仮面電脳戦記 (津上幻夢)
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1.登場人物

 

デジタルセイバー

 

御定 萊智(みさだめらいち)/サイヴァー

田舎から上京してきた青年。大学一年生。去年の夏にサイヴァーと出会い、サイヴァーのスマートライザーを拾った事で、サイヴァーとして戦うことになる。春から一人暮らしを始めている。

 

 

太刀筆 紬葵(たちふでつむぎ)/ペンシル

デジタルセイバーに所属する戦士。小柄な身体とボブヘアが特徴。若々しい見た目だが、実年齢は二十代後半。

 

 

鳩山 メリア(はとやまめりあ)/ピジョン

デジタルセイバーに所属する戦士で常にベースにいる少女。彼女は常に無関心の様に感じる接し方をしていることが多いが、彼女としてはそのつもりがないらしい。

 

 

貴峰 一犀(たかみねいっせい)/センス

デジタルセイバーに所属する戦士。自身のことを『現代貴族』と称して常に高貴に振る舞おうとしているが、特に紬葵にイジられ空回りしている。

 

 

大橋 紅葉(おおはしもみじ)

デジタルセイバーの総司令官。長い髪を後ろで縛っている女性。厳格な性格ではあるが、それは隊員達の命を心配しているからであるとは誰も知らない。

 

 

バグビースト(幹部級)

 

 

ヒネノ

バグビースト達を指揮する謎の存在の1人。普段は翠色のショートヘアの少女の姿をしている。

 

 

グリット

バグビースト達を指揮する謎の存在の1人。普段は金色の髪を腰辺りまで伸ばした少女の姿をしている。

 

 

アイ

バグビースト達を指揮する謎の存在の1人。普段は真紅の髪を後ろで結んだ女性の姿をしている。ヒテノとグリットより立場が上である。

 

 

大学

 

紺野、黒崎

萊智の通う大学で彼と仲のいい友人。細長い方が紺野、横に太い方が黒崎である。

 

 

 

2.ライダー達

 

①[電脳救世主]仮面ライダーサイヴァー

 

スマホアプリの一つ、『コンフィギュア(設定)』の能力を具現化した姿。それぞれの能力を弱体化させる代わりに一つの能力を強化できる。銃型武器サイヴァーデバイスで敵を撃ち倒す。

 

サイヴァーデバイス

スマホスタンド型の銃、スマートライザーを装着することでスナイプモードに変化。

 

 

②[手帳創作者]仮面ライダーペンシル

 

スマホアプリの一つ、『メモ』の能力を具現化した姿。敵の形状、言動、行動を記録できる。剣型武器ペンシルデバイスを使い敵を切り裂く。

 

ペンシルデバイス

モバイルバッテリー型の剣。先端がペンのようになっている。柄にスマートライザーを装着する事でチャージモードになる。

 

 

③[一閃伝書鳩]仮面ライダーピジョン

 

スマホアプリの一つ、『メール』の能力を具現化した姿。高速移動、飛翔能力を有しており、それらを駆使して戦闘する。弓型武器ピジョンデバイスを使い敵を撃ち抜く。

 

ピジョンデバイス

ヘッドホン型の弓。弓の上下に搭載されている丸いパーツから超音波を発する。スマートライザーを装着する事でモードとなる。

 

 

④[超感覚貴族]仮面ライダーセンス

 

スマホアプリの一つ、『カメラ』の能力を具現化した姿。五感が研ぎ澄まされ、どんな敵の攻撃をも察知することができる。槍型武器センスデバイスを使い敵を貫く。

 

センスデバイス

自撮り棒型の槍。伸縮自在で最小は0.5m、最長2mになる。スマートライザーを装着する事でシャッターモードとなる。

 

 

3.バグビースト

 

生物のデータを持つ怪物。その行動原理は不明だが各個体それぞれ意思を持っている。また、一部の個体は倒されたのち暴走…『進化』をする。その際は元になった生物により近くなる。

 

これまで確認されたバグビースト。

 

・グラスホッパー・バグビースト

飛蝗のデータを持っているバグビースト。跳躍力とパンチ力が優れており、俊敏な攻撃を得意としている。

 

・マンティス・バグビースト

カマキリのデータを持っているバグビースト。剣を持っている。

 

・マンティス・ライズビースト

マンティスバグビーストが進化した姿。剣を両手に持ち、それらを使って鋭い斬撃を繰り出す。

 

・スパイダー・バグビースト

 

 

4.用語辞典

 

電脳世界…スマホやパソコンなど電子機器の向こう側にある世界、人間は存在していないが、バグビーストと呼ばれる未知の生物が存在している。

 

デジタルセイバー…現実世界と電脳世界の均衡を保つべく創設された組織

 

スマートライザー…スマホ型の変身アイテム、各ライダーに変身できる他、マップ機能による移動、バイク召喚などを可能としている

 

マシンフォントカス…スマートライザーから召喚できるバイク。しかし現時点では電脳世界でしか使用ができない

 

進化…バグビーストが巨大化し、元になった生物に近づく事。巨大になる事でとてつもない力を発揮するが、同時に一撃で仕留めることができる『弱点』が生まれてしまう。その弱点は個体によって様々である

 

 

 

 



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第1章
第1話 仮面の電脳戦士


 

 

ある年の夏の日の昼間、この時は例年よりも酷い猛暑だとニュースで散々言われている。

実際、彼は慣れない都会で休める場所を探し歩いている。

 

「…暑いな…」疲れ気味の彼はそう呟いた。今日、朝一番の電車で東京にやってきていた。何故なら自身が進学したい大学のオープンスクールがあったからだ。午前中で一通りの事は終わってしまい、後は帰るだけだったが、来年住むだろう場所だから少し散歩しよう…そう思って炎天下の都心を歩いていた。

 

彼は近くの公園らしき場所のベンチに腰掛け一息ついた。

そして背負っていた青色のバッグからペットボトルのお茶を取り出して、3口ほど飲んだ。

 

「あー生き返る…。」彼は持ってきていた青色の扇子を取り出して仰ぎ始めた。日陰なのもあって涼しさが彼をより癒していく。

 

ふと、周りを見渡すと、同じようにベンチに座って涼んでいる人達は沢山いた。しかし彼とひとつだけ違うところがあった。それは「スマホを触っている」事だ。例えば友人とメッセージのやり取りをしたり、ゲームをやったり、仕事先の人と電話で話したり、イヤホンをして音楽を嗜んだり…使い方は様々だったが皆スマホの画面と睨めっこしている。

 

しかし、彼はスマホを持っていない。もちろん、知らない訳ではないし、家がスマホを買えないほど貧乏という訳でもない。ただ「欲しい」と思わなかっただけだ。便利だというのは人伝に聞いてはいたが、自分には必要ないと考えていた…が。実際都会に出てみると親に電話しようにも公衆電話が中々見つからず苦労したり、今こうして半分迷子のような状態になったりと、スマホが必要な場面が多くなっている。

 

「…今度親に買ってもらおうかな…。」そう心に誓った。

 

10分くらい経った頃、彼は駅に行こうと立ち上がり進もうとしたその時だった。

 

自分が座っていたところの2、3個右のベンチに座っていた男が突然ベンチから転げ落ちた。

 

「うぉぁぁあ!!」

 

そして、悲鳴を上げた。その声に、誰もがスマホから目を離し男の方を向いた。

 

そこには、身体中に蜘蛛の巣のような装飾を施し、両手に鉤爪を持っている『怪物』と呼ぶのに相応しいそれがいた。

 

蜘蛛の怪物…それは彼が持っていたスマホから飛び出して、男をじーっと見つめていた。

 

「…ひと暴れするか…。」

 

黒き蜘蛛の怪物は、腰の辺りから糸を放出すると、周りの木々やベンチ、更には好奇心に満ちた目でスマホで動画を撮っていた人々に巻きつけた。

 

 

先程まで、映画か何かの撮影だろうと高揚した雰囲気が漂っていたそこは一瞬にして恐怖に包み込まれた。

 

恐怖のあまり逃げ惑う人々。そこへ迫る蜘蛛の糸。それらに捕まった人々は次々と公園を覆い隠すほどの蜘蛛の巣に引き寄せられていく。そして蜘蛛の怪物の養分となっていく。

 

「なんだよこれ…!」彼もまた、恐怖のあまりその場から動けずにいた。

 

そして自分も逃げようと思い立ったその時、近くで泣いている少年の姿を見つけた。そしてそこへ蜘蛛の糸が迫っている…「守らないと!」

 

そう思った頃には既に身体が動いていた。全力疾走で少年の前に庇う様に立ち塞がった。

 

ここで俺も死ぬのか…そう彼は予期した…しかし、それはいい意味で外れることとなる。

 

 

 

 

蜘蛛の糸が彼に届く寸前、蒼き光を纏った弾丸の雨が彼らを守る様に降り注ぐ。

蜘蛛の怪物は後方へ下がり、その男に向かって言い放った。

 

「サイヴァー…!」

 

「…またお前か…。」彼の目の前に立った銀色の戦士はそう言い放った。

 

「…我々の同胞達を陥れた邪神…ここで俺が倒す!」

 

蜘蛛の怪物はそういうと鉤爪を立て戦士に迫る。

 

「…そこのお前、早く逃げろ!」戦士の一声を理解した彼は即座に少年を抱えて離脱する。

 

「…蜘蛛野郎(スパイダー)…ここで倒す!」戦士は銃口を迫る怪物に突きつける。

 

「なっ…!」そして、怪物が回避するよりも早く引き金を引く。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、少年を抱え逃げた彼は少し離れた所で少年の母親と再会し、無事に送り届けた。

 

「よかった…。」彼はふと先程の戦士のことを思い浮かべた。

 

「あの人は…大丈夫だろうか。」そう先程の公園へと戻っていく。

 

よく、危ない場所には戻るべきではないと誰しも考えるだろうが、彼は見えざる運命の導きによって戻った…戻ってしまった。

 

 

 

 

 

しかし、公園に戻ると不思議なことに蜘蛛の怪物も巣も…そして戦士の姿もない…。あったのは、不思議な形をした電子機器…スマホらしきものだけだった。

 

シルバーカラーの光る箱は、彼に拾ってもらうのを待っていたかの如く太陽の光を反射させていた。

 

「誰かの落とし物…かな?」彼はそう思った。そして、それを拾い交番に届けようとしたその時、そのスマホの黒い画面にはこう表示された。

 

[…御定(みさだめ)萊智(らいち)…新たな使用者として登録…]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌年…4月。

 

(萊智)は再び東京にいた…というよりは、暮らしていた。

 

大学に無事進学できた彼は、親元を離れ東京の郊外で一人暮らしを始めた。

あの一件以降、彼はあのスマホを手放すことなく常に持ち歩いていた。いつか過去の持ち主が自分の元に現れるのではと。それを使った事は一切ない…というよりも、初対面で自分の名前が登録されたことに恐怖を覚え触らなかった。

今日もそれをズボンの右ポケットに入れて持ち歩いていた。

 

 

そんな中、大学生活も始まって2週間が経とうとした頃、運命は再び悪戯した。

 

「御定、今日の放課後空いてるか?」

そう声をかけたのは紺野…大学生活を始めてからできた友人の1人だ。

ガリガリで痩せた体型が特徴的な彼はガリ勉みたいな見た目をしておいて意外とサボるやつだ。

御定は放課後当然空いてはいたが、気分が乗らなかった。

「悪い、今日は用事があるんだ。また今度な。」そう言って断った。そして、大学の門を出ていき、徒歩で東京の街を歩く。

 

上京する前はよくテレビに映る渋谷のスクランブル交差点みたいな道一杯に人が溢れかえっているほどの混雑を予想していた彼だが、実際はそんな事なく普通に歩く事ができる。

 

彼が電化製品を売っている店の前に差し掛かった頃だった。突然脳裏に声が響き渡る。

 

 

「ようやく見つけた。」

 

 

今まで聞いた声の中でも特に暗く、低い声だった。そしてそれに近いものを彼は聞いたことがあった。去年の夏、自分の目の前に現れた蜘蛛の怪物の声だ。少し違う様に感じたが、それでも不気味さは同じだった。

 

振り返って周りの様子を確認する。しかし、前みたいに怪物が出てきているわけではない。それに、ようやく見つけたとは一体何のことだ…。

 

「気のせいか。」そう言って再び足を進めた。

 

彼が通り過ぎた後、店のショーウィンドウに飾られているテレビモニターに一瞬ノイズが流れたが、誰も気には留めなかった。

 

 

 

そんな彼を見つめている女性の姿があった。彼女は彼が持っているものと同じスマホを持っていた。スマホに映し出されたマップは、彼の居場所を映し出しており、そして目の前の彼であると示していた。

 

「ようやく見つけた…彼が、『後任者』?」

 

彼女は、彼の追跡を始めた。

 

 

「…宿敵…サイヴァー…我が倒す…!」

 

 

 

 

テレビの裏…正しく言えば画面の裏側に広がる世界。

現実の街の様に高いビルが所狭しと並んでいるその場所に、人間の姿は一切なかった。そのかわり、この前の蜘蛛の怪物をはじめとした異形の生物が存在していた。その中の1人に、声の主はいた。

 

我々の同胞(電脳世界人)を次々と葬ったサイヴァー。スパイダーの一件以降姿を見せなかったが、ようやく見つけた。まさかあんな弱々しい人間だったとはな…」

声の主は、飛蝗の怪物だった。顔の半分はある巨大な複眼2つ、2本の細い触角、手足には筋肉の繊維が他の部位より張り巡らされており大きく隆起している。

 

「さぁ、狩の時間だ。」

 

飛蝗の怪物は、見つめていた窓ガラスの様なモニターに身体を入り込ませた。

 

 

 

 

 

その頃、萊智は信号待ちをしていた。前の時と同じように、周りの人たちは皆スマホを見つめていた。

 

「…あの時と、似てるな…。」ふとそう思った。先程聞こえてきた誰なのか分からない声の件も併せて、彼の心の恐怖を煽る。

 

「まさかね…。」自分で、これから先に同じことが起こるのではと言う不安をかき消したが、無意味であった。

 

隣で立っていたサラリーマンの男が、突然声を上げた。彼はスマホを手放し男は地面に倒れ目の前に現れた怪異に恐怖した。

 

飛蝗の怪物は、怯える男や周りの通行人を無視して、ある人物の方を即座に向いた。

 

「…見つけた…同胞の敵討ちだ。」飛蝗の怪物が指差した先には、御定萊智の姿があった。

 

 

「…俺?」そう反応した彼に、飛蝗の怪物はそうだと答えもせず襲い掛かる。

 

 

萊智は、自分でも驚くほどの瞬発力でその攻撃を交わす。その時、ポケットからスマホが滑り落ちた。

 

「なんだよ…!」そしてその場から逃げる。自分が襲われると分かっているなら当然だ。もちろん、落としたスマホを握りしめて。

 

「…逃げるな…!」飛蝗の怪物は萊智を追いかけるべく飛び上がる。

 

 

そして、右腕を突き出して逃げる萊智に振り下ろす。

 

「死ねぇぇ!!!!」

 

「うぁぁぁ!!!!」

 

萊智は、後ろを一瞬振り返って確認した時には、飛蝗の怪物は彼を捉えていた。

 

どれだけ逃げても、攻撃は回避できない…。

 

「まだ…死にたくない…!」そう叫んだその時だった。右手に持っていたスマホの画面が白銀に光輝いた。

 

それは、彼の身体を一瞬にしてその場からかき消した。

 

一瞬の消失に飛蝗の怪物は特に驚く事はなかった。

 

俺達のフィールド(電脳世界)に逃げたか…!」飛蝗の怪物は、そう言うと近くにいた女のスマホに身体を送り込んだ。

 

 

 

「…電脳世界に向かったと言う事は…アイツは戦えるのか…!」

 

萊智の後を追っていた彼女も、スマホをかざして、彼と同じように白銀の光に包まれ現実から姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[Server connection…][Rider Cyver!]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が再び目を覚ました時、東京とは別の『都市』にいた。

 

「ここは…?」周りを見渡す限り、人の姿は一切ない。そして、自分を睨みつけている飛蝗の怪物の姿もあった。

 

「遂に正体を見せたな…サイヴァー…!」

 

「サイヴァー…?」

 

彼はふとあの時のことを思い出した。あの時、自分を守った戦士…彼は敵にそう呼ばれていた。まさか…!

 

「…身体の色が…変わってる。」自分の腕、胸周り、足を見渡すと、シルバーの強化装甲に覆われていた。胸部と肩には鎧が身に付けられている。

 

見覚えのある格好…あの時のサイヴァーと全く同じだ。

 

「今度こそ死ね!!!!」飛蝗の怪物は再び拳を突き出し攻撃を仕掛ける。

 

「今ならやれる…かも知れない!」サイヴァーは、身体を捻らせ攻撃を回避する。

そして着地した時に隙を見せた敵へキックを喰らわせる。

 

想像以上の威力に驚いたが、それも束の間、飛蝗の怪物は起き上がり次の攻撃を仕掛ける。

 

右脚で地面を強く蹴り上げ、左脚でサイヴァーの胸部に強いキックを喰らわせる。

 

強い衝撃を感じたサイヴァーは、地面に勢いよく倒れた。

 

「…随分と弱いな…つまらない最期だな…!」

 

飛蝗の怪物は、再び地面を蹴り上げ、右拳を構える。

 

超高速のストレートパンチが、サイヴァーの身体に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死を覚悟したサイヴァー、御定萊智。彼の運命は…そして、彼をつけていた女の正体は!?

次回、第2話 電脳世界戦争


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第2話 電脳世界戦争

「…随分と弱いな…つまらない最期だな…!」

 

 

飛蝗の怪物は、再び地面を蹴り上げ、右拳を構える。

 

超高速のストレートパンチが、サイヴァーの身体に迫る。

 

 

「はあっ!!」

 

 

サイヴァーの目の前には、剣を飛蝗の怪物に対して振り下ろす新たな戦士の姿があった。

 

黄色の身体に、ライトグリーンのラインを持つ姿。声の高さと背格好からして女性…?

 

「…誰?」

 

「…今は一旦逃げるわよ。」彼女は、サイヴァーに顔を見せた。明るい黄色のベレー帽の装飾と、ショートヘアを模したオレンジ色の模様に、ライトグリーンの眼…まるで漫画家のような見た目の戦士だ。

 

先端が付けペンのようになっている剣で、周りを掻き消すように彼女は剣を振るいインクが飛び散るように土埃を舞い上げ、サイヴァーを連れてその場から姿を消す。

 

目眩しを喰らった飛蝗の怪物はサイヴァーの追跡を中断した。

 

「…将軍に、サイヴァーの再臨を告げねば…。」

 

そう言って、電脳世界の最深へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「どこに向かってるんですか?」

 

サイヴァーは、黄色の戦士に連れられ電脳世界を彷徨っていた。しかし、彼女はそれを答える気はなかった。

 

「だいたい、貴女は誰なんですか?」

 

「もうすぐで着くから…それまでは静かにしてて。」

 

サイヴァーはその言葉で口を閉じた。

 

こうして黙ってみると、この世界は、現実とは違い静寂が常に保たれていた。不気味なくらい静かなこの街に住民は存在しないのだろうか…

 

「ここよ。」辿り着いたのは、雑居ビルのような建物だった。彼女は腰に巻かれていたベルトから、サイヴァーが持っているものと同じスマホを取り出し[関係者以外立ち入り禁止]と貼られた扉にかざした。

 

すると、自身が世界を移動した時と同じような白銀の光が2人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

そして、次に見えたのは、白を基調としたシンプルな部屋だった。部屋の真ん中には丸いテーブルに椅子が並べてあり、更に別の部屋に繋がるであろう扉が五つ並んでいた。

「…ようこそ、デジタルセイバーへ。」彼女は、ここで初めて変身を解いた。戦士だった時と同じようなショートヘアーで、身長も彼よりも小柄で可愛らしさのある女性だった。

 

「…?どうしたの?変身を解かないの?」

 

「その…解除ってどうやるんですか?」そうだ、彼は『たまたま』変身できただけだ。解除の仕方どころか、変身の仕方すら覚えていない。

 

「えっ…貴方知ってて戦おうとしたんじゃないの?」

 

「はい…」

 

「解除は、こうやるのよ。」彼女は、そう言うと彼の腰にいつのまにかつけられていたスマホを取り外し、電源ボタンらしき場所を押した。

すると、サイヴァーの鎧が解除され、御定萊智の姿に戻った。

 

「まさか、何にも知らなかったなんてね…。」彼女は呆れた顔をした。

 

「すいません…」萊智は、簡単に謝っておいた。しかし、彼からしたら勝手に期待されていい迷惑だ。

 

「…そうだ、名前言ってなかったね。私は太刀筆(たちふで)紬葵(つむぎ)、ペンシルよ。」彼女は呆れ顔を笑顔に変えて答えた。彼女の切り替えの速さに一瞬彼は驚いた。

 

「初めまして…御定萊智です…。」

 

 

すると、自分達のいる側とは反対側の扉が開いた。

 

「隊長、サイヴァーの変身者を連れてきました。」紬葵は、扉から出てくる人物に伝えた。出てきた人物は、萊智よりも身長が高く、すらっとした体形と後ろで髪を束ねている姿が特徴的な女性だった。

 

彼女は、黙ったまま萊智に近づき、顔をまず見つめる。次に胸部に背中、手先などをみて、最後に再び顔を見た。彼は身構えたが、特に触るなどしてはこなかった。

 

「…初めまして、私はデジタルセイバー隊長の大橋紅葉だ。ちなみに、今のはちょっとしたテストだ。突然で済まないね。」彼はテストした事よりも内容の方が気になった。今ので何が分かったんだ。

 

「…今のは、貴方の第一印象を見たのよ。テストでもなんでもないわ。」紬葵は横から小声で耳打ちした。

 

「…あの、いきなり質問というのもなんですけど、『デジタルセイバー』とか、『サイヴァー』ってなんですか?」萊智は恐る恐る質問する。

 

「そうだな、サイヴァーの正式な装着者になってもらうためにも必要な事だな、とりあえず、そこに掛けてくれ。」紅葉は、萊智を座るよう促した。それと同時に、彼からスマホを一旦受け取り、机の下から取り出した充電ケーブルのようなものに取り付けた。

 

「…これは『アップデート』。だいたい1ヶ月に一度くらいあるんだ。性能向上の為にね。アップデートはこのコードを使わなきゃいけない。今回の場合、8ヶ月分溜まっているから大分時間がかかるだろうが、普段は30秒もあれば終わる。」

 

「はあ…そうなんですね。」萊智は生返事した。

 

「それで、まずは『デジタルセイバー』について話そう。デジタルセイバーとは、さっき君が出くわしたあの飛蝗の怪物、『バグビースト』というんだけど、それと戦う組織だ。バグビーストは、この現実世界の裏側に存在する、『電脳世界』と呼ばれる場所を拠点にしている。そして、人間に危害を加える危険な存在。目的は未だ不明だが。」

 

紅葉の話を萊智は一言一句逃さないよう聞いてはいたが、『理解』はできなかった。まるで算数までしか知らない中学生にいきなり微分積分を教える様な。これまでを要約するなら、デジタルセイバーは怪物と戦う組織だと、そしてその怪物はバグビーストと呼ばれ電脳世界という場所に住んでいる、そう思えばいいだろう。

 

「デジタルセイバーには4人のデジタルライダーが存在しており、その1人がペンシルに変身する紬葵だ。他にも2人いるが、その時に紹介すればいい。そして4人目がサイヴァー、君が持っていたスマホ、『スマートライザー』で変身する戦士だ。スマートライザーはライダーが全員所持しているが、能力は全部違う。例えば、ペンシルはメモ機能を持つアプリの力で戦う。」

 

なるほど、だからペンシルの剣はペンだったのか、と萊智は心の中で納得した。

 

「サイヴァーは、設定のアプリの力で戦う。他のライダーとは少し勝手が違う。まぁその辺は正式に迎え入れてから話そう。」

 

「…とりあえず、この組織の事、サイヴァーの事は大体分かったのですが、あの時、なんでスマートライザーが落ちていたんですか?」

 

萊智のその質問に、紅葉と紬葵は一瞬顔を顰めた。

 

「…何故落ちていたか…それは誰も見ていないから分からない。だが、使用者の登録が君に代わっているという事は、前の装着者が消えた事を意味する。」その言葉に紬葵は更に顔を暗くした。

 

「…サイヴァーに変身できる人間は限られているんですか?」

 

萊智は聞く。

 

「…別に、限られている訳ではない。言ってしまえば、誰でも『変身』はできると思う。だが、それを使いこなすのは非常に難しい。」

 

萊智は、その言葉を聞くと考え込んでしまった。誰でも変身できるなら、俺がこのままデジタルセイバーに入らなくてもいい、という事。面倒ごとに、また巻き込まれるのは嫌だ。そう思った。

 

「…君が嫌ならそれでもいい。ただ、一つ言っておきたいのは、バグビーストの侵蝕は他人事ではという事。バグビーストの出現は近年増加している。いずれ君の周りでも被害が出るだろう。それでもいいなら…の話だが。」

 

「…そんな言い方されたら、断るなんて言い辛いじゃないですか…。」紅葉の言い方に萊智は苦言を呈した。

 

「…隊長、本人に意志がないのなら、これ以上話す必要もないのでは?」そう言ったのは紬葵だ。

 

「…しかし、人手が足りないこの組織に、サイヴァーで臆する事なく戦えた彼は必要な人材だ。そう簡単に…」紅葉が言い返したその時、紬葵の持つスマホから通知オンが鳴った。

 

「…どうやら、ホッパー・バグビーストが出現した様です。私は先に向かってます。」紬葵はそう伝えた。

 

「分かった。気をつけて。」紅葉はそう言って向かった紬葵を送り出した。

 

「……前の装着者って、どんな人だったんですか?」萊智は聞いた。

 

「……妥協を許さない、正義感のある奴だったよ。」紅葉は立ち上がると、何もない天井と机の間に映像を投影した。どこかのスタジアムの様なそこに、ホッパー・バグビーストと呼ばれた敵、そして紬葵が変身したペンシル、そして逃げ惑う人々とそれらを脅かす黒い雑魚敵、ノイズがあった。

 

「…戦闘地点のリアルタイム映像だ。私はいつもこうして指示を出している。一応は隊長だからな。」紅葉は少し柔らかい表情で言った。

 

しかし、彼はその姿を見ていなかった。凄惨な現場を眺めていた。

 

確かに、面倒ごとは嫌だ。だけど、俺が放置すれば、誰かが傷つく…そんなのは嫌だ。

 

「……俺がサイヴァーに変身して戦えば、この人達を救えるんですか?」

 

「…それは、君次第だ。それ相応の『覚悟』があるなら、サイヴァーは必ず君と共に戦う。」

 

紅葉の答えに、萊智は覚悟を決めた。そして、スマートライザーを手にした。

 

「もうアップデートは終わっただろう。地図アプリを起動すれば直ぐに着く。そして、画面左上にある設定のアプリを起動すれば、君はサイヴァーに変身できる。」紅葉は、萊智に言った。

 

萊智はその言葉に、大きく頷くと、白銀の光に包まれ現場に向かって行った。

 

 

それから直ぐ、左から2番目の扉が半分ほど開いた。

 

「あれが新しいサイヴァー?」気怠そうな雰囲気を出している女性の声は紅葉に聞く。

 

「そうだ…」紅葉の答えに、彼女はふーんと返した。

 

「…君も行くだろう?」

 

「まぁね、ちょっと確認したかっただけだし。」そう言うと彼女は扉を閉めた。

 

 

 

 

 

その頃、街中のカフェでは別の人物がスマートライザーを見つめていた。

 

「…また敵か…。僕のティータイムの邪魔をするとは…。」彼は、紅茶を飲み干すと、席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀の光が薄れ、萊智は先程映像に映っていたスタジアムに来ていた。

 

「貴方…!」

 

遠くでホッパーバグビーストと戦っていたペンシルは、やって来た彼の姿を見つけていた。

 

「あの男か…今度こそ…!」同じように気づいたホッパーバグビーストは、照準を彼に変えた。

 

「…俺は、面倒事は嫌いだ…だけど、俺が戦わないせいで誰かが傷つくのも嫌だ。だから戦う、サイヴァーとして!」

 

萊智は、スマートライザー起動、そして画面にある設定アプリを片手で押した。

 

[Server connection…]その機械音声と共に、彼の周りに水色の電気の流れのようなラインが現れる。

 

彼は左手を天に掲げ、そして右側にもっていき右腕とクロスさせる。

 

「変身!!」彼の親指は、画面に映し出された『START』のボタンを押す。

 

[Rider Cyver!]水色のラインは、彼の身体に纏わりつく。そして、シルバーの装甲が装着される。胸部には、スマホの画面のようなパネルにサイヴァーのクレストが出現する。

 

彼は、隣の窓ガラスに写る自分を見た。自分の姿が変わった事を確認しホッパーバグビーストの方を向いた。

 

「…今日から、俺がサイヴァーだ。」

すると、彼の右腕に銃が召喚された。スマホスタンドの様な銃、サイヴァーデバイスの銃口を、民間人を襲うノイズに向け、そして弾丸を放つ。ノイズは撃ち抜かれ次々と倒れていく。

 

「俺が相手だ!!」ホッパーバグビーストは、サイヴァーに向かって攻撃を仕掛ける。右拳のストレートを放つが、覚悟を決めたサイヴァーの前にその攻撃は遅い。

 

無駄のない回避を見せ、右手の銃で背中を向けているホッパーバグビーストに向かって弾丸を放つ。激突したところから血潮が飛び散る様に火花が出た。

 

「貴様…これほどの力を…!」ホッパーバグビーストはノイズを10数体呼び寄せ、サイヴァーに向かって攻撃させる。

 

一瞬で距離を詰められたサイヴァーは、咄嗟の攻撃が出来ず、窮地に陥った。しかし、それもすぐに解消される。

 

彼の右手側からペンシルが剣でノイズを切り裂いた。

 

「…貴方が本気で戦うなら、私もサポートするわ。」

 

更に、彼の左手側に迫るノイズも、一瞬にして塵と化した。

ノイズの後ろには、自撮り棒の様な形をした槍を持った紫の仮面戦士がいた。

 

「…太刀筆君、サイヴァーが何故ここに?」

 

「…新しいサイヴァーよ。『アイツ』並みに才能はあるわよ。」ペンシルは仮面戦士に答えた。

 

そこへノイズの第三部体が迫る。しかし、それもサイヴァーの後方から放たれた矢が攻撃を防いだ。

 

「3人とも、よそ見してる場合?話は面倒だし後にしよ。」ヘッドホン型の弓を持つ鳩型のバイザー戦士が、話を続けようとする2人を止めた。

 

「…仲間…という事?」サイヴァーはペンシルに聞いた。

 

「相当クセが強いけどね。」ペンシルは笑って答えた。

 

「貴様ら、ここで全員倒す!!」ホッパーバグビーストが、息切れしながら叫ぶ。

 

「新人君、せっかくだから君が決めなよ。スマホの画面のアイコンをタッチして。」ペンシルはサイヴァーにそう促した。

サイヴァーはスマホを取り出し、画面を見た。そしてキックアイコンを押した。

 

[Blake finish!][Cyver strike!]

 

「はあっ…」サイヴァーの右脚に力が湧き上がる。そして、ホッパーバグビーストに向かって走り出す。

 

そしてジャンプし、フィギュアスケート選手みたいに空中で一回転し右脚を突き出す。

 

強大な力を纏ったキックが、ホッパーバグビーストの体を貫通、そして爆散させた。

 

着地したサイヴァーは、立ち上がり、爆炎が広がる後ろを振り返った。

 

 

運命の導きは、こうして萊智をサイヴァーに変身させた。

 

しかし、運命の悪戯はこれで終わりではない…

 

 

 

 

 

 

「グラスが敗れたか…。」

 

 

 

 

 

 

 




無事サイヴァーの変身者となった萊智、そんな中、人々が次々と行方不明になる。そしてその事件にはバグビーストも関わっており…

次回、第3話 死神の現実徘徊


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第3話 死神の現実徘徊

ゴールデンウィーク前夜、明日の休みを祝い酒に呑まれているサラリーマン達の帰宅する姿があった。

 

「今日は朝まで飲むぞ!!」1人が大声でそう宣言し、周りの4人も囃し立てた。

 

「…随分と楽しそうじゃないか…。」そんな5人の後ろから声をかけた。

 

「酒は俺達の唯一の味方だ。一緒に居られるんだから楽しいに決まっているだろ?」

 

「…それだけで快楽を得られるとは、いい人生だっただろうな。」

それは、夜の道を照らす街灯の灯りの下に立った。死神の様な姿の化物は、逆手に持った剣をサラリーマンに見せつけた。

 

「…俺の楽しみは、こういうのさ!」

 

そう言うと、サラリーマン達をまとめて回転切りで斬り倒した。

 

「…そうは言ったが、やはり物足りない…サイヴァー、奴でないと話にならない。」

 

死神はそう言って再び夜の闇に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、萊智は紬葵にデジタルセイバーの拠点に来る様伝えられた。現実世界からの行き方は、マップアプリを開きデジタルセイバーの座標を選択するだけ。まるでゲームの様な移動方式だ。

 

 

白銀の光に包まれデジタルセイバーまで移動した。拠点には既に紬葵の他2人居座っていた。

1人は褐色肌で赤髪の少女だ。彼女は、スマートライザーをずっと見つめ、時折紅茶を口に運ぶ。

「やっぱイッチが作る紅茶は美味しいね。」

 

「当然だ。僕は何においても一流さ。」

そう答えたのは、長い手足が特徴的な男だった。彼は椅子に座って足を組んで座っていた。

 

「2人とも、新人君が来たから自己紹介、お願いね」紬葵は2人の方を向いて言った。

 

「やあ初めまして。」男の人が立ち上がり手を伸ばした。

 

「初めまして、御定萊智です。」萊智は伸ばした手を握り握手した。

 

「僕は貴峰(たかみね)一犀(いっせい)だ。よろしく。ところで君、紅茶は好むかい?良ければ一杯僕が入れた紅茶を飲んでいきたまえ。そう言うと彼は空のティーカップに紅茶を注ぎ始めた。

 

「私はメリア、鳩山(はとやま)メリア。よろしく〜。」彼女は一瞬萊智と目を合わせた後、再びスマホの画面を見た。

 

「メリア、初対面の人とはしっかり挨拶しなければならないとあれ程言っているではないか。」一犀は適当なメリアに向かってそう言った。

 

「初対面で過干渉するのもどうかと思うよ。そう言うのが、職場の意識低下…だとかに…まぁいいや。」メリアは反論しようとしたが、途中で放棄した。そして一犀は萊智に紅茶を差し出した。

萊智は、紅茶を市販のペットボトルでしか飲んだ事ない彼はこうして出されるのに緊張したが、それを飲んだ。

 

「どうだい?」

 

「…美味しいです。」先程書いた様に彼は市販のペットボトルでしか飲んだ事ない為、何がいいのか悪いのかは分からないがとりあえず美味しいと返した。

 

「まあね、貴族として当然さ。」一犀そう言うと部屋中に響き渡るほどの高笑いを始めた。

 

「彼は貴族って言っても自称だから。気にしないで。」紬葵は影から萊智にそう言った。本人は高笑いに夢中で聞こえていないようだが。

 

それにしても、異常な程特徴的なメンバーだなと萊智は率直に思った。簡単に覚えるならうるさい一犀、消極的なメリア、そしてそれを纏める紬葵と言ったところか。

 

「そういえば、大橋さんは?」

萊智は話題を切り替え紬葵に話しかけた。

 

「隊長は今、警視庁で会議に出てるのよ。」

 

「それは何故なんですか?」

 

「…また、バグビースト関連の事件が起きたからよ。」

 

紬葵の言葉に、萊智は驚いた…と言うよりも心当たりがないと言った方が正しいだろうか。テレビじゃ全くそんな話は聞いたことない。

 

「まぁ、知らなくて当然だろう…バグビーストやデジタルセイバーの存在は隠されている。そのせいで半分都市伝説の様になっているらしいが。」一犀は萊智の疑問の答えを言った。

 

「今回の事件は『死神事件』と言われててね、深夜の街で次々と人が死んでる事件あるでしょ。でね、犯人が全く証拠を残さないから『死神』がやってるんじゃないかって言われてるから死神事件って。」メリアはスマホを見ながらそう言った。彼女がずっとスマホを見ていたのはこの事件について調べていたからだろう。

 

「確かに、その事件なら知ってます、確か昨日も5人が…。」萊智は朝見たニュースを思い出しながら口を開いた。

 

「で、その殺人の仕方が、全て共通していて、みんな胸を斬られて即死しているの。これ程まで確実に斬り殺すことができるのは現代に存在しない…或いはしていても数は少ない、だからバグビーストの仕業なんじゃないかって…。」メリアは付け足して解説した。

 

「…今回の場合は警察から依頼されたって感じだね。大体、バグビースト絡みの事件はこうして警察から依頼されるか、個人で依頼されるかの2択なのよ。」紬葵が言う。

 

「僕達は、与えられた情報で捜査をしてバグビーストを追い詰める。言うならバグビースト専門の警察部隊、探偵だろうね。」一犀は自信に満ち溢れた口調で言う。

 

 

 

「…今帰った。」丁度話が途切れたタイミングで紅葉が帰還した。

 

「それで、事件については…?」紬葵が聞く。

 

「とりあえず、警察から資料を受け取った。重要なものだから管理は気をつけてくれよな。」紅葉はそう4人に、と言うよりも萊智に念押しした。

 

「…被害者や殺害現場はこのファイルにある。それで早速開始だ。紬葵と一犀は現場でバグビーストの痕跡などを調査、メリアはネットの目撃証言を調べて、そして萊智はそれぞれの情報を纏めてくれ…できるよな。」紅葉は萊智に真剣な表情をして聞く。

 

「はい、やれるだけやってみます。」萊智はそう答えた。

 

 

 

 

 

それから数時間の間、4人はそれぞれ情報を集め纏めていく。

 

・紬葵からは、被害者の直前の行動から、『居酒屋に行って尚且つ酔っ払っている人物』が狙われていること

 

・一犀からは、犯行現場がある一定の範囲内、それもある駅の周辺で起こっていること

 

が分かった。しかし、どちらの事実も警察が同じように掴んでいた。これだけでは、確実にバグビーストを撃破する手立てにはならない。

 

「何か、確実な情報が有れば…」そう萊智が呟いた直後、メリアは口元を緩めた。

 

「ビンゴ、バグビーストの出現地点見つけたよー。」そう言うと、萊智に画面を見せた。どうやらメリアのネット仲間の1人がバグビーストの出現地点となっている場所を見つけたらしい。

 

「ここは…?」映し出された写真は、狭い部屋が幾つも並びその一つから出てくるバグビーストらしき怪物の姿があった。

 

「ネットカフェっていう所で撮られたんだけど、隣の部屋で大きな物音がして覗いてみたら鉢合わせしそうになったって。それも昨日、時刻は23時前、事件が起きたのは24時だったから犯行もできるし、ここはさっきイッチが言ってた範囲内にあるし。」メリアはどうだ。という顔をしながら萊智に見せた。

 

「すごいです、鳩山さん!」萊智の言葉にメリアは頬を赤く染めた。

 

「メリアでいいよ、ライ君。」メリアの独特な呼び名は萊智にもついていた。それに彼は驚いた。

 

「えっと、メリアさん…?」彼はその仕返しと呼ぶ練習を兼ねて彼女を呼んだ。

 

「ん?なーに?」彼女は即座に反応したが、目線はいつの間にかスマホの画面を向いていた。

 

「…呼んでみただけです。」

 

「あっそー。」萊智は彼女の単純な返しに驚いた。

 

 

 

 

 

 

その後30分経った頃、聞き込みや現地調査を終えた紬葵達が帰ってきた。

 

「とりあえず、出現地点と条件は分かったけど、どうやって倒すかよね…。」紬葵は椅子に座ってすぐ言った。

 

「…妥当に、現れるまで出待ちするか?」一犀はそう提案した。

 

「でも、毎日出てくる訳じゃないし、暇じゃん。」メリアはそれを一蹴した。

 

「…俺達が電脳世界に行って倒す事は出来ないんですか?」萊智は、ダメ元で提案して見た。

 

「流石に、それは無謀じゃないかしら、必ずしもその周辺に居るとは限らないし…」

 

「いや、だが必ず同じパソコンから出てくるのなら、その出口の周辺を住処にしている可能性も高いだろう。案外、その作戦もありかもしれない。」紬葵は萊智の意見をあまり良く思わなかったが、それに対して一犀は賛成の意を示した。

 

「私もサンセーかな、その方が手っ取り早いし。」メリアも同様に賛成した。しかし、それでも紬葵はあまりいい表情をしなかった。

 

「…だけど、仮にバグビーストが根城にしていたとしても、一体とは限らない。仲間がいる危険もある。」紬葵は自身の意見を淡々と述べた。

 

「…だとしても、ここで動かなければ、また誰かが犠牲になる。それだけは嫌なんです…。」萊智はそれでも自分の意見を曲げなかった。

 

しばらく、沈黙の時間が続いた。

 

 

そして、紬葵は口を開いた。

 

「この判断は隊長に任せる。隊長がYESと言えば、私はそれに従う。それなら文句はないわよね。」

 

「分かりました、それでお願いします。」萊智は、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、外の世界では既に日が沈み、夜が訪れていた。

萊智達は、本部に戻ってきた紅葉に先程の作戦について話した。

 

「…確かに、可能性があるなら調べる価値はある。」紅葉は全容を聞き、そう答えた。

 

「と言う事は…」作戦が通ったと萊智達は感じ顔を緩めようとした。

 

「勿論、作戦に問題はない…だが、そこへ行くのは紬葵と一犀の2人だ。」そう紅葉は付け足した。

 

「何故ですか…?」萊智も同じ事を思ったが、それを口にしたのは紬葵の方が先だった。

 

「…萊智、君はまだサイヴァーに成り立てで危険だ。もし敵の罠だった場合危険だ。」紅葉がそう言うと、一犀は「確かに」と呟いた。

「それに、ここの守備を長い時間手薄にする訳にはいかない。」そう言ってメリアの方を向いた。

 

「…まぁそう言うわけならしょうがないじゃない?」メリアはそう言った。

 

「でも…」それでも行きたい…萊智はそう言おうとした。

 

「…机の上で考える事と、実際にそこへ行って戦う事は違うんだ。それに君の力が要らないと言うわけでない。2人が敵を見つけたら当然後を追って行ってもらう。」

 

「…わかりました。」萊智は、紅葉の言葉への反論を見つけられず黙った。

 

「…紬葵も、それでいいな。」「…異論はありません。」彼女も、そう言って黙った。

 

「…2人は、早速その出現地点に向かってくれ、萊智とメリアは待機。」紅葉のその指示で紬葵と一犀の2人はそこへ向かうべくここを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが例の…」そして、例のネットカフェのパソコン前に2人は着いた。

 

狭い店内に2人の男女が部屋の前に立ったままの様子を不審に思ったのか、隣の部屋を借りてる人物は扉を少し開けてそれを眺めていた。

 

「…どうやら、使用者は居ないみたいだな…それなら遠慮は要らない。」一犀はそう言うとスマートライザーを取り出し、自身の変身に使う『カメラ』のアプリを起動した。[Server connection…]

そして、スマートライザーを横向きに持ち、「変身!」と言い画面の『START』ボタンを押す。

すると紫色のカメラが空中に現れ、彼の身体を写真に収める。そのフラッシュが焚かれると同時に彼の身体は紫色の装甲に包まれていく。

胸部にはカメラアプリのアイコンが現れ、頭部にはカメラのような仮面が付けられる。

[Rider Sense!]

センス…それが彼の変身後の名前だ。

 

「…貴方は相変わらず気が早いわね…相変わらず。」紬葵もスマートライザーを手に持ち、変身に用いる『メモ』アプリを起動した。[Server connection…]

彼女は、スマートライザーを持つ右手を右腰に置き、左腕を曲げて正面に構えた。「変身!」その掛け声と共に『START』を押し込みシークエンスを始める。

構えていた腕を伸ばしたと同時に、彼女の背後に大きなメモ帳が現れる。それら1ページ1ページに装甲が描かれており、それが捲られていくたびに、彼女の体に装着される。

黄色のボディ中心、胸部にはメモアプリのアイコンが現れた。頭部は髪の毛が黄土色に着色され、その上から黄色のベレー帽を被った。

[Rider Pencil!]

ペンシルに彼女は変身を終え、部屋のパソコンに照準を合わせた。

 

「行くわよ…!」ペンシルはセンスに促してパソコンへ入っていた。センスもそれに合わせて入っていく。

 

 

それらの様子を全て見ていた隣人は、まるで大きな岩にされたかのように硬直していた。

 

 

 

 

 

 

白銀の光から解き放たれた2人が次に見たのは、廃墟になった工業団地のような場所だった。

 

「いかにも…と言う感じね。」ペンシルはそう呟くと、通信を始めた。

 

「こちらペンシル、センスと共に潜入に成功した。これより作戦を開始する。」

 

『了解、健闘を祈る。』無線越しに紅葉がそう答えた。

 

彼女の後ろには、静かに待機している萊智とメリアの姿もあった。

 

紅葉は、2人の潜伏場所を空間に映し出した地図に示した。

 

「…なる程、2人が居るのは南西の廃墟の地域か…ハズレかもしれないな。」紅葉はそう呟いた。

 

 

 

 

ペンシルとセンスは、廃墟を進んでいく。

 

「…何も…感じないな、気配も…。」センスはそう呟いた。

 

「…貴方の超感覚でも、測れないのね。」

 

「…いや、能力を強化する。」残念そうにするペンシルに対して、センスは、スマートライザーを取り出すと、新たにレーダーが描かれたアプリを起動した。スマホ捜索アプリを強化したアプリ『サーチ』の力だ。それを起動したと同時に、センスの左腕に小型アンテナ、左肩に情報を得る為の機関が収められているパーツへと変化した。

 

2人は、しばらく黙ってセンサーが反応するのを待った。

 

そして、センスは感じ取ると、ペンシルに目を合わせた。

 

「見つけた、下だ…。」「なるほど…ってどうやって行くのよ!」

 

センスが感じ取ったのは『地下』からの反応だ。しかし、それを確かめる手段はなかった。

 

「…どこか入口を探す?」ペンシルがそう聞いた時、センスのレーダーは急速な動きを察知した。

 

「…高度が上がっている…近づい…避けろ!」それと同時に地響きが鳴り響く。

 

 

2人は、咄嗟に空中にジャンプした。そして地面を見下ろすと、そこにはカマキリを模したバグビースト、マンティス・バグビーストの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 




遂に姿を現した犯人、マンティス・バグビースト。その刃がペンシルとセンスを襲う。

次回、第4話 真夜中の命狩り


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第4話 真夜中の命狩り

 

 

 

「見つけた、下だ…。」

 

「…どこか入口を探す?」

 

「…高度が上がっている…近づい…避けろ!」

 

 

2人が地面を見下ろすと、そこにはカマキリを模したバグビースト、マンティス・バグビーストが剣を構える姿があった。

 

 

「姿を現したな…!」センスは左腕のサーチを解除、槍型の武器センスデバイスに一瞬にして持ち替えて見せた。

 

「ライダーか…丁度いい。退屈凌ぎにはなるだろう。」マンティス・バグビーストはカマキリの鎌を模した剣でセンスの槍を受け止める。

 

そこへ、剣型の武器ペンシルデバイスを持ったペンシルがマンティスの右側から剣の突きを放つ。

 

「見切られたか…!」

 

「それぐらいで、俺は殺せない…。」不気味で鳥肌が立つように暗い声で話すマンティスは、次はこちらの番だと言わんばかりに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 

 

 

「現れたようね。」その頃、ベースでは紅葉、萊智、メリアの3人が2人から送られてきた映像を見ていた。

 

「萊智、メリア、救援を。」紅葉は直様指示を出した。

 

「リョーカイ。」メリアはそういうとスマートライザーを構えた。そして自身の変身に使うアプリ『メール』を起動した。[Server connection…]

彼女は両腕を鳥が翼を広げたかのように開き、『START』させる。「変身!」[Rider Pigeon!]

彼女の背後に巨大で赤い封筒が現れ、彼女の身体を収納する。そしてその封筒は彼女の戦士としての姿を形取る。胸部には、メールアプリのアイコンが現れる。最後にどこからともなく飛んできた銀色の鳩が頭部のバイザーとして装着、彼女の姿は完全にピジョンへと変身を遂げた。

 

「分かりました。」萊智も彼女と同じようにスマートライザーを構え、アプリを起動させる。[Server connection…]

左腕を掲げ、そして右側で右腕とクロスさせ「変身」する。

水色のラインが彼の身体を包み込み、そしてサイヴァーへと変身させる。[Rider Cyver!]

 

「行こっか…」ピジョンはそう言うと、前にサイヴァーがここへ始めて来た時に通った扉を開け電脳世界へと向かう。サイヴァーもその後を追うように走って入っていった。

 

 

 

 

2人は、この前の雑居ビルのような建物の前に出た。

 

「そういえば、電脳世界の移動は『これ』使うと楽だよー。」そう言うと、ピジョンは自身のスマートライザーにあるマップアプリのアイコンを指差した。

 

どう言うことかは分からなかったが、サイヴァーはスマートライザーでマップアプリを起動した。[ride on motorcycle!]

 

すると、サイヴァーの目の前に、シルバーにブルーのラインが入った疾走感のあるスポーツバイクが現れた。

 

「マシンフォントカス、ハンドルの真ん中にスマホを立て掛ければナビになるよ。後一応言っておくけど、電脳世界で使えないから。それじゃ。」サイヴァーはスマートライザーをハンドルに装着、そしてフォントカスに乗り込んだ。そして顔を上げると、ピジョンは自身の身体を浮かせ空を飛んでいた。

 

「私は飛んで行った方が早いから、頑張って追いついてねー。」そう言い残して彼女は空高く飛んでいってしまった。

 

「そんなのアリかよ…!」そう愚痴を呟きながらもサイヴァーはバイクを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、センスとペンシルはマンティスの攻撃にやや押されていた。

 

「これは背水の陣だな…。」マンティスから距離を取るべく下がったセンスはそう呟いた。

 

「陣って、2人しか居ないし…それに、ここで私達が引いたらアイツが何するか分かんないでしょ。」ペンシルは口調では余裕を見せているが、状況は全く良くない。

 

「…とにかくここは耐える。貴族として…華麗に戦って死守する。」彼は気合を入れ直すべく槍を構え直した。

 

「貴族なら、後ろで私に守られてなさい。」彼女はそう言うと新たなアプリを起動させた。左腕に装備されたその力は、『トランスファ』…乗り換えアプリの能力だ。肩にバスの先端、二の腕にタクシー、腕から手首には新幹線のような鎧が装着されている。そして左手に握られた剣は航空機を模している。まさに乗り物形態だ。

 

「レディは戦場に立つものではない。貴族ならば弱き者を盾にはしないさ。」センスは彼女の隣に並び立つ。

 

「そう…それなら足、引っ張らないでね。」彼女は、そう言うとマンティスに果敢に攻め込む。

 

マンティスは剣を構え、ペンシルの二刀流の攻撃に対して受けの姿勢を取る。ペンシルの強力な攻撃を最初は受け止めて見せたマンティス、しかし…

 

「まだまだ…!」彼女の増して行く力を感じて行くにつれ、徐々に劣勢へと追い込まれる。

 

「なんだと…」マンティスは、逆転しようと力を押し返す。

 

「目の前に集中しすぎだ…!」「何…!」マンティスが気づいた時にはセンスが死角から猛烈な槍の一撃を放っていた。

[Device connection…][Sense penetrating!]

自撮り棒型の槍、センスデバイスの口金にスマートライザーを装着し発動させた必殺技、センスペネトゥレイティングは紫色のオーラを纏い判断もできないような一瞬でマンティスに横槍を刺した。

 

「…ぐっここで負けられるか…!」

 

「…次の一撃で、地獄に送ってやるわ…!」ペンシルはそう言うと、スマートライザーをペンシルデバイスに装着した。[Device connection…][Pencil cutting!]

黄色に輝く剣で切り裂く必殺技、ペンシルカッティングがマンティスの胸部、腹部、足先と身体を辿るように2本の道を創り出した。

 

 

「逸楽もっ、ここまで…!」

 

槍に突かれ、2本の剣で切り裂かれたマンティスの身体は、爆炎に包まれ、地面に『倒れた』。

 

ペンシルは、左腕のトランスファの装甲を解除した。

 

 

 

 

 

「なーんだ、終わっちゃったんだ。」

ペンシルとセンスの目の前にピジョンが降り立った。

 

「…?あれ、終わってる。」更にその後を追って来たかのようにバイクに乗ったサイヴァーもやってきた。

 

「貴族である僕が戦ったんだ。勝って当然さ。」センスはそう自慢げに言うが、「私が居なかったらトドメは刺さなかったじゃない」とペンシルが隣で呟いた。

 

 

 

 

 

 

「マンティスにはもっと期待していたのだけど…残念だわ。」

 

今までの様子を見ていた『人物』はそう言った。ショートヘアーで翠の髪色が目立つ彼女は残念そうな顔をした。

 

「…いや、まだ終わりではないようですよ。」その後ろに立っていた金髪で腰まである長い髪を持つ女性が呟いた。

 

 

 

 

 

「…『死神』は、死して尚、蘇る。」

 

「…?様子がおかしいぞ。」その異変に最初に気づいたのはセンスだった。

しかし、気づいた時にはすでに死神の身体は起き上がっていた。ペンシルやセンスに付けられた傷はそのままで。

 

「…ゾンビってやつ?」ピジョンは気味悪そうにした。

 

すると、マンティスの体が、漆黒の輝きと共に変化を始めた。腹部あたりから全体が変化して、まるで本物のカマキリのように手足の数が6本へと増え、等身は成人男性の2倍程度に、そして今まで片手剣は一本だったが、二本に増え本物のカマキリのように逆手に持った。

 

「巨大化した…?」初めて見る光景にサイヴァーは息を呑んだ。

 

「…たまにある事ね。『進化』と私達は言ってるけど、死んでから復活するのは初めてだわ…とにかく倒すわよ!」ペンシルはそう言って剣を構えた。

 

ペンシルとセンスはそれぞれ攻撃を仕掛けるべくマンティス・バグビースト進化態に迫る。しかし、マンティスは両手に持った剣から放つ衝撃波で2人を地面に突き倒した。

 

そこへ弾丸と矢が激突する。どちらもマンティスの胴体に着弾したが、効いている様子は全くない。

 

「攻撃が効かない?」サイヴァーは銃を下げて呟く。

 

「多分、『急所』に当たってないからだと思う。そこを当てれば1発なんだけどね。」ピジョンは再びピジョンデバイスの弦を弾いて構えた。

 

「…ならば、調べるまで!」センスは先程探索に使ったサーチを再び使用する。

 

隙を見せたセンスに対してマンティスは攻撃を仕掛けるが、ペンシルが剣でそれを抑えて見せた。

 

「早く…調べなさい…!」苦しみながらペンシルが言う。

 

「分かっている!」センスは既に急所を捜索、そしてすぐに答えを出した。

 

「…左掌…そこだ!」センスはそう叫ぶと直様ペンシルの手助けに入り、共に攻撃を抑える。

 

 

「掌って…今アイツ剣を持ってるからアレをどうにかして離さないと…!」ピジョンは弦から手を離し矢を放つ。左手の甲にヒットするが、急所にはならなかった。やはり掌でないと…

 

 

「…サイヴァー、『カルキュレイト(電卓)』を使いなさい!」ペンシルが、ふと何かを思い出したかのようにそう訴えた。

 

「は、はい!」サイヴァーはそう言うと、スマートライザーで『カルキュレイト』を起動した。すると、右腕を覆う様な大きさの黒い電卓が現れた。右肩にはアプリのアイコンの様な装甲が装備されている。

電卓…すなわち計算能力を持つその装備の意図を感じ取ったサイヴァーは、直様『計算』を始める。

 

味方の動き、敵の動き、自分の動き、それら全てを一瞬にして電卓は判断する。

 

「メリアさん、俺のタイミングに合わせて奴の左手首に攻撃して下さい。」

 

「…分かった。」そう言うと、ピジョンはスマートライザーとピジョンデバイスを通信接続し、必殺技待機状態に入った。[Device connection…]

 

「ぐっ…もう耐えられない…!」「流石に…これ以上は…!」ペンシルとセンスの体力は既に限界を迎えていた。

 

「…後は俺が…!」サイヴァーは、自身の武器であるサイヴァーデバイスにスマートライザーを装着、そして必殺技待機状態に入る。[Device connection…]

 

「…今です!」[Pigeon flying!]サイヴァーの声が彼女の耳に入ってからコンマ1秒、ピジョンは深紅の巨大な矢を放つ必殺技、ピジョンフライングを奴の左手首に放った。

 

「ぐっ…!」

 

その攻撃は見事命中。装甲のない部分を刺されたことによって痛みを感じ咄嗟に左手の剣を離してしまった。

 

勢いが弱まった所を見逃さなかったセンスとペンシルはマンティスから離れた。

 

「…終わりだ…!」[Cyver shooting!]そして蒼き閃光、サイヴァーシューティングを放った。それとほぼ同じタイミングでマンティスは急所をサイヴァー側に見せた。

 

サイヴァーは、こうなる運命を感じとり、そのタイミングで引き金を引いていた。

 

 

蒼き閃光は奴の左掌を撃ち抜き、奴の体を爆散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、ダメだったか…」翠髪の彼女は再び呟いた。

 

「…これ以上ここにいても無駄、帰りますよ。」金髪の彼女はそう言って翠髪の彼女を連れて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いを終えた4人はデジタルセイバーへと帰還した。その時、現実世界では既に朝を迎える寸前だった。

 

「皆、ご苦労だった。特に進化態のペンシルの判断は良かった。」

紅葉は、紬葵に笑みを浮かべた。

 

「いえ、偶々思い出しただけで…」彼女は照れ隠しに頭を掻き乱した。

 

「…まぁ…彼の…君なら知っていて当然だっただろう。」

 

「ちょっと、変なこと言わないでよ!」「ツムツムならそれくらい直ぐに分かりそうだよね…カキピーの事を…」否定しようとした彼女の元へ、メリアが更に追い討ちをかけた。

 

3人が小競り合いを始めた様子を、萊智は、遠くから楽しそうに見つめていた。

 

しかし、その瞳にはどこか寂しさも持ち合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、マンティスは討たれたのか。」深紅の髪を後ろで束ねた彼女はため息混じりの声で言った。

 

「…しかしマンティスのお陰で、我々の侵攻がし易くなりました。次はこの私『グリット』にお任せください。」グリットと名乗った金髪の少女は赤髪の前に平伏した。

 

「貴方にできるのかしら?」「ヒネノ。」グリットに対して半信半疑な翠髪の少女、ヒネノは赤髪の一言で堪えた。

 

 

「…その作戦、俺も加えてくれないか?」

 

「お前は…スパイダー?怪我は完治したのか?」グリットは闇から現れたスパイダー・バグビーストに聞いた。

 

「サイヴァーに付けられた傷はもう癒えた。次こそ、必ず勝つ。」そう彼は拳を握りしめた。」

 

 

 

 

 

 

 

 




死神事件を解決した萊智、そんな彼に新たな敵、そしてかつての敵の魔の手が迫る。

次回、第5話 貴族舌の鳥


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第5話 貴族舌の鳥

「…ピーコック、あの男に『憑きなさい』。」

 

「承知しました…グリット様…」

 

 

「…俺は何をすればいい?」

 

「…ピーコックを守りなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークから1週間程経った今日、御定萊智は大学の講義を終えて帰宅の用意をしていた。

この日は講義は午前のみで終わりだ。午後は拘束がなくなると思うと気が楽だった。午後は今日出されたレポートを早速やろう、そう決心した。

 

「さて…帰ると…」

 

「御定、この後ゲーセン行かないか?」帰宅前の彼を止めたのは、紺野と小太りの男黒崎だ。

 

「せっかく午前で講義終わったんだし、遊びに行こうぜ。」黒崎は、そう言って萊智を逃がさないと言わんばかりに肩を持とうとした。

 

「悪い、今日も用事があるんだ。またな!」その手を振り払った萊智はそこから逃げるように走っていった。

 

「…しょーがないな…紺野、行こうぜ。」

 

 

 

 

 

大学から少し離れた歩道橋前で、萊智はようやく走るのをやめた。息切れを起こし、しばらくその場から動けなかった。

 

「…面倒だな…あの2人は本当にレポートやんなくていいのかよ。」

 

ため息をついた彼は、ようやく息切れを治めた。そして平常心に戻る。

 

「さて、今度こそ…」と家に帰ろうとした時だった。彼の胃が昼食を求め腹の虫を鳴らした。

 

彼の状況を一言で表すと「急に…腹が、減った」。まるでとある漫画のような状況が彼に起きた。

 

彼は、外食か自炊か…どちらにしようか考えた。しかし、一度お腹が空いてしまったと感じた以上、耐えるのは難しい…外食しか有り得ないな。

 

決意した彼は、脚を進めようとした。

 

「おや、御定君じゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だな。」

 

「貴峰さん、こんにちわ。」目の前の歩道橋を降りてきたのは貴峰一犀だった。彼は、いつもの濃紺の高級そうなジャケットを着ていた。

 

「…丁度いい、一緒に昼食でもどうだい。僕のオススメの店がこの近くにあるんだ。」てっきり一犀からも遊びの誘いが来ると構えていた萊智は、昼食の誘いであることに胸を撫で下ろし、「是非!」と即答した。

 

「そうと決まれば、善は急げ。僕に着いてきたまえ!」そう言うと2人は飲食店街へ向かって歩き出した。

 

 

萊智は、その時、思い出してしまった。一犀は自称とはいえ『現代貴族』、貴族=高価なものを好む。まさか、一品一品何なのかさっぱり分からない高級フレンチの店に連れて行かれるのではと考えた。

今財布にはいくら入っているか一犀に見つからないように調べた。入っていたのは女性が描かれたお札が一枚とアルミ製の硬貨が2、3枚…。まずい…!彼は危機を感じ、額からは夏でもないのに大量の汗が流れている。

 

 

 

「もうすぐ着く。」一犀はそう言うと飲食店街を南方向に歩き始めた。

 

確かこの方向には、高級イタリアンレストランがあった筈…萊智は最早諦めムードに入っていた。そんな所に行かれたら、俺の財布は火の車だ…。それだけは絶対ごめんだと、断りの言葉を述べようとした。

 

「あの…貴峰さん…」

 

「着いたよ。」2人は、目的の店に着いてしまった。

萊智は意を決して上を向いた。そこには…

 

 

高級イタリアンレストランの看板が…右側にある。正面に映っているのは、素朴な雰囲気を漂わせている定食屋だ。

 

「…ここが僕のオススメの店だ。」

 

「高級…レストランじゃない?」萊智は緊張が解けそう呟いてしまった。

 

「…正直、最初はそうしようと思ったのだが、大学生である君の財布事情を考えた結果さ。」一犀は自慢げに言った。しかし、その彼も財布を家に忘れてきて持ち合わせがスマートライザーに入っている3千円程度しかなかった…

 

 

 

 

 

隠れた名店としてその名が上がるこの店、その店内に1人の男がいた。

彼はスマホで運ばれてきた定食を写真に収め、画面に何かを入力し始めた。その正体は様々な店を渡り歩く食の評論家で有り、料理の研究家の風魚(ふうう)和野(かずや)だ。彼はこれまでも数々の店を訪問しては評価をし、自身もまた満足のいく料理を作りブログに上げている。

 

「…はぁ…」「そんな大きなため息をついていると、美味しさは逃げていくぞ。」ため息をついた和野の隣に座ったのは一犀だった。

 

「…食欲が失せる見た目だなと思っただけだ。特にこのマヨネーズの付け方、雑すぎて美意識のかけらもない。こんなものを客に食わせよとしているのか。」そう言って頼んだ定食に載っている唐揚げにかかっているマヨネーズを指差した。

一犀の隣で見ていた萊智は、その発言に疑問を感じた。

 

「初対面だが遠慮なしに言わせてもらう。庶民の食事に対して、見た目を重視する必要性はない。それに食しても居ないのに、あたかもこの料理が不味いかのように振る舞うのも、料理とそれを作った料理人、そして食材を作った人達に対して失礼だ。」キッパリとその行動に対して叩き切った一犀に和野は怒りの瞳を向けた。

 

「貴様、私を怒らせた事を後悔させてやる。」そう言って料理には一切手を付けず店を出て行った。

 

「お客様!」そう言って店員の1人が追いかけようとしたが、一犀がそれを止めた。

 

「代金は僕が払おう。彼が出て行った原因は僕にもあるからね。それに、この料理を捨ててしまうのも勿体無い。良ければ僕達が食べよう。」

 

一犀の手際の良さと臨機応変に対応できるその姿は、萊智から見るとすごく大人に見えた。自分もあの人みたいになりたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えた2人は、定食屋の外に出た。

 

「どうだ、美味しかっただろ?」一犀は萊智に聞いた。

 

「はい、とっても良かったです。またここに…!」萊智が答えている途中、2人の視界には、虹色の翼を広げた孔雀の怪物(ピーコック・バグビースト)の姿があった。

 

「貴様ら、私を侮辱した罪は重い!」

 

「なんの話だ?」一犀の手には既にスマートライザーが握られている。それは萊智も同じだ。

 

「行きましょう、貴峰さん…!」2人は、スマートライザーを操作し、そしてそれぞれスマートライザーを構えた。

 

「「変身!!」」

 

2人はそれぞれサイヴァーとセンスに変身、ピーコックに対して攻撃をするべく武器を持ち構えた。

 

ピーコックは、翼から虹色に輝く羽の弾幕を展開した。そして、サイヴァー達に向かって雨の様に降らせる。

 

「ぐっ…これじゃ、攻撃ができない…!」センスは、腕で顔を隠しながら言う。

 

「だったら俺が…」サイヴァーは、そう言って右手に持つ銃でピーコックに向かって弾丸を放つ。その攻撃はピーコックの左肩を掠った。そして、その一瞬、ピーコックの弾幕が止んだ。

 

「今だ…!」センスは槍を前に突き出しながら走り出す。その狙いはピーコック一直線だ。

 

「終わりだ…!」そう槍を突き刺した…とセンスは思った。しかし、槍の先端はピーコックの腹部ではなく、大量の『糸』だった。

 

「…センス、久しぶりだな…!」ピーコックの目の前には、サイヴァーもかつて出会ったバグビーストの姿があった。

 

「貴様は…スパイダー・バグビースト!」センスは後ろに飛び、スパイダーと距離を取る。

 

「…お前は変わってないみたいだな。」スパイダーは、自身が放った糸を回した。そして、曲刀の様な形に変えた。

 

「お前は、柿崎が倒した筈じゃ…!」

 

「悪いが、相討ち…いや、サイヴァーが死んだ時点で相討ちでもなんでもないか。」スパイダーは剣を構えた。

 

「御定君、スパイダーは僕に任せてくれ、君には危険すぎる。」センスは、サイヴァーを守る様に立った。

 

「…分かりました。」サイヴァーはそう言うとピーコックに向かって走り出した。

 

「行かせるか!」「こっちの台詞だ!」スパイダーはサイヴァーを追いかけようとするが、センスの槍が邪魔をした。

 

 

「…だったら、お前が楽しませてくれよな!」スパイダーはセンスに対して剣を勢いよく振り下ろす。

 

センスは華麗な身のこなしで回避すると、槍をスパイダーの脇腹に向かって突き出す。

 

その槍は、スパイダーの脇腹の鎧を掠った。寸前のところで避けられたのだ。

「遅い…!」「こんなものではない!」更にセンスは槍をスパイダーの胸部に向かって振る。

 

スパイダーは、槍の口金を握りセンスの動きを封じた。

「俺は槍が嫌いだ。無駄にリーチが長く、隙が生まれるからな!」そしてその槍を掴んだままセンスを蹴り飛ばした。

 

センスは、槍から手を離し地面に倒れた。奪い取られた槍は全然別な方向に投げ捨てられた。

 

 

 

 

 

その頃、サイヴァーはピーコックに向かって左拳のストレートパンチを放つ。

 

その攻撃にピーコックは、後ろにふらついた。

「これで終わりだ!」サイヴァーはピーコックの腹部に弾丸を連続して放った。その衝撃で、ピーコックは地面に倒れた。

 

「…さぁ、これで…!」サイヴァーはピーコックに向かって引き金を引こうとしたその時だった。ピーコックの身体は徐々に姿を変え始めた。そして、『人間』の姿に戻った。それも、先程の和野とそっくりだ。

 

「私を…殺せるのか?」声も、確かに彼と同じだ。

 

「なんで…一般人がバグビーストに!」「隙あり!」

 

ピーコックはそう言って翼を広げると弾幕を撒き散らしながら空へと飛んだ。

弾幕の雨がサイヴァーに向かって降り注ぐ。

 

「これじゃ…またさっきと同じだ…!」

 

サイヴァーは反撃しようと銃を構える。しかし…下手に攻撃すれば、中の人も…

 

「同じ手は食わない!」ピーコックは弾幕の照準をサイヴァーの右手に向け、持っていた銃を叩き落とした。

 

「ぐっ…ああ!」サイヴァーは弾幕の攻撃に耐えきれず、後方に下がった。

 

 

サイヴァーの後ろにはダメージを負って倒れているセンスの姿もある。

 

「…2対1…それも悪くない。」スパイダーはそう言って迫る。ピーコックもまた翼を閉じスパイダーの隣に降り立った。

 

「…ここは、撤退しよう。体勢を整える必要がある。」相手に聞こえない声で、センスは言った。

 

「…わかりました。」サイヴァーはその判断に賛成した。

 

センスは勢いよく立ち上がり、必殺技を発動させる。

 

[Blake finish!][Sense strike!]

 

すると、まるでカメラで撮影する時のようにフラッシュが焚かれた。

 

 

スパイダーとピーコックが次に目を開けた時には、サイヴァー達の姿は無かった。

 

「逃げたか…ピーコック、また活動に戻れ。」スパイダーはそう言って姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタルセイバーにて…

 

 

「ちょっ、2人とも大丈夫?」怪我を負って戻ってきた2人にメリアは驚いた。

 

「…とりあえず、手当を。」特に一犀の方は酷かった。身体中に擦り傷があり、スパイダーに蹴られた箇所はアザになっている。

メリアは急いで救急箱を持ってきた。

 

「こんな怪我、誰にやられたのさ?」「スパイダー・バグビーストだ…」一犀の言葉にメリアは驚き、一瞬手が止まった。

 

「スパイダーって…カキピーが倒したんじゃ?」

 

「どうやら、ダメだったようだ。」

 

 

「あの、スパイダーって、どんな敵なんですか…?」萊智はここで口を開いた。

 

「…そうだな、話しても良いだろう。」一犀はメリアの顔を見た。

 

「確かに、こんな状況だしねー。」

 

「…今から、一年も前の話だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 




再び現れたスパイダー、そして人に取り憑くバグビースト、それら相手にデジタルライダー達はどう立ち向かうのか?

次回、第6話 蜘蛛男と電脳戦士


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第6話 蜘蛛男と電脳戦士

 

一年前、デジタルセイバーは設立以来最大の危機に瀕していた。

 

バグビーストの急速な侵略に対して対応するのが精一杯となり、危険に瀕していた。そんな中で活躍していたのが、先代サイヴァー変身者である『柿崎智』。彼は常に前線に立ち人々を守ってきた。サイヴァーの猛攻でバグビーストは一気に数を減らし逆転にした。

それに対してバグビーストも負けてばかりでは無かった。

 

スパイダー・バグビースト。バグビーストの中でも特に力のある彼が現れて以降、我々も再び圧倒され始めた。

 

 

「このまま、負け続ける訳にはいかない。」柿崎は特にスパイダーに対して警戒していた。

 

「でも、どうやってアイツに勝つの?」紬葵の問いに、彼は『妙』な事を口にした。

 

「…スマートライザーの限界を引き出す。未だ不明なスマートライザーの全てを出し切る…それが勝つ方法だ。」

 

スマートライザー、未だに詳細が分からない存在。だからこそ、その『未知』を引き出し、互角に渡り合おうと彼は画策した。

 

「だが、その未知を引き出す事には、危険もあるんじゃないのかい?」当時の僕も、彼のその提案には疑問と不安があった。その未知が必ずしも『好転』するとは限らない。

 

「…それでも、誰かがやらなければ、誰も変わらない…『進化』できない。」

 

 

 

 

そうして、サイヴァーはスパイダーに戦いを挑んだ。(萊智)が、初めてサイヴァーと出会いスマートライザーを手にしたあの場所で…。

 

「サイヴァー…!」

 

「…名前、覚えてたんだな。」

 

「…我々の同胞達を陥れた邪神…ここで俺が倒す!」

 

「…そこのお前、早く逃げろ!」

 

「…蜘蛛野郎(スパイダー)…ここで倒す!」

 

「なっ…!」

 

 

 

 

 

「その後、柿崎さんはどうなったんですか?」

 

萊智は、知りたかった。あの時、自分を守ってくれたあの人が、どうなったのか…知らなければならない…サイヴァーとして。

 

「…僕達はあの場にいた訳ではないから分からない…。だが、僕達が知っている限りでは、その『未知』の力を引き出すことはできなかった。そして、スパイダーと相打ち…手前まで追い込み、スパイダーを長期離脱させる程の傷を負わせた。そして、『消えた』。」一犀の最後に強調した言葉が、萊智の頭に引っかかった。

 

「消えた…?」

 

「…実は、あの戦いの後柿崎の身体は『見つかっていない』…まるで元から無かったかのように…。」

 

「必死に探したんだけど、どこにもなくてね…。」メリアは俯き、一犀も暗い顔を見せた。

 

「…そう、だったんですか…。」萊智も、自分を守ってくれた戦士の最期を聞き、なんとも言えない気持ちに陥った。

 

「…どうしても、思ってしまうよ…柿崎さんはまだ生きてるんじゃないかって。」一犀だけではない…メリアも…そして…

 

「特に、太刀筆君は重症だ…。何故なら…」

 

「…イッチ、その辺にした方がいいと思う。確証がある訳じゃないし。」一犀をメリアは止めた。彼女のプライベートを守る為…と萊智は捉えた。

 

「…だが、それ以上に問題なのは人間に『取り憑いた』バグビーストだ。前例がない、初めての事態だ。」一犀は話題をピーコックに変えた。

 

「クジャクにそれらしい特徴もないし、多分バグビースト側の特性だと思う。」メリアは、一犀の手当を終え、手元のタブレットを開いた。

 

「…バグビーストが人間に擬態している可能性も…」萊智はそう意見した。

 

「ううん、それはない。奴が一旦人間に戻った時、ピーコックの反応だけ消えていた。」メリアはそう言って、バグビースト探知の経歴リストを見せた。

確かに、ピーコックの反応が一瞬だけとはいえ途切れている。

 

「それに、2人が会ったって男の人も普通にいるし。」次にメリアが映し出したのは、ピーコックに憑かれていた男風魚和野のブログだ。

 

更新頻度は大体数日に一回、どれも料理解説ばかりだ。

 

「少し前まで、料理下手な人でも簡単に作れて楽しい料理を紹介してたんだけど、ここ数週間、内容が少しずつ高度になってる…それに、見た目に関しての記述も多くなっている。」過去のブログには「美味しいシャケ料理の作り方」や「パーティにおすすめ、餃子の作り方」という庶民派なものが多いが、ここ数回は「色鮮やかで美しい料理紹介」や「綺麗なサラダの作り方」など「綺麗」「美しい」など見た目を気にする記述が増えている。

 

「…なるほど…という事は、中にいるのは本物の人間…」一犀は資料を見た結果からそう要約した。

 

「そう…分析の結果、バグビーストは人間の身体を鎧のように覆って乗り移ってる。だからバグビーストの状態で攻撃しても中の人に危害はない…だけど途中で人間の姿に戻ったり、バグビーストが離れたらただの人間になる…だから、気を付けて攻撃しないと、中の人が…」メリアは、あえて続く言葉を止めた。

 

「…となると、どのタイミングで戻るかというのも見極めないと…ですね。」萊智はそう言った。

 

 

 

 

 

 

デジタルセイバーで対策会議が行われている頃、紬葵は街中でピーコックの中の人である風魚和野を捜索しに飲食店街に来ていた。しかし、周りには学校帰りに店に寄っている高校生ばかりで、和野どころか歩いている大人を見つけるのすら難しかった。

 

「しらみ潰しに探してもダメか…。」

 

紬葵が街中を探し始めてもう数時間、流石に戦士とはいえ、彼女の脚に疲れが溜まり始めた。

 

「…一旦…どこかで…。…!」

オアシスを探そうとした彼女の目の前には、今探している者ではなく、かつて探していたが見つからずに放っておいた者だった。

 

彼女の視界には、沢山の人が写っていたが、その瞳は『その人』だけを写していた。

 

「…智…!」

 

そう、その姿は紛れもなく『柿崎智』だった。

 

「追いかけなくちゃ…!」紬葵は『今の探し物』を忘れそれを追いかけた。

 

しかし、智は霧のような人混みに消えていく。その消えていく人陰を掴もうと紬葵は走った。

 

「嫌だ…待って!」そう心が叫んだ。もう一度、その顔を近くで見たい…!

 

 

 

彼女は、智が立っていた場所に追いついた…しかし、彼の姿は幻だったかのように消えて無くなっていた。

 

「…そうだよね、幻覚…よね。」諦めて元の道に戻ろうとしたその時、大勢の人の悲鳴が聞こえた。その方向を向くとピーコックとスパイダーの姿があった。

 

「今度も頼む…」「分かってるって」ピーコックはそうスパイダーに言うと、翼を広げ羽の弾幕を放った。それらが逃げ惑う人々を次々切り裂いていく。

 

「…ピーコックとスパイダーを発見、対処する。」スマートライザーでデジタルセイバーに連絡した。

 

「変身…!」

 

 

 

 

 

 

 

「りょーかい、私達もいく。」メリアはそう言ってスマートライザーを手にした。

 

「僕も…っ!」一犀は立ち上がろうとしたが、すぐに倒れてしまった。「大丈夫ですか!」萊智が身体を支え椅子に座り直させた。

 

「イッチ…ここは私達に任せて。」

 

「しかし…君は外の事…」「心配しないで、というか、引き篭もりはそこまで酷くないし。」メリアは止めようとしてきた一犀を宥めた。

 

「じゃあ行くよ、変身。」ピジョンに変身した彼女は、出現地点に一番近い扉を開けた。

 

「ほら、ライ君も行くよ。」「は、はい!」ピジョンに続いて萊智もその扉の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」ペンシルに変身した紬葵は剣をピーコックに対して振り下ろす。

 

ピーコックはその攻撃に勢いよく倒れた。

 

「私がトドメを…!」その時、剣を構えたスパイダーが前に立ちはだかった。そして、ペンシルに対して剣を振り下ろす。

 

咄嗟に反応した彼女は剣でその攻撃を受け止めた。

 

「アンタ…ペンシルか。」「スパイダー…お前は私が倒す!」ペンシルは左腕をトランスファモードに変え左手の剣でスパイダーの身体を切り、距離を取った。

 

「二刀流…一年前には見せなかった芸当だな…なら俺も遠慮はしない。」スパイダーはそう言って剣を左手に持ち変え、右手には鉤爪を出現させた。

 

そして、ペンシルに向かって鉤爪を振り下ろす。

 

 

 

その頃、敵がいなくなったピーコックは再び人々に向かって弾幕を放った。しかし、それらは全て空中で何かに激突して爆発した。

 

「なんだ…?」

 

「ツムツム、お待たせ。」翼を広げたピジョンは、ピーコックの前に降り立った。

 

「…遅い…!」ペンシルはスパイダーからの攻撃に集中していた。

 

「なんだお前は…!」ピーコックは顔を上げた。

 

「うーん、正義のヒーロー?なのかな。」ピジョンはそう言って弓を引いた。

 

その後ろから、サイヴァーに変身している萊智もやって来た。彼は初見で視界に入ってきた倒れている人々を見て絶句し、頭の中が真っ白になった。

 

「どうすれば…」そう考えようとしても、どうしてもこの光景に集中が向かってしまう…その時、頭の中に声が聞こえた。

 

「キュアーモードを使え!」声の主は、一犀だ…通信でそう呼びかけた。

 

「分かりました!」サイヴァーは直ぐ様行動に移った。左腕に、キュアーを装備した。左肩にはアイコンをイメージした白い立方体にハートが描かれている。そして腕には蛇が巻き付いている。

 

「うわっ!腕に蛇が…やるしかない!」腕の蛇が気になりながらも、左手を怪我を負った人々に向かって開いた。すると、腕の蛇が伸びて次々と患部に巻き付いていく。

左半身だけメデューサになったかの様だったが、人々の身体をものの数秒で全快とまでは行かないが、走って逃げれる程度にまで回復させた。

 

「早く!逃げて!」サイヴァーの呼びかけに人々は次々と逃げていった。

「逃すか!」ピーコックは再び弾幕を放つ。しかし、それらは全てサイヴァーの左腕の蛇が空を舞い防いだ。

 

「今度こそ倒して、その人から出てってもらう!」サイヴァーは銃を構えて走り出した。

 

ピーコックは弾幕を放つ。それらをサイヴァーは全て撃ち落とす。そして、ピーコックに向かって膝蹴りを喰らわせる。勢いよく吹っ飛んだピーコックは、ノイズを召喚して自分を守らせる様に動かした。

 

「もー、メンドクサイ!」ピジョンは弓を収納して、新たにアプリを起動させた。

右肩には、車両侵入禁止の様な赤い標識が現れた。そして、二の腕から腕が徐々に肥大化して、巨大な拳となった。ウイルスバスターアプリの力を持つバスターモードだ。その拳を、ピジョンは勢いよく地面に叩きつけた。その衝撃波でノイズは一瞬にして消滅、更にピーコックも地面から打ち上げられた。

 

ピジョンはバスターモードを解除して空へ飛んだ。ピーコックは、ピジョンが隣に並ぶと、自身の変身を解き、人間態になった。

 

「お前、倒すよ!」「何言ってる、人間に戻ったらやれないだろ!」その言葉を聞いたピジョンは大笑いした。確かに、コイツは大馬鹿だ。

 

「人間って、空飛べないんだよねー。」「へぇーそうなんだ…っておわぁ!!!!」翼を失ったピーコックは当然の如く墜落を始めた。それに気づき、ピーコックは再び怪人態に戻るが、その頃には、上空からピジョンの紅のキックが迫っていた。[Blake finish!][Pigeon strike!]

 

紅のキックは、ピーコックの身体を貫通、ピーコックと和野を分離させた。そしてピーコックは爆散した。墜落を続ける和野は、サイヴァーによって受け止められた。

 

 

 

 

その頃、スパイダーはペンシルを追い詰めていた。しかし、ピーコックが倒されたのを見た瞬間、「今日は終わりか…」と呟いて消えていった。

 

 

「…まさか…ね。」ペンシルはスパイダーから何かを感じたが、後で考えようと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリット…ダメだったわね…」

 

負けた事を悔しがっているグリットに対して、ヒネノは馬鹿にする様に言った。

 

「…作戦作戦と言って、未だ実行に移れない貴様に言われたくはない…!」グリットはそう言って彼女を押し倒した。

 

「いったーい。乙女を突き倒す?普通。」ヒネノはわざとらしく声を上げた。

 

「…気持ち悪い。」グリットはそう一蹴した。

 

 

 

 

 

「…悪いが、俺は独断でやらせてもらう…。」

 

 

 

 

 




紬葵の前に現れた柿崎智…それは幻か、それとも…。そんな事を考える中、一つの答えに辿り着く。一方、萊智の前に立ちはだかるのは…

次回、第7話 友の記憶


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第7話 友の記憶

 

「スパイダー…ここで倒す…!」

 

声が聞こえる…自分ではない…

 

 

「…それはこちらの台詞だ…!」

 

 

相手が答える…スパイダーだ。目の前に見える。

 

 

自分の視点から察するに武器は剣だ…それも初めてみる…青く光る剣だ…

 

 

俺の視点の人物と、スパイダーは走り出し、すれ違い様に切り裂く…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夢…?」

 

俺が瞬きしたその刹那、俺の前からスパイダーは消え、自室のクリーム色の天井があった。

 

随分とおかしな夢だ…色々混ざり合ったんだろう…

 

 

外を見ると、雨が降っていた。面倒だ…外に出掛ける時は傘を持って行かなければならないからだ。

 

 

 

 

「今日は講義がないから多少は楽だな…」これが半年前であれば、朝から晩まで休みの日は勉強机の前で勉強だ。それが今は一人暮らしで、誰の支えもなく家事をこなさなければならない。親の偉大さが分かる。

 

本当ならバイトに入る予定だったが、まさかのデジタルセイバーからのスカウトでお金の心配はないとはいえ、無駄遣いは出来ない。

 

朝食、洗濯、掃除全てを終えた萊智は、まだ僅かに物が足りないリビングのソファーに腰掛けた。そしてテレビを付けようとした…しかし、テレビの前に飾ってある写真立てに眼が行ってしまった。

 

そこには3人の人物が写っている。彼と、その友人である飯山将平、花道麗香だ。

 

萊智はその写真を見つめながら、高校時代を少し回想した。

 

3人で馬鹿みたいに遊び回った。畑しかない道で自転車を爆走させてレースしたり、駄菓子屋でくじが当たるまで食べようとして3人の貯金が底を尽きたり…あの頃は楽しかった。そして、最後…

 

「…なんで死んじまったんだよ…将平、麗香。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、太刀筆紬葵は自室で同じように写真立てに飾ってある写真を見つめていた。

 

自分と、その隣にいる柿崎智…どちらもいい笑顔だった。撮ったのは一昨年のクリスマス。

 

しかし、それを見つめている今の彼女は険しい表情だった。

 

それもそうだ…死んだと思っていた彼が、自分の目の前に姿を見せたからだ。会話はできなかったし、遠くからだったので幻かもしれない。だけど、だけども…生きている可能性に賭けたい。実際、彼の遺体はまだ見つかっていない…それならば…

 

そういえば、彼を見つけた後…ピーコックとスパイダーが現れた。ふと、おかしな事に気がついた。今までのバグビーストとの戦いは殆どが電脳世界で行われており、仮に起きたとしても短時間だった。しかし、今回のピーコックは、かなりの時間現実世界で戦った。そしてそれはスパイダーも同じ。

 

そのスパイダーは一年ほど前サイヴァーと戦った時は交戦を始めてからすぐに電脳世界に入った。

 

「もしかして…。そんな…だとしたら、スパイダーは…」当たってほしいような、当たってほしくないようなその直感に、彼女は賭けてみようと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「…そういえば、今日の昼飯買いに行かないとな…」ふと、萊智はそう思い立った。

 

上着を着て、傘を取り出し、財布とスマートライザーを持った彼は、外出した。

 

マンションの一階まで降りて、近くのコンビニに歩いて向かった。ここから近くのコンビニまで徒歩3分。目と鼻の先とまではいかないがかなり近いそのコンビニに向かった。基本田舎から都会に出たら、田舎で見てきた店は殆どない中、コンビニだけは全国共通でどこにでもある為、少し安心感のようなものを感じる。

 

そして、そのコンビニに差し掛かったその時だった。

 

「よお、今のサイヴァー。」彼を呼ぶ声が後ろから聞こえた。そして、自分の事をサイヴァーと呼ぶ…それはつまりバグビーストしか有り得ない。

「…なんでこんな面倒な日に面倒なタイミングで来るのかな…」萊智は後ろを振り返った。そこには、スパイダーの姿があった。その怪物の姿を見た周りの人々は一斉に逃げ出す中、萊智だけは奴を見つめた。

 

「…見逃してくれるわけ…ないんだよね。」スマートライザーを構え、変身準備をした。正直、今の戦闘力で勝てる相手ではないことは分かっている。だけど、自分を守らなければ…それに、変身すれば誰かが気付く。

 

「…当然だ。なんなら、わざわざ来てやったんだ。茶菓子の一つくらい用意してくれればいいのにな。」スパイダーは鉤爪を装備した。

 

「…逆に、紅茶でも菓子でも用意していれば帰ってくれるのか?変身!」[Rider Cyver!]

 

 

サイヴァーは、スパイダーに対してオレンジ色の眼光を見せつけた。

「…今のサイヴァーがどれだけ強いか、試させてもらう。」

 

 

スパイダーは、鉤爪をサイヴァーの装甲に向かって振り下ろした。それを身体をそらして回避すると銃を取り出し、一瞬隙が生まれたスパイダーに向かって連射する。玉は激突し火花を散らすが、致命傷にはなっていない。

再び、鉤爪による斬撃が迫る。今度は回避する余裕はない…左腕でその攻撃を受け止めようとする…が、抑えることは出来ず、アーマーが攻撃された事による衝撃で火花を散らした。

 

左腕には、鉤爪で削られた痕が残っている。少々痛みも感じる…。

 

「俺に防戦一方で勝てはしない…俺に致命傷も与えられない様じゃ、サイヴァーじゃない…。」

 

「…サイヴァーじゃ…ない。」覚悟を決め、サイヴァーとなった彼にその言葉はグサリと心に刺さった。自分の今までの頑張りを否定された様な…そんな感じがした。

 

「オラァ!!!!」考え事をしたその一瞬、サイヴァーに向かって猛烈なスパイダーの斬撃が振り下ろされた。その攻撃を防御すらせずに受けてしまったサイヴァーは胸から腹部まで切り裂かれ、身体中から火花が散っていく。

 

「ぐはっ!!」その勢いで、サイヴァーは地面に倒れ、過重負荷で変身も解けてしまった。

 

「…つまらなかったよ…最悪だ。」スパイダーは武器を剣に変え萊智の身体を斬り裂こうと迫る。

 

「…じゃあな。」

 

スパイダーは剣を萊智に向かって振り下ろした…が、剣先には攻撃を剣で受け止めているペンシルの姿があった。

 

「なんだと…?」「一旦引くわよ!」左腕をトランスファーモードにしたペンシルは新幹線型のエネルギーを召喚、スパイダーを倒れている萊智に近づけまいと敢えて目の前を走らせた。幻とはいえ最高速度の新幹線が迫る事に驚き、反射で回避したスパイダー。次に顔を上げたときには、萊智とペンシルの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

逃げた2人は、噴水のある大きな公園のベンチに腰掛けた。

 

「ありがとうございます…。」萊智は下を向いて答えた。異変に気づいた紬葵は、すぐさま「大丈夫か?」と聞いた。

 

「大丈夫…じゃないです。」萊智の左腕には、スパイダーによって切られた痕があり、そこから出血していた。

 

「ちょっと待ってて。」紬葵はそう言うとポケットから黄色い花が描かれたハンカチを取り出し、彼の傷口に巻きつけ、出血箇所を抑えた。

 

「とりあえず、これでいいかな。」紬葵も一安心しベンチに座った。

 

「…ありがとう…ございます。」萊智は、さっきと同じような暗い返事を返した。

 

「…スパイダーに、何か言われたの?」紬葵は明らかに考え込んでいる彼を気にして問いかけた。

 

彼女の聞いた通り…彼の心にはスパイダーの言葉が突き刺さったままだった。

 

「…弱い俺は…サイヴァーじゃないって…。」

 

彼は…弱い。戦いの経験は少なくて当然、戦う為の訓練を受けてきた訳ではないのだから弱くて当然だろう…だが、今まで「勝ち」しか経験したことがない彼は「強い」と勘違いしていた。だからこそ、弱いと言われた自分に…負けた自分にショックを受けているのだろう…そう紬葵は感じた。

 

「…誰だって、最初から強い訳じゃない。強い相手にいきなり勝てる訳無いのよ。」

 

そうまず声を掛けたが、無反応だった。

 

「…それは、私だって同じよ。私が初めて戦った時もそうだった。」

 

 

紬葵は、自分の初めての戦いを回想した。

 

初めて変身したその時、目の前にはスタッグ・バグビーストがいた。

 

剣を取り出した彼女は、無為無策で奴に突撃した。しかし、一瞬にして剣は弾かれ、身体は地面に倒れていた。

 

 

「その時は、智が助けてくれてどうにかなったんだけど…その後酷く怒られてね。…その時、こう言われたんだ。『負けた事実を否定せず努力すれば、次の勝ちに必ず繋がる』…ってね。」

 

萊智はその言葉を聞いて、顔を上げた。

 

「努力…」「うん、だからそれ以降、剣の腕を練習して今では二刀流まで行けちゃうくらいには。」紬葵は自慢げに答えた。

 

「…俺は…」萊智は頭の中で考えた…この後…どうすれば良いか…どうやったらスパイダーに勝てるのか…

 

ふと、頭の中に、今日見た夢が浮かんできた。スパイダーを倒すべく使ったあの剣…あれを引き出す事ができれば…勝てるかもしれない。

だけど、剣なんて持ったことすらない…使い方なんて分からない…。

 

答えは一つだ。それしか道はない。

 

「太刀筆さん…俺に、剣を教えてください!」萊智は立ち上がり頭を下げた。

 

突然の申し出に、彼女は驚いた。しかし、本気でお願いする彼のその姿に、いいえを出すつもりはなかった。

 

「…もちろん。その代わり、やるからには厳しめにいくわよ。」彼女はいい笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、電脳世界のとある場所では、スパイダーは『呼び出されていた』。

 

「何故…サイヴァーに接触した。」深紅の髪の毛の女性は聞いた。

 

「…どうしようが俺の勝手だ。それに、アンタはその件に言及していない。」スパイダーはそう言い放った。

 

「貴様、逆らう気か?」グリットが聞いた。

 

「…そう思うならそうだろう。」スパイダーの返しに、グリットは怒りを露わにした。

 

「…俺とお前達はあくまで傭兵と雇い主の関係だ。契約を破棄したいならすれば良いさ。」スパイダーは、2人を挑発した。

 

しばらく熟考した後、深紅の彼女は口を開いた。

 

「破棄しよう…指示に従えないのなら。」グリットはいいのですか?と聞いたが、それに応えるよりも先にスパイダーが口を開いた。

 

「これで俺は自由だ。」そう言ってその場から姿を消した。

 

 

 

スパイダーが出て行ってからしばらくした後、グリットは再び聞いた。

 

「いいのですか?奴を手放してしまって…奴は私達に一番近い存在…」

 

「確かにそうだが、手に負えない以上、退治してもらった方が楽だ。」

 

深紅の彼女はそう言い切った。

 

「…分かりました。」グリットは、納得いかなかったが、逆らえない以上無理矢理にでも納得するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




剣の特訓を開始した萊智、一方スパイダーは再び現実世界に現れ暴走を始める…

次回、第8話 ヒーロー〜剣の紋章〜


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第8話 ヒーロー〜剣の紋章〜

 

 

「さて…どう暴れてやろうか…。」雨が降り続ける街を見下ろしている蜘蛛…彼の瞳の奥には、荒廃する現実世界(この世)を見据えていた。

 

「サイヴァーも居ないこの世界は俺のテリトリーだ。」奴は腕から糸を伸ばして高層ビルの隙間を縫う様に張り巡らせ始めた…自身の巣にする為。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタルセイバーの訓練施設…

 

俺は今、木刀を片手に立っていた。視線の先には、同じ様に木刀を構えているペンシルの姿がある。

 

〜太刀筆さん…俺に、剣を教えてください!〜

 

俺の言葉が発端となって始まった稽古。既に幾度となく攻撃を喰らい続けた。

 

俺が剣を突き出しても、彼女の姿は想像よりも右に、左に、後ろにズレており、反撃を喰らう。彼女が攻撃を仕掛けてきた際は、回避はできるが、その回避に集中し過ぎて次の攻撃を喰らってしまう…それらの繰り返しだ。

 

「…次、お願いします。」俺は剣を前に構えた。そして、攻撃の態勢に入る。しかし、彼女は逆に剣を下ろし変身を解いた。

 

「少し休もう。」

 

なんで…時間は無いはずなのに…。

 

「いや、やらせてください。」

 

「少し落ち着きなさい。焦ってもいいことは無いわよ。」俺はその言葉に仕方なく従い変身を解いた。

 

「…1日で全て出来る様になる人なんていない。ぶっ通しでやったって疲れるだけよ。」紬葵さんはそう言って俺にドリンクを投げ渡した。

 

 

 

俺は、その場に座り込んでドリンクを一気に半分くらい飲み干した。

正直、集中し過ぎて凄い疲れた。授業ですらもう少し気を抜いているのに…。

 

「左腕は大丈夫?」気がつくと紬葵さんが隣に座って俺の左腕の様子を気にしていた。

「…戦闘に支障がない程度には大丈夫です。」

 

「…そう。それにしても、君と行動しているとどうしても智…前のサイヴァーを思い出してしまう。」紬葵は天井を仰いだ。

 

「…柿崎さんって、どういう人か、もっと詳しく知りたいです。」

 

俺は、柿崎智という人間について、知らなくてはならない…それが、スパイダーを倒す鍵になるかもしれない…一番スパイダー撃破に近づいた人なのだから…。

 

きっと、昨日見た夢は、柿崎さんが俺に見せたヒントだろう。あの剣を使いこなす事…きっとそれが…。

 

「…分かった。って言っても、どこから話せばいいんだろうな…?」紬葵さんはしばらく考えた後、少しずつ思い出す様に回想を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

紬葵と智の出会いは、今から15年前に遡る。

 

当時10歳の彼女は、父親と母親と3人で暮らしていた。学校でも絵が上手い事からみんなに好かれ、常にクラスの輪の中にいた。恵まれた環境で育ってきた彼女だったが、その幸せは、たった一つの事件で全て崩れてしまった。

 

父親が、出張先の某国で起きたクーデターに巻き込まれて亡くなってしまったのだ。当然彼女は悲しみに暮れたが、母親は更に重症だった。重度の精神疾患を起こし、遂には自殺未遂まで起こしてしまう。

このままでは、彼女を育てることはできないと苦渋の決断を下した親戚は、紬葵を児童養護施設へと預ける事にした。

 

そこで彼女が出会ったのは、当時14歳の柿崎智だった。彼もまた養護施設で暮らす子どもの1人だった。

 

入ったばかりは周りに馴染めず、ひたすら花壇の花を描いていた彼女に、彼は声をかけた。

「絵、上手いね。」その時の優しい笑みが、彼女の心を強く刺激した。寂しい心に、明かりが灯ったかの様な感覚になった。

 

その後、彼が施設を出るまでの4年間、2人は親睦を深め、いつしかかけがえのない存在となっていた。

 

そして、遂に高校を卒業した智は独り立ちし、生活を始めた。そんな彼に、紬葵は約束した。「絶対、また会いに行く。」彼女はその約束を果たすべく猛勉強し、彼を追うべく上京した。

 

 

そして、それが果たされる事となるのは今から2年前、23歳になった年の事だった。

 

バグビーストに襲われそうになった彼女は、絶対絶命だった。そんな彼女を助けたのが、サイヴァーに変身した智だった。

 

「久しぶり…だね。」再会した彼の顔は、あの頃から変わっていない優しい笑みをしていた。

 

その彼の誘いを受け、紬葵はデジタルセイバーに入り、そしてペンシルとして戦い始めた。

 

 

 

 

 

 

「…意外と、話してみると、なんか私の事ばっかりになっちゃったね。」回想が終わり、紬葵は俺の顔を伺う様に見た。俺は、ありのままの考えを口にした。

 

「…柿崎さんは、優しい人だったんですね。」

 

「そうだね…。」紬葵さんは、そう言ってしばらく空を眺めた。そして、再び俺の方を向いた。

 

「君は、思い出したい人とかいるの?」話したのだから、逆に話を聞きたいと思うのは当然だろうし、なんとなく予想はできていた。

 

正直…話したくないといえばそうだが……

 

「…俺の高校時代には、2人の親友が居たんです。」話さなければ、前には進めない…意を決した俺は、俺の回想へと入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、右も左も分からない高校一年生の頃、初めてできた友達が飯山将平だった。席は近くなかったが、通学に使う電車が同じだったが為に必然的に話すようになった。

彼はかなり変わった奴だった。いわゆる「ヒーロー」という存在が好きだった。特撮ヒーローとか、アニメのそういうキャラが好きとかではなく、純粋に人助けができる人…憧れていたと言ってもいい。

「俺なんて、自分の事で精一杯だから…」なんて言ってたが、そんな奴が、電車がたまたま同じだった奴を気にかけて話しかけてくるかって。

 

そしてもう1人…花道麗香。彼女は、俺にとって初恋の人だった。容姿端麗で成績は中の上。

俺は、彼女と親しくなりたい…そう言う話を将平にしたら、「俺が仲立ちをしてやる」と言って、その翌日には俺のところに彼女を連れてきた。

こうして俺は晴れて彼女と恋仲に…とはならなかった。なんと彼女は、俺ではなく将平の方が好きだった。それを相談された時は、ショックを受けて気絶しそうになった。本来なら、奪い合うものかも知れないが、俺は、彼女が幸せになって欲しいと願い、将平に彼女を譲った。多少の後悔もあったが、相手が親友なら諦められるって。

 

そんな訳で俺は、2人の親友に囲まれて、幸せだった。もちろん、2人にとっては2人で恋人同士の関係になっている時の方が幸せだったかも知れない、だけど俺にとってはその時が一番楽しかった。

 

 

そして、俺達は無事に卒業して、それぞれの進路に向かって頑張ろうと、そう意気込んだ直後、その夢が引き裂かれる事となった。

 

 

 

 

翌日、2人は車に撥ねられた…即死だった。交差点で、気を失っていた運転手が運転している乗用車に…。

 

俺は泣いた…一生分の涙を流したと言ってもいいくらいに…。自分がどれだけ夢に進んだって、2人にはその進む道すらもうないと思うと…。

 

 

 

 

 

 

 

「…これが、俺の思い出したい、と言うよりももう一度会いたい人達…です。」

 

暗い話をしてしまったが為に、周りの空気がとても重く感じた。

「…2人は、今でも幸せだと良いわね。」

 

「そうですね…」俺は生返事を返した。

 

 

ここ最近、友人関係を「面倒くさく」と感じていたのは、「失った時の悲しみ」を感じたくない…からかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、いつの間にか雨が止んだ現実世界、東京のオフィス街では、人々が空に向かってスマホを向けていた。彼らの目線の先には、ビルの合間に蜘蛛の巣を広げるスパイダー・バグビーストの姿があった。偶々通りすがった人々は何かの撮影だと勘違いして、見つめている。

 

「…餌が、想像以上に集まっているな。」

 

ビルの3階あたりに張った蜘蛛の巣からスパイダーは見つめていた。

 

「…ん、あれは…センスとピジョンか。」

 

そこへ、スパイダーの出現を探知したセンスとピジョンがやって来た。

 

「皆さん危険ですから下がってください!」センスは下で市民達を陽動しようとするが、上に夢中で動こうとしない…。

 

「…潮時か…!」スパイダーは両腕を伸ばし次々と糸を放った。

 

それらは次々と市民達に巻きつき、そして上の蜘蛛の巣へと引き込む。その一瞬の作業に人々はようやく危機を感じたり、悲鳴を上げ、逃げていく。しかし、スパイダーは手を休めることはない。

 

最終的に十数人が宙吊りとなりそれらをスパイダーはご馳走を見る目で見ていた。

 

しかし、そこに一筋の光が邪魔をする。下を見下ろすとピジョンが弓を構えていた。

「腹ごなしに運動…か。」

 

スパイダーは、巣から飛び降りセンス達の前に着地した。

 

「捕らえた人達を解放しろ。」センスは槍を突きつけた。

 

「…そう言って素直に解放する悪役がいる訳ないだろ。」スパイダーは鉤爪を召喚し、槍を振り払った。

 

「ならば、実力行使するまで…!」センスは一瞬ピジョンに目配せした。僕が引きつけるから今のうちに救い出せ。という意味の…

 

センスはスパイダーに向かって攻撃を仕掛ける。槍を振り下ろし、スパイダーの胸部を貫こうとする。しかし、スパイダーはこれを剣で遮り、右腕から糸を放った。その糸はセンスの左横スレスレの所を通って、今飛び立とうとしているピジョンに巻き付いた。

 

「ちょ、なにこれ!」ピジョンは解こうと動くが、破ることができない。

 

「残念だが、そんなズルい手はさせないぜ…!」スパイダーは作戦がバレたことに動揺するセンスを切り裂いた。そして地面に倒れたセンスを剣を捨てた左腕で持ち上げ、右腕の鉤爪で二、三回切り裂く。

 

「ぐっあっ!!」最後の一撃を受けたセンスはピジョンの隣に倒れ込んでしまった。

 

「…やっぱり、あのサイヴァーが一番手応えのある敵だったな。」スパイダーは2人に敢えて聞こえるように言って、巣に戻ろうとした。

 

「待て!」

 

 

 

「ほう…お前か。」

 

スパイダーが声の方向に目を向けると、スマートライザーを手にした萊智と紬葵の姿があった。

 

「…今度こそ、お前を倒す!」

 

「戯言を…」スパイダーは剣を再び構えた。

 

「「変身!!」」萊智と紬葵は同時に変身シークエンスを始める。

 

[Rider Cyver!][Rider Pencil!]

 

サイヴァーとペンシル、2人のライダーはそれぞれ武器を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツとの出来事を話していく中で、俺はある事を思い出した…アイツが…将平が俺への想いを語った時の…

 

「俺は、お前みたいに優しい奴になりたい。」

 

あの時は、「俺はそんな事ない」と返した。

 

将平にとって、俺はヒーローだったのかも知れない…今なら、なんとなく分かる。

 

そして、お前の言っていた「ヒーロー」というものに俺はなりたい…。柿崎さんみたいに、強くて、優しくて、そして覚悟のある…。

 

 

 

 

スパイダーは、迫るペンシルに向かって剣を振り下ろして攻撃を受け止める。

その隙を俺は遠くから銃で狙い撃つ。スパイダーは、身体に勢いをつけてペンシルを盾にした。その攻撃を食らった彼女は地面に膝をついた。

 

「太刀筆さん!」「私は大丈夫!」その声を走りながら聞く。俺はスパイダーに右拳を向ける。

 

「…貴様如きの攻撃、痛くも痒くもない。」スパイダーは、防御もせずに受け止めた。

 

しかし、それが仇となった。俺の拳は前とは違う…将平と柿崎さんの想いが宿ったその拳は、スパイダーをノックバックさせた。

 

その状況に、スパイダーは動揺と混乱を初めて見せた。

 

「…俺は、サイヴァーとして戦う。将平の夢と、柿崎さんの想いと共に…ヒーローになる!」

 

その時、俺の目の前に、俺と全く同じ姿の戦士…サイヴァーが現れた。柿崎さん…なのだろうか。そのサイヴァーは夢で見たあの青い剣を持っていた。

 

「智!」「柿崎さん!」「カキピー!」「サイヴァー…?」他の3人も、そしてスパイダーもその存在は見えていた。

 

そのサイヴァーは俺に向かってゆっくりと歩いてきた。そして、俺の目の前で止まり、コクリと頷いた。そして、青い剣を俺に差し出した。

 

「…後悔は、させません。貴方を、超えて見せます。」俺はその幻影に向かって誓った。そして、剣を受け取った。俺は剣に目線を向ける。あの夢では分からなかった青い剣の全体像を今はっきりと見つめている。そして、その剣の全てが俺の脳に、感覚器官に、細胞一つ一つに流れ込む。

 

 

 

 

俺が再び顔を上げると、幻影は姿を消していた。

 

そして、それと同時に俺の体にも変化が起き始めた。俺の身体の一部が青色に変化していく。胸部はシアンのアーマーをベースに銀、赤、青、緑の星のような水晶玉がサイヴァーのシンボルを囲うように並ぶ。頭部の画面のカラーが青に変わり、アンテナは金色とシアンの2色となり、更に垂直方向にもシアンのアンテナが2本短く伸びる。

 

[Synchro UP!][Gaming Cyver!]

 

ゲームアプリをモチーフにした形態、サイヴァーゲーミングフォームは今ここに降臨した。

 

「…その剣…あの男とようやく同じ土俵に立ったか…!」興奮を抑えられないスパイダーは剣を握りしめサイヴァーに向かって剣を振り下ろす。サイヴァーは、剣を前に出しスパイダーの攻撃する隙を突いたカウンター攻撃を仕掛ける。その攻撃にスパイダーは膝を突き、切られた箇所を手で押さえる。

 

「…これで終わらせる!」[Blake finish!][Cyver critical!]

 

サイヴァーは青い剣を風のように振り回す。その斬撃がスパイダーの身体を切り裂き、そしてスパイダーを遂に地面に倒れさせた。

 

 

「…まだか…!」しかし、スパイダーの身体は爆散しない…『進化』だ。

 

スパイダーの身体はゆっくりと起き上がると、四肢が変化して巨大蜘蛛へとその身を変える。

「こうなったら…アイツらを殺してやる!!」そう言ってスパイダーは巣に向かって剣を次々と放つ。それらが糸を切り裂き、宙吊りになっていた市民達を一斉に地面に墜落させようと目論む。

 

「太刀筆さん!メリアさん!」

 

「分かってるわよ!」しかし、そこまでサイヴァーは読んでいた。新幹線型のエネルギー体を出現させたペンシルと空を飛んでペンシルが受け止めれなかった残りの数人をピジョンが助け出した。

 

「貴峰さん、俺が時間を稼ぐので、その間に急所を探してください!」剣を構えたサイヴァーがセンスに言った。センスはサーチモードを起動させ既に探索を始める。

 

「貴様…強くなったな!」スパイダーは巨大な脚をサイヴァーに振り下ろす。

 

「アンタのお陰で覚悟ができたさ…俺はサイヴァーとしてこれからも戦う!」その時、胸部の水晶玉が光り輝く。そして、サイヴァーの背後に、胸部と同じように4色の水晶玉がそれぞれ現れた。

 

「…なるほど、そういう事か!」サイヴァーはそのうちの赤の水晶玉を手にした。その水晶玉は光り輝くと、サイヴァーに『新たな武器』を渡した。翠色の鍔に銀色の刃が伸びた大剣だ。

 

「見えた、脳天だ!」センスはそう叫んだ。サイヴァーは、その声を聞き、剣を構えてジャンプした。

 

「はあっ!!」[Blake finish!][Cyver critical!]

 

翠色のオーラを纏った大剣を、サイヴァーは脳天向かって振り下ろした。

 

 

 

「…最期に、最高の戦いができた。負けたのは…惜しい、が……!!!!」

 

 

スパイダーは、その言葉を遺して爆散した。

 

 

その様子を、ペンシルは特に凝視していた。もし…自分の考えが正しければ…スパイダーの中に『柿崎智』が…

 

 

 

 

 

 

しかし、爆炎の中から姿を見せたのは、見知らぬ男だった。サイヴァーにとっては、強く記憶に残っていたが。

 

「あの人は…初めてスパイダーに会った時の…」

 

ペンシルの予想は、外れてしまった。中から現れたのは、萊智がサイヴァーに出会ったあの事件で、スパイダーが出現に使ったスマホの所有者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スパイダー…貴方の死は無駄にはしない、とでも言っておきましょうか。」ヒネノは、その様子を全て見ていた。

 

「ようやく、作戦を実行できる…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日…大学にて

 

 

「御定、今日も遊ぼう…って言っても、どうせ断るんだよな。」その日も紺野と黒崎は懲りずに萊智に対して遊びの誘いをした。半分諦め気味ではあるが。

 

「…そうだな。行ってやるよ。」

 

「だよなー行くってええ!!!!」黒崎は廊下中に響く声で驚いた。

 

「マジで?」紺野が聞いた。

 

「…いいから、行くんだろ?」萊智はそう言って2人の背中を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に動き出すヒネノ…そして、デジタルセイバーにとある人物が訪ねてくる…!

次回 第9話 新章・ライブ・スタート


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第2章
第9話 新章・ライブ・スタート


 

 

 

 

 

御定萊智が仮面ライダーになってから、3ヶ月が経過し、初めての夏が訪れた。

今年は、例年より平均気温が高く、専門家は『地球温暖化が進行している』と今朝のニュースで伝えていた。

夏休みに入ったばかりの彼は今日もデジタルセイバーの拠点に入り浸っていた。机の上には大量の参考書やレポートが並んでおりそれらとずっと睨み合っている。

何故こんな状況になっているか、それは彼が大の『夏嫌い』だからだ。暑い!虫が多い!からと毎年自分の部屋の冷房をつけて外には一切出ない。

今年もそうしたかったが、一人暮らしをしている中、贅沢にエアコンを使うことができない、そう思い悩んだ結果、エアコンを無制限に使える『ここ』に行き着いた訳だ。

 

 

流石にその姿を毎日見せられている紅葉とメリアは最早居ない日があることの方に違和感を感じている。

 

「今日も勉強?お疲れー。」メリアは、彼の隣に座ってその様子を見ていた。

 

「このレポートを早く終わらせたいからね…」萊智は顔を彼女に見せることはなくずっとレポート用紙か本を眺めている。

 

「…その勉強中のところ悪いが、この後来客があるんだ。そこを使いたいから別の場所に移って貰えない?」紅葉の言葉に、萊智の身体は岩のように固まった。そして絶望の眼差しを彼女にゆっくりと向けた。

 

「…どんな顔をしても無駄だ。」紅葉は萊智に対して情けはかけなかった。萊智はゆっくりと机の上を片付け始めた。

 

 

「仕方ない。僕が良い場所を提供してあげよう。」

 

「貴峰さん…!」前の昼食の時といい、彼はタイミングよく手を差し伸べる…ある意味天使のように萊智は感じた。絶望の表情は一瞬にして笑顔に変わった。

 

 

「…別に、お客さん帰るまで自分の家でやれば良いのに…」

 

「…きっと、過度な倹約家なのだろう…。」その様子をメリアと紅葉は遠目に見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萊智と一犀がここを去ってすぐ、入れ替わるように紬葵が後ろに2人ほど連れてやってきた。

 

「隊長、依頼人を連れてきました。」彼女は、そう言って後ろの2人を見た。1人は、シルクのように滑らかな髪をしている可憐な女性だ。その後ろには、黒いスーツに紫色のネクタイをしているガタイのいい男がいる。

 

「…ようこそ、依頼人の『皆川』さんですね。」紅葉は女性の方を向いて確認した。

 

「はい、初めまして…」皆川、と呼ばれた人物は軽く会釈した。後ろの男は、目の前にいる紬葵、メリア、紅葉を見回し、皆川の耳元に口を寄せ、敢えて周りに聞こえるような声で話す。

 

「…ここにいる女達が、本当に解決してくれるのか?」

 

その言葉を聞いたメリアは顔をムッとさせた。紬葵も心の中で不快感を感じたがここでは抑えた。

 

「…ですが、もう頼れる所はここしかないのです。青木、失礼のない様に。」

皆川の言葉に、青木という男は黙った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、一犀は萊智を連れてとある喫茶店に来ていた。東京の郊外にあるその店は、平日の昼間という事もあり、午後のひと時をゆっくり過ごそうと暇を持て余した大人達が静かにコーヒーや食事を楽しんでいた。

 

「本当、貴峰さんはいろんなところを知っているのですね。」萊智は、ミルクと砂糖が少し多めに入っているコーヒーを飲んだ。

 

「…まぁ、僕にかかればこれぐらい…」一犀は、店長が常連客である彼のためだけに特別に作った紅茶を一口飲んだ。

 

「…それに君がこうして喜ぶ姿を見ると、昔の友人を思い浮かべるのだよ。」一犀はいつも見せる貴族風の笑いではなく、人としての優しい笑顔を薄らと浮かべた。

 

「…どんな人なんですか?」萊智はその話に興味を持った。

 

「…もう10年以上も前、高校生の時の話。その友人は女性でね。非常に積極的な人だった。」萊智は、一犀の年齢が想像以上に若かったことに驚いたが言葉にしなかった。

 

「…自分で言うのもなんだが、僕は高校時代モテていてね。周りの女性は皆、僕を高級料理のフルコースみたいに遠慮があった。仮に僕と話をしても、無理矢理高級料理に話を合わせようとする人ばかりで、本当の自分を話してくれる女性は居なかった。そんな中、彼女は…『紫苑』だけは私に対して普通に接してくれた。」

 

「それが、貴峰さんの初恋、なんですね。」萊智は、コーヒーに口をつけた。

 

「確かに、言われてみればそうかもしれないな。男にとって初恋は、忘れられないものだね。」

 

「そうですね…」同じように初恋が実らなかった萊智にその言葉はいつも以上に大きく胸に届いた。

 

 

「…君は今頃、どこで何をしているのだろうか?」

一犀は、窓の外をぼんやりと眺めた。

 

 

「そういえば、なんで貴峰さんはデジタルセイバーの戦士として戦っているんですか?」萊智は、ふと気になっていたことを聞いた。

 

「そうだね…僕が通っていた大学が、デジタルセイバーと協力して電脳科学について研究していたんだ。僕は元々興味なかったのだが、当時大学側の責任者にスカウトされてね。大学を出ても行き先が決まっていなかった僕はとりあえずその誘いに乗ったんだ。」一犀は、特に嫌がる様子を見せず、むしろ自慢げに話し始めた。

 

「…なんでスカウトされたんですか?」

 

「そりゃ、僕は大学でも優秀だったからね。当然だろう?」

自尊心の塊の様な受け答えに萊智は心の中で笑ってしまった。軽蔑よりも単純に変わった人だな、と言う意味で。でも、悪い人ではない。そう彼は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、どの様な依頼なのですか?」

紅葉は、2人と机を挟んで向かい合う様に座った。メリアは自室に戻り、紬葵は彼女の後ろに立った。

皆川は、口を開いた。

「…実は、最近私の周りで不可解な事件が起こるんです。」

 

「具体的に言うと、どの様な?」

 

「…最初は機材がトラブルを起こす程度だったんです。買ったばかりのマイクや録音装置、それらが立て続けに…」皆川は、ゆっくりと自分の中で整理しながら話す。そこに青木が割って入った。

 

「まだ、その頃は良かった。だけど、そしたら今度は彼女の動画を見た人達が次々と昏睡状態に陥り始めただのと変な話が流れ始めて…」

 

「あの、失礼ですが…ご職業は…?」

 

突然の紬葵の質問に対して、皆川は苛立ちもせず素直に答えた。

 

「…ネットアイドル、です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電脳世界、某地点…

 

「ヒネノ様、私をお呼びですか?」

 

翠髪の少女の後ろには、巨大な剣を提げている、ソードフィッシュ・バグビーストの姿があった。

 

「ソード、作戦を始めるわ。その先陣を貴方に任せる。」ヒネノは窓の外にある電脳世界の景色を見ながら指示を出した。

 

「承知…。」ソードはその場を後にした。その彼とすれ違う様に、グリットが入ってきた。

 

「…遂に貴方が動くのね。どんな作戦か、聞かせて貰おうかしら…ヒネノ(シャーク)。」

 

ヒネノは、グリットの方を向きしばらく見つめた。そして、「フッ」と鼻で笑った。

 

「見てれば分かるわよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…外が騒がしくないか?」一犀の言葉で萊智は外を向いた。

 

目の前の通りでは、市民達が一斉に同じ方向へ走っていた…恐怖の顔を浮かべて。異常事態である事を即座に感じた2人は店の外へ駆けた。

 

 

 

「…全員ここで串刺しにしてやろう…。」

 

そこには、ソードフィッシュ・バグビーストが、逃げ遅れた人達に次々と剣を振り下ろす姿があった。

 

「…随分と、悪趣味な魚だな…」一犀はスマートライザーをすぐさま取り出した。

 

「…俺が人々を救助します…貴峰さんは…」

 

「勿論、僕は貴族…それぐらいのこと、言われなくても分かるさ…変身!!」

 

[Rider Sense!][Rider Cyver!]

 

2人の戦士は、混沌の渦中へ走り出した。

 

 

 

 

 

その様子は来客のいる拠点で見られている…。

 

「…丁度いいですね。この戦いを見てもらえれば、我々の事も、多少なりとも信頼、してもらえますよね?」紅葉は青木の方を向いた。青木は特に受け答えはせず、映し出されている架空の様な現実を眺めていた。

 

 

「…あの紫の…」皆川は、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!!!」センスの空中からの突きをソードは剣で受けた。

 

「…その程度か!」ソードはセンスを剣で薙ぎ倒し、回し蹴りで吹き飛ばした。

 

センスは、地面に倒れた…しかし、すぐに立ち上がり背中のマントについた埃を払った。

 

「丁度いい…新しい力を試させてもらう!」センスはスマートライザーで新たなアプリを起動させた。

 

センスの右腕が濃紺に染まり始めた。右肩には、『I』の文字を模したアイコンが現れ、手首より先端は白色に変わった。

 

イラストメイクアプリの力を得たセンスに、ソードは水を纏ったエネルギー弾を放った。

 

それに対してセンスは空中に紫色の円を描き、そのエネルギー弾を全て吸収した。

 

そして、力を吸収した事で金色に輝く円を手にするとチャクラムの様にソードに向かって投げた。

 

「ぐっ!!」ソードは突然の反撃を真正面に喰らってしまい、剣を持っていた右腕に怪我を負った。

 

「…私の右腕をよくも…!」ソードは怒りに震えた。剣を左手に持ち替え、センスに向かって走り出した。

 

「まだやるのか…!」センスは槍を構えソードの攻撃を受け止めた。

そして、抑え込んでいる内に右腕を構え、今度は赤色の炎を描いた。そしてそれをソードの脇腹に撃ち込んだ。

 

ソードは苦手な炎の攻撃でより弱体化してしまった。

 

「…私が…こんなところで…!」ソードに立ち上がる力はなく、戦う気も無くなっていた。

 

「これで止めだ…!」センスが槍を構えた直後、ソードの身体が突然画面外から縛り付けられた。

 

「なんだ…!」まるでタコの足の様なそれはソードを撤退させるかの様に外へ引き摺り込んだ。そして、センスに一撃を与え追われないようにし、その足は消えた。

 

 

 

「…今のは…一体?」センスは変身を解いた。

 

「…こっちも終わりました。」萊智もサイヴァーの変身を解いていた。

 

「…そうか、アイツには逃げられてしまった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一犀と萊智は今回の件を報告すべくデジタルセイバーに帰ってきた。

 

そこには、いつもの3人に加え、彼らの戦いを見ていた来客の姿もあった。

 

「帰ってきたみたいね。」紬葵がそういうと、皆川は2人の方向を向いた。

 

「ただいま…?」萊智は、見知らぬ男女の姿に気がついた。声を掛けようと口を開くが、女性の方が明らかに自分の後ろにいる一犀の方を向いている事に気がついた。

 

「…!君は、まさか…!」一犀は、彼女が誰であるか気づくのに容易だった。

 

「…そうだよ…久しぶり、一犀。」彼女は、彼の名を呼んだ。

 

 

 

一犀は彼女の名を久々に呼んだ。

「…紫苑…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に初恋の相手、紫苑と再開した一犀。そして彼女のボディガードとなった彼の目の前に再びあのタコの影が迫る…!

次回、第10話 初恋・リピート


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第10話 初恋・リピート

 

 

 

 

 

僕のこの眼には、紛れもなく彼女が写っていた。

 

「…!君は、まさか…!」突然の出来事に、つい動揺してしまった…こんな事があるのだろうか…

 

「…そうだよ…久しぶり、一犀。」彼女は、確かに僕の名を呼んだ。

 

 

「…紫苑…。」僕は、整理の付かない脳から、口にその言葉を出すよう仕向けた。

 

 

 

 

「えっと…どういう関係?」この状況を理解していない紬葵は聞く。

 

「…もしかして、さっき言ってた人って…。」萊智が、数刻前の話題を思い出した。

 

「ああ、彼女の事だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソード…油断したわね。」

 

ヒネノは、センスにやられてボロボロになったソードを蹴り飛ばした。

 

「…申し訳、ありません…。」ソードは痛みに耐えながら声を発した。

 

「ヒネノ様、その辺にしておきましょう。」

 

「オクトパス…」そのヒネノの後ろには、ソードを救出したバグビースト、オクトパスの姿があった。

 

「…ソードはまだ戦える。ここで処分するのは勿体無い。」

オクトパスの言葉に、ヒネノは特に答える事はない。

 

そして、「外の空気を吸う」と言い残して部屋を出た。

 

 

 

「…命拾いしましたね…ソード。」オクトパスは、先ほどのヒネノに対する丁寧な口調を捨て、憎たらしい声をソードに投げた。

 

「オクトパス、何を企んでいる?」ソードは、オクトパスを見上げた。

 

「…別に、何も企んでませんよ…。」彼はソードに近寄り、ツノを掴んで顔を近づけた。

 

「仮に企んでいたとしても、お前みたいに戦う事しかできない奴(馬鹿な戦闘狂)には言わねぇよ…」そう吐き捨てると、彼は次の作戦の為に部屋から姿を消した。

 

 

「…反吐が出る奴だ…」誰もいない事を見計らったソードは、近くにあった椅子を勢いよく蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時ごろ、僕は再開した紫苑と共に先程まで萊智と来店していた喫茶店で過ごしていた。

 

「また、会えるとは思ってなかった…。」

 

戻ってきて早々注文した紅茶を一口飲んだ。

 

「そうだね…私、会えて嬉しい。」彼女は、遠慮のない笑顔を見せた。あの頃から変わらないその顔に、僕は惚れていたのかもしれない。

 

彼女は、僕の方を向いた。

 

「…私、決めた。一犀に…デジタルセイバーに、この事件の解決を依頼する…。」

 

彼女はそう言って僕の前に手を出した。『契約成立』を示す握手をしたいのだろう。僕も迷わず手を出し、握りしめた。

 

「賢明な判断だ。バグビーストの事件は普通の人間には解決できない怪異だ。それに、僕がいるのだからそんなもの一瞬にして解決して見せよう。」僕は胸を張って答えた。

もちろん、根拠の無い自信を述べているわけでは無い。デジタルセイバーは精鋭が揃っている。解けない謎などない…。

 

 

 

 

 

翌日、早速僕が招かれたのは彼女の家だった。クリーム色の壁と赤い屋根が特徴的なその家は、同時に彼女の仕事場の一つでもあった。インターホンを鳴らしてすぐ、玄関の扉が開かれ紫苑が出迎えた。

 

「おはよう。今日からよろしくね。」そう言って僕を中に招き入れた。

 

「お邪魔します…。」玄関から入るとまず、左手側に木製の綺麗な靴箱が目に入った。一足一足が綺麗に収納されており、彼女の綺麗好きを感じさせる。

 

玄関から上がりスリッパに履き替えたら、目の前の廊下を進む。そして階段を登り2階の奥の部屋に連れて行かれた。

 

撮影スタジオであるこの部屋には、映像合成の為のグリーンバック、歌を録音する為のマイクをはじめとした録音機器、動画編集の為のPCが並んでいた。恐らく、昨日本部で話した機器の故障はこれらの事だろう。

それにしても、ここで全て作業していると思うと、動画配信者も大変なんだろうとよく感じる。グリーンバックは要らないかもしれないが、それ以外は揃えなければ話にならない…動画を見ている人間からしてみれば、簡単そうに見えるが、実際は苦労して作っているのだろう。

 

 

「お待たせ、みんなを連れてきたよ。」

 

「みんな?」紫苑の後ろには、昨日来ていたマネージャーの他、2人の人物がいた。

 

「改めて紹介するけど、マネージャー兼企画担当の青木江。」ガタイのいい男は睨みつけるように僕を見た。紬葵達から聞いた通り、第一印象は最悪だ。

 

「続いて、こちら編集担当の富士井一輝さん。」

 

「初めまして!」

メガネをかけたザインテリ人間は、一礼した。どうやらここにいる補佐役が皆青木の様な訳ではないみたいで少し安心した。

 

「最後に、カメラマンの櫻井博雅さん。」

 

「こんにちは、カメラマンの櫻井博雅です。」

随分と若く見える割に、年季を感じさせる重厚感がある。彼もまた、青木とは違い礼儀はあるみたいだ。

 

「そして、今回私が依頼したデジタルセイバーの貴峰一犀。彼は私の幼馴染だから、安心して。」

 

「初めまして、デジタルセイバーの貴峰一犀です。よろしくお願いします。」僕は頭を下げた。それにしても…安心して…彼女の言葉から察するに、僕らは警戒されている様だ。

 

「はじめに言っておくが、どんな事があっても撮影の邪魔だけはするんじゃないよ。お前は特別に入れるんだからよ。」青木は強気な態度で僕に言った。

 

「それぐらいの節度は弁えているつもりなので、その心配はございません。」僕も負け時と強気な姿勢を示した。そう簡単には言いなりにはならないというのを見せつけたと言ってもいい。

 

「青木さんに強気に出られる人がいるなんて、珍しいですね。」櫻井は笑って僕を見た。

 

「それじゃあ、そろそろ撮影を始めましょうか。」彼はそう言ってカメラスタンドを用意し始めた。

 

「じゃあ、僕は配線関係を確認してきます。」富士井はそう言って機材の方へ向かった。

 

「…今日はこの後打ち合わせがあるから俺は抜けるぞ。」青木はそう言って部屋を出て行った。彼が居なくなった分、大分空気が軽くなった気がする。

 

 

 

 

 

それから数十分後、撮影が始まった。カメラの前には、紫色の長髪のカツラを身につけた紫苑の姿がある。櫻井は合図を出すと撮影を開始した。

 

「皆々様、こんにちは!パープルリバーが紫色の元気を送ります!」

 

紫苑のネットアイドルとしての活動は昨日少し調べた。彼女は5年ほど前からいわゆる『歌ってみた』系の動画を投稿していた。そんな彼女が陽の目を浴びたのは始めてから一年立つ頃に投稿した『[フレスベルグの少女]を歌ってみた』という動画で人気を獲得し、現在は歌うだけでなく、商品レビューやゲーム実況、更には有名配信者とのコラボまでこなす新世代のスターの様だ。

ちなみに、彼女が有名になった原因の動画で歌った曲、フレスベルグの少女とは2019年に出たゲームのテーマ曲らしい。確か『ファイヤーエンブレム花鳥風月』だったか…なんか微妙に違う気もする。

 

そんな事はどうでもいい。それより、今日はレースゲームの実況をやるみたいだ。カメラは彼女の反応を写すためにあるのだろう。

 

「ええ!!ここでサンダーはないでしょ!アイテム取れてたら絶対回避できた!!!!」

 

なんとなく、ゲームで負けそうになって声を上げる彼女の姿に一瞬驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、青木は打ち合わせを終え昼食を摂るべくファストフード店に向かって歩いていた。

 

「はぁ…調子狂うな…なんだよ、どいつもこいつも…!」どうやら気に入らない事があったらしい。今にも襲いかかって来そうだ。

 

「…そうですか…なら、私と手を組みませんか?」

 

その時、彼に向かって突然声が聞こえた。

 

「誰だ?ふざけるなよ…」

 

「ふざけてなど居ませんよ。私と手を組めば、デジタルセイバーの連中を追い払ってやりますよ。」

 

その声は、青木が質問するよりも早く話す。青木は、その言葉に、反応した。

 

「…分かった。で、俺はどうすればいい!」

 

「…私に黙って憑かれればいい…!」その時、彼の持つスマホから突然タコの足が生えた。それらは青木の身体を一瞬にして包み込み、タコの怪人、オクトパス・バグビーストに変えた。

 

「哀れな人間だな…簡単に口車に乗せられてしまうなんて…」オクトパスは青木の姿に変わった。というより、自身の力を隠し青木に化けたと言っても差し支えない。

 

「さて、始めるとしますか…。」

 

 

 

 

 

その頃、スタジオでは撮影も終盤に差し掛かっていた。

 

「それでは、次回の動画でも会いましょう!さらば!」

 

パープルリバーの締めの挨拶で、撮影は終了した。

 

「櫻井さん、今日もバッチリ撮れた?」紫苑はカメラを確認している櫻井の隣から覗き込んだ。

 

しかし、櫻井はすぐに答えなかった。むしろ、「何かおかしい」という顔をした。

 

「あれ、再生できないですねー。」そう櫻井が言ったその時だった。

 

カメラから突然「タコの足」が現れ部屋中に広がっていく。カメラを見ていた2人は驚いてカメラを手放し後ろに下がった。富士井はその瞬間を見ていなかったが、タコの足の一本が自分の目の前に現れ混乱していた。

 

「みんな下がるんだ!」僕は咄嗟にスマートライザーを構えた。

 

そして、紫苑に迫る足を槍で串刺しにした。

 

「…一犀!」

 

串刺しにされた事で墨を血飛沫の様に撒き散らし部屋中が黒く塗りつぶされそうになる中、僕はセンスに変身した。彼女にかかるはずだった墨を受け止め、すぐさま敵がいるであろうカメラの向こうへ侵攻した。

 

 

 

 

 

 

画面の向こうでは、オクトパスが触手のように伸ばしていた足を縮め体に収納していた。

 

「テスト完了…」

 

「人の家に侵入するなんて、いい点数は取れないんじゃないのか?」そこへ、墨をかけられた事でやや黒ずんでいるセンスの姿があった。

 

「テストを受けた奴が採点している途中に割り込むとはね…それこそカンニングじゃないのか?」オクトパスは、自身の触手を一本切り取り、杖に変えた。

 

「カンニングは、テスト中にするものなのだよ!」センスは、右腕をイラストに変えオクトパスに迫る。槍を突き出し、腹部を貫く。

 

確かに貫き、致命傷を与えたはず…しかし、オクトパスは痛む様子を一切見せない…。

 

センスは槍を引き抜く。すると、貫いた箇所が一瞬にして埋まった。

 

「タコには、再生能力があるんですよ。そんな知識も持ち合わせていないのなら、赤点ですよ。」

 

「生憎、大学では生物じゃなくて地学をやっていたから知らなくてね!」

 

センスは槍を地面に突き刺し、大波を空中に描いた。自身の身体の汚れを洗い流すのも含めて大波をオクトパスにぶつける。

 

「馬鹿め、タコが海に住んでることすら知らないのか。」オクトパスは大波を受け止め、反撃に転じた。杖をセンスがいるであろう場所目掛けて突き刺す。

 

しかし、波が晴れた後、そこにセンスの姿はない。

 

「どこへ行った…!」周りを見渡すが、姿は一切見えない…どこへ…

 

「下だよ!」センスは、炎を纏った槍を地面から飛び出すと同時にオクトパスを切り裂いた。

 

「知らないのか、これが『たこ焼き』というやつだよ!」センスはそう言って追撃する。

 

「自分の食べられ方なんて知りたくもないね!」オクトパスも杖を伸ばし、センスの槍と激突する。

 

しばらく均衡し合い、2人は攻撃の反発で後ろに押し返された。

 

オクトパスは、正面からでは勝てないと判断し墨を撒き散らしセンスの視界を覆った。

 

「その手で来るか…」センスは、左腕にサーチを発動させた。そしてオクトパスの位置を捜索する。

 

その間、闇の中から次々と攻撃が与えられるが、全て耐える。

 

数秒で位置を把握した。しかし、俊敏に動く敵に対して槍をすぐさま振るうのは不利だ。タイミングを見計らう事にした。

 

オクトパスが後方から迫る…今だと確信したセンスは振り返り槍を突き刺す。

「何…!」槍で貫かれたオクトパスは、自分で槍を引き抜き後ろに下がった。

 

「…さあ、これで調理は終わりだ!」センスは空中に二重丸を描いた。そこに左腕のレーダーをかざし、超音波に変えて攻撃する。

 

全身が震えて身動きが取れない。オクトパスは立っていることすらできない…。

 

[Blake finish!][Sense strike!]

 

その隙にセンスが飛び上がり、必殺のキックを放つ。紫色のオーラがオクトパスの胸部に激突、身体を抉り、そして貫く。

 

「…この借りは、必ず返す…!」オクトパスは、そう言って爆散せず姿を消した。

 

「…逃げられたか…!」

 

 

 

 

 

スタジオに戻ると、部屋中にかかった墨を皆で拭き取っていた。櫻井と富士井も墨がかかったはずだが、綺麗に拭き取られていたことから戦闘中に洗い流したのだろう。

 

「おかえり、どうだった?」僕が帰って来た事に気づいた紫苑が声をかける。

 

「…逃げられてしまった。すまない。」僕は彼女に謝罪した。いくら幼馴染とはいえ、今はボディガードと依頼人の関係だ。当然であろう。

 

「ただいま…ってなんだよこれ!」そこへ、この現状を作り出したオクトパスに憑かれた青木が鬼の形相で帰宅した。

 

「あなたがいない間にバグビーストが来たんですよ。」青木は、表情を変えず怒りに満ちている。

 

「ですが、心配なく。もちろん、撮影の邪魔はしませんでしたよ。」僕は先程言った『撮影の邪魔をするな』という事に対して言及をした。その時、一瞬青木の表情が解けた。

 

「…そうですか、ならいい。」そう言って彼は着替えてくると言って一旦部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 




ボディガードとして一犀が戦う一方、萊智達は彼女の動画を見て被害に遭った人達を調査する事にした…

次回、第11話 もう1人の歌い手


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第11話 もう1人の歌い手

 

 

「あれ、貴峰さんは?」

今日もデジタルセイバーにやってきた萊智は、いつもならいる彼の姿を探した。

 

「一犀なら、今日から彼女のボディガードでしばらくこっちには来ないから。この件は僕に任せてくれとか言ってたけど…。」紬葵はスマホを操作しながら答えた。

 

「2人とも来たね。」そこへ、紅葉が資料の束を持ってやって来た。

 

「早速で悪いけど2人に仕事だ。」

 

「俺達は何をすればいいんですか?」萊智は聞く。

 

「2人には、今回の事件で起こっているもう一つの事、「動画視聴による昏睡事件」だ。」

 

「確かに、皆川さんもそんな事言ってましたね…」紬葵は昨日の会話を思い出しながら答えた。

 

「被害者のうち何名かは既に意識を取り戻している。その人達の聞き込みに行ってほしい。」

 

 

 

 

 

 

早速デジタルセイバーを出た2人は、最初の被害者の元へ向かった。その最中、この事件の特徴について調べた。

・対象となる動画は彼女が初期に上げた動画

・パープルリバーの動画視聴中に倒れる

・昏睡は3日から1週間程度

・目が覚めた後、特に生活に異常がない

 

これらから考えるに、バグビーストの可能性はなくはないだろう。しかし、だからといって奴等であると断定もできない。それをハッキリさせる為の聞き込み調査だ。

 

2人は、最初の被害者と住宅街の中にある公園で待ち合わせた。平日の午前中だからか子どもの姿は少ない。

 

「こんにちは、太刀筆さんですか?」そこへ、二十歳手前の男の人が2人に声をかけた。最初の被害者である紀本という男だ。

 

「昏睡した時の事を教えて貰えませんか?」紬葵は早速質問をする。

 

「…その日は、いつものように動画を開きました。そして、再生を始めてすぐ、画面にノイズが出て来たんです。接続が悪いのかなって思って操作しようとキーボードに触れたら、突然『脳が感電』したかのように衝撃が走って…次に起きた時には4日位経ってました…」

 

その後も、他の人達に次々調べていく。紀本の様に若い人や、少々危険な香りがするおじさんや引きこもりの少年、更には女性と様々な人々話を聞いた。

 

その被害者達は全員口を揃えて「ノイズが起きた後、それを直そうとしたら気を失った」と答えた。

 

その工程だけで既に日が暮れようとしていた。

 

「今日は私が奢るから一緒に何処かで食べましょう?」紬葵の奢りで萊智が連れられたのは、和食レストランだった。丁度天ぷらが食べたい気分だったが為に、彼は真っ先に天丼定食を頼んだ。

 

「今日は、なんかあまりいい収穫はありませんでしたね…。」

 

萊智は定員が運んできたお冷を一気に飲み干した。

 

「…そうかしら?」紬葵は、萊智にそう聞き返した。

 

「今日聞き込みをしただけで全員ではないけど、殆どの人が「ノイズが起きた後気を失った」って答えた…」紬葵はあえて証言を強調した。萊智に気づいて貰うべく。

 

「そうですよね…俺も飽きるほど聞きましたし。」しかし彼は気づかない。

 

「ただ、1人だけ違う証言をした人がいる…」紬葵は彼に顔を近づけ小声で言った。

 

「…違う…?」まだ彼は分からない。

 

「ノイズが起きた後、『脳が感電』したかの様な衝撃で倒れた…」そこでようやく萊智は誰であるか気がついた。

 

「…最初の被害者の紀本…。」

 

「ええ、最初は彼がハッキリ覚えていて、それ以外が忘れている…そう考えましたけど、流石に数十人聞いていて、そのうちの2人は昨日目が覚めたばかり…その人達ですらその強い感覚を覚えたいないだなんて不自然よ。」紬葵は自分の思考を述べた。

 

「確かに、不自然極まりないですね…」

 

「まだ、明日も聞き込みをするから彼以外にもいるかもしれないけど、今日の結果から察するに、恐らく彼には何かある…」

 

 

 

 

 

 

同じ時刻、紀本は何も付いていない、真っ黒な画面のままのPCに向かって言葉を発した。

 

「今日、デジタルセイバーの連中が、調査にやって来ました。」すると、PCの画面に、サメのバグビーストの姿が現れた。

 

「…そう、で、言われた通り証言した?」

 

「はい、言われた通りに…。」

 

「…分かった。明日、奴らに攻撃を仕掛けなさい。タイミングは貴方に任せる。」

 

「了解しました…。」紀本は、ワニの幻影をちらつかせながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、2日目の捜査を開始した萊智と紬葵は、既に2人ほど調査を終えて3人目の被害者の家に向かっていた。

 

先程の2人も、紀本以外の人間と同じように「ノイズが起きた後気を失った。」と答えていた。

 

「やっぱり、紀本が怪しいですね…」萊智は歩きながら紬葵に話す。

 

「確かに、今日はこの人が最後だから、その後彼の所にも行ってみましょう。」2人が会話をしているうちに、最後の被害者が住むマンションの前に着いた。

 

 

「どうやらここみたいですね。」地図を見ながら萊智はいう。

 

2人がマンションの中に入ろうとしたその時、目の前から人が現れた。若い男…紀本だ。

 

2人は突然現れた紀本に驚き、そして警戒した。

 

「…今日も調査ですか…精が出ますね。」紀本は萊智に近づく。

 

紀本は2人が自分に対して警戒している所まで気がついた。しかし、それでも余裕の表情を見せつけている。

 

「アンタ…こんな所で何を?」紬葵は聞く。

 

「…散歩、って隠しても意味ないですよね。」彼はゆっくりと2人に近づいた。

 

「俺は、この人間に憑いて、いろんな奴の知識を習得した。その際、数日ほど昏睡状態に陥るみたいだが。」紀本は口調を変え、本来の強気な言葉で話す。

 

「お前が…他の人達を…。」

 

「そうさ、全ては…将軍の…我々の為に。」紀本はそう叫ぶと自身の姿をワニのバグビースト、クロコダイル・バグビーストに変えた。両腕にはそれぞれワニの顎を模したブレードが装備されており、頭部には全てを噛み砕く牙がある。

 

「…お二人の運命は、ここでジエンドだ。」

 

「…ですって、紬葵さん。」2人はスマートライザーを構えた。

 

「私は喰らいついてでも生き残るわよ。」

 

「「変身!!」」

 

[Synchro UP!][Gaming Cyver!]

 

[Server connection…][Rider Pencil!]

 

サイヴァーとペンシルはそれぞれ剣を構え、クロコダイルに向かって走り出す。クロコダイルは2人の斬撃を両腕で防ぐと、硬い装甲を纏った右脚で蹴り飛ばした。

 

「硬い…だったら、この前の大剣で叩き斬ってやる!」サイヴァーはそう言うと、左手を伸ばしあの剣が来るよう念じた…が。

 

「あれ…?なんで来ないんだ!」

 

「茶番だな!」剣が出現しない事に混乱しているサイヴァーにクロコダイルは斬りかかった。

 

「どうやら、一回変身を解くとリセットされるみたいね。」ペンシルは考察を述べ、左腕にトランスファを装備しクロコダイルに攻撃を仕掛ける。

 

背面を斬られたクロコダイルは標的をサイヴァーからペンシルに変え攻撃を仕掛ける。

 

 

「…仕方ない、だったら新しく召喚するか!」サイヴァーは前回と同様、空中に出現した赤い水晶玉を砕き武器を手にする。

 

今度は、青と金色の刀身が少し変わった形をした剣だ。

 

「前もそうだけど、赤を砕くと剣が出てくるのか…。」

 

サイヴァーは左手にそれを持ち、ペンシルに加勢する。

 

クロコダイルはいくら硬い装甲があるとはいえ、相手の2倍の斬撃を防ぎきれず後ろに後退する。

 

「…貴様らに大義名文なんて存在しないのだろうな。」不利になった所で、攻撃方法を言葉に変えた。クロコダイルは、2人を見てそう言った。

 

「人間に害をもたらすものを倒す。それが俺たちの大義だ。」サイヴァーはそう言い切ると、必殺技を発動させた。[Blake finish!][Cyver critical!]

 

そして、召喚した青の剣を組み替え銃にする。そして、クロコダイルに向かって撃ち込む。

 

「なっ!」クロコダイルは剣でその攻撃を防ぐが、それが仇となった。

 

「…割れて!」その隙に懐に入り込んだペンシルに剣を叩き斬られてしまった。

 

その攻撃に気を取られ、クロコダイルは次の攻撃を見失っていた。

 

「…喰われて!」サイヴァーの剣がクロコダイルの腹部を貫き、クロコダイルの戦力を削ぎ落とす。

 

最期に、2人はクロコダイル向かって飛び蹴りを放つ。

 

「「砕け散れ!!」」ダブルキックは、クロコダイルの身体をその言葉の通り砕き、爆炎を散らす。

 

 

変身を解いた2人は、最後の被害者の部屋を訪ねた。

 

「木梨さんですか?」

 

「はいそうです…」そう答えた人物は、まだ高校生だった。今日は登校日だったらしく、帰ってきてまだ1時間も経っていなかった。

 

 

 

2人はテンプレのようにいつもの質問をする。そして木梨も案の定、「ノイズが起きた後気を失った。」と答えた。

 

「そうですか、わざわざお時間いただきありがとうございます。」それから数分、聞く事を聞き終えた2人は部屋を後にしようとしたその時…

 

「あの、少し気になることがあって…。」木梨は2人を呼び止めた。

 

「実は、ネットの噂で聞いたんですけど、何者かが、パープルリバーを追い落とす為にこういう事をしているって…」

 

「追い落とす為…一体誰が?」萊智は聞いた。

 

「同じ歌を動画配信で扱ってる…『ヒネノ』と呼ばれる配信者です…。あくまで噂なんで、真実かどうか分かりませんが…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロコダイルは、死んだようね…。」

 

ヒネノは、後ろにいるオクトパスと、2mはある大きな身体が特徴的なバグビースト、ホエールに向かって圧力をかける為に言った。失敗は許されないぞ、と言う意味の。

 

「…そろそろ、我々も手をこまねいている場合ではないようですね。」オクトパスは助言した。

 

「…そうね。強気な姿勢を、奴らに見せてやりましょう。」ヒネノはそう言って口元をニヤリとさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




徐々に真相に近づく中、一犀はとある可能性を感じ始める。そして萊智達は真実に近いであろう人物、『ヒネノ』の周りを探る…

次回、第12話 今宵も凶暴なシンガー


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第12話 今宵も凶暴なシンガー

 

 

彼女(紫苑)の護衛を始めてから1週間が経過した。その間、僕の知らない所で萊智達はバグビーストに遭遇し撃破したそうだ。

 

その一方、僕の方は初日にオクトパスに襲われて以降、特に目立った異変は起きていない。

 

が、違和感はあった。

 

青木江…彼の様子が1週間前、もっと言えばオクトパスに彼女が襲われて以降…彼の口調が少し変わった…ような気がする。

 

出会った直後は、簡単に言えば短気で、人柄の悪い、物で例えるなら炎の様な、そんな雰囲気だった。だが、ここ最近の彼は少し変わっている。

 

突っかかり方が変わったと言ってもいい…例えば、イベントに彼女が出席する時…

 

「僕としては、今回の出演は控えるべきだ。まだ事件が解決出来たわけでもないのに…」と言った際、当然の様に彼は突っかかってくるのだが。

 

「本当は、自分がずっと見ていたいだけじゃないのか?」

 

そう返された時は驚いた。「本当は護衛できる自信がないからだろ?」と言われるとばかり思っていた為に反論の手が遅れた。

 

「…そんな事は…。」

 

「どちらにしろ、アンタの意見でイベント中止なんてできないんだから、何言ったって無駄ですよ。」

 

 

だが、僕は彼と何年も関係が続いている訳ではないから、確証がある訳ではない。だからこそ、僕より長い付き合いであろう櫻井と富士井にふと聞いてみたが、どちらとも、「気のせいだろう」「いつものこと」と言って相手にされなかった。

 

 

本当に、気のせいなのだろうか…そう思って色々探ったが、とうとう1週間経ってしまった。

 

 

「今日はニッコリ感謝祭の運営側と打ち合わせがあるんで。」青木はそう言ってスタジオを後にした。

 

「ニッコリ感謝祭?」初めて聞いた…そんな祭りどこでやっているのだろうか…?

 

「私が配信しているサイトの一つ、ニッコリ動画の運営が主催のイベントだよ。私はそこで初めて人前で歌うんだ。」紫苑は僕の心を読んだのかと言わんばかりにその祭りの解説をしてくれた。

 

「なるほど…つまり君の晴れ舞台という訳か。」

 

「そう言うことだね。」彼女は、僕から顔を逸らした。それに、その口調も不安げで、彼女らしくない。

 

「…どうかしたのか?」そう聞くも彼女は「なんでもない」と言って部屋を出た。

 

緊張…かもしれない。だが、僕からすれば怯えている様にも見えた。バグビーストが襲ってくる…そう思うと、気が気でないだろう。こう言う状況が1週間も続いているのだから、尚更。

 

ならば僕がやるべき事は一つ…この事件を早急に解決させる。ただ一つ。それが今、僕に課せられた『現代貴族』としての務めなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「私の準備はいつでもできています。ヒネノ様。」青木の姿で、オクトパスは目の前にある彼女に言った。

 

「…そう。後、人間界にいる時にその呼び方はやめて貰えるかしら。」彼女は、電脳世界にいる時と違い髪の色が翠色から茶色になっている。

 

「…すいません、つい癖で。」彼は軽く詫びた。

 

「…まぁいいわ。作戦の決行日は明後日…いいわね。」

 

「承知しました…。」オクトパス…青木は部屋を後にした。その彼に入れ替わる様に彼女のマネージャーと思われるメガネを掛けた女性が出てきた。

 

「村雨さん、今の方は…?」彼女は来客について知らなかった様だ。ヒネノは、一呼吸置いてから口を開いた。

 

青木江(スパイ)…オクトパスと言った方が分かりやすいかしら?」

 

「なるほど…」と彼女は納得した。どうやら彼女もまたバグビーストの一員の様だ。

 

「ホエール、この後の予定は?」ヒネノは彼女に聞いた。他人には自分の真名をここでは呼ばせない癖に、他人は真名で呼ぶ。

 

「この後は、13時からバラエティ番組の撮影があります。」

 

「じゃあ、しばらく暇ね…ちょっと買い物行ってくる。貴方はここで待ってて。」ヒネノはそう言って高級バッグを手にして部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、萊智と紬葵は昨日話を聞いた木梨から出た人物『ヒネノ』に会うべく彼女の所属する事務所がある高層ビルに来ていた。

 

「ヒネノ、4年前から活動を始めたネットアイドル…パープルリバーとは違い顔は全く出さず、自分の動きに合わせてキャラクターを動かして作る…いわゆるバーチャル配信者…その素顔は当然不明…果たして会えるかしら…。」

 

「どうですかね…ここまで割とデジタルセイバーの権限で会ってる人が何人か居ますけど、流石にアイドルは無理なんじゃないんですか?」萊智達は期待半分で中に入って行った。

 

その2人と入れ違う様に、高級バッグを持った女性が外へと出て行く…。

 

 

 

「あの、私達こう言う者なんですけど…」2人は、スマートライザーにデジタルセイバーの証明書の様なものを受付の女性に見せた。彼女は一瞬、まさかここに来るとは思ってなかったと驚いたが、すぐに平静に戻って「どの様な用件でしょうか?」とは聞いた。

 

「実は、ライン事務所に所属しているヒネノさんに会いに来たんですが…」

 

「分かりました。」そう言って彼女は電話を恐らく事務所にかけた。それからしばらく応対したのち、こちらを向いた。

 

「今、ヒネノは外出中でして…マネージャーなら面会できますが…」

 

「分かりました。ではそのマネージャーに合わせて貰えませんか?」萊智は彼女に言った。彼女は彼らの意志を電話越しの相手に伝えると何度か頷き、「分かりました」と最後に告げた。電話を切り、2人を見上げた。

 

「それでは、彼方のエレベーターで12階にお上がり下さい。」2人は受付嬢の案内通りエレベーターで、萊智達は12階にある事務所へ向かった。

 

 

 

 

 

「デジタルセイバーの連中が、ここを嗅ぎつけました。」その頃、マネージャーは電話でヒネノに萊智達の来訪を伝えていた。

 

『分かった…私は2人が帰るまで戻らないわ。怪しまれない様にしなさい。』ヒネノはそう指示して電話を切った。それと同じタイミング、部屋の扉がノックされた。

 

「夢野君、お客様だよ。」所長の彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「すぐ行きます。」彼女は、スマホをカバンにしまうと、部屋を出た。そして来客()がいる応対室へと入った。

 

「お忙しいところすいません、私はデジタルセイバーの太刀筆と…」「御定です。」2人は彼女の登場と同時に立ち上がった。

 

「ヒネノのマネージャーをやってます、夢野です。」夢野と名乗った彼女は2人に名刺を差し出した。

 

所長が部屋を出た後、調査は始まった。

 

「最近ヒネノさんと接する中、何か変わった事はありませんでしたか?」紬葵は聞く。

 

「特にないですね…」夢野は内心「貴方達は敵ですよね?」と聞かれるのではとビクビクしていたが、その様子はなさそうで良かった。

 

「じゃあ、周りで何か不審な事があったとか、ないですか?」

 

「そう言ったことも特に…」2人の顔を見ると、あまりいい表情ではない。どうやら収穫はない様だ。

 

「それでは最後に、ヒネノさんはパープルリバーという方をご存知ですか?」

夢野は一瞬、パープルリバーという言葉を聞きヒヤッとした…しかし、それを顔に出さず答えた。

 

「多分知らないと思います。彼女は他の歌い手の方には興味ないですし…」

 

紬葵はしばらく考え込んだ後、「ありがとうございます。」と言って部屋を後にした。

 

 

 

 

2人が去った後、夢野はヒネノに電話をかけようとスマホをカバンから出した。しかし、その必要はなかった。

次を見越したヒネノがメールを寄越していた。内容は…『来客に手土産を差し上げろ』…これは隠語だ。手土産…攻撃という名の…。

 

夢野はそれを確認すると、姿をホエール・バグビーストに変え自身の持っていたスマホから電脳世界に侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

事務所を後にした2人は、行きに乗ってきたエレベーターに乗り込んだ。

 

「…いい収穫はありませんでしたね。」萊智はそう呟いた。

 

「そんな事は無いわよ…」紬葵は、前にもこんな事あった様な…と思いながら話を始めようとしたその時だった。

 

「逃がさない!」その声と共にエレベーターの中が白銀の光に包まれた。

 

 

 

そしてそのエレベーターが一階に到着した時、誰も降りる人は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光に包まれ、電脳世界に引き込まれた2人は、即座にサイヴァーとペンシルに変身した。そして、光の向こうで待ち構える敵に警戒した。

 

 

 

光が途切れたその瞬間、2人の目の前に巨体のバグビーストが現れた。ホエールだ。

 

「やっぱり、ビンゴみたいね。」ペンシルは敵が出現したことで、一人で何かを納得させた。

 

「…その『証拠』は存在しない…即ち、当たってないって事さ!」ホエールはそういうと右腕の手刀から放たれる青いエネルギー弾を放った。

2人は咄嗟にその攻撃の範囲から回避した。

 

「…なんかよく分からないけど、お前を倒す!」状況理解ができていないサイヴァーはとにかく攻撃することにした。銃を構えホエールの身体に向かって弾丸を連続で放つ。

 

それらは確かに着弾したが、巨体のホエールに効く様子はない。

 

「そんな豆鉄砲、話にならない。」

 

「だったら、包丁で切り身にしてあげるわ!」ホエールの見えない左後ろからペンシルが剣を構え攻撃を仕掛ける。

 

死角からの攻撃でホエールは、回避に遅れ右肩に切り傷が入った。

 

「…ぐっ、この程度!」ホエールは再び手刀を繰り出した。しかも今度は連続でペンシルはその攻撃に耐えきれず後ろに吹き飛ばされた。

 

「太刀筆さん!」サイヴァーは彼女を助けようと前へ出る。

 

 

「ホエール、遅いと思ったら劣勢になってるなんてね…。」その時、戦場に新たな声が聞こえた。

 

男の声だ…それも中年くらいの、少々年季のある…。

 

「シャーク…将軍…。」ホエールは、サイヴァーの後ろにいる声の方を向いた。それに合わせてサイヴァーも振り返った。

 

「…サメの…バグビースト?」

 

凶暴な牙と鋸の様な双剣を持った戦士は、サイヴァーに近づく。自分が攻撃されると気づいたサイヴァーはゲーミングフォースになろうとスマホに手を伸ばす。

 

しかし、それをシャークは一瞬で近づき左手で押さえた。

 

「スパイダーを倒したその力、使わせない!」そう言って剣で彼の身体を切り裂いた。

 

勢いよく吹っ飛んだサイヴァーは地面に倒れた。

 

「なんだこの攻撃…一撃が…強い…!」そのたった一撃で彼は痛みで起き上がれなくなった。

 

「新人君!」ペンシルは彼を庇おうとシャークに迫る。しかし、シャークはその彼女も簡単に切り飛ばした。

 

最後に、「お前達の負けだ。」と言い聞かせると、翠色のオーラを纏った巨大な剣で2人を遠くへ吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変身が解け、現実世界に追い出された萊智達は、とりあえず起き上がった。

 

「…何だったんだ…」萊智は言う。

 

「…でも、これで確証はついた。ヒネノは間違いなくこの事件の鍵…或いは犯人よ…。」

 

紬葵は、強く言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒネノに、今回の事件の鍵、もしくは犯人であると感じた紬葵は、再び彼女に会いに行くべく進む。その中、再びホエールと敵対する…その一方、紫苑に危機が迫る。

次回、第13話 絶望の歌は止まらない A-PART


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第13話 絶望の歌は止まらない A-PART

 

 

 

 

 

サイヴァー達が追い出された戦場に、ホエールとシャークは立ち尽くしていた。

 

「ホエールなら、奴らを簡単に蹴散らしてくれると思ったんだけどね。」シャークは、声を先程の男から人間態と同じ女の声に変えた。

 

「申し訳ありません。」

 

「まあいいわ。あくまで今回は明後日の演習みたいなものだから。」そう言うとシャークはヒネノの姿に戻った。

 

「もうこの姿に変えてから4年も経つのね。最初は慣れなかったけど、今じゃ、こっちが本当の顔みたいになっちゃってるわね…。」そう言って現実世界へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…でも、これで確証はついた。ヒネノは間違いなくこの事件の鍵…或いは犯人よ…。」紬葵は、萊智の方を向いて言った。それも固く、強い確信によって。

 

「…確かに、関連はあると思いますけど、その確証はどこから?」萊智は、その根拠を聞く。

 

「夢野に最後に質問した時、私は何の特徴も言わずパープルリバーを知っているかと聞いた。でも、彼女は即座に歌い手の人物であると答えた。もちろん、彼女が元々知っていた可能性もあるかもしれないけど。」

 

「…なくはない、かもしれませんね。とにかく調べてみましょう…。」2人は、その可能性に賭けて捜査を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「そのヒネノって人が怪しいから動画で調べてくれって?久々に登場できたのに人使い荒くない?」

 

デジタルセイバーに居座っているメリアは電話の相手である紬葵に素直に文句を言った。久々の登場が何の話かはサッパリだが、人に動画を一から見てくれと言うのは無理矢理な頼みだ。

 

『そこをなんとか…』電話口で彼女の頼み込む声が聞こえてきた。

 

「…しょうがない。ツムツムがその足で頑張って調べてるわけだし、それに免じてやって上げるわ。」そう言ってメリアは電話を切った。

 

「あーあ、言っちゃった。一体、何本動画があると思ってるのよ。」

 

ヒネノの動画サイトを見ると、200以上の動画があった。その数を見た瞬間、彼女は絶叫したくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私達はヒネノの人間関係を調べるわよ。」電話を切った彼女は萊智に言った…が。

 

「あの、そもそも誰なのか全く分かってないのに、人間関係なんてどう調べるんですか?」萊智は、ごく当たり前の事を聞いた。確かに、顔も分からない人間の普段の生活なんて、分かるわけない。

 

「…言われてみれば、そうね。」どうやら、彼女はその事を忘れていた様だ。笑いで誤魔化しながらもう一度メリアに電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

「今度は何?」

 

『ごめん、ヒネノと関わりがありそうな人も調べてくれない?ホントごめん!』

 

「虫のいい事言ってんじゃないよ!!」

 

 

 

 

と、この有様で一瞬にして電話が切られてしまった。

 

「はは、私達はそれを調べてみましょう…。」紬葵は、萊智には電話の声は聞こえてないだろうと思い足を進めたが、萊智には丸聞こえだった。表情にこそ出さなかったが、心の中では苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 

2人は休憩と昼食がてら入ったレストランで調査を始めた。動画内で今までヒネノとコラボしてきた配信者をリストアップし、その人達を片っ端から調べよう…そう思って始めたはいいが、その数は僅か3組。しかも全員彼女と同じ事務所だ。既に彼女から口止めが入っているかもしれない。それに、全員住所は非公開だ。デジタルセイバー権限で知る事も出来なくはないが、正直強引すぎる。

 

「この戦法で迫るのは難しそうですね。」萊智はそう口にした。

 

手詰まりか…そう思った時だった。彼女のスマホから着信音が鳴り響いた。

 

「もしもし?」

 

『言われた通り調べておいたよ。関係がありそうな人。』電話の相手は、メリアだった。どうやら動画を見ながら調べてくれた様だ。

 

『木梨って人が見たヒネノの噂を書いた人、どうやら元事務所の人みたい。今、私のネット仲間が連絡とってくれてるから、その話はまた後で。』

 

「ありがとう、そこまでしてもらって…。」

 

『後、動画の方の話だけど、10本くらいみた感じ、怪しいところはないんだけど、ちょっと引っかかるところがあってね。なんか投稿日がパープルリバーと被ってるんだよね。例えば、10月22日12時にパープルリバーが投稿したら、その42分後にヒネノが投稿してる、みたいなのがたくさんある。もしかしたら、ヒネノは始めたての頃からパープルリバーを狙ってたかもしれないよ。』メリアは、紬葵が想像していた以上に仕事の早い人間みたいで彼女は驚いた。

 

「…ありがとう、この借りは絶対返すね。」

 

『分かった、じゃあついでに利子付けとくね。』そう言ってメリアは電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ今日か…」ヒネノは、窓の外を眺めていた。いつも変わらない、電脳世界の静かなビル群を。

 

彼女の後ろには、オクトパスとホエール、そして完治したソードの姿がある。

 

「…この作戦は、我々電脳人の未来を左右する重大な作戦だ。失敗は許されない。」彼女はそう言って前科のあるソードとホエールを敢えて見た。

 

「お任せください。」オクトパスは答えた。そしてソードを連れてその場を後にした。

 

2人に入れ替わる様に、グリットがヒネノの元にやってきた。

 

「…何をする気?そろそろ教えてくれてもいいのでは?」

 

「…グリット(ファルコン)…そうね。話してあげてもいいわ。」ヒネノはホエールに下がる様促した。

 

ホエールが部屋を出たのを見届けたヒネノは彼女に問いかけた。

 

「今の私達に足りない物って何かしら?」

 

その問いかけに、グリットは「強い戦士と領土」と答えた。

 

「…まぁ、それらが無ければ話にならないわね。ただ強い戦士は鎧を誰かに『着せ変え』ればそれで良いし、領土も少しずつとはいえ増えている。そのお陰で、ソードの様な人に憑いていない戦士も人間界に行ける様になった。なら次に足りない物…それはその力を支える『奴隷』よ。その奴隷を集める…それが作戦よ。」

奴隷という言葉に、グリットは怒りの反応を見せた…。

 

「そんな物…許される訳ない。愚かな人間と同じ道を進むなど…」ヒネノは、真剣な表情を変えない…。

 

「愚か?どの界隈だってそうだ。強い者が弱い者を踏み台に世界を作る。人間に限った話ではない。私達電脳人だって、それは同じでしょ?」グリットの脳裏に、過去の記憶が脳裏に宿った。

 

自分の目の前に映るボロボロになって働く電脳人の姿を…

 

「…その愚かな道に進まない為に、あの方はこの世界を変えようとしている…その意志に反する事だ…!」

 

「…別に、人間を奴隷にするのだから、構わないでしょ?」ヒネノは、「もう行くわ」と言って部屋を後にした。

 

 

その背中をグリットは止めなかった…、これで世界が良くなるのなら…止める必要はないかもしれない…そう心の中で思い込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、萊智と紬葵の2人は、メリアとその仲間の協力で叶った、元事務所関係者と待ち合わせする場所である公園に向かっていた。

 

「それにしても、メリアさんも、その仲間の人達も凄いですよね。限られた情報だけでここまでできるなんて。」萊智は、ここまで物事が進んだ事に驚きを感じていた。

 

「流石、特定班…と言ったところね。ネットに自分の事なんて載せる物じゃない。」紬葵は、その特定の速さと正確さに驚きより恐怖を感じていた。

 

 

 

2人がその公園に着くと噴水のモニュメント名前で誰かを待っている女性の姿があった。

 

「…もしかして…彼女が待ち合わせの…」紬葵は、声をかける為に近づこうとした。

 

「…待ってください…あの人!」しかし、萊智はその彼女を止めた。罠と感じ取ったからだ。

彼にその女性は見覚えがあった。

 

「…まさか、そっちから連絡が来るなんて想像もしていなかったわ。」女性はこちらに気づき話を始めた。

 

「…夢野さん…何故貴女がここに?」萊智は目の前に居る夢野に聞く。

 

「…何故って、貴方達が逢いたいと言ったから来たのに、それはおかしいんじゃなくって?」2人は、彼女の話を聞いても理解できなかった。

 

「…要するに、元事務所関係者を名乗ってネットに書き込み、貴方達に接触を試みた。まぁ、それ以前に貴方達が事務所に来たのは想定外だったけれど。」

 

「…騙したのね。」紬葵は、怒りを滲ませた。自分達のことを2度も騙したのだ…当然だろう。

 

「私には、やるべき事がある…それをここで果たす!」

夢野は、拳を力強く握り締め、自分の姿をホエールへと変化させた。

 

「…鯨のバグビースト…あの時の。」萊智は一昨日の戦闘を思い出した。

 

「さぁ、貴方達も早く変身しないと、町が危機に晒されるよ。」

 

「「変身!!」」

 

[Synchro UP!][Gaming Cyver!]

 

[Server connection…][Rider Pencil!]

 

ホエールは2人が変身するのが終わるタイミングで手刀から衝撃波を放った。

 

「何度も喰らってたまるか!」その衝撃波を、サイヴァーは剣を振り下ろし切り裂いた。

 

サイヴァーとペンシルは、ホエールに向かって果敢に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別地点、紫苑達と一犀は明日行われるニッコリ感謝祭の準備で会場にやって来ていた。

 

彼女は、初めに舞台上の照明が置かれている場所に来ていた。

 

「ここからだと、会場を一望できるんだね。」彼女は言った。確かに、と一犀も心の中で言った。

 

「ここから下にロープで降りてパフォーマンスするのもいいね。」更に紫苑は妄想を膨らませていく。

 

「確かに、良いですね。」後ろで青木は言った。

 

「良いって、今更パフォーマンスは変えられないけどね。」紫苑は少し恥ずかしがりながら言った。

 

続いて、ステージに上がった。

 

「ここで明日、歌えるんだね…。」紫苑は目を輝かせていた。夢に見ていた舞台で歌う事…それがついに叶おうとしているのだ。

 

「…よかったな、紫苑。」一犀は彼女の夢の達成を祝福した。後ろにいる櫻井と富士井も彼女を応援していた。

 

しかし、ただ1人、この場には居なかった。先程まで居たのに。

 

「…青木さんは何処へ?」一犀は先程までここに居た青木の所在を聞いた。

 

「青木さんなら、先程お手洗いに…」富士井が口を開いたその時だった。

 

会場の入り口から準備していたスタッフの悲鳴が聞こえた。

 

そのスタッフの後ろには、ソードの姿があった。

 

「やはり…3人は早く逃げて!」やはり、というのは青木がバグビーストだったという事…一犀は3人に逃げるよう催促し、自分はソードに向かって走り出した。

 

「貴様は、あの時の…。」ソードは足を止め、宿敵との再会に驚いた。

 

「…そうか。何度来ようが、誰かを傷つけるなら、容赦はしない!変身!」

 

[Server connection…][Rider Sense!]

 

「…いざ、再戦の時!」センスに変身した彼をソードは電脳世界へ連れ込んだ。

 

 

その2人の様子を、青木は眺めていた。

 

「…馬鹿な奴め。」

 

 

 

 

 

 

 




仮面ライダー達と戦闘に入るホエールとソード…その目的とは。

次回、第14話 絶望の歌は止まらない B-PART


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第14話 絶望の歌は止まらない B-PART

電脳世界へと入り込んだセンスとソードは、互いを睨みつけ、威嚇する。

 

「お前が…青木に憑いているのか?」

 

「それは俺を斬って確かめてみる事だな!」ソードは剣を取り出し、センスに向かって走り出した。

 

センスは槍を取り出し迫るソードの剣を弾いた。そして自らの身体を回転させて槍先でソードの身体を切る。

 

しかし、擦り傷程度だった。ソードは体勢を立て直す時間を稼ぐべくノイズの集団を呼び出した。ノイズ達はセンスに向かって走り出す。そして、センスに接近して体当たりやパンチを繰り出す。

 

「邪魔だ!」センスは、それらの攻撃を受けつつ、エネルギーを纏った右脚で円を描くようにノイズを蹴り飛ばした。

 

その攻撃によって呼び出されたノイズの集団は消滅した。しかし、間髪入れずソードが再びセンスに向かって攻撃を仕掛けた。

 

ソードは剣を自分の身体の一部であるかのように奮い、全身を使ってセンスに向かって剣を振り下ろした。

 

センスの胸部装甲を切り裂いたその攻撃に続けて、身体を回転させて、横方向に回転切り、そして瞬間的に移動して左拳を叩き込んだ。

その攻撃にセンスは耐えきれず地面に倒れた。

 

「前より…強くなっている。」彼は身体を起こした。

 

「俺は何度でも強くなる。折角だ、お前を倒したら殺さずに、俺に憑かれてもらう。」ソードは剣先をセンスの喉元に突きつけた。

 

「…僕が?君のような民間人を襲う邪悪に屈する筈がない…。」センスは、ソードを邪悪と切り捨て、ここで絶対倒すと誓った。

 

「…面白い…俺が勝つか貴様が勝つか、勝負だ!」ソードがそう言ったその時、一閃の矢が彼の背中に激突した。

 

「何?…ぐっ!」その攻撃に気を取られ後ろを振り返ったその拍子にセンスは左拳を奴の溝落ちに打ち付けた。

 

ソードは勢いよく後方に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。彼が痛みに耐えながら顔を上げると、センスの隣にはピジョンの姿があった。

 

「大分ヤバそうだったけど大丈夫?」ピジョンはセンスに問う。

 

「僕を誰だと思ってる?貴族である僕が誰かに圧倒される事など無いのだよ。」センスは背中のマントに付いた汚れを払いながら示した。

 

「いや、アンタ5話でボコボコに…まぁいいや。大丈夫ならそれでいいし!」ピジョンはそう言って弓を構えた。そしてソード目掛け反撃の矢を放った。

 

見切ったソードは左側に回避、しかしその先にはその動きを読んで待ち構えていたセンスの姿があった。槍を構え、こちらに転がってきたソードに一突き、そして左脚で蹴り飛ばした。

 

 

「いくぞ、メリア君!」「イッチ、了解!」ピジョンはバスターを、センスはイラストを発動した。

 

まずはセンスがソードに向かって鎖を描く。その鎖は実体化すると奴の身体に巻きつき動きを止める。

 

そこへピジョンの剛腕から繰り出される衝撃力のある一撃が叩き込まれる。ソードはその攻撃に吹き飛ばされ、地面に倒れた。

 

[[Blake finish!!]][Sense strike!][Pigeon strike!]

 

2人は必殺技を発動させる。センス、ピジョンそれぞれ右脚、左脚にエネルギーを纏わせる。そしてセンスは助走をつけて空へ跳ぶ。ピジョンは翼を広げ空へ飛ぶ。そして2人は脚を突き出しソードの胸部に向かって強烈な一撃を放った。

 

「ぐっ…ここまで、か!!」悔しさを滲ませた声を上げてソードは2人のキックに貫かれた。

 

 

 

 

2人が着地した後も、ソードは地面に立って2人を見つめていた。

 

まさか進化するのでは…そう2人は構えた。しかし、それにしては様子がおかしかった。身体中にエネルギーが溢れて今にも崩壊しそうだった。

 

「最期に…奴への嫌がらせも兼ねて…教えてやる。青木江という男は、確かに憑かれている。だが俺じゃない…オクトパスだ。今頃、パープルリバーを捕らえている頃さ…お前に彼女を救えるかな…!!」

 

ソードは最期に手を広げ空を仰いだ。

 

「新たな同士達の誕生を見れない事…残念だな…!」

 

その言葉を遺し、ソードは爆発した。

 

「なんだと…」センスは今ここでようやく気がついた。罠に嵌められていたことを…

 

「イッチ、早く行ってあげて。紫苑さんのところに…」ピジョンは彼を催促した。

 

「…わかった。」センスはそう言って変身を解き、現実世界へと消えた。

 

彼女は、悲しみを押し込めた瞳で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ホエールと対峙するサイヴァー、ペンシル。2人はホエールの放つ衝撃波を左に右に回避しながら距離を確実に詰めていた。

 

先にたどり着いたサイヴァーは剣をホエール向かって振り下ろした。ホエールはその攻撃を簡単に左手で剣先を受け止めた。そして身動きの取れない彼に水を纏った強烈なパンチを繰り出す。

 

「…ここで倒れてたまるか!」サイヴァーはその一撃を耐え、左手に持った銃でホエールを攻撃した。更に後方からペンシルが剣を叩き下ろす。前後からの攻撃にホエールは驚愕と共に今まで感じなかった痛みを強く感じた。

 

「これ程の強さを…」ホエールは2人と距離を取った。

 

「言っておくけど、私達は常に強くなり続けている。お前達に何度も負けはしない!」ペンシルはスマートライザーを剣のグリップに装着した。

 

「…俺達は、人間を守るヒーローだ。簡単に死なないんだよ!」サイヴァーもスマートライザーを銃に装着させた。

 

「…そんな物…知ったことではない!」ホエールは鋭い衝撃波を放つ。2人の戦士はそれを切り裂き前に進む。そして、ペンシルは刃を、サイヴァーは銃口をホエールの身体に突きつけた。

 

[Pencil cutting!][Cyver shooting!]

 

「はあっ!!!」「おらっ!!!」ペンシルの斬撃がホエールの身体を切り裂き、その傷口にサイヴァーの放った光線が衝突し、ホエールを消滅させる勢いで必殺技を放った。

 

ホエールは、その強力な一撃を喰らい、100m以上吹き飛ばされた。その表情は非常に満足げだった。

 

「これでいい、時間は十分稼げた…!」

 

「何!」2人がホエールの飛ばされた方を見ると、そこには巨大化し雲よりも大きい鯨となったホエールの姿があった。

 

「進化した…!」

 

「まずい…センスの力がないと奴の急所が…」彼女のいう通り、進化したバグビーストの急所を探すことができるのはセンスの持つサーチのみ…。

 

「…一か八か賭けてみます!」サイヴァーはそう言って背面に4個水晶玉を出現させ、そのうち無色の水晶玉を割った。

 

その水晶玉から現れた武器は光を放ちながら彼の左腕に装着された。光が収まると、紫色の盾と爪が合体したような武器が召喚された。

 

彼はそれに全てを賭けた…これで探せれば…

 

 

しばらく念じた後、頭の中にふと一つの場所が突然浮かび上がった。

 

「分かりました…背びれです…」

 

「…私が敵を引きつける…トドメは頼むよ。」ペンシルは彼と武器を信じて自ら囮となった。

 

「こっちだ!デカイの!」ペンシルがホエールを引きつける間に、サイヴァーはまだ残っている水晶玉の中から緑色の水晶玉を更に破壊した。

 

すると、今度は自分の身長と同じくらいある斧が召喚された。そしてその斧を彼が持つと、更に刃のところが炎に包まれ巨大な炎の鎌へと変化した。

 

「これで決める!」サイヴァーはホエールの背びれを仕留めるべく空へ飛ぶ。

 

[Blake finish!][Cyver critical!]

 

紅蓮の鎌は、全てを燃やす灼熱と赤く煌めく閃光を放ちながらホエールの背びれに叩き込まれた。

 

ホエールの背びれはその攻撃によって焼き切られ、空中で大爆発を起こした。

 

「やったね…新人、じゃないね。御定君。」ペンシルがそう言ってる間に、爆炎の中から憑き物がなくなった夢野をサイヴァーが抱えて降りてきた。

 

「…とりあえず、終わりましたけど…」サイヴァーが何か言おうとする前に、2人の元に通信が入った。相手はメリアだ。

 

「どうしたの?」ペンシルが聞く。 

 

『皆川さんが、連れ去られる…私じゃ行けないから、2人のどちらかお願い…』いつもの適当な雰囲気のない彼女に萊智は驚いた…私じゃ行けないと言うのも気になる。

 

「分かった、御定君…行ってあげて。」ペンシルはすぐさま指示した。

 

「わ、分かりました。」

 

『場所は送ったからお願い…。』メリアとの通信はここで切れた。

 

「夢野さんは私に任せて…。」ペンシルは彼女を抱えてサイヴァーを見送った。

 

 

 

 

 

 

一犀が現実世界へ帰還した頃、紫苑はオクトパス載ってた触手によって手足を縛られていた。周りにいた筈の櫻井や富士井、その他スタッフは皆オクトパスによって気絶していた。

 

「離して!」彼女は叫ぶがオクトパスは特に聞く様子はない。

 

「大人しくしていなさい…」

 

「待て!!」そこへ、一犀が息を切らしながらやってきた。

 

「遅かったですね、頭の良さそうな貴方ならそれぐらいの事、気づきそうな気がしたんですけどね…」彼はわざとらしく一瞬青木の姿に戻った。

 

「…貴様!!」一犀は彼女を助けるべく走るが、オクトパスは紫苑を盾にし彼の動きを止めた。

 

「…甘いですね…」オクトパスは余った足で生身の一犀を地面に叩きつけた。

 

そして彼が起き上がるのを前に電脳世界へ逃亡した…

 

「…許さん…待て!!」

 

 

怒りに震える一犀は、奴を追いかけて電脳世界へと飛び出した…

 

 

 

 

 





次回、第15話 絶望の歌は止まらない C-PART


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第15話 絶望の歌は止まらない C-PART

「…許さん…待て!!」

 

彼女(紫苑)を追って電脳世界へと向かったセンス(一犀)…彼が入り込んだ時にはすでに、オクトパスは何百メートルも先を進んでいた。

 

「あの男、追いかけて来たか。」オクトパスは応撃はせずあくまで逃げようとする。

 

「一犀!!!!」「紫苑!!!!」紫苑は彼の名を叫び、一犀も彼女の名を呼んだ。

 

「もう遅い…!」オクトパスが足を伸ばしたその時、足の一本が狙撃された。

 

矢が突き刺さった足を見て「待ち伏せか…。」とオクトパスは上を見上げた。

そこには翼を広げ弓でこちらに向かって弓を引いているピジョンの姿があった。

 

「貴様…この女に当たってもいいのか!」オクトパスは彼女を盾にするようにピジョンに見せつけた。

卑劣な奴…ピジョンは心の中で呟き、弓を収納してオクトパスに向かって垂直に飛行する。

 

「馬鹿め!」オクトパスは迫るピジョンに脚を向け拘束しようと試みる。

 

「はあっ!!」ピジョンはそれを身体を回転させて交わそうとした。それによって脚の殆どを振り解いたが、最後の一本が左脚に絡みついた。

 

ピジョンはそれを振り解こうと左右上下に飛ぶ…。オクトパスはそれに必死に喰らい付いていた為に、後方から迫るセンスの槍の一撃に気が付かなかった。

 

その攻撃を無防備で背中に喰らったオクトパスはその衝撃でピジョンと紫苑を手放してしまった。

 

センスはすぐさま紫苑の落下地点に先回りし、落ちてくる彼女を受け止めた。ピジョンも自力で着地し、2人の安否を確認しホッとした。

 

「ぐっ…こうなれば…」オクトパスは、新たな手を放つとセンス達は想像し、構えた。

 

オクトパスは脚を鋭い角のようにして伸ばし、センス達…の後ろにあるコンクリート壁を破壊した。

 

「まずい…!」ピジョンは2人を抱えて即座に脱出しようと試みた。しかし瓦礫が邪魔をし助けにいけない…それにタイミングを逃せば自分まで生き埋めになる…そう考えた彼女はまずは自分だけ一旦離脱した。

 

一方、センスと紫苑は走って脱出を試みるが、こちらもまた瓦礫が邪魔をし、今にも上から迫る瓦礫に潰されそうになった。一犀は彼女だけでもと彼女の上に覆い被さった。

 

その時だった、一台のバイクが猛スピードで接近、生き埋めになる寸前の2人を抱えて脱出した。

 

「なんだと…!」オクトパスの見たそのバイクにはサイヴァーが乗っていた。

 

「よかった…間に合った。」2人を抱えた…と言うよりはセンスを跳ね飛ばし紫苑を抱えて脱出したと言った方がいいだろう。倒れているセンスに「大丈夫ですか!」とサイヴァーは声をかけた。自分のせいなのに。

 

「紫苑は…」突然の衝撃で頭がクラクラしていたセンスはなんとか身体を起こしながら紫苑の状況を聞いた。

 

「うん…私は大丈夫。」紫苑は、半分放心状態になっていたが答えた。

 

 

3人の会話している様子から無事であっただろうとピジョンも察してオクトパスの方に目線を向けた。

 

オクトパスは何もかも上手くいく敵に怒りの感情が沸々と湧いていた。

 

「何故…何故だ…!」その時だった。その彼の怒りに呼応するように突然地面が揺れ始めた。

 

そして、センス達のいる地面が突然『砕け散った』のだ…。

 

「きゃあ!!」「紫苑!」運良くセンスとサイヴァーは崖に捕まった。しかし紫苑はその崖下へと引き摺り込まれてしまった。

 

「今よ…オクトパス。」何が起きたか自分でも分からないオクトパスはふと聞こえたその声で今何をすべきか察しがついた。

 

 

 

 

「一犀!!!!」彼女は崖から落ちながらも彼の名を叫んだ。その彼女の目の前には、飛行能力を持つピジョンが手を伸ばしていた。

 

「私に捕まって!!!!」ピジョンの声に、紫苑は手を伸ばし握りしめた。

 

「よかった…」そう思って再び顔を上げた時、その手には彼女の手ではなくヌメヌメとしたオクトパスの足があった。

 

彼女はそれに勢いよく引き上げられた。ピジョンはその光景に呆気に取られておりしたから迫る巨大な怪魚に気が付かなかった。

 

その怪魚はよそ見していたピジョンを突き飛ばし一気に穴の外へ放り出した。

 

「イッタ…誰?」ピジョンが顔を上げると、そこには巨大なサメが天を泳いでいた。

 

「将軍…感謝します。」紫苑を抱えたままのオクトパスはこの場から退却した。

 

「待て!」サイヴァーとセンスはバイクを召喚しすぐ様追いかける。

 

「逃がさん…!」それを巨大サメが追いかける。海を泳いでいるかのように進む。そしてサイヴァーとセンスを照準に合わせるとまるでサメ映画のように大きく口を開き2人を飲み込もうとする。

 

「まずい、避けろ!」センスの声でサイヴァーも後方の状況に気づき寸前のところで左右にバラけ回避した。

 

「…ぐっ、逃げられた!」サイヴァーが再び視線を前に移した時、オクトパスの姿はすでになかった。

 

そのかわり、巨大サメが迫っていた。「ジョーズかよ!!」ゲーミングフォームに変身したサイヴァーは剣を構えてその突進を受け止める。しかし、しばらく均衡しあったのち、彼は負けてしまい吹き飛ばされてしまった。

 

「はあっ!!」センスは後方から槍を突き刺そうと迫る。しかし、サメは身体を捻らせそれを叩き落とした。

 

 

2人が戦闘不能に陥ったことを確認したサメは、自分の体を素の怪人態へと戻した。

 

「彼女にはとっておきのステージを用意してある。返して欲しければそこへ来い。まぁ、戦えればの話だかな。」シャークはそう2人に伝えると闇の中へ消えてしまった。

 

「人間の悲鳴が聞けるのを楽しみにしている」そう呟いて。

 

 

 

 

「2人とも!」後から追って来たピジョンが倒れている2人の元に駆け寄った。

 

「俺の方は…でも…。」サイヴァーは答えたが、センス(一犀)は彼女を助けられなかった、狙いに気づかなかった自分の未熟さへ怒り、拳を地面に打ち付けた。

 

 

 

 

 

3人は一旦体制を整えるべくデジタルセイバーに撤収した。

 

そこには夢野を送り届け帰還した紬葵の姿があった。

「おかえり。」彼女は戻ってきた3人にそう声をかけたが、紫苑を助けられなかった事に対して、特に一犀は気持ちが沈んでいた。

 

その様子に、紬葵はため息をついた。

「まだ、皆川さんは死んでいないんでしょ?だったら、まだ諦めるべきじゃないわ。」

確かに、あくまで彼女は拐われただけ、助けれる見込みだってあるのだから。

「…後悔するなら、何か行動してからにしよ。」大切な人(柿崎)を既に亡くしている彼女の一言には大きな説得力があった。

 

そうだ、俺達はこんなところで諦めない。萊智とメリアは、その言葉によって活力が復活、顔を上げた。

しかし、一犀は自身の犯してしまった事の重大さが重くのしかかって、立ち上がれない。

 

「…そういえば、シャークが言ってた『とっておきのステージ』ってなんなんですかね。」萊智は、先程の戦闘でシャークが放った言葉をふと思い出した。

 

「…そうね。彼女は明日のニッコリ感謝祭のステージに出る予定だけど、そのステージのことではないよね。」紬葵は自分の考察を口にする。

 

2人が頭を抱えていると、メリアが突然驚きの声を見せた。

 

「2人とも、このニュース見て」そう言ってネットニュースの記事を見せた。そこには『パープルリバー急遽出演中止、代役にヒネノ』と見出しがあった。

 

「…なんで…。」萊智は、しばらく記事を凝視した。

 

「もしかして、ヒネノは最初からこれを目論んでいたんじゃ?」紬葵が一つの結論らしきものにたどり着いた。

 

「今までパープルリバーに対してしてきた行い。機器の破損も視聴者の昏睡も、全ては私達がこの真の狙いに気付かせない為にやった…。」

 

「…でも、なんでこんな回りくどい方法を…。」メリアはそう聞いた。

 

「…もしかして、人間に憑いたバクビーストを量産する為…。」萊智はそう呟いた。

 

「…確かに、大量の人が集まる感謝祭はうってつけの場所ね。」紬葵が答えた。

 

 

「…なら、なんで…。」その時、今まで黙っていた一犀が口を開いた。

 

「なんでこんな事のために紫苑は巻き込まれたんだ!こんな…。」彼は泣いていた。彼の泣いている姿を初めて見た3人は、その問いに答えられなかった。

 

「…すまない。僕1人が、こんなに引きずってしまって。少し一人で考えさせてくれ。」一犀はそう言ってデジタルセイバーから姿を消した。

 

 

その一犀が向かったのは、誰もいない公園だった。

ベンチに座り頭をかき乱した。

 

 

──何故、助けられなかった。

 

──何故、狙いに気づかなかった。

 

そう自分で自分を責めた。ここまで、自分の自尊心が傷つけられたのは、初めてだった。

 

大切だって分かってたなら、なんで守れなかったんだ…守らなきゃいけないのに。

 

「…僕は、まだまだ弱いな…」悔しさから、ついそう言う負の言葉を放ってしまった。

 

 

 

『一犀は確かに身体的な強さはあまりないかもね。』

 

ふと、彼女の声が聞こえた。聞こえたような気がした。そういえば、前にも同じような事を話したことがあった。その時、紫苑はこう答えた。

 

『でも、心の強さは本物だよね。だって、『僕は現代貴族として責務を果たす!』なんて言ってすぐ立ち直っちゃうし』

 

 

そうだ、そうだった。この僕が、一番肝心な事を忘れていた。

 

僕は現代貴族だ。貴族には、課された責務がある…今は、紫苑を守るという大きな責務が。僕はそれを全うしなければならない。

 

「…彼女を…救う。」

 

 

ありがとう、大切なことを教えてくれて。

 

 

僕は、立ち上がり前へ進んだ。その先に見える物は一つ、彼女を助け出すという未来だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第16話 摩天楼から響くファンファーレ


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第16話 摩天楼から響くファンファーレ

 

ニッコリ感謝祭会場…

地球上の人が全て集まったのではと思わせる程の人の流れがあった。その会場で、関係者以外立ち入り禁止の張り紙が貼られている場所に、男が1人、入った。

 

扉の先には、ステンレスでできた足場がある。そこを進んでいくと下に会場が見えてきた。

そこに紫苑は居た。鎖で手足を縛られ、声が出せないよう口も塞がれていた。

 

はらへ(離せ)!!」彼女はやって来た男、青木に言った。

 

「…そう言われて正直に解放するやつなんて居ませんよ。第一、貴女は人質だ。そう言う態度で良いのかな?」彼女は、いやらしく言葉を発する彼を睨みつけた。

 

「…あおい…なんれるらぎったの(青木…なんで裏切ったの)?」

 

「…あくまで、私は青木の姿に憑いているだけ。貴女の知る青木ではないのですよ」彼は、彼女に丁寧に説明すると後ろを向き扉のあった方へ歩き始めた。

 

「ヒネノのパフォーマンスまで後7時間…果たして君の王子様は助けに来るかな?」

 

「…くるわ…ぜったいに…いっせいなら」彼女は口を塞がれていたが答えた。

 

「そうですか…まぁ、楽しみにしておきましょう。彼がやって来ず、君が泣き叫ぶのを」青木は扉を開け外に出た。そして、扉を閉めて鍵をかけた。

 

「…(お願い…一犀。)」彼女は願った…彼が必ず来ることを。

 

 

 

 

 

 

その一犀は、昨日の襲撃による怪我で病院に搬送された櫻井と富士井のに会いに来ていた。

 

「昨日は、彼女を連れ去られてしまって申し訳ございません。」彼は会って早々、昨日の謝罪をした。しかし、2人は特に彼に文句を言う様子はない。

「僕達が青木さんの違和感にもっと早く気づいていれば良かったんです…むしろこっちが協力できなくてごめんなさい。」むしろ、富士井が謝罪をしてきて一犀は戸惑った。

 

「…とにかく、私達にあなた方を責めるつもりはない。それに、彼女に信用してくれと頼まれたんですから、最後まで信じ続けなければ。」櫻井の言葉は、一犀の心に優しく響いた。

 

「…それで、2人に一つ確認したいんですけど、今回彼女のパフォーマンスを一番良く見れる場所はどこか心当たりがありますか?」一瞬、2人は何のための質問なのか分からず顔を見合わせたが、それぞれ答え始めた。

 

「やっぱり、前列ですかね…彼女に一番近いですし。」富士井は最初に前列と答えた。

 

「それなら、舞台袖もいいんじゃない?スタッフだけの特権だけど。」続いて櫻井が答えた。

 

「後、撮影するのなら少し高い2階とか…」更に櫻井が意見する。しかし、一犀にはどれもピンと来ない。

 

「…そうですか…」

 

「逆なら、彼女は舞台の上がいいって言ってましたよね?」富士井が意味深なことを口にした。

 

「逆…?」思わず一犀は聞いた。

 

「ほら、彼女は昨日照明の所を見てた時、『会場を一望できる』って」

 

〜彼女にはとっておきのステージを用意してある〜

 

奴らは、大量のバグビーストを人間に憑かせようとしている。それを見ることができて尚且つ安全な場所…それが『舞台の上』…

 

「ありがとうございます。」一犀はそう言って部屋を出ようとした…しかしそれを櫻井達が止めた。

 

「紫苑は、私達に仕事を、生きる希望をくれた人だ。必ず助け出してください」

 

「僕達には、まだ彼女が必要なんです…お願いします」

 

2人は、必死の表情で彼に願った。その彼は2人に答えた。

 

「僕も彼女に救われた人間の1人だ。必ず救います…命懸けで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

病院を出てすぐ、彼は電話をした。相手は萊智だ。

 

彼は1コールもしない内に出た。

『貴峰さん…今までどこに…?』彼の心配する声にすまないとだけ返した。

 

「僕はこれから彼女が捕らえられている場所に向かう。君達は3人で電脳世界側に居るであろうバグビーストの大群の処理を…」

 

『…そっちは…』萊智は、不安げに聞いてきた。それもそうだろう。

 

「安心したまえ、僕は貴族だ。生きて帰ってくる、紫苑も救って…ステージに立たせる。」

 

しばらく黙ったのち、萊智は言葉を発した。恐らく電話の周りにいる2人の賛否を聞いたのだろう。

 

『分かりました…お願いします』そう言って萊智は電話を切った。

 

「…さぁ、行こうか。」一犀はバイクを召喚すると、フルスロットルで会場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

パフォーマンスまで残り3時間、電脳世界の会場ではまだ生まれたての魂だけの存在のバグビーストや、ノイズ達の姿があった。

 

「後3時間後には、我々の天下が訪れる!お前達の活躍を期待している!」それを扇動しているのはオクトパスだ。

 

「それはどうかな?」その大群に対して1人の男が言い放った。

 

「何…?」オクトパスは声の主を見た。そこには、サイヴァー、ペンシル、ピジョンの3人が居た。

 

「私たちがここでお前達を全員倒す…だから天下は一生来ない。」ペンシルが続けて言う。

 

「悪い事をする以上、私達が止める…」ピジョンが更に言う。

 

「ふっ…彼女の居場所が分からないから我々を倒してしまおうと言う魂胆か…だか、お前達に倒せるかな。」オクトパスは問う。

 

「…俺達は、仲間を助けるべく…その大切な人を守る為に戦う!」[Synchro UP!][Gaming Cyver!]

 

ゲーミングフォームに変身したサイヴァーはオクトパスの元へ、それ以外の2人はノイズ達の集団に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、一犀は舞台上に上がる扉の前に居た。彼は扉を開けようとノブに手を掛けるが開かない。あらかじめ鍵を借りておいて正解だった…そう思って鍵を取り出そうとしたその時だった。

 

「立ち入り禁止…という文字が読めないのかしら?」

 

彼は後ろを振り返った。そこには、翠色の髪をした少女が居た。

 

「…これは失礼、しかし急用でね…それより、僕からしたら君の方が部外者のように感じるが。」一犀は、敵だと気づいた。しかし、それにしては他の誰よりも威圧感のある…この感じ、どこかで…

 

「…あらそう。ならこう言えば分かるかしら…ヒネノ…そして、シャーク。」やはり、シャークだったのか…一犀は、彼女を見たまま硬直していた。

 

「…まぁたどり着いた以上、仕方ないか。」ヒネノはそう言って一犀を軽く押し退けて扉を開けた。

 

そして中に入り、人質にされている紫苑を見せびらかした。

 

「紫苑!」一犀はついヒネノがいる事を忘れて助けようとした.しかしヒネノはそれを止めた。

 

「まだ、解放するだなんて言ってない…せっかくだから、歌う前の身体慣らしに付き合って貰おうかしら。」ヒネノはそう言うと身体をシャークに変えた。そして、鋸のような双剣を構えた。

 

「さあ、貴方も変身しなさい!」シャークは彼に促した。一犀は迷わずスマートライザーを取り出した。

 

「…紫苑は、僕が救う!変身!」[Server connection…][Rider Sense!]

 

センスは、槍を持ちシャークの攻撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

オクトパスは、自身の持つ杖でサイヴァーの剣を押さえた。

 

「まだまだ、こんなものですか?」オクトパスはサイヴァーを煽る。

 

「うるさい!干物にしてやろうか!」サイヴァーはオクトパスを右足で蹴り飛ばした。

 

「それを言うならイカに言え!」オクトパスは大量の足を触手のように操りサイヴァーに向けて一斉に放った。

 

「全部切る!」サイヴァーはそう宣言すると触手に向かってエネルギーを纏った剣を振り下ろす。剣先から放たれたエネルギー弾は触手を全て切り裂き、相手の足を引っ込めさせた。

 

「…ここでお前は必ず倒す!」サイヴァーは後方に現れた4色の水晶玉を全て砕いた。そしてまずは白色の水晶玉から現れたパーツを右足に装着した。

 

そしてオクトパスの元に右足に雷を纏わせながら迫る。その右足をオクトパスの腹部に打ち付けた。

 

「な、身体が痺れて…!」オクトパスの身体に電撃が迸る中、サイヴァーは赤い水晶玉から現れた氷の剣を手にした。そして地面に突きつけオクトパスの身体を絶対零度まで凍らせる。

 

「こんなもの…再生されれば…」オクトパスはそう言うが、一向に触手が再生される様子はない。

 

「傷口を氷で塞いだのさ…後はお前を粉々になるまで叩くのみ!」サイヴァーは次に青い水晶玉から現れた紫色の矛と盾を右手左腕に装備してオクトパスに連続して突き刺さる。オクトパスは少しでも抵抗すべく墨を撒き散らすが、全て盾で抑えられ意味をなさなかった。

 

完膚なきまで叩かれたオクトパスに闘う意志はなかった。

 

「…これで最期だ、青木さんを返してもらう!」サイヴァーは最後に残しておいた緑色の水晶玉から現れた剣を手にした。その剣は手にした瞬間戦斧に変わりいかにも強力な武器へと変化した。

 

[Blake finish!][Cyver critical!]

 

サイヴァーは、身体を横に回転させオクトパスの身体に強い打撃を与えた。オクトパスは、悲鳴を上げながら爆散、憑いていた青木の身体が爆炎の中から倒れてきた。

 

「…後は雑魚だけか。」サイヴァーは彼の身体を抱え安全な物陰に運んだ。

 

「貴峰さん…」

 

 

 

 

 

 

初めに攻撃を仕掛けたのはシャークだ。センスの鎧に刺々しい右足で蹴り上げようと迫る。

センスはそれをジャンプして回避、シャークの後ろに回って紫苑の前に降りた。そして槍の刃を使って彼女を縛っていた鎖を切り裂き、口元を覆っていたテープを優しく剥がした。

 

「来てくれるって、信じてた」彼女は安堵の表情を見せた。

 

「分かってるじゃないか」センスは彼女の無事を確認し再びシャークに目線を移した。

 

「へぇ、つまらないね…人質優先なんて」シャークは残念そうに言った。

 

「当然だ。彼女は皆の希望だ…優先してでも助けるさ!」櫻井や富士井、彼女のファン、そして自分にとっての希望…だからこそ守る。そう彼は固く決意している。

 

「ふーん、じゃあさ、こうしてやるよ!」シャークは双剣を2人に向かって投げつけた。一直線に迫る剣をセンスは薙ぎ払おうとした。しかし、そうすると下手すれば下の会場に落ちる。そんな事したら祭りどころじゃない…

 

だが、それでも彼は諦めない…彼は彼女を後ろに押し倒して前に出た。

 

「僕は…必ず彼女と、このステージを守る!」その時、彼のスマートライザーが輝き始めた。白き光を放ち、センスを包み込んだ。

 

しかし、それと同時に双剣が彼の身体に激突…胸部を貫かれた彼は地面に倒れた。

 

「一犀!!」紫苑は叫んだ。しかし彼はピクリと動かない。

 

「ははは!!!!ざまあないな…!!!!」シャークは彼の死を滑稽に思い嘲笑った。しかし、その声はすぐに消えた。

 

「それは誰に対してだい?」どこからともなく、一犀の声が聞こえた。しかしその姿はない、ましてや倒れた彼でもない。

 

「なんだと…!」その時、紫苑の更に後ろの影から声の主が現れた。白に紫色の装飾が為された鎧、その中央に輝く白銀の再生ボタン、背中にたなびく黒いマント、そしてカメラのような形をした頭部に付けられた2本のアンテナ…紛れもなく、センス…だが新たな形態に超進化(シンクロアップデート)していた。

 

[Synchro UP!][Movie Sense!]

 

その名をムービーフォーム、動画アプリそのものを能力に変えた形態。

 

「そのセンスは、僕が作り出した分身だ」

 

突き刺さる直前、ムービーフォームに変身したセンスは即座に自分の分身を作り出した。そして自身はその場から一旦退避した。

 

「もう…死んだと思ったじゃない!」紫苑が半泣きでセンスに言った。

 

「冗談も貴族の嗜みさ。だが、これから先は控えるようにしよう」センスはそう言うと新たに解放された槍型武器、ムーブオンスピアを取り出した。センスデバイスのような細身の槍というより、先端がドリルのように鋭くなっている西洋騎士が使うような槍だ。その武器で剣を投げた事で無防備になったシャークの腹部に突き刺した。そしてそのまま扉の外まで押し出した。先程のように会場を危険に晒さない為に。

 

扉の外には都合よく人がいなかった。これなら気にせず戦える。

 

「貴様!!」シャークは鋭いパンチを繰り出した。が、既にムービーフォームの力を自分のものとしたセンスには無意味なものだった。再び分身を作り出し、シャークの後ろから攻撃させた。シャークは後ろから突かれた勢いで窓ガラスをぶち破り外に落下した。センスはそれを追いかけ窓の外に出る。その時、マントが再びたなびき、まるで青空を飛ぶ白鳥のように見えた。

 

外にいた人たちは突然、人型の何かが落下してきた事でパニックが起き始めていた。しかし、シャークはそれを気にせず更に力を解放させる。前に現れた時のように巨大サメへと変化し、突撃する。

 

「ならば!」センスは右腕をイラストに変えると空中に円を描き、最後に持ち手のような棒を外側に描き、シャークの軌道から外れた。

避けきれなかったシャークはその円の中に侵入、すると円は巨大な網へと変化しシャークを一瞬にして捕らえた。

センスは持ち手を握ると、まるで槍を振り回すかの如くその網を回し、最後に地面に叩きつけた。

 

シャークはその衝撃で弾き出され怪人態に戻ってしまった。

 

「私が…こんな奴らに!」

 

「…これで終わりにしよう」[Blake finish!][Sense moving!]センスはそう言うと必殺技を発動させた。

 

白いオーラを纏った槍を構え、そして地面を勢いよく駆ける。ドリルのようにその槍をシャークの身体に深く突き刺した。

 

「うぐっ…がぁあ!!!!」シャークは最期に言葉を上げる事なく、大爆発と共に消滅した。

 

 

 

しかし、その爆炎の中からシャークに憑かれていたであろう少女は一切現れなかった…それどころか、爆心地には何も残っていなかった。

 

 

「…一犀!」変身を解いた彼に追いかけてきた紫苑がやってきた。

 

「ありがとう、そしてお疲れ様。」彼女は彼にそう言った。しかし、一犀はまだ終わりじゃないと言った。

 

「…早く、君はステージに行くんだ。今なら間に合う。」

 

「…そうだね。私はみんなの希望なんだから!」そう言うと紫苑は走って会場に戻っていった。

 

 

 

 

その後、後処理をしながらだが、彼女の歌声が僕の元にも届いてきた。それだけじゃない、彼女の登場を喜ぶ観客の声も…。

 

 

 

 

「ヒネノが破れたか…やはり、奴のやり方はダメだった…か。」グリットはヒネノが居座っていた電脳世界にあるビルで呟いた。

 

 

 

その後、ヒネノの元になった人物についても調べられたが、彼女の特徴と一致する行方不明者は存在しなかった。恐らくだが、彼女はバグビーストの中でも上位の存在、人間に憑かなくても人間態があるのではと言う考察に至った。

 

 

 

 

 

感謝祭が終わって数日、僕と彼女は再び喫茶店に来ていた。

 

「…夢が叶ってよかったな」僕は真っ先に彼女を祝福した。しかし、彼女は満足そうな顔をしなかった。

 

「うん、でも私、もっと上を目指したい…例えば世界とか…」彼女の目は夢を見ていてとてもキラキラだった。

 

「…紫苑ならできるさ」

 

「…そういえばさ、青木、マネージャー辞めるって。自分のせいでもあるから責任をとって…」紫苑は一犀から目線を逸らして言った。

 

「そのせいでマネージャーが居ないんだよね…だからさ…」一犀は言葉の意図を感じた。自分をマネージャーにしよう、とか。

 

「流石に君の願いとはいえ、それは断らせてもらうよ」紫苑はまあそうだよね。と返した。

 

「世の中にはまだまだ僕の助けを必要としている人がたくさんいる。全て救うまで、僕はデジタルセイバーから離れるつもりはないさ」一犀は自信満々に答えた。

 

「うんうん、その方が一犀らしいしね。でも、何か困ったら私を頼ってね。なんなら本当にうちに来てもいいんだよ。仕事でも、プライベートでも」

 

「ああ、その時は是非世話になろう。逆に君がまた僕に助けを求めてくれてもいいんだよ」

 

 

「互いに、目標の為に頑張ろ!」「そうだな…応援してる」「私も」

 

一犀と紫苑はこうして、再びそれぞれ自分の進む道へと別れていった…また交わるかもしれないが、それはだいぶ先の話…

 

 

 

 

 

 




秋、それは誰かの真の姿が明かされる時、そしてバグビーストのグリットが動き出す

次回、第17話 鳩のオモテとウラ


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第3章
第17話 鳩のオモテとウラ


 

 

 

 

 

夏が過ぎ、季節はもうすぐ秋になろうとしていた。9月は、残暑が酷く天気予報では猛暑日、真夏日という言葉をよく目にしたが、10月にも入るとその暑さが多少なりとも収まり、少しは快適になり始めた。

 

萊智は、夕暮れ迫る街を歩いていた。バイトを終わらせ、疲れ切った身体をゆっくりと動かして家に帰る。その後は夕食を食べてレポートをやって…

現実が、彼に重くのしかかる…気が重い、面倒、その言葉が頭の中を堂々巡りしていた。

 

その中、ふとある事を思い出した。「そういえば最近、デジタルセイバーに顔を出してないな…」それもそうだ。夏休みはほぼ毎日行っていたが、9月に入った途端、1週間に一度は顔を出そうとも思ったがバイトやレポートや気が向かない、だのなんだの適当な理由を自分に言い聞かせて結局1ヶ月以上顔を出していない。

──これは今週末行くしかない──

彼はそう決意した…本当に行くかどうかは保証できないが。

 

 

 

 

その週の土曜日、デジタルセイバーにはサイヴァーを除いた4人がいつものようにいた。彼ら4人は、ここ1ヶ月以上会っていない彼の心配もしていたが、便りがないのは良い知らせと思いあまり詮索はしなかった。

 

だが、それにしたってこの4人はここにしょっちゅう顔を見せすぎでは?と思うだろう。だが、彼ら4人はサイヴァーとは違いこのデジタルセイバーに務めることが本職である。だから言ってしまえば通報が無ければ暇だ。実際、ここ1ヶ月大きな事件は起きていない。精々小競り合い程度の小規模な襲撃。世界が平和になるという点ではいい事だが、それはつまりこの4人の失業を意味している、がその心配はしばらくはないだろう。

 

何故なら私が…おっと、少々長く話してしまったようだ。やはり歳を取ると長く話してしまうようだな…ところで私が誰であるか、それはこの後説明するとしよう。

 

改めて、デジタルセイバーの様子を見てみようじゃないか。

 

 

「そろそろ10時か…」一犀は席を立つとスマートライザーをズボンのポケットに入れた。

 

「イッチ、何処か行くの?」相変わらず椅子に座ってタブレットを眺めているメリアが聞いた。

 

「ああ、今日は紅茶同好会の集まりがあってね。」一犀は「お土産が欲しいかい?」と聞いたが「いらない」とメリアは答えた。その回答に一瞬、彼は戸惑ったが、気を取り直して「行ってきます」と言ってここを後にした。

 

続いて、紬葵と紅葉が支度を終えてこちらも出かけようとしていた。

「私達、これから本部に行ってくるから。」紬葵はメリアに声を掛けた。

 

「はいはい、お気をつけて〜。」メリアは一瞬顔を上げて2人を見送った。

 

2人がここから居なくなるまでメリアは見送った。

 

2人が居なくなり、ここにはついに自分1人となった。

「本部、私そんな好きじゃないからね〜なんでか分からないけど。」

 

メリアは普通の声で話した。そして、タブレットを机の上に置いた。

 

「そういえば最近、やってなかったな…今度こそ、思い通りになるといいけど。」彼女は拳を力強く握りしめた。

 

 

 

 

 

その頃、萊智は自分の住まうマンションの自室で月曜日提出のレポートの佳境に入っていた。

 

「後はこの考察を書き終わらせれば…」萊智は目を真っ赤にさせて執筆し、そしてついに終わらせた。

 

「いよっしゃ!!やってやったぜ!!ぐへ!!ぐへへへ!!」金曜の夜に手をつけ、途中で睡眠するつもりだったが、どうやら翌朝までやっていた様だ。彼の精神状態はとても不安定、目の下にはクマができており、深夜テンションを超えて徹夜テンションとなっている。「大丈夫?」と声を掛けてやりたいぐらいに。

 

しかし、変な精神状態で睡眠する気には一切なれない萊智は、机の上にあるスマートライザーを手にして、何を思ったかこのタイミングでデジタルセイバーに向かうべく白銀の光に包まれた。

 

 

 

 

 

デジタルセイバーの本部は、東京から少し離れた自然の中に白い壁を輝かせて佇んでいた。本部の中は国家機密であり、簡単に入れるような場所ではない。

本部では主にバグビーストとスマートライザーの研究が行われている。

バグビーストは生態や、人間に憑く原理など、スマートライザーについては、未だ解明されていない部分…特にサイヴァーとセンスがたどり着いたシンクロアップデートについて。研究員たちは日夜その研究に勤しんでいる。

紅葉と紬葵はその研究室を抜けて、更に進む。そして、最深部にある鉄製の扉の前に立った。

 

しばらくするとその扉が轟音と共にゆっくりと開いた。そして、その先には東京を一望できるよう窓ガラスが一面に貼られている部屋が広がっていた。長官室…それがこの部屋の名前だ。そしてそこに唯一置かれている黒いデスクには男が座って2人を眺めていた。

 

 

 

「久々に顔出すからみんな喜ぶかな」そんな事を萊智は着くまでの一瞬、考えた。そして、光は収まり、瞬きをした。

 

その彼の目の前には、いつもの賑やかなデジタルセイバーではなく、電気の消された部屋に、真紅の鳥のバグビーストの姿があった。

 

「誰だ…?」」萊智は咄嗟に聞いた。そのバグビーストは、彼の声を聞くや否や彼の方向を向いて、目を丸くさせた。その光景はまさに鳩が豆鉄砲を食ったようだった…

 

 

 

 

 

 

「待っていたよ、紅葉隊長、そしてペンシル」男は老いた見た目に反してハリのある声で話した。

 

「ご無沙汰しております、長官」紅葉は長官…長居(ながい)菅蔵(かんぞう)に頭を下げた。その動作に合わせて紬葵も頭を下げる。

 

「早速本題に移る前に、少し世間話でもしようか…そうだな、彼女(メリア)についてだ。」紬葵は突然のことに動揺したが紅葉は慣れているからか特に表情一つ変えていない。

 

「…メリア…いや、ピジョン・バグビーストについて。」

 

 

 

 

 

「ごめん、私だよ」ピジョン・バグビーストからメリアの声がした。更に彼の目の前でメリアの姿に戻った。萊智はこの出来事に混沌を極めていた。

 

「えっと…」萊智は、何か言葉を発しようとした。何故メリアがバグビーストなのかとか、敵なのか…ただ、それよりも動揺が上回って言葉が詰まって出てこない。

 

「…そっか、完全に話したつもりでいた…まだ君は知らなかったよね」メリアはとりあえず彼に座るよう促した。

 

「私ね、バグビーストなんだ。それも鳩の…」いつもの雰囲気からは感じない真剣な表情で彼女は話を始めた。

 

「…私、記憶がないの…」萊智は、初めて聞いた話に耳を疑った。しかし、メリアは話を続ける…

 

 

 

彼女が発見されたのは今から5年前、デジタルセイバーの戦闘部隊ができるよりも前のことだ。

当時のデジタルセイバー、その頃は電脳科学研究所と呼ばれていた。そこでは『データ世界に人間が入る』と言う実験を行われていた。その実験で作られた初期型のサイヴァーを身につけた柿崎が初めて電脳世界に入った時、人間態のメリアが見つかった。傷だらけで、今にも死にかけていた彼女を彼は助けたい、その一心で連れ帰った。

 

彼女は無事に現実世界に入ることができたが、彼が初めて持ち帰って来たという事もあり即座に研究材料になってしまった。

 

彼女にとっては、何故そこで倒れていたかも分からないのにいきなり連れてこられて、勝手に研究材料にされる…人間の言葉すら知らない彼女は助けを求めることすらできなかった。

 

その行為を辞めさせたのも、また柿崎だった。彼は彼女を研究に連れ出そうとする研究員に銃を向けた。

 

「彼女は、道具じゃない…生き物だ」彼は言い切った。その言葉に胸を打たれたか、もしくはその銃に撃たれるのが怖かったからか、研究員たちは彼女を執拗に研究に連れ出すことをやめた。

 

同じ頃、電脳世界からバグビースト達の攻撃が始まった。その猛攻に対応すべく戦闘部隊が作られた。選ばれたメンバーは、当時研究員を従えていた紅葉と、サイヴァーに変身できる柿崎、そしてメリアの3人。メリアには、ピジョンに変身できるスマートライザーを受け取り、彼女も戦士となった。

 

しかし、と言う事は幼そうに感じる彼女が実はデジタルセイバーの中では一番上の先輩戦士という事になる…。

 

 

 

「前に、イッチのこと助けてって言ったことあったでしょ?」彼女は彼に聞いた。彼もまた覚えていた。皆川さんが攫われた時、彼女が怪我でもして手助けできないからそう言ったと思っていた。しかし実際はその後も普通に戦闘に参加していた為不審に思っていた。

 

「あれ、私が現実世界に怖くて出られないからで…」

 

研究所で受けた仕打ちが彼女にとって大きなトラウマになっていた。

 

「…あれ?でも俺がグラスホッパーやピーコックを倒した時も外に出てなかったっけ…?」他にもスパイダー戦の時もそうだ。

 

「変身した状態なら、多少の時間平生を保って外には出られる…でも長時間だったり、変身せず外に出るのは怖い…。」メリアの怯えたその姿を、萊智はどんな心境で受け止めればいいか分からなかった。記憶喪失で、怪物で、外にトラウマを持ってる…そんな人物に会ったことも聞いたこともない…。

 

「時々、さっきみたいに誰もいないところでバグビーストの姿になるの…」

 

「それはどうして?」彼は混乱しながらも聞いた。

 

「…この姿が嫌いだから…私がこんな酷い目に遭ったのは私がバグビーストだから…次こそこの姿に変身できないかなって…できた試しがないから今もこうなんだけどね。」メリアは最後に「ごめんね」と言った。

 

「…それはメリアさんが謝ることじゃないよ。むしろ、仲間のことが知れて、俺は嬉しい。話してくれてありがとう」彼女の心にに彼の言葉は嬉しかった。そうやって、過去を知っても軽蔑しない、自分に対して優しくしてくれる…その姿が同時にかつての柿崎と重なった。

 

「やっぱり、似たもの同士だよ、2人は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…彼女は特に変化なしか」

 

長居は紅葉の報告に頷いた。

 

「しかし…やはり彼は面倒なものを作ってくれたよな…電脳世界に、スマートライザーに…」彼は老人にしてはしっかりとした足取りで窓際に歩いた。

 

「彼…?」紬葵は、そのことを知らなかったが為に、疑問が口に出てしまった。

 

「…君は知らなかったのか。てっきり隊長が話していると思っていたのだかね…」長居は一呼吸置いてその人物の名を口にした。

 

「『在電(ざいでん)(ひろし)…それが彼の名だ。ここの電脳科学研究所時代からの主任にして、電脳世界の概念とスマートライザーの生みの親…」

 

在電博の名を聞いた瞬間、紅葉の背筋が凍った。そう何度も聞きたくない名前…忘れようとしても忘れられない名前…。

 

紬葵は、隊長の動揺する姿に気がついた。もしかしたら、何かあるのでは…そう察した。

 

 

 

 

 

 

 

 




街にオウムのバグビーストが出現。しかし、人に危害を加える様子はない。それを見兼ねて攻撃を止めたメリア、その彼女に迫るのは同じ味方のペンシルの刃だった。

次回、第18話 掴めない自由の翼


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第18話 掴めない自由の翼

「…君は知らなかったのか。てっきり隊長が話していると思っていたのだかね…」長居は一呼吸置いてその人物の名を口にした。

 

「『在電博…それが彼の名だ。ここの電脳科学研究所時代からの主任にして、電脳世界の概念とスマートライザーの生みの親…」

 

在電博の名を聞いた瞬間、紅葉の背筋が凍った。そう何度も聞きたくない名前…忘れようとしても忘れられない名前…。

 

紬葵は、隊長の動揺する姿に気がついた。もしかしたら、何かあるのでは…そう察した。

 

「彼は私が大学の教授をしていた頃からの知り合いで、同じ電脳科学を究めていた。彼は非常に優秀だった…私が妬ましいと思うほど。そんな男だ。」長居は、紬葵の目の前に立った。

 

「柿崎君を招き入れたのも彼だ。彼はここに、電脳科学に有益な事ばかりしていた…だからこそ今も君達が安心してバグビーストに立ち向かえる。その点は感謝しなければね」そして彼女の肩を軽く叩いた。

 

紬葵はどう答えるべきか分からなかった。賞賛すべきかもしれない…だが、それと同時に長居は在電の事を嫌悪している…

 

「彼の話はこの辺にして本題に入りましょう」紅葉は長官の話を遠回しに断ち切った。

 

「そうだな…やはり老いというのは良くないね…つい喋り過ぎてしまう。今日はサイヴァーとセンスの話だ」

 

「…という事は、シンクロアップデートについてですね」

 

「流石、君は頭の回転が速い。シンクロアップデートと名付けた現象、スマートライザーの隠された力を一時的に解放させて戦う力に変える。その力の解放のさせ方についてだ」

長居は窓の光が入らないようブラインドを下げて空間に映像を映し出した。

 

「これはシンクロアップデートした時の2人の脳波を示したデータだ。どちらも変身する際、著しく数値が上昇している」彼の言う通り、オシロスコープの波形のようなグラフには、萊智と一犀の脳波が映し出され、それぞれゲーミングフォームとムービーフォームに変身した際、大きくグラフが上昇していた。

 

「つまり、スマートライザーが変身者の一定値以上の脳波を観測した際力を解放するようにプログラムされているという事だ。まさに変身者と変身アイテムが『シンクロ』していた訳だ。」長居は映像を消して紬葵の方を向いた。

 

「これは仮説だが、もしこの説が正しければ君も、そしてメリア君も同じようにシンクロできるはずだ」彼は彼女を指差した。

 

「…私も、あのような力を…」スマートライザーとシンクロ…自分にもできるのだろうかという不安がふと心に湧いた。

 

 

 

 

その頃、電脳世界ではグリットが3体のバグビーストを集めていた。

「コンドル、アウル、パロット。お前達でここをこの後制圧しろ。デジタルセイバーがやって来たら消せ。」

 

「…初めての実戦だ、腕が鳴るな」鋭い爪を持つコンドル・バグビーストが言った。

「…この後って事は昼間か、調子狂うな」大きな瞳が特徴的なアウル・バグビーストが続けて言った。

「…」白い身体のパロット・バグビーストは何も口にしなかった。寡黙な性格だから…ではなさそうだ。何故なら目が怯えている、身体も震えている。明らかに恐怖を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、デジタルセイバーでメリアと萊智は特に別段変わらず出動に備えて待機していた。萊智は持ち込んだ小説を特に変わった様子を見せず読んでいた。

一方、メリアはいつものようにタブレットでネットサーフィンしているように見えるが、実際は手が動いておらず、何度も何度も萊智の方には目線を向けていた。彼女は彼がどうしても気になって仕方なかった。

 

「ねぇ、私の事気にならないわけ?」メリアは気持ちの痒みに耐えきれず遂に聞いた。

 

怒っていると勘違いした萊智は持っていた小説を手から滑らせ落としそうになった。

「ごめんなさい!何か気に触るような事しましたか?」

会話が噛み合っていない…メリアは更に問う。

 

「だからさ、私が怪物だって事気にならないの?襲われるんじゃないかとか、思わないわけ?」

 

「…だってメリアさんは俺の仲間ですから、そんなこと思わないですよ」萊智は当たり前の事を話すかのようにハッキリと伝えた。

その目が本気であると彼女は感じた。

 

「ごめんなさい…勝手に怒鳴って。他の2人は私が怪物だって知った時ちょっと距離を置かれた事があって、その事を思い出しちゃって」

 

「こちらこそ、心配させてごめんなさい」謝罪すべきはこちらなのにまた謝られた事にメリアは不意に笑ってしまった。

 

「君って本当、馬鹿だよね。人の事簡単に信じちゃう。でも、そういうのいいと思うよ」萊智は彼女に信頼されている、より絆が深まったかのように感じた。

 

 

その時だった。室内にアラートが鳴り響いた。バグビーストが街に出没した事を知らせるそれに2人は即座に反応して立ち上がった。

 

そしてスマートライザーを取り出し変身シークエンスに入った。

[[Server connection…]]

「「変身!!」2人は声を揃えて台詞を放つ。

[Rider Cyver!][Rider Pigeon!]

 

変身した2人は即座にバグビースト出現地点に白銀の光に包まれてテレポートした。

 

 

 

 

そのアラートは研究所にいる紬葵達のところでも鳴り響いた。

 

「早速出撃か…期待しているよ、ペンシル」長官は部屋を出て行く紬葵に向かって言った。彼女にその声は聞こえていたが、敢えて彼女は答えなかった。自信がなかったと言ってもいいかもしれない。

彼女はその思考を一旦片隅に置き、気持ちを切り替えて変身した。

 

 

 

 

 

現場である噴水広場では丁度フリーマーケットが行われていた。そこに現れたのはコンドル、アウル、パロットの3体と大量のノイズの姿があった。

 

フリーマーケットに来ていた人達は突然の襲来に驚き逃げ惑っていた。そこへ駆けつけたのはサイヴァーとピジョンだった。

 

「デジタルセイバーのお出ましか…俺が狩ってやる!」コンドルは2人の姿を見つけるや否やノイズの軍団を2人に向けさせた。

 

「おいコンドル、そんなに大群で攻めるなんて…はぁ、昼間だから活力が湧かない…」アウルはコンドルに促そうとするがフクロウの特性を持っている為昼間はどうやら力が著しく低下するらしい。

 

「えっあっ…」一方パロットは、先程からそうだがどこか挙動不審だった。それに他の2人と違い誰かを襲う様子も見られない。

 

「いきなり大群で攻めてくるのかよ!」サイヴァーは左腕をキュアに変え腕に巻きついている蛇を鞭の様に振り回す。そしてノイズを薙ぎ払い大群を一瞬にして分断させた。

 

「サンキュー、ライ君!」ピジョンは左腕を新たに身につけた力の一つであるミュージックモードに変えた。そして弓を左手で引いた。音符を始めとした音楽の記号を纏ったエネルギーが矢の先端に集中、そしてその矢が放たれノイズに着弾、それと同時に大きな振動で周りの敵を一瞬にして破壊した。

 

一方サイヴァーは左腕は変えずそのままゲーミングフォームに変身、そしてゲーミングフォームの剣でノイズ達をすれ違い様に次々と切り裂く。そしてノイズの集団の後ろにいた怪我人に対してキュアの回復能力を使用した。一瞬にして治療が完了し市民達はサイヴァーに礼を述べながら逃げていった。

 

「…第二ラウンドは俺からだ!」コンドルは一瞬にして壊滅したノイズの集団のことなんか気にせずサイヴァーに向かって走り出した。

自慢の鋭い爪をサイヴァーの鎧に振り下ろした。サイヴァーは咄嗟に左腕で受け止めた。そしてコンドルと距離を取るとキュアの回復能力で切られた左腕を回復した。「こんな事できるんだな」どうやらまぐれで起きた出来事みたいだが。

 

 

「仕方ない、昼間だけど本気出すか!」アウルもまたノイズを片付けたピジョンに向かって走り出した。右腕にはクナイを持ち彼女の懐に一瞬にして入り込んだ。そのクナイに彼女は気づかず左肩を切られてしまった。アウルは倒れた彼女に再びクナイを突き刺そうと試みるがそれよりも早くバスターを起動したピジョンの剛腕によって阻止され逆に自分が倒れてしまった。

 

彼女は立ち上がりアウルに反撃を試みようとしたその時、違和感に気がついた。

 

それは、パロットについてだ。先程から一切攻撃をしてこない、味方がやられても動けずにいた。その様子に彼女はふと攻撃の手を緩めてしまった。

「その隙、見逃さない!」アウルが棒立ちしたままのピジョンを蹴り飛ばした。ピジョンは先程とは違い倒れはしなかったが後ろに下がってしまった。

 

「何でアイツは戦わないんだ…」彼女の中にはふと一つの希望が見えた。もしかしたら「自分と同じ」かもしれない…と。

 

 

「はあっ!!」攻撃を躊躇しているパロットに斬撃が振り下ろされた。その攻撃でパロットは地面に倒れた。

 

「待たせたわね、援軍よ」その斬撃の正体は遅れてやってきたペンシルだった。いつもなら心の底から喜べる事だが今日は状況が違った。

 

「待って、そいつを攻撃しないで!」アウルとの戦闘をそっちのけに更に攻撃をしようとしていたペンシルに対して叫んだ。そして彼女はパロットを守る様に立ちはだかった。

 

「メリアさん?」サイヴァーは目の前に集中していたばかり突然の出来事に混乱した。何故彼女がバグビーストを庇うのか。

 

そう思ったのはペンシルも同じだった。

 

「何で…バグビーストは倒さないと…」ペンシルは攻撃を止めピジョンに聞いた。

 

「だって、彼はまだ誰も傷つけてない…むしろ戦いを拒んでいる。攻撃する必要なんてない!」ピジョンは確証のない自論遠話した。

 

「…」庇われている彼自体、突然の出来事に混乱していたが、それと同時に少なくとも彼女は味方であると確信した…自分のことを分かってくれていると…。

 

ペンシルは構えていた剣を下ろした。いくらバグビーストとはいえ、メリアの例もある…彼女の言っていることにある程度の信憑性を感じた。

 

しかし、その時だった。『バグビーストは全て殲滅しろ…期待している、ペンシル』自身の耳元にそう通信が入った。声は紛れもなく長居長官だった。

そうだ…バグビーストは倒すべき存在…倒さないと、私は強くなれない…そう彼女の心に黒い存在が訴えた。彼女は迷った。実際はほんの1、2秒の出来事だが、今の彼女にはそれが何十時間の様に感じた。そして迷った末彼女は答えを出した。

 

「……ごめん!」ペンシルはピジョンを切った。そして更にその後ろのパロットを蹴り飛ばした。

 

「何するの!彼に戦う意思がないのは本当…」「だとしても…殲滅対象に変わりはない」彼女は感情によって動く正義のヒーローではなく悪人を始末する処刑人の様な声で言い放った。

 

「…だったら私は全力で守る!」パロットを再び切り裂こうとするペンシルをピジョンは全力で殴り飛ばした。しかし、それと同時にペンシルの斬撃が彼女に激突、2人は相打ちで変身解除してしまった。

 

「太刀筆さん!メリアさん!」サイヴァーはコンドルにダメージを与えて直様戦場で野晒しになっている2人の元に駆け寄った。

 

「組織が守ってくれないなら、私個人で守る!」メリアはそう言うとピジョン…ではなくピジョン・バグビーストに変身、パロットを抱えるとそのまま電脳世界へ逃亡した。

 

 

「パロット…我々を裏切る気か!」コンドルは立ち上がるとその後を追って飛び立っていった。アウルもその後を追う様にその場を去った。

 

 

 

 

「太刀筆さん…」サイヴァーは下を向いたままの彼女を見つめていた。

 

 




逃げ出したピジョンとパロット、しかしその先にはバグビーストの兵士が待ち構えていた。デジタルセイバーは彼女の居場所を即座に発見して殲滅に向かうが…

次回、第19話 平和へ飛ぶ


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第19話 平和へ飛ぶ

現実の東京と似ている、その都市の上空を2羽の鳥(2体のバグビースト)が飛んでいた。

 

ピジョンとパロットの2人だ。ピジョンは、静かな街の一角にパロットを引き連れながらゆっくりと降りた。そして廃墟となったビルの中で翼を休めることにした。

 

彼女は、一息つくとメリアの姿へと戻った。その人間の様な姿に彼は驚いた。

 

「人間…だったの?」

 

「違うよ、正真正銘のバグビースト…鳩のね」メリアはこの時、初めて自分をバグビーストだと名乗った。もちろん本当にバグビーストだが、今まで自分はあくまで人間である…人間でありたいと願っていた。その言葉に、彼女自身も驚いた。

 

「…そうなんだ…」パロットは壁にもたれかかり、力が抜けたかの様に座り込んだ。

 

「大丈夫?」倒れたかの様な勢いだったが為にメリアは彼の体を心配した。

 

「うん…ただ、こんなに動いたことないから、疲れちゃって」

 

メリアは、パロットの落ち着く姿を見れた事と他のバグビースト、そしてデジタルライダーから逃げれたことにホッと胸を撫で下ろした。

 

「そういえば、まだ名乗ってなかったね。ワタシはメリア。君の名前は?」

 

「…パロット、上司や仲間からそう呼ばれてた…」彼は、自分の名前と思われる言葉を口にした。メリアは、そっか、と言うと暫く黙り込んだ後、一つの言葉を発した。

 

「パロ君だね…」パロ君?と彼は聞き返した。唐突に何を言い出したんだろう…と。

 

「ごめん、私親しくなりたい人には愛称をつけるの。前に『友達は互いに愛称で呼び合う』って私の大切な人から聞いたことがあってね」

メリアは口を緩め、目を煌めかせ、手を伸ばした。

 

彼女は自分と友達になりたいと彼は感じ取った…今まで自分と他者の関係性なんて上司か同僚しか無かった彼にとってそれは喜び以外の何者でもなかった。

 

「よろしく…メリー」彼は彼女の伸ばした手を掴んだ。

 

「私をあだ名で呼んでくれる人、初めてでなんか照れる…」メリアは自分が愛称で呼ばれた事が嬉しくて、心が温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

萊智と紬葵は作戦を立て直す為にデジタルセイバーに帰還した。

 

いつもの部屋にはメリアがバグビーストと逃げたと言う知らせを聞いて紅茶同好会を抜け出して戻ってきていた。

 

いつもは見せない焦りの表情をしていた彼は2人が帰ってきたのを見ると即座に立ち上がった。

 

「メリア君が裏切ったのは本当か?」

 

紬葵は、黙ったままだった。その彼女の代わりに萊智は答えた。

 

「裏切った…と言うよりもバグビーストを守る為に逃げた、と言った方がいいと思います」

 

萊智は、これまでの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリットは、王の居座る間に来ていた。

 

いつものように現状報告をしに来ていたが、そこに王の姿はなく代わりに蠍のバグビーストと甲虫のバグビーストの姿があった。

 

「これはこれはグリット様、我が女王は只今外出中であられますが」気を利かせた甲虫のバグビーストが答えた。

 

「ビートル…それにスコーピオン、なぜ貴方方がここに?」グリットは、2人を見つめた。

 

その問いに、スコーピオンは答えた。

 

「ヒネノの代わり…というより次の幹部候補ですよ。我々も、貴女達と同じ上級階級(上の存在)なのですから」2人はそれを示すかのように姿を人間そっくりに変えた。

スコーピオンは現代には到底合わない侍のような和装をしており、左腰には一本の刀を帯刀していた。

ビートルはそれに対して現代の軍隊の総統が来ているような軍服を纏っており、右腰には銃を携帯している。

2人とも顔は見えないが、スコーピオンはすらっとした背格好、ビートルはガタイのいい男に変わった。

 

「それに、もうすぐ私達も幹部だ。せめて名前で呼んで貰えませんか?」

 

ビートルはヒネノを上から睨むように言い放った。

 

「…いいだろう」グリットはそう答えるとその場をとっとと去って行った。

 

「…我々は、今日から敵…」スコーピオンはビートルにハッキリと伝えたが、ビートルはそれに一切動じない…奴に勝てる自信があるのだろう。

 

「…どちらが上がれるかはあのお方次第…或いは両方…かもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

メリアとパロットは追手が来ないことを確認して再び逃亡しようとしたその時だった。

 

「見つけた…第3ラウンドと行こうか」そこには、黒い翼を広げ2人に追いついたコンドルの姿があった。

 

狩猟者の目をした奴は、ノイズを大量に、彼女達を覆うように出現させた。

 

「やるしかないみたいね」メリアは自身の身体を真紅の翼に変え、立ち向かう意志を見せた。

 

 

ノイズ達は岩礁に迫る荒波の如くピジョン達に迫った。

 

ピジョンはそれらを翼で一瞬にして振り払った。

 

「パロ君は隠れてて」パロットは分かったと告げてこの場を去った。

 

「あんな泣き虫、アンタを殺せば簡単に捕まえられる…」コンドルはそう言い切った。

 

「アタシを倒せるのかしら、貴方に」ピジョンは翼を広げコンドルに迫った。

 

 

 

 

同じ頃、デジタルセイバーではメリア達の所在を発見していた。

 

「前にマンティスと戦った辺りか…助けに行こう」一犀は2人に促した。萊智は彼に続いて立ち上がった一方、紬葵は座ったまま考え込んでいた。

 

というよりも、迷っていた。先程自分のエゴで斬りつけた相手にどんな顔をして助けに行けばいいか分からなかった。

考えて考え抜くうちに、気分が悪くなって来た。

 

「ごめん、先に行ってて」彼女は2人にそう促した。

 

萊智は、彼女が行かない理由になんとなく察しがついた。

 

「…分かった。待ってる。」そう告げてメリア達のいる場所へ向かった。

 

 

その時、萊智はさっきまで読んでいた本を落としてしまった。それに気づかず彼は行ってしまった。その本を紬葵は拾い上げた。駅の近くにある本屋のブックカバーがされていた。

 

その時、上から何かヒラヒラした物が出ていた。何かと思って少し引き抜くと、高校の制服を着た萊智と男女が写った栞だった。彼女はこの2人が誰であるかすぐに分かった。前に彼が話していた友人、飯山将平と花道麗香の2人だろう。桜の木をバックにいい笑顔をしていた。

 

それとは裏腹に、彼女の顔には涙が今にも溢れそうになっていた。

私とメリアはこの写真の3人のように『友達』だったはず…それなのに、信じることをせず傷つけた…そんな自分が許せなかった。

 

 

「…馬鹿ね、私。」

 

 

彼女はそう呟くと部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

メリアとパロットの逃亡は、グリットにも伝わった。

 

コンドルに捜索を任せたアウルは、宮殿を歩いていたグリットの前に着地した。

「グリット様…」息を切らした様子の彼から只事ではないと彼女は察した。

 

「パロットが、デジタルセイバーの、戦士の1人と、逃亡しました…!」

 

「なんだと…!」グリットは珍しく表情を変え驚いた。

 

「しかも、その戦士が、我々と同じ電脳人…で…」

 

アウルの更なる報告に彼女は耳を疑った。

 

「…特徴は?」

 

「…具体的な名前は不明ですが、『真紅の翼』を持つ鳥類の電脳人でした。」

 

真紅の翼という言葉を聞いた瞬間、グリッドの頭の中に1人の人物が思い浮かんだ。

 

「まさか…スカーレット?」

 

彼女は…アウルに他の部下を集めるよう指示し、自身は走ってその場を後にした。

 

 

 

 

その頃、コンドルとピジョンの熾烈な戦いは続いていた。

 

「どうした?変身はしないのか!」コンドルは爪が伸びた右腕で殴りかかる。

 

確かに、戦士に変身しようと思えばいつでもできる…だけど、それは人を守る時の姿。今はバグビーストの為に戦っている…あの姿は不似合いと、彼女は考えていた。

 

ピジョンは、地面を勢いよく蹴り上げ、力強く身体を捻った。勢いの乗った右足をコンドル向かってぶつけた。

 

コンドルはその攻撃で一気に後ろに吹っ飛ばされ、倒れた。

 

「へぇ…変身しなくても強いのか…面白えぇ…だが、油断はしない事だな。」

 

ピジョンはその言葉を聞いてからすぐ後ろの気配を感じ取った。しかし、その時には既にクナイが迫っていた。

 

クナイによって彼女の右翼の一部が切り裂かれた。

 

「…コンドル、援軍を連れてきた」アウルの後ろには、ノイズの他新たに漆黒の翼を持つバグビースト、クロウとかつて彼女が倒したバグビースト、ピーコックの姿もあった。

 

「よし…これで形成逆転だ…!」

 

「1人に対してこれだけ徒党を組まないと勝てないって言ってるようなもんだよ、そういうの」ピジョンは四方を囲む彼らに言った。

 

「知るか、世の中勝てば良いんだよ!」コンドルの爪、アウルのクナイ、クロウの剣、ピーコックの羽が一斉に彼女を襲った。

 

「メリー!」パロットは叫んだ。彼女は一切攻撃によって爆炎に包まれた。

 

 

 

「何!」一番最初に気づいたのはアウルだった。クナイが彼女の体に刺さった感覚がしなかった。

 

次第に晴れていく煙から、その正体を知った。

 

「ライ君…イッチ…!」彼女を守るように金色の盾を装備したサイヴァーゲーミングフォームと描いたシールドを広げるセンスムービーフォームの姿がそこにはあった。

 

「君がスマートライザーの位置情報を切ってなくて助かったよ」「行ってください、メリアさん」

 

その言葉を受けた彼女は走り出した。そして、物陰にいたパロットの手を取り空へと飛んだ。

 

「逃すか!」コンドル達は追おうとする。しかし、その手は既に2人には筒抜けだった。

 

「それはこちらの台詞だ!」センスはそういうとスピアを召喚した。

 

サイヴァーも剣を取り出し、コンドルに切り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、脱走に成功した2人はまた遠くの何処かへ飛んでいた。

 

しかし、その2人を追う一体の影があった。それは金色の翼を広げ2人よりも圧倒的な速いスピードで迫っていた。

 

 

 

 

 

 




ピジョン達に迫る金色の翼の正体…そして明かされる、メリア達の真実…

次回、第20話 過去の空を舞う隼


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第20話 過去の空を舞う隼

 

 

 

「…具体的な名前は不明ですが、『真紅の翼』を持つ鳥類の電脳人でした。」アウルからその知らせを聞いた時、驚きで身体中が震え上がった。

 

私が知る限り、真紅の翼を持つ電脳人は1人しかいない…そして、行方不明になっていた。だが、まさか生きていたとは…

 

「まさか…スカーレット?」

 

 

私は、アウルに部下を集めるよう指示した。

 

だが、本当の事を確かめなければならない…そう思った時には既に金色の翼を広げていた。

 

 

 

ピジョンとパロットはセンス達の手助けもあり、窮地を脱することができた。が、その後ろにはバグビーストに姿を変えたグリット…ファルコンの姿があった。

 

「あの2人が来てくれなかったら、今頃私達は…」

 

「生き絶えていた?かしら」

 

ピジョン達が振り返ると、ファルコンの姿があった。

 

「アナタ誰?」ピジョンは聞く…一方、パロットはその姿に怯えていた。自分を追いかけて来たのか…処刑するのか…そう頭をよぎった。

 

「…グリット様…」

 

「パロット…本来なら裏切りは許されない。だが、彼女を見つけ出したという大手柄に免じて帳消しにしよう」ファルコンは、ピジョン達の行方を塞ぐように立ちはだかった。

 

「…私に何か用?」ピジョンは聞く。もちろんパロットを庇いながら。

 

「…その様子から察するに記憶はないか」聞かれた本人は、そう聞こえないよう呟いた。

 

「えっ?何?」

 

「関係ない。それより、まずは名乗らないとね。私はグリット、又の名をファルコン。王に選ばれし重鎮の1人であり風の将だ」

 

「……」ピジョンは黙ったまま彼女を見つめた。

 

「……」

 

「……」

 

「…なんか反応しなさいよ」無言で見つめる彼女達にファルコンは静かに怒鳴った。

 

「いや…そう名乗られてもピンとこないというか…王って誰?風の将ってなんなのさ?」ピジョンは純粋に気になった事を聞き始めた。

 

「そのまんまだよ!!」ファルコンはあまりにも幼稚な質問に今度は声を荒げた。

 

「それより…」彼女は咳払いをした。

 

「…久々に手合わせをしないか?スカーレット、貴女はかつて私に並ぶ強さを持っていた。」

 

「へぇ…それってつまり「私は雑魚と同等です」って言ってるようなもんじゃない?」ピジョンは、ファルコンを挑発した。

 

「…同等だったのは昔の話だ。今は私の方が…」金色の光が彼女の腕に現れた。そして金翼を象った刃を四つ持つ槍杖ウィングパイルへと変わる。

 

「…上だ!」その槍杖をピジョン向かって突き出す。

突然の攻撃に彼女達は左右に避けた。

 

ファルコンは避けられるのを考慮していた。すぐさま矛先をピジョンに向けた。

 

「武器は出さないのかしら?変わった形の投擲武器」

 

「変わった形の?」ピジョンは試しに手を広げて念じた。すると、ブーメランに刃がついた武器ウィングカッターが現れた。

 

「さぁ、本気で行くぞ!」随分と親切な彼女は、準備の終えたピジョンに向かって槍杖を突き刺す。

 

しかし、それをブーメランで彼女は弾き飛ばした。

 

「やるな…」ファルコンは槍杖を大きく回転させピジョンを地上に向かって叩いた。

 

「何!?」それを彼女は避けきれず、そのまま地面に向かって墜落していく。

 

「簡単にやられてたまるか!」ピジョンは上を向きブーメランを投げた。そのまま墜落していくと過信していた彼女は避けきれず、左翼をブーメランの刃で傷つけてしまった。

 

「なんだと…」

 

「…身体が自然と動く…」

 

ファルコンは、翼を縮め地面に降り立った。自ら戦いを突然放棄した。

 

「やはり、記憶はなくとも身体は覚えているようだな。スカーレット。ならばこれは避けられるかな!」

 

ウィングパイルに徐々に光が集まっていく。それは光の杭となり、そしてピジョンを地面ごと貫くように打ち込んだ。

 

ピジョンは一瞬の攻撃を避けきれず地面に杭ごと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

その頃、コンドルとアウル、クロウ、ピーコックはデジタルライダー達と交戦していた。

 

コンドルとアウルは同時にサイヴァーに攻撃を仕掛ける。爪とクナイを振り下ろすが、サイヴァーはそれを青い剣で振り払う。

 

「お前達、仲間を殺すのか!」彼は2人に聞く。

 

「当然だ、裏切り者なのだからな。」コンドルは爪を構えた。

 

「…どうしてすぐ裏切り者だって決め付ける!何か訳があるとか考えないのか!」

 

「我々電脳人にとって、デジタルライダーの味方になることは極刑に等しい。パロットも…そして貴様の所にいたあの女もな!」

 

 

「…メリアさんも…あのバグビーストもやらせない!」

 

サイヴァーは左腕をキュアに変えると触手を伸ばしコンドルとアウルを拘束した。

そして、左腕を勢いよく振り下ろし2体を地面に叩きつけた。

 

[Blake finish!][Cyver critical!]光り輝く剣先を身動きの取れないコンドルとアウルに振り下ろした。振り下ろされた勢いで2体は地面に転がり落ちた。

 

「ぐぁぁ!!!!」アウルは攻撃に耐えきれず爆散してしまった。

 

「ちっ…撤退だ」なんとか攻撃を耐えきれたコンドルは切られた脇腹を抑えながら辛うじて離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

一方、ピーコックとクロウはセンスに対して攻撃を仕掛けていた。

 

「クジャクのバグビースト…また現れたか!」センスはピーコックに対してスピアを振るう。

 

「俺は初見だけどな!」どうやら同じ姿をした別人らしいピーコック、センスに対抗すべく虹色の羽根のような弾幕を放った。それを避けるべくセンスは後方に下がるが、そこには剣を振り下ろそうとするクロウの姿があった。

 

センスは槍で攻撃を受け止めた。

「ピーコック…コイツは俺がやる。俺の剣の師を倒した…!」

 

センスは剣の師という言葉で誰かなんとなく想像がついた。ソードフィッシュバグビースト…センスは彼が弟子をとっていたという意外さと本当に人間とバグビーストは分かり合えないのかという疑問が浮かんだ。

 

だが、迷っているうちにもクロウは信念を持った剣を振り下ろす。

 

戦うしかないようだ。とセンスは覚悟を決めた。

 

センスはクロウを蹴り飛ばして引き剥がした。そして右腕をイラストに変える。空中に炎を描く。その絵を潜り、炎のスピアに変える。

 

振り下ろす度に火の粉が舞うスピアをクロウは羽根を燃やさないようスレスレで回避する。

 

「避けてばかりじゃ勝てないぞ!」

 

「剣士に必要なのは敵の隙を突くこと…!」

 

センスはスピアで突き刺すが、刺さった先はクロウが先程までいた空間だった。

 

クロウはその一瞬で空へ飛び隙が生まれたセンスに対して剣を振りかざす。

 

センスはその攻撃を防ぐ事なく、大ダメージを喰らってしまった。そのまま地面に倒れ、ピクリと動かなくなった。

 

「…勝ったか…」クロウは剣を鞘に収めようとした。

 

「敵の隙を突く…名言だな!!」その時だった。

 

「クロウ!後ろ!!」遠くから戦いを見つめていたピーコックが叫ぶが遅かった。

 

クロウの右脇腹には生き絶えたはずの彼のスピアが突き刺さっていた。

 

「何…」

 

「油断は100%するものじゃないね…いや、1000%かな」

 

倒れる直前、センスは自身の分身をあらかじめ生み出しておき、それにわざと攻撃を喰らわせていた…

 

[Blake finish!][Sense moving!]

 

エネルギーを生み出したスピア、そのエネルギーは一瞬にしてクロウに流れ込む。

 

そしてスピアが引き抜かれるとエネルギーばかり放出されクロウの身体を爆炎で包み込んだ。

 

 

センスはすぐさま次の目標であるピーコックを倒そうとしたが、クロウがやられたのを見て怖気付いたからか姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼女が目を覚ました時、目の前には灰色の天井が目に写った。

 

「ここは…?」メリアが起き上がると側にパロットと金髪の少女…グリットの姿があった。

 

「ここは昔貴女が…いや、私たちが監禁されていた研究施設よ」グリットが彼女の問いに答えた。

 

「監禁…研究施設?」メリアには意味がサッパリ分からなかった。

 

「…電脳人…貴女流に言うならバグビーストの起源はここにある…そして私やヒネノ、そして貴女は電脳人の原点(オリジン・タイプ )なのよ」

 

 

 

「私が…?」彼女は、余りにも信じられない事実に頭が一杯になった…

 

 

 

 

 

 

 






次回、第21話 人間か、鳥の化物か


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第21話 人間か、鳥の化物か

 

 

 

 

「…電脳人…貴女流に言うならバグビーストの起源はここにある…そして私やヒネノ、そして貴女は電脳人の原点(オリジン・タイプ )なのよ」

 

 

 

「私が…?」彼女は、余りにも信じられない事実に頭が一杯になった…

 

 

 

「メリー達が…僕達の先祖?」パロットはイマイチ状況は読み込めていなかったが、それだけはなんとなく理解した。

 

「端的に言えばそう言うことね」グリットは静かに答えた。

 

 

「…私は、ここでどんな生活をしてたの?」戸惑いながらも彼女は聞いた。

 

「…そうね。話してあげるわ」

 

 

 

 

今から6年前、その時には既にこの研究施設はあった。電脳世界の中心に存在しているそこは灯台の下のように暗い場所だった。

 

そこには1人の人間の男がいた。彼はその施設に引き篭もりあるものを開発していた。

 

それは『命』だった。しかし、彼は完璧な人間を一から作る事ができなかった。

 

だが、彼はその不可能をある事を足す事で可能とした。

 

人間とは別の生物の力を掛け合わせる事だった。人間と陸海空を統べる最強生物、そして鳩の遺伝子をそれぞれ掛け合わせて生物を作り出した。

 

隼の遺伝子からは私…グリットが、

 

鮫の遺伝子からはヒネノが、

 

獅子の遺伝子からは我らが王が、

 

そして鳩の遺伝子からは貴女、スカーレットが産まれた。

 

 

その男は、生命を生み出すという事に成功して狂っているかのように喜んだ。

 

その狂いは彼の知的好奇心を触発した…悪い意味で

 

私達4人は研究材料として大切に扱われた一方、私達より後に生み出されたものは皆、人間で言う奴隷のように扱われた。研究に明け暮れている彼の身辺の世話、研究残骸の処理…酷い時は電気を生み出す為のエネルギーとされた。

 

私にはそれが苦痛だった。自分達のせいで仲間が傷つく姿など見れなかった。

 

私はその胸の内を記憶をなくす前の貴女と我が王に話した。

 

そして、男の暴挙を止めるべく奮起した。

 

私達は作戦を立てた。貴女に男の気を逸らす間に私と我が王が不意打ちで倒すと言う簡単なものだが、男を倒すという目的を達成するのには充分だった。

 

 

 

 

その作戦は、半分成功した。我々は男を殺して電脳人達に自由を与えた…。

 

 

 

 

「半分…?」

 

「そう…半分だ」メリアの呟きにグリットは答えた。

 

 

半分の失敗の原因、それは彼に心酔していた電脳人が居たということだ。その電脳人達は男を殺そうとした私達に襲いかかった。

 

その乱闘の渦中、貴女は姿を消した。私達は貴女と最後に戦った電脳人を問いただした。するとそいつは貴女が高所から抵抗せず墜落したと答えた。

 

当然そんな回答に信じられなかった私達はそいつを極刑に処した。

 

 

 

 

 

「だが、それは無駄だったようだな。どう言う形であれ、貴女は生きていた」

 

回想を終わらせた彼女はメリアの肩をそっと自分に寄せると抱きしめた。

 

「生きていてよかった…同志スカーレットよ」

 

しかし、メリアはその腕を優しく退かした。

 

「…貴女にとっては私は『スカーレット』かもしれない。だけど今の私は、『鳩山メリア』という名前がある…それにその頃のことは何も覚えていない…」

 

グリットは彼女が自分の事を冷たく遇らうように感じた。記憶がないのだから仕方ないのだろう、そう飲み込もうとした。

 

「…覚えてなくて、ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、デジタルセイバーの倉庫では紬葵が整理を行なっていた。

 

彼女はよく暗い気持ちを紛らわすために掃除をする。今日もそうだった。萊智には後から行くとは言った…だけど、メリアに合わせる顔なんてなかった。

 

「なんて顔して会えば…」そんな事を思ってると、ふと棚の奥に初めて見る段ボールの箱があった。

 

箱の側面には『在電』とだけ書いてあった。

 

「在電博の研究データかな?」彼女はそんな軽い気持ちで箱を開けた。

 

箱の中には彼の行方不明になる直前に出た論文雑誌、彼が愛用していた赤と青のマグカップ、彼が付けていたであろう結婚指輪が出てきた。彼女にとっては期待外れもいいところだ。

 

そんな中、最後にファイルが底に入っている事に気がついた。

 

「なんだこれ?」彼女は表紙をめくった。

 

そこには若かりし頃の在電の写真だった。1番最初のページには成人式と書かれた看板の隣にスーツ姿で立つ彼の姿だった。

 

その後、大学のサークルの写真、大学教授になった頃の写真などあったが、それらに殆ど気を止めなかった。何ページがめくっている彼女の手はあるページで止まった。

 

それは登山に行った時の写真だった。そこには在電と共に女性が映っていた。

 

「紅葉…隊長…?」

 

そう…そこには紛れもなく彼女達の隊長、大橋紅葉の姿があった。

 

だからこの前長官と在電の話をした時様子がおかしかったのかと彼女は納得した。

 

「…まさか…じゃあこの結婚指輪…隊長との…」紬葵はさらにページをめくった。

 

すると、更に興味深いページに辿り着いた。

 

そこには、紅葉は写っていなかったが、代わりに彼が赤ん坊を抱えていた。それも病院や家ではなく研究所で。

 

何故だろうと、彼女は写真を抜き取り、何か手がかりがないか調べた。すると写真の裏にボールペンでメモ書きがあった。

 

『人間の赤ん坊の蘇生に成功…名前は…』

 

その名前を見た瞬間、彼女の背筋が氷点下で凍りついた…

 

「そんな…なんで…」

 

 

 

どうやら、彼女はまだメリアの元には行けないようだ。それは気まずくなるというだけではなかった。それは『萊智』に関わる事であり、そしてバグビーストにも関わる事だった…

 

 

彼女は倉庫を片付けて、いつもの間に置かれたままの萊智の本から栞を抜き取り、それをスマホで写真に収めた。そして走ってデジタルセイバーを出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

メリアの相手を想う温かい感情をグリットは受け取った。そしてそれはグリットが思い描く結末を実現させる一歩に近づくのではと感じた。

 

「メリア…私達と共にもう一度戦わないか?」

 

 

「戦う…何と?」メリアは聞き返した。

 

 

「人間と…バグビーストの自由の為に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第22話 非二者択一


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第22話 非二者択一

 

 

 

 

「メリア…私達と共にもう一度戦わないか?」

 

 

「戦う…何と?」

 

 

「人間と…バグビーストの自由の為に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萊智と一犀は、デジタルセイバーに体勢を立て直すべく、新たに作戦を立てるべく戻ってきた。

 

そこには、本部から帰還していた紅葉隊長の姿もあった。その表情はいいものではなかった。

 

「…隊長…」

 

「君達に長官からの伝言だ」彼女は2人を見た。

 

「長官?」萊智は誰なのか知らない…だが、偉い人なのだろうとは感じとった。

 

裏切り者(鳩山メリア)を『斬れ』…と」

 

たった2文字だが、3人にとっては足に錘を縛り付けられた様だった。

 

メリアはバグビーストを守る為に逃げた。それは戦士として良くないかも知らない。だが、これは大きな一歩だと同時に萊智は思っていた。

 

〜もしかしたら、バグビーストと戦わなくても良くなるかもしれない〜

 

その可能性の芽を摘むことは絶対にしたくない。

 

そしてこの場にいる誰もが同じ思いだ。

 

「そんな事…絶対にさせない」萊智は力強く言い放った。

 

「当然だ…メリア君は我々の仲間だ…そして僕達は彼女の判断を信じたい」続けて一犀が言う。

 

「…2人なら、そう言ってくれると信じていた。私も信じるよ、君達を」

 

「しかし…我々ならまだしも、貴女も長官に反対するのは立場上…」

 

「何、私はこの隊長という地位が欲しいから仕事をしている訳ではない。人々を、そして戦士達を守る為だ」彼らの心配に対して紅葉は覚悟を決めたという意志を見せつけた。

 

「それに、私は元々長官に嫌われている、これくらいの反発で隊長から降格する事なんてないよ」そう言って彼女は再び長官の元に皆の意思を伝えるべくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「…!!」

 

メリアは、グリットの言葉に、何故か強く反論できなかった。前なら言えたはずだった…「私は人間、そんな事できない」と…

 

だが、今の彼女は誰がどう見てもバグビースト(電脳人)である事は自分が1番良くわかっていた。

 

何故そうなったか…それはパロットを戦士としてではなくバグビースト(電脳人)として助けたからだろう。

 

バグビースト(電脳人)だった頃の記憶はない…だが、身体に刻まれた遺伝子()がそうさせた。

 

「私は…!」メリアは生まれて初めて葛藤していた。人間として生きるべきか、バグビースト(電脳人)として生きるべきか…

 

「…まぁすぐに結論は求めない…しばらく待っているわ。いい答えを期待しているわ」グリットはそういうと姿をファルコンに変え目では捉えられないスピードで飛び去った。

 

 

「メリー…」パロットは彼女の隣に座った。彼も彼女が葛藤しているのは何となく感じていた。

 

彼女が電脳人として生きる道を選べば、自分達は一生、一緒に居られる…そう一瞬思った。

 

だが、彼はその考えを改めた。

 

『僕が好きなったメリーは…』

 

 

 

 

 

 

 

メリア達のいる研究施設の上にそびえ立つ漆黒の塔、そこに彼女達のアジトはあった。

 

そこにはボロボロになって帰還するコンドルの姿があった。彼が降り立った部屋にはピーコックともう1人、兵士がいた。

 

「二兎追うものは一兎も得ず、今の君にピッタリの言葉だな。」その兵士は彼の怪我を特に気にする様子もなく高らかに言った。

 

「ホーク…テメェどんな状況か分かってるのか!」コンドルはホークの胸ぐらを掴んだ。

 

「君が勝手に暴れた挙句、アウルとクロウが無駄死にした…間違ってないだろ?」ホークは彼を更に挑発する。その態度にコンドルは呆れたのか胸ぐらを離した。ホークは胸部の羽の飾りを直した。

 

「先程、グリット将軍がパロットとピジョンの捜索を中止しろと連絡があった」

 

「なんだと…裏切り者を放っておくのか?」

 

「…さぁ、あの方の考えは我々には分かり得ないものなのだろう」

 

「…しかし、2人を探しにデジタルセイバーの連中がまたやって来るのでは?」今まで黙っていたピーコックはようやく口を開いた。

 

「そうだな…?」コンドルはホークに対してどうするとは聞かなかった。プライドがそれを許さない。

 

「…まぁこちらから無用に攻める必要はない。脳ある鷹は爪を隠す…それが答えだ」ホークはそう言ってこの場を退散した。

 

「なんか意味が違う気がする…じゃなくて、とにかく俺らは次の戦いまで動く必要はなしか…」彼はそう呟くと部屋を続けて後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「今、彼女のGPSはずっと同じ場所で止まっているな」デジタルセイバーでは一犀と萊智がメリアのスマートライザーから位置を探し出した。

 

「…もしかして捕まっているんですかね…」萊智は不安な表情を浮かべた。

 

「…かも知れないな…だとすると時間がない。行こう」一犀はメリアのいる場所の地図を自身のスマートライザーに登録した。

 

「そうですね、メリアさん…そしてあのバグビーストも、俺達が助け出しましょう!」萊智も立ち上がり、再び電脳世界へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、メリアとパロットは無言の時間を過ごしていた。どちらも話す事なく、ずっと。

 

「…」

 

「…」

 

メリアはその間、ずっと思考を巡らせていた…自分はどうすればいいのか、誰を、何を守ればいいのか…

 

 

そして時間をかけた結果、彼女は答えをついに出さず思考を放棄した。

 

「…私、パロ君と一緒に居られるなら、バグビースト(電脳人)の味方になってもいいかな…」

 

彼女の頭の中には、沢山の想いがあった。人間として生きたい、萊智や一犀、紬葵とずっと一緒に居たい、バグビースト時代の友を見捨てなくない、パロットが酷い目に遭わせられるのは見たくない…

 

それなら、私が何もかも捨ててパロットを守ればいいと…

 

 

しかし、その考えに彼は到底納得できなかった。パロットは自分でも見せたことのない怒りをぶつけた。

 

「僕は、僕だけを守るメリーが好きになったんじゃない!僕が好きなメリーは…人間を守る戦士であり、同時に電脳人である僕も守ってくれる、お人好しなメリーだ!」そう言って彼は彼女を抱きしめた。彼の体毛が彼女を優しく包み込んだ。

 

「メリー、君は人間でも、電脳人でもない、戦士ピジョンだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリット様、南西方向にデジタルセイバーの戦士2人が接近しています!」

 

彼女にそう知らせたのは、ビートルに似たバグビーストだった。装甲が少し薄くなっており、ツノも小さい。

 

「…そうか、この城に光学迷彩を…」グリットは彼にそう指示を出した。

 

「…ようやく、我々重鐵攻隊の出番か…」グリットの後ろにいたビートルが言い放った。

 

「いや、ここは私の部下に行かせる。お前の部隊は城門で待機していろ」

 

グリットはビートルにそう伝えると、すぐさまホーク、ピーコック、コンドルの3人を集めた。

 

「3人に戦士の相手は任せる。その間に私は別件で下の牢獄にいる。そこには大切な客人もいる、一歩も入れさせるな」

 

「了解しました」ピーコックは答える。

 

そして3人はデジタルセイバーを倒すべく飛び立った。

 

 

 

 

「さて…私は答えを聞くとしようか…」

 

 

 

 

 






次回、第23話 繋がる翼


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第23話 繋がる翼

 

 

 

「もうすぐだ…!」

 

センスとサイヴァーは、バイクでメリアが居るであろう場所に向かっていた。

 

「メリアさん…待っててください…!」サイヴァーはハンドルを握りしめた。

 

 

2人は交差点を左折する。すると1kmほど先にある道の終点に一棟のビルがあるのが見えた。

 

「あそこだ…」センスがサイヴァーに無線で伝えた。

 

ようやく見えてきた…そう安堵したその時だった。突然上空から3体の飛翔体が2人の目の前に立ちはだかるように降り立った。

 

 

2人はバイクのブレーキハンドルを握りしめた。

 

「…コンドル、ピーコック…そして新手か」

 

「鷹のバグビースト、ですかね」

 

2人の目の前にいたのはホーク、ピーコック、コンドルの3体だった。

 

「グリット様の命により、貴方達を抹殺します」ホークは2人にそう告知した。

 

「ほう…そのグリットというやつがメリア君を捕らえているということか」2人はバイクから降り、スマートライザーを操作し始めた。

 

「…メリアさんは、俺達が救い出す」

 

[Synchro UP!][Gaming Cyver!][Movie Sense!]

 

 

ゲーミングフォーム、ムービーフォームにそれぞれ変身したライダー達。

 

3体のバグビーストは彼らに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、グリットはメリアとパロットの元にいた。

 

「そろそろ結果を聞かせて貰おうかしら?」

 

グリットはメリアの瞳を見つめた。答えはどうであれ覚悟が決まっている事を薄々感じていた。

 

「…私が選ぶべき答え…それは最初から決まっていたわ」メリアは強い口調で言う。

 

「…それはどんな選択かしら?」

 

 

 

「……どちらも選ぶ……電脳人も、人間も、どちらも守る」

 

 

 

彼女の答えにグリットは困惑した、強情だと思った…

 

「人間に絆されたか…スカーレット、貴女は人間に肩入れするべきではない…電脳人を守ればそれでいいのよ」

 

「…人間は醜いものも確かにいる…でもそれは電脳人も同じよ。でもそれは心があるから…私は心を持つ者を守りたい…優しい心を持つ者の味方でありたい」

 

 

 

メリアの希望を持ったその瞳に、パロットも一安心した。

 

 

「…そう…貴女がその道を選ぶのなら、私は止めはしないわ…」メリアは、自分の事をアッサリと手放したグリットに驚いた…

 

「…ただし…私を倒してからにしなさい」

 

「えっ…」

 

「私からしたら、その考えは『悪』である。私はその悪を私の『正義』で倒さなければならない…」そう言うとグリットはファルコンバグビーストに姿を変え右手にウイングパイルを手にした。

 

「…パロ君…下がってて」メリアはパロットに下がるよう指示した後、スマートライザーを構えた。その画面は、桃色に輝いていた。

 

「私は、心を持つ、自由を求める者を守る戦士、デジタルライダーピジョンよ!変身!」

 

[Synchro UP!][Social Pigeon!]

 

真紅の戦士ピジョンの姿に変わったメリア。その身体を白い鳥が彼女を包み込むように翼で覆った。その翼は徐々にピジョンに溶け、そして彼女の赤色と混ざり桃色になった。胸部にあったメールのマークは、まるで某SNSアプリのように沢山の人のコメントが浮かび上がる。背中には白銀の翼が装備され、足には鳥の足のような造形が施された。

 

ピジョン、ソシアルフォームの完成だ。

 

彼女はバグビーストの姿で使った武器ウイングカッターを召喚した。しかし、その武器は眩い光と共に二つに分離、そして刺突性のある鋭いナイフへと変化した。

 

「言葉は心を突き刺すナイフ…因果なものね」彼女はそれを両手で逆手に持った。

 

「風の将ファルコン、その勝負、受けて立つ!」

 

「こい…デジタルライダーピジョン!」

 

 

 

 

 

 

 

その頃、王の間にはスコーピオンが居座っていた。

 

「こんな時に王はどこへ…」その時、廊下を歩く足音が聞こえてきた。王だ。

 

王は赤い服装に身を包んでいた。そしてスコーピオンの隣を歩いて玉座に座った。

 

「スコーピオン、君とビートルに朗報だ。君達は今日付けで将軍に昇格だ。」

 

「は…ありがたき幸せ」スコーピオンは王に跪いた。

 

「そんな君に早速命令だ。後ろにいる彼と共に不届き者(ファルコンとパロット)を始末しろ」

 

「承知しました」スコーピオンは立ち上がり後ろにいる彼を確認しようとした。

 

 

「な…人間が…なぜここに?」顔はフードで隠していたが体つき、特徴的な肌色、紛れもなく人間だった。

 

「彼の名はヒューマンバグビースト、人間の姿をしていて当然だ」

 

「よろしく頼む」彼は答えた。

 

「…ああ、よろしく」スコーピオンは困惑しながらも答えた。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、鳥系バグビーストとサイヴァー達は熾烈な争いを繰り広げていた。

ピーコックの羽の攻撃が、センスに向かって放たれた。それに連なってコンドルが爪の連撃を振り下ろす。

 

センスはそれらの攻撃をスピアで受け止め、そして振り払う事で弾き飛ばした。

 

「一度戦った相手に、僕は負けない!」センスの宣言に対してピーコックは再び羽を空を覆うほど展開してセンスに向けて次々と放った。

 

センスは左腕をサーチに変え、全ての羽の位置、起動、発射のタイミングを見極めた。

 

センスはスピアを捨て代わりにセンスデバイスを取り出し両手で持った。そして槍を回転させ次々と迫る羽を弾き飛ばした。

 

「何!」ピーコックは攻撃が弾かれたことに驚いていたが、その頃には彼は既に次の攻撃に出ていた。

 

持っていた槍を構えるとピーコック目掛けて投げつけた。ピーコックは左腕ごと貫かれ建物の外壁に打ち付けられた。

 

ピーコックとは悲鳴を上げ痛みで身動きが取れなくなった。

 

「貴様…!」コンドルが後方から爪を振り下ろしてきた。センスはそれに立ち向かうべく落としたスピアを右足で蹴り上げた。そして自身の右手で持ち振り向いた。

 

タイミングよくスピアにコンドルの爪が振り下ろされた。

 

「お前も攻略は簡単!貴族をそんな横暴な攻撃で倒せると思うな!」

 

「貴様!」センスに蹴り飛ばされたコンドルは感情を剥き出しにした。その姿は意識を保っているとはいえ暴走しているのと同じだった。

 

 

 

 

 

その頃サイヴァーはホークと対決していた。サイヴァーは青い剣をホークの左腕目掛けて振り下ろすが、ホークはそれを特に難なく避けてみせた。ホークは右腕には剣を、左腕には銃を手にした。

 

サイヴァーもそれに対抗すべく左腕にサイヴァーデバイスを装備した。

 

そしてホークに向かって引き金を引いた。ホークはそれらの攻撃を翼で跳ね飛ばしサイヴァーに一瞬にして接近した。そしてサイヴァーの右腕を剣で切り、腹部に銃を突きつけ、放った。

 

 

「ぐっぁ!!」サイヴァーはその衝撃で地面に倒れた。しかし、手際よくキュアを発動させ怪我した右腕と腹部を修復した。

 

「なるほど、治癒能力か。」

 

ホークはサイヴァー向けて銃口を向けた。そしてその引き金を引こうとした。

 

 

しかし、その目の前にコンドルがボロボロになって現れた。

 

「ちっ…邪魔が入ったな」ホークは左を向き身動きの取れないピーコックの姿も見つけため息をついた。

 

「大丈夫か!」サイヴァーの隣にはセンスが現れた。

 

「なんとか…」サイヴァーは痛みを堪え立ち上がる。

 

「コイツらは簡単かもしれないが、私はそう簡単に倒せないさ」ホークはそう言って剣を構えた。

 

「よほど自信があるようだな」センスはスピアを構えた。

 

 

ホークは2人に対して攻めかかろうとしたその時だった。

 

「なっ!!」突然身体に激痛が迸った。それも彼だけではなくコンドルとピーコックまでも…

 

「ぐぁぁぁ!!!!」「うぐっ…!!」

 

「どうした?」センス達も突然の出来事に困惑していた。

 

気がつけば3人の体は宙に浮き、そして赤く光り輝いていた。

 

そしてその光は一つになり、大きくなった。

 

 

あまりの眩しさに2人は一瞬目を逸らした。そして再びバグビースト達に目を向けると、そこには3人の体はなく、代わりに家一軒分は最低でもあるくらい胴体が大きな鳥の姿があった。鷹と孔雀と禿鷲(コンドル)が融合したような見た目の巨鳥は空へと飛び立った。

 

「何がどうなっている…!」

 

 

もちろんその場にいた2人もそうだが、同時に建物内から戦いながら様子を見ていたファルコンも同じだった。

 

「あんな姿、見たことない…まさか、王の力であの3人が…そんな」

 

ファルコンの動揺する姿にピジョンは攻撃の手を一瞬緩めた。

 

「…本当なの?本当に何も知らない?」彼女は聞いた。

 

「ああ…だが、考えても仕方がない。今はこちらの戦いが重要だ」

 

ファルコンはそう言ってウイングパイルを構えた。

 

ピジョンもそれに合わせて二本のナイフを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファルコン対ピジョン、遂に決着、そしてその先には何が待っているのか…

次回、第24話 共存の象徴の鳩


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第24話 共存の象徴の鳩

 

 

 

 

「私は、心を持つ、自由を求める者を守る戦士、デジタルライダーピジョンよ!変身!」

 

[Synchro UP!][Social Pigeon!]

 

「風の将ファルコン、その勝負、受けて立つ!」

 

「こい…デジタルライダーピジョン!」

 

 

 

 

 

 

ファルコンとピジョンは、目にも止まらぬ速さで距離を詰めた。槍杖とナイフの刃がぶつかり合う。金属の擦れ合う音が互いの耳を刺激する。

 

 

ナイフでは不利だと判断したピジョンは一旦距離を取るべく後方に攻撃を受け流した。

 

「一筋縄では行かないようね」

 

ファルコンはそう言って槍杖から光球を次々と放つ。ピジョンはそれらを特に苦戦する様子も見せず次々と避けていく。

 

「そんな攻撃で倒せるとでも?」ピジョンはナイフを腰のホルスターに収納しピジョンデバイスを召喚した。

 

そしてコンクリートの柱の後ろに隠れ弓を弾き、攻撃のタイミングを見計らい矢を放つ。

 

その矢はファルコンの胸部を捉えていたが、槍杖によって弾かれてしまった。

 

「それはこちらの台詞よ!」ファルコンは翼を広げ神速の勢いでピジョンの隠れているコンクリート柱ごと槍杖で貫いた。

 

刃はピジョンの右肩を掠った程度で致命傷は避けれた。

 

 

その時だった。赤い光と共に街の方から獣のような叫び声と建物が崩れる音が響いた。

 

「あそこには、ホーク達が…!」

 

そこには家一軒分は最低でもあるくらい胴体が大きな鳥の姿があった。鷹と孔雀と禿鷲(コンドル)が融合したような見た目の巨鳥は空へと飛び立った。

 

「何がどうなっている…!」

 

 

目の前でその光景を見ていたサイヴァー達は何がなんだがサッパリ分からなかった。

 

「…進化…とはまた違う…新たな形態…?」

 

「…とにかく、倒しましょう!」しかし巨鳥は空を縦横無尽に飛び回り、時々サイヴァー達に火球を放ってくる。

 

「…狙うなら、降りてきたタイミングだな」センスは右腕をイラストに変えた。

 

「なるほど…そういう手がありましたね」サイヴァーも何か察したのか右腕をカルキュレイトに変えた。

 

巨鳥はしばらく火球を放ち続け、そして遂にサイヴァー達に向かって風の力を纏いながら急降下を始めた。身体は全身炎で燃え盛り真紅に輝いていた。

 

 

サイヴァーは巨鳥から見て左側、センスは右側に立った。そして巨鳥が地面スレスレの所に差し掛かった時、2人はそれぞれ左腕、右腕を伸ばした。

 

巨鳥は再び空へ飛ぼうとしたが、それはできなかった。両脚を見るとそれぞれ『虹』と『蛇』が巻き付いていた。

 

縛られた巨鳥は上下左右に動き振り解こうとするが、2人はガッチリと締め付け巨鳥を離さなかった。

 

「大人しくしろ!」サイヴァーは右腕のカルキュレイトから数字を具現化させ、センスは左腕のサーチからレーダーを放射して攻撃する。

 

巨鳥は攻撃を喰らうたび悲鳴を上げるが、徐々に体力を消耗し始め動きが鈍くなり始めた。

 

「今だ!」[Blake finish!][Cyver critical!][Sense moving!]

 

2人はそれぞれ地面を強く蹴り上げジャンプした。そして巨鳥に向かってダブルキックを放つ。青と白のエネルギーを纏った蹴りで巨鳥の身体は限界を迎え、遂に爆散した。

 

 

「行きましょう…メリアさんの元へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ピジョンとグリットの戦いは熾烈さを増していた。互いに一歩も譲らないその戦いは、未だに均衡し合い、どちらにも形勢は傾いていなかった。

 

ファルコンは持ち前の超速移動と刺突攻撃をを使い超高速で槍杖を振るう。

 

一方ピジョンはナイフ、弓と武器を使い分け身軽に動く。

 

2人の戦いは、互いに互いの体力を削り合う持久戦になっていた。

 

攻撃に体力を使いすぎたファルコンの動きは少し鈍くなっていたが、それはピジョンも同じだ。

 

どうすれば逆転できる…ピジョンは思考を巡らせる。今使える武器はナイフと弓…それだけしかない。弓は距離を詰められれば攻撃できず、かと言ってナイフでは決め手にかける…いっそ自分が武器にでもなれれば…!

 

 

「はあっ!!!!」ファルコン何再び超高速の刺突攻撃を繰り出した。

 

しかしピジョンは避けない。ファルコンはそれを気にせず突撃する…その時だった。腹部に猛烈な痛みを感じた。

 

気がつけば自身の身体は天井に叩きつけられていた。

 

「何が起きた…」

 

ピジョンの右腕を見ると、深紅の剛腕に変化していた。バスターモードだ。

 

「この拳で抵抗したのよ」ファルコンは地面に墜落し、全身を打った。だが、それでも立ち上がる。

 

「…これで終わらせる!」ファルコンはウイングパイルを投げ捨て、拳を構えた。

 

「…分かった」ピジョンはスマートライザーを操作した。[Pigeon twister!]

 

彼女は天井スレスレまで翼で飛び上がった。そして赤と白のねじれ合う二つのエフェクトを纏いファルコンに向かってキックを放つ。

 

ファルコンは最後の抵抗に光を纏った拳を前に突き出した。しかし、ピジョンのキックの前には無力だった。

 

均衡すらせず、一瞬でその蹴りはファルコンの身体を貫いた。

 

 

 

 

丁度そのタイミングでサイヴァー達もやってきた。彼らは彼女が勝利した所を見て一安心した。

 

ファルコンの身体は、いつの間にかグリットの姿に変わっていた。

 

「…死んでいない…?」グリットは、自分が息絶えたと錯覚していたが、現にその足で普通に立っていた。

 

「…貴女はまだ生きていてもらう。電脳人と、人間の共存を見届けてもらうまで…」

 

「何故…私を生かす…また貴女と戦うとは考えないのか?」

 

「だって、貴女は悪い人じゃないはず。私の仲間だったのだから…」

 

グリットはその言葉を聞いた瞬間、何故か頬を温かい液体が薄らと流れていた。

 

 

「やったね、メリー!」そこへパロットが近づいてきた。

 

「ありがとう、パロ君…貴方のお陰で勝てた」ピジョンは礼を述べると、彼は照れたのか頭を掻いた。

 

「ううん、僕がむしろお礼を言いたいぐらいだよ、ありがとう…」パロットはそう言った。

 

彼女は共存という道を開拓でき、これでみんなが自由になれる…そう思っていた…

 

 

「いやぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 

突然グリットが悲鳴を上げた。そして地面に倒れ呻いていた。

 

「どうしたの?」ピジョンは彼女の身体を見ると戦慄した。

 

彼女の血管が紫色に変色し浮き上がっていた。

 

「これは…一体?」ピジョンが呟いた。

 

「毒…ね。私ももういらない、ということ、かしら…」グリットは苦しみながら答えた。

 

「話さないで…!」

 

「キュアを使えば…!」サイヴァーはキュアを展開して彼女を治療しようとした、しかし、その彼の目の前を黒い影が切り裂いた。

 

気がつくと自分の目は天井を向いていた。誰かに切り倒されたのだ。隣にはセンスも倒れていた。

 

 

「危ない!」黒い影は次にピジョンを狙っていた。サイヴァーは声を上げるが身体が動かない、金縛りのような状態に陥っていた。

 

黒い影の剣は、遂に切り裂いた…

 

 

 

…パロットを。

 

「パロ君…?」「よかった…無事で…」ピジョンを狙っていた剣を身体を張って止めたのはパロットだった。白い身体の一部が血の色に染まっていく。そして遂に力が抜けたのか倒れた。

 

「そんな…なんで!」ピジョンは今にも死にかけている2人を見つめることしかできなかった。

 

「…これも、天罰よ…スカーレット。いや、メリア。今の仲間、大切に…しな、さ…」毒に侵されながらもグリットはメリアに訴え、そしてこと切れてしまった…。

 

「グリット…!」

 

「メリー…恩返し、できてよかった、」次はパロットの番だ。彼も塞がらない傷口を抑えながら言う。

 

「…なんでそんな無茶するの…!」メリアは涙で顔を濡らしながら言う。

 

「…メリーだって、無茶、ばかりだ…いつか、死んじゃうよ、」

 

パロットは最期の力を振り絞ってメリアの手を握った。

 

「僕…みたいな、電脳人が、平和に、自由に、暮らせる…世界、を、作って…メ、リ…」パロットの握る力が無くなり、彼も息をしなくなってしまった。

 

それとほぼ同じ頃、サイヴァー達の金縛りが解け2人は立ち上がった。

 

「誰だ…こんな酷いことをする奴は…!」センスは静かに激昂した。

 

すると、メリアの後ろに続いている廊下に2人の影がある事に気がついた。一体は光が当たっていることで身体が見えていた。複数の足の造形、右腕には尻尾のような剣、それは蠍のバグビースト、スコーピオンだ。彼の毒でグリットはやられたようだ。

 

「貴様らが…貴様らが2人の命を!」サイヴァーは怒りに震え銃を構えた。

 

そこでもう一体の影が見えた。その影を見た瞬間だけ、彼は怒りを忘れてしまった。

 

色こそ見えなかったが、シンプルな体つき、四角い胸部の鎧、そしてスマホのように縦長な顔…紛れもなくサイヴァーと同じ姿だった。その男はペンシルが持っている剣を装備していた。

 

「サイヴァー…?」彼がそう呟いた頃には、2人の姿は影さえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

メリアは2人の亡骸を見つめていた。その姿にサイヴァーとセンスはどう声をかければ良いか分からなかった。

 

しかし、メリアは突然立ち上がった。

 

「2人の為に、本当に平和で自由な世の中を作らないとね…」メリアは泣いていることを隠そうとしていたが声が震えていた。

 

「…なんで2人揃って、私に色々託すのかな…そう言うの託すくらいなら、生きてよ…」メリアは再び静かに泣き出した。

 

その彼女にセンスは声をかけた。

 

「行こう…」

 

その言葉に彼女は、ふと我を取り戻した。

 

「…そうだね、私には仲間がいるんだから…大丈夫、絶対に約束を果たすから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、メリアは2人の墓を電脳世界のとある場所に立てた。彼女は毎週、2人と話す為にその場所に赴いていた。

 

 

 

紅葉は今回の一件で役員達によって責任を負う流れになっていたが、それを長官が反故、一転して無罪放免となった為、彼女はまだ隊長を続けることになった。

 

 

最初の戦いの後行方不明になっていた紬葵は1週間後にデジタルセイバーに帰ってきていた。どうやら風邪を拗らせて寝込んでいたらしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、長官は秘書と会話していた。

 

「長官、今回の判断はこれで正しいのですか?」

 

「…ああ、今回の一件で本来処罰を受けるべきはメリアだった。だがその彼女は実験台、簡単に始末するわけにはいかないのさ。それに、今は戦士だ。戦士の数が減るのも問題だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




風邪で1週間寝ていたと言う紬葵…果たして本当に風邪だったのだろうか?我々はその1週間を追跡することにした。

次回、第25話 ペンシル捜索24時


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第4章
第25話 ペンシル捜索24時


 

 

 

 

東京から数多の電車を乗り継ぎ4時間、(紬葵)は目的地に着いた。

 

突然の出立には訳があった。

 

 

 

 

 

それは倉庫で見た在電の写真に起因する。在電によって蘇生させられた赤子、その名は『将平』だった。

 

 

将平、それは萊智の親友にして、3月に交通事故で亡くなった男。

 

私はふと、その事件について調べ始めた。まずは概要を知るべく警視庁に向かった。バグビースト関連の事件の疑いがあると言えば彼らは必ず資料をこちらに提供してくれる。権力濫用だろうが、今回の場合は仕方ないだろう。

 

差し出された資料は、いくつかの紙の束と映像証拠等が記録されているUSBメモリ。

紙の束の中には、事件現場の彼らの痛々しい亡骸をそのまま収めた現場写真や目撃証言などが載せられていた。最初の方のページには概要としてこう書かれていた。

 

3月2日午前10時ごろ井伊中高校近くの交差点にて、持病の発作を起こし意識が撹乱していた男性が運転する車が横断歩道を渡っていた飯山将平と花道麗香に衝突。2人は即死で、運転手も搬送先の病院で死亡。

 

文面だけで見ると、不慮の事故だった。と思う。

 

私は次にUSBを持ってきたpcに接続、データを読み込んだ。

 

フォルダには現場写真の他、ドライブレコーダーや付近の防犯カメラの映像が記録されていた。私は早速ドライブレコーダーの映像を再生した。

 

開始は事故が起こる1分前からだった。開始10秒から20秒は特に何事もなく走っていた。しかし、25秒あたりから突然呻き声が聞こえてきた。それに合わせて真っ直ぐ走っていた車が蛇行し始めた。50秒あたりの所で2人の人影が見えた。そのあと…

 

 

 

撥ねられる直前で動画を止めた。人が死ぬところなんて見たくない、というのも多少はあったのかもしれないが、少なくとも1番の理由ではない。私は動画を20秒のところまで戻し再び再生した。

 

25秒のところまで進むと再び動画を停止、20秒のところへ巻き戻し、再生した。

 

私はこの5秒に違和感を強く感じた。再び再生しその違和感が本当かどうか確かめる。

 

 

動画が23秒に差し掛かった所で動画を止めた。車の左手前にある街路樹の後ろに黒い人影があった。木の影に隠れている為黒く見えるのかもしれないと思った…だが、それにしては暗すぎる。

そしてその黒い人を通り過ぎた後、運転手は苦しみ出した。

 

私は他の視点がないか他の動画を見始めた。しかし、この動画のこの部分を撮ってるカメラはなかった。

 

黒い人がこの事件に関わっているとしても、何故彼を狙ったのかが全く分からない…。そもそもこれは誰なのか。

 

 

現地へ行けば分かるかもしれないと私は思った。

 

 

 

 

 

 

私は電車を降りて駅の南口から東方面へ歩き始めた。彼らが事故にあった交差点はこの先にあった。

 

駅から徒歩2、3分で現場に着いた。自分が歩いてみた限りでは見通しの良い直線道路だ。こんな所で事故なんて早々起きそうにない。

 

私は更に調べるべく進んだ。60mほど先に進むと黒い人が居たであろう街路樹にたどり着いた。しかし、特に何かおかしい点はなかった。時期が違うから影の見え方は分からないしかし、これ以上調べることはできないと感じた。

 

私が再び現場に戻ると、1人の白いカーディガンを着た女性が花を手向けていた。

 

彼女はしばらく目を閉じ手を合わせた。そして祈りを終えて立ち上がったその時、目が合ってしまった。

 

「…私に何か…?」彼女は私に問いかけた。私は一瞬どう受け答えしようか迷った。

 

「…飯山将平さんをご存知ですか?」思考を放棄したその答えに彼女は目を見開いた。

 

「将平は私の息子ですが…?」まさかの母親だった。しかし、彼とは顔がそんなに似ていない…父親似だったのだろうか…じゃなくて、これは好機だ。彼の過去を知ることが出来るかもしれない。

 

「少しお話しませんか」

 

 

 

私達はこうして近くの公園のベンチに腰掛けた。

 

「それで、私の息子に何か御用でしょうか?」彼女は私を怪しみながら聞いた。赤の他人から自分の息子の名前が出たら当然怪しむか。

 

「…実は私、探偵で貴女の息子さんが巻き込まれた事故について調べているんです」あー嘘ついちゃった。

 

「…依頼者は、どなたなのでしょうか?」

 

「…御定萊智さん…」あーまた嘘ついちゃった。ごめん萊智。

 

「…御定君が…」しかし彼の名前を出したことで彼女の疑いの目は徐々に薄れていった。

 

「…それで、調査のために彼の身辺を調査しているのですが、良ければ協力していただけませんか?」

 

彼女は私の嘘混じりの調査に協力すると頷いた。

 

「それで、まず将平さんはどちらで出生されたのですか?」

 

「確か、この近くの病院です。」確か…自分の子供の事なのにはっきりと覚えていない…

 

「そうですか、ではこの地で彼は生まれたと…」

 

「……はい…」答えがワンテンポ遅い…

 

しかし、いきなり「貴女の息子さんは一回死んでますよね」とか「将平さん本当は違う所で生まれたんじゃないんですか?」なんて聞けないし…

 

どうしたものかと行き詰まった。そんな中、私はふと手っ取り早い方法を思いついた。

 

「…在電博…という人物は知っていますか?」

 

「…存じ上げない方ですね…その方がどうかされましたか?」どうやら本当に知らないようだ。

 

「実はその人物が生まれたばかりの将平さんを抱いている写真が見つかったんです。」私は例の写真を見せた。

 

彼女はしばらく写真をまじまじと眺めたのち、口を開いた。

 

「…やはり、この方は存じ上げません。この子も将平じゃないと思います」やはり、彼の家族は在電とは面識がないようだ…という事はあの男が…

 

 

「…長居菅蔵という人物はご存知ですか?」

 

「その人は!」突然、彼女は驚いた。しかしすぐに平生を装い話を始めた。

 

「…私の、大学時代の教授でした。」

 

「…この方と将平さんは会ったことがありますか?」

 

「会ったことは…ないです。」彼女は立ち上がって私を見下ろした。

 

「さっきからなんですか、事件と関係ない話ばかり…迷惑なんですよ!」

 

彼女は帰ろうと足を進めようとした。

 

「待ってください!私は、彼が何故狙われたのか知らなければならないんです…あの時の事故は不慮の事故なんかではない…狙って起こされたものなんです」彼女は足を止め私の方を向いた。

 

「そんな出鱈目、信じられません…帰ってください…!」彼女は私の目の前から走って去ろうとした。

 

「…本当は、将平さんは貴女の息子さんではありませんよね…」その言葉に彼女は足を止めざる終えなかった。

 

 

「何故それを?」

 

それが私の結論だった。恐らく、彼は在電と紅葉さんの息子、それがなんらかの理由で育てられなくなった。それをみかねた長官が彼女達の元に将平さんを託した。真実を告げずに…

 

「…将平は、本当は私の息子ではありません。当時、私は妊娠が難しい身体でした。その為子供にも恵まれず、夫と頭を抱えていました。そんな時、教授はやってきたんです。将平を連れて。『両親が不慮の事故で亡くなってしまった彼を育ててくれないか』と」

 

やはり長官が絡んでいたのか…

 

「私達は彼の本当の両親は知りません、でも私達は本当の両親の様に育ててきました。そんな将平が誰かに狙われるなんて、信じられません。」

 

 

 

 

 

結局、将平が誰の子供であるか、そして何故狙われたのかは分からなかった。もっと時間をかける必要があるかもしれない。

 

私は2、3日現地に泊まり込みで調査を行ったが何も得られなかった。

 

 

 

その間にもメリアは仮面ライダーとして復帰したらしい。そんな彼女にどういう顔をして会えばいいのか、分からなかった。

 

そんな事を考えながら東京へ帰ってきた。

 

私は早速長官を問い詰めるべく本部に向かった。本部に到着し長官室に真っ先に向かった…しかし、部屋には人影がなかった。どうやらタイミング悪く外出中だったらしい。仕方なく私は戻る事にした。

 

 

 

そうして本部の玄関を出たその時だった。目の前の木の後ろに、あの黒い人が立っているのが見えた。

 

「貴様…!」私はすぐさま変身して剣を構えた。

 

黒い人は私に徐々に近づいた。それにつれて全容が見えてきた。

 

その姿は、サイヴァーそっくりだったが、全身が黒く染まっていて複眼もよく見えない。まるでフードを深く被っている人の様だった。

 

「貴方が、将平さんを狙った犯人…?」

 

「…を狙った…違うな。」彼はそう言うと剣を取り出し私に振り下ろした。咄嗟の攻撃に私はすぐさま回避した。

 

「…今日は忠告に来た。真実を知ろうとするな。ただひたすら電脳人と戦えばいい」そう言うと奴は影になって消えた。

 

 

 

「なんだったんだ…」私は変身を解いた。

 

「…まさか、長官が変身していた…のか?」

 

あの黒い戦士が誰なのか…それはまだ誰にも分からなかった…そして、その正体が後々私達に大きな影響を及ぼすことも分からなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デジタルセイバーに戻ってきた紬葵、しかしメリアに負い目を感じていた彼女は果たして和解できるのだろうか…

次回、第26話 たとえ信念が違えど


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第26話 たとえ信念が違えど

 

 

 

紬葵が、黒い戦士に遭遇してから1週間が経とうとしていた。

 

彼女は、黒い戦士の事は誰にも話していなかった。そのような事を話してしまっては、自分が今まで何をやっていたかがバレてしまう。

 

飯山将平が、ただの人間ではないかもしれない…そんな事を調べていたなんて知られれば…萊智に知られれば大事になりかねない。

 

今は自分の胸の中で留めておくしか…

 

 

「大丈夫かい?紬葵君」

 

「…あ。大丈夫だけど」彼女を現実に引き戻したのは一犀だった。デジタルセイバーには2人の他萊智とメリアの姿もあった。

 

「やっぱり、まだ風邪が完治して居ないんじゃないのか?」

 

「…考え事してただけだから…ちょっと1人にさせて」彼女は心配する彼らの視線を受けながら部屋を後にした。

 

 

 

 

「…やはり、まだ体調が優れないのでは?」一犀は2人に聞いた。

 

「さぁ、アタシの事じゃないから知らないし」メリアはそう言って足早に自分の部屋に入っていった。

 

彼はそんな彼女の姿に疑問を浮かべた。確かに彼女は他人に対して興味をあまり示さないが、仲間にまで冷たい人間ではなかった…と彼は思っていた。

 

「2人、やっぱり仲直りしてないのかなぁ…」萊智は2人が完全に居なくなったのを見計らって口を開いた。

 

「仲直り…?」一犀はその意味が分からなかった。

 

「…メリアさんがパロットさんを庇って逃げる前、太刀筆さんは『使命』を優先する為にメリアさんを斬ったんです。」

 

「ほう…メリア君が逃亡する前にそんなことが…。確かに、彼女が剣を振り下ろさず保護すれば、パロットもグリットも助かったかもしれない…メリア君はそう考えているかも知れないな」

 

「2人はこのまま、仲違いしたままになるんですかね」萊智は先の見えない洞窟を覗くように言った。

 

「…君が気に病む事はない…こういった喧嘩は時間が解決してくれると相場が決まっている…」一犀は萊智に対してそう声をかけた。

 

しかし、萊智にはどうもそう上手く行くような気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、紅葉は長官の元に足を運んでいた。彼女は長官の現在確認されている新たな百足のバグビーストの話を聞いていた。

 

「…以上が、今報告されている被害件数だ…。」

 

長官は説明を終え顔を上げた。その時の彼女の顔は、まるで自分を睨みつけているかのようだった。

 

「…今でも私の行いを恨んでいるのかい?私が君と君の息子を引き剥がした事を」長官は恐る恐る聞いた。

 

「…否定はしません。ただ、私と共にいてもまともな生活を受けれるとは限りません、結果オーライと言ったところでしょうか」紅葉の言葉には心がこもっていなかった。

 

「…君には失礼かも知れないが、私はあの男(在電博)のことが大嫌いだ。常に時代の一歩先を行く彼のことが。そして、何事もないかのように平然と禁忌を犯す…そんな彼が」

 

「…そうですか」彼女は淡々と答えた。

 

「彼が作ったもの…全て壊してやりたい。スマートライザーも、バグビーストも、電脳世界も…」彼は力を込めて言葉を発した。

 

「バグビーストに電脳世界?在電がそれらを創り上げたのですか?」紅葉にとっては驚愕だった…そんな事実、初めて知った。

 

 

「そうだ…私が彼を追放した際、奴が逃げた場所が電脳世界だったのだよ…そこで奇妙な生物を作り出した…だが彼自体がその生物に反逆されるなんて思っても見なかったが」

 

「…」

 

「…とにかく、この組織は電脳世界を破壊し尽くすまで、バグビーストを残らず始末するまで…存続させる。それが私の願いだ」

長官は疲れたと言って部屋を後にした。

 

 

「…そう…そういう事だったのね」紅葉は唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、紬葵は住んでいるマンション近くの高台公園に足を運んでいた。

 

彼女は上京してから、何か悩みがあると必ずと言っていいほど立ち寄っている場所だった。そこから見る街の景色が好きだった。夏になるとよく子供が水遊びをしている川沿いの広場、いつも太陽の光を美しく反射させる河川、それを心地のいいリズムで横切る鉄道の橋梁、何処か遠くの街の山…それらをゆったりと眺められるここは彼女にとって癒しの場所だった。

 

「太刀筆さん」

 

「…御定君…どうしてここに?」彼女はここの事を彼に教えた事なんてなかった。

 

「…スマートライザーのGPSを辿って来たんです」

 

「…まるでストーカーね。それで、私に何か用事?」一瞬、飯山将平について調べていることがバレたのかと思った。

 

「メリアさんとは、仲直りしないんですか?」例の件ではなかっただけマシだが、それでも重箱の隅をつつくような質問に変わりはなかった。

 

「…今更、私が何をしても無駄よ。私の行動が、彼女の大切な人を死なせる運命に導いてしまったのだから…許されないに決まってる」紬葵は、何もかもがどうでも良いかのように答えた。

 

「…太刀筆さんが弱音なんて珍しいですね」萊智は意外そうに言った。

 

「…珍しくないわよ…私は弱い。ただ、それを誰かに見られないようにしているだけ…」そうだ。私は弱い…だからあの時も従うことしかできなかった…

 

「…貴女は、自分を卑下して立ち止まってる気ですか?」

 

「…何もそのつもりじゃ…」

 

「弱音を吐くくらいなら仕事しろ…とまでは言いませんけど、弱い事を理由に逃げるなんて良くないと思います。僕は弱さから逃げなかったからこそ、スパイダーに勝てた…今度はそれを貴女がする番です」

 

弱さを乗り越えて強くなった者の言葉の響きは何処か重く感じた。彼が強くなっている事を彼女は紛れもなくこの目で見続けてきた。彼にできたのに、私にはできない…そんな事、ある筈がない。

 

「…そうね、今度は私の番よね…ありがとう、少し勇気が湧いてきた」その彼女を見た萊智は、友人との約束があると言ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スコーピオン様、お呼びでしょうか」その頃、スコーピオンはセンチピートバグビーストを呼び寄せていた。

 

「デジタルセイバーに一泡吹かせてやろうと思う。その第一段階としてお前に出撃を命じる」

 

「承知しました」センチピートはそう言うとその場を後にした。

 

「…奴1人だけでいいのか?」後ろの男がスコーピオンに聞いた。

 

「…構わない、今回は勝つ必要はない。あくまで奴らの力量を測るだけだ」スコーピオンの答えに男は特に反応を示さなかった。

 

「そうか」

 

 

 

 

 

センチピートバグビーストの襲来を察知した紬葵は、既に現場に到着していた。

 

「人間は残らず滅ぼす…!」センチピートは百足型の鋸を振り回し人々を次々と切り裂いていた。

 

「…流石に前のようには行かないか…変身!」

 

[Server connection…][Rider Pencil!]

 

「来たか…デジタルライダー…!」センチピートはノイズを大量に召喚、ペンシルに向かって攻撃させた。

 

「そういえば、新機能が追加されたとか言ってたわね…使ってみるか」

 

ペンシルは早速アプリを起動させた。すると右腕が黄土色に変化した。手首には腕時計型のバンドが装着されている。肩には時計台のように大きな時計が表示されており、現時刻を表示していた。

 

「なんだろこれ…」彼女は腕時計の画面をタップして敵を剣で切り裂いた。

 

すると、およそ5秒後に一斉にノイズ達が爆散した。

 

「…時間停止?そんな機能が…」時間に対して僅かではあるが操作できるクロックだ。

 

「しかし、思った以上に反動が大きいな…」ペンシルは右腕の装備を解除して、逆にトランスファモードを起動した。

 

「やっぱり私にはこっちの方が性に合ってる!」ペンシルはノイズに対して2本の剣で次々と切り裂いていく。

 

そんな彼女の後方からノイズが一体飛びかかろうとしていた。

 

そのノイズを、一本の矢が貫いた…メリアのピジョンだ。

 

「…メリア…」

 

「…何さ」ピジョンは彼女の元に駆け寄った。

 

「…私は、メリアみたいにバグビーストを守るなんて事、できない…」

 

「…そっか」ピジョンはペンシルの言葉に難色を示した。

 

「だけど、大切な人が守りたいと思った物は守りたい…それがバグビーストだったとしても」ペンシルは剣をピジョンの後ろにいる敵に向かって振り下ろした。

 

「…ツムツム、ありがとう。ごめん、下らない意地なんて張って」ピジョンはペンシルに向かって右手を差し出した。

 

「…メリア…ここは私が先に謝るところよ…ごめんなさい」ペンシルはその右手を掴んだ。

 

「行くわよ、最強コンビの力、見せてあげるわ」

 

「最強なのはツムツムだけだよ」ピジョンはそう言うとソシアルフォームに変身、ナイフを構えた。

 

「貴様ら…私を放って…!」センチピートはノイズを大量に召喚し自分諸共特攻を始めた。

 

「一気に倒すわよ!」

 

[Blake finish!][Pigeon twister!]まずはピジョンが必殺技を発動させた。翼を広げ高速移動しナイフですれ違いざまに切り裂いていく。

 

惑うセンチピートの元にペンシルが剣を連続して振り下ろし、ノイズの集団の中に倒し込んだ。

 

「これで決める!」「終わりだよ!」

 

空高く飛び上がった2人、ピジョンは弓を構え、桃色の矢を…ペンシルは黄色の剣のエネルギー波を放ち、センチピートをノイズ共々爆散させた。

 

 

 

 

変身を解いた2人は、互いに顔を見つめ合った後、腕を構え、交差させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第27話 爆誕、最後のシンクロアップデート


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第27話 爆誕、最後のシンクロアップデート

 

 

 

「センチピートがやられたようだが…」

 

男はスコーピオンに対して伝えた。スコーピオンはやはり、と答えた。

 

「元々、優秀な駒は全てスパイダーに使われていた…仕方ないといえばそうだな。やはり自ら赴くしかないようだ」

 

「その割には余裕そうだな、蠍」

 

「…鎧…」そこへ現れたのは軍服の男、ビートルだった。

 

「私の優秀な部下を貸してやってもいいが…」

 

「…その必要はない、私は腕でなく毒で勝負する…」スコーピオンはそう言ってその場を後にした。

 

「…蠍、奴もここで終わりか」

 

「…奴の事、信じてやらないのか」男は鎧に対して聞いた。

 

「…己の腕を信じれぬ者に勝利の道はない、そう言っているだけだ」

 

鎧の言葉は、冬の寒さのように冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、紅茶は人生に一瞬の安らぎをくれる…」

 

その日は雲一つない冬の青空が広がっていた。太陽の光が西に傾き始めた頃、デジタルライダーの4人は、初めて揃って遊びに出ていた。と言っても、郊外にある一犀の別荘で紅茶を飲んでいるだけだ。

 

「青空の下で飲む紅茶もまた格別だねー」メリアはため息をついた。

 

「…この茶菓子も美味しいですね」萊智は紅茶よりも茶菓子に夢中になっていた。

 

「…この平和が続けばいいのにね…」紬葵は願望をそっと口にした。しかし、その幸せがまだ始まってすらいない事は彼女が1番よくわかっていた。

黒いデジタルライダーの正体、そして飯山将平の真実…それらが明らかになるまで本当の幸せは訪れないと…

 

黒い戦士は何のために戦っているのか、もし仮にその正体が「長居管蔵」だとしたら、目的は何なのか…。

 

〜真実を知ろうとするな。ただひたすら電脳人と戦えばいい〜

 

真実の隠蔽…やはり、飯山将平には何か秘密があるはず。それが何なのかは分からないが…

 

 

 

「…太刀筆さん、大丈夫ですか?」

 

萊智の声が、彼女を現実に引き戻した。

 

「先日からぼーっとしている時が多いが、何か悩みでもあるのかい?」

 

「それとも、やっぱり風邪治ってないんじゃない?」

 

 

3人が、揃いも揃って彼女を心配していた。先日からの様子を見ていれば当然かもしれないが。

 

「本当、何でもないから…」彼女はそう言って席を外し別荘の中に入って行った。

 

 

 

彼女が居なくなった後、3人は顔を合わせた。

 

「最近の彼女を心配して連れて来たはいいが、やはり簡単に気分転換はできないか」一犀は深く腰掛けた。

 

「カキピーが居なくなった時も、1番引きずってたしねー、なんなら、今も時々そういう風に見えるし」

 

「…俺達の知らない間に、何かあったのでしょうか?」

 

 

 

3人は深くうなだれた…

 

 

 

 

 

しかし、それでも時間は進んでいく。陽が徐々に空を赤く染めていく。

 

3人は別荘内に撤退すると、夕食の準備を始めた。リビングルームにあるこたつにカセットコンロを用意し、その上に鍋を置いた。

 

食材は白菜、椎茸、焼き豆腐、豚肉、大根などなど…そこから察するに今夜は鍋だろうか。

 

「太刀筆さん、まだ上に居るんですかね…」

 

鍋の素を入れた萊智がふと口にした。

 

「そうだな…僕が呼んでこよう」一犀は2人にこの場を任せて彼女を呼びに向かった。

 

 

その頃、彼女はベランダで夜空を眺めていた。都心から離れている事もあってか冬の夜空がいつもの何倍も明るく見えた。これだけ広大な夜空を見ていると、自分の悩みなんてちっぽけで馬鹿らしいと感じてきた。

 

「…ここからの夜空は最高だろ?」

 

そこへ彼女を呼びに来た一犀が現れた。

 

「…そうね」そう言うと再び夜空を眺めた。

 

「逢引に来たのかしら?」

 

「…その通りさ、お嬢さん」彼は彼女の冗談にあえて乗った。乗ってくるとは思わなかった彼女は心の中で思わず驚いた。

 

「そんな事言うと紫苑さん泣いちゃうよ」

 

「それだけは気をつけなければね」

 

2人は笑顔を浮かべ空を見上げた。

 

「…私って、夜空と比べたらとてもちっぽけなものよね。私の人生なんて下らないと感じるくらい」彼女はふと弱音を呟いた。これがメリア、ましてや萊智だったら絶対言わないだろう。

 

「…人間は、自分の事なんて全然分からないさ。例えば地球(ここ)から見た星は綺麗だ、煌めいているなんて事はよく分かるが、この星の事はただの広い大地にしか見えない。だが、他の星から見れば地球もまた綺麗な星である。人間も同じさ。自分から見た人生なんて、醜い、酷いものばかりで良いものだとは思えないが、他人の人生は羨ましいと感じる。」

 

一犀は彼女の方を向いた。

 

「自分の人生が下らないだとか、そんな事は自分で言う事じゃないさ。もしそう思ってるだけなら、気がついていないだけさ」

 

真面目にロマンチックな事を言う彼に彼女はついニヤついてしまった。

 

「ひ、人の台詞を笑わないでくれ…」

 

「だって…昔だったら、ナルシストみたいな事言ってだろうなって…思うと…」

 

紬葵はしばらく半笑いの状態になっていた。何度か深呼吸をする事でようやく心を落ち着かせた。

 

「…でも、本当に珍しいね。貴方がそう言う事言うなんて」

 

「そうだな…昔に比べて他人に関心するようになった、人を愛するようになったからかな…」彼の脳裏には守るべき人、一緒に生きていきたい人が浮かび上がった。

 

「なにそれ…」その時、彼女の腹の虫が話を途切れさせた。

 

「…そういえばディナーの準備が整った事を伝えに来た事をすっかり忘れていた」

 

 

その後、2人は待ちくたびれた仲間の元に降りていき、楽しい夕食のひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

翌日…4人がいる別荘のある山の麓、そこに蠍の男はいた。

 

街に不似合いな侍衣装に、物珍しさからか通行人達はカメラを向けていた。

 

「やはり、愚かなものだな…人間は…目の前の怪異に恐れを感じないとは」

 

蠍は、自身の姿をバグビーストに変えた。血のように赤黒い身体に通行人達は驚いたが、それでもなおテレビの撮影と勘違いをしてカメラを向けていた。

 

しかし、そのカメラのフラッシュも直ぐに収まった。通行人達は次々と肌の色が真っ青に染まり倒れた。

 

「…お前、見た目通り残酷な奴だな」背後からあの黒い男が現れた。既に変身しており、手にはサイヴァーと同じ銃を持っていた。

 

「ダーク、お前が出るまででもない」

 

「…蠍、相手は4人だ、油断はしない事だ。」ダークと呼ばれた男の先には、既に変身した4人のデジタルライダーの姿があった。

 

「あいつら…グリットとパロ君の…」ピジョンはそう言った。サイヴァーとセンスは彼女と共に睨みつける視線を送った。

 

一方、3人がダークと出会っていた事を知らなかったペンシルは驚いた…まさかその様なことが…と彼女は心の中で呟いた。

 

「ダークは私がやる…3人はスコーピオンを」ペンシルは3人の回答も聞かずに走り出した。

 

3人は最初戸惑ったが、スコーピオンの危険な能力を見ればどちらを先に対処すれば良いかは明確だった。

 

 

3人はスコーピオンに向かって走り出した。

 

「甘い!」スコーピオンは自身の尾を振り回し3人に攻撃を仕掛けた。

 

3人は回避に成功するが、その尾から放たれた紫色の液体が腕や脚に飛び散った。

 

「うっ…熱い!」紫の液体はジワリと煙を上げながら彼らの身体へ侵食していく。

 

「鎧を溶かす毒か…厄介な奴め!」センスはムービーフォームに変身、スピアを手にしてスコーピオンに迫った。

 

スコーピオンは再び毒を振り撒くが、強化されたセンスの鎧には毒が入りづらくなった。

 

 

後方では、サイヴァーとピジョンがキュアで傷を回復していた。

 

「なるほど…アレだけの鎧が有れば…」

 

 

 

 

 

 

その頃、ダークとペンシルは一歩も引かない勢いで戦っていた。

 

「お前…想像以上に強くなっているな…!」

 

「そうかしら…私、貴方とマトモにやり合うのは初めてな気がするのだけど!」ペンシルはダークに対して剣を振り下ろした。ダークはそれを弓の押付で防いだ。

 

そして弦を勢いよく引き、手を離した。至近距離で放たれた矢に彼女は押し倒され、地面を勢いよく転がった。

 

彼女が顔を上げると、ダークがまるで自分を殺しにやってきた悪魔のように見えた…。

 

裏でどのような表情を浮かべているか分からない、それとも何も思っていないのか…それすら分からなかった。

 

「貴方は、一体誰なの…長官なんですか?」

 

「その質問に答える必要はない…」ダークは淡々と話しながら近づいた。武器を剣に変え、今にも彼女の体を突き刺そうと迫る。

 

「…最悪!」ペンシルはそう吐き捨てた。ダークが剣を構えた頃にはペンシルは起き上がり右腕をクロックに変えていた。そして目の前から一瞬にして姿を消した。

 

「なんだと!」ダークの背後には左腕をトランスファに変え二刀流で斬りかかる彼女の姿があった。

 

ダークも咄嗟に左腕にゲーミングフォームと同じ青い剣を召喚して応戦した。

 

「その剣…!」ペンシルはこのまま押し切るべく力を強めた。

 

しかし、ダークはそれを簡単に薙ぎ払った。

 

「…俺はアンタを切りたくない、ここで終わりにしよう」ダークは突然剣を闇に収納し彼女に言い放った。

 

「は?どういう事よ…」ペンシルがその答えを聞く前にダークはその姿を消した。

 

 

 

 

その頃、ゲーミングフォーム、ソシアルフォーム、ムービーフォームの3人はスコーピオンに対して苦戦を強いられていた。

 

スコーピオンの毒は鎧で進行を遅くする事はできるが、持久戦となればほぼ無意味である。また、毒だけでなく接近戦も剣術でカバーする為、逆転できる隙が無くなってしまった。

 

スコーピオンは尾を伸ばし3人に刺突攻撃を仕掛ける。咄嗟に反応したピジョンが弓を構え空中を漂う尾を狙い次々と矢を放つ。

 

尾の動きが止まったところにサイヴァーとセンスが剣とスピアで近接攻撃を仕掛ける。スコーピオンはその攻撃を毒を纏った右足で一蹴した。咄嗟の回避で地面に倒れたサイヴァーを掴み上げると右拳で殴り飛ばした。

 

その攻撃はピジョンを巻き込み2人を地面に屈しさせた。

 

センスが後方が仕掛けるが、尾を巧みに動かして彼の胴体に巻き付いた。そして自分の元に手繰り寄せると刀で斬り裂き、そして追い討ちをかけるように尾を動かして地面に叩きつける。

 

「このまま…やられるのか…!」センスは上を見上げた。

 

「命乞いをしろ、もしくはそのスマホを置いて逃げるが良い…」

 

「そんな事、出来るわけない」サイヴァーは銃を取り出し反撃に出ようとしたが、全て刀で弾き飛ばされてしまった。

 

「…そうか、そんなに死にたいのか!」スコーピオンは刀を振り回しながら3人に近づいたその時だった。突然背中から火花を散らし地面に倒れた。

 

「なっ…気配を感じなかったぞ…!」

 

そこには、クロックとトランスファを装備したペンシルの姿があった。

 

「だって、「時間を止めて」「高速移動」ができるんだからね」

彼女はスコーピオンの立っていた場所に立ちはだかった。

 

「そうか…ならば!」スコーピオンはそう言うと尾を大きく唸らせ萊智の…ではなくセンス達のいる方向へ勢いよく突き刺した。

 

3人はその衝撃とばら撒かれた毒で倒れ、戦闘不能へ陥った。鎧が解け、基本形態の姿に戻っていた。

 

「…どうだ…貴様が余計な事をしたからそうなった訳だが…どうする?」スコーピオンは意地悪くいう。

 

「…簡単な話よ…私がアンタを倒せばいい」

 

彼女は覚悟を決めたかのように拳を力強く握りしめた。

 

「私は、世界の命運を握る決断なんてしてこなかったし、愛する人ももう居ない…だけど、今を生きる仲間だけは、守りたい!」

ペンシルがそう言い放った時、彼女のスマートライザーが光り輝いた。

 

[Synchro UP!][Comic Pencil!]

 

スマートライザーから沢山の板状の鎧が出現し、それらが次々と彼女の身体に貼り合わされていく。

 

胸部には大きく、「剣」「ペン」「剣で敵を斬り裂いた時の軌跡(ペンで描かれたエフェクト)」が描かれている。体色は黄緑色となり、頭部の髪の模様はより大きくなった。ベレー帽も緑色に変わり、まさに漫画家のような姿へと変わった。その名をペンシル、コミックフォーム。

 

 

「姿が変わろうと同じこと!」スコーピオンは尾を振り下ろし毒を注入しようとした。しかし、それは巨大な漫画のコマ割りを模した盾によって防がれた。

 

「さぁ、得意の毒は使えないみたいね!」ペンシルはそう言い放つと右手に剣を持ち左手に盾を持ってスコーピオンに迫った。

 

スコーピオンは得意の剣技で対応しようとするが、再び盾によって防がれ、反撃を喰らった。それも一度ではなく何度も。

 

 

遂に限界が来たスコーピオンは地面に膝をついた。

 

「これで終わりよ」

 

[Blake finish!][Pencil end!]

 

ペンシルは緑色のエフェクトを纏った剣でスコーピオンを一刀両断した。スコーピオンは身体を焼き切られ、自身の毒を蒸発させられながら爆発した。

 

 

スコーピオンが爆散した事で3人の鎧に巻き付いた毒も蒸発し、苦しみから3人は解放された。

 

 

 

 

 

 

 

「「遂に4人のシンクロアップデートが揃ったか…」」

 

 

 

 

 

 






次回、第28話 鉄血の軍隊


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第28話 鉄血の軍隊

 

 

 

「いよいよ、俺1人か…」

 

鎧は1人で玉座の間にいた。

 

「本気を出さざるおえない、か?」

 

「陛下…いつからそちらに?」

 

彼が玉座を見上げると、そこには彼女の姿があった。

 

「今、現れた所だ。それより、次の出撃は君に頼みたい。君と、君が従える軍隊に」

 

「承知致しました。私の心は常に陛下と共に」

 

そう言って鎧は部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

スコーピオン撃破から数日後…

 

街はクリスマスの準備に大忙しだった。煌びやかな装飾がされたツリー、雪だるまを模した置物、サンタクロースの格好をして客引きをする人。

 

それらを横目に男は歩いていた。

 

「もうすぐか」

 

男が向かった先にあったのは、これから行われるクリスマスコンサートへの準備を行なっている会場だった。

 

「鮫は確か、この辺りだったはず」

 

意味深な事を呟くと、黒いスマートライザーを会場前の広場に向けた。カメラ越しに見るその景色は殆ど変わりがない…が、階段の付近だけは緑色のモヤが掛かっていた。

 

モヤの中心には、緑色のQRコードがあり彼はそれをカメラで読み取った。するとカメラに写っていた緑色のモヤは消え、なにも無くなってしまった。

 

「…後は、隼か…」

 

コードのリストを開いた彼はそう呟いた。そこには先ほど得た緑の他、黒と紫があった。

 

空いている箇所は3つ…

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、萊智と紬葵は大荷物を抱えて店から出てきた。

 

「ありがとう、私の頼み事に付き合ってもらって」黄色のマフラーを羽織り、茶色のコートを着込んだ彼女は言った。

 

「それは別にいいんですけど、こんなに大量のおもちゃを一体どうするんですか?」どうやら彼は、彼女の荷物係を頼まれたようだ。

 

「…このおもちゃはみんな、施設の子供達に渡すんだよ。私が居たあの養護施設に」優しい笑みを浮かべながら紬葵は答えた。

 

「…そういう事なんですね」彼は善意の手伝いをしたと考えると心が温かくなった気がした。

 

「太刀筆さん、サンタクロースみたいですね」萊智は笑顔で言った。

 

「それを言うなら、君はトナカイだね」

 

2人は10個近いおもちゃを車に積み込むと紬葵は運転席、萊智は助手席に座った。

 

 

「この後、食事に行きませんか。最近この近くに美味しいラーメン屋ができたみたいですし」

 

「いいね、ちょうどラーメン食べたかったんだ」

 

彼の誘いに、彼女はあっさりとオッケーを出した。

 

 

 

 

 

 

ラーメン屋に入った2人は、カウンター席に座るや否や早速この店で1番人気のラーメンを注文した。

 

店内は会社帰りのサラリーマンで溢れかえって居た。純粋に夕食を摂るべく来た人、少し早い忘年会をする為に来た人、仕事の疲れを癒しに来た人。理由はどうあれ、この店の中で楽しんでいた。

 

 

「そういえば、君のクリスマスの予定は?」紬葵はふと萊智に聞いた。

 

「…無いですね…」少々悲しげに答えた。

 

「…私も同じ…」紬葵も同調した。

 

「一昨年までは智と過ごしてたんだけどね」

 

「俺も去年までは友達2人とクリスマス会してましたけどね」

 

しかし、どちらももう一緒に過ごす相手はこの世には居ない…そう思うと気分が重くなってきた。

 

「だったら今年は2人で過ごせばいいんじゃない?」そこへカウンター裏の調理台から熱々のラーメンを差し出す店主が言った。

 

俺が…太刀筆さんと?

         と言う顔を2人はして居た。

私が…萊智くんと?

 

「2人はまだ若いんだ。俺みたいにラーメンしか話相手がいない訳じゃ無いんだからさ」

 

店主はそう言うと何事もなかったかのように別のお客の為にスープを掬い始めた。

 

 

「…それも悪く無いかもね」

 

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、この日は土曜だからか人通りが少ないが、いつも以上に張り詰めた空気が漂って居た。

 

幹線道路を封鎖するように立ち尽くすのは鎧と、カブトムシのような装甲を身につけたノイズの集団だ。彼らの目線の先にはデジタルセイバーより先に駆けつけて居た警察の特殊部隊が待ち構えて居た。

 

「貴様らの目的はなんだ!」1人の警察官がメガホンで聞く。

 

「目的はただ一つ、強き者と戦い勝利する事。貴様らは並の人間よりは強く見える、が今回の目的では無い…」

 

「つまりデジタルセイバー待ちということか」男は呟いた。

 

「ようやく来たようだな」

 

警察の特殊部隊が振り向くと、そこには既にゲーミング、コミックフォームに変身したサイヴァーとペンシルの姿があった。

 

「後は私達に任せて、一般人の避難を」

 

彼女はそう言うと鎧の方を向いた。

 

「新手の敵幹部ね」

 

「我が名は鎧、またの名を…ビートル!」鎧は姿をビートルバグビーストに変えた。

 

(けい)の力、試させてもらう!」ビートルはカブトムシのツノの形をしたハルバードを取り出した。

 

「望むところよ」ペンシルは剣と盾を構え走り出した。サイヴァーも彼女の後を追って走り出した。

 

 

その彼を遮るように、ダークは立ちはだかった。

 

「お前の相手は俺だ。同胞の仇だ」

 

ダークはペンシルの剣を取り出しサイヴァーに振り下ろした。彼は咄嗟に青い剣を呼び出し防いだ。

 

「こっちこそ…今までに巻き込まれた人達と…パロットとグリットの無念を晴らす!」サイヴァーは左手に銃を取り出し引き金を引いた。至近距離で放たれた銃撃にダークは後ろへ揺らめいた。

 

「…ならば!」ダークは黒いスマートライザーを操作し紫色のコードを映し出した。そしてそれをもう一度クリックすると、ダークの身体の後方から蠍の尻尾が現れた。

 

「あの尻尾…スコーピオンと同じ…!」ダークはサイヴァーに向かって尻尾を突き刺そうとする。寸前の所で避けた彼は左手の銃で応戦した。

 

しかし、ダークに攻撃は通用して居なかった。

 

ダークは更に緑色のコードを映し出した。すると、左腕に巨大な鮫が装着された。鮫の口からは水を模した弾丸を放つ。サイヴァーはそれを回避しながら迫る。そして左腕に剣を振り下ろす…が、ダークはそれを右腕の剣で防いだ。

 

「なんだと…!」攻撃が防がれ困惑する間にダークは背鰭を模した刃を利用した手刀でサイヴァーの脇腹を切り裂いた。

 

 

吹き飛ばされたサイヴァーは地面に倒れ、変身が解かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、ペンシルはビートルの装甲に剣を振り下ろした。

 

「甘いな…小娘!」装甲は甲高い音を響かせるだけで、攻撃が効いている様子は全くない。

 

ビートルはハルバードを体全体で大きく振りかぶった。

 

ペンシルは盾で受け止めようとした。しかし、コミックで攻撃が通らない相手の攻撃を喰らうのはまずいと感じとった。

 

そうこうしている内にビートルはハルバードを振り下ろした。しかし、そこにペンシルの姿はない。クロックの能力を使い寸前の所で脱出したのだ。

 

「逃げに徹するか…」

 

「第二ラウンドと言ってほしいな!」クロックを解除し、トランスファを起動すると、盾を投げ捨て二刀流の態勢をとった。

 

2つの剣をビートルに振り下ろす。しかしそれでも効き目がない。

 

「なるほど、防御を捨てるとは考えたな」

 

ビートルはペンシルを左腕で簡単に投げ飛ばした。

 

「だが、それでは勝てない」

 

ペンシルはふと後ろのサイヴァーの様子が気になり振り返った。

 

 

ダークは、鮫と蠍の能力を収納しサイヴァーが使う銃を構えた。

 

彼は今にも殺されそうになって居たのだ。

 

「…萊智!」彼女は声を上げて叫んだ。

 

「太刀筆…さん!」彼は薄れる意識の中聞こえた声に顔を上げた。

 

「なんだと…!」そう声を上げたのはダークだった。

 

「…萊智が、サイヴァーに…?」ダークは銃を捨てると、バツが悪いと感じたのかその場を後にした。

 

「興が冷めた、また出直すとしよう」

 

 

ペンシルは大群が消えたことを確認すると変身を解き萊智の元に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第29話 4人の最強戦士


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第29話 4人の最強戦士

 

 

 

ダークは、頭を抱え苦しみながら王座の間へ戻ってきた。

 

「まさか…どう言うことだ…」

 

「戻ってきたか…先程の卿の様子、一体何があった?」先に戻ってきた鎧が明らかに苦しんでいるダークに問いかけた。

 

「すまない…少々動揺しているだけだ」

 

「そうか…次は私に任せておけ…お前は休んでおけ」そう言うと鎧は部屋を後にした。

 

「まて…」

 

ダークは彼を止めようとしたが聞く耳を持たなかった。

 

「どうした…ヒューマンバグビースト」

 

そこへ玉座に座る赤い女が声をかけた。

 

「貴様…アイツが今のサイヴァーだなんて聞いてないぞ…」

 

そう言うことかと女は呟いた。

 

「誰が今のサイヴァーだろうが関係ないであろう…今のお主には…。お前はただの死人なのだから…」

 

ダークは、息を呑んだ。躊躇いをなくす為に…。

 

「それより、お前はそのスマホで奴らのデータを引き続き集め続けろ。それがお前の大切なものを取り戻す大いなる一歩となる」

 

「分かっている」そう言ってダークは部屋を出た。

 

 

 

 

 

一犀とメリアが別地点でノイズを対処して帰還してきた。その頃には既に紬葵と萊智は戻ってきて居た。

 

「萊智…大丈夫なのか!」一犀が真っ先に彼の怪我の深刻さに気づいた。上半身、特に右脇腹を重点的に包帯が巻かれて居た。

 

「ダークにやられた…今は気絶しているみたいだけど…目が覚めても復帰するのは難しいわね」怪我の手当てをした紬葵が答えた。

 

「それって結構(けっこー)まずいんじゃない?ビートルの力はツムツムより上だった訳だし」メリアの言う通り、ビートルの能力は全て並以上だった。

 

勝てる見込みがあるとすればゲーミングフォームの武器召喚で最高レアを排出する他ない…そう紬葵も思っていた。

 

「後は、数でごり押すか…」

 

「…今回ばかりはそうせざるを得ない状況だな」3人は頭を抱えた。

 

ビートルはまたいつ現れるか分からない…しかし近いうちであるのは確かだろう…

 

 

「どうやら、時間はないようだぞ」

 

そこへ現れたのは紅葉隊長だった。

 

「隊長…それはどう言う意味ですか?」

 

「これを見てくれ」彼女はスクリーンに今ネット配信されているものを映し出した。画面にはビートルの人間達が映し出されていた。

 

『デジタルライダーの諸君、今から1時間後この場所に我々は再び出陣する。ここを最終決戦の場としよう。我々は、この戦いが終わるまで一般市民には一切手出ししないと誓おう。次は骨のある戦いを期待している』

地図で示していたのは、先程の幹線道路をずっと西に走った所にある廃工場だった。

 

「…誘われた以上、行くしかないな」

 

一犀は、充電しているスマートライザーを手にした。

 

「そうだね、3人だけでもやるしかない」

 

メリアもスマートライザーを持った。

 

「…行こう」

 

紬葵は隊長に萊智のことを任せると3人揃って廃工場へ向かうべく扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、俺の目の前には黒い人が居た…ダークだ。

 

彼は俺をただ見つめているだけだ。

 

「…お前は…誰なんだ…なんでこんな事するんだ!」

 

俺は叫んだが、ダークは聞き入れる様子がない…それどころか俺から離れるように歩き始めた。

 

「待てよ…待て!」

 

 

 

 

 

「待て!」目を開けると、デジタルセイバーの天井が見えた。どうやら眠ってしまっていたようだ。

 

「気がついたみたいだな」そばには紅葉隊長の姿があった。他の3人は居ない…

 

「みんなは…」

 

「ビートルと戦うべく、既に向かったわ」

 

ビートルと…俺も行かなければ…!

 

「待つんだ…その身体で無茶をするな」紅葉隊長は起きあがろうとする俺を抑えた。

 

その衝撃で、右脇腹が痛くなってきた。

 

「傷は浅かったから軽傷で済んだが…まだ安静にしていなければ」

 

「無理はするものじゃない、これでもし君が戦いに出て、死んでしまったら元の子もない」紅葉隊長は柿崎さんの事を思い出しながらそう言ったのだろう。少し目が悲しんでいた。

 

「…死んだら、それで終わり…人間みんなそうです。俺はただ、恩返しをしたいんです。太刀筆さんが、自分のいた施設の子どもたちにプレゼントを贈るように、俺のことを助けてくれたサイヴァーに…デジタルセイバーに恩返ししたいんです」萊智は起き上がり、自分のスマートライザーを手に取った。

 

「俺が戦わないせいで誰かが傷つくのは嫌なんです」

 

 

紅葉隊長は、口元を一瞬緩めた後口を開いた。

 

「そういえば、君の戦う理由はそれだったね…それなら、存分に戦ってきなさい」彼女は彼を止めるどころか、むしろ後押しをした。

 

「はい!」萊智はそう言うとデジタルセイバーを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、廃工場ではビートルノイズとビートルバグビーストが陣取っていた。

 

「まだ時間にはなっていないか」動画を投稿してからまだ50分、時間にはなっていない為まだ来ないだろうと思っていた。

 

しかし、その予想は外れ目の前に紬葵達が現れた。

 

「3人か…後1人はどうした」ビートルは聞く。

 

「今頃、アンタのところのダークのお陰で寝てるわよ」紬葵はそう言った。

 

「そうか…まあいい、まだ時間はある。互いに作戦会議なり、準備なりをする時間にしようじゃないか」

 

「随分と余裕だな、こっちはいつだって構わないのだよ」一犀が答えた。

 

「戦場で焦りは禁物…だが、そちらにそう言われた以上、こちらも態勢を整えるとしようか」

 

ビートルはそう言うと、ハルバードを取り出した。

 

3人がスマートライザーを取り出したその時、後ろから走ってくる足音が聞こえた。

 

「待ってください!」

 

「ライ君…なんで」メリアは聞く。

 

「…戦えるから来た…何か問題でも?」萊智のその答えに3人はおかしくて笑ってしまった。

 

しかし、それが逆に緊張を解くいい機会となった。

 

「なら、しっかり着いてきてよ!」紬葵は言った。

 

4人はスマートライザーを構えた。

 

「「「「変身!!!!」」」」

 

         [Social Pigeon!]

 

         [Comic Pencil!]

[Synchro UP!]

         [Gaming Cyver!]

 

         [Movie Sense!]

 

 

 

幾千もの試練を乗り越えてきた4人のシンクロアップデート形態、今ここに集結…!

 

 

変身した直後、サイヴァーは再び右脇腹に痛みを感じた。

 

「これぐらい…!」サイヴァーはキュアを発動させると傷口を蛇で強制的に修復させ痛みを和らげた。

 

 

「者ども、かかれ!」ビートルはビートルノイズを突撃させた。

 

ビートルノイズはそれぞれのライダーに5、6体で攻めた。

 

センスは、槍を取り出し1人目のノイズを薙ぎ倒した。そして正面から迫るノイズを槍を振るうことで弾き飛ばす。

 

後方から3体のノイズが一斉に迫ってきた。

センスは左腕をサーチに変えていた事で既に気づいていた。自分の身体を分裂させると、武器をスピアに変え一体ずつ串刺しにし消滅させた。そして最後の一体を倒すべく1人に戻ると、右腕をペイントに変え虹の縄で縛りつけた。そして左腕のサーチから放つ波動で消滅させた。

 

 

 

ピジョンは、弓を取り出し先陣を切ってやって来た2体を射止めた。そして矢の雨を掻い潜ってやって来た2体に向かって右腕のバスターを振り翳した。その2体は壁にめり込むほどの勢いで打ちつけられ倒れた。

 

後方の2体は剣を持っていた。ピジョンは左腕をミュージックに変えナイフを手にした。

 

そして迫る2つの剣を華麗に回避した。そして左側の敵をナイフで切り裂き、右側の敵を蹴り上げた。

 

 

 

ペンシルは盾を前に突き出し迫るノイズを弾き飛ばした。そして起き上がって来たノイズ達は再びペンシルに向かって攻撃しようと試みたが、どこを見渡しても姿はない。しかし次の瞬間、4体一斉に地面に倒れた。

 

クロックを発動させたペンシルが時間操作している間に倒したのだ。

 

残り2体がペンシルに向かって剣を振り下ろす。彼女はそれを回避したが、ノイズは既に次の一手を放つべく剣を構えていた。しかし、それはペンシルも分かっていた。

 

盾を背中に構え2つの斬撃を抑えた。そして盾を背中に背負ったままトランスファを発動させ、振り返りざま2本の剣でノイズ達を切り裂いた。

 

 

 

 

サイヴァーは、青い剣を召喚するとすれ違い様にノイズを次々と切り裂いていく。倒れたノイズは起き上がると、彼が怪我をしている右脇腹に向かって剣を突きつけようとした。しかし、それをキュアの蛇が絡みつく事で防いだ。蛇が剣に絡みつくと剣が一瞬にしてボロボロになってしまった。

 

剣を手放したノイズを蹴り飛ばしたサイヴァーは右腕をカルキュレイトに変え、銃を持った。ノイズの弱点を一瞬にして調べ上げるとそこへ向かって次々と弾丸を放っていく。ノイズは急所を撃たれて爆散した。

 

 

 

 

「やるな…」ハルバードを構えたビートルはサイヴァーに向かって走り出した。サイヴァーは空中に無色を2つ、赤と青を1つずつ召喚した。そして無色を一つ手に取った。中から現れたのは赤色の銃だ。

 

炎を弾丸とし放つその攻撃にビートルは一瞬揺らめいた。その隙に風を纏った剣と水を纏った矢を放つ弓を手にしたペンシルとピジョンが猛攻を仕掛ける。

 

液体が鎧に入り込み動きが鈍くなった所へペンシルが風を纏った斬撃を連続して振り下ろしていく。

 

彼女の攻撃が終わったかと思うと、今度は雷を纏った棍棒を持ったセンスがビートルに向かってそれを叩きつけた。

その一撃でビートルは地面に倒れた。

 

「どうだ…これが俺達の力だ!」サイヴァーは言い放った。

 

「やるな…ならこちらも奥の手を出すまで!」すると、ビートルは残ったノイズを吸収し、進化を遂げた。一見巨大なカブトムシのように見えるが、ツノは砲台になっており、まるで戦車のようだった。

 

「みんな、決めよう!」

 

        [Pigeon twister!]

 

        [Pencil end!]

[Blake finish!]

        [Cyver critical!]

 

        [Sense moving!]

 

 

それぞれ、必殺技を発動させた。ピジョンは2本のナイフを、ペンシルは剣を、サイヴァーは右脚を、センスはスピアを構えた。

 

まずはセンスが先陣を切る、突破口を開くべくドリルのように回転しながらエネルギーを放出するスピアを突き刺し、ビートルの装甲と競う。

 

ビートルの装甲は徐々にひび割れ始めた。そこへペンシルの斬撃が襲い掛かる。剣で切り裂いたところから装甲が砕け始めた。

 

そこへピジョンが竜巻を起こしながら接近、回転しながらナイフで砕けた箇所を抉り取り、ノイズ達をビートルから切り離した。

 

ノイズはその衝撃で全員爆散、人型に戻ったビートルだけが爆炎の中から現れた。

 

最後にサイヴァーが、渾身のライダーキックを放つ。右足に補助パーツを纏い、雷鳴の如く蹴りを叩き込む。

 

その衝撃でビートルは爆発四散、廃工場の屋根を突き破るほどの火柱が立ち上った。

 

 

火柱が収まった廃工場には、4人の戦士が立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 






次回、第30話 最高で最悪なクリスマス


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第30話 最高で最悪なクリスマス

 

 

前にグリットとパロットが倒れた研究施設にダークは来ていた。前の鮫の時と同じように、カメラを向け黄色のコードをスキャンした。

 

「…隼はこれでゲットした。次は兜虫か…」

 

 

 

 

 

 

「「メリークリスマス!」」施設にやって来たのは、サンタクロースに扮した紬葵とトナカイのコスチュームを着た萊智だった。

 

今日はクリスマスイブ、2人は先週購入したおもちゃを子ども達に届けに来たのだ。

 

「あっ!サンタちゃんだ!!」1人の子どもが、紬葵のコスプレを見て言った。その声に子ども達が一斉に駆け寄って来た。サンタちゃん、というのはサンタクロースが女性だからだろう。

 

「今年もいい子にしていたみんなにクリスマスプレゼントだよ!」

 

そう言うと、萊智が持っている白い袋からおもちゃを次々と取り出し子ども達に渡していった。おもちゃをもらった子ども達は皆大喜びで室内を駆け回った。

 

「今年は、新しい子を引っ掛けて来たのね」そう言ったのは施設の園長である貝割さんだった。

 

「冗談はやめてください…仕事の後輩ですよ」彼女は、園長に対して笑いながら言った。

 

「そう、残念ね…今年こそは貴女の結婚報告聞きたかったのにね」恋愛好きな彼女は、毎年紬葵の結婚報告を楽しみに待っていた…。

 

「智君とは上手くいってたのに、残念ねー」彼女も柿崎智の死を知っていた。勿論死因は伝えていないが。

 

 

 

その後、2人は子ども達の遊び相手をしてあげた後、施設を後にした。気がつけば空が夕焼け色に染まっていた。萊智は紬葵の運転する車に乗り込んだ。

 

「今日は疲れました…」彼はため息をついた。

 

「でも楽しかったでしょ?」

 

彼女の問いかけに彼は笑顔で「はい」と答えた。

 

 

エンジンをかけ、施設を後にした2人は最寄りのインターチェンジから高速道路に乗った。

 

「ねぇ、東京に戻ったらデートしない?と言っても私の部屋でだけど」

 

「…いいですね、行きます」彼は気軽に返事をしたが、実は女性の部屋には麗香を除いて一度も入ったことがない、少々緊張感が湧いて来た。

 

「それならケーキを買って帰りません?もう売り切れてるかもしれませんけど」

 

「いいね、行こう」そう言う彼女も、実は智以外の男を自分の家に入れるのは初めてで少々照れ臭かった。

 

互いにその感情を隠しながら、ケーキ屋で売り切れ寸前のショートケーキを二つ買い、紬葵の部屋のあるマンションに向かった。

 

 

 

ちなみに、この日のデジタルセイバーの連中はこのように過ごしていた。

 

メリア ネット仲間と共に有名ゲーム実況者の生配信を視聴

 

一犀  紫苑と高級レストランにてデート

 

紅葉  仕事に熱中しすぎてクリスマスの事を忘れていた

 

 

 

 

 

紬葵の部屋はとても綺麗に片付いていた。リビングには大きなテレビがあり、目の前にはテーブルがあった。彼女はそのテーブルの上に買ってきたオードブルを並べ、彼はキッチンにある冷蔵庫にケーキを入れた。

 

紬葵は食器棚から小皿と箸を取り出しテーブルに持ってきた。更に冷蔵庫であらかじめ冷やしておいた2Lのコーラを持ってきて、それぞれのコップに注いだ。

 

その間にも萊智はオードブルの蓋を外し、すぐに食べられるよう準備していた。

 

「それじゃ、食べようか」紬葵は、準備を終えて椅子に座った。

 

「はい、早く食べましょ」萊智も椅子に座った。

 

 

「「いただきます」」

 

2人はそう言うと小皿に自分が食べたいものを次々と取って、そして食べていく。しかし、2人は心の中でこう思っていた。

 

「「とてつもなく気まずい」」

 

いつも2人で食事をしている時はそのようなことは無い、しかしこういう日に2人だけで、というのは紛れもなく恋人同士でするものだ。

 

互いに意識しあっているが故にそのような事態に陥ってしまっている。

 

どうにか話題を作らなければ、しかし2人に今そのような事を考えられる余裕はなかった。

 

「太刀筆さん、こうしてみると意外と可愛いな…」だとか「萊智くんも意外とイケメンだな…」だとか考えているからだ。

 

なんだよお前ら…

 

 

流石にこれ以上無言のままだとどうにかなってしまいそうだ、そう考えた2人は互いにテレビのリモコンに手を伸ばした。

 

2人は互いの手が当たりそうになりつい引っ込めてしまった。

 

「ごめんなさい、」

 

「い、いいのよ」紬葵は改めてリモコンに手を伸ばしテレビを付けた。

 

テレビでは丁度クリスマスイブ特番がやっていた。2人は心の中でナイスと叫んだ。

 

その後はテレビの話をしながら楽しい夕食のひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、それは一件の通報から始まった。

 

それは前のビートルと戦った廃工場にて起こった。

 

通報の内容は「黒い人が廃工場に侵入している」という通報だった。

 

それを聞きつけた真っ先にやってきたのはペンシルとサイヴァーだった。

 

「…お前ら…」黒い人、というのはやはりダークな事だった。

 

「ここで何をしている?」サイヴァーは聞いた。

 

「関係ない…それに、やる事なら既に済ませた」ダークのスマートライザーには既にオレンジ色のコードが読み込まれていた。

 

「…そのコード、もしかして今までのバグビーストの力を使えるのか?」サイヴァーは前のダーク戦を思い出しながら聞く。

 

「そうだ、お前達のモードチェンジと同じように」ダークはそう言うと黄色のコードを呼び出した。すると背中に隼のような翼が広がった。

 

「逃がさない!」飛び立とうとするダークに向かってペンシルは盾を投げつけた。その盾でバランスを崩したダークは地面に着地した。顔を上げると剣を振り下ろそうとするサイヴァーが見えた。

 

ダークは咄嗟に黒いコードを呼び出し右腕を変化させた。スパイダーが使っていた爪のように変化したクローで剣を防ぎ、弾き飛ばした。

 

「それはスパイダーの…本当になんでも使うな…それも俺達を苦しめた奴らばかり…」サイヴァーは再び襲い掛かるが、ダークはそれを装甲を固めた右脚で蹴り飛ばした。

 

サイヴァーはドラム缶に打ち付けられた。

 

「俺に用はないだろ…」ダークはそう言って今度こそ離脱を試みるが、そのダークの後方からピジョンとセンスが襲い掛かった。

 

突然の奇襲にダークは前に揺らめいた。

 

「今度こそ、その素顔を拝ませてもらう!」必殺技を発動させたペンシルの斬撃が、ダークのスマートライザーにヒットした。

 

 

破壊こそ出来なかったが、機器がバグを起こし変身が解けてしまった。ダークは元の人間の姿に戻ってしまったのだ。

 

ピジョンとセンスはその素顔を見るべく後ろを振り返り、サイヴァーも顔を上げた。

 

 

ダークはゆっくりと顔を見せた。

 

「嘘だろ…」最初に声を上げたのは一犀だった。

 

「なんでアンタがダークなんだ…柿崎さん…!」その顔は紛れもなく、柿崎智だった。

 

「カキピー、死んだはずじゃ…」メリアも驚きのあまり開いた口が塞がらない。

 

萊智は柿崎は写真でしか見た事ないとはいえ、十分驚いていた。

 

一方、紬葵だけはまだ冷静だった。

 

「…貴方の素顔を見せなさい?」

 

「どう言う意味だ?」智は聞いた。

 

「智はもう死んでいる」

 

「…だが現に生きている…」

 

「ええ、でもそれは無理矢理動かしているだけ」

 

智が黙った所で紬葵は更に言葉を発する。

 

「もし智本人なら、萊智の名前、知らない筈でしょ…」

 

「どういう…事?」萊智は呟いた。

 

「…飯山将平さん、貴方なんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ…そこまで調べていたとは」智の顔は一瞬にして将平の顔へと変化した。

 

「何が起こっている」一犀とメリアは完全に困惑していた。

 

「飯山将平、ヒューマンバグビーストだ」

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第31話 死者の話


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第31話 死者の話

 

 

 

「そうだ…そこまで調べていたとは」

 

 

 

「飯山将平、ヒューマンバグビーストだ」

 

 

 

 

「なんで…なんで将平が…それにバグビースト?」萊智は何が何だかサッパリ分からなかった。彼が何を言っているのか、そもそも将平は死んだ筈…

 

 

「俺は、あの交通事故の時に肉体だけ死んだ。精神だけの状態で彷徨っていた所を、亡骸だけの状態になっていたこの男の身体に入り込んだんだ」

 

そう言うと彼は再び智の姿に変わった。

 

「…お前は一体誰なんだ?」一犀が聞く。

 

「…俺は飯山将平であり、柿崎智である。そう言えば満足か?」彼はダークスマートライザーを起動させた。

 

「今の俺は、アイツの為の戦士、ダークだ…変身!」

 

[Server connection…miss][Rider Dark!]

 

彼の身体は漆黒の闇に包まれ、体の形はサイヴァーのように変化した。

闇の力を纏う戦士、ダークはゲーミングフォームの剣を召喚した。

 

「…アンタ、話し合う気はないわけ?」ピジョンは弓を構えた。

 

「俺の目的はお前達を倒し、アイツを…麗香を蘇らせる事。お前達とは共に歩めない」

 

「麗香を蘇らせるってどう言う事だよ、将平!」サイヴァーがダークに向かって叫んだ。

 

「そのままの意味だ。俺が目的を果たせば、アイツは帰ってくる…」

 

ダークは、彼のことを見つめた。

 

「俺は、できることならお前を倒したくない…だから手を引け、萊智」

 

「…そんな…」

 

「俺は…お前(萊智)アイツ(麗香)の3人で笑い合う人生を取り戻したい」ダークはそう強く言い切った。

 

「だったら、おかしいんじゃないのか…お前は親友との暮らしを取り戻したいと願っている。しかしこのままバグビーストの言いなりになっていれば、悪意あるバグビーストが支配する世の中になるんだぞ!」センスは彼の行動の矛盾点をついた。

 

「…俺は、バグビーストがこの世界を支配しようがどうでもいい…それで俺達の平和が訪れるならな…!」

 

ダークはそう言うと剣を構えてセンスの元へ走り出した。センスは槍で彼の攻撃を受け流し、突きの態勢に入った。しかし、それよりも早くダークは次の斬撃を繰り出していた。その攻撃はセンスを直撃、白銀のボディに傷を入れた。

 

その後方から矢を連射するピジョン、ダークは矢を全て無抵抗で受け止め近づいた。そして左腕に鮫を出現させ水砲で壁に吹き飛ばした。

 

ダークの後方からペンシルが剣を振り下ろす。彼はそれを隼の翼で飛翔して回避、蠍の尻尾で隙が生まれたペンシル向かって突き刺した。彼女は盾を使ったことで攻撃をなんとか回避した。

 

ダークは地上へ降りると、剣を捨て右腕に蜘蛛の爪を発現させた。そしてサイヴァーに向かって振り下ろす。

 

サイヴァーはそれを剣で受け止めた。

 

「…俺は、お前と戦えない…!」彼はそう言ってダークを押し倒そうとした。しかし、兜虫の力を脚に使っていたことで倒れず、むしろパワーの上がったタイキックを喰らってしまった。

 

「…俺は、お前が敵であろうと…切る。俺は萊智以上に麗香のことが大事だ。あの時俺が守れて居たら…俺がアイツのことを突き飛ばして居たら生きて居たんだ…」

 

あの時…交通事故の事だ…

 

ダークの脳裏には強く焼き付いている。様子のおかしい車に気づいた自分、それに気づかず前に進む麗香。

 

その彼女を追いかけようと前に出た…その時には既に車が寸前の所まで来ていた。

 

そして気がつけば、自分達は宙へ浮かんでいた。痛みを感じる余裕なんてなかった。何が起こったなんて分からなかった。

 

精神だけの状態になって、離脱した時に自分達を見て、初めて何が起こったのか自覚した。車に撥ねられたのだと…

 

 

 

 

「俺はこの力を手にした時に誓った…今度こそ、麗香を助けられるようなヒーローになると!」ダークはサイヴァーに向かって爪を振り下ろした。

 

サイヴァーは、その言葉に気付かされた…何がアイツを動かしているのか。

 

それは麗香への罪滅ぼしだけじゃない…

 

「…そうだったな…お前は」サイヴァーはその爪を剣で受け止めた。

 

「…お前の想い描くヒーローは…アイツの為だけのナイト様なのかよ!」そして、左手に装備した銃でダークの腹部に連続して射撃した。揺らめいた彼から距離をとって着地した。

 

「…だったら失望したよ…俺は、見知らぬ誰かを助けたいと言っていたお前のことが好きだった」

 

萊智は銃を構えた。

 

「…みんな、ここでケリをつけましょう」その言葉に3人は驚いた…覚悟が決まったと感じ取った…と言ってもいいだろう。

 

それぞれ、スマートライザーを取り外すと各々の武器に装着した。

 

「俺は、お前を全力で止める…この命を懸けて!」

 

それぞれのスマートライザーが一瞬、眩い光を放った。その光はそれぞれの武器の銃口、刃に宿る。

 

 

[Cyver shooting!]

 

[Pencil cutting!]

         [Device connection…]

[Pigeon flying!]

 

[Sense penetrating!]

 

 

流星群のように次々と放たれる光線が、海の荒波のように大きく波打つ光の衝撃波が、音速の域へ到達した戦闘機のような光の矢が、鳥類の嘴のように鋭い光の杭が、力を増す暗黒(ダーク)目掛けて放たれた。

 

 

 

「俺は…そんな簡単に折れない…」ダークは全ての力を右爪に集めた。鉤爪は黒く、そして巨大化した。

そして掛け声と共にその鉤爪を大きく振りかぶり、そして振り下ろした。

 

四つの光を、いとも簡単に…戦士共々切り裂いた。その衝撃で4人は力の暴走により爆発を起こした。

 

サイヴァー、ピジョン、センスの3人は地面に倒れ、変身が解けてしまった。

 

辛うじてペンシルは変身が解けなかったが、地面に膝をついており、息切れを起こしていた。

ダークは1人立ち尽くす彼女を見つめた。

 

追い討ちをかける事も考えた…しかし身体が動かない。

 

体力が限界なのか、それとももう一つの心がそうさせたのか…

 

 

ペンシルは気がつくと仲間を連れその場を離脱していた。クロックを発動させていたのだろう。

 

ダークはそのまま影になるようにその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第32話 ヒーロー再び


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第32話 ヒーロー再び

 

 

クリスマス翌日…

 

「聞いたよ、あの黒いライダーの正体…」

 

長官室に入ってきた紅葉に長居は口を開いた。

 

紅葉の後ろには、萊智と紬葵の姿もあった。

 

「君の息子が変身していたとはね…」

 

萊智は昨日紬葵からその話を聞いていた為、この場では特に驚く様子は見せなかった。

 

「それで…ダークの処遇はどうするんですか?」紅葉は恐る恐る聞いた。

 

「どうするもこうするも、バグビーストなのだから撲滅対象に他ならない。その対象が偶々君の息子だった、死んだ筈の友人だった、かつての戦友の亡霊だった…ただそれだけだ」

 

長居はそう言って深く腰掛けた…これ以上何も言うまいとした態度だ。

 

「待ってください…まだ話し合いの余地はあります。決断を早めないでください!」萊智は前のめりになって言い放った。

当然だ…友人である以上、どう足掻いてでも止めたい…そして彼に知らしめる…

 

 

「しかし、彼は幾度となく人々を陥れたバグビーストの仲間なのだよ、交渉する余地もない…」

 

長居はそう言って反論を切り捨てようとした…しかし、それを紅葉が止めた。

 

「…バグビーストの幹部と繋がっている可能性がある以上、ただ倒すのではなく、敢えて生かして情報を話させる…そう言った事もできるのではないでしょうか?」

 

「隊長…」自分の息子を物のような扱いをする彼女に、紬葵は切なさを感じた。

 

「…そうしたいと言うなら構わない…だが、後で何が起こったら…その時は君の責任だからな。今度こそ、その立場が…いや、この組織に居場所があるかどうか分からないぞ」長居はそう言うと「この後面会がある」と言って話を切り上げ部屋を後にした。

 

 

 

長官室を出た萊智は、2人に聞いた。

 

「俺がやろうとしている事は、間違いなんでしょうか?」

 

彼を…将平を味方に引き入れる事…

 

萊智は、長官が言うことが全て間違っているとは思えなかった。友人だとしても、悪事に手を貸した以上、この手で倒すべきなのか。それとも…

 

「間違ってる、かもしれないな」そう言ったのは紅葉だった。その発言に2人は耳を疑った。

 

「この世界、正しいか間違っているかを決めるのは何かをやる前じゃない。行動して、最後に今までを振り返った時に初めてそれが分かるんだ」

 

先頭を歩いていた彼女は立ち止まり、振り返った。

 

「お前達は、ただ今できることをすればいい…例えそれが間違っていたとしても、責任は私が取る…約束しよう」彼女の瞳は、覚悟の瞳になっていた。

 

その迫力に2人もまた圧倒され、そしてこの戦い、負けられないと強く感じた。

 

 

 

しかし、あれ以来ダークが…将平が姿を見せる事はなかった。萊智は、この緊迫した中で里帰りを中止しようと思った…だが他の3人の計らいで大晦日と元旦にだけ帰る事にした。

 

 

 

 

大晦日は、久々に顔を合わせた家族や親戚に大学の話をした…本当はライダーの話もしたかったが、一応秘密にすべき事、話すことなんて出来なかった。

 

それはつまり、将平の事を誰にも話せないと言う事だ。1人で秘密を抱え込む事がどれだけ苦しいのか、彼はそれを身をもって体感した。

 

そして、その秘密をずっと黙っていた紬葵や紅葉もまた辛かったのだろう…そう思った。

 

 

 

そんな事を考えていたら、気づくと年を越していた。家族は皆初詣に出掛けており、そのまま朝食を食べてくるだろうから10時くらいまで帰ってこない。

 

1人で自分の部屋に引き篭もっていた。これから先どうしようか…。

 

正直、眠る気分には到底慣れなかった。初詣に行く訳ではないが、自分の家を後にした。

 

向かった先は、2人が事故にあった場所…

 

 

事故現場には花束が置かれていた。それもまだ新しい…前に紬葵さんが来た時には将平の義母が花を手向けていたらしいが、それとは少し違う気がした。

 

彼は献花の前に座り、手を合わせた。

 

祈りに近かった…どうか、将平が元に戻りますように…麗香が助けてくれますように…

 

 

 

そしてその祈りは、一瞬にして届いた。

 

 

 

 

 

 

「萊智…?」そう呼びかける声に萊智は、顔を上げた。

 

「将平…!」そこに居たのは、紛れもなく彼だった。

 

「なんでここに?」萊智は飛び上がった。今、正に祈りが届いたのだと…

 

「…ここなら、お前が来ると思ったからだ」彼もまた会いたいと願っていたのか…萊智はそれを察した。

 

「…何か、話があるのか?」

 

「…決着をつけよう…俺と、お前達とで…明日の6時、前にお前達と戦った廃工場で待っている」

 

「待て…一つ条件がある」

 

なんだ、と将平は聞いた。

 

「俺達がもしお前に負けたら、バグビーストの事件からは手を引く…だが、もし俺達が勝てば、お前は俺に従ってくれ…」

 

「条件付きか…良いだろう」そう言うと、彼は夜の闇の中へ消えていった。そして萊智はそれを最後まで見届けた。

 

 

 

 

 

萊智は3人に今の話を連絡した。てっきり勝手に条件をつけた事を怒られると思った…しかし、実際は3人ともやる気だった。

 

「当然だ」「負ける気ないし」「もちろん、受けて立つわ」

 

そう言ってくれた事に萊智は嬉しかった。自分勝手な事ばかりしている自分について来てくれる…仲間というのは良いものだと、強く感じた。

 

 

 

 

 

2日…早朝、一足先に廃工場にやって来た萊智。しかし、それよりも早くそれよりも早く来ている人物がいた。

 

「太刀筆さん…?」

 

「おはよう…早いね」彼女は彼を見るや否や手を上げて挨拶した。

 

「…どうしても眠れなくて」萊智は、そう言った。

 

「私も…」

 

2人はそう言うと大きく欠伸をした。

 

「…私、正直貴方が居なかったら将平さんについて行ったかもしれない」

 

「どういう事ですか?」

 

「そのままの意味よ…もし、彼の言うように本当に彼女を蘇らせれるとしたら…私も蘇らせたいって思っちゃうわよ…」智の事を…彼女はそう心の中で続けた。本当は、忘れた方がいいのかもしれない…

 

「…でも、貴方が強い意志を示してくれたからこそ、それが間違っているんじゃないかと疑う事ができた。ありがとう…」

 

「…こちらこそ、俺がここまでやってこれたのは、紬葵やみんなのお陰です。むしろ、自分が感謝しないといけないです」

 

「それについては心配要らないさ」

 

「そーそ、私達もライ君には感謝してるよ」そこへ、遅れてやってきた一犀とメリア、これで4人揃った。

 

「…皆さん…後は将平だけか…」

 

「その必要は無さそうだよ…」一犀が指差した先には、彼の姿があった。

 

「全員集まったようだな…何人束になって掛かろうが、俺には勝てない」

 

「…今の俺たちなら、前のように負けはしない!」4人は、スマートライザーを構えた。

 

 

「「「「変身!!!!」」」」「変身」

 

 

[Server connection…miss][Rider Dark!]

 

将平は、漆黒に包まれた後、ダークへと姿を変えた。

 

一方、4人のデジタルライダーの姿は眩しい光に包まれていた。4人の影が見えなくなる程の光は徐々に収まるにつれ、新たな姿を見せた。

 

「…1人…?」光が収まったその場には、1人分の影しかない…身体はまるでサイヴァーのような姿をしており、顔もスマホ画面の中にサイヴァーの顔が映し出されていた。

 

しかし、胸部は他と大きく異なっていた。四つの小窓があり、左上は黒くなっており、他の3つの窓にはそれぞれペンシル、ピジョン、センスの胸部の模様が浮かんでいた。身体には銀、紫、黄、赤の四色のラインが迸っている。青の素体に、緑と橙の差し色が入った新たな戦士がそこに居た。

 

[System…All Clear][Cyve-Net-X(サイヴァネティック)

 

「…目線がやけに低いような…」

 

「というか、自由に動けないし…」

 

『…なんかみんなの声が下から聞こえてくる気が…』一犀、メリア、萊智の3人は違和感を感じてはいたが正解まで至らなかった。

 

もしかして…私達合体しちゃったんじゃない!?」紬葵の声で3人はようやく何が起こっているのか分かった。

 

『なんか変だけど…これが俺達の最終到達点…という事?』萊智はそう言った。

 

「…こい…萊智!」ダークは4人の合体に特に反応を示さなかった…それどころか、完全に戦闘態勢に入っていた。センスの槍を構えて突撃してきた。

 

「槍なら僕に任せたまえ!」

 

『任せたまえって変われるんですか!?』萊智がそう言っている間にもダークは寸前まで迫っていた。このままだとやられる…そう思う前に腕が動いていた。ムービーのスピアを構え攻撃を防いでいた。

 

『言っただろう?僕に任せたまえと…!–』サイヴァネティックの顔はサイヴァーからセンスのものに変わっていた。胸部は黒画面のところがセンスのマークの所に移り、新たにサイヴァーの画面が現れた。

 

サイヴァネティックはスピアでダークを弾き飛ばし、そのまま突き刺した。

 

後方へ寸前の所で回避したダークは新たにピジョンの弓を構え矢を次々と放った。

 

「次は私が行ってもいい?」一犀がいいよと言う前に、顔はピジョンのものに変わっていた。

 

『…これぐらい、当たらないよ』両手にソシアルのナイフを構え、背中に翼を広げた彼らは矢を掻い潜りダークの懐を切り裂いた。

 

ダークは弓を手放し、切られた箇所を押さえた。

 

「さっきから…感じたことのない痛みが…!」ダークはペンシルの剣を構え彼らに向かって走り出した。

 

「剣なら私が相手する」彼らの顔はペンシルに変わり、武器はゲーミングの青い剣とコミックの盾に変わった。

 

彼らはダークの剣を盾で受け止め、剣を振り下ろした。

 

「…何故…俺をそこまでして、仲間に引き入れようとする…」ダークの問いに答えたのは紬葵だった。

 

『貴方を見ていると、前の私を思い出すから…自分だけでどうにかしようとする。そんな貴方を放っておかないから…!』

 

「…黙れーー!!!」ダークは剣を捨てると、5種類の生物の力を一斉に解放した。そして前に彼らの必殺技を弾いたあの攻撃を繰り出そうとしていた。

 

「最後は俺が…」

 

『頼んだわよ』そう言うと再び最初と同じ萊智がメインの形態になった。

 

 

『終わりにしよう…将平!』

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Kick!]

 

彼らは空へ飛ぶと、両脚を突き出した。虹色に輝くオーラを纏ったその両脚をダークの闇の一撃に向かってぶつけた。

 

最初は均衡していた…しかし、徐々に闇が押され始めた。光は更に輝きを増し、遂に闇を打ち破った。

 

キックを貫かれたダークは変身が解除されその場に倒れそうになった。

 

その腕を彼らは引いた。

 

『…将平…約束、果たしてもらうぞ』

 

「そうだな…約束は絶対、だからな…」

 

将平は安心したのか、はたまたダメージで限界が来たのか、瞼をゆっくりと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、第33話 最後のバグビースト


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最終章
第33話 最後のバグビースト


 

 

 

 

ここは…学校のグラウンドだ…1人で…いや、そんなことはなかった…

 

目の前には…萊智がいた。彼だけじゃない…麗香もいた。

 

萊智は俺を見て手招きした…

 

「今追いつく!」

 

そう言って走り出した.…すると彼も一緒に走り出した…競争するのか?

 

しかし、麗香は違った…その場に留まっていた。

 

「…麗香も走ろう?」

 

彼女はその問いに首を横に振った。

 

 

彼女は、徐々に離れていった。彼女の意志ではなく…俺が前に進んでいるから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…?」気がつくと、知らない部屋に居た。

 

そうだ…思い出した。俺は確か、萊智達に負けて…だが、死んでは居ないようだ。

 

「目を覚ましたのね」

 

俺の横には、知らない(知ってる)人が居た…

 

何故…知っていると思った…初めて会う筈なのに…他人のように感じない…

 

気がつくと、俺の頬に何か温かいものが流れ落ちた。

 

彼女(紅葉)は、それを優しく拭き取った。その時の表情は、とても泣きそうだった。悲しくて…と言うよりも嬉しくて…

 

次の瞬間、彼女は俺の事を抱きしめた。

 

「ようやく…会えたね…ごめん…ごめんね」

 

一体、何に謝っているのだろう…ただ間違いなく俺に対して謝っていると言うことだけは分かった。

 

俺にできることは、ただ抱き返す事だけだった。

 

 

 

 

 

しばらくすると、彼女は抱いていた手を離し元の椅子に座った。

 

「ごめんなさい…勝手にこんな事して。貴方は私のことを知らないのに…」

 

「…気にしてないです。むしろ、懐かしいと思いました…義母(ははおや)に抱きしめられた時でもこんな事思わなかったのに…」

 

なんなんだろう…この感情、麗香への恋人としての好きとも、萊智への親友としての好きともまた違う…好きだと感じる…何がなんだが分からない。

 

「…そうね…」彼女は黙ってしまった。やはり、何かしてしまったのだろうか。

 

 

尋ねる前に、彼女は席を外してしまった。彼女と入れ替わるようにやって来たのは、萊智だった。

 

「萊智…」

 

「久しぶりだな、将平。まさかこうしてまた話ができるなんて思わなかったよ」

 

 

「それはこっちの台詞だ」萊智は先程まで彼女が座っていた椅子に座った。

 

「なぁ、今さっき出ていった人って誰なんだ?」俺は何の躊躇いもなく聞いた。

 

「…紅葉隊長、俺達のデジタルセイバーの隊長…そして、将平の本当の母親だ」

 

母親…。そう言う事だったのか。

 

「…驚かないんだな」萊智は意外そうに聞いた。

 

「…俺の母親が、あの人じゃないことは…もう知っていた。精神だけの俺を拾ってくれた人がそう言っていた。だが、誰かまでは言ってなかったからか…」

 

「待った。拾ってくれた人って…誰のことだ」萊智は顔を顰めた。

 

「…正しくいえばバグビースト…なんだが、人間態の時の顔は見たことない。俺と会う時はいつも偽りの姿か、怪人態だったからな…生物はライオンだった」

 

「ライオンか…まさか、そいつがバグビーストの王様な訳無いよな?」

 

「少なくとも、俺が見てきた限りではあの世界の王様だったと思う」

 

 

 

ライオンの姿をしたバグビースト。彼は何か事情があるからか、本来の姿を見せない。俺も本来の姿は見たことはない。

 

 

「王様になっている、という事は相当な力を持っているのだろう。実際に戦った事はないから分からないがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、彼らがやり遂げるとはね…」紅葉は長居の所にやって来ていた。

 

「…私の負けだよ…今回ばかりは」意外だった…こうもアッサリと負けを認めるなんて。

 

正直、是が非でも自分の意見を押し通そうとする人物だと思っていた。

 

「…萊智の報告によれば、残す大きな敵はライオンのバグビーストのみ、だそうです」

 

「そうか…まさに百獣の王か…。そいつは我々と話し合う気がないのか?」

 

また驚いた。話し合い、それもバグビーストとの…目の前にいるのは本当に長居なのだろうか…

 

「どうした?何かおかしな事言ったか?」どうやら勘付かれたようだ。

 

「何でもないです…」彼女は咳払いをして話を始めた。「それで将平曰く、そもそも最近姿を見せない為、何を考えているか分からない…との事」

 

 

 

 

 

 

 

 

とある街角に、奴は現れた。赤色の体色と立髪が特徴的なその怪人の名は、ライオン・バグビースト。

 

 

 

「遂に、この世界を掌握する時が来た。皆、私の前に跪くのだ!」

 

そう言って奴はノイズを大量に召喚、周りの人々を次々と襲い始めた。

 

逃げ惑う人々、それらの波を掻い潜ってライダー達は現れた。ペンシル、センス、ピジョンの3人だ。

 

「萊智は?」ペンシルが聞いた。

 

「どうやらまだ飯山君と話をしているらしい」センスの答えに、なるほどねと言った。

 

「だったら、私達3人だけで頑張るしかないみたいね」

3人は手当たり次第ノイズを蹴散らし始めた。

 

 

 

「お前達がデジタルセイバーの戦士か…腕試しに丁度いい!」ライオンはそう言うと近くにいたペンシルを殴り飛ばした。彼女は地面を軽々と転がっていった。

 

「何このパワー…」ペンシルは立ち上がりトランスファを起動させた。盾を背中に背負い二刀流で相手に迫る。

 

ライオンは二本の剣をアッサリと掴み上げると、右脚で彼女の腹部を蹴り飛ばした。

 

剣を離して攻撃をなんとか回避した彼女、その目の前には既に掴んでいた剣を捨て目の前に向かって来ていた。

 

「どんだけ強いのよ!」ペンシルは盾を某マンガのヒーローの如く投げつけた。しかしそれも簡単に弾かれてしまう。

 

そして、距離を詰めると胸ぐらを掴み、簡単に放り投げてしまった。

 

 

 

 

 

「私こそ…最強だ…皆、王に平伏すがいい!愚かな人間は消えてしまうがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、最終回 光と闇


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最終回 光と闇

 

 

 

「私こそ…最強だ…皆、王に平伏すがいい!愚かな人間は消えてしまうがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

最後のバグビースト…ライオン・バグビーストが街に現れた。奴は最後の抵抗として力を暴走させ人間世界の破壊を目論んだ。

 

 

 

 

 

 

「行けるよな?将平」その様子をデジタルセイバーで見ていた萊智が聞く。俺の答えはもちろん一つだ…

 

「勿論だ…萊智」

 

俺達は扉をくぐり抜け戦場に赴いた。

 

 

 

 

 

 

ペンシル達は最大の危機に陥っていた。常にライオンに対して殴られ、蹴られの繰り返し。食い止めるべく何度も攻めかかるが返り討ちに合う。

 

強化形態となっている3人を簡単に蹴散らす程の力を持つライオンは、既に飽き始めていた。

 

「…このままだと、コイツの標的が街へ向く…」

 

「…そんな事…絶対にさせない!」ペンシルの奮起で3人は再び立ち上がった。

 

今までも必死に守って来たこの世界…こんな所で終わらせないと、3人は固く決意した。

 

 

その時、スマートライザーが光り輝いた。

 

「みんな、ごめん!」後ろには同じようにスマートライザーを光らせている萊智と俺がいた。

 

「全く…遅刻なんてしないでよね」ピジョンは半分怒っている様だったが、同時に一安心した様だ。

 

「行こう…俺達の最強の力で!」

 

「俺も、全力でサポートする」俺はあの輪の中には入れない…今更出来上がった所に入れる隙間もない…なら俺がするべき事は、それを支える事

 

「「変身!!」」

 

[System…All Clear][Cyve-Net-X(サイヴァネティック)

 

[Server connection…miss][Rider Dark!]

 

光の戦士サイヴァネティック、闇の戦士ダーク…2人が今ここに参上した。

 

「これが最期だ…ライオン」

 

「ヒューマン…助けてやった恩を仇で返すのか…」ライオンはそう言って俺を指差した。

 

「そうだ…それが俺の道だ!」俺はそう言うと青い剣を構えた。俺が憑いている柿崎という男の進化の結晶…今の俺にはとても重く感じる…その重さを俺はライオンにぶつける。

 

 

 

『今日の彼はやけに気合が入っているな…!』一犀がメインだからか、武器はスピアになっており、顔もセンスのものに変わっている。

 

俺がライオンを切りつけ、奴の隙を作った。そこへ彼らの突きが入り込む。

 

 

「貴様のその力…ヒネノを倒したものと同じか…」

 

ライオンの言葉に彼は反応した。そのスピアはムービーフォーム、即ちシャークを倒した時のものだ。

 

『そうだ…僕はその時に実感したさ…大切なものが、どれだけ自分の心の支えになっていた事を!』

 

一犀はあの戦いで感じた…紫苑こそが、自分にとって1番必要な存在であることが…彼女を愛していたと…

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Spinning!]紫色の閃光を放つスピアを、彼らは地面に突き刺した。そして紫色の竜巻を起こしライオンを吹き飛ばした。

 

 

『…次は私が行く。前から1発殴りたかったのよね…』

 

そう言うと今度は主導権がメリアに変わった。今日の彼女は少し荒れている様だ。両手のナイフからも力が滲み出ていた。

 

「そうか…スカーレットか…お前は。よくもグリットをたぶらかしたな」

 

『違うわ…グリットは自分の意志で私の仲間になろうとした…それを間接的にとはいえ殺したお前を、私は許さない…』

 

メリアの脳裏には、志半ばで死んでいったグリットとパロットの顔が浮かんでいた…そして、自分の覚悟を強く噛み締めた。

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Blast!]

 

閃光を纏った両手のナイフを、片方ずつライオンに対して振り下ろしていく。

 

『グリットと…パロットの分…喰らえ!』最後の一撃でライオンは遠くへ倒れていった。

 

攻撃を終えたメリアは俺の方を向いた。

 

『私、アンタのこと…許すつもりないから』

 

「…分かっている…許される筋合いなんてないからな…」

 

『でも…肩を並べて戦っている時だけは…見逃してあげる』メリアはそう言うと、主導権を紬葵に移した。

 

『ようやく私の番ね…行くわよ』

 

「…分かった」この時は、何故か身体が勝手に動いた。気づいた頃には既にライオンに向かって剣を振り下ろしていた。隣では彼女が俺に合わせて剣を振り下ろす。

 

 

『さっきは散々やってくれたわね…今度はこっちのターンね!』

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Voltage!]

 

彼女達は、電撃を纏った剣をライオンに振り下ろした。

 

奴はその攻撃で地面に倒れた。そして変身が解け俺達によく見せていた女の姿に変わった。

 

『雄のライオンみたいな見た目なのに…女だったの?』紬葵は驚いてつい言葉に出してしまった。

 

「…雄…だと…!」女の格好をしていた奴は、徐々にそれが剥がれていき、黒服の男にいつのまにか変わっていた。その姿を見た彼女は一瞬驚いた。

 

「黙れ…俺はアイツと同じ性別である事が嫌いだ!」

 

『奴…それは在電博の事…』

 

「そうだ…コイツの父親であり…バグビーストを生み出した張本人…!」ライオンは弱った足をなんとか震え上がらせ、立ち上がった。

 

「…つまり、俺とお前達は兄弟…という訳か…」俺は、ふとそう呟いた。だがライオンにとってはそうでない様だ。

 

「兄弟…ふざけるな。アイツの血を受け継いでる者なんて…家族だと…同族なんて思いたくもない…!お前の大切なものを蘇られせるなんて嘘に騙されて…馬鹿だな…!今頃、アンタに置いて行かれたあの女は墓の中で泣いてるよ!」そう言うとライオンは再び怪人の姿に変わった。今度はそこから更に巨大なライオンへと進化した。

 

置いて行かれた…か。なんとなく、あの夢の示す事が今ここで分かった。ならば、俺がするべき事は…!

 

「紬葵さん…俺に行かせてくれ」

 

萊智はそう言って主導権を握った。右手には銃を握っていた。

 

『お前は…一撃で仕留める!』

 

しかし、完全に暴走したライオンは手が付けられないほどに暴れ回っていた。それを止めれるとしたら…!

 

「萊智、俺が動きを止める…その間に奴を撃て!」俺は全ての生物の力を解放してライオンの後脚を抑えた。前脚はスパイダーの糸で縛り付け、どれだけ暴れても動かない様ビートルの脚でしっかりと地面に喰らい付いた。

 

「撃て!」

 

『でも、そんなことしたら…』

 

「構わない…俺はこうしたい…!」

 

 

 

 

萊智はしばらく俯いていた…考えていたのだろう。俺は残酷だ…親友にそんな判断をさせるなんて…最低だ。

 

でもいいんだ…それで俺が死に、麗香の元に行ければ…萊智は、3人の仲間がいる…寂しくなんかないだろ?

 

 

 

 

『…俺は、お前を信じる!』

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Splash!]

 

 

 

青く染まった大きなレーザービームが銃口から放たれた…ライオンはそのビームに巻き込まれて、焼けていく…そしてそれに巻き込まれた俺も。

 

 

 

 

 

 

 

徐々に意識が薄れていく…俺はようやく死ぬのか…最期に心残りがあるとすれば…コイツを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆心地には、1人の倒れた男の姿があった。

 

変身を解いた4人は直様駆け寄った。

 

「将平…!」萊智は彼を起こした。しかし、顔は彼ではなく、柿崎に代わっていた。あの時、スパイダーに殺された時の傷もそのまま…

 

つまり、将平は…

 

 

「智…」

 

 

「…紬葵…」その時その屍は口を開いた。少しであったが目も開いていた。

 

「…なんで…」紬葵は自分の名前が、もう一度彼から呼ばれたことに涙していた。

 

「将平君が、少しだけとはいえ、俺に命をくれた…俺と、紬葵を…引き合わせる為に…」

 

智はそう言って話を続けた。

 

「紬葵…君は1人じゃない…メリアと一犀がいる…そして俺より、サイヴァーに相応しいやつも…いる」

 

「それを…大切にしろよ…」そう紬葵に告げると、今度は萊智の方を向いた。

 

「お前…いい友を持っているな…アイツの分まで、生きろよ…そして、サイヴァーと…紬葵を、頼んだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後…

 

 

 

一犀は紫苑と部屋の整理をしていた。

 

「いよいよ、アメリカ進出だね」

 

「ああ、僕も君を全力でサポートするよ…伴侶として」

 

2人は、結婚して幸せな家庭と、紫苑の…いや、2人の新たな夢を叶えるべくアメリカへと旅立とうとしていた。

 

 

2人はこれから先、様々な困難が立ちはだかるだろう…しかし、それでも得意の笑顔で全て弾き飛ばしていくだろう…

 

 

 

 

 

電脳世界には、前と比べて明らかに栄えていた。廃れていたはずの建物はしっかりと綺麗にされており、店が開かれていた。

 

「メリアさんのお陰で、私たちはここまで繁栄できました」小鳥の様なバグビーストがちょっと豪華な衣装を着たメリアに声をかけた。

 

「私はただ、みんなに幸せであってほしいからこうしてるだけだから、当たり前だよ」

 

 

メリアはその後、電脳世界に帰り残ったバグビースト達と新たな街を創り出していた。まだ人間との共存には程遠いかもしれないが、いつかは叶うと彼女は信じていた。それを、2つの墓標はずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












終わり?









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extra 紅き葉の未来

 

 

 

 

かつて、バグビーストの王がいた玉座の間の奥底に、それはあった。

 

黒い棺は、だいぶ埃を被って埋もれていた。その中には、バグビーストにとっての『悪魔』の死体があった。

 

その棺を開けるべく、黒い影が舞い降りてきた。

 

ダーク以上に真っ黒なその影は、棺をゆっくりと開け、中の身体に戻った。

 

「…アイト(ライオン)が死んだことによって、私の身体の封印は徐々に薄まり、そして遂に解放された。さぁ…私の最後の実験に赴くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、メリアさん」

 

「おはよう」メリアは、電脳世界で新たに作り出した人工農場に来ていた。そこで電脳人達はメリアから教わった方法で農作物を育成していた。

 

かつては雑草が勝手に伸びていた大地も、今では整備されて、農場や住居となっていた。

 

彼女は、そんな彼らの手伝いにやって来ていた。同じ電脳人として、その代表として…

 

そんな時だった。突然、轟音が鳴り響いた。何事と思い作業を止め音がした方向を向いた。

 

 

 

「城が…崩れてる」

 

目線の先には、かつてグリット達がいた城が土煙と共に崩れる音だった。

 

「みんなは念の為避難してて」そう言って彼女はピジョンに変身、空から偵察することにした。

 

メリアが到着した頃には土煙は収まり、瓦礫だけが残っていた。幸いにも近くに他の電脳人は居なかった為怪我人は居なかった。

 

最初は、老朽化で崩れた…そう思った。しかし、あの城は壊れる前兆も何もなかった。

 

「…何者かの仕業…?」

 

彼女は、そう根拠のない話を怪しむ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、萊智と紬葵は引っ越しの真っ最中だった。

 

2人が何故引っ越し…それも何故同じ部屋に居るのか…その答えは簡単だ。2人は同棲するからだ。

 

あれから、2人は交際を始めた。互いに、昔の関係に決着を付けたことで心の余裕ができた。

 

 

「後は家電だね、テレビは私の部屋から持ってきたやつがあって、冷蔵庫とエアコンは備え付けてあって…」

 

「炊飯器と電子レンジは買わないとこの部屋には無いですよね…後で買いにいきましょうか」

 

2人はこれから、どんな困難が訪れようと互いに助け合い、生きていく事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

萊智も、紬葵も、メリアも、一犀も…デジタルセイバーの皆はいつの間にか生まれ変わり、新たな明日へと踏み出していた。

 

 

しかし、1人だけ違った。

 

 

紅葉だけは、違った。

 

 

数ヶ月前、彼女の息子が戦死したと伝えられた。勿論、ショックを受けた。だが、それ以上に『何もしてあげられなかった』という思いが込み上げてきた。

 

 

今でも覚えている。彼が自分の身体から生み出された時、産声を上げなかった。

 

赤子が生まれた時産声を上げないと、それ即ち生命の危機であると言うことだ。自分の手で抱くよりも先に将平はあらゆる治療を行った。しかし、その時彼が産声を上げることはなかった。

 

悲しみに暮れた彼女は、1人病室で泣くことしか出来なかった。涙を流し、嗚咽をし、時には食べ物が喉を通らない…

 

そんな時に、仕事の仲間も、そして夫も誰も来なかった。いつも代わる代わるやってくる看護師と医者しか自分の事を気にする人なんて居なかった。

 

それから一週間後、病室にやって来たのは、長居だった。彼は入ってくるや否や「君の夫は、遂に禁忌を犯した」と告げた。なんの話か分からなかった。

 

話を聞くと、博は死んだはずの赤子を蘇らせたと…しかも、至って健康な状態で。それを知った長居は赤子を彼から手放し、信頼できる人に託したと。

 

「何よ…それ、私の知らないところで、そんな事してたなんて」

 

彼女は、その後にやって来た博にそう言い放った。しかし、彼は狂った笑みを浮かべるだけだった。

 

「私は、君を喜ばせる為にもっと沢山の子どもを作るよ…」最後に彼女にそう告げ博はこの世から姿を消した。

 

 

将平を抱いたのは再会した時が初めてだった。あの時は、彼の心臓が『動いていない』事を感じた。死体に憑いているのだから当然かもしれない。

あの時、部屋を後にしてから誰も見ていない所で泣いた。私がしっかり産んでいれば良かった…こんな苦労を将平にかけさせなかった。

 

だからこそただ言葉を交わすだけじゃ、満足なんて出来なかった。今まで出来なかった母親らしい事を今こそしてあげたいと…

 

 

 

 

そんな無念を抱えて、彼女は将平の墓前に立っていた。この墓は、彼が身体を失った時…即ち、あの交通事故の時に立てられたものだ。

 

彼女は、花を添えて帰ろうとした…しかし、それを引き留める声があった。目線の先には、初めて会う女の人がいた。

 

「初めまして…将平の、お母さん」

 

彼女は、将平の育ての親だった。彼女は全てが終わった後、紬葵から将平の話を聞いていた。そしていつか紅葉に会いたいと思っていた。

 

「これを…」

 

彼女が差し出したのは、分厚いアルバムだった。中を開くと、赤子の頃からの将平の写真が沢山載っていた。幼稚園での遠足、小学校の入学式、運動会、林間学校、中学校の修学旅行、卒業式、高校の萊智と麗香と遊んでいる時の写真が大量にあった。

 

「これは…?」

 

「貴女にも、見せてあげたかったのです。あの子の成長を…。私には、貴女が将平の事でどれだけ傷ついたのか、想像出来ません。でも、それを少しでも癒してあげる事はできるかもしれません」

 

その言葉に、紅葉はつい涙を流してしまった。将平は、18年と言う短い人生をしっかり生きていたと、愛情を込めて育てられて生きていたと…

 

 

 

 

 

 

 

その日の帰りだった。

 

突然、長居から招集がかかった。

 

しかし、いつもなら電話で行うのだが、今日は珍しくショートメールで来た。

 

私はこの時に怪しむべきだった。今、本部には最悪の悪魔が居るとも知らず…

 

 

 

私が本部に着いた時、やけに静かだった。人が居ないような…。試しに中に入って行った。夕闇迫る建物内は暗かった。どこの部屋も電気が付いていない。

 

私は試しに廊下の電気を付けた…すると、白い壁に赤い何かがべっとりと付いていた。下には、既に息のない研究員が2、3人転がっていた。

 

「一体何が…」私は急いで長官室に向かった。

 

私が辿り着くまでに、5人くらい倒れていた。皆意識はなく無惨に殺されていた。

 

 

そして遂に辿り着いた。私は銃を取り出した。そして弾を込め、準備を整えると扉を蹴破り、中に入った。

 

「来るな!」そう長居が叫ぶ声が聞こえた。最初、私に言ったのかと思った。しかし、それはすぐに違うことがわかった。怯える長居の目の前には、茶色く爛れた体色の怪物がいた。バグビースト、とは少し違う…なんなのか分からなかった。

 

「動かないで!」私はそいつに銃口を向けた。

 

 

「その声…紅葉じゃないか」そいつは、聞き覚えのある声で言った。そして、茶色く爛れた肌を収縮させ元の姿へと変わって行った。その姿は、紛れもなく彼だった。

 

「…博?」

 

「そうだよ、会いたかった…紅葉」

 

一体、何が起こっているのかさっぱり分からない…

 

「何を…してたの」満足できる答えが得られるとは思えないが、念の為聞いた。

 

「何をって?君の事を悪く言う連中を片っ端から殺したのさ。後はこの男だけだ。そうすれば君はこの組織の中で敵は居なくなる…」

 

「…君が、そうさせたのか?」混乱している長居は、私に聞いた。

 

「そんなはず、ありません」私はキッパリと否定した。

 

「そうさ、これは私が勝手にやった事、勘違いしないでくれるかな?長居君」博は長居の方を向いてニヤリと笑った。とても不気味な笑顔で吐き気がした。

 

「ねぇ、今から最高の実験を始めるんだ。どんな事だと思う?」彼はまるで子供のように聞いた…私には皆目見当が付かない。

 

「正解は、この世界を私と君の楽園にする為に電脳世界と融合させて新しい世界を創るでした」

 

何を言っている…分からない…何故そんな事を

 

「さぁ、その前にクズは掃除しないとね…」そう言うと、彼は再び怪人の姿に変わった。

 

「この姿、アダムって言うんだ…覚えておいてよ。そしてイブになるのは君だ」

 

「やめろ…!長居に手を出すな」私は固く銃を構えた。

 

「なんで止めるのさ…だってコイツは、紅葉の事を何度も悪く言ってたじゃん。殺した方がスッキリするでしょ?」

 

「…さっきから、私は貴方の言っている意味が何も理解できない…ただ一つ言えることがあるとすれば、誰かを殺されて気分は良くならない」私は、もうダメだと思った。

 

 

博は、元から私に対する執着心が大きかった。付き合い、そして結婚するにつれて徐々に酷くなっていく気がした。そして、ついにそれが爆発したのだろう。

 

 

こうなったのは私の責任だ。それなら、私がケリをつけなければ…

 

私は、胸元のポケットから黒いスマホを取り出した。

 

「それは…将平に渡したダークスマートライザー?」

 

「ええ…そうよ」

 

それは、あの戦いが終わって後、萊智から渡されたものだ。『これは貴女が持っているべきだ』と。

 

私は、スマートライザーを起動した。

 

将平、私に力を貸して…

 

 

「…変身…!」

 

[Server connection…][Rider Dark!]

 

 

私の身体は、漆黒の戦士ダークへと変化した。初めて変身したが、意外と悪くない。

 

私は、アダムを蹴り飛ばし、窓ガラスの外へ突き飛ばした。

 

彼は窓ガラス下の建物の屋上に倒れた。私はその後を追い地面に降り立った。

 

「何故…私と戦う?」彼は私に聞いた…そんな事、一つしかない…

 

「私と、向き合ってもらう為よ」

 

彼は、どんな時も私の心と向き合うことなんて無かった。将平を産んだ時、会いにこなかったこと、勝手に蘇らせたこと、それから今こうして勝手な理由で人殺しをしたこと…それに対して私がどう思っているのか、知らしめなければならない。

 

私は、紬葵が使う剣を召喚した。そしてアダムに対して振り下ろす。それに対して彼は腕で受け止めた。

 

「むしろ、君こそ私と向き合って欲しいな…最強の私さえいれば、世界なんていくらでも作れると!」アダムは私の腹部に蹴りを入れた。私はその攻撃に吹き飛ばされた。

 

「私は、将平を蘇らせたいなんて思ったことない…悲しむ私に寄り添って欲しかった!」サイヴァーの銃を取り出し連続して放った。しかし、アダムには一切通用しない。

 

「君を悲しませない為に蘇生したんだ、どうして分かってくれない!」

 

アダムはそう言って私を殴り飛ばした。

 

私はその攻撃で地面に倒れた。

 

「こんなところで…」私と彼は、分かり合えないのだろうか…このまま終わってしまうのだろうか。

 

もしそうだとしても、今は彼を止めないと…!私はふらふらな足をなんとか立たせようと頑張った。しかし立った瞬間、眩暈に襲われた。倒れそうなった。

 

「私は、誰の役にも立たないのか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事、ないですよ…隊長」

 

その時、私の身体がふわりと浮いた。

 

「私達はタイチョーが居てくれたからここまで頑張れたんだよ」

 

「今度は、私達が隊長を助ける番です」

 

『後は、俺たちに任せてください…紅葉隊長』

 

 

4人の声が聞こえた気がした。だけど、そこにいるのは1人だ…そうか、幻覚を見ているのか…

 

 

 

 

 

 

 

サイヴァネティックはダークの身体をそっと地面に寝かせた。

 

「そのスマートライザー…お前たちは…」

 

「『ああ、俺たちが、この世界を守るデジタルライダーだ』」

 

[Super Blake finish!][Cyve-Net-X・Rider Kick!]

 

彼らは空高く上がると虹色に輝く両脚をアダムに打ち付けた。

 

「この力…私は作った覚えはない…!」

 

『これは、俺たちが創り出した力だからな…!』

 

「貴方は、もう眠りなさい!」

 

未知の力に困惑するアダムを彼らは撃破した。

 

アダムの死体は徐々に変化してゾンビのように緑色に変色した博の身体へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、紅葉は長居に辞表を提出した。

 

新たな自分を探す為、こんな老いぼれが今更かも知れない…だけど、それでも変わりたいと願う自分がいる…

 

 

「将平…私はまだそっちに行くつもりはないわよ…麗香さんと仲良くしてなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんこんにちは、津上幻夢です。

仮面電脳戦記をここまで読んでいただきありがとうございます。
各章、それぞれのライダーをメインにしてストーリーを進めると言う事をして来ました。
私は何本もオリジナルライダー小説を書いてますが、まだまだ成長段階です。温かい目で見ていただけると幸いです。

それから次回作についてですが、pixivにて投稿予定です…その日までお待ちください…

これからも津上幻夢をよろしくお願いします。


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