道化師系ウマ娘に振り回される話 (親友気取り。)
しおりを挟む

目標 ジュニア級メイクデビューに出走
サニティエッタとの出会い!


投稿だぁ!


 幼い頃、近所の土手沿いにあった小さな練習場を走るウマ娘達をよく見に行っていた。

 

 見に行っていた、といっても一桁数歳だし一人歩きをさせてもらえない位の年齢だったので自主的にではなかったけれど。

 昔はウマ娘のトレーナーをしていた母に連れられて、散歩のついでに顔馴染みの挨拶にでもとそこへ寄って長居することが多く、でも子供な俺は会話に入れず暇で、ウマ娘達が走っている姿をぼーっと眺めていたというのが一番正しい。

 その当時はさして興味もなく、横から聞こえる自分が育てたウマ娘はあーだったこーだったと話す声をまるっと聞き流していたけれど、そうして過ごしていた事をすぐに後悔した。

 

 

 何故なら数年経っていつ頃からか、自分は楽しそうに走るウマ娘を見るのが好きなんだなと自覚したのだ。

 年齢一桁の自分に言うのもあれだけど、もっと大人の体験談はちゃんと聞いておけって思った。

 まぁ、聞いた所で覚えられる年齢でもないし結局って感じになるんだろうけどさ……。

 

 

 

 ──風を切って前を向き、力強く大地を踏みしめ、一生懸命に走っていく横顔。

 走ることを喜ぶ表情も、気持ちも、勝利の喜びも、敗北の悔しさも、全て人生を楽しむスパイスと言わんばかりの輝かしい生き様。

 これらをまるっと指して最初に“レースは人生だ”と表現した人は、なかなかにウマいこと言った。

 実際のところ走ることを楽しむウマ娘達にとっては、人生という字にレースってフリガナが振ってあるに違いない。

 

 そうして色々考えていき、母がトレーナーになった理由が何となく分かった。

 そして、自分もトレーナーになりたいんだろうという事も。

 

 

 まだ無名でスタートラインに立ったばかりの彼女達の人生(レース)を支え、光輝く大スターになるストーリーを側で見守る事ができればどれほど感動できるだろうか?

 観客席という暗い地上から星々(スター)の輝く宇宙(ステージ)へ連れていくロケットのような存在。そうなりたいと心に決めて勉強を重ね──

 

 

 

 ──俺は、ついにトレーナーになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月半ば。内定貰った後の微妙に暇な時期。

 気取って言えば、デビュー前。

 現在地、府中駅構内。

 

 

 トレーナーの資格を取った後はどこか地方のトレーニングセンターか地元地域のクラブにでも所属して育成経験を積んでいくもんかと思ったけれど、俺は最初っから中央でゴーできるらしい。

 他人事っぽい言い方だけど、自分でも「え、マジで中央?」 ってまだ思ってる。

 

 そ、中央。

 東京都府中市にある日本ウマ娘トレーニングセンター学園。略してトレセン学園。

 世間からの評価、日本最高峰のトレセン。

 ジャポンのウマ娘レースの中心、中央、わーお。

 

「そんな所に新人は場違いじゃね?」

 

 なんて素敵な質問は母の笑顔と、昔からよく世話になってる練習場の管理人さんにかき消されて闇へ消えた。

 だってあんた中央の資格取ったんだし行きたいんでしょ──なんて言われちゃったら違うとも言い切れないし労せず中央だとは喜びたいけど、こういうのはコネクションって言うんだよ……。

 推薦って言えば聞こえは良くなるけど、コネって言うと途端にあくどくなる。

 

 

 とにもかくにも俺は4月からトレーナーとして本格的に働く訳だけど、今日という日は例外的に「緊急ッ!」と言われて初仕事(?)だ。

 今現在俺がここ、府中駅にいる理由でもある。

 

 受験に成功し、田舎からこっち(トレセン)の寮へ引っ越してくる予定のウマ娘を草の根分けても探して欲しいらしい。

 どうして探す必要があるのか、というのは単純な答え。

 

 

「迷子だなんてなぁ」

 

 

 どうも今日やってくる予定の彼女、新幹線を降りてから東京駅で迷ったのを皮切りに乗り間違い降り間違いを繰り返しあちこち彷徨い、困り果てた末にようやく学園側へ連絡をしたもののそこでスマホのバッテリーが切れてしまったらしい。

 お上りさんという言葉がよく似合う出だしで微笑ましいが、到着するであろう時間をとうに過ぎても結局辿り着けていない。スマホが駄目なら電話は当然繋がらないし、現在消息不明という一大事。

 どこかの駅で公衆電話を使うとか事情を話して何か借りるかして学園側か家族に連絡を取るという発想を向こうは持ち合わせていないらしく、「京王線のホームを見つけた」との言葉を手懸かりとして残し行方知れずだ。

 

 

 そんなワケで色々お忙しい学園役職の皆様を手伝えと手隙な新人の俺は駆り出され、こうして駅の中を徘徊する変態と化した。

 以前にも北海道から来たウマ娘がトレセン最寄りの東府中と府中を間違え寮の門限に間に合わなかったという話があったそうなので、ここらへんまでは辿り着いてると考え灯台もと暗し的に基本を抑えてみようとやってきたんだがどうだろう?

 

 どうなんでしょう? 駅員さん。

 こんな顔のウマ娘を見ませんでした?

 

 

「……申し訳ありませんが……」

「あっ、急にすんませんした」

 

 

 写真見せたら知らないってきっぱり言われた。

 

 よく考えたらそりゃそうかぁ。

 ウマ娘の人口自体は少ないとはいえ、トレセンやレース場のあるこの辺じゃウマ耳に尻尾なんて見慣れてるんだろう。いちいち覚えてないか。

 仕事の邪魔してさーせんした。でもこの子を見かけたらトレセンまで一報お願いします。

 

 気を取り直し、同じように他を探している同期のトレーナーへ進捗を送ってから歩く。

 千里の道も一歩から。アポロだって11号でようやく月面着陸だし、焦らないで地道に探そう。

 

 

 取り出した写真をちらちら、周囲をキョロキョロ。

 ……さっきコンビニで写真をプリントしてからは手に持って歩き回ってるけど、俺これ通報されたりしないよね?

 怪しさとか不審者オーラが爆発してると思う。

 

 

「にしても、サニティエッタか……」

 

 

 ちなみにその探している彼女の名前はサニティエッタという。

 眠たげな瞳、ちょっと癖のある薄紫のロングヘア、左右で色と柄の違う変則的な耳のカバーが特徴。

 見た目の特徴には覚えがないけれど、この名前ってどっかで聞いたことあるんだよなぁ。なんだっけ。

 上京できる実力なんだし地元で有名って位なんだろうが……。でも東京にずっといる俺が耳にするようなことって?

 うーん……。

 

 サニティ、サニティ……は、正気って意味だろ?

 エッタはなんだろう。方言由来なのかな。

 わっかんね。

 

 捜索に関係ないので今はいいやと脳の片隅に思考を追いやり歩いていると、ポケットに入れていたスマホがぶーぶー震えた。

 さっき連絡した同期、桐生院さんからの報告だ。向こうも見つかっていないらしい。

 証言があるので乗れたであろう路線は絞れているとはいえ、こんな広い範囲の中で人ひとりそう簡単に見つかるとも──

 

 

「わはっはーっ!」

「ん?」

 

 

 ──変な笑い声が聞こえたのでスマホの画面から顔を上げると、下り階段の手すりを尻で滑って行く楽しげなウマ娘の横顔が見えた。

 初めて見る筈なのに見覚えのある、というか手元の写真の特徴と一緒の、それってつまり!

 

 

「あれ、サニティエッタじゃね……?」

 

 

 ……のんきしてる場合じゃねぇ!

 見つけたぞーって文字を打つ時間も惜しいので、桐生院さんへ向けての通話ボタンを押して走る!

 

 

「待ちなさぁーい!」

「んゆふふっふー」

 

 

 俺が階段へ辿り着く頃に向こうは階段下にいて、ふらふらと変なステップを踏みながら人混みに消えていこうとするところだった。

 急に声を出したもんだから昔見たアニメ映画の悪役みたいな変に裏返った声出ちゃったけど、でも実際追いかけなきゃ駄目なんだしぃ!

 向こうはがらがらとトランクケースを引いてるとはいえウマ娘。見失ったら一息でどこまで移動するか分からんのやぞ!

 

 

『──もしもし、常禅寺(じょうぜんじ)さん?』

 

 

 コール&レスポンス!(?) 

 桐生ちゃぁん! こっちに例の娘がいたわよ!

 今府中駅を出てバスターミナルに向かってるの!

 

「あのウマ娘、人混みに紛れるつもりよ! そんなの許さないわッ!」

『常禅寺さんってそんな口調でしたっけ……?』

「待ちなさぁーーい!」

 

 

 しかし、妙なテンションで騒ぎ走る俺の行く手を近くの警備員が二人がかりで止める!

 どけ! 俺はトレーナーだぞ!

 

 

「不審者にしか見えないの分かってる?」

「ですよね」

 

 

 逃げるウマ娘を追いかけて叫びながら駅を飛び出る男。

 普通に通報されたりしてもしゃあないし、そうでなくても近くの警備員は止めるよね。

 現行犯逮捕を避けられるだけで捕まりはするかと諦めて、これ以上罪を重ねない内に大人しくする。

 

 えーっと、俺はこう見えてもトレセン学園の関係者でして。

 田舎から来て行方不明中だったウマ娘を探しててようやく見つけて急いで追いかけてまして。

 

 というか追ってたわけでして。

 

 たわけでして。

 

 

「……本当に?」

 

 

 トレーナーには見えないぞこのあんぽんたん、と言外に出ている。

 片方の警備員へあの娘が迷子な事に違いはないし保護して欲しいとだけとにかく伝え、おとなしく近くの交番まで同行されよう。

 一応は学園から警察関係に連絡は行ってるはずだし大丈夫なはず。

 てか行方不明者発生ってんで連絡してなかったらまずいし。

 

 え、してるよね?

 俺ただの不審者で終わらないよね?

 ね?

 

 

 警備員さんから引き継がれてお巡りさんのターン。

 交番で確認のために名前とか身分証明書になるものを出して、質問されて。

 せっかく見つけたんだから取り逃がしたくないなぁーと思ってたらようやく納得してくれた。

 決め手は学園側に連絡して、俺の名前とか一致させてっていうめんどくさい感じだったけど。

 どんだけトレーナー風に見られてないんだ俺。

 

 

「ウマ娘に対するトレーナーを騙った変な勧誘とかここ最近増えてますから」

「あー、そりゃ怪しみますね。お疲れ様です」

 

 

 釈放ッ!

 いや逮捕はされてないけど。

 見送られながら交番を出ると、丁度良くさっきのウマ娘が警備員さんに迷子として連れられてやってきた。

 

 お巡りさんと警備員さんにウマ娘は軽く質問されて、ぺこりと大きく頭を下げてから俺の方へ顔を向ける。

 そして。

 

 

「やはやいやはや災難めんぼく。あてをお探しトレーナー?」

 

 

 ……自分と俺を交互に指さして何やら摩訶不思議な言葉を発した。

 一応、俺の事を出迎えに来たトレーナーだと認識はしているみたいだけど……。

 

 

「えっと、一応確認するけど名前はサニティエッタで合ってるんだよね? 今日からトレセンに来る予定の」

「いかにも! あての名サニティエッタと申したられやあてエッタ!」

 

 

 よっしゃ! 行方不明者の確保完了!

 でも、うーん。なんやその喋り方……。

 

 まず一人称はその、「あて」なの? 珍しいね。

 というか何故にトランクケースと左手が手錠で繋がれてるの?

 あとそのケースすげぇ頑丈そうだね。幾らしたの?

 それと口調や元気な動作に反して無表情がデフォなの? ちっちゃいお口がちょこちょこ動くだけで目元も眉もまったく変わらんよ?

 

 やっっっべぇ。情報量が多過ぎる。突っ込み切れねぇ。

 トレーナーとして初めて関わるウマ娘がこれってすごい運だな俺。

 

 とりあえず。

 

 

「警備員さんにお巡りさん、ありがとうございました」

「いえいえ。こちらもご迷惑をおかけしました」

「お世話になりましもうしわけ!」

 

 

 ここに留まっていても邪魔になるので移動しよう。

 突っ込みやら聞きたい事やらはひとまずさておいて、んじゃ行こうかーと声を掛けて歩き出すとちゃんと横をひょこひょこ着いてきてくれる。

 

 どこからその油田的情報量を切り崩してやろうかっていう前に、それにしたってエッタ。サニティエッタ。

 やっぱりどこかで聞いたことあるんだよ。

 どこか、どこかで……あー……。

 

 

「……あ、思い出した」

「んゆ? どうかされましトレーナー?」

「あれだ。サニティエッタって名前、掲示板で見かけたんだ」

「んゆふふふ。知られし好評公開公表エッタの評判いかに!」

 

 

 俺が見た掲示板というのは所謂SNSに分類されるネット掲示板の事で、その中でもこれから有名になるであろう隠れたウマ娘を発掘していくという少し興味を引かれる場だった。

 その話題の中でサニティエッタという名前を見かけたんだ。

 詳しい評価はどうだか忘れたけど、紹介されてた文言は覚えている。

 

 そうだそうだ。思い出したぞ。

 触れ込みは確か、“正気を証明してくれ”。

 サニティ(正気)否定されとるんか? って画面の前で突っ込んだのを覚えてる。

 

 覚えてる限りだと、確か超大股なストライド走法をしており直線でのトップスピードはなかなかのモノだったはず。

 大股なので動作自体はゆったりゆっくりしてるおり、周囲に“自分はまだ速度を出せていないんじゃないか?”と錯覚させペースを乱すのが得意と書かれていたのは印象深い。

 直接レース風景の動画を見ていないから想像になるが、大逃げのウマ娘にペースをかき乱されるような状態にするんだろう。

 

 地元での評判というか渾名は道化師。

 なぜ道化師かという質問は掲示板にいた他の人間も思ったようで、すぐに質問と答えは用意されていた。

 

 

「それよりお腹空きたりしや空腹。右往左往の移動ばかりの断食エッタがかわいそう……」

「飯、食うかぁ」

 

 

 喋り方や行動が、独特過ぎるというらしい。

 その時は良く分からなかったしあっさり会話が流れてしまったので分からず仕舞いだったけど、直接会って数分所か初見の時点ですらこいつの喋りやべぇなってなるくらいにはやべぇ。

 

 流石は道化師。正気(サニティ)とは本当に何なのか。

 あとエッタってどういう意味なのか。

 

 

 

 桐生院さんに身柄を確保した事と食事を食べさせてから学園へ向かう事、それらを各位に伝えて置いて欲しいと頼んでここから徒歩で向かえる範囲にある適当な飲食店へ向かう。

 お上りさんらしくあっちこっちに興味を惹かれながらサニティエッタはふらふら歩き、目的地を前にして何処かへ行ってしまいそうになるのを必死に止めて。

 

 ようやく席に座れた頃にはオラなんだか疲れちまったゾぉ!

 この年齢の子に言うのは大変失礼なんだけど、その行動力は5歳時かって思うくらいにはあちこちへふらふらと歩いていきそうになってた。

 そら迷子になるわね……。

 

 

「何食おうかねー?」

「お腹ペコペコぺこぺっこ! にんじんリンゴにハンバーグ? あてはリンゴの方が好き」

「リンゴ……でハラに貯まるか?」

「もっと食べたき幸せお肉。つまり注文ハンバーグ!」

 

 歩きながらテーブルに貼られているおすすめランチ的なのを指さしたので、それでいいならそれでいこう。

 サニティエッタは左手の手錠を外し、それに繋がれていたトランクケースを足元に寝かせてから座ると早速ベルを鳴らす。

 行動力の化身かお主は。

 

 

 まぁご注文は決まってますんでオナシャス。

 これとこれとこれ、よろしくでーす。

 

 

 サニティエッタはスマホも使えないし暇なのか、近くのメニュー表を手に取って何度もペラペラ捲ったり、裏表紙の間違い探しを見つけてじっと眺めたと思えば飽きて全身で暇をアピール。

 やっぱりなんだか落ち着きのないウマ娘だ。

 

 俺も話題らしい話題も持ってないし、どうしたもんかなー。

 ……あ、そういや俺モバイルバッテリー持ってたわ。使う?

 てか使ってけろ。

 

 

「ん! あては助かりしやお礼!」

「いいって事よ」

 

 

 端子合ってる? ああ、大丈夫そうだね。

 充電できたらすぐ家族さんに連絡取っとけよー。たぶん心配してっからさ。

 

 

「むー。我が家一家は心配性」

 

 

 差してすぐに電源ボタンを長押し。ふっと一瞬画面が光って、すぐ消えた。

 まだ充電できてないしゆっくりしとれと言いたいが、言った所でそわそわ具合が収まるともなんだか思えない。

 ちょっと走って落ち着いてこいとも出来ないな。店内はともかく外も人通りが多いし。

 

 そしたらここは、大人な俺ちゃんが無い知恵を捻り絞って話題を振ってやろう。

 サニティエッタに質問ターイム。

 

 

「サニティエッタのエッタってどういう意味なんだ?」

「んゆ?」

 

 

 ずっと気になっていた事を聞いてみる。

 謎手錠や謎口調、謎行動力よりも幾分かマイルドな質問だろう。

 

 

「あての名全部はサニティエッタ。しかしでもでも本当は、ヘンリエッタとしとう申すと事情がありてやなりぞよ」

「あーっと、つまり、長かったか被ったりかで略したってこと?」

「そう! サニティヘンリエッタは呼びにくきしてや語呂良く縮めてエッタなり!」

「なるほどなー」

 

 

 意味とかは無くて単純に、ヘンリエッタの略としてのエッタだったのかぁ。

 ウマ娘の名前には文字制限があって、それの回避のために伸ばし棒が略され……とは別だけど気分的にはそんなもんだろうか。

 

 あ、店員さん来た。

 サニティエッタの前ににんじんの突き刺さったハンバーグ定食と、俺の前にコーヒーが置かれる。

 ほらお前の飯が来たぞぉ。若ぇの食え食え。

 

 

「んゆあ? トレーナお食事食事はいずこあり?」

「俺はお腹すいてないからコーヒー(これ)でいいの」

「……にんじん、食べる?」

 

 

 ハンバーグから引き抜いたにんじんをでんと一本渡してくれるけど、それも貴女がお食べなさい。

 若いモンは何も気にせず笑って沢山食べてくれれば良いのだ。

 

 サニティエッタはまっったく笑わないけど。

 写真で見た眠たげな瞳を携えたまま、よく観察すれば微かに眉が上下しているのが分かるだけで口調に反しやはりほぼ無表情を貫いてる。

 もっと笑ってくれー!

 

 

「ではわわでわっはいただきます!」

「おう食え食え」

「……それにしてとてトレトーレ、おとし年齢あてとそんなに変わらず思ひて」

 

 

 細けぇこたぁいんだよ!

 ……男なんて、数年歳上ってだけの一瞬でおっさん扱いされちまうのさ……。

 

 

「ふーぬ? もぐもぐ」

 

 

 よほどお腹が空いていたのか、すぐにもぐもぐモゴモゴと食べ始めた。無表情で。

 静かになったその隙にスマホを取り出し、さっき思い出したSNSの評判をもう一度確認しておこう。

 サニティエッタと名前を打てばすぐに関連のものが出てくるので、いい感じにまとめてくれてそうな所をタップ。

 

 えっとなになに?

 新潟県出身の期待の新星であり地元じゃそこそこ注目されていて、ご当地コミュニティでは「あの宇宙を感じさせるウマ娘はなに!?」「しなやかな動作と全く動かない表情が噛み合ってなくて不思議」「子供が痙攣を起こした」等々と好評を得ているウマ娘。

 直線でのトップスピードに軽々とバ群を抜け出し追い上げる視野の広さと賢さが売り。

 賢さ……?

 

 

「ふがふが」

 

 

 口の周りに食べカス沢山の姿からは想像がつかない。

 おっと、口調に付いても言及されてるな。

 

 ぎりぎり理解可能だけれどあんまり意味は分からないけど何となく意味が分かるとされる例の喋り方は、エッタ語なんて称されているらしい。

 何かの番組で一瞬出たシーンを切り取られてウマッターで広ま(バズ)った事あるんだ。それは知らんかった。

 

 そん時のコメントが……あった。

 えっと、「この宇宙を植え付けてくるウマ娘はなに!?」「柔らかい足腰とクソ固い表情が噛み合ってなくて不思議」「子供が痙攣を起こした」……それなりに受け入れられてるのな。

 いやこれって受け入れられてるのか? わがんね。

 

 

 俺って何かすごい詩人みたいな事言ってロケットになりたいとか無限の宇宙に連れていきたいとか言ってたのに、こいつ単騎でもう既に宇宙に到達しとるやんけ。

 てか宇宙そのものやん。

 折角ならもっと早くに知っておきたかったなぁ。

 俺もそろそろウマッターでの情報取集を本格的にしていくか。

 

 

「──所属していたクラブの内外から期待を背負い、地元を離れて一人東京へ……か」

「がふがふ……んゆ?」

「まだ若ぇのにご苦労なさってんのぉ」

「なぜにさきから謎口調? 不思議へんてこ口調は不可思議」

「お前ほど変じゃないやい」

 

 

 古風なのかラップ風なのかリズムを刻んでいるだけなのか。何なんだお前のそれ。

 

 

「それよりそいえばトレーナー。お名前名前を聞いてない」

 

 

 口調に関しての答えはでないけど、そういえばそうだった。

 サニティエッタからしてみれば、俺ってトレセン所属のトレーナーって位しか伝わってないんだよな。

 流れでここまで来たし名乗ってもない。

 

 

「俺は常禅寺(じょうぜんじ)だ。新人だけどちゃんとしたトレーナーだぞ」

「じょうぜ、ジョゼ……レーナー!」

「あんま気にしないから何とでも呼んでくれていいぞー」

 

 

 てな訳で、よろしくー。

 

 

「でわや! あだ名はジョゼなるや!」

「別にいいけど、公私は分けてくれよ?」

「んふふふふ。ではではあての名気軽にエッタと呼びなりぞやぞてのぞや!」

 

 

 確かにいちいちサニティエッタってフルで呼んでたらめんどくさいし、ここはお言葉に甘えてエッタと略させてもらおう。

 さようならサニティ。

 いよいよ正気(サニティ)が失われてしまったね……。

 

 

「ふご、ふごごご。んぐ」

「食い終わったか?」

「ごちそーさまでした」

 

 

 食べ終わったエッタは忘れずに手錠でトランクケースと自身を繋ぐと、スマホを忘れて立ち上がった。

 お待ちなせぇ。

 

 

「まずは家族に連絡を取るんだエッタよ。たぶん遅れれば遅れるほどたくさん怒られるから」

「なんと!」

 

 

 電源オン。

 同時に通知がぶーぶー。

 

 

「うわわわ、わ、わわ……」

「大変そうだねぇ」

 

 

 迷ったのはエッタのやらかしだし怒られてこーい。

 

 

「トレっちトレトレ、トレーナー。あての代わりにお電話お話たまふぞや」

「俺が出てどうするんだよ……」

 

 

 不審者列伝パート2でもするか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日お手数お招き感謝に尽くせり陳謝なりてやエッタなり」

「初めての東京じゃ仕方ないさぁ」

 

 

 がらんがらんがしゃがしゃ。

 どんがらがっしゃんがらがらがら。

 

 ようやく見えてきたぞ、我らがトレセン!

 いやー、それにしてもたった徒歩何分かの移動なのに、道中のサニティエッタは中々に騒がしかった。

 電車内でもあれやこれやと窓から興味を惹かれるものが見えれば声を出し、あっちこっちと興味がすぐに移ってふらふら移動しまくりだったことだろう。

 

 本人も騒がしいが、振り回し過ぎてキャスター部分の壊れたトランクケースもこれまた騒がしい。さっきの擬音は全部、トランクケースが半ば引きずられたり無理やり段差を乗り越えさせられた音だ。

 やはり総合的にうるさい。俺はいいがこのままでは周りの迷惑にもなるし、迷子にもなるし、次に同行するときはタクシーにでもしようか。

 

 俺あんまりお金ないけど。

 ナチュラルに同行する前提で考えちゃってるけど。

 

 

「今更だけど手錠で荷物を繋いでるのって、もしかして失くす可能性があるからって配慮?」

「んふふふふ。あての姉ねが心配プレゼント。これがあらればお荷物安心なりぞや言いなりて」

「お陰でここまで紛失しなかったんだし、次連絡する時にでもお礼言ってやりなー」

「とても大変大助かりぞ!」

 

 短い付き合いだけど、手錠にでも繋いどかなきゃ今頃どっかに置き忘れるだろうなってのが想像できる。

 

「トランクケースは、そっちの方も買って貰ったの?」

「これは父からプレゼンツ! とても丈夫で頑丈です」

「タイヤが壊れただけで済んでるし、それで良かったって言ってやりなー」

「んむゆ」

 

 

 普通の旅行用って感じじゃないよそれ。

 見た目で分かる趣味レベルの頑強さ。紛争地域にでも行くの? ってくらいのごっついヤツ。

 それを初陣で破損させるエッタも、これくらいじゃないと耐えきれないと判断するお父さんも、置き忘れると見越して手錠をプレゼントするお姉さんも……。

 

 うん。

 家族の絆って最高やな!

 

 

「ついたぞー」

「おお! ここがトレセン東京中央学園!」

 

 

 正門まで辿りついたらさっそく乗り込もうとして走り出す。──のは経験上もう目に見えて分かっていたので、事前に腕を掴んで止める。

 ぐいっと一瞬引っ張られた感覚がしただけで止まってくれた。セーフ。

 名称が滅茶苦茶な上に、あんたはまだ入れないよ。

 

 

「まずは荷物を片付けないと駄目じゃん?」

「おお! なるほど名案トレーナー! それは明暗分けたりの選択!」

 

 

 これからいくらでも世話になる学校なんだから慌てなさんな。

 寮はこの正門の真後ろだから、ぐるっと回って……。

 

 

「……こんにちは」

 

 

 なんか真っ白いウマ娘がジトっとした目でこっちを見てるゥ!

 そんで一瞬でエッタが歩み寄って絡みに行ってるゥ!

 

 

「んゆ? さっそく発見同期のものなりてやぞやなりて!?」

「……たぶん?」

「んふふふふ。あての名その名はサニティエッタ! そちらの名前は何でしょう?」

「ハッピーミーク……」

 

 眠たげな瞳をした葦毛のウマ娘はハッピーミークというらしい。どこかの誰かと違って物静かな性格のようだ。

 同じ無表情な眠たげな瞳を携え同士、サニティエッタはもう少しこの娘を見習って落ち着いてくれまいか。

 

 

「彼女はサニティエッタの事を待っていたんですよ」

 

 ぬっと傍から桐生院さんが出てきて教えてくれた。

 いたんすか? そして、ハッピーミークがこいつを待ってたって?

 

「ルームメイトが初めての東京で迷子になってると聞いて、心配だったみたいで」

「なるほどね。お優しい」

「……ぷい」

 

 

 褒めたら照れているのかそっぽを向かれてしまった。

 いやぁ、年頃の女の子って感じで可愛らしいなぁ。

 

 いて。なんか小突かれた。

 なんでエッタは俺の事そっと蹴るんだよ。お前も可愛いって言われたいのか? ヨーシヨシヨシ。

 いてて、やめろ小突くな。ルームメイトにでれでれされるのは気分が良いものではないよな、うん。

 

 

「ハッピーミークに桐生院さん。こいつ、サニティエッタは中々に癖が強いというか何するか分からないんで気を付けてくださいね」

「……楽しそう……」

「大変だったのは分かりますけど……」

「んゆう?」

 

 

 なんでエッタが首傾げるんじゃい。

 理事長へ今日の流れとか報告する時に桐生院さんも同行するがいい。そして聞かせてやろう、今日の俺がいかに大変だったかを……!

 いつ車道に飛び出るか分からない子供を見守るママンの気持ちがよく分かったぞオイラ! 慣れない気遣い頑張った俺!

 

 

「な、なんか大変だったみたいですね」

「わー……」

 

 

 こんな所で詳しく立ち話するのも何なので、その辺はこれから身を持って知るがいい。ククク。

 まずもう今現在の時点で正しい日本語でのやり取りが成り立つのか怪しいというのは分かっているだろうが、そんなの序の口。

 会話をなんとかしようと奮闘している間に動き出して、ふらふら歩き始めて、早めに制御しないと行方不明になる。

 

 とにかく目が離せなくて大変だぞ。

 ……あれ。そんな感じのとこれから部屋を共にするハッピーミークは大丈夫なのか?

 明後日くらいに見たら疲れてアンハッピーミークに変貌してるとかないよな?

 

 

「お部屋一緒に楽しむ青春これから楽しみよろしくなりてや!」

「よろしく……なりてや」

 

 

 口調が移りかけてる。エッタミークになりかけてる。

 頑張れミーク! ハッピーを死守するんだ!

 サニティなんかに負けるんじゃない!

 

 ん? サニティってどういう意味だっけ。

 まあいっか。

 

 がんばえー!

 

 

 

 

 


 

 

 

To: 姉ね 父様
件名: 1日目のご報告!
駅で迷ってさ迷い電池もなくなりわやわんや! ごはんをくれたトレーナーに手錠をきかせば姉ねにお礼! 壊れぬかばんの感謝も伝える全感謝! そうですお部屋を共するハッピーミークはかわいらしい。姉ねも気に入る真っ白髪の毛! 葦毛の眩しい笑顔は乏しい? けれどエッタは笑顔がわかる! そちらは寂しくないですか?

 

 

 夜。就寝時間、あるいは消灯時間後。

 布団を被ったサニティエッタはスマホを起動し、一日の報告という事で家族へ今日あった事を日記のように伝えていた。

 伝えたい事や言いたい事が多すぎる上に内容が纏まっていないので滅茶苦茶だが、いつも通りなので姉はその滅茶苦茶を受け入れそこは特に気にしない。

 数分と経たずにぴろんと返信が届く。

 

 

To: サニティエッタ
件名: Re:1日目のご報告!
 初日から大変でしたね、お疲れ様です。迷子になり行方不明となったと聞いた時は少し焦りましたが、無事なようで何よりです。

 ごはんをくれたトレーナーとはどういう事でしょう? 最初から担当のトレーナーが確定しているという訳ではないと思いますが。

 

 

 サニティエッタは「ふぬぅ?」と首を傾げてぱたぱた足を動かす。

 常禅寺はトレーナーではあるがサニティエッタの専属と決まったわけではないのに、トレーナーとのみしか書いていないのでさも専属と受け取れるようになってしまっている。

 つまりややこしいをさせてしまった。

 

 しかしサニティエッタはそんな事に気が付かず、常禅寺の事を聞いているんだ程度に解釈して仲良しアピールの写真を送る。

 

 

To: 姉ね 父様
件名: お写真!
ではや送りますや写真!仲良し仲良し手錠でがちゃん!お名前ジョゼと申しやレーナートレナー!

 

 

 添付した写真。

 その内容は、常禅寺の右手と自身の左手を手錠で繋いでいるという危ない雰囲気の自撮り。

 さらに何か関係を勘違いさせるようなものだがサニティエッタはその事に気が付いておらず、返信を待たず睡眠欲に一瞬で負けてスマホを投げ出し布団を被った。

 

 

 翌日。

 姉の電話で叩き起こされしこたま問い詰められた。




お気に入りと評価をよろしく!!! ね!!!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月前半 スカウト戦

宇宙を感じて痙攣を起こしたので投稿です。えらい!
それとエッタのプロフィール!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=270986&uid=19764


 期待の新星という言葉の“新星”という部分。

 漢字だけ見ると新しく星が生まれたって感じの意味がありそうだけど、天文学的な単語で新星というのは、ざっくり言うとむっちゃ光ってる星って意味。

 

 地上から望遠鏡で宇宙を見上げて、色んな星たちを見過ごしていく中でとても明るい“新星”を見つけたら思わず目に留まって「おっ」ってなるっしょ?

 なんやこいつってもっと知りたいと思うし、もっと「こんな星があったぞ」って広めたくなる。

 期待の新星という言葉はそういう感じの由来があって生まれたのかも知れない。

 

 

 トレセン学園新入生、デビュー前の走り込み。

 在籍するトレーナー達が新しいウマ娘達をスカウトに足る人物か見定めるその視線は、さながら“期待の新星”を探す天文学者のようだ。

 そして目に留まってスカウトされたウマ娘はリギルやスピカといった明るい恒星の名を持つチームへと迎え入れられ前人未到の(そら)を飛び、星座(チーム)を形成する大スターとなり、暗闇の宇宙(ステージ)を照らす神話となる。

 

 が、俺からしたらみんな良さげに見えて困っちゃう。流石は狭き門をくぐってやってきたウマ娘達。

 古来から神聖な種族と言われるだけあって、みんな魅力的。

 

 

 

「……はぁ……」

「んんー? なぜにため息と息? あてが乗ろうや相談を!」

 

 

 柵に持たれかかりながら指先でペンをくるくる回し、スタートの合図で飛び出る新入生達を眺める。地方でのレースならみんな勝てるんだろうけど、その中でもこの中央でって考えると難しい。

 それに4月の前半でまだまだ新入生のスカウト期間としているとはいえ、練習場を走るウマ娘達の数はだいぶ減ってしまった。

 ベテランや中堅的な人物が見どころのある娘を早々に引っこ抜いていくもんだから、慎重に見定めようとする俺みたいな新人トレーナーは置いてけぼり。

 

 まだあの場を新入生が走っている理由は二つ。

 俺のような新人を含むあんまり実績の立てられてないトレーナー陣の誘いを断りスカウトガチャを続けているか、運の悪い事にどこからも声を掛けられていないか。

 新米の俺にはどっちが理由か解らないけど、だいたいはどっちかになる。

 

 

「エッタが走ってるの見た事ないんだけど、お前さんはもうトレーナー決まってんの?」

「うに?」

 

 

 柵にもたれてメモとペンを持ち続ける俺の横で、鉄棒でもするようにさっきからわちゃわちゃ動き続けているのは見覚えのあるウマ娘。

 迷子でお騒がせしたとお馴染み、サニティエッタだ。

 

 こいつがスカウト待ちの走りに参加している所を見たことないんだけど、俺のいない内に一発走って声かけられたのかな。

 性格と口調に癖があるとはいえ、地方から中央までやってくる脚なんだしそうなっていても別におかしくないけど。

 

 そうだとして、俺の横で遊んでる意味が一切分からないんだけどさ。

 サボってんの? それともまた迷子?

 俺の疑問をよそにサニティエッタは何度も逆上がりを繰り返す。スカートなんだからやめなさい。

 

 

「ジョゼじゃじゅトレーナまだまだここに? 眺め続ける幾数日。まだやまだまだ始まらぬ、訓練様子見観測継続」

「俺はまだ見つかってないんだよ、新星」

「町の明かりで星見えぬとは、これが東京新宿区!」

 

 

 ここは新宿じゃなくて府中……と突っ込みたいのは山々。いつもの通り落ち着きがないエッタはさておいて。

 ここへウマ娘達を見続けてるトレーナーも、これまた同じく二択なんだよね。

 スカウトを断られて未だに誰も迎えられてないか、もう何人かチームに欲しいかなって見に来てるか。ああ、あとはライバル出現の警戒とか同期の情報収集。二択どころじゃねぇわもう。

 

 俺の場合はこれの前者だ。新人故に声を掛けても向こうから断られる。

 同じ新人トレーナーでも桐生院さんはお家柄もあってか割と早い段階で「私()決めました!」って先日のハッピーミークを自慢しに来たけど、歴史あるお家というわけでもない平民の出な俺は未だに見つけられてない。

 

 何の実績もない新人が熱意だけでスカウト完遂するのは、やっぱり口が上手くないと無理。

 残念な事に俺はあんまり嘘っていうか大げさな言い方っていうか、つまりは口の上手さなんだけど、そういうのまったく無理。

 この前なんて「ウマ娘に頭を下げるトレーナーなんて見た事ない」なんて言われて、プライドがないのは俺だけかぁってなる位だったもん。

 

 

「おとなしくサブトレーナーにでもなるかねぇ」

 

 

 ベテラントレーナーの補佐をしながら地道に経験を積んでいく感じの、アレ。

 着実に力を付けるには近道だとは思うけど、学園側からはあまりいい顔されないんだよねぇ。

 在学中のウマ娘の数に比べてトレーナーの数はどうしたって少ないので、新人だろうと一人二人は面倒見てくれって雰囲気だし。

 てかコネった手前もあるし、目が怖い。

 

 

「俺にも桐生院さん家の白書みたいなのがあれば、もうちょい箔がつくんだけど」

「なればなられば与えよう? あての鞄にカラフルファイル、中身を渡せとお達しありて!」

「……あ?」

 

 

 逆上がりの途中でぴったり止まり、上下ひっくり返ったままのサニティエッタが器用に片手を離し、その細腕に手錠で繋がれた四角い鞄をこちらへ向ける。

 キャリーケースといいこっちも手錠で繋いでんのか、というか俺が鞄の中を漁るのかこれ。

 

 

「青いファイルに収まり手紙、姉ねがトレーナ渡せと渡したお手紙です」

「なんで手紙?」

 

 

 片手で全体重を支えてるからか、それとも頭に血が昇ってるからか、何かすげぇぷるぷるしてる。

 

 

「んじゃ仕方なく」

 

 

 ぱかっと鞄を開けると、中にはさっき言った通りにカラフルなファイルが沢山入ってた。

 それぞれの中から付箋も沢山はみ出てて、整理できてるのかできてないのか分からない。

 慌ただしいエッタらしいというのはさておき、青いファイル……。あったあった。

 

 油性ペンで「担当トレーナーへ渡すもの」って、書いてあるけど。

 

 あの、エッタさん?

 これってどういう事でしょう?

 まるで近日ずっと俺の横にいるのが、まるでスカウト完了済って言いたげだな?

 

 

「そうですジョゼトレ常禅寺! あての面倒見届けよう? あとは公認公式書類だけ!」

「ちょ、待てよ」

「んふふふふ、わはっはーっ!」

「なにわろてんねん」

 

 

 走ってないのは俺が拾う前提だったからなのな!?

 

 

「……あての事、嫌いて面倒思ひて常禅寺?」

「めんどくさい彼女みてぇなこといいやがるな。でも拾わないとは言ってない」

 

 

 駅で迷子になってたのを保護したのから始まって、縁だしな。

 てか本心言うとエッタの逆スカウト(?)を逃がしたら真面目に誰も来そうにないし。

 

 

「よし。そしたら明日からさっそくお前の走りを見せてもらおうか」

「そうこなくては!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるる、る、どぅどぅ、どぃ……」

 

 その日は時間もいい具合だったのでひとまず解散し、翌日。まず手始めにと練習場の一角にある練習用のゲートに入って貰ったけど、やはりというかエッタはどうにも落ち着かない。

 あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ、そわそわ。ぶつぶつ。

 

 

「よーい……」

「……ん」

「がしゃん!」

 

 

 ゲートが開くと同時、一瞬深く沈み込んでからドンと蹴って飛び出した。

 スタートだけの確認なのは流石に忘れてないらしくすぐに力を抜いて流したが、力の籠った最初とそこから数歩は地面がガリっと抉れてる。

 SNSだと身体が柔らかいなんて書いてあったしもっと滑らかに動き出すもんかと思ってたけど、なかなかにパワータイプだ。

 

 こんだけ力押しだとスタミナ消費も多いし、もっと観察しないと分からないけど今の評価だとマイルがぎりぎり、中距離以降は厳しそうって所かな。

 これからのトレーニングで適正はある程度変えられそうだけど、それでも本人の集中力の問題もあるしどうだろう?

 

 

「んふふふふ。どうです蹴ります地面です、驚き桃の木仰天なさるる道化諸行」

「んー、地元でもずっとこの走り方だった?」

「好評なりぞやあて走り! 力込めねば走りや出せぬ!」

 

 なるへそ。ゴールまで体力は持つ? 何m走れてた?

 

「いつもぎりぎり強心臓! ちょっと長いのちょい苦手!」

「新潟でちょっと長いのって……あれ、1800くらいだっけ」

 

 

 中距離は厳しいかぁ。

 こうして喋ってる間にもくるくる旋回し始めたり靴ひもを気にしだしたので、次へ行こう。

 次に見たいのは噂の大股ストライド走法。果たしていったいどんな感じなのか。

 

 ちょっと移動して直線のダートコース(ここしか空いてなかった)

 フォームの確認に使われる事が多い場所らしいので、確認って意味ではあってるだろう。

 

 

「三脚、カメラ、ぶれないように設置して──」

「──わはぁーっ!」

 

 

 よぉーしサニティエッタ。走りたい気持ちは分かるけどちょっと待とうかぁ。

 今の勢いでめっちゃ土飛んできたぞぉ。

 

 

「いいかぁエッタ。なるべくカメラを意識しないで、真っ直ぐ走ってくれ」

「意識せぬ、意識せぬ? 意識あり、意識不明」

 

 意識不明は重体だからだめな。

 よし、あっちの仮ハロンの前から走ってこーい。

 

「任されよ!」

 

 とったった、と駆け足で素直に移動して、こっちの合図を待たずにはーいと手を上げてスタート。

 

 

「来た来た」

 

 

 ちら、ちら、とこちらを確認しながら走ってきたエッタが駆け抜けていく。

 確かに大股で走ってくお手本のような分かりやすいストライド走法だ。

 さっきも見た力強い蹴りで跳ねて、跳んで、ある程度スピードは出ているのにそれに反して腕の振りはゆっくりで、ちょっと不思議な感じの走り。

 

 こんなのが横走ってたら、確かにペース乱されるかもなぁ。

 

 あと今見た感じ、トップスピード自体はありそうだけど加速力があんまりな印象。

 カメラを気にして集中しきれなかったっていうのもあるけど、そもそも最大速度に乗るまでが遅いんだろうな。

 じりじり伸びて追い上げて、ぶっ差して勝つ。直線の長い新潟で輝くのも分かる。

 

 

「短距離は速度が乗る前に終わりそう、中距離は体力か集中力が持たない、とすればマイル特化……かな」

「おお! 父姉恩師と同意見! “マイルのある時代で良かった”そう言われ」

「あとは芝とダートどっちが良いかって話だけど、どっち行ける?」

「どろんこ土っこ雨天を走る!」

 

 土遊びする訳じゃないぞー。

 

「分かっていますよトレトレナ。泥を踏みしめ輝けば、それだけ印象深なり目に残る!」

 

 

 俺もウマ娘の走りに泥と雨が似合うとは思ってるけどさ。

 じゃあデビュー戦はダートにしておこうか。

 それでちょっと様子見て、やっぱり芝の方が走れそうってなったら路線変えてみるのもいいし。

 

 

「デビューはいつ頃にしようか。早めがいい?」

「7月! 初夏の香りに包まれ走るは大井の地!」

 

 え、もう場所まで決めてんの? 大井レース場がいいの?

 

「……ないですか? ありません?」

「確認しないと分からん」

 

 

 じゃあなるべく7月のダート、なるべく期待には添えようとは思うけど時期と場所は妥協するかもしれない。

 おーけー?

 

 

「やはー!」

 

 

 がしゃん!

 エッタがはしゃぐと同時、どこからか取り出した手錠で俺が捕まった。そして自撮り。

 あんたそうやって俺と自分を繋げて撮るの好きだけど、それ家族さんに見せたらワンチャン俺が処刑されるからやめてね。

 

 

 ……え、何その顔。

 ちょ、もう送ったの?

 うせやろ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もうすぐデビュー戦! ……らしい

わぁお!!! ミークと桐生ちゃんも出るよ!!!!!!


「ベガ、デネブ、アルタイル。夏の大三角、三つの星々。三女神が見守るデビュー戦……」

「おやま謎何トレーナー? 詩をしたためて?」

 

 うぉあ!? い、いたのかエッタ!

 

「んふふふ。詩を読み韻踏みあての真似? あての真似ならいと嬉し」

「ちげーよ! ただちょっと、アナウンサーっぽい盛り上げのをだなっ」

「あての影響? なおなお嬉し!」

 

 お前のエッタ語(?)はもっと根本ってか本質が違うだろが!

 

「韻踏み音鳴りリズムを寄せて、目立ってよろしくサニティエッタ!」

 

 ワケわからんが、貴様に聞きたい事がある!

 

「お前、どっから入ってきた……?」

 

 

 今日は休日。休憩日。休養日。

 デビュー戦へ向けてのトレーニングも大事だけどちゃんと身体を休めようってんで休みにしたはずなのに、どうしてエッタがここにいるんだ?

 

 ここに。

 

 ──俺の、家に! 自室に!

 戸締りしっかりしてたよな、それなのに何で家ん中にいるの!?

 どっから沸いてきた!?

 

 

「んふふふふ……」

「いや答えろやお前……」

 

 後ろから抱き着いてくる距離感のおかしいエッタを引き剥がし、ぽいっと空いてる床に降ろす。

 子供っぽい私服をしているエッタは、ごろんとそのまま転がって隅に詰んであるレース雑誌をぺらぺらめくって暇そうだ。

 何しに来たんだろう。そしてどこから入ってきたんだろう。まじで。

 

 

「暇なのか?」

「暇なのですよ、よすでのな」

「ハッピーミークは空いてなかったのか?」

「ミークはトレナとお出かけです。蹄鉄お靴をお探しに」

 

 

 んー、靴かぁ。

 

 

「エッタのシューズは、こっち来るときに新しいの買ってもらってるんだっけ」

「そうですよ? そうなのです。御師様師様が良いのを選んでくれました! たしまれく!」

 

 

 エッタの言葉は時折説明不足な点がある。

 前に走りを見た時にも言っていた「御師様」というのは、新潟でお世話になっていた現地のトレーナーその人を指す。

 常禅寺(じょー)おぼえた。

 

 

「部屋でごろごろしててもあれだし、俺らも散歩ついでに蹄鉄でも探しにいくかー?」

「ほう!」

「お前さん、すぐにすり減らしちまうし予備が幾らあっても足りんからなぁ」

 

 

 ヤケクソみたいな馬鹿力で地面を蹴るというか踏むので備品の減りが、蹄鉄の消耗が特に激しい。

 本番用の本命とは別に、練習用として使うガッチガチのかってぇ奴探しに行こうぜ。

 エッタのパワーなら丈夫さを基準にして多少重くても平気でしょ。筋トレじゃ筋トレ。

 

 

 

 と、言うわけでー。

 

 

 

 近所のショッピングモール的な所にやってきました。

 ここはトレセンが近くにある影響でウマ娘相手を専門にするスポーツ用品店が多数あるので、うちの生徒は自然とお得意様になる。

 甘いの大好きウマ娘もターゲットにしてるのか、ちゃっかりスイーツ店が多いのはアレだけど。

 でもここなら安定して色々揃えられるんだよねぇ。

 

 

「どうだいエッタさんや。都会のお店はすげぇだろぉ」

「……んー」

 

 って、なんでそんな微妙な顔してんの!?

 

「天井低い、せまっちぃ! ぽっぽ焼きをも売ってない!」

「田舎のホムセンと同じ扱いすんな!」

 

 あとぽっぽ焼きって何だよ!

 

「それでトレーナジョゼっトレ。あての買い物どれを買う?」

「蹄鉄だって。ほら、つま先の足裏の、U字の形したアレだよ」

「流石に蹄鉄知ってます。あてはこれでも成績優秀文武両道、聞きたくばは商品名表型番なるや!」

「こまかいなー」

 

 

 迷子予備軍のサニティエッタを見失わないよう先頭にして移動しつつ雑談は続く。 

 レースの作戦や走り方を教えたり話し合ったりしてる時のエッタって、なんかいつもちょこちょこ動いてちゃんと聞いてくれてるのか見てて不安になるんだよね。

 椅子を引きずったりガッコンガッコンさせたり、動かす音がうるさいから事務椅子に変えたら変えたでひたすらくるくる回るし。

 あれがサニティエッタ流の集中の仕方にしろ、不真面目っぽくて見栄えが悪い。

 

 

「むむぅ。ジョゼトレ全く信じてなきに! あての成績トップ並! ミークに宿題教えます!」

「わーわー。お前がちゃんと人の話を聞いてるのは分かってるよ。迷子にはなるけど」

 

 見映えが悪いだけでちゃんと勉強はしてるんだよな、わかる! 成績云々については学期末に確かめるけどな!

 

「では、勉強熱心なサニティエッタさんにどれを買うか選んで貰おうかな」

「ん」

 

 

 ウマ娘相手を専門にしているシューズのお店には、当たり前のように蹄鉄コーナーがある。

 ヒト人間には縁がないので、トレセンのない地域とかじゃお目に掛かれない文字列商品列のエリアだ。

 俺は近所に色々とウマ娘の関連施設があったので見慣れたもんだけど、通販に頼るしかない地域の人が見たら結構びっくりするらしい。

 

 場合によっちゃででんと職人の顔写真を乗せて「私が打ちました」とか、気になるあの子に蹄鉄を作ってあげよう! って鉄の塊が売ってたりとかもするし、縁のない人からしたら異質だよね。

 手のかかる製品だからそこそこの値段するし。

 

 

「練習用、擦り減らない、かたいやつ……」

「真面目に見てるなぁ」

 

 到着したエッタは値段を気にせず、性能票を一つずつ確認しながら横へ縦へと首を動かす。

 下手なもんを買って実力を出し切れずも嫌だろうし、ぜひゆっくり自分の目でまずは決めて欲しい。

 お金は……。うん……学園に申請して貰えるチームの予算内で収まれば……いいかな……。

 

「んにゅぃ? ゆんゆん、にー……」

 

 集中しているので何かの呪文が溢れる。

 

「テラかた頑丈擦り減らない! あての脚力耐えよ鉄!」

「おっと」

 

 選んだのはいいけど商品を投げるんじゃないよ。てか、重っ。

 だいーぶずっしりしてんなこれ。蹄鉄ってこんなもんだったっけ?

 他に選ばなくていいのかと聞こうとしたら、エッタの視線がふと別の方へ向かった。

 

「あ」

 

 これはあれだ、気が逸れてしまった合図だ。

 一体何に反応したんだろう……って、あれは──。

 

「ミーク!」

 

 桐生院さんとハッピーミークじゃないか。

 とういえば靴を探しに行ってるとか言ってたけど、まさかばったり会うなんて。

 

 

「こんなところで再会偶然! エッタは蹄鉄探します!」

「……こんにちは。……おすすめ、あるよ?」

 

 

 さっそくエッタが絡みに行った。

 俺も挨拶しておこう。

 こんちゃーす。

 

 

「こんにちは、常禅寺さんもお買い物ですか?」

「そんな所っす。エッタの蹴りが強くて蹄鉄の減りが早いもんで」

「私の方はミークの靴を探しに来たんです。ミークの才能を最大限に引き出せるシューズがあればと思い──!」

 

 

 おお、凄い熱意。

 でもおたくのミークさん、目を離した隙にうちのエッタがフランスパンみたいな靴あったーとか言いながらどっか連れていきましたよ。

 まったく、一瞬目を離した隙にこれだもんなー。

 

 

「ミーク!?」

「迷子センターってありましたっけここ」

「な、慣れてますね」

 

 あいつとの付き合いを短いとするか長いとするかは任せます。

 

「何があったんですか……?」

 

 

 お陰で慣れましたけど。

 まぁ見ててくださいよ桐生院さん。

 まずエッタとミークはこのフランスパンシューズを目指して歩きましたよね?

 

 その後恐らくこっちの物体に興味を惹かれ。

 

 この辺りで一度本命を思い出して。

 

 でもやっぱりこっちが気になり……。

 

 こんな感じで辿っていくと──

 

 

 ──ほらいた。

 スポーツウェアのお店で二人は並んで帽子を見ていた。ミークは勝手に離れた事を気にしてるのか、若干困り顔だけど。

 帽子かぁ、まだ春とは言えそろそろ日差しも強くなるしどうしようかねぇ。

 

「本当に見つけられるんですね……」

「もちろんです。プロですから」

 

 おーい、お二人さんやーい。

 気になる帽子はあったかーい?

 

 

「どうですこれですトレーナー! 耳の穴ある帽子ある!」

「ウマ娘専用の帽子とかあるんだ」

 

 

 すぽ。なぜ俺に被せた?

 

 

「……トレーナー、勝手に離れてごめんなさい……」

「大丈夫ですよ。ミークは、何か良い帽子を見つけましたか?」

「……これが、ふぐみたい……かわいい……」

 

 

 そしてそっちのお二人は距離感がなんかよそよそしくない?

 いやエッタの距離感がバグってるだけでそう見えるだけかも知れんけどさ。

 

 

「んふふふふ」

「どした?」

「あてとジョゼのが仲よろし。帽子もお揃いペアルック!」

「え、二つ買うの?」

 

 見れば、俺に被せたのと同じ帽子をエッタも被っていた。

 なんでペアルック? って思ったけど、こいつの事だから特に深い意味はあるまい。

 

「むう」

 

 あるんか?

 

「道化の誇りは帽子にありて。目立つ帽子は道化の象徴シンボルマーク、目にとまる」

 

 あらそうなの。

 なら俺が被る意味はない。

 なので、買うのはエッタのだけな。

 

「むむ」

 

 被せられていた帽子を戻すとエッタも戻した。

 どんだけお揃いにしたかったんだお前。

 

「てか、道化師なら道化師っぽいあの、なんというか、そういうデザインのやつあんじゃん。ああいう帽子が良くね?」

「おお! ならば勝負服なる装飾に!」

 

 あ。

 そういや勝負服のデザイン案出さないといけなかったな。

 デビュー戦とかオープンを相手にする今しばらくは良いけど、重賞の出てくる二年目からは必要になってくるし。

 というか、作っとくと宣伝にもなるしな。メディアのウケが良くて。

 

 目立つのが大好きな道化師娘なら早めに欲しいはずだ。

 次に暇だと我が家へ襲撃に来たらお絵かき大会で迎撃だ!

 ……あれ、先にセキュリティを強化した方が良いのか……?

 

 

「んふふふ」

「今度はどした?」

「あてのきっかけあの二人、少し進展仲良し話。へんてこ帽子を起点に前へ。あてらは退散お邪魔虫」

 

 

 桐生院さんとハッピーミークの距離感は相変わらずよそよそしいというか、桐生院さんが探り探りな感じだけど雰囲気は悪くない。

 長くやってくトレーナーとウマ娘の協力関係なんだし仲が良い事に越したことはないな。

 

 

「俺らは邪魔しないでやるか」

「そう! でわやさよならまた家で!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅ッ!

 買い物を終えて家に帰ってきたはいいけど……。

 

「なんでお前までいんの?」

「ダメですか? 良いでしょう!」

「あんま良くはないねぇ」

「んぐぐ」

 

 サニティエッタが俺の家までついてきたぞ、わぁい!

 

「何、ここで食ってくの? 漢のクソ雑料理しか出ないぞ?」

 

 フライパンに肉ともやしを適当にぶち込んで炒めるヤケクソ野菜炒めか、それとも適当に作るヤケクソカレーか。

 大多数のウマ娘が好きな人参もサニティエッタ個人が好きなリンゴもここにはないよ。

 

「違いますよ? よすまいが! 描きますですなる勝負服!」

 

 勝負服ぅ? 早めにデザインしとくに越した事はないけどさ。

 

「トレーナーナナ、言っていた。あては目立つの大好きと」

「違うのなら辛口カレーを食わせてやる」

「目立ってなんぼな道化師なりぞのサニティエッタは大人気!」

「評判いいもんな」

「そうですエッタの公演大好評。中央レースも魅せます走り」

 

 地元じゃ凄い評価だもんな。

 子供が痙攣を起こしたりするくらい。

 

「クレヨン鉛筆シャー芯木炭! さてさて描きます描きましょう!」

「じゃあ俺飯作ってるからなー」

 

 漁られても問題になるようなもんは持ってないし、ゆっくりごはんを作ろう。カレーにするか。

 いつでもカレーを製造できるように素材は常に揃っているのだよ、ふははは。

 ……辛口しかないけど。はちみつとかチョコとかで誤魔化せるかな。あったっけ。

 

「道化師あての名エッタなりー♪ あてを知れ、あてを見よ、そして知れー♪」

「……」

「あてら普通に過ごしてサニティデイズ♪ 何処かにいますよ町の中、電車にも、隣にもー♪」

「……」

 

 なんか、謎の歌が聞こえてくるんだけど。

 子供っぽい歌声にしては歌詞がエッタ語混じりなのでちょっと禍々しいというか、若干の宇宙が。

 その歌を録音してウマッターに流したらまたどこかで子供が痙攣する事態になっていたかも知れない。

 

 火を止めてちょっと進捗を覗いてみる。

 どこに隠し持っていたのか沢山の画材に囲まれたエッタは、何やらサンタ風な衣装を描いていた。

 道化師要素があんまりないんだけど。

 

「分かりませんか? 本質同じ! 夢を届けるサンタはエッタの夢なり!」

「サンタさんになるのか道化師になるのか、どっちなんだい」

「道化師!」

 

 そこは変えないんだ。

 

「夢を届けるサンタさんのように、道化師として笑顔を人々に届けたいと。そういう事ですねエッタさんや?」

「そう! ようやく分かったあんぽんたん!」

 

 誰に向かってあんぽんたん呼ばわりしとんじゃ。

 辛口カレーお見舞いするぞ。

 

「だめです辛口食べれません。りんごを入れましょまろやかに」

「食べてからのお楽しみ」

「まー!」




次はたぶんレース!!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あての走りをとくと見よ!

サニティエッタのひみつ

 実は、姉によって大量の謎アプリを入れられたスマホは三時間足らずで充電切れを引き起こしている。


 7月。今日は待ちに待ったサニティエッタのデビュー戦だ。

 大地に恨みでもあるのかってくらいパワーの籠り過ぎなあの走り方は短期間じゃ直しようもないし、下手に変えると全体のバランス的な所も歪んでしまいそうなので矯正はとんとん。

 ですんでこの数か月は大体スタミナの強化に当て、ダンスと歌の割合は少なくなってしまうものの最低限を教えた。

 

 パドックを含むレース開始までの流れも詰め込んだし、後はエッタに全てをお任せする手放し運行となっている。

 サニティエッタというウマ娘が重力圏を突破して果てしない宇宙へ飛び出せるか否か、後はもう祈るだけしかない。

 

 

「がんばれよー」

 

 

 自分でも担当トレーナーとは思えない気の抜けた応援を漏らしながらパドックを眺める。

 桐生院さんのハッピーミークを含む有力株のウマ娘達は颯爽と6月にメイクデビューを終わらせているらしく、今回出走する相手にライバルなりえそうなのは……たぶんいない。

 親ばか的な見方かもしれないけど、何というか全員エッタの敵ではないんじゃないかな。

 レースなんだし事故というどうしようもない事だって起きるかも知れないけど、いま勝つくらいならなんとかなりそうと思う。

 

 サニティエッタの走りは追い込み型。最後尾で虎視眈々と構え体力を貯め込んで、終盤でぶちかますスタイル。

 体力が続く限り殆ど負ける要因がない逃げと違って、追い込みは待ち過ぎて機を逃がしたりずっと前を塞がれてしまっていたり、展開によってはどうしようもできずそのまま終わっちゃうこともある。心配があるとすればそこだ。

 一応は新潟での模擬レースだといつの間にか抜け出すと好評な視野の広さと判断力だし、大丈夫なんだろうけどそういう事故的な事が起きないかだけは不安。

 

 

「レースは何が起こるか分からないし、そこだけ不安ですよね」

「そそ。あいつなら大丈夫って思ってても、やっぱ色々考えるうちにやっぱなーってさ」

 

 

 アナウンサーに名前を呼ばれ、パドックにサニティエッタの姿が現れる。

 舞台の袖幕から跳ねるように飛び出て、ステップを踏んでくるくる回り、最後にびしっとポーズを決めてから深くお辞儀。

 よしよし。お手玉とか手品とか小道具色々封じておいたお陰で無難に終わった。

 

 

「エッタさんにしてはあんまり派手さが足りないような」

「細かい確認が足りないと判断して封じたんだ、許しておくれ。……っていうか」

 

 

 君、誰!?

 なんか気が付いたら横に知らんウマ娘おるんですけど!

 

 

「?」

 

 

 首傾げても分からんて。

 

「もしかしてエッタさん、言ってませんでした? エッタさんの友達の、ラベリテって言うんですけども」

「ラベリテ……」 

 

 聞いたことない娘っすね……。

 

「もう! レース見に行くから紹介しておいてねって言ったのに!」

「忘れてたんじゃない?」

「もー」

 

 

 たぶん新潟の友達かな。

 メイクデビューに合わせてわざわざ遠い東京まで来てくれるなんて、よっぽど仲がよろしいのねあんたたち。

 

 

「こうでも理由を付けないと、今なかなか会えませんから」

「遠いもんねぇ。往復で結構かかるし」

 

 

 新潟でのレースがあれば、予定さえ合えば連れてってやろうかな。

 エッタの親とかも娘の姿を見たいだろうし。 

 

 

「こっちに来たのは君だけ?」

「ボクの母さんも一緒です。エッタさんの父さんとお姉さんは、お仕事が忙しいみたいで……」

「あら残念」

「来たら来たで、トレーナーをしてるジョゼさんが大変だと思いますよ」

「あー、そう?」

 

 愛娘と知らん人が手錠でくっ付いて仲良しアピールしてるんだから生かしておかんだろう。新潟のレースは全部避けよう。

 

「ワンチャン、俺もウマ娘って事で誤魔化せないかな」

「……はい?」

 

 しまった。エッタなら乗ってくれたのに相手は普通のウマ娘だった。

 

「あははっ、でもこんな人がトレーナーならエッタさんも楽しくやれてそうで何よりですっ」

「こんな人って……お前さんや……」

 

 

 久しぶりにまともな会話のできるウマ娘のラベリテとあーだーこーだ話している内にパドックの披露は全て終わり、出走するウマ娘達が手を振りながら移動していく。

 さて。後は走るだけだ。エッタの調子は表情から分かりにくいけど多分好調、頑張れ。

 俺達も観客席に移動するか。ラベリテもついてくる? 俺いるから良い席行けるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『初夏の太陽照りつける! ここは大井レース場ーッ!

 勝利を掴むのはどのウマ娘か!? 本レースの実況はこの私がアツく、アツくお伝えしていきます!』

 

 

 アナウンサーも言う通り、今日の舞台は大井レース場。大井なので当然ダート、距離はマイルの右回り1800m。ここはエッタの指定した通りだけど、なぜに大井を狙ったのか。ゲン担ぎに好きなウマ娘の歴史に合わせたとか? 

 その辺はなに考えてるのか分からんけど、今日の天気は晴れ。気温湿度もとても良い感じ。足場も悪くないし、絶好の出走日和だ。

 

 メイクデビューではあるけどレース自体は練習で経験があるため、ゲートインを待つエッタに緊張は見えない。緊張はなくともばたばた動き回っちょるが。

 がはは。これはもう勝ったな。負ける気がしない。

 

 

「エッタは端っこ一番外枠、3番人気。結構いい線かな」

「新潟だったら間違いなく1番人気取れそうなんですけどね」

「追い込みスタイルだからしょうがない」

「えっと、ダメなんですか?」

「ダメって訳じゃないけど」

 

 

 そもそも追い込みの走りって難しいからねぇ。

 いつ仕掛けるかとか冷静に周囲を見ないといけない色々な判断を経験の浅い新人がやって、上手く前へ行けなくて沈むなんてよくあるらしいし。

 個人的にデビュー戦で一番有利だと思うのは逃げか先行だ。レースに慣れてない他の奴らが勝手に潰れて追いついてこない内に勝てる確率があるから。

 

 そんな中で9人中の3番人気なら、エッタの実力は充分認められてると言えるだろう。

 未勝利戦とかオープンとかだったら、相手と戦績次第で1番人気に行けるだろうね。

 

 

『全ウマ娘、準備が整いましたッ!』

 

 

 なんか今日のアナウンサー暑苦しくない? 初夏だらか?

 それはともかく、ゲートインも終わり一瞬の静けさ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ばん!

 

 

『ああっと、ややバラついたスタートとなりましたッ! 先頭は3番ゴールデンフォックス、その後ろに6番ワイルドグースが続きます!』

 

 

 ついに始まってしまった、運命のデビュー戦が。

 新人戦というだけあって緊張なのか半分近くはスタートが遅れてしまい、実況の言う通りバラバラのスタートになっている。

 これはエッタにとって、都合が悪い。

 

 

「まずいかも」

「え?」

 

 

 サニティエッタは、何度も言うが作戦は追い込みだ。後方で展開を窺うスタイルの。

 全員が綺麗な一斉スタートを決め込めばポジション取りも楽なのに、今はどうだろう?

 

『──サニティエッタ、三番目にいます』

 

 エッタの強すぎる脚力にとって成功したスタートダッシュが、他を置いて行った。

 周囲が綺麗なスタートを決める事られる事を前提にした力みだったので想定外だった。

 最後方にいる予定だったのに、これじゃ先行になってしまう。

 

 わざわざ減速して後方に行く理由なんか当然ないし、後ろのバ群に飲み込まれるのを待つ理由がない。エッタも下がるのは不利と気が付いて作戦を切り替えている。

 ぶっつけ本番、先行策。エッタがいくら才あるとしても、本番でこれは厳しいんじゃないか?

 楽勝と思ってたらフラグ回収かよ。まずい展開になったな。

 

 

「うーん、でもこれなら大丈夫じゃないですか?」

「え?」

 

 

 ラベリテの呟きに聞き返してしまった。

 第一、第二コーナーを回っても順番は後方の団子になった集団内で変動しているのみで変わらない。前方を行く三人の陣形は一切変わらずのままだ。

 逃げのゴールデンフォックスがスタミナ切れで落ちてきても、最初から先行策を取っていた二番手のワイルドグースが差し切って終わってしまう。

 

 先行のポジションが攻めるタイミングを勉強させていないエッタは、もう本当に勘と実力で勝ち取ってもらうしかないんじゃないか。

 なのにどうしてラベリテは大丈夫だと言い切ったんだろう?

 

 

「だってエッタさん、練習で追い込みやってただけですし」

「……えっ?」

 

 

 あっけらかんと言う横のラベリテと一瞬目の合った、本当に一瞬のその瞬間。

 観客席が大きな歓声に包まれた。

 驚いて正面を見れば、そこには──。

 

 

『先頭はサニティエッタ! とてつもない勢いでやってきました!』

「──ね?」

 

 

 最終コーナーを回って直線へ一番に現れたのは、サニティエッタだ。

 とてつもなく深い踏み込みが地面を揺らし、地響きが爆音となり、重戦車のような鈍重な動きに反しロケットのような速度で真っ直ぐゴールへ向かってサニティエッタがぶっ飛んでくる。

 

 今まで遠景にいたから気が付かなかった。

 重戦車、鈍重、と咄嗟に表現してしまったけど、正しくそれだ。

 腕の振りも脚の動きもゆっくりだったのに、いつの間にか加速を済ませて全てを置いて行った。

 

 

『サニティエッタ一着! 何と6バ身差! 続いて──』

「な、なんだ……? 何が起きてたんだ……?」

「よかったぁ、ちゃんと勝てましたねジョゼさん! ……ジョゼさん?」

 

 

 エッタは、想像以上だった。

 勝てるとは思ってたけど、不慮と言える状況下でもお構いなしに想定以上の勝利をもぎ取っていった。

 ……力押しにも思えるがこんな才を、新人トレーナーの俺が担当してて大丈夫なのかって思うくらいにはやばい。

 

 今からでも移籍を考えていいんじゃないかって考えて、ぐいぐいと引っ張られる感覚に現実へ引き戻される。

 見れば、ラベリテが俺の顔を心配そうにのぞき込んでいた。

 

 

「エッタさんの事、褒めに行ってあげないんですか?」

「……そうだな。褒めてやらんとな」

 

 ウイニングライブが始まるまで控え室にいるはずだし、ちょっと顔を見て来よう。

 俺が担当でいいかどうかは、後でゆっくり考えよう。

 ……下手に移籍させると、あいつの性格上迷惑をかけるのは目に見えてるし……。

 

 

「でも、父さんの言った通りです」

「んあ?」

「エッタさんの力強い走りを見たら、今担当してる人びっくりするだろうって言ってて」

「うん。びっくりした」

 

 

 びっくりし過ぎて、担当でいいか迷っちゃったくらい。

 

 

「というわけでこれ、渡しておきますね」

 

 ラベリテが一枚のメモ用紙をくれる。そこには、誰かのメールアドレスが書いてあった。

 

「父さんの、つまり新潟(向こう)でエッタさんの事を見てたトレーナーの連絡先です。驚いたら渡しとけって」

「あ、ありがとう……?」

「じゃあボクは母さんと合流するので、ここで失礼します! また後で!」

「お、おー、ありがとなー……」

 

 

 手を振ってラベリテは走って行ってしまった。

 なんかちょっと焦っていたような、ないような──

 

 

「──こ、この気配は……」

 

 

 背後に蔓延る殺気。

 漫画的に表現するなら、ドドドドドという擬音も聞こえる位の。

 

 

「んふ、んふふふふふ……」

 

 

 この不気味な笑い声は……!

 

 

「ベリーと仲良しトレーナー? あての走りをしっかり眼に焼き付けならむかや?」

「ぐ、偶然会って一緒に走りを見てただけだし?」

「とても仲良し思ひて見えし、あらば十八本の釘を打つ!」

「今日のエッタ語はご機嫌だね!」

 

 どす、と抱き着かれ腰に手を回された。そしてぎりぎちと絞められていくし、これは……死じゃな?

 走馬灯のように色々考えて、一つ生き残る術を思いつく。

 ──普通に素直に褒めてやればいいんぢゃね?

 

「驚き過ぎて声も出なかったし放心もしてた! エッタの走りヤバ過ぎた!」

「!」

「次はライブだぞ、こっちも見事に決めて驚かせてくれ!」

「んふ、んふふふふ! 一本勝っては父の為、驚きあられや全ての者よ! あての舞いなる道化劇!」

 

 

 撫でくり撫でくり。

 割と本心で褒めると上機嫌になって、ふらふら歩きながら去っていった。

 ステージ衣装の準備もあるし抜け出すにも大変だろうに、俺の方から行かなかったからわざわざ来たんだろうなぁ。

 

 レースの方は上手く行くか心配だったけど、ステージは問題ないはずだ。

 というのも、エッタはそっちの方が本業じゃないかと思うくらいには舞台の動きが上手い。

 ウマ娘じゃなくてもそういう方面で有名になれてた天才肌って奴だろうね。

 

 

 ……あ、さっきのメールアドレス登録しておこ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃げらるるるるるるるる?

なんかどこかで紹介されたのか、なんかなってた!(?)
紹介してくれたのなら、ありがとう!!!!!!
というわけで何とかして投稿です。


 前回までのあらすじ。

 サニティエッタはレースゲーで言う重量級マシンみてぇな、加速が遅い代わりに最高速の高いウマ娘。終盤に決着をつける追い込み型として理想的な走りをする予定……のはずだった。

 しかしデビュー戦では他ウマ娘の出遅れ、及び控え目な作戦展開によって先行策のような位置に立たさた流れで不利なまま走る羽目になってしまった……はずだった(二回目)

 

 が、ご友人のラベリテ曰く追い込みは練習でしていただけ。

 これは一体どういう事だろう? その謎を探るべく、我々は新潟の奥地へと向かった。

 ……はずだった(天丼)

 

 

 新潟行く時間も予定も覚悟もねンだわ。

 という事で、折角エッタが新潟で世話になっていた現地のトレーナーさん(ラベリテのお父さん)に聞けるなら聞いてみよう。

 ラベリテから受け取ったメルアドへ疑問を送信。こうやって気軽に遠方に連絡取れるなんていい時代になったぁ。

 相手さんの名前知らないけど、これはなんてお呼びしたらいいんだろう。便宜上の名前を考えねばならぬな。

 

 

「ウララ! チュー!」

「エッタちゃん、ちゅー!」

「ウララ! ヘイヘイ!」

「へいへーい!」

 

 

 エッタの奇妙な踊りを、友達のハルウララが鏡写しに真似してさらに奇妙にしている。

 こんなんでダンストレーニングになるのかっていう疑問だけど、こんな調子で本番を大成功させたんだし訳わからん。

 でもこれ、ハルウララに悪影響与えないか? スペースウララとかに進化しちゃったりしない?

 

 ハルウララのトレーナーは本日研修かなんかの為お休みってんで今日一日任されてるんだけど、後で文句言われないよな。

 主に、エッタの悪影響を。

 自由奔走ウマ娘が究極進化したら俺も向こうも頭が炸裂しちゃう。

 

 どうしよっかなーって考えていると、さっき出したメールの返信が来た。

 あ、そだ。便宜上エッタに倣ってお師匠さんと呼んじゃお。

 

 

「……」

「あらまどうして御師様師様のメールを知って? 横の繋がりエッタの上下、前後と天地とハルウララ!」

「うっらら~♪」

 

 

 こらこら、人のスマホを覗き込むんじゃないよ。練習しなさい。

 

 

「いやさ、エッタの脚質についてお師匠さんに聞いてみようと思って」

「んむぅ? あての事なばあてに聞け!」

 

 

 お前聞いてもまともに答えてくんないじゃん……。

 言い回しが独特過ぎてよく分からんし……。

 なーハルウララ。てかハルウララってエッタの言葉分かる?

 たまに難しい単語でるけど。無駄な語彙で。

 

 

「分かるよ?」

 

 

 分かるんだ……。

 

 

「ウララとエッタは仲良しゆえに、言葉足らずも心あり!」

「俺は全く分かんない時あるんだけど」

「絢爛並びの語学語彙、理解されねば流涕(りゅうてい)なるぞやエッタ!」

「わっつ?」

 

 

 ハルウララは両人差し指を頭に当ててうねうねと唸っている。

 どうやら宇宙に耐えきれなかったようだ。

 

 

「それで、お師匠さんからの返信だけど」

 

 

 ふむふむ。

 サニティエッタというウマ娘は元来の性格上、やはり抑えが効かせにくいと判断されていた。なので最初は自由にして逃げや先行をさせていたらしい。

 しかし中央入りの話が出てそれに向けてと考えた際、重量級キャラの脚質を見られれば追い込みの指示を出されてしまうだろうとお師匠さんは読み、それからというものの模擬レース全部に後方控えの指示を出したのだ。練習として。

 ……うん。その予想通り俺は追い込みの指示出したよ……。

 

 つまりラベリテが大丈夫と言ってたのは、前方にいるのは元々だしって事だぁ。

 

 もしかしてエッタってこれ逃げも先行も追い込みもできて、ここまで来たら差しもできそうだし、メイクデビューで見せたようにそれを場面によって切り替えられるって事は、「自在」っていう一口に説明しにくい脚質なのでは……?

 つくづく訳わからんなこの道化師。あんまり勝てないって噂のハルウララが隣で泣くぞ。

 

 

「あ」

 

 

 追記で役立つから覚えておけとエッタから逃れる際の方法が書かれてる。

 ただ、「扉を作って鍵をしておけばしばらくは大丈夫」ってどういう事……?

 

 

「ウララさんは、この意味分かるかい?」

「ん~?」

 

 とてて、とハルウララがエッタに近づき両腕ででっかいバッテンを作った。

 それを見てエッタは驚いたようなリアクションをして、空中を大げさに叩き出す。

 おーいお二人さん、俺にも説明してくれないかー?

 

 

「エッタちゃんがオニ! よーい、どん!」

「わー」

 

 

 急に鬼ごっこ始まったんだけど。

 おーいお二人さん、そろそろ俺にも説明をくれー。

 

 エッタは空中を叩くのをやめて、今度はタックルを始める。

 寸止めみたいにしてくれてるから大丈夫だけど、これ俺にダイレクトアタックされたら死ぬで。

 さっき走り去っちゃったハルウララもあんなかわいい顔してるけど、何かのおふざけでパンチしてきたら人死ぬやでな。

 

 

「で、サニティエッタさんや。あんたさっきからなんばしよっと?」

「……」

 

 

 そしてなぜに無言なのか。

 

 

「あ、出てきた」

 

 

 がこ、っていう効果音がしそうな程の勢いでタックルの素振りを終えて目の前にエッタが立つ。

 ……ん? ジェスチャー?

 

 

「ジェスチャー、扉を作る、鍵をしておく……」

 

 

 ……パントマイム?

 

 

「ジョゼトレあなたも鬼ごっこ?」

「ウマ娘とガチ勝負できる人間がいると思うか?」

「ターーーチっ」

 

 

 見えない壁ーーっ!

 

 

「!」

 

 

 人間と比べ物にならん勢いで走るウマ娘と鬼ごっこなんてできるかよ!

 俺は先に逃げさせてもらうからな!

 

 

「……逃げた。逃げた。追うならば」

 

 

 背後で何かすげぇ怖い声がした。

 振り返ると、何もない所で扉を開ける動作をしながらすらっとサニティエッタが歩み出す。

 

 

「あては容赦せぬ故、逃げ切れぬ」

 

 

 怖いんですけどぉ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウララ、声を出すなよ……」

「かくれんぼ? 鬼ごっこだよ?」

「いや、エッタ相手に逃げ切れない事が判明した」

 

 

 恐怖、狂気の道化師。

 俺が逃げる先逃げる先、行き先を決定して向かうとサニティエッタはいつも待ち構えている。

 前に俺の家に出現した時のような、お前どっから来たん? って感じにワープしてくる。ハルウララも追いかけたやれよ。

 

 てかそもそもなんで俺まで鬼ごっこに参加させられてんだ?

 今は食堂の一角にあるカウンターの物陰に隠れてるけど……あ。

 

 

「いますかそこに? そこにいる?」

 

 

 なぜに見つかった!?

 くそぅ、擬態は完ぺきだったのに!

 隣のハルウララがめちゃ目立つ桜色だからか!?

 

 

「逃げろハルウララ、ここは俺が引き付ける!」

「あ、トレーナーだー!」

 

 

 ウララのトレーナーが帰って来たらしくそっちへ行ってしまった。

 遊んでてくれてありがとーって声と共にお土産渡されるけど、それどころじゃないんだ今は。

 見ろよあの狂気に満ちたサニティエッタを……いねぇ!?

 

 

「んふふふふ……」

 

 

 いつの間にか横にいるぅ!

 

 

「あ、あああ……」

「絶望し過ぎよあてのトレ」

 

 

 誰のせいで……!

 

 じゃーねーって声と共に、自分の担当トレーナーに抱き着きながらハルウララが去っていく。 

 いいねぇ可愛らしい。うちのエッタは狂気混じってるからなぁ、サニティ無さげだからなぁ。

 

 

「さて。ウララも帰った事だし鬼ごっこは終わりにするか」

「……」

 

 

 そろーりと手を伸ばすんじゃない。タッチしようとするんじゃない。続けようとするんじゃない。

 

 

「むぅ」

 

 

 むーじゃないよ。

 てか、やっぱりお前瞬間移動してんだろ。鬼ごっこの時。

 

 

「むぅ?」

 

 

 まぁいっか。折角食堂まで来たんだし飯食ってこうぜ。

 ついでに貰ったお土産も分けるか。

 中身は、なんだこれ。ご当地耳カバー……?

 

 

「みみ!」

「だねぇ。これはエッタへ向けたお土産だな」

 

 

 エッタはいつも耳にカバーを付けてるけどいつも左右で色と柄が違う。

 靴下を間違えたとかっていうアレじゃなくて、道化師の被ってる帽子を模してそうしているらしいのだ。

 ほら、よくあるじゃん。ピエロ帽子のさ、真ん中から左右で赤と青に分かれてるみたいなあれ。

 

 ちなみにナイフみたいな小物の耳飾りをさり気なく左にぶら下げてる。

 何でナイフ? って思ったけど、ジャグリング的なあれなのかも知れない。

 

 

「変えます付けますやってみます」

「お。さっそくですかい」

 

 

 すっすと脱いだ耳のカバーをぺいって俺に投げ渡して、包みをがさがさ開けて新しいのを装着する。

 でかでかとなんちゃら神社と書かれてたり、なになに名物みたいなのが書かれてるちょっとダサいやつだ。

 最近はペナントとかに並んでこういうのも売ってるんだねぇ。

 

 

「うれしい?」

「とても嬉しや広告塔! あては奇抜がとても好き」

「エッタの行動自体が奇抜だからな」

「んふふふふ。目立つ目立って目に留まる。それがそれこそあての目的道中紀行の道化道」

 

 

 奇抜っちゃ奇抜だけどさ、その方向性でいいの?

 

 

「あてを地味する望みなる?」

「お前の実力じゃ何してなくたって目立つだろうし、そういう感じじゃなくていいの?」

「んふふふ……」

 

 

 訳わからん。

 道化師系ウマ娘っていう独自性は貫けてるし良いんだけどさ。

 レースの勝敗だけじゃなくてアイドル性というか、そういうのも必要だしぃ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 ホープフルSに出走
連戦連勝と……?


サニティエッタのヒミツ

 この前お店で見かけたニワトリのチャームにヘンリエッタという名前が付いていて、親近感から買ってしまった。


「今回注目する相手はアストロロビン。元は子役の出でファン層もあるし一番人気は掻っ攫われるだろうけど、そこは気にすんな?」

「あてに注目あらぬやなられば、あての雅楽(ががく)で画角を奪おう奪いましょう!」

 

 

 

『一着はサニティエッタ! 後続を突き放しての大勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レッドガゼルはコーナーでのコース取りが上手いらしい。前を塞がれるなよ?」

「んふふふふ。あての特技をお忘れ忘れ? 奇術脱出大得意!」

 

 

 

『なんと! ひと塊となったバ群を抜けて飛び出しゴールしたのはサニティエッタ! サニティエッタ破竹の連勝だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー。今日は……ワンダーワスプかな……」

「んゆ? どうされましましトレーナー? お腹痛くばお手洗い?」

 

 

 

『サニティエッタ絶好調! 本日も一着を掻っ攫っていきました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 自分の机で大きなため息。

 目の前に広がる雑誌には道化師快勝の文字があるけど、でもため息。

 

 

「あの、常禅寺さん?」

「ん? ああ、桐生院さん」

「ため息ばっかりですけど、何かありましたか?」

 

 

 何か、というのは……まぁエッタの事だ。

 3月にサニティエッタというウマ娘と偶然出会い、4月から本格的に顔を合わせ、あっという間に今日で12月。

 数か月の間で出走したレースは6つ。そしてそのいずれも、あの道化師は全て勝利している。

 

 勝利はしているが、なぁ……。

 

 

「トレーナーの俺もってより、サニティエッタ本人の性能だけで勝ってる気がするんだよな……」

 

 

 沢山レースに出て注目を集めたいと言うエッタ側からの真面目な懇願と、レースには慣れさせておきたいしなという方針からの承諾。

 そんなこんなで予定より気持ち多めでレースに出させた結果、この結果よ。

 

 

「若葉マークのピンバッチで七冠取ってる俺よりもっと、あの才能に相応しいトレーナーが()()()いるんだよ……いるはずなんだよ……」

「えっ、と。若葉マークを沢山つければいいってものじゃ……。それと、あの子には常禅寺さんしかいないと思いますよ……?」

「そう! それなんだよ!」

「わ!」

 

 

 俺の嘆きブレスで桐生院さんがビックリしたけど、そう、それ!

 若葉マークの是非はともかく、問題はエッタを受け入れられるチームがこのトレセンにいないって話!

 より腕の良いトレーナーのいるチームに移籍させらんないっていう!

 

 

「俺以外からのけ者にされてるみてぇでオラ悲しいだよ……!」

「わ、私ならいつでも相談に乗りますよ!」

「桐生院さん……!」

 

 

 がしぃ! ……ってしたらセクハラで軽蔑される恐れがあるのでなし。

 

 俺が言いたいエッタの才能っていうのは身体の動かし方や視界の広さ、直感。

 つまりは天性的なレースセンス。

 

 レースに大事な才能を持ち寄っているのに、唯一の欠点である落ち着きのなさで色々と台無しにしてしまっているのがあの道化師様だ。

 数ヶ月接し続けて対応に慣れた俺がマンツーマンで対応していれば揉め事もなくいいっちゃ良いんだけど、それじゃ折角中央よトレセンまで来た意味がよって。

 もっとこう、上京してきたからにはより実力をつけたかろう筈ってのがあるじゃん?

 

 友達付き合いは同室のミーク含めて悪くはないんだけど、性格からトレーナー陣に敬遠されちゃってるのが悲しい。

 

 

「エッタの事が嫌いだとかめんどくさいとか、そういうのはないんだけど……。でも、俺ってやっぱ若葉マークトレーナーな訳じゃん。ワカーバーじゃん」

「……ものすごい道化的な影響受けてませんか?」

 

 

 それは仕方ないぞ桐生院さん。

 だってエッタと会話してるとコメディアンになっていくもの。

 

 自分で話題をずらしつつも話を戻すと、俺がエッタを実績ある他のトレーナーに預けてみたいと思うのは今後を思っての事でもある。

 今はまだ駆け出しのジュニア級だからゴリ押しでも勝てているけど、クラシックに入るとこれからは途端に厳しくなっていくはずだからだ。

 周囲が作戦に対する理解力を深め、努力し、本格化し始め本格的に重賞を目指し始めるクラシック級。これまで才能だけで勝ち進み慢心していたウマ娘がどうなるかなんて、悲しいことに子供の頃から何度も見てきた。

 エンターテイナー気質のエッタが誰にも注目されずに泣いて新潟に帰るところなんて見たくない。

 

 帰りも電車だろうからまた迷いそうだし。

 

 

「チームの所属、性格上難しいのは分かるけどこのままじゃなぁ……」

 

 

 腕の良いトレーナーは複数のウマ娘を管理してチームを形成している。

 腕の良いトレーナーの下への移籍は、当然イコールでチームへの所属を意味する。

 

 サニティエッタの自由奔放で落ち着きがないという特徴は、悪く言い切ってしまえばチームという枠組みでの行動に支障をきたす。

 迷子や忘れ物、遅刻、集中力……。ここはまだある程度個人の責任とできるけど、エッタの自由奔放というのは常に他人を巻き込むものだ。

 興味を引かれればそちらへふらふら、じっとしていられずそわそわ、目を離した隙に行方不明。

 大多数の人間が無意識にできる、自分の主張をほんの少し妥協して周囲に合わせるという行為がエッタにとってはとても難しい。

 

 エッタひとりの為にチーム全体の方針やルールどころか予定までその都度変えるのは、よほど手際が良いかチームに所属する全員の意識が合わない限りは無理。仮に最初はそこをクリアできたとしても、いつまでその輪が持つものなのか。

 折角集めた逸材を、サニティエッタというひとりを招き入れたが為に瓦解させたくはないだろう。

 

 

 考えれば考えるほど難儀なことよ。

 エッタという下限に合わせれば上へはなかなか行けないし、俺がチームを率いる立場だとして何の前触れもなく紹介されれば確かに警戒する。

 

 

 はぁ。

   

 

 俺がチームを率いる立場に成らず、スカウトも成功させず。

 最初に偶然出会ったウマ娘だからマンツーマンできている。

 

 くさい言葉を信じたくはないけど、これは運命か試練かそういうものとして受け入れるしかない。

 俺がよわよわトレーナーなら、なんとかしてつよつよトレーナーになるしかない。

 

 俺はウマ娘を無限の世界へ連れていくロケットの筈だ。

 サニティエッタは単独宇宙飛行してるけど。

 

 

 

「桐生院さん、勉強会しません?」

「勉強会、ですか」

「俺しかあいつの面倒見れないなら、そうするしかないっすし」

 

 

 桐生院さんはしばらく言葉を詰まらせた後、照れ臭そうに承諾してくれる。

 やろう、宇宙事業!

 宇宙を脳に植え付けてくるサニティエッタと、戦おう! 俺達は全知へと挑む!

 

 

「本当にただの勉強会ですよね!?」

 

 

 宇宙ゥーーーーーー! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かるぜ、アンタの気持ち。ゴルシちゃんだってゴルゴル星に帰るために色々考えてんだけど、やっぱりペットボトルじゃ無理だった」

「そう……」

「あンだよその気の抜けた返事。お前信じてねーな? ゴルシちゃんは夏休みの自由研究でロケット打ち上げて月に叩き込んだ実績があるんだぜ?」

「……はい」

「瀬戸内海の連中驚いてたなぁ。月にウサギと亀が! って。でもアイツら、月に取り残されて必死に手を振ってたアタシのこと無視しやがってよ……!」

 

 

 うん。

 なんか、絡まれてるんですけど!

 変な葦毛の美人さんに!

 内容は意味不明だけど!

 

 勉強を始めるための勉強というか、基礎に立ち直るというか、桐生院さんとの勉強会の予定は先なので空いた時間にトレセン内の図書室へ来たら絡まれた。

 

 さっき変な葦毛とは称したけど俺はこいつの名前を知っている。

 ゴールドシップって名前のウマ娘で、エッタと同じく実力はあるのに性格がヤヴァイの民。

 はっちゃけ具合と話の通じなさはサニティエッタ以上という破壊力だけど、空気を読んで道化してる節もあるらしくチームには所属できているらしい。

 何でこんなやつが、とは思っても空気の読めるコメディアンはチームに確かに欲しいかも知れない。

 

 ……囲碁でオセロやって「終わんない」とかキレてたりとんとん相撲の土俵でベイゴマしてたり、練習してるのかは不明だけど。

 

 

「あのー、ゴールドシップさん?」

「ん? ゴルシちゃんになんか用か?」

「いやむしろ俺になんか用あんの?」

「あ?」

 

 

 いやあんたが絡んできたんでしょうが。

 会話をせぬか?

 

 

「あのおもしれー奴のトレーナーだっつうから顔色見に来てやったのに、あんま面白くねぇなー。もっとこう、首がバネみたいになるかと思ったんだけど」

「俺は見ての通りただの人間だぞ?」

「アタシのトレーナーだって人間だぜ? 頭がTの字してるけど」

「それ本当に人か!?」

 

 

 失礼なやつだなーとゴールドシップは呟くが、よく考えたらここって全身発光人間とか幼児退行トレーナーもいるしそんなもんだったわ。

 サニティエッタの繰り出すエッタ語の応酬で若干宇宙の真理に近づいたくらいで、俺自身は特に何もないぞ?

 それなのに人外の類に片足を踏み入れているってのは癪だ。

 

 

「んじゃ、これからマックイーンのやつにワサビソフトクリームやんなきゃいけないから帰るわ」

「じゃあなー」

 

 

 自分の鞄を引っ掴むと、適当な足取りでゴールドシップは去っていった。

 結局何のために来たのかは分からないけど、本人の言う通り本当に顔色見に来ただけなのかも知れない。

 ゴルシの発言は深く気にするな――この学園に伝わる古くからの言い伝え、じょぜおぼえてる。

 

 

「ウィーン、ガチャ、ガチャ」

 

 

 ……。

 ……なんか、ダンボール被って帰ってきたんだけど。

 

 

「アタシハ、思考停止ロボット、デス」

「あ、どうも思考停止ロボットさん。こんにちはー」

「アナタノ、脳ヲ破壊シテ、思考ヲ止メマス」

 

 

 うわー!

 思考停止ロボットは自分の思考が停止してるんじゃなくて、俺の思考を停止させるロボットだー!

 なんだその明確な殺意を持った思考停止ロボット。

 

 

「アナタニ、コノ新聞ヲサシアゲマス」

 

 

 顔面に新聞を投げられ、受け止められずに地面へ落としてしまう。

 拾って顔を上げた時にはもう思考停止ロボットさん(ゴールドシップ)は背を向けていたけど、一体何がしたいんだか。

 ……ん?

 

 

「ハッピーミークとサニティエッタ、ホープフルで対決か……?」

 

 

 ……え、ナニコレ。

 GⅠの予定なんて入れてないし、狙ったなんて事も……。

 

 

「ハッピーミークさん!?」

 

 

 エッタと対決したらどうっすかみたいな質問に対して、あの人「それはホープフルでやってやらぁ」って感じにも取れる答え方しちゃってるよ!

 たぶん模擬レースで競ってみたい的な事を言いたかったんだろうけど、上手く言えずに! 口下手ァ!

 

 

「ホープフルっていつだっけ、年末……?」

 

 

 これ完全にライバルに対する挑戦って言うか挑発って言うか、そういうのしちゃってる雰囲気だよ!

 うわ、ネットでもめっちゃ色々言われてる。

 道化師が逃げる訳ねぇよなぁ! とか書かれててもう出走が決定気味なんだけど!

 

 

「い、急がないと」

 

 

 えっと、出走登録とかエッタとミークの担当の桐生院さんに連絡して、えっと、えっと。

 うわー! 思考停止ロボットになるー!

 宇宙ゥーーーーー!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々曇り

誤字報告で読みやすくしてくれてありがとう!
評価とお気に入りもよろしくね!!!!!!!(欲張り)


 備品として脚付きの大きめなホワイトボードを借りられたので、さっそくがらがらと運んでいく。

 今まではレースについて口頭と手書きの画用紙で説明をしてきたけど、いつまでもそれではいかんなという気持ちで借りてきた。

 

 一つはトレーナーとしてのこれからを考えた際、複数人を相手に効率よく説明のできるこういうボード的なのを使えた方がいいって点。

 もう一つは、今担当しているウマ娘のサニティエッタの為に。

 

 

「あ! トレーナトレナートレナーナー!」

「よう。今日も元気だな」

 

 

 エッタは俺が渡す画用紙を色付きのファイルに仕舞うことで管理し紛失しないよう頑張っているけれど、それでも受け取った事そのもの自体を忘れてしまうことが多々ある。後から予習をしてきたかって聞いて、そういえばって具合に。

 そこで寮で同室のハッピーミークに何か防止策は思い付かないかと聞いてみれば、エッタは予定を書いた紙を自分で用意しスマホのカメラで撮り、ホーム画面の背景に設定をするって対策をすでに自ら行っているという。

 姉に謎のアプリを詰め込まれて数時間しか命のないスマホでも、やらないより全然マシな効果が発揮されているらしい。

 

 ただ、予定を書き込んでいるのはエッタ自身なのでそこでそもそもの抜けがあると最後まで気が付けない。

 そこでこのホワイトボードに予定を書いとけば、エッタが最新情報を自発的にパシャっとやって動いてくれるってワケ。

 表は次レースの予定と作戦、裏は練習の予定表として扱うって具合にしてけば問題なかろう。

 

 俺っちも慣れたもんだと誉めてくれ。

 今や隣をエッタが歩いているのに対しあまり気を張らなくなってきた。

 空を見上げる余裕すらある。 

 

 

「それにしたって何というか、個人的なんだけどさ」

「んゆぅ?」

「冬景色っていうの? 枯れ葉の落ちてて木が枝だけって風景からなんか凄いノスタルジック感じる」

 

 

 今日は午後から時々曇りって話だったけど、今のところは快晴だね。

 脚付きの大きめなホワイトボードをがらがら転がしながら、なんか急にノスタルジーな気持ちに包まれる。なんだろうね、パリパリに砕けた落ち葉の匂いがそうさせるのかな。

 土と葉がすぐそこだった少年時代よ……。僕は大人になりました……。

 

 

「雪降りやらぬやら冬支度。あての待ち持ち景色は白化粧」

「あ、そっか。新潟って結構雪降るもんな」

「こんな景色は冬の始まりまだまだ出先」

 

 

 東京じゃ雪も珍しい。

 ちょっと積もっただけでもニュースにもなる。

 

 エッタは地面から適当な枝を拾うとぶんぶんと振ってご機嫌に歌う。

 歌う、というか変なリズムを刻んでるだけだけど。

 

 

「う、るる、ら、どぅー。だんだん。あー、ぐ」

「それは……なんだ? なんのリズムだ?」

「あてのリズムは七五調、ジョゼトレあなたもテンポをどうぞ? 癖になります口調です」

 

 リアルタイムでその喋りを駆使するのは無謀だと思う。ラッパーじゃない限り。

 

「苦労はなさらず無謀もあらず! あての喋りに授業が必要? 九重の吊り橋ようこそ道化によしなにどうぞ!」

「ノリノリだねぇ。でも俺はエッタ語を習わない」

「んゆむぅ……」

 

 

 道化師ウマ娘と他愛もない雑談しながら歩き、チームルームにホワイトボードを担ぎ込む。

 各トレーナーに一つずつ貸し出されるこのチームルーム的な部屋だけど、特に実績もメンバーもいないので適当な空きスペースに建てたみたいな質素なプレハブ小屋だ。

 作戦や出走レース、衣装合わせだとか打ち合わせだとかをするには充分なんだけど、暖房器具も持ち込んでないしこの時期はやはり寒い。

 

 風は防げてるし野ざらしよりかはマシ、とここは考えよう。

 俺に続いて小屋に入ったエッタは手にしていた枝を床に放り投げると寒さも気にせずパイプ椅子に飛び乗り、机に置いたままにされているみかんをさっそく食べ始める。

 新潟出身だからなのか、雪国の血なのか、寒さに対する耐性があるのか、とにかくこいつは全く寒さを気にしない。

 

 冷え性な俺にもその能力分けてくれよ。

 ホワイトボード運んでたからこっちはこんなに手先が冷たく……。

 

 

「……」

「もんぐもぐもんぐ」

 

 この無防備な首元、狙えるな。

 

「えい」

「ひゅぉぁああっ!?」

 

 温かそうな首元を後ろからぺたっと冷たい手で襲撃すると、未知の生物が鳴き声を轟かせた。

 皮の剥き終わったみかんをテーブルに落とす程の冷たさだったらしい。手をどけた後も変なポーズのままフリーズしてる。冷たいだけに。

 クク、普段この俺様を振り回すからそうなるのだ。

 

 

「な、なじぇ、ゆえにて……!?」

「じゃ。ミーティングはじめるぞー」

 

 

 議題は、昨日メールで伝えた通り今度出走するホープフルについてだ。

 ちゃんと確認してくれたよなー?

 

 

「……お?」

「いや確認してないんかい」

「あ! そいえば変なの届いてた」

 

 

 トレーナーからのメールを変なの扱いするんじゃない。

 

 

「話も進まんし続けるぞー」

「おー」

 

 

 今度向かうのはジュニア級で唯一の重賞かつGⅠ、ホープフルステークス。

 中山レース場で繰り広げられる、その年最後の大勝負だ。

 来年の有力株的なのを見極めるレースにもなるからホープ。そんな試合。

 

 実力もあるし来年からはすぐGⅠと言わずとも重賞自体には挑むつもりでいたけど、まさかこんな早くに勝負が始まるとはこの常禅寺の目をもってしても云々かんぬん。

 ここで勝てば実力を証明出来てファンも増えるし、負けたとしてもそれはそれでいい経験になるだろうとは思う。

 

 

「てなわけで、仮に負けてしまおうが俺は気にしない。好きな気持ちで走ってくれ」

「なるほど了解了承どるほなりょ!」

 

 

 負けて落ち込まないよう保険をかけたが、それにはちゃんと理由がある。

 単純にこのレース、負けイベントなんじゃないのかってレベルでエッタと相性が悪いのだ。

 ……負け前提で考えてるってのは、あんま言わんほうがいいんだけどねー……。

 

 

「んゆ? んんんぬ? んんー」

 

 

 それでもミーク(の発言を受けたメディア)の挑発に乗ったのは、仮に負けてもここでの経験は良いものになると踏んだから。

 宇宙航行には重力に引っ張られるのを利用し、遠回りだけど燃料を節約しつつ飛ぶスイングバイという技術がある。

 それに引っかけて言えば、負けは遠回りだけど確実に前へ進める効率のいい経験だろう。

 

 

「みかん美味しや冷たき甘味、りんごも食べたきさくりしゃくー」

 

 

 ホワイトボードにホープフルの舞台である中山のコースを描いていると、暇なエッタが椅子をがったんがったん鳴らしながら歌う。そういえばこいつ、りんご好きなんだっけ。今度買ってこよう。

 まぁそれは置いといて復習タイム。

 さて道化師様よ。此度のレースについて説明していくぞー。

 

 

「ホープフルは2000mの芝、右回りの中距離だ。そんで、中山の直線は短いぞって言葉がある通りラストの直線は他のコースと比べると短く、かつ上りになってる。ここまでは基礎知識として覚えておいてくれ」

「新潟直線最長あられ、あらま真逆のらまあられ」

「あー。そうね、新潟の真反対かも」

 

 

 で、問題はここから。

 俺がこのレースを不利と思ってるその理由。

 

 エッタは本人の希望もあり、こっち(中央)に来てからダートをメインに走ってきた。

 地元で芝を経験してない事はないんだけど、その感覚を約一年ぶりにぶっつけで思い出せと言うのは無茶ぶりになるだろう。

 今から勘を取り戻しに練習場借りて慣らしていくにしろ、他の練習をおろそかにするのも怖いし。

 

 特にスタミナ。あとできれば集中力。

 

 心配事その2は2000mという距離だ。

 本人曰く新潟にある最長の1800mコースがぎりきり、俺もそこと本人の性格を合わせて中距離は避けてマイル距離までに絞ったレースと練習をさせてきた。スタミナを増やすトレーニングは積んできたつもりだけど、恐らくまだまだ足りない。

 だいたい10%増しくらいの距離じゃん頑張れば行ける、とは無責任に言えることじゃない。この200mに命運を握られているのがレースというもの。

 1400m短距離までは余裕で勝てたのに1600mマイルになった瞬間、途端にボロ負けてしまった学級委員長ことサクラバクシンオーがいい例だと個人的に思う。

 

 中山のラスト、直線310m上り坂。

 ただでさえスタミナぎりぎりなのに、ラストスパートで上りはキツいぜ……。

 だからホープフルに出す予定は元々無かった。

 

 んー、しかしゲームでいう負けイベントたるこの状況をどう説明しようか。

 

 

「何かをお悩みつくつくほーし? ご命とあらればつくつくほーし」

 

 

 ……なんでツクツクホーシ?

 

 

「つくつくうぃーゆ、つくつくつくつく……」

 

 

 ご丁寧な事に鳴き終わりらへんの「つくつくほーし」を維持できなくなってる場面も完全再現じゃん。

 でも俺、夕方のひぐらしの鳴き声の方が好きなんだよなー。

 なんというか、あぁ、今日も終わりだなって感じのノスタルジーがさ。

 

 

「ひぐらし……。ひぐらし?」

「あれ、知らん? いたじゃんなんかさ、カナカナカナカナって鳴ってるやつ」

「ふむぅ? 慈悲心鳥なら鳴けばする」

 

 

 むしろその鳥がなに?

 って違う違う、セミとか鳥の話がしたいんじゃないんだよ。

 今回のレースはエッタに不利だしどう作戦立てようかって話!

 

 

「あれまれま? 不利ですか? 大変です」

「……あ」

 

 

 しまった、つい勢いで。

 

 

「ふむむぅならればどうにもあるまい作戦会議を続行です」

 

 

 気にしてなさそうだしいっか。

 

 

「芝は経験してるからまだいいとして、一番は距離なんだよ問題は」

「あてもそこあば気になり申しやりなばつくつくほーし」

 

 

 エッタのスタミナが長く持たない理由は、踏み込みに力が入り過ぎてる癖にある。

 走ろう、前へ進もうという意思が強すぎる為と個人的には推察しているけど本当の所は分からない。

 

 言葉で教えても自制が利かないらしいのがサニティエッタという個人だ。ちょこちょこ矯正は試みてきたけど、もうこの癖はあまり直らないと諦めた方がいいのかな。

 だからといって何もしないのもー……。うむぅ。

 

 

「というかそもそも、仮にスタミナが足りたとしても集中力の問題がな」

「そうですね」

 

 うわぁ! いきなり落ち着くな!

 

「たまに出します素のエッタ? ギャップが大事とお学びしてます道化師です!」

「よかった……みかんの食べ過ぎで狂ったのかと……。いや、普段がおかしくて普通の敬語が、あれ?」

「どうかされまししまれかさ? はしご外して大混乱!」

 

 

 いかん、落ち着け。

 エッタが普通に喋ったくらいで取り乱してはならん。

 あの道化師様だって人間社会に生きるひとりだ。普段の喋りがなんであれ、その気になれば敬語の一つや二つくらい。

 

 

「んん。で、サニティエッタさんや」

「はいな!」

「実際のところ、集中力って持ちそう?」

「やってみなねば分からに申し」

 

 

 ようは分からんのね。

 

 

「ジョゼトレそれほど心配す? あての信用そこまであらずやつばめよ」

「今までの振る舞いを見ての信用っちゃ信用かなぁ」

「ふる、まい」

 

 

 最終直線、残り約300m。

 コーナーを回ったエッタの視界には観客席が大きく映るだろう。

 疲れてきたレースの後半でそうなれば、ゴールまでを真っ直ぐ全速力で行けるだろうか?

 とても怪しい。

 

 

「練習で同じ距離走っても観客までは再現できないから、ここはレースで経験積むしかないのよなぁ」

「あては……」

 

 

 耳をしんなりさせたエッタが小さく呟く。

 

 

「走り、ますよ? 目指します。ウマなので」

「エッタ?」

「脚で証明いたします? しましょうぞ、サニティを」

 

 

 なんか、どうした?

 何か俺変なこと言っちゃった──

 ──あ、駄目な奴として信用してるって感じに取られちゃったのか!?

 

 

「ち、違うんだエッタ! 何ていうか、その、エッタにはエッタなりの裁量があるっていうか!」

「んゆ……」

「エッタがエッタなりに努力してるのはとってもよく知ってる! 自分で忘れ物多いいなって自覚して少しでも減らそうとしたり、とか、色々さ!」

「んんん……」

 

 

 必死に色々伝えると、エッタはにへらと笑ってみかんを食べた。

 落ち着いてくれたかな……?

 

 

「サニティエッタはご覧の振る舞いいつでも道化、努力虚しく届かぬ成果もあられやあわれ。されど仕方なしにや諦め肝心回り道」

 

 

 おっ……と……?

 今度はなんだ、どうした?

 

 

「あては頑張りしもうとします。故に、見捨てばあらぬと願い(くし)

「んん? 見捨て……?」

 

 

 俺はエッタが成果を挙げるのを楽しみにしてるし、もう最後まで面倒見るつもりだぞ?

 食べていたみかんの一つが差し出されたので食べる。

 

 

「最後、まで?」

「だってさ、他のトレーナーにお前のこと任せらんないじゃん?」

 

 

 様々な事情から。

 

 

「あ、う……ぅあ?」

 

 

 今度はどうしたそのうめき声は。

 と思ったら一転していつも通りの変な笑いをしながら席を立ち、エッタがとててと駆けて、俺の腹に頭突きを゛……ッ!

 

 

「こ、攻撃はやめろ……」

「んふふふふ」

 

 

 がちゃんと音がして見てみれば、手錠でまた捕まえられていた。

 これはあれか、逃がさんぞってやつか。

 逃げるつもりはないけどこうされると色々怖いんだって!

 

 主に、俺の社会的立場が!

 

 俺の立場が!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『道化師の朝の歌』

みかんのヒミツ
 花言葉は「親愛」



それはそれとして、“シャケ@シャム猫亭”さんからファンアート貰いました!
【挿絵表示】

体操服でのビクトリィー!みんなもエッタちゃんをすこれ!!!!!!!!


 暗い中、ふと物音で目が覚めたのでアイマスクを外して枕元のスマホを確認する。

 真っ暗な中で浮かび上がった画面には、レースに勝って珍しく自然に笑顔を作れたサニティエッタの写真。

 いつもは癒しにもなるほのぼの笑顔が朝の3時という、とんでもねぇ時間をお知らせしていた。

 というか3時は朝でいいのか? まだ夜レベルじゃないか?

 とにかく俺は都民だ。田舎民のタイムスケジュールはお呼びでない。

 

 

「……」

 

 

 と、言うわけで二度寝を決め込む。何の物音で起きたかは気にしない。

 だって理由は知ってるから。心当たりがあるから。

 

 

 

「んん?」

 

 がさがさ。

 

「ほむ」

 

 ばたばた。

 

「空暗き、星少なきくも月ありて都空(みやこぞら)

 

 

 

 ──な、おわかりだろう?

 

 

 朝から騒がしい道化っちはひとまず置いといて、出走決定から早いもんであっという間に年末。

 つまりあっという間にホープフル当日だ。

 あれから一か月ない位の短い期間とはいえ、当レースへ向けてなるたけ対策は積んだ。

 ここまでやったのだから、あとはエッタ本人次第の勝負。

 

 だけど、流石に今までのように「じゃあレースいってらっしゃーい」って気軽にできる雰囲気ではない。

 

 ジュニア級唯一にして、未来のエースを占うレース。今までとは空気も相手の実力も違う。

 テレビや新聞、雑誌等々もこぞって次代がどうなるかと特集を組んで、出走する面々にトレーナー込みの密着取材をしているほどの注目度合いだ。

 当然、出走が決定しミークとのライバル関係を作られているエッタにも取材が──

 

 

「眠る時? 起きる時!」

 

 

 ──あるにはあったけど、軽いのが2件だけ……だったねぇ……。

 しかも誰かのついでにみたいなかるーい感じのやつとか、出走する一覧をまとめてますみたいな……。

 

 地元新潟の連中は何してんだこっちこいやとは思うけど、普段の様子からあまりおいしいネタが無いと割り切られてるのかも知れない。

 東京まで取材に行って目新しいモノがありませんでした、会話が成立しませんでしたとかになったら金の無駄って怒られるんだろうし。

 というか会話不成立の際の書き方次第で、下手したらバカにしてるんじゃないのかってぶっ叩かれて炎上のタネにされる危険もあるし。

 前回というか前例というか、前にテレビの切り抜きがSNSに上がってプチバズ(若者用語)したらしいし慎重になってるんかな。

 

 ホントの理由は分からんけど、今の時代は何が起爆剤になるか分からないからね。

 そういうの楽しんだりそういうので稼ぐ人もいるから、本当にネット文化って怖いわよ?

 だからあたしってSNSイヤなのよ。失礼しちゃうわね。

 

 

「ふぁ……ふ。うるるる」

「エッタ、寒い、窓閉めて」

「うー? がらー」

 

 

 で、そのサニティエッタさんなんだけんどもん。

 出発どころか集合時間、どころか起床時間前の早朝からチームのプレハブを訪ねてはうろうろしたり、椅子を壊す勢いでがったんごったん揺らしたり、ホワイトボードに落書きしたり。

 予想してた通り、落ち着かんのですわよ。

 

 くそう、朝から動き回るのを予測し許可を得て泊まり込みをしたのは正解だったが間違いでもあったか。

 何度も外と出入りされたりストーブ前を占拠されたりするせいで、やはりというかくっそ寒いしもう眠れん。

 というかエッタは今からでもいいからちゃんと寝てくれ。お前今日レースだろ。

 おでこに乗せたアイマスクが剥ぎ取られ奪われたので、深い悲しみと寒さに震える。

 

 トレーナーってこんなに身体を張る職業なのか?

 そしてこれ以上の寒さを望んで体当たりする冬キャンパー達は正気なのか?

 正気(サニティ)を探せ。この世は狂気に満ちている。

 まともなのは僕だけか! ボート!

 

 

「……エッタのうろつく渦中(かちゅう)越冬(えっとう)……」

「今なんと!? 聞かせてお声をレリックを! 韻踏みリズムに乗せて、ジョゼトレ語りし道化の奇術!」

「……まだ寝かせてくれよ……」

 

 

 ふぁ……余計なこと言ったわ……。

 

 

「目覚めよ起きよ、朝なりて!」

「まだ暗いよぉ」

「養鶏場の朝は早い!」

 

 

 何で養鶏場? ニワトリこっこー?

 新潟って米しかない土地って聞いてるけど……っていうか、ダメだ。

 こやつの会話に乗ったら意味を理解しようと脳が覚めてしまう。

 

 

「エッタ、お前も休め。レースまでもたんじょ」

「じょ!? ゼ、トレ!」

「おやすみ」

「御待ちなられよ待てトレよ!」

 

 

 どす、と腹の上に乗られてゆっさゆっさ肩を揺さぶられる。

 体力使うなって。休めって。痛いから。肩外れるから。

 てか門限的なアレはどしたん? また瞬間移動か? カギ閉めてた俺んちに入ってきた時みたいな。

 

 あーもう訳わからん。

 今から寮の部屋に戻すのはミーク他寮生の面々に寮母さんと色々迷惑をかけてしまうだろうけど、寝不足のままレースに出す訳にはやはりいかない。

 もぞもぞと動いて寝袋から起き、脱皮し、借りた備品の体操マットのベッドから降りる。

 

 

「よっ……と」

「おはようニワトリこけこっこー! ご起床ですか? 顔洗い! あわや冷たい洗面の水、河辺(かわべ)川下(かわしも)(しも)の時期! ストーブ乗せましヤカンの鐘は、夜間の終わりを知らせる汽笛!」

 

 

 はいどうぞ。

 温かい寝袋だよ。

 

 

「にゅい?」

「常禅寺さん印の寝床だよー。ここで寝なー」

 

 そして嫌なら部屋に戻って寝るがいい。

 くくく、この部屋にいる限り無理やりこの寝袋に貴様を突っ込むぞ、くははは。

 

 

「わは!」

 

 

 おーいエッタさーん。

 それ常禅寺印の寝袋だおー、脱ぎたてホヤホヤのホヤあそばせなホヤなりよー。

 

 

「わはは」

 

 

 釣り上げた要求を断らせ、妥協すると見せかけて本来の要求を通す交渉術は見事失敗したようだ。

 なんだっけ、ドアインザフェイスだっけ? なんか違う気がするし、結果も望んでいたのとは違うし。

 

 おっさんの寝てた寝袋なんか嫌だ! とか言って断って寮の部屋に逃げ帰るのを狙っての事だったんだけど、道化師様は寝袋という新鮮さが楽しいのかノリノリで入ってしまった。

 芋虫みたいなのがうねうね動いてる。うつ伏せで。

 

 いや寝袋はうつ伏せで入るもんじゃなかろうに、てか苦しくないんかそれ。

 普通は顔を出す部分から癖のある髪の毛が溢れて蠢く。

 

 

「……いや、寝てくれるならいっか」

 

 

 そう。トレーナーたるものウマ娘第一。走りの妨げになることなかれ。

 彼女らの走りの妨げとなるものを排除できるなら、僕は冬の東北でサバイバルキャンプだってできるんだ。

 適当に自分を慰めながら、寒い室内で震えながら椅子に座る。

 

 机の上に見慣れないノートがあった。

 何だこれ。

 

 

「父姉注目エッタの走り、わが友ラベリテ応援来たり? あては走って価値の証明ウマ娘!」

「ちゃんと寝ないと結果も出ないぞー」

 

 

 スマホのライトでノートを見ようとしたら、ややくぐもった声がした。

 うつ伏せ寝袋サニティエッタがまだまだ喋るのである!

 ……苦しくないの、それ。

 

 

「あてを眠らせたりなら子守唄。ジョゼトレお歌を寝るまでどうぞ?」

 

 

 い゛、俺が歌うの?

 

 

「歌は歌でも歌ですよ? そこにノートがござりますゆえ」

 

 

 何さ、歌って情報から何も増え取らんけど……。

 ノートって、やっぱり手元のこれ?

 表表紙にでかでかと「サニティエッタ全歌集」って書いてるやつ。

 

 

「あてのオリジナルな歌を、いつか披露しようとし申す成りてや思ふなり」

 

 

 へぇ、いっぱしなトレセンのウマ娘らしい夢があるじゃないの。

 ホープフルの勝敗はさておき、ファンが付いてきてくれればその内に声も掛けられるさ。

 なんせ「宇宙が見える」とか「子供が痙攣を起こした」とか言われるエッタ語を元にした楽曲だぜ?

 注目されない方がおかしい。ある種の兵器というかテロだよ。

 

 なんでレース後のウイニングライブとか練習での普通の歌が型通りにできるのに、縛りが無くなった途端にこうなるんだろうな……。

 

 

「どんな歌詞なのか楽し……み……?」

「早く寝かしつけまし子守唄」

 

 

 いや、あの、普通寝かしつけてくれって本人が言うもんじゃ無くない?

 ああでも、そこはどうでもよくはないけどどうでもよくて。

 

 

「これ、歌なのか……?」

「歌でしょう?」

「広義というか言葉的には間違えてないけど……」

 

 

 縦の線に沿って、意外なほどの達筆で歌が──短歌が書かれている。

 575と77で作られる、歌が。

 

 

「詩と申しまし」

「それで寝てくれんなら読むけどさ……」

 

 

 ぱらぱらと捲っていくと、紫色の押し花で作られた栞が出現した。

 そこはメモスペースと銘打たれたページであり、真ん中にでっかく「ハッピーミーク」と書いてそこから様々な単語が線で繋がれて続く。

 なんか国語の授業で昔こういうのやった覚えあるわ。懐かしい。

 

 細かくこれを書いてる姿は想像付かないけど、普段の意味不明な語彙はこれで鍛えられたのか?

 

 とりあえずここの項目に関しては、vsハッピーミークを中心にしてホープフルへ向けた一句を紡ごうと頑張ったらしい。

 短歌とかは専門外だし凄いぞって感じの評価は付けられないが、努力しているのを褒めてしんぜよう。

 

 次のページから歌が書かれているようなので、 ではその努力に敬意を払い読み上げさせて頂きます。

 

 

「父は遠くの越後国(えちごこく)、あては上京エクソダス。望郷念(ぼうきょうねん)あり故郷町(こきょうまち)白山宇宙(しらやまうちゅう)の大庭園」

「うむ」

「ならば知らしめ(われ)の名を。出走(しゅっそう)活躍(かつやく)ホープフル、相手は同室ウマ娘」

「……」

「ハッピーミークは正反対、裏腹それゆえ話題になりて……」

 

 

 575やないやん!

 ナニコレ、短歌じゃないの!?

 

 

「これじゃ短歌じゃなくて、長歌……あるいはラップ……」

「…………」

 

 

 え、寝てんの? まじで?

 寝れる要素あった? これに?

 

 

「てか、やっぱ窒息しないのそれ……」

 

 

 寝袋にうつ伏せに入って眠れる奴を今まで見た事がない。

 意味分からん毛虫を写真に撮って、せめて寝息が止まってしまわないかだけを考える。

 

 

「……ん?」

 

 

 もう1ページ捲ると、次は歌への解説というか思いというか、そういうのが書かれていた。

 独白と言うのが一番近いのかも知れない。

 こういうのを書くのも珍しいというか、想像付かないというか、暇だしとつい読んでしまう。

 

 

 

 ハッピーミークは静かで、大人しくて、口数は少なく、名前の通り素直。あと優しい。

 きっと勝ってしまっても、あるいは勝負にならない負け方をしても、頑張ったねと言ってくれるだろう。

 きっとミークだけじゃない。トレーナーも、父も、姉も、友達みんなも、全力で走れば褒めてくれる。

 ただ、我は全力で走り切る事ができるだろうか。自分で納得できる“勝負”はできるだろうか。

 横を走る足音が気になる。前の尻尾が気になる。追いかけたい気持ちを抑え、抑えて、溜めて、走る。

 たったの二百メートルが、どうしてもの二百メートルになるか否か。

 

 友達に貰った手元のルービックキューブはモザイクを繰り返し永遠に揃わない。

 1面でも揃えば後は簡単。そう言われたけれど、完成までの道程が知れないなら容易な実践は不可能のパズルだ。

 正六面色が一つわからなくとも、それでも走ろう。くるくる回していれば、いつか解ける。

 

 

 

「なんだこれ……?」

 

 

 意味が分かりにくいが、エッタなりの悩みか。

 ミークと自分を比較したりレースの勝敗の後に声を掛けられるかどうかが綴られている。

 けれどそこは案外どうでも良くて、気になるのはレース自体への不安だ。

 

 普段のにへらとした笑いから内情まであまり気にかけてこなかった。

 ルービックキューブの例えは分かりにくいけど、作戦への理解が不十分というかやりたい事に行動が追い付いてこないとか、そういうあれか?

 

 エッタは語りが複雑で、でも嘘は言わなくて、しかし本当の事も言わないか分かりにくい文体にしてしまう。

 他人へ向けた言葉が下手なんだろう、俺は繊細な部分を気付いてやれなかったかも知れない。

 

 

「エッタ」

「……」

「サニティってのは正気って意味だけどさ──」

 

 

 言い訳をするように、思いついた事を言う。

 

 

「──俺は、大丈夫って意味もあると思う」

 

 

 正気、健全、穏健……。

 それを指す意味として、大丈夫と言っても……。

 

 

「んふふ……」

 

 

 ……ん?

 

 

「エッタ、お前起きて……」

「ぐすーすかぴー」

「起きてたんだろお前! 聞いてたろ! なあ!」

「……」

 

 

 気が付けば顔を出してたエッタが再び毛虫モードになる。

 さっさと寝ろやお前ァ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 ホープフルステークスに出走

まずは我が盟友豚ゴリラさんから貰ったファンアートの紹介!
【挿絵表示】

指矢印に線路、リンゴ! タイトル名にエッタの名前!
拘りが詰まっていてかわいいですね……。


 希望の星を見定める、そんな感じのホープフル。

 折り畳んでカードケースみたいになる小さな安いこの双眼鏡も今は望遠鏡となる。

 

 がんばれエッタ。

 ごーごー、サニティエッタ。

 強靭なその足で大地を破壊し名を知らしめよ。

 道化師ってどう考えてもパワー系の響きがしないけど。

 

 こう、エッタがスキルを持つとしたら「気まぐれアタック」とかさ、道化師ならそんな感じのじゃん?

 少なくともパワー(ぢから)が上昇とかさ、そういう効果は無さそうなワケじゃん?

 ……俺、何考えてるんだ?

 

 パドックでくるくる回りせわしなくそわそわ動くサニティエッタを見ながら、寝不足故の変な思考回路がレース云々以前の状態になってる。

 ぱたんと双眼鏡をあくびと共に仕舞って、がんばれーと応援。

 気まぐれアタック云々はさておき、俺の犠牲程度でエッタの寝不足を回避できたなら上々なもんだろ。

 

 ごーごーエッタ。

 がんばれサニティエッタ。

 俺の屍を越えていけ。

 

 

「あい焼きそば一丁」

「おうありがと……って」

 

 

 貴様は、十傑集……ゴールドシップ!

 

 

「その通り、よくご存じだー」

 

 

 ご存じも何も、お前が教えてくれたんだからな。ホープフル。

 

 

「そーだっけか? てかボケたんならオチまでやれよオマエ」

 

 

 あ、割り箸もセンキュ。

 てかなんかこの焼きそば黄色くね?

 まぁいっか──って、辛ァっ!?

 

 

「何で紅ショウガの代わりにからし!? 狂ってんのかてめぇ!」

「おーう、エッちゃんがんばれ~」

「無視!? オチまでやれよテメェ!」

 

 

 ペットボトルを渡された。あ、これお茶?

 センキュ……。

 

 

「って何だこの味! いやこれ出汁じゃん!」

「エッタのやつおもしれーからな。折角だし応援しに来てやったぜー」

「またネタ無視かよ! 何でもいいよもう……。応援に来てくれたってんならあやつも嬉しいだろうし……」

 

 道化師様よりこいつの方が振り回し(ぢから)強くない?

 ゴールドシップとかいうやつ、サニティエッタよりやべーんだけど。

 友達は選んだ方がいいぞエッタや……。

 

 

「んで、勝てんの?」

 

 

 突然真面目な口調で聞かれる。

 勝てるのか負けるのかって二択ではなく、勝てる見込みがあるのかって話だろう。

 それに対する答えは、勝つと信じてるとしか言いようがない。

 

 

「ふーん」

「聞いた割に興味ないのな」

「そら応援するしかないかんなー」

 

 

 それは俺も一緒よ。ここまで来たら見守るしかない。

 だからその普通の焼きそばくれ。俺のからし焼きそばと交換してくれ。

 

 

「眠気覚ましにしろっていう、ゴルシちゃん様からのお気遣いだぜ」

 

 

 あーそう。確かにエッタの寝不足を肩代わりしてたし助かるけど、でも方法が捨て身過ぎひん?

 普通にエナドリでも買ってくれた方がまだ健康度の消費を抑えられる気がする。

 

 遠くの舞台でにへらと笑ったエッタが不思議なテンポのステップでパドックから消えて、次のウマ娘が……ハッピーミークが出てきた。

 ライバルとするには気が早い感じもするが、競争相手がいるのは成長にも繋がるし悪い事じゃない。

 

 歓声に大興奮だったエッタとは真逆にぽけーっとしているミークは軽くガッツポーズを決めると、すぐに下がっていった。やっぱりアピールは苦手らしい。

 うちのウマ娘とはやっぱり真逆だ。それゆえに、ライバルとしてちょうどいいけど。

 

 で、俺のライバルはこのイエロー焼きそばなんだよな。

 どうすんだよこれ、食うのつれぇわ……。

 

 

「おいパドック終わったぞ? 声かけに行かなくていいのかよ」

「すまん、焼きそばに必死だった」

 

 

 急いで移動しよう。

 今更新しく言う事はないとはいえ、何はともあれ頑張れって直前にも伝えておかねばなるまい。

 あいつは俺の思ってるより繊細なんだ。

 

 移動ッ!

 って、あらゴールドシップもくるのかしらん?

 

 

「折角だしなー、よっと」

「わ、ちょっとゴールドシップさん!?」

 

 

 おい何してん……って、メジロ家のご令嬢捕まえてんじゃん!

 ちょっとちょっと、時間無いんだからその野生のメジロマックイーンさんを放しなさいよ!

 

 色々言いたいが移動は続ける。

 言い争う時間も勿体ないのでお嬢様抱っこされたお嬢様には諦めて頂き、スタッフ専用の扉を通って裏方へ。

 

 華やかな喧騒とは真逆に静かで簡素な通路では、所々で出走待機のウマ娘がチームメンバーやトレーナーから声を掛けられている。

 エッタはどこだろう?

 きょろきょろ見渡して……いた。

 

 壁際にひとりできょろきょろしていて、こちらを見かけるとすぐさま寄ってきた。

 

 

「むむぅ、心寂しく集団渦中の孤独の道化。お迎えも少し早めにお願いトレーナー!」

「すまんすまん。からし焼きそば食ってて」

「……何ですそれは? 名物でしょうかそうでしょう?」

「出汁もあるよ」

「そは飲むっ!」

 

 

 おいおい、レース直前なんだからがっつくんじゃない。ちょっとだけよ。

 つか出汁が好きとか意味不明だなお前も。

 これをセレクトして持ってきたゴールドシップも意味不明だけど。

 

 

「ぷはっ。……それとそちらはお友達。応援声援感謝の道化」

「おう、マックちゃんと一緒に来たぜー」

(わたくし)は先ほど急に──」

「──マックイーンも応援してるってよ!」

 

 

 メジロさんの言葉を遮りつつ、ゴールドシップがはやし立てた。

 もしかしてこいつ、みんなが応援してるって雰囲気作る為に拉致ったのか? ご令嬢を?

 確かに他を見れば、似たようにチーム単位の群れが応援をしている。

 

 賑やかで人が好きなエッタならそれを見て気にかけてしまうかも、というのを予想して……っていうのはこのウマ娘に対して期待し過ぎか?

 普段から意味不明な事するし偶然って感じも、偶然ならそれはそれで助かるけどさ。

 

 

「エッタ。やれることを全力でな」

「任されよ!」

 

 

 シンプルだけど、サニティエッタというウマ娘には充分だろう。

 物欲しげな雰囲気を感じ取って頭を撫でてやれば、にへらと笑って喜んでくるくる回った。

 そして最後にぺこりと深くお辞儀をすると、とたたたと駆けてゲートへ向かう。

 頑張れ、エッタ。

 

 

「良い信頼関係を築けていますのね」

「だろ?」

 

 

 後ろからメジロさんにそう言われてなぜかゴールドシップが胸を張ったけど、信頼関係はいい感じだと思う。

 不思議なもんで、波長が合うというかエッタとはなぜか上手くかみ合ってるというか。

 心地の良い距離感だぜ?

 まるでメジロさんとそこのゴールドシップみたいな感じ。

 

 

「え、そんな風に見られてますの?」

「おいそれ普通に傷つくぞぉ」

 

 

 仲良しだなぁ。

 

 

「そんな風に見られてますの?」

「2回言ったな!? う、うぅ、うわぁ~~ん。マックイ~~ン~~」

「な、泣かないでくださいまし!」

 

 

 クッソ分かりやすい嘘泣きに引っかかってる!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲート待ち、出走待ち。

 ゴールドシップとメジロのお嬢さんはお友達を待たせているようなのでそっちへ行ってしまった。

 わざわざ俺達に時間を割いてくれてた辺り、やっぱり気の良いヤツだ。

 

 しかしこうして考えると、やっぱりいいなぁチームって。

 

 ウマ娘の多くは走りやにんじんが好きな他に群れという単位を好む。

 それが何故なのかは分からないけど、応援してくれる仲間っていうのはモチベーションにもなるしデメリットは少なかろう。

 でもエッタの友達勢は他のチームにいるし、移籍云々は前に言った通りだし、どうしたもんかなー。

 何度でも考えちゃう。

 

 

 新年、新学期、新入生……うーん。

 来年こそやれるか? スカウト。

 

 

「──こんにちは。お久し振りですジョゼさん」

 

 

 遠くのゲートを眺めつつちょっと考えていると声を掛けられた。

 この声はもしかして、エッタのお友達ちゃんじゃないか。新潟の。

 

 

「よっす久し振り、ベリテネ」

「あの、微妙に違います。ラベリテです。ニコルラベリテ」

 

 

 まじで? 素で間違えてた、すまん。

 てかフルネームすら今始めて聞いたかも知れん。

 

 

「えぇー……」

 

 

 たまにやらかすんだよね、カタカナの単語を変な順番で読んだりして間違って覚えちゃうの。

 割と最近までストライド走法をスライド走法って覚えてた。

 似た単語と混じっちゃうのかな。

 

 

「いやその理論でもベリテネにはなりませんよ、ネはどっから来たんですか」

「根だし生えて来たんじゃない?」

「エッタさんみたいな言い訳する……!」

 

 

 伊達にやつのトレーナーしてませんよこっちは。

 所でラベリテさんは中央へ来る予定ある? チーム入らない?

 てか焼きそば食う? つかお茶も飲む?

 

 

「なんですかその急で雑な勧誘……」

「べっつにぃ?」

「あと、ボクはトレーナー志望なので地元を離れる気はないです」

「さいで」

 

 

 ウマ娘なんだから走れとは無理強いせぬ。

 トレーナーになったっていいじゃない。

 

 

「えへへ、父さんの背中を追ってみるんです」

「いい夢持ってるじゃないの」

 

 

 勧誘は粉砕、と。

 まぁその辺はさておきレースが始まるぞ。

 

 

「今日のエッタさんは?」

「内側3番、7番人気」

「人気が低いのは、ボクでも理由が分かります……」

 

 

 エッタはダートばかり走ってるんだし芝が、マイルまでしか走らないし中距離も苦手としているんじゃないか。そういう予想は誰でもしている。

 他の面々が長い目で見て色々考え、早い娘だとデビュー時からホープフルを第一目標としているのに対し、ミークに挑発されたからと出走した感がぬぐえないサニティエッタはどうしても評価が低くなる。

 一応今まで連戦連勝としているし期待はするけど……、という具合のまぁまぁな人気。

 

 

「作戦は、追いのままですか?」

「色々考えた結果、直前で指示を変えるのもなって。それに──」

 

 

 逃げや先行は気持ちを抑える必要が少ない分、確かにエッタ自身へのストレスには繋がりにくい。

 だがストレスに繋がらない代わりに、サニティエッタという個人が前面に出てくるので集中力が削げやすいという事でもある。

 特に、ひとりで観客席に向かう最終コーナーで。

 

 

『各ウマ娘、一斉に綺麗なスタートをしました!』

 

 

 ゲートが開くと共にアナウンスが響き、歓声が轟く。

 かつてのデビュー戦のようなバラついたスタートではなく、エッタの姿が埋もれる良スタートだ。

 ジュニア級最後だけあって、レース自体に手慣れてきたウマ娘の面々と言えよう。

 

 その中でも脚自慢の集う重賞とだけあって、あっという間に陣形が整った。

 道化師サニティエッタは……後ろから4番目。後方の団子を率いる形になっている。

 

 

「エッタの走りを見ていて薄々感じてたし、あいつの全歌集とかいう良く分からんノートを見て分かったんだ」

「えっと、何がですか?」

「あいつが走ってる途中、どこを見ているか」

 

 

 周囲の足音が気になる、前を走る尻尾が気になる。

 それを追いかけたいそれが気になるという欲求を限界まで抑えた結果、最後に飛び出す追い込みスタイルを確立させられた。

 フラストレーションをバネにした多少のストレスが織り込み済みの作戦だ。

 

 逃げと先行は恐らくだが、短距離までならまだ行ける。

 ただゴールまでが長引けば長引くほど、集中力が無くなってくるほど、後ろに気を取られてしまい減速してしまうはずだ。

 そして気が付けば加速した連中に追い抜かれてしまう。これが、浮上してきたエッタの問題点。

 

 

「エッタの弱点は視界が広すぎる点だと思う」

 

 

 モニターを見上げる。

 第三コーナーへ入った今でも最初と順位の変動は少ないが、唯一違う点が見えた。

 それは、エッタが周囲をきょろきょろと分かりやすく見渡している点だ。

 

 普段と環境が違うゆえだろう。早々に訪れた、集中切れのサイン。

 

 隣のラベリテも「そっか……」と小さく漏らした。

 流石に俺よりも長い付き合いをしているだけあって、エッタがそうなるっていう事も分かるんだろう。

 

 

「視界が広い故に、周囲の情報全てを追いかけ、気が逸れ、中距離が難しい」

「やっぱり、中距離は無理なんでしょうか?」

「……エッタ次第だと信じたい」

 

 

 エッタの周囲には今、誰もいない。

 何処かのタイミングで一瞬気が逸れて、ふとした瞬間に少し前へ出過ぎてしまったのだ。

 

 周囲に誰もいないのなら、エッタはどうなる?

 草原へひとり取り残されたように、孤独を感じ周りを見てしまう。

 一瞬でも気が逸れれば、後は簡単に崩れていくだろうか?

 

 今のエッタが何を考えているのかははっきりとしていない。

 ぴんと張った耳と前を見据えているように見えても、どうなんだろう?

 

 

「俺らは応援するしかないんだ。よし、叫ぶぞー」

「え、叫ぶって」

 

 思いっきりハートを響かせるんだよ、行くぞ!

 

「がんばれー! エッター!」

「が、がんばれー! エッタさーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔読んだ詩をふと思い出す。ふりむくな、と何度も強調された詩だ。

 後ろに気を取られてはいけない、振り返ってはいけない、そんなこの状況において今これを思い出せたのは幸運だったかも知れない。

 ターフを去ったウマ娘に対してさようならという感情を語ったものなので今は不釣り合いでも、言葉そのままを戒めとして受け入れるには丁度いい。

 

 声の無い無数の足音が、鼓動のように地面を打つ脈が迫るが見てはいけない。

 気にしてはいけない。だからと言ってここから逃げて、前へ行き過ぎてもいけない。

 ついたポジションは譲ってはいけない。だめ。

 

 

 だから繰り返す。ふりむくな。

 レース中によそ見は厳禁──

 

 

 自分に言い聞かせるように呟こうとして、それすらも今はしてはいけぬと反芻し、地団太を踏む代わりに両の足に力を込めて芝をえぐる。

 いつも力が籠り過ぎと言われるけれど、こうもしなければ走れない。

 溢れる刹那的な衝動好奇心を理性と力で誤魔化さなければ、それ以下の走りとなってしまう。

 

 自分は、自分の走りに集中しなければ。

 歯を噛み締める代わりにもう一度地面を踏みつける。さっきより強く踏めたと思う。その証拠に心地よい刺激が届いた。

 

 ダートなら土が靴裏に食い込んで全て推進力に変えられる、芝はそれより踏み沈まない。

 地面を掻いて思ったより進めない、普段より力押しなのに、思ったより前へ出ない。

 

 後ろの喧騒が近い。

 来るタイミング? まだもうちょっと?

 

 

 そういえば、ミークはどこに──?

 

 

 思考があちこちへ揺れ動く。そのたびに芝を踏んずけて誤魔化す。

 もう少し前へ出よう。

 後ろの音が怖い。振り返ってはいけない未知の誰かが背中を永遠に張り付いている。

 少し前へ、前へ出られない、歯がゆいなら、もっと力を。

 

 

 ばごんと踏んで、前へ。

 喧騒が遠のき、遠心力で身体がぶれる。

 いやぶれない。体幹には自信がある。踊りは得意だ。

 

 踊り、というより舞い?

 型通りに踊るのは覚えれば簡単なので、その他のふらふらと動く時に体幹がしっかりしてると幅が広がって……。

 違う違う、レースに集中するんだ。

 

 

 背中に迫っていた誰かはいない。

 ハッピーミークの白い影が遠く前に見えた。

 耳を傾ける喧騒は遠く、気が付けば群れを離れ一人。

 

 自分の足音、自分の影、自分の鼓動、それだけの世界。

 一歩を踏み出す。もう少し。

 意識を取り戻して、息を吐き、吸って、前を見よう。

 

 あちこちの音を拾っていた耳が、前を向くのが自分でもわかった。

 目標はライバルただひとり、自分の相手はそこにいる。

 

 

 ミークはどこに、前方そこに。

 レースの本懐思い出し、集中一瞬一人(ひとり)の世界。

 逃げた、逃げた、追うならば。

 容赦せぬ故、逃げ切れ──

 

 

 

「がんばれー! エッター!」

「がんばれー! エッタさーん!」

 

 

 

 身を沈め加速を始めたその瞬間、目の前に歓声と真っすぐな道が現れた。

 続いて視界の隅、観客席にトレーナーとラベリテ?

 他のウマ娘が走ってる。

 

 

 がんばれ……応援?

 

 あれ? 最終コーナー、回ってた?

 ここ、あ、直線……?

 

 

「あや?」

 

 

 タイミング、間違えた?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『ウマ敗れて草原あり』

レース前後はどうしてもシリアスムードになってしまうので、ちょっと短いけど今回で一区切り! です!
それとレース目標を章で分けました。不備があれば拳で教えてください。


 

 

『優勝は、ブルーファルコン! 続いて二着にドラゴンバード! ハッピーミーク三着です!』

 

 

 

 アナウンスが響き、歓声が轟く。

 紙吹雪が舞い、芝の上では優勝したブルーファルコンが接戦を繰り広げたドラゴンバードと握手をしている。

 その後ろで()()()()()()()()ハッピーミークは、手持無沙汰に息を整えながらいつもの通り静かにしていた。

 

 レースは終わった。

 サニティエッタは負けた。

 集中力も、ペースも、仕掛けるタイミングも見失っていた。

 残った力業の実力だけで駆け抜けて、そして負けた。

 

 

「……負けちゃいましたね……」

「だな」

 

 

 今まで連戦連勝だったから油断していただけで、エッタだけが特別な実力を持っている訳じゃない。地方にくらべたら中央なんて化け物の巣窟だ。

 ……が、負けても経験になるからと出走させた身としては、覚悟はしていたがやはり悔しいな。

 

 

 だがこの場で一番負けを認めて、負けを悲しみ、負けを反省しているのは俺じゃない。

 もちろん隣のニコルラベリテでもない。

 レースが終わってすぐ舞台裏へ引っ込んでしまった、サニティエッタ本人だ。

 

 

「迎えに行くけど、一緒に来るか?」

「じゃあ、一緒に」

 

 

 エッタは6着。ライブには出られないし早ければもう着替え始めているだろう。

 さっさと迎えに行って、んで……どうすっかな。

 

 移動しながら考えよう。

 

 負けは負けだけど、よく考えたらこんだけ不利な状況で作戦もボロボロで6着まで食らいつけているのは、とんでもなく凄まじい事なんだよな。

 不慣れな環境と距離って理由で一気に最下位まで落ち込んでも全く不思議じゃないから。

 まずはこれを褒めてやりたい。

 

 あとは伝え方だけど……。

 アニメとか漫画とかだとこういう場面で、あえて超明るく切り出したらすれ違っちゃって大惨事ってのをよく見るよな。絶対やめとこう。

 というか俺の演技力的に違和感だらけで気を使ってるのがバレバレになるだろうし。

 

 うーんと悩んで、右手に持ちっぱなしだったペットボトルの存在をふと思い出した。

 いやこれは無理だな。

 

 

「まだ持ってたんですかそれ……」

「からし焼きそばは何とかした」

「逆にそっちはなんとかできたんですか……」

 

 

 うーん、どうすっかなぁ。

 とりあえずこれ飲ませとくか?

 

 

「渋いの好きなエッタさんなら喜びそうですけど、でもそれジョゼさんが飲んでましたよね……」

「え、あいつ渋いの好きなの?」

「はい。和食とかよく作ってましたよ。って、そこじゃなくて」

 

 

 出所の話?

 これはゴールドシップが買ってきてよこしたもんだから俺も分からん。

 下手したらわざわざ作ってきたのかも知らん。

 

 

「もうあれだ。優勝は残念だったけど6着とか大健闘したなってシンプルに言っていつも通り振舞おう」

「それは……それで何とかなるんですか?」

 

 

 何も聞かないのがそのまま無関心って訳じゃない。

 エッタが日本の詩や詩人を参考として己を作るのなら、俺は米国で対抗しよう。

 

 アメリカの詩人はこう言いました。

 友人の為に私ができる一番の事は、ただの友人でいてあげる事──と。

 

 

「お、きたきた」

 

 

 控室の扉の前で待っていると、シャワーを浴びたのかいつもの癖毛がストレートになったエッタが現れた。

 こっちを見つけえるとにへらと笑ったけれど、傷心ムードは隠せていない。

 

 

「負けまして、情けなく。力及ばず? 音、後ろ、多く。でした」

「だなぁ」

「振り向きませんか? 後ろに夢はありません。しかしとて、前見て走りて夢破れ」

 

 

 でも6着だったろ?

 負けイベ無理ゲーとか思われてた中で本当にこれは、ほんとに大健闘した結果だぞエッタ。

 マジ誉れ高い。

 

 

「全力走り、至りません。ハッピーミークは前遠く」

「大丈夫ですよエッタさん、エッタさんは頑張りました!」

「……」

「あ、ほら! お姉さんから電話来てますよ! 祝電ですよ!」

 

 

 思ったよりダメージでかいなぁ。

 あとラベリテよ、祝電は意味が違うのではないか? 勝ってないし。

 スマホを受け取ったエッタは、気落ちしているのが分かりやすい声で細々と喋る。

 

 

「……あの、ジョゼさん! 何かないですか……!?」

 

 

 何かって、なぁ?

 今回の件を反省させて次のレースでリベンジっていう感じなら……。

 

 あ、よし。それでいこう。ホープフルと同じ距離と同じ方向で回るレースで決着をつける。

 

 4月の皐月賞……は確かにホープフルと全く同じ状況だけど時間が足りないな。

 とすれば勉強と調整で整えられそうなのは10月の秋華賞。桐生院さんにミークへのリベンジをさせてくれって頼み込めば、多分向こうも乗ってくれるだろうし行けるか。

 ちょっと重賞狙いが過ぎるけど、大金星はデカい方が輝くし目立つし目立つならエッタも喜ぼうものよ。

 

 

「秋華賞って、またGⅠじゃないですかぁ!」

「大目標がそれなだけであって他も走るってば。おーいエッター」

 

 そう、これは大目標。目標達成のための努力を今から始めるのだ。

 電話の終わったらしいエッタがラベリテにスマホを返していたので、ちょいと呼んで秋華賞狙いでこれから行くぞって伝える。

 こやつに多くの言葉は必要ない。意味を理解してくれるはずだ。

 ミークへのリベンジマッチすっぞ!

 

 

「と言うわけで、年末年始はお休み」

「んゆぅ……」

 

 

 10月だし時間はある。

 なんでひとまず休息を挟み、反省点を一つずつ解消して──

 

 

「──実家に帰らせて頂きます」

 

 

 わっつ!?

 へ、へこみ過ぎでは!?

 

 

「いやそのあのです帰る家。昨日の家ではなく帽子。カンカン帽」

 

 

 エッタ語が乱れすぎて流石に分からんが、どうした!

 

 

「もしかしてエッタさん、正月に帰省していいか聞くの忘れてません?」

 

 

 そうなのかラベリテ。

 そうなのかサニティエッタ。

 聞いてないぞ常禅寺。

 

 

「心落ち着ける場所でゆっくりできるなら丁度いいタイミングだし、うん。いいんじゃない?」

「あの、許可とかは……?」

「そうです規則は守りましょう? 伝え忘れの帰らずばつばめ」

「なんとかするさぁ」

 

 

 エッタの提出忘れとか伝え忘れが発生するのは理事長なら認めてくれるでしょ。たぶん。

 それがだめでも、今回の負けでへこみ過ぎたので急遽家族の所で休息させるとか言い訳作って。

 俺が書類を出し忘れたって手もあるな。

 

 

「めんぼく」

「今更よ。で、いつ出発するの?」

「こんや」

 

 

 早ッ!

 

 

「ライブの終わり、打ち上げ終わり、その時間をば見計ららばい」

 

 

 うん、まぁ、でもなんやかんやで時間は空いてるしいっか。

 

 

「準備とかは? 荷物とか」

「この身一つなる軽装は、軽量ゆく道雪道旅路」

「そのまんま行くんか。ならまだしばらくゆっくりしてられるし、なんか食ってく?」

「……おにく」

「焼き肉でも食べましょうよ!」

 

 

 お、良いねぇ。

 とりあえずいつまでもここに居るのも邪魔になるので、移動。

 てかラベリテっちはライブ観ていかなくていいの?

 

 

「ライブはいつでも観られますから」

「そんなもん? エッタもミークが出てるのに良いの?」

「我が眼中今はおにくのみ」

 

 

 意外と肉食やんな。

 お肉への誘惑に負けるハッピーミーク憐れなり。

 

 

「炙りにんじん、焼きリンゴ、う、る、るるる」

 

 

 お肉は!?

 

 

「人を笑わせならずやあらぬはおにく。笑わせませんと褒美はあらん」

 

 

 敗北ショックとお肉への執着でもうエッタ語も崩れてんじゃん。

 ……沢山食わせたら直るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かふ」

「お腹いっぱいです。ありがとうございました、ジョゼさん」

「いいって事よ」

 

 

 俺は、忘れていた。

 

 

「いっぱい食べましたねー」

「お久し満腹エンゲル係数、我が家お肉はニワトリのみゆえ新鮮和牛!」

 

 

 ウマ娘は、時に暴食の化身であると……!

 

 

「食べ放題でヨカッタナー」

 

 

 本当は、格好つけて食べ放題なんてしてないんだけどね……!

 

 

「んでこの後は、ラベリテがそのまま連れて帰るの?」

「はい! エッタさんのお姉さんが近くの駅まで来てるので、合流して一緒に帰ります」

「わ! 姉ね訪れこの地へ土地へ!」

「サプライズ、だそうです」

 

 

 言っちゃったらサプライズの意味ないじゃん。

 

 

「あ」

「素で気が付かなかったんかーい」

「見せよあてのこの姿、成長重ねし我が闘志! わはっはー!」

 

 

 これこれよさぬかサニティエッタ。

 道のど真ん中で旋回するんじゃないよ。危ないから。

 

 

「じゃあエッタ、帰り気を付けてな」

「んゆ?」

「聞きたい事とかあったらいつでも電話していいからなー」

「んんんん?」

 

 

 なぜにそんな腰から真横に曲げて、首も傾げてえらい事になってるんだい?

 

 

「ジョゼトレあなたはなぜゆえ来ずに?」

「あんたの帰省だからだよ」

(とと)様姉様ご挨拶? ではなく?」

「俺ってトレーナーだよ……?」

 

 

 初年からそげな怪しい事したら切腹を命じられかねん。

 

 

「むー」

「ほらエッタさん、ジョゼさんも困ってますし」

「ふむ。仕方あるましならば引く。しかし次無き覚悟せよ」

 

 

 こっわ、新潟行きたくねぇだよ……!

 ほら話してたら終わんないからもう行け、遅れるぞ。

 

 

「そうですね。今日はありがとうございました、良いお年を!」

「む、でし、たー」

「おう。良いお年をー」

 

 

 俺も年末は実家に行こうかね。

 電車でちょっと行けばすぐだし。

 

 

「わはー! アイーダ姉ねよ今行くぞー!」

「あ、ちょっと待ってエッタさーん!」

 

 

 さっそく駆け出すエッタと、それを追うラベリテ。

 ……がんばれラベリテ。年末年始は任せたぞ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 秋華賞に出走
はつゆめ


サニティエッタのヒミツ

 実は、部屋が汚い。


 

 初詣、実家にいても、暇なので。

 折角だから、トレセン近くの神社まで。

 

 うーん、これは中々いい57577じゃないかね? エッタがガチで書いた一句には一蹴されそうなレベルだけど。

 せっかく思いついたものなのでメッセージアプリで道化師へ総評を依頼してみる。

 返信は……今日中に来ればいい方かな。あ奴のスマホは電池が切れてたり切れてなかったりしてよく分からん。

 

 一応本人が言うには、コンセントが近かったりバッテリーに余裕のある時はちょこちょこ確認してるらしいけど。

 もはや扱いが小型のノートパソコン。

 

 これも全て過保護気味な姉がスマホに突っ込んだ管理系のアプリ(監視系?)の弊害なんだけど、電池切れでスマホが息してないなら意味ないじゃん。

 失くしそうではあるけど、監視専用とプライベート用の二台持ちさせた方がいいのではなかろうか。

 寮生活とはいえ今のままだと友達と遊ぶにも約束しにくかろう。あとなんかあった時の連絡。

 

 

「実家帰ってない奴も多いんだなー」

 

 

 まぁあいつのスマホケータイ事情はさておき、新年一発目の初詣。

 さっき句にも読んだ通り、折角だからトレセン近くの神社までやってきた。

 

 実家が遠かったりトレーニングを優先したかったりで帰省せず寮に残ったウマ娘達も、勝利祈願の為に今日だけは脚を休めて数多く参拝に訪れている。

 俺も担当しているウマ娘の勝利と栄光を願っているのでお賽銭をダンク。今頃はエッタの方も同じく新潟の社でお祈りしてるんだろうか。

 やましい気持ちはないけど、あいつの晴れ着姿はちょっと見てみたかった。

 

 落ち着かんでそわそわ動き回ってお淑やかさは無かろうが、ウマ娘なんだし着飾ったら似合うに決まってる。

 むしろ普段が子供っぽいぶんこう、なんていうの? ギャップ萌え? ああいうのでSNS映えするんじゃないか?

 

 

「映えか……」

 

 

 お賽銭マネーダンクを決めた後はガランゴロンとでけぇ鈴をぶん鳴らし願い事をする訳だけど、脳裏を過ったのはエッタの人気について。

 道化師の名を地元で得てエッタ語とか噂される位にはご当地ウマ娘としてある程度の地位を持っていたエッタが、どうして中央へ来た瞬間にあまり名を馳せられなくなったのだろうか。

 

 ホープフルの時にあまり取材が来なかった事といい、あまりネットニュースや電子掲示板とかでも話題になってる所を見た事がない。

 そらホープフルじゃ確かに勝てなかったとはいえ、大健闘の末だったし惨敗って程ではないのにだ。

 というかオープンで連戦連勝を飾れてたからホープフルに出られた訳だし。

 

 

「何が原因なんだろうなぁ」

 

 

 レースは勝ってる。ライブの場数も踏んだし、歌も踊りも超頑張ってる。

 だから実戦的な云々以外の原因があるとは言いたいけど、でも唯一無二な話題性はちゃんとあるしなぁ。

 

 だってあの喋りは、エッタ語は唯一無二だろう?

 世界広しと言えあんなキャラクターしてるやつそうそういない。

 そうそうってか絶対いないでしょあんな喋り。いまんところ見たことない。

 

 下手したら現実はともかくとして、どこの小説にも出てこないんじゃないか? あの喋りしてるやつ。

 知ってる人がいたらぜひ教えて欲しい。

 

 

「何が原因かは神のみぞ知るってか? おみくじでも──」

「──では、占いですねっ!」

 

 

 ん?

 

 

「占いなら任せてくださいっ!」

 

 

 おみくじコーナーへ向かおうとした矢先、唐突に巫女服を着こんだウマ娘に呼び止められた。

 何だろう。バイト中なのかな。巫女のバイトって言うとなんか神聖さが無さすぎるけど、でもそういうのよく聞くよね。

 

 

「占いっていうか、おみくじ引こうかと」

「ではお任せください!」

「うん、あっちにあるおみくじをね?」

「ふおぉぉ……! お導きをぉ……お導きをぉぉぉお……! お助けぇええええ~~!」

「聞いてる?」

 

 何やこのゴリ押し占い。巫女服に水晶玉とか、てかそれ私物?

 あ、この娘ってもしや噂のマチカネフクキタルか。ラッキーアイテム大好きで暴走しがちな。

 

 先々週だかに皆をハッピーにするとか言って粉末ラムネ配ってちょっとした事件になりかけたウマ娘。

 あれはびっくりしたなー。急にフード被った黒装束の奴が白い粉をさっと渡してどっか行くんだもん。

 貰ったエッタがすぐに食べかけて超ビビった。

 

 

「──あ゜い!」

 

 

 ん。終わった?

 てかその発音どうやったの?

 

 

「夢です!」

「……夢」

「夢を見て、その通りにするのです! そしたら未来が開けます! ハッピーのために!」

 

 

 あいまい~~。

 

 

「では! まだお仕事が残っているので!」

「うーん、良く分からんがありがとなー」

 

 

 夢を見てって、どういうこと?

 あと最近ハッピーって名の付く宇宙人がえぐいことする漫画読んじゃったから若干恐ろしいんだけど。

 いやまぁ俺の夢はウマ娘を前人未到の宇宙(ステージ)にだし、宇宙人と邂逅できるならいいのか?

 

 ただでさえエッタ語に触れて宇宙の神秘に触れてる気がするけど。

 よく略されるサニティ部分を信じろ。あいつの目的はもっと違うはずだ。

 あいつの夢は……。

 

 

「……エッタの夢、そういや何なんだろ……」

 

 

 走って歌って踊って目立てれば何だって良いって感じの雰囲気は確かにある。

 けど、本当にそういう意味だけで地元を出て中央へやってきたんだろうか?

 

 

「いっちょ新年にかこつけて定めるか、目標」

 

 

 今の目標は秋華賞出走、及びミークへのリベンジ成功だけどそれとはまだ別。

 最終目的、叶えるべき目的、夢。そういうの。

 

 

「こればっかりは聞いてみないとな」

 

 

 あとでメッセージアプリでも聞いてみるけど、多分まともな答え返ってきそうにないからあまり期待せずでいいだろう。

 寝た時に見る夢だとかこういう夢を見ただとかでまともな回答にならないというか、仮に返答があっても文字だけじゃニュアンスまで伝わらないし。

 あいつが帰ってきてからちゃんと聞くしかあるまいて。

 

 

「気を取り直しておみくじ引くかな」

 

 

 あーあ。ひとりだと独り言が多くなるなぁ。

 独り言が多いなって気が付いた時のこの恥ずかしさが悲しい。

 せめて誰か、一緒に参拝してくれる人がいればなぁ。

 初詣って言ったらさ、家族とか友達とか、あるいは恋人と来るところじゃん?

 

 そうなってくると、折角ならば恋人と来てみたいわね。

 

 私は常禅寺。まだ20代前半で、恋愛経験は無し。

 そろそろ一回くらい恋愛ってどんなもんか経験してみたいお年頃ですわね。

 

 お年頃って言うか、若干の焦り。

 

 最近働き始めてから思ったのが、同年代の人間が無数にいる学校ってとんでもなく恵まれた環境だったなって事。

 言い方悪いけどえり好みできるっていうか……その時に恋愛の一つや二つしとけば人間として格が上がるというか、人生経験的に人間関係の構築的なアレらがうんぬんかんぬんして一歩大人になれようものを、俺はなんという勿体ない青春を。

 

 職場恋愛は時間とか周囲の目が嫌だし、かといって外部の人間と出会う機会なんてそうそうある訳がない。

 必然的に恋愛結婚あれやこれ、するとしたら合コンだなんだの口八丁度胸勝負だ。そして人生経験の勝る連中にとって俺らみたいなのは踏み台足場の数合わせにされちまう。

 大人になるってこういう事なんやな……。

 

 

「あ! おみくじですね!」

「ヨロシクフクキタル」

「はい! マチカネフクキタルです!」

 

 

 並んでおみくじを買うと、さっきの巫女キタルさんが受付をやっていた。

 さっきはありがとねーと返すといえいえこれもお導きですと返され、でも混んでるから長話はごめんなさいと真面目なバイト魂でささっとおみくじペーパーを渡される。

 ……いや真面目にバイトしてたらさっきのゲリラ占いはせんか。

 

 

「早い話……また独り言だ」

 

 

 で。早い話がおみくじの待ち人の項目よ。

 神様をがっつり信じてるわけじゃないけど、都合のいい時は“夢”を見させてくれ。

 宇宙よ! 福よ! 全知よ!

 

 うぉおおお!

 全知よここへ、僕の下へ!

 今こそ、全知へ至る時!

 

 

 

“待ち人 かねて血を恐れたまえ”

 

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 帰宅。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 食事。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 入浴。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 就寝。

 

 

 …………え……?

 待ち人のコメントって、こういうのなの……?

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

 “人付き合い”は“人好き愛”とも書ける。

 そして愛は時に歪み、憎愛とも化し、痛ましい事件の原因ともある。

 油断すると包丁でグサリって事だ。怖いね。

 

「血は見たくないかな」

 

 俺はまだ死ぬ訳にはいかない。

 せめてエッタを送り出すまでは、あいつの成長を見守るまでは……!

 

「──ならばなられば真実見ひて。啓蒙いりまし叡智でしょうか? 言葉に意味などありなして」

 

 エッタがいるのか?

 後ろから声がして振り向くと、そこにはエッタに似た姿の少女がいた。

 似た姿、というのは耳も尻尾もない普通の人間の少女だったからだ。

 

「というかここ、どこだ……?」

 

 遠くには富士山。

 空には謎の鳥。たぶん鷹?

 じゃあここはナス畑だ。

 

「夢かぁ~」

 

 そういえば変な占いで夢が云々って言ってたなぁ。

 夢って、寝てる時のこっちの夢かぁ。

 初夢には縁起のいい三つが揃ってるし占いもええやんけ。

 

「お久しどうです道化でしょう? ()の名を何とば覚えうる?」

 

 目の前のエッタ風少女はにへらと笑う。

 良く分からんが、この娘の事は仮エッタと名付けておこう。

 

「吾の名はじゃじゅじょの仮エッタ? それもはたまた面白道化、つまりはたまたはそれもまた」

「夢の中ですらエッタ語を聞けるとは、俺の頭も宇宙に到達したか……」

「とりま座ってお話しましょ? お話お手紙お客人」

 

 いつの間にか地面に直で設置された畳と、それに乗っかったコタツを勧められたので靴を脱いで上がる。

 ナス畑のそこら中には芝居小屋的な小道具だったり舞台の背景だったり、気が付いたら色々ごちゃごちゃ置かれてた。

 サニティエッタという道化師系ウマ娘の頭の中も、こんな感じにごちゃごちゃしてるのかな。あちこち物が散乱して。

 

「さてて、さ、ててて」

 

 ウマ娘ではない少女の仮エッタもこたつに入ると四角い紙の箱を取り出し、一か所だけ開いている穴に手を入れて中から一枚の紙を取り出した。

 それは、年賀状……?

 

「お手紙ですよ? お客さん! の、お声にありて。てりあにおのの」

「季節柄の年賀状とかじゃなくて?」

「今は二月の中旬でしょうかそうでしょう? 終わってますよ、お正月!」

 

 いんやぁ? 初夢の筈だがぁ?

 

「ふんふふん、んーふふ?」

 

 仮エッタは奇妙な笑いを漏らしながらお手紙(はがき)を次々取り出し並べていく。

 なんというかこの光景、あれだな。ラジオのコーナーみたい。

 リスナーからのコメントを読んでいくみたいなやつ。

 

「んゆ?」

 

 することがないというか、何をすればいいのかも分からないのでぼーっとしてたら仮エッタがまたにへらと笑う。

 未だにこいつの目的が分からないし、というか本当にここが夢の空間なのか怪しくなってきた。

 夢にしては意識もはっきりしてる。

 

 ちょっと頬でもつねってみようか?

 いやいや、せっかく変な夢を見てるんだしいけるとこまで堪能しても……。

 

「……夢を見て、その通りにしてみる……」

 

 マチカネフクキタルがそんな占いしてたような。

 

「なぁ仮エッタ」

「なんでございましょにまいご? 迷子はそれなりしておきて」

 

 なんかこう、夢特有のお告げとか天啓とかない?

 折角なんか不思議な空間なんだし、そういうのちょうだい?

 

「元よりおそのそつもりその。吾は道化ゆえにや伝達者」

 

 ぱらららら、とトランプのようにお手紙が並べられて何枚か捲られる。

 

「サニティエッタへご助言です。拝領分別判断そは気兼ね? 最終的にはトレーナー!」

 

 捲られた数枚は、本当にお手紙って感じだ。

 おお、確かに助言的なアイデア的なのも書いてある。

 音や景色が邪魔で集中できないなら装飾を駆使してレースに集中できるようにしたらいいんじゃないか、とか逆に周囲の状況を把握してはいるのなら武器にできるし、とか。

 

 エッタの能力は一長一短だ。

 どう向き合うかは大事だし、このお手紙をどう受け入れていくべきかな。

 

「ん」

 

 仮エッタは再度にへらと変な笑いをしてから手紙を箱に片付けると、何処かへ仕舞って立ち上がる。本当に耳と尻尾がないだけでエッタと瓜二つだ。

 

「お時間ですね。終わりです」

「夢の内容って起きたらあんまり覚えてないよなー」

「んゆふふ平気、ですよへき。覚えてまして読み返し。ここに書かれておりましゆえに」

 

 エッタの夢と合わせて色々考えてみるか、よし。

 

「ありがとうな、仮エッタ」

「礼には及びませぬ場やここを借り。ヘンリエッタに幸あれ道化」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……めっちゃ変な夢見た……」

 

 

 ウマ娘じゃないヒト娘のサニティエッタ風の少女からのお告げによると、どうやらエッタの持つ特性と向き合え的な感じだった気がする。

 あと富士ナス鷹の初夢三銃士。じゃあ今年はいい年になるな!

 

 

「あ、返信きとる」

 

 

 昨日聞いた夢についてかな。

 

 

『夢ですか? みましたよ! ()はあて姿に瓜二つ? 勧む助言は月明り。』

 

 

 やっぱり将来的な夢じゃなくて、寝た時の夢の話になるよなぁ~。

 というか一句についてはスルーされてる~。

 ……ん? エッタの姿に瓜二つ……?

 

 

『それは、耳と尻尾のないサニティエッタさんでしたか?』

『鏡写しにそこだけ差異に! お不思議ですね、ジョゼトレも!?』

『俺も会ったわ、その仮エッタ』

 

 

 二人して同じ夢を……?

 偶然と信じたいけど、こいつの宇宙に巻き込まれたんだと思えばこういう事もある。

 

 ……いや、それでも意味が分からんけど。

 

 ……いや、意味分からん!

 あの人間バージョンのサニティエッタは、一体誰なんだ!?




仮エッタのヒミツ

 リンゴと猫が好き


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飲むヨーグルト

飲むヨーグルトのヒミツ

 お゛い゛し゛い゛ぞ゛っ゛!


「あけおめですよ? 新年です! 今年始まりクラシック!」

「おっすあけおめ」

 

 

 冬休みも明けて、チームのプレハブで初邂逅。

 結構ギリギリまで実家の新潟に道化師様はいて、昨日ようやくご帰還なされた。

 今回は行方不明にならず何とか一人でトレセンまで来れた辺り、なんやかんやでエッタも成長している。

 

 ホープフルで落ち込んだ影は見られず、つまり今日からまた騒がしい毎日の始まりだ。

 予定としてはしばらくレースよりもトレーニングに重点を置いて、エッタの弱点克服に努める所存。

 道具やらなんやらを駆使して短所である“視野が広すぎる故に集中できない”と言うのをやはり()()()()していくか、あるいは長所である“とても広い視野”を伸ばし利用していくか。

 クラシックに入ってから悩むには遅い気もするけど、遅すぎる事はない。たぶん。

 

 最終目標もこれから確認してくんだし、色々手探りなんだよ許してくれ。

 あと知名度上げも忘れずにな、やってかんとな。それやったらエッタがよろこぶから。

 

 

 

「まずはこれです年賀状!」

 

 

 ──ズガドァア゛ンッ!!

 とてつもない勢いで叩き付けられた年賀状と机が悲鳴をあげた。

 

 

「律儀だね」

 

 

 机が四角くへこんで年賀状が圧着されてしまったので、丁寧に爪で剥がして受け取る。

 そういえば年賀状って訳じゃないけどさ、一応エッタの家の方には新年の挨拶として手紙は送ってたっけ。

 手紙と言ってもテンプレ的というか何というか、所謂っていうか学校でよく配られるのと一緒なただの事務的な奴だけど。ほら、なんちゃらだよりとかそういうあれ。

 

 そのお返事と思えばエッタ家も律儀なもんだね。

 わざわざガッコー相手に返事なんて普通せなんだろう。

 

 

「お土産は別にございます! でもはまずわやひとまずそれ先なおどうぞ!」

 

 

 持ってきたエッタは椅子に飛び座ると、いつもの通りがこがこと何の気もなく動き出す。

 いつも通りの日常再開……と言いたいけど、俺にそんな余裕はなかった。

 なぜなら、手にしたこの年賀状がとっても恐ろしいからだ。

 

 

『新年あけましておめでとうございます。

 機会があれば、是非こちらの方へ遊びに来てください。家族一同で歓迎いたします。』

 

 

 ここまではいい。

 ここまでは、まだ微笑ましいタイプのやつだ。

 ただの新年のあいさつ。

 問題は、その背景に使われている写真。

 

 写真には2人写っている。

 

 ひとりは晴れ着姿で綺麗に着飾ったエッタ。

 無表情がデフォルトの道化師が不器用ににへらと下手くそに笑っていて、絶妙に微笑ましい。

 

 だがその横、時折話してくれる姉と思わしき女性が超恐ろし過ぎる。

 何で左手に猟銃を持つ必要があるのか。

 どうして右手に日本刀をがっちり握る必要があるのか。

 そもそもメイド服を着ているのはなんなのって突っ込みもしたいし、カチューシャに針金が剥き出しのお手製ウマ耳を装着しているのも何なのか。

 

 どこから問い正せばというか、もはや不気味過ぎて触れたくないんだけど。

 これにオーケーを出したパパさんは正気か?

 言うまでもなく、娘に手を出したらどうなるか分かってるのかっていう敵意でしかない。

 

 こうなると本文の遊びにおいでよも死にに来いと言ってるようなもんだ。

 新潟は恐いところだ。みんなも新潟から逃げよう。田舎は排他的。

 お米だけ輸出して鎖国してくれ。俺は新潟から逃げるぞ!

 

 

「アイーダ姉ねが伝えよ伝言託してりんごんごん! リンゴ? ごーん!」

 

 

 しゅばっとエッタが謎のポーズを取りつつ、机に今度は少し大きめのボトルを置いた。

 これはお土産なんだろうけど、その前に伝言ってなんぞ?

 

 

「“お分かりですね”とお伝えくださいそうですよ? あては何にも分かりませぬがや、にもももも」

 

 

 うん、それはねサニティエッタ。

 僕がなにがしか君に罪ありきな事をした瞬間にムッコロすぞっていう脅迫だよ。

 あの猟銃で撃たれたりポン刀でぶった斬られたり。だいたい姉さんの殺意が高すぎる。

 

 あれか? 男は獣だし獣相手なら狩猟OKとかそういうあれか?

 

 もうやだ新潟。

 家族一同で歓迎ってやっぱりそれ、「騙して悪いが死んでもらおう」じゃんかさ。隠す気ないやんけもう。

 鎖国どころじゃないね。新潟を切り離して日本海に浮かべよう。流刑だ。

 

 

「それより土産を受け取りたまふぞや!」

 

 

 俺は命の危機があるんやぞ。それよりで済まされてたまるか。

 

 

「これはお土産やわっこヨーグル! 新潟土産は笹団子? ぽっぽ焼き? あてが持ちゆるそれは、あても大好きやわっこヨーグルト!」

「飲むヨーグルト……って、新潟のお土産だっけ」

「お山の方に工場ありましよく行きまして。おいしいですよ? 作りたて!」

 

 

 へー、それは知らなんだ。

 

 

「お飲みましょ? ヨーグルト!」

 

 

 壁際の棚から紙コップを取り出して机に置くと、待ってましたと言わんばかりにダバダバ注がれる。

 それちゃんと振った? 乳製品って底の方に固まってないかい?

 

 

「いただきまーす!」

 

 

 お、良い飲みっぷりだね。

 俺も飲むか。

 

 

「んにし、んふふふ……」

 

 

 一口に飲み終えたエッタは自分用の二杯目を注ぐ。

 たぶんというか、自分が好きな物を買ってきたんだろうな。工場によく行くって言ってたし。

 

 あまりにも良い飲みっぷりというか、あまりにも必死に飲もうとする姿が微笑ましくてつい眺めちゃう。

 

 

 それにしても、んー……。

 

 こうしてちゃんと観察すると、他のウマ娘の例に漏れずエッタって美形だよな。ビジュアルは良い。

 無表情で眠たげな瞳に長いまつ毛っていうのはチャームポイントとして推せるし、動作がうるさいのは前述に対するギャップ萌えに変換できるだろう。

 できるのか? 分からんけど。

 

 基本的に無表情貫いててたまーにしか自然に笑顔を作れないのだけが玉に瑕。

 いつしかのレース後にくれたVサインの笑顔を常にくれ。

 

 当の本人はそんな事は全く気にせず、なお飲むヨーグルトを飲み続けていた。

 折角だしちょっと動画撮っておくか。

 スマホを取り出してカメラを向ける。

 

 

「んく、んく、んく」

 

 

 三杯目を注いだエッタがまた調子よく飲み始め、眠たげな瞳はそのままに眉だけが真剣に傾いている。

 めっちゃシュール。

 

 

「……んく?」

 

 

 あ、こっちに気が付いた。

 

 

「飲みますか? 飲みましょう! おいしいですよ? よよよよう!」

 

 

 にへらと笑って飲みかけのを俺に、つまりカメラの前に渡してきた。

 うーん、何かのCMみたいな出来過ぎてる構図。いいねこれ。

 

 

「どうされましたかトレーナー! あての飲みかけ飲めなし……あ!」

「ちょっと待って」

「間接駄目ですそれ駄目です!」

 

 

 この動画、アップしたらバズるんぢゃね!

 

 

「エッタ、今何となく動画撮ったんだけどさ、これネットにあげようぜ……」

「そいえば前にも出汁飲みまわ──! んゆ?」

 

 

 貴様の可愛さをここすきして人気者にいたしましょう……。

 

 

「んん、よろしくて! 道化は目立ってなんぼの商売ぼんなんぼん!」

「俺のアカウントじゃバズれそうにないから、エッタの方から出してくんねか? データ渡すから」

 

 

 いかに今取れた動画がいい感じだとしても、しかし俺の力じゃ無理だ。

 ウマッターのアカウント、前に適当に公式とかニュースサイトのアカウントを一通りフォローしただけで結局全然使えてないんだよな。

 ちなみにフォロワーは1件だけ。それもウマ娘やそのトレーナー達を無作為にフォローしてるっぽい、なんか良く分からん怪しいやつ。

 そんなもんで俺に拡散能力はないから、エッタの方からよろしく。

 

 

「あれ、てかその前にお前さんウマッターやってるっけ?」

「んー……。以前に作ったものがあり、せんぬばりらはらエッタあか……」

 

 

 鞄からスマホを取り出したエッタがぺちぺちと操作する。

 でもそのスマホ、電池が一瞬で溶けるんだよな。変なアプリが大量なせいで。

 

 そっか、そのせいでウマッターやる隙が無いのか。

 

 ……てかそれじゃあ知名度低い理由、もしかして俺ら二人ともマーケティング活動できてないからじゃねぇか?

 傍からしてみればレースで勝って知ってはいるけどってレベルで終わってるし、売り込みもしなければ取材の申し込みをしようにも連絡先が無いし。

 そうだよ、売り込みが足りないんだ。

 

 

「ありました! アカウント! 復帰でき? 覚えてましてよパスワード!」

「お、ええやん」

 

「最近全然使ってませぬ、教えますよ? パスワード!」

「待ったッ!」

 

 

 俺そういうの疎いけど、パスワードは他人に言うものじゃないとは知っているぞ!

 

 

「んむぅ……。でもや、あてのスマーホホンでは更新頻繁目立てぬ出来ぬ。目立って目立てぬ道化家業……」

「それなら大丈夫だぜ」

 

 

 スマホの画面を見せてくれて分かったけど、フォローもフォロワー数も俺よりずっとマシだね。

 なので。

 

 

「ここにノートパソコンがある」

「デスクトップ!」

「ではないんだなそれが」

 

 

 新潟ってパソコンないの?

 PCが無いのは島根だけだと思ってた。

 

 

「俺のスマホでログインするのはアレなので、いつもトレーナー業で使ってるこのパソコンを使ってウマッターする事を許可する」

「あてにも使えて電子機器! 苦手ですよ? 慣れがなく!」

「……お主が触っていいのはウマッターだけだぜ……?」

 

 

 そわそわふらふらで興味最優先なサニティエッタを自由にさせたら、情報流出とかウイルス感染とか、何か色々やらかしそうだ。

 ウマッター以外には後でロック掛けておいたり対策する。

 インターネットにつないでログイン画面に移行し、エッタに渡す。

 

 スマホが使えないならそれ以外を使えばよろしくてよ。

 

 何て単純な答えなのだ。

 これでエッタの知名度は上がり、本人は嬉しがり、大スターに……は簡単ではなかろうが一歩前進。

 

 

「できましログインたらりや道化道! あいさつですよ? ……文字打てず……?」

「キーボード分からんかぁ……」

 

 

 俺なんかは仕事でもよく使うから慣れてるけど、島根と同じくパソコンがない新潟だもんな。

 分からないのに人差し指でとりあえず押しまくるエッタに合わせ、古のかな入力を起動してやる。

 これなら日本語は書けるだろ。

 

 

「では挨拶! なりてやぞりにてひにしや!」

 

 

 かたかたやって、エッタなりの言葉で挨拶を……古のエッタ語やん。

 自分のスマホでエッタのアカウントを探してフォローし、過去の呟きを見てみる。

 

 

 

『路地裏猫いてリンゴいて、空き瓶お手玉ジャグリング! どうでしょう? 慣れてます!』

 

『ニコルはラベリテベリテット! 御師様師様のお弟子になられやならる!』

 

『アイーダ姉ねがニワトリ捌きしその名前、あての名をばや与えたまふ……。

 なぜゆえあてに似た名を与え、あてに食さんとば与え……?』

 

 

 

 ……うん、文章でもこんな調子なのな!

 この前のサニティエッタ全歌集はまだ読める文だったじゃんかー!

 なんで、なんでこうなるの……? どうしてそんな道化師に拘るんだい……?

 

 他にももはやよく読んでも意味が汲み取れないのも多いし。

 口頭だったら勢いで何となく分かるのに、文章だと途端に分からん。

 特に「は」を普通に“はひふへほ”の“は”で読むのか、それとも“わ”で読むのかとか、分からないんだもん。

 

 あ、更新された。

 

 

『トレーナパソコンお借りして、舞い戻りしやはサニティエッタ! 道化でしょう? 奇術でしょう! 先程ジョゼトレ動画撮り、それをば見せたい語りしなりて!』

 

 

 エッタを見る。

 にへらと笑って親指を立てられた。

 なるほど、その流れで動画を投稿しろと。

 

 

「ちょっと待ってな―」

「楽しみですね? 反応有名知名度上昇、つまりは道化の一歩道!」

 

 

 えー、フォルダに入れて、アップして、こうか?

 いけたいけた。

 

 

「これでバズすればいいなぁ」

「……バズはや動詞?」

 

 

 さ、人気方面のあれこれはさておき次はお前さんの方針ぞ。

 

 

「決めまして、秋華賞! その道中にはレースが沢山ゆえでしょなりしょ!」

「それは短期目標だよ。俺が言いたいのはもっとこう具体的にさ、ほら。トウカイテイオーとかみたいな何冠ウマ娘―とか、他の連中もよく言う凱旋門とか、そういうあれない?」

 

 

 夢だよ夢。

 分かりやすい大目標。

 

 

「あての目的聞いて無し? 目指すは道化の大道芸。なぜという? それはあてが道化師ゆえに」

「うーん……。目立てれば良い感じ? ほら、トレセンに来た志的なのとか」

「推薦でしてよ走りましょう!」

 

 

 ああ、なまじ才能があるからもっと伸ばしてこいって感じ?

 

 

「というか、ついでにその道化師への拘りも聞かせてくれないか」

「ふふ、んふふふ、んふふふふふ、興味ありとな」

 

 

 すまん、長くなりそうだしやっぱ聞かん方がよいかも──

 

 

「──良いでしょう良いでしょう! 聞かせましょう? 聞かせます!」

 

 

 椅子をがたがた鳴らしていたエッタが飛び上がると背もたれを支点に宙返りを披露し、着地と同時にどこからか取り出したリンゴを数個投げてお手玉を始める。

 藪蛇は道化師を引っ張り出した(?)

 

 見ろよあのサニティエッタを。

 すっげぇ目をきらっきらさせて道化師が何たるかを語り出した。

 それより新年というか一番聞きたい大目標をよぉ、夢をよぉ、定めたかったのによぉ。

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

「つまり!」

 

 

 ……つまり……?

 

 

「あてが道化なのは節理」

 

 

 分かりました……。

 

 

「あ、姉ねから電話!」

 

 

 スマホに着信があったエッタは頭にリンゴを乗せながら話し込む。

 エッタの道化師に関する語りは何というか、納得はできる……できる? 

 わがんね。

 

 あー、まぁあれよ。

 サニティエッタは生まれつき落ち着けない性分で、それゆえに空回りする事も多くて道化だったと。

 だけど同時にウマ娘であり走る素質があったので、ならばその性分を隠さずむしろ目立ってやろうと。

 

 なんかそういう感じよ。道化師的啓蒙活動。

 正直エッタ語だらけで分からん事ばかりだったけど、何らかの強い意思は感じた。

 

 ひとまずの所、エッタの目標は“有名人になる”というのに間違いはない。

 レースで目立ちファンを増やしていく。そういうコースでいこうか。

 その目標ならハッピーミークへのリベンジは良い宣伝と言うか、とっても目立つチャンスにもなるし。

 

 

「動作と共に伝えればよし? 動画見て? んんー……」

 

 

 電話を終えた道化師様はスマホを置くと、頭のリンゴを机に並べながらそれに手刀を振り下ろす。

 何の動作かは分からんが、リンゴを斬るなら果物ナイフがそっちの棚に──

 

 

「──“お悔やみ申し上げます”」

「ホワァアアッ!」

「と、姉上からの伝言です」

 

 

 俺の首! 狙ってキタヨ!?

 とんでもねぇ勢いの手刀でッ!

 

 

「姉からの指令で俺の命を狙うのか!?」

「でもでもそうする必要ありと」

「ナンデ!?」

「先ほどウマッタ乗せまし動画、それ聞きし姉ねはお悔やめと」

 

 

 ああ、なんてこった……。

 そうだな、そうだったな、あの動画、俺が撮ったって事はエッタの飲みかけを俺が受け取ったかも知れないっていう、あれなー……。

 

 もうやだよぉ、新潟絶対近付きたくないよぉ。

 殺されるじゃん……てか今殺されかけたじゃん……。

 

 越後のえはエッタのえ。

 越後のちは血のちだ。

 

 

「あ! 先程動画はおおバズり!」

「それは、おめでとう……」

 

 

 俺はそれどころじゃないんだ、俺は殺されるんだ……!

 エッタ! お前の姉が東京に来ることがあったら事前に言えよ! 絶対だぞ!

 じゃないと俺、撃たれたり斬られたりするもん!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フルアーマーエッタ


サニティエッタ(クラシック時点)

スキル
 気まぐれアタックLv2
 お見通し
 伏兵〇
 寸前×


「前に集中できるよう視界を狭めるためのゴーグル、防塵防音に特化したスポーツ用耳カバー。おまけに髪の毛にはボンボン」

「フル装備のゴツさがすげーな」

「なるほど、勉強になります」

「……窮屈そう……」

 

 

 桐生院さんとハッピーミークに頼んで、ついに完成したサニティエッタ・フルカスタムと模擬レースをして頂く運びとなった。

 もう準備万端なサニティエッタはというと、環境というか普段と格好が違うから少し落ち着かない。

 走れば問題ないか、あるいは馴れか。

 

 なんにせよ勢いとはいえ折角買ったんだし、早速これを使わない手はない。 

 つか特に耳カバーなんて輸入だお取り寄せだって結構高かったし。

 

 

「おーいエッター」

「……」

「エッタ?」

「……」

「エッタちゃーん?」

 

 

 あ、これ聞こえてねぇのか?

 

 

「エッ──」

「……危ない」

 

 

 ぼそっとハッピーミークの声がして、エッタに近付こうとした俺の服が後ろから引っ張られた。

 引っ張られて尻餅をつき、頭上をエッタの豪脚が空を切る。

 あれ当たってたら多分弾け飛んでただろうな、俺の体。

 

 

「じょ、常禅寺さん大丈夫ですか!?」

「ミークのおかげで助かったけど……なんでだ……?」

「……見えてないのと、たぶん……不機嫌」

 

 

 ふ、不機嫌?

 

 

「……」

 

 

 不機嫌な理由をミークは教えてくれない。

 たぶん、自分で気が付けマヌケという事なんだろう。

 きっと無口が災いして言い忘れてるとかじゃないはずだ。たぶん。

 

 背を向けたまま無言で佇むエッタの正面へ慎重に回り込む。なるほど、明らかに機嫌が悪そうだ。

 何というか表情は変わってない筈なんだけど、何となく雰囲気でそう感じる。

 耳もすんごい後ろに傾いてるし。

 

 

「目指したる現実狭間のイリュージョン。潰したるやは打ち出の小槌」

「……あの」

「一寸法師一寸のまま幸せならずか? 幸福善意は他者の目線。故にあてやは素のまま道化」

「その」

 

 

 これ、この装備、エッタには逆効果だね!

 めっちゃ怒ってるし!

 

 うーん……。

 サニティエッタは自身という存在を隠したくないというか、自分を誤魔化したくないというか、たぶんそういうことなんだろうけど、でもレースで勝たないとだし……。

 

 色付きファイルとか手錠とか、道具を利用するのに拒否は無かったはずだ。

 あれらはあくまで自主的に利用するという使い手次第なものだから、エッタ的には良しとしたんだろうか。

 その点、今回のフル装備シリーズは強制的な矯正だから嫌がってる……と。

 

 んー、難しい。どうしようか。

 

 エッタの担当となり大体一年。地面を抉るほどの踏み込み過ぎや集中力をトレーニングで直そうってしても、この一年であまり改善は見られなかった。

 それ故にこれはもうしょうがない癖だと割り切って、それ故にじゃあ装備に頼ってみようと思ったのだけど。

 

 

「集中もやずや思考ブレ、しかしやあてはそれ隠す事なかれり。なぜでしょう? 道化ゆえ!」

 

 

 よし、オッケ!

 ウマ娘のトレーナーならウマ娘の意見を尊重しよう!

 

 

「お分かりいただき感謝の極み」

 

 

 そう、俺はトレーナー。スタンスは担当の邪魔をしないで走らせる。

 短所たるこれらへの向き合い方は、もう少し考えよう。

 今までの方向性は「直す」の一点だったので、直らないなら生かすの方向へシフトしてみるしかない。

 クラシックに入って遅いなんて事はない。かのサイレンススズカだって、今の大逃げスタイルに落ち着くまで時間は掛かったんだ。

 

 才あるウマ娘を信じ、その道を整えてやる。

 忘れるなかれ常禅寺。

 

 

「……でもま一度はお試しありぞや」

 

 

 それはそれとしてもったいなかったなぁとぼやくと、エッタが尻尾を揺らしながらつぶやいた。

 なんだか俺が慰められちゃったな。

 

 

「エッタ……走る?」

「ん、ミークよ! 友よ! わが友よ!」

「……走る?」

「る!」

 

 

 落ち着いた頃を見計らったらしいハッピーミークに声を掛けられて、二人がスタート地点へ歩いていく。

 折角買った物だし一回くらい使ってくれるのは助かる。なんだかんだ、勿体ないし。

 高かったんだぞ、あれ。

 幾ら覚悟を決めても財布の中身だけは現実を見せてくれるよ……。

 

 

「ウマ娘へのその姿勢、参考になります……!」

 

 

 桐生院さんはそれメモする程の事かい?

 

 

「いえ、実際に指導している風景を見ないと掴めない事が多くありますから」

 

 

 そうかなぁ。俺とエッタなんて、特殊な関わり方だし。

 特殊、というかエッタとの接し方がオンリーワンな特殊なんだけどさ。

 

 

「個性豊かなウマ娘達はそれぞれがオンリーワンです。なので、全てが参考になるんです」

 

 

 ……うーん。でもまぁ、ウマ娘ってみんな癖あるしそんなもんなのかなぁ……。

 スタート地点で遠目にもわちゃわちゃしてるのが分かるエッタの横で、空をぼーっと眺めてるハッピーミークだってなんかこう、何考えてるか分からないし。

 

 

「始めましょうか」

「んですね」

 

 

 場所はウッドチップの1500m、最後にちょっとした上り坂のみ。シンプルなコース。

 距離的には道化師様にとって得意の場だけど、いつもの豪快な踏み込みが柔らかい地面に馴染むかどうか。

 てかあの破壊力の蹴りを食らってたらやっぱり俺、死んでたよね。間違いなく。……こわっ。

 

 対するハッピーミークは正直隙が無い。

 ここの場面に強い! ってのは今の所はっきりしていない代わりに、ここだと弱い! っていうのもないバランスタイプだ。どこを走らせてもこなしてくれる印象。

 長距離になればスタミナの問題は出てくるんだろうけど、今回は関係ないし。

 

 

「エッタにウッドを走って貰った事ってあんまりないからなー」

「……えっと、影響されてますか? 口調……」

「え?」

 

 

 もしかして、エッタにウッドとかそこら辺?

 いやだわ桐生院さんったら。言葉狩りじゃないの。

 あたしのことからかわないでくださいまし。

 

 

「たまに出るその口調も一体……?」

「じゃ、始めましょうか」

「あ、はい」

 

 

 向こうは準備良いらしいので、近くに転がしていた旗を拾って掲げる。

 エッタもハッピーミークもそれを見て真面目に構えた。

 

 

「ごー!」

「がしゃん!」

 

 

 旗を振り下ろし、桐生院さんがそれに合わせて何故かゲートの開く音真似をする。

 ほぼ同時、ハッピーミークの方が若干先に飛び出た。

 本戦なら先行か逃げと言うくらいにハッピーミークがぐんぐんと飛ばし、その少し右後ろをエッタが追いかける。

 

 二人だけで走っているからこうなっているんだろうけど、普段のエッタにしては少し飛ばし気味だ。

 装備の違いに違和感は覚えているはず。だがどう影響しているのかは分かりにくい。

 元々エッタは自分の判断で作戦を切り替えられるしなおさら。

 

 

「ミークはちょっと焦ってますね。掛かってるような気がします」

「そら後ろからあんなのに追いかけられたらねぇ」

 

 

 サニティエッタが地元で道化師と言われていた理由、それは周囲のペースを乱すためだ。

 超幅広なストライド走法でゆったりとした走りを演出して、横や後ろを走るウマ娘に「あれ、自分速度出せてないんじゃね?」っていう感覚を持たせ焦らせる。

 じゃあ視界に入らない前を走ってる娘には、今のハッピーミークのようなポジションに関係がないかというと、結構そうでもない。

 

 エッタの特徴が一つ、暴力的破壊粉砕踏み込み。

 走ってる時に自分の真後ろから破壊音が迫ってきたら、その正体が分かっていても怖いだろう? 本能に訴えかける恐怖。

 その上相手がエッタの場合、何をするか分からないっていう前提もあるし。

 

 

「もしかしてエッタってタイマンに強いのかな」

「その状況に持ち込めば、ですがレース中にそう上手くは行けませんからね」

「やっぱりどの状況でも安定してるハッピーミークは、ずるいなぁ……」

「ふふ、ミークは凄いですから!」

 

 

 ホラー映画で後ろから迫ってくる殺人鬼から逃れるが如く走るハッピーミークと、それを追うサニティエッタ。

 模擬レースは終盤、ラストの上り坂に入った。

 ハッピーミークはペースを乱されたお陰か少し坂がキツそうに見える。しかし、最初からずっと自分のペースで走っていたエッタにはまだ余裕が残っていた。

 

 ハッピーミークがちらりと後ろを振り向こうと首を回したその反対側、死角になった背面へエッタが潜りこんで加速し一気に抜き去る。

 恐らくあれは偶然じゃない。たぶん、後方を確認してくるタイミングを待っていた。

 

 つい直前まで後ろに迫っていた道化師の圧力が姿ごと消えて、動揺しながら前を見ればそこにはエッタの後ろ姿。

 相手に瞬間移動でもしたんじゃないかという疑問を浮かべさせられる、見事な追い抜かしだ。

 

 

「いやぁタイマン強いなぁ、狙ってたもんなぁ」

「……」

 

 

 動揺して完全にレースの主導権を取られたハッピーミークは抜き返す事ができず、坂に沈む。

 先にゴールしたのはエッタだ。完全勝利、公式戦ではないとはいえホープフルの雪辱を果たしよったわこやつ。

 レースを終えた二人がお互いを称えながらこちらへ向かってくるので、桐生院さんと並んで迎える。

 

「……負けました……」

「仕方ないですよミーク。でも、次は負けません!」

「付き合ってくれてありがとうな、二人とも」

 

 

 さて、勝利したエッタさんですが……。

 

 

「ふん! るる、う゛ぁあ!」

 

 

 突然発狂した。

 

 

「どうしたー?」

 

 

 何やら必死に耳カバーを外そうとしている。

 結構これ硬いというか、ガチガチのガチもんだからきついよね。

 紐をほどいた瞬間、思いっきりヘドバンして耳カバーを吹き飛ばした。

 

 

「どしたよ」

「何も……聞こえぬ!」

「そらそういうやつだし……」

「楽しあらずやレースの地、機械的にや走れと道化!」

 

 

 ……なるほど、レースには確かに集中できるけど、楽しんで走る事はできないと。

 走るのが嫌になっても困るし、これはやめておこうか。

 ゴーグルの方はどうだった?

 

 

「前見て走るにもぶん無し! ……も、本番本戦レースに限りや視界不良」

「これもなしと」

 

 

 俺が周囲を見て細かく指示できるのなら、視界がある程度塞がっても走りに集中してくれれば問題はない。

 けどレース中はエッタ一人の戦いだ。自分でコースを決めて、自分で周囲を見て、自分で決めなければならない。

 やはり短所を生かす方面へ向かおうか。

 勿体ない気はするけど、やっぱりいつものスタイルに戻そう。

 

 

「む」

 

 

 耳カバーを回収し、ゴーグルを受け取り、お守り的に付けた髪飾りのボンボンを取ろうとしたら逃げられた。

 

 

「動くな動くな。取れないから」

「んゆぅ」

 

 

 な、このボンボン取るだけだから。この謎のボンボンチャーム。

 

 

「……もしかして、気に入った?」

「んふふふふ」

 

 

 適当にそこらで買ってきた奴なんだけど……まぁ気に入ったらいいか。

 頭に乗ったボンボンはプレゼントとしよう。

 

 

「んふふふ、ボンボンなりぞて? ゆえや? にて!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

田園にあらがう

サニティエッタのヒミツ

 実は、古い映画が好き。


「バレンタイン……ってことでいいんだよな……?」

 

 

 片付けが苦手な上に収集癖もあるサニティエッタの波状攻撃によって、段々と資材倉庫かゴミ屋敷への改築が進められている我らがプレハブの悲しきウサギ小屋。

 道化師風というかに言えば舞台裏。エッタ曰く、実家もこんな感じ。

 自室と職員室に次ぐ拠点を訪れた俺は、机の上に置かれた物に面食らった。

 

 

 事は昨日の夜に遡る。

 明日に備えてもう休もうと布団に入った矢先に、かの道化師から唐突に電話があったのだ。

 近くで寝ているであろうハッピーミークを気遣っているのか、こしょばゆい囁き声で、明日ここに来るようにと。

 

 翌日はトレーニングをお休みと告げていたのでわざわざ呼び出す事にしたのだろう。 

 その時は眠気もあり何故かと分からなかったが、今日になれば意味はすぐに知れた。

 浮ついた雰囲気の学園、所々から漂う甘い香り。あちこちの地面を乱舞するピンク頭のウマ娘……。

 そう、今日はバレンタインデーだったのだ。

 親しい間柄でチョコレートをやり取りする云々とかの、浮ついたイベントの、アレ。

 

 

 てなもんでトレーナーとウマ娘という変わらない関係だとしても、珍しく少し俺はエッタに期待をしていたんだ。

 あのエッタが「いつものお返しに……」とか言ったらもうその瞬間にギャん泣きして、顔面を涙でべちゃべちゃにする自信と決意を胸に扉を開けた──はず。

 

 

「なのに……なのに……!」

 

 

 俺は、本人不在のプレゼントらしき物質を前に涙を流せなかった。

 添えられているメッセージカードを読み、ほっこりする事もできなかった。

 

 

「一枚上を、いきやがったあいつ……!」

 

 

 机に置かれていた物体。それはなんだったか?

 そこに添えられていたメッセージカードとは?

 

 

 

 まずここにあるメインの物質から説明しよう。

 見た目は箱。四角い、何の変哲もない箱。

 赤い包装紙と白い紐で包まれたそれは、端から見ればパッと見はプレゼントにも見える。

 しかし、注目してみればすぐその違和感に気が付くだろう。

 

 何故なら赤地の包装に黒で描かれているのは──カニだ。

 そう、カニである。蟹。

 ついでに目に入る白い紐はただのビニール。

 

 この時点でもうバレンタインのプレゼントとして何かがおかしいだろう。なんか禍々しい。

 もし普段からカニをめちゃくちゃプッシュするカニガールなら多少は納得もいくが、しかし普段のサニティエッタは道化師をプッシュしている。

 

 ブッシュプッシュ言いまくりなこの時点で情報量のプッシャーゲームは混乱しか生まない。

 せめてこの添えられたメッセージカードくらいはまともな事であれば。そう思って見ても、これすら混乱に泡を注いでくる。

 このカード、それは……。

 

 

「お土産でよく見るヤツ!」

 

 

 メッセージといえばメッセージ。

 でもそれはサニティエッタ個人から俺へに向けての事ではなく、企業からお客様へのもの。

 ご購入ありがとうございますの清らかな文字と、店舗の歴史が書かれた小さな紙。

 

 

 机の上に置かれていたもの。

 それは、新潟土産の柿の種!

 

 

「バレンタインに柿の種もらったの初めてだよ……!」

 

 

 包装とカードに書かれている通り、机に置かれていたのはチョコでも何でもなく柿の種。

 それも新潟でお土産に売ってるらしい、四角い缶に詰まった結構な量の物だ。

 

 プッシャーゲームはついにジャックポットを崩し濁流となって我が身を襲い、嚆矢(こうし)を放たんとする心際(こころぎわ)を払い浄め、清濁(せいだく)合わせ呑む静水(せいすい)しとなる。

 

 おめでとうサニティエッタ。お前の勝ちだ。

 お前が真に推していたのはカニでも道化師でもなく、新潟だったんだね──!

 

 

「で、冗談はさておきどういう意味だろうなこれ」

 

 

 バレンタインで渡すものによって意味合いというか含むメッセージというか、そういうのが変わるとは知ってる。

 有名どころで飴とか……飴、とか……そういうの。

 

 でもさ、柿の種ってなんなのよ?

 どういう意味合いというか、日本限定の食文化というか、いやそれにしても訳わかんねぇというか。

 サニティエッタの事だから深い意味はない……はず。

 

 てかその件の道化師様はどこいったんだ?

 壁に掛かっている時計を見れば集合時間は過ぎている。

 遅刻にしても机に柿の種が置いてあるならもう来てたんだろうし、とすれば厠かな。

 

 

「通知もなしと」

 

 

 一応自分のスマホを確認してみたけど連絡はない。

 まぁどうしたって昼前にエッタのスマホは力尽きるので宛にはしてないけど。

 やっぱりいい加減バッテリー問題何とかしないとなぁ。

 

 

「んー」

 

 

 パソコンで予定を確認かたかた、ホワイトボードにまとめたのを書き書き。

 

 かたかたかた、カキカキカキ。

 かた、カキ、かた、カキ──柿の種。

 

 

「まさかね」

 

 

 いやまさか、机に放置されてる包装済み柿の種の中身を確認するまでエッタが現れないなんて事ないよな?

 よく漫画とかであるじゃん? 貸してくれた本だかノートだかの中にメッセージが入ってて、「この場所で待ってる」みたいなのを遅れて気が付くとか、そういうの。

 

 包装を開けた形跡はない。

 ピッチリと閉じられたまま、まさしく買ってそのまま置いたとしか思えない状態だ。

 

 エッタは確かに指先が器用だしほつれたジャージを自分で直せる位の裁縫技術があるけれど、流石にそれとこれとは話が別だろう。

 なんせあやつはラッピングどころか段ボールですらも力こそパワーと言わんばかりに破って開けるのだから、丁寧に開けようとしても衝動か癖でビリっとどこかやってしまうに違いない。

 とはいえ能力的にやれない事はないだろうな、という評価もある。

 

 安っぽい言い方をすればシュレディンガーの猫。

 開けるまで分からないパンドラの箱。

 ドーケinボックス。

 哲学的存在。

 

 

「いやいや今の時点でこれはエッタの持ち物であり、勝手に開けたりするのはご法度……」

 

 

 意味は分からん。

 今日に至るまでエッタの行動を完璧に理解できたことは少ない。

 

 

「俺は……どうしたらいいんだ……?」

 

 

 部屋を見渡そう。

 前述の通りサニティエッタのサタニックラプソディーによって、この納屋は悪夢の中に取り込まれたかのような混沌の産物と化している。

 机の上はせめてもの意地で物をどけているので今回の柿の種はすぐ分かったが、もしかして他にも変化が有るのかも知れない。

 

 女の子の些細な変化を見逃すと即死するのは知ってる。

 人の世は不条理なのだ。

 

 

「ひと昔前のシューティングゲームであったよね、こういう悪夢ステージ」

 

 

 背景を覆うようなオブジェクトの数々、ゴミ山としか見えない小道具のお宝天国。

 巨大な招き猫、キャットタワーに山積みの段ボール。

 こたつ。祀られたこの前の髪飾りボンボンとスポーツ用品一式。

 今からすでに年末の掃除が恐ろしいねこれ。エッタは掃除を手伝わないだろうというか、新潟に帰す予定だし。

 

 で。

 

 結果として気付く所はない。

 今に思えば毎日このガラクタは増えてるし何か発見するとか無理やろ。

 やはりエッタ本人を待つしかないんだ。ぼく達わたし達は、サニティに振り回されるしかありません。

 

 人間は無力だ……。

 

 

「エッタさーん。出てきてくださーい」

 

 

 祀られてる特大招き猫にお祈り。

 これどこから持ってきたんだろう。誰かから貰ったのかな。

 へるぷみー!

 

 

「んゆ?」

 

 

 からから、と音を立てて窓からエッタがやってきた。

 

 

「あてを何ぞやお呼びにあらりてなりて? ぞや! してはお出かけお日様日和の良場さして!」

 

 

 待てー、ちょっと待ってー。

 まずは窓から入ってくるんじゃない、扉すぐ横なんだからそっちから来なさいよあなた。

 あとその背中に乗せた切り株は何なんだい? 何それ、ついに家具小物から自然由来の大自然じゃん。

 

 つかァ!

 

 俺をここに呼んだのお前だよ!

 柿の種も何だか分かんないし、待てっ、根っこにめっちゃ土付いてる! めっちゃ泥落ちてる!

 せめて払ってから部屋に入れてよ!

 

 

「んひひひ、これはそっくり将軍杉ぞ! 幾数分かれて根っこの逆さ、杉の花粉は許すまじ? 許せまじ!」

「聞いてる?」

「切り株逆さに置いてまし、ふんよらさっさで設置場所! そいやっさぁ!」

 

 

 勢いよく背中から降ろされ、衝撃で色々飛び散る。

 土がァーーーーっ!

 

 

「で、サニティエッタさん。サニティよ」

「何ぞやござい? まして?」

 

 

 話を進めよう。ついでに直接聞いてみよう。

 ここへ俺を呼んだ理由と、あとこの柿の種は一体?

 

 

「……な?」

「な」

「ななー」

 

 

 なるほど、『バレンタインだけど直接そう言って渡すのは照れ臭かったので先んじて設置し時間をずらそうと周辺で待機していたら形の良い切り株を見つけてしまって意気揚々と帰還したらすっかりバレンタインを忘れてて急に聞かれて思考が追い付かなくなってしまった』──と。

 進化したぜ俺も。「な」という一言でここまで察せられるんだ。

 流石にどうして柿の種だったのかまでは分からなかったけどナ。

 

 

「ところで私服なんだな。これからどっか行くの?」

「そう! それ! ゆえ!」

 

 

 7色のレインボーパステルカラーが眩しいゲーミングお洋服を着装したエッタがぐいぐいと腕を引っ張る。

 ここは待ち合わせの場所に過ぎず、ここから俺が連行される流れなのかい? お出かけかい?

 待ってね。せめてこのパソコン仕舞わせて、ちょ、千切れる、腕千切れちゃう!

 袖が!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どぅ、どんだ、だ! ……でで、だん!」

「こっちは初めてくるなぁ」

「わむ! ゆんゆんゆん!」

「電車は静かになー」

 

 

 謎にテンションが高いサニティエッタ主導の元、電車で向かい辿り着いたのは新宿。

 東京生まれ東京育ちの江戸っ子だがこっちへ来たことがないし、流石に案内できないなぁ。

 案内図でも見てから行こうと提案……する暇もなくエッタは歩き始めてしまった。

 

 

「到着してして新宿西口聖なる地! たかだか映画の風景画!」

 

 

 と、エッタは言いつつ大股でずんずん人混みをかき分け進んでいく。

 一体どこへ向かうのだろうか。

 年頃の子がこういった若者の街で向かうとすれば、やっぱり食べ物関連? スイーツとか?

 

 

「……ん」

 

 

 エッタの足がぴたりと止まる。

 旧青梅街道と書かれた謎のオブジェをじっと見て、振り返り、交差点を眺める。

 往来やまぬ雑多な中に、立ち止まったまま動かないウマ娘。

 一体どうしたっていうんだ?

 

 

「エッタさん?」

「ここだ」

 

 

 やっぱり表情の動かないエッタがぽつりと言葉を漏らす。

 新潟産道化師サニティエッタと新宿のこの場所に、何の関係が……?

 

 

「ジョゼトレお座りそこへば正座」

「……はい?」

「はよ!」

 

 

 は、はい……?

 

 

「そこな人、写真を一つ頼まれたまうぞや!」

 

 

 近くを通りかかった一般の方に俺から奪ったスマホを渡すと、エッタは俺の正面に座り込む。

 人通りの多い交差点、信号近くの歩道で正座で向き合う謎の男と謎のウマ娘。すんげぇ恥ずかしいんだけど。

 俺も一般の方も困惑しつつ何枚か撮り、謎のゲリラ撮影が終了した。

 

 一切合切意味が分からんのやけど。

 そろそろ解説が欲しい。

 

 

「あての前観た映画のシーン、ここが撮影その場所です」

「ああ、ロケスポットだったのね。じゃあさっきの座り込みは、カットの再現って事か」

「んゆふふ」

 

 

 写真を横から覗き込むエッタはとても満足そうだ。

 

 

「でも、今度からはちゃんと言ってくれよ? 恥ずかしいとか以前に、迷惑になるからな」

「申し訳なく衝動故に……」

 

 

 次に気を付けてくれりゃいいさ。

 

 

「新宿まで来たのはこれだけって訳じゃないだろ? なんか食おうぜ、クレープとか」

「ぱ、ぱ、ぱへ!」

 

 

 ちょっと待ってな、お店調べるから。

 

 

「残存残り香消えゆく景色、留めあらずやノスタルジック」

「お、よさげな店あったぞ」

「ぽへ!」

 

 

 ゴルシちゃんレーダーなる情報アカウントによると、甘味に鋭いウマ娘が幾度も通うお墨付きのお店らしい。

 そっちへ行ってみようじゃないか。

 この常禅寺、甘いものはそこそこ好きだぞ!

 

 

「ごーごー!」

「よし、ゴーゴーだな!」

 

 

 新宿の街は人が多い。

 レース場にだって人は大勢来るし人混みには慣れている筈なのに、どうしてか知らない街ってだけで感じる空気というか雰囲気というか、何かが違って感じる。

 隣に私服のサニティエッタが居て、二人で歩くっていうのが新鮮だからかな。

 

 実はというと、桐生院さんの教育方針を参考にして一緒にお出かけというのをあまりしたことがない。

 蹄鉄の補充だとかシューズの手入れ等々で一緒に近場までは行くことあるけど、こうして休養日に2人で遠くへってのは本当にしたことが無かった。

 なんというか……照れ臭いな。

 

 

「ここぞか!」

「……の、隣な」

 

 

 なるほど、パリピだ。ピーポーしてる。

 あと最近のこういうお店って店頭で買ってその辺で食うのが主流なのな。

 てっきりイートインスペースみたいなのがあるのかと。

 

 

「何食べる?」

「あてに委ねよその注文、受けたまふぞやなりてなりや!」

 

 

 サニティエッタのエッタ語は言語学的な訳の分からない宇宙がある。

 それは恐らく、ナウなヤングがこういったお店で使う呪文にも適応されるものだろう。

 任せたぞエッタ嬢。俺こういうのマジで無理だから。

 

 

「黒糖特盛出汁倍鮭多め!」

「承りました」

 

 

 黒糖特盛出汁倍鮭多め!?

 

 

「あの、エッタさん……?」

「ふふん」

 

 

 いや何そのドヤ顔。何にも完結してないっていうか、え。

 というか店員さんもなんで普通に用意してるの? クレープって、甘味だよね?

 黒糖はともかくとして、そのダバダバ混ぜてる出汁は何なの? 鮭フレークぶち込んでるけど不思議に思わないの?

 

 

「あての直感に間違いなしぞ!」

「俺の目には大学生が悪ふざけで作る地方料理にしか思えないよ」

 

 

 黒糖と出汁が合わさった謎のクリームに鮭フレークが散りばめられた、冒涜的なクレープが完成する。

 唯一の救いは見た目だけなら当然ただのクレープって所だろうか。あるいは、もしかしたら店員さんが隠ぺいの為に丁寧に包んだのかも知れないけど。

 

 

「はいどうぞ、お気をつけてください」

「ありがとございまし!」

 

 

 両手に味覚殺人クレープを掲げたエッタが下がり、お財布担当こと常禅寺が前へ出る。

 さて、おいくらだい?

 

 

「バレンタインのカップル割引が入りまして……」

 

 

 ……ん……?

 ん゛……!?

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

 お金を払い、道を挟んで邪魔にならない所へとりあえず移動して……んんん?

 

 

「どうされましましジョゼトレなりて? ごきげんよう? 元気でしょう!」

「あー、うん。その……だな」

 

 

 渡されたクレープを食べる。味覚、死ぬ。

 

 

「それで何ですお悩みですか? このあてエッタにお任せあられ!」

 

 

 エッタに相談した所でというか、カップル割引なんぞ言われたと言った所でだし、あー……。

 そうだ。

 さっき言ってた映画の話でもしよう。

 

 

「い、いやさ、写真のあれってなんだったんだと思って」

「写真のあれ?」

「ほらあれだよ。さっき撮ったじゃん」

「あー」

 

 

 実際の所、エッタが何の映画を見てあの場所を目指したのか分からない。

 俺だって何でもかんでも知ってる訳じゃないし映画の内容も網羅してる訳じゃないけど、新宿で向かい合って正座するなんて特徴的なシーンがあればどっかで知れそうなもんだ。

 

 

「ちょっと昔の映画です。古めかしきやの1974(いちきゅーななよん)!」

「古っ!」

 

 

 俺が生まれる前どころか、もう親の年代じゃん!

 よくもまぁそんな年代のロケ地なんて残ってると思ったな……。

 

 

「移り映えゆる風景画、都市田園は悠久ならずや霧景色。残り香を追いしあての趣味」

「古い景色が好き?」

「ノスタルジー!」

 

 

 確かに昭和特有の雰囲気というか、そういうのはある。

 でも俺ら年代は写真でそういうのを見れても触れる事はできない悲しみ。

 街の所々に残るそういう景色を追い求めてしまうのは、なんか分かるなぁ。

 

 

「あてら走るウマ娘、年代隔てて風化する。一大ブームを築いた後は、跡は残して薄れゆく」

「時代ってのはそういうもんだよ」

 

 

 現在を走るウマ娘達は、現在だから名前を知っている。

 10年、20年、30年と前のウマ娘の名前を憶えている人はいるにはいるだろうが、聞かれなければ思い出さずそのままになってしまうんだろう。

 けどそれは、仕方のない事だ。どんな事件でも出来事でも、消化されてしまえばそうなる。

 娯楽は人生の栄養素だ。人生は遊びながら老いていく。

 

 

「故に! あては忘れえぬ! あてが印象深なりだけは!」

「そういうファン、エッタにも沢山できるといいな」

「うむ! ……無論、ジョゼトレは覚えよろう?」

「当然だ。なんせお前ほど印象深いウマ娘はそうそうおらんて」

 

 

 それでも代わりのない存在と覚えてくれたファンは、何年経っても話題にしてくれるだろう。

 それこそ40年経っても、50年経っても。

 

 

「エッタにもそういうウマ娘っていたの?」

「おりますよ? おりまして! それは大井のかの地を駈けて、一大ブームを築いたかのウマ娘!」

「大井出身でブームを作ったっていうと……」

「彼女の年代1973(いちきゅーななさん)!」

 

 

 だからいちいち古い!




サニティエッタのヒミツ

 大井レース場をデビュー戦に定めたのは、憧れのウマ娘に影響されたため。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダービー紳士録

「ひゅぉぁああっ!?」のここすきの数だけが飛びぬけて凄い事になってる!!!!!!!!!!!!!!
感謝感激痛み入る、クハハハ!!!
なので急いで書きました(錯乱)


季節(きせつ)時柄(ときがら)時期(じき)(かぜ)夏風(なつかぜ)熱風(ねつぷう)めちゃ(あつ)い」

「なー、乗り物の窓際ってなんでこんなクソ暑いんだろうなぁ」

「次はジョゼトレ一句の番目」

 

 

 学園から出発した貸し切りバスで俺の横に座るエッタが、ぶつくさ言いながら無茶振りしてくる。

 

 

「めちゃホット、ベリーめちゃアツ、クソ暑い」

「ぐえー……お茶ちゃん飲みたしや……」

 

 

 くはは、思い知ったか。暑いときに熱いって言いまくるとなかなかムカつくだろう。

 ……俺にもダメージあるなこれ……。

 

 

「あてに5月を……5月の気候を……」

 

 

 流れる景色、周囲に人がいる、閉じた狭い環境、駆動音。なんやら気を散らす要素満載な乗り物というのはエッタを落ち着かせない。

 いつも電車内で移動する際、たぶんそういう理由で常に何かを口走っているサニティエッタさんが、夏には勝てず敗北してダレた。

 ダレながら、俺の取り出したペットボトルを受け取る事なくキャップを開けて飲ませろと言わんばかりに唇を突き出して停止する。

 むせないように気を付けながら傾けていくと、めちゃくちゃな勢いで中身が吸われていく。赤ちゃんかお前は。

 

 

「レース負け、夏にも負け!」

「あ、それ言っちゃう?」

 

 

 トレセンに通うウマ娘の数々は、4月に入ると何故か途端にパワーアップするらしい。

 なんでも三女神像にお祈りすると縁のある先輩ウマ娘が脳裏に浮かんで、力を授けてくれるとか……なんとか。

 並行世界にいるウマ娘に似た存在の関係が云々ってらしい。

 こっちじゃ先輩後輩でも、別の世界だと親子だったり姉妹だったりして想いを受け取るってウワサ。都市伝説。

 

 この噂が本当か分からないけど、4月になってから急にレースが手厳しくなったのは確かだ。

 

 サニティエッタ、不調中。

 というより、ライバル全員が絶好調。

 

 

「いやー、あぢ~な~」

「夏暑からしやカンカン帽追いひして……」

「カンカン照りだもんなぁ……」

 

 

 あと一歩とまでは食らいつけているものの、クラシックに入ってからは中々勝てずに8月になってしまった。

 レースでの集中力と作戦問題を完全な解決と決着できないまま、頭を悩ませる次として努力の差が出ている。

 努力とはサニティエッタ個人として難しい問題だ。なんせ生来の性質上、トレーニング漬けも頭ごなしの詰め込みもできない故に。

 俺の指導不足もあるんだろうけど、桐生院さんや他のトレーナー達に聞いても「難しい」や「本人次第」でどうにも……ぐぬぬ。

 

 才能だけで勝つことはできない。

 天才はいると言わせたトウカイテイオーだって、ただ寝て起きて走った訳ではない。

 今まで殆ど才能任せだけで走ってきたサニティエッタがここで覚醒できるか否か。

 

 

 ──てなわけで。

 

 

 成績不振で煮詰まってるであろうエッタのリフレッシュもかねて、学園所有の合宿場へ向かうのだ。

 チームの規模と成績と予定の兼ね合い的に二泊三日が限界だったが問題ない。今回はエッタに掛かっている精神的な負担を解放するのが目的なので。

 にへらと笑って前の席に座るハッピーミークにちょっかい出してるこの姿からは想像つかないけど、結果を出せなければ中央に居場所がないというのは理解できてるはず。

 

 

「んふふふ、やはっはー!」

「……わー」

 

 

 理解、しているよね……?

 危機感、あるよね……?

 

 あ、ちなみに合宿は他チームとの合同です。チームの人数的にやれって言われた。

 そしてその合同の相手はご存知、桐生院さんとハッピーミークのペア。

 実は今回の合宿、向こうから声を掛けられたのが発端となります。

 

 

「ミークや食べるやお菓子もあるよ? ありまししょうじてよるあもお菓子!」

「待って……酔う……」

 

 

 ぐわんぐわん揺らされてるミークが可哀そうなので止める。

 

 

「むぅ、もしやか嫉妬かしかやもシット!?」

「苦しみを人に与えるでない」

「ん……。失礼ミークや調子乗り」

「大丈夫」

 

 

 仲が良いのはいいけど、程々にね。

 特にバスの中は。酔うから。

 俺が。弱いから、俺も。乗り物。

 

 

「自分で運転する分には良いんだけど、どうして他の人の運転する自動車って酔うんだろうな……」

「あれ、常禅寺さんって車運転しましたっけ?」

「仮免落ち」

 

 

 そこは笑ってよ桐生院さん。緊張してアホみたいな凡ミスしたアホの事をよ……。

 

 

「あ、そだ。桐生院さんに聞きたい事があって

「なんでしょう?」

「ハッピーミークって4月に入ってからパワーアップしました? 急に調子上がったりとか」

「うーん、急に……という感じはしませんけど……」

「何ぞや顔色伺いいつものシー!」

「変わりなし、と」

 

 

 ハッピーミークもエッタと同じく変わりなし、か。

 そも女神像にお祈りしただけで実力が上がるなら苦労しないよね。

 並行世界からの恩恵を受けられないのは、なんか別世界に彼女らが存在してないみたいで悲しいけど仕方ないんだ。

 

 元々受け取る予定の無い物を周囲が受け取ってるからと嫉妬してはいけない。

 人間心理的に難しいしつまりは不公平だとは思うけど、しゃーない切り替えてけ。

 

 

「んゆ? いえいえしっかりパワアップ! あてはなぜならサニティエッタ、道化は道化師実力増して!」

「道化(ぢから)が上がってもなぁ……」

『サービスエリア入りまーす』

 

 きっ、とバスが停車して揺れた一瞬。

 倒れるように視界から消えたサニティエッタが消えた。

 

 忽然と、唐突に。

 座っていた筈なのに、視界から外れたその一瞬でいなくなった。

 

 

「……え……?」

「あれ……?」

「?」

 

 

 何を詰め込んでるのかパンパンの手持ちの鞄、さっきまで俺を捕まえていた手錠、お菓子。

 なにもかもその場に残されているのに、本人だけがいない。

 消え……た……?

 

 

「──奇術、大脱出!」

「うわぁ!?」

 

 

 開いたバスの扉から、サニティエッタが帰ってきた!

 

 

「え、ちょ、ええ?」

「んふふふふ、どうですどうでしょどうしましょう! ()の力!」

「まじでどうやったの……?」

「視線がばっつん切れたので」

 

 

 てくてくと歩いて再び席に着いたけど、まじで今の瞬間移動的なのはどうやったんだ。

 窓から出て行ったにしてはそんな暇が無さすぎるし、ほんと、急に消えたぞ。

 

 

「でも、道化師っていうより手品師だよな」

「死にたいのか?」

 

 

 ひえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うみだー!」

「……くらげ」

「チンクイおらぬかや? うつつかや?」

「ヒトデ……」

 

 

 こいつら普通に魚とか探せんのか?

 

 

「魚は水族館で見られますから。ミーク! こっちにヤドカリいますよー!」

 

 

 おかしいの俺だけ?

 海で探すのって魚とか綺麗な貝殻じゃないの?

 

 

 合宿先の海岸に到着したので、早速着替えてみんなで浜辺にやってきました。が。

 みんな水着なんだけど、俺以外みんな女性なのですっげぇ気まずい。

 いやさ、ウマ娘のトレーナーをしてチームを率いるって事はこういう事態もあるとは理解してたけどさ?

 

 ウマ娘の水着はいいよ? だってプールでよく見るし、もう見慣れてるし。

 でも桐生院さんは違うじゃん? 同期ぞ? 人間ぞ?

 

 

「あ、あの、常禅寺さん? なにか……?」

 

 

 じっと見つめてたら顔を赤くされた。

 いや違うんだ、桐生院さん。その、ね? 変な目で見てるとかじゃなくて……。

 綺麗だな、とかそういうのは、思っちゃったりしたけど、いや深い意味はなくてね?

 

 

 

「──ふぬけ!」

 

 

 

 エッタに構うのを忘れていた────

 

 握り締めた手錠はメリケンサックとなり俺のボディを捉え────

 

 まるで弾丸のように俺を沖へと吹き飛ばす────

 

 

「常禅寺さーん!?」

「我が魂はウマ娘の為にありぃいいいいいいいいいいい!」

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

「ハッ! 生きてる!?」

「むしろどうして生きてるんですか……?」

 

 

 砂浜に立てたパラソルの下、どうにか目覚めた。

 おはよう桐生院さん。何で生きてるかって?

 それはね、生きてるから生きてるのさ……。

 

 

「エッタ達は?」

「岩場で遊んでますよ。フナムシで虫相撲するそうです」

「それ勝負になんなくない?」

 

 

 今の子の感性が分からん。

 でもリフレッシュできてくれてるならいいや。

 ……そして仲良し故に、負けたくないって気持ちになってくれれば……グフフ。

 

 

「ミークにゃ負けませんよ」

「え、虫相撲にそんな自信が……?」

「もっとミークをライバルとして戦ってもらって、バチバチぶつかって貰わんと」

「虫相撲の話ですよね……!?」

 

 

 じゃないと、そうしてレースで結果を示していかないと、トレセンに名前だけ残しても仕方がないんだ。

 人気を取りに行こうにも、まずはレース。

 いくら歌と踊りが良くても、いくらコメディアンとして振る舞えても、そもレースで勝てなきゃ舞台に立てない。

 競争ウマ娘の現実だ。

 

 

「ま、今回のバカンスくらいはゆっくりしてもらいますがね」

「もの凄い戦いが繰り広げられてるんですけど。フナムシで」

 

 

 爆音と共に飛び上がったエッタとミークが空中でフナムシをぶつけ合う!

 岸壁は抉れ、海は割れ、砂は巻き上げられ、気象変動による嵐が吹き荒れ、フナムシ達の戦いはさらに過激さを増していく。

 

 

「虫相撲ですよね!?」

「桐生院さんって虫相撲ご存じでない? 子供の頃よくやったなー」

「え、おかしいの私だけですか?」

 

 

 砂煙に身を隠したサニティエッタ所有フナムシが奇術・大脱出で瞬時に背後へと回り込み、ミークのフナムシを地上へ叩き落とす大ワザを決めた!

 

 

「良いわざカードを持っているな……」

「わざカード……?」

 

 

 やはりタイマン勝負ならエッタは勝てる。

 だがレースでタイマン勝負に持ち込むのは難しい。

 一対一での強みを他にいかせれば、うむ。

 

「次は勝てるぞ……」 

「常禅寺さん?」

「せかやそやでなるほどジョーゼ!」

 

 

 ミークに勝利したエッタがドヤ顔でフナムシを見せてくる。

 良くやったぞエッタ。ちゃんと撫でてやろう。だから手錠を見せるのをやめなさい。

 水着で手錠はまずい。流石にそろそろ理事長が怒るというか、警察がくる。

 

「ジョゼトレあなたもリセットフレッシュリフレッシュ! 最近レースにお熱は怖い顔? 暗き未来や想像無きにやしらばず怖い顔!」

「怖い顔?」

「あての事をば考えうる故ないがしろ。今夏も今回あてのことよろジョゼトレそはどうでしょどうでしょう!」

「そうだな……」

 

「え、今ので会話できてるんですか? ミークは分かりました?」

「たぶん」

「ええ……?」

 

 

 色々と俺も考え過ぎて、最近煮詰まってたってのを見抜かれてたか。

 てか、暑すぎて物理的にも脳味噌が煮られてるし。ぐっつぐつ。

 

 

「かき氷、お食べましょう? 海の家にはおつきもの!」

「おっけー。色々味あるしゴーゴーだ」

 

 

 そしてミーク!

 今度レースで会ったら負けねぇかんな!

 

 

「おー」

「え、あの、私達もかき氷食べますか?」

「わーい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

到着! 勝負服!

サニティエッタのひみつ

 でかい。


 運命力というかなんというか。

 サニティエッタの秋華賞出走が確定した。

 本当に滑り込んだように最後のひと枠を抽選で勝ち取ったのだ。

 

 一着が取れない成績が上がらないってんで勝手に俺が焦ってただけで、エッタは上位入着できてる。

 別に勝てなくたってトレセンから無理やり追い出される訳でもない。絶対に重賞を勝ち取らなきゃいけないって話もない。

 勝てなきゃ居場所がないとか重く思ってたけど、ハルウララみたいな明るさとガッツがあれば何とかなるっぽいしー。

 

 夏のリフレッシュで気分を完全に入れ替えられて、そんなこんなで10月の頭。

 ついに、重賞へ挑むための勝負服が届いた!

 

 

「今日はとりあえず着方の確認で、スタジオでの撮影は後日。あとは──」

「開けます開けてる開けてます! 着よう着ましょう着まして脱ぎまして!」

「待てやてめぇ!」

 

 

 いつものプレハブで届いた勝負服を渡したら、速攻で着替えようとしやがった。

 海でも水着を見たからって目の前で脱ごうとするんじゃないよ!

 あとスケジュールも聞いてけれ?

 

 

「んじゃ外で待ってるからちゃんとカーテン閉めとけよ!」

「あらまれま。暇なればこれおばお読みます?」

 

 

 見ないように外へ出ようとしたら、エッタは自分の鞄からノート数冊と一つのファイルを取り出して押し付けてきた。 

 いや着替える間だけ外にいるんだけど──という暇もなく、ぱたんと扉が閉まる。

 まぁあいつの事だ。恐らくは持って帰ってでもこういうのを読んで欲しいのだろう。自己表現の一つだし、もっと構ってと言わんばかりに。

 

 近くの縁石に座って渡された物を見てみる。

 ノートは3冊。そのうちの一冊は前にも読んだことがある全歌集だ。

 もう2冊はそれぞれ“サニティエッタ全歌集最新版”と“サニティエッタ全歌集Vol.2”とマジックで荒々しく書かれている。

 

 ……うん、どっちが先なのか分かんね。

 

 歌集なんだし上下巻とかで物語的な繋がりはない……はず。

 てか全歌集なのに数冊あるのよく考えたらおかしくない? 全部収めた一冊とかって意味やないの?

 

 

「歌集は後でいいか……」

 

 

 これはこれで気になるけど。

 

 

「んで、こっちのファイルは?」

 

 

 見慣れないそれを開いてみる。

 ルーズリーフのような紙に文字が印刷された、短歌とは違う文章。

 前に全歌集のあとがきにあったようなエッタの視点から綴られるものだ。

 

 わざわざパソコンで文字を打って出力したのか、あるいはプレハブの中に置いてある古いタイプライターでも使ったのか、一部が手書きな以外は全てインクの印刷物。中々に凝った作りをしよる。

 恐らくはちゃんと清書したものを仕舞っておく為のファイルなんだろう。枚数は少ないけれど読み応えはありそうだ。

 他人の日記を覗いてしまったかのような罪悪感があるが、渡されたという事は読んでいいはず。

 

 

「着替え終わるまでだけだし」

 

 最初に目に入ったのは3月15日のもの。

 今年、ではなく去年の入学前のらしい。

 俺と会う前のエッタかぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

幸運を信じてみる心

3月15日 サニティエッタ 

 

 人というのは我が儘なもので、都合の良さで夕日に向かって急げ急ぐなとヤジを飛ばして時間を願う。走る我々に対する声援は全て走れ差せとの後援だろうけれども、その心中であいつは走るな邪魔をするなと願わない人はどれほどいるだろうか?

 誰も彼もの大勢が邪魔をせなんだらアイツが勝つと信じて激を飛ばす影で、コイツは無理だと吐いて捨てた唾の行く末を気に止めない。

 

 幾百の名前のないウマ娘達が追い切りをする背中に押し出されて夢と言われる中央に立っても、時代の中心はたったのひと握り。他はその他大勢として中心点がずれたコマの隅から弾き飛ばされて、盤外へと転げ落ちては行方が知れぬ何処かへと消える。頂点を囃し立てるには幾千の人柱が必要だ。

 競争は、はだかの王様の話とも言える。その年代最強という豪華な洋服をメディアや民衆という仕立て屋がいくら飾りつけても、いつか誰かが一声打って王制を終わらせてしまう。最強不敗の実在の怪しい透明な服を剥がされた王様はその後どうなるか? よほどの事がない限り、あの時が全盛期だったと過去の栄光しか残らないだろう。

 競争ウマ娘達の表現。実力と努力の裏打ちに運を絡めるのなら、今でもサニティエッタと言うウマ娘は運があり運がなかったという憎愛の形に落ち着く。

 

 

 

 虚勢(きょせい)()る6(がつ)(はる)夏風(なつかぜ)(おそ)

 記憶(きおく)()いひと(つき)のある()風化(ふうか)するのを(かな)しみ

 ()(われ)はいつまで(なが)らえる(こと)ができるだろう

 

 

 

 自分は自身を認めているし、受け入れているし、その上で目立ち舞台に立って騒ぎ立て、注目を浴びサニティエッタという道化演者を通じて()()()()()()()の啓蒙としたい。レースというのもその目的の過程に過ぎず、言ってしまえばレース結果なんて本当はどうでもいいのだ。

 過程の途中にレースがあって、過程の前提に勝利が存在している。

 全く面倒で、ややこしい。歌いたい時に歌ってはいけないのかと窮屈に思う。

 

 サニティエッタという個人は、自身について運が良かったと感じている。

 それはウマ娘であること。

 

 ウマ娘であるが故に走り歌う為の舞台を用意され、迷っても線路を辿って歩いていけば舞台へ辿り着く。

 あとは道化芝居の賑やかしで目立ち、騒ぎ、自由にしていれば周囲は勝手に盛り上がろうもの。抒情(じょじょう)の制御が効かず振り回されていようが、それも愛嬌でまかり通るのだからとても運がいい。

 

 サニティエッタという個人は、自身について運が無かったと感じている。

 それはウマ娘であること。

 

 ウマ娘であるが故に走り歌う専用の舞台が用意され、迷わず線路を辿って歩けと舞台に蹴り出される。

 道化芝居の自己表現技法の前提に走り勝つ事が追加され、走って当たり前、勝たねば歌も踊りも取り上げて、やれ神秘だとされる神聖の存在でいることを()いられる。

 もし仮にサニティエッタがウマ娘でなければ、足の速さも歌も踊りもそれこそ道化も、どれかひとつを手中にすればサヴァンとして褒められもしただろう。

 しかしどれもそうであることが当たり前の存在に産まれたから故、運がなかった。

 

 自身について愛憎入り混じるスコラ学の様相を見せはしたが、かといって過度な自己愛や嫌悪までの存在追及哲学はない。ただ、結論を表するのなら両刀論法(ジレンマ)への嘆きが近い。

 ミスターシービーの勝利を願って結果を見届けなかった、時代の詩人に評論を書いて貰えば少しは落ち着けるだろうか? サニティエッタという歪な道化師の姿を見せて、痛快に皮肉を言って欲しくある。存在の否定をされようが肯定されようが、それを仮の世論と受け入れる事ができるだろうから。

 だが今その詩人はいない。この文章もさして学もなく見せ掛けだけを飾ったハリボテだ。

 

 いないのなら今現在、激を飛ばされようが唾が飛んでこようが走る理由を考えてみよう。

 

 まず一つはウマ娘は走らなければ舞台に立ってはいけないのかという疑問。

 もう一つはサニティエッタという個人、ただ落ち着けず迷惑をかけてしまうかも知れない存在もいる事の周知。

 単に目立ちたいだけ。

 

 他が思いつかないそれだけの、じゃあ走る必要はないだろうとできる内容。

 それでも走るのは、サニティエッタは前述の通り目標の過程にレースがあるというだけ。

 だが世論的にこういった理由はウマ娘としてあまり認められない傾向があるらしい。パンチが弱いのか、あるいはつまらないのか。

 

 こういった事を思うのは、()りしから興味のあるパフォーマーになりたい、つまりは道化師、芸能人となりたい。──そう進路の相談をした際に、面倒くさそうにウマ娘なのだからと行き先をすぐ地元のトレーニングセンターへ向けられた事に反発した陳腐な子供心なのかも知れない。

 大人が言うには自分の思考すら自由にできない程のしがらみはなく、サニティエッタという自分自身ひとりで戦いに出て走れる程度の思考がある。思い付くままの勝手な走りは柔軟な作戦と称され、自分を抑えて地面を踏みつける行為は力強い走りともされる。レースに向いているんだからそうしなさいと言うらしい。

 自身と走りに複雑な心境を持ったままこの時、いっそのこと思い切って走るのはきっぱりやめてしまおうかと思っていた。走りを褒められ持ち上げられたというのに、折角走らされるのなら東京へ行きたいという意思だけは様々な意見があると断られたからだ。

 

 トレーニングセンターへ行けと勧められても辿り着けるのは県内までか。嘆きふて腐っていたところ、中央から推薦を受け取っていた親友のニコルラベリテが口を利いてチケットを譲ってくれなければ、走るのをやめていた。

 受験の勉強にも付き合ってくれた彼女がいなければ、今頃サニティエッタは時代の流れと共に消えていただろう。

 

 合格の通知を受け取った夜、父と姉はついぞ走れとは言わなかった。

 代わりに父は、才能と地位に執着するなと語る。

 少し昔、自身の立場に固着して大失態をしたらしい話をしてくれた。走る理由や道化への思いを少し柔軟にせよとまでは明言しなかったが、そうとも取れた。

 

 姉はいつもと変わらない。

 私は何があっても自分の姉だぞと勇気づけるような手作りのウマ耳は付けたまま、仕送りは何が良いかともう既に捌いた鶏の梱包を始めている。

 きっとサニティエッタはどこへ行こうが、姉の過保護からは逃れられない。田園に死すとはまさにこの事だろう。東京へ行ったら新宿へ行き、あの場の写真でも撮って教えてやろう。

 サニティエッタの言えた事ではないが、少々落ち着いて欲しい。

 

 最後にニコルラベリテ。中央入りを蹴った事に関してはトレーナーになりたかった為と話し、こちらを気にせず楽しんでとあっけらかんとしている。

 そして応援しているから無理に自分を着飾ったり変な事を考えず、素のまま自由に振舞って元気な姿を見せてくれと頼んだ。

 

 

 サニティエッタという個人は、自身について幸運だと信じてみる事にした。

 静心なきしの精神と様々な環境是非。捉え次第の是非次第。

 友と家人に報いる為にも故に。

 

 

 

 

 

 

「……うん……」

 

 

 濃いな! 中身!

 これ本当にあのエッタが書いたのか? やけに字が詰まってるつか、いや言いたい事が一発で分かりにくい湾曲的な事があるのは確かだけど、うん……。

 あいつが今みたいに笑う前は走るのやめる直前な時期もあったんだなとか、ラベリテって実は強えやつなんじゃないのかとか、色々言いたい事がある。

 ある、が。

 

 

「俺はトレーナーとして、足元から紙吹雪を巻き上げるのが役目だしな」

 

 

 トレーナーになったばかりの頃。

 俺はウマ娘を大スターに、満天の星空に浮かぶ星座のように輝かせる事を目標か夢としていた。

 レースで勝たせて舞台を煌びやかに盛り上がらせる、手の届かない高みへと打ち上げるロケットになりたいと。

 

 だがそれは俺の一方的な想いで、ウマ娘全員がそう考えている訳じゃない。

 もちろんそうしたい層も確かにいるんだろうが、サニティエッタの場合はそれが目的とは言い難い。勝利は過程だ。

 あいつの目立ってファンを増やしたい的な発言とじゃあレースに出るぞSNSを使うぞという行動は間違ってないはずだけど、サニティエッタの更なる目標は一口に説明しにくいものだ。

 

 レースに出なくたってイベントに呼ばれる位になれば一応の願いとか目標は叶う。と、思う。

 俺が持つトレーナーとしての目標とは違って宇宙の彼方を目指すようなものではないその望みを叶えるために、俺は人工衛星として観測した存在を地上へ語り掛ける的な……。

 ああ、難しい! 文学ってなによ!

 

 

「なんやかんやで今までの方針と変わる事はないな、うん」

 

 

 エッタとももう長い。ツーカーでゴーゴーな俺のできる事は、レースに勝てなくたって焦らない事のみ。

 勝手に空回りしたって仕方ない。力抜いてこう。

 

 

「レーナー!」

 

 

 お。着替え終わったかな?

 扉をノック。入れと声がしたので扉を開ける。

 

 

「終わりましたよ勝負服! お披露目しさすばどうですジョゼーナ!」

「……うん……」

 

 

 どや顔で胸元のボタンを締めていないエッタがそこにいた。

 胸元が、谷間が、なんと見えているのである!

 

 

「おまえ、そういう趣味だったっけ……?」

「んゆ? あやは? サイズが合わぬか胸元苦し」

「採寸ちゃんとしたのに……」

 

 

 エッタの勝負服は本人が希望したというか絵に描いていた通りの注文をおおよそ叶えた物。

 上は燕尾服の尻尾部分がくっついた赤いベストに付け襟、袖の無い剥き出しの綺麗な腕の手首にはこれまた付け袖。下はストッキングに茶色いショートパンツとショートブーツでシンプルにまとめた、煌びやかより動きやすさを重視した格好だ。

 原案はもう少しゴテゴテじゃらじゃらしたデザインだったけど、本人が気にせず動き回るだろうなとか着やすさを重視して細かい打ち合わせを加えました。

 

 

「締まらぬ閉じぬ、ならば開けとくしかあるまいて」

「ベストの下に着るシャツはどうしたんだよ」

「きゅうくつ」

 

 

 採寸もちゃんとやって、着やすさを重視した勝負服。一張羅。

 到着まで一か月。その間にこいつ、ちょっと成長したのか?

 何がとは言わんが……成長期ってそういうものなの……?

 

 

「んふふふ。視線釘付けジョゼトレどうかや?」

「ちょっと待ってね電話する」

 

 

 警察とお前の姉に。

 

 

「わ、わー! 実は着れますちゃんと着ます! からかい過ぎては毒となす!」

 

 

 あ。急いでボタン閉じた。

 でも何がとは言わんがでかい事には変わりないから、これはこれで強調されてえぐいな……。

 海の時に実は色々思ってたけど、うん。

 

 

「今度の秋華賞、頑張ろうな!」

「んゆ!」

 

 

 机に放置されてる手錠を確認。

 俺はいつでも自首する準備があるぞ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逆襲の時!

サニティエッタ(クラシック10月時点)

スキル
 奇術 大脱出 Lv5
 視界良好!異常なし!
 伏兵◎
 末脚


追奔逐北(ついほんちくほく)カラフルエッタはサニティなりて、敵は真っ白ハッピーミークばなられば打倒し逆襲を!」

 

 

 控室で椅子に座りながら充電しつつスマホを眺めていたエッタが不意に顔を上げて、声を出した。

 それに俺が「そうだぞー」と返すと、満足したのかエッタの視線が再び手元のスマホに戻る。

 サニティエッタが珍しくスマホを充電してでも使っているのは、今現在のSNSではライバル対決がどうなるかという議論が熱く繰り広げられているからだ。

 ホープフルではライバル対決と呼ぶには首を傾げる戦績しか残せず誰も相手にして貰えなかった俺らが、ハッピーミークへの挑戦ないし逆襲というシチュエーションで今日は注目を集めている。

 

 これは単純に対決ってモノが燃える訳だけで燃え上がってるわけじゃない。

 

 功を制するかは微妙な賭けとして、SNSへ以前のミークとの練習試合の動画を匿名で流したのだ。

 それを以前から何故かエッタと仲のいいゴールドシップに対策頑張ってるぞと大げさに煽ってもらい、そしたら予想以上の反響で秋華賞の特集を組んでるあちこちが拾っちゃって、つまり目論見が見事成功を収めて今日の大注目へ至ったのだ。

 

 道化舞台を整えたなら、後は走るだけぞやエッタ。

 大反響の結果には大満足。この裏工作は成功するか分かんなかったしエッタには伝えてない事だけど、まぁこのくらいは察されるだろうね。

 

 

「……」

 

 

 ふいに顔を上げたエッタが俺と目が合うと何も言わずににへらと笑い、誤魔化すように視線が手元に戻る。

 その後も時々顔を上げてきょろきょろ見渡し、足元と身体をふらふらさせながらスマホをぺちぺち。

 

 結局やっぱり胸周りを若干調節した勝負服を着用したエッタは準備万端。今はパドック待ち。

 去年のホープフルと一緒でやるべきことはやったし指示もほぼ同じ。しかし、今回は心持ちが違う。

 それはなぜか。

 

 ここで、以前に受け取ったエッタの日記的な作文から一つ紹介しよう。

 

 

 

 

消えた馬という漢字

10月 5日 サニティエッタ 

 

 養鶏場の姉が言うには競争ウマ娘を指すウマの漢字はおかしいらしい。走るウマ娘を成り立ちとする漢字なのだから点ゝが二つという理由に対し、それなら足りない理由にもなるのだという。

 芝や砂のレース場をひとりが2本の脚で走っている事は一目瞭然だ。4本足のウマ娘がいるとすれば動物園か見世物小屋の中くらいなものだろう──。

 言われた当時からずっと疑問に思っていたが、今ではその意味が分かる。

 つい先日、トレーナーがこの手記を読みサニティエッタの理解を深め、全身全霊で応援してくれると言ってくれた。普通のウマ娘としてを期待し理想像を持っていたトレーナーが、ウマ娘という一括り全体ではなく真にサニティエッタという個人をはっきりと振り向いて見てくれたのだ。その時に、ウマの漢字の意味が分かった。

 二人四脚、二人で歩む道。二人で走るレース。

 ウマ娘のウマを指す漢字は、本当は点が四つの“馬”なのではないか?

 

 

 

 

「二人四脚、人馬一体。トレーナーの足が追加されて馬となったウマ娘は、無敵だ!」

「あ! ミークやはー!」

 

 

 エッタは最後まで聞くことなく立ち上がり、ちょうど控室を訪れたハッピーミークの所に行っちゃった。

 おかしいな、格好いいセリフを調べて使ってみたんだけどな。聞いてくれないのかな?

 まぁそういう所もサニティエッタ。

 学業や寮生活以外だいたい傍にいるのが常な備品の俺より、断然親友ハッピーミークの方が優先度上だよね。

 こいつらルームメイトだけど。

 

 

「……今日は勝ちます。ぶい」

「エッタも勝ちます、えちご!」

 

 

 お、いいねそれライバルっぽい。

 ミークとエッタはお互いに無表情のまま握手をして拳を合わせて、格好よく背を向けた。

 なるほど、決闘前に余計な事は言わないと。

 

 

「で。トレンナジョゼっちあてに何ぞや言いたげ話? げたいぞや?」

「え」

 

 

 同じセリフを二度言うとか恥ずかしいんですけど。

 他のパターンは用意してないので詰み。

 きこ、と椅子に座ったエッタがくるくる回ってペットボトルのお茶を飲む。

 

 

「むふん。言いたげ言葉はお分かりますよ? 言葉に意味などありまして! てりましあどな!」

「そう! 俺達に言葉なんかいらねぇ! ハートと心と魂だ!」

「あてが目指しや道化道!」

 

 

 おぅいえーい! テンション上がってきた!

 おいエッタ、ウマッターにこのテンションを踊りにして乗せようぜ!

 俺達は控室でもハッピーだ!

 イエェェェェェイ!

 

 

 ──再び扉が開いてミークが顔を出す。

 

 

「うるさい」

 

 

 騒ぎ過ぎて怒られた。

 マジごめん……。

 

 

「オチがつきましお後がよろしく?」

 

 

 落ち着いてないからこうなったんだと思う。

 ふたりして謝るとミークはじゃあねと立ち去り、部屋に今度は沈黙が流れる。

 喋るなって訳ではないんだけど、騒ぐのはダメだよね。うん。

 

 

「……んふー」

「なー」

 

 

 ちなみに出走どころかパドックすらまだ時間に余裕はある。準備万端。

 前日のお昼には京都府入りをして秋華賞の会場となる京都レース場の偵察を済ませて復習もバッチリだから、結構時間が空いちゃうのだ。

 

 ……まぁ、時間がある本当の理由は朝からエッタが元気にはしゃいだからなんだけども。

 流石に別室でそれぞれ泊まってたら来ないだろと余裕ぶっこいて布団で寝てたら電話が掛かってきておしゃべりトークバトルが開催され、向こうのスマホが死するのを勝ちと思ってたらじゃあ直接話そうと襲撃され……。

 最終的に俺の布団でエッタは寝たから良い。

 でも、俺自体はズタボロ。

 もういっそのこと下手に寝ようとしない方が良かったんじゃないかレベル。

 

 

「んゆ、電話!」

「電話?」

 

 

 昨日のおしゃべりラップバトルに想いを馳せていたらエッタのスマホが鳴った。

 このタイミングで電話とは面妖な。何者だ。

 

 

「なんぞや誰ぞやあての名呼ぶそわ!」

『ピストルゴルシちゃんだぞー! 撃ち込むぞー! お見舞いするぞー!』

『エッタちゃーん!』

 

 

 お、ハルウララとゴールドシップか。

 ハルウララは良き友として普段から、葦毛のコンニャローも今回の盛り上げといい結構面倒見が良くて助かってる。うれしいぜ。

 友達の登場にエッタのやる気も上がるし、このまま今すぐ走らせたい気分だ。

 

 

「揃いし全面ルービック! お土産お返し期待せり!」

『それまだ持ってたのかオマエ』

『レースがんばってね、エッタちゃん!』

「とくと見よ! あての走りを感動を!」

 

 

 『あ、そだ』とスマホの小さい画面内のゴールドシップの目線が俺へ向かう。

 

 

『差し入れ送っといたからちゃんと食えよ?』

 

 

 ちょうど控え室をスタッフさんが訪れて机に何かを置いていく。

 この緑色に包まれた焼きそばは、まさか……!

 

 

「わさび焼きそばじゃねぇか」

 

 

 一切うれしくないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パドックにて勝負服をお披露目するサニティエッタは歓声を浴びてご機嫌になっていた。

 溢れる嬉しさを全身で抑えきれず、だかだかと足踏みをしながら飛び跳ねて両手を広げる。

 先にあっさりとアピールを終えていたハッピーミークとはやっぱり真反対だな。

 

 

「秋華賞はまさに因縁の対決……」

「最近あまり勝ててないって聞いて心配でしたけど、なんだか大丈夫そうですね」

「ああ。ハッピーミークが鋼の意志ならサニティエッタは銀の意志で勝負だ。金の翼も添えられたらもっとバランスがいい」

「……はい?」

 

 

 今日は重賞なので、毎度お馴染みエッタのお友達が新潟からやってきている。

 手に謎の焼き菓子の詰まった紙袋を持つこのウマ娘は、えっと……ニ……ニコル、ラベ……。

 

 

「ニコバンバン」

「途中まで合ってたじゃないですかぁ!」

「はは、冗談だよベリテネ」

「ニコルラベリテ! その間違い前もしましたよね!?」

 

 

 本気で怒られちゃった。ごめんごめん。

 

 

「まったくもうっ。どんどんエッタさんと似てくるんですから……」

「最近流行りの“てぃえす”かい? トレーナー辞める気はないよ」

「なんの話ですか」

 

 

 ウマ娘パワーを体験してみたい気はあるが、人間を辞める気はないぞ。

 あ、そだ。そういえばラベリテありがとな。

 

 

「何がですか?」

「エッタに中央の推薦譲ってくれたことだよ。あれがなきゃエッタさ、走るのやめてたかも知んなかったってさ」

「ああ、そのこと」

 

 

 俺がなんやかんや振り回されつつもトレーナー続けられてるのは、あいつのお陰だ。

 あいつが自分の幸運と駅で出会った縁を信じて逆スカウトみたいな行動しなかったら、今頃こうしてパドックも見に来れてないかも知れない。

 俺だってもしかしたら、自分にトレーナーは向いてなかったとして辞めてたかも知れない。

 

 

「お前が居なきゃエッタも俺も、今頃どうしてたか」

「ちょっ、急に何言うんですか!」

 

 

 照れるな照れるな。

 いくらラベリテがトレーナー志願とはいえ、推薦貰える実力なんだろ? 気になって当時のデータ調べてみたら、エッタは力強さとセンスが評価されていたけど能力にムラがあるから選外。それに対してニコルラベリテは何でもそつなくこなし安定しているから大舞台へ行っても問題ないって評価だったぞ。

 経験の為に中央行ってみるって選択肢があったのに友達が東京行けるよう取り計らうのは、並じゃできない事よ。

 “安定のニコルラベリテ、不安定な将来”なんて騒がれるレベルってどうなってんのさ。

 

 

「え、エッタさんなら中央でも輝けるって信じてたからです! 友達だからっていうのは、確かに、ありますけどぉ……」

「ありがとうな」

「そんな言わないでくださいよ! そ、それよりほら! 今日のレースはどうなってるんですかっ!」

 

 

 照れたラベリテが瓶に入った飲み物を一気に飲む。

 お礼は言えたしレースに戻ろう。

 えーっと。

 

 

「何の偶然か、今日も前のホープフルと同じで内枠3番だ。しかし人気は上がってる」

「といっても今までの戦績を踏まえた5番人気ですけどね」

「そこは仕方ない」

 

 

 出てくれば一番人気を確実に掻っ攫うブルーファルコンが怪我で欠場しているのは好都合だが、そのライバル枠であるブラックブルは出てきている。

 それにブルーファルコン並の実力を持つドラゴンバードやブラッドホークもいるし、上位人気陣の層が厚いからもうその辺は仕方ないんだ。

 が、しかし。

 それを踏まえてサニティエッタには雲隠れに丁度いい注目具合と伝えてある。

 

 

「あいつの持つ道化師奥義、その名も大脱出は誰にも見られてない隙に消える技だ。注目され過ぎちゃ困る」

「大脱出? エッタさんってそんな技を身に着けたんですか?」

「うむ。人の目を欺くのもまた奇術の一つ」

「注目を逸らすのは手品の基本ですか──」

 

 

 ──がさっ。

 ラベリテの持っていた紙袋が不自然に揺れた。

 もしかしてとパドックを見れば、披露を終えて袖に消えようとしているエッタの口元にお菓子が……。

 流石に暴力で訴えはしないが紙袋の中身のお菓子を奪ってきたか。瞬間移動の応用だな。

 

 

「え! は!? この距離を、え!?」

「出走直前に間食はやめとけと言いたいけど、一個だけならいっか」

「いやいやいや、言うべきはそこじゃないですよね!?」

 

 

 エッタの奇術を手品と言うのが悪い。あいつは道化師だぞ。

 

 

「はぁ……」

「ところでそれ何持ってきたの?」

「え、ぽっぽ焼きですけど……」

 

 

 もっと言う事あるだろと口には出さず、しかしラベリテはずいぶんと蔑んだような目で見てくる。そのジトっとした目、癖になりそうだからやめて。

 てかなんだそのお菓子。細長いパンみてぇな物体を俺は知らないぞ。

 いやまて、前にエッタがそんな感じの名前を言ってたような……ないような……。

 

 

「知らないんですか?」

「メジャーじゃないお菓子は知らない」

「ぽっぽ焼き知らないとか!」

 

 

 うわ、怖いわね。

 

 

「……もしかして新潟以外で売ってないって噂は、本当なんですか……?」

「噂は現実なり」

「じゃあ、このカニ味コーラも……?」

 

 

 恐る恐る下げ鞄の奥底から出てきたのは、カニの絵が描かれたコーラの瓶。

 なんだその見るからに意味不明な組み合わせ。正気か?

 

 

「新潟ってつくづく狂気に満ちてるよな」

「満ちてないですよ!?」

 

 

 どうだろうなー。エッタの姉ちゃんもやばそうだからなー。

 アイーダだっけ? サニティエッタが正気なら向こうは狂った道化師か?

 

 

「っと、そろそろ移動しよう」

 

 

 なんやかんやしてたらパドックタイムが終わりそうなので移動し、出走前に元気な道化師へご挨拶。

 飾った言葉なんて送らなくてもいい。出走まで構ってやればおっけー。まだ勝ってないけどもう先に撫でといちゃう。

 わしゃわしゃわしゃヨーシヨシヨシヨシ。

 

 

「んふ、んふふふふふふふ」

「扱いがもう犬なんですが」

「んゆ? んふふ、ニコルラベリテわからじや? あてを呼ぶ声甘美を頂き道化の頂上! ゆえにジョゼ横ちょうしに乗るな?」

「エッタさんが調子に乗ってるのは分かりますよー」

 

 

 うむ、調子に乗ってもらわにゃ困るのだ。

 

 

「エッタ」

「ん。やれることを全力で」

 

 

 よし行ってこい!

 

 

「サニティマイティーぼんばーしゅー!」

 

 

 エッタが走り光へ向かう。

 だが一人で走る訳じゃないぞ。

 俺が付いてるぜ、サニティエッタ!

 

 

「──なるほど、良い信頼関係ですね」

「だろ?」

「それに、なるほどなるほど……ふーん……」

 

 

 なんだよラベリテ。その目は。

 その蔑む目が癖になっちゃったらどうすんだ。

 

 

「べっつにぃ」

 

 

 ぜってぇなんかあるやつだろそれ。

 言え、言うんだ!

 

 

「じゃあアイーダ姉さんに伝えておきますね」

 

 

 何を!?

 

 

「大丈夫です。エッタさんを東京へ向かわせたボクも責任を1割くらい持ちますから」

 

 

 説明をしろニコルラベリテェ!

 

  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 秋華賞に出走

★★★★

[新潟トゥリボレット]

サニティエッタ  

BダートA

短距離CマイルA中距離D長距離G
逃げC先行C差しD追込B

 

 

 


 

 

 

『──リッちゃんどこ?』

「あのサンタみたいな配色のやつです、ほら今ゲートに入った赤いの。あと今はサニティエッタだからリッちゃん呼びは合ってないですよ」

『昔っからリッちゃん呼びだから今更変えられないってー』

 

 

 ああ、ウマ娘の幼い時のあだ名ね。幼名っていうんだっけ。

 エッタ部分の由来からしてたぶんヘンリエッタだろうね。そのまんまだし、あんまり驚かないけど。

 時は合戦前のゲート待ち。隣のラベリテが誰かと通話し始めた。

 この重要なタイミングで新キャラを出すんじゃないよ。何奴か。

 

 

「ボクの幼馴染で、エッタさんと並ぶ親友の()です」

『こちらがリッちゃんのトレーナーさん? あの()をよろしくねー』

「おーう」

 

 

 これはあれだな。新潟へ行った時に顔を合わせるフラグだな。

 このエッタとは違う掴みどころのない感じは危険だぞ。だいたいこういう奴は「付き合ってんのぉ?」とかからかってくるタイプだ。

 今の俺を取り巻く環境、特に殺意の高いエッタの姉辺りとシナジーを生み出してコンボで俺が死にかねん。

 冗談抜きに射殺される。猟銃で。狩られる。

 

 

『ねえねえベリー、ジョゼさんだっけ? かっこよくない? あたしの好みかも』

「手を出したら捌かれますよ」

『捌かれる!?』

「じゃあそろそろ始まるし切りますね」

『待って待って、この文脈だとその切るが斬るってかKILLな感じで捌かれ──!』

 

 

 ──ぷち。

 敬語だし応援に来てくれるしニコルラベリテって優しいイメージあったけど、親しい相手には容赦ないのね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふ、んふふふふ……」

 

 直感幸運手触りすなわち鉄棒稟議。勘を信じて()はエッタ。

 越後を出たりや右も左も分からじや? の、時に出会いし大切に!

 優しきジョゼに最初は懐き、横取りせなんだ威嚇をし。

 だけどなんでか最近気持ちがちょっとヘン?

 

 撫でられし頭、髪形気にせず。

 いいえ元から寝癖気にせず乱雑ぼさぼさ。手入れはミークか姉ねに一任サニティエッタ。

 カメラに魅せましょあての劇、ここに顕現フェニーチェ座。

 道化ぞ演劇リゴレット!

 

 

「あての名! ……あー……んふっ。ぶー」

 

 

 意識外に漏れた声。迷惑だから抑えよう。

 今はレースに集中せり。そは者らにも都合せよ。

 

 

「越後よ阿賀よ、将軍杉よ。我に力を奔走を……」

 

 

 (ゆめ)(いだ)きて眠る幾千に()れ近く、(きょう)(しば)(どころ)第一人(だいいちにん)()れ近く。

 レースに出る以上は地元新潟へ勝ち星を誓う。息を吐き、思考と気持ちを入れ替え。

 うむ。秋声(あきごえ)は我が玄天(げんてん)の煌めきとなろう。

 

 ──前を向けばすぐそこにはゲートだ。が、まだ集中しきれず視線が自然とそっぽへ向いてしまう。

 

 悶々とした緊張がピークに達すると気を逸らしたい自己防衛の一種なのか、目に入る文字全てが意識の最優先としてありとあらゆる思考を最優先に無視して読む対象となる。

 応援の横断幕、電光掲示板の名前、建物の壁に書かれたロゴや名称。なんだっていいそれらを読むことで問題から目を背けようとしているんだろう。

 もちろん元々の気が逸れやすいとかじっとしていられないとかもあるんだろうけど、お陰でレース前は、ゲートでは集中が余計に難しい。下手をするとゲートが開く動きも音も逃してしまう可能性がある。それほど気を張る。

 ゆえに、自分のそこへは不満あり。

 

 

「るる、る……」

「?」

 

 

 音読は周囲に影響を及ぼす。集中の必要な静かな場面では余計だ。最近はある程度を黙読で済ませられるようになったけれど、代わりに言葉にならない呻き声のようなものが漏れてしまう。

 昔からの付き合いが過ぎ、これでも癖を意志で抑えられるようにはなった。

 抑えたぶん気が付くと手足の末端がふらふらと動いている事はあるけど、でも隣からうるさいと言われるよりかはマシ。

 

 

(頑張れ、一着。に比したり伏しやは多くのさらば。演者の主役は真ん中一番)

 

 

 文学はあての趣味しも、今は文字から目を背け前を見ゆ。でも観客の反応や動きが気になって、抑えなければ。

 一瞬だけどうしてもと目を横にすれば、ここから一番目立つところにトレーナーとニコルラベリテがいた。

 

 あの二人には迷惑をかけた。

 サニティエッタに付き合う必要は、本当はないのに一方的なわがままに付き合って貰っている。道化芝居に付き合わせている。

 一方的に受け入れを強要できる立場は誰に限らずないのに、それでもめんどくさいだろう者に進んで付き合ってくれてるんだ。

 

 ニコルラベリテは東京行きの切符を捨てて。

 ジョゼトレーナーは自分の夢を後回しにした。

 

 なら、サニティエッタはその返礼をしよう。

 道化舞台は夢の壇上。夢か(うつつ)か曖昧がゆえに観客席をば魅了する。

 プラネタリウムは座って観る物。電車にもロケットにも乗らず、観覧席から星々を眺めることができよう。

 

 

 ゲートの中は静かだ。

 左右の息遣い、風に揺れる葉の音、ハッピーミークの気配。

 久しぶりに頭の中の雑音が途切れた。

 今なら、最後まで走れる。

 

 

 

 架空(かくう)(つく)天象儀(てんしょうぎ)無機質(むきしつ)(てつ)針山(はりやま)だろうけど、

 ()()(ばな)れをしたくばよすがの舞台(ぶたい)になりける。

 レースは(ゆめ)(うつつ)(まぼろし)か。

 (ひと)()まれる感動(かんどう)だけは、それは本物(ほんもの)(おも)()れ。

 

 (ゆえ)にひとつ(おも)()れ。

 我等(われら)たった数年(すうねん)連続(れんぞく)ドラマなり。

 

 

 

 ──がしゃん!

 

 

 

 

 

 

 全員綺麗なスタートを決めて、先頭はドラゴンバード。そのすぐ後ろにブラッドホークが続く。

 しょっぱなから飛ばして競り合うふたりに釣られる事無く少し下がった中団にはハッピーミークが居心地は悪そうに収まっている。先行差しが多くて前後左右を囲まれた位置取りになってしまったようだ。

 

 サニティエッタは……その中団を視界に収めるように最後尾からちょっと引いて待っている。

 耳をぴんと立てて前のみに集中し、最後尾で地を鳴らし目立っている大柄なブラックブルすら全く気にしていない。

 スタートの出遅れもなく、細かい位置調整も一瞬で済ませて良い場所に付けたようだ。

 

 

「前と比べて凄まじい集中力ですね」

「さっきまで普段通りだったのに、切り替えられるのは流石道化師」

「何か秘策でも使ったんですか?」

「いや?」

 

 

 音を遮る耳のカバーも、視界を遮るゴーグルも本人を窮屈させるだけ。

 全ての音を拾って、広い視野に振り回される事無く情報を扱いきれるなら問題ない。

 本人次第を本人が望んだんだ。だからできると信じる。

 

 

 第一、第二コーナーを回ってエッタとハッピーミーク周りに目立った順位の変動はなし。

 コーナーを得意とするブラッドホークが加速してドラゴンバードを抜いたくらいだ。

 遠くの直線に入り、実況のカメラが俯瞰視点になる。

 

 この直線で仕掛けるウマ娘はまだいない。

 しかし、ハッピーミークの周りがこのままだとまずいと位置取りを変えてきた。

 真っ白なお陰で分かりやすい彼女以外のカラフルが、ルービックキューブのようなモザイクとなって立ち代わり入れ替わり場所を変えていく。なんとなく、なぜか全員ペースが乱れているようにも見える。

 その中でもハッピーミークは顔色を変えず、あえて自分からは動かず道が開けるのを待っていた。

 

 待ち続けるとは物静かなあのウマ娘らしい。エッタだったら……。

 ……ん?

 

 

「あれ、エッタさんは……?」

「どこいった?」

 

 

 第三コーナーに近付いた直線の終わり際、サニティエッタの姿を俺達は見失った。

 実況はそれに触れず順位の入れ替わりを慌ただしく告げ、観客の騒めきからもそれに気が付いたという声は聞こえない。

 視界から外れた刹那、道化師が消えた。

 

 

「あ!」

「いた?」

「突っ込んでます! 正面に!」

 

 

 ええ? わざわざあのバ群に突っ込んだのぉ!?

 新潟の自然で視力を鍛えたのかラベリテは発見できたらしい。俺からは見えないが。

 実況カメラからは見えないし、遠くを走ってるので何が何だか分からない。

 

 もしやまさか、集中力が切れて抑えきれずに突っ込んだか。いや、でもそんな判断するか?

 幾ら思考に癖があれど直感でのレースセンスはあるんだし、これだけはするなってのも教えてるしそこはやらないはず。

 作戦間違いでそうなってる訳じゃないのなら──。

 

 

「出てこない……!」

 

 

 道を見つけて集団から抜け出してきたハッピーミークと数名。

 その中にサニティエッタの姿はないし、まだバ群の中に紛れてるらしい。

 わざわざ姿を隠す必要があるかどうかは分からないが、何か考えがあるに違いない。

 

 焦るラベリテとは対極に俺は落ち着いていた。

 それはエッタに対する信頼感、人を驚かせる事が大好きな道化師ならという安心からくるもの。

 

 

「最終コーナー、そろそろ来てください……!」

 

 

 ラベリテの祈りと共に、ほぼ全員が仕掛けてきた。

 流石に走り続けてスピードの落ちてきた逃げのふたりが下がってきて、ハッピーミークを先頭にゴールへ向かっていく。

 エッタはどこだ、どこからくる? もう直線で、目の前を通る。いくら隠れたって見つかるはずだ。

 

 

 

『サニティエッタだ! サニティエッタが伸びる!』

 

 

 

 姿勢を下げ、力を込め過ぎず、全く無駄のないフォームで加速したサニティエッタが飛ばしてきた!

 

 

「速い!」

「行けるぞ!」

 

 

 地を滑るような体勢。身体の柔らかさとバランス感覚があの低い姿勢を生み出し、それを使いバ群の中に潜んでいたのだ。

 フォームを整え、調整が済めば後は加速するだけ。

 スピードに乗ったサニティエッタは、エッタの最高速度は……!

 

 

「タイマンだぁ!」

 

 

 白いハッピーミークに続いて走ってきた面々も疲れて落ちて、代わりに赤い道化師がやってくる。

 見物に来ていたトレセン所属のウマ娘が席で騒ぐ。

 こうなってしまえばあの二人のタイマン勝負、一対一。

 

 

『サニティエッタか!? ハッピーミークか!? 残り200!』

「やれ!」

 

 

 ハッピーミークの顔に焦りが生まれた。後方からくる気配に気が付いたのだろう。

 俺の掛け声が耳に届いたのか分からないが、サニティエッタはにへらと笑い大きく腕を振って更に加速する。

 ずどんと一発深く踏み込んで、芝を大きく跳ねぐんぐんと迫っていく。

 

 気楽でお気軽な道化師としての驚かせは終わった。

 後は、ウマ娘として最高の走りを魅せるだけ。

 

 

『並んだ!』

 

 

 小細工なしの正面対決。残り100mもない。

 残り数秒さえ守りきれば勝てると更に速度を増そうとして、焦って無理をしたハッピーミークのフォームが崩れる。

 サニティエッタはもう最高速度に乗っている。追い抜かすためにとこれ以上のスピードを出そうとはせず、自分のペースを守った。

 

 

 並んだのは一瞬だけ。

 

 次の瞬間にはもつれてゴール板を越していた。

 ほぼ並んだ状態で駆け抜けたが、カメラにははっきりと結果が映っている。

 

 

 

『サニティエッタ一着!

クビの差で二着にハッピーミーク!』

 

 

 

 勝った!

 エッタが秋華賞を、取った!

 

 

「やったぁ! エッタさん、やりましたよー!」

「いょぉっっしゃああああああ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝利の後には焼き肉!

サニティエッタのヒミツ

 実は、周囲が気を付けてないと生焼けで肉を食べかける。


 ボクの名前はニコルラベリテ。ニコルは母さんから受け付いだ名前で、ラベリテは別の国で「真実(ラ・ベリテ)」という意味。

 親しい人は幼い頃の呼び名であるベリテットやラベリテのベリって部分からベリーと言うけど、個人的にはどっちの由来でそう呼んでいるのか分からないしやめて欲しい。子供っぽいし。

 ベリーが子供っぽい云々はさておいて、ラベリテの名前らしく真実を語って見ましょうか。

 

 といっても、今日の主役であるサニティエッタことエッタさんの事しかネタがないんですけど。

 

 父さんが実力のあるトレーナーだという事で注目されていたボクから中央入りを無理やり奪った、という誰が言い出したかも分からない噂の悪評価と突拍子もない行動とヘンテコな喋り。それらで軽んじられていた彼女が中央で新人トレーナーの下についたと知れた時には、もう無理だろういつ帰ってくるだろうともう期待すらされてませんでした。

 周囲は「道化で終わる」「俳句はクロスワードではない」「子供が痙攣を起こした」と散々な言い様でしたよ。

 連戦連勝を飾ってホープフルへ出走するというのに、地元紙が取材にも行かないくらいには……。

 

 

 しかしそんな暗い話題も終わりです。

 ホープフルの負けを皮切りに負けが込み始めてやっぱりかという風潮の所、今日の華々しい大勝利で見返してやったのですから! 晴れて重賞ウマ娘の仲間入り!

 弱点が確かにあるとはいえ素質はありましたし、やると思ってしましたよ。地元の誇りです。

 これで我らが新潟もさらに活性化しようもの。将軍杉にょきにょき。

 

 

「んふふふふ、お肉、お肉食べたしやらりやお肉!」

「レースの後は焼き肉ですね」

「重賞制覇は沢山ごちそうそうでしょジョゼよ? あてに貢ぐが良いおにく!」

「おう、折角だからお高い所へ行くぞー」

 

 

 ウイニングライブやインタビューを終えて日も暮れて、一番疲れてへとへとだろうに道化師様はとっても元気。

 林檎に続く何番目か好物のお肉にありつけると復活を果たしてます。

 そして応援に来ていたボクも同伴できるらしいのでついてきました。

 今は誰かと待ち合わせをしているようですが……?

 

 

「仲間意識は食卓囲んで同じ肉! お少しお待ちよミーク待ち!」

「負かしたライバルと、食事を?」

「実は俺らじゃ良いお店が分からないんだ。今まで無関係だった庶民なもので」

「あても知りゆるお食事知れぬ、知りうるお店はうまっ子大将だけでして」

 

 

 それ実家の近所にあるラーメン屋さんでしょ。

 

 

「ミークん所なら知ってるかもって聞いたら案内してくれるっていうからさ、仕方ないじゃん?」

「うむ。それにミークとお話会話はしたくばお祝い共に友」

「向こうもそれならって乗り気だったし」

「んむー? 夏の合宿引き続き、ジョゼはキリューを狙いより?」

「狙い?」

 

 

 エッタさんが少々意味を含んでそうな事を言った所で、向かいから見覚えのある白いウマ娘と女性がやってきました。

 今回二着だったハッピーミークと、そのトレーナーでしょう。

 あれ。中央のGⅠ上位二人とそのトレーナーの食事に同伴しているボクは一体、どういう立場で名乗れば……?

 

 

「あの! はじめますて! ボクわぁ、ニコルラベリテ……と……」

 

 

 噛んだァーっ!

 

 

「初めまして。ハッピーミークのトレーナーをしてる者です」

「……」

「ア、ドウモ……デス……」

「……うん。よし! 行こうぜ!」

 

 

 微妙な空気を読んだジョゼさんが仕切り直し、合流できたのでお店へ向かう。

 今からやっぱり帰るって事は……駄目だよねこれ。無理だよね。

 しまった、いつも相手がエッタさんとジョゼさんだから油断してた。

 

 

「おいどうしたラベリテ。なんかおかしいぞ」

「いえ気にしないでください」

「そう?」

 

 

 ジョゼさんが小声で気に掛けてくれるけど、やっべ、中央のトレーナーさんだって認識したらジョゼさん相手にも緊張してきた。

 ファーストコンタクトが上手く行ってこれまで普通に接してこれたのに……! 

 

 

「んゆ? あてら今更馴染であらぬと言ひたりしますか。それともミークと話したし?」

「……こんばんは」

「あ……こんばんは。えっと、今日は……」

「……」

 

 

 残念でしたね、は煽ってるみたいだし、言える立場じゃないし、えと、なんて続ければ?

 道化師の仲介へるぷ! エッタさん!

 

 

「この者あての親友ニコルラベリテ、実力知識はあて以上! よろしくどうぞとハッピーミーク!」

「ど、どうも、いつもは地方で活動してます。今の実力はエッタさんが上ですけど」

「……よろしく、なりぞや」

 

 

 なりぞや……?

 

 

「ミークなりの仲良しアッピル道化語学ぞ! メイトですよ? ルームのです!」

「ルームメイト、ラベリテ……。エッタの親友?」

「あ、そうです。地元でずっと一緒でした」

「……」

「……」

 

 

 やべ、会話が続かない。

 ボクの周りはエッタさんを始めとして自分から喋る人ばかりだったから、こういう場合どうしたらいいのか分からないな。

 ジョゼさんへるぷ……はたぶんいらないけど、いざの時はフォローお願いします!

 

 

「ここです」

「お店着いたぞー」

 

 

 ナイスタイミング!

 お店に入れば少しは誤魔化せる!

 

 

「予約していた桐生院です」

「きひゅっ……!?」

「ラベリテ?」

 

 

 あの、き、桐生院さんって。あの方。

 

 

「そだが?」

 

 

 いやいやいや、ジョゼさん何当然みたいな顔してるんすか!?

 桐生院っていったらバリバリの名門じゃんか! 有名どころだよ!

 そらこういうお高い店も知ってるというか、慣れてるというか、あれだよ!

 ボクの語彙と経験が不足してるからあれだけど、このお店普通に庶民は入れない所でしょ!?

 

 

「らべべりりんりんどうしまし?」

「……お腹空いた?」

 

 

 この二人も何当然って顔……!

 ああもう、トレーナー志願からしてみれば雲の上の存在なんですよ! その名前!

 

 

「いや、ちょっと待ってください……?」

 

 

 トレーナーの名門一族の桐生院家とハッピーミーク。

 それとライバル関係を結んでるジョゼさんって、何者……?

 桐生院さんが新人でも中央に所属してるのは名家だからと納得するけど、ジョゼさんも新人って何か怪しくない? 庶民って言ってたけどそれで中央って。

 

 え、てかジョゼって本名? どっからどう見たって日本人なのに、ジョゼ……?

 いやもしかしたら色々理由とか事情があって本名が普通に横文字の可能性もあるけど、でもそういうのって可能性としては低いし。

 

 

「ねえエッタさん」

「んゆ?」

「エッタさんのトレーナーさんのお名前、何でしたっけ」

「自慢しよう? あてのトレトレジョゼとれっと!」

 

 

 あーだめだ。わかんね。

 

 

「もしかして……」

 

 

 偽名、とか。

 エッタさんの姉さんもウマ娘じゃないけど、妹に合わせたいとか妹のためとか言って作りものの耳つけてアイーダとか名乗ってるし、そういうあれ?

 もしや最初に会った時「ワンチャン俺もウマ娘で事で誤魔化せないかな」って言ってたのは、そういう!?

 

 いや、本人がいるんだ。確かめよう。

 ボクの名前はニコルラベリテ。真実を冠するウマ娘。

 真実の為に臆する必要はない。

 

 

「あのー、ジョゼさん」

「どした?」

「ジョゼさんのフルネームって、そういえば何でしたっけ」

「忘れちまったのか?」

 

 

 一拍置いて、答えてくれる。

 

 

「常禅寺だよ」

 

 

 ……っすー……。

 うん、フルネームで聞いたのに、常禅寺だけって。

 もしかして「ジョウ・ゼンジ」とか? いや、ありえないね。

 

 

「もしかしてエッタがちゃんと名前教えてなかったか」

「聞いてないッス……てか本人に聞いたら覚えてなかったッス……」

「エッタ……担当の名前くらい覚えておいてくれ……」

「年とか月の単位で呼びなし故にて忘却」

 

 

 いくらエッタさんでも担当の名前を覚えてないのはどうかと思いますよ。

 ジョゼ、あるいは常禅寺っていう本名か怪しいのもあれですけど。

 

 

「……はじめて知った」

「ハッピーミークまで……」

「わ、私は覚えてますよ! 常禅寺さん!」

「桐生ちゃぁあん!」

 

 

 うわ、桐生院家の者をちゃん呼び。

 もしかしてやっぱりジョゼさんこと常禅寺さんは、正体を隠してるだけで良い所の出なのでは?

 これでもし実はコネで中央に入ったんですーとかだったら、ドン引きしますけど。

 ウマ娘の人生掛かってるトレーナー業をコネで解決するのは許せませんよね。

 

 

「にっくだーにっくだー」

「おにっく肉ですお肉です? すでおくに!」

「……おにくー」

「ミークも楽しそうですね!」

 

 

 座る。

 対面にはトレーナーのお二人と、ボクの左右にミークさんとエッタさん。

 完全に囲まれた。中央の化け物共に。

 

 

「……」

 

 

 え、なにこの状況。

 ボク別にメインじゃないでしょ。むしろ一番メインから遠い存在でしょ。

 

 

「では今日は、秋華賞の打ち上げということでー」

 

 

 いやいやいや、何普通に進行しようとしてるんすか常禅寺さん。

 向かい側を見てくださいよ。明らかに浮いてるというか真ん中に座るのおかしいウマ娘いるから。チームメンバーどころか中央所属ですらない、地方でトレーナー目指してるだけの一般ウマ娘が居心地悪いポジションにいるから。

 せめて一着取ったエッタさんを真ん中に据えて、端っこにボクを配置するべきでしょ?

 なんで囲んだのぉー?

 

 

『かんぱーい!』

「……かんぱーい……」

 

 

 もういいや、諦めよう。この人達全く気にしてないし。

 気にしてるのがボクだけなら、何とかなるでしょ。

 適当でごーごー。わーい。

 

 

「お肉ぁあああああ!」

「落ち着けエッタ。犬食いすんな。金網に顔面から突っ込むな」

「……生焼け」

「ミークのは私が焼いてあげますね!」

 

 

 ボクもお肉食べよう。あ、白米は新潟県産に限ってお願いします。

 適当にカルビやらなんやらを金網に並べて、空いた隙間にニンジンも入れていく。

 ミークさんの好みは分かりませんが、ニンジンなら外れないはず。エッタさん用にリンゴも焼いておきます。

 

 ……裏面ー。

 …………これはもうちょっとかな。

 

 良し、焼けたぜ!

 

 

「あ」

 

 

 狙ってたのが取られた。

 箸が宙をふらふら漂うだけなので手元に戻す。

 

 

「……そういえばエッタさん」

「んゆ?」

「今日のレース、どういう作戦でバ群に潜り込んだんですか?」

「あ、それ俺も気になるわ」

 

 

 かつん。もう一度伸ばした箸がまた空振りに終わり、金網を突く。

 箸がふらふら漂うだけなので手元に戻す。

 

 

「簡単ですよ? 単調出来事大幅一歩のかき乱し」

「……みんな、ペース乱れてた」

「あてが中距離走れぬならば、あての以外が疲れるが良し」

「そうだったんですね」

 

 

 そういえばエッタさんの超大股のストライド走法。あれって横を走ってるとペース乱れるんですよね。

 ピッチ走法のボクがたしたしたしたしって走ってて横でずしーんずしーんってされた時なんか特に実感しますねぇ。

 

 

「それ、抜け出せなかったらどうする気だったんだ?」

「んふふふふ。ミークならば抜け出すと思ひして」

「後ろにくっつかれた」

 

 

 ミークさんならバ群から抜け出せるから、同じルートを追いかけていくと。

 練習してるって話もレースで狙ってるって所も見たことないけど、土壇場でスリップストリームを狙ったのかな。

 もしかしたらエッタさんの事だから道を見つけて走ってくれるミークさんについていくってだけで、そこまで考えてなさそうだけど。

 それで成功させるんだから直感が良いって言われるんですよ。

 

 焼いてたお肉が隣の容赦ない道化師に取られて無くなり、箸の先が燃えた。

 代わりに端っこで放置されて燃え始めてるニンジンを……ニンジンも取られた。

 

 

「あはは、間が悪いんですね。はい、どうぞ」

「い、いえ! 桐生院さん……である貴女の手を煩わせる訳には!」

 

 

 ミークさんはいっ。

 

 

「……もぐ」

「ラベリテどうして食べじなり?」

「いえ。食べないとかそういうのじゃなくてですね」

 

 

 金網に肉が並べられていくので、白米で間を繋ぐ。

 やはり地元で慣れ親しんだものが一番ですよ。

 お肉? ああ、肉なんてエッタさんの姉さんに言えば幾らでも貰えます。鶏肉限定で。

 

 

「なに拗ねてんだよ。ほら」

「いえ!」

「エッタ。食わせてやれ」

「葉っぱくるみー」

 

 

 サンチュに包んだ肉を素手で……!

 

 

「……これも」

 

 

 もがぁ! ミークさんの悪ノリわかりにくいィ!

 

 

「そういえば常禅寺さん、これからのレースはどう考えてますか?」

「しばらくはオフかな。本人にその気があればマイルCSに出ても良いけど、エッタはダートがメインだし」

「次は負けません」

「ククク。何で挑む? あ、長距離は流石に抜きで」

 

 

 あー、正面のトレーナートークに混じりたい。絶対ここから育成方針とかの話になるって。

 ボクを見てみ? ひたすらサンチュ攻めされてるから。食物繊維たっぷり。

 

 

「もがもが」

「……サンチュのニンジン添え」

 

 

 エッタさんを癖ウマ娘としていたけど、ミークさんもちょっと変わり種というか……。

 ゴールドシップとかいう娘もヤバいって聞くし、こんな感じでウマ娘が多く所属しているのが中央なの……?

 これが、真実!?

 

 

「──そういえばエッタ。年末はまた新潟に戻るのか?」

「お戻りますよ? 年末年始! そうせなばじしな姉ねがお怒りでした。心配性なり父もまた」

「そっか。じゃあ12月と1月は空けとくか」

「あそれとそれと。今回帰郷せしならトレーナ共にと言伝ありて」

「え゛っ」

 

 

 常禅寺さんの顔がみるみる青くなっていく。

 過保護なエッタファミリーにどう扱われるかを想像したんだろう。

 だけど。

 残念な事に。

 たぶんその想像は、合ってますよ……。

 

 

「これが、真実……!?」

 

 

 です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 約束を果たす
阿賀町三人衆の結束 その1


ここから越後国、阿賀の国編となります。


 

 

 

 人間はウマ娘に勝てない──。

 

 

 

 鍛えている競争ウマ娘はもちろんの事、走らない事を選択した在野のウマ娘相手でも勝てるか怪しい。

 なんせ人間が100mをようやく9秒台で駆け抜けニュースになるのに対し、それ以上のペースを1000mも余裕で走るのがウマ娘だ。生まれが違う。

 フィジカル面で勝てる見込みはない。小柄で可愛らしいハルウララでも大人の男性を蹴り倒せるといえばその圧倒的な身体能力の差が分かるだろう。

 ウマ娘の子供が産まれた時、まず教えるのは暴力を振るってはいけませんという事だ。

 

 

 人間はウマ娘に勝てない。……本当にそうだろうか?

 少なくとも常禅寺という個人は、粘り強さで勝てるんじゃないかと思っている。

 原始時代に野生生物のスタミナが切れるまで追い続けた持久力での勝負、という訳じゃない。

 

 

 

「エッタさん。頼みますお願いします、このままだとストーブが置けないから一緒に片付けてください」

 

 

 

 粘って強請れば片付けの苦手なウマ娘相手でも部屋を掃除してくれるか、という話だ。

 

 

「何ででしょう? どうでしょう!」

「ストーブ置いたら120%燃えるからじゃい!」

「いったいなぜー?」

「おい貴様、貴様だ貴様。部屋の7割を埋めてるのだ、よく分からん物で!」

 

 

 火事んなったら監督責任で俺の財布も燃えるんじゃー!

 レースで遠征する度にお土産として小物を買い、普段も切り株すら持ち込む始末!

 てか、毎日こんなに色々買ってきてお主の財布はどうなっとるのじゃ!

 

 

「ったくなぁー」

「んなー」

 

 

 チームルームの片づけを願い、粘り、まだ俺頑張る。もう冬なんだし暖房器具を入れようとしてるのよ。

 1つ片付けて隅に追いやれば空いたその隙間に2つ物が増えても、僕頑張るよ。わーい。

 椅子……ではなく乱雑に置かれた木箱ンテナに座り、腕を伸ばしホワイトボードをばばんと回転。

 11月が終わり、今日でもう12月。スケジュールはついに空きだ。

 

 本人は重賞挑戦に対する渇望がない。あくまで目標は注目集めでそこにブレはなく、いわばアイドル路線。

 なので無理せずマイルチャンピオンシップは相手の悪さもあって回避する事にした。

 

 サニティエッタがマイル距離に適しているとはいっても、それは他のマイラー共にも同じこと。

 秋華賞で見せた作戦は様々な取材で掘り尽されてしまっているし、そうでなくとも近いレースで二度通じるようなモノでもない。あれはサニティエッタの走りに不意を突かれたゆえ起きた“事故”に近いものだ。

 丁度いい時期なのもあり、以前からの予定だった12月から1月いっぱいは休養と修行を兼ねたクールダウン。

 

 といっても、秋華賞から完全オフの休みっぱなしというわけでなく一度は出走した。お題目は特になく、近場でひと枠空いてるからどうだって誘われて。

 このレースは重賞でもないしエッタ本人が秋華賞で謎の進化を遂げたお陰か、複雑な作戦抜きにシンプル勝ちした。

 ネームドと言ったらあれだが、いつも重賞最前線で斬った張ったしてる今世代上位連中相手じゃなければ何とかなるっぽい。

 追いの走りと合わせて、道化師気まぐれアタックの弊害で最後まで勝てるかヒヤヒヤもんだけど。

 

 

「でも、そういう注目のされ方が好きなんだろ?」

「知りゆれば散りゆく叢雲切れ目、闇夜に月よ。桜花賛美の賞賛なんと称すばジョゼ常禅」

「桜花賞はもう終わっちょるがな」

「むふー。月を褒めれば良いだけなのに」

 

 

 月が綺麗ですねって言わせたければ天体観測にでも連れていくがいい。

 ククク、東京の夜は月も厳しいぞ。

 

 

「あてに挑戦投げかけゆ? 麒麟山(きりんざん)には夜の空、我ら阿賀町(あがまち)三人衆の……」

「地元の名称出されたって分からんよ」

 

 

 それはさておき、12月は道化師送還の儀。

 今年は一緒にこいって言われてるんだよなぁ。新潟に。

 きっと秋華賞を取ったお礼だとかは関係ない。大事な娘のお気に入りがどんなツラか見定めてやろうとお呼び出されているのだ。

 ラベリテが帰り際に半笑いで十字を切る位には見捨てられてる。

 

 

「ふむ……」

 

 

 き、と愛用のパイプ椅子を傾け揺らしながらサニティエッタが静かになる。

 ピアノを弾くように机を指で叩き思案している時は危険だ。次の瞬間に俺の脳みそを半壊させる攻撃を仕掛けてくるに違いない。

 

 

「そろそろ約束を果たすべくか」

 

 

 なんだその発言は。何をするというのだ。

 ジトっとした目で俺を見るな。お前のそういうとこ怖いんだぞ。

 恐怖が勝って癖になる前に発狂する。その瞳に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東下条(ひがしげじょう)ー、東下条ー』

 

 

 人間はウマ娘に勝てないが、俺は新潟からも逃げられない。

 呼び出しからは逃れられない。俺に生きて帰る術はない。

 それしか道はない。車掌のアナウンスを聞き絶望に浸る。

 

 

「近付きましてや我らが帰郷、田園を過ぎし山は吹き! 刮目拝見自然の美!」

「……ああ、いい景色だ。空が目に沁みやがる……綺麗な空だ……」

「んふふふそうですそうでしょう? 阿賀町(あがまち)着きまし好きにまし、案内任せよ公演もぎり!」

「死刑執行日当日の定時を待つ囚人のようだ」

「死して骨を埋めしや故郷! 帰還せりしやあての国ーっ!」

 

 

 12月の30日。年末。

 新幹線に押し込められ乗り換えをして、ついにこの地へ来てしまった。

 最後までね、抵抗したんですよ。俺は。

 

 でもサニティエッタのパパさんからさ、新幹線のチケットを送られてきたらもう逃げられないって悟るじゃん?

 丁寧にグランクラスですよ。秋華賞で京都へ向かう時にグリーン車は乗ったけど、ただの帰省にその上の席とは。新潟行きの電車にそんなする?

 娘のためなら金は惜しまないタイプの親らしい。流石、手錠や頑丈なトランクケースをポンと買うだけある。

 

 

「ッスー……。で、この駅を出たらすぐ刺されるのか?」

「いえいえ誰も傷付けませぬ。ここは神秘の阿賀の国」

 

 

 電車を降りて、田舎景色なホームの景色を見て、安堵のため息。

 ご機嫌な新潟駅から一般電車に乗り換えて辿り着いたのは、山を幾つか超えた先の町。

 いつもの発言から地元であるここは阿賀町という所らしい。

 俺無人駅なんて初めてだ。え、このキップ受け取り箱ってのに切符入れればいいの?

 

 

「それにしても歓迎はしてくれてるなぁ」

「あ、お、おお、お」

 

 

 無人駅備え付けの休憩室的なよく分からん待合室的な空間、そこにはある物があった。

 それを見て感動のあまり、言語創生道化師サニティエッタが言葉を詰まらせている。

 

 

「良かったなエッタ。みんな見てくれてたらしい」

「サニティエッタここにあり!」

 

 

 たまらず大声を出してしまったが仕方ないだろうな。

 分かりやすい所にエッタの応援横断幕と秋華賞おめでとうのバナー、寄せ書き的なのが飾りまくっていたのだ。

 すげぇなこの量。沢山の声援に混じって「子供が痙攣を起こした」っていう苦情もあるけど。

 苦情はさておきサニティエッタのグッズも沢山並んでるし、地元の顔として売る気満々だな。

 

 

「んふふふふ、ぬいぐるみ、キーホルダー、ストラップ!」

「試供品で幾つか貰ってるけど、外部で見るとまた新鮮だな」

 

 

 エッタが自分のぱかプチを手に取り頬に寄せ自慢する。もちろんカメラに収めておく。

 ファンサービスに抜かりはない。訪れましたというのは結構な広告になるのだ。

 俺らに還元される内容としては特にないが、アピール大好き道化師様の要望はそこにある。

 

 

「にしても改造されたのもあんな。これなんか謎に武将みたいな格好してるし」

「おお! 上杉謙信風エッタ!」

「今までこんな格好した事なかろうに」

「戦国最強その姿、あてへ着せたりセンス良し」

 

 

 ほーん? 

 戦国には詳しくないけど、最強って言われて出てくるのは本田さんだなぁ。

 

 

「……素人」

「ぼそっと言うの怖いからやめない?」

 

 

 一説によれば新潟県民は上杉謙信を最強だと思ってるらしい。

 下手に否定をすれば蹴り殺されかねないので言及するのはよしておこう。

 こやつの場合は例の瞬間移動で暗黒空間に消し飛ばしてくるかも知れない。

 

 

「む。やーい!」

「ん?」

 

 

 ぺいっと自分のぱかプチを投げたエッタが外へ走っていく。

 ああ、そうだ。ここはこいつの領地だ。

 そろそろエッタの姉さんことアイーダさんが刀を持ってやってきてもおかしくない。

 さようなら我が人生……。

 

 

「ラベリテ!」

「こんにちはー」

 

 

 覚悟を決めて俺も外へ出る。

 駅から真っ直ぐ伸びる道、その先から毎度お馴染みニコルラベリテと──

 

 

樹付(きつ)きの!」

「やほ。久しぶりだねぇリッちゃん」

 

 

 以前に一度だけ、秋華賞のゲート待ちの時に通話越しに見た顔があった。例の掴み所の無さそうなノリをしてそうなやつだ。

 そやつが車椅子に座ったままラベリテに押されてやってくる。

 

 

「常禅寺さん、長旅ご苦労様です」

「ラベリテも久しぶり。……時に、アイーダさんは?」

「エッタさんに食べさせる肉を取ってくると、朝から山へ」

 

 

 現在時刻、16時。遠くの方でターンと謎の発砲音が響いた。

 朝から狩猟に出て成果がどうであれ、暗くなり始めたこの時間にはそろそろ帰ってくるかな……。

 

 

「お久しぶりぞの樹付きのそなた! 未だに足はおいたしや?」

「あ、うん。悪いねーリッちゃん」

「いえいえいつでも待ちます。走れるその日を後はだけ!」

 

 

 そろそろ避けられないなと再会を盛り上がる二人に目を向ける。

 エッタとの関係性をからかわれたく無かったり、あるいは情報量のややこしさからからスルーしてしまったのだけど。

 こちらの者がエッタとラベリテに続く阿賀町三人衆最後の一人かい?

 

 

「え、そんな変な紹介されてるの?」

 

 

 まだ名前も知らない、エッタが先ほどから「樹付き」と呼んでいるこの人物。

 車椅子に座っているのは怪我か病気か不明だが……そんな事より気になるのはその恰好。

 古めかしいマントをすっぽりと身体を包むように纏い、その下には緑を基調にした衣装を着こんでいる。

 蔓をヘアバンド風に取り付けてるのも合わせて、ファンタジー世界のエルフをモチーフにした勝負服といった所か。ピンと張ったウマ耳がもふもふと風にそよいでいる。

 

 

「んー、まぁ。紹介すらされてないけど」

「うっそでしょ」

 

 

 実はラベリテの時もエッタからの紹介はなかったしそういうもんだ。

 あとどう考えてもその格好は意味が分からんのだが、まぁエッタのご友人という所で一つ。

 

 

「まぁいいや、自己紹介するね。ベリー音楽カモォン!」

「はいはーい」

 

 

 ラベリテがめんどくさそうに懐から小さい箱を取り出し、側面についてるハンドルを回す。

 ハンドルの回転に合わせて綺麗な音色が響き渡り──

 

 

「あたしの名前はエンリカ言います阿賀町に住む三人衆、その一柱なり引けはなし。見てこの姿は勝負服、樹付き言われる所以はこの(いばら)!」

 

 

 急にエッタ語で名前を言い、最後に髪飾りの蔓(荊?)を指さした。なんでお前までエッタ語やねん。これが新潟の言葉なのか?

 隣のラベリテが死んだ目で永遠にオルゴール回転させてんのがすげぇシュール。なんでオルゴールやねん。

 

 

「──んならば返そう()のライム、本家の力を見せてやろう! 言語流体滑らか語学、文学慣れてる()が有利!」

 

 

 あーもうほら、道化師さんまで乗ってきちゃったじゃん。

 

 

「ラップで勝負か来い道化! 東京行きして走り始めた、エッタに分かるかあたしの気持ち。越後(えちご)阿賀(あが)に根を差し骨を(うず)める、そんな誓いはどうした道化!」

「道化師目立ってなんぼの商売これが目標レペゼンなりて、されとて身捨つる祖国を忘るる時は一切無きぞて我は! 樹付(きつ)きとラベリテ約束果たそう今こそ勝負ぞサニティエッタ! ターフに立とうぞ賞掲げ!」

 

 

 ナニコレ。俺は何を見せられてんの? なんでラベリテの目は死んでるの?

 てか棒立ちだから寒いんだけど。北国の北風がつらい。見ろよ、あっちとか雪積もってんぞ。

 

 

「……て、待てぇい!」

「どうしました?」

「“どうしました?”じゃないよベリー! ジョゼさんはリッちゃんと一緒だからラップで勝負したらどうって、あんたが言ったんでしょー!?」

「だからって実行する人がいますか」

「けしかけといてそりゃないよ!」

 

 

 もういいや、行こうぜエッタ。アホが移りそうだ。

 

 

「ちょ、アホって何さジョっさん! すっごい恥ずかしかったんだからフォローしてよ!」

「ボクも巻き込んで何してるんでしょうねこのアホは」

「切り捨てベリー!? そんなにあんた冷たかった!? 都会に染まっちゃったのね、温かい心を取り戻させてあげる!」

 

 

 車椅子のタイヤを手慣れた動きでぐるんと器用に回し、背中を向けたラベリテにエンリカが抱き着く。手にポッケから出したホッカイロを持って。

 ホッカイロで懐をまさぐられているラベリテはうざったそうにオルゴールを側頭部に押し当て、ハンドルを高速回転させることで異音を発生させ撃退した。悲鳴があがる。

 ニコルラベリテwin。エンリカ、死。

 

 

「……側頭部?」

 

 

 オルゴールを押し当てていたのは、ウマ耳の付け根というより人間の耳がありそうな箇所。

 しかも今現在、異音を食らって死にかけているエンリカは同じく人間の耳がありそうな場所を丁寧に抑えているではないか。

 

 

「なぁエンリカ。お前さんそんな格好してるけど、もしかしてウマ娘じゃ──」

「金魚のクソ食らえッ!」

「う゛!」

 

 

 高速回転する車椅子のグリップが、俺の鳩尾をぶん殴る!

 

 

「お、ぅぅぉ……」

「ったく。女の子にそんな事聞いたら駄目だゾ♡」

 

 

 しかしその威力で分かったぞエンリカ。貴様の正体が!

 

 

「ま、まぁそれはさておき。エッタさんも常禅寺さんも疲れてるだろうし、そろそろお家へ行きましょうか。寒いですしね」

「んふふふ一人重症あて重賞、自慢の為には帰還をす!」

 

 

 ラベリテがエンリカの車椅子を押し歩き始めたのでそれに続いて俺もエッタを引き連れ歩く。

 阿賀町三人衆と自称する位だし、町とはいえ山に囲まれているこの地域で同年代は少ないんだろう。

 余計な事を言って友情にヒビを入れる訳にはいかない。今は、特に触れずにいよう。

 

 ウマ娘に人間は勝てない。

 殺意の高いアイーダさんに加えて勝てない敵を、わざわざ増やす必要はない──。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

阿賀町三人衆の結束 その2

 愉快な登場人物

☆常禅寺
 土日は大井の駐車場でやってるフリマに行くのが趣味。それ以外では基本的にトレセンに出現する。最近また仮免落ちした。

☆サニティエッタ
 阿賀町の道の駅で鯉の餌が売り切れていたら、それはこいつが買い占めたからだ。実家で飼っている黒猫の名前は「義賊」。

☆ニコルラベリテ
 自分用の畑で枝豆を育てる趣味を持っていたが、秋華賞の際に父が酒を飲み過ぎたみたいなので来年からは別のを育てようと硬く決意した。

☆エンリカ
 皆とは前世からの友達と自称するエルフの大魔法使い(自称)。爆竹魔法はモグラと茎を焦がし、散水魔法は根を腐らせる。

☆アイーダさん
 道化師の姉でメイド服は趣味。かつて熱で学校を休んで暇そうな妹の為にポピーザぱフォーマーのDVDを借りてきたらガチ泣きされた。

☆エッタのパパ
 お偉いさんの挨拶の為に涙を飲んで東京へ向かっているらしい。


 

 

 田んぼと畦道、周囲に山しか見えない超ド田舎……という程の田舎ではないくらいの田舎。

 手近な距離に山、真ん中に綺麗な川、一軒家が纏まって建ち並んでは空いた土地と田畑があり、電車は1時間定期でやってきて都市部は遠からず。

 お店は少ないし車は確かにあった方が便利だろうけど、でも自転車ひとつあればなんとかやれないことはない位の場所。

 

 この阿賀町というのは、インターネットのある今のご時世だと静かに暮らすのには丁度良い場所なのかも知れない。根っこから都会っこの俺には新鮮で、でも何だか懐かしく心休まる場所だ。

 市へ出れば仕事があって店がある。移住するにはもってこい。

 

 ちょっと狭い歩道を歩きながらそう色々考える。

 リタイア後はこういうとこに引っ越したいね。

 

 

「こういうのんびりした所で、こうした気のある連中がいて、そういうのって憧れるなぁ」

 

 

 この阿賀町三人衆の賑やかさがとても眩しく、尊い。

 

 

「ジョゼさん何さこっち見て。……ははーん、さてはあたしに惚れたな?」

「なぬ!?」

 

 

 びっくりした。俺とエッタの関係じゃなくてエンリカ自身が攻めてくるとは。

 安心するがいい袖を引っ張る道化師。エンリカへ特にそういった感情は向けてない。

 だから隣ですんげぇ蔑んだ目で見てるニコルラベリテをどうにかしてください。

 

 

「そうじゃなくてさ。普段からその車椅子で過ごしてるんだろうに、中々良いトモしてんなって」

「トモ? ベリーもリッちゃんも良いやつらだよ。車椅子(これ)関係なしにね」

 

 

 そうでもなくてさ。

 膝のブランケットとマントで分かりにくいけど、今にも走れるくらい身体は整ってるって言いたくて。

 

 

「エンリカ。トモっていうのは脚の事ですよ」

「まさかそなたはそ知らぬか? あてら業界常識ぞ!」

「し、知ってるし! ていうかさり気なくセクハラしてた事について!」

「……」「む……」

 

 

 すまん! 職業柄つい見ちゃうの! 脚を先に!

 だからみんなしてそんな目で見ないで!

 最近そのジトっとした目がちょっと癖になってきたんだぞ。

 

 

「それより! それよりさ、エッタくん。君の想い出の地を紹介したまえ」

「んゆむ。誤魔化し混じりの話題ぶり」

「いやー俺ちゃんエッタの地元の事知りたいなー」

「わは! 任されよ!」

 

 

 よし、誤魔化せたようだ。

 車椅子とそれを押してるウマ娘はなんだか納得いってない顔だけど。

 

 

「まずはこの下、阿賀野川! あてら夏の遊び場楽しく水浴び!」

「だいぶ上流の方だからか綺麗だなー」

「船もあります遊覧船!」

「たまに溢れる(たま)(きず)

 

 

 駅を出てエッタハウスへ向かう道すがら現在は橋の上。つまり真下は川。

 川が目に沁みやがる……綺麗な川だ……。

 

 

「ジョゼの旦那は何を言ってるのかね」

 

 

 分からないのかエンリカ。

 それだからお前はエンリカなのだ。

 

 

「いや意味分かんないし」

「なるほど」「ほむ。良い解」

「あんたらは納得するんかいっ!」

 

 

 エンリカはツッコミが冴えるから楽しいな。

 遠慮なくボケに突っ走れる。エッタだと乗ってきて収拾がつかないからな。

 ……どうしたエッタ。そんなに腕を引っ張って。

 

 

「こちらお土産道の駅! そして向こうに秘密基地!」

 

 

 地元紹介の続きか、ありがとう。

 道の駅はなんかそれっぽい繁盛の仕方してるから分かるんだけど、でも秘密基地って遠くの森を指差されてもどこだか分からんよ。

 どこも道の駅って人が沢山いるよなぁ。どこからみんな来るんだろう。

 

 

「秘密の基地はあちら向こうの沢沿いに! ありますよ? ありまして!」

「子供の頃によく遊びましたけど最近はもう使ってませんね、秘密基地」

「ソダネ。秘密基地、行かないネ」

 

 

 地元を離れてそも遊べないエッタ、車椅子ゆえ舗装されていない道へは近付かないだろうエンリカ。残ったラベリテだけでというのもな。

 にしても秘密基地かぁ、俺も子供の頃はよくやったなぁ。

 近所に平和の森っていう公園があってさ、東京じゃ珍しい自然の触れられる所かつ木が沢山あって……。

 この話はいっか。それはまた俺の地元に近付いた時にでも話そう。

 

 

「そしてあちらがあての家」

「よし、秘密基地行こうぜ!」

「諦めて斬られなってジョゼさん。秘密基地の事は忘れてさ」

 

 

 牛歩戦術も虚しく歩き続けて時刻は17時前。山の影に町は沈み、闇が辺りを支配する。

 エッタハウスが見えた以上、もう俺に時間は残されていない──

 

 

「んふ」

 

 

 エッタが笑みを漏らす。

 

 

「んふふ」

 

 

 うずうずしてる。

 

 

「ああ、これはあれだな」

「あれですね」

「あれかー」

 

 

 サニティエッタ、走る! 俺の手を引いて!

 説明しよう、エッタは堪え切れずに走り出してしまう事があるのだ!

 落ち着いて欲しい!

 

 

「いだだだだ腕千切れる!」

「ちょちょちょちょ、ベリー速いって怖いって!」

 

 

 エッタは俺の手を引き、並走するラベリテは車椅子を爆走させる。

 隣のエンリカと目が合った。

 おお、我らはウマ娘に振り回される同盟。

 エンリカの頭にはウマ耳付いてるけど。お前は味方で良いのか?

 

 

「人間がウマ娘に勝てるわけなかろう?」

 

 

 そうだなエンリカ。その通りだ。

 成す術はない……。

 

 

「アイーダ姉ねえはどこにおられる! エッタはこちらぞこちら! りんごんごーん!」

「おっじゃましまーす!」

 

 

 養鶏場らしき場所を通り、塀を超え、大きな玄関と駐車場。ちょっとした池。

 野良だろう猫が沢山おられる家へ、サニティエッタの家へ辿り着いてしまった。

 見るからに豪邸だ。武家屋敷だ。ただもんじゃねぇ。もんじゃになるぞ俺は。

 生き残るためならモモンジャにだってなってやる(?)

 

 

「あれ、いないんでしょうか」

「アイーダ姉ねえーっ!」

 

 

 砂利に叩きつけられた俺を放置してエッタは再び走り、それを追いかけてラベリテも続く。

 俺達? なぜか放置された。

 

 

「……このまま逃げたらそれはそれで死ぬよな、俺ら」

「無理だよ。逃げ切れないよ。アイーダの姉御は6キャラ分高速移動して攻撃できるから」

「その説明は分からんが、無理なのは分かった」

 

 

 家の裏手の遠くで「わはー!」という歓声が聞こえてくると同時、曲がり角からラベリテが帰ってきた。

 どうしたの?

 

 

「あー、アイーダさんはいたんですけど、現場が……」

 

 

 現場?

 

 

「もしかして、捌いてる?」

「やってますね。がっつり」

「じゃ、あたしは──」

「覚悟してついてきてください」

「ちょ」

 

 

 有無を言わせずラベリテが車椅子を押し、覚悟して俺もそれに続く。

 石畳に沿って進み、先ほどエッタが走っていった裏手。

 まだ、まだ希望はある。

 アイーダさんが実は勘違いされやすいだけで、実は優しいとかある。

 

 そうだ。この現代日本で人が行方不明になればすぐ分かるのだ。

 何の心配もない。

 さぁ、ご対面!

 

 

「……」

「……うぇ……」

「連れてきましたよー」

 

 

 そこには何かの肉が置いてあった。

 その傍らに立つメイド服の女性が斧を持ち上げ、重力に任せ振り下ろし、潰れる音がする。

 肉の解体として明らかに雰囲気がおかしい。

 

 

「──お待ちしておりました」

 

 

 色っぽく息を吐きこちらへ振り返る、が。返り血でえぐい。

 どうみたって狩猟というか殺戮後なんだけど。

 何というか、人間一人分の血が増えた所で分かりませんねって言いたげな雰囲気がある。

 やっぱりワイは死ぬんか……?

 

 

「こうして直接話すのは久方振りですね。一年程経ちましたでしょうか?」

「うむ! あては一年越しなる期間帰還! 姉ねお疲れ解体ショー! イノシシですか? とてもでか!」

「この動物はサニティエッタのために探してきました。感謝して頂きましょう」

「んふふふふ、相変わらずでし安心す!」

「私は変わりませんよ」

 

 

 隣でわきゃわきゃしてるエッタよ、その人がかなりヤバ目な事に気が付いて欲しい。

 

 

「さて」

 

 

 瞼を閉じたままなので視線は分からないけど、確実にこっちを見た。血まみれメイド服が。

 無表情殺意マシマシのこの人と俺やっていける自信がない。

 

 

「初めてお目にかかりますでしょうか?」

「はい、はじめまして」

「私はアイーダと申します。聞き及びでしょうが、サニティエッタの姉をしております」

 

 

 去年の年賀状で見た針金のはみ出ているウマ耳は明らかに偽物。

 つまりアイーダさんは人間で、その名前はたぶん偽名。だからどうしたって話なんだけど。

 

 よし、俺も名乗ろう。

 ここで「誇り高きトレーナー」とか肩書加えたら死ぬので普通に。

 アイーダさんに殺されないためには、普通に振舞うしかないのだ。

 

 

「俺は」

「お悔やみ申し上げます」

 

 

 咄嗟に付近の物陰に隠れる。

 一瞬で移動してきた斧による斬撃は、何とか目の前で止まってくれた。

 

 

「チビりそう」

「あ、すまん」

 

 

 俺が隠れたのはどうやら車椅子だったようだ。人の乗ってる。

 つまりエンリカを盾にした形。マジごめん。

 

 

「……この者なら別に……」

「あの、アイーダ姉さん? あたしなら別にってどういう?」

「冗談です」

「漏らすよ!?」

 

 

 ちら、と血の滴る斧を見せつけないで欲しい。

 

 

「んふふふふ。アイーダ姉ねの動きは俊敏しゅびびん恐れゆる」

「長旅でお疲れでしょう。荷物を置いたらお風呂へどうぞ。沸かしてありますよ」

「わはー! ありがたし!」

「ニコルラベリテもどうぞ」

「はーい」

 

 

 待て、エッタ。置いていかないでくれ。

 ストッパーがいないとガチで死ぬ。エンリカはあてにならん。

 

 

「貴方はこちらを手伝ってください。どうぞ、こちらへ」

 

 

 どうぞと手のひらを向けられたのは、血まみれの解体現場。

 俺からすると処刑台にしか見えないんだけど。断頭台なんだけど。

 待てエッタ。お風呂は分かるが置いていかないで。ラベリテも助けて。

 十字切らんといてくださいよ。

 

 

「じゃ、あたしはもう帰るね」

 

 

 待てエンリカ。この場を後にするのはこの際いいけど、お前も風呂に入っていけ。

 そんで上がったらすぐ盾になれ。なるべく身を守る術が欲しいんだ

 

 

「いや帰るよ。親友幼馴染とはいえ、流石にあたしは裸の付き合いまでできないからね」

 

 

 じゃあ送ってくよ? もう暗くなってきたし。な?

 

 

「いいよいいよ。ちょっと寄り道もしたいし」

「俺が良くない」

「本音が出た」

「どうかされました?」

 

 

 アイーダさんが怪訝そうな声を出す。

 テンション高めなエッタを追ってラベリテも行ってしまったし、グロテスクな解体現場に顔色を悪くしてるエンリカも足早に(椅子早に?)去っていく。

 我が身を守る盾はない。さようなら……。

 匂い立つ血の香りが目にむせやがる……良くない景色だ……。

 

 

「ハイ」

 

 

 肉の前に立ったアイーダさんに並んで立ち、何を手伝えっていうんだろう。

 素人にできる事とすれば……肉になる事?

 死ねと?

 

 

「ジョゼさん。いいえ、常禅寺さんでしたね」

「自己紹介が遅れました。常禅寺です」

「素で良いですよ。首を取って斬らんとする訳ではありません」

「そ、そう?」

 

 

 アイーダさんの右手に握られた斧が振り上げられ、重力に任せた一撃が骨を断つ。

 跳んだ血が頬についた。グロい。

 

 

「おっと……。申し訳ありません、解体は苦手なもので」

「苦手ってレベルじゃないような」

 

 

 本当に狩猟免許持ってるのかな。

 

 

「常禅寺さん。貴方をお呼びしたのは礼を言いたかったからです」

 

 

 ……え、礼?

 思わず顔を見て、でも無表情なので何を考えてるのかは分からない。

 今まで散々殺意を向けてきて、礼、とは……?

 

 

「私は、崖の下にいた彼女へ何もしてやれなかった」

 

 

 血濡れの禍々しい斧が足を絶ち、首を飛ばし、血を増やす。

 良い話なんだろうけど光景がやばい。

 

 

「ニコルラベリテの助けもそうですが、大舞台へは貴方のお力添えのお陰です。礼を」

「そんな、別に俺はそこまで大したことはできてないというか」

 

 

 秋華賞は流れ流れの部分もあるし、勝ったのは実力を出し切れたエッタのお陰だ。

 礼は受け取るけど、そこまで大した事はしてない。新人トレーナーにできる事は少なかったし。

 

 

「いいえ。それだけでなく、あの子達が約束を果たせるよう整えてくださったのも」

「約束? それは何のことか分からんのですが」

「そうですか。ではそうしておきましょう」

 

 

 といわれても“約束”については何も知らない。何考えてるか分からんなぁアイーダさん。

 黙々と作業を進めるから俺が手伝う場面はないし。

 礼を言う為だけにここへ残したというのなら、変わった人だ。

 

 

「礼は終わりましたので居間でお休みください」

「え、そう? 肉多いし運ぶの手伝うけど」

「ありがとうございます。ではこちらをお願いします」

 

 

 何というか、思ったより殺意が少ない。生き残れてよかった。

 肉を謎の布で包み、台所直通の勝手口は誰かが日々積み重ねたガラクタで塞がっているそうなので玄関から家へ入る。がらがらがら。

 

 おお、凄い。玄関スペースに謎の屏風的なの置いてある。屏風っていうか仕切り?

 サニティエッタ作の句が刻まれたそれは、家へやってきた者へ挨拶をしているかのようだ。

 

 

「ところで常禅寺さん。秘密基地は御覧になられましたか?」

「エッタ達が昔遊んだっていう? 沢にあるとは聞いたけど、見てはない」

「それは都合が良いですね」

 

 

 都合が良いとはこれ如何に。

 

 

「夕食までは時間があります。サニティエッタがお風呂を出たら、散歩や星の観察へ出てみては如何でしょう」

 

 

 星、いいねぇ。そういや出発前にエッタと月がどうの星がどうのって話したっけか。

 月が綺麗ですねは言わないようにしないとな。詩に詳しいらしいあいつは暴走しかねん。

 そんで迫られでもしたら今度こそ殺される。

 アイーダさんは確かに優しい人だろうけど、やる時はやる人に違いない。

 

 

「……そう怯えなさらなくてもよいのに」

 

 

 真っ赤なメイド服を見て言ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お星、光、満天? ぞ!」

「まだ七時にもなってないってのにもう星が見えるんだなぁ」

 

 

 冬の夜は早い。ちょっと見上げただけだと分からないけど、暗闇に一瞬目を慣らすとすぐに星々が見える。

 東京に生まれ、東京に育った俺にはとても新鮮な光景だ。

 星については詳しいと自負していたが全く何が何だか分からん。冬の大三角どれよ。

 あ、あれか? こっちとこっちと……うーん?

 

 

「ジョゼトレここではまだ見えにくく、されば行きましょ秘密基地!」

「分からんし案内してくれエッタ」

「ま、か、されよ!」

 

 

 秘密基地か。アイーダさんも意味深な事を言ってたね、都合が良いって。

 一体何があるんだろうか。

 あ、ラベリテは来ませんでした。料理を手伝うとかで。

 

 

「えっと……場所覚えてる?」

「覚えてますとも思入れの地! ほられ見よ、獣道!」

「ほんとだ」

 

 

 十数分ほど歩き、今度はこの林を抜けていくらしい。

 正直くっそ寒いし暗くてよく分からんし、本音を言えば秘密基地まで行く必要ある? って感じ。

 

 

「……獣道?」

「人が通れば道はでき、あてらその道辿り行き。雪を積もらせ音拾い、一つ約束その為に」

「約束って何さ」

 

 

 林を抜けた。

 沢、小川、水辺の横に小屋がある。

 使われなくなった小さな山小屋を秘密基地と呼んでいたのか。

 鍵のかかってない扉をエッタが開けると、中は意外にも綺麗なままだった。

 

 

「確かこの辺この木の箱に、あてが持ち込み望遠鏡。カメラもありましフィルムどこ? でもや望遠星見ればすれ!」

「……待て、待て待て待て」

 

 

 おかしいと思わないのかエッタ。

 なぁ。ラベリテはもうここへ遊びに来ないし、エッタもこれなかったろ?

 なのに何でこんなに綺麗なままなんだっていうさ、そういう疑問は無い訳か?

 さっきの獣道もさ、人が通らないはずなのにまだ残ってるのは何故かみたいな。

 

 そのテーブルに乗ってるペットボトルとか軽食の入った紙袋とか、特におかしいじゃん!

 しかし俺の訴えは聞こえてないのか気にしてないのか、エッタはガラクタの詰まった木箱をいじって動じない。

 

 

「エンリカが来られる道じゃ、な……い、し……」

「ありました! 望遠鏡!」

 

 

 手持ちのランタンを机に置いて、壁に服が掛けられているのを見てしまった。

 壁に掛けられていた衣装。それは、エンリカが着ていた勝負服だったのだ。

 あの、ファンタジー世界のエルフ風の、マントの付いた、アレ。

 

 

「じゃあ、こっちのこれは……」

 

 

 掛けられたエンリカの勝負服の下、畳まれて形が変わっているが車椅子が置いてある。

 放置された物ではないしこれもエンリカのものか?

 

 

「どうされまして?」

「い、いや、何でもない」

「天体観測楽しみお月、綺麗でしょうか? どうでしょう?」

 

 

 光を当てないようにして衣装を隠し、エッタの明るい声に上手く返そうと言葉を悩ませる。

 これは、告げない方がいいだろう。衣装も車椅子も置きっぱなしはじゃ誤魔化しようがない。

 獣道を作ったのも、この小屋を綺麗に保っているのも、エンリカなのか。

 その理由は不明だけど──

 

 

「──いやぁ走った走った!」

「んゆ?」「タイミングゥ!」

 

 

 コンマ零数秒。圧倒的な大人の判断力で俺はテーブルに乗っていた紙袋を引っ掴み、中身を遠心力でまき散らしながら小屋を訪れた人物へ被せる。

 ウマ耳も、尻尾も、車椅子も、勝負服もない姿のその人物に。

 

 

「うえっ!?」

「おやま?」

 

 

 いいか? 大丈夫か? ランタンの光当てるぞ?

 

 

「なんぞこの者誰でしょう! あてらしか知らぬこの秘密基地へや曲者なりて!」

「そ、そうだー。おまえは、なにものだー」

 

 

 小屋を訪れたのは一人の人間。

 ランニングウェアと紙袋を身に纏ったその姿は、どう見たって人間だろう。

 決してエンリカじゃない。見た事あるトモだけどエンリカじゃない。

 

 

「この山進入禁止の個人山!」

「エッタん家の山なんだ」

 

 

 って、それはどうでもよくってだ。

 おい妖怪紙袋。何とか誤魔化せ。

 

 

「え、えっと。あ、あたしは……エン……」

「んん?」

 

 

 声で正体がバレかけてる! てか一人称!

 仕方ない、俺が手伝ってやろう。

 

 

「もしかしておまえは、あのハリボテ一族のものかー」

「そう! その、ハリボテだ!」

 

 

 ハリボテは冠名だからそっから続けて!

 

 

「え。ハリボテ……ハリボテウッド!」

「なんと! そんな者がここへ何用か!」

「えっと、ランニングしてて……将軍杉まで往復」

 

 

 どこだよ将軍杉。

 てか丁寧に答えなくていいからこういうのは。

 適当な事言って帰ればいいんだよ。

 

 

(いや帰ったらあれ回収できないし)

(やっぱりあれお前のなの?)

(うっ)

 

 

 内緒話してたらどんどんエッタの首が傾いていく。

 そうだよね、正体も知れない相手の肩をなんで俺が持ってるか不思議だよね。

 仕方ない。ここはもう流れで何とかしよう。

 

 

「エッタ、望遠鏡見つかったなら先に表で準備しといてくれないか?」

「んん。それは良いけどジョゼトレいかに?」

「ちょっとさっき紙袋の中身ばら撒いちゃったからさ、それの片付けしてからいくよ」

「りょ! ……して、そちらのハリボテは?」

「……片付け手伝わせてから帰らせるよ」

 

 

 不思議そうな顔をしながら、やけに大きな望遠鏡を背負ってエッタが表へ行く。

 紙袋の中身を撒いてしまったは確かだし、これで時間稼ぎはできただろう。

 なぁ、エンリカ。

 

 

「……みんな家にいるだろうしって、油断したな……」

 

 

 ハリボテウッドは紙袋を揺らしながら歩き、壁の勝負服を撫でる。

 

 

「いつかはバレるだろうとは思ったけど、まだセーフかな」

「俺が言っちゃうって線はないのね」

「そんな度胸ない癖に」

 

 

 俺から理由もなく言うつもりはないが、でも気にはなってしまう。

 エンリカ。お前はどうして車椅子に乗って皆の目を欺き、夜中に走り込みを──

 

 

 

「それ以上は言わないで」

 

 

 

 頭に被った紙袋ががさりと揺れる。

 理由もなくこんな事はしないんだろうが、この件に関しては本当に触れて欲しくないようだ。

 人間、隠し事の一つや二つある。俺は、阿賀町三人衆のヒミツから手を引いた方が良いのか?

 

 

「ジョゼの旦那はさ、理由を知りたい?」

「まぁね。こういう状況じゃ気にもなる」

 

 

 深入りしない方がいいなら手を引く。

 でも気にならない訳じゃない。言ってくれるなら、それはそれで助かる。

 

 

「そっか。いいよ、理由を教えても」

 

 

 それはありがたい。

 でもいいのか?

 

 

「……代わりに、だけどさ。これにすぐ答えられたら教えてあげてもいいよ」

 

 

 紙袋を取り、ハリボテウッドがその素顔を表す。

 ウマ娘の耳は無い。

 出てきたのは、人間のエンリカだ。

 その人は、俺と正面から目を合わせ真面目に言う。

 

 

 

 

「ジョゼさん、あなたの事が好きです。お付き合いしませんか?」

 

 

 

 

 ──表で、がしゃんと何かが倒れる音がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

阿賀町三人衆の結束 その3

 

 

 

「ジョゼさん、あなたの事が好きです。お付き合いしませんか?」

 

 

 

 唐突な告白に、咄嗟に何も言えなかった。

 以前にスマホ越しで顔を合わせた事があるとはいえ、今日しか付き合いのない子に、ここまでストレートに想いを伝えられるなんて経験ないからだ。

 このハリボテウッドは、いや、エンリカは一体どうしてそんな質問を──

 

 

「ね、至極単純なイエスかノーの答えも言えないでしょ」

「いやおま、そらぁ……ねぇ……」

 

 

 ガチじゃなくて茶化しだったのか?

 一瞬悲しそうな顔をしたエンリカは紙袋を被り直すと、再びハリボテ一族となる。

 緊張が解けたからか俺の耳に環境音が入ってくるようになった。夜風や葉の擦れる音、倒れた何かを直す音。

 

 なんにせよ質問にはすぐ答えられなかった。

 エンリカが何を考えこんな事を聞いたのかは分からないが、理由は聞けないだろう。

 そう思っていたのにエンリカは言葉を続けてくれる。

 

 

「あたしはね、その簡単な白か黒かの答えを確かめるのが怖い」

 

 

 告白というのは確かな答えを求める逃げ場のない袋小路だ。

 さっきのは、それを俺に分かって欲しかったからか?

 

 

「子供の頃の話だよ? 仲の良かったあたし達は、一つ約束をしたんだ」

 

 

 エンリカの確かめたくない答え。

 それがエッタやアイーダさんも言う“約束”にあるんだろう。

 

 

「“みんなで一緒のレースに出よう”って。……たったそれだけの約束なんだ」

 

 

 約束の内容は、単純なそれだけだったのか。

 子供ならそんな約束くらいするだろうなという内容だ。

 だが……人間とウマ娘が同じレースへ出る事は叶わない。

 どうしても種族というか肉体の差というか、ウマ娘の走力に人間が追い付けるはずがないからだ。

 同じ人類にカウントされていても、同じ年齢でも、無理な物がある。

 

 人間はウマ娘に勝てない。

 トレーナーをしていると常々身に染みる。

 

 

「あたし親が分かんないからさ。可能性を捨てたくなかったんだよ。もしかしたら母親はウマ娘かも知れない、それともどこかでウマ娘の血があるかも知れない、耳や尻尾が見えないだけで、実は……って」

「一緒のレースに出られるかもしれないって可能性を、お前は捨てたくなかったんだな」

「だって約束だから」

 

 

 自分だけがウマ娘ではない。自分のせいで約束を果たせない。

 人間だからと言ってしまえば済む話をそうするのが嫌で、でもどうしようもなくて、誤魔化した。

 両親が人間であれば諦めも付くところを、それが分からないからもしかしたら望みとした。

 

 耳と尻尾がないというだけで結論はとっくに出ているはずだ。体格だって違ってくる。

 でも自分が人間かウマ娘かという答えをはっきりさせたくない。

 その答えが出てしまえば、約束は永遠に果たせなくなってしまうだろうから──。

 

 

「それで、車椅子か」

 

 

 紙袋ががさりと揺れて頷く。

 

 

「最初は本当にただの怪我だったんだ。階段で転んで足をぽきっとね。そん時に病院で言われちゃったんだよ、治ったら一緒に走ろうねって」

「あー……」

「それを聞いて、まぁ後は想像できる通りこの姿」

 

 

 一緒に走れない理由があれば約束はその分先延ばしにできる。

 怪我で歩けないんじゃ仕方ない、走れないんじゃ仕方ない。そう言い訳をするために。

 言い訳を続ける為に、みんなの前で車椅子から降りられなくなってしまった。

 

 「この姿」と言って見せる身体は整っていて怪我はとっくに完治している。

 使い古しているランニングウェアを見るに、走り込みは前々から続けているんだろう。

 車椅子に座り約束をうやむやにしつつも、律儀に約束は忘れてない。

 例え叶わない夢だとしても。行動が矛盾してしまっても。

 

 

「ベリーがトレーナーを目指すためにトレセンへは行かなくて、リッちゃんが走るのを辞めようとした時……」

 

 

 一拍置いてとても申し訳なさそうに続ける。

 

 

「あたしは、良かったって思った」

 

 

 みんな走らなければ、自分が走る理由は無くなる。 

 そうすれば車椅子に座り続ける必要も、夜中に秘密基地をベースにして走り込みをする必要もなくなる。

 

 

「東京へ行ってリッちゃんは走って、ベリーも教える為に必要だって結局走り始めた」

「……それは、良かったか?」

「どうだろ。昔みたいなキラキラした目でさ、今日また言われたよ。……片や重賞バなのにさ」

 

 

 常識人ポジのラベリテまでそんな事言うとは珍しいな。

 いや、そうか。

 あいつら、本気でエンリカの怪我が治るのを待ってるのか。

 

 

「おかしいよね。もう何年もだよ? 何年も足折れっぱなしなんだよ? 流石におかしいじゃん。手作りの勝負服着てウマ耳つけて、明らかに偽物だよって言いたげなのに」

 

 

 ……そうだな。

 あいつらはきっと、その約束は果たされるものだと信じている。

 折れたもんが治るのを、ずっと待っている。

 

 しばしの沈黙。事情はわかったが、俺はそれにどう気を利かせれば良いのか分からない。

 エンリカの友達を想う気持ちは本物だ。子供の頃の話だし、とは考えてない。

 静かな空間。

 

 隙間だらけの小屋へ、風と共に歌が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声、聞き覚えのある歌詞。

 外で道化師が歌っている。

 

 

 

君と走り競いゴール目指し 遥か響け届けmusic

ずっとずっとずっと想い 夢がきっと叶うなら

あの日キミに感じた 何かを信じて

春も夏も秋も冬も超え 願い焦がれ走れ……

 

 

 

 ……ウマ娘が走るのをサポートするのが、トレーナーの仕事だったな。

 この秘密基地へ誘ったエッタも散歩を促したアイーダさんも、ここまで読んでたならしてやられたもんだ。

 まじで読んでるのかも知れない。この展開を。

 少なくとも表にいるサニティエッタは、小屋の中にいるラベリテと走りたがっている。

 

 ポケットからスマホを取り出しちょろっと操作。

 さてエンリカよ、無理か否かの二択が怖くて聞けない君に朗報だ。

 自分の地位とか立場とか、そんなもんで諦める背はここに無いぞ。

 

 

「え、あの。ジョゼさん? どこに電話をするおつもりで……?」

「決まってんだろ?」

 

 

 ヘイ理事長!

 電話出てくれ!

 

 

『驚嘆ッ! こんな時間に電話とは!』

 

 

 はは……! 出てくれたな、理事長……!

 半分コネみたいな就職の仕方した新人トレーナーのお願い聞いてください!

 

 

「り、理事長って、うぇ!? 何してんの!?」

 

 

 電話越しに雑音が聞こえる。場所は分からないが、何らかのパーティーに参加しているらしい。

 子供っぽいとはいえかなりの立場。年末は忙しそうだ。だが気にしてられない。

 理事長! 新潟のレース場、明日か明後日に一度でいいので走る時間をください!

 

 

「無茶ぶり過ぎるしトチ狂ってんの!?」

 

 

 紙袋が騒ぐし理事長は沈黙した。

 呆れて物も言えない、というより思案している様子だ。

 

 遅れてやってきた緊張が「思ったよりやべぇ事してんな」と顔を青ざめる。思ったよりやべぇ事してんな俺。

 たっぷり数十秒、しばらく経って再び理事長が話す。

 

 

『──偶然ッ! 実は今近くに関係者がいてな、それも! サニティエッタの父だと言う! 常禅寺トレーナーの熱意さえあれば今ここで持ち掛けて良いぞ!』

「お願いします!」

『承諾ッ! しばし待てッ!!』

 

 

 電話が保留になった。

 運の良い事に近くに関係者が、それもエッタのパパさんとは。

 ん。待て、関係者? どういうこと?

 今これどうなってんの?

 なんかすごい俺、してやられた? 謀られた?

 

 

「リッちゃんのパパさん、お偉いさんの秘書。分かりやすく言うと宮廷道化師」

「まじ?」

「クッソ、はめられたぁ!」

 

 

 エンリカが吠える。

 身内から約束について踏み込んで指摘できなかったから、誰かが無理やり走る流れにしないといけない。それをするのが俺だったか……。

 け、けどあれだ。

 ここでヒヨらず電話を掛けて持ち掛けたのは俺の功績だし。おれ、俺があれ、頑張った!

 

 

「まあ男気はあったかな……」

 

 

 ──表から、ずどんと地面を踏みつける音がした。

 やべぇよ。エッタも構ってやらないとやべぇ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

阿賀町三人衆の結束 その4

 登場人物紹介

☆常禅寺
 新潟の食材を使った料理がおいしい事に感動している。

☆サニティエッタ
 姉がビデオデッキの使い方を覚えてくれた事に感動している。

☆ニコルラベリテ
 みんなが約束を覚えている事に感動している。

☆エンリカ/ハリボテウッド
 近所の道の駅がクマに襲撃されたと聞いて動揺している。
 え、これランニング中にばったり会って襲われないよね?


※先日、本当に阿賀町の道の駅がクマに襲撃されたようなのでご注意ください。


 

 

 

「全身全霊幸せ望む、()はそちおらず。故に手出しはできません?」

 

 その夜、夢で久しぶりに仮エッタを見た。

 去年も見たウマ耳と尻尾のない、人間のサニティエッタの姿だ。

 エンリカの勝負服がモチーフとしているファンタジー世界の町を背景に、仮エッタは意味深長ににへらと笑うと言葉を続ける。

 

「ですが見えます涙がそこに。“あの娘の涙が見えるようだ”!」

 

 この仮エッタは、もしかしての世界におけるサニティエッタ本人なのだろうか。

 ウマ娘ではなく人間として産まれた存在で、もしかしたら魔法とか使えるのかも知れない。

 おもしろおかしい説なぞ幾らでもあり、ウマ娘の名前は並行世界が云々と言うほどなので間違ってないかも。

 どうせ夢だと思いながら仮エッタの言葉に耳を傾ける。

 

()は人の身。そちらはどうでしょう? 幸せ一飲(ひとの)みロバの耳」

 

 ウマ娘の身であるサニティエッタ、ニコルラベリテ。人の身のエンリカ。

 仮エッタは人間で幸せを得たのだからそっちの世界もよろしくやれよと言いたいのだろうか。

 

「おっと朝の目覚まし鳴り申し。つまり時間に成り申し──」

 

(ジリリリリ……)

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

「はっ……なんだ、夢か」

 

 

 誰がセットしたのか分からない目覚まし時計の音で起きた朝。おはようございます。

 昨日は納屋で寝かされそうになったのを、雪が降ってきて凍死の可能性があるからとぎりぎり回避して客間で就寝。

 今日は大事なレースの日。仮エッタの夢は置いといて、居間へ行こう──

 

 

 

 朝の静謐な空気と自然の香り。広く古めかしい武家屋敷的なエッタハウスを歩きながら昨日の事を思い出す。

 昨日の天体観測前、ハリボテウッドと化したエンリカの事だ。

 

 人間であるとは言えず、かといってウマの身ではない。どちらとも寄れないその身を誤魔化す為に車椅子へ座り、でも走る事を辞められないエンリカ。

 いつまでも一緒に走るという約束を純粋な気持ちで待ち続けるサニティエッタとニコルラベリテ。

 既に走れるウマ娘側からしてみれば気の軽いこと何だろうけど、俺もエンリカと同じ立場の存在だし気持ちが何となく分かる。

 

 無謀なんだ。ウマ娘と競うなんて。

 

 子供の頃に近所の練習場を走るウマ娘が俺に競技の道を示す事なく、トレーナーとしての将来を期待していたのは優しさだったのかも知れない。

 ウマ娘の走りを前にすれば人間の足なんてちっぽけなもの。どれほど努力しても埋まらない溝がそこにはあって、理想には永遠に届かない。

 自分自身の限界、自分で行くことのできる世界の果て。一度本気で走って実感できる絶望は、星々と繋がり星座の一部になろうと空を目指して伸ばしていた手をテレビのリモコンへ向けるのに十分なものだ。

 

 共に育った友情の証として存在する約束はエンリカを縛り続ける夢になっている。

 エッタもラベリテも悪意はないだろう。ただ単純に、勝敗関係ない駆けっこをやろうと誘っているだけ。

 それがまぁ、すれ違いと言うかなんというか、不器用な状況になってるわけだが。

 

 

「エッタはさ、もし自分が人間ならって考えたことあるか?」

「ハモも一期(いちご)やエビ一期(いちご)、身捨つれば浮かぶ瀬ありや!」

「そうか。なるようになる、か」

「おお! なんたること! あての言の葉すんなり理解せり!」

「もう2年の付き合いになるからな。それくらいわかるさ」

「赤糸で縫い閉じられるか物語!」

 

 

 エンリカをこっそり帰した天体観測中、やけにべったりなエッタに話のネタとして自分がその立場だったらというのを聞いてみた。

 結果は、まぁエッタらしいというか。

 

 これはともかく仲は良いけど人種種族の生まれから出る価値観ですれ違っているこの阿賀町三人衆、余計なお世話かも知らんが俺が何とかしてやろうと知り合いの中で一番えらい人に電話を掛けたというのが小屋の中での出来事。

 来年からエッタはシニア級に入る。翌年、更に次の年とどこまでエッタが走るのを続けるか不明だし、それに伴い専属トレーナーという立場をいつまで続けているか分からない。エッタの帰省に付き合う今回を逃がせば、あいつ(エンリカ)にチャンスはない。というか引き延ばす度に状況はグダついていく。

 ……と、色々思うところがありヤケクソに満ちた行動だったが、結果は成功だ。

 

 

 12月の31日、今日の夕方に新潟レース場を貸し出してくれる流れになった。

 仲良し3人組が走る前に俺は一本走ったけどな。出来レースってやつをよ……。

 

 今回の件、実際の俺の手柄は少ない。てか殆んどない。

 みんなが約束を果たせずにいる所を何とかしたいエッタのパパさんは、愛する娘のために一肌脱いで行動を予測し手回ししまくっていたのだ。

 

 俺を地元へ召喚する所に始まり、サニティエッタが策を用いて秘密基地へ俺を誘いエンリカと蜂合わせる事や約束を知る事も、なんとか出来ないかと俺が考える所まで手のひら。  

 偉いさんの秘書という立場を使い東京で行われているパーティーに入り込み、俺が行動する前にはもう場所を確保していたらしい。

 あとは電話がくればちょっと話して会場をポン出し、もし電話がなかった場合はアイーダさんを使い別アプローチ。そこまでしたらもうプライベートレースの内容についてはお任せと。

 

 落ち着きがなくチームでの行動が難しいサニティエッタと波長が合い上手いことやっている手腕、というのを評価されてらしい。

 電話越しにネタバラシされて、あとは頼むよと言われて、その後の天体観測は全く身が入らなかった。

 これ、単純に俺が約束云々のわだかまりを解くためのダシに使われただけじゃ済まないよね。

 

 

「る、るる、ら? む! はや!」

「おはようエッタ。早起きだな」

「やはー!」

 

 

 昨日案内されているので迷いなく洗面台へ向かい顔を洗ってから居間へ辿り着くと、囲炉裏の横で床に散らかった灰を片付けているエッタがいた。

 どうやら足を突っ込んでしまったらしい。いつも通りの慌ただしい行動の結果だろうが、火がついてなくてよかった。

 

 

「これから入れます火を入れます。これから来ますよ二人友!」

 

 

 エッタのパパさんがしたのは裏方の手回し。

 サニティエッタ本人はそんなこと知らないので、彼女からしてみれば俺がかっこよく何とかしてくれた感じになってるんだろう。

 つまり、パパさんは好感度上昇狙いもした。何だこれは、外堀を埋めに来てるのか。

 

 どうなんだこれ。

 俺はどうされるんだ? 

 呼び出して殺されるんじゃなかったのか? 

 エッタと仲良ししろとこう言われても、これはこれで恐ろしい。

 もういっそのこと殺してくれ。

 

 

「おはようございます」

「おはよう姉ねえコケコッコー!」

「あ、おはようございまーす」

「朝食はもうしばらくお待ちください」

「はーい!」

 

 

 メイド服のアイーダさんがご挨拶。メイド服は趣味なだけで実態は姉なのでメイドではないが、メイドの振る舞いをしている。昨日の夕飯はおいしかったし朝食が楽しみだ。

 野菜と米が旨いのに肉も旨い。弱点無しだぞこの地は。

 

 

「おはようございまーす」

「やっほー」

 

 

 お、のんびりしてたらラベリテとエンリカも来たらしい。玄関から声がした。

 迎えに行くまでもなくカラカラと玄関の開く音がして二人がやってくる。

 

 

「ジョゼの旦那も起きてらっしゃいましたか……」

「らっしゃってるぞエンリカ」

「常禅寺さん、起きられたんですね」

「永眠はしなくて済んだ」

 

 

 車椅子は流石に玄関に置いてきたらしく、ラベリテに背負われたエンリカが座布団に降ろされる。

 昨日と変わらず相変わらずの勝負服スタイルだ。目線を向けたら露骨に逸らされた。

 レースの事もあるが嘘とはいえ告白もあった訳だし、妙な間ができてしまったな。

 

 

「……?」

 

 

 何も知らないラベリテは不思議そうな顔をしながら、寝そべったエンリカに座る。

 

 

「うひひー!? ナンデー!」

「座布団三つも使わないでくださいよ、板の間は寒いんですから。あとブランケット」

「それじゃ入れましょ火をくべて。マッチ擦ります心に火!」

 

 

 仲良しだねぇ。

 そんな仲良し三人にお伝えしたい事があるのだが、良いか? 

 

 

「なんですか?」

「おやま何です謎でしょう!」

「……うひー……」

 

 

 三者三様。何も知らないラベリテは素の反応を示し、知ってるだろうけどまだ直接聞いてないエッタは知らないフリをして、エンリカはしんどそうに外を見る。

 だがまぁもう止められねンだわ。

 今日の夕方! 新潟レース場を貸し切ってプライベートレースを行う! 

 

 

「えっ」「なんと!」

「ウワァアアアアアア!」

「歓喜! エンリカの叫び!」

「恐怖心だよ!」

 

 

 何もわかってないラベリテだけが、首を傾げながらエンリカの上から降りる。

 

 

「……って、どういう状況です? それ」

 

 

 発狂してるエンリカを蹴って座布団からどかしながら、どうと聞かれたのでかいつまんだ説明をしよう。

 と言ってもエッタと昨日天体観測を行った時に偶然にも阿賀町三人衆の約束を知ったので、理事長に電話して会場を貸してもらったとだけだ。

 これだけ聞くと間違った情報だけど嘘は言ってない。詳細を省いただけ。どうだ、これが大人の力だぞ。

 

 

「それは嬉しいんですけど、夕方ってまた急ですね……」

「ですな、ですね? でも嬉し」

「折角なら勝負服着ていいですか? 記念で作ったのがあるんですよ」

「おーおー好きになさい」

 

 

 エッタやエンリカはともかく地方のラベリテまで勝負服があるのか。

 記念って言ってたし、個人的に所有しているコスプレ的なものかも。

 あくまでレースで着られないってだけで、勝負服を作ったり着ること自体は禁止じゃないし。

 

 エッタも着るだろう自分の勝負服は多分、パパさんが持ってくるかもう持ってきてる。

 準備万端な道化師一家ならそれくらいはもう用意できてそう。

 

 

「でも……」

 

 

 ラベリテが完全なうつ伏せで倒れ伏すエンリカを見る。

 問題はこいつが参加してくれるかどうか。

 無理やり走らせたところで遺恨が残っても仕方がない。

 なので、なんとか策を用意した。

 

 

「エンリカは御覧の通りだが、代走者を用意した」

「ぐ」「代走?」

「よもや! 昨日のヘンテコ紙袋!」

「そうだエッタ。謎の紙袋ことハリボテウッドに走ってもらう」

 

 

 しゅぼ、とエッタの手元から火が出て消える。マッチで囲炉裏に火を灯そうとしているが上手く行かないらしい。

 ぷすぷすと煙だけが天井に吸い込まれていく。

 

 

「それじゃダメですよエッタさん。炭は火力で叩かないと」

「おお、ガス!」

 

 

 近くの箱からガスコンロを取り出したラベリテが、そこへ乗せた専用の鍋っぽい物へ炭を入れようとして……つるっと落っことした。

 ふちに跳ね返った炭が灰に落ちて煙を舞わせる。まだ寝そべったままのエンリカが白く染まった。

 どうやら火はまだ着きそうもない。

 

 

「……件のハリボテさんはこう思ってるよ、公開処刑だって」

 

 

 真っ白い灰のエンリカが呟く。

 その声は寒さに耐えかねて早く火を欲している二人には聞こえてなかったらしい。

 

 エンリカの言う事はごもっともで、ウマ娘とそのまま走ればただの公開処刑である事に違いはない。

 2人より倍々の時間を掛けてゆっくりゴールへ向かうのだ。走り込みの成果で長距離でも完走はできるとは言え速度は比べ物にならないし。

 だが、長距離を走れるというのがエンリカが唯一この二人に勝っている部分であり勝機の箇所である。

 

 

「夕方のレース。折角貸し切るんだし長く走らないか?」

「それは良いですけど、ボクは長距離苦手ですよ?」

「あても無理です中距離ぎりぎり!」

「得意距離はエッタさんに同じです」

 

 

 手を真っ黒にしてた二人がガスコンロで炭を焼く。火を着ける。

 エンリカも気が付いたようだ。

 

 

「スタートは直線の一番遠い所からで、ゴールは外回りの二周目とする!」

「ええ!? 3200の外周りを二周!? あちッ!」

「おわぁーっ! 火傷に注意!」

 

 

 びっくりしたラベリテが熱された鉄の部分を触ってしまい悲鳴を上げる。

 

 

「あのー。旦那? それって5000m近いんじゃ……」

「目算でそれくらいだな。いいじゃないの」

「……ちなみに、ウマ娘がそれくらいを走るタイムは?」

「そんな記録はない。けど、例として言うなら長距離最長の3600mが3分後半から4分って話だな」

 

 

 ぱち、と音がした。

 エンリカが目が覚める音、あるいは火が着いた音。

 ぱちぱちと拍手するかのような心地よい音が、炭を温めていたウマ娘二人の手元から囲炉裏へ移る。

 

 

「秘密基地から将軍杉まで片道6キロ前後でそれの往復が……」

「エンリカ、どうかしました?」

「ん? いや何でもないよベリー。ちょっと考えてただけ」

 

 

 日常的に片道6kmのコースを往復してるスタミナお化けならいい勝負ができる。

 前のホープフルの際にエッタが恐れていたのは勝負になるか否かだ。対等に戦えなきゃ満足できないという。

 前代未聞の距離でスタミナ管理なんかできずバテるだろうウマ娘二人が先か、スタミナ重視のエンリカが先か。いい勝負ができれば約束は果たせるだろう。

 

 ウサギと亀のような構図で面白い。

 走らない俺はのんきなものだが走る側は大変だろう。

 しかしレースをしたいと言ったのは阿賀町三人衆、君達だぞ。

 

 

「んふふふふ。ついに果たしられしや走りは誓い。結束ここにてここにてここにて」

「嬉しそうだなエッタ」

「当然ですとも! もとすです! 全てこのため走るため!」

「あっっつ!!」

 

 

 跳ねた火の粉にラベリテが悲鳴を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

阿賀町三人衆の結束 その5

出走メンバー

☆サニティエッタ
 ジョゼに良いところを見せたいので、今日は張り切って新技を仕入れております。

☆ニコルラベリテ
 あの、勝負服が重くて技どころじゃないんですけど。

☆エンリカ/ハリボテウッド
 古代から受け継がれしエルフの秘術をついに使う時が来た!
 ……え、そういうのいらない?


 

 リッちゃんお気に入りの歌人は、詩だけでなく小説や脚本に評論、映画監督まで手広くやっていたらしい。趣味としてレース鑑賞があり、その熱意は自作の内容に隙あらばウマを絡めるほど。そのレース好きであるが故なのか、作品内では速さに関するメッセージがよく目立っている。

 例えば『夕日よ、急ぐな』はタイトルそのままとして、『書を捨てよ、町へ出よう』という小説は冒頭一文目から速度についてを綴り、映画の『田園に死す』では時計をクローズアップしたり明日になったらくたばっちまうぞと客席へ叫ぶカットを入れたりしている。

 そして、その歌人はそれらの意味を47歳没という形で解釈を投げた。

 

 個々で生きる速度は違う。

 もっとも分かりやすく変わってくるのが生まれだ。

 

 例えば、人間だからってだけとか。

 たったそれだけの違いと理由でベリーもリッちゃんもあたしを置いて先にいってしまった。

 置いていかれるのは仕方ない。この問題ってそういうもんだし。

 出会って、仲良くなって、その最初の時点でいつか置いていかれる日が来るのは知っていた。知りつつ目を逸らしていた。

 

 

 長い時間が経ち、またあの二人はあたしの前に立った。

 

 

 ──ふと、昔のベリーが時間に間に合わず約束を破った事があったのを思い出した。

 あたしはそれに気が付いても信じて待って、待ち続けて、そしたらベリーが大急ぎで来てくれた思い出。

 懐かしい。もう本当に昔、あたしも子供の頃の話。あの時は安堵と安心感で嬉しかった覚えがある。

 もしみんなの心の何処かに思い出が染み付いて覚えていて、今日がそのお返しだとしたら……。

 

 いいや、これはベリーも流石に覚えてないはず。

 でも遅れたって約束一つを守ろうってするのはベリーらしい。

 お陰で今日……正体を隠しつつとはいえ一緒に走れる。

 

 

「ウマ娘の競争心にも感謝だ」

 

 

 大抵のウマ娘はレース、特に一着へ拘る。曰く耐えがたい本能なのだとか。

 その点、二人はそれに対する拘りは薄く一度は自主的に走るのを辞めようとできた。

 リッちゃんはパフォーマーになれないのならとヘソを曲げ、ベリーは父の背を追いたいと言い。

 

 けれども結局、二人は約束を果たす為にも競争の世界へ戻ってきた。

 

 無意識に走りを求めるその姿勢は人間の三大欲求に“競争”を追加した感じかな。いいや、それ以上かも。

 おいっちにっと準備体操。動きに合わせてがさがさと頭に被った紙袋が音を鳴らす。

 もうここは新潟レース場、時刻はまだ冬でも太陽の輝く時間。まだまだ出走までは時間があるけど、二度はない本番を準備万端に挑むため皆で早めにやってきた。

 

 レースの内容は芝の外回り二周、約5000m。

 流石にガチの長距離ランナーって訳じゃないあたしがギリギリ走れるラインで、ウマ娘の二人にとってはキツいけど完走を諦める程度じゃない距離。

 うまいこと設定したもんだ。まぐれもあるんだろうけどそれも実力の内。ジョゼの旦那はリッちゃんとウマも合うし勘の良いトレーナーだよ。

 あの()が懐くのも分かる。 

 

 

「んふふふふ。ベリベリニコルが勝負服! テーマはなんです剣士です?」

「エンリカがファンタジーのエルフモチーフなので、それに合わせて冒険者風のデザインです」

「おおー! 鎧に剣盾かっこよし!」

「……ただこれ、すごい重いんですよね……」

「斤量なりて」

 

 

 リッちゃんは赤を基調に白いアクセントを散りばめたサンタ色な勝負服を着ている。ノースリーブの赤い燕尾服的な上に茶色いショートパンツ、ストッキングとブーツ。

 道化師と言うよりバトラーかバニーガールの中間みたいと言いたいけど、それは言ったら怒るだろうな。ほら、横目で言うなよってこっち睨んでるし。

 

 それに対するベリーはというと、こっちは80年か90年代のファンタジー作品に出てきそうな剣士。

 鉄で作った胸当てとでかい肩と腰のアーマー。ご丁寧に丸い盾とシンプルな剣も引っ提げているお陰で走るよりか戦った方が良さそうだ。

 本人も言う通りもの凄く重いに違いない。なんで中央の重賞ウマ娘がハンデつけてないのに、地方重賞も挑んでないベリーがこんな目に合ってるのさ。

 やめてあげてよ。その()、豆腐を箸で掴めないくらい不器用なんだから転びそうで怖いよ。

 

 

「それでこちらがハリボテウッド!」

()()()()()()。よろしくお願いします」

「ウス、オナシャス」

 

 

 訝し気な目のベリーが怖い。はじめましてってすごい皮肉たっぷりに言われた気がする。

 まぁそれもしょうがないよね。だって目の前に不審者みたいな格好のやつがいるんだから。

 

 

「ふーん……」

「な、なんでしょ」

「すみません、知り合いに雰囲気が似てる気がして」

「ニテナイヨ」

 

 

 疑いつつベリーが離れる。

 最後にあたしの勝負服の説明はというと、何というかちぐはぐだ。

 

 

「ちぐはぐ恰好こけこっこ? 駆けっこ端っこ怯えらず」

 

 

 紙袋を覗き込むような変な姿勢のリッちゃんもそう言っちゃう。でもその通りなんだから仕方ない。

 

 いつもウマ娘と詐称する為に着こんでいる手縫いのエルフ衣装はそのままに、マントには偽装用の段ボール&ガムテープを追加装甲として取り付け、頭には紙袋を被っているんだから。

 勝負服を着ると神秘の力でパワーアップするウマ娘と違い、あたしにそんな都合のいいバフは掛からない。この恰好(コスプレ)で走るには不利がある。 

 不利はあるから、せめてマイナスにはならないようには取り計らってる。

 

 といっても内側に専用のランニングウェアを着こんでるだけだけど。言うなればこのランニングウェアがあたしの本当の勝負服なんだけど、でもどう見たってデザイン性の欠片もないし表へは出せない。勝負服は動きやすさだけでなく華やかさも重視されるのだよ。

 ああ? マントの段ボールが小汚ないだとぉ? うるせえ阿賀の味覚食わすぞ!

 

 ま、こんな感じ。コスプレでマイナス、ウェアでプラス。

 合計ゼロ。赤点でフィニッシュ。

 

 

「よう」

「あ! ジョゼったレーナー! んふふふふ」

「常禅寺さん、お疲れ様です」

 

 

 お、ジョゼの旦那じゃないか。上の人への挨拶は終わったの?

 

 

「おっけーおっけー、後は時間になったらお前らが走るだけさ。それより──」

 

 

 もふもふと自然にリッちゃんを撫でつつ、目がこちらへ向く。

 

 

「なぁエ……ハリボテ。代走は取りやめなくていいのか?」

 

 

 走る覚悟も競う覚悟もできてるし、ならそんな恰好する必要ないって言いたいんだろうね。

 でも、それは今じゃない。

 正体を明かすのは、しかるべきタイミングだ。

 

 

「ならいいけど」

「ばっちり空気! ふくらまし! ぷー!」

「リスみたいにほっぺた膨らませてどうした」

 

 

 頬をつままれて、ぷしゅーとリッちゃんから空気が漏れる。

 んふふと笑いながらこっちを見て、ぶんと振られた尻尾があたしの手を叩いた。

 叩いた、というよりしばいた。鞭のように、ぱしーんて。

 

 

「いってぇ……」

「大丈夫ですか?」

 

 

 ベリーが心配してくれた。ありがとう、君は優しい子だよ。

 最近あたしの扱いちょーっとが雑な気ぃするけど。

 

 

「ラベリテもいい勝負服着てるな。その鎧は本物?」

「紛れもない本物です。鍛冶をやってる父さんの知り合いが作ってくれたんですよ」

「……重くない?」

「全部重いですよ。試しにこの剣、持ってみてください」

「おっも! ガチじゃんこれ!」

 

 

 ジョゼっちは何の気なしにベリーと絡むけど、リッちゃんは自分が構われないと面白くないのかムっと頬を膨らませベリーも尻尾で叩いた。

 でも防御力のお陰でやわな攻撃は効かない。その防御力故に攻撃されている事に気が付かれない。

 むむ、とリッちゃんは地面を足でがりがり掻き始めた。

 

 これはまずいぞ。レース前に刃傷沙汰だ。

 

 おーいリッちゃん。あたしと話そうぜー。

 ほら、若人らしく恋バナとかしよ? どう?

 

 

「……」

 

 

 なんでスンってなるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……プライベートレースだよな?」

「ええ」

 

 

 隣でメイド服のアイーダさんが肯定してくれるけど、どう見たってお客さんな方々が集ってるんですが。

 昨日の夜決定で今日でしょ? どう宣伝したのさ。

 

 

「成長を自慢したいのはいけませんか?」

「いや、いいけどさ……」

「生放送用の機材もご用意しました」

 

 

 ぞろぞろとスタッフさんが現れ、大量のカメラとマイクが並んでいく。

 ナニコレ。テレビ放送でもするの?

 

 

「流石に放送局のジャックまではできませんでした。制圧の指示が出ませんでしたので」

「止められなければ武力で全て解決しようとしたと?」

「いけませんか?」

「妹の為ならって見境なさすぎない……?」

 

 

 腰にマウントされてる日本刀が冗談で済まさない雰囲気を出してるけど……ま、まぁいいや。

 これからパドックで三人だけとはいえ、本格的に披露をする予定だしそっちをちゃんと観よう。

 

 まず最初に出てきたサニティエッタは絶好調。いや絶好調の文字が爛々と輝くくらい大絶好調。

 長距離は苦手だろうに臆せぬ堂々とした佇まいで、軽々と宙返りを繰り返すパフォーマンス。

 まるで重力を無視してるかのようにふわふわと地面を滑ってあちこちへ移動していく。

 

 

「わはー!」

 

★★★★

[新潟トゥリボレット]

サニティエッタ  

BダートA

短距離CマイルA中距離D長距離G
逃げC先行C差しD追込B

 

 

 続いてはニコルラベリテ。

 そこそこ気合は乗ってるけど、勝負服と言う名のウェイト装備で調子がひと段落悪そうだ。

 あの鎧を作った人物は勝負服っていうジャンルを何か勘違いしてないだろうか。

 

「……よし」

 

★★★★★

[母の力、父の技術]

ニコルラベリテ  

AダートG

短距離AマイルB中距離G長距離G
逃げG先行A差しA追込G

 

 

 そして最後。エンリカ……じゃなくてハリボテウッド。

 パドックは慣れてないけど、分からないなりに何とかしようと変なポーズを取っている。

 見た目からは分かりにくいが調子は良さそうだ。準備体操もしっかりしてたしな。

 

「や、やーってやるぜー!」

 

◆◆◆◆

[タイムゲイザー・クロスオーバー!]

エンリカハリボテウッド  

 

 

 どこからか招待されて客席へ集まった方々の反応はそこそこ良好。

 全国単位で名の知れたエッタはともかくとして、ラベリテも地元ファンが一定層あるのか応援されている。

 けど、ハリボテウッドに関しては困惑の声しか聞こえない。

 「誰あれ」「なんか貧乏くさい」「子供が痙攣を起こしそう」……これに関しては仕方ないか。飛び入り参加というか、ハリボテウッドが生まれたのは昨日だし。

 

 仲良し三人組の為のレースで観客の反応は二の次。関係ねぇ。

 手回しの結果なのか年末にも関わらず招集されたアナウンサーが、主役達がゲートへ向かう間に今回のレースに関しての説明をしていく。

 阿賀町に住む仲良しの三人が一緒に走ると約束をした、今日はエッタの担当するトレーナーがそれを見かねて話し合い開催となったと。

 あの、確かに俺が話をしたのは確かだけどエッタパパについての説明が抜けて……。嘘は言ってないんだけど、言葉が足りぬのじゃ。

 

 

「ついに始まるのですね」

「……いや、何そのライフル」

「ものすごい指向性マイクです」

 

 

 アイーダさんがSF銃みたいな自称マイクの銃口を遠く離れたゲートへ向けると、線で繋がったスピーカーから鮮明なサニティエッタの声が聞こえてきた。

 ものすごいと豪語するだけあって、ゴール板の正面に陣取る俺達の位置から周囲の雑音をはね除けピンポイントで音を拾ってくるらしい。何だそのご都合秘密超兵器。

 「お気になさらず」じゃないんだよ。気になっちゃうよ。

 

 

「んふふふふ、ついに、ついにや、ついにやは!」

「エッタさん落ち着いてください。出遅れても知りませんよ」

「ほえー、狭くて何か落ち着かんばい」

 

 

 枠はじゃんけんで決めて真ん中にはエッタ、外側にエンリカで内にラベリテらしい。

 さぁて、誰が勝つかな? この人数じゃどの枠に収まろうと大して変わらんだろう。俺の予想的には一切ハンデのないエッタが有利だけど、アイーダさん的にはどう?

 

 

「サニティエッタが一番に決まっているでしょう?」

 

 

 しまった、この人は妹馬鹿だった。

 

 

『各ウマ娘……ウマ娘? 全員ゲートへ入りました』

 

 

 会場が静まる。直前まで和気あいあいとしていたゲート内も緊張で静かになる。

 この緊張感がたまらない。レースが始まるぞって感じがする。

 

 

 ──がしゃん!

 ついに、ゲートが開いた!

 

 

「影縫い!」

□影縫い*1

「なんの!」

□回避魔法アルタキエラ*2

「うわあっ!?」

出遅れ

 

 

 目の錯覚なのかエンリカとエッタがそれぞれ謎のオーラを纏ったように見え、唯一何も無かったラベリテだけが大幅に出遅れた。やはりあの勝負服は辛いか。

 しかし一瞬遅れを取ったとはいえウマ娘。あっという間に引き離されて置いていかれているハリボテウッドをすぐ追い抜き、道化師の背中を追っていく。

 ぐんぐんとエッタは伸びて直線を抜けて第一コーナー、その少し後ろをラベリテが続き、ハリボテはまだ200メートルと進んでない。

 

 エッタが極端なストライド走法をする一方、ラベリテは分かりやすい小幅なピッチ走法。

 エン……じゃなくてハリボテウッドは、足裏全体で身体を支えるスタイル。ウマ娘ではあまり見られないフラット走法というスタイルだ。

 三者三様、それぞれのスタイルでターフを駆けていく。

 

 エッタが逃げのポジションに収まるのも長距離を走るのも初めてだ。ペース配分や判断が分からず、第二コーナーを抜けて直線へ入った頃にはもうきょろきょろと周囲を見渡す集中力欠如のサインが出てきていた。

 二周を走らなければというのに、序盤でもうか。だがラベリテが来ているのを察してちらちらと振り返りつつも前を走り続ける。

 

 前方の二人が第三コーナーに辿り着き鍔迫り合う一方その頃ハリボテウッドは、ようやく第一コーナーへ差し掛かった所。

 吹き始めた向かい風に紙袋をへこませながら、長距離ランニングにしてはそれなりのペースで飛ばしている。

 あんな格好じゃ酸欠にもなりそうなもんなのによく頑張ってるな。

 

 

「あてを見よ、あてはここ、あては……」

 

 

 アイーダさんの向けるマイクがエッタの恨み節みたいなのを拾ってきた。

 ハリボテに注目したせいで嫉妬してしまったか。大丈夫だ、ちゃんとお前を見ている。お前に感謝。

 

 

「んふふ……」

 

 

 ごーごーと腕を振ったら見えていたのかエッタが頷き、前を向き真後ろのラベリテを絶対に抜かせない。

 集中力は持ち直したようだが……今度はスタミナがきつい。

 元々中距離もだいぶ無理して走り抜けたエッタだ。気力で賄える分と合わせて長距離を走り切れるならそれだけでやるもんだろう。

 

 

「く……!」

 

 

 第四コーナーを回って直線へ二人のウマ娘が帰ってくる。ラベリテは勝負服の重量でスタミナをかなり持っていかれ、もうかなり減速している。ここまでエッタにくっついてきたが、だいぶ離されてきた。

 あんなハンデを身につけながら中央でGⅠを勝ち取ったエッタに付いていけたんだから、こんな不利な試合じゃなければもっと好戦した事だろう。

 不憫だが仕方ない。勝負服を着てもいいかと聞いてきたのはラベリテなんだし責任は本人にある。

 ハリボテウッドは……まだ向こうの直線だ。ぽつんと一人ハリボテウッド。

 

 

『3200mゴール地点、現在はサニティエッタが先頭です』

 

 

 エッタがただの長距離なら終了のゴールラインを超えた。タイムは……仕方ないかという所。

 ステイヤー達に比べたらこんなもんな針だが今のところは一位。だいぶ遅れてラベリテもゴールラインを切った。しかしレースは終わらない。

 ウマ娘二人がへにょへにょになりながら二回目の第一コーナーへ向かう。ちょっとかわいそうだが、そういうレースだ。

 

 

「く、ふ、ふふ……良き滾る闘争を……!」

「……笑うなんて、余裕ですね……!」

 

 

 二人から文句は出ない。むしろ楽しそうだ。

 ウマ娘二人が一定の距離を保ちつつコーナーを走っていくまだ後方、ようやく第四コーナーへ入るハリボテ。

 前方が体力切れでだいぶ減速している中で唯一ペースをキープできてる。もっと引き離されるものかと思ったが、思ったより善戦してるな。

 

 

「酸素が、入ってこねぇ……!」

 

 

 しばらく経ってゴール板の前を通った時、俺へじゃない違う方面への文句が聞こえた。

 でもハリボテウッドの声はウマ娘と同じく楽しそうだ。がさがさと頭を鳴らしながら走る二人を見て、首は下げない。

 頭を覆う紙袋と着ぶくれする程の恰好。種族、身体能力的な問題がそもそも大きなハンデなのに……よくも諦めず走ってくれる。

 

 

「あいつ遅すぎない?」

「駅伝ならいい選手になりそうじゃん」

「はっはー、がんばれよー!」

 

 

 3人しかいない、駆け引きも何もないのんびりとしたレース展開でかつ一名はウマ娘か怪しい覆面。

 時間が経ち山場もないため観客席はちょっとダレてきた。年末に酒を片手にしながら眺める余興には丁度いいんだろうけど、酔っ払いが増えて治安が……。

 ……おい待て。なんでゴールドシップがいるんだ。ビールと焼きそば売ってんじゃねぇ!

 

 

「──よそ見をなさらず。来ましたよ」

 

 

 アイーダさんが呟き、見れば最終コーナーを回ってエッタがやってきた所だった。

 集中力もスタミナももう壊滅的で、歩いた方が早いんじゃないかと思うくらいの足取りなのに、それでもファンサ―ビスとして観客席へ手を振る。道化師のプロ根性だ。

 ちょっと後ろを着いていくラベリテは、もう本当に死にかけ。エッタを見習ってファンサをしようと顔を上げるも肩が上がらない。

 動きにくいし重いし疲れ切ってるし、しょうがない。膝を震わせながら「ひ、へへ……」と、らしくない声を漏らしている。

 

 

「ハリボテのやつは……なかなか頑張ってるじゃないか」

「はい。ですが」

 

 

 エッタとラベリテが直線へ入ったタイミングで、ハリボテウッドが最終コーナーへ突入した。

 かなり追いついてきている。圧倒的なスタミナ管理のみでじりじりと追い抜かさんとしている。

 呼吸はだいぶ乱れているが、このままいけばもしかしたら……!

 

 だがアイーダさんは何かを感じ取ったらしい。空を見た。

 

 それに釣られて俺も空を見た瞬間、マイクが悲鳴を拾う。

 ──故障か!?

 

 

「いいえ。ただの強風です」

「うおっ」

 

 

 遅れて俺達の所へも風が吹き抜けた。油断していたからつい倒れかけるほどの強風だ。

 意味不明な高性能のマイクですらボボボボボとノイズを拾っている。アイーダさんのメイド服がもの凄くはためく。

 観客の俺達でこれだ。走ってる彼女等は……。

 

 

「ハリボテ……!」

 

 

 エッタは風に背を向けて丸まって凌ぎ、ラベリテは剣を地面に差し盾を構えて膝立ちで耐え、ハリボテは……。

 ハリボテウッドは、無駄に装着していたマントが風を全て受け止めて吹き飛ばされかけている。

 頑張ってはためくマントを手で抑えて、もう片方の手で紙袋を抑える。しかし、紙袋は無慈悲にも破れて消し飛んだ。

 

 

「あ──」

 

 

 それでも進もうとした結果、最終コーナーを曲がれずハリボテが転んだ。

 正体を隠す紙袋を追いかけようとして、体勢が崩れ、マントが風に遊ばれ。

 

 ごろごろと転がって起き上がろうとした時、後ろを振り返ったニコルラベリテと目が合ってしまった。

 ハリボテウッドとしてではなく、エンリカという存在の状態で。

 

 

「エンリカ!?」

「……ベリー……」

 

 

 風が止む。二人は見つめ合ったまましばらく動かなかったが、先に立ち上がったのはラベリテだ。

 剣を支えに立ち上がり、背を向けてゴールへ向かう。

 

 

「待って!」

 

 

 エンリカが本気の悲痛な叫びを上げた。

 だがそれにラベリテは応えず振り返りもせず、遠ざかっていく。

 

 サニティエッタも同じだ。

 風に耐えるため丸まっていたが、今はもう前へ進み始めている。

 二人ともレースを完走しようという中、エンリカだけが地面から声を上げる。

 

 

「あたしを置いていかないで! ベリテット!」

 

 

 ラベリテの足が止まった。

 その名前はたぶん、子供の頃からの呼び名か。

 

 

「リ……ゴ、げほっ! ひとりにしないで……!」

 

 

 ムセ込みながらエッタの事も呼び止める。

 約束は人を結びつけるもの。それがなくなれば、ウマ娘ではないエンリカは?

 仲のいい連中が、じゃあと離散するのは想像つかないが不安になってきたんだろう。置いていかれるというシチュエーションに身を置かれ。

 

 

「ベリテ──」

「──ボクは、ニコルラベリテだ!」

 

 

 ラベリテが声を上げた。

 

 

「もう子供じゃない。でも、一緒に走るんだ」

「べ、リー……?」

「……じゃあ、待ってるから」

 

 

 大人になっても一緒。変わらない……ねぇ。

 ラベリテが前を向き、エッタを抜かさんと身を引き摺りながら走る。待つと言っても立ち止まる気はない。

 これは約束したレースなのだから。

 

 

「……そっか……」

 

 

 取り残されたエンリカは、納得したように立ち上がった。段ボールまみれのマントに手をかけ、投げ捨てる。

 マントだけじゃない。

 ウマ娘と偽装するためだけの、手縫いの勝負服すら脱ぎ捨てた。

 

 偽物の耳も、尻尾も捨てる。

 

 そこに立っていたのは、ただの人間だった。

 夜に見たランニングウェアに身を包み、人として走る為の姿のエンリカがそこにいた。

 

 

「なら、勝負だ!」

 

 

 正体を明かした人の姿のエンリカが、ついに走り出す!

 

 

「やっと来たね、エンリカ!」

「んふふふふ、そうこなくては!」

 

 

 ラベリテもボロボロだろうに足を動かし、エッタも追い付かれてたまるかと最後の力でゴールへ向かう!

 それぞれのペース、それぞれの走り。

 それぞれの距離が、隙間が埋まっていく。

 

 

「勝負だ、()()()()()()()!」

「こい!」

 

 

 ラベリテの名を叫びながらエンリカが並び、二人揃って競り合いながらエッタに迫る!

 ゴールは目の前だぞ、サニティエッタ!

 

 

「がんばれ、エッタ!」

「ふんぬぁ!」

 

 

 俺の声援に合わせてエッタが頭を突き出してゴールへ突撃する瞬間、後ろから丁度ふたりがやってきた。

 

 三人が横に揃う。

 

 横一列で、ゴールを通り過ぎていった。

 

 


*1
自身の前後の枠番にいるウマ娘を出遅れさせる

*2
エルフの秘術を使い、しばらくスキルによる妨害を回避する



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

阿賀町三人衆の結束 終

新潟編これで終了なりー!


 レース場で逢おう。たっただけ約束ここに紡いであて満足。

 過去に怯懦(きょうだ)にその身に憂い、エンリカ怯えず明日はそこぞ。

 あてら幼年結束これにて終わりて新装一身これにて始まる。幼年の名は過去に、今の名果てへ。

 つまり! あてらは次へと! とと? なりて!

 

 

「ご、ぐふぅ……」

「はぁ……はぁ……。エンリカ、なんで最後にあんな、加速できるんですか……」

「回復スキルよ……くくく……」

「……じゃあ、今やってくださいよ、それ……ボクに……」

「ごめんむり……」

 

 

 三者三様それぞれごろごろねんごろり。ゴールの芝の、上にも三人。

 んん、ふふふ……。あてら三人揃って合わせて三人衆。欠ける事無く駆ける事、それ約束叶えたぞ!

 中央トレセン目標違い? それはそれ、これはこれ。なりて、ここに成る。

 

 

 ……んゆ。雪降るる? 降り始め。

 あてに触れ、けれどされとてほとぼり冷めぬや熱狂乱なる回向(えこー)の歓声!

 おお、聞こえるぞ! ならば観よ我が姿! ピース!

 

 が……つかれた……。

 まどろみまろびてまだ終わらじて……。

 

 

「ぜぇ……はー……。もう、ファンサなんてエッタさんは元気ですね……」

「ぅううおえ! えげ、ごぼ……み、水……!」

 

 

 あての元気は観客声援その言葉、の、為には何度でも!

 立ち上がる! 疲れたが!

 

 

「三人ともお疲れさん」

 

 

 トレーナ! 観覧せなんだら褒めよあて!

 とぅ!

 

 

「うわっとと、抱き着くな登るな」

 

 

 エンリカ横取りさせぬぞジョゼは。聞きおりましてや小屋話。

 に、して。さておきあてらの順位はば? レースなられば決めようぞ。

 決着すなわち勝負事、上下でしょう? 違います。順位は必要この後の為に!

 

 

「あ、そっか……レースだからそこまでやる予定なんですね……」

「……うぉええ……げげ、ごぼ、ごほ……!」

「結果は今確かめてる所だ。全員ほぼ同着だったからな」

 

 

 ならば御覧くださいそのビデオ!

 御覧くださいこのビデオ! かもん!

 

 

「なんでお前が仕切って──ほんとに映像出たわ」

 

 

 我が父ならればこのタイミング、あての指揮待ちあて為に。

 どうでしょう? 結果はどう!

 

 

「同着だが……頭半分のハナ差って所でエンリカトップか。エッタ、ラベリテと続いてる」

「なんと!」「えっ」

「……ぐぼ、水……、み、みず……!」

 

 

 ななななんと! エンリカ勝利かウマ相手!

 よもやその身で勝ち取るなるか、さらば仕方なし。

 ステージライブのメインを譲ろうそれが勝者への手向け!

 そう! レースにライブは付き物なので!

 

 

「はー……、お水ありがとうラベっち。生き返ったよ」

「もう。水分が欲しいからって芝に付いた雪を舐めようとしないでください」

「……で、誰が勝ったの?」

 

 

 聞き覚えよその名前、電光掲示板には! ……あれ。

 

 

「一着がサニティエッタで、ニコルラベリテが二番。あたしはビリかぁ~」

 

 

 ち、違いぞて! なぜ故か? なぜ故に!

 ジョゼ!

 

 

「へー、登録名はエンリカレヴニールなんだ。これって本名?」

「そこでなく! 写真を観なせよあの通り!」

「……見るべきは、コースだと思う」

 

 

 

 コース観よ?

 

 

「確かにタイム的にはエンリカの勝ちなんだけど、色々巻き散らすのは降着だそうで」

「あわや憐憫ふがいなし。変な恰好勝負服捨てそれルール無用のエンリカめ」

「エッタパパとラベリテパパが乗り込んでわーきゃー言ってたしな……うちの子が一番だって……」

 

 

 んふふふふ。親バカめ! あてに分からじ思うてか!

 

 

「はっはっは! なんだ、なんだそんな! わっはっは!」

「何を笑ってるんですかエンリカ」

 

 

 これでは、駄目ではなかろうか!?

 

 

「エッタさんが無効試合って言ってもっかい走る危険があるんですよ」

「わっはっは……。……え……」

「いやはや」

「え……ちょ、エッちゃん? あたし、流石に二回目は無理かなぁ~」

「いやはやいはや」

 

 

 心配無用。さすがのあても限界ぞ……。

 ずりずり落ちるぞジョゼ背中。ずりずり。

 

 

「っとと、エッタもちょっと休め。楽しいからって体力使い過ぎだ」

 

 

 支え直してありがた道化。

 すまぬな!

 

 

「楽しい顔してますね」

「舌出して小悪魔顔してるね」

「横取りすんなって感じだよね」

 

 

 さあ行こう! 舞台の準備へ舞台裏!

 時間もないぞや撤収しすれば時点へ移ろう三人衆!

 ジョゼよ、ゴー!

 

 

「はいはい」

「……次の用意?」

 

 

 ラベリテは膝立ちとなりエンリカへ背を向ける。

 先程レースの最中に見せた厳しく優しいものではなく、それは恐らく癖ゆえに。

 

 

「何してるんですか? 置いていきますよエンリカ」

「ラベっち。あたしはもうおんぶしなくたって──ほら立てる」

「……あ」

「えへへ、でも乗っかっちゃうもん!」

「もうっ」

 

「お前ら急にいちゃつくなよ」「んふふふふ」

「それジョゼの旦那が言う……?」

 

 

 さしてもエンリカレヴニール? 疑問符を浮かべしたらりやりたらなり?

 エッタ背中のジョゼ聞くおんなじ問いに、やはり首を傾げたり。

 まさかままさか知らぬのか、まささかまさか!

 

 

「あ、そうそう。何かするの? もしかして回らない寿司とか!?」

 

 

 やはり。

 あてらのレースをいつもいつでも観てましょう! 観ています? あてを観よ!

 なれば分かろうその後の台本進行舞台の流れ!

 

 

「なにさ。みんなのレースはちゃんと観てるよ? ちゃんとライブも……さ……」

「どうして歯切れが悪くなろう? もしや舞い舞いミラビリス!」

「いやいやいや、いやいやいやいや!」

「うわ、暴れないでください、重いんだから」

「あたしゃ重くねぇ!」

 

 

 暴れ牛、の如くがエンリ。パワー自慢なラベリテ流石に元々重量加えて樹付きを背負いてぶんぶん暴れてんふふふふ。

 我がレージョゼよ、説得任せるエンリカ立たせよ舞台。

 最後の輝き約束完遂!

 

 

「あ、てかでもあれか。あたし、降着で最下位じゃん。ライブ参加しないじゃん。よかったぁ」

「三人中の最下位だから三着。つまり入着。というわけなのでライブ出ろエンリカ」

「逃げ道がねぇ!? いやいやいや、旦那。良く考えて? あたしは一般ピーポーよ? ピーポーらしく世界はピーポーだし超ムゲンMIXは踊れないしパラパラはノーでセンキューよ?」

「何言ってるのか全く分からんが、ここまでやったんだから何とかなるだろ」

「無責任な!」

 

 

 だけどだけれどこれラスト。エンリカ観念覚悟を決めよ。

 これはこういう約束なのだ!

 

 

「いやさ、レースの約束はしたけどライブまではちょっと契約に入ってませんというか……」

「は?」「んゆ?」

「しまった! ウマっ娘にとっちゃ競争(レース)とセットなのか!」

 

 

 んふふふふ。我が友エンリカプロ根性ゴー切り抜けよ!

 

 

「まぁまぁ安心しろエンリカ。駄目な所はフリを出しとけば本業のふたりが上手いこと拾ってくれるはずだから」

「マジ? オナシャス!」

 

 

 うむ。骨は拾いてやるから頑張るがよい。

 

 

「拾うのは骨なの!? 見捨てないで!?」

「エンリカ、死人に口なしですよ」

「ツッコミがやかましいってか!?」

 

 

 死して屍拾うものなし。

 

 

「前言撤退してる!?」

「まぁ落ち着けエンリカ。こうなるからお前を一着から外したんだと思うから」

「一着……あ」

「伝説のセンター棒立ちを再現したくなかろう?」

 

 

 むぅ。あてとてセンターメインでやって欲しくもあり。

 なぜならば! 此度の話はエンリカ主役のゲスト話。しばなゲト。

 

 

「ならあたし、後ろで楽器弾いてていい? エンリカさんハープならできるから」

「あてはできますヴァイオリン!」

「そんなライブ観た事も聞いた事もないから素直に踊っとけ」

 

 

 さぁここは控室!

 伝説は目前! なぜならば!

 歌をセットしせりは「うまぴょい伝説」なりて!

 

 

「よりによってうまぴょいかチクショォオオオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──阿賀町三人衆の結束。その顛末はインターネットを騒がせた。

 ウマ娘とレースへ出る約束をした一人の人間が苦悩しながら自分を誤魔化しながらも立ち上がり、立ち向かい、そして最後は人の身という事を明かしウマ娘相手にレースという舞台で実質的な勝利を収めたのだ。

 ルールの都合で結果としては降着だけれども、人間がウマ娘に勝った。しかも相手の一人は秋華賞を取った重賞ウマ娘なのに。

 ネットニュースやSNSではあっという間に「人間がウマ娘に勝利する!?」という情報が出回り、エンリカは衣装を脱ぎ捨てはしたが邪魔をした訳ではないから慈悲をという声も見られたが……。

 

 そういう声は大体、ライブ映像を観た後に撤回されていく。

 センターではないとはいえ三人しかいないライブでは一人ひとりがとてもよく目立つ。

 振り付けも歌も分からない、舞台に立つのも当然初めてで緊張もマックスなエンリカがどうなったかは明らかだ。

 もし一着の記録のままセンターへ立っていたら、伝説の棒立ち以上の伝説になっていた事だろう。みんな慈悲深く接して欲しい。

 

 

「いやね、あたしも勝負服で歌って踊るのは分かるんですよ。そういうもんだし? 分かるんだけど、ありゃ羞恥攻めってもんですわ」

 

 

 とはライブを終えたエンリカの言。

 エンリカの着こんでいた勝負服(ランニングウェア)はエルフ的偽装勝負服の下に着ていたからか、だいぶ体にフィットするタイプだったのだ。唯一の人間という事で注目されてカメラも多く回されたのが更に可哀想。

 顔を真っ赤にして初々しい下手なダンスをしながら、震えてたり上ずってたりな歌を披露する。とても可哀想。

 しかも中身はウマ娘の課題曲こと電波なうまぴょい伝説だからな。やはり可哀想。

 

 ラストの走る所とか死にかけてたもん。恥ずかしさと疲れとハイタッチする余力の無さに。

 ラベリテが阿吽の呼吸的な手さばきで指揮を出して何とかして仕上げていたのが仲の良さを物語っていた。

 ちなみにサニティエッタはアドリブのアクションを要求してたり中々鬼畜。フリが出たら拾ってくれとは言ったがフリをしろとは言ってない。

 

 

「お! ジョゼの旦那ここに居た」

「ようエンリカ。今日はお疲れさん」

 

 

 夜。エッタハウスにラベリテ一家も招いた宴会の途中、縁側へ出て月明りに照らされる雪を眺めてたらエンリカがやってきた。

 

 

「エッちゃんはいないの?」

「どうせ聞こえる距離にいるだろ。最近はなんだか距離感が近いというか、なんだかなって感じだし」

「ふーん?」

 

 

 エンリカが俺の横に座る。

 車椅子を使わず、ウマ娘と偽る勝負服も付け耳も装備してない人間の姿でだ。

 直接見た訳ではないが今までの嘘については話がついてるんだろう。今更俺が何か言う必要もない。

 

 

「もしかして秘密基地の時も聞かれてた?」

「こいつが聞いてたから俺は動いた」

「そっか。んひひ、恥ずかしいなぁ……」

 

 

 つまりのイコールでエンリカの告白も聞いた事になると知り、顔を真っ赤にして照れた。

 

 

「ねぇジョゼ……常禅寺さん」

「なんだ?」

「答えを聞いていい?」

 

 

 答えって、なんの──?

 

 

「──すぐに答えられなかった、二択の」

 

 

 それは……。それは、告白の話か……?

 俺が答えを詰まらせて、答えられなかった……。

 

 

「あたしはヒトかウマかをはっきりさせた。さぁ後はあなただけ」

「……それ、答えないと駄目?」

「何でこういう時は男らしくなくなっちゃうかなぁ」

「冗談で大人をからかうんじゃないよ」

「ふーん。冗談だって思ってたんだ」

 

 

 え。

 それは、エンリカは、本気で?

 

 

「ほれほれ、早く言っちゃいなよ」

「ああ。じゃあ言ってやろう」

 

 

 にししと笑う顔と目を見ながら、はっきりと口にする。

 エンリカへ、すまないと。

 

 

「……そっか」

 

 

 俺はエッタのトレーナーだ。

 あいつ以外に今は、見る気はしない。

 

 

「そっかぁ……」

 

 

 立ち上がったエンリカが振り向かずに去っていく。

 答えを間違ったとは思わない。思わない、が。言葉の正しさは分からない。

 告白は逃げ場のない答えの袋小路。エンリカとて分かっている筈だ。望まない答えに直面する事も。

 

 再び一人でしばらく庭を眺めていると、何やらを抱えたエンリカが戻ってきた。

 畳まれているが、あれはいつも着ていた勝負服では?

 

 

「もっかい横をば失礼?」

「どうぞ。で、今度はどうした」

「色々決別できたからね。これを処分しようかと」

 

 

 ばさっと広げて見せてれた自前の勝負服はとてもくたびれてぼろぼろだ。

 森に住まうエルフの服と言われて納得できる雰囲気を持ったそれは、今回の勝負で役目を終えたと言わんばかりにぼろぼろと繊維が崩れて落ちている。

 もう着ないし、もう着られない。エッタとラベリテへ幼い頃からの呼び名を続け、過去に縋りつくのはもう終わりだ。

 

 

「どう処分するんだ?」

「どうって、燃やして」

 

 

 指差した庭の一角、ゴールドシップがドラム缶で焚火をしてた。

 何であいついるんだよ。なんで新潟にいるってか、なんでこの家にいるんだよ。

 そういや宴会の初めの時もビールジョッキで樽酒を粉砕してたな。何してんだこいつ。

 

 

「エルフらしく植物繊維たっぷりのお手製で手間も愛着もあるし勿体ないけど、よ……っと」

 

 

 雑に投げた勝負服がドラム缶へ入り、燃えていく。

 記念に持っておくとかはないらしい。

 だが、あれを燃やして無くすことで吹っ切れる事もあるんだろう。

 その証拠としてエンリカの表情は非常に清々しい。

 

 

「……ところであの人、なんでこの家にいるし焚火してるの……?」

「おまえが聞いて来いよ……」

 

 

 で、エンリカ。用はこれだけか?

 まさか目の前で燃やすためだけに来たわけではあるまい。

 

 

「うん、こっちが本命なんだけどさ」

 

 

 マントも投げてドラム缶に入れつつ言葉を続ける。

 

 

「常禅寺さんはサニティエッタって()をどう思う?」

「……面白いウマ娘。距離感がおかしいウマ娘。落ち着きの無さも今や慣れた」

「それだけ?」

 

 

 言いたい事は分かる。

 最近のエッタが露骨にラベリテやエンリカ相手にも威嚇をするというか、こいつは自分のだぞと主張してるけどって話だ。

 恋愛沙汰には疎いが俺とて好意に気が付かない訳じゃない。エンリカのように即日の告白って訳じゃなくて、もうエッタとは二年の付き合いになる。

 

 あいつの俺に対する感情がどこからか変化したのは分かってるさ。

 最初に見つけたトレーナーを他のウマ娘に横取りさせないって意志もあっただろうし、もっと自分を観て評価して貰いたかったとかそういうので存在を主張していた。

 だが最近は、そういうのとは違う感情が動いて俺を離さないようにしてる。

 

 ウマ娘が担当しているトレーナーへそういう感情を抱くのは何も珍しい事じゃない。

 過去に例をあげればキリがないし、それが理由で双方ともに引退したという話もよくある。

 

 

「ふーん。何にも気が付かない訳でもないか」

「トレーナーになるための勉強中、メンタルケアって項目でこの手の話はよく出るからな」

「じゃあ答えはマニュアル通りにする?」

「……どうしようかな」

 

 

 マニュアル的な答えは無機質というか、それは正解だろうけどって具合の中身になる。

 俺としては一対一で向き合ってるという環境に加えてエッタというキャラクター上を考えて接していきたい。

 

 

「ま、ちゃんと答えは考えておいてね。おねーさんからのアドバイス!」

「忠告ありがとう。やっぱりいつかは向き合わないとだよな」

「そう。気が付かないフリや誤魔化しはどこまでも通用しないよ。いつかその日がくる」

 

 

 最後に杖のように長い木の棒を持って焚火に近付き差し込むと、そのままの足で背を向けた。

 今度こそこの場を去るようだ。

 

 

「あたしの親友を泣かしたら、ただじゃおかないよ」

 

 

 ああ、任せろ。

 ──なんて勇ましい台詞は中々出せず、誤魔化すように出たのはため息だけだった。




ニコルラベリテのヒミツ
 実は、作者の過去作品のキャラが下地になってる。


エンリカのヒミツ
 実は、作者の過去作品のキャラとほぼ同一人物。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目標 帝王賞に出走
シニア突入、これからを考える


章代わりと忙しいため短いです


 

 

『ラヴかライクかの判断をするのは、残念ながらサニティエッタには不可能です。貴方が決断してください――』

 

 

 

 去り際にアイーダさんはこう俺に告げたが、警告だろう。

 本人が分からないからといって誤魔化したりするなって言う。

 エンリカからは恋愛に違いないと釘を刺されてるし逃げたりはしない。

 

 サニティエッタは道化師だ。

 単純にイメージできるサーカス的な意味だけではなく、古典的な立場の宮廷道化師やもっと古い起源的な要素も含まれている。

 それを体現できるからこそ本人も自身が道化師であることに誇りを持ち、手品師と言われれば怒る位には気に入っているのだ。

 

 が、しかし。道化師とは普通は普段の生活で関りを持つことがない存在なのもまた一つ。

 基本はどこかで生活しているのは知ってるけど、自分から接する事はないと思うもの。

 

 

 諸々ひっくるめてサニティエッタがここにいる。

 

 

 最初に出会った頃からの癖――静かにできない、じっとしていられない。

 環境音一つでも気を引かれて楽しくなって歌い出しもする。

 新潟での宴会で聞く限り、昔から人は好きだったが人との関り方はあまり得意でなかったようだ。

 距離感が全く掴めず突撃していっては、その喧しさしつこさからしれっと離れられていく道化。

 

 だからなのか、自分から離れていかず構ってくれる人間に対しては依存に近い形になってしまうのだそうだ。

 

 サニティエッタはウマ娘であると同時にただの女の子。

 思考に幼げがあっても身体は成長している。

 もし。本人が何も分からないのを良い事に悪い大人が言い寄ったら――?

 

 

 アイーダさんが警戒心バリバリだったのも納得だ。

 

 

 嘘の付けないエッタの報告と定期的に顔を見に来るラベリテのお陰で俺の命がある。

 今回の新潟呼び出しは、最後の試練というか見極めの面もあるんだろう。

 娘を任せておける人間かどうかの見定め、三人の約束を果たさせる技量ができるかどうか。

 共に東京へ返してくれたという事は合格という事かな。

 エッタの意志を尊重して全てを突っぱねるという姿勢じゃないのも良い家族関係だね。

 

 

「雪降らさじや氷点ならずも冬でに違いなくなり乾き空!」

「たまにある一歩で次の段に行けない階段、マジで由来が分からん」

「なぜでしょう? 不思議です。四足リズムの歩幅かや?」

 

 

 

 新潟での一件を終えて帰還、一月の一日の午後。

 今年も去年と同じくな神社へやってきた。

 ひとつ前と違うのは、隣にサニティエッタがいる事だけ。

 

 去年はできるなら彼女と、なんて思っていたけどこれからはこれで大変だ。

 確かにエッタと俺の歳の差は10も離れてない。ちょっと歳の離れた兄妹と言っても通用する程度。

 だが、だからと言って告られたらオッケーは難しい。

 

 俺は先生でエッタは生徒。

 それだけでなく中央のウマ娘って言うのはアイドルみたいなもんだし……まぁ色々問題よね。

 

 死にかけボディで階段を昇り終え、とりあえず直進するエッタに付いて行って賽銭箱へ。

 五円が御縁でご利益だっけ? とりあえず財布から適当な小銭を入れる。

 

 

「なむー、がらんごろーん」

「これこれエッタさんや。お賽銭を忘れとるよ」

「ちゃりーん!」

 

 

 玩具を独占したいのと似たような、構ってくれる人を渡したくない独占欲。

 それが恋心に移り変わっていってしまっている事は薄々勘付いていた。

 とりあえずシニアを終えるまでは耐えよう。耐えるって言い方はおかしいけど、様子見。

 それから現役についての話をする時に、これからを決める。

 恋心が変わらなければそれでもいい。本人が成長して勘違いかもと思えばそれもいい。

 

 

「おみくじ! どうですどうです結果です? あてらお揃い吉となれ!」

 

 

 ほら、距離近いし。べったりだし。

 ゼロ距離もいいとこだよ。なぁ、だから耐える必要があるんだよ。

 

 

「むぅ。あてがいるのに上の空? また思考はどこかへいざゆかん?」

「これからのレースについて考えてて」

「おお! 豊富な抱負でほっふほふ!」

 

 

 エッタの目標はファンを増やす事。

 なので正確にレースを決める必要はないのだけど、一応決めといた方がいいでしょ。

 

 

「よく星に触れられたら言葉あり、あては星触れ手に入れたるやば欲しとはなくなる儚き夢なり思うなり」

「え、辞めるの?」

「そうではなくや、そはあてに夢を見せるなるかやなるなるや」

 

 

 ここにきて分からんエッタ語が出たな……。

 俺にどうしろというのだ。

 

 

「あての目的目標此度の約束あるてど満足しせりなり、次はトレナの夢みましょ?」

 

 

 俺の夢?

 あー、なんだっけか。もう忘れちゃったよそんなの。

 てか曖昧で分かりにくい感じのだった気もするし。

 

 

「ジョゼトレあなたの夢叶えましょ? 夢を見よ、叶えよう!」

 

 

 エンリカやラベリテとの約束を果たさせてくれたお返しにって感じかな。

 

 

「あての事をば担当せりとき、そなたあなたは言いました。スターは空へと浮かべるものゆえ、トレーナすなわちロケットなるもの」

「言ったっけなぁそんなこと」

「そんな事とは良いなかれ! あてに任せよ足となろう!」

 

 

 ふむ。

 と言っても曖昧なのは確かだしどうしたものか。

 オンリーワンな性能してるエッタは単騎で宇宙行っちゃってるし。

 

 

「じゃあそうだなぁ……」

「うむうむ」

「ミークと戦うのはどうだ?」

「ほまれやミー!」

 

 

 今の所、ミークとの戦いは一対一。同点だ。

 ホープフルはミークが一着だった訳ではないけど、着順で。

 次はどう決着を付けようか。

 

 

「ならば!」

 

 

 ばばんと手にしたおみくじを見せられる。

 大吉だ。良かったね。

 

 

「なばらばらな! 帝王賞!」

「……また中距離かぁ」

「んふふふふ。お忘れですか? あて好きコースは大井なり!」

「気持ちの問題ね」

 

 

 前回で中距離は勝ってるしダートは得意。走れない事はなさそうだけど心配だなぁ。

 けど、本人がそうしたいって言ってるし後で桐生院さんに連絡入れとこう。

 それにしても見事にG1狙いまくりだな我々。普通こうはならんぞ。

 すまんな、初心者ゆえにこうなっちまうのだ。

 

 

「ジョゼトレ気乗りはせなんだり?」

「ヴィクトリアマイルの方が距離適性もそうだし、ヴィクトリーな感じして良さそうと思っただけさ」

「んぬならヴィクトリ行きましょう!」

「わおうれしい」

 

 

 でもエッタが大井出身の元祖アイドルウマ娘を好いて追ってみたいのは分かるし、なもんで帝王賞行こう。

 

 

「はーい」

「素直ね」

「あてはいつでも素直でしょう?」

「嘘をつかない所が好きよ」

 

 

 あ、やべ。

 

 

「……お」

 

 

 今の好きっていうのはね、ほら。意味合い的なのは分かるだろう?

 分からんか? 分かってくれ……。

 

 

「わかった!」

 

 

 おお、分かってくれたか!

 

 

「帝王賞、あてに任されよ!」

 

 

 いいぞ! その調子だ!

 

 

「任せよ、任されよ、あてに、んふふふふ……」

 

 

 大丈夫かぁ、なんか雲行きおかしいぞぉ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

!???!?!?!???!?

登場人物

☆サニティエッタ
 好きなゲームはサンバdeアミーゴ。
 マラカスと障子とパパの肩が壊れるまで遊び尽くした。

☆常禅寺/ジョゼトレ
 好きなゲームはぐるみん。
 黒豆に辿り着く前にはイチゴケーキが無くなる。

☆エンリカ
 好きなゲームがクソゲー判定されてた事を最近知った。



 

 

 

 六月の後半に控えた帝王賞、その前哨戦──とも言えない「枠あるなら走っちゃろ!」で参加してしまった1月後半の重賞GⅡの東海ステークス。

 マイル距離とダートが得意なエッタの脚質なら問題なかろうと送り出した所、大事故が発生した。

 

 大事故……怪我って話じゃない。

 結果が大事故だったのだ。

 最下位は何とか避けました、とエッタがエッタ語抜きに敬語で頬を引きつらせながら言い訳する位には酷かった。

 あの道化師サニティエッタが敬語やぞ。

 

 

「折り合い、つかんなぁ……」

 

 

 いかな天才といえどレース展開や調子いかんによって大負けする事があるのは勝負の常。

 それにGⅡともなれば生半可な気持ちで挑んで勝てる訳がない。枠があるなら、とその程度で送り出した俺にも責任はある。

 しかしレースでは、それを抜きにしても完全にエッタの責任としても文句が出ない形で敗北してしまった。

 

 いつも通りパドックでアピールし、それを俺とニコルラベリテが見届け、応援し……というのはいつも通り。

 いつも通りなら大丈夫じゃね? とは簡単にいかず、エッタの俺へ向けた「もっと自分を見て欲しい!」という欲が人が沢山いる中で増幅され集中力は壊滅的な状況となり、真っ直ぐも走れない程に酷いありさまとなってしまったのだ。

 走り終えて冷静となりレースの順位を確認するや流石に事の深刻さに自分でも気が付いたらしく、動揺のあまり精神面が不安定に見えたのでそれからは少し練習を休ませている。

 

 

「トレーニングに対し積極的となった風に見えましたけど」

「はりきり過ぎちゃうの。“見捨てないでくれ”ってさ」

「あっ」

 

 

 桐生院さんの言う通りトレーニングへの意識が変わった。でもそれが危ないから休みとした。

 エッタは人が好きだけど、自分のせいで人が離れて行ってしまう事を理解しているから。

 

 俺の夢が云々、帝王賞が云々と宣言した矢先にこれなら先が思いやられようもの。

 俺がもし見切りをつけてしまったらと考えたんだろう。

 

 

「前に担当したからには最後までって感じのを宣言した覚えがあるんだけど、時間経ってるし効果薄いよねぇ」

「難しいですね……」

 

 

 愛用のトレーナー白書をぺらぺらと捲っているけど、これは個人個人の付き合いによる解決策しかない。

 しかし。どうすっぺか……。

 

 

「休みにし続けるのもこれはこれでまずいんだよなぁ。もう駄目だって意識が芽生えちゃいそうで」

「が、頑張ってください!」

 

 

 分からないからって投げないでくれ桐生院さん。

 机に置いてたスマホがぶーぶー鳴ったので手に取ると、桐生院さんは助かったといわんばかりに「それでは!」と部屋を出て行ってしまった。

 誰だよぅ、こんな大事な時に電話してくるやつぅ。

 

 

『やっはろー! みんなのエンリカたんがINしたお──』

 

 

 切って、置く。電源も切っといた方がいいかな。

 あ、また電話かけてきやがった。

 

 

『ひどくない?』

「目の前にいたらデコっぱちに張り手してる所だったぞお前」

『あたしのかわいいおでこをいぢめないで……』

 

 

 んでどうしたよエンリカ。

 てかいつの間に俺の電話番号知った? 教えてないよな?

 

 

『そろそろお困りかと思いまして』

 

 

 まぁ困ってるっちゃ困ってるけど。

 

 

『そこで! エンリカ様が道先を案内しようと思いまして』

「ほうほう?」

『ちいとばかしデートしてこいやお前』

 

 

 あんですってーっ!?

 

 

『いや冗談じゃなくて真面目な話、今の状況を切り抜けるにはこれしかないってば』

「……今の状況、知ってるのか?」

『もっちろん! エンリカ2000年の勘を舐めるでない若造』

「本当に真面目な話してる?」

『エンリカ嘘つかない』

 

 

 2000年が云々はさておき、レースの現地にはラベリテもいたしそこから情報も伝わってるか。

 しっかし解決方法がデートたぁ大きく出たなこいつも。

 もしエッタが暴走して実力で襲われたら俺は社会的に死ぬんだぞ。

 

 

『デートと言ってもいつもお出かけしてる感じでいいのさ。んでいい感じにお出かけして、シニアが終わったら気持ちを聞かせて欲しいってあんたから言うだけ』

「俺から?」

『告待ちの受け身じゃモテんぜよ』

「ふむ……」

 

 

 ラブorライクを正直に聞いて、一年後に答えを聞かせてくれって?

 新潟から帰ってきてから考案した、エッタが自分の気持ちに気が付くのを座して待つってスタイルと真っ向から相対する答えできたなおい。

 下手に刺激しないよう立ち回るつもりだったんだけど……。

 だが一理あるかも知れん……のか?

 もう恋愛話わかんない。常禅寺そういうのわかんない。無縁故。

 

 

『でもさー。ほっといてエッちゃんが走れなくなったらどう責任取るつもり?』

「責任て」

『アイーダの姉貴を始めとした武闘派連中が黙ってないよ。無論あたしもMyカブトムシで攻撃する』

 

 

 殺される……。

 俺、殺される……!

 エンリカとカブトムシは倒せる自信あるけど、アイーダネキに敵うわけない……!

 

 

『どうやら……本気を出す必要がありそうかな?』

 

 

 あかん、こいつマジでチクる気だ。

 

 

『やれ』

「はい……」

 

 

 一歩間違えたら即死するデートが、今始まる──!

 

 

 

『んでぇ、注意点なんだけど──』

「サンキューエンリカ。今度新潟寄る事あったらなんか奢るわ」

『あ、ちょ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あてはやらかしふらつき道化、惨敗理由は察しの通りの余所見道(よそみみち)

 下から数えて一二三(ひふみ)の順番それはダメ。

 なぜならば!

 

 ……ジョゼトレに期待をさせては失望寄せて還す波。

 白き息、空消えゆ雲。雪無き地。身捨つる事ぞ出来ぬ我が身よ。

 

 

「エッタ……これ食べる?」

「カップケーキな気分にあるまじ……」

 

 

 同室ミークは優しき真白。手にするお菓子は白きもの。

 やる気が上がる? 絶不調?

 そういう問題ございません。

 

 

「ゲーム、する?」

「……サンバ?」

「ボンゴ……」

 

 

 何ぞやそれは……。

 

 

「んゆ?」

 

 

 む!

 ジョゼトレお電話うれしやうれ、し──。

 ──大丈夫(だいじょぶ)ですか? 何のお話。

 内容如何はどうでしょう。あてにまつわりますか? どうですか?

 

 

「……でないの?」

 

 

 ラベリテ相談時間ならずば覚悟をします。

 ベッドで布団にくるまり道化、猫の布をばくる巻いて。

 

 

「もうす、もうす」

『お、良かった出てくれた』

「夜中にお電話なんでしょう! 明日の予定? をばどうぞ!」

『デートしようぜッ!』

 

 

 

 ……?

 

 

 わ!!!???!?!??!!!?!?!!?!?

 

 

 

『あ、いや、デートっていうか、一日遊ぼうぜっていうか……』

 

 

 いしりにぬゆえにかえりはばなる!?!???!!!

 わわわわ、ならば、すばわとてりゆえて!!!!!!!

 

 

『ちょっ』

 

 

 マックス御師様師様よ()はここ再臨しせりなり、覚えておいでで()の存在。

 道化師どこでもおいでまし? できまして! いつでもでしょう魂ここに!

 ……ごほん。サニティエッタ復帰です。

 

 

『落ち着いて? ね? おいこれホントに平気なのか……?

「うい」

「あ……戻った」

 

 

 心配おかけよハッピーミーク。

 

 

『色々話たい事も遊びたい事もあるだろうし、ちょっと付き合ってくれ』

 

 

 つき!!???!?!?!?

 

 

『エッタ? おーい?』

「……大胆……」

 

 

 んんん。

 

 

「しつ、れい!」

『あ──』

 

 

 顔見れぬ、故に切る!

 電話番号ピポパピポ!

 ぷるるるる! ぷるるるる!

 

 

『──え、エッちゃんこんな夜中にど、どしたのさ』

 

 

 エンリカ貴様、仕組んだな。

 

 

『やべっ!?』

 

 

 ジョゼトレ気軽にそな事言わぬ、カンペで背中おしたりやせなんだらぞ!

 あてに何をば期待、を、あては……。

 

 

「むぅ……」

『ははっ。その調子ならさーエッちゃんさー。明日くらいはセーブしないで行ってきなよ』

「セーブ? ロード? メモリーカード」

『そうじゃなくて』

 

 

 ミークは知りゆりますか?

 

 

「……エッタ、最近我慢してる」

『流石同居人はよく見てるねぇ』

 

 

 なんぞや事よ!

 

 

『明日は下手に感情抑えるなっての。どうせならパーッと素を弾けさせてトレーナーに甘えちゃいなYOU』

「エッタが笑ってるの好き」

 

 

 む、むむむ。

 感情。

 

 

『ごめん。分かってるとは思うけど流石に常識の範囲内でね……?』

「……」

『常識の範囲内でね……!?』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏路地の道化師。

登場人物

☆サニティエッタ
 今日は自由にしていいと言われたので、行きたい所へ行くことにした。

☆常禅寺/ジョゼトレ
 大井が品川にあるせいでOTAフェスタにウマ娘を呼べない事を嘆く大田っ子。


 

 

 その日の待ち合わせ場所としてサニティエッタが指定したのは、商店街にほど近い裏路地だった。

 まじで何でこんな所を選んだのか全く理解が及ばない何にも特別感ない場所だけど、本人がそうしたいって言うんだからそうしよう。

 俺は常禅寺。俺はトレーナー、俺はサニティエッタのトレーナー。

 かの者が望むのであれば命も差し出す所存。

 

 

「命ダメです差す出しさらりばさらずあて。どうでしょう? 空き瓶ジャグリグリンゴ食べ!」

「まずはお菓子か。いいねぇ、林檎おいしいねぇ」

 

 

 さりげなく脳内を読まれた気がするけど、それはそれとして手渡された林檎を齧る。

 何でもない裏路地で朝から切られてもない林檎を丸かじりしてる二人組とは一体……?

 ちなみに今日はエンリカが焚きつけたというか計画したというかケツを蹴っ飛ばした、お出掛けの日です。

 

 お出掛けでエッタの独占欲を満たしつつ、最後にシニア後の契約とか将来とか、まぁつまり俺とこれからも組み続けるかってのをゴーする予定。

 

 どこへ行こうかとかいい感じのデートスポットとか、まず待ち合わせ場所とかすら全然わからないからエッタに希望を聞いてみた所こうなった。

 

 裏路地で林檎を食べる行為に何の意味があるのか?

 というか待ち合わせした場所から動いてないんだけど?

 疑問はあるがサニティエッタは何も答えてくれない……。

 

 

「がふ、がっふ、んふふふふ」

「ちょっと待って? これ丸まる一個食わないと終わんない感じ? まじ?」

 

 

 エッタの耳がくにゅんと動き、尻尾が揺れる。

 どうやら楽しいらしい。

 

 

「うまいけど顎痛ぇ……」

「んゆ?」

「エッさんはもう食い終わってるのん……」

 

 

 流石はウマ娘、林檎なんてペロリだよ。

 

 

「ではでは見ましょうあてジャグリング? 裏路地披露はリンゴの対価。見よ! 集まれ! 猫の集会あての始まり!」

 

 

 エッタは謎の宣言をすると空き瓶をどこからか取り出してひょいと放り投げると、どんどん増やしてくるくる回していく。

 素直に凄いなそれ。最初は二個とか三個だったのに、今はもう何個同時にやってんの?

 てかいつの間に増やしたの? 残像がそのまま実体化して増えたりしてない?

 一回ちょっと止めて貰っていいですか。

 

 

「なんでしょう? どうしまししょう!」

「いや増えてるっ!」

「サニティエッタは道化にありてや技術もありますこの通り!」

 

 

 空き瓶、増えとるやん!

 拾ったり投げ入れたりしてないのに、ジャグリングで回す数増えてた!

 なにその技術。

 

 

「もっと投げますですでしにてあてできよう!」

「待て! そのなんか剣みたいなのは置け!」

「流石に本物ありまぬがゆえ、偽物ぱっぱぱ投げてもよい!」

「あ、ならいいや。……いいのか? わかんね」

 

 

 いつの間にか集まってきた猫共がエッタの足元をうろつくが、それを踏まないようにステップを踏んでジャグリングが続く。

 俺もさっさと食べ終わろう。

 なぁエッタ。まだ待ち合わせ場所で駄弁ってるだけだけど他に行きたい所とかある?

 

 

「大井!」

「……今日はまだ開いてないんじゃないか?」

 

 

 そういえば夜にライトアップで開放されたりしてたし、日が暮れたら行こうか。

 

 

「後は、とは? んむむむむ」

「無難に水族館とか動物園とか、なんかそういうのどう?」

「ん!」

 

 

 おお、反応は良さそうだ。

 最後に大井へ寄ってくならそこ中心、とすれば海岸沿いの地区で考えて……。

 どこを提案しよう?

 

 

「植物園にでも行かないか?」

 

「水族館とかどう?」

 

「動物園もいいよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 んふふふふ……。

 あてはあちらへ足運び……。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言う訳でやってきたのは──

 

 

「ラウンド1!?」

「どこでしょかってばゲムセンター!」

 

 

 ば、バカな、俺は確かに提案した道順で電車に乗って向かったはずなのに、全く別の場所に辿り着いてるっ!

 しかもこのゲームセンター、歩いてたら誘導されて辿り着いちゃったとかできない僻地にあるんだけど。ここ川崎の端っこだよね? 何で府中から急にこんな所辿り着くのさ。

 まさか現実が捻じ曲げられた……? まさか、エッタのよくやる大脱出で気が付かない内に移動させられたのか……?

 

 いやいや、これはあれだ。

 無意識に俺がエッタの行きたい場所へ導いたのだ。

 伊達に年単位でこやつの専門トレーナーをしてないのだ。

 常禅寺(ジョゼンジィ)ちゃんはすごいのだ!

 

 

「ゲームにカラオケ、ボーリング。上にはスポーツできるところもあるし、楽しめそうだなー」

「でしょう! あてについてこられか遊びの大全!」

「まず何やる?」

「わはー!」

 

 

 若干分かりにくい玄関から店内へ踏み入った直後、エッタが早速クレーンゲームへ吸引されていった。

 中に詰まってるのはトレセンでも見る顔達のぬいぐるみ。ぱかプチのぱかってなんだろうか良く分からんが、よくできたぬいぐるみ達だ。

 お、エッタのもちゃんとあるじゃん。制服と勝負服バージョンあるけど、さっそく取るのかい?

 

 

「ぺぽ!」

「もうやってた」

 

 

 へー、今って物理100円を入れなくてもパスで支払えるんだ。

 

 

「ぐんゆんうんゆん」

「揺らすと警報なっちゃうぞー」

 

 

 よほどクレーンの動きがとろいと感じているのか足踏みしてる。

 

 

「でもエッタ。このぬいぐるみならもう持ってなかった? 試供品で」

「あげるために!」

「あげる?」

 

 

 なんだあげるって。

 それにしたってクレーンゲームのアームってどうしてこう、弱いんだろうな。

 力籠ってなさ過ぎてつるんと抜けちまうしいつまで経っても取れそうにない。

 実家が実家なだけにほっとくと無限にお金を使いそうだから程々で止めるのが俺の役割だろう。

 

 なぁなぁサニティエッタさんや。

 なんかこう、いつもやってる手品奇術でこういうの何とかできないの?

 

 

「インチキしませぬ真剣勝負、あては卑怯を嫌いせり!」

「さいですか」

 

 

 真面目なエッタならそういう事もしないか。

 かといってこうもつるつる滑るアームで続けてもなぁー。

 

 

「取れた!」

 

 

 え、マジ!

 

 

「ちっ」

 

 

 取れたのはエンリカ(エルフ風勝負服ver)だった。

 舌打ちと共にぶん投げられ、筐体の隅に引っかかっている持ち帰り用の袋にぶち込まれた。

 扱いが適当過ぎやしませんかね。てか舌打ちはやめなさい。

 

 

「ゆーん……取れた!」

「お、もう二体目かぁ」

「ぷえっ」

 

 

 取れたのはエンリカ(スポーツウェアver)だった。

 ツバ吐きの真似をしながら投げ、さっきの袋にぶち込まれる。

 気持ちは分かるけど扱いが可哀そうじゃないかね。てか真似でもツバ吐きはやめなさい。

 君はラマ娘じゃなかろう。

 

 

「いやてかなんでこいついんの。ウマ娘じゃないだろエンリカ」

「この前新潟レースのムーブ、年末新潟行事となりそうなられ。人バ混合長距離合戦その創始」

「はへー、そこまで盛り上がったんだあれ」

「それで記念で作られました」

 

 

 三つめに取れたのはニコルラベリテ(勝負服特大サイズ)。ちょっと悩んでからポケットにしまった。

 うん、どう見たって抱える位の大きさなのをポッケにしまうのはおかしいね。

 そろそろサニティエッタの前では物理法則を気にしない方がいいのかも知れない。

 

 

「あて取れた!」

「やったじゃん!」

 

 

 途中途中でハルウララやハッピーミークといった仲のいい面々のぱかプチも回収してはポケットへしまい、ついにようやく自分のぱかプチが取れた。

 いやはやここまで長かった。

 分かる、この欲しい奴だけ上手いこと手に入らないアレ、超分かる。

 今回の場合は物欲センサーならぬ物欲物理か。道化師もそういうのには負けるんだね。

 

 

「は……はいな!」

「ん。俺?」

 

 

 せっかく取った自分のぱかプチを俺に渡してくる。

 えっと、俺にプレゼントしたくて取ってくれたの?

 最初に言ってたあげるって、そういうこと?

 

 

「察せ!」

「ふ、ふふはは! ありがとうなエッタ」

 

 

 どれ撫でてやろう。なでなで。

 ふははそんなことを考えるとはかわいいやつめ。

 

 

「お気に召し? あてを褒め! お手間とらさせましさたさ!」

 

 

 んじゃあ、ちょっと手持ちするにはかさばるからこっちの袋に──

 

 

「ん」

 

 

 持ち帰り用の袋へ入れようとしたら、ダメってされた。

 よほど俺にずっと持ち続けて欲しいのかい? ……って、ああ。袋の中に先客(エンリカ)がいるから駄目なのね。

 エンリカと一緒の扱いは嫌だと。色んな意味で。

 俺、断ったもんね、あいつのこと。同じ扱いは縁起が悪いよね。

 

 だから今見せたてじ……じゃなくて奇術について解説をお願いしていいかな?

 地面へ置いた後、どこからか取り出した風呂敷で隠したと思ったらぬいぐるみが綺麗さっぱり消えたんだけど。

 どこやったねん。おっきいのが消えたぞや。

 

 

「んふふふふ。あての奇術に驚きなられば観客歓声拍手喝采調子を揃えてはいどーぞ!」

「すごいぞエッタ!」

 

 

 よく分からんけど、すごいから良いか!

 

 

「ちなみにどこやったの?」

「暗黒空間」

 

 

 こっわ……。

 

 

「い、一応聞くけど、エンリカと仲が悪い訳じゃないよね……?」

「あやつはちょっと雑な方が喜ぶ」

「ああ、突っ込んでくれるから安心してボケに回れるあれね。良かった」

「そうそれ!」

 

 

 確かにエンリカは良い反応してくれるから面白い。

 最初は新潟トリオの中じゃニコルラベリテが突っ込み訳かと思ったけど、あいつもあいつでウマ娘なんだなって雰囲気出してるからな……。

 

 

「じゃあ次行きましょジョゼトレさんや、あての行き先こちらぞどーん!」

「おっしゃ、どんどん行こか」

「お・お・いー!」

 

 

 大井は夜に行く予定てか、このゲーセンへはぱかプチ目当てだけで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夜になった。

 

 

「なにぃいーーーっ!?」

 

 

 ば、ばかな、昼や夕方の時間は……!?

 

 

「おやまどうされましてやジョゼさんや! イルミネーション見とうございましてや夜が映え!」

「そうだね、綺麗だね」

 

 

 気が付けば日が暮れた町、ここは大井レース場。

 夜はイルミネーションが輝く映えスポット。ナイターレースとはまた一味違う雰囲気だ。

 エッタがお客さんとしてここへ来るのは初めてじゃなかろうか。

 ……さっきだって気が付けばゲームセンターにいたんだ、時間も場所もエッタの前じゃ意味がない……。

 

 

「んっふふー。このや地下通路をば見たくて来まして」

「そして経路も無視ィ……」

 

 

 本来なら光のトンネルとかモニター近くの噴水とか古民家を模した小屋とか色々、全体的に江戸の雰囲気を模した見どころがいっぱいあるのに初っ端からコース終盤へやってきてる。

 が、エッタが足を取られたのはなんて事のない地下通路。

 いつも走ってるコースの下を通るここはお客人を飽きさせない為なのか色々と絵が描かれており、ここが本命なようだ。

 なんというか、普通の人なら何でもない所に目を向ける辺りエッタらしい。

 

 

「なんか面白いもん描かれてんの?」

「ここ!」

 

 

 エッタが指差したのは……。

 

 

「……ホワイトシルバー牛乳?」

 

 

 屋台の看板が描かれた中に書かれていた文字がそれだった。

 ホワイトシルバー牛乳、ホワイトシルバー……どっかで聞いたことあるような……。

 

 

「あ」

「そう! この地走ったおウマ、の、壁画!」

「壁画……というか、パロディ?」

 

 

 大井出身でいい感じに成績を残したウマ娘の名前をこうやって残してるのか。

 確かにいちいち銅像立ててたらキリがないというか、お金や場所の関係があるもんな。

 中々面白い。

 

 

「んふふ! いなり(ワン)!」

「生徒会長が見たら変なネタ思いつきそうだな……」

 

 

 配達の自転車に付けられたプレート、そこに書かれていたのはイナリワンをもじった“いなり椀”。

 こういう小ネタ好きよ。

 

 

「で、で、でー」

「あのクソでかツリーはスルーなのね」

 

 

 地下通路を抜けた先にあるデカい木のオブジェは何とガン無視。あれこそ目を引かれても良さげなのに……。

 

 

「して、あてやレースに関係なきし?」

「そりゃあ……そうだなぁ」

 

 

 あの木、なんなのん……?

 

 

「あてがあてが見たく場ばばば! ほん! めー!」

「真打はこっちか」

 

 

 こっちまで歩いて来れば目的も分かる。

 エッタはレース以外で中々お客さんとして大井へは来ないから、そういえばまだ立ち寄ってなかったんだな。

 

 歩いた先にはカラフルに照らされた一つの銅像がある。

 サニティエッタが大井で走りたいと言い、好きだと前に言ってたウマ娘の銅像だ。

 最近学園でライブのイベントを企画してるライトハローってウマ娘のお婆ちゃんって噂も聞く。

 もうずっと昔のウマ娘なのに、その存在はこうして形で残っているのだ。

 

 

「並んで撮ろうか?」

「んーん。並べませぬや」

「そうか。じゃあこっちきて」

 

 

 銅像を照らすパネルは裏も光ってる。なのでこっちにエッタを誘導してぱしゃり。

 あのウマ娘の横には並べずとも、殆ど一緒の構図というか照らされ方というか、なんかいい雰囲気で撮れたでしょ。

 

 

「わおー!」

 

 

 さて、切り出すならこの辺がいいかな。

 なあエッタさんや。

 

 

「んゆ?」

 

 

 俺はシニア級を終えるまでずっとお前と組み続ける気がある。戦績が振るおうがどうだろうが。

 むしろシニアと言わず俺はエッタの走りを引退まで追ってみたいまである。エッタと組むのは面白いからな。

 けど、サニティエッタ的にはどうだ?

 

 

「んん? と、言ふのは……」

 

 

 あー、あのー。あれだよ。

 シニア級終わった後も俺と一緒にいるかどうか、その時に答えて欲しいの!

 ちょっと言葉が見つからなくてあれだけど、どうかしら。

 

 

「いいよ?」

 

 

 あ、意外とあっさり。

 もっと複雑な言葉で追いつけないかと思ったのに。

 

 

「あても聞きとう申す事あり、それはあてと関わる勇気」

 

 

 勇気?

 

 

「あちこちふらふら目的地、常識も無きにあて追う勇気」

 

 

 ああ、振り回される覚悟はあるかと。

 それは今更じゃん?

 最初は確かに戸惑ったけど、今はそれが楽しいのさ。

 もっと色んな景色を見せておくれ。

 

 

「なら! まずはあてがジョゼの夢を叶える」

 

 

 夢っていうのは俺がトレーナーを目指した切っ掛けのね。

 

 

「もっと夢を見ていいか?」

「もちろん!」

「のんびりやってこうな」

「んふふ」

 

 

 いいね。エッタはこうでなくては。

 

 

「手始めに次の帝王賞、明日から調整してくぞー」

「おー! ならばこの地この場所働いている、帝王賞に縁ある引退ウマ娘! ボンちゃん会いにいきたきゴー!」

 

 

 働いてるなら邪魔はしないであげてー!




☆アイーダさん
 デートと聞いて駆けつけ影から見守っていた。刀を片手に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トレーニングバトル、略してトレバト

登場人物


☆サニティエッタ
 勝負事には奇術を使わずルールは守る系道化師。
 ルールを間違えたりはする。


☆常禅寺/ジョゼトレ
 勝負は正々堂々派。でも大体勝てない。


 

 

 

「ブルーファルコン、怪我からついに復帰。

 レース中の事故で引退も危ぶまれたが、完全復活を宣言し帝王賞へ挑む」

 

「ふーゆ」

 

「ドラゴンバード絶好調。

 驚異の末脚“ブーストファイヤー”がファンの心を掴んだ」

 

「なーつ」

 

「ブラッドホーク登録抹消か? 

 替え玉疑惑、学費未納による退学の噂……」

 

「はる!」

 

「ブラックブルによる温泉レビュー集、大好評発売中。

 ライバルであるブルーファルコンを療養に誘う場面も」

 

「ふゆぅ~……」

 

「アストロロビン新曲発表──」

 

「──さにてぃ!」

 

 

 チームの小屋で情報収集していた所、授業終了の鐘と共にエッタの襲撃を受けた。

 後ろから首に抱き着かれ、重心が後ろへ寄り座っていた椅子が傾く。

 

 普通なら慌てる場面だがまぁ大丈夫だろう。

 エッタは加減のできる良いウマ娘だ。このまま倒れ込むなんて事はない。

 なんたっていつもふらふら動いてるお陰か体幹はいいのだし。

 倒れそうで倒れない、そんな狭間を行くのはお手の物……。

 

 あれ、ちょっと? ほんとにこれ大丈夫?

 思ったより傾いてるんじゃっ、エッタさーん!

 

 

「わはー」「うひー!」

 

 

 どっすん。

 エッタを下敷きに──する事は当然無く、地面からの衝撃は背もたれ越しに直接俺を殴った。

 肝心のサニティエッタさんはというととっくに離脱しており、扉からひょっこり顔だけ出してびっくりしてる。

 

 びっくりしてるけど、顔には出さない。声だけだと分かりにくいかも知れないがこの娘は無表情がデフォ。

 本当に楽しい時やレースに勝った時などはちゃんと笑うものの、日常では眉だけがひょこひょこ動くのだ。

 よーく見ればわかる程度の表情変化を見抜けば君も道化師二級になれるぞ!

 一級は宇宙を感じる。

 

 

「なぜ、引き倒した?」

(なれ)こそなぜゆえそのまま落ちゆ?」

 

 

 上座にいる俺を後ろから強襲したというのに出入口である扉へ瞬時に移動しているのに関しては、もうどうだっていい。

 下敷きになりたくないからって一人だけ脱出奇術で逃れよってよぅ。

 オラおでれぇたぞ。

 

 

「それよりジョゼトレどうされましてし雑誌読み? 何読み上げてや誰話! あてはここ、見よサニティ! 秋の季語!」

「情報収集。競争相手の事は知って対策してかないとな。あと今は3月だ」

 

 

 座り直すと隣へエッタがやってきたので、読んでいたものを渡す。

 次の出走予定となっている帝王賞、いい加減に対戦相手の事も頭に入れないなと思い色々調べた訳なのですよ。

 お陰で、厄介な現実が見えてきたわけだが。

 

 

「ブルーファルコン、復帰レースに帝王賞だとさ」

「ふぁーゆー?」

「おま、同期ならこいつのことくらい知っとけ……?」

 

 

 てか一緒に走った事あるよな?

 

 

「んー……」

「覚えてないなら仕方ない」

「うい!」

 

 

 青い勝負服に黄色いマフラー、謎に包まれた素性。

 あらゆる能力を高水準に備えた同年代最強ウマ娘の一人だ。

 直線に特化したブラックブルやここぞって時の爆発力が凄まじいドラゴンバードと比べてバランス重視。特徴がないって見方もできるが、どんな状況だろうと冷静に対応し勝利を掴むのはこいつしかいないだろう。

 

 レース中の事故でしばらく入院生活だったらしいのに……エッタが挑む帝王賞を復帰レースに定めるとは。

 怪我の完治はちゃんと祝ってやりたいんだがタイミングが悪い。

 

 

「こいつが出てくるなら芋づる式にブラックブルやドラゴンバードも出てくるだろうし、参ったな。ハッピーミークとの対決どころじゃねぇ」

「猫よねうねうまどろみのにゅう、なれば丸まれ毛玉こそなれ」

「こいつら全員で海外レースに殴り込みしに行くって噂がホントなら、さっさと行って欲しいもんだぜ」

「勝負よ猫よ、真剣ネズミ狩り。お土産ですか? 置きて起き!」

 

 

 俺の独り言を無視してエッタはとててと小走りに窓へ行くと、かららと開けてがさごそ何かをしている。

 しばらくして……木彫りのネズミが出てきた。

 小屋の中に鎮座している謎の巨大招き猫の前に置かれ、あたかも猫のお土産みたいになる。

 意味するところは分からない。

 

 

「あての走りレースはジョゼ如何(いかん)。いかんとならればどうしよう? あてはあてなりあて、ぞや!」

 

 

 うーん……確かに無理って思えば回避もやむなしか。

 走ったぶんは経験になるだろうが、それだったら勝てる見込みがあるレースへ向かった方が気分も良いし。

 わざわざ黒星を集める必要もない……んだけど、それだと桐生院さん&ハッピーミークへが申し訳ないしな。

 

 

「いいや前向きに考えよう。強豪とのレースの雰囲気を知るって感じは?」

「ぬい! ぐる、み!」

 

 

 ひょいひょいとお手玉をするように取り出したのは、先日ゲームセンターで大量入手したぱかプチ達。

 置く場所はもうないのでは? と思うが、そこはサニティエッタ。

 両腕でがっしゃーんと謎の置物達を弾き退けると、そこのスペースへぱかプチを並べた。

 ちなみに地面へ落ちた筈の物共は視線から外れた瞬間に消滅してる。多分サニティエッタ空間へ消し飛んだ。

 新潟の家で同じように消されていった物達を確認しているので、恐らく向こうへ送られているんだろう。

 マジでどういう奇術なんだそれ。

 

 

「エッタ的にはどう?」

「しきしま」

「そうか……」

 

 

 俺の判断次第、と。

 ちなみに今のしきしまっていうのは敷島(しきしま)、つまり敷島の道という略であり和歌という意味になる。

 ようはどういう意味なのか分からん。助けてくれ。

 

 

「こたへはそう!」

 

 

 ニコルラベリテとエンリカのぱかプチをぐにぐに撫でてたエッタは狭い空間でひょいと宙返りすると、反対の壁際に佇むホワイトボードの前に立つ。

 黒ペンを持ってきゅっきゅと文字を並べた。

 

 

「芝踏めば衣装崩して迫る風。身うちなれども振り向くなかれ」

 

 

 おお、サニティエッタ先生の新作だぁ!

 

 

「この詩の味はー、ここ!」

 

 

 ぺしんと叩かれたのは『身うち』の部分。

 注釈として、横へ『身内』と『身打ち』の漢字があてがわれた。

 なるほど、あえてひらがなにしておくことで想像の余地を広げると。

 

 

「んー……レース、出とくか」

「そうこなくては!」

 

 

 よく分からんが、出たいという意思を感じた。レースなんだし出たとこ勝負。

 誰が相手にしてぶつかってこようと、振り向かず吹き抜けるのみよ。

 

 

「よし、さっそくトレーニングだ!」

「おー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エッタの弱点はやはり集中力だ。

 スピードやスタミナ、パワーは持ち前の身体能力で十分。

 そこへプラスされる野生動物的な視野の広さと反射神経は、直感や諸々の思考と上手く噛み合わさる事でどんなバ群からでも抜け出す脱出奇術をも可能とする。

 唯一であり最大の弱点である集中力の問題さえなければ三冠をも目指せた逸材だろうし、三冠へ拘らなくとも育成次第でマイラーとしての地位を作れた。

 

 今そうなってないのは新人の俺がって所はある。

 しかしエッタが俺を選び、俺もエッタを受け入れたのだから「たら」とか「れば」とかはナンセンス。

 すべきはトレーニング!

 

 

「ジョゼトレ何をばしましょうか? あてにお任せトレニング!」

「賢さトレーニング」

「……あては、賢くなかった……?」

 

 

 そういう意味じゃないけど。

 

 

「なんか良く分からんが、賢いとレース中にすごいらしい」

「なるほど! かしこい!」

 

 

 なんだろう、俺らまったく賢くない気がする。

 

 

「てなわけで将棋台を持ってきたんだけど、体育館のど真ん中でやる事じゃないよねこれ」

 

 

 これだったら小屋でも良くない?

 しかも前にこれ使ってた奴が何を勘違いしてるのか分からないけど、駒が香車しかない。

 全軍突撃しかないんだけどこれ。

 

 

「あと重大な事に気が付いた」

「んゆ?」

「俺、将棋のルールしらない」

「あても」

 

 

 広い体育館には俺とエッタの二人、ど真ん中には畳と将棋台。

 お互いルールも知らないし、どうしろと。

 賢ければこうならなかった気がする。

 

 

「まぁまぁ落ち着きなされ。本懐は将棋そのものではないのだよ」

「なぜましなられるるポーンは前進」

 

 

 説明書を読んで並べていくと、その途端にエッタがどこからか召喚したチェスのポーンが飛び入り参加。

 平面な兵たちに並び立体の兵士が佇むシュールさ。

 で、でもほら、本懐は将棋じゃないからセーフ……。

 

 

「んでぇサニティエッタ殿よ」

「なんでしょか? なんでしょう!」

「集中力トレーニーング!」

 

 

 説明しよう!

 ここで集中力をこう、レース後半くらいのぐだぐだ具合に削ってから走るのだ!

 

 

「んふふふふ。あてに勝てるとお思いでもい!」

 

 

 体育館の外ではハッピーミークと桐生院が既にスタンバっており、向こうはこっちの準備が整うまでスタミナ強化をしている。

 双方疲れた所を併せでゴーなトレーニング。

 今日に限らず誰かの予定さえ合えば併せを手伝って貰ったりすればエッタの力になるだろう。

 では、いざ勝負ッ!

 

 

「あてが先!」

 

 

 眼鏡を装着した道化師様が手元を動かし……何も動かさない!

 

 

「★→★★、★★→★★★、★★★→★★★★、使い魔」

「なんて?」

 

 

 盤面に置きっぱなしなポーンを三段階進化(?)させると、盤面に別の駒を追加した。

 ルールは分からんが、明らかに俺の知ってる将棋と違う。 

 てか将棋にはポーンはないしそこからして違うんだけども。

 

 

「じゃあ次、俺な」

「どぞどぞんふふー」

 

 

 エッタさんが楽しそうだしいいや。

 何度も言うが俺もルールが分からんので、とりあえず説明書片手に自分のを適当に動かす。

 目的はエッタの集中切れなので勝敗はどうでもいいのだ。

 

 

「どうぞ」

「★★★★→★★★★★、必殺の一撃」

「なんて?」

 

 

 ポーンは更に進化すると、謎の波動を出して先ほど動かした俺の駒を粉砕する!

 

 

「どぞどぞ」

 

 

 いや、どぞどぞじゃなくってさ。ナニソレ。

 今更いうのもあれだけど、超常現象を起こさないで頂けます?

 

 

「ミス?」

 

 

 ある意味ミスだと思う。

 

 

「ならばあてのターン!」

 

 

 あ、ミスっってのは俺が行動できないって確認なの!?

 

 

「必殺の一撃」

 

 

 超進化ポーンから発せられた謎の攻撃が、俺の王を砕き爆破する。

 

 

「……さてはエッタ、お主もう既に集中力ないな?」

「ルールが分からぬなられば道化、されば粉砕しせしぞ終わり!」

 

 

 よし、外行って走るか!!

 

 

「任されよ、走りゆえにてウマ娘!」

「ゴーゴー!」

 

 

 指を扉へ向けると、飛ぶように走っていき消える。

 反対側の扉から飛び出て帰ってきた。

 

 

「よし! 一緒に行こう!」

「らじゃっ!」

 

 

 ひとりじゃ向かえないなこれだと!

 

 

「こうなるのは予想外」

 

 

 一緒に走ってこう的な気持ちだったのに、エッタさんはどこからか取り出した麻袋に俺を詰めると肩に担いで走り出す。

 こういう時は瞬間移動を使ってくれないのねー。

 

 

「そういやもう3月かぁ」

「もうですよ? 春近く!」

「新入生の歓迎とかファン感謝祭とか、忙しくなるぞー」

「おわー! お祭り騒ぎ!」

 

 

 ちょっとした話題。これで走りに集中できまい。

 

 

「あ。エッタ」

「こんにちはー」

 

 

 ハッピーミークと桐生院さんの声が聞こえたので、エッタにリリースコールを送る。

 走ってこい、サニティエッタ……! 勝て、この併せに……!

 

 

「任されよ? 任せて良い!」

 

 

 俺が麻袋に入ってることを忘れているのか、あるいは道化師的なノリで脱出できると思っているのか。

 そのまま地面へゴシャァァって突撃した俺はウルトラ怪獣ツインテールのようなポーズで地面の振動を感じるしかできなかった──



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。