馬前世持ちTS転生ウマ娘と男前新米女トレーナーの話。 (馬生編スキップしたオリ馬ウマ娘物作者の屑)
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第一話

 ■の前が主人公以外、■の後が主人公視点。
 一話は短め定期。


 どの時代、どの場所にも、生まれながらの強者はいるものだ。

 

 彼の皇帝シンボリルドルフを担当したトレーナーは、彼女の走りを見てその感想を抱かずにはいられなかったと言う。

 

 そして私もまた、目の前を駆け抜けた彼女(・・)を見て、心の底からそう思った。

 

 

『一着はサー! サーフォーミダブル! 二着との差は七バ身! その走りが、世代の頂きとなるか!』

 

「……強い」

 

 

 ふと、そんな言葉が漏れた。

 けれども、この場にいる全てのウマ娘、そしてトレーナーがそう思ったに違いない。

 

 それもそのはず。

 もはや名族と言っても過言ではないアメリカの超優秀家系の出。アメリカで活躍した名ウマ娘の血を一身に引き継いだ文句無しの良血。

 そして、その継承した全てをこの時期にして既に発露させている身体の完成度。

 私含め、彼女の走りを見た者達は皆一様に未来の三冠ウマ娘を幻視したことだろう。

 それくらい、彼女の走りは圧倒的だった。

 

 ウマ娘達がトレーナーを得る為に己をアピールする年四回の最大の機会である選抜レースにおいて彼女は、サーフォーミダブルはどこまでも我々トレーナーの目を奪った。

 

「サー! 俺と一緒に三冠ウマ娘を目指そう!」

「サー、貴女と私でなら三年連続での年度代表ウマ娘も夢じゃないわ!」

「僕と一緒に海外を目指さないか、サー。君なら、凱旋門やブリーダーズカップだって難しくないはずだ!」

 

 その証拠に、走り終えて一息ついた彼女の元には既にトレーナー達の人集り。

 

 知らないけれども私よりかは余程経験豊富そうなトレーナーや、一度は名前を聞いたことのあるような有能なベテラントレーナーがほとんど全員大挙して押し寄せている。

 

 それに対して私はと言えば、駆け出すこともできずにこうしてそれを遠巻きながらに眺めるだけ。

 そもそも新米トレーナーの私では、きっと彼女の全てを引き出すことは難しい。経験も力も、何もかもが足りていない。

 私よりも中堅のトレーナーや、それこそ強豪チームを率いるベテラントレーナーに指導を受けた方が彼女は輝くだろう。そのはずだ。それに、出遅れた私が今更スカウトしにあそこに混ざったところで……。

 いや、これは覚悟が決まらなかった言い訳か。

 

 認めよう。私は彼女を担当したかった。けれども情けないことに一歩を踏み出せなかったのだ。

 彼女は優秀なトレーナーと共に、これから栄誉に溢れた道を往くのだ。

 

「少し考えさせろ」

 

 でも、どうしてだろう。

 

 興奮冷めやらぬトレーナー達を置いて立ち去った彼女に、私は何か妙な違和感を禁じ得ないのであった。

 

 

 ■

 

 

「……」

 

 私にとって、いや誰にとっても人生というのは一度だけだ。

 

 しかし人生でない生涯ならば、私はこれで三度目となる。

 

「ウマ娘……かぁ」

 

 齢十三となり、今年から中央トレセン学園中等部へと入学した私は、改めて自身の数奇な運命を思い些かの疲れを感じていた。むしろ、疲れるなという方が無理である。絶対に無理。

 

 人生は二十六年と少しで唐突な終わりを迎えた。

 次の馬生(・・)は三年と少し。クラシック期に割と壮絶な最期を遂げたのを今も覚えている。

 そしてこのウマ娘生である。奇怪にも程がある。

 

 しかも、元々人であった頃は男として生きた身の上だ。

 間に馬を挟んだことで多少は違和感も薄れているのであろうとは思うが、ウマ娘となってほとんど女の身体となってからはやはり戸惑ったし、理不尽に憤りもした。今もこのウマ娘の身体には納得していないが、最低限自分の身体を直視できるようになったのは大きな進歩だと思いたい。別に初心なのではなく、女の身体であるからと婦女子に混じるのがあまりの罪悪感で押し潰されそうになるのである。

 

 ……何にせよ、馬として生きた後の人間体での新しい生なのは確かだ。厳密には人でなくても、人と同じような肉体であれば構わない。

 

 一番最初の人生ではできなかったこと、我慢していたことを全てやろう。

 

 そう思った。だから思いつく限り、そして幼くても出来ることはだいたいやった。今世の親がエリート思考だったのもあり、習い事などもあれこれやってみた。幾つかは今も続けている。

 

 けれど、満たされることはなかった。何をしても私は飽いていて、何を得ても私は飢えていた。

 

 

 私はもう既にどうしようもなく走ることから離れられなくなっていたのだ。

 

 

「……これから、どうしよう」

 

 迷子になってしまった私の悲鳴は、誰にも聞かれることなく消えていった。




 感想があったりすると喜びのたうち回ります。


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第二話

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます! 第二話です!
 PS 感想返しは数話に一回、まとめて行いたいと思います!


 トレーナー達は、あの日以来サーフォーミダブルをスカウトしようと躍起になっていた。

 

 一人でコースを走っていれば我先にと詰め掛け、食堂で本を読んでいるところを見掛ければ偶然を装って隣に座る。寮に帰ろうとしていたところを待ち伏せするトレーナーも居たらしい。そのトレーナーはたづなさんから厳重注意を受けたとかで、サーフォーミダブルと距離を置かされているとか。まあ、その熱意自体は分からなくもない。流石にやり過ぎだとは思うが。

 

 何はともあれ。

 未だに誰にも靡かない彼女に、トレーナー達は全員掛かり気味だったのは確かだ。

 

『一着は────!』

 

 そんな中、私はと言えば誰もスカウトすることなく、声すら掛けず。連日行われる選抜レースに足を運んではあの日の彼女の走りを思い出すばかり。

 

「……あー、私もスカウトしとけば良かったなぁ」

 

 たとえダメ元だったとしても、ワンチャン賭けて彼女にアタックしておけば良かったとこの期に及んで後悔している。

 そうすれば、このように未練タラタラで悩み耽ることもなかったのに。

 

「こんにちは。柴田トレーナーは今日もスカウトですか?」

 

「まあ、そんなところかな。そう言う桐生院トレーナーは?」

 

 同期の桐生院トレーナーが声を掛けてくる。

 柴田、というのは私の名前だ。何の変哲もない何処にでもいる二十代前半の女トレーナー。新米の、という称号付き。しかも新米二年目。一年ほどサブトレーナーとして先輩トレーナーの下で研修を積ませてもらっていた。

 同じ時期にトレーナーになった目の前の女性はと言えば、去年からハッピーミークというとても良い子を担当している。今年からジュニアクラスを走る予定だ。

 

 この時期は大切なはずだが、どうして他の子のレースを見に来ているのだろうか?

 

「今日はミークにお休みをあげたので、私もやることが無くて。柴田トレーナーと同じです」

 

「そうなの。誰かめぼしい子は居た?」

 

 同じなものか、というツッコミは卑屈に過ぎるのでしない。別に彼女に負い目を感じているわけではないからだ。

 無論、同期ということもあって少しだけ関心を寄せる相手ではあるが、幸いなことに一年目でスカウトを成功させた彼女とは担当の活躍時期も一年ズレる。シニアクラスになったらまた違うだろうけど、間違いなく一挙手一投足に目くじらを立てるような相手ではない。

 まあ、私が今年中に担当ウマ娘をスカウトできたらの話ではあるけども。

 

「ううん、そうですね。見た感じ、あの子とかはかなり強そうだと思います」

 

「えっと……ダンスインザダスクか。確かに、大物感があるね」

 

 桐生院トレーナーが指した方向にいたのは、先程のレースで一着を取ったダンスインザダスクというウマ娘だ。

 確かにその走りは凄かった。昨日、あの走りを見てさえいなければ私もスカウトしたいと駆け出していたところだろう。

 彼女の時ほどではないが、それでも結構な数のトレーナー達がその周りに集っていた。というか、今日訪れていたほとんどのトレーナーは声を掛けに行っている。

 

「あ、そう言えば。柴田トレーナーは見ましたか?」

 

「見たって?」

 

 唐突な切り出し。

 疑問符を浮かべはしたが、彼女が何を問いたいのかは薄々感づいていた。

 

「私、今日初めて今回の選抜レースを見に来たんですけど、初日に凄い子が走ってたってトレーナー室で噂になっていたんですよ」

 

「ああ。サーフォーミダブルの話ね」

 

 私がその名を挙げると、彼女はパッと明るい顔を見せて「そう、その子です」と声をあげた。

 実際、この一週間は彼女の話題で持ち切りだった。誰が彼女を取るか、水面下どころか表立ってバチバチしていたくらいだ。

 まあ、今のところはあのチームリギルを率いる東条ハナが取るだろうと言われているが。

 

「柴田トレーナーはスカウトしたんですか?」

 

「んー、いや、私はしてないや」

 

「そうなんですか。でも、一回くらい声を掛けてみる気はあるんですよね?」

 

 そう聞かれて、私はううんと唸らざるを得なかった。

 彼女にとって一番良い選択は、東条トレーナーのような歴戦の指導者の下で教えを乞うことだ。それは間違いないし、そのことをサーフォーミダブルもまた理解しているはずだ。

 

 けれどそれと同時に、私は東条トレーナーにすら彼女は靡かないのではないかとも思うのだ。

 そこに根拠は無い。強いて言えば、時折見掛ける彼女が纏う雰囲気がゆえか。

 

 そして、そんな彼女が私のような無い無い尽くしの新米に靡くとは思えない。

 

 ……というのは、これまたやはり言い訳になるだろうか。

 それでもウマ娘には一番良い場所で、伸び伸びと己の力を引き出して欲しいのだ。たった一度が多い彼女達だからこそ。

 こればかりは、誰が何と言っても変わることはない私の考えで。

 

「あ! 柴田トレーナー、もしかしてあの子ですか?」

 

「? え、ええ。彼女がサーフォーミダブルよ」

 

 明るめの鹿毛が揺れる。

 その毛色のウマ娘は最も多いが、『百年に一人の美少女』と言われたあのゴールドシチーのようにその容貌は整っていて、コースに集まるウマ娘達の中で一際目を引いた。

 彼女は走る。一目でそう思わせる佇まい。

 

 だからこそ、初見の桐生院トレーナーも彼女がそうだと気が付いたのだろう。

 

「柴田トレーナー、他のトレーナーが気が付く前に声を掛けてきたらどうですか?」

 

「ええ? 私はまだ良いかなぁ、って」

 

「そんなこと言っていると後悔しますよ、絶対!」

 

「……うーん。それじゃあ、行ってこようかな」

 

 ここまで言われたら一歩を踏み出すしかあるまい。

 元々、彼女をスカウトしたくないわけではないのだから、これはまたとない機会だろう。

 

「頑張ってください、柴田トレーナー!」

 

 同期の声に覚悟を決めた私は、彼女の元へ向かった。

 

 

 ■

 

 

 前世の私の父は、アメリカで活躍したイージーゴアという馬だった。

 

 元々私はウマ娘のアニメを観て競馬、延いてはその世界そのものへとのめり込んで行った口だ。

 特に、アニメ一期においてはかなり重要な(物語上の重要度ではなく、その元ネタとなった1994産駒、1995産駒の競馬におけるブラッドスポーツたる所以の遺伝的な重要度である)バックボーン的存在の『サンデーサイレンス』と、そのライバルであった我が父『イージーゴア』の話はかなり印象に残っていた。当然、彼らの血統的な話も覚えている。

 

 だからこそ、馬になってから暫くして耳に入ってきたイージーゴアという単語で、私は自分の置かれた立場を何となく察した。

 そして自分という存在の期待値の高さも。

 

 そういうこともあって、馬になったのだからやるしかないだろうと一言に言えばとても頑張った。

 活躍した名馬として、ウマ娘にもお呼ばれするくらいには頑張れたはずだ。それは誇れることだと自負している。ちなみにあのレジェンドを乗せた経験は密かな自慢だ。

 

 けれど、まさか私がその名を受け継いで生まれるとは欠片も思わなかったのも事実である。

 今世の母もちゃんとイージーゴアであった。父ではなく母なのが最高にウマ娘という感じだ。私はウマ娘としては生まれたくなかったよ……。元息子的に。

 

「サーフォーミダブル、少し時間をもらっても?」

 

「……? ああ、スカウトか」

 

 走れば何も考えなくて良い。走っている間だけは不本意ながらも馬であった頃を思い出して、今の状態を直視せずに居られる。

 TS転生してウマ娘になったという私の全生最大の誤算。こればかりは一生悩み付き合っていくしかない。

 

 だからと言うわけではないが、自分のことをウマ娘として扱われると本当に申し訳なくなって困る。私のような異物、しかも元々男であった存在がウマ娘として生きているなどウマ娘ファンとしては些か許容し難い。

 だから、ガッツリ私を有望なウマ娘としてスカウトしてくる彼らトレーナーともなるべく距離を置きたいのだ。課題、問題を先延ばしにするだけだと分かってはいるが、心の準備には時間を掛けたい質なのである。特におハナさんやチームスピカのトレーナーのような原作キャラクター達のスカウトを受けるのはNG。私の存在で原作を壊したくない。

 何なら、トレセン学園にすら入学したくなかったくらいなのである。最終的には母親に押し切られての入学となったのだが。

 

「悪いが、スカウトなら他を当たってくれないか」

 

「うーん。これは、取り付く島もない感じだなぁ」

 

 そう言うのは、トレーナーバッジを付けたまだ歳若いトレーナー。なんと言うか、言い方は悪いが平凡そうな人である。

 まあ、平凡そうだからとかそういう理由で断るわけではない。名も知らぬトレーナーよ、悪いが諦めてくれ。

 

「実は、今日はスカウトじゃなくて貴女とお話をしに来たんだ」

 

「……私と話? 何も話せることなんて無いけど」

 

「そう? じゃあ、好きな食べ物は?」

 

 いや、強引だしテンプレそのものだな。

 好きな食べ物。好きな食べ物か。

 

「……甘い物ならなんでも好きだな。特に母の作るキャロットケーキが好きだ」

 

 前世で食べられなかった反動なのかは分からないが、今世の私の舌はかなりの甘党だ。

 特に、生まれて初めてキャロットケーキを食べた時はあまりの衝撃に悶絶したのを覚えている。たかだか人参の蒸しケーキだが、私にとってはそれくらい感動したのだ。

 

「キャロットケーキかぁ。ウマ娘って皆人参が大好きだし、キャロットケーキも当然好きだよね」

 

「ああ」

 

 人間だった頃はそこまで人参が好きだったわけではないのだが、馬になってからは人参が好きになった。ウマ娘となってもそれは変わらない。

 

「じゃあ、憧れのウマ娘は居る?」

 

「ち……母だ。母には憧れている」

 

 危うく父と言いかけた。危ない危ない。

 私が憧れる存在は、前世も今世も変わらず母だ。

 

「あー、お母さんね。確かに貴女のお母さんは凄いウマ娘だものね」

 

「知っているんだな」

 

「勿論。知らないトレーナーは居ないと思うよ」

 

 まあ、それもそうか。

 私をスカウトしに来るトレーナーも、その大体が私が母の子だからという理由であろう。私なら三冠が取れるとか、海外でも活躍できるとか。耳障りの良い言葉を並べ立ててくるが、それも全て母の血のお陰だ。それくらい私の母は凄い。

 

「でも、私は母ほど強くは無いからスカウトするのはやめておいた方が良い」

 

「んー、別にあのウマ娘の子だからスカウトしたいわけじゃないよ?」

 

「?」

 

 なら何故だろうか。

 単純に私の走りが凄いからとか? それなら他にも凄いウマ娘は沢山いると思うのだが。前世で言う四天王とか、女帝とか。

 

 わざわざ私を選ぶ理由が分からないと彼女に目を遣れば、彼女は真っ直ぐな視線で私を見詰めてきた。

 

 

「────私、貴女の走りに目を焼かれちゃったみたい」

 

「へ?」

 

 

 私は、どうやらヤバいトレーナーに目を付けられたらしい。

 




 次話の更新日時は未定です。


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第三話

 先にみんな大好きウインディちゃんを出したかったので、今回視点変更がかなり変則的になっています。
 ……ウインディちゃん、難し過ぎるんだ。

 視点変更はウインディちゃん→主人公→エアグルーヴです。
 ちなみに、85/56/91の159cm。後、様子がおかしいのは彼女だけです。


 標的は今まさにドアを開けようとしている。耳をぴんと立たせて足音を聞き逃さないように。

 じっと息を潜めてその時を待つ。

 

 今日こそは噛み付いて、あのすまし顔を恐怖に染めてやるのだ。

 

 ……今ッ……!

 

「ガブー!」

 

「うわ」

 

 開け放たれたドア、飛び出すウインディちゃん。

 しかし渾身の噛み付きはヒラリと躱されてしまう。

 

 寮の同室相手であるサーは空色の目をぱちくりとさせながらも、軽く身構えた。

 

「あ、避けるな! 噛み付かせるのだ!」

 

「いや、だから、嫌だと、いつも、言っている」

 

「ガゥウー!!」

 

 負けじとさらに飛び掛るが、やはり何度やっても掠りすらしない。

 唸れどもサーは涼し気な顔だ。ひらりひらりと踊るように全部を避けてみせる。

 

 それでも、一度着いたウインディちゃんの闘争心はちょっとやそっとでは消えはしないのだ!

 

「……はぁ。ほら、おいで」

 

「っ!」

 

 でも、ベッドに座ってぽんぽんと膝の上を叩く彼女の姿に、ウインディちゃんの闘争心はどうしてか萎んでいってしまう。

 なぜかはわからないけど、その太い足がとても魅力的に見えてしまう。面と向かって太いって言うと変な顔されるけど。

 

「ほーら、わしゃわしゃわしゃー」

 

「……むむむ」

 

 実はこれは、もう何ヶ月も続く同じやり取りだ。

 ほとんど毎日、サーが帰るなりウインディちゃんが噛み付きに行って、最後はサーの膝の上に落ち着く。遊ばれているみたいでムカつくけど、撫でられて落ち着くのも本当のこと。

 

「……ふん」

 

 ……まったく、不思議なヤツなのだ。

 

 

 ■

 

 

「ということが昨日あったんだ」

 

「お前はアイツに甘過ぎではないか?」

 

 自分でもそう思う。

 

 授業と授業の合間の休み時間。ほんの少しの休憩時間でも年頃のウマ娘達は話に花を咲かせる。

 

 そんな中で私に苦言を呈するのは、同世代である未来の女帝エアグルーヴ。

 ちなみにこれは美浦寮での相部屋であるシンコウウインディとの間にあった昨夜の一幕だ。

 寂しがり屋なのを知っているからこその解決方法とはいえ、我ながらとても罪深い。それを役得と思えるような胆力はありません。ウマ娘の身体を悪用してキャッキャウフフするのはよろしくない。

 尚、本人は休み時間が始まると同時に教室の外へと駆け出して行ったのでこの場にはいない。

 

「……そう言えば、エアグルーヴは担当は決まったのか?」

 

「そうだな。お前と違って、十分以上に仕事が出来てこちらに必要以上に干渉してこないなら担当を選り好みはしない」

 

 うぐ。それを言われるとなぁ。

 話を変えようとすれば、鋭いジャブ。キツい。

 

 別にアニメやゲームに登場したトレーナーのような特定の人物を除けば、選り好みをしているわけではないのだ。

 ただ一番の理由が、走り出す心の準備ができていないというだけで。それを彼女に言ったところで意味は無いことなのだが。

 

 でも、いろいろと心配は掛けてしまっているのでここらで安心させようと思う。

 

「いや、実は昨日、トレーナーにスカウトされた」

 

「ほう。それで? わざわざ取り上げるということは、何かしら気になることがあったのだろう?」

 

 興味深そうに聞いてくる彼女は、本当に面倒見が良くて優しい。

 彼女自身もことトレーナーに関してはかなり苦悩しているはずなのに、それでも私のトレーナー事情に気を遣ってくれている。

 

 エアグルーヴとは前々世だと画面の内外、所謂次元に隔てられ。前世ならただの馬、それも牡馬と牝馬だったのもあって大した縁はなかったが、こうしてウマ娘となった今ならばそういう隔たりは何も無い。……自身がウマ娘となってしまったことは複雑な反面、良い友人が持てて素直に嬉しい。

 

「なんと言うべきか、変なトレーナーだった」

 

「変?」

 

 思い出すのは昨日のこと。

 柴田と名乗った女性トレーナーは私の好みや憧れを聞くなり、『貴女の走りに目を焼かれた』なんて言ってきた。

 あまりにも唐突過ぎて逃げるようにして帰ってしまったが、今思えばあれはスカウトだったのだろう。

 

「……それはまた奇抜なスカウト文句だな。私のトレーナーの方がまだマシな文句を垂れるぞ」

 

「ああ。何もかもいきなり過ぎるし、なんの脈絡も無い。ただ……」

 

「ただ?」

 

 話を聞いただけのエアグルーヴも苦笑を禁じ得ないような変な話だ。私だって正直言って困惑する他無い。

 しかし、それはスカウトの手法に対してだとか、突拍子も無いその発言に対してだとかではない。いや、勿論それもあったけど。

 

 

 でも、本当の理由は────

 

 

「スカウトを、受けてみても良いと思ってる」

 

 

 ────その言葉が、いつかと重なった(・・・・)から。

 

 

 ……なんてエアグルーヴには決して言えはしないけど。

 私も変なやつだと思われるのは勘弁。

 

 それにしても、妙な因果を感じてしまう。

 場所も立場もタイミングも何もかもが違うのに、どうしてもその言葉には意識を持っていかれる。単純にその言葉に弱いのだ。別に彼女は私へのクリティカルを狙ったわけではないだろうけど。

 

 けれど、そのお陰で踏ん切りが付きそうなのも確か。

 まだまだ、この世界で生きる目的みたいな大層なモノや、ウマ娘として(・・・)走る理由のようなそういうモノだって明確ではないけど、一歩前に進むことは出来ていると思うから。

 ただ走ることに飢え続けているのは楽だけど、それじゃあ良くないと思うのだ。

 

「……そうか。良かった」

 

「え?」

 

 エアグルーヴの安堵の声に聞き返す。

 

 すると、彼女はキッと眦を上げて私を見据えた。

 その後ろで彼女の中の熱意が、彼女を象徴する青い炎が滾っているのを私は幻視する。幻視させられた。

 

「路線は違えども、これでお前と同じ立場になれる」

 

「……ああ、心配掛けた。私もここからやってみるよ。君と並べるように、君を抜かせるように」

 

 本当に心配を掛けてしまった。きっとこれから先も心配を掛け続けることになる気がしてならない。

 

 だから、その分……私は彼女の前に立とう。

 彼女が私を倒したいと思ってくれるように、私と鎬を削りたいと精魂を燃やせるように。

 

 先ずはあのトレーナーと共に朝日杯だ。あれを再び手中に収めることから始めよう。

 

 私は一人、これからのことに思いを馳せるのであった。

 

 

 ■

 

 

「君と並べるように、君を抜かせるように……か」

 

 言ってくれるものだ。人の気も知らないで。

 ギリギリと屋上のフェンスが音を立てた。

 

「これから、な」

 

 彼女の走りを見た時から、私は私が許せなくなった。女帝で在る為に、強き者で在らんと走り続けてきたのに。

 

 あの日、最後尾からの七バ身差を見た時の身の毛がよだつような体験。諦観という絶望。手折られそうになった、その強く、堅く、聳え立つような圧倒的な走りに。

 その時から、彼女のことが頭から離れない。

 

 そうだ。なんと無慈悲なことか。

 私の想いを知らないから、そんなことを言えるのだ。まだ終わりではないと、まだ底を見せていないと無意識に恐怖を振りまくから。私が最後の血の一滴を振り絞ってでも付いてくるものだと理解しているから。

 

 お前とはどこか気が合うが、私はお前に気を許しはしない。

 お前とは無二の友となれるだろうが、私はお前を絶対に許さない。

 お前にとって私は好敵手の一人となるのかもしれないが、お前は私の獲物だ。

 

 

 ……私は死なない。私は抜かされない。私は燃え尽きなどしない。私はお前を恐れなどしない。

 

 私は、私は……私を────

 

 

 

「────殺して見せろよ、サーフォーミダブル……!!」

 

 

 

 鬼哭が風に攫われた。

 

 鬼の産声が上がった。




 (〇-︎︎〇) 刀┗┐爪


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