する感情的な反発から生まれた組織です。私が考えているのは魔法師以外の市民と敵対するのではなく、併存しながら魔法師の権利を守る穏健で組織的な運動です」

 

「併存?共存ではなく?」

 

「市民の魔法師に対する恐怖はマスヒステリーを引き起こすレベルにまで高まっています。ドイツとフランスがいい例です。そして申し上げにくい事ながら、今の状況を作り上げてしまったのは二年前の『灼熱のハロウィン』。ミスターの戦略級魔法です」

 

達也はチャンドラセカールの言葉を、「あれは自分ではない」と否定しなかった。

 

「国家の決定ではなく個人の気まぐれで、自分の頭上に核兵器が撃ち込まれるかもしれないと考えて正常な判断力を保てる人間は少ないでしょう。無論、ミスターはそのような分別の付かない人間ではないと、私は確信しています。しかし多くの市民は、そうは思わない。ミスターの人格を知ろうとしないどころか、ミスターの顔さえ見ようとしないに違いありません。彼らはただ、破壊的な力を持つ魔法師として、死と破壊そのものとして、素性も知らず名前も分からないまま、ミスターを恐れています」

 

間違いなくチャンドラセカールは、達也が戦略級魔法師であるという確証を握っている。『マテリアル・バースト』のことは知らなくても、戦略核兵器を凌駕する威力の魔法を使えるということは確定情報として知っている。ここで誤魔化そうと足掻いて、話の腰を折るのは無意味だと達也は考えていた。

実際誤魔化そうとしてもチャンドラセカールは、彼女が持っていると思われる証拠を提出してくるだけで話を続けるだろう。

 

「この状態で理性を期待するのは難しいでしょう。魔法師とそうでない人々はいったん、互いに距離を置くことが必要です」

 

「だが、魔法師は数が少ない。魔法師だけでは現代的な社会水準を維持できません」

 

「実用レベルで魔法を行使できるという意味での魔法師の割合は、成人人口の〇・〇一パーセント。しかし魔法の資質を持つ者はその十倍に上がります。人口の〇・一パーセントという割合は、実数で見た場合、決して少なくありません。前の世界大戦で三十億人まで減少した世界人口は、昨年五十億人を超えました。世界中の魔法資質保有者を組織するのは困難でしょうが、百分の一を集めるだけで五万人に上ります」

 

「仮にそれだけの魔法資質保有者を国際的に組織することができても、その五万人を一ヵ所に集めることは不可能です」

 

「五万人の構成員とそれに見合う経済力があれば、各国の政府を動かす発言力になります。ミスターの恒星炉プラントには、それだけの経済基盤を生み出す力があります」

 

チャンドラセカールの目的が、ここで明らかになった。彼女が遥々日本にやってきたのは、魔法師の――魔法資質保有者の人権闘争に、達也の恒星炉プラントを利用したいと目論んだからだった。だからといって、達也は不快感を覚えなかった。彼のESCAPES計画――恒星炉プラントプロジェクトは、魔法師を経済的に不可欠の技術者・生産者とすることで兵器としての役割から解放することを目指している。チャンドラセカールと達也の構想は本質的に同じものだ。

 

「より具体的には、国際魔法協会を魔法師の人権組織に作り変えるのですか?」

 

方向性を変えた達也の質問に、チャンドラセカールは頷かなかった。

 

「国際魔法協会は、魔法を核兵器に対抗する抑止力として用いる為の組織という性格が強すぎます。魔法師の人権を取り戻す為には、新しいNGOを結成する方が良いでしょう。また魔法師、『マジック・コンストラクター』『マギクラフター』という名称とは別に、より広く、魔法資質保有者を意味する単語が必要になるでしょう。例えば『シビリアン』に対置して『メイジアン』というのはどうでしょう?」

 

「メイジアン・・・魔法に人を意味する接尾語anをつけたわけですか」

 

「そうですね。『メイジアン』。良い名称だと思います」

 

「私も語感が素敵だと思います。ですがそうしますと、今使われている魔法師という名称はどうするできでしょうか?単に魔法資質を持つだけの人間と実用レベルの魔法技能を持つ者は、名称の上でもやはり区別すべきだと思いますが」

 

深雪の問題定義に、達也とチャンドラセカールが少し考え込む。

 

「日本語の『魔法師』は『魔法技能師』の短縮形だからそのままでも構わないと思うが・・・」

 

「・・・『マジック・コンストラクター』は『メイジスト』と言い換えては如何でしょう? メイジアンのテクノロジストという意味で」

 

「テクノロジスト・・・体系的な知識に基づいて仕事をする専門職業人のこと、でしたか」

 

「それですと『魔法を組み立てる者』よりも『魔法技能師』の意味に近いですね。私たち日本人魔法師には馴染みやすい言葉です」

 

三人が笑顔で頷きあう。彼らの脳裏には、同じ未来像が描き出されていた。その笑みが自然に消えた後、チャンドラセカールが居住まいを正した。

 

「今日明日のことではありませんが、数年以内に、私はメイジアンの国際結社を立ち上げる準備を整えます。メイジアン結社設立に当たっては、ミスターのご協力を是非とも頂戴したい」

 

「状況が許せば、博士の結社に参加させてください」

 

「ではその際に改めて、お願いに参ります」

 

チャンドラセカールが達也に手を差し出す。達也は最初の挨拶の時より、少し深くその手を握った。



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知っている味

チャンドラセカールとたちが応接室から去った後も、リーナが何時まで待っても合流しなかったので、達也たちの方からもう一度旧所長室へ戻る事にした。

 

「あっ、深雪。お話しはもう終わったの?」

 

「リーナ・・・貴女、いったい何をしているの?」

 

リーナの前には、スイーツが所狭しと並べられていた。それを向かい側から、真夜が微笑まし気に見守っている。

 

「えっ?試食だけど」

 

「深雪さんたちも知っている通り、この島は娯楽に乏しいでしょう? でも、もう監獄ではなくなったのだから、これからはそちら方面も充実させていかなければと思って。手始めとしてお菓子職人の皆さんに来てもらったのよ。それでこの島で暫く生活していたリーナさんに試食してもらっていたの」

 

「・・・」

 

「食の楽しみは士気を維持する為にも重要だと思います」

 

咄嗟に言葉が出てこない深雪に代わり、達也が当たり障りのない応えを返す。真夜は「そうでしょう」と言わんばかりの表情で頷いて、ソファから立ち上がった。

 

「深雪さんも如何?」

 

真夜が深雪を手招きする。「ここに座れ」という意味だろう。戸惑う深雪が、達也の顔を見上げる。達也が小さく頷くのを見て、深雪は真夜がそれまで座っていた席に移動した。

一方真夜は、部屋の奥に置かれたデスクの向こう側、一際立派な革張りの椅子に座った。高い背もたれに身体を預け、ゆったりとした姿勢で真夜が達也に目を向ける。その視線に応じて、達也がデスクの前に立つ。

 

「チャンドラセカール博士とのお話はどうでした?」

 

「興味深いものでした。母上は内容をご存じなのですか?」

 

「もちろん前以て、聞かせていただきましたよ」

 

つまり、チャンドラセカールのプランに達也が協力することについて、真夜は了解済みだということだ。この場で、もっとはっきり言質を取っておくこともできるだろう。だが達也は、あえてそれを求めなかった。命令という形で将来の行動を縛られたくなかったからだ。

 

「了解しました」

 

達也はただ、それだけを付け加えた。

達也の答えを聞いた真夜は鷹揚に頷き、葉山に椅子を用意するよう命じた。達也は自分で、と遠慮しかけたが、彼が身体を動かす必要は無かった。オフィスチェアが自力走行でデスクの前にゆっくりと移動してくる。真夜が現在座っている物程ではないが、これも革張りの豪華な肘掛け付きハイバックチェアだ。達也は真夜に勧められて、停止した椅子に腰を下ろした。

 

「達也さん、一昨日のことだけど。藤林長正を新しい魔法で退けたそうですね」

 

達也が腰を落ち着けるや否や、真夜は興味津々の表情で彼にそう問いかけた。

 

「藤林長正の魔法を破る為に、新魔法を使いました」

 

「どんな魔法なのかしら?」

 

達也が口にした些細な修正は、真夜の耳に入っていないようだ。彼女の意識は全て、達也の新魔法に向いていた。

 

「霊子情報体がこの世界に存在し、この世界の事象に影響を及ぼす為には、アクセス媒体となる想子情報体が必要です。この世に存在する為の足場、あるいは存在の支持基盤と言い換えても良いでしょう」

 

正面からだけでなく、側面からも、背後からも、視線が向けられているのを達也は感じた。真夜に加えて深雪も、リーナも、葉山も兵庫も、達也の話に耳を傾けているようだ。だからといって達也が動じることもなく、彼は無表情で真夜に視線を固定している。

 

「それを達也さんは確認したの?」

 

「間接的にではありますが、観測しました。その結果に基づく『アストラル・ディスパージョン』が初期の効果を発揮しましたので、間違いないと断定できるのではないでしょうか」

 

「新魔法は『アストラル・ディスパージョン』と言うのね・・・続けて頂戴」

 

「事象が変化すれば、その情報が残る。精神もまた、この原則の例外ではありませんでした。精神が引き起こす現象でも、この世界に影響する者であれば情報次元に記録が残ります」

 

「・・・純粋な思考や情動はこの世界に直接影響する者ではないから情報次元に痕跡を残さないけど、精神体の投影や他者の精神への干渉は世界に記録される、ということかしら」

 

「少なくとも系統外魔法として知られる事象、系統外魔法で再現可能な事象は、確実にその履歴を残します」

 

「・・・続けて」

 

「我々魔法師は事象の記録である想子情報体・エイドスを読み取ることで、本体である事象そのものを確認します。これは自分のような『精霊の眼』を持たなくても、魔法を行使する際は程度の差こそあれ、全ての魔法師が行っていることです」

 

「そうね・・・その『程度の差』が、実務上はとてつもなく大きな差となって結果に反映するのだけれど。でも、エイドスから事象本体を認識できるというのは、達也さんの言う通り」

 

真夜が自分の中で整理をしながら達也の発言を認めた。達也は軽く一礼して、説明を続ける。

 

「東亜大陸流古式魔法『蹟兵八陣』は、死体を魔法的な容器に加工し、一般的に『亡霊』と呼ばれる霊子情報体をそこに封じ込めて、『亡霊』の持つ事象干渉力を利用することで『鬼門遁甲』を維持する固定陣地型魔法でした」

 

「亡霊に事象干渉力が?」

 

「事象干渉力の正体は霊子波です。自分はそれを、高尾山上空で敵幽体と交戦中に観測しました。『亡霊』は霊子情報体ですから、それ自身を少しずつ削り取って燃料とすることで事象干渉力を生み出せます」

 

「興味深いわ」

 

達也はリーナの耳を気にして「敵幽体」と表現したが、真夜は達也の新発見に興味を寄せるだけで、敵の正体には関心を見せなかった。

 

「達也さんはこの数日間で、魔法と精神に関する貴重な発見を積み重ねてきたようね」

 

「恐縮です」

 

達也は先程より少し丁寧な会釈を真夜に向けた。

 

「藤林長正はその『亡霊』を器から解放し、自分に対する攻撃手段に用いました。自分はその系統外魔法による事象改変の情報から『亡霊』の支持基盤となっている想子情報体を見つけ出し、その構造を読み取り、分解することで『亡霊』――霊子情報体をこの世界に存在できなくしました。これがアストラル・ディスパージョンです」

 

「つまり・・・精神体この世界から切り離す魔法ということかしら?」

 

「はい」

 

「精神体そのものを滅ぼすのではなく、精神体がこの世界に干渉し、存在する基盤を破壊する魔法?」

 

「そうです」

 

達也の説明が終わり、真夜が自分の中で答えを出したところで、今まで黙っていた葉山が口を挿む。

 

「奥様。この世界に存在できなくなるということは、この世界の側から見れば死んでしまったのと同じです。この世界から切り離された精神体が自由に戻ってこられるのであれば、この世は亡霊であふれているでしょう。達也様の新魔法は、精神体を殺害する魔法と申しまして、差し支えないと存じます。ましてや、そのような世界と行き来出来るのはそれこそ()と呼ばれるものだけでしょう」

 

葉山の含みある言い方に真夜と達也は非常に小さく眉を細める。実際その世界に行った事がある二人だからこそ、反論はできなかった。だが、真夜は気にしない素振りで言葉を紡ぐ。

 

「亡霊を殺せる。確かに画期的なことだわ・・・。達也さん。急ぎませんので、新魔法を詳細なレポートにして提出してもらえないかしら。貴方の発見と発明は、四葉家の大きな財産になるでしょう」

 

四葉家は戦闘魔法師の一族であると同時に、魔法研究者の一族でもある。魔法の可能性を探求し、追窮すること。その果てに「精神とは何か」を解き明かすこと。それは他の十師族には知られていない、一族が目指す到着点だ。

 

「かしこまりました」

 

達也の目的は別にあるが、彼もまた一人の魔法研究者である。自分の魔法を論文として残すことに、否やはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が真夜と話している頃。深雪とリーナはスイーツの試食をしていると深雪はある違和感を感じる

 

「(あれ・・・この味、凛のに似ている・・・どうして?)」

 

そう思いながらケーキを見ながら疑問に思うと隣でリーナも似たような疑問を口にする。

 

「なんでだろう・・・すごく凛と同じ味がする・・・」

 

「あら。リーナも味がわかるようになったのね」

 

「あれだけ凛に色々と食べさせて貰えば舌も肥えるわよ」

 

「・・・どれだけ食べさせられたの?」

 

深雪が恐る恐る聞くとリーナは少し身震いをしながら話す。

 

「そうね・・・ミアと共にこの島を二周するくらいには・・・」

 

「よくそれだけ食べられたわね・・・」

 

「全くよ。凛ならいいかも知れないけど。私たちは違うのよ」

 

「それでも出された分は全部食べたのでしょう?」

 

「ぐ・・・軍の時の癖で全部無理やり食べたのよ」

 

リーナが少し顔を赤くしながら言うが。深雪も同じ経験をしているので何があったのかはすぐに理解できた。

 

「(凛の料理ってなぜかよくお腹に入るのよね・・・リーナに気持ちがわかるわ)」

 

深雪はそう思うと3年ほど前に凛の家に遊びに向かった時、凛の作った料理を食べすぎて少し太ったのでは?と思ってしまい、過剰に運動をするようになったことを思い出していた。

 

「(でも、それのお陰でだいぶ筋力がついたのだけれどね)」

 

深雪はそう思いながらチラッと腕を見た。さすがに凛の様にバーベル200kg超えは無理だが、それでも80kg程度なら持ち上げられるようになっている。これには流石のリーナもびっくりの様子で。簡単に150kgを持ち上げる凛を見ても、もはや化け物だと呟いていた。

 

「(凛は食べる量も、筋力も、色々見た目と会わないからみんなから化け物と言われるのよね。一体あの体のどこに筋肉があるのだろうか・・・)」

 

そう思いながら深雪は凛の体つきを思い浮かべる。身長は自分よりも2・3cm高いだけで3サイズは自分とほぼ変わらない。同じ髪型にすればどちらが凛か深雪なのかわからなくなるほど似ている顔つき。とてもあの体に200kgを持ち上げる筋力があるとは思えない。彼女曰く自分は普通の人よりも筋肉の密度が高いと言っているが流石にそれでは説明がつかない程、彼女は力持ちである。

 

「(本当、人外は不思議なものねぇ・・・)」

 

そう心の中で深雪は呟くとスイーツの試食を続けていた。



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戦略級魔法師管理条約

午前十一時。風間と彼の部下、解放予定のオーストラリア魔法師を乗せた輸送機は、予定の時刻に硫黄島へ着陸した。虜囚引き渡しの相手は、既に到着している。

 

「オーストラリアの艦船ではない?あれは・・・ロイヤルネイビーの空母『ジブラルタル』か?」

 

「イギリス海軍の『ジブラルタル』で間違いないようです」

 

訝し気な風間の呟きは独り言ではなく、九島烈の葬儀に出席する為に連れてくることができなかった副官の藤林中尉の代わりに従卒として連れてきた楯岡曹長が風間の、声量を絞った問いに答えた。

イギリスは今のところ、日本の友好国だ。ロイヤルネイビーの艦船が日本に寄港していること自体に問題は無い。

 

「本部に通信。囚人解放の相手はロイヤルネイビーで間違いないか、問い合わせろ」

 

しかし、工作員として捕えた魔法師を引き渡す相手としては、話が別だ。護送してきた工作員の国籍はオーストラリア。イギリスが引き取りに来るとは、少なくとも風間は聞いていない。第一〇一旅団本部からの答えは、すぐに返ってきた。

 

「旅団本部から回答。問題なく、引き渡すべしとのことです」

 

「オーストラリアがイギリスに引き取りの代行を依頼したのか・・・?」

 

今度の呟きは、正真正銘の独り言だ。風間は心の裡を思わず零してしまう程、激しく戸惑っていた。諸国連邦(イギリス連邦)は構成国を大きく減らしてはいるが、形式上存続している。オーストラリアは今でも諸国連邦の一国であり、イギリスとオーストラリアは親密な同盟関係にある。かなり有力な一説によれば、オーストラリア軍の魔法師部隊はイギリスのノウハウによって育成・組織されていると言われている。

しかしそれが事実だとしても、オーストラリア軍の工作員をイギリス海軍が引き取りに来るのは、普通では考えられない。諸国連邦に所属し同盟国関係にあるといっても、オーストラリアは独立国。それにイギリスよりもオーストラリアの方が、圧倒的に日本に近いのだ。オーストラリアがイギリスに、虜囚となった工作員の受け取りを依頼しなければならない理由は思い当たらない。

 

「(オーストラリアのニーズではないとすれば・・・イギリス側の事情か)」

 

薄々感じていたことだが、どうやら本当に引き渡さなければならないのは工作員より預かってきた書状らしい。

風間は内ポケットにしまった封筒を意識しながら、そう考えた。

囚人解放のイギリス側代表と顔を合わせて、風間の当惑はますます激しいものになった。佐伯の命令は、誤解の余地がないものだ。彼女の手紙を、囚人引き渡しの相手側責任者に渡す。それでも本当に、おそらくは軍事上の重要事項が記された書簡をこの相手に渡して良いのかという迷いが脳裏から消えなかった。イギリスの代表は彼の国の国家公認戦略級魔法師、ウィリアム・マクロードだった。

 

「(何故『十三使徒』がここに・・・?)」

 

風間でなくても、そう思っただろう。確かに、全くあり得ない展開ではなかった。今日解放する囚人の一人、ジャスミン・ウィリアムズは、戦略級魔法と呼べる規模には達していないが『オゾンサークル』の遣い手だ。この魔法を開発したのは他ならぬウィリアム・マクロード。またジャスミンは遺伝子設計で作り出された調整体魔法師であることが、訊問と精密検査で分かっている。この調整技術を提供したのは、高い確率でイギリスだ。オーストラリアの科学技術は決して遅れていないが、第三次世界大戦当時、防衛政策として事実上の鎖国を選択したことで軍事技術としての魔法関連技術が育たなかった経緯がある。

だから、ウィリアム・マクロードとジャスミン・ウィリアムズには浅くないつながりがあると、この場に来る前から推測されていた。しかしそれでも『十三使徒』のような大物が、最低限の護衛しか伴わず他国の軍事基地に赴くなど、信じ難いことだ。確かにマクロードは、空母を連れてきている。正確には、空母に乗ってきた。だが航空母艦はその名の通り、航空機の移動基地としてこそ意味がある。港に停泊している空母に戦力としての価値はない。艦自体に攻撃力は無く、搭載機は発艦の瞬間を狙い撃たれてジ・エンドだ。

またマクロードは自身も戦略級魔法師として一大戦力だが、彼の魔法は『オゾンサークル』。一定領域内の酸素をオゾンガスに変換するものだ。この状況でオゾンサークルを使えば、自分も味方も巻き込んでしまう。佐伯の書状には、「万が一の時には戦略級魔法師を失ってもいい」とイギリスが覚悟を決める程の価値があるのだろうか……? 風間は封を破って中を盗み読みしたいという衝動を堪えながら、囚人引き渡し完了後、マクロードに佐伯から預かった封筒を渡した。マクロードは気負った風もなく、その場で封を切り立ったまま便せんに目を通す。読み終えたマクロードは「承知しました」と告げながら、風間に封筒と便箋を渡した。

 

「・・・小官が読んでもよろしいのですか?」

 

「どうぞ。その方が、誤解が無いと思います」

 

風間は部下に離れるよう告げた。それに応じて、マクロードは護衛と従卒に退室するように命じる。風間はその対応に驚きながら、改めて部下に退室を命令。二人きりになった室内でマクロードにソファを勧め、自分も腰を下ろして便箋を広げた。

佐伯の肉筆と分かる英文は、それほど長くなかった。風間が読み終えるのを見計らって、マクロードが口を開く。

 

「新ソ連の日本海南下は、私にとっても予想外の軍事行動でした」

 

最初のフレーズは、一見、書状の内容と無関係なものだった。

 

「私がディオーネー計画に協力したのは、戦略級魔法マテリアル・バーストが連合王国に向けられるのを防ぐ為です。それ以上のことは望んでいません。前途ある若者の自由と将来を奪うのは、私の本意ではありませんでした」

 

マクロードの言う「前途ある若者」が達也を指しているのは、文脈から明らかだ。

 

「また彼の恒星炉プラントプロジェクトは、極めて有意義なものだと私は評価しています。その邪魔をするのは文明社会にとって小さくない機会損失が予想されますが、それ以上に、私たち魔法師にとって大きなマイナスとなるでしょう」

 

マクロードの思いがけない高評価に、風間は相槌さえも、適切な言葉を思いつかない。

 

「恒星炉プラントに関する評価は、私個人の感想に過ぎません。しかし新ソ連艦隊の南下は、そうではない。ディオーネー計画では共謀関係にあった私とベゾブラゾフ博士ですが、日本への軍事侵攻は、たとえ見せかけだけのものだったとしても許容できません」

 

「・・・それは、連合王国としてですか?」

 

「ええ。王国としてであり、連邦としてでもあります。先程も申しましたが、マテリアル・バーストが連合王国に向けられることはないという保証さえいただければ、私たちが敵対する理由はありません」

 

風間は、今読んだばかりの書状に書かれていた提案を思い出した。佐伯がマクロードに申し出たのは『戦略級魔法師管理条約』の実現に向けて手を結ぶこと。彼女が作成した条約概要は、存在が明らかになっている戦略級魔法師を国際魔法協会に登録し、所属国家が管理することを義務付けるという内容だ。

管理を義務付けるとは、その行動に責任を取るということと同義。だがいったん使用された戦略級魔法、特にマテリアル・バーストが引き起こす結果に、責任など取りようがない。だとすれば、戦略級魔法師を自由に魔法を使えない状態で拘束するということになるだろう。

この条約が佐伯の意図通りに締結され発効されても、政権と利害を共にしていたり、国家の重鎮、政府の代理人であるような魔法師にとっては、何の変化もない。だが政権と距離を置いている魔法師にとっては、自由を大幅に制限される結果となるのが避けられない。

 

「(いや、分かっている。真の標的は達也だ。閣下は達也を四葉家から引き離しただけでは満足しないだろう。達也の自由を徹底的に奪うつもりに違いない。個人としての権利を尊重するには、あの魔法は威力が大きすぎる)」

 

風間も軍人としての論理だけに基づけば、そう考えてしまう。心の底から湧き出す苦い嫌悪感と共に、彼はそれを認めずにはいられなかった。その様な考えを懐いてしまう自分に、風間は深刻な自己嫌悪を覚えた。

 

「少々時間はいただくことになると思いますが、条約案協議の為の国際会議開催については、できる限りのことをさせていただきます。佐伯閣下には、そのようにお伝えください」

 

「承知しました、閣下」

 

協力を約束するマクロードに対して、風間は立場上、感謝の印に頭を下げることしかできなかった。




作者はこの条約を見た時『なんだこのくそBBA』って思いました。


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真夜の勧誘

午後一時五十五分。日本魔法界の長老・九島烈の葬儀は奈良市の大型ホールで五分後に開式予定だ。既に準備は調い、喪主、遺族は全員着席済み。会葬者席も殆ど埋まっている。

会場の入り口がざわめく。予定より早く僧侶が入場したのかと勘違いした人々が振り返り、そのままの姿勢で固まった。入ってきたのは三人の男女。ほぼギリギリの駆け込みだが、ざわめきはそれを非難する声ではない。意味を成さない、感嘆のため息ばかりがあちこちから漏れている。

二人の女性と一人の男性。女性は二人とも美しかった。年上の婦人は、精々三十歳そこそこに思われた。一目でその女性に気づいたものは彼女の実年齢を知っていたがそれより十五歳以上若く見える。彼女は瑞々しく、艶めかしく、華やかだった。

若い方の女性は見た目も実年齢も十代後半。まだ少女と呼べる年頃だが、大人の色香も漂い始めている。人々は少女の美しさを形容する言葉を己の内に探したが、どうしてもしっくりこない。少女はただ、美しいとしか表現できなかった。

二人の背後に付き従う青年、あるいは少年は、婦人と少女に比べれば平凡な外見だったが、それなのに婦人の艶と少女の美に、存在がかき消されていない。そして、それを不自然だと人々に思わせなかった。

 三人が席に着く。そこでようやく、彼らの目を釘付けにしていた呪縛が解けた。嘆声が、囁き合う声に変わる。

 

「・・・あの美しい少女はいったい何者だ?本当に、生身の人間なのか・・・?」

 

「・・・知らないのか?彼女は第一高校の司波深雪嬢だよ」

 

「・・・男の方は司波達也だな。間違いない」

 

「・・・あのトーラス・シルバーか?」

 

「・・・おい。あのご婦人は、四葉家の女当主じゃないか・・・?」

 

「なにっ?・・・確かにそうだ。四葉真夜殿ご本人だ」

 

「こんなに人が大勢集まっている場所に顔を出すなんて・・・いったい、何年ぶりだ?」

 

人々の噂話は、司会者が導師の入場を告げるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葬儀は導師が退場し、司会者が閉会を告げるまで四時間を要した。焼香に来た会葬者がそれだけ多かったのだ。既に死亡日から二週間が経っているので、葬儀の流れは通常と異なっている。出棺には直系親族のみが同行し、葬儀後の会食は真言の妻の実家である富士林家が取り仕切っている。なお響子の実家の藤林家と真言の妻の実家の富士林家は家系図上の遠い親戚だが、少なくとも前世紀以降の記録を辿る限り姻戚関係は無い。むしろ富士林家は今日の葬儀を見る限り、藤林家に隔心があるようだった。藤林家の者が手伝いを申し出ても、丁重に断りを返す。もしかしたら光宣の誕生に関する明かされてはならない事情――光宣の遺伝子上の母親は藤林家に嫁いだ真言の妹――が、両家の関係に影響しているのかもしれない。

それでも、一昨日のことが無ければ受付のアシストくらいはさせてもらえたかもしれない。藤林家には、この場で何の役目も与えられていなかった。藤林家の当主である藤林長正が九島烈を殺した光宣の逃亡を助けたことで、今日、徹底的に阻害されることになっていた。

藤林響子中尉は、葬儀が終わって途方に暮れたように会食会場の隅で立ち尽くしていた。何も仕事が無い。何もさせてもらえない。それが予想以上に、心が痛い。この苦しみは、謝罪すらさせてもらえなかった昨日も感じたものだ――響子はそう思っていた。

 

「・・・それにしても、間に合って本当に良かったわ」

 

「そうですね。私も少し不安でした」

 

「あんなに話し込む予定は無かったのだけど。達也さんのお話が面白過ぎた所為ね」

 

「・・・申し訳ありません」

 

そんな心理状態だったかもしれない。会食会場を後にしようとしている母と息子、姪の会話に割り込んでしまったのは。

 

「あのっ!」

 

「あら? 藤林家のお嬢さんですよね?」

 

響子のぶしつけな声に、四葉真夜が笑顔で応える。

 

「はい、藤林響子です。本日は祖父の為に、遠いところをありがとうございました」

 

「私は先生の教えを受けた身ですもの。たとえ地球の裏側にいてもお見送りには参りますわ」

 

「祖父も喜んでいると思います」

 

響子は決まり文句を返した後、躊躇いを押し切って真夜に尋ねる。

 

「・・・少し、お時間をいただけませんか?」

 

「良いですよ」

 

響子が微かな驚きの表情を浮かべたのは、真夜の快諾が予想外だった為だろう。

 

「場所を変えましょう。貴女も、こんなことで注目されるのは嫌でしょう?」

 

「・・・はい」

 

この場には軍の関係者も、魔法協会の関係者もいる。四葉家だけでなく、一条家、二木家、七草家の当主も来ている。他の十師族も当主の名代を派遣してきているし、師補十八家も当主か代理人がこの場に集まっている。響子がしようとしている話も、真夜がしようとしている話も、他人に聞かれるのは好ましくなかった。

 

「葉山さん」

 

「はい、奥様」

 

いつの間にか真夜の背後に立っていた葉山が恭しく応える。響子の顔に動揺が過ったのは、彼女は葉山が何時何処から近づいてきたのか、認識出来ていなかったからだ。

 

「こちらのお嬢さんとゆっくりお話ししたいのだけど、何処かに個室を用意できないかしら」

 

「車を呼んでございますので、まずはそちらへご案内致します」

 

「そうね。藤林さんも、よろしいかしら」

 

「・・・はい、構いません」

 

響子は一瞬躊躇いを見せたが、ここに残っていてもどうせすることはない。そう思い直して真夜の誘いに頷いた。

 

「達也さんと深雪さんは、東京に戻って良いですよ」

 

「かしこまりました」

 

真夜の言葉に、達也が承諾の返事を返す。真夜は「良いですよ」と許可を与える言い方をしているが、実質は命令だ。真夜には、響子との話し合いに達也と深雪を同席させるつもりがないのだ。二人は、それを誤解しなかった。

 

「達也様、深雪様」

 

今度は何時の間にか達也の斜め後ろに控えていた兵庫が、達也と深雪に話しかける。

 

「離陸準備は整っております」

 

巳焼島でゆっくりし過ぎた達也たちは、小型VTOL二機に分乗して葬儀会場に駆け付けたのである。その内の一機は兵庫が操縦して調布のマンションから乗ってきた物だ。真夜の帰りの足は別にもう一機あるから、達也としても深雪としても遠慮する必要は無い。

 

「分かりました」

 

達也は兵庫にそう応えた後、真夜に向かって一礼する。

 

「母上。いったん、ここで失礼します」

 

「叔母様、失礼致します」

 

「ええ、気を付けて」

 

真夜はこの言葉で二人を帰らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車を呼んである、という葉山のセリフは、慣用句的な「ハイヤーを手配した」という意味ではない。言葉の通り「自走車を持って来させた」という意味だった。真夜が九島烈の葬儀に出席することは、以前から予定されていた。当主が移動手段を必要とする事態に備えて十分な性能の自走車を用意しておくのは、四葉家にとって当たり前のことだった。

葉山が助手席に乗り、護衛兼運転手が運転レバーを握る。後ろから護衛四人を乗せた車がついてくる徹底ぶりだ。

個室は葉山が手配するのではなく、響子が藤林家行きつけの小さなレストランに案内した。真夜は特に警戒している様子も見せずに、テーブル席に腰掛ける。葉山が真夜の背後に立ち、護衛が部屋の四隅を固める。緊張を隠せないのは響子の方だった。

とはいえ立ったままでは話もできないし、第一、自分から声を掛けたのに警戒して座らないというのは失礼だ。響子は四葉家の戦闘員に背中を曝す態勢に内心でビクビクしながら真夜の向かい側に腰を下ろした。そして、息を整え、真夜に深く頭を下げる。

 

「まずは、謝罪させてください。一昨日は父が大変申し訳ないことを致しました」

 

そのままの姿勢で、響子は固まった。

 

「藤林長正が、九島光宣の逃亡を支援した件かしら?」

 

「父が桜井水波さんの誘拐を手助けした件です」

 

顔を伏せたまま、響子が真夜の質問に答える。

 

「そのことでしたら、貴女が謝る必要はありませんよ。長正殿にはあの方なりの理由があったのでしょうから。その結果、お父様は深い傷を負って入院中です。お父様はご自身で、既に十分な罰を受けられていると思いますよ」

 

「ですが・・・」

 

それは敗者が甘受すべき痛みであって、罪人が追うべき咎ではないのではないか。響子はそう言おうとしたのだが、真夜のセリフはそこで終わりではなかった。

 

「それに家の水波が連れ去られてしまったのは、貴女のお父様の所為ではありませんから」

 

「えっ?」

 

思いがけない真夜の言葉に、響子が心の中で組み立てていたセリフは霧散し、彼女は思わず頭を上げた。真夜は口惜しそうに顔を顰めていた。

四葉家の当主がこんな顔を見せるとはまるで予想していなかった響子は、謝罪を忘れて思わず「それは、どういう・・・?」と尋ねていた。完全な質問文にさえならなかった響子の問いかけに、真夜は答えなかった。

 

「お父様が達也の邪魔をしなくても、一昨日の追跡は失敗していました。ですからもう、貴女が気に病む必要はありませんよ」

 

真夜は瞬きの間に笑顔を取り戻し、響子を優しく慰めた。八雲の介入は、軍にも警察にも観測されていない。街中に張り巡らされたセンサーにも、偵察衛星にも、成層圏プラットフォームの監視装置にも、八雲と達也の戦いは記録されなかった。自分だけでなく戦っている相手の姿と痕跡まで隠してしまう八雲の技量は、響子の想像を大きく超えている。その為、自分の父親以外の邪魔が入ったことすら、響子は認識も推測もしていなかった。

故に、響子には真夜の言っている意味が理解できない。だが被害者の側の真夜が「責任無し」と言っているのに、響子が「自分の父親の所為だ」と主張し続けるのもおかしなことだ。

 

「・・・お気遣い、ありがとうございます」

 

響子はそういう言い方で、真夜の言葉を受け容れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謝罪が終われば、響子の方に真夜を引き留めておく理由は無い。彼女はガラスのティーカップに残った冷たい紅茶を一口飲んで、席を立とうとした。無論、会計札も忘れていない。だが響子が「ごゆっくり」と口にする前に、真夜がウェイターを呼んで追加の紅茶と軽いお茶菓子を注文した。

 

「千葉響子さん」

 

「はい」

 

改まった口調で名前を呼ばれて、響子は席を立てなくなり、足から力を抜いて、改めて椅子に体重を預けた。いきなり千葉性で呼ばれた事に驚いてしまったが。そんなことは今はどうでも良かった

 

「私は、惜しいと思っています」

 

真夜はゆったりとした姿勢から低めの声で響子にそう告げる。惜しいというのは、自分のことだ。真夜の声音から、響子はそう理解した。しかし口にでた応えは、その意味を問うものだった。

 

「何がでしょうか」

 

「千葉さん。早急に軍を辞めて、うちに来ませんか?」

 

「・・・それは、四葉の魔法師になれという意味ですか?」

 

真夜から勧誘され、響子が硬い口調でそう問い返す。響子としても近い内に軍を抜けて四葉家に入る準備はするつもりだったので、軍を辞めることに未練は感じていない。

 

「強制するつもりはありませんよ。私たちは、国防軍との敵対を望みませんから」

 

真夜が笑みを浮かべる。それは響子が思わず引き込まれそうになる程、蠱惑的なものだった。

 

「軍を辞めるのも、喧嘩別れして欲しいと言っているのではありません。円満に退役して、当家が所有する会社のどれか、例えばFLTに就職していただけないかしらという意味です」

 

確かに、真夜の言い分は響子が最初に思ったよりも穏健なものだった。響子の緊張が、少し緩む。その緩んだ心の隙間に、真夜の声が忍び込む。

 

「民間の魔法師に転身することは、国家に対する叛逆でも政府に対する裏切りでもありませんよ。むしろ立場に拘らず、自分の力を発揮できる環境でその能力をフルに活用する方が、社会に貢献できるのではないでしょうか」

 

「私は・・・能力を発揮できていませんか?」

 

「千葉さんの魔法と知性は、もっと広い分野で活かすべきだと思いますよ。そうね・・・例えば、貴女は考えたことがある? 何故、電子情報ネットワークに魔法で干渉できるのか」

 

「・・・電気信号も電子の波と流れという物理現象ですから、放出系魔法で干渉で来てもおかしくないのではありませんか?」

 

「それは電流・電圧と電磁波に干渉するということでしょう?何故単なる電子の運動を、意味のある情報として魔法で認識できるのかしら?」

 

「それは・・・」

 

「頭の中で、電子の運動を機械言語に、機械言語を人の言葉に翻訳しているのかしら? 魔法を使いながら?」

 

「・・・それは難しい、と思います」

 

「でも貴女は、魔法で電子情報ネットワークに干渉できる。あのエシュロンⅢをも凌駕する速度と精確性で、必要な情報を掘り起こすことができる。ハッキング用のスーパーコンピューターを使わずに、家庭用の情報端末と魔法の組み合わせで。何故かしら?」

 

真夜の問いかけに、響子は答えられない。彼女にとって電子情報ネットワークを思いのままに操れるのは当たり前で、何故そんなことができるのかと疑問を覚えたことも無かった。

 

「惜しい、と思うわ。貴女の能力を軍事情報の収集と操作だけに使うのは。貴女には魔法の世界を、可能性を広げる才能があるのに。私なら貴女に、自由に魔法を使わせてあげられる」

 

「・・・」

 

「もちろん、返事は今すぐでなくても構わないのよ」

 

「・・・少し、考えさせてください」

 

「ええ。そうしてくださると嬉しいわ。千葉さん、お茶のお代わりは?」

 

「いえ。すみません、今夜はこれで、失礼させてください」

 

「そう?では、良いお返事を期待していますね」

 

最後まで、響子の口から真夜の誘いを拒絶する言葉は出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響子が帰ってすぐに、真夜もレストランを後にした。元々響子と話をする為だけに入った店だ。彼女が帰れば、もう用は無い。真夜の一行は二台の自走車に分乗して、VTOLを駐めてある飛行場に向かった。

 

「奥様。千葉様をスカウトする予定はなかったと存じますが」

 

「せっかくの機会でしたから」

 

「恐れながら、本気で勧誘されたのですか?」

 

「もちろん、本気です」

 

葉山からは見えないが、答える真夜の表情はいたって真面目だ。

 

「藤林中尉の情報収集・操作力は敵に回すと厄介ですからね。特に最近は、佐伯閣下が色々とお忙しそうにしているから特に」

 

「先程のお話ですと、あの方には『情報ネットワーク』の研究を期待されていたのではございませんか?」

 

「ええ、そちらも期待しています。森羅万象の情報である個々のエイドスと、そのプラットフォームであるイデア・・・。イデアの中でエイドス同士を結び付けている情報ネットワークの解明は、魔法の本質を理解する為の重要な鍵となるはずですから」

 

「然様でございますな」

 

「難しいテーマですもの。本格的に取り組んでもらえれば、他のことをしている余裕は無くなるでしょう?」

 

「そちらはあくまでも、副産物であると」

 

「そうですよ」

 

真夜の話で主産物と副産物が入れ替わっているのは、葉山でなくても簡単に分かっただろう。真夜自身も理解しているはずだ。だから葉山は、それ以上の追及をしない。主人が意識的に嘘を吐いているなら、そしてそれが有益な結果をもたらすなら、使用人が口出しすることではなかった。



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上院議員

現地時間七月十五日午前六時。光宣と水波を乗せた輸送艦『コーラル』は、パールアンドハーミーズ環礁の米軍基地に到着した。

だが光宣たちは基地内の施設を利用するどころか、輸送艦の外に出ることすら許されていなかった。

 

「レイモンド。船を降りられないって、どういうことだい?」

 

光宣の口調は、明らかにレイモンドを非難するものだった。

 

「そう責めないでよ。上陸できないのは僕たちも同じなんだからさ。着いたらいきなり『しばらく船の外に出るな。補給は行う』とか、訳が分からないよ」

 

応えるレイモンドの声は、どこか弱々しい。彼にとっても予想外の事態であるようだ。

 

「スピカ中尉はなんて言ってるんだ?」

 

ゾーイ・スピカ中尉はパラサイトだ。同じパラサイト同士、チャネルを開けば光宣は何時でも思念で会話できる。目の前のレイモンドに、わざわざ尋ねる必要は無い。

 

「中尉も分からないってさ。不思議がって、いや、苛立っていたよ」

 

そしてレイモンドは、それを指摘しなかった。光宣もレイモンドも、態度や表情から窺い得るより激しく動揺しているようだ。

 

「中尉がスターズ本部に交渉を依頼している。上手くいけば一両日中に、遅くても一週間以内にこの状況は改善されるはずだというのがスピカ中尉の判断だよ」

 

「一週間?随分時間が掛かるんだな・・・。まぁ、良いか。レイモンドはそれを伝えに来てくれたのかい? 僕が暴れ出さないように」

 

「光宣がそんな馬鹿な真似をするとは思っていないよ。僕はね。でも君のことを知らない軍人も大勢いるから・・・」

 

「分かっている。誤解されるような真似をしないよう、気を付ける」

 

「頼むよ・・・。不自由させて悪いね」

 

光宣は小さな手振りで閉ざされた扉に鍵を掛けた。ジェスチャー認識ではない。単純な移動魔法で内鍵のレバーを動かしたのだ。

室内には光宣以外に水波もいた。一言も発言しなかったが、一緒にレイモンドの話を聞いていたのである。

 

「ゴメン。なんだか、変なことになっちゃって」

 

「いいえ」

 

不安を隠せない顔をしている水波に、光宣が謝罪を口にしながら頭を下げたが、水波の返事を聞いて顔を上げると、彼女は小さく首を左右に振っていた。

 

「光宣さまの所為ではありませんから」

 

水波はそう言って、控えめな微笑みを浮かべる。それ以上、何かを付け加えれば、光宣を非難する言葉になる。だから水波は、それ以上なにも言わなかった。

光宣は、水波の微笑みの意味を覚って、口惜しげに唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十六日火曜日、四葉ビルの一室。ニュースの音声を背景にし、虚空を見詰めていた達也が口を開いた。

 

「水波を乗せた船がパールアンドハーミーズ環礁の基地に到着した」

 

「そうですか・・・」

 

深雪は小声でそう応えるだけだ。場所も時期も予定された通りだった為、驚きがあまりなかったのだろう。

 

「それで、どうするの?」

 

だがリーナは心穏やかではいられなかった。やはり、ミッドウェー監獄に囚われているカノープスのことが気になるらしい。

彼女の口調は達也に突っかかるようなものだった。他の場合であれば、深雪が激しくリーナを咎めたに違いない。だがリーナが何故そんな心理状態になっているのか、事情を承知している深雪は小声で「リーナ」と窘めるに留めた。リーナも、自分の態度が八つ当たりに近かったことを自覚していたのだろう。彼女はすぐに「……ごめんなさい」と達也に謝った。

 

「気にしていない」

 

達也はリーナの謝罪にこう応えてから、彼女の問いかけに答えた。

 

「北西ハワイ諸島への渡航手段については、母上からの連絡待ちだ」

 

「それって・・・」

 

「助けに行く方針に変更はない。リーナの依頼についても同じだ」

 

リーナがフイッと顔を逸らす。彼女の頬は真っ赤に染まっているのだが、達也はその事を指摘することはなく、深雪も口元を抑えて笑うだけに留めた。

 

「・・・アリガト」

 

その一言は、とても小さな声で呟かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、七月十七日の昼休み。昼食を終えた食堂で雑談をしていた深雪が、「あらっ?」という表情を浮かべて内ポケットから携帯端末を取り出した。今世紀前半のメッセージアプリ全盛期のような、一日中時間に関わりなくメッセージが飛び交い中高生がその処理に追い立てられるという光景は、過去のものとなっている。それだけに、意味の無いメッセージが飛び込んでくる可能性は低い。

 

「深雪お姉様?」

 

ただ意外感に固まってしまうような報せは、やはり少ないだろう。端末の画面を表情の抜け落ちた顔で見つめている深雪に、泉美が訝し気な声を掛けた。深雪が端末から目を外して泉美を見る。ハッとして、ではなく、シームレスに、深雪は自然な表情へと切り替わっていた。

 

「ごめんなさい。何でもないのよ」

 

「・・・ねぇ、夏休みの予定は決まった?」

 

同席していたエリカが、いきなり話題を変えた。彼女の意明るい声は、友人、後輩たちに「詮索するな」と命じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪はリーナと一緒に、今日も早めに帰宅した。これは先週の木曜日からずっと変わらない。学校側から早く下校しろと指示が出ている。ただ今日は「遅くまで残っていてはならない」ではなく、「遅れてはならない」という意思に基づく行動だった。

昼休みに深雪が受け取ったメッセージは「今日は午後六時までに必ず帰宅するように」という、四葉本家からのものだった。そこには今晩、都内のホテルで行われる会食に出席しろという命令と、午後六時半に迎えに行くという予告、リーナも同行させるようにという指示、それに、達也には連絡済みであるという伝言が含まれていた。

 

「おかえり」

 

マンションで出迎えた達也は、まだ普段着のままだった。深雪はそれを意外には思わなかった。ドレスアップには女性の方が、一般的に時間が掛かるのだ。自分と達也もその例外ではない。迎えが来る予定時刻まで、もう一時間を切っている。

 

「すぐに支度して参ります」

 

深雪は玄関で出迎えた達也に、そう応えた。

 

「リーナも急いで」

 

「ちょっと待って!私、ドレスなんて用意してないわよ!」

 

「大丈夫、貸してあげるから。サイズはほとんど変わらないでしょう」

 

厳密にはリーナの方が一センチ背が高く、深雪の方がほんの少しバストのサイズが大きい。だがそれは、ヒールとパッドでどうにでもなるレベルだ。

 

「あーっ、もう!分かったわよ」

 

リーナとしては、サイズよりもデザインの方向性が心配だったのだが、そんなことで抵抗しても無駄だということは試してみるまでもない。リーナは大人しく、手を引かれるまま深雪について行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪とリーナがお互いに助け合ってドレスアップを済ませ、深雪の部屋から出て来たのは午後六時二十五分のことだった。

 

「二人とも、良く似合っているな」

 

堅苦しくなり過ぎないブラックスーツに着替えた達也が、二人を褒める。

 

「ありがとうございます。私のドレスでリーナの『色』に似合う物が中々無くて・・・少し無難すぎましたでしょうか?」

 

「達也に褒められるなんて、少しだけ意外な感じがするわね」

 

深雪がはにかみながら、その場で静かにターンをし、リーナが照れているのを隠そうと何時もより早口で応えた。

 

「いや、そんなことはない。深雪の黒髪にもリーナのブロンドにもマッチする、良いチョイスだと思う」

 

深雪とリーナは、リトル・ブラック・ドレスのお揃いで決めていた。ただ、微妙にデザインが異なる。リーナのスカートの方が少しだけ丈が短く、深雪のワンピースの方が少しだけ襟ぐりが広い。

しかし二人の美貌の前には、この程度の差異など無いも同然だろう。控えめに言っても、絶世の美少女同士だった。

深雪が満面の笑みを浮かべ、リーナが少し赤くなりながら達也から目を逸らす。玄関の呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。アナログ式の掛け時計の針は、六時二十九分を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たち三人を乗せた兵庫が運転する大型セダンは、都心の中層ビルの地下駐車場に駐まった。達也も深雪もリーナも素顔のままだ。これは「変装の必要無し」という真夜の指示によるものだった。確かに、車を降りてもマスコミの気配は一切ない。兵庫の説明によれば、通信機能内蔵の招待状無しでは駐車場のゲートも上がらない仕組みになっているそうだ。部外者の侵入を厳しく制限している会員制クラブが、今晩の会食の舞台だった。

クロークで兵庫が招待状を渡すと、三つ揃いを着た初老の係員が出てきて達也たちは個室に案内された。一見、外に面した窓があるように錯覚する部屋だが、都心の景色を写しているのは高精細ディスプレイだ。空調も現在動いている物は内部循環式。冷房は天井を外側から冷やす徹底ぶりである。この個室は、建物の外から完全に遮断されていた。

待つこと五分弱。係員と葉山と、老齢の白人男性、パンツスーツ姿の白人女性を連れてきた。女性は日本人的な特徴も備えていたから、日系白人かもしれない。葉山が老人を紹介する前に、リーナが「アッ」と声を上げ掛けた。彼女の表情から推察するに、どうやらUSNAの有名人らしい。

 

「達也様、深雪様」

 

葉山が何時もとは逆の順番で達也と深雪に呼び掛けた。本来ならこの順番が正しいのだが、達也が葉山にかしこまられるのを嫌っているので、普段は「深雪様、達也殿」という順番なのだ。

 

「こちらの方は、USNAバージニア州上院議員、ワイアット・カーティス閣下です」

 

「ワイアット・カーティスです」

 

カーティス老人は葉山が達也と深雪を紹介するのを待たず、一歩進み達也に握手を求めた。

 

「司波達也です。初めまして」

 

達也は葉山や深雪に遠慮せずに、その手を握り返す。

 

「こちらは私の従妹の司波深雪」

 

「司波深雪です。お目に掛かれて光栄に存じます」

 

お辞儀する深雪に、カーティス老人も「こちらこそ」と会釈を返す。挨拶に流暢な日本語を使っていることといい、どうやら彼はある程度日本の流儀を尊重してくれるつもりのようだ。

 

「上院議員閣下、アンジェリーナ・クドウ・シールズです。お目に掛かれて光栄です」

 

「スターズのアンジー・シリウス少佐か。ワイアット・カーティスだ。よろしく頼む」

 

ただリーナに対しては、受け答えも英語なら態度も自然な感じに尊大なものだった。自分の正体を言い当てられたことに、リーナは驚いていない。そのタネ明かしはカーティス、達也、深雪、リーナが着席してから、カーティス自身の口から明かされた。

 

「私はスターズのベンジャミン・カノープス少佐、本名ベンジャミン・ロウズの祖母の弟です。日本語では・・・何と言ったかな」

 

最後のセリフは小声で、背後に控える日系白人女性に向けられたものだった。女性がカーティスの耳元で囁く。カーティスは頷いて、「そう、大叔父に当たります」と言葉を続けた。

 

「失礼ながら、閣下」

 

リーナがカーティスに、日本語で話しかける。

 

「何かね」

 

今度はカーティスも、日本語で応じた。

 

「ベン・・・カノープス少佐のお身内というだけでは、私は『シリウス』であることは知り得ないはずです。閣下がラングレーと親密な関係にあるという噂は、事実だったのですか?」

 

リーナが口にした「ラングレー」とは、中央情報局の通称だ。一時期地盤沈下が見られたCIAは、第三次世界大戦中に再びアメリカ最強の情報機関へと登り詰めていた。

 

「フム・・・。率直だね、少佐。それは普通なら美点だが、場合によっては自らに大きな不利益をもたらすものとなる」

 

リーナが座ったままビクリと身体を震わせた。

 

「お気に障ったのであれば謝罪します、閣下」

 

「いや、構わない」

 

そう言ってカーティスは、視線をリーナから達也に移した。

 

「少佐が言うように、私はCIAに対しても、些かな影響力を持っています」

 

「閣下が議員の地位以上の力をお持ちであることは理解しました」

 

達也の応えに、カーティスが満足げな笑みを浮かべる。

 

「とは言え。私はローズ・シルバーのように政府がご機嫌を伺うような者ではないがね」

 

彼はそう前置きしてから本題に入った。

 

「司波殿。私は貴方に北西ハワイ諸島へ渡る為の、艦船を含めた便宜を提供できます」

 

「ありがたいお申し出だと思います」

 

深雪とリーナは揃って、目を見開き片手で口を覆ったが、対照的に達也は淡々とした口調と表情で答えを返す。まるで「予想通りだ」と言わんばかりの態度だ。

 

「閣下。よろしければ、その目的と理由をお聞かせ願えますか」

 

「私の依頼はミッドウェー監獄に囚われているベンジャミン・ロウズの救出。いや、脱獄と言うべきでしょうか。それさえ成し遂げていただければ、北西ハワイ諸島で司波殿が何をしても後始末は私が引き受けます」

 

「随分と、私にとって都合が良すぎるように思われますが・・・」

 

達也は戸惑いを声に出して見せながら、カーティスに説明を求める。なお彼が「自分」ではなく「私」という一人称を使っているのは、日本語に不慣れであろうカーティスに対する配慮であるのと同時に、国防軍との心理的距離が遠ざかりつつあることの反映でもあった。

達也の感想は彼の紛れもない本心だったが、カーティス上院議員は違う考えのようだ。

 

「そうでしょうか。現地までの船を用意すると言っても、我が国の軍事施設に対する攻撃に我が国の艦船が加わることはできません」

 

「それは、確かに」

 

「無論、補給の面では万全の支援をお約束しますが・・・。ミッドウェー監獄とパールアンドハーミーズ基地の攻略は司波殿と四葉家の方々に、全面的にお任せすることになります」

 

カーティスの発言に、達也は引っ掛かりを覚えた。彼は四葉家が達也を支援するのが当然であるかのように語っている。確かに達也は四葉家当主の息子で、次期当主に内定しているが、達也の事を快く思わない人間も多い。表面的なことしか知らなければ援軍を出すのが当然だと考えるのは仕方がない。

しかしワイアット・カーティスは、本人とリーナの言によれば、USNAの対外諜報機関に対して強い影響力を持つ政治家だ。達也がつい最近まで四葉家の中で疎外されていた事実を知らないなどということがあるだろうか?

 

「ある意味でステイツと戦争するリスクを、全て負っていただくのです」

 

だが今は目の前の会話に集中しなければならない。続くカーティスのセリフを聞いて、達也は脳裏をよぎった不審の念を一旦棚上げにした。

 

「一番負担が重い部分をお願いするのですから、段取りと後始末を引き受けるくらいは当然でしょう」

 

「閣下のお考えは分かりました。ですが何故そこまでして、カノープス少佐を脱獄させる必要があるのですか? ミッドウェー監獄は収監者の身体に害をもたらすような場所ではないと、リーナからは聞いています。もしそれが事実なら、脱獄などという後々の汚点に繋がるリスクを負わなくても、政治的な手段で釈放を目指す方が、多少時間は掛かってもいい結果につながるのではないでしょうか」

 

「確かにミッドウェー監獄は収監者の身体を損なうような場所ではありません。むしろ囚人の健康には、通常の刑務所など比べ物にならないくらい配慮されていると言って良い。司波殿の仰ることの方が、論理的に正しく賢い選択肢でありましょう」

 

「ことは論理ではない、と?」

 

達也のコメントに、カーティスが破顔する。

 

「然様。若いのによくお分かりだ。ことは論理ではない。面子の問題です。馬鹿馬鹿しいとお思いかもしれないが、面子を傷つけられたまま黙っているのは政治的な敗北なのです。身内が監獄に送り込まれるのは、ただでさえ屈辱だ。ましてやそれが無実の罪によるものならば、侮辱であり『お前のことなど恐れてはいない』という挑発です。政治家は、侮辱を放置してはならない。侮られたままであってはならないのです」

 

「閣下の政治生命に懸けて、カノープス少佐を一刻も早く、収監した側の都合による釈放以外の手段で解放しなければならないということですか」

 

達也の正鵠を射た指摘に、カーティスが「エクセレント」と呟く。

 

「正しくその通りです。釈放されるのを待っているのは、政治家として許されないのですよ。ただ、理由はそれだけではありません」

 

カーティスがテーブルのグラスに手を伸ばしたのは続きが言い難かったのではなく、単に喉が渇いたからだった。

 

「現在、我が国の軍部はパラサイトに汚染されています」

 

心なしか、カーティスの声音がより深刻な色を帯びた。

 

「スターズから始まったパラサイトの侵食は、パラサイトの増殖はいったん止まっていますが、影響力は日に日に拡大しています」

 

この話は達也にとって、驚くべきことではなかった。パラサイトのプレゼンスが大きなものとなっていなければ、巳焼島の襲撃や光宣の国外逃亡を助けたりはできなかっただろう。

 

「ステイツは民主主義国家です。軍も政府も国民の為のものだ。魔物に壟断されるようなことがあってはならないのです。パラサイトの跳梁は、除かなければならない」

 

「分かりました」

 

老齢に似合わず熱く語るカーティスに、達也は落ち着いた声で頷きを返した。

 

「閣下はカノープス少佐の救出に加えて、九島光宣の逃亡を助けたパラサイトの駆逐もお望みなのですね」

 

「お願い出来ますか?」

 

「私の目的を果たす過程で、必然的にそのような展開になると思います」

 

期待を込めたカーティスの問いかけに、達也は特に力むこともなく間接的な応諾の答えを返した。

 

「お互いにとって望ましい結果が得られれば、今後もいいお付き合いをお願いしたいと考えております」

 

カーティスはいったん、抽象的な言い方をして、すぐに具体的な条件提示に切り替えた。

 

「・・・この件がお互いの望む形で解決すれば、将来にわたり私の派閥が四葉家の当主となった司波殿のお力になるとお約束します」

 

この申し出には、達也も驚かずにいられない。USNAの上院議員、それもCIAに対して強い影響力を持つ程の有力政治家が自分の後ろ盾になるというのだ。

 

「――葉山さん」

 

「奥様もご存じでございます」

 

達也が「真夜はこのことを承知しているのか」と尋ねようとしたが、葉山が先回りをして答える。

 

「――閣下。カノープス少佐の救出の件、お引き受けしたいと存じます」

 

もはや達也も、言葉を濁さなかった。それは「カノープスを助けない」という選択肢を放棄するものであったが、得られる報酬を考えれば否はなかった。

 

「ありがとうございます。既に船は手配しております。三日後に駆逐艦を巳焼島へ向かわせましょう。詳しい予定は後程お届けします」

 

握手をしながら、カーティスは達也にそう約束した。



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輸送艦襲撃

七月十八日、木曜日。風間は朝一番で、旅団指令室に呼び出されていた。

 

「中佐、USNAのワイアット・カーティス上院議員を知っていますか」

 

挨拶もそこそこに佐伯から質問を受け、風間は数秒、考え込んだ。

 

「確か『影の中央情報局長官』と噂されている保守タカ派の大物政治家でしたか。そのカーティス議員が何か?」

 

「議員は昨日、非公式に訪日しています」

 

「非公式に、ですか。新ソ連への対応を話し合いにでも来たんですかね」

 

風間の推測はあり得ないものではなかったが、佐伯は軽口と取ったようだ。彼女は風間のセリフを無視して言葉を続けた。

 

「カーティス議員の行動は情報部もフォローし切れていないようですが、どうやら昨晩、四葉家と接触したようです」

 

「四葉家と?」

 

「四葉家当主の側近らしき人物が、カーティス議員の秘書兼通訳と話をしている姿が目撃されています」

 

「側近らしき?確認は取れていないのですか?」

 

「違法なジャミング装置を使っていたようで、撮影はできなかったようです」

 

違法な装置と言っても、盗撮自体が法に反している。使ったのが外国の政治家関係者では、現行犯で取り調べもできない。

 

「ですが目撃した情報部員の報告からして、四葉真夜の側近、葉山忠教であることは、ほぼ確実でしょう」

 

「四葉本家の使用人を束ねる、あの葉山ですか・・・。大物ですね」

 

「たかが十師族の使用人です。過度に警戒する必要はありません」

 

佐伯が冷たく切り捨てる。ただその口調には、微量の虚勢が混じっていた。葉山は大漢を崩壊に導き四葉が『アンタッチャブル』と呼ばれるようになったあの戦いを陰で支えた人物だ。当時の当主・四葉玄造をサポートし、潜入手段の手配や効果的な攻撃目標の選定を行った後方参謀。『銀狐』の異名を取る謀将・佐伯にとっても、軽視できる相手ではないはずだ。

だが風間はそれを、口に出したりはしなかった。彼も一応、上官に対する遠慮は知っている。代わりに風間は、たった今得られた情報から考えついた推理を述べた。

 

「このタイミングでカーティス上院議員が四葉家と接触したとすれば、議員は米軍内を侵食するパラサイトの駆除を四葉家に依頼したのではありませんか?ミッドウェー監獄襲撃を黙認し、九島光宣追跡の手段を提供するのと引き換えに」

 

「・・・何故ワイアット・カーティスがそのような取引を?」

 

「上院議員は政治的に保守派であるだけでなく、宗教的にも保守の傾向が強い政治家だと言われています。その様な思想信条を持つ人間にとって、パラサイトの存在は許せない物でしょうから」

 

風間の推理は動機において半分だけしか的中していなかったが、取引内容をほぼ言い当てていた。

 

「国内の兵力を使ってパラサイトを粛正すると、内紛を唆したという汚名を避けられない。だから四葉家に掃除させようとしたということですか?」

 

「それもあるでしょうが、単純に戦力を計算した結果だと思います。閣下が仰ったように、自分たちだけでパラサイトを掃除しようとすれば、どうしても同士討ちになってしまう。外聞が悪くて大規模に部隊を動かすことはできないと思われます。その点、達也は一人で一軍に匹敵する戦力です。巻き添えを恐れなくても良い状況であれば、彼だけで基地の一つや二つは簡単に潰せるでしょう」

 

「北西ハワイ諸島の基地にパラサイトを集めて、司波達也の手で殲滅させるのがワイアット・カーティスの狙いだと?」

 

「その程度のことは考えていると思いますが」

 

「司波達也にそんな真似はさせられません」

 

そう言う佐伯の口調は、苛立たしげで少々力が入り過ぎている印象があった。

 

「・・・アメリカ国内の勢力争いに日本の魔法師が介入するのは、USNA政府に対して誤ったメッセージを与える恐れがあります。好ましいことではありません」

 

佐伯自身もややヒステリックだったと感じたのか、取り繕うようにそう付け加える。だが彼女の本音は、民間人である四葉家にアメリカ政界との強力なコネを作らせたくないのだろう。少なくとも風間は、佐伯の発言を聞いてそう感じた。風間が自分の言葉をどう捉えたか、佐伯は気付いていない。この時、彼女の意志は自分の思考に沈んでいた。

 

「・・・司波達也を」

 

佐伯が目を上げず、まるで独り言のような口調で達也の名を口にする。

 

「彼を、大黒特尉として召喚しましょう」

 

風間が訝し気に目を向けた先で、佐伯はこう続けた。平時、非戦地において、軍に民間人を呼び出す権利は無い。だが達也には、交戦者資格を付与する為に特別法で軍人としての地位が与えられている。これを逆手に取れば、達也を軍事法廷に召喚することは可能だ。上官として呼び出すことも。

 

「しかし現状は、特務規定に定められた条件に合致しません。呼び出すには名目が必要ですよ。どうされるのです?」

 

ただ、既に新ソ連の具体的な脅威が遠ざかった現況で、「特尉」の地位を逆用できるかどうか、風間は懐疑的だった。

 

「外国勢力に内通した嫌疑を晴らす為の訊問です」

 

「・・・そうですか」

 

無理がある、と風間は思った。だが、反対はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島を襲撃した輸送艦『ミッドウェイ』には二十人以上のパラサイトが乗り込み攻撃部隊を構成していたが、『コーラル』の乗員乗客でパラサイトは、光宣、レイモンド、スピカの三人だけだ。クルーはペンタゴン内の対日強硬派に命じられて、日本に対決姿勢を取っているパラサイト一味の支援をするよう命じられているに過ぎない。

だがパラサイトに生理的な――宗教的な嫌悪感を抱く軍人・軍官僚にとっては「パラサイトに協力している」と「パラサイトに従っている」の間に違いはない。パラサイトと行動を共にしているコーラルのクルーは「同じアメリカ軍人」ではなく「祖国を蝕む悪魔の手先」だ。同胞に銃口を向けることはできなくても、「悪魔の手先」に弾を撃ち込むことなら躊躇わずに済む。ましてやそれが指揮官の命令なら尚更だ。コーラル襲撃を命じられた兵士は、きっとそのような心理状態だったに違いない。

コーラルは潜水航行する艦体の構造上、港に係留されている際も水面の上に出ているのは全体の四分の一程度だ。それでも一般的な潜水艦とは違い貨物の搬入出用大型ハッチがあるので、一度に一人ずつしか出入りできないという不便さはない。そのカーゴハッチに六十名以上の兵士が殺到し、問答無用で穴を空ける。この狼藉に、コーラルのクルーは激しいショックを受けていた。

クルーの数は約百二十名。艦内に乗り込んできた兵士の二倍弱だ。数の上では勝っているが、奇襲を掛けた側と掛けられた側では心構えが違う。コーラルのクルーはほとんど抵抗らしい抵抗もできず、次々に撃ち殺されていく。

パラサイト増殖の原理は分かっていない。去年の冬は、アメリカにおいても日本においてもパラサイトは仲間を増やせなかった。だが今年のケースでは、現在までに分かっている範囲で五十人以上がマイクロブラックホール実験の結果ではなくパラサイトとの接触によって、謂わば二次感染でパラサイトに変化した。

コーラルのクルーは約三日間、閉鎖された環境でパラサイトと過ごしている。彼らが射殺されているのは、「感染」を疑われてのことだ。「感染」の原理が分からない以上、クルーは全員がパラサイト化している可能性がある。パラサイトが「治療」できない以上、「感染」の拡大を阻止する為には「患者」を「処分」しなければならない。これが国防総省内保守派の中でも過激な一派の言い分だった。

クルー全員を「処分」するならコーラルごと爆破撃沈する方が、リスクは小さいように思われる。クルーも丸腰ではない。反撃を受けて攻撃部隊に死傷者が出る可能性は無視し得ない。奇襲作戦実行の直前にも、そのような意見が出た。たとえ「神の正義」を実行する為であっても犠牲を避けられるならそれに越したことはないし、「神の正義」の為ならば手段を選ぶ必要もない。

カーゴハッチを破った衝撃は、振動という形で水波のキャビンまで伝わってきた。ハッと目を見開いた光宣が、すぐに瞼を半分閉じる。そのまま彼は、眉を顰めた。

 

「妨害されている・・・?」

 

瞼を上げた光宣は、水波が自分を不安げに見詰めているのに気づいた。光宣は一瞬、自分たちにとって異常事態を水波に説明すべきかどうか迷ったが、何も言わないのはかえって不安を煽るだろうと思い直す。

 

「・・・レイモンドとスピカ中尉への念話が通じない」

 

「妨害されているのですか?」

 

光宣は水波に、パラサイトの能力について、まだ詳しく説明していない。彼女はパラサイト同士の念話とテレパシーの違いを知らないから、意思の疎通を妨害されているということにそれ程大きな驚きを覚えない。キャスト・ジャミングで魔法の発動を阻害するように、念話も妨害できるのだろう、程度の認識だ。

だがパラサイトの意思疎通とテレパシーは、根本的に異なっている。パラサイトは個々の意識をもちながら、同時に意識を共有している。パラサイトの念話は、一つの意識の中で行われているという点において自分との対話と同質だ。意識と意識の間に妨害の思念波を放っても、パラサイト同士の交信を邪魔できない。全てのパラサイトが共有する意識、全てのパラサイトを包含する種族的意識に干渉できなければ不可能だ。

それができるということはパラサイトの魔法的能力そのものを疎外し弱体化するのも不可能ではないということを意味する。

 

「水波さん、僕から離れないで」

 

光宣は水波を背中にかばう形で扉に身体を向けた。ただならぬ緊張を見せる光宣に、水波も顔を強張らせて「はい」とだけ答える。完全防音の壁の向こうから聞こえてくる音は無い。ただきな臭い空気だけが伝わってきて、じりじりと肌を炙る。

光宣は扉を警戒していただけではない。レイモンド、スピカとの交信を試みながら、同時に何が起こっているのか「眼」で確かめようとしていた。だが『精霊の眼』を使おうとしても、ぼんやりとしか情報が読み取れない。

 

「(パラサイトの――人外の魔物の精神機能を妨害する術式が働ている?)」

 

恐らく人間に仇為す人間以外の存在、悪霊や妖魔の打倒を専門にする魔法体系を身に着けた古式魔法師の仕業だろう。念話が通じないことといい、この状況はそうとしか思えなかった。

完全に魔法を、「眼」を封じられているわけではない。外で殺し合いが行われているのは分かるし、自分の魔法を妨害しているのが三人の魔法師であることも読み取れている。

 

「(・・・こいつらを先に始末するか?)」

 

光宣は自分にそう問いかけた。魔法を妨害しているだけといえども意識に、つまりは光宣自身に干渉してきているのだ。これは明らかな敵対行為。

 

「(命までは取らない。それでお互い様だ)」

 

光宣は自分にそう言い聞かせて、反撃を決意した。霞の掛かった視界の中で、自分の魔法を邪魔している古式魔法師に照準を合わせる。思ったよりスムーズに行かない。対妖魔術式の妨害を乗り越える為、意識を予想外に集中しなければならず周りへの注意が疎かになっていたが、反撃に気を取られている光宣はそれに気づけなかった。



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事態の逼迫

光宣が選択した魔法は『スパーク』。彼が得意とする放出系魔法の中で最も単純な術式だ。通常は少量の空気を電離する魔法だが、光宣は敵魔法師が身に着けている衣服から強制的に電子を抜き出した。至近距離で生じた電撃が敵魔法師の肌を這う。電撃で無力化に成功したことは、自分の精神に対する干渉の消滅で確認できた。光宣は意識を引き戻し、『精霊の眼』で現在何が起こっているのか見極める。

 

「(――っ!)」

 

「光宣さま!」

 

彼が自分でそれを認識したのと、水波の警告が光宣の耳に届いたのは、ほとんど同時だった。鍵を掛けていたはずのキャビンの扉が、勢い良く開く。非磁性金属製の単純な内閂の鍵。だからこそ機密扉の外側から開けることは不可能に近い。サイコキネシスによって閂を動かしたのだという推理は、事態が終息した後で思い付いたものだった。

六本の銃身が光宣と水波に向いている。光宣は思念だけで「スパーク」を発動した。だがそれは、光宣が兵士を認識したのと同時ではない。パラサイトいえど魔法というシステムに従う以上、無意識では使えない。魔法式の構築自体は無意識領域で行われるプロセスだが、使用する魔法を意識する必要がある。CADどころか起動式すらパラサイトは必要としないが、敵を認識してから魔法を発動するまでの時間はゼロにはならない。光宣が兵士と銃口を認識して、『スパーク』を発動しようと決定するまでに〇・五秒。その時には既に、兵士たちの指が引き金を引き絞っていた。

電離した空気を銃弾が突き抜ける。感電して床に崩れ落ちる六人の兵士。六つの銃口から放たれた弾丸は、水波が展開した対物シールドに受け止められていた。

考えただけで、というのは何よりも手軽で手早いと思われがちだが、人間の反応は思考よりも動作の方が速いこともある。戦闘魔法師として鍛え抜かれている水波は、敵が侵入しようとしている光景が目に入った瞬間、反射的にCADを操作し障壁魔法を発動していたのだ。

運動エネルギーを失った銃弾が床に落ちる。それと同時に水波がガックリと両膝を突いた。

 

「水波さん! 大丈夫!?」

 

効果を失った水波の障壁の代わりに、光宣が強固な対物、耐熱、対電磁波シールドを構築する。光すらも侵入できなくなったシールド内に、弱いプラズマで熱の無い光を作り出した光宣が、水波の傍らに片膝を突いて彼女の肩を手で掴む。

肩を揺さぶろうとして、寸前で思い止まる。水波が苦し気に臥せていた顔の中に微笑みを浮かべて、光宣を見上げた。

 

「大、丈夫、です」

 

途切れ途切れに、その口調だけで大丈夫ではないと分かる答えを水波が返す。

 

「咄嗟のこと、だったので、力加減を、失敗してしまった、だけ、です」

 

「もう良い!喋らないで!」

 

魔法の行使が水波の寿命を縮めるということを、光宣は改めて思い出していた。彼が水波を攫ったのは、まさにその所為だった。

彼女を死なせたくなかったから、自分は人間であることを辞め、水波にもそれを勧めた。

それなのに、自分の不注意で、

水波に魔法を、

使わせてしまった。

彼は新たにやってきた敵の攻撃も、レイモンドの念話も、全てを拒絶して水波を強く抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終了したのは、それから二十分後のことだった。光宣が退魔師を無力化したことにより、ゾーイ・スピカが本来の戦闘力を発揮できるようになった。そうなればスピカ中尉はUSNA最強の魔法師部隊『スターズ』の中でも最精鋭の一等星級隊員。襲撃部隊の約半数を一人で無力化した。残る半数も狂信的な指揮官が射殺されたことで戦闘継続の意思を喪失。コーラルのクルーも仲間の復仇に拘らず投降を受け容れた為、どちらか一方が全滅という悲惨な結末にはならなかった。

しかし、光宣と水波が助け出されたのは、戦闘終結からさらに一時間近くが経過した後のことだった。

 

「・・・光宣。彼女の具合はどう?」

 

「苦しそうな様子も無く眠ってくれたよ。処方してもらった薬が効いているみたいだ」

 

戦闘が終わった直後に、コーラルクルーの上陸が解禁された。光宣も下船を許可され、水波は基地の医務室に運び込まれた。光宣はしばらく水波の側に付き添っていたが、今は夜の海と向き合って埠頭に座り込んでいる。

 

「そう・・・」

 

「・・・僕の所為だ。彼女に魔法を使わせちゃいけなかったのに・・・」

 

「いや・・・、君の所為じゃないよ。まさかステイツの基地内でステイツの兵士に襲われるなんて、予測できるはずないじゃないか」

 

「スピカ中尉にも、そう言って謝罪されたよ。今回のことは自分たちの内輪揉めだから、巻き添えになった水波さんを治療する為には、どんなことでもするって」

 

光宣が微かに、自嘲的な笑みを零す。

 

「彼女を治す方法なんて、一つしかないのは分かってるんだけどね・・・」

 

「だったら!もう躊躇っている場合じゃないだろ!光宣、君にはできるんだから!」

 

「強制はしない。彼女が望まない限り、彼女を僕たちと同じにはしない」

 

「でも、それしか・・・!」

 

「約束したんだ。強制はしないって」

 

まるで、生きる希望を失くしてしまった老人のような声で光宣が呟く。レイモンドは、黙って立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十八日 午前七時二十分ごろ

 

達也は携帯で電話をしていた。相手は凛であった。

 

「凛。俺だ」

 

達也が端的に言うと電話越しに返事があった。

 

『ああ、達也か。誰かと思ったよ』

 

「今話せるか?」

 

『ちょっと待ってな。移動するから』

 

そう言うと電話越しに川の音と人の騒ぎ声がうっすらと聞こえ、少し間を置いたところで凛が電話に出る。

 

『どうした。なんか用事か?』

 

「ああ、俺から協力を要請したい」

 

『・・・なんだい。武器でも欲しいのか?』

 

達也の口調から凛は何が欲しいのかを聞いた。

 

「いや、俺から凛に私的に力を貸してほしい」

 

『それは・・・私の魔法を当てにかい?』

 

「その通りだ。今回は暴れてもいい。俺の手伝いをしてくれ」

 

そう言うと凛は返事をした。

 

『・・・了解。日程はいつだい?』

 

「22日の予定だ。その日にミッドウェー島に向かう」

 

『分かったわ。ミッドウェーならすぐに行ける。そっちの準備ができたら合流するわ』

 

凛が返答をすると達也は気になった事を聞いた。

 

「ところで今どこにいるんだ?」

 

『え?今はワシントンよ』

 

「なんでそんな所にいるんだ・・・」

 

達也が半分呆れ顔で言うと凛は呑気に葉桜を見ながら返事をする。

 

「ちょっと話したい人がいてね。こっちの用事は終わったからこのまま日本に帰ろうかとも思ったけど・・・達也が来るならこのまま残ろうかしら」

 

『そうだな・・・だが、計画を合わせたい。できれば日本に帰ってきてくれ』

 

「了解。じゃあすぐに帰るわ」

 

『詳しい話はお前が帰って来てからにする』

 

そう言うと電話が切られると凛はすぐさま来た道を戻り、そのまま空港に向かうと愛機であるファルケンに乗り込み、日本へと帰国をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十八日、午後八時五十五分。マンションの深雪にはリーナと弘樹を護衛に付けて、達也は一人で九重寺を訪れた。いきなり押しかけたのではない。一度、今朝十時にも達也はこの寺を訪問して、東道青波との面会を仲介して欲しいと八雲に頼んであったのだ。約一週間前に本気で戦った二人だが、達也も八雲もまるでそんなことなど無かったのような態度でその場は別れ、昼過ぎに今日の夜九時を指定する電話が八雲から達也の端末へ掛ってきたのだった。

弟子に案内された脇間で待つこと五分。九時ちょうどに、八雲を連れた東道青波が上座に腰を下ろした。

 

「本日はお呼び立てして、誠に申し訳ございません」

 

「挨拶は良い。四葉達也、面を上げよ」

 

達也は素直に顔を上げた。真夏にも拘わらず、東道は以前会った時と同じような高級スーツ姿だ。

 

「本日は私に頼みたいことがあるとか。遠慮は要らぬ、申してみよ」

 

「お言葉に甘えまして、申し上げます。閣下に賜った抑止力としての務めに関係してくることでございますが、第一〇一旅団を離れ特務士官の地位を返上しても軍事力を合法的に行使できるように御手配願えませんでしょうか」

 

達也は本当に遠慮なく、東道にいきなり要求をぶつけた。東道は怒るのではなく、面白そうに唇を歪めた。

 

「ワイアット・カーティスから受けた依頼の件かと思ったのだがな」

 

「その件は当主よりご相談申し上げていると考えておりました」

 

「フム・・・」

 

東道はなおも愉快気に達也を見詰める。

 

「確かに相談を受けておる。アーシャ・チャンドラセカールから協力要請があった件についてもな」

 

「既にご存じでしたか」

 

「良かろう」

 

東道の挑発を、達也は涼しい顔で受け流し、東道も達也の態度をまるで問題にしなかった。

 

「其方の力が自由に使えぬとあれば、国防上の損失だ」

 

東道が頷き、腕を組む。

 

「私の権限は、今の世で表に出せるものではない。其方一人に限定して、公的な特権を与えることは難しい。だが・・・」

 

東道が組んでいた腕を解く。

 

「事後的に出あれば、罪に問われないよう手配することはできよう」

 

「お願いできますでしょうか」

 

「承知した。しかし其方、佐伯と仲違いでも致したか」

 

達也が畳の上で平伏すると、その背中を見下ろしながら、東道が揶揄するような口調で問いかけた。

 

「佐伯閣下は当家がアンジェリーナ・クドウ・シールズを匿っているのが、気に入らないご様子です」

 

東道の揶揄に、達也は顔を上げて答える。

 

「アンジー・シリウスを匿っているのは四葉家ではなく其方であろう」

 

「私は」

 

達也はここでも「自分」ではなく「私」という一人称を使った。

 

「彼女はもう、アンジー・シリウスにはならないだろうと知っていますので」

 

「ほぅ」

 

「へぇ」

 

東道だけでなく、それまで黙っていた八雲までが声を漏らす。

 

「願っている、ではなく、知っている、なのかい・・・?」

 

八雲がニヤニヤと笑いながら達也に尋ねる。彼はリーナが既に帰化していることも、心情的にもUSNAよりも四葉家に傾いていることもしっていて尋ねているのだから性質が悪い。

 

「はい。私の意志とは関係なく、彼女はもうスターズには戻らないでしょう」

 

「ハハッ。そうなると良いねぇ」

 

八雲はなおも笑っているが、東道は既に真顔を取り戻していた。

 

「佐伯は死んだ九島に対して感情的なしこりを残しているからな。その影響もあるのだろう」

 

達也の顔を、意外感が掠める。彼は佐伯が外交上の損得を計算しているだけだと推測していたのだが、そんなに根の浅い話ではなかったようだ。

 

「だが其方と佐伯の縁が切れるのは、この国にとって好都合だ。其方の力は、一武官の影響下に置かれるべきものではない」

 

達也はこの時、何と応えて良いのか分からず、ただ軽く、ただし丁寧に頭を下げた。東道にとっては、その反応で問題なかったようだ。

 

「事情は分かった。先程も申した通り、交戦者資格の件は私に任せておくが良い。其方は自分が必要だと判断した時に、必要なやり方でこの国を守護せよ」

 

「改めて、承りました」

 

達也が再度、平伏した。その頭上に、東道の言葉が続けて浴びせられる。

 

「ワイアット・カーティスの申し出も受けて良い。政治家や官僚どもは良い顔をせぬであろうが、ベンジャミン・ロウズを脱獄させるというのは、其方の力を見せつける為にはちょうど良かろう。ただし、ミッドウェー監獄を全壊させるのは無しだ。過ぎた薬は毒になる故な」

 

「分かりました」

 

どうやら東道は、USNAを軍事的に牽制する必要を覚えているようだ。巳焼島が襲撃された件で不快感を懐いているのだろう。そう思いながら、達也は平伏したまま応えを返した。

 

「桜井水波の救出に当たっても、米軍の損害は余程大きなものでない限り考慮せずとも良い。パールアンドハーミーズ基地を消し去るのはやり過ぎだが、空母の一隻くらいであれば吹き飛ばしても構わぬ」

 

「なるべく穏便に済ませたいと存じます」

 

「それも良かろう。ただし一つ、条件がある。・・・面を上げて良いぞ」

 

「何でございましょうか」

 

達也はそう言いながら、ゆっくりと身体を起こした。

東道はもったいぶることも無く、条件を告げる。

 

「九島光宣を連れて帰ってはならない」

 

「滅ぼさなくてもよろしいのですか?」

 

東道と彼の同僚たちには、人外の魔性に対するアレルギー的な忌避傾向があるとあの夜、達也は八雲から聞いていた。彼は「条件」と聞いて、パラサイトの殲滅を要求されると予想していたのだった。

 

「不要。アメリカで起こることは、アメリカ人が対処すべきだ」

 

「承りました」

 

光宣の能力は惜しい気もするが、達也にとっては水波を取り返すことの方が優先される。東道が付け加えた条件は、彼にとっても抗うべきものではなかった。

 

「出国についても、手を打っておこう。密出国などというつまらない容疑で煩わされたくないであろう?」

 

「・・・ありがとうございます」

 

東道がここまで協力的な姿勢を見せるとは、達也も予想していなかった。確かに国防軍と決別すれば、これまで見逃されていた違法行為を逆に厳しく咎められる可能性がある。今回の件に関していえば、まず密出国だ。だがそれは避けられないリスクだと達也は覚悟していた。

 

「八雲」

 

「達也くん、これを」

 

八雲が達也の斜め前に移動して、懐から藍色の袱紗を取り出した。差し出された袱紗を手に取り、達也は「開けても?」と八雲に目で尋ねたが、応えたのは東道だった。

 

「開けてみるが良い」

 

「はい」

 

袱紗に包まれていたのは、出国確認証印済みの公用旅券だった。名目はUSNAに対する技術協力。魔法工学技術者として、達也を一時的にUSNAに派遣するという主旨のものだ。

 

「八雲の発案である。先日、其方の邪魔をした詫びの印として受け取っておくが良い」

 

「邪魔したのは僕の意志じゃ無いんだけど、まぁ、そういうことだよ」

 

邪魔とか詫びとか経緯と理由は兎も角、達也にとって有用なアイテムであることは間違いない。達也は丁寧に頭を下げ、二人の好意を受け取った。



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当たり前なこと

八雲から旅券を受け取った達也に青波は問いかける。

 

「其方、神木家の当主に助力を仰いだようだな」

 

「はい、彼女は非常に強力なる魔法師の為。私的に協力を要請いたしました」

 

神木家の当主。それはつまり凛の事である。いきなり青波から凛の話題が出て来た事に驚いたが達也は頷いた。すると青波は「そうか・・・」とだけ言い残すと達也を部屋から出し、達也はそのまま帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が居なくなり、部屋には青波と八雲が残った。八雲が座ると青波は徐に語り始める。

 

「八雲、この国に不思議と疑問が浮かばなったか?」

 

「はて?どう言う事でしょうか?」

 

「そのままの意味だ」

 

そう言うと青波は目を閉じ、戦後の世界地図を想像した。

 

第三次世界大戦以降、ロシア連邦はウクライナ・ベラルーシ・を吸収し新ソ連へ。

アメリカ合衆国はカナダ・メキシコを吸収し北アメリカ大陸合衆国へ。

中華人民共和国はビルマ・ベトナム・ラオスの北部と朝鮮半島を吸収し、大亜細亜連合へ。

 

他の主要国も周辺国家を統合し、それぞれの地域で大国を形成していった。なのにこの日本のみ、何千年もの間、他国に直接的な支配をされることなく他の国を窮することもなく、一国だけで独立を維持している。モンゴルやカザフスタンは大亜連合と新ソ連がそれぞれ実権を握っているようなもので二大国の領土とも言えた。それを鑑みても日本という国は政治的な理由もなく、独立を維持し続けていた。

 

青波に指摘されて八雲は嗚呼と納得する。

 

「考えたこともありませんでした」

 

「そうだろうな。私ですら先代に言われるまで理由すら考えたことなかった」

 

そう言うと青波は過去の記憶を思い出していた。それは自身が当主になるときに先代から言われた事だった。

 

『この国が何千年もの間他国に支配される事なく独立を維持できている理由はあの家がいるからだ』

 

青波ですら信じられないと言う思いが浮かんだ。

 

一個の家系が日本を守っている?

何を言っているんだ。

 

だが、話をしている先代は至って真面目だった。

 

『かの家はいわば眠る龍。決して起こしてはならぬのだ』

 

そう言い残すと先代はその二日後、心臓発作で急死してしまった。

 

「今思い返せば全てがつながる。あの家の力は世界を影から動かして来た。とてもじゃないが元老院の世間知らずにこの事を伝える訳にはいかない。伝えればこの国に待っているのは破滅だ」

 

そう言うと青波はその家の姉弟を思い出した。あの二人を起こしてはならないそれは確かだ。だからこそ、彼らは表舞台に出ようとも思っていなかった。そんな彼らの歴史を曲げたのはある一人の青年であると青波は思っていた。

 

「当たり前と思っているからこそ、普通ではおかしな事でも何とも思わない。言われて初めて気づくとはまさにこの事だな」

 

そう呟くと青波は八雲にお茶を注文していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本時間七月十九日正午、現地時間十八日午後四時。パールアンドハーミーズ基地に小型輸送機が到着した。この基地は環礁の外側に人工地盤とメガフロートを建設し、その上に作られた物で、基地自体に滑走路は無い。基地所属の空母が滑走路の代わりを務めている。その為、空母が出撃している間は飛行艇を除いて航空機で訪れられない。

 輸送機は、ニューメキシコのスターズ本部基地から派遣された物だった。スターズ本部は三日前から、輸送艦『コーラル』入港直後にクルーの下船を拒否されるという異常な事態の解決を、スピカ中尉から求められていた。その対応を検討していたところに、昨日、同じアメリカ軍による奇襲攻撃だ。スピカから救援を求められたウォーカ基地司令は直ちにスターズ第十一隊のケヴィン・アンタレス少佐とエリヤ・サルガス中尉の派遣を決定した。

 

「スピカ中尉。すまない、遅くなった」

 

「いえ。来ていただいて嬉しく思います、サー」

 

「ところで、ベガ隊長とデネブ少尉は・・・」

 

「隊長と少尉は戦死しました」

 

「・・・そうか。残念だ」

 

アンタレスは二人と特別親しかったわけではないが、やはり同僚の死はショックなのだろう。たとえパラサイトであっても。

 

「それで、状況は?」

 

「コーラル乗組員の半数が犠牲になりましたが、残ったクルーの待遇は改善されております。負傷者の看護も十分なものです」

 

「了解した」

 

「スピカ中尉。当基地における問題は解決済みだと理解しても良いのか?」

 

ここでサルガス中尉が会話に加わる。

 

「いえ、未解決の問題が残っています」

 

「投降した奇襲部隊の処罰か?」

 

「そちらは軍法に則って決めればいいことです」

 

「では、何だ」

 

「我々のネットワークに加わろうとしない同族の存在です」

 

「同族が意識の共有を拒んでいるということなのか?」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「事実です。何故そのような真似が可能なのかは、分かりませんが」

 

「何者だ」

 

アンタレスが厳しい表情でスピカに問う。

 

「九島光宣という名の、日本出身の同族です。レイモンド・クラークがコーラルに連れてきて、現在はこの基地に滞在しています」

 

「・・・その者はどこにいる?」

 

「同行者が体調を崩しており、病室に付き添っています」

 

アンタレスの質問に、スピカはすぐに答えた。彼女は昨日から光宣と接触を持っていなかったが、彼の動向から目を離してはいなかった。

 

「その同行者も同族か?」

 

「いえ。その少女は人間です」

 

「同族が人間の少女と逃げてきたのか・・・なにやら事情がありそうだが」

 

「九島光宣の事情については、レイモンド・クラークが知っているはずです」

 

「そうだな・・・、いや、それは後回しだ。その九島光宣とコンタクトしてみよう」

 

アンタレスのセリフに、スピカが顔を曇らせる。

 

「九島光宣は敢えてネットワークを遮断している節があります。説得は、簡単ではないと思われますが」

 

「分かっている。多少、手荒な対応になるのも仕方がない。それが分かっているから、貴官は我々が到着するまで静観していたんだろう」

 

「はい、少佐」

 

アンタレスとサルガスは人間だった時分、精神干渉系魔法を得意としていた。その技能はパラサイトになっても損なわれていない。威力はむしろ、上がっている。スピカは二人の精神干渉系魔法で光宣の精神防壁を崩せるのではないかと考えていたのだ。そしてアンタレスも、無言で頷いたサルガスも、そのつもりになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月十九日午後一時、達也は霞ケ浦基地の第一〇一旅団司令部を訪れていた。電話による呼び出しに応じたものだ。今朝、九時に電話を掛けてきたのは藤林響子。彼女も達也も事務的な口調で言葉を交わしただけだが、達也の態度は必要以上に冷淡なものではなかった。彼はまだ、真夜が響子を勧誘した件については聞いていないが、彼女たちが九島烈の葬儀の後に場所を変えて話をしたことは知っている。藤林長正が自分を妨害した件については何らかの手打ちが行われたのだろうと達也は推測していた。

もっとも、それ自体は達也が佐伯の召喚に応じた理由ではない。彼は、自分の立場をはっきりさせるちょうど良い機会だと考えて旅団司令部に乗り込んだのだった。

 

「特尉、良く来てくれました」

 

形ばかりの笑みを浮かべて達也を迎えた佐伯少将に、達也は敬礼ではなく会釈で挨拶した。彼は平服で無帽だから、作法としては間違っていない。だがこれまで(誤った)慣例で挙手の敬礼をしていた達也が見せた会釈に、佐伯の隣に控えていた風間は違和感を覚えた。もしかしたら佐伯も、達也の態度が今までとは違うことに気付いていたかもしれない。だが彼女は予定通りに訊問を進めようとした。しかし、達也が口火を切る方が早かった。

 

「佐伯閣下。その地位は、ただ今を以て返上致します」

 

「――どういう意味ですか?」

 

佐伯の問いかけに、達也はサマージャケットの内ポケットから縦長の封筒を取り出す。デスクに置かれた封筒には「退役届」と書かれていた。

 

「私は――」

 

達也が使った一人称に、風間は先程よりも強い違和感を覚える。しかしそんなことを気にしている場合ではないということも、彼には分かっていた。

 

「正規の軍人ではないので届け出は必要無いかもしれませんが、これが私の意思です」

 

佐伯は表情を消して退役届の封筒に目を向け、そのまま「受け取れません」と応じた。

 

「閣下。それは『退役願』ではなく『退役届』なのですが。そもそも私が特尉の階級を拝命した際に、軍役年数の定めは存在していません。何時辞めても自由なはずです」

 

「だからといって、『この仕事が嫌になったので今すぐ辞めます』なんて言い草が社会で通用すると思っているのですか!」

 

「社会的通念を問題にするならば」

 

苛立ちを隠さない佐伯に向かって、達也は真面目くさった顔で反論する。

 

「未成年に軍役を強要することの方が、社会的通念に反していると思いますが?」

 

「――っ」

 

達也の小賢しい論法は、佐伯に対して一定の効果があった。

 

「・・・自分が何者なのか、忘れたのですか?貴方は戦略級魔法師です。勝手に軍を離れることなど許されません」

 

「何故です?」

 

「何故って・・・戦略兵器に匹敵する破壊能力を国家が野放しにするはずないでしょう。こんなことも改めて言わなければ分からない程、貴方は頭が悪くなかったはずですが」

 

 

 佐伯は苛立ちを隠せなくなってきている。一方、達也は冷ややかな表情を隠さなくなってきた。

 

「戦略級魔法を野放しにしないのは国家ではありません。政府です」

 

「・・・何が違うと言うのですか」

 

「政府は、兵器を自分の手で所有することに拘ります。国家は、兵器が自分の為に使われることを重視します」

 

「どのように使うのが国家の為であるかは、政府が決めます」

 

「普通はそうですね」

 

達也はあっさり、佐伯の言葉を認めた――留保付きで。その応えがますます佐伯を苛立たせているのだが、達也は佐伯の感情などお構いなしに話を続ける。

 

「少なくとも、戦略兵器の使い方を決めるのは政治家であって軍人ではありません」

 

佐伯の顔が、微かに赤らむ。羞恥故ではなく、怒りを反映して。

 

「私のことを、文民統制を無視する軍事独裁者だとでも言いたいのですか?」

 

「一般論です。そして一般論で言えば、軍事力は個人に属するものではありません。個人で戦略兵器相当の軍事力を有する戦略級魔法師は、一般論の枠内に収まらない特殊な存在なのですよ」

 

「――自分が特別扱いされるべき存在であると?」

 

佐伯が嘲る口調で訊ねるが、達也はその挑発に乗らなかった。元々彼の感情には、上限が設けられている。それは達也に掛けられた呪いのようなものだが、こういう場合は彼の武器として機能する。

 

「特別なのではありません。特殊なのです。良い方向にも悪い方向にも、一般的な基準が当てはまらない。戦略級魔法師という特殊な存在に、一般論は適用できません。私の身柄を所有しなくても、私の魔法を国防に役立てることはできます。逆に私の身柄を拘束していても、私が国家の為に魔法を使うとは限りません。――洗脳は魔法技能を損なうという事実もお忘れなく」

 

達也は最後の一言だけ、皮肉は口調で付け加えた。

 

「・・・戦略級魔法師がその力を振るったとして、政府以外の何物が結果に責任を負えるというのです。司波達也、貴方は既に戦略級魔法を他国の領土に向けています。国防軍との縁を切って、あの大破壊の責任を個人で背負えるというのですか」

 

「西暦二〇九五年十月三一日の段階では、私は特務士官であり、あの時は国防軍の命令で大亜連合艦隊を攻撃しました。時系列を無視するのは詭弁であるということくらい、賢明な佐伯少将閣下には申し上げるまでもないと思います」

 

達也の返答は佐伯を激昂させるには十分であった。



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佐伯の憤慨

達也に指摘されるまでもなく、苦しい言い分だと佐伯自身も分かっていたのだろう。彼女は声を荒げて反論した。

 

「過去ではなく、これからのことです!」

 

彼女のセリフは、少々意味不明なものだった。佐伯の隣に控えている風間も、理解できていないような表情を見せている。佐伯はすぐに言葉が足りなかったことに気付いて、達也から指摘を受ける前に、早口気味に反論を続けた。

 

「貴方は先程、政府に所属しなくても国家の為に戦略級魔法を使うと言いましたね? その結果に対する責任を、個人で負うのかと言っているのです」

 

「閣下、それは順番が逆です。国家の為に戦略級魔法、マテリアル・バーストを使う際には、国家が――政府がその責任を負うという確約を得てから使います。私は国家の代わりに個人で責任を負う程、お人好しではありません」

 

佐伯が達也を睨みつける。睨むだけで、彼女の口から達也を論駁する言葉は出てこない。ここに弁論の審判がいたなら、達也の勝利を宣言したに違いなかった。

 

「これまで、およそ五年間。お世話になりました」

 

達也は佐伯を論破する為にここへ来たのではない。今の論戦は正直なところ、彼にとって余計な手間でしかなかった。佐伯が退役届を素直に受け取っておけば、必要ないものだったのだ。無論達也は、自分が軍から離れるのを佐伯が笑顔で認めるとも考えていなかったが。

 

「――風間中佐、大黒特尉を拘束しなさい」

 

佐伯が、達也の予測した通りの命令を風間に下す。達也は佐伯が、最初からこう出るだろうと考えていたのだった。

 

「隊長」

 

佐伯の命令に、真っ先に反応したのは風間ではなかった。柳少佐が、動こうとしない直属の上官に命令を求める。

 

「ーー柳、やれ」

 

風間の命令で、柳少佐とその配下の兵士――兵士と下士官――が動いた。狭い室内だ。派手な魔法は使えない。いや、達也の方にはこの部屋を破壊して脱出するという選択肢もあった。だが柳たち独立魔装大隊の隊員は所属する旅団の、最高司令官の執務室に損害を与え、その主である佐伯少将を巻き添えにする可能性を恐れないわけにはいかない。彼らは自分の肉体を制御する魔法と、接触により攻撃を叩き込む魔法のみで、達也に襲いかかった。

兵数は、柳を含め四。風間はまだ、動いていない。最初の一撃を放ったのは、柳だった。右足で踏み込み、右手を突き出す。鳩尾に向かって通常の打法より拳一つ分以上伸びてくる柳の順突きを、達也は躱しきれず左手の掌で受け止めた。

柳の右拳が達也の左手を押し込む。その理からは正確に達也の重心軸へ向けられており、右にも左にも逸らせない。腹まで完全に押し込まれてしまわないよう、達也が左手に力を入れる。右拳と左手で圧し合ったまま、達也と柳の動きが止まった。

そこへ柳の部下が左右から襲いかかる。達也は移動魔法で、体勢を維持したまま後退した。柳は右足をそのままに今度は左足で踏み込み、左手を突き出す。達也はその掌底突きを、躱さなかった。ブロックすることもなく、身体で受け止めた。

柳の左掌底が、達也の右脇腹に食い込む。掌から伝わる感触に、柳は眉を顰めた。肋骨を、折った感触。柳の掌底突きは、達也の骨折を招いた。こんな簡単に攻撃が決まるとは、柳は予想していなかった。その所為で、柳の反応が遅れる。

停滞は、一瞬にも等しい僅かな時間。だがその半秒にも満たない時間の内に、達也の右手が柳の顔面を捉える。腰の入らない、手だけで繰り出された掌底打ち。牽制にしかならないはずの一打が、柳をよろめかせ、片膝を突かせる。タネはフラッシュ・キャストによる移動魔法。達也は自分の右手を魔法で動かして、柳に一撃を食らわせたのだ。

これは十三束鋼が得意とする魔法『セルフ・マリオネット』の部分模倣。『セルフ・マリオネット』を完全に真似できない達也が、右腕だけに限定して再現したものだ。柳の右手が離れると同時に、達也の骨折は無かったことになった。『再成』による自己修復だ。ダメージを消した達也が、柳に追い打ちをかけるべく足を踏み出す。しかし彼は、追撃を中断しなければならなかった。

柳の部下、三人の兵士が三方向から一斉に、達也に襲いかかった。独立魔装大隊でも格闘戦能力を柳少佐が特に鍛えた小隊の隊員だ。三対一では、達也も分が悪い。完全に囲まれる前に、達也は大きく跳んで扉の前に着地した。

 

「逃がすな!」

 

ダメージから回復した柳が部下に叫び、自らも立ち上がって床を蹴る。佐伯がデスクのコンソールを操作した。おそらく、扉を遠隔ロックしたのだ。扉は外開きの、見かけは木製、実は木製パネルで表面を飾った特殊鋼板製。

達也はドアのノブに、手を掛けなかった。迫る柳に、自ら突っ込む。柳の右手が、達也の胸にあてがわれる。達也の右手が、柳の胸にあてがわれる。鏡に映したように、ではなく、撮影と同時に投影した立体映像のように、二人は全く同じ構えから同じ攻撃を繰り出した。掌から、相手の心臓に振動波を送り込む。振動系魔法を使った格闘戦技だ。

威力は、柳が勝った。

だが、効果に大差はない。

互いの攻撃を受け、二人ががくりと膝を折る。柳はそのまま床に両膝を突き、達也は崩れ落ちることなく体勢を立て直した。『再成』によって、ダメージを無かったことにしたのだ。両膝に加えて左手を床に突き、右手で胸を押さえて額に脂汗を滲ませる柳と、目を見張って立ち竦む彼の部下の横をすり抜けて、達也は部屋の奥に進む。佐伯のデスクへ。

達也の視界が塞がれる。風間が彼の前に立っていた。風間が何時動いたのか、達也には分からなかった。達也は停止ではなく、前進を選択した。

達也と風間が交差する。達也の身体が、宙を舞った。達也が佐伯のデスクに叩きつけられる。デスクの天板ではなく前面に衝突して達也の身体が床に転がる。風間は、振り返らない。達也は風間の方を向いて、何事もなかったように立ち上がった。

 

「・・・肉を切らせて骨を断つ、か」

 

「いえ、相討ちでした。ただ、俺にはダメージを消す手段がある。その違いです」

 

風間の言葉に、達也が事実だけを伝える口調で応える。よく見れば、風間の両足は細かく震えている。彼は倒れそうになっている身体を懸命に支えていた。

達也は投げられた瞬間に、掴まれた腕を作用点にして振動波を送り込んでいたのだ。柳に浴びせたのより、ずっと強力な振動魔法だ。いくらフラッシュ・キャストでも、一瞬で発動を終えるというわけにはいかない。そんなことをしていれば、受け身を取る時間的な余裕が無くなる。自動的に作動する自己修復能力があるからこそ可能な真似だった。

達也が振り返り、佐伯へ手を伸ばす。佐伯は咄嗟に、拳銃を隠した引き出しに手を掛けた。だが達也の興味は彼女に向けられていなかった。

達也の手が、デスクのコンソールに到達した。予想を外されて、佐伯が硬直する。扉のロックを解除し、達也が身を翻す。

 

「師匠に勝ったのは、まぐれではなかったか」

 

「あれは俺の負けです。まだまだ、師匠には勝てません」

 

扉に向かう達也の背中に、風間が話しかける。達也はその問いに応えながら、柳の横を通り過ぎた。柳は動けなかった。いや、動かなかった。

 

達也の体が透ける。

 

その事に風間達は驚く。そして達也の体が完全に部屋から消えると同時に風間が片膝を突き、彼の許に二人、柳の許に一人、部下が駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が去って、およそ二分。呼吸を整え、風間が立ち上がった。

 

「柳少佐を医務室に連れていけ」

 

「ハッ」

 

柳は素直に部下の肩を借りて、司令官室を出ていく。

 

「お前も下がれ」

 

「分かりました」

 

一人残った下士官も、風間が下がらせる。司令官室は、佐伯と風間の二人きりになった。

 

「・・・中佐、本気を出しませんでしたね?」

 

「手は抜きませんでした」

 

佐伯は質問の形を取りながらも、風間を非難するような口調だ。風間は、本気を出さなかったという指摘については、否定しなかった。相手を殺さず、建物も調度品も壊さず。こんな条件の下で「本気」は出せない。それは柳も、達也も同じだ。

相手と同じ条件で、風間は許される範囲内の全力で達也を取り押さえようとした。その結果の敗北だ。「本気を出せなかった」などという負け惜しみを口にするのは、風間にとって恥ずべき醜態。同時に命令を果たせなかったのも事実だ、上官の非難に、それ以上反論するつもりはなかった。

 

「・・・逃げられてしまったものは仕方がありません。逮捕令状を取るのは無理ですから、密出国だけは阻止するように、今後は監視を強化します」

 

風間を責めても愚痴にしかならないと佐伯も分かっているのだろう。彼女は自分に言い聞かせるようにそう言って、今の一件を不問とした。

 

「ありがとうございます。ところで閣下、これはどうするのですか?」

 

風間がデスクに置いたのは、達也がぶつかった衝撃で床に落ちていた「退役届」だ。佐伯はその封筒を手に取ると、無言でデスク横のシュレッダーに放り込んだ。

 

「よろしいので?」

 

「本人も言っていたように、彼は正規の士官ではありません。元々国防軍に正式な籍は無いのですから、退役届自体が無意味な物です」

 

「では、達也の階級返上については、黙殺すると?」

 

「いいえ。本日付けで特務規則に基づく『大黒竜也特尉』の登録を抹消させます」

 

佐伯の決定は、風間にとって意外なものだった。彼は「よろしいので?」と同じフレーズをもう一度使って、上官の真意を確かめた。

 

「忠誠心の無い兵士は、いても有害なだけです。軍の後ろ盾が必要ないと言うなら、思い通りにさせてあげましょう」

 

佐伯のセリフは、達也に対する思い遣りから出たものではない。彼女の声は、今にも怒りで震えだしそうだった。

 

「一体誰が大黒特尉にあんな幻影を教えたのでしょう・・・」

 

佐伯の小さな呟きに風間は心当たりしかなかった。

 

「(今のレベルの幻術は彼女しかできないだろう・・・今でも彼女は入院中と言うことになっている・・・どこで何をしているのかと思いきや・・・)」

 

そう内心で呟くと風間は医務室へと向かった。



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スターズVS光宣

北西ハワイ諸島パールアンドハーミーズ環礁米軍基地、現地時間は十八日午後八時。光宣は水波の病室にいた。日はすっかり落ちているが、部屋の灯りは点けていない。眠っている水波の邪魔をしない為だ。

彼女は昨日からずっと眠り続けているわけではないが、目を覚ましている時間の方が随分と短い。魔法演算領域のオーバーヒートが、肉体よりも精神の力を消耗させているのだ。意識の活力が失われている所為で、覚醒状態を維持できないのである。

この基地にも軍医はいる。だが光宣は、医者の治療に期待していなかった。医療技術の問題ではない。水波の疾患は、現代医学では治療できないと分かっているからだ。無意識領域に存在する魔法を構築する為の精神機能、魔法演算領域には、人間に備わった他の能力と同様、処理可能な限界が存在する。この限界を超えた要求を処理し続けると、魔法演算領域という精神の一機能が損なわれるだけでなく、障碍は精神全体から肉体まで波及し、やがては死につながる。それを防ぐ為に、魔法演算領域には能力限界を超えた処理を停止させる安全弁が存在する。

しかし肉体が時に、耐久力の限界を超えたパワーを発揮するように、魔法演算領域も瞬間的に限界を超えた処理を行ってしまうことがある。この時、安全弁が回復不能なまでに破損してしまうと、魔法演算領域の過負荷処理、オーバーヒートが起こりやすくなる。水波を蝕む病の正体がこれだ。

精神の無意識領域にある魔法演算領域は、魔法師にとってもパラサイトにとっても、今はまだブラックボックス。その機構を修復することは現段階では不可能だ。魔法演算領域の安全弁が破損してしまった魔法師がオーバーヒートで命を縮めないようにする為には、魔法を使わない以外にない。

だが水波は、魔法を使ってしまった。それも強力な、言い換えれば自身への負荷が大きな魔法を。光宣の目の前で。

 

「(人間の心と身体が魔法の行使に耐えられないなら、もっと魔法に適した、人間以外の存在に変わるしかない・・・)」

 

これが唯一の正解だと光宣は考えている。どんなに知恵を絞っても、それ以外の解決策を彼は考え出せなかった。

 

「(このままでは、水波さんは・・・)」

 

もう、水波をパラサイトに変えてしまうしかないと、光宣の心の中で囁く声がする。それは意識を共有しているパラサイトの声では、断じてなかった。水波を死なせたくないと願う光宣自身の声だ。

しかしその一方で、水波との約束を破るのかと自分を詰る自分がいる。本当に、他に手立てはないのかと足掻く光宣も、彼の中に存在する。

答えはすでに出ている。どんな治療も、応急処置にしかならない。今から魔法を封じたところで、現在の症状を改善させることにはつながらない。

パラサイトになる以外に、最終的な解決策はない。

 

「(彼女が魔法を使ったのは、僕の所為だ。僕がもっとしっかり周りを見ていれば、水波さんに魔法を使わせることはなかった)」

 

水波が眠っているベッドの脇で、光宣は項垂れ、自分を責めていた。そもそも光宣が水波を連れ出そうとしなければ、水波が自分を責めることも、光宣を守る為に魔法を使うこともなかったのだが、光宣はそのことに気付いていない。

 

「(僕は、どうすればいいんだ・・・)」

 

夜がもたらした闇の中で、光宣は苦悩に頭を抱えた。不意に光宣が、顔を上げる。自分の中で答えが出たのではない。魔法師としての感覚が、彼に異常を告げた。

 

「(暗い・・・。ただの闇じゃない)」

 

闇の性質が変わっている。ただ光がないだけではない。少なくとも一秒前までは、部屋の照明は消えていても完全な暗闇ではなかった。ドアの隙間から漏れる廊下の明かりで、ベッドも、そこに横たわる水波も、ぼんやりと見えていた。

 だが今は、何も見えない。光宣を取り巻くすべてが、闇の中に沈んでいる。否。彼が、闇に呑み込まれている。

 

「(――認識阻害魔法か!?)」

 

この闇は自分に向けられた魔法的な攻撃だ。光宣はそう直感した。光宣は『精霊の眼』で敵の正体を見極めようとしたが「視」えなかった。敵の正体が分からないだけでなく、魔法的な視力までが闇に遮られている。

 

「(精神にまで及ぶ・・・いや、違うな。精神サイドから敵の感覚を遮断する魔法か)」

 

光宣は狼狽しなかった。彼には知識がある。九島家の知識と、周公瑾の知識が。五感を遮る魔法も、五感外知覚を疎外する魔法も、光宣は知っている。彼が使う『仮装行列』は、その両方を欺く魔法だ。

 

「(『眼』を塞がれただけだ。それ以外に害はない)」

 

相手の索敵能力を潰して、それで終わりということはないだろう。光宣は精神干渉魔法に対する防御を張って、敵の出方を窺うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長く待つ必要はなかった。闇の中に、声が響く。鼓膜を破るような大音声ではなかったが、意識の中に無理矢理浸透してくるような、暴力的な声だ。

その声は、明瞭な言葉ではなかった。日本語でも英語でも他のどの国の言葉でもなかった。それは、意味を直接伝えてくる「響き」だった。

 

『聞け・・・!』

 

その声は、そう訴えているように聞こえた。

 

『拒むな・・・!』

 

その声は、そう訴えているようにも聞こえた。だがいったい何を聞けというのか。何を拒むなと言っているのか。光宣は魔法の強制力ではなく、かき立てられた好奇心で、その声に耳を傾けた。自発的に意識を向けることで、伝わってくる意味――意思が、具体性を増す。

 

『我が声を聞け!』

 

『我らが声を聞け!』

 

我、であり、我ら。その声は一人のものであり、複数のものでもあった。それだけで光宣には、この声の主がパラサイトだと分かった。

 

『我が意識を拒むな!』

 

『我らが意識を拒むな!』

 

光宣はパラサイトの集合的な意識との同化を、魔法の防壁で拒んでいる。九島家がパラサイドールを従える為に開発した魔法の応用で、光宣の中にもあるパラサイトの集合的な意識に「入ってくるな」と命じてあるのだ。その魔法を解けと、この声は光宣に強要しようとしている。

 

「(術者は二人)」

 

パラサイトの意識が集合的なものであるという事実とは別に、光宣に対して精神干渉攻撃を行っている魔法師が単独行動ではなく二人で連携しているということも、魔法の波動から分かった。「眼」は使えなくなっているが「手触り」で、彼は使われている魔法の性質を読み取った。

 

「(精神操作・・・強力な催眠術のような魔法だな、これは)」

 

自分の意識を操ろうとしている魔法を、光宣はそう分析した。

 

「(一人が「眼」を塞ぎ、もう一人が暗示を掛ける)」

 

このまま手探りで反撃することもできる。

 

「(まずはこの「闇」を無力化する!)」

 

だが彼は今後の為に、敵の魔法を完全に破って力の差を見せつけることにした。光宣が選択した魔法は『仮装行列』。この魔法は本来、敵に捕捉されない為のものだが、既に相手が作り出した「闇」の中に囚われていても、『仮装行列』を使うことに躊躇いは無かった。

 

「(相手が達也さんでなければ!)」

 

光宣には、たとえ敵の手中にあろうとも、相手が達也でなければ自分の『仮装行列』で行方をくらます自信があったのだ。それは、思い上がりではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が反撃に出たのと同時に、パールアンドハーミーズ基地の一室で、同時に男性二人の声が上がった。

 

「むっ?」

 

「動いた?」

 

前者はケヴィン・アンタレス少佐、後者はエリヤ・サルガス中尉の声だ。アンタレス少佐はスターズ第十一隊の隊長、サルガス中尉は同隊の一等星級隊員。二人とも精神干渉系魔法を得意とする魔法師であり、二次感染で人間から変化したパラサイトだ。パラサイトになっても、得意とする魔法は変わっていない。むしろ、得意魔法に特化傾向が見られる。

アンタレスは多人数の精神に同一の作用を及ぼす魔法を得意としており、サルガスは標的を一人に絞って精神に強力な攻撃を加える魔法を得意としている。

光宣の精神を「闇」に閉じ込めたのはアンタレスの魔法『ニュクス』。精神の知覚機能に干渉し、視覚情報と聴覚情報を遮断する幻覚フィールドを創り出す、アンタレスの切り札とも言える魔法だ。このフィールドに捉えられた相手は、見ても見えず、聞いても聞こえない状態に落とされる。その効果は肉体が取得する視覚と聴覚に限定されない。精神が視覚と認識する情報、聴覚と認識する情報の全てに及ぶ。その結果として、魔法師が視覚的に捉えているエイドスの情報も聴覚的に捉えている想子波動の情報も認識できなくなる。五感だけでなく、第六感以上の感覚も「闇に包まれる」のである。

アンタレスがこの魔法で光宣の遠隔照準を封じて反撃の魔法を撃たせないようにして、安全が確保された状態でサルガスが光宣の精神の防壁を崩すのが二人の作戦だった。彼らの計画通り、光宣からの反撃はなかった。

ところが、ここまで連れてきた少女の側を離れないはずの光宣が、病室から廊下に出て高速で移動し始めた。少なくとも、アンタレスとサルガスの魔法的知覚にはそう映った。

光宣が連れの少女を見捨てたとは考え難い。アンタレスの『ニュクス』は個人を標的とするものではなく、物理的なエリアを対象に設定することで、そこに含まれる複数の人間を呑み込む性質の魔法だ。光宣はそれを覚って、いったんエリア外に出ることで魔法の遠隔照準能力を回復し、自分に精神攻撃を加えている魔法師に反撃するつもりだろう。――アンタレスは、光宣の行動をそう解釈した。

 

「対象に追随する」

 

アンタレスは部下を危険に曝さないよう、光宣の移動に合わせて『ニュクス』の幻覚領域を移動させた。

 

「了解です、隊長」

 

サルガスもまた、移動する光宣を魔法の標的として追いかけた。それが光宣の作り出した幻影だと考えもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が『仮装行列』を発動した直後。魔法の闇が消えて、夜の闇が戻ってきた。闇を創り出す魔法が途切れたのではない。精神サイドから知覚を奪う魔法の作用エリアが光宣から外れたのだ。光宣はこの場を動かぬまま、自分の位置情報を動かした。敵もまた情報上の光宣を追いかけて、魔法の照準座標を動かしたのだった。

この反応の早さは敵の、魔法師としての技量の高さを示している。技量が高いからこそすぐに、光宣の術中に落ちた。彼の計算通りに。

続けて光宣は、空間を超えて、想子光を媒体とする精神干渉系魔法を放った。魔法の名称は『フォボス』。恐怖そのもののイメージを喚起する色彩を持った想子光を、相手の魔法的な視覚に直接浴びせる魔法だ。媒体を必要とせず直接恐怖を叩き込む『デイモス』という魔法もあるのだが、こちらは今のところ光宣のレパートリーに無い。『フォボス』に、致死的な効果はない。だがこの魔法を浴びた者は心理的耐久性に関係なく激しい恐怖に捕らわれ、精神が著しく衰弱する。恐怖に対する耐久訓練を受けた者も『フォボス』がもたらす恐怖から逃れることはできない。幾ら恐怖を抑えようとしても、恐怖そのものが自分の心の奥底から湧き上がってくるのだから。

『フォボス』発動後、まず『仮装行列』を発動するまで光宣の精神防壁を攻撃していた「声」の魔法が、途切れたのが分かった。続けて、自分を閉じ込めていた「闇」の消滅を光宣は観測した。どちらの魔法も既に、光宣には何の影響も与えていなかった。彼にとっては『仮装行列』が創り出したダミーに作用していた魔法を、術者が維持できなくなったというだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が勝利を確信してた頃。

 

「アンタレス少佐!?どうされました!?サルガス中尉も、いったい何があったのですか!?」

 

背もたれを倒した椅子の上で激しく身をよじり、座っていた椅子ごと床に倒れた二人にスピカ中尉が狼狽した声を掛ける。彼女には、二人がいきなり痙攣の発作に襲われたようにしか見えなかった。

 

「今のは・・・『フォボス』か」

 

「・・・同感です、隊長」

 

先に身体を起こしたアンタレスが、呻きながら呟く。サルガスが片手で押さえた頭を苦し気に振りながら、アンタレスの言葉に同意する。

 

「九島光宣の精神干渉攻撃ですか!?」

 

スピカの叫びには「いったいどうやって!?」という疑問も含まれていた。肉眼で見えない相手に魔法を掛ける為には、情報次元で標的の「姿」を捉えなければならない。特に『フォボス』は想子光を相手に直接浴びせることで成立する魔法だ。イメージを直接叩き込む『デイモス』なら兎も角『フォボス』による遠隔攻撃の為には、情報次元経由で標的を精確に把握する必要がある。『ニュクス』により視覚を疎外された状態で、可能な芸当ではなかった。

 

『アンタレス少佐、サルガス中尉、それとスピカ中尉』

 

そこへ、頭が割れそうになる程強い――「音量が大きい」ではなく――念話が三人の意識に届いた。

 

『ミスター九島。何か用ですか』

 

スピカが顔を顰めながら返答する。つい先ほどまで光宣を攻撃していたアンタレスやサルガスが応えるより、自分が返事をした方が良いと彼女は判断したのだった。

 

『レイモンドも聞いていると思うから、一度しか言わない。僕には、君たちを支配下に置く意思はない』

 

スピカの心臓が跳ね上がる。彼女が恐れ、アンタレスが同じ懸念を懐いたのは、まさにその可能性だった。彼女たちは、光宣の意識にアクセスできない。アクセスできないということは、干渉できないということだ。しかし光宣は、彼女たちの意識にアクセスできる。光宣がその気になれば、スピカが自分では気づかない内に、彼女の意識に手を加えることができる。

それはあくまで「理屈の上ではできる」というだけであり、実際に一人のパラサイトが他のパラサイトの全てを支配することが可能かどうかは分からない。だが日本人の光宣に支配されるかもしれないという可能性は、USNAの軍人であるスピカたちにとって、決して無視できないものだった。

 

『だから二度と、僕の心に干渉しようとするな。僕は誰も支配しない。僕は、誰にも支配されない』

 

『・・・分かった』

 

光宣に答えを返したのは、アンタレスだった。より正確に言うのであれば、アンタレス以外の二人――サルガスとスピカは光宣のセリフに答えを返すだけの余裕がなく、アンタレスだけが辛うじて返答できたのだ。

 

『二度とこのような真似はしない。非礼を謝罪する』

 

『謝罪を受け取ります。僕の方も、手荒な真似をしてすみませんでした。後、水波さんに手を出そうとしたら、その時点で貴方たちを屠りますのでそのつもりで』

 

最後に釘を刺して、光宣の念話はそこで切れた。

 

「手荒な真似か・・・」

 

アンタレスが苦々しく呟く。彼の声には、そしてそれを聞いていたサルガスの表情には、敗北感が滲んでいた。



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出国妨害

七月二十日、土曜日。今日は一学期最後の日だが、達也は今日も登校しないつもりだった。だからといって彼は、朝遅くまで惰眠を貪ったりはしない。午前六時半。達也は何時も通り深雪と、それに最近始まった日常だがリーナと弘樹の四人で、朝の食卓を囲んでいた。

 

「お兄様、どうぞ」

 

登校前だというのに、深雪が朝食を終えた達也に自分の手で淹れたコーヒーを差し出す。達也は「ありがとう」と応えてカップを受け取り、すぐに自分の唇へと運ぶ。

 

「美味い。深雪が淹れてくれたコーヒーをしばらく飲めなくなるのは辛いな」

 

達也の言葉を聞いて、席に戻った深雪が寂し気に俯く。リーナは次のセリフを予想して思わず姿勢を正していたし、ミアは最初から綺麗な姿勢で座っているので、リーナのように姿勢を正す必要もない。

 

「今日、予定通り、巳焼島から北西ハワイ諸島に向かう」

 

ワイアット・カーティス上院議員が駆逐艦を向かわせると約束したのは、今日の午後だ。あれからカーティスとは連絡を取っていないが、彼が寄越したスケジュールに狂いがなければ、今日の夜にはミッドウェー島へ、そしてパールアンドハーミーズ環礁へ向けて出航することになる。

 

「・・・はい」

 

深雪の声は少し辛そうだ。単に寂しさを堪えているのではなく、達也のことが心配なのだろう。だが心配しているのは達也も同じ。

 

「リーナ、弘樹。俺が留守の間、深雪を頼む」

 

「ええ、任せて。その代わり達也、ベンのことをお願い」

 

「ああ、任せろ。それと、姉さんによろしく」

 

達也がリーナに深雪の護衛を依頼し、リーナが達也にカノープス救出を頼む。すでに何度も交わされた約束をこの場でもう一度確かめ合うのは、達也が午前中に――二人が学校から帰ってくる前に巳焼島へ出発するからだ。

 

「任せろ。カノープス少佐のことも、水波のことも」

 

「はい・・・。お願いします、お兄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島、午後二時。達也は島の北東岸に新しく建設したばかりの港、その埠頭に立って海を見ていた。水平線に隠れて見えないが、彼が目を向けている先、接続水域にUSNAのヘリコプター駆逐艦『マシュー・C・ペリー』が停泊しているはずだ。達也はそれを警備隊から聞いて――警備隊は駆逐艦の艦長から通信を受けて知った――、埠頭に出てきたのだった。『マシュー・C・ペリー』は三日前、ワイアット・カーティスが達也に約束した駆逐艦だ。十九世紀半ば、日本に開国を迫った「黒船」を率いた提督の名を戴く艦を寄越したことに他意はない、と思われる。

達也は見えないはずの軍艦を見物する目的で埠頭に立っているのではない。彼の右隣では、小型艇が出港準備を進めている。彼はこの船で駆逐艦へ向かう予定だった。

 

「司波さん、準備が完了しました」

 

真夏の日差しの下で待つこと五分強、船長が達也を呼びにくる。小型艇といっても全長十~二十メートルのプレジャーボートではなく、全長五十メートル、定員二十名の、元々警備艇として建造された船だ。二十人もクルーがいてわざわざ船長が呼びにきたのは、この島における達也の立場を反映している。単に、四葉家直系、次期当主という理由だけではない。彼はこの島に建設されている恒星炉プラントの中心人物だ。それに加えて、今月上旬に攻めてきたパラサイト部隊の主戦力を一蹴した実力を、あの時島に滞在していた人間は知っている。全員が達也に敬意を持っているとは限らないが、彼を軽視できる者は最早いなかった。

 

「危険な航海ですが、よろしくお願いします」

 

達也が船長に向かって、頭を下げる。

 

「承知しております。距離は短くとも決して油断しないよう、クルー全員に言い聞かせてあります」

 

船長が達也に敬礼で応える。ただ彼は、達也が「危険な航海」と表現した意味を、多分正確には理解していない。武装していない船で他国の軍艦まで接近する、一般的な危険だと考えていたに違いない。達也はここでも詳しく説明せず、もう一度頭を下げて小型艇『落陽丸』に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は東道が用意し八雲から受け取った公用旅券で出国手続きを済ませている。正確に言えば、旅券を受け取った時点で法的な手続きは完了していた。名目は「トーラス・シルバーこと司波達也が技術協力でUSNAに赴く」こと。達也がディオーネー計画に参加していたら、多分この形式になっただろう。無論今回は、ディオーネー計画とは関係ない。核融合炉に関する技術を同盟国・USNAに提供するということになっている。

駆逐艦『マシュー・C・ペリー』は、重要な技術協力者の護衛で派遣されている建前だ。達也が乗っている小型艇とUSNAの駆逐艦は東へ併走し、日本海溝に差し掛かった辺りで達也が『マシュー・C・ペリー』に移乗する渡航計画になっている。

東道青波の協力が得られたことで、達也の出航は書類上、何の問題もないものになっている。書類に記載されている内容は目的も目的地も嘘なので法的には大問題だが、それが発覚するのは事が終わった後だ。今の時点では、未遂罪に問う証拠が無い。とはいえ沿岸警備隊が領海内で臨検を行うのは、警備艦の権限内だ。警備艦『粟国』が『落陽丸』に臨検目的で停船を命じるのは、表面的におかしくはない。

駆逐艦『マシュー・C・ペリー』は巳焼島の海岸線を基準とする領海のすぐ外に停泊している。『落陽丸』が沿岸警備隊に停船を命じられた位置は、領海と接続水域の境界線の僅かに手前だ。そして警備艦『粟国』は『マシュー・C・ペリー』と『落陽丸』の間に西から割り込むような航路で接近している。達也は『落陽丸』の甲板上で『粟国』の接近を見詰めていた。

 

「司波さん、甲板は危険です。キャビンに戻られた方が・・・」

 

後方から達也に話しかけたのは、近づいてきた船長だ。そのセリフは言葉だけでなく、声も心配そうなものだった。確かに少々波が高い。台風が小笠原諸島の西を北上しているので、その影響だと思われる。体勢を崩すほど大きく揺れているわけでは無いが、船長から見れば達也は海の素人だ。万が一のことを懸念しても無理はなかった。

 

「分かりました」

 

ここで船長に余計な精神的負担を掛けても仕方がない。達也は大人しく、彼のアドバイスに従った。達也に与えられたキャビンは左舷にある。警備艦は北上する『落陽丸』の西から、つまり左舷側から近づいているので、窓からその様子が見えている。もっとも、たとえキャビンが右舷にあっても達也は観察に不自由しなかっただろう。かれは『粟国』の情報を、甲板上で視認していた時から継続的に「眼」で追跡している。達也は肉眼と『精霊の眼』で、警備艦が止まらずに突っ込んでくるのを認めた。

 

「(・・・偶然にしてはできすぎだ。本家からこの部屋の位置がリークされていたのか?)」

 

達也は特に慌てることなく、そう考えた。警備艦『粟国』は、舳先を達也のキャビンに向けながら真っ直ぐに突っ込んでくる。彼は何もせずに、それを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警備艦の舳先が『落陽丸』の左舷、ちょうど達也のキャビンがある辺りに突き刺さった。対艦ミサイルと高速大型魚雷の発達で戦闘艦の重装甲は意味を失った。今世紀の軍事艦艇は、必要最低限の装甲を纏うだけで、防御面を対空砲撃と魚雷迎撃、ステルス性と機動力に頼っている。

だが沿岸警備隊の艦艇が相手にするのは対艦攻撃機や潜水艦、無人魚雷艇ではなく小火器で武装した不法入国船団や工作船、海賊である。高威力の攻撃を受ける危険性が低い代わりに、先制攻撃で撃沈すると人権団体による国際的な非難を被るリスクがある。相手が難民を装った軍事組織の工作船だった場合、そうした非難は風評被害そのものだが、往々にして外交的に無視し得ないダメージをもたらす。相手が難民でないという証拠を掲げてからではなければ、中々攻撃に踏み切れない。

その為、警備艦艇はある時点から、機関砲や歩兵用ロケット砲の先制攻撃を受け止め、自棄を起こした不審船の体当たりに耐えられる装甲を備えるという、純軍事艦艇とは逆方向の道を進んできた。これは逆に言えば、体当たりで他の船を沈める船体を持つということだ。さすがにラムなどという時代錯誤な代物は備えていないが、不審船の逃走路を塞いでわざわざぶつけさせ航行不能に追いやるのは、現代の国境警備隊艦艇が良く使う手口だ。

だが『落陽丸』は既に停船していた。逃げ道を塞ぐのではなく、停まっている船に自分から体当たりを仕掛けるのは警備艦のすることではない。『落陽丸』も元は警備艇として建造が始まった船だが、途中、民間船への転用が決まった段階で装甲は省略されている。強固な装甲を持つ警備艦に激突されて、船体が耐えられるはずはなかった。

『粟国』の舳先がめり込んだ左舷から亀裂が広がる。最初に穴が開いた場所は喫水線の上だったが、亀裂は既に喫水線の下まで広がっている。『落陽丸』の沈没は、誰の目にも、最早避けられない。ただ沈むだけでなく、船体が真っ二つに折れるのも時間の問題に思われた。五、六百メートル先では、USNAの駆逐艦が錨を巻き上げている。『落陽丸』乗組員の救助に向かう為だろう。巳焼島では水上警察の艦艇が次々と出港している。

一方『落陽丸』に致命傷を与えた『粟国』は、逆進を掛けて『落陽丸』から離れようとしていた。体当たりを前提とした装甲艦で、サイズも『落陽丸』が全長五十メートルに対して『粟国』が全長八十メートル。内部を支える構造材もそれに応じて太く、厚く、頑丈だ。外側から見る限り『粟国』に目立った損傷は無い。常識的には、いったん距離を取った後、『粟国』も救助に参加するはずだ。衝突が、事故ならば。

だが警備船『粟国』はライフジャケットで海に漂う人々の最も近くにいながら、彼らを救おうとはしなかった。『落陽丸』との間に五十メートルほどの距離ができても後退を止めようとはしない。それどころか、『粟国』の小型機関砲が『落陽丸』に向けられた。小型といっても戦闘機用より大きな口径を持つ機関砲は、『落陽丸』程度の小型民間船に対しては十分どころか過剰とも言える破壊力を持つ。逃げ遅れた者が船内に残っていれば、止めを刺す行為だ。

炎が上がった――砲口からではなく、機関砲の根元から。装填されていた弾薬が一斉に爆発したのだ。

接近するヘリから、青年が身を乗り出している。ラフな服装にラフな髪形をしたその青年は、左手でドア枠を掴んで身体を支え、右手で拳銃のような物を突き出していた。その青年の名は堤奏太。四葉分家・新発田家次期当主、新発田勝成のガーディアンで調整体『楽師シリーズ』の第二世代だ。

奏太が右手に握る拳銃形態CADの引き金を引く。拳銃であれば銃口に当たるCADの先端、その先三十センチの空間から警備船に向かって量子化された超音波のビームが伸びた。振動系魔法『フォノンメーザー』。機関砲の弾薬を引火、爆発させたのは熱線化された超音波を打ち出すこの魔法だった。

警備船の前を横切ったヘリから放たれる『フォノンメーザー』が、残されたもう一門の機関砲を爆破する。警備船が回頭を始めた。『落陽丸』に止めを刺すのを諦めて、逃走に掛かったのだ。

無論、巳焼島に配備された四葉家の魔法師が『粟国』を見逃すはずはない。タンデムローターの輸送ヘリが西から『粟国』に接近し、兵員を降下させた。警備船の甲板に降り立った四葉分家・新発田家の魔法師たちは、船内の征圧を始める。しかしそれで、『落陽丸』の沈没が阻止されたわけではなかった。

沈み行く小型艇の周りで水上警備艇による、そして駆逐艦『マシュー・C・ペリー』から降ろされたボートにおる、懸命の救助活動が繰り広げられていた。



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出迎えの艦

達也は今や、魔法工学技術者として高い知名度を得ている。その彼が海上テロの犠牲になったというニュースは、多くのマスメディアで採り上げられた。

小型艇『落陽丸』を襲った警備船『粟国』は、国防海軍内の過激な反魔法主義者によって乗っ取られた状態にあったのが、巳焼島警備隊の協力を得た水上警察の捜査により明らかになった。警備船『粟国』の反魔法主義者は、『落陽丸』の乗組員諸共達也を暗殺しようと企てたと自供した、と報じられている。

また達也は『落陽丸』沈没の五分後、着ている服を血塗れにした状態で海中から引き上げられた。彼はすぐに巳焼島の病院に搬送され、集中治療室に運び込まれた。

達也の怪我を知った深雪が病院に到着したのは、事件発生から一時間後。ICUの窓越しに、治療カプセルの中で横たわる達也の姿を目にした深雪が泣きながら床に崩れ落ちた姿は、その映像を見た人々の涙を誘った。同時に、彼女の痛ましい姿を隠し撮りしたばかりか、それを放映したマスコミに対して「無神経だ!」という激しい非難の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十日、午後九時。巳焼島の地下には、偵察衛星や成層圏プラットフォームの監視を掻い潜って海中に出ることができる、地底港とでも呼ぶべき秘密施設がある。今、その水際に、無傷の達也が飛行装甲服『フリードスーツ』を着て立っていた。

達也の真の力を知る者にとっては、意外でも何でもないはずだ。彼が先天的に使える二つの魔法の内の一つ『再成』は、自他問わず、生物・無機物を問わず、あらゆる損傷を無かったことにする。怪我を治すのではない。怪我を負う前の状態に復元し、そこから怪我を負わずに時間が経過した状態を実現する、事実上の時間遡行だ。

この魔法は「怪我をしなかった状態」を創り出すだけではない。二十四時間以内であれば任意の時点からスタートした「現在の姿」を実現する。怪我をしている途中の状態を取り出して、本来負ったはずの怪我より軽傷の状態を創り出すといった芸当も可能だ。

警備艦の衝突により達也が重傷を負ったのは、嘘ではなかった。彼はいったん、致命傷にならない範囲に怪我の状態を書き換えて船と共に沈み、病院で処置を受けてから改めて怪我を無かったことにしたのである。

 

「お兄様」

 

「達也」

 

二人の少女が彼に声を掛けながら、達也に歩み寄る。深雪とリーナだ。リーナは正体がバレないよう、日中は髪と瞳を黒く、肌を小麦色に変えていたが、今は素顔に戻っている。

 

「深雪、名演技だったな。お陰で怪しまれずに・・・は無理だが、邪魔されずに済みそうだ」

 

病院には、達也の精巧なコピー人形を置いている。ICUの外側から見る限り、決して見分けは付かないだろう。達也の『再成』を知る者は彼が入院したままという「事実」に不審を覚えるだろうが、泣き崩れる深雪の姿を見せられてICUに侵入しようとする猛者は、そうそういないはずだ。

 

「それでも随分と心臓には悪いけどね」

 

「凛・・・」

 

そこには飛行服を着た凛がヘルメットを持って待っていた。

 

「人形はもう良いようだな」

 

「ええ、完璧よ」

 

ICUに置かれた人形は凛が現在病院に置いてあるものよりも上のものを置いてある。バレる可能性はかなり低かった。

 

「達也、姉さんを頼んだよ」

 

「嗚呼、任せろ。今回は比較的大きく暴れてもらう予定でいるからな。盛大に頼むぞ」

 

「おうよ。盛大に暴れようじゃあないか」

 

意気揚々に凛は答えると先に駐機してあるファルケンに乗り込むとファルケンは水中へと沈んでいった。

その様子を見たリーナ達は達也に別れを言う。

 

「お兄様。無事のお戻りを、お待ちしております」

 

「約束しよう。お前に笑顔で迎えてもらえるよう、無傷で戻ってくる」

 

「・・・私は?」

 

無視された格好のリーナが不平を鳴らす。

 

「俺のことは心配要らない。そうだろう?」

 

「し、心配なんかしてないわよ!」

 

ニヤリと笑う達也に、リーナは顔を赤くして言い返した。達也と深雪が、同時にクスリと笑う。リーナとしては不本意だろうが、一時の別れが湿っぽいものにならなかったのは彼女のお陰だろう。

 

「では、行ってくる」

 

達也は完成したばかりの大型エアカーに乗り込んだ。定員が四人に増えただけでなく多くの戦闘用装備を搭載したSUVタイプの車輛だ。運転席に座った達也が、背が低いSUVの外見を持つ大型乗用車を発進させる。エアカーは十メートルほど水上を走った後、深雪とリーナに見守られながらゆっくりと水中に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也達を見送ったリーナは達也と凛の沈んでいった水面を見ていた。

 

「大丈夫。姉さん達は水波ちゃんを連れてくるさ」

 

「そうですね。水波ちゃんが帰ってきたら何をしましょうね」

 

「それはまた考えればいいさ」

 

「ちょっと。私も話に混ぜなさいよ」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

そう言うと三人はお互いに笑いながら達也達の無事を祈りながら階段を登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が操縦するエアカーは水中を東へ約五十キロ進み、海上に出た。そこから低空飛行に移行する。この新型エアカーの特徴は定員、可搬重量が増えたことよりも、ステルス性能の向上にある。恒星炉にも組み込まれている人造レリックの魔法式保存機能により、低出力でありながら高性能の音波遮断・電磁波迷彩魔法が、搭乗している魔法師の技量に依存せず、最大十二時間連続で発動される。低出力とは、低い事象干渉力でも所定の効果を発揮するという意味だ。それは魔法を探知されにくいということにもつながる。新型エアカーは音、光、熱、電波、磁気による探知のみならず、想子センサーにも捉えられにくい性能を有している。

ただこの車も、万能の乗り物ではない。宇宙飛行と水中航行の能力が付録的な機能である点は、第一世代の二人乗りと変わらない。幾らステルス性が高いといっても、空中よりは水中の方が発見されるリスクは低い。にも拘わらず達也が低空飛行に切り替えたのは、長時間の潜航が車輛にどんな悪影響を及ぼすか、はっきり分かっていないからだった。

空を行くこと約五分、予定されたランデブーポイントに、その巨体は浮かんでいた。USNA海軍が密かに誇る原子力潜水空母『バージニア』。何故「密かに」なのかと言えば、この潜水艦が国際条約で禁止された原子炉搭載戦闘艦だからだ。『バージニア』の外殻上部が左右にスライドして開き、フライトデッキが現れる。達也はエアカーをそこに降ろした。駆逐艦『マシュー・C・ペリー』は囮だ。

ワイアット・カーティスが約束した北西ハワイ諸島への渡航手段は、この原潜空母だった。艦外殻のスライドハッチが閉まっていく。デッキクルーの指示に従って、達也はエアカーを格納庫に進ませた。クルーからOKサインが出て、達也はエアカーを降りる。そこへ歩み寄る、二つの人影。

 

「達也君、上手く抜け出せたようだね」

 

達也に話しかけたのは、堤奏太を従えた新発田勝成だった。彼らは警備艦『粟国』を乗っ取ったテロリストを制圧した後、救助活動を行っていたUSNA駆逐艦のクルーに紛れて『マシュー・C・ペリー』に乗艦。そこから駆逐艦搭載ヘリで『バージニア』に連れてきてもらったのである。

 

「勝成さん。来てくださって心強く思います」

 

「君を一人で外国の艦船に乗せられないよ。相手を信頼しているとか信頼していないとかではなく、君は四葉家にとってそれだけ重要な戦力だということだ」

 

「分かっています」

 

勝成が新発田家の戦闘魔法師を引き連れて達也を北西ハワイ諸島へ運ぶUSNAの艦船に乗り込むのは、あらかじめ計画されたことだった。理由は勝成が言う通り、万が一にも達也を四葉家以外の手に渡さない為だ。阻止対象には本人の意思による亡命も含まれる。

深雪が日本に残っている限り達也が亡命などするはずはないのだが、それが分かっていない者も一族の中にはいる。勝成の派遣は達也の身を守るというより、この作戦に反対する声を黙らせる為のものだった。

とはいえ、援軍としての性格が皆無ではない。勝成たちの任務は「達也を四葉家以外の勢力に渡さない」ことだ。ミッドウェーやパールアンドハーミーズで達也が米軍の手に落ちるような事態が起これば、勝成が率いる新発田家の魔法師部隊は達也の救出に向かう。何より「孤立していない」ということには大きな意味がある。

 

「作戦終了まで、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

達也が頭を下げ、勝成も会釈でそれに応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潜水艦バージニアに凛の姿はなかった。では彼女は今どこにいるのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは高度2万メートルの上空にあった。

水面から飛び上がったファルケンは成層圏プラットホームを『陽炎』で欺き、高度2万メートルまで上昇しそこで空中給油機と合流。先にミッドウェー島の監視を行っていた。

 

わざわざファルケンを面倒臭い地下から発進したのはこの機体を隠す為。元々どこにも登録されていない本機は当局に見つかればたちまち面倒な事になる。そのため、凛の魔法の効果範囲外に駐機する際は基本的に隠してあるのだ。

 

達也と別れたのは凛はあくまでも達也の私的なお願いでついて来た為、バージニアに乗艦する予定はない事。

もう一つは達也が認めるほどの魔法師。そんな魔法師が米国側で調査対象になることはほぼ確実だろう。それを避ける目的もあった。

 

『全く。苦労しちゃうわ』

 

凛はそう言いながら横を見る。ファルケンにキャノピーはない。そのかわり、全方位に高精度カメラを取り付け、そこから映し出されるリアルタイム映像がパイロットのヘルメットに送られている。映像には青々とした地球が真っ黒な宇宙との境目に弧を描いている神秘的な光景があった。

 

『綺麗ね・・・作戦中なんてことを忘れてしまいそう・・・』

 

そんな光景を見ながら凛はファルケンにて待ち人を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後十時過ぎ、四葉本家。薄手のナイトウェアにガウンを羽織った真夜は、私室で葉山から報告を受けていた。

 

「達也様は無事、勝成様と合流されました」

 

真夏にも拘わらず三つ揃えをきっちり着込んだ葉山が、テレパス同士の通信により受け取ったばかりの情報を真夜に伝える。

 

「そう。国防軍の目を上手く誤魔化せたかしら」

 

「少なくとも、表立った介入は防げるのではないかと存じます」

 

「だったら、小細工した甲斐もあるのだけど」

 

今日起こった事件の演出家である真夜が、ブランデーを香りを付けた紅茶を一口飲んで呟く。警備艦『粟国』に反魔法主義者を乗り込ませたのも、『落陽丸』に体当たりさせたのも、真夜が意識操作を得意とする配下の魔法師に指示してやらせたことだ。達也の入院も泣き崩れる深雪の盗撮報道も、筋書きを書いたのは真夜だった。

 

「ところで『粟国』に乗ってもらった反魔法主義の軍人さんたちはどうなりました?」

 

「国防軍が引き渡しを要求しております。警察は抵抗しておりますが、数日中に身柄が移されることになるでしょう」

 

「そしてテロを起こした軍人さんたちは軍の取り調べを受ける前に、覚悟を示す為に自決するのね」

 

「その予定でございます」

 

「佐伯閣下が介入してこないかしら?」

 

「海軍の不祥事ですので。陸軍の閣下が手を出そうとされても、手続きに時間が掛かるかと存じます」

 

「では、スケジュールを早めましょうか。そうねぇ・・・。まず警察には、さっさと犯人を手放してもらいましょう」

 

「かしこまりました。その様に取り計らいます」

 

「えぇ、お願い」

 

恭しく一礼する葉山に、真夜は艶然と微笑み頷いた。



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佐伯の要件

七月二十一日、日曜日。今日から魔法大学付属第一高校は、他の付属高校同様夏休みだ。例年であれば生徒会長は九校戦対策に大忙しの時期だが、今年は九校戦が中止になった為、深雪のスケジュールは空白になっている。

だから、というわけではないが、深雪は達也を看病するという名目で昨日から巳焼島に滞在していた。――もっとも、九校戦が例年通り開催されることになっていても、深雪は同じ行動を取ったに違いない。たとえ、入院しているはずの達也が病院にいなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十一日、日曜日。今日から魔法大学付属第一高校は、他の付属高校同様夏休みだ。例年であれば生徒会長は九校戦対策に大忙しの時期だが、今年は九校戦が中止になった為、深雪のスケジュールは空白になっている。

だから、というわけではないが、深雪は達也を看病するという名目で昨日から巳焼島に滞在していた。――もっとも、九校戦が例年通り開催されることになっていても、深雪は同じ行動を取ったに違いない。たとえ、入院しているはずの達也が病院にいなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前八時。朝食を終えてすぐ達也が入院していることになっている病院を訪れた深雪の携帯端末に、電話が掛かってきた。深雪が今いる部屋はICUのモニター室だ。ICUは医者と看護師以外立ち入り禁止なので、見物客は廊下の窓から中の様子を窺うか、モニター室からカメラ越しに患者を見守ることになる。深雪の携帯端末に電話が通じたのはモニター室に無線中継器があるからだ。病院の壁が電磁波を遮断する素材で造られているので、ICUが面している廊下に深雪がいたなら電話はつながらなかっただろう。電波遮断以前に、端末の電波送受信をカットしていたはずだ。

 

「司波です」

 

『深雪・・・』

 

スピーカーから聞こえてきたのは、少し聞き取りにくい沈痛な声だった。

 

「ほのかね?お兄様のことで掛けてきてくれたの?」

 

ほのかを、友人たちを騙していることに胸を痛めながら、深雪は落ち着いた声音を意識して応える。

 

『本当は昨日、電話しようと思ったんだけど・・・。深雪、それどころじゃないだろうからって』

 

「雫がそう言ったの?」

 

『ウン・・・』

 

深雪が涙ぐみそうになったのは、演技ではなかった。

 

「・・・ありがとう。気を遣ってくれて」

 

『ううん。・・・それで、達也さんの容態は・・・?』

 

「幸いと言っては変だけど、命に別状はないわ。今はまだICUから出られないけど、順調に行けば一週間くらいで退院できるそうよ」

 

ほのかの問いかけに、深雪は建前を返す。

 

『そう。良かった・・・』

 

言葉とは裏腹に、ほのかの口調や声音は拭いきれない不安をのぞかせている。深雪のセリフは、深く考えた末のものではなかった。

 

「気になるなら、来る?」

 

『良いの?』

 

「ええ」

 

だがほのかから問い返されて頷いた時には、深雪の中で考えが纏まっていた。病院に人を近づけるのは、本来であれば好ましくない。達也の入院は偽装であり、本人は既に、国内にいない。病院にいるのは精巧に作った人形、ダミーだ。何処から情報が洩れるか分からない以上、お見舞いを許容しても、ダミーが寝ているベッドのすぐ側まで近づけるわけではない。だからこそのICUだが、それでも訪れる人間が増えれば、それだけ秘密が暴露されるリスクが高まる。

しかし、親しい学校の友人が――ましてや婚約者が見舞わないというのも不自然だ。それにほのかや雫、エリカたちが達也に不利な真似をするはずはない。その点、深雪は彼女たちを信頼していた。

 

「達也様のことを心配してくれるのは、私も嬉しいから。来るのは、ほのかだけ? この島に普通の意味のホテルは無いから、泊まるなら私が手配しておくけど」

 

『えっと、また後で電話して良い?』

 

「構わないわよ」

 

『じゃあ、お昼過ぎにでも』

 

「ええ、待っているわ」

 

ほのかとの電話が切れる。深雪は携帯端末ではなく暗号装置一体型の固定電話機で四葉本家に電話を掛けた。幸いすぐに、真夜につながる。

真夜は二つ返事でこのことを了解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が海上テロに遭遇して入院したというニュースは、十師族の間でも大きな話題になっていた。臨時師族会議が開催されるという事態には至っていないが、電話で話し合いを持った当主は二人や三人ではない。だが中には、それどころではない家もあった。例えば、一条家。

 

「レイちゃん、朝ごはんだよ」

 

「ありがとう、茜。今行きます」

 

クローゼットを整理する手を止めて一条家長女、一条茜に応えたのは大亜連合から亡命してきた戦略級魔法師・劉麗蕾だ。彼女は昨日、小松基地から一条邸に移ってきたのだった。

これは前の日曜日、故・九島烈の葬儀の後の会食の際に一条家当主・一条剛毅と国防軍の幹部が、二木家当主・二木舞衣の立ち合いの下に話し合って決めたことだ。

この措置は主に、一条茜の負担を考慮したものだった。茜は兄の将輝と共に、劉麗蕾の監視役として小松基地に泊まり込んでいた。基地の環境は決して劣悪なものでは無いが、中学生の少女をずっと基地内に閉じ込めておくのは好ましくないと判断されたのである。

移動を昨日の午後としたのは、昨日が将輝の通う高校の終業式だったからだ。茜が通う三高中学は軍事情勢が不安定という理由で十日間早く夏休みに入ったが、魔法大学付属高校は三高を含めて今日から夏休み。将輝は先々週からずっと学校を休んでいるので夏休みに入ったから何かが変わるというものでもなかったが、形式に囚われている大人は「ちょうど良い節目だ」と考えたのだった。

一条家の屋敷は家族用の区画が洋風、客を迎える為の区画が武家屋敷風の和風建築になっている。劉麗蕾に与えられた部屋は和風建築部分の一室をフローリングに改造した物だ。彼女は茜と一緒に長い回り廊下を伝って家族用のダイニングに足を踏み入れた。

 

「皆さん、おはようございます」

 

「レイラちゃん、おはよう」

 

礼儀正しく挨拶した劉麗蕾に、当主夫人の一条美登里が応えを返す。

 

「おはよう、レイラさん」

 

それに続いたのは将輝だ。今朝、剛毅は不在だった。なお『レイラ』というのは劉麗蕾の名前『麗蕾』を日本語読みした『れいらい』を一文字縮めたニックネームだ。慣習的な人名読みでは『麗蕾』をそのまま『れいら』と読むこともある。茜の『レイちゃん』は本名『リーレイ』の省略形だが『レイラ』は劉麗蕾本人から「本名は呼びにくいでしょうから」と提案されたものだった。

本人の「潜入工作用の偽名の一つです」という説明は笑えなかったが、将輝たちがどう呼んで良いのか迷っていたのも事実。結局美登里と将輝は『レイラ』を使うことにしたのである。なお剛毅は「劉殿」、次女の瑠璃は『レイラ』を縮めて姉と同じ「レイちゃん」に落ち着いた。劉麗蕾は、一条家での生活を無難にスタートさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、平穏な暮らしが長続きする程、世界は魔法師に優しくない。それが戦略級魔法師程の強い力を持つ存在ならば特に。一条家で遅めの朝食が始まったのは午前八時半のこと。その時、当主の剛毅は国防陸軍金沢基地に呼び出されていた。基地司令・浅野大佐が自ら、恐縮した態度で剛毅を出迎える。金沢基地にとって一条家との協力関係は重要なもので、頭ごなしに呼びつけるような真似は基地を預かる司令官の望むところではなかった。

 

「こんな朝早くから、お出でいただき恐縮です」

 

「いえ、予定より早く参上したのは私の方です。こちらこそ申し訳ない」

 

浅野の言葉に、剛毅も腰を低くして応える。彼は強面だが、粗野な人間ではない。また協力関係を重視しているのは、浅野大佐の側だけではなかった。

 

「早速ですが、陸軍参謀部は劉麗蕾の身柄を我が家に移したことに対して、不満を覚えているのですか?」

 

昨日の午前中まで劉麗蕾を保護していた小松は空軍の基地。一週間前に剛毅が打ち合わせをした相手は陸海空の横断的な組織である統合軍令部の高官だ。そして今日、剛毅をここに呼び出したのは陸軍参謀部だった。劉麗蕾は亡命を申請中の外国軍人であり、法務省や外務省が横槍を入れてくるならまだ理解できる。だが陸軍が口出しすべき問題でも口出しできる立場でもないはずだ。

 

「申し訳ございません。我々も戦略級魔法師の取り扱いに関する相談としか聞いていないのです」

 

「まさか、国防軍は愚息の身柄を引き渡せと仰るのではないでしょうな」

 

「本官には何とも申し上げられません。本音を申せば、ご子息には国防軍の士官になっていただきたい。そう考えているのは本官だけではないでしょう。しかしそれは、強制できることではありません。それも本官に限らず、理解しているはずです」

 

「そうですか・・・」

 

剛毅は落胆を隠せない様子だったが、余り深刻なものでもない。彼が指定された時間より一時間も早く金沢基地を訪れたのは、今日の呼び出しがどういう意図によるものなのか事前に知っておきたかったからだ。だが、それが直前に分かったところでせいぜい心構えを作る程度のことしかできない。実効性のある対策を立てられるとは思っていなかったので、失望も限定的だった。剛毅と浅野基地司令の話は、浅野の趣味である釣りの話題に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前九時三十分。金沢基地にやってきたのは陸軍参謀部の士官ではなく第一〇一旅団・旅団長の佐伯少将だった。そのことを訝しく感じたのは剛毅だけではなかった。金沢基地は第十師団に所属している。浅野司令官以下基地の将兵は「何故第一〇一旅団の司令官が?」と首を捻ったが、司令官の階級は大佐、佐伯の階級は少将。「参謀部の代理として来ました」と佐伯に言われれば、誰も文句はつけられない。浅野大佐は自分の部屋に戻り、佐伯が剛毅の対面に座った。

佐伯の後ろには三十歳前後の女性士官が立つ。霞ケ浦基地から同行してきた佐伯の護衛で、名は木戸乙葉大尉。佐伯は今日、風間を連れていなかった。

 

「本日はご足労いただき、ありがとうございます」

 

佐伯が頭を下げる。剛毅は会釈を返さなかった。

 

「自宅にいきなり押しかけられるよりはマシですからな。それで、この急な呼び出しはいったいどのようなご用件で?」

 

「こちらの都合なので、本官の方から足を運ぶべきだと思ったのですが」

 

二人が言う通り佐伯は最初、一条邸を訪問したいと申し出た。それを剛毅が断った結果、金沢基地での面談となったのだ。

剛毅の不機嫌を隠そうともしない態度にも、佐伯は気分を害さなかった。相手が本気で感情的になっているのではなく、無理を強いられていると訴えることでこちらに借りを意識させようとしているのが、佐伯には手に取るように分かっていた。

剛毅としても、上手くいけば儲けものくらいにしか思っていなかったのだろう。彼はそれ以上不平じみたことは口にせず、重ねて佐伯に用件を尋ねる。

 

「それで、どのようなご用件ですか。何でも、戦略級魔法師の取り扱いに関してお話があるようですが」

 

「はい。まずはこちらをご覧ください」

 

佐伯がそう言うのと同時に、木戸大尉が剛毅に紙の資料を綴じたバインダーを差し出す。

 

「・・・戦略級魔法師管理条約?ご説明願えますか」

 

「無論です」

 

不審感を湛えた目で問いかける剛毅に、佐伯はすぐさま応えた。

 

「今年に入ってから箍が外れたように、戦略級魔法やそれに準ずる大規模魔法が立て続けに使用されました」

 

佐伯はこう切り出して『シンクロライナー・フュージョン』『霹靂塔』『アクティブ・エアー・マイン』『トゥマーン・ボンバ』の名を、使用された場所と共に列挙した。

 

「大規模魔法に対する人々の不安は世界的に高まっており、このままではマスヒステリーが暴動につながりかねません」

 

「その不安を抑える為に、戦略級魔法師を国際魔法協会の管理下に置くと?」

 

「いえ、管理するのはあくまで所属国家です。魔法協会には戦略級魔法師の管理体制に関する査察権を認めます」

 

「・・・それは、今までと実質的に同じではありませんか?」

 

「国家に戦略級魔法師を手放すよう求めても応諾は得られません。だからといってこのままの状態を放置もできません。国家だけが管理している今の状態よりも、国家の管理状況に国際機関の保証が与えられる体制の方が、民衆の不安は軽減されると考えます」

 

「なる程・・・しかし、何故それを我が国が率先して提案するのですか?」

 

「日本に疑念の目が向けられるのを避ける為です」

 

「何を疑われると?」

 

「領土的野心を」

 

佐伯の答えがピンと来なかったのだろう。剛毅は要領を得ない顔で佐伯を見返す。

 

「我が国には現在アンジー・シリウス及び劉麗蕾という、外国の戦略級魔法師が二人も滞在しています」

 

「アンジー・シリウスが?」

 

「アンジー・シリウスは、四葉家に匿われています」

 

「うむむ・・・」

 

剛毅の眉間に深い皺が刻まれる。四葉家の勝手な振る舞いに、剛毅は不快感と危機感を覚えているようだ。好ましい反応だ、と佐伯は感じた。

 

「この二人に加えて先日、御子息が新たな戦略級魔法師に認定されました。また二年前の十月末、世界に先駆けて戦略級魔法を戦争に投入したのも我が国です」

 

「・・・『灼熱のハロウィン』ですか」

 

「あの時は自衛の為に必要な措置だったとはいえ、結果的に戦略級魔法の封印を世界に先駆けて解いてしまったのは否めません。だからこそ我が国が率先して、戦略級魔法の管理に取り組むべきなのです」

 

「なる程。それで閣下は、当家にどうしろと仰るのです?」

 

剛毅は一度、深く頷いてから佐伯の目を正面から見据えて、そう尋ねた。

 

「御子息、一条将輝殿と、一条家が保護している劉麗蕾が、戦略級魔法の行使に関して政府の決定に従うことにご同意いただきたいのです」

 

「戦略級魔法の行使に関してのみでよろしいのですか? 国防軍に仕官しなくても?」

 

「軍人になるかどうかは、ご本人が決めることですので」

 

「そうですな」

 

剛毅はもう一度、大きく頷いた。

 

「では今のお話も、将輝と劉殿の意思次第ということで」

 

「あっ、いえ、しかし」

 

剛毅が素っ気なく話を終わらせようとしていると、佐伯は思ったのだろう。だかそれは、彼女の勘違いだった。

 

「二人をここに呼んで決めさせましょう」

 

「今、ですか?」

 

「そうです。少々待っていただくことになりますが、よろしいか?」

 

「・・・分かりました。結構です」

 

剛毅の強引な提案に、佐伯は頷く以外になかった。



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家のスタンス

話が再開されたのは、三十分前後が経過した後だった。佐伯の前には制服姿の将輝と、サマードレス姿の劉麗蕾が座っている。劉麗蕾が大亜連合の軍服姿でないのは、本人が遠慮した結果だ。サマードレスは、茜から借りてきた物である。茜はついて来ていない。劉麗蕾が金沢基地に対して破壊工作を行う可能性に備えるなら、『神経攪乱』の遣い手である茜を同行させただろう。少なくとも一条家の面々は、剛毅も将輝も母親の美登里もその懸念は無いと考えているようだ。もっとも、劉麗蕾が少しでも怪しまれるような真似をしたなら、佐伯の護衛である木戸大尉が躊躇なく銃を抜くに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦略級魔法師に関する話が再開されたのは、三十分前後が経過した後だった。佐伯の前には制服姿の将輝と、サマードレス姿の劉麗蕾が座っている。劉麗蕾が大亜連合の軍服姿でないのは、本人が遠慮した結果だ。サマードレスは、茜から借りてきた物である。茜はついて来ていない。劉麗蕾が金沢基地に対して破壊工作を行う可能性に備えるなら、『神経攪乱』の遣い手である茜を同行させただろう。少なくとも一条家の面々は、剛毅も将輝も母親の美登里もその懸念は無いと考えているようだ。もっとも、劉麗蕾が少しでも怪しまれるような真似をしたなら、佐伯の護衛である木戸大尉が躊躇なく銃を抜くに違いない。

佐伯が将輝と麗蕾に交互に視線を送り、一度視線を落とした。その際に麗蕾が身動ぎをしたのは、自国ではない軍人に見られることに抵抗を覚えたからだろう。以前は小松基地で生活していたが、あの時は茜が付きっ切りだったし、佐伯のようにあからさまな敵意の篭った視線は向けられていなかった。だからかは分からないが、麗蕾は少し将輝との距離を詰めて座り直した。

そんな光景には興味を示す事は無く、佐伯にとっては二度手間だが、彼女は剛毅に行ったものとほぼ同じ説明を、将輝と劉麗蕾に対して繰り返した。

 

「・・・閣下の仰ることは理解できます」

 

佐伯の話を聞き終えた将輝は、意見を促されてこう答えた。

 

「魔法師に対する人々の不安を軽減する為の手を打たなければならないという佐伯閣下の御意見には同意します。それに元々『海爆』を自分の独断で使うつもりはありませんので、あの魔法の使用に政府の許可が必要ということになっても、自由を制限されるとは思いません」

 

「では、将輝さんは戦略級魔法の管理に同意していただけるということですね?」

 

「はい。ただ私の進路については当面、魔法大学に進学するつもりですので、国防軍に仕官するかどうかは保留にさせてください」

 

「それで十分です」

 

将輝の答えを聞いて、佐伯は満足げに頷いた。

 

「劉少尉は如何ですか?」

 

将輝の同意が得られたことで、今日の佐伯の目的は達成された。佐伯は劉麗蕾がいずれ大亜連合に帰国すると考えていたので、ここで彼女の意思を問うことに意義を覚えていない。佐伯の劉麗蕾に対する問いかけに、「ついで」以上の意味は無かった。

 

「私は将輝さんの言う通りで結構です」

 

「・・・それは、戦略級魔法の管理に賛同していただけるということですか?」

 

しかし劉麗蕾の回答は予想だにしなかったもので、佐伯は聞き返さずにいられなかった。亡命してきたばかりの他国の戦略級魔法師が、誕生したばかりの戦略級魔法師の言う通りに行動するなど、少なくとも佐伯の常識の中ではあり得ないことだったからである。

 

「将輝さんがそうすべきだと言うのであれば、私はその通りにします」

 

劉麗蕾の答えは、またしても佐伯の意表を突いた。佐伯は思わず視線を動かして、将輝を凝視した。将輝は、無言で狼狽していた。顔が引き攣り、瞳がせわしなく左右に動いている。

 

「(この程度で動揺するとは、精神面では未熟と言わざるを得ないようですね)」

 

佐伯が誰と比べて未熟だと思ったのか、佐伯の心の裡を覗ける人間がいたらすぐに分かるだろうが、生憎この場には読心術の遣い手はいないし、佐伯の表情からはそのようなことを考えている雰囲気すらうかがえないので、そのことを指摘する人間はいなかった。

 

「――念の為にうかがいますが、将輝さんから日本に帰化して国防軍に仕官すべきだと勧められたら、劉少尉はどうされます?」

 

「将輝さんの言う通りにします」

 

考える素振りもなく即答だった。劉麗蕾の答えを聞いて笑い声が上がった。それまで笑い出すのを堪えていた剛毅が、ついに抑えきれなくなったのだ。

 

「いやはや、愚息には意外と甲斐性があったようだ」

 

「親父!」

 

将輝が慌てて剛毅を黙らせようとする。その御蔭なのかどうか、剛毅の発言はすぐに真面目な方向へ転換した。

 

「国防軍のお世話になるかどうかは、本人たちも言っているように魔法大学を卒業するまで保留にしましょう。一条家の家督は、いざとなれば娘に継がせます」

 

以前将輝と深雪を婚約させようとした時にも使った表現だが、今回は将輝も慌てた様子は見せない。それは慣れたからというわけではなく、深雪を相手にするという妄想をしていない分、冷静に父親の発言を受け容れられたのだろう。

 

「さて、お答えすべきことは全てご回答申し上げたと思いますが」

 

「はい。満足のいくお答えに感謝します」

 

剛毅が腰を浮かせると、佐伯もそう言いながら腰を上げる。将輝と劉麗蕾が、二人に遅れないよう急いで立ち上がった。

あり得ない話だがもし凛がこの提案を聞けば腹が捩れる程大笑いした後に佐伯を侮辱して断っていただろうと達也はのちに述べたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは劉麗蕾が一条家に移動する前日、七月十九日の夜の会話。場所は小松基地内、劉麗蕾に与えられた個室。シチュエーションは劉麗蕾と一条茜の、二人きりの他愛もないお喋り。

 

『レイちゃん、もしかして兄さんのことが好きなの?』

 

『・・・いきなりですね。何故そんなことを?』

 

『うん、やっぱり妹としては気になるって言うか』

 

『茜、ブラコンだったんですか?』

 

『やっ、それは無い。あたしは真紅郎君一筋だから』

 

『真紅郎というと、あの有名な「カーディナル・ジョージ」こと吉祥寺真紅郎さんですか? もっとも学者然した冷たい感じの人だと想像していたのですが、優しそうな方ですね』

 

『うん!・・・いやいや、あたしのことじゃなくて。レイちゃん、兄さんのこと好きでしょ?』

 

『・・・答えなければダメですか?』

 

『聞きたい!』

 

『・・・好き、なのだと思います。将輝さんは、優しい人だから』

 

『優しい、かぁ。レイちゃん、目の付け所が違うね。兄さんを好きになる女の人って、大抵「カッコいいから」とか「強いから」とか言うんだけど』

 

『強い人は、大勢見てきました。でも本気で優しくしてくれた男の人は、将輝さんが初めてです。他の男の人は皆、笑顔の裏で私を利用しようとしていたから』

 

『あっー・・・。兄さんって良くも悪くも嘘を吐けない性格だからなぁ』

 

『祖国が粛清部隊を送ってきたあの日、林姐のことを――林少尉のことを否定しないでくれた将輝さんの思い遣りが、私はとても嬉しかった』

 

『なる程、それがきっかけだったか。でもね、レイちゃん。兄さんは鈍いから本気でゲットしたいのなら、自分からせめていなかきゃダメだよ』

 

『ゲット・・・あぁ、恋人同士になるという意味ですね。でも女の子からなんて・・・はしたなくないですか?』

 

『違う!違うよレイちゃん!それは二十世紀のノリだよ!もうすぐ二十一世紀も終わりだよ!』

 

『はぁ・・・』

 

『でも、あんまりガツガツするのもNGだからね。男の人って、「羞じらい」とか「お淑やか」とか好きだから。ドリーマーだよねぇ』

 

『ええと・・・「夢見がち」という意味ですか?』

 

『そう、それ。特に兄さんは、従順な感じの大和撫子がタイプみたいだから。「貴方に付いて行きます」的なアプローチが効果的じゃないかな』

 

『・・・分かりました。試してみます。でも茜、良いのですか?』

 

『良いって、何が?』

 

『日本の女の子は、兄に恋人ができるのを嫌がり邪魔するものだと聞いていたのですが』

 

『何処情報!? さっきも言ったよ! あたしはブラコンじゃなーい!』

 

『す、すみません』

 

『まぁ、そういう子もいるけど、あたしはレイちゃんを応援してるよ。――兄さんが馬に蹴られる姿も見たくないし』

 

『馬?蹴られる?』

 

『まったく、高嶺の花過ぎなんだよね。あんなの、無理に決まってるじゃん』

 

『?』

 

『だからレイちゃん、頑張って!』

 

『はぁ・・・。いえ、ありがとう、茜。頑張ってみます』

 

今日、将輝が受けた突然の奇襲。その裏には二日前の夜に交わされた、二人の少女の他愛もないおしゃべりがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条剛毅、将輝、劉麗蕾を送り出してすぐに、佐伯少将も木戸大尉と共に金沢基地を後にした。金沢基地のヘリポートに待たせたままにあったヘリに乗り込み、霞ケ浦基地に向けて飛び立つ。

飛び立った基地が見えなくなった頃、佐伯は身体をシートに預けて大きなため息を吐いた。

 

「・・・閣下、一条家の回答に、何かご不満な点でも?」

 

木戸大尉が佐伯に、遠慮がちな口調で声を掛ける。

 

「いえ、期待以上でした」

 

その答えとは裏腹に、佐伯は浮かない顔だ。木戸大尉の訝しげな表情を見て、佐伯は再度、ため息を吐く。

 

「・・・同じ十師族、同じ年齢で、ああもちがうものかと思ったのですよ」

 

「一条将輝君と司波達也君の違いですか? 確かに、司波君に比べれば一条君は、少年らしいといいますか、少々青臭いところが感じられました」

 

「大尉、それは違います」

 

木戸が述べた感想を、佐伯は鋭い口調で否定した。

 

「・・・いえ、表面的にはそう見えますが」

 

その口調は佐伯が意図したもの以上だったようで、彼女は取り繕うように声のトーンを落とした。

 

「国家にとって何が優先されるべきかについては、一条君の方がずっと深く理解しています。自分の義務を理解しているという点で、一条君の方が大人です」

 

「一条家と四葉家のスタンスの違いも反映されているのではないでしょうか。それに司波君は研究者としての面が強いですから、国防軍の考えとも違ったものを持っていたとしても不思議ではないかと」

 

「家のスタンスですか・・・それはあるでしょうね。十師族を一つの集団として見るのではなく、個別に評価・・・いえ、各個撃破すべきですか」

 

「戦術の基本ですね」

 

生真面目な印象を与える顔立ちに似合わない木戸の軽口に、佐伯の口元が緩む。だが彼女の両目は、全く笑っていなかった。一条剛毅、将輝、劉麗蕾を送り出してすぐに、佐伯少将も木戸大尉と共に金沢基地を後にした。金沢基地のヘリポートに待たせたままにあったヘリに乗り込み、霞ケ浦基地に向けて飛び立つ。

飛び立った基地が見えなくなった頃、佐伯は身体をシートに預けて大きなため息を吐いた。

 

「(まあ、あの生意気な小娘が情報部のせいで病院送りになったことで多少なりとも動きやすくなりましたが・・・)」

 

佐伯は准将という自分よりも下の立場の癖に蘇我大将や他の将官達に取り入り自分の邪魔ばかりをしてきた。一人の将官を思い出すと思わず顔が歪んでしまった。

だが、その将官はそもそも病院には居らず。さらには佐伯のことなど眼中にもない事など誰が想像できただろうか。



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悪い笑み

達也に敗れ黒羽貢の配下に拘束された藤林長正は、甲府の病院に入院している。四葉家の影響下にある病院だ。怪我の治療は行っているが、実質的には監禁と言ってもいいだろう。その病院を娘の藤林響子が訪れたのは、七月二十一日、午前十一時のことだった。

 

「いらっしゃい、藤林中尉」

 

「・・・津久葉夕歌さん、ですか」

 

長正が入院しているのは個室だが、病室にいたのは彼だけではなかった。響子がお見舞いに来ることを知っていた夕歌が、病室で彼女を出迎えた。

 

「ご存じいただいているとは光栄です。お父上も交えて、中尉にご相談したい事があるのですが。よろしいでしょうか?」

 

形式は許可を求めるセリフだが、状況が拒否を許さない。

 

「えぇ、結構ですよ」

 

事実上の強制に、響子は形式的な同意を示す。この個室はかなり広々としており、ベッドの横に二人が対面で座れる簡易応接セットが置かれている。その奥の席に響子が座り、手前の椅子に夕歌が腰を下ろした。

 

「さて、父と娘の語らいに部外者が何時までもお邪魔するのは野暮ですので、手早く四葉家の要求をお伝えします。四葉家は九島真言とその共犯者の罪を暴かないことに決めました」

 

緊張に強張っていた響子の身体がビクッと震えた。夕歌が言った「共犯者」に、藤林長正が含まれているのは明らかだ。夕歌は響子の反応に構わず、要求の言葉を続ける。

 

「その代わり、藤林中尉に、佐伯少将の利敵行為について証言していただきたい」

 

「利敵行為とは・・・何でしょうか」

 

血の気が引いた顔で、響子が夕歌に尋ねる。彼女のその表情は「心当たりがある」と自白しているとも解釈できるものだった。

 

「そうですね。例えば、呂剛虎の密入国を知りながら、これを放置した件。他にも心当たりがお有りなのでは?」

 

夕歌のセリフは、ハッタリかもしれない。「他の件」など四葉家は掴んでいなくて、呂剛虎の件も証拠が乏しいのかもしれない。だが初手から夕歌にペースを握られて、響子は強気を貫ける精神状態ではなかった。

 

「・・・家の者と相談したいのですが」

 

「御当主・長正様と御総領・長太郎様には、御承諾をいただいておりますが」

 

時間稼ぎを図った響子だが、それすらも夕歌に先回りされてしまっていた。

 

「・・・せめて、少し父と二人で話させてください」

 

「分かりました。廊下で待っていますので、お話がまとまりましたら呼んでください」

 

あまり時間は与えられない、と言外にプレッシャーをかけて、夕歌は病室を出ていく。扉が閉まる音と共に、響子は静かに、深く、息を吐き出した。

 

「お父様、四葉家との取引に応じたというのは、事実ですか」

 

「――事実だ」

 

「・・・っ」

 

長正の答えを聞いて、響子が呑み込んだのは、愚痴か、非難か。

 

「こうして囚われている身では、お父様に選択の余地がないと理解できます。しかし・・・」

 

「自分が虜囚になっていなくても、私は四葉家の要求を受け容れた。敗者は勝者に従う。それが我々の定めだ」

 

「ですが、裏切るのは私ですよ!」

 

父親の言葉は響子の耳に、随分と薄情なものに聞こえた。まるで自分の今の立場などどうなっても良いと言われているように響子は感じた。

 

「お前は軍人である以前に、藤林家の人間だ。それに、不正に加担してまで忠義を尽くす価値が佐伯閣下にはあるのか?」

 

「それは・・・っ」

 

この時、響子によぎったのは四葉真夜に掛けられた「惜しい」という言葉だった。

軍人である事に疑問を持ち始めたのはーー疑問を自覚したのは今年の二月。今では夫である千葉寿和を囮に使った時であった。あの時、凛が助けなかったら今頃彼は死んでいただろう。

しかし、自分の仕事に疑問を持ち始めたのはもっと前からだった。

 

「(おかしくなり始めたのは・・・去年の八月。お祖父様の陰謀を暴いた後、佐伯閣下は何かの箍が外れてしまったように見える・・・)」

 

積年のライバルを下して自制が緩んだのだろうか。響子の実感としては、自分の所に下りてくる命令の内、一旅団の司令官としての職分を超えるものが増えていた。元々響子に与えられる任務は超法規的な性格のものが多かったが、それにしても違法性の限度を超えていると感じられることが、この一年で、一度や二度ではなかった。

 

「響子。佐伯閣下は、お前の忠誠に値する上官か? 第一〇一旅団は、藤林家・四葉家よりも優先すべき組織なのか?」

 

「・・・不正は、正されるべきです」

 

響子は自分の気持ちに、こう折り合いをつけた。

 

「私が証言できる事案は二つだけです。その内一方は、利敵行為ではありません」

 

これが夕歌に対する響子の回答だった。最初と同じ位置関係で簡易応接セットの椅子に座った夕歌は、表面上満足そうな笑顔で頷いた。

 

「一つは、呂剛虎の密入国黙認の件ですね」

 

「はい」

 

「もう一つは、どの件でしょうか」

 

「九島家――真言伯父様にパラサイドールの開発資金と資材を提供していたのは、佐伯閣下です」

 

「それは、旧第九研に凍結状態で保管されていた物以外のパラサイドールのことですね」

 

「去年の九月以降に製造されたパラサイドールの素体のことです。閣下は魔法師の歩兵部隊をパラサイドールの部隊で代替えするお考えでした」

 

「その開発費用は、防衛省の許可を得ていない?」

 

「軍令部の許可も得ていません」

 

「つまり、裏金ですか」

 

「そうです。資金ルートを知ろうとは思いませんでしたが、調べれば閣下が懇意にされている軍需企業の名前が出てくるでしょう」

 

「そこまでしていただくわけには。裏金の出所はこちらで調べます」

 

夕歌の言葉に、響子は無言・無表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、真夜の部屋では真夜が机に置かれた紙の資料を読んでいた。

 

「・・・」

 

カサッ

 

紙を捲り、ある程度読み終えると真夜は資料を机に置いた。

 

「よくまあ、これだけの資料を集めたものね。流石と言うべきね」

 

真夜はそう呟くと葉山が要件を話す。

 

「凛様はこの資料を元に佐伯少将を失脚させよと申しておりました」

 

「ええ、閣下は元から佐伯少将がお嫌いだったようですし。ありがたく使わせていただきましょう」

 

そう言うと真夜は紅茶のおかわりを申し入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナと食事を済ませて、リーナと病院に向かう途中でほのかからの電話を受けた。

 

「・・・雫とエリカ、それに西城君も来るのね?」

 

『うん。・・・ダメかな?』

 

「大丈夫よ。合計四人、明日の午前中から一泊、で良いのかしら?」

 

『うん、それでお願い』

 

「了解よ。手配しておくわね」

 

『ありがとう。じゃあ、明日』

 

「えぇ、待っているわ」

 

時刻は午後一時過ぎ。ほのかから掛かってきた電話が切れてすぐ、深雪は四人が泊まる所の手配をする為に、アドレス帳を開いて管理事務所の音声受付に指を伸ばした。

しかし彼女がタッチパネルに触れる寸前、音声通話の着信音が鳴る。画面には「七草真由美様からの着信」と表示されていた。

 

「はい、司波です」

 

『深雪さん?七草真由美です』

 

「お久しぶりです、先輩」

 

『えぇ、お久しぶり。・・・この度は、その、大変なことになっているわね。深雪さん、大丈夫?』

 

「お気遣いありがとうございます。不幸中の幸いで、達也様のお命に別状はなく、回復後は後遺症も残らないそうですので」

 

言葉を選びながら問いかける真由美に、深雪は気丈な応えを返す。ここまでは目の前で婚約者が事故に遭った側と、ニュースで知った側の会話にしか聞こえない。

 

『達也くんの、「再成」だっけ・・・。今回は、間に合わなかったのね』

 

「お兄様の御力も魔法である以上、意識しなければ使えません。・・・国防軍の警備艦に襲われるとは、お兄様もさすがに予想していなかったのだと思います」

 

『そう、よね・・・。「超能力」と違って「魔法」は無意識には使えない。意識して無意識を働かせなければ、魔法は組み立てられないものね・・・』

 

「はい」

 

『それでね、えっと・・・深雪さんさえ良ければ、達也くんをお見舞いさせてもらえないかしら』

 

「お兄様はまだ、面会できる状態ではありませんが・・・?」

 

『無理に、とは言わないけれど』

 

「いえ・・・分かりました。家の者とも相談したいので、折り返しお電話させていただいてもよろしいですか?」

 

深雪が言う「家」が四葉家のことを指していると、真由美は説明されなくても理解した。七草家の自分が四葉家次期当主を見舞うというのだ。いくら婚約者とはいえ当主の判断を仰ぐのも当然だと真由美は思った。

 

『えぇ、もちろんよ。じゃあ、後で』

 

「なるべく早く、お電話致します」

 

二人は特に不自然なところもなく、相手の言葉や口調に違和感を覚えた様子も見せず、通話を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪はリーナをICUに残して電話室に移動した。

電話室の中はさらに六部屋の個室型電話ブースに分かれている。その内の一つ、四葉本家への直通動画電話機が置かれたブースに、IDカードを使って入室する。完全防音の小部屋に椅子は無い。入ってすぐのところにコンソール、部屋の奥に四十インチのパネルが設置されている。

深雪は異なる十桁のナンバーを三度、コンソールに打ち込んだ。壁掛けサイズのモニターに、いきなり真夜が登場する。

 

「叔母様、たびたび失礼致します」

 

『気にしなくて良いですよ。またお見舞いの申し入れでもありましたか?』

 

「はい、七草真由美さんからお電話を頂戴しました」

 

いきなり用件を言い当てられても、深雪は動揺しなかった。現状で「達也のお見舞い」は深雪が本家におうかがいを立てる件としては真っ先に思い浮かぶ内容だろうし、仮に電話を検閲されていたとしても、何もやましいところは無い。

 

『七草家から?』

 

むしろ真夜の方が、深雪の答えに驚きを見せていた。

 

『個人的なお見舞いということはないでしょうね・・・。何が狙いなのかしら』

 

「七草真由美さん個人の可能性はありますが、その場合は同じ立場の七草香澄さんも一緒でしょうから、叔母様のご指摘の通りかと思いますが・・・目的は私にも分かりません」

 

真由美の申し入れの背後に七草家当主の意向が存在するという意見には、深雪も同感だ。真夜が自分に答えを求めているわけではないことは分かっていたが、一応同じ立場の真由美を全面的に疑うことは避けたかったのか、一応付け加えた。

 

『・・・そうね。良いでしょう』

 

案の定、真夜は一人で何らかの結論にたどり着いたようだ。深雪には真夜がどのような考えにたどり着いたのか知りようがないし、知る必要もないと考え問うことはしなかった。

 

『深雪さん、お受けしなさい』

 

「七草先輩をお招きしてよろしいのですね?」

 

「えぇ。真由美さんへの対応は深雪さんに一任します」

 

真夜は七草家の長女を謀略が進行中の舞台に招き入れることに関して、一切の条件を付けなかった。

 

「かしこまりました」

 

深雪はそのことに、意外感を覚えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪がICUモニター室に戻ると、リーナが「どうだった?」と尋ねてくる。

 

「了解してもらえたわ。特に条件は付けられなかった」

 

深雪の答えに、リーナは驚きを露わにした。

 

「えっ?でも真由美の七草家って、四葉家のライバルなんでしょ?」

 

「敵対しているわけではないけど、味方でもないわね」

 

深雪の平然とした態度を見て、リーナはますます不安に駆られたようだ。

 

「それって大丈夫?達也の入院がフェイクだってバレたら、まずくない?」

 

「大丈夫よ」

 

そう言って、深雪がリーナに微笑んでみせる。

 

「深雪・・・。何だか凄く、人が悪い笑顔になっているわよ」

 

「失礼ね」

 

こめかみを引きつらせたリーナは、深雪は特に怒っている風でもない声音で応えた。

 

「確かに偽装入院だということが漏れたら困ってしまうけど・・・。先輩なら大丈夫よ。丁寧にお願いすれば、黙っていてくれるわ」

 

「・・・ウン、そうね。きっと、そう」

 

笑みを深めた深雪に、リーナは自分に言い聞かせるような口調で呟く。まるでこの話題を続けるのも恐れているような態度だ。深雪はリーナの不自然な挙動を気にした素振りもなく、管理事務所に電話を掛けて五人分の客室を手配した。





試験的にオリジナル作品を書いてみました。
よかったら読んだ感想を聞かせてください。


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深雪の暴露

金沢基地から途中、統合軍令部に立ち寄り、佐伯が霞ケ浦基地に返ってきたのは午後四時過ぎのことだった。司令官室に戻ってすぐ、佐伯は風間を呼び出す。日曜日にも拘わらず、風間はすぐにやって来た。

 

「中佐、司波達也が入院したというニュースは知っていますね」

 

「無論、存じております」

 

「どう思いますか?」

 

デスクの前に立った風間に、佐伯はいきなり問い掛け、風間が答えた後に抽象的な聞き方をしてきた。だが佐伯が何を言いたいのか、風間は誤解しなかった。

 

「本当に重症だとは考え難いですね。達也にはあの自己修復能力があります」

 

「入院が偽装だとして、その目的は何でしょう」

 

「最も可能性が高いのは、ミッドウェー監獄襲撃のカムフラージュだと思われます。あるいは既に、出国しているかもしれません」

 

「情報部も、今回の事件には不審感を懐いていました」

 

「情報部にも立ち寄られたのですか?」

 

総合軍令部と陸軍情報部の入居しているビルは徒歩圏内にある。佐伯は電話ではなく直接足を運んで情報を仕入れてきたのだろう。風間はそう思った。そこでふと、風間はある懸念を覚えた。

 

「閣下。まさかとは思いますが、達也の『再成』を情報部に教えてはいませんよね?」

 

達也の『再成』は『分解』以上の秘匿事項。四葉家との契約で、そう定められていた。達也が特務士官の地位を返上した時点でこの契約は解消された。だが契約終了後も、守秘義務は残っている。法的な義務ではなく書面も残っていないが、法が及ばない世界だからこそ、信用は重い意味を持つ。

 

「・・・情報部は昨日の時点で調査を開始していました」

 

「潜入には、成功したのですか」

 

聞いても無駄だと覚ったのか、風間は問いを重ねることはせず別のことを尋ねた。

 

「記者に変装した諜報員を送り込んだそうですが・・・ガードが堅くて近づけないというのが、正直なところのようです」

 

「軍の情報部が民間人に勝てないのはいささか情けない気もしますが・・・相手が相手です。仕方がないのでしょうな」

 

他人事のように批判する風間。佐伯がムッとした表情を見せる。

 

「中佐、仕方がないでは済まされませんよ」

 

「しかし現実問題として、強制捜査はできないでしょう。客観的な状況から判断する限り、達也は被害者です」

 

「あの事件自体が不自然だとは思いませんか?警備艦のクルーが全員反魔法主義者だったなどという状態が、偶然発生するはずがありません」

 

「ですから偶然ではなく、海軍の反魔法主義派――あるいは反十師族が計画的に起こしたテロなのではありませんか?」

 

佐伯が黙り込む。彼女が納得していないのは、風間でなくても見ただけで分かっただろう。

 

「閣下・・・。失礼ながら閣下は達也のことを、少し目の敵にしすぎではありませんか?」

 

「目の敵になどしておりません」

 

佐伯は脊髄反射と見まがう勢いで風間の指摘を否定した。風間は、口論しようとしなかった。

 

「・・・失礼しました」

 

「――もし司波達也の動向について何か分かったら、すぐに報告しなさい」

 

佐伯は風間の謝罪に「許す」とは言わなかった。風間の指摘に対する、否定以外の反応は無い。彼女のセリフは明らかに、不都合な話題を無かったことにする為のものだった。

 

「了解しました」

 

「話しておきたいことは以上です。中佐、下がってよろしい」

 

風間の答えに頷き、佐伯は彼に、許可の形で退出を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十二日、午前十時。ティルトローターVTOLが、巳焼島の空港に相次いで着陸する。二機が予定を示し合わせたのではなく、偶々到着時刻が重なったのだ。

一方は北山家の自家用機で、乗っていたのは雫、ほのか、エリカ、レオの四人。もう一方は七草家の自家用機で、真由美を送り届ける機体だった。雫たち四人と真由美は同じ九人乗りワゴン車で、島の東側にある病院に案内される。達也が入院していることになっている病院だ。

なおターミナルで真由美と顔を合わせた四人は、ほのかや雫、レオだけでなくエリカも常識的に挨拶を述べた。真由美が一高に在学中は隔意を隠そうとしなかったエリカだが、この二年で心境の変化があったようだ。――それは多分、同じ婚約者という立場が促したのだろう。

とはいえ、五人の間に――四人と一人の間に、ぎこちなさが存在するのは否定できなかった。それは単純に、同級生と上級生の違いが生み出す壁だ。後輩組の中で真由美と最も接点がありそうなほのかでも、生徒会役員になったのは真由美が生徒会長を辞めた後だ。エリカやレオは横浜事変の折、真由美と共闘した経験があるとはいえ、その程度で同級生同様とはいかない。

しかしそんなぎこちなさは、病院に到着してすぐに、跡形もなく吹き飛ぶことになる。リーナと共にICUモニター室で五人を迎えた深雪は、部屋の扉がロックされるのを見届けて、いきなり爆弾を落とした。

 

「お兄様の御見舞いに来てください、ありがとうございます。ただお兄様は、この病院にはいらっしゃいません」

 

「ええっ!?」

 

一際大きな反応を見せたのはほのかだ。他にも「えっ!?」や「はっ!?」といった異なるバリエーションで驚きを表す声が上がる。

 

「・・・深雪さん、どういうことだい」

 

驚愕を真っ先に乗り越えたレオが、低い声で深雪に尋ねた。

 

「達也様は事件に巻き込まれて重傷を負ったのは事実です。ですが、病院に運び込まれた時には回復していました」

 

「・・・そうか!」

 

エリカが両手を小さく打ち合わせて小声で叫ぶ。

 

「あの治癒魔法、『再成』だっけ。達也くんにはあれがあったわね」

 

横浜事変の日、真由美、ほのか、エリカ、レオは、深雪から『再成』のことを打ち明けられている。雫はその場にいなかったが、後日、達也本人の許可を得たほのかから聞いていた。

それにしては、真由美を除く全員が「達也が自分で怪我を治した」可能性を考えていなかったようで、改めて納得する表情を浮かべている。

 

「・・・深雪の泣き顔にすっかり騙されたわ」

 

エリカの悪ぶった口調は、おそらく照れ隠しだ。だが言っていることは、全員の気持ちを代弁するものだろう。テレビに流れた、廊下とICUを隔てる窓と壁に縋りついて泣き崩れた深雪の姿には、疑いを許さないインパクトがあった。

 

「騙しただなんて、人聞きの悪いこと言わないで」

 

深雪の抗議は、拗ねているというより恥ずかしそうなものだった。

 

「あーっ、確かに」

 

あの時、姿を変えて病院にいたリーナが「そういえば」と言う感じの声を上げる。

 

「アレって、ウソ泣きじゃ無かったわね。怪我が治っていると分かっていたはずなのに、取り乱した深雪を落ち着かせるの、大変だった」

 

五人分の視線から、深雪が目を逸らす。

 

「まあ、深雪にあれはショッキングじゃないかな」

 

「弘樹、いたのか・・・」

 

「当たり前だ。深雪のそばにいない理由がないだろう」

 

「頭で分かっていても心が反応しちまうことってあるよな。そんだけ、達也に対する深雪さんの想いが深いってことだろう」

 

「・・・レオにしちゃ、分かってるじゃない」

 

「俺にしちゃ、は余計だ」

 

エリカが茶々を入れ、レオが噛みつく。それで、場の雰囲気はリセットされた。

 

「・・・じゃあ、達也さんは今何処に?」

 

「秘密のお仕事に取り組んでいらっしゃるわ」

 

ほのかの質問に、深雪は具体的な答えを返さなかった。だがほのかの方も、重ねて問うことはしなかった。興味がないのではなく、あまり立ち入ってはいけないと自制したのだ。この場で深く踏み込んだのは、好奇心のつよいエリカではなく、真由美だった。

 

「こんなに大掛かりなお芝居をしているということは、達也くんの不在を隠さなければならないんでしょう?それを私に教えて良いの?私は七草家の長女よ?」

 

七草家と四葉家は対立している。それは十師族でなくても、ある程度事情に通じている者には公然の秘密だ。深雪もそれは、当然知っている。彼女は現当主の姪で、次期当主の従妹なのだ。

 

「達也様は七草家と対立し続けることを望んでおりません。それに、七草家の人間だからと言って特別に敵視するつもりはありません。逆にうかがいますが、先輩は達也様の不在をご家族、あるいは外部の誰かに話されますか?」

 

「そんなつもりは無いわ」

 

真由美は自分に言い聞かせるような口調で答えた。そして目を伏せ、短く間を取る。

 

「・・・そうね。私には、達也くんや深雪さんに不利な真似をする意思も動機も無い」

 

このセリフの後に、真由美は「狸親父の思惑なんて知ったこっちゃないし」と口の中で呟いた。

 

「オーケーよ、深雪さん。達也くんはICUで治療中。まだ話ができる状態じゃないけど命に別状はないし、眠っているだけで意識障碍の恐れもない。これで良い?」

 

「ありがとうございます」

 

深雪が真由美に頭を下げる。顔を上げた深雪は、真由美の次に近くにいたエリカへ顔を向けた。

 

「・・・あたしたちもそういうことで良いわ」

 

エリカは深雪に答えた後、振り返って「良いわよね?」とアイコンタクトで念を押す。その視線に、ほのか、雫、レオの三人は同時に頷いた。

 

「でも、何で?」

 

「何故、真実を打ち明けたのか、という意味かしら?」

 

雫の質問の、省略された部分を深雪が反問する。

 

「秘密は、知る者が少ないほど守られる」

 

雫はそういう表現で、質問の意図を表した。

 

「そうとは限らないのではないかしら」

 

「どういうこと?」

 

深雪が首を横に振り、雫が首を傾げる。

 

「人を拒む態度は疑惑を煽り、秘密を暴き出そうとする熱意を加速してしまう。一切人目に触れないように世間から隔離できるのならともかく、そうでない秘密を守り続けるのは無理とまでは言わないけど、難しいと思うの」

 

「バレても良いと思ってる?」

 

「まさか、政府にも軍にもマスコミにも、達也様の邪魔はさせない」

 

深雪は声を荒げたわけではないが、強い意思を匂わせる口調に、雫が忙しなく瞬いた。

 

「私、こう思うのよ。秘密を守り続けるよりも、嘘を信じさせる方が簡単なのではないかって」

 

「何故?」

 

深雪の説明を聞きたがっているのは、雫だけではなかった。真由美、ほのか、エリカ、レオはともかくとして、リーナまで興味津々の眼差しを深雪に向けている。リーナには昨日も話したはずだけど、と思いながら、深雪は失笑を零したりはしなかった。

 

「だって秘密を守り続ける為には『そんなものはない』ってあらゆる人に信じさせなければならないけれど、嘘は何人か、せいぜい何十人にか信じてもらえば、後は勝手に広まっていくでしょう?」

 

「深雪・・・昨日も思ったけど、アナタ、凛みたいに人が悪いわ」

 

「そうかしら?嘘を吐かない人なんて、世界中どこにもいないと思うけど」

 

リーナの呆れ声に、深雪は涼しい顔で反論する。リーナも含めた六人は心の中で「そういう問題じゃない」と呟いていた。

 

「・・・つまり深雪さんは俺たちに、『嘘を信じた人』になって欲しいのか」

 

レオが納得顔で、独り言のように「正解」を口にする。

 

「積極的に『嘘』を広めて欲しいわけではありません。ただ誰かに聞かれた時に、達也様は入院中だと答えていただければ、と思っています」

 

深雪の答えはレオだけを相手にしたものではなかった。

 

「もちろん、良いよ」

 

真っ先に応えたのはほのか。エリカ、レオ、雫、真由美も次々に承諾の言葉を返した。

 

「でもまあ、深雪が凛みてえになる事はねえだろう」

 

「そうだね」

 

深雪の婚約者の弘樹も深雪が凛のようになるのはなんとしても避けたい。そう思うのだった。



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水平線の先での戦闘

達也が入院していることになっている病院は、昨日の盗撮報道騒ぎで関係者以外立ち入りできなくなった。面会も、あらかじめ許可を受けた者でないとできない仕組みだ。マスコミは例によって「報道の自由」を振りかざしたが、今回、世論は病院の味方だ。「泣き崩れる美少女」のインパクトが強烈すぎたということだろう。実態はともかく、表面的にはテレビ局の自爆と言える。

もっとも、マスコミがそう簡単に引き下がるはずもない。彼らにとって「報道の自由」は全てに優先されるべきものだ。禁止されるとますます闘志を燃やす――というのは言い過ぎか。とにかく、新聞もテレビも取材を諦めていなかった。そして潜入を試みる記者やカメラマンの中には、複数の情報機関から派遣された諜報員が多数紛れて込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島の沖合に浮かぶ中型クルーザー。持ち主は全国ネットのテレビ局だが、乗っているのは陸軍情報部の諜報員だ。軍がテレビ局の船をシージャックしたわけではない。大手テレビ局の下請に情報部が入り込んでいるのだ。無論、テレビ局側はそれに気付いていない。

 

「首尾はどうだ」

 

島から離れるまで沈黙を守っていたこのチームのリーダーが、同様に口を閉ざしていたメンバーに成果を尋ねる。

 

「駄目です。潜入は困難と言わざるを得ません」

 

「ハッキングもこれまでのところ、目途が立っておりません」

 

「病院関係者に接触することすら難しく、協力者の確保には時間が掛かりそうです」

 

次々と返される芳しくない報告に、リーダーが顔を顰める。

 

「あの病院のセキュリティは異常ですね。他の機関も、足掛かりすら見つけ出せていないようです」

 

他の情報機関の動向を見張らせていたメンバーの報告に、リーダーは「せめてもの慰めか」と呟いた。リーダーが窓の外に目を向けた。西の空を覆う雲に遮られて夕日は届かない。日没にはまだ時間があるが、既にあたりは暗くなっている。台風は西寄りの進路を取っており昨日よりむしろ遠ざかっているが、波はますます荒くなっている。

 

「まだ二日だ。白旗を上げるには早すぎる」

 

リーダーがラウンジに集まったメンバーの顔を一人一人順番に見回しながら、強い口調で告げる。

 

「いったん、三宅島の宿に戻る。だが今夜の天候次第では、夜間の出動もあり得る。各自、そのつもりで行動せよ」

 

リーダーの声にメンバーが声を揃えて「了解」と応えた。全員が席を立ち、それぞれの持ち場に散る。クルーザーは西方およそ五十キロの三宅島に向けて発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方になり、真由美やほのかたちは島の東側に用意したゲストルームに移っている。今、病院に残っているのは深雪とリーナの二人だけだ。

 

『陸軍情報部のクルーザーが三宅島に向けて発進しました』

 

その深雪の携帯端末に、巳焼島の海上警察から報告が入った。――この島の警察は、表向きの身分としては公務員だが、構成員の全てが四葉家配下の魔法師で固められている。

 

「分かりました。手出しは不要です」

 

『了解しました。引き続き、監視に留めます』

 

素っ気ないとも思える程、電話はあっさり切れた。これが自分を軽んじてのことではなく、盗聴を防止する為だと深雪も知っているので、特に気分を害することはない。

 

「深雪、何だって?」

 

ICUモニター室に同席していたリーナが深雪に尋ねる。自分と同じ年の少女に大人たちが指示を仰ぐ状況に、リーナが疑問を覚えている様子はなかった。

 

「陸軍の船が隣の島に向かったそうよ」

 

「陸軍が船で、ねぇ・・・。大変ね、日本の軍人は」

 

「日本にも海兵隊はあるのよ。陸軍の中に、だけど」

 

「じゃあその船はマリーンの?」

 

「いえ、違うでしょうね。動いているのは情報部の人たちでしょうから、海兵隊の船ではないと思うわ」

 

「あら、セクショナリズムの弊害はステイツも日本も同じなのね」

 

「同感よ」

 

呆れ声のリーナに、深雪は笑顔で頷く。――笑顔と言っても苦笑いの類だ。

 

「これでエージェントは全員いなくなったのかしら?」

 

口調を改めて尋ねるリーナに、深雪は真顔で「いいえ」と首を横に振った。

 

「新ソ連の工作員が、まだ沖で頑張ってるみたい」

 

「オゥッ!もうすぐハリケーンが来るのに、ガッツがあるのね」

 

日本ではなかなか見かけないリアクションに、深雪は思わず笑みを零した。

 

「ハリケーンじゃなくて台風ね。それに天気予報では、台風が接近するのはまだ二日先よ」

 

「明後日なんてもうすぐじゃない」

 

笑みを消して訂正する深雪に、リーナも真顔になって反論する。深雪は「今晩台風が来るわけじゃない」と言いたかったのだが、確かに明後日台風が来るのは「もうすぐ」だ。

 

「・・・そうね」

 

深雪が苦笑いしつつ認めると、リーナは得意げな表情を見せた。

 

「しかし、ミアの会社は凄いわね。こんな島に戦車も持って来ちゃうんだから」

 

「流石は『国境なき軍隊』と言われる民間軍事会社ね」

 

「本当よ。でも、それだけここは重要ってことよね」

 

リーナはまだ知らないがすでにノース銀行と四葉家の間で恒星炉の電力の取引が締結されていた。その際に島の防衛としてガルムセキュリティーから警備隊の派遣を行う契約を締結していた。

そんな話をしていると二人のいる部屋に二人の青年が入ってきた。

 

「深雪、送ってきたよ」

 

「リーナ、戻ったよ」

 

入って来たのは弘樹とジョンの二人であった。

 

「弘樹さん!」

 

「ジョン!」

 

二人はお互いに婚約者の名前を言うと胸に飛び込んだ。

リーナは飛びつくと甘えるように話しかける。

 

「ジョンはいつ戻ったの?」

 

「ついさっきさ最終便に飛び乗って来た」

 

「それだったら疲れたんじゃない?早く部屋に戻ったほうがいいわ」

 

「大丈夫だよ」

 

「大丈夫じゃないって。まだ傷完全に治っていないらしいんだから。しっかり休まないと。さ、行くわよ」

 

「ちょ、どこに連れて行くのさ」

 

そう言うとリーナはさっさと病院を後にすると弘樹と深雪は久々に歩いて島の海岸を歩き始める。

建設中の巳焼島は所々がまだ暗く、海岸に至っては道の街灯しか明かりがなかった。

そんな薄暗い道を二人の男女が歩く。

 

「こんなにゆっくりしたのも久しぶりな気がします」

 

「そうだね・・・少なくとも3年生になった最初から色々と忙しかったからね。最近はまともにデートもできていなかったね」

 

「また出来ますでしょうか・・・」

 

「何、時間はたっぷりあるんだ。幾らでもできると思うよ」

 

「それもそうですね」

 

そう話していると二人の間から猫の鳴き声が聞こえた。二人は鳴き声のした方を見るとそこには一匹の綺麗な毛並みをした黒猫が座っていた。二人はその猫がどこから来たのか一瞬で分かった。

 

「モモ」

 

「おやおや、どうしたんだい?こんな所で」

 

「にゃ」

 

「なるほど。撫でてほしいのね」

 

「そういえば最近忙しくてあまり構ってやれなかったな」

 

「そうですね、私も忙しかったですし・・・今日はいつもより撫でてあげたいですね」

 

そう言うと二人はそこで腰を下ろすと真っ黒な海をよそ目にモモを撫で回していた。

 

「(姉さんは今どこら辺にいるんだろう・・・)」

 

弘樹はそんなことを考え、一瞬だけ水平線を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原子力潜水空母『バージニア』の艦内時計が目的地の時刻に設定し直された。時計の文字盤が表示している現地時間は十七時ちょうど。達也はキャビンを出て、護衛兼監視の兵士を引き連れて艦橋に向かう。艦橋への入室を拒まれることはなかった。

 

「タツヤ」

 

むしろ親し気に艦長のマイケル・カーティス大佐から声を掛けられる。彼はワイアット・カーティス上院議員の甥で、このミッションにおける達也の最も有力な協力者だ。だがそういった事情を剥きにして、達也はカーティス艦長に気に入られていた。

 

「あと一時間でミッドウェー島ですよ」

 

「分かりました。予定通りですね」

 

達也は艦橋に来たのは作戦開始の時間を確認する為だったが、答えは彼が尋ねるより早く艦長の口からもたらされた。

 

「準備には少し余裕があるでしょう。一緒にコーヒーでもどうですか」

 

カーティス艦長が言う通り、出撃準備には三十分もあれば足りる。

 

「ええ、喜んで」

 

達也に断る理由はなかった。達也の返事に艦長は顔をぼころばせて、副長を呼んで少しの間艦橋を留守にすると告げる。そしてカーティス艦長は、達也を艦長室に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バージニア』の艦長室は、潜水艦の中とは思えない程広々とした物だった。まぁ『バージニア』自体が大戦前の原子力空母並の巨体だ。内部の空間もそれに応じたサイズがある。テーブルを挟んで向かい合わせに座る達也に、艦長が自らコーヒーを振る舞う。自動機で淹れたコーヒーだが、味は申し分なかった。AI搭載のコーヒーサーバーだ。人の手で淹れた物より味は落ちるというのは、多分、偏見でしかない。

 

「タツヤ、いよいよだね」

 

「はい。艦長や上院議員には、感謝に堪えません」

 

「君としてはパールアンドハーミーズを優先したいところだろうが・・・」

 

「カーティス艦長の口調は少し申し訳なさそうだ。根が善人なのだろう。

 

「いえ、最初からそういうお話でしたから。それに、そろそろ協力者が動くと思いますし」

 

気にするな、と達也は艦長に伝える。

 

「そうだね。これは取引だ。だからタツヤが引け目に感じる必要もない。それに、タツヤが信用できるほどの人物。一体どんな人なのか気になってしまうよ」

 

そう言って艦長がニカッと笑う。その男臭い笑みに、達也もつられて唇を緩めた。達也は凛の言う通り、ここに連れて来なくてよかったと言えた。

 

「それに、飛行魔法の開発者の実戦を間近で見られるんだ。今から興奮してしまうよ」

 

艦長の目に、色欲に似て全く別種類の熱がこもる。

 

「飛行歩兵、そして飛行小型車輌は軍事的革命そのものだ。飛行魔法によって、戦争のやり方は大きく変わる。戦争における魔法師のプレゼンスはさらに高まるだろう。それと同時に、指揮官の意識も根本的な転換を迫られる。その現場に立ち会えるんだ。軍人冥利に尽きるね」

 

「私がやろうとしているのは個人戦闘です。戦術論には、あまり役に立たないと思います」

 

「いや、それこそ我々が認識を変えなければならない点だ。戦闘は集団で行うもの。個の力は、数の力に敵わない。魔法が実戦で用いられるようになっても、この原則は変わらなかった。一騎当千はフィクションの中にしか存在しなかった。どんなに卓越した兵士でも、まず機動力の限界があった」

 

興奮を自覚したカーティス艦長が、コーヒーで一息入れる。

 

「騎兵だって、一騎で戦場の端から端へ移動できるわけじゃない。バイクを使ってもそれは同じ。他にもいろいろと歩兵用機動装置が考案されて来たけど、地上を走るという制限に縛られている内は、所詮、騎兵を代替する物でしかなかった。飛行魔法はその限界を打ち破ったんだ」

 

「飛行魔法を使っても、瞬間移動が可能になるわけではありませんが」

 

「だが従来の移動手段に比べれば、一瞬と言っても良い」

 

これは達也に謙遜ではなく本音だったが、カーティスはその「思い違い」をたしなめるように断言した。

 

「全ては相対的なもので、どんなことでも一瞬では終わらない。飛行歩兵の機動力は、地上部隊の対応力を超えているという意味で『一瞬』なんだ。強力な戦闘ユニットが突然目の前に現れ、戦況をひっくり返す。前線指揮官にとって、これ程の悪夢はない。しかしそれがワンマンソルジャーともなれば、従来の常識は全く通用しない。スーパーマンを相手に戦争するようなものだからね。一から対策を講じなければならない」

 

カーティス艦長はニヤリと、今度は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「だから私は、対応戦術を策定する為のサンプルを提供してくれるタツヤの戦いを、とても楽しみにしている」

 



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監獄侵入

今回は一部作者の趣味が混ざっています。






現地時間七月二十二日 午後七時十五分ごろ

 

ミッドウェー環礁 サンド島 南方四〇km地点

 

この地点の海上には一隻の巨大な船が浮かんでいた。灰色に塗装された船体は夕日の光によって赤く照らされ、現代の船にはない重厚感を表していた。そんな艦の甲板に一人の少女が立ち、少女は時計と睨み合いをしていた。

 

「全く。腹が立つほど綺麗な夕日だ」

 

少女はそう呟くと今度は艦の艦橋の方を見る。現代の艦艇にはないゴツゴツとしたステルス性を一切意識しない艦橋はかつて海の覇者を誇った名残を残していた。

 

「モンタナ級戦艦・・・まさかこんな事に使うとは思わなかった・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

モンタナ級戦艦

第二次世界大戦直前、アメリカ合衆国が計画した16インチ砲を搭載する最後の戦艦である。

1930年代後半、ロンドン海軍軍縮条約から日本は脱退した事により、戦艦保有枠が増えたアメリカでは低速だが重武装、重装甲で敵を叩く低速戦艦案(後のモンタナ級)と低武装、低走行で速度を持って敵を叩く高速戦艦案(後のアイオワ級)の二案が同時に計画され、アイオワ級の建造が先に実行に移された。

 

しかし、太平洋戦争突入後。米国は航空母艦や揚陸艇、潜水艦、輸送艦などの護衛艦艇が急遽必要となり、さらには時代が進み、戦術は戦艦同士が大砲を撃ち合い戦う『大艦巨砲主義』から航空機を中核とした飛行部隊が大型艦を相手とる『航空主兵論』に転換しており、戦艦は無用の長物となっていた。

結局、アメリカは1943年にモンタナ級戦艦は一隻の起工もされぬままの建造中止が決定された。

 

今ではさらに時代が進み対艦ミサイルやレールガンの登場により、重装甲すらも意味をなくし、軍艦には最低限の装甲しか付かず、代わりにレーダー波に映らないステルス性が求められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな幻の戦艦を目の前に凛はミッドウェー島のある方角を見る。この時、凛は射撃指揮所に登り、砲撃準備が完了したモンタナを見る。

 

「・・・そろそろ飛ばすか」

 

そう言うと凛は霊鳥を呼び出し、鴎に見立てた鳥は北の方角に向かって飛んでいった。

 

「今の時間は・・・七時半・・・霊鳥も間に合いそうね。主砲発射用意。砲塔右90度旋回、砲身仰角45°に上げ!」

 

本当は必要ないのだが凛は気分で声を上げるとモンタナの砲塔が右に90度回り、砲身が仰角を上げる。

この艦には複数の付喪神がそれぞれ、レーダー、火器管制、機関など、この艦に必要な場所を動かしていた。

その全ての付喪神を凛は自分の手を動かすように簡単に操作をする。

そして霊鳥と視覚共有をするとやがて霊長が陸地を捉える。時間は日没。ミッドウェー監獄には明かりがつき、太陽は完全に地平線上に沈んていた。

 

「そろそろ頃合いね・・・目標、ミッドウェー監獄南東部海岸線付近・・・主砲・・・発射!」

 

ドドドドォォォォンンンン!!

 

激しい音と衝撃と共に12発の16インチ砲弾が美しい弧を描き、ミッドウェー監獄近くの海岸に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原子力潜水空母『バージニア』が待機位置に停止しても、達也はしばらく出撃しなかった。これは、計画通りの行動だ。達也が発進したのは現地時間七月二十二日午後七時半。日没直後の空に、達也が操縦するエアカーが舞い上がった。

ミッドウェー島は一つの島ではなく、サンド島、イースタン島と幾つもの小島から形成される環礁で、ミッドウェー諸島と呼ぶ方が正確かもしれない。ミッドウェー監獄は、この内サンド島のほぼ東半分を使った大規模な施設だ。達也がその施設を肉眼に捉えたのは、発艦から十分後のことだった。対空砲火は無い。だが達也の視線は監獄から上がる煙に向いていた。

 

「(始まったな・・・。ステルスシステムも設計通りの性能を発揮しているようだな)」

 

新型エアカー最大の改良点であるステルス機能。恒星炉にも使われている人造レリックに認識阻害・探知妨害の魔法式を保存して、ドライバーの魔法技能に依存せず高度なステルス魔法を車体とその周囲に展開する。持続時間は現段階で最長半日。累計稼働時間が十二時間に達した時点で再使用までに十二時間の休止時間が必要だが、活動限界時間に達する前でも十二時間以上のインターバルを置けば時間制限はリセットされる。今回のミッションには十分な性能だ。

 

「しかし、まあいつも通り派手だな・・・。こちらとしては有り難いが」

 

達也はそう呟くとエアカーをサンド島の北西岸に着陸させた。そこから飛行装甲服『フリードスーツ』で監獄施設に向かう。フリードスーツも高いステルス性能を備えているが、人造レリックを利用した新型エアカー程ではない。

監獄のけたたましいサイレン音の中、塀を飛び越えようとした時。監獄屋上に設置された砲塔が旋回する。ミッドウェー監獄に設置されている兵器はフレミングランチャーと対人火器だけ、達也は三矢家からそう聞いていた。だが今、達也を照準しようと回転している砲口は――

 

「(パルスレーザー砲!)」

 

――対人の枠に収まらない、対空レーザー砲だ。

騙されたのか、という思考が入り込む余地は無かった。その正体を認識するのと、魔法を発動したのは同時だった。パルスレーザー砲の狙いが達也に固定される、その直前、砲塔は輪郭を失い、電光と共に弾け散った。

達也の分解魔法『雲散霧消』がパルスレーザー砲の砲身と台座を元素レベルで分解。電光はレーザー発射の為に供給されていた電流が行き場を失って、金属元素のガスの中を無秩序に暴れまわったものだ。

 

「(危なかった・・・)」

 

フリードスーツの防弾機能はあくまでも質量弾に対するものであり、高エネルギーレーザーに耐える程の性能は無い。レーザー砲の照準速度と連射速度次第だが、『再成』と同時に身体を打ち抜かれる無限ループに陥る危険性もあった。

被弾・自己修復の無限ループは、あらゆる外傷を無かったことにできる達也にとって最も警戒すべき事態だ。『再成』を使わせられ続けると、いずれ魔法演算領域が連続発動に耐えられなくなりオーバーヒートを起こしてしまう。あるいは『再成』の発動に失敗してしまう。何十回程度ならともかく、短時間に何百回も続ければそうなってしまう可能性が高い。それは達也の不死身性を突き崩す数少ない攻略法の一つだった。

危機感が達也の知覚を一層鋭敏化する。屋上及び壁面、広大な敷地内に配置された全ての対空・対人兵器の情報が、彼の「視界」に瞬時・同時並行で映し出された。

 

「(『雲散霧消』発動)」

 

先程の『雲散霧消』は反射的に、自分の力だけで発動したものだった。今度はスーツに内蔵されたCADの助けを借りて、同時に十二機の砲座・銃座を「分解」していく。その中には、達也の現在位置からはブラインドになっている対空砲座、地下に格納されたままの自動銃座も含まれていた。ミッドウェー監獄に設置されていた迎撃兵器は、対艦兵器のフレミングランチャーも含めて、連続五回の分解魔法で跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迎撃兵器が無くなったミッドウェー監獄の上空で、達也はカノープスが収監されている建物を「眼」で探した。ベンジャミン・カノープスの情報は今年の二月、ジード・ヘイグこと顧傑の捕獲を邪魔された時に取得している。さすがに一度接触しただけの相手の居場所を、太平洋の半分を隔てて探ったりはできないが、この敷地内にいると分かっていれば、見つけ出すのは達也にとって難しいことではなかった。だいたい一キロメートル四方の敷地の中に、低層の見るからに頑丈なビルが十棟建っている。

 

「(監獄はその内、五棟。一棟が管理事務所、二棟が職員・兵員用住居、一棟が武器庫、一棟がトレーニング施設か)」

 

求める相手、カノープスの情報は、敷地の中央に見付かった。三階建てのビルの、三階南端の部屋にいる。達也はさらに、当該ビル内部の情報を閲覧した。カノープスから少し離れた所に、武装した兵士が十人いる。これは監獄の警備兵だろう。カノープスを護衛する為に集まったのか、脱獄を阻止する為に集まったのかまでは分からない。同じ階に囚人はカノープス一人だった。二階、三階には八人ずつ収監されている。当然なのかもしれないが、全員が男で、魔法師だ。

先の凛の砲撃で混乱している筈なのによく纏まっていられる。と若干の関心を覚えてしまった。

 

「(さっきのパルスレーザー砲で俺が侵入した事はバレただろう。屋上から来るのを警戒しているのだろうな・・・)」

 

裏をかいて一階から攻めるという手もある。だが今は、時間が惜しい。ミッションはここだけではない。本番はむしろ、パールアンドハーミーズ基地だ。

達也は警備兵の予想通り、上から攻め入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上に降り立った達也に銃口が向けられる。短い銃身はパーソナルディフェンスウェポンか。建物を警備する兵士だから、威力よりも取り回しを優先するのは合理的な選択だ。もっとも達也を相手取る場合は、多少威力が高くても意味はない。

銃弾が発射されるよりも早く、銃自体がバラバラになって屋上の床に飛び散った。思いがけない事態に二人の兵士は硬直したが、すぐに腰のホルスターへ手を伸ばす。しかし彼らより速く、達也は腰から拳銃形態のCADを抜いて兵士に向けた。シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』。達也が引き金を引くと同時に、二人の両手両足、その付け根に穴が開く。兵士たちがくぐもった悲鳴を上げながら、仰向けと俯せに、別々の向きに倒れる。彼がスーツ内蔵のCADではなく『トライデント』を使ったのは、監視カメラを意識してのことだ。

兵士たちを無力化した傷は、見えない銃弾が通り抜けた跡のようにも見える。黒尽くめの、顔を隠した侵入者の魔法はそういうものだと印象付ける為に。達也は「見えない銃弾」のイメージと結びつきやすい拳銃形態のCADを用いているのだった。

意識を失った兵士から拳銃を一丁採り上げて、達也が屋内へ続く階段室の扉をくぐる。屋上から三階に下りる途中に待ち伏せは無かった。屋上階から一段目へ足を下ろした直後、達也は「精霊の眼」ではない五感外の認識――直感がもたらした危機認識に従ってしゃがみ込み、左手を顔の前に翳した。掌に展開した事象改変の力場が、前方の壁から飛来した銃弾を分解する。表面的な表現を見れば跳弾だが、跳ね返る音はしなかった。

しかし達也は、驚きも疑問も覚えない。彼は弾丸を分解すると同時に、敵が発動した魔法の性質を読み取っていた。銃弾に、ちょうど弾丸を覆うサイズの反射力場が付与されていたのだ。特定の物質にのみ反応してゴムボールのように跳ね返る性質を与える魔法。設定されている反応条件は、壁と天井に使われている石膏ボード。片膝を突く恰好で身を低くした達也のすぐ横で、鋭い音を立てて銃弾が跳ねる。間を置かず、今度は彼がいる場所の一段下に着弾した。どうやら照準はある程度偶然に頼っているようだ。最初の一発は、ある意味まぐれ当たりか。

四発目の弾丸は、飛んで来なかった。達也が撃たせなかった。廊下で驚愕の声が上がり、床にPDWの部品が撒き散らされる。言うまでもない。達也の仕業だ。

敵の一時無力化を耳で確認した達也は、階段を一気に駆け下りた。敵兵は既に拳銃を手に取っている。呆然と立ち尽くしたままでなかったのは兵士として当然かもしれないが、よく訓練されているのは確かだろう。だがそれでもまだ、狙いをつける段階には至っていない。

達也が『トライデント』の引き金を引く。最前列で拳銃を構えようとしていた三人の手足に穴が開いた。神経を断ち切る傷は現代医学を以てすれば回復可能だが、病院で治療を受ける必要があり、応急処置では手足が動くようにはならない。それ以前に、神経を分解された激痛に意識を保っていられない。たとえ失神を免れても、まともな思考力は維持できないだろう。

戦闘力を失った同僚に構わず、二列目にいた兵士二人が大型懐中電灯のような円筒を達也に向けた。達也は、自分に向けられて照射されている想子波を認識した。単に感じるのではなく、それが何なのか理解した。

 

「(CADから出力されている起動式の読み込みを阻害する想子波のノイズか。アンティナイトの性質を模倣した対魔法師装備。だがアンティナイトや上位互換の幻楼石より性能は落ちる)」

 

達也はCADを使わずに分解魔法を発動し、想子のノイズをかき消す。ほとんど間を置かず、彼は『トライデント』の引き金を引いた。

対魔法師装備キャスト・ジャマーで達也に想子波を浴びせた二人だけでなく、残る三人の警備兵も手足から血を吹き出してひっくり返る。達也の前に立ち塞がる者はいなくなった。彼は念の為に、警備兵全員の全身を「眼」でスキャンし、所持している全ての銃器と爆弾を分解魔法で使用不能にする。そうして達也は、カノープスが閉じ込められている部屋の鍵を魔法で斬り裂いた。右手の『トライデント』をホルスターに収める。左手には、奪った拳銃を持ったままだ。

外開きの扉を手で開けただけで、達也は部屋に入らなかった。そのまま十秒前後が経過する。入り口から死角になっていた部屋の隅から、長身の人影が歩み出て達也と向かい合った。

ひげは綺麗に剃られており、栗色の髪はきちんと撫で付けられている。ヘーゼルの瞳に、憔悴の色は無い。囚人という単語から連想されるみずぼらしさは皆無だった。

 

「ベンジャミン・カノープス少佐で間違いないな」

 

本人であることは分かっていた。これは会話の、切っ掛けのようなものだ。

 

「そうだ。君は?」

 

「ワイアット・カーティス上院議員から依頼を受けた者だ」

 

「グランドの?」

 

カノープスのセリフに達也は一瞬、意味が分からず戸惑ったが、「グランドアンクル」のことだろうととりあえず解釈しておくことにした。もしかしたら一族内で使われている尊称かもしれないが、ワイアット・カーティスのことを指しているというだけで達也には十分だった。



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監獄侵入2

達也は余計なことを言わずに、カノープスに自分がワイアット・カーティスの遣いのものだと信じさせるためにある物を取り出す。

 

「これを預かっている」

 

達也は『バージニア』の艦長を通じて預かった指輪をカノープスに差し出した。カノープスは印台に細かく刻み込まれた紋章を数秒間見詰め、指輪を自分の左手小指にはめた。

 

「確かに」

 

カノープスが小さく頷く。指輪は使者を証明する物として十分だったようだ。

 

「貴官を脱獄させるよう、依頼を受けている」

 

「分かった」

 

カノープスは理由も、達也の身元も尋ねなかった。どうやらワイアット・カーティスの指示は、カノープスにとって逆らえないものらしいと達也は思った。

 

「もし差し支えなければ、私と共に捕えられている部下を連れて行ってもらえないか?」

 

拒否しない代わりに、というわけでもないだろうが、カノープスが足を止めたまま口を動かす。

 

「了解した。閉じ込められている場所は分かるか?」

 

「分かる。案内しよう」

 

「頼む。これを」

 

カノープスの申し出に頷き、達也は彼に屋上で採り上げた拳銃を渡す。

 

「・・・良いのか?」

 

「武装デバイスの代わりにはならないだろうが、一応、護身用だ」

 

カノープスは日本刀タイプの刀剣とCADを組み合わせた武装デバイスを愛用している。彼が達也のセリフに軽く眉を顰めたのは、自分の戦闘スタイルを知られていることに警戒感を覚えたからだろう。

 

「助かる」

 

しかし、口に出してはこう応えて、カノープスは階段に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を登る途中。カノープスは達也に聞く。

 

「さっきの衝撃は君の魔法か?」

 

「・・・貴官の脱獄の協力者だ。今は注意を引くために派手に暴れてもらっている」

 

「そうか・・・」

 

短い会話をするとまた監獄を激しい揺れが襲う。揺れと同時に爆発音が聞こえ、うっすら見えた窓からはオレンジ色の光が見えた。

 

「(激しいな・・・戦艦の砲撃とやらは)」

 

達也はそう呟くと絶賛海上で大砲を撃ちまくっている凛を想像するとヘルメットの通信装置の電源を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶賛砲撃を行なっている凛は持っていた通信機から連絡が入った。

 

「はい、こちら凛。どうしましたか?」

 

『俺が指示をしたら指定した場所に砲撃できるか?』

 

「ええ、勿論」

 

『頼むぞ』

 

「了解」

 

端的に話て、通信を切ると凛は近付いてくる気配を感じた。

 

「おいでなすったか・・・」

 

凛はそう呟くと接近してくる3機のアメリカ海軍主力艦載機F-141『ホーンドアウル』を確認した。

 

「(おそらくはパールアンドハーミーズ基地の空母のものだろう・・・と言うことは既に基地の空母がこっちに来ているか・・・)」

 

凛はそう呟くと接近してくるホーンドアウルの迎撃を初めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カノープスと達也が向かったのは、二百メートル離れた監獄ビルだった。途中、攻撃は受けなかった。自動銃座がピンポイントに破壊されているのを見てカノープスは驚きの表情を浮かべたが、後ろを行く達也には見えていない。ビルの大きさはカノープスが収監されていた物とはほとんど変わらないが、部屋の数はずっと多い。どうやらカノープスが囚われていたビルは高級士官用で、こちらはグレードが落ちる囚人用であるようだ。

カノープスは時々気配を探るような仕草を挿んで廊下を進み、階段を上がる。彼は二階真ん中よりの扉の前で立ち止まった。

 

「ここだ」

 

カノープスの言葉に無言で頷き、達也はナックルガード付きの戦闘ナイフを抜いた。振り下ろす途中で、刃先に分解魔法の力場を形成する。ナイフはドアの鍵を無抵抗で斬り裂いた。

 

「分子ディバイダー?いや・・・」

 

カノープスの呟きには反応を返さず、達也は監獄というより営倉のイメージが強いドアを開けた。扉を押さえる達也の横を通って、カノープスが慎重に入室する。

 

「隊長!」

 

「ラルフ」

 

だが部屋の奥から掛けられた声に、カノープスの緊張が緩んだ。赤毛の髪を中途半端に短くした細身の青年が急ぎ足で歩み寄ってくる。スターズ第一隊少尉、カノープスの直属の部下であるラルフ・アルゴルの姿だ。

カノープスもゆっくりと青年に近寄っていく。あと一歩で手が届くところでカノープスは足を止め、握手の為に右手を前へ出し掛けた。だが青年は、いきなり床を蹴ってカノープスの横をすり抜ける。ナイフを手に、達也へ襲いかかろうとする。

しかし、彼が突進を始めた直後、ラルフ・アルゴルの姿をした青年に想子の奔流が浴びせられた。青年の姿が変わる。赤毛と細身の体型はそのままに、別人の顔になる。

 

「術式解体!?」

 

カノープスの声は、呟きと言うには大きなものだった。達也が放った術式解体の効果は、今や青年とは呼べない中年の男の偽装魔法を剥ぎ取っただけに留まらなかった。男の足取りが、体勢が、覚束無いものになる。想子の奔流を浴びて身体機能を狂わせた男へ、達也がナイフを持った右手を突き出した。特殊鋼のブレードではなくチタン合金のナックルガードが男の腹を抉る。鳩尾を強打されて、男は白目を剥き、床に崩れ落ちた。

 

「こいつは、『コールサック』のメンバーか・・・」

 

体の向きを変えて男の顔を見下ろすカノープスが、顔を顰めてその正体を告げる。その声は達也に届いていたが、彼はカノープスに『コールサック』の説明を求めなかった。状況がそれを許さなかった。開け放たれたままのドアから拳大の物体が投げ入れられる。

 

「手榴弾!?」

 

カノープスの叫びは、達也に認識と一致した。カノープスがテーブルを倒してその向こう側に伏せる。達也は手榴弾を魔法で投げ返した。人工魔法演算領域+フラッシュ・キャストで発動した魔法はこの様なシチュエーションで、威力不足を補って余りある発動速度を発揮する。

だが敵も強かだった。達也が投げ返した手榴弾は、入り口で跳ね返って室内に戻る。扉が閉められたのではない。入り口に沿って、対物障壁が張られていたのだ。

達也は飛行魔法を発動した。爆発物の威力は、距離の三乗に反比例する。床に伏せるのは飛散物の直撃を避ける為だが、爆発地点からの距離で考えるなら、床に転がっている手榴弾との距離は、床に伏せるより天井に貼り付いた方が遠い。それに飛行魔法には飛行中の抵抗を減らす為に、空気の繭を身体の周囲に固定する術式が含まれている。数百キロの相対的な逆風に耐える強度の繭だ。小型爆弾の爆風程度なら、シールドとしての効果も期待できる。

手榴弾に対する達也の機転は、このケースではあまり役に立たなかった。手榴弾は炸裂したが、爆風は大したことがなく、勢いよく破片が撒き散らされるのではなく、勢いよく黒煙が拡散する。

 

「(煙幕手榴弾)」

 

達也は飛行魔法を切って床に飛び降りた。敵の狙いが視線を遮ることなら、天井に張り付いている状態は良い標的だ。ヘルメットのバイザーに煙の分析結果が表示される。

 

『非致死性、麻痺成分無し、催眠成分無し、呼吸器及び角膜に若干のダメージあり』

 

「(つまりは単純に、視界を奪うだけの煙幕か)」

 

入り口を遮っていた対物シールドの消滅を達也は感知した。ヘルメットのバイザーに映る視界が、自動的に赤外線モードに切り替わる。だが、部屋に侵入する人影は無い。しかし達也の「眼」は、音もなく突進してくる男の「姿」を捉えていた。

情報から再構成された人影は赤外線の放射を外気温に一致させるステルススーツを着て、超音波で視界を確保している。超音波視覚化ゴーグルは付けていないから、この男の特殊技能なのだろう。さしずめ「コウモリ男」か。

何にせよ、刃を向けてくるなら反撃するだけだ。達也は敵のブレードを右手のナックルガードで弾き、左手で相手の額を掴んだ。その状態で振動魔法を発動。左の掌から振動波を送り込む。高い威力を出せない人工魔法演算領域が生み出した振動波だ。致命傷にはならないが、脳震盪を引き起こすには、十分な強さだった。「コウモリ男」が膝から崩れ落ちる。妙な倒れ方をしたようだが、頭を強打していたとしても、達也はそんなことまで気を遣っていられない。そもそも、そんな暇は無かった。倒れた男の向こう側から次の敵が襲ってくる。それも一人や二人ではない。合計八人。

 

「(限界か)」

 

達也はここまで、警備兵を殺さないように戦ってきた。彼が依頼された仕事はカノープスの脱獄とパラサイトの抹殺。パラサイトではないアメリカ兵の殺害は含まれていない。今更殺人に禁忌は覚えないが、必要の無い遺恨の生産は達也としても好ましくない。だがそれは、ミッションの達成よりも優先されるものではなかった。

外から砲丸が投げ込まれる。陸上競技に使われる、あの鉄の球が、山なりではなく直線状の軌道で達也に襲いかかった。時速二百キロ前後。魔法が働いている様子は無い。射出時のみ魔法で加速したのだと思われる。

弧を描いてカードが迫る。一見、単なるプラスチック製だが、鋭く研がれたエッジは高強度の樹脂でコーティングされている。こちらも、今は魔法が働いていない。カードに施された微妙な反りによってカーブする軌道が標的に交わるよう、魔法でカードのスピードと角度と回転数を調節して撃ち出したのだろう。

いずれも、魔法による探知を避ける工夫が為された攻撃だ。達也は鉄球とカードを「分解」し、八人の襲撃者全員の心臓を撃ち抜いた。足元で動いた殺意に、ナイフを投げ落とす。脳震盪を起こしているにも拘わらず達也にバネ仕掛けのダーツを放とうとしていた「コウモリ男」が、喉を貫かれて息絶えた。最初に倒した赤毛の男に動きは無い。どうやら戦闘は、一段落付いたようだ。達也は部屋の中に蟠ったままの煙幕を、軽い気流を起こして廊下に排出した。

 

「コールサックを、まともに反撃もせず殲滅するとは・・・」

 

倒したテーブルの向こう側に立ち上がったカノープスが、驚きを隠せない口調で呟く。

 

「コールサックというのは、こいつらのチーム名か?」

 

ふとした疑問に駆られて、達也がカノープスに尋ねる。

 

「そうだ。イリーガルMAP・コールサック分隊。ステイツでもトップクラスの非合法暗殺部隊なんだが・・・」

 

カノープスは称賛ではなく、警戒の目を達也に向ける。

 

「暗殺者は奇襲してこそ脅威だろう?」

 

正面から襲いかかってくる暗殺者など恐れるに足りない、と達也は言っているのだが、これは謙遜でも自慢でもなく、会話を繋ぐ為の相槌に近いセリフで、達也が聞きたかったのは別にある。

 

「それより、コールサック分隊は合計で十人なのか?」

 

「あ、ああ。イリーガルMAPにはもう一つ、『コーンネビュラ』という分隊があってここに囚われているが、あれはハニートラップ専門だ。この状況には出てこないだろう」

 

「了解した」

 

達也は部屋の中を『精霊の眼』でスキャンした。罠や伏兵の有無を確かめる為だったが、彼は別のものを見つけた。

 

「少佐。ベッドの下に縛られている者がいる。彼が貴官の仲間ではないか?」

 

カノープスが慌ててベッドに駆け寄り、その下を覗き込む。

 

「ラルフ!」

 

引っ張り出した赤毛の青年――ラルフ・アルゴルは、クスリを嗅がされているのか揺さぶっても目を覚ます気配が無かった。カノープスはアルゴルの戒めを解くと、彼の両足を左腕で抱え込み上半身が自分の背中側に来る恰好で、左肩に担ぎ上げた。

 

「命にかかわる危害は加えられぬようだし、置いて行った方が良いと思うが」

 

「いや、連れて行く」

 

カノープスは達也のアドバイスに耳を貸さない。達也としても「言ってみただけ」に過ぎない。彼は、カノープスを説得しようとはしなかった。その代わり、別のことを尋ねる。

 

「連れて行く部下は一人だけか?」

 

「すまない。もう一人いる」

 

「分かった。急ごう」

 

達也の言葉にカノープスは頷き、アルゴルを担いで走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性だけが収容されていたビルから、特に目立った抵抗も無くアリアナ・リー・シャウラ少尉を助け出す。シャウラ少尉はアルゴル少尉と違って拘束もされていなければ眠らされてもいなかった。達也はかえって罠を疑ったが、罠が有ろうと無かろうと、やることは同じだ。

 

「車を奪う。心当たりは無いか?」

 

エアカーを駐めてある場所まで、少し距離がある。三人を抱えて飛べないことはないが、機動性は大きく低下する。カノープスやシャウラがCAD無しでどの程度銃撃から身を守れるか不透明だし、アルゴルに至ってはまだ意識を取り戻していない。フリードスーツの飛行機能で脱出するのは、できれば避けたいところだ。

 

「兵器庫の前に汎用車があります。私の独房から見えていました。こちらです」

 

達也が何か聞きたそうにしていたのを先取りして、シャウラは達也とカノープスを先導しようとする。

 

「待て。後ろから指示してくれ」

 

しかし達也が彼女を呼び止め、追い越して自分の背後につかせた。シャウラの顔に、戸惑いが過る。初対面の自分に背後を曝す意味が分からなかったのだ。彼女は「どういうことですか」とカノープスに目で尋ねたが、カノープスは首を横に振るだけで答えを返さない。

カノープスは達也の正体に勘付いている。達也の情報は第一級の警戒対象として彼の記憶に刻み込まれていた。だからシャウラ以上に、達也が見せる警戒感の欠如を理解できなかった。達也にしてみれば、単に「後ろも『視』える」というだけのことに過ぎないのだが。

兵器庫の前には、さすがに警備兵がいた。約五十人。一個小隊相当だ。通常警備にしては多すぎる。おそらく、達也たちを待ち構えているのだろう。「視」たところ、かなり力の強い魔法師も混ざっていた。

建物に遮られて物理的な視線は通っていない。だが達也だけでなく、相手もこちらに気付いているようだ。一個小隊の兵士が一斉に銃口を前に向ける。構えている武器は、武装デバイス。展開されている起動式は移動系魔法『弾道曲折』。飛翔体の軌道を一度だけ曲げる、あるいは折り曲げる魔法。主な用途は、遮蔽物の陰に隠れる敵に対する射撃。

達也が『トライデント』を引き抜いて引き金を引く。警備兵の武装デバイスから銃弾が発射されるのと、達也の魔法が発動されるのは、同時だった。警備兵の銃弾は、折れ曲がらずに直進した。達也が「自分の前方百メートル以内の領域で発動している『弾道曲折』の魔法式」を標的にして『術式解散』を放った結果だ。武装デバイスの性質上、フルオートの射撃は無い。幾らCADで自動化されていても、使用する魔法師の処理が追い付かないからだ。三点バーストで発射された銃弾が全て直進、つまり明後日の方向へ消えて、警備兵が再び起動式を出力しようとする。

しかし、その前に達也の魔法が発動された。約五十人の兵士が半数ずつ、僅かなタイムラグで右足の付け根から血を噴き出してよろめく。次の瞬間、左足の付け根からも同じように血を流して一斉に地面へ崩れ落ちる。さらに両腕の付け根にも細かい穴が穿たれて、一個小隊の警備兵は完全に行動力を失った。先程は加減を止める決意をした達也だが、ここで一個小隊を全滅させるのはやはり尾を引くのではないかと考え直した結果だ。

相手が魔法師であれば手足が動かなくても反撃を受ける恐れがある。だが、その時はその時だと達也は開き直っていた。警備兵がとりあえず無力化されたのを見極めて、達也が建物の陰から駆け出す。カノープスとシャウラは、その後ろを強張った表情で付いて行く。スターズの精鋭である二人にとっても、達也の戦闘力はデタラメだった。

シャウラが「分子ディバイダー……ジャベリン?」と呟いたのは、達也の部分分解魔法をスターズ第四隊ゾーイ・スピカ中尉が使う『分子ディバイダー・ジャベリン』と勘違いしたからだろう。確かにもたらされる結果はよく似ている。

西の空に残光も薄れ闇に支配されつつある空の下で、達也たち四人は汎用四輪車に駆け寄った。運転席にカノープス、後ろにシャウラと、まだ目覚めていないアルゴルが乗り込む。達也は知覚に倒れている兵士たちからいくつかの武器を回収して、助手席の横に立った。

カノープスが訝しげに乗車を促す視線を向けた先で、達也はCAD『トライデント』を兵器庫に向けた。

 

「(――無人を確認。対象物の素材情報を取得)」

 

銃器や戦闘車両を部品に分解するような場合には、対象物の機械的な構造を情報として取得する必要がある。その情報量は、対象物が複雑になる程、そして大きくなる程、膨れ上がる。『再成』の場合は、対象物の構造と素材の組成情報の両方が必要になる。

だが対象物を元素レベルに分解する『雲散霧消』の場合は、素材の組成情報だけで処理可能だ。対象のサイズや機械的な複雑さは無関係。大規模な物体を「分解」する場合は、部品に「分解」するより元素レベルに「分解」する方がむしろ、達也にとって負担は小さい。

達也は兵器庫と、格納されている兵器の全てを対象として『雲散霧消』を発動した。三階建ての窓がない建物の輪郭がぼやけ、次の瞬間、幻のように消え去る。

兵器庫跡に、粉塵が舞う。押し寄せる粉塵に、シャウラが慌てて車の窓を閉める。達也は素早く助手席に乗り込み、目を見開き絶句しているカノープスに「出してくれ」と声を掛けた。



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監獄侵入3

監獄の敷地内と敷地外をつなぐゲートの前には、兵器庫前と同等の人数の警備兵が配置されていた。だが達也の対応は、先程とは異なっていた。達也は通信を入れる。

 

「凛。砲撃してくれ、座標はゲート付近。進路先には撃つなよ」

 

『了解。でも砲弾の行き先は神にでも祈っているんだね』

 

「おいっ!?」

 

砲撃と言う言葉に焦るカノープスを無視し、達也は前方を慎重に見る。すると上空から降ってきた砲弾を敵の魔法師が干渉しようとするが砲弾を捕らえた『ベクトル反転』の魔法を達也はノーアクションで「分解」した。

魔法運用の原則として、同一の物体や現象に対して同時に複数の魔法を行使してはならないとされている。もしこの原則に反したならば、多くの場合必要となる事象干渉力が上昇して魔法師に余計な負担をもたらす上に、成功する魔法は一種類だけだ。より悪い結果として、試みられた全ての魔法が失敗に終わることも少なくない。

正規軍のようなよく訓練された戦闘集団では、この原則が厳しく守られている。今のケースでも、砲弾の到達を阻止する為に動いた魔法師は一人だけだ。

その魔法が無効化された。この思いがけない展開に動揺しながら、警備兵側は一目散に退散した。重量1200kgにもなる徹甲弾3発が外に出るゲートを綺麗に避けるように周囲に着弾する。10m以上の土煙が警部兵の頭上に思い切り降り注ぎ兵士たちの視線が、達也たちを乗せた車から外れる。けたたましいクラクションの音に彼らが顔を上げた時には、小型ながらも見るからに頑丈な汎用四輪車が目の前に迫っていた。

一列横隊を組んでいた警備兵は、反射的に四輪車の進路から逃げ出してしまう。横列を作っていた兵はゲート前に集まった警備兵の、約四分の一。残る四分の三の兵士たちが、四輪車に銃弾を浴びせる。

しかし、達也が盗んだ車は汎用車とはいえ装甲付きの軍用車輌だ。銃弾も、命中しているのは全体の十パーセント程度。警備兵の銃弾は、装甲に支障を来すダメージを与えられない。カノープスが運転する四輪車は達也が鉄扉を消し去ったゲートを通り抜けて、監獄の敷地を脱出した。

 

「今の砲撃は・・・」

 

カノープスの問いに達也は答える事なく南の方角を向いていた。恐らくは南に達也の言う協力者がいるのだろう。

 

ミッドウェー監獄の敷地を脱出した後、追い掛けてくる車輌もヘリも無かった。アメリカ軍が侵入者と脱獄犯を見逃すとは思われないから、体勢を立て直している最中なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ」

 

エアカーが見えたところで、達也はカノープスに四輪車の停止を指示する。彼はエアカーの運転席に乗り込んで、ドアを開けたままカノープスとシャウラに叫んだ。

 

「乗ってくれ」

 

二人は愚図愚図と戸惑ったりはしなかった。カノープスが後部座席からアルゴルを引きずり出し、肩に担いでエアカーに駆け寄る。シャウラがエアカーの後部座席に乗り込んで、中から意識の無いアルゴルの乗車を手伝う。

 

「ドアは閉めなくて良い」

 

達也の注意に頷いて、カノープスはSUVに似た車体を回り込んで助手席に座った。達也の操作で、四枚の扉が一斉に閉まる。

 

「これは何だ?水陸両用車か?」

 

窓がはめ殺しになっている上、通常の自走車であればトランクになっているスペースに正体不明の機械が据え付けらた車内を見回して、カノープスが思わず尋ねた。

 

「いや」

 

答えながら、達也は飛行魔法を発動する。

 

「空陸両用だ」

 

カノープスは息を呑み、シャウラが小さな悲鳴を上げる。それをBGMに、達也はエアカーを急発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻り、凛がF-141と対峙した時に戻る。

 

「・・・見つけた」

 

凛はレーダー担当の付喪神の情報からホーンドアウルを視認した。

 

「さて・・・久々に()()やりますか」

 

そう呟くと凛は持ってきたヤマトに柘榴石の杖を差し込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドウェー島付近に突然現れたアンノウンの確認の為にUSNA海軍空母『シャングリラ』から発艦したホーンドアウル3機はアンノウンの確認とミッドウェー基地に攻撃を加えている正体の確認をしようとした。

そしてアンノウンが見えかけた時、三機のうち戦闘を飛ぶ隊長機に振動が起こる。何事かと機体の後ろを見ると衝撃を受けた。

 

仮面をつけた生身の人間がキャノピーの後ろに立っていたのだ。

 

「!!!!????」

 

パイロットたちは驚きのあまり声すら出す事ができなかった。

音速に近い速度で飛んでいるのにも関わらずなぜ立っていられるのか。

一体どこからこの人間は落ちてきたのか。

そんな事で思考が真っ白になると仮面の人間が手を上げた次の瞬間、パイロットは緊急脱出している事に気がついた。

 

 

 

 

モンタナから空に向かって飛んだ凛はそのままホーンドアウルの一機に足をつける。

加重系魔法『杭撃ち』で体を機体に固定すると。次に機体を真っ二つにする神道魔法を撃ち込んだ。

 

雷針 針千砲(らいしん はりせんぼん)!!」

 

そう叫ぶと凛の手から無数の光球が機関銃のように放たれ、機体を中央から真っ二つに圧し折った。堕ちてゆく機体からパイロットが脱出したのを確認すると凛は残りの二機を見る。

 

「さて、残りも纏めて落とそう」

 

そう呟くと凛はヤマトの照準を残りの二機に向ける。

 

「竜弾 斉射!!」

 

そして銃口の宝珠から放たれた二つの光球はそれぞれ機体を撃ち抜き、パイロットが二つのパラシュートを出しながら海に落ちるのを確認した。

 

「さて、移動しますか」

 

機体が落ちるのを確認した凛はモンタナに戻り、船体を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミスター司波のエアカーから帰還のシグナルが発信されました」

 

通信士の言葉にざわめきを堪えられなかったのだ。

 

「出撃から三十分、実働時間二十分か・・・。ミッドウェー監獄の被害状況は分かるか?」

 

原子力潜水空母『バージニア』の艦長、マイケル・カーティス大佐が情報スタッフに尋ねる。

 

「対艦砲、対空砲座、対人銃座は全て破壊されているようです。また兵器庫が消滅しています」

 

スタッフがすらすらと答えを返したのは、カーティス艦長があらかじめミッドウェー監獄の情報収集を命じていたからだ。

 

「監獄ビル自体に被害は無いのか?」

 

艦長が少し意外そうな口調でスタッフに問い返す。

 

「大きな被害は認められません。強いて言えば南側の海岸、それとゲートに大量の砲撃の穴が空いた程です」

 

「(案外大人しい結果だな・・・)」

 

心の中で呟き、カーティス艦長はすぐに「いや」と思い直した。

 

「(限定的な被害はこの場合、攻撃側に余裕があった証拠と解釈すべきだ。ミッドウェーは軍事刑務所であると同時に、パールアンドハーミーズを補完する補給基地。それを、手加減しながら僅か二十分で、実質的に陥落させた・・・。タツヤ、君が伯父の客でなければ『バージニア』の全力を以て沈めているところだぞ。君とは今後も良好な関係でありたいものだ)」

 

達也の恐ろしさを認識したのと同時に、仲間であるならこれ程頼れる魔法師はいないと、カーティス艦長は一人納得していた。

 

「急速浮上、スタンバイ。フライトデッキ、『エアカー』の着艦準備。それからこのことを、ミスター新発田にお伝えしろ」

 

カーティス艦長は穏やかならぬ心の裡を隠して、現在与えられた役割を果たすべくクルーに命令を下した。

帰還シグナルが発せられてから、およそ七分。『バージニア』が潜む海域上空にエアカーが姿を見せる。夜の海に『バージニア』の巨体が浮上した。エアカーはその上空を旋回するのではなく、浮上する原潜空母の真上に移動し、静止した。『バージニア』の外殻がスライドし、フライトデッキが姿を見せる。エアカーは垂直に降下し、フライトデッキに音も無く着艦した。

クルーが駆け寄る。まずカノープスが助手席から、続いてシャウラが右側の後部ドアから甲板に降り立った。カノープスが意識の無いアルゴルを車内から引きずり出す。それを、駆け寄ったクルーが手伝い、担架に乗せた。達也がエアカーから降りてきたのは、その後だった。

 

「まずはミッションの第一段階成功、おめでとう」

 

エアカーの補給――大容量キャパシタの充電――を始めたクルーの背後から姿を見せた勝成が、達也の声をかける。

 

「ありがとうございます」

 

達也はヘルメットのバイザーを開いて勝成の祝辞に応えた。

 

「すぐに再出撃するのだろう? 本家への報告は任せておきたまえ」

 

「よろしくお願いします」

 

勝成の申し出に、達也は軽く頭を下げる。

 

「もし可能でしたら、カノープス少佐救出を巳焼島にも伝えていただけませんか」

 

そして顔を上げ、勝成にこうリクエストした。

 

「残念ながら、それは無理だ。巳焼島には精神感応通信の受け手が配置されていない」

 

今回の作戦で本家への報告は、精神感応者の特殊技能を利用して行うことになっている。これだけの遠距離通信が可能なのは精神感応能力の持ち主は四葉家配下にも数人しかおらず、全員が本家直属だ。今回は本家が勝成にその貴重な能力者を貸し出した格好になっている。

 

「そうでしたね」

 

「本家宛の通信に、巳焼島への伝言依頼を加えさせておく」

 

勝成は達也にリクエストに応える代わりに、巳焼島の深雪とリーナへ報告を転送するよう念を押させると約束した。

エアカーの急速充電を終えた達也は、着艦から十分足らずで再出撃した。本家への精神感応通信は、その直後に行われた。そしてカノープス救出の報は、すぐに本家から巳焼島に伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドウェー襲撃の報を受けた直後から、パールアンドハーミーズ基地では慌ただしく出撃の準備が進められていた。当初の目的はミッドウェー基地を襲っている敵の撃退。だがカノープス少佐、アルゴル少尉、シャウラ少尉を拉致した襲撃犯が小型飛行機械でサンド島を脱出したとの追報が入ってからは、出撃戦力をそのままに、対空・対潜駆逐艦および戦闘機による犯人追跡へとミッションが切り替わった。

出撃する軍人も基地に残る軍人も皆が慌ただしくしている中、軍人ではないレイモンドは水波の病室にいる光宣を訪ねていた。

 

「ミッドウェーを襲ったのは達也だろ?」

 

開始されようとしている作戦に関係する話題だから雑談とは言えないかもしれないが、レイモンド本人は明らかに興味本位だ。その質問に、光宣は「多分ね」と頷いた。

 

「ここまで完璧に魔法の痕跡を隠せるのは達也さんくらいだ」

 

「光宣以外には、じゃないのか?」

 

「僕は誤魔化しているだけだよ。達也さんみたいには、上手く隠せない」

 

「ああ、そう」

 

からかうようなレイモンドのセリフに、光宣は真面目な顔で頭をふった。その反応に、レイモンドが白けた顔で相槌を打つ。

 

「まぁ、いいや」

 

だが彼はすぐに、どこか楽しげな顔つきに戻った。現在の状況は波乱含みで、『七賢人』レイモンド・S・クラーク好みの展開なのだろう。

 

「アンタレス少佐とサルガス中尉も駆逐艦『シュバリエ』で出撃するそうだ。・・・あれ?『シャバリア』だっけ?」

 

光宣はどちらでも良いと思ったが、レイモンドはそのままにしておけなかったようで、携帯端末を取り出して検索を掛けている。

 

「ああ、やっぱり『シュバリエ』だ。それと『シャングリラ』も一緒に出航するって。艦載機の『ホーンドアウル』も十機以上出撃させるみたいだよ」

 

「それ、本当!?」

 

『シャングリラ』はパールアンドハーミーズ基地を母港とする空母で、基地の飛行場の役割も担っている。『ホーンドアウル』は、F-141のコードを持っているステルス性能に優れたマルチロール機で、『シャングリラ』の主戦力艦載機だ。『シャングリラ』が搭載する『ホーンドアウル』の総数は六十機。その内の六分の一以上を出撃させるというのだ。光宣が驚くのも当然だった。

 

「それだけ達也を危険視しているってことだろ。既に先遣隊として向かった3機が全部撃墜されている時点で妥当な判断だと思うけどね」

 

レイモンドのこのセリフに、光宣は反論しなかった。光宣は達也と対人レベルの魔法戦闘しか行っていないが、達也の真価が戦術レベル以上の大規模戦闘にあるということを直接対決で感覚的に理解していた。たった今、ミッドウェーで起こったことが証明している。たとえ戦略級魔法を使わなくても、達也は軍事基地を破壊しうる脅威だ。USNA軍の対応は決して大袈裟なものではない。

 

「この基地だって達也を阻めるとは思えない・・・。ああ、『シュバリエ』と『シャングリラ』が出港したみたいだね。アンタレス少佐とサルガス中尉が離れていく」

 

病室かの窓から港は見えないが、パラサイト同士をつなぐチャネルからレイモンドはそれを感じ取った。

 

「光宣、今しかないと思うよ」

 

「何が?」

 

思わせぶりなレイモンドのセリフ。問い返しながら、光宣はレイモンドの言いたいことが何となく分かっていた。

 

「達也がここまで来れば、今度こそ逃げられない。君は、彼と争うつもりはないんだろう? だったら今がチャンスだ。今ならこの基地にはスピカ中尉しか残っていない」

 

レイモンドが言っていることは正しい。この海上基地――人工島の上に、逃げ場はない。何処に隠れていても達也の「眼」からは逃げられないだろう。『仮装行列』も『鬼門遁甲』も、ここでは狭すぎて役に立たない。逃亡を続けるつもりなら、海に出るしかない。しかし光宣は、力なく頭を振った。

 

「・・・駄目だ。今はまだ、水波さんを動かせない」

 

水波は先日の無理な魔法行使で受けたダメージから、ほとんど回復していない。彼女が一日の大半を眠って過ごしているのは、意識の活動を抑えることで無意識領域への刺激を抑え魔法演算領域の暴走を鎮静化させる為の自己防衛機能が働いている為だ。外部から強い刺激を加えれば意識が強制的に覚醒し、それが引き金となって魔法演算領域のオーバーヒートに見舞われる可能性が高い。

 

「じゃあ、光宣だけでも逃げるべきだ。生きてさえいれば、彼女を取り戻す機会があるだろう」

 

光宣は意外感に目を瞬かせた。レイモンドの態度は、何時もの何処か冷笑的な、何事に対しても見世物を面白がっているような斜に構えたものではない。どういう訳か、自分と水波のことを親身になって心配しているように、光宣には思われた。

 

「いや・・・無理だよ」

 

だが光宣は、レイモンドの言葉に頷けなかった。ここで水波を手放せば、二度と手は届かないと彼は感じている。達也も深雪も、それほど甘い相手ではない。もう二度と、付け入る隙を見せないだろう。

何より、まだ水波と離れたくなかった。水波を治す為ではない。水波の症状を悪化させた責任を取る為でもない。端的に言うのなら、それは未練だった。



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太平洋上の戦闘

レイモンドは強引に彼を勧めなかった。どういった心境の変化か彼は本気で光宣のことを心配していた。

 

「・・・分かった。だったら、僕も付き合うよ」

 

「はっ!?いや、それはまずい!」

 

レイモンドのセリフは、光宣を驚愕させた。

 

「レイモンド、君こそ逃げなきゃならないだろう!もし君が達也さんに捕まりでもしたら、ディオーネー計画はパラサイトの陰謀ということにされてしまう!」

 

パラサイトとディオーネー計画に直接の関係は無い。しかし達也なら、自分に向けられた陰謀を叩き潰す為に、事実を簡単に捻じ曲げてしまうだろう。その程度のことは躊躇いなくやってのける恐ろしさを、光宣は達也に感じていた。

 

「そんなことになったら、君や君のお父さんだけの問題ではなくなってしまう。アメリカの信用問題、延いては世界秩序の動揺に発展しかねないよ!」

 

光宣はずっと個人的な感情で動いてきた。その為に人の道を外れても、人であることを外れても、後悔はしていない。だが世界中に迷惑をかけることなど、彼は望んでいなかった。

 

「良いさ。それも面白い」

 

レイモンドは、無邪気な顔で笑って見せた。その表情は、光宣の言葉を理解した上でのものだった。

 

「レイモンド!」

 

「僕だってもう人じゃない。人の世界がどうなろうと、どうでも良い。それにディオーネー計画が国家ぐるみの陰謀だったのは事実だ。アメリカが世界から非難されても、自業自得さ」

 

「しかし・・・」

 

「光宣」

 

光宣の反論を遮り、レイモンドがニヤリと笑う。

 

「国家や世界の動向よりも、僕は君の行く末を見届けたくなった」

 

思いがけないセリフに、光宣が目を見開く。

 

「君たちは、何て言うか・・・すごくロマンチックだ。どんな映画のカップルよりも、君たちを見ているとそう思う。正直言って、凄く羨ましいよ」

 

「・・・」

 

「だから僕は、君たちの物語の結末が知りたい。そして僕は、それがハッピーエンドであって欲しい」

 

レイモンドが、照れ臭そうに笑う。そもそも水波が光宣についてきた本当の理由を知らないから言えることではあるが、そのことを訂正できる人間はこの場にはいない。

 

「君たちがちゃんとハッピーエンドを迎えられるように、光宣、君は今、逃げるべきだ」

 

「レイモンド・・・」

 

偽情報を操り、パラサイトを再びこの世界に招いたレイモンドと、人であることを捨て、愛してくれた祖父を殺め、多くの混乱を引き起こした光宣。そんな二人であるにも拘わらず、今、この空間に流れる空気は優しかった――しかし世界は、優しいだけでは終わらない。

 

「それは困ります」

 

突然の声と、扉が勢いよく開いた音に、光宣とレイモンドがハッと振り向く。彼らは会話に没頭していた。少なくとも、他に意識が向いていなかった。その所為で、迂闊にも、接近する同族の気配に気づけなかった。

振り向いた二人が見たものは、右手の人差し指を突き出したゾーイ・スピカの姿。血飛沫が舞う。

 

「光宣!」

 

ドアを開けると同時にスピカが放った『分子ディバイダー・ジャベリン』が光宣の胸を貫いたのだ。

 

「致命傷ではありません」

 

「あんた、何を!?」

 

食って掛かるレイモンドに、スピカは冷ややかな目を向ける。

 

「黙りなさい」

 

「――っ!」

 

「ステイツに害を為すことは許されません。貴方たち三人には、今すぐここから移動してもらいます」

 

「何故ですか・・・?」

 

光宣が前のめりの体勢で胸を押さえながら、苦しげに尋ねる。

 

「九島光宣。レイモンド・クラーク。連邦軍が貴方たちパラサイトを匿ったことの証拠を日本人に捕まれると、ステイツにとって外交上不利な材料になってしまいますから」

 

「・・・水波さんはまだ安静が必要です。貴女たちの奇襲で彼女はこうなったんですよ」

 

「貴方がここに来なければ起こらなかったことです」

 

光宣の訴えを、スピカは一蹴した。彼女の言うことはある意味でその通りであり、光宣はそれ以上スピカに何かを言えなくなってしまった。水波はパラサイトではなく巻き込まれただけだということをスピカも理解はしているが、その上で、背後に控える兵士たちに入ってくるよう合図をする。病室に踏み込んだ兵士は四人。彼らは光宣とレイモンド、水波に銃口を向けた。

 

「大人しく着いてくるなら殺しはしません」

 

「――僕たちだけなら、ついて行っても良かった」

 

光宣が身体を起こす。その声に苦痛は無く、押さえていた手を除けた胸には血の跡しかない。

 

「お前!?」

 

傷が消えていることに気づいたスピカが、慌てて魔法を組み立てる。だが彼女はそれ以上、何もできなかった。悲鳴を上げることすらできなかった。

スピカの身体が燃え上がる。部屋に押し入った兵士の身体が燃え上がる。

 

放出系魔法『人体発火』

 

人体の魔法的防御を無効化した上で、細胞を構成する分子から強制的に電子を抜き出して体外に放出する。皮膚上で起こる放電が人体自然発火現象のような外観を呈するころから『人体発火』と名付けられているが、実態は分子間結合に用いられている電子を奪い取ることにより分子レベルで細胞を崩壊させる、恐るべき魔法。光宣の魔法発動速度はスピカのそれを上回り、良く訓練された兵士が引き金を引く速度を上回った。

病室に火が燃え移ることはなかった。無論、水波のベッドにも、水波本人にも。光宣は『人体発火』と同時に、それによって発生する放電も完璧に制御していた。

スピカと四人の兵士が、わずかな時間で跡形も無くこの世界から消え失せる。「灰」の中から、パラサイトが抜け出した。スピカに宿っていたパラサイトの本体だ。光宣はそれをあっさり捕えて、自分の中にストックした。

 

「・・・レイモンド」

 

光宣が、感情の欠落した声でレイモンドの名を呼ぶ。

 

「あ、ああ」

 

「僕は此処にもいられないようだ。一緒に脱出しよう」

 

「・・・分かった」

 

レイモンドは、様々なセリフを呑み込んだ表情で頷いた。

 

「少し、廊下で待っていてくれないか」

 

「・・・良いよ」

 

レイモンドが言われた通り、病室を出ていく。ドアに手をかけ、気遣わしげに振り向いたレイモンドの視線の先には、水波の枕許に哀しげな表情でたたずむ光宣の姿があった。

この夜、パールアンドハーミーズ基地に、花火のような灯火が無数に点った。灯火の数は、人の命の数だった。光宣とレイモンドは修理を終えた輸送艦『コーラル』に、恐怖で支配下に置いた基地の生き残りを乗せて、パールアンドハーミーズ基地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦『シュバリエ』で出撃したアンタレス少佐とサルガス中尉は、スピカ中尉の死をほぼリアルタイムで知った。

 

「隊長・・・」

 

「無理だ。それに、意味が無い」

 

サルガスの口にされなかった問いかけに、アンタレスはこう答えた。サルガスはその判断に、異を唱えない。彼も無理であり無意味だと分かっていたから「引き返しますか?」とはっきり言葉にしなかったのだ。

ミッドウェー襲撃犯を放置することはできない。掛かっているのは連邦軍の面子だけではない。一人でミッドウェーを陥落させた戦闘魔法師は、今見せている実力だけでもすぐに対処しなければならない脅威だ。ましてやそれが「灼熱のハロウィン」を引き起こした戦略級魔法師と推定されるならなおのこと。作戦を中止してパールアンドハーミーズ基地に引き返せなどと、言えるはずがない。既にこちらはF-141を3機を失っている。意地でも襲撃者を捕まえる必要があった。

それにもう、スピカ中尉は死んでいる。彼女に宿っていた本体は何処かに行ってしまったが、その内、自分たちの所に引き寄せられてくるだろう。自分たちは、パラサイトとはそういうものだ。今できることは、何も無い。

彼らは犠牲者はスピカだけではないと知っていたら、すぐに反転・帰還することを艦長に具申しただろう。パールアンドハーミーズ基地を襲っているカタストロフィを止めようとしたに違いない。だがアンタレスにもサルガスにも、達也や光宣のような「視力」は無かった。魔法的な知覚を後方に集中していれば死をまき散らす光宣の魔法に気づけたかもしれないが、彼らの意識は西、ミッドウェーとその彼方に向けられている。それに破局が待ち構えているのは、後方だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バージニア』から再出撃して、およそ八分後。パールアンドハーミーズ環礁の西・約百キロの空域で、達也は敵に遭遇した。

闇に溶け込む戦闘機とすれ違う。通常の航空機なら、ニアミスと表現される距離だ。エアカーのレーダーに反応は無かった。相手も高いステルス性能を有しているようだ。

エアカーの電磁波迷彩は可視光に対しても有効だが、透明化には程遠い。観測者からは、天候・明るさに合わせた煙幕に包まれて飛んでいるように見えるだろう。例えば今のように、晴れた夜空なら群青色のもやもやした塊に見えているはずだ。目の良いパイロットならば、これだけ接近すれば気付いたかもしれない。

達也は『バージニア』から借りてきた無線機のスイッチを入れた。アメリカ海軍で使用されている周波数がプリセットされた無線機が、艦載機同士の交信を拾う。

 

「(UFO?)」

 

スピーカーから「UFO」というフレーズが聞こえてきた。達也は心の中で首を傾げたが、すぐに自分が操縦するエアカーのことだと気づく。靄に包まれ熱を発していない――厳密に言えば外気温と同じ周波数の赤外線を放出している――エアカーは、確かにUFOだろう。

しかし、呑気に感心している場合ではなかった。米軍機が「UFO」という表現でこのエアカーのことを伝えあっているのであれば、つまりは捕捉されるということだ。ダッシュボードのモニターは、一枚の画面をフレキシブルに分割して様々なデータや画像を表示する。その一部が、戦闘機の照合結果を示していた。

 

「(F-141『ホーンドアウル』か)」

 

現在のアメリカ空軍主力戦闘機『クラウンドホーク』に総合力では劣るものの、ステルス性と低速性能を両立させた機体として艦載機に好まれている、というのが達也が耳にする世間の評価だった。

心情的には、空母など無視して水波の救出に向かいたい。だがエアカーと艦載機の速度差を考えると、ここで叩いておくべきだという結論になる。運動性能では負けていないが、音速を超えられないエアカーでは、直線で追い掛けられるとすぐに捕捉されてしまう。

 

「(あまり米軍の被害を大きくしたくはないが・・・)」

 

自分が墜とされる可能性はまるで考えず、達也は飛行デバイスとは別に装備されている車載CADのスイッチを入れた。狙いをつけるのは彼自身の「眼」だ。二機の『ホーンドアウル』がエアカーを挿み込むように、わずかな高度差を付けて接近してくる。達也はエアカーを垂直に降下させた。その残像を機銃弾が貫いていく。

先に発砲してくれたことで、達也は少し気が楽になった。――やることは結局、変わらないのだが。頭上ですれ違った二機以外にも、八機の『ホーンドアウル』が二機ずつ、四方から近づいているのが「視」える。同時に墜とすこともできないわけではないが、順番に処理していくべきだろう。達也は二機の『ホーンドアウル』に『雲散霧消』を発動した。パイロットとイジェクションシートを残して、戦闘機が塵となり霞となって消える。ベイルアウト機構が作動したわけではないので上手くパラシュートが開くかどうか達也は懸念していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。パイロットはパラシュートにぶら下がって夜の海面に下りていく。季節と経度的に、命の心配はいらないと思われる。

新たに接近した『ホーンドアウル』の内の一機がエアカーにミサイルを発射した。熱でも電波でも磁気でもこちらを探知できていないはずだ。無線誘導ミサイルだろうか? 下の海には同僚がいるのに無茶をする。達也はそう思った。

彼は一基のミサイルと八機の戦闘機を、同時に「分解」した。無線機が悪魔を罵る声を拾う。落ちていくパイロットの悪罵を聞きながら、達也は空母とそれに従う艦載機を探してパールアンドハーミーズ環礁方面へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタレス少佐とサルガス中尉は戦闘指揮所に招かれていた。

 

「これは・・・飛行魔法による航空機械と思われます」

 

艦橋ではなくCICで指揮を執っている艦長の問いかけに、サルガスが少し自信なさげに答える。彼が見ているモニターの中では、『シャングリラ』の艦載機からついさっき送られてきた短い映像の再生が終わっていた。

 

「中尉。そんな物が実用化しているのか?」

 

「小官が知る限り、我が軍ではまだ実用化しておりません」

 

「アンタレス少佐は如何です?」

 

艦長がサルガスからアンタレスに視線を転じる。

 

「小官も同じです、艦長」

 

「そうすると、このUFOは日本の物ですか」

 

「同感です」

 

飛行魔法を開発したのはFLT。ならば飛行魔法を利用した未知の航空機械は日本の実験機であると考えるのが妥当な推理と言える。

 

「日本軍が何故、ステイツの基地を攻撃するのだ・・・」

 

「相手が日本軍とは限らないでしょう」

 

艦長が漏らした呟きに、アンタレスが反論する。

 

「飛行魔法を開発したのはトーラス・シルバー・・・司波達也です。彼はあの『四葉』の中枢メンバーだ。『四葉』が独自に開発した機体である可能性は低くないと考えます」

 

『F-141、全機沈黙。適性飛翔体、依然レーダーに反応なし』

 

「可視光観測の感度を上げろ!」

 

艦長が苛立った声でAIに命令を下した。既に全てのセンサーは最大感度でUFOの捕捉を試みている。艦長の命令は可視光観測機器に過大な負荷を掛けるものだが、ここで一々「センサーが焼き付く恐れがある」などと口答えしないのは、軍事用AIならではだろう。

 

『――UFOを発見。距離二NM』

 

「何っ!?」

 

距離二海里。約三・七キロ。その報告に艦長が声を上げた直後、けたたましく警報が鳴った。スクリーンにダメージ状況が表示される。艦首から中央に掛けての機関砲、対空レーザー砲、対空・対潜ミサイルランチャーが全て破壊されていた。

 

「前甲板の映像を出せ!」

 

どうやらカメラは無事だったようで、メインスクリーンに上部構造物から見た艦首方向の映像が映し出される。銃座やランチャーからの出火はない。機関砲やレーザー砲は跡形も無く、ミサイルランチャーは抉り取られたように消滅している。

 

「なんだ、これは・・・」

 

『本艦は対空戦闘能力を喪失しました』

 

「あり得ない・・・。一瞬で本艦を無力化しただと!」

 

辛うじて魚雷の水中発射管が残っている状態だ。艦長の叫びは、大げさではなかった。そしてその悲鳴と同調するように、甲板上の映像がブラックアウトした。

 

「どうした!?」

 

『光学観測機器が破壊された模様』

 

艦体管理AIの落ち着き払った声。AIの声に込められた感情はあくまでもプログラミングされた物で、クルーの精神の安定を乱さないように設計されている。だがこの時はその口調が、艦長の神経を無性に逆撫でした。

 

「誰でも良い!甲板に上がって状況を報告せよ!」

 

艦長が、明らかに平常心を失っていると分かる命令を下す。その命令に応えたのは、アンタレスだった。

 

「艦長、我々が行きます」

 

「・・・お願い出来ますか」

 

「アイ、サー」

 

艦長は落ち着きをやや取り戻した口調でアンタレスに依頼すると、アンタレスとサルガスは、海軍流の敬礼で応えた。



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基地の異変

一隻で突出した駆逐艦『シュバリエ』を発見した達也は、最初、一撃で沈めようと考えた。この艦の後ろにはおそらく、空母とその護衛艦が控えている。一隻一隻に時間を掛けていては、また水波を連れていかれてしまう可能性がある。

水波の情報はマークし続けているので、逃げられても見失う恐れはない。だが水波の病気が悪化したのも、達也は情報次元経由で知っていた。つい先程、『バージニア』を再発進する直前に確認した時は何故か状態が改善していたが、油断はできない。連れ回されている最中に、病状が決定的に悪くなるかもしれないのだ。急がなければならなかった。

にも拘わらず、達也は方針を変えた。艦を沈めるのではなく、達也自身が乗るエアカーに対して無力化するに留めた。砲塔もランチャーも無くなった甲板にエアカーを下ろし、車外に出る。夜空の下に立った達也に歩み寄る二つの人影。

 

「待っていたぞ、パラサイト」

 

達也が方針を変えた理由は、駆逐艦の中にパラサイトの存在を「視」たからだった。駆逐艦ごと海に沈めてしまうと、発見に手間取ってしまう。それを嫌ったのだ。

投げ掛けられたセリフで達也の目的――パラサイト殲滅の意志を覚ったのだろう。アンタレスがいきなり魔法を放った。

魔法の面で見たパラサイトの特徴は、多様性の後退と発動速度の飛躍的向上だ。アンタレスの『ニュクス』は達也の対抗魔法よりも先に完成し、魔法的な視覚を阻害する精神干渉フィールドで達也を分厚く覆った。しかし次の瞬間、『ニュクス』の闇は、音も無く砕け散った。

 

「――何故だ!?」

 

アンタレスの口から理不尽を詰る声が漏れる。魔法的な視覚を遮られれば、起動式も魔法式も「視」えなくなる。打ち消すべき魔法を「視認」できなければ、対抗魔法も照準を合わせられない道理だ。

 

「(『ニュクス』。確かに厄介な魔法だ)」

 

達也はアンタレスの疑問に答えない。だが心の中では、彼の魔法の威力を認めていた。

 

「(だが視覚イメージを認識できなくても、何があるか分かっていれば「分解」は容易い)」

 

確かに『ニュクス』の完成によって視覚的なイメージ形成は妨げられた。だが『ニュクス』が完成するまでの過程は「視」えていた。一瞬の過去に「視」た「情報」から現在の「情報」へとたどり着くことが達也には可能だ。その「情報」を『術式解散』で分解することも。達也の力を『ニュクス』で封じるつもりなら、魔法の発動を気取らせては駄目なのだ。完全な奇襲でなければ、達也に『ニュクス』は通用しない。

アンタレスの魔法が破られたからか、それとも予定の連係だったのか、サルガスが達也に攻撃魔法を放った。やはり達也が魔法を無効化するより速く、サルガスの魔法が達也の精神に襲いかかる。ディテールの無い、影のような狼の群れ。いや、これはコヨーテだ。黒く塗りつぶされた無数のコヨーテが達也の心に牙を突きたてようとする。サルガスが得意とする精神干渉系魔法『イケロス』。

ギリシャ神話における夜の女神『ニュクス』の子である『オネイロス』――夢の支配者の一族。その中で獣の形をとる夢『ポベートール』の別名『イケロス』の名を持つこの魔法は、獣の幻影で相手の精神にダメージを与える魔法だ。悪夢の牙に噛まれ心を食いちぎられたという幻覚が、相手の精神を衰弱させる。

だがサルガスにとっては残念なことに、『イケロス』は『ニュクス』と同じ結末を迎えた。魔法の完成はサルガスが達也に先んじた。だがサルガスの『イケロス』は効果を発揮する前に、達也の『術式解散』で消し去られ無効化された。

達也が右手でCAD『トライデント』を抜く。アンタレスとサルガスは、諦めずに精神干渉系魔法の攻撃を繰り出し続けているが、達也はそのことごとくを魔法式の分解によって無効化する。スーツ内蔵のCADを使って、達也は『術式解散』を放ち続ける。

 

「あり得ない!」

 

「何故だ!?」

 

嘆きと怒りを口から吐き出すパラサイト。心の乱れが魔法の連射に空白をもたらす。その隙を逃さず、達也は『トライデント』の引き金を引いた。

 

「(『雲散霧消』、発動)」

 

アンタレスとサルガスの肉体が、不確かに揺らめく。海風が彼らの身体を呑み込み、二人の肉体は空と海に散った。そしてその後に残る、二体の「パラサイト」。人をパラサイトに変化させる、妖魔の本体。

 

「(霊子情報体支持構造を認識)」

 

パラサイトの本体は、想子の繭に包まれた霊子情報体。いや、繭と言うよりゼリーか。核となる霊子情報体を保護する想子の塊自体は不定形だが、それとは別に、霊子情報体をこの世界に存在させている想子情報体の支持基盤がある。その、支持基盤となる想子情報体を、定まった形を持たない想子塊の中から見つけ出す。「霊子情報体をこの世界に存在させている」という作用から、達也はその構造を間接的に読み取った。

 

「(霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』、発動)」

 

霊子情報体・パラサイトがこの世界に存在する為の足場を破壊。存在の基盤を失った霊子情報体が、この世界の外へ落ちていく。この世界から追放される。二体のパラサイトは「あの世」へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パラサイトを葬った達也は、駆逐艦『シュバリエ』にそれ以上の手出しをしなかった。関わる時間を惜しみ、関心を無くした。エアカーに乗り込み、『シュバリエ』の甲板から飛び立つ。途中、空母とそれを守る二隻の護衛艦を見つけたが、達也はそれを無視するつもりだった。

だが残念ながら、相手の方が素通りさせてくれなかった。護衛の駆逐艦の甲板上で、可動式のミサイルランチャーがエアカーの方へ向く。方向がズレているのは、レーダーが役に立たないからだろう。近距離レーザー砲を使わないのも、おそらく同じ理由だ。

このままフルスピードで飛び抜ければ、駆逐艦の攻撃からは逃れられる。亜音速までしか出ないとはいえ、可視光による照準で高速飛翔体を捉えられるような設計にはなっていないはずだ。

しかしすぐに空母から艦載機が上がってくる。今度は確実に、先ほどの十機よりも多い。空中戦になって、短時間で決着を付けられる見込みは低いと言わざるを得ない。

達也は空中で不規則に右折・左折・上昇・下降を繰り返しながら――その動きは正しく、想像上のエイリアン・シップ「UFO」のものだ――空母の前方を護衛する駆逐艦に「眼」を向けた。

 

「(艦名は『ミラー・デービス』、艦内にパラサイトは存在せず。ABC兵器の搭載、無し)」

 

まず撃沈しても問題ないことを確認し、照準を『ミラー・デービス』と名付けられた艦の全体に定める。駆逐艦の部分、部品ではなく、名前を鍵として艦体を一個の対象物と認識する。名前で紐付けした対象物の構造ではなく素材の情報、素材を形作っている元素の情報を読み取って、達也は駆逐艦の艦体とその付属物、内蔵している兵器、駆逐艦が使用している燃料、『ミラー・デービス』の概念に含まれる物体のみを対象に『雲散霧消』を発動した。

物質を元素レベルに分解する魔法。駆逐艦の輪郭が曖昧に揺らぎ、その雄姿が粉塵と煙の中に消えていく。海に落ちていく、クルーを残して。

派手に飛沫を上げて海中に没し、慌てて海面に浮かび上がる乗組員。そこに階級の差は無い。士官も下士官も、艦長も二等水兵も同じように、何が起こったのか分からないという顔で必死に水を掻いている。達也は原子力潜水空母『バージニア』で入手した通信機のスイッチを入れた。

 

「こちらはUFOのパイロットだ」

 

達也は自分の名乗りに、思わず失笑しそうになる。だがこれは真面目な交渉だ。相手をバカにしていると誤解されたら、上手く行くものも行かなくなる。達也はシリアスな口調を意識して通信機に話しかける。

 

「当方に、交戦を続ける意思は無い」

 

『こちらはUSNA海軍空母「シャングリラ」』

 

通信機から応答があった。通じているはずだと確信していたが、実際に返事があるとやはり少しホッとする。一人芝居の空回りを恥ずかしく思う点は、達也も普通だ。

 

『UFOのパイロット。要求を聞こう』

 

「当機はこれからパールアンドハーミーズ基地に向かうが、攻撃を受けない限り基地に対する破壊行為を行うつもりは無い。俺の敵はパラサイトだ」

 

『・・・それで?』

 

この更新相手はおそらく空母の艦長だろうが、どうやらこの男はパラサイトのことを知っているらしい。達也はそう思った。

 

「貴官は海に落ちた友軍の救助に専念してくれ。先行していた艦載機のパイロットも、この先の海上を漂っている。繰り返して言うが、当方にこれ以上の攻撃を加える意思は無い。救助活動の邪魔をしないことも約束しよう」

 

『了解した』

 

すこし間が開くかもと思っていたが、空母の艦長はすぐに応諾を返してきた。

 

『救助活動に専念できるのは、こちらとしてもありがたい』

 

「快い同意に感謝する」

 

『・・・パラサイトを駆逐してくれるなら、私としても歓迎だ。個人的には、だが』

 

「・・・そんなことを今、言って良いのか?」

 

この通信に暗号は掛かっていない。空母のクルーも、もう一隻の護衛艦のクルーも聞いているはずだ。

 

『構わんよ。ネイビーは人外の化け物に屈したわけではない』

 

「そうか」

 

達也は何となく、この艦長が気に入った。こういうシチュエーションでなければ、直接顔を合わせて名乗りを交わしたいところだ。

 

「ではこれで、失礼する」

 

しかし今の達也は、正規軍に奇襲攻撃を掛けているテロリスト。スーツの機能で声紋を変えているとはいえ、本来であれば声を聞かせるのも好ましくない。

 

『貴官に神のご加護があらんことを』

 

唐突で素っ気ない別れを告げた達也に、艦長は本気か皮肉か分かりにくい言葉を返した。

 

「(神・・・か。今から俺が会いに行くのが一応神なんだがな・・・)」

 

達也はそう苦笑いを浮かべるとエアカーの進路をパールアンドハーミーズに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空母との交戦を回避した達也は、今度こそ水波がいるパールアンドハーミーズ基地へ直行した。三矢家から聞いた通り、半フロート式人工島が見えてくる。形状とかサイズから見て、海上空港用のメガフロートを基地に転用したものだろう。

達也は基地に近づく。だが、近づくにつれ、だんだんと違和感を感じた。

 

「(基地には、水波一人しかいないだと・・・?高度な隠蔽魔法を使っているのか・・・?)」

 

基地に、人の気配が無い。旋回する高度を落としても、人影が全く見当たらない。

人間は水波一人。パラサイトの姿は無い。達也は、自分の『精霊の眼』から完全に隠れ果せる未知の魔法を疑った。魔法を使っている痕跡すらも完全に隠す隠蔽魔法を光宣が編み出したのかと考えた。あるいは、スターズにそういう魔法の遣い手がいるのか、と。

しかし彼の直感は、それを否定している。根拠は説明できないが、この基地で現在、達也以外に魔法を使っている者はいない。水波と凛を除いて、この基地は正真正銘、完全なる無人だ。

 

「(『シャングリラ』の艦長に、基地で異常事態が生じていると認識している気配はなかった)」

 

交信の電波越しだが、これ程の異常事態であれば動揺や焦りが滲み出るはず。少なくとも達也は、そんなものを感じなかった。

 

「(・・・迷っていても仕方がない)」

 

基地に下りてみれば、何が起こっているのか、何が起こったのか、少しは分かるかもしれない。

 

「(何も分からなければ、水波を取り返してここを立ち去れば良い)」

 

旋回が三周を数えたところで、達也は方針をそう決めた。パールアンドハーミーズ基地に降下し、エアカーから出る。人工島に立った達也は、上空からでは分からなかった魔法の痕跡に気づいた。

 

「(およそ三十分・・・いや、四十分か?)」

 

強力な魔法が何十回、いや、おそらく百回以上、この基地に吹き荒れた名残だ。

 

「(この痕跡は・・・間違いない。光宣の『人体発火』だ)」

 

基地に漂う魔法の残り香は、以前達也自身が殺されかけた光宣の『人体発火』のものに相違なかった。人体を構成する細胞から電子を強制排出することによって、分子レベルで人間の身体を破壊する致死魔法。それが百回以上行使されたということは、光宣がこの魔法で百人以上の大量殺戮を行ったことを意味している。

 

「(光宣・・・何があったんだ?)」

 

光宣がパラサイトに心を呑まれたとは考えられない。「信じたくない」のではなく、達也は光宣の力を、その精神力を含めてそれだけ高く評価している。これまで水波に対して見せてきた執着を考えると、彼女を一人残していったのも不可解だ。

 

「(とにかく・・・水波の所へ行くか)」

 

達也がエアカーを下ろしたのは病院棟のすぐ横だ。無論、偶然ではない。彼は水波を連れて帰るべく、無人の病院に足を踏み入れた。



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水波の帰還

水波は三階建ての病院棟の、三階の部屋にいた。入院着ではなく、飾り気の無いシャツにロールアップでくるぶし丈にしたパンツをはいている。米軍の、女性兵士用の支給品なのだろう。

 

「水波」

 

窓へ向かってベッドに腰掛けていた水波が、達也の声に立ち上がり、振り返る。

 

「達也さま・・・」

 

ぼうっと、意識が半ば身体から離れているような表情をしていた水波の顔が、泣き笑いの形に歪み、一筋の涙が、水波の左目から零れ落ちる。

 

「私・・・光宣さまに、置いていかれてしまいました」

 

「光宣は何か言っていたか?」

 

「いえ。私が、眠っている、内に・・・」

 

水波の口調が、たどたどしくなっていく。また一つ、今度は右目から、水波は涙を流した。光宣の側に、何か理由があったのは確実だ。それもいい加減な理由ではなく、已むに已まれぬものが。

もしかしたら、光宣と米軍の間に大きなトラブルが生じたのかもしれない。この基地に残る殺戮の跡は、光宣とアメリカ軍が本格的な対立に陥った結果かもしれない。

しかし達也は、その推測を口にしなかった。光宣について行きたかったのか、とも尋ねなかった。

 

「水波、帰るぞ」

 

達也はただ、それだけを水波に告げた。

 

「達也さま・・・」

 

水波が達也の胸に飛び込む。達也に縋りついて、子供のような声で泣く。達也は幼い妹を慰めるように、幼い頃の深雪にはしてやれなかった手付きで、水波の頭をそっと抱え込み、彼女の背中を何度もさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は良いか?」

 

「はい」

 

四点式シートベルトで身体をシートに固定した水波が、俯いたまま達也に応える。彼女の頬はまだ赤みが引いていない。達也に縋りついて泣いたことが、相当恥ずかしいようだ。――頬とは別に額が少し赤いのは、硬いフリードスーツの胸に頭を押し付けていたからに違いない。

達也が正面に目を向け、エアカーの飛行デバイスに想子を注ぎ込む。

 

「帰るぞ。俺たちの家に」

 

「――はい」

 

今度は、達也の言葉に、水波はしっかりと頷いた。エアカーがフワリと離陸する。徐々に速度を上げながら、エアカーは基地を離れていく。水波は助手席の窓から、パールアンドハーミーズ基地をチラリと振り返った。その瞳を過った切ない光は、前に向き直った時には、すっかり消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は往路よりやや南寄りに進路を取り、巳焼島を目指した。途中『バージニア』には、直接帰国する旨を無線で伝える。カーティス艦長からはミッション成功の祝福を添えて、新発田勝成からはただ一言「了解した」とだけ、返信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パールアンドハーミーズ基地からを飛び立ってから、約三時間が経過。水波が突然、心配そうな声で達也に話しかける。

 

「達也さま、あの・・・大丈夫なのですか?」

 

水波の質問は具体的な部分が欠けていたが、達也はすぐに「長時間魔法を使い続けて大丈夫なのか」という意味だと理解した。

 

「問題ない。もうすぐ出迎えがある」

 

達也は正直に答えて水波を感心させる――といより呆れさせた後、水波の体調を尋ねた。

 

「水波はどうだ?苦しくはないか」

 

「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

 

「パールアンドハーミーズ基地では、入院していたようだが・・・?」

 

自分がずっと水波の「情報」をフォローしていたことは話していない。達也が「視」ていたものは情報そのもので、盗撮の対象となる映像や音声ではないが、そんな理屈とは無関係に水波は恥ずかしがるに違いないと考えたからだ。まぁ、妥当な判断と言えよう。だから達也は水波が五日前、危険な状態に陥ったことを知らないふりをしている。

 

「・・・はい。ですが、今は大丈夫です」

 

水波の歯切れが悪いのは、倒れたことを隠しておきたいからだろう。ただ水波の答えは、強がりでは無かった。達也の「眼」で「視」ても、容態は安定していた。少なくとも魔法演算領域のオーバーヒートは沈静化している。

 

「(光宣が何かしたのか?パラサイト化の兆候は見られないが・・・)」

 

水波の容態好転は喜ばしいことだが、不自然だ。ましてやそれが光宣と別れた直後からのこととなれば、因果関係を疑わずにはいられない。

 

「そうか。良かったな」

 

達也が口にした答えはこれだけだった。そして達也はエアカーに反応があったのを確認した。

 

「ここか・・・着いたようだな」

 

そう言い達也は信号を辿って海面に近づく。そしてある程度近づいたところで海面に大きな影が現れる。

 

「!?」

 

いきなり現れた影に水波は驚く。その隣で達也はエアカーを操作し、戦艦の後ろ甲板に着陸する。

 

「着いたぞ。水波」

 

「は、はい」

 

水波は達也に言われエアカーを降りると水波は固まってしまった。視線の先には凛が立っていたのだ

 

「り、凛様・・・」

 

思わず水波は身震いしてしまった。心構えも無しに凛と出会ってしまった事にどうすればいいか。頭が真っ白になってしまった。だが、水波は反射的に凛に謝罪をしていた。

 

「申し訳ございませんでした!凛様、申し訳ございません!」

 

水波の謝罪に凛は水波を優しく抱きしめこう返答する。

 

「よう無事に帰った・・・!!」

 

そして凛は水波の頭を優しく撫で、無事に帰ってきた事に安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

USNAの偵察衛星は、太平洋を西に向かう靄のような影を捉えていた。最初、偵察衛星を管理するUSNA宇宙軍の監視スタッフはその影を監視カメラのノイズと考えた。だが明らかに人工的な動きでパールアンドハーミーズ環礁上空から日本へ向かう飛行物体を、高度なステルス機能を備えた航空機械と判断し、参謀本部に緊急の対応を要する情報として報告した。

偵察衛星にも正体を分析できない航空機械は、国防上の大きな脅威。統合参謀本部が日本近海に潜む潜水空母の航空戦力による捕獲、それが不可能であれば撃墜を決定したのは、おかしな判断ではなかった。

しかしその決定が海軍司令部に伝えられた段階で「待った」が掛かる。国家安全保障会議の議決を経ずに同盟国である日本と開戦するリスクを冒すのは、シビリアンコントロールの原則から逸脱し過ぎていると、決定そのものが統合参謀本部に差し戻しとなったのだ。

参謀本部は、即対応しなければ見失ってしまうと強く主張した。国防に対する潜在的な脅威を放置できないというのが彼らの主張だった。

それは、軍事的に見れば合理的で正しかった。しかし結局、政治家を納得させることはできなかった。ミッドウェーとパールアンドハーミーズを襲った惨劇がこの時点で統合参謀本部に報告されていなかった――秘密にされていたことも、説得材料が不足する原因となった。

この介入がワイアット・カーティス上院議員の主導によって行われたことを知る者は、連邦軍にも国防総省にもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十四日、午前零時過ぎ。台風は少しだけ速度を上げて紀伊半島を掠めた後、現在は東海地方の沖を東に進んでいた。もうすぐ、この巳焼島を直撃するコースだ。

 

「深雪・・・まだ、寝ないの?」

 

島の西側にある居住用ビルの一室で、窓の側に立って外を眺める深雪に、同居人のリーナが声をかける。真由美やほのかたちは一泊して昨日、本土へ戻った。この島に残っているのは深雪とリーナの二人だけだ。

 

「ええ。本家の情報通りなら、そろそろお兄様がお戻りになる時間だから」

 

振り向いた深雪の顔には笑みが浮かんでいる。リーナの目には、深雪の顔だけでなく全身から喜びが溢れ出しているように見えていた。

 

「この嵐の中を?」

 

その幸せオーラに圧倒されたのか、リーナの声に呆れていることを匂わせるような響きは無く、ただ疑問を呈するだけの口調だった。

 

「この嵐だからこそよ」

 

「ああ・・・なるほど」

 

深雪が何を言いたいのか、リーナはすぐに察した。

 

「タイフーンの雲に隠れて戻ってくるのね」

 

「そういうこと」

 

リーナの推測に、深雪はご名答とばかり頷く。なおリーナは「ハリケーン」とこそ言わなくなったものの、「台風」ではなく「タイフーン」と発音するのがどうしても直らない。

外は激しい雨が降っている。台風の本体自体はまだ到来していないが、東側に発達した雨雲が夜空を分厚く覆っている。これでは偵察衛星も成層圏プラットフォームも、赤外線以外のカメラは役に立たない。可視光以外の電磁波を放出しないエアカーを捕捉することは、事実上不可能だ。その暗闇の下で、深雪は確かに「光」を見た。

 

「お兄様!」

 

「えっ?」

 

深雪の叫びに、リーナが訝し気な顔で目を凝らす。だがリーナには僅かな灯に浮かぶ上がる激しい雨以外の物は見えない。リーナは「何処?」と深雪に尋ねようとした。だがその問い掛けが音になるより早く、深雪は身を翻して玄関に向かう。

 

「ちょっと!待ちなさいよ、深雪!」

 

「リーナ、急いで!置いていくわよ!」

 

リーナの制止に耳を貸さず――制止の言葉は一応聞こえているようだが従う素振りは欠片も無く、深雪は靴を履いて玄関から出ていく。

 

「ああ、もうっ!」

 

リーナは深雪の護衛役だ。彼女は深雪の後を、癇癪を起しつつも追い掛けた。とはいえ深雪も、この雨の中に飛び出していく気はなかった。リーナを待って、エレベーターに乗る。深雪はIDカードを翳して、行き先階を指示するボタンのすぐ下にあるパネルを開いた、そこには「B」とだけ表示されたボタンが隠されていた。

深雪は躊躇わず、そのボタンを押す。適度なスピードでエレベーターが二人を連れて行った先には、個型電車に似た、ただし有軌道車が駐っていた。四人乗りの小型車輌に、深雪とリーナが同時に乗り込む。

 

「空港でいいのね?」

 

「ええ、お願い」

 

リーナの問いかけに深雪が頷き、リーナはそれを受けてダッシュボードのボタンを一つ押す。そのボタンには「空港」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要人専用の地下鉄を利用して、空港のターミナルビルへ。既に日付は変わっていたが、一般的な民間空港と違って係員はまだ働いていた。深雪にしてみれば当然だ。達也が帰ってきたのだから。

 

「深雪様、いらっしゃいませ」

 

「ご苦労様です」

 

丁寧に一礼する係員に一言だけ返して、深雪は滑走路に面した出入り口へ向かう。後を追うリーナが足を止めた深雪に追いついたのはほぼ同時。出入り口の二重扉、その内側が開いた。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

フリードスーツのヘルメットを小脇に抱えた達也を、深雪が深々としたお辞儀で迎える。リーナの目は、この何時ものセレモニーではなく達也の斜め後ろに控えている少女に向けられていた。

リーナが水波に会うのはこれが初めてである。

リーナは達也に水波の紹介をしてもらおうと思った。

しかし水波の眼差しが深雪に向いているのを見て、話しかけるのを控えた。

達也が水波へ振り返る。水波が躊躇いがちに一歩前に出て何かを言おうとした。しかし、先に声を掛けたのは深雪だった。

 

「お帰りなさい、水波ちゃん」

 

「深雪様、あの・・・」

 

「私は謝罪を求めていない。分かってくれるわよね、水波ちゃん」

 

 深雪の言葉に、水波の身体が震えだす。

 

「私は・・・やはり、許されないのでしょうか」

 

「最初から、私に許されなければならないことなんて無いでしょう? それよりも、帰ってきたら何と言うのかしら?」

 

「私は・・・戻って、良いのですか?」

 

「私はもう言ったわよ。『お帰りなさい』って」

 

深雪が両手を広げる。

 

「仕方がないから、もう一度言うわね。水波ちゃん、『お帰りなさい』」

 

水波の身体の、震えが止まる。水波は勢いよく前に進み、床に両膝を突き、スカートに包まれた深雪の足に、縋りついた。

 

「申し訳ございませんでした!深雪様、申し訳ございませんでした・・・!」

 

「もう・・・謝罪は必要無いと言ったでしょう?」

 

水波は大粒の涙を零しながら、泣き声で、ひたすら謝罪を繰り返す。慈愛に満ちた笑みで深雪は水波を見下ろし、優しい手つきで彼女の頭を撫でる。深雪は微笑みを浮かべていたが、彼女の目にも、涙が光っていた。



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クラークの熱弁

現地時間二〇九七年七月二十二日夜、ミッドウェー基地(監獄兼補給基地)陥落。パールアンドハーミーズ基地全滅。北西ハワイ諸島に置いた二つの基地が立て続けに蹂躙されたという報せは、ホワイトハウスとペンタゴンを震撼させた。

ホワイトハウスは厳重な報道管制を敷き、このニュースを国民の目から徹底的に隠蔽した。同時に、ペンタゴンに対して事態の詳細な報告を求めた。

困ったのはペンタゴン――国防総省である。七月二十三日の段階で、USNA軍の総司令部は襲撃者の正体について回答できる状態ではなかった。ミッドウェー基地は一人の飛行兵が迎撃用の銃砲座を単独で破壊して侵入し、囚人を三人、連れ去ったと言うだけでなく、飛行兵の正体につながる手掛かりは何一つ無かった。写真すら残っていなかったのだ。

パールアンドハーミーズ基地の方はもっと悲惨な状態で、基地にいた人員は全滅。出撃して生き残った将兵は正体不明の飛行物体を目撃しただけで、唯一手掛かりらしいものといえば空母『シャングリラ』の艦長が交わした通信の記録のみ。その音声にも高度な電子的加工が施されて、米軍が保有する最高性能のコンピューターでもオリジナルの声紋を復元することはできなかった。

もっとも、襲撃者の正体について何の見当も付いていなかったというわけではない。USNA軍が開発した『スラストスーツ』を性能で明らかに上回っていた飛行戦闘スーツと、それを完璧に使いこなしていた高い技術。この二点から、米軍は襲撃者の正体を飛行魔法の開発者『トーラス・シルバー』こと司波達也だと、ほぼ断定していた。

だが、証拠が無い。それに証拠の有無を別にしても、たった一人の魔法師、しかもまだ十八歳の少年に単独で基地を二つも落とされたと口外できるものではなかった。

ペンタゴンとしては、どれだけホワイトハウスに咎められようと「詳細不明」の建前で口を噤むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、米軍を統括する国防総省は北西ハワイ諸島基地に対する襲撃をいったん棚上げすることに決めたが、USNA国内にはこの事態を座視していられない者も当然に存在した。そうした者の中で最も強く焦りを覚えていたのはエドワード・クラークだろう。彼もまた、ミッドウェー及びパールアンドハーミーズを襲ったのは達也だと推測していた。そしてクラークは、これが達也の――戦略級魔法マテリアル・バーストの遣い手――無害化を目的とした策謀と実力行使に対する、達也からの警告を込めたデモンストレーションという側面があると解釈していた。

司波達也は、「自分は戦略級魔法を使わなくてもUSNAに大打撃を与える力を持っている」と誇示して見せたのだ――クラークはそう考えた。そしてこのデモンストレーションに脅威を覚える者が議会や政府内に増えたなら、己の立場が危うくなると恐れた。『ディオーネー計画』だけならともかく、達也を標的として日本の本土に無法な奇襲攻撃を仕掛けたベゾブラゾフと共謀関係にあった件はどう言い繕っても正当化できない。たとえクラークが、本当はベゾブラゾフの奇襲に反対していたとしても。

 

「(自分が生き延びる道は、最早唯一つ。ステイツにとって明確な脅威となった司波達也を斃す。ここに至っては、殺るか殺られるかだ)」

 

エドワード・クラークは、そこまで追い詰められていた。自分で自分を追い詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現地時間七月二十三日。クラークは今後の方針を協議すべく、まずイギリスのウィリアム・マクロードに電話を掛けた。マクロードは『ディオーネー計画』を仕掛けた当初からの同士でクラークがベゾブラゾフと袂を分かった後も協力関係を維持してきた相手だ。謂わば戦略級魔法師・司波達也を排除する陰謀の、最も信頼がおけるパートナー。少なくともクラークはそう考えていた。しかし――

 

「(・・・何故だ。何故電話に出ない)」

 

マクロードは、クラークのコールに応えなかった。クラークが使った番号はマクロードの個人オフィスにつながるもので、クラーク専用に割り当てられたものだ。マクロードがオフィスにいればクラークからの電話だと分かるはずだし、オフィスを留守にしていたとしても着信通知が携帯端末に届くはずだった。

それなのにマクロードは丸一日電話に出ない。コールバックもない。これはもう、コンタクトを拒否されているとしか思えない。

 

「(何故だ!?何があった?)」

 

裏切られた、とクラークは思った。だがそれが事実だったとしても、クラークには何も出来ない。アメリカとイギリスでは、国力は明らかにアメリカが上。だがマクロードは国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人であり、イギリス政府の要人だ。それに対してクラークは、表向き政府機関の一職員でしかない。クラークには、イギリス政府に圧力をかける方向にUSNA政府を誘導することなどできない。

 

「(こうなれば私一人でペンタゴンを動かすしかない)」

 

親密な同盟国であるイギリスに敵対的な行動を取らせることはできなくても、西太平洋における競合国――日本のことだ――からアメリカの覇権を脅かす戦略級魔法師を取り除く為の謀略なら、政府を説得できる可能性は高い。クラークは、そう算盤を弾いた。

 

「(その為にはフリズスキャルヴの存在も明かさなければならないかもしれないが・・・、それはもう、仕方がない)」

 

エドワード・クラークは軍のシギント(盗聴、傍受、暗号解読などによる諜報活動)システムであるエシュロンⅢの主要開発者の一人だった。フリズスキャルヴはクラークがこの立場を利用してエシュロンⅢに仕込んだバックドアを利用した、ハッキングシステムだ。フリズスキャルヴの存在が明らかになれば、クラークは国家反逆罪で終身刑に処される可能性が高い。無裁判で脳をスキャンされて廃棄処分という可能性も十分考えられる。

しかしこのままでは、どのみち彼に未来はない。全てを打ち明けた上で、政府相手に一か八かの取引に打って出る覚悟を、クラークは固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現地時間七月二十四日午後。エドワード・クラークはペンタゴンを訪れていた。面会の相手は国防長官リアム・スペンサー。彼が連邦政府の主要閣僚相手に面会のアポイントを取れたのは、エシュロンⅢ開発者の名が国防総省内ではそれなりの価値を認められているからであり、目下連邦軍にとって最大の悩みである戦略級魔法師・司波達也を一度は追い詰めたディオーネー計画の発案者に対する期待の表れでもあった。

クラークは挨拶もそこそこに、早速本題に入った。

 

「閣下。ミッドウェーとパールアンドハーミーズの二つの基地を奇襲したのは、日本の戦略級魔法師・司波達也に間違いありません」

 

「灼熱のハロウィンを引き起こしたグレート・ボム、いや『マテリアル・バースト』の魔法師か。根拠は?」

 

「物証はありません。ですが状況があの者の仕業だと物語っています」

 

クラークは国防長官の反問にも怯まなかった。だがスペンサーが放った次のセリフに、しばし呼吸を忘れてしまう。

 

「君の御自慢のフリズスキャルヴでも分からないのか?」

 

「・・・フリズスキャルヴをご存じでしたか」

 

クラークは辛うじてこの一言を絞り出した。

 

「エドワード・クラーク。見くびってもらっては困る。国防総省で働いている情報ネットワークの専門家は、君だけではない」

 

「私は見逃されていた、ということですか」

 

「君たちが具体的に何をしていたのかは知らない。フリズスキャルヴによるハッキングはシステムを害するものではないと判明したから、放置していただけだ」

 

スペンサーが偽りを口にしているのは、改めて考えるまでもないことだった。「君が」ではなく「君たち」がと言ったことからも、スペンサー長官が『七賢人』の活動を把握していると分かる。

自分は政府の掌の上で転がされていたのだと、クラークは思い知らされた。自分が見逃されていたのは『七賢人』の活動がUSNA政府の利益に反しないと見做されていたからだ。『七賢人』がその時の政権にとって脅威になると判断されていたら、政府に敵対行動をとったオペレーター諸共、自分は抹殺されていたに違いない。

 

「それで?北西ハワイ諸島を襲ったのが日本の戦略級魔法師だとして、君は何をすべきだと考えているのかね」

 

そう問われてクラークは、思いあがっていた過去にショックを受けている場合ではないと思い出した。己の立場が考えていたよりもずっと危ういものだったのであれば、余計に自分の有用性を示さなければならない。

 

「最早、軍事行動を躊躇うべきではありません。司波達也は高い確率で、恒星炉プラントを建設中の島に滞在しています。これはチャンスです」

 

「フム・・・。首都近郊に対する攻撃には日本政府も黙っていないだろうが、百キロ以上沖の島ならば、奇襲が成功する可能性も低くないか・・・」

 

スペンサーは思わせぶりに一呼吸置いた。そして、貫くような視線と共に問いかけを放つ。

 

「だが・・・、勝てるのかね?」

 

クラークは無意識に、唾を呑み込んだ。

 

「・・・生易しい相手でないのは、理解しています」

 

「そうだな。相手は大小合わせて百隻以上の艦艇を海軍基地ごと纏めて吹き飛ばす魔法の遣い手だ。物量は意味をなさないだろう」

 

「閣下。その結論は早計だと思われます」

 

スペンサーが眉を上げて、説明を要求する。クラークはここぞとばかり、身を乗り出した。

 

「確かに、司波達也に対して大規模な艦隊による攻撃は無意味でしょう。爆撃機の大編隊を送り込んでも、あの魔法の餌食になるだけです。しかしあの魔法『マテリアル・バースト』は、あくまでも一点に超強力な爆発を引き起こすもの。多方向からの攻撃に、同時に対処できるものではありません」

 

クラークが熱弁を振るう。だが残念ながら、スペンサーには感銘を受けた様子が無かった。

 

「何故、そう言い切れる?」

 

冷静な、というより冷たい声の反問に、クラークは即答できなかった。

 

「戦略級魔法『マテリアル・バースト』を連発出来ないというのは楽観的な予想に過ぎない。『マテリアル・バースト』について分かっているのは質量をエネルギーに変換しているということだけで、それだって結果から推測しているに過ぎない。あれほどの破壊力を生み出す為には、質量を直接エネルギーに変換しているに違いない、とね」

 

「・・・」

 

「実際には、魔法のメカニズムも限界も分かっていない。違うかね?」

 

クラークはスペンサーの指摘に反論できなかった。

 

「・・・しかし、ステイツにテロを働いた者を放置しておけません」

 

辛うじて彼にできたのは、このように論点を変えることだけだった。

 

「その点については、君の言う通りだ」

 

そしてその戦術は間違っていなかった。

 

「だからと言って、多数のステイツ将兵を犠牲にする作戦は許可できない。――ミスター・クラーク、私の言いたいことは分かるな?」

 

「理解出来ます」

 

クラークはすぐに頷き、こう付け加えた。

 

「ところで閣下。人間以外の犠牲も回避すべきでしょうか」

 

「おかしなことを言うのだな。ミスター・クラーク、連邦軍はステイツの国民で構成されている。国民の義務を負い権利を持つのは、ステイツの国籍を有する全ての人間だ」

 

クラークの質問に対して、スペンサーはこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラークが部屋を後にするのを確認したスペンサーはクラークの出て行った扉とは別の仮眠室に繋がる扉を見る。

 

「これで良かったのですか。オブザーバー殿?」

 

スペンサーはそう言うと扉が開き。そこから出てきたのは身長は150cmほどの白いフードを被り、更に顔面に薄い布をつけている所為で顔も確認ができない少女だった。

 

「感謝いたします。スペンサー国防長官」

 

少女はそう言うとスペンサーの向かい側。先ほどクラークが座っていた場所に座った。スペンサーは少し警戒をする目で少女を見る。

 

「いえ、私を大統領にしてくれると言うのであれば。これくらいは簡単なものです」

 

そう言うとスペンサーは少女にそう言い。少女は満足げにスペンサーに声をかける。

 

「ええ、これからもお願いする事があればよろしくお願いいたします。では、私はこれで」

 

そう言うと少女は部屋を後にする。

スペンサーは緊張がほぐれたように執務室の椅子に深く座る。

 

「いったか・・・」

 

スペンサーはそう呟き。先の少女を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事は一週間前ほどまで遡る。執務室で一人で仕事をしていたスペンサーはいきなり執務室に一人の少女が顔を出した事に驚愕し、警戒をした。すると少女はスペンサーに衝撃の発言をする。

 

「いきなり押しかけて申し訳ありません。スペンサー国防長官」

 

「・・・・君は・・・一体・・・」

 

「私は12使徒から参りました使者。名前は・・・そうですね・・・私の事はオブザーバーとでもお呼び下さい」

 

「!?」

 

12使徒は戦略級魔法師のことではない。

アメリカや他の国々が探している全てが謎に包まれた集団だ。

歴史を造ったとされるその集団の力と財産を狙い、諜報機関が長い年月を掛けて調査を行なっていた。

だが、その全てに置いて満足な結果は得られず。USNAも既にアルテミス計画の何倍もの予算をかけ、一部ではそんなのは嘘なのではと囁かれているが、捜査中に邪魔が入るのが確認されている為、実在するとやめようにも辞められない状態が続いていた。

そんな12使徒の使者がやって来たと言う事は12使徒の実在を証明するようなものだった。

スペンサーが驚愕しているとオブザーバーはある提案を持ちかける。

 

「今日はスペンサー国防長官にある御提案を持って参りました」

 

「・・・お聞きしましょう」

 

少女が虚言を言っているように見えない。スペンサーは紡ぐ言葉に細心の注意を払いながら少女の提案を聞く。

 

「簡単なお話です。我々への調査を中断して頂きたいのです」

 

「・・・オブザーバー。私は国防長官です。貴方方を追っているのはCIAです。まずはそちらに伺いを立てるべきでは?」

 

そう言うとオブザーバーはすぐに答えた。

 

「ええ、勿論まずはそちらにお伺いをしました。ですがCIA長官殿はこのご提案を拒否されました。その為、私はここに参りました」

 

「(CIAが断った?どう言うことだ・・・)」

 

スペンサーは疑問に思いつつもオブザーバーに聞いた。

 

「・・・・では、もし貴方方への捜査を中止した場合。私に何か得をするようなことはあるのでしょうか?」

 

そう言うとオブザーバーは少し笑みを浮かべた気がした。

 

「おやおや、随分とせっかちですのね」

 

「・・・申し訳ありません。何せ性分な上に・・・」

 

「ええ、構いませんわ。そうですね、もし協力してくれた御礼といたしましては貴方にホワイトハウスの執務室の席をご用意いたします」

 

オブザーバーはつまり自分を大統領にさせると言う事だった。

普通ならばあり得ない事だ。だが、スペンサーはそれが嘘だとは思わなかった。今まで歴史を作って来た彼等ならばアメリカの大統領を据え変えることは簡単だろう。

スペンサーは考える。

提案を受け入れ、底なし沼と化している12使徒の捜査をやめさせ、大統領になるか。

はたまた提案を拒否し、ここで話を終えるか。

スペンサーの決断は早かった。

 

「・・・貴方の提案を受け入れたいと思います」

 

「そうですか。スペンサー長官の聡明な考えに感謝いたします」

 

そう言うとオブザーバーはスペンサーに一つの端末を置く。その端末は操作板と画面が半分に折れるようになっている。いわゆるガラケーと言われる携帯だった。

 

「これは・・・?」

 

「私との通信機です。基本的にこちらから掛けることが多いと思われますが。念のためお渡ししておきます」

 

そう言うとオブザーバーは最後にスペンサーに向かって言う

 

「我々はいつでも貴方のことを見ています。このままの関係でいられるよう、願っていますよ」

 

そう言い残すとオブザーバーは執務室を後にする。スペンサーはオブザーバーの残した端末を懐にしまうと次に内線電話を繋ごうとした所でふと手を止める。

スペンサーにはさっきのオブザーバーの言葉が浮かぶ。

 

『我々はいつでも貴方のことを見ています』

 

この言葉にスペンサーは内線電話に差し出した手を引っ込めた。

政治家の勘と呼ばれるものだろう。スペンサーは今までのことを無かったことにした。この時、内線電話をかけなかったことは功を奏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、FBIやCIA長官。さらには大統領府でボヤ騒ぎがあったと言う噂が流れた。

その噂を聞いたスペンサーは直感的にあの携帯だろうと予感した。

それからスペンサーは常にあの携帯を懐にしまっている。

いつ連絡があるのかを待ちながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一週間後。携帯の連絡があった。内容はUSNAのある人物の国外追放の要請であった。



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クラークの宣伝

国防長官との面談を終えたクラークは、その足でブラジルに飛んだ。機中で一泊し、現地時間七月二十五日朝、プレジデント・ジュセリノ・クビシェッキ国際空港から首都ブラジリアのUSNA大使館へ。大使館員の案内役と共に、今度は国内線で西部のカンポ・グランデ国際空港へ向かう。目的地であるブラジル陸軍西部軍司令部に到着したのは現地時間で同日の午後四時、日本時間七月二十六日午前四時のことだった。そこではブラジル陸軍西部軍参謀長フィーリョ少将と、ミゲル・ディアス少佐がクラークを待っていた。

ミゲル・ディアスは国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人で、戦略級魔法『シンクロライナー・フィージョン』の遣い手。彼は今年、二〇九七年三月末、武装ゲリラの拠点に向けてその魔法を使用することで、その後立て続けに起こった戦略級魔法、大規模戦術級魔法の実戦投入の口火を切った。

その時点ではまだ、世界には戦略級魔法の実戦使用に対する忌避感が残っていた。その為か、シンクロライナー・フュージョン使用の後、ブラジルは国際社会から非戦闘員虐殺の非難を浴びた。ブラジルは虐殺を否定したが相次ぐ非難を無視することはできず、その後の戦闘でシンクロライナー・フュージョンの使用を控えている。

この対応にミゲル・ディアスが不満を覚えているのは、想像に難くない。ディアスはブラジル陸軍所属の正規軍人だ。戦略級魔法の使用は、言うまでもなく彼の独断ではない。上官の命令に従った結果だ。だが国際社会の非難を浴びたブラジル政府は、ディアスの処分を発表した。

処分と言っても二週間の謹慎という軽いものだったが、ディアスにとって納得できるものであろうはずがなかった。最初の内は国際世論に対して強気な態度で臨んでいたブラジル政府だが、高まる非難に耐えきれずに言い訳のようにディアスを罰したのだ。ミゲル・ディアスにしてみれば、自分一人に責任を押し付けられた格好だ。

無論政府は貴重な戦略級魔法師に対するフォローを忘れなかった。多額の一時金を支給し、謹慎期間中は政府高官御用達の高級リゾート施設に家族全員を招待した。無論、全ての費用は政府持ちだ。これとは別に当該リゾートの会員権を特別に発行し、それ以外にも首都の超法規的高級クラブを紹介するなど、特権階級に仲間入りした政治家だけに許されるようなお楽しみをディアスに提供した。それに加えて軍人としても、来年度の昇進を内密に確約している。

それだけの特典を付けたのだ。客観的に見ても、最大限のフォローを行ったと言えるだろう。それが功を奏したのか、ディアスがブラジルから離反するという最悪の事態には至らなかった。しかし、両者の溝が完全に解消されたわけでもなかった。

不満を懐いているのはディアスだけではない。頭を下げさせられた政府の高官も、心の中に反感を隠していた。本音では「たかが兵器の分際で」と政治家は思っているのだった。

侮蔑の念は、隠そうとしても完全に隠しきれるものではない。そのような高官の本音が政府に対するディアスの隔心を更に増幅していた。ブラジル政府とディアスの関係は、この時点でかなり危うくなっていたのである。そこに、クラークは付け入る隙を見出していた。

 

「ディアス少佐。我が国は、貴官の御力を必要としています」

 

ディアスが見せた反応は、クラークを無言で見返すだけだった。だがその素っ気ない態度に、クラークは確かな手応えを感じた。

 

「我々は日本に対する大規模な軍事作戦を計画しています」

 

「日本は貴国の同盟国では?」

 

唐突の感を免れないクラークのセリフに、フィーリョ少将が当然とも言える疑問を差し挟む。

 

「確かに閣下の仰る通りですが、我々の攻撃目標は日本政府や日本軍ではありません。我が国の軍事施設に非合法の攻撃を行ったテロリストです」

 

「貴国の基地を攻撃したテロリストが日本に潜伏していると? 日本政府はそれを知っているのですか?」

 

フィーリョ少将の質問に、クラークは僅かな逡巡を見せた。

 

「・・・おそらく知らないでしょう」

 

「おそらく?もしかして、問い合わせていないのですか?」

 

フィーリョが大袈裟に驚いて見せる。

 

「では、軍を動かすことも日本政府は了解していないと」

 

「テロリストの引き渡しを要求しても、ほぼ間違いなく日本政府は応じません。我が国の軍事施設にテロを仕掛けたのは、非公認戦略級魔法師・司波達也ですから」

 

「司波達也!?あのトーラス・シルバーですか?」

 

今回フィーリョ少将が見せた驚きは、演技ではなかった。

 

「あの者がテロを働いたというのは確かな事実なのですか? それに彼が戦略級魔法師だというのも初耳ですが」

 

達也が戦略級魔法師であることは、USNAの上層部では既に公然の秘密と化している。日本でも十師族当主やそれに近い人々の間に知れ渡っている。

しかし、公表されている情報ではない。世界的に見れば、まだまだ知らない者――知る者のいない国の方が多かった。

 

「司波達也は『灼熱のハロウィン』の通称で知られる大量破壊・大量殺戮を引き起こした質量・エネルギー変換魔法『マテリアル・バースト』を使う戦略級魔法師。これは確実な情報です」

 

「灼熱のハロウィン・・・。あの魔法の遣い手ですか」

 

呆然とフィーリョ少将が呟く。一方で、ディアスは沈黙したままだ。

 

「・・・しかし、貴国の基地が大規模魔法に見舞われたという話は耳にしておりません。二年前、極東で使用されたような魔法が使用されれば、どれ程厳重な報道規制を敷いても隠せないと思いますが」

 

フィーリョの指摘に、クラークが一瞬だけ苦い表情を浮かべる。

 

「・・・今回のテロ攻撃で司波達也はマテリアル・バーストを使用しませんでした」

 

「それで襲撃犯が司波達也であると断定した根拠は?」

 

クラークは俯いてフィーリョの視線から目を逸らした。

 

「――状況から見て、実行犯はあの者に間違いありません」

 

「つまり物証は無いと?」

 

問い詰めるフィーリョ。クラークは即答できない。

 

「ミスター・クラーク。貴方は何者かに基地が攻撃されたのを逆用して、貴国の脅威となり得る戦略級魔法師の排除を目論んでいるのではありませんか? 元々ディオーネー計画も、その為のものだったのでは?」

 

「参謀長閣下。良いではありませんか」

 

答えに窮したクラークを救ったのは、ディアスだった。

 

「非公式の作戦に明確な根拠など必要ないでしょう。脅威に感じている、それだけで兵を派遣する理由としては十分です。それにこちらとしても、侵攻作戦の援軍を正式に求められるより秘密作戦の方が日本との外交を考えれば都合が良い。いざとなったら俺の独断ということにしてしまえば、ダメージは最小限に抑えられます」

 

「少佐はそれで良いのか?」

 

フィーリョがそう尋ねたのも当然だろう。ディアスは言外に、いざとなれば自分を切り捨てろと言っているのだ。フィーリョの問いかけには、自棄になった部下を案じているニュアンスがあった。

 

「現状も大して違わないでしょう」

 

ディアスの答えは、政府を批判するものと受け取られても仕方のない放言だった。

 

「・・・そうだな」

 

「それに・・・いえ」

 

「それに、なにかね。少佐、客人の前だからといって、遠慮しなくても良い」

 

「・・・魔法を使えない魔法師に価値はありません。それと同じように、シンクロライナー・フュージョンを使えない俺は無価値です」

 

「少佐は魔法を使えないのではなく、使わないだけだろう」

 

「使う機会がない。使う能力がない。どちらも結果は同じです」

 

「使わなくても、使えるという事実が抑止力となる。戦略兵器とはそう言うものだ」

 

「しかし政府は、シンクロライナー・フュージョンの実戦投入を非難する国際世論を受け容れた。もう俺の戦略級魔法は使わないと認めたも同然ではありませんか。ゲリラ連中も、きっとそう考えていますよ」

 

今世紀の世界大戦後、南米大陸で国家の態を成しているのはブラジルのみ。他の地域は数百平方キロメートルの狭い地域を辛うじて勢力下に置く武装集団がテリトリーを奪い合っている。ちなみに日本の淡路島が約六百平方キロメートルで、南米大陸においてそれ以上の面積を掌握している武装集団は一割程度しか存在しない。

ディアスがシンクロライナー・フュージョンを放った相手は、その一割に含まれる大規模武装集団の一つだった。ブラジル政府は相手を国家として承認していないから、ゲリラ呼ばわりも間違いとは言えない。

 

「参謀長閣下。俺は、穀潰しにはなりたくありません。北アメリカがシンクロライナー・フュージョンを放つ機会を作ってくれると言うなら、俺は喜んでついて行きますよ。弟もきっと、同じ気持ちです」

 

ディアスの訴えを聞いてフィーリョ少将が考え込んだ時間は、わずかなものだった。

 

「ミゲル、君の言うことはもっともだ」

 

フィーリョの呼びかけが階級からファーストネームに変わった。だが、口調は部下に対するもののままだ。呼称を変えたのは親しみを示したわけではなく、別の理由がありそうだった。

 

「シンクロライナー・フュージョンの有効性を示すことは、国軍の利益にもなる。ミスター・クラーク」

 

「なんでしょう」

 

いきなり話を振られても、クラークはまごつかなかった。

 

「日本に対する非公式作戦の期間はどの程度ですか?」

 

「長くても一ヶ月以内に決着するでしょう」

 

「そうですか」

 

フィーリョは一つ頷き、視線を再度ディアスへと転じた。

 

「ミゲル。私の権限で『ディアス少佐』に一ヶ月間の休暇を与える。また、その間の所在を明らかにする必要は無い。アントニオには君からそう伝えたまえ」

 

「了解です、閣下」

 

ミゲル・ディアスが立ち上がってフィーリョ少将に敬礼する。まるで「ディアス少佐」がミゲル・ディアスとは別に存在するような言い方に戸惑っているのは、クラークの随行員だけだった。



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時代を作る人間

大亜連合の侵攻を退けた後、新ソ連の戦略級魔法イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフはモスクワに戻らず、ハバロフスクに留まっていた。彼が極東から動かなかったのは、達也を抹殺する機会を窺っているからだ。ベゾブラゾフは六月上旬と下旬、二度にわたって達也を爆殺する目的で戦略級魔法トゥマーン・ボンバを放ち、二度とも失敗した。それどころかトゥマーン・ボンバを補助する貴重なクローン体と、トゥマーン・ボンバを放つ為の移動基地とも言える列車搭載型大型CADまで破壊され、自身も深刻なダメージを受けるという完敗を喫した。プライドが高いベゾブラゾフは、この敗北の雪辱に執念を燃やしていた。

日本に近いこのハバロフスクで彼は達也の動向に関する情報を集めているのだが、より日本に近いウラジオストクではなくこの地を滞在場所に選んだのは他にも理由がある。ハバロフスクは帝政ロシアの時代から新ソ連とその前身となる国の極東における中心都市だった。今世紀前半に一時期、その地位をウラジオストクに奪われたが、第三時世界大戦後の新ソ連ではハバロフスクが東の首都的な役割を果たしている。

日本や大亜連合に関する情報なら、ウラジオストクの方が早いかもしれない。だが新ソ連が集めた世界の最新情報はハバロフスクにいる方が入手しやすいのである。

ベゾブラゾフが注目しているのは、日本だけではなかった。そもそも最初に達也を脅威と見做し、協力してこの脅威を取り除こうと持ち掛けてきたのはUSNAのエドワード・クラークだ。USNAは内部で司波達也排除に賛成する勢力と反対する勢力に分裂しているが、クラークがこのままじっとしているはずはないと、ベゾブラゾフは確信していた。

彼がウラジオストクではなくハバロフスクに滞在しているのは、日本と共にUSNAの動向をいち早く知る為だった。だから、ベゾブラゾフが七月二十六日の当日中にこの情報をキャッチしたのは、新ソ連軍情報部の実力からすれば当然だったかもしれない。

 

「(クラークはミゲル・ディアスを引っ張り出したか)」

 

エドワード・クラークは追い詰められているようだ、というのが、ベゾブラゾフが懐いた最初の感想だった。

 

「(自国の戦略級魔法師を動かさず、ブラジルに借りを作ることを選ぶとはな・・・)」

 

アンジー・シリウスが行方をくらまませていることを、ベゾブラゾフは掴んでいる。また、USNAはシリウス以外にも二人の国家公認戦略級魔法師を抱えているが、その二人は戦略上の要衝であるアラスカ基地とジブラルタル基地の切り札であり、容易に動けない。

 しかし、USNAの戦略級魔法師がその三人だけとは考えられない。確実に非公認の戦略級魔法師を何人か、もしかしたら十人以上隠し持っているはずだ。

 

「(何かその者たちを動かせない理由があるのか・・・いや、動かす許可が下りないのだろう)」

 

もしかしたらUSNAでは、司波達也と敵対すべきではないと主張する勢力が優位になっているのかもしれない。

 

「(――まぁ、どうでも良いことだな。これはチャンスだ)」

 

ベゾブラゾフの目的は達也の抹殺。彼が心に刻まれた屈辱を克服する為には、それがどうしても必要になっていた。

 

「(日本の領土に奇襲を掛けるのはUSNAにとっても小さくない賭けだ。失敗は許されない。かなりの兵力を投入してくるだろう。クラークの軍事的才能は未知数だが専門家を補佐に付けるだろうし、あっさり撃退されてしまう可能性は低い。幾ら司波達也でも、奇襲を受けている最中は他に意識を割いている余裕はないはずだ。奇襲部隊との交戦中を狙って、あの男の頭上にトゥマーン・ボンバを撃ち込む)」

 

ベゾブラゾフはクラークを、達也諸共葬り去ることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也を巡る策謀は、日本国内でも蠢いていた。

 

「――佐伯少将、それは少し強引ではないか?」

 

「何故ですか、参謀長」

 

七月二十六日夕方近く。陸軍第一〇一旅団司令官の佐伯少将は、陸軍総司令部を訪れ参謀長と面談していた。

 

「巳焼島は全島が私有地ですが、関東州に所属する日本の領土です。防衛の為に国防軍を駐留させるのは当然ではありませんか」

 

「私有地だからだ。差し迫った危機でもない状況で、所有者の許可無く国防軍を駐留させることはできない。この程度の理屈を理解できない君ではないだろう」

 

「あの島は月初に不正規部隊の攻撃を受けたばかりです。十分、非常事態に該当すると考えますが」

 

食い下がる佐伯に、大友参謀長はため息を漏らした。何故そこまで佐伯が巳焼島に拘るのかは大友には分からないが、一個人の感情で提案しているのだけは理解しているからこそのため息だ。

 

「あの時は我々の出撃を待たず、独自の守備隊だけで撃退したではないか。月初の襲撃を理由に部隊の駐留を認めさせるのは、難しくはないかね」

 

大友は四葉家の肩を持っているわけではなかった。心情的には、佐伯の提案に賛成だ。国土が外国勢力の攻撃を受けて、それを民間戦力が撃退した。国防軍には出る幕がなかったというのは、軍の制服組として面白いはずがない。

ただ実際問題として、作戦時以外で私有地に部隊を置くのは難しい。相手が一般市民なら政治的に何とでもなるかもしれないが、巳焼島の実質的な所有者はあの四葉家だ。身内に政治家がいるとか大物議員の有力な後援者になっているとか、その様な事実は無いが、四葉家が政界に強い影響力を有しているのは紛れもない事実だ。国防軍とも非公式な業務を通じて協力関係にある。

参謀長としても、気に食わないからといって機嫌を損ねるわけにはいかない相手だと認識していた。

 

「それこそが問題なのです、参謀長閣下。民主主義国家において、シビリアンコントロールに従わない私的な戦力の存在など認めて良いはずがありません。義勇兵はあくまでも一時的なものではなければならないのです」

 

しかし、どうやら佐伯の判断は大友とは異なるようだ。

 

「少将は、四葉家に武装解除を求めるつもりか?」

 

あえて火中の栗を拾おうとしている佐伯に、大友は「本気か?」という意味を込めて尋ねた。

 

「民主主義の原則を守る為には避けて通れないことです、参謀長閣下」

 

佐伯は揺るぎない眼差しで、大友の目を見返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現地時間七月二十五日 午後二十二時頃

 

太平洋公海上

 

静粛と闇の海を一隻の艦が進む。灰色に塗装されたその艦は大海原を西へと進んでいた。その船は旧時代の船のように大きく、ステルス性の皆無の見た目をしていた。

その艦・・・・戦艦の甲板上で二人の男女が席を囲んでいた。そのうち女性の方は凛で、片手にはシャンパングラスが握られていた。

 

「思えば君とこうやって面と向かって話すのは初めてかもね」

 

「そうですね。閣下ともお話しするのはいつも他の人がいましたからね。こうして二人だけと言うのは初めてだと思います」

 

凛にそう答える青年はジョン。彼は巳焼島でリーナに適当に理由をつけてハワイ沖で凛の動かす戦艦に乗り込んだ。

ジョンは未成年の為、シャンパンの代わりにノンアルコールのシードルを貰っていた。

凛は不意にジョンに聞きたいことを聞く。

 

「どうだい、リーナは」

 

「ええ、いい婚約者だと思いますよ。ズボラな部分もありますがリーナの真っ直ぐな性格は個人的には好きですね」

 

「そうかい。そりゃあ良かった・・・健の唯一の心残りを聞けて健も喜んでいるだろうね」

 

「私も会った事があります。とても聡明な方でいらっしゃいました」

 

「そうね・・・健は良き友人だった・・・」

 

そう呟くと凛は最期に健と会った日を思い出す。

お互いに酒の入った状態で勢い余ってしゃべったあの一言。

その一言が今のジョンとリーナの関係を作っていると考えるとなんとも面白い話であった。

 

「懐かしいわね。あの頃が・・・」

 

「閣下はまたその頃に戻りたいと思いますか?」

 

ジョンは凛にそう聞く。目上に対しては随分と軽い口調ではあったが凛はそんなことも気にせずに懐かしそうに答える。

 

「そうね・・・時々そう考える事もあるけど・・・今を生きる君たちを見るとそちらの方をつい気にしてしまうね・・・今の時代を作るのはキミ達だ。

君たちがどんな夢を持ち。

それを叶えるのか。

挫折を知ってどのように生きるのか。

自分を生かすのか殺すのか。

人生は森の木々のように枝分かれしている。その中で人はどの選択肢を選んで、それが正解か間違いかを生涯かけて探っていく・・・それを見ているのも面白いと思うよ」

 

凛はそう言うとグラスを傾けて笑う。

 

「そんな木が集まって森となる。森は景色を変える。景色が変わる時は時代が変わる時。そんな時代を生きる君たちを見ていれば過去の事なんかただの歴史の1ページにしかならないさ」

 

凛はそう語ると空を眺める。明かりのついていない甲板からは夜空の星空がよく見えた。南の方角には夏の大三角がどこかわからなくなるほどの星が夜空を明るく照らす。

 

「星は何万年もの時間をかけてこの光を見せにくる・・・・ジョン君、この夜空を見れば自分がいかに短い命なのか。そう思う事はないかい?」

 

「そうですね・・・私は記憶のある内からリーナと衣食住を共にして来ました・・・ですが、これを見ると本当に自分とリーナと過ごす時間など短いのだとつくづく思います」

 

「そうよね・・・私もそう思うわ」

 

凛はそう言うとボトルを取り出し、自分のグラスに注ぐとジョンはモンタナの砲塔を見て興味深そうに呟く。

 

「しかし、驚きました。まさかこの戦艦がファルケンから出された情報体だなんて」

 

そう言うとジョンはモンタナの木目の床を触る。感触は紛れもなく木材であった。凛は当たり前だと言わんばかりに言う

 

「ええ、私の場合、内部までの詳しく情報を集めればそれで再現できるもの」

 

「閣下の持つ能力でですか?」

 

「ええ、情報を集めたら後はそれを元に創り出すだけ。それを複製すればほぼ無限の戦力が私の体内に蓄積される」

 

「そしてその情報体をこの次元に呼び出す際にそれぞれ付喪神を取り憑かせて兵力にすると?」

 

「その通り」

 

「何度聞いても恐ろしい能力です。幻影から発せられる攻撃も実体となって敵に衝撃を与える」

 

ジョンはそう言うと改めてモンタナを見る。彼女の手にかかればこんな幻の戦艦など簡単に創り出せてしまう。だからこそ彼女は比較的表舞台に出る事はなく。影でひっそりと暮らしていた。

だが、ここ5年ほど。彼女は表舞台に登場し、一高に通い始めた。その影響で我々が今までに無いくらい仕事が多くなっていた。だが、それはそれで彼女の役になっていると言う実感が湧いていた。

 

「そうね。でも、私がこうなったのも彼のお陰かもね」

 

「彼・・・とは一体誰なのですか?」

 

「ん?ああ、いや。こっちの話、ジョン君には関係ないさ」

 

そう言うと凛はシャンパンから日本酒へと酒を変える。

 

「しかし、刻印魔法を使ってファルケンに情報体を入れたけど。3つが限界だったのよね」

 

「と言うことはあのファルケンは三つの情報体が入っているのですか?」

 

「そう言うこと。一個はこのモンタナ、二つ目は大和、三つ目は信濃ね」

 

「全て第二次世界大戦中の軍艦なのですね。しかも二隻は日本の軍艦・・・」

 

「あの時代の方がまだ電子装備が単純なの。だから比較的簡単に情報体を作れるのよ」

 

「成程。情報体を作るのも簡単ではないと言う事ですか」

 

「当たり前よ。でも、これらを近代化改修出来るようになったのが嬉しいけどね」

 

「それはもはや閣下の趣味になるのでは?」

 

「それはそうね」

 

そう言うと凛は思わずフッと笑ってしまった。そして凛はジョンと一通り話すとモンタナを最大船速で巳焼島へと向けるのだった。



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達也の退院

七月二十七日土曜日。達也は巳焼島の病院を退院した。ちょうど一週間前、乗っていた船に沿岸警備隊の警備艦が衝突し、彼は大怪我を負った。その治療の為、ずっと入院していた――ということになっている。事実は異なるのだが、この偽装入院は達也のアリバイ作りを目的としたものだったので、最後まで手を抜くことはできなかった。部外者を病院から完全に締め出しているにも拘わらず、彼はわざわざ前日の夜にベッドの身代わり人形――生体と同じ素材を使った精緻な物だ――と入れ替わり、朝起きて病室を出るところから始める、そこまで徹底した。

 

「お兄様、御退院おめでとうございます」

 

病院の玄関ロビーには、花束を抱えた深雪が待ち構えて隣では弘樹が待っていた。いうまでもなく深雪達は達也の入院が偽装だと知っている。だが花束を差し出す満面の笑顔は、偽装工作を徹底する為というより達也の退院を――人目を気にせず一緒にいられるようになったことを、心から喜んでいるように見えた。

 

「ありがとう、深雪」

 

達也は笑いながら花束を受け取った。その笑顔は「仕方がないな・・・」というニュアンスのものだったが、苦笑いというよりも深雪に対する深い愛情が滲みだしていた。深雪の隣にはリーナが同行していたが、今日ばかりは彼女もため息や呆れ顔は見せなかった。

 

「おめでとう、達也。これでようやく、自由に動けるわね」

 

「ああ。リーナにも不自由な思いをさせたな」

 

「仕方がないわ。怪我人を放っておけないもの」

 

リーナのセリフはカムフラージュの為のものだ。だが、全く実質が無いわけではなかった。達也の退院を待って、リーナも新たな行動に移る予定になっていた。

 

「じゃあ達也。僕は姉さんの所にに行くから」

 

「ああ、分かった」

 

そう言い残すと弘樹は病院を後にし、凛の出迎えに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が退院したという情報は、その日の内に海を渡った。病院内は部外者の立ち入りを禁止してあったが、島への出入りまでは禁じられていない。この島の恒星炉プラントは非軍事的魔法利用のモデルケースという性格が強く、その成功は世界に広く報じられることが好ましい。マスコミとの絶縁は、達也としても好ましくなかった。

それにそもそも達也が退院を演じてみせたのは、彼がこの一週間のアリバイを国防軍やUSNAに印象付ける為だ。ジャーナリストを装う諜報員や諜報組織の協力者になっている記者には、きちんと雇い主に報告してもらわなければ演技の甲斐が無かった。――司波達也の退院の情報をベゾブラゾフは当日中にハバロフスクで、クラークは一日遅れでハワイへ向かう輸送機の中で受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島が重犯罪魔法師用刑務所だった頃の管理スタッフ居住施設は、今も引き続き四葉家スタッフ用の宿舎として使用されている。リーナがこの島に匿われていた時も、旧管理スタッフ居住棟を利用していた。新たに巳焼島の管理者として赴任した新発田勝成も、この八階建てのビルの一階に婚約者の堤琴鳴と共に住んでいる。

そして最上階の八階には、真夜が島を訪問した際の専用宿泊室と、達也と深雪が別宅として使用する部屋が新たに用意されていた。

 

「お帰りなさいませ、達也さま、深雪様」

 

「ただいま」

 

「ただいま、水波ちゃん」

 

「いらっしゃいませ、リーナ様」

 

「お邪魔するわね、水波」

 

その別宅で達也たちを待っていたのは、三日前に連れ戻した水波だった。彼女はそのまま達也と深雪のメイドに復帰している。最初深雪は水波に、病院でしっかり検査を受けた方が良いと勧めたが、水波は当日からの復帰を強く望み、最終的に深雪の方が折れた。達也は二人の押し問答に口を挿まなかった。

口を出さなかったと言えば、光宣と行動を共にしていた時のことを、二人は水波に尋ねなかった。水波は告白衝動に見舞われているような素振りが時々見られたが、その都度深雪が別の話題を振ったり達也が簡単だが手間のかかる用事を言い付けたりして、逃避行には触れないようにしている。達也、深雪、水波の三人は、表面上以前と変わらない生活を取り戻していた。

 

「明日、行くことにするわ」

 

リーナが達也に向かってそう告げたのは四人で昼食をとった後だった。

 

「予定通りだな。了解した」

 

達也が応えた通りリーナが明日、七月二十八日にカノープスを保護している原子力潜水空母『バージニア』に向かうのは、一昨日から計画されていたことだった。

 

「出発は?」

 

「夜明け前に発つつもり」

 

「分かった。こちらも準備しておこう。地下ポートに四時で構わないか?」

 

「・・・やっぱり悪いわ。スラストスーツまで用意してもらったんだし、独りでも大丈夫よ」

 

リーナが遠慮して見せているのは、達也が途中までエアカーで送っていくという話になっているからだ。

 

「こちらの都合もあることだ」

 

達也が言うように、単なる親切心で送っていこうとしているのではない。スラストスーツやムーバルスーツのように小さな物でも軍事衛星の監視網には捉えられてしまう。『バージニア』には海中で乗り込むから搭乗する姿は衛星のカメラに映らないが、巳焼島を飛び立った魔法師が西太平洋の真ん中に飛び込む姿を見られたら、達也と『バージニア』の協力関係が暴かれてしまうかもしれない。高度なステルス機能を備えたエアカーを使うのは、秘密を守る為だった。

 

「カーティス上院議員に迷惑はかけられないからな。リーナが気に病む必要は無い」

 

「そうね・・・じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう」

 

隠密行動の必要性はリーナも理解している。彼女は殊勝な顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十七日午後。四葉本家ではティータイムに黒羽貢を客として迎えていた。

 

「それで貢さん、直接報告したいことって何かしら」

 

「通信でも良かったのかもしれませんが、偶には麗しきご尊顔を直接拝見したいと存じまして」

 

真夜の問いかけに、貢は表面上恐縮している顔で前口上を述べた。

 

「そういうのは良いですから」

 

真夜の反応は、あいにくと素っ気ない。貢は風向きが悪いと判断して、態度を真面目なものに改めた。

 

「陸軍の倉知少尉から昨日、一報がありました」

 

「倉知さん?確か、陸軍参謀部に務めている子だったわよね?」

 

「ええ、そうです。去年任官したばかりの新米ですが、上官の評価は高いようです」

 

二人が話題にしている倉知少尉は、黒羽家が防衛大経由で国防軍に送り込んだ女性士官だ。いきなり参謀部に配属されるのは異例と言えるが、黒羽家、そして四葉本家で情報員として子供の頃からエリート教育を施された下地を考えれば、それ程不思議ではないかもしれない。

 

「どんなお話だったのかしら」

 

「佐伯少将が、大友参謀本部の許へ面会に来まして。巳焼島に軍の部隊を置くべきだと主張したとのことです」

 

「なるほど・・・佐伯閣下はあの島が欲しいようですね」

 

真夜の推測に、貢は笑顔で頷く。貢の笑みは、佐伯に向けた嘲笑だった。

 

「守備隊駐留という建前で、巳焼島を施設ごと接収したいのではないでしょうか。正規軍以外の兵力は認められない、とか理由を付けていましたが、本音は民間人に功を奪われるのが面白くないのでしょう」

 

「貢さん、そんなことを言うものではないわ。シビリアンコントロールに従わない常設兵力の存在を許さないと言うのは、建前としては正しいのですから」

 

貢をたしなめる真夜の顔にも、人の悪い微笑みが浮かんでいる。

 

「――もっとも、民間人にだって自衛の権利はあるのですけど」

 

真夜はそう付け加えて、ティーカップを優雅に口元に運んだ。

 

「それで、如何致しましょうか」

 

薄笑いを消して、シリアスな口調で問う貢に、真夜は軽く目を見張った。

 

「あら、珍しい。達也さん絡みの案件で、貢さんがそんなにやる気を見せるなんて」

 

からかうように、ではなく本気で意外感を示す真夜の反応に、貢は軽く顔を顰めた。

 

「恒星炉事業は最早彼だけのものではありません。成功すれば、四葉家に大きな利益をもたらす一大プロジェクトです。妨害は排除すべきで、そこに私情を差し挟む余地はありません」

 

「そうですね。相手は国防軍です。仲間割れしている場合ではありません。貢さんがそれを理解してくれていてよかったわ」

 

真夜の唇は薄らと笑みを浮かべたままだが、彼女の双眸は念を押すように、釘をさすように強い光を放っていた。貢は真夜の眼差しから逃れるように、座ったまま頭を下げて了解の意を示した。

 

「例の件、どこまで進んでいますか」

 

目を伏せたままの貢に、真夜が問いかける。貢は顔を上げて、自信の滲む表情で真夜の質問に答えた。

 

「証拠は揃いました。何時でも仕掛けられます」

 

「では来週、蘇我閣下のご都合が良い時にお目に掛かるとしましょう。葉山さん、閣下のご予定をうかがっておいてもらえるかしら」

 

『蘇我閣下』というのは、国防陸軍総司令官・蘇我大将のことだ。真夜の斜め後ろに控えていた葉山は「かしこまりました。直ちにお調べします」と応えて、背後の扉から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十八日未明、午前三時三十分。

 

「おはようございます、リーナ様」

 

「ふえっ!?な、なにっ?」

 

七階の自分の部屋――ここでいう部屋とはマンションやアパートの住居の意味だ――の寝室で寝ていたリーナは夢見心地の中、突如声を掛けられて、跳ね起きた拍子に危うくベッドから転げ落ちそうになっていた。

 ベッドの端でバランスを取り、寝ぼけ眼をこすってリーナが見上げた先には、黒の半袖ワンピースの上に白いエプロンを着けた水波が隙の無い姿勢で立っていた。

 

「・・・水波、ここ、私の部屋なんだけど?」

 

声音に非難を込めてリーナが訴えるが、水波は表情一つ変えない。

 

「存じております」

 

「何故貴女が私の部屋にいるの?」

 

リーナの声に苛立ちが加わる。そこで彼女は、自分の両手が小さな目覚まし時計を強く握っているのに気付いた。デジタル時計の文字盤を見て、リーナは目を見張った。

 

「しかもまだ三時半じゃない!」

 

「はい。ご指示をいただいたお時間です」

 

「指示・・・?」

 

リーナが訝しげに眉を顰める。きっかり三秒が経過した後、彼女は「あっ!」と声を上げた。

 

「目覚まし時計で起きられないかもしれないから、三時三十分になったら様子を見に来てほしいと鍵をお預かりしました。もしまだ寝ていたら、起こして欲しいとも」

 

「そうだったわね・・・」

 

リーナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら水波の主張を認めた。昨晩、深雪たちと夕食を共にした席で、確かにリーナは水波にそう頼んだ。だが彼女はあくまでも、保険のつもりでしかなかったのだ。

スターズの任務では、真夜中や夜明け前に出撃することも度々だった。その際、起床に他人の手を借りたことは無い。去年の冬の「吸血鬼事件」では補佐役のシルヴィア准尉から「お寝坊さん」呼ばわりを受けたが、実際に惰眠を貪ったのは任務の予定がない一日だけだ。

彼女は今日も、自分で起きられる自信があった。だから「起こして」と頼んだことを、すっかり忘れていたのである。

 

「・・・起こしてくれてありがとう。すぐに支度するわ」

 

「お手伝いいたしますか?」

 

「ありがとう。でも、結構よ。それより達也に少し遅れると謝っておいてくれないかしら」

 

「かしこまりました」

 

丁寧なお辞儀の後、水波が寝室を後にする。リーナは目覚まし時計をサイドテーブルに置いて、両手で自分の頬を挿み込むようにピシャリと叩き、気合いを入れて立ち上がった。

 

「(こう言う時、ジョンだったら気遣ってもう少し遅く起こしてくれるんだけどなぁ・・・)」

 

リーナは今はここにいない婚約者の顔を思い浮かべながらパジャマから私服に着替えるのだった。



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未来編
エアカー運転


午前四時十五分。スラストスーツ(レプリカ)を着込んだリーナが約束の時間に十五分遅れで地下ポートに到着すると、そこには達也だけでなく深雪と水波も待っていた。水波はリーナを起こしに来た時と同じくメイドスタイル、深雪は涼しげなサマードレス姿だ。

 

「・・・深雪、わざわざお見送りに来てくれたの?」

 

水波に向けたお礼の言葉や達也に向けた謝罪の言葉が出てこなかったのは、リーナが深雪に目を奪われていたからだ。シフォン素材のワンピースはスカートこそ大人しめのミモレ丈だが、上半身は両肩がむき出しのキャミソールネックラインで何とも艶めかしい。

今朝の深雪は、少女の域を超えた色気を醸し出していた――いや「醸し出す」という表現はいささか控えめすぎるかもしれない。彼女はこの地下の空間を、大人でもあり少女でもある危うい色香で満たしていた。

 

「あら。違うわよ、リーナ」

 

軽い意外感を見せて否定の返事を返した深雪に、リーナは心の中で「そうでしょうとも」と頷く。

 

「(どうせ、達也のお見送りなんでしょ)」

 

リーナは自覚していなかったが、その心の声は拗ねた口調で呟かれていた。

 

「お見送りじゃなくて、私も途中まで送らせてもらうの」

 

「えっ!?」

 

直前の勘違いが、リーナの驚きを増幅した。

 

「深雪もエアカーに乗るの?」

 

「エアカーの飛行システムとステルスシステムは独立した機能だ。深雪がステルスシステムを分担することで隠蔽はより完璧なものになるし、俺は飛ぶのに専念できる」

 

達也の答えは、リーナの問いかけの背後にある感情を考えれば的外れなものだった。だが、正鵠を射た答えでは、深雪の行動を誤解していたリーナが気まずい思いをする羽目に陥っただろう。もしかしたら達也は、わざと論点をずらしたのかもしれない。

 

「では、行くとしよう」

 

彼がどのような意図だったにせよ、出発前に余計で質の悪い混乱が生じることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波に見送られて、達也、深雪、リーナの三人を乗せたエアカーは海の中に突入した。夜明け前の海中は文字通り一寸先も見えない完全な暗闇。そこを達也はライトを点けず後ろ向きに突き進んでいく。

エアカーの推進力は、水の中でも重力制御魔法だ。車体に掛かる地球の重力の方向を進行方向から引っ張られる形に改変している。空気中であればほぼ自由落下状態となり車内は人工衛星の中と同様に重力を感じなくなる。しかし水の抵抗を無視できない水中では、絶えず進行方向へと自分を引き寄せる重力を乗員は意識せずにいられない。達也がエアカーを後ろ向きに進ませているのは、進行方向に向かって生じる加重をシートベルトで受け止めるより背もたれに預けた方が、深雪たちが楽だろうと考えたからだ。確かにその方が肉体的な負担は少ない。前向きだと、ずっとブレーキを掛け続けている車に乗っているようなGを感じることになる。後ろ向きに進んでいる今は、シートの座面には体重が掛かっておらず、背中にだけ軽い加重を感じ続けている状態だ。

十分も進まない内に、リーナは自分がどのような体勢でいるのか分からなくなってしまった。車体と車内には慣性中和の魔法が働いており、窓の外は闇一色。どちらに進んでいるのか、手掛かりもない。薄暗い車内で浮いているのか座っているのか、前進しているのか後退しているのかも分からない不確かな状態。後部座席に一人で座っているリーナは、徐々に強まっていく不安に心を圧迫されていた。

 

「ねぇ、達也。ライトを点けなくて良いの?」

 

遂にリーナはプレッシャーに耐えられなくなり、運転席の達也に話しかけた。

 

「点けない方が良い。海中ではあまり役に立たない。発見されるリスクを徒に高めるだけだ」

 

「でも海山とかクジラとかにぶつかったら危ないんじゃない?」

 

「この辺りにこの深度で衝突するような海山はない。それに、ライトを点けなくても外の状況は『視』えている」

 

「・・・何それズルい」

 

リーナが妙に子供っぽく不平を鳴らす。唇を綻ばせた深雪が、助手席からリーナへと振り返った。

 

「リーナ、もしかして怖いの?」

 

「こ、怖くなんかないわ!」

 

深雪の口調は揶揄するようなものではなかったが、リーナは顔を赤くして間髪入れず言い返した。

 

「・・・ただ外の様子が分からないから、少し不安になっただけよ」

 

すぐにリーナのトーンが下がったのは、むきになっては深雪のセリフを認めるようなものだと考えたからだろう。とはいえ完全なポーカーフェイスは為し得ず、リーナは少し恥ずかしそうにそう付け加えた。

 

「敵が何処に潜んでいるのか分からない、みたいな感じかしら?」

 

「そう、それよ」

 

「リーナはアメリカ軍の少佐殿ですものね。私には分からない感覚だわ」

 

本気なのかからかっているのか分からない口調で呟いた深雪が、達也へ目を向ける。

 

「達也様。リーナの気持ちも理解できなくはないと思います。そろそろ空に上がっては如何でしょうか」

 

「そうだな。予定より少し早いが浮上することにしよう」

 

こともなげに達也は頷いた。深雪のリクエストに不安を覚えたのは、切っ掛けを作ったリーナだった。

 

「予定より早いって、巳焼島から十分に離れなくて大丈夫なの?」

 

「もうすぐ日本海溝だ。カムフラージュには十分だろう」

 

「日本海溝って・・・まだ三十分くらいしか経っていないのに!?」

 

達也が告げた現在位置に、リーナが驚きの声を上げる。

 

「いったいどれだけスピードが出てるのよ?」

 

「最高で時速四百キロメートルだな」

 

「時速四百キロってことは・・・水中で二百ノット超ですって!?」

 

密閉されたエアカーの車内にリーナの叫び声が轟く。深雪は不快げに顔を顰めたが、達也は平然として眉も動かさなかった。

 

「大袈裟に驚くほどではないだろう。全盛期のスーパーキャビテーション魚雷でも二百ノットを記録している。このエアカーは国防軍のムーバルスーツや君たちのスラストスーツと同じ様に、周囲に空気の繭を形成し飛行中の抵抗を軽減する。水中ではこの空気の繭がスーパーキャビテーションと同じ効果を発揮するんだ」

 

「・・・そういうものなの?」

 

「現実を否定しても意味はない」

 

完全に納得しているようには見えなかったが、リーナはそれ以上質問も反論もしなかった。

車体を上に向けて、エアカーが海面へ浮上する。後ろ向きで航行していたエアカーを進行方向に向けて反転させ、さらに水平ポジションから仰角を大きく摂る姿勢に移行したのだが、リーナも深雪もその変化を感じなかった。四十五度を超えた角度で急上昇していると彼女たちが認識したのは、海面を離れた瞬間だった。

巳焼島から東に二百キロの海域は日の出の直後。朝日に煌めく海面が、自分たちが乗るエアカーの体勢を二人に教えた。僅かに夜の色を残した空へ、エアカーは真っ逆さまに落ちていく。――外から見れば仰角六十度で急上昇している状態だが、「落ちている」というのが深雪とリーナの、嘘偽り無い実感だった。

 

「深雪、ステルスコントロールを頼む」

 

「は、はいっ」

 

景色に見入っていた深雪が、達也の指示に慌てて応えを返す。電磁波迷彩魔法の制御が達也から深雪に手渡された。外気温と同じ波長の赤外線と単色の可視光のみを放出し、他の電磁波を一切反射しない魔法のスクリーン。その偽装魔法から解放された達也は飛行魔法に力を集中する。エアカーは瞬く間に、時速一千キロに達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原子力潜水空母『バージニア』とのランデブーポイントは、日本の東千キロ、水深二百メートルの海中だ。『バージニア』は昨晩から当該海中に待機していることになっている。だが本当に約束のポイントで待っているのかどうかは、通常の手段では知り得ない状態だった。

ミッドウェー監獄およびパールアンドハーミーズ基地襲撃の手助けをしたことを含め、『バージニア』が取った一連の行動は正式な命令に基づくものではない。現在位置を知る者も、太平洋艦隊司令部の一部の者に限られている。傍受の恐れがある信号や通信を発進するのは不可能な状況だ。しかしそれはあくまでも、通常の手段では分からないということに過ぎない。達也の「眼」は百キロ手前から既に原潜空母の位置を捉えていた。

 

「リーナ、着いたぞ」

 

エアカーを『バージニア』の直上上空、海抜十メートルに停止させ、達也は振り向いてリーナに声を掛けた。

 

「入り方は分かるな?」

 

潜水艦は通常、水中でクルーが乗り降りすることを想定していない。しかし、表向きは禁止されている原子炉を搭載した潜水艦には、秘匿性を高める為に水中で使える出入り口が設けられていた。

 

「大丈夫よ。バージニアは初めてだけど、同型艦には乗った経験があるから」

 

リーナの返事に頷いて、達也は後部座席の扉を開放した。

 

「達也、いろいろとありがとう。何か決まったら連絡するわね」

 

リーナは軽く手を振り、十メートル下の海面にダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原潜空母『バージニア』のパッシブソナーは、リーナが海に飛び込んだ音を捉えていた。

 

「分単位でほぼ時間通りか。日本人が時間に几帳面というのは、嘘ではないらしい」

 

ソナー員から報告を受けてマイケル・カーティス艦長は感心しているのか呆れているのか分かりにくい口調で呟いた。

 

「係の者は御客様の乗艦準備に掛かれ。水中ハッチを使用するのは久しぶりだ。浸水を招くようなドジは踏むなよ」

 

アイ・アイ・サー、という返事が重なって聞こえる中で、一人の壮年士官がここに――戦闘指揮所CICに入室する。その士官は、そのまま艦長席に歩み寄った。

 

「艦長」

 

「カノープス少佐。シリウス少佐を名乗る少女が間もなく到着するようだよ。真っ直ぐ潜ればいいだけだから、道に迷ったりはしないはずだ」

 

カーティス艦長が先回りするようにそう告げる。今この場にカノープスが姿を見せる理由はリーナ関連以外にない。

 

「そうですか」

 

それを証明するようにカノープスが相槌を打つ。

 

「でしたら私も、彼女を出迎えたいのですが」

 

その上でCICに足を運んだ用件を切り出した。

 

「いいとも。許可しよう」

 

もしリーナとカノープスが手を組んで暴れたら、この巨大潜水艦といえど簡単に沈んでしまう。カノープスはリーナに対する人質になり得る存在であり、逆もまた言える。艦の安全を考えれば二人を簡単に引き合わせるべきではないのだろうが、その様な懸念を全く懐いていないカーティスはカノープスの要望に快く許可を出した。

カノープス――ベンジャミン・ロウズはマイケル・カーティスにとって伯母の孫、上流階級の間ではそれ程遠くない血のつながりだ。それにこの仕事は一族の重鎮であるワイアット・カーティス上院議員の強い要請によるもの。今更カノープスを疑う理由は何処にも無かった。

 

「ありがとうございます、艦長」

 

敬礼するカノープスに、カーティスは座ったまま答礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナを降ろして帰途につくエアカーの車内は、達也と深雪の二人きりの密室。誰にも邪魔されない空中デートのシチュエーションであるにも拘わらず、深雪は浮かない顔だ。

 

「どうした、深雪」

 

深雪が何事か言い難そうにしているのを察して、達也は自分から話しかけた。

 

「何か聞きたいことでもあるのか?ここにいるのは俺たちだけだ。他人に聞かれる心配は要らない」

 

重ねて問われ、深雪が躊躇いがちに口を開く。深雪も、決して第三者に聞かれる心配のない状況だからこそ、心に秘めた不安の種について相談するかどうか迷っていたのだ。

 

「水波ちゃんのことですが」

 

「ああ」

 

達也は水波に関する話題であることを予期していたような口調で相槌を打った。

 

「達也様、水波ちゃんにゲートキーパーの魔法をお使いになっては・・・いませんよね?」

 

『ゲートキーパー』は魔法式が魔法師の精神から対象となる事象へ投射される際の通路である『ゲート』を監視し、魔法式の通過を検出した直後、当外魔法式を破壊する事で魔法技能を無効化する技術だ。

 

「使っていない。水波の症状にゲートキーパーは無意味だ」

 

前述した通り『ゲートキーパー』は作成された魔法式を発動過程で破壊する魔法。魔法式を構築する魔法演算領域の活動を制限するものではない。水波の心身を脅かす「魔法演算領域のオーバーヒート」を防ぐ効果は無い。

 

「何故そんなことを?」

 

「それは・・・」

 

深雪の瞳に迷いが過る。口籠った深雪の代わりに、達也が答えを口にする。

 

「水波から魔法力が感じられないからか?」

 

深雪は達也に向けていた両目を見開いた。

 

「私の気のせいでは無かったのですね?」

 

「気のせいではない。水波の魔法を行使する能力は、完全に封じられている。感覚の方は一応活きているようだが・・・もしかしたらそちらも、大幅に制限されているかもしれない」

 

「感覚まで・・・光宣くんが何かしたのでしょうか」

 

顔一杯に不安を湛えて深雪が尋ねる。彼女が何を恐れているのか、改めて確かめるまでもなかった。だからこそ深雪は頭を抱えていた

 

「ですが・・・水波ちゃんからパラサイトの匂いはするのですが。完全にパラサイトじゃないと言いますかなんと言いますか・・・」

 

「そこら辺も含めてあとで凛に見てもらおう。詳しい話がわかるかもしれない」

 

「そうですね」

 

精神干渉系魔法の専門化なら四葉家にもいる。いや、その成り立ちからして十師族の中で質・量ともに最も多く精神干渉系魔法の遣い手を抱えているのが四葉家だ。それなのにこの場で、例えば津久葉家の名が上がらなかったのは、二人が四葉家よりも凛を信用している、というより今でも四葉家を信用しきれていない証だった。



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カノープスとの再会

海中から海底方向へまっすぐ進んだリーナは、『バージニア』の所へ迷わずたどり着いた。――軍事に関する限り、彼女はそれほどドジを踏まない。

リーナは艦体上部に除いているワイヤーアンテナの先端を掴み、艦内との有線通信接続を確立する。

 

「バージニア、こちら特務作戦軍魔法師部隊スターズのアンジー・シリウス少佐・乗船許可を願いたい」

 

本来であればリーナは既に退役しているので、この名は相応しくないだろう。だがあくまでも今はUSNAの魔法師としてこの場にやってきているので、この名を名乗るのが当然だとリーナは考えたのだ。信じてもらえないだろうと思っていたリーナの予想に反して、応えはすぐに返って来た。

 

『こちら太平洋艦隊バージニア艦長マイケル・カーティス大佐だ。貴官の乗艦を認める。素顔で入ってきてもらいたい』

 

返信を寄越したのが艦長直々というのも予想外なら、偽装魔法を解いて入ってこいという指示も意外だった。

 

『アンジー・シリウスがこんな所にいるはずないからな。心配しなくてもクルーには、スターズ総隊長を名乗る四葉家のエージェントがやって来ると伝えてある』

 

しかし理由を説明されれば納得できた。

 

「了解」

 

リーナはアンテナから手を離して接続を切り、艦体後部に回り込む。彼女は高部魚雷発射管を改造した水中乗降路に侵入した。

エアロックになっている二重ハッチを通り抜けたリーナは、出迎えの列に見えるカノープスの姿に、クルーに敬礼するのもヘルメットを脱ぐのも忘れて声をあげてしまう。

 

「ベン!よく無事で・・・!」

 

「リーナ、貴女こそ」

 

カノープスが「総隊長」と呼ばなかったのは艦長が語った「設定」を遵守しているからだ。不自然さが一切ないのは演技力の有無ももちろんあるだろうが、リーナに対し「総隊長」ではなくティーンの少女として接することにカノープスが慣れていたのが大きい。彼にはリーナより二歳年下の娘がいる。だからだろう、『シリウス』に課せられた暗殺任務に苦悩するリーナを放っておけず何かと世話を焼いていた。

そんなカノープスに、リーナも精神的に依存していた面がある。彼女がカノープスの境遇を特別気に掛けていたのはその為だ。感動の再会を見守る原潜クルーはそうした事情を知らなかったが、彼らの眼差しは好意的なものだった。

周囲から注がれる生温かい視線に気付いて、リーナは今更のように姿勢を正しヘルメットのシールドを上げた状態で敬礼する。クルーの答礼を受けて、彼女はヘルメットを脱いだ。ヘルメットの中に押し込められていた長い髪が流れ落ち、クルーの間からは感嘆のため息が漏れる。一口に金髪といっても、リーナの物ほど純金に近い輝きを持つ髪は珍しい。その煌めきに縁取られている顔も稀有の美貌だ。口笛が聞こえなかっただけ、抑制が効いているのだろう。

クルーたちの反応はリーナにとって慣れたものだった。彼女は特に気にした素振りもなく、カノープスに対し「艦長にご挨拶したいのですが」とリクエストした。

 

「リーナ、ついてきてください」

 

カノープスは丁寧過ぎない口調で応え、リーナを先導してCICに足を向けた。

 

艦長との対面が終わりリーナは今、潜水艦の中とは思えない立派な部屋でカノープスと向かい合っている。カーティス艦長が自分の部屋を貸してくれたのだ。艦長室には机とベッドだけでなくソファセットまで揃っていた。カノープスに勧められるまま三人掛けのソファの右端にリーナは腰を下ろす。

 

「ベン、私が出ていった後のことを教えてください」

 

向かい側にカノープスが座るの待って、彼女はそう問いかけた。

 

「私も総隊長が脱出した後、すぐにミッドウェーへ送られたので、大したことはお話し出来ませんが・・・」

 

カノープスはジョンは一体どうしたのだろうかと思いつつもそう前置きして、自分がミッドウェー監獄に送られた経緯を説明した。

 

「・・・カペラ少佐はパラサイトに屈していなかったのですね?」

 

スターズ第五隊隊長、ノア・カペラ少佐。スターズ恒星級魔法師の中で最年長、軍歴もまた最長。スターズ本部基地司令のウォーカー大佐もカペラの言葉は無視できないという、権限は兎も角として影響力ではリーナやカノープスを上回る隊員だ。カペラがパラサイト陣営につかなかったという情報に、リーナはホッと胸をなでおろした。

 

「カペラ少佐は中立です。こちらの味方になったわけではありませんよ」

 

「敵にならなかっただけで十分ですよ。他の隊長の態度はどんな感じですか?」

 

「ハーディがお伝えしていると思いますが・・・第三隊アークトゥルス大尉、第六隊リゲル大尉、第十一隊アンタレス少佐がパラサイト化しています。第四隊のベガ大尉もおそらく、パラサイトになっているでしょう」

 

「シャル――ベガ大尉には日本で会いました。彼女とデネブ少尉、レグルス中尉は四葉家の魔法師に斃され、取り憑いたパラサイトの本体も封印されました」

 

「そうでしたか。四葉の魔法師が・・・」

 

カノープスが言葉を切って考え込む。四葉家の戦闘力に警戒感を懐いているのだろうか。彼の沈んだ表情を見て、リーナはそう思った。カノープスが沈黙に閉じこもった時間は短かった。

 

「・・・私がミッドウェー監獄に護送された時点で明確にパラサイト側だった部隊長はその四人です。これは私の推測ですが、現在も状況は変わっていないでしょう。部隊長を含めた恒星級の隊員が新たにパラサイト化していることはないと思います。ですが、衛星級やスターダストの中でパラサイトが増殖している可能性は否定できません」

 

「そうですね。恒星級隊員は兎も角、スターダストはパラサイト化が延命につながるかもしれませんし・・・・それを望んでパラサイトになるのなら、私には責められません」

 

目を伏せて哀しげに呟いたリーナが、気を取り直した表情でカノープスに視線を戻した。

 

「――とにかく、本部基地に残っている恒星級のパラサイトは第六隊だけというですか」

 

リーナのセリフに、カノープスが眼差しで説明を求める。

 

「四葉家の――いえ、隠しても仕方ありませんね。達也に聞いたのですが、アークトゥルス大尉とアンタレス少佐、サルガス中尉も達也が既に斃しているそうです」

 

「達也というと、質量・エネルギー変換魔法の戦略級魔法師・司波達也ですか?」

 

「そうです」

 

「私をミッドウェーから出してくれたのもその男ですね?」

 

達也はミッドウェー監獄でカノープスに名乗っていない。顔も見せていない。だが去年の冬にもスターズの標的になっていた達也の情報をしっかり記憶に留めていたカノープスは、自分を脱獄させた魔法師の正体に気付いていた。

 

「ええ」

 

頷いたリーナは、この時達也の素性隠蔽について深く考えていなかった。もしかしたら、達也が顔を隠していた可能性にすら思い至らなかったのかもしれない。リーナは自分が軽率な真似をしたと言う自覚皆無で、すぐに話題を変えた――いや、話を戻した。

 

「スピカ中尉の消息は分かりませんが、彼女のことは気にしなくて良いでしょう。スピカ中尉はベガ大尉が巳焼島を攻撃した際に、同じ船に乗っていました」

 

「巳焼島と言うのは、総隊長が保護されていた四葉家の拠点ですね?」

 

カノープスの質問に、リーナが「そうです」と頷く。

 

「スピカ中尉は義理堅い性格です。ベガ大尉やデネブ少尉の仇を取らずに、本部へ帰還することはないでしょう」

 

「そうですね。確かに彼女には、そういうところがありました」

 

リーナの推測にカノープスが賛同を示した。

 

「・・・総隊長は本部基地に戻るおつもりですか?」

 

その上でリーナがこれからどうするつもりなのか、彼女の言葉から割り出して見せる。

 

「そのつもりです。何時までも逃げ回っているみたいに思われるのは不本意ですし、ベンも脱獄囚の汚名に甘んじるつもりはないでしょう?」

 

「・・・そうですね」

 

カノープスの目に好戦的な光が宿る。リーナにカノープスを挑発する意図は無かったが、結果を見れば彼女の答えは彼の心に火を点けたようだ。

 

「それに、これ以上スターズをパラサイトの好きにさせられません。幸い、手強いパラサイトは達也が斃してくれました。今がやつらの影響力を一掃するチャンスだと思います。ベン、力を貸してください」

 

「もちろんです、総隊長」

 

リーナの頼みに、カノープスは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の超知覚力は『精霊の眼』と名付けられているが、透視や遠隔視のように映像を捉えるものではない。『精霊の眼』は視覚情報を含めたあらゆる物理的な情報と想子情報体によって構成される魔法的情報を認識する能力だ。思考を読むことはできないが、声に出された言葉であればその意味を耳で聞いているのと同様に理解できる。

そこに物理的な距離は関係ない。魔法の障碍となるのは物理的な距離ではなく、情報的な距離だ。対象の位置情報が実感として把握できていれば――抽象的な数字の羅列ではなく確かにそこにある、あるいはそこにいるという実感を伴って認識できれば、魔法は問題なく行使できる。『精霊の眼』は全ての物理的、魔法的情報を五感で体験する以上の確かさで使用者にもたらす。そこには検索対象の位置情報も含まれる。位置情報を読み取ることで相手の実在を確認し、相手を実感することで位置情報を確定すると言うのはある種の循環定義のように思われるが、実際には二つの認識が同時に成立しているわけではない。

達也は観測・記録済みの個体情報――その者を他者が識別する情報――を手掛かりに位置情報を取得し、今度はその座標に「眼」を向けて個体情報を発見することでその相手が「そこにいる」という事実を確定している。名前しか知らないような存在の位置を特定できる程、彼の『精霊の眼』は万能ではなかった。また『仮装行列』のようにエイドスレベルで位置情報を偽装されると、「眼」を向けるべき正しい座標が入手できず位置確定に失敗してしまう。

今回のケースでは探す相手が良く知っている相手であり、またコンタクトを取る時間もあらかじめ決めてあったので、達也は魔法的な妨害を受けることもなくすんなり彼女を「視界」に収めた。日本時間七月二十八日午後四時。達也は巳焼島の自分の部屋で、虚空に向かって話しかけた。

 

「リーナ、聞こえるか?」

 

「(感度良好よ、達也)」

 

太平洋海中の原潜空母『バージニア』でリーナの発した言葉が、意味となって達也の意識に流れ込む。リーナが受け取っているのは達也の魔法で再現された彼の声だ。達也は振動系統魔法により、リーナの耳元の空気を振動させることで自分の声を届けている。独り言のように実際に声を出しているのは、魔法で一から音声を合成するより実際に空気を震わせている音を複製する方が簡単だからだ。そして達也はリーナの応えを、『精霊の眼』で読み取っている。

こうして二人は巳焼島と通信封鎖中の『バージニア』艦内の間で意思疎通を実現させていた。

 

「カノープス少佐とはゆっくり話せたか?」

 

「(ええ、達也。艦長にもすごくよくしてもらって・・・貴方のお陰よ。本当にありがとう)」

 

「カーティス艦長の対応は俺の功績ではないさ。それで、今後の方針は?」

 

「(それなんだけど・・・)」

 

「帰国することに決めたか」

 

「(え、えぇ。やっぱり一度、戻ろうと思う。今の不安定な立場のままじゃ、貴方たちにも迷惑をかけると思うから)」

 

「迷惑などではないが、君がそうすべきだと考えたのならそうした方が良いだろうな」

 

「(ありがとう、達也。身辺整理が終わったら、私の方から連絡するわ。深雪にもそう伝えてくれるかしら)」

 

「分かった、伝えておく。では、元気でな」

 

そうメッセージを送って、達也はコンタクトを切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也との会話は彼の魔法技能による一方的なものだ。通信機のように、分かりやすいインジケーターは無い。

 

「ええ、貴方も・・・って、もう切れてるのか」

 

ただ何となく、自分に向けられていた視線が去ったような感じはあった。ここと巳焼島を繋いでいた魔法を達也が解除したのだと、リーナは判断した。

 

「・・・まさか、こっそり覗いたりしていないわよね?」

 

試しに、あえて声に出して呟いてみる。達也からの抗議の声は帰ってこない。

 

「・・・達也のシスコン」

 

恐る恐る呟いたこの一言にも、やはり反応は無い。リーナは今度こそコンタクトの切断を確信して緊張を解いた。達也が使う『精霊の眼』の性質をリーナは詳しく知らない。ただ視覚・聴覚を包含する極めて高度な遠隔感知だということは理解していた。

今だって声を拾っていただけではないはずだ。一方的に見られていると意識するのは、ひどく気疲れするものだった。多分リーナでなくても、誰でもそうだろう。彼女くらいの年頃で、見ている相手が異性なら尚更だ。

単に達也が反応を返さないだけで、ずっと監視されている可能性もあるとリーナは気付いていたが、彼女はそれを考えないようにしている。

彼女は椅子から立ち上がり、ベッドにごろりと横になった。まだ就寝には早すぎる時間だが、ここはカーティス艦長が手配してくれた高級士官用の個室だ。多少だらしない真似をしても、見咎める者はいない。

 

「(まずはベンに被せられた冤罪を晴らさなくちゃね・・・カーティス上院議員やおじさまが力を貸してくれるはずだけど)」

 

カノープスの脱獄は彼の大叔父に当たるワイアット・カーティス上院議員が達也に依頼したもの。いくら何でも、助け出しただけで後は放置ということはないはずだ。

カノープスの名誉回復は、ワイアット・カーティスの目的にも適っている。参謀本部を屈服させることは、彼の政治力誇示に役立つだろう。ただ問題は、リーナの身の振り方についてまでカーティス上院議員が味方してくれるかどうか。もしかしたら、上院議員はリーナの希望を認めないかもしれない。

 

「(・・・その時はその時よ。脅迫にも懐柔にも、絶対に応じない。我が儘と言われても、横暴と言われても、押し通す。だって私は、帰るって決めたんだから)」

 

何かを掴み取ろうとするように天井に手を伸ばしたリーナの脳裏には、達也と深雪の顔が浮かんでいた。



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クラークの焦り

リーナとのコンタクトを切ってすぐ、実は手が届く位置に座っていた深雪を促して、達也は二人でヴィジホンの受像機を兼ねる壁面ディスプレイの前に立った。コールした先は四葉本家。画面に登場した葉山は、達也のリクエストに応じてすぐに真夜と交代した。

 

『達也さん、こんばんは』

 

先に話しかけたきたのは真夜だった。時刻はまだ四時過ぎだ。「こんばんは」より「こんにちは」の方が妥当だろう。達也の方は、そんなことで悩む必要は無かったが。

 

「失礼します、母上。ただ今、お時間はよろしいでしょうか」

 

『大丈夫よ。予定通りですもの。リーナさんの件ね? カノープス少佐とは無事に合流できたのかしら?』

 

「はい、本人がそう言っていました」

 

リーナを『バージニア』に送っていった件は、当然ながら事前に真夜も了解済み。先程リーナと話をしたのも、その結果を真夜に報告するのもあらかじめスケジュールに組まれていたことで、後者はリーナも了承済みだ。

 

『それで、リーナさんはこれからどうすると?』

 

「帰国して身辺を整理すると言っていました」

 

『そうなのね』

 

達也の報告を聞いて、真夜は意外そうな顔を見せなかった。それは深雪も同様だ。彼女はリーナと会話する達也の言葉からだいたいの内容を理解していたが、リーナがこのまま帰国すると知っても、動揺は見せなかった。二人とも――達也を含めて三人とも、リーナが帰国を選ぶと予想していたのだろう。

 

『ところで達也さん、リーナさんの代わりは必要かしら?』

 

真夜の言葉は、深雪を護衛する者の派遣要否を問うものだ。水波にはもう、ガーディアンが務まらないことを真夜は承知している。昨日まではリーナが水波の代わりに同性の護衛役を務めていた。

 

「いえ、不要です」

 

即答する達也。彼が護衛の追加を断ったのは、水波の心情を慮ったのか、すぐに代わりを呼ぶのがリーナに対して薄情だと考えたからか、それとも、もっと別の理由によるものか。その真意を確かめるように、真夜がカメラの向こう側で目を細めた。

 

『・・・分かりました。必要性を感じたらいつでも言いなさい』

 

「恐縮です」

 

『他に何か、話しておきたいことはあるかしら』

 

「いえ、何も」

 

『そう。達也さん、今日はご苦労様でした』

 

真夜のねぎらいを受けて、達也が頭を下げる。彼が顔を上げた時には、ディスプレイは暗くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイ州オアフ島、現地時間七月二十八日午前九時。日本時間二十九日午前四時。ブラジルからの直行便でホノルルに着いたエドワード・クラークは、その足でパールハーバー海軍基地に向かった。

クラークは酷く焦っていた。原因はホノルルに向かう機中で手に入れた、司波達也退院のニュースだ。達也の怪我が治ったことに、ショックを受けたのではない。クラークは最初から、達也の入院は偽装だと確信していた。退院は、偽装の必要がなくなったということ。つまり、反撃の準備が整ったということではないか・・・クラークは、そんな焦りに捕らわれたのだった。

論理的に考えれば、クラークが懐いた焦慮には何の根拠もない。彼が主導したディオーネー計画は完全に勢いを失っている。世界は今や、より具体的な利益が見込まれる恒星炉プラントの方に関心を寄せている。

仮にディオーネー計画に沿って金星開発が開始されたとしても、達也に参加を強制することは、もうできないだろう。ディオーネー計画は達也がいなくても実行可能だが、恒星炉プラントは達也を抜きにしては成り立たないからだ。つまり客観的に見て、クラークは達也にとって既に脅威ではなくなっている――クラークが何もしなければ。

彼の焦りは、敗北を認められないが故のものかもしれない。チェックメイトが見えているからこそ、勝敗をひっくり返す賭けを急いでいるのだろう。そしてここパールハーバーには、逆転の一手が用意されているはずだ。クラークはそれを自分の目で一刻も早く確かめたかった。長旅で疲れた彼にとって幸いことに、空港と

基地は隣り合っているようなものだ。休憩時間を挟まなくても、負担にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペンタゴンから話が通っていたのだろう。基地にはすぐに入ることができた。それだけではない。クラークは今、最新鋭艦の中枢に招かれていた。

 

「ようこそ、ドクター」

 

指揮官席から立ち上がった女性士官は、クラークをそう呼んだ。

 

「私はこの強襲揚陸艦グアムの艦長、アニー・マーキス大佐です」

 

マーキス大佐の挙手礼を受けて、クラークは丁寧なお辞儀を返した。

 

「初めまして、マーキス大佐。国家科学局のエドワード・クラークです。この度はよろしくお願いします」

 

クラークは相手の為に歩み寄ろうとして、一歩目を踏み出す前に止めた。この時代でも女性の艦長は珍しい。正直なところ、クラークはマーキスにどう接するべきか戸惑っていた。そんなクラークの態度はマーキスにとって見慣れたものなのだろう。何ら気に掛けた素振りもなく、クラークに向かい側の席を勧めて指揮官席に座り直した。

 

「早速ですが、ドクター。私は貴方の意向を最大限適えるよう作戦本部から直接命じられています。出動目的も貴方から聞くように、と」

 

マーキスはクラークに鋭い視線を向けながら、そう切り出した。

 

「艦隊司令部を飛び越えて作戦本部が一艦長に直接命令を下すのは異例なことです。ドクター、貴方は本艦に何をさせたいのですか?」

 

マーキスの問いかけにクラークは一言、「大いなる脅威の排除」と答えた。当然これだけで艦長が納得するはずはない。

 

「もう少し具体的にお願いします。まず、目的地は何処ですか」

 

マーキスは忍耐強い性格のようだ。彼女は声を荒げることもなくこう尋ねた。

 

「・・・目的地は東京の南南東約百八十キロ。現地名で『巳焼島』と呼ばれる島です」

 

クラークは少し戸惑った素振りを見せたが、結局正直に答えた。彼は同盟国の領土を攻撃すると聞いたマーキス艦長が任務をボイコットすることを恐れたのだが、どうせ出航の段階で目的地を告げなければならないとすぐに気付いたのだ。

 

「――ではドクターの仰る『脅威』とは、司波達也のことですか」

 

マーキスがほとんど時間を掛けずに正解にたどり着いたのは、クラークが達也に固執していたのをマスコミ報道で知っていたからだ。表向きは金星開発の為に必要な人材を求めるという態を取っていたが、軍事的な視点を持つ者にはクラークが達也をUSNAの支配下に置こうとしている意図が見え透いていた。

隠していた狙いを言い当てられて、クラークは一瞬、顔を強張らせる。しかし彼が動揺を見せたのは、精々一秒に満たない時間のことだった。

 

「司波達也は一昨年十月末に、朝鮮半島南端で大量破壊を引き起こした質量・エネルギー変換魔法の遣い手です」

 

マーキス艦長が目を見開く。今度は彼女が驚きを露わにする番だ。『マテリアル・バースト』に関する情報を、彼女は持っていなかった。

 

「質量・エネルギー変換魔法・・・『灼熱のハロウィン』の? 確かな情報ですか、それは?」

 

「確かです。しかも日本政府は司波達也をコントロールできていません。あの者の存在は政治的に不安定で、あまりにも危険です。実際に脅威と化してからでは遅すぎます。今の内に除いておかなければ」

 

クラークの執念が熱く黒い情念の炎となってマーキスを呑み込む。

 

「・・・ドクターのお考えは分かりました」

 

圧倒されたように、マーキス艦長は頷いた。

 

「しかしそれならば、本艦のような強襲揚陸艦より遠距離攻撃能力を持つミサイル艦や対地飽和攻撃力を有する砲撃艦のほうが良かったのでは?」

 

艦長が言う砲撃艦は前回の大戦(第三次世界大戦)で出現したフレミングランチャーを主武装とする戦闘艦のことだ。フレミングランチャーはレールガンを大型化し、弾速より連射性に重きを置いた艦載兵器。大型爆弾を速射砲並みの連続発射速度で射出し、主として地上の固定目標に飽和攻撃を行う。

拠点制圧ではなく破壊・抹殺が目的なら、艦長の言う通り上陸作戦を任務とする強襲揚陸艦よりミサイル艦や砲撃艦が適しているだろう――普通の相手ならば。

 

「爆撃では仕留めきれない可能性が高い。確実に抹殺する必要があるのです」

 

「それ程の相手ですか・・・」

 

マーキス艦長が、戦慄に捕らわれた表情で呟く。

 

「上陸要員はこちらで用意しています。艦長はすぐに出港できるよう、準備を終わらせてください」

 

「了解しました。明日の正午には出港できるよう、準備を整えます」

 

マーキスから、それ以上の質問や反論は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十九日、月曜日。ハワイでは伊豆諸島・巳焼島攻撃準備が着々と進み、新ソ連でもこの機に乗じて日本とUSNAに対し同時に打撃を加えるべく水面下で戦力が展開していた。しかし危機はまだ表面化していない。達也もまだ、USNAと新ソ連の火遊びに気付いていない。

この日、彼は久々に朝から自室で寛いでいた。この平和がほんの短い一時の物だと、達也は理解している。水波は取り戻したが、光宣は行方不明。ディオーネー計画は無害化しているが、黒幕のエドワード・クラークは健在なままだ。いったんは大ダメージを与えて撃退したベゾブラゾフも、このまま黙ってはいないだろう。遠からず決着の時が訪れると分かっているから尚更、休める時に休んでおこうと達也はかんがえたのだった。

もっとも今の達也を他人が見れば「休んでいないじゃないか」とツッコミが入るに違いなかった。彼が向かっている机の上には、起動式編集用ワークステーションのコンソールと大型モニター。部屋にBGMこそ流れているが、彼の指は絶え間なくキーボードの上を移動している。達也は来たるべき決戦に備えて、新魔法の開発に取り組んでいるのだった。

開発は、開始というより再開だ。ベースとなっているのはベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』に使われていた『チェイン・キャスト』。吉祥寺真紅郎を通じて一条将輝に渡した戦略級魔法『海爆』の開発と並行して進めていた大規模魔法の起動式作成。光宣に攫われた水波を取り戻す為に中断していたそれに、達也は改めて取り組んでいた。

他人から見れば仕事かもしれないが、達也にとってはあくまでも余暇の有効活用でしかない。だから他の用事が入れば、すぐに中断できる。

 

『・・・お兄様。もしよろしければ、少しお時間を頂戴できないでしょうか』

 

例えばこんな風に深雪のリクエストがあれば、迷うことなくそちらが優先される。

 

「良いよ」

 

『恐縮ですが、私の部屋までご足労いただけませんか・・・』

 

「分かった。今行く」

 

彼は内線通信機にそう答えて作業結果を保存し、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪の部屋は、ツインベッドの寝室を挟んだ奥にある。寝室を通り抜けていくこともできるが、達也はいったん廊下に出て深雪の私室のドアをノックした。

 

「どうぞ、お入りください」

 

深雪の返事と共に、外開きの扉が開いた。返事をしたのは深雪だが、扉を開けたのは半袖のシャツとショートパンツの上からエプロンを着けた水波だった。深雪は部屋のほぼ中央で、恥ずかしそうに頬を赤らめて達也を迎えた。――全身を映し出す大きな鏡の前で、下着と見間違うような、真っ白なビキニだけを身に着けて。

 

「・・・」

 

達也は一歩下がった水波の横をすり抜けるようにして、素早く部屋に入った。そのまま後ろ手に扉を閉める。床面積百四十平方メートル、4LDKのこの別宅にいるのはここにいる三人だけだと彼には分かっていたが、それでもすぐに扉を締めなければいけ無いような気がしたのである。

 

「あの、ブラのサイズが合わなくなりまして・・・、下着を買い替えるついでに水着も新調しようかと」

 

達也に怪訝な顔を向けられて、深雪は目を泳がせながら言い訳のように説明する。

 

「――そうか」

 

達也は狼狽こそ見せなかったが、応える言葉はそれだけだった。

 

「それで、その・・・、選んでいただけませんか」

 

「・・・分かった。しかし弘樹じゃなくて良かったのか?」

 

「いえ・・・弘樹さんは凛の買い物に突き立っていて今は居ないんです」

 

「成程・・・」

 

達也の顔色に変化はない。だが微妙な表情の動きが、彼も気恥ずかしさと無縁でないことを示していた。水波が達也の前に進み出て、ARグラスを差し出す。それでようやく、達也は深雪が何故あんな恰好をしていたのか理解した。

深雪の前に置かれている、彼女自身よりも大きな姿見。あれはただの鏡ではない。鏡としても機能するARディスプレイ。鏡の中が客の鏡像に商品を重ねて映し出す、仮装試着室になっているのだ。

達也に渡されたARグラスは姿見の形をしたディスプレイとは別の角度から試着した姿を合成する。ARディスプレイが鏡に映った姿を映し出す物であるに対して、ARグラスはそれを掛けている者が見ることができることになる姿がリアルな視界に投影される仕組みだ。

白のビキニならば重なった映像の色や形を歪めてしまうことはない。着心地までは無理だが見た目だけなら、実物が無くても、いくらでも試着が可能だ。これはアパレル製品のオンライン通販用に開発された、最新のツールだった。

 

「えっと・・・水波ちゃん、始めてもらえる?」

 

「かしこまりました」

 

深雪の、まだ少し恥ずかしそうな声に応えて、水波が八インチのタッチパネルを操作する。

 

変化はすぐに訪れた。姿見に映る深雪はハイレグタイプのワンピースを身に着けていた。ARグラスを通した達也の視界にも、深雪の同じ姿が映っている。白地に大きな南国の花がデザインされた、少し大人っぽい水着だ。だからといって少しも背伸びをしている感はない。このところ日に日に色気を増している深雪には、少し物足りないくらいだ。

深雪がその場でゆっくりとターンする。ちょうど一回転してARディスプレイと正面から向き合った深雪が、首だけ達也へと振り向いて尋ねる。

 

「・・如何でしょうか?」

 

「そうだな・・・」

 

達也は心に浮かんだ感想をそのまま伝えようとして、ふと別のことに気を取られた。

 

「いや、少し待ってくれ」

 

「はい・・・?」

 

いきなりシリアスな声を出した達也に、深雪は不得要領な様子だ。

 

「水波」

 

「はい」

 

不意に名を呼ばれた水波も、深雪と似たような表情を浮かべている。達也は水波を更に困惑させる問いを放った。

 

「使用しているカタログはオンラインデータか?」

 

「はい、そうですが・・・」

 

試着に使うARデータはダウンロードすることもできる。だがそうする者はほとんどいない。データ量もさることながら、実物を試着しているのと変わらない完璧なAR映像を合成するのに必要な演算リソースを一般家庭で確保するのが難しいからだ。

試着する者のボディラインは一人一人違う。それに試着中は、じっと動かずにいるわけではない。見え方を確かめる為に、様々なポーズを取る。その動作も百人いれば百通りだ。そういう細かい差異をパターン化せずにその都度一から計算するのは、この時代のコンピューターを以てしても決して簡単ではなかった。

故にこのシステムの利用者は、ほぼ全員がサーバー側で合成したリアルタイムの映像をオンラインでディスプレイに映し出して使っている。深雪たちも特に迷わずオンラインデータを使用していた。そういう事情だから、達也の命令は水波を大層困惑させるものだった。

 

「いったん回線を切断してくれ。カタログをダウンロードして、オフラインに変更する」

 

「・・・ダウンロードにはかなり時間が掛かると思われますが?」

 

「これは一般消費者向けのサービスなのだろう? このビルの回線速度ならばそんなに時間は掛からない」

 

このビルは四葉家の司令塔の一つとして、軍事施設に匹敵する情報インフラが備わっている。平均的な家庭用ネットワークでタイムラグ無しに合成映像を閲覧できるなら、その元になっているデータ数が四桁に上ろうと、短時間でダウンロードできるはずだ。

 

「かしこまりました」

 

水波はそれを理解した印に、達也に向かって一礼した。そしてすぐに、試着用カタログのダウンロードに取り掛かる。

その一方で白のビキニ姿に戻った深雪が、達也の傍らに歩み寄って頭を下げる。

 

「お兄様、申し訳ございません。バイオメトリクス認証に利用される可能性がある身体データのオンライン送信を許すのは、私の立場では不用心でした」

 

深雪は達也の中止命令を、四葉家次期当主が守るべきセキュリティ確保の措置だと解釈して謝罪した。しかし彼女の言葉を聞いて、達也は軽く意表を突かれたような表情を浮かべた。

 

「いや、それだけではないのだが・・・」

 

「?」

 

それだけでは、といいながら、主な目的は別にあったような口ぶりに、深雪が訝し気な眼差しを達也に向ける。

 

「AR映像合成は自動的に処理されるとはいえ、サーバーに保存されているデータを運営会社の人間が閲覧しないという保証は無い」

 

「・・・そうですね。利用規約では人の目に触れないことになっていますが、データが流用される可能性は無視できません。お兄様はそれが悪用される事態を懸念されたのでしょうか?」

 

「それも、ある。だがそれ以上にお前の姿が、何処の誰とも知れぬ男の目に曝されるのが、多分、弘樹にも不愉快に思われるだろうな」

 

分のことであるにも拘わらず、達也の口調は確信に欠けていた。その言葉をどう解釈すれば良いのかと深雪が戸惑う。そこへ水波が、事務的な口調で口を挿む。

 

「達也さま、深雪様。ダウンロード、およびオフライン設定が完了しました」

 

そして意外そうに付け加える。

 

「こう申し上げては失礼かもしれませんが、驚きました。お兄様にも独占欲がお有りだったのですね」

 

水波の指摘に達也が目を見張る。そして「腑に落ちた」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「そうか・・・。これが独占欲なのか。これが、独占欲か・・・」

 

しみじみと呟く達也の前では、深雪が耳まで真っ赤に染め上げて俯いている。両手を重ねて胸の真ん中を抑える彼女の顔は、心の底から嬉しそうな笑みに彩られていた。



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ウォーカーへの追求

ハワイ州オアフ島、現地時間七月二十九日正午。日本時間七月三十日午前七時。エドワード・クラークとブラジルの国家公認戦略級魔法師ミゲル・ディアス、その弟アントニオ・ディアス、および多数のパラサイトを乗せた強襲揚陸艦『グアム』が、随伴する三隻の駆逐艦と共に日本へ向けて出港した。

日本軍の情報部は、『グアム』の出港自体は把握していた。だがクラークをはじめとする追加されたクルーに関する情報は掴んでいなかった。

その攻撃目標が日本であることも、まるで知らなかった。『グアム』の目的は通常の訓練航海だろうと、この時点の日本軍は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日本軍に対して、新ソ連の情報部は強襲揚陸艦『グアム』にエドワード・クラークとミゲル・ディアスが乗り込んでいることを探り出していた。情報部が事実として掴んでいたのはそれだけだが、ハバロフスクに滞在中のベゾブラゾフはその情報から『グアム』の目的が司波達也の抹殺にあることを正確に推測していた。

達也に手痛い敗北を喫しても、新ソ連におけるベゾブラゾフの権威は損なわれていない。たとえ個人的な推測であっても、彼の言葉には軍を動かく影響力があった。

ハバロフスクの東シベリア軍司令部はベゾブラゾフの助言に従い、カムチャッカ半島から最新鋭のミサイル潜水艦『クトゥーゾフ』を出港させ、ビロビジャン基地に配置されている極超音速ミサイルの発射準備に着手した。いずれも目標は、日本の巳焼島。

この様に巳焼島奇襲作戦についてはベゾブラゾフが日本軍は素より、エドワード・クラークよりも一枚上手を行っていた。しかしアメリカ本土で対日戦略を根底から揺るがす事態が進行しているとは、ベゾブラゾフの知性を以てしても、推察すらできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

USNA連邦軍参謀本部直属魔法師部隊・スターズの本部基地は、ニューメキシコ州ロズウェルの郊外にある。――なお『ロズウェル事件』で有名な旧ウォーカー空軍基地ではない。

そのニューメキシコ現地時間七月二十九日午後五時、日本時間七月三十日午前七時。一機の小型VTOLがスターズ本部基地に到着した。その機体は連邦軍が所有する素性のハッキリした物だったが、来訪をあらかじめ知らされていなかった基地の職員は突然の着陸に少なからず右往左往する羽目になった。

目的も告げずに着陸した小型機を、予定外の時間外業務に従事したマーシャラ(滑走路誘導員)や整備員が不満と不安を懐いて取り巻いている。その視線の中、小型機から壮年の士官が下りてきた。スタッフの間にざわめきが走る。続いて機内から姿を見せた若い女性の姿に、ざわめきがどよめきに変わった。

二人は、基地の職員が良く知っている人物だった。最初に下りてきた長身の男性はスターズ第一隊隊長、ベンジャミン・カノープス少佐。二人目の赤毛で仮面をつけた女性はスターズ総隊長、アンジー・シリウス少佐。スタッフの間で、「本物か?」というささやきが交わされる。

しかし彼らの間に広がった無秩序な騒動は、三人目と四人目が姿を見せたことでピタリと収まった。その老紳士は、政治に興味が薄い若者でも名前くらいは聞いたことがあるという高い知名度を誇る大物政治家だ。軍に所属する者ならば、士官でなくても顔を知らないでは済まされない。影のCIA長官とも噂される上院議員、ワイアット・カーティスと、もう一人はUSNAの国内では一度は名を聞くほどの有名人。かのノース銀行北アメリカ支社代表取締役であり、元アメリカ政府上院議員でスターズ元副隊長ジョンソン・シルバーの父。ローズ・シルバーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カノープスとアンジー・シリウスに変身したリーナは、基地に着いてすぐウォーカー司令と会うことができた。ワイアット・カーティスが強くそれを望んだからだ。

司令官室でウォーカーと、デスクを挟んで対面するリーナ。ウォーカーの背後には彼の副官が、リーナの背後にはカノープスとカーティスが控えている。ウォーカーはカーティスに別室での饗応を申し出たのだが、カーティスはそれを断り、代わりにクッションの効いた椅子を持って来させて一人だけ腰を下ろしている。

 

「シリウス少佐、バランス大佐のサポートは完了したのか?」

 

金色の瞳を光らせて無言で敬礼するリーナに、ウォーカーは短い答礼の後、そう尋ねた。リーナは日本に逃亡する際、バランスの業務を手伝いという名目で脱走の嫌疑を免れている。ウォーカーの質問は、それを踏まえた一種の嫌味だ。

 

「今回の帰国については、バランス大佐の御許可も得ております」

 

リーナはその嫌味を、事務的な口調で受け流した。そのセリフはカーティス上院議員だけでなく、バランス大佐も味方につけていると匂わせるものだった。

 

「それで、用件は何だ?単なる帰投報告ではあるまい」

 

ウォーカーはリーナの背後に控えるカーティス議員に目を向けながら、本題に入るよう促した。彼の口調は階級を盾に取る威圧的なものだったが、リーナは怯まず、躊躇わず、即、それに応じた。

 

「ウォーカー大佐、貴方は基地司令として叛乱を鎮圧する立場にありながら、事後的に反逆者と共謀してカノープス少佐を冤罪で処罰しましたね? また、ベガ大尉、アークトゥルス大尉らの同盟国に対する不法な攻撃を幇助した疑いもあります」

 

「バカげたことを」

 

吐き捨てるようにそう言って、ウォーカーは一層威圧的な――というよりむしろ、脅迫するような目次でリーナを睨んだ。

「ベガ大尉らの行動は、シリウス少佐、貴官が日本の魔法師と内通しているという深刻な嫌疑があったが故のものだ。彼女やアークトゥルス大尉を叛乱分子扱いするのは、貴官自身の内通を誤魔化す為か?」

 

「ではどちらの言い分が正当が、内部監察局に判断していただきましょう」

 

「いや、それは・・・」

 

リーナの反論に、ウォーカーが目に見えてたじろぐ。内部監察局は前の大戦後に設立された、連邦軍内の不法行為を取り締まる部署。そこのナンバー・ツーをバランス大佐が務めている。叛逆や内通は軍事法廷の管轄だが、その検察役を担うのが内部監察局だ。査問委員会が組織された際は、これを指揮する。現在のケースでリーナが内部監察局の裁定を求めるのは連邦軍の制度上、間違っていない。しかしバランスがリーナの側についているのが明白なこの状況下でウォーカーが内部監察局の関与を忌避するのは、たとえ彼に後ろ暗さがなかったとしても、無理からぬことだろう。

 

「司法手続きに入る前に、参謀本部の意見を聞いてみてはどうかね」

 

言葉につまったウォーカーに(形式上)助け舟をだしたのはカーティス上院議員だった。

 

「上院議員閣下のご意見は、ごもっともと存じます。明日の朝一番に連絡してみましょう」

 

ウォーカーは安堵を隠せぬ顔で、その提案に乗った。――いや、乗ろうとした。しかし事態は、ウォーカーの思い通りに進まなかった。

 

「明日まで待つ必要はあるまい」

 

「しかし閣下。ペンタゴンはもうすぐ十九時です」

 

「大佐、その心配は無用だ。私から長官を通じて、参謀本部の方々には職場に残ってもらっている」

 

翻意を促すウォーカーの言葉を軽く切り捨てて、カーティスはカノープスに参謀本部へ通信回線をつなぐよう指示する。カノープスは即座に、その指示を実行した。ウォーカーの副官を押し退け――階級はカノープスの方が上だった――ヴィジホンの直通回線を開く。大型モニターの中では、統合参謀本部議長、副議長、陸軍参謀総長が待ち構えていた。

思いがけない面々に、ウォーカーは言葉を失ってしまう。その隙にリーナが先手を取った。

 

「お忙しいところ失礼します、議長閣下。アンジー・シリウス少佐であります」

 

『シリウス少佐、大体の話はバランス大佐から聞いているが、改めて君の口から説明を受けたい』

 

「ハッ!」

 

参謀本部議長の言葉を受けてリーナが陳述を始めようとする。

 

「お待ちください、議長閣下!」

 

我を取り戻したウォーカーが、それを遮った。

 

『ウォーカー大佐、君の主張は後で聞く。まずはシリウス少佐からだ』

 

しかし陸軍参謀総長にたしなめられて、ウォーカーは引き下がらずを得なかった。

 

『シリウス少佐』

 

改めて本部議長に促され、リーナはパラサイト化した隊員による叛乱に関連するウォーカーの罪状について述べ立てた。基地司令として反乱分子を鎮圧すべきだったにも拘わらず、逆にパラサイトと結託してその便宜を図ったこと。パラサイトに抵抗したカノープスに濡れ衣を着せ、アルゴル少尉、シャウラ少尉と共にミッドウェー監獄に収監したこと。スターズを私物化し、パラサイト化した隊員を日本及び北西ハワイ諸島に派遣したこと。

リーナは特に、カノープスに科せられた禁固刑が全くの冤罪であり彼の名誉が回復されるべきである点を強調した。

リーナの告発を、不快げに顔を顰めながら聞いていた陸軍参謀長がウォーカーに向かって『反論は?』と訊ねる。無論ウォーカーは、自らの無実を主張した。

 

『アークトゥルス大尉、ベガ大尉、レグルス中尉、スピカ中尉、デネブ少尉の出動について、参謀本部には承認した記録がない。これはどういうことだ?』

 

しかし副議長からこう指摘され、

 

『カノープス少佐の処分に関し、略式の軍事法廷しか開かれていないようだが・・・・そこまで急を要する案件だったのか?』

 

さらに参謀総長からこう詰問されて、ウォーカーは二人を納得させられる答えを返せなかった。彼に浴びせられた追及の問いは、それだけでない。参謀本部には既に、カーティス上院議員の意向を受けたバランス大佐から、ウォーカー大佐を「クロ」と判断するに十分な材料の提供を受けていた。

 

『ウォーカー大佐。残念だが、君の主張にはシリウス少佐の告発を退けるだけの説得力がない』

 

本部議長が一つため息を吐いた後、結論を告げる。

 

『大佐。現時点を以てスターズ本部基地司令官の任を解く。また明日正午、内部監察局に出頭せよ』

 

「――了解しました」

 

ウォーカーが背筋を伸ばしてそう応えたのは、せめてもの意地と矜持だったに違いない。彼の潔い態度に三人の幹部は満足げに頷いた。そして、モニター画面の中で本部議長がリーナの背後に立つカノープスへ目を向ける。

 

『カノープス少佐。君に科せられた禁固刑は参謀本部の権限で取り消す。この瞬間、少佐の名誉は回復されたことをここに宣言しよう』

 

「ありがとうございます」

 

議長はカノープスに向かって頷いた。

 

『シリウス少佐。正式に後任が決まるまで、総隊長に加えて基地司令官を貴官に任せたいと思うがどうだろう』

 

「恐れながら議長閣下。小官には基地司令の任に堪える経験がありません」

 

『自ら経験不足と申告するか・・・潔いことだ』

 

リーナの応えに面白そうに呟いた議長に続いて、副議長がリーナに問いかける。

 

『シリウス少佐。では誰が基地司令代行に相応しいと思う?』

 

「スターズ外の人事は、小官が口を挿むべきことではないと存じます」

 

『少佐の言はもっともだが、どうせ応急的な人事だ。そこまで堅く考える必要は無い。遠慮なく、貴官の所見を述べたまえ』

 

「ハッ、お言葉に甘えて申し上げます。経験に加えて専門的な士官教育を受けている点を鑑み、基地司令代行にはカノープス少佐が相応しいと考えます」

 

リーナの推挙はカノープスにとって唐突な物だったが、参謀本部の幹部にとっては、突拍子もないものではなく、むしろ妥当な意見だと感じられたようだ。

 

『シリウス少佐の意見を採用しよう』

 

ただこの決定はリーナの推薦によるものばかりではなく、クッションの効いた椅子の上に無言で控えているカーティス上院議員の存在も大きかったと思われる。

 

『基地司令官代行にはカノープス少佐を任命する』

 

その証拠にカノープスを指名した議長の目は、立っているカノープスの横に座るカーティスに向けられていた。

 

『カノープス少佐。正式な辞令は後日になるが、司令官代行就任に伴い、貴官には第一隊隊長を外れてもらうことになる。同時に、司令官代行に相応しい階級を与えるつもりだ。これまで貴官の階級は、総隊長であるシリウス少佐との兼ね合いで低く抑えさせてもらっていた。だが貴官の実績と能力を正当に評価すれば、とうに大佐に昇進していて然るべきだった。この人事の歪みを正すには良い機会だ。「代行」の文字が外れる日も遠くないと考えておいてくれ』

 

「・・・ハッ。ありがとうございます、閣下。謹んで拝命します」

 

直立不動の姿勢を取るカノープス。議長、副議長、参謀総長が頷き返し、通信が遮断された。



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動く情勢

リーナとカーティスがカノープスの基地司令官代行就任と大佐昇進内定を祝う一方で、ウォーカーが副官を連れて司令官室から退出する。リーナもカノープスも、それを引き止めなかった。

 

「ベン。司令官席に着いてください」

 

ウォーカーを引き止める代わりに、リーナはカノープスに司令官デスクへの着席を促した。躊躇うカノープスに、ワイアット・カーティスが「司令官が空席なのは問題だ」と急き立てる。その圧力に屈する形で、カノープスはウォーカーが使っていた椅子に腰を下ろした。

 アンジー・シリウスが満足げに頷き、その仮面を外す。赤毛が金髪に、金色の瞳が鮮やかな青に。背が縮み、身体付きが華奢になり、アンジー・シリウス少佐が消えて、九島リーナが本来の姿を取り戻した。

 

「ベン。記念すべき最初のお仕事がこの様なものになってしまうのは心苦しいのですけど」

 

「総隊長殿・・・?」

 

「基地司令代行閣下。これを受け取ってください」

 

リーナが懐から封筒を取り出す。カノープスに差し出されたそれには「退役届」と書かれていた。

 

「総隊長殿、これは!?」

 

「今回の叛乱はパラサイトが一方的に起こしたものですが、私の存在が切っ掛けになったのも事実です。私はスターズの総隊長に相応しくありません」

 

「だから責任を取って辞めると言うのですか!?」

 

「というのは、口実です」

 

「・・・はっ?」

 

「私がスターズの正規隊員になったのは十二歳の時でした。軍にスカウトされて訓練所に入ったのはそのさらに二年前です。訓練所入所から数えればおよそ八年間、私は軍以外の世界を知らずに過ごしてきました。去年の冬の、三ヵ月を除いて」

 

その三ヵ月間が達也の正体を探る為に日本で過ごした日々だと、説明されなくてもカノープスは理解した。

 

「ベン、私はもう、脱走兵や重犯罪魔法師を狩るのに疲れました。本当は犯罪者の処分なんてしたくないのだと、あの時に気づかされてしまったのです」

 

「リーナ・・・」

 

カノープスがリーナを愛称で呼ぶ。「総隊長殿」ではなく。

 

「そして再び日本に行って、私はもう自分を偽れなくなってしまいました。だから、私に余計な知恵を付けたあの二人に責任を取ってもらおうと思っています」

 

「・・・」

 

「無責任だという自覚はありますが、小娘の我が儘だと思って見逃してください」

 

「・・・連邦軍を辞めて、どうなさるおつもりですか?」

 

「日本で残り少ないハイスクールライフを満喫し、その後は念願のシルバー家に嫁ぎたいと思います」

 

カノープスの問いかけに、リーナは屈託のない、本物の笑顔で答える。

 

「・・・良いですね。それは良い。リーナ、貴女に心から楽しいと思える日々が待っていることを、私に祈らせてください」

 

心からの祝福と共に、カノープスは「アンジー・シリウスの退役届」を受け取った。――こうしてエドワード・クラークの巳焼島侵攻作戦は、新たな戦力となるパラサイトの供給元、スターズ、スターダストのバックアップを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地を後にする途中。リーナはローズに感謝をしていた。

 

「おじさま。今日はお呼びして申し訳ありません」

 

「構わんよ。私も息子を勝手にスパイ呼ばわりされた事には不満を持っていたからな」

 

「話を聞いた時には信じられませんでした」

 

そう言うとリーナはウォーカーを忌々しく思い出す。ジョンはリーナと再会した時にスパイ容疑をかけられていたことを話さなかった。理由は簡単で、もしそのことを話せばリーナが憤慨してスターズの基地にヘヴィ・メタル・バーストを容赦なく打ち込む可能性があったからだった。

ジョンも流石にそれはまずいと判断し、話していなかったが。ローズがうっかり喋ってしまった事でリーナもそのことを知る事となったのだ。

この時はローズもしまったと言う様子を浮かべたが。リーナは以外にも落ち着いた様子だった。そのことにローズがホッとしていたらリーナは皮肉たっぷりに文句を呟いたためにローズはこれがヘヴィ・メタル・バーストの代わりであることを願っていた。

そんなローズの願いはリーナに届いたのかは分からないがリーナは落ち着いた様子で基地を後にしていた。

 

「ああ、リーナ。この後はどうする。日本に向かうかい?もし日本に向かうなら飛行機を手配するが・・・」

 

ローズの提案にリーナは答える。

 

「そうですね。今ジョンのいる場所に行きたいと思います」

 

リーナはそう答えるとローズはすぐさま了解をした。

 

「分かった。君の要望に従おう。ジョンは今シカゴの本家にいる。数日は実家で過ごしなさい。」

 

「ありがとうございます。おじさま」

 

「おじさま。ではなくてお義父さんと言って構わないのだぞ。君はもう私たちの家族なのだから」

 

「いえ、お義父様と呼ぶのはジョンと婚姻をしてからにすると心に決めていますので」

 

「堅いな・・・家内も君に義母さんと呼ばれるのを楽しみにしておる。なるべく早くしておくれよ」

 

「・・・努力いたします」

 

リーナはそう言うとローズはその日が来るのを心待ちにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月二十九日 昼 太平洋公海上

 

太平洋に光学迷彩と陽炎の繭に包まれて一隻の空母が護衛もつけずに航行していた。

 

空母の名前は信濃。

第二次世界大戦中大和型戦艦の三番艦として1940年に起工。しかし1942年のミッドウェー海戦の大敗のより、四隻の空母を失った連合艦隊は空母の数を揃えるために建造途中であった本艦を空母へ改装することを決定。

1944年10月8日に進水。

同年11月19日空母信濃は竣工。残りの艤装、兵器の搭載をする為と横須賀への空襲を避ける為に信濃は三隻の駆逐艦と共に11月28日に呉軍港へと出港。

そして翌日11月29日。米潜水艦による雷撃により沈没。

竣工してからわずか10日で撃沈と言う軍艦史上最も短い艦命であった。

 

そんな空母の甲板上で凛は空を眺めて待ち人を待っていた。

大和型戦艦をそのまま流用しただけあり、飛行甲板は広大であった。凛が信濃に接近する一つの気配を感じるとその気配は繭を抜けて信濃に降り立つ。

 

「お待たせしました。姉様」

 

「ええ、おかえり弘樹」

 

そう言うと弘樹は甲板で待っていた凛に会うと弘樹は凛に何がか刻印され、紫色に光る水晶の棒を凛に手渡す。

 

「姉様に頼まれた物を持ってきました」

 

「ええ、ありがとう」

 

そう言うと凛はその水晶を()()()砕けた水晶は光となって凛の体に吸収される形で消えて無くなっていた。

水晶を吸収した凛は途端に少し顔色を悪くした。

 

「うへぇ・・・やっぱりこの感覚は気持ち悪くなるわね・・・」

 

「だったらお辞めになられては如何ですか?」

 

「こっちの方が手っ取り早いし情報体の吸収率が良いのよ。特にこう言う情報量の多い情報体はね」

 

そう言うと凛は手を軽く握っては広げると凛は小さく頷き、真剣な眼差しで海を見た。

 

「これで私は本領を発揮できる」

 

「・・・しかし、大丈夫なのですか?」

 

弘樹が心配そうに聞くと凛は小さく笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ。そう心配しなくても。死なない程度には考えてあるから」

 

「ですが・・・」

 

弘樹が心配をしていると弘樹の後ろから声が掛かる。

 

「そうよ。弘樹君。そう心配しなくても」

 

「あ、彩芽様・・・!?」

 

「お久しぶりです母上」

 

そこには彩芽が立っていた。彩芽は驚いている弘樹を横目に凛に近づくと凛の手を取る。彩芽は凛に改めて確認を取る。

 

「凛、貴方の楔を解くけど。本当にいいの?」

 

「ええ、構いません」

 

そう言うと彩芽は今度は弘樹の方を向く。

 

「弘樹君」

 

「はい!」

 

「今から凛の枷を外すの。弘樹君には今から溢れる霊子の調整をお願いね」

 

「わ、分かりました」

 

「ありがとう・・・じゃあ、行くわよ。凛、気をしっかりね」

 

「覚悟はできております。母上」

 

そう言うと彩芽は凛を抱き締めると彼女の額に口づけをする。すると次の瞬間、弘樹の視界が真っ白になる程の大量の霊子と想子が辺りに広がる。弘樹は咄嗟に霊子と想子を吸収する。気持ち悪くなるほどの大量の想子と霊子を吸収した弘樹は凛の姿を見て目を見開く。

 

「ね・・・姉様・・・」

 

弘樹が驚くと彩芽はホッと安心していた。

 

「よかった・・・気はまだ残っていたわね・・・」

 

「感謝します。母上」

 

「大丈夫よ。むしろ私は気が残っていたことが驚きだわ。それだけ何か()()()()()があったのね」

 

彩芽はそう言うと凛を見て思わず口に出てしまった。

 

「その姿だと。流石に人前に見せるのは難しいわ。注目を集めてしまうわね・・・」

 

「そう・・ですね。達也には理由をつけて数週間はここに過ごしましょうかね」

 

「でもあなたの今の状態だと貯蓄できる情報体の数も増えたから。あなたの設計した()()()()も実行できるわ」

 

「そうですね。しかし、『覚醒』したとはいえ。母上の言っていたような事にはなりませんでしたね」

 

「ええそうね。でも驚いたわ。まさかあなたが楔の事も覚醒の事も見つけていたなんて・・・」

 

「・・・偶々ですよ」

 

「そう・・・。じゃあさ・・・」

 

そう言って彩芽は何か凛に話しかけると凛は驚いた表情を浮かべ、彩芽は真剣な眼差しで凛を見つめていた。弘樹は彩芽が何を言っていたのかが分からなかったが凛の表情から何か重要な話なのだろうと予測すると凛は返答に困っていた。

 

「そう・・・ですね。少し考えさせてください・・・」

 

「そうね・・・また今度聞くわ。返事はいつでも良いから大丈夫」

 

二人はそう会話をすると彩芽は次元の壁を越え、信濃を去り、夢の王国へと帰った。凛は甲板上で彩芽の去った虚空を見つめていた。

 

「ね、姉様?」

 

「ん?何かしら」

 

弘樹は凛にさっきの事を聞いた。

 

「先程、彩芽さまと何を話されていたのですか?」

 

弘樹がそう聞くも凛ははぐらかした

 

「ああ、さっきのね・・・また今度話すわ。それよりも弘樹。そろそろ深雪の元に行きなさい。深雪が寂しがるわよ」

 

「・・・分かりました。では、失礼します」

 

弘樹は納得のいかない気持ちであったが信濃を去り、調布のマンションに戻って行った。

凛は弘樹が見えなくなったのを確認すると自分も船内に戻り、覚醒した自身の魔法力を馴染ませるのと新魔法の練習を始めた。



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佐伯の追放

七月三十日夜。この時点ではまだ、日本政府は国防軍も含めて、ハワイを出港した強襲揚陸艦『グアム』の目的に気付いていない。もし差し迫った脅威を認識していたら、悠長に内輪揉めなどしていなかったかもしれない。

いや、国防に関する主導権争いはあっただろうが、深刻な暗闘を引き起こすと予想される強引な手は避けただろう。だが実際には、巳焼島に守備隊を置く手続きが島の所有者である民間会社の応諾を得ることなく進められていた。

佐伯少将が主導するこの動きには、国防軍内部にも問題視する向きがあった。法的な措置を行わずに行政的な手段だけで私有地を軍が強制的に使用して良いのかという筋論から、八平方キロの小さな島に陸上部隊を配備する実効性への疑問、陸軍の将校が島嶼防衛を主導することへの反発、そして島の真の所有者である四葉家と対立することへの恐れ。

だがそれらの反対を押し切って、巳焼島への守備隊駐留はまさに実施されようとしていた。具体的には既に駐留部隊の選定は終了し、島を名義上所有する企業には八月一日に事後承諾の形で通知する予定になっている。四葉家が反撃に出たのは、全てのお膳立てが調ったこのタイミングだった。

二〇九七年七月三十日午後七時。国防陸軍総司令官・蘇我大将は一人の護衛と一人の秘書官、わずか二人だけのお供を連れて人目を憚るように都内の会員制クラブを訪れた。蘇我は知らないことだが、そのクラブはおよそ二週間前、達也がワイアット・カーティスと引き合わされた店だった。

 

「お忙しいところ、お越しいただきありがとうございます、閣下」

 

二週間前をなぞるように、個室に案内された蘇我一行を出迎えたのは四葉家の葉山執事だ。しかしあの時と違って、葉山の背後には真夜が控えていた。

 

「ご無沙汰しております、閣下。またお目に掛かれて光栄に存じます」

 

「こちらこそ。本日はご招待、ありがとうございます」

 

真夜の挨拶に、蘇我大将が表面上にこやかな表情で応える。しかし彼の心は、警戒心で満ちていた。四葉家の私有地である巳焼島に部隊を駐留させる件を主導しているのは佐伯少将であり、この事案で佐伯の後ろ盾になっているのは大友参謀長だ。賛成はしていないが、反対もしていない。

だが陸軍の部隊展開に着いて、最終的な責任を負うのは陸軍の総司令官である蘇我だ。消極的だからと言って、責任を免れない。

そもそも蘇我の本音は、佐伯の暴挙を止めたいのだ。確かに、国外勢力の攻撃を受けたばかりの場所に守備隊を駐留させる必要性は否定できない。だがそれは法令に則って行われるべきであり、超法規的措置に訴えなければならない程の緊急性を彼は認めていなかった。何と言っても、四葉家には巳焼島を自衛する力がある。民間に国土の防衛を委ねるのは、国防軍の幹部として面白くないのは確かだ。しかし重要なのは国外勢力の侵攻を許さないことであって、無用な摩擦を招いてまで現在上手く機能している防衛体制を弄る必要は無いと蘇我は考えていた。USNAとの同盟関係が揺らぎ、新ソ連による再侵攻の脅威が消えぬ今、権力闘争に興じている余裕など国防軍には無いのだ。

だが陸軍のトップとして「国防軍の面子に関わる」という論法を持ち出されては、積極的に反論しにくい。「面子などより法秩序の方が大事だ」というのは背広組の論理だ。制服組の幹部としては、部下の士気を損なう言動は避けなければならない。

その結果、蘇我はこの件について容認の立場を取らざるを得なかった。しかしそんな内向きの理屈で、四葉家を納得させられるとも考えていない。真夜と同じテーブルに着き、勧められるままにグラスを傾けて舌鼓を打っても、蘇我の意識はこの場をどう切り抜ければ良いのか、それだけに囚われていた。

 

「(いっそのこと首謀者の佐伯を処罰する名目があれば、それを理由に配備計画を潰すこともできように・・・)」

 

忌々しげに蘇我がそう考えた、丁度のその時。真夜は世間話でもするような雰囲気で口を開いた。

 

「ところで閣下。この様な噂があるのをご存じですか?今月上旬に大亜連合の魔法師、呂剛虎が密入国した件に関係するものなのですが・・・」

 

「どのような噂でしょうか?」

 

蘇我の反問は、機械的な相槌に近かった。

 

「閣下には、あまり愉快なお話ではないかもしれません」

 

「ほぅ・・・それはますます内容をうかがいたいですな。耳に痛い話程、顔を背けるべきではありませんから」

 

「さすがは蘇我閣下。ご立派です」

 

真夜の称賛に、蘇我の頬が緩む。目の前の女性がその気になれば容易に自分の命を蹂躙できる怪物だと分かっていても、相手は滅多にいない美貌の持ち主だ。陸軍総司令で大将閣下といえど蘇我も男。美女に褒められて悪い気はしないのだろう。

 

「その噂の内容ですが・・・呂剛虎の密入国を国防軍の将軍閣下が事前に知りながら、あえて見逃したというものなのです」

 

「なんですと!?」

 

しかし、蘇我の弛んでいた表情は真夜の言葉で一瞬で消え去った。もしその噂が本当ならば、将官による利敵行為に他ならない。

 

厳しい表情に改まった蘇我は、真夜に視線を固定して真剣に話を聞く体勢を取った。

 

「いったい誰がその様なことを?」

 

「あくまでも噂ですが・・・それでもよろしいですか?」

 

「四葉家のご当主たる貴女が仰るのです。全くの事実無根というわけでもありますまい」

 

「そうですね・・・。一応、家の者に調べさせましたが・・・」

 

わざと言葉を濁す真夜に向かって、蘇我は殺気立った顔で身を乗り出した。

 

「是非とも、お教え願いたい」

 

「佐伯閣下ですわ」

 

真夜は、今度はもったいぶらなかった。

 

「佐伯が・・・?」

 

四葉家に対する敵対姿勢に転じた佐伯の名前が真夜の口から出たことに、蘇我は一瞬「讒言か?」という疑念を懐いた。だがすぐに「だからこそ」と思い直す。明確な敵意を向けてきた相手だからこそ、攻撃材料となるスキャンダルを調べ上げたのだろうと蘇我は考えたのだった。

 

「先ほど申し上げましたとおり、証拠はありません。ですが証人でしたら心当たりがございます」

 

「――誰ですか?」

 

「独立魔装大隊の藤林中尉さんです。実はこの『噂』は中尉さんからうかがいましたの」

 

ここで一つ、真夜は嘘を混ぜた。呂剛虎の件は響子の証言を得る前から掴んでいて、彼女には確認を取っただけだ。だがそんなことは蘇我にとっても、どうでも良いに違いない。

 

「藤林中尉さんは佐伯閣下の背任行為に心を痛めておいでで・・・九島閣下のご葬儀の際、偶々ご縁があって相談を受けたのです」

 

「そうでしたか」

 

九島烈の葬儀に真夜が出席していたことは蘇我も知っている。その知識が、彼の中で真夜の話に信憑性を与えていた。

 

「実は中尉さんからうかがった件がもう一つ」

 

そう言って真夜は、背後に控える葉山に目配せをする。つられて、蘇我も葉山に向いた。

 

「どうぞ、こちらを」

 

その視線を受けて、葉山は何時の間にか手にしていた大判の電子ペーパーを蘇我に差し出した。蘇我は戸惑うことなく、電子ペーパーの電源を入れる。ディスプレイはすぐに立ち上がった。そこに表示された報告書に目を通すなり、蘇我の表情が驚愕に染まる。

 

「藤林中尉のご相談は、こちらがメインでした。あの方にとっては血縁上の御身内と、お仕事上の御身内の双方が関与した不正行為。とても看過できなかったのでしょうね」

 

痛ましそうな声音で真夜がそう漏らす。報告書は、佐伯少将と九島真言が国防軍の予算を流用してパラサイドールの開発を続けていた事実を、証拠の画像付きで告発するものだった。

 

「これは・・・。佐伯少将、何という真似を・・・」

 

「私欲からではなく、佐伯閣下も真剣に国防の強化を考えられての行いなのでしょうけど」

 

「だからといって、許されることではありません」

 

蘇我は真夜に向き直って、深々と頭を下げた。

 

「四葉さん。このような重大事を内密に報せてくださったことに、深く感謝します」

 

「お役に立てて何よりです」

 

「この件が公になれば国防軍の権威は大きく損なわれかねません。ですので、佐伯を表立って処分することはできませんが四葉さんが御満足いくよう、本官が責任を持って処理するとお約束します」

 

「ええ、お任せします。最初からそのつもりで閣下をお招きしたのですから」

 

真夜は柔らかな笑みを浮かべていたが、彼女の瞳は「有耶無耶にしたら承知しない」という圧力を放っている。

 

「佐伯が画策している巳焼島への部隊配備も中止させますので」

 

蘇我が言わなくても良いことまで口走ってしまったのは、真夜の放つプレッシャーに呑まれてしまったからだと思われる。真夜は蘇我の失言を――巳焼島守備隊駐留の件は四葉家が知らないはずの秘密計画だ――笑みを浮かべたまま聞き流した。そしてややわざとらしく「そういえば」と声を上げる。

 

「藤林中尉さんと彼女が所属する部隊には、お咎めが下されないようお願いします」

 

「はっ・・・?それは無論ですが」

 

蘇我大将にはとぼけている様子は無い。

 

「安心しました。世の常として、内部告発は嫌われがちですから」

 

しかし真夜の指摘を聞いて「なるほど」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「ですが閣下、懸念は残ります。佐伯閣下は賢い方ですから、ご自分に不利な証言をしたのが誰なのかお気付きになってしまうと思いますの。そうなった時、藤林中尉だけでなく彼女の所属する部隊までもが佐伯閣下の報復対象になってしまわないでしょうか」

 

「いや、まさか佐伯がそこまで・・・」

 

「佐伯閣下の、当家に対する為さりようをご覧になっても?」

 

「・・・っ」

 

蘇我は焦って反論しようとしたが、真夜の追撃に言葉を詰まらせてしまう。四葉家は国防軍が巳焼島に守備隊を『四葉家の許可無く』駐留させようとしていることを知っていると思われる追撃に、蘇我は四葉家と全面対立する未来が訪れてしまうのではないかと思ったからだったが、真夜の表情からは敵対するような感じは受け取れなかった。

 

「藤林中尉や彼女の所属する部隊が報復対象にならないようにするご提案があるのですけど」

 

「・・・うかがいましょう」

 

蘇我は警戒感を露わにしながら、真夜に続きを促した。

 

「独立魔装大隊を第一〇一旅団から分離して、本当の意味で独立の部隊となさっては如何でしょう? 私どもはかねてより、あの部隊を高く評価しております。独立魔装大隊がもっと自由に動ける立場であれば、お互いに協力していける領域が広がると思うのです」

 

「それは四葉家としてのご意見でしょうか?それとも十師族としてのご意見ですか?」

 

「どちらに解釈していただいても構いません」

 

真夜は十師族を代表する立場ではない。だが彼女の答えに躊躇いは無く、その美貌は余裕の笑みで彩られていた。

 

「少し失礼します」

 

蘇我は断りを入れて、囁き声で秘書官と遣り取りを交わす。真夜はそれ程、待たされなかった。

 

「――四葉さんのご提案を、防衛大臣に具申したいと思います」

 

「恐縮です、閣下」

 

真夜は艶やかな笑みを浮かべて軽く頭を下げる。妖艶な色香に蘇我は意識を持っていかれそうになるが、大将の矜持で何とか踏みとどまった。

 

「・・・独立魔装大隊は独立連隊へ昇格することになるでしょう。しかしこのことは、正式な決定までご内密に願います」

 

「もちろんですわ、閣下」

 

真夜は蘇我の言葉に、蠱惑的な笑みを深めて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七月三十一日、後は部隊を実際に移動させるだけの段階まで進行していた巳焼島への陸上部隊配備が突然、中止された。延期ではなく、完全な白紙化だ。

配備計画の首謀者である佐伯少将はすぐさま巻き返しを図ったが、面会に応じた大友参謀長から計画の復活はあり得ないと釘を刺された上、独立魔装大隊を除く第一〇一旅団を直接指揮して北海道東部へ出動するよう命じられた。名目は新ソ連の侵攻に備えた防衛強化。期間は未定。

佐伯の強みは総司令部に参謀として長く務めたキャリアから来る中央との太いパイプである。前線で指揮を執った経験が乏しい彼女には、地方で自分の派閥を育てるスキルは無い。北海道の国境地帯では、彼女は謀略家としての力を振るうことができない。

事実上無期限で首都圏から遠ざけられた佐伯は、国内における勢力争いの面で決定的に無力化され、最早敵の攻撃に備えるという国防軍本来の任務に注力するしかなくなった。

独立魔装大隊に対しては、霞ケ浦の基地で魔法戦闘の新戦術の開発を続けるよう別命が下され、似たような部隊なら合わせようと隊員が一人しかない西風会と独立魔装大隊は纏められる事となった。



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達也の提案

八月一日。具体的な脅威が迫りつつあることに、日本では誰も――政府も軍も、十師族でさえも、まだ気付いていない。うだるような暑さの昼下がり、深雪宛に掛かって来た電話も、内容は至極平和的なものだった。

 

「えっ?九校戦をやるの?自分たちで?」

 

九校戦で編み出された魔法――達也が開発し雫が使った『能動空中機雷』のことだ――が大規模殺戮兵器としてゲリラに利用された、という理由で今年度の開催が中止されたのが五月上旬。それ以降も立て続けに魔法師が関与する軍事的な事件が続いて、九校戦の再開が検討されることはなかった。最近では、今年度だけではなく九校戦の廃止もあり得ると噂されるようにさえなっていた。

それがいきなり、魔法科高校生だけで自主的に開催すると言うのだ。深雪の驚きは無理のないものだった。

 

『本当の九校戦みたいに大々的なものじゃなくて、モノリス・コードだけの対抗戦だけど』

 

電話の相手はほのか。午前中、一高の図書館に受験用の参考資料を閲覧しに行った際、部活連会頭の五十嵐から相談を受けたとのことだ。

 

『凛の机に九校戦の代理みたいなことが書かれたノートを五十嵐君が見つけたんだって。それで、一高の部活連が中心になって準備を進めているんですって』

 

「用意周到なところがなんとも凛らしいわね」

 

深雪は呆れるのではなく、微笑ましげにクスリと笑った。

 

「でも受験勉強は良いのかしら?」

 

今年は九校戦が無くなったので、三年生が受験勉強に例年より力を注いでいると言われている。その所為で魔法大学の合格ラインがレベルアップしそうだとも。

もっともそれを言うなら深雪は受験の準備に大して時間を割いていないし、達也に至っては全く受験用の勉強をしていない。まぁ、深雪の場合は筆記試験の点数が悪かったとしても実技で合格が確実だし、達也は既に魔法大学卒業資格を確約されているという事情がある。この二人を基準にして他の受験生を考えては駄目だろう。

 

『今は受験のことより交流戦で頭がいっぱいみたい』

 

ほのかが他人事の気楽さで論評する。

 

『・・・選手は自費参加でもなんとかなりそうだって言ってたけど、会場の確保とか運営予算とか頭が痛そうだった』

 

だがすぐに薄情だと思ったのか、少し神妙な顔でこう付け加えた。

 

「それは・・・確かに大変そうね」

 

九校戦は例年、国防軍の全面的な協力の下に開催されている。会場からして軍の演習場を借りて設営されていた。

 

「交流戦はいつ開催する予定なの?」

 

『やろうという話が持ち上がったのが七月の十日過ぎ、新ソ連を撃退した直後くらいで、今月の最終週には開催したいって言ってた』

 

「・・・ちょっと急過ぎないかしら」

 

『モノリス・コードだけだったら土日開催でも良いんだけど・・・受験のことを考えると』

 

「・・・そうね。秋の論文コンペまで中止にはならないでしょうし、三年生にとってはこの夏休みがリミットかもしれないわね」

 

『生徒会として、力になれればいいんだけど・・・。深雪、何か良いアイデアはない?』

 

ほのかに問われて、深雪が小さく唸りながら考え込む。しかし深雪では良いアイデアは出てこなかった。

 

「・・・ゴメンなさい。私ではいい考えが浮かばないわ。少し待っていて?お兄様を呼んでくる。すぐにかけ直すから」

 

『ううん、このまま待ってる!』

 

モニター画面の中で、ほのかが激しく頭を振る。

 

「そう?じゃあ、すぐに戻るから」

 

深雪はそう言って、ヴィジホンの保留ボタンを押した。「少し」という言葉の通り、深雪は一分も経たない内に達也を連れて電話を受けていた自室に戻った。保留状態を解除する。

 

「ほのか、お待たせ」

 

『う、ううん。全然、全然待ってないから!』

 

何故かほのかは「全然」を二度繰り返したが、多分、本人に自覚は無い。

 

『達也さん態々すみません!』

 

そして彼女は舌をもつれさせそうになりながら一息にそう言って頭を下げた。スピーカーが「ゴンッ」という衝突音を伝える。モニターのアングルがいきなり変わって、ほのかの足下が映し出される。続けて「ワッ、ワワッ」という慌てふためく声が聞こえ、モニターが暗転して保留のメロディーが流れだした。

達也と深雪が顔を見合わせる。何が起こったのか、想像するのは難しくなかった。頭を下げた拍子に、カメラにぶつかってしまったのだろう。深雪の部屋ではモニターとカメラが一体となっているヴィジホンを使っているが、個人用の小型機種ではカメラが独立になっていて自由に角度を調整できるタイプも普及している。ヴィジホンは十秒前後で通話状態に復帰した。

 

『・・・本当にすみません・・・』

 

モニターは泣きそうな顔で肩を落としているほのかを映し出している。下手な慰めは逆効果になると考えた達也は、すぐに本題に入った。

 

「話は聞かせてもらった。確かに月末と言うのは大変だろうな。もう少し時間に余裕があれば民間のスポンサーを集めるのも不可能ではないと思うが、開催まで一ヶ月を切っていることを考えると国防軍に協力してもらうしかないんじゃないか」

 

『国防軍にですか?でもいったいどうやって・・・』

 

うまい具合に自らの醜態から意識が逸れたほのかが、途方に暮れた顔で尋ねる。その表所から察するに、ほのかたちも軍の力を借りるしかないという結論には達していたようだ。だが具体的な方法を思いつかず行き詰ってしまったのだろう。

『軍に在籍している卒業生の方々には一通りお願いしてみたらしいんですけど、やっぱり時間が足りないって断られたそうです』

 

「卒業生は戦闘魔法師として出動に備えている状況のはずだ。在校生に力を貸したくても自由になる時間がないのだろう」

 

新ソ連の侵攻をいったん退けたとはいえ、あの国が失ったのは海上戦力の、ほんの一部でしかない。二〇九五年一〇月末に一撃で総艦艇の三割を失った大亜連合のダメージとは、比べものにならない程の軽微だ。USNAとの同盟関係が揺らいでいる今、国境を睨む国防軍の実働部隊は新ソ連の再侵攻に臨戦態勢で備えているはずだった。

 

「そうだな・・・亡くなられた九島閣下は、毎年九校戦を楽しみにしておられた。閣下の追悼競技会を開催したいと軍の広報部に申し入れれば、会場の設営くらいは協力してもらえるんじゃないか?」

 

『なるほど!ナイスアイデアだと思います!』

 

モニターの中から、ほのかがずいっと身を乗り出してくる。――いや、実際にはカメラに顔を近づけただけだが。彼女のキラキラした光を湛える瞳に腰が引けてしまう達也だったが、表面上はポーカーフェイスを保ったまま続きを口にする。

 

「宿泊費と交通費は寄付を募るしかないだろう。俺もFLTに援助を頼んでみる」

 

『分かりました。五十嵐君にはそう伝えます』

 

元気よく頷いた後、ほのかはいきなりもじもじとし始めた。

 

『あの、達也さん。実は明後日から、みんなで雫の別荘に行くことになっているんです。それで、お邪魔でなければ途中、そちらに寄らせていただいても良いですか・・・?』

 

「別に、邪魔では無いが」

 

頷いた達也の隣から深雪が会話に割り込む。

 

「受験勉強は大丈夫なの?皆ということは、エリカや西城君も一緒なのでしょう?」

 

『あっ、それは大丈夫。遊びに行くだけじゃなくて、半分は受験対策の合宿みたいなものだから』

 

「そう・・・?それならいいけど」

 

深雪はとりあえず納得したのか、それ以上の追及はしなかった。深雪が半歩下がったことで、カメラが自動的に達也へ向く。ほのかが前にしているモニターの中では、彼女が視線を深雪から達也へ移動させたように見えているはずだ。ほのかのセリフが、自然と達也へ向けられるものへ変わった。

 

『じゃあ、すみません。明後日は雫のお家の飛行機でお邪魔させていただきます。お昼過ぎくらいになると思いますので』

 

「ではこちらで昼食を用意させよう」

 

『えっ、良いですよ!機内食にお弁当を出すって雫が言っていましたから』

 

達也の申し出に、ほのかが慌てて首と両手を横に振る。

 

「ほのか、水臭いわ。人数は六人分?そのくらい、全く手間じゃないから」

 

『・・・うん、そう、何時もの六人。ありがとう、雫にそう伝えておく』

 

だが再びフレームインした深雪の言葉に、ほのかも遠慮を引っ込めた。

 

「じゃあ、明後日のお昼に会いましょう」

 

『うん、明後日。じゃあね、深雪。達也さん、失礼します』

 

ぺこりと頭を下げるほのか。その言葉と仕草がジェスチャー登録されていたのか、彼女がお辞儀をした状態で通話は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして八月三日、土曜日。雫、ほのか、エリカ、レオ、美月、幹比古の六人とパイロット、お世話係のメイドの合計八人を乗せたティルトローター機は予定より少し早く、お昼前に巳焼島の空港に着陸した。その時点ではまだ、民間機に警報は出されていなかった。



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名を捨てて実を取る

二〇九七年八月三日。防衛省は朝から緊迫した喧噪に包まれていた。日本時間七月三十日朝、ハワイ州オアフ島を出港したUSNA海軍強襲揚陸艦『グアム』の目的地が、ほぼ間違いなく伊豆諸島だとその針路から判明した為だ。

戦術AIによる予測を最初、背広組も制服組も信用しなかった。ただ無視することもせず、制服組はUSNA海軍太平洋艦隊司令部に『グアム』の目的を尋ねた。問い合わせに対するUSNA海軍の回答が、防衛省をパニックに陥れた。彼らは「グアムは秘密作戦中であり質問には答えられない」と返してきたのだ。また「グアムに生じた情報機器の故障により、現在位置を把握できていない」とも。

何処にいるか分からないと言うのは、明らかな嘘だ。日本以上に多数の軍事衛星を運用しているUSNAが海上を航行中の自国艦船を見つけられないはずはない。こんな見え透いた嘘を平気で吐くのは、非友好的な意図があるとしか考えられなかった。

こうなると、戦術AIの予測を「機械の判断ミス」と片付けられなくなる。USNA艦艇による伊豆諸島攻撃に備えなければならないという声が、主に制服組の間で高まった。

元々海軍士官の間では、USNAに対する反感が燻っている。新ソ連の侵攻と歩調を合わせるようにして、伊豆諸島・巳焼島に対して行われた輸送艦による奇襲上陸攻撃。島の実質的所有者である四葉家と防衛省の利害が一致した結果、公式記録上は無かったことになっている事件だが、奇襲に使われた輸送艦はUSNA海軍所属の『ミッドウェイ』だったと分かっている。

敵対関係にあるならいざ知らず、日米の同盟関係はまだ維持されている。USNA海軍による奇襲は裏切りであり、だまし討ちに他ならない。しかも奇襲が失敗した後、何事も無かったかのように謝罪どころか言い訳の一つすらない。

制服組にとってUSNAの態度、振る舞いは虚仮にされているとしか思えないものだった。国防軍内では海軍の尉官、佐官を中心に即時迎撃を主張する論調が高まっていた。だが防衛省の背広組の間では制服組とは逆に、交戦は絶対に避けるべきだという意見が主流をなしていた。

二〇九五年十一月以降、日本とUSNAは微妙な緊張関係にある。日本が大亜連合に勝ちすぎたことがきっかけだ。これはUSNAが一方的に脅威を覚えているのであって、日本としてはどうすることもできない。大戦前であれば自ら軍事力を落とすという対応もあったかもしれないが、有事の際に同盟国の援助を全面的には当てにできなくなっている大戦後の状況で、自分から弱体化を選ぶのは国民に対する義務の放棄に等しい。

だからといってUSNAと明確な敵対関係に陥るわけにはいかない。多少面子を潰されたからとUSNAに対する全面対決に踏み切るのは、日本にとって自殺行為だ。ただでさえこの国は、西に大亜連合、北に新ソ連という敵対的な大国を抱えている。せめて東は、表面的であろうとも友好を維持しなければ国の安全が保てない。「栄光ある孤立」が通用する時代ではないのだ。

背広組の本音は「名を捨てて実を取る」、決定的な決裂を避ける為ならば多少の損害は甘受すべきというものだ。この防衛省内の意志不統一が、外国の戦闘艦接近に対する措置の遅滞につながっていた。民間へ警告が中々出されなかったのも、その一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波が着信を告げに来たのは、久々に友人たちとテーブルを共にした昼食が終わった直後のことだった。

 

「達也さま、お電話です」

 

退院がマスコミで報じられて以来、達也の許には様々な電話が――詐欺に等しいセールスの電話も――掛かってきている。その全てに応じていては時間がいくらあっても足りない程だ。それは水波も心得ていて、彼女の所でもある程度の取捨選択をしてくれているのだが、受け取るかどうか、達也が判断しなければならないものも少なくない。

 

「誰からだ?」

 

何人か電話を掛けてきそうな相手を思い浮かべながら達也はそう尋ねた。

 

「三高の一条様からです」

 

「一条から?」

 

正解は、達也が思いもよらない相手だった。「三高の」と水波がつけたのは、一条剛毅と区別する為だろう。電話の相手が予想外だったのは達也だけではない。深雪も訝し気な表情を浮かべ、友人たちの間にもざわめきが起こる。

 

「――分かった。応接だな?」

 

「はい、第一応接室です」

 

彼らが食事をしていたのは仮の自宅として使っている部屋ではない。来客用の小食堂だ。隣には商談用の応接室が幾つか設けられており、第一応接室はテレビ会議用の設備が導入されている部屋で師族会議にオンラインで参加することもできる。おそらく一条将輝は、この十師族用の回線を使ってコンタクトしてきたのだろう。

立ち上がった達也を先導すべく、水波が出入り口の扉に向かう。だが達也が彼女を止めた。

 

「水波、皆に飲み物を頼む」

 

この食堂には給仕が別にいるのだが、次期当主である達也の専属メイドでスキルも十分な水波が手伝っても文句を言う者などいない。

 

「お前と話をしたそうにしている者もいる。飲み物を配り終わったら、少し相手をしてやってくれないか」

 

「――かしこまりました」

 

やや納得がいかないような顔をしながら丁寧に一礼する水波を置いて、達也は一人で第一応接室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保留状態を解除して大型モニターの画面に登場した将輝に、達也はまず謝罪を述べた。

 

「待たせてすまない」

 

『いや、こちらの方こそ突然で申し訳ない』

 

達也も将輝も魔法が絡まない日常的な部分では常識人だ。いきなり憎まれ口を叩きあうとか前置きを無視して一方的に用件を捲し立てるような真似はしない。

とはいえ、仲良く世間話に興じる仲でもない。達也は段取りを踏んだ上で、本題に入るよう促した。

 

「急な用があるのだろう? 何があったんだ?」

 

『実は、親父が国防軍の知り合いから聞いてきた話なんだが』

 

「一条殿が?」

 

○○殿というのは十師族の間で他家の当主を呼ぶ時に使われる表現だ。この場合の「一条殿」は将輝の父親で一条家の当主、一条剛毅を指す。

 

『司波、落ちついて聞いてくれ』

 

客観的に見て落ち着きを必要とするのは、どちらかと言えば将輝の方だったが、達也は「俺は落ち着いている」といった類いの茶々を入れなかった。

 

『USNAの強襲揚陸艦グアムが駆逐艦三隻を引き連れて伊豆諸島に向かっている。標的はおそらく、お前だ』

 

「・・・演習目的ではなく攻撃を意図しているのは確かか?」

 

『航海目的の問い合わせに米軍は答えなかったらしい』

 

「確かにそれは、演習ではないな」

 

『戦闘艦四隻は真っ直ぐ巳焼島へ向かっているようだ。明日の朝には攻撃圏内に入ると軍は予測している』

 

「駆逐艦のタイプは?ミサイル艦か?」

 

『そこまでは・・・』

 

「そうだな、すまん」

 

将輝の困惑を見て、達也は自分の方が無理を言ったと自覚した。将輝の方も、気を取り直すのは早かった。

 

『いや・・・司波、もしかしたら国防軍は動かないかもしれない・・・驚かないのか?』

 

軍に見捨てられるかもしれないと告げられて全く動揺を見せなかった達也に、将輝が意外感を露わにして尋ねる。

 

「四葉家は現在、国防軍との間にちょっとしたトラブルを抱えているからな」

 

『・・・そんなことを言っている場合ではないのではないか? 国土が外国の攻撃に曝されようとしているんだ。どんな事情があろうと自衛に出動するのが軍の義務だろう』

 

「理屈ではそうなんだがな」

 

憤懣遣る方ないといった表現の将輝を達也が形ばかり慰める。将輝は表面上、冷静に戻ったが、内部の熱量はかえって高まっているように見えた。

 

『司波、援軍は必要か?』

 

「気持ちはありがたいが、それはまずい」

 

将輝の問いかけの意図を、達也は誤解しなかった。彼は自分が巳焼島の防衛に加わると申し出ている。それを理解した上で、達也は将輝の好意を断った。

 

『何故だ? 一条家と国防軍の関係悪化を心配しているなら・・・』

 

「そうじゃない」

 

四葉家が国防軍との間にトラブルを抱えていると聞けば、将輝が言い掛けたような懸念が生じるのも自然だ。しかし達也が案じているのはもっとシビアな問題だった。

 

「お前が今、そこを離れるのはまずい。北からの脅威は消えていない」

 

『・・・新ソ連がまた、攻めてくると?』

 

「米軍の艦船が俺を狙っているのだとしても、USNA政府がそれを命じているわけではないと思う。一部の強硬派による暴走である可能性が高い」

 

『そう考える根拠はあるのか?』

 

「ある」

 

その根拠は何か、とは、将輝は尋ねなかった。手の内を詮索しないのが、十師族間のマナーだからだ。

 

『USNAよりも新ソ連による再侵攻の方が脅威だと、お前は考えているんだな?』

 

「そうだ」

 

『・・・分かった』

 

達也の答えは簡潔すぎるものだったが、その声には説得力があった。だがおそらくそれ以上に、将輝自身も新ソ連の動向を気にしていたに違いない。

 

『俺は北に備える。司波・・・本当に大丈夫なんだな?』

 

「心配しなくても、深雪には掠り傷一つ付けさせない」

 

『そ、そんなことを言ってるんじゃない!』

 

将輝の顔が赤く染まっているのは邪推された憤りによるものか、それとも・・・

 

「深雪のことが気にならないのか?」

 

将輝が深雪に想いを寄せていることは達也も知っているし、幾度フラれようとも諦めずにアプローチを続けていることも知っている。真夜が提案した『深雪が振り向いたのなら将輝との交際を認める』というのを信じ、必死に深雪を振り向かせようとアピールしているのだ。

将輝はまさか達也にそのことを知られているとは思っていなかったようで、何かを言い掛けてすぐに言葉にならない様で口をパクパクと動かせるだけだった。

 

『――またな!』

 

達也の問いかけに答えることなく、将輝は電話を切った。別れではなく、再会を約束する言葉と共に。

 

「・・・凛なら何か知っているかも知れない・・・後で聞いてみるか」

 

達也は凛がここに来れない理由と共にここに接近してくる駆逐艦の種類を聞こうと考えた。



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達也の伝言

達也が席を外した小食堂では、水波を中心にして微妙な雰囲気が形成されていた。彼女以外は三年生、彼女だけが二年生という事情もその空気の一因だろう。だが主な理由は、友人が水波を襲った災難について、中途半端に知っているという点にあった。

 

「あーっ、桜井。身体はもう良いのか?」

 

最初に気まずい空気を打破しようと口を開いたのはレオだった。彼と水波は山岳部の先輩・後輩の間柄だ。

 

「ご心配をお掛けしました。肉体的にはすっかり回復していると、お医者様にもお墨付きをいただいています」

 

「良かったじゃねぇか!」

 

「ただ、魔法は使えなくなってしまいましたが」

 

「えっ!?」

 

驚きの声を漏らしたのは、レオだけではなかった。水波が魔法師として優れた才能の持ち主だった事を全員が知っている。その彼女が魔法を使えなくなったという告白は、皆に大きなショックを与えていた。

 

「西城先輩や皆さんにはお世話になりましたが、多分、一高を退学することになると思います」

 

「・・・学校を辞めて、どうするんだ?」

 

「達也さまより、引き続きお二人にお仕えしても良いとのお言葉を頂戴しておりますので、甘えさせていただくおつもりです。そして、達也さまが一高を卒業した暁には、達也さまの妻の一人として、生涯お仕えさせていただきたいと思っております」

 

水波のセリフに、エリカが大きく――大げさすぎる程の仕草で頷いた。

 

「そうね! 魔法師だけが生きる道じゃないわね」

 

「そうだね。簡単に納得できることじゃないだろうし、気持ちの整理がつくまでには時間が掛かると思うけど……世の中、魔法を使えない人間の方が多いんだから」

 

「水波ちゃんは一般科目の成績も良かったよね? 文系でも理系でも、その気になれば普通の高校に転校して一流の大学に進学できるわよ」

 

「水波ちゃんはお料理だってとても上手ですよ」

 

「うん。家のメイドに欲しいくらい。水波、私の家で雇われない?」

 

ほのかのセリフに続くように美月が水波のことを褒め、雫が冗談とも聞こえないトーンでスカウトをする。

 

「駄目よ、雫。水波ちゃんは渡せないわ」

 

「ケチ」

 

雫の一言に笑いが零れる。その場に漂っていた気まずい空気が、少し緩和された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に戻った達也は息苦しい雰囲気の残り香を嗅ぎ取ったが、何があったのか尋ねたりはしなかった。今は緊急度の高い優先事項が他にあった。

 

「皆、大事な話がある」

 

「一条さんからのお電話に関わるお話ですか?」

 

「そうだ。雫、別荘行きは中止した方が良い」

 

「何があったの?」

 

雫は達也の目を正面から見返しながら、「何か」ではなく「何が」と尋ねた。達也の警告が根拠のあるものだと彼女は理解している。その上で、事情を明かせと要求している。船で後一日足らずの距離まで接近されながら警報を出していないということは、政府か軍に何か公表したくない理由があるのだ。その思惑まで推測できてしまう達也は、今ここで事実を明かして良いのかどうか、迷わずにいられなかった。

だが自分に向けられている眼差しを見て――雫だけでなくほのか、エリカ、美月、レオ、幹比古、そして深雪の瞳に込められた熱を感じて、隠蔽は無駄だと覚った。本当のことを言わなければ、友人たちは予定を変えないだろう。それどころか、この島に居座るかもしれない。元々達也は、深雪には後で説明するつもりだった。だがどうやら、予定を変更しなければならないようだ。

 

「早ければ明日、この島はUSNAの強襲揚陸艦と駆逐艦の攻撃を受ける。戦闘が小笠原諸島に飛び火する可能性は否定できない」

 

「アメリカが攻めてくるっていうの!?」

 

「そうじゃない」

 

エリカの叫びに、達也は首を横に振った。それだけではエリカは納得しないということも分かっているので、達也は引き続き事情の説明をする。

 

「USNAが国として日本に攻撃を仕掛けてきたのではないことは分かっている」

 

達也は「分かっている」と断言したが、実際には確たる根拠はなかった。あくまでも推測でしかないし、この場にいる友人――主にほのかと美月を安心させる為に断言したに過ぎない。

 

「おそらく、エドワード・クラークがパラサイトと軍の一部を唆して破れかぶれの賭けに出たのだろう。この攻撃が失敗すれば、USNA政府はクラークを見捨てるに違いない」

 

推測だが、達也には確信があった。カーティス上院議員や原潜空母のカーティス艦長とそのクルー、水波を奪還に向かう途中で通信を交わした名も知らぬ空母の艦長など、USNAの政治家・軍人と接触した経験から、アメリカ人はマスヒステリーに陥るまでには、自分のことをまだ恐れていないという感触を達也は得ていた。

今のところUSNAは、大亜連合の太平洋進出を食い止めている日本という防波堤を放棄する程の脅威を覚えていない。今回の戦闘結果次第で脅威判定は変わるかもしれないが、それならば今後の手出しを躊躇うよう徹底的に自分たちの力を見せつけてやるまでだ。実を言えば、強襲揚陸艦の来襲はいい機会だと達也は考えていた。

達也からの事情説明を聞いたレオが、割と平然とした顔で疑問を呈した。

 

「明日だろ? それにしちゃ、国防軍が動いているようには見えねぇけど」

 

「国防軍は動かない」

 

「何だってぇ・・・?」

 

達也の答えに、レオは怒気を孕んだ唸り声を漏らした。だが達也が付け加えた言葉に、レオの怒気は霧散する。

 

「その方が俺たちにも都合が良い」

 

「四葉家だけで迎撃するつもりか?」

 

「厳密には違うがな」

 

達也が口にした「俺たち」というフレーズは、四葉家を意味したものではなかった。だが達也に、そこまで説明するつもりはなかった。

 

「達也、パラサイトが来ると言うのかい?」

 

今度は幹比古から質問が飛ぶ。

 

「来る」

 

達也は一言で幹比古の問いに答えた。理由の説明は無かったが、その言葉には有無を言わせぬ説得力があった。達也の回答を受けた幹比古のセリフも、根拠を求めるものではなかった。

 

「だったら・・・僕にも手伝わせてくれないか。古式の術者の端くれとして、妖魔の襲来を見過ごしにはできない」

 

「吉田くん!?」

 

美月が思わず声を上げたのも、無理はない。幹比古の申し入れは、僅か三隻とはいえUSNAの軍艦を相手にする戦いに参加したいということなのだ。運が悪ければ命を落とす。そんな危ない真似を止めて欲しいと考えるのは、美月でなくても当然だろう。

 

「止めておけ、幹比古。お前が命を懸ける必要は無い」

 

達也の答えに、美月が安堵した表情を見せる。幹比古は逆に、納得できないと言いたげな様子だ。

 

「心配しなくても、パラサイトは全滅させる。同化した元人間だけでなく、本体の方も、一匹たりとも逃がしはしない」

 

「でも達也くん。参戦させるかどうかは別にして、ミキをここに残すのは悪い考えじゃないと思うけど。当事者の証言だけじゃ弱いでしょ? 偶然居合わせた民間人の証言があった方が正当防衛を主張しやすいし、USNAのルール破りに説得力を持たせられるんじゃないかな」

 

「そうだな・・・一理ある」

 

幹比古の代わりに反論したエリカの意見に、達也もすぐには退けなかった。

 

「だがそこまでする必要は無い。宣伝戦で優位に立てたとしても、お前たちの命を危険に曝すリスクに見合うだけのメリットがない」

 

「そうかなぁ」

 

達也はエリカの主張を却下したが、エリカは幹比古と違って、簡単には引き下がらなかった。

 

「リスクって言うけど、達也くんは戦闘に参加しない、遊びに来ただけの友達を命が危なくなるような目に遭わせたりしないでしょう?」

 

「それはそうだが・・・」

 

「達也くん、この前ほのかのことを守ってくれるって言ったでしょ。守るのは、ほのかだけ?」

 

エリカが持ち出したのは、ほのかがUSNAの非合法工作部隊『イリーガルMAP』に拉致された後、入院していたほのかの病室で雫に求められ交わした約束だ。その前日、彼が深雪とリーナに話した、ほのかだけでなくエリカや他の婚約者たち、美月やレオ、幹比古のような友人たちも四葉家次期当主となった自分の庇護下におくというプランは、エリカの知らない話であるはずだ。

達也は思わず、深雪に疑惑の目を向け、深雪は「滅相もない」という表情で、首を小刻みに、なんども横に振った。

そんな二人の言葉にならない遣り取りを、エリカはニヤニヤ笑いながら見ている。どうやらこの場は、エリカの読み勝ちであるようだ。

 

「・・・お客様の安全は保証する」

 

「じゃあさ、あたしも暫く泊めてくれない?せっかく四泊五日の受験合宿に行く準備をしてきたんだし、すぐに帰るのは嫌なんだよね」

 

「・・・自己責任だぞ」

 

「危ない真似はしないよ」

 

あきらめの表情で釘をさす達也に、エリカは真面目な顔で応えた。

 

「あの、私も」

 

「じゃあ俺も」

 

「だったら私もだね」

 

その直後。間髪を入れず、ほのかとレオが同時に声を上げ、二人の後に、雫がちゃっかりそう続けた。

 

「えっと・・・でしたら私も」

 

最後に美月までもが、そう言いだした。達也が大きくため息を吐く。そして、水波へと振り向いた。

 

「水波、すぐに使えるゲストルームは何部屋だ?」

 

「少々お待ちください」

 

水波が左手で耳元の髪をかき上げ、左耳に着けている音声通信ユニットのレシーバーに指を当てた。指紋認証式のウェアラブルスマートスピーカー、首に密着しているチョーカーで喉の振動を読み取ってコマンドを拾うタイプだ。据え置き式のスマートスピーカーがAIの操作に関係のない、プライバシーにかかわる会話までサーバーに取り込んでしまう「AI盗聴問題」を機に開発されたデバイスである。

片手を口に当てた水波が、小声で達也の質問を繰り返す。水波はもう一度左耳のユニットに指を当ててスマートスピーカーを切断し、達也に顔を向けた。

 

「達也さま、ツインとシングルが一部屋ずつです」

 

「ではシングルにエリカ、ツインに幹比古とレオだ。ほのか、雫、美月は暗くなる前に自宅へ戻ってくれ」

 

「そんなぁ」

 

今度は達也も友人たちに口を挿む余裕を与えない。ほのかが同情を誘う口調で抗議の声を上げたが、達也は黙殺した。

 

「――仕方ない。ほのか、実家に泊まりにおいで。美月も良かったらどうぞ」

 

それ以上揉めなかったのは、雫のフォローのお陰に違いなかった。




宣伝です。
試しにオリジナル作品を書いてみたので、感想とお気に入り登録お願いします。


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四葉への報告

将輝から得た情報を伝えなければならない相手は、友人たちだけではない。思いがけず時間を喰ってしまったが、達也はほのかたちの見送りを深雪に、エリカたちの案内を水波に任せ、四葉本家への直通回線を開いた。

 

『達也様、如何なさいましたか』

 

ヴィジホンに出た葉山は達也への接し方を、主筋の人間に対するものへとすっかり切り替えている。彼だけではなく、本家の使用人は既にほとんどの人間が、達也に対する態度を改めていた。達也としてはそこまでされることに慣れていないので、普段なら葉山の口調に文句を付けるところだが、今はそれどころではないので挨拶もそこそこに本題へ入った。

 

「先ほど、一条将輝から情報提供を受けました。USNAの強襲揚陸艦と駆逐艦が巳焼島に迫っているそうです」

 

『然様でございますか』

 

「そちらでも掴んでいたのですか」

 

問いかけながら、達也は意外感を覚えていなかった。

 

『強襲揚陸艦グアム、それに駆逐艦ロスおよびハル、ホッパーでございますな。日本に接近しているのは認識しておりましたが、目的地までは特定しておりませんでした』

 

「しかし、予測はしていた?」

 

『はい。達也様と同様に』

 

葉山の決めつけに、達也は反論しなかった。気分を害されることもない。巳焼島は先月上旬にもパラサイト化したスターズを中核とする部隊の奇襲を受けている。巳焼島の事業に関わっている四葉家の者に、襲撃があれで終わりと考えている者はいなかった。

 

「では私がお伝えするまでもありませんでしたか」

 

達也は国防軍と本格的に決別して以来、意識として一人称を「私」に変えている。

 

『いえいえ、決してその様なことは。迎撃の準備は整っておりましたが、日時が明日と特定できたのは助かります。ところで一条様はどちらからこの件をお知りになったのでしょう?』

 

「父君の一条殿が国防軍内の個人的な伝手から聞きつけてこられたそうです」

 

『そうですか。私どもも手の者を参謀部に潜り込ませておるのですが・・・』

 

画面の中で、葉山が手許に目を落とす。おそらく、その工作員が何をしているのか確認しているのだろう。

 

『・・・どうやら本日は首都近郊の基地に派遣されているようです』

 

「タイミングが悪かったようですね」

 

『そのようですな。国防軍や防衛省の諜報員を、もう少し増強することに致しましょう』

 

葉山の独り言じみた弁明に、達也は何もコメントしなかった。ヒューミント――人の手を介した諜報活動は黒羽家の管轄事項であり、彼が口を出すべきことでもなければ、口を出す必要もない。

 

『それは後日対応すると致しまして、明日の襲撃については直ちに増援を派遣するよう、手配致します。ただ今スタンバイしておりますのは新発田家の部隊ですが、パラサイトへの備えとして津久葉家にも出動を要請しますか?』

 

「その判断は本家にお任せします」

 

『承りました。奥様に何かご伝言はございますか?』

 

「それでは、こうお伝えください。『東道閣下とのお約束を果たすべく、全力で臨む』と」

 

達也の言葉に、葉山の表情が固まる。

 

『・・・僭越ながら、おうかがいしても?』

 

「何でしょう」

 

『達也様・・・マテリアル・バーストを、お使いになるのですか』

 

達也は「心配要らない」とばかりに、薄らと笑った。

 

「あれを使わなければならない局面は、発生しないでしょう」

 

『では?』

 

葉山が極短い一言で、達也の真意を問う。

 

「俺の魔法はマテリアル・バーストだけではないと、世界に理解してもらいます。それに凛が珍しく本気なので。邪魔するのは野暮かと思いまして」

 

達也はこの場で具体的な答えを返さなかった。だが、凛が本気を見せると言う単語に葉山は一瞬驚きの様子を見せた。

 

『然様でございますか・・・。かしこまりました』

 

葉山がモニターの中で深々と一礼する。具体的な説明はせずとも、達也の決意は十分に伝わっていた。誤解しようの、無い程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉山は真夜に凛が本気を出すと言う事を伝えると真夜は少し驚きの声を出した。

 

「奥様。達也様によりますと凛様が本気を出されると申しておりました」

 

「あら、そうですの・・・では巳焼島に近づくのは危険そうですね」

 

「奥様、間違っても本気の凛様を見ようとは思わない方がよろしいかと・・・」

 

葉山が先にそう告げると真夜は当たり前だと言わんばかりに答える。

 

「ええ、それくらい分かっているわ。私でも道理は弁えるわ・・・お父様ですら恐れる彼女の本気・・・明日は世界でも滅ぶかしら」

 

「如何でしょう・・・凛様と親しかった元造殿ですら。彼の方の本気を知りません。世界の崩壊はないと思われますが。USNA軍を恐怖に落とすことは出来ましょう」

 

「日本に反抗を起こす気すら起こさない・・・と?」

 

「左様にございます」

 

葉山の意見を聞いた真夜は「そう・・・」とだけ呟くと巳焼島のある方角を見る。ちょうどその方角には雨雲が形成され、空は薄暗くなっていた。

 

「(まるで今後の未来を表しているようね・・・)」

 

真夜は曇天を見ながらそう思うのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月三日 夕刻

エリカ、レオ、幹比古は晩餐を終え、少しゆったりして居た所で達也に呼ばれて島の港に着く。

 

「どうしたのよ。いきなり呼び出して」

 

エリカが聞くと達也は不思議そうに答える。

 

「・・・凛がお前達を呼んでいた」

 

「凛が?」

 

「今ここにいるの?」

 

「どうしてまた・・・」

 

「俺に聞かれても困る」

 

そう言うと桟橋に係留してあったボートには弘樹が操縦席に座って待っていた。

 

「弘樹!何処にいたのよ」

 

「エリカ・・・さ、みんな乗って。すぐに出るよ」

 

エリカの問いかけに応じることも無く、弘樹は全員が乗り込んだ事を確認するとボートを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボートが夕日の落ちる海を航行している最中、エリカが弘樹に話しかける。

 

「ねえ、どうして凛は私たちを呼んだの?」

 

その問いかけに弘樹はこう答える。

 

「分からない・・・けど、これだけは言える。きっとエリカ達を信用しているから。姉さんは君たちを呼んだんだと思うよ」

 

弘樹がこう答えると付け足すようにエリカ達に言う。

 

「みんな、今の姉さんを見ても驚かないでね」

 

「え?それってどう言う・・・」

 

「そうだな」

 

「達也くん?」

 

達也の横槍にエリカは少し驚く。達也はそんな事も気にせずに話を続ける。

 

「俺も今の彼女を見た時は驚いた」

 

「達也ですら驚くことって・・・一体凛に何があったのよ・・・」

 

「凛さんがどうかしたのかい?」

 

「・・・その答えは直接会えば分かる」

 

達也がそう言うといきなりボートの目の前に巨大な影が見えた。

 

「っ!?」

 

「何だこりゃ・・・・」

 

「空母じゃないか!何でこんなところに・・・一切見えなかったぞ・・・」

 

三人はそれぞれの反応を表しながら目の前に現れた空母をよく見ると現代艦にあるステルス性は全く無く、むしろ旧世代艦のように至る所に機銃が設置され、ミサイルなどはぱっと見では見受けられなかった。

そしてボートは空母の横に接舷すると弘樹がボートを空母に引っ掛けるとそれに呼応するように空母がタラップを下ろす。弘樹を先頭にエリカ、幹比古、レオ、達也の順で空母に乗り込むと弘樹達は船内へ足を踏み入れる。

 

「ここは・・・」

 

エリカは船内の浮き輪を見てある事に気づく。

 

「何これ・・・『昭和十九年』・・・昭和!?」

 

「昭和って言ったら何個も昔の元号じゃないか!」

 

「どう言う事だ・・・?」

 

そう言いながら四人は『室公長艦』と刻印された真鍮が付けられた部屋に到着した。

 

「姉さん。失礼ますよ」

 

弘樹がそう言うとエリカ達は気を引き締めた。そして扉の中に入るとそこに凛はいた。

だが、いつもの凛とはまるで違う雰囲気を放っていた。そしてエリカ達は驚愕を隠しきれなかった。

 

そこにいた凛は異常なまでに白い肌を持ち、肩まで伸びた髪の毛は先端に向かって赤色に染まっていた。もっとも、エリカ達が最も驚いたのは彼女の目であった。青色の角膜に猫のように縦に細い瞳孔。はっきり言って今の凛の姿は普段からはかけ離れた姿だった。

今の彼女は青い線の入った白い背広を着ており、白いロングタイツに白いショートスカート、白い手袋に薄い青紫色のネクタイとブーツを履いていた。

エリカ達の驚き顔に凛は当たり前と言わんばかりに小さく頷くと彼らを席に座らせた。

 

「やっぱりそうなっちゃうか・・・まあ、この際は仕方ないわね。さ、座って。話したいことがあるの」

 

凛に言われるがままにエリカ達は席に着くと凛は話し始める。

 

「色々君達も聞きたいことがあるだろうけど・・・まあ、まずはこの目よね」

 

そう言って凛は自分の目を指差すと幹比古が恐る恐る聞く。

 

「り、凛さん・・・」

 

「何かしら?」

 

そして幹比古は意を決したように表情を少し固めると凛に聞いた。

 

「その姿は凛さんの・・・いや、神木家の術なのかい?」

 

幹比古がそう聞くと凛は少し悩んだ上でこう話す。

 

「うーん、ちょっと違うような気もするけど。まあ、そんな感じであっているわね」

 

「じゃ、じゃあ私も聞きたいことが・・・」

 

「なぁに?」

 

エリカが聞いたのはさっきの

 

「この空母。さっき壁にかかった浮き輪を見たら昭和って書いてあったんだけど・・・これってどう言うこと?」

 

そう言うと凛は少し驚いた上で答えた。

 

「へぇ、それに気づくんだ。流石だね・・・ま、これに関しては私の能力ってところかな」

 

「それは凛のあの魔法の力ってこと?」

 

「そうだね。元々神道魔法は過去の情報を未来に残すアルバムみたいな役割をもつ為に編み出された魔法なの」

 

「過去の情報を・・・残す?」

 

幹比古の疑問に凛は頷くと驚きの説明をする。

 

「そう。だから過去の情報。つまり、過去に実際に存在した物・出来事。その全てを今という時間に映し出し、現実にすることができる」

 

凛が説明を終えるとレオが口を開く。

 

「それじゃあつまり。凛の使う神道魔法って・・・」

 

レオの言葉に凛は頷く。

 

「ええそうよ。神道魔法は事象を生み出すことができる魔法って事ね」

 

「なんでこった・・・」

 

「そんな魔法を神木家は伝承していたのか・・・」

 

「恐ろしいわね・・・」

 

エリカ達はそう呟くと凛はこの空母の種明かしをする。

 

「ええそうよ。だから、今私たちの乗るこの空母の名前は信濃。第二次世界大戦中、世界最大の空母として竣工した日本の航空母艦よ」

 

「第二次世界大戦・・・」

 

「ってことはこの船は150年くらい昔の船ってことか」

 

「そんな昔の船を呼び出せるなんて・・・」

 

エリカ達は先程外から見えたこの空母の姿が旧世代的だった理由が分かった。つまり、この空母は建造されたその時代のまま、この現代にやって来たと言うことになる。するとエリカがふとあることに気付く。

 

「あれ?じゃあもしかしてだけどその凛の魔法を使えば・・・」

 

「そうね、エリカの予想通り。理論上ほぼ無限に近い兵力を創り出すことができる」

 

「理論上?」

 

凛の説明の中の言葉にエリカは引っ掛かった。すると凛はすぐにその理由を言った。

 

「情報を作り出す時に使う想子の量がとんでもないのよ。第一、前の私でもこの空母一隻を呼び出すのが限界だったわ」

 

「前の?」

 

そう言うと今度は幹比古がその単語に引っかかった。

 

「ええ、情報を作り出す時に携帯の容量みたいなものがあって。その容量の範囲内ならいくらでも物を作り出すことができる。でも、その容量が目一杯になると物を作り出すことはできなくなってしまうの」

 

「「はぁ・・・」」

 

エリカ達は話がぶっ飛んでいる為に思わず気が抜けたような返事をしてしまったが凛はそんなことも気にせずに話し続けた。

 

「だから普通は容量を削ってしまうのだけれど・・・今の私にはその容量というものはほぼ無いに等しい・・・」

 

「どういう事だい?」

 

幹比古の問いに凛は答えた。

 

「『覚醒』って言うね。一つ上の段階があるの。分かりやすく言うと横浜動乱の時に深雪が達也にやっていたやつ」

 

「「「あぁ・・・」」」

 

そう言って三人はその時の様子を思い出した。当の達也は特に気にした素振りも見せず、凛の話を聞いたままだった。

 

「それで、その覚醒によって今の私はほぼ無限に兵力を作り出せるようになったの」

 

「・・・何が言いたいの?」

 

エリカの問いかけに凛は真剣な表情で言う。

 

「明日、米軍がここを攻撃する時。私は新魔法を使う。もしかすると貴方達も新魔法の影響を受けるかもしれない。だから・・・」

 

「ここを離れた方がいいって?」

 

凛の言葉に挟むようにエリカが呟く。

 

「ええ、部外者が巻き込まれたら洒落にならないもの」

 

「なるほど、私たちの安全に為にここを離れた方がいいと?」

 

「そう言うこと」

 

凛がそう言うとエリカはすぐに返答した。

 

「そう・・・でも私は巳焼島に残るわ。そうでしょ、アンタ達」

 

「アンタって・・・まあ、エリカの言う事は一理あるね。凛さんの神道魔法の本領・・・見てみたい」

 

「そうだな、凛の新魔法ってのも気になるしな」

 

そう言いエリカ達は動こうとは考えなかった。返事を聞いた凛は思わず笑ってしまった。

 

「ふっ・・・あっはははは!面白い友人だわ。こんな人初めてよ」

 

そう言って凛は少し笑うとエリカ達に言う。

 

「分かったわ。あなた達もその覚悟があるのならこれ以上言う事はないわ。弘樹、明日は三人を見ていて頂戴」

 

「分かりました。・・・・みんな島に戻るよ」

 

そう言うと達也を残して他の四人は部屋を後にする。部屋には達也と凛、そしてどうせエリカ達には見えないからと連れてきたミケだけが残っていた。

凛は達也にさっきのことを話す。

 

「だから言っただろう。アイツらが帰るはずがないと」

 

「いやー、そうなんだけどさ。やっぱり危ないかなって思ってさ」

 

「あの魔法か・・・確かに美月やほのかは目がやられそうだな」

 

「実際、試してみても威力は申し分なかったわ」

 

「つまり更地になったと言うことか」

 

「なんか勘違いしていない?」

 

「そうだろうか?」

 

そんな感じで少し場の雰囲気が変わったが、凛は気を引き締めた声色で言った。

 

「明日、弘樹に外界との通信の切断をしてもらう」

 

「・・・何をする気だ・・・?」

 

達也がそう聞くと凛は君の悪い笑みを浮かべて達也に言う。

 

「米国、新ソ連に二度とこの国に刃向かおうとさせる気を無くすだけよ」

 

「・・・それは・・・いいのか?お前が表舞台に立たされる可能性があるぞ」

 

達也は驚きの表情で凛に聞いた。凛は自分の考えていている作戦を達也に伝えた。

 

「大丈夫よ、私の目的はあくまでも米国と新ソ連の日本への対抗心を折る事。それと、2度と新ソ連と米国が手を組まないようにする事。この二つが目的だから。新ソ連と米国を二度と手を組まないようにするには明日、君が圧倒的な勝利をもたらせば良い。私は4大国の日本への対抗心を折らせる役目を追うつもりでいるわ」

 

「お前の言っている事は理解できた。だが、対抗心を折らせるのはどうするんだ?」

 

達也がそう聞くと凛は端的に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この国には神が住んでいると二大国に思わせるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと凛はミケを膝に呼んでブラッシングを始め、達也はこの後凛に詳しい明日の計画の説明を受けた。



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弘樹の説得

八月三日 夜

深雪は久しぶりに弘樹と二人きりで同じ部屋に泊まっていた。

 

「(弘樹さんと一緒なんて・・・嬉しいわ。水波ちゃんには感謝しないと・・・)」

 

そう言いながら深雪は弘樹の入れてくれた紅茶を飲む。自分が淹れるよりも弘樹が淹れた方が美味しい為、基本的に深雪が作るのは紅茶につけるお茶菓子が多かった。

そして紅茶を飲んでいるとふと深雪は弘樹と凛の関係についてある疑問が浮かんだ。

 

「(そういえば前に弘樹さんは戦災孤児で拾ったと凛が言っていたけど・・・弘樹さんは生みの親を覚えていらっしゃるのでしょうか・・・)」

 

そう思いながら深雪は弘樹の顔を見る。今では凛と似たような顔つきを持つ弘樹だが、人だった頃の弘樹は一体どのような顔だったのか。深雪は気になっていた。そして深雪は弘樹の顔を見すぎてしまっていたのか。弘樹に声がかけられる。

 

「ん?どうしたの深雪?僕の顔に何かついているのかい?」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

そう言って深雪は慌てて顔を背けると今度は弘樹が深雪に声をかけた。

 

「深雪、君に話したい事があるんだ」

 

「は、はい!何でしょうか?」

 

弘樹の視線は今までにないほど真剣で、何か重要な事を伝えるようであった。

 

「深雪。君にお願いしなければならない事がある。本来は婚約者の君にこんな事はさせたくないけど・・・明日は君の力が必要になる」

 

深雪は弘樹に婚約者と言われて飛び上がりそうになる程嬉しかったがすぐに意識を戻した。

 

「何をすればよろしいでしょうか」

 

「明日、USNAの軍艦が攻めてくるのは知っていると思う、襲ってくるのはそれだけではない。ベゾブラゾフが、クラークの企みに便乗して手を出してくると思う」

 

「新ソ連のベゾブラゾフが、ですか?」

 

ベゾブラゾフの名前は、深雪にとってもいいイメージは無い。水波が魔法演算領域に過負荷を掛けなければいけない原因となった相手であり、達也を殺そうとした相手の名。そして何より、目の前にいる弘樹に傷を負わせた張本人であった。深雪にとって、それだけで敵対するには十分すぎるくらいの理由だ。

 

「確固たる証拠はないけど。アイツにとって今回の出来事は達也を抹殺する絶好のチャンスだ。隣国の戦略級魔法師である達也はぜひとも葬り去りたい相手に違いない。あの国が介入してくる可能性は高い。攻撃手段はトゥマーン・ボンバ、中距離ミサイル、それにミサイル潜水艦を送り込んでくると言ったあたりだと思う。既に新ソ連の潜水艦がこの島近くまで来ているかもしれない」

 

「弘樹さんのおっしゃる通りです」

 

深雪は盲目的に追従しているわけではない。少なくともこの時は、自分の頭で考えて弘樹の推測に合理性を認めていた。

 

「襲いかかってくるなら、撃退するのは当然のこと。無傷で返すなど、あり得ない。だけどUSNAと新ソ連を同時に相手取るとなると、やり過ぎるわけにはいかない。終わった後のことを無視できない」

 

「ただ勝てばいいのではないと、お考えなのですね」

 

「エドワード・クラークとベゾブラゾフは生かしては帰さない。確実に抹殺する必要がある」

 

弘樹の言葉に深雪は少し表情が曇った。まだ彼女は人殺しには慣れていない。だが、達也や弘樹でも話が通じない相手はいると彼女は経験から学んでいた。

 

「だけど、達也のマテリアル・バーストは強力過ぎる。あの魔法は何の罪もない赤子までも問答無用で虐殺してしまう。僕は彼を悪魔の片割れにはさせたくない」

 

弘樹は達也の魔法を一般的な評価で伝えているのは深雪も理解していた。そのため、深雪は弘樹の意見に反論はしなかった。

 

「ではどのように撃退するのでしょう」

 

「USNAの戦闘艦や新ソ連の潜水艦は、破壊せずに無力化するのが望ましい。2大国の日本への対抗心を姉さんはへし折ると言っていた。だから恐らく姉さんは上陸してきた米兵に恐怖を与えると思う」

 

「では私は軍艦を無力化すればよろしいのですね?」

 

「そう言う事」

 

「だったらお任せください。何隻来ようと氷漬けにして差し上げます!」

 

その美貌を凛々しく引き締めて、さながら戦神の信託を受けた聖少女のような佇まいで、深雪がきっぱりと告げる。

弘樹はあまり良い顔をしなかったが、彼は懐から拳銃型CADを取り出す。前に深雪に渡した実包も撃てるCADとは違い、銃口は無かった。

 

「これは、特化型CADですか?」

 

差し出された拳銃モドキを手に取って、深雪が小首を傾げる。卓越した魔法力を誇る深雪は、これまで特化型CADを必要としてこなかった。

 

「そのCADには、チェイン・キャストを利用した超広域冷却魔法『氷河期(グレイシャル・エイジ)』の起動式がインストールしてある」

 

「グレイシャル・エイジ・・・。もしかして、新しい魔法ですか?」

 

耳慣れない魔法の名称に、深雪が目を丸くした。

 

「ぶっつけ本番になっちゃったけど、魔法自体はニブルヘイムをチェイン・キャストでさらに広域化したものに神道魔法を混ぜたものだから発動に伴うリスクはないはず。明日は深雪の封印を解く予定だから魔法演算領域に負荷はかからないはず。実験は僕と達也で検証済み。何なら今の君でも十分に発動できるはず」

 

「弘樹さんとお兄様が?無茶をなさっておりませんか?」

 

「大丈夫、そう心配しなくていいさ。とりあえず深雪はニブルヘイムの拡張型の氷河期で軍艦を無力化してほしい」

 

「分かりました。その役目、私が引き受けます」

 

深雪が勇ましく宣言する。しかし弘樹はそのセリフに頷くのではなく、水を掛けるフレーズを口にした。

 

「いや、深雪は司令室から魔法を使ってほしい」

 

「・・・何故ですか?」 

 

何が気に入らなかったのか、深雪は弘樹に不満げな目を向けている。彼女としたら、せっかく弘樹に教えてもらって練習してきた神道魔法を披露出来る絶好の機会だと思っていたのに、その弘樹からストップをかけられてしまい肩透かしを喰った気分だったのだろう。

 

「これは達也とも話したんだが。氷河期は恐らく戦略級魔法に匹敵してしまう。深雪が他国のターゲットになるのは避けたいんだよ」

 

強い口調でそう言い聞かせられても、深雪はまだ納得しなかった。

 

「私はこう言う時の為に毎日弘樹さんの元に通い、神道魔法の練習を行なってきました。弘樹さんが前線へ出るのであれば私もそのお隣で戦いたいと思っております」

 

そう言うと弘樹は小さくため息をついた。五年も一緒にいるからこそ、深雪の反応は弘樹は想定内だった。その為、弘樹はあらかじめ用意していた返答をする。

 

「はぁ・・・実を言うと僕は明日、前線には出ないんだ」

 

「それは・・・どうしてですか?」

 

深雪が聞くと弘樹は答えた。

 

「僕は明日、巳焼島の周囲に結界を張るんだ。外界との通信手段を切断するために」

 

「そんな事を・・・またどうして」

 

「姉さんの計画のうちの一つで通信ができない状態で唯一情報を得られるのは人の話だけ。戦いが終わった後、帰国した米軍には噂を立ててもらうんだ。『日本には手を出してはならない』とね」

 

「どうしてそんな事を」

 

「昔から米国はジャーナリズムの強い国。ほら、君も身を持って知っているだろう?記者達のしつこさは」

 

「ええ・・・」

 

深雪はそう言うと通学路に隠れて自分を取材しようと試みた記者達を思い浮かべた。

 

「ジャーナリストは噂が大好物だ。特に明日起こる戦闘は確実に大事になる。そうすれば記者たちは挙って情報を集めるだろう。だが、通信機器が破壊されればどのような通信があったかすら分からない。映像も達也が破壊してしまうだろうから映像も残らない。とすると・・・」

 

弘樹がここまで話すと深雪は凛の考えている事が理解できた。

 

つまり、目と耳が封じられた状態で動かす事ができる顔の部位は口。つまり凛は通信機器と映像機器を使えないようにして今回の戦闘に参加した人の話だけがこの戦闘の情報源になるようにする為、弘樹に結界を張るように命令を下したのだ。

 

「成程、つまり凛は情報源を絞って、そこから日本には手出しできないように話を流すと言う事ですか」

 

「そう言う事。それで僕はその情報源を絞るために島に残る。結界を張っている最中、僕は周りに集中できなくなる。そこで、盲目になっている僕を深雪に守ってほしいんだ」

 

「私が・・・弘樹さんを・・・?」

 

「うん、だから深雪は僕の隣で守ってくれないか?」

 

弘樹がそう言うと深雪は元気良く返事をする。

 

「はい!お任せください。敵に弘樹さんは指一本触れさせません!!」

 

「ありがとう深雪。じゃあ明日は頼りにしているよ」

 

「ハイっ!」

 

深雪は、自分が丸め込まれたことにも気付いていなかった。本来、弘樹に守りなどいらないのだが、ただ、隣に誰かいた方が安心して結界に集中できると言うのは本当であった。

 

「(しかし、深雪にはもっと人を疑ってほしいものだが・・・)」

 

弘樹はそう思うと紅茶を片づける深雪を見ていた。

 

「(ま、それが深雪のアイデンティティとでも言うべきものかな?)」

 

弘樹はそう考えると深雪の性格の単純さどうしようか悩んだのだった。

 

「(それに明日は姉さんが盛大に暴れるからもしかするとこの魔法も使わないだろうしな・・・)」

 

弘樹はそう思うと凛が開発した新魔法の威力を思い出す。

 

「(計算上でもあの魔法の破壊力は凄まじい。実戦で投入されるとなると・・・どうなる事やら)」

 

弘樹は思わず体を小さく振るわせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦二〇九八年八月四日。この日世界は、再び魔法の力を思い知る。一人の魔法師が大国すらも圧倒する、その力を。そして世界は震撼する、日本に棲まう()()存在を・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月四日午前八時。USNAの強襲揚陸艦『グアム』が巳焼島沖合二十四海里のラインを通過した。『グアム』はそのまま西に進んだが、同行していた駆逐艦三隻の内『ハル』は速度を落とし『ロス』は逆に速度を上げて進路を南西に変え、『ホッパー』はそのままグアムと同行していた。三隻の駆逐艦を強襲揚陸艦の護衛艦と認識していた日本の国防軍はこの動きに戸惑い、USNA艦が巳焼島の攻撃を意図していると言うのは誤解だったのではないかと言う声も上がった。



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開戦

国防軍は迷走を始めていたが、巳焼島のオーナーでもある四葉家に迷いは無かった。

 

「グアム、間もなく領海に侵入します。現在の速度であと五分」

 

八時二十分。巳焼島の西岸、かつて島に収容していた重犯罪者魔法師の脱走監視施設を改築して造った私設防衛指令室で、海上の監視を担当する職員による緊迫した声の報告が上がった。

 

『迎撃部隊の戦闘準備は完了しています』

 

無線機で報告してきたのは真夜から防衛指揮を委ねられた新発田勝成のガーディアン、堤奏太だ。

 

「奏太、少し落ち着け。出撃は相手が行動を起こしてからだ」

 

スピーカーの声から奏太が逸っていると感じた勝成が、フライングしないよう釘を刺す。

 

『分かっていますよ、マスター。攻撃を受けたから自衛したって名目が必要だということは、忘れていません』

 

まるで喫茶店の店主を呼ぶような「マスター」という発音もあって、奏太の口調はどうにも真剣味に欠けて聞こえるが、彼の忠誠心に疑いの余地は無い。勝成はくどくどと注意を繰り返したりはせず、正面の壁一杯に広がるメインスクリーンに目を向けた。

この指令室には窓が無い。普段は窓の代わりに外の景色を映し出しているメインスクリーンには今、この島を取り巻く様々な情報が表示されている。勝成は指揮官用の多機能シートの上から、そこに表示されているUSNA艦のデータをジッと見つめた。

 

「グアム、減速しました」

 

オペレーターの報告した内容と同じデータをメインスクリーンから読み取った勝成は、指揮官シート内蔵のインカムを操作する。

 

「達也君、敵艦に動きがあった。深雪さんと一緒に指令室まで来てくれないか」

 

彼はマイクに向かって、そう話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪は朝食後に達也、弘樹と別れ、水波、エリカ、レオ、幹比古を連れて居住棟地下のシェルターに移動していた。地下シェルターといっても地上階と同じ広さがあり、居住性は快適だ。室内には島内全域を映し出す四枚の大型ディスプレイが備わっており、利便性はむしろ、地上のゲストルームより地下シェルターの方が勝っている。

いまのところ、島内に異常は見られない。何時もと違う点は、東岸のプラント区画から民間人――四葉家の戦闘員ではないという意味での――が避難しているということだけか。今日は日曜日なので、プラントの建設やテスト運転が止まっているのは何時も通りだ。

とはいえ避難した科学者、技術者の代わりに戦闘員の増援が配備されているので、人が少ないということはない。屋外に出ている人影は普段よりむしろ多いくらいだった。

USNAの軍艦は、まだ視界に入っていない。シェルターから利用できるカメラは沿岸部までしか映さない。具体的には海岸線から約八キロ、海抜五メートルの高さに視点を設定した水平線が限度だ。領海の境界線、十二海里=約二十二キロまでは映らない。

その平和的とは言えないまでも切迫感に欠ける映像が物足りなくなったのか、エリカがディスプレイから目を離して深雪の方へ振り向いた。

 

「敵艦は何処まで来ているの?」

 

「水波ちゃん、分かる?」

 

深雪はエリカの問いかけを水波につないだ。

 

「・・・領海まであと三キロです」

 

椅子に腰掛けず、室内の諸設備を集中管理するコンソールの前に陣取っていた水波が、情報端末のキーボードを操作して指令室の管理下にある軍事情報システムから答えを引き出した。同じシェルターでも民間人を収容した部屋では調べられなかったに違いない。本家次期当主が利用する、VIPルームだからこそ可能なことだった。

 

「領海まで三キロってことは、沿岸まで・・・ええと」

 

「約二十五キロです、西城先輩」

 

口を挿んだレオにも、水波が丁寧に答える。

 

「二十五キロか。まだランチャーの射程外だよな」

 

レオの言う「ランチャー」は前の大戦中に戦闘艦の対地攻撃用主兵器となった『フレミングランチャー』のことだ。電磁投射機構で大型爆弾を飛ばすフレミングランチャーの一般的な射程距離は二十キロメートルとされている。

 

「ミサイルならとっくに射程内だよ」

 

今度は、レオのセリフに幹比古が応えた。

 

「まだ撃ってこないということは、上陸を企んでいるんじゃないかな。桜井さん、接近しているのは駆逐艦?揚陸艦?」

 

水波がチラッと深雪を窺い見る。深雪が頷くのを確認して、水波は幹比古の質問に「強襲揚陸艦です」と答えた。

 

「やっぱり上陸作戦か。相手も無差別に爆撃するのではなく、狙いを達也に絞ってきているようだね」

 

幹比古の推測を聞いて、エリカがバカにしたように鼻を鳴らす。

 

「どうせすぐ無差別爆撃に切り替えるわよ。達也くんを暗殺なんて、上手くいくはずないじゃない」

 

反論の声は上がらない。レオと幹比古が納得顔で頷く横で、深雪が美し過ぎて人間味に欠ける笑みを浮かべていたのが印象的だった。

何となく、会話が途切れる。まるで静寂が訪れるのを狙っていたかのように突然、部屋の扉が開いた。

 

「お兄様」

 

三重になっているスライドドアが開ききる前に立ちあがっていた深雪が、丁寧なお辞儀と共に達也を迎える。一拍遅れた水波が、慌てて腰を折った。

深雪の素早い反応に、今更驚いている者はいなかった。他人から見れば不可思議、理不尽、ミステリーでも、達也と深雪の友人であるならば、この程度は驚くに値しない。ガンマ線遮蔽合金と中性子遮蔽構成樹脂の複合板を組み込んだ三重の扉越しに互いの存在を感知する程度の非常識には、エリカもレオも幹比古もすっかり慣れていた。

 

「深雪、勝成さんが呼んでいる。一緒に来てくれ」

 

達也は友人たちに目もくれず用件だけを口にしたが、三人とも不満は覚えなかった。達也はそれを当然と思わせる空気を纏っていたからだ。着ている物は黒と見紛う群青色の飛行装甲服。四葉家が開発した『フリードスーツ』の別バージョンだ。ヘルメットを被り、顔のシールドだけを上げた完全武装状態だった。

達也が先日まで使用していたフリードスーツは街中で着ていても「少し変わったライディングスーツ」くらいにしか思わないデザインの、日常的に着用しても怪しまれないことを重要視した謂わば「市民バージョン」。それに対して今彼が身にまとっているのは、要所を守る装甲や白兵戦用ナイフの柄がむき出しもの、一目見てそれと分かる戦闘用スーツだ。「市民バージョン」に対して「兵士バージョン」とでもいうべきデザインだった。明らかに民間人に許される限度を踏み越えており、官憲に見付かれば現行犯扱いは免れないと思われる――実際に警察が逮捕できるかどうかは別にして。

その姿は戦いが迫っていることを分かり易く示している。達也が深雪を呼びに来たのも敵の迎撃に関わる用件だと、エリカたち三人は自然に考えた。

 

「エリカ、レオ、幹比古」

 

もっとも、達也は三人のことを忘れていたのでも無視していたのでもなかった。

 

「お前たちはここにいてくれ。欲しいものがあれば水波が対応する。くれぐれも敵の前に飛び出していったりするなよ」

 

達也に釘を刺されてエリカとレオが首を竦める。その反応は「大人しくしているつもりは無かった」と白状しているようなものだった。

 

「幹比古。二人が無茶をしないよう、見張っておいてくれ」

 

「う、うん。分かった」

 

達也は幹比古にプレッシャーを掛けた後、深雪を連れて部屋を出ていった。この状況で幹比古が責任を押し付けられたのは、三人のキャラクター的に仕方がないのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が指令室に入った時、勝成は夏用のジャケットを脱いでアーマージャケット(防弾・防刃・耐薬品・耐爆機能を備えた戦闘用ジャケット)に着替えている最中だった。ズボンは元々、同じ素材の物を勝成は穿いていた。達也が着ているツナギタイプに対して、ツーピーススーツタイプの飛行装甲服である。上着の上から伸縮性のベルトで裾を押さえることにより一応の機密性を確保しているが、フリードスーツや国防軍のムーバルスーツ程の性能は望めない。

それでも近距離高速移動の手段として、必要な機能は備えている。達也と違って魔法だけで身を守ることができる勝成には、これで十分なのだった。

 

「お待たせしました」

 

「いや、急に呼びつけたような格好になってすまない」

 

襟元を閉じ、ベルトを着け終えた勝成が振り向いて応えを返す。前置きはそれだけだった。

 

「実は、強襲揚陸艦グアムが領海に侵入する直前で停船したんだ」

 

二人とも謝罪合戦のような非生産的なことはせず、すぐ本題に入る。

 

「敵の狙いについて、君たちの意見を聞きたい」

 

「駆逐艦の動向を教えてください」

 

勝成の問いかけに、達也は答えではなく質問を返した。

 

「駆逐艦ハルは島の東三十キロの地点に停泊している。一方ロスは五十ノット前後の速度で、島の南側領海外線を迂回して西に向かっている。ホッパーはグアムの隣で停泊している」

 

「グアムは、ロスが配置につくのを待っているのではないでしょうか」

 

勝成の回答を聞いて達也は、その内容があらかじめ分かっていたかのように、すぐに己の推理を開陳する。

 

「駆逐艦二隻で東西から挟撃するつもりだと?だが三隻とも対空対潜兵装主体の護衛駆逐艦だ。対地攻撃に転用可能なミサイルも多少は保有しているかもしれないが、搭載量はたかが知れている。核でも使わない限り・・・。まさか、彼らは核攻撃を目論んでいると?」

 

「核ミサイルは、使わないでしょう。USNA政府が、そこまで黙認するとは思えません」

 

達也の答えには含みがあった。勝成はそれを聞き逃さなかった。

 

「・・・敵には、核攻撃に匹敵するような大規模魔法の用意があると考えているのか?」

 

「単なる可能性ですが」

 

「だからといって、先制攻撃で撃沈するわけにはいかない」

 

「駆逐艦からの長距離魔法攻撃には俺と深雪で備えます」

 

達也が横目で深雪に振り返る。深雪はしっかりと頷き返した。

 

「分かった。そちらは達也くんたちに任せる。私は予定通り、上陸部隊を水際で撃退する」

 

勝成は達也にそう言った後、深雪へ顔を向けた。

 

「深雪さん、こちらの席へ」

 

そう言って勝成は、深雪に指揮官シートへ座るよう促す。

 

「その席は勝成さんが叔母様より委ねられた物では?」

 

「御当主様には、昨日許可を得ています」

 

「しかし・・・」

 

いくら許可が出ているからと言って、自分がその席に座ることに抵抗があった深雪は、達也に視線を向けた。

 

遠慮する深雪に、達也が彼女の視線を受けるまでもなく助言する。いや、助言と言うより指図か。

 

「深雪、お言葉に甘えさせてもらえ。指揮官席には、お前に必要な機能が備わっている」

 

「ですが――いえ、お兄様がそう仰るのでしたら」

 

予想外の言葉を掛けられ、深雪はうっかり達也の言葉を否定しそうになったが、幸いにも勝成も他の者も、指令室内に不審感を懐いた者はいなかった。

 深雪は指揮官シートに腰を掛けようとして、その直前に再び勝成と目を合わせる。

 

「では勝成さんはどうなさるのですか?」

 

「私は北東沿岸の移動基地から指揮を執る」

 

彼が言う移動基地とは戦術データリンクシステムを組み込んだ装甲ワゴン車のことで、この指令室のコンピューターとつながっている。

 

「ここからでも飛行デバイスを使えば大して時間はかからないが、現場に近い方がやはり、いろいろと都合が良い」

 

「分かりました。お気を付けて」

 

「ありがとう」

 

勝成がヘルメットを小脇に抱えて指令室を後にする。深雪は指揮官シートに腰を下ろして、傍らに立つ達也を見上げた。

 

「――お兄様、教えてください。このシートの機能とは何なのですか?」

 

「厳密にはシートの機能というよりデスクの機能だ」

 

「デスク・・・?」

 

深雪が訝し気な表情を浮かべる。それも無理はない。周囲の床より一段高くなった円形の壇の上に据え付けられている指揮官シートの前には何もない。今は座っている深雪の姿が、周りにいるスタッフから足の先まで見えている状態だ。

 

「説明するより使ってみた方が早い」

 

そう言って達也は、深雪の右斜め後ろに移動した。訝し気な表情を浮かべたまま、目で達也を追い掛ける深雪。達也は深雪の肩越しに、右アームレストの内側に右手を伸ばした。

後ろから抱きすくめられるような体勢に、深雪が硬直する。達也の右手がアームレストの内側に目立たぬよう配置されたボタンを押した。

達也が身体を起こす。その直後、シートの背後を円弧を描いて囲んでいた壁が深雪の左側から前へと移動を始めた。指揮官シートの前に回り込んだ壁が、今度はシートの方へと移動を始める。

アームレストより外側は根元から、正面は上面十センチのみ深雪の手許まで寄り、円弧の壁はシートを囲むデスクに変化した。

 

「これはいったい・・・?」

 

大袈裟なギミックに、深雪が目を丸くする。

 

「正直、遊びすぎだと思うんだが・・・」

 

達也が苦笑いをしているところを見ると、これは彼が設計したものではないのだろう。

 

「この改築を担当した技術者が、特撮マニアか何かだったのだろうね」

 

達也もこのギミックに対して「おかしい」と感じていると知って、深雪は少し安心している様子だった。

 

「・・・それで、役に立つ機能というのは?」

 

「これだ」

 

移動してきたデスクの外側に逃げていた達也が、手を伸ばして深雪の右側の卓上に現れたタッチボタンの一つに触れた。デスクの外側が開き、内蔵されていたマイクスタンドのようなアームが深雪の前に伸びる。

 

「達也様、これは?」

 

「深雪、昨晩弘樹が渡したCADは持っているね?」

 

「もちろんです」

 

「それをここにセットして」

 

達也が指差したアームの先端は小さなピストルラックの様な形状になっていた。そこに拳銃形態のデバイスを乗せると「銃身」を左右から自動的に挿み込んでCADを固定する。グリップの部分はむき出しなので、アームにセットしたままCADの操作が可能だ。

 

「このアームにはCADの照準補助を拡張する機能がある。アームにCADをセットした状態でメインスクリーンの映像に『銃口』を向けると、指令室の戦術コンピューターが照準した物体の位置データを起動式のフォーマットでCADに送信してくれる。無論、CADが戦術データを受信・利用できなければならないが、そのCADはシステムに対応済みだ。座ったままで半径五十キロ以内の任意の地点、物体を目視しているのと変わりなく照準できる」

 

「達也様が『精霊の眼』で狙いを定められるように、ですか・・・?」

 

深雪はこのシステムが、彼女の為の物だと理解した。『精霊の眼』を持つ達也は、このシステムを必要としない。本当は『サード・アイ』のような遠距離照準補助のCADが無くても、単純に航空映像なり衛星映像なりを見るだけで、達也は自力で照準が可能だ。このシステムは『精霊の眼』で位置情報を取得するプロセスを機械で代行するものと言える。

ではこのシステムがあれば他の魔法師にも達也と同じ真似ができるかと言えば、それは無理だろう。普通の魔法師には、幾ら起動式の形で位置情報が提供されているからといって、何十キロも遠方の物体や領域にピンポイントで魔法を作用させることはできない。新ソ連のベゾブラゾフをはじめとする『十三使徒』に匹敵する魔法力が必要だ。例えば、深雪のように。

 

「戦術コンピューターにつながっている索敵システムの機能を上げれば、それこそ地球の裏側にも届くのだがな。ここのシステムでは、半径五十キロが精一杯だ」

 

誰がこのシステムをこの場に作ったのだろうか。達也の発案によるものとは、深雪には思えなかった。達也は魔法師を兵器システムの一部とすることに反対している。少なくとも、深雪を兵器のパーツとすることを達也は善しとしないはずだ。では真夜が、深雪を軍事力として利用する為に設置を命じたのだろうか・・・。

 

深雪はそこで、考えるのを止めた。企てたのが誰であれ、動機が何であれ、このシステムは目前に控える戦いの役に立つ。

 

「(叔母様にどのような考えがあったにせよ、叔母様ではない他の誰かの思惑があろうと関係ない。今は目の前の敵に備えることだけを考えればいい。そしてこのシステムは、その為に使える)」

 

このシステムで、深雪は弘樹の力になれる。

 

「――分かりました。この装置を使いこなして、必ずやお兄様達の御役に立って御覧にいれます」

 

深雪はとりあえず、それだけを考える事にした。それ以外のことは考える必要は無いと、自分に言い聞かせるまでもなく、深雪の思考は『達也の役に立てる』という一つのこと以外を排除した。彼女にとってそれが一番重要であり、それ以外のことなど後で考えればいいのだとすぐに思考を切り替えることは難しいことではなかった。



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上陸作戦

午後八時五十五分。遂に強襲揚陸艦『グアム』が作戦行動を開始した。格納庫から艦尾のスリップ・ウェイを通って小型高速艇が次々と海面に降りてくる。戦闘車両を積んだ揚陸艇ではなく、戦闘員を携行武器と共に送り届ける搭載艇だ。

搭載艇は合計六隻。各艇、運航クルー以外に戦闘員が五十名搭乗している。合計三百名、約二個中隊の戦力だ。千名以上の上陸部隊を運べる『グアム』本来の能力から見れば随分と少ないが、非公式の作戦であることを考えると、「よくこれだけの数を揃えたものだ」と事情を知る者ならば感嘆を惜しまないだろう。

搭載艇は順次発進するのではなく、海面上に六隻が揃ってから一斉に発進した。だからといって、隊列を組んだのではない。散開して別々に巳焼島の東岸を目指し突き進んでいる。隊列を組まなかったのは狭い空間に攻撃を集中させない為、同時に発進したのは各個撃破を避ける為だと思われる。

それでも、小型艇六隻だ。八平方キロの島に二個中隊は不足のない兵数だが、収容力五十人の兵員輸送艇六隻程度なら、達也や深雪のように強力な魔法の遣い手でなくても遠距離攻撃魔法を使える魔法師が二、三十人もいれば沈められるだろう。いや、魔法に頼らなくても現代の対艦兵器で海防陣地を構築していれば、陸地に寄せ付けないに違いない。

仮にもUSNAの正規軍に所属する強襲揚陸艦『グアム』の艦長が、その程度のことを理解していないはずもない。搭載艇が侵攻を開始するのと同時に、『グアム』の飛行甲板から無人攻撃機が飛び立った。

全長わずか五メートル。小型トラックより少し大きい程度のサイズしかない。武装は対物ライフルサイズの十二・七ミリ弾を使用する機関砲のみ。無人攻撃と言うより、ガンポッドドローンとでも呼ぶべきだろうか。単発のジェットエンジンにウイングレット付きのクリップトデルタ翼、カナード。機体の形状は前世紀後半の無人実験機・HI-MATが最も近いかもしれない。

この無人機は、防御力に劣る航空兵力や歩兵、非装甲車両を数量と機動性で排除するという戦術思考に基づいている。機体サイズが小さいから、航空母艦に比べて格納庫が狭い揚陸艦にも十分な数を搭載できる。搭載艇一隻あたり六機の無人機がその上空で支援についた。『グアム』自体の護衛にも、八機が艦の上空を旋回している。 

海岸線の道路から丘一つを隔てた窪地に陣取った新発田勝成は、これらの動きを指揮車と指令室との情報リンクでリアルタイムに把握していた。敵の搭載艇は既に領海の奥深くまで侵入し、海岸線から肉眼でも視認可能となっている。

 

「まだ手を出すなよ」

 

それなのに勝成は、迎撃の許可をまだ出していない。現時点では侵攻に備えて取った具体的な措置は接岸可能な岸壁に昨晩、上陸阻止のフェンスを設置しただけだ。不法入国に備えた国境のフェンスに匹敵する頑丈な物を一晩掛からず建設できたのは魔法と言う便利な技術があってこそだが、逆に言えばまだ余力があったはずなのに、機雷を海中に配置するなどの攻撃的な対策は取っていない。今のところ、日本の国内法に触れる行為を四葉家は避けていた。

島の北と東の海岸部は護岸の為、消波ブロックが積み上げられている。上陸作戦に使われる軍用艇が越えられない障碍物ではないが、突破には余計なコストがかかる。島に到着した最初の搭載艇が消波ブロックの無い港湾部を目指したのは、合理的な行動と言える。また合理的だからこそ、相手もそれに備えていると警戒するのが自然だ。

実際には、岸壁沿いに設置されているのは頑丈なだけのフェンスに過ぎない。地雷や銃座が隠されていたり、致死レベルの高圧電流が流れていたりという攻撃的な機能は無い。

だが過剰な警戒感に囚われた敵は岸壁を目前にした位置で、フェンスに向かってグレネードランチャーを使用した。それも一発ではなく、十発前後の一斉射撃だ。フェンスは大きく破損した。それにとどまらず、被害は岸壁間際に建っている倉庫にまで及んだ。私有財産に対する、明確な破壊行為だ。

 

「――反撃を開始せよ」

 

被害を確認して、勝成は冷静沈着な声で配下に戦闘許可を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強襲揚陸艦グアムを発進した兵士は、パラサイトばかりではなかった。エドワード・クラークは国防長官との密談で「今回の暗殺作戦にUSNA国籍を持つ人間を使わない」と約束した。その時のクラークはパラサイトから暗殺部隊を調達するつもりだったのだが、実際に兵士を集める段になって、パラサイトの総数は彼が思っていたよりずっと少なかったと判明した。

そこでクラークは帰化を希望する外国籍の兵士に対し作戦成功後の市民権取得を餌にして、約二百人の兵力を調達していた。その中には、低レベルながら魔法師もいる。九十人前後が、延命の為に自らパラサイトになったスターダストの隊員たち。残りの九人がスターズのメンバーで、そこにはパラサイト化した恒星級隊員の生き残り、第六隊のリゲル大尉、ベラトリックス少尉、アルニラム少尉も含まれている。

巳焼島に一番乗りした搭載艇の上陸部隊指揮官は、アレハンドロ・ミマスという名の二等軍曹だった。旧メキシコ領出身のスターズ衛星級隊員で、二〇九六年の冬に日本へ派遣されて達也と交戦し重傷を負わされた経緯がある。ミマス軍曹がパラサイト化したのは、達也に対する報復を望んだからだ。

そんなミマスにとって今回の暗殺作戦は、待ちに待ったものだった。彼はこのミッションに参加した士卒の中で、最も積極的なメンバーの一人だろう。彼が乗る搭載艇が一番乗りとなったのは、運航クルーがミマスのプレッシャーを受けて無茶な操艇をしたからだった。上陸を阻むフェンスにグレネードの使用を命じたのもミマスだ。彼は元々、短気なところがある人間だったが、パラサイトになったことでその傾向が顕著になった。

パラサイト化の影響と言えば、人間だった頃のミマスは振動系加熱魔法を得意とする魔法師だった。有視界内の物体を自由に加熱する、パイロキネシスに似た魔法だ。ただそれしか使えないというわけではなかった。スターズに伝わる奥の手、『分子ディバイダー』も使いこなしていた。

だがパラサイトとの同化により、能力が変質した。多くのパラサイトに見られるように、魔法技能が少数の魔法に特化している。ミマスの場合は加熱魔法の中でも『生体発火』と呼ばれる魔法に技能が偏っていた。この『生体発火』は文字通り、生物の身体を発火させるもので、どういう訳か生物の死骸や生物を加工した素材には効果はない。例えば生木は燃やせるが、炭に火をつけることはできない。魔法という技術の不思議なところだ。

その代わり対人戦には無類の強さを発揮する。効果が限定されている所為か、小さな事象干渉力で魔法を発動できるのだ。『生体発火』ならば、通常は事象干渉力の不足で魔法が通らない格上の魔法師を葬ることも可能となる。

この局面では、フェンスという人工物に対して『生体発火』は何の効力も持たない。彼が率いる上陸部隊の中には遠隔攻撃能力を持つ魔法師もいた。だがミマスは自分の魔法で破壊できないからと、短絡的に通常兵器での破壊を命令したのだった。

 

「上陸開始!」

 

搭載艇が接岸するや否や、ミマスはそう叫んだ。復讐に逸っているのか、彼は前しか見えていない状態だ。上陸前に行うべき、索敵も命じていない。

搭載艇から兵士が次々と岸壁に上がる。いや、甲板の方が高い位置にあるから「降りる」と言うべきだろうか。実際に多くの兵士が船縁から舗装された係船岸に飛び降りている。ミマスの姿勢が伝染したのか、彼らに周囲を警戒している様子はない。

そんな上陸部隊に突如、矢の嵐が襲いかかった。降ってきたのではない。長さ五十センチ程の短い矢が横殴りの雨となって浴びせかけられたのである。およそ三十本ずつの矢が倉庫の陰から短い間隔で、続けざまに飛来する。上陸部隊に含まれていた魔法師が素早く反応してシールドを張ったが、約三分の一の隊員が矢に当たって負傷した。

致命傷を負った者はいなかったが、部隊の一割以上、六人が足や腹を貫かれ行動不能に陥ってしまった。

 

「グレネードであの角を狙え!治癒魔法が使える者は負傷者の手当て。それから戦闘継続が困難な負傷者を船に戻せ」

 

ミマスの命令により、上陸部隊が一斉に動き出す。十八人の非魔法師がアサルトライフルにグレネードをセットし、前に出て膝射の体勢を取った。その工法では軽傷を負った十人の間を二人の魔法師が治癒に駆け回り、重症の六人を三人の魔法師が魔法を使って搭載艇に運び込んでいる。なお、この五人の魔法師にパラサイトは含まれていない。

片膝を突いた射手の横には二人の下士官が立っていた。そのうち一人が「撃て!」と号令と共に片手を振り下ろす。間髪を入れず、九発のグレネードが同時に発射された。

撃ち終わった九人の兵士が合図をした下士官と共に後ろへ下がり、もう一人の下士官が片手を上げる。その体制で粉塵が立ち込める着弾点に目を凝らしていた下士官は、その体勢のまま『軍曹殿!』と叫んだ。

 

「射撃手の姿、ありません!」

 

ミマスが双眼鏡に目を当てる。グレネードで崩れた壁の向こう側に人影は無い。横たわる死体も見当たらない。

 

「射撃中止」

 

ミマスがそう命じた直後。壁があった所を迂回して、再び矢の群れが襲来する。

ミマスは突如、頭上に魔法の気配を感知した。頭上と言っても、彼の真上ではない。二列縦隊の最後尾辺りだ。同じパラサイトといっても、そのスペックは同化した人間のレベルに左右される。スターズ隊員が生来持つ素質のレベルは、衛星級であってもスターダストを明確に上回る。スターダストの戦闘力は生体化学的強化によって無理矢理引き上げられたもので、そうしたブースト部分はパラサイトの能力に反映されない。この様な理由で、魔法発動の兆候を捉えたのはアレハンドロ・ミマスだけだった。

パラサイトは意識を共有しているから、その情報は他の八体にも瞬時に伝えられた。だが発動地点に関する情報は、あくまでもミマスの肉体から見た相対的なものだ。

意識は一つでも身体は別々。それが、感知した発動兆候の情報に従って魔法を回避しようとした場合、かえって混乱を招く結果をもたらした。

隊列最後尾の二人に頭上から爆音が襲いかかる。一人には音の塊が掠めただけ。だがもう一人には、『音響砲』が直撃した。聴覚だけでなく全身が音に蹂躙され、精神と肉体のつながりが何ヶ所か部分的に遮断される。

その影響は、意識を共有しているパラサイト全体に及んだ。特に今、行動を共にしているミマスを含めた八体が受けた影響は大きかった。

直撃を受けた個体は、一時的に身体の一部が動かなくなっただけだ。しかし他の八体は、肉体に欠損が生じたような、不快な錯覚に見舞われた。本体が精神生命体であるパラサイトは人間と同化することで肉体を手に入れ、この世界で安定した存在となる。この世界を精神体だけで漂っているのは、不安定な状態なのだ。ピクシーやパラサイドールのような機械の器に閉じ込められた状態にパラサイトが甘んじるのも、精神体単独でいるよりその方が安定するからだった。

精神体にとって、「不安定」は即ち「不安」。肉体はパラサイトにとって安定をもたらすものであり、身体の一部欠損は器の喪失=「不安定」を連想させる「不安」の種だ。

奏太にとっては想定外だろうが、『音響砲』はパラサイトの激しい怒りと憎悪をかき立てた。

 

「(私が/個体名アレハンドロ・ミマスが、この敵を排除する)」

 

魔法の発生源を探知したミマスが、奏太を殺しに行くと決意を伝え――

 

「(私が/我々が移動を補助しよう)」

 

――他のパラサイトが、『生体発火』に特化した為に魔法を利用した機動力が低下しているミマスに、移動のサポートを申し出た。

 

「(では移動する)」

 

「(では移動させる)」

 

主体と客体が入り混じった思念が飛び交い、ミマスの身体が路上から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のいる食糧倉庫に向かって一直線に飛び跳ねてくる一際強い気配に、奏太は声と思念で叫んだ。

 

「なにっ!?(見つかった!?)」

 

彼我の距離は、およそ二百五十メートル程あった。魔法師にとっては無いも同然、と言うのは言い過ぎだが、お互いの存在を知覚するのが困難になる間合いでもない。だが奏太は奇襲を掛ける際の当然の心得として、魔法の発動地点、つまり自分のいる場所を感知されないよう気配を念入りに抑えていた。

それなのにこのパラサイトは、間違いなく自分に向かって来ている。その意味するところは、この個体の魔法的知覚力が彼の隠蔽技術を上回っているということだ。

相手を侮っているつもりは無かったが、「認識が甘かった」と奏太は認めざるを得なかった。同時に、逃げるのではなく迎え撃つ覚悟を固めた。この敵を野放しにしたら、味方にどれだけ損害が出るか分からない。少なくともこの地区を受け持っている魔法師の中で、最も戦闘力が高いのは奏太だ。自分がやらなければ、という使命感が彼をこの場に留まらせた。

奏太が迎撃を選択するまでに掛けた時間は五秒足らず。彼が心を決めた時には、相手の気配は間近まで迫っていた。

 

「(――今だ!)」

 

パラサイトが奏太のいる屋根に姿を見せる。同時に奏太は『フォノンメーザー』を放っていた。



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上陸作戦2

二度の跳躍で、ミマスは奇襲攻撃を仕掛けた敵の許にたどり着いた。その瞬間、彼は攻撃魔法の発動を感知して急所の前に両腕を掲げた。心臓をかばった左腕に高熱が生じる。ミマスは左腕の感覚をカットした。

攻撃が心臓を狙った『フォノンメーザー』だったと認識したのは、左腕が肘まで焼け焦げた後だ。腕を貫通されなかったのは、能力特化の影響で他のスキルが低下しているとはいえスターズ正規隊員の魔法力で展開した真空シールド――魔法攻撃で最もポピュラーな、圧縮空気弾などの空気を媒体とした攻撃を防ぐ為の防御魔法――の効果と、それ以上に米軍特殊部隊専用の前腕部プロテクターの耐熱性能のお陰だった。

それでも肘までの広範囲にⅢ度のやけどを負う重症だ。普通なら激痛で、身動きも取れなくなっているところだ。

だがパラサイトには本体である精神体に余計なダメージが行かないよう、肉体的な感覚を遮断する能力が備わっている。遮断が間に合わず行動不能になってしまうことはあっても、断続的な痛みで戦えなくなるということはない。

ミマスはまず敵の第二射を阻むべく、拳銃形態のCADを彼に向けている奏太の右腕に照準を定めて『生体発火』を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミマスの攻撃を受け、奏太の口から苦鳴が漏れる。

 

「グァアアアッ!」

 

彼は右腕を前に突き出した姿勢で両膝を突いた。奏太は無警戒でいたわけではない。左腕を盾にして『フォノンメーザー』を受け止めたパラサイトが、反撃の魔法を放とうとしている気配は彼も捉えていた。だがパラサイトは、そこからが速かった。二射目の『フォノンメーザー』を放つ為の起動式の読み込み段階に入っていた。それにも拘わらず、魔法が完成したのはパラサイトが先だった。

熱い、とは感じなかった。奏太を襲ったのは激痛、ただ「痛い」という感覚が、彼の心を占めていた。腕が炎に包まれたのは一瞬のこと。その短い時間で、彼の右腕は上腕部の半ばまでが黒く炭化していた。既に右腕の感覚は無い。今は肩の付け根が激しい痛みを伝えていた。右手に握っていたCADが倉庫の陸屋根に音を立てて落下する。炭化した右手の指と共に。一泊遅れて、肘から先がもげて落ちる。落下の衝撃で黒焦げになった皮膚と筋肉細胞が飛び散り、その下から白骨がのぞいた。

 

「――クソがぁ!」

 

右腕の喪失を目の当たりにしたことで、痛みを上回る闘志が湧き上がったのか。意味の無い叫びは己を鼓舞し敵を呪う罵倒に変わり、奏太はガクガクと膝を震わせながら腰を浮かせた。その目に宿るのは、闘志と殺意。そして、魔法を使おうとする明確な意志。

しかし、痛みに侵されCADも使えない今の状態では、パラサイト相手に先手を取ることは尚更できない。奏太が魔法式を完成させるより早く、パラサイト――ミマスの魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右腕を燃やされても、四葉の魔法師は戦意を喪失しなかった。それどころか片腕を失った状態で、反撃の魔法を放とうとしている。その姿には、パラサイトとなったミマスも感心せずにはいられない。

だからこそ、ここで見逃すという選択肢はない。タフな敵を放置すれば、味方に損害をもたらす。ミマスは『生体発火』の魔法式を、今の自分が発揮できる最大出力で構築した。

重傷を負っている敵――奏太を殺すのにこの威力は必要ない。これは苦しまないで済むように一瞬で殺してやろうという、敬意を払うべき敵に対するミマスの配慮だった。パラサイト化した魔法師はCADが不要になり魔法の発動速度が向上する。必要以上の威力を込めた魔法だが、ミマスの『生体発火』は奏太が構築しようとしていた魔法よりも先に完成した。

ミマスが『生体発火』を放った。奏太の全身は瞬く間に燃え落ちる――はずだった。

 

「なにっ?」

 

だが何も起きない。確かに魔法が発動した手応えがあったのに、それが人体発火現象となって現実化する直前でキャンセルされた。魔法がかき消されたのだ。何者かの手によって。

ミマスは慌てて振り返った。何かの気配を感じ取ったというわけではない。それは完全に、直感のみに突き動かされた行動だった。

背後には、要所を装甲で守った戦闘スーツ姿の人影が立っていた。顔はヘルメットに隠れて分からない。シルエットから見て、性別はおそらく男。何も持たぬ右手をミマスに向けて真っ直ぐに差し伸べている。

 

「(この男――!)」

 

何者なのかは知れないが、この男が自分の魔法をかき消したのだと、ミマスは直感的に理解した。ミマスはヘルメットの男に『生体発火』の照準を合わせる。この瞬間彼は、奏太のことを忘れていた。

身体ごと完全に振り返ったミマスの、目と耳と鼻と口からいきなり血が噴き出した。ミマスの身体が前のめりに倒れる。その後頭部には、焼け焦げた穴が空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵の死を見届けて安心したかのように、奏太もまた、俯せに倒れた。ミマスを斃したのは、奏太が最後の力を振り絞って放った『フォノンメーザー』だ。結果としては未発に終わったミマスの『生体発火』を浴びている最中にも、奏太は『フォノンメーザー』の魔法式構築を止めていなかったのである。

奏太が視線で放った『フォノンメーザー』は、見事にミマスの後頭部を貫いて、その脳を焼いた。パラサイトの顔の穴から噴き出した血は、脳漿の沸騰で頭蓋骨内から押し出されたものだ。脳を破壊されれば、パラサイトも肉体的な死を迎える。だがそれだけでは、パラサイトの本体は滅びない。死体から抜け出すだけだ。

精神体に戻ったパラサイトは、骸となった肉体に代わる宿主を求めて生きている人間に取り憑こうとする。数秒前まで『ミマス』だったパラサイトの下には、意識を無くした人体が倒れている。

パラサイトは存在の安定を求める本能に従って、とりあえず奏太の肉体に逃げ込もうとした。だが奏太の肉体に移動しようとしたパラサイトは突如、本体の核である霊子情報体をこの世界で支えている想子情報体の骨格を失った。存在の基盤である想子情報体を、粉々に分解された。

この世界に依って立つ足場を破壊された精神生命体が、不可視の渦に呑み込まれるようにして消え失せる。

スターズ衛星級魔法師アレハンドロ・ミマス軍曹に宿っていたパラサイトは、我々の宇宙から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アストラル・ディスパージョン』でパラサイトを殺害した達也は、左手で腰から拳銃形態のCAD、愛機シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を抜いて俯せに倒れたままの奏太へ向けた。『再成』の発動。

奏太が右腕を燃やされた際の痛みを百倍以上に凝縮した痛覚の追体験は、さすがに無視できないものだったのだ。しかしその痛みは途中で何も感じなくなってしまっていた。

 

「(こればかりは彼女に感謝だな・・・)」

 

そう呟きながら焼け落ちた奏太の右腕を復元した達也は、ヘルメット側面のパネルを操作して移動基地に通信を繋いだ。

 

「勝成さん」

 

『達也君、どうした』

 

「堤奏太が食糧倉庫の屋根の上に倒れています。救護班の手配を」

 

通信機が微かに、だが確実に息を呑む音を伝える。

 

『――怪我の状態は?』

 

「負傷はありません。意識を失っているだけです」

 

『そうか。感謝する』

 

勝成は説明されなくても、気絶する程の重傷を負った奏太を達也が魔法で治してくれたのだと理解した。

 

「俺は引き続きパラサイトを掃討します」

 

『了解した』

 

現時点における達也の役目は、パラサイトの本体を逃がさないこと。ミマスの例でも分かるように、単に殺しただけでは本当の意味でパラサイトを仕留めたことにはならない。死体を抜け出して、次の宿主に移動するだけだ。

同化には「強く純度の強い欲求を持つ人間」という条件があり宿主となった者が常にパラサイト化するわけではない。だが同化に失敗しても、パラサイトの本体は宿主を渡り歩くだけでこの世界から消えて無くなりはしない。

その点『雲散霧消』と『アストラル・ディスパージョン』を持つ達也ならば、パラサイトの肉体と本体をどちらも滅ぼすことができる。達也は次の獲物を求めて、食糧庫の屋根の上から飛び立った。そして達也は微かに遠くの海で爆発音を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七体のパラサイトが、クロスボウで武装した守備隊に襲いかかる。守備隊はクロスボウを投げ捨て矢を直接魔法で放つなどして反撃するが、状況は劣勢だ。一人、また一人とパラサイトの猛攻に倒れていく。

 

「ああっ、また!」

 

その光景をシェルターの大型ディスプレイで見ていたエリカが嘆きの声を上げた。

 

「クッ・・・援軍はまだかよっ!」

 

その隣でレオが歯ぎしりを漏らし、口惜しげに吐き捨てる。

 

「僕たちが相手にしたパラサイトとはレベルが違う・・・」

 

二人に比べて幹比古はまだ落ち着きを保っているが、それでも驚愕を隠しきれていなかった。

 

「もう我慢できない!水波、ドアを開けて!」

 

エリカが勢い良く立ち上がり、水波に向かって怒鳴る。大声を浴びせられた水波は、動揺を見せなかった。

 

「どちらに向かわれるのですか?」

 

「助太刀よ! 決まってるでしょう!」

 

「どちらに向かわれるのですか?」

 

エリカの答えに、水波はもう一度、全く同じ質問を繰り返した。

 

「なっ・・・」

 

「島内では現在、九箇所で戦闘が発生しています。内三箇所で味方は劣勢です。しかし既に、各所へ向けて増援が出発しました。間も無く戦況は逆転すると思われます」

 

そしてエリカが絶句している間に、すらすらと情勢を説明する。

 

「じゃあ、どうするのよ。放っておくの」

 

気勢を殺がれたエリカが、不貞腐れ気味の口調で言い返した。

 

「いえ、間も無く」

 

すると次の瞬間、耳を弄する音と地面を揺らすほどの衝撃が部屋を襲った。

 

「え・・・地震・・・?」

 

そうした映像を見ると海岸線に沿って大きな土煙が上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は沖合を見た。USNAの軍艦の更に遠く。はるか南40キロの地点にある反応を確認した。

 

「始まったか・・・」

 

達也はそう呟き、海岸線沿いに立ち上る二本の土煙と、海岸から退散するガルムセキュリティーの装甲車を確認し、二発は離れた場所へと落ち、大きな水柱を立てた。

 

「二発は逸れたか・・・だが、戦意を削ぐには十分だろう。あとは・・・」

 

そう言うと達也は右手をパラサイトに向けて一振りする。それだけで七体いたパラサイトの半数以上、四体が消えた。

 

「俺はパラサイトに専念すれば良いだけだ」

 

達也はそう呟き、地響きの続く巳焼島の戦闘にのめり込んでいった。



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上陸作戦3

「何だ、ありゃあ・・・」

 

呆然と、レオが呟く。一瞬で消えたパラサイトを見てエリカたちは絶句していた。

 

「達也さまのスーツには、完全思考操作型CADが内蔵されています」

 

すかさず水波が、解説を加える。しかしそれは、彼の疑問を解消できるものではなかった。いや、そもそもレオのセリフは、質問ではなかった。

 

「これは魔法?これが達也の魔法なのかい・・・?」

 

幹比古の呟きも質問ではなかったが、水波は律義に「申し訳ございません」と応えた。

 

「その件に関しては、お答えする権限を与えられておりません」

 

水波の答えに、幹比古だけでなくレオも不満を唱えなかった。三人は何度か達也と戦場を共にしている。だが達也の戦う姿を詳しく見るのは、これが初めてだった。――婚約者のエリカでさえ、彼が『雲散霧消』で「人」を消し去る光景を目にするのは。

画面の中で、達也がもう一度手を振る。それだけで、三十人以上の守備隊を圧倒していたパラサイトが、一体残らず消え失せた。

直後、映像が別の場面に切り替わる。そのことに対する不満の声は上がらなかった。

 

「あれが・・・あんなものが魔法だっていうのかい・・・?」

 

ただ慄然とした幹比古の呟きが全員の耳を通り過ぎ、島全体に響く揺れと轟音と共に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は七体のパラサイト、その本体に目を向けた。相変わらず霊子情報体の構造は「視」えない。だがそこに何かがあるということくらいは分かるし、パラサイトをこの世界に留めている想子情報体の視認――「視」て、確認する――には、達也は既に慣れていた。

彼はスーツ内蔵のCADから、『アストラル・ディスパージョン』の起動式を呼び出し、読み込んだ。今ではこの魔法も、『雲散霧消』と同じくらいスムーズに構築可能となっている。

達也は右腕を真っ直ぐ頭上に掲げた。拳銃形態のCADを使わないのは、パラサイトが物質次元に存在せず、物質的な存在と紐付けされていないからだ。この様な場合、特化型CADの照準補助機能はかえって邪魔となると、達也は経験から学んでいた。

 

「(霊子情報体支持構造分解魔法、アストラル・ディスパージョン――発動)」

 

七体の精神生命体全てに照準を合わせ、右腕を伸ばしたまま、水平位置まで振り下ろす。『アストラル・ディスパージョン』が発動した。パラサイトの本体が、不可視の渦に呑み込まれる。この渦は恐らく、パラサイトが元々存在していた世界に通じる次元の通路だ。パラサイトをこの世界に留めるアンカーの役目を果たしていた想子情報体が破壊されたことで、パラサイトの本体が本来あるべき世界に引きずり込まれているのだ。

七体のパラサイトが消失する。我々の宇宙を構成する、物質次元と情報次元からの消滅。達也の魔法によって、パラサイトは滅びた。

エリカたちがいるシェルターの映像が切り替わったのは、この魔法、『アストラル・ディスパージョン』を見られたくないからだ。特に、幹比古には見せるべきではない。それが真夜と本家技術者の一致した意見だ。

『アストラル・ディスパージョン』は、本家でもまだ解析し切れていない、間接的にではあるが精神に干渉する魔法だ。古式魔法師がこの魔法を知れば、四葉家を脅かし得る術式のバリエーションが編み出される可能性があると、彼女たちは考えたのである。パラサイトの肉体を滅ぼした段階で映像を切り替えるよう、水波は厳命されていたし、中継システムもその様にプログラミングされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳焼島に押し寄せたアメリカ軍の中で最も強かった敵は、スターズ第六隊隊長、オルランド・リゲル大尉が率いた搭載艇だろう。奇襲作戦の部隊編成にあたり、米軍は戦力を均等には分けなかった。リゲルの部隊には同じスターズ第六隊のイアン・ベラトリックス少尉とサミュエル・アルニラム少尉も含まれている。元々この三人がトリオでの戦闘を得意としている点が考慮されたのだろうが、三人しか参加していないスターズ恒星級隊員を一つに纏めたのだ。必然的に、他の部隊と比べて戦力が突出していた。

にも拘らず、リゲル大尉が指揮する上陸部隊は海岸沿いの道路から先に進めずにいる。リゲル、ベラトリックス、アルニラムの前には、新発田勝成が立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切り替わった映像を見ながら、幹比古が感嘆を漏らす。

 

「――強い」

 

「こいつもただ者じゃねぇな・・・」

 

レオが唸る傍らで、エリカは無言でディスプレイを見詰めている。今、カメラが中継しているのは、移動基地を出た勝成が率いる守備隊の戦闘模様だった。

 

「・・・桜井。この人、誰?四葉家ってのは、こんな強者がゴロゴロしているのか?」

 

「新発田勝成様は、四葉分家の次期ご当主様です。その御力は一族でも十指に入るとうかがっております」

 

「うへぇ!四葉のトップテンか。でも納得だ。少し安心したぜ」

 

水波の答えに、レオは言葉通りホッとした声を漏らす。

 

「何お気楽なこと言ってるの。十本の指に入るってことは、四葉家にはこの人以外に同レベルの実力者が少なくとも九人、いるんでしょ。少しも安心できないわよ」

 

だが、弛緩した空気は沈黙を破ったエリカの言葉ですぐに霧散した。レオが反論しなかったのは、エリカの指摘がもっともだと考えなおしたからだろう。あるいは、思考の焦点が別のポイントに移ったからか。

 

「・・・しかし、分かんねぇなぁ。あれだけの力があれば、水際で撃退できたんじゃないか?」

 

「多分、わざとよ」

 

レオのセリフに応えたのは、今回も水波ではなくエリカだった。

 

「僕もそう思う」

 

エリカの推測に、幹比古が相槌を打つ。

 

「なんでだ?」

 

「アリバイ作り」

 

「はぁ?」

 

エリカの答えに、レオは訝しげな声を上げた。

 

「僕たちを証人にしているんだよ。不法に侵入されたから、反撃してるって証人にね」

 

幹比古が振り向いてレオに説明する。彼の目には、切羽詰まったと表現できる程の真剣な光が宿っている。

 

「証人になるって言ったのはあたしたちだもんね。口惜しいけど、文句も言えないや」

 

アハハ、とエリカが乾いた笑いを漏らす。彼女は映像から一瞬も目を離そうとはしない。レオの方にも幹比古の方にも、決して振り向こうとはしなかった。

 

すると次の瞬間。どこからとも無く不気味なサイレン音が響く。

 

 

ウウウウゥゥゥゥゥウウウウ!

 

 

「な、何・・・?」

 

「この音は・・・」

 

するとサイレン音と共に空が赤くなっていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外にいた達也も不気味なサイレン音を聞いた。

 

「始まったか・・・予定よりも遅かったな」

 

そう呟きながら達也は赤く染まり始める空を見た。島に上陸した米兵には動揺が見られた。達也は試しに凛に通話を試みた。

 

「これで外との通信はもう無理だな。この空間は外界と完全に遮断された」

 

そう呟くと幸いにも凛に繋がった。

 

「凛、結界が発動したのは確認できたか?」

 

『ザッ・・・ええ・・・こっちでも・・・確認・・・できたわ・・・ザザッ。今そっちに・・・向かってる・・・合流する?』

 

強い通信妨害の影響で達也の通信機ですら影響を受けていた。あまりにも通信が悪いせいか凛は思念会話で話しかけてきた。

 

『(雑音ひどいからこっちに変えるわ。それで今私はそっちに向かっているけど。合流する?)』

 

『(そうだな・・・新魔法の準備はできたのか?)』

 

『(こっちはいつでもオーケー・・・と言いたいけどやっぱり足りなかったわ。予想よりも消費が激しいわね)』

 

『(何、足りないなら現地で補充すればいい。ちょうど補充ができるいい素体があるだろう)』

 

『(それもそうね。それじゃあ回収しましょうかね)』

 

二人は他人には決して聞こえない会話をし、計画の準備を進めていた。



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上陸作戦4

予想を超えた激しい抵抗に、リゲルは焦りを抑えられなかった。彼はパラサイトだ。リゲルの動揺は、同じくパラサイトのベラトリックスにも、アルニラムにも、他のパラサイトにも伝わってしまう。

指揮官が部下に動揺を見せるのは厳禁だ。そうと分かっていても、リゲルの焦燥は高まっていくばかりだった。彼は搭載艇の針路上最も近かった巳焼島東の港湾地域ではなく、北岸の道路を上陸地点に選んだ。今回標的が島の東側に建設中のプラントではなく、西岸にいると推測される魔法師の暗殺だからだ。東岸の港に上陸すれば、建設済み、あるいは建設中である多くの建物の間を通っていかなければならない。迎撃部隊を潜ませる遮蔽物も多い。

だからといって西岸に直接上陸するのも得策ではない。西岸の建物群は、以前魔法師用の監獄に使われていた堅固な物だと分かっている。脱走対策の火器も充実しているだろう。

対して、北岸の道路は西の旧監獄施設と東の恒星炉プラントを結ぶ見晴らしの良い車道。ここを通っていけば伏兵を心配する必要が無いし、海に向いた火砲を警戒する必要もない。ターゲットが迎撃の為に自分から姿を見せる可能性も低くない。

そう判断して、リゲルは上陸地点を北岸、東寄りの地点に定めた。消波ブロックを乗り越えるのには一苦労したが、そこを越えてからは迎撃の砲火も迎え撃つ魔法も無く、搭載艇は無事岸に着いた。上陸までは順調すぎる程、順調だったのだ。今にして思えば、そこで「簡単すぎる」と疑うべきだったのだろう。

搭載艇に運航クルーを残し、上陸部隊全員が堤防を乗り越えて道路に立った瞬間、礫混じりの爆風が彼らを襲った。上陸部隊に向けて放たれたのは、攻撃手段として最もポピュラーな魔法、圧縮空気弾。圧縮空気の塊に砕いた溶岩を混ぜて、着弾と同時に圧縮状態を解放し、爆風で礫を飛ばしたのだと思われる。

空気塊と一緒に釘や鉄片を飛ばして魔法の攻撃力を上げるのは、戦場で普通に使われているテクニックだ。この島はほとんどが冷えた溶岩で出来ている。礫の材料は幾らでも調達できる。溶岩を灼熱にして飛ばさなかった分だけ、むしろ人道的と言えるだろう。

しかしこの攻撃で、上陸部隊の半数が戦闘力を失った。残っているのは魔法の気配を鋭敏に捉えてシールドを張った魔法師と、礫に打たれた程度の怪我ならば無視できるパラサイトだけだ。魔法師でない兵士は全滅だった。死者は少ないが、負傷者は冷えた溶岩の礫が身体の至る所に食い込んで、血塗れで倒れ、呻いている。

リゲルもやられているばかりではなかった。前述の通り、この場所は見晴らしが良い。上陸時点では丘の向こうに掘った穴に隠れていて見えなかった敵の姿も、追撃の為に塹壕からでてきた今ならば見えている。リゲルは部隊に反撃を命じ、自らも魔法を放った。だが彼の魔法は、迎撃隊の先頭に立つ長身の青年魔法師に阻まれた。

リゲル自身の身長は百七十五センチと平均的だが、部下のアルニラム少尉は百八十三センチ、ベラトリックス少尉は百八十四センチ。だが彼の魔法を防ぎ止めた青年は、さらに背が高い。おそらく、百九十センチ近くあるのではないだろうか。敵の中でも、突出した長身だ。相手が道路よりも高い丘の斜面に立っていることもあるのだろう。まさしく「立ちはだかられている」ように、リゲルには見えた。

 

「なんて魔法力だ!」

 

隣に来たベラトリックスの吐く悪態が、リゲルの耳に届く。リゲルも全くの同感だった。今やアルニラムも加わって三人がかりで魔法を撃ち込んでいるのに、青年魔法師の防御は小揺るぎもしない。それどころか三対一にも拘わらず、隙を見て撃ち込まれる青年の魔法を防ぐ為に、リゲルもベラトリックスもアルニラムも、その都度、攻撃を中断して防御に専念しなければならなかった。

 

「(我/我々は『降雷サンダー』を使う。合わせろ)」

 

「(了解)」

 

「(了解)」

 

リゲルたちはパラサイト同士の意識共有によりタイミングを合わせて青年魔法師――勝成に放出系魔法『降雷サンダー』を撃ち込んだ。

さすがはスターズの恒星級と言うべきか、衛星級のミマスと違いこの三人は使える魔法の種類が著しく制限されるという、パラサイト化によるマイナスの影響を受けていない。いや、少しは影響が出ているのかもしれない。だがこの三人は元々使える魔法の種類が多かった為に、デメリットとして顕在化していないだけだろうか。

兎に角、三人で同じ魔法を選択して魔法式同士の干渉による威力低下を回避し、威力を合算して叩きつけることに成功する。残念ながら相乗効果で三の三乗と言うわけにはいかず、単純な威力の加算だ。それでも単独で攻撃する場合のおよそ三倍になる威力の電撃が頭上から勝成を襲う。

勝成はその電撃を捻じ曲げた。一歩も動かず、身体を揺らすこともせず、空気の電気抵抗分布を変えて電子の束を少し離れた地面に吸わせる。そして雷光が消えた瞬間、勝成の反撃がリゲルたちを襲った。

三人はいきなり全身に圧迫感を覚えた。彼らは別々に、反射的に耐圧シールドを張ってから、圧迫感の正体を覚る。彼らの周りの気圧が上昇しているのだ。彼らがシールドを張った直後、それに呼応するように気圧はさらに、急激に上昇する。

 

「(『冷却領域チリングフィールド』展開)」

 

「(『冷却領域チリングフィールド』展開)」

 

「(『冷却領域チリングフィールド』展開)」

 

リゲルの命令は、三人同時の思考となって全く同じ魔法が放たれる。圧力以上に激しく上昇した温度に対応する為、自分の周囲に気温を引き下げるフィールドを形成したのだ。今や圧力よりも高温の方が脅威だった。三倍程度の気圧は、肉体の順応速度の限界内であれば耐えられる。だが空気の加圧により事後的に――世界が辻褄を合わせる為に――発生した高温は摂氏で六百度を超え、パラサイトの肉体でも耐えられない。――勝成の得意魔法は『密度操作』。厳密には『密度・圧力操作』。自然な状態では比例的に変動する密度と圧力を、別々に操作する魔法。圧力を変えずに密度を操作する、密度を変えずに圧力を操作する、密度と圧力を同時に操作する。使い方はこの三通りだ。このケースでは空気の密度を変えずに圧力を高めている。

達也の『分解』や深雪の『広域冷却』に比べれば一見、地味に思われる。だが、たかが三倍の加圧でもこれだけの殺傷力を発揮するのだ。勝成が「単純な魔法戦闘力ならば四葉分家最強」と評価されているのは、故無きことではない。

三体のパラサイトは、高熱から逃れる為に魔法力の大半を『冷却領域』に注いだ。その甲斐あって、彼らに接している空気は外気温と同じ摂氏三十度前後に保たれている。しかし当然というべきか、勝成の攻撃はそれで終わりではなかった。

いきなり、彼らを締め付けていた圧力が消失する。高圧状態が解消されただけではない。魔法の終了により気圧と気温が元に戻った直後、瞬間的に密度を下げることで減圧したのだ。

密度の低下による事後的な空気膨張で彼らを中心に爆風が発生し、近くにいた上陸部隊を薙ぎ倒す。中心にいたミゲルたちの周りでは気圧と気温が急低下した。

気圧は通常の三分の一、気温は氷点下五十度以下。『冷却領域』を展開中だった三人――三体のパラサイトは、この温度変化に対応できない。細かな氷の粒で覆われて凍り付くパラサイトの肉体。だが、リゲルはまだ、死んでいなかった。

直径五十センチ程の岩が群れを成して、リゲルたちを含めた上陸部隊に降り注ぐ。勝成の部下が敵の混乱に乗じて飛ばしたものだ。リゲルは凍り付いた状態で自分を直撃するコースの岩を一メートル手前で撥ね返した。それは隣にいたベラトリックスも守る結果にもなった。

それだけではない。リゲルは凍り付いた自らの肉体を融かした。凍結は身体の表面に止まっていたのだろう。彼はすぐに動き出し、部下の安否を確かめる。リゲルに続いてベラトリックスも、自力で凍結状態から脱した。

 

「イアン!」

 

それを目にして、リゲルは思念ではなく声でベラトリックスのファーストネームを呼んだ。

 

「隊長、ありがとうございます」

 

ベラトリックスが感謝の言葉を返す。凍り付いた状態でも、彼は自分が岩石弾の攻撃からリゲルによって守られたことを認識していた。リゲルはベラトリックスに頷いて、反対側へ振り向いた。

 

「サム!」

 

そして悲痛な叫びを上げる。サム――サミュエル・アルニラムの頭部は岩石に押しつぶされていた。運が悪く岩石弾が直撃したのだ。確かめるまでもない。即死だ。

それを目で認識して、リゲルはようやく意識共有が切れているのに気付いた、同化した宿主を失ったパラサイトの本体は、人間的な思考能力を失う。人間と同化状態のパラサイトには、その存在と本能的な霊子波のシグナルを感じ取ることしかできない。

 

「イアン、行くぞ!」

 

「イエッサー!」

 

彼らが声でコミュニケーションを取ったのは、アルニラムの意識が消失したのを感じたくなかったからだろうか。リゲルとベラトリックスが同時に走り出した。

『オリオンチーム』とも呼ばれていた第六隊が本来得意とする戦闘スタイルは、自己加速魔法による高機動力を活かした接近戦だ。今まで中距離の撃ち合いに終始していたのは、上陸部隊のメンバー同士の連携を無視できないからだった。

だがアルニラムを失ったことにより、リゲルもベラトリックスも他の隊員に対する配慮を捨てた。彼らは復讐心に駆られて、勝成のみを標的に定めた。――アルニラムを直接殺した魔法は勝成が放ったものではないが、そうなる状況を作り出したのは紛れもなく彼だったからだ。

リゲルたちは瞬く間に勝成に迫った。勝成の部下も手をこまねいていたわけではなかったが、リゲルとベラトリックスの動きを追えた者はいなかった。

だが、二体のパラサイトはあと五メートルという所でいきなり体勢を崩した。転倒こそしなかったが、蹈鞴を踏んで足を鈍らせる。彼らの足下には大きな足跡が刻まれていた。よく見れば、勝成を中心として半円状に溶岩原が柔らかな砂と化している。これもまた『密度操作』の効果だった。

辺り一帯の地面の密度を低下させることで、溶岩原を構成する玄武岩を風化させたのである。機動力が低下したリゲルとベラトリックスに、勝成直属の魔法師――新発田家精鋭の多彩な攻撃魔法が殺到する。如何にスターズの恒星級隊員とはいえど、この攻撃を全て防ぐことは不可能だった。

積み重なるダメージに、まずベラトリックスが砂原となった地面に崩れ落ち、続いてリゲルが両膝を突く。止めを刺したのは勝成の魔法だ。パラサイトの身体はますます密度を減らした砂の中に呑み込まれ、その直後、密度を回復した玄武岩に押しつぶされた。



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幹比古の勘違い

「えげつねぇ・・・。まるで蟻地獄じゃねぇか」

 

勝成がパラサイトに止めを刺す映像を見たレオが、げんなりした表情で呆れ声を漏らす。「呆れ声」で済んだのは、彼が人一倍、豪胆だからだろう。同じ映像を見せられた幹比古は吐きそうな顔をしているし、エリカでさえも顔の色が真っ青になっている。

ディスプレイの映像は、そこで別の戦場に切り替わった。口を両手で押さえて何とか粗相を免れた幹比古が、ふと気になったという顔を水波に向ける。

 

「そういえば、パラサイトの本体はどうなっているんだろう? 肉体を破壊した後に抜け出してくる本体を封じなければ、本当に斃したことにはならないはずだよ」

 

「パラサイトの本体は達也さまが処分されています」

 

幹比古の質問に、水波は事実を隠さず答えた。

 

「ああ、封玉か。そうだね、あの魔法なら大丈夫か」

 

「封玉?」

 

「封玉って?」

 

レオとエリカが上げた疑問の声に幹比古が対応している傍ら、水波は沈黙を守っていた。彼女は誰がパラサイトに対処しているかについては正直に答えたが、どうやって対処しているかについては、本家から命令された通り説明しなかった。

 

「でも。この空模様を見ると気味が悪いわね・・・」

 

エリカはそう言うと現在進行形で起こっているこの赤い空の映像を見た。エリカが水波に聞くとこれはパラサイト用の超広範囲結界と説明を受けた。

 

「(実際、弘樹様からはそのようにしか説明がございませんでしたし・・・)」

 

水波は内心そう呟くと絶賛地下で術式を展開している弘樹を想像していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前九時三十分。巳焼島では激戦が続いていたが、海上でも変化があった。島の東三十キロに停泊していた駆逐艦『ハル』と西三十キロ地点で停泊した駆逐艦『ロス』の上空に、巨大な水素プラズマの塊が出現したのである。言うまでもなく、自然現象ではない。二人の魔法師が作り出した人為的な現象だ。東のプラズマを作り出した魔法師の名はミゲル・ディアス。西の魔法師がアントニオ・ディアス。二人は一卵性の双子だった。

瓜二つの兄弟が紡ぎ出した魔法は、まだ完成していない。いったん直径五十メートルまで成長したプラズマの雲が数秒で直径五メートルまで縮小、いや、圧縮される。

完全な球形に圧し縮められたプラズマ雲は、全く同時に同じ速度で疾走を始めた。駆逐艦『ハル』上空のプラズマ雲は西に。駆逐艦『ロス』上空のプラズマ雲は東に。二つのプラズマ雲は、音速の十倍以上のスピードで正面衝突のコースを突き進む。

達也が東西の海上で発生した魔法を認識したのは、パラサイト本体の掃討が偶々一段落したタイミングだった。

 

「(高密度の水素プラズマを巳焼島上空で衝突させようとしている? 衝突まで約六秒。この速度で衝突しても核融合は起こらないが、衝突のタイミングで東西から圧力をかけ続ければ話は変わる。これは・・・シンクロライナー・フュージョンか!?)」

 

ここまでの思考時間、約一秒。衝突まで残り五秒。詳細な爆発力を推算している時間は無かったが、ブラジルの使用例から考えて、少なくともTNT換算数キロトン、可能性としては数十キロトンに達するかもしれない。達也は迷わず『術式解散』による無効化を決断した。

 

「(魔法の構成要素はプラズマ化、拡散防止、移動。移動の方向だけが逆転した、全く同じ二つの魔法式が使われている)」

 

――第一段階、無効化する魔法式の解析。

 

「(この魔法の性質から考えて、どちらか一方の魔法式を消去すれば魔法発動は阻止できる。だがここは、両方の魔法式を消す)」

 

――第二段階、無効化する魔法式を照準。そして、最終段階。

 

「(術式解散、発動)」

 

その瞬間、巳焼島東西上空を超音速で飛行中の発光体が霧散した。・・・これは余談だが、伊豆諸島海域を衛星で観測中の気象台では、時ならぬUFO騒動が持ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

USNA駆逐艦『ハル』で起こった騒動は、気象台のように気楽なものではなかった。

 

「シンクロライナー・フュージョンが無効化された!」

 

「無効化?失敗ではないのか?」

 

「違う!何者かの干渉による無効化だ!」

 

ミゲル・ディアスが、彼のCAD操作を補助していた魔法技術者と激しく言い争っていた。そこへ駆逐艦『ロス』からミゲル宛に通信が入る。

 

『ミゲル、俺だ』

 

「アントニオか」

 

通信の相手はミゲルの双子の弟で、シンクロライナー・フュージョンを発動する為のパートナー、アントニオ・ディアスだった。

 

『ミゲル、どういうことだ?俺たちの魔法が無効化されるなんて聞いていないぞ』

 

「俺も同じだ。アントニオ、もう一度やるぞ!」

 

『無効化された原因が分からないのにか?』

 

「分からないからだ。今度は技術者にしっかり観測させた上で放つ」

 

『また無効化されれば、今度はその原因が観測できるというわけか』

 

「どんな方法で無効化しているのかが分かれば、対策も立てられる」

 

ミゲル・ディアスは、今回の作戦を成功させる為に対策を立てると言っているのではなかった。むしろ、次の戦場の為だ。『シンクロライナー・フュージョン』を無効化する手段があるなら、その「無効化手段」を無効化する方法を見つけておかないと、彼らの存在意義が揺らいでしまう。

 

『そうだな』

 

アントニオも同じことを考えたのだろう。ミゲルの提案に頷く言葉はすぐに返ってきた。

 

『今後の為にも――』

 

だが、それに続くセリフが不自然に途切れる。

 

「アントニオ?」

 

スピーカーからは、内容までは聞き取れないものの、ざわめきが聞こえてくるので通信が切れたというわけではない。

 

「どうした、アントニオ!」

 

『ディアス少佐・・・』

 

ミゲルの叫び声に応えたのは、弟のアントニオではなかった。不吉な予感に襲われたミゲルは、息を呑んで次のセリフを待つ。

 

『その・・・ミスターアントニオは、突然消えてしまいました』

 

「・・・何ですって?」

 

『アントニオ・ディアス氏は小規模な爆風を残して、一瞬で消えてしまわれたんです!』

 

ミゲルは何を言われているのか、すぐには理解できなかった。

 

「・・・弟は爆殺されたという意味ですか?」

 

『いえ、違うと思います。死体の破片どころか、一滴の血も残っていません。身体のシルエットが揺らいだかと思ったら、風が広がって消えてしまわれたんです!まるで、ご本人が風に変わったかのように!』

 

「・・・」

 

『ディアス少佐。いったい何が起こったのです?これはあなた方の魔法ですか?少佐は瞬間移動の魔法を実現されていたのですか!?』

 

「・・・いえ、違います。私にも何が何だか・・・」

 

当惑が二隻の駆逐艦を駆け巡る。駆逐艦『ロス』の技術者が口にした「風に変わって消えた」というセリフは正鵠を射ていたのだが、両艦の中には誰一人として、本気でそんなことを考えた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アントニオ・ディアスを『雲散霧消』で葬った達也は、右手の『シルバー・ホーン』を腰のホルスターに戻した。

 

「(ターゲットの消失を確認。それにしても、シンクロライナー・フュージョンが二人一組で発動する魔法だったとは)」

 

まだ島内では激しい戦闘が続いている。悠長に魔法の考察をしている状況ではない。そうと知りつつ、達也は今手に入れた戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』の秘密について、考えずにはいられなかった。

 

「(全く同じ魔法でプラズマの塊を向かい合わせに走らせ、正面衝突させる、か。少しでもコースやタイミングがズレたら成り立たない魔法だ。もしかしたら二つの魔法に込められた事象干渉力も一致する必要があるのかもしれない。現に俺が観測したミゲル・ディアスの魔法とアントニオ・ディアスの魔法に込められていた事象干渉力は、レベルが完全に一致していた。俺が知る魔法師の中で条件に適合しそうな魔法師は、そうだな・・・香澄と泉美の二人なら、使えるかもしれない)」

 

『お兄様』

 

一応の結論らしきものが出たのと同時に、深雪から通信が入った。強い通信妨害にも関わらず深雪の声ははっきりと聞こえていた。

 

「深雪、どうした?」

 

雑念から抜け出すには、ちょうど良いタイミングだった。達也は応答しながら『シンクロライナー・フュージョン』に関する考察を魔法技術に関する記憶庫にしまい込んで、現在進行中の戦闘に意識を向け直した。

 

『島の東西に停泊した二隻の駆逐艦から、強い魔法力を感じました。私たちに対する攻撃だと思ったのですが、お兄様が防いでくださったのでしょうか?』

 

「どちらも正解だ。駆逐艦から放たれたシンクロライナー・フュージョンは術式解散で無効化した」

 

『シンクロライナー・フュージョン!ブラジルのミゲル・ディアスがこの戦いに加わっていたのですか!?』

 

「そうだ。だが心配しなくて良い。戦略級魔法師としてのディアスは、既に無力化した」

 

『ありがとうございます。さすがは達也様、何時もながら見事なお手並みですね・・・。念の為、三隻の駆逐艦を強襲揚陸艦より先に動け無くしてしまおうと思うのですが、如何でしょうか』

 

「妥当な判断だと思う・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、その必要はなさそうだ」

 

『?』

 

達也の言葉に深雪は一瞬疑問に思うも、それはすぐに理解できた。

 

 

『キイイイィィィィィンンンン!!!』

 

 

もはや衝撃波とも言えるような巨大な音と共に周囲一帯に撒き散らされる想子を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミアの所属するガルム第二小隊は島の北東側で上陸してきたパラサイト相手に苦戦していた。

 

「チッ。面倒な・・・ウオッ」

 

そしてミア達のいる塹壕に土が思い切りかかる。相手は圧縮空気弾で仕切りに砲撃を行い、こちら側から攻撃するタイミングを掴めずにいた。するとパラサイトのいる方で呻き声が上がり、次に見えたのは血柱だった。ミアは恐る恐る塹壕から顔を覗かせるとそこには薙刀をパラサイトに感染した兵士に突き刺していた凛の姿があった。彼女の着ている白い背広に、米兵の血が絵の具を垂らしたように色づいていた。

 

「り、凛さん・・・」

 

ミアの声に気付き、凛は声をかけた。

 

「あらミアさん・・・離れておいた方がいいわよ」

 

凛の声色を聞き、それが本気である事を確認するとミア達は急いで装甲車に乗り込み、その場を後にした。

それを見届けた凛は車が見えなくなると持っていた薙刀を下に落とした。そして少し咳き込んだ。

 

「ゴホッゴホッ・・・だけど、これを浄化して付喪神にすれば・・・」

 

そして回収した三つ目のパラサイトが浄化され、付喪神になった瞬間。凛は体内が急激に熱くなった。

 

「グッ・・・ウッ・・・」

 

そして急激に上がる体温に凛は一瞬痛みを覚えるも痛覚を消し、痛みを逃れた。

 

ウウゥゥ・・・

 

獣のように唸り声を上げるた凛は自身の今の状況を把握する。

 

「(よし・・・魔法式は上々。窒素の吸収率も上手く行っているようね・・・)」

 

そう呟くと凛は自分の体から蒸気が噴き出ているのを確認した。

 

「(発電量も上々・・・)」

 

すると凛は自分に近づく何かを探知した。

 

「あれは・・・ミサイルか・・・」

 

凛はそう呟くとミサイルを見ながら呟く。

 

 

「避ける必要もない」

 

 

そして凛は4発のミサイルをまともに喰らった。



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神の存在

四発のミサイルが直撃したのを達也は直接確認した。

 

「あいつ・・・避けなかったのか・・・!!」

 

達也は咄嗟に『再生』を展開しようと右手を爆発のあった方へ向けたが、達也はそこに存在する情報体を確認した。

 

「無事だったのか・・・」

 

達也はそう呟くと傷ひとつ付かず、ミサイルの爆発の埃を払う凛を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グアム戦闘指揮所では異常を多数感知していた。それは島の北東部で観測された異常なまでの想子波。そして上昇しつつある放射線量であった。

 

「放射線量。徐々に上昇中。現在、48シーベルト」

 

「何が起こっているんだ・・・この空といい、島の放射線量と言い・・・」

 

すると島の様子を観測していた観測員は冷や汗を吹いて固まっていた。

 

「そんな・・・」

 

「直撃のミサイルだぞ!防御魔法も無しに無事なはずがないだろう!!」

 

映像には無傷で服についたミサイルの埃をとる一人の女性が映っていた。

 

「誰だあいつは・・・っ!?」

 

クラークが見たのは文字通りの怪物だった。映像を見た人物は全員、映像に映るその姿に恐怖をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放射線量の増加は深雪のいる部屋でも確認していた。

 

「どうして放射線が・・・」

 

深雪の疑問はすぐに晴れた。なぜなら映像に今の彼女の姿が写っていたからだ。

 

「これは・・・」

 

「なんだこれは!!」

 

指揮室で映像を見た複数人は絶句した。かく言う深雪も今の凛の姿には一種の恐怖を体感した。

 

「あれが・・・凛なの・・・?」

 

深雪がそう呟くと映像に映る凛を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の放射線量は52シーベルト。原子力発電所で働く従業員が一年間で被曝する量とほぼ同じであった。達也は中性子バリアを展開しながら接近し、凛を観察する。

 

「まさかアイツ・・・原子炉を体内に・・・」

 

達也はそう思いながら凛の体をよく見る。そして、人間離れしたその姿に達也は思わずギョッとしてしまった。

 

「なんだあの姿は・・・」

 

達也が見たのは白い肌に青い蛇目。肩まであった白い髪は今ではボサボサのショートヘアであり、そして最大の特徴は首から背中、腰にかけて突き刺さったように生える青く光る水晶のような物。心臓部分から首筋にかけてはうっすらと青白い光が放たれていた。そして、彼女の周囲を幾多もの護符がゆっくりと回転していた。

着ている服などは昨晩と変わってはいない。だが、見た目の変化のせいか所々焦げているようにも見えた。

全員があっけに取られていると護符が勢いよく回転し、五枚の護符がそれぞれ赤い線を紡いで光線を放った。

 

『キイイイィィィィンンンン!!!』

 

砲撃を見て、恐怖に駆られた駆逐艦『ホッパー』はたまらず対空用のCIWSと主砲のレールガンを凛に向かって放ち始める。

 

「余計な事を・・・それでは彼女を怒らせるだけだぞ・・・」

 

達也は無線でUSNAの軍艦全てに呼びかける。気づくかどうかはわからないが・・・・

 

「全艦に伝える。死にたくなければ海に飛び込め」

 

達也的には慈悲に近い物だと考えた。たちまち、船にはゴムボートが展開され、中には海に飛び込んで必死に船から離れようとするものもいた。

ホッパーから放たれたCIWSとレールガンの弾は凛に正確に命中した。しかし、その弾は無慈悲にも凛の周りの護符にぶつかり、先端から潰れて金属片となって地面に落ちる。

 

「馬鹿なっ!5インチの主砲でも効かないと言うのか!?」

 

「ミサイルでもダメだったぞ!一体どうなっているんだ!」

 

ホッパー船内では混乱が起こっていた。突如として現れた謎の存在。ミサイルでも、主砲も効かない相手に戦闘指揮所ではある提案が浮かんだ。そしてそれはすぐさま実行に移された。

艦内から魔法式が組み上げられて、引き金を引かれた。

 

バァン!

 

加速魔法で速度の上げられた127mm砲は護符の壁を撃ち抜いた。

 

パリィン!!

 

「よし!」

 

「やったぞ!成功だ!」

 

ホッパー乗員が喜んだのも束の間。護符の壁は何事もなかったかのように堂々と立っていた。

それは指揮所にいたエリカ達でもはっきりと見えるほどだった。

 

「ば、化け物・・・」

 

「機関砲で無傷だと!?」

 

「・・・あれが凛さんだと言うのか・・・」

 

三人は凛の姿を見て信じられないと言う気持ちで埋まっていた。そして凛がホッパーの主砲で撃ち抜かれた後の異変に気づいた。

 

「何・・・あの光・・・」

 

エリカが指さした先にはそれまで青く光っていた水晶が紫から眩い白い光へと変化し、撃ち抜かれた凛は頭下げて口を開けて下に向いていた。そして、映像にノイズが走り、そのまま画面が真っ黒になってしまった。

 

「なんだったの・・・今の・・・」

 

エリカ達は最後の映像を見て疑問に思っていた。すると次の瞬間、けたたましいベルが鳴り。放射線数値が飛躍的に上がっている事を警告していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ・・・あれは・・・・」

 

達也は凛の異変に気づいた。主砲弾が擦り、肩を抜かれたにも関わらず、彼女は達也がしっかりと観察していなければ気づかない程の速度で護符の壁と体が元通りになり、凛は手を挙げると、背中の水晶のような物が青色、紫色。そして達也のいる遠くからでもわかる程の眩い白い光へと変化をしていた。

達也のスーツに放射能汚染のアラートがなる。達也は危険と判断しその場を離れるも、凛のことを精霊の眼で観察し続けていた。

凛は無感情に、海に浮かぶ船を見ると、護符が勢いよく回転し、さらに背中の水晶は明るさを増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミア率いるガルム小隊は全員が地下へと避難をしていた。その中でミアはある退院の報告を聞いた。

 

「報告します。現在、北東方面にて何者かが艦隊に向けて攻撃を行っているようですが、詳細不明!」

 

「何をする気だ!」

 

隊長が言った途端。遠くから途轍もない音と共に、地面が揺れていた。

 

 

カアァァァァァアアアアア!!

 

 

地上で見張りをしていた仲間が慌てて地下に避難してきた。

 

「隊長!ここも危険です!もっと深くに避難してください!」

 

「分かった。地下の核シェルターに退避急げ!」

 

この時の判断は正しかった。ミア達が退避を完了した頃には地上は放射線濃度が上がり、危険な状態だった。

凛の周りを周回する十二枚の護符が赤く染まると其処から十二本の赤い光線が紡がれ、収束し、一本の太い光線となって放たれ。地上の建物、地面、海までもを焼き、停めてあった車や上陸艇は空高く舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神だ・・・」

 

同じボートににいる誰かがそう呟く。確かに、こんなことが出来るのは神しかいない。

その声に呼応するように同じように士官、水兵共に「おお、神よ・・」と呟く。その昔、日本は『神国』と呼ばれていた時期があったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は存在しない。

 

少なくともこの時まで、グアム艦長アニー・マーキスは神の存在を否定していた。神というのは人々が願いを縋るために作られた妄想だと思っていた。だが、この光景を見てそんな思いはどこかへと吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は実在する。

 

アニー・マーキスは直感的にそう思った。目の前に広がる燃える海を見ながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが・・・『火砕龍』・・・」

 

達也は凛から聞かされた新魔法の威力を見て恐怖する。

『火砕龍』

チェイン・キャストで電力を作り出し、まとめて放出する魔法と聞いていた達也は予想以上の威力にやり過ぎではないかと思っていた。光線は海を焼きながら空に向かって光線を撃っていた。

 

キイィィィィィィィィィィイイイイ!!

 

そしてこの光線は弘樹の展開した結界の通信妨害を受け、急遽ハバロフスクより飛来した新ソ連のステルス偵察機の翼を焼き切り、ステルス偵察機は炎に包まれて海へと叩き堕としていた。

 

「ミサイルを叩き込め!」

 

クラークは焦っていた。あんな化け物が日本にいるとは思っていなかったのである。達也と同等かそれ以上に強力であろう目の前の怪物にクラークは完全に正気を失っていた。多くの士官が退艦する中、簡単に指揮権を奪うことのできたクラーク達は買収した水兵、士官と共にCICに残り、怪物目がけてVLSを発射した。

買収された軍人達もあんな怪物が祖国に上陸すれば被害は想像もつかない。

そんな気持ちが彼らにはあった。

 

ゴーゴーゴーゴーーーーッ!

 

そして発射されたミサイルは一斉に光線を吐く怪物へと向かう。怪物はミサイルに気づいたのか、レーザー攻撃を止め、十二枚の護符をそれぞれ宙に浮かばせた。

 

キィィィッ!

 

そして怪物は護符からそれぞれレーザーを放ち、全てのミサイルを叩き落とした。

 

ドォォン!ドォォン!ドォォン!ドォォン!

 

ミサイル全てを迎撃した凛はまた護符から極太レーザーを出し、それを海へと向け、護符を回転させた。

当然海上に停泊するのはUSNAの軍艦。

レーザー光線はグアム、ハル、ロス、ホッパーの四隻を横一線に焼き切った。

 

キィィィィィィイイイ!!

 

バァンバァンバァンバァァァン!!!!

 

四隻の船はレーザー光線により誘爆、大きな爆炎と共に沈んでいった。

 

「あぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁあぁぁぁあああ!!!!!!!」

 

クラークのいたCICはちょうど怪物のレーザーが過った地点だった。レーザーで下半身を焼かれ、消滅した時の激痛で失神してしまいそうだった。他の士官達はレーザーによって一瞬で頭を焼かれて下半身しか遺体は残っていなかった。

 

「おのれ・・・司波達也め・・・・・・」

 

クラークはこんな怪物を生み出したであろう達也に恨み声を残しつつグアムの誘爆に巻き込まれ、遺体も残らず消し飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラークの消滅を達也は確認した。

 

「(クラークは死んだか・・・・・・)」

 

達也は内心、そんなことを思いながら凛を見る。既に光学倍率で様子を見ている状態だったがおそらく先の映像は達也にしか記録されていないだろう。理由は凛のいる場所の放射線濃度が高く、映像がまともに撮れないと判断したためだ。

 

「(まあ、こんな光景。弘樹以外に見せられないな・・・)」

 

達也は絶賛、()()()()()状態でいる光景を目の当たりにしている。地面は完全に焼けこげ、近くの建物は鉄骨が剥き出しの状態でほとんどが溶け消え、アスファルトはどこかに吹き飛んでしまっていた。

 

「島の復興には金がかかりそうだな・・・」

 

一応、今回の戦闘で破壊されてしまった建物などは凛が責任を持って直すということになっているが・・・正直予想よりも被害は大きいものになっていた。この後どうするのだろうかという達也の疑念はすぐさま頭の片隅に追いやられた。

 

「(残るはベゾブラゾフ。火砕龍には電力の生成にチェインキャストが使われていた。プライドが高いやつだ。変な気を起こさなければいいが・・・)」

 

達也はそう思いながら必ずベゾブラゾフは介入してくると確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




凛の新魔法『火砕龍』のイメージはシンエヴァのラミエルとシンゴジの覚醒シーンを足して二で割った感じです。


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新ソ連戦略級魔法師の最期

達也が考えた通り、ベゾブラゾフは『火砕龍』の発動を感知した。

 

「(まただ!また盗まれた!)」

 

だが彼が怒り狂っているポイントは達也の推測とは少し違っていた。ベゾブラゾフは、自分が創り上げた魔法『トゥマーン・ボンバ』の一部が使われていることに憤っていた。

達也が(個人的に)チェイン・キャストと呼んでいる魔法式連鎖展開システムは、ベゾブラゾフにとっては独自の技術ではなくあくまでも『トゥマーン・ボンバ』の一部でしかない。彼にしてみれば一条将輝が使った『海爆』も凛の『火砕龍』も『トゥマーン・ボンバ』のプロセスを盗用した魔法だ。

軍事用に開発された魔法が公開されることは無いから、特許権のような知的財産権も無い。魔法のプロセスを、一部どころか全部流用されても権利侵害を主張できるものではない。だが感情は別問題だ。

法的に守られた権利が無いからといって、自分のオリジナルを勝手に使われれば面白いはずはない。無断使用したものが憎き敵ならば尚更だ。

元々ベゾブラゾフは七月三十日の段階で、クラークの巳焼島奇襲作戦に介入するつもりだった。いや、「介入」というより「便乗」と表現する方が妥当かもしれない。どれだけ不意を打とうとも、単に魔法を撃ち込むだけでは司波達也に通用しない。認めるのは癪に障るが、事実から目を背けるわけにはいかなかった。これ以上の敗北は、彼の矜持が許さない。今度こそ確実に司波達也を仕留めると、ベゾブラゾフは心に決めていた。

不意打ちが通用しない理由を、自分の魔法の波動を覚えられてしまったからだとベゾブラゾフは推測していた。伊豆に打ち込んだ奇襲の初撃を防いだのは、司波達也ではなかった。だが第二撃以降は『トゥマーン・ボンバ』が完成する前に、手痛いカウンターを喰らった。おそらく魔法には、それを発動した魔法師に固有の波形のようなものがあって、司波達也はそれを見分けられるのだろう。ベゾブラゾフはそう考えた。――ならば、強力な魔法が飛び交う様な戦場で、他に緊急の対応をしなければならないような状況を創り上げれば、奇襲を察知されること無く司波達也を抹殺できるのではないか。それがベゾブラゾフの出した結論だった。このアイデアに従って、彼は虎視眈々と機会を狙っていたのだ。

そこに『トゥマーン・ボンバ』の技術を使った大魔法だ。激しい怒りを覚える一方で「チャンスだ!」とベゾブラゾフの心は叫んでいた。

ベゾブラゾフは、前以て準備したプランを実行するよう軍司令部に要請した。幸いにも空を赤くする結界はある一定距離を離れると通信がなんとかできていた。東シベリア軍司令部が発した命令に従い、ハバロフスクの西百五十キロに位置するビロビジャンミサイル基地から極超音速ミサイルが発射された。標的は巳焼島。速度はマッハ二十を超え、着弾まで、五分足らず。

日本の国防軍はミサイルの発射を探知したが、途中で着弾予想地点が判明するや、迎撃を諦めた。現代の技術でも極超音速ミサイルの撃墜が成功する可能性は五十パーセント程度。本州に落下しないと判明した時点で、国防軍は無理に撃墜するより領海に落下させて外交材料にする方が得策だと計算したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビロビジャンミサイル基地が極超音速ミサイルを発射した三分後、今度は巳焼島南方四十キロの海中に潜んでいた『クトゥーゾフ』が深度五メートルまで浮上し、艦対地ミサイルを次々と発射した。『クトゥーゾフ』は新ソ連の最新鋭ミサイル潜水艦だ。もっと深い深度からもミサイルを発射できるのだが、今回は秘匿性よりも確実性を重視して低深度・短距離の攻撃が選択された。発射されたミサイルは六発。最終的にマッハ二まで加速され、巳焼島の西岸に着弾するまで、約一分半。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也は『精霊の眼』のキャパシティの数割を常時、深雪に迫る脅威の監視に割り当てている。深雪を害する可能性がある物質的な現象、魔法的な兆候が対象だ。予知ではないから空間的な距離を飛び越えて突如顕在化する遠隔魔法は直前まで察知できないこともあるが、物理的な空間を連続的に移動してくる物体や現象ならば、それが深雪に向かって移動を開始した時点でほぼ確実に把握可能だ。

今も達也は、ビロビジャン基地の極超音速ミサイルも、潜水艦『クトゥーゾフ』の艦対地ミサイルも、それが発射された時点で認識していた。彼が巳焼島に向けられたミサイルを発射直後に破壊しなかったのは、ギリギリまで待つべきだと感じたからだった。

具体的な根拠のない、単なる直感だ。ギリギリでも間に合うという自信があるから可能だった、一種の賭けだとも言える。

もっとも、「待った」と言うほど時間に余裕はなかった。ミサイルが島の上空に迫る。

 

「(限界か)」

 

達也は『シルバー・ホーン』を抜かずに、スーツ内蔵のCADを使って『分解』を発動した。素手で照準のイメージを補完することもない。純粋に魔法的な知覚だけで狙いを付ける。

 まず六発の艦対地ミサイルを元素レベルに分解。すかさず、極超音速ミサイルに魔法の狙いを付ける。通常兵器体系の迎撃システムでは追尾することも困難なミサイルだが、「極超音速ミサイル」という情報に照準を合わせている達也にとっては固定目標と変わらない。

艦対地ミサイル同様、こちらのミサイルも核ミサイルではなかった。化学兵器、生物兵器他、核以外の有害な元素も含まれていない。巳焼島を狙ったミサイルは全て、島の上空に到着する直前で粉微塵――仏教的な意味での「微塵」に近いレベルの微粒子に分解された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフはハバロフスクに設置された『トゥマーン・ボンバ』用大型CADの助けを借りて、巳焼島上空に放たれた達也の魔法を感知した。艦対地ミサイルを破片も残さず分子に近いレベルにまで破砕する、極めて強い事象干渉力が投入された魔法。

 

「(よし、計算通り!)」

 

これだけ強く現実を捻じ曲げる魔法を使ったならば、たとえそれが自分の魔法でも、他の魔法を識別することは困難になるに違いない。これはベゾブラゾフを含めた、現代の魔法学者にとっての常識的な思考だった。

 

「(USNA艦艇を破壊した大魔法の影響もまだ残っているはずだ。今が、好機!)」

 

ベゾブラゾフがそう考えたのは潜水艦『クトゥーゾフ』から発射されたミサイルが破壊された直後、ビロビジャン基地から発射されたミサイルが破壊される直前の一瞬。既に『トゥマーン・ボンバ』の発動準備は調っている。

 

「(死ね!)」

 

ベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』を放ったのは、達也の魔法が極超音速ミサイルを破壊し終えた瞬間と全くの同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極超音速ミサイルをを対象とする『分解』を放つのと同時に、達也はまだ発動していない魔法の気配を捉えて右手で『シルバー・ホーン』を抜いた。一挙動で大型拳銃の形をしたCADの引き金に指を掛けた右腕を真っ直ぐ頭上に伸ばし、空へ向けて引き金を引く。『トゥマーン・ボンバ』は無数の魔法式の集合体。しかもその魔法式は、一つ一つが微妙に異なり、グループ化して一気に分解することはできない。達也の『術式解散』では一部を消去することはできても、残る無数の魔法式がそれとは独立に発動してしまう。単純化すれば、百の威力を九十九に減らすことしかできない。

だが魔法式連鎖展開システム、達也がチェイン・キャストと命名したプロセスは一個の魔法式から始まる。連鎖展開が始まる前に、「原本」とも言うべき最初の魔法式を破壊すれば『トゥマーン・ボンバ』を完全に無力化できる。分解すべき魔法式の構造は過去の交戦で入手済みだから、魔法が放たれる前に一番目の魔法式が発生する座標が分かれば無効化は可能だ。今、この時のように。

 

――『トゥマーン・ボンバ』発動。

 

――『術式解散』発動。

 

魔法式をコピーし、アレンジして隣の座標に設置する。そのプロセスが完了する前に、達也の情報体分解魔法がアレンジのプロセスごと「原本」の魔法式を分解した。ベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』は、達也によって完封された。

 

確かに発動した『トゥマーン・ボンバ』の手応えが無くなり、ベゾブラゾフは激しい動揺に見舞われた。

 

「(未発・・・?トゥマーン・ボンバが打ち消されただと・・・?馬鹿な!いったいどうやって!?数千に及ぶ個々の魔法式を、全て破壊した?不可能だ。人間の処理能力で、そんな真似が可能なはずがない!ではどんなトリックを使ったと言うのだ?魔法式を高速侵食するウイルスでも作り出したのか?)」

 

己の存在意義とも言える魔法の不発に、ベゾブラゾフはすっかり意識を奪われていた。「信じられない」「信じたくない」という正直な感情と、現実逃避は許されないという科学者の矜持。ベゾブラゾフは、その板挟みになっていた。

感情と矜持の折り合いをつける為には、『トゥマーン・ボンバ』の失敗に科学的な説明をつけることで自分を納得させるしかなかったのである。

彼は気付いていない。自分が既に、魔法に捉えられていることに。銃口は彼の心臓に向けられ、トリガーがまさにこの瞬間、引き絞られようとしていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月下旬に授業時間中の一高でベゾブラゾフに狙われた際、達也はこのロシア人魔法師の個体情報を手に入れていた。

まだ六歳の幼少期、人造魔法師実験の被験体にされ実の母だと思われていた深夜の手によって精神を改造された副産物で、達也は忘却と無縁になった。それは決して良いことばかりではなかったが。以来達也は、どんなに複雑な情報であろうと、どれだけ大量のデータであろうと自由自在に、正確に記憶から引き出せる。

達也はベゾブラゾフの個体情報を元にして、彼がハバロフスクの研究所にいることを突き止めた。二ヵ月前に襲撃された時の記憶が残っていなかったら、これほど簡単には見付けられなかっただろう。分解したばかりの『トゥマーン・ボンバ』の残骸が情報次元を漂っているから、それを利用すれば彼を発見すること自体は可能だったに違いない。だがこんな短時間では、居場所を特定できなかったはずだ。

探している間に第二波、第三波のミサイルを撃ち込まれていたかもしれない。ミサイルの対処にリソースを奪われて、十分な探知ができなくなっていた可能性も低くなかった。

ベゾブラゾフは小規模な天文台のような形をした堅牢な建物の中で、鉄道コンテナのような箱形のCADの中に座っている。以前に「視」たCADよりも単純な構造だが、基本的な機能は同じであるようだ。

前回は、接続中のCADを破壊することで精神にダメージを与えるだけに留めた。あれは世界の軍事バランスを乱さない為だった。

だがもう、そんな甘いことは言っていられない。もしかしたら今より過酷な未来を招く結果になるかもしれないが、自分の為にも深雪や凛の為にも、ベゾブラゾフとの因縁は断ち切らなければならない。達也はそう、覚悟を決めた。

 

「(研究所の魔法的防御状態に関する情報を取得。ベゾブラゾフ本人の魔法的防御状態に関する情報を取得――個人用領域干渉存在せず)」

 

彼はCADをホルスターに戻して、右腕を北北西、ベゾブラゾフのいる方角へ向けた。これから行う攻撃には『シルバー・ホーン』よりもスーツ内蔵の思考操作型CADの方が適していると、観測の結果判明したからだ。

達也は伸ばした右手を、拳を見せつけるように堅く握り込んでいる。

 

「(領域干渉分解魔法式、構築――完了)」

 

握っていた右手の、人差し指を伸ばす。まるで「一」とカウントするように。およそ一千七百キロの距離を超えて、情報体分解の魔法が発動。ベゾブラゾフの研究所を取り巻いていた領域干渉フィールドが消失する。

 

「(情報強化分解魔法式、構築――完了)」

 

人差し指を伸ばしたまま、右手の中指を立てる。情報強化を無力化する魔法が発動。研究所の屋根や壁、全ての構造材が魔法的攻撃に対して、むき出しになる。

 

「(建物構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

右手の薬指を伸ばす。立っている指は、三本。物質分解の魔法が発動し、一千七百キロの彼方で天文台のような形をした研究所が、立ち込める粉塵の中、跡形もなく消え去った。

 

「(CAD構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

四本目は小指だ。物質分解魔法が発動。ベゾブラゾフが潜り込んでいる大型CADが、研究所同様微塵と化す。

 

「(個人用情報強化分解魔法式、構築)」

 

親指を立てる。達也の右手は、五本の指が全て伸ばされている状態になった。発動した情報体分解魔法により、ベゾブラゾフの全身を守っていた情報強化が剥がれ落ちる。

 

「(肉体構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

達也は右手を、再び強く握り込んだ。まるで、目に見えない何かを握りつぶすように。『雲散霧消』が、ベゾブラゾフの肉体を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベゾブラゾフの個人用研究所の、魔法的防御が消える。研究所の屋根が、壁が、全ての構造物と設備と什器が砂と化して崩れる。彼が潜り込んでいた大型CADが、筐体もコンソールも電子回路も、全てが輪郭を失って崩れ落ちる。

この段階になって、ベゾブラゾフはようやく異変に気付いた。だが異変を認識した直後、稼働中のCADとの接続を無理矢理断たれた影響で、精神に強い衝撃を受けてしまう。意識が不確かになり、苦痛も絶望も覚えなくなっていたのは、おそらく彼にとって幸いだっただろう。ベゾブラゾフの肉体は衣服ごと境界が曖昧になり、形が歪み、色が薄れ拡散して、一瞬だけ燃え上がった小さな儚い炎と共に、この世から消え失せた。



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震撼する世界

ベゾブラゾフを抹殺しても、戦闘はまだ終わっていない。島に上陸したパラサイトも片付けなければならないが、達也の中でそれよりも優先度が高いのは、ミサイル攻撃を仕掛けてきた新ソ連の基地と潜水艦だ。どちらも達也でなければ対処は難しいだろう。反撃しないという選択肢は無い。泣き寝入りは更なる蹂躙を招く。尊厳を守れるのは自分だけ。これは、個人も国家も同じだ。

彼は再び『シルバー・ホーン』を手に取った。ベゾブラゾフのような極めて強い魔法力を備えている相手でなければ、長距離魔法狙撃は「銃」の形をしたCADの方がイメージし易い。達也は後ろへ――南へ振り返った。潜水艦が南の海中に潜んでいることは、艦対地ミサイルの軌道で分かっている。潜水艦がミサイルを発射してから、まだ五分も経っていない。そう遠くへ行っていないはずだ。

 

「(――艦名『クトゥーゾフ』。巳焼島南方四十キロ、水深五メートル。現在、停止中)」

 

潜水艦『クトゥーゾフ』はミサイルを発射した場所から動いていなかった。達也が懸念した通り、第二波を予定しているのだろうか。それとも、戦果を観測するよう命じられているのだろうか。どちらにしても接続水域内に止まって留まっているのは、達也にとって好都合だった。

 

「(潜水艦構造情報を取得)」

 

達也は潜水艦の構造を、特に推進器に注目して調べた。『クトゥーゾフ』の推進器は非電磁型ウォータージェット。現代の軍事艦艇は電磁推進機関が主流になっているが、あえて非電磁型を採用しているのは磁器探知対策だろうか。理由は兎も角、機械的な可動部が多い推進器が使われているのは歓迎すべきところだ――壊す方としては。

 

「(分解レベル、交換可能部品)」

 

最初から交換が可能なように作られている部品を取り外すのは、分解魔法の中では難度が低く負担が小さい。達也は『シルバー・ホーン』の引き金を引いた。

『クトゥーゾフ』の推進機関で大規模な破損が生じる。艦体に致命的なダメージを与えるものではないが、水中での修理は不可能なレベルだ。このままでは海中で立ち往生。原子力機関を搭載していない『クトゥーゾフ』は、海水から酸素を製造する装置を搭載していない。いずれ艦内の酸素が尽きてクルーは全滅だ。『クトゥーゾフ』はもう、浮上するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて達也は念の為、潜水艦のミサイルランチャーを全て破壊した。破壊と言っても爆破とか分離とかの荒っぽい手段を取ったのではなく、ハッチ開閉構造を断線させたのだ。これでもう、艦対地ミサイルによる攻撃の懸念は無くなった。

達也は『クトゥーゾフ』の浮上を待たず身体を反転させた。『シルバー・ホーン』が狙う先は北北西一千七百キロ、ハバロフスクの西百五十キロ、ビロビジャンミサイル基地。

 

「(ミサイルの情報を遡及)」

 

先程「分解」した極超音速ミサイルの情報を『精霊の眼』で過去へと遡っていく。最大マッハ二十超・約五分の軌跡を一瞬で遡り、ミサイルが飛び立った地下サイロに到達。そこから水平に「視野」を広げていく。達也の脳裏に航空写真のような――ただし、地下を透視した――イメージが像を結ぶ。

 

「(地下に無人のミサイルサイロ六基を視認)」

 

ビロビジャンミサイル基地が持つ地下サイロは六基。意外に数が少ない。敵の攻撃に備えて基地を分散しているのだろう。移動式サイロで発射前に無力化されるのを防ぐのではなく、地理的に分散させることで全滅を防ぐという発想は、有り余る領土を持つ大国にのみ許される贅沢か。

ここを破壊しても別の基地から攻撃を受ける可能性はあったが、その時はその時だ。今は警告の意味を込めて、トリガーを引くべきシチュエーションだった。

 

「(照準、六基の地下サイロ)」

 

他にも地下にミサイルの管制施設があったが、今回は有人施設をターゲットから外した。事態のエスカレートを避ける為だ。自分の目的の為には十分だと達也は判断した。

 

「(雲散霧消、発動)」

 

達也が物質を元素レベルに分解する魔法を放つ。一千七百キロ彼方のビロビジャンでは、ミサイルの自爆によるものではない爆発で地下サイロが六つ、吹き飛んだ。大量の金属と合成樹脂、元素・化合物半導体、合板、人造石などの個体が瞬時に気化した圧力上昇による爆発だと理解した者は、現地には一人もいなかった。吹き上がる粉塵は、まるで火を伴わない噴火のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本時間、二〇九七年八月四日午前九時四十五分。戦闘が始まってわずか三十分余りで、巳焼島に上陸した米軍部隊は全滅した。生存者ゼロという意味ではなく、防御隊側も負傷した敵兵を拘束した上で治療しているが、生き残りは人間だけだ。パラサイトは漏れなく殲滅された。肉体から逃れて滅びを免れたパラサイトもいない。達也は一体のパラサイトも見逃さなかった。

こうして巳焼島攻防戦は、四葉家の完勝に終わった。正式な作戦でないとはいえ、また公式には「叛逆兵の暴挙」という扱いになっているとはいえ、USNAの正規軍が正面衝突で民間の魔法師集団に歯が立たなかった。この事実は各国の――日本を含めて――軍事関係者を震撼させ、「四葉」の悪名をますます世界に轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が指令室に帰還したのは、戦闘が集結した約五分後のことだった。

 

「お兄様!お疲れさまでした」

 

「深雪も、お疲れ様」

 

達也が掛けたねぎらいの言葉に応じて深雪は顔を上げ、ニッコリと微笑む。その笑顔は上品な貴婦人と清楚な少女の両面を、絶妙のバランスで兼ね備えていた。

 

「ありがとうございます。お兄様、お怪我はありませんか?」

 

達也の戦闘スーツには、ざっと見たところ傷一つ無い。さすがに土埃は付いているが、出血の跡どころか返り血すらも見当たらない。

 

「大丈夫だ。傷一つ負わなかった」

 

「それをうかがって安心しました」

 

言葉通りに、達也の身に関する気掛かりが解消したのだろう。深雪はもう一度艶やかに微笑むと深雪はおんぶをしている達也の背中で眠っている少女を見つけた。

 

「あの・・・お兄様?その子は・・・」

 

深雪がそう聞くと達也は深雪が誤解を生まないように説明をした。

 

「ああ、深雪。勘違いだ、こいつは凛だ。弘樹を呼んできてくれ」

 

「わ、分かりました」

 

そう言って深雪は司令室を後にする。すると司令室に勝成からの音声通信が入る。映像が無かったのは、戦闘スーツの通信機を移動基地で中継しているからだろうか。

念の為に島内を映しているサブスクリーンで確認してみると、勝成は東岸の埠頭に立っていた。

その横では米兵と思われる人たちが治療を受けていた。

 

「勝成さん、米軍から回答があったんですか」

 

『達也君、指令室に戻っていたのか』

 

応答したのは深雪ではなく達也だ。勝成は深雪が応えなかったことに不満を示さなかった。

 

『見ての通り、全員が投降した。最も、乗る船は皆沈んだ様だがな』

 

勝成が意味ありげにそう言うと達也は凛の火砕龍を見ていたと言う事だろうと思った。達也は了解を入れると勝成との通信を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アニー・マーキスは先ほどの光景を思い出していた。

怪物によって一瞬で壊滅させられた四隻の軍艦。幸いにもホッパーの乗組員達は全員の生還が確認された。逆にエドワード・クラークと数人のグアムの軍人が行方不明となっていた。おそらくさっきの攻撃で遺体ごと消えたのだろう。

圧倒的な攻撃力にミサイルの直撃でも、レールガンでも倒す事のできなかった怪物・・・いや、この場合は神と称したほうがいいかもしれない。少なくとも我々はあの謎の存在に完敗したと言う事実に代わりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時の空は青々とした雲一つない天気であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪、皆に勝利宣言を」

 

達也が深雪にそう言う。しかし、深雪は目を丸くして、いったん首を左右に振る。

 

「いえ、それはお兄様が・・・」

 

「深雪」

 

だがもう一度達也に名前を呼ばれて、それが自分に与えられた役目だと思い直した。女性スタッフが深雪の前にマイクスタンドを設置する。マイクに向かって姿勢を正した深雪にカメラが向けられる。

達也がフレームの外に下がる。サブスクリーンが、深雪のミディアムショットを映し出した。深雪は凛とした表情で正面に据えられたカメラに目を向け、落ちついた声で話し始める。

 

「四葉家守備隊指揮官代理・司波深雪の名を以て、戦闘の終結を宣言します」

 

そこで深雪は、大きく息を吸い込んだ。

 

『わたしたちの、勝利です!』

 

深雪の宣言に応えて、歓声が沸き上がる。北東海岸部を中心にして、巳焼島の至る所で。それは勝利を歓ぶ声であり、若く美しい指導者に熱狂する声でもあった。

 

『私、司波深雪は当主、四葉真夜に代わり、皆さんの奮闘に感謝の言葉を贈りたいと思います。ありがとうございました』

 

島内のあちこちに設置されたスクリーンの中で、深雪の映像が全身像に切り替わる。足の爪先から頭の天辺、髪の先端に至るまで非の打ち所が無い美女が、スクリーンの中で優雅に一礼する。島は、ますます熱烈な歓声に包まれた。

 

「これは深雪さんが次期当主と言われても誰も疑わないかもしれないな」

 

歓声で沸く島内で唯一冷静な態度で深雪の宣言を聞いていた勝成が、誰に聞かせるでもなく呟く。さすがにあからさまな態度で達也のことを嫌う輩はいなくなっているが、内心はどうかは分からない。今でも深雪を次期当主にと画策しようとしている輩がいるかもしれない。

そんなことを考えながらもう一度島内を見回し、この光景を餌に深雪を担ぎ上げる連中が出てこなければ良いがと、勝成はそんなことを考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪によって島内向けの放送が終わり、彼女に向けられていたカメラが片付けられる。達也は深雪を称賛し、労った後、通信を担当しているスタッフの席に歩み寄った。

 

「すまない。代わってもらえるだろうか」

 

その女性職員は達也よりも年上だった。だが彼のぞんざいな言葉遣いに気分を害した様子は見せなかった。この部屋にいる者は皆、達也の実力をこの一時間足らずで見せつけられ、思い知らされていたのだ。その女性スタッフは帝王に額ずく様な恭しい態度で、達也に席を譲った。達也は慣れた手つきで、通信機を衛星インターネット回線に接続した。

 

『私は日本の魔法師、司波達也です』

 

そのメッセージは、そんなありきたりな挨拶で始まった。

 

『本日、日本時間八月四日午前九時四十一分、私は新ソ連、ビロビジャンのミサイル施設を魔法で破壊しました。これは当該基地から私が滞在中の日本領土・巳焼島へ向けて極超音速ミサイルが撃ち込まれたことに対する自衛行為です』

 

しかし、それに続く言葉は「ありきたり」の対極に位置するものだった。

 

『ミサイルは着弾前に破壊しましたが、第二弾、第三弾が撃ち込まれる懸念を無視出来ませんでした。交渉の余裕はありませんでした。交渉相手を探している内に、次のミサイルが飛んでくるかもしれなかったのです。それ故に私はミサイル発射施設の破壊を決断し、実行しました。またミサイル攻撃と同時に、戦略級魔法トゥマーン・ボンバによる攻撃を受けました。私はこの魔法による被害を防止する為に、新ソ連の国家公認戦略級魔法師イーゴリ・ベゾブラゾフを魔法で狙撃しました。その結果、イーゴリ・ベゾブラゾフが死亡した可能性を、私は否定しません。繰り返し明言します。これは自衛行為です。国際的な法秩序を踏みにじるようなテロ行為ではありません。完全に合法的な行為であり、その結果に対する責任は無法な奇襲を行った新ソビエト連邦とイーゴリ・ベゾブラゾフ本人が負わなければなりません。私は自分が持つ力を、法秩序を破壊するテロ行為に用いる意志はありません。現在も将来も、テロ行為には決して手を染めないと誓います。ですが攻撃を受け、あるいは差し迫った脅威に曝され、自衛の為に必要と認めるならば武力の行使を躊躇いません。私が自衛に不足の無い武力を有していることは、理解していただけたと思います。大規模な爆発、無差別の殺戮、著しい生活基盤の破壊を伴うことなく、私は私に向けられた不当な攻撃に対処することができるのです。それが世界中の、何処から加えられたものであろうとも』

 

ここで達也は、意図的に口調を変えた。

 

『もう一度、ここに宣言する。私は魔法師とも、そうでもない者とも平和的な共存を望んでいる。だが自衛の為に武力行使が必要な時は、決して躊躇わない』

 

そう宣言して達也の演説は幕を下ろした。



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メッセージの反響

達也の音声メッセージは、日本国内は無論のこと、USNA、新ソ連、大亜連合、東南アジア同盟諸国、オーストラリアの、政府広報窓口と民間ニュースサイトに直接届けられた。

このメッセージが送信された時刻は日本時間午前十時。USNA東海岸では夜の九時だったが、アメリカ国内では十分も経たない内に、インターネットニュースサイトばかりか主要テレビネットワークまでもがトップニュース扱いで報じた。

新ソ連は約一時間後、メッセージの内容を事実無根と否定した。ミサイルを発射した事実も無ければ、基地が破壊された事実も無い、と。

だがそれを待っていたかのように、USNA国防総省が破壊されたビロビジャンミサイル基地の衛星写真を公開。それによって達也のメッセージは、疑いなく事実であると世界に受け入れられる信憑性を獲得した。

またこれに便乗してアメリカ国防総省は、巳焼島に対する奇襲が新ソ連のエージェント、エドワード・クラークが偽造した偽の命令によるものであり、奇襲に関わった兵士はクラークに騙された被害者であると主張。日本政府に対して一応の謝罪を行うと共に、事態をエスカレートさせないよう冷静な対応を求めた。

達也はUSNA政府の主張を、否定しなかった。世界は、達也が個人でUSNA、新ソ連、大亜連合、インド・ペルシア連邦の、所謂四大国の戦略軍に匹敵、あるいはそれを凌駕する抑止力を保有していると認識した。

 

 

 

 

 

 

深雪が島内に向けて終結宣言を出し、達也が世界に向けたメッセージを発信した後も、実は一連の戦闘の、全てが片付いていたわけではなかった。巳焼島に海中から艦対地ミサイルを放った新ソ連のミサイル潜水艦『クトゥーゾフ』は、行動不能になっておよそ一時間が経過した後、諦めて浮上した。非常用のボートで潜水艦から逃げ出した新ソ連兵を、巳焼島守備隊は戦闘と無関係の漂流者として救助し、『クトゥーゾフ』は達也が分解して沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が変わるのを待たず、八月四日の午後から、マスコミは大挙して巳焼島に押し寄せた。無論、目的は達也だ。

巳焼島の近海で突如現れ突如消えた、季節も場所も規模も異常な炎のことは国立の気象台だけでなく民間でも観測されていたが、普段なら一面トップの特ダネのはずのこの怪奇現象の真相を探ろうとした記者は皆無だった。

テレビも新聞もネットのニュースサイトも、誰もかれもが達也にマイクを突き付け、少しでもセンセーショナルなコメントを取ろうと攻勢を掛けた。

達也は取材を拒まなかったが、マスコミの要求に全て応えたわけでもなかった。マスコミの希望を全て叶えようとしたなら、彼は食事も睡眠も取れなかっただろう。中には挑発的な態度で達也の行動をテロに他ならず彼の声明は国際社会に対する挑戦ではないか、と質問の形で持論を捲し立てた記者もいた。達也を挑発するだけに止まらず、彼を犯罪者と決めつけて記事を書いた新聞社、番組で糾弾した放送局もあった。――それらは以前から魔法師を目の敵にする報道を続けてきたメディアグループに属する会社だった。

しかし政府がすぐさま、達也の取った行動は国内法でも国際法でも合法だったと断言したことで、そうした一部マスコミの声は世論を動かすには至らなかった。

日本政府の素早い対応は、日本の領土を狙ったミサイルに国防軍は何故対処しなかったのか、実はミサイルを探知できなかったのではないかという疑問と批判を打ち消す目的があったと思われる。防衛省は極超音速ミサイルを発射時点から探知していたと反論し、達也にミサイル迎撃を委託したのはかねてより政府が魔法協会と締結していた防衛協力に関する覚え書きに則ったものだと主張した。

これは強弁ではないか、という印象を持った国民は少なくなかったが、覚え書き自体は以前から公表されていた物なので、その疑念が大きな「声」となることはなかった。ただ、日本政府のコメントだけでは、そこまで世論が影響されることは無かったのかもしれない。より大きな影響力を発揮したのはおそらく、アメリカの軍事専門家、外交評論家、国際法学者が相次いで達也を擁護したことだろう。

この問題には日本人よりアメリカ人識者の方が、積極的に発言した。アメリカの専門家と呼ばれている人々は、少なくとも意見を公表した者は例外なく、達也がビロビジャン基地を攻撃しベゾブラゾフを殺害したのは――なお新ソ連はベゾブラゾフの死亡も否定している――自衛であり合法だったと、様々な根拠を付けて主張した。彼らの熱心な態度は、ホワイトハウスが裏で糸を引いているのではないかという憶測を生む程のものだった。肯定的な世論が支配的になったネタは、マスコミにとって旨みが少ない。批判こそがジャーナリズムの存在意義という信念は、二十一世紀末になっても根強く残っている。事件発生からわずか三日後には、マスコミは新たなネタに飛びつき巳焼島から一斉に引き揚げたのだった。

 

「これで一安心ですかね?」

 

「どうだろうな。暫くは都心に戻るのは避けた方が良いだろう」

 

マスコミがいなくなったからと言って、達也は一段落とは考えておらず、ほのかたちにも迷惑が掛かるかもしれないと、もう暫く巳焼島に引き篭もることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取材を終えた達也と深雪は巳焼島の一室へと向かった。

 

「弘樹、入るぞ」

 

「どうぞ」

 

そう言って達也が部屋に入るとそこには弘樹と凛が体を起こしていた。

 

「どうやら目は覚めたようだな」

 

「ええお陰様で」

 

「初めて見た時は驚いたわ」

 

深雪がそう言うと凛は今の体を見る。彼女の体は7、8歳ほどの少女まで小さくなっていた。

 

「まさか反動でこうなるなんてね」

 

「姉さん、後先考えて行動をしてくださいよ」

 

「あはは、気をつけているわよ」

 

そう言って凛は少し笑うと達也に言った。

 

「見たわ、さっきの映像。あれは凄いことになるわよ」

 

「ああ、無論そのつもりでいる。それよりこっちはお前が船を沈めたせいで米兵をどうしようか騒いでいる」

 

「ああ・・・まあそれはコラテラルダメージという事であとは頼むよ」

 

「・・・その姿でなければ容赦なく殴っていたな・・・」

 

「あら、じゃあ達也に殴られない為にこのままでいようかしら」

 

「凛、そんな事してもいずれお兄様は殴ってしまうわよ」

 

「あらあら、お手厳しい事で」

 

4人は部屋でそう話していると深雪が凛のあの状態の事を伝えた。

 

「指令室でも驚いたわ。エリカ達にもあの姿を見られていたと思うわよ」

 

「そうだな、しかし化け物だな。原子炉を体内に収めてエネルギーを作り出すとは・・・」

 

「ちょっとした思いつきよ」

 

そう言うと凛は深雪と弘樹を部屋の外に出した。

 

「弘樹、私と達也だけで話したいから・・・良いかしら?」

 

「分かりました。深雪、少し外に行こうか」

 

「分かりました」

 

そして二人が外に出たのを確認すると達也は早速火砕龍の観測結果を凛に伝えた。

 

「これが観測した結果だ。予想よりも威力は大きかったぞ」

 

「ああ、あれね・・・私もあれは想像していなかったわ」

 

凛がこう話すと達也は呆れながら凛にデータの入ったメモリを渡した。

 

「あのあと放射線量も測ったが完全に通常値に戻っていた。さすがだな」

 

「そうね・・・でも、これで二大国の日本への対抗心は折れたかしらね」

 

「どうだろうな・・・少なくとも助け出した米兵は完全に心が折れていた様子だった・・・。それが俺のものかお前なのか。それは分からなかったがな」

 

「それは今後の米国の対応次第でわかるわ」

 

二人は部屋の中でそう話すと凛が達也に伝えた。

 

「回復する為に私は三日くらい島にいるわ」

 

「分かった。この部屋には俺たち以外はなるべく入れないようにしておこう」

 

「ありがとう」

 

そして用を終えた達也は部屋を後にしようとした時。凛が声をかけた。

 

「達也」

 

「何だ?」

 

「・・・いえ、何も。ちょっと呼んでみただけよ」

 

「そうか」

 

達也は部屋を後にすると凛は内心喜んでいた。

 

「(だいぶ表情が顔に出るようになったわね・・・この調子だと少しすれば達也も感情が芽生えるかしらね)」

 

凛はそう心の中で呟くと達也の変化を思い出していた。

 

「(昔に比べればだいぶ表情が柔らかくなったわね。特に変わったのは一高に通ってから・・・恐らくエリカ達と関わってきたからなのでしょうけど・・・やっぱり広い交流をすれば人は分かるものね・・・)」

 

凛はそう思うと取り敢えず先の戦闘で消耗したエネルギーを回復する為に久々に深い睡眠をとるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月七日、後に『巳焼島事変』と名付けられた事件の三日後。北アメリカ大陸合衆国国防長官リアム・スペンサー、緊急来日。この出来事は日米両国で、非常に大きな驚きを持って報じられた。

第三次世界大戦を境にアメリカの大統領が外遊しなくなって以来、国務長官と国防長官の外遊がUSNAのトップ外交だ。しかもリアム・スペンサーは次期大統領候補最右翼の呼び声も高い大物政治家。そのスペンサー長官がこの時期に日本を、予告なしに訪れる。そこに大きな意味を見出さなかった者は、政界にも経済界にもマスコミ業界にもいなかった。達也のことがどうでもよくなったのは、当然の成り行きだろう。人々はスペンサー国防長官と首相の会談が終わりプレス発表が始まるのを、固唾を呑んで待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、マスコミが去り平穏を取り戻したかに見えた巳焼島を、USNAの秘密特使が訪れた。そのことで大騒動――は、起こらなかった。

その日、伊豆諸島は生憎の雨だった。その雨雲を吹き飛ばすかのような、元気な、底抜けに陽気な声が部屋に響く。

 

「深雪、ただいま! 十日ぶり、で良いのかしら!・・・って、あんまり驚いていないみたいね」

 

その声はすぐに少し不満そうな、「当てが外れた」とでも言いたげな口調に変わる。

 

「お帰りなさい、リーナ。思っていたよりも早かったわね。嬉しいわ」

 

今にも唇を尖らせそうな表情をしていたリーナは、深雪が最後に付け加えた一言に、照れ臭そうな笑みを浮かべた。

リーナは深雪に案内されて、東海岸の研究施設に案内された。マスコミの取材から解放された達也は、ここで『恒星炉』の心臓部、魔法式を複写・保存する人造レリックの量産に取り組んでいた。

 

「リーナ、お帰り」

 

顔を合わせるや否や先手を取られて、リーナはやや恥ずかし気に「ただいま」と応じた。そしてすぐに、憤慨した声を上げる。

 

「――ねぇ!深雪も達也も何でそんな、当たり前みたいな態度なのよ!?」

 

「何のことだ?」

 

「何って『お帰り』よ!少しは驚いたりしないわけ!?私がそのままUSNAで捕まって戻ってこれないかもとか思わなかったの!?」

 

客観的に見れば、正しい指摘かもしれない。だがリーナが口にするには不適当な、自爆発言だった。

 

「あら、最初に『ただいま』と言ってくれたのは、リーナの方だったと思うのだけど」

 

「ウグッ・・・」

 

すかさず深雪から反撃を受けて、リーナは息を詰まらせる。

 

「俺も深雪も、リーナが必ず帰ってくると信じていたからな」

 

続いて達也が、一欠片の冗談も含まれていないと感じさせる口調で「必ず」「信じていた」と言い切った。

 

「は、恥ずかしい人たちね!」

 

リーナの暴言にも、深雪の笑顔と達也の平然とした表情は崩れない。

 

「・・・バカ」

 

顔を真っ赤にして俯いたリーナが再起動するまでには、五分の時間を要した。

 

「こ、コホン」

 

五分後、まだ少し赤味を残す顔で、リーナがわざとらしく咳払いする。達也は笑って良いものかどうか少し迷って、真面目な顔で次の言葉を待った。

 

「ホワイトハウスから、達也宛の親書を預かっているわ」

 

「ホワイトハウスからの親書!?大統領から!?」

 

「日本政府ではなく俺宛に・・・?」

 

深雪が目を真ん丸にする隣で、達也は訝しげに眉を顰める。彼は封書の宛名が間違いなく自分になっているのを確かめ、リーナに尋ねた。

 

「リーナ、ここで開けても構わないか?」

 

「むしろそうして頂戴。私も内容を知らないから、教えてくれると嬉しい」

 

期待の眼差しを向けるリーナに頷いて、達也はペーパーナイフ代わりのクラフトナイフを手に取った。今や儀礼的な公式書簡くらいでしかお目に掛かれない封筒の中から、これも今では稀な厚手の便箋を取り出し、自分だけでなく深雪とリーナにも見えるように広げる。もっとも二人は、達也宛の手紙を横から覗き込むような無作法な真似はしなかった。

親書はわざわざ英語と日本語で、同じ内容が書かれていた。かなり長く細かい文章だったが、達也は英語文と日本語文の両方を最後まで一気に読み通して顔を上げた。

 

「簡単に言えば、和解の申し出だ」

 

達也のセリフは十分に予想できたものだったので、深雪もリーナも少しも驚きを見せず、むしろ納得顔で頷いた。

 

「太平洋地域の平和を維持する為、親密な協力関係を築きたいとも書かれている」

 

この言葉に対する反応は、深雪とリーナで二通りに分かれた。深雪が特別な感情を覚えていないことが明らかな、反応の薄い顔をしたのに対して、リーナは呆れ気味に苦笑いをしていた。曲がりなりにもUSNAの高級士官だった彼女は「太平洋地域の」と限定を付け加えた意図を、すぐに覚ったのだ。

これは要するに、「大西洋には手を出すな」という意味だ。達也もそれを理解していたが、素より大西洋地域のトラブルにまで首を突っ込むつもりは無かったので特に反発を覚えることもなかった。それよりも彼は、こちらの方が気になった

 

「リーナ」

 

達也がリーナを見て薄らと笑う。

 

「な、なに?」

 

不吉な予感に、リーナの顔が微かに引き攣った。



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嫌な予感

リーナが引き攣った表情を見せていることに対して達也は何の反応も示さず、浮かべていた笑みを消して淡々と告げる。

 

「協力の意思が偽りではない証に、アンジェリーナ・シールズ中佐を協力者として無償無期限で貸し出す、と書かれているぞ」

 

「何ですってぇ!?」

 

絶叫した後、リーナは固まってしまう。

 

「凄いな。リーナは中佐に昇進したのか」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 

しかしすぐに、焦った顔で反論を始めた。

 

「私、ちゃんとスターズを辞めてきたのよ!退役届だって受け取ってもらったわ!」

 

「だからアンジー・シリウス少佐ではなく、アンジェリーナ・シールズ中佐なんだろう」

 

「そんな・・・詐欺よ!」

 

絶句するリーナの呆然とした表情に、達也が「フッ・・・」と小さく笑い声を漏らした。

 

「・・・わざわざ無期限と書いているんだ。向こうもリーナがアメリカ軍に戻ってくるとは考えていないだろう。ただ亡命されたのでは体裁が悪いから、レンタルということにしたんじゃないか?」

 

「そういうことなら・・・って、私は品物じゃないわよ!おじさまの耳に入ったら、恐ろしいことに・・・」

 

ホッとしたり怒ったり恐れたり、兎に角リーナは忙しい。

 

「あと、恒星炉プロジェクトのスポンサーになりたいとも書かれているな」

 

とりあえずリーナは好きにエキサイトさせておくことにして、達也は次の、無視できないポイントに話を移した。

 

「スポンサー、ですか?」

 

憤慨するリーナをよそに、深雪が次の話題に反応を見せる。これは深雪がリーナのことが手に負えないと思ったからではなく、純粋にそちらに興味が向いたからである。

 

「資金を出す代わりに技術を提供しろ・・・ということでしょうか」

 

「多分、そうだろう。こちらとしては、最初から技術提供を予定していたんだがな。まぁ、資金は幾らあっても多すぎるということは無い。出資してくれるというなら、ありがたく貰っておこう」

 

そこで達也は、リーナを放置するのを止めて彼女に目を向けた。

 

「ところでリーナ、返事はどうすれば良い?」

 

リーナはパチパチと数度瞬きをして、一人相撲の世界から戻ってきた。

 

「・・・えっと、返事よね?出来れば今日中にお願い出来るかしら。明日、東京に来ている国防長官に届けることになっているの」

 

「分かった。この内容なら本家に相談する必要もない。すぐに書こう」

 

達也はクラシックな万年筆を引出しから取り出して、態々親書に同封してあった便箋に肉筆で返事を認め始めた。その傍らで、達也の邪魔にならないよう声を低くして深雪がリーナに話しかける。

 

「それにしてもリーナ、軍は良かったの?あれだけ悩んでたようだったのに」

 

深雪が念頭に置いていたのは、去年の冬のパラサイトの集合体を斃した後のことだ。リーナもそのことを忘れていなかったのか、すぐさま深雪の問いに答える。

 

「まぁね。あれからいろいろと考えさせられたし・・・まだティーンエイジャーなのにやりたくもないことを『やりたくない』って心の奥底で思いながら、自分の本音から目を逸らし、無理して続けるなんて間違ってるんじゃないかと気付いたのよ。それに気付けたのは貴女たちのお陰よ。感謝している」

 

「決心したのは貴女よ、リーナ。心理的なものだけでも、スターズ総隊長のしがらみを振り解くのは大変だったでしょう。本当に、思い切ったわね」

 

リーナが目を逸らし、露骨な照れ隠しの口調で「私のことより」と言う。

 

「思い切ったと言えば、達也よ」

 

それに続くセリフが、深雪の顔から笑みを奪った。深雪から目を逸らしているリーナは、その変化に気付いていない。

 

「あんな声明を出すなんて、これからの達也は大変よ。今や、世界中が達也を意識している。意識せずにはいられなくなっている。達也が注目される度合いは、シリウスの比じゃないでしょうね、きっと・・・深雪?ちょっとどうしたの!?」

 

深雪の顔から血の気が引き、微かに震えているのに気付いたリーナが、狼狽した声を掛けた。

 

「な――」

 

「俺が」

 

深雪が「なんでもない」と言い掛け、そこに達也がセリフを被せた。

 

「自分で決めたことだ。深雪が気に病む必要は無い」

 

「――はい」

 

顔を上げず、万年筆を動かしながら淡々とした口調で続ける達也に、深雪は反論しようとして、止めた。無理矢理、笑みを作った。自分が嘆くのは間違っている。それは達也の決意を侮辱し蔑ろにする行為だと、彼女には分かってしまったのだ。

達也が世界に送ったメッセージにより、深雪や凛の戦略級魔法の存在は有耶無耶になった。彼女達が兵器としての役割を強制される未来は、遠ざけられた。

だがその代償は大きい。達也は今や世界にとって、一人の魔法師、一人の個人ではなく、抑止力という力そのものになった。

達也が軍事力として機能することを求められない未来。彼が兵器であることを強要されない未来は、絶望的に、遠ざかった。

達也と深雪にとっての理想である、人として当たり前の未来は、未だ、見えない。未来は、未だ、来たらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万年筆でメッセージを書きながら達也がリーナに聞いた。

 

「ところでジョンは何処にいる?いつもリーナと一緒にいるはずだろう」

 

「ああ、ジョンは凛の元に行ったわ。話したいことがあるって。凛に何か話すことでもあるのかしら?」

 

リーナの返答に達也はおそらく凛への見舞いだろうと予測した。三日前に凛が戦闘を行ったのはおそらく知っているだろう。彼女の直属の部下とも言える12使徒が見舞いにいかないなどあり得ないと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、ジョンは見舞いのために凛のいる部屋へと足を運んでいた。その時、凛は既に体格も元通りとなり、いつもの凛の姿となっていた。

 

「お身体は回復された様ですね」

 

「ええ、お陰様で。昨日には回復していたわ」

 

「ご無事で何よりです」

 

ジョンはそう言うと今度は別の話題を持ち出した。

 

「今米軍内では噂が立っていますよ。『日本の巳焼島には怪物が棲んでいる』と」

 

「そうかそうか。そんな噂が立っているか」

 

「ええ、怪物・・・閣下のあの姿を見た時は父も驚いてました」

 

「あら、見てたの?」

 

「ええ、Galileoが結界内の通信を傍受できる範囲を見つけましたから。全員がおそらく見ているものかと・・・」

 

ジョンの説明で凛は納得した。

 

「ああ、そう言うこと・・・。念の為開けておいた周波数で映像を見ていたのね」

 

「しかし、あれはどう言った理由で?あそこまで変化しなくともいつもの変装を解けば宜しかったのでは?」

 

ジョンの問いに凛は理由を言った。

 

「そうね、確かに変装を解けば誰なのかも称号はできないでしょうね。でも、より米国や大国に衝撃を与えるのは見た目のインパクトも大切なのよ」

 

「なるほど。確かにあの見た目ではインパクトはさぞ強烈なものでしょうな」

 

ジョンはそう言うと弘樹から紅茶の入ったカップを渡された。

 

「申し訳ありません」

 

「いえ、これは私の仕事ですから」

 

そう言うと弘樹は今度はお茶菓子を二人の間に置いた。

 

「弘樹、紅茶はこのままでいいからあとは深雪の所に行きなさい」

 

「畏まりました」

 

そう言うと弘樹は部屋を後にした。凛は弘樹がいなくなったことを確認するとため息をつく。

 

「全く、あの子も少しばかり自分の意思で行動してほしいものだけどね」

 

「弘樹様は閣下に拾われて命拾いをしました。きっとその御恩を返したいと思っているのでしょう」

 

「もう十分返して貰っている気分だけどね」

 

凛はそう呟くと紅茶を置いて席を立った。

 

「さて、私はそろそろ帰りますかね」

 

「一高にでしょうか?九島光宣の件はどういたしましょうか?」

 

「そうね、光宣君の捜索はローズに任せるわ。それよりも君は来月には帰国だろう。今のうちにリーナとの時間を満喫しておきなさい」

 

「そうですね・・・では、私はこれで。失礼します」

 

ジョンを見送った凛はベットで横になると意識を情報世界へと向ける。

 

「(だいぶまずい状況かもしれないわね・・・・)」

 

凛は今の光宣の様子を見て少しだけ危機感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に意識が信濃からベットに戻ったのは八月八日つまり丸一日が経過していた。

 

「姉さん。起きてください」

 

「んーっ!起きたわよ〜」

 

凛はそう言って体を起こすと弘樹は着替えを持ってきていた。

 

「姉さん、着替えをお持ちしました」

 

「ええ、ありがとう」

 

そう言って着替えを受け取った凛は弘樹に伝える。

 

「弘樹、数日中に一高に行くわ」

 

「・・・分かりました。すぐに準備いたします」

 

弘樹はそう言うと部屋を後にし、退院の為の手続きを始めた。凛は着替えると部屋から出て巳焼島の海を見た。雲一つない綺麗な青空を写したような青さの海を見ながら凛は懐かしんでいた。

 

「昔が懐かしいわねぇ〜」

 

凛はそう呟くと不意に気分が高揚していた。凛は昔から海を見ると気分が良くなっていた。弘樹を拾ってからと言うもの、海をじっくりと見る機会は減っていた。

 

「・・・久々に歌いますか」

 

凛はそう呟くと好きな歌を歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『♪〜♬〜〜♫〜』

 

達也達は外から聞こえる歌声を聞いた。ちょうど朝食を取っていた達也、深雪、リーナ、ジョンの4人はその歌声に気づいていた。

 

「これは・・・」

 

「綺麗・・・」

 

「誰の声でしょうか・・・?」

 

「浜辺で誰かが歌っているようですね」

 

達也達は声の主を探しに外に出ると海岸に腰を掛けて歌っている人物を見つけた。

 

「あれは・・・」

 

「凛よね」

 

「初めて歌っているのを聞いたわ」

 

「綺麗な歌だ・・・」

 

そこに風が吹き、彼女の白い髪が揺れている姿は絵になりそうな程、美しかった。

4人はその美しい歌声に声をかけるのも忘れ、彼女の歌をずっと聴いていた。すると気配に気づいた達也達に気づいた凛は歌うのとやめると顔を少し赤くしながら達也に挨拶をした。

 

「あら、おはよう達也」

 

「ああ・・・綺麗な歌だったな」

 

「そうね、お金取っても良いくらい綺麗だったわ」

 

「凛、あなたそんなに歌が上手だったのね・・・」

 

「ええ、とても綺麗でしたよ」

 

全員に絶賛されて凛は歌っているのを聞かれていた事に恥ずかしくなり、別の話題を持ち出した。

 

「ああ、そうだ。この後、私は家に帰るわ」

 

「という事は一高に戻るのか?」

 

「ええ、一段落したからね」

 

「エリカ達は喜びそうだな」

 

「ええ、お世話になったわね」

 

そう言うと弘樹が凛を探して戻ってきた為。凛は弘樹と合流すると一旦達也達と別れ、凛は一人飛行場へと向かった。

その後凛はファルケンで三笠島に移動し、その日中に東京のマンションへと帰宅を果たした。



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アメリカの提案

西暦二〇九七年八月四日、日曜日。伊豆諸島に属する最も新しい島が外国の武装集団に襲われた。島の名称は『巳焼島』。島を襲った武装集団は、公式には新ソ連のエージェントに騙されて偽の命令で出動したUSNA海軍の部隊と、新ソ連エージェントがUSNA国内で組織した破壊工作員組織の混成部隊ということになっている。仮にそれが真実だったとしても、USNAの国軍に属する艦艇と軍人が日本の領土を攻撃した事実に変わりはない。このままでは対日関係だけでなく、国際社会におけるUSNAの評価も「同盟国を騙し討ちにする信頼できない国」と酷く悪化してしまう。USNAが国防長官という大物を日本に派遣したのは、この事態を収拾する為だった――ということに、表向きはなっている。

確かに、日本政府との和解も国防長官リアム・スペンサーの訪日目的の一つだったが、実のところ主目的とは言い難かった。もっと言えば、スペンサーは訪日の主役でもなかった。事件の五日後。USNAの国防長官と日本の総理大臣が報道陣を前に和気藹々とした雰囲気を演出している裏で、真の主役同士の会談がひっそりと始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月九日、金曜日。この日早く、達也は二十日ぶりに巳焼島から東京に戻った。USNAの国防長官付き秘書官、ジェフリー・ジェームズの招きに応じたものだ。この二日前、達也はリーナを通じてホワイトハウスからの親書を受け取っている。内容は、良く言えば達也に対する和解の申し出、悪く言えば達也をUSNA陣営に引き込んで利用しようと企むものだった。

達也はUSNAの申し出を受け容れた。良く言おうと悪く言おうと、その意味するところは同じだ。利用価値があるから仲良くする。それは達也の側でも同じだった。日本の外交方針とは関係なく、達也は大亜連合と新ソ連の両国に、敵視されて当然という大打撃を与えている。USNAと友好的な関係を築けるなら、たとえそれが下心丸出しのものであれ、彼にとってもメリットは大きい。

達也は親書を受け取ったその場で承諾の返事を書き、その返書をリーナに届けてもらったのが昨日、八月八日の午前中。そして昨日の夕方、リーナが電話で「国防長官付き秘書官が明日、会いたいと言っている」という伝言を受け取ったという次第だ。

ジェフリー・ジェームズから指定された面談の場所は国防長官一行が泊っているホテルの一室だった。長官本人が使っているスイートルーム程ではないが、グレードがかなり高い部屋だ。ジェフリー・ジェームズの実質的な地位がうかがわれる待遇だ。

部屋の前にも中にも、特殊部隊の元隊員、若しくは現役隊員と思しき戦闘の専門家が警備をがっちりと固めていた。全員が相当の手練れだと分かる。だが達也は恐れを全く見せず、案内されるまま部屋に入った。

なおその際に、ボディチェックはされなかった。自信を持っているのは達也だけではないということなのだろう。それが戦闘力そのものについての自信なのか、それとも自分の立場に対する自信なのかまでは、達也には分からなかった。

 

「はじめまして、ジェフリー・ジェームズです。JJと呼んでください。『ミスター』は不要ですよ」

 

達也を招いたJJことジェフリー・ジェームズは大変フレンドリーな態度で彼を迎えた。その御蔭か、二メートル近い長身で肩幅が広く胸板厚い体格にも拘わらず、達也は威圧感を覚えなかった。

 

「司波達也です。私のこともタツヤで結構ですよ。無論『さん』も『様』も『殿』も不要です」

 

こういう馴れ馴れしさは本来、達也の好むものではない。だがこの場は相手の流儀に合わせて、達也は自己紹介を返した。

 

「分かりました、タツヤ。急な招待にも拘らず、快く応じてくださったことに感謝します」

 

「国防長官ご側近の貴重なお時間を割いていただくのですから、私の方から足を運ぶのは当然のことです。大した距離でもありませんし」

 

軽くJJの表情が動く。具体的には、右の眉毛がわずかに上下した。しかしそれがどんな感情を反映したものなのか、JJは達也に読ませなかった。見た目はせいぜい三十歳といったところだが、実際にはもっと年を取っているのかもしれない。あるいは、実年齢よりずっと老獪な質なのか。

 

「恐縮です。タツヤ、飲み物のご希望はありますか?」

 

「ではコーヒーをブラックで」

 

今度は明らかな驚きの表情がJJの顔を過った。遠慮なくリクエストを述べる態度が日本人に関するステレオタイプなイメージにそぐわなかったのか。あるいは、薬物をまるで警戒していない様に見える大胆さが意外だったのか。

達也が意図したことではなかったが、JJが自分のペースを取り戻す為に費やした短い時間は達也にとっても良いインターバルになった。二人分のコーヒーが届いて、どちらにも主導権が無いフラットな雰囲気で会話が再開された。

 

「さて、タツヤ。本題に入りましょうか」

 

「JJ、私の意思はミス・シールズに預けた返書に認めたとおりです。何か分かりにくいところがありましたか?」

 

「いえ、こちらの申し出に快く同意していただいて感謝しています。正直に申し上げて、我々が期待した以上でした」

 

JJは予想以上の低姿勢で達也のセリフに応じた。こういう態度を取られると、達也も不用意なことは言えない。達也はさらに気を引き締め、慎重に言葉を選んだ。

 

「私の方でも、貴国と敵対するつもりはありませんので。今回のことはエドワード・クラーク個人に責任があると考えています」

 

「・・・ディオーネー計画についても、そのように考えていただけるのですか?」

 

「ええ」

 

達也とJJが約三秒間、無言で見つめ合う。

 

「それは良かった。私たちの間に深刻な誤解が生じていないと分かっただけで、日本まで来た価値があります」

 

JJが自然な態度でホッと息を吐いて見せる。達也は礼儀的な笑顔でそれに応えた。

 

「私としても、ありもしない敵意を懐いていないとご理解いただけただけでも、足を運んだ甲斐がありました」

 

「私たちは貴方との友情をもっと確固たるものにしたいと願っています」

 

具体的なことを言わないJJに、達也は目で先を促した。

 

「タツヤ・・・アメリカに来ていただけませんか」

 

思いがけない提案に達也は内心、驚きを禁じ得ない。まさかここまで厚かましい申し出をしてくるとは、達也も予想していなかった。

 

「アメリカに?」

 

あえて意外感を隠さず、達也は問い返す。

 

「最高の研究環境をご用意します。貴方の英知を、自由と民主主義を愛する諸国民の為に役立ててください」

 

JJの口調は、セリフの内容に反して白々しくなかった。

 

「人類の為、とは仰らないんですね」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

熱弁を振るうJJに、達也は面白がっている声で尋ねた。その問いに対してJJは不安げな口調で問い返す。口調は不安げだが、彼の唇は両端が笑みの形につり上がっていた。

 

「いえ、目的が明確になっているのは良いと思います」

 

達也も同じような表情でJJの問いに答えた。そして彼らは同時に笑みを消して、テンションの下がった視線を互いに向ける。二人の中に、共感と同族嫌悪が同時に生まれたのだった。

 

「せっかくのお申し出ですが、巳焼島のプロジェクトが一段落するまでは日本を離れられません」

 

「そうですか。そういう理由であれば、残念ですが仕方がありませんね」

 

達也の辞退に、JJはあっさり引き下がった。

 

「では、代わりにと言っては何ですが、技術者派遣を受け容れてもらえませんか」

 

代案はすぐに提示された。このスピードから考えて、こちらの要求が本命だったと思われる。

 

「技術者派遣?研修のようなものですか?」

 

「はい。恒星炉技術をご提供いただけるとのお返事でしたので、ならばデータだけでなく実地で学ばせていただかないと」

 

「そうですね・・・」

 

達也が即答しなかったのは、技術者受け容れが工作員潜入に利用される可能性を考えたからだ。

 

「分かりました。私の独断では決められませんが、その方向で調整してみます」

 

しかしすぐに、マスコミの取材を許可しているのに技術者を締め出しても意味は無いと考えなおした。

 

「ありがとうございます。それでは結論が出ましたら、こちらのアドレスにご一報ください」

 

そう言ってJJは長い文字列とカラーコードが印刷された名刺サイズの紙を差し出す。達也はその文字列を読み取って、高度に暗号化された仮想専用回線だと理解した。普通のネットワークではない。おそらく国防総省の限られたエージェントにのみ公開されているものだろう。

 

「良いんですか?」

 

「何がでしょう?」

 

達也は思わずJJにそう尋ねてしまったが、JJの返答を受けて、意味の無い質問だったと気付いた。

 

「いえ、分かりました」

 

「良いお返事を期待しています」

 

この後、達也はJJと五分程世間話をして彼の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也とジェフリー・ジェームズの話し合いが終わったのは午前十一時。国防長官一行が利用しているホテルを出た達也は、いったん調布の自宅に戻った。自宅は達也たちが留守にしている間もホームオートメーションによる手入れが行われていた。

 だが彼が帰宅した時に空き家特有の空虚な埃っぽさが全く無かったのは、一足先に帰宅した深雪と水波が頑張って掃除してくれたからに違いない。

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

「ただいま」

 

彼が部屋の扉を開けた直後、深雪の声が出迎える。達也は応えを返す為に深雪と目を合わせてから、靴を脱ごうとして視線を下げた。そこで、靴が五足置かれていることに気付く。

 

「リーナ達が来ているのか」

 

「はい。もうすぐお昼ですから」

 

「自分の部屋の掃除は、もう終わっているのか?リーナにしては手際が良いな」

 

ここまでは真顔で答えていた深雪だったが、達也のこのセリフに、堪えきれず「クスッ」と小さく失笑を漏らす。

 

「お兄様、人聞きが悪いですよ」

 

「そうだな・・・それで、実際のところどうなんだ」

 

「手伝いが捗ったみたいですよ」

 

「なる程」

 

達也も、つられたように小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪と水波合作の昼食を四人で済ませた後、達也、深雪、水波、リーナの四人は八雲の寺『九重寺』に向かった。四人乗りの新型エアカーを駐車場に駐め、山門へ続く階段を上る。

今日は、手荒な歓迎は無かった。達也たちの訪問目的を考えて、八雲もさすがに自重したのだろう。境内から、うずうずしているような気配は伝わってきたが。階段を上りきると、山門の向こう側に八雲が待っていた。

 

「やぁ」

 

「師匠。態々お出迎え、ありがとうございます」

 

達也がかしこまった態度で頭を下げる。演技ではなく、達也は本当に恐縮していた。

 

「気にしなくてもいいよ。僕がここに来なければ結界が反応していただろうからね」

 

だが八雲のこの言葉を聞いて、達也の中から礼節に関する気配が吹き飛んだ。彼の表情が厳しく引き締まる。いや、「厳しく」と言うより「険しく」、「引き締まる」といより「強張る」と表現した方が適切かもしれない。

 

「師匠。それはもしや――」

 

「詳しくは中で話そうか」

 

八雲は達也のセリフを途中で遮り、四人を本堂ではなく僧坊へ案内した。



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水波の現状

僧坊の中に敷かれていた座布団に八雲たち五人が腰を下ろす。八雲は胡坐、達也、深雪、水波は正座。リーナも最初はきちんと正座をしようとしたが、もぞもぞとお尻を動かして結局、目立たぬように足先を少しだけ左右に開いた。

全員が座ると、外から窓が閉められた。弟子が閉めたのか、それとも術によるものなのか、相変わらず達也にも分からない。人の気配も魔法の気配もしなかったから、古めかしい外見に反して機械仕掛けなのかもしれない。

密閉性が高い僧坊内は、真昼にも拘わらず真っ暗になった。ただ、蒸し暑くはない。むしろひんやりと冷気が漂い始めている。今の季節を考えれば奇妙なことだ。風を伴わない空調機器が使われている可能性もゼロではないが、何となく機械で冷却されたものではないように達也たち四人は感じていた。

壁一面に蝋燭の灯が点る。今度は明らかに、八雲の魔法による点火だ。薄明りと共に漂ってきた香油の匂いは、以前達也と深雪が経験したものとは違っていた。結界の構築を補助するものには違いないが、形成された結界は外のものを締め出すのではなく、中のものを閉じ込める性質の魔法的な「場」であるように、達也には感じられた。

するとそこに赤い巫女服・・・今年の冬に凛が来ていたあの服を凛は着て入ってきた。

 

「寺で巫女服とはな」

 

「場所さえあればどこでも良いのよ」

 

達也の問い掛けを凛はサラリと流すと水波の事を見る。

 

「さて・・・始めちゃいましょうか」

 

「水波」

 

「はい」

 

達也に促されて、横一列の右端に座っていた水波が、凛の正面に進み出た。水波が姿勢を落ち着けるのを待って、持っていた長い祓棒を左・右・左に振り、次に護符をもち、水波を視る。

達也たち三人が、息を詰めて水波と凛を見詰める。僧坊を満たす緊迫感。より強く緊張しているのは、水波本人よりむしろ彼女の背中を凝視している深雪たちの方だ。深雪とリーナの額に汗が滲む。達也はポーカーフェイスを保っているが、両手が強く握りしめられている。

無言のまま、およそ五分が経過した。凛の持っていた護符が黒色に焦げ、凛は小さく息を吐き出す。僧坊内の張り詰めた空気が、少しだけ弛んだ。

 

「しばらくは大丈夫。でも初めて見たわ、こんな制御式」

 

凛のしばらくと言う単語に達也達に緊張が走った。

このままで問題ないのか。暫くは大丈夫でもいずれ悪化する可能性が高いのか。この二つでは、必要とされている対応が正反対と言って良いほど異なる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

深雪、リーナ、そして当事者の水波が、凛を無言で見返す。

 

「大丈夫、ちゃんと説明するから」

 

達也と深雪から咎められるような視線を浴びて、凛は苦笑いを浮かべた。

 

「水波ちゃんの魔法技能を抑え込んでいるのは、無害化されたパラサイト。あ、でも付喪神ではないわ。普通のパラサイトの状態ね。それを雁字搦めに封印したパラサイトの意識を奥底に沈めることで、君たちの言う魔法演算領域に蓋をしている」

 

「付喪神ではない方法でパラサイトを無害化・・・?」

 

「達也にもできるさ」

 

そんなことができるのかと言外に疑問を呈した達也に、八雲が「何を言っているんだ」という口調でそれに応じた。

 

「基本的な原理は『封玉』と同じ。外側を固めて自由に動けなくする。水波ちゃんに憑いているパラサイトに使われている術の方が技巧的だけど」

 

「凛、その封印が解ける心配は無いの?」

 

深雪がすがるような口調で問う。

 

「単なる封印ではないから。ようはこのパラサイトは『何もせずそこにいろ。動くな』という命令で縛られている状態ね。妖魔の意思を無視して無理矢理閉じ込める封印と違って、支配従属関係が続く限りは大丈夫」

 

この答えは、深雪が求めるものではなかった。

 

「その関係はどの程度続くの?」

 

不可逆的な変化を引き起こす魔法はあっても、永続的な効果を持つ魔法は存在しない。例えば深雪の『コキュートス』は精神を不可逆的に不活性化するものであって、凍結状態を強制し続けるものではない。

 

「効果が切れそうになったら、術者が掛け直しに来ると思う」

 

「・・・それは、そう長く持たないという意味なの?」

 

恐る恐る深雪が尋ねる。だが凛は深雪の問いかけには答えず、無言で達也を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛からの視線を受けたからではないが、彼が深雪の質問に答える前に、達也が別の問いかけを投げた。

 

「――光宣が水波の許にやって来ると?」

 

「本人はそのつもりでしょうね。封印が解ければ、パラサイトは水波くんを侵食し始める。それを許すなら、最初からこんな手間のかかる術を掛けたりしない。水波ちゃんの意思を無視して仲間にしてしまった方が光宣くんの目的には合っているんじゃない?」

 

「光宣の目的って?」

 

リーナが誰に対してともなく疑問を口にする。それに答える者はいなかった。光宣が「水波の病を治したいだけ」と言っていたことを達也と深雪は知っている。二人とも最初はそれを信じた。だが今では、達也も深雪も光宣の本心は別にあるのではないかと疑っていた。

そして深雪は「水波も本当は同じ思いを懐いているのではないか」と心の奥で恐れ、達也は水波がその気持ちともう一つの想いの中で揺らいでいるのではないかと考え、深雪の考えが現実になったら深雪が傷つくのではないかと恐れていた。

 

「それで、凛がそのパラサイトを取り除くのは出来ないの?」

 

「じゃあこれを見れば良い」

 

凛はそう言うと水波の額に手を当てる。

 

 

 

バチィンッ!!

 

 

 

という音とともに額から高圧の電気が放たれ、凛の手が赤くなっていた。弘樹が水の入った桶を持ってきて、赤くなった手を冷やしながら凛は言った。

 

「こうなる」

 

凛は今の光景を見せると達也達の方を向く。そして凛は説明をした。

 

「その術を埋めた術者じゃないと取り外すときに術を施した側も、施された側も、同じダメージを負ってしまう。この規模の術だとお互いに死んでしまうでしょうね」

 

凛はそういうと、もしもの為に封魔の腕輪を水波につけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲の寺から調布の自宅に戻った達也たちは、リーナも含めて、深刻な顔つきでリビングに勢ぞろいしていた。

 

「あの、今のところは日常生活に支障はありませんし、私のことでお悩みにならなくても・・・」

 

重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、水波がおずおずと切り出す。その言葉を無視して、リーナが達也と深雪に尋ねる。

 

「・・・四葉家に系統外魔法が得意な魔法師はいないの?」

 

「そういう魔法は分家の一つ、津久葉家が得意にしているけど・・・。凛がダメなのだから津久葉家当主の冬歌様やご息女の夕歌さんでも、何とかできるとは思えないわ」

 

深雪が弱々しく首を横に振る。付喪神と言うパラサイトを変質させたものを扱っている時点で恐らく世界で一番パラサイトの扱いに詳しいであろう凛がはっきりと無理と言ったのだ。下手しなくとも自分達にどうこう出来るものではなかった。

彼女の弁に依れば、水波の中にいるパラサイトは封印された状態だという。いや、「パラサイトは水波の中に封印された状態」と言う方がニュアンスとしては正しいだろうか。水波を器にしてパラサイトを封印しており、封印されたパラサイトが蓋となって水波の魔法演算領域の活動を抑えている状態だと説明してくれた。

 

「・・・光宣を探し出して術を解除させるしかないのかしら」

 

深雪もリーナも、遠慮する水波の言い分は聞いていなかった。リーナの質問に対する深雪の回答の後、リーナはそう結論付けた。

 

「やはり、それしかないのかもしれないわね」

 

「でも、どうやって見付けるの?光宣の行方に関する手掛かりは無いんでしょう?」

 

深雪がリーナの言葉に頷いたのを見て、リーナがその問題点を指摘する。彼女は意地悪で水を差しているのではない。逆に水波のことを本気で心配しているから、自分が不安に感じることを口にせずにはいられなかったのである。

 

「逃亡先に関する光宣の選択肢は、余り多くない」

 

「どういうこと?」

 

ここまで無言を貫いていた達也が何を言おうとしているのか理解できず、リーナは頭上に大きな疑問符を浮かべながら尋ねた。深雪も戸惑いを隠せずにいる。無論達也は、この状況で勿体を付けるような真似はしなかった。

 

「どれ程高い魔法技術を有していても、光宣はまだ高校二年生の少年だ。病気がちで入院も多かったあいつには、学校外に人脈を広げる機会もなかった」

 

「しかしお兄様。光宣君は周公瑾の知識を吸収しているのではありませんか?」

 

「そうだ」

 

深雪の反論に頷きつつ、達也は「だからこそ」と続けた。

 

「光宣が選ぶ逃走路は、周公瑾が知っているものに限られると俺は考えている」

 

「具体的には?」

 

リーナは周公瑾のことをよく知らない。当然「周公瑾とはどんな人物で、どのような事情でその知識を光宣が受け継いでいるのか?」という疑問を彼女は懐いていた。だがそれを聞くと込み入った話になりそうだと察したリーナは、ここは時間を浪費している場面ではないと考えて、自分の好奇心を封印して結論だけを達也に求めたのだった。

 

「周公瑾に縁のある土地は極東アジアと北アメリカ」

 

「それ、広すぎない?」

 

呆れ顔のリーナ。それはもっともな指摘だったが、達也に動じた様子はなかった。

達也の反応を見て、リーナはまだ何か良いたげだったが、達也はリーナの都合には付き合わずに話を進める。

 

「極東アジアでつながっていた犯罪シンジケート『無頭竜』は二年前、日本と大亜連合の警察組織が共同して潰した。また亡命ブローカーとして利用していたルートも厳しい摘発を受けて壊滅状態と聞く」

 

「逃走先として東アジアは考えなくても良いということですね?」

 

「そう思う」

 

深雪に向かって達也が頷く。ここで達也が、それまで達也たちに無視される格好になっていた水波に目を向けた。

 

「水波、一つ教えてくれ」

 

「はい、何でしょうか」

 

水波は不満を見せず――実際に、不平も不満も覚えていなかったのだろう――素直に返事をする。

 

「お前が日本から連れ去られた際、光宣にはパラサイトの同行者がいたのではないか」

 

「・・・はい」

 

達也が水波に逃亡中のことを尋ねたのは、これが初めてだ。今までは水波が告白衝動に駆られても、達也も深雪も話を逸らして聞こうと――水波に語らせようとしなかった。

 

「その者の正体を知らないか。名前だけでも良い」

 

「光宣さまは『レイモンド』と呼んでいました」

 

達也の問いかけに、水波は記憶を探る素振りも無く答えを返す。

 

「金髪碧眼の、整っているが何処となく子供っぽい印象がある白人青年ではないか?」

 

「そうです。達也さま、ご存じなのですか?」

 

「お兄様、それって・・・」

 

水波と深雪の疑問には答えず、達也は中断していた説明を再開した。

 

「東アジアが逃亡先の候補から外れる一方で、北アメリカ、特にカリフォルニアは周公瑾のボスである顧傑が半年前まで潜んでいた地域。それに今、水波が話してくれたように北西ハワイ諸島から逃亡した光宣に、アメリカ出身のパラサイトが同行しているのは確実だ。光宣の潜伏場所として最も可能性が高いのはUSNA西海岸だと思う」

 

「それでもまだ広すぎると思うけど・・・どうやって探すつもり?」

 

母国の広さを知るリーナが「本当に見付けられるのか」という不安を隠せぬ声で尋ねる。

 

「俺個人で探すには広すぎるだろう。四葉家の情報網を総動員しても難しいと思う。だが、USNA連邦政府ならどうだ? 国土安全保障省やCIA対テロ・センター辺りなら密入国したパラサイトを見つけ出すのも不可能ではないと思うが」

 

自分の質問に対する達也の答えに、リーナは軽く顔を顰めた。

 

「・・・ついでにFBIの国家保安部まで動かせば難しくないでしょうね」

 

どうやら達也が使った「不可能ではない」という表現が、リーナにとっては控えめすぎる評価だったようだ。

 

「それで?カーティス上院議員に『光宣を探してください』ってお願いするの? それとも私から国防長官の秘書に依頼する方が良いかしら?」

 

リーナの少し投げ遣りなセリフに、達也は薄らと笑った。

 

「ホワイトハウスがせっかく派遣してくれたんだ。早速、一仕事お願いするとしよう」

 

達也が皮肉っぽく口にしたのは、達也に宛てたUSNA大統領府の親書に「アンジェリーナ・シールズ中佐を無償無期限で貸し出す」と書かれたことを指している。

リーナはUSNA軍を辞めて来日した。ある意味これは「平和的亡命」であり、USNAは国家公認戦略級魔法師に逃げられたと言える。しかし面子に懸けて、そんなことを認められるはずがない。そこでUSNAの政府と軍は、受け取った辞表はアンジー・シリウス少佐のものであって、アンジェリーナ・シールズの退役は認めてない、リーナの訪日はアンジー・シリウスの正体である「アンジェリーナ・シールズ中佐」を日本における秘密工作任務に投入した結果だと強弁することにしたのである。

そしてその秘密任務が「無償・無期限の貸与」という体裁を取った「戦略級魔法師・司波達也の監視と懐柔」というわけだ。

無論、達也はそんな裏側の諸事情まで打ち明けられたわけではない。彼がUSNA政府から伝えられているのは「無償・無期限の貸与」の部分だけだ。あとは達也の推測に過ぎない。だが今この場では、彼の推理が当たっていても外れていても、どちらでも良かった。

 

「リーナ、光宣の捜索を連邦政府に依頼してくれ」

 

「ハイハイ。私はアナタに貸し出されているのだものね」

 

メッセンジャー役が務まる人間がここにいるという事実だけで十分だった。

 

「それと言っておくけども、近い内に『アンジェリーナ・シールズ中佐の退役届』もベンに送りつけるつもりだから、メッセンジャーとしても使えなくなるからね」

 

「その時にはすべてが片付いていると願うよ」

 

「達也が希望的観測を口にするなんて、珍しいこともあるわね」

 

「こればっかりは分からないからな」

 

「そんなものなの?まぁ、達也ならその時には別の方法で連邦政府を動かしそうだけどね」

 

達也との会話を切り上げて、リーナはアメリカ東海岸が朝になるのを待って、ペンタゴンのバランス大佐を電話で呼び出した。敢えて特別な暗号は使っていない。通常の――「軍にとっては」という意味で特別ではない暗号を使った通話で、リーナはバランスに光宣の捜索を依頼した。



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中止理由

リーナが東海岸のペンタゴンにいるバランスと電話をしているのを、レイモンドは盗聴していた。

 

「光宣。どうやら連邦政府が動き出すみたいだよ」

 

西海岸はまだ早朝だが、光宣とレイモンドは起きていた。いや、まだ起きていたというべきか。ここ最近は吸血鬼らしく、彼らは朝に眠って夕暮れに目を覚ます生活を続けている。

 

「連邦政府が?連邦軍ではなくて?」

 

二階の窓のカーテンを少しだけ開けて、活動を始めたばかりの街を見ていた光宣がレイモンドの声に振り返る。彼らは意思疎通に声を出す必要は無いのだが、この隠れ家にいるのはパラサイトばかりではない。むしろ人間の魔法師の方が多い。声で会話するよう心掛けている主な理由はその方が二人とも性に合っているからだが、「組織」の人間に無用な猜疑心を持たれない為という面もあった。

二人がいるのはロサンゼルスの港に近い一角。光宣とレイモンドは、魔法師で構成されている某過激派組織の一拠点に匿われていた。

 

「依頼を受けたのは軍だけど、FBIやCIAが出てくるんじゃないかな」

 

「CIAは国外担当じゃなかった?」

 

首を傾げた光宣に、レイモンドは嫌味の無い笑顔で首を横に振った。

 

「テロリスト対策には国外も国内もないよ」

 

「僕たちはテロリストかい?まぁ・・・そう言われても仕方が無いか」

 

ここに来る直前、光宣は連邦軍の基地を一つ、全滅させている。パールアンドハーミーズ基地の壊滅をUSNA軍は達也の仕業だと思い込んでいるが、基地に残っていた将兵を皆殺しにしたのは光宣だ。この事実を振り返れば、テロリストと言われても否定できない。

 

「捜索を依頼したのは達也だ。君の予測より大分早かったね」

 

レイモンドの指摘に光宣が眉を顰める。それは不快感の表明ではなく、予想外の良くない事態を懸念している表情に見えた。

 

「それで、どうする?ここでお世話になってまだ半月だけど、FBIやCIAが相手じゃ、見つかるのも時間の問題だと思うよ。それに、国とは違う奴等も僕たちを探し始めているみたいだし」

 

「僕は日本に戻るよ」

 

光宣の答えにレイモンドが目を丸くする。

 

「危険じゃないか?達也が待ち構えているよ、きっと」

 

「決着を付けなければならないんだ」

 

光宣の目には固い決意が宿っている。テレパシーを使わなくても、翻意させるのは無理だとレイモンドは理解した。

 

「じゃあ、僕も行くよ」

 

レイモンドは説得の代わりに、深刻さの欠片も無い口調でそう告げた。

 

「何を言うんだ!?僕が日本に戻るのはそうする必要があるからだ。予定より随分早いけど、元々いずれは帰国するつもりだった」

 

顔色を変えた光宣がレイモンドの両目を真剣な目付きで覗き込む。

 

「戻るのは僕の事情だ。レイモンド、君まで危険を冒す必要は無い」

 

「その事情って、水波の治療だよね?」

 

レイモンドの軽い口調は変わらない。

 

「言っただろう?僕の望みは、君たち二人の物語を最後まで見届けることだ。その為ならこんな命、惜しくないよ」

 

息を呑む光宣に、そのままの調子でこう付け加えた。光宣はレイモンドの説得を諦め、自己責任ならと自分を納得させてレイモンドの同行を許可したのだった。

 

「ゴホッゴホッ!」

 

「大丈夫かい。光宣?」

 

「ああ、大丈夫」

 

光宣はそう言うが内心疑問に思っていた。

 

「(どう言うことだ?体調は治ったと言うのに・・・)」

 

光宣の疑問の答えは返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月十日、USNA国防長官付き秘書官ジェフリー・ジェームズと面会した翌日。水波の件は光宣の捜索をUSNA当局に依頼し、当面は待つことしかできない。昨日の今日で巳焼島に戻るのも慌ただし過ぎると考えた達也は、四葉家東京本部を兼ねるマンションビルの、地下に設けられた研究室で魔法保存用レリックの工業的な製法確立に取り組んでいた。最上階の部屋にいる深雪から内線電話がかかってきたのは作業を始めてから約三時間が経過した、午前十一時前のことだった。

 

『たった今、ほのかから電話がありました』

 

達也が用件を尋ねると、深雪はそう切り出した。深雪の表情を見る限り、その電話は悪い報せではないようだ。

 

『国防軍がモノリス・コードの交流戦に力を貸してくださるそうです』

 

確かに良いニュースだったが、少々意外だった。随分露骨な真似をする。達也はそう感じて顔を顰めそうになる。国防軍がいきなり態度を変えたのは、達也がUSNA政府の高官と接触したのを知ったからだろう。彼がアメリカに寝返るのを恐れているのだろうか。馬鹿馬鹿しい、と達也は思った。少し甘い言葉を囁かれただけで簡単に陣営を変えると思われているなら不快だし、この程度のことで歓心を買えると国防軍が考えているのだとすれば、もっと不愉快だった。

 

「良いニュースじゃないか。今から準備を始められるのなら、月末には間に合いそうだな」

 

しかしそんな思いはおくびにも出さず、達也はこの話題に相応しい笑顔をカメラに向けて相槌を打った。

 

『はい。それで私も、準備のお手伝いに行きたいのですが』

 

「登校するのか?」

 

『はい。いけませんでしょうか・・・?』

 

「もちろん構わない。すぐに出るのか?」

 

画面の中の深雪は制服に着替えていた。

 

『そのつもりです』

 

「分かった。すぐ部屋に戻る」

 

達也は当然、深雪に同行するつもりだった。彼がそのつもりでそう言ったのを、深雪はその場で理解し、寂しそうに首を振った。

何故深雪が寂しそうな表情を浮かべたのか、その答えはその後の彼女のセリフで十分理解出来た。

 

『いえ、学校にはリーナについてきてもらいますので・・・。達也様はまだ、余り外を出歩かない方がよろしいかと』

 

「・・・そうか」

 

深雪の発言は道理だった。巳焼島防衛から今日でまだ六日。彼が不用意に街へ出れば、遠慮という言葉をどこかに置き忘れた自称ジャーナリストに付き纏われるのが目に見えている。

 

『個型電車ではなく車で学校まで送ってもらいますので、弘樹さんもいますのでご心配をお掛けするようなことは無いと思います』

 

「そうだな。そうしなさい」

 

このビルは四葉家の東京本部。達也がハンドルを握らなくても、ここには深雪の為の運転手が常に待機している。

 

『はい。暗くなる前に戻りますので』

 

「帰りも必ず迎えを呼ぶように」

 

『かしこまりました。それでは、行ってまいります』

 

達也があの宣言――自分には国家を相手取って戦う力があるというメッセージ――を世界に向けて放った日から、一週間も経っていない。今の状況で登校するのは彼自身の為にならないというより周りが迷惑するだろう。同行を避けるべきと言うのは合理的な判断で、深雪に忌避されたのでないことは分かっている。

頭では理解しているのだが、達也はどことなく寂しげな気分を味わい、それを思考から追いやるようにレリックの製法確立の為の研究に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の代わりに深雪に同行しているリーナが、一高に向かう車の中で深雪に質問する。

 

「ねぇ、深雪。私、詳しい事情を知らないんだけど、そもそも何が中止になって何の開催が決まったの?」

 

リーナが再来日したのは六月の下旬だ。その時にはもう、九校戦の中止は決まっていた。前回彼女が日本に留学していたのは一月から三月。リーナは九校戦という行事自体を知らない。事情が分からないのは当然と言える。

 

「中止になったのは『九校戦』、正式名称を『全国魔法科高校親善魔法競技大会』という、第一から第九まである魔法大学付属高校がスポーツ系の魔法競技で競い合うイベントよ。毎年今の時期に開催されていたのだけど、今年は中止になったの」

 

「何で?」

 

「五月の頭に中央アジアの大亜連合軍基地が武装ゲリラに襲われた事件を、リーナは覚えているかしら」

 

「ニジェール・デルタ解放軍が犯行声明を出したヤツでしょ?覚えてる」

 

リーナは元軍人だけあって、その事件をしっかり記憶していた。

 

「その襲撃に使われた魔法『能動空中機雷』は、達也様が開発して一昨年の九校戦で初披露した魔法なの」

 

「へぇ、そうなんだ。それで?」

 

リーナに驚きは無い。達也なら戦術級魔法の一つや二つ、新たに開発することなど朝飯前だと彼女は知っている」

 

「武装ゲリラに利用されるような危険な魔法技術を拡散する大会は危険だから止めるべきだ、という声が上がってね。大規模魔法による非人道的大量殺傷が声高に非難されていた時期だったから、世論の反発を恐れて今年の九校戦は中止になったのよ」

 

「何それ?酷い言い掛かりじゃない!人が死んだのは魔法を使ったヤツの責任、ううん、魔法の使用を命じたヤツの責任で、達也には何の責任もないでしょう。そもそもあの件で死亡、負傷したのは全員大亜連合の軍人だったと聞いているわよ。ゲリラの肩を持つわけじゃないけど、一般人の犠牲と同列に扱うのはおかしいわよ」

 

リーナが自分のことのように憤る。いや、「ように」ではなく、戦略級魔法師である彼女にとっては、実感として他人事ではないのだろう。

 

「リーナの言う通りだと思うけど、世論は感情だから」

 

理屈通りにはいかない、という言葉を深雪は呑み込んだ。リーナには、口にされなかったその言葉が聞こえていた。

 

「・・・それで、中止になった九校戦の代わりに九校間でモノリス・コードの交流戦を行おうという話が持ち上がってね。色んな所に協力をお願いしていたのだけど、上手く行っていなかったのよ。――昨日までは」

 

最後の一言は、皮肉げな口調だった。それが深雪の内心を雄弁に物語っている。国防軍の掌返しは、深雪にとっても不愉快でないはずはなかった。

 

「今朝急に風向きが変わったということ? ねぇ、それって・・・」

 

「ええ、多分そういうことでしょうね」

 

中途半端なところでセリフが終わっていたにも拘わらず、深雪はリーナに向かって頷いた。その目を見て、リーナは深雪が自分と同じ考えであると覚る。二人は「国防軍の態度が変わったのは、達也とUSNA国防長官付き秘書ジェフリー・ジェームズの面会が影響しているに違いない」という推論を共有していた。

 

「ま、まぁ・・・事情はどうあれ協力してくれるんだから良いんじゃない?凛も今頃張り切っているだろうし」

 

「・・・そうね。弘樹さんも頑張っているでしょうし。私も努力しなければいけませんね」

 

深雪の機嫌は何とか上向き、リーナは見えない角度を向くとホッとした。

 

夏休みの、しかも土曜日であるにも拘わらず、一高の校内は大勢の生徒でにぎわっていた。中止になった九校戦の代わりに交流戦の開催が決定したというニュースが、この短時間で広く伝わっているということだろう。生徒たちはそれだけ九校戦の中止を残念に思っており、モノリス・コードだけでも復活したと知って居ても立ってもいられなくなったのだ。

そんな状態だから、深雪とリーナが高級セダンで登校した姿を目撃した生徒は少なくなかった。そして誰も、奇異の目を向けなかった。深雪が何者なのか知らない一高生は、今やいない。彼女に向けられる視線の中にあるのは恐怖――ではなく憧憬と称賛、そして崇拝。

 

「深雪お姉様!あぁ、お会いしとうございました」

 

・・・彼女ほど熱烈で直球の想いは稀だが。

 

「先日は素晴らしいご活躍だったとうかがっております!ですが、お怪我はありませんでしたか?ご無理をなさってはいませんでしょうか?」

 

「泉美ちゃん、少し落ち着いて。私は怪我もしていないし無理もしていないわ」

 

深雪ももう、慣れたもの。今では泉美の態度に顔の一部を引きつらせるようなこともない。――反射的に少し引いてしまうのは、どうしようもなかったが。

 

「泉美、いきなり抱き着いたりするから会長が引い・・・驚いてるだろ」

 

エキサイトする泉美を、双子の姉である香澄がたしなめる。

 

「くっ・・・か、香澄ちゃん、苦しい!苦しいですよ!」

 

「良いから離れる」

 

香澄に後ろから襟を引っ張られて、泉美は渋々深雪から手を離した。

 

「深雪先輩もモノリス・コードの件でいらっしゃったのですか?」

 

だが離れようとはしない。今の泉美は、久しぶりに会えた飼い主に、一所懸命尻尾を振ってじゃれつく子犬のようだった。

 

「私もお手伝いできればと思って」

 

節度さえ守られていれば、深雪も慕われて悪い気はしないのだろう。深雪は微笑まし気な表情を向けて泉美に答えた。

 

「ほのかは生徒会室?」

 

「いえ、光井先輩は部活連本部にいらっしゃいます」

 

「ありがとう。リーナ、行くわよ」

 

深雪は放置状態になっていたリーナに声をかけて部活連本部がある部室棟へ向かう。

 

「ご一緒します」

 

その横に泉美がぴったりとついて行く。一歩下がった距離感を保ちながら、リーナが「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦めた。彼女がふと隣を見ると、香澄が歩きながら同じような仕草をしている。リーナと香澄の間に、友情に似た共感が生まれた。



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一高への登校

深雪が部活連本部に着いた時、ほのかはちょうどそこを離れようとしていた。ぎりぎりで行き違いにならずに済んだ格好だ。

 

「深雪!?お家の方はもう良いの?」

 

「ええ。元々、私がしなければならない仕事なんてほとんど無いのよ」

 

「そうなの?凄く忙しいんだと思ってた」

 

ほのかの言葉に、深雪は注意して見なければ分からない程度の微かな苦笑いと共に答え、意外そうにほのかが返した。

 

「達也様はお忙しくていらっしゃるわ。そうとは仰らないけど、多分私の分まで」

 

「そうなんだ・・・」

 

ほのかが落胆の呟きを漏らした。その気持ちは深雪にもよく理解できた。達也が忙しいのは事実。一緒にいられる時間が減って、深雪も本当は寂しさを覚えている。

 

だが今日一緒に登校すると達也が言ってくれたのを、止めたのは深雪だ。彼女はその罪悪感を、話題を変えることで誤魔化した。

 

「それよりほのか、交流戦を開催できる目途が立ったのでしょう?良かったわね」

 

「うん、それはそうなんだけど・・・」

 

ほのかの奥歯に物が挟まっているような言い方に、深雪が首を傾げる。 

 

「何だか、いきなりだった」

 

そこへほのかの背後から歩み寄った雫が口を挿んだ。雫がここにいるのは何ら不思議ではない。彼女は自他共に認めるモノリス・コードのフリークだ。交流戦の準備に関わろうとしないはずはなかった。

 

「いきなりって?」

 

今度は深雪の背後にいたリーナが進み出て尋ねる。多分、リーナは会話に参加する機会を窺っていたのだろう。

 

「達也さんにアドバイスしてもらってすぐに、五十嵐くんがOBの伝手をたどって陸軍の広報部にお願いしてみたんだけど。彼、感触が良くないって昨日までずっとぼやいていたの」 

 

「それが今朝、急に向こうから連絡があった」

 

「国防軍から?」

 

ほのかのセリフを受けた雫の言葉に、裏の事情に心当たりがあることを隠しながら、深雪が問いを返す。

 

「うん、そう」

 

「モノリス・コード交流戦を、例年の九校戦と同じレベルで後援したい、って」

 

雫が頷き、ほのかが詳しい内容を捕捉する。

 

「五十嵐君がそう言ったの?」

 

深雪は敢えて、疑う様なセリフを口にする。

 

「電話がかかってきた時、私もその場にいたから間違いないよ。びっくりしちゃった」

 

「そうでしょうね」

 

ほのかがその時を再現するように目を丸くして見せて、相槌を打ち深雪の袖をリーナがクイッ、クイッと引っ張る。

 

「ねぇ、それって・・・」

 

小声で囁きかけるリーナを、それに続く「やっぱり」というセリフを、深雪は目で止めた。 

 

「深雪先輩、リーナ先輩、お昼はまだですよね?詳しいお話はお食事をしながらにしませんか」

 

「そうね」

 

「では食堂に参りましょう」

 

泉美の気遣いに深雪が即、頷く。 

 

「営業してるの?」

 

「いつもに比べてメニューは少ないですけど、営業していますよ」

 

リーナが深雪に釘付けの泉美ではなく香澄に尋ね、突然話しかけられたにも拘わらず、香澄はすぐに答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂には夏休みにも拘わらず大勢の生徒がいた。しかし正午過ぎの時刻と、校内を行き来する人影の多さを考えれば驚くには値しないかもしれない。深雪が入学してからもうすぐ二年半だ。一高生は、いい加減に慣れるべきだろう。

 しかし今日も生徒たちは、深雪の姿が目に入った瞬間、息を止め見入ってしまう。否、魅入られてしまう。そして彼女の背後にリーナを認めて、同等で対照的な美に感嘆の息を吐くのだった。

 慣れたのは深雪、そしてリーナの方である。降り注ぐ視線を自然に無視して自動機が調理した昼食のトレーを配膳台で受け取り、学食の中央やや奥寄りのテーブルに移動する。そのテーブルでは男子生徒の一団が、丁度トレーを持って立ち上がったところだった。その内の特に体格の良い男子が、振り返った直後に「おやっ?」とばかり表情を動かす。

 

「深雪さん」

 

「西城君」

 

深雪とレオが相手の名を口にしたのは同時だった。

 

「もしかして西城君も交流戦のお手伝いを?」

 

「俺も、ってことは・・・いや、深雪さんは生徒会長だもんな、当然か」

 

レオは独りで納得した後、

 

「幹比古とエリカも来てるぜ」

 

「エリカも?」

 

「あいつにも一応、愛校心があるのかね?」

 

深雪が「フフッ」と上品な笑みを漏らす。彼女はそれ以上言わなかったが。

 

「そんなこと言って。エリカに言い付けちゃおうかしら」

 

「おいおいリーナ、そりゃねぇだろ」

 

横からツッコんできたリーナに、レオが気安い調子で返す。一年以上のブランクがあるにも拘わらず、リーナは達也の友人たちの間で既に「仲間」として受け容れられていた。

 

「昨日からずっと忙しいさ。なんせ昨日は凛が退院してここに来て、今日は九校戦の代理会の準備で大忙し。正直凛がいなかったらもっと混乱してただろうな」

 

そう言うとレオはトレーを片付けに行った。

 

「じゃあ、また後でな。深雪さんも準備会議に出てくれるんだろ」

 

「ええ、そのつもり」

 

「またね」

 

深雪が小さく微笑み、リーナが軽く手を振る。デレっと笑み崩れたのは、レオではなく彼の同行者だった。席に着いたリーナが去っていくレオたちの背中を見ながら「準備会議って?」と相手を定めずに尋ねる。

 

「今日の議題は選手の選考です」

 

答えを返したのは泉美だった。他の四人がリーナを無視したのでは無論なく、彼女が一番早く反応しただけだ。

 

「まだ決まっていなかったのね」

 

深雪の呟きは理由を尋ねるものではなく独り言だった。

 

「本当に開催できるかどうか、分からなかったから」

 

しかしそれを質問と解釈したのか、ほのかが隣からそう返す。なお座席の位置関係は通路側から片方のサイドに泉美、深雪、ほのか、もう片方が香澄、リーナ、雫という順番だ。

 

「セレクションを後回しにしていたの?」

 

リーナの声には批判的なニュアンスがあった。

 

「仮メンバーで練習は進めていた」

 

それを「練習しなくても良いのか」と解釈したのか、雫がそう反論する。

 

「そのメンバーで良いんじゃない?」

 

「モノリス・コードは一チーム三人。練習には二チーム以上必要」

 

「あぁ、それもそうね。じゃあその中からレギュラーを決めるのね」

 

リーナの推測は自然なものだが、ほのかは首を縦に振らなかった。

 

「そうと決まっているわけじゃないよ。色んな事情で練習に参加できなかった生徒もいるし」

 

リーナに向けられているほのかの視線が、チラチラと深雪の方へ揺れる。その視線の意味を推理するのは、リーナでなくても容易だっただろう。

 

「達也とか?」

 

「残念だけど、お兄様は無理よ。お忙しいもの」

 

深雪がほのかのチラ見に、少し寂しそうに応えた。もしかしたら、という期待を明確に否定されて、ほのかが肩を落とす。

 

「そっかぁ・・・そうだよね」

 

「第一、他校の生徒が嫌がると思うわ」

 

「そうだね」

 

「私もそう思います」

 

深雪の冷静な――おそらく個人的感情とは正反対の――指摘に、雫と香澄が続けて同意を示した。

 

「仕方が無いですよ、深雪先輩。司波先輩は今や、世界最強の魔法師の一人。高校生の競技会に出場するには、司波先輩のお名前は大きくなりすぎました」

 

泉美にとって達也を褒めるような真似は、本来極めて不本意だ。しかしこの場合は深雪の心を慰める方が、泉美にとっては優先された。

 

「分かっているわ。泉美ちゃん、ありがとう」

 

「はうっ!もったいないお言葉です・・・」

 

自分の世界に浸っている泉美の邪魔をする無粋な人間はいなかった。彼女のことは深雪に任せて、リーナはほのかと雫に交流戦の詳細を尋ねる。

 

「深雪から一応聞いてるけど、九校戦が中止になって今回の交流戦が代案として認められたのよね?」

 

「そうだよ」

 

「もし普通に九校戦が行われていたら、達也も参加していたの?」

 

「達也さんは選手としてではなくエンジニアや作戦参謀として参加してたと思う」

 

「どうして?選手としてでも十分に活躍できると思うんだけど」

 

「達也さんにはエンジニアとして担当した選手が事実上無敗という記録があるから、そっちを期待する人が多いと思う」

 

「何それ?」

 

協議会の詳細ではなく去年の九校戦の話題に代わり、選手として参加していた香澄も会話に加わった。リーナに達也の記録を説明している時の三人の顔は、何故か自分のことのように誇らしげに思えたのだった。

そして昼食メニューを選び、席を探していると深雪はある二人を見つけると一目散にその二人の座る席へと向かった。

 

「お久しぶりです。弘樹さん」

 

「ああ、深雪。と言っても二日ぶりだと思うけど・・・」

 

「私には二日でも長いですよ」

 

そう言うと深雪は弘樹に甘えていた。泉美は自分には負けない雰囲気に悔しがっていたが、深雪と弘樹の関係を考えると妥当とも言えた。

 

「神木会頭も退院二日目だと言うのによく食べますね・・・」

 

香澄はそう言って大盛りのカツカレーを綺麗に完食した皿を見ながらそう呟く。

 

「当然よ。今まで食べられなかった分食べたいのよ」

 

「姉さん。少しは抑えたらどうです?」

 

「欲望のままに生きるのが私のモットーよ」

 

そう言うと凛は制服のポケットからお菓子の入った袋を出すとカツカレーを食べた後にクッキーを食べ始めていた。

 

「しかし、昨日登校した時の五十嵐くんの反応は面白かったわね〜」

 

凛は徐にそう話し始めると泉美達も昨日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月九日、一高の部活連本部に一人の生徒が扉を開けて入ってきた。

代理として電話に出ていた五十嵐はその生徒を見て固まっていた。そして五十嵐は電話を切ると心底驚いた様子だった。

 

「か、かかか会頭!!!」

 

「よっ、頑張ってるって聞いたよ」

 

凛がそう言うと五十嵐はいきなり凛が来たことにあたふたし始め混乱していた。

 

「おーおー。一旦落ち着こうか」

 

「は、はい!!」

 

凛はそう言って五十嵐を落ち着かせるとちょうどそこにほのかが入って来た。

 

「五十嵐さん電話どうでした・・・って凛!?」

 

「よっ、久しぶりねほのか」

 

「い、いつ戻ったの!?」

 

「昨日。退院も済ませて来た」

 

そう言うと凛は今度は生徒会本部や風紀委員会本部を周り、戻ったことを伝えた。前々から話を聞いた幹比古は納得をし、エリカもいきなり学校に来た事に文句を言っていた。

 

「どうせなら事前に言ってよ。退院祝いくらいしたいじゃない」

 

「いやー、どうせなら脅かそうって思ってね」

 

そう言い、その日はとりあえず挨拶だけ済ませると凛は帰って行った。



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サクリファイス編
選考会議


深雪たち六人が部活連本部に戻ったのは、モノリス・コード交流戦の選手選考会議が始まろうとしているタイミングだった。進行役は五十嵐。記録係として生徒会書記の三矢詩奈が五十嵐の隣の席に着いている。会議のメンバーの中には幹比古、レオ、そして意外な参加者としてレオが言った通り、エリカの姿もあった。深雪の視線に気付いたエリカが、軽く手を振って返す。

 

「司波会長、態々すみません」

 

深雪の姿を見て、五十嵐はすっかり恐縮していた。

 

「生徒会長として無関心ではいられませんので。どうぞ、私に構わず始めてください」

 

「は、はい。そうですね」

 

深雪に促される格好で、五十嵐が会議の始まりを告げた。

 

「具体的な議論を始める前に、一つお報せしておくことがあります」

 

開会を宣言した後、議長の五十嵐から発言があった。

 

「先程他校の代表と協議した結果、今回の交流戦では、十師族血縁者は出場を辞退してもらうことになりました」

 

ざわめきが起こる。だがそれは、すぐに収まった。特に質問や反発は無い。参加者全員が、「仕方が無いな」という顔で納得した。

 

「では候補者を上げてください」

 

立候補は募らない。今回は他薦のみと、事前に決まっている。手はすぐに上がった。仮チームとはいえ既に何度も練習を重ねて、候補はある程度絞られている。

真っ先に名前が挙がったのは、去年も選手として出場した幹比古。次に進行役をしている五十嵐が推薦される。気弱なところはあるが、彼の実力は一高の誰もが認めている。ただ先輩や同級生にもっと凄い生徒がいる所為で、これまで表立って活躍する機会が無かっただけだ。

次に名前が挙がったのは森崎だった。入学してしばらくは勘違いと空回りが目立っていたが、一年生の夏休み明け頃から虚勢を張る悪癖が影を潜め、それと共にテクニカルな魔法運用という本来の長所を発揮し始めた。今ではキャパシティや干渉力で劣っていてもテクニックでそれを補って余りある結果を出す、一高有数の技巧派魔法師という評価を勝ち取っていた。――その評価を、本人が良しとしているかどうかは別にして。

 

「五十嵐、一言良いか」

 

推薦とそれを支持する声を受けた森崎が手を上げて立ち上がった。

 

「推薦してもらったのは嬉しいが、俺は一高の代表に相応しくない」

 

そんなことは無い、という声が上がる。だが森崎は退かなかった。

 

「自分の実力はよく分かっている。俺では力不足だ」

 

「誰か他に推薦したい生徒がいるのか?」

 

五十嵐の問いかけに、森崎は迷わなかった。

 

「俺より西城の方が相応しいと思う」

 

「オレっ!?」

 

レオが自分を指して調子外れな声を出した。二人は入学早々もめ事を起こした間柄だが、今はもうレオと森崎の間に確執は無い。だからと言って、森崎の口から自分の名前が選手候補として出てくるなど、レオにしてみれば思いも寄らぬことだった。

 

「西城は実績もある。吉田との連携にも慣れている。俺が出るより、好結果を残せると思う」

 

「いや、ちょっと待ってくれよ。硬化魔法以外まともに使えないオレは、モノリス・コードのルールじゃ本来満足に戦えねぇよ。それだったら経験のある弘樹の方が・・・」

 

レオは謙遜ではなく、本心から辞退を申し出た。しかし弘樹は納得しなかった。彼もまた、レオが選手に相応しいと真剣に考えているのだ。

 

「それでも、僕より西城の方が相応しいと思う」

 

レオと弘樹、どちらも譲る気配は無い。ここで五十嵐が口を挿んだ。

 

「西城君、弘樹君の意思は固いようだ。君の言うことも分かるけど、そこを曲げて出場してもらえないかな」

 

「レオ、君の得手不得手は良く知っている。その上で君には代表選手として活躍してくれる実力があると私も考えているよ。この場に集まっている者は皆、きっと同じ意見だ」

 

これは剣道部部長、相津のセリフ。どうやら彼も、レオの出場に賛成らしい。

 

「いや、待ってくれ。別に出るのが嫌だってわけじゃないが、魔法の向き、不向きを度外視して良いんなら、俺より適任がいるだろ」

 

「西城君は誰を推薦するの?」

 

五十嵐の問いかけに、レオは迷う素振りも無く答えを返す。

 

「エリカだ」

 

「へっ!?あたし!?」

 

エリカの驚きようは、先程のレオを超えていた。まさに「鳩が豆鉄砲を喰らった」ようだった。

 

「認めるのも癪だが、エリカは俺よりもずっと戦い慣れている。遠隔攻撃ができない俺と違って、無系統の斬撃を飛ばす技もある。本当に癪だが、俺より間違いなく戦力になるだろうぜ」

 

二度も「癪だ」を繰り返す辺り、レオは正真正銘の本気だ。

 

「でも女の子だよ」

 

「女子じゃまずいのか?」

 

五十嵐の常識的な反論に、レオが反問する。

 

「まずいのかって・・・」

 

まさかそんな問いかけが返ってくるとは、五十嵐は予想していなかったのだろう。五十嵐が立ち往生している間に、レオが言葉を重ねる。

 

「モノリス・コードは直接接触禁止の競技だ。女子が出場しても変じゃねぇよ。出場資格を男子に限っているのは、九校戦のルールだろ?」

 

「そうだね。大学では女子の試合も行われている」

 

「確かに。ステイツでは男女混合戦も見かけるわ」

 

レオの指摘に、雫とリーナが根拠を添えた。なおリーナが言っている「ステイツでは」というのは「アメリカ軍の訓練では」なのだが、それはこの場で説明する必要の無いことだった。

 

「五十嵐君、ちょっと良いかな」

 

幹比古が行儀良く、手を上げる。

 

「どうぞ」

 

「九校戦にはちゃんと女子の競技がある。女子にも出場機会があるけど、今回の交流戦では時間の不足もあってモノリス・コードしか準備できなかった」

 

五十嵐に促されて、幹比古が議論に参加する。

 

「中止になった九校戦の代わりの交流戦なのに、従来のルール通りでは女子を締め出すことになってしまう。善人ぶるわけじゃないけど、僕はそれが気になっていた」

 

幹比古の言葉に頷く参加者たち。会議に参加している女子だけではなく、男子生徒の間にも同様の仕草を見せる者は多かった。

 

「僕たち生徒自身が企画する交流行事に女子が参加する機会を確保するという意味でも、エリカの出場は良いことだと思う」

 

幹比古の指摘に、場の雰囲気が変わる。賛成、という声が幾つも上がった。

 

「・・・千葉さん、どうかな?西城君が言ったように肉体的な接触は禁止されているけど、モノリス・コードは怪我も多い競技だ。九校戦で女子の種目に無かったのも、そこが考慮されていたんだと思う」

 

五十嵐に問われたエリカが、立ち上がって一同をグルリと一度、見回した。

 

「あたしとしては、白兵戦禁止ルールの方が気に入らないんだけど」

 

そう言って、エリカは不敵な笑みを浮かべる。

 

「じゃあ?」

 

「エントリーしても良いわよ。他の四人と一緒にね」

 

「他の四人?」

 

「吉田くん」

 

エリカは幹比古のことを「ミキ」ではなく苗字で呼んだ。

 

「五十嵐くん、森崎くん、そしてそこのバカ」

 

「おい、テメェ!何だそりゃあ!」

 

打てば響くタイミングでレオが噛み付く。本人たちは気を悪くするだろうが、まるで十年以上組んでいるコメディアンコンビのようだった。

 

「あっ、ゴメン。バカじゃなくて野獣だった」

 

「それでフォローしたつもりか!」

 

「怪我が多いんでしょ?だったら交代要員は必要よね」

 

「無視すんな!聞けよ!」

 

「ええと・・・」

 

「五十嵐君、私も発言して良い?」

 

エリカとレオを交互に見ながら冷や汗を流す五十嵐は、深雪の言葉に「地獄に仏」と言わんばかりの表情で飛びついた。

 

「はい、会長!」

 

「エリカの言う通り、メンバーを出場定員の三人に限る必要は無いと思います。レギュラーと補欠ではなく、試合ごとに入れ替え可能な選手を選ぶという方式で良いのではないかしら」

 

「はい、そうですね・・・会頭のノートにもその様なことが書かれていますね・・・。会頭、ルールはこのノートに書いてあるのを使ってもよろしいですか?」

 

「あったりめえだろ。なんのために私がルール作ったと思ってんだ」

 

「は、はい!失礼しました!」

 

五十嵐は完全に凛の雰囲気に圧倒されていた。いつもの光景だと全員が逆に安堵していると五十嵐の役目を凛が務め始めた。

 

「今回の交流会に至ってモノリス・コードしか競技しか準備ができない以上、女生徒も参加させたいと思っている他校から女子参加の同意は取りやすいと思われます」

 

「そうね」

 

凛は深雪の提案を早速会議に掛けた。採決の結果、全会一致。エリカのモノリス・コード出場は、他校と調整した上で最終的に決定することに決まる。

 

「あっ、言い忘れていたけど」

 

ここであっさり終わらないのもエリカらしさか。

 

「あたし、道具にはうるさいから。弘法筆を選ばずって言うけど、あたしはお大師様じゃないから我が儘言わせてもらうわよ」

 

「あら。エリカ、それって一説によれば、弘法大師程の方になると持っている筆は全て一級品ばかりだから敢えて選ぶ必要は無かったのだそうよ」

 

「あっ、そうなの? じゃあ生徒会長のお墨付きってことで」

 

「ご心配には及びません」

 

エリカの挑発的なセリフに応えて、一人の小柄な男子生徒が立ち上がった。プラチナの髪、銀の目をしたその所為とのことをエリカは知っていた。

 

「千葉先輩のデバイスは僕たちが責任を持って仕上げます!」

 

隅守健人。去年の九校戦で達也のアシスタントを務めた二年生だ。

 

「そっ、期待してるわ」

 

今度こそエリカは、満足げに笑った。

 

「さて、一高の女生徒の参加が認められたところで、この提案がが可決されるものとして考えまして。次にルールに関してです。女生徒が参加する場合、モノリス・コードでは体格差のある女生徒の安全のため、魔法大学で採用されている、対物シールドを組み込んだプロテクターの装備を義務付け・・・」

 

凛が完全に五十嵐の役目を奪っている事にエリカや深雪は笑っていた。

 

「あらあら、五十嵐くん。完全にお役御免ね」

 

「ま、いつも通りの光景と思えば。いいんじゃない?」

 

「なんだか日常が少し戻ってきた気がするわね」

 

エリカと深雪はそう話すとお互いに少し笑ってしまった。

このあとは各校で必要な経費の計算とその分担などに関して話し合いが行われた。



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2つの出頭命令

一高で交流戦選手選考会議が始まった頃、達也は電話がかかってきたことを留守番の水波に告げられた。

 

「何処からだ」

 

『魔法協会関東支部の百目鬼部長様からです』

 

「つないでくれ」

 

内線ヴィジホンで申し訳なさそうな顔をしている水波に、達也は内心面倒だという思いしか生まれなかったが、そう命じた。

 

『かしこまりました』

 

その声と共に五十過ぎの痩せた男性がモニター画面に登場した。

 

『司波達也君だね?私は魔法協会関東支部の百目鬼だ』

 

「司波です。それで、ご用件は」

 

百目鬼の横柄な態度に、達也は冷静に応える。以前の達也であればこういう相手に対しても、波風を立てないよう丁寧に対応しただろう。だが今や、彼の立場は変わった。既に彼の力や知識、名前を利用しようと様々な人間が近づいてきている。達也は百目鬼に誤解を与えないよう、あえてぶっきらぼうな口調で問い返した。

その対応に百目鬼は不快感を表情に上らせた。どうやら、分かり易い人間のようだ。

 

『君が東京に戻ってきていると聞いてね。我々協会は、君に直接訊ねたいことがある』

 

「そうですか。分かりました、ご質問をどうぞ」

 

『直接と言っただろう。明後日、関東支部に出頭してもらいたい』

 

達也の応えに、百目鬼は目に見えて苛立つ。それでも、ここで怒鳴り出さないだけの分別はあるようだ。相変わらず横柄な口調で、百目鬼は達也に自分たちの所へ来るよう命じた。

 

「ですから、電話で直接お答えします。無論『答えられる範囲で』ですが」

 

『出頭を拒否するつもりか!?魔法師は例外なく協会所属なのだぞ』

 

「知っています。この国の法律では、本人の意思に関わりなく魔法師のライセンスを取得した者は日本魔法協会の所属となる。この規定はライセンス取得前の魔法大学付属高校生徒にも適用される」

 

『その通りだ。そして協会に所属する魔法師ならば、出頭命令に従う義務がある!』

 

「日本魔法協会に、魔法師だからと言うだけで無条件に出頭を命じる権限はありません」

 

『なに?』

 

達也の棒読み口調の回答に鼻を鳴らしていた百目鬼だったが、達也の反論に虚を突かれた顔で絶句する。

 

「出向けと強制したいのなら、手順を踏んでください」

 

その隙に達也は正論を叩きつけた。ちょうどその時、モニター画面の端に内線着信のサインが表示される。

 

「失礼します」

 

『おい、待ちたまえ!』

 

『お電話中、失礼します』

 

達也が応答するより早く、水波が画面の中から話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

『本家の葉山様からお電話が入っております。如何致しましょう?』

 

「少しだけ待ってもらえ。今受けている電話はすぐに終わらせる」

 

『かしこまりました』

 

達也はヴィジホンを魔法協会との通話に戻した。

 

「お待たせしました」

 

『おい、君。ちょっと有名になったからと言って――』

 

「出頭の件は改めて。他のご用件は無いようなので、失礼します」

 

『待てと言うのだ!話は――』

 

達也は魔法協会との通信を切り、保留中だった内線電話に切り替えた。

 

「水波、繋いでくれ」

 

『はい、ただいま』

 

『達也様、お電話中に失礼致します』

 

葉山は魔法協会の百目鬼とは対照的に、敬意を伴う丁寧な口調で達也に話しかけ、お座なりではない会釈を見せた。

 

「いえ、問題ありません。もう終わりましたので」

 

『どちらからのお電話か、うかがっても?』

 

「魔法協会からです。聞きたいことがあるから協会に出頭しろという話でした」

 

『ほう・・・。魔法協会が、四葉家直系の達也様に出頭を命じたのですか。相手は十三束会長ですか?』

 

「いえ、百目鬼支部長です」

 

『関東支部が・・・。それで達也様は何とお返事を?』

 

「お断りしました。今の私の立場では腰が軽いと見られるのもあまり好ましくありませんので」

 

『良いご判断かと存じます』

 

葉山が小さく、ただ恭しく頭を下げる。

 

「それで葉山さんのご用件は何でしょうか」

 

『おお、これは失礼しました。実は師族会議で達也様からお話をうかがいたいという意見が出ているようでして。会議にご出席いただけないか、達也様のご意向をうかがうよう奥様より申し付けられましてございます』

 

「母上が出るべきだというご判断でしたら、当然出席します」

 

『それでは明日の午前十一時より開催されます、臨時師族会議にご出席願います。場所は金沢の加賀大門ホテルです』

 

「明日の十一時ですね。了解です」

 

あいにくと達也は『加賀大門ホテル』という名のホテルの存在を知らなかったが、所在地が金沢なら空を飛んでいけば二時間もかからない。別にエアカーやフリードスーツを使う必要は無い。達也の専属執事になっている花菱兵庫にヘリコプターを操縦させれば良い。

まさか今時、ホテルにヘリポートが無いということはないだろうが、もしもの場合は魔法で降下すればいいだけだ。達也は頭の中でそう計算して、葉山の言葉に頷いた。

葉山との通信を終えたところで、もう一度内線着信が表示される。

 

『達也様、関東支部の百目鬼様からお電話が・・・』

 

「こちらは既に返答したのでお断りしろ。しっかりとした手順を踏めば、考えなくもないと言っておけ」

 

『かしこまりました』

 

達也の返答に恭しく一礼して、水波は百目鬼に達也の答えを告げ電話を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が深雪、リーナの二人と顔を合わせたのは夕食の席だった。二人はもう少し早く、午後五時前には帰ってきていたのだが、達也が地下の研究室にこもっていたのだ。

 

「なかなか面白いことになっているな」

 

エリカが選手に選ばれたと聞いて、達也はそう感想を述べた。

 

「一高も随分変わったものだ」

 

「ええ、本当に・・・」

 

「私でもそう思うわ」

 

三人が思い浮かべているのは、二年前、彼らが一年生の時の一高の雰囲気である。確かにその頃なら、女子の元二科生が学校を代表して九校間の交流戦に出場することなど考えられなかっただろう。

 

「しかし意外だな。十三束の名前は上がらなかったのか?」

 

十三束鋼は種目こそ違っているが、去年の九校戦にも出場した現三年生トップクラスの猛者だ。達也が訝しさを覚えるのは当然だった。

 

「十三束君は本人からあらかじめ辞退の申し出があったんです。月末に開催されるマーシャル・マジック・アーツのオープン競技会に出場したいからと」

 

しかし達也の疑問は深雪の答えですぐに解消された。スポーツ系競技会の全国大会は例年九校戦終了後に日程が組まれる。モノリス・コードよりもそちらを優先すると言うのは、別段おかしな話ではない。達也は「なる程」と頷いただけで、それ以上十三束のことには触れなかった。

 

「それしても、エリカがモノリス・コードか。厳しいな・・・」

 

「そうかしら。エリカの実力はスターズでも十分にやっていけるレベルだと思うけど」

 

達也が漏らした呟きに、リーナが反論する。

 

「エリカの実力は知っている。リーナ、エリカは二年前より格段に強くなっているぞ」

 

「マジで?二年前でも衛星級じゃ敵わないくらい強かったのに。だったらますます心配要らないんじゃないの?」

 

リーナが心から納得できない様な表情を浮かべた。

 

「モノリス・コードは実戦ではなくスポーツ競技だからな」

 

「つまり、どういうこと?」

 

小首を傾げるリーナ。その質問に応えたのは達也ではなく深雪だった。

 

「リーナ、達也様はモノリス・コードのルールがエリカに合わないと仰っているのよ」

 

「もしかして、日本のルールとステイツのルールは違うの?」

 

「日本では肉体的な接触と肉体で直接操る道具による攻撃が禁止されているわ。アメリカでは違うの?」

 

「何それ。そんなんじゃ、白兵戦を得意とする魔法師は一方的に不利じゃない」

 

リーナは呆れるだけでなく、不満げに少し唇を尖らせた。

 

「アメリカでは、白兵戦は禁止されていないのね?」

 

「ステイツでは殺傷力のある武器を禁じているだけよ。刃引きがしてある剣や貫通力が無い弓矢は使えるし、素手の格闘は当然OK。そうでなければ訓練にならないじゃない」

 

深雪の質問に、リーナがUSNA軍で使われているルールを説明する。それを受けて、達也が日本とアメリカの違いを指摘した。

 

「日本では、モノリス・コードは軍がやるものではないからな」

 

「ふーん、そうなんだ。日本のモノリス・コードは本当にスポーツなのね。さっき達也が言ったのはそういう意味か」

 

リーナがようやく納得した様子を見せる。リーナの疑問が解決したところで、今度は深雪が達也に疑問を向ける。

 

「ですが達也様。エリカはやる気でしたよ」

 

「フム・・・。何か考えがありそうだな。だがエリカの思惑は別にして、過去に例が無い女子選手の出場だ。ルール上の対応は必要だろう」

 

「その点は凛が魔法大学のルールを採用するとおっしゃっていました」

 

「対物シールドを組み込んだプロテクターを装着させるものか?」

 

「ええ、その様に仰っていました」

 

「流石は凛だな。ところで今あいつは何処にいるんだ?」

 

そう言うと深雪は答えた。

 

「今はマンションでエリカ達と集まって退院パーティーをしているそうですよ」

 

「えっ!そうなの。私もそっち行けばよかった〜」

 

そう言いリーナは悔しがっていた。ジョンが家の用事で帰国してしまい、リーナは今は一人であった。

 

「今からでも間に合うんじゃないかしら?今日はみんなマンションに泊まる様な事を言っていた様だし」

 

「え、うーんでもどうしよう・・・深雪から離れても護衛の意味がないし・・・」

 

そう言い悩んでいるリーナを見て深雪と達也はクスリと笑うのだった。



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会議の追求

八月十一日、日曜日の朝。達也は今まさに、金沢で開催される師族会議へ出発しようとしていた。何時もならここで一悶着あるのだが、今日はそれが無かった。留守番を命じられた深雪が、一緒に連れて行けとごねなかったのだ。

 

「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 

深雪の随分と物わかりの良い態度に、達也は戸惑いを覚えていた。だが、それを表に出すことは無かった。

 

「今日はどのくらい時間が掛かるか分からない。留守中何も起こらないと思うが、もし巳焼島から緊急の連絡があったら兵庫さんを通じて呼び出してくれ。日米両政府から何か言ってきたら、お前の判断で呼んでほしい。魔法協会とマスコミは無視して構わない」

 

「かしこまりました。お任せください」

 

「リーナ、水波。深雪を頼む」

 

「ええ、任せて。と言っても、私にできるのは護衛だけなのだけど」

 

「かしこまりました。深雪様の身の回りはお任せください」

 

「では行ってくる」

 

深雪と水波はお辞儀で、リーナは人差し指と中指を揃えて立てた右手を顔の前で軽く振って、ヘリに乗り込む達也を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリが飛び立ち、屋上のヘリポートが静けさを取り戻す。屋内に戻ろうと足を踏み出したリーナが、その足を止めて深雪に振り返った。

 

「深雪、今日は一緒について行かなくても良かったの?」

 

「今日はちょっとね・・・」

 

聞かれたくないというサインだったのだが、あいにくと今朝のリーナには通じなかった。深雪は小さくため息を吐く。

 

「・・・一条家のご当主と、まだ顔を合わせたくないのよ」

 

理由を話したくないとそれ程強く思っていたわけでもなかったのか、深雪は割合あっさりリーナの質問に答えた。

 

「珍しいわね。深雪がそんなことを言うなんて」

 

「今年のお正月のことだけど・・・。一条家のご当主に弘樹さんとの結婚を邪魔されそうになったの。その後色々とあって今は有耶無耶になっているけど、向こうは『まだ話は終わっていない』と考えているのではないかしら。だからね・・・」

 

「どんな話か知らないけど、直接顔を合わせたら蒸し返されるんじゃないかって?」

 

「そういうこと。特に今回の開催地は一条家の地元だから」

 

「フーン、なる程ね」

 

リーナが止めていた歩みを再開し、ビル内へ進む。その気まぐれにも見えるあっさりとした振る舞いに、深雪は水波と顔を見合わせて苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨時師族会議の会場に選ばれた『加賀大門ホテル』は旧石川県金沢市と旧富山県南砺市の境にそびえる大門山の麓に建っている新しいホテルだった。時計の文字盤は午前十時三十分を表示している。ホテルの建物から歩いて十分程の所に設けられたヘリポートには既に、五機のヘリが駐機していた。

昨日ホテルに電話した段階でヘリポートは師族会議の名前で予約されていたから、全員がヘリで来ても降りられないということは無いだろう。ヘリポートがそれだけの広さを持つから、このホテルを会場に選んだのかもしれない。顧傑による襲撃を受けた箱根の会議を教訓としたのか、今回は秘匿性よりも移動手段を重視したようだ。

ヘリポートに駐まっていた先着の機体は五機。順当に考えれば、達也より先に五名が到着している。だがホテルに着いた達也と兵庫が案内された先は、誰もいない部屋だった。

 

「どうやら各家のご当主様方は、お互いに抜け駆けされたくないとお考えの様ですね」

 

ホテルの従業員が退出し二人だけになった部屋で、クラシックなソファに腰を下ろした達也に兵庫が皮肉っぽい口調で話しかける。この部屋が盗聴されている可能性は十分にあったが、達也は兵庫をたしなめなかった。

 

「こちらには別に、やましいことなど無いんですが」

 

ただそう嘯いただけだ。これは強がりでも恍けているのでもない。達也は本当に、欠片のやましさも懐いていなかった。

今日の呼び出しは、一週間前の巳焼島における戦闘が終わった後に彼が世界へ向けて発信したメッセージの件だろうと達也は考えていた。勝手な真似をしたと糾弾したいのだろう。

十師族は表舞台に立たないことを基本方針にしている。五輪澪が国家公認戦略級魔法師に名を連ねることになった時も、十師族内部では意見の対立があったと聞いている。

だからと言って達也は、大人しく叱られてやるつもりは無かった。その部屋には、軽食が用意されていた。だがまだ昼食前の紅茶イレブンジスティーには少し早い時間だ。それ以前に達也にはイレブンジスティーの習慣が無い。彼は保温ポットに用意された紅茶を口にして会議の始まりを待った。

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

扉を開けて入ってきたのはホテルの従業員ではなかった。想子をコントロールして隠しているが、魔法師だ。それも実戦レベルの力を持つ戦闘魔法師。見ただけでは何処の所属かは分からないが、金沢という土地を考えれば一条家に属する者である可能性が高い。

 

「会議の準備が整いました。皆様お待ちですのでご案内致します」

 

「皆さん、もうお揃いなのですか?」

 

「はい。ですので、速やかにご同行ください」

 

「分かりました」

 

やはり自分は被告人の立場らしい。達也はそう思った。ただ思っただけでそれ以上の感情は懐かず、案内役の背中に続いて会場に向かう。

 

「こちらです。お付きの方はこちらでお待ちください」

 

「兵庫さん、深雪から連絡があるかもしれませんので、しばらく待っていてください」

 

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 

兵庫に見送られて、達也は会議室の中に入る。背後で扉が閉まる音。それを聞き流して、達也は目の動きだけで室内を見回した。正方形に並べられたテーブルの手前側には誰も座っていない。達也から見て左側の列のテーブルの奥よりに二人。手前から、一条剛毅、二木舞衣。正面のテーブルに五人。左から、三矢元、四葉真夜、五輪勇海、六塚温子、七草弘一。達也から見て右側のテーブルに三人。奥から、七宝拓巳、八代雷蔵、そして一人だけ立ち上がって達也を出迎えた十文字克人。日本を代表する魔法師集団、十師族当主が勢ぞろいしていた。

達也が目だけで室内を確認しているのなど気にせず、一人の当主が口を開いた。

 

「それでは、臨時師族会議を開始する」

 

地元だからだろうか、一条剛毅が開会を告げた。だが、議長というわけではないようだ。

 

「早速だが、司波殿にお訊ねしたい」

 

真っ先に発言したのも、一条剛毅だった。

 

「お待ちください、一条殿。司波殿はまだ座ってもいない。彼は被告ではなく、我々も裁判官ではありません。まずは腰を下ろしてもらうのが先でしょう」

 

剛毅に制止の言葉を投げたのは克人だった。彼はそのまま達也に向き直り、「司波殿」と声を掛けた。

 

「どうぞ、御着席ください」

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 

達也は克人にだけ一礼して腰を下ろす。それを見届けて、克人も席に着いた。

 

「司波殿、よろしいか」

 

セリフを中断させられていた剛毅が、眉間に皺を寄せたまま威圧的な強い口調で達也に呼び掛ける。

 

「はい。ご質問をどうぞ」

 

達也は剛毅に顔を向け、背筋をピンと伸ばしたまま続きを促した。一時的に剛毅を無視した格好になったことへの謝罪は無い。その態度が気に入らなかったのだろう。剛毅はあからさまな喧嘩腰で達也に詰問する。

 

「一週間前の件だ。あれはいったい、どういうつもりだ?」

 

「一週間前?今月四日の件でしたら、不当な武力攻撃に対して反撃しただけですが」

 

「そういうことではない」

 

「反撃してはいけませんでしたか?自衛の為の武力行使が、認められないと仰る?」

 

「そんなことは言っていない!」

 

「ではUSNAの侵攻部隊を退け、新ソ連の基地を破壊し、ベゾブラゾフを抹殺したことに問題はなかったのですね?」

 

「当然だ!国防は魔法師の義務ですらある!」

 

「ありがとうございます」

 

「・・・何がだ?」

 

まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだろう。剛毅は間の抜けた声で達也に問い返す。剛毅以外の当主も――真夜を除く――このタイミングでのお礼の真意を問う様な視線を達也に向けている。

 

「私の行動をご理解いただいたことに対してです。戦闘終結後に発信したメッセージも国防の為のものです。あの時点で、巳焼島とその周辺海域、日本の領土と領海だけでなく新ソ連の主権下にある領土に攻撃を仕掛けたことを正当化しておく必要がありました。さもなくば、ビロビジャン基地に対する攻撃とベゾブラゾフの抹殺は日本による非正規攻撃である、と難癖をつけられる恐れが拭い去れませんでした」

 

「・・・その懸念を払拭する為に先手を打ったというのか?」

 

「ああ言っておけば、最悪でも新ソ連やそれに与する勢力の矛先は私個人に向くと考えました」

 

「ムッ・・・。いや、しかし・・・」

 

剛毅が思わず、他家の当主たちの顔を見回す。それが助け船を求める仕草だと、剛毅自身は意識していない。

 

「司波殿、一つ疑問があります」

 

剛毅の視線に応えたのは七草弘一だった。・・・もしかしたら「応えた」と言うより「便乗した」と表現するほうが正しいかもしれない。

 

「反撃の正当性を示す為ならば、国防軍を通じて各国政府に通達する形でも良かったのではありませんか? 司波殿が目立つ真似をする必要は無かったのでは?」

 

弘一の指摘は分かり切った言い掛かりだった。そもそも国防軍が動こうとしなかったから達也や深雪が奮闘しなければならなかったのだ。完全に達也の独断で行った新ソ連のミサイル基地に対する反撃を国防軍がフォローするとは考え難かった。ミサイル基地破壊およびベゾブラゾフ暗殺に日本政府は関わっていないと白を切る展開が容易に想像できる。

 

「七草殿の御指摘は次回の参考にさせていただきます」

 

しかし達也は反論しなかった。彼の人を喰った回答に、海千山千の弘一が「なっ・・・」と一瞬顔色を変え、次の瞬間表情を消して口を噤む。

 

「その言い草は何だ!」

 

「一条殿、落ちついてください」

 

弘一の代わりに剛毅が激する。だが彼に言葉を返したのは達也ではなく、ちょうど向かい合う席に座っている八代雷蔵だった。

 

「司波殿は何も間違ったことは言っていない。あの世界中に対する自衛宣言は、既に起こったこと。要するに済んだことです。代替案を提示されても、次の類似するケースの参考にするしかないでしょう。似たようなケースがあれば、ですがね」

 

雷蔵はうんざりした表情を隠さずに剛毅に向けてそう言い、最後に皮肉な口調で付け加えた。剛毅が顔を赤くして黙り込む。実を言えば弘一が口を噤んだのは、雷蔵が口にした論法に自分で気付いたからだった。

 

「国家公認戦略級魔法師は公職ではないが、その力は政府の決定によって振るわれる。謂わば軍と同じ、国家の一機関と言える」

 

当主同士のギスギスした雰囲気を何とかしよと考えたのか、三矢元がいきなり話題を変えた。

 

「その影響の大きさを考えれば、公認されていない戦略級魔法師も在り方は同じであるべきだ。魔法師はただでさえ恐れられる存在。戦略級魔法師はその最たるものと言える。戦略級魔法師が公権力の制御下に無いと分かれば、たとえ恐怖が誤解に基づくものであっても、魔法師排除を叫ぶ声は一層力を増すだろう。しかるに今回、司波殿は民間の魔法師が国家に匹敵する軍事的な力を所有していると世界に示してしまった。言い換えれば、魔法師は政府が制圧できない暴力を振るうことができるのだと証明してしまった」

 

自身に向けられる険しい視線の意味を、達也は理解していた。彼らは達也の所為で、人々が魔法師を手に負えない危険な怪物だと見做すようになったと考えているのだ。その結果魔法師が今まで以上に迫害の対象になると恐れている。



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会議の追求2

数人から厳しい視線を注がれても、達也は全く動じることなく無言を貫いている。

 

「十師族は魔法師の『人として生きる権利』を守る為の組織だ。魔法師が魔法師であるというだけで迫害される危険性があるなら、それを取り除かなければならない」

 

達也にさらに厳しい視線が注がれる。しかし達也は眉一つ動かさない。とはいえ彼も内心は、外見程平然としていたわけではなかった。彼の心にあったのは気後れ、ではなく静かな怒り。三矢元が口にした「魔法師の『人として生きる権利』を守る」というフレーズが気に障ったのだ。魔法師に兵器の役割を強制する現状に甘んじていながら「人として生きる権利」を口にするなど、達也には偽善としか思えなかった。

 

「司波殿、ここではっきりさせておきたいことがある」

 

「何でしょうか」

 

今度は元の視線を、達也は受け止めるのではなく撥ね返した。緊張が高まる。

 

「二〇九五年十月三一日、大亜連合艦隊を壊滅させた魔法を放ったのは貴殿だな?」

 

元は以前、達也が戦略級魔法師だと知っているようなことを彼にほのめかした。今回はそれを、正面から突き付けているのだった。

達也が真夜を見る。真夜は頷き返す。二人はこのやり取りを最早隠さなかった。

 

「そうです」

 

三矢元の質問に対して、達也が肯定を返す。

 

「国防軍の命令により、質量・エネルギー変換魔法を使いました」

 

「質量・エネルギー変換魔法?本当に、実在したのか・・・」

 

雷蔵が信じがたいというニュアンスの呟きを漏らす。そう考えたのは雷蔵だけではなかったが、彼の呟きに反応した者はいなかった。雷蔵自身の興味も、すぐに達也と元の対決に戻った。

 

「国防軍の命令に従って、か。あの時政府が貴殿を新たな『使徒』と認めていれば現在のような状況は生じなかっただろうな・・・」

 

元が独り言のように感想を漏らす。彼が口にした『使徒』という単語は、国家公認戦略級魔法師のことだ。十三人の国家公認戦略級魔法師が『十三使徒』と呼ばれていたことに由来する。

 

「司波殿。貴殿は今後も、国防軍の命令に従う意思はあるのか?」

 

元が意識を自分の内側から自分が相対している達也に戻して問いかける。

 

「あの時とは事情が変わりました。国防軍の要請に応じることはあるでしょう。しかし、命令に従うことは最早ありません」

 

「理由をうかがっても?」

 

七宝拓巳が口を挿む。彼の口調は三矢元より穏やかだったが、眉間には皺が寄っていた。達也が真夜に目を向けると、彼女はわずかに口角を上げて小さく頷いた。

 

「国防軍との信頼関係が壊れたからです」

 

真夜の承認を確認して、達也が拓巳の問いに答える。

 

「信頼関係?司波殿はまだ十八歳でしたよね。それなのに『灼熱のハロウィン』以外にも、国防軍との間に継続的な関係があったのですか?」

 

拓巳の声と表情に困惑が混入した。

 

「私は約四年間、非公式の軍人として軍務に従事していました。法的には、常時、継続的に軍の指揮命令を受ける義勇兵となるでしょうか。大亜連合艦隊の撃滅も、その一環として命じられたものです」

 

「・・・国防陸軍第一〇一旅団、独立魔装大隊」

 

弘一が独り言のように呟く。その声は小さなものだったが、全員の耳に届いていた。

 

「はい」

 

達也の応えが、その部隊に所属していたと認めるものであることも、全員に伝わった。

 

「自分で言うのも何ですが、私がいなければ二年前の大亜連合との戦争は日本にとって厳しい結果に終わっていたでしょう。それ以外にも少なくない貢献を積み重ねてきたと自負しています」

 

「にも拘らず、国防軍に裏切られたとでも?」

 

三矢元がそう問いかけたのは、佐伯少将との間に生じた対立は達也がリーナを匿った所為であり、責任は彼にあるという論法で自分たちに有利な流れを引き寄せる意図があったからだ。

 

「六月九日、伊豆に滞在していた私たちがベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバによって奇襲を受けた件をご記憶でしょうか。あの奇襲に関する情報を、国防軍は事前に掴んでいました」

 

しかし元の思惑は外れる。リーナの亡命――という名の帰国――は六月十九日のことだ。達也の言葉が正しければ、先に信頼関係を損なったのは佐伯の側ということになる。

 

「それは確かな事実ですか?」

 

「確認済みの事実です」

 

雷蔵の問いかけに、達也は揺るぎない態度でそう答えた。

 

「自分が理不尽な扱いを受けたとは思っていません。不当ではありますが」

 

達也は視線を全員同時に見るものに切り替えた。

 

「古人曰く、狡兎死して走狗煮らる。たとえ政府に絶対服従を誓っても、危険と見做されれば政府は庇護するどころか積極的に排除しようとするでしょう。それが政府のリアリズムだ」

 

反応は無い。この程度のことは、改めて言われるまでもなく、皆理解していた。

 

「誤解しないでいただきたいのですが、私には政府と積極的に対立するつもりはありません。ですが、政府に全面依存するのは危険です。魔法師の『人として生きる権利』を守る為には、政府に無条件で従うのではなく交渉材料を残しておく方が得策だと考えますが」

 

そう言って達也は、目の向きを分かり易く三矢元に固定する。

 

達也の視線を受け、挑発されたと感じたのか、元の物言いに険がこもる。

 

「・・・何が言いたい」

 

「戦略級魔法は政府に対して有効な交渉材料になると思いますよ」

 

達也のセリフは先程の「戦略級魔法師は政府の管理下にあるべきだ」という元の意見に対する真っ向からの反論であり、元に同調を見せた当主たちに対する「同調圧力には屈しない」という明確な意志表明だった。

 

「・・・それは君の個人的な考えだ」

 

元が苦し紛れの口調で言い返す。

 

「いいえ、私は司波殿に同感です」

 

しかしここで、達也を擁護する声が上がった。真夜ではない。四葉家の――というより真夜のシンパである温子でも、先ほどから剛毅や元に批判的な態度を見せている雷蔵でもない。声を上げたのは、五輪勇海だった。

 

「司波殿が大亜連合艦隊を壊滅させた戦略級魔法師であれば、国家に対する軍事的功績は世界大戦後随一と言って間違いないでしょう。にも拘らず暗殺のリスクを警告すらされなかったのでは、国防軍に全面的な信は置けません」

 

「私も司波殿のご意見はもっともだと思います」

 

勇海に続いて、七宝拓巳が達也の支持に回る。

 

「反魔法主義の世論は確かに憂慮すべきです。しかし国防軍に民間魔法師の管理を委ねてしまうのは、国家権力の横暴に対抗して魔法師の人権を守るという十師族の存在意義を放棄してしまうことになりかねない気がします」

 

勇海の言葉を受け、他の当主たちが頷くのを見て、三矢元が慌てて反論する。

 

「全ての民間魔法師を軍の管理下に置くべきだなどとは考えていない。戦略級魔法師は社会に与えるインパクトが強すぎるので管理責任を政府に持たせるべきだ、と言っているのです」

 

「戦略級魔法師だから軍の管理に甘んじろ、と仰るのか」

 

元に対して、五輪勇海が強い声で反発する。勇海の娘、澪は戦略級魔法師だ。身体が弱く、本来であれば長距離の移動も避けるべきなのに、彼女は「戦略級魔法師である」というだけの理由で二年前の十一月、東シナ海に出撃する軍艦に同乗することを強制された。

案の定、澪は帰国後、一ヶ月程病院のベッドで過ごす羽目になった。幸い命に別状はなかったが、やはり親としては色々と思うところがあるのだろう。

澪の入院はここにいる全員が知っている。勇海の問いかけに対して「そうだ」と言える者はさすがにいなかった。

 

「そろそろ雑談は終わりにして本題に入りませんこと?」

 

それまで沈黙していた真夜が、ここでおもむろに口を開いた。雑談という表現に剛毅、元、勇海が不快げな表情を浮かべる。だがそれ以上、内心を窺わせることはなかった。

真夜の指摘は事実だったからだ。達也に対する剛毅や元の糾弾は、彼らが懐いていた苛立ちが露わになったものだった。暴走とまではいかないが、感情に任せて十師族間に余計な対立の火種を撒く結果になった。それを自覚できないような無能は、この場にいない。

 

「達也さん」

 

真夜は彼らの反感をまるで気に掛けた様子も無く、達也に話しかけた。

 

「USNAとの交渉結果をご説明して差し上げて。元シリウス少佐の件も含めて」

 

達也は即、真夜のリクエストに応じた。

 

「それでは、ご説明します。一昨日、アメリカ国防長官付き秘書官と面談し、私個人とアメリカ政府が敵対しないこと、および今後の協力関係を確認しました」

 

達也の言葉を聞いて、会議室に動揺が広がる。個人と国家の間に対等な取引が成立するなど、彼らの常識に反していた。

 

「私からは恒星炉技術を提供。USNAからは資金協力と、シリウス少佐こと九島リーナ中佐の無償無期限レンタルの申し出を受けました」

 

真夜が「元シリウス少佐」と口にした意図を、達也は誤解しなかった。

 

「国家公認戦略級魔法師を・・・レンタル?国防軍にではなく、司波殿個人に?」

 

三矢元が喘ぐような口調で訊ねる。

 

「そうです。リーナ中佐には軍籍を伏せて一高に通ってもらうことになっています」

 

「危険だ! USNAの戦略級魔法師を軍の監視も付けず野放しにするなど・・・」

 

剛毅が怒りではなく戸惑いを露わにする。剛毅は半月前、「アンジー・シリウス」が四葉家に匿われていると佐伯少将から聞かされていたが、まさか四葉家がUSNAの戦略級魔法師を高校に通わせるつもりだとは考えていなかった。

 

「野放しにはしません。私の従妹が常時行動を共にする予定です」

 

「危険ではありませんか?四葉家にとっても司波殿の従妹は大切な身の上でしょう」

 

弘一が心配する態で四葉家の対応を批判する。

 

「御心配には及びません。私も遠隔監視します。距離が私にとっての障碍にならないことは、先日ご覧いただいた通りです」

 

しかしこう断言した達也に、それ以上の反論はなかった。反論が途絶えたタイミングを逃さず、達也はさらに畳みかける。

 

「USNA政府はアンジー・シリウスの正体を秘匿してきました。リーナ中佐がシリウスであると暴露された場合、日米関係の悪化が予想されます。皆様にも情報管理の徹底をお願いします」

 

攻守は逆転し、当主たちが達也に釘を刺される形で達也に対する事情聴取は終わった。インド・ペルシア連邦のチャンドラセカールと合意した魔法師の世界的連帯組織結成構想については、達也も真夜も話題にしなかった。



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一条と四葉の長男

会議室を出てすぐの廊下で、達也は声を掛けられた。

 

「司波」

 

「一条」

 

相手は一条将輝。彼は隣に少し年下の、アジア人だが日本人とは微妙に印象が異なる少女を連れていた。その少女に、達也は見覚えがあった。

 

「(劉麗蕾が何故、一条と一緒にいる?)」

 

将輝が連れている少女は大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾だった。達也の訝しげな視線に気付いた将輝が、軽い狼狽を見せる。

 

「いや、これはだな・・・」

 

「別に詮索するつもりは無いが」

 

達也のセリフに、将輝は安堵を露わにする。まるでやましいところがあると告白しているような態度に、達也は思わず「詮索しない」という前言を翻したくなった。実際に、翻すことはしなかったが。

 

「・・・司波はもう帰るのか?」

 

「ああ」

 

「少し、待っていてくれないか。彼女のことも含めて話をしたい」

 

達也は詮索しないと決めていたのに、どうやら将輝の方が事情を打ち明けたいようだ。

 

「分かった」

 

一条家長男が劉麗蕾を連れていることに対する疑問と興味は消えていない。向こうから話したいというなら、達也に断る理由は無い。将輝の申し出に、達也はほとんど迷わず頷いた。一方、将輝は達也が即答で頷くとは予想していなかったのだろう。

 

「すまない」

 

多少面食らった様子だったが、将輝は時間を無駄に費やすことなく達也に謝辞を述べて、劉麗蕾と二人で臨時師族会議が行われている会議室に入場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵庫をヘリで待機させ、達也はホテルのティールームで将輝を待った。およそ半時間の後、将輝が姿を見せる。ここで待ち合わせをすると決めてはいなかったが、ロビーから一番目立つ店だ。長時間探し回るという羽目にはならなかったはずだ。

 

「司波、待たせたな」

 

その証拠と言えるかどうかは確かではないが、達也のテーブルに近づいた将輝は、「探したぞ」ではなく「待たせたな」と言った。型通りの挨拶なのかもしれないが、将輝の様子を見る限り、会議から解放されてすぐに達也の所へ来たのだろうと思われる。

 

「いや、案外早かったな。まずは座ったらどうだ」

 

達也に促されて、将輝と劉麗蕾が向かい側に腰を下ろす。その動作を見届けてから、達也が将輝に問いかける。

 

「それで、話というのは?」

 

「今日の会議のことだ。俺たちは戦略級魔法師管理条約の件で呼ばれたんだが」

 

そこまで喋ったところで、将輝はハッとした表情になった。

 

「――お前のことだから既に分かっているだろうが、この子は大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾さんだ」

 

今更のように隣の少女を紹介する将輝に、達也は「知っている」と頷いた。

 

「先月の初め、新ソ連に敗北した責任を押し付けられそうになって日本に亡命した彼女を、訳あって一条家で預かっている」

 

将輝は続けて、劉麗蕾と一緒にいる理由を簡単に説明した。

 

「劉麗蕾です。レイラと呼んでください。将輝さんにはそう呼んでいただいています」

 

「司波達也です」

 

劉麗蕾の自己紹介に対して、達也は簡単に名乗り返した。素っ気なく名前を告げただけで、それ以上何も口にしない。

そして達也は、彼女にはまるで関心が無いという態度で――実際に、説明された事情以上の関心は、今は取り敢えずなかった――、すぐに視線を将輝に戻す。

 

「それで、戦略級魔法師管理条約だったか? 察するところ、非公認戦略級魔法師を強制的に政府で管理しようという企みのようだが」

 

達也の言葉に、将輝が軽く顔を顰める。

 

「企みという表現には悪意を感じるが、概略は司波の言う通りだ。お前もその話で呼ばれたんじゃないのか?」

 

「いや、別件だ。だが一条はその条約の件で呼ばれたようだな。レイラさんと一緒にいるのも納得だ」

 

達也の応えに、将輝は意外感を露わにした。

 

「俺たちとは別件・・・?条約の話も聞かなかったのか?」

 

「非公認戦略級魔法師も国家公認戦略級魔法師と同様に、政府の管理に従うべきだという意見は聞いたが、その条約の話は出なかった」

 

「何故だ・・・?お前も戦略級魔法師だろう?」

 

「俺は一週間前の戦いの後始末について聞かれただけだ」

 

達也は将輝の質問に答えなかった。彼がマテリアル・バーストの術者であることは今日の会議で一条剛毅にも知られているのだから、隠す必要は無いかもしれない。だが大亜連合軍人である劉麗蕾の前で、自分が二年前の大破壊を引き起こしたのだと認める気にはなれなかった。

 

「それで一条は何を聞かれたんだ? その条約を受け容れるかどうか尋ねられたのか?」

 

「いや、実は先月の内に、俺は条約の事を聞いていたんだ」

 

「そうか。俺は戦略級魔法師管理条約とやらの中身を知らない。良ければ教えてもらえるか」

 

達也のリクエストに将輝は「ああ、いいぞ」と頷き、二週間前に佐伯から聞いた内容を正確に伝えた。

 

「・・・その内容でよく頷く気になったな」

 

将輝の説明を聞き終えた達也は、呆れ声でそう言った。

 

「別におかしな所は無いと思うが。戦略級魔法が実質的に政府の管理下にあるのは今も変わらないだろう?」

 

達也の批判に、将輝は強い口調で反論する。達也は対照的に抑えた声で将輝に尋ねた。

 

「その条約案は佐伯少将の発案じゃないか?」

 

達也の質問の意図が分からず、将輝は数秒固まってしまった。

達也の質問にどんな意味があるのか分からないが、何時までも黙っているのも不自然だと考え、将輝は何とか声を絞り出した。

 

「あ、ああ・・・この件を持ってきたのは確かに佐伯少将だ。それが?」

 

「戦略級魔法師管理条約には、十師族の影響力を低下させる目論見が隠されている」

 

いったんそう言った後、達也は「いや」と言いながら小さく一度、首を振った。

 

「――隠れてはいないな。これはあからさまだ。だからこそ、何故お前や一条殿が反対しなかったのか理解できん。戦略級魔法の管理という建前に目を眩まされたのか?」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「この条約案で注目すべきは、政府の魔法師管理に魔法協会の査察権を認めるという部分だ。戦略級魔法師を政府が管理できているかどうか、魔法協会が査察する。その結果、十師族の保有する戦力と技術に関する情報は魔法協会に掌握され、査察結果に基づく勧告という体裁で協会にとって不都合な魔法師は自由を奪われ、技術は凍結されることになるだろう。つまり日本魔法協会が十師族の上に君臨することになる」

 

「待ってくれ。査察権を持つのは日本魔法協会ではなく国際魔法協会だぞ」

 

「何を言っている。日本魔法協会は国際魔法協会の下部組織。日本で魔法協会が査察権を行使するなら、日本魔法協会に権限が委ねられるに決まっているではないか。そして日本魔法協会は政府の保護を受けている、半政府機関だ。戦略級魔法師管理条約が発効したなら、日本国内においては民間の魔法師自治組織である十師族を完全に公的管理下に置く為の口実として運用されるだろう」

 

「ムゥ・・・」

 

将輝は「考え過ぎではないか」とは、言わなかった。彼自身、心の何処かで胡散臭さを感じ取っていたのかもしれない。

 

「一条。お前は海爆の威力を目の当たりにして、大規模魔法は管理されなければならないと思い込んでしまったのではないか? 海爆はお前自身の魔法だぞ。誰かに管理されるのではなく、お前が管理しなければならないんだ」

 

達也の言葉に将輝ばかりか劉麗蕾も思い当たる節があるような表情で目を伏せた。二人の様子を見て達也は内心苦笑いを浮かべていたが、そのことを表に出すことなく将輝に問いかける。

 

「それで、今日の話は何だったんだ?もしかしてその条約が調印されたのか?」

 

「・・・ん、いや、そうじゃない。進路を聞かれた」

 

「進路?進学先という意味か?」

 

「この話をお前に聞きたかったんだ。司波、お前、進路はどうするつもりだ?」

 

「魔法大学に進学するつもりだが」

 

将輝の真意が測れず、達也はとりあえず表面的な予定を答えた。だがやはり、将輝が欲しかった答えははこれではなかったようだ。

 

「だがお前には、魔法大学で学ぶことなど無いだろう? だからと言って新ソ連の基地を一人で潰したお前に、今更防衛大に入る意味があるとは思えない」

 

「学ぶことが無いと言うのは誤解だ、一条。俺はそこまで思いあがっていない」

 

「そうか・・・」

 

「お前は迷っているのか?」

 

「正直に言って、な・・・。先々月までは魔法大学に進学するつもりだった。だが国家公認戦略級魔法師の認定を受けたからには、軍と深く関わっていくのは避けられない。だったらいっそのこと、国防軍の一員になる方が良いんじゃないか・・・と、迷っている」

 

「進学しないという意味ではないよな?」

 

「無論、違う。軍に入るとしても、まず目指すのは防衛大だ」

 

「別に俺のアドバイスが欲しいというわけではないんだろう?」

 

達也に問われ、将輝が目を泳がせる。

 

「ああ。・・・いや、アドバイスと言えばアドバイスか。戦略級魔法師に匹敵するか、それを超える軍事的な役割を自ら背負ったお前が進路についてどう考えているか、参考にさせてもらいたいと思ったんだ」

 

「だったら俺の答えはさっき言った通りだ。魔法大学に進学する意思は変わらない。一条、お前もシンプルに、自分のやりたいことを優先すれば良いのではないか?」

 

「しかし、それでは責任が・・・」

 

「責任ならば敵を撃退するだけで良い。軍人にならなければ、それ以上に果たさなければならない責任はない」

 

「・・・」

 

将輝の惑いを、達也は一刀両断の勢いで切り捨てた。将輝は何かを言おうとしては言葉が見つからず、結局無言を貫くことしかできなかった。

 

「一条。俺たちが魔法師であるのは、単なる事実だ。誰が何と言おうと、たとえ俺たちがそれを否定しようと、その事実は変わらない。だがお前が戦略級魔法師とされているのは、政府と軍の単なる都合だ。お前が戦略級魔法師でなければならないという必然性は、お前自身には無いんだぞ。戦略級魔法師という肩書きと、第三高校三年生という肩書きは、お前自身にとっては等価のものでしかない」

 

将輝は途方に暮れた顔をしている。達也の言葉が完全には納得できなかったようだが、同時に無視もできないようだ。

 

「俺に言えるのはそれだけだ」

 

一方、そう言って立ち上がった達也の瞳には迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が見えなくなり、移動しようと思った時。

 

「見事にやられたわね」

 

突然隣から声がし、将輝は驚きながら後ろを振り向くとそこには深雪にとても似ている女性が立っていた。一瞬将輝は深雪かと思った。だが、女性が深雪と違うのは髪がロングではなく、ショートへアであった事だ。

 

「君は・・・」

 

「深雪と達也のお友達と思って頂戴」

 

女性はそう言うと将輝に向かって言った。将輝は何処かで聞いた事ある声だと思ったが一体誰だったか思い出すことはできなかった。

 

「一条くん。達也くんの言うことは正しいけどあそこまで考えられるなんて恐ろしいわよね」

 

「あ、ああ・・・」

 

本来なら怪しむ場面であるが将輝はなぜかこの女性は信用できると直感的に感じてしまった。深雪に似た女性は視線を将輝からレイラに移す。

 

「一条くんも鈍感ねぇ。近くの恋心にすら気づかないのだから」

 

そう言われるとレイラは顔を赤くして俯いていた。初見の人に自分の恋心に気づかれた事にレイラは驚きと恥ずかしさがあった。

 

「それってどう言う・・・」

 

「ま、それは自分で見つけな」

 

そう言うと女性は手を振ってホテルのロビーを後にしていた。将輝やレイラはそれを呆然と眺めるしかなかった。



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義理堅い友人

達也がちょうど、将輝と話し始めた頃。東京の調布では、深雪と同じ階の自分に宛がわれている部屋に戻ったリーナの許に国際電話がかかってきた。発信人情報は非通知。ただ発信元の都市名が表示されているだけだ。

 

「(ボストン?まさかね)」

 

向こうはそろそろ真夜中じゃないかしら? と余計なことを考えながら、リーナは二十七インチの壁面モニターの前で受信ボタンを押した。

 

『ハロー。リーナ、久しぶりだね』

 

「アビー!?」

 

リーナの声が裏返る。モニターに現れたのは「まさか」と思った相手だった。アビゲイル・ステューアット博士。スターズの技術顧問で戦略級魔法『ヘビー・メタル・バースト』の開発者。リーナの魔法兵器『ブリオネイク』を作り上げたのも彼女だ。

リーナとアビゲイル・ステューアット博士の付き合いは、五年前まで遡る。まだリーナがスターズの正式隊員ではなく『スターライト』と呼ばれる訓練課程の見習いだった頃、彼女は初めての任務でボストンに赴いた。そこでリーナを待っていたのがアビゲイルだった。それ以来、二人は年に四、五度のペースで顔を合わせている。『ヘビー・メタル・バースト』の起動式調整と『ブリオネイク』の改良という仕事上の付き合いだが、だからといって二人の間に友情が存在しないというわけではない。

リーナとアビゲイルの年齢差は五歳。アビゲイルはリーナの、五歳年上でしかない。二人とも、極めて若くして一方はスターズ総隊長となり一方は連邦軍の魔法研究所の一部門を任された、早熟の天才だ。年が近く共通点もあり、会う機会は少ないが、会えば親しく食事をする関係だった。

しかしそれは「直接顔を合わせれば」であり、頻繁に電話で話をする間柄ではなかった。事実上亡命した自分に国際電話を掛けてくるなど、何か深刻な事態が発生したのだろうか? そう首を捻ったリーナだったが、カノープスやバランスならともかくアビゲイルが電話してくるような用件など、彼女にはまるで思い当たる節が無い。

 

「・・・お久しぶりです。それにしても、良く私の連絡先が分かりましたね」

 

リーナの問いかけに、アビゲイルがモニターの中で悪戯っぽく笑う。五年前に出会った時の彼女は一見して美少年という外見だったが、今ではすっかり女性らしくなっている。当時と共通するのは髪が短いだけで、それだって明らかに女性のショートカットだ。だがこういうふとした表情に、当時の面影が垣間見える。

 

「実はね、リーナ」

 

思わせぶりに、言葉を句切る。それがアビゲイルの思惑通りだと分かっていても、リーナの意識はアビゲイルの次の言葉に吸い寄せられた。

 

「今度、そっちに行くことになった」

 

「ハァッ?そっちって・・・日本にという意味ですか?」

 

『日本は日本だけどね。もしかして、何も聞いていない?』

 

「・・・心当たりがありません」

 

『おかしいな。恒星炉プロジェクトの件でミスター・シバとの交渉に携わったのはリーナだと聞いているんだけど』

 

「交渉と言っても親書を手渡しただけで、詳しい内容はジェームズ秘書官が取り纏められたんですが」

 

『じゃあ内容は聞いていない?』

 

「いえ、ある程度のことは達也から聞いています。確か、技術移転の為にステイツの技術者を何人か受け容れることになったって・・・まさか!?」

 

『その通り。私も派遣技術団の一員として巳焼島に行くことになった。半年くらいお世話になると思う』

 

「アビー、貴女が、半年も!? 本当に許可が下りたんですか!?」

 

『我がステイツも、それだけ恒星炉技術を重視しているということさ。そちらのカレンダーで十五日に着く予定だから。よろしくね』

 

「え、ええ。アビーが来てくれるのは嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」

 

『そうだね、私も嬉しいよ。では四日後に会おう』

 

電話が切れモニターの画面が暗くなっても、リーナは暫く放心したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月十一日の夕方、巳焼島事変の事後処理に関して、無視し得ない出来事があった。偶々現地に居合わせた高校生が、テレビのニュース番組で武力攻撃を受けたその時の様子を証言したのだ。

「偶々居合わせた高校生」というのは言うまでもなくエリカ・レオ・幹比古のことだ。三人は魔法科高校生だということも、達也の友人であることも明らかにした上で巳焼島の攻防について語った。

番組の反響は大きかった。魔法師の卵だという点、達也の友人という点を色眼鏡で見る向きも一部にはあったが、偶然事件を目撃した単なる高校生が語った目撃談という事実を重視する視聴者の方が多かった。

三人は元々テレビに出るつもりなど無かったが、一昨日某地上波テレビ局から顔も名前も出さない条件で取材を受けた際、テレビ局側のシナリオにしつこく誘導されて「事実を捻じ曲げられるのではないか」という危機感を覚えたのだ。あの日は第三者の証人となるという条件で巳焼島に残らせてもらったのに、このままでは達也に不利なフェイクニュースのネタ元にされてしまうかもしれない。見かけに反して義理堅いエリカはそう危惧して、歪曲報道のリスクが小さい生放送を条件にニュース出演を決意したのだった。

前述したようにエリカたちが明かした素性から、同じ高校に通う魔法師をかばっているのだろうと決めつける声はあった。数は少ないが、その声は大きかった。しかし声の「数」で言えば好意的なものの方がはるかに多かった。――その中に「誰だ、あの美少女は?」という声も多数紛れ込んでいたのはご愛敬だろう。

かくしてエリカはお茶の間に鮮烈なデビューを飾り、それに伴ってレオ、幹比古と共に真実の証人となるミッションをクリアしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月十二日、月曜日。達也は深雪とリーナを乗せてエアカーで登校した。自走車通学は本来禁止されているのだが、彼が今、公共交通機関を使うと大混乱を引き起こす懸念が大であることと、現在が夏休み中という理由で特別に入構を許された。

彼が久しぶりに一高へ来たのは、昨日骨を折ってくれた友人に会う為だ。探し人はカフェにいた。

 

「エリカ、昨日はお疲れ様だったな。感謝する」

 

「本当に。エリカ、お兄様の為にありがとう」

 

頬杖をついてぼんやりしていたエリカに、達也と深雪が昨日のテレビ出演について慰労と謝辞を述べる。

 

「どういたしまして」

 

エリカの覇気のない笑顔と、何やら随分と疲れている感のある声で応えを返した。

 

「エリカ、随分と元気が無いみたいだけど具合でも悪いの?」

 

リーナが心配してそう問いかける。

 

「大丈夫。ちょっと疲れているだけだから。・・・精神的に」

 

「精神的に?」

 

リーナはよく分からなかったようだが、達也と深雪は納得顔になっていた。学校の敷地内でも、普段の五割増しでエリカに視線が向けられている。それなりに顔が売れている一高内でさえこうなのだ。外ではさぞかし、他人の目が鬱陶しかったことだろう。

 

「今日は家に篭っていた方が良かったのかもしれないな」

 

「そういうわけにもいかないでしょ。交流戦まで、あまり日数が無いんだから。せっかく凛に相手してもらっているもの無駄にはできないわ」

 

達也の同情が込められたセリフに、エリカは頭を振りながら億劫そうに立ちあがる。

 

「また後でね」

 

着替えの入ったバッグを肩越しにぶら下げたエリカが、空いている方の手を振りながら去っていく。

 

「意外と真面目なのね、彼女」

 

エリカの背中を見送りながら、そのセリフの通り意外そうな口ぶりでリーナが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都に置かれている魔法協会本部。今日はここで、会長、支部長、部門長を集めた臨時の会議が開かれていた。

 

「――あの男の増長は目に余る!ここで断固とした対応をしなければ当協会の権威が損なわれます!」

 

先ほどから顔を赤くして力説しているのは百目鬼関東支部長。この会議の開催を求めたのも百目鬼だ。議題は達也に対する懲罰の実施。

 

「しかし、相手は四葉家の次期当主ですよ。実効性が無いのでは?」

 

懲罰と言っても、魔法協会にも暴力的な手段は許されていない。最も重いもので除名。この処分を喰らうと魔法師としてのライセンスが使用できなくなるので魔法技能を条件にする職に就けなくなるのだが、魔法の使用自体を禁じられるわけではないので、ライセンスに頼らず自分で顧客を見つけて仕事をする分には問題にならない。個人的なつながりで雇用される場合も同様だ。

その点達也は、まず四葉家の次期当主ということで求職活動は最初から必要ないし、技術者としても、兵士、いや戦力としても、魔法協会のライセンスに頼る必要性は全く無い。除名以外の「共済保険の不適用」や「非行魔法師として氏名公表」などは、尚更何の痛手にもならないだろう。それは恐らく、百目鬼にも分かっているはずだ。

 

「四葉家の権勢も永続するものではないだろう!今は効果が無くてもその内思い知ることになる!」

 

「まぁ、司波君が魔法協会を蔑ろにしたのも事実のようですし、百目鬼支部長のご提案通りに懲罰決議だけでもしておきますか。会長、如何です?」

 

「ええ・・・そうですね」

 

意見を求められて、協会長の十三束翡翠は言葉を濁した。理性的、というより利害勘定的には、四葉家を敵に回すべきではないと分かっている。だが感情面では、ディオーネー計画の件で散々苦しめられた達也に意趣返しをしたいという気持ちが強い。

 

「・・・とりあえず、懲罰の対象にするかどうか決議しましょう。具体的に何を適用するかは後で論じることにして」

 

「そうですね」

 

「分かりました」

 

「賛成です」

 

意識せず、懲罰の実施を前提とした翡翠の発言に、賛同の声が上がる。

 

「では、懲罰に賛成の方は挙手を」

 

しかし決を採ろうとしたところで、緊急呼び出しのブザーが鳴った。本物の緊急連絡でない限り繋がないようルールが徹底されている内部回線だ。採決を仕方なく中断して、翡翠は応答ボタンを押した。

 

「何ですか?」

 

『防衛大臣から至急のお電話です』

 

不機嫌を隠せぬ翡翠の問いかけに、ハンズフリースピーカーから慌てていることが窺われる声で答えが返る。

 

「至急?分かりました」

 

翡翠はインカムに答えて、会議室の一同に「少し席を外します」と告げ、五分程で戻ってきた。

 

「防衛大臣はどのような御用件だったのですか?」

 

深刻な表情で席に着いた翡翠に質問が飛ぶ。

 

「・・・採決は中止して閉会します」

 

「何故です!?」

 

「・・・大臣が何か?」

 

閉会宣言に百目鬼が怒りを露わにして立ち上がり、別の幹部が翡翠に恐る恐る尋ねる。

 

「防衛大臣は『政府としては、今回の司波達也さんが取った行動には何の問題も無かったと認識している』と仰いました。魔法協会も、この認識に沿って行動してほしいのだそうです」

 

バンと机を叩く音がした。手を振り下ろした体勢で、百目鬼関東支部長がプルプルと震えている。それを気の毒そうに見やりながら、会議に参加していた他のメンバーは次々に席を立った。



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エリカの新魔法

「・・・そうですか。ありがとうございました。・・・ええ、機会があれば是非ご一緒させてください」

 

寛いだ姿勢でクラシックな受話器を手に、音声のみの電話を受けていた真夜が優雅な手付きでその受話器を置いた。

 

「奥様、防衛大臣は何と?」

 

ティーカップを真夜の前に置いた葉山がこう尋ねたのは、彼の女主人が話したそうなそぶりを見せていたからだった。

 

「達也さんに対する政府の評価を、魔法協会に伝えてくださったそうよ」

 

「そうですか。それはようございましたな」

 

「政府も達也さんにへそを曲げられたくないのでしょうね」

 

「達也様が米国と接触したことは彼らも掴んでいるのでしょう。結ばれた協定の内容までは分からぬと思いますが、だからこそ余計に警戒しておるのでしょう。達也様が四葉家と共に日本を離れて米国につくかもしれないと」

 

「疑心暗鬼に囚われているのね」

 

真夜が人の悪い表情で失笑を漏らす。

 

「それで余計なことをしそうになった魔法協会に、慌てて釘を刺したというところかしら」

 

「御意」

 

「まぁ・・・達也さんにとっては、余計なお世話かもしれないけど」

 

「世の中には強者故の弱点というものもございます。達也様はご年齢より成熟されている方ですが、それでもまだ十八歳。ご本人が気付かぬところは、余計なお世話と言われようとも年長者が補うべきかと存じます」

 

真夜がクスッと笑う。今度は裏表のない笑顔だった。

 

「達也さんをその様に言えるのは葉山さんくらいではないかしら。あの子の至らぬところを見付けたら、是非フォローをお願いね」

 

「もちろんでございます」

 

葉山はあくまで恭しく、実直そのものな態度で頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪とリーナはエリカと別れた後、達也とは別行動で部活連本部に来ていた。

 

「・・・そう。交流戦にエリカが出場することについては問題ないのね?」

 

「ええ、五校の了解を得たわ」

 

「過半数・・・」

 

「一競技しかないからね。女子も出したいんでしょうよ」

 

凛はそう言うと深雪も納得した様子だった。そして深雪は凛に聞く。

 

「それで、女子参加の時のルールはどうなっているの?」

 

「大学の同じルールを目下検討中。まあ、大学と同じかそれ以上に安全対策をとる事になるでしょうね」

 

「そう・・・」

 

「まあ、国防軍が場所を出してくれたんだ。おかげでかかるお金も減ったもんだよ」

 

そう言うと凛は懐から小袋を出した。それは一部の女性にとっては宝袋も同じ代物であると。深雪は感じていた。

 

「凛、それは・・・」

 

「エリカの差し入れよ。彼女、張り切っているみたいだし」

 

「エリカは喜びそうね」

 

そう言うと二人は窓から見える演習林を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方達也は、モノリス・コードの練習をしている校舎裏の演習林に来ていた。彼の視線の先では、エリカが目にも留まらぬ程の速さで魔法の弾幕の中を駆け抜けている。無謀な突進に見えて、エリカは一発も被弾していない。相変わらず見事な身体操作だ。達也はエリカのことを「最速の魔法師」と見做しているが、その印象は今日も変わらない。

単に移動速度や加速度を競うだけならば、エリカよりも速い魔法師は世界に大勢いるだろう。だが魔法で加速した状態で思い通りに身体をコントロールするセンス、つまり魔法で加速させられているのではなく自己加速魔法を使いこなしているという点で、エリカは群を抜いているというのが達也の評価だった。

彼女の実兄である千葉修次も巧みに自己加速を使うが、エリカとはタイプが違う。修次が『イリュージョン・ブレード』と呼ばれる理由は加速と停止を細かく切り替え、敵に狙いを付けさせない戦闘技術にある。エリカのように、人間の知覚力の限界領域で技を操っているのではない。謂わば修次は変幻自在、エリカは電光石火だ。

しかし目の前で魔法の雨を躱しているエリカは、電光石火でありながら変幻自在だった。加速、停止、加速の切り替えという修次のテクニックを使いこなして、模擬戦の相手に狙いを付けさせない。電光石火でありながら変幻自在。幻惑の歩法は、まだ修次のレベルには及んでいない。それでもエリカが着実にレベルアップしてるのは間違いなかった。

だが練習相手を務めている生徒も一高トップクラスの実力者だ。エリカの快進撃は、モノリスを守っていた生徒との相討ちで終わった。やはり直接斬りつけられないルールでは、勝手が違うようだった。

 

「エリカ、大丈夫か?」

 

エリカの無系統魔法を受けてひっくり返っている――斬られたと錯覚して自分から倒れたのだ――ディフェンスの男子生徒を無視して、達也がエリカに声を掛ける。

 

「痛ててて・・・あれ、達也くん?深雪と一緒じゃないの?」

 

エリカのセリフに達也は苦笑いを浮かべた。やはり、自分と深雪はワンセットと見られているようだ、と思ったのだ。

 

「深雪は部活連本部へ状況を確認しに行っている。怪我は無いか?」

 

「骨は逝ってないよ。打ち身だけ。まぁ、痛いけど・・・これくらいは日常茶飯事だから」

 

エリカが喰らったのは圧力を直接加える魔法。身体全体を対象にしながら圧力が強くなる焦点を設定することで、局所的に強い打撃を加えるのと同じ効果を発揮する『圧力レンズ』という魔法だ。エリカは何でもない顔で笑っているが、達也が視た魔法の威力からして相当酷い打ち身になっているはずだった。

 

「痛むのは左足の付け根だな?」

 

「うん、そう。・・・見せられないよ?」

 

エリカは悪戯小僧のような顔で笑っているが、少し顔が赤くなっている。この様な場所で肌を曝すのは恥ずかしいのだろう。

 

「服を脱ぐ必要は無い」

 

達也は平然とした表情でそう言いながら、左手をエリカに向けて翳した。その手首に装着されている銀環は完全思考操作型CAD『シルバートーラス』。ペンダント型のコントローラーから想子信号を受けて一瞬、起動式を出力する。発動する魔法は『再成』。完全治癒、修復に見せて、その実質は限定的時間遡行の魔法。いや「時間経過改変」の魔法と表現する方がより正確か。「過去の一時点から外的な影響を受けずに時間が経過した現在」で「過去に外的影響を受けて確定した現在」を置き換える魔法。

『再成』がエリカに作用する。魔法攻撃という外的な影響によってエリカの左足に生じた打撲が、何事も無かったかのように消え失せた。

 

「・・・ありがとう。悪いわね」

 

エリカは『再成』のことも、その代償も知っている。彼女が顔を顰めながら酷く申し訳なさそうは表情になったのは、達也が負った「代償」を自分の身に置き換えて想像したからだ。

 

「問題ない。ある程度の痛みを越えれば痛覚は感じなくなる」

 

達也は強っている風も無くそう言って、エリカに右手を差し出した。達也の手を借りて、エリカが立ち上がる。

事実達也は凛の手により演算領域に改造が加えられ、ある程度の痛覚を超えると痛みが感じられなくなっていた。

 

「直接作用する魔法は、やはり避け難そうだな」

 

「弱い魔法だったら気合いで何とかなるんだけどね」

 

「気合いって・・・間違いじゃないんだろうけど」

 

自陣からエリカの様子を見に歩み寄ってきた幹比古が、呆れ声で口を挿む。

 

「魔法科高校の生徒なんだから、そこは『肉体から放出する想子の圧力で』とか言うべきじゃない?」

 

「長いって。一言で済むんだから『気合い』の方が手っ取り早いじゃない」

 

幹比古のツッコミに対して、軽い口調で返すエリカ。

 

「直接攻撃はプロテクターである程度軽減できると思うが、やはり対抗魔法も用意しておくべきだろう」

 

対照的に、重々しく達也が告げる。その声には、有無を言わせぬ強制力があった。

 

「えっ・・・でもあたし、対抗魔法なんて使えないよ?」

 

対抗魔法は魔法を無力化する魔法のことだ。『情報強化』や『領域干渉』、達也が使う『術式解体』や『術式解散』も対抗魔法に分類される。

 

「弱い魔法なら『気合い』で吹き飛ばせるのだろう? ならば可能性はある。そうだな・・・」

 

達也が片手を顎に当てて暫し考え込む。その姿に何となく気圧されて、エリカと幹比古は達也が口を開くのを黙って待った。

 

「エリカ、魔法式を刀で斬れないか?」

 

「はっ?」

 

エリカは何を言われたのか分からないという顔だ。幹比古も似たような表情で達也を見詰めている。

 

「魔法の本体は魔法式だ。魔法式を破壊できれば、魔法を無効化できる」

 

「・・・その程度のことは知ってるけど。でも魔法式を斬るって・・・何処を斬れば良いのよ? 魔法式は身体の表面に描き込まれているわけじゃないよね?」

 

「無論、情報次元だ」

 

「いったいどうやって!?」

 

「魔法を使う時と同じだ。エリカ、お前は自己加速魔法を使う時、どうやって自分の身体という対象を定めている? 肉体の手で魔法式を描き込んでいるのか?」

 

「まさか。そんなのもちろん、イメージで・・・」

 

答えている途中で、エリカが「あっ!」と声を上げた。

 

「それと同じだ。魔法を認識する感覚で捉えた敵の魔法式を、魔法を放つ、謂わば『心の手』で『想子の刃』を振って斬れば良い」

 

「なる程・・・」

 

「魔法式を斬る為の刃は、起動式を用意してやる。そうだな・・・一時間待ってくれ。とりあえずあり合わせの機材でCADの試作品を用意しよう」

 

「一時間!?」

 

「あり合わせって・・・アハハ」

 

幹比古が素っ頓狂な声を上げ、エリカが乾いた笑い声を漏らす。

 

「それまで練習を続けていてくれ。俺は凛に機材と弘樹を借りてくる」

 

達也は二人の反応を気にした素振りも無く、校舎へ足を向けた。

達也がモノリス・コードの練習場に戻ってきたのは、本人が予告した通り一時間後のことだった。背後には深雪とリーナ、凛と弘樹そして何処で合流したのかレオが続いている。

 

「エリカ」

 

達也が細長い携帯端末形態のCADをエリカに手渡す。エリカが眉を顰めたのは、手を塞ぐ携帯端末形態が彼女の戦闘スタイルに合わないからだろう。

 

「想子ブレード創出の魔法は常時発動型だ。いったん起動すれば、終了する為の魔法を使うまでループキャストで発動し続ける」

 

無論、その程度のことを達也が考慮していないはずはなかった。

 

「フーン・・・。じゃあ、CADはポケットに入れっぱなしで良いのね?」

 

眉間の皺を消したエリカの問いかけに達也が頷く。

 

「実態のある刀と実態の無い刀の二刀流になる。最初は戸惑うかもしれないが、エリカなら使いこなせるはずだ」

 

そして達也のこのセリフに、エリカが満更でもなさそうに口角を上げた。

 

「そこまで言われちゃ、張りきらないわけにはいかないわね」

 

「・・・子猫もおだてりゃ木に登る」

 

ボソッと呟いたのはレオだ。聞こえる程度の声量だったので、この場にいた全員にその呟きは聞こえていた。

 

「何か言った!?」

 

「空耳だろ。何が聞こえたんだ?」

 

即反応したエリカに、レオが恍けて見せる。

 

「しらばくれる気?子猫も・・・って、んっ?」

 

追及を続けようとしたエリカだったが、自分が再現しようとしたフレーズに違和感を覚えて言葉に詰まってしまう。

 

「じゃ、俺はあっちで見物させてもらうわ」

 

レオはエリカに背中を向けて、片手をヒラヒラと振りながら救護班の待機場所へ向かった。

 

「俺たちも少し離れていよう」

 

「はい、お兄様」

 

「オーケー」

 

達也の言葉に深雪とリーナが頷く。

 

「エリカ、分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」

 

「う、うん。ありがと」

 

エリカは達也に返事をしながら、なおも納得のいかないという顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカに声が聞こえない距離まで離れたところで、リーナが小声で達也に話しかける。

 

「ねぇ、達也。レオは何を言ったの?普通は『豚もおだてりゃ木に登る』じゃない?」

 

「木に登った子猫が高い枝から下りられなくなった、という話を聞いたことが無いか?」

 

「ああ、そういう意味でしたか」

 

達也の説明を聞いて、納得の声を上げたのは深雪だ。その隣ではリーナが不満そうに達也と深雪を交互に睨みつけている。

 

「聞いたことある気がするけど、それが?深雪、自分だけ納得してないで教えてよ」

 

「つまりね、リーナ。木に登っているうちはどのくらい高い所にいるのか自覚せず、いざ下りようとしたら高さに目が眩んで竦んでしまう子猫のように、調子に乗って自分の実力を過信すると痛い目に遭うぞ、と西城君は警告したのよ」

 

「レオも耳に痛いことを言う。十分な安全マージンは確保しているつもりだが、エリカが無理をしないように注意して観戦するとしよう」

 

深雪のセリフを受けて、達也は自分に言い聞かせるような口調で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしレオのなかなかうまい言い方するじゃないの」

 

達也達からまた離れたところでは凛がレオにそう話しかける

 

「そうか?」

 

「ええ、なかなかよかったと思うわよ」

 

そう言うと全員が待機所へと移動をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、西の空が赤く染め上げられる頃には、エリカは魔法式斬殺ならぬ『魔法式斬壊』の対抗魔法を自分のものにしていた。



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探し人

八月十四日、達也たち四人は巳焼島に戻った。翌日十五日、USNAから恒星炉技術習得を目的にする技術者の一団が巳焼島を訪れることになっている。それに備えてのことだった。

USNAからジェフリー・ジェームズを通じて提供された技術者の名簿を見て、達也は「本当だったんだな」と呟いた。呟いた場所は別宅の、四人が揃ったリビング。その声は全員の耳に届いた。

 

「何がですか?」

 

そう問いかけたのは深雪だ。リーナは興味なさそうにカフェオレのマグカップを傾け、水波は慎み深く沈黙を守っている。

 

「来日する技術者の名簿にアビゲイル・ステューアットの名前が記載されている」

 

「その方がどうかなされましたか?」

 

深雪に重ねて問われ、達也はリーナへ目を向けた。

 

「リーナ、お知り合い?」

 

その視線の意味を「リーナに聞いてくれ」という意味だと解釈した深雪が質問の相手をリーナに変える。マグカップをテーブルに戻したリーナは一瞬だけ達也を睨み、平気なふりを装って「ええ」と答えた。

 

「アビー・・・アビゲイル・ステューアット博士はスターズの技術顧問よ。専門は荷電粒子魔法兵器。私も随分お世話になったわ」

 

「荷電粒子魔法兵器ということは・・・リーナのヘビー・メタル・バーストやブリオネイクを作ったのもその人?」

 

小首を傾げて問う深雪に、リーナは両目を丸く見開きポカンと口を開けた。

 

「――たったあれだけの言葉で、何でそこまで分かるの!?」

 

「何でって言われても・・・そんなに難しい推理かしら?」

 

何でもないことのように語る深雪に、リーナが大きくため息を吐く。

 

「頭がおかしいのは達也だけじゃなかったのね・・・」

 

「・・・ゴメンなさい、リーナ。良く聞こえなかったわ。もう一度言ってくれないかしら」

 

「ひっ!」

 

思わず正直な感想を漏らしたリーナに、深雪はパウダースノーのように純白で、きらきらとして、柔らかく、さらさらと乾いた、冷たい笑みを向けた。自分を見詰めている深雪を見て、リーナは失言したと自覚し、罪悪感と恐怖ですくみ上る。

 

「お・・・」

 

「お?」

 

「お・・・」

 

「お、何かしら?」

 

「お・・・おかしなくらい頭の回転が速いのは達也だけじゃなかったのね、と言ったのよ」

 

祈るような表情で、上目遣いにリーナが深雪の顔を窺う。深雪の笑顔が乾いた雪から瑞々しい花に変わった。

 

「まぁ!リーナったら。『おかしな』は、無いんじゃない?もっと他に言いようがあるでしょう」

 

「そこまで日本語が上達していないのよ」

 

「そういうこともあるのかもしれないわね。でも、ジョンさんを見習って欲しいものね」

 

深雪のこの言葉を聞いて、リーナの両肩から力が抜ける。実のところ彼女は、今すぐソファの上で横になりたい程の脱力感を覚えていた。だがそんな真似をすれば深雪に怪しまれてしまう。せっかく何とか切り抜けたのに、とリーナは気力で耐えた。

そんなリーナの葛藤には気付かず――あるいは、気付かぬふりで――、深雪は達也に目を向け直した。

 

「お兄様。そんな大物が、恒星炉技術の為だけに来日するでしょうか。いえ、アメリカ政府が出国を認めるでしょうか?」

 

「その疑念はもっともだ。だがこの件に関しては、そこまで心配しなくても良いと思う」

 

「達也、何故信じてくれるの?」

 

達也の答えに意外感を覚えたのは、深雪ではなくリーナだった。

 

「逆に大物過ぎるからだ。何か工作を仕掛けてくるなら、戦略級魔法の開発者みたいな重要人物を使うはずがない。コストパフォーマンスが悪すぎる」

 

「コストって・・・」

 

人間をコスト計算の対象にする達也の思考法に、リーナは違和感を感じている様子だ。こういうところも、彼女は軍人に向いていないのだろう。

 

「これは想像だが、ステューアット博士は自分の知的好奇心を最優先するタイプではないか?ともすれば、自分の身の安全よりも」

 

「・・・うん、そう」

 

リーナは目を泳がせ、最終的に歯切れ悪く頷いた。

 

「アビーはチョッと浮世離れしているところがあるから。・・・それにオタクだし」

 

「オタク?」

 

今でも使われていることは使われているが、今世紀初頭程ポピュラーではなくなった単語に深雪が小首を傾げる。

 

「ギークじゃなくて?」

 

この場面で深雪は「ギーク」を「先端テクノロジー偏愛者」の意味で使っている。スターズの顧問になる程の科学者なら、オタクはオタクでも技術オタクだろうとイメージしたのだ。

 

「少し違うんだけど・・・。深雪に絡んでくることは無いだろうから、その認識で良いわ。アビーが執着するのは、もっと幼い感じの子だし」

 

「・・・女の人なのよね?」

 

「ええ、二十二歳・・・いえ、もう二十三歳になったのかしら? とにかく、二十代前半のレディよ」

 

「それで幼い女の子が好きなの・・・?」

 

「あーっ、ロリコンとかじゃない・・・、のかな? ともかく、性的に不埒な真似をするわけじゃないからそこは安心して」

 

「そう?」

 

深雪はそれ以上追及しなかった。彼女の顔を見れば納得していないと分かるが、これ以上問い詰めても、誰も幸せにならない気がしたのである。

アビゲイル来日の裏に何があるのか、それとも純粋に恒星炉技術を見に来るだけなのかどうかは、彼女の性癖に関する話題の所為で有耶無耶になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二〇九八年八月一五日、木曜日。この日が世界に記録されることは無かった。達也とアビゲイル・ステューアット博士の出会いは、後世の史家が魔法工学上の一イベントとして時々言及するくらいだ。しかし当人たちにとっては、大きな意味を持つ出会いだった。

 

「ようこそ、ステューアット博士」

 

「ミスター司波、お世話になります」

 

百五十センチ台半ばの、明らかに運動不足の感がある女性科学者と握手した時、達也は「これがFAE理論を実用化した天才か・・・」と称賛の念を懐いた。

達也と握手したアビゲイルは「これが加重系魔法の技術的三大難問の内、二つを解決した鬼才か・・・」と心の中で感嘆のため息を漏らしていた。なお「加重系魔法の技術的三大難問」とは「理論的には可能なはずなのに技術的には実現できない」と長い間魔法工学上の課題になっていた三つのテーマで、具体的には「重力制御型熱核融合炉」「汎用的飛行魔法」「慣性無限大化による疑似永久機関」を指す。達也はこの内、「重力制御型熱核融合炉」と「汎用的飛行魔法」を技術的に実用化している。

また「FAE理論」とは「Free After Execution theory」、日本語で「後発事象可変理論」とも呼ばれているが、日本の学者の間でも「FAE理論」の方が一般的に通用している。具体的には「魔法で改変された結果として生じる現象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に、改変の直後は物理法則の束縛が緩い。従って、魔法の産物である事象に新たな改変を加える場合は、通常より遥かに小さな事象干渉力で望みの結果を得られる」とする仮説だ。

しかしその「直後」として想定される時間が、一瞬という表現が少しも大袈裟でない程短い為、この仮説を実証することはできなかった。そのFAE理論を初めて証明しただけでなく、魔法兵器として実用化したのがアビゲイル・ステューアット博士だった。

なお達也も今年、新魔法『バリオン・ランス』としてFAE理論の実用化に成功している。ただしこれはまだ、四葉家の関係者と『バリオン・ランス』に敗れた十文字克人、その場にいた七草真由美と渡辺摩利にしか知られていない。

もっとも、自分が実用化できたからといって達也のアビゲイルに対する敬意が薄れることはなかった。達也の『バリオン・ランス』はアビゲイルが作った『ブリオネイク』を参考にしている。彼女の実績があってこその新魔法だ。そこを達也は勘違いしていない。

 

「早速プラントをご覧になりますか?」

 

「ええ、是非」

 

達也はアビゲイルがそわそわしているのを見抜いて、彼女の希望最優先でセレモニーを省略させ空港から恒星炉プラントに直接案内した。道中、研究団は島内のガルムセキュリティーの警備隊の重装備さに驚いたりし、プラントの見学を行なっていた。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラントを一通り案内した後、達也は来日した技術者一行を改めて歓迎の立食パーティーに案内した。時刻は既に正午近かったが、アビゲイルたちに尋ねたところ時差の影響もあり全員あまり食欲が無いとのことだったので、軽食パーティーのままにしたのだ。

 

「アビー、久しぶりですね」

 

そのパーティーにはリーナも参加していた。明らかに日本人ではない彼女は米国技術団の注目を集めていたが、ただ注目されるだけで騒ぎにならなかった。彼らの中で『アンジー・シリウス』の正体を知っている者は、アビゲイル一人だけだった。

 

「やあ、元気にやっているようだね」

 

リーナとアビゲイルの会話に割って入ろうとする者もいない。どうやらアビゲイルは、訪日技術団の中で浮いた存在であるようだ。良く考えれば、それも無理はない。アビゲイルは現時点でまだ二十二歳。アメリカがいくら実力主義といっても、四十代以上がメインの集団の中に二十代前半の小娘が紛れ込んでいれば馴染ませてもらえなくても無理はない。知的エリートであればある程、二十歳年下の実力は、理性的には認められても感情的には受け入れられない部分があるのだろう。それが僅か百年足らずの寿命に縛られた人間というものだ。

 

「博士、ご紹介します。こちらは私のフィアンセの一人です」

 

「初めまして、ステューアット博士。司波深雪と申します。お会いできて光栄です」

 

何とな遠巻きにされている雰囲気を感じ取った達也と深雪がフォローに動いたのも、ホストとしては当然の気遣いと言えよう。

 

「初めまして、四葉のプリンセス。お噂はかねがね」

 

アビゲイルには、深雪の美貌に圧倒された様子が無い。リーナとの付き合いで、美少女に耐性ができているのだろう。しかし他の訪日技術団員はそうもいかなかった。深雪とリーナ、絶世の美少女二人が放つオーラに、先程までとは別の理由でアビゲイルのいるテーブルを遠巻きにしていた。達也とアビゲイル、そして深雪とリーナの周りに人のいない空白地帯が形成される。

 

「ちょうどいい。ミスター司波に伝言があるんだ」

 

その様子を見てアビゲイルは笑みを浮かべ、意味ありげな口調で達也に話しかける。

 

「何でしょう」

 

「探し人が見つかったそうだよ」

 

達也は表情を動かさなかったが、横で聞いていた深雪は驚いた顔でアビゲイルを凝視した。リーナは首をかしげているが、アビゲイルは達也が無表情で自分を見詰めていることに満足げだった。

 

アビゲイルは敢えて「探し人」と表現したのだが、名前を言われなくても、達也と深雪にはそれが誰だか明らかだった。

 

「ロサンゼルスにいたそうだ」

 

達也の推測通り、光宣はUSNAの西海岸にいた。

 

「でも私がボストンを発った時には既に、探し人はロングビーチから小型クルーザーで出国していたらしい」

 

「クルーザーの行き先は分かりますか?」

 

「そこまでは聞いていない」

 

「そうですか・・・ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

アビゲイルは最後まで、達也が探していた相手が何者なのか尋ねなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の日程を全て消化した達也が別宅に戻ってきたのは、午後五時を過ぎていた。達也は出迎えた深雪たちに「ただいま」と答え、深雪の後ろに控えていた水波に薄く軽い鞄を預けて――鞄を渡さないと水波は動こうとしない――リビングのソファに腰を落ち着けた。

 

「お疲れではございませんか?」

 

「俺はそれ程疲れていないが・・・。USNAの技術者はタフだな。着いたその日で時差ボケも残っているだろうに」

 

「まぁ、あの人たちは徹夜なんて日常茶飯事だろうし」

 

深雪が冷たい飲み物を達也の前に置き、達也はグラスの中身を一気に減らした。少し疲れているのではないかと思いつつリーナが会話に割って入ってきたが、達也も深雪もリーナの介入を当たり前のように受け容れた。

 

「それより、これからどうするの?計画通り、燻り出しには成功したみたいだけど・・・船の追跡はできていないんでしょう?」

 

リーナがバランス大佐に光宣の捜索を依頼した際、彼女はわざと七賢人に解読されることが分かっている暗号を使った。達也の指示で。

その目的はリーナが口にした通り。自分たちが捜索されていると知って、光宣は隠れ家から逃げ出した。しかしその後の行方が掴めなくなっているのも、リーナが指摘した通りだ。

 

「光宣君は日本に帰って来るでしょうか・・・。帰国は光宣君にとって、危険な賭けだと思うのですが」

 

不安を隠せぬ声で深雪が呟く。達也は隠れ家を後にした光宣が日本に戻ってくると予想していた。しかし深雪が言う通り光宣が日本に入国したならば、「退魔」を掲げる古式魔法師をはじめとして、大勢の魔法師が彼を付け狙うに違いない。今度は八雲も、光宣を排除する側に回るだろう。それは光宣も十分に予測しているはずだ。

 

「光宣は戻って来る。光宣は水波を見捨てない。俺たちが水波を見放さないのと同様に。この点に関する限り、俺は光宣を信用している」

 

達也の答えは、断言だった。彼の言葉には、予測が予言になると信じさせる力があった。

 

「そうですね・・・。自ら人であることを捨ててまで水波ちゃんを救おうとした光宣君ですもの。手段の是非は別にして、このまま逃げ出すことはありませんよね・・・」

 

深雪のセリフは自分自身に向けたものだったが、その言葉は水波の胸に深く、深く、突き刺さっていた。達也も深雪もリーナも、それに気付いていなかった。

迂闊というより、無神経と言うより、経験不足からくる限界だろう。達也は十八歳。深雪とリーナは十七歳。

どんなに強力な力を持っていても。

個人で国家を退ける魔法を使えても。

彼らはまだ、未熟な高校生だった。



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パラサイトの入国

光宣とレイモンドを乗せた小型クルーザーは、平均五十ノットのスピードで太平洋を西進していた。行き先は達也が予想した通り、日本。その船内で船を人目と観測機器から隠す『仮装行列』を使いながら、光宣は令牌を作成していた。周公瑾が東亜大陸の古式魔法を発動する媒体に使っていた黒い札だ。

この札は紙製ではない。呪術的な加工で表面を黒鉛に変化させた薄い木の札に呪的な文字と図形を刻んで、そこに水銀を流し込み、水銀をやはり呪術加工で硫黄と反応させた辰砂(硫化水銀)に変える。辰砂は日本では『丹』と呼ばれ、ヨーロッパでは『賢者の石』と同一視されることもあった魔法素材。辰砂で魔法陣を刻んだ呪符、それが周公瑾の使っていた令牌だ。光宣は達也との戦いに備え、時間が掛かる令牌作成に、精力的に取り込んでいた。

 

「光宣」

 

キャビンに入ってきたレイモンドに声を掛けられて、光宣は魔法陣を刻んでいた手を止めた。顔上げて、目でレイモンドに続きを促す。

 

「航路に狂いは無し。オートパイロットは正常に稼働中」

 

このクルーザーに乗っているのは光宣とレイモンドの二人だけだ。航海は全て機械任せになっている。この時期、西太平洋では台風のリスクがあるのだが、二人とも全く気にしていない。これは二人が能天気というより、魔法を持つ者と持たない者の意識の違いだろう。高レベルの魔法師であれば、多少の自然災害は脅威にならない。災害自体を防ぐことはできなくても、自分の身と自分が乗っている小型船を守る程度なら何とでもなる。十師族でも上位の魔法力を持っていた光宣は言うに及ばず、レイモンドもスターズに採用される程の才能は無かったが、ハイスクールの魔法師用コースでトップクラスの成績を残す程度の実力はあった。その二人がパラサイト化しているのだ。遭難のリスクを甘く見るのも仕方が無いかもしれない。

 

「このままなら、現地の暦で十九日には日本の領海に入れるよ」

 

レイモンドのセリフには、遭難の「そ」の字もリスクの「リ」の字も含まれていなかった。

 

「十九日か・・・。うん、最悪の事態は避けられそうだ」

 

光宣が何処かホッとしたような面持ちで頷いた。光宣が想定している最悪の事態は、もちろんこの船が沈むことではない。彼は水波の治療の、最後の仕上げが間に合わないことを懸念していた。

光宣の計算では、最終処置が必要になるのは二年後のはずだった。だが達也が自分を探していることから――捜索が達也の依頼によるものというのは何の根拠も無い光宣の推測だが正解だ――水波の容態が急変したと光宣は誤解した。応急処置として水波に取り憑かせたパラサイトを光宣は完全に支配している。水波の病状が悪化したら、それを抑えているパラサイトを通じて光宣にも分かるはずだ。同じ国内にいれば。

理由は今のところ分かっていないが、パラサイト同士の精神感応は、国境を越えると通じなくなってしまう。どんなに距離が近くても、国境を越えた途端、不通になるのだ。光宣がレイモンドとの間で試したところ、同じ船で一人が舳先、もう一人が艫にいて、領海の境界線を舳先が越えた途端、念話が通じなくなった。

実を言えばこれは、パラサイトに限らず妖魔――精神生命体に共通の現象だ。何故人ならざる者たちが、定めた人間ですら忘れがちになる「国境」に影響されるのか、確かな答えは出ていない。有力な仮説は、元々「国境」には妖魔による災禍が自国に及ばないようにする為の結界の性質が与えられているからだと説明しているが、実験で確かめられないから真実かどうかは分からない。

理由は兎も角、日本を脱出した光宣には現在の水波の状態が分からない。水波の容態を確認する為にも、日本に戻らないという選択肢は光宣には無かった。

選択肢と言えば、光宣の本音は空路で日本に入国したかったのだ。一刻も早く帰国したいという焦りは今でもある。しかし米軍の協力を得られなくなった光宣とレイモンドには、空港入国審査を誤魔化す手筈を調えられなかった。日本時間八月十九日まで、あと三日。それまでに水波の容態が致命的に悪化することはあり得ないと、光宣は自分に言い聞かせることで焦りに耐えていた。

すると途端に光宣は痛みに襲われた。我慢できるほどではあったが確実に以上なものであった。

クルーザーのトイレに駆け込み、光宣は咳き込んだ。

 

「ゴホッゴホッ!」

 

ピチャンッ!

 

何かが滴り落ちる音と共に光宣は驚愕した。

 

「(血が・・・黒い!?)」

 

それは文字通り真っ黒であった。墨のように黒い血はトイレの水で薄くなり、色は消えてしまっていた。

 

「(どう言う事だ・・・?)」

 

そして彼は自分の腕の違和感を感じ、袖を捲った。

 

「(これは!?)」

 

そして光宣は腕の変化にまたも驚愕してしまった。先ほどまで何もなかった腕の一部が黒曜石のように黒く変色していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月十六日の朝。達也は巳焼島の別宅が入っているビルの屋上ヘリポートで兵庫と向かい合っていた。

 

「それでは兵庫さん。よろしくお願いします」

 

「お任せください。深雪さまは細心の注意を以て東京までお送り致します」

 

兵庫の背後には主翼にダグテッドファンを組み込んだ小型VTOLが駐まっていて、既に深雪、リーナ、水波の三人が乗り込んでいる。

今日から達也と深雪は別行動だ。達也は恒星炉の技術指導で、プラントが一部稼働を始めている巳焼島を今は離れられない。一方深雪は九校間の交流戦実施が間近に迫った状況で、一高生徒会長として東京に戻らなければならなくなった。その為の別行動だ。

兵庫が操縦席に乗り込み、電動モーターのリフトファン式VTOが静かに離陸する。窓越しに手を振る深雪に、達也は屋上から手を振り返した。

兵庫が巳焼島に戻ってきたのは正午前だった。この時間になったのは、調布の自宅に深雪たちを送り届けただけでなく、その後深雪とリーナを一高まで自走車で送っていったからだ。深雪のエスコートは達也の指示によるもの。理由はもちろん深雪の身を守ることだが、調布のビルに常駐している運転手ではなく兵庫に送らせたのには他にも目的があった。

 

「達也様、ご命令の品を回収して参りました」

 

そう言いながら、兵庫は手に何も持っていない。その代わりに、彼の隣にはメイド服を着た一つの人影があった。

 

『マスター、ご命令をお願いします』

 

その人影はパラサイトを宿した3H、ピクシーだった。達也はピクシーに一高生徒会室で生徒会の手伝いを命じていた。ピクシーはこの命令に従って生徒会室から動かなかった。パラサイトを宿した彼女には、自分の意思で行動する能力があるにも拘わらず、達也の命令を固く守っていたのだ。

その達也が自分を呼び寄せたとなれば、達也の側で何か新しい仕事をもらえるとピクシーが考えるのも当然かもしれない。

 

「まず、家事を頼む」

 

『喜んで』

 

その言葉の通り歓喜の念にあふれたテレパシーがピクシーから返ってきた。元々3Hが家事を補助する目的で作られたロボットだから、と言うのはあまり関係ないだろう。ピクシーにパラサイトを固定している念の核は「達也に全てを捧げたい」という想いだ。達也の身の回りの世話は、ピクシーと一体化したパラサイトの本望に違いない。

 

「それともう一つ。パラサイトの侵入を感知したら報せろ」

 

『それは外国からの侵入という意味ですか?』

 

「そうだ。消耗した想子は俺が分けてやる」

 

『本当ですか!?ありがたき幸せ・・・!』

 

ピクシーのボディは自ら想子を生み出すことができない。その為、パラサイトの本体が活動することによって消費する想子は外部から補給を受けなければならない。その誕生の経緯からピクシーが想子を受け取る最大の供給元はほのかだったが、今日から達也がその役目を果たしてくれるというのだ。ピクシーは恍惚となっていた。

 

「今のところは以上だ」

 

『・・・かしこまりました、マスター』

 

恍惚の中でも達也の言葉を聞き逃すことはなく、ピクシーは笑顔で一礼した。――サイコキネシスで表情を作るのは達也に禁止されていたが、それを失念してしまうくらいピクシーは舞い上がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月十九日、午前十時。

 

「光宣、日本の領海に入るよ」

 

GPS付きの海図を見ていたレイモンドが光宣に注意を促す。国境内に入ればパラサイト同士の交信が可能になるということは同時に、日本にいるパラサイトに光宣とレイモンドの密入国が感知されてしまうということだ。

光宣が出国した時、日本国内にパラサイトは残っていなかった。日本にパラサイトが新たに発生したとは思われないが、パラサイドールの存在がある。『仮装行列』で偽装しなければ、ほぼ確実に自分たちの所在を掴まれてしまうだろう。

しかしパラサイト用のチャネルを閉じてしまうと水波の容態を探れなくなる。水波の容態が今すぐ処置が必要なほど悪化しているのか、それともまだ時間的な余裕が残されているのか。それは光宣の行動方針を決定する要因だ。分からないまま済ませるという選択肢は無い。

光宣は、密入国を知られるのは仕方が無いと諦めた。兎に角居場所を隠せれば良いと割り切ることにしていた。一瞬で水波の現状を読み取り、間髪入れず『仮装行列』を展開して自分たちの所在を隠す。彼はそう決めていた。

 

「テン、ナイン、エイト、セブン・・・」

 

レイモンドに領海線越えのカウントダウンをさせているのはそのタイミングを計る為だ。秒単位の勝負になる、と光宣は見ていた。幸い、と言って良いのか、達也はパラサイトではない。パラサイドールに自分たちの侵入を見張らせていても、報告を受ける過程で不可避のタイムラグが発生する、はずだ。達也が『精霊の眼』を自分たちに向ける前に『仮装行列』を発動できれば、当面は発見されることを免れる。これが光宣のプランだった。

 

「・・・スリー、ツー、ワン、ゼロ!」

 

レイモンドの「ゼロ」と掛け声と共に、光宣は一瞬だけ魔法的知覚力を全開にした。光宣はパールアンドハーミーズ基地でスターズのゾーイ・スピカを殺し、焼き尽くした死体の灰の中から抜け出したパラサイトを魔法で捕らえ、支配していた。

 

支配の鎖は水波が国境線を越え日本に入国したことによりいったん切れてしまったが、パラサイトを縛る魔法そのものまで消えてしまったわけではない。光宣は隷属の印として与えた魔法的な焼き印のシグナルをたどって、水波の魔法演算領域を封じているパラサイトの状態を確認した。

 

「(杞憂だったか)」

 

光宣は心から安堵した。水波に埋め込んだパラサイトは彼女と別れた時のまま、完全に不活性化したままだ。封印状態も良好。水波の容態が急変したというのは考え過ぎだった。

それが分かれば無防備な状態を続けている意味はない。光宣はすぐに気を引き締め、予定通り『仮装行列』を念入りに発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣が『仮装行列』を発動するより少し前。

 

『マスター!』

 

緊迫した音声のテレパシーが達也の脳裏に響く。ある特定の場合のみシチュエーションを問わず報告するよう命じていたピクシーのテレパシーだ。

 

「すみません、ドクター。少し外させていただきます」

 

達也は建設中の恒星炉をアメリカ技術団と見学しているところだった。技術的なレクチャーは終わっている。案内役は別にいて、達也は単に付き添っているだけだった。

 

「分かりました。私たちの事はお気になさらないでください」

 

達也の申し出に、アビゲイルは事情を詮索せず快く頷いた。スターズの技術顧問をしていた彼女は、突発的な出来事に慣れているのだろう。

達也は組立工場を出て真夏の日差しの下を歩きながら、ポケットから小型無線機を取り出しピクシーへの通話回線を開いた。

 

「捉えたのか?」

 

『西方海上にパラサイトの波動を感知しました。一瞬で見失ってしまいましたが、間違いありません』

 

「詳しい位置は分かるか?」

 

『志摩半島南東沖です』

 

「志摩半島か・・・」

 

六月末、レイモンド・クラークは偽装旅券を使って関西国際空港から入国した。もしかしたらあの辺りに、何らかの密入国ルートがあるのかもしれない。また、紀伊半島内陸に入れば光宣の地元だ。余所者には分からない抜け穴もあるだろう。

 

「(九島家は当てにならないからな・・・)」

 

九島家は先月中旬、光宣の逃亡を手助けしている。今回もまた光宣の側につくかもしれない。九島家を使おうとしたら、光宣にこちらの情報が筒抜けになってしまう可能性がある。

 

「(二木家を頼るという手もないわけではないが・・・)」

 

二木家の本拠地は芦屋。大阪湾、瀬戸内海方面から上陸するなら、二木家が所在を捕捉できるかもしれない。

 

「(・・・止めておくか)」

 

そこまで考えて、達也は思い浮かべたアイデアを自ら却下した。光宣が帰国した理由が達也の考えている通りだったら、向こうから接触してくるはずだ。下手に手を出してまた富士の樹海のような隠れ家に引き篭もられでもしたら、無駄に時間が流れてしまう。八雲は「当面の心配は要らない」と言っていたが、水波の容態は何時悪化するか分からない。この状況で時間の浪費は好ましくない。

 

「引き続きパッシブモードで監視を続けてくれ」

 

『かしこまりました、マスター』

 

達也はピクシーに対してこう命じるに留め、電話を掛けた。

 

「凛、俺だ。光宣を探してくれ」

 

『了解、捜索範囲は?』

 

「紀伊半島から西日本にかけての全域。一時間以内にできるか?」

 

『厳しいわね。できても紀伊半島から近畿までね』

 

「それでも頼む」

 

『分かったわ。要請はしておく。でも期待しないでね。彼の仮装行列は強力だから』

 

「ああ」

 

そう言うと連絡は切れた。達也は一応の対策ができたことに一瞬だけホッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして凛が伝えたように光宣の補足はできなかった。



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決戦前夜

八月二十日、光宣とレイモンドは神戸に上陸した。行き先は前回、レイモンドがレグルスと密入国した際に光宣が二人を匿った南京町の屋敷だ。

 

「ここはもう、知られているんじゃないの?」

 

屋敷の裏手に連れてこられたレイモンドが不安げに問いかける。光宣は気にした様子もなく、裏口から屋敷に入った。以前、主人の証を光宣が見せたことを覚えていた使用人が恭しい態度で光宣たちを迎える。光宣は使用人に荷物を預けて、掃除が行き届いた書斎の椅子に腰を落ち着けた。

 

「戦場で最も安全な場所は最後に砲弾が落ちたところらしいよ」

 

そして、部屋の隅に置かれている籐椅子に身体を預けたレイモンドに話しかける。それが裏口の前で自分が示した懸念に対する答えだと、レイモンドは十秒程経って気付いた。

 

「存在がバレてしまった隠れ家に戻ってくるはずが無いという思い込みの裏を掻く、ということかい?」

 

「さっきの戦場の話は当てにならないと思うけどね。ここはとりあえず大丈夫じゃないかな。張り込みをしている警官も魔法師もいなかったし、今回はここに長居するつもりは無いから」

 

光宣は窓の外に顔を向ける。彼の目は、東の空に向けられていた。

 

「そうとも。長居するつもりは無いんだ・・・」

 

光宣はもう一度、今度は独り言のようにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月二十三日、金曜日の朝。制服に着替えた深雪が自室を出ると、水波が珍しくダイニングテーブルの椅子に座ってボウッとしていた。

 

「水波ちゃん?」

 

「あっ、深雪様。おはようございます」

 

水波が慌てて立ち上がろうとする。だが彼女はその途中で、足が萎えたように力なく椅子の上に逆戻りした。

 

「水波ちゃん!?どうしたの!?」

 

深雪が悲鳴を上げて走り寄る。

 

「あの、大丈夫です・・・。ただの立ち眩みですから」

 

もう一度立ち上がろうとする水波の身体を、腋の下に両腕を差し入れて深雪が抱きかかえる。

 

「無理しないで!とりあえず、こっちへ」

 

その体勢で、深雪は水波をリビングのソファに座らせた。

 

「メディカルコール!」

 

そして水波の身体に手を添えた状態で、ホームオートメーションに呼び掛ける。

 

『こちらメディカルルーム。深雪様、お身体に何か?』

 

その声に応えて、ビルに常駐する医療スタッフが壁面のスピーカーから問い返す。

 

「私ではありません。桜井水波の身体に異常が現れました。すぐに部屋へ来てください」

 

『直ちに向かいます』

 

医療スタッフは即座に、深雪の命令に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波の診断が終わってすぐ、深雪は達也へ電話を入れていた。

 

「それで、水波の容態は?」

 

『軽い貧血でした。お医者様は、夏バテではないかと』

 

「そうか・・・」

 

巳焼島の研究室で深雪からの電話を受けた達也は、それを聞いて胸を撫で下ろした。報告を聞いて飛んできた凛からも問題ないと言われ達也達は安堵した。

 

『入院の必要は無いそうです。今はベッドで休ませています』

 

「そうだな。肉体的なものだけでなく、心労も溜まっているに違いない。水波には休息が必要だろう」

 

水波は戻ってきてからずっと働き詰めだった。その前は二週間の逃亡生活。光宣に連れ去られた時の経緯も、大きなストレスになっていたはずだ。ただでさえ体調を崩してもおかしくない状況だった。水波が魔法演算領域のオーバーヒートという爆弾を抱えていることを考えれば、もっと早く、無理にでも休ませておくべきだったかもしれない。

 

『今日は登校せず、このまま水波ちゃんの様子を見守るつもりです』

 

「俺もすぐにそちらへ戻る」

 

『えっ?お仕事はよろしいのですか?』

 

「一通り、案内は終わった。後は随時、ミーティングを持つ形になる」

 

達也の言葉は嘘ではない。USNAから派遣された技術団の案内は昨日で終わっている。後は自由に見学してもらって、分からないところをミーティングで纏めて説明するだけだ。

 

『そうですか』

 

ディスプレイの中で深雪がホッと安堵の表情を浮かべた。リーナが側に居るとはいえ、やはり達也が不在では心細かったのだろう。

 

『お待ちしております、お兄様』

 

画面の中で、深雪が丁寧に一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波の不調は取り憑かせているパラサイトを通じて、神戸の光宣にも伝わった。

 

「・・・光宣、大丈夫かい?」

 

日が西に傾いた頃には、光宣はすっかり憔悴していた。レイモンドが心配して、こう声を掛けてきた程だ。

凍結状態にあるパラサイトに、意思疎通の能力は無い。ただ取り憑いている対象である水波の想子活性度がパラサイトを縛り付けている術式を通して伝わって来るだけだ。

詳しい状態は分からない。その所為で光宣は朝からずっと、焦りと戦わなければならなかった。所在を知られてしまうリスクを冒してでも、水波の詳しい容態を知りたいという焦りだ。

光宣は達也から何時までも逃げ隠れしているつもりは無い。だが、ただ殺されるのでは、あるいは捕らえられ封印されてしまうのでは、日本に戻ってきた意味が無い。殺されるのなら、水波の側でなければならないのだ。

 

「・・・決めたよ、レイモンド」

 

光宣は顔を上げてレイモンドに笑顔を向けた。

 

「今夜のうちに移動しよう」

 

その言葉を聞いて、レイモンドが目を見開いた。

 

「じゃあ、いよいよだね」

 

「うん。明日、達也さんに挑戦状を送る」

 

光宣は固い決意を感じさせる声音で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が調布のビルに着いたのは昼前のことだった。エアカーで屋上のヘリポートに降りて部屋に迎え入れられた時には、水波は自分用の住居として割り当てられた最上階のワンルームで眠っていた。彼女が起きてきたのは午後五時過ぎだ。

 

「水波、もう起きて大丈夫なの?」

 

真っ先に声を掛けたのは、水波を心配して昼食の時からずっと深雪宅のリビングにいたリーナだった。リーナは水波とは別に、やはり同じビル、同じ最上階のワンルームを住居として与えられている。

 

「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

 

水波はリーナに続いて達也、深雪に向かって、一度ずつ頭を下げた。

 

「水波ちゃん、無理はしないでね。少しでも調子が悪かったら正直に言うのよ」

 

「そうよ、水波ちゃん。今日はゆっくり休んでいなさい」

 

「かしこまりました」

 

深雪と凛の言葉に、水波がもう一度頭を下げる。

 

「兎に角、大事が無くてよかった」

 

「達也さま。お仕事の邪魔をしてしまい、まことに申し訳ございません」

 

「気にしなくて良い。一日や二日で遅れが出るような仕事はしていない」

 

罪悪感に塗れた顔を見せる水波に、達也は安心させるような表情で彼女の髪を撫でる。

 

「うわっ。思い上がりに聞こえないところが何か、むかつく」

 

「このアホンだれがぁ!!」

 

「グエッ!」

 

リーナが態と憎々しげな口調で茶々を入れる。そこに凛の盛大なチョップが炸裂し、リーナが首を絞めた様な声を出し、まず深雪が失笑し、水波へと笑い声が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が巳焼島から調布に戻ったのは、第一に水波のことが心配だったからだが、それだけが理由ではなかった。帰宅当日は見込んでいた事態は起こらなかった。彼の予測が的中したのは翌日夕方のことだった。

 

「達也さま。メールが届いております」

 

「俺宛に?」

 

メール着信を告げた水波に問い返す達也の声に意外感は無い。むしろ何らかのコンタクトを期待していたようにも感じられる口調だ。

 

「はい」

 

「開けてくれ」

 

達也の個人アドレスにではなく、家庭用のアドレスに届いたメール。達也はそれを自分の部屋で読むのではなく、リビングの壁面ディスプレイ上で開くよう水波に命じた。暗号文が自動的にデコードされ画面に表示される。短い平文と地図。それをリビングに集まっていた達也と深雪と水波が同時に見た。――なお朝昼晩と食卓を共にするリーナは、まだ自分の部屋だ。

 

「光宣君!?」

 

驚きの声を上げたのは深雪。差出人は、光宣だった。水波は目を大きく見開き、両手で口を塞いで固まっている。達也だけが平然としていた。まるで、光宣から連絡があると分かっていたかの様に。いや、「かの様に」ではない。達也は光宣からの連絡を待っていたのだった。

 

「明日の二十二時か」

 

メールは一瞥しただけで読み終えられる程、短い物だった。そこには「八月二十五日二十二時、東富士演習場でお待ちしています。九島光宣」と書かれており、添付された地図は演習場の一地点がマークされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十四日、土曜日の夜。光宣とレイモンドは大胆にも、東富士演習場内にあるホテルのツインルームにいた。忍び込んだのではない。光宣の魔法で別人に成りすまして堂々と宿泊しているのだ。ここは国防軍士官が泊まるホテルで偽装魔法対策も高いレベルでされていたが、それでも第九研から現代魔法と古式魔法の技能を、周公瑾から東亜大陸流古式魔法の知識を受け継いだ光宣の偽装を見破ることはできなかったのである。

 

「光宣、何でこんな危ない真似を?」

 

部屋に案内されるまでは、かえってそのスリルを楽しんでいたレイモンドが、部屋の鍵を閉め監視カメラや盗聴器が仕掛けられていないことを確認して一息吐いたところで、今更のように光宣に尋ねた。

 

「このホテルは九校戦の時期、選手の宿泊施設に提供されていたんだ」

 

「へぇ・・・」

 

レイモンドは九校戦が何かを知っていた。光宣が健康上の理由で、九校戦に出られなかったことも。

 

「一度、泊まってみたかったんだよ。こんな機会は、もう二度とないだろうし」

 

「・・・そうだね。良いんじゃないかな」

 

レイモンドは光宣が明日、何をするつもりなのかも知っている。「二度とない」という言葉の裏にどんな決意が隠されているのかも。それを思えば、多少の無茶を責める気にはなれなかった。

 

「誰にも怪しまれなかったんだし、達也もまさか、僕たちがこんな所に隠れているなんて思わないよ」

 

態と軽く言ったレイモンドに光宣は何も言葉を返さず、ただ儚い笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣から送られてきた「果たし状」を、達也は秘密にしなかった。

 

『・・・では、一人で行くつもりなの?』

 

光宣から呼び出された件を報告し、手出しはしないでほしいと告げた達也に、真夜はそう尋ねた。

 

「いえ、深雪と水波。凛と弘樹を連れていくつもりです。あと、深雪の護衛にリーナもですね」

 

『大丈夫なのかしら?』

 

疑問を呈して見せながら、真夜はそれ程心配している風でもない。

 

「問題ないでしょう。光宣にはもう、手駒はありません」

 

『分かりました。九島光宣の処理については、達也さんに一任します。ただし、今回で確実に終わらせなさい』

 

その代わり、真夜は強い口調で念を押した。

 

「承りました」

 

達也は気負った素振りも無く、その命令を受諾する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜と話が終わった後、達也はすぐに次の電話を掛けた。今度はヴィジホンではなく音声のみの通話だ。

 

『もしもし』

 

コール音が三回繰り返された後スピーカから流れ出す、古典的な応答文句。電話の相手は八雲だ。

 

「達也です。師匠ですか?」

 

『うん、どうしたんだい』

 

「パラサイトの九島光宣とレイモンド・クラークが密入国しました」

 

『月曜日だったかな』

 

「ご存じでしたか」

 

達也に驚きは無い。彼がピクシーを使って光宣たちの反応を見つけたように、八雲がパラサイトの侵入を察知する魔法的な手段を持っていても不思議ではない。むしろ八雲にできないと思う方がおかしいだろう。

 

『今は気配を絶っているようだね。僕に探して欲しいのかい?』

 

「もしかして、既に把握済みですか?」

 

『いや。今のところ行方不明だよ』

 

「今は分からなくても、探そうと思えば探せると。さすがですね、師匠」

 

達也はお世辞ではなく感嘆を漏らした。だがすぐに、引き締まった表情を取り戻す。

 

「しかし今回は光宣の居場所を教えていただく必要はありません」

 

そう前置きして達也は、光宣から受け取ったメールの内容を八雲に打ち明けた。

 

『彼の挑戦を受けるつもりなんだね?向こうから姿を見せるから、探す必要は無いということかな?』

 

「そうです」

 

『水波くんはどうするんだ。もしかして、連れていくつもりなのかい?』

 

見透かされている。達也はそう感じたが、気にはならなかった。今回は何を考えているか見抜かれても警戒する必要の無いケースだ。

 

「連れて行って、けりを付けます」

 

『九島光宣を滅ぼすということかな?』

 

「・・・師匠。光宣の件は、俺に任せてもらえませんか」

 

達也は八雲の問いかけに答えることを避けた。

 

『ふーん・・・』

 

音声のみの通話だから、八雲がどんな表情を浮かべているのかは見えていない。だが音声だけでも、達也の真意を窺う様な顔になっているに違いないと分かった。

 

「師匠にも東道閣下にもご納得いただける結果をお約束します」

 

『だから今回は干渉するな、と言うんだね?』

 

「そうです」

 

『良いよ』

 

予想に反して、八雲の答えはすぐに返ってきた。かえって達也の方が、反応にタイムラグを生じさせてしまう。

 

「・・・ありがとうございます」

 

『でも、あの方々を納得させるのは難しいよ。東道閣下はご理解くださると思うけど』

 

「あの方々」というのは、横須賀から出国しようとする光宣と水波を達也が追いかけていた最中に、障碍として立ち塞がり本気で戦う羽目になった八雲から、戦闘終了後に聞かされた達也が知らない「国家の黒幕」のことだろう。

おそらくその「黒幕」と四葉家のスポンサーは同一の存在。達也はそう考えている。八雲に「この国で二番目くらい」と言わせた権力を別にしても、その意向を無視するのが難しい相手だ。それでも達也は、自分が思い描いた結末を変えるつもりは無かった。

 

「大丈夫です。任せてください」

 

ここで大言壮語を吐くことに、躊躇いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明晩でございますか。いきなりである感は否めませんな」

 

真夜は斜め上から聞こえてきた声に顔を上げた。その視線を勘違いしたのか、葉山は真夜の前に置かれたティーカップの中身を捨て、新しい一杯を注いだ。

 

「反対しないのですね」

 

「達也様が九島光宣との戦いにおいてお一人で臨まれようとしていることに、でございますか?」

 

「凛さんや弘樹さんも連れていくようだけど」

 

「達也様が深雪様方のご助勢をお許しになることは無いでしょう。奥様もそうお考えなのでは?」

 

葉山の反問に、真夜はあっさり「ええ」と頷いた。

 

「達也さんが九島光宣に後れを取ることはあり得ないのだけど、また逃げられてしまわないかしら?」

 

素直になったついでに、真夜は自分が懐いている懸念を問い掛けの形で葉山に打ち明ける。

 

「達也様もその点は十分に警戒されているのではないかと存じます。凛様方をお連れになるのもそれが理由かと」

 

「・・・葉山さん」

 

真夜が次の言葉を発するまでに、短くない間があった。

 

「はい、何でございましょうか」

 

「万が一パラサイトに逃げられでもしたら、元老院の心証は最悪でしょうね」

 

「ご機嫌を直していただくまで、多大な時間と労力を費やさなければならないでしょう」

 

真夜が口にした『元老院』は明治初期、帝国議会開設前に存在した立法機関のことではない。無論その後継機関ではないし、憲法外機関だった『元老』とも無関係だ。

四葉家のスポンサーとなり、四葉家に凶悪犯罪を犯した魔法師、凶悪犯罪を目論む魔法師を捕らえ、処分させてきた非公式の秘密組織。それが『元老院』であり、東道青波もその一員だ。

四葉家は師族会議を、実のところ眼中に入れていない。魔法協会が何を言おうと、意に介さない。日本政府は四葉家に口出しするどころか、逆に恐れている。四葉家が気に掛けているのは、影響されることを受け容れているのは、元老院だけだった。

 

「私たちの役目は魔の闇に落ちた人間を処理することで、人間ではない魔物は守備範囲外なのだけど」

 

「パラサイトは人間が変異した魔物ですので、四葉家の守備範囲に含まれます」

 

「葉山支配人、それは元老院のエージェントとしてのご意見かしら?」

 

真夜が葉山に、鋭い視線を向ける。他の使用人がいる前では、決して葉山に向けない種類の視線だ。葉山が四葉家と神木家の関係を調査・監視する目的で元老院から派遣されたエージェントだということは、四葉家の中でも当主だけが知り得る秘密だった。

 

「滅相もございません。奥様の執事としての言葉でございます」

 

もっとも葉山自身は、長年苦楽を共にしてきた結果、今や元老院エージェントとしての自分より真夜の執事である自分に重きを置いている。葉山が変わることの無い恭しい態度で真夜に告げた答えは、彼の本心だった。

 

「そう・・・」

 

真夜の視線が和らぐ。

 

「では四葉家の筆頭執事としての意見を聞かせて。明日、私たちは動くべきかしら?それとも動かずにいるべきかしら?」

 

「そうでございますね。達也様の邪魔にならぬよう、遠巻きに囲むのがよろしいかと」

 

「伏兵包囲ね・・・。良いわ、そうしましょう。葉山さん、手配をお願い出来る」

 

「分家の皆様には?」

 

「夕歌さんにだけ、声を掛けてください」

 

真夜は迷わず、津久葉家以外には手を出させないように命じた。

 

「かしこまりました」

 

葉山は一礼して、主の命を果たすべく真夜の書斎を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書斎を後にした葉山は元老院の事を考えていた。

 

「(元老医の方々は凛様のお力を知り、ますます勢いづくこととなった。我が日本は穢れなき神国であると・・・だが、その神国であると思っているが故に一層穢れを嫌う様になった・・・)」

 

葉山は若い頃に凛にピシャリと元老院のエージェントである事を言われた時のことを思い出した。

 

「(穢れを極端に嫌い。穢れを無くそうと凛様を動かそうとし、逆鱗をくらい、消えた家系はもはや数え切れない・・・)」

 

葉山はそう考えると思わずため息を吐きそうになった。

 

「(特に四大老の一つが凛様の力を使い、日本という国を変えようとした時。その一家は弘樹様によって赤ん坊までも皆殺しにあった・・・)」

 

葉山は今度はその惨劇を思い出した。

 

「(それ以降、元老院は下手に凛様に手を出さなくなった・・・いや、この場合元老院の上の立場となったと言った方がいいのでしょう・・・)」

 

そう言い、葉山は元老院が神木家に対する態度を思い出していた。その時の元老院は凛の様子を伺うようにビクビクしていた。実際、彼女にはその様な権力があり、国を潰すなど造作もなかったのだ。

 

「(だが、そんな事に興味のなかった凛様は特に元老院に指図することもなく、今まで指示することなどは無かった。)」

 

そして葉山は部下に指示をするとまた書斎に戻る途中でさっきの続きを想像していた。

 

「(だからこそ、今の元老院は凛様と持ちつ持たれつの関係となっている・・・それが今後どの様に変化するかはわからないな)」

 

葉山は書斎に戻るまでの間にそんなことばかりを考えていた。



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決戦1

八月二十五日、日曜日の夜。光宣が達也を呼び出した先は、去年まで九校戦のモノリス・コード草原ステージとして使われていた場所であり、もうすぐ実施される交流戦でも試合会場になる予定地だった。既に整地は終わっている。今年の交流戦では観戦席を建設する予定は無いので、あとはモノリスを据え付けるだけで試合が可能な状態だ。今日は日曜日ということで、会場の設営作業は行われていない。しかも時刻はもうすぐ午後十時。辺りに人影は全く無かった。

とはいえここは国防軍の演習場敷地内だ。侵入防止柵もあれば監視装置も設置されている。警衛隊も定期的に巡回している。そう簡単に立ち入れる場所ではない、はずだった。

ところが達也の運転する自走車は演習場のゲートでIDの提示を求められもせず、ほぼ顔パスで通過できただけでなく、駐車場から招待された草原まで一度も巡回の兵士に会わなかった。

 

「ねえ、いくら何でも変じゃない?」

 

「お兄様、これは・・・」

 

気味悪げに漏らしたリーナのセリフを受けて、深雪が険しい表情で達也に話しかけた。

 

「ああ、光宣の仕業だろうな」

 

リーナが驚愕を露わにして達也の顔を凝視する。

 

「精神干渉系魔法で操ってるってこと!?こんなに広い範囲を!?」

 

「光宣の中にいる周公瑾は方向感覚を狂わせる鬼門遁甲という東亜大陸流古式魔法を得意にしていた。特定の誰かではなく、自分に意識を向けた不特定多数の方向感覚を狂わせてしまう魔法だ。おそらくその応用で、警備の兵士が俺たちに出会わないようにしているんだろう」

 

「不特定多数の相手って、そんなことができるの!?」

 

「君のパレードだってそうじゃないか、情報体偽装の効果は相手を限定せずに及ぶ」

 

「それは、そうだけど・・・。じゃあゲートは!?ゲートの歩哨は私たちのことを認識していたわよ?」

 

「あれはまた別の魔法だろう。俺たちを中に通すことに疑問を持たない、といった類いの暗示が掛けられていたんじゃないか。せっかく準備してきた許可書が無駄になってしまったな」

 

達也は演習場に隣接する基地内へ合法的に入る許可書を用意していた。しかしそれは、結果的には不要となった。……まぁ達也にすれば、半日で手に入れた物だからそれほど残念でもなかった。

それ以上聞きたいことは、リーナには無かったようだ。四人は沈黙のまま、招待状、あるいは果たし状に指定された場所で足を止めた。達也は別の車でやってきた凛を見た。

 

「凛、分かっていると思うが・・・」

 

「ええ、手は出さないわよ。でも・・・彼に異変があれば私は動くわよ」

 

「ああ・・・分かっている・・・」

 

待つ必要は二人が短い会話しかできないほどしか無かった。

達也たちが歩いてきたのとは反対方向、闇の向こう側から光宣とレイモンドが姿を現す。およそ五メートル。話をするには少々遠い距離で足を止めた光宣の視線が一秒足らずの短い時間、達也の左斜め後ろに立つ三人の内、水波の上で固定された。だが光宣はすぐに、達也へ目を向け直した。

 

「達也さん。昨日の今日にも拘わらず、来てくださって嬉しく思います」

 

「来ないという選択肢は無かった。俺も光宣に用があったから」

 

達也が振り返り、水波を一瞥する。態とだろうが、分かり易い視線の動きだった。

 

「何の用だか、当然分かっていると思う」

 

「ええ、わかります。水波さんの魔法演算領域を封じているパラサイトを取り除け、と仰りたいんでしょう?」

 

「そうだ。光宣、お前は水波が自分の意思で受け容れない限り、パラサイトにはしないと言っていたな」

 

達也の糾弾に、光宣は妖しく微笑んだ。

 

「水波さんのオーバーヒートを防いでいるパラサイトは完全な休眠状態にあります。僕が命じない限り、水波さんがパラサイト化することはありません」

 

「お前の自制心を信じろと言うのか?」

 

光宣の笑みが妖しさを増す。夜の闇が似合うその笑みは、思わず魅入られてしまう美しさを備えていた。それは、完全に人外の美だった。

 

「信じられないでしょうね。正直に言って、自分でも百パーセントは信じられません」

 

「光宣、お前・・・」

 

「達也さんには分からないでしょう。愛する人と共に生きていくことを許された貴方には」

 

「光宣君、貴方・・・」

 

深雪が哀しげな呟きを漏らす。

 

「達也さんの人生が順風満帆だったなんて、思ってはいません。一年の四分の一を病床で過ごし、残りの四分の三も危険なことなどさせてもらえなかった僕には想像もできない陰惨な経験だってしてきたんだと思います。そうでなければ、あんな風に世界と戦おうなんて思えないでしょうから」

 

光宣の顔から笑みが消え、言葉にできない何かを呑み込んだような表情がその美貌を過る。

 

「でも達也さんは一人じゃない。過去のことは知りませんが、現在と未来は、一人じゃない」

 

「・・・だからお前も、一人は嫌だと?」

 

達也の問いかけに、光宣は頭を振った。

 

「分かっているんです。僕は、一人じゃなかった。今だって、死ぬかもしれないリスクを冒して付き合ってくれる仲間がいる。一人だけですけど」

 

光宣が自嘲の笑い声を漏らした。

 

「こうなってしまったのは誰の所為でもない。僕自身の選択の結果です。僕はそれが間違っていたとは思わない。パラサイトになったのはベストではなかったかもしれないけど、正しい選択だったと今でも思っています」

 

光宣が使った「正しい選択」という言葉を聞いて、その結果が祖父殺しという悲惨な結果を招いた、とは、達也は指摘しなかった。ただ冷淡な声で断じただけだ。

 

「愚かな正しさだ」

 

「達也さんから見ればそうなのでしょうね。貴方は強い人だ。愚かさに縋らなければならない弱さを理解できても、共感なんてできないでしょう」

 

それは違う、と達也は思った。自分は弱さを、許されなかっただけだ。だが思っただけで口にはしない。それは多分、この場で口にすべきことではなかった。

 

「そして僕は弱いから、自分の本心を抑え続けていられる自信が無い。彼女と一緒にいたい、彼女を自分と同じにしたいという欲に耐え続けられるかどうか、自分でも分からない」

 

「弱ければ、許されるとでも思っているのか?」

 

厳しい声で達也が問う。光宣は弱々しく、首を左右に振った。

 

「弱さが免罪符になるなんて思ってません。僕はただ、事実を告白しているだけです」

 

「ならばなおのこと。今すぐ、水波に取り憑かせているパラサイトを取り除け」

 

「取り除いた後、どうするんです?冬眠パラサイトの蓋が無くなれば、水波さんはまた『魔法演算領域のオーバーヒート』のリスクに曝されることになりますよ」

 

光宣は、ややシニカルな口調で問い掛け、この上なく真摯な眼差しを達也に向ける。

 

「既に方法は考えてある。後は水波の同意があればすぐにでも実施できるが、パラサイトがその場に居続ける限り、水波をそのリスクから完全に救い出すことはできない」

 

達也が使った「完全」という答えに、光宣はどう感じ取ったのか、達也にはもちろん、彼の後ろで聞いていた深雪とリーナにも分からなかった。

 

「そうですか」

 

予想以上に強気な達也の答えを聞いて、光宣は能面の様な表情で呟いた。そしてその直後、彼の顔に妖しい笑みが戻る。

 

「その為には二つの方法があります。一つ目は言うまでも無く、僕がパラサイトに水波さんの中から消えていくよう命じること。瞬間的にパラサイトの休眠が解除されますが、僕の支配下にあるので水波さんが侵食されることはありません」

 

光宣がそのつもりなら、態々説明する前に水波からパラサイトを取り除いているだろう。つまり、この一つ目の方法を採るつもりは無いということだ。

 

「そして二つ目は、僕を殺すことです。この場合はパラサイトは解放されてしまいますが、強制休眠で弱っていますので水波さんが侵食を受ける可能性はほとんどありません。感覚的な数字で申し訳ないのですが、侵食が始まる可能性は十パーセントも無いでしょう。せいぜい五パーセントというところではないでしょうか」

 

自分を殺せば望みが叶う。つまり、自分を殺せと光宣は言っているのだが、とてもそうは思えない、穏やかな語り口だ。

 

「達也、ちょっと」

 

それまで黙って達也と光宣の対決を見守っていたリーナが、達也の袖を小さく二度、引っ張る。達也が顔を動かさずリーナへ目を向けた。

 

「信じられないわ。罠じゃないの、水波をパラサイトに変える為の」

 

小声で囁き掛けるリーナ。

 

「嘘ではないだろう。水波がパラサイトになっても自分が死んでしまえば、光宣にとっては意味が無い」

 

達也は光宣にも聞こえる声でリーナに答える。その言葉を耳にした光宣が、一瞬表情を歪めた。だがすぐに、端整なたたずまいを取り戻す。

 

「というわけです。達也さん、始めましょうか――殺し合いを」

 

直後に発生する破裂音。達也のすぐ前で電光が弾ける。火花は雷撃に成長することなく消え失せた。光宣の『スパーク』と達也の『術式解散』だ。

 

「全員下がれ。弘樹、リーナ、全員を頼む」

 

「了解」

 

「任せて!」

 

達也の指示に、弘樹は変装を解き、水波を中心に全員が収まるように結界が張られる。

 

「金剛六式 鉄蚊帳」

 

弘樹が展開した結界は金剛石以上の硬度となり、あらゆるものを通さない防護壁として全員を守っていた。

一方、光宣とレイモンドの間に言葉の遣り取りはなかった。光宣が魔法を放つと同時に、レイモンドは邪魔にならない距離まで飛び退っていた。

光宣の全身から想子光が放たれる。魔法の扱いに長けた光宣が余剰想子光を漏らす程の、高出力の魔法が行使された兆候だ。しかし、何も起こらなかった。

良く見れば、達也の周りで微かに想子光が舞っている。空気中の想子が、達也の身体から五十センチの境界面で撥ね返っているのだ。

想子は物質を透過する。撥ね返っているということは、想子に作用する魔法的な力場が達也の周囲に展開されているということだ。

しかしそこに、魔法式のような情報構造は無かった。それは『精霊の眼』でなくても、情報体の存在を認識する魔法師の知覚力を持つ者には明らかな事実だ。

 

「完全に均質な高密度の想子層ですって・・・?」

 

リーナが思わず口にしたものだが、達也の身体を包み込んでいた。

 

「しかも、一滴の想子も漏らしていない。これが想子の鎧、接触型術式解体の完成形なのですね、お兄様・・・」

 

深雪が畏怖と陶酔の入り混じった呟きを零す。それは単に構造を持たない、混沌を装甲とする接触型術式解体と違って、体質任せの力業ではなく、高度な技術によって生み出された対抗魔法だった。

 

「直接攻撃は効果無しか・・・」

 

思わず光宣が呟きを漏らす。自分の思考を声に出していると、彼は意識していない。それだけ達也の接触型術式解体にショックを受けたのだろう。

達也がこの技術を実戦で使ったのは七月中旬、八雲と対決した時が初めてだ。光宣にとっては初見の対抗魔法。『分解』と『再成』に特化している性質上、達也は魔法防御に弱点を持っていた。特に至近距離から作用する魔法に対する防御に難があった。光宣は当然、そこが達也の攻略ポイントだと考えていたはずだ。

今、光宣が放った魔法は『人体発火』。『生体発火』とよく似ているが別の魔法だ。「電子を奪う」という意味で酸化現象を引き起こす点は同じ。だが『生体発火』が酸素との急速な化合により組織を破壊するのに対し、『人体発火』は分子間結合に用いられる電子を奪い取ることにより分子レベルで細胞を破壊させる魔法だ。難易度も威力も『人体発火』の方が勝っているが、相手の肉体を直接魔法で攻撃する点では同じだ。この戦いで重要な点は、まさにそこだ。肉体に直接作用するのだから、途中で魔法を無効化されてもダメージは加わる。パラサイトとなった光宣の魔法発動速度は達也に匹敵するから、相手の魔法式を認識してから魔法を組み上げるという『術式解散』のシステム上、達也は光宣の『人体発火』を完全に防ぎ続けることはできない。光宣が『人体発火』を使えば、達也は自分が防ぎ切ることができなくなる前に勝負を決めようとするだろう。その焦りを引き出すことが、光宣の狙い目だった。

しかし接触型術式解体であらかじめ防御を固められては、この計算は成り立たない。今の攻防は逆に、光宣に焦りを生じさせた。

達也が光宣に向かって突進する。光宣は『跳躍』で後退しながら多彩な魔法攻撃を繰り出した。しかし肉体に直接干渉する魔法だけでなく電機や熱、冷気、圧縮空気などの改変された物理現象によって攻撃する魔法も、発動地点が達也の身体から五十センチ以内の場合、高密度の想子に阻まれて未発に終わる。

だからといって五十センチ以上離れた地点から打ち込む魔法は全て躱されてしまう。五十センチという短い間合いが、達也にとっては十分な安全距離となっているのだ。

それではとばかり躱されてもダメージを与えられる大威力の魔法を放とうとすると、魔法式を投射する前から気配で覚られてしまうのか、『術式解散』で無効化されてしまう。強くなっている――光宣はそう思った。

水波が入院していた病院での直接対決から、まだ二ヵ月余りしか経っていないのに、達也の戦闘力は一段階、いや、一次元レベルアップしている。あの時は互角だったのに、今は明らかに上を行かれている。この短い攻防で、光宣はそう実感した。このままではじり貧だ。光宣はそう考えた。

 

「(これでは為す術も無く負けてしまう。何故こんなに差が付いたんだ)」

 

心に湧き上がる疑問。

 

「(・・・逃げ回っていた僕と、強敵相手に戦い続けていた達也さんとの差か?)」

 

そして自問の形の自答。

 

「(このままだと達也さんは、僕を殺す必要さえ認めないだろう)」

 

光宣は奥場を噛みしめて口惜しさを堪えた。

 

「(それでは駄目だ。せめて一矢報いないと)」

 

達也は魔法を使っていない。素の身体能力だけで光宣を追い掛けている。にも拘らず達也は、魔法で後退している光宣のすぐ側まで迫っていた。足を草原に降ろした光宣は『跳躍』の連続発動をストップした。そして『跳躍』に割いていた魔法力を含めて、力を別の魔法に集中した。



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決戦2

光宣が足を止めた直後、達也もまた足を止めていた。間合いを保つ為ではない。そもそも達也が光宣に向かって突進していたのは近接戦に持ち込む為だ。

 

「(跳躍の連続発動を止めたか。気付いたようだな)」

 

光宣が戦闘が始まった直後から『仮装行列』と『鬼門遁甲』を使って自分の実体を隠していた。二つの偽装魔法により、達也は光宣の正確な位置を掴めずにいる。彼が追い掛けていたのは光宣本人ではなかった。光宣が逃走に使った魔法の気配を追い掛けていたのだ。達也が手掛かりとしたのは余剰想子光ではない。そういう魔法的な産物は『仮装行列』の対象になっている。彼が捕らえていたのは魔法によって生み出される、世界の局所的な歪みだ。事象改変を引き起こす魔法そのものを感知したのではなく、魔法が作用した結果と、それを復元する世界の法則の働きだった。

達也もまだ、世界そのものの法則を知覚するレベルには達していない。漠然とした気配を感じ取るのが精一杯だ。しかしそれでも、世界が復元されていく軌跡を追うだけなら十分だった。

光宣が『跳躍』を止めたのは、達也が何をしているのか見抜いたからではない。その点を達也は誤解していた。だが結果は同じ。彼は光宣の正確な位置を見失ってしまった。『仮装行列』と『鬼門遁甲』、この二つの偽装魔法は依然、達也に対して有効だ。『鬼門遁甲』だけなら、『術式解散』で無効化できる。しかし光宣の『仮装行列』は情報次元における魔法式の座標すら偽装し、『術式解散』の照準を許さない。

とはいえ、全く打つ手が無いわけではない。光宣はアンジー・シリウスを演じている時のリーナと違って、姿は変えていない。居場所さえ特定できれば、急所の位置も分かる。『仮装行列』や『鬼門遁甲』を破る必要は無い。何処にいるのかさえ分かればいい。ならば、八雲と戦った時の手が使える。過去から現在を追跡する。偽られた情報を過去へ遡及し、偽られていない過去から偽られていない現在の情報を得る。魔法師として光宣に勝つ必要は無い。『仮装行列』を、『鬼門遁甲』を破れなくても、光宣を殺せれば良い。達也の狙いは光宣の、心臓の破壊。その為に、心臓がある胸の中央に触れるだけで良いのだ。

しかし光宣も、達也に攻撃されるのをじっと待ってはいない。光宣の虚像、その手元へ急速に事象干渉力が集められていく。普通であれば、強力な魔法が放たれる前兆だ。達也は、魔法が放たれる前に魔法式を消し去ろうとした。しかしそこに、魔法式は無かった。

 

「(――領域干渉か!)」

 

一定の空間を事象干渉力で満たして他者の魔法を阻害する対抗魔法『領域干渉』。光宣が自分の虚像の手許に造り出したのは局所的な『領域干渉』だった。目的は、達也の「眼」を逸らす為。

 

「(――良し!)」

 

光宣は、達也の「視線」が虚像の手元に集中したのを感じた。その瞬間光宣は、手にしていた魔法の発動媒体を投げた。空中に黒い札、令牌から電光を纏った獣が飛び出す。周公瑾が得意としていた化成体の獣による攻撃魔法『影獣』に電撃魔法を被せたアレンジ版だ。黒尽くめの影の獣『影獣』ならぬ雷を纏う獣『雷獣』とでも呼ぶべきだろうか。

光宣と達也を隔てる間合いは僅か十五メートル。『雷獣』はその距離を一瞬で駆け抜けた。――それでも達也には届かない。後一メートルというところで『雷獣』は『術式解散』によって消し去られる。

 

「(それも計算の上だ!)」

 

光宣は間髪入れず、待機させていた魔法を発動した。自分の中に魔法をストックしておく容量。これは光宣が明白に達也に上回っているアドバンテージだ。この時、魔法の発動地点、つまり光宣の所在はむき出しになっていたが、達也にリアルタイムでこの隙を突く余裕は無かった。雷光が光宣の手許から達也に向かって伸びる。それは魔法によって誘導されているのでも収束されているのでもない。物理現象として具象化した空中放電だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に見えている光宣の左、一メートル。化成体の獣が出現した地点のすぐ後ろに放電魔法の発動を捉えた瞬間、ではなくその一瞬後。達也は全力で地面を蹴って身体を左に投じた。草の上に転がる達也のすぐ右に枝分かれした雷光が落ちる。まさにギリギリのタイミングだ。

回避が一瞬遅れたのは、発動後の雷撃魔法を『術式解散』で無効化しようとしてそれが不可能だと認識するまでにそれだけの時間を要したからだ。単に放電を生み出しただけでは、空中で拡散してしまう。通常であれば雷撃が標的に命中するまで、魔法で拡散しないように収束して誘導しなければならない。この収束・誘導のプロセスを担う魔法式を分解すれば、放電プロセスが発動済みの雷撃魔法であっても無効化できる。

だが光宣が放った雷撃には、収束・誘導のプロセスが含まれていなかった。雷撃は魔法による収束も誘導も無しに、一つの束になって達也へと突き進んだ。いや、『術式解散』で分解する魔法式がもう無いのだ。収束状態を解消して拡散させる為には『術式解散』ではなく『雲散霧消』を使わなければならなかったのだが、魔法を切り替えている余裕は無かった。その結果が、身体能力頼りの回避だった。

 

「(化成体の魔法は仕込みだったのか)」

 

立ち上がりながら、達也は光宣が使ったトリックを推理する。電撃を纏った化成体の獣は、達也を斃す為のものではなかった。途中で破られることを見越した、次の雷撃魔法への布石だったのだ。

雷獣は高電圧を帯びていた。獣の姿は非実在の虚像だが、その表面に纏っていた電撃は実在のエネルギーだ。雷獣が走り抜ければ、その通り道の空気はイオン化される。つまりそこに、電流の通り道ができる。光宣が放った雷撃は、このイオン化された空気の層に導かれていたのだ。だから雷獣が分解された一メートル手前で、雷撃は急激に拡散した。達也が回避したこの先に落ちた小さな雷は、枝分かれした雷撃の一筋だった。

 

「(危ないところだったが・・・捉まえたぞ)」

 

今の雷撃は間違いなく、光宣自身の手許から放たれた。達也の『精霊の眼』は時間経過と共に積み重ねられていく情報を読み取る。その「眼」は雷撃魔法が放たれた瞬間から、光宣をロックし続けている。達也は時間の積み重ねの中で、光宣が移動する軌跡を追い続けていた。

 

「(躱された!?いや、通用しなかったわけじゃない)」

 

今の雷撃を、達也は身体能力で躱さなければならなかった。それも余裕をもって見切ったという感じではない。かなりの部分、偶然に頼った回避だ。何より確実に言えるのは、対抗魔法で無効化しなかった。おそらく、できなかったのだ。今の一撃は、間違いなく達也を追い詰めた。

 

「(この戦術は間違っていない。さらに追い詰めて、達也さんを焦らせるんだ)」

 

彼は追加の令牌を腰のポーチから取り出した。太平洋を横断する船の中では、令牌を十枚以上作成した。上陸してからここまで来るのに何枚か消費したが、まだポーチの中には今取り出した分を除いても五枚残っている。

これだけあれば、達也から余裕を奪えるはずだ。光宣はそう考えた。というより、自分に言い聞かせた。

 

有利な戦況のはずであるにも拘わらず心の奥底から頭をもたげる不安を強引にねじ伏せ、光宣は二匹目の『雷獣』を解き放った。解き放とうとした。しかしその魔法は、不発に終わる。

 

「(魔法を破壊された!?)」

 

光宣が失敗したのではない。周公瑾から受け継いだ崑崙方院製の魔法は、確かに発動した手応えがあった。それに、時間も設備も不十分な船上で作った使い捨ての令牌は空になっている。

 

「(術式解散!?)」

 

光宣は慌てて、魔法的な「眼」で自分の身体を見下ろした。

 

「(仮装行列は維持されているのに、何故!?)」

 

魔法が発動した直後なら『仮装行列』で偽装している自分の居場所を見抜かれるのも分かる。『雷獣』で電流の通り道を作るというコンビネーションの構造上、『雷獣』は自分の正面から放たなければならないし、雷撃魔法は自分の手許から撃ち出さなければならない。化成体の出現地点や雷撃の発射点を見れば、そこに光宣がいると推測できる。

だが今、化成体を形成しようとしていた魔法式がかき消された。想子の砲弾を浴びたわけでも想子の激流に曝されたわけでもない。令牌の上に出力されていた魔法式を、直接破壊されたのだ。

光宣の知識にある魔法技術の中でこんな真似ができるのは『術式解散』のみ。そして光宣の知る限り、実戦で『術式解散』を使えるのは達也だけだ。

 

「(でも術式解散は魔法式の正確な座標が分からない限り撃てないはず。まさか、仮装行列を破壊せずに無効化している?)」

 

光宣はまだ、自分の『精霊の眼』と達也の『精霊の眼』の違いを知らない。過去の位置情報から現在の座標を割り出されているとは、光宣には想像もつかないことだった。

立ち止まっていた達也が、再び光宣に向かって走り出す。光宣は焦りを抱えながら、達也に照準を絞って『鬼門遁甲』を掛け直した。

『鬼門遁甲』は本来受動的な魔法だ。魔法的なマルウェアと言い換えても良い。見る、聞く、探る、調べる。意識と知覚を向けるということは、その先にある対象の情報を自分の中に取り込むということだ。『鬼門遁甲』は魔法のシステム的に言えば、自分が反射している光=視覚的な情報と自分が放っている音=視覚的な情報、それぞれのエイドスに方位を誤認させる魔法式を付加して、自分を見た者、自分が発する音を聞いた者の意識にその魔法式を感染させる魔法だ。肉眼かカメラか、直接聞いた音かマイクで拾った音かは問わない。視覚情報、聴覚情報を取り込んだ者の意識に干渉する。

このシステムの性質上、『鬼門遁甲』は誰かを狙って能動的に仕掛けることは想定されていない。達也を狙って『鬼門遁甲』を放つ真似ができるのは、光宣の魔法センスがパラサイト化した今でも卓越しているからだった。

しかしそのセンス故に、光宣は衝撃的な事実に気付いてしまう。今の達也には、物理現象に働きかける魔法だけでなく、精神に働きかける能動的な系統外魔法も効かない。『鬼門遁甲』が効いていたのは、あくまでも受動的な魔法だったからだ。普段から達也が系統外魔法を受け付けないということは無いだろう。しかし今、達也が全身を包む形で纏っている想子の鎧は、物質次元だけでなく情報次元にも濃密・均等に展開されている。

想子は情報を媒介する非物質粒子。情報次元に囚われないのは当たり前だし、物質次元において「想子に包まれている」という情報が情報次元でも再現されるのは、情報を媒介する粒子として当然と言える。しかしその再現された想子層が、情報次元を通じて精神に作用する系統外魔法まで遮断しているとは、光宣には予測できなかった。おそらく達也にとっても、能動的系統外魔法遮断の効果は予期せぬ副産物だったに違いない。

今の達也には、自分から取り込んだ情報を通じて作用する通常の、受動的な『鬼門遁甲』しか通用しない。だがそれも『術式解散』で無効化されてしまう可能性が高い。視覚情報、聴覚情報をフィルタリングして認識することが『精霊の眼』には可能だ。『鬼門遁甲』は見続けること、聞き続けることで継続的に作用する魔法で、一回の持続時間は極短い。いったん視覚、聴覚を遮断すれば、『鬼門遁甲』の魔法式を認識するのは難しくない。

光宣は『鬼門遁甲』が当てにできないことを理解した。達也がこの攻略法を知っているかどうかは分からない。もしかしたら、まだ気付いていないかもしれない。しかし分かってしまった以上、光宣は『鬼門遁甲』に頼る気にはなれなくなっていた。

光宣は『仮装行列』を更新し、続けて『疑似瞬間移動』を発動した。自分の虚像をその場に残したまま、光宣の身体は達也の斜め後ろ五メートルの位置へ瞬時に移動する。移動が完了した直後、タイムラグ無しで放出系魔法『青天霹靂』を放つつもりで、魔法式構築の準備をした上での『疑似瞬間移動』だった。

『青天霹靂』は空気をプラズマ化し、そこから抜き出した電子シャワーを攻撃対象に浴びせる魔法だ。負に帯電した攻撃対象は次に、取り残されていた陽イオンの奔流に曝されるという二段構えの攻撃になる。

魔法の発動地点は地上三百三十三センチ。東亜大陸尺で一丈だ。達也の身長は百八十二センチ。彼が纏っている『接触型術式解体』の及ぶ高さはプラス五十センチ。『青天霹靂』は対抗魔法に阻まれること無く、達也を狙撃できるはず――だった。



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決戦3

しかし、『疑似瞬間移動』が完了した光宣が振り向いた時には既に、達也が光宣へと迫っていた。達也は『鬼門遁甲』の効果が消え失せたのを即座に感知した。

 

「(鬼門遁甲を中止した?罠か?いや・・・)」

 

偽装の一つを解いて、何を仕掛けようというのか。術が破られてしまった状況なら兎も角、『鬼門遁甲』はまだ達也の感覚を惑わし続けている。『鬼門遁甲』単体なら『術式解散』で無効化することはそれ程難しくないが、それだって一手間を要する分、攻撃が一手遅れてしまう。『仮装行列』と組み合わさると、厄介度はさらに上がる。

達也にしてみれば『仮装行列』対策に集中できるので、『鬼門遁甲』の中断は戦い易さの点でありがたい。しかし光宣の意図が分からないのは不気味だった。

 

「(・・・迷うな。俺を迷わせることが目的だという可能性もある)」

 

達也は自分にそう言い聞かせて、思考の迷路に足を踏み込む前にそれを回避する。光宣が魔法を使った気配が達也の感覚に引っ掛かった。『精霊の眼』で「視」たのではない。八雲から繰り返し『精霊の眼』に頼り過ぎるなと指導されている成果だった。

気配を頼りに振り返る。およそ五メートル先に達也は魔法による事象改変を認めた。慣性質量が急激に変化した痕跡だ。物理学者ならば、重力波と表現したかもしれない。魔法師である達也は、加重系・慣性制御魔法の余波と捉えた。

 

「(疑似瞬間移動か?・・・ならば光宣はあそこだ)」

 

位置情報を信じるならば、光宣は先程から動いていない。だが光宣が自分の情報を偽装しているのは、今更言うまでもないことだった。達也はフラッシュ・キャストで自分の身体に掛かる慣性を軽減し、疑似瞬間移動が終了したと見られる場所に向かって地を蹴った。上空に魔法の発動兆候が生じたが、光宣がいると推定される場所はもう目の前だ。

達也は慣性軽減を解除し、目に頼らず先程魔法の痕跡を発見した際の、記憶の中の距離感だけで右足を強く踏み込んだ。掌底順突きの形で右手を突き出す。その手は確かな手応えを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣の眼前に突如、達也が出現する。光宣に驚きはあったが、不思議には思わなかった。慣性制御による自己加速魔法を使ったのだと、すぐに推測できたからだ。考えるだけで、対処はできなかった。

達也の右手が自分の胸に伸びているのは見えている。だが肉体を鍛えていない光宣は、達也の掌底突きを躱すことも防ぐことも不可能だった。それでも心の一部に、楽観が残っていた。

パラサイト化した光宣は、強い自己治癒力を持っている。肉体的なダメージを負っても、それで動けなくなることは無いはずだ。むしろ密着状態は光宣にとってもチャンスになる。発動中の魔法『青天霹靂』を自爆覚悟で放てば、自分もダメージを受けるだろうが、ただの――妖魔も混ざっておらず強化措置も受けていないという意味で――人間でしかない達也の方が被害は大きいに違いない。光宣はそう思っていた。

しかし、ことはそう単純では無かった。達也の突きは電光のように鋭かった。だが光宣には何故かそれが、ゆっくりと見えていた。身体はまるで反応できていない。魔法の発動も、まるで追いつかない。ただ認識だけが達也の技を追い掛ける状態だ。

達也の手が光宣の身体に届く直前。まだ触れていないにも拘わらず、光宣の全身に衝撃が伝わる。痛みではない。物理的な感覚ではなかったが、敢えて言うなら波だ。皮膚の上を波紋が走り抜けていったような感覚。

 

「(仮装行列が破られた!?)」

 

加速した思考が、その感覚の正体を認識する。達也の掌に先立ち、彼が纏う濃密な想子が光宣の肉体と重なる想子情報体に圧し入り、光宣の身体に掛けられていた『仮装行列』の魔法式を吹き飛ばしたのだ。無論、それで終わりではない。

達也の掌底が光宣の胸を突く。今度の衝撃は痛み。そして息ができない苦しさが光宣を襲う。肺の中から空気が押し出されただけではない。心臓が一瞬停止し、血の流れが止まる。それは単に、細胞が活動に必要とする酸素を得られないという肉体の代謝に関わる問題だけではなかった。達也の想子が心臓から血管を通して全身に巡り、光宣自身の想子情報体に拒絶反応を引き起こした。

光宣の手足が激しい痙攣に見舞われる。いや、手足だけではない。仰向けに倒れた胴体は水揚げされたエビのように屈伸と伸展を繰り返して草の上を跳ね、頭はその動きに逆らうように前後に振られる。肉体から遊離していた認識も、身体と同じ混乱に見舞われてホワイトアウトしていた。達也が光宣の腰の辺りを跨ぎ、前屈して彼を覗き込んでいる。その両目は光宣の顔ではなく胸の中央、心臓の位置に狙いを定めている。たった今、掌底突きを撃ち込んだ箇所のすぐ横だ。

屈み込んだ達也が左手で光宣の右胸を押さえ、右手を引き絞る。ただし今度の彼の右手は、掌底ではなく貫手の形に構えられていた。力尽きたように光宣の痙攣が治まる。ただまだ、意識の方は回復していない。光宣はぼんやりした焦点の合わない目で、自分の胸を抉ろうとしている達也を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右手の先に纏った想子層が光宣の想子体に食い込んだのを達也は感じた。次の瞬間、『仮装行列』が効果を失い光宣の実体が露出する。達也はそれを〇・一秒の間に認識した。考えたのではなく、知った。

彼の右手には全身の装甲に使っていた想子が集められている。これは『仮装行列』を無効化したからではない。掌底突きを繰り出した時から決めていたことだ。

無防備になるのは覚悟の上。『鬼門遁甲』の解除に光宣の迷いを見て取り、達也は勝負に出たのだった。右手が光宣の胸を捉える。やや左よりだが、狙っていた位置から大きく外れてはいない。掌から衝撃と想子を流し込む。想子が浸透して行く確かな手応え。それは草原に倒れた光宣の反応となっても表れた。

痙攣し、のたうち回る光宣。達也は光宣の腰を跨いで逃げられないようにし、前傾して光宣の様子を観察する。痙攣が止まり、光宣の身体は草の上にぐったりと横たわった。抵抗力は無くなっているように見える。演技ではない、と達也は判断した。ただ、この状態がどの程度続くか分からない。今の内に、処置を終えるべきだ。達也は屈みこみ、左手を光宣の右胸に当てた。

 

「(肉体の構造情報を取得――完了。取得した構造情報を変数として待機)」

 

そして達也は親指だけを開く四本貫手の形にした右手を引き絞り、無造作に、光宣の胸に、突き刺した。光宣の口から苦鳴が漏れ、その身体がもう一度だけ、大きく痙攣する。胸に食い込んでいるのは人差し指から小指までの四本だけではない。開いた状態で親指も無抵抗に潜り込んでいた。

これは言うまでも無く、『分解』を使った結果だ。右手に『分解』の事象改変フィールドを纏わせ、接触する物を無差別に分解しているのである。指が付け根まで沈んだところで、達也は右手を握りしめた。ちょうど、心臓を握りつぶす位置だ。

光宣が大きく両目を見開き、悲鳴の形に口を開く。しかし、その口から声は出ない。達也が右手を引き抜く。そこには、ぽっかりと空いた穴以外何も無かった。すぐに立ち上がり、一歩退く達也。返り血は見当たらない。心臓を握りつぶしたはずの右手にも、血は付いていない。

達也は光宣を真剣な表情で観察している。一秒が経過。達也は光宣から目を離さない。二秒が経過。

 

「(出たな)」

 

彼は心の中で呟いた。光宣の身体から、パラサイトの本体が抜け出そうとしていた。

 

「(霊子情報体支持構造を認識)」

 

達也は、まだ半分が光宣の肉体と重なっている状態のパラサイトに「眼」を向けた。霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』で光宣に同化したパラサイトを滅ぼす為だ。

 

「(霊子情報体支持構造の分析を完了。アストラル・ディスパージョン――)」

 

だが彼がアストラル・ディスパージョンを発動する一瞬前。肉体を捨てたはずのパラサイトが、再び光宣の身体へ吸い込まれていった。

 

「(これは――!)」

 

達也が向ける驚愕の視線の先で、光宣の胸に空いた穴がみるみる塞がっていく。パラサイト化した光宣が高い治癒力を持っているのは知っていたが、心臓を丸ごと再生する程とは、達也も予想していなかった。

胸の傷が塞がり、光宣が目を開ける。達也は思わず一歩、二歩と後退した。光宣がむくりと起き上がる。

 

「そういうことだったんですね」

 

立ち上がった光宣はそう言って、達也に何ら含むところの無い笑顔を向けた。達也の掌底突きを喰らった光宣は肉体の自由を失っていたが、精神は正常に活動していた。肉体が精神の命令を受け付けなくなっているだけで、精神は肉体の情報を把握していた。

達也の左手が自分の右胸にあてがわれる。その直後光宣は、達也が自分の肉体の情報を読み出したと感じた。肉体の、細胞一片に至るまでの構造情報。自分の肉体の全情報。それが達也の中にストックされたと、彼は直感的に覚った。

 

「(もしかして、これが達也さんの復元能力の秘密・・・?)」

 

だが今の自分の肉体を復元して、何の意味があるのだろうか。そんな疑問を懐いたのは一瞬。意識を漂白されてしまいそうな激痛が光宣を襲った。心臓を消されたという信号が、同時に生じた痛覚と共に肉体から送られてきたのだ。

しかし激痛はすぐに消えた。痛みが大きすぎて、脳が痛覚情報を遮断したからだ。心臓は失われたが、精神と肉体のつながりはまだ保たれている。大脳は霊的次元に存在する精神と物質次元の存在である肉体をつなぐ送受信装置。大脳は心臓の機能が失われても、三秒から五秒は活動を続けている。だから光宣の精神はまだ、肉体の状態を知ることができる。精神にとっては、脳が活動している限り肉体は生きている。

しかしパラサイトは、血の流れに宿って人間の肉体に同化する初期プロセスの性質上、血液という物質的な存在に縛られなくなる同化後も、心臓の機能喪失を宿主の死と認識する。そして宿主の「死」により、パラサイトはその肉体から離れる。

 

「(これが達也さんの狙いだったのか?)」

 

実際にパラサイトが光宣の肉体から抜け出していく。そのパラサイトに向けて、達也が光宣の知らない魔法を使おうとしている。あれは、パラサイトを葬る魔法だ。光宣はそう感じた。

 

どういう仕組みなのかは分からないが、達也はこの世界からパラサイトを消し去る魔法を編み出している――光宣はそう直感した。彼は理解した。達也が自分を救おうとしていると。おそらく、自分の為ではない。深雪と水波の為に、自分を殺すという結末を避けようとしていると。

 

「(だけど、それでは駄目なんです・・・それでは、彼女を救えない・・・!)」

 

達也の思い通りにはさせられない。精神は、肉体無しではこの世界に干渉できない。心臓を失った光宣は、現世に干渉する力を急激に失っている。それでも光宣は、残された力を振り絞って自分の中から出ていこうとするパラサイトを引き戻し、己の肉体を修復した。

 

「そういうことだったんですね、達也さん」

 

光宣は達也に向かって、同じセリフを繰り返した。

 

「達也さんは僕を人間に戻そうとした。そうすることで、僕を助けようとしてくれたんですね」

 

達也は光宣の言葉に応えない。ただ発動途中だった『アストラル・ディスパージョン』を中断し、光宣の肉体を復元する為に待機させていた『再成』の魔法式を、光宣の肉体構造データと一緒に破棄した。

 

「僕を心臓死に追い込み、抜け出てきたパラサイトの本体を滅ぼした後、僕の肉体を復元する。そうすることで僕からパラサイトを分離し、人間に戻してくれるつもりだったのでしょう?」

 

「・・・そうだ」

 

今度は光宣の言葉に、達也は応えを返した。そこまで完全に見抜かれてしまっては、認めるしかなかった。

 

「達也さんはやっぱり、冷たいように見えて優しい人なんですね」

 

「・・・」

 

達也の仏頂面に、光宣が失笑を漏らす。その笑顔に敵意は見当たらなかった。

 

「だけど僕は、人間に戻るわけにはいかない」

 

「何故なの!?」

 

「何故なんですか!?」

 

その叫びは同時に放たれた。深雪と水波が光宣のセリフに間髪を入れず、その理由を訊ねる。質問の形で、光宣を咎める。光宣に翻意を求める。

 

「僕はパラサイトとして殺されることで、僕の霊体の中にパラサイトを吸収し、人間の精神に憑依するパラサイトの能力を使って水波さんの精神の奥底に自らを沈め、既に憑依しているパラサイトとも合体して魔法演算領域の安全装置になります。これが水波さんを完全に治療する、現在実行可能な唯一の方法です」

 

それが光宣の答え。人間に戻ることを拒絶した理由。水波が勢い良く、自分の口を塞いだ。

 

「・・・私の為、なんですか・・・?」

 

悲鳴を呑み込んだ水波が、ゆっくりと手を下ろしながらのろのろと問いかける。光宣が哀しげに頭を振った。否定の仕草は、水波の質問を直接否定するものではなかった。

 

「・・・達也さん、正直に告白します。水波さんの病状が決定的に悪化してしまったのは、僕の所為です。水波さんを攫っていった先の米軍基地で、僕たちはパラサイトを排除しようとするアメリカ兵の襲撃を受けました。その際に水波さんは、僕を庇って高出力の対物障壁魔法を使ってしまったんです。その所為で水波さんのオーバーヒート症状は決定的に悪化してしまいました。僕の中にある周公瑾の知識でも、手の施しようがない程に。時間稼ぎすら難しい程に」

 

「だから、自分の命で責任を取ると?」

 

達也の言葉に、光宣は嫌味ではない苦笑を漏らした。

 

「責任ではありません」

 

光宣は少し躊躇ってから、羞じらいを含む表情で続きを口にする。彼の、本音のセリフを。

 

「僕は水波さんに、生きていて欲しいだけです。だから達也さん、お願いです。僕を殺してください」

 

「殺されなければならないのか?」

 

「自殺では駄目なんです。パラサイトの本能が、自殺を避けようとしてしまう。その為、僕の精神とパラサイトの本体の間に亀裂が生じて、その後の吸収が困難になってしまいます」

 

どうやら自分に対する嫌がらせではなさそうだと理解した達也が、銀のリングを手首にはめた右腕を光宣へと差し伸べる。

 

「待ってください!」

 

制止の声が上がった。不意を突かれた深雪が、弘樹が、止めようとして手を伸ばすが間に合わず、水波が達也と光宣の間に駆け込む。達也に背を向け、光宣と正面から向かい合って。

 

「光宣さま、私はその様なことを望んでいません。私は光宣さまの犠牲の上に、生き存えることなど望みません」

 

「・・・分かっている」

 

水波が自分の考えを受け容れてくれるとは光宣も思っていない。だがこれしか水波を救う手立てがないと信じて疑わない光宣は、自分が達也に殺されるしかないという考えを水波に強要するしかなかったのだ。



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決戦の終わり

ブルアカのストーリでガチ泣きして執筆が数時間停止。危うく定時投稿できなくなるところだった。

今からでも良いからブルアカやっていない人は本当にやってほしい!!
ただのソシャゲと思ったら大間違い!!
ストーリー読んでみ?泣くぞ。(唐突な宣伝、故意ではない)


水波の訴えに達也は凛の方を向く。

 

「凛・・・答えはあるのだろう、()()?」

 

水波も光宣も。ここにいる全員が疑問符を浮かべる。全員の視線が凛に集まると。凛は口を開いた。

 

「・・・ええ、あるわ」

 

凛の返答に全員が驚く。弘樹でさえそうだった。そんな話を一回も聞かされていないからだ。

凛はそう答えると達也がその方法を聞く。

 

「どういう手段だ?」

 

「私の力を使う」

 

「凛様の・・・力?」

 

「どういう事?」

 

達也と弘樹は理解できたが他は理解ができてい無かった。

 

「見ればわかる」

 

そう言い、凛は手を広げ、目を閉じると何も無い所からポンとグラスが飛び出す。

 

「え・・・!?」

 

リーナも含め疑問に思っていた全員が驚く。それも当然だろう。手品でもなく、本当に手から作り出される様にそのグラスは飛び出たからだ。

呆気に取られていると凛が呟く。

 

「これが私の持つ力よ・・・」

 

「ちか・・・ら・・・??」

 

光宣は疑問に思うと凛は説明をする。

 

「無いものを情報から作り出し、それを物として現実に呼び起こすことができる。擬似的に想像したものを創り出す事ができる。そういう力よ」

 

「・・・」

 

光宣は何も言えなかった。こんな事ができるのはもはや人ではない。そう思いグラスから視線を戻すと凛の姿は変わっていた。

さっきまで短く黒かった髪は、長く真っ白になり、神秘的な美しさを持ち合わせていた。

 

「り、凛さん・・・」

 

光宣は呆気に取られていると凛は光宣に言った。

 

「私のこの力を使って水波ちゃんの()()()()()()()の情報の複製体を作り、そこに水波ちゃんの情報体を移植する。これが私のする治療法よ」

 

「・・・その治療法の成功率は?」

 

光宣の返事に、達也ではなく深雪と水波が驚いた表情を浮かべた。つい先ほどまで水波を救う手段は自分自身が死ぬことしかないと考えていた光宣の認識を改めることができたことへの驚きと、突拍子のないはずの話なのに、彼が信じたということへの驚きだった。

 

「成功率はほぼ100%。昔、弘樹にも同じような治療を施している」

 

そう言うと弘樹は実感した。あの時であろう。自分が人としての生を捨てたあの日、あの時だと。あれと逆の事をするのだと。理解できた。

 

「弘樹さんが・・・」

 

光宣がそう言うと凛はさらに話を続けた。

 

「この治療法の時、新たに作られる体は純白そのもの。そこにパラサイトという黒の混る魂を入れれば忽ち体は黒に侵され、灰色の体となる。灰色の体となれば自信を意識する事なく、魂もろとも塵となって消えてしまう。だからこそ、現在水波ちゃんに取り憑いているパラサイトを取り除かない限りその治療法はできないという訳だ」

 

「そういう事ですか・・・」

 

光宣は納得した。実例があり、なおかつその実例が目の前にいたとなれば信用に値した。

 

「なるほど・・・僕は自分の思い込みで事態をややこしくさせてしまっていたのですか・・・」

 

「そういう事だ」

 

そういうと光宣は力無く笑い、地面に膝をつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光宣の説得を終え、凛は水波の方を向く。

 

「水波ちゃん。あとは貴方が決めなさい。これ以上私は貴方の決断に委ねるわ」

 

凛はそういうと水波は一瞬考えた。

 

また凛のお世話になるのか。

 

これ以上迷惑をかけられない。

 

だが、水波の返答は早かった。

 

自分も光宣の隣で生きたいと、強く思った。

 

「お願いしたいと思います。凛様」

 

「分かったわ。それで、光宣くん。この後はどうする?」

 

「どうするとは?」

 

光宣は本気で疑問に思った。ここで自分に話が回るとは思っていなかったのだ。

 

「このまま達也に殺されるか。私の保護を受けるか・・・分かっているわよ。貴方の異変」

 

「!?」

 

光宣は本気で焦った。なぜ凛が知っているのか。

 

「保護を受けるなら今すぐに治してあげる。君が死ねば元も子もないから」

 

そう言われ、光宣は全てを諦め、凛の提案を呑んだ。

 

「よろしくお願いします。僕はまだ水波さんの生きている姿を見ていたいから・・・」

 

そう言うと凛は光宣に護符を貼り付け、光宣は見てはいないが、感覚的に自分に体調がマシになった気がした。

 

「さ、次は君だ。レイモンド・クラーク」

 

「どうするって?」

 

「ここで抹殺されるか。今見た事を黙ったままでUSNA当局に引き渡されるか」

 

「是非、二番目の選択肢で頼むよ」

 

こうして光宣たちの抵抗は幕を下ろし、レイモンド・クラークは即時USNA当局に引き渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、凛達は品川にいた。達也は真夜と東道に説明を行う為に別行動を取っていた。昨日のうちに水波に取り憑いていたパラサイトは光宣が回収し、今の彼女は通常の魔法師であった。

 

「凛さん。どうしてここに?」

 

光宣の問いに凛は答えた。

 

「裏口が使えないからね。正規のルートで行くしかないんだよ」

 

「正規のルート?」

 

そう言うと凛は品川駅の近くの線路沿いを歩くとある場所で立ち止まった。

 

「あった」

 

そう言うと凛は道路しかない場所に手を出すと幻影なのか、現実なのか。そこにプラットホームが現れた。プラットホームは石を積み上げて地面を高くしただけの簡易的なものだった。

 

「これは・・・」

 

最も光宣が驚いたのはさっきまで地面しかなかった場所が今では湖の上にあるように見え、鉄製の線路が海に沈んでいた。光宣が疑問に思うと凛が説明をする。

 

「昔、品川は海岸沿いの駅だったんだ。海と空に最も近い場所で、尚且つ鉄道を敷くにはちょうど良かったのよ」

 

「鉄道・・・?」

 

そう言うと遠くから古めかしいエンジン音が聞こえ、ホームに3両編成の古めかしい流線形の気動車が水を掻き分けてホームに進入する。

 

「さ、乗るわよ」

 

そう言い凛は開いた扉から列車に乗車する。光宣と水波も凛に続く形で列車に乗ると列車は海の上を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、列車の車内で光宣は凛に聞く。

 

「凛さん・・・ここは何処なんですか?」

 

「・・・死と生の境目」

 

「え?」

 

光宣が驚くと凛は少し笑う。

 

「そう、今の貴方達は死者でも生者でもない曖昧な存在。今私たちが乗ってきた駅は生者の乗る駅。この列車の終着駅は死者の降りる駅」

 

「それじゃあ今の僕達は・・・」

 

光宣は心配そうに聞くと凛は答えた。

 

「安心しなさい。まだ貴方達は死んだわけではないから。でも、降りる駅を間違えると本当に貴方達は死んでしまった事になる」

 

凛の言葉に二人に緊張が走る。すると凛はなぜこの道を通るのか理由を話した。

 

「元々治療をするには夢の王国へと向かう必要がある。でも、次元の壁を越えるときに今の水波ちゃんでは途中で想子の影響で次元に取り残される事になる。だから遠回りだけど正規のルートで夢の王国に入る必要がある」

 

「夢の王国・・・?」

 

「君たちの住む次元の外側の次元に存在する世界・・・・・とある文献では()()()()とも言われている場所」

 

「黄泉の国・・・」

 

光宣と水波は自分達は思わず死者ではないと認識すると窓から永遠と続く水平線を見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中、何個かの駅に停車し、人が乗り降りし、さっきまで明るかった空も今では太陽も沈み、乗客は自分達だけとなった。運転席らしき場所には影のような、紺色の制服を着た人が座り、列車のぼんやりとした明かりだけが大海原を駆け抜けていた。

 

キキーッ!

 

真っ暗な大海原を走った列車は一つのホームへと到着する。ホームには薄ぼんやりと灯る街灯と駅表、そしてそこから伸びる道は果てしなく長く、先を見るのは困難だった。

 

「降りるわよ」

 

そう言い、凛達は列車を降りる。光宣達も列車を降りると凛は「次の列車を待つ」そう言い、古びた駅の待合室に入って行った。自分達が乗ってきた列車は線路のある先へと走って行く。

時間はあるから遠くに行かなければ散策をして良いと言う事で光宣達は興味本意で駅の道を歩いた。

 

「綺麗・・・」

 

「本当だね・・・」

 

駅を降りると今では視る事はほとんど出来なくなった源氏蛍が視界いっぱいに輝いて見え、周りは田んぼばかりである事が確認できた。

 

「なんだか、もう死んでいるんじゃないかって思うな・・・」

 

「ええ、こんな綺麗な景色、見たことありませんから・・・」

 

二人も思わず恥ずかしさもなくお互いに寄り添う。ここは本当に死後の世界なのでは。そう思ってしまうほどにこの光景は美しかった。

しばらくして凛が自分達を探しにやって来て、再び駅へ戻り。駅で待っていると遠くから汽笛の音が聞こえて来た。

 

ボオォォォオオオ!!

 

シューッシューッ・・・

 

テンポ良く吐き出す蒸気とともにホームには蒸気機関車が入ってきた。溢れる蒸気が静かな水面を揺らしていた。

 

「蒸気機関車・・・」

 

「初めて見ました・・・」

 

二人は驚いていると凛について行き列車に乗り込む。

 

「ここからは早いから。すぐに着くわ」

 

そう言うと凛はボックスシートに座ると外の景色を眺め始める。既に列車が発車してから数分が経っていると思われ、外の景色はさっきの水平線しか映らない平らな景色から、山々の広がる平原地帯を走っていた。

 

「さっきまで海を走っていたのに・・・」

 

光宣が驚くのも束の間。列車は平原から山岳。海岸沿いを走り、最後に盆地のような場所を走る。月を傾きを見るに時間は恐らく夜中。この世界の時間軸を聞いていないが何も話さないと言う事は恐らく同じであると考えて良いのだろうか。

そして列車が盆地の駅に停車すると凛が席を立った為、自分達も後をついていった。

駅に降りるとそこには既に待ち人がいた。

 

「み、深雪様!?」

 

「深雪さん・・・」

 

そこには青い巫女服に身を包んだ深雪がいた、だが、二人が驚いたのは深雪がここにいたからと言うわけではなかった。

 

「その頭はどうされたのですか・・・?」

 

水波がそう指差したのは深雪の頭にある尖った耳。俗に言う猫耳であった。

水波に指摘され、深雪は納得した様子を浮かべた。

 

「ああ、そういえば水波ちゃんには見せた事がなかったわね」

 

「なんだ、教えていなかったの?」

 

「忙しかったから」

 

そう言い凛と深雪が近づき、お互いに顔を見合わせる。それを見た水波と光宣は二人は双子のように良く似ていた。いや、この場合は双子と言っても良いかもしれない。

お互い、頭にあるものは猫耳と角と全く違うが雰囲気や顔の作りは全く同じであった。髪色も黒色と白色と、全く違うが体格は全く同じに見えた。

 

「弘樹さんが待ちくたびれているわ。早く行きましょう」

 

「そうね、行きましょうか」

 

そう言うとホームを降りて一行はホーム隣にある石階段を登る。

石階段は綺麗に整備され、歩きやすかった。階段を登ると神社の赤い鳥居が見え、階段を登り切るとそこには神社の社や宿舎、小さな手水舎なども置かれていた。

 

「ここは・・・」

 

光宣がそう呟くと社の縁側で座って話している二人の青年を見た。

 

「達也さん・・・?」

 

「弘樹様・・・?」

 

二人がそれぞれの名を言うと弘樹と達也は二人の方を振り向く。弘樹もまた深雪と同じように動物の耳が生え、凛と同じように髪色が変わっていた。どう言う事なのか聞きたい気分であったがそれは後にしようと思った。まずは水波のことが最優先だ。

 

「やっと来たか。なかなか時間がかかったな」

 

「姉さん。準備は既にできていますよ」

 

弘樹がそう言うと凛は頷くと水波の方を向く。

 

「それじゃあ治療を始めるわ」

 

そう言うと二人の間に緊張が走った。




気動車のシーンは千と千尋の神隠しに出てくる海原電鉄をそっくりそのままイメージしてください。


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水波の治療

「二人の治療を始めるわよ。」

 

そう言い、水波達を連れて神社に入った凛は水波を見ると今度は深雪を見る。

 

「深雪」

 

「ええ、行くわよ」

 

そう言うと二人は水波の肩を掴むと宿舎に連れ込んだ。いきなりの事に水波や光宣は唖然としていた。

 

「えっ!?あっ、凛様!?」

 

「はーい、じゃあ治療の前の準備をするわよ〜」

 

「水波ちゃん落ち着いてね」

 

そう言い宿舎から水波の悲鳴が聞こえ始めた。

 

 

 

『取り敢えず身包み全部取って』

 

『何をおっしゃるのですか凛様!?』

 

『ほらほら、水波ちゃんの情報を得るには体全体の情報を取得しないといけないのよ。だからね?』

 

『深雪様まで!?』

 

『ほら、ちゃっちゃとやるよ』

 

『キイィィヤアアァァ!!!』

 

 

 

宿舎からの悲鳴を聞き、光宣は顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。弘樹と達也はいつもの光景に深雪が悪ノリしているのを見て凛の性格が写らないか心配をしていた。

 

「何が起こっているんですか・・・」

 

「別にいつものことでしょう」

 

「ああ、深雪にあいつの性格が写らなければ良いが・・・」

 

そう言いながら縁側で煎餅を齧りながら待つ事一時間。静かになった宿舎から水波がボロボロになって出てきた。その後ろで凛と深雪は満足そうにお互いに何かを話していた。

 

「水波ちゃんの治療は終わったわ」

 

「本当ですか!?」

 

光宣はそう聞き、水波も頷いた。

 

「はい、治療は終わりました・・・・」

 

水波はグッタリとしていたが、光宣は安心していると凛が懐から真っ白な陶器の瓶を取り出す。

 

「さて、次の作業だ」

 

そう言って凛は盃を二人の前に置く。

 

「これは?」

 

「今の水波ちゃんは普通の人の体。それはつまり今の彼女に魔法は使えない状態だ」

 

「・・・どういう事ですか?」

 

光宣は一瞬殺意のこもった視線を凛に向けるも水波が「光宣さま。大丈夫です」と言った為に一旦話を聞く事にした。

 

「彼女に魔法の力を与えるのに必要なのは・・・君だ」

 

「僕にですか?」

 

「ええ、君の魔法力は目を張るものがある。ならば君の魔法力を水波ちゃと共有すれば良い」

 

「共・・・・有・・・・?」

 

光宣は疑問符を思い浮かべると凛は説明をしながら準備をする。

 

「君はパラサイトになった。だが、君の吸収したパラサイトの数が多い影響で君の浄化に必要な霊子は計り知れない。そこでまずはこれを飲んでもらう」

 

そう言うと光宣の前に凛はコップ一杯の酒を置く。それはワンカップ◯関のような見た目をしていた。

 

「これは・・・」

 

「除霊の護符の灰を入れた度数の高い清酒。君の体のパラサイトを浄化をするにはこれが一番手っ取り早い」

 

「これを飲めと?」

 

「じゃなきゃ水波ちゃんに魔法力は与えられない」

 

凛にそう言われて光宣は意を決して一気に清酒を飲む。

 

「うぐっ・・・苦い・・・」

 

光宣は顔を思わず顰めた。そして体全体が熱くなる感覚が起こり、軽く熱を起こしてしまう。そして光宣は縁側にぐってりと倒れてしまった。

 

「光宣さま!?」

 

「近づくな!」

 

ぼうっとしている光宣に思わず水波が近づこうとするが凛が静止させた。

 

「もうすぐで体が浄化される。近くにいれば巻き込まれてしまう」

 

そう言うと深雪と弘樹は光宣の体から出て行く黒いどろっとした何かを見た。人では見られない何か。その黒い物体は光宣の体からぬるりと何かから逃げるように抜けると凛の許可が出て水波は光宣に近づく。

 

「光宣さま!大丈夫ですか?」

 

「あ、うん、ありがとう・・・大丈夫」

 

そう言うと光宣は体が軽くなっている事に気付く。そして体の変化に気づく。

 

「これは・・・!!」

 

「それがパラサイトになった君の代償さ」

 

そう言って光宣はガラスのように透明になった腕を見た。光宣の腕は反対側の満月が綺麗に見えるほど透明だった。

 

「これが・・・」

 

水波は光宣の腕を見て自分の所為でこうなったと思い込んでしまっていた。だが、もしあのまま放置していれば光宣を殺すしかなかったと伝えると逆に安堵していた。

 

「しかし、君はどれだけ吸収したんだ・・・こんなデカさは初めてだ」

 

そう言い凛は光宣の規格外さに舌を巻いた。彼の体は腕丸ごと色が抜けてしまっていた。

 

「まあ、取り敢えずこれで光宣の治療も終えた事だし。最後の仕上げに入りますか」

 

そう言うと凛は盃に燃やした護符の灰を入れてかき混ぜる。。

 

「今燃やした護符には精神同調の術式が入っている。精神を同調する事でお互いに使える力が共有される。今の水波ちゃんはノーマルな状態。つまり共有を行えば光宣の力を殆ど使うことが出来る」

 

そして盃を二人の前に出す。

 

「つまりこれを飲めば二人の魔法力が共有され、二人とも魔法を使うことができるようになる」

 

そして水波と光宣は盃を受け取るとお互いに顔を見合わせる。それは光宣の水波に対する最後の確認だった。

 

「水波さん。良いの?」

 

「ええ、大丈夫です。光宣さま」

 

そして二人は同時に盃を傾ける。身体的な変化はなかったが光宣と水波間でははっきりと変化があった。

 

「(水波さんの情報が見える・・・)」

 

「(光宣様に見られている気がする・・・)」

 

お互いにそう思うと不意に弘樹が光宣の目を塞ぐ。

 

「どうだい?水波ちゃんの視界が見えるんじゃない?」

 

弘樹がそう聞くと光宣は驚く。

 

「すごい、目を閉じているのに景色が見える・・・水波さん、少し首を動かしてもらっても良いですか?」

 

「こう・・・ですか?」

 

そう言い水波が首を左右に動かすと光宣は面白そうにしていた。同様に水波の目を隠しても水波には光宣の視界が見えていた。それを確認した凛は満足げに頷く。

 

「よし、これで治療は完了。あとは普通に過ごすと良いわ」

 

「・・・あ、ありがとうございます!!」

 

そう言うと凛は歩き出す。

 

「光宣くん、水波ちゃん。ついて来てほしいの。達也達も来たいならくる?」

 

「お供させてもらおう」

 

「そうね、ついでに私たちの話もしてあげましょうか」

 

「そうね。それがいいかもしれないわね」

 

そう言うと凛は全員を連れて行くことにし、登ってきた階段を降りた。

駅舎までの道中、凛は光宣に自分達の説明をすると初めは驚くも、水波を治した技術や、見た目、この世界を見てきた光宣は納得できてしまった。

ついでに凛と深雪の猫耳の事も話した。

 

「驚きました」

 

「でしょうね、普通じゃあり得ない事だもの」

 

「でも、全てのことに納得がいきました。なぜ水波さんを治せたのか。僕の症状を知っているのか・・・」

 

そう言いながら階段を降り、駅舎に着くとそこには見たことある列車が停まっていた。

それは今年の初めに達也達が乗ったあの専用列車だった。

 

「これは・・・すごいですね・・・」

 

光宣が唖然としていると凛が背中を押して全員を車内に乗せ、列車は発車する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車が発車して10分。水波と光宣を部屋に案内した凛はそのまま最後尾の展望室へと向かう。

 

「二人はどうだった?」

 

「疲れていたみたい。今は二人とも寝ちゃったわ」

 

「そう」

 

深雪にそう言うと凛は展望室の椅子に腰をかける。展望室は後ろにデッキがあり、その途中にはテーブルとソファーが置かれ、ティーセットが置かれていた。

時刻は午前三時、達也と弘樹は今までの疲労が原因か先に割り当てられた寝室に戻っていた。全員風呂に入ったあとだったため凛も『神』と書かれたTシャツに短パンといったラフな格好で展望室に座っていた。深雪も似たような格好で紅茶を飲んでいた。

展望室には凛、深雪の2人が残っていた。凛と深雪の膝の上にはそれぞれミケとモモの二匹の猫がぐっすりと寝ている。

 

「なんだか・・・懐かしいわね」

 

「そうね・・・ここ最近は特に・・・」

 

そう言ってお互いにゆっくりと話していると凛がある提案をする。

 

「そうだ、久しぶりに遊ばない?」

 

「何をするの?」

 

深雪が少し楽しげにそう聞くと凛はソファーから立ち上がって外に続く扉を開ける。列車は走行中のため、涼しい風が展望室を横切る。

 

「ついてきて。景色のいい場所に連れてってあげる」

 

そう言い、凛は深雪と展望車のデッキに出ると天井から普段は閉まってある梯子を引っ張り、天井へ続く扉を開ける。

 

「お兄様が知ったら怒りそうですね」

 

「大丈夫よ。バレなきゃ問題ない」

 

そう言うと2人は列車の天井に足をつける。盛大に風を感じている2人の髪は後ろにたなびいていた。

 

「ふふっ、よく昔は深雪を連れ出していろんな場所に行ったわね」

 

「そうね、お兄様に内緒でテーマーパークに遊びに行った事もあったわね」

 

「あの時はコッテリ絞られたっけ・・・」

 

2人はそんな思い出話をすると前方の機関車の方へと移動し始める。

 

「しかし達也も顔に表情が出るようになったわね・・・」

 

「そうね、お兄様は昔に比べても表情が豊かになったと思うわ。あなたのお陰?」

 

深雪はそう問うも凛は首を横に振る。

 

「いやぁ、それに関しては私な何も関わっていない。私は彼の演算領域の調整をしただけで、感情に関しての調整は何もしていない」

 

「あら、じゃあ・・・」

 

「こればかりは私も理由は分からない。でも一つだけ言えるのは一高での生活が彼を大きく変えたと言うことくらいかしらね・・・」

 

そう言うと深雪は空を眺めながら言う。

 

「神様でも証明できないことってあるのね・・・」

 

「当然よ、世界には常識的には証明できない不思議なことなんていっぱいあるもの」

 

そう話していると2人は列車の先頭。機関車の運転室に到着する。

 

「さ、着いたわよ」

 

「なかなか暗いのね・・・」

 

深雪はそう言い薄暗い運転台を見る。すると不意に凛はこの機関車のことを話し始めた。

 

「・・・・この蒸気機関車はドイツで1935年に国の威信をかけて作られた蒸気機関車なんだ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、この蒸気機関車は05型蒸気機関車。世界で初めて時速200kmを超えた蒸気機関車と言われているわ」

 

そう言うと凛は運転台に座り、蒸気機関車から前の窓を見る。

 

「いつの時代も国の威信をかけて望まれるのは世界一の称号を得る事。でもこれは平和な時代を表しているとも言えるわね・・・」

 

「・・・」

 

凛の言葉に深雪は何も口を挟まずに聞く。

 

「私は、第三次世界大戦は終わっていないと考えている」

 

「それはどうして?」

 

深雪がそう聞くと凛はフッと笑う。

 

「第三次世界大戦より昔の世界は今よりも国が細分化していて尚且つそのほとんどの国と国交があった。

だが今はどうだい。日本でも国交がある国は少ない。

 

新ソ連とは未だにまともな国交は出来ておらず戦争中。

 

大亜連合とも2年前にようやく国交が成立しただけでまともな人の行き来は無いに等しい。

 

ヨーロッパはどうだ、かつてアメリカに並ぶ勢力として世界に君臨したEUも今では東西に分かれてしまっている。

 

オーストラリアは鎖国し、外交政策を必要としない方法をとった。

 

南米やアフリカはそれ以下で、未だ無政府状態の場所もある。

 

日本とまともな国交があるのはUSNA、インド・ペシシア連邦、東南アジア連邦、東西EU、アラブ同盟・・・いずれの国も戦前のように同盟を結び一応の信頼ができる相手とは言えない。

戦前に存在した国際連合は跡形もなく戦争で消えてしまい、国家間の繋がりは1900年代以前まで戻ってしまった・・・・」

 

「・・・」

 

凛の話を聞いて深雪は何も言えなかった。そんな深雪の表情を見て凛は話を続けた。

 

「ほら、こう聞くと第三次世界大戦はまだ終わっていないように思えるだろう?」

 

「ええ・・・そうね」

 

深雪は辛うじて言葉を紡ぐと凛は機関車の石炭を入れる窯の蓋を開けて中の火を見る。

 

「だが、そんな世界でも人は生きている」

 

「そうね・・・」

 

「だから、私は戦争を終わらせたい。人がいる限り戦争がなくなる事はないけど・・・せめてこの戦争は終わらせたいわね」

 

そう呟くと二人はまた天井を登って展望室に戻ると朝日が顔を出し始めている事に気づいた。

 

深雪は凛が望んでいる事、その一端を見た気がした。



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未来を作る選択

八月二十七日 午前十時頃

達也達を乗せた列車は春の大陸のとある駅に到着し、駅から少し歩いた所で凛が光宣達に言う。

 

「着いたわ」

 

「ここは・・・」

 

「これから君たちの住む家さ」

 

そこには花畑の平原に一軒だけポツンと立った家があった。光宣と水波は渡された家に入ると家をジロジロと見学する。

そして家を一周すると光宣は凛に聞いた。

 

「ほ、本当にいいんですか?こんな家を貰っても・・・」

 

「ええ、構わないわ。こんな家くらい簡単に作れるし」

 

そう言うと達也達は正月に入ったあの宮殿を思い出した。確かにあんな宮殿と比べればこんな家くらい倉庫にもならないだろうと思った。

家は二階建てで生活に必要なものは全て備わっており、外には車と畑が置いてあった。

 

「近くの街に買い物に行くときにはこれに乗って行きなさい。畑は自分達で食べる分は作るといいわ」

 

「分かりました・・・・・。色々と苦労をかけました」

 

「いいわよ。それくらいは簡単だし」

 

そう言うと凛は光宣に古めかしいウォード錠の鍵と2枚の切符を渡す。

 

「はいこれ、家の鍵とこの世界の鉄道で使える切符。お金は別途必要になるけど渡しておくわね」

 

「有難うございます」

 

そう言うとこれで本来は用事は済ませたはずだが。

凛は「君に会いたがっている人がいる」と言うと光宣を連れ出して備えてあった車に乗り込ませる。達也達は家に残り、凛と光宣の二人だけで花畑の道を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家を出て数分。車の中で光宣は凛に聞く。

 

「あの凛さん・・・僕に会いたい人って・・・」

 

「会えばわかるわ」

 

光宣の疑問に凛はほんの小さく口角を上げる。そして車はしばらく走り、ポツポツと家が見えてくる中、その中の一件に車は止まった。

その家はこじんまりとした赤煉瓦の洋風の家で、庭には剪定されたバラが美しく咲いていた。

 

「凛さん、ここは・・・」

 

そう言うも凛はインターホンも鳴らさずに門を潜り、庭へと入る。光宣もそれに続く形で後をついていくと庭からハサミで植物を剪定する音が聞こえ始めた。

 

「貴方の要望通り、光宣君を連れてきたわよ」

 

そう言うとハサミを持っていた老人は腰を上げる。そん顔を見た光宣は驚愕する。

 

「お祖父様!?」

 

光宣が驚くのも無理はない。

なぜなら、その老紳士は自分が殺してしまった九島烈であったからだ。

烈は光宣を見ると凛に感謝をする。

 

「ええ、感謝いたします。閣下」

 

「じゃ、私は表で待っているから。終わったら呼んでちょうだい」

 

そう言うと凛は乗ってきた車に戻った。

二人きりになった光宣が何よりもまず最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

「お祖父様・・・!!申し訳ありませんでした・・・!!」

 

光宣はあのとき口に出来なかったことを涙をこぼしながら言葉を紡ぐ。烈はそんな光宣を見て優しく肩を持つ。

 

「光宣。お前が謝る必要はない」

 

「しかし・・・僕はお祖父様を殺してしまいました」

 

「いや、あれはあのとき私が最大限にできた策だった。そのもっと前からお前の気持ちを汲んでやれなかった私が悪い」

 

「ですが・・・」

 

「光宣、これ以上自分を責めるな。そんなことをしても何の慰めにもならない」

 

烈の言葉に光宣はこれ以上の謝罪はしなかった。烈は光宣の顔を見るとにっこりと笑う。

 

「随分と男らしい顔になったじゃないか」

 

「えっ・・・は、はい・・・」

 

いきなり別の話題を切り出し、戸惑っている光宣を見て烈は安心する。

 

「きっと想い人と結ばれたのだろう。いい事じゃないか。私は自由に結婚もできなかった・・・」

 

光宣はスバリと思っていたことを言い当てられ、赤面してしまう。

 

「私もお前と同じ時代に生まれたかったものだ・・・いい友人に恵まれたな」

 

烈は今までにない程優しい声色で光宣に話しかける。

 

「私も恋というものを経験した身だ。だからお前の気持ちもよく理解できる」

 

光宣は疑問に思った。烈の恋?少なくとも今までそんな話は聞いた事が無かった。すると烈は今まで誰にも話さなかった事を光宣に話す。

 

「私は・・・神木凛に昔一目惚れをした事があってな・・・」

 

「凛さんにですか・・・?」

 

「ああ、あの時の衝撃は今でも忘れていない・・・今から何十年も前の事。元造の家に行った時に初めて出会ったんだ・・・」

 

そこから烈は凛との出会いから凛にしてしまった罪を話した。

それを聞いた光宣は驚愕していた。まさか過去に一度死んでいた事や、烈が凛の怒りを買っていた事など今まで聞いた事がなかったからだ。

 

「それ以降。私は閣下にしてしまった罪の償いをしてきた・・・そのせいで私はお前の真意を汲めなかったのだろうな」

 

そして烈は光宣を見るとこう言った。

 

「私はお前の真意を知ろうともしなかった。だからこそ、あの悲劇を招いた。そして私は閣下に救ってもらったこの命を無駄にはしないつもりでいる」

 

「・・・」

 

「光宣。お前は想い人と結ばれた。これからは自由に生きなさい。私は自由に生きる事ができなかった。私の分まで人生を悔いのないように過ごしなさい」

 

「お祖父様・・・・はい、分かりました」

 

光宣はどこか決意をした表情で烈に答える。

 

「たまには顔を見せに来てくれ。お前のひ孫が見れるのを待っているぞ」

 

「えっ・・・は、はい!分かりました!!」

 

光宣は少しオドオドしつつもそう答えると烈の見送りを受け、光宣達は水波のいる家へと戻り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった。烈と話せて」

 

帰りの車中で凛はそう聞くと光宣は満足気に言う。

 

「嬉しかったです。お祖父様とはできるのであればちゃんと謝りたかったですから・・・」

 

「それは良かった」

 

そして帰宅途中。光宣が凛に聞く。

 

「お祖父様からお聞きしました。昔、凛さんの迷惑をかけたと・・・」

 

「ああ、その事・・・もういいわ。どうでもいい事だし。私には気にしていないから」

 

「いえ、でもあれは九島家が神木家にしてしまった罪です。それに関しては僕も九島家の人間ですから責任を持たないと・・・」

 

「あんたも大概あの二人に似て律儀ねー。気にしてないって言っているでしょうに・・・」

 

そう言うと凛は呆れ顔で光宣を見る。

そして車が家に到着すると家の前では水波や達也達が待っていた。

 

「おかえりなさいませ。光宣さま」

 

「うん、ただいま」

 

「凛、用事は済んだのか?」

 

「ええ、ばっちりね」

 

そう言うと深雪が水波に向かって話しかける。

 

「それじゃあ、水波ちゃん。また会いましょう」

 

「はい、深雪様もお元気で・・・」

 

「光宣、また会おう」

 

「ええ、達也さんもお元気で」

 

そう言うと光宣と水波と達也、弘樹、深雪、凛は別れた。永遠の別れではないがどこかしみじみとさせるものがあり、ぞれぞれの目には寂しさがあった。

 

「さ、戻ろうか。水波さん」

 

「はい、光宣さま」

 

そして二人は達也達が見えなくかるまで見送ると水波を連れて家に戻る。

こうして二人きりの生活が始まった。

達也から逃走する時のような緊張感はなく、本当の意味で幸せな時間を二人は過ごすのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水波達と別れ、駅に向かっている途中。達也が凛に聞く。

 

「なあ、凛。この世界に寿命はあるのか?」

 

この問いに凛は答える。

 

「あると言えばあるし、ないと言えばない」

 

「・・・どう言うことだ?」

 

達也の問いに凛は答える。

 

「言ったでしょ。ここは夢の王国。想いの強い人はその夢が果てるまで生き続けるし、夢が叶った人はまたあの世界に還って新しい夢を求める。この世界はそう言う人の新しい夢を与える所でもあるのよ」

 

凛の説明に達也は納得する。つまりここでは寿命の長い者と、短い者と寿命はバラバラであると言うことだ。

 

「だからここに数分しかいなかった人や、今でも何千年と夢を追い続けている人とかもいるよ」

 

「成程・・・」

 

達也は自分で納得すると凛が更に追加で説明をする。

 

「因みに、不成の沼で魂の浄化をされた人間は己に宿る神の数だけ細分化され、新たな人格を形成する。その新しい人格はたいていこの世界では人ではない姿を持っているの」

 

「ああ、それが列車にいた人獣の彼らが・・・」

 

「そう言うこと。そして、彼らもいずれあの世界に戻っていく・・・」

 

そう言うと凛は腕を伸ばし声を上げる。

 

「ん〜!!一高卒業したら旅にでも出ようかしら」

 

「お供いたしましょうか?」

 

すかさず弘樹がそう言うも凛は拒否をした。

 

「いらないわ。弘樹は弘樹の人生を歩みなさい。もう貴方は子供ではないのよ。いつまでも私の後ろをついてくるんじゃなくて自分で生き方を決めなさい。貴方には大事な人がいるでしょう?」

 

「・・・わかりました」

 

弘樹は深雪を見ると頷いた。

 

「弘樹さん。たまには私も頼ってくださいね」

 

「ああ、分かった・・・・頼りにさせてもらうよ」

 

深雪にもそう言われ、弘樹は少し恥ずかしげに返答し、深雪が嬉しくなり、甘々ムードになりつつあった。

そんな二人を見て凛と達也は親の様な優しい眼差しで見ていると四人は駅に到着し、専用列車で凛の屋敷へと向かう。

 

「さて、これからは少しは忙しさはマシになるかな?」

 

「どうでしょう。お兄様がいるからには何かあるのではないでしょうか?」

 

「そうだね。達也は面倒事を色々と引き寄せているからね」

 

「全員、酷い言い方だな。俺は疫病神じゃないぞ」

 

「まあ、それだけ今年は忙しかったからねぇ」

 

そう言うと列車の車内で四人は楽しく会話をしながら東京へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この先どんな未来が待っているのか。凛もそれは分からない。

だが、分からない未来だらこそ人はそこに至高の価値を見出そうとする。

 

夢を追う人

 

ロマンを追い求める人

 

平穏を求める人

 

欲を満たす事を求める人

 

世の中には多くの欲が存在する。それは人間の本能であり、人が生きる上で必要な感情である。

欲望は時に人を駆り立て、時に人を破滅へと導く。

人が選択した結果がどうなるか。それは分からない。

だが、幾多もある選択肢から自分が選択した事が正解なのか。それは人それぞれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは神であってもそうだ。

選択が未来を変える。それはまず間違いない。過去にも未来にも移動できない今という時間を生きるのは人であっても神であっても同じである。

過去は覆ることはないし、未来を知ることもできない。

今という時代を生きる自分達にとってそれは当たり前のことであり、毎日を悔いのない様に生きる事が未来をより良い方向に運ぶ唯一の手段だと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仏教の一節には悔いのない人生を送った人は極楽浄土へと向かう事ができるという。

それはつまり、この世界に想う事がなくなり、自分の新しい道を開く事なのでは無いか。私はそう考えている。

 

人は夢を追い求めたからこそ、大航海時代や、空を飛ぶ技術を開発した。

特に空を飛ぶという人類の夢は数百年に渡り語り継がれ、さらにはその舞台を空から更に上空の宇宙まで翼を向け始めた。

夢は誰でも想像できる。技術はその後に追いついてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢があるからこそ技術もそれに追いつこうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは魔法についても同じ。

 

まだ技術が確立してから100年ほどしか経っていない魔法は夢と畏怖の二つの感情の塊である。

夢と畏怖。どちらが勝つのかはこれからの人が魔法という未知の力をどう扱うのかによって変わる。

夢が大きくなればそれだけ魔法は発達するだろう。

だが、畏怖が大きくなれば魔法は衰退し、魔法は駆逐されるだろう。

これからの世界はこの二つの感情との戦いだろう。

どちらの感情が勝つにしろ時間は平等に進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この戦いは夢が勝つと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むろん根拠など何処にもない。

 

 

直感的な予感だが、そんな予感が凛にはあった・・・



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卒業編
卒業間近


二〇九八年三月八日。卒業式まであと一週間。ここ最近の国立魔法大学付属第一高校には落ち着かない空気が充満していた。現在の三年生は、三巨頭と呼ばれる三人の実力者が在籍していた二年前の卒業生よりさらに粒ぞろい、というより傑出していたというもっぱらの評判だ。

入学当初から三年生をも寄せ付けない卓越した魔法の実力を示し、在籍途中であの四葉家の直系だと明かされた前生徒会長・司波深雪。

二科生として入学しながら一年生の夏、九校戦の舞台で高校生離れした魔法工学技術を示し、二年生の三学期に四葉家の直系、三年生の一学期にあの「トーラス・シルバー」の正体であることが判明し、既に魔法大学卒業が約束されていると噂の前生徒会書記・司波達也。この二人が放つ光芒があまりに強烈でつい霞んでしまいそうになるが、他にも優秀な魔法師の卵、それどころか高校生でありながら第一線の魔法師に引けを取らない実力があると特定の業界から評価を受けている若手魔法師が何人もいる。

例えば、十師族でないにも関わらず司波深雪とほぼ同じ成績を取り、なおかつ古式魔法師としても名を残せるほど画期的な力を持つと噂の神木弘樹。反魔法主義者襲われ、重傷を負ったにも関わらず最終的な成績は大して落ちなかった努力の塊と呼ばれている神木凛。現代では極めて珍しい留学生で在学中の実績は特にないものの、その実力を知る者の間では司波深雪に肩を並べていると評判の九島リーナ。司波達也と同じく入学時は二科生でありながら九校戦で頭角を現し、二年生進級時に一科生となり、さらには風紀委員長の地位を勝ち取った吉田幹比古。彼は古式の術者でありながら現代魔法にも通じており、古式魔法師の間では伝統的な魔法技術に革新を起こす麒麟児と期待されている。中止になった二〇九七年度九校戦の代わりに開催されたモノリス・コード交流戦で、女子でありながら一高代表選手の一人として出場し、交流戦一高優勝の立役者になった千葉エリカ。なお彼女は非公式記録だが、交流戦で相手選手最多撃破数を記録している。

他にも『レンジ・ゼロ』の異名を持ちマーシャル・マジック・アーツのオープン大会で、高校生でありながらベスト四に残った十三束鋼。光を操る魔法に掛けては既に日本トップクラスと魔法大学の教授に太鼓判を押されている光井ほのか。その他、北山雫、五十嵐鷹輔、明智エイミ、里美スバル、森崎俊など、それぞれ得意とする分野で高い評価を受けている生徒が何人もいた。今年の三年生が在籍していた三年間こそ、一高の本当の黄金期だったと称え、彼らが卒業した来年度以降を危ぶむ気の早い学校関係者もいる程だ。教職員も在校生も三年生の卒業を惜しみ、一抹の寂しさと共に不安を抱えつつ、精一杯の祝福を贈ろうとしている。それが一高内に充満する不安定な、揺れ動き落ち着かない空気の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅から一高の校門へ続く通学路。久しぶりに登校している達也に向かって、高く張りのある声が飛んだ。彼の隣には深雪、さらにその隣にリーナがいる状態で気軽に声を掛けられる女子生徒は僅かだ。

 

「あっ、達也くんだ。何時東京に戻ったの?」

 

「エリカ、朝の挨拶はそうじゃないでしょ」

 

応えたのは達也ではなく、眉を顰めた深雪だった。

 

「ゴメンゴメン。おはよう達也くん、深雪、リーナ。水波もおはよう」

 

エリカが大人しく挨拶からやり直す。深雪に逆らってはならないというのは、一高女子の間では常識にも等しい不文律だった。

 

「おはよう、エリカ」

 

達也に続いて深雪とリーナが「おはよう」と返し、水波が「おはようございます」と丁寧に一礼した。一通りの挨拶の交換が終わった後、最初に口を開いたのは達也だった。

 

「エリカに会うのは約一ヶ月ぶりだな」

 

「そんなになるんだっけ。あぁ、そうか。この前達也くんが学校に顔を見せた時は、あたしが受験でいなかったのか」

 

エリカは魔法大学だけでなく、警察にOBが多いことで知られる一般の大学も「うちに来ないか」と呼ばれて試験を受けた。魔法科高校の生徒が一般の大学から勧誘されるのは、極めて珍しいケースだ。

 

「そうだったわね。それで、決めた?」

 

ここでリーナが、エリカに進学先を聞く。

 

「やっぱり魔法大学にしようと思って」

 

「それ、本当?」

 

「今度こそホント。あたしが魔法大学に進むなんて、今でも実感湧かないけど」

 

元々エリカは進学自体、しないつもりだった。去年の五月頃、「高校を卒業したら武者修行の旅に出たい」と話していたのは決して冗談ではなかった。夏休みまでは、かなり本気で旅に出ることを考えていた。出国の段取りや旅費を稼ぐ為の割の良いアルバイトのことなども真面目に調べていた。

だがモノリス・コードの交流戦に出場したことで、状況が変わった。エリカの実力は千葉道場の門人を通じて、以前から警察や国防軍には伝わっていた。だが組織の上の方へ行く程、身内の噂という点を割引いて考える、言うなれば「逆色眼鏡」で見る者が多かった。

しかし交流戦の活躍で、その実力が噂以上のものだと明らかになった。特に相手を傷つけず無力化する無系統魔法『幻刃』や、『術式解体』の亜種と見られる無系統の対抗魔法『術式斬壊』は魔法師犯罪者鎮圧に最適だと警視庁の幹部が目を付けた。

魔法大学から警察に就職する者も多い。夏休みが終わった直後からエリカは、警察官を多く輩出する武道が盛んな一般大学のOBと、警察官僚になった魔法大学のOBから勧誘を受け、両社の綱引き状態になっていた。そんな状態だったエリカだが、卒業間近になってようやく進学先を決めたようだ。

 

「良かった。じゃあ、四月からも一緒ね」

 

「うん・・・」

 

深雪の言葉に、エリカが少し照れたように笑う。魔法大学に進学できるとは思わなかった、というのは嘘偽りのない彼女の本音だったのだろう。

 

「私もよ。よろしくね」

 

「リーナ、本当にアメリカには帰らないんだね。こちらこそよろしく」

 

「当然でしょ?」

 

リーナは以前から「このまま日本の魔法大学に進学する」と明言していた。しかしエリカは、リーナがスターズに戻りたがっているのではないかと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪達と別れたエリカは達也の教室のE組まで歩いて行った。エリカはついでに剣道部の同級生と話をすると言うのでここまでついてきていた。

 

「ところでさ。さっきの話、達也くんはどうするの?」

 

「前から言っている通りだ。魔法大学に進学する予定は変わらない」

 

エリカの質問に達也は「何故今更そんなことを聞く?」という顔で答えた。

 

「魔法大学に行くのは知ってるけど、達也くんの場合それだけじゃないでしょ?」

 

「ああ、そういう意味か」

 

しかしエリカの答えに、達也の表情が納得顔に変わる。

 

「うん、そういう意味。恒星炉の研究を優先するの?それとも軍の仕事?」

 

エリカは達也が国防軍を辞めたことを聞かされていない。辞めたといっても元々正規の士官ではないのだが、一年生の秋に起こった横浜事変の印象が強すぎて、達也は国防軍の一員だという思い込みが拭い去れないのだ。

 

「しばらくは研究だな。実現しなければならない課題が多すぎる」

 

「へぇ・・・。じゃあ大学も、あんまり通えそうにない?」

 

「どうだろう。学びたいことも多いし、なるべく出席するつもりだが」

 

「真面目ねぇ。いや、貪欲なのかな」

 

「普通だろう」

 

エリカは呆れ気味だが、この時代の若者として達也の態度は珍しいものではない。技術は日々進歩している。技術の進歩に適応すべく、社会制度の変化のスピードも速い。魔法大学に限らず、昨今の大学生に遊んでいる余裕は無いのだった。――無い余裕を遣り繰りして社交に励むのも、今時の大学生なのだが。

 

「よっ、達也。久しぶり」

 

もうすぐF組の教室という所で、廊下で別の生徒と喋っていたレオから声がかかる。

 

「おはよう、レオ」

 

達也がレオに挨拶を返すと、横を歩いていたエリカが「それじゃあね」と小声で手を振って教室の中に入っていく。顔を合わせれば口喧嘩になっていた以前に比べれば格段の進歩だ。レオと喋っていた女子生徒も達也に会釈して離れていく。階段へ向かっていったので下級生かもしれない。

 

「邪魔したか?」

 

「何言ってんだ。声を掛けたのは俺の方だぜ」

 

それもそうか、と達也は思った。相手が女子生徒だったという点を彼は気にしていたのだが、レオは後輩に人気があると聞いている。きっと、惜しむ程の機会ではないのだろう。

 

「えっと、二週間ぶりくらいか」

 

「ちょうど十日ぶりだな」

 

「そっか。今日はどうしたんだ。また校長に呼ばれでもしたのか?」

 

レオのセリフを達也は細かく訂正した。別に悪意からではなく何となくだ。レオは特に気にした様子も無く、そう尋ねてきた。レオの質問に、達也は軽く顔を顰めた。

 

「校長じゃない、事務長に呼ばれた、どうしても自筆の署名が必要らしい」

 

「そんなんあったかなぁ・・・?まっ、達也の場合は色々特殊だからな」

 

特殊と言えば、レオが選んだ進路も特殊だ。結局彼は、魔法大学に進学しなかった。彼が選んだ進学先は『克災救難大学校』。通称『レスキュー大』。第三次世界大戦後、わが国では国防軍を防衛任務に専念させる為、従来軍が担っていた大規模災害時の救助活動を専門で担う救助部隊が消防や警察の救助部隊とは別に組織された。名を『克災救難隊』。通称『日本レスキューコーア』。あるいは単に『レスキューコーア』。年月を重ねるに連れてレスキューコーアは海難救助や山岳救助にも守備範囲を広げ、今では消防や警察の仕事の一部を肩代わりするまでに成長している。

『克災救難大学校』は名前から分かる通り、レスキューコーアこと『克災救難隊』の為の高度人材育成を目的とする教育機関である。位置づけは防衛大に近い。だが防衛大と違い、魔法科高校生が進学するのは稀だ。災害時の救助活動には魔法師も活躍するが、レスキュー大で教えるのは機械テクノロジーを活用した、魔法に頼らない救難活動の技術である。入試も、魔法が使えるからと言って有利にはならない。レオは元々、山岳警備隊を進路として考えていた。山岳部に所属していたのも、この進路志望があったからだ。進学はせず、直接警察に入るつもりでいたのだ。





なんとも締まり悪いですが、文字数の関係でここで切らせていただきます。


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それぞれの進路

だが魔法大学受験を視野に入れ始めた頃から、魔法大学以外の進学先もいろいろと調べ、その結果レスキュー大を第一志望に決めたのだった。魔法が入試に使えないのは、レオにとって全く問題にならない。今でも硬化魔法以外の魔法は苦手なのだ。体力測定やアスレチック実技が試験に含まれるレスキュー大の方が、レオにとっては余程有利だった。

 

「何か、俺たちとは別の手続きがあるってことか」

 

「詳しくは知らん。それとな・・・、前回の呼び出しは校長じゃない。教頭だ」

 

「大して違わないだろ」

 

レオの質問にぶっきらぼうに応え、前回の呼び出しの相手を訂正した。レオはそう言うが、最終決定権者である校長からか教頭の指導では随分意味合いが違う。特に用件は、魔法大学から依頼を受けて達也が何を学びたいのか聴取するという内容で、所謂「呼び出し」とはかなり性質が異なる。そのことをレオに反論しようとしたところで、レオは誰かに呼ばれた。

 

「じゃ、また後でな」

 

「ああ」

 

引き止める程でもない。達也はレオと別れ、E組の教室に入った。E組の生徒は、もう六割以上が教室にいた。

 

「達也さん、おはようございます」

 

「おはよう、美月。皆、結構来ているんだな」

 

隣の席から美月が挨拶をし、挨拶を返すついでに、達也はさっきから疑問に感じていたことを口にした。

 

「学校内でしかできないことも多いですから。それにクラブのことも気になりますし」

 

なる程、と達也は思う。その可能性は見落としていた。言われてみれば、という感じだ。巳焼島のような一種の治外法権領域で暮らしていると忘れがちになるが、市街地での魔法の使用は厳しく制限されている。巳焼島は四葉家が実質的に支配しているので魔法を使っても咎められない。むしろ魔法を日常的に使用するのが当たり前になっている。しかし普通は、許可なく魔法を使うと警察による取り締まりの対象になる。

美月の場合は、魔法を使うというよりももう一つの理由で登校しているのだろう。彼女は美術部員だ。仕上げが残っている作品があるのか、後輩の指導に熱を入れているのか。本人の弁に依れば、絵を本格的に始めたのは高校に入ってから、らしい。進学先も絵に関係する所だ。

彼女は魔法大学に進学しなかった。元々美月は自分の目をコントロールできるようになることが目的で一高に入った。魔法師として希少な才能の持ち主だが、美月自身は魔法技能にそれ程拘りは無く、魔法師になりたいという意識も薄かった。高校で満足な成果が得られなければ多少無理をしてでも魔法大学に進学することを視野に入れていた美月だが、彼女は自分の「視力」をほぼ完全に制御できるようになっている。今でも霊子光を遮断する眼鏡を掛けているが、既に日常レベルでは眼鏡無しでも問題の無い域に達している。霊子放射光過敏症に関して言えば、去年の九月時点で魔法大学に進学する意味は無くなっていた。

進学という点でもう一つ言えば、三年生の二学期時点で美月が魔法大学に合格できる可能性は低かった。筆記試験は合格ラインを超える実力があったのだが、実技が合格ラインに届いていなかった。それでも無理をすれば何とかなるかもしれないレベルだったが、美月自身よりも彼女の両親が魔法大学受験に反対した。その結果、美月が進路に選んだのはデザインの専門学校。その中でCGを専攻するコースをチョイスした。この時代、人々の意識の中に大学と専門学校の優劣は無い。大学自体の専門化が進んでいて、職業に直結する教育の比率が高まっている。業界によっては「大卒は採用しない」と公言する企業もある程だ。

ただ美月は、魔法と完全に縁を切るつもりも無かった。魔法の勉強は大学以外で続けることになっている。現代魔法学は傾向として、知覚系の技術より作用系の技術に重きが置かれている。魔法大学の教育もこの傾向に従って、作用系の技術を中心にカリキュラムが組まれている。美月が得意とする知覚系の技術に関する知見は、現代魔法の専門家よりもむしろ古式魔法師の間で多く蓄積されている。ただ理論化が進んでいないだけだ。魔法大学に進学することが決まっている幹比古は、大学の勉強とは別に古式魔法の理論化、体系化に取り組むつもりだ。美月はその手伝いをすることになっていた。彼女が水彩画や油彩画ではなくCGデザインを選択したのは、一つには古式魔法で使われている呪字や魔法陣などのシンボルを写真ではなく描かれたものとして記録するという目的があった。おそらく美月は、専門学校卒業後も幹比古と二人三脚で歩んでいくに違いない。

 

「あの、達也さん・・・。私の顔に何か付いていますでしょうか・・・?」

 

美月が不安げな表情で達也に問いかける。つい微笑ましい気分で美月を見ていたことに気付かれてしまったようだ。

 

「いや、もう卒業間近だというのに、クラブの為に学校に来ているなんて、後輩思いなんだなと考えていただけだ」

 

「そ、そんなこと無いですよ!い、嫌ですね、いきなり」

 

美月が赤面してわたわたと両手を振る。彼の言葉をまるで疑っていない反応に、達也の視線はますます生温かなものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり前だが、生徒会も風紀委員も部活連も既に代替わりしている。深雪もほのかも、もちろん達也も、もう生徒会役員ではないし、幹比古と雫、弘樹も風紀委員ではないし凛やエリカ達も部活連役員ではない。昼休みにまで仕事に悩まされることもなく、達也たちは揃って食堂でランチを楽しんでいた。

 

「達也さん、ご存じですか?三高と六高の卒業式が延期になったそうですよ」

 

この情報をテーブルにもたらしたのはほのかだ。ほのかは順当に、四月から魔法大学に進むことになっている。もちろん、雫も一緒だ。

 

「あっ、僕もその話は聞いたよ」

 

相槌を打ったのは幹比古。彼も来月から魔法大学の学生だが、暫くは昼間大学に通って夜は実家の儀式に参加する生活になりそうだと嬉しそうにぼやいていた。何でも、古式魔法師にとって一人前と認められる為の第一段階と位置付けられる重要な儀式らしい。

 

「新ソ連の影響か?」

 

「そうです。日本海沿岸はまだ厳戒態勢ですから」

 

ほのかと幹比古の言葉に、達也が質問の形で推測を返すと、ほのかが頷いて達也の推測を肯定する。彼女が言う通り、北海道・東北の日本海沿岸地域、北陸・山陰の沿岸部各都市には、現在非常事態宣言が出されている。新ソ連がウラジオストクに大軍を集めていることに対する措置だ。新ソ連政府は「演習目的だ」と言い張っているが、そんな言い訳を鵜呑みにできるはずが無い。単なる示威行為ならばまだいいのだが、本格侵攻の準備という可能性が捨てきれない。八月に達也の反撃を受けた新ソ連は、その後報復に出ることもなく去年の内は大人しくしていた。だがやはり、そのまま引き下がる気は無かったのだろう。年初から度々威嚇と見られる大規模な演習を極東地域で繰り返してきた。そして遂に、五日前から始まった陸海軍の大動員である。

達也も新ソ連の動向は把握していた。おそらく、この場にいる誰よりも詳しいだろう。新ソ連軍の目的が侵攻には無く威嚇に過ぎないという情報も彼は掴んでいた。USNAの国防長官付き秘書官からの情報だ。恐らく国防軍や防衛省の幹部より正確に事態を把握している。だから達也は現状を余り心配していない。ただ懸念されるのは新ソ連軍の前線兵士の暴走だが、それは何時でも起こり得ることだ。もし日本に対する大規模な攻撃に発展すれば、東道青波との秘密契約に基づき、達也は遠慮なく介入するつもりだった。

 

「三高と六高は、卒業式を二十四日まで延期する予定らしい」

 

「九日の延期か・・・随分慎重なんだな」

 

「厳戒態勢が長引いて再延期なんて羽目に陥るより、延ばせるだけ延ばしておこうって考えみたいだ」

 

差し迫った危機は無いと知っている達也の正直な感想に対して、幹比古は裏事情を知らないまま延期の事情を説明する。言われてみれば納得できる話だ。甘い予測で予定が二転三転するのは、関係者にとって迷惑以外の何ものでもない。

 

「そうか。一条たちも大変だな」

 

一条将輝と吉祥寺真紅郎も魔法大学進学組だ。将輝は夏の時点で気持ちが防衛大に傾いていたが、結局魔法大学に決めていた。この件では達也も相談を受けていたが、彼のアドバイスが将輝の進路に影響したのかは分からない。

進路に悩む必要は全く無いと思われていた吉祥寺も、実は紆余曲折があった。彼は既に金沢魔法理学研究所の研究員であり、大学に進学するよりこのまま金沢に残って研究所で自分の研究を進めた方が良いのではないか、という声は以前からあったが、所詮少数派の意見でしかなかった。

しかしこの押しつけがましい独善的な声が、戦略級魔法『海爆』の登場で無視できない程に高まった。この困難な国際情勢下で戦略級魔法を開発できる技術者を、大学で遊ばせていいのか、という自分勝手な正義を振りかざす者たちが大勢出現したのだ。そもそも魔法大学は遊ぶ所ではないし、吉祥寺が学問の自由を犠牲にしなければならない道理はどこにもない。そんな無責任な正義感は頭から無視すれば良かったのだが、真面目な吉祥寺は「国難」と言われて悩んでしまったのだった。

吉祥寺が迷いを振り切って進学を決めたのは、将輝の「やっぱり魔法大学に進学する」という一言が決め手だった。そして将輝と吉祥寺は無事、四月から今まで通り仲良く同じ学校に通うことになったのである。来月から東京の魔法大学に通うとなれば、当然東京またはその近郊に住まいを探さなければならない。新生活の為の準備も色々必要だ。卒業式が遅れれば、その分準備に費やせる時間は減る。一条家の跡取りとその友人だ。新居探しはそれ程苦労しないかもしれないが、事前に上京して新しい生活環境に慣れておく時間が短くなってしまうのは避けられない。

 

「一条さんたち、もしかしたら卒業式前にこちらへいらっしゃるかもしれませんね」

 

深雪も同じことを考えたのか、そんな予想を口にした。確かに東京と金沢の距離を考えれば、東京で新生活をスタートさせて卒業式だけ金沢に帰るという選択肢も十分に現実的だ。

 

「ああ、あり得るな」

 

だから達也は、深雪にそう応えを返した。友人たちの間からも、異論は出なかった。

 

「ねえ達也くん。聞きたいことがあるんだけど・・・」

 

「なんだ?」

 

「凛の進路って何か聞いている?」

 

エリカの問いに達也は知らないと答えた。

 

「さあ、俺も聞いていない」

 

「そっか・・・弘樹くんは魔法大学に行くって聞いたからさ。凛も魔法大学なのかなって思ったんだけど・・・」

 

そう言いエリカは食堂に凛がいないか探すも、彼女を見つける事はできなかった。

二学期に復帰した際の彼女の成績は90位一科生として過ごす事も危ういレベルまで成績は落ち込んでいた。だが、その後のテストでは徐々に成績も回復し、最終的には8位まで成績を持ち上げることができた。

その結果を見て先生達の間では奇跡のV字回復と言われているらしい。

無論、真実を知っているエリカ達は本当の実力を隠していることに腹を立てていた。

ここ最近、彼女の姿は教室でしか確認されていなかった。三学期に入り、彼女とはあまり顔を接さなくなった。

魔法大学に行くのか。それすら誰も知らなかった。元主席というレッテルはやはり精神的にキツいものがあるのだろうと一般的には思われていた。

だがエリカ達は別の理由だろうと確信をしていた。

 

「弘樹も知らないんだものね。魔法大学に行くのかな・・・?」

 

エリカの疑問に答えられる人はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、達也は凛の住むマンションに来ていた。

 

「俺だ」

 

『どうぞ』

 

マンションに入るとそこには幾つかの段ボールが積み上がって片付けられている部屋があった。達也は彼女の進路を知っていた。彼女は宣言通り世界を見に行く為に日本を後にする。この荷物は再来月開業するジオ・フロントの高級宅地に運ばれる予定となっている。

 

「随分と片付いたな」

 

「ええ、このマンションもだいぶ古いもの。そろそろ建て替えをしようと思っていたから・・・」

 

そう言うと凛はマンションの柱を触る。聞けばこのマンションに初めて来たのは祖父の元造だと言う。改修工事をして騙し騙し使っていたらしいが、すでに限界を超えているらしい。来月から建て替え工事が始まる事となっている。

 

「懐かしいわ・・・あの頃が・・・」

 

そう言うと凛は懐かしむようにキッチンを触った。そんな凛を見て達也は本当に楽しかったのだろうと感じていた。不意に達也は思った事を口にしてしまった。

 

「新しいものも俺は良いと思う」

 

「いきなりどうしたの達也」

 

「いや、なんとなくな・・・古い物はいつかは壊れてしまう・・・だが、記憶だけは壊れる事も風化する事もない。永遠の物だ。だから、思い出を忘れないようにしておけば良いんじゃないか?」

 

達也がそう言うと凛は心底驚いた顔をした。

 

「驚いたわ。貴方からそんな言葉を聞くなんて・・・」

 

「俺も分からないな・・・。どうしてこんな事が言えたのか・・・」

 

そう呟くと達也は凛に聞く。

 

「いつ出発するんだ?」

 

「二十五日の予定よ」

 

「そうか・・・見送りをさせてもらおう」

 

「ふふっ、ありがと」

 

そう言うと凛は達也に引っ越しの余り物と言って少しばかりのチーズと酒を取り出すと達也の前に差し出した。



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卒業式

二〇九八年三月十五日、土曜日。魔法大学付属第一高校では、いよいよ卒業式を迎えた。一高だけではなく、三高と六高を除く付属高校の卒業式が、一斉に行われる。

 

大勢の父兄と来賓に見守られて、卒業証書の授与が厳かに進む。こういう所は前世紀から余り変わっていない。二〇九七年度の卒業生、百七十名ちょうど。入学時点から三十人が退学しているということだ。この数字は例年に比べて多いとも少ないとも言えない。魔法工学科の新設で退学者は減ると期待されていたが、まだまだ効果が出るのは先のようだ。

一方、卒業生の進路については魔法大学へ進学する者、百二十八名。防衛大へ進学する者、十五名。魔法大学へ進学する者の割合が約十パーセント伸び、防衛大を進路に選んだ卒業生の割合が微減していた。これは魔法工学科新設の効果と言って良いだろう。なお、その魔法工学科は二年進級時に新設されてから一人の退学者も出していない。二十五人全員が卒業を迎えたのは、全クラスの中で最も優秀な成果と言える。

卒業証書はまず最優秀生徒――成績だけでなく課外活動も加味して最優秀と認められた生徒が最初に受け取り、以降は成績に関係なくA組から順番に授与されていくのが去年までの流れだった。だが、今年は少しだけ違いがあった。

最初に名前を呼ばれたのは深雪。これは誰もが納得の、順当な結果だ。しかしラストは、H組の卒業生ではなく、最後に名前を呼ばれたのは達也だ。壇上に上がった達也を前に、百山校長が改めて卒業証書を読み上げる。

 

「――所定の過程を修めその業を卒えたのでこれを証する」

 

書かれていた文面は、テンプレート通りの面白みが無く無難な物。だが、そこで終わりではなかった。

 

「また貴殿が在学中、各界に多大な貢献を為し本校の名誉を大いに高めたことに対し、感謝の意を表す。国立魔法大学付属第一高等学校校長、百山東」

 

渡された書状は卒業証書一枚。だが言葉だけのものであっても、一人の卒業生が卒業式で校長から感謝の言葉を贈られるなど前代未聞の出来事だった。虚を突かれたような短い静寂の後、最初はパラパラと、すぐに割れんばかりの喝采が沸き起こる。一人の劣等生として入学した達也は、優劣を超えた規格外の生徒として卒業の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式の後、今年は区別がないパーティーが開催されることになっている。これはもちろん、前生徒会長である深雪と前風紀委員長である幹比古、前部活連会頭の凛の意思が多いに反映されている。そういうわけで達也はいつも通りのメンバーで一塊になって、他の卒業生と同じ歩調で会場に向かっていた。

 

「それにしても凄ぇよな。卒業式で校長から感謝してもらえるなんて、前代未聞じゃねぇか?」

 

「学校側としては苦肉の策だったんだろうな」

 

「どういうこと?」

 

達也の応えに不思議そうな顔をしているのは、疑問を口にしたエリカだけではなかった。

 

「俺の出席免除、試験免除はディオーネー計画参加が前提だったからな。出席日数も単位も足りない俺を卒業させる別の口実が必要だったんだろう」

 

「・・・それだけじゃないと思うけど」

 

「そうですよ!実際に達也さんは学校から感謝されるだけのご活躍をされていたんですから」

 

エリカに続いてほのかが熱心に達也の誤解を解こうとする。そんな中、深雪の許に現生徒会長の泉美が歩み寄って来る。赤い制服を着た男子生徒を伴って。

 

「一条さん!?」

 

深雪が思わず声を上げてしまった通り、その男子生徒は三高の一条将輝だった。

 

「・・・司波さん、お久しぶりです」

 

「はい。お久しぶりです。でも・・・」

 

「僭越かと存じましたが、私がお招きしました。僅か一ヶ月とは言え、一条先輩も当校に在籍された卒業生。せっかく東京にいらっしゃるのですからと、お声がけした次第です」

 

どうして、というセリフを呑み込んだ深雪に泉美が横から説明する。三高の卒業式は延期になっているので、厳密に言えば将輝はまだ卒業生ではない。しかし深雪はそんな些細な点は指摘せず、泉美の気配りを労う。

 

「そう。泉美ちゃん、よく気が付いてくれたわね」

 

「もったいないお言葉です!」

 

全身で感激を表す泉美に笑顔で頷いて、深雪は将輝に視線を戻した。

 

「一条さんは何時東京へいらっしゃったのですか?」

 

「一昨日です。新ソ連軍の配置が通常に戻ったので、卒業式より一足早く上京することにしました。その、東京を本拠地にしている七草家と十文字家には一昨日の内に挨拶を済ませまして」

 

何故か将輝が少し慌てた素振りを見せたので、深雪が訝しげに将輝を見上げる。何故そんな当然なことをこのタイミングで態々口にするのか分からない、という顔だ。 

 

「なる程。泉美が一条の上京をいち早く知っていたのはそういう理由か」

 

「そうなんだ」

 

達也の助け船に、将輝がホッとした表情を浮かべた。そこで漸く、将輝の注意が深雪以外に向く。達也の周りには深雪以外にも美少女が揃っており、そのほとんどが将輝の事を生温かい目で見つめている。その視線を辿り、リーナを見て将輝は怪訝そうな顔になった。

 

「一条さん、彼女はアンジェリーナ・クドウ・シールズさんです。訳あって当家でお預かりしています」

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズです。リーナとお呼びください」

 

「あ、はい。ええと、一条将輝です。よろしくお願いします、リーナさん」

 

将輝は少しドギマギしながら自己紹介を返した。彼は深雪のことが好きなのだが、それでもリーナの美貌に何も感じないままではいられなかったようだ。

 

「・・・失礼ですが、九島というのはもしかしなくても・・・」

 

「ええ。御想像の通り、私の祖父は先日亡くなった九島閣下の弟です。その縁で九島の姓を名乗らせてもらっています」

 

「そうですか。・・・老師のご血縁にも拘わらず、九島家ではなく四葉家に身を寄せていらっしゃる理由は、聞かない方が良いんですよね?」

 

将輝の質問にリーナが一瞬「?」マークを浮かべたのは、九島烈を指していた「老師」という呼称がピンと来なかったからだ。リーナが戸惑っている際に、深雪が回答権を横取りする

 

「一条さん、リーナは四葉家で預かっているのではありませんよ。とあるお方のご指示で、お兄様と私がリーナのお世話をしているのです」

 

「とあるお方・・・?いえ、失礼しました」

 

将輝はそれ以上踏み込まなかった。正体をぼかした言い方に、秘密の匂いをかぎ取って触れるのを避けたのだ。十師族の跡取りとしては、当然のリスク感覚だった。同時に将輝は、達也に奇妙な敗北感を覚えていた。戦闘力なら、「世界」の脅威となった達也が相手でも『海爆』を手にする自分はそれ程劣っていないと将輝は思っていた――いや、今も思っている。最初に新しい戦略級魔法を使ったあの時以後、将輝は研鑽を重ねて、この短期間で『海爆』を進化したと表現できるレベルまで引き上げている。

しかし今、深雪が匂わせた達也の人脈は、単なる強さでは対抗できない程深く昏い権力の深淵を予感させるものだった。自分と同じ年齢で社会の奥深くまで食い込んでいるであろう達也に、子供が大人に対して懐く劣等感に似たものを将輝は覚えていた。

 

「ーー神木はどこにいる?」

 

「彼方に」

 

将輝は突然そんな事を聞く。深雪が指を指すと将輝は弘樹の方へを向かう。

 

「――神木、開会のセレモニーが終わってからでいい、少し時間をくれないか」

 

将輝の声かけに弘樹は了解とだけ告げるとセレモニーに参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレモニーが終わり、余興に参加者の興味が向いたタイミングで、弘樹は将輝に目配せをして、行動の反対側にある小体育館裏の空地へ二人だけで移動した。

 

「それで、何の用だ」

 

弘樹に問われて、将輝は唇をギュッと引き結び、両手を体の脇で握りしめ、背筋と腹と、そして目に力を入れた。

 

「神木、俺は司波さんが――司波深雪さんが好きだ」

 

「知ってる。それで?」

 

「・・・」

 

「それで?」

 

「・・・」

 

黙ったままの将輝に、弘樹は背を向けようとする。

 

「待て!」

 

「何だ、いったい」

 

「神木、お前は・・・彼女のことが好きなのか?」

 

「深雪のことなら、好きに決まっている」

 

将輝の問いかけに、弘樹は呆れ声で答えた。

 

「どういう意味で好きなんだ!ちゃんと女性として愛しているのか!?」

 

「当たり前だ」

 

将輝の問い掛けに弘樹はピシャリと言う。

 

「一条くん。君が深雪の事を好きなのは知っているし、人の感情にとやかく言える程、僕は恋愛に詳しく首は突っ込まない。だけど、深雪の気持ちを無視して自分の気持ちだけを押し付けようとしている君は、少なくとも深雪に相応しくない」

 

「そ、それを決めるのはお前じゃなくて司波さんだろうが!」

 

「既に断られているのに、しつこく迫っているのは一条家だろう?」

 

その言葉に将輝は言葉の詰まってしまった。

 

「君が深雪に執着する事は深雪を不快にさせてしまう。深雪の幸せを願うなら。これ以上彼女に付き纏わないでくれ。それじゃあ、失礼する」

 

弘樹はそう言うと会場に戻る道を歩く。将輝はしばらく固まってしまっていた。会場に戻った弘樹は深雪や噂を嗅ぎつけた凛から質問攻めに合っていた。



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神木姉弟の秘密

卒業式を終え、全員が一旦凛のマンションに来ていた。

 

「やっと卒業式が終わったわね」

 

「そうですね」

 

「さて、これから忙しくなりそうね」

 

そして全員が部屋でゆったりとしていると地下室に通じる扉から凛が顔を出す。

 

「みんな。ちょっと狭いから下に来て」

 

そう言うと全員が地下室に通じる階段を降りる。

そして全員が地下室に入った所で弘樹が扉を固く閉める。

 

「さて、全員いるわね」

 

「ええ、凛に言われた通り予定を開けて来たわよ」

 

「着替えとか持って来させて・・・何をする気なの?」

 

エリカ達の問いかけに凛は

 

「卒業祝いにいい場所に行く」

 

そう言うと凛が地面に手を当てると辺り一面に想子の嵐が吹き荒れる。

 

「ウワッ!」

 

「眩しっ!」

 

あまりの眩しさに全員がの目が真っ白になってしまい、何が起こっているのかすらも把握できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に視界が戻ったのはどこかの草原だった。

 

「ん・・・ここは・・・」

 

エリカが体を起こすと周りに全員が横になって倒れているのに気がつき、隣にいた美月を起こした。

 

「美月・・・」

 

「ん・・・」

 

そして全員が体を起こした所でエリカ達に話しかける人物がいた。

 

「よしよし、全員来れたみたいね。実験はうまく行ったわ」

 

そこにはエリカでも思わず見惚れてしまいそうになる程神秘的に美しい女性が立っていた。女性は頭に特徴的な立派なツノと馬のように長い耳、ゆらゆらと揺れる長い髭のような物があり、エリカ達は声を聞いてそれが誰なのか理解できた。

 

「その声・・・まさか凛なの?」

 

「そうよ」

 

そして次にエリカ達は驚愕する。

 

「「誰!?」」

 

「私だよ!凛だつってんだろうが!!」

 

「本当に?」

 

「全然見た目違うじゃない!」

 

そう言って凛がエリカとギャーギャー騒ぎ出した事でようやくここにいる全員が本当に凛であると納得した。

 

「本当に凛なのね?」

 

「何度も言ったでしょう?」

 

エリカと凛がそう話しているとほのかが凛に聞いた。

 

「えっと・・・凛さん。ここは何処なんですか・・・?」

 

「そうよ、いきなりこんな草原に連れられて・・・ここは何処なのよ!」

 

リーナも便乗して凛聞いた。

 

「ここは私達が護ってきた場所よ」

 

「ここが・・・?」

 

幹比古はそう呟くと周りを見回す。去年の一月に凛から告げられた神家が護ってきた場所。

幹比古は半分興奮気味になっていると凛の隣に立つ青年を見た。それを見たエリカ達は本日二度目の驚愕をする。

 

「みんな無事に来たみたいだね」

 

「弘樹!?その姿・・・」

 

弘樹には正面から見てもよくわかるくらいに広がる大きな尻尾があった。

 

「「わぁ〜もふもふだぁ〜!!」」

 

そう言うと一斉に女子達が弘樹の尻尾目掛けて飛びつく。いきなり飛びつかれた弘樹は尻尾をメチャクチャに触られ、擽ったく笑い声をあげてしまった。

 

「あひゃひゃひゃひゃ。や、やめて!くすぐったいから!!」

 

弘樹の反応を見て尻尾は偽物ではないと認識し、幹比古はあれやこれやと凛を質問攻めしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は少したち、あらかた質問を終えた幹比古は満足し、聞いた話をまとめた。

 

「えっと・・・つまり凛さ・・・龍神様は・・・」

 

「凛でいいわよ。変に敬語使われるの嫌いだし。弘樹も同じだと思うよ」

 

話を聞いてすっかり緊張してしまった幹比古に凛がそう声をかけ、その横でレオや達也はいつも通りの凛だと思いながら幹比古の話を聞いた。

 

「凛様はいわゆる神様で弘樹様も九尾って事?」

 

「だからそう固まらなくっていいわよ。いつも通りの接すればいいじゃない」

 

「そんな事・・・僕にはできないよ・・・」

 

緊張が解れない幹比古は話を纏めていた。

 

「それでこの空間は僕たちが普段いる次元とは違う凛様の作った世界・・・と言う事ですか?」

 

「ええ、そうね」

 

凛が引き攣った顔で肯定をすると今度はレオが凛に聞いた。

 

「でもなんでそんな事を俺たちに言うんだ?」

 

「何でって?そりゃあ信用できる友人だからね。この事を話しても他の人には言わないでしょう?」

 

神に信頼できると言われ、幹比古やレオは少し嬉しく思った。

 

「そこまで言われたら俺もこの事は言えねえなぁ」

 

「そうだね。人には言えないね」

 

そう言うと女子に囲まれていた弘樹がボサボサになった尻尾を触りながら戻ってくる。

 

「酷い目にあった・・・」

 

「おつかれ弘樹」

 

「ああ、レオか・・・全くエリカは撫で方が雑なんだよ・・・」

 

弘樹は軽く毛並みを整えながらそう呟く

 

「聞いたぜ色々と」

 

「なら、話は早いね」

 

そう言うとレオと弘樹達は今までこの事を黙っていた理由などを話し、お互いに納得をしていた。

 

「まあ、こんな姿。人には見せられんな」

 

「そうだね、確実に捕まって実験動物にされちゃうよ」

 

そう言うと少し離れた所で女子達が話に花を咲かせていた。話の中心である凛は女子全員に説明をすると全員が納得していた。

 

「成程ねぇ。だからそんなに強いわけだわ」

 

「神様という事ですものね・・・」

 

「今まで気づけなかった」

 

「わぁ、なんか実感が湧きません。親友がこんなに偉い人だなんて・・・」

 

「私も正直分からなくなってきたわ」

 

そう言い、少なくとも幹比古のように緊張しまくっているような雰囲気はなく、比較的穏やかに話していた。

 

「じゃあ、深雪は妖怪に嫁入りしたって事?」

 

「そう・・・なるわね」

 

「すごいじゃない!普通じゃできない婚約ね!」

 

「羨ましい気もする」

 

「そんな・・・少し恥ずかしいわよ」

 

そう言って深雪は顔を赤くして俯いていた。すると凛が今後の予定を話す。

 

「さて、今日から数日予定を開けさせた理由はもう分かるわね」

 

「ええ、この景色を見たら十分わかるわよ」

 

「じゃあ行きましょうか。ついてきてちょうだい」

 

エリカがそう言うと女子達は一斉に立ち上がり、各々荷物を持った。中には荷物を持ってもらっている者もいた。

 

「それじゃあ数日だけだけどこの世界を満喫してね」

 

そう言うと凛はエリカ達を案内した。近くの駅でいつもの専用列車。今回は客車が三両追加され、十両編成となった専用列車を見てエリカ達は初めて見る蒸気機関車に興奮しながら列車にに乗り込む。

 

「すごいわ。初めて見た・・・」

 

「豪華な列車ですね・・・今時こんな列車。図鑑でしか見たことありません」

 

エリカ達は客車を見ながらその豪華さに舌を巻く。彼女達が目にしているのはまさに大正時代の面影をそのまま反映したような車内だった。

 

「さ、今日からここが君たちの部屋になる。人数分は準備してあるから好きな部屋を選びな」

 

そう言うと各々好きな部屋を選び始め、それぞれ泊まる部屋が決まり。それぞれ弘樹と深雪、達也とほのか、幹比古と美月、エリカとレオ、雫とリーナと凛という部屋割りになった。

 

「私たちは三人部屋か・・・」

 

「どうせならジョンと来れたらよかったわ・・・」

 

「良いんじゃない?女子三人でも」

 

そう言うと雫が外の景色を見ながら呟く。

 

「凛がこんなに神様だと思わなかった」

 

「それは私も思った。凛ってじゃあ先輩なんか目も当てられないくらい歳を・・・」

 

ドゥクシ!

 

「グハァ!」

 

リーナの不用意な発言は凛の強烈な手刀を喰らう羽目となった。

雫や全員が恐れて聞かなかった事を聞いてしまうリーナはやはりおっちょこちょいだと感じた。

 

「リーナ。女性の歳を聞くのはダメよ・・・?」

 

「同じ女子だから良いじゃないの!」

 

「今のはリーナが悪いよ」

 

「雫まで!?」

 

リーナがガッカリとしていると列車は平原から田舎町の駅を通過し、汽笛を鳴らしながら海沿いの線路を走り出す。

 

「綺麗・・・」

 

「本当に・・・」

 

部屋で荷物を置いた雫達は部屋から展望室へと移動する。

するとそこには既に自分達以外が空いている席に座って外の景色を眺めていた。

 

「どうだい。この景色は」

 

「凄い綺麗ね。何も言葉が出ないわ」

 

そう言いながら展望車で景色を眺めていると列車は徐々に速度を落とし、海岸沿いの小さな駅に到着する。そこで一行は列車から駅を降りる。

 

「綺麗〜」

 

「穏やかな海ね」

 

そう言うと列車に荷物を積み込んでいる様子が海岸から見えた。

 

「昔ってあんな感じに荷物を運んでいたのかな」

 

「どうでしょう。でも凛が言うには昔の雰囲気を残していると言っていたから・・・そうなのじゃないかしら」

 

「深雪はここに来た事があるの?」

 

「ええ、少し前に・・・弘樹さんと婚約した時に・・・」

 

「いいなぁ〜。私もここに来てみたかった」

 

「エリカの気持ちがよくわかる。うちの持っているどの別荘よりもここは綺麗」

 

そう言い雫は海辺を見渡す。そこに人はいないが沖合では漁船が昔ながらの漁をしている光景が見てとれた。

 

「でも・・・凛がなぜこんな世界を作ったのか・・・私はそれが気になる」

 

「そうね・・・そう言えば聞いたこともなかったわ」

 

そう話していると遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえ、みんなが駅に戻り始めていた。

 

「そろそろでるようね」

 

「急がないと」

 

そう言い深雪達も駆け足で駅に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、列車は夢の王国の各地を周り、その先々で一行は思い思いの時間を過ごした。

元は凛の卒業旅行という突拍子もない提案で始まったこの旅行は大成功を収めた。

全員が思い出を作り、楽しい時間を過ごしていると感じていた。

 

「うまく行ったようね」

 

凛はそう言って展望室のデッキで煙管片手にそう呟くと達也が近づく。

 

「お前の突拍子もない計画はうまく行ったようだな」

 

「達也・・・」

 

「全員遊戯室で遊んでいるぞ。お前も早く来い」

 

「後で行くわ」

 

そう言うと達也は凛に聞く。

 

「なあ凛、どうしてあいつらに自分の正体を話したんだ?」

 

達也の問いに凛が煙管を一回吸うと答える。

 

「ふぅ・・・そうね、強いて言えばあの子達なら話してもそれを悪用することもないし・・・それに・・・」

 

「それに?」

 

「いや、何でもないわ。さ、行きましょうか」

 

そう言うと凛はデッキから客車へと戻る。達也は凛の背中からどこか哀愁が漂っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日経った、三月二十四日。旅行最終日の今日、列車は春の大陸にある凛の住まう屋敷『水晶宮』に向かった。

水晶宮の駅に到着すると達也の時同様。その宮殿の大きさに驚愕する。

 

「「「すっっっっっっっっげえぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」

 

エリカ達は屋敷に入ると内装の豪華さにまた驚く。

 

「すごいわ・・・」

 

「大きいシャンデリア・・・」

 

そう言い屋敷を見て、一通り見た所でエリカが凛に聞く。

 

「ねえ、こんな屋敷を持っているってことは凛って実はものすごくお金持ちなの?」

 

「うーん、どうだろう。お金持ちなんじゃない?」

 

「じゃないって・・・あんた分かっていないの・・・?」

 

「だって計算したことないもん」

 

そう言うとエリカ達は半分呆れていた。だが、屋敷の中にある絵画などはどれも高そうな物ばかり。実際今いる部屋も置いてある花瓶一個でも何十万円もしそうなものであった。

 

「まあ、少なくとも生きていて困らない程度には持っているかな」

 

「それって実質お金持ちじゃん・・・」

 

エリカが呆れたようにそう言うと凛はソファーから立ち上がって移動する。

 

「さて、そろそろ帰る?」

 

「うーん、そうね。今何時?」

 

「えっと・・・十四時くらいかな」

 

「じゃあ、私は帰ろうかな」

 

「じゃあ俺もだな」

 

「じゃあ私も・・・」

 

そう言い結局全員が帰宅する事となった。一行は駅に移動すると全員がいる事を確認した。

 

「じゃあ、全員いるね?」

 

「ええ、全員いるわ」

 

確認を取ると凛は想子を床に流す。すると駅をつくっていた線が歪み。何もないまっさらな地下室に景色は変わっていた。

そしてそのままエリカ達と別れた凛達はマンションの部屋に戻り、そのまま全員がマンションを後にした。



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エピローグ 〜旅立ち〜

エリカ達に自分の本当の姿を知ってもらい、卒業旅行を終えた凛達は部屋でゆっくりとしていた。

 

「うまく行ってよかったわね」

 

「ええ、思いつきだったけどうまく行ったわ」

 

そう話しているとリーナは前に来た時よりも部屋の物が減っていることに気づく。

 

「あれ?凛の部屋ってこんな荷物少なかったっけ?」

 

リーナの指摘に達也達は『なぜこういうところは気づく・・・』と同じ思いだった。

 

「何でそんな変なところは気づくのよ・・・」

 

「ん?どう言う事?」

 

リーナは疑問に思うと達也が説明をする。

 

「この際言ってもいいだろう・・・明日、凛は日本を発つんだ」

 

「え!?そんなの聞いていないわよ!!」

 

「そりゃそうでしょう。達也達以外に言っていないから」

 

「何で私に言ってくれなかったのよ!!」

 

「そりゃ、リーナに言えばうっかり口を滑らす可能性があるだろう?」

 

「そうね、リーナは昔うっかりやっているし」

 

「うぐっ」

 

弘樹と凛のダブルパンチでリーナは言葉が出なかった。

 

「それで・・・日本を出たらどこに行くの?」

 

出国に関しては達也の一件があるため何かしら方法はあるのだろうと聞かずに行き先だけを聞いた。

 

「行き先はジオ・フロントの居住地区街『ジラソウル』よ」

 

「そこって・・・世界一高級な住宅街じゃん・・・」

 

そう言いリーナは呆れていた。ジラソウルはジオ・フロントの民間人居住区の中でも一際家賃が高い事で知られている。

少なくともリーナ達が家賃を見て思わず二度見してしまうほどの値段はしていた。

 

「まあ、凛の場合はね・・・事情がアレだし・・・優先的に部屋を借りられるのよ」

 

「ふーん、何かコネでもあるの?」

 

リーナがそう言うと深雪は返答に困ってしまった。凛とノース銀行の関係を話せば芋蔓式にジョンと凛の関係。下手をすれば12使徒の存在まであからさまになってしまう可能性があった。凛からリーナには12使徒の話はしてはいけないと言われていた。深雪はどうしようか考えてしまった。

困っている深雪の代わりに達也がうまく誤魔化しながら答えてくれた。

 

「凛はノース銀行と昔関わりがあってな。その時の縁でジラソウルに部屋を借りる事ができているんだ」

 

「ふーん、そうなのね」

 

リーナは何となく納得するとそれ以上は何も聞かなかった。その事に達也達は内心ホッとしていた。

 

「明日、午前の便で飛ぶ。リーナも見送りに来るか?」

 

「ええ、もちろん行かせてもらうわ。次、凛に会えるのがいつか分からないし」

 

そう言うとこの日はとても久しぶりに凛の部屋で全員が一泊する事になった。

春にはこのマンションは解体される。こうやって全員でこのマンションで寝るのはこれで最後になる。部屋にある家具は夢の王国へ移動させた。

スッキリした部屋に凛達は布団を敷く。

 

「こうやって寝るのも久しぶりね・・・」

 

「ええ、昔はよくやっていたけど・・・今じゃあ男達がでかいから手狭に感じるわね・・・」

 

そう言い横五列はキツいと言うことで弘樹と達也は寝室で寝る事になり、リビングにはリーナ・深雪・凛の三人が川の字になって布団に入ると少し会話に盛り上がった後、明日に備え全員睡眠をとっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三月二十五日 午前中 東京湾海上国際空港 第一ターミナル

 

昨晩を凛のマンションで過ごした達也達は凛の見送りの為に国際線の出発口に到着する。彼女の荷物は片手に引く小さなスーツケース一つだけだった。

 

「ここまでありがとう」

 

「かまわない。家族の見送りをしない人がどこにいる」

 

凛はまず達也にここまで送ってくれたことに感謝をし、次に弘樹の方を向く。

 

「弘樹、貴方は自信を持ちなさい。貴方はもう自由なの。自分の意志を持って行動をしなさい。時に間違うこともあるかもしれないけど。貴方は今まで色んな事を経験してきた。その経験を使って胸を張って生きなさい」

 

「分かりました・・・姉さん」

 

「大丈夫。何かあったらすぐに帰ってくるわよ」

 

そう言うと凛は深雪を見る。

 

「深雪、弘樹のこと。よろしく頼むわね。彼が自信をなくしたら支えてあげて」

 

「もちろんよ。任せて」

 

そう言うと凛は今度はリーナを見た。

 

「リーナ、ジョン君にあったらよろしくお願いね」

 

「ええ・・・分かったわ・・・」

 

「?」

 

リーナが時計を気にしながら何かソワソワしており、疑問符が頭に浮かぶ。そしてその疑問符は霧散する。

 

「はぁ・・・はぁ・・・間に合った・・・」

 

「ちょっと!いくら何でもぎりぎりすぎるわよ!!!」

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・ハァ〜疲れた〜」

 

そこにはエリカ、レオ、幹比古、美月そして少し遅れて疲れた様子でやってきたほのかと雫であった。

 

「なるほど・・・この為にリーナは時計を見ていたのね」

 

そう言うと凛は達也達を見る。達也達は何か間に合ったことにほっとした様子であった。おそらくはリーナが朝に思いついた事なのだろう。そう予測をしているとエリカが凛に言った。

 

「もう・・・魔法大学に行かないなら先に言ってよ!送別会くらいしてあげたのにさ」

 

「そうですよ。寂しいじゃないですか」

 

「全くだ。凛、まさかと思うが昨日の旅行が別れの会とかじゃないよな?」

 

レオの言葉に凛は何も言い返せなかった。本来の予定では少ない見送りで跡を濁さないように日本を去るつもりでいた。何も反論しない凛のレオ達は呆れる。

 

「全く、呆れたもんだせ。神様でもあろうお人が俺たちに内緒でどっかに行こうとするんだからよ」

 

「そうですね。私たち、凛さんには色々とお世話になりましたから」

 

「ずっと感謝したかったんだよ」

 

全員からそう言われ、凛は思わず固まってしまった。

本来なら昨日で別れるはずだったのに・・・リーナの機転のおかげでまさか全員とまた話す機会が生まれるとは思わなかった。

そのことに凛は思わず笑い声を上げてしまう。

 

「あっはははははは・・・」

 

ただし、その笑い声には涙の味も含まれていた。目頭が熱くなり、凛は口にしょっぱい何かが入ってくるのを感じた。

 

「あっははは・・・こんなに嬉しいと思った日はないわ・・・ありがとう」

 

そう言うと凛は涙を拭き取るとエリカ達と挨拶をする。そして最後に達也に近づく。

 

「達也、ちょっと顔を下げてもらっていい?」

 

「こうか?」

 

そう言うと達也は不意打ちで頬にキスをされる。

 

「また会いましょう、達也。みんなもまたね!!」

 

「お土産楽しみにしているわよ〜!」

 

「また会いましょう」

 

そう言うと凛は出発ロビーで盛大に手を振った。エリカやレオ、幹比古や美月、弘樹も手を降り、凛のことを見送った。

一方、凛にキスをされた達也は驚きと衝撃でフリーズしてしまい。ほのかや深雪は凛にやきもちを焼いてふくれっ面になっていた。

 

「・・・さて、行きましょうか・・・って達也君!?」

 

「大丈夫か?」

 

「達也・・・とりあえず近くのカフェに行こうか」

 

「そ、そうですね・・・お二人も落ち着いてください」

 

「そうだね、一旦落ち着いた方が・・・」

 

「むーっ!!」

 

「さすがは凛、経験が違うわね・・・」

 

八人はとりあえず気を落ち着かせるために空港のカフェへと入る。ちょうどそのカフェは空港の航空機を全貌できるカフェで、エリカが達也に凛の乗る旅客機を聞く。

 

「達也君。凛が乗る飛行機ってどれか分かる?」

 

「凛が乗るのはチャンギ空港行きの飛行機だな」

 

「じゃああれじゃない?」

 

そう言いエリカの指差した先には旅客機が停まっていた。

 

「あ、本当ですね」

 

「凛さんはあれに乗るのか・・・」

 

「行き先は知っているのか?」

 

「俺はジラソウルと聞いている」

 

「おいおいそこって・・・」

 

「やっぱ凛は金持ちだったのね」

 

そう言いエリカ達は呆れていると旅客機は搭乗橋が外され、離陸準備に入った。

 

「あ、凛さんの乗った飛行機が出ますよ」

 

そう言うとほのかと深雪がじっとその旅客機を見る。その目は先ほどとは打って違い、落ち着いた様子であった。

そして旅客機は滑走路に進入し、徐々に速度を上げ、空高く飛び始めた。

旅客機を見送ったエリカ達はフリーズから回復した達也を連れて空港から離れ、一同東京の街へと戻ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2097年は歴史の転換期と言えた。

 

たった一人の青年の言葉で世界が動き、人が動いた。

 

今やその青年に世界は注目せざるを得ない。

 

一人の青年が夢見る。人として普通の生活を営むにはまだ、壁は多い。

 

だが、魔法という力を平和へと貢献しようとする彼の意志は小さくだが世界に変革の嵐を起こそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで達也達のその後を話したいと思う。

 

達也は魔法大学に進学した。しかし講義は最低限しか出席せず、多くを巳焼島の研究室で過ごしている。

講義に出席するも途中で退室してしまうことの多い彼は大学での成績は芳しくなく、成績面では間違いなく劣等生であった。

 

深雪は達也と違い、優雅にキャンパスライフを送っている。婚約者の弘樹と共に大学生活を送れていることを心の底から楽しんでいた。さらに、名前も『司波』から『神木』に代わった。そんな学生証の名前を見ては深雪はウキウキした様子で心が弾んでいた。

さらに深雪と弘樹は調布のマンションから新たに建築した、さいたま市にある一軒家に引っ越しをした。

 

弘樹も深雪と共にキャンパスライフを楽しんでいる。

進学にともない調布から大学により近いさいたま市に引っ越しをした。

深雪と競い合うように成績を残す彼は後述する国防軍西風会会長も務めている。しかし、西風会会長自体弘樹はお飾りであり、本当のトップは風間と言えた。そのため、最近は国防軍に足を運ぶこともなく、国防軍とは疎遠の日々が続いている。

 

リーナは一応は深雪の護衛として隣にいることが多いが、弘樹がいるということもあり、婚約が決まっているジョンソンがアメリカの大学を卒業するのを心待ちにしており、去年にジョンソンは大学を飛び級で卒業し、日本にやって来た。

その際にリーナも調布のマンションからジョンが借りているノース銀行の所有するタワーマンションへと引っ越しをした。

 

ほのかは達也の婚約者として今は姓が深雪と同じように『光井』から『司波』へと変わっていた。いずれは司波姓も四葉姓に変わるのだが、ほのかは深雪と同様、学生証を見ては心が跳ね上がっていた。

 

雫は至って普通の大学生活を送っていたが学校外で時々、恒星炉プラント関係の打ち合わせで北方潮の代理出席という形で達也と会うことが増えていた。

 

エリカは大人しく大学に通う傍ら長期休暇を利用して日本各地を巡っている。「武者修行するなら世界よりも日本が先だ」と父に論されたーーというより口喧嘩のすえ、父親に言い負かされたらしい。最初の夏休みに入る直前、彼女は「大学を卒業する前にあの父親を打ち負かしてやる。そして凛に勝てるほど鍛錬する」と意気込んでいた。

なおエリカとレオは高校卒業と共に凛の紹介で今は都内の分譲マンションで共に暮らしている。

 

レオはエリカ以外の友人達とは疎遠になってしまった。高校卒業後に同居をしているエリカとはうまくやっていけているらしい。レスキュー大の授業に魔法知識はほとんど役に立たない。覚えなければならないことも多く、一人前のレスキュー隊員になるために必死なのだろうと思われる。

 

幹比古と美月はいつの間にか美月が吉田家から専門学校に通学していた。住み込みではないが幹比古手伝いをしながら古式魔法を学んでいる内にいつに間にか吉田家の仕事も手伝うようになっていた。

今の時代、美月の実家と吉田家はそう遠くない距離なのだが、夜遅くに若い女の子一人が帰ってくるよりは泊めてもらったほうが安全と度々泊まっている内に住み込みとなってしまっていた。

美月の両親は「責任さえ取ってくれば」というスタンスで、二人は狼狽してしまっていた。

しかし、他のみんながどんどん()()していく中で自分達も、と一線を超えたのだった。

 

光宣と水波は今も夢の王国でひっそりと幸せに暮らしている。姓も『櫻井』と改めた。光宣が望んだ形で、水波の婿入りという形で二人は正式に婚約を果たした。

二人は知り合いの中では一番早く挙式をした婚約者であった。

式はひっそりと行われたが、それでも話を聞きつけたレオ達がわざわざ式の会場まで足を運んでいた。

 

独立魔装大隊は西風会第一・第二・第三大隊へと拡張改組され、佐伯との縁を切る代わりに大佐への昇格と西風会隊長に任命された。

風間の部下である真田、柳、山中はそのまま部隊に残ったが藤林だけは国防軍を退役した。軍服を脱いだ藤林は名前を正式に千葉響子へと変え、四葉家へと身を寄せる。前々から真夜の勧誘を受けていた響子は研究もそこそこに寿和と幸せな生活を送っている。

 

最後に日本から出国し、ジラソウルに到着した凛はそこで優雅な暮らしを続けていた。時々エリカなどから連絡があった時などはエリカ達から羨ましがられたりしている。

時々世界の国々を回り、自由気ままな生活を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変革の時代は未だ始まったばかりであった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー完ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで本作は終了となります。
1年ほどの短い期間ではありましたがご愛読いただき、ありがとう御座いました。
作者の適当な思いつきで描いた作品ですので、爪が甘いところや適当な部分が多いと思いますが。ここまで読んでいただきありがとうございました。








一応、後日談という形で何話かは書くと思われます。(実はリメイクとか考えていたり・・・・)
メイジアン・カンパニー編も、もしかすると書くかもしれません。


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後日談

幕間と同じ気分で読んでください。
時間軸もバラバラです。
本編で回収していない話などを主に書きたいと思っています。
(主に凛のFLT関係や研究所爆撃後のゴタゴタなどなど多分色々書きます)










二〇九九年 十一月二十日

 

世界はある新国家の誕生に衝撃を受ける。

 

その国の名は『アフリカ大陸連邦共和国』

 

自由アフリカ解放戦線がついにケープタウンから念願の地中海に到達したのだった。

アフリカ各国。並びにエジプトを含んだアフリカ大陸全域を統一し、夢の大陸国家を作り上げた。

世界各国は新たに誕生したこの国を直ちに承認。国交を樹立した。

USNAは資本を、新ソ連からは武器を。二大国はこの大陸国家を傀儡国とすべく、暗躍に乗り出した。そこに、かつてアフリカ大陸のほとんどを植民地としたイギリスもまたかつてのように傀儡国とするため参戦し、三国の駆け引きは泥沼の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカ大陸連邦共和国 首都ラゴス

 

かつてアフリカ最悪級と称されたこの街は第三次世界大戦で木っ端微塵に破壊され、しばらくは軍閥と呼ばれる組織がこの町を仕切っていた。

しかしそこに自由アフリカ解放戦線が最新鋭の装備で進行を開始。瞬く間に軍閥は崩壊。人々に街の復興と生活の安全を保障する成約を結んだ。実際、街は復興し、街の至る所で建設ラッシュが始まっていた。それに伴う需要で街は活況を呈していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、都市を貫く大通り公園の先。黒色が特徴的な近代建築の建築物。通称:ブラックハウスと呼ばれている大統領府の建物。そこではアフリカ大陸連邦共和国 初代大統領モハメド・ハドラーが仕事を進めていた。

するとそこに来客があった。ハドラーは客人を見ると丁重にもてなした。

 

「凛様・・・!!お久しぶりで御座います」

 

「ええ、ハドラーくん。久しぶりね、調子はどう?」

 

「私はこの通り」

 

「それなら良かったわ。今日はお祝いに来たの」

 

「それはそれは。凛様からのお祝いとは・・・私も嬉しい所存で御座います」

 

そう言うとハドラーは凛をソファーに座らせる。

 

「街を見て来たわ。どこも建設中でみんながイキイキしていたわ・・・」

 

「もう街にお出かけになされたのですか」

 

そう言うと凛は大統領府から見える建設中のビルのクレーンを見る。

 

「しかし、建国おめでとう。色々と話は聞いているわ。いろんな国から贈与があったんだって?」

 

「ええ、USNA、新ソ連、大亜連合、IPU・・・そしてイギリスですね・・・」

 

「概ねそれぞれ資本、武器、資本、魔法技術、魔法技術ね」

 

「左様であります。特にUSNAと新ソ連、イギリスの三国が積極的に参入しております」

 

「武器市場はウチが独占しているから入れないとして・・・問題は資本と魔法技術か・・・」

 

「ええ、我々はその二つに弱いですからな・・・痛いところであります」

 

そう言うとハドラーは大いに悩む。アフリカ大陸初の統一国家。その長であるハドラーは早速数多の問題に直面していた。

 

「資本は良いわ。あの国にはどんどんお金を出して貰えば良い。米国とは良い関係を結んでおいた方が後々楽だ」

 

「分かりました。目一杯米国には金を出してもらいましょう」

 

「魔法技術は・・・オーストラリアの研究施設の移転には時間がかかるし・・・達也に助力を求めるか・・・」

 

「タツヤ・・・と言いますともしやあの・・・」

 

「ええ、その彼よ、この後日本に帰る予定だったからついでに聞いてみるわね」

 

「ありがとう御座います。世界に名を轟かせるタツヤ・シバの技術力があれば。私とて心強いです」

 

ハドラーはそう言うと凛から一本の酒を受け取る。

 

「これは・・・」

 

「私から弟子へのお土産。美味い酒だ。味わって飲めよ」

 

「おお・・・これは!ありがとう御座います」

 

「じゃあ、これからも頑張ってね」

 

「はい、またお越しください。その時はもう少し街も整備されていると思われます」

 

そう言うとハドラーは凛を見送り、渡された祝い酒を大切に飲むのだった。

ここまで来れば分かるかもしれないがハドラーは凛の弟子である。彼がまだ青年だった頃、ケープタウンで彼女に拾われ、才能を見出され、今では大統領を務めている。

このように凛の出来心で才能を見出された人達を12使徒では『神の教え子』と呼んでいる。神の教え子達に12使徒は最大限のバックアップを施している。

有名な教え子はアフリカ大陸のハドラー、ポーランドのドラキュラなどである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハドラーは凛を崇拝する信者と言えた。彼女が居たからこそ。今の自分がいる。自分は彼女から与えられた使命を果たす必要があると確信していた。そしてその使命を後世へと伝える事もまた。大事な役目であると認識をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛は未だ建設中の公園を抜け、港へと出る。

港では多くの貨物船が荷物の積み下ろし作業を行い、その後ろでは貨物船の長蛇の列が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな港を一機のえんじ色の水上機が航行する。その機体はファルケンを元に更なる改良を加えた機体で名前は『モルガン』。

モルガンの特徴として、まず座席が単座席から複座席となった事。

他には入れられる情報体の数が3つから6つに増えたこと。

そして、最も特徴的な変更点は機体に設置されたUAVに情報体を追加する事が可能になった点である。

モルガンは2脚のフロートを展開しつつ海上を航行する。そしてある程度陸上から距離を取ると一気に加速し、離陸する。フロートをしまい、加速を開始し、大西洋を西に向かう。

 

「さて、そろそろ見えるはずだが・・・」

 

そう呟くとモルガンの高精度カメラが大西洋を航行中の一隻の船を発見する。

 

「船みっけ」

 

そしてモルガンはその船の周りを一周する。それは日本の国防軍から格安で買い叩いた元武装迎賓船『春日丸』であった。格安で買い叩いた春日丸は武装の取り外しと改造を加え、豪華客船『サウザンド・オブ・メリー』として竣工。ラゴスとUSNA各都市を繋いでいた。

新国家はまともな空港が少なく、空港が整備されるまで新国家に行くには船が主流だろうと言われている。

モルガンはサウザンド・オブ・メリーの近くに着水するとモルガンはサウザンド・オブ・メリーに回収される。

凛がモルガンから降りると船内で待ち人がいた。

 

「お待ちしておりました閣下」

 

「ローズ・・・来ていたの」

 

「ええ、息子も日本におります上に。私も暇を持て余しておりましたので」

 

そう言うとローズは船内を案内する。

 

「これから日本に戻られるとお聞きしております」

 

「ええ、このまま日本に・・・」

 

船内を歩いていると通路の反対側から近づいてくる気配を感じた。

 

「ん?アレは・・・」

 

「先生!」

 

「ウオッ!!」

 

「先生。お久しぶりです!」

 

「お、おぉ・・・カリーナ。久しぶりね。元気にしていた?」

 

「はい!先生もお元気そうで何よりです!」

 

そう言い凛に抱きつく女性は嬉しそうに話す。彼女の名はカリーナ・アソチャコフ。神の教え子の1人、新ソ連でドラキュラと呼ばれている人物であった。

 

「カリーナ。もう仕事はいいの?」

 

「はい、休暇をとって先生に会いに来ました」

 

「そう・・・でもせっかく来てもらったのにごめんなさいね。今から日本に帰らないといけないの」

 

「そうですか・・・」

 

「また今度埋め合わせをするわ」

 

そう言うとカリーナは目を輝かせて嬉しそうにする。

 

「はい!その時を心待ちにしています」

 

「ふふっ・・・あ、もう時間ね。それじゃあカリーナ。また会いましょう」

 

「はい、少しでしたが会えて嬉しかったです」

 

そう言うと凛は給油の終えたモルガンにに乗り込み、カリーナとローズに手を振る。

 

「それじゃあまたね」

 

「息子をよろしくお願いします。閣下」

 

「任せなさい」

 

そう言うとモルガンはエンジン音を立てて勢いよく水柱を立てて飛んでいく。モルガンが見えなくなるとローズがふと呟く。

 

「まるで風のようなお方だ・・・」

 

「先生はいつまで経っても変わらないですよ・・・」

 

二人はそんなことを呟いてモルガンの飛んでいった方角を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モルガンは南米を超え、太平洋を飛ぶ。その途中で凛はコックピットから翼下に取り付けられた小型UAVを確認する。

 

「『八咫烏』分離開始」

 

そして切り離された小型UAVは真っ直ぐ海上スレスレを飛行し、時限式で魔法を発動させた。途端に想子の光が海面に浮かぶ。

 

「情報体の復元を確認。通信も安定。制御装置に問題なし。着艦を開始」

 

そして高度一万メートルから急降下し、凛から海上に浮かぶ信濃を確認する。

モルガンは甲板に着陸すると機体から降りた。

 

「ふぅ・・・日本近海までこれで行きましょうかね」

 

凛は休憩も兼ねて信濃で日本に向かう。

現在、巳焼島の恒星炉プラントでは建設を完了し、早速ノース銀行との提携により、電力供給が始まっていた。

マイクロ波給電装置による電力供給は軌道エレベーターに電力の供給を初め、現在軌道エレベーターは最終建設工程である宇宙プラットホームの建設が始まっていた、完成は二一〇三年を予定している。そして達也と協議した上、12使徒の完全管理を条件に恒星炉をジオ・フロントに建設を行なっている。この恒星炉は緊急時用の予備機であるため、普段は動いていないが軌道エレベーターが開業すればこの恒星炉が軌道エレベーターの動力源となる予定である。

 

「達也も偉くなったものねぇ・・・」

 

凛は甲板上で記事を見ながらそう呟く。そこには恒星炉プラントに関するニュースが書かれ、達也の写真も映っていた。

 

「ふふっ、随分とカッコ良くなったじゃないか。達也・・・」

 

凛はそう呟くとふと海を見る。

 

「随分溜まってきたわね・・・」

 

凛はそう言うと結っていた髪止めを外す。風に揺られて髪がボウッと揺れる。凛は髪を揺らしながら信濃の艦首へと歩く。そして彼女は歌う。

 

『♪〜♬〜〜♫〜』

 

その歌声は海に、空に、その歌声は目に映る景色全てに響かせる。

真っ暗だった海が蒼く光り、空が風を吹き付ける。

 

『♪〜♬〜〜♫〜』

 

この時、海が蒼く光った現象は偶然にも人工衛星のカメラが捉え、怪奇現象として一部界隈で大騒ぎする事態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳島で研究をしていた達也は小さな音を聞く。ハープのように美しい歌声は微かにだが達也の耳に聞こえていた。

 

「この声は・・・」

 

「達也様。どうかされましたか?」

 

「・・・いえ、何でもありません」

 

兵庫にそう答えると達也は紅茶を飲む。

 

「(美しい歌声だった・・・)」

 

達也はそう呟くとさっきの歌声の主を想像する。

 

「(近くに来ているのか?)」

 

達也は連絡もないのに帰国とは珍しいと思っていると達也宛に封筒が渡される。相手は凛からだった。

中身を見た達也は少し呆れる。

 

「新国家への魔法技術提供の要請・・・」

 

いきなり何を言い出すか。と言いたい気分であったが達也は添えられていた白紙の手紙に了承する旨を書くとそれを兵庫に渡す。

 

「よろしかったので?」

 

「構いません。どうせアフリカの新国家建国には凛が関わっているでしょうから」

 

そう言うと達也はこうしていつの間にかアフリカ大陸国家とのコネクションも築き上げるのだった。



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