お兄ちゃんはつらいよ (アルピ交通事務局)
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1話

ネタが浮かびまくっているから一本にした


 自殺をしたらなんか訓練すれば異世界転生が出来ると地獄で言われて耐え抜いた結果、転生者となった。

 なんで自殺をしたかと言えば長くなる。男なのに一人称が私と固定になってしまうぐらいめんどくさい親が居たとだけ言っておく。幼稚園受験させるレベルのめんどくさい親だ。そしてその期待に応える事が出来なかったのが私だ。過去の事を振り返っていても仕方が無いので今は未来を見よう。 

 

「おはようございます。米屋くん、この前の防衛任務で休んだ分のノートを取っておいたので写しておいてください」

 

 私はワールドトリガーと言うジャンプからジャンプスクエアに移籍した物凄く面白い漫画の世界に転生した。

 この世界は異世界からの侵略者、近界民(ネイバー)から侵略を受けており、界境防衛機関ボーダーが侵略の魔の手から守っている、大雑把に説明をするとそんな感じの漫画であり、私は主人公がまだ通っていない三門第一高校の2年B組に所属している。

 

「おぉ、サンキュー。しっかしお前のノート、綺麗だよな」

 

 カチューシャが特徴的な男子、ボーダーの中でも選りすぐりな精鋭部隊であるA級隊員である米屋陽介にノートを渡す。

 近界民達と主に戦うのは若い子供達だ。これには色々と諸事情があり、年柄年中休まずに襲ってくるので学校を休まないといけなかったりする時もある。

 

「綺麗なだけでホントに頭の良い人のノートみたいになってないですよ」

 

 そんな彼等に私はノートを貸している。ボーダーには所属したりしないのかって?いやいや、無理です。

 この世界はワールドトリガーの世界だけでなく賢い犬リリエンタールの世界とコラボってるところがあり、私は賢い犬リリエンタールの時に本物の拳銃で撃たれた事がある。私と言う人間は優秀じゃない部類に入る……自分の子供は優秀な子供であるはずだと色々と強迫概念に近いものを押し付けられて、その通りに生きられなかったからよく分かる。転生者になるべく訓練していた時にもハッキリと言われてますし。

 

「ホントに頭の良いやつのノートって言うけど、オレからしたらお前滅茶苦茶賢いだろう」

 

「中学以降の勉強なんて基本的には専門職以外では糞の役にも立たないものです。勉強が出来る=賢いと言うのは少しだけ間違いです」

 

「じゃあ、どういうのが賢いって言うんだ?」

 

「それは業界によって異なりますが、そうですね……頭の回転力や無理難題に応える豊富な知識と経験が賢いというもの。米屋くんの知り合いにそんな感じの人は居ませんか?」

 

「ボーダーの先輩の東さんって人がそうかもしんねえ。でも、東さんも普通に頭良いぞ」

 

「机上だけの勉強をしてきていない証拠です……それに比べれば私なんて」

 

 転生者になる為に一般的な普通校の学校を卒業できるぐらいの学力は鍛えられている。

 それなりに努力はしているつもりだが高校に上がってから100点を一度も取っていない。本当に頭の良い転生者ならば全教科満点、いや、飛び級制度がある国に留学したりする。神堂さんも日野のおにいさんもそんな感じだったし。

 

「テストで良い点数を取れるのと賢いのは違うんですよ。現に米屋くんも去年はただ覚えておけばいいところを一夜漬けで覚えてはところてん形式で忘れてを繰り返してなんだかんだ上手くやったじゃありませんか」

 

「去年はマジで助かった」

 

「いえいえ、最後は貴方の頑張りがあったからですよ……ただまぁ、勉強を教える感じのキャラが定着したのは困りますけど」

 

 たまたまクラスが一緒であいうえお順も近い方だったので班が一緒になったりしてバカで勉強を教えたりしたら今の関係になった。

 社交辞令みたいなのが出来ても本当の意味での人付き合いというのが苦手な私にとっては米屋くんは眩しい感じの存在だったりする……ある程度は気楽に生きられたら、どれだけ楽だったのだろう。追い込まれ続けるのは……いや、こんな考えをするのはやめよう。

 

「おーす、今日も早いな」

 

「出水くん、おはようございます」

 

 余計な事を考えるのをやめると今度は部隊でA級1位を取っているボーダーが誇る弾バカの出水くんが来た。

 出水くんはバカとは言われているが本物のバカじゃないので問題はない……成績、中の上ぐらいだけど。

 

「三雲、悪いんだけど午後の分の授業のノートを取っててくんねえか?今日、急に防衛任務入ってよ」

 

「また随分と急ですね」

 

「アレだよ、ボーダーと学生の両立が上手く行かなかったりする感じの奴が出たりするやつ」

 

「米屋くん、言われてますよ」

 

「オレには先生が居るから問題無いぜ」

 

「テストで赤点を取らない必要最低限の勉強ぐらいは自主的にしましょう」

 

「悪いな、何処を勉強すればいいのか全く分からねえんだ……ランク戦とかだったら何処をどうすればいいのか分かんのになんでだ」

 

 まぁ、それは向き不向きだろう。

 完璧に右脳型の人間である米屋に向いている……バカだけど強い、そういう隊員が無駄に多かったりする。ボーダーがあるから学業がそこまでなのかそれとも元からバカなのか、その辺りは人によって違うだろう。

 

「まぁ、いいじゃありませんか。米屋くんはA級隊員という1つの成果を上げているのですから」

 

「成果ね……お前、そういうのを気にし過ぎなところあるぞ。もうちょっと気楽にいけよ」

 

「そんな事を言ったら、写せるノートを貸しませんよ」

 

「悪い悪い、お前にはそれが合ってる」

 

 まぁ、今回はそれで流されるとしましょうか。

 ぞろぞろと生徒が集まってきているので米屋も世間話をしている場合じゃないと急いでノートを写しはじめる。

 進学校じゃない普通校でちょっとだけ頭の良い善人、それが今の私……昔の私が見たらどう思うのだろうか。こんな事が出来たとしても無意味、一番でなければならないとかこれは出来て当然とか思っていそうだ。

 

「サンキュ……何時もなんか悪いし、GWにどっか遊びに行こうぜ。奢ってやるよ」

 

「申し訳ありません。アルバイトがありますのでいけません」

 

 日頃のお礼をしてくれるつもりなのだが、生憎な事にアルバイトを入れているので行くことが出来ない。

 スケジュール帳を取り出しても暇な時は割と多々あるが、こういう感じの祝日はなにかと忙しい。

 

「アルバイトか〜京介の奴もGWは完全にバイト漬けって言ってたな」

 

「米屋くんはアルバイトをしないんですか?勉強関係以外のアルバイトでしたら、米屋くんみたいに明るくコミュニケーション能力の高い子は採用されそうですよ」

 

「オレはボーダー一筋だし、お金に困ってるわけじゃないからな」

 

「ハッハッハ……そんな台詞を1度は言ってみたい」

 

 世の中、資本主義経済なんだから。とはいえ金にも困ってないし人生経験もボーダーで積めるし米屋くんのアルバイトは無駄に終わりそうだ。

 人には人のペースというものがあるので無理にアルバイトしようぜなんて勧められない。というかそもそもそういう感じの職場じゃない。

 

「てか、お前何処でバイトしてんだ?」

 

「蓮乃辺市で……まぁ、色々と。守秘義務的なのはあるから深くは教えられません」

 

「そこはボーダーもバイトも変わりないか」

 

「そんなものですよ」

 

 そもそもボーダーって幾らぐらい貰えるのかが謎である。

 A級隊員をやっているから固定給を貰えるとのことらしいが固定給が幾らぐらいか気になる。学生の隊員が多いからって最低賃金とか足元を見てたりしないよな、ボーダーは。まぁ、ボーダーに入るつもりは無い……少しだけカッコいいと思っているけども私は責任のある立場とか色々と苦手だからね。米屋くんがノートを写し終えたので返してもらい、その後は普通に授業を受ける。

 ボーダーと提携している学校なのだが普通科の普通の高校で雄英高校みたいな特に変わった授業はしないし難しい授業はしない。転生者として高卒レベルにまで鍛えられている私には余裕……じゃないです。真面目に授業を受けておかないとなにを言われるか分からないし提出物が悪ければ普通に成績が悪くなる。向上心が薄い方だが適当にやってるのがバレるとホントに五月蝿い。

 

「じゃ、また明日……あ、明日はオレの方が防衛任務あると思うからノートを頼むわ」

 

「ええ、分かりました」

 

 防衛任務で学校を休んだりするので、代わりにノートを取ってくれたり勉強の相談に乗ってくれる人……それが私の立ち位置。

 このなんとも絶妙な一般人ポジを1年間やり通していてなんだか達成感の様なものがある……普通の人って意外と大変なもんだよ、てつこさん。

 雑談をしながらクラスメート達は教室を後にしているので自分も下駄箱へと向かい、さっさと家へと帰る……部活動とかはやっていない。本気出したら転生する世界を間違えてるんじゃないかと思うから。手から波ぁ!的な事が出来るのは強い。

 

「ただいま」

 

「あ、兄さんお帰り」

 

 家に帰ると出迎えるのは我が弟こと三雲修……このワールドトリガーという漫画の主人公である。

 そう、なにを隠そう私は転生特典で【主人公の兄になる】と言うのを引き当てている……果たしてこの世界でそれは転生特典として役立つものだろうかと思っているが普通の家に生まれることが出来るのと原作主人公が頑張ってるのを間近で見られたりする……いやでも、やっぱな。

 

「今日はバイトが無いんだね」

 

「ああ、今日は休みだ」

 

「あら、おかえりなさい。ちょうどよかったわ。お使いに行ってきてくれないかしら?」

 

 今日が休みな事を伝えると台所から母さんが出てくる。

 私が帰ってきた事がナイスなタイミングだったようでエコバックを私に渡してきた。

 

「メモに書いてある物、買ってきて」

 

「分かったけど、ちょっと待って」

 

 流石に学生服のままスーパーには行きたくない。

 自分の部屋に戻り学ランを脱いで私服へと着替えて玄関前でスタンバっている母さんからエコバックを受け取り買い物に出かける。

 

「3つぐらいスーパー指定してきてるな」

 

 メモにはスーパーが3つぐらい書かれてて、そこの特価商品を買ってきてとご丁寧に書かれている。

 自転車を出して行った方がいいかと一瞬家に帰る事も考えたが、これも筋トレの一種だと思えばいい……体を鍛える為に重りをつけているのだから。一番遠いスーパーに行けばボーダー屈指のイケメンである烏丸京介がオバちゃん達の列を作っていたが然程気にする事じゃない。

 

「昴さん」

 

「やぁ、千佳ちゃん」

 

 最後のスーパーに立ち寄るとワールドトリガーのヒロインでキーパーソンとも言うべき雨取千佳がいた。

 私を見たことでアホ毛がひょっこりとしておりトコトコと近付いて来る様はなんとも言えない可愛さがある。

 

「おつかいかい?偉いね」

 

「偉いだなんて、そんな……昴さんもおつかいですか」

 

「まぁね……と言ってもここで終わりだよ」

 

 このスーパーでマヨネーズを購入すれば今日のおつかいは終わる。

 千佳ちゃんも私と同じくメモを片手に買い物をしている。

 

「昴さん、次にアルバイトが無い日は何時ですか?」

 

「もしかして勉強で分からない事があるのかい?だったら私じゃなくてお兄さんの麟児さんに聞いた方が」

 

 私よりも現役バリバリの大学生に聞いた方が何倍も効率がいいよ。

 

「違います、その兄さんが昴さんと話がしたいって……でも、昴さんアルバイトで忙しいから何時が空いてるかなって」

 

「なんだそんな事か。私は基本的に日曜日が暇だよ……それにしても大事な話か」

 

「修くんの成績の事ですかね」

 

「修の成績は基本的な五教科は問題は無いよ……まぁ、体力の無さは相変わらずだからジョギングの1つでも一緒にどうだい?修一人ならやろうって気が起きないだろうし、誰かとやれば何時も通りの事になるだろうし」

 

「昴さんは誘わないんですか?」

 

「私はワイヤレスイヤホンで音楽聞きながらマイペースに行きたいんだ」

 

 人から心配されるのも、人から早く則されるのも、もう懲り懲りだ。

 他人との協調性が欠けている事は何処となく理解しており、千佳ちゃんも分かってくれたのかそれ以上はなにも言ってこない。とりあえずはマヨネーズを買ったので一緒に帰路につく。

 

「麟児さんからの大事な話か……」

 

 カレンダーに目を通し、呟く。

 まだ4月半ばで本当の意味で原作を開始しておらず、原作開始までにあれやこれやある感じのところまで来ている。麟児さんが私に大事な話があるとこの時期に言うのならば理由はなんとなく思い浮かぶ。

 

「誘ってくるかそれとも千佳と修の事を頼むと言ってくるのか……」

 

 私と言う人間はあまり才能は無い方だ。

 幸いにも某史上最強の弟子の様に環境面には恵まれていたお陰でその気になれば手から波ぁ!的なのが出来るくらいには成長した。

 一時期てつこにあんた何処まで成長するつもりよと聞かれたので特撮に出てくるヒーローみたいになりたいとだけは言っておく。特撮は良い文明だ。仮面ライダー、スーパー戦隊、最高。

 

「はぁ……胃がキリキリしてきた」

 

 明日の授業の予習とかやらないといけない事があるのに、麟児さんの事が邪魔になって胃が痛む。

 私、苦労人の立場だっただろうか……いや、ただの主人公のお兄ちゃんである……主人公のお兄ちゃんだからこんなに疲れるのか。転生者を転生させる運営側はそれが分かっていたから【主人公の兄】なんてものが存在しているのだろう。

 

「あ〜胃が痛む」

 

「兄さん、ちょっといい」

 

 家に正露丸的なのがあったかどうかを考えていると修が部屋に入ってきた。

 秀才で絵に描いた様な善人な弟なのでダメな部分を兄として見せるわけにはいかない。キリキリと痛む胃に耐えつつ修の話に耳を向ける。と言っても学校の問題で少しだけ分からないところがあったので聞いてくる感じだ。

 中学の問題なのでこの程度は楽勝だと修に答えでなくヒントを教えるとありがとうとお礼を言ってくる……やだ、この子素直。

 

「修を守る、か」

 

 私は三雲修のお兄ちゃんである。出来る限りは三雲修の味方になってあげたいが、力を貸し過ぎるのも修が本当の意味での成長が出来なくなる。

 ブラコンもいいけども程良く距離感は保っておかないとボーダーの顔みたいな感じにウザがられる……それは本当に嫌だ。修にとっては頼りになるお兄ちゃんでいたい……でも、痛いの嫌なんだよな。実弾入りの拳銃で撃たれた時、ホントに痛かった。

 人より才能がそんなに無くても環境にさえ恵まれていればある程度はどうにでもなる……光彦さんと音羽さんには感謝してもしきれない。カナリーナはどっちでもいいや。

 因みにだが、母も魔法が使える。彼女いない歴=年齢の魔女に女子力というものを教える代価に魔法の力を授かっている。滅多な事ではその力は振るわないがボーダーがヤバそうだったり防衛ラインを超えてきた時はなんの躊躇いもなく使うと宣言している。修は普通のメガネなので出来ない。

 

「今日の課題は終了っと」

 

 学校から出された課題を終わらせる。

 一応の為に米屋に分かりやすく説明を出来るようにはしておかなければ……なんで自主的に勉強しようとしていない奴の分まで頑張ってるんだろうな、私。

 

「……むぅ……謎だ」

 

 転生者というのはその魂によって容姿が決まるもので、極々稀に魂が不安定で転生する度に容姿が変わる転生者が存在している。確か宮野真守キャラと諏訪部順一キャラと中村悠一キャラと杉田智和キャラと男で多い。私の容姿は修達と同じく綺麗な黒髪の沖矢昴……そして私の名前は三雲昴、米屋はどうやって読むのかを一度躊躇った事がある。

 何故私の容姿が沖矢昴なのか……そして何処からどう見ても高校生に見えない。さっき千佳ちゃんと買い物をしていたら親子と見間違われたり警察に職務質問されたりと大変だった。因みに声は置鮎が素で頑張れば池田の声が出すことが出来る。



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2話

「入るぞ」

 

「いらっしゃい……麟児さん」

 

 時間は少しだけ流れて日曜日の週末。

 日曜日は休む為にあるものでアルバイトは入れない様にしている私の元に麟児さんがやって来た。

 

「私に話があるなんて珍しいですね。修には言えないこと……修の成績ですか?」

 

 テーブルを出し、座布団の上に座ると向かい合う形で麟児さんが座ってくる。

 なんの話なのかはなんとなくで分かるが当てるとややこしくなるので素知らぬ顔……これぞ転生者名物と言うかお家芸で有る原作知識でどういう感じの事を言ってくるかわかってるけども全く知りませんだ。

 

「修の成績は良好だ。彼奴自身が根が真面目だから平均点以上は取れる……まぁ、運動神経はそこまでだが」

 

「体は弱くても心は物凄く強い弟です……修の成績関係でないならなんでしょうか?」

 

「コレがなにかわかるか?」

 

 コトっと置いたのは21グラムぐらいの重さのある片手に持てる装置……トリガーと呼ばれる道具だ。

 

「トリガーですね……ボーダーに入隊したんですか。おめでとうございます」

 

「いや、違う。これは横流し品だ」

 

「!」

 

 あくまでも素知らぬ顔でならなければならないけど、麟児さんは包み隠さずに言う。

 トリガーは電気による科学とは根底から異なるトリオンというものを動力にしている近界民の技術。取り扱っているのはボーダー……ただボーダー以外でトリガーを作れそうな人に心当たりはある。横流し品とハッキリと言ったのでボーダーからパクったものだ。

 

「色々とあって協力者を得た。俺はそいつ等と一緒に近界民の世界に行こうと思っている」

 

「また随分と話が飛躍的な……」

 

「その割には驚かないんだな」

 

「ボーダーは近界民と交流があってトリガーという技術を手に入れた。近界民を研究したのでなく近界民の方から何らかのアクションがあったと考えているんです……少しだけ肩の力を抜いて考えていればボーダーは矛盾しているところがあったりしますからね」

 

 普段襲ってきているのがトリオンというエネルギーで出来たロボットとか公表はしていないが、冷静に考えればその答えには辿り着く。

 こちらの世界に意図的に襲撃を掛けているのならばなんらかの理由があると考えるのが妥当である……ホームズじゃないが初歩的な事だ。

 

「……お前は何処まで分かっている?」

 

 思ったよりも理解している事に麟児さんは驚いたものの直ぐに探りを入れる。

 何処まで喋っていいのか……いや、どうせなら喋れるところまで喋ってみるか。

 

「ボーダーは近界民の世界に行ったことがある、普段襲ってくるのがロボット、ボーダーは何度か近界民の世界に遠征している、近界民の世界は私達の世界とは異なりトリガー文明が根付いている、近界民もこっちの世界みたいに色々な国があるぐらいですかね」

 

「それは修に言ったのか?」

 

「言ってませんよ。確証もなにも無く批判をしたりする姿なんて見せられません」

 

 ボーダーと言う組織は世間的には悪から市民を守る防衛機関でいい。

 批判したり思うところがないわけじゃないが文句を言う暇があるならば自分で動き出せばいい。そしてそれをすれば文字通り痛い目に遭う……痛い目に遭うのはごめんなので余計な事はしない。

 

「それで船もなにも無いのにどうやって行く、いえ、そもそもでどうして私にそんな事を話そうとしたのです」

 

 私の周りには話し合いが通じそうなボーダー隊員がいる。通報をして現行犯で取り抑えればそこまでだ。

 それなのにわざわざ言いに来るなんて……物凄く嫌な予感がする。

 

「お前も一緒に近界民の世界に行かないか?」

 

 ほらね。

 麟児さんはコレはお前の分だと目の前にトリガーを置いてくれる……って、ちょっと待て。

 

「こういうのって発信器かなにかついているんじゃないんですか」

 

 トリガーには発信機的なのがついているのが公式設定集かなんかで書かれていた。

 私の分をわざわざ用意してくれたのはいいけれど逆探知的なのをされれば最後、あっという間にバレて拘束される。流石にボーダー相手に喧嘩を売るのは得策じゃない。

 

「安心しろ、俺達のは起動しなければバレない仕様にしている。なにも当てのない旅をしに行くんじゃないんだ……協力者の中に家族が拐われた奴がいる。そいつの弟を探すついでに、千佳の事をどうにかする」

 

「どうにかって、また随分と曖昧ですね」

 

 千佳ちゃんはトリガーの動力源で生体エネルギー的なのであるトリオンを尋常ではないほど持っている。

 トリオンはトリガー文明には絶対に必要不可欠なものであり、近界民がこちらの世界を襲撃する主な理由として優秀なトリオン能力を持っている人間を拉致する為である。

 そんな千佳ちゃんは過去に何度も何度も近界民もといトリオン兵に狙われている。

 今のところは上手い具合に乗り切っているのだが、それでも周りを危険な目に遭わせるぐらいならば自分一人でと思っている。過去に自分の事を信じてくれた友人が逆に拐われるなんて事があったぐらいだ。

 

「麟児さんがボーダーに入って千佳ちゃんを助けるって言う選択肢は無いんですか?」

 

「確かにその選択肢もある……だが、現状はどうだ?ボーダーは千佳の存在に全くと言って気付いていない。千佳が狙われる原因があるとして、それをどうにかするのがこの街を戦場に変えてる組織の筋じゃないか」

 

 麟児さんの言っている事には間違いはない。

 この三門市はある意味米花町よりも危険な街で、自覚や認識がされていないだけで戦争が勃発している。優秀なトリオン能力を持っている人間が拉致される云々をボーダーでは熟知していて、それに対してのなんらかの対応を取らないのはいけない事だ。

 そんな漫画みたいな冗談抜きで頭おかしいトリオン量を持った人間は存在しないなんて言い訳は通用しない。千佳ちゃんは黒トリガーと呼ばれるトリガー並にトリオンを持っている。保護の一つでもしておかないといけない。

 

「外部スカウトなんてしている暇があれば、ですよね」

 

 ボーダーの構成員は主に三門市の住人だが、ボーダーは県外、北は北海道、南は沖縄からスカウトをやっている。

 優れたトリオン能力を持った人間をスカウトしており、優れたトリオン能力を持っているかどうかを調べる装置は持ち運びが可能、と言うよりはトリオン測定する装置、ゲームボーイみたいな見た目だった気がする。

 

「でも、そんな文句を言うぐらいなら麟児さんが千佳ちゃんの事をそれとなく報告すればいいじゃないですか。トリガーを横領したってことはボーダー関係者は最低でも1人は居ますよね」

 

 しかし、文句を言うならば自分でやればいいだけだ。

 麟児さんが原作でも勝手に向こうの世界に行ってしまったのは色々とおかしい。そこから上手く出来るんじゃないか。

 

「それだと千佳は救われない」

 

「?、ボーダーじゃ守れないって言うんですか?」

 

 まぁ、確かに修の犠牲(生きている)があったから原作は上手く乗り切ってるところがあるけども。

 

「そうじゃない……自分の事を唯一信頼してくれた友達が拐われた事を千佳の心の中に罪悪感の様な物がある。それを取り除くには、その友達を探し出さないといけない。千佳が前に進む為にはその子を連れて帰るぐらいの事をしないと、そうすれば千佳自身も変わることが出来るかもしれない」

 

 確かに友達を助ける事が出来れば千佳ちゃんは大きく変わることが出来る……と言うかもっと早くに変わろうと思えば変われる。

 変身する事が出来ないのはきっかけの様な物が無いからで……そのきっかけを与えるのは後、半年後になるだろう。こればっかりは物語が始まらないとどうにもならない。私がどうこう出来ない……ホント、駄目な奴だよ私は。

 

「行くのは止めないんですね」

 

「このままなにもせずに居るのもボーダーに頼るのも出来ない」

 

「千佳ちゃん、泣きますよ……それに私を誘うなんて、どうかしてますよ」

 

「お前は自己評価は低いが相当優秀な方だ……なによりもホントの意味で実戦を経験していて知識も豊富だ」

 

「それはお世辞でもありがたい」

 

「お世辞じゃない、事実だ……お前が来てくれれば心強い」

 

「買い被り過ぎですよ」

 

「そんな事はない……実際には見たことは無いが百歩神拳とか言う技を使えるのもだ……実際に見せてくれないか?」

 

「普通に家の壁に穴が開いて母さんに夕飯抜きにされそうなんで嫌です」

 

 後、あれシンプルに疲れる。

 人様に見せるために色々と技を覚えたりしたわけじゃない。家族や自衛の為に身に着けたものだ。

 

「そうか……向こうの世界に行くまでにまだ時間がある」

 

「すみませんが行く事は出来ません」

 

 考える時間はあるかもしれないが答えはもう決まっている。

 過去に一度調子に乗って痛い目に遭っているので下手な冒険はしない……特になんの宛もない冒険は危険だ。

 

「千佳ちゃんの友達を見つけたら、帰ってきてくれますか?」

 

「……どうだろうな、そもそもこっちの世界の人間を拐う国から助け出さないといけないから片道切符の可能性が大きい」

 

「だったらやめましょう。多少の無理や無茶は大事ですけどしないに越したことは無いです」

 

「それは出来ない……俺はもう後戻りが出来ないところまで来ている」

 

 今更ボーダーにトリガーを返してごめんなさいで終わらないし、複数名での犯行だから引くに引けない。

 

「千佳の事を頼む」

 

「頭を上げてください、麟児さん……止められない私が悪いんです」

 

 麟児さんを説得出来る言葉を私は持ち合わせてはいない。

 今から通報すると言う手段を用いればすべて解決するかもしれないけれど、上手く逃げるかもしれない。

 

「それに私は千佳ちゃんよりも修の心配をした方がいいんで、その頼みは無理です……修はああ見えて大胆なところがあるから、麟児さんが急に居なくなったらなにをしでかすか分かりません。麟児さん達を探す為にボーダーに入るとか言い出しそうです」

 

「……そうか。その可能性もあるか……万が一千佳が追いかけようとして来たら止めることは」

 

「出来ません、千佳ちゃんなりの前進や変身に止まったままの私は文句を言えません」

 

 私がああだこうだする権利は何処にも無い……そんなに止めたいのならば、自分で止めればいいだけだ。

 それが出来ないから私にこうして頼みに来ている。しかし私にも無理なものは無理……出来る事よりも出来ない事の方が多いんだ。

 

「でも、ホントに危ない時が来たら手を貸します……そんなの無いことを願うのが1番ですけど」

 

「そうか……すまないな、こんな話をして」

 

「修にも一言ぐらい声を掛けてくださいね」

 

「ああ……そうだ、コレを渡し忘れていた」

 

 そう言うと麟児さんはメモ用紙を渡してきた。

 なんなのだろうとメモ用紙を見るとそこにはボーダーのトリガーの名前が書かれていた。

 

「ボーダーのトリガーはメインに4つ、サブに4つトリガー枠があって俺が勝手にお前に合うと思う物をセットしておいた」

 

「え、持って帰らないんですか?」

 

「それはお前の物だ……使えばボーダーにバレる。たった一回しか使えない、本当に危ない時にそれを使って千佳と修を守ってくれ」

 

 麟児さんはそれを言い残し、この場を去っていく。

 部屋には麟児さんが横流しして貰ったトリガーが置かれており、恐る恐る手に取ると予想以上に軽かった。

 

「……これを使うのは当分先になるか」

 

 使えばボーダーにトリオン反応なりなんなり出てきて捕まってしまう。

 練習も無しでトリガーを使えなんてそんなまるで漫画に出てくる様な主人公じゃないか。ある日突然出会う系の主人公は修だよ。持ってないけど持っているメガネなんだよ、弟は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「修くん、昴さん、兄さんが……兄さんがぁあああああ!!」

 

 そんなこんなでGW。麟児さんは近界民に拐われた……と言うことになっている。

 実際のところは近界民の世界に乗り込みに行ったのだがトリガーが横領されたとバレると組織として問題なので上手く揉み消している。いや、今はそんな事はどうだっていい。ちっちゃくて可愛い千佳ちゃんが洒落にならないぐらいに本気で泣いている。兄までも去ってしまったと言葉を出すことが出来ずに泣いている。

 

「……兄さん」

 

「……今は千佳ちゃんを泣かせるだけ泣かせよう」

 

 兄が居なくなってしまった事に泣き叫ぶ千佳ちゃん。真実を大体知っている身としてどう接すればいいのか修は悩んでいる。

 どうすればいいかと言われてもそんなに人生経験は豊富ではない私がなにかを言うことが出来ない……悲しいな。転生する前も転生した後も鍛えたってのになんの力も発揮出来ていない。人には人のペースや才能があるから気にしなくていいなんて言ってくれるけど、本当に必要な時に必要な力が無い……完璧じゃないからか……私じゃ完璧になれないか。

 

「リリエンタールの力があれば麟児さんに会うことが出来るかな?」

 

 ボソリと耳に語りかける修。

 お世話になっている日野家にいる賢い犬ことリリエンタールの力を用いて麟児さんとの再会を考える。

 

「あの時はリリエンタールの家に帰りたいという思いと、日野のお兄さん達がリリエンタールに会いたいという思いがあったから出来た。けど、今回は違う。麟児さんはこうなる事を覚悟の上で向こうの世界に行った……千佳ちゃんは麟児さんに会いたいって気持ちはあるけど、麟児さんは千佳ちゃんに会うつもりは無いみたいだ」

 

 自力で帰ってくるとあの人は言っていた。

 なんの成果も上げる事なく帰ってくることは絶対に無い……ボーダーと交渉する為にもそれ相応の成果は必要だ。

 

「麟児さん……兄さんは麟児さんの事を何処まで知ってるの?」

 

「向こうの世界に行かないかって誘われた」

 

「なっ!?」

 

 そこまで驚くということは原作通りの感じだろう。

 

「協力者が居るとまで聞いていたが、そこまでだ。ボーダーに頼る手もあるとは言ったが止めることは出来なかった」

 

 雨取麟児が鳩原未来以外の誰を協力者としているかは知らない。

 

「兄さんは行こうとは思わなかったの?」

 

「面白そうな旅にはなりそうだけど、あまりにも当てが無い危険な旅だ……リスクが多すぎる」

 

「だったら止めない……いや、僕も麟児さんを止めることが出来なかったから同じか」

 

 ボーダーに通報をすればいい、それだけで解決をする。

 修も私もその一手をしなかった。修なんて自分も行くと言い出している……本当に罪深い事をしている……ああ、くそ、胃がキリキリとする。

 

「昴さん、修くん……ごめんね」

 

「いいんだ千佳」

 

「そうだよ……辛い時に辛いと言って泣ける事は良い事なんだ。限界ギリギリにまで追い込まれる前に思いっきり泣くんだ」

 

「もう、大丈夫です」

 

 泣いた痕が残っている千佳ちゃんはまだ震えている。

 本当は麟児さんが向こうの世界に行こうとしていることを知っていたなんて口が裂けても言うことが出来ない。

 

「メールか……」

 

 修にはとっくに送られたであろうメールが私にもやって来た。

 

【千佳と修を頼む】

 

 謝罪の一言も無いのだろうかあの人は……いや、逆か。

 私が此処に残ってくれるから安心して近界(ネイバーフッド)に行くことが出来た……残された者として私が頑張らなければならない。

 あ〜辛い。修はなんか真剣な顔で麟児さんを止められなかったことを悔やんでいる。千佳ちゃんのマジ泣きの顔を見たから仕方無いと言えば仕方がない……私はなにを頑張ればいいのだろうか。



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3話

「母さん、大事な話があるんだ」

 

 GWもあっという間に終わり本日はアルバイトは無い日なので夕飯を食べ終えて食器を片付けていると修がとある書類を片手にやってくる。

 

「改まってなんなの……もしかして貴方もアルバイトをはじめるとか言い出すんじゃないでしょうね」

 

 食器を一纏めにしながら流し目で私を見てくる母さん。

 中学生の頃からとあるところでアルバイトをしていた私にはあんまりいい顔をしていない。一応は一部上場の良いところに勤めてるんだけど、子供なんだからもっと青春を謳歌しなさいと言っている。高校生になってからはそんな事はなくなった。

 

「違う……ボーダーに入りたいんだ」

 

 机の上に置かれたのはボーダーの入隊試験を受ける為に必要な書類だった。

 流石は真面目な修、既に自分が書かなければならない欄には記入済みだった。

 

「いきなりなにを言い出すのかと思えば……ちょっと見せてみなさい」

 

 いきなり却下をしないのは意外だった。

 母さん、あんまりボーダーをよく思っていない節があったりするけども……これはイケるだろうか。

 

「ダメよ、こんな危ないところに行ったら」

 

 無理だったか。まぁ、当然と言えば当然だろう。

 ボーダーの隊員になると言うことは三門市の戦場に出ると言うこと。可愛い我が子を戦場に出すなんて旧日本軍の様な考えをうちの母はしない。

 

「大体、貴方はこういう事が向いてない。いいえ、仮に向いていたとしても私は勧めないわ」

 

「……それでも、僕は入りたい」

 

「それはボーダーじゃないと出来ない事なのかしら?」

 

 母さんはハッキリとダメだと言ってくるが引くつもりはない。そんな姿勢の修を見るのははじめてなので母さんはしっかりと耳を傾けている。

 

「日野さんの所や神堂くんのところじゃダメなの?」

 

「ボーダーじゃないとダメなんだ……危険なのは承知してる。けど、ボーダーになら手掛かりがあるかもしれない」

 

「手掛かり……麟児くんの事ね」

 

 ご近所付き合いなりなんなり色々とある故に雨取家の事もそこそこ把握している母さん。

 麟児さんが居なくなってしまった事はちゃんと熟知している。

 

「確かに近界民関係だとボーダーに入る事が1番かもしれない……けれど、ボーダーが正しいとは限らないわ。今回みたいな事が起きた以上、信頼が出来る組織とは言い難いし」

 

「それでも可能性があるなら……」

 

 修、受かる前提で言っているな……まぁ、なんだかんだで受かるんだろうが。

 それはさておき、母さん相手に一歩も引かないのは流石だぞ修。

 

「昴、貴方はどう思っているの?」

 

「ボーダーに麟児さんの手掛かりがあるかどうかは不明だけど、このままなにもしないという選択肢が修の中に無いのなら、やらせるべきだとは思う……ただ修は戦うって事には向いてないし才能があるわけでもないから苦労するのが目に見える」

 

「そう……貴方は入りたいなんて思っていないの?」

 

「アルバイトをしながらの両立はちょっと……それにボーダーが完全に信頼出来る組織って言えない以上は孤軍奮闘の身でいい……多分、その内何回かポカをやらかすし、いざと言う時に絶対の味方になれる立ち位置の方がいい」

 

 ボーダーに憧れを抱いているかと言われればあるが、権力争いだ内部抗争なんてのはごめんだ。

 私は基本的には平和を愛する人間であり、隠れブラコンでもある……弟の為に戦う事が出来るお兄ちゃんなんだ。

 

「貴方らしいわね……ついてきなさい」

 

 折れることのない修とそれに賛同をする私を見て母は若干だけど折れた。

 何時もならば直ぐに食器を洗うのだが今日は水に付けるだけに留めており、2階にある私の部屋の丸いタイプのドアノブを右に2回、左に3回回して開いた。

 

「おばさん?」

 

 部屋のドアを開くと何時もの私の部屋……ではなく、ちょっと何処かの家のリビングを思わせる部屋だった。

 そこの部屋の主こと幽霊のマリーがフワフワと浮きながら急にやって来た。マリーちゃん、相変わらず元気そうにしていてなによりだ。

 

「ごめんなさいねマリーちゃん……ちょっと思いっきり体を動かせる部屋ってあるかしら?」

 

「母さん、いったいなにをするつもりなの?」

 

「ボーダーに入りたければ私の屍を越えていきなさい」

 

「母さん!?」

 

 とんでもない事を言い出したよ、この母は。

 結構、いや、かなり急な事なのでマリーは首を傾げるのだが、一応は思う存分に暴れられる部屋はあるのでそこに案内する。

 

「修、掛かってきなさい」

 

 クイクイっと挑発をしてくる母さん。修はマジなのかと若干テンパっており冷や汗をかいている。

 

「安心しなさい魔法は使わないわ」

 

「実の息子を相手にそこまでやるか」

 

 と言うか使っちゃ駄目だろう魔法は。母さんも平穏に三門市で暮らせるとは思っていない節がある……なんだろうな。

 こう、転生者のお陰で原作キャラが通常より強化されると言う話は割と耳にする。テイルズオブゼスティリアに転生した先輩とかアリーシャを強化して病ませたりしてるのを地獄の養成所で見た……だが、なんで母なのだろうか。

 まぁ、持たざるメガネである修は強かったりすると色々とややこしかったりする。15年一緒に生きてはいるが修は体育会系の人間じゃないのは分かっている。私は賢い犬リリエンタールの時に痛い目に遭ったから自ら進んで死地に行くのはちょっと嫌なのだ。

 

「いくよ、母さん」

 

「来なさい」

 

「おばさんと修くん、喧嘩してるの?」

 

 親子がリアルファイトをしようとしている様を見守るだけの私だったがマリーが心配をしてくれる。

 

「あれは二人なりのコミュニケーションなんだよ」

 

 どうして原作主人公が強くならなくて、母が強くなるのだろうか。

 いや、確かに母さんならばと何処か許される風潮があるが断じてそんな物は無いのである。母は2歳年上の私が居ることにより原作よりも2歳歳を重ねている39、つまりは四十手前のおばんである。そして私は容姿が黒髪の沖矢昴だけどまだ17歳にすらなっていない高校生だ。

 

「せやっ!」

 

 やるからには真剣にやる修は母さんに向けて拳を振るうのだが遅い。

 元から遅いというのもあるのだろうが、母さんを殴らなければならないという罪悪感に苛まれており、通常よりも遅い。

 

「なにをしているの!」

 

 バシッと修の拳を掴むと直ぐに関節を極めに行く母さん。

 動きに迷いがあることを直ぐに見抜くのは息子の事が分かっている。流石の母と見守りながらも取り敢えず手を上げる。

 

「一本!」

 

「ボーダーの訓練は普段から襲ってきてるロボットじゃなくて対人戦なのよ。例え身内でも躊躇ったらダメよ」

 

「そうは言われても……」

 

「四十手前の私でこんなんだったら、体育会系の若い子には負けるわ」

 

 言っている事には間違いはない……ただ言っている人が間違いな気がする。

 それはそうとしてこんなにドタバタして大丈夫なのかと心配をする……部屋がぶっ壊れる事はないのだが、騒いでいると下の階にまで響く。

 

「ちょ、ちょっとこれどう言うことよ!?」

 

 私達が今居る部屋の下の階の住人、それはつまり賢い犬リリエンタールの主要人物こと日野兄妹が騒ぎを聞きつけてやってくる。

 ツインテールが似合う意外と女子力が高かったりするカンフー少女こと日野てつこは部屋に入ってきた途端に母さんに攻撃をしている修を見て叫ぶ。修達もてつこがやって来た事を驚いて戦いを一旦やめる。

 

「てつこさん、お騒がせして申し訳ありません。少々込み入った事情がありまして母さんと修は戦っているんですよ」

 

「いや、どういうわけよ!」

 

「分かりやすく言えば母さんを倒さないとボーダーの試験を受けられないとの事です」

 

「はぁ!?あんたじゃなくて修がボーダーに!?」

 

 あまりにもいきなりの事に困惑しまくるてつこ。

 ゆっくりと落ち着いた声で事情を説明しているのだがなんでそうなったんだと呆れている。

 

「修、ボーダーに入るなんて止めなさいよ!あんた弱っちいんだから」

 

「てつこ……確かに僕は弱いよ。でも、それを理由になにもやらないのは違うんだ」

 

 こんな事は無意味だと主張をしに行くてつこだが、修は諦めない。

 野上良太郎の如く弱かろうが絶対に折れない芯を見せつけてくる……メンタルお化けだから諦めさせることはほぼ不可能だ。

 

「僕がすべき事だと思っているから僕はやっている……母さん、もう一回」

 

「修……」

 

「修を止める事を諦めなさい……引きこもってた時も裏切る事をせずにいた。その事を忘れたわけじゃないでしょう」

 

 弱っちいのにそれでも立ち上がる修、そんな修を見守るてつこ……全く、受験の年だって言うのに青春をしている。

 嘗て引きこもりだった自分の事を何度も心配して家まで訪れていたクラスメートでもなんでもない少年は弱いけど強いんだよ。

 

「なにやってるのよ、修!真正面からやったって運動音痴のあんたが勝てるわけないでしょう!」

 

 そして見事なまでのツンデレを発揮するてつこ。修に真正面から戦うなと遠回しにアドバイスをしている。

 

「修、真正面から挑んでも無駄なのは最初から分かりきっている事だ……コレは勝負であって品行方正を求める試合じゃない」

 

 ツンデレは近年では悪い文明扱いをされているので私も微力ながらサポートを入れる。

 多少の汚い手は使ってもいいと教えておく……修には真正面から以外の戦闘が向いている……王道的じゃないメガネだが、それが修のいいところ。

 

「真正面から挑んでも駄目……」

 

「ちょっ、なんで私ので分かんないのよ」

 

「てつこさん、もう少しオブラートに行きましょうよ……さて、どうするか」

 

 このままじゃダメなのは分かったので、考える修。

 これが本当の実戦だったら今頃は母さんにボコボコにされているのだろうが、考えている姿を見て満足気な表情を取っている。ただ満足はしているけれどそれだけじゃダメだとキッとなる。

 

「そっちから来ないなら行かせてもらうわ」

 

 修が攻めて来ないので逆に攻めに来る母さん。

 修に向かって発勁をくらわせに行こうとすると修は両腕を動かす。

 

「あれは……ねこだまし!」

 

 パシンと音を鳴らして手を叩く相撲でもある必殺技、ねこだまし。

 その動作と音に反応をしてしまった母さんは思わず目を瞑ってしまい大きな隙を作り修はその隙を逃さずに突き押しを決めた。

 

「……ふぅ、負けたわ」

 

 あっさりと負けを認めた母さん。

 結構ギリギリな勝負だったのでやっと勝てたことに修はホッと胸を撫で下ろす。

 

「ヒヤヒヤさせるんじゃないわよ!」

 

「てつこ……ごめん」

 

「な、なんで謝るのよ」

 

「僕が弱いから変に醜態を晒したみたいだし……兄さんや母さんみたいに色々と出来たらいいんだけど」

 

 友達に情けない姿を見せてしまったことを落ち込む修だが、てつこからすればカッコいい姿である。

 ツンデレというものを理解していない修は申し訳無さそうな顔をしている。そんな私達みたいに色々と出来たらって

 

「百歩神拳なんて覚えても人を殺しかねない技なんだから使い所が無いぞ」

 

「あんたは加減が出来なくて常にフルパワーで撃ってるからでしょう。死なない程度に撃てるでしょ普通は」

 

「てつこさん、貴女は普通じゃなくて天才に部類されてる事を忘れないでください」

 

 そもそもでリリエンタールの力を使ってるからって百歩神拳がポンポンと使えるわけがない。

 外気功も数ヶ月で習得するてつこは普通じゃなくて天才に部類される……私はギリギリ秀才、いや、光彦さんに梁山泊よろしく扱いて貰ったから凡才なんだろう。

 

「さて、第2ラウンドと行きましょう」

 

 え?

 

「昴、今度は貴方の番よ」

 

「待って、そんなの聞いていない」

 

「今思いついたのだもの」

 

 なにそれ、ありなの。

 しれっとした顔で言っているけれど心の準備もなにも出来ていない。出来ていたのならば、もうちょっとスムーズに行けている。

 まぁ、とはいえ相手は母さんだ。ライトニング光彦に鍛え上げられた私ならば余裕で勝つことが出来る。

 

「てつこちゃん、後は任せたわよ」

 

「え……分かりました」

 

 冗談抜きでアドリブにも程がある。

 突然指名されたてつこは一瞬だけ固まるが直ぐに受け入れて腕をバキバキと鳴らす。怖い。

 

「待ってください、てつこさん。これは不毛な争いです」

 

「そうは言うけどおばさんに頼まれたのだもの。きっちりこなさないと」

 

「もしかしてさっき私が修にサポートをしたの根に持っていますか?」

 

「……別に、そんなんじゃないわ」

 

 絶対に嘘だ。

 ちょこっとだけ不貞腐れた可愛らしい仕草を見せつけるてつこだが、何時でも戦闘が可能な準備に入っている。

 小学生にして素手で薪割りが出来るとんでも少女で中学に上がってからもさらなる高みを目指して天下一武道会でも目指しているんじゃないかの勢いだ……マジで総合格闘技団体にスカウトされないのが謎である。

 

「はっ!」

 

 私の意思は完全に無視される前提で話は進んでおり、てつこは拳を叩き込んでくる。

 その気になれば鉄筋コンクリートすら破壊出来る拳を真正面から受けては一溜まりもないので上手い具合に逸らす。しかしそれでも腕がジンジンとする。最近忙しくてマリーとか会いに行くことが出来なかったけれど相変わらずてつこ強え。

 

「こうなっては致し方ありません。煉成化氣」

 

 まともにやり合っても勝てそうに無いのは直ぐにわかった。

 一旦距離を置いて両手を合わせて詠唱をするのだが、てつこが縮地で一瞬にして距離を縮めてきて掌底をくらわせにくる。

 

「あんたにそれ使わせるとなにしてくるか分からないから使わせないわよ!」

 

「いや、てつこさんも使えるでしょう……」

 

「詠唱なんてしてたら狙ってくださいって言ってるものでしょう。もっと早く出来るようになりなさいよ」

 

 トリガーという未知の道具を使ってのバトル物の世界の筈なのに何処で道を間違えたのかリアルファイトをしなければならない。確かに生身ならばどの原作キャラと戦っても勝てる時点で充分な気がする……いや、ここで満足していたらダメなのかもしれない。

 修がピンチな時に何処ぞの実力派エリートを名乗るセクハラ魔の如く颯爽と駆け付ける基本的には見守っている一般人的な立場が良いんだ……痛い目に遭いたくないけど修が頑張ってる横で頑張ってるのになにもしないのは兄としての威厳というものがある。

 

「煉成化氣、散華天対」

 

 こうなれば動きながら力を溜めるしかない。両手を合わせて詠唱をするとポワァっと光を纏う。

 最近これをやってなかったから光を纏うまでに時間がかかっていて、光が前よりも弱い。

 

「あんた昔より確実に弱くなってるわね2年前の方がもっと強かったわ」

 

「私は貴女と違ってカンフーしてる暇は無いんです。アルバイトしたり特撮見たりするのに忙しかったりするんです」

 

 中学時代の方がもっとやれたと言ってくるが、この時点で岩を二重の極みの如く粉々にする戦闘力はある。

 

「特撮見る暇があるならあんたが特撮の俳優並みのアクションをしてみなさいよ」

 

 時間を掛けてポッと拳に光を纏った私と違い一瞬で纏ったてつこ。

 これが才能というものの差なのか……っく、食後の運動にしてはハード、あまりにもハードだ。女性に手を上げる事に関しては別に致し方無い事なのは理解している。

 

「ふっ!」

 

「八卦掌!」

 

 掌底を当てに来るてつこに合わせるかの様に掌底を入れる。

 てつこの方がパワーは上かもしれないが私の身長は188cmと日本人にしては高身長だ。パワーの押合いにおいて大きいと言うのは正義であり

 

「っちぃ!」

 

 力の押し合いでは私の方が勝つ。

 体格というものでは勝てないことが分かっていたのに勝負してしまったことにてつこは舌打ちをする。

 

「そこまでよ」

 

「ふぅ……よかった」

 

 てつこと一旦距離を取ると母さんが間に割って入ってきた。

 

「おばさん、今いいところなんだから邪魔しないで!」

 

「目的を間違えてるわよ……それにこれ以上やったら本当に流血沙汰になりかねないわ」

 

「それぐらい……っ……分かり、ました」

 

 母の眼力は本当に恐ろしい。ギャーギャー騒いでいたてつこもビビってしまう……なんなのうちの母親は。

 ともかくこのままいけば打透頸とか使わなきゃ勝てない……てつこは本当に強いんだよ。日野博士夫妻を狙う魔の手から自分を守る為に鍛え上げてレンガを指で穴を開けたりするのが出来るんだ。

 

「終わったの?」

 

「ええ、なんとか終わりました。騒がせてすみません、マリーちゃん」

 

 可愛く首を傾げるマリーちゃん。

 もう戦わないことをアピールすると何処かホッとしている……事情が事情故に致し方無いとはいえ知り合いが本気で殴り合ってるのを見るのは嫌なんだろう。

 

「ううん、怪我がなくてよかったよ……」

 

「にしてもボーダーね……そこに行くって決めてるなら止めるつもりは無いけれど、先に言っておくわ。あの組織、一枚岩じゃないわよ」

 

「おや、随分と詳しいですね」

 

「兄貴達が技術提供してるのよ……どうせなら私も入ってやろうかしら」

 

「やめておいた方がいいですよ……貴女の場合はどうしても日野がついてきてしまいます」

 

 修のことが心配なのは分かるが、あまり手を貸しすぎてしまうとそれは修の成長の妨げになってしまう。

 私も色々と言ってあげたいがそれを言えば修は本当の意味での成長が出来なくなる……本当はマンツーマンでコーチとかやってたいんだがな。

 

「ボーダーは組織です。組織に入ると色々とややこしい……組織とは関係に無い立場に居る人間は必要になります」

 

「それはあんたの仕事じゃない」

 

「私の仕事は他にある……修の友達であるてつこさんだから出来る事もある。人には人の役割や立ち位置の様なものがある……貴女が力を発揮するのも私が力を発揮するのもその時が来るまで隠しておかなければなりません」

 

 そしてその時は確実にやって来る。

 ボーダーが近界民の脅威から人々を守る為に刃を磨いているのならば、私も家族を守る為に刃を磨いている……ただ、その刃はあんまり見せない。過去に一度酷い目に遭っているのだから。かくして修のボーダーの試験を受ける事は許可が降りて今回の騒動に幕を引いた。



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4話

 修がボーダーに入隊をする事が出来た。本当は試験に落ちたけども迅が裏で口を聞いてくれて、裏口入隊をさせたのである。

 修は才能には恵まれていないが環境には恵まれているとつくづく思う……そんな男を弟に持つお兄ちゃんはそんな私は……めっちゃ頑張らないといけない。いざという時に頼りになる強キャラポジション、例えるならば特捜戦隊デカレンジャーのデカマスターや魔法戦隊マジレンジャーのウルザード・ファイヤーの様にぶっ壊れた強さを持っていないといけない……ボーダーに入らずにそんな強さを手に入れないといけないのは難易度ルナティックだ。

 

「久しぶりに高い買い物をしたな」

 

 貯め込んだアルバイト代からあるものを買った……車のタイヤである。

 それをロープで括りつけて腰に巻いて走る昭和の昔ながらの特訓を今からするのである。この前、久しぶりにてつこと手合わせをしてハッキリと分かった。明らかに昔より弱くなっている。賢い犬リリエンタールの原作やその後の後始末が完全に終わって平穏な日常とアルバイトが原因で弱体化をしている。音羽さんに鍛え直して貰いたいところもあるのだが、日野家に顔を出し過ぎるのもよくないので先ずは自分で出来るところまでやる。

 

「ランニングコースは……よし」

 

 携帯でランニングコースを確認し、走り出す。

 これが健康を気にする為に走り出すのならば音楽プレイヤーで音楽を聞きながらだろうが、今回はガチ目の特訓なので聞かない。

 

「ほっ!」

 

 ロープを括り付けた状態で走り出す。本格的な運動は久々なのといきなりの重さにうっとくるが久々にこの感覚を味わった気がする。

 周りから奇異の目で見られるが気にせずに走っていくと肉屋でコロッケを食べている出水とアゴヒゲが特徴的な大学生、ボーダーの正隊員のトップに立つ男、太刀川さんだ。

 

「ここのコロッケ、美味いな」

 

「でしょう、ジャガイモを蒸したり冷蔵庫で冷やさずに保管してるらしいっすよ」

 

「なに!それだと野菜が腐っちまうだろう!」

 

「ジャガイモは冷蔵庫に入れて冷やすと冬になってしまったと勘違いをしてしまい、デンプンを糖に変えてしまうんですよ」

 

 美味しいコロッケを食べて満足気な顔をしている2人に声をかける。

 

「お前は確か米屋のとこの先生」

 

「同級生です」

 

 去年から米屋の面倒を見ていたので太刀川さんとも一応の交流はある。しかし変な風に覚えられているとは思いもしなかった。

 容姿が沖矢昴なので大人っぽく見えるのは致し方無い事だが私は米屋の先生になった覚えはない。

 

「米屋くんと出水くんのクラスメートであって、先生ではありませんよ」

 

「……いや、新米の教師とか言われてもおかしくないだろう」

 

「そういうのでしたら本部の部長さんも三十路過ぎとは思えないですよ」

 

「そういえばそうだな」

 

 この世界、年齢詐欺の人が多数いる。老け顔と童顔が程良くいる……老け顔でなく大人っぽく見えることは喜ぶべきか。

 

「米屋の先生、出水の成績の方はどうなんですか?」

 

「出水くんはなにもしなくても問題無いですよ。それよりも問題は米屋くんで……まぁ、赤点を回避して学校を卒業するぐらいならいけるでしょう。テストで100点取らなくてもいいんですから」

 

「あいつ……ズルいぞ。オレの時は風間さん達に滅茶苦茶スパルタで二宮なんてゴミを見る目で見てきて」

 

「それは太刀川さんが悪い」

 

 多分だが、太刀川さんが悪いんだろう。実際のところ太刀川さん、米屋よりは賢い方にいる……でも、バカなんだよな。

 1位だけどバカなのかバカでも1位になれるか……いや、ただの才能があったと言うべきか。

 

「にしても珍しいよな。学校の外じゃあんま会わないってのに」

 

「私はアルバイトを、出水くんはボーダーに所属しているから仕方がありませんよ」

 

「今日はなにやってんだ?アルバイトじゃないんだろ」

 

 ジッと私の腰に巻き付いているロープを見つめる出水。

 ああこれかとクイッとロープを引っ張ってタイヤを軽々しく持ち上げる。

 

「ちょっとトレーニングをしようと思いましてね」

 

「トレーニングってお前、4月の体力テスト学年1位だっただろう。部活の助っ人とか頼まれてなかったっけ?」

 

「いえ、部活動の体育会系のノリは苦手なんで断りました……実はちょっと体力が昔より落ちてしまいまして」

 

 ちょこっとだけ走ったから酷く実感出来る。

 

「お前の全盛期どうなってるんだ」

 

「肉体は鍛えておいて損は無いですよ……出水くんもたまには運動したらどうですか?」

 

「オレはランク戦だけで充分だよ。ランク戦はいいぞ、滅茶苦茶楽しい」

 

 ランク戦か……ボーダーには戦闘狂が普通に居たりするが、戦いってそんなに楽しいものだろうか。

 思い返しても私が戦った時って大体が命懸けだったりする。黒もとい悪の組織と戦っていたのは無駄な時間とも言える。ホントなんで悪の組織のトップの変動は認められないとか不老不死を目指しているヤバそうな金持ちの刺客と戦わないといけないんだ。

 

「ランク戦もいいですけど、ちゃんと街を防衛してくださいよ……貴方達の敗北はただの敗北じゃありませんから」

 

「おう、期待してろよ」

 

 出水達との会話がちょうどいい感じの休憩になったのでタイヤをポンッと地面に投げて走り出す。

 一回休憩を挟んだ事で体が程良く解けてきた……このまま立入禁止の警戒区域付近にまで行きそのままボーダー本部があるところを見上げる。この街で1番大きな建造部と言ってもいいボーダーの本部……非日常が直ぐそこにあるって恐ろしいな。

 

「さて、行くか」

 

 非日常が目の前にあるのが分かると直ぐに家とは別の方向に向かって走り出す。

 この三門市は海無し市だが山有り市でもある……修行と言えばやっぱり山である、坂道が程良く筋肉を刺激してくる。

 

「瞑想してみるか」

 

 ちょうどいい広さの場所にやってきたのでタイヤを巻いたロープを腰から外し、手頃な岩で胡座を組む。座禅を組まないところがミソである。

 目を閉じて自然と一体化し気配を感じ取る……氣的なものを感じ取ったりするのは久しぶりだ……実弾入りの拳銃で撃たれて死なないけど重傷をおった時に出来るようになったんだな。生死の境目に近付く事で力を感じ取るとかホントにギリギリのところを歩んでいるな。

 

「気配の探知の精度は落ちていない……てつこは近くにはいないか」

 

 この裏山はたま〜にてつこも修行に来ていたりする。

 鈍っているのがバレて1人で訓練をしているのがバレてみろ……組手をしようとか言ってくる。てつこと本気で戦うのは文字通り神経を擦り減らしてしまう。

 

「っと、瞑想してても意味は無い」

 

 こういう能力系はあんまり精度が下がっていないと見ていい。

 それよりも今は落ちてしまった運動能力や鈍った戦闘勘を鍛え直さないといけない。

 

「最初はコレぐらいの岩でいいか」

 

 自分の頭ぐらいの大きさの岩を河原で広い、それよりも遥かに大きな岩の上に置く。

 呼吸を整えてゆっくりと手刀の構えを取り手を一閃、振りかざす。

 

「ふぅ……痛い」

 

 私の手刀で岩は粉々に砕け散った。久しぶりにやったが上手くやった。

 結構鈍っていたが岩を砕く事が出来なくなる程には腕は落ちていないようで勢いに任せて岩を乗せていたさらに大きな岩を調子に乗って手刀を入れて破壊する……が、上手い具合に砕け散っていない。昔ならばもう少し粉々に砕け散った……鈍っている。

 その辺の雑魚をぶっ倒すことは出来たとしても実力派エリートクラスの相手には通用はしない……本当に強い強キャラをどうにか対処しておかなければカッコいいいざという時に頼りになるお兄ちゃんにはなれん。

 鈍った力を取り戻すべく手頃な木は無いのかと探す……岩の次は木……これって端から見れば環境破壊にしか見えないので萎れていて未来が無さそうな木を選ぶ。

 

「ふぅ〜……とう!」

 

 手刀で木の中でも一番大きな枝を切り落とす。

 岩を砕けたのだから木の枝を圧し折る程度の事は余裕で出来る……!

 

「しまった、木刀を忘れてしまった」

 

 鈍っている腕を取り戻すにはなにも肉体を鍛え直すだけじゃない。

 素振りや正拳突きの様な基礎的な訓練をしなければならず、木刀を持ってくるのを忘れてしまった事に今になって気付く。

 

「取り敢えず今日はこの枝を木刀代わりにするか」

 

 枝分かれしているところをシュパッと切り落とす。

 特注品の木刀は通常よりも重く上質な木で出来ているのでこれで代用をするのは難しい。明日からは木刀……木刀って銃刀法違反に入るだろうか。入るんだったら竹刀の購入を考えておかなければ

 

「さてと……アバンストラッシュ!」

 

 枝分かれした部分を切り落とし終えると逆手に持ち替えて、光を纏わせて斬撃の様なものを飛ばす。

 本家本物のアバンストラッシュとは異なるのだが飛んでいく斬撃のイメージがこれである……先輩みたいに闇纏・無明斬りとかカッコよく出来ない。化物染みた才能は持ってないから。

 

「っ、まずい!」

 

 久しぶりのアバンストラッシュ故に威力の加減を間違えた。

 威力が強すぎると木を貫通してどこかに斬撃が飛んでいく可能性があるので威力を控えめにやったら調整をミスった。中途半端に木に切れ目を入れてしまい、こっちに向かって倒れてくる。

 

「ふん!」

 

 危なかった。私が長男で鍛えてなければ今頃は木に押し潰されるところだった。

 落ちてくる木を必死になって支える……これは案外いい筋トレになるかもしれない……が、木の凸凹した部分が程良く手に当たって痛い。取りあえずは一旦木を地面に置こうとするとガサリと音が聞こえる。

 

「……え……あの、大丈夫ですか?」

 

 ツインテールが似合う女子中学生……ボーダーの数少ないA級中学生隊員の黒江双葉がそこにいた。

 なんでこんなところに……いや、それよりもさっき気配が無いのか探知をしたのに……能力系も思った以上に鈍ってる様だな。

 

「ああ、大丈夫ですよ。見た目は大変そうですけど、よっ、と……ほら、この通りです」

 

「……そうですか」

 

 不審者、圧倒的なまでの不審者感を醸し出している。明らかにこいつなにやってんだという目で見ており、このままでは不審者として通報をされかねない。

 

「そう警戒心を剥き出しにしないでくださいよ。私は別に怪しい者じゃありません」

 

「そういう人ほど怪しいものです」

 

「ただちょっと最近筋肉量とかが落ちてきたから鍛え直している三門市の住民です。黒ずくめの怪しい組織ではありません」

 

 私はただの人と言っても胡散臭さが何処からか滲み出ているのだろうか。

 距離を一定に保っていて一歩近付けば一歩引くという関係である……ならばと一歩引いてみると逆に詰め寄る。怪しいと思っていて色々と興味を抱いていると言ったところか。

 

「こんな山の中で、なにをしていたんです」

 

「修行です……」

 

「修行をするなら裏山のおじいさんのところがあります」

 

「1人での修行ですよ……たぁ!」

 

 まだ疑いの視線を向けているのでアバンストラッシュに使った木の枝を手刀で真っ二つにする。

 黒江はそれを見て目を見開く……まずい。素手でそこそこ大きめの木の枝を叩き折るのはコナンの世界では許されても、ワールドトリガーの世界では異常な事だ……っく、バトル物の世界なのに超人的な運動神経出てこないからな。

 

「スゴい……」

 

 ドン引きさせてしまったのかと焦ると黒江から出た言葉は称賛の言葉だった。

 

「凄くありませんよ。私の知り合いに出来る人は普通にいます」

 

「普通の人は親指よりも大きな木の枝を手刀で真っ二つにする事は出来ません……もう一回、見せてくれませんか」

 

「そんな……私のは自衛の為のものですから見せる為の物じゃないです」

 

「そう、ですか」

 

 もう一回見たかったのかシュンとする黒江……仕方がないな。

 

「私はここで修行してますから勝手に見てればいいですよ……はっ!」

 

「!?」

 

 今度は掌底で岩を破壊する。手頃な持ち上げるのに程良いサイズの岩で粉々に砕け散る。

 流石に岩を破壊するのは予想外だったのか思わず口を開けてしまう。

 

「貴方何者なんですか」

 

「私は昴……三門第一高校に通う学生だよ」

 

「え」

 

「どうかしましたか?」

 

「高校生、なんですか……大学生とか大学院生じゃなくて」

 

「その件については色々とトラウマがあるので触れないでください」

 

 米屋達を引き連れて何処かに行くと引率のお兄さんポジションになってしまう。面倒見はそんなにいい方じゃないのだがな。

 

「そういう君は?」

 

「黒江双葉です」

 

「黒江ちゃんか」

 

「ちゃん?」

 

「おっと、失礼。黒江さん」

 

 見た目はただのロリだが、子ども扱いされる事は嫌らしい。

 私からすれば必死になって背伸びをしようとしている千佳ちゃんとはまた違う可愛らしさを持っているが言えば確実に怒るだろう。私は三雲兄、長男は空気を読めなければならないので言わない。

 

「昴さんはボーダーの人なんですか?」

 

「学友にボーダー隊員がいますが私自身はボーダー隊員ではありませんよ……そろそろ修行の再開をしたいのでよろしいでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

 修行をしている学生だと分かると少しだけ警戒心は緩んでいる。

 さっき出水達の前でタイヤ引きをしてもなにも思わなかったと言うのに、黒江に見られるのはなんだか恥ずかしい……何故だろうか。小さい子に影でコツコツやっているのを見られるのが嫌のだろうか。私って案外プライドとかあるんだな。

 

「とう!」

 

 アバンストラッシュとか岩を砕く訓練をしていると通報されかねないので、修行内容を変える。

 私の体重を支えれそうな木の枝に掴まりすかざす上に上がる。ファルトレク、フリーランニング、パルクール、言い方は色々あるが木の上から木の上に飛び乗ったり、枝を掴んでターちゃんの如く跳び移ったりと特撮の俳優以上の動きを見せる。

 

「な、生身なんですよね」

 

「私はこう見えて仮面ライダーやスーパー戦隊が大好きでね……」

 

「特撮でもそんな動き、ワイヤーアクションとかじゃないと出来ないです!」

 

「なに言ってるんだ。初代一号の頃はこんな感じのがポンポンあったよ」

 

 ※適当な事を言ってます。

 

「……あの、なにかコツでもあるんですか?」

 

「カッコいいと思って真似をしないでください。色々と鍛えておかないと出来ませんから」

 

「そうじゃなくて……私、ボーダー隊員なんです。中学生に上がってからボーダーに入ったんですけど、どうすれば貴方みたいな動きをする事が出来るのかって」

 

「おや、確かトリガーを使えば生身の肉体とは違う肉体に変身出来て運動能力が飛躍的に向上するのでは?」

 

「そうなんですけど今よりももっと動ける様になりたいんで」

 

 私の記憶が間違いなければ、彼女はボーダーでもトップレベルの機動力を持っていたはず。

 韋駄天とかいうボルテッカーみたいな必殺技を持っているのにこれ以上を望むとは……向上心があって立派だ。

 

「そうは言っても黒江さんと私では体格等の人体構造が違いますから……あ、そうだ。実際に体感してみますか?」

 

「おんぶ、ですか」

 

 身長が188cmで、黒江は140cm程……40cmほどの身長差がある。

 手も使う訓練なので完全におぶさる事は出来ないがそれでもどんな感じの動きをしているのかを肌で感じさせる事は出来る。子供扱いしているところがあるがこれが一番効率がいい……かもしれない。黒江はどうすべきかと悩んだ末に答えを出す。

 

「振り落とさないでくださいね」

 

「逆だよ。君がしがみつくんだ」

 

 強くなりたいのならば時には多少の無茶をしなければならない。黒江を背にした私は木の枝目掛けてジャンプをして枝を掴み、そのまま逆上がりをして次の木の枝に飛び乗る。振り落とされない様に一応は注意をしているが……普通の女子中学生には辛いだろうか?

 いや、強くなる為の訓練をしたいと言い出したのは彼女であるからここは心を鬼にしなければならない。

 

「あの、重くないですか」

 

「これぐらいなら問題無い……それよりもペースを上げるぞ」

 

「まだ上がるんですか!?」

 

 今の時点でも大分早いが、もう少し素早く動ける。

 更にペースを上げると流石に辛いのか私の首をギュッと締めてきた……ここらが潮時か。

 

「よっと」

 

「ふぅ……」

 

 足を止めると黒江の息は少しだけ乱れていた。やっぱり女子中学生にはキツいところがあった。

 もう梅雨の時期でジメジメしていると言うのもあるのだろうが汗もかいている。

 

「なにかコツを掴むことは出来ましたか?」

 

「生身とトリ……ガーを使った時とここまで段違いだと思いませんでした」

 

「トリガーを使えば変身出来るからね……絶対に生身でしたらダメだからね」

 

「出来ませんよ、こんな事……逆になんで昴さんはこんな事をしているんですか?」

 

「そうだね……黒の組織と面倒な相手と戦っていたからかな」

 

「……なにを言ってるんですか?」

 

「ハッハッハ、黒江ちゃんには難しかったかな」

 

「子供扱いしないでください」

 

「私から見れば必死になって背伸びをしようとしている子供だよ……ボーダーで頑張るのはいいけどバカになるのだけはやめた方がいいよ。クラスメートがボーダーの裏口入学をしてるからホント困ったものでね」

 

「……昴さんも大変なんですね」

 

 幼馴染みのバカを黒江は思い浮かべる。

 赤点を取ったりしそうなので、いや、絶対に取っている……米屋よりはマシとの噂だが、その内米屋レベルに達するだろう。

 

「さてと、仕上げは重りを外して動くか」

 

「……え!?」

 

「どうかしたかい?」

 

「重り、つけてたんですか?」

 

「日常的に装備してるよ……運動能力が落ちない様にと思ってつけてたけど、それでも動かないと落ちてね」

 

「ちょ、ちょっと重りを貸してください」

 

 外した重りを持ち上げる黒江。

 見た目はゴツくないタイプを使っているので軽いと思ったのか一瞬だけ眉をピクリと動かす。

 

「これつけて生活をすれば……」

 

「やめておいた方がいい、無理な特訓をして筋肉を痛めたら体が成長しなくなる……鍛えるのも程良くだ」

 

「それ、自分に言えますか」

 

「おや、一本取られましたね……でもね、私みたいに戦えない人間だって世の中にはいるんですよ」

 

「昴さん、もしかして……」

 

「さて、そろそろ暗くなってきますから早い内に帰りなさい」

 

 私は最後の仕上げをするのに忙しい。重りを外した私は羽根の様にとは言わないが軽くなった身でバク宙をする……これは明日、筋肉痛が来るだろうな。意味深な嘘を堂々とつくと黒江は深く考える。私がボーダーの入隊試験に落ちたと思っているだろうが、私はそんな事を一言も言ってはいない。堂々と戦うとヤバそうなのに目を付けられそうなので戦えないんだよ。

 こんな初歩的な言葉のトリックに引っ掛かるとはまだまだ子供だと思いつつ、修行に本腰を入れる。



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5話

「双葉、最近動きがよくなったんじゃないかしら」

 

 生身の肉体を鍛えていて間違った努力をしているバカこと昴と出会ってから少しだけ時間が経過した頃。

 防衛任務でトリオン兵を倒し終えると自身の所属している加古隊の隊長である加古が最近の自分について褒めてきてくれた。

 

「そう、ですか?」

 

「ええ、動作の1つ1つが丁寧になっているわ」

 

 ボーダーに入って間もないが故にぎこちない動きが何処かあった。

 しかし最近になって急に動きが良くなってきた。トリオン兵が現れてから討伐までの一連の動作が若さやトリオン体の運動性に任せた動きでなくボーダー歴の長い隊員の様に丁寧で無駄の無い動きをしている。

 

「誰かに教わったの?」

 

「……」

 

 素手で岩を叩き割る様な人間に教わったと言っても信じて貰えそうにも無いので無言になるのだが、それが逆に返事になってしまう。

 

「ねぇ、どんな子なの?」

 

 なにも言わないと言うことは何かがあったかと言う事だ。

 丁寧な一連の動作を行える子がボーダーに居たのかとボーダーでも選りすぐりの実力者を思い浮かべる加古は詰め寄る。才能がある面白い子は大好きなので、どんな子なのか一目見てみたいと好奇心が寄せられる。

 

「……すみません、加古さん。誰かは秘密です」

 

 私とここで会ったことは内緒にしてくださいと一応は釘を刺されている。加古と昴を天秤に掛ければ加古の方が勝つのだが双葉は昴の言った言葉を思い出す。

 

──私みたいに戦えない人間だって世の中にはいるんですよ

 

 と。きっとあの人はボーダーの入隊試験を受けて落ちてしまったのだろう。

 どれだけ頭が良くてもどれだけ運動神経が抜群でもどれだけ性格が良くてもトリオン能力に優れていなければボーダーは容赦無く切り捨てる。実感は薄いが命懸けの仕事で、トリオン能力が低ければ今自分が換装しているトリオン体すらまともに作れない。組織故にそれは致し方無い事だが、実際にああ言う人を見るのははじめてで脳裏に過ぎってしまう。

 

「でも、その人の分まで戦ってみせます」

 

 遊び感覚でボーダーには入ってはいない。双葉は昴の分まで頑張る事を改まって決意した。

 実際のところ昴は尋常ではない程に強くてボーダーに余裕で入隊出来るぐらいの強さを秘めていて、自分がいれば修に余計なプレッシャーや期待とか掛けてしまうし修が本当の意味での成長をしなくなるところがあるのと過去に痛い目に遭ったので入らないだけである。

 

「そう……」

 

 双葉の良い目を見て、ますます双葉が成長する事が出来る様になった人物について気になる。

 とはいえ言ってはくれなさそうなのでこれ以上は深入りをする事はしない……

 

「その人、Kではじまる人なの?」

 

「……分かりません」

 

 とはいえ、一応は聞いておく。

 才能のあるKのイニシャルの隊員を自分の部隊に引き入れているのでもしKで始まる人ならばと聞いたがよくよく考えれば双葉は昴の本名を知らない。まぁ、三雲なので残念ながらイニシャルはKではじまらない。

 今度本名を聞いておこうと決意し、その日の防衛任務を終えて家に帰ると通販で購入した物が届いているのを親に聞き、直ぐに受け取って自分の部屋で開ける。

 

「……これぐらいだったけ」

 

 双葉が通販で購入したのは竹刀。自分の体格にあった子供向けの竹刀であり自身のセットしている弧月と同じくらいの長さかどうか確認をする。

 弧月の長さなんてあんまり気にしたことはなかったが、今回は気にしておかなければならない。これぐらいの長さだった筈だと翌日の学校終わり、双葉は家に帰るや否やジャージに着替えて竹刀を持って昴のいる裏山に向かう。

 

「21……22……23…………」

 

 裏山では昴が木刀の素振りをしていた。

 

「今日はいた」

 

 防衛任務の無い日に双葉は足を運んだりしていたのだが、昴が居る日と居ない日がある。

 とあるところでアルバイトをしている昴は毎日修行をしている訳ではなくアルバイトがある日は普通に居ない。今日は居てくれたと双葉はホッとする。

 

「そこで隠れていないで出てきなさい」

 

「……なんで分かるんですか」

 

 物音一つ立てずに素振りをしている昴を見ているだけなのに気付かれた。

 岩を素手で破壊する武術の達人なのかコレぐらいは出来て当然かと双葉は姿を現す。

 

「全く、此処に来てもなにも出ませんよ……」

 

 此処に来られると正直な話、昴は困っている。

 自分が思ったよりも鈍っていたからその分鍛え直そうとしているしているのだが双葉が来ると一部の修行が出来なかったりする。某RD−1の力と兄として弟を守れるぐらいの強さが欲しいと言う強い思いとかが共鳴し手から波ァ!とかが出来る様になっておりその手の修行が出来なかったりする。

 

「いえ、そんな事はありません……貴方のお陰で最近動きが良くなった褒められました」

 

「それはそれは……困りましたね」

 

 此処に来たお陰で成長する事ができた。それは紛れもない事実である。

 昴からすれば知らないところで勝手に成長をしてるとしか言えないのだろうが。

 

「今日は竹刀を持ってきました」

 

「あのですね、そういうのは裏山の道場で剣道を覚えた方が早いですよ」

 

「……ふん!」

 

 剣を教えてくださいと言う前に諦めさせに来る昴に双葉は竹刀を抜いて振るう。

 

「いきなりなにをするんですか」

 

「……やっぱり」

 

 不意をついたが差も当たり前の如く昴は白刃取りをした。

 この人ならば自分の攻撃を容易く避ける事も出来ると思っていたので双葉はそこまで驚きはしない。

 

「試さないでくださいよ。私、そういう審美眼で見られるのは嫌なんです」

 

 明らかに試している双葉に少しだけ嫌気がさす。

 

「……すみません」

 

 本気で嫌がっているのが分かったので直ぐに謝る。

 素直でよろしいと関心しているが、双葉は直ぐに頭を上げる。

 

「お願いします、私を弟子にしてください」

 

「待ってください。話が飛躍し過ぎています……確かにボーダーでは師弟関係を結んだりすると聞きます。ですが私はボーダー隊員ではない一般人です」

 

「それでもです……ふん!せい!」

 

 竹刀をもう2、3回振り回す双葉。昴は動じる事なく竹刀を避ける……自分よりも遥かに上を行っていると強く感じる。

 岩を素手で砕いたり忍者の如く木の上を飛び交う……もしこれが生身でなくトリオン体ならばいったいどれだけ動けるのだろうと双葉は想像をする

 

「弟子にしてくれないならどうやってそこまで強くなったか教えてください」

 

「どうやってか……」

 

 なにか強さの秘訣の様なものがあるなら聞き出すしかない。

 双葉は昴に問いかけると昴は深く考える。昴がここまで強くなったのは色々とあの手この手をしているからで秘訣の様なものは多々ある。

 

「私も環境に恵まれていたとしか言えないな」

 

「環境ですか?」

 

「優秀な師匠が居たんだ……光彦さんと音羽さんと言ってね」

 

「紹介、してくれますか?」

 

「残念だけど、紹介出来ない」

 

 昴の師匠は色々と特殊なので紹介は出来ない。どうしたものかと双葉も昴も頭を悩ませる。

 何故ボーダーに入隊すらしていないというのにボーダーのエリートであるA級隊員を弟子にしなければならないのだろうか。生身の肉体を鍛えていればトリオン体でも十二分に戦えるというわけではない。そうでなければボーダーはマッスルの巣窟になっている。

 

「1本、1本だけ勝負してください」

 

 生身の肉体とトリオン体では違うが、双葉は運動神経が高い山育ちガールである。

 運動神経は抜群であり、昴との修行でその機敏さには磨きが掛かっている。生身でどれだけ戦えるか、昴がどれだけの高見にいるのかを知りたい。

 

「ふぅ……確かボーダーはランク戦という実戦形式の模擬戦をしているんでしたね」

 

「はい!」

 

……ならば、言おう。1本だけなんて甘い考えをしている時点で弟子になる資格なんてない

 

 昴は喉元を押さえ、置鮎ボイスから池田ボイスへと変えた。

 糸目の昴は目を開き、双葉を見下ろす。

 

君にとってランク戦と言う物は一種のeスポーツの様な物なのだろう。負けても次があり何処が悪かったのか研究や考察をする事が出来るかもしれないが、大事な事を忘れている。君達は侵略者と戦争をしている……1度でも失敗をすれば取り返しの付かない状況に陥る可能性もある

 

「……」

 

黒江、きみは相撲を見た事はあるかね?

 

「ありません」

 

そうか。ならば一度だけ1つの場所を見てみるといい……とてつもなく凄いものだ

 

「相撲が、ですか?」

 

 相撲の細かなルールは知らないけれど、大まかなルールは双葉はしっている。

 足以外をついたら負けのものでお相撲さんは自ら進んで太っているぐらいだが、それがどうだろうか。

 

あの世界は一瞬にして勝負がつく。そして横綱になる条件は知っているかね?

 

「……勝ち続ける事ですか?」

 

品行方正も求められるが大まかにはそれだな……横綱になった者は絶対に負けてはいない。1本でも負ければ大騒ぎされ、負け続ければその地位も危うくなる。そして君達ボーダー隊員も絶対に負けてはいけない……世の中には絶対と言うものは無いが、それでも1本も近界民(ネイバー)から取られてはいけないんだ

 

「っ!」

 

 そう、勝ち続けなければならない。

 三門市に世界中から開かれている門を一箇所に集束している以上、近界民を相手に負けましたとは許されはしない。いざという時負けてしまったでは洒落にはならない。

 

「なので、1本だけで良いですなんて言ってはいけませんよ……命は1つしかないからね」

 

 お前は転生者だからそんな事を言う権利は無い。どの口が言うんだ状態である。

 とはいえ言っている事も割と間違いではない。特にA級隊員ともなれば同じA級ぐらいにしか負けられないものだ。あんまり負け過ぎるとA級雑魚じゃんとランク分けによる格付けみたいなものがない。

 

「……すみませんでした」

 

 昴の言いたいことは伝わった様で双葉は頭を下げる。

 10本やって6回以上勝てば良いなんて個人ランク戦でも多々ある事で感覚が麻痺をしていた、1本でも負ける事は許されない立場なんだ。気持ちの上で既に負けていた事を双葉は再認識をする。

 

「私はボーダーの隊員じゃない。だからランク戦についてあれこれ言えないしトリガーで換装した状態での黒江さんを指導する事も出来ない……だが、このまま返すのもどうかと思うので一個だけ課題を与えよう

 

「課題、ですか」

 

そう。1日1本だけ個人ランク戦をするんだ。同格かそれ以上の相手に1本だけ……その1本に全てを集中し神経を極限まで研ぎ澄ませろ。次は負けないなんて甘えた考えを捨てて、その人にどうやったら勝てるか、1本を取るために技を極限まで磨き上げるんだ

 

 例えるならばそう、大相撲の15日間を戦い抜く様に。

 無理に池田ボイスを出したので喉が痛いのかコホッと昴は咳をした。

 

「対人戦は怪我の恐れがあるからあまりしたくないのですが……寸止めで良ければやりますよ」

 

「!、本当ですか」

 

「ただちょっと待ってて。素振り100本終えてから……何本までやったか忘れたから1からしなければ」

 

「……私もします」

 

「それはやめておいた方がいい。トリガーで換装した肉体は筋肉的な疲労は皆無だ……常に万全の状態で戦えるようにしないと」

 

 素振りを再開する横で双葉も昴を真似して素振りをしようとする。

 生身の肉体を疲労させるのはいけないと止めに入るがそれは昴も同じ条件だと素振りを止めない。変なところで頑固なのは何処か弟に似ているなと昴は直ぐに諦めて素振りをはじめる。無論、重りをつけての再開である。

 

「っ……」

 

「だから言ったでしょう……なんて言ったら失礼ですよね。流石に怪我をさせると申し訳無いので寸止めで終わらせますよ」

 

 いきなり素人に素振りを100回やらせるのは酷なもので腕がプルプルと震えている双葉。

 昴は言わんこっちゃないと呆れるが勝負をすると言った以上は真剣にやるぞと木刀を腰に装備している鞘に納める。

 

「掛かってきてください……」

 

「そう言って私が疲れるまで動き続けるとかしませんよね」

 

「そんなくだらない真似して勝利しません……貴女の真剣には真剣で応える……と言っても木刀ですが」

 

「くだらない事を言わないでください!」

 

 くだらない会話をして少しは息を整える事が出来た双葉は重心を前に倒して攻めに行く。

 今はトリオン体ではなく目の前にいるのはトリオン体でも出来るかどうか怪しい動きが出来る変な人だ。さっきの昴の例えを利用するならば横綱に挑もうとする平幕の力士、いや、それ以下の存在かもしれない。警戒心を最大に高めつつ容赦無く片手一本突きを放つのだが、昴は木刀を鞘から抜いて受け流す。

 

「運動能力でも体格でも勝っている相手に猪突猛進に挑もうとする気概は褒められるが、認められるものではないです」

 

 一瞬にして更に間合いを詰めて双葉の竹刀の射程よりも内側に昴は入り込む。

 木刀をクルリと逆手に持ち替えて双葉の首筋スレスレのところで寸止めをした……何時でも首を攻撃することは出来るぞ。そういう意味合いを兼ね最後にトンっと双葉の首筋を木刀で触れる。

 

「……何故足元を狙おうとしなかったのですか?」

 

「それは……」

 

「寸止めするとは真剣勝負、卑怯な手なんて無いんですよ」

 

 あの手この手を尽くして自分に挑まなければ勝てないと言う昴。

 今回で双葉は学習をしたから次は色々としてくるなと予想しつつ、木刀を鞘に納める。

 

「参りました……」

 

 この人がトリガーを使えばどうなっていたんだろうか。

 双葉は一瞬だけ想像をするがボーダーに入れなかった(と思ってる)人なのだからと直ぐに想像するのを止める。

 太刀川や村上と色々と強い人がボーダーにはいるがこの人もまた強者なんだなと変な人からスゴい人へと再認識をする。

 

「今日はもう帰りますね」

 

「もう行くのですか?」

 

「はい。昴さんの1日1本の試合を15日間行うのをやってみようと思います」

 

「そうか……格下ばっか選んだら修行にはならないからね」

 

 ここで失礼しますと頭を下げた双葉はボーダーの本部に向かう。

 最初の相手は決まっている、幼馴染の緑川、1本だけと言えばもっとやりたいと言いたがるだろう。本音を言えば自分も10本勝負の方が良いのだがこれも師匠から与えられた特訓……勝負をもっともっとしたいという気持ちを抑える精神の訓練にもなっていると実感をする。

 

「やっと帰ったか……」

 

 奇妙な遭遇を果たした結果、なんか懐かれてしまった。

 その結果、修行に本腰を入れることが出来なかったりしていたので厄介払いが出来たと昴はホッとする。

 15日間の激闘を制したら多分報告に来そうだがその時はもうすぐ期末テストの時期になるからその前に勉強をしようね作戦でやっぱりこの人は的なのを思わせるしかない。ボーダーと学生の二足のわらじを履けない奴は弟子なんてするつもりは無いとか適当な事を言うつもりだ。

 しかし既に双葉には師匠認定をされている事には気づいていない。変なところで甘い一面を見せた結果であり……三雲修の兄なんだから変なところで面倒見が良かったりする。

 

「旋空弧月……なんてね」

 

 ボーダーに憧れが無いと言えば嘘になる昴はちょっとだけ木刀でボーダーごっこをしていた。



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6話

 ボーダーでもなんでもないのに弟子にしてくださいとか言ってきた黒江に修行だと火ノ丸相撲で言ってた事をオマージュした事を言った。

 1日1本だけで残りの時間を基礎訓練に費やした様で戦いに飢える気持ちの制御とここぞと言う時の集中力が向上し、技のキレが上がって格上の隊員から白星を取ることが出来たようだ……まぁ、強くなった事は良かったねとしか言えない。

 

「ああ、図書室は生き返る」

 

「米屋くん……今から地獄に堕ちますよ」

 

 梅雨が開けてやって来るのは夏。学生である私達に待ち構えている最大の課題は期末テストである。

 私は転生者になる為に鍛えられているので一般的な普通校で好成績を維持する事は容易いのだが目の前にいる米屋を赤点から回避させなければならない。中間テストも100点満点中の50点を目指して頑張った結果38点となんとも微妙な結果を出してくれた。

 分からないなら分からないで暗記すれば良い項目で点数を取ろうと必死になって教えてるんだが……私の教え方が悪いんだろうな。

 

「お前、天国から地獄に落とすんじゃねえよ」

 

「なにを言ってるのです……貴方が何時、天国の門を叩きましたか?」

 

 図書室のクーラーに癒やされているところで地獄に落とす。

 米屋は今から期末テストに向けての勉強をする為に図書室に来たのに、初っ端からこれである。

 

「くそ、天国と地獄だ……運動会でそんな曲なかったか?」

 

「米屋くん、口を動かす暇があるなら手を動かしましょう。幸い近年のバカボーダー隊員に学校側も馴れてきたのかテストに出るぞと授業で言ってくれる時が増えてるんです」

 

 そこを完璧に覚えてさえいれば50点は取れる筈なんだ。

 数学は知ったことじゃないが、覚えておけばいいものを覚えればいい……なんでこんな事も出来ないんだろうとは思わなくもない。

 

「おいーっす」

 

「三雲、陽介はどうだ?」

 

「クーラーに癒やされるとか言って現実逃避をしようとしている」

 

「陽介ぇ!」

 

「秀次、ここ図書室だから、な、な」

 

 マンツーマンで指導しようとしていると出水とD組のシスコンもとい三輪がやってくる。

 割とマジで赤点補習はシャレにならないので真面目に勉強に取り組んでるかと思えば全然進んでいない事に三輪はキレる。米屋は冷や汗をかきながらも騒ぎを治めようとする。

 

「三輪くん、騒ぐんでしたらさっさと家に帰るかボーダーに向かって騒ぎなさい」

 

「すまない」

 

 私と三輪は……まぁ、そこまでの関係である。

 原作キャラだからって全員仲良くしようとは思ってもいない……転生者の中には原作キャラだから地雷臭しか漂わないので絶対に付き合わないとか言い出し最終的には刺される阿呆な先輩転生者も居たりするがそれは今は関係の無い話だ。

 

「相変わらず三輪に厳しいな」

 

「気のせいですよ……それよりも三輪くん、つけられましたね?」

 

「なに?」

 

「おーっす!お前等、勉強会か!」

 

 ボーダーでも屈指のアホである米屋と同格と言われるアホ、仁礼光。

 陽気な少女であり、柄が悪いが普通にいい人であるお好み焼き屋の次男坊たる影浦の部隊のオペレーターを務めたりしている……しかしアホである。三輪と同じD組に所属しており……三輪を尾行して此処に辿り着いた。

 

「仁礼、なぜここに」

 

「なんだよむさ苦しい男だけのところにヒカリさんがやって来たんだぞ、もうちょっと喜べ」

 

「ふっ……もっと華がある奴が来てくれたならば喜びますが、貴女だと限界があります」

 

「んだと、ゴルァ!アタシからフローラルな香りがしないって言うのか!」

 

 いやだって、無理だろう。陽気な性格は良いけれども、中身が大雑把な残念系の美少女だ。おっぱいがデカいとかそういうのも無いのならばね……ヒンヌゥー教じゃないんだよ、私は。

 

「三雲、意外とそういうとこあるよな」

 

「彼女いない歴=年齢で虚しいところあるんですよ」

 

 三雲修の兄として立派になりたいと思うところはあれども、前世の固苦しい生活から解放されたので転生者ライフを送りたいと思う。

 出水はちゃっかりとしていると言うが男なんて大抵そんなもん……モテなくても別にいいやと思っていてもいざ好きな人が出来た時は必死になる。私にはまだそんな感じの出会いは無いけれども。

 

「あれ、でもお前この前ラブレターとか貰ってなかったっけ?」

 

「私の趣味は特撮でそれにアルバイト代を突っ込んでる事を教えると冷めたと言われました」

 

「……どんまい」

 

 いいじゃないか、大人になっても特撮が大好きでも。

 昭和は子供が見るもの扱いだったけれど平成はイケメン俳優の登竜門みたいになっている。設定もよく練り込まれていて子供向けの番組だとバカにする事は出来ないんだ。仮面ライダーの変身ポーズとか色々と出来る様にDVDを何度も見返してなにが悪い。ファイナルステージを見に行ってなにが悪い。コンセレに金を突っ込んでなにが悪いと言うんだ。

 

「特撮好きならボーダーに入ればいいだろ、滅茶苦茶動けるぞ!」

 

「バカ、仁礼!」

 

「三輪くん、いいんですよ……世の中には戦いたくても戦えない人間が居ることはお忘れなく」

 

「あ……悪い」

 

 ボーダーの入隊試験は一切受けていないが嘘は一言も言っていない。

 だってボーダーに入隊したいって思ってても落ちてしまう人とか普通にいるので悪しからず。まぁ、それはそれとしてだ……どうしようか。

 

「仁礼さん、もう直ぐ期末テストですし家に帰って試験勉強をしないと」

 

「んだよ、つれないな。アタシも混ぜてくれよ」

 

 大人しくしていればと言う言葉が絶対についてくる美少女、仁礼光。

 真正面にいる米屋と同格のアホであり、下手すれば米屋よりも面倒臭いところがある相手なのだ。女子でクラスが違うので米屋達程の深い関わり合いは無いので、対処法も上手く分かっていない。チラリと出水と三輪を見るが、ここから更に1人増えるのかと顔に出ている。

 ハッキリと嫌だと断ればいいのだが、米屋はOKで仁礼はダメだと言い辛いのもある……仁礼の周りは成績があまり良くない人が多く、米屋の周りには頭が良いのが多いのでこのままだと仁礼を押し付けられる可能性がある。

 

「よーし、隣座るからな」

 

 それだと普通に気まずいので困る。

 あれこれ考えている内に仁礼は米屋の隣に座る……よりによって米屋の隣に座っただと。アホとアホの共鳴しないよな。

 

「ヒカリさん特製のコロコロ鉛筆の力をナメんじゃねえぞ」

 

「あ、お前、それズルいぞ」

 

「ッ……」

 

「三雲、抑えてくれ」

 

「陽介達も悪気があってやってるわけじゃないんだ」

 

 選択がある問題ならばコロコロ鉛筆は頼りになるかもしれない。

 だが、用語や単語を暗記しなければならない系のテストが主であり先生達の「ここ、テストに出るぞ」的なのは暗記さえしておけばいい系の問題だ。選択問題に賭ける事は得策じゃない。取り敢えずはノートを写せバカ野郎。

 

「てか、三雲さっきからなにやってるんだ?」

 

 米屋達が聞いてこない限りは自分の事に集中をしていると出水が違う事をしている事に気付く。

 

「いえ、実は弟が今年受験の年でしてね」

 

「お前、弟がいたのか」

 

「はい。私には勿体無いぐらいに立派な弟ですが最近色々とありましてね、だからちょっと……ここを受かればいいんだから」

 

「三雲、大丈夫だぜ……オレとヒカリでも入れたんだから」

 

「いやお前等裏口だろう」

 

 出水、ナイスツッコミ。因みにだが修の為に試験対策をしていると言うのは嘘である。

 私を訪ねにわざわざ山登りしてくる山ガールこと黒江双葉から距離を置く為にわざわざ中学1年生の頃のノートを引っ張り出して再学習しているのである。根は真面目そうだが、勉強は真ん中よりほんのちょびっとだけ上なだけであり、決していい方じゃない。

 ボーダー隊員であるのを理由に勉強を疎かにするのは言い訳か逃げ道にしかならないとか適当な事を言えば向こうから引いてくれる……筈だと祈りたい。完全なバカじゃないので断定する事が出来ない。

 

「おぉ、ホントにここにいた」

 

 米屋に単語を暗記させていると可愛いJKもとい小佐野がやって来た。

 米屋と仁礼レベルでは無いのだがまぁまぁアホである……オペレーター能力と学力は違うんだなと教え込まれた。

 

「先生、勉強を教えてください」

 

「小佐野さん、誰が先生ですか」

 

 この学ランが目に入らないのだろうか。さも当たり前の如く私の隣に座る小佐野を強くは拒まない。

 彼女がアホなのは知っているが彼女が居ることで男女比が多少……むっ、更に誰かが図書室目掛けて近付いてきている……この感じは

 

「あ……」

 

「よう、熊。お前もか」

 

 熊谷だった。米屋は更に人が増えるなと笑みを浮かべる。

 出水と三輪はチラリと私の心配をするのだが、この程度で投げ出すのでは勉強を見てくれるお兄さんポジションを守る事は出来ない。むしろ逆に考えるんだ。男女比が程良い形で埋められて、いい感じの空気になる。

 

「あ〜ダメだ、全然頭が追いつかねえ」

 

「では、気晴らしに夏休みの話でもしますか」

 

 無理に根を詰め過ぎると限界を迎えてしまう。米屋の集中力が程良く切れたので気分転換に夏休みの話を出す。

 期末テストさえ乗り越えればそこには楽しい楽しい夏休みが待ち構えている……でも夏休み、宿題があるんだよな。なんか去年、夏休みの宿題が終わってなさそうだから早目にやらせようとしたら逃亡したとかいうアホな連絡、三輪から来たし。

 

「そりゃあランク戦をしまくるだろう」

 

 部活動みたいなノリで言うんじゃないよ。

 

「逆にお前はなにしてんだよ……ボーダー外で部活動もなにもねえんだろ」

 

「バイクの運転免許を取りにちょっと遠出します」

 

 もう17歳なのでバイクの運転免許が取れる。

 中学2年の頃から年末調整とか色々と必要なぐらいに貯め込んだ貯金は免許合宿の為に今ここで解き放たれる……原付があるからバイク買わないけど、バイクの運転免許さえ持っていれば車の運転免許の学科をパスする事が出来たりする。最短で免許を取ってやる。そしてゆくゆくは中型の免許を取ってキャンピングカーを使って日本一周の旅に出るのが私の夢だ。

 

「バイクなんて古臭くて事故と渋滞の恐れがあるものなんて乗らずにマンティスに乗れなんて無茶振りしてきますがね」

 

 私は一般人の域を越えているだろうが本物の天才じゃないんだから、困ったもんだ。

 

「マンティス?……」

 

 私の溢した愚痴を聞こえていたのか熊谷は首を傾げる。

 

「すみません、聞かなかった事にしてください」

 

「あ、うん」

 

 世に出ていない発明品なんぞ基本的にはクソの役にも立たない。

 お前なら出来るというかやれとか無茶振りされそうだけども、そんな無茶振りの期待には応えられない。努力をする事は出来ても結果が出てくるとは限らない。

 

「てことは2週間ぐらいで、そっからが暇か?」

 

「アルバイトがあるので絶対に暇とは言えません……後はまぁ、ライダーの映画を見に行くぐらい暇ですね」

 

「え、ライダー見に行くの?」

 

「ええ……特撮、大好きなので」

 

 もっと固そうなイメージが私にはあるのだろうか、熊谷は意外そうな顔をしている。

 大人になってもまだまだ子供な部分がある……こどおじみたいなところが私にはあるんです……こんなんだから彼女が出来ないんだろう。

 

「そうなんだ……」

 

「折角バイクの免許取るんだからもっと遠出をしろよ」

 

「そういう楽しみは大人になってからです……大体、海とかプールとか行く相手居ません」

 

 ボーダー隊員じゃない奴とはあまり交流をとっていない。

 更に言えばボーダーが三門市を使うからってこんな街に住んでられるかと街から出ていった勢に殆ど友達がいて、別れたんだ。

 

「なんか、ごめん」

 

「気にしないでください、人付き合いは苦手な方なので」

 

「そ、そうだ。どうせだったらこのメンツでどっかに行こうぜ」

 

 私の地雷を踏み抜いた事にフォローを入れてくれる米屋。

 反対意見の様な物が出てくるかと思ったが誰一人として反対意見は出てこなかった。日頃の行いが良いって大事なんだと再認識する。まぁ、それはそれとして置いておいて携帯を取り出してスケジュール帳のアプリで自分のスケジュールを確認する。

 

「まだスケジュールが確定していませんから何時が絶対に行けるとは言えませんけど……お盆休みは絶対に入ると思います……ただ」

 

「ただ?」

 

「時期的に何処も混んでます」

 

 夏休みと言うだけでレジャー施設はお客が増加する。映画館もボウリング場もカラオケもなんでもかんでも混んでいて満足に遊ぶ事は出来ないだろう。海とかプールとかなんて考えただけでも怖い……下手な満員電車よりも人が居るんじゃないだろうか。

 

「まぁ、それはしょうがねえ事だろう。夏休みなんだし」

 

「人混みの中にわざわざ行きたくない……ああ、そうだ。日帰りの温泉旅行なんてどうでしょう」

 

 人混みが少ないし静かでなにかと落ち着ける温泉旅行。

 温泉街とは行かないけれどもゆったりと温泉に浸かって日頃の疲れを癒やしたい……大きいお風呂と言うのも悪くはないんだ。

 

「また随分とジジ臭えな」

 

「いいんじゃないの……って言いたいけど日帰りなんだよね」

 

「宿泊しようと思ったら18歳以上の引率者が必要になります……あてなんて無いでしょう」

 

 日帰りの温泉となれば本当の意味でゆったりする事が出来ない。

 そこが難点だが大人が居ない以上は仕方がないことで引率でついてきてくれる大人に心当たりなんて無い。同年代ですら交流が微妙なところがあるのに、あるわけがないだろう。

 

「ちょっと待ってて……もしも〜し、すわさん。温泉旅行に行きたいんだけど」

 

「小佐野、諏訪さんになにを頼んでるの!?」

 

 引率してくれる人が居なければ用意してみようとする小佐野。

 いきなりの事に熊谷は声を上げるが気にせずにいる……胆力半端じゃないな。

 

「日帰りじゃなくてちゃんとした旅行、そうそう」

 

「あの、小佐野さん、勝手に話を進められると困るんですが……」

 

 事情の説明をしてくれているのはありがたいけれど、まだ行くハッキリとは言っていない。

 行けるんだったら行きたいけれども、旅館の方に空き枠があるかどうかの確認すらしていないのに話を一気に進めようとしてる。

 

「あ、うん。先生、パス」

 

「だから先生は止めてくださいっと、危ないですね」

 

 スマホは投げるものじゃありませんよ。と言うか私に丸投げなんだ。

 

「もしもし」

 

『ああん、冬島さんか?』

 

「私、三雲と申します」

 

『三雲……先生なのか?』

 

「それは小佐野さんが勝手に言っているのであって私は小佐野さんと同年代です……なんかすみません急に変な話が飛んでいってしまった様で」

 

『お前も大変そうだな』

 

 会ったことが無い人に同情されてしまってる……悲しい立場だな。

 

「知り合いが経営とか色々とやっている温泉旅館がありまして日帰りだとアレでして、宿泊するとなると引率してくれる人が必要な話になったんです……ホントに急な話過ぎて申し訳ありません。代わりますね」

 

 これ以上はやってられるか。小佐野に携帯を投げ返すと器用にキャッチをする。

 

「うん、うん……遊びに行くなら温泉って言い出して……慰安旅行的な……うん……先生、ビールとか飲んでも大丈夫ならつつみんと一緒に来てくれるって」

 

「ええ……いや……分かりました。ちょっと色々と予算の見積もりとか出してきますので、先ずは電話してきます」

 

 ここまで来たのならばちょっとしたお出かけはしたい。

 温泉旅行とかちょっとテンションが上がってきたのだが、その前に色々と確認をしなければならないと図書室を出て携帯を取り出して電話を掛ける。

 

『はい、こちら宇宙ネコです』

 

「どうもお久しぶりです。三雲昴です」

 

『ああ、お久しぶりです……いきなりの電話に驚きました。遂にうちに所属してくれる決意をしてくれたのですか?』

 

「エージェントの様な仕事は私には向いていませんよ。そちらの支部は旅館だった様ですし団体での予約と割引をしたいのです」

 

 知り合いの黒の組織の日本支部の特別参謀に電話を掛ける。

 

『成る程。家族旅行ですか?』

 

「知り合いのボーダー隊員達と慰安旅行みたいなものです」

 

『ボーダー……界境防衛機関ボーダーの事ですね』

 

「えぇ……ただの学生ですのでくれぐれも悪事や面倒な事はしないでください……学友に悪の組織との関係性を知られるのはまだ早い」

 

 あくまでも今回はただの旅行なのだから、アホな真似はしないでほしい。

 ボーダーの隊員となればなんだか身構えてしまうところがあるだろうが、慰安旅行的なのがしたいだけなんだ。

 

「お盆休みが空いているかどうかの確認を」

 

『大丈夫です。無理矢理にでもねじ込みます』

 

「流石はネコさん、頼りになります……詳しい人数等は後で言いますが一人あたり幾らぐらい掛かるか見積もりの方をお願いします」

 

『最上級のコースを一番下のコースの値段で人数次第でバス付きで宜しいですか?』

 

 早い、話が早い。

 さっきまでアホを相手にしていたのと打って変わって話がスムーズに進んでいく。

 やはり持つべきものは友もといコネ、コネクション……黒の組織と繋がりがあったりして良かった。

 

「詳しい見積もりが出るのは今日の夜だそうです」

 

 色々とプランを用意し、纏まった料金等は今日の夜ぐらいに連絡してくると宇宙ネコは教えてくれた。

 黒の組織の日本支部で参謀をしているのに変な事をさせてしまって申し訳ない。今度キュウリでも持っていこう。

 

「なぁなぁ、カゲ達も誘っていいか?」

 

「仁礼さん、先ずは自分が行けるかどうかの確認してくださいよ……まぁ、ボーダーに入る事を親に許可して貰ってる皆さんなら問題は無さそうですが」

 

 後、シフトとかの調整が出来るかどうか怪しい。

 夏休みだからとシフトを増やそうとしているボーダー隊員が居るだろうが……目の前にいるのはボーダーでも精鋭と言っても良いぐらいの奴等なんだよな。

 

「あ、すみません!ここに来たらテスト勉強見てくれるって話を聞いたんですけどホントすか!」

 

 今は先ず、テスト勉強を優先しようと暗記させているとさらなるアホこと別役太一がやって来た。

 いったい私の事をどんな風に噂をされているのか気にはなるのだが、あまりにも多くの人は面倒が見きれない。

 

「太一くん、君は今すぐ帰って勉強をしなさい」

 

「え、でもここに来たら勉強を見てもらえるって」

 

「いいから帰れと言ってるんです……君は外部からスカウトされて三門市に来たんでしょう。その気概はありがたいですが、学生生活との両立が出来なくてどうするんです。私みたいな一般人に頼らずに自力でどうにかしなさい」

 

 これ以上はホントにやりたくない。

 太一が居ればなんかロクでもない事が起きるとも言われているので、私はそれらしい正論を並べて太一を追い返す。

 

「そこまで言わなくてもいいんじゃないのか?」

 

「ここまで言われる程にギリギリな成績をしている方が悪いんですよ」

 

「まぁ、三雲の言っている事にも一理ある……陽介、しれっと自分は関係無い顔をしているがお前もだぞ」

 

「わぁってるよ。だからこうして暗記してるんだろうが」

 

 しかし学生生活とボーダー隊員の両立は難しそうだ。

 そう考えると漫画に出てくる高校生系の一部の主人公達は成績を維持する事がよく出来ている……ホントに、私だったら成績落とすんじゃないだろうか。学校行きながら世界を守っていて好成績を維持しているボーダー隊員は素直にスゴい。頭の出来と努力が違うんだろうな。



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7話

 熊谷友子、17歳。ちょっと一般的な女子高生よりも背が高くて何処か中性的なところがあるが可愛らしい女子である。

 花も恥じらう乙女な年頃の彼女はボーダーに全ての青春は捧げた何処ぞの裏口入学の大学生の様なランク戦漬けの日々ではない。友人と楽しく出かけて過ごしたりもしているわけだ。そんな彼女も気になる男子は居るには居る。

 

「玲、辛くなったら直ぐに言いなさいよ」

 

「大丈夫よ、熊ちゃん。今日はなんだか調子がいいのよ」

 

 一旦それはさておき、ショッピングモールに足を運ぶ熊谷。

 ボーダー経由で知り合った友人こと那須玲と後輩である日浦茜と共に映画を見に出掛けたのだ。病弱な那須はちょっとでも運動したら寝込むので一応は注意を払っている。今日はなにかと調子が良さそうなのでなによりだ……まぁ、少しだけ愚痴を零すのならばオペレーターの小夜子が人混みは勘弁してくださいと来なかった事。引きこもりを外に出すのは骨が折れる。

 

「私、チケット買ってきますね」

 

 後輩である茜はチケットを買いに券売機に向かう。目当ての映画のチケットは事前に予約済みなので座席や上映時間を間違えると言ったミスはやらかしはしない。普通に券売機から出せばいいのだが今は夏休み真っ只中。映画を見にやって来ている人達で若干の列を成しており、そんな中に那須と一緒に立っていてなにかあったらいけないと近くの上映開始待ちで座るスペースで休憩を取る。

 

「そう言えば熊ちゃん、温泉旅行に行くのよね」

 

 今から見る映画の話で少しだけ盛り上がっていると、話題は数日後に控えた温泉旅行に変わる。

 彼女にとって少しだけ気になる相手である我らが主人公こと三雲昴が幹事の元で温泉旅行に行く事になった。

 

「小佐野1人だけなのもなんだし、頼まれたからね」

 

 あの日、あの時居たメンツで行こうと話題が上がったのだがまさかのヒカリがNGが出てしまった。

 引率してくれる大人が居るとはいえ学生の旅行なんてダメなんて言う過保護な保護者も居たもんだから仕方がないが、小佐野は普通に許可が出たのでこのままだと男女比が笑えない事になるのでどうかお願いしますと昴は頭を下げてきた。国近にも頭を下げていた。

 基本的にはアホしかいないメンツだったのと諏訪隊が同行しているので問題は無いだろうが、男女比的なのを気にしだすとやっぱりとなり、熊谷は何処か心配をした。

 

「ふふっ、熊ちゃんらしいわね」

 

「そう?」

 

「ええ……ゆっくりと羽を伸ばして来てね」

 

 ゆっくりと羽を伸ばして来てほしい。なにかと心配を掛けているところがあるのだから。那須は純粋に熊谷の事を思う。

 楽しめる旅行になるのかなと温泉旅行を思い浮かべるのだが、なんだかパッとしない。アウトドア派な女子だからだろう。

 

「それにしても今日は長蛇の列ね」

 

「戦隊ものの舞台挨拶の生配信をやってるみたいよ」

 

 夏休み効果もあってか中々茜が戻って来ない、那須を列に並ばせなくて良かったと思う。

 戦隊ものの上映と被っていた事を知るとふと熊谷は思い出す。知的で優しい風貌をしていた彼は意外と子供っぽいところがあり、特撮が大好きだと言う一面も知った。意外と中身は子供だったりする。

 

「ねぇ、君達2人で来てるの?」

 

 そんな彼の事を思い返していると面倒なのに遭遇してしまう。

 ニヤニヤとした自分達と同い年ぐらいの学生であり、ちょっと嫌な声を上げている。

 

「そうですけど、なにか?」

 

「この後、一緒にお茶でもしない」

 

 今時そんなものをやってくる人が珍しいと思える程の古臭いナンパをしてきた。

 自分達がどちらかと言えば可愛らしい容姿をしている事に一応の自覚はあるが、こういうのは相手しなくてもいいと思っている。

 

「すみません、友達と遊びに来ているのでいいです」

 

 那須もそういうのは相手にしない。折角のお出かけの日にこんなのを相手にして無駄にしたくないと脈無しの姿勢を示す。

 こういうところは強気だから私の友達は強いと熊谷は自分も相手をするつもりはないと言おうとするのだが、その前に男達が那須に近付く。

 

「そんな事を言わずにさ、ラインとかやってない?ID、交換しようよ」

 

「っ、やめてください」

 

「玲!」

 

 まずい、しまった。警戒心を高めていたつもりだったが、不意を突かれて那須の側に近付かれた。

 これが自分ならば最悪、セクハラをかましてくる実力派エリートの如く殴り飛ばしたり出来るのだが相手の狙いは自分ではなく那須だ。非力な彼女は物理的にナンパを押し退ける事が出来ない。

 

「あの、その人嫌がってるんだからやめてください」

 

 ちょっと騒ぎになるかもしれないけれど強く突っぱねる事を頭に過ぎっていると横槍が入る。

 メガネが特徴的な中性的な顔立ちをしている男の子が間に入ってきて、那須のナンパを止めに入る。

 

「んだぁ、お前コイツの彼女かなにかか?」

 

「違います」

 

 そこは嘘でもいいから彼女と言ってほしい。上手く誤魔化せるのにバカ正直に答えてしまった事に内心困り果てる。

 

「でも、この人嫌がってるじゃないですか」

 

 ナンパしている方が歳上で柄が悪そうだが、それでも間に入ってきたメガネの子は引こうとはしない。

 彼なりに助けに入っており、怯えることはせずにナンパしてきた男を睨み返すのだが、それがナンパをしてきた男の癪に障る様でキレられる。

 

「救いの王子様気取りか!調子に乗ってんじゃねえよ!!」

 

 ドンとメガネを突き押すナンパしてきた男。今までは口だけだったが手を出してきたのはまずい。

 こんな公共の場で喧嘩の様なものを繰り広げてしまえば今日の予定は全てパーに終わるどころの騒ぎじゃない。

 

「っ!」

 

「って、弱い」

 

 突き押されたメガネは尻餅をついてしまう。

 それだけ強い力で押したのかはたまたメガネが貧弱なのか不明だが、つい口に出してしまいその光景を見て頭が冷静になる。

 

「君もこんな弱いメガネに守られるなんて迷惑だよね〜」

 

「あ、あの」

 

「玲から離れて!」

 

「そう固いこと言わずにさ。玲って名前なんだね〜」

 

 大きな声でハッキリと叫んでみても無駄だった。グイグイと那須に迫ってくるナンパ野郎は最終的には我が物顔で那須の隣に座る。

 ここまでしつこいナンパをされるのははじめてだ。どうにかしないといけないけど、どうすればとまたまた焦る熊谷。

 

「嫌がる女性から連絡先を聞き出すなんて紳士的ではありませんよ」

 

「っ、三雲くん!」

 

 するとそこにやって来たのは気になる彼こと昴だった。

 なんでここに居るのかと聞きたいが、それよりも助けてと視線だけで訴えかける。その訴えは届いたのか何時もは堤さんの様に糸目の彼も片目をパチリと開けてコクリと頷く。

 

「那須さん、熊谷さん、今日はお出かけでこんなのを相手にするつもりは無い……ですよね?」

 

「あ、はい」

 

「だそうですので、さっさと何処かに行きなさい」

 

「さっきのメガネといい、次のメガネといいナイト気取りか──っ!」

 

「いいんですよ、そういうやり口でも」

 

「っ……」

 

 こう、上手いこと言ってくれるのかと思ったが思ったよりも雑な対応をする昴。

 当然の如くキレるナンパ野郎は突き押そうとするが昴はその腕を掴み、一歩奥へと詰め寄るとナンパ野郎は青い顔をする。それを見て熊谷がホッとするのだが、さっきまで聞き分けの悪かったナンパ野郎を力技一つで解決できるのだろうかと見ると、昴がナンパ野郎の金的を握っている事に気付く。何時でも潰せると言う脅しなのだろう。熊谷はついていないので気持ちは知らないが、アレは痛いという事は知っている。

 

「っち、しらけさせやがって」

 

「やれやれ……三門市、治安が悪すぎますね」

 

 逃げるかの様に去っていくナンパ野郎。こんなのがいる三門市は治安が悪いとウェットティッシュを取り出した昴は手を拭いた。

 

「こんな感じでどうですか、熊谷さん」

 

「えっと、ありがとう」

 

 とりあえずナンパを追い払ってくれた事にお礼を言う。

 バイクの運転免許合宿に行っているんじゃなかったか、いや、既に夏休みに突入して2週間は経過しているので免許は取れたのだろうと勝手に自己完結をする。

 

「お礼は私よりも身を挺して時間を稼いでくれた修の方に言ってください」

 

「修?」

 

 誰それ?と言わんばかりだが、昴の視線が別の方向に向けられてる事に気付きその先を見ると先程突き飛ばされたメガネの少年がいた。

 昴の登場でスッカリと忘れていたが、彼は善意で那須を助けようとしてくれた。彼が居なければもう少し大変な事になっていたのだろう。

 

「大丈夫?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

 心配をされる身の那須は修の事を心配するが、修は怪我はしていない。その事を知ると那須はホッとし、修を見つめる。

 

「助けてくれてありがとう。貴方が来てくれなかったらどうなってたか」

 

「そんな……兄さんがどうにかしたんで僕なんかはとても」

 

 自分が助けたことを一切威張らずに謙虚なメガネ……もとい修。

 最終的に兄である昴が良いところを持っていったので助けたかどうかすらも怪しい。

 

「怖くは無かったの?」

 

 謙虚な修を見て疑問に思う。

 

「怖い、ですか……少しだけありますけど、自分がそうすべきだと思ったので」

 

「そう」

 

 あくまでも自分がそうすべきだと思った事をしただけで、それが結果的に人助けになっただけだ。

 この子は心は強いんだなと修の本当の強さを実感する。

 

「三雲くん、なんでここに?」

 

「弟と一緒に今日舞台挨拶生配信の特撮を見に来ました……ああ、免許合宿は終わって明日に運転免許センターに行くつもりです」

 

「そう」

 

 特撮好きはネタじゃなくて本当だった。

 嬉しそうな顔でチケットを見せる彼は何処か子供っぽさを感じるが、どちらかと言えばこれが素なんだろう。

 

「修くんと……えっと」

 

「自己紹介がまだでしたね。私は三雲昴……熊谷さんとは学校が同じで出水くん達を経由して知り合った」

 

「そうなの……高校生なのね。熊ちゃんの担任って言われた方がまだ」

 

「その件に関しては触れないでください……っと、友達同士で遊びに来ているのを水指す訳にはいかない」

 

「別にそこまで気にしなくていいわよ」

 

 この場から去ろうとする昴だったが、熊谷は止める。

 さっきみたいな事がまたあったら困るし男避けの意味合いを兼ねてここに居てほしい。中々茜が帰ってこない。早く帰ってこいと思う反面、目の前に居る彼等と話していたいという気持ちがある。

 

「そうか……夏休みの宿題はもう終わりましたか?」

 

 夏休みに出会った友人にいきなり聞くのが夏休みの宿題に関して……学生だから仕方がないといえば仕方がないが、もう少し話題作りをしろメガネ(兄)。なにを見に来たとか聞いてくれないかと思いつつも半分以上は既に終わらせている事を教える。

 

「米屋くんは全く手を着けていないそうで……今年も泣き付かれたらどうなることやら」

 

「まぁ、米屋くんだし」

 

 アホで大体が終わるって強い。

 夏休みの宿題に関する話があっさりと終わると閉じている目をパチリと開いた。急に何事かと思えば視線の先には那須……ではなく弟の修がいる。

 

「ライダーとか戦隊の特撮が好きなの?」

 

「いえ、夏休みなんだから何処か出掛けないとって母さんに言われたら、兄さんが誘ってくれまして」

 

「そうなの」

 

 仲良く談笑している那須と修。

 綺麗な女子だからと変にテンションが上がってきたりしないし、歳下だし話しやすいのだろうと熊谷は見守るのだが昴は違う。

 

「オサ×ナス……いやいや、ダメだ」

 

 なんかいい感じの雰囲気を醸し出しているが、いかん、それはいかん。

 修には幼馴染みである千佳ちゃんと言う可愛らしい子が居るのだからとアホな事を昴は考えている。恋愛要素は掛け算しちゃうぞ。

 

「すみません、お待たせしました!って、あれ?」

 

 公式がなに押しなのか同人誌がなに押しなのかはさておいて、やっと茜が帰ってきた。

 やっとともうちょっとと相反する思いがある熊谷達だが茜は関係なく昴と修が居ることに可愛らしく首を傾げる。

 

「何かあったんですか?」

 

「ええ、ちょっと、でも大丈──ケホッ」

 

「っ、玲!?」

 

 ここに来て恐れていた事が起きてしまった。今日は体調が良い言っていた那須は軽く咳き込んだかと思えば深くゲホゲホとし出した。

 那須の親に連絡をして迎えに来てもらう事を考えて携帯にチラリと目を向ける熊谷。

 

「大丈夫ですか!」

 

「大、丈夫……ゲホッゲホ」

 

「玲、全然大丈夫じゃないじゃない!」

 

「今日、楽しみにしてたの……帰りたく、ない……」

 

 病弱な彼女にとって外へ出る機会はそんなに無い。

 今日を逃してしまえばもしかしたら二度とこんな日が来なくなるかもしれず、多少の無茶をしようとしている。

 

「……はぁ……まずは呼吸を整えてください」

 

 大きなため息を吐いた後に昴は那須の側により、那須の背中を擦る。

 

「通名賢氣、骨禎枸根、黄考建中……通名賢氣、骨禎枸根、黄考建中」

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……!」

 

「どうやら落ち着いたみたいですね」

 

 背中を擦り呼吸を整える事を手伝う昴。

 呼吸を整える事が出来たので背中から手を離して那須から一歩距離を取る。

 

「無理は禁物……なんて言い出したら、今すぐに帰らないといけませんよね。本当に危ない時は熊谷さんに言った方がいいですよ」

 

「はい……でも、もう大丈夫よ。なんだかさっきより体が軽くなってるわ」

 

「そうですか……では、今度こそ私達はここで。修、行くぞ」

 

「あ、うん。失礼します」

 

 礼儀正しい2人はペコリと一礼をした後にフードの売店に向かっていく。

 

「玲、本当に大丈夫なのよね?」

 

 ついさっきまで無茶をしようとしていたので、気の抜けない熊谷。

 しかし那須は本当に体調が良くなっている……これならば問題無く映画を見る事が出来そうだ。

 

「ねぇ、兄さん」

 

「なんだ?」

 

「……使ったの?」

 

 那須の体調が急に良くなった原因に関して心当たりがあった。

 背中を擦っている時に呪文の詠唱の様な事を兄はしており、修の耳にはしっかりと聞こえていた。兄がバカな事をやった末に手に入れた力の1つを行使した。

 

「たまには人助けをしておかないと……私がそうしたいと思ったからそうしたまでだ」

 

 不思議な力を使うのは危険な事なのだが、昴は今回躊躇いなく使った。

 このまま那須玲が熊谷達と映画を見に行けなくなるのは偲びないと思ったが故の行動……結構危険な橋を渡っている。

 

「それよりもチケットを買ってくるから少し待っててと言っただけなのに騒ぎに首を突っ込んで」

 

「あ、あれは大変そうだったから」

 

「……似た者同士と言うことで今日は手を打とうじゃないか」

 

 どっちも困っているから那須玲を助けに入った。ただそれだけであり、どっちも危険な橋を渡っている。

 兄弟だから変なところで似たとだけでこの話は終わる。いや、無理矢理に終わらせる。

 

「ところで修はああいう感じの女性が好みなのか」

 

「い、いきなりなにを言い出すんだよ!」

 

「いや、なんかいい感じの展開になってたから」

 

 あっという間に女性との交友関係を築き上げる。これこそがコミュニティが広くなりまくる主人公の為せる技である。

 修×那須はいい文明なのか、悪い文明なのか……弟がハーレム築き上げるのもありと思ってる兄である。

 

「そ、そういう兄さんこそどうなの?」

 

「いや、熊谷さんはともかく他は初対面だからどうと言われても」

 

 兄に対してカウンターを入れに行くものの見事に撃沈する。

 この兄が巨乳好きなのはヒッソリと知っているので、今更掘り下げる事は特にはしない。

 

「恋愛話よりもアクション、特撮に目を向けよう……入場特典はくれ」

 

 兄弟仲良くライダーと戦隊モノの映画を見に行き、那須達も目当ての映画を見に行った。

 しかし上映が終わる時間が被らなかったのでこの後会うことはない……昴は映画館を出て真っ先にトイ■らスを目指した。映画専用のロボとか形態はロマン溢れる。




修×那須ってありだと思わないかね……思わない?


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8話

「ふぅ、暑い」

 

 地球温暖化がどうのこうので年々気温が上昇していく日本の夏は特に暑い。今日も今日とて快晴で直射日光が私の肌を全力で焼きにきている。いや、本当に暑い……暫くすれば物凄く寒くなるのだから日本の1年は時折嫌になる。

 

「待ち合わせの45分前に到着……そして誰もいないか」

 

 私は懐中時計で時間を確認する。今日は前になんだかんだと言って決まった旅行に行く日だ。

 事前に色々と打ち合わせをしており、待ち合わせ場所に予定の時間よりも早く到着した……予定通りだ。今回はバスを使っての移動となり遅刻をしたら容赦無く見捨てる方針である。私は一番最初にやって来た。

 

「三雲昴、チェックと」

 

 引率してくれる人がいるとはいえ、引率のお兄さん的なポジションは崩さない。

 タブレット端末を取り出して今回旅行に参加してくれる人のチェックを行う。

 

「よぉ、お前が三雲か」

 

 最初に誰が来るのだろうと思っていると金髪のちょっと柄悪そう人が現れる。

 小佐野が所属している諏訪隊の隊長である諏訪であり、ボーダーの正隊員の中でも年長者である。

 

「はじめまして……で、いいのですかね。三雲昴です」

 

「おぅ……小佐野と同い年、だよな?」

 

「ハハ……大人っぽく見えるとよく言われますので」

 

 見た目が黒髪の沖矢昴なの、ホントに謎だ。

 諏訪さんとの合流に成功したので諏訪さんの欄にチェックを入れる。

 

「ありがとうございます。引率を引き受けていただいて」

 

「あぁ、別に部隊(チーム)でどっか行くか考えてたから丁度いいところに話が舞い込んで来たから気にすんな。逆に聞くけど、一人頭あの料金でバス付きって大丈夫なのか?」

 

 今回の旅行代金がかなり安いことを心配している諏訪さん。

 

「大丈夫ですよ。知り合いの旅館なので格安にして貰っててあの料金です」

 

 持つべきものは友ならぬ悪の組織とのコネである。バス付きまでもぎ取れたのは気前がいい……と思いたいが、あの組織裏がありそうだから怖い。それは置いておいて諏訪さんかなり早くに来てるな……引率者としての自覚があるから早く来てくれたのだろうか。

 

「ビールはちゃんと出るんだろうな」

 

「ええ、その分はサービスさせて頂きましたので。なんだったらバーボンでも出しましょうか」

 

「いや、洋物よりもビールだ……温泉上がりにこうグイッと行きてえ」

 

「そうですか……諏訪さんが最年長だからって無理に気負わなくてもいいですよ」

 

「お前の方こそ無理すんなよ」

 

「無理、ですか……まぁ、ゆっくりと羽を伸ばしますよ」

 

 米屋達を引き連れていくのを無理していると思われてるのだろうか。

 いや、それとも昔母さんに「無理に良い子になろうとしなくてもいいのよ」と言われた時の様に私の面倒臭い昔を見抜いているのか……私はこういう生き方しか出来ない人間だから、こうなっているんだ。

 

「諏訪さん、早いですね」

 

 適当に時間を過ごしていると30分前に糸目の男性で諏訪隊の一人である堤さんがやって来る。

 

「お前も大分早いだろう」

 

「高校生組よりは早く来ておかないと」

 

「お〜まぁ、そうだな」

 

 チラリと私の事を見てくる諏訪さん。私が集合時間より45分以上も前に来ている事に対してなにか言いたげだが、なにも言わない。

 取り敢えず堤さんが来たので堤さんの欄にチェックをし、軽く挨拶をこなす。

 

「温泉旅館に旅行だなんて、ちょっと刺激が足りませんかもしれませんが楽しんでください」

 

「そんな、温泉旅行も中々に楽しい……もう少し、時期が遅かったらオレもイケてたんですけど」

 

「盆とか正月での宅飲みは見逃してやるが、こういう場じゃするんじゃねえ」

 

 この人も酒好き……公式ファンブックでも日本酒好きと書かれてたな。

 私も何回かバーボンのストレートを飲んでいるので未成年の飲酒についてはなにも言えない。

 

「今日は全部で何人が来るんだい?」

 

「諏訪さん、堤さん、小佐野さん、笹森くん、米屋くん、出水くん、三輪くん、国近さん、熊谷さん、私の合計10名です」

 

 仁礼が来れなくなったことは予想外で、あのままだと男女比が悪くなって旅行が気まずくなるので国近さんにSOS。

 太刀川さんも温泉旅行に行きたそうな目をしていたが引率しないといけない的なのを話すとそそくさと去っていったのは笑い話だ。年長者が羽を伸ばせる温泉旅行だと思ったら大間違い……でも、引率するの諏訪さんと私だからな。

 

「三輪くんも来てるのかい!?」

 

 意外な人物の名前が上がったことに堤さんは驚く。そして私も若干驚いている。

 あの時、あの場所にいたメンツで行くことが話の流れ的に決まっていたのだが断ってくると思っていた。

 

「米屋くんが三輪くんには休みが必要なんだと言いましてね」

 

 普段からなにかと苦労を掛けていたりする三輪に羽を伸ばしてほしいとのこと。

 本人的には断るつもりだったが周りに後押しをされて今回行くことが決まった……三輪隊様々だな。

 

「やっほ〜すわさん、つつみん」

 

「おはようございまーす」

 

 三輪に関して話していると小佐野と後輩の笹森がやって来る。

 諏訪隊の面々、来るのが早すぎないだろうか。まだ25分前……時間にしっかりとしているな。

 

「三雲先輩、温泉旅行ありがとうございます」

 

「そんな頭を下げなくてもいいですよ……なんか何時の間にかこんな風になっちゃったんで」

 

 温泉旅館に日帰り旅行しに行く事について逆に疲れるんじゃないかと言い、小佐野が勝手に話を進めた。

 私がやったのは幹事の様なものであり旅行に招待した覚えはない……諏訪隊の面々で行きたいと言い出したのは小佐野で私は無関係だ。

 

「それよりも温泉旅行なんかで良かったのかい?」

 

「いえ、温泉も楽しいです」

 

 それはなにより。日頃ボーダー隊員として頑張っている彼には温泉旅行で羽を伸ばしていってほしい。

 私への挨拶を終えて更に10分ほど待ち本来の集合時間まで残り15分を切った頃に熊谷がやって来る。

 

「おはよう」

 

「ええ、おはようございます。あの後はどうでしたか?」

 

「あの後、何事も無かったわよ」

 

「ん、なになに?どしたの?」

 

 内養功的なのを那須に施した。私の見立てと腕が鈍っていなければ8時間ぐらい肉体が活性化している。

 なにかTo LOVEる的なのが起きていないかと心配したがそんな事はなかった。

 

「数日前に映画館で遭遇したんですよ」

 

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

「ええ……まさか休みの日に遭遇するとは思いませんでした」

 

 完全にプライベートな時間で友人と鉢合わせをするのは非常に気まずかったりする。

 休みの日に遭遇してた事を知ると小佐野は私の事をジッと見てくる……なんだろうか。なにか言いたい事があるのならばハッキリと言ってほしい。私、人の気持ちとか分からなかったりするし鈍感だったりするんだよ。修が那須と仲良くしてるだけでオサ×ナスを考えるアホなんだよ。

 

「三雲くん、休みの日とかなにやってるの?」

 

「……筋トレ?」

 

 最近なにやってるかって言えば筋トレで、失った勘を取り戻す為に裏山までひた走ったりしている。

 弟子志願してきていた黒江は私の勉強攻撃を乗り越えてきやがった。2ヶ月に1回は相撲の真似事をしようとしておりランク戦を必死になってやっている……私に弟子入りなんてするよりも他にもっと良い奴が居るだろうとは言ったのに貴方に教わりたいんですとまで言ってくる。

 

「筋肉、触ってみてもいい」

 

「腕の筋肉でしたらどうぞ」

 

「んっ」

 

 胸筋とか触ってみるとかは言ってみない。

 引き締まった細腕に小佐野は触れると強めに揉んでくる……筋肉は見せることで時には輝く。

 

「おいーっすって、オレ達が最後かよ」

 

「全員はええな、まだ5分以上前だぞ」

 

 筋肉を触らせていると米屋と三輪、出水と国近さんの合計4名がやって来る。

 

「やぁやぁ、皆の衆。待たせたみたいだね」

 

「国近さん、おはようございます……予定の時間より早く来ていますので遅刻とかそんなのはないですよ」

 

 懐中時計を開いて、時刻を確認する。待ったと言ってもそんなに待っていない、精々30分程度だ。

 

「そっか……ところで三雲くん、今回行く温泉旅館にゲーセンはあるかな。こうレトロなの」

 

「ええ、ありますよ」

 

 国近さんはゲームが大好きな高校生(バカ)どんなゲームコーナーがあるのか期待に胸を膨らませる。

 あそこのゲーセンは中々だよ。テーブルに座るインベーダーとか脱衣麻雀のゲームがある……脱衣麻雀、昭和のやつだからちょっと画質が荒いけどもエロい。宇宙ネコに頼んで全クリしてもらった時は凄く興奮した。

 

「三輪くん、お疲れさまです」

 

 脱衣麻雀の事をこのままだとポロッと溢しそうなので今度は三輪に挨拶をする。おはようございますではなくお疲れ様ですと言うところがミソである。

 

「三雲か……何時頃からここに」

 

「ほんのちょっと前ですよ……どうかしましたか?」

 

「いや……少しな」

 

「もしかしてこの温泉旅行、嫌でしたか?」

 

「そうじゃない」

 

「ふむ……肩の力を抜く時を覚えておかないとオーバーヒートしてしまいますよ」

 

 三輪は多分、困っているのだろう。

 この旅行に半分乗り気じゃないところもあるが周りが息抜きをしてほしいと言ってきている。今のボーダーが出来て直ぐにボーダーに入隊した彼にとって学生生活とボーダー隊員との両立は完璧に出来ているので本人なりにリラックス出来たりしているんだろう。

 

「私も昔はそうでした……色々とやってオーバーワークと言いますか、効率が悪かったと言いますか」

 

 テストで100点を取らなければならないというプレッシャーに押し潰されてしまって、ホントに辛かった。

 肩の力を抜けば良かったと前世に対して少しばかりの後悔はしているが、前世は前世でクソだったので転生に後悔は無い。

 

「今日と明日は無礼講と行こうじゃありませんか」

 

「三雲……そうだな。旅行前に色々と余計な事を考えていた、すまない」

 

「ハハハ……まぁ、それはお互い様と言うことで」

 

「おい、あれオレ達の乗るバスじゃねえのか」

 

 三輪の肩の力を抜かせるとマイクロバスがやって来た。

 懐中時計で時間を確認すると待ち合わせの時間ピッタシにやって来た……誰一人遅刻する事なく集合する事が出来てよかった。万が一が恐ろしいからな。

 

「おう、ちょっと出発するの待っててくれ。行く前の一服するから」

 

 バスに乗れば吸うことが出来なくなるので今ここでニコチンを摂取しようとする諏訪さん。

 路上喫煙して良かったっけと思ったが携帯用の灰皿を持ってるし、風下にさえ居なければ煙は吸わないので移動する。

 

「バスに乗る前の最終点呼をしますね。小佐野さん」

 

「はーい」

 

 諏訪さんを置いてバスに乗るのもどうかと思うので最後の確認をしておく。

 目の前に全員が居るのでしなくてもいいことだが荷物の忘れ物とかないよな……うん、ないな。お金も着替えも用意してるし、温泉旅館には私に合うサイズの浴衣も置いてある。念の為の常備薬はある……大丈夫だ。

 

「お前、引率しようとしてるな」

 

「ええ、まぁ、ここまで来たのならば……諏訪さんがやりたかったですか?」

 

「いや、やってくれるならそれでありがてえよ」

 

 そうか、だったら最後までやらせてもらおう。

 バスに荷物を先に乗せていき、後から入った順で奥の座席に座らせる……男女比とかは気にしない。因みに私は一人席、体格が大きいので隣に誰かが居ると腕が当たったりする事がある……身長188cmって意外と大変なんだよ。

 

「三雲、七並べしようぜ!」

 

「おまっ、バスの中で出来るやつ言えよ!」

 

 バスの中だからなのかやけにテンションが高い米屋と出水。

 この二人を席隣同士にしたのはミスったかもしれない。間に三輪を入れればよかった……帰りは座席を考えておこう。

 

「七並べはここでは出来ませんし、ここは定番のババ抜き、いえ、折角ですのでジジ抜きにしましょう」

 

 カードの束を受け取りオーバーハンドシャッフルとリフルシャッフルとファローシャッフルの3つを行う。

 見事な手捌きに米屋と出水は拍手を送るがこんなものは基本的にはなんの約にも立たない、マジのディーラーやマジシャンなら容易く出来る芸当だ。

 

「くそ、槍バカもそうだけど三雲の表情も全然読めねえ」

 

「ほらほら、ボーダー隊員なんでしょう。心理戦の1つや2つ、乗り切ってくださいよ」

 

 出水は私からカードを引くのだが引いたカードと対になるカードを手にしておらず項垂れる。

 ジジ抜きはどれがババなのか分からないババ抜きだが最初に捨てられた手札を見てなにが落ちていないかを計算することが出来る……まぁ、レインマンでもなんでもない私にはそんな計算は出来ない……しかし相手の生体エネルギー的なのを生身で感知する事は出来るのでそれを応用して相手の感情を読み取る……因みにだがこの技術は極めれば相手の頭の中を完璧に読み取ることが出来ると地獄で教わった。しかし私にはそこまでの才能が無いので頭の中を読み取ることは出来ない。諏訪部ボイスの転生者は出来るけど知りたくないからしたくないそうだ。

 

「ジジ抜きなんですから気軽に行きましょう……負けた奴、コーヒー牛乳奢りで。あ、揃いましたが」

 

「お前サラッと言うな……お、オレもそろった」

 

「くそ、こいつら全然表情変えやがらねえ。胡散臭い顔のままだ」

 

 失礼な事を言わないでいただきたい。目を見開いたらイケメン度が上がると言われてる、ってこれは堤さんも一緒だな。

 どれがジジなのか分からない上に相手がポーカーフェイス上手すぎてテンパる……戦闘じゃそんな感じの姿勢を見せないのに、まだまだ青いな。

 

「1上がり……ジョーカーになっているのは8ではなさそうです」

 

「おまっ、今言いやがるか!」

 

「嫌がらせする時はとことんやっておかないと……ああ、ヤバそうですね」

 

 テンパってる出水くん、ちょっとおもしろい。

 最終的には2がジジだった様で出水くんは見事にドボンする……コーヒー牛乳は頂いた。

 

「ジジ抜きじゃダメだ。次、大富豪しようぜ。スペ38切り革命だけありの。負けたら翌朝の飲み物を奢るで」

 

「おいおい、死ぬ気か?」

 

「いいでしょう。後々揉めるの厄介なので一回勝負で決めてやります」

 

 負けたのはルールではなく君の腕だと言うことを教えてやる。

 大富豪において仲間と結託する事はいいことであり、米屋と即席の連携を取って出水を嵌めて奢りを勝ち取る。出水は汚いぞと言うが勝負の世界ではそんな事を言う奴が弱いから悪いんだ。

 

「三雲くん、なに読んでんの?」

 

 出水を程良くからかえたので席に座って本を開く。

 こんな時に小説を読むのが珍しいのか小佐野はなにを読んでるのか聞いてくる。

 

「ソロモンの偽証の原作小説です」

 

「ソロモンの偽証って、お前結構ダークなのを読んでるな」

 

「有名なの?」

 

「実写映画化されてやがる」

 

 時系列で言えばまだ2013年なのだが何故か2013年以降の物もある謎の世界観。細かな事は気にしてはいけない。

 このソロモンの偽証、ヘビーなのだが引き込まれていく。

 

「お前、小説好きなのか?」

 

「いえいえ、実写映画を見て面白そうだから買っただけです。小説よりも特撮の方が好きです」

 

 そして特撮の小説もちゃんと購入している。

 何れは学研から発売されるスーパー戦隊に関する図鑑を納めるスペースも確保している……アレはホントに神である。

 

「んだ、大人みたいに振る舞おうとしてるけどガキっぽいところがあんだな」

 

 大人っぽくしているところに敏感な諏訪さん。

 私の意外な一面を見てそうかと笑ってくれる……いい歳こいても特撮好きはやめられない。

 

「なんかオススメの特撮とかあるか?」

 

「では、松坂■李主演の侍戦隊シンケンジャー。これは熱くて堪りませんし、小説も出ていて面白いサプライズが。仮面ライダーは定番の電王ですね。変わった特撮を見たいのならば超星戦艦セイザーXがオススメです……ああ、でも一番最初に見るのは敢えてオールスター系であるゴーカイジャーがいいかもしれません。あれを見て他の戦隊はどんな感じなのかを胸膨らませたり」

 

 ジオウがまだ放送されていない事が悔しい。

 スーパー戦隊もルパパトとか放送されていないのが悔しい。ルパパト、滅茶苦茶面白いんだよな。テン・ゴーカイジャーもあの少年が凄かったしな。

 

「お、おぅ……」

 

 おっといけない、引かせてしまった。

 こういう事があるから女性に冷めたとか言われるんだとグイグイ行くのをやめる。何事も辞め時が肝心だ。シンケンジャーと電王だけでもオススメする事が出来たのでそれでいい……オタクの布教は大事な行為だけども。

 

「っと、そろそろ着きますよ」

 

 バスに揺られる事1時間半。

 目的地である……黒の組織の日本の第三支部が地下にある温泉旅館に辿り着いた。



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9話

「結構デケえ旅館だな」

 

「ねぇ、今更なんだけどあの予算で大丈夫なわけ?」

 

「……まぁ、大丈夫じゃないんですか」

 

 黒の組織の日本第三支部が地下に潜んでいる旅館へと足を運んだ。

 言われた旅費からしてもう少しランクの低い宿かと思っていた熊谷はホントに大丈夫なのか心配をするが、まぁ、大丈夫だろう。

 

「ちょっと待っててくださいね。すみませ〜ん」

 

「おいこら、名義はオレなんだから勝手に行くんじゃねえよ」

 

 玄関の内側のところで待って貰い、旅館のフロントに向かう。

 名義は諏訪さんで登録しているので勝手にすんなと諏訪さんは後ろからついてくる。

 

「すみません、予約していた者ですけど」

 

「はい、お名前の方、よろしいでしょうか?」

 

「諏訪さん後は任せますね」

 

「ったく……諏訪で10名の予約してる」

 

「諏訪……ああ、慰安旅行のボーダー御一行様ですね。お待ちしておりました」

 

 ペコリと頭を下げてくる仲居さん……ん?

 

「免許証かなにかお持ちでしょうか」

 

「はいよ」

 

「あの、どういう名義で登録されてるんですか?」

 

「ボーダー御一行の慰安旅行ですが、なにか?」

 

「報連相何処でミスったんだ……」

 

 私を除く9名はボーダー隊員だけど、私はボーダー隊員じゃない。

 ボーダーとは全く関係の無いプライベートな旅行なのに何処で連絡を間違えたのかボーダーの旅行になってしまっている。

 

「女性陣が朱雀の間、男性陣が麒麟の間となっております」

 

「おう……鍵係は熊谷に頼むか」

 

 鍵を受け取るとそそくさとフロントを離れる私と諏訪さん。

 熊谷に女子部屋の鍵を渡して女子男子と別れる……と言っても同じ階の同じフロアにある部屋である。

 

「うぉ……デケえな」

 

 三輪、米屋、笹森、出水、私、諏訪さん、堤さんの合計7人が泊まる麒麟の間は広かった。

 座椅子が8つあるところから見て本来は8人部屋なんだろう……低予算で出来る限り良いコースをと頼んだけども滅茶苦茶良い部屋で明らかに採算が取れていない……コネの力は恐ろしいというわけだ。

 

「あ、しまった」

 

「出水くん、なにか忘れ物でもしましたか?」

 

「いや、集合写真的なのを撮るのを忘れたなって」

 

「別にいいじゃないですか。修学旅行じゃないですし観光地でもないです……私、写真が苦手なので写りたくありません」

 

「お前、それが本音だろう……だったら撮ってくれよ」

 

 カメラを向けられるのが生理的に嫌なので、写真は撮られたくない。

 修学旅行とかでも逃げたりするのだ……顔を知られると厄介な存在がボーダーにはいるし、でも、太刀川さんに宿に着いたと写真を撮りたいんだったら手伝うけども……あ、修に連絡を入れておかないと。

 

「うっし、館内を探検しようぜ!」

 

 荷物の整理を終えると米屋は鼻息を荒くしながら立ち上がる。

 

「ったく、若いな。ここはまず温泉に浸かる事が先だろう」

 

「米屋くんは私が見ておきますよ。諏訪さんはゆったりと温泉にでも浸かってください」

 

「おう、悪いな三雲」

 

「ホントに大丈夫かい?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 この温泉旅館には何度も来ているから、粗方の構造は知っている。

 三輪にもゆったりして貰いたいので任せてくれと言うと4人は部屋着を手にして温泉へと向かった。

 

「うーっし、じゃあ探検するか」

 

「その前に女子部屋覗きに行こうぜ」

 

「そうですね……熊谷さん達、ビビってなければいいんですけど」

 

 私達も部屋を出たのだが最初に向かったのは女子部屋だ。

 いきなり秘密の花園過ぎないかと思ったがこの行動力は大事なので勢いと旅館に来たと言うテンションで私も昂っている。やはりアレだな。一人の旅行もいいが、何名かでの旅行も悪くはないな。

 

「小佐野さん達、部屋はどうですか?」

 

「けっこーいい部屋かな」

 

「それは良かったです……米屋くん、出水くん、どうかしましたか?」

 

「いやほら、ここで入ったら間違えて着替え中だったとか言うイベントが起きないかって」

 

「あんたはなにを言っているのよ!」

 

 米屋、お前はラッキースケベキャラじゃないからそれは許されざる行為だ。

 

「着替えるのは温泉に入った後で、今はこの旅館を歩こうかなって思ってたところだよ」

 

 熊谷が顔を真っ赤にしながらツッコミを入れた後、自分達がどう行動するか教えてくれる国近さん。

 そっちも探検をするならば一緒にどうですかと気軽に誘うと乗ってきてくれる。

 

「……さてと……」

 

 糸目を完全に閉じ、周りの気配を感じ取る。生体エネルギー的なのも感じ取る。

 何かの手違いでボーダー御一行の慰安旅行になっていたのでもしかするとと言う可能性が浮上している。黒の組織、普通に日本で実弾入りの拳銃持ってくる非合法な事をしてるからボーダー狙いに行ってないだろうな……流石にそれは困る。

 監視的なのをしていないかと探知をしてみた結果、そういう事を行っている輩はいないのが分かった……となれば普通にミスか。

 

「ん?こっちにも温泉があるぜ」

 

「ああ、そこは職員用の露天風呂ですよ」

 

 旅館内を探検していると温泉に辿り着くが案内図に書かれていた場所とは違うことに首を傾げる出水。

 黒の組織の職員とかが入ることが出来る男子風呂がそこに存在しており、上手い具合に誤魔化そうとする。

 

「ふ〜一仕事終えた後の風呂は格別だな〜」

 

「ほら、職員が出てき──あ……」

 

「三雲?三雲じゃねえか!」

 

 ヤバいのに遭遇しちまった。職員用の露天風呂(男性)から出てきた人が普通に知り合いだった。

 私の顔を見て一瞬だけ固まるものの直ぐに私だと分かり声を上げるのでそそくさと近付く。

 

「今完全にプライベートでやって来てるんで勘弁してください」

 

 今回は完全にプライベートとしてこの温泉旅館にやってきた。黒の組織になにか依頼とかしに来たわけじゃない。

 出来れば他人のフリをしていたかったけれどもモロにピンポイントで名指しをされてしまった以上は上手く誤魔化すしかない。

 

「んだよ、遂にうちにアルバイトと思ったじゃねえか」

 

「シュバインさんから最低でもBクラスからスタート出来ると言われてるのでそれはありません」

 

「三雲くん、その人知り合いなの?」

 

「ええまぁ……私が今回この旅館を格安で泊まれたのもこの人のおかげです」

 

「おまっ、なに言ってるんだ」

 

「黙っててください、バスジャック犯」

 

 忘れもしないぞ、テメエが修に銃口向けたことは。

 アキラの金的をバレない様に掴み軽く恐喝をしておく……ホント、忘れはしない。

 

「そうなんだ……ありがとうございます」

 

「お、おぅ……楽しんでいけよ」

 

 私のコネはこの人にありかと勘違いしてくれた小佐野は頭を下げてお礼を言う。

 急なお礼で上手く対応出きなさそうな感じだったが曲がりなりにも世界を裏で牛耳る黒の組織の一員、アドリブにはそれなりに強い。

 

「後で宇宙ネコに話があると伝えておいてください」

 

「っ、分かったよ……ったく、相変わらず可愛くねえクソガキだな」

 

「それはお互い様ということで」

 

 米屋達が他の場所を探検しに歩き出したのでコッソリと耳打ちをする。

 今回の一件について特別参謀である宇宙ネコから色々と聞き出しておかなければ……ボーダーの一員だと思われたら困る。あくまでも第三者、一般人的な立ち位置が大事なんだよ。

 

「わぁ!昭和のレトロ感満載だ!」

 

 場所は変わり、ゲームコーナーに立ち寄った。

 ゲームが大好きな国近さんは昔懐かしのアーケードゲームに目を輝かせている……この手のゲーセンって激減してきてるから仕方ないか。

 

「出水くん、米屋くん」

 

「ん、どうした?」

 

「このゲームコーナーには実は面白い物がありまして……」

 

「面白いって、普通にマリオカートとかあるだけでも充分だけど……なにがあるんだ?」

 

「脱衣麻雀のアーケードゲームが一番奥にあるんです」

 

「なん、だと……」

 

 ノリが良いね、出水くん。

 それはさておき脱衣麻雀のゲームがあることを知ると顔付きが変わる。

 

「二次元でなく三次元の女性がマジで脱ぐやつがあるんですよ」

 

「おいおい、マジかよ。大丈夫か、この旅館」

 

「……過去に知り合いに完全攻略して貰いましたが、スゴかったですよ」

 

 近年のエロサイトとは全く方向性の違うエロさを感じ取ることが出来る脱衣麻雀。

 ゴクリと息を飲み込む出水くんと米屋くんの視線の先には女性陣がいる。あのメンツに脱衣麻雀で遊んでる事がバレると厄介だろう。

 

「私は既に経験済みだ……行ってきてください」

 

「おぉ、今日ほど三雲が居てくれて良かったと思う日はねえな……麻雀やったことねえけど」

 

「弾バカ自信を持て。国近先輩達と隊室でゲームをやりまくっていたお前なら行ける!相手は昭和のレトロゲームなんだぞ」

 

 昭和のレトロなゲームだからこそ修正の効かない鬼の難易度だったりする事もあるんだが……まぁ、いいか。

 出水と米屋はそそくさと脱衣麻雀が出来るゲームコーナーの一番奥に進んでいく……。

 

「米屋くん達は脱衣麻雀に、小佐野さん達はアーケードゲームに夢中ですよ」

 

「そうみたいですね」

 

 私の周りから人が離れていった。それを機に気配を探知してみると背後の壁に猫の目の様な模様が浮かび上がってきた。

 スーパー宇宙ネコ……リリエンタールのラクガキから生まれた生物であり、米屋が会いたいとかどうとか。リリエンタールファンらしい。

 

「宇宙ネコ、どうしてボーダーの慰安旅行になっている」

 

 宇宙ネコに今回の一件について問いかける。

 私はボーダー隊員じゃなく、夏休みを利用しての休暇みたいなものだ。ボーダー主催じゃなく私主催の旅行なのだ……ボーダーに知られると後々面倒臭い事になるんだよ。

 

「それに関してはすみません。ボーダーの子達と慰安旅行みたいなものだと声が聞こえたので」

 

「む……確かにそんな会話をしていた。50・50(フィフティーフィフティー)でどちらも悪いと言ったところですか」

 

「いえ、間違えたのは私なので70・30です」

 

「そうか……ところで黒の組織は監視なんかをしていないだろうね?」

 

 ボーダーの慰安旅行と言うことにはなっているので狙い時だろう。

 トリガーは家に置いていっているが貴重な情報を持っている隊員も何名かいる。

 

「ボーダーには謎が多いのは事実ですが……ボーダー隊員がどんな感じの子供なのかは調べておりますが」

 

「やれやれ……彼等はボーダー関係以外は叩いても残念な面しか出てきませんよ」

 

「それを見極めるのは私の仕事ではありません。こればかりは上からの命令です。私自身、気になるところが無いと言えば嘘になりますが」

 

「ふぅ……実力行使に走ったのならば容赦はしない」

 

 彼等はあくまでも私の友人なんだ。変な事をしてきたら許しはしない。

 これでも彼等と過ごす日々は悪くはないどころか楽しいとまで思っているんだから。友達を守るのは友達の義務だ……向こうがどう思ってくれてるかは知らないが。

 宇宙ネコから慰安旅行の件に関する謝罪を聞いたのでアーケードゲームで遊んでいる女性陣の元に向かう。

 

「お、いいところに来たね……株取引がはじまるのって1月の何日かわかる?」

 

「また随分とマニアックなのをやってますね。4日です」

 

 クイズゲームをやっている国近さん。

 100円玉が積み上がっていてゲームにかける本気具合がよく伝わる。

 

「お〜当たった。流石三雲くん、賢い」

 

「賢くない人がクイズゲームに挑むのはどうかと、せめて落ちゲーにしましょうよ」

 

「え〜もう500円も突っ込んだんだからここまで来たら天下統一しないと」

 

 大丈夫?課金の沼的なのに嵌っていない?下手な学生よりは稼いでいるボーダー隊員なので金による力はそれ相応に持っている。

 連続コンティニューと言う無茶も多少は出来る……アーケードゲームだから、その場の雰囲気的なのあるんだろうな。

 

「そういえば、出水くん達は何処に?」

 

「奥の方で麻雀のゲームをやっています……ルール知らないって言ってたので苦戦してるでしょうね」

 

「ふ〜ん……じゃ、私、助っ人に行ってくる」

 

「……え!?」

 

「こう見えて、麻雀得意だよ」

 

 あ、やばい。選択肢をミスしてしまった。

 小佐野は米屋達の声が聞こえる場所に向かっていく……追い掛けよう。

 

「熊谷さん、国近さんは任せました」

 

「え、ちょっと……私もそんなにクイズが得意じゃないんだけど」

 

「三雲くん、私の方が1個先輩だよ〜っと、行っちゃったね」

 

 生身の運動神経ならば誰にも負けるつもりはない。

 そそくさと周りに迷惑を掛けない速度で米屋達が居るであろう脱衣麻雀のアーケードに先回りをする事に成功した。

 

「クソ、ツモとかロンとか訳わかんねえ!」

 

「太刀川さんが言うには役を揃えればいいらしいぜ」

 

「二人共、マズイですよ!」

 

「三雲!これ昭和のゲームだと思ってナメて掛かったけど滅茶苦茶難しいぞ」

 

「最新のゲームよりレトロゲームの方が難しい、じゃない。大変です」

 

「なにが大変なの?」

 

 あ、くそ、間に合わなかった。

 例えどれだけ早くても脱衣麻雀までの距離はそこまでなので先回りをしても意味はそんなに無かった。

 

「よ、よぅ……」

 

「麻雀やってるんでしょ……任せなさい」

 

「い、いや、自分達の力でやりたいんだ。なぁ、槍バカ」

 

「あ、ああそうだな!他人の力を借りてまでクリアしたゲームは面白くない!」

 

 椅子からバッと立ち上がり脱衣麻雀の画面を隠す出水と米屋。

 上手い具合に誤魔化そうとしているが……それは悪手であった。

 

「じゃあ、アドバイス送ろっか?麻雀って初心者が役を覚えるの難しいし」

 

 小佐野の優しさがスケベ心を持った少年達には痛い。

 ヤバいと修並の冷や汗をかいている米屋と出水。手を止める事はここにおいて死であり、脱衣麻雀で遊んでいると言うのがバレるのも死である。

 

「小佐野さん、よろしければ私に麻雀を教えていただけませんか?」

 

 脱衣麻雀を勧めたのは私、故に私が責任を取らなければならない。

 割とマジで麻雀のルールは知らないので近くの普通の麻雀ゲームの筐体に財布を置いて胡散臭さ溢れる顔を向ける。

 

「もー仕方ないな」

 

「お願いします、小佐野先生」

 

「うむ、素直でよろしい」

 

 取り敢えずは誤魔化すことが出来た。

 米屋と出水はありがとうと言いたげな顔で両手を神に祈るかの如く合わせてる……後で諏訪さんか堤さん連れてこようとか考えるんじゃないぞ。

 

「じゃあ、役の説明をするね」

 

「なぁ……あれ近くねえか?」

 

「んだ、気付いてねえのか?」

 

 麻雀牌について色々と教えてくれる小佐野。

 気の所為か私に近付いてきている。出水と米屋もその事に関して気付いている。これが温泉上がりとかならば童貞の私には耐えられなかったかもしれない……小佐野は可愛い。この後、米屋と出水は上手い具合に脱衣麻雀で敗北してその場をそそくさと去っていき一番のイベントである温泉に入りに行く。

 

「あ〜やっぱでっけー風呂はいいな」

 

「そうですね……生き返るどころか魂抜けちゃいそうです」

 

 色々とあったけども温泉旅館にやって来て良かったと思う。

 温泉の中に入りゆったりとする私と出水。家では味わえない感覚があるから温泉はいい。

 

「どっかに女湯覗く隙間はねえか」

 

「お前、さっきので懲りろよ」

 

 温泉の向こうの桃源郷かはたまた秘密の花園の覗き口を探そうとしている米屋。

 さっきの脱衣麻雀の一件で懲りたのか出水は乗り気じゃない。

 

「おいおい……あのメンツで覗くなはねえだろう。食わぬは恥って言うだろう」

 

「米屋くん、意味分かって言ってますか?それ向こうの同意があってこその言葉ですよ」

 

 難しい言葉を並べてもバカなので使い所が間違っている。

 必死になって竹の柵に隙間は無いのか探しているがそんな物はない……。

 

「因みに出水くんはあの3人だと誰が見たいですか?」

 

「ファア!?おまっ、急になにを言い出すんだ!」

 

「覗きは出来ませんが猥談の1つでもしておかないと……ボーダーって顔面偏差値高いですよね」

 

 三輪とか引率のお兄さんである諏訪さんとかが居ない今の内にしか猥談は出来ない。

 あの3人の中で誰の裸体を覗きたいのか、3人とも女性として滅茶苦茶レベルが高いから悩みどころ。

 

「ば、バカ野郎。そういうのはまだ早いって言うかなんつーか」

 

「ハッハー、さては出水くん童貞ですね」

 

「ど、童貞じゃねえしって、お前も童貞だろう!」

 

「ええ、童貞ですとも……だからこそ飢えてるところもあります、モテたいとは言いませんよ。でも、美人の彼女はほしいとは思っているんです」

 

「お前って奴はセコいな」

 

 なんとでも言ってくれ。私は青春を謳歌したいんだよ。

 受験でキッツキツだった前世を完璧に無かったことにしておきたいんだ。忘れたいんだよ、あの窮屈な生活を。

 

「3人の中で誰が見たいって言われてもな、悩みどころだ」

 

「熊谷さんも国近さんも小佐野さんもスタイルいいですからね……熊谷さんだけレベルは違いますけど」

 

「あ〜那須の影に隠れててあんまパッとしないところがあるけどモテないわけじゃないからな……女子から」

 

「それ本人の前で言うのはやめておいた方がいいですよ……百合厨が鬱陶しいので……!」

 

「なぁ、三雲、どっかに覗き穴ねえかってヤベ、他の客だ」

 

 私達3人だけの貸し切り状態だったが、他のお客が入ってきた。いや、客と言ってはいけないだろう。

 

「やぁ、久しぶりだね三雲くん」

 

「シュバインさん、ここは職員専用の風呂じゃないですよ」

 

 ここの旅館の地下にある黒の組織の偉い人ことシュバインさんがやってきた。

 宇宙ネコからやってくるとは一言も聞いていない……あまりにも突然の来訪に身構えてしまう。

 

「すまなかった」

 

「……」

 

「間違えてボーダーの慰安旅行としてしまったのは私のミスだ。その事について一言詫びを入れたくてね」

 

「なんだ三雲、このおっさんとも知り合いなのか?」

 

「俺はシュバイン。この旅館の系列グループのおエラいさんだと思ってくれてもいい……三雲くんの友達か。この温泉は疲労回復効果もあるから存分に癒やしてくれ」

 

 出水に挨拶をするシュバインさんに内心冷や汗をかく。

 黒の組織の幹部が出てきてしまったのはホントに予想外で、なにか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「シュバインさん、なんでこっちに居るんですか……」

 

「なに、君が来ていると聞いたからね。ついでにボーダーの隊員がどんな感じなのかを見に来たんだ」

 

「今日はボーダーとか関係無い完全なプライベートでトリガー持ってないですよ」

 

「ああ、それは分かっている。私が見たいのはボーダー隊員としての姿じゃなく一学生としての姿だ」

 

「それ見る価値ありますか?」

 

 米屋とかボーダー関係じゃないと頼りにならないところとかある。

 ボーダーではスゴいけどボーダー以外ではそんなに凄くないと言う隊員も多々あり、国近さんとか太刀川さんなんかがいい一例だろう。

 

「テレビの画面越しじゃ見れない素顔と言うものは意外と大事なんだよ」

 

「ふぅ……彼等は私の友人です。バカな事はしないでください」

 

「そんな事はしない……君と喧嘩をするのは得策じゃない」

 

 それを分かっているのならこんな大胆な事はしないでほしい。

 出水達の方を見てみると米屋が相変わらず女湯を覗こうと必死になっている……ここの女湯を覗くのは難しいぞ。

 

「女湯を覗きたいならトリガーで換装する位の事はしないといけない」

 

「シュバインさん!?」

 

 この旅館の責任者みたいなところがあるってのに覗きを一切止めない。

 いやまぁ、私も止めようとはしないどころか猥談しちゃったりしているけども。

 

「おっさん、流石にトリガーは反則だろう」

 

「ところがそうはいかないんだ。当旅館には神堂グループがスポンサーとしてついていてね、セキュリティが尋常でなくそれこそ女湯を覗ける者はFBIやMI6、CIA、公安委員会と言った組織の人間ぐらいで普通の高校生には荷が重すぎる……まぁ、彼は成功したけど」

 

 チラリと私の方を見てくるシュバインさん。なにを隠そう、私はこの旅館の女湯を覗く事に成功している。

 風呂に入っていたのが母さんだけだという虚しい結果に終わってしまっているのだが、そのせいかシュバインさんに黒の組織に所属しないかと何回か誘われてる。Bクラスのエリートから始めることが出来るが非合法な仕事はしたくないし、学生生活を満喫したいので断ってる。

 

「嘘だろ、お前そんな事が出来たのかよ」

 

「おや、知らないのか?彼は過去に海外留学しないかと言われたり日本の公安委員会がスカウトに来たり色々と優秀なんだよ」

 

「優秀じゃありません。何事も人並みに出来る程度です」

 

 世の中上には上が存在する。

 転生者になる前もなった後もその事について嫌になるほど感じており、人より出来るかもしれないけど世の中には更に上がいる事で絶望している。日野のお兄さんやてつこが良い一例だ。あの二人ホントにチート過ぎるよ。

 

「飛び級なんてしても人生つまらないですし、やっと手に入れた人並みの幸せは手放したくはありません」

 

「君程に優秀な逸材が普通の人であろうとするのは勿体ないな……君を獲得した神堂が羨ましいよ」

 

「褒めてもなにも出ませんよ」

 

 私が彼処で働いているのは金払いがいいからで、そこまで情の様な物が湧いているわけじゃない。

 さくらも私もなんか変な形でスカウトされたからな……。

 

「お前、スゴい奴だったんだな」

 

「私なんてそこまでですよ」

 

「またまたご謙遜を……で、どうやったら女湯覗けるんだ」

 

「米屋くん……熊谷さん達はもう温泉から出ていますよ」

 

 グダグダと私達が長風呂をしている間に温泉を出ている3名。

 壁の向こうの女湯から気配は感じない……完全に0人になっているな。

 

「ここは部屋着美人を見て満足しましょう」

 

「お前、ホントそういうとこ汚いよな」

 

 出水、大人になるにつれ人は皆汚くなるものだよ。

 シュバインさんに頭を下げた後、温泉から出ていった。

 

「彼が動き出すのは何時かの日に起きるであろう二度目の大規模侵攻……いや、家族を守る為の戦いか。どちらにせよ良い人材であるには変わりないか」

 

 この後は普通に熊谷と卓球をやったりし、いい汗をかいた後に宴会部屋で豪華な食事をいただく。

 堤さんや笹森が採算が取れていないことに何度も疑問を持つのだが、そこはコネの力とゴリ押ししていく。最初はどうなるかと思った旅行だったが、蓋を開けてみれば中々に楽しい旅行になった。



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10話

「……」

 

 9月、それはボーダーの入隊日がある日。修がボーダー隊員になってから相棒である空閑遊真に出会うまでの正確な日付が分からない。

 けどまぁ、修はあいも変わらず面倒見の鬼というか善性の人間であり放っておいても空閑遊真は向こうからやって来る……大丈夫だよな。

 

「鎧武はいい……」

 

 録画していた仮面ライダー鎧武を部屋で見ている。

 怪人との脅威でなく自然との脅威をやっていて人間同士の争いを見せる仮面ライダー鎧武。メロンの貴公子はチート過ぎる……ベルトの性能で上な筈の相手を倒すと言うのは本当に神展開だ。早くロードバロン出てこないかな。アレは中二心を擽る見た目をしている。

 

「兄さん、入っていい」

 

「どうした修?」

 

 コンコンと部屋をノックし、顔を覗かせる修。

 ボーダーに入ると言い出してから一回り成長したと思ったが……さて、何用か。

 

「相談があるんだ」

 

「金が欲しいならば神堂さんのところを紹介するぞ」

 

「違うよ……ボーダーに入ったんだけど、その……上手くいかなくて」

 

「そうか……」

 

 修は人間性が凄まじく出来ているが、中身は割と普通の男子中学生(3年)である。

 運動神経は悪い方で逆上がり……出来るかどうかも怪しい。千佳ちゃんはする事が出来るけど。

 ボーダーで上手くいっていないと言うのはボーダーの訓練で思ったよりも上手く結果が出ていないという事だ。

 修は私に相談を持ち掛けてくるが生憎な事に私はボーダーの隊員じゃない。ボーダーの隊員を紹介する事は出来るけども、それはしない。原作が崩壊するとかそんなのではなく修の場合は基礎的な物が出来ていない。どれだけ優れた師匠が居ても基礎的な部分が出来ていなければ強くはなれない。基礎練習はとにかく大事だ……大事なんだがな。

 

「それでどうしてほしい?」

 

 修にどうして欲しいのかを聞く。ボーダーの隊員を紹介して欲しいと頼まれたら上手いこと言って諦めさせる。今の修は訓練生の訓練期間なのだから訓練しなければ。

 

「兄さん、修行をつけてくれないかな」

 

「修行か、いいぞ」

 

 ボーダー隊員の紹介を言ってこないのは流石は修だ……とはいえ、それが正しいとも言い辛い。

 トリガーを使えばトリオンで出来た肉体ことトリオン体に換装していて筋肉を鍛えたとしても意味はない。運動神経抜群=トリオン体での戦闘が得意ではないんだ。

 

「ちょっと待っていろ。ジャージに着替えるから……お前も動きやすい格好に着替えるんだ」

 

 しかしだからといって断るお兄ちゃんではない。生身の肉体を鍛えることは損ではない。

 本当ならばこの問題をボーダーが解決しなければならない。ボーダーの訓練なのだが狙撃手以外はトリガー1つだけで後は皆さんで殺し合いをしてもらいますスタイルで授業的なのは一切無い。戦闘の訓練を受けた事が無い子供に武器を渡して後は頑張れという結構な無茶振りだ。

 死ぬことはない安全性を考慮しているシステムだろうが、そうなると修の様に運動神経の悪いボーダー隊員には分が悪すぎる……出来て4年目の大きな組織である現ボーダーでは人材が不足している。正隊員は多くいても教える指導教官の様な存在は少ないんだろうな。原作でも東さんぐらいしかそのポジにいなかったし。

 ボーダーの隊員の大半は学生なんだから自主的に勉強出来るようになれというアピールか、いや、そんなんだったら弟子入りとかしないか。

 

「兄さん、準備出来たよ」

 

「そうか……軽く商店街まで行くぞ。今日は蓮乃辺市側だ」

 

 何時もならば三門市方面の商店街に向かうが今日は違う。修が一緒にいて修の事を今知られるのは色々とまずかったりする。

 タイヤ付けたロープを腰に括り付けてパワーアンクルやショルダー等の重りを装備しジャージ姿の修と一緒に軽くジョギングをする。

 

「ゼェゼェ」

 

 そう、軽く2kmほど走ろうとしたのだが450mぐらい走ったところで修は息を荒げる。

 私は呼吸一つ乱していないウォーミングアップみたいなものなのに……やだ、うちの弟体力無さすぎ……体育の授業で点数を取れてるんだろうか。これが出水ならば見捨てたりしているが修なので見捨てずにペースダウン。

 

「修、修行云々は置いておいて体力はつけておいた方がいいぞ……多分、千佳ちゃんより遅いしスタミナはない」

 

「そこまで、かなっ……」

 

「毎日とは言わないがランニングだけならば私も付き添う」

 

 ここまで体力が無いのは割とマジで心配だ。

 取り敢えず時間を掛けてもいいのでノルマの2kmを走り終えると何時も通り裏山を目指す。

 

「今更だがライトニング光彦に頼まなくて良かったのか?」

 

 修行を引き受けた身としてはやるからにはとことん徹底的にやるつもりだ。

 だが、私よりももっと教えるのが上手な人だって普通に居る。私で良かったのかと少しだけ聞いてみる。

 

「兄さんでいいんだ。なにかの拍子でリリエンタールの力が発動したら大変だし、純粋に強くならないと」

 

 私、リリエンタールの力を使いまくってドーピングしまくっているので修の言葉が凄く眩しく感じる。

 てつこに取り上げられてるけども、何処ぞの地獄の番犬になる事が出来るんだよな……。

 

「まぁ、本当に危なくなったら駆け付けるから無茶はするんじゃない」

 

「兄さんこそ無茶だよ」

 

「兄という生き物は家族の為ならば多少の無理や無茶をするものだ」

 

 それが家を任された者の務め、なんて言えば肩苦しいだろうか。

 とはいえ弟のピンチになれば麟児さんから横流しして貰ったトリガーを使うことを見当している……けど、一回しか使えないので使い所を見極めないといけない。出来ればそんな時来るんじゃねえというのが本音なんだけど。

 

「じゃ、なにからする……滝行でもいっとくか?」

 

 まだ夏の暑さを感じる季節。

 清涼を求めての滝行もありなのかもしれないがいきなりの滝行はいいと修は断った。夏場だと逆に心地良いんだけどな滝行は。

 

「取りあえず剣でも振ってみるか」

 

 現在の修の装備はレイガスト。

 ボーダーの攻撃手の3つのトリガーの内の1つ修以外に使っているキャラが5名もいない哀れな不人気トリガー。

 重いしそこまで変形しないオプション付きじゃないと動かしにくいの三拍子……他の人と同じ武器を使っても勝つ事が出来ないから選んだんだろうが。

 

「ほら、私を仮想敵だと思って相手……ああ……」

 

「どうしたの?」

 

 ここを選んだのはまずかった。潔く日野さんのところに、マリーの部屋に行けばよかった。

 修との修行とあってか気が緩んでしまった様で肝心な事を……黒江の事を忘れていた。

 

「……誰ですか、その人」

 

 明らかに不機嫌ですと言わんばかりのオーラ的なのを発している黒江。

 なんで歳下のロリに浮気現場を目撃されたみたいな状況にならなければならないのだろう。

 

「黒江さん、違いますよ」

 

「なにが違うんですか?」

 

 怒っている黒江だが、私はこう見えても変態と言う名の紳士。紳士組からレディに関する紳士的な対応は学んでいる。

 内心では冷や汗がビクビクしているのだが表情を崩したり歩みや発言を止めたりすればそれが死に直結するのを私は知っている。

 

「彼は私の弟です……な、修」

 

「えっと……弟の三雲修です……」

 

 黒江の事をよく知らない修は不機嫌そうにしている黒江に戸惑っている。私がなんかやらかしたんじゃないかとチラリと見てくる。

 やらかしたかやらかしていないかで聞かれるとやらかしたが……この子を弟子に取った覚えは一切無いのである。ここは平然と堂々としておく。修も堂々としておくんだ。

 

「今日から修の面倒をね」

 

「やっぱり新しい弟子じゃないですか!」

 

「待ってください。私は君を弟子にした覚えは一度もありません」

 

「貴方に無くても私にはあるんです……もっと色々と教えてください」

 

「君は才能があるんだからちゃんと鍛えておけば順当に上に上がることが出来る。それよりも下で燻り続けている修を上に」

 

「やぁ!」

 

 こら、竹刀で攻撃してくるんじゃない。

 上手いこと言って説得しようとしてみるが黒江には逆効果だった様で竹刀を振り回してくる。

 

「兄さん!」

 

「大丈夫だ修……そうだな、先ずは見ているんだ」

 

 いきなりの攻撃に戸惑う修だが、この程度ならばなんとでもない。

 幾ら私の修行の横であれこれやっているとはいえ本気も全力も出していない私が生身の肉体で攻撃してきているボーダー隊員の動きについて行けない訳がない。

 

「相手が武器を持っている時はその武器の性質をちゃんと見極めるんだ。今回の場合は竹刀、ボーダー風に言えば孤月と言う武器に当たる」

 

「私で勝手に指導しないでください!」

 

 突き突きからの唐竹割りで攻めてきて、トドメと言わんばかりに足元を狙いに来る黒江。

 一手で決めようとせずに何手かを含めることで相手の動きを拘束し、攻撃を決めやすくしている……だが、生身で戦っているので根本的なスペックの差がある。何年も鍛えている私にはそれでは追いつけない。

 

「修の武器が剣だったら先ずは剣を使っている奴だけに相手を絞れ。手当たり次第に色々と手を出しても不器用なお前にはそう上手く熟せない……お前の武器はなによりもその粘り強い心だ」

 

「くっ……一発も当たらない」

 

 この程度ならば地獄の転生者養成所でよくやった事だ。

 少しだけ息を荒くしている黒江。私は木刀を鞘から抜いて構える。

 

「やっとやる気になってくれましたか!」

 

「修、お前は弱い。運動神経抜群じゃないし頭も切れる方じゃない……それを自覚出来ているのならば勝負の見極めに重点を置くんだ。無理に勝とうとしてもお前の今の技術じゃ無理がある。勝負は焦るな。天使の様に繊細に悪魔の様に大胆にを両立するんだ」

 

 喋りながら黒江の剣撃を受ける、流す。

 私との特訓のお陰でついた筋力のお陰か竹刀を思いっきり振り回しても疲れた顔をしない……生身を鍛えても実戦で使うことは皆無な世界なんだけどな。

 

「相手の力量と自分の力量を理解出来ていないなら真正面からの戦闘は極力避けろ、無理ならば勝負を泥沼化させるんだ。相手から一本を取れなくてもいい、焦るんじゃない」

 

「っ、さっきから説明ばっかりしてちょっとは攻めてきたらどうですか!」

 

「君が攻めるのをやめてさっさと何処かに行ってくれればそれで終わるんですよ」

 

「嫌です!弟に私にも教えてない技術とか教えるつもりですよね。そうはさせません!まだまだ教えてほしい事が沢山あります!」

 

「黒江さん、私はボーダー隊員じゃないと何度言えば分かるんだ」

 

 攻めず受けて抑え込む。防御の剣技を見せており、今の修には不必要な技術だ。

 早くマンツーマンでコーチをしてやりたい……けど、生身の子供をぼこぼこにするのは心が痛む。そして私はボーダー隊員じゃないので黒江に教えれる事はもう無い。ボーダー隊員になってたら生駒旋空的なのを教えることは出来たかもしれないが……ボーダーには入らないんだよ。

 

「スゴい……」

 

 色々とああだこうだ言いながらも戦う。私が一向に攻めようとしないので勝負は泥沼化しているのだが、それは是非も無し。

 修にとってはこの戦いは見ているだけでも充分な訓練になっている……マンツーマンで指導したい。立体的な動きとか出来る様にならなければ、修を多少強化したってなんら問題は無い……強くならないと修、日常レベルで怪我するからな。

 

「っく、韋駄天があれば……」

 

「その韋駄天があったとしても撃墜出来る自信はありますよ……どうしましたA級、一品物のトリガーが無ければ一般人を相手に出来ませんか!」

 

「A級!?」

 

 交わしている会話の内容から黒江の事をボーダー隊員なのはなんとなく分かっていたが、まさかA級とは思ってもみなかったのか声を上げる修。

 この程度の事で驚かれるとクラスメートがA級だったりする私は非常に困る。

 

「言ってくれる……」

 

 私の一言で更にキレる黒江。

 怒りのボルテージが頂点を突破したようで一周回って冷静になり、脇構えを取る……これは真剣にやらなければならないといけないと木刀を鞘に納めて居合の構えを取る。

 

「ふっ!」

 

 脇構えからの右切り上げに来る黒江。

 私は納刀していた木刀を握り締め、黒江の動きよりも更に早く居合い抜きをして黒江の手元を狙い軽く弾く。

 

「っ……」

 

 黒色の手袋をつけていると言うのは生身の肉体を攻撃されてるのだから、そりゃ痛いというもの。手袋が無ければ大怪我をしてしまう。

 

私は既に一般人を超える戦闘力を身に着けている。プロは素人を襲わないのが鉄則だ

 

 池田ボイスに声を切り替え、木刀を喉元に突きつける。

 これが実戦ならばこんな事は一切せず、手を弾くよりも更に早く動いて胴体をシバき倒しにいっている……相手はあくまでも女子中学生。全力でやりに行くのは本当にシャレにならない。

 

「黒江さん、君はもう充分に強い。それ以上を求めたいのならば私に師事しない方がいい。あくまでも私のは私に合ったスタイルでやっていて君のスタイルじゃない。その韋駄天とやらがあればと思ったのならば尚更ね」

 

 最年少A級隊員は名ばかりではないのは確かだ。

 

「ダメなんです……それじゃあライバル達に勝つことが出来ません……貴方から学ぶ事はまだまだ沢山あります。今の戦闘でも私が何処がダメだったのか……私のどの辺りが未熟なのか教えてください」

 

「君が未熟なのは……坊やだからさ

 

「……貴方も私が子供だと思ってナメてるんですか!」

 

可愛がられている内が花だとは思わない……自分は子供じゃないなんて無理に背伸びをするんじゃない。むしろ子供であることを生かせ……それと貴女は勘違いをしている。私は貴女を子供扱いはしましたがナメた真似はしていません」

 

 子供と見られているのがナメた真似だと思われているのならば、それで終わりなのだが。

 ともかく、まだまだ子供である事を気にしているところが坊や……それが言いたいが為に黒江を男扱いしているな、私。

 

「ともかく私は君の師匠でもないし、修の師匠でもない……過去に痛い目に遭っているんだ」

 

 弟子を取れるほどの人格者でもなんでもないんだ。

 RD−1を利用した結果、危うく蓮乃辺市を火の海に変えかけた大バカ野郎、それが私だ。あの一件でてつこからアレを取り上げられてる。

 

「君が強くなる要素がここにあると言うのならば勝手に盗んでいけばいい……私は修の指導に忙しいんだ」

 

「っ……はい……」

 

 返事は素直でよろしい。

 

「さて、修……何処からでも掛かってきなさい」

 

 トリガーを持っていない以上は黒江に教えることなんて殆ど皆無だ。

 それよりも今はトリガーを使っての戦いに馴れてすらいない修に色々と考えさせつつ体を動かす……一先ずは……ん?

 

「どうした掛かってこないのか?」

 

「兄さんの方こそ、攻めてこないの」

 

 成る程……待ち、受けの姿勢でいこうというのか。

 カウンターでも狙いにいくのかと木刀を構えて振り下ろすと修は非力な腕で必死になって受け止める……ここは修に乗ってやるか。このまま蹴りを入れにいってもいいがそれだと修の訓練にはならないからな。

 

「ふっ!せい!やっ!とう!」

 

「……なにやってるんですか」

 

 明らかに修の持つ木刀を狙っての攻撃をしており、修を一向に狙いにいかない。

 手加減しまくりなところに黒江は白い目で見るが今の修はコレぐらいからスタートしておかないと、攻撃に耐えるのもまた立派な技なんだ……とはいえ、守りばかりで攻めに転じなければ勝利は一生来ない……どうするつもりだ。

 

「今だ!」

 

「舐めるなよ、修!」

 

「っ……」

 

 武器とは関係無い攻撃を、足払いを仕掛けにきたが私の体幹をナメてはいけない。

 修には悪いがここは日頃から鍛え上げたマッスルを発揮させてもらった……だが、考え方は悪くはない。これならば並大抵の訓練生を転ばせる事が出来るだろう。即座にこういう搦手を考えられるのはいい……主人公として真正面から戦わないのは如何なものだが、それは相棒に任せるしかない。

 

「どうした修……私はまだ5kg以上の重りを装備したままだ……更にハンデは必要か?」

 

「いらない、よ!」

 

 息が上がってるじゃないか……どうしようか。

 ワザと勝たせることで勝ち癖をつけさせる、いや、でも修の事だろうからヤラセに入ってるの気付いてしまう……そういうところは敏感だからな、修。

 

「……羨ましい……」

 

 私とマンツーマンでの訓練をしている姿を見て黒江は羨ましそうな顔をしているが、やってる事は危険な事なのであしからず。

 たった1日だが、修にとっては考えさせられる濃厚な1日だった様でこの後、修は同格や格下が相手なものの白星をもぎ取る事が出来たそうだ……格上に勝つのはB級に上がってからだろうな。頑張れ修




「お兄ちゃんと言う生き物は難しいんですよ」
 
【三雲昴】

 PROFILE

 ポジション ???

 身長:188cm

 年齢:17歳

 誕生日:7月23日

 星座:ぺんぎん座

 職業:高校生

 血液型:A型

 好きなもの:焼き鳥 肉まん 特撮 アイスコーヒー 

 家族:母、父、弟

【PARAMETER】

 トリオン:16

 攻撃:15

 防御・援護:8

 機動:8

 技術:13

 射程:4

 指揮:7

 特殊戦術:14

 TOTAL 85

 ・転生者20期生、色々と間違ったお兄ちゃん


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11話

 私との修行の甲斐もあってか修はもう直ぐB級隊員に上がれるとのこと。

 これは原作崩壊しているのかしていないのかイマイチ不明だが、B級に上がっておいて損は無い……問題は遊真と友達になれるかどうかだが、まぁ、修ならばなんとかするだろう。あの子はあれでも優秀なのだから。

 

「ええ……是非とも連れて来て」

 

「どうしたのガッツポーズを取って」

 

「……修が友達を家に連れてくるんだそうよ」

 

 修からの連絡があって何処か嬉しそうにしている母さん。

 何事かと思えば友達を連れてくる……いったいどっちの友達なんだろうか。学校経由で出来た友達か、それともボーダー経由で出来た友達か。気にはなるが

 

「それはよかった」

 

 修に友達が出来るのはいいことだ。

 今日は修の大好きなクリームコロッケが出てくると思いつつ自分の部屋に戻り、ベッドの上に座る。

 

「落ち着け、私……」

 

 三雲修のお兄ちゃんは情けないところを見せる事は出来ない。

 学校では真面目な子で成績優秀な生徒として通っている修のお兄ちゃんはカッコつけなければならない……まぁ、それは何時もの事か。しかし、どっちが来るだろうか。ボーダー関係者だったら困るな……黒江とか言うオチは無いだろうな……よし

 

「領域展開」

 

 修の気配を家から探知してみる。私の探知範囲は私を中心に半径1km……てつこは半径5kmである。

 1km以上先からの狙撃をして来ない限りは絶対に撃たれることはない……修が家に向かって誰かと一緒に歩いて来ているな……これは、男の子だろうか。三好くんかな。いや、まだB級じゃないからそれは無さそうだ。黒江とかじゃないから良かったとホッとする。

 そして座禅を組む……今から修は友達を連れてくる。初対面の相手には好印象に見せておかなければならない。

 

「来たか」

 

 瞑想をし、心を鎮めながら私は考える。若干気分上々な母の事だから連れてきた友達に挨拶の1つでもする。あの母だから絶対にする。

 するとどうだろうか。あの母は私が居る影響で原作よりも2歳、歳を食っている四十手前のおばさんだと言うのにそんなもんは知ったこっちゃないという若さを維持している。魔女カナリーナから若作りの秘薬でも貰ってるのかと思うが、アレで素なのだ。

 

「よし、ここはプランBでいくか」

 

 プランB、母さんを姉と勘違いしてくれた修の友達の前に私が登場することで修の父だと勘違いをさせる。

 プランAはその逆で私を兄だと教えて母さんを姉だと勘違いをする……隙の無い二段構えの攻撃だ。

 

「修のともだ──」

 

 修の友達に挨拶をしようとすると固まる。

 そこには修の友達が……原作主人公で修の相棒になりうる人物、空閑遊真が立っていた……ヤバい、もう原作開始していたのか。

 

「どうもはじめまして、オサムのおとうさん。空閑遊真です」

 

「兄です」

 

「え?」

 

「空閑、その人は僕の2個上の兄さんだよ」

 

「……マジで?」

 

 母さんと私を見比べてくる遊真。プランBは成功したようだ……だがどうせなら嘘でもついておこう。

 

「2個上の兄なんてこんなもんですよ」

 

「オサムのお兄さん……つまんないウソつくね」

 

 おっと、いけない。空閑遊真には嘘を見抜くサイドエフェクトを持っている。余計な事を喋ってボロを出してしまうのはいけない。

 まぁ、今のは誰から見ても明らかな嘘なので嘘だと見抜かれても問題の無い嘘……嘘の時点でダメなんだけども。

 

「しかし、驚いた。修が友達を連れてくるなんて」

 

 今日、空閑遊真が転校してきて原作開始なのだろうがそれは置いといても驚く。

 修が誰かを家に連れてくる時点で大分珍しい方なのに、更に言えばそれが彼だと余計に驚かされる。

 

「ちょっとね……あ、そうだ。ちょっと学校の課題で分からない事があったんだけど後で教えてくれない?」

 

「……ええ、分かりましたよ。空閑くんも分からないところがあったら教えますよ」

 

「……分からないところだらけだな」

 

 ピクリと空閑が反応を示しているが、なにも言ってこない。修は空閑を引き連れて自分の部屋へと案内をする。

 

「あの子、あんな見え見えな嘘を付いちゃって……全く誰に似たんだか」

 

 さっき修が言っていた課題が嘘だと気付いている母さん。

 つくならばもう少しまともな嘘をつくか正直に話せばいいのに、難しいお年頃なんだろう。そして私を見ないでほしい。

 

「お茶菓子とジュースを持っていきなさい」

 

「長話になりそうだからゆっくりと夕飯の準備でもしてくれ」

 

 修達が部屋に入ったのでそそくさともてなしの準備をする。

 私がおやつにと買ってきたビアードパパのシュークリームを躊躇いなく使うのは気にしないでおこう。

 

「修、入るぞ……お、ホントに課題をやってる」

 

 修が言っていたことは嘘なのが分かっていたのだが、まさかホントに課題をやってるとは思わなかった。

 学校から出されている課題をちゃんとやっているのはいいことだとテーブルの上にジュースとシュークリームを置く。

 

「改めて自己紹介を、私は昴、三雲昴。修とは2つ違いの17歳……って言っても信じてもらえない時が多々ある」

 

 人それを老け顔と言う。後、10年間ぐらいはこの顔を維持し続けると考えれば逆にアリ……いや、無しか……。

 

「それでどうしたんだ?まさか本当に課題が分からないから教えてほしいなんて訳じゃないだろう」

 

 私の老け顔云々はさておき、話は本題に入る。

 十中八九空閑関係なのだろうが……面倒見の鬼の修だからな……う〜ん。

 

「実は……空閑が向こうの世界から来たって言ってて、トリガーを持ってるのも見たんだ!」

 

「ほうほう……それで?」

 

「それでって、驚かないの?」

 

「私は普段から襲ってきている近界民(ネイバー)と呼んでいる連中を送り込んでいる人間が裏に居ると知っているからな……家に連れてきた事以外は大して驚いていない」

 

 原作知識があるから驚かないとは言えないのでそれっぽい事を適当に並べてみる。

 普段から送り込まれてるのがトリオン兵だとついさっき教えられたであろう修は兄が気付いていたことに驚く……この程度の事、頭のいい連中なら簡単に気付く初歩的な事なんだけどな……周りに言い振らすとややこしいから言わないようにしているが。

 

「彼が向こうの世界からやって来たのを知ったのならば、修、お前はどう動く?このままボーダー上層部に通報するか?」

 

「む、それは困るな。おれはこっちの世界を襲いに来たわけじゃない」

 

「……空閑は近界民かもしれないけど、悪い奴じゃなさそうだから通報していきなり退治は」

 

「それこそフェイクの可能性だってある……危ない組織はなにしてくるか分からないのを忘れたわけじゃないだろう」

 

「それは、そうなんだけど」

 

 制御の効かない力を持った奴はとにかく危険だ。

 過去に色々とあったのでそれは身を持って知っている修だが空閑が悪い奴だとは思っていない……まぁ、実際のところ悪い奴じゃない。

 

「冗談だ……お前が選んだのならばそれを否定するつもりは毛頭無い。それよりもこれはむしろチャンスと捉えた方がいい」

 

「チャンス?」

 

「修の今の状態では聞きたいこともまともに聞くことが出来ない。空閑くんが近界民(ネイバー)……いや、近界民(ネイバー)の世界からやってきた人間だと言うのならば……先ずはお友達になる事からはじめてみればどうだ?」

 

 私が色々とああだこうだ言わなくても修のことを空閑は気にいる。

 ならば私は早めにお友達にさせよう作戦に出る……この選択が正しいのかは不明だが、まぁ、人道に背いていないしなんとかなるだろう。

 

「お、それいいな。オサム、おれこっちについてなんも知らないし教えてくんないか?おれも知りたいことあったら教えるからさ」

 

 空閑もその考えにあっさりと乗ってきた。

 修が通報する可能性を考えていないのだろうか……いや、通報してもどうにかするつもりなんだろう。我が家が巻き込まれたら私と母が出てくる事になるけど、その場合は……勝てるかな。ボーダー隊員とはやりあったことないからな。

 

「……分かった。けど、怪しい動きをするなら兄さんやボーダーの人達に通報するからな」

 

「ふむ、最初に会えたのがオサムだったのはラッキーだったと言うわけだな」

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

「いや、案外そうかもしれない……ボーダーの中には近界民に対して強い憎悪を抱いている人間がいる。君が向こうの世界の住人だからを理由に敵と認定する危ない奴もいる」

 

 具体的に言えばそれは三輪だ……数ある中学校から三門第三中学校に入り、修と出会えた空閑は中々にラッキーだな。

 ボーダーの正隊員がいないからそこを選んだ説がありそうだが、それでも幸運を持っている……修の方が持っているけれど。取り敢えず私からのお近づきの印という事で私の分のシュークリームを渡すと美味しそうな顔で食べてくれる。

 

「私の出番はこんなところか……正直、色々と気持ちを整理する事が出来ていない」

 

 まさかこんなにも早くに空閑と顔を合わせるとは思わなかった。

 早くて千佳ちゃんのところ、遅くて大規模侵攻の時で……少なくともこんな場所じゃない。が、私は転生者。多少の原作ブレイクでは揺らがない。世の中にはもっと上が、テイルズオブゼスティリアのアリーシャをベルセリアの時代に連れて行く荒業を成し遂げた転生者の先輩だっているんだ。動じてどうする。落ち着け、私。

 

「空閑くん、君が裏切る様な真似をしない限りは修は裏切る事はしない。真っ直ぐな弟だからなにかと大変だが、任せたぞ」

 

「うむ、任されました」

 

「じゃあ、私はこれで」

 

 空閑と修の会合はこれにて幕引き……なんて直ぐには上手くはいかないだろう。

 けど、こういう事の積み重ねは非常に大事な事……っと、気が緩んではいけない。私は強キャラ感を醸し出した頼れるお兄ちゃん、いざという時に修達の前に現れる裏で暗躍してたりするキャラだ。

 

「……なにやってんの?」

 

 ドアを開いて修の部屋を出ると母さんがコップを壁に当てて耳をくっつけている……分かりやすく言えば盗聴をしていた。

 こんな如何にもな盗聴をしているとは……私に見られてちっとも動じていないのは流石だと言うべきなんだけども絵面がシュールだ。

 

「母さんならもっと上手い盗聴あるでしょう」

 

「バカね、息子の秘密を探るのに魔法なんて使うわけないでしょう。コップ1つで充分よ」

 

「……って事は会話は筒抜けだった」

 

「次からは防音の結界でも貼りなさい……今日の夕飯はクリームコロッケでいいかしら?」

 

 動じないな、この母は……。

 

「修のやってる事に関してなにか言うつもりは無いんだね」

 

「あるわけないじゃない……あの子が人道に背く事をするならば母として制裁を入れるけれど、そうじゃないなら、あの子がそうすべきだと思った事なら否定はしないわ。空閑くんと友達になれるならなっておいた方がいいと思うし、あの子の選んだ橋は危険かもしれないけれど、それでも見守らないと。昴、貴方にもこれは該当するわ。貴方も修も手の掛からない子供なのに変なところでヤンチャなんだから」

 

「それに関しては申し訳ありません」

 

「いいのよ……けど、漫画とかに出てくる親がなにも知らない系なのは絶対にごめんよ。全てを知った上で暖かく見守る系の主婦よ」

 

「でも、初っ端から修、秘密にしてこようとしたよ」

 

 実の母にいきなりの隠し事。母さん的にはあの修に秘密が出来たのだと燃え上がっているのだろうけど、隠し通すつもりだ

 

「忘れたの昴……奥様は魔女なのよ」

 

「四十手前のおばさんがなにを言って」

 

「あら、手が滑ったぁ!」

 

「ヘチマ!?」

 

 シュークリームを顔面に叩きつけたよ、この母は。

 女性の年齢には触れてはいけない。母さんのたまに見せるボケにツッコミを入れると毎回こんな目に合う……いや、恐ろしい。ともかく、母さんは色々と事情を知った上で見守る方針を取ろうとしている……親子だな。

 

「年齢不詳なのは貴方もでしょう。既に大学院生ぐらいの雰囲気を醸し出して」

 

「母さん、私が悪かった。その件に関しては触れないで……修達は無事に上手くやってくれるだろう」

 

「貴方の弟で、私の息子なんだから当然よ」

 

 親バカ兼ブラコンである。

 ともかくこれ以上は私には出番は無さそうなので自分の部屋に籠もり、気持ちを落ち着かせるべく座禅を組む。

 

「原作はじまったか」

 

 鈍った感や肉体を元に戻すべく、剣を振るったり生身を鍛えたりした。

 今では素手でレンガを貫く事が可能になるぐらいに鍛え上げているのだが、中々に使う機会が来ない……いや、来なくていいんだが。しかし私は過去に何回かやらかした未熟者だからな……。

 

「……領域展開!」

 

 私自身が今現在どれだけの腕なのか果てしなく気になるが、強い人間は無闇矢鱈と力を見せつけないものだ。

 もう一回、半径1kmを探知して空閑の気配と空閑の黒トリガーの中に居るであろうレプリカの気配を覚えていると不思議な気配をベッドの下から感知した……あまりにも私との距離が近く、さっきの探知で引っかからなかった。なにかがベッドの下にいると覗き込むとそこにはフナムシの様なロボットっぽい生物が……トリオン兵がいた。

 

「嘘だろ……」

 

 このトリオン兵の名前はラッド。近界民の世界で割と使われるポピュラーなトリオン兵で主に偵察に使われる。

 原作の序盤に登場するラッドは非常に厄介な機能が……トリオン兵が出現する(ゲート)が開く機能がついている改造品だ。主に優れたトリオン能力を持った人間の側に寄り、トリオンをコッソリと搾取して(ゲート)を開く機能が備わっている……え、もしかして私、トリオンエリートなのかもしれない。

 

「捕まえた!」

 

 ゴキブリを思わせるかの様にカサカサと動き出すラッド。

 この程度の速度で私から逃げられると思ったら大間違いだと捕まえる……この後、どうしようか。修に渡してとっとと処理してもらう……いや、待て。コイツを潰すのは私の力でやってみよう。ドアノブを右に2回、左に3回回してドアを開くとマリーの住んでいる部屋に繋がった。

 

「昴さん、どうしたの?」

 

「実はちょっとやりたい事があってね……修行部屋を借りてもいいかな?」

 

「いいよ……でも、なにをするのか見せてね」

 

「ああ、いいですよ」

 

 フワフワと浮いているマリーを引き連れて暴れても問題の無い修行部屋に足を運ぶ。

 

「煉成化氣、煉氣化神」

 

 NARUTOで言うところの未の印を結び、呪文を詠唱。すると私の両手には光が纏われる。

 私はラッドを空中に放り投げ、掌底を叩き込むとラッドはすっ飛んでいき凹む……ふむ

 

「壊れたな」

 

「貴方が壊した」

 

「ええ、危険な物なので破壊しておきました……しかし、よかった」

 

 リリエンタールの力によって手から波ァ!が出来る様になった。修行を重ねた結果、手に生体エネルギーを纏う事が出来るようになった。

 近界民を相手にすることは今まで一度も無く、もしかしたら通用しないかと思っていたのだがそれは杞憂に終わった。この力はトリオン兵に通じるのが証明された……これならばボーダーとやりあえる。実力派エリートはやれるかどうか別だが、A級隊員なら倒せる気がするな。

 

「さて……こいつどうするか」

 

 ラッドは完全に破壊することが出来たのでエネルギーを感じることは無い。

 門を開くといった事は無いだろうからゴミ袋にでも入れておいてボーダーがラッド一斉駆除をはじめた時にでも渡しておけばいいのだが、それだと原作通りに戻るだけで……なにか転生者らしい凄いこと出来ない…………正直な話、頼りたく無いところが本音なんだが、仕方あるまい。

 

「もしもし、社長……近界民(ネイバー)を捕まえた」




世界観ガン無視 すばる

ワールドトリガーとリリエンタールの2つがコラボってる世界に主人公のお兄ちゃんとして転生した兄
転生特典らしい特典はもらえなかったので現地で調達しており、最終的には生身でトリオン兵と戦える様になった。百歩離れた敵をぶっ飛ばすという百歩神拳が必殺技だ。言うまでもなく色々と間違っているが誰も気にしない。本人は自身を無能だと言っているが実際のところは秀才の人間であり天才ではないところがミソである


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12話

「普段から襲撃してくる近界民がトリオン兵と呼ばれる物で、トリオンを動力源と素材にしたロボットです」

 

 時刻は少し進み、翌日の朝。

 夜の内に活発になるのかラッドがまたやって来たので破壊しつつアルバイト先の社長こと神堂令一郎に電話を掛けつつ、ラッドを破壊する。

 無論、人目は気にしている。生身の肉体では手から波ァ!が出来るなんて知られたらボーダーは五月蝿い……私は組織に所属せずにいたいし腕自慢する様な真似はしない。ホントに強い人、力を見せびらかさない。

 

「そのトリオン兵と思わしきものがボーダーの警戒区域や立入禁止区域内から出て家に……三門市と蓮乃辺市の境界線上付近にいます」

 

『生きたままの捕獲は可能か?』

 

「攻撃してきませんが、危険な奴、カメラっぽいのを搭載しているので無理ですね。恐らくは小型の偵察機かなにかだと思います」

 

『そうか。なら、破壊したトリオン兵を全てこっちに持ってこい。うちの研究所で徹底解剖をする』

 

 流石は天才、神堂令一郎。話が早くて助かる。本来ならばボーダーに提出するのが吉なのだろうがそれは放っておいてもどうにかなる。

 ボーダーに技術と資金を提供している神堂グループだがトリオン兵というサンプルは中々に手に入れづらい。ボーダーが入手していないサンプルとなれば尚更喉から手が出るほど欲しいだろう。

 

「ボーダーに通報はしなくていいんですか?」

 

『ボーダーは確かにトリガーという未知の技術を扱っているがアレは民間組織。国連の組織でも裏の組織でもない……早いもの勝ちだ』

 

「成る程、企業間による争いですか」

 

『第一、お前が連絡をした時点でその線は消えている……お前がボーダーに通報すればいい』

 

 おっと、これは手厳しい。ぐうの音も出ない正論をぶつけられてしまった私はなにも言えなくなる。

 ラッドに関しては報告しなくてもいい、するならばコチラ側からするとの事で今はサンプルとなるトリオン兵を集めろと言う。

 

「今の時点で結構な量になるので車かなにか送ってくれませんか?」

 

『お前、バイクの免許を取ったんじゃなかったのか?』

 

「置くスペースが無いんですよ。駐車場代も馬鹿になりませんし」

 

『そうか……今回の報酬にバイクと駐車場をくれてやる』

 

「いいのですか?」

 

『お前に足があれば活動範囲が広まる……今後も期待をしているぞ』

 

 どうせなら時給アップが良かった。今後も期待してくれるのはありがたいが、ハードルを上げるのはやめてほしいのが本音だ。

 社長との通話を切ると今度はメールが送られてきて【好きなのを選べ】とバイクのカタログの様な物がついており、太っ腹だと実感しもうちょっと頑張ろうとラッドを破壊しまくる。

 

「朝っぱらからなにをしているの?」

 

「母さん……こんなのがいた」

 

「あら、近界民(ネイバー)……警戒区域を見事なまでに越えてきたわね」

 

 ラッドを見せても特には驚かない母さん。

 まだ動いているので厳重に破壊しておく……粉々にし過ぎたら社長とか技術者達が五月蝿いから程よく破壊したサンプルを用意しておかないと。

 

「全く、街を守る気があるのかしら。私が近界民ならとっくにこの街を滅ぼしてるわよ」

 

 ボーダーのゆるゆるなところに文句を言う母さん。文句があるならば自分がどうにかすればいいだけの話で私が捕らえたラッドを一体持ち上げて地面に思いっきり叩きつける。しかしそんなものは近代兵器が通じないトリオン兵には効かず傷一つ入っていない

 

「そんな関西人のおっさんのオレが監督ならばみたいに言っても……今日、学校を休んでいいかな?」

 

「好きにしなさい……」

 

 頭にニョキッと角の様な物を囃した母さん……魔女カナリーナから託された魔法の力を発揮している。

 ホントに気づけば「男の胃袋を掴むのよ」と言い出して魔女カナリーナにフィナンシェの作り方を教えていたのはツッコミを入れたかった。魔女に料理を教えてる奥様が魔女とか本当に笑える。そして何故受け取ったのか果てしなく気になる。

 

「バン!」

 

 親指を上げて人差し指を伸ばして手で銃の真似をした母さん。

 人差し指から黒色の弾が放たれるとラッドに命中してラッドは粉々に砕け散った……魔女カナリーナから授かった魔法の力はトリオン兵には通用する。と言うことはトリガー使いにも通用するか……。

 

「修にはこの事を伝えなくていいの?」

 

「それはまぁ、おいおいと……ところで今日の朝ごはんはなにかな?」

 

「ハムエッグトーストよ。なにをするのかは知らないけどちゃんと朝ごはんを食べてからにしなさい」

 

 なにをするのか知らないのに学校サボらせてくれるんだな。

 ある程度のラッドの破壊に成功したので家へと帰り適当なゴミ袋の中に詰め込み、それが終わると母さんはハムエッグトーストを作り終えていたので朝食をいただく……さて、修達が頑張っているので私も頑張らなければ。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

「あんな風にベラベラ喋ってたら怪しまれるぞ」

 

 時計の針は少しだけ進み、修の通う三門第三中学校の昼休み。

 屋上で昼食をいただいていた修と遊真だったが途中で屋上の使用料を徴収するとか言い出すアホが出現。遊真が軽く脅すことにより平和的解決をしたにはしたのだが悪目立ちをしてしまった。転校生だけで話をしやすい話題の人間の遊真は一躍クラスの人気者とはいかないが話題となった。

 そこで遊真はここに来る前にどんなところにいてなにが流行っていたのかが話題に上がり遊真は戦争が流行っていたと言ってしまった。

 

「む、そうか。余計な事を言ってしまったな」

 

「三好達の事だから気付かないとは思いたいけど……あんまりベラベラと喋ってバレたらそれこそ元も子もない」

 

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

 

「そうだな……」

 

 ここで発揮するのは修の面倒見の鬼。

 普通ならば自分で考えろと言うところだが修は決して遊真を見捨てようとはしない。一緒になって自分がどういうところから来た設定を考える。バカ正直に見えて意外と融通が効く。

 

「そういやさ……修のお兄さんってなにかしてる人なの?」

 

「なにかしてるって……まぁ、鍛えてるには鍛えてるけどそれがどうしたんだ?」

 

「なんと言うか驚かなさすぎなんだよ」

 

 遊真は修の兄こと昴の事を見て、少しだけ疑問に思った。

 普段から襲ってきているのはトリオン兵で裏に人間がいる事を見抜いている優れた洞察力を持っている。ただの高校生がそうだとはとても思い辛い。その上、修に戦い方について色々と教えている。明らかにプロかなにかか。

 

「まぁ……兄さんもそうだけど色々と馴れたからな」

 

 思い返すは小学校時代。

 父親を見送りに行った帰りのバスにバスジャック犯が乗ってくるというとんでもない出来事に巻き込まれたと思ったら、クラスメートが引きこもりになっており、どうにかして学校に行かせようと模索していた。兄は学校に行くだけが全てではないと教えてくれて、その子と友達になるのを目標としていた。そこからは非日常の入口に舞い込んだ。

 幽霊に出会ったりアニメの世界の住人が飛び出してきたり特撮のヒーローに兄が変身したりと通常ではえられない経験を積みまくっている。

 

「ほうほう……オサムのお兄さんはボーダーの人じゃないんだよな?」

 

「兄さんはあんまりボーダーが好きじゃないって言ってるよ」

 

「オサムは?」

 

「僕は……普通、かな」

 

 組織が好きか嫌いかで言われても修はまだ見習いのC級隊員。

 色々と思いがあった上で入隊をしており、好きか嫌いかの区別は持っていない。遊真と出合いボーダーと言う組織に対して些か疑問を持ったりしている。故に普通、微妙と言ったところ。

 

「普通か」

 

 どっちでもない曖昧な答えに色々と考える遊真。

 修は根が真面目だが融通の効く奴だが一度に色々と知りすぎて頭が混乱している。向こうの世界について色々と知りたがっていたが下手に色々と話していいものなのかと悩む。修の頭がパンクするだけで通報するという恐れは絶対に無いと言い切れるのがミソである。

 

「修のお兄さんってボーダー隊員の友達って」

 

 取り敢えずこっちの世界に来た目的を果たそう。

 この学校にはボーダーの正隊員が居ないのでボーダーについて色々と知っている人を昴から紹介して貰おうとしたその時だった。

 

『緊急警報!緊急警報!市街地に門発生!市民は直ちに避難をお願いします!繰り返します。市街地に門発生!市民は直ちに避難をお願いします』

 

「なっ!?」

 

「むっ……」

 

 警報音が学校中に響く。

 なんの音なのかは警報音と共に放送され、修たちは声を上げる。

 

「ここは警戒区域の外なのに、どうして……」

 

 ボーダーは三門市の一部に近界民が出現する様にと調整をしている。

 結果、修の通っている三門第三中学校付近には絶対に門が開くことはなかった……この時まではだ。

 突如として開いた門に修は焦りつつも使われていない教室から出ながら窓の外を見る。窓の外では巨大な黒い穴が空中から出現していた。

 

「皆、急いで!訓練通り避難するのよ!」

 

 担任の先生が慌てながらも生徒達を避難誘導する。

 訓練通りに避難をすれば安全かもしれないが非常に不幸な事に現在、昼休み。これが授業中ならばスムーズに避難誘導が可能だが生徒が一箇所に集まっておらず、避難誘導には時間が掛かる。

 

「くそ、間に合わない」

 

 ゾロゾロと出てくるトリオン兵。

 生徒達が必死になって階段を降りていき地下のシェルターに逃げ込もうとしているが修は全然間に合わない事に直ぐに気付く。

 

「どうする気だオサム」

 

「どうするって……食い止めるしかない!」

 

「やめとけ、修じゃ死ぬぞ」

 

 トリガーを取り出して握り締める修を遊真は止める。視線の先には出現したトリオン兵がいる。

 

「あれはモールモッド。昨日のバムスターと違って戦闘用に作られたトリオン兵だ。バムスターの時点で手こずってるオサムじゃ全然相手にならない」

 

「だからって見捨てろって言うのか!」

 

 修では勝てない相手かもしれないが、修にとってそんな事は大して関係無い事だ。

 

「南館の生徒達が」

 

「っ!」

 

 ここで訓練通りの避難が出来ないボロが出てくる。

 南館の校舎にいる生徒の避難が遅れていることを副担任と担任が会話をしている事を耳にする。既に開いた門からモールモッドが出てきている。

 このままいけばトリオン兵達に生徒が誘拐されるおそれがあり修の手にはそれをどうにかする方法があった。

 

「モールモッドを倒すには最低でも修が13人ぐらい必要でその内の10人は死ぬ……1体だけでもキツいのに3体もいるなら尚更だ」

 

「それでも行かなきゃ、このままだと犠牲者が……トリガー起動(オン)!」

 

 引く理由は探せば色々とあるかもしれないが、自分がそうすべきだと思った事には怖くても引くつもりはない。

 修はトリガーを起動し生身の肉体からトリオン体へと換装し、南館の校舎に向かって走り出す。

 

「勝たなくていい……」

 

 遊真は向こうの世界からやってきた近界民の戦争を知っているプロだ。

 そのプロが見た上で絶対に勝てないと言っており、自分が勝つ事は不可能なんだろうと認めている。だからといって引くわけにはいかない。

 

「きゃあ!」

 

「挟まれた!」

 

 地下のシェルターから逃げ遅れてモールモッドに挟み撃ちにされている生徒達を発見。

 修はレイガストを握り締めて果敢にモールモッドに向かっていった。

 

「うぉおおお!」

 

 レイガストでモールモッドの足を切り落とす修。

 

「ボーダー!?」

 

「み、三雲くん!?」

 

「今の内に早く逃げるんだ!」

 

「う、うん」

 

 クラスメートにボーダー隊員なのがバレてしまったが、そんな事は今は関係の無いこと。

 外の壁にへばりついているモールモッドもレイガストのブレードを伸ばすことで突き落とす事に成功し、生徒達を避難させる事に成功する。

 

「考えろ……手を休めるな……」

 

 昴と言う優れた兄を持っているから修は自分が非力なのをよく知っている。

 だからこそ人一倍努力しないといけない。一瞬でも気が緩んではいけない、考えることをやめてはいけないし、手を止めるのもいけない。

 自分の使っている武器ぐらい熟知しておけと兄に言われた結果、レイガストにはシールドモードがあることを知った修はブレードモードからシールドモードへと変形をさせる。

 

「こっちだ!」

 

 足音を鳴らしながら南館から離れようとする修。

 目指す場所は人気の少ない場所……狭い通路ならばこちら側に有利だとは思わない。トリオン兵は住居を簡単に壊す力を秘めているから。少しでも勝とうなんて欲を出してしまえば敗北に追い込まれてしまう。

 

「耐えろ、耐え抜くんだ」

 

 心ならば誰よりも強い。尊敬する兄から心の強さだけは認められている。

 レイガストのシールドで上手くモールモッドの攻撃を弾いて必死になって時間を稼ぐ。長時間耐え抜けばボーダーの本部から隊員がやって来る。正隊員ならばアレを倒すことが出来るはずだ。

 

「っ、囲まれた!」

 

 攻撃に耐えて耐えて耐え抜いて時間を稼ごうとしていると窓の外には突き落としたモールモッドが、前にも後ろにもモールモッドがおり囲まれてしまった。逃げると言う選択肢が一切取れない修は思わず声を上げてしまい、それが隙を生んでしまい前のモールモッドと後ろのモールモッドが器用に連携を取ってきて同時攻撃をしてきた。

 レイガストしか武器を持っていない修は前方の攻撃を防いだものの、後方からの攻撃を防ぐことが出来ず背中をバッサリと切られてしまいトリオン体から生身の肉体へと戻ってしまう。

 

「っく……」

 

 兄から色々と教わった結果、対人戦が上手くなった修だがトリオン兵の様になるべく早く倒しておかなければならない相手との戦いは苦手のままだった。耐える強さを身に着けたが攻める強さを身に着けていないのがここに来て仇となった。ここまでなのかと強くトリガーを握りしめる修。

 

盾印(シールド)、二重《ダブル》」

 

 モールモッドから攻撃される、その時だった。

 ついさっき別れた筈の遊真が目の前に立っており、攻撃されそうになっている自分を守る為にシールドを貼ってくれている。

 

「空閑、なんでここに」

 

「オサムのお兄さんがいい作戦を教えてくれた」

 

「兄さんから?」

 

『修、大丈夫か!』

 

 頭の中から兄の声が聞こえる。リリエンタールと関わってその力を利用した結果得た力の1つである念話だ。

 

『空閑くんに作戦を伝えてある、非常に申し訳無いが全力疾走をしてもそっちに間に合いそうにない』

 

「オサム、借りるぞ」

 

 握り締めていたトリガーを修の手から離して受け取る遊真。

 

「安心しろ、おれのトリガーを使わずに周りにもバレない様にする……トリガー、起動(オン)

 

 自身のトリガーを使えば問題になるなら、他人のトリガーを使えばいい。

 修の持っていたトリガーを起動すると修の真っ白な隊服とは異なる黒い服に換装する遊真。

 

「待て、空閑!それは訓練用のトリガーでお前の持っているトリガーとは違うんだ!」

 

 実戦を想定していないボーダー本来のトリガーとは異なる。

 出力も低ければ装備も一個しかなく、自身の使っているレイガストは防御的な武器で攻めには向いていない。

 

『修、空閑くんを信じるんだ……年季の入ったプロだぞ』

 

「でもっ!」

 

「まぁ、見てろって……時間が無いからとっとと終わらせる」

 

 レイガストを握り締める遊真。もうすぐボーダーの隊員が来るのでそれを想定した上での戦闘を行わなければならない。

 モールモッドの前足は遊真を狙うが遊真はレイガストで上手いこと受け流す。

 

「うぉ、刃がボロボロだ」

 

『モールモッドはトリオン兵の装甲の中でも最も固い。時間もあまり無い。後手に回っていては駄目だ』

 

「そうだな……狭いところはおれ達の方が動きやすい」

 

 バッサリとモールモッドを背中から両断する遊真。

 先ずは真正面の一体目を片付けると直ぐにそのモールモッドを踏み台にしてジャンプ。後ろにいるモールモッドの目玉を切り裂く

 

「ふむ、もう一体いるな」

 

 3体目のモールモッドを窓から補足。レイガストで目玉付近を一突きし、簡単に倒す。

 

「片付いたぞ、オサム」

 

「同じトリガーなのにどうしてこんなに性能差が……」

 

『それはトリオンの影響だ』

 

「うわぁ!」

 

 ニュイっと遊真の指輪から出てくる黒い炊飯器の様な生き物に驚く修。

 

『はじめまして、私はレプリカ、ユーマのお目付け役だ……オサム、ユーマが世話になっているので私が答えよう。君とユーマではトリオン能力が……っむ、まずい』

 

「どうした?」

 

『ボーダー隊員と思わしきトリオン反応が近付いてきている。詳しい説明はこの後にしよう』

 

「むっ……じゃあ、修、頼むぞ」

 

「え……」

 

「上手くやれよ」

 

 これを遊真がやったと知られるのはまずい。

 今から救出された生徒の役をやるから後は頼んだぞと言うと修は少しだけ冷や汗を流した。




煌めく氷のエレメント かすみ

息子が二人居るので年齢が本来よりも+2歳されたお母さん
魔女カナリーナの料理の先生であり、息子に影響された結果魔法の力で変身する事が出来る。父親を猛る烈火のエレメントに改造しようとした前科持ちだ。


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13話

「ふむ……どうやら間に合わなかったか」

 

 ラッドを社長に送り届けたのは良かったが、あの社長勘がいいのか私に何かしらの変化があった事に気付きやがった。

 ラッド以外でなにか隠している事があるだろうと詰め寄られるが流石に社長に遊真の近界民関連のあれこれを暴露するのにはまだ早いと沈黙を貫いた。そしてラッドを送り届けた報酬としてバイクを送ってもらえる。数日後に届く感じだ。

 

「修達は……校舎内部か」

 

 社長のせいで若干遅れを取ってしまった。

 その結果、修への増援に向かうことが出来なかった。遊真が最終的に解決するのは知っているので遊真に念話で語りかけて作戦を指示出来ただけでも御の字と受け入れよう。

 

「とう!」

 

 学校の正門を軽々と飛び越えて、不法侵入。

 生徒達が集まっているところには修の担任でかつての私の担任でもあった先生が立っていた。これは幸先がいい。

 

「修!」

 

「え……み、三雲くん!?」

 

「お久しぶりと言いたいですが、それよりも修が無事かどうかを」

 

「修くんなら……その……」

 

 結果がどうなっているのかは探知をすれば分かる。

 遊真が見事モールモッドを退治してくれて学校に開いたイレギュラーな(ゲート)の危機は去っていた……が、あくまでも素知らぬフリをする。これこそ転生者名物、原作知識があるけど初見のフリをする。

 

「っ、あれを見ろ!」

 

 土煙の中から出てくる修と修の肩を借りている空閑。

 近界民を倒して無事に生徒を救出する事が出来たんだと周りは騒ぐのだが実際のところは違う。遊真が修のトリガーを使って倒した……私から見ればバレバレの嘘で修も冷や汗をかいており、バレないかどうかヒヤヒヤとしている。

 

「大丈夫か、修(どうやら無事に切り抜けたようだな)」

 

「兄さん……(なんとか空閑が助けてくれたお陰で乗り切った)」

 

「怪我は無くてよかった。トリガーを持っているとはいえお前はまだ訓練生で外で戦えない。本当に無事で良かった(空閑くんだけのお陰じゃない、修が出なければ救えなかった生徒達もいるんだ)」

 

 会話をしつつ、念話で修に語りかける。周りから称賛の目を向けられている修だが自分はそんなにスゴいとは思ってもいない。

 彼だけが自分をヒーローだとは思っていないと言ったところか。

 

「オサムのお陰で命拾いしました」

 

「空閑くんも無事でなによりだ(あんまりベラベラと喋ると修のハードルが上がりますからやめてください)」

 

 修がカッコよく解決をしたで通そうとしている遊真。

 しかし修がカッコよく解決したと自慢話をすれば修は物凄く強いボーダー隊員だと思われる。実際のところは割と雑魚で正隊員と渡り合うには後、数年は掛かる。逆に言えば数年あれば渡り合えるが。

 

「……」

 

「え、ちょ、兄さん!?」

 

「よかった……」

 

 原作知識で遊真が修を助けに来るのを知っているし、私が遊真に修を助ける方法を授けた。

 だけどそれでも、心配な事には変わりはない。五体満足な修を見て、兄として出来る事をしなければならないと強く再認識する。その為には社長とか色々と頑張ってもらわないと。

 

「嵐山隊、現着……これは!」

 

 修を抱き締めていると遅れてやって来たボーダーが誇る精鋭部隊であるA級5位の嵐山隊の嵐山さん。

 あの人なりに全速力でやって来たのだろうが既に全ての事が終わっている。その事について嵐山さんは驚きを見せる。

 

「嵐山隊、嵐山隊が来た!」

 

「これは……すみません、避難の状況は!」

 

 目の前で起きている事態を上手く飲み込んで、直ぐに安否を確認する嵐山さん。

 修の担任は全員無事な事を報告すると修の方をチラ見し、修もそれに反応して冷や汗を流しながら前に出る。

 

「校舎が一部破壊されましたが人的被害は0です」

 

「君は?」

 

「C級の三雲修です。緊急事態だった為にトリガーを使用して近界民(ネイバー)を……」

 

「C級が……そうか!ありがとう!」

 

「!?」

 

 C級隊員(訓練生)は外で絶対にトリガーを使ってはいけない。

 そういう規約があり、修はそれを承知の上でトリガーを使用した。怒られる覚悟は出来ていた様だが、怒られるどころか逆にお礼を言われた事に驚く。

 

「弟と妹を助けてくれてありがとう……2人とも無事で良かった!」

 

「ちょ、やめて!」

 

「恥ずかしいよ!」

 

 弟と妹に肩を寄せる嵐山さん。

 二人は恥ずかしがっている……ふ、兄として接する距離感を間違えているな。弟と妹が大事なのは分かるが思春期を迎えている大事な時期にガツガツ行ってしまったら逆に嫌われる。程良い距離感を保たなければならない。

 

「それにしてもスゴいな。出力が低くてセット出来るトリガーが低いC級のトリガーでここまでやれるなんて……木虎、お前ならどうだ?」

 

 ブラコンシスコンを見せつけるのはそこまでにしておき、現場の状況を改める。

 空閑が綺麗に倒した3体のモールモッドは綺麗な切れ目が入れられている……空閑に修が倒したっぽく見せつける為に雑に殺ってくれと言っとけばよかった。

 

「そうですね……私ならこんな事はしません」

 

 バッサリとモールモッドを切り裂く木虎。

 既に使い物にならなくなっているのにわざわざ切り裂いた……それを見た学校の生徒達は「おぉ」と声を上げて流石はボーダー隊員との視線を集める……目立ちたがり屋め。

 

「C級隊員はボーダーの中でしかトリガーを使用してはいけません。彼がやった事は重大な規約違反です」

 

「確かにそうだが、結果的に人命を救ったわけだし……」

 

「人命を救ったことは評価しますが、これを許してしまえば」

 

つまり修はトリガーを使わずに待っていれば良かったと言いたいんだな

 

 まぁ、それはさておき修をいじめる奴は許せない。

 

「なっ、そんな事は言っていません!ただ私は彼がトリガーを使った事について」

 

確かに修はボーダーのルールを犯したのだろう。ならば、どう解決すべきかをお答えしていただきたい。今後修の様な一例が生まれるのは良くないのだろう

 

「それは、私達が到着するのを」

 

君達は今到着したんだ、それは通用しない。修が居なければ救われなかった命だってある。君は命とルールを測りに掛けてルールの方が大事だと言おうとしている

 

「そこまでは言ってません!」

 

だが、この場で言うべきではない事を言ったのは事実だ。修が規定を違反しているならばそれを今ここで言うのではなくボーダー本部で、君の様なたかが一隊員がああだこうだ言うべきではない。裁く権利は君にはなにもない

 

 木虎はボーダーの広報部隊で顔でもある嵐山の隊員だが、あくまでも隊員だ。

 修に対してトリガーを使うなの一言言うことは出来てもどうにかする権利は持っていない。

 

更に言えば今回の一件はボーダー側の不手際でもある。君達は警戒区域の外に門を開かない様に地下に眠ってる物であれこれしている様だが、絶対防衛ラインを超えた君達こそ三門市民に対して守らなければならないルールを守れなかったんじゃないのか?

 

 チラリと三門第三中学校の生徒達に視線を送る。

 糸目の私が目を見開いたのは分かりやすいサインなので何をすべきかと三門第三中学校の生徒は察してくれる。

 

「そうだ!ボーダーが三門市に門を集約してなかったらここに門が開かなかった!」

 

「三雲先輩が助けに来てくれなかったら死んでたのに、後から来て規約違反だなんだ言うのはおかしい!」

 

「うちの学校にはボーダーの隊員が居ないんだ!今到着しても遅いんだよ!」

 

「どうやら、三門第三中学校の皆は怒ってますね(遊真、とどめを頼む)」

 

「(了解)……キトラだっけ?お前が今来てもおれ達助からなかったんだ……どうしてくれるわけ?」

 

「っ……」

 

 悪いのはボーダー、もっと言えば近界民だが攻める方向を木虎に向ける。

 ここに居るのは守らなければならない一般市民でそんな一般市民に攻め立てられる木虎は冷や汗をかいて言葉を詰まらせている。

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

「嵐山さん!?」

 

なにに対して謝っている?

 

 そんな木虎の前に立った嵐山さん。武器をしまって頭を下げた。

 ここで直ぐに頭を下げるとは流石と言いたいが、ただ単に謝ればいいと言うわけではない。それで許される案件じゃない。

 

「此度の一件は全てボーダーに非があります。緊急事態の中でC級の三雲隊員は良くやってくれました……規約を違反した件に関しては我々が責任を持って上層部へ報告をします」

 

「ふむ……まぁ、それでいいでしょう。ただ木虎隊員にはもう少し場を読めとの注意をお願いします……修が規約を違反したとしても今ここで言うべきことではありません」

 

「……はい……木虎」

 

「申し訳、ありませんでした」

 

「私じゃなく、修に謝ってください」

 

「……三雲くん、すみません」

 

 すみません、か。

 まぁ、今日はこれだけでにしておくか。

 

「三雲さん、なんでいるんですか?」

 

 後片付けに入るとキノコヘッドもとい嵐山隊の時枝が声をかけてきた。

 本来ならば高校に居るはずの私がここに居る事に対して疑問を持つ。

 

「弟が通っている学校にイレギュラー(ゲート)が開いたと聞いてすっとんで駆けつけました」

 

「学校はどうしたんですか?」

 

「今日はちょっと用事がありましてね……まぁ、私の事はどうだっていいんですよ。それよりも三門市の端っこにあるこの学校で門が開いたとなれば大騒ぎで騒動を早く収めるべきだ」

 

 私はこの学校のOBだけど、完全なる部外者だ。なんだったら不法侵入している。

 部外者はとっとと出ていくべきだとカッコよく校門の外に出て携帯を取り出す。

 

「社長側は……なんの反応もないか」

 

 解剖や鑑識に回したラッドについてなにか分かったかと思ったが、なんにも反応はない。

 サンプルは多くあれど流石に未知の技術であるトリオン兵の解剖には苦戦するか。とはいえラッドがなんなのかは分かっている。

 

「……ふむ」

 

 まだ学校にはラッドが何体か眠っている。

 門を開きそうな感じのラッドは多分いないだろうが……学校にかなりの数が潜んでいる。これも千佳ちゃんのトリオンが尋常じゃないからだろう。学校内部に入ることは出来ない……が、一応はやっておく

 

「(空閑くん、今どうなってます?)」

 

「(修は悪くはないから抗議をしようってなっている)」

 

「(それはまた随分と面白い事に……修の様子はどうしていますか?)」

 

「(冷や汗をかいてそこまでしなくてもいいって言っている……修のお兄さん、狙ってやったんでしょ)」

 

「(まぁ、それはね)」

 

 空閑を経由して修の状態を確認する。

 私が余計な事をしたから変な事になってはいないか心配だったが、まぁ、なんとかなったか。

 

「(イレギュラーな門についてだ、今のボーダーが出来てからこんな事ははじめてだ。門を誘導する装置が誤作動を起こした、と言う線は絶対に無いだろう)」

 

「(なんでそう言い切れるんだ?)」

 

「(今、色々とね……向こうの世界から来た空閑くんから見て、どう思う?)」

 

「(おれのこと疑ってんの?)」

 

「(君が敵ならばもっと上手く立ち回れる。君もどちらかと言えば優秀な方でこんな大雑把な作戦をしないだろう……意見を求めている)」

 

「(そうか……装置の故障の線が無いんならわからん。修のお兄さんは?)」

 

「(こちらの世界側から門を開いている。外で無理ならば内側から開けばいい)」

 

 嘘はなにも言っていない。

 出来る限り情報をバラさずそれとなく色々と考えている感じを醸し出す……嘘を見抜く相手に嘘をつき続けるのは難しいな。

 

「(私はちょっとやることが……下校時刻に校門前でまた会いましょう)」

 

「(了解)」

 

 空閑への念話を終えるとチラリと学校の校舎を見つめる。空閑がいるし修も焦ってはいるけれども、変なボロは出すことはない。

 私は懐中時計を取り出し時間を確認する……時計の針を少し先に進めるのは転生者の特権だろう。

 

「領域展開」

 

 目を完全に閉じ神経を研ぎ澄ませる。学校側に潜んでいるラッドは倒しに行く事が出来ない。

 普通にミスしたな。社長にラッドを全部届けるんじゃなく1体だけ残しておけばよかった。そうしておけば修に託す事が出来た。まぁ、街中に数千単位でラッドが居るから学校近くの人の気配の無いところで適当に何体かを破壊しておくんだが。

 

「……!何故、いるんですか」

 

 何体か倒すと程よく時間を潰すことが出来た。

 校門前に向かうとそこには木虎が立っており、私に対して警戒心を向ける。

 

「ちょっと色々とね……そういう君こそ、どういうつもり?」

 

「私は、三雲隊員を迎えに来たんです」

 

「そうか。私も似たような用事ですよ……しかし、よりによって君か」

 

 あんな事があったって言うのに、よく顔を出せたものだ。

 原作ならば周りがアイドルの如く盛り立てるが私が余計な事をしたので周りから引かれている。普通は時枝か佐鳥、嵐山さんが来るもんだろう。

 

「なにか問題でもありますか!」

 

「あんな事があったんだ。問題が無いとは言い切れない……そちら側から公開出来る情報は?」

 

「なんでそんな事を部外者である貴方に言わなければならないんですか」

 

「だから公開出来る情報だと言っているじゃありませんか。地下に眠っている物とかじゃなくて守秘義務じゃない範囲の、私の様な一般市民にも知る権利は幾らでもあるはずです」

 

「地下に眠っている物?」

 

「おっと、今のは聞かなかった事にしてください」

 

 ボーダー本部には近界民の世界である近界(ネイバーフッド)を構築しているマザートリガーが眠っている。

 私の半径1km以上に範囲外からもビンビンとエネルギーを感じ取ることが出来る……人の命で世界を構成する物だが、出力を低くしている筈なのにこんだけエネルギーを発してる。

 

「兄さん、それに」

 

「三雲くん、貴方をボーダー本部まで迎えに来たわ」

 

 私と木虎が校門前にやって来た事に声を上げる修。隣には素知らぬ顔で空閑が立っている……ふむ……。

 

「どうやら色々とあったみたいだな」

 

 若干疲れたといった顔をしている修。

 クラスの地味めな子から一気にクラスのヒーローにランクアップしたんだから、それはもう質問攻めに遭っただろう。

 

「兄さんのお陰で大変な事になったよ。学校全体で抗議文を出すって」

 

「いいことじゃないか。物事を正確に判断出来ない組織が街を防衛しているなんて正気の沙汰じゃない」

 

「……貴方はボーダーが嫌いなんですか?」

 

「やるべき事をやっていないのが悪いだけで、好き嫌いで物事は測れない」

 

 街を防衛してくれる事には感謝してくれる反面、色々と処理しきれていない地雷もある。

 世の中には好き嫌いで物事が測れないのでそれ以上はなにも言えなくなる。

 

「先に貴方の用事を終わらせてください」

 

「母さんに買い物を頼まれたからこの場じゃ出来ない……空閑くんも買い物があるよね(修がボーダー本部に行くまでギリギリまで貼り付く)」

 

「そうだな。おれ、一人暮らしだしメシの用意しないと(わかった)」

 

「商店街とボーダー本部は道筋は一緒なので途中まで一緒ですね」

 

「……」

 

 念話で会話をしているなと修は若干の冷や汗をかく。

 

「それでなんで門が学校で開いたんだ?」

 

「部外者の貴方に言うことなんて」

 

「おれは部外者じゃなくて被害者だ……あんな事があってなにも心配ありませんじゃ説明にもなんないだろ」

 

「……今日の朝頃から警戒区域外のイレギュラーな門が6回開いているわ」

 

 観念して状況を説明してくれる木虎。

 たまたまボーダーの隊員が居たから解決をする事で現在原因不明と曖昧な事を言ってくる。

 

「(修のお兄さん、なんか分かった?)」

 

「(大体分かった……後で今はボーダーから情報を、む)」

 

 三門大橋を渡ろうとした瞬間、空気が変わる。

 

『緊急警報!緊急警報!市街地に門発生!市民は直ちに避難をお願いします!繰り返します。市街地に門発生!市民は直ちに避難をお願いします』

 

 鳴り響く警報音。本日7度目のイレギュラー門が開き、そこからトリオン兵が出てくる。

 

「見たことのないトリオン兵ね……三雲くん、貴方はここで待っていなさい」

 

「待ってろって、あいつなんか上から落としているぞ!」

 

「貴方は訓練生、私はボーダーの精鋭のA級よ、これぐらいなんとでもないわ」

 

 物凄く天狗になってるな。

 木虎はトリガーを起動し、上空に飛んでいるバカデカイ爆撃トリオン兵、イルガーの元へと向かっていった。

 

「オサム、どうする?」

 

「どうするって一般の人を避難させないと……トリガー、起動(オン)!」

 

 なんの迷いもなくトリガーを起動する修。

 トリオン体は完全に回復しきっていない為に武器であるレイガストは手に持っていない……まぁ、今回は戦う事が目的じゃない。

 

「兄さん、手伝って」

 

「勿論……と言いたいけど白昼堂々とアレをやるわけにはいかないから人助けしか出来ないぞ」

 

「それで充分だよ……空閑、万が一は頼んだぞ」

 

「ちょっと待った……レプリカ」

 

『ああ、私の子機を持っていくんだ』

 

 ニュイっと空閑の黒い指輪から出てくるレプリカはちびレプリカを2個作り私と修につける。

 

『はじめまして兄殿、私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「ああ、はじめましてと、呑気に自己紹介をしている場合じゃありませんね。さっさと助けに行かないと」

 

 修と私は市街地に向かって走っていった。



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14話

「先ずは避難誘導だ。地下のシェルターの方向を示せ……私が言っても効果は薄いから頼む」

 

「分かった。ボーダーです!地下のシェルターに逃げてください!」

 

 市街地に乗り込むとイルガーの爆撃を受けて建物が倒壊していた。イレギュラーな門が開いていて上空にはトリオン兵が飛んでいるので周りは大騒ぎで慌てている。先ずは地下のシェルターに一般市民を避難させることが優先だと修に指示を出す。

 ボーダー隊員はトリオン兵や対人戦の訓練を積んでいるけど、僕のヒーローアカデミアみたいに人命救助関係の訓練をしていないから下手な指示は出すことは出来ない。

 

「ボ、ボーダー!ボーダーが来てくれた!」

 

「なぁ、早くあの近界民(ネイバー)をぶっ倒してくれよ!」

 

「皆さん、落ち着いてください。上空の近界民は現在A級の嵐山隊の隊員が討伐に向かっています。彼は皆さんの避難誘導と救助に来ました。急いで地下のシェルターに向かってください」

 

 修がボーダー隊員だと分かると上空にいるイルガーをどうにかしろとの意見が出てくる。

 嵐山隊の名前を勝手に使うのはやや心が痛むが、ボーダーの顔である彼等の名前は使えるなら使うしかない。

 

「地下のシェルターに向かって!今、嵐山隊の隊員が近界民の討伐に向かっています!」

 

「慌てないでください!」

 

 私、ボーダーと無関係なんだけどな……。

 修が必死になってるのに私が逃げ出すわけにはいかない。修が色々と言う前に言っちゃっているが、人命には変えられない。修と一緒に避難誘導をすると割と直ぐに動いてくれたので避難が出来た……が、まだまだだ。既にイルガーが爆撃をした結果、住居が倒壊してしまいその中に閉じ込められた人達が多数いる。

 

「誰か、助けて!」

 

「少々お待ちを……修、人の避難誘導は大体片付いた。倒壊した住居の中にいる人達だが、手分けして助けるぞ」

 

「分かった……ふん!」

 

 倒壊した住居の柱を退けようとする修だが持ち上がらない。

 必死になって柱を掴んで持ち上げようとするのだが全然持ち上がらない。

 

『オサム、私が力を貸そう』

 

 修の側にいるちびレプリカが空中に強と文字を出す。

 すると修は先程まで持ち上がらなかった重たい瓦礫を持ち上げる事が出来る様になった……よし、原作通りだから問題無し。

 

「さてと、私が相手にしないといけないのは……」

 

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませて生体エネルギーを探知する。

 大慌てしている人、泣いている子供と色々といるが彼等は修に任せる……私が助けるのは彼等じゃない。優先順位的に下だ。

 

「こっちか!」

 

『兄殿、そちらには人は』

 

「私を一時の間、信じるんだ」

 

 今にでも消えそうな命を感じ取った。

 人気の少ないところも爆撃で住居が倒壊しており巨大な瓦礫の山があった。

 

『まずい』

 

「なにがまずいんだ?」

 

『兄殿はオサムと違い生身の肉体だ。トリオン体ならば強印(ブースト)で力の底上げを出来るが生身の肉体は』

 

「問題無い」

 

 レプリカの心配は無用だ。

 私は拳を握り締めて爆撃で倒壊した住居の瓦礫の山を思いっきりぶん殴って粉砕する。

 

「修と違って私は力技も可能なんだ」

 

『これは驚いた。生身で鉄以上に硬い物を砕くとは……本当に生身かどうか疑ってしまう』

 

「だったらデータに書き加えておけ。こっちの世界の住人の中には生身でレンガや鉄筋コンクリートを砕ける人がいる」

 

『それは兄殿だけでは?』

 

「隣の蓮乃辺市に出来る人がいる……これで最後だ!」

 

 ただ無闇矢鱈と乱打をしてはいけない。

 壊す瓦礫を間違えてしまえば更に倒壊する恐れがあるから……天使の様に繊細に、悪魔の様に大胆にだ。

 

「大丈夫ですか……っ」

 

 瓦礫の中に突入をすると足から血を流して気絶をしている重症者を発見。

 重症者の生体エネルギーを探知してみると酷く衰弱をしているのが分かり、このまま放置してしまうと確実に死んでしまう。

 

「レプリカ、これは言うなよ」

 

『なにを……!』

 

 倒れている男性の人の足に両手を翳す。

 

「通名賢氣、骨禎枸根、黄考建中……通名賢氣、骨禎枸根、黄考建中」

 

 ポワァと手元から光を放つと傷口が段々と塞がっていく。

 感知できる生体エネルギーが衰弱の状態から良好の状態に持っていく事が出来たと分かると倒れている男性をお姫様抱っこして安全な場所に寝かせる。

 

『兄殿、今のはいったい……』

 

「その事については後で……今は重症者を、次はあっちか!」

 

 レプリカも見たことが無い力に戸惑うが、教えている暇は私にはない。

 直ぐに死にかけている人のところに向かっていく……案の定、意識を失っているのが幸いして治すところを見られなくて済んだ。

 

「レプリカ、空閑くんの方は、木虎の方はどうなっている!」

 

『まずい……イルガーを一気に仕留めれなくて自爆モードに入った』

 

「……いや、ちょっと待てよ。そもそもで普通に倒しても浮力なくなってまずいんじゃないのか?」

 

『ああ……空中にいるイルガーを倒してしまえばそのまま墜落してしまう』

 

 空中を飛んでいるイルガー。

 さっさと討伐しないと自爆したりする質の悪い機能で街が爆破されるのだが、そもそもで空に飛んでいるのを討伐したら墜落する。

 イルガーの重さはしらないがあれだけの質量、何処に落としたとしても怒られる未来は決まっている……そもそもで悪いのは私、原作知識があってラッドを捕まえたのに修に届けなかったからこんな事態になっている。

 

「三花驗頂、天花乱墜……」

 

 印を結び、手元を光らせる。

 手に生体エネルギーを纏ってラッドを簡単にぶっ倒す事が出来たのならば、この技でもぶっ倒す事が出来る筈だ……これ撃つと、絶対に目立つからあんまりやりたくないが身から出た錆なのでやるしかない。

 

「百歩神拳!」

 

 手に集約された光を空を飛んでいるイルガーに向けてぶっ放す。

 これこそがかめはめ波、もとい百歩神拳。その名の通り百歩先の相手をぶっ飛ばす事が出来る私のリーサルウェポン。裏ワザ無しだと1日数発しか撃つことが出来ない。

 

『これは驚いた……兄殿は生身でトリオンを使う事が出来るのか』

 

「色々とドーピングをした結果ね……空閑くんには言っていいですけど他には言わないでくださいよ」

 

 私の百歩神拳はイルガーを貫いた。

 胴体を撃ち抜いたので問題はないだろう……倒すことは出来たはずだ。

 

『今、ユーマが川に向かってイルガーを引っ張っている』

 

「そうか……ふぅ、次行かないと」

 

『大丈夫か、兄殿』

 

「百歩神拳は生体エネルギー的なのを使ってるのでそこそこ疲れます……ですが修が頑張っているのに兄である私が根を上げてはいけません」

 

 私はあの三雲修のお兄ちゃんなんだ。だったらもっともっと上を行かなければならない。

 生死を彷徨うレベルの重症者は18名程で、後は病院で見てもらうレベルの怪我をした人達を救助していき空閑がイルガーに鎖を着けて思いっきり引っ張って川辺に落とした。

 

「ふぅ……」

 

『見事だ、兄殿……私の見立てが間違いでなければ死者が1人も出ていない』

 

「いや、まだだ」

 

 騒動はなんとか納まった様に見えるが、まだ事態は解決していない。

 周りはボーダー隊員がやっつけてくれたんだと喜びの声を出したりしているが、そんな中でも怒りの気配を感じる。

 

「おい!お前達が街を防衛してる筈なのにイレギュラーな門が開いて家が崩壊したじゃねえか!」

 

「そうよ!近界民は警戒区域より外には出てこないんじゃなかったの!」

 

 修に怒りの矛先を向ける住民達。言っていることはなにも間違っていない。

 

「その件に関してですが詳しい事はボーダーの支部の窓口で話を聞きます」

 

「……多少は挽回したか」

 

 イルガーを撃墜した事でこっちの方に来ることが出来る様になった木虎がやってきた。

 危うく街を爆撃で火の海にするところだった……空閑のお陰でどうにかなったから他人の成果を奪っているのには変わりないけど。

 

「ふぅ、疲れた」

 

 避難誘導したり、瓦礫を破壊したりと中々にハードな事をやった。

 戦闘だけやっておけばいいボーダー隊員とは違うことをやらなきゃならないから辛い。こういう訓練もボーダーでしておけって社長に愚痴っておこう。

 

「喜べ修……なんと死者は0だ」

 

 あれだけの騒ぎになったにも関わらず、死んだ人間が0人だ。

 私の記憶に間違いなければこれで死者が出てた筈だからなんとか納まって良かった……なんて思ったら自作自演だ。朝捕まえたラッドを修に届けて修経由でボーダーの本部に届ければもっと早くに解決していた案件だ……原作知識があるのも悩み物だ。

 

「ここよ」

 

 ここまで来たのならばと木虎についていくとボーダーの本部へと続く経路を開く木虎。

 

「修、ホントに危なそうだったらコレを使え」

 

 そこから先に私は足を踏み入れるつもりはない。

 しかしこのままいけば修がクビになる可能性もあるのでラッドが入った袋を渡して別れる。

 

「オサムのお兄さん、なにを渡したの?」

 

「コレ」

 

「コレって……ラッドじゃん」

 

「コレが街の至るところにいる……警戒区域は言うまでもなく越えている」

 

 ポイッと空閑に向かって壊れたラッドを投げる。

 空閑はラッドをキャッチすると隣にいるレプリカに解析をさせる。

 

「修のお兄さん、どうやってぶっ倒したんだ?」

 

『兄殿、君は不思議な力を持っているようだがいったいあれは』

 

「そうですね。空閑くんが修に色々と世話になっているので……本当は秘密にしておかなければならない事ですので誰にも言いふらさないで。情報漏洩したとわかればアッパーカットをくらう可能性が……忘れもしません、あれは拙僧が中学1年、修が小学5年生だった頃の話です」

 

 たまには昔話に花を咲かせようか。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 場所は移り変わりボーダーの本部。内心ビクビクの修は緊張を隠すことは出来ずに冷や汗を流している。

 

「失礼します」

 

 修が足を踏み入れたのは会議室。そこにはボーダーの上層部が腰を掛けていた。

 

「C級の三雲です」

 

「そこに腰をおろしたまえ」

 

 ボーダーのトップである城戸司令は真正面の席に修が座る様に言う。

 修は重役達が視線を向けてきておりビクッとなるが息を大きく吐いて呼吸が乱れるのを防ぐ。

 

「実力派エリート、迅、ただいま参上しました!」

 

「!」

 

 頬を赤く染め上げた何処か胡散臭さを隠しきれていない男、迅。

 彼はボーダーの要であり、ボーダーの二人しかいないS級隊員の一人であり、本部長補佐の沢村の尻を撫でて見事なまでのビンタをくらった。修にとっては恩人である彼が現れた事に驚く。

 

「……!」

 

「全員揃ったようだな……現在発生しているイレギュラー門について会議する」

 

「それなんだけどさ城戸さん、このメガネくんはどうするつもり?」

 

「彼はボーダーの規約を違反した、この後事情聴取をした後にトリガーを取り上げる」

 

「待ってください!彼がトリガーを起動したのは緊急事態だった為で、あの時あの場に訓練用とはいえトリガーを持っていたのは彼だけで彼がトリオン兵を倒さなければ死人が出ていたと被害のあった学校から抗議が届いています」

 

 修のクビは決定事項だと言わんばかりに言う城戸司令だったが、待ったをかける忍田本部長。

 事前に来ていた報告書では緊急事態で最初に現場に到着した嵐山隊ですら遅れた状態で、修が助けなければ本当に死人が出ていた可能性もある。

 

「彼の様な人材はクビにするのではなく、B級に昇格させた方がいい」

 

「ふむ……確かに1度目はそうかもしれない。だが、2度目は違ったはずだ」

 

 忍田本部長の言い分にも一理あるわけで、そこで我を通せば権力の乱用だ。

 組織のトップはそんな事をするわけにはいかない。

 

「2度目のイレギュラー門の際に君はトリガーを使って一般市民の避難誘導や瓦礫からの救助をした……私の耳に届いた話では君以外にももう1人救助をしていた人が居たという」

 

 1回目は仕方ないと済ませることは出来るが2度目は違う。

 木虎が直ぐ側に居て、更には生身の昴が居たためにトリガーを使った事を許されざる事だとする。生身ならば問題は無かった。

 

「その者は生身で救助をしていた。が、君はトリガーを使った。君も生身ならば此方もなにも言わないが」

 

「全く、トリガーでトリオン体に換装すればなんでも出来ると思っているんじゃありませんか」

 

「こういう事があるからC級にもトリガーを持たせておる。強い力を持ってヒーローを気取ったバカが出てくるからの」

 

 城戸司令の意見に賛同するかの様に声を上げるのはメディア対策室室長の根付とトリガー開発室室長の鬼怒田。

 修がトリガーを勝手に使った事に苦言をする。

 

「今回は幸いにも死人が出ませんでしたが、このままではボーダーの存在意義について問われてスポンサーが離れていってしまう」

 

「三雲くん、君はさっきと同じ状況が起きた場合どうする?」

 

「それは……助けに行くと思います」

 

「そうか……」

 

 バカ正直に外務営業部長の唐沢に答える修。

 自分がヒーローだと思ったり力に溺れたりしているのでなく、純粋に助けに行くと言った。

 今時そんな事を言える人物は早々におらず、彼をこのままクビにするのは勿体ないと感じるが、彼の仕事はあくまでも外交関係で口出しをする事は出来ない。

 

「全く反省していないじゃないか。クビだよクビ」

 

「このメガネのクビもそうだが今はイレギュラー門だ。トリオン障壁で門を無理矢理閉ざしておるがトリオンにも限りがある。早いところイレギュラー門の原因を見つけ出さなければ!」

 

「というわけだ、迅……イレギュラー門の原因を解明できるな」

 

 玉狛支部の支部長である林藤は迅を見る。会議中にも関わらずスマホを見ている迅は敬礼のポーズを取り

 

「無理です」

 

 無理だと言った。

 

「無理だと!?お前のサイドエフェクトはなんの為にあるんだ!」

 

「まさか、トリオン障壁で防いでる間に原因が解明出来ないと出たのか!?」

 

 迅の無理発言に騒ぐ鬼怒田室長と根付室長。

 迅には未来視のサイドエフェクトがあり、それを利用して事件を解決する事が出来ると踏んでいたのだが、逆にそれで解決出来ないと出たのかと焦る。イレギュラー門を放置していたらこのままだと三門市が崩壊しかねない。

 

「だって、もうメガネくんが事件の解決をしちゃったんだから」

 

「なに!?」

 

「どういうことだ?」

 

 会議室一同の視線が修に向く。

 修は事件解決していると言われてもなんの事だか分からない。イレギュラー門の原因なんて分かる筈もない。

 

「ほら、メガネくん鞄に入れてるんだろ」

 

「……あっ……」

 

 迅に誘導されて思い出したかの様に声を出す修。

 万が一クビになりそうな時には使えと託された鞄があり、中身をまだ確認をしていない。コレの事を迅さんは言っているんだと昴に託され鞄を開いた。

 

「どうやらコイツが原因みたいですよ……こいつをボーダー全員で一斉駆除してる未来が視えた」

 

「コレが……」

 

「メガネ、ちょっと貸せ!」

 

 奪い取るかの様に修の手からラッドを取る鬼怒田室長。何処からどう見てもトリオン兵の様で、迅のお墨付きを貰えた。

 

「根付さん、根付さん……これ」

 

『メガネの男性に助けてもらったんです』

 

「これ上手く利用すれば印象操作出来るでしょ」

 

「ほぅ」

 

 事件現場のインタビューを受けている人達の映像を根付に見せる。

 

「コレだけやってもメガネくんをクビにするの、城戸さん……メガネくんをクビにしたら大変な事になるってオレのサイドエフェクトが言ってる」

 

「……いいだろう」

 

 イレギュラー門の原因解明と言う大きな手柄を上げた以上はこれ以上根掘り葉掘り掘り下げても意味はない。

 緊急事態だった事には変わりはなく、結果的に多くの命を救うことが出来た……今はそれでよしとする。

 

「三雲くん、ちょっといいか?」

 

 が、その前に城戸司令の隣に立っていた三輪が修に声をかける。

 

「昨日、警戒区域ギリギリのところで近界民が倒されていたがアレも君が?」

 

「!……はい」

 

「そうか。誰が倒したか分からなくて困っていたんだ、ありがとう」

 

「さぁ、皆さん明日に備えて準備してくださいね……C級も総動員でコイツを駆除する未来が視えた」

 

「分かった……根付室長、鬼怒田室長、明日に備えての準備を、忍田本部長、明日以降のシフトの調整を」

 

 迅が動いた事により、事件は颯爽と解決に向かっていく。

 とはいえ今は時間帯が時間帯だけに総動員することは出来ず本格的に動くことが出来るのは明日からだろう。

 

「ありがとう、メガネくん……君が居てくれたお陰で助かった」

 

 ともあれ修はクビを免れ、恩人に顔を覚えてくれた事を喜ぶ。

 今から色々と忙しくなるからメガネはとっとと帰れと言われて強制帰還される。

 

「……城戸司令、先日破壊されていたトリオン兵ですが破壊痕から三雲と思わしきトリオン反応はありませんでした……三雲を見張らせてください」

 

「ああ……許可しよう」

 

 話が上手く行き過ぎている。迅の予知というチートがあるとはいえいきなり修がトリオン兵を出した事については腑に落ちない。

 なにか裏がある。そう感じていたので三輪の監視を許可する……が、しかしコレは悪手。修の直ぐ側には素手で岩を破壊出来るぐらいに生身を鍛え上げている間違った訓練をしているアホこと昴がいる。昴は色々と面倒なので相手にしない事が得策だが、仕方あるまい。

 因みにだが会議室での修が居る間の会話は盗聴していた。





スキット サイドエフェクト

修「サイドエフェクトってなんなんだ?」

レプリカ「サイドエフェクトとは優れたトリオン器官が肉体に影響を及ぼして生まれる特殊能力の様なものだ」

遊真「つっても火を出したりとかそんなのは無いけどな」

修「迅さんは未来が見えたって言ってたけど」

昴「未来予知的なのを持っているんでしょう」

遊真「未来予知、滅茶苦茶強いな」

レプリカ「ボーダーの上層部が重宝するわけだ」

昴「便利な能力だ……宝くじに利用出来ないか」

修「兄さんも似たような事が出来るじゃないか」

昴「私は色々と裏技を使ってドーピングしてるから」

レプリカ「兄殿の探知能力は本当に修行をして得た物なのか?」

昴「頑張って会得した……因みに蓮乃辺市に私の5倍の力を持ってる奴がいる」

遊真「こっちの世界の住人って、滅茶苦茶スゴいな」

修「それはほんの一握りで例外なだけだ」


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15話

『今回発生した全てのイレギュラー門の原因ですが、この近界民にあります』

 

 修に良かれと思いラッドを託した翌日のこと。ボーダーの公式HPからイレギュラー門に関するニュースが流れていた。

 あたかも自分達が見つけ出した感を醸し出しているが私が見つけだしたんだぞ、この野郎が。

 

「……ま、数日は大丈夫か」

 

 これからラッドを駆除する為にボーダーは総動員する。数日掛けてラッドを駆除し、その間に空閑が見つかることは無い。

 原作知識があるのも如何なものかと昨日は思ったがこういうところで役に立つからやっぱ必要な物だと再認識しつつ服を着替える。

 本日はアルバイトの日、日給3万ちょっとの高額なアルバイトで仕事にやりがいは……感じていない。仕事は仕事だと心をドライにしている。

 

「あ、電話……はい、もしもし三雲です」

 

 服を着替え終えた頃に電話が掛かってきた。

 職場から電話が掛かってきており何事かと電話に出る。

 

「あ、お疲れさまです……ええ、昨日行きましたよ……今朝のニュースでやってましたね。ボーダーの隊員を総動員するらしいのでこれ以上は……いやいや、無茶を言わないでください……多分無理ですよ。あ、違う、無理です……はぁ、分かりました」

 

 思った以上の無茶振りをされたと通話を切って項垂れる。

 昨日やった事が今になって余計な事をしてしまったのだと痛感する……バカな事をするんじゃなかった。

 

「私をなんだと思ってるんだ社長は。公安でもFBIでもCIAでもMI6でも黒服の組織でもないんだぞ」

 

「兄さん、入るよ」

 

「どうした、修」

 

 情けない姿を晒すわけにはいかない。

 直ぐに立ち直り部屋に入ってきた修の目の前でベッドの上に座る。

 

「ニュースでもうやってるから知ってるんだと思うんだけど、今日からボーダーが総動員でトリオン兵を駆除するんだ」

 

「ああ、それならさっき見た……修も行くんだろ?」

 

「うん……だから、明日空閑の事を頼めるかな?門が開くことは無いとも言い切れないし、なにかがきっかけで空閑が動かなきゃいけない可能性も無いって言い切れないから」

 

「明日とは言わず今日でも構わんぞ」

 

「え、でも今日はアルバイトじゃ」

 

「それが上から通達があってあのトリオン兵に関して色々と調べてこいと命じられてな……休みだ」

 

 私はボーダーの隊員でもなければ職員でも無いと言うのに結構な無茶を言ってくる。

 何時も通り職場に足を運ばなくなって良かったと言うべきか、無理な仕事を押し付けられて落ち込むべきか。

 

「今、外に出るのは危険だから家に呼ぶんだ……ちびレプリカがいるんだろう」

 

『流石は兄殿、見事に気配に気付いていたか……ユーマにこちらに向かう様に連絡をしている』

 

「そうか……修、イレギュラー門が開くことは無いとは言い切れないから気を付けていくんだ」

 

「うん……いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 修を見送ると私は部屋に戻り、仕事用のパソコンを起動する。ラッドに関する報告書の様な物を作り上げないといけない。

 原作知識があるのと空閑がこちらに居るのを上手く利用すればそれなりの報告書は作ることが出来るだろう。

 

『時に兄殿、少し聞きたいことがある』

 

「仕事をしながらで良くて尚且つ答えられる範囲内なら答えますが」

 

『昨日、兄殿は重症者を治癒した。あの技術はRDー1と呼ばれるものから貰った力らしいが、何処まで治療する事が出来る?』

 

「刺し傷とか打ち身の青アザとか折れた骨をくっつけるとかですね……潰れた目玉等の人体損傷レベルの傷は治癒出来ません」

 

『そうか……君にその不思議な力を与えたRDー1ならば可能だろうか』

 

「それは……難しいな。RD−1の力は一言で言えば心の力だ。治癒出来る出来ない以前に強い思いが必要で、生きたいと思わなければなにも出来ない」

 

『生きたい、か……』

 

「空閑くんは生きたいと強く思っていないところがある。それじゃどう頑張っても無駄だ」

 

『!……何故ユーマの事だと』

 

 あ、ヤベ。

 

「彼の肉体は最初から最後までトリオン体のままで一度も生身の姿にはなっていない。ボーダーには病弱の子をトリガーで健康に出来るかと実験をしていたりする……レプリカが聞いてきた事から考えて生身の肉体に戻らないのは何らかの大怪我を負っていると考えるのが妥当だろう」

 

『私との僅かな会話でそこまで見抜くとは』

 

 ヤバいな、本当は原作知識のおかげなんだけど適当な事を言い並べただけなのにレプリカからの評価が鰻登りだ。

 変なところで見栄を張ってしまうのは本当に悪癖だと思いつつレプリカの話に耳を傾ける。空閑は少し前まで城塞国家カラワリアという国で父親の有吾と共に戦っていたのだが、ある日空閑は調子に乗っていると突然とんでもなく強い奴に遭遇して人体損傷するレベルにボコボコにされる。

 死ぬしか未来がないぐらいにボコボコにされた空閑は父である有吾が文字通り命を懸けて作った黒トリガーに生身の肉体を封じ、今のトリオン体に換装した。一命を取り留めたけども空閑の肉体は着実に死に向かっているそうで、なんとかしたいそうだが……私の内養功は腕の骨を治したり肉体を活性化させたり出来るが人体損傷レベルは無理だし、生きたいと強く思わなければリリエンタールの力は働かない。

 

「オサムのお兄さん、こんちわっす」

 

「やぁ、待ってたよ……と言いたいけど今仕事中でね」

 

 空閑がここに来るちょっと前に話が終わると家にやって来た。

 レプリカにこの事は内密にと言われたので余計な事を喋るわけにはいかない。

 

「余計な奴等につけられていませんね」

 

「大丈夫だって」

 

 気配探知をしてみて誰かが家を監視していないかを確認する。

 昨日、修の会話をちびレプリカ経由で盗聴していたから分かるが三輪は修の事を疑っており、決定的な証拠を空閑は残してしまっている。正体がバレるのも時間の問題だろう。

 

「数日の間は無闇に家から出歩かない方がいいです……今、街中はボーダー一色ですから」

 

「うむ……でもなぁ、折角こっちの世界に来たってのに家に引きこもってるってのも退屈だ。こっちの世界、面白そうな物いっぱいあるのに」

 

「でしたら、私のコレクションを見ますか?」

 

「オサムのお兄さんのコレクション?」

 

「そう、この海賊戦隊ゴーカイジャーを!」

 

 出歩けない事に不満を漏らした空閑に私は特撮を勧める。

 海賊戦隊ゴーカイジャー、スーパー戦隊35作品目であり今までに出てきた戦隊の人も登場する異色の戦隊。歴代のキャラが登場するという点で同じ仮面ライダーディケイドの一件で反省したのかこの上ない完成度を持つ。

 

「子供向けのヒーロー番組なのですが、ヒーロー番組だと侮ってはいけません。近年ではイケメン俳優の登竜門と言われて内容もしっかりしていて、宇宙海賊が地球に守る価値が……おっと、これ以上はネタバレでしたか」

 

 いけない、いけない。ネタバレは許されない。

 特に第2話で登場してきた少年がとんでもない成長を遂げる事なんて遥か未来のネタバレなんてしてはいけない。

 

「スーパー戦隊シリーズを見るには他にもオススメはありますが、このゴーカイジャーから入り、他の戦隊シリーズに興味を持ち観賞した後にもう一度ゴーカイジャーを見て盛り上がると言うのも乙な物でしてね」

 

「ふ〜ん……ま、見てみるか」

 

 仕事用とは違うプライベートのパソコンを取り出し、ブルーレイをセット。

 これで空閑が特撮にハマってくれれば私はそれでいい……時代が違っていたらルパパトとかやってるの見せたかったんだがな。カーレンジャー回は狂っているので大好きだ。空閑がゴーカイジャーの1話であるレジェンド大戦を見る。私は仕事をしておく。

 

『兄殿、ラッドについて報告書を上げるそうだがなにか手伝える事は無いだろうか?』

 

「手伝える事は無い……それよりも備える方が大事だと思う」

 

 昨日の時点でレプリカはラッドの解析を済ませており、私はラッドについて説明を聞いた。

 ラッドは偵察用の雑魚兵で倒すだけなら弱いトリガー使いでもする事は可能で、それこそ訓練用のC級のトリガーでも出来る。

 

「備える?」

 

「ラッドの主な用途は偵察なんでしょう。だったら、今現在ボーダーの総力に関して徹底的に偵察されてる……昔みたいにこっちの世界の住人を簡単に攫う事が出来なくなったから先ずは情報をかき集めよう、ついでに門を開く機能をつけてあわよくば人を拉致しようと言ったところ」

 

「それってヤバいじゃん」

 

「ですが、どうしようのない事です。仮に修がA級で滅茶苦茶強くて空閑くんと学校をサボってラッドを駆除しても時間が掛かり過ぎます……人海戦術で対応するしかない案件なんですよ」

 

 まぁ、それでもフェイクは出来なくはない。

 トリオン体を弄って誰かに見た目を統一してトリガーセットも統一しておけばある程度の情報漏洩は防ぐことが出来る……が、それが間に合うかどうかだ。全隊員からトリガーを回収してトリガーセットを弄ってトリオン体も弄るとなればどれだけ時間が掛かるか分からない。そもそもで全員が同じ容姿になってるのが圧倒的にシュール過ぎる。C級のプライバシーを守る為にとか言えばどうとでもなるけど。

 

「オサムにその事は言ってるの?」

 

「言ってません……下手に私が介入すると修が本当の意味で成長しなくなるから、出来れば自力で気付いてほしい。既に色々と手遅れですが」

 

 私はボーダーの隊員じゃなく、あれこれ言うならばボーダーに入隊するしかない。

 ボーダーの中から色々と改革しないといけない……そうじゃないと救える者も救えない……私は赤の他人に気を回せるほど人間は出来ていないが……でもまぁ、助けておいて損はない。何時かそれが自分に帰ってくるかもしれないから。

 

「オサムのお兄さんは事なかれ主義なんだな」

 

「嫌な事からは逃げたいので……それよりも空閑くんは大丈夫なんですか?」

 

「なにが?」

 

「こっちの世界に亡命に来たわけじゃない、何かしらの用事があって来たのでしょう。私や修に構っていて大事な用に手つかずなのは」

 

「あーそれなんだけど大丈夫。オサムの知り合いに話が通じそうなボーダー隊員は居ないかって聞いてみるつもりだから」

 

「すみませんね、その辺りだとあんまり力になれなくて」

 

 私の周りに居るのって無派閥と城戸派の割合が多い。

 米屋と出水はまぁ、話し合いが出来そうだけど三輪とか絶対に無理だ……ボーダーの隊員でもなんでもない奴が無理にでしゃばる訳にはいかない。修には修の役割が、私には私の役割がある……多分だが。

 

「オサムのお兄さんはさ……おれの事はどう思ってるの?」

 

「また随分といきなりですね……君は向こうの世界からやってきた人間で、修の友人……ゴーカイジャーに出てくるザンギャックの様な悪とは思いません」

 

「思えないか……おれが敵だったらどうするつもり?」

 

「もっと上手くボーダーを潰すことが出来るだろうと罵ります……私ならばイレギュラー門のどさくさ紛れにこの世界に足を運んで三門市から逃亡し、三門市とは全く関係無いところでイレギュラー門を開きボーダーの社会的地位等を徹底的に潰します」

 

 そう考えると今回は本当に運が良かったと言える。

 近界民達がこっちの世界の大きさについて熟知してなくて良かったと、神戸とかに門が開いて暴れたりしたら本当にシャレにならない。幾ら迅という予知のサイドエフェクトを持っているチートがいても物理的に遠いところだとなんにも出来ない。

 

「コレ、結構面白いな」

 

「でしょう。この手のオールスター物は扱いが難しくて東映は1回ディケイドという作品でやらかしているんですが、それを反省したかの様に出来ているんです……宇宙海賊が地球に護る価値を見出すところが見どころで、レジェンド達の思いもいいんです」

 

 それはそうとして空閑が上手いことゴーカイジャーにハマってくれそうだ。

 特撮好きだと知られて冷めたとか何度か言われたりしたが、やはり特撮はいい文化、日本が誇る文化だ。

 

「この世界は娯楽に満ちていて、護るべき価値もある筈なのにどうして近界民達は貿易に来ないんでしょうね」

 

 ゴーカイジャーにあやかった事を取り敢えず言ってみる。

 この世界には近界民の世界とは異なる文明が根付いている……その文明の利器を手に入れて自国に持ち帰るだけでも充分な成果になるって言うのに

 

「向こうの世界とこっちじゃ大分違うからな」

 

 文化や文明が違う。この一言で解決できる。全く面倒なことだ。

 まぁ、そうじゃなければ街が戦場になっていないか。

 

「ま……こんなところですか」

 

【○月×日、起床後に不思議な気配を感じ取り気配がした場所に行くと提出した近界民(ネイバー)を発見。

 ボーダーが日頃から近界民《ネイバー》と呼んでいる物はトリオン兵というトリオンと呼ばれる生体エネルギーを動力としており、このトリオン兵の名前はラッド。戦闘能力は皆無で約4年半前に襲来したトリオン兵と大きく異なり戦闘や捕獲を目的とせず背中のカメラの様な物から情報収集をするのを主とした用途でとにかく数が多く、今回提出したのはそれを改造した物で街中の優れたトリオン能力を持った人からトリオンを微量ながら徴収し内側から門を開く機能が搭載されている。ボーダーの門誘導装置自体には故障は無かった様だが、誰かが内側から門を開けば門誘導装置の誘導は効かず何処からでも門を開くことが出来る。今回のラッドが情報収集を目的として放たれた刺客ならば今回の一件でボーダーの手の内が一気に近界民(ネイバー)(異世界の人間)に明らかになった可能性があり、近い内に大規模な侵攻があると思われる。】

 

「……ふむ……」

 

 報告書なんて中々書かないからこれでいいのかと思うが……そうだな。やれることはやっておこう。

 

【最初の大規模侵攻から約4年半、外部に情報を漏らさない近界民からの大きな侵攻があったと私は予想しており、近い内に起きる大規模な侵攻では世間に秘匿するのは不可能と断定。4年半の間に増やした戦闘員と技術力により何処まで被害を防ぐ事が出来るか、特に警戒区域外の被害がどうなるかにより今後のボーダーの立場は変わると思われる。発見したラッドとは別にイレギュラー門が三門第三中学校に発生、現場にいた訓練生であるC級隊員がなんとか被害が拡大する前に騒動を納めたが後から来た嵐山隊(広報部隊)の木虎隊員がC級がトリガーを使うんじゃないと一般生徒の前で注意、恐らくはC級の訓練生に嫉妬した模様。ボーダーの隊員の多くは歳の若い学生であり精神的に未熟な隊員が多く場合によってはトカゲの尻尾切りの如く利用される可能性あり】

 

「まっ、こんなものか」

 

 木虎は弄る事が出来る内に弄っておく。私は決して悪くはない。

 ボーダーになってA級になって嵐山隊で広報活動して世間から尊敬とかの眼差しを受けて天狗になっている木虎が悪い。自分の立ち位置をイマイチ理解できてないのはね……これで追い詰められても私は知らん。それよりも今日の分の日給を貰えるんだろうか……サービス残業とかはしない主義なんだが。




スキット 黒(服)の組織


遊真「オサムのお兄さんってアルバイトとやらをしている様だけど、どんな仕事してるんだ?」

昴「守秘義務があるのであまり言えませんが技術関係職場で事務とかやってます」

遊真「ほぅほぅ……オサムのお兄さんはただものではありませんな」

昴「いえ、私の一個下にさくらと言う同期がいて彼の方が優秀です……ホントなにをどう人生間違えたのか今でも頭を抱えてます」

遊真「そんなに嫌ならそこを辞めればいいじゃん」

昴「お給料が下手なサラリーマンより貰えて福利厚生とかもちゃんとしっかりしてるんですよ……大学卒業したら正社員に雇ってやるからケンブリッジだのハーバードだのマサチューセッツ工科大学だの行ってこいとか無茶言ってきますから社長ぶん殴ってやろうかと思いましたけど」

遊真「流石に暴力はダメだろ……お金も大事だけど心の方も大事だろ」

昴「そこを辞めたら辞めたで、黒の組織からスカウトされたりして大変なんですよ」

遊真「なんだその悪そうな組織は」

昴「世界を裏で牛耳ってるとかどうとか噂があり時には非合法の仕事をする国家権力にも顔が利く組織で、確かボーダーの外務営業部長もそこ出身とのこと……昔、その組織のアジトにある女湯を覗く事に成功したのとうちの会社が技術提供しているから今でも付き合いがあって仕事を請け負わされたりするんですよ……なにが悲しくて裏社会と関わらないといけないんだろう」

遊真「こっちの世界にはボーダー以外にも色々な組織があるんだな」


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16話

「千佳の事を空閑に相談してみようと思うんだ。兄さんも立ち会ってくれないかな?」

 

 ボーダーのラッド一斉駆除が終わった。一先ず三門市に安全を取り戻すことが出来て良かったと思ったが、一難去ってまた一難。

 今度は千佳の事に関して空閑から色々と聞こうとしており、私はそれに巻き込まれる。私としてはあんまり関わりたくはないのだが、弟の頼みを無碍にするわけにはいけない。

 

「立ち会ってくれとは言うが何処でやるつもりだ?」

 

「人気の少ない旧弓手町付近で」

 

「はぁ……そんな所に千佳ちゃんを行かせたら出てきたトリオン兵から身を隠そうとするぞ」

 

「あっ……」

 

「やるならば家ですればいい……幸い私達には秘密の部屋があるんだから」

 

 変なところでやってしまえば確実に三輪隊に見つかる。

 やるならば家でやるんだと言えば修は納得してくれて千佳に電話を掛ける。私も空閑に電話を掛けて家に来てもらう事に。

 

「修、千佳ちゃんの事だけど……私達でどうこう出来ない場合どうするつもりだ?」

 

「それは……」

 

 千佳ちゃんは近界民を引き寄せる。そのせいで色々と大変な目に遭遇している。

 その事についてどうにかしようと思っている修だが、原因は分かってもどうする事も出来ないのが現状だ。

 

「……まぁ、先ずは原因を解明してからにしましょう」

 

 一先ずは待つ事にする……だが、油断をすることは出来ない。

 目を閉じて心の中で領域展開と念じて気配を探知してみると三輪と米屋が家の直ぐ近くで監視しているのが伺える。さて、どうしたものか……今から米屋達に声をかけて強制的に帰らせるか……いや、強制的に帰らせるのは無理だな、私にそこまで力はない。

 力で思い出したが米屋と三輪が現在やっていることはまごうことなきストーカーだ。探偵業の様な事をしているわけでもなく、ボーダーの権力と言えば例えるならばそう、デパートや百貨店等の駐車場に居る警備員と同じだ。誘導することは出来ても強制することは出来ない筈だ。

 

「一緒に来たのか」

 

「最初に呼び出された場所で偶然に会ってな……」

 

「自転車に乗るのを特訓してたから手伝ってたの」

 

「そうか」

 

 一緒にやってきた千佳と空閑に驚くがここに来るまでの間に起きた出来事と後ろにある自転車を見て修は納得する。

 取り敢えずは空閑の自転車を私は家に押し込みながら警戒心を極限まで高める……米屋と三輪以外にも三輪隊はいる。たけのこの里信者の奈良坂と最年少の古寺、彼等二人は狙撃手な為に接近戦は出来ない。この辺りは警戒区域外どころか隣の蓮乃辺市の境界線上にあるからスナイパーライフルを構えて狙撃準備が出来ない……だから、万が一修が何処かに行った時に備えている。家を直接見張っている2人とは違うところにいるのを感じ取れる。

 

「あら、ちょうど良かったわ。ジュースを持っていきなさい」

 

 三輪隊の位置の確認を終えて家の中に入るとお盆を持った母さんがいた。

 今からシリアスな空気に入ると言うのに呑気な物だが、こういう日常があるという事を忘れてはいけないのを改めて再認識する。

 

「千佳ちゃんについてあれこれ聞くらしいけれど、貴方達だけで解決出来そう?」

 

「母さん、何処からそんな情報を……」

 

「奥様は魔女なのよ、魔法の力でパッと盗聴をね」

 

 それってむしろ科学の力じゃないだろうか。

 相変わらずな母さんに呆れながらジュースとお菓子が乗せられたお盆を手に修の部屋……ではなく、私の部屋へと入る。

 

「待たせたな……自己紹介関係は済ませたか?」

 

「あ、うん」

 

 取り敢えずは一人一個ずつジュースを配る……その上で警戒心を研ぎ澄ませる。

 見知らぬ人が我が家に入ってきたとなれば誰だアイツとなるのは当然のこと……とはいえ、家に強制的に乗り込む事は出来ない。礼状的なの持ってないからな。

 

「空閑は近界民関連で色々と詳しいから千佳が近界民に狙われる原因を知っているかもしれないんだ」

 

 紹介風に説明をする修。そうなんだと千佳ちゃんは軽く納得してくれる……ホントにいい子だ。

 

「空閑、千佳が狙われる原因を知っているか?」

 

「トリオ、近界民に狙われる原因ね……それはやっぱトリオン能力がスゴいぐらいしか思い浮かばないな」

 

「トリオン能力、そんなのが理由で狙われるのか?」

 

「修、その考えは間違っている。トリオンと言うのはこちらの世界で言うガソリンや電気の様な物だ。ガソリンや電気等は今の時代無くてはならない物だろう」

 

「オサムのお兄さんの言う通りだ。こっちじゃボーダー以外はトリオン使ってないけど向こうじゃ明かり1つつけるのにもトリオンを使う」

 

 この辺りは文化や文明の差だろう……なんかこの前も同じことを考えていたな。

 トリオンの重要性を教えてもらうと修は直ぐに納得し、空閑は指輪からレプリカを出す。

 

『はじめまして、チカ。私はレプリカ、ユーマのお目付け役だ』

 

「は、はじめまして!」

 

『そんなに身構えなくていい。早速だがチカのトリオン能力を計測しよう』

 

「え」

 

 レプリカからニュイっと出てくるチューブに戸惑う千佳。

 いきなりこんな事になったので戸惑う事は仕方がない。

 

「僕が先にやるよ」

 

 レプリカの安全性を証明する為に修はレプリカから出てきたチューブを握る。

 

『解析完了。コレがオサムのトリオンを可視化したものだ』

 

 一瞬で読み取ったレプリカは小さなトリオンキューブを出現させる。

 分かっていたことだが修のトリオンキューブ、小さいな……コレが持たざるメガネの実力か。

 

『では、チカのトリオン能力を計測しよう』

 

「そういや、オサムのお兄さんは出来ないの?」

 

「私のは誰が何処にいるのか半径1km圏内で分かる程度で、ボーダーに眠っている尋常じゃないエネルギーを持っている物なら感じ取ることは出来ますが人だとどうしてもね」

 

 レプリカにトリオンを計測して貰わなくても私の探知能力があるのではと疑問を持つ空閑。

 私の気配探知はそこまで便利じゃない。確かに生体エネルギー的なのを探知する事が出来るが、トリオンを探知する能力ではなく今こうして目の前にいる千佳からは普通の女子中学生で、トリオンは感じれない……てつこならイケると思うが。

 ともあれ千佳のトリオン計測には多少の時間が掛かる様でその間に修は空閑に千佳の事が好きなのかと聞かれて、それとこれとは話が違うと顔を赤らめる……私の弟、ピュアだな。

 

『計測完了、コレがチカのトリオンを可視化したものだ』

 

「うぉ……デッカ。オサムの何倍あるんだコレ」

 

「わ、私の中にこんなのが……」

 

『量も質も共に最高で、私の記録の中にもなにもしていない状態でこれほどまでに優れたトリオン能力を有した者はいない』

 

「ハンパじゃないな」

 

 原作知識で千佳が尋常じゃない程にトリオン能力を有している事は知っていたが、目の当たりにして若干だが引く。

 こんな莫大なトリオンを持った子供をボーダーが見つけ出していないのは……悪いことだよな。

 

「どうするオサム、この前みたいな事がまた起こらないとも言えないし現実的な話をすればボーダーに助けてもらうのが」

 

「それは……」

 

 修は自分の弱さを自覚しており、この前雑魚のトリオン兵にボコられたばかりだ。

 守ると言っても何処にも信憑性は無いし、修自身出来ない事だと思っている……助け船を出すか。

 

「レプリカ、君の中にトリガー工学に関する物はありますか?」

 

『ないこともないが、どうするつもりだ?』

 

「ボーダーのトリガーの中にはバッグワームと呼ばれるレーダーに映らなくなるトリガーがある。千佳ちゃんのトリオンが尋常ではないのなら多少のトリオンを消費してレーダーに反応しなくなるトリガーの様な物を作って持たせればいいと」

 

 トリオン兵に対抗するにはトリガーしかない。

 幸いにも千佳はエネルギーコストという点を完全に無視出来る程のトリオンの持ち主だ。多少効率が悪くてもトリオン能力でカバー出来る。

 

『ふむ、ボーダーに頼らないとなればそれが一番妥当な線だろう……しかし』

 

「どうかしましたか?」

 

『トリガー工学はこちらの世界に根付いている文明の技術とは大きく異なる物で今から基礎をはじめるとなると相当な時間が掛かる』

 

「ああ、その点に関しては問題ありません……取り敢えず、私のパソコンにトリガー工学に関するデータを全部入れてくれませんか?使える物と使えない物で仕分けをしておきますので」

 

「……あ、そうか。神堂さんに頼むんだね」

 

「しんどうさん?誰、そいつ」

 

「大学を飛び級で卒業して11歳で会社を起こした天才……兄さんのアルバイト先の社長で物凄い発明家でもあるんだ」

 

 餅は餅屋、理系がどちらかと言えば得意じゃない私にはトリガー工学は向いていない……ただ

 

「いえ、社長には頼りません」

 

 社長には頼らない、借りを作ると返すのが後々めんどくさくなる。

 会社の利益になるし面白い技術だろうとなにかに利用されると困る、一応あんなのでもボーダーの大手のスポンサーだからな。

 

「神堂さんに頼らないなら……まさか!」

 

「そのまさかだ……もう1人の天才に頼む」

 

『兄殿、トリガー工学に関するデータをパソコンに入れた』

 

「では早速頼みに行きましょうか……っと、その前にっと」

 

 念の為に木刀を腰に据えておく。

 

「今から行くのに木刀?」

 

「修、警戒心を強めておけ……見張られている」

 

「なっ!?」

 

 今の今まで気付かなかった様なので一応のアドバイスをしておく。

 見張られていると分かった修は直ぐに窓の外を見るのだが上手く死角に隠れていて見ることは出来ない。

 

「オサムの事が怪しまれてるならその人に会うの難しいんじゃないの?」

 

「あ、その点に関しては問題ありません」

 

 ドアノブを右に2回、左に3回回してドアを開く。するとそこは私の部屋の外……ではなく、真っ白な部屋。

 

「む……オサムのお兄さんの部屋の外じゃない……どうなってるんだ?」

 

「RDー1の力だと言っておきます」

 

 部屋の外ではなく別の部屋に繋がった事に驚く空閑。

 質量保存の法則とか色々とガン無視しているこの状況について説明をするのは難しい。色々と無視してるからな。

 

「誰?」

 

「私です、マリーちゃん……ちょっと日野さんの所に用事があってきました」

 

「久しぶり、マリーちゃん!」

 

「千佳ちゃん、久しぶり」

 

 白い部屋に行くとそこにはマリーが人形を持ったままフワフワと浮いていた。

 私は定期的に会っているが千佳は久々に会うので嬉しそうに側に駆け寄る。

 

「オサム、あの子浮いてるんだけど……トリガーかなんか使ってるのか?」

 

「マリーは幽霊だから空中に浮くことができるんだよ」

 

「……マジで?」

 

「マジだよ」

 

 色々と経験してきている空閑だが、流石に幽霊と出会うのははじめてなので修並とは言わないが冷や汗を流す。

 プカプカと浮いているし全体的に白いしちっこい、更にはサイドエフェクトで修が嘘をついていないのが分かり空閑は信じる。

 

「因みにマリーちゃんの力を借りれば、幽霊になる事が出来ます……多分、暇になると思いますのでここで遊んでても構いませんよ」

 

 レプリカからトリガー工学に関するデータは貰っているので、ここで遊んでも構わない。

 千佳は久しぶりに会うことが出来たマリーと嬉しそうに会話をしている。

 

「オサム、おれ幽霊になってみたい!どうやったらなれるんだ!」

 

「いきなりだな……マリーが幽霊にしてくれて」

 

「さてと、私は……おや、ついてくるのですか?」

 

 空閑くん達が遊ぼうとしている中、レプリカはついてくる。

 

『兄殿が安心して任せられる人がどの様な人物か確認しておきたい』

 

「そんな畏まらなくてもいいんですよ……すみませーん」

 

 レプリカと共に真っ白な部屋から日野家に入る。

 取り敢えず気配探知をしてみると目当ての人物が居る事が分かり、階段を降りていく。

 

「昴くん!?」

 

「すみません、日野さん。火急の用事だった為に部屋を経由してやってきました」

 

 階段を降りた先にいたのは身長174cmぐらいの糸目の男性。

 日野(兄)世界的権威の日野博士の息子で、本人も大学を飛び級して色々と特許を持っている大天才だ。いきなり私が現れた事に驚くので取り敢えずはとソファーに腰を掛ける。

 

「リリエンタールとてつこは居ないけど……あ、そう言えばニュースで見たよ。修くんの通ってる中学で近界民が出たって」

 

「ええ、私もあの現場に居ましたので色々と知ってます……実はちょっと近界民(ネイバー)関係で頼みたい事がありまして」

 

「ぼくに頼みたいこと?」

 

 なんの事だと首を傾げる日野のお兄さん。

 ノートパソコンを起動して先程レプリカから貰ったトリガー工学に関するファイルを開き、見せる。

 

「これは……トリガーに関するデータじゃないか」

 

「色々とツテがあって手に入れる事が出来たんですけど、生憎な事に私にはチンプンカンプンでして日野さんならこういうの得意だろうと訪ねたんです」

 

「う〜ん、参ったな。トリガーに関する知識は少しだけ知ってるけど、ここまで本格的なのは1から勉強しないと……コレって貰っていいの?」

 

「ええ、私が持っていても宝の持ち腐れ状態ですから……ただその、ちょっと頼みたいことがありまして」

 

「頼みたいこと?」

 

「コレには近界民(ネイバー)に関するデータが入っていまして、近界民に狙われなくなるお守り的な装置を作って欲しいんです……本格的な光学迷彩とかバリアを貼るとかそんなんじゃなくて近界民のレーダーに映らなくなる程度の代物でいいんですよ」

 

「うーん……1からの勉強で家の事もあるから下手したら年明けぐらいになるけど」

 

「ああ、大丈夫です……火急の用ですが出来る出来ないの話で出来るならばいい。多少の時間を掛けても問題はないです」

 

「……昴くん、またなにか危ないことをしているんじゃないかい?」

 

「絶賛ギリギリのラインを渡り歩いています」

 

 過去に色々とやらかしているので私の事を心配してくれる日野さん。

 この危ない橋を渡らなければなにもはじまらない……私だからこそ出来る事をしておかなければならない。この人に色々と隠しているのは無駄なので千佳が近界民に狙われている事を話し、トリガーの動力源であるトリオンが尋常でない程持っていた事を教える。

 

「そうか、千佳ちゃんがそんな事に……分かった。出来るだけ早くトリガー工学を覚えてレーダーに映らなくなる装置を作るよ」

 

「私が不甲斐ないばかりに申し訳ありませ──ちょっと失礼」

 

 話はなんだかんだで纏まり終わりに向かおうとした時、母さんから連絡が来る。

 

「もしもし」

 

『昴、貴方今何処に居るの?』

 

「マリーちゃんの部屋を経由して日野さんの所にって、なんか音がするけど」

 

『よく分からないけど、ボーダーがインターホンを鳴らしまくってるのよ……ヘマをしたわね』

 

「ちょっと待って……日野さん、すみません!ちょっと急用が入りましたので細かな話はこの後に」

 

 いったい何処で間違ったんだろうか。

 電話を切ると日野さん家のリビングから急いで3階のマリーの部屋に戻ると修達が半透明になってプカプカと浮かんでいた。

 

「幽霊になるって不思議な感覚だな……お、オサムのお兄さん、話終わったの?」

 

「一応は終わりましたが、今はそんな事を話してる場合じゃないです。ボーダーの隊員達が家に乗り込もうとしてるんです!」

 

 いったい何処で情報が漏洩したんだろうか。

 三輪は普段は冷静だが近界民関連の事だとマジでなにをするか分かんない……狙撃手が家の中を覗き込んでないのかは注意した。

 何処で、何処で情報が漏れた……レプリカや空閑からトリオン反応が出た?いや、それは無い。この前のラッド駆除の際にレーダーに映ってバレてる筈だ……なにをキッカケに……!

 

「修、今手元にトリガーはあるか!」

 

「一応は持ってきてるけど」

 

「っ、それか!」

 

 修の手元にトリガーがあった。

 私が麟児さんから横流ししてもらったトリガーに発信機はついていないが、修の持っているトリガーには発信機がついている。

 三輪隊は家に籠っている修の情報をトリガーの発信機を受信して情報を逐一確認していたが、いきなり蓮乃辺市に来たのならばなにかあったと強行し乗り込む……クソ、私のミスだ。ボーダーのトリガーは発信機の様な物があって何処にあるのか分かるのを知っているのに、修に置いていけと言うのを忘れた。多分、私が武装したのを見て修が念の為にと持ってきたんだろう。

 

「ごめん、兄さん」

 

「修のせいじゃない」

 

 私が見誤ってたのが原因だ……修に持って行くなと言えたのに、言わなかった私が悪い。

 

「空閑くん、万が一の場合は戦闘を想定してください……最初は私が迎撃しますので手出ししないでくださいね」

 

 さて、何処まで戦えるか……出来れば幸運の女神が微笑んでほしいものだ。



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17話

「おおっ、元の部屋に戻った」

 

 右に2回、左に3回ドアノブを回してマリーの部屋から元の自分の部屋へと戻ってきた。

 元の部屋に戻ってきたことを空閑は驚いているがそんな場合じゃない。事態は一刻を争う。チャイムの音が鳴りっぱなしだ。

 

「……千佳ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「今から起きることは出来る限り内密で最初から無かったかと思ってください……ちょっとややこしい事件が起きています」

 

 状況をイマイチ掴む事が出来ていない千佳。1から説明したとなると色々とめんどくさい問題が生じる。

 ここは修と私を信頼してほしい……詳しい事情は後で説明をする……多分。

 

「インターホン、滅茶苦茶鳴ってるな」

 

 ピンポーンピンポーンと家中に響いている。

 母さんが出てくれないかと淡い期待を抱くがあくまでも問題を持ち込んだのは私達、私がどうにかして解決しなければならない。

 

「私が対応に出る……失敗したらすまない」

 

 こういうのって私、向いてないんだよ。

 内心ビクビクの状態で玄関に赴くと三輪達が一向にドアを開けないからとドンドンとドアを叩いている。落ち着け私……ここは転生者名物の名演技をするんだ。

 

「全く、NHKは見ていないんで料金は払いませんよ……って、三輪くんと米屋くんじゃありませんか」

 

 修達を完全に避難させつつ、ドアを開いて驚く素振りを見せる。

 三輪達が来たことを驚く一般人……さて、三輪達はいったいどういう動きを見せる?

 

「三雲、お前の弟は何処にいる?」

 

「何処に居るって、家で受験勉強してますよ。なにせ今年は受験の年です、三門第一高校に受かる学力はあれども油断は出来ないですしこういう時に勉強しないと米屋くんみたいになりますから」

 

「お前、オレをなんだと思ってるんだ」

 

「青春をボーダーに捧げてるですかね……それで修がまたなにかしたんですか?言っときますけど、1回目の時も2回目の時も緊急事態だったからトリガーを使ったわけで、修に落ち度はありません。あるとすればボーダー側にあり、修がどうにかしなければ救えなかった命はあるんです」

 

 それっぽい理屈を並べ、あくまでも一般人のフリを装う。

 三輪達はその件に関して根掘り葉掘り掘り返すつもりは特には無いようで、その件に関してはなにも言ってこない。

 

「お前の弟に最近変わった様子はあるか?」

 

「随分と唐突ですね……変わった事もなにもイレギュラー門に2度も遭遇したり、危うくクビになりかけたり変わった事しか起きていませんよ」

 

「だったら、メガネボーイを呼んでくれるか……家に居るんだろ?」

 

「ええ、分かりました」

 

「!」

 

 急にトリガーの居場所が移動したという事はなんらかの手段を用いて修が移動したと睨んでいる米屋。

 答えには辿り着いているが選択を誤ったな。ここで修を呼ぼうとしなければなにかを隠していると思われるが、さも当たり前の如く2階に上がる。

 

「修、すまん……出番だ」

 

「分かった」

 

「トリガーは持つなよ、後々ややこしくなるから」

 

 上手く修を出すように誘導されている感は否めないものの、修を出すか出さないかで話は大きく変わる。

 二階の私の部屋から修を連れ出して一階に降りていくと驚いた顔をする……こんなにあっさりと連れてくるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「私の友人の米屋くんと三輪くんだ(先日はどうも)」

 

「あ、先日はどうも……わざわざ家に訪ねに来て、どうかしたんですか?」

 

「どうか、だと?」

 

「秀次、抑えろ……三雲の奴もいる」

 

 あくまでも素知らぬ顔で素知らぬ不利を通す修。

 既に物的証拠の様な物はあるので言い逃れをするのは難しいが、ここで一般人の私が出ることで言葉を出しづらくする。

 

「……三雲、悪いが少し席を外してくれないか?ボーダーの機密に関わる会話を今からする」

 

「それは出来ない話ですね……ここは私達の家ですので、大事な話があるなら喫茶店かボーダーの本部にでも行ってください」

 

 この場から私を外そうと考えるのだが場所が悪すぎる。

 ここは私の家でもあるわけで、この場からとっとと去れと言われるのははいそうですかと言うことは聞けない。

 

「それに私は今ボーダーに対して色々と怒っているんですよ……木虎の一件もそうですが貴方達の今の態度にも」

 

 修になにかしらの用事があるのならば先ずはアポイントメントを取って置かなければならない。

 それぐらい常識なのに2人はその過程を一気にすっ飛ばして家にやってきている……まぁ、極秘の任務だから仕方ない。

 

「……お前の弟に近界民との繋がりの容疑が掛かっている」

 

 もっと理屈らしい事を言ってくるかと思えばストレートに言ってきた。

 最悪の場合、記憶を操作すればいいとか思っているんだったらふざけんなと言いたい。昔の私より調子に乗っている。

 

「……それで?」

 

「つい先程お前の弟のトリガーの反応が消えて今になって元に戻った。お前の弟はB級に上がって正隊員のトリガーになったばかりで故障の線は薄い……反応が消失している間になにをやっていた!言え!」

 

「(家で勉強してました)」

 

「家で勉強していました」

 

「嘘をつくな!お前があの日倒したと言っていたトリオン兵にお前のトリオンとは異なるトリオンが残留していた!アレはボーダーの誰の物でもないトリオン反応だ!」

 

 感情が高ぶっているのか冷静さを失っていく三輪。

 決定的な証拠であるトリオン兵の事を一般人の私の前で話題に出すとは愚か、米屋も興奮して余計な事を喋ってしまっていると少しだけ焦っている。

 

「っ!」

 

 そして修も自分のついた嘘がバレている事に驚く……こういう時は無表情を貫くものだが仕方あるまい。

 

「先程お前の家に2人の子供が上がってきた事も確認済みだ、奴等が近界民だろう!」

 

「違う違う、近界民はおれだよ」

 

「空閑くん!?」

 

 出てくるなと念の為に釘を刺して言っておいた空閑が部屋から出てきて2階から声を出す。

 

「証拠が出揃ってるなら無理に隠しても意味はない……あの時のバムスターはおれが倒した」

 

「っ!」

 

 空閑が出てきてしまった以上はやるしかあるまい。

 三輪と米屋は家に土足で上がってこようとしたので私はそれよりも早く腰に添えている木刀を抜く。

 

「ト」

 

 三輪は自身で部隊を率いてA級にいる。米屋も三輪隊に所属していてマスタークラスと言われる程の実力を有している。

 ここで戦えば確実に家に穴が空いてしまう。そうなれば父さんに合わせる顔がない……それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 

「リ」

 

 三輪も米屋も相当な実力者で私も多少腕に覚えがあるが、実際のところどれだけ強いのか分からん。

 出来る限り被害を抑える方法は1つ……それはあまりにも難しい事だが、こういう日が来ても大丈夫な様に日頃から筋肉を鍛え上げている。

 

「ガー」

 

「もらった!」

 

「ッ!」

 

 三輪も米屋もボーダーの精鋭で強い……だが、あくまでもそれはトリガーを使用した場合に限る。

 トリガーを使用するべくトリガー本体を手にした三輪と米屋の手を木刀で叩きつけて、トリガーを叩き落とす。

 

「飛天御剣スタイル、双龍閃!」

 

 ここで追撃の手は緩めない。

 トリガーを手から離してしまったら使用することは出来ないのは向こうも重々承知なので拾いに行く前に鞘の方で三輪を家の外にふっ飛ばす。

 

「秀次!」

 

「余所見をしている暇があるかしら」

 

「母さん!」

 

 三輪がやられたと焦る米屋だが、その焦りが油断を産んだ。

 何時の間にか背後に回り込んでいた母さんがフライパンを手に思いっきりお尻に向かって振って叩きつける。

 

「ケ、ケツが!ケツが割れる!」

 

「甘いですね」

 

 ボーダーの選りすぐりの精鋭だかなんだかしらないが、それはあくまでもトリガーを使った上で強いんだ。

 トリガーを起動する為のほんの僅かな隙を突いて生身の肉体を攻撃してトリガーを手放させれば太刀川さんだろう出水だろうが当真さんだろうが風間さんだろうが実力派エリートだろうが本部長だろうが絶対に勝つ事が出来る。

 

「紐があるから縛るわよ」

 

「ああ……空閑くん、勝手に出てきては困りますよ」

 

「でも、おれが出ないとこのままだと押し入ろうとしてたぞ」

 

「そうなったらそうなったでなんとかしました……はぁ、こういう力技は好かないんですけどね」

 

 空閑が出てきてしまって話が今以上にややこしくなってしまった感は否めない。

 叩き落とした三輪と米屋のトリガーを回収すると母さんがテキパキと米屋をビニール紐で縛り上げるので私は立ち上がろうとしている三輪を拘束する。

 

「貴様っ、近界民を庇うのか!」

 

「ふむ……それのなにが問題なのですか?」

 

「なんだと!?」

 

「彼が例のイレギュラー門の原因とかならば貴方の怒りは正当ですが、彼は全く無関係です」

 

「おれはこの前のイレギュラー門と全然関係無い。ボーダーにいる親父の知り合いに会いに来たんだ」

 

 空閑を憎むのは勝手だが、彼には一切の罪はない。

 本人もボーダーにいる父親の知り合いに会いに来たわけで、害ある事はするつもりはない。

 

「そんな話を信じられるか!」

 

「信じるか信じないかは君が判断するんじゃない。上の人間が判断する事だ……君は1隊員に過ぎないっと、出るぞ」

 

 三輪の両腕に紐を括り付け、縛り終えたので2人を引っ張って家の外に出る。

 気配探知は緩ませていない。奈良坂と古寺が何処に居るのか分かっているので大きく息を吸い込む。

 

「隠れている狙撃手2人!この通り米屋くんと三輪くんは拘束させてもらった!君達がトリガーをオフにして姿を現すならば手荒な真似は一切しない!」

 

「っ、古寺、奈良坂!姿を現すんじゃない!白髪頭のチビが近界民だ!俺に構わずやるんだ」

 

「黙っててください!私達の求めるのは話し合いの場を設ける事……」

 

 何処に居るのかは分かってはいるが向こうから降伏してきてくれないと困る。

 米屋達が人質に取られているから出てくると思ったが、中々に出てこない……上の判断を仰いでいると言ったところだろうか。

 

「そっちがその気ならば、こっちにだって考えがある……トリガー、起動(オン)

 

「なん、だと……」

 

 一向に動こうとしない三輪隊を見て痺れを切らした私は三輪のトリガーを起動する。

 音声認識で誰でも扱える物だから案の定使うことが出来た……三輪は私がトリガーで換装した事に驚きを隠せない。

 

「何故お前がトリガーを使うことが出来る!お前はトリオンが」

 

「私が何時、ボーダーの入隊試験を受けたと言いましたか?」

 

 ボーダーの試験にふるい落とされたと勘違いをしている三輪。

 私は戦いたくても戦えない人間が居ると言っているだけで、私が戦えないとは一言も言っていない。

 

「さてと、確か弧月でしたね」

 

 腰に添えているビームサーベルもとい弧月を抜く。

 トリガーを使うのははじめてで色々と調べてみたいが、今は遊んでいる暇は何処にもない。

 

「ふん!」

 

「おまっ、なにやってんだよ!」

 

 三輪のトリガーを用いて米屋のトリガーを真っ二つにした。

 

「私は本気なんですよ」

 

 三輪達を人質にしているフリをしていると思われたら困る。

 割と冗談抜きで人質にしており、トリガーをぶっ壊す事で冗談でもなんでもない本気アピールを見せる。

 

「……っむ!」

 

 これだけすれば潔く投降してくるのだろうと思ったが甘かった。

 今まで正常に見えていた視界が一瞬で眩く光を放つ……オペレーターが視覚支援を応用しているのだろうが甘い。

 

「シールド!」

 

「嘘だろ、2人の狙撃を防ぎやがった!?」

 

 視覚を妨害したところで生まれる隙を突いて狙撃しに来た奈良坂と古寺。

 トリオン体になっても気配探知能力は健在で半径1km以内にいるならば何処に居るのか手に取る様にわかり、そこから逆算して狙撃する場所を見抜き、シールドを作り出す。

 

「あーあー……オペレーターの人、私の視覚を妨害して狙撃で緊急脱出(ベイルアウト)させてボーダー本部で取り押さえようと考えた様だが甘い。コレぐらいなら目を閉じても防ぐことは出来る」

 

 そう言えば、通信機能があった事を思い出して三輪隊のオペレーターに連絡をする。

 三輪隊の中で最も話し合いが通じそうな人だからなんとかなる……いや、無理と想定していた方がいいか。

 

『驚いたわ、視覚を暗転させたのに驚かずにシールドで攻撃を防ぐなんて』

 

狙撃手(スナイパー)が潜んでいると分かっていれば簡単に防げます……それよりもその狙撃手の投降をお願いします……でなければ私も心を鬼にしないといけません。はい、10,9、8」

 

『ちょっとまって!』

 

 三輪隊のオペレーターである月見蓮とのコンタクトを取ることに成功したが、あんまり話が通じなさそうなので脅しは続ける。

 拳銃(ハンドガン)を取り出し、マガジンを入れ替えて三輪に向けて発砲する。

 

「秀次!?三雲、てめえ」

 

「よく見てみてください……殺してはいませんよ」

 

「っ、鉛弾(レッドパレット)!」

 

 撃たれた三輪は巨大な六角形の黒色の鉛が体に張り付く。

 私が撃った弾の名前は鉛弾(レッドパレット)、シールドを通過する特殊な弾丸で当たったら相手を撃ち抜くのでなく、100kgの重りをくっつける所謂デバフの弾。

 

「へぇ、ボーダーのトリガーって色々とあるんだな」

 

 鉛弾に感心を示す空閑……原作通りになるか。

 まぁ、それはさておき視覚を暗転して見えなくされているので目を閉じて、武器もしまう。

 

「修、ボーダー内に話し合いの通じそうな人はいるか?」

 

「っ、そうだ!迅さんなら分かってくれる!」

 

 ボーダーとの話し合いの場を設ける傍ら、実力派エリート(セクハラ魔)に連絡を入れる様に即す。

 そういえばここでこんな事をやっているけども迅はなにをやっているんだろう。旧弓手街駅でスタンバってたら笑える。

 

「迅、迅だと!?玉狛の裏切り者を呼ぶつもりか!」

 

「その状況でよく吠えることが出来ますね」

 

 一発だけ撃ち込んだ鉛弾。トリオン体ならばなんとか動けるだろうが今の三輪は生身の肉体でかなりの負荷が掛かっている。

 そんな状況でも吠える事が出来ている……だが、色々と力を握っているのは私の方である。

 

「も、もしもし迅さん」

 

『あ、ちょうどよかったメガネくん。今どの辺りに居るのかな?』

 

「家にいます。家に三輪隊の人達がやってきてその、兄が撃退して」

 

『え、マジで……めっちゃ読み逃したな』

 

「修、ちょっと代わってくれるか?」

 

「うん……兄さんに代わりますね」

 

「もしもし、私三雲修の兄で三雲昴と言います。現在三輪隊と交渉中でして……とっとと降伏する様に勧めてくれませんか」

 

 電話を修から受け取ると、くだらない世間話を一切せずに脅す。

 本当にこういう事は向いてないんだからやらせないでほしい……ホントだよ。

 

「昴、この子にもその鉛弾を撃っておきなさい」

 

「あ、うん」

 

『ちょっと待って!発砲音が聞こえるんだけど!』

 

「三輪くんと米屋くんがトリガーを起動する前にボコって強奪したんですよ」

 

「おまっ、容赦無さすぎだろう」

 

 米屋には鉛弾を2発撃つ。

 こう見えて黒服の組織で射撃訓練をしているので近距離のデカい的ならば簡単に撃ち抜く事ができ、約200kgという重りをつけられた米屋は地面に這いつくばる。

 

「お前とお前の姉ちゃんバイオレンス過ぎるだろう」

 

「「母です」」

 

「……マジで!?」

 

 母さんの事をやっぱりと言うべきか姉と勘違いしていたようだ。

 見た目は若いけども40手前のおばさんなんだ……ホント、若作りが上手なんだこと。

 

「全く、近界民を相手にしているからって調子に乗り過ぎよ。近界民を倒す事を仕事にしているかもしれないけど、貴方達は探偵紛いの事をしていいわけじゃないのよ」

 

「……すみません」

 

 母さんの威圧感に負けたのか屈して謝ってしまう米屋。

 

「オサムのお兄さんもお母さんもタダモノではないな」

 

「空閑くん、覚えておきなさい……奥様は魔女なのよ」

 

 だから、それが言いたいだけだろう。

 ニョキニョキっと角の様な物を頭から囃そうとしているので流石にそれはやめてくれと視線を送ると通じたのか角を隠す。

 

「迅さん、私はボーダーの人間でないので事情を知っていてもボーダーにあれこれ深く関わることは出来ません。私が時間を稼いでいる間に本部の上層部と話を付けてくれませんか?」

 

『OKOK、実力派エリートに任せなさい』

 

「では、失礼……トリガー、オフ」

 

 実力派エリートに後始末を任せたのでこれでよし。

 トリオン体から元の生身の肉体に戻り、破壊した米屋のトリガーを回収する。

 

「修、空閑くん、今のところ私が力を貸せるのはここまでだ……私なりに時間を稼いでおくからその間に上手くやってくれ」

 

「やってくれって、兄さんなにをするつもり?」

 

「この2つのトリガーを三門市外のある場所に置いていく……ああ、場所は後で教えておくから後でボーダーの誰かに取りに来てもらう」

 

 木刀を家にしまい、今度はバイクのヘルメットを取り出し被る。

 社長にラッドを見つけた報酬としてもらったバイクをこんなところで使う羽目になるとは思いもしなかった。盗んだバイクならぬ盗んだトリガーで走り出す。流石社長がくれた100万ちょっとの日本製の新品のバイク、乗り心地が違う。



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18話

「お待たせ……って、うわぁ」

 

 昴が逃亡もとい時間を稼ぐ為にトリガーを持ち逃げしてから十数分後、実力派エリートである迅が三雲家の前に辿り着く。

 彼のサイドエフェクトである予知では修達が旧弓手街駅で色々と騒動を起こすと見ていたのだが、昴の策略により三雲家で騒動が巻き起こった。

 未来を読み逃すことは稀にあるので仕方ないことだと受け入れて三雲家に辿り着いたが、迅は思わず声を上げる。

 

「迅さん、へループ」

 

 米屋と三輪が生身の状態で鉛弾をくっつけた状態で寝込んでいた。

 生身の肉体での運動神経は良い方である米屋だが、鉛弾の重さには敵わずゾンビ映画のソンビの如く這いつくばってこっちに来ようとしている。

 

「米屋、大丈夫……じゃなさそうだな……なにがあったんだ?」

 

「メガネボーイのトリガーの位置反応が急に蓮乃辺市の庭先町に変わったからなにかあったって突っ込んだら、トリガーを使う前に三雲の奴にボコられた」

 

「成程……」

 

 米屋も三輪も精鋭と呼ぶに相応しい実力を持っている。

 黒トリガーと予知というサイドエフェクトを持っていてS級の身の自分でも油断はならない相手だが、そもそもでトリガーを使わせないという盤外戦術を取ってきた。黒トリガーさえあれば滅茶苦茶強い自分でも生身の肉体をやられたらそりゃおしまいだと少しだけ米屋達を哀れんだ。

 

「貴方が迅くん?」

 

「はい。ボーダーの実力派エリート、迅です!三雲くんのお姉さんですね」

 

「「母です」」

 

「……え!?」

 

 最早恒例行事となっているこのやり取り。

 何時もの事だからと迅を納得させると母は口を開く。

 

「貴方はボーダーで発言権かなにかを持っている人かしら?」

 

「オレはボーダーのS級隊員で色々と引く手数多の多忙なエリートですよ」

 

「そう、なら貴方に聞くわ……ボーダーってなんの組織なの?」

 

 母は率直な疑問を迅にぶつけた。

 

「この世界とは違う世界の住人が侵攻しに来ていて、それを防衛している組織なのは分かっているわ。下手に漏らすと大変な情報があるからある程度の隠蔽工作も分かるわ……けど、それとこれとは話が別の筈よ。探偵でもなんでもないのに修が怪しいからって人の家の前で張り込みをしていいと思っているの?勝手に人の家に乗り込んでいいの?明らかに修の個人情報を利用しているわよね」

 

 修自身に疑いがあり実際のところ近界民と繋がりがあったのは事実で、近界民を敵視している三輪達。

 ボーダーと言う組織は近界民の侵攻の魔の手からこの世界を守る的な感じの組織だと見ている母だが今回の一件でなんの組織か疑問を持つ。

 

「貴方達は当初は秘密の組織で今は大々的な民間組織で国営の組織じゃないんでしょう……昔の昴もそうだったけど強い力を手に入れたからっていい気になってるんじゃないの?」

 

「それは……すみませんでした」

 

「すみませんでしたって、貴方が謝罪する事じゃないでしょう。こんな事を個人の独断でしていいわけないし許可をした上司が申し訳ないと謝罪するのが筋じゃないかしら?貴方達は特別な技術や戦闘訓練を積んでいるかもしれないけど特別な人間じゃないのよ」

 

「はい……」

 

 来て早々に説教をくらう迅。

 言うまでもないが彼は無実である。むしろ助っ人の様な立ち位置なのだが母の威圧感に飲み込まれてしまっている。

 

「今回の一件は後々謝罪に来てもらうとして……ボーダー的には今回の一件をどうするの?どうしたいの?」

 

 これ以上、迅にああだこうだ言っても仕方がない。

 責めるべき相手は迅ではないので、この後の事について聞く。

 

「修が近界民について報告しなかった事について責めるって言うならば、今すぐにでも修をボーダーから辞めさせるわ」

 

「母さん!?」

 

「修が本当にやりたい事だから許可してるけど、学校でイレギュラー門が開いたと思えばトリオン兵に襲われ、緊急事態でトリガーを使った事を責められるわ、正直ボーダーと言う組織に対して色々と疑いを持っているわ。今はまだ近界民関連を独占してるけど、それを理由に図に乗ってるところがあるわよ……この子達がいい一例よ。貴方達が情報を秘密にしているから今回の一件を招いたのよ」

 

 修の本当にやりたいことだから口出しは極力しない母だが口出ししないだけで全ての事情には成通している。

 故に一般市民としてボーダーに色々と疑問を持つ。不安を抱く。

 

「先ずメガネ……三雲隊員が隠していた近界民」

 

「貴方達にとって近界民はあのロボットみたいなので、向こうの世界からやってきた人は人間じゃないの?」

 

「……三雲隊員が密かに交流していた近界(ネイバーフッド)からやってきた人は何処に居ますか?自分は向こうの世界の住人と個人的に仲良くしておりまして、敵対する意思はありません」

 

「そう……空閑くん」

 

「どうもはじめまして空閑遊真です」

 

 人の家に乗り込もうとした一件は一先ず置いておき、話は近界民に変わる。

 迅には敵対する意思は無いと主張をするのでここからはと母は遊真に後を任せる。

 

「……っ……へえ」

 

「ジンさんだっけ?おれ、親父の知り合いのもがみそういちさんに会いに来たんだけど」

 

 遊真の顔を見てサイドエフェクトが発揮し、色々と未来が視える迅。

 遊真は親父が死んだ時に頼れと言われた人物の名前を出す。

 

「最上さんに会いに来たんだな……最上さんはここにいるよ」

 

「……そっか」

 

 ボーダーに2つしかない黒トリガーである風刃を見せる迅。既に頼るべき相手はこの世には居ないことを遊真は直ぐに納得した。

 

「取り敢えず本部に報告をしに行く……メガネくん、遊真とどういう感じに出会ったか話してくれるよね」

 

「はい……」

 

「それとそこで隠れている奈良坂と古寺、秀次達を連れて帰るの手伝ってくれ」

 

「っ……見えてたか」

 

 キノコヘッドのイケメン、奈良坂とメガネの男性である古寺が姿を現す。

 鉛弾の重みで地面を這いつくばっている米屋と三輪に手を貸すのだが、2人の力を合わせてもどちらか片方を持ち上げるのがやっとだった

 

「あちゃ〜こりゃどうすっか」

 

 これが生身の肉体でなくトリオン体ならばバッサリとブッタ切ってしまえばいい。

 しかし生身の上に鉛弾があるのでそれは出来ない……。

 

「秀次達のトリガーは何処にあるんだ?」

 

「……三雲が、そいつの兄が持ち逃げした」

 

「ええっ!?」

 

 取り敢えず鉛弾を解除しようと考える迅だが、肝心のトリガーがここにはない。

 つい先程、昴はぶっ壊した米屋のトリガーと奪った三輪のトリガーを持ってバイクに乗り三門市から出ていった。

 

「オサムのお兄さんが時間を稼いでくるから後は頑張れって言ってたぞ」

 

「メガネくん、お兄さんが何処に行ったか分かる!?」

 

 一度見たことある人物ならサイドエフェクトで何処にいるか特定出来るが顔を見たことのない人間にはなんも発揮出来ない。

 修に駆け寄り、居場所を聞いてみるがまだ兄からの連絡は来ていない。まだ運転をしている。

 

「兄さんの事だから、安全な場所に保管をしている筈です……多分」

 

 時折暴走する姿を見せるので若干信用は無いが、基本的に言った通りにはする。

 

「参ったな……緊急脱出(ベイルアウト)出来たら直ぐに帰れるんだけど、まさかトリガー持ち逃げするとは」

 

「むっ……レプリカ」

 

 流石にこのまま三輪達を置いていくことは出来ない。

 遊真はレプリカがいる自身の黒トリガーに声をかけるが、母である香澄が待ったをかける。

 

「まったく、仕方がないわね」

 

 携帯を取り出す香澄。2と6を押す

 

「ジルマ・マジーロ」

 

 呪文を唱える母。すると三輪と米屋の服に張り付いていた鉛が光の粒子に変わり、二人から離れる。

 

「……え!?」

 

 突如として鉛を消した事に驚く。遊真も「おお」と声を上げており、何がなんだかわからない。

 サイドエフェクトで香澄を見ようとしていても変な風にボヤけていて上手く見ることが出来ない。

 

「あの、なにをしたんですか?」

 

「……貴方がボーダーに関して色々と言えない守秘義務がある様に私達にも色々と言えない事があるのよ……なんでも知れると思ったら大間違いよ」

 

 目の前で起きている状況について説明はして貰えない。向こうが勝手にやるならばこっちもそれなりに勝手にやらせてもらうと若干ながら喧嘩腰の母。ともあれ三輪と米屋にくっついていた鉛は取れたので身動きを取ることが出来る様になった。

 

「さぁ、行くぞ」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)で本部に帰ることが出来ないので三輪隊は迅と修と一緒に徒歩でボーダー本部を目指す。なんとも言えない微妙な空気を流す。

 

「遊真くん、千佳ちゃん、お昼ごはんはなにを食べたい?どうせだから出前を取ろうと思っているのだけど」

 

「っむ……鰻重とやらを食いたい」

 

「あ、じゃあ私も……白米大盛りでお願いします」

 

「ええ……」

 

「ねぇ、遊真くん……遊真くんが向こうの世界からやって来たってホントなの?」

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「また貴様かぁ、メガネ!」

 

 ボーダーの本部の会議室、鬼怒田開発室長は怒鳴る。

 言うまでもなくまた騒ぎを起こしたメガネもとい修に対して怒っている。

 

「全く、近界民(ネイバー)を匿っていたとはどうして報告をしなかったのかね」

 

「まぁまぁ、鬼怒田さんも根付さんも落ち着いてって……」

 

「それでその近界民(ネイバー)、いや、空閑遊真が最上宗一を訪ねに来たと言う話は本当かい?」

 

「あ、はい」

 

 修は遊真との出会いをざっくりと上層部へと語った。

 それを聞いて忍田本部長と林藤支部長はなるほどと言った顔をする。

 

「空閑さんの子供か……それが本当だったら、我々が敵対する理由は何処にもない」

 

「待ってください。近界民の言葉を信じるのですか!?第一、空閑とはなんなのですか!」

 

「空閑さんは、空閑有吾さんは旧ボーダー創設者の一人で、城戸司令と同期だった人だ」

 

「!?」

 

 親父の知り合いがボーダーの隊員だと聞いていた修は驚く。

 父親もボーダー隊員だったのかと忍田本部長からあれこれ語られる……が、今はそれは置いておく。

 

「鬼怒田開発室長、三輪くんと米屋くんのトリガーに関してはどうなっていますか?」

 

「三門市の遥か外に出よったせいで探査範囲外になってしまった。レーダーの範囲を広げればどうにかなるが少し時間が……おい、メガネ。お前の兄はいったい何処に行った!」

 

 修に昴の居場所を問い詰めるが、修は答えない。いや、答えられないといったところか。

 フルフェイスタイプのヘルメットを被って何処かに行った兄は行き先を告げてくれなかった。時間を稼ぐと言っていたからもしかしたら言ってこないかもしれない。

 

「あ……兄からです」

 

 そんな不安を抱いていると兄からメールが届いた。

 件名は【トリガーの居場所】でメールを開くと住所が記載されていた。

 

「ここは……」

 

 記載されている住所に修は見覚えがあった。もしかしてと添付されていた画像を開くと温泉旅館が写っていた。

 

「温泉旅館です、兄は温泉旅館にいます。住所は……です」

 

「温泉旅館……ちょっと画像を見せてくれないか?」

 

「あ、はい」

 

 言われた住所に少し心当たりがあるのか修の携帯を覗き込む唐沢部長。

 画像には昴は写ってはおらず、温泉旅館の入口だけが写っていた。

 

「ここは……いや、この住所は」

 

「家族でよく行く温泉旅館です」

 

 この住所にある温泉旅館について色々と気付いた唐沢部長だが、その前に修が説明をする。

 

「よし、居場所が分かったのならばさっさと回収しに行くぞ」

 

「しかし誰を派遣させるのですか?三輪隊はトリガーを紛失するどころか奪い取られています。はいそうですかと回収には行けませんよ」

 

 場所が分かったので回収する事にするのだがここで問題が生じる。

 誰が回収しに行くか、普通ならば騒動を巻き起こした三輪隊なのだがその三輪隊は一般人にトリガーを盗まれるという事件を起こしてしまっている。トリガーを起動する前を狙われてしまったのだから仕方ないと言えばそれで終わるが、そうは終わらないのが今回の一件である。

 

「嵐山隊は目立ちますから片桐隊か加古隊にでも適当な理由をつけて回収させに行きますか」

 

「……いや、この一件、私が回収しに行こう」

 

「唐沢部長がですか!?」

 

 ボーダーの誰かが回収しに行かなければならない中で名乗りを上げた唐沢部長。

 あまりにも意外な人物に根付室長は声を上げる。彼の仕事は外部でスポンサーを獲得してきたりなどでハッキリ言ってこういうのは管轄外だ……が、しかし名乗りを上げた。上げざるを得ない

 

「ここの温泉旅館の人とちょっと顔見知りでしてね」

 

「ほぉ、初耳ですね」

 

「なに昔取った杵柄と言ったところ……三門市外で騒ぎを大きくするわけにはいかない。回収の一件は私に任せてください」

 

「ふむ……いいだろう。唐沢部長はこの後トリガーを回収しに行きたまえ」

 

「ありがとうございます」

 

 取り敢えずは三輪達のトリガーについては決まった。

 因みにだが三輪達は減給と減ポイントの処罰が後でくだされる予定だ。

 

「遊真の持っているトリガーは黒トリガーだ。どの部隊を出動させても結果は同じ……それに」

 

「それに?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 最後の最後に香澄が使った謎の力に関して色々と気になるが言うと今以上に話がややこしくなるので言わない。

 

「……黒トリガーには黒トリガーをぶつければいい。迅、お前が黒トリガーを回収してこい」

 

「バカな!相手は有吾さんの子供かもしれないのに、これでは強盗と一緒ではないか」

 

「う〜ん、城戸さん、無理です」

 

「なに?」

 

 城戸司令の直々の依頼を迅は断った。

 

「だって、オレは城戸さんの直属の部下じゃないので指揮権は林藤支部長にあります」

 

 迅は玉狛支部の人間で本部所属でも三輪の様に司令直属の隊員でもない。

 指揮権は玉狛支部の支部長である林藤支部長にあると主張をする。

 

「回りくどい事を……林藤支部長、迅隊員に命じたまえ」

 

「やれやれ……迅、黒トリガーを回収してこい。やり方はお前に任せる」

 

「!?」

 

「了解しました!実力派エリート、迅におまかせください!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。あくまでも黒トリガーを」

 

「まぁまぁ、迅に任せてやってくださいよ」

 

 やり方を迅に託すとロクな事にならないと主張をしようとする根付室長。

 それを林藤支部長が宥めて、会議は終わりへと向かう。

 

「このままでよろしいのですか!」

 

 迅のやり方に任せるとは言ったものの、確実にロクな事にはならない。

 近界民=敵と認識している根付室長は城戸司令に意見を求める。

 

()はまだ動くべきではない……遠征部隊3チームが帰ってくるまでは」

 

「そうか!もう直ぐだったか!」

 

 今現在ボーダーにはA級1位から3位までの部隊はいない。

 近界民の世界に、近界(ネイバーフッド)に遠征をしており間もなく帰還をする。

 遠征部隊は黒トリガーに匹敵する程の強さを持っており、近界民=敵だと認識している城戸派閥の主力とも言える。

 

「……」

 

 唐沢部長は迅に未来視のサイドエフェクトがあるのでこの事をお見通しだと勘付いている。

 この事を考慮した上でなんらかの仕掛けをしてくるなと思っているが、それは言わない……言ったところで既に迅の手のひらの上だ。それよりも唐沢が相手にしなければならない相手がいる……ボーダーのトリガーをパクっていった三雲昴だ。

 

「……彼は黒服の組織の一員なのだろうか」

 

 昴が向かった場所、それは黒服の組織の日本の第三支部で少し前にボーダーの人達と行った温泉旅館。

 唐沢が今の仕事につく前に働いていた場所だった。世界を裏で牛耳っていると噂のある黒服の組織、もしボーダーに関与しているならばこの上なく手強い相手になる。唐沢はネクタイの紐を強く締めて席を立った。

 

 

 尚、三雲家に対しての謝罪の件は完全に忘れている。



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19話

「やぁやぁすみません、おまたせしました」

 

 ボーダーの本部を出て再びやってきた三雲家。修を引き連れてやってきた迅は三雲家に上がり込む。

 

「それで?」

 

「遊真の事はボーダーの玉狛支部が責任をもって面倒を見ます」

 

「玉狛支部って支部で面倒を見るの?本部はそれを許可したの?」

 

「オレのやり方に任せると一任してくれました……遊真、それとそっちの子も玉狛支部に来てくれるか?」

 

「!」

 

「あら、千佳ちゃんもなのね」

 

 本部での出来事は深くは語らずこの後について語る迅。

 遊真をここから連れて行くのはまだ分かるが千佳も連れて行こうとするのは母も意外だったようで声を上げる。

 

「空閑くんは重要な人物だけど、千佳ちゃんは違うんじゃないかしら?」

 

 千佳は巻き込まれただけで無関係な一般人、そこは違うんじゃないかと母は主張をする。

 

「あの……私、行きたいです」

 

「……そう」

 

 しかし千佳自身が行きたいと言い出した。

 この家にいれば身の安全は確実なのだがそれでもと強い目で母に訴えかける。自分の意思でなにかをしようとしている子を止める訳にはいかないと母は雨取家にこの事を伝えると言う。

 

「迅くん……ボーダーは何処に向かっているか不安定な組織よ。道を間違ってしまうなら私は手を出すわ……それだけは覚えておいて」

 

「はい……今回の一件は我々ボーダーの行き過ぎた行為です」

 

 組織として大きくなったが故に生まれてしまった慢心や傲慢さが生んだ悲劇だ。最初から修を問い詰めておけばもっと早くに終わった事だ。

 

「ところでメガネくんのお兄さんの写真かなにかは」

 

「迅くん話を聞いてたかしら」

 

「あ、はい、すみません」

 

 不安定で不確定要素の強い三雲昴について迅は知りたかったが、それ以上はやるなと釘を刺されてしまう。

 昴がなにかしらの事をしていて手強い相手なのは分かるが目の前にいる三雲香澄はもっと手強い相手だ。

 

「千佳ちゃん、間違っても昴の写真を見せたりしないでね」

 

「はい」

 

「それと修を頼んだわよ」

 

「母さん!?」

 

 千佳の方が1つ歳下で幼いのになにを言っているんだろうか。修は冷や汗を流す。

 青春しているなと迅は三人を引き連れてボーダーの支部である玉狛支部を目指して歩き出す

 

「未来は大分定まってきたけど……そこから先が見えないな」

 

 尚、香澄は後日に上層部の人が謝罪に来るだろうと思っている。

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「ふぅ……やっぱりか」

 

 迅達が玉狛支部に到着し、あれやこれややっている頃。営業部長こと唐沢は昴から送られてきた住所へと足を運んだ。

 目の前にある建物は和風な温泉旅館。何処からどう見ても和風の温泉旅館であり、こんなところにトリガーを置いていくとは正気の沙汰かと思うのが普通なのだが、この旅館には裏の姿がある。

 

「すみません、ここの地下に忘れ物をしてしまったのですが」

 

 旅館のフロントに話を通す唐沢部長。

 

「地下ですね……申し訳ありませんが名前の方をお願いします」

 

「唐沢です」

 

「唐沢様ですね、地下に繋がるエレベーターがありますのでご利用ください」

 

 仲居から地下に繋がるエレベーターに案内をされる唐沢部長。

 一先ずは最初の峠を乗り越えたとネクタイを締めて気を引き締めてエレベーターに乗り込もうとすると自分以外に黒服サングラスと怪しげな格好をした男が乗り込みエレベーターは動き出す。

 

「動くな」

 

「!」

 

「おっと振り向くんじゃねえ……少しでも変な真似をしてみろ。お前の体に風穴が開くぞ」

 

「っ……待ってくれ」

 

 後ろに立っている男性に脅される唐沢部長。

 ここは黒服の組織が経営をしている温泉旅館で地下は黒服の組織の支部となっており、地下に一緒に降りた怪しげな男は黒服の組織の一員だ。

 

「私はここに捜査をしに来たわけじゃない……この場所にある物を取りに来ただけだ」

 

 自身に銃口が向けられていると勘付いた唐沢部長は敵意は無いと両手を上げる。

 

「……おっさんか」

 

「確かに世間的に言えば私はおっさんの部類に入るが」

 

 唐沢部長がおっさんであることを気にする黒服の男性。

 エレベーターがチンと鳴るとドアが開かれ、目の前は昴が拳銃を持って立っていた。

 

「動くな……って、ボーダーの人か」

 

 銃口を唐沢に向ける昴だが直ぐに銃を引き下げる。

 

「今現在ボーダーの上位陣は向こうの世界に行っていて、三輪隊をボコボコにしたから別の部隊が出動してくるかと思ったら別の部署の人がやってきましたか……困りましたね」

 

「おい、三雲!話が違うだろう!ガキを脅せって言ったのにおっさんがやってきたじゃねえか!」

 

 銃口を向けていた男……アキラは大声で叫び、昴に怒る。

 実はこれ、ドッキリである……昴がボーダーの誰かが回収しに来るのでやられたらやり返すと考えた三文芝居で本物の拳銃を突きつけて脅かす程度なのだが、まさかの唐沢部長がやってきた。昴は直ぐに作戦中止ですと周りに言う。

 

「すみません、まさかボーダーの上層部の現場担当じゃない方が来るのは予想外でした」

 

 二宮隊とかが来るんじゃないかと踏んでいたのだが、読みは外れてしまった。

 ボーダーのトリガーが強奪されたなどとは他の部隊には早々に言えない事なので、ある意味唐沢部長が来たのは当然かもしれない。

 

「ボーダーの外交関係をしている唐沢さんですね。はじめまして、私は三雲修の兄である三雲昴です」

 

 アキラを含めたそこかしこにスタンバっていた黒服達を退散させると自己紹介をする昴。

 三輪達をトリガーを使用する前にボコったので凶悪な人物かとイメージを抱いていたが実際のところはA級2位の冬島に声が似ている好青年だと印象を受ける。

 

「コレは君が考えたのか?」

 

「ええ、ちょっとしたドッキリをと……出来れば出水くんや太刀川さん辺りをハメたかったんですが彼等は今遠征中ですからね」

 

「っ……なんのことかね?」

 

「惚けなくてもいいんですよ……ボーダーは近界民の世界に行ったことがある……いえ、違いますね。近界民がボーダーとなんらかのコンタクトを取ってきた事があるのは冷静に考えれば分かることです」

 

 ボーダーという組織は近界民の技術を研究してトリガーを開発したと世間に言っているが、それは違う。

 トリガー技術を持った近界民がボーダーになんらかのコンタクトを取ってきたのだと結論づけており、それは強ち間違いではない。しかしそれをノーヒントで昴は当ててみせる……まぁ、実際のところは原作知識なのだがそれを上手い具合に誤魔化している。

 

「しかし、これは参ったな……ついてきてください」

 

 色々とボーダーを驚かせようとしたのだが一瞬にしてパーになってしまった。

 本当ならば射撃場的なところを通って実弾入りの拳銃を発砲しているところを見せてやろうと考えていたのだがおっさんに見せても大して効果は無いと黒服の組織の幹部のシュバインの部屋に案内する。

 

「シュバインさん、唐沢さんを連れてきました」

 

「ご苦労……やぁ、久しぶりと言っておいた方がいいか」

 

「マネージャー……」

 

 唐沢はかつてこの黒服の組織の一員だった。

 目の前にいるシュバインは数年前までは黒服の組織の管理官を、現在は幹部になっておりかつての上司に当たる。

 

「三雲から色々と事情は聞いている……世間に公表している組織なのに随分と偉くなったな」

 

 おおよその事情は昴から聞いているシュバインは今回の一件に呆れるしかなかった。

 近界民という異世界の住人からこの世界を守っていると表向きにはやっている組織が非合法や情報漏洩に片足を突っ込んでる事をしている。ハッキリと言えば調子に乗っている。

 

「犯罪行為はするなとは言わない。だが、それは劇薬で組織の存在をあやふやにさせてしまうところがある。ましてはボーダーの隊員の過半数は二十歳にもならない子供が多い、子供の扱いには注意しなければならない……今回の一件は度が過ぎた事をやったのと相手があまりにも悪かったな」

 

「相手が悪い……三雲くんはやはり」

 

「いや、残念な事にうちの一員じゃない」

 

 昴が黒服の組織の一員かと考えるがシュバインはバッサリと否定をする。

 

「うちのスポンサーの1つから稀に出向して来てくれるぐらいの関係で……まぁ、色々とな」

 

「色々ですか」

 

「ああ、色々とだ」

 

 ボーダーに守秘義務がある様に黒服の組織にも守秘義務がある。

 シュバインが深くは語らないので聞くのは無理だと唐沢は判断をするが、それでも視界に入る昴を気にする。気にするなと言う方が無理である。

 

「ボーダーの隊員は近界民(ネイバー)に関して色々と訓練を積んでいる様だが、彼はうちで言うところのB級以上の実力を秘めている」

 

「B級以上!?」

 

 黒服の組織は幹部、A級(管理官)B級(管理官候補)C級(精鋭部隊)D級(実務部隊)E級(アルバイト)となっている。

 昴は過去に最新鋭のセキュリティであるこの温泉旅館の女湯を覗くことに成功しており、B級以上の人間だと評価をくだされている。

 

「まいったな、三輪隊がやられる筈だ」

 

 ただの一般人ではないと思っていたが、まさかここまでとは思ってもおらずお手上げな唐沢。文字通り相手が悪かった。

 

「さて、ここに来た理由はコレだろ」

 

 昴についてあれこれ話し終わると出てくるのは2つのトリガー。

 1つは三輪から強奪したトリガーでもう1つはぶっ壊した米屋のトリガーだ。話に聞いていた通り、トリガーは1個壊されていると米屋のトリガーに触れる。

 

「随分とあっさりと返すんですね」

 

 トリガーは電気を動力源としている物とは違う未知の技術で出来ている。

 喉から手が出るほどに欲しい技術で、随分とあっさりと返すので思わず偽物じゃないのかと疑ってしまう。

 

「過ぎたる力は及ばざるが如し……ボーダーのトリガーは未知の技術で危険な兵器でもある。うちみたいな非合法な事もしている組織がその技術を手に入れれば何処かからか情報が漏れて下手すれば第三次世界大戦を生み出す……トリガーに魅力を感じないと言えば嘘になるが、ボーダーが技術を独占しておかなければ世界が混乱する」

 

 トリガーの価値を本当に理解しているが今の社会を混乱させかねないのは重々承知で、毒か薬かと言われれば毒になってしまう。だからこそ手放す。

 

「それに随分前に面白いことを聞かせてもらった。それを考慮しても更におつりが来る」

 

「……面白いこと?」

 

「林藤陽太郎、忍田瑠花、ミカエル・クローニン」

 

「っ!?」

 

「君の痕跡を辿ってみたが、カナダを巻き込むのはやめておいた方がいい。後々痛い目にあうぞ」

 

「何故それを」

 

 シュバインが名前を上げた3名はこの世界の住人ではない……近界民だ。

 近界の住人であり、唐沢がちょちょっと裏で戸籍を偽造した3名で、どうしてそれを知っていると言った顔をする。シュバインはチラリと昴を見る。

 

なに、初歩的な事だ。先程言った様に近界民からコンタクトがあったのならばボーダーの中に居てもおかしくはない。そしてこちらの世界を、ましては法治国家である日本で生きていく上では戸籍は必要不可欠な物で、異世界の住人は持っていない。偽造した戸籍を持っている者は近界民だと捉えるのが妥当だろう

 

 3名が何故近界民だと分かったのかを語る昴……原作知識だが強キャラ感を醸し出す為にそれっぽい理屈を並べる。

 そんな事をしているから面倒な奴に目をつけられたりするのだが、兄とは家族の前では多少の見栄ははりたいものなので仕方あるまい。

 

「近界民を敵視する一派に近界民と友好的な一派、街の安全を最優先する一派と随分と大変な組織だが……勘違いと間違いをさせるなよ。A級だからと特別なエリート選民思考を持ったり特別な力を持っているからと図に乗ったりする……組織の上層部は有能な大人かもしれないが下の多くが二十歳未満の子供だ。扱いと力を間違えた子供ほど面倒臭い者はいない……まぁ、今回は世界の広さを思い知らされたと言ったところだ」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 相手が違いすぎる。

 とんでもない者を相手にしてしまったとボーダーでの行いを今度から考え直さなければならない。

 

「ああ、壊した米屋くんのトリガーですが中に入っているトリガーチップの部分は破損してないので新しいトリガーにセットし直すと前と同じ様に使えるはずです……今回は修が組織に所属してるにも関わらず報連相を怠ったわけですし50(フィフティー)50(フィフティー)ぐらいで……米屋くん達をあまり責めないでください。近界民を倒すことに関してはプロフェッショナルかもしれませんが捜査や張り込み、状況の判断能力等はまだまだ子供です……トリオン体と生身の肉体は区別がつきにくいのだから偽装すれば良かったのに」

 

「それ以上は言わないでくれないか」

 

 捜査をしようとしていた三輪達にダメ出しする昴。今にして思えばガバガバ過ぎた。

 ともあれ無事にトリガーを回収することは出来たので唐沢は帰ろうとするが今回の事をどうやって報告をすべきかを考える。

 

「……こんな感じでいいのか?」

 

 唐沢が完全に去った後、昴に聞くシュバイン。

 ここまでの会話はすべて昴が仕込んだことであり、唐沢が完全に去ったので問題は無かったのかを聞く。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。ボーダーの戸籍偽造と近界民の世界に何度も遠征している話については実にありがたい情報だ」

 

 唐沢は近界民の世界に遠征している関連を一切否定しなかった。

 実際にしているのだから否定しづらい事で、昴もそれらしい理論を並べたのでその通りと無言の頷きをするしかなかった。

 ボーダーの中に向こうの世界の住人がいるのと、向こうの世界に遠征している事を知れるのは中々に大きな情報だ。特にボーダーは迅が居るのとセキュリティが頑丈な為に産業スパイ的なのを送り込んでも追い返されたり捕まったりする。中々に情報が手に入らない中で貴重な情報が手に入った。

 

「ただの子供と大人の貴方じゃ同じ事を言っても力が違いますからね、助かりました」

 

「なに、お互い様だ……ただ最初の拳銃で脅すのはどうかと思うぞ」

 

「唐沢営業部長が来るのは完全に予想外だったんですよ……正規の隊員の誰かが来て間違ってマフィアかヤクザの事務所に来てしまった感じを出してドッキリをしたかった……ちょっとお茶目なイタズラです」

 

 ちょっとどころの騒ぎではない。

 まぁ、それはそれでこの組織がとんでもない力を持っているのを証明する事が出来るのでどちらに転んでも黒の組織的には痛くはない。

 

「にしても君は厄介な事に巻き込まれる体質だな……腹を括ってうちに所属するつもりはないか?最低でもB級からはじめられるぞ」

 

「嫌ですよ……私、海外で働くとか絶対にしたくありません」

 

「君の父親は外国で働いていて君もそれなりに語学に達者だと聞くが」

 

「それとこれとは話が別ですよ……ああ、そうだ。社長にチョーカー型の変声機を作れないかどうか聞かないと」

 

「君はなにを企んでいるんだ」

 

「そりゃまあ平凡な日常を手に入れる為に色々と……お兄ちゃんという生き物は難しいんですよ」

 

 かくしてトリガー強奪事件は幕を引いた。

 三輪隊は敵にトリガーを奪われたという事でB級に降格とはいかないが、4月までA級のみ貰える固定給が無くなりトリオン兵討伐の出来高報酬のみになった。

 

「さてと、実力派エリートと遭遇した時を想定して変身の魔法を覚えておかないと」



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20話

 唐沢が三輪達のトリガー回収等を終えて少し時間は進んだ。

 具体的に言えば修達が玉狛支部の宇佐美栞に出会いボーダーに関して色々と聞いたり、修が遊真の過去を知ったりし、更には千佳がボーダーに入りたいとたった数時間の間で濃密な出来事が起きた……こうなる事を全て迅は知っていた。

 

「あの、1つの部隊に最大4人までなんですよね」

 

 ボーダーの入隊に関する書類に記入しながら千佳は玉狛支部のオペレーターである宇佐美に尋ねる。

 これからA級の選抜部隊を目指し修達3人はチームを組むこととなったのだが、チームの最大人数がオペレーターを除いて4人な事に気付く。

 

「うん、そうだよ。でも、人数が多いから強いってことはないからね」

 

 数が多ければ今より部隊は強くなるんじゃないかと考えているならばそれは大きな間違いだ。

 A級1位の太刀川隊はお荷物を抱えて実質二人の部隊でA級2位の冬島隊も2人だけの尖ったチームだ。4人いる部隊でA級となれば真ん中より下の部隊の方が多い。

 

「チカ、どうかしたのか?」

 

「うん……昴さんを誘えないかなって」

 

「ほほぅ、昴くんか」

 

 米屋と妹を経由して知り合いになっている栞と昴。

 成績優秀でスポーツ万能と絵に描いた様なチートっぷりは耳にしている。

 

「オサムのお兄さんか……ありゃタダモノじゃないよな」

 

「うん。昴さん、中学の頃にいっぱい修行してたんだ」

 

 米屋達からトリガーを起動する前に生身を撃退し強奪してから時間を稼ぐと流れる様にやり遂げた昴。

 戦争が当たり前の向こうの世界出身の遊真から見ても並大抵の人間ではない事が明らかだ。

 

「でも、トリオン能力はどうなんだろう」

 

 昴は頭も成績も良くて、比較的理知的な人間だ。

 体格と環境にも恵まれていてこれが一般の会社ならばそれなりに引く手あまただが、ここで問題が生じる。それはトリオン能力だ。

 どれだけ運動神経に優れていようと頭が良かろうとトリオン能力に優れていなければボーダーに入ることは出来ない。逆に言えばトリオン能力に優れてさえいれば千佳の様にあまり好戦的じゃない人間でも入ることは出来る。

 

「そういやオサムのお兄さんだけ測ってなかったな」

 

 色々とバタバタしていて昴のトリオン能力だけ計測をしていない。

 修以上のトリオン能力の持ち主だったらボーダーに入隊することは出来るだろうし、色々と事情を知っているので明日辺りにでもレプリカを引き連れてトリオンを計測するかとなる。

 

「いや、それはダメだ」

 

「むっ?」

 

 そんな中で修は待ったをかけた。

 兄を危険な事に巻き込むことに罪悪感を抱いている?否、そういうのはない。

 

「兄さんが居てくれれば心強い……だけど、それじゃダメなんだ」

 

 修は昴の事を誰よりも側で見ていた。

 バスジャックに巻き込まれたはじまりの日、てつこに学校に来てもらおうとした時に言ってくれた事、そして今回の事

 兄はとても優秀で立派だけどダメなところもある人で敬意を抱いている……だからこそ修は昴の加入に反対をする。

 

「これから僕達は近界民の世界を目指してA級を目指す。その為には兄さんが居てくれれば心強いけど、それはあくまで兄さんが居てくれたお陰で僕達の力じゃない……僕達が実力でA級に昇格しないときっと何時か大変な事になる」

 

 兄の強さを知っているからこそ頼るに頼れない。本当の意味で自分達が強くならない。天狗になってしまうと自覚がある。

 

「昴くんってそんなに強いの?」

 

「昴さんは素手で岩を砕くことができます」

 

「……うそ」

 

 千佳から教えられて思わず言葉を漏らす栞。

 トリオン体でトリガーを使って岩を破壊する事は出来るが生身の肉体でそんな事が出来る人はいない……のだが、実は彼女の妹の友人がそれを出来るどころか素手ならば昴以上の実力を持っている。

 

「!、兄さんから電話だ」

 

 噂をすればなんとやら。昴から電話がかかってきたので、修は出る。

 

『修、ある程度の時間を稼ぐ事は出来た……そっちの方はどうなっている?』

 

「えっと……言って大丈夫ですか?」

 

「ああうん、大丈夫だと思うよ」

 

 栞から許可が降りたので、ざっくりと玉狛支部であった事を語る。

 遊真と千佳が入隊し今度から玉狛支部の一員に加わることを伝えるのだが、昴は大して驚かない。この事をまるで分かっていたかの様な素振りで兄はこの事を読んでいたのかと変なところでハードルを上げる。

 

『頑張れ……なんてありきたりな言葉を送るのは兄として情けないので毛利の3本の矢の話でもしよう』

 

「もうりのさんぼんのや?」

 

「1本の矢なら簡単に折れるけど3本の矢なら折れないって話……あ、言っちゃった」

 

『そこにいるのは宇佐美さんですか、安心してください。3本の矢だがそれぞれ1本ずつ異なる性質を持っているんです』

 

 ポロッと溢した宇佐美のフォローに入る昴。

 

『1つ目の矢は心の矢、これは修の持つ矢だ……折れない諦めない強靭であり下げるべき時に頭を下げれる柔軟性を持っている。修は3人の中でも最も強い心の持ち主だ』

 

「兄さん……」

 

 誰よりもなによりも真っ直ぐな心、それこそが修の絶対の武器。その武器が修に魅了される人々を増やす。

 

『2つ目の矢は体の矢、これは千佳ちゃんの持つ矢だ。規格外のトリオン能力、努力だけでは手に入れる事は出来ない天賦の才能……コレを活かすことが出来なければ上に上がることは出来ない』

 

「私の才能……」

 

 黒トリガー並にある規格外のトリオン能力。

 天性の能力であり、それを活かす事が出来ればトリオンが足りないから出来ない等の作戦を全て可能にする。

 

『3つ目の矢は技の矢、これは空閑くんの持つ矢……向こうの世界で通常では得られない経験値を積んで積み上げた技術が君の中には詰まっている』

 

「なるほど、心技体か」

 

 向こうの世界で黒トリガーと普通のトリガーを使って戦い抜いた遊真には技術がある。

 固定概念に囚われる事なくその技術を遊真はこれから先、発揮するだろう。

 

『そう、心、技、体、3人が3人とも優れた分野を持っている。それを上手く束ねるんだ……残念な事に私は力を貸すことは出来ない』

 

「どうしても無理なの?」

 

『空閑くんはあまり影響しませんが、私が出れば修達がぶつかって乗り越えたり砕かないといけない壁を素通りしてしまいます……あ、でも本当に危ない時とかはそれとなくヒントを与えますよ。空閑くんは今から自由奔放に鍛え上げればいいと思うけど修と千佳ちゃんは自分の特性にあった戦闘スタイルを身に着けないと本当の意味で上に上がれないから……あ、待ってください。無し、今の無しです』

 

 ウッカリと大きなヒントを与えてしまった昴は慌てる。

 修にはターゲット集中持ちで相手にデバフさせたり死なないことを前提に動いたりすればいいとかあんま言っちゃいけない。

 答えを教えることは簡単だけどそこに至るまでに色々と道を歩ませなければならない。お兄ちゃんとしては教えてあげたいけど、それを言えば修は本当の意味で強くならなくなるし成長もしなくなる。

 

『まぁ、とにかくあれこれ模索してください……ところで明日辺りにちびレプリカを派遣できますか?』

 

「出来るけど、どうしたの?」

 

『いえ、私のトリオン能力がどうなってるのか若干気になったものでして……流石に部外者である私がボーダーの支部に足を運ぶわけにもいきませんので』

 

「分かった。明日に派遣しておくよ」

 

『ありがとうございます……ボーダー関係にあれこれ首を突っ込みたくないですが……頑張れよ、修』

 

「うん……」

 

 なんだかんだ言っても兄は自分の事を思ってくれてる。

 きっと本心では手を貸してやりたいという気持ちでいっぱいなんだろうが、心を鬼にしている。ウッカリとなにをすればいいのかを言ってしまったが。

 

『あ、そういえばあのヤクザ顔もとい総司令官から何時ぐらいに謝罪に来るのか聞いていますか』

 

「いや、なにも聞いてないけど」

 

『……は?』

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「今日にしましょう、今日に」

 

 遊真達が1月のボーダー入隊を目指して特訓をしている間に、ボーダーのトップ3部隊が帰ってきた。

 太刀川隊の隊長こと太刀川は上層部と三輪隊から大まかな事情を聞くと作戦を今すぐに決行しようと言い出す。

 

「待ってください、相手は黒トリガーですよ」

 

 帰ってきて早々に行くと言い出したので三輪は待ったをかける。

 詳しい性能については一切知らないが相手は黒トリガー、並大抵の相手ではない。

 

「だからだよ。今そいつは玉狛に居るんだろ。あそこには韋駄天みたいな改造トリガー以外のトリガーは一通り揃っている……ボーダーのトリガーについてその近界民が学習してしまったらそれこそ手強くなる」

 

「っ……」

 

「未知の黒トリガーである以上は向こうに学習させる前に叩く必要がある」

 

 それに俺も戦ってみたいとウズウズしている太刀川。

 言っていることには一理あり、上層部としても早い内に近界民を処理してほしいものでそれを承諾。バッグワームというレーダーに映らなくなるマント的なトリガーを起動した状態で冬島隊の冬島を除く上位3チームと三輪隊は玉狛支部に向かって走り出す。

 

「やぁ、待ってましたよ」

 

「迅!」

 

 目的地まで順調に進んでいくと、そこには実力派エリートこと迅が待ち構えていた。

 

「迅そこを退け……上から近界民を排除して黒トリガーを手に入れろと命じられている」

 

「いや、それは出来ないよ……うちの子達はボーダーの隊員だ。ボーダーの規定を忘れたわけじゃないだろう」

 

 明らかに邪魔をしにきた迅、風間隊の隊長である風間は上からの命令だと言うが迅は規定を引っ張る。

 ボーダーの隊員はランク戦や模擬戦以外の私闘を禁ずる……ボーダーの隊員になったのならばそのルールに則り戦ってはならない。

 

「ああ、そうだな……それがボーダーの隊員だったらな」

 

 遊真達は書類上ではボーダーの入隊手続きに関しては済ませてはある。

 しかしまだ正式な入隊日を迎えていない。つまりはまだ正式なボーダー隊員とは言えない。捻くれた理論には捻くれた理論で太刀川は返す。

 

「やれやれ引いてくれないか」

 

 もっともらしい事を言ってこの場を去っていってもらおうとしたが無理だった。

 ここで引いてくれる事はサイドエフェクトでもほぼ0に等しく、当初より予定していたプランBに移行するべく腰に添えている風刃の刃を抜く。

 

「おいおい、分かってるのか……遠征部隊に選ばれたチームは黒トリガーを撃退出来る程に強い」

 

「ああ、そうだね……流石のオレもA級4部隊を相手にするのはキツい……オレ1人だとね」

 

「嵐山隊、現着をした!」

 

「なに!?」

 

 迅の勢力に、同じくA級5位の嵐山隊が加わった。

 黒トリガーを強奪に行くことに賛同していない忍田本部長が迅の助っ人にと派遣をした。

 

「これでオレ達が勝つ……ん?」

 

 嵐山隊の現着で迅が勝つ未来が視えた、その時だった。

 今まで見えていた未来とは異なる未来が急に見え出した。

 

全く、地球を守る組織が内輪揉めとは情けない

 

 フルフェイスタイプのヘルメットを被ったイケボの男性が背後からやってくる。

 あまりにも突然の来訪者に一同は誰だコイツとまた裏で暗躍して助っ人を連れてきたんじゃないかと迅に視線を向ける。

 

「えっと……どちら様?」

 

「はじめまして、三雲修の兄の三雲昴です……今日はちょっと込み入った事情があるのでこの場にやってきました」

 

 裏で色々と暗躍してたけどもこんな人物は知らないと尋ねる迅。

 男は……昴はあっさりと答えてペコリと一同に頭を下げる。

 

「三雲、お前なんでこんなところにいやがるんだ!?」

 

 昴がこの場にやってきた事に驚く米屋。明らかに場違いの人間がこの場に立っている。

 

「ボーダーから謝罪が来ないのでどういう事なのかとね。修が報連相を怠って空閑くんの事を報告しなかったことは修にも非がありますが、三輪くんと米屋くんが我が家に土足で上がり込んで来ようとしたのと修の個人情報を利用して家に張り込みまがいの事をした件に関してはボーダーが悪いです。その一件に関して上の人が謝罪に来いと母さんは前に言っていたのに一向に来る気配が無さそうなので」

 

「……事実なのか、米屋、三輪」

 

 事実確認をする風間。三輪と米屋は家に土足で上がり込もうとしたのは事実であり頷く。

 

「……詳しい事情はまだ聞いていないが話が本当ならば此方側にも非はある。後で三輪隊を謝罪にいかせる」

 

「後じゃダメです……今すぐに本部に帰ってオペレーターを含む三輪隊と修の張り込みを許可した人を連れてきて我が家に謝罪に来てください。母さんは結構待っててカンカンに怒ってるんですよ」

 

 後日来るだろうと思っていたのに一向に来ない。

 このまま最初から無かった事にされるのだけは絶対にあってはならないことだ。

 

「三雲、今は無理だ……後でちゃんと謝罪に行くか──ぅお!?」

 

──バン

 

 今はここを引いてくれないかと言おうとする出水だったが、その前に銃声が鳴り響く。

 三輪でも嵐山でも時枝でも木虎でもない銃声……スバルの手に握られた拳銃から煙が出ていた。

 

「出水くん、死んだふりなんてしなくてもいいですよ。火薬を用いた近代兵器ではトリオン体を破壊する事が出来ないのは分かっています」

 

「え……あの……え!?」

 

 昴の手に握られている拳銃を見て木虎は言葉を失った。

 

「あの、メガネくんのお兄さん。それもしかして」

 

「ええ、実弾入りの本物の拳銃ですよ」

 

 バンと今度は風間に向けて発砲する昴。

 風間はシールドを展開して拳銃の弾を防いだ。

 

「なんで、なんでそんな物を持ってるんだよ!」

 

「まぁ、一言で言えばコネですかね……」

 

 向こうの世界に遠征していた出水だが実弾入りの拳銃ははじめてだ。

 何処から入手してきたのかを尋ねるが昴は適当にはぐらかす。

 

「私の要求は三輪隊が今すぐに本部に帰って我が家に張り込みの許可をした馬鹿野郎の謝罪です。なので太刀川さん達はどうぞご自由に、戦う理由は何処にもありませんから」

 

 狙いはあくまでも三輪隊であることをアピールする昴。だからといってはいそうですかといくわけにはいかない。

 出水は昴の元に駆け寄る。

 

「本物の拳銃には驚いたけど……見ろ、俺は全くダメージを受けてません」

 

「出水くん貴方は関係無いです」

 

「っ、お前なぁ!調子に乗るのも大概にしろよ!今、こっちは極秘の任務で動いてるんだよ」

 

「ふむ……そうですか」

 

 完全なる一般人に手を出すわけにはいかない出水は言葉による説得に走る。

 拳銃を持っている事は驚いたが近代兵器が一切通用しないトリオン体である出水はそんなものは怖くはない。

 

「三雲くん、これはボーダーの問題だ」

 

「そうですよ。貴方は部外者なんですから引いてください」

 

 この場は今から戦場に変わるから去っていってほしい嵐山と木虎は昴を遠ざけようとする。

 

「はぁ……この手はあまり取りたくありませんでしたが仕方がありませんね」

 

 拳銃を懐にしまう昴。

 話が通じたのかと嵐山達はホッとするのもつかの間、昴は両手の中指を突き立てる。

 

「三輪隊、貴方達を妨害させていただく……貴方達が好き勝手するならばこちらもそれなりに好き勝手させてもらいます」

 

 話し合いでは解決はしない。出来れば今すぐに帰っていただきたいがそれも無理だ。そう判断した昴は構えるのだが出水は呆れた。

 

「お前が普段から商店街をタイヤ引きずりながら走ってるのは知ってるけど、生身じゃ無理だ。さっき撃った拳銃で分かっただろう」

 

「ふむ……じゃあ、受けてみますか私の拳を」

 

「ったく、それで気が済むならそうしろよ」

 

 思う存分殴られて場を納めようとする出水だが、それが1番の間違いだった。

 

「煉成化氣、煉氣化神」

 

「!?」

 

 両手を合わせて力を溜めると手に生体エネルギーを纏う昴。

 突如として手元が光り出した事に出水は驚くのだが既に遅い。完全に昴の間合いに入っており、昴は出水のお腹に思いっきり拳を叩き込むと出水は近くの住居の壁を貫き住居の中に飛ばされる。

 

『トリオン供給機関破損、トリオン体活動限界……緊急脱出(ベイルアウト)!』

 

「すみませんね出水くん……貴方は関係無いのですが立ちはだかると言うのならば力の限りぶっ潰します」

 

「おいおいおいおい……こりゃどうなってるんだ!?」

 

 つい先程、近代兵器が通用しないと見せたばかりなのに破壊された出水のトリオン体。

 あまりの出来事に太刀川は声を上げて昴を見る。昴の両手が光っていることに気付く。

 

「お前、トリガーを持ってたのか!」

 

「いえいえ、私はトリガーを使ってません。現に私、生身です……太刀川さん、貴方には用は無い。そこの嵐山さんのパチモンみたいな見た目をしている人とどうぞ勝負でもなんなりとしてください……私の狙いは三輪隊だけだ」

 

 パキパキと腕を鳴らす昴。

 

「……つまり君は俺達の味方でいいんだな」

 

「いいえ、違いますよ」

 

「違うのか?」

 

「私はボーダーという組織の人間ではないのでどの派閥にも関係ありません。貴方達の内輪揉めも正直言えばどうだっていい……勘違いをしないでいただきたい」

 

 あくまでも母に言われてやってきたので、今回の事は決して狙ったわけじゃない。

 今すぐに三輪隊がオペレーターの月見と許可を出した城戸司令を連れてきて謝罪をするのならば昴はさっさと家に帰るのだ。

 

「さぁ、掛かってきてくださいA級隊員……お前達の数年間の備えを無駄にしてやる」

 

 こうして黒トリガー争奪戦は開幕した。



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21話

「かかってこい、一般市民に手を上げたければな」

 

 クイクイと人差し指を動かして挑発をしてみる。

 援護も一流の出水が不意打ちとはいえ脱落したのがかなり堪えた様で誰一人としてまともに返してこない。視線が出水をぶん殴ってすっ飛ばして破壊した家に向いている。

 

「……」

 

 チラリと風間さんは菊地原を見る。

 菊地原は聴覚が強化されるサイドエフェクトの持ち主で、私が本当に生身かどうかの確認を念話でしているのだろう……ふむ

 

「(嵐山さんのパチモンみたいな人)」

 

「っ!?」

 

「(顔にも声にも出さないでください。そこの小さい人と同じことをやっているだけですから)」

 

「これは、驚いたな」

 

 だから声に出すなと言っているだろう。

 もう少し場の空気を読んでほしいのだが、声に出してしまうのは無理もない

 

「(なんで君はこんな事が出来るわけ?)」

 

「(その手の質問に関しては答えづらいし答える義務も無い……と言いたいが修がなにかと世話になっているので後で答えだけは教えましょう)」

 

「(了解……出来れば素顔を見せてほしいんだけど)」

 

「(貴方の様なタイプに顔を覚えられると後々厄介なわけで、普通に嫌です……太刀川さん達には手出しはしない方がいいですよね)」

 

「(お前……いや、それで頼む。お前の狙いは秀次達なんだろ)」

 

「(ええ……)さて、来ないならこっちからいかせてもらいます」

 

 迅との念話も終わると向こう側も作戦の指示を終えたのだろうか臨戦態勢に入る。

 私の狙いは唯一つ、三輪隊を完膚なきまでに叩きのめすことで出水に関してはそこそこ申し訳ないと思っている。でもまぁ、アイツは火力勝負とテクニック勝負とサポートが出来るトリオンエリートだから先に潰しておいて損はない。

 

「っ、全員退避しろ!」

 

「ふん!」

 

 コンクリートの地面を思いっきりぶん殴り土砂を巻き上げる。

 例えるならばそう。特命戦隊ゴーバスターズのブルーバスターの怪力の如く地面に大きなクレーターを作り、この場に居る全員の目を晦ます。

 サイドエフェクトで私がなにをするのかが見えていた迅は嵐山隊に指示を出してこの場から離れる。

 

「な、なんなのよ貴方!」

 

「お前がリンゴを握り潰せる事は知ってたけどこりゃマジかよ!」

 

 地面に大穴を開けた事にドン引きしている木虎と米屋。人よりちょっと特殊で変なのはとうの昔に理解していると聞く耳は持たず気配探知をする。

 三輪隊は米屋が超至近距離から攻めて三輪が中近距離でサポートをする戦術を取っていて、狙撃手の奈良坂と古寺は狙撃で弾をぶつけるのでなく狙撃があるのだと注意をそらして相手に大胆な移動を取らせない牽制の様な狙撃を取ってくる。一応生身な為に撃たれると本当に洒落にならないので先ずは何処にいるのかを確認する。土砂を巻き上げたのもその為の時間を稼ぐのと移動に使うからだ。

 

「奈良坂と古寺の位置を発見……先程言った通り三輪隊はぶっ倒すので頑張って当真さんを探し当ててくださいね」

 

 ピョンと家の塀を飛び越えて屋上に移り、嵐山さんに一応の報告をすると家を伝って奈良坂が潜んでいる場所に向かう。

 ボーダーにはバッグワームというレーダーに映らなくなるトリガーがあるが私の生体エネルギー的なのを探知する能力にはバッグワームで隠す事は出来ない。

 

「!」

 

 狙撃手ボーダーNo.2の実力を持つキノコもとい奈良坂。もし仮にコレが狙撃対決ならば奈良坂に軍配が上がっている。

 実弾入りの狙撃銃で650mぐらいしか撃てないまともな訓練を積んでない私では勝負にならない……だがしかし、近距離戦に持ち込めば話は変わる。トリガー構成を完全に狙撃銃とシールドとバッグワームだけにしている奈良坂は距離を詰められた時点で逃げるぐらいしか道は無いが機動力ならば私の方が上だ。

 

「不動砂塵爆」

 

 奈良坂に向かって拳を叩き込む。

 出水の時と違い奈良坂はふっ飛ばされる事は無い……ただし倒されてはいる。

 

『トリオン供給器官破損、緊急脱出(ベイルアウト)

 

「ふぅ……久々に人に向かってやるから一時はどうなるかと思ったがなんとかなりました」

 

 相手の臓器とかに直接ダメージを与える不動砂塵爆。

 トリオン体にダメージを与えずにトリオン体の中にあるトリオン供給機関を見事に破壊することが出来てホッとする。

 奈良坂たちと違って文字通り死線を潜り抜けた私だが実戦経験は豊富とは言えない。ライトニング光彦と音羽スーパーソニックとてつこしか相手が居ない。対人戦系の訓練では奈良坂達の方が上かもしれない……油断はならない。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 

「なにか御用ですか嵐山さん」

 

 奈良坂を完全にぶっ飛ばしたのを確認したので罠に警戒をしながら古寺のところを目指そうかとしていると嵐山さんがやって来る。

 奈良坂をぶっ飛ばされたのを見て若干だが慌てている……私の存在はそれだけイレギュラーというのだろう。しかし私はお兄ちゃんであり転生者でもある。イレギュラーなんて気にしていたらキリがない。

 

「君と俺達の目的は」

 

「協力なんてする気はありません……貴方達に合わせていたら時間が掛かる」

 

 私の参戦に関しては最早なにも言ってこない。

 それどころか一緒に協力しようとまで言ってこようとしてくるが、わざわざ嵐山隊に合わせて戦闘をしていたら余計な手間が掛かる。

 てつこや日野のお兄さんの様な化け物染みた天才ならば協力してもいいけれど、頭幾つも抜けた特出したエースが居るわけでもない嵐山隊と合わせてもなにもない。

 

「当真さんはあの辺りに居るのでとっとと倒してきてください」

 

 とはいえこのまま嵐山隊になにもさせないのもどうかと思う。

 当真さんがどの辺りに隠れているのかを教えておく。

 

「……君は本気で三輪達と戦うつもりなんだね」

 

「本気もなにも、向こうが帰って上司を連れてきて謝罪をしてくれるならこの場を引きますよ。でも、そうはいかないからこうして実力を行使しているんです……言っておきますけど、あの嵐山さんのパチモンみたいな見た目をしている人よりも私は強いですよ」

 

 ボーダーが表に出て来た中学1年の頃。

 当時の友達は三門市なんかに住んでいられるかという世帯の人達で三門市から出ていった。友達を全員失った私はボーダーに多少の恨みを抱きながらもそれを力に変えてライトニング光彦の元で鍛え上げてつこと戦った。

 ボーダーの死なない訓練ことランク戦で太刀川さんとバチバチやり合っていた裏側で私も色々とバチバチやりあっていたんだ。高校に上がってからはしなかったけど。

 

「そうかもしれないが……君は一般市民だ」

 

「ええ、そうですね……だからこそ口出しする権利があるんですよ……英雄は化け物を、化け物は一般人を、一般人は英雄を殺すことが出来る三竦みを知っていますか?」

 

 部外者にはこれ以上は関わってほしくない嵐山さんだが、私はバリバリと関わる。

 貴方達が組織を出すならば私は一般人というものを武器にする……巻き込まれた一般人をナメてもらっては困る。

 

「見つけたぞ!」

 

「っと、無駄話が過ぎましたね」

 

 嵐山さんのレーダー反応を追い掛けたのか奈良坂が居たところから私の位置を絞り出したのかやってきた三輪と米屋。

 本当ならば古寺も血祭りに上げているのだが嵐山さんと無駄話をしていたからそれが出来なかった……やっぱり私は協調性に欠けているな。

 

「三輪くん米屋くん、私が冗談や酔狂でここに来たわけじゃないのを理解してくれたか?」

 

「……お前は、なんなんだ」

 

「私は私ですよ……嵐山さん、貴方達が手を出したら貴方達を先にぶっ飛ばしますのでやめてくださいね」

 

 睨み合う私と三輪。

 ここで嵐山隊がなにかしらのアクションを決めてきたのならば私は迷いなく嵐山隊の除去に当たる……本来ならば味方になる存在である嵐山隊の面々にこんな事を考えるのは私がまだまだ未熟者だという証拠だが……今日だけはその未熟者で良かったと思う。

 

「どうした、お得意の戦術で攻撃してこないのか?」

 

 三輪と米屋のコンビネーションを期待しているが一向に攻めてこない。

 来ないなら来ないでこっちから攻めに入るのだが……これは……そうか……。

 

躊躇っているな

 

 まだ心の中に迷いや淀みの様なものが燻っている。

 目の前にいる私はフルフェイスタイプのヘルメットをつけていて顔1つ見ることが出来ていないが生身の一般人であることには変わりはない。

 ボーダーの使っているトリガーはハッキリと言えば兵器である。ランク戦をeスポーツ感覚で遊んでいるバカは居るもののあくまでも取り扱い注意な兵器を扱っているという自覚はあるようで銃口をこちらに向けやしない。

 

「どうした三輪くん。貴方は近界民を殺したいほどに嫌いだ。だったら目の前で邪魔しに来た私は敵になる。文字通り殺すつもりで掛かってこなくてどうするつもりだ……それともその引き金はそんなに重いか?」

 

「っ、黙れ!お前なんかになにが分かる!」

 

「ああ、知らないね!私は貴方の気持ちなんてこれっぽっちも理解するつもりも共感者になるつもりも無いです……ただ一つだけ言えるのは力を手に入れて調子に乗っていると痛い目に遭う事ぐらいですよ……撃ってこい」

 

 中指を突き立て挑発をする。三輪には三輪の事情があるかもしれないが、私にも私の事情があるんだ。

 もう既に話し合いとか規定とか規約とかを出して云々言う段階ではないのは向こうも重々承知の筈で実力を行使しなければならない。目の前にいるのが例えそれが一般人だとしても任務遂行の為には引き金を引かなければならない。

 

「秀次、よせよ。三雲の挑発だ……アイツ自分が生身だからって絶対に狙われないって思ってる」

 

「そんなわけあるわけないじゃないですか……狙われてないなんて思うほど私は肝は座ってない」

 

「三輪、撃ってはダメだ。三雲くんは完全に部外者で一般人なんだぞ」

 

「構いませんよ……まさか今から向かう場所に敵対するボーダー隊員が居て戦闘する可能性があるのに、ここで邪魔してきている私には攻撃出来ないなんて言うつもりですか……ふざけるなよ」

 

 復讐をしたいと言うのならば余計な事を考えるんじゃない。

 近界民を敵だと思っているならば、そこに立ち塞がる障害はなんであれ敵をぶっ殺す上で邪魔な存在なんだから……倒さなければならない。

 

「貴方の近界民を憎む心はその程度ですか」

 

「ッ、貴様ァ!!」

 

 私の挑発に見事に乗ってきてくれた三輪は銃を取り出し銃口をこちらに向ける。

 やっとその気になった様だと警戒心を極限まで高めつつもドラゴンボールで言うところの気功砲の構えを取り、生体エネルギーの結界の様な物を貼って防ぐ……鉛弾を撃ってくるかと思ったがマジのアステロイドを撃ってきたか……やるな。

 

「陽介、三雲も敵だ。やるぞ」

 

「……ああ」

 

 覚悟は決まった様で弧月を鞘から引き抜く三輪。

 未だに若干だが戸惑っている米屋だが、ここまで来たのならばやるしかないのだと槍(孤月)を取り出す。さて、ちゃんとした実力のあるA級が2人、どうやって倒すか。

 

「ホッと!」

 

 気持ちの切り替えは早いのか米屋は槍で素早く一突き……動きに迷いはない。

 負けるつもりは無いけれども、ボーダーの隊員に人殺しをさせるのかと思ったがよくよく考えればやっていることは戦争なのだ。緊急脱出(ベイルアウト)やトリオン体で実感は薄いけど。マジもんの戦争をしているのでこちらも気持ちを切り替える。

 米屋の突きはギリギリのところで避けてはいけない。米屋は幻踊という刃の形状を変える事の出来るトリガーをセットしており、刃の形状を変える事が出来るのでギリギリの寸でのところで避ければ槍の刃の形状を変えて攻撃してくる……刃物を持った相手は銃を持った相手よりも面倒くさい

 

「さて、どうやって倒すか」

 

 米屋の顔面に一発でも叩き込めれば勝てるのだが、三輪が拳銃でサポートしている。

 三輪は拳銃で弾を撃っている。拳銃は事前にしていた弾道処理をした弾しか撃てないので先程真正面からの銃撃を防ぐことが出来たのを考えれば三輪の弾は絶対に防ぐことが出来る。

 三輪を先に叩いて置かなければ後で面倒になるが三輪は近距離での戦闘も可能で目の前にはそれなりに強い米屋が居て狙うに狙えず場所を移動しようにも古寺が警戒心を極限まで高めている。百歩神拳で一掃しようにもあれは撃つのに5秒ぐらい掛かる。もう一回、地面をぶん殴って土砂を巻き上げるか……!

 

「大丈夫ですか」

 

 どうしようかと悩んでいると時枝が突撃銃(アサルトライフル)で三輪と米屋を撃つ。

 これは読んでいたのか三輪達は小さめのシールドを出して通常弾(アステロイド)を防いだ。

 

「相手はA級の精鋭部隊です。貴方が不思議な力を持っているのは分かりましたがここは」

 

「打透勁!」

 

「わ──」

 

『脳伝達系、損傷。緊急脱出(ベイルアウト)

 

「木虎!?」

 

「私はさっき言った筈です……味方じゃないと」

 

 さも当たり前の如く味方面して私の助っ人に来た木虎だが、普通に邪魔をしないでほしいのでエネルギー弾を木虎に向かってぶつける。

 無論、コレが間違った行いなのは分かっている。木虎達嵐山隊と協力して米屋達を倒した方が勝率が上がるだろうが……わざわざ格下の奴と合わせないといけないのは面倒だ。私自身、協調性が無いのは分かっている。

 

「貴方達と協力して三輪隊を倒すつもりはありません。邪魔するならぶっ飛ばします……当真さんがあの辺りに居るのでとっとと倒しに行ってはどうですか?」

 

 わざわざ当真さんが隠れているビルを教えているんだ。むしろコレだけでも感謝してほしいものだ。

 

「なんでそんな事が分かるんですか?」

 

「色々と修行した結果、気配探知能力を手に入れましてね……半径1kmならば誰が何処に居るのか大体分かって、この辺りには人気が無いのでよくわかる」

 

「お前それ、サイドエフェクトじゃないのか」

 

「いえ、蓮乃辺市に同じ事どころか上位互換の人が居ます……後天的に会得したんですよ」

 

 私がどうして当真さんの居場所が分かるのか時枝に答えると驚く米屋。

 残念ながらコレはサイドエフェクトじゃない。リリエンタールから与えられた能力の延長線上にあるもので、オン・オフの切り替えが出来る。そして私の範囲は1kmでてつこの範囲は5kmと大きく差がある。

 

「時枝くん、邪魔をするならば貴方を先にぶっ飛ばします……全員を相手にしてやってもいいんですよ」

 

 こんな事を言うのは間違ってるのは自覚があるが私にだって引く事は出来ない事情がある。

 米屋達がUターンして本部に戻って上層部を連れてきてくれるならば私はさっさと帰るが、そうはいかないからこうなっている……。

 

「……分かった」

 

「嵐山さん!?」

 

 私の本気が伝わったのか、嵐山さんが手を出すことをやめる。

 時枝は正気かと驚いているが、私も嵐山さんも正気だ。

 

「当真はあっちの方に居るんだね」

 

「ええ……嵐山さんのパチモンみたいな人は狙いづらいところに居るので、先ずはとこっちに向かって銃を向けてきてますね」

 

 当真さんはNo.1狙撃手でボーダー個人でも4位にあたり更にはボーダーA級2位のとんでもない腕前を持つ。

 狙撃手と言うのは何処に居るのかバレてはいけないポジションで当真さんは奈良坂の様に当たらない牽制の弾は絶対に撃ってこない。確実に撃ち落とせると思った時に撃ってくるので……本当に油断はならない。

 ただまぁ、世の中には相性というものがありバッグワームを使おうが生身だろうが何処に居るのか気配を探知することが出来る私とは兎にも角にも悪い。狙撃手キラーと言ってもいい。

 

「そんな事まで分かるのか……」

 

「さっさと行くなら行ってください……私は今、どちらかと言えば機嫌が悪い方なんですよ」

 

 ほぼ八つ当たり気味で木虎をぶっ飛ばしてしまった前科がある。

 このままくだらないやり取りを繰り広げるのならば私は嵐山隊も敵だと認識してぶっ飛ばす可能性もある。正直この人達はなんも関係無いのでぶっ飛ばすのは心が痛む。

 

「……充、行くぞ」

 

「……分かりました」

 

 当真さんが居るであろう場所に向かった嵐山さんと時枝。

 これで完全に邪魔者は居なくなった……

 

「米屋くん、三輪くん。これが最後の警告です。今すぐに本部の基地に帰って貴方達のストーキング紛いの行為を許可した上司とオペレーターを引き連れて謝罪にきてください」

 

「ここまで来てすると思うか?」

 

「だから最後の警告なんですよ……どうやら引く気は無いようですね」

 

 

潰す




RELATION

三雲修←自慢の弟、自慢の兄
三雲香澄←勝てない母、無理に良い子を演じなくてもいい
日野兄←尊敬している人、君も立派な兄
てつこ←友人、友と書いてライバル(恩人)
出水公平、米屋陽介←友達、友達
吉良ライトニング光彦←師匠、弟子
黒江双葉←師弟関係は一切無い


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22話

「打透勁!」

 

 米屋達への最終通告は終えた。

 向こうは引く気は一歩も無いので私はドラゴンボールよろしくグミ撃ちもとい生体エネルギーを弾にして放つ打透勁を放つ。

 

「ぬぅお!」

 

 飛んできた生体エネルギー的なのを米屋はシールドで防ごうとするが一瞬にしてパリンと割れる。

 割れるまでほんの少しの間ラグがあり、その隙に一直線に飛んでくる打透勁を避ける……ただ純粋に真正面からトリオン的なのをぶつけるのは無理……いや、二宮的なやり方をすれば破壊することは出来る……でも、アレって相手が複数だと使いづらいんだよな。タイマンなら同じ手を使えるが現状は3対1で近距離2名、使うに使えない。

 

「お前なんでそんなドラゴンボールみたいな真似が出来るんだよ!」

 

 戦うと決めたからには余計な物は削ぎ落とす。

 米屋がなにかを言っているが戦闘には不要な情報なので右から左に聞き流す……言の葉はもう交わす必要は無い。潰すだけでいい。

 

「天に輝くは日、月、星。血を揺蕩うは火、水、風……龍炎拳!」

 

 両手を合わせて大きく振り下ろすと手に纏っていた生体エネルギー的なのが地面を抉り、米屋に向かって斬撃の如く飛んでいく。

 

「あ、危ねえ……」

 

「っち……」

 

 これも米屋に避けられる。一直線にしか動かない攻撃は身体能力が物凄く高いトリオン体だと避けられる可能性がある。

 こんな事ならば螺旋丸の修行なんてせずに繰気弾的なのを覚えておくべきだった……だがまぁ、手は尽きた訳ではないし、なんだったら魔女カナリーナから貰った魔法の力すら使っていない。

 

「陽介、俺が主体で動く」

 

「頼んだぞ、秀次」

 

 今までは米屋が大きく攻めて三輪がそのフォローに入るといった戦法を取っていたが手段を変えてきたか。

 拳銃を私に向けて発砲すると弾が飛び出てくるのだが、その弾は大きく曲がりそれと同時に三輪が突撃してくる。

 弾を曲げる事が出来る変化弾(バイパー)で横から攻撃し、自分は狐月で真正面から攻撃する1人での二段階攻撃……動きに一切無駄が無いのは相当修行している。今のボーダーが出来て真っ先に入ったベテラン勢なだけはある……だが、甘い。

 

「とう!」

 

「なに!?」

 

 前からは狐月が横からはバイパーが来ているのならば飛んで空中に回避すればいい。

 

「おぉ、そうきたか……って、思うじゃん」

 

 私の動きに感心をする米屋だが笑みを浮かべる。

 

それ(・・)は最初から気付いている」

 

 大きく高く飛べばそれは狙撃手の的にしかならない。

 当真さんだけでなく古寺の位置も熟知している私には何処から狙撃が来るのか分かり、生体エネルギーで弾を防ぐシールドの様な物を作り防ぐ。

 

「嘘だろ、完璧だった筈なのに」

 

「落ち着け。どうやってかは知らないがアイツは当真さんの位置を当てて奈良坂に至っては一直線に向かっていっている……古寺の位置は完全に知られている」

 

 今のが他の奴ならば完全に仕留められたと思っていたので声を上げる米屋。

 三輪はこれぐらいは出来て当然だと冷静さを保っており、マガジンを入れ替えて空中に飛んでいる私に銃口を向ける。

 

「コレで終わりだ」

 

 空中にいる私に向けて発砲する三輪。

 私は硝煙反応対策の為につけていた手袋を脱ぎ捨てて、その弾に当てると黒い鉛の様な物が生える……やはり鉛弾だったか。

 私の事を殺すのかそれとも足止めしたいのかよく分からないが鉛弾でデバフしようと考えているならあまい。

 

「浸透脚!」

 

 足に生体エネルギー的なのを纏わせて落下の力を加えた蹴りを叩き込む。

 地面はボコッと凹んでクレーターの様な物を作り出すが米屋と三輪に当てることは出来なかった……が、これでいい。

 周りに崩れたコンクリートの破片がある。これを三輪が撃ってくる鉛弾の盾に使うことが出来る。

 

「ボーダーのA級と言ってもこの程度ですか」

 

 上位のランカーが奈良坂ぐらいであんまりパッとしない三輪隊。

 弱くはないが特別強いわけでもない……遊ぶにはちょうどいいかもしれない相手だが、ボコボコにしておかないといけない相手なのを忘れてはいけない。

 

「打透勁!」

 

 向こうの中距離以上の攻撃は三輪の拳銃(ハンドガン)だけだ。

 こういうやり方はあんまり良くないだろうが手数で攻める。両手を相撲の突っ張りの如く交互につき押しながらエネルギー弾を三輪達に向かって撃つ。

 

「陽介」

 

「おう!」

 

 一直線にしか来ない攻撃で避けながら防御することに徹しつつ移動をする米屋。

 一箇所に固まっていたら絶好の的だと2人は分かれて私を挟み撃ちにする形を取る。人数の多さを利用した戦法だが……相手の方が多い戦いなんて今まで良くあったことで挟み撃ちも日常茶飯事だった。

 

「打透勁・縛!」

 

 三輪に向かってエネルギー弾を飛ばす。

 速度が常に一定であり目に慣れてきた三輪は避けようとするのだが、私が開いていた手を握ると飛ばした生体エネルギー的なのが形状を変えて例えるならばブリーチの六杖光牢の様に三輪の体を縛る。

 

「秀次!」

 

 ここに来ての搦手で叫ぶ米屋だが三輪は俺に構うなと視線を送る。多分、念話も送っている。

 こんな事をしているのならば三輪に意識を割いている。狙うならば今だと米屋は三輪の救出には向かわず、私に向かって突きを撃ってくるが遅い。

 

「やっと捕まえた」

 

 米屋の槍を真剣白刃取りする。

 今まで何度かチャンスはあったものの三輪が程良く邪魔をしてきたので出来なかったが、やっとチャンスを活かすことが出来る。

 

「化勁」

 

 両手を光らせると米屋の槍は消失した。

 

「っ!?」

 

「槍は独立していましたか……腹の足しにもなりませんね」

 

「お前、なにやったんだよ!」

 

 槍が消失したのでトリオンを消費して新しい槍を作り出す米屋。

 質問をしてきているが答えるつもりは一切無い……敵に情報を送るのも会話するのも無駄な行為だ。新しい槍を作り出した米屋は大きく槍を振り払おうとする。米屋のトリガーには刃を伸ばすオプショントリガーである旋空狐月が入っているので約20m以上の距離を一瞬にして離れる事が出来なければ避けれない……だから、踏み込む。

 

「槍の間合いより短くした……と、思うじゃん」

 

「その槍は孫悟空の如意棒の様にある程度は伸び縮みするんでしょう」

 

 間合いを詰めてきた私に対して槍を縮めようとする米屋だが既に私の射程範囲内だ。私は米屋の右腕を掴んだ。

 

「化勁」

 

「またかよ!」

 

 私に触れられると槍がまたまた消失した。何をやっているか気付いていない……が、そろそろ気付く頃だろう。

 

「槍が出ねえ」

 

「先ずは米屋くん完了」

 

 槍を出そうとする米屋だがうんともすんとも言わない、それもそのはずだ。

 私の使った化勁という技は他人から生体エネルギーを抜き取り自分の物にする技だ。最初は米屋の槍(狐月)に使われているトリオンを奪い、更には米屋が緊急脱出(ベイルアウト)するかしないかのギリギリのところのトリオンを吸収した。

 この技、相手の生気的なのも吸い取る事が出来る技で加減を間違えたら黒トリガーを作る時みたいに命も吸い取ってしまう危険過ぎる技で出来れば使いたくなかったんだが……状況が状況だけに仕方ない。

 

「三花驗頂、天花乱墜……」

 

 トリオン体を維持するだけで武器1つ作り出すことが出来ない米屋なんて恐れるに足らず。

 印を結んで生体エネルギーを手に集中させて生体エネルギーで縛っている三輪に向かって構える。

 

「米屋くんのトリオンをあげます、百歩神拳!!」

 

 両手を開く様に合わせて高密度なエネルギーの砲撃を三輪に向かって撃つ。

 三輪はシールドを出すが、シールドは全くと言って効果はなくあっさりと貫かれて三輪は百歩神拳に直撃、トリオン体全てが消失すると一条の流れ星がボーダー本部に向かう……トリオン体丸々一個破壊したらどうなるかと気にはなっていたけど、普通に本部に戻れるのか。

 

「お前……かめはめ波を撃つことが出来たのかよ!」

 

「かめはめ波じゃありません。百歩神拳です……因みにこういう事もする事が出来ますよ」

 

「うぉお……螺旋丸まで出来るのか」

 

 絶体絶命のピンチなのを自覚していないのか目を輝かせる米屋。

 既に敗北が決まったから一周回って開き直っているな。

 

「お前、そんだけ出来るならボーダーに入った方がいいぞ」

 

「笑わせないでくださいよ……ボーダーに入っていたらボーダー創設者の一人の息子を近界民扱いして強盗まがいの事をしなければならないんでしょ……私はそんなのはごめんだ」

 

 私は私が歩むべき道を自分で決める。

 米屋の左胸に向かって私は螺旋丸もどきを叩き込む。

 

「三輪くんに伝えてください。近界民を嫌うのは勝手ですが、もう少し相手を見ろ……近界民は敵で話すつもりはないと感情的に当たり散らすならボーダーにいる3人の近界民(ネイバー)をとっとと殺しにいけ

 

「おい、それどういう」

 

『トリオン体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 私の言っている事を問い詰めようとしたが時間が来たので緊急脱出をした。

 これで残すは古寺だけだと気配探知を強めてみるとここから数百メートル離れたところで迅が太刀川さん達と戦っているのが分かる。

 

「……ほぅ」

 

 複数の流れ星がボーダー本部に向かった。

 風刃とサイドエフェクトを思う存分に利用した迅が攻撃手達を一掃したんだろう……。

 

「佐鳥、そんなところに居ないで私の前に出てきてください……木虎の様な事はしません」

 

「うぇええ!?なんでわかったんですか」

 

 割と直ぐ近くで私の事を監視していた嵐山隊の狙撃手、佐鳥賢。

 私の事を監視しているのがバレたので大きく慌てている……ふむ……

 

「狙撃手である当真さんは居場所さえ割り当てれば嵐山さん達でどうにかなり、嵐山さんのパチもんは太刀川さん達の相手に集中したい……余ったからここに来たというところか。万が一の時は狙撃でサポートしてくれと言われて」

 

「はい……でも三雲さん、一切手助けが必要無い感じでオレの出番無かったです」

 

「そうか……っむ」

 

 当真さんの気配が消えていく。どうやら完全に見つけ出すことに成功してぶっ倒したんだろう。

 太刀川さん達も倒されて当真さんも倒され、残すは三輪隊の古寺だけだが……無理ゲーだな。

 

「あのぅ、どうやら全員緊急脱出(ベイルアウト)したんで一旦集まろうってなりまして」

 

「そうか……悪いが私はとっとと家に帰りたい。来るならこっちに来いと言ってくれ」

 

「え、帰らないんですか!?」

 

「なんだ帰ってほしいのか?」

 

 私の事をワガママな子供かなにかと思っているのか意外そうにする佐鳥。

 確かに協調性に欠けていて木虎が邪魔だったので見せしめにぶっ飛ばしたが、出来ないわけじゃないんだ。

 

「あ、いや、居てください」

 

「ああ……それにしても今回は活躍がありませんでしたね」

 

「三輪隊と出水先輩達と戦う予定だったのを三雲さんが全部持ってったじゃないですか」

 

「出水くんの件に関しては申し訳ないとは思っている……だが、コレは戦争なんだ。最初から戦争するつもりの相手に慈悲はいらない」

 

 それに私は何度も何度も警告は出していた。謝罪に来いとも言っていた。それに従わない彼等が悪い。

 暴君の理論に近いが先にやってきたのは三輪隊でありボーダーでもあるわけで、母さんは謝罪に来るまでは許すつもりはない……今回の母さんはカンカンに怒っている。

 

「賢、大丈夫だったか」

 

「あ、はい!三雲さんが全員ぶっ倒しました」

 

「そうか……まさか本当に1人で、しかも生身で三輪隊を撃退するだなんて……」

 

 三輪隊を撃退した事に未だに実感が沸かない嵐山さん。

 ボーダーの常識を一瞬にして覆してしまったのだから納得しろという方が無茶なので無理に納得しなくてもいい。これは質の悪い夢だったとでも思えばいい。

 

「この後上層部に誰が報告に行きますか?」

 

「ああ、城戸さん達にオレが報告に行くけど」

 

「写真を1枚撮っていただけませんか?……ボーダーの謝罪がさっさと来るようにね」

 

 両手の中指を突き上げて挑発をする。

 

「ボーダーがこのまま謝罪に来ないと言うのならば次は全力を出してボーダー本部に攻めに行きます」

 

「全力じゃなかったのか!?」

 

「本気でしたが……素手でしたので」

 

 全力を出す場合はてつこに取り上げられている物を取り返さないといけない。

 けど、今の段階で日野家を巻き込んだりすると色々とややこしくなる。

 

「OK、分かった。城戸さん達にその事について伝えておくよ……ただヘルメットを被った状態だと分かりづらいから素顔を見せてくれないか」

 

「ふぅ、やれやれ……」

 

 素顔が見たいと言う本音がダダ漏れだぞ、実力派エリートよ。

 とはいえこんな事が起きても良い様に想定はしている。私はフルフェイスタイプのヘルメットを外すと嵐山隊の3人は驚く。

 

「三雲さんじゃない!?」

 

「誰ですか、貴方は」

 

 私の素顔を見て声を出す佐鳥と時枝。今の私の素顔は沖矢昴でなく赤井秀一になっている。

 あの日、あの時三門第三中学校にいた面々は私の素顔を知っているので身構える。

 

個人情報を勝手に使う組織であるボーダーに顔を見られるのは少々厄介だから少しメイクをしてきた、ほら、この通りだ

 

 ピリッと頬の一部を引っ張ってマスクをつけているアピールをする。

 本当は魔女カナリーナからもらった魔法の力で変身をしていてその上に赤井秀一のマスクをつけている……迅のサイドエフェクトに通用するかどうかは謎だが未成年が名前と顔バレする組織なんぞに顔は知られたくはない

 

さぁ、思う存分写真を撮ってくれ

 

 両手の中指を突き上げて若干腰を曲げて挑発的なポーズを取る。

 迅は完全にまいったと諦めてくれたのかパシャリとスマホらしき物で撮影をしてくれる。

 

「では、私はここで」

 

「待った……お前がトリオン体をぶっ飛ばしたりする事が出来る不思議な力について教えてくれる約束だろう」

 

 っち、覚えていたか。

 

「オレも色々と見てきた方だけど君と君達のお母さんが使った力は見たことないな……どうなってるんだ」

 

「そうですね。語れば長いので一言、答えだけを教えておきましょう……私のこの力はRDー1が齎したものだ

 

「RD−1?」

 

それはあまりにも凄まじい物で私も基本的にはなにも言うなと言われている……本来ならばトリガーを使用しなければ倒すことが出来ない相手を倒せる様になっただけでも充分脅威を感じただろう……時に嵐山さんのパチモン、始皇帝を知っているか

 

「確か中国の古い皇帝だったっけ?」

 

その認識で概ね間違いない。そしてその始皇帝は不老不死の薬を探したと言われている……RD−1は始皇帝とは無関係だがその気になれば不老不死になることも可能な凄まじい存在だ

 

 正確に言えば時を止めるとか時の概念から抜け出すだったか、あんまり覚えてないけどリリエンタールの力を使えば不老不死みたいなのになれる。

 

RD−1の力があれば100年以上前に死んだ人間とも対話が出来る様になる

 

「……それは本当なのか?」

 

信じるか信じないかは貴方達次第だ……私の力に関する事は説明をした

 

「待ってくれ、そのRDー1ってのはなんなんだ」

 

 教えるべきことは教えたとこの場を去ろうとフルフェイスタイプのヘルメットを被ると迅は止めてくる。

 

悪いがそれ以上は探偵でもなんでも雇って調べてくれ……ああ、言っておくが修達に聞いても無駄だ。修達も守秘義務がある。RD−1がどれだけの存在か熟知しているから口は割らない

 

 リリエンタールに関する情報は集めようと思えば簡単に集まる。

 特に5年前に起こしたあの事件は大々的に放送されていてその事件の当事者の身内がボーダーの玉狛支部に所属している……ヒントは直ぐ側にあるとは言ったものだ。

 

「ボーダーの上層部、喧嘩なら何時でもしてやります……では」

 

 これだけ騒ぎを起こしたのだから、向こうも最初からなかった事になんて言ってこないだろう。

 母さんからの命令だったから戦ったが、私は好戦的な性格ではないからこういうのはな……。

 

「追いかけてこないか」

 

 迅達がこれ以上深く私に関わってくるかと思ったが、追いかけてこなかった。

 私は被っていたヘルメットを脱いで頭部の額にあたる部分に触れる……実はこのフルフェイスタイプのヘルメット、カメラが搭載されている。黒服の組織と神堂令一郎が協力して作った一品だ。

 

「こちら三雲昴。嵐山隊の様に常にメディアに出演しているA級部隊とは異なる部隊、三輪隊と交戦し勝利した。尚、ボーダーでは主義主張が異なる者同士による内部抗争が勃発していた模様……どうやっても入手出来そうにないボーダー隊員同士の内部抗争みたいなのを撮れたのですから私の時給上げてください。それと黒服の組織さん、私が銃刀法違反で捕まらない様に裏工作をお願いしますね」

 

 使えそうな物は使っておく。

 私が参戦してからの黒トリガー争奪戦の情報を神堂令一郎とシュバインさんに送った……媚は売れるときに売らなければならない。

 

「……謝罪に来ないとマジでボーダーに乗り込まないといけないから誰でもいいから謝罪に来てくださいよ」

 

 あえて騒ぎを大きくして組織を混沌とさせるのは心が痛む。



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23話

「これはいったいどういうことだ!」

 

 ボーダー本部の会議室。鬼怒田開発室長はバンとテーブルを叩いて怒りの声を上げる。

 それもその筈、黒トリガーを取ってこいと命じた太刀川隊、冬島隊、風間隊、三輪隊の計4部隊が実力派エリートこと迅と昴にぶっ倒されたのだから。

 

「どういうこと、だと……私は最初からこの一件に反対だった」

 

 敵対する近界民でなく、知人の息子である遊真からトリガーを強奪する事に最初から反対だった忍田本部長。

 勝手に作戦を決行してきた城戸一派に対して強く睨みをきかす。

 

「これ以上勝手な真似をするならば……次は私が出る」

 

「っ!」

 

 忍田本部長は個人総合、部隊共にトップである太刀川隊の太刀川慶の剣の師匠だ。

 ノーマルトリガー最強の使い手と言われており、参戦するとなるとA級上位チームでも苦戦を強いられる。ただでさえ迅と昴にボコボコにされて勝てなかったのに忍田本部長が出るとなれば更に厄介だと焦る鬼怒田室長と根付室長。

 

「ならば、次は天羽をぶつける」

 

「っ、城戸さん貴方は本気なんですね……」

 

 もう1人のS級こと天羽を今度はぶつける事を提案する城戸司令。

 総合的な火力では迅を遥かに上回る天羽を出すという事は本気で戦争でもおっ始める気かと周りは戦慄する。

 

「どもども、実力派エリート、ただいま参上しました」

 

「迅、よくもおめおめと姿を現す事が出来たな!」

 

 一触即発の空気が流れている中、やって来た迅。

 どの面下げてやって来たのだと鬼怒田室長は怒るのだが、落ち着いてと迅は宥める。

 

「迅、あんな民間人まで引っ張り出してなにが狙いだ」

 

 ここに来て昴の事を話題に出す城戸司令。

 城戸一派は昴の事を迅が雇った外部の人間だと認識しており、あんな変人を連れてきたのはまたなにか企んでいると睨む。

 

「言っときますけど、メガネくんのお兄さんに関してはオレは無関係です……むしろ城戸司令がメガネくんの家に謝罪を入れなかった事が原因で招いた事ですよ」

 

「恍けるんじゃない!1回目はトリガーを起動する前にやられたが、2回目は違う。あの生身の人間がトリオン体に換装したトリガー使いを倒せるわけがないだろう!玉狛が勝手にトリガーを横流しかなにかしたんだろう!」

 

 絶賛裏で暗躍しまくりの迅の事だからと疑り深い鬼怒田室長。

 しかし昴は本当に無関係であり、三輪達に家を監視する事や土足で家に上がり込んできてトリガーを起動しようとした件に関しての謝罪が来ないからやってきた。迅はその辺りについてちゃんと説明をするものの三輪隊と出水と木虎がやられた事に対しての納得がいかない。

 迅自身もその件に関しては謎だらけで納得が行っていない。手にトリオンらしき物を纏っていたのはなんとなく分かるのだが、どうしてそんな事が出来るかと言われれば答えのみ知っていて過程は一切知らない。

 

「横流しなんてしてませんってば……メガネくんのお兄さんは生身で三輪隊達を倒した。なんだったら戦闘の記録(ログ)を今ここで確認して検証しますか?」

 

「いや、いい……それでお前はなんの用事だ?」

 

 これ以上は昴に関してああだこうだ言い争っても当人はとっくに家に帰っているので議論するだけ無駄だ。

 迅がなにかしらの用事があってここに来たのだと読んだ城戸司令は目的を聞く。

 

「次は天羽だ忍田さんが出るだ物騒な話をしているじゃありませんか……もうやめましょうよ」

 

「やめるですと。玉狛支部は黒トリガーを独占しようと言うのかね!」

 

 黒トリガーは一個あるだけで戦争がひっくり返るとんでもない代物だ。

 風刃と遊真の持つ黒トリガーが玉狛支部にあるだけでボーダーの派閥の力関係が大きくひっくり返り、玉狛支部の一強になる。

 なんとしてもボーダーの主導権を握る為にはそれはあってはならないことだと根付室長は声を上げる。

 

「黒トリガーが欲しいなら、この風刃を差し出すよ」

 

 コトっとテーブルの上に風刃を乗せる迅。

 

「差し出すだと……風刃は元々ボーダーの所有する黒トリガーだ。取り上げようと思えば何時でも取り上げられる」

 

「それだと今回勝手に私闘した太刀川さん達もトリガーを取り上げないといけなくなるよ」

 

「お前だけ取り上げる事は可能だ」

 

 言い争う迅と城戸司令。その横で鬼怒田室長と根付室長は考える。

 黒トリガーは適合する人物しか使えない特殊なトリガーであり、遊真の持つ黒トリガーは誰が使えるか分からず性能もイマイチ把握していない。

 対して風刃は使いこなせれば太刀川や風間などの上位陣を容易く倒すことが出来て誰が使用可能なのかハッキリと分かっている。遊真の黒トリガーも気になるが、迅の風刃はそれ以上の価値を示す……そうなる様にしたのがプランBだが。

 

「城戸さん、コレは言うつもりは無かったけど今ここでオレから風刃を取り上げても無駄だよ……メガネくんのお兄さんはメガネくんの味方で、メガネくんは遊真を守ろうとする。そうなれば芋蔓式でメガネくんのお兄さんは遊真を守ろうとして……天羽をぶっ倒す」

 

「なんじゃと!?」

 

「三輪隊を本気で相手したけども全力では相手してない。手の内を完全に晒していない……全く、とんでもない奴ですよ」

 

 迅には見えていた。このまま権力を振りかざして強行策に出た場合、三雲昴がなにをするのかを。

 三雲昴は自分が弱いと思っているところがあり、使える物はなんでも使う主義である。

 

「このままだと諏訪さんとか熊ちゃん辺りにも今回の一件が知られます」

 

 故に今回の一件を秘密にせずに知り合いのボーダー隊員に言いふらす。

 ボーダーとしては秘密事項にしなければならない事だが昴はボーダー隊員でもなんでもない。それをとことん利用して徹底的に周りに都合のいい様に言いふらしてボーダー内部に不穏な空気を生み出す。ロクでもない事をしようとしている。

 

「遊真をボーダーに入れた方が今後の為にもなるし……なにより城戸さんの真の目的にも繋がりますよ」

 

「……迅、なにが目的だ」

 

 明らかに城戸一派に対して有利な条件を提示する迅。

 これはなにか裏があるのではないのかと城戸司令は疑うのだが迅は爽やかな笑みを浮かべる。

 

「なんにも無いですって……ただ単にあいつに、遊真に楽しい時間を過ごしてほしい。ただそれだけです」

 

 この一件に関しては裏らしい裏は特にはない。単に遊真に楽しい時間を過ごして欲しい、ただそれだけだ。

 

「いいだろう。風刃と引き換えに空閑遊真のボーダー入隊を許可する」

 

 真の目的を果たす為にも城戸は折れた。

 これで遊真の身柄は大丈夫だとホッとするのだが、迅は大事な事を忘れていたと口を開く。

 

「城戸さん、秀次達を連れてメガネくん達のお母さんに出来るだけ早く謝罪に行ってくださいね。でなきゃ、本気でボーダーを潰しに掛かるから」

 

「待ちたまえ、迅くんそれはいったいどういうことかね?」

 

「どうやってかは上手く見えないんですけど、ボーダーと契約してるスポンサーとかが一気に離れる未来が視えたんですよ……そこにメガネくんとメガネくんのお母さんが深く関わってる。ホント、どうやってかは分からないんですけど」

 

「……時間が空き次第、三雲家に謝罪に行こう」

 

 そんなこんなで黒トリガー争奪戦は玉狛支部の迅の勝利に終わった。

 師匠の大事な形見である風刃を引き渡してしまった事に思うことはなくもないが、それでも明るい未来が待ち構えているのは確かだ。

 風刃を差し出した迅は会議室を後にするとボーダー内の自販機前で屯している風間と太刀川と出会い、事の顛末を語る。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

「あら、やっと来たのね」

 

 遊真の黒トリガー争奪戦が終わった数日後のこと。城戸司令はオペレーターの月見蓮を含む三輪隊を引き連れて三雲家にやって来た。

 謝罪に来なければボーダーの本部に乗り込むことも躊躇わないので謝罪にやって来た城戸司令はインターホンを鳴らすと母である香澄が出て来た。

 

「この家の家主は」

 

「夫は海外で働いているから私になるわ」

 

「城戸さん、この人が三雲達のお母さんです」

 

「……そうか」

 

 姉と言われてもおかしくないくらいに若々しい母。米屋に言われて微妙に戸惑うがなんとか納得をした。

 

「それでアポすら取っていないのになんの用事なの?」

 

「……此度の一件に謝罪に参った」

 

「参ったじゃないでしょう。謝罪に来るなら来るで事前に連絡をしなさい。そこのカチューシャの子はうちの長男の連絡先を知っているんだから出来たはずよね」

 

 ぶっちゃけ泣きたい。それが米屋の本音だった。

 悪いか悪くないかイマイチ実感が薄く、やらかしてしまった身で泣いてもなにも解決しないので涙は流さないが内心ビクビクだ。

 生身の自分をフライパンでシバいてきたとんでもない人が目の前におり、あのメガネボーイズはこの人の元で育っているならばああもメンタルが強くなるわなと激しく納得する。

 

「まぁ、貴方も忙しい身でわざわざ時間を作ったのだからいいわ……こんなところで立ち話もなんだし、上がりなさい」

 

 香澄から家を上がることに関しての許可を頂いたので家に上がる一同。

 一階のリビングに案内をされると香澄は座布団を1つだけ持ってくる。

 

「そっちの女の子だけは座布団を使っていいわ……全員正座しなさい」

 

 月見に座布団を渡すと1人椅子に座る香澄。

 ここでそのまま座るなんて度胸は誰にもなく、全員が正座をする。

 

「1つ、聞いてもいいだろうか」

 

「その前に謝罪の言葉が先なんじゃないかしら?」

 

 幾つか気になることがあるので質問をしようとする城戸司令だが、その前に謝罪を求める香澄。

 室内の筈なのに冷たい空気が流れていて非常に気まずい。

 

「貴方達が知りたい事なんて凡そ把握しているわ……空閑くんに関しては大体の事情は知っているわ。修が今必死になって頑張ろうとしていることもね」

 

「貴方の息子について聞きたい」

 

「貴方にわざわざ言う必要は無いわ」

 

 バチバチに言葉を交わす香澄と城戸司令。

 主導権は完全に香澄に握られており、話を聞いている側の三輪隊はなんとも言えない気まずさが出てくる。しかしこれも自業自得なのである。もう少し早くに謝罪に来ていればこんな事にはならなかったのだから。

 

「大体その昴も今日はアルバイトで家には居ないのよ」

 

「それは失礼した」

 

「それもの間違いでしょう……それで、なにか言うことはあるかしら?」

 

「此度の一件、ボーダー側に不手際があり三雲家に多大なる迷惑を掛けた事をお詫び申し上げたい……」

 

「「「「「すみませんでした」」」」」

 

 三輪隊一同は頭を下げて謝罪をする。

 

「……発案者は誰かしら?修にストーキング紛いの事をしようって言い出したのは」

 

「自分です」

 

「そう。今回の一件、修が報連相を怠った事に非もあるけれど聞けば貴方達は近界民(ネイバー)=敵だと認識している派閥じゃない……今でも空閑くんの事を敵だと思っているの?」

 

「それは……」

 

「空閑遊真に関してですがボーダーに所属することが」

 

「貴方が割って入ってこないで。私はこの子に聞いているのよ」

 

 言い淀む三輪の代わりに答えようとする城戸司令だが、城戸のは社交辞令の様なもので答えにはなっていない。

 三輪の口から遊真の事をどう思っているのかを改めてここで聞く。

 

「……奴は敵です」

 

「それはどうしてかしら?」

 

近界民(ネイバー)は俺の大事な人の命を奪いました。ここにいる古寺も奈良坂も家を破壊されました」

 

「そう……けど、それは少し間違ってるって思わないのかしら?」

 

近界民(ネイバー)を憎むことが間違いだと言うんですか!4年半前の大規模侵攻でなにがあったのか知らないんですか!」

 

「勿論知ってるわ……でも、それと空閑遊真がどう繋がるって言うの?」

 

「っ、それは……」

 

 向こうの世界からやって来た住人の事を近界民と言うのならば空閑遊真は紛れもなく近界民だ。

 だがしかし、4年半前にこの世界を大きく荒らした近界民と繋がりがあるかと聞かれれば無いと言える。

 

「貴方が言っていることは少し無理があるわ。近界民=悪と捉えている……恨むなとも憎むなとも言わないけれど、怒りの矛先を遊真くんに向けてるのはただの八つ当たりに過ぎないわ」

 

 ただ近界民だから敵と認定することを間違いだと諭す香澄。しかし三輪は納得が行かない目をしている。

 

「城戸さん、貴方の組織には彼等の様な子がそれなりに在籍していると聞くわ……その辺りについてフォローは上手くしているの?組織だから上の命令にはちゃんと従ってって言ってるだけだったら、今すぐにでも組織のトップをやめた方がいいわよ……この子達は強くなる為に特訓をしたかもしれないけれどまだまだ子供で受け入れ難い事が多いのよ」

 

 その目に気付いている香澄は城戸司令を注意する。

 トリオン器官が25歳ぐらいまでしか発達しない都合上ボーダーは子供を多く在籍させている組織だが、その辺りに関してのフォローはしていないのが三輪の態度で分かる。

 

「大体、修が怪しくて証拠も揃っているのならどうして修を問い詰めずにストーカーまがいの行為をしたの?」

 

 修が黒だと断定出来る証拠を三輪達は持っていた。

 三輪は修にトリオン兵を倒したのはお前かと訪ねて修は遊真の事を隠すために自分がやったと嘘をついた。その嘘を嘘だと証明する物的証拠を持っているにも関わらず三輪達は修の家を張り込んだ。

 修がボーダーと言う組織に所属しているにも関わらず報連相を怠った事は悪いことで泳がせてボロを出すのを待っていたのは分かるが、それを理由に家に土足で上がり込んだり修の個人情報を勝手に利用して家に張り込んでいいわけではない。

 

「三門第三中学に出たトリオン兵も修達がどうにかした時もA級の子が後からやってきて訓練生はトリガーを使うなと緊急事態だった状況を見た上で言うし、貴方達の組織はハッキリと言って好きになれない、守ってほしいとも言えないわ。昴と空閑くんが居なかったら大惨事になっていた可能性もあるのよ」

 

 更に過去の事をほじくり返す香澄。どちらかと言えばボーダーに非があるので三輪達はなにも言い返すことは出来ない。

 

「此度の一件は我々も深く反省をしている。前回のイレギュラー門の一件だが緊急事態だった場合、C級でもトリガーの使用は許可と規定を書き換えた」

 

「当たり前じゃない。近界民関連で助けようと思えば助けられるのに見捨てて死人が出たら困るのは貴方達で組織としてやっていく事が出来ない筈よ……今回の事が初の一例に救われたわね。うちの息子達ならトリガー関係無しに迷いなく助けるわよ」

 

 毒は吐き続ける香澄。

 米屋達はなにも言うことは出来ず、早く終わってほしいと強く願っている。

 

「その息子だが、三雲昴は何故」

 

「その一件に関しては迅くんに答えだけは教えてるって昴が言ったわ」

 

 昴がどうしてトリオン体と生身でやり合うことが出来るのか疑問をここでぶつける。

 その辺りに関しては説明するのはややこしく更に言えば既に迅にどういうことなのかと伝えている。迅からその事について報告を一切受けていないので全員が驚く。あの男、やっぱり裏でなにかよからぬことを企んでいるなとなる。風評被害である。

 

「それで、今後はどうするつもりなの?」

 

「……空閑遊真の入隊は許可し、これまで通りこの街を守る」

 

「そうは言うけど貴方達、ガバガバじゃない。この前一斉駆除したのだってうちの子が見つけなかったらお手上げ状態でしかも偵察をメインにしてるロボットかなにかでボーダーの手の内を晒したも同然よ……貴方達が4年間備えているのならば向こうは何十年も前から準備しているわ……気をつけなさい。多分そろそろ大きいのが来るわよ」

 

 大体が昴の受け売りだが、バンバンと言ってくる香澄。

 あのラッドにはそんな裏があったのか、そこまで考察していたのかと三輪隊は驚くのだが実際のところは原作知識である。ともあれ注意勧告は受け入れたのでその内に大きな侵攻があるのだと頭の隅に入れる。

 

「件の三雲昴だが、是非ともボーダーに入っていただきたい」

 

「城戸司令!?」

 

 ここに来てとんでもない事を言い出した城戸司令。

 彼はなんだかんだで昴の事を評価していて認めてはいる……どれだけ危険な存在なのかも今回の一件で身に沁みた。迅が裏で余計な事をする前に、文字通り手を組まれる前に先にスカウトをしておこうとする。

 

「却下よ、却下……ただでさえ修がボーダーに入隊しているだけでも嫌なのに昴まで所属するなんて絶対に無いわ」

 

「我々としてはそれなりの好待遇でボーダーに入隊させるつもりです」

 

「はぁ、5年ぐらい前にも似たような事を言われたけど最終的に決めるのは昴で……昴本人は入る意思はこれっぽっちも無いわよ」

 

 組織というものに入れば立場云々があり下手すれば修達と敵対をしなければならない。

 それだけはあってはならないこと。兄として弟を傷付けるどころか障害になるのは避けて通らなければならない。

 

「大体あの子はアルバイトをしているのよ、遊んでる暇なんて無いわ」

 

「ボーダーのA級の中にはアルバイトと掛け持ちしている隊員もいる」

 

「それに防衛任務を理由に学校を休んで成績を落としたら元も子もないわ。元々成績が悪いのにボーダーを理由に学校を休んで留年寸前だった子もいるって聞いてるわよ」

 

 尚、米屋のことである。

 

「貴方達からしてみれば昴は危険な存在で制御下に置きたいのは分かるけど、うちの子はそんなに安くはないわ……あの子をナメないでちょうだい」

 

 どうにかこうにか昴を制御下に置きたいのが見え見えなのでこの際だからとハッキリと言う。

 

「貴方達がかつて秘密の組織で勝手な事をしていたのなら、あの子もそれに習ってそれ相応の事はするつもりよ」

 

「……止めはしないのか」

 

「無理に決まってるでしょ……あの子は修のお兄ちゃんなんだから」

 

 修にとっての誇れる兄になろうと心掛けている昴は母でも止められない。

 むしろ修がピンチだってのになにもしないならさっさと兄として動けと尻を蹴るぐらいだ。

 

「貴方達が組織として大きくなって大事な事を忘れて道を踏み外すならあの子は敵になるわ……覚えておきなさい」

 

 かくして城戸司令+三輪隊の三雲家への謝罪は終わった。お詫びの品としていいとこのどら焼きを貰った。

 昴のスカウトに失敗した城戸司令は迅とはまた別の脅威が現れたと少しだけ頭を抱えた。



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24話

 私がアルバイトに行っている日に城戸さんが三輪隊を引き連れて謝罪にやって来た。

 なにをどうなったらそうなるのか城戸さんは私をボーダーにスカウトした様だがあんなヤクザ顔の元で働くつもりはない……ボーダーという組織はいい組織に見えるが中身は結構ガバガバなのは熟知している。

 

「で、ここはこうなっています」

 

 1月8日まで原作は動くことはないが現実は動いている。向こうの世界に遠征していて授業が遅れていた出水に取っておいたノートを写させながら要点を教える。因みにだが出水をぶん殴った事に関しては謝っていない。向こうもやっているのは食うか食われるかの戦争をやっている自覚があるのかその辺りについてはなにも言ってこない。

 

「ちょっとの間で結構進んでるな」

 

「出水くん進学校はもっと先を行っていたりするんですから弱音は吐いたらダメですよ」

 

 休んでいた間に思ったよりも進んでいた事に愚痴を零すが私からすれば生温い。

 受験しないといけないレベルの小学校ならもっともっと進んでいる。進学校に通ってたからよく分かる。

 

「もうすぐテストなんですから」

 

「いやぁ、流石に赤点はねえぞ……オレはな」

 

「助けてください、三雲先生」

 

「じゃ、何時も通り頑張って暗記してください」

 

 泣いてSOSを求める米屋の扱いはもう馴れたものだ。

 教師陣の「ここテストに出るぞー」発言を纏めたページを開いてノートを米屋に渡す。

 

「ところで……三輪くんは大丈夫ですか?」

 

 テスト前の沈黙の勉強が続く中、ふと気になった事を聞いてみる。

 最近三輪の調子が悪い……なにかに悩んでいる様で、誰にも相談していない。

 

「お前のお母さんに色々と言われたんだよ……八つ当たりしてるってな」

 

「母さんはハッキリというタイプですからね」

 

 三輪は今、近界民との付き合い方について悩んでいる。

 ただ単に近界民だからと敵認定して所構わず攻撃的なのは八つ当たりで、どうやって向き合うのかを考えている……諸悪の根源の様な存在が何を言うかと思うが頑張れである。

 

「しかしまぁ、あんな事があったのに二人はよく私と関わろうとしますね」

 

 一切の慈悲なくぶっ飛ばした出水と米屋。

 少しぐらい遺恨の様なものが残るかと思っていたが割とあっさりとしている

 

「まぁ、終わった事だしいちいち引きずってたらな」

 

 然程気にしていない米屋……これが若さというものなんだろうか。

 出水もあんまり気にしていないとなると私が気にし過ぎだと言うこと……でもなぁ、あの後ボーダーが私達の個人情報を集めようとしていたんだよな。日野家関連の事もあって私達の情報は規制されていて父さんは海外で働く人、母さんは専業主婦、私は高校生、修は中学生ぐらいの情報しか手に入らない様になっている。

 実弾入りの拳銃を持ってたから銃刀法違反で逮捕しようとも企んでいたけども黒の組織にその辺りを揉み消して貰っているし、ボーダーにはシュバインさんの元部下の唐沢さんが居るから気付くだろう。

 

「にしても勿体ねえよな。あんだけ出来るってのにボーダーに入らないなんて」

 

「米屋くん、私がボーダーに入隊してしまえば修に余計なプレッシャーや重しが加わります……それだけはなんとしても阻止せねば」

 

「お前、結構なブラコンだな」

 

「嵐山さんよりはマシです」

 

「あの人は弟達に家を買ってあげるとかとんでもない事を言う人だから……」

 

 ブラコンも度が過ぎれば嫌われる。

 程よい距離感を保っていなければ仲の良い兄弟関係を作り上げることは出来ない。その点では私と修は程良い距離を保ちつつ、修は兄である私を慕ってくれている……あの実力派エリートを名乗るセクハラ魔や烏丸なんかにいざという時は物凄く頼れるお兄さんポジションは譲れない。お兄ちゃんであるプライドというものが私にだってあるんだ。

 

「期末が終わったら、クリスマスですよね。米屋くん達はなにか予定はあるんですか?」

 

「お前、それ聞くか普通……何時も通りだ」

 

「そうそう、今年もなにもない……ホントに何時も通りだ」

 

 人柄も懐具合もちょうどいい3人組だが浮いた話は1つもない。

 米屋は時折サイコパスに見えなくもないけど出水は普通に成績優秀で明るくて金も持っている方なのに彼女の一人もいない……謎だ。

 

「出水くんは彼女を作ったりしないんですか?」

 

「いや、オレはそういうのはな……ほら、ボーダーがあるし」

 

 コイツ、ボーダーを理由に恋愛から逃げ出すチキンだな。

 

「米屋くんは?」

 

「バッチ来い!って言いたいけど今はボーダーでバチバチランク戦をするのが楽しいからいいや」

 

 米屋は米屋であっさりとしているな。

 

「そういう三雲はどうなんだよ」

 

「彼女欲しいに決まってるじゃないですか……でも、特撮好きが予想以上にマイナスポイントで、更に言えばクリスマスがアルバイト付き合いの忘年会に参加したりしないといけないので予定が作れなかったりするんですよ」

 

 嵐山隊の顔窓こと佐鳥ほどモテたいとは言わない。しかし、彼女はほしい。

 だが、私の特撮好きと言うマイナスポイントを受け入れてくれる人は早々にいない。と言うかそもそもで私はプライベート的な意味合いでは人脈に乏しい方だ。友人的な付き合いをしてるのこの二人ぐらいだし。

 

「お前、ホント何処でアルバイトしてんだ」

 

「ちょっと人には言えないとこです……ああ、彼女欲しい……出水くん、誰か紹介できないですか」

 

「紹介っつーかお前……もっとこう周りを見た方がいいぞ」

 

「周りですか……私と知り合いの女性は色々と危険なアマゾネス属性がついていて地雷臭漂うのですが」

 

 原作キャラはヤンデレになる可能性が高くて地雷臭しかしないとか言うつもりはない。

 確かに地雷臭漂う女子は多いがそれよりもボーダーが原因かアマゾネス属性が多い……双葉もアマゾネス属性だけでなく山ガール属性がある。一番バイオレンスなのはてつこである。

 

「え〜そうか?」

 

「米屋くん騙されてはいけませんよ。男の本性よりも女性の本性の方が恐ろしいのは定番なのです。特に私は大丈夫と思ってたら大変な事になる」

 

 テイルズオブゼスティリアに転生した先輩がエライことになったり、転生者の大先輩である黛さんが女マーリンを孕ませたり色々とあったのを私は知っている。彼女欲しいと思っても無闇矢鱈とガッつくと地獄を見る羽目になる。

 

「逆に聞くけどお前はどういう女性がタイプなんだ」

 

「ボン・キュッ・ボンです、大きいは正義なので」

 

「そうじゃなくて中身だよ!」

 

「……まぁ、話が合う人に限りますよ」

 

 近年イケメン俳優の登竜門と言われている特撮。

 昭和の様な勧善懲悪だけじゃなくなっていて深みを増している特撮を好きと言ってくれる女性……ボーダーにそんな女性は居ないはず。

 漫画とかゲーム大好きっ子は割と多いけど特撮好きは見ない。アクション映画好きの男性隊員はいるが私はアクション映画じゃなくて特撮が大好きでジャンルが若干だが違う。

 

「逆に熊谷とか小佐野が告白してきたらどうすんだ?」

 

「趣味の不一致で破局する未来が見えているのでやめといた方がいいって私がプレバン(プレミアムバンダイ)で変身ベルトを購入するレベルなのを教えます。過去にそれで一回振られてるんですよ」

 

 熊谷は外で元気良くバスケをしたりしていると言う情報は知っている。

 アウトドア系の彼女にはアウトドア系の人が似合うのでどちらかと言えばインドア系の私は合わない。それに日浦に敵認定されて睨まれるの怖い。恐らく日浦茜の兄であろう人物が熊谷に好意を持っていて比較的に仲の良い私を要注意人物だと認定している。誰が敵だ、こんちくしょう。

 

「っと、私はこの辺で帰らせていただきますね」

 

「ん、もう帰るのか?もうちょっと教えてほしいんだけど」

 

「母さんが勝手にSASUKEに応募しましてね、次の休みの日に挑戦する事になったから調整をね」

 

「マジか!?」

 

「ええ……大晦日、楽しみにしてください」

 

 何時の間にか母さんに書類が送られてた事には不満はあるが、何事も挑戦。

 テレビデビュー出来るならばしてみたいという邪な気持ちは私の中にもあり、年末の特番で放送されるSASUKEで目立つ。

 米屋はそういう事情ならば仕方ないなともう少し私に勉強を教わりたかったが、頑張れよと背中を押してくれた。

 

「だってよ」

 

 私が図書室から完全に去った後、本棚の裏側に声をかける。

 ひょっこりと小佐野と熊谷が出てくる……落ち込んだ状態でだ。先程までの会話は丸聞こえである。

 

「趣味の不一致ぐらい私、特に気にしないんだけどなー」

 

 私の趣味関係をあんまり気にする素振りを見せない小佐野

 

「でも、聞いた感じ結構なガチ勢だぜ、あいつ。バイト代も結構注ぎ込んでるって話らしいし」

 

「て言うか三雲くんって何処でバイトしてるんだろ?」

 

「さぁ、何回か聞いたけど答えてくれなかったな」

 

 ボーダー=バイトに繋がっているので普通のバイトがあまりイメージできていない米屋達。

 ボーダーに青春を捧げているから仕方がないことである……因みにだが私は最初から熊谷達の存在には気付いていた。

 

「さてと、この辺りだった筈だな」

 

 家へと帰るとジャージ姿に着替えて何時も通りタイヤを引きながら走る。

 何時もとは違い三門市の商店街を走らず、ボーダーの玉狛支部がある河川敷をランニングしながら気配を探知する。

 米屋達にSASUKEに出ると言ったがアレは本当だ。何時の間にか母さんが応募していて何故か書類審査が通った……多分、裏でなんかしているだろう。

 

「ゼェゼェ……」

 

 SASUKEに関してはさておき河川敷で足踏みをしていると落ち着いた筋肉ことボーダーで唯一の全距離での戦闘が出来る完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)、木崎レイジが修と千佳を引き連れて走ってきた。

 

「やれやれ、多少鍛えてもその程度ですか」

 

「昴さん!」

 

 相変わらずスタミナが無い修と呼吸を整えながら走っている千佳。

 なんだか情けないなと思いつつも声をかけると千佳のアホ毛がピョコンと動く。

 

「知り合いか?」

 

「はじめまして、私はそちらでヘバッている三雲修の兄で三雲昴と申します。何時も修がお世話になっています」

 

「木崎レイジだ……筋トレか?」

 

「ええ。ところで何故生身を鍛えているのですか?トリガーを使えば生身の肉体とは別の肉体に換装して筋肉とか関係無いですよね」

 

「確かにトリガーで換装した時と生身の肉体は違う。だが、生身の肉体を動かす事でトリガーで換装した時の肉体を自由自在に扱う事が出来る」

 

 生身の肉体を鍛える理由を教えてくれる木崎さん。

 その理論が絶対とは言えない。那須等の生身の肉体貧弱でもトリオン体なら物凄く動ける勢がいて……体の動かし方を知っているかどうかが重要だったりする。

 

「少し、修と話してもいいですか」

 

「ああ……千佳、修、少し休むぞ」

 

 木崎さんからの許可を頂いた。スポドリを取り出した木崎さんは千佳に渡す。

 

「どうだ、修……前よりは成長出来ているか?」

 

 修の側に駆け寄り近況を聞いてみる。

 玉狛支部に転属した事だけは聞いているが、その後の状況については聞いていない。

 

「うん。烏丸先輩が師匠になってマンツーマンで教えてくれて、今もレイジさんが基礎を」

 

「そうか……すまないな」

 

「え?」

 

「私がボーダー隊員ならばもっとマンツーマン形式で教える事が出来た……」

 

 修が覚えておいて損はない技術をトリガーを使ったことの無い私も持っている。

 その手の技術をマンツーマンで教えることが出来ればいいんだが……私がボーダーに所属してしまうと修に余計な負担が掛かり最悪の場合は修の敵になる可能性もある。それだけはなんとしても避けなければならない。

 

「気に病まないでよ。僕はあの時、兄さん達と一緒に鍛える事が出来たのにしなかったんだ。その分の遅れを取り戻してると思えば」

 

「修、それは間違ってる……お前の強さはそういう強さじゃないんだ」

 

 てつこ達と一緒に鍛える機会があったが、その時になにもしなかった事に若干後悔をしているが後悔しなくていい。

 そもそも生身で鉄筋コンクリートを砕くことが出来る様になってなんになると言うのだろう。

 

「修、お前は今から強くなろうと思ってるし強くならなければならない……だが、見誤ってはいけない」

 

 強くなろうとしていることはいいことだ。だが、道を踏み外しては意味はない。

 

「走るのが得意だと言う人にも種類がある。短距離走が得意なのと長距離走が得意なのと……野球のピッチャーにも色々とある。平均時速150kmの剛速球を投げるピッチャーに平均時速は130km程度だがカーブ、フォーク、シンカー、シュートと様々な変化球を巧みに使うピッチャーと……お前の中にはこうなりたいというイメージはあるかもしれないが現実は大きく異なる……お前は才能は無い方だ」

 

 こんな事は言いたくはないが、ハッキリと言っておいたほうがいい。

 修は素直なのでその事にショックを受けつつも、現実を受け入れようとする。

 

「ボーダーの上位にいる戦闘員達は強くなる為にそれぞれ努力をしている。そしてお前も努力している……ボーダーに入って1年未満なお前には練習の密度や精度を上げても追いつくのは難しい……だが、不可能と言うわけではない」

 

「だから、道を誤るななんだね」

 

「そうだ。空閑くんの様な強さに憧れるかもしれない。師事している先輩の真似をするかもしれない……だが、それがお前に合ったスタイルかどうかは話が別だ。他の誰でもない自分だけのスタイルを見つけろ。敵をカッコよく倒す訓練も大事だが、他の誰にも負けない自分に合ったスタイルを見つけろ。自分なりの武器を見つけて研ぎ澄ませば上に上がることは出来る」

 

 空閑や烏丸の様に強くなるのはいいが、空閑や烏丸の様になるのは間違いだ。

 修は基礎的な能力を上げつつも自分のスタイルを見つけて極めることが今後の課題となっている。

 

「今のお前に必要なのは色々と挑戦をすることだ、トリオン能力が残念だから出来る事は限られているが逆にそれが選択肢を増やすことになるかもしれない」

 

 火力ゲーが出来ないなら最初からしなければいい。

 そうならない様にあの手この手と技術を覚えればいい……修が突き詰めるのは技術。心技体で体は伸ばせないが、技はまだまだ伸ばせる……本当ならばアステロイドつけずにハウンドを装備して追尾機能を基本的にオフにしてアステロイドのフリをさせたりすればいいとかの作戦的なサポートをしてやりたい。スパイダーの事を教えてやりたい……だが、今は修が色々と試行錯誤の末の答えを出す期間で余計な事は言ってはいけない。

 

「因みにだが私が思う修の最終地点は★1、デバフ、ターゲット集中、害悪戦法だ」

 

 でも、1個ぐらいは言ってもバチは当たらないだろう。

 

「デバフ?ターゲット集中?」

 

 っと、修には分からない用語だったか。

 純粋な戦闘能力向上以外で強くなる方法はそれしか今のところは道が無い……頑張れよ、修。

 

「ああ、そうだ。今度の休み空閑くんと千佳ちゃんを連れて私の勇姿を見に来てください……SASUKE完全制覇してみせます」

 

 それはそうとして家族のコミュニケーションは取っておかないと。

 今度の休みの日にあるSASUKEの撮影に来てもらおう……なにがなんでも完全制覇してやる。1stステージでボチャンと落ちた人の1人とかダイジェスト形式で映像が流される奴にはならないでおこう。修に伝えたい事だけ伝え終わると私もランニングを再開して、何時ものコースに向かって走る。




 昴の成績は東さんの左隣、小南パイセンと同じぐらいの賢さ、生身の運動能力は画面外で判定不能。
 派閥は何処にも所属したくないので無派閥、影浦と加古の間にある。モテたいモテるグラフは犬飼の1つ下で、好みのタイプは佐鳥の左上である。貰ってる日給は3万ちょっとと下手なサラリーマンより稼いでいる。


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25話

 兄とは弟にとって偉大な存在でなければならない。

 SASUKEを完全制覇する事により私は兄として「やっぱり兄さんはすごいや」と言われ、更には空閑から「オサムのお兄さん、中々やりますなぁ」と評価を受ける。母さんが最初、勝手に応募したと言った時はふざけんな状態だったが、挑戦して良かったと今なら言える。ナイス母さん。

 

「修くん、昴さん、あけましておめでとうございます」

 

 SASUKEを完全制覇し、兄としての面目は守ることが出来た。

 生で見てテレビの特番で見る一粒で2度美味しい展開を迎えてやって来たのはお正月、晴れ着姿……ではなく何時も通りの冬服の千佳が新年の挨拶をする。

 

「千佳、あけましておめでとう」

 

「千佳ちゃん、あけましておめでとう」

 

 新年の挨拶をされたので修も私も返す。今年も元気そうでなにより……だけど、危険な道を歩もうとしているんだよな。

 本人には一切言っていないけどボーダーに入隊する事で親を説得しようとした時に修が関係している事がなんか伝わって一回、家に電話が掛かってきた事があった。修なら安心して千佳を任せられる(意味深)けど、修が頼りないところもあるから昴くんも入らないか的な話が来たのである。

 千佳ちゃん達をあっさりとA級にさせて遠征に行くならばそれが最高だが、後々の事や本当の意味での成長を考えるとなれば私は邪魔な存在にしかならない。故に心は痛むが断った……まぁ、それ以外ならば手を貸すけど。

 それはともかく元旦である。新年早々に良いことがあればいいなと思っている。今日の血液型占いは1位だったけど、血液型占いは宛にはならない。

 

「空閑くんは……神社で合流ですかね」

 

 初詣に向かおうとしている私達。

 後は空閑が合流すればバッチグーである。

 

「遊真くんは小南先輩と一緒にいるみたいです」

 

「ほぅほう……小南先輩と言うとボーダー女子戦闘員もといアマゾネスの」

 

「兄さん、その認識はどうかと思うよ」

 

「修、騙されたらダメだ。ボーダーのオペレーターは可憐な花に見えたりするがその実態は狂気を孕んだアマゾネス、戦闘員となれば特に顕著なもの」

 

「確かにてつこに似てるところはあるけど、そこまでじゃないよ……多分」

 

 最後の最後で頷けなかったな。

 しかし小南パイセンが可憐な見た目とは裏腹に戦闘民族(アマゾネス)であることには変わりはない。私の周りの女性って大抵がバイオレンス……モテたいがバイオレンスなのはちょっと。

 

「混んでる……遊真くん達、何処にいるんだろう」

 

「こういう時こそ私の出番です」

 

 神社にお詣りに来ている人達でごった返す。

 この中から空閑達を見つけるのは至難の業だが、ここに気配探知能力を持った私がいる。空閑の独特の気配を完璧に覚えている。

 右見ても左見ても参拝者達で酔いそうになるが心の中を空っぽにして空閑の気配を感じ取ると屋台エリア周辺に居る事が分かる。屋台の物なんて基本的にはボッタクリ,でも空閑には新鮮なんだろう。

 居場所が分かったのでコッチだと修達を引き連れて屋台のエリアに向かうとそこには着物姿の小南パイセンと空閑が立っていた。

 

「あ、そうだった。ボスからコレ渡してって言われてたわ」

 

「ふむ……お金?」

 

「お年玉よ、お年玉……知らないの?」

 

「聞いたことない……なんでお年玉って言うんだ?」

 

「え……それは……」

 

「おーす、小南、あけおめ」

 

 お年玉を貰って喜ばずに不思議がっている空閑。

 小南パイセンがお年玉とはお金だが何故お金なのかと答えることが出来ずにいるとダンガーもとい太刀川さんが現れて新年の挨拶をする。

 

「太刀川、お年玉ってなにか分かる?」

 

「ん、そりゃ落とす玉だから金玉だろう」

 

「そうよね、そうよね……」

 

「ふむ、なるほど」

 

「太刀川さん適当な事を言って間違えた日本の知識を与えないでくださいよ」

 

 割と本気で信じているのでこのままだといけない。

 間に割って入るつもりはなかったのだが、流石に下ネタはまずいと間に割って入る。

 

「オサムのお兄さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします」

 

「ええ、あけましておめでとうございます。今年度も仲良くやってきましょう」

 

「三雲、お年玉が金玉じゃないならなんなんだよ?」

 

「お年玉は金玉じゃなくて御歳神という神様へのお供え物が由来で……分かりやすく言えば餅です」

 

「マジか!?」

 

「ええ。ですのでお年玉を強請られたらお餅を渡せば万事解決ですよ」

 

「うっし、良い事をきいた。帰りにさとうの切り餅買って帰らないと」

 

 あんたは年中餅食ってるからその作戦は通用しないと思う。

 出水達に余計な事を教えるんじゃねえよと言われそうな未来は待ち受けている。しかしそんな事は知ったことではない。太刀川さんは良い事を聞いたと早速餅を買いに行った……さてと

 

「はじめまして、ボーダーの方ですよね。何時もうちの修達がお世話になっております」

 

「……まぁ、はじめまして。修くんのお兄さんですよね。昨日テレビで拝見しました」

 

「!?」

 

 一応初対面なので頭を下げて挨拶をするとお嬢様っぽいオーラを無理して出そうとする小南パイセン。

 さっきまでのてつこを思わせるアマゾン川の雰囲気は無くなってる様に見えるが、普段を知っている修はビクッとなっている。

 

「こなみ先輩、なにや」

 

「ええ、空閑くんったらリンゴ飴が欲しいの!ちょっと待ってて」

 

「修……あの人、超面白いな」

 

 喋り方が変だと指摘しようとすると連れていかれる空閑。

 初っ端からこんな事になるとは思いもしなかったので思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「こなみ先輩、なんで猫被ってるの」

 

「私はボーダー外じゃオペレーターで通ってるのよ!」

 

「なんで?」

 

「なんでって、お嬢様学校に通ってる生徒がバリバリの戦闘員なんておかしいじゃない」

 

「でも、こなみ先輩以外にもお嬢様学校とやらに通ってる奴はいるんだろ」

 

「そうだけど……え、大きいのと小さいので悩んでしまう?もう、小さい方にしておきなさい」

 

「大変だな、お前等のパイセンも」

 

 こうしてみると私は修の兄に生まれたことを非常に感謝している。

 それが転生特典じゃなく普通に生まれて転生特典が別にあったらもっと良かったけども、それは言わないお約束だ。まぁ、今となっては魔法とか使えるからいいんだけども。

 

「ご、ごめんなさい。空閑くんったらやっぱりいいって言い出して」

 

「……こなみ先輩、おれ、どっちも食べたいなー」

 

 あ、空閑がいけない事をしようとしている。

 ニヤニヤと笑みを浮かべている空閑は小南パイセンを脅す。

 

「空閑くん、私からSASUKEの賞金でお年玉もといお汁粉を奢ろうと思っていたのですが……」

 

「ありがたくいただきます」

 

「修も千佳ちゃんも欲しい物があったら言ってくださいね……日給3万ちょっとの私は多少の稼ぎはありますので初詣の屋台ぐらいどんとこいです」

 

 こんな事があろうかと、銀行が閉まる前に8万ほどおろしてきたんだ。

 忘年会のビンゴゲームで最新型のブルーレイが内蔵されたテレビを引き当てて、使い所が中々に無い。いや、将来のキャンピングカー日本一周の旅の為に貯金は貯めとかないといけないけれど。

 

「日給3万ちょっとってなんの仕事をしているのですか?」

 

「ハッハッハ……さて、なんでしょうね。それよりも小南さんも出しますよ」

 

「え、ウソ、ホント」

 

「お汁粉一杯だけですけどね」

 

 普段から修達が世話になっているんだからこれぐらいの事をしてもバチは当たらない。

 参拝をしてから行列の人混みを抜けてお賽銭箱の前に辿り着いた私は今年は良い事ありますようにと500円玉を投げる。修と千佳は100円だ。金額によって願いのパワーが変わったりするならば私は躊躇いなく諭吉を叩き込むのだがそんなんじゃないなら500円が限界だ。

 参拝は直ぐに終わり、お汁粉を買いに行く前におみくじを引くと……凶だった……実年齢を含めても厄年はそんなに迎えてないはず。厄年って幾つだっけか。

 

「あ、ゴミは私が捨ててきますね」

 

 お汁粉を奢ると美味い美味いと堪能してくれる修達。

 その一言だけでも奢ったかいはあったと思いつつも修達が食べた汁粉が入っていたプラスチックの容器をゴミ箱に捨てに行く……。

 

出てこい。監視をしているのは分かっている

 

 首元をトンっと叩き、社長に作ってもらったチョーカー型の変声機を使い池田ボイスを出す。

 

「ありゃりゃ、何時から気付いてたの?」

 

この神社にやって来た時には既に気付いていたさ

 

 人混みの中から出てくるのは実力派エリート、迅。

 この神社に来た時、空閑達の気配を探知した時にも気配を感じて、修達にしるこを奢っている時にも一定の距離を保っている事が分かった。

 

それでわざわざなんの用事だ……私の素顔は年末に見ることが出来たはずだろう

 

 迅のサイドエフェクトの発動条件は人の顔を見ること。前回は魔法でちょこちょこっと顔を変えていたが、SASUKEに出場した時は素顔だ。

 空閑を経由して私がSASUKEに出ている事を知りテレビの画面越しで素顔は見ることが出来た……ここに来たという事は趣味である暗躍かなにかだろうと人差し指と親指を伸ばして銃の様にして迅に向ける。

 

「ちょっ、霊丸はやめてほしいな」

 

ならば私を利用しようと企むのはやめてくれ……お前がボーダーという組織に必要不可欠で様々なモノが見えているのだろうが、私は私の道を行く……邪魔だと思うのならばボーダーをお前が守れないやり方で潰すまでだ

 

「それがメガネくんが死ぬ未来であってもか?」

 

ああ

 

「っ!」

 

 修の死ぬ未来を出せば私を思い通りに動かすことが出来る、もしくは協力者、共犯者になれると思ったら大間違いだ。

 

お前は今、重大な未来を選ぶ時なのだろうが好きな未来を選べばいい……私はお前が選ばなかった未来を選ぶ。そうすればお前が救った人と私が救った人で帳尻が合う

 

「……メガネくんのお兄さん、なんでそんな事を」

 

兄とは色々と知っているものだ……私は私の道を歩む。例えそれが最低最悪だとしても私は胸を張ってみせる。未来を視れる便利な力があるから全員の悲劇を救おうなんてくだらない考えはやめておけ。疲れるだけだ

 

 未来の知識が……原作知識があったとしてもどうにもならない事は多々ある。

 原作知識があるからこその悩みだってあるが私はそれを踏まえた上でのほほんと生きているんだ。麟児さんを止める交渉のカードは幾らでもあったが、それを使わなかったこの上ないクソ野郎……かもしれない。

 

「……今度、大規模な侵攻がある。力を貸してください」

 

断る……私の力はドーピングしまくりだがそれでも私の物だ。私の好きな様に使う。私は私で勝手に動く……だから貴方も勝手に動いてくださいよ。4年半前にボーダーが現れて好き勝手した時の様にね」

 

 私は人に審美眼で見られるのは好きじゃないし、人の駒扱いされるのは嫌だ。

 迅と協力すれば今より最高最善の未来を作れるかもしれないが、コレばっかりは譲るに譲れない。そもそもでボーダー隊員になることは危険な事で、それを承知の上でなってるんだ……泣き言は許せない。

 

「では、また後日……敵として会わないことをお互いに祈りましょう」

 

 私が本格的に動くのはまだ先……って考えてたら迅と同じで趣味が暗躍になってしまう。

 とはいえ大規模侵攻は自力でどうにかしないといけない……日野家に土下座してアレ等を取り返せば確実にてつこ達が出てきてしまうし、悩みどころだ。

 

「すみません、思ったより時間がかかってしまって」

 

 ゴミ箱にゴミを捨てると即座に修達の元に戻る。

 下手な嘘をついてしまうと空閑にバレるので言葉は多く交わさない。嘘をつくのが上手いとかこれで思われるんだろうな。

 

「オサムのお兄さん、ボーダーがなんかイベントしてるみたいだし行ってみない?」

 

「おや、全員ボーダーの人間なのによろしいのですか?」

 

「いいのよ、どうせ准……嵐山さん達が頑張っていますので見に行かなければ」

 

 だから嘘がヘタだぞ、小南パイセン。

 ともあれここからちょっと歩いたところでボーダーがイベントを開催していると言うのでやってきてみるとなにやら面白そうな事をしていた。

 

「65点!中々です」

 

「これって、射撃の訓練ですか?」

 

「みたいね」

 

 ビームピストルと思わしき物を構えて、出てくるトリオン兵みたいなのを撃ち抜く遊びをしている人達。

 どうやら射撃の大会みたいなのをしてボーダー隊員はこれだけ鍛えて頑張ってますよアピールをしている……1位はA級の木虎で97点、2位以降もボーダー隊員がチラホラと見える。ヤラセかと思ったが日本じゃ銃は基本的には扱えない物で銃の腕を磨くには警察か黒服の組織かボーダーぐらい……ふむ。

 

「すみません、私が挑戦してもいいですか」

 

『おおっと、新しい挑戦者がっ!……現れました!』

 

 私の出現に一瞬だけビクリとなる嵐山隊のオペレーターこと綾辻遥。

 今は仕事中だと変に思われない様に上手く誤魔化すが、気付く人は気付くだろう。

 

「マガジンを変えたり弾道を予測したりリロードしたりしなくてもいいんですよね?」

 

「あ、ああ……高得点を期待してるよ」

 

「ええ……こう見えて銃は得意なんです」

 

 私の出現に嵐山さんは多少戸惑うが、直ぐに何時も通りの爽やかな顔をする。

 さて風速とか気圧とかを一切無視出来る一直線に飛ぶビームピストルが一丁、周りは普通の市街地で設置された装置からトリオン兵の看板が出てくるのでそれを撃ち抜く。出来る限り眼を当てると高得点とのこと。

 

「っ!」

 

 射撃開始のブザーが鳴ったので心を極限まで鎮めて無の境地になる。

 余計な事は考えなくてもいい……感情は時として120%の力を出すことが出来るが本当に必要なのは100%の力だ。肩から力を抜くと早速トリオン兵(的)が出てきたので一発、目にぶち込む。右に、左に、斜め後ろと3体のトリオン兵(的)を撃ち抜くと4つ目の的が、時枝が出てきたので銃口を向けるだけで引き金は引かない。頭も心もドライにクールにいく。

 

「あいつ、中々やるわね」

 

「はい。兄さんは射撃が得意ですからコレぐらいなら簡単です」

 

「得意ってアイツ、ボーダー隊員じゃないんでしょ。サバゲーかなにかやってるの?」

 

「えっと……まぁ、そんな感じです」

 

 実弾入りの拳銃を使って銃の腕を磨いたとは誰も思うまい。

 気配探知能力とかを一切使用せずに出てきた的がトリオン兵かボーダー隊員かを即時に判断をして撃ち抜く。

 

「オサムのお兄さん、動きに迷いがないな。無駄な動作を省いていて丁寧だ」

 

 一個一個の動作を丁寧に正確に素早く行う。転生者になるべく地獄で色々と訓練をした私にとってこれぐらいは造作もない。

 全く動かない的を狙って撃っているわけで実戦ではあまり使うことが出来ないなと思いつつ正確にトリオン兵(的)の目玉を撃ち抜いていく。

 これが本番なら体を動かしながら撃つわけで、平気な顔で実弾入りの拳銃で当ててるアキラさんとかマジ半端ない。

 

「まぁ、こんなものか」

 

 バンバンと撃っていく。的確に目玉を貫き、時折出てくる嵐山さん、時枝、木虎、佐鳥は誤射しない様にしている。

 動かない小さな的を撃ち抜いて周りはスゴイと言う声を上げているが、動く生きた的を相手にしているボーダー隊員にとってはこんなもの

 撃てるだけ撃ったのでそろそろ終わりだろうと思っていると最後の的が出てきたので撃ち抜く。

 

「あ……誤射1回の99点です!」

 

「ふぅ……中々に楽しかったです」

 

「凄いな、君は!最後は誤射してしまったがそれ以外全て近界民(ネイバー)の弱点である目玉に当てている」

 

「いえ、本物はもっと派手に動いたりするらしいのでこんなの遊びですよ」

 

 木虎の記録をサラッと上回ると褒めてくれる嵐山さん。

 これで褒めてくれたとしてもあんまり嬉しくない。純粋な銃の腕前ならアキラさんの方が上だったりする……ホント、私の周りって私よりなにか秀でている事がある人ばっかで自信を無くす。

 

「君はボーダー隊員になるつもりはないか?」

 

「アレが答えですよ」

 

 最後の最後に出てきた的に……城戸司令に目を向ける。

 まさか最後に城戸司令(的)が出てくるとは思いもしなかったが、出てきたら出てきたで撃ち抜くしかない。撃ち抜けってこのゲームの運営側が言っている気がする。

 

「……そうか」

 

「勘違いをしないでくださいね。ボーダーは好きでも嫌いでもありませんから……広報活動、頑張ってくださいね」

 

「待ってくれ、1位になった人には景品がある……焼肉の商品券だ」

 

「おっと、コレは儲けてしまいましたか」

 

 遊ぶつもりで出たので景品の事は全く考えていなかった。私の実力で手に入れた正当な報酬ならばありがたく頂こう……今度さくらと一緒に仕事上がりに行こう。最近色々とあったからパーッとして嫌なことを忘れよう。

 

「どうだった修、なにか参考になることはあったか?」

 

「全然……僕だったらあんな風に動くことも難しいよ」

 

「ま、私も年季が入っているから……でもな、コレだけは覚えておけ。私だって最初からこうだったわけじゃない、努力して実を結んだんだ。努力というものは才能を凌駕する力を秘めている……努力は見誤るなよ」

 

 頑張れ、と今回は言わない。

 修は当然の如く頑張っているのだから、ここで頑張れというのはもっとやれ、まだまだ出来る、この程度は頑張りじゃないと言うのと同じもの。

 受験ノイローゼとかで自殺をした身だからよく分かる。頑張れという言葉は時として人を最も傷つける言葉なんだから。



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26話

「オレの相手はお前じゃない……三雲だ」

 

 1月8日、ボーダーの入隊式。

 この日に正式に入隊した遊真は早速日頃の訓練の成果を上げてみせた。具体的に言えばバムスターを0,6秒でぶっ倒したかと思えばなにかの間違いだと外野が言って、再度やり直した結果0,4秒という歴代最速の記録を叩き出した。

 ボーダーのトリガーにまだ完全に馴れてないとはいえ約9年もの間戦場を渡り歩いていた向こうの世界からやって来た住人と素人が入り混じっているのだから、こんな訓練に意味があるのかと疑問はあるもののとにかく遊真は目立って修はヒヤヒヤだった。

 

「三雲くん、受けなくてもいいんだよ」

 

 そんな遊真の様子を見てアレが例の近界民(ネイバー)かと話す風間隊。

 隊長である風間はトリガーを起動しトリオン体へと換装をすると遊真、ではなく修へと勝負を挑もうとしている。

 いきなり個人3位の風間が相手なんて無茶だと嵐山は割って入るのだが修は考える。上に居る人達がどれぐらいの強さなのか、B級に上がって以降に殆どランク戦をやっておらず、自分が今どれぐらいの強さなのか

 

「分かりました、やりましょう」

 

 その答えを知るには戦うしかない。

 修は風間の挑戦を受けるのだが横で見ていた木虎はやりましょうじゃないでしょうと心の中で修と風間の間に実力差が開き過ぎている事について言う。

 

「んだよ、白チビとやるんじゃねえのか」

 

 模擬戦を行える訓練室の制御をしている諏訪はつまらなそうにする。

 今話題の人である遊真が風間と勝負する展開は面白そうだが、修では力不足にも程がある。

 

「堤、どっちが勝つと思う?」

 

「そうですね、三雲くんに賭けてみます」

 

「おいおい、大穴に賭けすぎだろう」

 

 新人に近い修がベテランで攻撃手2位で総合3位の男に勝つのは無理に等しい。

 博打好きなのは分かるがあまりに無謀だとなるが、だからこそ賭けたくなるのが博打打ちと言うもの。

 模擬戦を行う部屋を諏訪は開きつつ、修が何秒ぐらい持つのかを考える。良くて1分ぐらいだろう。

 

『模擬戦、開始』

 

 機械のアナウンスが鳴ると模擬戦は開始される。

 修はレイガストを左手で持ち、風間を見つめる。

 

「ほぅ、レイガストか」

 

 攻撃手のトリガーの中でも最も不人気なトリガーを使ってる事に少しだけ驚く。

 レイガストを使っている隊員は極々僅かで風間は修がどんな戦い方をするのか少しだけ観察してみる事にすると、修は右手にトリオンキューブを作り出す。

 

「なるほど、中近距離射手(シューター)か」

 

 レイガストで防御しつつ、アステロイドで相手を撃ち抜く。

 ボーダーでもあまり見ないタイプの戦い方をするのが分かると風間は透明になるトリガー、カメレオンを起動して透明化する。

 

「っ!」

 

 カメレオンの事は知っているが実際に対峙するのははじめての修。

 トリオンキューブは一直線に飛んでいくが風間は既にその場にはおらずトリオンキューブは素通りする。

 

「動きが直線的でぎこちなさすぎる」

 

「しまった!」

 

 一瞬にして背後に回り込んだ風間は姿を現してスコーピオンで修の背中をバッサリと切り裂く。

 

『トリオン伝達系破損、風間隊員の勝利』

 

 先ずは1本、綺麗に決まった。

 ある程度の実力を持っている隊員達は今の時点で風間と修の間に大きな力の差があるのを感じる。

 

「もう一回だ」

 

 試合はまだ終わらない。

 二人は一定の距離を保つと再び試合開始の合図が鳴り、修はトリオンキューブを作り出して風間に向かって飛ばすがその前に風間はカメレオンで姿をくらます。因みにだがカメレオンは透明になるトリガーでその間に他のトリガーは使えなかったりレーダーに映ったりするのだが広範囲でのランク戦ならばまだしもどっちかが倒れるまで戦う近距離でのタイマンでは修がレーダーを見てどうこうするのは無理である。

 

「こっち」

 

「同じ手を2度も使うわけがないだろう」

 

 カメレオンでの奇襲をしてくることを学習した修はトリオンキューブを飛ばして直ぐに背後を振り向く。

 さっき使った手をもう一度直ぐに使うほど風間は単純ではなく別方向から奇襲を受けて敗北した。

 

「どうしたお前はそんなものなのか」

 

「まだ、やれます」

 

 明らかに自分を試しに来ている風間に応えるかの様に勝負をする。

 修は馬鹿ではないので風間が使った手を学習して色々とやってみるが3本目、4本目、5本目とカメレオンで姿を透明にしてからの奇襲戦法にやられてしまう。

 

「やめさせましょう!これ以上は惨めだわ」

 

 まだ全然本気を出していない風間に手古摺らされている修。

 これ以上はやってもただ敗北を重ねるだけで意味はないと止めようとする木虎。

 

「大丈夫だ……オサムならなんとかする」

 

「なんとかって曖昧過ぎるわよ」

 

「大丈夫だって……ああ見えて修はなにをするかわからないんだ」

 

 根が真面目なメガネに見えても、意外とバイオレンスな日々を送っていた事もある修。

 ここまで負けたのは全て経験になって生きる。修は賢い生き方は出来ないけどバカじゃないことだけは知っている遊真は試合を見守る。

 烏丸や嵐山達も負けて当然だしやらせるだけやらせてみようと木虎の意見は受け入れずに見守ることに。

 

『10本目、模擬戦開始』

 

 9連敗をした修が最初に取った行動は一番最初の行動と同じくトリオンキューブを作るものだった。

 そこからなにか派生させるつもりなのかと色々と考えながらも風間はカメレオンを起動して透明になって修の背後に回り込もうとする

 

「ハウンド」

 

「!」

 

 その前に修が飛ばした弾の弾道が変わる。

 修が使ったのは一直線にしか飛ばない通常弾(アステロイド)でなく追尾機能を持った追尾弾(ハウンド)。風間に向かって弾は曲がり、このままだと当たってしまうと風間はカメレオンを解除してシールドを展開する

 

「威力が低い」

 

 射手の出すトリオンキューブはトリオン能力によって大きさが決まる。

 修のトリオンキューブは手のひらに収まる程度の小ささで、千佳のトリオンキューブは千佳の体格並に大きかったりする。

 アステロイドは他の弾系のトリガーより威力が高いものだが修の貧弱なトリオンではシールドを破るのにも一苦労だ。

 

「スラスター、起動(オン)

 

 何処に居るのかが分からなくて苦戦をしていた風間を炙り出す事に成功した修はレイガストのオプショントリガーであるスラスターを起動し、推進力を利用したレイガストで力ずくでシールドごと打ち砕き、風間を切り裂く。

 

『トリオン伝達系切断……勝者、三雲隊員』

 

「やった……」

 

「嘘でしょ!?」

 

 運良くまぐれが絶対にありえない相手である風間相手に1本取った修に声を上げたのは木虎だった。

 遊真はだから言っただろうと自慢げな顔になる。

 

「最初からハウンドだったな」

 

「!、気付きましたか」

 

「ああ、まんまとやられた」

 

 修のトリオンは貧弱でトリオン能力に恵まれた人間のシールドを破ることは出来ず弾の撃ち合いになると絶対に負ける。

 修はその事を逆手に取り、今の今まで追尾機能をオフにしていたハウンドをアステロイドの如くぶつけて風間に修の使っている弾系のトリガーはアステロイドだと錯覚させていた。

 

「全て仕込みだったか」

 

「……はい。この1本に賭けました」

 

 修は自分が弱いことをよく知っている。目の前にいる相手にまぐれで勝てるとも思っていない。

 だからこそ、殆どの勝負を捨てる。99回負けてもいい、代わりにここぞと言う時に1回勝てればそれでいいと今回の作戦を決行した……とはいえ1度しか使えない作戦なので、下手に使い過ぎれば死んでしまう。

 

「もう1本、お願いします」

 

「ほう……いいだろう」

 

 100回やって99回負けての1回の奇跡の勝利を自力で作り上げた修は試合を終わらせない。

 今のは自分の作戦が成功したのと初見殺しで勝ったが、これから先戦う相手は近界民でなくボーダーのB級達。データを集めて研究して成長する相手だ。素の実力をもうちょっと上げておかなければならない。しかしあまりにも分が悪い。

 移動出来る範囲が決まっていて障害物もなにもないフィールド、純粋な力勝負をしなければならないこの場では圧倒的に不利。機転を利かせ様にも限界がある。あっさりと修は10本取られてしまう。

 

「どうした、そんなものか……この程度ならば迅が黒トリガーを差し出す程ではなかったぞ」

 

「迅さんが!」

 

「どうやら聞いていないようだな。アイツは風刃を差し出す代わりに近界民の入隊を認めてもらった」

 

「っ……」

 

 知らされていなかった事実に驚愕をする修。修は風刃が迅の師匠である最上宗一の形見である事を知っている。

 それを遊真を入隊させる為に差し出した……それだけの価値があると風間は修に僅かばかりの期待をしていたが少々期待外れだった。

 

「……もう一本お願いします」

 

 修はここに来るまでに色々な人に支えてもらっている。

 ボーダーに入隊する為に迅に、危うくクビになりそうなところを昴に、チームとして活動する為に遊真と千佳に。多くの人達に支えてもらいここに立っている。それだけ修が期待をされているという事になる。

 

「いいだろう。これで最後だ」

 

 一先ずは発破をかける事が出来た。

 修は迅の事を知ってどう動くかを試した風間はさっきの奇跡の一回の様なものは起こさせないと神経を研ぎ澄ませる。

 

「……」

 

 一方の修はどうやれば風間に勝てるかを考える。既に隠し玉のハウンドは使ってしまった。

 隠し玉を使ったのならばバンバンと撃てばいいのかもしれないが、風間は確実にシールドで防ぐことが出来る。修のトリオンで撃つハウンドでは風間のシールドを破れない。

 まだなにかあるかと考えてみるものの、相手は既にある程度は完成された強さの持ち主で対して自分はなにをどうすればいいのか色々と試行錯誤している段階、月とスッポンにもほどがある。ならばどうすればいいか?

 

 今の自分の動きでダメならば、自分のでない動きを取ればいい

 

 修は知っている、素手で鉄筋コンクリートを破壊することが出来るカンフーガールを。

 修は知っている、スパナ等で一瞬にして機械を分解する天才科学者を。

 修は知っている、日本では持つだけで違法な拳銃を巧みに扱うことが出来る男を。

 修は知っている、生身の肉体を鍛えまくっておかしな強さを得た兄のことを……誰よりも知っている。

 

 彼等ならばどうするのかを考える。

 今の自分が持っている手札とこのフィールドの特性、そしてどうすれば風間を倒せるのかを考える。

 

『最終戦、開始』

 

 試合開始の合図と共にレイガストをシールドモードへと切り替えて振りかぶる

 

「スラスター起動(オン)

 

 出来るだけ大きいサイズでいい、レイガストのシールドを出来る限界ギリギリにまで大きくしてから風間に向かって投げつける。

 

「無鉄砲に見えるが……悪くはない手だな」

 

 風間は見えなくなるだけであり実体はちゃんとある。

 大きくしたシールドにぶつかればカメレオンの迷彩のアドバンテージは無くなると透明にならずにジャンプをした。

 

「ハウンド!」

 

「それは読んでいる」

 

 カメレオンで透明になっている間は他のトリガーを使うことは出来ない。

 そこを狙ってハウンドを撃ってくるのだろうと風間は読んだので飛ぶだけにし、ハウンドの弾をシールドで防ぐのだが修の左手にレイガストが握られている事に気付く。

 

「スラスター、起動(オン)

 

 何時の間にか手元に戻ったレイガストを振り回し、シールドを破壊しながら修は風間を切り裂いた。

 

『トリオン伝達系損傷、勝者三雲隊員』

 

「やった!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 初見殺し、不意打ちの1回目を奇跡と言うのならば2回目はなんと言うのだろう。

 修では風間に絶対に勝つことは出来ないと見ていた木虎は思わず声に出してしまう。自分より格下だと思っていた修が自分より遥か格上の風間に勝利したとなれば当然か

 

「なにをした、三雲」

 

「風間さんにレイガストを投げると同時にレイガストを消しました……」

 

 修の取った手は至ってシンプルだ。

 限界ギリギリまで大きくしたレイガストを一直線にスラスターでぶん投げる。それと同時にレイガストを消して、ハウンドを防がせて時間を稼いでいる間にレイガストを再構築して切り裂いた。

 

「ここではトリオンが底をつくこととか関係ないですから」

 

 機械にトリガーを接続した事により擬似的にトリオン無限になっている。

 本来の修のトリオン量でレイガストを再構築していたりするとハッキリと言ってトリオンの無駄遣いだが、ランク戦でなく模擬戦を行う訓練室ではトリオンを無制限に使える……実戦だと修のトリオンを大きく消費するので使うことが出来ない手だ。

 

「……読み間違えたか」

 

 真正面からスラスターで推進力が増した大きなレイガスト(シールドモード)が飛んでくるとなれば避けるのが普通だ。

 カメレオンで透明化していて避けたならばハウンドの餌食になっていたかもしれない。カメレオンを使わずに避けたらハウンドをシールドで防ぐことが出来るが、新しく再構築されたレイガストとスラスターで斬られる。

 上手くスコーピオンでレイガストを弾き落とすことが風間が取るべきだった手だがスラスターの力を得たレイガストを弾き落とすのはそれはそれで意識を割かねば出来ない事……優秀な風間ならば避けると修は踏んでいた。

 

「どうでしたか修の奴」

 

「烏丸……そうか。三雲はお前の弟子か。1回目と2回目はお前の入れ知恵か?」

 

「いえ、両方とも修のアイデアです」

 

 模擬戦の訓練室から出ると修の師匠である烏丸が修に声をかけた。

 成程と納得した姿を見せるが全て修のアイデアだと分かるとピクリと眉を動かす。

 

「そうか……オレもまだまだの様だな」

 

「違います……最初は僕のアイデアかもしれませんが2回目は違うんです」

 

「違う?」

 

「その……上手く言えないことなんですけど知り合いならどうするかなって色々と考えて……多分ですが、アレは僕に合わない戦い方です」

 

 2回目の勝ち方は修の戦闘スタイルとは掛け離れている。

 

「知り合い……それはお前の兄か?」

 

「……その中に含まれています」

 

 

 風間と深く接点は無い昴。

 ちゃんと面と向かって出会ったのは黒トリガー争奪戦の時なのだが、その時も迅の相手をするのに忙しかったので詳しくは知らない。

 聞いた話では生身で三輪隊をぶっ倒すというトリガーにおける戦争の概念を覆す前代未聞の行為を行ったとんでもない化物で生身でコンクリートを容易く破壊したのは印象的だ。自分も生身はかなり鍛えている方だがどうすればあんな事が出来るのかと秘訣を聞きたいぐらいだ。

 

「お前の兄は、何者なんだ」

 

「兄さんは……僕の自慢の兄です」

 

 トリオン能力では千佳に劣っている

 

 素手での近接格闘ではてつこに劣っている

 

 銃の腕前はアキラに劣っている

 

 剣術の腕前は吉良ライトニング光彦に劣っている

 

 魔法の力は春永雪に劣っている。

 

 ここぞと言う時の頭の回転の早さでは春永桜に劣っている

 

 カリスマ性は神堂令一郎に劣っている。

 

 女子力は宇佐美文に劣っている

 

 知識は日野(兄)に劣っている

 

 組織や集団を纏める判断能力はシュバインに劣っている

 

 誰かを思いやったりする優しさや真面目さは弟の修より劣っている。

 

 

 周りにいるのが変人奇人過ぎて比べるのもどうかと思うのだが、なんだかんだで兄より優秀な人間は割といる。

 それでも修にとって兄は尊敬出来る存在である事には変わりはない。今回2本目を取ることが出来たのは兄が支えてくれたおかげだと思っている。

 

「お前の兄はボーダーには入らないのか?」

 

「兄はボーダーに入るつもりは無いです……どちらかと言えば協調性に欠けているところもありますし、ボーダー自体を好いてません」

 

 近界民の新入りが居るのならば、兄も来ているんじゃないかと思ったがこの場にはいない。

 入っていないみたいなのでその辺りについて聞いてみるもあまりいい答えは返ってこなかった。

 

「……なんなのよ、貴方のお兄さんは」

 

「オサムのお兄さんはぶらこんと言うやつだ」

 

 ここまで持ち上げられている昴に言葉を零す木虎だが、昴はただのブラコンである。

 なんとかA級の3位の部隊の隊長から勝利をもぎ取ることが出来た修は今までの訓練が着実に実を結んでいる事を改めて実感する。

 

「大変だ!狙撃手(スナイパー)の訓練所で玉狛の子が」

 

 しかし騒動はまだ終わりそうになかった。

 千佳が威力重視の狙撃銃、アイビスでボーダーの壁を撃ち抜いてしまった……なんとも落ち着きが無い感じだった。

 

「アレが千佳ちゃんのチカビス……私の百歩神拳がカスに見えるな」

 

 一方の昴はボーダー本部を見ていた。

 今日、千佳がアイビスで本部に大穴を開けるのが見れるとミーハー根性丸出しだった。

 

「さて……対人型トリガー使いの為の技の修行をしないと」

 

 見たいものはもう見る事が出来た。

 近々攻めてくるアフトクラトルに対して逆転の一手となる必殺技を求めて昴は三門市から出ていった。



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27話

「例のメガネだ。噂によると、とてつもないトリオンを内包しているらしい」

 

「俺が聞いた話は、戦闘訓練で最速記録を叩き出したと聞いたぞ」

 

 気まずい。

 

 風間との激闘の次の日のこと。修は風間をぶっ倒したという噂があっという間に広まっていた。

 ただ広まっていたのではない。チームメイト(予定)の遊真と千佳の噂が混ざり合ってしまっている。

 風間に勝利をしたと言っても実際のところは不意打ち+兄の動きを劣化模倣(コピー)した動きで勝ったわけで、それに至るまで十数回と負けている。

 

「言った方が……」

 

 風間さんとは22敗2勝だと言って噂を否定するべきかと悩む修。

 わざわざ負けたことを言うのはおかしなことで噂を上塗りするのもなんだか気が引けている。

 でもこのまま言わなければ更に噂が上塗りされていく。既に遊真の記録更新と千佳の規格外のトリオンを有していると言う謎の噂が塗られてしまっている。

 

「……いや、違うか」

 

 兄ならばどういう感じで訂正するのか考えるが、その事が間違いだと修は直ぐに気付く。

 遠征部隊を狙う上ではA級とは嫌でも戦わなければならない。現時点では遊真がA級並の実力で、千佳も規格外のトリオンを有している。何も持っていないのは自分だけ……このままだと足手まといになるのは明白だ。

 だからこの噂を本当にする。兄ならばそうする。嘘の噂を本当の噂に塗り替える、それに相応しい強さを手に入れてみせる。兄の時折見せる見栄っ張りなところを見習おう。

 

「ねぇねぇ、貴方が三雲先輩?」

 

 気持ちを切り替えようとしていると1人の少年に声をかけられる。

 自分の事を先輩だと言ってくることから年齢は見た目通り自分より年下なんだろう。

 

「そうだけど……」

 

「風間さんを倒したってホント!」

 

「……うん」

 

 真実を言うべきか言わないべきか一瞬悩んだが、嘘を本当に塗り替えてみせると頷く。

 それが周りに聞こえたようでやっぱりあの噂は本当だったのだと周りは少しざわめいていると、目の前の少年は修の左肩のショルダーに玉狛支部のマークが入っていることに気付く。

 

「三雲先輩、玉狛支部の人なんだ!いいなぁ」

 

「元々は本部だったけど、迅さんに誘われて」

 

 正確には遊真達とチームを組むためだが、遊真が近界民関連諸々があるので迅に引き抜かれた設定を通す。

 それを聞いてあの実力派エリートからスカウトされたのかとますます修のハードルは上がるのだが修は気付いていない。

 

「へぇ……そうなんだ」

 

 怪しげな笑みを浮かべる少年だが修は気付いていない。

 

「俺とランク戦しようよ」

 

「ランク戦……分かった」

 

 そういえば最近やっていなかったなとランク戦のブースに足を運ぶのだが、修は気付いていない。

 修に声をかけてきたのはボーダーA級4位の草壁隊のエースである緑川駿であることに、緑川が完全に修の事をナメて掛かっている事に。とはいえ、ナメられる程に修は弱いので仕方がないことである。

 

『ランク戦10本勝負、1本目開始』

 

 ランク戦のブースへと移動すると早速対戦を申し込む修と緑川。

 市街地と思わしきところに転送されると試合開始のアナウンスが鳴った。

 

「先ずは1本」

 

「!?」

 

 さぁ、やるぞと構えようとした瞬間に修の首は刎ねられた。何事かと映る視界には緑川の手にスコーピオンが握られていた。

 ランク戦のブースに転送された修はスコーピオンを持った緑川が最短最速のルートで突撃してきたのだと理解をする。見た目以上に素早い動きは相棒である遊真を彷彿とさせる。

 

『ランク戦10本勝負、2本目開始』

 

 遊真っぽい戦闘スタイルなのかと考察している暇もなく、2本目がはじまる。

 さっきは気が緩んでいたなと気持ちを引き締めると先程と同じようにトリオン体の運動性能に任せて高速で突っ込んでくる緑川。狙いは自分の首だ。

 

「2本目も、って失敗した!?」

 

 旋回しながら首元を狙いに行った緑川だったが、修を切る事が出来なかった。首元に極小のシールドを作り出し緑川のスコーピオンを防いだ。

 2本目も軽々と取れると読んでいた緑川だが出来なかった事に声を上げて隙を作る。修は当然その隙を狙うべくトリオンキューブを……アステロイドを作り出す

 

「アステロイド!」

 

「おわっと……て思うじゃん」

 

 緑川目掛けて最大威力のアステロイドを飛ばす修。

 緑川は驚く素振りを見せるが直ぐにジャンプ台であるグラスホッパーを足元に作り出して空中回避。

 

「よっと!」

 

「っ」

 

 そのまま空中にグラスホッパーを展開して修目掛けて突撃。

 今度は首を狙わずに右肩をバッサリと一閃、修のトリオン体は損傷して転送される

 

「……空閑に近い」

 

 やられた修は落ち込まずに冷静に考える。

 使っている武器はスコーピオンでグラスホッパーを使って機動力を上げて高速攻撃をしている。

 弾系のトリガーが出てこないところを見れば相手は完全な攻撃手、もし仮に空閑が正隊員のトリガーになったらあんな感じになるなと頷いていると4戦目、大きなマンションが立ち並ぶ地帯に転送される。

 

「アステロイド!」

 

 試合開始のアナウンスが鳴ると同時に修はアステロイドを撃つ。

 それを読んでいた緑川はグラスホッパーで横っ飛びして回避してもう一回、グラスホッパーを作り出して修を狙いに行くのだが修はレイガストで攻撃を防ぐ。

 

「っ、しつこいな」

 

 緑川は修の事を格下と見ている。実際のところ修と緑川の間には大きな実力差はあるので間違いはない。

 修を見下している部分があり、これぐらいの人ならばと思っている。数少ない中学生のA級隊員で才能もあるがまだまだ未熟なところがあり、特に心の面ではまだまだ子供の緑川はここぞと言うときに攻撃が当たらずガードされる事に苛立つ。

 そっちがその気ならばちょっとだけ本気になってやるとグラスホッパーで突撃すると、修の周りに大量のグラスホッパーを展開する。乱反射(ピンボール)と呼ばれるグラスホッパーでの短距離高速移動の緑川の必殺技とも呼ぶべきものだ。

 四方八方に跳ぶ緑川を修は目で追おうとした為にあっという間に背後を取られてしまい背中からバッサリと斬られてしまう。

 

「まぁ、こんなもんでしょ……良かったね、三雲先輩。これが5本勝負だったら三雲先輩の負けだったよ」

 

 一瞬だけ手こずったが、蓋を開ければこんなものだと修に通信を入れて煽る。

 修はというと負けてしまった事にショックを受けているが直ぐに頭を切り替えて、次を視野に入れる。

 

「お、緑川じゃん、ってメガネボーイとやってる」

 

「む、おさむじゃないか!」

 

 白熱するランク戦は既にC級達の間で話題になっている。

 玉狛のおこさまS級こと戸籍偽造されている林藤陽太郎を引き連れた米屋は緑川が修とランク戦をやっている事を意外そうな顔で見る。

 

「っむ、オサムのお兄さんにボコられてた人」

 

「その言い方はやめてくれ。あの後、滅茶苦茶怒られて来年の4月まで固定給カットされたんだ」

 

 そんな米屋の割と直ぐ近くにいた遊真。一応の知り合いなので声をかけるが余計な部分を穿ってしまった。

 生身ではトリガーを強奪され破壊されて、トリオン体では縛られて螺旋丸みたいな必殺技にやられると中々に踏んだり蹴ったりである。

 

「にしても意外だな。メガネボーイはあんま好戦的なタイプじゃないだろう」

 

「そうだな。オサムはいわゆるそうしょくけい男子だ」

 

「お前、それ使い所が間違ってるぞ……喧嘩をふっかけたのは緑川だな」

 

「こらー、おさむ!それでもたまこまのいちいんか!」

 

 ランク戦のモニターに目を向けると気付けば8試合目に突入していた。

 7戦までは修のストレート負け。見事なまでに×が並んでいるのだが、ただの負けとは言えない。

 

「くそっ」

 

 緑川は全力を出して修を倒しに行っていた。

 一回勝負する事に攻撃手4位の強化睡眠記憶のサイドエフェクトの持ち主である鈴鳴第一の村上鋼の如く学習してきて、すんなりといかない。

 トリオン能力も大したことがない。射手としても攻撃手としても優秀なわけでもないのに中々にしぶとい。

 

「っ」

 

 一方の修は内心バクバクで防御一辺倒だった。

 6本目を取られた時点で修は10本勝負の負けが決まったので修はやり方を変えた。格上の緑川相手に防御をして耐え抜く事にした。

 昴から防御だけは教わっている修は機動力の高い緑川に苦戦をしていたが7戦もすれば目が慣れてきた。守ってばかりじゃ意味は無いと師匠である烏丸に言われており守りからの攻めへの切り替えが修はまだ出来ていないが、防御だけは人並み以上に出来ていた。

 

「おお、メガネボーイ意外と善戦してるな。緑川はすばしっこいから多少のダメージを受けるけど、ノーダメだ」

 

「オサムは防御だけは上手いからな」

 

 ぎこちない動きの中で、唯一とちゃんとしている動きをしている事に米屋は気付く。

 

「防御だけじゃダメだぜ、何処かでカウンターを叩き込まないと」

 

「それが難点……オサムのお兄さん、トリガーを使った戦闘はしたことないからそこから先は教えられないって」

 

「あれ、三雲仕込みかよ!?」

 

「オサムの生身の肉体に寸止めで竹刀を振るってたらしい」

 

「メガネボーイ、よく生きてるな」

 

 足や素手でコンクリートにクレーターを作り上げる剛力の持ち主である昴。

 生身の肉体と戦ったことがある米屋は顔を青くする。一応と言うかかなりの手加減はされており、怪我をしたらしたで昴が内養功で治療するのでなにも問題はない。

 

「米屋先輩」

 

 修のランク戦を観戦しつつ、この後バトらない?と話していると双葉が現れる。

 

「よー、双葉。どうした?」

 

「この後、時間が空いていたら1本だけ勝負してください」

 

「お、またそれやってるのか。いいぜ」

 

「よーすけ先輩、こいつ誰だ?」

 

「黒江双葉、A級最年少で中々やるぞ」

 

 米屋から紹介を受けると軽く挨拶を交わす双葉と遊真。

 この後、米屋と勝負をするならば是非とも自分とも勝負をと言うが双葉は断った。

 

「やめとけ、双葉は今は大事な期間なんだよ」

 

「む?」

 

「1日1本だけランク戦をやれって課題を何処のどいつかは知らねえが出してるんだよ。相撲に見習ってやってて……1本に全力をかけてる」

 

「ほうほう……」

 

「明日以降も格上を相手にしますので、私と勝負したかったら来月辺りなら大丈夫です」

 

「そっか……じゃあ、それまでにB級上がっとくわ」

 

 勝負出来ない事は少々残念なだが、ちゃんとした理由があるならば仕方がないことである。

 ただその1日1本だけ勝負しろと課題を出した人物については気になるのだが米屋も知らないので深く詮索はしない。

 

「それでこの人集りはなんなんですか?」

 

「あそこ見ろって、何時の間にか最終戦になってるじゃねえか!」

 

 双葉と話している内に10本目に突入した修。

 8戦目、9戦目も見事なまでに負けてしまっており、雷神丸(カピバラ(冠トリガー))に乗った陽太郎はなにをしていると声を荒げる。

 

「あの人はっ……」

 

 ただ一度だけ顔を合わせただけだが双葉はちゃんと修の顔を覚えていた。ボーダーに入隊することが出来ていたのかと思わず息を飲み込み、幼馴染みである緑川との試合を見る。

 最終戦、緑川は勝負を直ぐに決めに行こうと乱反射を行おうと修の周りに大量のグラスホッパーを展開する。

 

「スラスター、起動(オン)

 

 グラスホッパーで四方八方に散らばり、撹乱した後に不意打ちをする。

 緑川がどんな風に攻撃するのかを覚えた修はレイガストをシールドモードへ切り替えて、シールドを握り拳ぐらいに小さくして緑川が出現させたグラスホッパーにぶつける。

 

「やば!」

 

 グラスホッパーは触れるだけで反射したかのように高く飛ばす板だ。

 弾系のトリガーは反射する事は出来ずに消滅するがブレード系のトリガーは反射する。グラスホッパーは一回でも触れれば勝手に飛んでそのまま消える。修の飛ばしたスラスターで推進力が増したレイガストは乱反射を繰り返し緑川の展開したグラスホッパーをかき消す。最終戦だけあって修も若干だが攻めに転じてきた。

 

「グラスホッパーに武器をぶつけるとか面白い事すんな、メガネボーイは」

 

「そうですか?アレぐらいなら私でも出来ますけど」

 

「いやいや、お前孤月だろう……けど、どうすんだ?」

 

 緑川の乱反射(ピンボール)を破ることは出来たが、そこから先が修には無いことを見抜く米屋。

 修の弾は現在アステロイド。ハウンドやバイパーを使うことは出来なくもないが、それはいざという時の奇襲の為に取っておいている為に普段遣いはアステロイドにしている。射手としてまだまだ未熟な修に高速移動を繰り返す緑川に当てる技術も嵌める技術もない。

 愚直にアステロイドをぶつけにいこうとする修を緑川は切り倒す。

 

『ランク戦10本勝負、10対0,勝者緑川』

 

 勝負の終わりを告げるアナウンスが鳴る。

 

「なんだこんなもんか」

 

「風間さんに勝ったって紛れかなんかだろう」

 

「アレぐらいならオレでも倒すことが出来る」

 

 修の実力を目の当たりにして色々と言うC級隊員達。

 

「ふぅ、もういいですよ。三雲先輩の実力は分かりましたので」

 

「あ、うん……」

 

「なにやってるんですか。駿相手に1本も取れないだなんて」

 

「黒江……」

 

 試合は終わったのでもういいと修を突き放す緑川。

 要件が終わったのならばと双葉は修に詰め寄り、情けない試合結果に文句を言う。

 

「駿の攻撃は早いですけど、避けれない訳でも対処する事が出来ないわけでもないです……現に最後は乱反射(ピンボール)を攻略したのに、それでもあの人の弟なんですか!」

 

「……ああ、僕の完敗だ」

 

「あの人?……もしかしてフタバの師匠ってオサムのお兄さんなの?」

 

「そうです」

 

「おいおい、アイツボーダーの人間じゃねえだろう」

 

 修に対して強く当たる双葉。あの人と弟とくれば昴の事だと読んだ遊真は聞くとあっさりと首を縦に振った。

 米屋は全く無関係な人間が師匠になっている事に若干だが呆れつつも驚いている。

 

「私に足りない大事なものを教えていただきました」

 

 尚、兄は弟子なんて取ったつもりは一切無い。

 

「ミドリカワだっけ?次はおれとやろうよ」

 

 それはさておき、今度は遊真が緑川に挑む。このまま修が敗北して無様な醜態を晒した状態を遊真は許せない。

 緑川はC級隊員とじゃ勝負にならないと言うのだが、米屋がそいつはただのC級じゃないと後押しをしてしぶしぶ勝負を受ける事になるのだが予想は一転。最初の2本はわざと負けることで緑川に調子に乗らせて、その後に8本全てを取った。

 

「うむ、よくやったぞゆうま!」

 

「緑川相手に8連勝か……こりゃ後でマジでやらなきゃな」

 

「強い……」

 

 緑川は遊真がスコーピオン1本だけしか使っていないから自分もスコーピオン1本だけだと枷をつけている。

 文字通りのタイマン状態でも緑川は充分に強いのだが、それでも遊真は緑川を容易く倒してみせる。派手な動きもなにもない粛々とした動き、文字通り戦場で培ってきたものだ。

 

「おーやってるなお前等」

 

 遊真と緑川の試合が終わると現れる迅。

 緑川は迅さんだとテンションを上げる一方で双葉はこの人の何処がいいのだろうと無意識の内に昴と比べる。

 

「メガネくん、遊真、ちょっと来てくれない。大事な話があるんだ」

 

 知らぬところで比べられている昴と迅。

 そんな事はつゆ知らず、迅は遊真と修に大事な話があるとランク戦のブースから会議室へと引っ張っていった。

 

「なぁ、双葉。お前は師匠から螺旋丸とかかめはめ波を教わったりしてねえか?」

 

「米屋先輩、なにバカな事を言ってるんですか?」

 

 残された米屋は一応は気になったので聞いてみる。かめはめ波と螺旋丸にはロマンがあるのだ。




??隊

MEMBER


AT ?????
?? 三雲昴
TR ???
OP ???

UNIFORM

黒色のカンフーウェア+黒色のフード

PARAMETER

近 5

中 3〜5(昴のトリガー構成により変化)

遠 2〜4(昴のトリガー構成により変化)


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28話

サブタイトル

賢い犬リリエンタールとものがたりのはじまり




「なぁなぁ、三雲……お前、弟子取ったのか」

 

「なんのことですか?」

 

 学校に登校し、何時もの様に授業の用意をしていると米屋が声をかけてきた。

 いきなりなにを言い出したのかと思えばと首を傾げる。

 

「双葉の事だよ」

 

「ああ、彼女の事ですか……弟子にした覚えはありませんよ」

 

 どうやって仕入れたのかは知らないが、双葉の情報を米屋は手に入れた。

 修経由で知ったのだろうが私的には弟子にしたつもりはないし、弟子を取ったつもりもない。

 

「んなこと言って、1日1本だけランク戦をやれって指導しただろう」

 

「アレはランク戦がeスポーツ感覚になっているから言ってあげた事ですよ」

 

 あの子は充分強いから私が横でああだこうだ言わなくてもいいけど、心はまだまだ未熟だから言ったまで。

 ここはこうした方がいい等の戦闘に関して直接的な指導は一切しておらず目で盗めと無茶を言っている。ボーダーには優秀な人が多いのだから、とっととそっちに弟子入りをすればいいのにな。

 

「かめはめ波と螺旋丸は一切教えてねえんだろ」

 

「米屋くん、ここ学校ですから言葉を選びましょう」

 

「あ、悪い」

 

 一応の守秘義務というものを互いに持っている。あの一件に関しては最初から無かったことにしておきたい。

 更に言えばここは学校なので余計なのに目を付けられると困る……まぁ、あえて色々な人に言いふらして組織に内部分裂を巻き起こすと言うのもありといえばありだ。

 

「お前に弟子入りしたらかめはめ波を覚えられるか?」

 

「君、近距離戦闘メインでしょう」

 

「男ならかめはめ波に憧れるものだろう!」

 

「あまりかめはめ波と言わないでください……百歩神拳と言ってください」

 

 確かにかめはめ波と呼べる代物だが、あくまでもアレは百歩神拳だ。

 やろうと思えばかめはめ波と言いながらかめはめ波を撃つことが出来るけども、それでもあの技は百歩神拳と捉えている。

 

「かめはめ波がなんだって?」

 

「おぅ、弾バカ。三雲にどうやったらかめはめ波を撃てるか聞いてたんだ」

 

 だから、かめはめ波じゃないっつってんだろう。

 私達の会話が出水の耳に入ったので出水も会話に加わる。

 

「なんか螺旋丸とかかめはめ波でやられたって聞いたけどマジなのか」

 

「お前、完全に油断してて真っ先に落ちたから見てないのか」

 

「生身の肉体でトリオン体を倒すとか普通は出来ないからな!……で、どうやって螺旋丸を覚えたんだ?水風船を回転させて割るところからはじめたのか」

 

 お前は螺旋丸派か。中距離メインの射手なんだからそこはかめはめ波だろう。

 かめはめ波と螺旋丸を覚えたそうな顔をしている2人だが、どうあがいても無理なんだ。

 

「アレは私が色々とドーピングをやったから出来た事でお前達が修行云々でどうこう出来るものじゃない」

 

 生体エネルギー的なのを操れる様になったのはたまたまだ。

 私自身の転生特典の様なものでなく現地で取得したもので私の転生特典は主人公の兄になるというなんとも微妙な転生特典だ。今でももうちょっといい感じのあっただろうとは思っている。

 

「ドーピングってちからのたねでも食ったのか?」

 

「そんなドラクエ的なのじゃないですよ……まぁ、色々とあったんですよ……忘れもしませぬ。アレは拙僧が中学1年生、修が小学5年生の頃……っと言いたいですが一応は守秘義務があるのでここまでです」

 

「んだよ、勿体ぶらずに言えよ。そしてオレにかめはめ波を教えてくれよ」

 

「秘密は秘密なんですよ」

 

 空閑には若干だが話してしまったが、それでも秘密は秘密だ。

 

 

 

□■□■□■□■□■□約5年前■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「父さん、今頃国境を越えてるのかな」

 

 海外線もある空港から蓮乃辺市に向かうバスに乗った父さんを見送りに行った私と修。

 母さんは朝方父さんと物凄くイチャイチャしていて後は息子達の時間よと見送りには行かなかった。薄情なのか優しさなのか、あの母なのでイマイチ分からない。けど、父さんとの時間は貴重な時間だ……前世だとなんでこんな事も出来ないんだとか平気で言ってくる。生きたいという未来への希望を未だに持ってはいないけれど死にたいとはまだ思っていない。

 

「父さんが仕事に行ってる国ってどんなところなの?」

 

「ビールとウィンナーとポテトぐらいしか価値が無い国だ……父さんには憧れても父さんみたいに仕事をしたいとは思えない」

 

「兄さん、本当に海外が苦手だよね」

 

「当たり前だろう。文化は違う、言葉は通じない、食べていいものとそうでないものがある、時間が違う……上げるだけでキリが無い」

 

「でも、外国語を覚えようとしてるよね?」

 

「それとこれとはまた話が別だ」

 

 私は海外が苦手だ。文化が圧倒的に違っていて言葉は通じない。

 日本をキャンピングカーで一周してみたいとは思うけれど、海外は絶対に嫌だ。飯は合わないし、麻薬は横行しているし、拳銃は所持出来るはで……正直、父さんもよく海外まで足を伸ばそうとしているなと思う。尊敬するよ。

 

「修もなにか1個ぐらい覚えた方がいい……外国語以外でもなにか特技があれば人生が煌く」

 

「兄さんってたまにおかしな事を言うよね」

 

「酷いな。これでも一生懸命良い事を言おうとしてるんだぞ」

 

 とはいえ、自分でもなに言ってるんだろうと思っている時も時折ある。

 修の兄に転生して十数年、修が中学3年生の頃に原作が開始されるのだが問題がもう1つある。それは賢い犬リリエンタールというワールドトリガーの作者がジャンプで前に連載(打ち切り)してたもので、全部で4巻の短い漫画なのだが……原作を殆ど知らない。

 そもそもで私が転生した世界が賢い犬リリエンタールとワールドトリガーをクロスオーバーさせた感じの世界観だよと転生者の運営サイドが言っていた。そして私は修のお兄ちゃんになるだけで、転生特典らしいものは持っていない。

 

「兄さんは部活動とかはしないの?」

 

「体育会系のノリがあるから嫌だ……そういう修はクラブ活動はやらないのか?」

 

「僕もちょっと……似た者同士だね」

 

「兄弟だからな」

 

 クスリと笑う私と修。転生して十数年、私は兄として立派にやっているのだろうかと不安を抱いている。

 あの修が内心で私の事をボロクソに言っていないだろうかとビクビクと怯えている。でもまぁ、今のところは大丈夫……と油断をすると痛い目を見るんだろうな。

 

「あ、母さんからメールだ……ついでに夕飯の材料を買ってこいとのこと」

 

 ご丁寧にスーパーのチラシの画像まで送ってきてくれた。

 今から向かうのは蓮乃辺駅前で、このスーパーは……割とすぐ近くにあるな、よかった。にしても1時間ぐらいあるなら本の1つでも持ってくればよかったな……

 

「ん?」

 

 左車線から左ハンドルにオープンカーが迫ってくるのだが、オープンカーの上に誰か立っている。

 明らかな危険運転、じゃない!よくよく見れば立っている奴は斧を持っている!

 

「な、なんだあ!?」

 

 斧を大きく振りかぶり、バスのドアをぶち壊す黒服の男。

 バスの運転手は突然の出来事に何事かと真横を見ると車を運転していた黒服以外がバスへと乗り込んできて……拳銃を突き出してきた。

 

「嘘だろ!?」

 

 拳銃の規制に厳しいこの国で、複数名が拳銃を持っている。

 いや、ヤクザとかが持ってたりするからそこはおかしくないかもしれない。問題はこいつ等がこんなに堂々と乗ってきたことだ。

 

「こっちは見なくていい。そっちを向いてしっかり運転をしていろ」

 

「銃だ、銃を持っている!?」

 

「騒ぐな動くな、黙ってジッとしていろ。オレ達が用があるのはこの中で1人だけだ」

 

「な、なにが目的なんですか!?」

 

 修!?

 拳銃を向けられて絶体絶命のピンチだと言うのに修は黒服の一員に立ち向かおうとしている。

 こんなところでそんなカッコいい姿は見せなくてもいいんだぞ!

 

「ガキは黙ってろ。そっちのガキも黙らせてろよ、ババア。オレは子供の五月蝿い声は嫌いなんだ」

 

 っく、ぶん殴りたい。

 転生者として色々と鍛えたものの、その力を十二分に転生先で使えるわけじゃない。

 転生してからワンパンマンのサイタマと同じトレーニングしかしていないから物凄くチートな運動神経はしていない……そもそもで私ってなにか一つに特出したタイプでも万能タイプでもない平々凡々な転生者だ。

 

「修、落ち着くんだ……すみません、まだこの子、子供なものでして」

 

 今はまず安全な場所に避難させておかないといけない。

 黒服の一員の目的は謎だが、この場に居るのは危険だと近くにいるおばあさんとその隣にいる孫っぽい娘の元へと席を移動させる。

 

「兄さん……」

 

「大丈夫、大丈夫だぞ修」

 

 本当ならば今すぐにでも泣き出したいところだが、修のいる前では泣き言なんて言ってられない。

 お兄ちゃんとして立派に生きようと転生した時に強く誓ったのだから、涙なんて見せられない。

 

「RD−1を持っているやつ、さっさと出てこい」

 

 黒服のリーダー格と思わしき人物がそう言うが誰も出てこない。

 RD−1……名前からしてなにかの装置かなんかだが周りにいるのは人、人、人……目ぼしいものはない

 

「出てこねえか、シラを切るつもりだが無駄だ!コイツを空港で捨てたのはとっくに知ってんだよ」

 

 犬とか猫とかがスッポリと入りそうなゲージを見せる黒服のリーダー格。

 明らかに機械が入っている見た目ではない。RD−1という種類の生き物がいるのかともう一度座席に視界を向けるのだが、見渡す限りは人、人、人。気になるところといえば座席にぬいぐるみが座っている程度。

 

「惚けてやがると関係の無い人間まで怪我するぞ」

 

「っ!」

 

 まずい、非常にまずいぞ。相手はこんな事をしてきて過激な行動をも躊躇わない。

 このままだと本当に撃たれる……相手が一人だったらタックルの一つでもかましてみせるが複数名だから一人を倒しても他が……こんな時に戦闘タイプの転生者だったらあっという間に解決するんだろうな。

 

「っち、運び屋の人相が分からないのは面倒だな。あの爺さん、最後まで口を割らなかったからな」

 

 くそ……どうする、どうすればいいんだ。

 

「爺さんが口を割らないってことは女か子供……お前か?」

 

「っ!」

 

「待て、修は関係無い!」

 

 銃口を修に向ける黒服だが、修は一切関係ない。

 修の事を庇おうとするのだが、今度は私の方に銃口を突きつける。

 

「無関係な人間が巻き込まれて動く……お前がRD−1を隠し持っているんだな」

 

「……随分と滅茶苦茶な推理をするじゃないか。それだと君達の上が怒られるぞ」

 

「なんだと?」

 

 もうこうなったらやけっぱちである。

 今までの様子からこいつ等はRD−1がなんなのか分かっていなくて、何処かから命じられてきたのが分かる。

 

「騒ぎを大きくして……この事が上に知られたらどうするつもりなんだ?」

 

「お生憎様、その上からの命令なんだよ」

 

 やば、ドジッた。

 少しでも時間を稼いで逃げ切ろうと企んでいたけども、発言を間違えてしまった。

 

「つまり貴方達は最初から私達を皆殺しにする前提で乗り込んできたと……やれやれ、恐ろしい奴等だ」

 

「誰もそんな真似はしねえよ。こっちの弾も限られてるんだ」

 

「だが、それでどうする?ここにいる連中はお前達の顔をハッキリと見てしまっている。サングラスで顔を隠した程度ではどうにもならんぞ」

 

「っち、めんどくせえな」

 

 拳銃を私ではなく、窓ガラスに向かってバキュンと撃つ黒服のリーダー格。

 もしかしたらアレが偽物かもという期待はしていたがものの見事に窓ガラスは割れて外の空気が……外の空気…あれ?

 

「あ……あぁ!?」

 

 真っ直ぐ蓮乃辺駅に向かって走っていったバスだが何時の間にか海中にいた。

 いや、これは海の中じゃない。窓ガラスが割れているのに液体が一滴も入ってきていない。

 

「くじら号はきれいなサンゴしょうの海をいきます。きれいなお魚がたくさんついてきます」

 

 周りが何事かと慌てている中で修の隣に座っている女の子は絵本に集中していた。

 さっきお婆さんが絵本を読んでいなさいと言っていたから……まさかこの子がRD−1か!?

 

「魚たちはくじら号がしまからだいぶはなれるまでみおくってくれました」

 

「どうなってるの!」

 

「魚だ、魚がいる」

 

「海の中だぞ!?」

 

「お、おい、騒ぐな。騒ぐんじゃねえ。動くな!」

 

 謎の出来事に周りもざわめき出す。

 黒服の一員もなにが起きているのか理解することが出来ずに慌てふためいていると絵本を読んでいる子はページを1枚捲る。すると不思議な事が起きた。外は何処かの海の筈が一瞬にして真っ暗になった。

 

「くじら号はうみのたびをつづけました」

 

「どういうことだ、これもRD−1の力なのか!?」

 

「おおうなばらに出ると大きなマグロの群れに出会いました」

 

「っ!」

 

 女の子が新しいページに行っているのでまさかと外を見れば鮪の群れに囲まれていた。

 

「絵本の通りになってる」

 

 流石にここまでくれば気付く人は気付く。

 糸目の男性が絵本の通りになっている事を口に出すと黒服のリーダー格が女の子に手を伸ばす。

 

「このガキ、テメエがRD−1だったのか!」

 

「っ、やめて!」

 

 女の子の腕を強く掴む黒服のリーダー格。

 女の子は激しく腕を動かして拒もうとしているが大の大人の力に敵うわけもなく絵本があっさりと奪い取られる……かに思われた、その時だった。

 

 

「はなせい!おんなのこをはなせい!」

 

 女の子の直ぐ近くに座っていた犬のぬいぐるみが動き出した。

 黒服のリーダー格の腕に噛み付いた。

 

「わぁ!ビックリ!」

 

「ぬいぐるみまで動き出した」

 

 そんな犬のぬいぐるみを見て慌てた様子で声を出すツインテールの女子と糸目の男性。

 あまりにもわざとらしいが今はそんな事を気にしている場合じゃないと女の子の方に視線を向けると修が果敢に立ち向かっていった。

 

「その子から手を離せ!」

 

「うるせーぞ、クソガキ!」

 

 ああ、ダメだ。

 修の貧弱なステータスでは黒服のリーダー格はどうする事も出来ず、最終的には修は座席に向かって突き飛ばされて絵本は奪い取られる。

 

「コイツがRD−1ならこうすれば……っ!」

 

「ぬぅぉ!?」

 

 絵本を閉じれば解決すると無理矢理閉じると真っ暗になった。

 いや、真っ黒だが若干光っぽいのが見える……これはいったいなんなんだ。いや、それよりも。

 

「落ちてる!?」

 

 絶賛急降下中の私達。

 恐らく絵本の世界から飛び出したのはいいけど元の世界には戻れておらず、世界と世界の隙間的なところにいるのだろう。

 

「絵本だ!あの絵本をこの子に見せるんだ!」

 

「ほぁい!」

 

 原理や理屈は一切知らないが、絵本をこの子に見せればどうにかなる。

 急降下していく中で叫ぶと犬のぬいぐるみが動き出して女の子に向かって絵本を投げる。女の子がページを開くと真っ暗な世界から一転、少しだけ薄暗い深海の様な場所にたどり着く

 

「ん?」

 

 ぽわぁと若干だが光っている犬のぬいぐるみ。

 発光する機能でも搭載されてるのか……いや、今はそんな事はどうだっていい。

 

「うぉ!今度はデカい魚」

 

「ビビンじゃねえ!こんなのどうせ幻かなんかだ!本物だったら今頃バスの中に水が入ってく──」

 

「それフラグ!」

 

 言っている事は間違いはないのだが、これは幻なんかじゃない。

 大きな深海魚と思わしき魚がこっちに向かって迫ってきており、バクリと船に向かって噛み付いた。

 

「う、うぉおお!」

 

 そんな物が通じるわけがない。黒服の1人が拳銃を使い深海魚を撃つのだが全くといって効いてない。

 

「絵本のページを変えるんです!」

 

「っ、分かったわ!」

 

 この状況を打破するには絵本のページを切り替えるしかない。

 修の側に居ないと大変なことになる未来がサイドエフェクトがなくても見えるのでツインテールの少女に頼むと少女は絵本を持った女の子の元に駆け寄り絵本のページを捲るのだが驚いた顔をする。

 

「全部が同じページ!」

 

「全部が同じページって、そんなわけねえだろ!貸せ!」

 

 私の言うことを信じたのか黒服のリーダー格が少女から絵本を奪い取りページを捲ると全てが深海のページだった。

 女の子が読んでいた本は何処の本屋でも買える絵本で、全部が同じページなんてありえない……

 

『こわい……こわいよ……』

 

「っ!」

 

 怯えている女の子の声が外から聞こえる……まさか…

 

「大丈夫、大丈夫だよ!」

 

 色々と考察している中で修は女の子の側に駆け寄る。けど、女の子は怯えている。

 

「大丈夫だから、落ち着いて、ね、ね」

 

 ツインテールの女の子も落ち着かせようとしている……だが、落ち着かない。

 私みたいにある程度は鍛えてるか修みたいに何処かぶっ壊れてる人間ならまだしも一般の子供にこの状況で怯えるななんて言う方が無茶だ。

 

「ほら、リリエンタールもそう言ってるわ」

 

「……リリエンタール?」

 

 チラリと犬のぬいぐるみに視線を向けるツインテール……この犬がリリエンタール……賢い犬、リリエンタール……っ。

 まさかまさか、知らない間に原作に関わっていたのか、いや、今はその辺りについて気にしている場合じゃないな。

 

「こわくないですぞ。おにいさんもおねえさんもいますから」

 

 犬のぬいぐるみ改めリリエンタールも女の子を励ます……ここは頑張るか。

 

「そうですよ。頼れるお兄さん達はここにいます」

 

 頼むぞツインテールガール

 

「……辛いんだったらあたしに頼りなさいよ!」

 

 おおっと、中々のツンデレ。

 

「運転手もいますよ!」

 

「おばあちゃんもいますよ!」

 

「皆がいるんだ。きっと家に帰ることが出来るよ」

 

 最後の締めの美味しいところを修が持っていく。

 怯えていた女の子は私達の言葉で勇気をもらうことが出来たのか周りから魚が消えていく。それだけじゃない、魚に噛みつかれて壊れた部分も直っていく……まるで月光条例だな。

 

「なるほど、そいつがRD−1か。気絶させればこの質の悪い幻を」

 

「違う違う……RD−1はこいつよ」

 

「っな!?」

 

 ツインテールの女の子がリリエンタールを掴んで教えると驚く黒服のリーダー。

 ツインテールの女の子はリリエンタールを空中にポイッと投げると黒服のリーダー格は視線をリリエンタールに向けた、その瞬間だった。目にも止まらぬ素早さでリーダー格をぶん殴って運転席付近にぶっ飛ばす。

 

「こいつ」

 

 リーダー格がふっ飛ばされたが、まだ二人残っている。

 一人ならギリギリどうにかすることが出来るんだがどうしようと悩んでいると糸目の男性がプラスドライバーを手に目にも止まらぬ速さで銃を解体する。

 

「すいません、後で直しておきますから」

 

「そんな物騒な物、直さなくていいわよ」

 

 銃を解体すれば力は激減すると言わんばかりに攻撃して気絶させるツインテール。生身の人間を殺さずに程よく気絶させるとは半端ないっとその前にっと

 

「膝蹴り!」

 

「ぐふぅ!?」

 

「助けてもらった身で恐縮ですが、仕留めるなら仕留めておいてくださいね。こいつまだ拳銃(チャカ)を持っています」

 

 黒服のリーダー格を完全に仕留めきれていない。

 拳銃を懐から引き抜こうとしたのでとりあえず飛び膝蹴りを腹に叩き込むと気絶した……気絶してるよな、フリとかじゃないよな。

 

「あんた、中々やるわね」

 

「私なんて素人に毛が生えた程度ですよ」

 

「見て、ページが変わったよ」

 

「でしたらそのまま終わりに向かいましょう。こういうのは終わらせるとなにかが起きる筈です」

 

 これで終わらなかったらお手上げだが、今はそうするのが1番だ。

 黒服を完全に眠らせることに成功したので乗客達は女の子の周りに集い、絵本を読み上げていき……終わりのページを迎えると何処かの住宅街に出た……何処だここ!?

 

「ここは庭先町の辺りだ」

 

 とりあえずバスを出ると乗客の1人がここを出て何処か教えてくれる。

 庭先町と言うと蓮乃辺市だが、この辺はあんまり来たことはない……まぁ、なんとかなるか。

 

「ぬいぐるみじゃなかったのね」

 

「ぬいぐるみじゃなかったのです」

 

 なんとか元に戻るとリリエンタールだけはそのままだ。

 リリエンタールは別に動いている事を気付いた女の子はリリエンタールとさも当たり前の如く会話をする。

 

「黙っててごめんなさい」

 

「ぼく達のせいで巻き込んでしまって申し訳ありません!」

 

 リリエンタールが全ての原因だったので頭を下げるツインテールと糸目の男性

 喋る犬なら狙われて当然だと納得の姿を見せるが特に怒らずに事態を受け入れる。隣町に将来的に異世界からの侵略者と戦う組織が出てきてもさも当たり前の如く受け入れているから普通か……いや、普通なのかこれ。

 

「君はリリエンタールなんですね」

 

「はいです!(わたくし)、ひのリリエンタールです!」

 

 黄色い喋る犬、賢い犬リリエンタール。

 ツインテールの子と糸目の男性は主要キャラ……まぁ、うん……なんとかなるか。

 

「後処理は任せてもよろしいですか?」

 

「ええ、あんた達は帰っていいわよ」

 

「そうですか……修、帰ろうか」

 

「あ、うん……ありがとうございました」

 

 さて、原作がはじまったぞ。全くと言って鍛えてないけど、どうしたものか




昴は日本語以外に英語、スペイン語、中国語が喋れる。
言葉が違う、時間が違う、ご飯があまり美味しくないを理由に海外が苦手で、アルバイト先で海外で働くのは絶対に嫌だと言っており、社長は海外が無理なら異世界は行けるだろうという超理論でボーダーに出向させようと考えている。


修が女体化したら乙女ゲームの主人公どころじゃないぐらいに乙女ゲームの主人公っぷりを発揮する



お詫びと訂正


賢い犬リリエンタールとワールドトリガーの世界がコラボっているこの世界、てつこと修が同級生と言う設定にしたいので雪や桜、てつこ達の年齢がマイナス1になっています。許してください。


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29話

サブタイトルは

賢い犬リリエンタールとメガネのきょうだい




「確かこんな感じだったか、ふっ!」

 

 転生者になる前に得た知識を利用して修行をしてみようと思う。

 声をあまり出し過ぎれば母さんに迷惑が掛かるのであまり声を出さない。武道の精神的には声を出せとかどうとか聞くが私はアレを体育会系のノリと見なしており、ああ言うのが苦手なので部活動が嫌いだ。上下関係を大事にしているのは分かるが行き過ぎた行為にもほどがある。

 

「っ……っ……」

 

 無言で拳を振る。見た目が沖矢昴っぽいのでジークンドーでも覚えようかと考えるが、ジークンドーってブルース・リーが作った武術で歴史が浅かったりする。こんなご時世なので武術の練習方法はごまんとあるし、わざわざ一個の武術に固執する必要はない。

 

「兄さん」

 

「ぬぅお!?」

 

「あ、ごめん」

 

「いや、なんでもないんだ。部屋を入る時はノックしろよ」

 

 ノックをせずに修が入ってきたので思わず後退してしまう。

 努力している姿は正直他人には見られたくない。血の繋がった弟となれば尚更でこんな姿は醜態にしかならない。とりあえずベッドの上に座らせる。

 

「学校にね、来ない生徒がいるんだ」

 

「引きこもりという奴だな」

 

「うん……どうにかして学校に連れて来られないかな」

 

「修、それは大きなお世話になる」

 

「分かってるよ……でも、心配なんだ」

 

 ふぅ……分かっていたが修は面倒見の鬼だな。

 能力は伴っていないのに精神が出来上がってるってほんとにめんどくさい、いや、ややこしいか。そこが修のいいところと言う人は結構いる。

 

「修、先ず大前提として引きこもりを悪と考えるのはやめるんだ。その子も色々と考えた末に引きこもったのならば無理に口出ししなくてもいい……と言っても納得はしないのだろう」

 

 私は私以外にも転生者になる為に色々とあった。

 私は受験ノイローゼとか親に追い込まれてしまって自殺をしてしまったが、中にはイジメで引きこもった末に自殺を経った人もいる。

 そういう人も結構いるので割と引きこもりに関して話を色々と聞いたが引きこもりも好きで引きこもっているわけじゃない。周りに馴染めなかったり、学校の生活と肌が合わなかったりと色々とある。

 

「学校に行くだけが世の中全てじゃない。学校で勉強は出来なくてもパソコンが得意だって子もいるかもしれない。車が大好きだって機械に関する知識を持つことだって出来る……修はその子の事を何処まで知ることが出来ている?」

 

 大きなお世話になるかもしれないが、修はその大きなお世話を焼くのが好きと言うかなんというか。

 とにかく相手のことを一切知らずに引きこもりは駄目とか学校に行くのは正しいとか言うのは大きな間違いだ。生き方は人それぞれだ。

 

「えっと、クラスメイトでそんなに仲良くはないんだけど」

 

「はぁ……」

 

 分かっていたが、そのレベルか。

 修の面倒見の鬼はこんなところでもこんな幼い時代から発揮しているとはとんでもない……私が出来る事は修が変な道に走らないことだ。

 

「まず、なんでその子が引きこもりになったかを知るところだ」

 

「それなんだけどイジメとかそういうのじゃないんだ……僕が風邪で学校を休んだ時になにかあったみたいで」

 

 たった1日の出来事で引きこもりになったか。

 余程の出来事があったのだろう……これ完全に部外者の修が関わっていいことだろうか?世の中には関わらない触れない優しさが存在している。これは触れないのがいいのかも……なんて言ったら逃げの道なんだろう。

 

「自分なりに情報を集めたか?」

 

「集めてみようとしたんだけど、原因の人が黙っちゃって……向こうも悪い事をしたって反省してるみたいなんだけど、教えてくれなくて」

 

「……まぁ、そうだろうな」

 

 やった側の人間が本気で反省しているならあんまりベラベラ言わない方がいい。

 世の中にはイジメをイジメと思わずに罪悪感を一切抱いていないクソ野郎が存在している。マジでなんでそういう奴が引きこもったり教室から追い出されたりしないのが謎だ。日本の教育はそういうところが遅れている。

 

「さっきも言ったように学校に行くことだけが全てじゃない。修が個人的にその子の事を心配しているなら……いっそのことその子の家に行ったらどうだ?」

 

「その子の家に……」

 

「そうだ、先ずは個人的にお友達になるところからはじめればいい。学校に行けないなら行けないでいい。その子が元気にやっている安否だけは確認しておいた方がいい……もし手遅れな事になったら大変なことになる」

 

「手遅れ?」

 

「いや、なんでもない」

 

 修のクラスメートが自殺したとか割と冗談抜きで縁起でもないことだ。

 でも、追い詰められていたら追い詰められていたで自殺をする可能性は普通にある。現に私、両親をタコ殴りにしてから自殺したんだもん。安楽死とかあったら喜んで死ぬぐらいにあの時は追い詰められていた。

 

「ちょっと学校に電話を掛けてみるよ……で、その、もし出来たらなんだけど一緒に来てくれないかな?」

 

「ああ、いいとも」

 

 引きこもりの子を直接学校に行かせる手段は残念ながら私は持ち合わせていない。

 しかし出来る事はそれなりにやるつもりで、修が私を頼って来ているならそれに答えるのがお兄ちゃんというもの。中国拳法の真似事をやめて外に行く準備をする。

 

「住所が分かったよ、庭先町の3丁目だって」

 

「そうか……じゃあ、善は急げ……の前に菓子折りを買いに行くぞ」

 

 どんな子かは知らないが、相手の家に向かうのだからそれ相応の事はしないといけない。

 家を出ると先ずは三門市で水ようかんを購入して修の担任から教えてもらった住所へと足を運ぶ。

 

「そう言えばこの前の事件、あれから一切話題に上がらなかったな」

 

「そうだね……拳銃を持った人達が来たのに」

 

 庭先町でふと思い出したこの前の事件。

 拳銃を持った人間が暴れただけでも全国的なニュースになりそうなのに一切話題に上がっていない。拳銃を入手できるということは(バック)で政府やヤバい組織と組んでる可能性がある。喋る犬であるリリエンタールを欲しがっている組織は相当大きな組織なんだろう。

 

「あの家の人達にもお礼を言ってないし、その内お礼を言いにいかないとな」

 

「あっちの角を曲がったところが……あれ?」

 

「この前のところだな」

 

 庭先町の引きこもりになっている子の家に向かうと、家先にバスが埋まっていた。

 この前のバスジャック事件のバスが埋まっている……住所を見て気付かなかったが、ここってこの前の事件が終わったところじゃないか。

 確かあの二人とリリエンタールはこの家の住人で……あれ?

 

「修、その引きこもりになった子って女の子か?」

 

「うん。そうだけど?」

 

 おいおいおいおい、よりによって異性の引きこもりか。男には男の世界がある様に女の子には女の子の世界がある。

 私も修も男で女の子的な悩みで学校に行かなくなったというのならば男である私達では力になることは出来ない……うちの弟、女の子の引きこもりをどうにかしたいとかホントに男前だな。とりあえずはインターホンを鳴らしてみる。

 

「はいはい、どちら様って君達は」

 

 糸目の男性が家からニュイっと出てくる。

 どうやら向こうも私達の事を覚えていてくれたようで驚いた顔をする。

 

「改めてはじめまして、三雲修です。日野さん……てつこのクラスメートです」

 

「てつこの!」

 

「私は付き添い兼先日の事でお礼を言いに来ました」

 

「ああ……どうぞどうぞ、家に上がってください」

 

 嬉しそうな顔で家の上に案内してくれる日野さん。

 この人の名前なんて言うんだろうと少しだけ気になるものの、家に上がることが出来たのでラッキーだと思う。

 

「む、おきゃくさまですかな?」

 

「お久しぶりです……リリエンタール、でしたね」

 

「はい!日野リリエンタールでございます!」

 

 家に上がると前に会ったリリエンタールと遭遇をする。

 リリエンタールはどうやら忘れん坊の様で私達の事を覚えていないようだ……まぁ、覚えていられてもそれはそれで困るが。

 

「直ぐにてつこを呼んできますね」

 

 リビングに上げられ持ってきたお茶菓子でもてなしを受けると早速呼びに行く日野さん。

 リリエンタールも一緒になって呼びに行き、私達はポツンと日野家に取り残される……ふむ……。

 

「両親が出てくると思ったがお兄さんが出てくるとは」

 

 家の子は大丈夫ですとかキッパリと突っぱねられると思っていたが、案外すんなりと受け入れられた。

 両親は不在なのだろうか……日を改めてやって来たほうが良かったのかもしれないな。

 

「すみません、てつこったら絶対に会わないって言い出して部屋に引きこもっちゃってて」

 

「そうですか……てつこさんはどうして学校に来なくなったんでしょう。生憎な事にその原因の日にうちの修は風邪で寝込んでしまいまして」

 

「それなんですが……」

 

 日野さんから概ねの事情を聞く。

 要点だけ掻い摘むと、てつこは同級生からカブトムシの幼虫を貰ったのだが育てるのでなくそのまま生で食べてしまったそうだ。

 てつこは実は転校生で転校してくる前まではアマゾンで科学者や冒険家を兼任する両親と一緒に生活していて、そういうのが当たり前だったがカブトムシの幼虫を食べてしまったのが原因で普通じゃないと言われて周りから孤立をしてしまい、自ら学校に行かなくなった。

 

「カブトムシの幼虫ですか……随分とアグレッシブですね」

 

「驚かないんですか?」

 

「昆虫は時として貴重なタンパク源なのは知識としてあります。確か蚕を宇宙食として食べているとかなにかで見たことがあります」

 

「詳しいんですね」

 

 ホントなんの知識だったのかは忘れてしまったが、そういう特殊なところがあるのも知識にある。

 しかし参ったな。てつこは周りに馴染めず異端扱いされてしまったから引きこもりになった……イジメとか学校の授業に追いつけていないとかそう言う感じの理由じゃないとなると脱引きこもりは難しい。

 

「修はてつこの事をどう思っているんだ?」

 

 てつこに関する大まかな事情は知ることは出来た。

 問題はここからで、修はここに来る前に、最初の時の様に引きこもりから脱け出させようとしているなら今すぐにでも修を連れて帰る。周りと馴染むことが出来なくての引きこもりを無理矢理馴染ませようとするのは絶対にしてはいけないことで自分のペースで歩かせないと意味は無い。

 

「僕は……てつこの事が心配だ。学校には来ないかもしれないけど、それでも僕はてつこのクラスメートで……元気にしてるかどうか気になる」

 

「……修くん!ありがとう!君の様な友達を持つことが出来るなんて、うちの妹はなんて幸せなんだろう!!」

 

 修の発言に感動して涙を流す日野さん……いや、うん。

 

「まだ修はてつこさんの友達じゃありませんよ」

 

「……え?」

 

「えっと、クラスは一緒ですけど特別仲のいい相手ではないです……あ、で、でも今から仲良くしたいと思っています!」

 

「そうなんだ……うちの妹が、いや、てつこがこんなにも思われてるだなんて」

 

 修が友達でなくクラスメートとして心配をしている事を知ると更に感動する日野さん。

 大袈裟な様に見えるがそれだけ妹の身を案じているということ……私もお兄ちゃんだからよく分かる。

 

「すみません……てつこと話をさせてくれませんか?」

 

「話っててつこは今、部屋に」

 

「部屋越しでもいいんです」

 

 やだ、うちの弟立派すぎる。

 弟があまりにも立派すぎて一瞬惚れそうになるが私は決してホモでないので気を取り直す。

 日野さんは修の行動に感動しつつ、てつこの部屋へと案内をされるとリリエンタールがドアを叩いていた。

 

「てつこ、おともだちがきているのです!」

 

「……知らない」

 

「しらないはずがありません!」

 

「知らないったら、知らない!」

 

 リリエンタールはてつこを外に出そうと頑張っているがてつこは出るつもりは無い。

 これは予想以上の重症だ……ただコレは私がどうこう出来る問題じゃない。ここで頑張るのは修だ。

 

「てつこ」

 

「……なによ」

 

「改めて自己紹介をするよ。僕は三雲修、君と同じクラスだよ」

 

「……なんかそんなのいたわね」

 

 修ってどっちかと言えば地味めなメガネな為に存在を認知されていなかったのか。

 

「君が学校に来なくなって」

 

「学校にはいかないわよ」

 

「てつこ、話を聞いてくれ」

 

 学校に連れ出そうとしてきた生徒だと勘違いをしている。

 コレは……いや、ここは修に任せて見ようか……ん?

 

「話なんて聞くつもりはないわ……早く帰って」

 

「ぬぅお!?」

 

「え!?」

 

「なんとぉ!?」

 

「なんだこれは!?」

 

 リリエンタールがぼんやりと光を放ったと思えば突風が吹き荒れる。

 私達は太ってるわけでも鍛えてるわけでもないが風圧で人が飛ぶなんてことはありえない……ありえない筈なのに突風は私達を浮かせて家から飛ばされる。

 

「どうなってるんだ!?」

 

 私と修だけでなく日野さんもリリエンタールも追い出される。

 家の外に物理的に追い出されるとピタリと風は止んだ……いったいなにが起きているんだ。

 

「もしかして……」

 

「リリエンタールがなにか関係しているのですか?」

 

「うん……リリエンタールが光ると不思議なパワーが起きるんだ」

 

「不思議なパワーって」

 

「僕もよく分かっていないけど、この前の絵本の世界に居たのもリリエンタールの力で……今回はてつこが修くんに会いたくないって気持ちに反応しちゃったのかな」

 

 またそんな漫画みたいな都合のいいことが……ああ、漫画の世界だったな。

 外に出たことでリリエンタールがぼんやりと薄く光っている事がハッキリと分かる。

 

「てつこさんがリリエンタールの不思議なパワーを無意識の内に使っているとして、どうやったら止める事が出来ますか?」

 

「う〜ん……とにかく一旦リビングで会議をし、うわぁ!?」

 

「日野さん!」

 

 てつこに関して一旦考えようと家に入ろうとすると突風が吹き荒れる。

 日野さんは実の兄なので追い出す理由は何処にもない……いや、日野さんはどちらかと言えばこっちの味方で無意識の内に敵認定をしてしまっている。だから追い出してしまう、といったところか。

 

「くそぅ、風が邪魔して家に入ることが出来ない……このままだとお昼ごはんの準備も出来ない」

 

 気にするところ、そこなんだろうか。

 何回か家に上がろうと挑戦をする日野さんだが突風に勝つことは出来ない……ふむ……。

 

「日野さん、やり方を変えましょう……このまま無鉄砲に突っ込んでも無駄です」

 

 玄関のドア以外から部屋に入ろうとするも追い出される日野さん。

 今の私達ではどう頑張っても家の中に入ることは出来ない……だから、外からてつこに会いに行くしかない。

 

「てつこの部屋の窓は何処ですか?」

 

「あっちだけど……まさか」

 

「ええ、危険ですが屋根に登ります」

 

 家の中に入ると風で吹き飛ばされるなら家の中に入らずにてつこに会えばいい。

 怪我をする可能性は大きいがそれでもしないよりはいい。

 

(わたくし)におまかせください」

 

「よし、リリエンタール……行ってこい!!」

 

「ぬぅおおおお!」

 

 リリエンタールもやる気を見せているので屋根に向かって思いっきり投げる。

 シュパッと器用に屋上に着地をしたのを見ると私はリビングの室外機に乗って修に手を差し伸べる。

 

「私が出来るのはここまでだ……後は頼んだぞ、修」

 

「……うん!」

 

 修を持ち上げて肩に足を乗せる。私と修の身長を合計すれば3mは超える……イケるはずだ。

 修は屋根に向かって手を伸ばすとリリエンタールが小さな手を差し伸べ、掴む……ここが私の正念場だ。

 

「ふ、ん……」

 

 修の両足を掴んで持ち上げる。

 くそ、今までワンパンマンのサイタマと同じぐらいしか鍛えていないから思った以上に重い……でも、私は長男、お兄ちゃんなんだ。こんなところで情けない姿を見せるわけにはいかない。

 

「ファイト、いっぱつですぞ!」

 

「やった!」

 

 修は天井に乗ることに成功した。

 1番の難所がとりあえずどうにかする事が出来たが、難所はまだまだ続く。

 

「てつこ、てつこ!」

 

「なっ!あんた、何処から来てるのよ!」

 

 窓からやって来たリリエンタールに驚き窓を開けるてつこ。

 リリエンタールが窓から家に乗り込もうとすると突風が吹き荒れる。

 

「なんなのよ、あんた達っ……私の事は放っておいてよ」

 

「放っておくことなんて出来ないよ」

 

「なんでよ。あんた私と友達でもなんでもないのに、なんでこんな事をするのよ!」

 

「僕が、僕がそうすべきだと思ったからだ!てつこ、学校に来なくてもいい。てつこが行きたくないなら行かなくてもいい……ただ、僕と友達になってくれないか!」

 

 なんかプロポーズをしてるみたいな空気になってるな。

 

「友達って、なんなのよ……私、変でしょう。カブトムシの幼虫を食べて、おかしいって思ってるでしょ」

 

「……それは」

 

「それは違いますよ、てつこさん……貴女はおかしかったり変だったりするんじゃない。スゴい人なんです」

 

 自虐的になっているてつこに返す言葉が無くて困っている修に助け舟を出す。

 カブトムシの幼虫を食べた話を聞いて少し驚いたけれども、それだけで変とは思わない。むしろスゴイと思っている。

 

「カブトムシが貴重なタンパク源ですが、生でそのまま食べるには勇気がいります。それなのに貴女は躊躇いなく食べた……貴女は普通の人じゃありません」

 

「うっ……」

 

「でも、変人でもありません……貴女はスゴい人なんですよ」

 

「スゴい人、私が?兄貴とかリリエンタールとか父さん達じゃなくて私が?」

 

「ええ……だよな、修」

 

「うん……カブトムシの幼虫を生でそのまま食べるなんててつこはスゴイよ」

 

「うむ、てつこはスゴいですぞ」

 

 3人で頷いているとポワァと光るリリエンタール。

 てつこの拒む凍った心を溶かす事が出来た様で屋内に吹き荒れる風は消え去った……よかった。これでなんとかなった。

 

「あんた、名前は」

 

「三雲、三雲修。修って呼んでくれ」

 

「あんたは?」

 

「私は三雲昴。お好きな様に呼んでください」

 

「……日野てつこよ……友達になってやるわ」

 

 この日が私達三雲兄弟と日野兄妹が友達になった日だ。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

 なんて事があったって言えない。

 あの後、色々とあってライトニング光彦に弟子入りしたりして今では素手でコンクリートを破壊出来るようになった。

 

「魔貫光殺砲!」

 

 そして今、私は対人型近界民に対して対策すべく特訓をしてる。

 百歩神拳から派生した魔貫光殺砲で岩をピンポイントに貫く……いったい私は何処を目指してるのだろうか。



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30話

リリエンタールの話は気が向いた時ということで


 100%の力を100%使いこなすにはどうすればいいのか?

 

 転生者になるべく訓練をしていた時にこんな課題を出されたことがある。

 一番最初に出てきた答えは極限まで研ぎ澄まされた状態、所謂ゾーンと呼ばれる領域に足を踏み入れることだ。

 この答えに対して地獄の運営はどうやってそのゾーンに入るんだ?と言う質問を投げ掛けられた。転生する度に諏訪部キャラになる人や童子切の異名を持つ天王寺の旦那等極々一部の戦闘向きの転生者が自由自在に意図的に入ることは出来る。

 器用貧乏で凡庸的な転生者や戦闘以外の事に特出した転生者はそんな事は出来ない。メンタルの化け物と言われる女難の相でもあるんじゃないかと思える黛さんも出来ない。

 

 集中しない集中をすればいい

 

 極限状態であるゾーンは非常に扱いづらいもので踏み入れる事も容易ではない。

 故にそれとは真逆の境地……ゾーン状態が意識を極限まで研ぎ澄ました状態ならば無意識を極限まで研ぎ澄ました状態、結界師で言うところの無想の領域に至ればいい。感情が生み出す余分な力を削ぎ落とすことで、100%の力を引き出すことが出来る。

 無論、この技に向いていない人間も世の中には居る。これとは別の技もあるらしいが、私にはこの無想が向いている技であり、頭の中を空っぽにして座禅を組む。

 

「……ふっ」

 

 空手で言うところの正拳突きをする。

 余計な感情を全て削ぎ落とす事で無駄な動きをせず、効率を突き詰めた正拳突きが出来る……ふむ……

 

「腕は少しは戻ったか」

 

 無の境地的な状態をオフにして、今の自分の状態を確認する。

 昔より弱くなってるとてつこに言われて半年ほど1人で鍛え直したものの、全盛期と呼ぶに相応しい力は取り戻していない。師匠から直接的な指導とかてつこと組み手とかをやらずに1人で鍛え直しているので限界はあるのは分かっていたからそこまで落胆はしない。

 向こうが生身の人間に攻撃することを躊躇ってたとはいえA級の三輪隊を倒した確かな実績はある……けど、ボーダー隊員達と違って実戦経験が薄い。転生する前に地獄で色々と鍛えてみたものの、私戦闘タイプの転生者じゃないんだよな。

 こう、留学していないけど外国語が堪能な器用貧乏、凡庸的な転生者で……う〜ん、なんとも言えない。

 

「っと、こんな事をしている場合じゃないな」

 

 本日は1月20日

 二十日正月と言って正月に余ったものを喰らい尽くす日だと言われてたりするのだが、世間は既に受験戦争真っ只中。三ヶ日過ぎれば冬休みなんてあっという間だとはよく言ったものだ。

 

「あ、あ〜あ

 

 社長に特注で作ってもらったチョーカー型の変声機を起動する。

 今回はこの変声機はあまり仕事はしないだろう……だが、この変声機、意外と使い勝手が良くて気に入っている。社長に頼み事をすれば数倍の仕事を押し付けられるのであまりしたくなかったが頼んで作ってもらって良かったと思う。

 

「……やれる事はやったんだ。後は結果を待つ、じゃなくてやる、ん?」

 

 覚悟を決めて言葉にしているとコンコンと音が聞こえる。

 私の部屋のドアからじゃない、窓からでなんだとカーテンを開けるとそこにはちびレプリカがいた。

 

「これはこれは、お早いですね」

 

『兄殿、早朝に来訪して申し訳無い。緊急を要する為にこの場に子機を向かわせた』

 

「ほう、緊急事態……そろそろ本格的に近界民(ネイバー)が侵攻してくるのですか」

 

『ああその通りだ……流石は兄殿、なにもかもお見通しの様だ』

 

「こんなのある程度訓練しておけば誰でも出来ることですよ」

 

 ホントのところは原作知識だけども、自らでハードルを上げに行く。

 こんな事を言ってるから余計なプレッシャーが掛かって来るのだが兄とは多少見栄張り、特に弟や両親の前ではだ。

 

『それで兄殿、少々ジンと話をしてはくれまいか?』

 

「はぁ……どうせ今日はサボるつもりでしたので、構いませんよ」

 

 あの実力派エリートとはあまり関わり合いを持ちたくない。

 修が何かと世話になっている事は熟知しているしボーダーの為に頑張っているのもわかるが生理的に受け付ける事が出来ない……セクハラ魔なのが一番の原因だろう。

 

『やぁやぁ、メガネくんのお兄さん』

 

「どうも」

 

『ん、前と声が違うような』

 

「これが地声でアレは無理矢理声を変えたんです……世間話をしに来たわけじゃないですよね」

 

『ああ……しっかりと聞いてくれ。このままだとメガネくんが、君の弟の命が危うい』

 

 軽い雰囲気を一瞬にして変える迅。

 話題に出したのは弟の修……さて、どうするか。修が危険な目に遭うのは知っていて、その為に今日まで鍛え直していた。くいつく……いや、逆だな。

 

「それで?」

 

 ここはクールに決める。

 

『それでって、弟の事なんだけど』

 

「あの子はもうあの子の道を歩もうとしているんだ。私が横からああだこうだと口出しをするのは却って失礼だ。それにボーダーに入る以上は命の保証は無い。緊急脱出(ベイルアウト)機能が優れていても本部に肉体が向かうのだから本部を襲撃されれば一環のおしまいだ」

 

 現にボーダー本部に黒トリガーが襲撃したら何名か死んでしまう。

 可哀想に思うが、命懸けの戦争に参加をしているんだ。死ぬ覚悟の1つや2つ持っていない方が悪い。宇宙飛行士だって何時死んでも良いように遺書の1つ2つ書いているものだ。

 

「まどろっこしい腹の探り合いはよしましょう……なにが言いたい?言っておくが私は民間人でここでなにもしないという選択肢もあるんだぞ」

 

 修が軽く生死の境を彷徨うが、死ぬことは無い。

 それだけは分かっているので心苦しいがなにもしないというのもある……本当はしたくはないんだが。

 

『そんな事は口で言うだけでしないでしょ……オレに協力してくれ』

 

「ほぅ、協力と来たか。多方面から金や人材を掻き集めたのに最終的には一般人に協力要請とは随分と……失礼、今のは聞かなかった事にしてくれ」

 

 ボーダーに色々と言ってやりたい事を普段から溜め込んでいる。

 それをここで晴らすのは大きな間違いだと言葉を飲み込む……といっても言ってしまってるから後戻りは出来ない。

 

『分かってる。ボーダーが色々と手を尽くしたけど、改造されたラッドだけで手を焼いてしまう……だからお前に力を借りたい』

 

「貴方の瞳には何が映る?今まで掻き集めた金は、技術は、人材はどうしました?ボーダーにはメディアに出てないだけで、A級ではないだけで有能な人材が沢山居るはずですよ」

 

『……その人材が動かせないんだ』

 

 第二次大規模侵攻、諸事情でB級のボーダー隊員達はチームで動けるなら動いていいけど個人だとダメだと言われている。

 それが原因で学校が1つに纏まっていないチームが動けない事態が発生し、特に優秀な人材が多いB級上位陣はそれが原因で動けなくなる。A級に至ってはドライブしてたと言うオチまで待っている。いや、ドライブが悪いとは言わないけども。

 

「なんの為の未来視なんて言い出したらキリが無いので次に進めますね」

 

『ああ、これ以上耳の痛い話はごめんだ』

 

「結論から言って、私はボーダーの為に戦う事はしません。怪我をしようが拐われようがそいつ等の自業自得、自分達がやっているのが流血が無いだけの戦争だと言う自覚が無いのが悪い。軍隊っぽい風に見せない様に頑張ってるかもしれませんが、その辺りの事は知ったことじゃない……ああ見えて修も千佳ちゃんもその辺の事は覚悟しています」

 

 覚悟が決まっていないのに戦場に立たせている奴は相手じゃなくてそいつが悪い。私も母さんも修もその辺の覚悟だけは決まっている。

 そいつ等を助けるほど私は義理人情に溢れてはいない。むしろ非情な人間に部類されているぐらいだ。

 

『いや、他の子達はいい……君はメガネくんにだけ集中してくれ』

 

「他の隊員を切り捨てるということですか」

 

『……未来が見えるからってなんでも出来るわけじゃない。オレはオレが思う最善の選択をする……それが犠牲者を出すとしても』

 

「やれやれ実力派エリートも大変ですね」

 

 こういうのがあるから組織に所属するのは無理だと思う。

 私は多少の技量はあれども肝心な時でダメになるヘタレ……いや、ホントに情けない。

 

『上手く見れなかったけど、君もこういう日の為に必殺技を編み出してるのは知ってる……オレ達の為なんて言わない。メガネくん達の為に思う存分に使ってくれ』

 

「ふぅ……分かりました。ただ、幾つか条件があります」

 

『あんがと……それでなにをすればいいんだ?』

 

「私はボーダーの人間じゃない。戦えると言っても生身だから間違えてボーダーの隊員が攻撃してくるかもしれないのである程度の根回しをお願いします。特に修達を助けている間に攻撃されたら困ります……空閑くんにも同じ事は言えますからね」

 

『その件なら大丈夫、メガネくん達の助っ人には京介達が向かう。京介達には事前に助っ人がもう一人居ることは伝えてる』

 

「私とは言ってないのですね」

 

『……君が生身でトリオン兵をぶっ壊せるって言っても誰も信じないから』

 

「まぁ、ベラベラと喋る人は信用ありませんからそれでいいです」

 

 問題は間違えて攻撃されないかということ……一応は烏丸とは面識があるが、木崎さんはない(修やちかのランニングのときに会っている、文章変更必要)。

 小南パイセンは……あるにはあるが完っ全に猫被ってる状態だったから初対面のフリをしてきそうだ……う〜ん、悩みどころだ。

 

「先に言っておきますがトリガー使いが出てきた場合、どう頑張っても1人しか対処することは出来ません。トリガー使いを複数人相手にして足止めしてくれだけは出来ない案件です……出来なくもないですけど、それをすれば私が死ぬ」

 

 泥の王と星の杖は絶対に相手にしたくない。

 泥の王は先攻百歩神拳でどうにかすることが出来るが星の杖は出来ない。切れ味が良い超高速の刃が複数同時に動くとか私にはどうする事も出来ない。流石に彼女の一人も出来ないまま死ぬのはゴメンだ。

 

『1人でいい。コイツだって思った奴にとっておきを使ってくれていい』

 

「そう言ってくれるとありがたいです……では、報酬の方なんですか」

 

『え、金取るの!?』

 

「当たり前でしょう。危険地帯に足を突っ込むのですからそれ相応の見返りが無いとやってられませんよ!」

 

 報酬の話をすると意外そうな顔をするが、もらえる物も無いのにそんな危険な事は早々に出来ない。

 弟の為ならば無償で頑張れなくもないが貰えるならば貰う。下手なサラリーマンよりは貰っているが、それでもお金は持っていて損は無い。日本一周の旅に出る為の資金は潤沢に限る。修はそうすべきだと思った事をして結果的に無償の正義になるが、無償の正義はあまりよろしくないことだ。

 

『メガネくんのお兄さん意外とガメついね……分かった。今回の特別戦功で貰える報酬を全額くれてやるよ』

 

「いくらぐらいですか?」

 

『80万は手堅い』

 

「桁が一つ足らない、最低でも100万じゃないと困ります…80万なら2ヶ月あれば稼げる額です」

 

『君、マジで何処でアルバイトしてるの』

 

「あまり言えないところですよ……嫌なら嫌で構わないんですよ」

 

『分かった。その辺りはオレが上に上手く交渉しておくから100万で頼む』

 

 よし、これで危険地帯へと行く価値が上がった。ぶっちゃけ貰わなくても修の助っ人には行こうとは思っているので、儲けものだ。

 ギャラが振り込まれる事が確定したので軽くガッツポーズを取るのだが、まだ余裕を見せてはいけないし油断もしてはいけない。気を引き締め直して交渉を再開する。

 

「あくまでも私は修の助っ人に出るだけでC級を助けたり避難誘導をするつもりはないです……が、その前に一応は聞いておきます。ボーダー側は万が一警戒区域外にトリオン兵が出た時の避難誘導等の訓練をしているのか?」

 

『痛いところ突いてくるね……戦闘訓練は沢山してるけどその手の訓練は全くしてないよ』

 

「ラッドの一件で向こうは容易く防衛ラインを越えてくるのが分かってるでしょう……戦闘訓練以外にも避難誘導の前と後の対応も訓練しておいた方がいいですよ。こんな街です、色々と想定し準備していて損は無い」

 

 とはいえ、そういうのは警察とか自衛隊とかがする訓練……なんて考えならふざけんなだ。

 街を戦場に変えてしまっているならば、それ相応の事はしておかないといけない……戦闘以外にも目は向けておいた方がいい。

 

「ところで貴方はどうするつもりなんですか?」

 

 私の行動は大体決まってきた。ここで気になるのは迅だ。

 私に厄介事を押し付けて、更に良い未来を掴み取ろうと欲張ろうとしているならそれは本当にやめておいた方がいい。未来の知識があるからって多用してもロクな事にならない。

 

『オレは未来を微調整する……と言っても今回鍵を握るのはオレじゃなくてメガネくんだけど』

 

「全く、うちの弟はとんだ人気者だ」

 

 思えばシュバインさんや社長も修の事は目をつけている。

 やり方さえ変えれば、力を得ればとんでもなく大成すると目をつけていたが……修に力は似合わない。

 

「最終確認です。私は修の助っ人に向かい、貴方は出来うる限りの最善の未来を目指して裏で暗躍をする。この間に発生する責任等は全て貴方が請け負い、受け取る報酬は全額私の物となる……間違いありませんね?」

 

『間違いないよ』

 

「レプリカ、今の発言は記録したか?」

 

『ああ、記録した』

 

 ふむ……大体こんなところか。

 まさか迅から協力してくれるとは思ってもみなかったが、私と言うイレギュラーな存在を野放しにしているのはいけない事なのだろう……あ

 

「1つだけ言っておきたいことがあります」

 

『なんだ?この際だから一気にぶちまけてくれよ』

 

「私はメガネくんのお兄さんではありますが、その前に三雲昴と言う人間です。私と言う存在が良いか悪いかは別として修に影響を与えている事は自覚していますが……あまりそういう風に見るのはやめてください」

 

 迅はさっきから私を修のお兄さんとして見ている。

 確かに私は修の頼れるお兄さんだが、そういう風に見てしまうと修の方になにかと負担が掛かってしまう。それだけは絶対にあってはならない事なので一応は釘を刺しておく。

 

『分かった……じゃあ、改めてよろしく頼む、昴くん』

 

「……了解

 

 迅は理解をしてくれた様だ。

 私は首につけているチョーカー型の変声機をトンっと触れて起動させて池田ボイスで返事をすると迅との通話が終わる。

 

全く、ただの助っ人が大変な仕事になりそうだ

 

 軽い気持ちで引き受けたとは言わないが、それでも責任が通常よりも重大になってしまった。

 こういう感じのは桜に押し付けるもとい任せたりしているのだが……あぁ、なんか胃が痛くなってきた……落ち着け、ただの思い込みだ。

 

『兄殿、此度の敵は強大だ。もしかすれば近界(ネイバーフッド)最大の国がくるかもしれない、くれぐれも怪我だけは無いように』

 

それは無理な相談だ。今回は多少の無理や無茶をしなければ修の助っ人には出られない。あのグラサン、その辺りは深くは言ってないが修に相当な負荷を掛けるつもりだ……全く、対処する身にもなってもらいたい

 

『その割には嬉しそうな気もするが』

 

なに、普段から修に力を貸したいが貸せば最後修が本当の意味で成長しなくなると頭を悩ましていてな、今回はそんな事を一切悩まくてもいい。事態が事態だけに喜ぶべき事ではないが、多少はな

 

 とはいえ、てつこから取り上げられてる物を取り返していないので出来る事には限界がある。

 取り返しておけばギリギリ、星の杖を相手にすることが出来る……ホントにギリギリだがどうにかなる……ギリギリなのでやりたくない。リリエンタールが参戦してなにかの拍子で不思議パワーが発揮してもそれはそれで困る……記者会見を見たらボーダーに飛び込んで来そうだが、知らん。

 

さてと、顔を知られると厄介だし変装をするか

 

 既に世間に顔を晒しているが、やらないよりは幾分かはましだ。あの組織、組織を守るためとはいえ平気で有能な正隊員を切り捨てるから、やることはやっておかないと。私は沖矢昴の姿から赤井秀一の姿へと変装をはじめる。




スキット 派閥

宇佐美(栞)「ボーダーには色々と派閥があるんだ」

昴「大っぱい派かヒンニュー教か尻派か」

宇佐美(栞)「違う違う。ボーダーには近界民(ネイバー)は敵だと全て排除する一番大きな勢力の城戸司令派、近界民の事もそうだけど街の安全が第一な忍田本部長派、近界民(ネイバー)にも良い人が居るから仲良くしようの玉狛支部波、どれにも無関心な好き勝手する無所属の派閥」

昴「栞さんや修が玉狛派、諏訪さんや嵐山さんが忍田さん派、米屋くんや出水くんが城戸司令派、私や黒江さんが無所属と色々となっていますね」

宇佐美(栞)「昴くんが玉狛派じゃないのが意外」

昴「私は無駄な争いが嫌いな事なかれ主義なところがあるから自由奔放なんですよ。躊躇いなく修は味方になりますがね」

宇佐美(栞)「ボーダーには派閥以外にも色々と繋がりがあるんだよ。出水くん、陽介、緑川くんの3バカトリオ、小佐野、私、三上ちゃんの女子高生オペレーター組、二宮さん三輪くんの東さんと師弟関係にある人、堤さん、太刀川さん加古炒飯被害者の会、レイジさん、風間さん、諏訪さん、雷蔵さんの21歳組、東さん、冬島さん麻雀組、小南と嵐山さんの従兄弟関係とか色々なところで色々な点と点が繋がって強固な組織になってるんだ」

昴「一部おかしなのがありますが……因みに特撮好きの勢力ってありますか?」

宇佐美(栞)「無いよ。派閥とは別の勢力の中でも一大勢力はボーダーメガネの会。修くん、里見くん、弓場さん、古寺くん、染井ちゃん、ろっくん、他にも多くのメガネが在籍してる……3つのボーダーの派閥の垣根を超えた勢力で林藤支部長が副会長、私が会長で昴くんもメガネの会の一員だよ」

昴「先生、私ボーダーに入ってすらいません!」

宇佐美(栞)「敵は生駒さん率いるゴーグル部隊……メガネ会は近距離戦が苦手な人が多いからランクと社会的地位では勝っていても侮れないよ」

昴「聞いてます?……因みにボーダーの兄の会的なのはあるんですか?」

宇佐美(栞)「昔はあったんだけど嵐山さんの推しが強すぎるせいで柿崎さんが過労で倒れかかって」

昴「ザキさん!嵐山さん!!」

宇佐美(栞)「最終的に誰の弟や妹が一番なのかを血で血を洗う戦いに……因みに私は妹の文を推しました」

昴「ふぅ……修が1番に決まってるでしょう!」


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31話

「……」

 

「修くん、大丈夫?」

 

「ああ、うん」

 

 三門第3中学の昼休み。屋上でお昼を頂いている修、千佳、遊真+この前狙撃手志望で入隊した夏目。

 もうすぐ大規模な侵攻がある事がそれとなーく上から伝わっている事が話題に出たのだが修は上の空だった。

 

「全然大丈夫じゃないな……オサム、悩みがあるなら聞くぞ」

 

「私達で聞ける事ならなんでも聞くよ」

 

「……兄さんが今日、学校をサボったんだ」

 

 修が上の空の理由は兄である昴が学校をサボったことだ。前回、ラッドを見つけた時も学校をサボっていた。

 何処から情報を収集してくるかは謎だが兄は裏で暗躍をしていた。今回もまたなにか暗躍をしているんじゃないかと、丁度大規模な侵攻があると言われている。

 

「メガネ先輩のお兄さんって言うとあん時、ボーダーの木虎さんに色々と言ってた人っすか……学生だったんですね」

 

 昴の容姿が沖矢昴の為に如何せん学生だとは思っていなかった夏目。それは触れたらダメな事だと千佳に注意をされる。

 

「オサムのお兄さんが学校をサボってたのがそんなに気になるのか」

 

「前のラッドの時、兄さんが裏で色々とやってて学校をサボっていたからな」

 

 前科ありの為に疑ってしまう。

 実のところ遊真はレプリカを経由して裏で迅が昴を助っ人として雇っている事を知っている。一応は一般人に協力要請をしているのでボーダー的には大問題な為に言い触らすなとは釘を刺されている。

 

「大丈夫だろ、オサムのお兄さん滅茶苦茶強いし」

 

 なにも言わないが、修を安心させる言葉を掛ける。

 昴はトリガーを用いずにトリオン兵をぶっ倒し、生身でコンクリートを破壊すると言う常識外れの強さを持っている。故に変な心配をすることはせずに大丈夫の一言で片付ける。

 

「メガネ先輩のお兄さん、そんなにスゴイんすか?」

 

「建物の柱とか瓦礫を素手でぶっ壊すことが出来ます」

 

「マジすか!?……他にもいたんだ」

 

「他にも?」

 

「家、空手の道場をやってるんすけど週に一回とんでもなく強い人が修行に来るんすよ。指でレンガに穴を開けたりとか出来て、滅茶苦茶スゴくて……他にも出来る人、いたんだ」

 

「こっち……この世界は広いですから色々な人がいますなぁ」

 

 危うくこっちの世界は狭いからと言いかけるが上手く誤魔化す遊真。

 実は夏目の言っているとんでもなく強い人とは日野家のカンフーガールもとい日野てつこで世界って案外狭いものである。レンガに指で穴を開けれる人間が早々に居てはいけない。

 

「ん……!」

 

『門発生!門発生!大規模な門の発生が確認されました!警戒区域付近の皆様は直ちに避難してください!繰り返します、大規模な━━』

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 そう思った瞬間、ボーダー本部付近からコレでもかと門が開くのが見え、学校から警報音が鳴り響く。

 

「まさか……いや、そうか。だから兄さんはサボったのか」

 

 一週間以内には起きると言われていた大規模な侵攻が起きてしまった。

 昴は事前にこの事を予測していたのだと修は気付く。流石兄、さすおにだと頷きつつも弁当箱を直して教室に向かって走る。

 

「先生!」

 

「三雲くん、コレは」

 

「落ち着いてください。何時もの避難訓練通りに地下のシェルターに向かって移動してください!」

 

 何時かはこうなる事を分かっていたので迅速に対応をする。

 一般人はともかく警戒区域のラインから遠ざかって避難するのを優先事項だと伝えて急いで靴を履き替え、校門前に出る。

 

「千佳と夏目さんは一般市民の避難を頼む」

 

「うん」

 

「了解っす」

 

「空閑は僕と一緒にトリオン兵を」

 

「ああ、そうこなくっちゃ」

 

 C級は戦闘には参加せずに一般市民の避難を優先的に行えと上から命じられている。

 それは修も重々承知だが遊真には一般市民の避難よりもトリオン兵の討伐をさせた方が良いと判断しており、力を借りる。

 

「そうだ、兄さんにも!」

 

 ここで忘れてはいけないのは兄である昴の存在だ。

 3人がトリガーを起動する中で、修は携帯電話を取り出して昴へと連絡をする。

 

修、大変なことになってしまったみたいだな……私にどう動いてほしい?

 

 こうなる事を知っていた昴は電話に出た途端に質問を投げかける。

 修の思うがままに命じて動くことが出来る強力な駒、修はどう答えるべきかを考える。自分と一緒に戦ってくれ?既に隣に頼れる相棒がいるのでこれ以上は戦力過多だ。それに兄はボーダーの隊員ではない、下手に警戒区域に足を運べば敵に間違われる可能性だってある。

 千佳達と一緒に避難誘導をしてくれと言ってもそれでは駒の無駄遣いだ。

 

お前の側に空閑くんが居るならば、私は千佳ちゃんの側に居よう

 

 どうすべきか悩んでいると昴が代わりに答えを出した。

 

「……それでお願い」

 

 これと言った指示が今は浮かばないのでそれにする。

 

とはいえ、私一人ではやれる事には限界がある。こっちがピンチだと思ったら直ぐに来てほしい……出来るか?

 

「うん、任せて」

 

いい返事だ

 

 男子三日会わざれば刮目して見よと言うが修の成長は目まぐるしいものだった。

 修の少ない言葉から覚悟を感じ取った昴は少しだけ修の成長を喜んだが直ぐに気を引き締め直す。

 

「トリガー、起動(オン)!」

 

 遅れながらも修はトリガーを起動する。

 目指すは警戒区域に現れたトリオン兵達……どれだけの数が居るかは分からないが、やれるだけのことはやってみせる。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

『諏訪隊、現着した!近界民を排除する!』

 

『鈴鳴第一、現着!戦闘開始!』

 

『東隊、現着。これより攻撃を開始する』

 

 場所は移り変わりボーダー本部の管制室。

 忍田本部長がこの日がシフトで防衛任務だった部隊から現場に到着した事の報告を受ける。

 

「嵐山隊、風間隊、柿崎隊、茶野隊、荒船隊、香取隊もトリオン兵を倒しつつポイントに向かっています」

 

 本部長補佐の沢村は他の部隊も着実に集まっている事を報告をする。

 

「現在、集まっていない部隊は?」

 

「加古隊、二宮隊、生駒隊、影浦隊、王子隊、弓場隊、那須隊……主にB級のチームです。三輪隊は間もなく合流します」

 

「そうか……」

 

 動ける部隊と動けない部隊を聞いて頭の中を整理する忍田本部長。

 敵は何処かわかっておらず今までの比ではない程にトリオン兵を投入している。四方八方から出てきているトリオン兵をどうやって警戒区域から出さないか、その為には先ずは動ける駒と動けない駒を熟知しておかなければならない。

 今のところは現着した部隊が順調にトリオン兵を倒して行っているが、この程度で現在のボーダーの牙城を崩せるとは向こうも思っていない。前回のラッドでこちらの手の内はある程度は知られている。

 

『もしも〜し、忍田さん』

 

「迅、ちょうどよかった」

 

 色々な部隊が揃っている中でもまだ人は足りない。

 西と北西が手薄となっていてこのままだと防衛ラインを突破されると次の指示を出そうとしたらその前に迅から連絡が来た。

 

「迅、今すぐ西側のエリアに向かってくれ」

 

『防衛ラインの話も良いんですけど、ちょっとオレの話も聞いてくれませんか?』

 

「なんだ?」

 

『……どう頑張っても防衛ラインは突破されます』

 

「っ!」

 

 今現在、ボーダーは必死になって警戒区域の外にトリオン兵が出ない様に必死になっている。

 警戒区域の、防衛ラインの外には戦うことが出来ない一般市民が今現在死ぬかもと怯えつつもC級誘導の元で避難をしている。

 

『今回はトリガー使いも出てきます……そいつ等の対処やまだ出てきてないトリオン兵を相手にしてたら今の戦力じゃどうあがいても突破されます』

 

「突破されるって迅くん、どうにかならないのかね!?」

 

 警戒区域の絶対防衛ラインから出ないのを条件に三門市を使わせてもらっている立場であるボーダー。

 どの派閥も無関係な一般市民を怪我させてはいけないと認識している。防衛ラインを越えてしまった場合の一般市民への被害から生まれるボーダーへの批判を根付室長は恐れる。

 

『無理です……コレばっかりはどう頑張っても無理です』

 

「そうか……それで」

 

 無理ならば無理と受け入れる城戸司令。

 後始末や処理はボーダーの頼れる手練れがどうにかするとして、迅の目的を尋ねる。

 

『恐らくと言うか十中八九、人型が出てきます……どんなトリガーを使うかは分かりませんがそれだけは確定だと思います』

 

 迅の予知のサイドエフェクトは目の前にいる人間にしか発揮されない。

 顔を見たこともない今回の敵にはまだなんの力も発揮していない。だがそれでも断片的に見える未来の中から今回の相手が物凄いトリオン兵でなく、トリガーを使ってくる人型だと断言することは出来る。

 

「その人型が何処に出るのかとっとと教えんか!」

 

『まだ未来が確定していないんで言えないです……ただ、人型の足止めをするのに最適な人を呼ぶことは出来ます』

 

「最適な人?」

 

 ボーダーには選りすぐりの精鋭であるA級隊員がいる。

 その中で個人としても上位に君臨する隊員が多数居るが、現在交戦中だったり本部待機だったりしていて何時でも好きな現場に駆け付ける事が出来るフリーの状態の隊員は居ない筈だと忍田本部長は疑問に思う。

 

『メガネくんのお兄さん、じゃなかった。昴くんを助っ人に呼べます』

 

「なに!?」

 

 迅の口から出たのがボーダーの隊員でもなんでもない人物、昴だった。

 一応は報告書で昴が生身で三輪達をぶっ倒した事は報告を受けて知ってはいたものの、助っ人として呼んでくるとは思いもしなかった。

 

「迅、お前はなんて事を……確かに彼は戦えるかもしれないが一般人だ」

 

 強力な助っ人かもしれないが、昴が一般人であることには変わりはない。呼んだことについて呆れてしまう。

 

『そうは言いますけど、オレがこうして忍田さん達と繋げなくても向こうは勝手に表に出てきますからね』

 

 むしろこうして繋げた事に感謝をしてほしい迅。

 ボーダーが出るなと言っても勝手に出てきてしまうのは残念ながらどうする事も出来ない。

 

「コレも今までしていた暗躍の1つか」

 

『いや、ちゃんと協力し合おうと言ったのは今朝だよ』

 

「今朝とは随分とまた急ですね」

 

『昴くんもこういう日が来た時の為に色々と備えてるからオレが出れば邪魔してしまう可能性があったからね……で、間違えて攻撃しない様に通達をしてほしいんだ』

 

 城戸司令がこれもまた迅のと考えるが深読みのしすぎである。

 昴は迅がどうこうしようとしても出来ない相手であり、迅は上層部と昴を繋ぐ架け橋となろうとしているだけである。

 

「三雲昴がどの様な事を出来るという」

 

『本人曰くトリガー使い1人ならどうにかこうにか対処する事は出来るそうです……遠征には大勢の人は連れて行く事は出来ません。相手の素性も分からないですし、どんな相手であれ1人を確実に封じ込める彼の力はこの戦いで役立ちます。それに下がれって言っても向こうは絶対に下がりませんし、どうかお願いします』

 

 民間人の力なんて借りないと強く突っ撥ねずに、どの様な事が可能なのかを城戸司令は尋ねる。

 人手の足らない大規模な侵攻で、相手には未知のトリガー使いが来るとなれば使えるならば使うしかない。

 

「彼と、三雲昴と通信を取ることは可能か?」

 

『ええ……レプリカ先生、どうぞ』

 

どうやら私の事をお呼びの様ですね

 

「……君が三雲昴か」

 

三雲修の兄の三雲昴である事には間違いない

 

 三雲家に謝罪に来た時にはアルバイトに行っていた為に不在で通信越しだが声での対話はコレで初となる城戸司令と昴。

 昴はチョーカー型の変声機を用いて池田ボイスを使っているのでなんとも言えない緊張感が管制室を包む。

 

先に言っておくが私は修達の助っ人にしか行くつもりは無い

 

「なんだと!貴様、それはボーダーと共闘が出来ないということか」

 

何処ぞのバカが修や千佳ちゃんをあえて危険な目に遭わせる事でボーダーの勝率を高めようとしている……組織と個人を選ばなければならず、そいつが組織を選んだのならば私は個人を選んだ。ただそれだけの話だ

 

 あくまでも昴は修達の助っ人として協力はするが、それ以外はするつもりはない。

 その辺の線引はしっかりとしておく。変なところで期待されたり頼られたりしてはたまったものじゃない。

 

「何処ぞのバカ、か」

 

 昴の言う何処ぞのバカを頭に思い浮かべる城戸司令。

 言うまでもない事だがその何処ぞのバカとは迅の事であり、コレから修達を使って被害を最小限に抑えようとしている。

 B級成り立ての修とトリオン以外はまだまだ未熟な千佳を囮に使うことは危険な事でしかない……しかしそれが最善な策でもある。

 

「君はトリガー使いに対してどう動く?」

 

 ここで判断するのは難しいところ。城戸司令は昴にどうやって人型に対処するかを尋ねる。

 

物理的に封じ込める……1回しか出来ないですけど、それ用に特訓はしてきてね

 

「曖昧な言い方だな」

 

口で説明するよりも直接見てくれた方が早い……トリオン兵やトリガー使いを生身でぶっ飛ばしたなんて報告書で見るよりも直接見た方が分かるだろう

 

 なにをするのか具体的な方法は言わない。

 言ってしまうのは簡単だが、それを言ってしまえば城戸司令に情報のアドバンテージが行き、もしかしたら介入するなと言ってくる可能性がある。昴はそれを踏まえた上で見れば分かるという。

 

「……分かった。君の参戦を認めよう」

 

認めよう、か

 

 戦争の主導権はボーダー側が握っている。故に認可した。

 

「だが、君がそこで怪我をしようが死のうが我々は一切の責任を取らない」

 

貴方達が今から取らないといけない責任は多くの犠牲者や被害者が出ること、私に構っている場合じゃない

 

 昴が戦場に出るのは昴の勝手、だから怪我をしても責任は取らない。その一線を事前に敷いておく事で万が一が起きた場合でも責任から逃れることは出来る。昴としても戦場でああだこうだ言ってこられても困るしなによりも今回は一般人とボーダー、共に被害者が出てしまう事を知っている。それをどうにかするのは実質不可能な事も。

 

私は私で動いておく。情報が知りたければレプリカから聞いてください……現在南西辺りに向かっている。以上

 

「全く、次から次へと問題が……あのメガネは騒ぎを起こさんと気が済まんのか!!」

 

 一方的に通信を切った昴と、騒動の直ぐ側にいる修にキレる鬼怒田室長。

 

「しかし、まずいですね……万が一なにかあった時、ボーダーに責任追及されます」

 

「……その時はまだ来ていない。今は──」

 

「ボーダー本部上空に大型のトリオン兵接近……コレは、以前のイレギュラー門から出てきた爆撃──」

 

「ぬぅお!?」

 

 昴の事も気になるが、昴だけを気にしてはいけない。

 爆撃型トリオン兵ことイルガーがボーダー本部目掛けて自爆モード状態で突撃をしてきた。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

「モールモッドでは手に負えませんね」

 

 場所は更に移り変わり、次元の向こう。今回攻めてきた国こと近界(ネイバーフッド)の中でも1,2を争うほどの大国、神の国と呼ばれるアフトクラトルの遠征艇。

 トリオン兵を経由し、三門市の映像を送り込んでいるのだが現在、尖兵として送り込んだトリオン兵がバッサバッサと倒されていっている。

 

「全く、玄界(ミデン)の進歩も目覚ましいものだな」

 

 この光景を見て笑う角が生えた男性、ランバネイン。

 面白そうなのか、特にイルガーを真っ二つにした男(太刀川)は中々の腕だと称賛をする。

 

「けっ、たかがモールモッド如きがなんだってんだ」

 

 黒い角が生えた男、エネドラはつまらなそうにする。

 この程度の事ならばアフトクラトルでも出来る。称賛するところなんてどこにもない。

 

「しかし雛鳥達が見当たりません」

 

 カメラから送られてくる映像に目的が映っていない事を言う角付きの若い男、ヒュース。

 今回の目当てが見当たらない。今回の侵攻は今までとは比べ物にならない規模でのもので、目的を果たす事がこのままでは出来ない。

 今回の侵攻のリーダー格とも言うべき黒い角の男、ハイレインに視線を向ける。

 

「雛鳥達がこの場にいないとなると玄界(ミデン)のトリガー使い達の基地だが……ミラ、トリオン反応はどうだ?」

 

「この基地からそれなりに離れたところに多数のトリオン反応があります……恐らく戦えない人間を避難させてるかと」

 

 唯一の女性で同じく黒い角付きの女性はモニターに映る映像をレーダーに切り替える。

 本部を中心とし、近くの場所にはトリガー使いがいるが目当ての雛鳥達はおらずレーダーを広範囲に広げると外に反応がある。

 

「玄界の兵も大体分かってきた……次の段階に移行する」

 

 アフトクラトルは手を緩めない。

 トリガー使い捕獲用のトリオン兵、ラービットを出撃させる。




クロスローダーやDアーク等の歴代の機能が搭載されたデジヴァイスを転生特典として貰って、トリオン兵(デジモン)が物凄く暴れ回る話、デッカーグレイモンとかブラックウォーグレイモンとか中二心を擽るんだけど書ききる自信無い……


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32話

 ボーダーがトリオン兵、モールモッドを相手に善戦していたが戦況は一転した。トリガー使いを捕まえる為の捕獲用のトリオン兵、ラービットが前線へと出た。対トリガー使いを想定して作られたトリオン兵だけあり、B級の諏訪は捕らえられてしまい東隊の東のアイビスをいとも容易く弾いた。

 ラービットの参戦により徐々に押されていくボーダー。警戒が終わっていない地域に増援を送りたいが何処もいっぱいいっぱいで動くに動けない状況。

 ラービットが出てきたのでC級の訓練用のトリガーを使っている場合じゃないと遊真は自身の黒トリガーを起動するのだが、その見た目が故に人型近界民と間違われてしまい茶野隊に狙われるのだが嵐山隊がフォローに入ることで騒動が収まった。

 

「私が彼についていきます」

 

 避難が進んでいるが警戒区域外のところにこのままだとトリオン兵が出そうになっている頃。

 修は遊真と共に千佳のいる南西地区に向かいたいことを上に伝えるのだが城戸司令がそれを却下した。また遊真が近界民だと間違われる可能性や、使える戦力を無駄な行動をさせない為だと理由を述べた。

 言っていることには間違いはないのだがこのまま1人で行って増援になるのかと修は不安を抱いていると木虎が会話に入ってきた。

 

「彼と私が増援に向かいます……よろしいでしょうか?」

 

「木虎!」

 

「勘違いしないで。貴方がいようがいまいが私は増援に向かっていたわ」

 

 ついてきてくれる事を嬉しそうにする修にツンデレを発揮する木虎。

 微妙に嘘をついていることが遊真のサイドエフェクトでバレバレなのだが、今は言うべきことでないと流している。

 

『いいだろう。三雲隊員と木虎隊員の増援を認めよう……』

 

 なにか言ってくると思いきやすんなりと受け入れる城戸司令。

 一先ずは許可が降りた事をホッとするがまだまだ危険な状態は続いており、遊真に目を向ける。

 

「悪い。おれがB級だったら良かったんだけどな」

 

 B級になっていれば正隊員用のトリガーを使うことが出来て修の応援が出来たが出来ない事を遊真は謝る。

 

「こっちは大丈夫だ……負けるんじゃないぞ」

 

「オサムの方こそ……って言いたいけど、そっちは大丈夫そうだな」

 

「当然よ、私がいるんだから」

 

「いや、そっちじゃない」

 

「そっち……そうか」

 

 ドヤ顔の木虎を否定する遊真。修はなんの事だと一瞬考えるがすぐになにを言ってるか理解する。

 修にとっての一番の助っ人が千佳の方へと向かっていっている。連絡がレプリカを経由して一行に来ていないのはまだ到着していないからだろう。

 

「私以外に誰かが向かっているの?」

 

「ま、それは見てからのお楽しみと言うことで……」

 

「行くぞ、木虎」

 

「ちょっとなんで貴方が先導なのよ」

 

 こういうのは自分がやるものだと走る修を追い越し、付かず離れずの程よい距離で住居を飛び交い一直線に避難の進んでいる区域に向かう。

 

「あの話だと誰かが増援に来てくれるそうだけど、誰なの」

 

「それは……」

 

『助っ人に関してはまた後の事にしよう』

 

 昴の事を言うべきか言わないかと悩んでいるとニュイっと出てくるちびレプリカ。

 

『はじめまして、私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「空閑くん関連……」

 

『助っ人に関してはこの後に会う。それよりも今は敵の目的についてだ』

 

 現在、地球に侵攻中の近界民。

 多数のトリオン兵を送り込み、時にはトリガー使いを捕らえ、時には本部を爆撃しようとした。

 しかし、未だに尻尾を……なにが目的なのかが見えない。その辺りをハッキリとさせておかなければ今後の戦況に影響を及ぼす。

 

『ラービットに使われるトリオンは並のトリオン兵、モールモッドや先程、本部を襲撃したイルガーよりも遥かに多い。ラービットを解析したがかなりの量だった。一体だけでもかなりのトリオンが必要なラービットが何体も出てくる。他にも多数のトリオン兵がいるのをみて、かなりのコストがかかっている。まだ確信を得られたわけではないが、これだけのトリオン兵を送れる国は1つしか無いのだが……それでもこれだけのトリオン兵を防衛にでなく、侵攻で使うとなると本国が手薄になる。本国を手薄にするほどの戦力を分散し、各部隊を分散した』

 

「分散された隊員を新型のトリオン兵が捕獲するのは分かっているわ」

 

『ああ、その通りだ。しかしラービットは決して倒せないトリオン兵ではない。現にカザマ隊が討伐に成功している……このままでは採算性が取れない』

 

 対トリガー使い用のトリオン兵であるラービット。

 1体だけでも莫大なトリオンを使用している。かなりの強さを持ってはいるが倒されてしまった。このままだとラービットがボーダー隊員に殲滅されるのは時間の問題で何人か攫う事が出来る……かもしれない程度のレベルだ。

 明らかに使用しているコストと生み出される利益が割に合わない。戦争なんて百害あって一利なしみたいなとこもあるが、それでも合わない。

 

『敵の国には真の狙いが存在する筈だ』

 

「真の狙い……」

 

「レプリカから見て相手の狙いは分からないのか?」

 

『こればかりは幾分かの経験を積んだ我々でも難しいところだ……何かがあるとしか分からない』

 

 確実に裏がある、それだけは頭の隅に入れておいてほしい。

 レプリカがそう告げる頃には避難が進んだ区域に入るのだがそこで厄介な知らせが届く。

 

「この区域にトリオン兵が侵入したわ」

 

「っ!」

 

 既に避難が進んでいる区域故に民間人への被害はなんとか出ないものの、そこには戦えない訓練生が多くいる。

 戦闘を目的としたトリオン兵が相手ならば幾ら優秀でも相手にならない可能性があると修は焦りながらも黒煙が出ているところを発見し向かっていく。

 

「スラスター、起動(オン)

 

 最初に目についたのは新型のトリオン兵だ。

 周りにはC級の訓練生がいるので早急に倒さなければならないとレイガストを構えて突撃する。

 

「っ!」

 

「装甲が相当硬いわね」

 

『気をつけろ、キトラ、オサム。ラービットの装甲はトリオン兵の中でも群を抜いている』

 

「嵐山隊だ!嵐山隊の木虎だ!」

 

「メガネ先輩!」

 

 切りかかった刃はアッサリと弾かれる。

 レプリカはラービットについて説明をすると周りが増援がやって来た、あの嵐山隊の木虎とこの前緑川といい勝負をしていたメガネだと喜ぶ。

 だが、喜ぶのも束の間ラービットはこちらを向いてきた。逃げようとするC級だったが振り向けばモールモッドがそこにいた。

 

「三雲くん、モールモッドは貴方に任せたわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

「本部、こちら木虎。新型と交戦します」

 

 木虎が新型ことラービットを修はモールモッドを相手にする。

 修はレイガストを構えてゴクリと息を飲み込む。少し前まで訓練生だった修はこのモールモッドを相手にやられている。あれから色々とあり、修はB級の正隊員となった。

 トリオン兵は言い方を極端にすればロボットである。動物的な動きをしている様に見えても実は機械的にプログラミングされた動きをしている。以前、戦った風間よりも緑川よりも正確に動く……故に大きな隙がある。

 昴から教わったのは防御のイロハだ。攻撃をしてくる相手に対して防御的なトリガーであるレイガストでの防御は既に1人前だが、それ以外はまだまだで防御からの攻めのイメージを持っていないから。

 修の所属する玉狛支部では仮想敵を作り出す機械があり、修はこの数週間ずっと鍛え続けていた。

 

「うぉおお!」

 

 レイガストで防御しつつ、モールモッドの隙を見つけて攻め込む。

 スラスターを起動せずに修は飛び上がり、モールモッドの弱点である目をバッサリと切り裂いた。

 

『見事だ、オサム』

 

 以前よりも遥かに強くなっていることをレプリカは関心した。

 

「木虎の応援にいかないと!」

 

 修には余裕も時間もない。

 完全にモールモッドが倒せたのを確認すると木虎の応援に向かう。

 

「木虎──!」

 

 木虎の応援に駆けつけたが修の心配は無用に終わった。

 

「あ、メガネ先輩」

 

 十字路の中心にラービットを押し出し、周りにスパイダーのワイヤーを展開。

 一発、拳銃(ハンドガン)のアステロイドを撃っては移動のヒットアンドアウェイの戦法を取っており、新型を圧倒していた。

 

「な、なんだ脅かせやがって……」

 

「新型も大した事無いっすね」

 

「いや、それは……」

 

 新型はB級の隊員を簡単に倒す強さを持っている。C級の訓練生達はラービットはそんなに強くないというがそんなわけない。

 曲がりなりにもA級部隊のエースを務める木虎は並大抵の実力者でなくエリートに相応しい実力を持っている。

 

「ダメだ、早く避難するんだ」

 

「でももうすぐ決着着きそうじゃないっすか。まだ完全に避難も終わってないし」

 

「確かにそうだけど、まだ決着はついていない。相手は未知の新型なんだ」

 

 万が一が起き得ないとは言えない。

 木虎はラービットを相手に無双しているが何時形勢が逆転するか分からない。

 

「思ったより硬いわね」

 

 遊真の助けが無ければ街を爆破してしまうイレギュラー門の一件を反省した。

 昴にほぼ貰い事故で邪魔者扱いされて強制的に緊急脱出(ベイルアウト)させられたがそれでも天狗になっている部分は少しだけ丸くなった。

 木虎はラービット相手に優勢になっているが油断はしない。拳銃でのアステロイドがそんなに効いていないのを冷静に確認をする。

 

「あの時みたいな事はもうしない……私はA級よ」

 

 威張るだけの事はある木虎、攻め込もうとしたその時だった。

 ラービットは足元から空気をジェットの如く噴出して、空を飛んだ

 

「空中を取られた!」

 

 スパイダーを用いた立体的な3Dの動きをしている木虎。

 上空を奪われたとなればスパイダーでの高速での戦闘の穴を突かれると焦るのだがラービットは無情にも口から光線を放ち……全く無関係な市街地を狙う。

 

「無差別攻撃!?」

 

「まずいっすよ、避難は終わってないっすよ」

 

 あくまでも避難が進んでいる区域であり完全に終わった区域ではない。

 避難が終わっていないところもあり、撃たれたところには運悪く一般市民がいた。

 

「お前の相手はこっちよ!」

 

「っ、ダメだ木虎!」

 

 このままだと避難できていない一般市民に被害が及ぶ。

 木虎はラービットに向かって突撃をするのだが、それは明らかな罠だと修は待ったをかけるがもう遅い。

 

「しまっ!」

 

 突撃してきた木虎に振り向いたラービット。

 木虎は右足を掴まれて棍棒の如く振り回されて地面に叩きつけられる。

 

「っ……」

 

 ラービットに振り回され走馬灯の様なものを木虎は見る。

 A級隊員だと威張っているのに、ここ最近は良いところが無い。A級は精鋭部隊でそれに相応しい力を自分は持っている筈だ

 

「私は、私はA級よ!」

 

 こんなところで負けるわけにはいかない。

 木虎はスパイダーを近くの電柱に撃ち込むと右手にスコーピオンを形成し、掴まれている右足を切り裂く。

 

「遅い!」

 

 スパイダーのリールに引かれて前進すると同時に右足スコーピオンでラービットの急所を狙う木虎。

 これにはラービットも即座に反応する事は出来ず、目玉を貫かれる。

 

「すっご……やっつけた」

 

 ラービットがやられたので一先ずの危機は去ったと夏目は木虎の事を呟く。

 

「浮かれている場合じゃないわ。引き続き避難を──っ!」

 

 避難を続行させる、そう言おうとしたその時だった。

 木虎の倒したラービットの中からカサカサと音がする。何事かと振り向くと前回のイレギュラー門の原因であるラッドがいた。

 ラッドは前回と同様に門を開く機能が搭載されており門が開くと3体の色が異なるラービットが出現する。

 

「ずっる、出したい放題じゃん」

 

「逃げなさい、早く!」

 

 今、分かった。レプリカが言っていた今回の敵の目的を

 

「C級隊員が目的よ!」

 

 今回の敵の目的はC級隊員達。

 前回のラッドで訓練生用のトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)機能が搭載されていない事がバレてしまった。

 各地にモールモッド等の雑魚トリオン兵をばら撒いて戦力を分散させて、ラービットを倒せないC級を捕らえる。それが今回の狙いであり、ハイレイン達の言っていた雛鳥とはC級の事である。

 

「……こいつ!」

 

 一体でも多く倒さなければならない。

 失った足をスコーピオンで補強をした木虎は突撃するのだが、1体のラービットの右腕が波を打つように揺れ動くと体にブレードが貫通する。

 先程のラービットとは異なる個体で、さっきは持っていなかった未知の能力をバシバシと使い、木虎を倒しに行く。

 

「三雲くん、本部に連絡をっ」

 

 ガッシリと体をラービットに掴まれる木虎の意識は徐々に徐々に薄れていく。

 これはどうする事も出来ないと木虎は修にこの事を上に伝える事を指示し、最後の力を振り絞る。

 

「ベイルアウッ……」

 

 自力で緊急脱出(ベイルアウト)しようとするがその前に木虎の体が変貌する。

 正方形の立方体、トリオンキューブに変わりラービットの体内に取り込まれる。

 

「クソッ、っ!」

 

「メガネ先輩!」

 

 このままだとラービットにC級隊員達は攫われる。

 そう感じた修はラービット目掛けて突撃するのだがラービットは修を殴り飛ばした。

 

「大丈夫だ」

 

「B級もA級もやられた!!」

 

 大丈夫とは言うものの、片手間でぶっ飛ばされた修。

 それを見ていたC級はどう思うか?実力のあるA級もB級もやられてしまったとなる。先程まで優勢だった事なんて無かったかの様にC級隊員達は逃げ惑う。そして自分の事を心配してくれる夏目に無事を言う修だったが厄介なものが目に映る。

 トリオン兵は基本的にトリオンを多く持った者を狙うようにプログラミングされており、この中で誰が1番優れたトリオン能力を持っているのか、それは言うまでもなく玉狛のトリオン怪獣(モンスター)、雨取千佳だ。

 

「千佳、逃げろ」

 

「あぁ……ああっ……」

 

 今日までに近界民(ネイバー)に対抗する為の訓練を積んでいた千佳だが実戦経験は無い。

 目の前で木虎と修がやられてしまった光景を見て怯えてしまい、周りが逃げ惑う中で棒立ちしている。修は逃げろとは言うが今の千佳に言葉は届かない。

 

「このっ、チカ子に手を出すんじゃない!」

 

 威力重視の狙撃銃、アイビスを夏目は構える。

 この距離ならば狙撃の腕もなにも関係無いとアイビスの弾はラービットに向かっていくのだがアッサリと弾かれる。それどころか距離を詰め寄られる。

 

「逃げろ、千佳」

 

「チカ子、逃げて!」

 

「あぁ……出穂ちゃん……」

 

 頭の中がパニック状態になる中で千佳は戦闘員になった経緯を思い出す。

 とんでもないトリオンを持っているから絶対に戦闘員になった方がいいと遊真に勧められた。自分でも戦いたいと思っていた……守られてばかりじゃ嫌だ、今度は自分が戦うのだと

 

「(千佳ちゃん、大丈夫ですよ。と言うかストップ)」

 

「!」

 

「ぬぅああああ!!」

 

 落ちているアイビスを拾おうとしたその時だった。この場にはいない筈の昴の声が直接脳内に響いた。

 それと同時にパカッとラービットの胴体が開くとウニョウニョと夏目のトリオン体は変貌していき、取り込まれる、その時だった。

 ラービットの真横から千佳のアイビスを彷彿とさせる光線が飛んできて、ラービットを一瞬にして消し飛ばす。

 

「ナイス、チカ子ってあれ?」

 

 チカがアイビスをぶっ放して自分を助けてくれたと勘違いをする出穂。

 千佳が居る方向と光線が放たれた方向が違うことに直ぐに気付く。

 

「今のは……」

 

 修は知っている。今飛んできたのがなんなのか。

 

そう、三雲昴の最終兵器(リーサル・ウェポン)、百歩先の敵を触れずに吹き飛ばすと言う必殺技、百歩神拳だ

 

「兄さん!」

 

 修の兄の十八番であり必殺技、百歩神拳。それがラービットを包み混んだ光線の正体だ。

 

「メガネ先輩のお兄さん……あれ、なんか前見た時と違うっすけど」

 

「(こういう感じの場なので少々顔を変えてきました)」

 

「ああ、そういうことって、直接頭に声が」

 

「(ボーダーでも念話で通話することが出来ますよね。アレと同じですよ)」

 

「あ、分かりました」

 

 意外と状況の飲み込みが早い出穂。

 いちいち説明をしなくてもいいのでこれはありがたいとアイビスを握っている千佳の元に向かう。

 

すまない。ちょっと色々と手間取ってな……ここからは麟児さんに変わって私が守ろう

 

「……嫌です」

 

「なっ!?チカ子、なに言ってんの!」

 

「私はもう守られるだけは逃げるだけは嫌なんです!!修くんや出穂ちゃん達と戦います」

 

 今のままだとダメだ。このままじっとしていられない。そう思ったからボーダーに入った。

 今の昴は何時もの様に自分を守るべく、ここにはいない自分の兄の代わりをしようとしている。それだとなんの為にボーダーに入ったのか分からなくなる。

 

修と言い君といい気付かない内に成長を、っとこれでは失礼……千佳ちゃん、見誤るな

 

 千佳の成長に昴は感心するが直ぐに真剣な顔になる。千佳は大事な事を見誤っている。

 

君は確かに力を持っているが戦わなければならない義務はどこにもない。そして君が限界を超えて頑張らなければならないのはここじゃない

 

 千佳がボーダーに入った一番の理由は拐われた友達と居なくなった兄を探すため。

 今回の戦いとは無関係に近い。千佳が乗り越えなければならないのが2月に行われるランク戦だ。そこで1位か2位になってA級隊員を目指す。その為の障害は自力で超えてもらわなければならないが今は違う。

 

……ここからは私のターンだ



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33話

 ベストタイミング……と言えば聞こえはいいが、ギリギリのところで間に合った。

 最終兵器(リーサル・ウェポン)とか言いながらポンポン撃ってしまっている百歩神拳をラービットにぶつけることで千佳の新しい友達こと夏目出穂を助ける事が出来た。

 

打透勁!

 

 新たに出てきた3体の色付きラービットの内、1体を倒したがまだ2体も残っている。

 コイツを倒しておかなければ危険で……此処が私が1番頑張らなければならないところだ。右手の五指から細かなエネルギー弾を無数に撃つ。

 結構早目に撃っているのでラービットにはバンバン命中するのだが腕でガードされたりして倒すには至っていない。後退りしているから効いているが致命打にはなっていない。

 流石は神の国(アフトクラトル)が現時点で出すことが出来る最強のトリオン兵。鍛え直したとはいえ私の攻撃を耐え抜くか……だが、それでいい。それでこそ此処に来た意味がある。

 

「昴さん、私も!」

 

ダメだ。今ここで君が戦うと厄介な事になってしまう

 

 押してるとは言い難い微妙な状況で千佳はアイビスを握り締めてラービットに向ける。

 その引き金を引けば最後、大変な目に遭う未来が待ち構えている。それだけは回避しなければならない。その為にはどうすればいいのか……色々と考えたが1つしかない。

 

龍炎拳!

 

 それを実行するのは至って簡単だ。

 両手を合わせ、頭の上に上げて一気に振り下ろし大地を割る龍炎拳をぶっ放すと色付きのラービットが1体、ビッシリと真っ二つになる。まだまだだ。

 

百歩神拳!

 

 最後の1体がまだ残っている。

 振り下ろした両手で印を結んで直ぐに百歩神拳をぶっ放し、最後のラービットをかき消す。

 

「す、スゲえ……」

 

「色付きの新型が数十秒で3体も倒された」

 

「何者なんだよ、あの人」

 

 ラービットを倒した事に驚くC級隊員達。

 

「領域展開」

 

 彼等に構っている場合じゃない。

 半径1kmの気配を探知してみると一部を除いてこの場に人が居ない事が分かる。一番の懸念だった一般市民達の避難が完了している様だ。だが、まだ安心は出来ない。門を開くことが出来るラッドがそこかしこにいる。

 

『コレが兄殿の力』

 

レプリカ、本部やボーダー隊員達との中継を頼む

 

 私の力の一部を見たことはあるものの、ちゃんと見るのははじめてで驚愕するちびレプリカ。

 半径1km以内ならば念話での会話は出来るがボーダー本部等は1km以上先にある為に念話を使おうに使えない。ちびレプリカには通信機代わりになってもらわなければ。

 

修、本部への通信を

 

「そうだ。新型を全て撃墜しました」

 

『もう到着したのか!?』

 

「到着?」

 

 なんの事だと頭に?を浮かべる修。私の事をちゃんと言っていないからこうなる。

 

私が倒した

 

『その声は……』

 

修の説明不足ですまない。ヤバそうな状況になる前に対処させてもらった

 

 私の声(変声機越し)に反応する忍田本部長。

 修の説明が足りない事を謝罪して、参戦の理由を語る……本当に危ない状況になるのはこれからだが、1番最初の山は乗り越える事が出来た。

 

『新型を倒したのか!?』

 

相手の狙いはC級だと判明した。この辺りの地域は避難が完了している……どうする

 

 新型を倒せるとは思ってもみなかったのか驚く忍田本部長。

 これからヤバいのが出てくるのでその辺りは根掘り葉掘り掘り下げずにこの後の事について聞く。ボーダーに好き勝手に動くと言ってしまったものの、ある程度はボーダーの言う事には耳を傾けていなければならない。

 

『避難が完了したのならば、今から来る部隊と一緒に本部を目指してくれ』

 

今から来る部隊か

 

 この場から離れて行っている人達が多く居る中でこちら側に向かってやって来ている生体反応が3つ。

 3つとも過去に会ったことがあるのでしっかりと誰かが分かる。後、十数秒程でこの場に到着する。

 

「煉成化氣、煉氣化心」

 

 印を結んでポワァと両手を光らせる。

 

「修、大丈夫か?」

 

「烏丸先輩!」

 

 生体エネルギーを手に纏わせているとやって来たボーダー最強と謳われる部隊、玉狛第一(木崎隊)

 その隊員の1人である烏丸京介が修に声を掛ける……クソぅ、カッコいい助っ人感が溢れまくっている。私も修と千佳の助っ人にやって来たのに、なんだろうかこの違いは。やっぱりイケメンが持っているイケメンオーラが違う。

 

「全員、無事な様だな」

 

 木崎さんは全員の身の安否を確認しつつ、トリオンキューブとなっている木虎を拾い上げる。

 

「あんた誰?」

 

 そんな中でトリガーを起動した小南パイセンは私に気付く。

 

迅からなにも聞いていないのか?

 

「迅が?」

 

迅に助っ人として呼ばれた修の従兄弟の赤井秀一だ

 

「修の従兄弟なの!?」

 

 素顔がバレると後々ややこしくなる。だからわざわざ沖矢昴の姿から赤井秀一の姿へと変わった。

 どうせならば周りも全力で騙しておこう。

 

「兄さん、なに言ってるんだ」

 

兄さんと呼ぶのは昴くんだけだろう。秀兄と呼んでくれ

 

 私の小ボケに乗ってくれない修。

 まぁ、夏目には既に修の兄だと言っているのでこんなの直ぐにハッタリだと気付く人は気付く。

 

「お前が迅が言っていた助っ人か」

 

「迅さん、誰を連れてくるかと思ったら全くの見知らぬ人を連れてきたんですね」

 

「え?ちょっと待って。もしかして私だけ知らなかったの!?」

 

 事前に助っ人が来ることを知らされていた木崎さんと烏丸。

 小南パイセンはなにも知らされていなかった事に驚く……あんたは余計な事を話すと思考を乱して強さに影響を及ぼしやすいタイプだから省かれたんだろう。

 

皆さん、油断をしないで。まだ門を開く近界民(ネイバー)がいる

 

 私の自己紹介はそこまでにしておき、気配探知を強める。

 空にもトリオン兵、周りにもラッド……これはどう頑張っても全部ぶっ倒すのには時間が掛かる。ならば、やることはただ一つだと人差し指と中指以外を折り曲げて額に指を添える。

 

「新型がどんだけやるかは知らないけれど、私の相手じゃないわ」

 

「小南、今は新型を待ち構えている場合じゃない」

 

いや、違う

 

「違う?」

 

次に来るのは新型ではない……トリガー使いだ

 

「っ!」

 

 指先にパワーを集中させていると黒い穴が、(ゲート)が開く。

 ここだけでなく3つほど門が開き、ここで開いた門からは2人の人型の近界民が出てくる。

 

これは……まずいな

 

 近くの住居に潜んでいたラッドを経由して出てきたのは初老の男性と角の生えた男。

 1人はアフトクラトルの国宝と呼ばれる黒トリガー、星の杖(オルガノン)の使い手であるヴィザ翁。もう1人はアフトクラトルの最新鋭の技術を用いてトリオン能力が強化された改造人間であるヒュース。どちらも物凄い強敵だが……ヴィザ翁と思わしき段違いに強い力を感じる。

 

全く、こんな事ならばマスターライセンスを返してもらっておけばよかった

 

 ヴィザの気配が段違いだ。この世界に転生してから感じるエネルギーの中で1番と言ってもいい。

 老人の何十年も鍛えて研ぎ澄まされた力と若さ故に持っている爆発的な力の両方を兼ね備えている。コレはあれだ。マスターライセンスを取り返したとしてもギリギリ足止めが出来るぐらいだな。

 

「いやはや、任務とはいえ子供を拐うのは心が痛みますな」

 

「任務は任務です」

 

 こちらに向かって一歩ずつ近付いてくるヴィザ翁とヒュース。

 限界ギリギリまで引き寄せる……いや、それだと余計に警戒をする。撃つならば今しかない。

 

「魔貫光殺砲!!」

 

 この日の為に用意していた必殺技……を会得しようと試行錯誤繰り返した結果、なんか覚えることが出来た魔貫光殺砲。

 ピッコロが使っていた技で力を溜めるのに時間が掛かるが、相手が来ると言う事が事前に分かっていたので溜める事が出来た。

 

「危ない!」

 

 ヴィザ翁に向かって飛ばした魔貫光殺砲。

 ヒュースはそれに反応して辺りに黒い欠片を出現させて盾代わりに使おうとするが魔貫光殺砲は百歩神拳よりも力を集束しているのでこの程度の物は盾にすらならない。

 私の撃った魔貫光殺砲はヒュースの黒い欠片をいとも簡単に貫いてヴィザ翁の元へと向かう……っ、ダメだ!

 

「成程、トリオンの殆どを攻撃に回すべくトリオン体すら使わないのですね」

 

これは驚きました

 

 魔貫光殺砲が直撃する寸前にヴィザは星の杖を起動させた。

 無数の刃を一列に並べて魔貫光殺砲を真正面から受けきった……この技を会得するのは割とあっさりだが単純な威力ならば百歩神拳を上回るんですよ。

 ヴィザ翁は寸でのところで攻撃を防ぎきっただけでなく冷静に私に対して分析を行っている……。

 

 

 

 

計画通り

 

 

 

「ちょっと、あんたそれドラゴンボールの技じゃない!」

 

私はRD−1の力で強化された強化人間だ。この程度の技ならば会得するのは容易い……それよりもどうする

 

 ここまで計画通りに進んでいるので笑みが出そうになるが必死に演じる。

 そう、例えるならば金田一少年の事件簿に出てくる犯人名物の名演技をするかの様に。

 

「……俺と小南で時間を稼ぐ。京介、秀一、修、お前達はC級を連れて本部を目指せ」

 

その前に1つだけやっておく事がある

 

 私はクワッと目を見開く。するとアルファベットのFの様な文字が左目に浮かび上がる。

 視線の先に居るのはヒュースとヴィザで、私は今、様々な視点から2人を見ている……やっぱ半端なく強いな、あの2人は。

 

木崎さん、ダメだ。時間と距離を稼いでも秒で埋められる

 

 解析が完了したので取り敢えずの報告を木崎さんにしておく。

 

「どういうことだ?」

 

あの黒い欠片は全部磁力の様な物で動いている。恐らくですが、レールガンやリニアモーター等の磁力を用いた機器と同じ事をする事が出来ます。木崎さんが時間と距離を稼いでも一瞬の内に詰められます

 

 ヒュースの使っている蝶の楯(ランビリス)の能力は結構複雑だ。

 黒い欠片を磁力の様な物で扱い、こちらの世界にある磁力を用いた物の再現をすることが可能だ。レールガンにレーダーに発射台にとにかく幅広い利便性がある。使い手次第で様々な形に化けるトリガーだろう。

 

「やれやれ一瞬にしてヒュース殿の蝶の楯の仕組みも見抜くとは……是非とも連れて行かなければ」

 

「っ!」

 

 来る。いや、来てくれたと言うのが正しい。

 ヒュースが黒い欠片を集めて銃の様な物を右手に作り出すとパシュンと1発、私に向かって撃った。

 

「秀一!」

 

問題はない

 

「あんた生身なの!?」

 

だから、問題無いと言っているだろう

 

 私の身を案じてくれる小南パイセンはこの時やっと気付く。私が生身の肉体で戦っていることに。

 ヒュースの飛ばした数個の黒い欠片が見事なまでに腕にぶっ刺さって、そこから血がタラリと流れ落ちる。生身の肉体での戦闘だからダメージを受けるのはある程度は想定していた……だが、まだだ。まだ私の役割は終わっていない。

 

「っ!」

 

 腕が引っ張られる。

 黒い欠片に宿っている磁力を利用したものだろう……だが、だが、これで倒れるほど柔な鍛え方はしていない。

 

「兄さん、無理をしないで!もう殆ど力が残っていない」

 

それは言わないお約束だ……この力がもう残っていないだけで、まだ他にも色々と力が残っているのを忘れたのか、修

 

 百歩神拳を2発にフルパワーの龍炎拳に打透勁と後先考えずに技をぶっ放した為に私のパワーが殆ど無いことを修は見破る。

 そうしないといけない、そうせざるを得ない状況だった為にガス欠覚悟で撃っていたが全ては私の狙い通りに事が動いている。

 

「……!」

 

「トリガー、(ホーン)だと!?」

 

 私にはまだ戦う力が残っている。ニョキニョキと額から前方に角を生やすとありえない物を見たと言う顔になるヴィザとヒュース。

 私に生えた角がアフトクラトルの技術でトリオン能力を大きく向上させるトリガー角だと勘違いしている……敵なので訂正するつもりは無い。

 

「まさか玄界(ミデン)に情報が漏れたと言うのですか」

 

「バカな、そんな筈はない。此方の世界はトリガー技術がかなり劣っている筈だ」

 

さて、それはどうだろう……黒い欠片よ、私の体から消えてなくなれ

 

 パチンと指を鳴らす。すると私の体に突き刺さっていた黒い欠片は消えてなくなる。

 

私の体よ、痛いの痛いのあのお爺さんに向かって飛んでいけ!

 

「!?」

 

 今度は私の受けた傷をヴィザに向ける。

 攻撃らしい攻撃の素振りを一切していなかったのに急に手元からトリオンが漏出する事にヴィザは驚く。

 

「いったい、なにが……いや、今はいい。秀一、お前も修達と一緒に行くんだ。ボーダーのトリガーには安全装置が付いているが、相手のトリガーにはそんな物は一切搭載されていない」

 

まだだ……最後の仕上げが残っている

 

 後、一歩、後一歩で千佳達の安全を確実に手に入れる事が出来る。

 私は懐から【近界民封じ】と書かれた徳利を取り出す……色々と考えた。マスターライセンスとかを取り返せれば角付を確実に倒せる。しかし諸々の事情があって取り返すことが出来ない。だが、なにかしらの対策はしておかなければならない。素で勝てるほど自分の強さには酔ってはいない。

 

雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて(これ)(むつ)に別つ……六杖光牢!

 

「っ!?」

 

 六つの帯状の光が胴を囲うように突き刺さりヒュースの動きを奪う。

 狙うのは一瞬、やるのも一瞬、タネが分かってしまえばアッサリと破られてしまうだろうが、それでもやって置かなければならない。

 

魔封波!!

 

 アフトクラトルに対して色々と考えた。

 唯一真正面から倒せそうなのは黒トリガー、泥の王(ボルボロス)の使い手であるエネドラだ。気配探知で核を見つけて百歩神拳で一掃すればいい。魔法を使って強制的に凍らせたり気流を操ったりすればどうにかなる。しかし千佳と修を守る上ではエネドラと戦う可能性は圧倒的に低い。

 相手にしなければならないのは星の杖、蝶の楯、黒トリガー窓の檻(スピラスキア)の使い手のミラ、同じく黒トリガーの卵の冠(アレクトール)のハイレインで、ハイレインはワンチャンある気もしなくはないが、この4人は絶対に相手をしなければならない。

 その上でどうすれば修達に被害が向かないかを考えた結果、相手を物理的に封じ込める必殺技が必要となり、最終的には魔封波にいたった。

 

ほぉおおお!──せいや、はぁっ!

 

 空中を飛び交うヒュース。私の残っているパワーを根刮ぎ使い、その上で事前に魔法で動きを封じている。

 後は私が間違わなければいいと徳利にヒュースを閉じ込めると栓を取り出して徳利の上に差し込んだ。

 

とったどぉおおおおおおお!!

 

 息を荒らげながらも私は叫ぶ。この戦いでかなり厄介になるであろう相手を物理的に封じ込めることに成功した。

 徳利を高らかに抱えるが直ぐに気持ちを切り替える。徳利を懐の中にしまう。

 

修、千佳、烏丸くん、逃げるぞ!

 

 私のやるべきことはもうやった。あの爺は冗談抜きで相手にしたらダメなマップ兵器とかマップの障害物とかに分類される。

 マスターライセンスとかあればギリギリなんとかなるがてつこに取り上げられたままなのでどうにもならない。

 

千佳ちゃん、手を貸して

 

「は、はい……大丈夫なんですか?」

 

かなりと言うか物凄く限界に近い。だから千佳ちゃん、トリオン(生体エネルギー)を貰っていいですか?

 

「……私ので良ければ、使ってください」

 

 千佳の手を握り、化勁で生体エネルギーもといトリオンを吸い取る。

 知識として知っていたが千佳のトリオン半端じゃないな。この調子だと全快になるまで吸い取ったとしてもまだまだ吸い取れる。流石は玉狛のトリオン怪獣だ。

 

出来うる限りの未来は変えてやったぞ……迅

 

 本来ならばあの時、千佳がアイビスをぶっ放した事でアフトクラトルに目をつけられる。

 しかしそれを防いで私が後先考えずにぶっ放しまくったおかげで向こうは千佳よりも私に目をつけている。私のトリオン能力は16、何もしていない状態でこれは充分にスゴいとレプリカは褒めてくれた。拐うだけの価値はある。

 迅は修達を利用しようと決断をしたのならばそれで構わない。私は私で勝手に動く……ただそれだけだ。



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34話

 本部に向かって走り出していくC級達。ヴィザはしてやられたと顔に出さないものの、少し焦っている。

 それもその筈。戦力を分散させたところで緊急脱出機能が付いていない雛鳥(C級隊員)達を拐うと言う作戦。エネドラとランバネインはこちらの世界の兵、即ちボーダー隊員の足止めの為に出てきた。

 対してヴィザだが同じくボーダー隊員を倒すべく出てきたのだが、ヒュースは少し違う。ヒュースは雛鳥の中でも優秀な銅の雛鳥を捕らえる為にマーキングをしたりする等の戦闘以外の目的があった。

 この戦い、ボーダー側で鍵を握るのは修と千佳と遊真だが、アフトクラトル側で鍵を握っているのはヒュースだったりする。ヒュースが要所要所で働く為に千佳達の前に脅威が立ち塞がる。実力派エリート(自称)の迅はそれを踏まえた上でヒュースの足止めに出た。

 

「これは困りましたね」

 

「っ……こいつ」

 

 ヴィザに攻めてかかるものの思ったよりも手応えが無いことからかなりの実力者を相手にしていると小南は感じる。自分はボーダーでもトップと言っていい強さなのに別の事に意識を持っていきながら戦っている。

 自分を前にここまでの余裕を見せているのはまだなにかあると警戒心を強めつつ、小南は果敢に攻め込む。

 

「これはお強い。私が貴方と同じ年の頃とは比べ物にならないほどに」

 

「当たり前じゃない、私は実質ボーダーの1位で最強なんだから」

 

「ほぅ、それは良いことを聞きました」

 

 小南の強さに素直に称賛する。小南も気分がいいのか思わず答える。

 そして直ぐに後退をする。レイジが後方から突撃銃(アサルトライフル)追尾弾(ハウンド)で上空からヴィザを攻撃する。しかしヴィザはそれを容易く避ける。

 

「コレが玄界(ミデン)のトップレベル……黒トリガーでもないのにこれ程とは玄界(ミデン)の進歩も目覚ましいですね」

 

「これぐらい当然よ。それになに言ってるのよ、さっきからのらりくらりとして全然本気じゃないじゃない」

 

「いえいえ、私は真剣ですよ」

 

 未だに本気を出していないヴィザに警戒心を強めていたその時だった。

 ヴィザの背後から住居を破壊しながらトリオン兵が現れた。

 

「っ、トリオン兵!」

 

『大変だよ!その辺りにいるトリオン兵が市街地に行こうとしている』

 

 現れたトリオン兵にまさかと思っているとオペレーターの宇佐美から通信が入る。

 1番あってはならない一般市民への被害をこのままだと被ることとなる。

 

「やはり敵地ではコレは効く」

 

「っ!」

 

 自分達をガン無視して戦闘区域とは別の区域を破壊する。

 防衛をする側は絶対防衛ラインを越えられることはどんな理由があってもあってはならないことで、そこを攻められると痛い。

 

「小南、ここは俺に任せろ」

 

「レイジさん、でも」

 

「このままだと向こうの思うツボだ……それに、あの辺りには京介の家がある」

 

「っ、わかったわ」

 

「おや、二人がかりで来ないのですね」

 

 トリオン兵が暴れていった場所へと向かう小南。ヴィザはそんな小南を追いかけようとはしない。

 

「……」

 

 完全に小南が向かったのが分かると頭の隅に置いていた事を思い出す。

 少し前に迅に修達がピンチになるから1人で出来るだけ時間を稼いで欲しいと頼まれた。修達はまだ未熟で誰かが側に居てやらなければならないのではと疑問をぶつけたが、助っ人を呼んであるから問題無いとの事で迅は未知の助っ人を本当に連れて来た。

 その助っ人がボーダー隊員でもないのに何処よりも誰よりも早く人型を封じ込める事に成功するというとんでもない快挙を成し遂げた。更に修達についていった。京介も居るから少しは安全……等とは考えない。敵にはラッドと言う距離を一気に縮める裏技の様な物があるから。

 

『風間隊の風間が緊急脱出した』

 

 警戒心を強めている中で悲報が聞こえる。ボーダーの個人でもトップクラスに強い男である風間が黒い角付きの近界民、エネドラに倒されたと通信が入る。風間の事をよく知っているレイジはやはり油断はならないと突撃銃のアステロイドを放つがヴィザの前に花びらを思わせるかの様な開きをした無数の刃がアステロイドを防いだ。

 

「ブレードタイプか」

 

 下手に攻め込まずにレイジは情報を集める。

 昴の魔貫光殺砲と今回ので2度、ヴィザは複数のブレードを一箇所に収束させて攻撃を防いだ。

 レイガストの様に頑丈でスコーピオンの様に軽く孤月の様に切れ味抜群のブレードを手足の様に思うがままに移動させる事が出来る。それもかなりの素早さで動かすことが出来る。

 

「この能力にあの使い手……黒トリガーか」

 

「おや、気付きましたか」

 

 使い手が角を持っていない老人で物凄い能力を持ったトリガーとなると答えは1つだ。

 レイジは今自分が戦っている相手が黒トリガーの使い手だと口にするとヴィザは返事をする。包み隠すつもりは一切無いのである。

 

「この星の杖(オルガノン)のお陰で最新の技術に取り残されることなく今日までなんとかやっていけましてね。最近は最新鋭の技術の進歩は目まぐるしい限りで、困ったものです」

 

「……何処も一緒か」

 

 世界が違えども老人が新しい技術に苦しむのは一緒なのは同じである。

 黒トリガーが相手となるとこれは厳しい戦いになるなとレイジは空に向かってハウンドを撃つと後退していく。

 相手は旧ボーダーに居た頃の自分以上に酸いも甘いも噛み分けてきた男。肉体面はトリオン体がカバーし、技術面は何十年と積み重ねがあるわけでこんな程度で倒せるはずもない。

 レイジには全てのトリガーを一度に起動してガンダムサンダーボルトみたいな見た目になって超高火力で敵を薙ぎ払う全武装(フルアームズ)と言うとっておきがある。それを使えば手傷を負わせる事は出来るがレイジの仕事はここで足止めをすることなので使わない。

 

「私の相手は私を最初から倒すつもりのない(はら)か……む?」

 

 レイジが最初からこちらを倒しに来ていないこともヴィザは当然の様に見抜いている。

 ヒュースも居なくなって周りにレイジ以外が居ないのならば本気を出して切り刻むまでだが、通信が入った。

 

『すまない。玄界(ミデン)の兵にやられてしまった』

 

 ランバネインからの報告だ。

 AB隊員合同チームで複数人を相手にした結果、米屋が周りからシールドで補助をしてもらいつつの一突きでランバネインを倒した。

 それだけでなくエネドラが勝手にボーダーの本部に侵入して暴れ回ってるとの報告を受ける。

 

「予定通りに行かないのは醍醐味ですが、これではいけません」

 

 要のヒュースは失い、撹乱のランバネインはやられ、同じく撹乱のエネドラは勝手な行動をしている。

 遠征先で作戦が思う様に行かないものなのは今までの経験からよく分かっているが、コレでは此処に遠征してきた意味がない。

 

「辺りに人はいない……雛鳥達を傷つける心配はもうない」

 

 杖をコンとコンクリートの地面に叩くヴィザ

 

星の杖(オルガノン)

 

 自身の黒トリガーの名前を呟いたその瞬間だった。辺り一帯は一瞬にして切り刻まれる。

 

星の杖(オルガノン)、噂に名高いアフトクラトルの国宝だが……何故遠征に』

 

 ここでこの光景を見ていたちびレプリカは1つの疑問を持つ。

 国宝と呼ばれるだけの星の杖だが、何故こうして遠征に来ているのかだ。今回のラービットと言い本国の守りが手薄になってしまってもおかしくはない。それだけの使い手とトリガーがやってきている。遠征に黒トリガーはよくて1つなのにも関わらず、既に2つも来ている。明らかにアフトクラトルになにかが起きていると考えられる。

 

「さて、炙り出す事が出来ましたね」

 

 問答無用で周りの障害物を破壊し、周りに瓦礫の山を作り上げた。

 隠れて撃ってのヒット&アウェイを繰り返していたレイジだったが文字通り退路を無くす。

 

「っ……」

 

 圧倒的な力を目の当たりにするレイジ。

 一瞬だけ全武装(フルアームズ)を使うかと考えたが、目の前にいる相手は時間を稼がないといけない相手の為に防御に出るとレイガストをシールドモードで構える。

 

「そこは私の射程範囲内です」

 

「!」

 

 レイガストの盾をガッシリと固めて握っていたレイジだが真っ二つに切り裂かれる。

 防御は完璧だった筈なのに何故と考えるが直ぐに次を見据えて緊急脱出するほんの僅かな時間を無駄にはしまいとレイガストをブレードモードへと切り替える。

 

「スラスター、ON」

 

 小型のナイフぐらいになったレイガストをスラスターを利用して飛ばす。

 飛んでいったレイガストはヴィザの右足の膝の部分に突き刺さりプシュウと黒い煙を上げる

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 レイジは最後の最後にダメージを与え、緊急脱出した。

 

「こら、レイジ!負けてしまうとはなにごとだ」

 

 緊急脱出先である玉狛支部に飛ばされるとお子さま隊員こと林藤陽太郎は負けたことを叱る。

 

「なぜ全武装(フルアームズ)を使わん!」

 

「宇佐美、どれだけ取れた?」

 

 そんな陽太郎を気にせず宇佐美に声をかけるレイジ。

 相手の黒トリガーの情報と修達への時間をどれだけ稼ぐことが出来たかの確認を取る。

 

「う〜ん、昴くんがやってくれたのとレイジさんの記録(ログ)で少しだけなら……修くん達はもうすぐ本部の連絡口に」

 

「なぜ全武装(フルアームズ)を使わん!」

 

「こら!陽太郎、しつこいよ。持久戦狙いだったから仕方がないよ」

 

 しつこく全武装を使わないことを言う陽太郎に宇佐美は軽くチョップを入れる。

 すると陽太郎はポロポロと涙を流す。

 

全武装(フルアームズ)を使えば、レイジは負けないんだ……」

 

「泣くな。まだ玉狛は負けていない」

 

 ポンッとレイジは陽太郎の頭に手を置く。

 自分は負けてしまった。だが、まだ玉狛には烏丸が、小南が、迅が、修が、遊真が、千佳が残っている。玉狛支部はまだ負けていない。レイジは直ぐに自分に出来ることはないかと宇佐美の座っている場所へと駆け寄る。

 

「最後の最後で一本取られましたか。玄界(ミデン)のトリガーも中々に多彩です……しかし、参りましたな」

 

 辺りを見渡すヴィザ。自分が一瞬の内に星の杖で切り裂いた瓦礫の山しかなく、昴達C級も小南もここにはいない。

 レイジの時間稼ぎは上手い具合に成功しており、更には昴の1手がここに来て生きる。

 

「雛鳥達を完全に逃してしまいました」

 

 完全に見失ってしまった修達

 追いかけることは出来なくもないが、かなりの時間を要する。エネドラが勝手に基地を攻撃しているので基地に戻るに戻れない状況を作り上げる事は出来ているので挟み撃ちにするかと考えていると目の前に門が開き、ミラが出てくる。

 

「雛鳥達はバドやラッドで位置を把握しております。一旦船に戻ってラッドを経由してください」

 

「助かります」

 

 遠征艇に繋がる門を開き、中へとヴィザを招く。

 昴が賢明に行った行為も無駄に終わる……とは言い難い。

 

「ヒュース殿はどうなさいますか?」

 

「あの銅の雛鳥を確保すれば自動的に帰ってくる……だが、問題は奴が黒トリガーの使い手だと言うことだ」

 

 ここに来てのさらなる勘違いをするハイレイン。

 しかしそれも無理はない。トリオン体でないくせにトリオン兵をぶっ倒すわ、トリオンの砲撃を放つわ、精鋭のヒュースを物理的に瓶に閉じ込めるわ色々と無茶をしまくった。その上でアフトクラトル秘蔵の技術である角の様な物を生やした。

 実際のところはリリエンタールの不思議なパワーで生体エネルギー的なのを操れるようになり更には魔女カナリーナから貰った魔法の力なのだが、そこに気付くのは流石に誰も出来ない。

 

「トリオン体を生み出さない代わりに様々な力を与える黒トリガーですか」

 

 ハイレインの読みを少しだけ疑問視する。

 黒トリガーの力だと言われれば納得はするにはするのだが、どうも腑に落ちない点が存在してしまう。特に生身の肉体で戦っているというところにとヒュースを封じ込めた時に瓶を別に用意していた事についてだ。玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)と違って独自の文明に進化しているのでアレはトリガーとは全く別の力かなにかじゃないのかと考えるのだが、それならどうやって生身で戦えているかの答えが出せないので考えるのはやめた。

 

「直ぐに門を開きま、なっ!?」

 

「どうした?」

 

「ラッドやバドが一瞬にして消失しました」

 

「なに!?」

 

 昴達の前に門を開こうとしたが、肝心のラッド達が一瞬にして消失した。

 かなりの数を配備していた筈のラッドとバドが一瞬にして消え去った事にハイレインは冷静さを欠いて声を上げてしまう。

 

「バカな。偵察機として使っているトリオン兵は数だけは勝っているはずだ」

 

 とにもかくにも数が多くて隠れているラッドやそもそもで空を飛んでいて攻撃が届かないバド。

 それが一瞬の内に消されてしまった。雛鳥達が一掃したのかと調べようにも一部の区域に監視の眼が届いていない。

 

「この方角、場所からして銅の雛鳥達が一掃したと思われます」

 

 監視の眼が届かない区域から逆算して昴達の位置を割り当てる。

 

「この辺りなら門を開くことは可能です」

 

 ここで逃してしまえば大規模な侵攻をしてきた意味はなくなる。

 若干目的地と座標がズレるものの、距離を縮める事が出来るのでやらない手は無いとミラに門を開いてもらい、ヴィザは再び戦場へと舞い戻る。

 

「さて、アチラですね」

 

 急に反応が消失したところに向かう。なにが起きているのか分からないがなにかが起きているのは確かでなにかが待ち受けていると覚悟を決めて、目的地に飛び交うとそこにはブサイクでなんだか腹立つ顔のウサギがいた。

 

トリオン兵達よ、人畜無害なウサギになれ!

 

「うぉおお、スゴイっす!さっきから近界民(ネイバー)達がブサイクなウサギに変わってるっ」

 

 監視をしているバドや門を開くラッドが一瞬の内にブサイクなウサギへと変えられていた。

 門を開くことに成功してもラービットごとブサイクなウサギへと銅の雛鳥こと昴が魔法で変えていき、無力化させる。

 襲ってくるトリオン兵を問答無用にブサイクなウサギへと変えていく昴に夏目はテンションを上げている。

 

「これはハイレイン殿の卵の冠(アレクトール)に近い……」

 

 敵を問答無用にブサイクなウサギへと変える不思議な力はよく知っている力と似ていた。

 しかし1つだけ疑問を持つ。あれだけ凄まじい力ならばどうして最初から自分をブサイクなウサギへと変貌をさせないのかと。その答えは割と直ぐに出る

 

「生き物にはその力は効かないのですね」

 

「っ、追いつかれた!!」

 

 生体エネルギーを動力源としているトリオン兵だが、生き物ではない。

 生きている人間には効果が無いのだと弱点を見抜くと同時にヴィザは修達の前へと立ち塞がる。

 

全く、次から次へと

 

 顔と声には出さないが一瞬にして追いついたヴィザに少しだけ焦りを見せる。

 本来ならば修達がボーダーの本部の連絡口が開かずに直接ボーダーの本部へと向かおうとした時にヴィザとヒュースが追いつくのだが、まだボーダーの本部へと繋がる連絡口に辿り着いていない。

 

戦うか……でも負けるな

 

 てつこに取り上げられてるトリガーの様な物であるマスターライセンスがあればギリギリだがヴィザと勝負が出来る。

 しかし諸事情によりそれは返してもらっていない。一か八かで勝負を挑んで時間を稼ごうかと考える。こうなってしまったのも全ては自分のせいなのだから責任を取らなければならない。

 

「任務とはいえ生身の肉体を傷付けるのは心苦しいものです」

 

そう思うならばやめてほしい……まだ17年程しか生を受けていないのだから

 

「なんと、17。随分とお若い」

 

よく言われ……来る!

 

「いたたた……着地に失敗したな」

 

「しまった。ここは警戒区域の外だ」

 

「んな事を今は気にしてる場合じゃない」

 

 談笑で時間を稼いでいると突如地面から壁が……エスクードが大量に生えてバリケードを作り出す。

 ヴィザは何事かと声がする上を見上げると遊真と迅が跳んできた……迅は着地に失敗をしてしまったが。

 

「無事かい……メガネくん」

 

「っ……はい」

 

カッコをつけるなグラサン叩き割るぞ

 

「ちょっ、酷くない」

 

 なにはともあれ遊真と迅が参戦した事により戦局は変わる。




昴が出来ること

料理
英語、スペイン語、中国語
素手で岩や鉄筋コンクリートを破壊するなんちゃって拳法
吉良ライトニング光彦から教わった剣術 銀河一刀流
大魔女カナリーナから授かった魔法
リリエンタールの力がもたらした生体エネルギー的なのを操る気功術
女装


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35話

 私の余計な介入でバタフライ・エフェクトの様な物が発生して本部の連絡口に辿り着く前にヴィザがやってきてしまった。

 ヒュースを完全に封じ込めたので向こうの機動力は奪ったと思ったがよくよく考えれば向こうにはミラが居るのでトリオン切れてなければ問答無用で間合いを詰める事が出来る……。

 

「(迅、遊真……あの爺さんはホントに危ない)」

 

「……みたいだな」

 

 助っ人に頼れる2人がやってきてくれた事は嬉しい。

 とはいえ、目の前にいるのがそんな2人が協力しても倒すことが出来ないこのワールドトリガーと言う作品の中でも最強と言っていい程の実力者。トリガーの能力もブレードのついたサークルを複数展開して超高速で切り裂くというシンプルだが強力な能力だ。

 

「(トリオン兵は幾ら出てきても私が対処することが出来る。だが、あの爺さんは無理だ……)」

 

 こんな事ならばてつこからマスターライセンスを返してもらえばよかったが、それをすれば別の問題が生じるので後悔はしない。

 とりあえず今の内に出来ることはしておこうと迅と遊真に相手の使っている黒トリガーがどんな性能なのかを説明しておく。

 

「(シンプルな能力でお前の予知が追い付かない速度で攻撃してくる可能性が高い)」

 

 迅の予知は便利だが、絶対ではない。

 ジオウⅡがゲイツリバイブ疾風に予知が追いつかない速度でボコられた様に星の杖の超高速での攻撃をされればそれでおしまいだ。遊真は殆ど裏技に近い形で勝利を決めたが……この2人だとどうする?

 

「(千佳ちゃんからトリオンを分けて貰ったけど私的にはそろそろ戦線を離脱しておきたい)」

 

 ボーダーの本部に足を運ぶとなにを言われるか、下手すりゃ捕らえられる可能性だってあるんだ。

 本当ならばヒュースを迅に押し付けようと思っている……だが、ここで迅が遊真と協力してヴィザをどうにかするなら最後まで責任を持って連れていくが……

 

「昴くん」

 

「(声に出すんじゃない。念話での通信みたいに語りかけろ)」

 

「(……トリオン兵を変なウサギに変えてるみたいだけど、まだいけるか?)」

 

「(お前、またなんか企んでるな)」

 

「(暗躍が趣味なもので……で、出来るのか?)」

 

「(出来るには出来るがあの爺さんにかけるのは無理だ)」

 

 私が魔女カナリーナから授かった魔法は燃やしたり壁を作ったり、凍らせたりと万能に見えるが出来ない事もある。

 かつて春永雪が敵をブサイクなウサギへと変えた魔法と同じ魔法を使ってはいるものの、トリオン兵や無機物には有効だが人間には効かない。

 そんな事が出来るのならば最初から魔封波なんてものは使わずにいきなりヴィザやヒュースをウサギへと変えて勝負を決めにいく……私の魔法の力や生体エネルギーを操る力は便利そうに見えるがそこまで万能ではない。

 魔女カナリーナから貰った力だからか生体エネルギー的なのを操る力と同時併用しているが、他の力とは同時併用出来ない……恐らくだが、トリオン体になると生体エネルギー的なのを操る力も魔女カナリーナから授かった魔法の力も使えない。

 麟児さんが横領してきたボーダーのトリガーを使いたくない1番の理由はそこだ。トリオン体ならば多少の無茶は出来るかもしれないが、この力を使わずに戦闘をするのは厳しい。特に今回みたいな相手がいる場合は。

 

「(出来るだけトリオン兵を無力化してくれ)」

 

「(この力は私の見える範囲内じゃないと役立たない。なにが狙いだ?)」

 

 制限があるがそれでも構わないという迅。

 確実になにか裏がある。転生する度に櫻井孝宏キャラになるカス野郎みたいになにかロクでもない事を企んでいるのは確かだ。

 

「(昴くんはメガネくんを守りたいか?)」

 

「(なにを今更な……まさか)」

 

「(そのまさか……昴くんに頑張ってもらう)」

 

 迅の狙いがなんとなく読めた。私がトリオン兵を問答無用に無力化出来る力がまだ残っているか聞いたのもその為だろう。

 修や千佳に危険が行かない様にする為には誰かがその分の負債を背負わなければならない。それを私に背負わせると言うのだろう……はぁ、本当ならばしたくはないけれども修が下手したら死ぬ可能性があるのでするしかないか。

 

「遊真、あの爺さんは頼んだぞ」

 

「ん、分かった」

 

 迅と遊真が即興でタッグを組んで戦うのかと思ったが違うのか。即興のタッグだと連携が取りづらい。遊真が今使っているのは通常のトリガーでなく黒トリガー。防御や援護がボーダーで1番の迅でも合わせるのは至難の技……。

 

「(空閑くん、私が少しの間隙を作ろう)」

 

 遊真に全てを押し付けるのは心苦しいが仕方がない。この中でヴィザを相手に時間を稼ぐことが出来るのは空閑だけだ。

 だが、何もしないというのは私の気持ちに反することだ。だから、時間を稼ぐ

 

浸透水鏡掌!

 

 思いっきり地面を発勁で撃つ。すると舞い上がる土砂。

 コレこそ私の必殺技の1つである人間の臓器と体、内側と外側を一度に破壊する浸透水鏡掌。常人ならば臓器が破裂したり筋繊維がズタズタになったりと取り返しのつかないレベルの大怪我をする。

 

「すっげ」

 

「(コレぐらいしか出来なくてすまない)」

 

「頼んだぞ遊真。京介、メガネくん、昴くん、行くぞ。連絡通路は使うことが出来ない。直接基地を目指すんだ」

 

 土砂が舞い上がり視界が不良の中でも迅達は動き出す。

 遊真はヴィザを、迅は私達を引き連れて本部を直接目指す

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

「なんという剛力、彼は本当に生身の肉体なのですか」

 

 近界民視点でもありえないとされる昴の技。これもまた独自の文明に発展した玄界(ミデン)の力なのかとヴィザは感心する。

 勘違いをしてはいけないことだが昴がこんな事が出来るのはハッキリと言って異常である。女性のボーダー隊員の事をアマゾネスとか勝手に言っているが、昴は昴でゴリラよりも質が悪い。そしてなにが酷いかって隣町に同じ事が出来る人間が居るという喜劇。

 

「動くな」

 

 昴が土砂を巻き上げ視界を奪っている間にも遊真は動く。

 自らの学習能力を持つ黒トリガーの能力の一つである(チェイン)を使い、ヴィザの首目掛けて鎖が巻き付く。

 

「せーのっ!!」

 

 手元にある鎖を掴んで力任せに投げ飛ばす。

 

「なんと豪快な、しかしそれは悪手だ」

 

 力任せにぶん投げられた事によってヴィザは空中にいる。

 今の今まで雛鳥であるC級隊員達を捕らえる事を優先したが為に本気を出していなかったのだが、空中には邪魔な障害物もC級隊員達もいない。

 よって今まで出せなかった本気を出すことが出来ると杖からサークルを出現させる。

 

「!?」

 

「オサムのお兄さんの言うとおりだったな」

 

『流石は兄殿と言ったところか』

 

 伸ばしたサークルの軌道上に乗っている(ブレード)に重しがついていた。

 何時ぞやの昴が三輪から強奪したトリガーにセットされていた鉛弾(レッドパレット)を学習しており、今回星の杖の刃に仕掛けた。

 

錨印(アンカー)射印(ボルト)四重(クァドラ)

 

 追撃の手を遊真は緩めない。三輪よりも遥かに強力な鉛弾を撃つ。

 ヴィザは羽織っているマントで防御の体制に入るが鉛弾は攻撃用のトリガーではない、補助的なトリガーだ。物体に宿りシールドといったものを問答無用で透過していく性質でくらえば最後100kg以上の重しが付けられる。そして動きが遅くなったヴィザに対して遊真は強烈な蹴りを叩き込む。

 

「鎖といい重りといい玄界(ミデン)のトリガーは中々に多彩ですな」

 

 蹴られたヴィザは全くと言っていい程にダメージを受けていなかった。

 遊真自身も確実にケリをつけれるとは思っていない。現に本気で蹴っていなかった。

 

「1つ聞きたいんだけど、トリオン使える奴が欲しいなら近くの国で捕まえればいいじゃん」

 

「無論、そうしておりますよ。近隣の国全てに精鋭達が派兵されています」

 

「全てにね」

 

「ええ、玄界(ミデン)だけではありません。他も同じなのです」

 

 言葉を交わす遊真とヴィザ。

 今現在アフトクラトルが地球以外にも大規模な侵攻をしている。遊真の持つウソを見抜くサイドエフェクトには一切の反応はしておらず、それが本当の事だと分かる。故にレプリカは疑問を持つ。

 アフトクラトルが神の国と呼ばれるほどの大国なのは分かるが、それでもこの侵攻と同じ規模の侵攻を同時にしているとなればおかしい。やはりアフトクラトルになにかがあったと見る。

 

「以前はこちらの世界の住人を捕らえるのは簡単でしたが、今は他の国と同じ様に入念に準備をしなければならない」

 

 そう言いつつヴィザはマントを解除すると鉛弾の重しが落ちた。

 先程遊真が撃ちヴィザにくっついていた鉛弾は全てマントにつけられていた物で、それを解除する事により外す。

 

「なんでそんなにあちこちから人を集めてんの?何処かと戦争でもするつもり」

 

「残念ながらそれをお答えできません。仮に事情をすべて話しても貴方は我らの任務に目を瞑っていただけますかな?」

 

「いや、全然」

 

 アフトクラトルには余程の事情があるのだろうが、遊真は知ったことではない。

 他の面々と違って今やっていることは試合でも戦いでもなく戦争だと自覚しているので心を冷たくして答える。当然ヴィザは事情を聞かせれば話が通じる相手でない事は分かりきっているので星の杖のサークルを出現させる。

 

「これで大分軽くなりました」

 

 遊真がつけたブレードの重しを新たなるブレードで切り落とす。

 ヴィザはサークルの範囲を徐々に徐々に広げていくが遊真はギリギリのところで避ける。

 

『つけた重しが殆ど外されたな』

 

「大丈夫、まだ目で追える速度だ」

 

 重しを切り落としたが完全に取り外すことは出来ていない。

 そのおかげか住居やレイジを切った時よりも遅く、なんとか遊真が視覚で捉える事が出来る速度……とはいえ刃の切れ味は凄まじく早いことには変わりはないので遊真は後退を余儀なくされる。

 

「レプリカ、オサム達はどうなっている?」

 

 ここで気になるのは修達の動向だ。

 先程の発勁で土砂を巻き上げた昴とボーダーの中でもトップレベルの実力者である迅の実力は疑っていない。しかし相手が相手だけに自分達の想像を上回る程のさらなる敵が出てくる可能性がある。

 

『オサム達は本部に向かって直行している。道中、トリオン兵が襲ってくるが兄殿とジンが即座に対処している』

 

「そうか」

 

 一先ずは修達の無事を確認できてホッとするが気は抜けない。どうやって目の前にいる敵を対処するのかを遊真は考える。

 

(アンカー)はトリオンを多く消費する。防がれるのなら使うべきではない』

 

「そうだな……弾印(バウンド)

 

 レプリカからアドバイスを受けて瓦礫を弾ませてヴィザに飛ばす。

 当然と言うべきかそんなものはヴィザには通用せず星の杖のサークルによって切り刻まれるが遊真はそれを見越していた。

 

鎖印(チェイン)

 

 切り刻まれた瓦礫から鎖を出現させてヴィザの持つ杖に縛り付ける。

 

射印(ボルト)強印(ブースト)

 

「ふむ……」

 

 動きを封じたヴィザ目掛けて弾を撃とうとする遊真。

 ヴィザが持っていたのは杖でなく仕込み杖、鞘から剣を抜刀することで自身に繋がれた鎖を断ち切り、サークルを展開しながら遊真に近付き持っている剣で遊真の左腕を切り落とす。

 

「その左手が悪さをするようですね」

 

 切り落とされた遊真の左腕。ニュイっとレプリカ(本体)の姿が表に出る

 

「こりゃおれが足止めして正解だったな」

 

 問答無用の切れ味に超高速での攻撃と能力よりも性能に偏った黒トリガー。

 未来を見ることが出来ても避ける事が出来ない超速での攻撃もありえたかもしれない。レイジが足を攻撃しておいてくれなければもしかしたら負けていたかもしれないと考える。

 

「これは珍しい。トロポイの自律トリオン兵とは……道理で多彩で複雑な攻撃に合点がいきました」

 

 一方のヴィザはレプリカを見て驚く

 

「若さに似合わぬ周到っぷりも見事で後学の為にジックリと手合わせをしたい……ですが、モタモタしていたら雛鳥達に逃げられてしまう」

 

「……!」

 

 ここで遊真の嘘を見抜くサイドエフェクトが反応した。ヴィザが嘘をついた。

 出来る限り早く遊真を倒したいと言う言葉が若干ながら嘘である……ヴィザの狙いはC級隊員ではあるものの、本人は狙うつもりはそこまでない。

 

「お前、つまんないウソつくね」

 

「はて、なんの事でしょう」

 

 トボけたフリをするヴィザ。またまた遊真の嘘を見抜くサイドエフェクトが反応する。

 

「あんたみたいなのが囮……」

 

来るな

 

 ヴィザが囮で本命が他にいる。ヴィザ程の手練れが囮になるという事は待ち受けている本命は更に危ない奴だ。

 そう感じた遊真はレプリカを修達の元へと派遣させることを頭に浮かべるがその前に昴から通信が入った。

 

「オサムのお兄さん」

 

こちらには胡散臭いが実力のあるエリート達が居てくれる。その上でトリオン兵を幾らけしかけても問答無用で無力化出来る力が私にはある

 

「大丈夫なの?一番最初にボンボンと撃ったって聞いてるけど」

 

私の力は大きく分けて3つある。1つは肉体(マッスル)の力、1つはRD−1から授かった生体エネルギーを操る力、そして最後に魔女カナリーナを煽って得た魔法の力、トリオン兵を無力化しているのは3つ目の力で一番最初にぶっ放したのは2つ目の力だ

 

 だから、トリオンは消費していないので問題無いと昴は言う。実際のところ全くと言ってトリオンは消費していない。

 

「でも、今から相当ヤバいのが出てくるみたいだけど」

 

ああ、そうだ……こういう話はしたくはないが、私はそいつを迎撃する

 

「相手、(ブラック)トリガーかもしんないんだ」

 

それがなにか問題でもあるのか?

 

 相手が自分よりも遥かに強い化け物が出てくるがそれがどうしたというもの。

 三雲昴と言う人間は自分より遥かに強い強者を沢山知っている。そんなヤバいのを時折相手にしつつもなんだかんだで今まで生きてきた。

 転生前の地獄にある転生者養成所でも特にコレといった目立った才能が無い中でもなんやかんやと工夫と創意を凝らして生きている。今から会う敵なんて原作知識という一種のチートによる前情報があるのでどんと来いだ。

 

「オサムのお兄さん、面白いな……今度おれと戦ってくれよ」

 

昔、似たような展開があったから言うけども絶対に嫌だ。私はこう見えてもラブアンドピースを生きる平和な人間なんだ。戦闘民族BORDERとは正直関わり合いを持ちたくない

 

「つまんないウソをつくんだね」

 

 クスリと思わず笑みを浮かべる遊真。

 遊真から見て修の兄である昴は頼れるには頼れるけども何処か胡散臭さがある変人だ。だが、決して悪い人ではない。上手い具合にウソをつかなくて適当にはぐらかす事は多々あるけども。それでも面白い人である事には変わりなく、修同様自分が近界民だと知っても味方してくれる人だった。

 

ゆっくりとお年寄りの相手でもしたまえ

 

 余計な事は考えなくてもいい。後は任せろと言われた気がする。

 気がするだけで昴達はそれなりに大変な状態だったりするのだがそれは言わないお約束である。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「ダメです。派兵したラービットやバンダーが一瞬にしてウサギに変えられます」

 

 一方のアフトクラトルの遠征艇。

 昴やC級隊員達を捕獲すべくトリオン兵を派兵させてはみるのだが、迅が予知で何処に出現するのかを予測し昴が問答無用でブサイクなウサギへと変える地味に凶悪な鬼畜戦法に頭を悩ませていた。どれだけのトリオン兵を派遣しても無害なブサイクウサギへと変貌をさせられてしまう。

 

「どうしますか?」

 

 昴は拐うだけの価値はあるもののこのままただ単にトリオン兵を派兵しては戦力を無駄に消費してしまう。

 雛鳥ことC級隊員達が目的なのでいっそのこと昴を無視する戦法を取るのも有りだとミラは考える。

 

「銅の雛鳥を逃すのは惜しい……だが、これ以上は無駄なのも事実……」

 

 昴を取らずに他を取るか、昴を取るのかを頭を悩ませる。

 

「せめてヒュースが居てくれればこんな事にはならなかったのだがな」

 

 作戦の要とは言わないが雛鳥捕獲に大きな力となる筈だったヒュースをランバネインは悔やむ。

 真っ先に落とされるどころか徳利に封じ込まれるという前代未聞な事をされており、それが原因で作戦を大きく衰退させられている。

 ヒュースがいれば昴を抑え込むことが出来るのだが、昴はそれを分かっていたからこそ真っ先にヒュースを徳利に閉じ込めた。

 

「こうなってしまった以上はヒュースはともかく銅の雛鳥はなんとしても捕獲しなければならない。窓を開けてくれ、ミラ」

 

「よろしいのですか?銅の雛鳥を無視する手もありますが」

 

「銅の雛鳥を対処しなければトリオン兵が全てウサギへと変えられる可能性もある……出るつもりは無かったが、俺が奴を対処し雛鳥達を捕獲する」

 

 このままだとなんの成果も上げれずに本国へと帰ってしまう。それだけは絶対にあってはならない事だ。

 そうならない為にもハイレインは出ることを決意するのだが既に実力派エリートと昴の手のひらの上で踊らされている事にはまだ気付かない。




感想、お待ちしております。

生身でハイレインと戦うんじゃ


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36話

次から次に湧いて出てきて

 

 千佳ちゃんから生体エネルギーもといトリオンを吸い取っているのでなんだかんだで全快に戻った。

 しかしそれを理由に余裕をこいている時間は何処にもない。魔女カナリーナを煽ったりして手に入れた魔力だが普通に限界はある。面倒な事に時間と共に魔力が回復する仕様で化勁で千佳ちゃんから生体エネルギーを吸い取る方法でチャージをすることは出来ない。

 

迅、まだか!

 

「まだだ、もうちょっと頑張ってくれ」

 

そうは言うがこっちもそろそろ限界が来そうなんだ

 

 出てくるトリオン兵を問答無用でブサイクなウサギへと変えていっているがそろそろ魔力が底を尽きそうだ。

 さっきから何度か声を掛けているが後少しもう少しと同じ返事しか返してこない。まさかとは思うがこのままグダグダと引き伸ばすつもりじゃないだろうな。割と冗談抜きでそろそろ限界点に来そうなんだが

 

「兄さん、限界なら」

 

安心しろ。限界とは超える為にあるものだ

 

「お前さっきと言ってること真逆だろう」

 

 兄とは弟の前では多少の見栄が張りたいんだ、察しろエリート。

 

……千佳ちゃん、どうした?

 

「……鳥」

 

 ビクリとなにかに反応をする千佳。千佳には近界民が来た時に反応をする危険探知の様なサイドエフェクトがある。

 それが今反応したという事は敵対する近界民、それもとびっきりのヤバい奴が出てきたというわけで私は直ぐに気配探知能力を駆使して何処に敵が出現したのかを調べる。

 

迅!

 

 ヴィザとはまた違った危険な気配を感じ取ることが出来た。

 コレこそが待ち望んでいた展開だと迅に声をかけると迅はコレでもかとエスクードを展開する。するとどうだろうか、燕ぐらいの大きさの光る鳥がこちらに向かって突撃してきた。大半は迅の展開したエスクードにより防がれるがそれでも取りこぼしはあり、光る鳥はC級隊員に激突する。

 

「うわぁあああ!?」

 

「っ、迅さん!」

 

「大丈夫だ、本部に連れていけば元に戻る」

 

 何人かに命中した光る鳥。命中したC級隊員達やエスクードはウニョウニョと揺らめかせてトリオンキューブへと変化する。

 これはいったいどういうことだと烏丸は説明を迅に求めるのだが、こうなる事は想定内だった為に元に戻ることだけを伝えた。こうなる未来は絶対に変えられないか。

 

「また来たっす!」

 

 即死攻撃の鳥がこちらに向かってやってくる。

 この攻撃は今回の敵の大将とも言うべき存在、ハイレインが撃ってきた攻撃であり防御は出来なくもないけれども即死攻撃……星の杖と言い卵の冠といい黒トリガーの即死強すぎないか?こっちの黒トリガー奇襲特化と学習能力持ちなだけだぞ。黒トリガーにもピンキリあるの分かるけど差が激しい。

 

「昴くん(シールド)!」

 

謀ったな、迅!

 

 この光る鳥の攻撃はシールドでガードをすることが出来るには出来るのだが、その場合シールドがトリオンキューブへと変わる。

 ガードも1回しか出来ない。ボーダーの隊員は大体メインとサブにシールドをセットしていて細かなシールドを展開したりすれば防げない事もないが向こうはこれでもかと言うぐらいに連射してくる。

 確実に捌くのはボーダー随一の防御の達人である迅にも難しい事で……躊躇いなく私を盾として使いやがった。

 

「メガネ先輩のお兄さん!……あれ?」

 

後で覚えておけ

 

 光る鳥に当たった私だがトリオンキューブへと変わる事はなかった。光る鳥は粒子となって消えていったが、私には全くダメージが無い。

 ハイレインの卵の冠は即死攻撃をしてくる化け物染みた黒トリガーだが、弱点が無いわけではない。トリオンを用いている物に対しては問答無用でトリオンキューブへと変化させるが生身の肉体には全くと言って効果はない。それどころかダメージ1つまともに入れられない。

 私が光る鳥に命中した未来から逆算して私に当たっても全く問題無いと分かった迅は躊躇いなく人の事を盾にしてきた……ダメージが無いからって心が痛まないとは限らないんだぞ。

 

迅、位置は特定することは出来た

 

「まだだ、まだ行ったらダメだ。昴くんは皆の盾になってくれ」

 

 向こうもそれなりに焦っているのか問答無用でこっちをトリオンキューブへと変えている。トリオン兵を魔法で人畜無害なウサギへと変えているのでトリオンキューブへと変えられたC級達は回収されていない。私達がいるエリアは取り敢えず人的被害が0だ。

 ハイレインは既に私の探知の範囲内に居るので何時でも襲撃する事が出来るのだが迅からまだ出撃許可が降りない。迅になにが見えているかは分からないが事が原作通りに進んでいて私がトリオン兵を問答無用で無力化しているから……ミラか。

 

私もそろそろ限界が来そうだから助っ人が来てほしい

 

 攻撃性皆無だから打ち落とす事は容易に出来るが、物には限度がある。泣き言を言ってはいけない立場だが愚痴を溢してしまう。

 幸いにも1番攫われてはいけない千佳ちゃんは修の直ぐ側に、夏目も烏丸も近くにいる。他のC級達には悪いが優先的に彼女等を守る。

 

「大丈夫だ──来る!」

 

「助っ人参上!!」

 

 そろそろ守るのが限界を迎えようとしたその瞬間だった。米屋と出水、そして初対面の緑川が現れた。

 ここに来ての嬉しい助っ人……なんだがな。

 

お前達か

 

「誰だ、お前」

 

「私だ」

 

 赤井秀一としての姿を見るのははじめてで誰だお前状態の出水達。

 いちいち説明をしていたらキリが無いのでトンっとチョーカー型の変声機をオフにして地声で声をかけると嘘だろうと言った顔をする。

 

「全然、別人じゃねえか!」

 

「こう見えても変装と変身は得意でして……女装とかも出来ますよ」

 

 魔法の力を用いての完璧なる女装が出来る。十中八九、いや、確実に佐鳥辺りを引っ掛ける事が出来るレベルだろう。

 因みに修の女装は凄まじい。元が中性的な顔立ちなので髪型と体型をちょこっと弄るだけで普通の女子中学生に見える。そういえば修が修くんじゃなくて修ちゃんの世界線は修がスゴい乙女ゲームの主人公感を醸し出してるって噂を聞いたことがある。遊真が迅と敵対(意味深)する世界線だったはずだ。

 

助っ人に来てくれたのはありがたいが、相手は通常攻撃が即死攻撃で私以外に対処は出来ん

 

 それはさておき助っ人にやってきてくれた出水達だが、出水達と協力してハイレインを倒すことは出来ない。

 相手は通常攻撃が即死攻撃でそれを防ぐことが出来るのが生身で、生身の肉体で戦えるのは私だけだ……生身の肉体で戦うってなんだ。ワールドトリガーは生身の肉体での戦いをしない作品なのに……ホントに私は転生する作品を間違えたな……うん。

 

「昴くん、行くぞ」

 

「迅さん、オレも!」

 

 彼等がやってくるのを待っていた。

 後は任せるつもりでハイレインがいる方向を見るのだが緑川が自分もと行こうとする。

 

「駿達はここに残ってキューブ化されたC級を回収して京介達と一緒に本部を目指してくれ」

 

「でも、こんな事が出来るのって黒トリガーなんでしょ!」

 

「大丈夫、こっちには最強の助っ人がいるから」

 

お前達の助っ人になった覚えはない、私は修達の助っ人だ

 

 そこのところを勘違いをされては困る。さも当たり前の如く仲間面するベジータやピッコロ的な存在ではない。

 さも当たり前の如く仲間面してくるならば慈悲なくぶっ放す……が、今はそんな場合じゃない。

 

「京介、出水達と一緒に本部を目指してくれ……新型以外の多少のトリオン兵だ、お前等なら余裕だ」

 

「任せてください」

 

修……帰ったら夕飯なにか母さんにリクエストしようか

 

「兄さん、こんな時に……」

 

こんな時だからこそ平穏な日々を見せつけるんだ

 

 戦いや非日常にばかり足を突っ込んでいて平和を忘れてはいけない。

 何時も通りの私に対して本気で呆れているが実に私らしいと納得をしてくれたのかクスリと笑ってくれる。この世界に転生をして出来た一番大事なモノを守るためならお兄ちゃんと言う生き物は頑張れるんだ。

 

迅、敵の大将と私が戦うのでいいんだな

 

 修達から離れ、私が先導しながらハイレインが居る場所を目指す。私は最後の確認をしておく。

 

「ああ……ただ、腕の1本は覚悟しておいてくれ」

 

切り落とされるのは勘弁願いたい

 

 内養功で頑張れば取れかけた腕をくっつけることは出来るけども、切り落とされるのは痛い。

 

「ゴキッとやられるだけだ」

 

 全然大丈夫じゃないな。ハイレインがゴキッとやるって言うが、いったいなにをゴキッっとやるんだ。

 

お前と私が連携して奇襲を仕掛ける事は出来ないのか?

 

 ハイレインと真正面から戦うのは、それしかないのならするがそれ以外があるならばそれをしたい。

 練習をしていないが迅の予知があれば即興でもかなり高度な連携を取ることが出来るはずだ。ハイレインを倒しておけば、空閑がヴィザの爺さんをぶっ倒さなくても撤退を考える。いや、遊真ならヴィザを1回きりのやり方で倒すことが出来るか。

 

「そうしたいけど、敵は1人じゃない。オレはもう1人の敵を相手にして足止めしておかないと……君が殺される」

 

全く、今回の敵は骨が折れる……まぁ、あの時の敵と比べればマシか

 

「昴くん、今まで誰と戦ってたの?」

 

教えてほしければ偽造してる戸籍とか地下に眠ってるもののあれやこれやを教えてもらおうじゃないか

 

「それは出来ない相談だ」

 

ならば、私も語らないでおく……答えは既に教えたのだから

 

 RD−1と言うドストレートな答えは教えている。

 そろそろハイレインを視界で捉える事が出来る間合いに入ったので印を結ぶ。

 

煉成化氣、煉氣化神

 

「かめはめ波は効かない、他の技にしろ」

 

 百歩神拳を防御能力が高い奴に撃ったとしても限界がある。

 今日の為に鍛えに鍛えた筋肉(マッスル)は嘘をつかない。岩や鉄筋コンクリートを素手で破壊するその力は本物だ。龍炎拳も打透勁も使わない。他にも色々と技はあるが、生体エネルギー(トリオン)に対しては問答無用でキューブへと変えるので使うことが出来ない。コレが他の相手ならば結界に閉じ込める事とか出来るんですけどね。

 

「来たか」

 

待たせたな、ディスカバリーチャンネル、それともZOOか

 

 わくわく動物園は出水の名言なので私は言わない。

 ハイレインは光る魚をそこかしこに展開しており、生体エネルギーを操る能力で技を使ったとしても確実に防がれてしまう。やはり最後の最後に頼れるのは筋肉(マッスル)か。

 

飛翔浸透脚!

 

 高く飛びながらハイレインが立っているビル目掛けて飛び蹴りを入れる。

 大振り過ぎる隙を大きく生む技なのでハイレインは華麗にバックステップを取って蹴りを避けると、私の蹴りはビルの屋上に大きな穴を開ける。

 ハイレインは雀蜂型の弾を私に目掛けてけしかけるのだが、生身の私には全くと言ってダメージが無い。

 

「っ、貴様本当に生身か!トリオン体でもこの様な事は中々に出来ないぞ」

 

なら覚えておけ。こちらの世界の住人は素手で岩を割れる。剣で鋼鉄を真っ二つに出来る、水の上だって走ることが出来るんだ!

 

 常軌を逸する私の身体能力に思わず声を上げるハイレインだが、スペックだけで言えば私よりもてつこの方が上だ。

 ここからはワールドトリガーに似合わない肉弾戦をする。余計な事は考えない……心を無にする。頭の中を空っぽにする。

 

「ミラ!!」

 

 拳が届くと思った瞬間、ハイレインは声を上げる。

 私の脇腹近くに黒い小さな穴が複数出現し、そこから棘の様なものが生えて私の脇腹を突き刺そうとする。

 

「シールド」

 

 このままいけば私の脇腹は貫かれていた……このままいけばだ。

 迅は私が脇腹を貫かれた未来から逆算をして何処に攻撃が来るのかを当てて、ピンポイントでシールドを展開し私に迫る攻撃を防いだ。

 

「ふん!」

 

 右手の拳に生体エネルギーを纏い、一気に殴ってハイレインを吹き飛ばした……っ

 

「ミスったか」

 

 バク転をして新たに出てくる黒い棘を避けながら呟く。今の攻撃で仕留める事が出来なかった。

 

「大丈夫ですか」

 

「なんとかギリギリのところで防いだ……なんと言う拳だ。トリオン体でなければ確実に骨の1つや2つ、圧し折られた」

 

 殴り飛ばされたハイレインの元に門の様な物が開かれ現れる黒い角の女近界民、ミラ。

 

「エネドラは始末したか?」

 

「はい。泥の王(ボルボロス)も回収し終えました」

 

 ボーダーの本部で原作通りに黒トリガー使いであるエネドラを倒された様で、ミラは泥の王の起動前の物をハイレインに見せる。

 どうにかしてアレを盗むか破壊するか出来ないだろうかと考えるが過ぎたる欲は身を滅ぼしやすい。地獄の転生者養成所でよく言われてた事だ。思い出せ。私は転生者になるべく毎日ゲロを吐きながらも頑張っていたんだ。

 

「(迅、あの女か?)」

 

「(それっぽい)」

 

 私を殺す可能性のある迅が足止めをしておかなければならない強敵かを確認する。

 ミラの顔を迅はバッチリと見ているのでサイドエフェクトが発揮している……

 

「(思った以上に敵の大将を倒すのに時間がかかる)」

 

 ミラの足止めは迅に任せるしかない。幸いにも迅のサイドエフェクトとミラの黒トリガーは相性が最悪だ。

 ミラの黒トリガー、窓の影(スピラスキア)(ゲート)を開く大窓と黒い棘の様な物で攻撃する小窓の2つがあり、未来を視る事の出来る迅ならばそのどちらかが来るのかを見分けることが出来る……が、問題は私の方だ

 

「(防御に力を選り分けている)」

 

 ハイレインを殴ろうと顔に触れようとしたギリギリの瞬間に、私の腕に蜂が当たった。

 生体エネルギー的なのを操って手に集中しているので手に攻撃をくらうと集中している力がトリオンキューブにされる。運動能力で私の方が上だと見積もって私の攻撃を防御するのに意識を向けている。

 

「(あの女の方が危険度は高い。ちょっと撹乱をする)」

 

「(OK、お前のやり方に任せる)」

 

 一人一人を確実に対処できる余裕は無いが、ほんの僅かな隙を作ることならば簡単だ。

 私は人差し指と中指以外を折り曲げて指先に力を溜める。

 

包囲、定礎、結!!

 

「なっ!?」

 

 ミラがプカプカと浮いているところを中心に立方体の結界で閉じ込める。

 やっていることは完全に間流の結界術のパクリだが、コレが1番しっくりと来る。

 

空間を弄る事が出来るのは、お前だけではない

 

「っ、この!」

 

 お前は私に閉じ込められたと少しだけ笑みを浮かべるとミラは見事に乗ってくれた。

 技を発動している私に対して小窓で攻撃をしようとするが迅が分割シールドで確実に防ぎつつミラに目掛けて突撃をする。

 

「そうはさせるか!」

 

 ここでミラを失えば後に大きく響く。ハイレインは突撃してくる迅に向かって雀蜂の弾を撃つが迅はそれを読んでいた。

 迅は足元からエスクードを出現させて高く跳んで攻撃を回避する。

 

「これで終わりだ」

 

 そう呟くハイレインの目の前に小窓が出現し、迅の背後にも小窓が出現する。

 このままだと小窓を経由してハイレインの弾が飛んでくる……このままだとだ。

 

「それは読めてた」

 

 シュンと迅の足から飛び出るスコーピオン。

 先端部分が鉤爪の様になっており、迅が跳ぶのに使ったエスクードを掴むと急降下する。

 

即興の割には随分と芸達者だな

 

「生憎と実力派エリートなもんで……まだイケるか?」

 

まだまだイケる……っ

 

 私の張った結界に弾をぶつけるハイレイン。生体エネルギー的で出来ているのでアッサリとトリオンキューブへと形を変える。

 相手が即死攻撃と奇襲攻撃をしてくる以上は迅に前線に出て攻めてくれとは言えない。予知を利用して防御に集中して貰いたい。ハイレインに関しては完全に私がどうにかしないといけない。一撃をお見舞いしようにも防御に意識を選り分けている為に殴る瞬間に私の手を攻撃できる……殆ど詰んでる状態に近い、が、抜け道や抜け穴が無いわけではない。

 

「どうやら貴様はトリオン体のようだな」

 

 今までの行動から迅はトリオン体なのを見抜くハイレイン。これは迅を潰すのを優先的に狙いに来る。

 他のC級達が攫われるのはどうだっていいが、迅が連れ去られるのはまずい……なら、決めに行くしかないか。

 

 ここが正念場だ。



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37話

風刃三輪を出そうと思ったけどやっぱやめた。奇襲した描写しか浮かばない。

続きを書くぞと思ってもなんかやたらとデジモンとコラボしたネタばっか浮かぶ。


 最後の正念場である戦いにおいて誰が最弱かと言われれば迅だ。

 一見生身の昴が最弱かに思えるが昴は生身の肉体で戦っている為にハイレインの卵の冠を完全に無効化している。更に言えば探知能力と生体エネルギーを操る力を合わせればミラの小窓による不意打ちを完全に防ぐことが出来る。

 対して迅はトリオン体での戦闘をしている為にハイレインの攻撃を一撃でもくらうとトリオンキューブ化してしまう。当然、ミラの攻撃も効く。予知のサイドエフェクトをとことん利用して不意打ちを防ぎ、昴を盾代わりに使うことによりトリオンキューブ化を防いでいる。

 

「っ、まずいな」

 

 ここに来て迅は厄介な未来が見えた。トリオン体である事がバレたので、自身に集中砲火が掛かってくる未来が見えた。

 昴と言う間違った方向で努力し続けた一周回ってバカな男と共に黒トリガー2人を倒すには自身が戦線離脱はあってはならない事だ。この未来を回避する方法は無いかと色々と模索をする。

 

「(昴くん、女の人の方をお願い。手から波ァでいいから)」

 

「(了解)打透勁

 

 己の攻撃の刃は中々に届きそうにない。

 初見殺しの技も迅のサイドエフェクトに掛かれば難無く回避出来るが世の中には来ると分かっていてもどうする事も出来ない攻撃がある。

 具体的に言えばハイレインが虫を使って真正面から攻撃すると同時に虫を別に動かしてミラの窓を経由して背後からの奇襲という二段構えの戦法だ。昴を盾にする事でなんとか耐えているが、何時集中狙いが来るか分かったもんじゃない。

 

「それはもう見飽きたわ」

 

人の技を大道芸だと勘違いしてるな

 

「それはお互い様だろう」

 

「(昴くん、一旦降りるぞ。ここでの戦闘は分が悪い)」

 

 真ん中にどでかい穴が空いたビルの屋上では出来る事が限られている。

 このままいけば前と後ろからの奇襲攻撃にやられてしまい、昴が拐われてしまう可能性もある。

 

「(逃げの一手はいいが、勝算はあるのか?これは防衛戦だが、確実に勝たないといけない)」

 

 目の前にいるのは敵の大将とも言うべき存在だ。それを倒せば確実に相手は帰ってくれる。

 昴と迅の力ならばグダグダと時間を引き伸ばす事は可能だが、それでは自分の首を締める事になってしまう。文字通り、この2人をぶっ倒さなければこの戦いは終わらない。守って耐えての勝利ではない確実な勝ち星を拾っての勝利でなければならない。

 

「(結構難しいけど、オレ達なら出来るさ)」

 

「(オレ達か……私も随分とヤキが回ったものだ)」

 

「(酷くない!?)」

 

 昴にとって迅は生理的に受け付けない相手だったりする。

 それはさておきこのままだとまずいので昴と迅はビルから飛び降りる。無論、そのままストレートに飛び降りると足を怪我するのでジグザグにビルとビルを飛び交って降りる。

 

「どうしますか?」

 

 明らかに迅と昴は誘っている。

 このまま誘いに乗っていくべきかどうかをハイレインにミラは尋ねた。

 

「これが釣りだとしても、行くしかあるまい」

 

 今回の大規模な侵攻の成果と呼べる物は一応は上げれている。

 ただ、それだけではダメだ。今回の1番の目当てが目の前にいる。どうにかしてそいつ等を捕まえなければならない。今回の大規模な侵攻は今までの大規模な侵攻とは訳が違う。なんとしてでも成果を上げなければならない。

 雛鳥ことC級隊員達を攫うことが出来て良かったと終わるのが普通の侵攻だが、今回は違うのである。

 

「……」

 

 金の雛鳥は見つかっていないが、銅の雛鳥を見つけることには成功した。

 なんとしてでも連れて帰らなければならないが些か腑に落ちない。戦わないといけない相手なのは分かるが、もっとなにか重大な事を見落としているのではと。

 ハイレインのその考えは間違ってはいない。本当に直ぐ側に昴を遥かに凌駕したトリオン能力の持ち主である千佳がいた。迅は当初は千佳が狙われる未来に持って行こうとしたが昴が無理矢理その未来を捻じ曲げて自身が狙われる様にしたてあげた。

 

「あの二人を引き剥がさないとオレ達に勝ち目はない」

 

 予知で見える自分達が負ける姿。

 それらは全てハイレインとミラが連携を取っての攻撃に迅がやられてから昴がやられる未来であり、2人をどうにかするには分断しなければならない。

 

そうは言うが、片方は理屈抜きの問答無用のワープ使いだ

 

 ミラの窓の影は戦闘力においては黒トリガーの中でも劣っているものの、機動力に関しては抜群だ。

 どういう原理なのかは不明だが門の様な物を作り出して空間跳躍を行う。2人を引き剥がす事が仮に成功したとしても一瞬で合流される。

 

「ああ、だから引き剥がすと同時に倒す」

 

お前は戦闘能力は高いかもしれんがどちらかと言えば保守的な戦闘スタイルだろう

 

 至近距離にいる彼等2人を上手く引き剥がすとしてもどうすればいいのかと昴は考えようとするがこういうのは迅の仕事であり、今は迅の予知を頼るしかない。二手に分かれた瞬間にぶっ倒す手段はなんとなくで予想がつくが。

 

「エスクード」

 

 ズォンズォンズォンとハイレインとミラの四方を囲むエスクードを出す。

 

今使っていいのか?

 

 奇襲や不意打ち等に使えそうなエスクード。

 相手も学習する人間なのでこんなトリガーもあるのかと学習されてしまえば使いづらくなってしまう。

 

「……後、50秒ちょっと頑張るんだ」

 

世界一長く感じる50秒だな

 

 未来はまだ確定していないが、中々に良い未来が直ぐ近くまでやってきている。

 その未来までのカウントダウンを迅は開始した。それは昴の言うとおり、世界一長く感じる50秒だ。

 

「昴くん、パス」

 

 ここで迅はスコーピオンを1つ作り出して昴に投げ渡す。

 いきなりスコーピオンを渡されて何をしろと言うんだと言いたくなるのが常人だが、昴は賢い転生者だ。迅が特になにも指示せずとも昴はスコーピオンを手に突撃をする。

 

「ここは私が」

 

 今まで2人が大胆に攻めなかった1番の理由、それはミラである。

 ミラの大窓で今いる位置から遥かに遠い所に飛ばされて分断される可能性がある。下手に攻めるべく突撃しにいけば大窓を開かれてしまい、2手に分けられればその時点でおしまいだ。そして今回、それを考慮した上で昴はミラに向かって突撃をした。

 

「唸れ、大地の咆哮(エスクード)

 

 大窓を開こうとした瞬間に迅は昴に渡したスコーピオンを消し、エスクードを昴の足元から囃して無理矢理飛ばす。

 

「なっ!」

 

 確実に昴と迅を分断出来ると思っていたミラは声をあげる。

 予備動作が殆ど無いと言うのに大窓を見破られた。ここに来て迅がなにかしらのサイドエフェクトを持っている事にミラは気付く。

 

打透勁

 

 何度目かとなる打透勁。

 今度は空中から上を取った状態でエネルギー弾を打ち込むのだが、ミラにぶつかる直前にハイレインの虫達が防いだ。

 

「もう少し、もう少しだ昴くん!」

 

お前、こっちは結構大変なんだぞ

 

 後もう少しで未来が確定する。空中で身動きが取れない昴に無茶を言う

 無茶苦茶を言いやがってと昴は愚痴を溢しながらもハイレインに視線を向ける。ミラに撃った打透勁を防ぐべく複数の魚を派遣した為に僅かばかりだが魚の弾幕の盾に隙間が生まれている。

 

霊丸

 

「!?」

 

 その隙間を昴は逃さない。

 人差し指と親指を銃の様に扱い人差し指に力を集中させてエネルギー弾をハイレインの膝に目掛けて撃ち抜く。

 

くそ、どんだけ鈍ってるんだ私の腕

 

 ハイレインの右膝に掠りはしたものの、ぶっ潰す事は出来なかった。

 昴は全盛期と呼んでいる時ならば確実に倒す事が出来たと悔やむ。

 

「いや、それでいい……エスクード!」

 

「っ、しまっ!」

 

 ミラの足元からエスクードが飛び出た。エスクードは壁トリガーであり攻撃性はほぼ皆無で、攻撃を防ぐ壁でしかない。

 エスクードはミラにぶつかるのだが、ここで問題となるのはミラの上になにがあるかという訳だ。ミラの上にはハイレインの魚がいる。

 

成る程、引き剥がすと同時に倒せるな

 

 ハイレインの魚や虫等の卵から生まれるトリオン弾はトリオンで出来た物に当てるだけで問答無用でキューブに変える。恐ろしい力を秘めており、迅はそれを逆手に取った。上空にいるハイレインの魚達に目掛けて射出されたミラは触れてしまった。

 それを見た昴は予知を利用した戦法の恐ろしさを痛感する。

 

「ミラっ!」

 

 自身のトリガーを逆手に使ってこられるのがはじめてなのかハイレインは慌てる。

 移動の要であるミラをここで失うのは大きな痛手であり声を上げるのだが、それが大きな隙を生む。

 

「踵落とし!」

 

 昴はくるりと空中で旋回をしながら踵を叩き落とす。

 手応えが無かったのか軽く舌打ちをする。ハイレインに貼り付いている虫達が昴の攻撃を防いでいた。

 

「申し訳、ありま──せん」

 

 ウニョウニョとミラの体が蠢く。

 このままトリオンキューブになるのだと察したミラは最後の力を振り絞り、大窓を開いて自分達の乗ってきた遠征艇へと戻った。

 

「まさか卵の冠(アレクトール)を逆手に取るとは」

 

「無敵に思えた黒トリガーも弱点だってあるんだよ。お前の場合は諸刃の剣だ」

 

 敵だけでなく味方すらも容赦無くトリオンキューブ化させるのは強すぎる。

 今回はその強すぎる力を迅は利用した。

 

「……」

 

迅、お前になにが見えているかは分からない。だが、これ以上はお前が戦うのは危険だ

 

 予知というチート能力を迅は持っているが、それをどうにかする力をハイレインは持っている。

 ただ純粋な圧倒的な手数での攻撃。迅がスコーピオンの名手でも射手の弾並に攻撃が飛んでくると全てを捌き切る事が出来ない。なにかの拍子で迅を失うことはあってはならない。

 

「任せてもいいのか」

 

バカを言え、任すのは私の方だ

 

 近界民封じと書かれた徳利を昴は取り出した。

 

この中に1番最初に封じ込めないと危険だと感じた近界民を封じている。コイツを会社に提出してやりたいが餅は餅屋、お前に任せる

 

 1番最初に封じ込められたヒュースを今ここで使う。

 交渉の切り札と言わんばかりに徳利を迅に見せつけると迅はその徳利を受け取った。

 

「昴くん、これ終わったらボーダーに入らないか?」

 

ボーダーだと私のやりたい事は出来ない……スカウトしたいならもっと高待遇を寄越せ……言っておくがこう見えて私は高い人間なんだ

 

「……うわぁ、なんか根付さんが顔真っ青にしてる……勝てよ」

 

「了解」

 

 もうここには街の人達もC級隊員達もいない。

 迅は戦線離脱だと言わんばかりにこの場から去っていき、修達のいる本部付近を目指す。

 

「待たせてしまって申し訳無い……あんたを倒す」

 

「倒すだと……随分と変わったトリガーを使っているようだが、調子に乗るな!!」

 

「っぐ!」

 

 ここに来て、ハイレインの頭に血が上る。

 ミラがやられたので撤退するのを視野に入れるのだが、まだ終わっていないと言わんばかりに昴の顔に拳を叩き込んだ。

 

「お前の超人的な運動能力は見事だが、生身である事には変わりはない……ここまで来て何一つ成果を挙げられないのはあってはならない事だ。ここでお前を倒して連れ帰らせてもらう!」

 

「貴方も予想していなかったんじゃないですか、ここに来ての原始的な戦闘に!」

 

「ああ、こんな事になるとは思っていなかった……玄界は謎だらけだ」

 

 ここに来ての殴り合いによる原始的な戦闘が行われる。

 近接格闘では昴の方が上なのか昴の拳は叩き込まれるのだがハイレインに届かない。頭に血が上っていても、爪を誤らない。

 トリオン体の運動能力に身を任せて昴に殴りかかるのだが昴はそれを簡単にいなす。

 

「便利なトリガーを使って初歩的な部分が疎かな様ですね」

 

「っぐ」

 

 トリオン体での運動能力は遥かに生身の肉体を凌駕しているのだが目の前にいる昴にはその力は通じない。

 何発かハイレインも昴に拳や蹴りを当てることに成功している筈なのに昴は微動だにしない。

 

「貴様、どういう人体構造をしている。並大抵の人間ならば骨は粉々に砕かれているぞ」

 

「決まっているでしょう。私は並大抵の人間じゃない……今日に至るまでに平和に過ごしていたと思っているのですか!」

 

 ここで少し、ちょっとだけ昔話をしよう。なんだかんだで賢い犬リリエンタールの原作を終えた昴達だったのだが、そこで様々な問題が生じた。

 

 黒服の組織のトップが急にシュバインに変わったりする交代劇が起きて、一部の幹部等が異議を申し立てた。無論、その異議を予測していたシュバインはいきなり組織のトップに立とうとはしなかったのだがここから更に問題がある。

 

 何処からかは不明だが黒服の組織のトップが不老不死を目指して後一歩のところで失敗をしたという情報が流れた。世に蔓延る金持ち達はその情報の真偽を確かめた結果、事実だと判明した。

 

 するとどうなったのか?ボーダーが世に姿を現したお陰で騒動は比較的に直ぐに収まったのだが、リリエンタールを狙った黒服の組織以外のヤバい奴等と日野家と戦わなくならなければならなかった。そしてその過程で昴は実弾入りの拳銃で撃たれたりした。

 

 己の弱さを知って何れはやってくるかもしれない脅威に昴は備えてライトニング光彦に弟子入りをしたりして軽く生死を彷徨うんじゃないかと思える厳しい訓練を続けながら裏社会のヤヴァイ奴等と戦い続けていた。

 

「あのお爺さん程に老練はしていませんが、貴方を倒すことが出来るぐらいには鍛え上げています」

 

 なにも昴はサボっていたわけじゃない。備えていなかったわけじゃない。

 こんな日がやって来ても問題無いように鍛えはしている……いや、普通にトリガーを使ってボーダーで訓練しろよとは言ってはいけない。結果を出しているが明らかに間違えた努力はしている。

 

「それに貴方は1つだけ大事な事を見落としている」

 

「大事な事だと?」

 

「こっちの世界の方が武術が発展してるんですよ」

 

 何時ぐらいからかは不明だが、向こうの世界の住人達はトリガーを用いた戦いをしている。

 トリガーを用いた技術においては戦闘を含めた全てで上回っているのだろう……ただし、こちらの世界がそれを理由に劣っているとは言えない。こちらの世界でなにも無かったわけじゃない。

 

「源平合戦に長篠の戦い、西南戦争、第二次世界大戦……お前はこっちの世界に詳しくないから言っておきますけど、我が国は世界最古の国……アメリカもモンゴルも中国も攻め落とせなかったんだ」

 

「それはまた随分と大層な国だな」

 

「極東の島国だからといってナメるな」

 

 攻撃を流していた昴は攻めへと転じる。

 ハイレインの顔に目掛けて殴りかかりにきたので寸でのところで避けるのだが吹き飛ばされる。

 

「山突き!」

 

 上段突きと中段突きを同時に行う事で顔とお腹を同時に殴った。

 顔に攻撃がやってきたと勘違いをしたハイレインは殴り飛ばされる。

 

「ソーク・クラブ」

 

 ダメージは無けれど、体はフィードバックで浮く。

 間髪入れずに肘を顔面に目掛けて叩き込むのだがハイレインは肘を突き上げた。

 

──ゴキリ

 

 肘を肘で突き上げた結果、昴の右肘から鈍い音がした。

 

「これかっ」

 

 迅が予知で言っていたゴキッと折られるとはこの事かと納得する。

 右肘に激痛が走り目元に涙を浮かべる昴だが、泣いている暇はない。コレよりももっと痛いのを……自殺という苦しみを過去に味わっているのだから泣き言は言ってられない。

 

硬功夫(イークンフー)

 

 激痛に耐えながらも昴はもう片方の腕で手刀を叩き込む。

 狙うならばここだ。首元目掛けて叩き込んだ手刀は首筋に当たる直前に発光してハイレインの首を切り落とした。

 

「……」

 

「ありえないと言った顔ですね」

 

 陽動作戦は完璧だったにも関わらず、自分は表に出てしまい更には返り討ちにあってしまった。

 何処で作戦を間違えてしまったのかと深くハイレインは考える。

 

「貴方が私に目をつけた時から貴方は既に術中にはまっているんですよ」

 

「……まさか!」

 

「ええ、そのまさかです……私は陽動です」

 

 昴は陽動……それが意味する事がなんなのかハイレインは気付く。

 

「金の雛鳥がいたのか」

 

 目の前にいる昴よりも遥かにトリオン能力に優れた人物が何処かにいた。

 何かしらのキッカケで見つけられる筈が昴の最初の派手なアクションで見つけられずにいた。

 

「そういうことだ……このままお前を気絶させたいが、無理っぽいな」

 

 ジッと虚空を見つめる昴。

 するとハイレインの直ぐ側に門が開いて、そこから元の姿に戻ったミラが現れる。

 

「ハイレイン殿、大変ですヴィザ翁が」

 

「なに……」

 

「どうしますか?」

 

「……撤退だ」

 

 戦力として最大の存在であるヴィザもやられてしまった。残すトリガー使いはミラだけとなりハイレインは撤退を余儀なくされる。

 

「次は必ず貴様と金の雛鳥をいただく」

 

「なら次は本気で挑ませていただきます」

 

「まだ本気でなかっただと」

 

「ええ、まぁ」

 

 てつこに取り上げられた物があれば、もっともっと効率良く出来ていたかもしれない。

 ともあれ退いていくハイレイン達を腕一本で相手にしようとは思えない昴はそのままハイレインの撤退を見守る。

 

「レプリカ、空閑くんは勝てましたか?」

 

『ギリギリの勝ち方をした。ユーマだからなんとかなったが、恐らくは2度目は無いだろう』

 

 原作通りの勝ち方をしたと知って昴は少しだけホッとする。

 今回の大規模な侵攻、なんとか勝つことが出来た。1番のいい結果とは言い難いがレプリカ大先生を生き残らせる事に昴は成功した。

 

「ここからはボーダー隊員に任せるか」

 

 残る残兵処理をボーダーに任せた昴はつけていたマスクを外して素顔になると帰路につくのだが三輪と遭遇した。

 

「三輪くん、どうも」

 

「三雲……お前、その腕は」

 

「敵の大将を倒すのにね」

 

 プラーンプラーンと揺れ動く腕。見た目は軽そうにしているが結構な重症である。

 

「……前にお前の親に怒りの矛先を空閑に向けて八つ当たりしていると言われた」

 

「そうですか。実に母さんらしいですね」

 

「確かにそうかもしれない……だが、俺にとって近界民(ネイバー)は敵だ」

 

「そうですか」

 

 母こと香澄に色々と言われた後に本人なりに気持ちを整理した。

 以前よりはある程度は落ち着くことが出来たものの近界民を憎む気持ちは変わりはない。

 

「お前にとって近界民(ネイバー)はなんだ?」

 

「そうですね……貴方の定義する近界民(ネイバー)と私の定義する近界民(ネイバー)は違いますがそれでも言えと言うならば、敵ですよ」

 

「!」

 

 修や玉狛同様に近界民と友好的にしようとしている派閥の人間だと思っていたのか三輪は意外そうな顔をする。

 

「私はね、空閑くんを近界民とは思っていないんですよ。空閑くんは別の国から来た人間、そう思っていて近界民(ネイバー)という人種に括っていない。私にとって近界民(ネイバー)は普段襲ってくるバカ野郎達です」

 

「……そうか」

 

 あくまでも遊真は近界民でなく近界から来た人間だ。昴もそう思っている事に三輪は納得する。

 

「待て、その怪我だ。手当をするなら病院に行くよりも本部に」

 

「折角カッコよく敵の大将をぶっ倒したんですから、カッコよく去らせてください」

 

「……お前は、なんなんだ」

 

「ただの弟が大好きなお兄ちゃんですよ」

 

 昴を表すならただのブラコンで、ここまで頑張れたのもそのブラコンのお陰である。



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38話

「ふぅ〜なんとかなったぁ!」

 

 昴がハイレインを倒して撤退を開始した。サイドエフェクトで相手の国が完全に撤退していく未来が見えた迅は声を上げて体をググっと伸ばす。

 不安要素だらけだった未来が今やっと確定をしてくれた……残すところは敗残兵もといトリオン兵の処理だけだ。

 

「城戸さん、終わったよ。昴くんが敵の大将を倒してくれた」

 

 1番の佳境は乗り越えたので迅は城戸司令へと報告をする。

 

『迅、お前から見てコレは何番目の未来だ?』

 

 他にも幾つか可能性があった筈。結果だけが全てだが念の為だと城戸司令は問いかけた。

 

「上から2,3番めの未来ですね……流石に何名かは拐われてるみたいです」

 

 酷い未来を言えば修が死んで千佳が拐われる未来があった。

 その未来を色々とやって回避することが出来た。特に昴が1番最初に起こした行動が大きく、千佳が狙われると言う未来のルートを真っ先に潰した。その上で道中に現れたラービットを魔法の力で無害なウサギへと変えたことでトリオン兵にA級やB級が拐われる未来を回避した。

 今回拐われてしまったのは訓練生であるC級隊員達で正隊員の被害者は0だが、残念な事に死傷者が出てしまっている。

 

『三雲昴はどうした?』

 

「このまま病院に向かってるみたいですよ」

 

『……奴に情報を漏らしたのか?』

 

「言っときますけど、ボーダーの規定に引っ掛かることはなにもしてないですよ」

 

 トリガーの横流しもトリガーを用いて危害を加える等の行為も一切していない。

 昴についてグイグイと聞いてきそうなので先に釘だけは刺しておく。協力してくれと依頼はしたもののボーダーの規約には一切引っかかっていない。精々言うならば大規模な侵攻がある事を教えたぐらいだが、大規模な侵攻が起きる事を分かっていたようだし。原作知識のお陰だがそれっぽい理屈を昴は並べている。

 

「昴くんの事が気になるのは分かりますけど、彼は逃げはしません。こっちから会いに行けばちゃんと会える存在です……なにより戦うのは得策じゃない」

 

 聞きたい事から迅は城戸司令が昴を危険視している事に気付く。

 それもその筈だろう。素手でトリオン兵を倒すどころか相性がいいからと言って黒トリガーを撃退するとか言うとんでもない事を今回成し遂げたのだから危険視をするなと言うのが無茶である。どうにかしたいのは分かるが昴はあまりにも危険すぎる。

 予知のサイドエフェクトで断片的に見えているがこれから厄介な未来が待ち構えている。自分が出てどうこう出来る未来じゃないので言うべきかと悩む。

 

『彼をスカウトすることは出来るか?』

 

「無理ですね……A級からスタートする好待遇でも乗ってきません」

 

 なんとかして昴を引き入れたい城戸司令だが、そんなに昴は安くはない。

 最初から超好待遇でスタート出来る条件下でも昴は乗ってこない。その条件でも乗らないのでどうすれば乗るのかと考えていると迅はある未来が見えた。

 

「でも、近い内に会うことになります……オレのサイドエフェクトがそう言っている」

 

 それは昴がスーツを着てボーダーにやってきている未来だ。

 見たことが無い人がボーダーの上層部達の顔を真っ青にしているところからロクな未来が待ち受けていない。回避しようにも直接殴り込んでいる訳じゃない。予知という便利なサイドエフェクトは持っているが、出来ることは限られており回避しようにもやり方が未だに見えていない。

 

『そうか……迅、直ちに残りのトリオン兵を』

 

「そうしたいのは山々なんですけど、他にやらないといけない事が出来まして」

 

 手が空いているならば残すトリオン兵を倒しに行ってもらおうとするが先に断られる。

 アフトクラトルが完全に撤退をした今ならばやらなければならないことがある。恐らくは昴はそれを考慮した上で自分に渡したのだろうと近界民封じと書かれた徳利を取り出した。

 

「これは……栓を引っこ抜けばいいのか」

 

 ポンッと徳利に蓋をしていた栓を引っこ抜いた。

 すると徳利にはヒビが入り、パリンと粉々に砕け散ると中にはトリオンキューブの様な物が入っていた。

 

「うぉ!」

 

 ピカァっと眩く発光するトリオンキューブ。

 徐々に徐々に形が大きくなっていき人型に変形していき、最終的には本来の姿に……アフトクラトルのヒュースへと戻った。

 

「っ、ここは!?」

 

「よう、目が覚めたか」

 

 徳利の中に封じ込められていた間の意識は無いのか辺りをキョロキョロと見回すヒュース。

 完全に意識が戻って状況確認をしたところで迅が声を掛けるとヒュースは辺りに黒い欠片を展開する。

 

玄界(ミデン)の兵、ここは何処だ!」

 

「三門市……お前達がさっきまで襲っていた場所だよ」

 

「オレにいったいなにをした!!」

 

「話してやるから一旦落ち着かないか、ここでどんぱちやり合うのは無しだ」

 

 何時戦いになってもおかしくない一触即発の空気が流れる。

 このまま戦いに入る未来が見えているので迅は慎重になる。戦うのはどちらにとっても意味が無い。

 

「……!」

 

「気付いたか。戦いはもう終わりだよ」

 

 念話でアフトクラトルと通話をしようと試みるヒュースだが、一切の反応がない。

 それもそうだろう。既にアフトクラトルは三門市から完全に撤退をしたのだから通信を取ろうにも取れない。まぁ、仮に通信が取れたとしても向こうからの応答は無いのだが。ともかく戦闘は完全に終了していると迅はヒュースを見つめる。

 

「こりゃあ危険だな」

 

 可能性が大幅に減った戦う未来の中で苦戦している自分が見えた。

 黒い欠片を磁力の様な物で操り、攻撃以外にも多彩な技を使っている。昴が真っ先に危険だと封印をした事に迅は納得がいった。

 コイツをもし封じ込める事が出来ていなければ、もっともっと苦戦を強いられていた事だろう。

 

「っと、来たか」

 

 遠征艇が帰ってしまった以上はどうする事も出来ないがヒュースは警戒心を強めながら睨んだ。

 

「そう警戒をするな。悪いようには扱わない」

 

 乗れよとやってきた車を親指でクイッと指差した。迅は近界民の捕虜を捕らえた。

 殆ど昴が捕らえたみたいなものだが昴の事を話題に出すのはボーダー上宜しくないので迅が捕らえた事になった。こうしてホントのホントに、第二次大規模侵攻は終わった。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 あの後、病院に行った結果骨がそこそこ折れていた。具体的に言えば肘だけでなく足や肋にもヒビが入っていた。

 入院をするかしないかを患者の俺に委ねるレベルでの大怪我だったのでここはと渋々入院する道を選んだ。

 

「あ〜くそ、今になって痛みがやってきた」

 

 ボキッとやられた瞬間は痛みで泣きそうになったものの、耐えれた。

 しかし時間が経過した事で私の中のアドレナリンは完全に無くなってしまい激痛が襲ってきた。こんちくしょうめ。

 迅に魔封波で封じ込めたヒュースを渡したがどうなったのだろうか。修にも一応は守秘義務の様なものがあるので聞くに聞けない。

 

「暇だな」

 

 利き腕が折れて包帯を巻かれているので携帯を弄る事が出来ない。

 折角出来た休みなのだからもっと有意義に過ごしたい……嫌なアルバイトを考えなくて済むのはいいことだ。今回の一件についてなにか知っている事を教えろと言ってきている。なんでも聞けば分かると思っているよ社長は。

 

「修が来たらポータプルDVDプレイヤーでも買いに行かせるか」

 

 幸いにも迅の今回の戦功の報酬を丸々と貰える。これで将来の夢であるキャンピングカー日本一周の旅に出る為の資金が潤う。

 中型の新品のキャンピングカーって結構な値段がするし、それに加えて遊興費を稼がないといけない。結構稼いでいるけどまだまだ稼いでおかないと。修よ、お見舞いに来いと強く祈っていると病室をコンコンとノックされた。

 

「失礼する」

 

「……これはまた随分と大物が出てきましたね」

 

 やることもなくて暇を持て余していると、その暇を一瞬で消し飛ばす人がやってきた。そう、ボーダーのトップである城戸司令だ。

 なんだかんだで1度も顔を合わせた事の無い間柄で今回初の顔合わせだが不思議と緊張はしない。やはり母の方が威圧的で恐ろしい……ヤクザ顔の男よりも恐ろしい母っていったいなんなんだ。

 

「私になにか御用でしょうか?」

 

 ボーダーの戦闘に加わり、敵の大将をぶっ飛ばしたのはボーダーとしてはあまり宜しくない。

 今回敵の大将を倒したのは迅と言うことになっている。名誉よりも金の方が重要な私にとってそれは然程気にする事ではない。ポイントとか貰っても腹の足しにもならない。多分、私がボーダーに入ったらランク低い隊員だ。

 

「先ずはお礼を言わせていただく。今回の第二次大規模侵攻、ボーダーは万全とは言い難い状況だった」

 

「全くですね。外部スカウトもいいですけど、A級が真っ先にぶっ倒されるのは問題です……なんの為の予知なんですか」

 

 ボーダーの外部スカウトが忙しいのは分かる。しかしそれを考慮しても三門市の方が大事な筈だ。

 迅の予知で何処かの国が攻めてくるのが確定だったらボーダー隊員達には無理を言ってでも多少の行動を制限してもらう事も出来た筈だ。無論、ボーダーは民間企業なのでそういうことをしたら一種のパワハラになる。

 

「耳の痛い話だ……君が敵の大将と先兵を引き受けてくれたお陰で被害は最小限に抑える事が出来た。誠に感謝する」

 

「それはどうも。でも言っておきますけど私はボーダーの為でも街の為でもない、修達の為に戦いました。そこだけは勘違いをしないでいただきたい」

 

 ベジータ面をしてさも当たり前の如く仲間になるのは普通に嫌なので線引はしておく。

 何度か似たような事を言っているのでそこに関しては深く言ってこない。

 

「君は……深く踏み入れるつもりは無いのか?」

 

「それは修達の事ですか?修も千佳ちゃんもああ見えてしっかりとしている。私が力を貸しすぎれば2人が本当の意味での成長をしなくなる。今回はそんな事を気にしてる場合でも言っている場合でもないから手を出したけど、基本的には見守るだけですよ」

 

 何処ぞの森と同じだ。私はただただ見守るだけだ。

 答えは既に知っているが、人間は色々と試行錯誤を繰り返す事で血となり肉となるものだ。まぁ、世の中にはそういう過程を色々とすっ飛ばすとんでもない化け物染みた存在がいるが……ああ言うのは特例中の特例で、私はそれに分類されていない。

 

「聞かれたら色々と言っちゃったりしますが」

 

 とはいえ、私という人間は非常に甘い。何度か黒江を突っぱねているのに色々と教えているのがいい証拠だ。

 

「そうか……1度だけ聞こう。ボーダーに入るつもりは無いか?」

 

「それは貴方達の傘下に付けと?」

 

「……そうなるな」

 

 もうちょっとオブラートに包むことは出来ないだろうか……いや、騙す事はしたくないのだろう。

 

「私を従えようとした組織は過去に色々といた。時には黒(服)の組織、時には警察公安委員会、時にはFBI、時にはMI6と……」

 

 思い出すな。何処からか情報が漏洩したのか黒服の怪しい奴等が家にやってきたのを。

 あの時は何処が私をスカウトするか揉めて最終的には金払いの良さと何時でもやめれるという高待遇で社長の下についた。

 

「君は生身でトリオン体を倒すことが出来る様だが、何故その様な事が出来る。もし差し支えが無ければその方法をボーダーに伝授していただきたい。無論、それ相応の報酬は支払おう」

 

「それは出来ない話です……私がなんでこんな事が出来る様になったのか、答えだけは迅に教えています……まぁ、その様子から察するに何一つ進展が無さそうですね」

 

 RD−1=リリエンタールと言う事に気付いていない。

 リリエンタールだけで言えば隣町である蓮乃辺市を調べればあっさりと調べがつくのだが、RD−1がなんなのか分かっていない。RD−1については日野博士達が情報規制をしているので並大抵の探偵では見つけることが出来ないだろう。

 

「私が強くなれたのは修という弟に見栄を張る為で、力を手に入れたのはRD−1のおかげ……城戸司令、1つだけ忠告をしておく」

 

「なにかね?」

 

「修を相手に油断をしたらダメだ。アイツは常軌を逸脱した天性の才能を持っている」

 

「才能……兄の君にハッキリと言うのは申し訳無いが彼からは才能の様な物を感じない」

 

「それがあるんですよ。努力云々で手に入らない、豊臣秀吉や劉備玄徳が持っていた天性の人たらしの才能が」

 

 戦闘関係や知識関係は極端な話をすれば努力すればどうにかする事が出来る代物だ。

 現に私という凡人がここまで来れたのも何百何千と言う努力が実を結んだから……いや、私は微妙に才能あるな。

 修には殴り合いの才能もなく知略もそこそこだが、多分ワールドトリガーと言う作品に出てくるキャラクターの中でもぶっちぎりの人たらしの才能を持っている。それだけは言える。

 

「だから、油断をするととんでもない事になる可能性がありますので気をつけてくださいね」

 

 既にもうボーダーの中枢に魔の手が届いてしまっている気もするが、その辺についてはどうにかしろと思う。

 

「それとまた似たような状況になろうとしたら私を雇う事も検討していてください。敵の黒トリガー1人くらいならどうにかなりますので」

 

「忠告感謝する……では、失礼する」

 

「ええ……いずれまた近い内にお会いしましょう」

 

 予知のサイドエフェクトなんて便利な物を持っているわけじゃないがハッキリと言える。

 近い内に私、と言うか私のところの上層部がとんでもない事をしでかすことを……ま、キッカケはボーダーになるのだから自業自得だろう。

 

「兄さん、入るよ」

 

「やっと来てくれた……っと、2人も一緒ですか」

 

 城戸司令が去って直ぐにやって来たのは修と千佳と空閑だった。

 見舞いの品だと思える果物を持ってきてくれているのはありがたい。病院食そこまでなんだよな。

 

「ども」

 

「もう起きても大丈夫なんですか?」

 

「ハッハッハ、千佳ちゃん忘れたのか?私には治癒能力があることを……通名賢氣、骨禎枸根、黄考建中」

 

 本来ならば寝ていないといけないぐらいの重症だが、私には生体エネルギー的なのを操って治癒する内養功の術がある。

 折れている右手の肘の部分を左手を翳してポワァと暖かな光で包み込んでゆっくりと治癒している。

 

「そんな便利な技があるのにどうして直ぐに治療しないんだ?」

 

「ボーダーから慰謝料ぶんどろうと思いまして」

 

「オサムのお兄さん、つまんないウソつくなよ」

 

「バレましたか……まぁ、一言で言うのが難しくて身を隠すには怪我した方が効率が良いんですよ。診断書と言う最高の武器があれば尚の事よし」

 

「兄さん、またなにか危ない事をしようとしてるの?」

 

「いやいや、私は平和と特撮を愛する一般人……危険な事はしたくはありません」

 

 私のことだからまたなにかを企んでるんじゃないかと疑われるが、私だって好きで危険な道を歩んでいるんじゃない。

 もうちょっと平穏に過ごすことは出来ないかと思っているが転生者に、兄に平穏な日常は早々に訪れない。上から今回の一件なにかを知っているなら教えろとか言われている。怪我してなにも覚えてないで知らんぷりを決め込まねば。

 

「空閑くん、あのお爺さんを引き受けてくれて本当にありがとう。今の私だと足止めすら出来なかった」

 

「礼なんていいよ。おれも1回しか使えない方法で倒したから次は無いだろうし、多分ボーダーの誰が出てもあの爺さんには勝てない」

 

『使い手とトリガー、共に強力だったと言える』

 

「そうか……3人には言っておくけど、こう言った有事の際には私も出る。けど、今から暫くはそんな時が来ない……その間に3人には試練というか試験が待ってる」

 

「ランク戦、ですね」

 

「そうそう……そういえば2人はB級に上がれそう?」

 

 ふと、気になったので聞いてみる。

 原作では千佳は空閑と修のポイントを使ってB級に上がり、空閑は自力でB級に上がったのだがここでは修の功績らしきものは一切無い。

 

「迅さんと空閑が今回の戦功で得たポイントを千佳に譲ることで千佳をB級に昇格させるって……今回はなんとか逃れたけどもしかしたら千佳が狙われていた可能性もあるって林藤支部長がゴリ推してくれて」

 

「おれは自力で上がります」

 

 どうやら私の心配は杞憂に終わったようだ。

 まぁ、今回のあのグラサンの戦功は大体が私のお陰でギャラは私に、ポイントは千佳にで折半しておかないと性に合わない。

 

「千佳ちゃん……大丈夫ですか?」

 

「……?」

 

「ああ、すみません。言葉足らずでしたね。このままB級に上がったとして戦えますか?」

 

「っ……」

 

 雨取千佳は人を撃ちたがらない。諸事情がある故に撃てない。

 狙撃手として真面目に頑張りそれなりの腕を有しているだけでなく規格外のトリオン能力を有している。技術そっちのけでトリオンによるゴリ押しだけでボーダーのトップと争えるぐらいに凄まじいものだが肝心の対人戦が出来ない。

 

「君が戦闘民族BORDER共と違ってトリオン以外は基本的には非力な一般人なのは知っています。でこれから先、貴女が進みたいと思っている道は弱い人間は搾取や淘汰される世界でもある……力を強さに変えなければ一歩も進む事は出来ません」

 

 でも、そんな泣き言を言える立場じゃない。自らで戦おうという意思自体は持っている。

 ならば撃つしかない。周りはそんな事をしなくてもいいなんて優しい言葉をかけるのだろうが私は違う。

 

「やれる事を全てやってみて、それでも強さが欲しいのなら本当はやってはいけない事ですが相談に乗るし、力を貸す」

 

「力を貸すってオサムのお兄さん、ボーダー隊員じゃないだろう。どうすんの?」

 

「なに、ちょっと千佳ちゃんに催眠術を掛けて一時的に人を撃てる様にね」

 

「兄さん!!」

 

「修、怒るぐらいなら考えろ。このまま人が撃てないならどうやって戦うのかを。修も千佳ちゃんも既に基礎的な土台は固まっている。そろそろ自分の能力に見合ったスタイルを身に着けていく時期だ」

 

 守破離で言うところの破を修や千佳はする段階に至っている。

 トリオンと言う1つのどうしようもない才能と向き合って自分なりの個性を合わせて戦わないといけない。その為には修の天性の人たらしの才能を思う存分に発揮して師匠を増やすしかない。本音を言えば私が横からああだこうだ言いたいけど、それだと本当の意味で修が成長をしなくなる。

 

「ともかく上に上がる事に関しては私は口出しをしない。それと……いや、これはいいか」

 

「?」

 

 もっと言っておきたい事はあるけども、今はこれだけにしておく。

 

「さ、私に構ってる暇があるなら早く修行をするんだ。特に空閑くん、君はチームの大事なエースなんだから一刻も早く正隊員のトリガーに馴れておかないと」

 

「オサムのお兄さん、おれにはなんも言わないよな」

 

「君は放っておいても勝手に強くなれる。それでもなにかアドバイスが必要なら1つ……ゲーム感覚にならないでくださいね」

 

 空閑の事ならば大丈夫だとは思うけど、ランク戦をeスポーツ感覚で遊んでいる阿呆が多い。

 モノホンの戦場を渡り歩いた空閑ならばその辺の切り替えはちゃんとしているだろうが……万が一が恐ろしい。

 

「兄さんバナナを置いておくね」

 

「1日でも早く退院出来ますように」

 

「じゃ、また」

 

「ええ、頑張ってください……」

 

 あ、ポータプルDVDプレイヤー買って来てって頼むの忘れてた。

 修達が完全に去っていった後にその事に気付いたのでどうしようかと悩む。

 

「よっ!名誉の負傷だってな」

 

「ナイスタイミングです、出水くん」

 

 その悩みもあっさりと解決した。出水と米屋がやってきたのでパシらせた。




昴はその気になれば催眠術の1つや2つ、使用できます


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39話

「……ふぅ、終了っと」

 

 出水達が見舞いに来てから数日経過した。

 私は生体エネルギー的なのを操る力を用いて全力で治癒にあたり折れていた腕やヒビの入っていた骨をあっという間に治した。病院側はなんでこんなに治癒が早いのかをドン引きしていたが、これぞ内養功の力なのである。

 

「ほんと、三門第一高校は謎だ」

 

 ボーダーを理由に学校を休んだ奴の為に課題を用意されていた。

 私はボーダー隊員でなくたまたま警戒区域のところにいて怪我をしてしまった事になっているので課題は一切出されていない。

 とはいえ、宿題や課題があるかないかと言われればあるとしか言えず、私はそれを片付けておいた。こんだけやっても普通にボーダー隊員の生徒を卒業させるんだから、うちの学校、金の1つや2つ握らされてるんじゃないのかと疑う。

 

「ここをこうして、こうすれば解けるんだ」

 

「なるほどなるほど」

 

 今日は空閑が家にやってきている。なんでかと聞かれれば勉強をするためである。

 中学3年生の修と空閑は究極の闇である裏口入学で三門第一高校に入学をするのだが、だからといって空閑の残念な成績を放置する訳にはいかない。こういうところは面倒見の鬼なんだよ、うちの弟は。他では出来ないな、うん。

 

「頑張っているな、2人とも」

 

「オサムのお兄さん……ここが滅茶苦茶難しい」

 

「どれどれって、分数の足し算じゃないか」

 

 分数の中でも比較的にやりやすい問題だ。

 ここで苦戦をしているということは相当に成績が悪い……異世界暮らしだから仕方がないか。

 

「ここは分数を」

 

「こら、兄さんに答えを聞き出そうとするんじゃない」

 

「使える物はなんでも使わないといけないだろう」

 

「自力で解かないとお前の為にならない」

 

 どうやら私は利用されかけていた様だ。

 意外とこういうところはちゃっかりとしているな……別に教えても問題無いんだが、修もこう言っているし心を鬼にしないと。

 

「郷に入っては郷に従えと言います。こちらの世界の住人になるならばある程度は勉強しないと……ましては今度から入る高校で赤点を取ってしまうと修の迷惑になりますよ」

 

「赤点取ってもそれはおれの問題じゃん」

 

「いえいえ、そうはいきません。赤点を取ると追試や補習が待ち受けています。それを受けるだけでも通常よりも余分に時間を食ってしまいます」

 

 そうすればランク戦で遊ぶ時間が減ってしまい、勉強に時間を費やさなければならない。

 色々な人が色々な意味で悲しくなってしまう事なのでなんとしてでもそれは阻止しなければならない……とはいえだ

 

「小学生からやり始めて今から高校生の勉強を予習するなんてのは難しい。今後授業で出てこなさそうな部分は切り捨てておいてもいい」

 

「兄さん、そういうのはよくないよ」

 

「ですが、実際問題どうするのですか?今から小学生レベルの問題からやり直していては時間が足りない」

 

「それは、そうだけど」

 

「まぁ、今後の事も考えておかないと色々とね……」

 

「今後の事?」

 

「おっと、忘れてくれ。今気にしなくていいところだから」

 

 いけないいけない。私という人間は甘くて怠惰なところがあるからついうっかりと口が滑ってしまう。

 修は今は空閑くんの事やランク戦の事に意識を持っていっておいたほうがいい……余計な事を考えさせてはいけない。

 

「ん、お客さんか」

 

 ピンポーンとインターホンが鳴る。千佳が来たのかと気配を探ってみるものの会ったことのない気配だ。

 部屋を出て階段を降りていき玄関のドアを開こうかと思ったが先に母さんが動いていた。

 

「はじめまして、三雲修くんのお姉さんですね。私はボーダーの外務営業部長の唐沢と申します」

 

「母です」

 

「え?」

 

「姉ではなく母で四十手前のおば」

 

「ローキック」

 

「痛い!」

 

「……修くんは居るかい?」

 

「居るには居ますけど空閑くんと一緒に勉強中でして……急用な感じ、ですかね」

 

「ああ、出来ればここに呼んでほしい」

 

 何をしに来たのかは原作知識から薄々察する事が出来る。

 私があれだけ頑張ったのに上は面倒な事に評価してくれないとなんとも言えん……まぁ、いいが。

 

「えっと、唐沢さん?」

 

「む、誰だ?」

 

「ボーダーの外務営業部長、外交をしてて金集めとかやってる人ですよ」

 

 殆ど初対面に近い修と初対面の空閑。取り敢えずどんなひとなのかを直ぐに納得をしてくれる。

 

「ちょっとついてきてほしい。ああ、別に説教とかそんなんじゃないよ」

 

「えっと」

 

 いきなりの呼び出しなので戸惑う修。

 空閑が反応をしていないので本当に説教とかはしてこないのだが、じゃあなんだとなる。

 

「それっておれもついていって大丈夫な事か?」

 

「見るだけなら特等席を用意しよう。お母さんもお兄さんもどうですか?」

 

「あら、完全な部外者もいいのね」

 

「呑気に言ってる場合じゃないよ。これ完全に厄介な案件だ」

 

 誘ってくれるとは思いもしなかった。

 しかしそれぐらい厄介な案件を抱えているんだろうと唐沢さんが用意した車に乗っていくとそこは三門市役所だった。

 

「三門市役所……ここでなにがあるんですか?」

 

「大怪獣の後始末、と言ったところか」

 

 具体的な答えを言わない唐沢さん。

 とにかく連れてきて貰った以上は行くしか道は無いのだと足を進めるとそこは記者会見場だった。

 

「この前の大規模侵攻のゴタゴタが一段落したからね、世間に色々と発表しないといけない」

 

「それとオサムがなにか関係あんの?」

 

「見ていればわかる」

 

 確実にロクな事にならない空気を醸し出している。

 修に万が一の事があればと空閑は警戒心を剥き出しにしているがそれではダメだ。今回は暴力を使わずに勝たなければならない。

 

「これより第二次大規模侵攻についての記者会見をはじめます。まず皆様のお手元にあるパンフレットの通り、今回の被害について書かれております。人的被害が0とは行かなかった。出してはならぬ犠牲を今回ボーダーは出してしまいました……出来れば先ず黙祷をお願いしたい」

 

「黙祷……」

 

 知っていたが完全に無視していた通信室のボーダー隊員達。

 死ぬのは名誉なんて軍隊みたいな考えは持っていないので可哀想にとは思っている。助けるつもりは一切無い屑だけど。

 

「では、会見に戻りたいと思います。今回の人的被害ですが一般人に対しては負傷者のみで人的被害が0と言えます」

 

「さっきと言ってること逆じゃん」

 

「そういう風に見せたいんですよ……」

 

 人的被害が0なんて言えば確実に死者について突いてくる記者がいる。

 その件を先に終わらせておいて誰にも触れさせない、もしくは触れられる部分を一箇所にしておくのが狙いだろう。

 

「前回の大規模な侵攻と比較しても住居等の被害も前回の2割以下に抑え込む事が出来ています」

 

 そりゃ前回と違って戦える奴等とか備えとかあったからだろう。

 なにもなかった前回を比較に出してしまうのは宜しくないことだが周りは前回の事も考慮すればと印象操作を受けてしまう。

 分かっていたことだがなんだかんだ言ってもボーダーの大人達は優秀である……全く、嫌になる……。

 

「質問の機会を設けます。ご質問のある方は挙手を」

 

「はい」

 

「13番の方」

 

「今回、正隊員のB級でなく訓練生のC級が攫われました。何故C級には緊急脱出機能がついていないのですか?」

 

「そこまでトリガーの予算を回すことが出来ん!分かりきった事を聞くな」

 

「……唐沢さん」

 

「昴くん、気が付いたか」

 

 先ずは一歩目と言ったところだろうか。

 話題は街への被害よりも今回拐われてしまった僅かなC級隊員達に変わる。いや、変えられる。

 

「根付さんの仕込みだ」

 

「……ふぅ……」

 

「オサムのお兄さん、どういうこと?」

 

「見てれば分かる」

 

 まだ状況をイマイチ飲み込むことが出来ていない空閑。

 話題の流れが街への被害云々よりもC級の訓練生達に変わり

 

「今回、C級が狙われたとの事ですが以前のイレギュラー門の一件でC級が学校でトリガーを使い近界民(ネイバー)に情報が漏れたという事でしょうか?」

 

「!」

 

「空閑くん、絶対に手を出したらダメですよ。それじゃ勝てない」

 

 話題は前回のイレギュラー門の、修の一件に切り替わった。

 

「街への被害に関して攻められるとボーダーの存在意義が問われ軍備縮小がもしかするとありえるかもしれない……なにせ今回、ラービットの出現で動けた筈の人員が動くに動けなかった事案がある。今まで集めた金や人材を無駄にしたと言われればその通りだ」

 

「耳の痛い話だ。ボーダーの存在意義を問われてしまう前に記者や世間にはイレギュラー門の一件で緊急脱出(ベイルアウト)機能が無いのを知られたと伝えることで回避しようとしている」

 

「なにそれ、完全にそれオサムが悪者じゃん。あん時、戦えたのオサムだけでオサムが時間を稼いでおかないと死人が出てたぞ」

 

「それでもだ」

 

 組織というものを維持するには時には非情となり駒を切り捨てなければならない。

 それが今回たまたま修だったというわけで空閑は落ち着いている様に見えて物凄くイライラしている。

 

「オサムのお兄さんもお母さんもなにも言わないわけ?」

 

「そうね。あのキツネのおっさんをカチンコチンに氷漬けにしてやりたいけど、それだと傷害罪で私の負けになるわ……向こうがああいうやり方を取るのならばこっちもそれ相応の手段を取らせてもらうわ」

 

「おっと、マネージャーに連絡するのは勘弁願いたい。黒服の組織はボーダーに基本的には干渉しないでいただく」

 

「安心しなさい。あんな非合法の仕事を請け負っている組織に頼らなくても主婦には主婦付き合いで出来た人脈があるのよ」

 

「と言うと?」

 

「これ以上は教えないわ。自分で自分の首を締め続けなさい」

 

 あ〜ダメだ。母さん、完全にキレちゃってるよ。

 携帯を取り出してポチポチと何処かに向けて連絡をしている。

 

「それで唐沢さん。わざわざこの様な場所に修を連れてきた……なにかあるんですよね?」

 

「まぁね……俺の中じゃ今回の一件で君を切り捨てるのは割に合わないと思っている……行って来い」

 

「……はい」

 

 そんなこんなで修は覚悟を決めて会見の場所へと出る。

 文字通りのサプライズの為にボーダーの一同は驚くが、直ぐに林藤支部長はお前の好きにやれと言ってくれた。今回の一件は結構ムカつくので思う存分にやれと言いたいが、声を出して応援するだけが兄じゃない。

 

「空閑くん、レプリカ」

 

「なに?」

 

「今回の一件、私は顔や声に出してはいませんが結構怒っています。母さんもかなりカンカンでして……ちょっとそれ相応の報復をしておきたいんですよ」

 

「ほほぅ、報復ですか……でも、あのおっさん達を殴ったら負けなんだろ」

 

「私は暴力を好まない平和的な人間なんです……以前千佳ちゃんをどうにかする際に貰った物を使ってもよろしいですか?」

 

 今この状況をどうにかすることが出来るのは修だけだろう。

 だが、この後の状況を滅茶苦茶にすることを可能とする手段を私は持っている。その為には千佳ちゃんをどうにかする為に貰ったトリガー工学に関するデータを使わなければならない。

 

「使ってもいいけど、どうすんの?」

 

「別に難しい話じゃないですっと、言ってたら電話がかかってきた」

 

 やっぱりこの記者会見を社長も見てくれてるんだ。

 そう思い仕事用のスマホを取り出すのだが残念ながら社長ではなかった……相談役からの電話だった。

 

「もしも──」

 

『おい、なんだこの記者会見は!』

 

「見てくれてましたか……組織の存亡と一個人を秤に掛けた結果ですよ。イレギュラー門で事件を起こしたのが修なのは事実ですが解決したのも修なのも事実」

 

『ロクでもない組織だな』

 

「やっていることは異世界との戦争です。倫理や道徳を求めてはいけません……ああ、社長とアポを取れませんか?」

 

『取れるには取れるけど……またなんか企んでるのか?』

 

 酷い扱いを受けている。なんで一部の人間は私が裏で暗躍をしていると思っているのか。

 裏でコソコソしてた事も多々あるが、何処ぞの実力派エリートと違って堂々としているんだよ。

 

「ええ……面白い物を手に入れまして」

 

『分かった。お前がそういうなら信じるよ』

 

「頼みますよ……桜くん」

 

 一先ずは社長へのアポイントメントを取ることは出来た。

 あのちびっ子、秒単位でのスケジュールを刻んでいるから私に割くことが出来る時間が僅かだろう……まぁ、なんとかなるだろう。

 

「オサムのお兄さん、もういいの?」

 

「ええ、もう大丈夫ですよ……私達をここまで怒らせたボーダーが悪い」

 

「待ってくれ、君はどうするつもりなんだ?」

 

 修が表で記者達に怯えることなく頑張っている直ぐ裏で暗躍している。

 私が只者じゃない事を唐沢さんは知っているので聞いてくるのだが答えるつもりは一切無い。

 

「修の一件で緊急脱出機能についてバレましたが、イレギュラー門を解決したのも修。それで相殺、いえ、むしろ人命を救うことが出来たのでプラマイ計算で言えばプラスです。それを分かっていたからあの時修を使ってイメージを回復させた……それなのに組織の存亡の為に切り捨てるならばそんな組織、滅べばいい」

 

 トリオン器官の成長云々の都合上、子供を多く戦場に立たせないといけない。

 その件に関しては非常に腹正しい限りだがなんとか受け入れている。ボーダーも幼い子供達を戦場に立たせている自覚もあるのだろう。それならばそれ相応の筋を通す、責任を取るのが上の役目だ。無論、組織を存続させる事も上の役目だ。

 彼等が有能か無能かで言えば有能な方だろう。修を切り捨てることで組織の被害を激減させるつもりだ。

 

「私は先に城戸司令に伝えておきました。修はとてつもない才能を秘めていると……実に残念ですよ」

 

 念の為の忠告をちゃんと聞き受けていればこんな事にはならなかった。

 

「話がついたわ」

 

 携帯を片手にそういう母さん。

 

「二人共相変わらずの冒険家だから流石に来ることは出来ないから、てつこちゃん達が代理で来るそうよ」

 

「それはまた心強い」

 

 最強の味方を連れてくることに母さんは成功した。あの人達ならば修にとって最強の味方になるだろう。

 

「君達はいったい、何者なんだ」

 

 事態を完全に飲み込むことが出来ていない唐沢さん。

 少なくとも私達がボーダーに対してなにかを仕掛けようとしている事だけは確かだ。

 

「ただの主婦よ」

 

「ただの世話焼きの弟を持ったお兄ちゃんですよ」

 

 私は転生者という括りでは特別な人間かもしれませんが、あくまでそれだけ。

 この世界じゃ割と何処にでもとは言いませんがちっぽけな人間である事には変わりない。

 

「遠征……そんな物を目指してるのね、あの子は」

 

 記者会見の場でポロッと零す遠征の話。

 ボーダーは遠征の話に話題を切り替えることで上手い具合に誤魔化すことに成功する……冷静に考えれば今まで何度も遠征しているって事に気付くんだがな。まぁ、それはそれで気付かない方が幸せだった事もあるというやつだ。

 

「また随分とハードルを上げて、まだまともにランク戦していないだろう」

 

 記者会見は終わり、戻ってきた修の額をコツンと軽く小突く。

 自分達が絶対に遠征を行く的な風に言った。まだランク戦をしておらずランクが最下位の部隊で修しか居ないってのに……全ての原因はあのグラサンだな。その内グラサン叩き割ってやる。

 

「行くよ、絶対に」

 

「そうか……でも、壁にぶつかるのは絶対だ。時間が限られている、間違った努力だけはするなよ」

 

 修がちゃんと戦えるようになるのはそれはそれで都合がいい。

 自らで遠征に行くとハードルを上げた以上はなにがなんでも行くしかない。修ならばなんとかなる……と思う。ここではっきりと断言出来ないのは日頃の行いだろう。修には肝心の力がないからな。

 

「空閑くん、ここから先は私が踏み入れる事の出来ない領域です……弟を頼んだ」

 

「わかった」

 

『兄殿、我々に任せたまえ』

 

「それとさっきの事は内緒だ」

 

 ボーダーを堂々と恐喝しては面白味に欠ける。

 大規模侵攻の後始末を完全に終えて、これにて完全に一件落着。三門市に一時的に平和が戻る

 

「ぎゃぁああ!?」

 

 かに思われた。



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40話

 修が記者会見で遠征に行って連れ去られた人達を助けると啖呵を切ったその日の夜のこと。

 何時も通りに就寝しようとしており、布団の中で目を閉じていたのだが突如パリンと音が響いたと思えば額に石と硝子の破片が刺さった。

 頭から血を流したので即刻救急車送り。治癒能力があるので傷口からの出血を止める程に治す事はしたのだが、それ以上はしていない。

 つい数日前に退院したばかりなのにまた入院をしなければならないのはなんとも情けない事だ。

 再入院をするとは思いもしなかった。幸か不幸か土曜日に入院したので学校にその事が伝わっていない。

 

「昴くん、災難だったね」

 

 バリバリとぼんち揚げを食べながらやって来たのは実力派エリート、迅。

 学校にも伝わっていない情報をどうやって入手したかと思えば隣にちびレプリカが浮いている。

 

『兄殿、頭をやられたそうだが思ったよりも軽症でよかった』

 

「そうなるぐらいには治癒しましたから……それで、なにか分かったのですか?」

 

 頭の傷は放っておいても完璧に治る。それよりも気になることは今回の一件を巻き起こしたバカ野郎だ。

 完全に寝る体勢に入っていたので気配探知を使っておらず、何処の誰がやったのかが不明だ。母さんがかなり怒るどころか一周回って冷静になっているのが恐ろしいところだ。

 

「いや〜、流石に今回は読み逃した」

 

『兄殿の部屋目掛けて投げられた石から色々と調べているが、心当たりはないだろうか』

 

「そんなのあるわけないだろう。それよりもなにが見えてる」

 

 犯人については心当たりはないが犯行理由については心当たりがある。

 あの記者会見、上手い具合に収める事は出来たもののボーダーに対して反感を抱く人達が減った訳じゃない。上手く印象を操作しただけにすぎない。修は堂々と啖呵を切ったがそれに対してふざけんなと思っている反ボーダーの誰かが行ったのだろう。

 

「家はまだ襲撃されるか?」

 

 私の事はまだいいが、このままだとどうなるか。我が家にさらなる被害を被る可能性がある。それだけはあってはならない状況だ。

 

「……直接的な被害はもう無いけど、まだ何度かあるみたいだ」

 

 そのあってはならない状況はこれから何度か起きる。

 予知というチート能力を持っている迅がそう言っているから絶対なのだろう。迅が常に側に居てくれるわけではないのでその未来を常に回避し続ける事は不可能だろう。

 

「この話、何処まで伝わってる?」

 

 私が入院していることを知っているのは修、千佳、空閑の3人だけだ。

 迅は空閑経由で知ったんだろうが、他にもこの一件を知っている人がいるかもしれない。記者会見後にこんな事が起きたとなればボーダーに対して不信感を抱くかもしれないし、堂々と言うわけにもいかない。

 

「玉狛の面々は知ってるよ。多分、上層部にも伝わってる」

 

「ふぅ……どうやって事態を終わらせる」

 

 伝わってるところには伝わっているみたいでなによりだ。とはいえ、どうやって事態を終わらせるかだ。

 家に居る限りなにかしらの嫌がらせをしてくることは迅のサイドエフェクトで確定してしまっている。回避は難しい。

 

「メガネくんが遠征に行ってくれれば多分、この攻撃は止むと思うよ」

 

「そうは言うが、今から最短で遠征を目指したとしても1ヶ月以上はかかる。その間に家を守り切るのは無理だ……ちびレプリカが一日中家にスタンバってくれるのか?」

 

『私も定期的にトリオンをチャージしなければ動くことが出来ない。1ヶ月以上の監視は難しい』

 

 レプリカの不眠不休の監視は難しい。そもそもで向こうが何をやってくるか不明な時点で対処の方法に悩む。

 相手がまた石を投げてくるとなると家に対する被害がある。何処に被害賠償を請求すればいいのかが分からない。日野さんに相談すると更なる地雷を踏み抜く可能性がある……あ、逆に良いかもしれない。

 

「ストップ、昴くん!電話はしないで!それするとホントにボーダーが大変な事になっちゃうから」

 

「前回は自ら進んで戦場に出ましたが今回は話が違う」

 

 スマホを取り出すと止めに入る迅。

 別に私は騒動を大きくしたいわけじゃない。この件に関してどうにかしたいんだ。このまま今回は残念でしたねとか不幸を見舞われるだけで済まされるのは怪我をした身としては大損だ。

 

「分かった、分かったから、頼むからそれだけはやめてくれ」

 

「だったら、具体的な解決策の1つや2つ、提案しろ」

 

 日野家への通報を止めてほしければ、なにか具体的な案を出しやがれ。

 

「そうだな……」

 

「入るわよ」

 

 今回の一件は迅も予想外だった為になんの仕込みもすることは出来ていない。

 なにかないかと考える素振りを見せていると母さんがやって来た。

 

「……メガネくんズのお母さん」

 

「なにかしら?」

 

「今回の一件、誠に申し訳ありません」

 

 母さんが部屋にやってくるとぼんち揚げを置いてペコリと頭を下げて謝った……それは間違いだ。

 

「貴方が謝ったところでなにになるの?」

 

「それは」

 

「貴方はボーダーの出来る実力派エリートを自称しているだけで1人の隊員に過ぎないんでしょう。貴方に謝られたとしても事態の解決にはならないわ」

 

 迅が謝ったとしてもどうにもならない。

 母さんの怒りを鎮めるには家の窓を割ったバカ野郎を引っ張り出さないといけないが、何処の誰か不明だ。

 

「修には悪いけど、この一件について場合によってはボーダーを訴えて騒ぎを大きくするつもりよ」

 

 こんな所でスキャンダルを叩き出せばボーダーには大きな痛手になるだろう。

 ボーダーの出来る大人が居るので賠償金をぶんどるのは難しいかもしれないが、騒ぎを大きくすればボーダーの印象が悪くなってしまう。

 

「それだけは御勘弁を」

 

「このまま黙っておけと言うのかしら?」

 

 ただでさえ大規模な侵攻があったばかりなのに、変なスキャンダルを巻き起こしてはならない。

 このまま黙りを決め込むことを母さんは許しはしない。

 

「失礼します」

 

「あら、早いわね」

 

 緊迫した空気が流れていると更に忍田本部長が足を運んできた。

 実に申し訳無さそうな顔をしており、私の顔を見て先ずはと頭を下げた。

 

「此度の一件、ボーダーの印象操作の為に三雲修君を使ったが為に起きた悲劇です。ご自宅で起きた損害やこの病院の入院費用等はボーダーが持ちます」

 

「……それで?犯人の目星はついているの?」

 

「それは……申し訳ありません。未だに不明です」

 

「まぁ、そうよね。最初からその辺りについては期待していなかったからいいけど……これから先、どうするつもりなの。どうやってかは知らないけど、家の住所特定されてるのよ」

 

 また同じような事が起きるかもしれない。

 今回は私の軽症で済んだがもし修に当たったのならば……空閑が全力で殺しにかかるな。アイツ、何時の間にやら修のセコムになってるし。

 

「このご時世、情報の漏出を防ぐのは難しいのは分かるけどこのままだとおちおち眠れないわ」

 

「それは……」

 

「メガネくんズのお母さん……ボーダーについて、メガネくん達について何処まで知ってますか?」

 

 この後の事についてはまだ考えていなかったのか言いよどむ忍田さん。

 そこで迅は動いた。何処までボーダーについて知っているかどうかの確認をした。

 

「そうね。空閑くんが向こうの世界から来た住人で、日頃戦っているのがトリオン兵とかいうトリオンで出来たロボットみたいなので、バカでかいナニかが地下深くにあって、修達が遠征を目指してるぐらいよ」

 

「そ、そこまでご存知なのですか」

 

「そうよ……言っておくけど私は漫画やアニメでよくあるなにも知らない一般人な両親じゃないのよ。大凡の事情を把握した上で見守っている母なのよ……記憶操作するなら戦うわよ」

 

 おおよそどころか一部の隊員は知りもしない情報をポンポンと語る。

 まさかそこまで知っているとは、と忍田さんも戸惑っているが、これが母さんクォリティなのでいちいち気にしていたらキリが無い。

 

「昴くんも大体そんな感じかな?」

 

「まぁ……大体は」

 

 原作知識的な意味合いで言えばもっともっと深く踏み込んだ領域にいる。

 それを言えば更に厄介な事になるのは確かなのでそれっぽく、まだなにか知っているように見せる素振りを出しておく。

 

「だったら、話が早い。玉狛支部に住まない?」

 

「なっ、迅!?」

 

「このまま家に居たら被害を被る。一度何処か別の場所に避難をしないといけない。だったら、玉狛支部を避難場所にしておくのが1番だと思います」

 

 余りにも突然の提案に言葉を失う忍田さん。

 まぁ、言ってる事には間違いはない。このまま家にいても24時間警戒し続けるのは無理な事だ。何処か安全な場所に避難をしてほとぼりが冷めるのを待つのが1番だろう。

 

「確かにそうだが……」

 

 言っている事には間違いはないが言い淀む。

 ボーダーの支部に住まわせなくてもいいんじゃないかとは誰だって思うだろう。

 

「2人ともボーダーが秘匿しているあれやこれやを全部知っちゃってるみたいだし、避難するなら玉狛支部が1番だと思いますよ」

 

 上手い具合に乗せようとしている迅。

 忍田さんはそれはそうだがと微妙に納得をしている……。

 

「玉狛支部で暮せばメガネくん達の成長を間近で見守る事が出来ますよ」

 

「そうね……昴を本部の方で預かってくれるのなら、考えるわ」

 

 迅の申し出を受けると思いきやとんでもない事を提案してきた。

 話の流れ的にも私も玉狛の支部に住む感じだったのに、何故に本部に移動させるつもりだ。

 

「何故、玉狛でなく本部に?」

 

「この子が玉狛に行ってしまうと確実に修達の成長に悪影響を及ぼすわ。遠征に行くなら強くならないとダメなんでしょ」

 

「そうですが……よろしいのですか?」

 

「私に関してはお気になさらず。母さんの言っている事は間違いないので」

 

 もし玉狛支部に住み込んでしまえば確実に修達にヒントを与えてしまう。修達の成長にならないと分かっていてもついつい甘やかしてしまう。

 そういう意味ではボーダーの本部で引き取って貰えるのは実にありがたいことだ。

 

「修と私を玉狛に、昴を本部で引き受けてくれるならこれ以上は言わないわ」

 

「……少し、上と掛け合ってきます」

 

「大丈夫だよ、忍田さん……その未来はやってくる」

 

 どうやら母さんの提案は受け入れられる様で迅は忍田さんを後押しする。

 ボーダーに所属していないのにボーダーの本部に部屋を貰うとは世の中、本当にどうなるか分かったものじゃないな……ああ、そうだ。

 

「こんな所で足止めをくらっててもいいのか?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。メガネくんがなんとかしてくれるから」

 

「やれやれ……修に感謝しておけよ」

 

『いったい、なんの話をしている?』

 

「空閑くんが本部に居るなら直ぐに分かるさ。修羅場になるから気をつけろとだけ言っておく」

 

 それ相応の制裁はくださなければね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 時間はそのままで場所は移り変わり、ボーダーの本部。

 

「じゃあ、提出してくるよ」

 

 修は迅が勝手に部隊登録をしたが為に玉狛第二として既に登録されており、毎月の部隊の報告書を上げなければならなかった。

 とはいえ、今月は大規模な侵攻が起きた為に活動らしい活動もあまり行っておらずそこまでの物ではないのだが。

 

「緑川、空閑を頼んだ」

 

「任せてよ、三雲先輩」

 

「むぅ、オサムはおれの事をなんだと思ってるんだ」

 

 緑川に世話をされるほどうっかり者じゃない。

 口を3にしてブーブー言うのだが、そういう姿が修からすればまだまだ子供だという証拠である。

 

「で、どうする?」

 

「そりゃあランク戦でしょう!」

 

 修が書類を提出しに行ったので、その間になにをするのか話し合うと当然出てくるランク戦。

 遊真はだよなと笑みを浮かべるとそこにちょっと待ったと米屋が間に割って入ってくる。

 

「オレとランク戦をしようぜ」

 

「むっ、よーすけ先輩とか。そういえばまだやってなかったな」

 

「ええっ、ズルいよ。よねやん先輩。俺の方が先約だったのに」

 

「ばっか、オレは前々からコイツとやりあおうって約束してたんだよ」

 

「ふむ、修羅場というやつですな」

 

『ユーマ、状況は似ているが違う』

 

 遊真を巡って争う2人だが、そこに淫夢もといホモ的な要素はない。強敵の要素はあるけれども。

 本音を言えばどちらとも戦いたいのだが遊真には時間が無い。もうすぐチームでのランク戦があり、それまでにB級に昇格しておかなければならない。早く正隊員のトリガーに馴れておかなければならない。昴にエースで要だからと釘を刺されているだけあって、その辺りはしっかりとしている。

 

『ユーマ』

 

「なんだレプリカ?」

 

『兄殿が詳細は省くがボーダーで一騒動起こるとの事だ』

 

「一騒動?」

 

 それってもしかして今、自分を巡っている2人の事かと思ったが違う。

 この程度の事では騒動にはならない。じゃあなんだろうと考える。昴の事だから割と大変な事だろうが、いったいなにが起こるのだろうか。

 

「すまん、ランク戦が出来なくなった」

 

「「え〜っ!!」」

 

 どっちがバトルするか言い合ってた二人は息を揃えて声を出す。

 似た者同士だと思いつつ、ここでランク戦が出来ない事について謝る。

 

「オサムのお兄さんが言うにはなんかボーダーで大変な事が起きるらしい」

 

「大変な事って、大規模な侵攻はもう終わっただろう」

 

「おれもよく分からないけど、オサムのお兄さんが言うんだからなにか大変な事が起きる」

 

「大丈夫なの、その情報」

 

「オサムのお兄さんは胡散臭い所はあるけど、基本的には修の味方だから問題ない」

 

 修が信用している人だからおれも信用するといったところ。

 昴の事を知っている米屋は胡散臭さはともかくくだらないデマを流す男じゃない、とある種の信頼はおいている。

 

「なにが起きるんだろう」

 

 昴の事をよく知らない緑川は首を傾げる。

 具体的な事は一切聞いていないので当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「本部で騒動が起きるっつっても、近界民関連なら警報が鳴るしな」

 

 それ以前に、迅から何かしらの情報が与えられるはずだ。

 迅の読み逃しというパターンもありうる事だが、いったいなにが巻き起こるのかが気になってしまう。

 ランク戦を行うブースではなにも起きないんじゃないかとボーダー内を歩いていると玄関口の方に人集りが出来ている事に気付く。

 

「なんの列だ?」

 

「奥に行ってみるしかねえな」

 

「そうだね」

 

 これが昴の言っていた騒動に関わりがあるのだろうと思った3人はスルスルと人集りの中を抜けていく。

 その中でボーダーの隊員だけでなく一般の職員達もその場に居ることに気付く。これはなにか大きな騒動があると最前列に出た。

 

「いいからさっさと出しなさいよ!!」

 

 ツインテールの女の子が職員に向かって大声を出す。

 見たことがない修ぐらいの年頃の女子で、周りはいったい何事なのかとザワめいている。いったい彼女は何者なのか。

 

「あの捻くれたキツネ顔かぷっくりとした狸のおっさんかヤクザ顔のトップをさっさと出しなさい!!」

 

「おいおい、上層部呼び出してるぞ、あいつ」

 

 根付か鬼怒田か城戸を出せととんでもない事を言う。

 女の子から発せられる圧の様な物に受付の人は圧迫されながらも上へと内線を繋げようとしている。

 

「嬢ちゃん、ボーダー本部には関係者以外は入れられねぇんだって!オイ、いいから止まれって!」

 

 中々に出てこないので痺れを切らしたのか、本部の奥へと足を踏み入れようとする少女を諏訪は止めようとする。

 しかし、これが悪手だった。少女は右手に眩い光を纏わせたかと思えば思いっきり振りかざして手刀で諏訪を真っ二つに切り裂いた。

 

「邪魔すんな、チンピラ。今、私は機嫌が悪いのよ。邪魔するならぶっ倒すわよ」

 

「お、おい、アレって」

 

「……オサムのお兄さんと同じだ」

 

 諏訪をぶっ倒した瞬間に見せた手の光。

 米屋と遊真はよく知っている。アレは昴がトリオン体やトリオン兵と戦う時に使っている技だと。

 

「ど、どういうこと?あの人、トリオン体の諏訪さんをぶっ倒したよ」

 

 状況がイマイチ飲み込めていない緑川はあたふたとする。

 目の前にいる彼女は敵なのかと、敵だったら倒すしかないけど、そんな感じじゃない。何処となく玉狛の小南に似ているのは気の所為じゃない。

 

「コラッ、てつこ!!トリガーを使ってる人だからって攻撃したらダメだろう」

 

 膠着状態が続く中で出てきたのは優しげな雰囲気を持つ糸目の男性が出てきた。

 

「だったら兄貴が話を通しなさいよ!さっきからこいつ等話になんないのよ」

 

「そう怒らないで……あ、皆さんに自己紹介をしないと。僕達は敵じゃありませんよ。隣の市に住んでいる日野と申します。この子は妹のてつこで」

 

「弟のリリエンタールと申します」

 

「え……」

 

「犬が喋った!?」

 

 黄色い犬が、賢い犬リリエンタールが現れた事により場の空気は更に固まった。

 

「なるほど、こりゃ一騒動だ」

 

 そんな中で遊真は昴が言っていた事に納得をしていた。



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41話

「リリエンタール……蓮乃辺市のマスコットのリリエンタールなのか!?」

 

 喋る犬を見て真っ先に声を上げたのは米屋だった。

 三門市の隣の市、蓮乃辺市のマスコットキャラとあまりにも酷似している。

 

「そのとおりです。私めが日野リリエンタールです」

 

「嘘だろ、噂に聞いてたけどマジで実在してたのか」

 

「よーすけ先輩、どういうこと?」

 

 イマイチ状況を飲み込むことが出来ない遊真。

 リリエンタールについてなにか知っている米屋に状況の説明を求める。

 

「リリエンタールは隣町の蓮乃辺市のマスコットキャラなんだけど、本当に存在してるって噂があるんだよ……まさか本当に実在していたとは」

 

近界民(ネイバー)じゃないの?」

 

「いや……どうだろう」

 

 遊真の質問に上手く答えられない。米屋自身もリリエンタールがなんなのかを分かっていないのだから仕方があるまい。

 とはいえ、こちらに対して敵意を向けてきているわけではないのをなんとなく理解が出来る。

 

「違いますよ。リリエンタールは日野家の次男です!」

 

「次男……犬が弟なの?」

 

「そうであります」

 

 変わった家族構成をしているんだと周りはざわめく。

 

「皆さん、勘違いしているようですが。ぼくたちは近界民ではありませんし、この子もトリオン兵ではありません。普通の蓮乃辺市民です。今日はボーダーの上層部の方にお話があって参りました。アポなしの訪問になって申し訳ありませんが、怪しい者ではありません」

 

「そんな話を信じろと言うのか!」

 

 ここで出てきたのはリリエンタールに対して敵意を剥き出しにしている三輪。

 その手には拳銃が握られており変な素振りを見せたら何時でも撃つつもりなのだろう。

 

「その人はウソをついてないよ」

 

「三輪、落ち着けって」

 

 トリオン体に換装した出水は三輪を落ち着かせる。

 何時暴走してもおかしくないので米屋にSOSのサインを送り、仕方がねえなと側に駆け寄る。

 

「あの人達は敵じゃねえよ」

 

「じゃあ、なんだと言うんだ!」

 

「なにって言われれば……そうね。スポンサーがしっくりと来るわ」

 

 三輪の質問にどう答えればいいのかと悩ます。日野とボーダーの関係性を表すのならばスポンサーと受ける側の関係性がしっくりとくる。

 

「すぽんさあ?」

 

「ボーダーにお金とか技術を提供してくれる人達の事だよ。ぼくの場合だと技術を提供してるのが正しいかな」

 

「ヒノさん、そんなに賢いんだ」

 

「当たり前じゃない、兄貴は世界の日野なのよ!」

 

 何故か威張るてつこは小南パイセンと被ってみえる人が多々いる。

 何処となく雰囲気が似ているかはさておき、それだけ凄い人物なのだとこっちの世界についてあまり詳しくはない遊真は納得する。

 

「とにかく、話があるからさっさと上層部を出しなさい!」

 

「ヒノさんだっけ。そんなに上の人に用があるなら会いに行けばいいじゃん」

 

 さっきからこの場に連れてこいと騒ぐてつこに正論をぶつける遊真。

 

「嫌よ、こんな組織にはウンザリしているの。これ以上中枢に足を踏み入れたくないわ」

 

 そんな遊真の意見を突っぱねる。てつこは明らかにボーダーに対して嫌悪感を剥き出しにしており、隣にいる日野もウンウンと強く頷いている。

 ボーダーに対して嫌気がさしている理由は何かあったのだろうかと考えるが中々に答えには辿り着かない。

 

「なんでそんなにボーダーが嫌いなんだ?」

 

「ボーダーが嫌いじゃないのよ!あの上層部達が嫌いなのよ!特にあの偏屈なキツネ顔!」

 

「なんかしたっけ?」

 

「したでありますぞ!皆でよってたかっていじめたであります!」

 

 いじめた?とはなんの事だと周りは話し合う。

 キツネの顔と言うのは根付メディア対策室長の事だろうが、いじめたの意味が分からない。どういう事か聞こうとすると日野さんがリリエンタールとてつこを落ち着かせる。

 

「2人とも落ち着いて……戦闘員の皆には日頃、街を守ってくれる事に関しては凄く感謝をしているよ……ただ、ちょっとね」

 

 そのちょっとを教えてほしい。

 遊真はそのちょっとを聞こうとすると慌てた様子の鬼怒田室長と根付室長と相変わらずの仏頂面の城戸司令がやって来た。

 

「これは、日野君じゃないか!ど、どうしたんだい急に!?折り入って話があるとはいったいどういうこと」

 

「鬼怒田さん、落ち着いてください」

 

 普段から威張っているだけありかなり出来る技術者である鬼怒田の顔が真っ青になっている。

 それだけ恐ろしい人物なのかと周りは事態を見守る事にする。

 

「実はぼく達先日のボーダーの様子を見て、提携を考え直させてもらおうかと思っています」

 

「て、提携を考え直すとは!?」

 

「スポンサーを降りさせていただきます」

 

「なぁっ!?」

 

「ん、どゆこと?」

 

 スポンサーを降りると言われても遊真はあまりピンとこない。

 途轍もない事を言っているのは確かだが、よく分からないのでてつこに説明を求める。

 

「兄貴が持ってる特許とか技術とかボーダーに出資しているお金を出さないってわけよ」

 

「それってそんなにヤバいのか?」

 

「当たり前じゃない!優雅だか酔臥だか忘れたけどボーダーで1番お金を出してるのはそこかもしれないけど、1番技術を提供してるのは家なのよ」

 

 鬼怒田は目玉が零れ落ちるのではないかと心配になるほど目を見開いた。後ろにいたボーダーのエンジニアチーフの雷蔵もサッと顔色が青ざめる。それもそうだ。A級1位の太刀川隊に所属する唯我がボーダーに最も出資している企業だが個人としてトップなのは日野家である。

 

「どど、どういう事なのですか!?」

 

「どういうこともそういうことも、この前の事ですよ」

 

「先日のボーダー、ということは第二次大規模侵攻のことか!?たしかに被害は少なからずあったし、技術部にも死傷者が」

 

「いえ、その件ではありません」

 

 死傷者が出てしまった事について考えたのかと思えば、違う。

 その件に関して言っているのではないと表情に出ていないのだが声に僅かばかり怒りが籠もっている事を遊真は気付く。

 

「アンタ、そんなことも分かんないわけ!?大規模侵攻じゃないわよ!私達がキレてるのはその後の記者会見に決まってんでしょ!」

 

 選択肢を間違えてしまったな。

 ボーダーでの負傷者が出てしまった事については特に怒っていない。戦う以上は死を覚悟しておかないといけない。問題はその後の後始末だ。

 1人の中学生を犠牲にしようとした件について日野家は怒っている。

 

「あの記者会見での行いは世間からの批判を減らして今後もボーダーが近界民と戦っていく為に、あの仕込みも必要だったんじゃ!」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

「終わったな」

 

 記者会見の一件について怒っているのに一切ご機嫌を取ろうとしない。

 ありのままを伝えた結果、先程よりも声に怒りが籠もった事に遊真は気付き呟いた。鬼怒田は選択肢を更に誤ってしまった。

 

「どうやらボーダーとは考えがあわないですね」

 

「あ〜もう、余計にイライラしてきたわ」

 

「てつこ!手当たり次第にものをこわしてはいけませんぞ!」

 

「しないわよ!」

 

 明らかにいらついているてつこと日野。

 流石に選択肢を間違えた事を鬼怒田達も気付いてフォローに回ろうとする。

 

「事情は概ね把握した。今後のことも含め、詳しい話を伺おう」

 

「日野君!立ち話も何だろうから、会議室にでも」

 

「お断りします……これ以上は組織の中枢に足を踏み込みたくはありません」

 

 詳しい話は中でしようと城戸司令は勧めるのだが、日野達は聞き入れない。

 それだけ強くボーダーに対して拒んでおり、その姿勢を見せ付けられて鬼怒田達も大きく慌てふためく。

 

「ぼくたちは今の時点で今後この組織に深入りする気がありませんので、本部中枢に入るのは遠慮させていただきます。あの記者会見で打った手に対する対外的な評価を聞いていただきたいですし……無かったことにはさせるつもりはありません」

 

 上手くこの場を纏めようとしても、それを日野は許さない。

 この場にいる面々に評価をさせて公開処刑をするつもりだ。

 

「さっきから聞いていれば何様のつもりだ!」

 

「こら、三輪くん!」

 

 そんな日野家の態度に三輪はキレる。

 根付は今にでも殴り掛かりそうな三輪をなんとか宥めるが三輪の鋭い眼光は日野家を捉えている。しかし日野家は全くと言って怯えない。こんな事は日常茶飯事なのだから。

 

「ぼく達が今日お邪魔したのは先日の記者会見を受けて、ボーダーとのスポンサー契約を見直そうと考えたからです。組織の外聞と体裁のために命がけで戦った中学生の戦闘員ですら捨て駒にすると見せつけられました。その件で多くのスポンサーの方が降板しようと考えています。そしてそこにはぼくらの両親も含まれています」

 

「なぁっ!せ、世界の日野がスポンサーから降りると言うのですか」

 

「そうよ。言っとくけど、神堂のところもスポンサーを降りるかどうか検討中よ」

 

「神堂財閥の若き創始者である神堂令一郎も!?」

 

 ここに来て更なるビッグネームが出て根付は膝をガクガクと震えさせる。

 本当ならば気絶したいぐらいのショックを受けているが、事の一連を企てた人間として気絶する事が出来ない。

 

「何も意地悪でこんなことを言っているわけではないんですよ。あなた方が組織の都合でスケープゴートにしようとした彼は……そう言えば修くんは何処に居るんですか?」

 

「むっ、オサムと知り合いなのか?」

 

 ここに来て話題は記者会見の人こと修に切り替わる。

 ずっと見守っていた遊真は修の事が話題に出されたので黙っていられないと声を出す。

 

「そうだけど、あんたなにか知ってるの?」

 

「知ってるもなにもおれ達の隊長だよ」

 

「隊長……ああ、君が香澄さんが言っていた空閑遊真くんか!」

 

「遊真でいいよ。それでなにか用なの?」

 

「用事もなにもアイツがボーダーに入ってたのは知っていたけど、こんな事になるなんて思いもしなかったわよ!!」

 

 ウガアと怒っている姿は烏丸に騙された時の小南に瓜二つだった。実家の様な安心感の様な物を感じながらも遊真は修が何処に居るのかを探す。

 隊長が提出しなければならない書類はそろそろ提出した頃だろうと思っていると修を発見する。なんの騒ぎなんだろうと冷や汗をタラリと流していた。そんな修を見た人達は道を開ける。さながらモーセの如く綺麗な一本道が出来た。

 

「どうしたんだこの人集りは?」

 

「オサム、オサムにお客さんだ」

 

「なっ、お兄さん!てつこ、それにリリエンタールまで!!」

 

 こちらまで歩み寄ってきた修に日野家が来ていることを遊真が教えると驚く。知り合いだった事に鬼怒田達も驚く。

 

「久しぶりだね、修くん。記者会見を見たよ」

 

「あんたね、弱っちいのになに助け出すのは当たり前とか言ってるのよ!」

 

「痛い、痛いよてつこ」

 

「香澄さんに連絡したら昴が入院したっていうし!!挙句の果てにあんな記者会見でスケープゴートにされかけるし!!!このバカ弟なんて、泣いて騒いで変なことがいっぱい起きて、大変だったのよ!」

 

「おさむ殿、お元気そうでなによりです」

 

 先程までの冷たく恐ろしい姿からほっとした様子の日野に変わり、てつこが修に食ってかかった。

 その頬をつねりながら小言をまくし立てる姿は本当に小南にそっくりだった。

 

「てつこ、暴力はいけないよ……昴くんとは何度か会ったけど、君達の事が凄く心配だったんだ。君だけじゃなく千佳ちゃんまでボーダーに入ったのは驚きだったよ。昴くんから依頼されてた事に集中してたから昴くんの見舞いに行けなくてごめんね」

 

「そんな、兄さんは全く気にしていませんよ……あんな事になるとは思っていなかったみたいですけど」

 

「あんな事?」

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 流石に再入院している事は伝わってはいない。

 言えば余計に兄を心配させる。そんな事をする暇があるならば別のことをしてくれとあの兄ならば言うだろう。

 

「いったいどうしたんですか」

 

「オサム、この人達殴り込みに来たらしい」

 

「な、殴り込みだって!?なにかの間違いじゃないか!」

 

「いいえ、その通りよ」

 

 日野家の来訪にありえないと言いたげな修だが、事実だとてつこは頷く。

 

「あんたが記者会見であんな事に遭ってるって知って、香澄さんから色々と聞いたのよ……こんな組織に貸す技術もお金も無いわ……トリガー、オン」

 

「!?」

 

 それは驚くべき光景だった。

 ボーダーの隊員ならば日常的に使っている言葉だったが、てつこからは絶対に言われる筈のない言葉だった。

 てつこは眩い光に包まれると黒一色のカンフーウェアへと服装が変わっていた……いや、違う。

 

「トリガーを起動しただと」

 

 てつこはトリガーを起動してトリオン体に換装した。

 余りの出来事に流石の城戸司令も目を大きく見開いてしまう。なにせトリガーをてつこが使ったのだから。

 

「ふふん、驚いたかしら。兄貴が作ったのよ」

 

「ば、バカな!世界の日野と言えどもトリガーに関する知識は皆無のはずだ!いったい何処からトリガー工学に関する知識を得た」

 

「……そういうことか」

 

 ここに来て遊真は思い出す。

 随分前に、そう、ボーダーに入る前に千佳の事をどうにかする方法は無いかと考えた際に昴に渡したレプリカに内蔵されているトリガー工学に関するデータを。何処の誰に使ったのか昴や修から教えてもらっていなかったが、彼等に教えたのだと納得をする。

 

「ぼく達もただただ指を咥えて見ていたんじゃありません。こんな日を想定して備えてました」

 

「む……」

 

 ここで遊真のサイドエフェクトが反応を示す。日野がこの日の為に備えていたと言うのが嘘であることを。

 その事について言うべきかと考えるが、知識の元手である為に下手な事は言うことは出来ない。

 

「トリガーを自力で作成する事が出来る以上はこの組織に技術や資金を提供する必要はもうありません」

 

 ボーダーはトリガーの技術を独占しており、その技術が欲しいとスポンサーが多くついていたりする。

 日野が持ってきたボーダーとは無関係のトリガーはその根底を大きく覆す途轍もない代物である。コレが秘密の場所での会合ならば、無理矢理取り押さえて取り上げるという手段も取れないわけではないが、周りにB級や職員達が居る中では手を出すことが出来ない。

 この場を作り上げたのは言うまでもなく日野家なのだが城戸司令は誰かの手のひらの上にいる感覚がした。

 

「君達は、それでどうするつもりかね?」

 

「どうもしませんよ。ただ、今回みたいな一件にならない様にするだけです」

 

 トリガーを運用した商売を一切するつもりはない。

 あくまでも自衛の為に準備をするだけで、その言葉には嘘偽りは無い。

 

「ぼくたちの主張は以上です。ここにスポンサーを降板する為に必要な書類の一式を用意しています」

 

 大きな茶封筒を取り出す日野。

 ボーダーの大手のスポンサーがこのまま無くなってしまうのかと周りはざわめく。

 

「どうしてもスポンサーを降りるんですか?どうにかならないんですか?」

 

「……修くんとしてはどうして欲しいんだ?」

 

「その、お兄さん達がスポンサーから手を引くとボーダーに大きな損害を与えます。出来れば……スポンサーを降りないでほしいです」

 

「そうは言うけどね、この前の記者会見の事で今回外部の人間がボーダーに対して怒らないといけないんだよ。組織の存続の為に子供を切り捨てた組織に対して物申さないといけない。そういう意味合いを含めて今回、ぼく達はここにやって来たんだ……あの人達に頼まれてね」

 

「やっぱり、兄さんが……」

 

「言っとくけど、アイツはそこまで関係無いわ。どっちにしろボーダーに殴り込みに来たわよ」

 

 裏で暗躍していた兄がこの場を仕立て上げた事に修は辿り着く。

 今回、ボーダーに殴り込みを仕掛けてくれと頼んだのは実は母である香澄だったりする。修を切り捨てようとしたボーダーに対してキレた母がご近所付き合いで出来た日野夫妻へのコネクションを惜しげもなく使い、今回の制裁を加えた。

 

「どうしてもスポンサーを降りるんですか?」

 

「父さんも母さんも子供を切り捨てる組織に貸す金も技術も無いって言ってたよ」

 

「そう、ですか……」

 

 もうどうする事もできない。修は俯いた。

 

「今のスポンサー契約を打ち切るのを取り止める事は出来ないけど、新しくスポンサー契約を結び直す事なら出来るよ」

 

「どういうことですか?」

 

「簡単に言えばボーダーの出資先を変えるのよ。あんた今、本部じゃなくて玉狛支部ってところに所属してるんでしょう。そこにだけ出資してもいいわけよ。なんだったらあんたに稽古でもつけてあげてもいいのよ。ボーダーの技術なら無限にバトルし放題なんでしょ」

 

 今のスポンサー契約を打ち切る事だけはどうあがいても考え直す事は出来ない。

 日野両親が既にスポンサーから降りると意思を決定している。だが、その後についてはなにも言われていない。改めてスポンサー契約を結び直す事が出来る。

 

「玉狛にだけスポンサー契約って、マジかよ」

 

 日野達の言うとおりに事が進むとどうなるのか、出水は想像する。

 ボーダーの上手い具合に均衡を保っていたパワーバランスが一気にひっくり返る。城戸一派が主流の筈なのに金と技術力が玉狛支部へと集約をしてしまう。黒トリガー争奪戦を昨年末に繰り広げて色々とあったのに、その行為が全て無駄になる。なにがたちが悪いかって、相手にほぼ全ての主導権を握られている。

 

「僕達に、玉狛支部になら出資をしてくれるんですよね」

 

「うん。君が所属している支部なら安心して出資する事が出来るよ」

 

「……それしか道が無いならお願いします。ボーダーから手を引かないでください」

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ。なにを勝手な事を言っているのだね」

 

「あんたは黙ってなさい!!」

 

 スポンサー契約が切り替わり、ボーダーの玉狛支部へと出資される話になろうとするが根付は待ったと入る。

 玉狛支部へと出資されると組織のパワーバランスを含めてなにかと大変な事になるので割って入ろうとするがてつこに一蹴される。

 

「修くん、君は今遠征を目指しているんだったね」

 

「は、はい……遠征に行く為には上を、A級を目指さないといけなくて千佳と空閑と一緒に」

 

「そうか、だったら君が遠征に行って無事に帰ってきたらボーダーの玉狛支部へ出資をする。それまでの間は今まで通りにボーダーに出資や技術提供をさせてもらうよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ペコリと頭を下げる修。

 一先ずスポンサーを打ち切られる危機は去った……様に見えるが期限付きで契約内容が切り替わってしまう。しかし、なんとか危機が去った事には変わりはない。

 

「温情、感謝する」

 

 完全にスポンサーを降板されるとボーダーに大きな損害が出て、組織の運営に支障をきたす。

 首の皮が剥がれてしまったけれども、なんとか首は繋がっている。

 

「分かってると思うけど次も同じようなことあったら問答無用で契約切るから」

 

「肝に命じておこう」

 

「……全部、オサムのお兄さんが仕組んだ事なんだよな」

 

 今回の事を仕立て上げた昴に少しだけ恐怖を感じる。

 ボーダーという大きな組織を相手に個人の意見や暴力的な物を使わずに、権力を行使してボーダーを揺るがしている。

 普通の人ならば絶対に取れない手段を当たり前の如く使ってきている。

 

「それじゃあぼく達は……玉狛支部に行こうかな。支部長の人に挨拶をしておきたい」

 

「林藤支部長なら玉狛支部に居ると思います」

 

「そう。だったらさっさと玉狛支部に行くわよ。ついでだからあんたが今、どれぐらい戦えるか見てあげるわ」

 

 久しぶりに腕が鳴るわとパキパキと腕を鳴らすてつこ。

 

「あ、だったらおれとも勝負してくれよ、テツコ」

 

「いきなり呼び捨てとか、いい度胸ね。香澄さんから修の友達だって話は聞いてたけど、やるなら手加減とかしないわ。あたしは修の兄貴より強いわよ」

 

「むぅ、ますますコナミ先輩にそっくりだな」

 

 容姿は大分異なっているが性質的には似ている。

 

「では、いざたまこましぶへと!」

 

「なんであんたが締めるのよ」

 

 最後の美味しいところを持っていったリリエンタールにてつこは軽くチョップを入れた。

 

「ミドリカワ。おれはこのまま玉狛に帰るから。またな」

 

「えっ、遊真先輩ちょっと待ってよ~!オレをこの空間に置き去りにしないで!」

 

 ともあれ、ボーダーで起きた一騒動が終わっていく。

 それもこれも修がボーダーに居てくれたおかげだと修の事を誇らしく思える。

 

「待った、待ってくれよ!オレ、リリエンタールのファンなんだよ!」

 

「ふ、サインはしませんぞ」

 

 ドヤるリリエンタール。調子に乗らないのとてつこに抱っこされる。

 米屋はもっと仲良くしたいと言うのだが、これ以上はこの場にいると悪目立ちをしてしまうのでてつこ達は止まらない。

 肝心の修だが何時にも増して冷や汗をタラリと垂れ流している。ボーダーの存在が崩壊するのを防いだとはとても思えないのだが、それがなんとも彼らしい。

 

 玉狛支部に帰ったら、皆に自慢をしよう。

 

 自分達の隊長がボーダーの崩壊の危機を防いだのは、なんとも誇らしかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

「はい……乗り込んでくるのは確定で、どうする事も出来ません。こればっかりは予知云々の話じゃありません」

 

 忍田さんが去ってから鬼の様に迅に電話が掛かってきた。

 母さんの仕込みこと日野家襲来でボーダーに対して大打撃を与える事に成功したようだ。

 

「メガネくんが居てくれたお陰でなんとか最悪な未来は回避する事が出来ましたよ……言っときますけど、今回の一件はメガネくんを切り捨てようとした根付さん達にも非があるんですからね。メガネくんが居ないと回避出来なかった未来が沢山あったんですから」

 

「全く、うちの弟を大分安く見積もってくれたようだな」

 

 その場に居合わせた修のおかげかスポンサーを完全に降りる未来だけは回避することが出来たみたいだ。

 ボーダーにそれなりの損害を負わせる事が出来た様で私としては満足だ。

 

「ふぅ……昴くんが日野さん達に入院してる事を連絡しないでくれて良かったよ。もし連絡してたらボーダーのスポンサーを完全に降りていた」

 

「貸し1つだ。感謝しておけ……と言いたいところだが」

 

「……え、うそ……」

 

「いったい何時から日野家だけだと思った?」

 

 ここに来て迅は新しい未来が視えた。

 日野家は今回の一件に対してボーダーに制裁する為に母さんが日野両親に連絡をした。そう、母さんが連絡をした。

 私が連絡を取ったのは日野家じゃない。母さんが日野家に連絡をした時点で私は別のところに連絡をした。

 

「ボーダーには悪いがもう一度苦しんでもらう」

 

 さぁ、もう一回苦しめばいい。修を切り捨てようとしたのと私に被害を浴びせた罰を与えてやる。




登録者1000人を超えたらボツったワートリクロスウォーズを少しだけ書こうかと検討中


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42話

いい加減にテイルズ更新しないといけないって分かってるんだけど、中々に手が付かない。
ワートリクロスウォーズとか余計なネタばっかり浮かぶのに、テイルズの方に執筆意欲がわかねえべ


「ただいま戻りました」

 

「ふ〜ん、ここが玉狛支部なのね」

 

 ボーダー本部から場所は変わり、玉狛支部。

 修は遊真と共に日野家御一行を玉狛支部へと連れてやってきた。

 

「ここ、元はなにかの施設だったっぽいね」

 

「水道で発電がどうのこうのジンさんが言ってた」

 

「む、しんいりかな?」

 

 玉狛支部へと足を踏み入れるとカピバラに乗った少年、林藤陽太郎に出会う。

 

「いえいえ、すぽんさあ様だ」

 

「すぽんさあとな」

 

 新入りと勘違いした時は自分達とはじめて会った時と似ているな。

 一応は大事な大事なスポンサー様な事を遊真が伝える。

 

「陽太郎、林藤支部長は」

 

「りんどうなら上にいるぞ」

 

「そうか。先ずは玉狛の支部長に挨拶を」

 

 陽太郎から支部長の居場所を聞いたのでそそくさと案内をする。

 その間、てつこ達は玉狛支部を品定めする。お人好しを絵に書いたような存在である修が所属している支部なので信頼は出来る……かもしれないが、修を切り捨てようとした組織なので鵜呑みには出来ない。

 

「失礼します」

 

「おうって、そいつ等は?」

 

「あんたがここのボスね」

 

「そうだけど、どちらさんで?」

 

「すぽんさあ様ですぞ!」

 

「い、犬が喋った!?」

 

 ピョコッとてつこの腕から林藤支部長へと話しかけるリリエンタール。

 ボーダーが出来る前の旧ボーダーの頃から色々と非日常を体験してきているが流石に喋る犬を見るのははじめてで思わず声を上げてしまう。

 

「私達、今日からこっちの方につくから」

 

「いったいどういうことだ。修、本部でなにがあったんだ」

 

 今日、部隊の隊長として出さなければならない書類を提出したのは知っている。

 その結果、よく分からない2人と1匹を連れ帰ってきたことに困惑をする。そりゃそうだろう。

 

「実は……」

 

 修は語る。

 日野家がこの前の記者会見を見てボーダーの本部に殴り込んで来たのを。

 ボーダーのやり方が気に入らなくてスポンサーを降板しようとしたのを。

 降りないでくださいと頼み込んだ結果、玉狛支部限定で資金や技術を提供する事に決まったと。

 

「また随分と急だな」

 

「ぼく達もこんな事になるとは思ってもみませんでしたよ……多くの子供を戦争の道具として使っている組織なのに子供を使い捨ての駒に使うとは思ってなかったです」

 

「その件に関しては根付さんに言ってくれ。俺や忍田本部長は無関係だ」

 

 サラリと自分達は違うぞと逃れる。

 実際のところ根付達がやったことでこの一件に関しては2人はあまり関与していない。全て城戸一派の仕込みである。

 

「修が遠征から帰ってきたら本格的に玉狛に支援するわけよ。あんたが玉狛のボスだから色々と契約関係の事を兄貴とやってちょうだい」

 

 面倒臭い手続きは全て兄に丸投げである。

 

「まぁ、ウチとしてはスポンサーがついてくれる事はありがたい事だ。契約を結ぼう」

 

「その件なんですけどコピー機を貸してくれませんか?ボーダーとの契約を打ち切る書類は用意していたんですけど、契約内容の変更とか再契約の書類は一切用意してなかったんです」

 

 日野家が玉狛支部へと来ることは予想外だった。

 流石に書類を手書きで作るわけにはいかないので玉狛のコピー機を借りようとすると林藤支部長はあっさりと承諾する。

 

「ついでだから、どれぐらい技術と資金を出せるのかも教えてくれ」

 

「そうですね。家から提供出来るのがですね」

 

「兄貴、それ長くなりそうよね」

 

「結構、時間が掛かるよ」

 

「だったらちょっと修とバトルしてくるわ」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「ん、ちょっと待て。今なんかとんでもない事を言わなかったか」

 

「トリガー、オン」

 

 言葉に引っかかる林藤支部長の目の前でトリガーをてつこは起動する。

 嘘だろと思わず口を開けてしまうので日野の兄さんが「ぼくが作ったんですよ」と自慢気に語る。

 

「トリガー、作ったのか」

 

 凄腕のエンジニアでもトリガーを作るのは不可能だと思うのに、さも当たり前の如く作ってきた。

 実際のところは昴を経由してレプリカの持つトリガー工学に関するあれやこれやで基礎を学んで作り上げたのだが、それは言わないお約束である。とはいえ、トリガー工学の基礎があっても実際の実用のレベルまで持っていくのはかなり難しく、そこは流石の天才とも言うべきところである。

 話が色々と長くなりそうなので、支部長の部屋を後にするてつこと修達。

 玉狛支部には本部ほどではないが訓練施設は充実しており、ランク戦を再現出来る部屋まである。修が今の所どれぐらいやれるのかを知りたいてつこは早速、その部屋を目指そうとするのだがその部屋に入る前に、部屋のシステムを管理している所に足を運ぶとそこには宇佐美栞がいた。

 

「ああ、てつこちゃんとリリエンタール、久しぶり……って、てつこちゃんとリリエンタール!?」

 

「栞、久しぶりね」

 

「お久しぶりであります!」

 

「む?しおりちゃん、ヒノさんの所と知り合いなのか?」

 

「うん……ボーダーになんの用事なの?」

 

 玉狛支部のオペレーターこと宇佐美栞は日野家と知り合いである。

 というのも栞は日野家がよく利用している本屋の娘であるてつこのクラスメートの宇佐美文の姉であり、リリエンタールの事を知っている。米屋にリリエンタールが実在していると言えば喧しくなるので言わなかった。尚、宇佐美文と修もクラスメートだったが、その事については気付いていない。

 

「スポンサーを降板するのと再契約を結び直すのよ。その辺はここのボスと兄貴が今、話し合ってるわ」

 

「嘘……大丈夫なのそれ」

 

「大丈夫よ。それよりも部屋を1個貸して。修と今からバトルするから」

 

「修くん、戦うの?」

 

「はい……今の自分が何処まで出来るのか試してみたいです」

 

「アレからどれだけ鍛え上げたのかみせてみなさい」

 

 そんなこんなで部屋を貸し与える。

 真っ白でなにもない部屋だと面白味に欠けるとてつこは市街地を再現したフィールドを要求して宇佐美はフィールドを変える。

 

「リリエンタール、テツコは強いか?」

 

「ふっ……わが姉は最強ですぞ」

 

 ここに来て、ふとてつこの強さに疑問を抱く遊真。隣にちょこんと立っているリリエンタールはドヤ顔で語る。

 昴と同様に生身でトリガー使いを倒すことが出来るとんでもない奴なのはついさっき見たが、アレは不意打ちに近い。動き方からしてそれなりにやる事はなんとなく分かるのだが、実際のところ見てみないと分からない。

 

「じゃ、やるわよ」

 

「うん」

 

 試合開始のブザーが鳴らないので互いの合図で勝負をする。

 修がレイガストを握るとてつこは構える。

 

「むっ、素手か。珍しいな」

 

 トリガーを用いた武器の1つでも出てくるのかと思えば、なにも出てこなかった。

 トリオン体ならば威力さえあれば素手でトリオン兵やトリガー使いを撃退する事が出来るのだが、それだけである。弾を撃ったり刃を出したりした方がいい。近界でも素手で戦う人は少ないので物珍しそうに見る。

 

「アステロイド!」

 

 先ずは開幕のアステロイド。

 修の残念なトリオン量では威力も射程も残念な事になっているが、てつことそこまで距離が無いのが幸いしているのかこのままだと当たる。

 

「バカね、私に真っ直ぐなのは意味は無いわよ」

 

 実弾入りの拳銃を持った人間を相手にした事のあるてつこにとってアステロイドは脅威でもなんでもない。

 スッと足を巧みに動かして向きを変えてアステロイドを避けると今度はてつこが攻める番だとてつこは動き出す。

 

「早い!」

 

 てつこの初動は早かった。動きに迷いがなくアステロイドを撃ったばかりの修目掛けて一直線に突っ込んでくる。

 これはまずいと察した修はレイガストをシールドモードへと移行をして防御をしようとするのだが、てつこは修の弱点を見逃さない。

 

「下半身がガラ空き」

 

 レイガストのシールドモードは大きな盾となるが全てを包み込む程には大きくはない。

 上半身を防げても下半身、特に足元にはシールドを出せていない。てつこは修の足を足払いで攻撃して転かせる。

 

「終わりよ」

 

 倒れかかる修の顔を目掛けて、てつこは容赦無く膝蹴りを叩き込む。

 当然と言うか、修の顔は粉々に砕けてしまう。訓練を行うトリオンを機械で再現した部屋なので直ぐに元に戻るが。

 

「ったく、どれぐらい強くなったかと思えば弱っちいままじゃない」

 

「いやいやいや、オサムはかなり健闘した方だ」

 

 修を弱いと言い切るがこればっかりは相手が悪すぎるとしか言えない。

 迫ってきたてつこに対して大抵の人があそこで防御を選択する。今までの修だったらそれすら出来ずにいたので大分頑張った方だ。

 

「テツコが滅茶苦茶強いんだよ」

 

「当たり前じゃない。鍛え方が違うのよ、鍛え方が」

 

「てつこ、やりすぎはよくありませんぞ!」

 

「大丈夫だよ、リリエンタール……それよりももう一回、良いかな」

 

「ふ〜ん……まぁ、いいわよ」

 

 今の勝負だけで修とてつこの間には圧倒的な実力差があると見る者が見れば分かる。

 普通ならばあっさりと心が折れてしまうのだが、流石は修というべきか心が折れることは無い。

 

「スラスター、起動(オン)!」

 

 今度はシールドモードのままレイガストで突撃をする。

 

「そんな攻撃が通じるとでも思ってるの?」

 

 迫りくる修のレイガストにてつこは掌底を当てる。

 頑丈が売りの防御的なレイガストのシールドモードは貫かれてしまいそのままレイガストを持つ手を叩かれてしまう。

 レイガストを持つ手を叩かれた修は、握っていたレイガストを落としてしまう。その結果、レイガストはブレードもシールドも出していない柄の状態となってしまい、てつこはそのまま修の胴体目掛けてもう片方の手で貫いた。

 

「もう一回」

 

「オサム、交代。次はおれの番だ」

 

 諦めずに挑戦をしようとするが、そろそろ番を譲ってほしい。

 テツコが物凄い実力者故に遊真はウズウズとしており、それを見た修は渋々遊真に譲った。

 

「次はあんたが相手ね」

 

 コキコキと腕を鳴らすてつこ。

 

「……お前、トリオンの殆どをトリオン体に使ってるだろう」

 

 てつこの圧倒的な強さの秘訣は至ってシンプルだった。

 トリオン体に用いられているトリオンがボーダーのトリガーよりも遥かに多く注ぎ込まれている。

 玉狛第一の烏丸京介がガイストというトリガーをセットしている。このトリガーはトリオンの比重を崩して能力を一点集中、通常よりも遥かに高出力にする事で通常よりも素早く高威力な攻撃をする事が出来る代物だ。原理的に言えばそれに近い。

 

「ええ、そうよ。元々素手で戦ってたから、シールドに回すトリオンと緊急脱出機能以外は全部トリオン体に注ぎ込んでるわ」

 

 特別な武器は一切必要ない。この身一つで今日まで生き抜いてきたJC、日野てつこ。

 小南パイセンには似ているが今までに見ないタイプの強敵だと遊真がワクワクしていると突如として放送が入る。

 

『修くん、うちのボスがお呼びだよ』

 

 宇佐美からの放送だった。修を指名してきた事で緊迫した空気がピタリと止んでしまう。

 また修か。てつこと遊真はそう思った。騒ぎの中心には修が何時も居る気がする。実際、その通りだろう。

 

「一時休戦で」

 

「いいわよ」

 

 上からの呼び出しとなればセコムもとい二人は黙っていられない。

 設定した市街地をそのままにして部屋を出て、支部長が待っている部屋に来ると険しい顔をした日野の兄さんが修に詰め寄った。

 

「修くん、どうして黙ってたんだ!」

 

「……すみません。なんの事でしょうか?」

 

 いきなり詰め寄られた事で何時もの様に冷や汗をタラリと流す。

 しかし修には詰め寄られる原因に心当たりが無い。なんの事だろうと色々と思い返してみても特に浮かばない。

 

「パパラッチに家を張り込みされてたらしいじゃないか。しかも複数名も」

 

「……?」

 

 詰め寄られている原因を言われても心当たりはなかった。

 記者会見の前で啖呵を切った後に兄の部屋に石が投げ込まれて兄が怪我をしたぐらいしか修は知らない。パパラッチがやって来ていたことなんて一切知らない。

 

「修、お前も知っての通りお前の家にボーダーの遠征とか秘匿している情報を色々と聞き出そうとしたパパラッチがいた。調べてみた結果、1社どころか複数の会社が家の直ぐ近くで張り込みをしてたみたいだ」

 

 それをさも当たり前の如く修が知っている前提で語る林藤支部長。

 そんな事は一切知らないのだが、とりあえずは話を最後まで聞いてみることにしてみる。

 

「このご時世、個人情報の流出を防ぐのは難しい。このままだとお前の家族にまで余計な被害が及ぶかもしれない」

 

「余計な被害って」

 

 既に及んでしまっている。兄の額に石がぶつかって流血沙汰になっている。

 一応はボーダーの上層部に話が伝わっているらしいが、コレはもしかして最初から無かった事にするつもりなのだろうか。そうであれば修は騒ぎを大きくするつもりだ。

 

「そこでだ……玉狛に住まないか?」

 

「えっ!?」

 

「こっちの予想だとお前が公開遠征に行けばパパラッチも来なくなる。それまでの間、お前とお前のおふくろさんが玉狛の支部住まいにしないか案が出たんだよ」

 

「待ってください。話がいきなり過ぎます」

 

「そうよ。大体聞いてれば、あんた等の自業自得で修がパパラッチに捕まったんでしょう」

 

 いきなりの事で話を上手く飲み込めていない修。

 状況からしてボーダーが原因で個人情報を特定されてしまったとてつこと日野兄は怒る。

 

「どうせお前も遊真もボーダー推薦で受験勉強しなくても高校に入れる。春休みの間、玉狛住みになるのが少しだけ早まったって思えばいい」

 

「いいって、そんな簡単に決めて良いんですか?」

 

「ああ。上からの許可は降りている」

 

「……オサムのお兄さんは?」

 

 玉狛支部住まいの話で話題に出なかった兄を気にする遊真。

 現在怪我で入院中との事だが病院から出られない程の重症でなく直ぐに治る、と言うか治す事が出来るレベルの傷である。

 

「アイツは玉狛じゃなくて本部に叩き込んでくれっておふくろさんから言われた」

 

「母さんが?」

 

「そう。修の成長に悪影響を及ぼすからって」

 

「まぁ、妥当な提案じゃないかしら。アイツが居るとなにしでかすか分からないわ」

 

 いったいてつこにはどんな風に昴が見えているのだろうか。

 ともかくパパラッチが完全に去るまでボーダーの方で生活をしないかとの提案に修は考える。

 

「あ、そうそう。定期的に日野家の人達も出入りする事が決まったから」

 

「ぼく達も陰ながら修くん達を応援するよ」

 

 ついでと言わんばかりにとんでもない事を言う。

 新たに結んだ契約として日野家が玉狛支部に出入りをして、トリガー開発のあれやこれやをしてくれる事が決まった。無論、報酬として日野家は修のランク戦等を見ることができる。

 

「日野さんはとりあえず宇佐美にうちの機器をどうやって動かすか教わってくれ」

 

「テツコ、さっきの続きをするぞ」

 

「あんたをギッタンギタンに叩きのめしてあげるわ」

 

 日野兄は宇佐美の元に、遊真とてつこは先程いた場所に戻る。

 最終的にはポツンと修と林藤支部長だけが残り、修はジッと林藤支部長を見つめると林藤支部長は頭を下げた。

 

「すまない」

 

 嘘に嘘を重ねて嘘の共犯者に修を仕立て上げてしまった。

 

「いったい何があったんですか。説明をしてください」

 

「迅がお前の兄貴の2回目のお見舞いに行ったんだ」

 

 今度は林藤支部長が語る。

 迅が再入院をした昴に対してお見舞いに行ったことを。

 どうにかしなければ個人情報の流出等で騒ぎを大きくするとボーダーに訴えを起こすと母が言ったのを。

 迅が玉狛支部へ一時的に住めばいいと提案したことを。

 表向きにはパパラッチに家に張り込まれたので遠征に向かうまでの間、避難をしておく事になったのを。

 

「お前やお前の家族に関しては申し訳無いと思っている。この件がもし何処かに流出すればそれこそ日野家が完全にスポンサーを降板するかもしれない」

 

 どうかこの一件は内密に頼む。

 

 林藤支部長はもう一度頭を下げた。

 

「兄は……兄はそれで承諾したんですか?」

 

「ああ、それで構わないって言っている」

 

「だったら僕がなにかを言う事はありません……でも、これだけは覚えておいてください。今後、こういった事をすれば僕も兄も母も絶対に許す事は出来ません」

 

 兄が承諾したのならば、もうなにも言うまい。

 修はただ1つだけ釘を刺しておいて、この一件を完全に内密にする事に決めた。

 

「空閑と千佳にだけはこの事を伝えさせていただきます」

 

 特に遊真には伝えなければならない。

 さっきまでついていた嘘をあえて指摘していなかったのだから、それぐらい言わなければならない。でなければ、昴に直接問い質すだろう。

 

「その方がいいみたいだ。お前の口から伝えてくれ」

 

 そっちの方が説得に応じてくれる。林藤支部長は修に託す。

 修は早速、この事を遊真と千佳に伝えに行こうと先程までいた訓練室に戻り、遊真にこっそりと今回の真相について伝える。

 

「ふう……一難去ってまた一難か」

 

 タバコを吹かしながら一服する林藤支部長。

 あの記者会見でメディアやスポンサーが何らかの動きを見せるのは薄々感じていたが、流石に修がスポンサーを引き連れてくるのは予想外だった。玉狛にお金と優秀な技術者がやって来てくれる事はありがたいのだが下手をすれば玉狛に力が集約しすぎていると言われかねない。手放しでは喜ぶに喜べない状況だった。

 

「これも全部、お前の手筈通りか……迅」

 

 いいえ、三雲香澄の仕業です



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43話

 1月末、すなわち1月31日。荷物をバイクに乗せ、やって来たのはボーダーの本部だった。

 なにをしにやって来たかと聞かれれば、ボーダーの一部の隊員達が暮らしている寮的なところにお引越し、もとい一時的な避難をした。

 

「は〜……まさかこんな事になるなんて思いもしませんでした」

 

 そもそもで家を襲撃される事自体が予想外の出来事だった。

 これからは遠くで修達の事を見守るつもりだったのだが、家を襲撃される事に関しては本当に予想外、それこそ迅ですら知らなかったことだ。

 最初、提案された時はどうしようかと思ってみたが、よくよく考えれば一人暮らしの擬似的体験が出来るからそれはそれでありかと思った……前世よりマシな生活をしているぞ、私。

 とりあえずボーダーの本部で手続きをすると鍵と部屋の間取りが書かれた地図を渡された。はじめてくるがボーダーの本部は見た目以上に広い。これは下手すると迷子になるかもしれないな。

 

「失礼しま〜すっと、私の部屋より広いな」

 

 ボーダーの住居スペースの端っこの端っことも言うべきところに部屋を貰った。

 どんな部屋なのかと入ってみると10畳はあるかと思える広さのワンルームだった。

 

「テレビに冷蔵庫に洗濯機が完備とは……至れり尽くせりにも程がある」

 

 水道も電気もガスも全てがボーダー持ちで、今回は更に色々とボーダー持ちと聞いている。

 とりあえず靴を脱いで中に入ってみるとシングルサイズのベッドやクローゼットまで完備されている。それだけじゃない。やかんやフライパン等も完備している……ここはあれか。新入生歓迎の家具付きアパマンショップだろうか……。

 

「え〜と、確かここに……あった」

 

 部屋に圧巻されつつも、私は母さんに託された一人暮らしのメモを手に取る。

 人のことを本部に押し付けておいてなんだが、なんだかんだ言っても息子の事が心配なのか、コレはやっておきなさいとアドバイスをくれる。流石は母さんと言ったところか。

 

「先ずは……茶を沸かせか」

 

 飲み物はいちいち購入すると高いのでお茶を沸かして冷やしておけとのこと。

 確かにいちいち飲み物を購入していたら高くついてしまう。最もらしいアドバイスだ。私は早速、持ってきているお茶のパックをやかんに入れてお茶を沸かす。

 

「っと、その間荷解きしようと」

 

 換気扇を回して最大火力でお茶を沸かしているから直ぐに沸騰するだろう。

 お茶を入れる急須はあったがポットとかは無かったので後で100円ショップにでも行って買ってこないといけない。

 夕飯の事とかも考えておかないと、後で痛い目に遭う……ああ、ヤバいな。一人暮らしってこんなに楽しいものだったのか。

 

「邪魔すんで」

 

「邪魔するなら帰ってください」

 

「はいよ〜」

 

「夕飯はやはり定番中の定番である肉じゃがで余ったら明日、コロッケに変えてしまおう。よし、これで今日と明日の献立は決まったな」

 

 主婦は毎日の献立に一苦労らしいが一人暮らしならば余計な事を考えなくて済む。

 キャベツの千切りはいちいちするのが面倒臭いからレタスとキュウリとプチトマトを用意しておこう。副菜は冷奴で、豆腐の一部を味噌汁に変えればそれで良し。となると味噌が必要だな……余計な物は買いたくないからメモを取っておかないと。

 

「って、ちょっと待てい!思わず新喜劇のノリで帰ってもうたけどちゃうねん」

 

「……誰ですか、貴方は」

 

 色々と有名な原作キャラだがあくまでも初対面なので知らぬ存ぜぬ。

 どうでもいいがインターホンを鳴らさずに上がってくるのは失礼じゃないだろうか。

 

「オレは生駒達人、気軽にイコさんでエエで」

 

「はぁ……そのイコさんがわざわざ私の部屋になんの用ですか?」

 

「今日から新しく入ってくるお隣さんがどんな奴か見に来たんや」

 

「えっ……お隣さんなんですか」

 

 隣も居住スペースなので誰かが住んでいる事は確かだったのだろうが、また面倒臭そうなのがやって来た。

 もっとこう、いい感じの人を……ダメだ。外部スカウト組でいい感じの人、これといって浮かばない。基本的には残念な人が多い気がする。

 

「せや。迅から新しくやって来る人と仲良くしたってって言われとるんや。にしても自分、ホンマに17か。オレより歳上に見えるで」

 

「17歳ですよ」

 

 迅の奴、余計な事を言いやがって。私、多分だけどこの人は苦手な感じの部類に入るぞ。

 とりあえず17歳なのは確かだと証明するためにバイクの運転免許証を見せる。

 

「嘘やん。イコさんですら車の免許持っとらんのにバイクの免許って、ボーダーでも誰も持ってへんのちゃうん」

 

「私の記憶が確かなら北添さん辺りがバイクの免許を持っていた筈ですよ」

 

「マジか……バイクってやっぱカッコええか?」

 

「まぁ、馴れればカッコいいですし気持ちいいですよ」

 

 雨の日は色々と最悪だが、バイクも案外悪くはない。

 と言っても基本的に何処かに出掛けるのにバイク使わないんだよな。

 

「そうか……バイクか……」

 

「一応、言っときますけどバイクに乗ったらモテるとかそういう感じのは無いですよ」

 

「な、なんで分かったんや!?」

 

「いや、モロに顔に出てましたよ」

 

 バイクの免許を持っていたところでバイク関連が好きな女性にしかモテない。

 そして基本的にはそんな女性は存在せず、持っているならば普通自動車免許とマイカーの方がいい。何処か遠出する時の足代わりにさせられる可能性は高いものの持っていて役立つ時は多々ある。特に就職する時なんて免許持ってるの前提で動いたりするし。

 

「そうか。バイクの免許持っててもモテへんか」

 

「バイクの運転免許を持ってたらモテモテなら今頃北添さんはモテモテですよ」

 

「なに言っとるねん。ゾエは元からモテモテやろう」

 

 それはLOVE的な意味じゃなくLIKE的な意味合いだろう。

 この人と話をしていたらなんだか調子が狂う……関西人だからだろうか。テイルズオブゼスティリアの世界に転生したパイセンも関西人で後に嫁になる人を調子が狂うって言わせてたっけな。

 

「部屋に引っ越してきたばっかなので茶の1つも出せませんし、寛いでもらえませんよ」

 

「ええよ、ええよ。お裾分けのおにぎりせんべいを持ってきとるから」

 

「おにぎりせんべい?」

 

「せや。551に並ぶ関西の名物や……迅がぼんち揚げのPR狙っとるらしいから、ここはいっちょオレもキャラ作って見ようと思うねん」

 

「イコさん、そういう広報関係は嵐山隊がやるものです」

 

「嵐山はおにぎりせんべい似合わへんやろうが」

 

 それ以前にあのグラサンは普通にぼんち揚げが大好きなだけであり、PRとか宣伝大使とか狙っているわけじゃない。

 とりあえずはくれるというのでおにぎりせんべいを数袋貰った。イコさんが既に1枚袋を開けていたのでいただくと結構美味しかった。

 

「それでな、自分ボーダーの事をあんま知らん新入りやろ。色々と教えたろうと思って」

 

「あの〜……確かに寮食みたいなのが出るとか聞いてますけど、私基本的に自炊すると決めてて既に上の方にも話が通ってるんですよ」

 

「だったら、オレに任せろや。こう見えてもイコさん最近料理はじめてん。冷蔵庫の中の物でパパっと料理出来るで」

 

「さっき来たばっかですよ」

 

 冷蔵庫なんて空っぽも空っぽだ。なんだったらまだ1回も開けていない。

 夕飯を何にするのか献立に悩んでいるところでそんな事を言われても色々と困る。

 

「よし、じゃあ買い物に行こか」

 

「イコさん、さっきここについて教えるって」

 

「ええんや。食堂を利用せんかったら風呂しか公共施設無いんやから。それよりもイコさんに料理を振る舞わせてくれ」

 

「何故そこまで」

 

「ギターを弾けたらモテる思っとったけど、披露する機会が全然のうてな。迅達になにがええかって聞いたら迅が料理したらええ言うねんけど、ボーダーの外部スカウト組って食堂あったりするし、焼肉とお好み焼き好きが多いし、料理を振る舞う機会が全然無いことに気付いてん」

 

「つまり私に試食しろと?」

 

「イコ飯は美味しいから安心してや」

 

 そういう話をしているんじゃない。

 この人のモテたいという気持ちは分からないでもないし、料理が出来る様になれば……まぁ、モテ要素にならなくもないが振る舞う機会をくださいって言うのはな。

 

「うーっす!本部に引っ越したって聞いたぞ!」

 

 どうやってイコさんの手料理を断ろうかと考えていると袋を手にした出水がやって来た。

 知り合いがやって来てくれたのは嬉しいととりあえず上がってもらう。

 

「あれ、イコさんなんでいるんですか?」

 

「お隣さんやからな、交流を深めとるんや」

 

「そうすか」

 

「いきなり来て若干困っていますが……まぁ、概ねそんな感じです」

 

「にしても、災難だったよな。あの後、家にパパラッチがやって来たんだよな」

 

「え、待って。なんの話?」

 

 よっこいしょと小さいちゃぶ台の前に座る出水。

 今回の一件を知っているのは修達と迅と上層部だけで友人達にはパパラッチが張り込んでいたという事になっている……イコさんなにも知らないみたいだけど。

 

「あれ、聞いてないんですか?この前の記者会見の場で啖呵を切ったメガネくんの兄貴で、ボーダーが原因でパパラッチに張り込まれたから一時的に避難してるんですよ」

 

「聞いとるもなにもお隣に新しい子が引っ越してくるから仲良うしたってって言われただけや。自分、もしかしてボーダー隊員ですらないん?」

 

「まぁ、ボーダーの隊員ではありませんね……」

 

 全然話を聞かされていなかったのか軽くショックを受けるイコさん。

「迅のやつ、教えといてくれや」と迅に対して不満を垂れ流すが、既に遅い。多分だが、あのグラサンは純粋な優しさかなにかで私と交流を持つことを勧めた……そう思いたい。これもあいつの掌の上であったらシンプルにムカつく。

 

「この前のお礼も兼ねたいから今日の夕飯は開けといてくれよ」

 

「お礼?」

 

「ほら、この前の」

 

「……(大規模侵攻の事ですか)」

 

「うぉ!?」

 

「どないしたんや?」

 

「あ、いや、ちょっと足が痺れたっぽいです(急に頭の中に語り掛けてくるなよ)」

 

「(アレとかこの前のとか言われてもなにか気になりますので)」

 

 頭の中で出水に語りかける。

 イコさんは急に驚いた出水の足をツンツンしている。足が痺れた奴にする定番的な嫌がらせかなにかだろう。

 

「(大規模侵攻の時、お前がトリオン兵を根刮ぎ無力化してくれて助かった。お前がボーダーの人間だったら特級戦功になってたかもしれねえ)」

 

「(お礼を言われる事なんてしてませんよ。下手すれば修が死んでた可能性もあったらしいので、兄として当然の事をしたまでです)」

 

「(ブラコンだな……ま、あん時トリオン兵を無力化してくれたお陰で本部にサクサク進めた。個人的なお礼として寿寿苑を奢らせてくれ)」

 

「ま、奢ってもらえるならいただきます」

 

 まさかこんなところで焼肉を奢ってもらえるとは思ってもみなかった。

 寿寿苑の焼肉はボーダー御用達の焼肉だから、行ってみたいとは思っていたが、ラッキーだ。

 

「ところで出水くん、さっきから持っているその大きな袋は」

 

「ああ。柚宇さんから引越し祝いのお裾分けだって渡されたんだ」

 

「おぉ、これはありがたいです」

 

 袋の中には大ぶりのジャガイモがコレでもかと入っていた。

 ジャガイモがあればシチューやカレー、肉じゃが、コロッケ、チーズ焼きと色々な物を作ることが出来る。

 

「ちょっと待てぇえええい!!」

 

「どうしたのですかイコさん」

 

「どうしたもこうしたもあるかいな。自分、なにさも当たり前の如くお裾分け貰っとんねん。イコさんですら女の子からのお裾分けを貰った事無いねんで!」

 

 国近先輩からのお裾分けに何故かキレるイコさん……。

 

「そんなに欲しいなら後で蒸してとろけるチーズと黒胡椒をかけた物を作りますが」

 

「お、美味そうやんってちゃう。なんでイコさんにはそういう感じのお裾分けが無いんやっちゅう話や」

 

 知らないですよ、そんな事。恨めしいのか人のことをう〜とイコさんは睨んでくる。

 そもそもでこのご時世にお裾分けって面倒だ。どれだけ面倒かと言えば子供多い家庭にお中元やお歳暮にビールしか送ってこない知り合い並に面倒だよ。飲めないけど高価な物だけに断るに断れない空気になる。正直いらない物を貰った時の断り方を私は知りたい。お中元やお歳暮には油を選んでおけば基本的にはハズレないんだ。

 

「そんなに欲しいならお裾分けしますが」

 

「ちゃうねん。そういうのやないねん。もっとこう、実家から届きましたって爽やかな顔で言ってくれるのをな、お隣に住んどる可愛い女子大生や女子高生がやって来てくれるのをイコさんしてほしいねん」

 

 貪欲過ぎるな、この人は。気持ちは分からないまでもないけど。

 

「おーっす、引っ越しの荷解き手伝いに来たぞ〜」

 

 イコさんが震えていると今度は米屋がやって来た。

 これ引っ越し祝いだといいとこのお菓子を貰ったので早速振る舞うついでにコンロの火を消す。

 

「引っ越しと言っても、そんなに多くの荷物を持ってきていませんよ」

 

 わざわざ引っ越し祝いを持ってきてくれたのは嬉しいが、そんなに荷物はない。

 肩掛け式のボストンバッグ2つしか持ってきていない。調理器具とかの簡易的な物は向こうが揃えてくれてるらしいし、服以外に持ってきた物と言えばポータブルDVDプレイヤーと特撮のDVDぐらいだ。クローゼットの中に着替えを入れさえすればそれで終わる。

 

「マジか……緑川は玉狛の方に行ったけど仕事あんのか」

 

「さぁ、私に言われても」

 

 その辺りについては私は知らん。多分だが修が原作よりも早く昔の玉狛支部の事を知ったりしているんじゃないだろうか。

 まぁ、遅かれ早かれ原作に深く関わる事では無いだろうし、それでなにかが劇的に変わるわけでもない。あんまり気にしないでおく。

 

「三雲くん、引っ越したって聞いたけど」

 

 今日は本当に人がやってくるな。今度は熊谷がやってきた。

 

「…………なんでやぁああああああああ!!」

 

 orzの体制になり、イコさんは叫んだ。

 

「出水と米屋はまだ分かるわ。ここで里見が出てきてもおかしくないわ。けど、熊谷ちゃんはおかしいやろうが!!」

 

「え、え……なにか変なところありました!?」

 

「熊谷さん、気にしないでください……ただの戯言です」

 

「勝ち組か!勝ち組の余裕か!イコさんなんかランク戦しようぜと野郎しか来ぃひんのに、なんやこの格差は」

 

 女子がやって来た事にカンカンのイコさん……この人、顔も性格も悪い人じゃないのに、こうやってガッツイているからモテないんだろうな。

 とはいえ、戯言には変わりはない……これが持っている者と持っていない者の力の差か。

 

「聞いたわ。家にパパラッチが張り込んでたみたいね」

 

「ほとぼりが冷めるまでは厄介になりますよ。とはいえ、ボーダーの中枢に足を運ぶわけでもないので、ここ止まりですが」

 

 ランク戦の見学の許可は貰えたものの、ボーダーの中枢には足を運べない。

 修が頑張っている姿を見れるだけで充分だが……まぁ、直ぐに変わるか。

 

「てか、話の流れ的にイコさんの手料理食ってくれへんの!?イコさんとの男の約束は!?」

 

「そんなのを交わした覚えはありませんよ」

 

 イコ飯も焼肉には勝てない。焼肉は大抵の料理を無効化する。

 今日の夕飯は焼肉に決まったが、お茶を入れる容器とかを買わないといけないのでどちらにせよ買い物に行かなければならない。携帯を取り出して時間を確認する。

 

「まずい……このままだと遅れる」

 

「遅れるって、スーパーの特売かなんかあるんか?」

 

「いえ、アルバイトです」

 

 このままここでグダグダと時間を過ごしていたら貴重な時間が無くなってしまう。

 今回は身嗜みを整えて来いと命令されているのでスーツに着替えなければならない。

 

「皆さん、焼肉は全員で行きましょう。それでは」

 

 4人を部屋から追い出す。

 時間は少ししか残されていないのでキャリーバックからスーツを取り出して早着替え。ネクタイも結ばなくていいタイプを装着する。

 

「さてと……いったい誰が来るのでしょうね」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

「あ〜なんでこんな事をしなきゃなんねえんだ」

 

 諏訪隊の隊長こと諏訪は愚痴を溢した。

 なんの愚痴か。それは今からボーダーに支援をしているスポンサー様と会わなければならず、自分達が選ばれた事に愚痴る。

 

「仕方がないですよ。嵐山隊以外のB級を向こうは要求してるんですから」

 

 堤はまぁまぁと宥める。

 そう、今回諏訪隊はボーダーに大きく支援している企業、とあるスポンサーと会わなければならない。本来こういう感じの仕事は広報部隊である嵐山隊に向くのだが今回スポンサーは嵐山隊以外の部隊でB級の真ん中ぐらいの部隊を要求してきた。

 既に成人した大人が居る部隊で真ん中ぐらいの部隊といえば諏訪隊ぐらいしかおらず、白羽の矢が立ってた。

 

「でも、大丈夫なんですか。俺達で」

 

 諏訪隊の攻撃手こと日佐人は思い出す。

 つい先程会った根付や唐沢がくれぐれも粗相が無い様にと何度も何度も、それこそしつこいぐらい念を押してきた。余裕を持った大人である彼等がそんな事を言ってくるとは、それはもう凄いスポンサーがやってくるのだろう。

 嵐山隊の様に広報活動を熟している訳ではないのでもしかすると粗相をしてしまうかもと少しだけ顔を青くする。

 

「も〜ひさとは考えすぎだよ。ボーダーの中を案内するだけなんだから」

 

「おサノの言うとおり。そこまでプレッシャーを感じなくていい」

 

「ヤバそうだったらオレに任せろ」

 

 その意味合いも捏ねて今回、大人が居る部隊を選出されている。

 とはいえ数日前にスポンサーが危うく降板しかけるとんでもない事が起きてしまったのも事実。

 自分達の粗相でスポンサーが降板は本当に洒落にならないのでヤバそうなら全部オレがどうにかして土下座もすると考える。

 

「にしても、なんで屋上なんですかね」

 

 それはさておき、会合の場所に堤は疑問を抱く。

 ボーダーの見学をするならばもっと別のところがあるのに、何故にここなのだろうか。ヘリとかを使ってくるにしても、どちらにせよ中に入るのだから中で集まればいいのではないかとなるが、無駄な時間を省きたいのがスポンサーの本音である。

 

「っと、既に誰か居る。お前等、粗相すんじゃねえぞ」

 

「は〜い」

 

 屋上に人影が見えた。諏訪隊の面々はトリガーを起動してトリオン体へと換装する。

 

「はじめまして……」

 

 諏訪隊を代表して諏訪が挨拶をするのだが、諏訪は少しだけ固まった。

 目の前にいるスポンサー様が自分よりも若い。風間という小学生料金でバスに乗っていた男が居るので、身長が伸びなかった残念な人かと思ったが、風貌からしても若すぎる。

 

「はじめまして、界境防衛機関の皆さんですね。俺は神堂財閥相談役、春永桜です」

 

「ボーダーのB級部隊、諏訪隊の隊長の諏訪です」

 

「諏訪隊の隊員の堤です」

 

「同じく諏訪隊の隊員の笹森です」

 

「諏訪隊のオペレーターの小佐野です」

 

 何処となく玉狛の烏丸に似ている青年は、桜は名刺を一人ずつ渡す。

 渡された名刺に【神堂財閥相談役】と書かれており、諏訪は念話で堤達と連絡を取る

 

「(おいおい、どんなゴツいおっさんが出てくると思ったら下手したらオレより歳下じゃねえか)」

 

「(諏訪さん、油断したらダメですよ。この前の日野家も子供達でした)」

 

「あ、そんなに固くならなくていいっすよ。多分、この中で俺が1番歳下ですし」

 

「そうですか」

 

 気を楽にしてと言われても、はいそうですかで出来るわけはない。

 サラリと桜は語ったがこの中でも最も歳下である事に驚愕を受けつつも、名刺を隊服のポケットへと入れる。

 

「すみませんが少し待ってください。社長ともう1人来ますので」

 

「あ、ああ……ところでその社長って」

 

「聞いてないんですか?」

 

 急遽、スポンサーがやってくるから相手をしてくれ。

 上からそう命じられただけで、何処の誰がやってくるかは正確に聞いていない。大手のスポンサーなのはなんとなく分かる。

 

「神堂財閥の創始者である神堂令一郎が社長です……」

 

「神堂財閥……」

 

 堤はチラリとこの前それを聞いた。確かこの前、ボーダー本部に殴り込んできた日野家がチラリと語っていた。

 ボーダーでも金と技術を多く提供しているスポンサーであり、影響力も多大な存在で降板する事となれば周りも手を引く可能性がある。そうなればボーダーの運営が傾く。諏訪隊の面々は改めてとんでもない仕事を押し付けられてしまった事を強く感じる。

 

「社長は時間ピッタシに来ますので、今暫くお待ちください」

 

「もう1人、来るんじゃないんですか?」

 

「の、筈なんですけどね……」

 

 ポリポリと頭をかいた後、タブレット端末を操作する桜。

 あまり覇気を感じないので思わずスポンサー様なのかと疑ってしまうが、ここに居るという事はスポンサー様であるのは事実。

 彼がこんな感じならば、滅茶苦茶凄いおっさんか若い青年がやってくるんじゃないかと想像していると後ろから足音が響く。

 

「すみません、遅れました」

 

「遅い、なにしてたんすか」

 

「引っ越しの作業が思ったよりも手間取りましてね」

 

「嘘だろ、おい……」

 

 諏訪は思わず言葉を零す。

 後ろから声を出しながらやって来たのは誰でもない。スーツに身を包んだ糸目のメガネの青年……つい先程までボーダーの居住スペースで荷解きをしていた三雲昴だった。

 

「はじめまして、界境防衛機関の皆さん……神堂財閥の使者の三雲昴です」



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44話

ドア・イン・ザ・フェイス


「なんで三雲がここに居るんだ!?」

 

「諏訪さん、先程挨拶をしたじゃないですか」

 

 若干ながら遅れてボーダー本部の屋上に足を運ぶとそこには諏訪隊の面々がいた。

 確か社長は嵐山隊以外の中堅を出せとかどうとか言っていた。このメンツならば問題は無さそうだ……と思う。

 

「私がボーダー本部にやって来た神堂財閥の使者の1人ですよ」

 

 呆気らかんとしている諏訪隊の面々。

 それもそうだ。私は基本的には一般人に部類される。そんな人間が堂々とボーダーに足を踏み入れるのだから。明らかに正規のルートじゃない方法でやって来ているのだから。

 

「え、もしかして三雲先輩って凄い偉い人なんですか?」

 

「いえいえ、そんなに偉くありませんよ。なんでしたら目の前にいる桜相談役の方が役職的に上ですし」

 

 事態を少しずつ飲み込みはじめてくれたのだが、もしかしてと顔を青くする笹森。

 私はぶっちゃけた話、そんなに偉くはない。桜と違って特にこれといった役職を持ち合わせていない。桜と同期だけど、有能さで言えば桜の方が上である。

 

「昴さんは役職と能力が見合ってない人だけど」

 

「いや、ホントにそういう冗談を言わないでくださいね」

 

 ハッキリと桜よりも能力が低いことは理解しているんだ。

 ここ最近の功績だって原作知識を利用したもので自分から手柄を上げたものじゃない。

 

「そろそろクソガキもとい社長が来ますので、くれぐれも面倒な事は起こさないでくださいね」

 

「ん?ヘリコプターは飛んでいないけど」

 

「ああ、社長はヘリは使いません。マンティスを使います」

 

 キョロキョロと辺りを見回す堤さん。

 ヘリのプロペラ音が全く聞こえないことを気にしているが、ウチの社長はヘリは使わない。

 マンティスと呼ばれる思考操縦型の兵器にもなるハイスペックな乗り物に乗ってくる。

 

「あ、言ってたら来た」

 

 マンティスについて説明をしようかと思ったが、その前に社長がやって来た。

 SFチックな乗り物に乗ってくる姿は圧巻なのだが、マンティスから降りると面白い事に圧迫感は無くなる。なにせこの人、私と出会った頃から身長が一切伸びていない身長160cm止まりの小柄な体格だ。

 

「お前達がボーダーの中堅部隊か」

 

「諏訪隊の隊長の諏訪です(どんな社長かと思ったら風間と似た感じだ)」

 

「同じく諏訪隊の堤です(いや、風間さんより若干身長が高いですよ)」

 

「同じく諏訪隊の笹森です(でも、圧迫感は風間さんより上です)」

 

「諏訪隊のオペレーターの小佐野です(こんな人が社長の会社に務めてる三雲くんって……)」

 

 軽く挨拶を交わす諏訪隊の面々……おや。

 

「今日はオルガさんはいらっしゃらないのですか?」

 

 常に側に居ると言ってもいいショタコンもとい秘書的な存在であるオルガさんがいない。

 

「この後の会議の準備等に動いている」

 

「そうですか……」

 

「早速だが、ボーダーの本部を、先ずは最初にボーダーの開発室に案内してもらおう」

 

 自己紹介等も済ませたので早速本題に入る。

 諏訪隊の面々は分かりましたと頭を下げて道案内をしてくれるのだが、多分念話で話し合っている。

 そもそもでこういう感じの仕事は嵐山隊がすべき事で、諏訪隊がする筈じゃない。ボーダーのありのままの姿を見たがっているから、敢えて今回嵐山隊以外の隊を指名してきたのは聞いているが……どう思っているのだろうか。

 

「これはこれは神堂さん、わざわざ寒い中ご来場いただきありがとうございます」

 

 早速向かった開発室。

 開発室長である鬼怒田さんは薄気味悪い作り笑いを浮かべて私達を歓迎した。というよりは焦っている。

 

「鬼怒田さんが媚び売ってる……」

 

 偉いだけあり普段から偉そうにしている鬼怒田さん。

 明らかなアピールに堤さんは呟いてしまうのだが、それは仕方がない。神堂財閥はかなりのスポンサーで下手な事をしてスポンサーを降板する事になると他の企業も手を引く可能性があるからだ。下手すれば先日の日野よりも質が悪い。

 

「この前の記者会見で緊急脱出機能はC級についていないと言っていたが、何故だ。予算か、それとも技術か、素材か」

 

「その件に関しては予算を割り振る事が出来ていないのです。元々C級の訓練生に渡しているのはトリガーを1つしかセット出来ない訓練用のトリガーでして」

 

「ならば何故この前の大規模な侵攻でC級は出ていた?」

 

「以前のイレギュラー門の一件で緊急時には訓練生でもトリガーを使っていいのだと決まって」

 

「人を避難させるのにわざわざトリガーを使う必要があるのか?有事の際にレスキューを想定したトリガーを何故作っていない」

 

 グイグイと質問攻めをしていく社長。

 今更な事だが、この一件に私と桜は必要なのだろうか。特に私はなんの地位も持っていない。

 

「聞いた話によればA級以外は勝手に動くなと指示を出したそうだな」

 

「な、何故それを!?」

 

「情報源は何処だっていい。問題はその情報が事実かどうかだ。ボーダーの精鋭であるA級でなければ相手に出来ないと判断をしたのならばそれで構わん。だが、肝心のA級の一部が県外にスカウトに行っている。最初のイレギュラー門の一件で今回の大規模な侵攻を予見していたのならば何故待機をさせなかった?」

 

「そ、それは……」

 

 本当に謎としか言えない。

 迅の予知では絶対に大規模な侵攻が起こりうると分かっていたのに、部隊を引き連れて来なかった。そうする事でより最悪な未来が待ち構えていると言うのならば納得は出来るが……

 

「外部スカウトに力を入れるのは分かるが、もっとやらなければならない事はある筈だ。多くの企業から出資されていると言うのに、お前達は前回の出来事で期待を裏切った」

 

「し、しかしあの記者会見で言った通り最初の大規模な侵攻と比較して」

 

「その結果、我が社の社員が怪我をさせられた」

 

 徹底的に強請るつもりだろうな、社長。

 なんの事だと言いたげな顔をしているので私は前に出る。

 

「弟が何時もお世話になっております。三雲修の兄の三雲昴です」

 

「なっ!?」

 

 こうやって直接的な対面をするのはなんだかんだではじめてだ。

 自己紹介をすると鬼怒田さんは一瞬にして顔を真っ青にしてしまう。

 

「お前達がスケープゴートに利用した三雲修だが、あの記者会見の後に家が特定された。うちの昴が被害を受けた」

 

「その一件に関しては既に終わっておる。三雲修が遠征に行くまでの間、ボーダーの本部で預かる事となった」

 

「社長、それ以上は言わなくていいですよ。この一件に関してはそれでもう終わりなんですから」

 

 重箱の隅をつつく様な真似はしなくていい。

 被害を受けた私はボーダーの本部で世話になる事で全て解決させたのだから。

 

「本部を視察後にもう一度、開発室に足を運ぶ……次に案内をしろ」

 

「諏訪、くれぐれも粗相が無いようにしろ!!」

 

 既に手遅れな気もするが……社長はどういった算段なのだろうか。

 あの記者会見でムカついたから空閑の持つトリガー工学に関するデータと引き換えにボーダーに制裁をと頼み込んだが……。

 

「ここがランク戦、個人のランク戦を行うブースで、恐らくはボーダーで1番のエリアです」

 

「随分と広いな」

 

「ネットカフェみたいな感じですね」

 

 最初に案内をされたのはボーダーの本部で恐らく1番大きな場所であるランク戦を行うブースだ。

 ネットカフェの個室の様に沢山の部屋がある。今日も今日とてランク戦に精を出している隊員達が多くいるな。

 

「ここでは多くのボーダー隊員達が実戦形式での個人戦を行って切磋琢磨と頑張ってます。明日からはチームでのランク戦があります」

 

「そうか…………」

 

 深くなにかを考える社長。

 なにを考えてるか……私ならばそうだな。

 

「「遊びでやっている奴はどれくらいいる?」」

 

 お、ビンゴだ。どうやら社長も同じ事を考えていたようだ。

 

「……三雲、後はお前が言え」

 

 同じ事を考えて、当てられた事に若干拗ねる社長は後の事を任せる。と言うか押し付ける。

 

「超人的な運動能力に加えて日本では特に規制されがちな銃や剣を振り回す事が可能で、FPSの如く市街地を模したフィールドで戦う。ボーダーの隊員の多くは中高生。遊びたい盛りの思春期の子供に力を与えればそれはもう楽しい事この上ないですよね」

 

 きっと大半の人が面白いと感じるだろう。

 なにせそこらの体感型のゲームよりも遥かにスリルを味わえる。ボタン操作だけのゲームと違い実際に動ける。VRMMOと対して変わらない。

 

「ボーダーのランク戦を楽しいと思って遊んでいる人はどれぐらいの割合でしょうか?」

 

「……すみません、分かりません」

 

 落ち込んだ声で笹森は答える。

 まぁ、1人のボーダー隊員がボーダーの隊員達の意識がどう向いているか知る筈もない。

 

「……君達は具体的になにをする組織ですか?」

 

「近界民から街を守る組織です」

 

「そう。そしてその近界民だが、なにが目的か。土地か人か資源か、単純な世界征服が目的なのか……これらはまぁ、どうでもいいですね。どちらにせよ貴方達は遊んでいる組織でなく、異世界からの侵略者からの侵攻を防ぐ防衛隊員……その訓練を遊びでやるというのは如何なものか」

 

 ランク戦が楽しいものなのは否定はしない。ハマる人はハマるだろう。現にボーダーのランクが上の人達はランク戦が好きな人が多い。

 ただランク戦はeスポーツじゃない。部活動の大会でもない。訓練の一環でしかない。

 

「遊び感覚で街を防衛してもらうならばそれは辞めろと言っておきます」

 

 あくまでもボーダーは三門市という土地を借りているだけにすぎない。三門市全部がボーダーの思いのままではない。

 ランク戦を遊んでいてそれなりの成績を叩き出している人達には悪いが、その辺りの意識は変えておかないと……ね。

 

「こんなところですかね」

 

 笹森を好きでイジメているわけではない。

 社長ならばコレぐらいは言いそうなので言っておいただけだ。

 

「お前達はランク戦を遊んでいるか?」

 

「俺達は真剣に取り組んでいます」

 

「取り組んだ結果が中堅か……ボーダーの人材育成能力はそんなにアテにならないな」

 

「言いすぎっすよ」

 

「事実だ。個人が試行錯誤して己のスタイルを見出す事については良いが、守破離の破と離をいきなり出来る人間は早々にいない。武器を渡して殺し合いをさせてその中から強い者が選出されるならば蠱毒となんら変わらない」

 

 ズバズバと社長は言ってくる。

 出来て4年ぐらいの組織にそんな事を言うのはどうかと思うが、間違った事はなにも言っていない。

 

「桜、お前からはなにかないか?」

 

「そうすね……ボーダーの大半は中高生らしいですけど、ボーダーと学生生活をキチンと両立が出来ているのかが少し」

 

 そこに触れるか。流石は桜くん。

 

「その点なら大丈夫です。笹森と小佐野は高校に、自分と堤は大学に通いながら単位を問題無く」

 

「諏訪さん、無理に嘘で固めなくてもいいんですよ」

 

 学生生活とボーダーライフを両立していますアピールをしているのだが、この場には私がいる。

 そう。私のクラスにはボーダーでもトップレベルのバカである米屋がいる。元々勉強が出来ない上にボーダーで休みがちな為に成績も提出物も凄く大変な事になっている。

 

「確かお前の通っている高校はボーダーの提携校の普通校だったな」

 

「ええ……成績が残念な人はかなり居ます……その癖にボーダー隊員として優秀だったりするんですが」

 

「そんなアルバイトに忙しすぎて学校生活を疎かにするみたいな事、あるんだな」

 

 非常に残念な事にそんな事になってしまっている。

 

「ボーダーには部隊や同年代の繋がりがあって進学校組が普通校の生徒に勉強を教えたりする事もあって、そこで円滑なコミュニケーションを」

 

「それをするぐらいならばいっその事学習塾みたいなのを開いたり提携したりすればいいんじゃ……ボーダーの入隊に関係してるのはトリガーを使う才能らしいけど、そこばっかり見てたらダメだろう」

 

 その結果が個性的な面々に溢れているボーダー隊員に繋がる。

 組織を運営する上では特例をあまり認めず、個性を殺しておかなければならない。特に軍隊もどきみたいな組織ではだ。

 

「桜くん、やめましょう。諏訪さん達はボーダーの隊員であってボーダーの組織を運営している人じゃない……鬱憤や文句は偉い人に言いましょう」

 

 若干涙目の笹森を見てこれ以上はダメだと判断をする。

 これ以上ボーダーに対する不満をあれこれ言っても彼等が泣いてしまうだけ。それはいけない。泣かすのならばボーダーの上層部を泣かす。

 その後も色々と回る。部隊に与えられてる隊室や、生身の肉体を鍛えるジム、プールとボーダーの組織を運営する上で一瞬必要なのかと思ったが、こういうリラクゼーション的なのは意外と大事な物だったりする。社長もその辺りについては気にはしていなかった。

 

「如何でしたか、ボーダーの本部は」

 

 一通りの見学を終え、開発室に戻ると根付さんがいた。

 鬼怒田さんもいるのだが、開発メインの人にあれこれ言わせても仕方がないので表に出てきたのだろう。

 

「ボーダーは独自の路線で組織を運営している様だが軍隊等を真似するつもりは無いようだな」

 

「我々は近界民からコチラの世界を防衛するのが仕事で、軍隊ではありません。そこのところを勘違いしないでいただきたい」

 

 若干社長に焦りながらも特に問題もない受け答えをする。

 とはいえ、何時社長がなにを言い出すのか分からないので心だけは身構えている。

 

「その割には随分とお粗末な訓練だな。実戦が最も効率の良い練習とは言うがオレからすれば基礎を固めていない奴等が多い。狙撃手は慎重に基礎固めをしている様だが、それでもだ」

 

「耳の痛い話です。ボーダーはまだ出来てから4年と言う短い組織。優秀な人材の確保を急いでおりますが何分、トリガーは才能が無ければ使う事が出来ない代物で慎重にならなければなりません。例え優秀な人材でもトリガーを使う才能が無ければボーダーに入れる事すら出来ません」

 

「トリガーを使う才能だけを重視してきた結果が現状だろう。資金や人材を集めに集めた結果、殆どの駒を動かす事が出来なかった。この4年間の間、お前達はなにをやっていたんだ」

 

「あの記者会見でも申した通り、最初の大規模侵攻と比較しても」

 

「一般市民に被害が出れば、その時点でおしまいだ」

 

 バチバチだ。社長は根付さんとバチバチに言い争っている。

 間に入り込むつもりは一切無い。社長は理屈を並べて言っているだけだから。隣で諏訪さん達やエンジニアの人達が青い顔をしているが知らない。

 

「三雲、お前から見てボーダーはどうだ?」

 

「そうですね……意識が低い、ですね」

 

「意識が低いとは?」

 

「貴方達が軍隊でなく防衛隊と線引をしているのは分かりましたが、貴方達だけしかその事について意識を持っていない。トリガーを使う才能や人間一人一人の個性は尊重しなければなりませんが時としてそれを殺しておかなければならないところもある。特に今回の大規模侵攻ではボーダーの職員から死者が、ボーダーの訓練生から拉致被害者が出ている……微温い」

 

 カッチカチの軍隊になれとは言わない。

 一人一人の意思を尊重することは大事で、個性を無理に消せば逆にダメになる可能性だってある。ただ……もう少し意識を高くしておかなければならない。そうでないとあの記者会見を期にボーダーに入隊をしようと思っている人達やスポンサーになろうという企業に申し訳無い。

 

「子供達を最前線で戦わせるのならば、意識の改革は何処かで必要です」

 

 ああ見えて修も千佳もその辺りについてはしっかりと覚悟はしている。

 トリガーを持っていて選民思想のバカとか自分達はエリートとか調子に乗っている阿呆は普通にいる。最近は丸くなったらしいが木虎とかそんな感じだった。

 

「桜、お前からはなにかないか?」

 

「昴さんが言いたいこと大体言ってくれたから……精々言うなら、ボーダーに所属する事で生じる事のアフターケアをしっかりする事と訓練生の基礎を作る為のマニュアル作りとか細かなところを補填するぐらい」

 

 桜も大体は同じ意見だった。

 私と桜の意見は大体同じで問題は社長がどう思っているか……。

 

「結論から言おう、現時点でボーダーには出資する価値は無い……スポンサーを降板させてもらう」

 



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45話

「す、スポンサーを降板ですと!?」

 

 社長が出した答えに一同は驚愕をする。

 まぁ、アレだけ組織としての欠点を言われてしまえば誰だって手を引こうとは考えるだろう。

 

「前回の記者会見を見てスポンサーを降板しようと考えていた。組織としての実態を改めて調査をしなおしたが、余りにも脆い。出来て4年の組織で手探りでやっている所を考慮してもこの組織に出資する金も技術も無い」

 

 ぐうの音も出ない正論であるから仕方がない事だ。

 一見、強固に見える組織でもその実態は迅のサイドエフェクト頼みのところがないわけじゃない。

 

「神堂財閥がスポンサーを降板するとどうなるの?」

 

 話を間近で聞いている小佐野は素朴な疑問をぶつけた。

 そう言えば、神堂財閥がどれぐらいボーダーに影響を及ぼしているのか。具体的な数字を見た記憶は無いな。

 チラリと桜に目を向けるとタブレット端末を取り出し、データを叩き出してくれる。

 

「うちは技術も提供しているんで全てとは言い難いけど、純粋な金だけならこんだけだ」

 

「おい、サラリーマンの生涯年収を軽く超えてるじゃねえか」

 

 算出したデータを諏訪隊の面々に見せると顔が真っ青になる。

 諏訪さんは思わずツッコミを入れるが、恐らくは資金援助よりも技術援助の方が神堂財閥は力を入れている。社長は技術者としての一面があり、まともに対抗出来るのは日野のお兄さんぐらいだ。

 

「ロクな成果も無い組織には1円も無駄遣い出来ない」

 

「な、なにもボーダーは防衛だけしている訳ではありません。トリガーを使い病弱の少女を治療出来るか等の研究もしております」

 

 根付さんがそう言うとあのデータを持ってこいと鬼怒田さんは叫ぶ。

 ボーダーは兵器関連のトリガー以外にも一応は研究をしているが……割と拙い方である。

 

「その病弱の女は治ったのか?」

 

「い、いえ、まだ完全とは言い難いですが治験前と比べて体調が良くなる傾向が。詳しいデータはこちらに」

 

「桜、入れておけ…………コレがなにか分かるか?」

 

 男でも嵌めれそうなブレスレットを社長が取り出した。

 見たこともない物……ここで出してくると言う事はアレなのだろうな。

 

「昴」

 

 私に使えと渡された。なんなのか説明をせずに渡してきたが、コレがなんなのかは知っている。

 

「トリガー、起動」

 

 そう声を出すと、私の体が光に包まれる。

 本当に一瞬の出来事だが、生身の肉体からトリオン体へと換装した。

 

「何故トリガーを!?」

 

「何故?そんな物は決まっているだろう。トリガーを作り上げた」

 

 ボーダーの優位性はなんなのかと問われれば色々とある。

 その中で1番はトリガー技術の独占だ。トリガーと言う電気とは異なるエネルギーで動く機械はこの世界の停滞している文明にとってはこの上ない技術である。ただ……その独占も今日で終わりだ。いや、つい先日で終わったか。

 

「さて、改めて契約を見直させてもらう……お前達はなにを出せる?」

 

 ボーダーのトリガー技術は絶対的な優位性だったが、それも崩れてしまった。

 つい先日、日野家が自作のトリガーを使うという自体が起きていてその上で1企業がトリガーの開発に成功している。

 

「そういえばこの街の地下深くにバカデカイなにかを眠らせていますよね。それを使用した実験とかどうです」

 

「どうしてそれを知っている!?」

 

「さぁ、なんででしょうね」

 

 今回、修には申し訳無いけど社長側の人間にならせてもらう。

 独占しているトリガー技術という手段を無くしたのならば、もう出せる物と言えば迅のサイドエフェクトか、嘗ての同盟国であるアリステラのマザートリガーのどちらか。会社的にはマザートリガーが欲しい。

 

「言っておくが近界民(ネイバー)に関する情報は要らん。普段から襲ってきているのがトリオン兵というロボットなのも知っている……お前達の事だ、表向きには初遠征と言っているが過去に何度も向こうの世界に行っているだろう」

 

 交渉に使えるカードを社長は先に潰しにかかる。

 このまま行けば社長は向こうの世界に関する情報を寄越せとか言い出しそうだが、流石にその情報は売ることは出来ないだろう。

 

「この前の日野と言い、なんでこうもあっさりとトリガーを作れるんだ」

 

「日野、だと?それはいったいどういうことだ」

 

 ボソリと諏訪さんは呟くと社長は反応をした。

 社長が勝手にライバル視している日野が先日ボーダーの本部に足を運んだ事を知らない……向こう、アポ無しで乗り込んで来たんだよな。

 

「スポンサーの日野がこの前の記者会見の事で殴り込みを掛けてきたんだよ。スポンサーを降板するって言い出して」

 

「あの時、諏訪さん生身の中学生にやられてましたよね」

 

「……おい」

 

 当時の事を語ると社長は私を睨んできた。

 こうして社長がトリガーを作れたのも私の手柄もとい空閑から売ってもらったトリガー工学に関するデータのお陰である。

 この前の一件がかなりムカついたので社長にトリガー工学に関するデータを売ったが、日野家にもトリガー工学に関するあれやこれやを売った事については教えていない。

 

「流石は世界の日野、自力でトリガーを作り上げるとは……こちらもそれなりに頑張らないといけませんね」

 

 千佳関連で日野家にトリガー工学に関するデータを売ったと言えば社長は拗ねる。

 仮にこの場に社長秘書的な存在であるオルガさんが居たら殺してやろうかと言う目で睨まれていたのは確かだろう。とりあえず社長は煽てるよりも煽る方が動かしやすい存在だ。

 

「日野家はスポンサーを降板したのか!!」

 

「確か、最終的には」

 

「我々の誠意が伝わり、ボーダーへの支援を引き続き行ってくれるとの事です」

 

 嘘こけ、最終的には出資の規模を抑えて玉狛支部にだけ出資する事で話が決まったんだ。

 堤さんの言葉を遮って嘘か真か微妙なラインを根付さんは言った……さて、どうしたものか。

 

「……ボーダーの成果を見せろ」

 

「現在公開出来る研究の成果は先程御用意した」

 

「そうじゃない。このボーダーで1番の隊員を連れてこい」

 

「社長?」

 

 いきなりの提案になにを考えているかよく分からない。

 ボーダーで1番の隊員となれば、それは太刀川さんだが……。

 

「お前達もお前達なりの言い分があるだろう。だが、成果を上げる事の出来ない組織は見限らせてもらう」

 

「と言いますと?」

 

「ボーダーで1番の奴と三雲昴を戦わせる」

 

「ちょ、マジですか社長」

 

 話がいきなり飛躍し過ぎている。

 カードゲームの玩具販売促進アニメみたいな事になりだしているよ。

 

「この4年間を無駄にしていないと言うのならば、お前達が鍛え上げた隊員の中で最も優れた隊員をウチのバカと戦わせろ」

 

「社長、話が飛躍し過ぎていませんか?」

 

「トリガーの技術云々や研究成果等は、コレからコチラでも作り上げていけばいい。だが、ボーダーは研究機関でなく防衛隊と言ったな……優秀な人材だけは早々に作り上げることは出来ない」

 

「私と桜くんなんか典型的なその一例ですからね」

 

 1番と呼べる隊員を連れてきて、勝負をさせる。

 ボーダーのトップ達と言えば多少残念な人達が多い……だが、それはあくまでも日常での話で一度トリガーを使えば戦闘民族BORDERである事を思い出させる。普段がダメでも仕事では凄い隊員は多い。

 技術は確立してしまえばどうとでもなるが人材だけは長期の使い捨ての道具でどうにもならない。社長にスカウトされた私も桜も元は外部の人間だ。

 

「4年間を無駄にしていないならばウチのバカ社員に勝てる筈だ」

 

「み、三雲昴くんと戦うのかね」

 

「そうだ。なにか問題があるか?トリガーを用いた戦闘に関しては素人同然。プロが素人に負ける事は無いだろう」

 

 滅茶苦茶ハードルを上げに行く社長。

 根付さんは当然、黒トリガー争奪戦に関して知っている。私が生身の肉体で三輪隊をぶっ倒すとか言う世界観をガン無視した事が出来る事も当然知っている。

 

「そちらの彼ではダメなんですか?」

 

「トリガーを使うにはトリオン能力が大事だ。バカはともかく桜については一切計測していない」

 

 日野家にトリガー工学に関するあれこれ売ったの教えなかった事に対して怒ってるな。さっきから人のことをバカ扱いしてくる。

 

「俺は無理。昴さんと違って鍛えてないし、銃の腕前も無いし……出来ても精々トラッパーぐらい」

 

 桜のトリオン能力はさておいて、本人は戦うことは出来ないと主張する。

 桜はこうみえて相談役にまで上り詰めた天才だから、多分トラッパーになれば滅茶苦茶有能に熟すだろう。

 

「社長、流石に渡されたこのトリガーで戦えと言うのは無茶がありますよ」

 

「誰もそのトリガーで戦えとは言っていない。それはコイツ等に見せつける為のトリガーだ」

 

「じゃあ、戦闘用のトリガーを」

 

「いや、それはまだ開発していない……トリガーの性能で勝敗が決まっては意味が無い。ボーダーのトリガーを使う」

 

 話が色々と飛躍し過ぎてきて段々と頭が麻痺してきた。

 にしてもボーダーのトリガーを使うとは……いや、社長が作るトリガーは一品物になるだろうから、量産品の方がいいだろう。

 

「ボーダーのトリガーを使って戦う、それでいいな」

 

「私は別に構いませんが……ボーダーはどうなんですか」

 

 話がトントンと進んでいっているが、まだボーダーから承諾は頂いていない。

 チラリと上層部の2人を見るのだがどうしたものかと悩んでいる。それもそうだろう。目の前にいるのは生身で黒トリガーを撃退する化け物じみた戦闘能力の持ち主なのだから。

 

「言っておくが、コレはお前達の数少ない名誉挽回の機会でもある。次、何時此方の世界が大規模な侵攻を受けるか分からない。次もまた人員が割くことが出来ないと言うあまりにも醜い成果ならばウチはボーダーからの出資を断ち切り、独自の路線でトリガー工学をはじめる。なんなら自衛の為のトリオン兵を作ってもいいと思っている」

 

 戦わざるを得ない状況を社長は無理矢理作る。コレが権力って奴の恐ろしさ……子供に権力を持たせるのって恐ろしい。

 ここから一気に巻き返す方法は私とボーダーで1番の隊員が戦って圧勝するしか道はない。とはいえ、それが容易に出来る相手じゃないのも事実……そこで連絡を取るのは、あのグラサンしかいないだろう……ただ、迅の奴、こんなピンチな場面になっていると言うのに一向に出てくる気配は無い。社長の真の狙いの様なものにでも気付いているからか。

 

「では早速ボーダーで1番の隊員を呼び出します」

 

「誰を呼び出すかは貴方達が選べばいいですが、迅は呼び出さないでくださいね」

 

「な、何故かね?」

 

「何故もなにも、あの男は今回の戦闘の参加条件を満たしていないじゃありませんか」

 

 今回はあくまでもボーダーがどれだけの隊員を鍛え上げたかの成果を見るための戦いだ。

 迅、小南パイセン、木崎さん、忍田本部長といった旧ボーダーの面々は今のボーダーよりも前にいたから成果には加わらない。

 

「旧ボーダー以外の人達なら太刀川さんだろうが当真さんだろうがイコさんだろうが、誰を呼び出しても構いませんよ」

 

 里見は現在外部スカウトに行っている。当真さんは呼べば直ぐに来るだろうが、気配探知をする事が出来る私とは物凄く相性が悪い。

 そうなると残すトップ2人、攻撃手及び個人総合のトップに立つ太刀川さんかそれとも射手の王であるニノさんか……どちらが来るか。

 

「諏訪隊は、寺島のところに案内してやれ」

 

 勝負を受けなければならない状況だ。息を呑み込んだ鬼怒田さんは諏訪隊に開発室の奥へと案内させる様に指示をした。

 ボーダーのトリガーを使わなければならないので私は諏訪隊の後をついていく。

 

「お前、滅茶苦茶大変な事になってんじゃねえか」

 

「ははは……コレぐらいの無茶振りは割と馴れていますよ」

 

 気付けばボーダーのトップと戦う話になってしまった事を諏訪さんは同情をする。

 私からすればボーダーに同情をする。組織の沽券や名誉を掛けて1人の隊員が戦わなければならないのだから。

 

「多分太刀川さんが来ると思うけど、三雲くん勝てんの?あの人、結構アホだけどボーダーで最強だよ」

 

 黒トリガー争奪戦の時には三輪隊を狙う事だけに集中していた。大規模な侵攻では修達を危険な目に遭わせない様にしていた。

 太刀川さんとは出水を経由して知り合いになっているが、こうして向かい合う事は無かったと言える。

 

「そうですね、何事もやってみないと分からないですからね」

 

「ふ〜ん、頑張れ」

 

「私は敵ですよ」

 

 ハッキリと頑張れと小佐野は応援をしてくれる。

 しかし私は諏訪隊から……ボーダーの面々から見れば敵でしかない。私が太刀川さん相手に完勝を決めた場合、社長はボーダーから完全に手を引いてしまう。そうなれば大変な目に遭うのはボーダーだ。

 

「関係無いよ、私は三雲くんに勝ってほしいの」

 

「これは……参りましたね」

 

 太刀川さんは普段は残念な人だが事、戦闘においては最強である。

 ボーダーのトリガーを用いての戦闘でなければ私は確実に勝つ自信があるが、ボーダーのトリガーの場合だと勝てない。

 

「雷蔵、コイツのトリガーを頼む」

 

 談笑しているとエンジニアチーフの1人である寺島雷蔵さんの元につく。

 諏訪さんと親しい間柄で、私の事を任せる。

 

「話は聞いているよ。太刀川と勝負するんだってな」

 

「まだ太刀川さんと決まったわけではありませんが」

 

「太刀川は攻撃手(アタッカー)で一対一のタイマンするんだったら最低でもこっちも攻撃手のトリガー構成をした方がいい」

 

 私はどちらかと言えば敵側なのだが、彼等は普通に親切にしてくれる。

 トリガーに関する説明は最初に開発室に訪れた際に一通り聞いているので省く。

 雷蔵さんの言っている事に間違いはないだろう。太刀川さんは最強の攻撃手で攻撃手に対抗するトリガー構成をしておかなければ危険だ。

 

「攻めるよりもじっくりと守った方がいい。レイガストがオススメだ」

 

「オメー、単純にレイガストを勧めたいだけだろう」

 

「なに言ってるんだ。俺の作ったレイガストは強いんだぞ!弾系のトリガーが来ても即座にシールドに変えれるんだ」

 

「相手は太刀川だ。斬撃は伸びてきても弾は飛んでこねえ」

 

「まぁまぁ、二人共落ち着いてください……現実的な話をすれば太刀川から1本取るにはスコーピオンが良いかもしれない」

 

「そうですね……」

 

 純粋な剣の実力が反映される弧月、防御的なレイガスト、奇襲と発想力のスコーピオン。

 太刀川さんを相手にする上では攻撃手のトリガーは必要だが……それよりも社長の狙いについて気になる。

 日野家がボーダーに出資していると分かると対抗心を燃やして例によって熱くなっているかと思えば、こんな無茶振りをしてくる。そしてこれ等全てが計算通りと言うのが恐ろしい。そう考えるとこの戦いの勝利条件は……ふむ……。

 

「レイガストでお願いします」

 

「うし、任せろ」

 

 とりあえずあれこれ悩んでも無駄だ。ここは修と同じレイガストにしようとすると雷蔵さんは滅茶苦茶喜んだ。

 レイガストとスラスターはセットで入れておかなければならないから問題は残りのトリガー構成についてだが、どうすべきか。通常弾の突撃銃かアイビスでガンダムみたいな動きをしてみたいが今回はお遊びでなく真面目にやらなければならない。

 

「メインにレイガストとスラスターと……と……を。サブに……と……と……と……でお願いします」

 

 真面目に太刀川さんから1本を取るトリガー構築を伝える。

 初見殺しみたいな勝ち方をすれば社長はどう反応をするか。ボーダーは異世界からの侵略者を相手にしていて相手は常に未知の存在であり、予想外の事は常々あるのだから初見殺しにやられてどうするんだとか言われそうだ。

 

「三雲先輩、トリガーの練習、付き合いましょうか?」

 

「大丈夫ですよ、笹森くん……練習したらボーダーの顔に泥を塗れなくなってしまいますから」

 

 今回の仕事はとにかく勝利する事だ。トリガーを用いた戦闘のプロを相手にトリガー素人の私が勝つ。そうする事で組織の顔に泥を塗れる。

 秘密の特訓なんかをしてしまって経験を積んでしまったら面白味に欠けてしまう……なんでこんな時に面白味を重要視するのか。太刀川さんに確実に勝ちたければ弧月を使えばいい話……修のお手本になればいいのかと何処かで思っているのとランク戦を楽しみたいと思っているのだろう。

 

「お前、今日引っ越したって聞いたのになにやってんだよ」

 

 トリガーセットを完了し鬼怒田さん達の元に戻ると太刀川さんがいた。

 私の引っ越しの事を出水経由で知らされており、引っ越した後の引越し祝いの焼肉に行ってるものだと思ってたらこんな形で顔を合わせるとは思ってもみなかっただろう。無論、私も今回の一件に関しては本当に予想外の出来事である。

 

「上からの命令でしてね……会社勤めの身としては本当に世知辛い」

 

「オレもそうだよ……だがまぁ、お前と戦えるなら喜んで働くさ」

 

「言っておきますけど、百歩神拳とか使えないですからね」

 

「なに!?かめはめ波撃てないのか!」

 

 今現在、私はトリオン体になっているからよく分かる。

 百歩神拳や内養功等の生体エネルギーを操って色々とやるあれやこれやの力は生身の肉体に備わっているモノでトリオン体では行使する事が出来ない。精々出来るのはエネルギー感知ぐらい……当真さんが相手だったら余裕で完勝していた。

 

「んだよ、トリガーを使ったら弱体化って聞いたことねえぞ」

 

「私もまさかここに来て太刀川さんと戦うとは思いもしませんでした。ボーダーの上層部を精神的に追い込めればいいと思っていたのですがここまでの騒ぎになるとは……」

 

 本当に何処でなにがとち狂ったのだろうか。いや、社長は一周回ってとち狂った人なのだろう。バカと天才は紙一重とも言うし。

 

「それで勝負形式はどうしますか?」

 

「時間内にどれだけ勝つか、と言いたいところだが10本勝負って言われててな」

 

「10本、1本勝負じゃなくてですか?」

 

「?、1本だけじゃつまらないだろう」

 

 この後に及んで正気か、上層部は。

 この試合の太刀川さんの勝利条件は6本以上取ればいい事だが、ボーダーという組織全体を見渡して言えば1本でも取られたらその時点でボーダーの株価が地に落ちる。

 

「10本勝負……10本か」

 

 こういう言い方はアレかもしれないが太刀川さんはランク戦をeスポーツ感覚で楽しんでいる。

 本人が個人総合部隊で1位を取っているので文句を言いづらいが、それではダメだと言っておく……この人はこの人でそれなりの覚悟はしているのだろうが、10本勝負でウキウキしている時点で底が見えてしまう。

 黒江にも言ったことだが1本でも取られてしまえばその時点でおしまいだ。100回ある内の99回は完璧に防衛しきれても、1回倒されてしまえばその時点で終わりだ。まだその件に関してやらかしていないからなにも言ってこない。

 

「太刀川さんの期待に応える事は出来ないと思いますがお手柔らかに」




まぁ、メガネ(兄)の方でも似たような事を言うてたからね


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46話

思ったより意見割れてるな


「迅、これでいいのか」

 

 時は少しだけ遡る。太刀川相手にどのトリガー構成で戦うのか昴が言っている頃だ。

 城戸司令はこの戦いについて良かったのかどうかを迅に問う。神堂財閥という大手の企業のスポンサーを降板するのはボーダーにとって痛手でしかない。つい先日、多くの技術を提供している日野家が玉狛支部以外に支援をしないとなったのだから仕方がない事だ。

 

「今のところ順調に行ってますよ」

 

 今回、城戸司令が表に姿を現さなかったのは迅の策略である。

 神堂達との会合の場に城戸司令や迅が居ると色々と大変な事になった。

 

「諏訪さんがきっかけを作ってくれたおかげです」

 

 具体的に言えば、この成果を見る為の戦いが起きなかった。

 諏訪が日野家もトリガーを開発した事をポロリと零すか零さないかで、未来は大きく変わっていた

 

「とはいえ……耳の痛い話なのも事実」

 

 昴達の言っている事は絶対に正しいわけじゃない。

 ある種の正論を理知的で力の持った人間が言っているだけに過ぎない。だが、間違った事は言っていない。

 ボーダーのランク戦をeスポーツ感覚で遊んでいる、もしくはゲーム感覚になっていると言われれば迅は否定をする事は出来ない。だが、ランク戦と実戦は違うという認識は迅は持ち合わせている。残念な事にその認識を持っている隊員は少ないが。

 

「メガネくんの一件でボーダーに入隊したいって子が5倍ぐらい増えたけど、何処かで区切りの様な物を付けないといけないのも事実です」

 

 重箱の隅をつつく様な真似はしたくはないが、前回の一件で死者と拉致被害者が出ているのも事実だ。

 ある意味、今回の日野家襲来と神堂財閥襲来のイベントはボーダーにとって新しい風や清涼剤になるものでもある。

 

「お前が出ることはできなかったのか?」

 

 太刀川を信頼していないわけではないが、この交渉を確実に成功させる為には迅の方がいい

 

「いや〜無理ですよ。昴くん、今回オレをハブる気満々ですから」

 

 だが、それは出来ない話。迅の事を知っていて危険視している昴が今回は敵側だ。

 4年間の成果を見せろと言う括りを作り上げて迅をこの戦いから遠ざけた。そうでなくとも色々と理由を付けて迅を交渉の席から外すつもりだ。

 

「大丈夫ですよ。太刀川さんならやってくれます」

 

 自分がスコーピオンを作り上げなければ、勝ち越されていた男に信頼の幅を寄せる。

 普段が圧倒的なまでに残念な人だが、今回はそんなプライベートな話でなく仕事の話。太刀川は物凄く頼れる。迅と城戸司令は見守る。

 

「どうなってんだよ」

 

 一方、その頃の出水達はと言えば驚くしかなかった。

 隊長が単位が足りないとかレポートが出来ていないとかでボーダーの開発室に呼び出されたと思ったら今日、ボーダーに避難と言う名の引っ越しをしてきた筈の昴と何処をどう間違えれば10本勝負をしなければならないのか。

 

「ボーダーの成果を見せる為の戦いらしいけど……三雲くん、大丈夫かしら」

 

 自分の名前を7回ぐらい間違った人だが、その強さは本物である。

 昴のあれやこれやを知らない熊谷は太刀川と勝負になるのかを心配する。

 

「おい、大丈夫なのか。かめはめ波撃ってきたら太刀川さん、どうにもなんねえぞ」

 

 昴のあれこれを知っている米屋も心配をする。

 距離を取って百歩神拳を撃たれるだけでおしまいだが、その心配は大丈夫である。今回、昴はボーダーのトリガーを使って戦うのだから。

 名目上、ボーダーの隊員がどれだけやれるのか外部の人間が試しに戦ってみるという話は大きく話題になった。

 

「騒ぎが大きくなってしまいましたね」

 

「太刀川が負けたらマジで大変な事になるってのに呑気なもんだな」

 

「その辺りの裏事情は誰も知らないから仕方ないと思うよ」

 

 事態を把握している諏訪隊はどうなるかヒヤヒヤとしている。

 そんな中でも笹森は浮かない顔をしている。

 

「俺達、温いんですかね」

 

 昴から一種の正論をぶつけられ、個人ランク戦を遊び感覚になっていた事に心当たりが僅かばかりある。故に悩んでいた。

 

「その答えは誰かに聞くもんじゃねえだろう」

 

 今はそこを気にしている時じゃない。諏訪隊の面々は太刀川と昴の戦いを見守る。

 気付けば周りにも人が集まってきている。ここで情けない姿を見せる訳にはいかない。

 

『個人ランク戦10本勝負、1本目開始』

 

「お、レイガストか」

 

 ランク戦の1本目が開始され、互いにフィールドに転送されて向き合う。

 昴が不人気トリガーであるレイガストを使っている事に太刀川は意外そうにする。なにせボーダーの上位陣の殆どが弧月かスコーピオン使いである。レイガストは玄人向けのトリガーである。

 

「修が使っているトリガーなので選びました」

 

 別に弧月でもスコーピオンでもいいが、これが後々修の為になると思って選んだ。

 見た目に似合わず重度なブラコンだなと太刀川は弧月に手を伸ばすと昴は背中を向けた。

 

「スラスター、起動」

 

「お前、逃げるのか!?」

 

 ここで昴の取った一手は逃亡だった。

 チームでのランク戦ならばそれは有りなのだが、今回は一対一のタイマン。時間無制限の勝負でどちらかが倒されるまで終わらない。そこでいきなりの撤退には太刀川も驚くしかなかった。

 

「旋空弧月」

 

 いきなりの逃げの一手には驚かされたが、逃げる相手を狩るのは簡単だ。

 弧月を握り、高速の居合抜きをして伸びる斬撃こと旋空弧月でスラスターのブーストが終えた隙を狙いにいく。

 昴の詳しいトリオン能力は分からないが、この旋空弧月ならば刃は届き確実に斬り落とす事が出来ると太刀川は確信していた。

 

「っ!?」

 

 確実に切る事ができた筈なのに、太刀川の手元は狂った。

 

「グラスホッパー、自由度があるトリガーですよね」

 

「おいおい、グラスホッパーをそう使うか」

 

 昴の周りに無数のグラスホッパーがあった。

 昴がやった事は至ってシンプルだ。シールドの代わりにグラスホッパーを貼って太刀川の旋空弧月に当てて無理矢理捻じ曲げた。ただそれだけだ。物質化しているトリオンの武器である弧月は触れれば弾かれる。ジャンプ台としか使われていないグラスホッパーを防御に利用した事に太刀川は笑みを浮かべる。

 

「面白いな」

 

 百歩神拳をはじめとする様々な技が使えないと聞いた時はショックを受けたが今はそんな事はもう気にしなかった。

 いきなりの逃亡は驚くが、コイツは実に切りがいがある相手だと認識を変えるとレーダーで昴が何処に居るのかを確認する。

 

「嫌らしい戦法を取りやがったな、あいつ」

 

 この戦いはオペレーターからの支援を一切受けられない。

 幸いにも昴はバッグワームを使っておらずレーダーで見つけることは可能だったが、視覚で捉える事が出来なければレーダーに意識を割かなければならない。更に言えば、此方の位置を割り当てられない為にバッグワームを展開しなければならない。

 真正面から戦わない、相手の情報処理能力を妨害、トリガー枠を片方潰すと面倒で嫌らしい戦法のトリプル役満を平気な顔をしてやってくる。なにが質が悪いかって、これをチームでのランク戦でなく個人のランク戦でやって来ているということ。

 

「壁越しの旋空弧月を狙うか」

 

 旋空弧月を弾き返す荒業を成し遂げた相手に太刀川は考える。

 このまま昴を視界に捉えて旋空弧月と決めてもグラスホッパーで弾くかもしれない。なにかワンアクション、1つ間を置かなければ旋空弧月は当てられない。

 

「残りのトリガー構成が気になるな……」

 

 メインにレイガスト、スラスター、サブにグラスホッパーが現時点で割れている。

 バッグワームを使ってこないのはワザとかそれともセットしていないのか。昴のトリオンが少なくてトリガーをフルにセット出来ていないのか、初見の相手であまりにも情報が少なすぎる。

 

「見つけた」

 

 あれこれ考えたとしても仕方がない。昴の居るところに向かうと昴はブレードモードのレイガストを構えていた。

 グラスホッパーとスラスターを持っているので旋空弧月を使っても弾かれる可能性が高い。となれば至近距離での剣術が物を言う。太刀川はバッグワームを解除して、弧月を手に取った。

 

「スラスター、起動!」

 

 グラスホッパーで間合いを詰め、ブレードモードのレイガストを振りかぶる。

 レイガスト自体に切れ味はそこまでないが、スラスターで推進力を得たのならば並大抵のシールドを破壊する威力がある。

 

「さっきのを真似させてもらった」

 

「っ!」

 

 何処から攻めてくるのか分かるのならば、同じ手を使える。

 メイントリガーにセットしているグラスホッパーを突撃してきた昴に対して貼ると、昴は触れてしまい弾かれる。

 

「旋空弧月」

 

 予想外の一手を入れる事が出来た。

 サブトリガーの方の弧月を用いて太刀川は旋空を撃ち昴を切り裂いた。

 

「コレがボーダーの1位か……」

 

 ランク戦のブース内部にあるベッドに転送された昴は呟く。

 予知というチートなサイドエフェクトを持った迅と真正面からやり合えるだけの実力。これが最強かと感じる。

 

『おい、早く次をやろうぜ』

 

「太刀川さん……すみません。一言だけ謝罪をさせてもらいます」

 

『ん?なんかしたのか?』

 

「1戦目、手を抜きました」

 

『お前、堂々と言うな』

 

 昴のトリガー構成の全貌が明らかになっていないので手は抜かれている感覚はあった。

 どうしても負けてはならない試合だなんだ人様に言っているのに手を抜いてしまった事を昴は今になって申し訳なくなってきた。恥ずかしくなってきた。

 

『様子見とか捨ての試合とかあるし別に怒る事じゃない。まだ全力じゃないなら早く見せてみろ』

 

 心が大きな太刀川は特に気にしない。最初の1本はとりあえず様子見とかは個人ランク戦では割とよくあることだ。

 なんだったらあえて負けることで相手に調子に乗らせてそこから巻き返す戦法だってある。

 

「それじゃあダメなんですよ……と、社長カンカンだろうな」

 

 最初の1本を取られてしまった。この最初の1本は割と重要である事を昴は知っている。

 この試合を見ている神堂は手を抜いて負けたことについて後でグチグチ言ってくると頭を抱えつつも2戦目に入る。

 

『2本目開始』

 

「グラスホッパー」

 

「うぉ!?」

 

 開幕と同時に昴は動いた。太刀川をドーム状に包むかの様に大量のグラスホッパーを展開して驚愕させる。

 遊真が使っていた手を真似ているだけだからなと自虐しつつもトリオンキューブを展開する。

 

「嘘だろ」

 

 太刀川は驚いた。昴の出したトリオンキューブは大きかった。それこそ出水よりも大きかった。

 5✕5✕5に分割したトリオンキューブは太刀川に向かって飛んでいく。トリオンで出来た物質はグラスホッパーは弾くが、トリオンで出来た弾はグラスホッパーを打ち消す。

 トリオンの弾の1発が太刀川の周りにあるグラスホッパーに触れると消えていく。

 

「これは、無理だ」

 

 大きなシールドを展開して防ぐのだが、数発でヒビが入った。

 至近距離の一直線に向かう弾は威力を重視した弾で、10発を超える頃には貫かれ、太刀川の体に穴を開けた。

 

「嘘だろ、おい!!」

 

 2本目の結果はまさかの太刀川の敗北だった。

 昴の実力を知らない諏訪は思わず大声を出してしまう。いや、諏訪だけじゃない。周りもざわめく。1位の男があっさりと負けたのだから。

 

「あいつ、射手(シューター)も出来るのか」

 

「いや、違うな。あいつ、メガネボーイの真似をしてる」

 

 昴の実力ならば太刀川から1本を取ることが出来ると分かっていた出水達は慌てない。

 冷静に昴のトリガー構成について考える。昴のトリガー構成は修に似ている。

 

「メガネくんか、そういやレイガスト使ってたな……にしてもあいつ、オレよりも大きいな……フル構成だな」

 

 昴のトリオン能力が出水より上な事が判明した。そうなるとトリガーをフルにセットしている可能性が高い。

 現時点で分かったのはメインにレイガスト、スラスター、弾系、サブにグラスホッパー。メインの枠が1つ、サブの枠が3つ不明だ。

 

「いいぞ、段々と楽しくなってきた」

 

「楽しい、ですか……コレが訓練の一環なのを理解していますか?eスポーツじゃないんですよ」

 

「なに言ってるんだ。オレは真剣に全力で遊んでるんだ」

 

「真剣に全力で遊んでいるですか」

 

「ああ、そうだ。確かにお前の言うとおり訓練をeスポーツ感覚で遊んでいるところはオレにもある。けど、それの何処が悪い?」

 

「遊ぶのはどうかと思いますよ。特にプロとなれば」

 

「プロってのは遊びを真剣にやる奴の事だろう。サッカーも野球もバスケも囲碁も麻雀も元は遊びからはじまったものだ。それを真剣にやるからプロってのは生まれる……オレが緩いと言われればその通りだ。レポートの提出は遅れて大学から通報されるし、報告書も誤字脱字が多いって忍田さんに毎回怒られてる」

 

 なんだったら、この前の大規模侵攻で新型を相手にしながらも黒トリガー使いが来いと思っていたぐらいだ。

 

「風間さんや三輪みたいにシリアルな人間じゃないのは分かっている。だが、コレだけはハッキリと言える。オレはボーダーの中で1番真剣になって遊んでる」

 

「遊びを真剣にやるのもまたプロですか」

 

「そうだ。遊び心がないと、楽しいと思わないとなにも始まらないだろう。辛いことを進んで続ける奴はマゾだ。好きな物を極めろ上手になれって諺あるだろう」

 

 太刀川の言葉には妙な説得力があった。確かに真剣に遊んでいるから熱狂する。プロという概念が生まれる。

 傍から見れば遊んでる様に見えるボーダー隊員達も真剣に訓練に取り組んでいると言える。後、シリアルじゃなくてシリアスだ。

 

「遊ぶ心と楽しむ心はプロには必須か……」

 

 上を目指す向上心は僅かにあれども遊び心に余裕というものはない昴。

 なにせこの男、受験戦争で親の期待に応えられずに精神的に追い詰められて自殺をした身である。心のゆとりと言うのは無い方だ。

 

「楽しめよ、オレとの勝負を。上からの命令とかそんなの関係無く余計な事を考えずによ!お前、さっきから無理に楽しまない様にしてるだろう。本当は楽しみたいけど、自分は大人だからとか仕事だからとか無理してるだろう。んなもん気にすんな」

 

「……コレばかりは性分なんですよ」

 

 変われと言われても無理がある。昴は前世の分の人生もある。

 仕事を楽しみ遊び心を忘れない様にしろと言われても早々に変わることは出来ないことだ。

 

「だったら、お前の全力を出させてやるよ」

 

 太刀川は2本目の弧月を抜いた。昴の手札がまだどれだけの物か分からないが、知ったことじゃない。

 2本目を抜いたので本気だと感じる昴はレイガストを構える。

 

「そうだ、それでいい」

 

 余計な事を考えずにバチバチとやりあえる。この時間が太刀川はなによりも楽しい。相手が強敵ならば尚更だろう。未知の相手と戦えることを太刀川はワクワクする。

 

「私は戦いは爽快的であってはならないと思います」

 

「確かに戦争は良くないことだ。だが、こいつは勝負だ」

 

 重量のあるレイガストを、弧月で防ぐ。弾系のトリガーが積まれているのはついさっきわかった。

 レイガストで攻撃をしつつ弾を用意する戦法が何時飛んできてもおかしくはないと太刀川は警戒をしながらも攻め込む。

 

「抑えた」

 

 右の弧月でレイガストを上から抑え込んだ。ここから左の弧月で切り裂くと腕を素早く振るう。

 

「シールド」

 

「手元にだと」

 

 弧月を振る腕の軌道上に昴は大きめのシールドを展開して攻撃を防ぐ。

 攻撃を防ぐ為のシールドを攻撃の妨害をする為に使うと昴はレイガストの形状を変えていき弧月の鞘になるかの様にシールドモードで包み込む。

 

「スラスター、起動」

 

「っ!」

 

 弧月を握っている右腕が引っ張られる感覚が走る。

 コレはこのままだと腕を持っていかれると右手の弧月を手放す。右手の弧月は遠くへと飛んでいく。

 

「この1本、オレの物だ」

 

 今までの戦法から昴の攻撃手用のトリガーはレイガストしかない。

 太刀川は弧月を振るおうとするがそれよりも先に昴が太刀川の左手を蹴り上げた。

 

「認識が甘いですよ、太刀川さん」

 

 武器が無くても、昴は戦う事が可能である。武器を持った相手と何度も戦ったことがある。

 弧月を蹴り落とされた太刀川はまずいと焦るが時すでに遅し。1回消して再構築をしたレイガストを握り締め、スラスターを起動して推進力を増したレイガストで太刀川を真っ二つに切り裂いた。



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47話

「あのバカが」

 

「いい加減、許してやったらどうすか?」

 

 白熱する太刀川vs昴。

 あの太刀川から1本どころか2本を取った隊員は何者かとざわめく中でスポンサーこと神堂はキレていた。

 なにに対してキレているかと言われれば色々である。例えば先日日野家が襲来してきた事。神堂は裏で昴が手引をしたのだと思っている。

 実際のところは母である香澄がやった事なのだがそんな事は関係無い。あの記者会見で色々と思うところは神堂にもあり、協力を要請すればそれなりにボーダーを脅す事はした。なんだったら修が使える人材だとスカウトも考えたぐらいだ。それなのに昴は日野に頼った。日野兄に対抗心を抱いている神堂は自社の社員が総帥に頼って来なかった事にキレている。

 

「許す?ふん……成果は上げているが、遊んでいる奴に許す価値は無い」

 

 神堂は知っている。

 昴はリリエンタールの力で実体化した吉良ライトニング光彦に剣の手解きを受けていることを。剣の腕の実力がハッキリと出る弧月を使えばそれはもう強いだろう。だが、昴はそれをしていない。レイガストを選んでいた。レイガスト以外にも色々とトリガーをセットしていてそれら全てをまだ使っていない。

 

「そうは言うけど、練習一切無しすよ」

 

 神堂の言っている事は大分無茶である。

 剣の腕は鍛えているが、実戦経験等は昴より太刀川の方が、下手をすればそこらのボーダー隊員の方が上である。説明されただけで具体的になにが出来るか実際に試した事のない武器を使って、武器を使いこなしている相手とまともにやりあえである。

 

「それだけのポテンシャルはあのバカは秘めている」

 

「……」

 

 口ではああだこうだ言いつつも、神堂は昴の事を信頼していた。

 トリオン兵を連れ帰ったり何処かからトリガー工学に関するデータを入手したりと、ここ最近目まぐるしい位に優秀な男ならば出来て当然と見ている。実際のところは色々とあったのだが。

 

「桜、お前なら何処まで出来る?」

 

「無茶言わないでくれ。家の屋根の上に乗るのも一苦労だ」

 

 トリガーを使う動作はぎこちないものの、バンバン太刀川とやり合う昴の動きは桜には出来ない。

 練習をすれば出来る様になるのだが、いきなりやれというのは無理だ。一周回ってバカなんかじゃないかと思える訓練をしている昴だからこそなんとか太刀川に食らいつく事が出来るといったところ。

 

「っち、また負けたか」

 

「イーブンすよ」

 

「最初の1本を取られた時点で負けだ」

 

 4本目の勝負は太刀川の勝ちだった。神堂はその事に舌打ちをする。

 まだ2−2で勝負は決まっていないと桜はフォローするが、そんな事は関係無い。10本勝負で勝利する事も重要だが、最初の1本を取るのも重要だ。

 

「100回ある内の99回勝っても1回負けては話にならない。最初の1本を負けたが、残り全て巻き返して勝利をしたのと途中1本を取られて残り全勝したのでは価値が違う。特にあの太刀川という奴はボーダーのトップに立つ男だ。仮にオレ達が敵ならば最初の1本を奪えればそれだけでいい」

 

「物騒な考えですね」

 

「それだけ1位という地位は重要な物だ。太刀川が負ければそれよりも下位の似たようなトリガー構成の隊員達は人海戦術や誰かの補助無しでは勝てないと考えられる。防衛戦はただの1度も負けてはいけない戦いだ。敵は100回ある内の99回負けても1回勝てればそれでいい」

 

 やっている事は戦争なので失敗しましただけはあってはならない。

 1位には1位の責任がある。品行方正等ではない。絶対的に強くて勝利するという責任がある。

 

「このままどうするんですか?」

 

「それは結果次第だ」

 

 ボーダーの四年間の成果を見せる戦いはまだまだ続く。

 5本目の勝負も太刀川が勝ち2−3と一歩太刀川がリードする。

 

「こ、これはいったいどういう事だぁ!?あの太刀川さんが見た事の無い人物と激闘を繰り広げている!!」

 

 5本目が終わったその頃、B級の海老名隊のオペレーターこと武富桜子がやってきた。この騒ぎを聞きつけてだ。

 太刀川が見た事の無い人物と激闘を繰り広げてるとなれば実況の血が騒いで仕方がない。

 

「まずい、ありゃ止めた方がいい」

 

 実況席を瞬く間に用意していく武富。

 ボーダーのランク戦をゲーム感覚でやってる奴はどれぐらい居ると聞いてくるスポンサーの前で実況なんて始めるとますますeスポーツ感が増してしまう。

 

「武富、こいつはやめろ」

 

「そのまま続けろ」

 

 諏訪が止めに入るのだが、神堂は構わないとする。

 

「このままただ見ているだけでは意味が分からない隊員も居るだろう。分かる人間にしか分からないのは意味がない……ただふざけたジョーク等の小話は挟むな」

 

 バラエティ番組の様な実況を加えるのならば容赦はしない。

 しかしどういう事なのかを説明するならば実況というのも大事な仕事である。スポンサー様からの許可が降りると早速、諏訪を解説として座らせる。

 

「諏訪さん、詳しい状況の説明をお願いします」

 

「ボーダーのスポンサーが4年間の成果を見せろって、スポンサー側の社員と10本勝負で戦ってるんだよ」

 

「成程……えっ、じゃああの人はボーダー隊員じゃないんですか!?」

 

 10本勝負がなんで行われているかを諏訪が説明すると周りはざわめく。

 何処かの無名だったが実力のある隊員かと思えばボーダーの人間でもなんでもないのだから。

 

「先、言っとくが太刀川は弱くはねえ。三雲がおかしいんだ」

 

 1位の人として有名な太刀川が、2−3と苦戦をしている。

 もしかして太刀川は弱いんじゃないかと疑われるので諏訪は補足しておく。太刀川は強い。サイドエフェクト等の便利な能力を一切持っていない。トリオンが超優秀というわけでもない。それでも強いのだ。そしてそんな太刀川とバチバチやれている昴は普通におかしい。なんだったらボーダーのトリガーを使っての戦闘は初である。

 

「対戦相手の三雲さん?はレイガストを主軸としてます。珍しいですね」

 

「雷蔵の奴がレイガスト勧めてたからな……弧月とまともにやり合うか普通」

 

 シールドモードという防御寄りの機能があるレイガストでガンガン攻めている。

 重さなんて全く気にならないといった程に昴は器用に振り回している。とはいえ、拙いところはまだまだある。練習無しでやっているのだから仕方がない事。

 

「ふぅ……大分慣れてきた」

 

 ベッドに転送された昴は呟いた。事前に知識があるとはいえ、使ったことがない武器を使いこなすのは一苦労だ。

 5本の勝負を終えてやっとレイガストがどんな感じなのか、コツの様な物を掴み始めた。

 

『10本勝負、6本目開始』

 

 6本目のフィールドへと転送をされ機械的なアナウンスが流れた。

 昴はレイガストをブレードモードにして構えるのだが、レイガストの刃が波をうつ。レイガストはスコーピオン程とは言わないが、ある程度はブレードの形状を弄る事が出来る。今まで修が使っていた様にブレードを展開していた昴はブレードの形状を変える。

 

「スラスター、起動」

 

 ナイフぐらいの大きさのブレードにして昴はレイガストを投擲する。

 一直線の攻撃に太刀川は反応をして避けるのだが、レイガストの刃は太刀川の元に届かなかった。昴はレイガストをスラスターで投擲して直ぐにレイガストを消した。

 

「トリガーを消すか」

 

 攻撃系のトリガーが自分に向かってくるとなればどうとるか。

 シールドを展開するか避けるかのどちらかを選択するのが普通であり、スラスターによる推進力を得たレイガストを小さなシールドでは防ぎきれないと思った太刀川は避けることを選択した。その結果、1手の隙を生み出してしまう。その隙に昴はトリオンキューブを作り出す。

 

「旋空弧月」

 

 普通の人ならば、ここで止まるだろうが太刀川は止まらない。

 弧月を手にして昴の弾が飛んでくるのと同時に昴を切り裂いて、自身もトリオンの弾に貫かれて引き分けに終わった。

 

『10本勝負、7本目開始』

 

 間髪入れず、7本目が開始される。

 7度目となる勝負でも昴はレイガストを構える。下手にスラスターで突撃はしない。太刀川のトリガーにはグラスホッパーが入っており、下手に突撃すれば弾かれるだけだ。

 

攻撃手(アタッカー)としては既に1流だが射手(シューター)としてはまだまだだな」

 

 一方の太刀川は昴の分析を終えた。

 レイガストという防御寄りの武器で自分と渡り合うだけでなく機転がきき弾系のトリガーを使っていて、既にその辺の上位陣よりは強い。

 ただ射手としては一切訓練していないのかところどころ拙い。チームに出水という腕利きの射手が居るからこそ拙さというのはよく分かる。恐らくはトリガーをフルにセットしているのだろうが、全てを使いこなせていない。所謂、自分のスタイルをまだ見出していない。

 

「これでも結構必死なんですよ」

 

「オレは真剣だ」

 

 油断をするとなにしてくるか予想がつかない。太刀川はサブトリガーの方にセットしている弧月を抜いた。

 昴は重心を前にズラし縮地を行い、通常よりも早い初動で太刀川を切りにいくが太刀川は弧月で迎え撃ち、唾競り合いになる。

 

「おおっと、唾競り合いになった。これはレイガストのオプショントリガーを持つ三雲さんが有利か」

 

「アイツはここでスラスターは使わねえ」

 

「と言いますと?」

 

「太刀川のグラスホッパーを警戒してやがる」

 

 真正面から突撃してくるのならばシールドでなくグラスホッパーで弾く。

 相手にグラスホッパーをぶつけて動きを妨害するという技術を太刀川は瞬時に覚えた。その事に昴は気付いている。唾競り合いになったところで無理にスラスターを使えばどう動くか太刀川は知っている。昴も理解している。

 

「では、膠着状態が続くと」

 

「どうだろうな。三雲の奴はまだトリガーに慣れてないから色々と手探りでやってる。とんでもない物を引き当てるかもしれねえ」

 

 昴は未だに底を見せていない。と言うよりも本人も何処に底があるのか理解していない。

 唾競り合いをしていても泥沼になると太刀川は剣を引いて昴に斬りかかると昴はレイガストをシールドモードへと切り替えて、くの時の凹みを作り上げて弧月を嵌め込んだ。

 

「おおっと、これは鈴鳴第一の村上隊員もよく使うレイガストのシールド形状を変化させる技だ!」

 

「ああ。だが村上ならここで弧月を振りに来るが、三雲の奴は止まっている」

 

 上手く仕事はしているが、最後の一手を決めにいけない。

 

「あいつは今回、レイガスト以外に攻撃系のトリガーに射手(シューター)の弾をセットしてる。射手の弾はキューブ出して、割って、狙って、撃つの4動作が必要だ。素人にゃその動作を素早く行うのは難しい。1手以上を費やすのは確実だ」

 

 1手以上を費やすのであれば、その間に太刀川はメインの弧月を抜いて切り裂く事が出来る。

 弾を出してぶつけるまでの工程をレイガストで防御しつつ、くの字に嵌めて弾を作り出して弾道処理をする技術を昴はまだ持ち合わせていない。

 

「くそ、太刀川さん、スゲー面白い事してんじゃねえか。オレも混ぜてほしいぜ」

 

「バカ。スポンサーが見てる前で、んな事をしたら打ち切られるわ!」

 

「分かってるよ、それぐらい」

 

 その光景を見て、米屋は羨ましそうにしているが今回のこの10本勝負は遊びではないので出水に止められる。

 太刀川は昴のスラスターとグラスホッパーを警戒しつつサブトリガーの弧月で攻める。昴は太刀川のグラスホッパーを警戒しつつレイガストで攻める。太刀川にはメインのトリガーの2本目の弧月があり、何時1手の隙を作られてしまうのかが分からない。この勝負に勝つ為に必要なのは一手の隙だが、その隙が中々に生み出せない。

 

「硬いな。迅を相手にしてるみたいだ」

 

 攻めても攻めても中々に崩れない。予知を持った迅との戦いを太刀川は思い出す。

 今みたいに動きが制限される様な戦いではないが、昴の防御の腕は中々のものであった。

 

「あのグラサンと一緒は心外です、太刀を変えてみますか」

 

 均衡状態が続く中で、先に動いたのは昴だった。レイガストのブレードを揺らして振りかぶる。

 太刀川は弧月で受けようとするのだが、斬られてしまった。

 

「き、斬られた!太刀川隊員、スラスターの力を使っていないレイガストで斬られてしまった。防御は完璧だった筈なのに何故!」

 

「……なるほどな」

 

「諏訪さん、なにか分かったのですか!?」

 

「あの野郎、ブレードの長さを変えやがったな。ある程度まで伸びたレイガストのブレードを振ると同時に縮小させやがった」

 

 レイガストはスコーピオン程ではないがある程度はブレードの形状を変えられる。

 昴はレイガストを振ると同時にレイガストを縮小させてぶつかる筈の弧月の横を素通りすると直ぐにレイガストを伸ばして太刀川の脇腹を斬ったのだった。

 

「レイガストにそんな使い方があったとは」

 

「レイガスト自体が不人気で上位陣も使い方が製作者の想定外の戦い方をしやがるからな。雷蔵も報われるだろう」

 

 盾としても優秀だけど、武器としても優秀な部分もある。

 7本目を終えて試合は3−3,1引き分けとなる。この10本勝負には延長戦は存在しない。勝利するには残す3本を確実に勝たなければならない。

 

『ランク戦10本勝負、8本目開始』

 

「スラスター起動」

 

「またか」

 

 そんなこんなで8本目。試合開始のアナウンスと同時に昴は太刀川に背を向けて逃亡をした。

 1本目と同じ展開で旋空弧月を撃とうとするが、スラスターの推進力もあってか太刀川の間合いから抜け出した。

 

「バッグワームは……搭載されてないみたいだな」

 

 弧月を持ち、警戒しながらもレーダーで位置を確認する。

 1度目は罠だったが2度目となるとこれは完全にバッグワームを搭載していない。そもそもで攻撃手の個人戦で使うこと事態がおかしなもので、その枠に別のを入れるのも一種の手だ。

 

「そう何度も同じ手は食わない……旋空弧月」

 

 昴が潜んでいる場所に住居を間に挟んで旋空を撃つ。

 住居は豆腐のごとくスパスパと切れて倒壊を起こすのだが手応えがない。オペレーターからの支援無しの住居を挟んでの旋空は狙いが定まりづらい。

 

「見つけた……!」

 

 住居を破壊して巻き起こった土煙が晴れると太刀川は昴を視界に捉えた。

 追撃の旋空を撃ち込もうとするがその前に昴の手元にトリオンキューブがある事に気付く。弾を撃ってくるつもり。だが1手遅い。そう思っていると弾は飛んできたが、太刀川はその弾が自分に当たることは無いことに気付く。

 射手としての腕はまだまだ未熟だと旋空を決めに行こうとすると先に太刀川は爆発に飲み込まれてしまった。

 

「……は!?あまりに突然の出来事でしたがこれはメテオラです!」

 

 実況席もあそこで太刀川が決めると思ったのか口を大きく開けてしまう。武富は意識を現実へと戻し、なにがあったのかを解説する。

 太刀川がやられたのはメテオラの爆発に巻き込まれてのことだが、1つだけ腑に落ちない事があった。

 

「しかし、この威力。ここから見れるトリオンキューブの大きさは中々の物でしたがこれほどまで威力があるとは」

 

「あの速度でこの威力とかおかしいだろう」

 

 そこそこのクレーターを作り上げた。それなりの速度でメテオラは飛んでいったのならば弾速に力が割り振られている筈だ。

 丸々一個のメテオラの塊をぶつけたとしてもこの威力はおかしい。

 

「どう見る?」

 

 米屋は出水(プロ)の意見を聞いてみる。

 

「多分だけど威力極振りのメテオラを使ったと思う」

 

「威力に極限まで振ってたらあの速度は出せないだろう」

 

「いや、あいつにはレイガストとスラスターがある。置き玉の技術を応用して、威力にだけ割り振ったメテオラをレイガストにくっつけてそのままスラスターで太刀川さんの直ぐ近くにぶん投げて爆発させたんだと思う。レイガストとメテオラ同時に使うって事はフルアタックで、本体がガラ空きになる上に下手すりゃ自分も爆発に巻き込まれる事がある危険な技だ」

 

 危険な技だが中々にロマンに溢れていると出水は笑う。ここで4−3、1引き分け。昴が一歩リードした。

 

「いいねえ、楽しくなってきた」

 

「太刀川さん大丈夫なんですか。1位の人は弱いって思われたら大変ですよ」

 

「オレに挑んでくるならばそれを受けて叩き斬るまでだ」

 

「男前ですね」

 

 この勝負を実に太刀川は楽しんでいる。昴は割とヒヤヒヤしている。

 

『10本勝負9本目、試合開始』

 

 9本目開始の合図がなると太刀川は2本の弧月を抜いた。

 昴のグラスホッパーや妨害シールドの警戒はやめた訳ではないがこうしなければ勝つことが出来ないと判断したからだろう。

 二刀流相手に無理に攻める事は危険だと昴はレイガストをシールドモードへと切り替える。

 

「現時点ではメインにレイガスト、スラスター、アステロイド。サブにメテオラ、グラスホッパー、シールドと判明している三雲さん。二刀流の太刀川隊員を相手にどうでるか」

 

 太刀川は動く。右手の弧月で昴を下から斬り上げようとする。

 昴は太刀川の手元付近にシールドを出して右腕の動きを制限しようとするが、それを太刀川は読んでおり右手をピタリと止めて左手の弧月で昴に斬りかかる。昴はレイガストで左手の弧月を受ける。

 

「っく……」

 

 防御は見事に決まっているもののそこからの攻めに転じることが中々に出来ない。

 1本の弧月ならどうにか出来るが、2本となれば捌ききれず悪戦苦闘。なにか突拍子も無い事をして隙を作るかと策を考える。しかし中々に浮かばない。太刀川も伊達に4年間鍛え上げていない。中途半端な技を使えばやられるだけだ。

 このままではジリ貧だと昴は太刀川と少しだけ間合いを開く。

 

「どうした。もうおしまいか?」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 手が無い事に太刀川は気付きはじめている。

 ギリギリの勝負でも昴は余裕を見せる。ギリギリのピンチだと悟られ、攻められると負けてしまうから。

 

「まだまだやれることは沢山あるんですよ」

 

 昴は太刀川に斬り込む。

 太刀川はシールドを使わずに弧月で迎え撃つがここで昴はレイガストのブレードの形状をS字フックの様に切り替えて、太刀川の弧月を引っ張ろうとする瞬間、太刀川の弧月が消えた。

 

「成程、こういう使い方もあるのか」

 

 持っていた右手の弧月を消して攻撃を回避した。太刀川は左手の弧月でガラ空きになった昴を一閃。横に真っ二つにした。

 9本目は太刀川の勝利に終わり4−4,1引き分けと残すところは後1本となる。

 

「おいおいこりゃあ……」

 

 もしかすると太刀川の敗北がありえるかもしれない。諏訪の頭にはその事が過ぎった。

 太刀川が負けてしまえばボーダーのスポンサーである神堂財閥が手を引いてしまい、ボーダーに大きな損害を与えてしまう。それだけは絶対にあってはならないことだ。事態の深刻さを知っているのは諏訪隊ぐらいなもので周りはあの太刀川を追い詰めたとざわめく。

 

「お前、トリガーフル構成でまだ使ってないのあるだろう」

 

「ええ……見たいですか?」

 

「見たいに決まってるだろう」

 

『10本勝負、10本目開始』

 

 10本勝負の10本目の開始の合図がなると早速昴は後退をした。

 今度はレイガストのスラスターに頼らず、グラスホッパーを用いて逃亡をした。

 

「3度目となれば飽きてくる」

 

 昴にバッグワームが無い事を知っているのでレーダーで位置の確認をしつつ追跡をする。

 流石に3度も同じ事をすれば嫌でもその動作に無駄はなくなり相手を行動へ移させないようにする。

 

「三雲さんと距離を詰める太刀川隊員。ですが、先程の様な壁越しの旋空は使いません」

 

「太刀川の旋空は生駒旋空と違って普通の旋空だからな。住居越しで三雲の奴を完璧に切り裂くのは難しい……」

 

「おおっと太刀川隊員、跳んだ」

 

「壁越しの旋空で失敗すれば弾が飛んでくるから、間合いを詰めるのに使ったか」

 

 まだ使っていないトリガーは気にはなるが、気にしていたら初見殺しで負けてしまう。

 コレが何時もの個人ランク戦だったらもう一回と言えるが、そうは言えない。最後となれば太刀川も少しばかりは慎重になる。

 

「旋空弧月」

 

 家の屋根から飛び降りると同時に右手で左の腰に添えている弧月を抜刀と同時に旋空を発動。

 昴の胴体に向かって弧月の刃は伸びていく。昴は極小のシールドを使って貼って防ぐのだが、太刀川にはもう1本の弧月がある。そして太刀川の目にはちゃんと昴の手にレイガストが握られているのが映る。

 

「この勝負、オレの勝ちだ」

 

 自分ならばレイガストのシールドモードで防ぎ切れない範囲で旋空を撃てる。

 太刀川は左手で右の腰に添えている弧月を抜いた。

 

「と、思いますよね」

 

 それと同時に昴の背後から弾が飛び散る。

 

「何処を狙って……ハウンドか!」

 

 昴のメイントリガーに弾系のトリガーがセットされているのは分かっていたが、太刀川はそれをアステロイドだと思っていた。

 昴のメインのトリガーにセットしている弾はアステロイドでなくハウンド。追尾機能を持った弾は太刀川の元に向かって飛んだ。

 

「し、試合終了ぅうううう!激闘を制したのは太刀川隊員!!勝負の結果は4−5、1引き分け」

 

 昴の飛ばしたハウンドは太刀川の元に届くには届いたが、それよりも太刀川の旋空弧月が早かった。

 

「諏訪さん、最終戦はどうでしたか?」

 

「三雲の奴が上手くフェイクを入れたみたいだが、肝心の弾の腕が足りなかったってところだな」

 

「フェイクですか?その様な素振りがあった様には見えませんが」

 

「いや、アイツはやったよ。太刀川も上手い具合に引っかかってた」

 

 昴がやった事は至ってシンプルだ。ブレードもシールドも出していない起動していない柄だけのレイガストを握っていた。ただそれだけだ。

 使っていないレイガストを持っていてレイガストを使用していると思わせてのハウンドを撃った……のだが、残念な事に太刀川の方が先に動いた。射手としての腕がもう少しあれば太刀川に届きうる弾速のハウンドを撃てたが、こればっかりは練習しておかなければ出来ない事だ。

 

「オレの勝ちだ」

 

「いや……ぐうの音も出ないぐらいに見事に負けました」

 

 自身の勝ちで終わった事を太刀川は喜んだ。ポイントの変動は行われないが、中々に見ない強敵との戦いは血が滾った。

 昴はあっさりと負けを認める。本人なりに頑張ってみたものの、個人総合部隊で頂点を取っている太刀川の壁は分厚かった。

 

「メインにレイガスト、スラスター、ハウンド、サブにグラスホッパー、メテオラ、シールド……残りは何だった?」

 

「……さて、なんでしょうね」

 

 メインとサブ、共に枠が1個余っている。それがなんなのかを昴は教えない。負け惜しみである。

 残す2つが何なのかは読者もご想像にお任せする。




メインとサブの残す一個が何だったのかはご想像にお任せする


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48話

「すみません、負けました」

 

 太刀川さんとの10本勝負は負けに終わった。

 4−5,1引き分けと後一歩のところまで追い詰めたのだが、流石はボーダーのトップに立つ隊員だ。勝てるかなと思ったが、無理だった。

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 いいところまでいったとはいえ、負けは負けである。

 社長は私が負けたことで物凄く不機嫌になっている。オルガさんが居れば確実にキレられていたな。社長の顔に泥を塗ったのだから当然といえば当然だ。だが、これだけは言わせてもらう

 

「無茶を言わないでくださいよ」

 

 戦闘タイプの転生者ではない。割と極々普通の転生者だ。

 これが仮に転生する度に諏訪部キャラになる先輩の転生者や最強の女性転生者と言われてる墨村守美孤だったら余裕で勝ち越す事が出来たが、私にはコレが限界なのである。

 

「如何だったろうか。ボーダーの4年間の成果は」

 

 社長に睨まれ続けていると今度はヤクザ顔もとい城戸司令が出てきた。

 今の今まで顔を見せていなかったのは……迅が裏であれやこれやとやっていると思う。城戸司令が出てくると話がややこしくなるとかで。

 

「ふん、4年間鍛え上げた結果がこのザマか」

 

「太刀川隊員はそちらの三雲昴に勝利をした。それなのに不服か」

 

「ああ、確かにこのバカは負けたがそれは手加減をし過ぎた為だ……本気を出していれば太刀川に勝利する事は出来た」

 

「手加減……そうは見えなかったが」

 

「したさ……全ては弟の為にな」

 

「……さて、なんの事でしょうね」

 

 この試合は秘密裏に行われてるものでなく堂々と行われた試合だ。故に試合記録が残ってしまう。

 私は今回、レイガスト主体で射手としての腕が未熟なのもあってあまり弾を使わなかった。結果、レイガストでの戦いになった……コレを修に参考にしてほしい。修には防御については教えることは出来てもそこからの攻めに転じる方法は教えられなかったから。

 

「なに!?手加減をしていたのか」

 

 先程まで死闘を繰り広げていて熱の冷めていない太刀川さん。

 当然の如く城戸司令の直ぐ側に居たのでその事については耳に入っている。

 

「してませんよ。あの時点では本気です」

 

「だが、全力でなかったのも事実だ。練習一切無しのレイガストと最初から枷を付けた状態だ」

 

「まぁ、確かにレイガストは使いづらいもんな。あれだけ動けるならスコーピオンもいけるし弧月も……トリガー変えてもう一回やろう」

 

「やめておけ、組織の沽券に関わってくる」

 

 まだまだ戦い足りない太刀川さん。

 トリガー構成を変えたらどうなるのか結果が見えているので社長は止める……スコーピオンやレイガストならば確実に勝つ自信はある。特に弧月。生駒旋空をやろうと思えば出来る筈だろう。

 

「大前提として言っておくが1位は負ける事があってはならない存在だ。例え負けたとしてもそれは同格の相手で大物食い(ジャイアントキリング)はあってはならない」

 

 1位の人間が負けていいのは、精々同格の相手ぐらい。今回の戦いについて社長は社長なりに振り返る。

 

「それなのに太刀川はギリギリのところ、それもこちら側が練習さえしていれば負けていたかもしれない結果に終わった」

 

「つっても、三雲は既にボーダーのマスタークラス通り越して10000超えの強さを持っているぞ。格下とは言えない」

 

「このバカがボーダー隊員ならばな……こいつはうちの会社の人間であって、正規の手続きを踏まえて訓練をしているボーダー隊員じゃない。完全な外部の人間だ」

 

 そんな外部の人間に後一歩のところまで追い詰められたのでは、1位失格だとする。

 何事に置いても頂点を極めようとする向上心等を持っている社長らしい言葉だ。

 

「桜、お前は?」

 

「負けても太刀川さんレベルが後何人か居るのなら安心出来るけど、今回は継戦とか一切関係無いタイマンだから一敗の重みが違っているから安心は出来ない……ぐらいかな」

 

 社長は桜に対しても意見を求める。

 仮に太刀川が何処かのエリアを担当していた場合、今回の様な事になればそれは大誤算の大惨事になる。

 

「オレ、勝ったんだよな……」

 

「仕方がないですよ。スポーツとかじゃないんですから」

 

 勝った筈なのに散々な事を言われる太刀川さん。

 スポーツならここでヒーローインタビューの1つや2つ、待ち構えているのだが軍隊みたいなものなのでそんなものはない。それだけ1位という立ち位置が重いということである。

 

「横綱の様に品行方正にしろとは言いません。ただ、横綱の様に勝たなければならない。それが頂点の役割です」

 

 例えそれがデータの無い初見の相手だろうと、とにもかくにも勝たないといけない。特に今回みたいな仲間内じゃない外部からの人間を相手にした時はだ。

 

「差し支えが無ければ、君がどの様にしてあれだけ動けるかを教えていただきたい」

 

「そうですね……実弾入りの拳銃で襲われたり、わけのわからない不可思議な現象に巻き込まれたり、不老不死を狙う悪の組織と戦ったり色々と非日常を経験したから、ですかね」

 

 転生者になるべく事前にある程度は鍛えているが、私は戦闘タイプではない。

 今日ここで太刀川さんを相手にギリギリのところまでやれたのは偏に非日常が常に側にあり、人生を豊かにしてくれたからだろう。特にライトニング光彦との修行はいい経験になった。

 

「トリガー技術を応用して様々な事をやらせてみるのはいいかもしれませんよ」

 

「そうか。それでスポンサーに関してだが」

 

「4年間鍛え上げた結果がギリギリのところで勝利をした組織に出資は出来ない」

 

「え、オレが勝ったらスポンサー続行じゃないのか?」

 

「誰もそんな事は一言も言っていない。あくまでも成果を見せろとだけ言ったんだ」

 

 謂わばアレはアピールチャンスだ。

 自分が勝利すればそれで全てが終わると思っていたが、そんな甘い話は何処にもない。

 

「え……ちょ……マジで……」

 

 今更ながら自分の背に掛かっていたものがなんだったのかを自覚したのか焦り始める。

 

「三雲の奴は本気じゃなかったんだよな。だったらもう1回、それこそお前に1番合うトリガー構成での対決を」

 

「それでは意味が無い。第一、それをすれば恥の上塗りになるだけだ」

 

 泣きのもう一回を提案する太刀川さん。私個人としてはそれをやってもいいが、やったらやったで太刀川さん相手に勝てる自信がある。社長もその事を分かっているのか勧めない。

 

「どうしても我が社から支援を受けたいと言うなら、契約内容の変更を要求する」

 

「契約内容の変更とは?」

 

「現在、我が社はボーダーに一方的な出資をしている状況だ。それを取り止め、今後はボーダーと提携しトリガーに関する共同研究を行う。先程、この場に居なかったから言っておくが我が社にはトリガーを作る技術がある」

 

「……汚えな」

 

「なにを言っている。お前達も散々やってきたことだ」

 

 ボーダーがこのまま神堂財閥から支援を受けたくないと断れば神堂財閥は独自でトリガーの研究をする。

 支援を受けたければトリガーの共同開発に手を出さなければならない。今までトリガー技術を独占していたボーダーにとって、どちらがいいのか安全なのかは言うまでもない。

 

「トリガーの技術は危険なのは分かっている……向こうの世界がどうなっているかは知らないが地球では電気による文明が根付いている。ここで下手にトリオン文明を持ち込めば世界は混乱をする。それこそ戦争に発展するぐらいにはな」

 

 トリガーを使って社長はアレコレするつもりは無い。

 研究する価値はあるものだからするだけであって、それ以上は踏み込むつもりはない。

 

「……共同開発について考えよう」

 

「ならば話は決まりだ。桜」

 

「コレが新規の契約書です」

 

 流石と言うか仕事が早い……いや、違うか。

 多分だが社長は最初からボーダーのスポンサーを降板するつもりがなかったんだろう。社長の言うとおり、トリガーは電気文明を覆す程の技術で、何処かがそれを独占しておかなければ、それこそ軍隊がある国に渡ればおしまいだ。戦争になるのは目に見える。

 社長のところで技術開発をしてもいいが、残念な事に神堂財閥はマザートリガーは持っていない。トリガーを作ることが出来るから今度から共同開発にしろと言ってもボーダー主体の研究になってしまう。神堂財閥主体にする為にわざわざこんな手の込んだ事をしたのだろう。

 

「今ここで決断しろ」

 

 ボーダーの今後が決まることなので会議をしなければならないだろうが、社長はそんな時間を与えない。

 サインペンを桜から受け取ると城戸司令は穴が開くんじゃないかと思えるぐらいにジッと書類を見つめて目を通す。

 

「共同開発及び研究等をすると書いているが、開発と研究以外になにをするつもりだ?」

 

「この組織はまだまだ緩い。多少の改革をしなければならない。そこにうちのバカを派遣する」

 

「待ってください。そんな話、聞いてませんよ」

 

「当たり前だろう。今、言ったのだから」

 

 ボーダーに派遣される事をたった今、社長から伝えられた。

 

「私にトリガー工学を覚えろと言うのですか!」

 

 社長の様な天才ならばあっという間にトリガー工学を覚えられるだろう。だが、私は天才じゃない。

 機械工学ですら無理な人間にトリガー工学を覚えろと言うのは無茶であり、勉強をしろと言われても出来る自信が無い。

 

「お前の仕事は別にある。ボーダーの意識改革等、加えて有事の際に近界民を迎え撃つ……うちでまともに戦えるのはお前だけだ」

 

「そんな殺生な」

 

「昴さん、もう諦めてくれ。最初から決まってたことなんで」

 

 自分の事じゃないからってドライに話を進める桜。

 ボーダーに出向してボーダーの改革って、そんなプレッシャーが掛かりそうな仕事と近界民との戦闘なんて心と体、両方をボロボロにする。

 

「お前は以前言っていたな。海外で仕事をするのは絶対に嫌だと、ならば異世界で働いてこい」

 

「確かにそんな事を言いましたが……どうしても私じゃないとダメなんですか?桜くんでも」

 

「いや、オレは他にも色々と仕事があるから全部は無理」

 

「実際に研究や開発をするエンジニアは別に派遣をする。お前はトリガー工学を覚えなくていい……喜べ、お前は今日から幹部候補からボーダーに出向する幹部へ昇格だ。3万ちょっとの日給を4万円にしてやる」

 

「……もう一声」

 

「いいだろう、日給5万円にしてやる」

 

「……はぁ……分かりました。それ+危険手当で手を打ちましょう」

 

「ガメつさは相変わらずか」

 

「当たり前でしょう。戦地に送り届けるのですから金なんて安いものですよ」

 

 ここまで好条件を出されてしまえばNOと言い続けて駄々をこねるわけにはいかない。

 いきなりの昇格には戸惑ってしまうが、社長からすれば私しか居ないのだと任命をしてくれている。期待には……応える事は出来ないだろうな。

 

「トリガー工学に無知の人間を派遣する訳にはいかない、エンジニア達の基礎固めが出来るまでの暫くの間はこのバカだけを派遣する。このバカはさっき証明された様に練習無しでボーダー最強の隊員と互角に渡り合う事が出来る。有事の際には思う存分に扱き使え」

 

 社長は私をボーダーに送り付ける事も狙いの1つだった様でボーダーのトップと戦わせる事で私の価値を上げたのか。本当に食えない人だ。

 

「そろそろ会議の時間だ。決めるならば早くしろ」

 

「……これでいいのかね」

 

 スラスラと書類にサインを書いた。

 契約内容の切り替えを承諾したという事で桜は確かに受け取ったと書類をファイルにしまった。

 

「つまり三雲はボーダーで派遣社員として働くってことか」

 

「まぁ、言い方はともかく大体それであっていますよ」

 

「だったらランク戦し放題だな。寺島さんに言ってトリガー構成を変えてきてくれよ」

 

「その辺は許可を貰えないとどうにもなりませんよ」

 

 太刀川さんはまだまだ戦いたいとウズウズしている。

 私は、はいそうですかと戦うわけにはいかない。ボーダーの設備を利用するのだからボーダー側からの許可をいただかないといけない。

 

「ボーダーの意識を改革したりアフターケアを取ったりするにも三雲のランク戦の参加の許可をお願いします」

 

 自分が戦いたいからって、それっぽい理屈を並べる太刀川さん。

 まぁ、ランク戦に関して遊んでるとかああだこうだ言ってしまったから意識改革とかの為にもランク戦には参加しておかなければならない。

 

「いいだろう。三雲昴にボーダーのトリガーを与えよう」

 

 割とあっさりと話は通った。あまりにもあっさりと話が通るので社長は疑心暗鬼になるが裏で迅が手引かなにかしている。

 とはいえランク戦をする事が出来る様になったのはいい事だ。コレで修達とランク戦をする事が出来る……取りあえずはさっきのランク戦の動画を修に届けたい。

 

「……随分とあっさりと受け入れるんですね」

 

 ボーダーに土足で上がり込んで、色々とああだこうだと言ってきている。

 こうなる様に仕向けた側としては言いづらいが、もうちょっと抵抗の姿勢を見せると思った。

 

「ボーダーはまだ出来て4年の組織、手探りでやっている部分があるのも事実。君の様な意見もまた組織を運営していく上では必要なものだ」

 

 アンチの声は時として大事なもの、か……組織のトップは辛いものだな。

 

「よし、じゃあ早速本気のトリガー構成を」

 

「あ、すみません。この後、出水くん達と焼肉に行くのでランク戦は出来ません」

 

 話が決まればとなるが残念な事にこの後、出水達と一緒に焼肉に行く予定がある。

 それに正式にボーダーに派遣社員として出向するのは明日からであり、今日は英気を思う存分に養う……学校が終わってからの引っ越し作業からの太刀川さんとの10本勝負からの焼肉と中々にハードだ。

 

「焼肉って、アイツ数日前も東さんの奢りで行ってたのにまた行くのかよ」

 

「焼肉はどんな時でも満足するものなんですよ……社長はどうします?」

 

「さっさと会社に戻って、ボーダーに出向するエンジニア達を選出する……分かっていると思うが、失態を犯すな。既に拉致被害者と死人は出ている」

 

「そう思うのでしたら私以外に戦闘員を派遣してくださいよ」

 

 いくら太刀川さんとまともにやり合えるとはいえ1人でやるのも限界がある。

 

「Holen Sie sich dann den Auslöser von der Hino-Familie zurück.」

 

「Kann es als Auslöser behandelt werden?」

 

「似たような物だ……研究をするならばボーダーでなくうちの会社を経由しろ」

 

「Bitte bereiten Sie jemand anderen als mich vor.」

 

「Von nun an ist es unmöglich, eine Person zu finden, die über hervorragende Trion-Fähigkeiten verfügt und mit Ihnen kämpfen kann.」

 

「じゃあ、桜くんでお願いします。トラッパーならイケると言ってますし」

 

「ちょっと勘弁してくれよ」

 

 私以外にも新しい人を要求するが、私に合わせる事が出来る人は早々にいない。

 ならば、桜を派遣してほしい。彼ならばトラッパーとして戦う事が出来る。なにせ私以上に頭がキレる男だ。

 

「お前、英語ペラッペラなんだな……なに言ってるかサッパリだった」

 

「ドイツ語で喋っていますからね……まぁ、それはともかく今日は色々と忙しいんですよ」

 

 ランク戦という名の運動をしたので空腹の様なものを感じる。

 ボーダーのスポンサー契約を見直し、新しく契約を結び直したので社長はボーダー本部には用は無いと屋上に向かい、マンティスに乗る。

 

「受け取れ、昴」

 

 ウィーンとマンティスを起動させて空を飛んでいる社長は封筒を投げた。

 バカと呼ばなくなったので、どうやら許しはもらえたみたいだ。私は投げられた封筒を確認するとそこには札束が入っていた。

 

「社長、これは」

 

「トリガー工学に関するデータを手に入れたのと昇格祝いだ。何処で焼肉を食うかは知らないが、お前の奢りにしておけ」

 

 そう言うと社長は飛んでいった。私はもう一度札束を確認する。かなりの金額だ。

 複数名で高い焼肉屋に行ったとしても数万程度で終わるのに、社長は相変わらずの太っ腹だった。

 

「桜くん、この後どうしますか?」

 

「オレはこのまま帰る……昴さん、食事はまた今度で」

 

「ええ、今回はそうさせていただきます」

 

 仕事を終えた桜も家へ帰っていく。

 焼肉に誘おうと思ったが、その内に食事をしようと約束をする……桜とご飯を食べに行くならばお好み焼き屋にしよう。




アンケートのところにめちゃイケ風のテストをと思ったけどもメガネ(兄)でやったから没


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49話

「いらっしゃいませ〜何名様でしょうか」

 

「10名です。1番大きな席をお願いします」

 

「でしたら座敷の方で」

 

「はい、それでいいです」

 

 仕事が終わったので約束通り寿寿苑にやってきた……やってきたのだがなんだか当初の予定の人数より増えてしまった。

 テーブル椅子でなく2つ焼くスペースがある座敷の方に案内をされる

 

「皆さん、普通についてくるんですね」

 

「まぁ、あのまま解散ってわけにはいかねえからな」

 

 当初の予定では出水、米屋、熊谷、イコさんだけだった。

 しかしこれから焼肉に行くと話をした結果、太刀川さんと諏訪隊の面々がそこに加わり10名になった。

 

「お前以外で割り勘にして食うから金の事は気にすんな」

 

「いえ、そんな……金ならある」

 

「うぉっ、札束!?」

 

「万券だぞ、あれは」

 

 諏訪さんは男前な姿を見せてくれるが、社長からお前が奢れと大金を渡されている。

 財布の中に入れられなかったので、封筒ごと持ってきているソレを見せると出水と米屋は圧倒される。やはり金の力は凄まじい。

 

「社長からお前が奢れって言われてるのでここは私の顔を立てると思って奢らせてくださいよ」

 

「ったく、しゃあねえな」

 

 私の顔を立ててくれるのか諏訪さんは承諾してくれた。

 ここの焼肉に来るのははじめてなのでメニューを見る。ボーダー御用達とあって比較的に安い焼肉屋だ……前に社長に奢ってもらった焼肉屋はおかしいぐらい高かったな。

 

「なんでしたらビールとかも飲んでいいですよ」

 

「バカ言え、奢ってもらってその上でお前等の手前で酒なんか飲めるかよ」

 

「じゃあ、オレはビールで」

 

「この大吟醸酒を」

 

「って、おい!そこで飲むか普通!」

 

「飲めと言われて飲まないのは逆に失礼です」

 

 大人としての威厳の様なものを見せつけてくる諏訪さんだが、肝心の残り二人の大人が飲む気満々だ。

 ここでは完全に無礼講。A級B級、派遣社員だなんだの重苦しい縛りの様なものはない。

 

「三雲、全部並じゃなくて上のやつにしていいか」

 

「ええ、シャトーブリアンでもいいですよ」

 

 札束の魔力は凄まじいものだ。出水の視線の先には通常のメニューは映っていない。そしてシャトーブリアンはこの店には置いていない。

 他人の奢りで食う焼肉はこの上ない極上品だと彼等は知っている。今回は私の財布が全く痛まないどころか逆に潤うんじゃないかと思えるぐらいに金はあるので私も容赦はしない。

 

「すみませ〜ん」

 

「はい、ただいまお伺いいたします」

 

「上タン塩12人前、上カメノコ10人前、上カルビ10人前、上ロース10人前、上イチボ10人前、上ハラミ10人前、上ミスジ10人前、ライス大3人前、中3人前、小2人前、烏龍茶6人前、生ビール2人前、大吟醸酒1人前、アイスコーヒー1人前……取りあえず最初はこんなもんか」

 

 スラスラと諏訪さんが注文をしてくれる。やっぱりこの人、リーダーシップがある人だ。

 因みにライス大が米屋とイコさんと私、中が出水と熊谷と太刀川さん、小が小佐野と笹森で諏訪さんと堤さんは酒の為に米を抜いている。ドリンクは私以外の二十歳未満が烏龍茶、諏訪さんと太刀川さんがビール、堤さんが大吟醸酒、私がアイスコーヒーとなっている。

 店員はピッピッピと機械を操作してメニューを入力する……この時点で数万円は吹っ飛んだだろうな。

 

「三雲くんおめでとう」

 

「……ボーダーの隊員達に祝われていいことなんですかね」

 

 真っ先にやってきたのはドリンク類だ。

 乾杯の音頭を小佐野が取ってくれる。今回の主役は私かもしれないが今更ながらボーダーの隊員が祝う事なのかと疑問に思う。

 私の立ち位置はボーダーに出向している外部派遣社員であってボーダーの隊員でも職員でも幹部でもなんでもない。

 

「いいんじゃねえのか?別にお前はボーダーの敵ってわけじゃねえんだから。むしろ味方だろ」

 

 出水は気にする事ではないと言うが少しだけ捉え方が違っている。

 私は味方とは言いにくい。スポンサー側の企業の幹部であり、出資者である。時と場合によってはボーダーの敵になりうる可能性がある。それこそボーダーに価値が無いと断定すれば社長は今度こそ本当に独自の路線でトリガー研究を行うだろう。

 

「にしても自分、滅茶苦茶やりおるやんか。なんかやっとるんか?」

 

「イコさん、知らないの?三雲くん、この前のSASUKE完全制覇してるんだよ」

 

「嘘やん!?あのSASUKE完全制覇したんか!?」

 

「えぇ、まぁ……中々に楽しかったですよ」

 

 最初は母さんが勝手に応募して困ったけど、いざやってみると凄く充実した。

 生身の肉体を鍛えておいて良かったとあの時ほど思ったことはなかった。

 

「ほーっ、なら今度俺とも勝負しようや。イコさん、こう見えて旋空弧月の達人やねんで」

 

「そうしたいのは山々ですが、ランク戦ばかりに集中できないんですよ」

 

 イコさんや米屋達とのランク戦は面白そうだが、それに熱中してはいけない。

 私はボーダーの歪な部分を少しずつ直していけと言われており、ランク戦でトップを目指さない。と言うよりは、私にはポイントが無いのでランク戦を行ってもポイントの変動は起きない。

 

「ランク戦以外にやる事ってなんだ?新しいトリガーとかトリオン兵でも開発すんのか」

 

「その辺りは後でやってくる神堂財閥のエンジニア達がやってくれて……そうですね。抜き打ちテストとかやろうと思います」

 

「ぬ、抜き打ちテストだと!?」

 

 ビールをグイッと飲んでいた太刀川さんは震える。米屋も震える。

 

「ええ……常々疑問に思っていたのです。ボーダー推薦枠という謎の枠について」

 

 ボーダーにはボーダー推薦枠という謎の枠がある。

 それを使えば太刀川さんの様に残念な成績の人でも大学に進学する事が出来る闇の裏口入学がある……ただ、私は些かこの推薦枠を疑問に思う。

 

「うちの弟の様に自主的に勉強が出来るタイプの人ならばボーダーの推薦枠を使っての進学も納得は出来ます。ですが、勉強を一切せずにボーダーの成績がいいから進学できるというのは少しだけ疑問に思うのです」

 

「な、なに言ってるんだ。それだったらスポーツの成績が良いから推薦を貰えるのもおかしい事になるだろう」

 

「学校側が部活動を盛んにする方針ならそれもありですよ。でも、スカウト組やボーダー推薦組は多少は勉強が出来ないといけないと思うんです」

 

 わざわざ外部から街を守りに来てくれてる事に関しては感謝をしなければならない。

 ただ、それで自分の成績を落としまくっているのならば話は別だ。防衛隊として優秀ならば……もうちょっとボーダーのアフターケアの様なものが必要だ。ボーダーを理由に成績が上じゃないのと元々成績が酷くてボーダーを理由に成績が更に落ちるのでは訳が違う。

 勉強が出来ないけど、ボーダー隊員としては優秀な隊員は……その内何処かで抜き打ちテストの様なものをしたい。

 

「まぁ、推薦枠で入学してヒーヒー言ってたりレポートが遅れたりするならそこそこの成績の奴に推薦枠寄越せってのも一理はあるよな」

 

「こればっかりは真面目にやっておかないと」

 

 この意見に関しては諏訪さんも堤さんも納得はしてくれた。味方がいるのは心強いことだ。

 ただ米屋と太刀川さんはまずいとテストを受けさせられて酷い点数を取ってしまう事を想像して冷や汗をかく。今からでも自主的に勉強をする姿勢を見せてくれればそれだけでも好感度は上がる。一部の人間が意気消沈する中、注文していた肉が運ばれてくる。

 

「最初はタン塩でいくぞ」

 

 率先して肉を焼いてくれる諏訪さん。

 ジュージューと香ばしい音が網の上で鳴り響く。

 

「勉強に関しては最悪唐沢さん辺りに塾会社をスポンサーに付けてもらいでもしてもらえばどうにかなります……が、問題は他にも色々とあります」

 

「他にもって、なにがあるんや?」

 

「例えばC級の講義とかですね。狙撃手は狙撃手用の合同訓練の様なものがあったり基礎固めに集中しています。しかし、攻撃手や銃手、射手はトリガーを1個渡してそのまま戦って、勝ち抜いた人がB級に上がるというのは……」

 

「でもそれは仕方がない事だろう。ボーダーがやってるのはマジの戦争だ。緊急脱出(ベイルアウト)機能が優れていてもまともに戦えない奴は戦場じゃ邪魔でしかねえ……うちの唯我もそんな感じだし、実際に動ける奴は優先的でもいいだろう」

 

 足手まといがいるからこそ、ボーダーのやり方については疑問には思わない。

 確かに出水の言っている事にも一理ある。実戦がまともに出来ない奴が戦場に出てきても邪魔でしかない。

 

「ですが、そのやり方ですと米屋くんの様な右脳型の人だけが上に上がれます。自分の感覚で自分だけのスタイルに向かって最初から歩けるのは極々僅かで、基礎固めの、守破離の守をやっておいた方が全体的な隊員の強さの向上に繋がります」

 

「そう言われれば上の人等って大抵は感覚でいってるところあるからな」

 

「弾バカ、お前が言うな」

 

「槍バカ、お前もだ」

 

 出水も米屋もなんだかんだ言って才能がある天才に部類されているだろう。

 でも、天才なんてのは1人や2人いればよくて、問題は凡人を何処まで上に上げれるか……それはまぁ、100人の凡人より100人の天才の方がいいかもしれないが、天才なんて早々にいない。目の前にいるの天才ばかりだが。まぁ、もしかすると試行錯誤繰り返す事を自主的にやらせる狙いがあるかもしれないが……どうだろうな。

 

「三雲先輩、1つ聞いてもいいですか」

 

 タン塩が程よく焼けてきた頃に、ずっと黙っていた笹森が口を開く。

 

「私に答えられる範囲なら幾らでもいいですよ」

 

 色々と思い詰めているようだ。1個だけ答えるなんてケチ臭い真似は一切しない。そしてタン塩がジューシーだ。

 

「どうやってあそこまで、それこそ太刀川さんと互角にやり合えるぐらいに強くなったんですか」

 

「生身の肉体を鍛えに鍛えて、実弾入りの拳銃を持った危ない連中と戦ったからです」

 

 更に言えば、転生者になるべく事前に鍛え上げられた。

 二次創作とかでよくある転生特典だけ渡してポイッと転生はしていない……私、才能あるか無いかで言えば微妙な方で転生特典らしいものは貰ってないけども。

 

「こんな時に冗談を言わないでください」

 

「冗談は言いませんよ、世界には危ない組織が沢山居るんです……大分思い詰めてる様ですね。ここにいるのは皆、歳上です。吐き出すなら今ですよ」

 

 色々と思い詰めている笹森。原因は恐らくは私や社長にあるのだろう。胸の内は吐き出せる時に吐き出しておかなければ何れは病んでしまう。

 

「三雲先輩に遊びでやってる奴等はどれぐらいいるか聞かれた時、自分も遊びでやってる奴だって思ったんです。遊びじゃなくて真剣にやってるって思ってても、多分俺が思ってる真剣にやってるは部活動を真剣にやってる人と同じで、その、防衛隊としての危機感というかなんて言えばいいのか」

 

「心構えの様な物が足りていない、そう言いたいんですね」

 

「はい……この前の大規模侵攻でうちの部隊はピンチになりました。その時も冷静さを欠いて結果的には風間さんにやられろと言われたりして……自分がまだまだ未熟だなって」

 

「なるほど……それでどうしたいんですか?」

 

「強くなりたいです……その為には心も鍛えておかないといけないと思って」

 

「私に教えを請うと?」

 

「そうなります」

 

「困りましたね……弟子なんてものは取らないんですよ」

 

 黒江ですら厄介者扱いしているのに更に弟子の様な存在が増えるのは困る。

 

「私は明日よりボーダーのスポンサーとしてボーダーに出向する身。下手に一個人に肩入れをすると下手をすれば社長に怒られます」

 

「……すみません。こんな無茶苦茶な事を言ってしまって」

 

「いえいえ、構いませんよ。明日から仕事で今日は完全にプライベートなんですから……心を強くする、か……まぁ、無いわけじゃないですよ」

 

 肉体の様に心を鍛え上げる方法は別に無いわけじゃない。

 例えば様々な事に挑戦したりするのも心を豊かにし鍛えあげる方法の1つだ……ただな。

 

「色々とバイオレンスな手段が多かったりするんですよ。もしこの事がボーダーの耳に入れば確実に怒られます」

 

「例えばどんな方法なんですか!?」

 

「家畜を解体する動画を鑑賞する、とかですね」

 

 地獄での戦闘訓練の際に人が殴れないや斬れない等の問題が生じない為に家畜を解体することをやらされたことはある。

 三門市の家畜を解体して精肉する訓練をさせるなんて事をさせたら確実に怒られる……その分強靭なメンタルを手に入れる事は出来るが、コンプライアンスとか色々と引っかかる。現に笹森が顔を青くしている

 

「今のは忘れてください、焼肉を食べながらする話ではありません」

 

 肉の解体をするとかかなりバイオレンスな事だが……畜産農家にとっては極々普通の事だろうが。

 グロいものとか怖いものは1回か2回経験しておけばそれで馴れてしまう……筈だ。

 

「肉を解体する動画を見る、か。確かにそうすりゃあ嫌でもメンタルは鍛えられるわな……こっち側カルビ焼くから、そっちは適当にやってくれ」

 

 諏訪さんも呆れながらも納得する。そしてタン塩が皿から無くなった。

 

「じゃ、色々と焼きますね……それをすればトラウマになるので色々なことに挑戦したりするのも大事だと思います。例えばバンジージャンプをするとか」

 

 アレは何回か経験をしていても損は無い。そして私はロースを焼く。

 

「それだと無理だと思うぞ。ボーダーのトリオン体のせいで超人的な運動神経を手に入れるから、ちょっとやそっとの事じゃ経験にならねえ。タン塩のラスト、貰うぞ」

 

 ボーダーベテランの太刀川さんはバンジーは効果は無いとする。タン塩のラストをいただく。

 

「息抜きと訓練を兼ねたレクリエーションは必要ですね……トリガーを使ってランク戦をするんじゃなくてスポーツをするとか」

 

「面白そうだけど、それこそ遊んでると思われないか?あ、オレにはイチボ焼いてくれ」

 

「いえ、案外こういうレクリエーションから見れるものもあるんですよ。例えばトリオン体を何処まで使いこなしているとか」

 

「どういうことだ?」

 

「私の個人的な意見ですが生身の肉体と違ってトリオン体は鍛えなくて済む分、テクニックの様な物を求められます。ランク戦以外のトリオン体を用いたレクリエーションでは如何にしてトリオン体を効率良く動かしているかよく分かると思うんです」

 

「あ~確かに野球とかでもボールを投げるフォームを弄ったら劇的にボールが早くなったとか聞いたことあるわ。そう考えるとそういうレクリエーションもありっちゃありだな」

 

 米屋くんは典型的な右脳型のタイプだから、多分トリオン体を用いたレクリエーションなら力を発揮するだろう。

 そして言っていないが勉強に関するレクリエーションには米屋は強制的に参加させることも決まっている。

 

「熊谷さんはどういうレクリエーションがあれば良いと思いますか?」

 

「そうね……変に難しいものをするよりバスケとかサッカーとかのスポーツをした方がいいと思うわ。勝つ法則性がある勝負とか面白くもなんともないわ」

 

 なるほど、凝った演出は不要か……なら、運動能力を固定したトリオン体でスポーツをやってみるのもありか。

 そうなると熊谷とかプライベートでスポーツをやってる組は普通に強いだろうな。

 

「もしそんなレクリエーションをするなら玲も参加させて」

 

「那須さんもですね……ついでに修もやらせるか」

 

「さっき一個人に肩入れするわけにはいかないとか言ってなかった?」

 

「弟は別です」

 

「三雲くんって、ブラコンね」

 

 白けた目で熊谷は私を見てくる。ああ、分かっている。女子のブラコンシスコンは萌え要素になるが男のブラコンシスコンは気持ち悪いだけだ。

 しかしそれでも弟の力になれればと思うのが兄だ……修に遊んでいる場合じゃないと言われればそこまでだけど。ロースとかイチボとかが程良く焼けてきたのでいただく。最高級のA5ランクの肉ではないけども美味い物は美味いのである。

 

「大吟醸酒、おかわり……色々と言ったけど、明日からどうするんだい?」

 

「そうですね……先ずは実際にトリガーを触ってみて色々と考えてみます」

 

「おっ、ランク戦か。次こそ本気(ガチ)のトリガー構成で」

 

「仕事なんでランク戦で遊ぶことは出来ませんって……」

 

「そうっすよ、太刀川さん……色々と試すんだったらオレを実験に使いな。付き合うぜ」

 

「米屋くん、下心が丸見えですよ」

 

 ランク戦をしたいと背後に見える。太刀川さんや米屋がランク戦関係に協力してくれるのはありがたいが……戦いたいだけなんだよな。

 明日からランク戦が開幕するB級の人に付き合ってと言うのは心苦しいし……ホント、どうしたものかな。

 

「レクリエーションにボーダーの学力調査にマニュアル作りに意識改革……はぁ、アイスコーヒーください!」

 

 一夜にして一気に課題が出されてしまった。あの様子だと社長から増援が送られてくる事は無いだろう。

 

「三雲くん、一瞬にして東さん並に仕事を熟さないといけなくなったわね」

 

 大丈夫かと心配してくれる熊谷。ハラミをパクリと食べる。

 

「なんとかしてみせますよ……特にボーダーの学力調査とか意識改革とか」

 

「そこは頑張らなくてもいいと思う」

 

 太刀川さん、自分が嫌だからって逃げないでください。後、それ私が育ててたカメノコ。

 

「修達の事を考えればこれぐらいはやっておかないといけないんですよ」

 

 修達は今、拐われた人達を助けようと必死になっている。

 だがしかし、修達は大事な事を見落としている……連れ帰る事を成功した場合の社会復帰等を考えていない。ボーダーの受け皿の様なものを今の内に用意しておかなければならない。約5年以上日本で生活していない空白の期間は危うい。

 

「生もう一杯。現実的な話をするなら東さんに頼れ、あの人だったら力になるはずだ」

 

「東さん、ですか」

 

「あの人ならお前の言っている事に対して理解者にもなるしボーダー内でも強い発言権を持ってる」

 

 ビールをおかわりする諏訪さんはここに来て東さんの名前を出す。

 ちゃんとした面識は無いものの原作知識等で東さんがどの様な人物なのかは知っている……力を貸してくれるだろうか。自主的にやらせる事に意味があるとか言ってきたらどうしようか。

 

「何事もチャレンジする事が大事な事やで」

 

「そうですね……手探りでやるしかないか」

 

 イコさんの言葉は深く胸に突き刺さる。何事もやるしかない。

 その後はどうやって神堂財閥に入ったのか小佐野から聞かれたり、レクリエーションをするならこんなのがいいとか意見が飛び交う。

 最初はどうなるかと思ったが今回、ボーダーのメンツで焼肉に行って良かったと思うぐらいに色々とあった。

 

「お会計95330円です」

 

 諏訪さん達がガンガンと頼むから結構な値段がいった。

 しかし寿寿苑はそれだけの満足感を私達に与えてくれた……明日から頑張らないと……どうしてこうなったんだ。




ギャグ回書きてえ……


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50話

 2月1日(土)本日は学校は無い日だが、社畜である私には休みと言うものはない(笑)

 昨日、いきなり社長にボーダーに出向しろと命じられた。私的にはボーダーを精神的経済的に追い詰めればそれで良かったのだがここまで騒ぎが大きくなるとは思いもしなかった。いや、ホント。

 

「改めて自己紹介をさせていただきます。神堂財閥からボーダーに出向して参りました三雲昴です」

 

 昨日はスーツだったが本日は私服でボーダー内の開発室に足を運び、軽めの挨拶をする。

 暫くすればトリガー工学を学んだ神堂財閥の優秀なエンジニア達がやってくる。そうなれば私はその人達の上司となる。と言っても、トリガー工学に関してはちんぷんかんぷんなのでお飾りの上司だ。

 

「トリガー工学等を担当するエンジニア達は別の日にやって来ますのでお気になさらず」

 

 周りからはそんな事を言われても困るといった視線を向けられる。今まで独占していたトリガー技術が流れてしまったのだから仕方がない事。

 とはいえ私にそんな視線を向けられても困る。私の主な仕事は開発や研究じゃない。ボーダーの組織をより良くする事……組織の立て直しだ。今でも大分社長が無茶を言ってきていると思っている。ゆっくりと茶を飲んで修の勇姿を見たかっただけなのに。

 

「昨日のトリガー構成のままでいくのか?」

 

 紙コップに入ったジュースを飲みながら雷蔵さんは私のトリガー構成について聞いてくる。

 昨日は修の為に色々とやったけども今日からはボーダーの利益になる様にしなければならない。トリガー構成を変えて欲しいと頼もうと思ったが止まる。

 ボーダーの意識を改革しないといけないがボーダーは軍隊でなく防衛隊だ。無理に変な事をすれば確実にクレームが届く。

 その辺はボーダーと合同でやっていく。学力関係は大本となるデータの様な物が必要で、真っ先に処理しておかないといけないのはマニュアル作りだろう。

 

「マニュアルの様な物を作ろうと思いますので、結構な回数でトリガー構成を弄ると思います。なので、最初はメインにレイガスト、スラスター、バイパー、ライトニング、サブにグラスホッパー、メテオラ、シールド、エスクードでお願いします」

 

「……いや、大丈夫なのか?昨日の太刀川戦はチラって見たからトリオン量は問題は無いだろうけど、どれも扱うの難しいぞ」

 

「でしょうね」

 

 雷蔵さんは私のトリガー構成にビビる。素人が扱っていい感じのトリガー構成じゃない。

 エスクードかグラスホッパーのどっちかを抜いてバッグワームを入れるか、いや、それとも……悩むな。

 

「でも、私はコレからマニュアルの様な物を作らないといけないんです。コレが出来ないアレが出来ないの泣き言は言ってられません」

 

「レイジ以上の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)を目指すつもりか」

 

「器用貧乏です」

 

「あ、そうだ。上からお前にもポイントを与えとけって10000ポイント用意されてるけど、レイガストに10000ポイントでいいか?」

 

「弧月でお願いします」

 

「お前もかぁ!!確かに弧月が完成されてるのは認める。それでもレイガストを使ってくれよ!!」

 

「そういう意味じゃないですよ。上がるなら自力でね」

 

 弧月を使って10000超えを目指せと言われれば余裕で出来る事だ。だが、レイガストで10000超えを目指すのはかなり難しいと思う。だからこそ10000超えを自力で狙う価値はある。

 雷蔵さん的には1人でもレイガストのマスタークラスが増えてほしいのだろう。確か一条しかレイガストの10000超えはいない。

 

「ポイント詐欺は良くない事だと思う。三雲は既に10000超えの攻撃手並に動けてるんだからな」

 

「グイグイと来ますね」

 

「レイガスト民を1人でも増やしたいんだ……レイジはグーで殴るし雪丸はスラスター改造するし、村上は基本的に盾としてしか使わないし……部隊を組んでる奴でレイガストを使ってる奴等合計何人か知ってるか?お前の弟を含めて4人だ。お前の弟がどういう風に戦うかは知らないが圧倒的に人口が少ない。レイガストのなにがいけないんだ」

 

「爽快感」

 

 なにが足りないかって単純に爽快感が足りないと思う。

 それにシンプルに重くて防御的で、前に出て攻めるポジションの人間が持つタイプの武器とは言い辛い……扱いづらいと言うよりは、扱い方を知らなければならない、といったところか。

 

「まぁ、とにかくこれから一通りのトリガーのマニュアルも作りますしレイガストも普段使いしますのでご理解の方をお願いします」

 

「わかった……で、マニュアル作りなんだがお前1人じゃ無理なのも分かっている。東さんって隊員と協力して取り掛かってくれ。話は既に通ってるから狙撃手の訓練所に居るはずだ」

 

「分かりました」

 

 やはり出てきたか東さん。雷蔵さんはパパっと私のトリガーを用意してくれた。

 色々とトリガーに関して談義しておきたいが、それだと遊んでいると思われるのでトリガーを起動するとメタリックブルーのジャージっぽい隊服へと変わった……悪くないが……まぁ、遊びならこれでいいか。

 

「っと、知り合いに会わない様にしないと」

 

 ボーダー内を歩くが昨日の今日で色々と話題になっているだろう。

 妖怪ランク戦しようぜなど相手にしている場合ではないし……何名か会いたくないボーダー隊員達もいるし。

 トリオン体では百歩神拳等は使うことは出来ないが気配探知能力は使える。今日からランク戦があるらしいのでボーダー内に隊員は多くいる……今、学年末で浮かれてる人とそうでない人がいるが、どっちの住人なんだろうか。

 

「ふむ……悪目立ちしていますね」

 

 昨日、太刀川さんとどんぱちやり合った事は既にボーダー内で浸透している。

 服装を変えても顔は弄っていないのであれ、もしかして?といった視線を向けられている。これは利用するしかないな。

 的当てを行うブースのところが空いているのでそこに向かってライトニングを構築して狙撃を始める。先ずは100mから。ボーダーの狙撃銃はしっかりと出来ていて、真っ直ぐ飛ぶ。風圧や気圧等を一切考えなくていい。

 私の容姿が沖矢昴だからだろうか。銃に関しては何故か才能が発揮される……ライトニングは今回はじめて触る狙撃銃だが150,200,250と50m毎に刻んでド真ん中に当てる事が出来て最終的には800m先までド真ん中に当てる事が出来た。850mからはズレて1kmとなると的に当たらなかった……ただ努力すれば当てる事が出来るという確信はあった。

 

「800mって」

 

「平均的な狙撃距離超えてるだろ」

 

「それよりも撃ってる銃、ライトニングだろ。なんであんなに飛ぶんだ」

 

「ライトニングでもある程度のトリオン量があったら伸びるだろう」

 

 結果的には更に悪目立ちをしてしまったが、これでよし。

 相手側にナメられるよりはスゴい人なんだと印象付ける事が出来れば後々言葉に力が宿る。ハードルも上がるけど。

 

「東さんですね。どうでしたか軽めの余興は」

 

「初狙撃で800mか……とんでもない逸材だな」

 

 悪目立ちした事で私の居場所を東さんに発見される。

 私が800mの狙撃に一発成功はインパクトがあったのか素直に称賛される。

 

「サイドエフェクトかなにかあるのか?」

 

「いえいえ、私はそんな便利な能力は持ってませんよ……ただ実弾入りの拳銃をぶっ放した事があるだけです」

 

「実弾入りの拳銃?」

 

 黒服の組織ならば警察の射撃場の様にバンバン撃つことが出来た。

 過去に何度か本物の拳銃を撃っていた経験が今ここで生きてきている。

 

「海外で撃ったのか」

 

「さて、どうでしょう。っと、無駄話をしに来たわけではないです。はじめまして、三雲昴です」

 

「東春秋だ。上から話は聞いている」

 

 今日は初出勤だから自己紹介をしまくらなければならないな。

 東さんが待っていたぞと握手を交わしてくれると周りからの視線は更に強くなる……煽っておいてなんだが、やりすぎたか。

 

「東さんもなにかと忙しい身なのに、わざわざ私の仕事に付き合ってくれて本当に助かります」

 

「いや、助かるのはこっちだ」

 

「と言いますと?」

 

「ここだけの話だがあの記者会見の後にボーダーに入隊したいという人が5倍に増加した。その結果、1月、5月、9月のボーダー入隊が変わって毎月の入隊になるんだ。今まで以上にボーダーに入隊する隊員が増えるのはいいが、その分事前にする訓練なんかが出来なくなる。隊員も多く増えるし、何処かでマニュアルみたいなのは必要だと思ってたところなんだ」

 

 そう言われれば、ヒュースの入隊のところでそんな事を言っていたな。

 最終的に実戦で勝った奴にポイントを与えるという結構な無茶振りをしていた……アレは色々な意味でC級が可哀想に見えた。

 

「私は社長にボーダーの歪な部分を直してこいと言われたんですが、いいのですかね」

 

「確かにC級のランク戦は試行錯誤したりトリオン体の動かし方を覚えさせるモラトリアムの期間と考えられる。ただそれをすれば理論派なんかの頭で考えて動くタイプがどうしても1歩遅れを取る。ランク戦は基本的に記録されていて見放題だが、何処がどういう事かなど大事な部分を説明してくれない。そこが問題だ」

 

「確かに遅れますね」

 

「まぁコレは武富がランク戦に解説が必要な時に上層部に熱心に言わせた事の1つなんだがな」

 

 ああ、確かにそれっぽい事だな。

 ちゃんと面識して数分間だけど東さんがどれだけ有能なのか分かる。多分、桜と同等だ。

 

「とにかくマニュアルの様な物があれば全体的な底上げをする事が出来る……多分、ボーダーのトリガーを完全に熟知している人の方が少ないから、この際出来る限りの事はやっておきたい。エスクードや鉛弾なんかもな」

 

「やるなら総当たりでやっておきたいですからね」

 

「ただそうなると……俺もアドバイスを送る事は出来るが実際に使いこなせるかどうか」

 

「ああ、それなら私が。多分、サイドエフェクトを利用した戦法以外なら大抵の事は出来ます」

 

「頼もしいな……でも、お前が実際にやる役としてもう一人やられ役が必要になるな」

 

「その辺りは適当でいいと思いますよ。不特定多数の人に効果ありな方がより実戦的ですから……ただ」

 

「なんだ?」

 

「ボーダーはあくまでも防衛隊で、防衛する側の人間。ランク戦の対人戦もいいですがトリオン兵を想定した戦闘も必要です。この前、なんか新型が来てたらしいですし」

 

 対人戦ばっか鍛え上げても意味はない。その内来るであろうエンジニアの人達にトリオン兵の作成を依頼しておこう。

 マニュアル作りは狙撃手は1番後回しで、トリオン能力云々がものをいう射手や銃手よりも割合的に多い攻撃手系のトリガーを優先的にやる事となる。

 

「三雲、今どんなトリガー構成にしている?」

 

「メインをレイガストにしてます」

 

「レイガスト、また随分とマイナーだな」

 

「弟も同じ物を使っていますのでね……出来ればレイガストの事を色々と書きたいですけど、1番不人気らしいので弧月に変えてきます」

 

「いや、今日はそのままでいい。それよりもお前が実際のところどれぐらい出来るかを見せてほしい……ボーダーのトリガーに馴れる為にもランク戦はある程度は熟しておかないと」

 

「昨日の試合を見ていないんですか?」

 

「記録に残っているらしいが、惜しいことをした」

 

 それは凄く残念な事だったとしか言いようがない。

 取りあえずランク戦をしてみて実際に感じた事等をレポートみたいに纏める事で方針は決まり、狙撃場を後にしてやって来たのはランク戦を行うブース。昨日もやって来たけどネカフェっぽいなと思う。

 

「東さん、お疲れさまです……あれ?」

 

「確か、三雲先輩?」

 

「小荒井、奥寺、ちょうどいいところにいてくれたな」

 

 誰か手頃な相手は居ないかと考えていると隣りにいる人気者こと東さんに挨拶をする隊員。

 東さん率いる東隊の隊員である小荒井と奥寺、両名16歳。ぶっちゃけた話、私とそこまでの交流は無い。顔見知り程度であり、どうしてここに居るのか首を傾げている。

 

「一対一で三雲と勝負をしてくれ」

 

「それはいいですけど……は!?もしかして東さん、三雲先輩を弟子にしたんですか!?」

 

「うちの部隊の空き枠に捩じ込むつもりですか!?」

 

「はっはっは、さーてどうだろうな」

 

 変な方向に勘違いをする小荒井と奥寺。

 東さんは全てを察した上で汚い素振りを見せる。当然と言うべきか小荒井と奥寺は対抗心の様なものを燃やしてくる。

 やるならば実験と言うよりも真剣勝負の方がいい。中高生の対抗心による勝負は燃え上がり、より真剣勝負感を増していく……ただ……まぁ、いいか。

 

「一対一を引き受けてくれますか?」

 

「小荒井、先に行かせてもらうぞ」

 

「ああ。三雲先輩には悪いけど、勝って見せつけないと」

 

「……東さん、モテモテですね」

 

「まあな」

 

 東さんは大人なので皮肉が一切通じない。

 取りあえずランク戦を行う個室に入るのだが、そう言えば幾らぐらいポイントをくれたのかと確認をするとレイガスト4000ポイントだった。

 これを倍の8000ポイントにして、更にスコーピオンも8000にしてソードマスターをコレから目指さないといけないのか……気が遠くなる。

 

「奥寺くん、1本だけにしましょう」

 

 何本勝負にするか話題に出たので1本にしておく。

 奥寺は10本の方がいいと言ってくるがこればっかりは譲ることは出来ない。昨日は社長の命令だったから10本勝負をしたが、私は1本勝負がいいんだ。

 

『ランク戦、1本勝負開始』

 

 フィールドは市街地の十字路。

 私はレイガストを構えると奥寺は弧月を構える。

 

「レイガスト……」

 

 奥寺と対戦する際にチラリと他の正規の隊員がなににどれぐらいポイントがあるか確認した。

 案の定と言うか攻撃手系のトリガーの上位は弧月とスコーピオンでありレイガストのマスタークラスはいなかった。

 奥寺もレイガストを使う隊員との戦闘経験は少なく、意外なのか思わず口にして呟く……さてと、私の記憶が正しかったら奥寺は弧月使いでそれ以外に攻撃系のトリガーを持っていなかった。

 

「未知の相手にどうでる?と見せかけての、スラスター起動!!」

 

 ここは手堅く持久戦を、と見せかけての開幕スラスター。

 やはりというかレイガストはスラスターを使う前提で運用しないといけないトリガーだ。

 斜めに切り上げる形でレイガストを振り回しスラスターで推進力を得る。スラスターの推進力が加わっているレイガストを真正面から受け止めるのは無理だと判断した奥寺は後ろに避けようとする。

 

「うぁ!?」

 

 奥寺の背後にはグラスホッパーを出してある。奥寺はそれに見事に引っ掛かった。

 レイガスト+スラスターをまともに相手にしたら負けなので避けるのは当然の考えなので読みやすい。奥寺は前に跳び出るのでそのままレイガストで切り上げられて1本取られる。

 

『三雲さん、もう1本、もう1本お願いします!!』

 

 見事なまでにやられた奥寺はもう1本と強請る。

 当然、私は嫌だと断る。

 

「後がつかえてるんです。さっさと次にいきましょう、次に」

 

『……分かりました』

 

 かなり不服そうだが、後につかえているのもまた事実。

 奥寺は去っていき、次に相手になるのは小荒井。彼もまた弧月使いで、それ以外にはシールドとグラスホッパーといったトリガー構成になっている。

 

『ランク戦1本勝負、開始』

 

 奥寺が入っていたブースに小荒井が入ってきて、5分後にランク戦がはじまる。

 さっきの戦いで私がレイガストとスラスターとグラスホッパーを使うことが割れていて、相手を詰ませる戦法も見せて、更には5分という考える時間まで与えた。たった5分だがとても重要な5分間、どう生かすか。

 私は当然の如くレイガストを構え、小荒井は弧月を構える。小荒井は前進し私に斬りかかる。受けでなく攻めで来たか……となると、こちらは受け切るか。重さもあるレイガストはあまりブンブン振り回す事は出来ない。受け身の体制になる。

 

「か、固い」

 

 素早く弧月で攻撃してくる小荒井。基本的にはレイガストで受ける。

 頑丈も売りのレイガストはブレードモードでもかなりの耐久力があるようでヒビ1つ入らない。

 私や後の空閑の様にグラスホッパーを使いに来るかと警戒心を強めているが使ってこない。相手に踏ませる戦法は出来ないのと、至近距離なら必要は無いから使わないと言ったところだろうか。

 

「大体見えてきた……終わらせる」

 

「っ、来る」

 

 言葉を使い、小荒井の警戒心を更に高める。手数が未知の相手に受けに回るのは危険だ。

 間合いを付かず離れずの一定の距離で保ちつつ斬りかかるので左手にトリオンキューブを出現させレイガストをシールドモードへと切り替えて

 

「スラスター、起動」

 

 そのまま小荒井にぶつける。

 シールドモードのレイガストはちょっとやそっとの事では斬って破壊する事は出来ず、更にはスラスターの推進力もあるので逸らす事も難しい。

 レイガストにぶつかった奥寺はそのまま押されてしまい私との間にそれなりの間が空いて更には1手遅れてしまう。この1手があればいい。

 

「メテオラ」

 

 レイガストを消すと同時にメテオラを飛ばす。

 威力は低めで弾速に振ったメテオラだが、私のトリオン能力なら多少威力の割り振りが低くてもどうとでもなる。身動きが上手く取れず1手遅らされた小荒井はメテオラを避ける事も防ぐことも出来ず、そのままやられてしまった。

 

「昨日の相手が相手だっただけに軽いな」

 

 太刀川さんを相手にした後だからか、2人は物凄く軽い。

 個人ではマスタークラス(8000点)に届いていないがコンビで来れば物凄く強いとの噂だが……それはまたその内だな。

 

「なにか言いたい事はあるか?」

 

「一瞬で詰みにまで持ってかれて負けました」

 

「三雲先輩、滅茶苦茶防御が上手かったっす」

 

 ブースから抜け出し東さんの元へと戻る。

 東さんは敗因について尋ね負けてしまった事に奥寺と小荒井はションボリとしている。やり過ぎたとは思っていない。

 

「東さんがわざわざ目を掛ける事あって、なんていうか1手1手に無駄が無いっていうか洗練されてたっていうか……三雲先輩、滅茶苦茶強かったです」

 

「ありがとう。そう言ってくれると日々の努力が報われるよ」

 

「三雲先輩、これから一緒に頑張りましょう!!」

 

 私にぐうの音も出ない負け方をしたので奥寺はあっさりと受け入れた。

 こんな強い人が味方なんだなと目を輝かせて握手を求めて来ているので私はその手を弾いた。

 

「誰が何時、貴方達の部隊に入ると言ったんですか」

 

「え……入らないんですか!?」

 

「奥寺、そこから間違っている。三雲はボーダーの隊員じゃないんだ」

 

「どういうことですか?」

 

 ここでネタバラシをする。

 東さんは奥寺と小荒井に私はボーダーの隊員でなく、神堂財閥からボーダーに派遣された派遣社員でトリガーに慣れさせる為にあえて真実を教える事なく戦わせた事を教える。

 

「トリガーを普段から触ってない人に負けた……俺達が1年以上頑張ってたのってなんだったんだろう」

 

 外部の派遣社員だと分かると小荒井は落ち込む。

 1年以上必死になってやったのを一瞬にして無にしてやったから、これは心に来るだろう。ただこれが日常に切り替わるので気にしていたらキリが無い。

 

「三雲先輩、もう1戦してください」

 

「嫌です」

 

「仕事に忙しいのは分かりますけど、そこをなんとか。トリガーに慣れる練習相手だと思ってもいいですから」

 

「嫌です」

 

「勝ち逃げするつもりですか!」

 

「ふむ……」

 

 今日から部隊でのランク戦がはじまる。色々とあの手この手を考えているだろう。

 奥寺のランク戦を別に受けても支障は来さないが……受けたくないのが本音であり、それを言えば昨日の様な空気が流れる。初日からお通夜の状態の空気を醸し出せば円滑に仕事は出来ない……ここは悪役にでもなる

 

「み、三雲先輩!俺と戦ってくれませんか!!」

 

 そんな事を考えていると笹森がやって来て頭を下げてきた……。

 

「皆さん、これからチームでのランク戦があるのに私にかまけていいんですか?」

 

 東さんはまだいいとして、この3人はこれから必死にならないといけない。派遣社員と遊んでていいのか。

 

「まだランク戦にまで時間があります。1本でもいいです……ランク戦をお願いします」

 

「ええ、いいですよ」

 

「……え、いいんですか?」

 

「何故そこで驚くんですか。仕事に支障をきたすわけでもないんですから全力で、それこそ防衛任務中に出てくるトリオン兵だと思って掛かってきてください」

 

「は、はい!!」

 

 私がランク戦をしてくれると嬉しそうにする笹森。

 いいなと奥寺と小荒井は羨ましそうにしているが、既に戦う権利は無くなっているんだからやめろ。諦めるのも大事なんだ。

 

『ランク戦1本勝負、開始』

 

 ブース内に入り、1本勝負をすると早速笹森は動いてきた。姿を透明化するカメレオンを起動した。

 ……どうしよう。笹森がカメレオンを持っている事は知っている。初見殺しになるし強力なトリガーではあるのだが

 

「それは私に効かないんだ」

 

 私には修行をして会得した気配探知能力がある。

 カメレオンはあくまでも透明化するトリガーであり気配を完璧に断つトリガーではない。笹森が何処に潜んでいるのか分かっているのでブレードの形状をナイフぐらいの大きさにしてスラスターを起動して投擲する

 

「なん、で……」

 

「悪いな、笹森。気配でバレバレだ」

 

 カメレオンを起動している間は他のトリガーは使えない。

 レイガストの投擲に反応しきれなかった笹森はそのまま貫かれてやられてしまった……これは私だから出来る勝ち方だから参考にしてくれとか言えないか。所謂マスタークラスと呼ばれるレベルじゃない隊員と3本やって3勝で終わるが喜んでいる場合じゃない。昨日、慣れないどころか初のトリガー構成で太刀川さんとバチバチとやりあえたのでこれぐらいは出来て当然だ。

 

「ボーダーのトリガーに慣れてきたか?」

 

「いや、こればっかりはまだ……セットしているのに使っていないトリガーもまだあるのでもっと数を熟さないと」

 

「他になにをセットしてたんだ?」

 

「メインに射手のバイパーとライトニング、サブにエスクードを」

 

「また随分と玄人向けのトリガーを」

 

「雷蔵さんにも似たような事を言われましたよ」

 

 そんなに尖った構成だろうか。確かに全隊員がセットしているバッグワームはセットしていないが……もっとエグいのもあるはずだ。

 

「三雲先輩、まだ時間あるんでやりましょうよ!」

 

「……参りましたね」

 

「小荒井、無茶を言うんじゃない。三雲は仕事でここに来ているんだ」

 

「えー、でもバイパーとかエスクードとかあるって聞いたらやってみたいじゃないですか」

 

「……東さん」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと厳し目にしときます」

 

「……ああ、頼む」

 

 もっと勝負をしたいと言いたげな小荒井。奥寺も笹森もやってくれるならばと言った顔をしている。

 

なにを甘えた事を抜かしている

 

 東さんから許可はいただいたので厳し目にいく。大規模侵攻以降使っていなかった池田ボイスを出して3人を見る。

 

「甘えたって、そんな」

 

それはどうだろうか……小荒井くん。この前の大規模な侵攻は大変だったか?

 

「そりゃあまぁ……見たことないトリオン兵がやってきて東さんがオレを無理矢理緊急脱出(ベイルアウト)させてくれなかったら危うく拐われるところでした」

 

そうか……そんな危険な目に遭っていると言うのに、どうして次があると思っている?

 

 ランク戦はトライアンドエラーの場なのでこんな事を小荒井に言うのはお門違いかもしれないが、言っておく。

 

ランク戦というのは実戦を想定した訓練だ。ならばつい先程、小荒井くん、奥寺くん、笹森くんは敵にやられて緊急脱出した事になる……トリオン体が破壊されて新たにトリオン体を再構築するのにどれだけの時間を費やすかは知らない。だが、これだけはハッキリと言える。君達は東さんの様な優れた指揮能力を持っているわけでもオペレーターの様にバックアップを出来るわけでもない、現場に立って戦うのが仕事だ……倒された時点で君達は今日はもう戦えない

 

「それは……」

 

君達がランク戦に真剣になっているのは確かだが、その真剣の度合いは部活動に本気で取り組んでる者と同じだ。これが仮に一種のeスポーツならばそれでいい。だが、違う筈だ。前回の大規模侵攻、君達は現場にいた。前回の大規模侵攻で死人が出た。前回の大規模侵攻で拉致されたC級がいた……だったらもう少し重く感じろ。私は味方側だが、味方ではない、外部の派遣社員だ

 

 仲間内で回している試合じゃない……私の1本は重いぞ。

 

「とまぁそんなわけで私は基本的に1日1本だけ相手をします。そこで私が負ければトリオン体は使い物にならなくなり緊急脱出したも同然で次なんて事は言いませんし勝ち逃げしても構いません。でも、どれだけ駄々をこねても1本だけしか相手にしません……ランク戦も本番ですが、防衛任務も本番です……なので明後日試合をしたければ受けますよ」

 

「あの、三雲先輩……ありがとうございます」

 

 言いたい事を言い終えると笹森は頭を下げた……はて?

 

「お礼なんて言われる事をした覚えはありませんよ」

 

 私は基本的にはランク戦を1本しかしない。その理由は真剣勝負だから。そう伝えただけだ。

 

「……東さん、俺達甘えてました。1本ってスゴい重いんですね」

 

 奥寺も私の言葉に感じる事があったようだ。1本の重みを思い出してくれたり理解してくれて良かった。

 

「三雲先輩、明日もう1本お願いします」

 

「私、明日は休みですから絶対に嫌です」

 

「おいおい……」

 

 小荒井から挑まれるも断ると東さんは呆れていた。話の流れ的に良いですよと言うと思ったら大間違いだ。明日は休日で仕事がない日なんだ。

 プライベートまでランク戦をしようとは思わない。確かにランク戦は単位を犠牲にしてまでハマる面白さはあるにはあるが、あくまでも仕事と割り切っておかないと大変な目にあう。

 

「私、夏休みとか春休みなんかの長期休暇の時は8時間+2時間残業で、それ以外は平日では学校終わりから10時まで働いて、土曜日だけ8時間+2時間残業で働くんですよ……休みの日くらい仕事を忘れさせてください」

 

「え、もしかしてブラック企業で働いているんですか?」

 

「いえ、上に働き方改革を求めて週4で働いています。みなし残業とか一切無しですしホワイトです」

 

 なんなら週4で回すことで無駄なく働けている。2時間残業をするのが確定なのがミソだ。

 

「と言うわけで明後日なら戦います……ただその前にランク戦に目を向けてくださいよ」

 

 私は外部の派遣社員なんですから。

 今日はもうどうやっても戦う事が出来ないのとこの後、ランク戦が控えているので3人はこの場から去っていった。

 

「厳しすぎましたかね?」

 

「いや、丁度いい薬になった……あんな事があったばかりだ。意識を引き締め直すのは何処かで必要になる。」

 

「それはよかった……上から意識を改革して来いと命じられてどうしたものかと思いまして、この調子ならイケる」

 

「ただ、個人も部隊もどっちのランク戦も訓練の場だ。訓練も発明と同じである程度は失敗する前提でやるものでボーダーの訓練は死なない訓練でトライ・アンド・エラーを繰り返す事ができる。ボーダーの隊員の多くは中高生であんまりガッチガチに固めれば大きなストレスになってしまう」

 

「そうなると東さんの様な人に掛かる負荷が重くなりますよ」

 

「子供を多く使う組織だ。そこは仕方がない」

 

 やだ、東さん滅茶苦茶イケメン。伊達に多くのボーダー隊員から慕われていないな。

 ともあれ今セットしているトリガーを全て使っていないので、後何名か手頃な隊員を狩っておこうかと思う。

 

「あのぉ、すみません」

 

「ん?」

 

「私、武富桜子と申します。三雲昴さんですよね」

 

「はい、そうですが」

 

「お願いしたい事があります!!」

 

 どうやら仕事が更に増えそうだ。



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51話(ギャグ番外編)

息抜きは大事……とか言いつつ新作書いてる愚かな作者です


「……が以上の結果です」

 

 某月某日、ボーダー本部の会議室。

 ボーダーの上層部が一同に会しており、その中で昴は淡々と書類を読み上げていく。

 とあるデータについて読み上げたのだが、忍田本部長を含めて全員が渋い顔をする。

 

「ボーダーは中高生が多くを占める組織で、街を守る為とはいえ学校を休ませなければなりません。六頴館中学、高校に通う生徒は自主的に勉強を出来るタイプの人間ですから問題は無いですが、一般校の生徒達は違います。特にボーダー推薦枠という枠を作っているんですからボーダーの活動で勉強が疎かになっているは分かりますが、そもそもで勉強をしていないは言い訳だと思います」

 

「確かに君の意見にも一部の納得は出来る。しかし、どうするのかね?」

 

「ボーダーでも一般教養のテストを実施した方がいいです。そもそもでトリオン能力を基準にボーダー隊員を選んでいった結果が今の悲惨な結果です。上位陣=アホという風潮はありますよ」

 

「しかしいきなりの改革は組織が混乱を起こすじゃろう」

 

「そこは色々と段階を踏んでやりますよ……取りあえず、一部権限を貸してください」

 

「……いいだろう。この一件、君にそれ相応の権限を与えよう」

 

 重大な会議の結果、昴にとある権限が与えられた。

 

 

 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「よー、メガネボーイ!」

 

「あ、三雲先輩だ!」

 

 ボーダー本部へと呼び出された修は迅バカの緑川と槍バカの米屋と遭遇する。

 

「メガネボーイがこの辺にいるのって珍しいな」

 

 遭遇した米屋はこの辺で会うのが珍しいと感じる。

 修が本部に来るときは書類の提出や遊真の付き添いや誰かに会いに行くぐらいで、会うのはランク戦のブースや何処かの部隊の隊室なのだが、そのどちらでも無い場所で出会った。

 

「指定された部屋に来いと呼び出されまして、本部は基本的にランク戦でしか来ないので迷いまして」

 

「って、メガネボーイも呼び出されたのか?」

 

 必要な書類を届けるとかそういう感じでなく呼び出しをくらったと教えられると目を見開く米屋と緑川。

 

「オレ達も呼び出されたよ!」

 

「緑川達も……いったい、なんだろう?」 

 

「ん~……取りあえず行ってみるか!」

 

 交遊関係はそれなりではあるものの、特に関連性が浮かばないのでとりあえずは指定の場所に向かう3人。

 指定された部屋の前に行くと、そこにはそこそこの数の隊員が居た。

 

「ひ~ふ~み~……オレ等含めて21人だな」

 

「あら、修くんも呼び出されたの」

 

 米屋がその場にいた面々の数を数えた、その数は21人。

 チームを分けて特別なランク戦をするのかと思ったがオペレーターが少ない。

 いったいなんなのだろうと思っていると那須が修に声をかける。

 

「那須先輩もですか。なにをやるのか知ってますか?」

 

「さぁ、でも私は昴くんから呼び出されたから……きっと楽しいことが起こるわね」

 

 ウフフと笑う那須。見る者が見れば魅了はされるだろうが、修にはその辺りは効かない。

 それよりも兄から呼び出されたという不吉なワードを聞いて冷や汗を流す。あの兄は知らぬ間にボーダーに上がり込んでいたとんでもない兄でありなにかある。

 

「皆さん、お揃いの様ですね……点呼を取ります」

 

「待て、三雲。今回この場に一同を集めた理由を話せ」

 

 とある一室のドアは深く閉ざされたまま、昴が現れた。

 点呼を取り確認を取ろうとするのだがその前に呼び出した理由を風間が求めるので昴は1枚の紙を取り出して風間に見せる。

 

「今回皆様に集まってもらったのは上層部の呼び出しと同じ権限があっての事です。要するにボーダーの仕事の一環だと思ってください」

 

「ほう、ボーダーの仕事か……大規模侵攻の時に身動きが取れなかった奴等がいた。有事の際に緊急で部隊を組み戦う訓練でもするのか?それとも神堂財閥からやってきたエンジニア達が作り上げたトリオン兵でも相手をするのか?」

 

 上層部の命令とあれば風間はなにも言わない。

 代わりに太刀川が今回集まったメンツで何をするのかを予想する……当然の事かもしれないが、それはハズレている。

 

「じゃ、点呼を取ります。東さん」

 

「はい」

 

 1人目はボーダーの頼れる大人、東春秋

 

「小佐野さん」

 

「ほーい」

 

 2人目は元読モの小佐野

 

「加古さん」

 

「いるわ」

 

 3人目はファントムばばあの加古

 

「風間さん」

 

「居るぞ」

 

 4人目は高性能21歳児風間

 

「熊谷さん」

 

「いるわよ」

 

 5人目は姉御と見せかけてピュアな乙女の熊谷

 

「佐鳥くん」

 

「はいはい、居ますよぉ!」

 

 6人目は嵐山隊の顔窓こと佐鳥

 

「諏訪さん」

 

「おう」

 

 7人目は頼れるトリオンキューブ、諏訪

 

「太刀川さん」

 

「早く」

 

 8人目は1位のアホこと太刀川

 

「月見さん」

 

「このメンツで合同訓練?」

 

 9人目の月見はこの状況を怪しむ。

 

「堤さん」

 

「面白いメンツだ」

 

 10人目の堤はこの状況を楽しむ。

 

「那須さん」

 

「はい」

 

 11人目の那須はワクワクしている。

 

「奈良坂くん」

 

「ああ」

 

 12人目のたけのこ王子こと奈良坂はクールに返事をする。

 

「二宮さん」

 

「ふん……」

 

 13人目の二宮は早くしろと不機嫌だ。

 

「仁礼さん」

 

「しゃあ、アタシの出番か」

 

 14人目の仁礼はテンションを上げる

 

「日浦さん」

 

「はーい!」

 

 15人目の日浦は元気良く返事をしてくれる

 

「藤丸さん」

 

「おう」

 

 16人目の藤丸はなんでも来いやと胸を張る。眼福だ

 

「別役くん」

 

「はい!!」

 

 17人目の別役は今までで1番大きな声で挨拶をする。

 

「修」

 

「うん」

 

 18人目の修は頷いた

 

「水上さん」

 

「ホンマ、なにやらせるつもりなん?」

 

 19人目の水上は首を傾げた。

 

「緑川くん」

 

「はいはーい!」

 

 20人目の緑川。はいは一回だ。

 

「最後に米屋くん」

 

「うーっす……って、オレが最後か」

 

 21人目、米屋で点呼は終わりを告げる。

 

「全員居ますね……じゃ、東さんから入ってくださいね」

 

 ウィーンとドアが開かれる。

 今からなにがはじまるのだろうとワクワクしていた米屋達だったが、一瞬にして顔を青くする。何故ならば部屋の中が学校の教室だったからだ。

 後ろを振り向いて逃亡しようとするがその前に昴が回り込んで逃げ道を潰す。

 

「三雲、いい加減に何をするのかを教えてやれ」

 

「東さん、見たら分かるだろう。三雲の奴、オレ達を虐めるつもりだ」

 

「米屋くん人聞きの悪い事を言わないでください。これはボーダー上層部の総意なんですから……取りあえず教室に入ってください」

 

「教室って言ったな!!クソ、オレ達の純情を玩びやがって」

 

 逃げ場を封じられた米屋達は渋々と入っていく。

 昴がさっき呼んだあいうえお順で座ってくださいと言えば全員着席するのだが、一部お通夜ムードで入る。

 

「やばい、やばいよ……」

 

「これあれだよな。めちゃイケのテストだよな」

 

 佐鳥と太一は震える。

 いきなりの呼び出しでこの状況と言えばめちゃイケのテストでしかない。今から6時間ぐらいかけて五教科のテストを受けさせられる。

 成績がどちらかといえば残念な佐鳥とトップ馬鹿である太一にとってこの抜き打ちテストは非常に残酷なものである。

 

「察しのいい皆様ならお気付きでしょうが今から軽い抜き打ちテストをします。50点満点のテストを行います」

 

「待て三雲。国語、数学、理科、社会、英語の5教科じゃないのか?」

 

「風間さん、説明の途中なので割って入らないでください……え~……まず、大前提を言います。酷すぎます」

 

「なにが酷えんだ?」

 

 めちゃイケ風のテストが行われると覚悟を決めている中、昴から説明が入るのだがこの時点でおかしなことに諏訪は気付く。

 そういえば最近、抜き打ちテストみたいなのを受けたような気もすると。アンケートを受けて、最後に問題みたいなのを受けた気がする。

 

「私がコッソリと一部のボーダー隊員にアンケートとテストを同時に行いました。その結果、ボーダーの訓練は頑張れるけど勉強は頑張るのが難しいとかテストの結果が酷かったりしました」

 

「そんなアンケートを受けた覚えはないぞ」

 

「風間さんとか一部の人はそんな事をやらなくてもいい品行方正なボーダー隊員なので省きました……と言うわけで風間さん、問題です。これはなんと読みますか」

 

 黒板に素早く【炸裂弾】と昴は書いた。

 それを見た風間はやれやれと呆れた顔をしていた。

 

「全く、人の事をバカにしすぎだ……メテオラだ」

 

「いや、炸裂弾(さくれつだん)だろうが!!」

 

 それぐらいは分かって当然だとスラスラと答える風間だがものの見事に外す。

 諏訪は爆笑しながらもツッコミを入れるのだが一部の隊員が「あれメテオラじゃないのか」と呟く。風間が問題をドヤ顔で外した事、一部が本気でメテオラと読むと思っていた事に空気は混沌としており、昴は空気を変える為にも一回手を叩いた。

 

「今から皆さんにはチーム振り分けの事前テストを受けてもらいます」

 

「めちゃイケ形式のテストじゃないの?」

 

「成績優秀な人が炸裂弾をメテオラと読んでしまうんです……クイズ番組形式の方が数字を取れるでしょう」

 

「それはどういう意味だ?」

 

 今回一同を集めたのには何かしらの意味がある。

 今まで黙っていた二宮はその事について尋ねる。

 

「まず大前提としてボーダーの隊員の多くが中高生です。防衛任務を理由に学校を休まなければならず、どうしても授業が遅れたり穴が開いたりします」

 

「それは一般校に行っている奴等限定だ。進学校組は自主的に勉強が出来る」

 

「はい。ですので今ここで模範となるべきボーダー隊員としてこれから行うクイズボーダーオクタゴンで活躍してください」

 

 文句は言わせませんと昴は上から今回の一件で大抵の事はしていいと許可された書類を見せつける。

 上からの命令ならば仕方がない事だが本来ならばこんな事は嵐山隊の仕事で自分達がやるべきことではないと不満そうにする。

 

「あら、もしかしてクイズに負けると思ってるの?」

 

「ふん、そんなわけないだろう」

 

「だったら不満そうな顔をせずに受ければいいじゃない。模範的なボーダー隊員さん」

 

「加古さん、煽るのは別にいいですけども今現在カメラ回ってるんで喧嘩だけはしないでください」

 

「あら、私は喧嘩をするつもりなんてないわよ」

 

 私は、と言うところが実に挑発的な加古。

 ランク戦を名目に喧嘩をするんじゃないかと昴は若干ヒヤヒヤするが二人の関係性を知っている人達からすればこれぐらいは極々普通の事であり動じない。

 

「ええっ、カメラ回ってるんですか!?」

 

 そんな中で昴がサラリと語った事に日浦は反応をして周りをキョロキョロと見回す。

 何処にカメラがあるのかを探すのだが、何処にあるのか分からないようにしている。

 

「なんでそんな事をするの?」

 

「カンニング防止の為と今回のクイズを録画する為です……あまりにも酷い結果だったら一部の成績が悪い人達にはボーダー推薦枠を受け取る為のペーパーテストとか受けてもらおうと……自主的に勉強出来ないのは流石にまずいので」

 

 那須の質問に昴が答えると太刀川はホッとした。

 この男は既に裏口入学ことボーダー推薦で大学に入っており、大学院に進むつもりは無い。つまりはボーダー推薦枠であれこれ悩まなくてもいい世代である。先に生まれて良かったと親に感謝をする。

 

「頭悪い奴を呼び出すんやったら、高校3年生組をもうちょい呼んだほうがええんちゃうん?」

 

「一部の人達はボーダー推薦枠決まってるし、あれこれ言っても仕方ないので……後続の人に厳し目にします」

 

 今の世代に関してはもう諦める方針である。高校2年生以下が強く睨まれてしまう。

 ボーダーで頑張れば推薦を取れるという考えはこれから無くなるとなればそれは大変な事だと一部の隊員は顔を青くする。

 普通に頭の良い水上は心の中でご愁傷様と冥福を祈っている。

 

「ですがここで頑張ればもしかしたら無くなる可能性もあります……今回、主なボーダー隊員達がどれだけの学力、知恵を持っているのかを確かめる場所で優秀な成績や結果さえ残していれば、この改革は無くなるかもしれません」

 

「かもしれないって、曖昧じゃん」

 

「私、派遣社員ですのでボーダーの組織の運営に対して色々と言う権利はあっても決定する権利は無いです」

 

 あくまでも外部の派遣社員である事を緑川に主張をする。

 だったらこんな企画を立てるなよと一部が内心でボロクソに言っているものの、これはどうあがいても絶望なのである。

 

「三雲、そういう事なら筆記用具取りに帰っていいか!あたし、秘密兵器を使いたいんだ」

 

「秘密兵器、ですか」

 

「そう。ヒカリさん特性のコロコロ鉛筆を」

 

「問題は全部記述式で選択形式の問題は一切ありません」

 

「なにぃ!?」

 

「なにぃじゃありません。シャーペンとかはこちら側が用意した物を使ってください」

 

 不正イカサマ絶対にダメ。語群から抜き取る問題が1つも無いことを知ると一部の隊員達はショックを受ける。

 語群からならばワンチャンあると思っていたのだろうが世の中そんなに甘くできていない。ノー勉強でテストを受けさせられると顔を真っ青にする。

 

「ったく、だらしねえな。普段から勉強してねえからそうなるんだ」

 

 そんな彼等に呆れる藤丸のの。昴や上層部が頭を抱えているのがなんとなく理解できた。

 

「熊ちゃん、面白そうね」

 

「面白いで片付けていいことじゃないわ」

 

 この状況を那須は楽しむ。

 成績の良い彼女にとってこれは一種のレクリエーションであり、面白い時間だ。しかし成績がど真ん中の熊谷にとってはもしかしたらとハラハラしてしまう。

 

「ところでこれは優勝したチームにはなにかあるのか?」

 

「レクリエーションの一種なのでノーギャラで、罰ゲームはあります」

 

 あくまでもこれはレクリエーションの一種で、大会でもなんでもない。

 優勝賞品的なのが無いと知ると堤は若干だがテンションを下げる。こういうのには優勝賞品が付き物だと思っているから

 

「まぁ、それでも欲しいと言うなら上と掛け合って来ますけど」

 

「いや、そこまでのもんじゃねえからいい」

 

「……諏訪さん」

 

「なんだ?」

 

「今から司会者のポジションをやりませんか?」

 

 昴は思った。このメンツを1人で相手にするのは無理だと。

 生駒という色々とキャラが強いお隣さんが居ないだけマシかと思ったが、チーム振り分けのテストの時点で既に場は混沌としている。

 司会進行を一人でやれば確実に過労でぶっ倒れてしまう。だったら誰か手頃な生贄を用意した方がいい。謎のリーダーシップを持っている諏訪ならば司会進行をこなせると。

 

「これはお前の仕事だろう」

 

「そう言わずに、司会進行役なら美味しい思いを出来ますよ」

 

「ったく、仕方ねえな」

 

 なんだかんだ言いながらも付き合ってくれる諏訪は大人の鏡である。

 

「じゃあ私、隣に座る女子アナ枠がやりたい」

 

「ダメです」

 

 小佐野も別のがいいと言うが昴はダメだという。小佐野が加われば場が更に混沌とするからだ。

 

「で、オレが司会進行役をやるとして抜けた穴はどうすんだ?三雲がやんのか」

 

「いえ、私は派遣社員なので品行方正とか一切関係無いので……裏でコレを見ている城戸司令に参加してもらいましょう」

 

「自分、正気なん?」

 

 学力調査兼レクリエーションの中でボーダーのトップを呼び出そうとする狂気。

 水上は思わずツッコミを入れるが昴は一切気にしない。何故なら彼は派遣社員だから。

 カメラ目線になって城戸司令早くお越しくださいと言うと諏訪を立たせる。

 

「……皆、色々と不満に思うところがあるだろうが協力してほしい。今回の一件はレクリエーションとデータ採集の両方を兼ねている」

 

 遅れて現れた城戸司令はそう言うが空気は重い。上司どころかヤクザ顔のトップが現れたのだから楽しむなんて中々に出来ない。

 昴はこの緊迫した空気が必要だったんだと内心爆笑しながらもテストを配る。

 

「う~難しい」

 

「これ全問正解者出るのか」

 

「大丈夫、クイズ形式だから何問かはイケる」

 

 米屋、太一、緑川は頭を抱える。

 尚、このテストの問題はヘキサゴンのドリルから一部借用したものである……丸パクリとか言っちゃいけない。

 あくまでもボーダー隊員達にのみ見せる動画であり、利益とか収支とかそんなのは一切関係無い。丸パクリだけども。

 

「じゃ、別の部屋にセットを用意していますので那須さん以外は生身でお願いしますね」

 

「運動能力を熊谷さんと同じレベルにまで下げているトリオン体で参加をお願いします」

 

 ちゃちゃっとチーム振り分けのテストが終わると、退出命令をくだす。

 トリオン体を使うとなにかトラブルの様なものが起きる可能性も考慮し那須以外生身になることを命じる。那須には専用のトリガーを渡す。

 この時点で頭がオーバーヒートしそうな隊員達がチラホラと出ているが昴は一切気にしない。

 

「そのまんまヘキサゴンだな」

 

 別の部屋へと移動させられると、そこには嘗てのフジテレビ最強の番組であったヘキサゴンのセット一式があった。

 子供の頃に見ていたがまさか自分が出演するとは思いもしなかったと奈良坂は椅子に座る。尚、本人のテスト予想は3位ぐらいである。

 

「いや~……もうここまで来たら楽しむしかないっすね」

 

 佐鳥は半ばやけくそ気味である。ここまでくればやるしかない。

 那須や藤丸はテンションを上げ、太刀川や太一がテンションを下げている中で昴は司会進行役に抜擢した諏訪にテストの結果を持っていく。

 

「……マジか?」

 

「マジみたいですよ」

 

 ヒソヒソとテストの結果を話し合う諏訪と昴。

 テストの結果に自信が無かった人達は顔を青ざめていくが、知ったことじゃない。

 

「諏訪さん、私クイズの読み上げをしますので後はお願いしますね」

 

「おう、任せろ……クイズ!ボーダーオクタゴン!クイズパレード!」

 

 昴が部屋から退出すると諏訪の進行がはじまり、番組開始の合図を取る。

 一応はカメラが回っているので無理にテンションを上げてワーワー言うがなんともいたたまれない気持ちになる。

 

「この動画はボーダー隊員達が学生生活を疎かにしない為に学校の勉強をちゃんとしろの意味合いを込めて、某有名番組形式でクイズを行う一種のレクリエーションだ。出演者は中堅から大物まで様々なボーダーの人達だ。多分、後で編集のテロップが入って誰が出演してるのか出てくる。司会進行役はオレ、諏訪隊隊長の諏訪だ」

 

「すわさ~ん」

 

「んだよ、おサノ」

 

「女子アナ枠は誰なの?」

 

「そこまで本家に寄せる必要はねえんだよ。ここでチンタラやってられねえし、さっさと順位発表をするぞ」

 

 あくまでもヘキサゴンを真似ているだけであり、丸パクリではない。

 諏訪は昴から渡されたテスト結果表に目を向ける。

 

「まずは赤チームに入る第1位は……49点、東さん」

 

「本気で満点を狙いにいったが、1問間違えたか」

 

 1位の男は格が違う。東が1位に関してはここにいる皆が流石だと納得をする。東の人望半端ないのである。

 頭良い東さんと敵対だけはしたくはないと祈りを込めるのだがそういう奴等は大抵ドベである。

 

「2位は二宮、47点……こんなところでも2位か」

 

「東さんが相手だから仕方がないです」

 

「3位は月見、46点」

 

「あら、残念です」

 

「多分、ここから中堅の奴等は編集の都合上でカットされるから一気に言ってくぞ」

 

「すわさんメタい」

 

 しかし、本家の方でもこの順位発表は編集の都合上でカットされてしまう。

 1位から3位までは既に呼んだので、そこから中堅まではパッパと諏訪は名前を呼び、最終的には7名の売れ残りが出た。

 小佐野、太刀川、緑川、仁礼、太一、米屋、佐鳥の合計7名。彼等の事を詳しく知る人達ならば順当なバカが残っただろうと納得をみせるだろう

 

「視聴者の奴に言っておく……残り全員テストの点数一桁代だ」

 

 そんな中、諏訪は悲報を送る。

 このテスト一般教養のテストと比べても比較的に簡単な問題なのだが、それでもバカは出る。

 

「ま、マジすか!?」

 

「大マジだ。一応、オレも受けてみたけど結構簡単な問題だってのにお前等ときたら」

 

「すわさん、何点だったの?」

 

「32点だよ」

 

「びみょ~」

 

「一桁代のお前等にだけは言われたくはねえ……じゃあ、15位の発表だがここで言っておく。15位は2名いてあいうえお順で後の奴が16位になってる……佐鳥、お前が15位で、緑川が16位だ」

 

「よっし!ようっしゃ!!」

 

「せ、セーフ!!ビリだけは逃れることが出来てよかった」

 

 なんて感じで喜ぶ2人だが、点数は圧倒的に低い。9点だ。

 諏訪の指示の元、自分のチームの席に座るのだが、残された面々はお通夜状態の空気になる。何度目だろうか、この空気は。ランク戦ならば物凄く強い面々が取り残されている。このままだとボーダーの上に行くほどアホな人が多い説が立証されかねない。

 

「17位、8点獲得……おサノ!」

 

「うっし……」

 

「18位、6点獲得、太刀川!!」

 

「ふぅ、危なかった」

 

「19位、5点獲得、仁礼!!」

 

「っしゃあ!!」

 

 ここまでくれば全員が自分はビリではないことを強く祈る。

 呼ばれた者は1番のアホという不名誉な称号から解放された事に安堵をする……この時点でやってるのはチーム振り分けのテストであるのにこの盛り上がり。ここからクイズがはじまるとどれくらいの人が爆笑の渦に包まれるのだろうか。

 

「さぁ、残すところはお前等2人だ……どっちがビリだと思う?」

 

 諏訪がそう尋ねると米屋は太一を、太一は米屋を指さした。

 自分がビリだとは思っていない。ビリなのはこいつだと本気で思っている。

 

「……米屋」

 

「っしゃあああああああ!!」

 

 名前を呼ばれた米屋は大きくガッツポーズを取る。ビリだけは免れたと喜ぶのだが諏訪が肩をポンっと叩く。

 

「2点のビリだ」

 

「え……」

 

「20位、太一、3点。21位、米屋2点だバカ野郎!!」

 

 上げてから落とす。

 諏訪は司会進行役を見事にこなし、米屋を絶望の淵に突き落とす。

 

「2点って、お前……」

 

 米屋の点数に奈良坂はドン引きしてしまう。

 難しい数学の問題とかは特に無かったのに、50問中たったの2問しか答える事が出来なかった。頭が悪いのは知っていたが、ここまでだったとは思いもしなかった。

 

「んじゃ、チーム分けを終えたから早速クイズに入るぞ」

 

 そんなこんなでクイズ!ボーダーオクタゴンがはじまる。




赤チーム

東春秋   1位 49点

水上敏志  6位 43点

堤大地   7位 39点

藤丸のの 12位 29点

熊谷友子 13位 24点

太刀川慶 18位  6点

仁礼光  19位  5点 

 

青チーム

二宮匡貴  2位 47点

奈良坂透  5位 44点

加古望   8位 38点

風間蒼也 11位 33点

日浦茜  14位 18点

小佐野瑠衣17位  8点

別役太一 20位  3点

 

黄色チーム

月見蓮   3位 46点

那須玲   4位 45点

城戸正宗  9位 38点

三雲修  10位 36点

佐鳥賢  15位  9点

緑川駿  16位  9点

米屋陽介 21位  2点


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