戦姫劍遊紀 (クロビナ)
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第一話 一飯の恩

今まで読む専門で今回初めて物語を書くという事に挑戦しました。
読んでくださった方の暇つぶしにでもなれば幸いです。


真に優雅な旅に必要なのは、千里を駆ける駿馬でも、贅を凝らした馬車でもなく、歩みを止めて漫然と過ごす時間である。そう言ったのは果たして誰だったであろうか。

 

降りしきる雨の中、駿馬に跨りもせず、贅を凝らした馬車にも乗らず、一人の少年が雨を凌ぐ場所を探して己の足で必死に走っていた。

 

「これ、失敗したか?ケチらず傘でも買ってればこんなに濡れずに済んだよな。」

 

雨に打たれ走りながら愚痴る彼の周りには誰もいない。

『だから言ったでしょーが。雲行きが怪しいから買っといた方が良いって。』

そう、いないはずなのだがーー 独り言だと思われた彼の独白に答える声が一つ。

 

その声は彼の胸元近く、服の内から発せられている。傍から見れば珍妙な光景だが彼は渋面になりながらその声の主に対して反論する。

 

「だって手荷物増えるし、持ち合わせは少ないし。」

 

極力無駄遣いはしたくない、そう自分の意志を伝える彼に謎の声がもう一度聞こえる。

 

『それで体調崩したら元も子もないでしょうが。ほら早く雨宿りできる場所を探してちょーだい。』

 

へいへいわかりました!。そう悔しそうに言いながら走る彼の視界にはやがて食事処だと思われる場所が見えてきた。

 

 

 

 

ふらわーと書かれた看板がある店からは食欲をそそる匂いが漂ってきた。丁度空腹だったという事もあって彼はここで食事をすることを即決した。

 

「見たところお好み焼きの店か。雨宿りついでに飯にするか!」

 

『傘買うのは渋ったってのにお前さんは・・・』

 

「飯は別問題だろ。なにより優先されるべきだ!」

 

そう言い合いながら店に入った少年を店主と思われる壮年の女性が迎える。

 

「いらっしゃい!・・・お一人かい?

 

会話が聞こえてきたからてっきりお連れさんがいるんだと思ったんだけど。」

 

「・・・はい、一人です。」

 

「そうかい、それじゃ好きな席に座って。」

 

内心でビクビクしながらカウンター席の端に座り差し出された水を受け取る。

 

壁に掛けられているメニューを見ながら何を注文しようかと考えていると入口の扉が強く開かれた。

 

ふと目を向けるとそこには二人の少女が立っていた。二人とも息が上がっていて雨に濡れている。走ってきたのだろう。彼女たちも雨に打たれ雨宿りできる場所を探していたのだろうか。

 

「雨降るなんて聞いてないよー!これはいつもの3倍食べて気分転換するしかない!おばちゃん、いつものを3倍で!」

 

「響食べすぎだよ。しかも今走ってきたばかりなのに・・・」

 

大丈夫だよ未来!全身から元気が溢れる響と呼ばれた少女に対して、無理はしないでねと見るからに心優しそうな未来と呼ばれた少女が苦笑しながら注意する。そんな彼女たちの温かく優し気な雰囲気を感じられたのか少年の懐から声が発せられた。

 

『仲良さそうな子達を見ると嬉しくなるねー!何より女の子同士は華があって良い!』

 

「おい!」

 

思わずといった感じで彼が注意するが時すでに遅し。店主の女性も二人の少女も驚いたように少年の方を見て固まっていた。

 

彼はそんな彼女たちの反応を見てため息をこぼして観念したかのように自分が着ている服の内から黒く細長い筒ーーー横笛を取り出した。

 

「あー、なんて言えばいいのかな・・・俺、この笛で曲吹いたり腹話術?みたいなもの披露しておひねり貰いながら旅してるんだよ。今のやつは、ええと、その、癖みたいなもので・・・スミマセン。」

 

そう言って頭を下げる彼。非難されること覚悟で謝罪したが予想に反して彼女たちの反応は良いものだった。

 

「す、すごい!私、腹話術初めて生で見た!」

 

「お上手ですね!」

 

「ははは・・・そいつはどうも。」

 

なんとかやり過ごせたと頭を掻きながら笛をしまう少年。

 

「若いのにそんな旅してるのかい?」店主の女性が心配そうに尋ねてくる。

 

確かに彼の年齢は16.7辺りに見える。髪は黒髪で短く切り揃えられていて、身長は180に届くかどうかであろうか。体つきは良さそうだが、成人しているような雰囲気には見えないので女性が心配するのは当然の反応であろう。

 

「ちょっと事情があって・・・大変だと感じることもありますが楽しいですよ、旅。」

 

そうかい、それじゃここでたくさん食べて英気を養っていきなさい。そう言われ少年は改めて壁のメニュー表を見て、それからの下の値段を見てーーー愕然とした。

 

(やばい・・・!一番安いメニューでも少し足りない!500円あればなんか頼めるとか甘い考えだったか!こんなことなら昨日見つけた甘味処で饅頭買わないで我慢すりゃよかった!追加で餡蜜頼まない方がよかった!というか店入る前に財布の中身確認ぐらいしろよ俺!)

 

自分の浅慮に激しく後悔していると、少年の焦りが顔に出ていたのか、それを感じた店主が苦笑しながら口を開いた。

 

「・・・足りないのかい?」

 

「・・・足りないです。」

 

何とも言えない雰囲気ができてしまい、さっきまで賑やかだった少女達も気まずそうに黙ってしまう。

 

少し沈黙を挟んだ後、響が良いこと思いついたと言わんばかりにおばちゃんに元気よく提案した。

 

「おばちゃん、この人に曲や腹話術を披露してもらってその分サービスするっていうのはどうかな。せっかく食べに来たのにこれじゃ可哀想だよ!」

 

「いい考えだね響!おばちゃん、私からもどうかお願いします。」

 

二人の少女の訴えに店主の女性が参ったとばかりに苦笑して彼にこう言った。

 

「あんたさっき曲や腹話術をしながら旅をしてるって言ったよね。ちょっと披露してくれないかい?そうしたらその分サービスで割引してあげるよ!」

 

思いがけない提案に彼の目が強く輝いた。

 

「い、いいんですか!?」

 

「もちろん。ただし当然面白くて楽しいやつで、何より観客のこの子たちも満足させなきゃ駄目だよ!」

 

そう条件を言った女性に対して笑みを浮かべて彼は食い気味に言った。

 

「やります!いえ、やらせてください!」

 

 

 

それでは早速と言いながら席を立ち笛を取り出す彼。観客となった3人に向かい合うと急に笛から声が発せられた。

 

『優しい店主さんと嬢ちゃん達でよかったねー。店入った後にお金が足りないーとか恥ずかしすぎるだろ。俺なら泣いちゃうね!ま、そもそも泣く目がないけど。』

 

「それに関してはなんにも反論できねぇ・・・反省するわ。」

 

自分が持つ笛と何の違和感もなく会話を繰り広げる光景に驚き感心する3人。

 

「はぇー、すっごい!」

 

「本当に笛が喋ってるみたいです!」

 

「これは大したもんだねぇ」

 

彼女たちの反応を見て気をよくしたのか、彼ら?の会話は止まらない。

 

『聞いてくださいよー。こいつ昨日立ち寄った甘味処で饅頭買い食いしたのに加えて、欲望に負けて餡蜜まで頼んだんですよ。そんなことがあったのにこの体たらく、皆さんどう思いますー?』

 

「んなことまで言わんくていい!恥ずかしいだろうが!」

 

『悪いのは我慢しなかったお前さんだろうよ、翔?』

 

「だからって人の恥を暴露するんじゃねぇよ、冥牙!」

 

 

 

 

 

 

 

「はー食った食った!最高に美味かったです。ごちそうさまでした!」

 

「そいつは良かった。こっちも男の子の食べっぷりは見ていて気持ちよかったよ!腹話術も笛の腕前も大したものだったしね!」

 

互いに笑顔で満足だと感想を言い合う二人。少女達も食事の時間を挟んでなお興奮が冷めないといった感じである。

 

「和楽器の演奏ってこんなに凄いんだって感じました!なんていうか・・・こう、音が綺麗って感じ!」

 

「うん!音が体の中にスン・・・って入ってくる感じ!」

 

金が足りないなんてあまりにも情けない姿を見せてしまったが少しは挽回できたように感じて自然と口が綻ぶ翔。

 

「好評のようで良かったよ」

 

『それにしても店主の姉さんと嬢ちゃん達が良い人で良かったなー。これからは気を付けろよ、翔』

 

「わかってるって。こんな恥ずかしい事は今回限りにするさ。」

 

反省しました。と苦い顔をする翔がふと窓から外を見るとさっきまで降っていた雨が止んでいて日の光が雲の合間から差し込んでいた。そして席を立ちあがり財布からいくつか小銭を取り出しカウンターに置く。

 

「それじゃ、ごちそうさまでした。機会があったらまた来ます。」

 

だが、店を出ようとした翔を店主の女性が呼び止めた。

 

「待ちなさい。うちのお好み焼きを頼めないほどにギリギリなんだろう?」

 

そう言って女性はカウンターに置かれた代金をそのまま全て翔の手に握らせた。

 

「いいもの見せてもらったからね。」

 

「いや、流石にそれは申し訳ないです!」

 

慌てて握らされた小銭を返そうとするが彼女は首を横に振った。

 

「ただのおばちゃんのお節介と思ってくれればいいさ。どんな事情で旅をしているか詳しく聞かないけど・・・頑張んなよ。」

 

「おばちゃん・・・」

 

思わずといった具合に翔の目頭が熱くなる。確かにここでの出費は正直厳しい。今日の宿代を今から路上で演奏を披露して稼ごうにも万が一という不安は残る。翔はおばちゃんの好意を素直に受け取ることに決めた。

 

「・・・ありがとうございます。この恩はいつか必ず。」

 

「恩だなんて大袈裟だねぇ。でもそう言ってくれるなら旅先でウチの宣伝でもしてもらえれば良いよ。」

 

「わかりました。最高に美味いお好み焼き屋だとバッチリ宣伝します!」

 

「ホント大袈裟だねぇ!」

 

そう互いに笑い合った後、店を出ようとする翔。外に出る前もう一度店の中に向き直り深く頭を下げて改めて感謝の意を伝えた。

 

「おばちゃん、本当にありがとうございました。アンタ達二人も本当にありがとな。」

 

「とても楽しかったです!これからも旅、頑張ってください!」

 

「響と同じで私も凄く楽しい時間を過ごせました。こちらこそありがとうございました。」

 

「気を付けて行くんだよ。」

 

三者三様の言葉を聞いてもう一度笑顔でお礼を言って翔は店の外に一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

『にしても昨日は無料で飯食わせてもらえるなんてな。でかい借りができたねぇ、翔。』

 

「でかすぎる借りだよ。どうにかして必ず返すさ。」

 

翌日の夕方。翔は街に出向き、公園で笛の演奏を披露して帰宅途中と思われる通行人達から少しのおひねりを頂いていた。日が沈み始め夜になろうかという中、演奏も一段落して観客だった人達が帰っていくのを眺めながら翔が思い出したかのように言った。

 

「ところで探し物の方だけどさ。多分この街にあると思うんだよ。問題は場所が分かんないって事と街全体に妙なもんを感じるっていうか・・・」

 

『詳しい場所に関しては俺も感じ取れないなー。妙なもんっていうのはあれだ。ノイズじゃね?』

 

 

 

認定特異災害ノイズ。

 

神出鬼没、大群で人を襲い自分諸共人を炭素の塊に変えてしまう異形の存在。ノイズに対して通常兵器は位相差障壁と呼ばれる物によって無力化されるので、一般的な対処法はノイズが一定時間で自壊するまで逃げることのみとされている。そのため各都市部の中心には避難警報やシェルターの設置といった対策が取られている。正に人類の天敵とも言える存在だ。

 

『この街なんかあれだろ?ノイズがよく現れるって言われてるじゃん。』

 

「確かノイズに出くわす確率って東京都民が一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率と同じ・・・だっけか。そう考えると異常だよな、この街のノイズの出現頻度。やっぱここが当たりか。」

 

貰ったおひねりを大事そうに懐にしまいながらこれからどう行動するか考えを巡らせる翔。もし本当にこの街にアレがあって、誰かが使っているのならばノイズの異常な出現頻度も理解できるが問題は誰が持っていて何処にいるかだ。

 

「そう言えばアレって誰でも使える様な物なのか?」

 

『一度起動させてさえしまえば特に条件はないって聞いたぞ。んで、肝心の機能の方はノイズの呼び出し・制御の二つ。ま、絶対に現在進行形でろくでもない使い方されてるでしょ。』

 

「そうだよなぁ・・・今から凄く面倒な事になりそうな気がしてきた・・・。」

 

『この手の事で面倒な事じゃなかったことあったけ?」

 

「なかったよなぁ・・・」

 

うへぇと嫌そうな声で唸る翔に程々に頑張んなと冥牙の激が飛ぶ。

 

とりあえず暗くなってきたので今日の宿を探そうと公園の外に出た翔だがふと違和感を感じて立ち止まった。

 

「あのさ冥牙、なんか静かすぎないか?この時間って帰宅する人たちがそれなりにいると思うんだけど。」

 

『そういやさっきに比べて人の気配がないな・・・ってこの気配はぁ!」

 

冥牙が声を荒げたのと同時、翔の視界にあるものが映った。

 

 

 

風に舞って流れる黒い砂のような物。そしてその先にある不自然な黒い砂の山。

 

 

 

 

 

人間だったものがそこにはあった。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ、言ってるそばからこれか!」

 

『愚痴は後だ、周りを見ろ!ノイズが出たってことはもしかしたら・・・!』

 

声を荒げながら言われた通りにする翔だが周りにはいくつか炭の山があるだけだ。

 

(アレを持った奴がこの近くにいたのか?だけど近くにそれらしい奴は見えない。)

 

そんな考えが頭に浮かんだ時だった。翔の耳に先日聞いた覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「急いで!早く!ノイズが来るよ!」

 

声が聞こえてきた先を見ると昨日、お世話になったお好み焼き屋のおばちゃんと数名が集団で避難している光景があった。

 

「おばちゃん!」

 

「あんたは確か昨日の・・・!?」

 

「話は後!この人たちは!?」

 

「ウチの店の近所に住んでる人達だよ。逃げ遅れたんだ!」

 

翔が集団に目を向けると見たところ高齢の人が多い上に車椅子の方や杖をついている人が目立つ。

 

走って逃げるという事は難しいと一目ではっきりと理解できてしまった。

 

(ここからシェルターまでの距離はそう遠くはないけどこれじゃ・・・!)

 

嫌な考えが頭に浮かんだ時、お年寄りの一人が後方を指さして慄いた様に叫んだ。

 

「ノ、ノイズだ!ノイズが来たぞ!」

 

全員が弾かれたかのように指さされた方を見ると、集団のはるか後方に極彩色の異形が大群でこちらに向かってくるのが確認できた。

 

「っ!おばちゃん、俺が囮になるからこの人たちを!」

 

「囮って・・・馬鹿言ってんじゃないよ!アンタも逃げるんだ!」

 

「俺は大丈夫!適当に逃げ回ってからシェルターに向かうから。それにおばちゃんにはまだ借りが返せていないから。ここで死ぬつもりなんか全然ないさ。さぁ早く!」

 

そう言い切った後、返事を待たずにノイズ達の注意を引き付けながら集団とは逆方向に翔は駆け出した。

 

そして後ろから迫ってくるノイズに追いつかれないよう路地裏まで逃げ込んだ彼は懐から笛を取り出し叫んだ。

 

「やるぞ、冥牙!」

 

『りょーかい!冥牙、変形!』

 

 

 

瞬間、彼の手にあった笛が姿を変えた。それは一瞬の内の劇的な変化だった。

 

シンプルな金の装飾はそのままに笛の構造が変わっていく。径は少しばかり太くなりしっかりとした持ち手が現れ、とても元が笛とは思えないほどに頑丈そうに見える。なにより目を引く変化は黒く細長い刀身が現れたことだろう。持ち手の先には立派な鍔も存在していてる。誰が見ても刀と呼べる物が翔の手の中に納まっていた。

 

そして変化が起きたのは笛だけでない。翔の服装もこのご時世に似つかわしくない黒を基調とした如何にも侍といった者たちが着ていたであろう服装に変わっていた。

 

 

 

「ふっ!」

 

短く息を吐いて目の前まで迫っていたノイズに刀を振るう。

 

本来は位相差障壁に阻まれ刀諸共炭になるはずの運命である翔だが、不思議なことに翔も刀も炭になることなくノイズを両断することに成功していた。

 

「次!」

 

自ら群れに飛び込んだ彼は次々にノイズを切り伏せていく。時折大きく刀を振るえば刀身から何かが放たれて、離れた場所にいるノイズも消し飛ばすということもやってみせた。

 

ノイズの攻撃を躱しながらまるで舞を披露するかの如く刀を振るい異形の存在に立ち向かう翔。

 

数分後、路地裏にはノイズであった炭の山がいくつかと肩で大きく息をする翔の姿があった。

 

「きっつい!ちょ、ちょっと休憩させてくれ、正直かなりしんどい!」

 

『休憩はシェルターに着いてからにしろ!俺達も急いで避難をって・・・オイ、翔!あれを見ろ!』

 

「今度はなんだ!」

 

そういって息を整えながら冥牙が注意を向けた先を翔が目を凝らして確認すると、先日お好み焼き屋で見た少女が小さな女の子を背中に背負い大きな建物に付けられた梯子を懸命に上る姿が見えた。

 

「はぁ!?なんだってあんなとこにいんだ!」

 

『ノイズから逃げ回ってたんだろうな。だからってあんなとこまで行くなんて。あの嬢ちゃん根性あるな。』

 

「感心してる場合か!早く助けないとやばいぞ!」

 

『えらく必死じゃないの。どうしたんだよ』

 

言外にいつものお前らしくないと言われた気がして翔は今の自分の思いを声に出した。

 

「昨日俺達の何気ない会話を、演奏を聞いて凄く喜んでくれた。何よりお好み焼きを食べれたのはあの子が提案してくれたからだ。店主のおばちゃんだけじゃない。俺はあの子にも返さないといけない恩がある!」

 

 

 

そう言い切った後、翔は先程公園の外で見た炭の山を思い出した。もしかしたらあれは自分の演奏を聴いてくれた人達の一人かもしれない。

 

いやそうでなくてもあんなのは人の死に方ではない。ーーーあんな死に方が許されるはずないのだ。

 

 

 

翔の思いを汲み取ったのか冥牙が強く明るく声を上げた。

 

『なら頑張っていくとしましょうか!』

 

「応!」

 

冥牙を両手で構えて集中する翔。足先に力を込めて彼女たちが登った梯子の先にある建物の屋上に向き直り大きく息を吸ってから込めた力を一気に爆発させた。

 

次の瞬間、凄まじい衝撃と共に彼は路地裏から建物の屋上目掛けて跳躍していた。

 

 

 

 

 

 

 

そして風を切り飛んでいく中で翔は見た。そして聞いた。

 

屋上で小さな女の子を守っている響という名の少女から光が溢れているのを。

 

そして、とても力強く生命が喝采をあげているかのような優しくも温かく力強い歌を。

 

 

 

 

 

 

 

翔が屋上に辿り着いた時には光は消えていて目にしたのは、大量のノイズに囲まれながら響が昨日とまるで違うアニメに出てくるヒーローのような服装で女の子を抱き上げ守っているという光景だった。その光景を見て真っ先に浮かんだであろう疑問を翔は響にぶつけた。

 

「え、なにその恰好?人の趣味嗜好にどうこう言いたくないけど色々大胆すぎないか。あと、何で歌ってんの?」

 

「わ、私にも何が何だか・・・ってあなたは昨日の笛の人!?」

 

「笛の人って・・・俺は翔だ。あんたは確か響だっけか?」

 

「は、はい!立花響、15歳で好きなものは、ごはん&ごはんです!」

 

『お二人さん自己紹介や詳しい説明は後にしろ!ノイズが来るぞ!』

 

「えええ~!刀が喋った!翔さんそれなんですか!?」

 

「その辺の話も後でするから今は逃げるぞ!ここから飛べるか!?」

 

建物の下を指差しながら彼女に問い掛ける翔。普通なら人がこれほど高所から飛び降りることは不可能だが今も全身から溢れんばかりの力を出している彼女ならばと思い提案する。

 

そして可能性を感じたのは彼女も同じだったようですぐに決意した表情で答えた。

 

「いけます!」

 

「それじゃ行くぞ!」

 

一秒も惜しいと急いで宙に飛び出す二人。同時に彼らを追うノイズ達。

 

ケガすることなく無事に地面に着地した二人がが先程まで自分たちがいた屋上を確認すると、今まさに大量のノイズが彼らを飲み込もうと雨の様に降ってくる光景がそこにあった。

 

「伏せてろ!」

 

大きな声で叫ぶと同時に彼が冥牙を大きく振るう。放たれた斬撃が多くのノイズを炭に変えるが全滅には程遠い。

 

(数が多いっ!この子達を庇いながら倒しきれるか!?)

 

そうした不安が彼の頭をよぎる中、1体のノイズが響に飛び掛かった。

 

「しまっー!」

 

次の瞬間には彼女たちが炭になってしまう。そんな最悪な光景を想像した翔だったが現実は違った。

 

「響け!胸の鼓動未来の先へー!」

 

響がそう歌いながら向かってくるノイズに思わずといった感じで腕を振るうとノイズは一瞬でその姿を炭に変えた。彼女たちが無事だったことに安堵した後、遅れて驚きがやってきた翔だが彼以上に驚いているのはたった今ノイズを倒した張本人である響だろう。

 

「私が・・・やっつけたの・・・?」

 

現にその目は大きく見開いていて驚愕の色を宿している。だが彼らの驚きはそれだけでは終わらなかった。遠くから大きな音を出して1台のバイクが猛スピードで大量のノイズを跳ね飛ばしながらやってきたのだ。

 

そしてバイクはそのまま巨大なノイズに凄いスピードで突っ込み爆発した。

 

たった今、目の前で起きた事に声を失う二人。その前に彼らとノイズの丁度間に先程のバイクに乗っていたと思われる少女が空から降りてきた。

 

 

 

「惚けない。死ぬわよ。あなた達はそこでその子を守ってなさい!」

 

「翼さん・・・?」

 

思わずといった具合に声が漏れた響。その声に答えるようなことも彼女に目を向けることすらなく、翼と呼ばれた少女はノイズのいる方向に走り出した。それと同時に彼女は歌いだし、彼女の姿が青を基調としたどことなく今の響に似ている姿に変化した。そして刀のような武器を取り出し巨大な形に変化させてそれをそのままノイズ達がいる方向目掛け振り下ろした。                

放たれた蒼の斬撃がノイズ達を細切れにして炭に変えていく。それだけで終わらずにこの場にいるノイズを片っ端から切り伏せていく翼を見て今日何度目かの驚きを感じる響。

 

「すごい、やっぱり翼さんは・・・」

 

「ああっ!」

 

目の前の光景に目を奪われかけていた響を現実に戻したのは少女の怯えた声だった。

 

響が少女の目線の先、自分たちの頭上に目を向けると巨大なノイズが彼女たちを見下ろしていた。

 

勝ち誇ったかの様に自分たちを見下ろすノイズを悔しそうに睨みつける響。

 

彼女たちに顔と思われる部分を近づけるノイズだったが、その機を逃さず翔がそのノイズの頭に飛び乗った。

 

「バケモンが人間見下してんじゃねぇ!」

 

そう叫ぶと同時に翔がノイズの後ろから刀で横一文字に切り裂くとノイズは形が崩れ、やがて炭に変わって消えていった。

 

「なんとか間に合ったな。見たところ今のが最後の1体か?」

 

『どうやらそうらしいけどさ。本当に大変なのはこの後なんじゃないの?」

 

忠告する冥牙を刀の状態から元の笛の形に戻して懐に仕舞っている翔が視線を感じた先。

 

そこには必死に感情を抑えながら睨みつけるかのように翔と響を見る翼の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

自衛隊による後処理の作業が行われる中、響が守っていた少女とその母親と思われる女性との再会など心温まる場面が見られたりもしたが現在、翔と響の二人の周りには物々しい雰囲気が渦巻いていた。

 

そんな雰囲気を感じ取ったのか二人は顔を見合わせた後、一瞬で逃げることを決めた。

 

「じゃ、じゃあ私もそろそろ・・・」

 

「俺も帰るか。夜遅いしな。」

 

そう言って急いでこの場を離れようとする二人だったが周りで二人の動き伺っていた黒服達が一斉に彼らを取り囲んだ。そしてその集団から翼が一歩前に出て二人と目線を合わせることなく告げた。

 

「あなた達をこのまま返すわけにはいきません。」

 

「なんでですか!?」

 

理由を知りたいと述べた響だったがそれを無視して翼は続けた。

 

「特異災害対策機動部二課まで同行していただきます。」

 

翼がそう言い終えた後、黒服の集団から一人の男が手錠らしき物を取り出して響の両手を拘束した。

 

突然拘束されたことに驚く響。そんな彼女を拘束した男性は苦笑しながら告げた。

 

「すみませんね。あなたの身柄を拘束させていただきます。」

 

「えっ、えっ!これ・・・」

 

「動くな、響。」

 

翔が彼女にそう短く伝えた時にはすでにそれは終わっていた。

 

一瞬の内に自身の姿と冥牙を刀に変化させ、響を拘束していた手錠の両断したのだ。

 

響の拘束が解かれたことに加えて急に少年の姿が変わり、その手に刀が現れた事にざわつき警戒態勢をとる黒服達だったが、翼が一歩二人に近づき黒服達を庇うかのように動くとざわつきは収まっていった。そして翔を睨みつけながら翼は言った。

 

「どういうつもりですか?」

 

「それはこちらの台詞だ。理由を説明することなく連行ってのは些か強引が過ぎる。ちゃんと説明ぐらいはするべきだと思うんだが?」

 

「あなたにどうこう言われる筋合いはありません。そもそもノイズと戦うことができているあなたも連行対象ですが?」

 

お前の意見は聞いていない。そう態度で示す翼に対して翔は苛立ちを覚えたのか声を荒げた。

 

「あー・・・、そうやって自分の都合を強く押し付けてくる奴嫌いなんだよな。」

 

不快感を隠さず吐き捨てる翔。そして翼の返事も待たずに続けてこう言った。

 

「それとさ、お前なんでさっき響に連行するって言った時にこいつの方を見もせずに言った?人と話すときは目を合わせるのは常識だろうが。それともなんだ、こいつがに気に入らない理由でもあるのか?」

 

彼女の中の地雷を踏んだのだろう。そう考えることができる程に翼の纏う雰囲気が一気に剣呑なものに変わった。まるで抜き身の刃のようだと内心で翔は辟易した。

 

翼の雰囲気の変わりようを感じ取ったのか近くにいた響に加えて周りの黒服達さえ後退りした。

 

「貴様抵抗する気か。」

 

「だったらどうする。」

 

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてください!」

 

 

 

一触即発、響の静止させようとする声も空しく二人がそれに耳を傾けることはなかった。

 

翔も翼も互いに対して口調が強いものに変わっている。全身で目の前の相手に強く敵意を放っている。

 

そしてまるで示し合わせたかのように二人は同時に己の敵と認識した者に向かって駆け出した。

 

一瞬で距離を詰め、翔は冥牙を振り抜き、翼も一瞬でその身の姿を変えて手に出現した蒼の剣を強く振るった。

 

 

 

黒の刀と蒼の剣が激しくぶつかり、そして凄まじい音を響かせた。




最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
よろしければご意見、感想をよろしくお願い致します。


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第二話 鍔ぜり合いの縁

激しい剣戟が続いていた。

幾度となく蒼の剣と黒い刀が交差し、時には衝突を繰り返してどのくらい経ったのだろう。

お互いに少なくない傷が目に見えるが決定打は与えられていない。

時間と共に気力が削られていくのを億劫に感じているのか翔の顔には苛立ちが見える。

気持ちを切り替え、蒼の剣が眼前で振るわれるのを紙一重で避けて彼女の剣の持ち手を掴んで動きを止める。

そして冥牙の頭の部分を奴の顔面に叩き付けるが、もう片方の手で掴まれて防がれてお互いが相手の武器を掴み肉薄した状態で強い眼差しを向けながら翼が叫んだ。

 

「その力はいったいなんだ!ノイズを容易く断ち切り我が剣と互角に打ち合うことができるなど!」

 

「容易くじゃねーよ!気力体力どっちも底を尽きかけてるよ!でもそんな俺を押し切れないなんてお前さん意外と大したことないなぁ!」

 

「貴様!」

 

彼の挑発に気を取られるのを確認した後、彼女の手を振りほどいて大きく後ろに下がり息を整える翔。

(悔しいが気力体力が尽きかけているのは本当だ。そろそろ決めにいかないと削り切れられる・・・!)

距離を取った俺とは逆にすぐさまその距離を詰めようとする翼。

(上等だ。きっついの撃ち込んでやる!)

決意と共に集中して彼女の振るう一撃が自分に当たる限界まで目視する。

それを紙一重で回避するのと同時に力を入れて気を体外に強く解き放った。

 

「っ!ああっ!」

 

「吹っ飛べ!」

 

自身の気によって彼女の体勢が崩れた瞬間に渾身の突きを喰らわせることに成功した翔。

翼は大きく吹き飛ばされ後方の工場の壁に衝突し、それだけでは勢いが止まらず壁を突き破り彼の視界から消えていった。

 

「ど、どんなもんだ。人の話を聞こうとしないからこうなるんだよ」

 

『そんな疲労困憊で言われても全然なー。それにイライラしてたのはお前さんもだろう。お互い様じゃないの?』

 

「それはそうだけどさ、何か気に入らなかったんだよ、特に目がさ。」

 

『目?』

 

「力強い目をしてるのは結構な事さ。ノイズを斬って回っていた俺に警戒して敵意を向けるのも理解できる。だけど響の姿を見ていた時の奴は感情が抑えきれていないように感じたんだよ。なんでか理由はわからないけど、八つ当たりみたいなもんされて黙ってられるか。」

 

彼がそう愚痴りながら冥牙を元の状態に戻して辺りを見回すと黒服達が距離を取りながらこちらに銃を構えて隊形をとっているがこちらを警戒してか動いていないのが確認できた。

翼も吹き飛ばしたきりで立ち上がってこない。

 

(奴の体内の経絡に結構な気をぶつけたから暫くは立ち上がってこれないはず。・・・逃げるなら今だな。)

 

決断してすぐに彼は自分と翼の戦いを呆けて見ていた響に声をかけた。

 

「響、今の内にずらかるぞ」

 

「えっ!わ、私はさっきまで自分に起きてた事をちょっと知りたいかなーなんて、あはは・・・」

 

「こんな状況だってのに度胸あるなお前・・・あまり妙な事には首を突っ込まないのが長生きの秘訣だぞ。ヤバいなと思ったら逃げる事だけは忘れるなよ?悪いけど俺は捕まるわけにはいかないんでな!」

 

「あっ!ま、待ってください、まだ話が・・・!」

 

一足で工場の屋根まで飛んで屋根伝いで走る中、彼は背中に響の慌てた様な声と黒服達の騒ぐ雰囲気を感じながらその場を離れた。

 

 

 

それから工場滞を離れて避難用のシェルターまで来た翔はこれからの方針について冥牙と相談していた。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ。さて、これからどうするべきか・・・」

 

『素直にお誘い受けて情報収集っていう手もあったなぁ。ま、終わっちまった後に言ってもなんだけど』

 

「そしたらお前の事とかアレを探してる事を言わなきゃなんないし、何より持ち物検査とかされてみろ。目録の事バレたら絶対にめんどくさいことになるぞ。」

 

『あー、そうだな・・・俺やアレを探してる事は兎も角、目録がバレるのはマズイな。うんマズイ。』

 

冥牙が声を震わせて翔の考えに同意する。

彼も冥牙も自分の素性について明かす事については構わない。

問題は彼の目的と手荷物を明かしたらその場で即時拘束・没収が大いにあり得るということ。

 

(目録の事は知られたくない。知られていないってことがこれを守る有効な方法の一つだしな)

 

「というか置いてきちまったけどやっぱり響が心配だ。自分から話を聞きに行く姿勢だったから手荒なことはされないと信じたいけど・・・」

 

『ノイズを倒せるってだけで有益なんだから大丈夫だろ。ああいう組織ってこの場合だと勧誘とかして迎え入れるように動くだろ。変なことはされないって!』

 

「だといいんだけどな・・・」

 

(響、間違っても私もこれから戦います!・・・なんて言わないでくれよ。お前とやり合うなんて俺は御免だからな。)

 

もしかしたらの場合を考えて複雑な顔をする翔に冥牙が声をかけた。

 

『難しい顔してるとこ悪いけど、シェルターまで戻ってきてこれからはどうするの?』

 

「今のところアレの手がかりがノイズの出現ってことだけだからな。ノイズが出たらその現場に向かうしかないかな、当たりを引くまではさ。」

 

『でもそうするとさっきの青い子にかち合うんじゃないの?』

 

「そうなんだよ、本当面倒くさそうだぞアイツ。さてどうすっかな・・・」

 

先程の事を思い出し心底嫌そうな顔をする翔。

彼が顔を渋面を作りながらシェルターに避難してきた人々の列に加わり思案していると、つい最近見知った顔を二つ見つけた。

 

「あ、お好み焼き屋のおばちゃん。それに・・・確か未来って言ったけか。」

 

「『あ』じゃないよ。あんた、どれだけ心配したと思ってるんだい!ノイズを引き付けるなんて自殺行為もいいとこだよ!」

 

「心配してくれてありがとおばちゃん。でも死ぬつもりはさらさらないよ。やらなきゃいけないことはあるし、何よりおばちゃんに恩を返せていないしね。」

 

「だったら金輪際あんな真似はやめな。ノイズを前にしちゃ命がいくつあっても足りやしないよ。」

 

「気を付けるよ。ところで未来の方はどうした?暗い顔しているけど?」

 

店主と話している傍らで不安そうな顔をしている未来に話を振ると彼女は彼を見て申し訳なさそうに口を開いた。

 

「えっと、確かあなたは前におばちゃんのお店で会った人・・・ですよね?」

 

「ああ、翔。神薙翔だ。それで、どうしたんだ。なんか気にかけてる感じがしたけど。」

 

「実はさっきからシェルターの中を探しているんですけど響が・・・友達が見つからなくて。」

 

「あー・・・そういうことか」

 

(これどうすっかな。お友達は不思議な力が目覚めてノイズと戦えるようになって、対ノイズの組織に同行して行きましたなんて荒唐無稽だし。でも友達は無事だって伝えてやりたいしな。)

 

伝えるべきか否か。迷う彼に未来は胸の内を零すように少しずつ言葉を吐き出した。

 

「響は今日ツヴァイウィングのCDを買いに行くって言っていて!だからシェルターにいないんだったら家に帰る前にノイズに襲われたのかもしれないって、そう考えたら私・・・!」

 

「心配なのは分かるがまずは落ち着け。別のシェルターにいるっていう可能性だってまだあるんだ。今は自分の身の安全を・・・」

 

彼が言いかけたその時だった。シェルター内に大きく警報が鳴りだし、避難してきた人々から小さくない悲鳴が上がった。

 

「外でまたノイズが現れたっていうのかい。ここ最近なんかおかしくないかい!」

 

「・・・おばちゃん。彼女を頼む。誰かが傍にいた方が少しは落ち着くと思うから。」

 

「頼むってあんた・・まさか外に出るつもりじゃないだろうね!」

 

「ごめんなさい、そのまさかです。命の危険があるのはわかってる。だけどどうしてもやらなきゃいけないことが俺にはあるからさ!」

 

そう言い切って人の波をかき分けてシェルターの出口まで走っていく翔。

後ろから呼び止める店主の声と静止するよう止めに入った警備員の声を背に彼は再び異形の存在が闊歩する街の中に飛び出して行った。

 

 

 

「さて響君、一通り説明が終わったので君に聞いておきたいことがあるんだが」

 

「は、はい!なんでしょうか。」

 

あれから二課の本部に連れてこられた響はここで二課という組織の事、翼がノイズと戦っていた理由。

そして彼女がなぜ変身してノイズと戦えたのかを説明された。

響があの姿に変わった理由。それは彼女の体の中にある聖遺物ガングニールの破片が原因だった。

2年前のツヴァイウィングのライブの際、奏という翼の相棒ともいえる彼女が響を守った時にガングニールの破片が体の奥深くに食い込んだ。

その偶然の結果、響はシンフォギアというノイズに立ち向かうことのできる力を身に纏うことができた。

そう二課で研究者を務めている櫻井了子から簡単に説明を受けて自身の事について一応の疑問が解けた響だったが神妙な顔で自分に質問してきた男性、二課の指令である風鳴弦十郎に質問があると言われて思わず身構えた。

 

「君の傍にいた少年。彼について教えてもらいたいんだが・・・」

 

「えっと、私も詳しく知っているわけではないんです。あの人は翔といって昨日お昼を食べたときに偶然知り合ったんです。笛の演奏や腹話術で旅費を稼いで旅をしているとは言ってましたけど、それ以外の事については・・・すいません、わかりません。」

 

「そうか・・・翼と渡り合うほどの剣術に加えてあの姿、シンフォギアと同じくノイズに対抗できる術を持っている彼にもこちらの話を聞いてほしかった。あの力の出自について説明してほしかったんだがな・・・」

 

悔しそうに歯噛みする彼に了子は少し不機嫌な様子で口を出した。

 

「私の手がけたシンフォギアシステム以外でノイズと対抗できるなんて正直信じられないというのが本音ね。研究者としては彼の使っていたあの笛に興味があるけれど。十中八九、あの笛も聖遺物でしょうね。本人は腹話術と言っていたそうだけど恐らくあれは意志があって人語を解す聖遺物。もし確保できれば彼ともども良い研究対象になりそうなものなんだけど」

 

「了子くん」

 

「はい、ごめんなさいね。でも注意は向けるべきと私は思うわよ。だって多少強引だったけど翼ちゃんの提案を蹴ってあの場を立ち去ったんだから。何かこちらに勘繰られたくないことがあるって言ってるようなものじゃない」

 

「そうだな。その辺りの彼が抱える事情も知った上で協力し合えないものか・・・」

 

そう思案する彼に強く異を唱えたのは先程まで沈黙を貫いていた翼だった。

 

「その必要はありません。一度こちらの勧告を蹴ったのですから次に邂逅したら勧告無しで戦闘に入ります。個人でシンフォギア相当の力を保持しているなんて危険が過ぎる。協力者というよりノイズ同等の脅威と考えるのが妥当です」

 

「ノイズと同じって・・・翼さん、それは言いすぎです!初めて会った時の印象から彼が悪い人のようには思えないんです。何より彼は私を助けに来てくれました!」

 

そう力説する響に不快感を隠さず翼は呆れ、そして忌々し気に口を開いた。

 

「あなたがどう思ってるなんて関係ない。聖遺物という大きな力を個人が所持していることの意味。それをまるで理解していないあなたに何も言う資格はない。・・・何より私はあなたを認めていない」

 

「み、認めていないって・・・」

 

「言葉通りの意味よ」

 

翼の出す雰囲気に怖気づく響。

なんとか場を和ませようと弦十郎が口を開きかけた時、施設内に警報が鳴った。

 

「ノイズの出現を確認!」

 

「本件を二課が預かることを一課に通達!」

 

「出現位置特定、座標位置でます。・・・っリディアンより距離200!」

 

「近い・・・!」

 

「迎え撃ちます」

 

そう言って駆け出す翼。翼を見て驚くも直ぐに何かを決意したかのような響が後に続こうとしたが、そんな彼女を弦十郎が呼び止めた。

 

「待つんだ!君はまだ・・・」

 

「私の力が誰かの助けになるんですよね!シンフォギアの力でないとノイズと戦うことはできないんですよね!」

 

(今の自分が置かれている状況に不安を感じていないと言えば嘘になる)

 

(自分に何ができるかはっきりとは分からない)

 

(だけど立ち向かうことができる術を私が持っているのなら!)

 

「だから、行きます!」

 

そう強く言い放って響は先に出た翼の後を追った。

 

「あの子、良い子ですね」

響の言葉に耳を傾けていたオペレーターの一人が言った。

しかしそれを聞いて目の前で響の言葉を聞いていた弦十郎は果たしてそうなのだろうかと前置きして続けた。

翼の様に幼いころから戦士として鍛錬を積んできたわけではない。

ついこないだまで日常に身を置いていた少女が、誰かの助けになるというだけで命を懸けた戦いに赴けるというのは、それは歪なことではないだろうかと。

 

「つまりあの子もまた私たちと同じ・・・こっち側ということね」

 

何とも言えない沈黙に指令室が包まれるとオペレーターが再び声を上げた。

 

「ノイズの反応が消えていっています!」

 

「翼達か!?」

 

「いえ、彼女たちはまだ現着していません!」

 

「ということは・・・!」

 

「彼、かしらね」

 

了子は小さく口元を綻ばせながらそう呟いた。

 

 

 

「ノイズってのは本当に気持ち悪いな!もうちょっとしっかりとした形をしてくれよ!」

 

自分に向かってくるノイズを愚痴を吐きながら切り伏せていく翔。

冥牙の感を頼りにノイズの出現場所に来てみたはいいが目的の物もそれを持った人物もなく無駄足となってしまった。

ノイズは時間が経てば自ら崩れ落ちるがここからシェルターは意外と近い。

無視するという選択は彼にはできなかった。

 

「たっく、こいつらと構ってる内にさっきの青い奴が来たらどうすんだ!」

 

『なら早く片付けてずらかろうぜぇ!・・・と言いたかったけどちょっち遅かったみたい』

 

「は?それどういう・・・」

 

最後の1体を切り伏せた彼が冥牙の言葉に首を傾げると同時に上からそれは降ってきた。

 

「覚悟!」

 

「言わんこっちゃねぇな、オイ!」

 

避ける間もないと判断して降り下ろされる蒼の剣に迎撃を選ぶ。

前回と同じく鍔迫り合いの形になりながらも翼から向けられる殺気は以前の比ではないことを感じ取った翔は口元を歪めてわざとらしく翼を挑発した。

 

「オイオイどうした。えらく力入ってるじゃねぇか!そんなに負けたことが悔しいか、それとも嫌なことでもあったのかよ!」

 

「黙れ!出現したノイズを全て倒したのは貴様だな!?」

 

「ああそうだよ!誰かさんが来るのが遅いから俺が倒してやったよ!」

 

「シンフォギアでもなくノイズを倒すことのできる力・・・!やはり危険すぎる。貴様は私が切り伏せて二課まで連行する!」

 

「一々言う事がおっかないんだよ、辻斬りかお前は!」

 

舌戦をしながらも互いに剣を振るう腕に乱れは無い。

二人が剣を激しく交えるのを遅れてきた響がその光景を目にして慌てて声を上げた。

 

「翼さん、落ち着いてください!翔さんも話を聞いてください!」

 

「あなたは黙ってなさい!」

 

「コイツのせいで話聞けるような状態じゃねぇのは見りゃわかるだろ!」

 

「えぇ・・・」

 

響の戦いを止めるよう懇願する声も今の二人には届かない。

互いに目の前の敵をどうするかに集中していて彼女は完全に蚊帳の外になってしまっていた。

 

(ど、どうしよう。私じゃあの二人の戦いは止められない。とてもあの二人の戦いに割って入るのなんて無理だよ。でも私がなんとかしないと・・・!)

 

勇気を出して二人の剣劇の間に響が入り込もうとした瞬間だった。

凄まじい轟音共に一人の男が翔と翼の間に入り、二人の獲物を掴んで止めていた。

 

「・・・マジ、素手かよ!?」

 

『え、ドン引きなんですけど!』

 

「指令、なぜ止めるんですか!」

 

若干恐れ慄いている翔と冥牙とは別に翼は憤りを隠せずといった具合だった。

 

「人の言葉に耳を傾けようとせず、すぐ手を出す馬鹿共を止めなきゃいかんからだ!」

 

そう吠えて構えを取る弦十郎。そして翔の方を向いて高々と叫んだ。

 

「一人の大人としてな!」

 

服装は大して珍しくもない赤のスーツ。

だが立つ姿は正しく猛々しい戦士としての風格を醸し出している。

只者ではないと判断した翔が身構えると同時に弦十郎の拳が眼前に迫っていた。

 

「まずは君から拳で語ろう!」

 

「は?」

 

『やべっ!』

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

あまりの速さに反応が遅れ、覇気を感じさせる声と同時に突き出された拳を顔面にもろに食らい翔は大きく吹き飛んだ。

 

 

 

 




遅筆で申し訳ありません。小説を書くのって本当に難しいですね・・・。
長い目で見て頂けたら幸いです。


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第三話 選んだ道

相変わらずの遅筆で申し訳ありません!
今回は会話文を多めにすることを意識してみました。

一応ですがアニメ1期と同じく全13話を予定としております。
それでは今回もよろしくお願い致します。



その出会いがなければきっと俺は心が折れて全てを投げ出していた。

絶え間なく自分に降りかかってくる悪意の数々。

そして自分が原因で傷付き悲しむ人。

 

なぜ自分がと何度も思った。

呪うこともあった。

投げ出したかった。

どこか遠くへ逃げたかった。

それでもと言い続けて歩み進んできた。

だけど心がもう駄目だった。

 

諦めよう。

そうやって託されたものを。

背負ったものを投げ捨てようとした時だった。

 

 

"彼"に出会ったのは。

 

 

 

”それで、お前さんは諦めるのか?”

 

「・・・情けない、ですか?」

 

”いいや、そんなこと言わねぇし言えねぇよ。同じ様なモン抱えてる奴にはな。”

 

「だったら・・・!」

 

”だがお前は一度は背負うと決めたんだろう。どんだけ愚痴を垂れようがここまで歩いてきたんだろう。”

 

「それは・・・」

 

”大きな力には大きな責任が伴う。使う使わずに限らずに持ってるだけでも必ず。わかってるはずだ。”

 

「・・・わかってます」

 

”その力の意味やそれに込められた願い、祈り。知っている奴がどうにかしないと駄目ってことも。”

 

「・・・わかってますよ」

 

”何より、それに自分以外の、周りの大切なものを乗せちまった以上、お前は・・・”

 

「わかってますよ!そんなこと!だからだ!」

 

思わず語気が荒くなる。

 

彼だけじゃない。

自分の周りの人々の優しさに。

掛けてくれる気遣いに。

紡がれた言葉に。

そんな人の良心さえも素直に受け取れない自分が次第に嫌いになった。

自分のせいで不幸が降りかかる周りを見るのがもう嫌だった。

 

 

 

「あなたはどうなんですか。逃げ出したいと投げ出したいとも思ったことはないと?」

 

口から出たのは何とも意地が悪い質問。本当に自分が嫌になってくる。

自己嫌悪に陥っている俺を見て彼は苦笑しながら口を開いた。

 

”あるに決まってんだろ、そんなこと。”

 

「じゃあ、なんで!?」

 

”お前と同じだよ。”

 

「同じ?」

 

”俺も自分以外の大切なモンを沢山乗せちまった。”

 

「っ!」

 

”だからって訳でもないが・・・まぁ色々と理由はある。だけど一番はあれだな。”

 

「なんですか?」

 

”遠い過去で誰かが真剣に悩み、精一杯に手を尽くした結果の事だと俺は知った。”

 

「・・・」

 

”だからこれは世界を救ってくれた奴への恩返しだ・・・って俺はそう励む様にした。”

 

「・・・強いですね、あなたは。」

 

 

なぜだろうか。

彼と言葉を交わしていると、内に抱えていた嫌な重さが少し軽くなった。

 

俺はこの人に勇気づけられたのだろうか?

 

・・・今なら素直に他人に感謝の意を伝えられそうな気がする。

 

「・・・ありがとうございます。少しですが気が楽になりました。」

 

”そいつは重畳。それとな、気が少し楽になったっていうのは俺もなんだぞ?”

 

「それってどういう・・・?」

 

”自分と同じ様に大きなモン背負って踏ん張って前に進もうとしてる奴がいる。”

 

”たとえ流れる時間が、住む世界が違っていても同じ志を持って戦ってる奴がいる。”

 

”それを知れただけでどれだけ勇気付けられたか。”

 

”・・・俺の方こそ、ありがとな。”

 

「礼なんて!俺はっ・・・」

 

”だから投げ出さないでほしいってのが俺の本音だ。どうかこの出会いをお前さんが踏ん張る理由の一つにしちゃくれないか?”

 

「・・・わかりました。まだ迷いがあるというのが俺の本音です。だけど、もうひと踏ん張りしてみます。」

 

”互いにな。”

 

「はい、お互いに。」

 

 

そう言って笑い合うとお互いの体が揺らめき始めその輪郭がぼやけていく。

時間と世界を超越した不思議な空間での奇跡とも呼べる邂逅。

それが終わろうとしていた。

 

「っと、もう時間みたいですね。」

 

”そうみたいだな。”

 

「ほんの短い間でしたけど、あなたに会えて良かった。」

 

”俺もだよ。もし次があるってんなら互いに背負ってるものを降ろして軽くなった身で会いたいもんだ。”

 

「ははっ、全くです。」

 

 

自分の存在が在るべき場所に戻され始め、視界が目まぐるしく変わっていく中で俺達は笑っていた。

互いに自分が背負う物の重さを改めて知って尚、笑っていた。

 

これからも自分達は多くの悲しみや苦しみを経験するだろう。

 

だけど。

 

それでも。

 

前を向いて進むと。

 

自分達は必ずやり遂げると。

 

俺達はハッキリとした言葉には出さずとも誓い合った。

 

"それじゃ縁があれば、またな。"

 

「はい、縁があれば、また。」

 

 

 

 

 

 

『・・・い!・・・おい!起きろ、翔!』

 

「めい・・・が・・・?」

 

頭が重い。

脳が揺れているような気がして気持ち悪い。

そして頬から感じる鈍い痛み。

そうしてようやく自分は殴られたのだと気づくことができた。

 

『呆けるな、次来るぞ!・・・右だっ!』

 

「少しは・・・休ませてくれよっ!」

 

冥牙の声を頼りに思うように動かない体に力を入れて横っ飛びで突き出された拳を回避する。

瞬間、自分のすぐ横で拳が風を切る音がしてゾッとする。

 

(なんなんだこの人!人間様が出していい威力じゃねぇぞこの拳!)

 

「ほう!結構イイのが入ったと思ったがまだ立てるか、よく鍛えているな!」

 

「そいつはどうも。一瞬意識飛んでたよチクショウ!」

 

愚痴を吐きながらも刀を振るう力、速さに抜かりはない。

抜かりはないのだがそれでも目の前の男から繰り出される拳の嵐にじりじりと押されていく。

 

『痛い、痛い!このおじさんヤバいって!俺壊されちゃう!』

 

「我慢してくれ!」

 

仕切り直すため数度の打ち合いの後、大きく後退して深く息を吸う。

とてもじゃないがまともに戦っていられないし馬鹿らしい。

目的の物も見当たらない以上逃げるのが得策だと判断した。

 

「あんたみたいな化け物相手にしてられないからな。ここらでお暇させてもらうぜ?」

 

『ばいばーい!』

 

両足に気を集中させて大きく後退、この場を離れようとするが。

 

「つれないな!男同士もうすこし語り合おうじゃないか!」

 

大きく跳躍し普通は人が届かない高さまで飛んでいるはずなのにその男は当たり前の様に自分も跳躍して凄い勢いで迫ってきた。

 

「アンタ本当になんなんだ!そこまでいったらもう人間業じゃないだろ!」

 

「そんなことはない!飯食って映画見て寝る!男はそうすれば誰だってこうなるさ!」

 

『「んなワケあるか!」』

 

今度は空中で再び打ち合う刀と拳。

同時に着地して距離を取った後、斬撃を眼前の敵ーーーではなく、その周辺にやたらめったらに飛ばす。

狙いは攻撃ではなく、単なる目くらましだ。

 

「うおっ!」

 

とっさに体の前で腕を交差して防御の姿勢を取る相手を確認して再び逃げの姿勢を取る。

ちょうど辺りに自分が破壊した物で砂塵が舞い相手の視界を遮っている。

 

「待ってくれ!君には聞きたいことが!」

 

思わずといった風に叫ぶ声が背後から聞こえるが、当然それを無視して俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「なんだい、でっかい痣なんか作っちゃって。喧嘩でもしたのかい?」

 

「あんな一方的なの喧嘩だなんて言えませんよ!・・・イテテ」

 

あれから数日、あの場から何とか逃げ出した後、俺は当面の方針を考えていた。

響やあの青い奴はともかく、あの男と再び会うようなことになればいよいよ俺も"覚悟"しなければならない。

 

(ノイズの出現場所にはアレを持った奴がいつか必ず現れるはず。当たりを引くまで踏ん張るのは最初から決まってるんだ。泣き言は言ってられない。)

 

そう考えてお好み焼きを一切れ、大きく口を開けて豪快に食べる。

・・・ソースが殴られた頬に染みて痛い。

 

「そんなしかめっ面して食べられてもねぇ・・・」

 

「ご、ごめんなさい。ソースがケガしたとこに染みちゃって・・」

 

「あんまり無理して食べるんじゃないよ。」

 

「いえ、沢山食べて沢山寝る。ケガしたときはこれが一番ですから。」

 

何にせよ、ここ最近は動きすぎた。

響やあの青い奴がアレをプロテクターのような形にして纏っているのに対して、こちらはほぼ生身だ。

一撃でも喰らったらそれが致命傷になりかねない。だからこそしっかりとした休息が自分には必要だ。

だが、いつもより心なしか回復が遅い。予想以上にあの男の拳が響いている。

 

(あのおっさん、俺に何か聞きたそうだった。大方ノイズと戦える理由が知りたいって事か。あのおっさんや青い奴、なんかめんどくさい組織に目を付けられちゃったな。)

 

自分のやろうとしていることを考えると今の状況は芳しくない。

これからの方針に悩みながらお好み焼きを口に運んでいると、店の扉が開かれた。

 

「いらっしゃい!・・・おや、今日も一人かい?」

 

「あ、はい・・・。すいません今日のおすすめ一つお願いします」

 

店に入ってきたのは見知った顔。

以前ジェルターで偶然再会し、友人の心配をしていた少女。未来だった。

 

「よう、また会ったな。」

 

「あ、神薙さん。無事だったんですね!・・・どうしたんですかその痣?」

 

「いろいろあってな。ところで響は無事だったのか?」

 

シェルターで彼女たちと別れた後、自分は響と会っていたがまさか自分も響もノイズと戦っていましたなんて言えるはずもなく会っていない体で会話を進めることにした。

 

(響も自分がノイズと戦っているなんて未来に打ち明けてるなんてことはないだろうしな。)

 

そう思案しながら未来に響の事を尋ねる翔に彼女は少しずつ口を開いた。

 

「はい。あの後、無事に会うことができました。でも、その、えっと・・・」

 

「どうした、なんか歯切れが悪いな。まさか怪我でもしてたのかアイツ?」

 

「いえ!そういうのではないんです。でも・・・最近の響、何か変で・・・」

 

「変って何が?」

 

「急に用事が入ったからと言っていなくなることが頻繁にあって。それに最近どこか疲れ気味で何か考え込んでる様なんです。」

 

「あー・・・」

 

(多分というか絶対あのノイズと戦っている組織がらみの事だよな。その点で響の奴も思い悩んでるとこがあるってことか・・・。そもそもアイツはなぜ戦うという選択をできたんだ?)

 

今にして思えば解せないことではある。

いくらノイズという脅威に立ち向かえる力を得たとして、自身の命を懸けて戦うことをそう簡単に決めれるものであろうか。

彼女の性格からしてみんなの為に頑張るとでも言いそうだが、だとしてもそれだけで普通の生活を送っていた奴が命を懸けて戦うことができるというのはあまりに歪だ。

 

「響に何かあったの?って聞いても答えてくれないんです。私は大丈夫とか気にしないでの一点張りで・・・実は今晩、響と一緒に流れ星を見るって約束してたんです。」

 

顔を俯かせ未来が囁くように呟く。

 

「でもさっき急な用事が入ったから一緒にみれそうにないって響から連絡があって・・・一緒に流れ星を見ることができなくなったのは残念ですけど、それよりも今の響が抱えているものが何なのか、私は知りたいんです。そして力になってあげたい。でも響は何も答えてくれない・・・」

 

「・・・」

 

「私じゃ響の力になれない・・・」

 

「それは違う。」

 

未来の言葉を黙って聞いていたが沈黙を破りはっきりと否定の言葉を俺は吐き出した。

俯かせていた顔を上げてこちらを見た彼女の目をしっかりと見返して続けた。

 

「自分の事を気にかけてくれる奴が傍にいて何も感じない奴なんていない。たとえどんな事情を抱えていたとしてもだ。本人が言葉にせずともお前という存在は間違いなく響の支えになっているはずだ。」

 

「でもっ!」

 

「確かに抱えているものを打ち明けてもらえないってのは苦しいものがあるだろうよ、俺にも覚えがある。だけどな、苦しい思いをしている奴や悩んでいる奴にとっては帰る場所がある、帰りを待ってくれている人がいるっていう事ほど嬉しいことはないんだよ。」

 

「神薙さん・・・」

 

「響の帰る場所はお前の所なんだろう?いつか話してくれるまで響を信じて待ってやればいい。お前は間違いなく響の力に、支えになれてるさ。そう気を落とすなよ。」

 

「本当にそうかな・・・」

 

「疑り深いな。この俺が言うんだから間違いないぞ。」

 

「その自信はどこからくるんですか!全くもう・・・」

 

明るく自信満々に信じろと言う翔に呆れたように言葉を返す未来。

だがその表情は店に入ってきた時と違い笑顔になっていた。

 

「あんた、落ち込んでる女の子にそんな気遣いできる子だったんだね。それともこの子に惚れたのかい?」

 

「俺は可能であれば誰にでも優しくしますよ。そういったものは巡り巡って自分の元に還ってくるものだと信じてますから。後惚れたってのはないですね。未来は確かに良い女の子かもしれませんけど、なんかちょっと重い気がしますし、俺のタイプではないというか・・・」

 

「あんたねぇ・・・せっかく良いこと言ってたのに台無しだよ。」

 

「神薙さん。重いってなんですか、その点詳しく伺っても?」

 

おばちゃんの呆れた言葉と幾段かトーンが低くなり恐怖を感じる未来の言葉が俺を刺す。

 

「いや、その。言葉の綾というか・・・というか未来、顔も声も怖いぞ。ほら、笑顔笑顔。」

 

「・・・神薙さんってデリカシーなさそうですし、女心分かろうとしないだろうし、異性にモテなさそうですよね。」

 

「んぐっ!そ、そんなことはないぞ、多分。いや絶対・・・うん、ないよな?」

 

「なんで疑問形なんですか・・・」

 

未来の手痛い反撃に翔が呻く。そんな俺に未来は今度は笑顔で力強く告げた。

 

「でもちょっと元気が出ました。神薙さん、ありがとうございます。私、響が話してくれるまで待ってみようと思います。もし大変な事だったらなんで教えてくれなかったのって怒っちゃうかもしれませんけど!」

 

「お、怒るのは勘弁してやってくれないか、うん・・・」

 

(未来って怒らせたらヤバいタイプだろうな。それもとびっきりの。)

 

未来の発言に若干空恐ろしいものを感じながら、いくつか小銭を取り出してカウンターに置き俺は席を立った。

 

「おばちゃん、今日もごちそうさまでした。未来もあんま考え込んで落ち込んだりしないで、響の事信じて待ってやれよ。」

 

「はい、お粗末様でした。喧嘩とか危ないことは程々にね。まぁもう遅いかもしんないけどさ。」

 

「今日は話を聞いてくれてありがとうございました。ところで気になってたんですけど知り合って間もない女の子を名前呼びするのはちょっと。そういう所から直していかないと駄目だと思いますよ?」

 

「あ、はい。ごめんなさい。以後気を付けます・・・」

 

二つの忠告を受けて店の外に出てこれからの方針を考える前に自分が今、最も気になっている事を相棒に尋ねることにした。

 

「なぁ冥牙」

 

『ん、どったの』

 

「俺って女の子受け悪いの?」

 

『そういう質問してる時点で自覚あるんじゃないの?』

 

「そっかー。・・・はぁ。」

 

大層な物を背負っていても俺も男だ。そういったものはやはり気になるのだ。

 

 

 

 

 

「・・・って、さっき話したばかりだったんだがな。というわけで正直に話すのは難しいと思うけど未来も・・・じゃなくて小日向も心配してたぞ。本当に自分が戦う必要があるのかどうかもう一度考えても良いんじゃないのか、響・・じゃなくて立花。」

 

「未来がそんなことを・・・教えてくれてありがとうございます、翔さん。ところでなんで急に苗字で呼ぶようになったんですか?」

 

「・・お前の親友に女の子への対応についてありがたいお言葉を頂いたからだ。」

 

「あははは・・・」

 

店を出てすぐにノイズの出現場所に向かった俺だが、そこで見たのは大量のノイズ相手に鬼気迫る様な表情で拳を振るい続ける響の姿だった。

目当ての人物の姿も物もなかったのでその場から離れようとしたが響の姿に見かねるものがあったので、つい乱入してしまって今に至る。

そしてつい先ほど小日向との会話で疑問に思ったことを尋ねることにした。

 

「なぁ立花。お前は何を抱えていて、なんで戦う事を決めたんだ。本当にこんなことしなきゃいけないのか。」

 

「私は・・・私だって・・・」

 

「さっきまでお前の戦いぶりを見してもらっていたけどあんな戦い方続けてみろ。いつか必ず自分の力で自分の身を滅ぼすぞ。」

 

「・・・ごめんなさい。それでも私はっ・・!」

 

地下鉄の駅のホームで大量のノイズを相手に背中合わせで戦いながら問い掛ける俺に何か思いつめたかのような反応をする響。

これ以上の追及は追い詰めることと変わらないと判断して話題を変えることにした。

 

「ところで今日は小日向と流れ星を見る約束してたんだって?」

 

「あ、はい。でもノイズの出現が確認されてそれで・・・」

 

「それってまだ間に合いそうなのか?」

 

「えっと・・・もしかしたら多分ですけど、すいません。ちょっとわからないかもです。」

 

「んじゃ、急いで終わらせたらもしかしたらがあるかもな。」

 

「えっと、翔さん?」

 

「特別だぞ、立花。よく見とけよ!」

 

そういって刀の状態の冥牙を笛に戻す。そして手先で器用に笛を回しながら叫ぶ。

 

「相手が多いし、久しぶりにアレでいくぞ冥牙!」

 

「おうよ!冥牙、解放!」

 

笛が光に包まれてその姿を大きく変えていく。笛から刀への変化とはまるで違う。劇的とも言って良い変化だった。光が収まり俺の元に現れたのは美しく荘厳な黒の琵琶だ。

 

「えぇーーー!!!刀が笛になって笛がギターになっちゃった!」

 

「これはギターじゃなくて琵琶って言うんだよ。んでこっからが見物だ、驚くなよ!」

 

そう言って力強く琵琶をかき鳴らす。すると先程まで俺達を囲んでいたノイズが次々と消滅する。

 

「オラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

一心不乱に指を動かし琵琶をかき鳴らす。その琵琶から音が奏でれる度にノイズの数が目に見えて減っていく。

 

「い、いったい何がおきてるんですか、これ!私、全然わからない!」

 

「仕組みは簡単だ。音を出しそれを音圧の刃としてやたらめったに飛ばしてる。そんだけだぁ!」

 

『やっぱりこの姿の方がしっくりくるぜぇ!笛とか刀とか小さい姿になるのは疲れるし窮屈なんだよ!』

 

驚く響を傍目に志気が高揚していく俺と冥牙。やがて乱雑に出されていく音が整い始め一つの曲に聞こえるかどうかとなった時に手が止まっていた響に俺は叫んだ。

 

「立花!呆けてないで早くそっちも手を動かせよ!」

 

俺の言葉に驚いた響の答えを待たず、さらに続けた。

 

「約束したんだろ。ならさっさと終わらせて帰るぞ!」

 

「翔さん・・・ありがとうございます!私、必ず未来と流れ星見ます!」

 

「その意気だ。んじゃ派手にやるかぁ!」

 

『俺も久しぶりに羽を伸ばせて気分が良いぜぇ!ここんところずっと我慢してたからな。今日は大盤振る舞いだ!』

 

 

俺達がより一層派手に音を奏でる傍ら、目に精彩が戻った響が力強く歌い出すとまるで共鳴するかのように体の奥底から力が出てくるのを感じる。

そのままノイズ達に叩き付けるかの如く音の刃を飛ばすと先程よりも明らかに威力が違う。

 

 

「すっげぇ、なんだこれ!」

 

『なんかすっごい幸せ感じるんですけど!』

 

「歌に込められたものが私たちに力を与えてくれてる・・・!」

 

全員胸の内から湧き上がるものに高揚感を隠せない。

ノイズ達が数に任せて襲い掛かってくるがまるで恐怖を感じない。

当初に比べて凄まじい速度でノイズを蹴散らしていくと、ほどなくしてノイズの姿は見えなくなった。

 

「お、終わったの?」

 

「みたいだな。ほら、やることやったし帰るぞ。俺は疲れた。」

 

『ひっさしぶりにかき鳴らされて俺は嬉しかった!』

 

「翔さん。今日は本当にありがとうございました!ところで腹話術っていうのは嘘だったんですね。その笛、冥牙って呼んでいましたけど・・・それも聖遺物なんですか?」

 

「聖遺物?あー・・・そうかそういう呼び方か。ま、呼び方はどうでも良いか。」

 

「呼び方?」

 

「いや、こっちの話。気にしなくていいぞ。」

 

「あっ、はい。」

 

「冥牙はそんな大層な物じゃねぇぞ。いろんな形に代わる楽器、そんだけだ。」

 

『酷い!大切な相棒にそれはないんじゃないの?』

 

「とまぁこんな感じで俺の旅のやかましい相棒だ。お前たちの組織が欲しがるような物じゃないさ。」

 

地上までの階段を昇りながら軽口を交えて冥牙の説明をする。道中、俺と冥牙の掛け合いに目を丸くする響は結構見物だった。

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

『お?』

 

地上まで戻ってきた俺達の遥か頭上で青い光が強く輝くと、そのままその光は俺達のすぐ近くに降り立った。そこにはここ最近自分に突っかかってくる頑固者の姿があった。

 

「翼さん・・・」

 

「・・・」

 

奴が響の方に目を向けたのは一瞬。

すぐに俺の方を見据え武器を構えた。

今にも斬りかかってきそうな雰囲気に呆れて声を出す。

 

「お前さ、本当いい加減にしてくれよ。こっちにはやらなきゃいけないことがあるんだよ。お前らとドンパチなんか時間と体力の無駄なんだ。」

 

「貴様はなぜノイズの出現場所に現れる、何が目的だ?」

 

「オイ無視かよ。俺、お前ほんっと嫌い。・・・はぁ、探し物だよ探し物。いちいち目くじら立てんな。」

 

「何を探している?」

 

「・・・それはーーー」

 

 

 

「へぇ、なんか面白そうなこと話してんじゃん。混ぜてくれよ。」

 

「「「!?」」」

 

暗闇から第三者の声がした途端、全員に緊張が走る。声からすると響達とそう変わらない少女と判別はできる。だがその姿と雰囲気はあまりにも異質だった。

その乱入者はどこか禍々しさを感じられる鎧のような物をその身に纏っていた。

 

「ネフシュタンの・・・鎧!」

 

「つ、翼さん・・・?」

 

「あれが、ネフシュタンの鎧。なら・・・だったら・・・!」

 

目を大きく開き驚愕する青い奴の動揺を感じ取ったのか気遣うような声を出す響。

だが、驚いているのは俺も同じだった。

 

 

 

こいつはネフシュタンの鎧を持っている。

そしてさっきまでこの場にはノイズが出現していた。

 

つまり、もしかしたら、まさか、こいつはーーーー!

 

必死に自制しようとするが頭の中でもしの可能性が浮かぶ。

違うかもしれない。自分の都合の良い方向に考えすぎなだけかもしれない。

 

だけど。

 

(アレを持っているのはコイツかもしれない・・・!)

 

 

 

そして青い奴と俺の動揺を感じ取ったのだろうか。

 

鎧を纏った少女は小さく、そして妖しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。
是非感想の程をよろしくお願いします!


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第四話 孤独という名の鎧

前回から時間が空いてしまい申し訳ありません!
書いては消してを繰り返していたらこうなってしまいました・・・。


突如現れた鎧を纏う謎の少女。彼女の出現によって場の雰囲気は一変した。

先程までいた3人はそれぞれ別の表情を浮かべている。

翼は驚愕、響は困惑

そして、翔はーーー。

 

(もしかして、コイツは・・・!)

 

自分が探し求めている物ーーーその在処を知っているかもしれない。

もしかしたら今持っている可能性だってあるーーー。

そんな長年の悲願の達成を前にするかのような強い表情を浮かべていた。

 

彼が謎の少女に対して口を開こうとしたその時、先に少女が翼に対して口火を切った。

 

「へぇ・・・ってことはアンタ、この鎧の出自を知ってんだ?」

 

「2年前、私の不始末で奪われた物を忘れるものか・・・!」

 

少女の言葉に対して胸の内から強い後悔を吐き出すかのように翼は言った。

 

「何より私の不手際で奪われた命を忘れるものか!」

 

目の前の"敵"に剣を構える翼。そんな翼を見て先程まで困惑し動けずにいた響が慌てて止めに入った。

 

「やめてください、翼さん!相手は人です、同じ人間です!」

 

「「戦場で何を馬鹿な事を!」」

 

響の言葉に一字一句違えずに返す相対する二人。互いに相手と同じ言葉を発したのに驚いたのか目を合わせた後、両社とも挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「むしろあなたと気が合いそうね」

 

「だったら仲良くじゃれ合うかい!」

 

言葉を言い終わると同時に少女が纏っている鎧から延びる紫の鞭のような物が振るわれる。

それを見て翼は自身に抱き着いていた響を突き飛ばし大きく飛んだ。そして空中で大きく剣を振りかぶり、地上にいる少女に対して蒼の斬撃を放った。

しかしその一撃は少女が鞭を一振りするだけで目標に届くことなく霧散した。

自分の技が簡単に対処されたことに驚く翼と、その反応を見て笑みを浮かべる少女。

地面に着地した翼は彼女との距離を詰め、接近戦に切り替えるが繰り出す攻撃の全てが余裕を持って処理されてしまう。そして数度の打ち合いをの末、翼は腹部を蹴られ大きく後方に飛ばされた。

 

「ネフシュタンの力なんて思わないでくれよなぁ!私のテッペンはまだまこんなモンじゃねぇぞ!」

 

翼に対して連続で息つく暇もなく攻撃を行う少女。それに対して大きく動くことで回避する翼。

そんな回避することに全力で攻めに転じれない翼を見てたまらず響が叫んだ。

 

「翼さん!」

 

「お呼びではないんだよ。コイツらでも相手してな!」

 

そう言って腰に据えていた杖を響に向けるとその杖から光が放たれた。

光が響の近くの地面に着弾するとそこにはノイズが出現していた。

 

「ノイズが操られている・・・!」

 

突然のノイズの出現に驚く響。慌ててノイズから距離を取ろうとするが、次の瞬間にはノイズから噴出された粘液のようなもので全身を拘束されてしまい、一切の身動きが取れない状態になってしまった。

 

「そんな!」

 

それを隙と判断したのか翼が少女に対して切り込むが先程と同じく余裕を持って防がれる。

 

「その子にかまけて私を忘れたか!」

 

「全くだな!」

 

翼が駆け出すのと同時に翔もまた少女に向かって駆け出していた。奇しくも同じタイミングで攻撃を繰り出していた翔と翼。そして翼の剣は防がれて、翔の刃は少女に届くかと思われた。

しかし少女の纏う鎧に傷一つ付けることはなく、驚き目を見開く翔。

偶然の連携を見た少女は翼の足を掴み振り回して翔を巻き込み、二人を投げ飛ばした。

 

「お高くとまるな!それとお邪魔虫はどっか行ってろ!」

 

言葉と同時に投げ飛ばした翼の着地位置に高速で移動して彼女の頭を踏みつけ地面に縫いつける少女。

 

「のぼせ上るな人気者!誰も彼もが構ってくれるなどと思うんじゃねぇ!」

 

勝ち誇る少女と悔しそうに歯噛みする翼。

そこに体勢を立て直した翔が切り込んできて、少女の鞭と鍔ぜり合いの状態になる。

 

「お邪魔虫なんて寂しい事言わないでくれよ。こっちはお前に用があるんだからなぁ・・・!」

 

「へぇ!こっちはお前に用なんてこれっぽっちもないんだけど?いいぜ、聞くだけ聞いてやるよ!」

 

「お前の持っている杖は・・・!さっきノイズを出現させた杖はソロモンの杖だな!」

 

「お前!なんで"コレ"を知っている!」

 

この場に現れてから初めて少女の顔に驚きの表所が浮かぶ。

先程までの余裕が崩れたそんな少女の反応に気を良くしたのか好機と見て刃を走らせる翔。

 

「っ・・・!なんでこの杖の事を知っているかはこの際どうでも良い!お前の狙いはこの杖か!」

 

「ああ、そうだよ。理解したのならさっさと寄越せ!そんな物騒なモン存在しちゃいけないんだ。使ってるお前なら少しぐらい考えたらわかるだろ!」

 

「う、うるせぇ!お前に・・・"力"を振るうお前にそんな事言われたくねぇ!」

 

少女が翔の言葉に動揺を見せたのは一瞬。だが直ぐに気を取り直して鞭を振るい翔を弾き飛ばした。

 

「お前もこの女も何勘違いしてやがる。お前らはこの場の主役じゃないんだよ!狙いはハナッからコイツを掻っ攫うことだ!」

 

そういってノイズに拘束されたままの響を指差す少女。急に自分が目的だと言われ驚く響を尻目に少女は今も自分の足で踏み続けている翼と吹き飛ばした翔に挑発した。

 

「鎧も仲間もアンタには過ぎたモノだし、そこの男はなんでこの杖を狙っているか知らないけど渡すわけないだろが!アンタらどっちも守りたいものは守れないし、望むものは何一つ手に入らねぇよ!」

 

「繰り返すものかと私は誓った・・・!」

 

「渡さないと言われて、『はい、そうですか』と言えねぇんだよ、俺は!」

 

翼が剣を天に向けると程なくして無数の剣が辺りに降り注ぐ。その剣の雨を回避した少女を追い、翔は降り注ぐ剣に脇目も降らず突貫して立ち上がった翼も少女に向けて走り出した。

地面や周りの樹木を薙ぎ倒しながら振るわれ続ける鞭を回避し続ける二人。

やがて一向に攻めに転じれない苛立ちから翔が叫んだ。

 

「おい、青いの!ヤツの鎧を貫けるぐらいの攻撃は出せるか!?」

 

「貴様!何を言っている!」

 

「お前がそんな強烈な一撃を繰り出せるってんなら俺が援護してやる!」

 

「誰が貴様の援護など!ネフシュタンの鎧を回収したら次はお前だ!」

 

「状況考えろ馬鹿野郎!そんな事言ってる暇は・・・!」

 

予断を許さない状況でつい口論が熱くなってしまう翔と翼。そんな隙を少女が見逃すはずがなかった。

 

「二人仲良く相談とは妬けるじゃねぇか、ええ!」

 

足が止まった二人に対して繰り出される攻撃を翔が翼の前に出て切り払う。

 

「ああ糞っ!行け、堅物!」

 

「ッ!」

 

自分への攻撃が途切れたことに対しての迷いは一瞬。すぐさま駆け出して少女との距離を詰めにかかる翼。

そんな翼を見てその場から動くこともせず、笑みすら浮かべて迎え撃つ鎧の少女。

何度目かの打ち合いの末、自身の攻撃が通用しないと悟った翼が悔しそうに歯噛みする。

 

「鎧に振り回されているわけではない。この強さは本物・・・!」

 

「ここでふんわり考え事たぁ!」

 

鋭い蹴りで翼を後方に下がらせた少女は再び杖を取り出し、大量のノイズを発生させた。ノイズの集団が翼に狙いを定め、彼女も立ち向かう姿勢を取るが何処からか飛んできた斬撃によってノイズ達は崩れていった。翼が驚いて斬撃が飛んできたと思われる方向に目を向けると持っていた刀を琵琶の形にして今も音の斬撃を放ち続け、ノイズの集団を殲滅せんとする翔の姿があった。

 

「雑魚に構うな!ヤツを叩け!」

 

「貴様、なぜ・・・。ッ礼は言わんぞ!」

 

「礼なんて望んじゃいねぇ!」

 

歪ながらも二人の動きが連携と言えるようになった矢先、少女が鞭をこれまでより一際大きく振りかぶるとまさに暴力の塊とも呼べる黒いエネルギー体が現れ、翼に放たれた。

 

「ぐっううううう!」

 

拮抗できたのは僅か数秒。エネルギー体は翼に直撃して彼女を吹き飛ばした。

 

「翼さん!」

 

響が悲痛な声を上げる。響の声に反応してノイズの集団を相手している翔が目を向けると地面に倒れ伏した翼の姿が目に入った。

 

「あいつ・・・!」

 

『おい、翔!急がねぇとあの嬢ちゃんやべぇぞ!』

 

「言われなくても分かってる!」

 

翼の加勢に向かいたいがその為にはノイズが邪魔だ。残りのノイズを少しでも早く片付けようとする翔。

窮地に陥った二人を見て鎧の少女は勝ち誇ったような言葉を吐いた。

 

「お前ら二人そろってまるで出来損ないだなぁ!」

 

「好き放題言いやがってっ・・・!」

 

「弱い奴が集まったってなんにも変わりはしない!私はお前達とは違う!一人でも・・・一人でだって自分のやりたいことをやり遂げることができる!してみせる!」

 

まるで自分に言い聞かせるかのように叫ぶ少女と、ノイズと戦いながら少女の挑発に熱くなる翔。だが自分がここでノイズの殲滅をしないまま加勢に向かってもそれが悪手であることは翔も理解している。そもそも自分たちの攻撃は一切少女には、あの鎧には通用しないのだから。どうするか考えを巡らせるのと同時に出現したノイズを全て撃破し終え、再び少女に対して切り込もうと駆け出した翔を冥牙が止めた。

 

『止まれ、翔!俺の刃じゃあの鎧は無理だ!』

 

「限界まで刃の状態で当たる寸前で琵琶に切り替える!大層な鎧を着てようが内側まで響く音の衝撃には体が耐えられないだろ!」

 

『あの鎧はその衝撃すら通さないかも知れないんだぞ!』

 

「やってみなきゃ分からないだろ!」

 

『そんな無謀な賭け賛成できるか、目録から適した物引っ張り出せ!"蒼黎劍"辺りならヤツの鎧も!』

 

「馬鹿野郎!例え相手がどれほど強くても大して年も変わらない同じ人間だぞ!俺達が持っている物は決して同じ人間に切っ先を向けて良い物じゃないんだ!お前も良く分かってんだろ!」

 

『そんなこと百も承知だ!だけどこのままだと杖は手に入らないし、響の嬢ちゃんは連れて行かれるぞ!何よりあの青い嬢ちゃんがこのままだとやられちまう!目録を使うのを渋って後悔した事なんて一度や二度じゃないだろう。また同じ事を繰り返すのか!』

 

「冥牙・・・」

 

冥牙の強い言葉を聞いて翔の脳裏をよぎる苦い記憶。

翔が手を震えさせながら懐から自分達の"切り札"とも呼べる物を取り出そうした瞬間だった。

 

倒れ伏していた翼が声を上げた。

 

「確かに私は出来損ないだ・・・」

 

「はぁ?」

 

怪訝に笑う少女を無視して翼は続ける。

 

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに・・・あの日無様に生き残ってしまった。」

 

まるで懺悔するかのような言葉だった。

 

「出来損ないの剣として恥を晒してきた・・・!」

 

剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。

 

「だが、それも今日までの事・・・!奪われたネフシュタンを取り戻すことで、この身の汚名を雪がせてもらう!」

 

「そーかい。脱がせる物なら脱がしてっ・・・!」

 

体の異常に気付いた少女が後方に目を向けると自身の影に一本の剣が突き刺さっていた。

 

(この剣が原因か、体が動かねぇ・・・!こんな物を何時の間に!)

 

「防人の剣が何もせず何時までも倒れているわけがないだろう。」

 

「こんなモンで私の動きを・・・・」

 

止められると思うな。そう少女が続けようした時、彼女は翼を見て驚いた。

この状況において翼の顔がとても穏やかであったからだ。

それを見て少女は気付く、気付いてしまう。目の前の女が今から何をしようとしているのかを。

 

「まさか、お前っ・・・!」

 

「月が覗いている中に決着を付けましょう。」

 

「歌うのか・・・"絶唱"!」

 

「翼さん!」

 

響が翼を止めようと声を上げるが翼はそんな彼女に一瞥して強く叫んだ。

 

「防人の生き様、覚悟を見せてあげる!あなたの胸に焼き付けなさい!」

 

「やらせるかよぉ!好きに勝手にぃっ・・・!」

 

なんとか動こうとする少女だがその場にまるで縫い付けられたかのように身動きが取れない。

 

翼の"歌"が始まった。

 

響き渡る静かな歌。

ゆっくりと少女に近づいていく翼。

少女が翼に向けて杖を使いノイズを放つが翼はそれに見向きもせず歩みを止めず、そのまま少女の目の前まで来ると彼女に対して静かに微笑んだ。

次の瞬間、凄まじい光が翼から放たれ鎧の少女は叫びながら吹き飛ばされた。

 

翔と響はその光景を見ている事しかできなかった。

 

「翼さん!」

 

「おい、お前!あんな無茶して大丈夫なの、か・・・」

 

翼の身を案じる響の声と先程まで奇妙な共闘をしていた彼女の異常に気付く翔。

程なくして2人の傍で大きな音を立てて1台の車が急ブレーキを掛けて止まった。そして、車から出てき弦十郎は翼の姿を確認して叫んだ。

 

「無事か!翼!」

 

「私とて人類守護の務めを果たす防人・・・」

 

声を掛けられた翼が答える。

 

そして翼がゆっくり振り返り、こちらを見るとその場にいた全員が息を吞んだ。

 

翼は目から、耳から、口から血を垂れ流し静かに笑っていた。

 

「こんなところで、折れる剣ではありません・・・」

 

そう呟いた直後、翼は地面に崩れ落ちた。

 

「翼さん!」

 

響の絶叫が木霊して、弦十郎は直ぐに同乗者であった了子に指示した。

 

「了子君!本部に連絡を急げ!」

 

「ええ!」

 

弦十郎と了子の会話の最中、響は翼の元で泣き崩れていた。

 

「わ、私のせいだ・・・!私が足を引っ張ったから、翼さんが死んじゃう。死んじゃうよぉ!」

 

「泣くな響!、これはお前のせいじゃない!何よりコイツは死なないし、死なせない!」

 

「し、翔さん・・・?」

 

響と翼の2人に駆け寄る翔。そのまま力無く横たわる翼の少し起こして自分の手を彼女の背中に当てた。

 

 

「お前たちの本部とやらまでコイツが持つとは限らない!今この場でできる限りの処置をする・・・!」

 

「君、いったい何を・・・!」

 

翔の行動に驚き駆け付けた源十郎が問うが、翔は彼の返答を待たず翼に触れた手に集中した。

 

(体中の細胞が壊死し始めている・・・!壊死した細胞までは回復できない。ここで食い止める!)

 

翔の額から大量の汗が落ち始めるのと同時に翼に触れている手から光が漏れる。

その光は翼の背中から全身にかけて彼女の体を包んでいく。

やがて光が収まり翔が手を離すと、傷口は塞がってはいないものの出血は止まり心なしか呼吸が落ち着いた翼の姿があった。

 

「はぁはぁ・・・。早く設備が整った場所にコイツを。雑だけど応急処置はできた・・・!」

 

「翔さん・・・!あ、ありがとうございます・・・ありがとうございます!」

 

泣きじゃくりながら礼を言う響を見て翔は苦笑するとふら付きながら立ち上がりその場を後にしようとした。立ち去ろうとする彼に弦十郎は思わず声を掛けた。

 

「待ってくれ!」

 

弦十郎の声に立ち止まる翔。振り返り、彼の目を見て静かにそして力強く言った。

 

「今、アンタがやるべきことは俺の事を追及する事か?違うだろう。俺ができたのはあくまで応急処置だけだ。予断は許さない状況なのは変わらないんだ。そいつの事が大切だったらやるべきことを間違えるんじゃない。」

 

そう言い切った後、弦十郎の返答を待たず翔は鎧の少女が吹き飛ばされた方向に向かって走りだした。

 

 

 

「冥牙、奴の気配は追えるか?」

 

『・・・駄目だな。この辺りで途絶えちまってる。』

 

「そうか・・・」

 

力が抜けたかのように近くの壁にもたれ掛かる翔。息は荒く、疲労の色が濃く顔に現れていた。

 

『仮に追えたとしても今のお前さんじゃ勝ち目は万に一つもねぇよ。攻撃が通じない以前にあの青い嬢ちゃんに自分の気を殆ど渡したんだから。』

 

「そうでもしないと危なかったからな。それに強烈な一撃を叩き込めって焚きつけたのは俺だ。俺にも責任の一端はあるからな・・・」

 

『優しいのか甘いのか、いやこの場合は悪い癖か?そんなお前さんにお客さんだぞ、翔。』

 

「は、客?」

 

冥牙の言葉に怪訝に聞き返す翔。すると足音が近づいてくるのが彼にも分かった。どうやら自分達に接近してくるものに対してここまで近づかれないと気付けない程に自分は疲弊しているらしい。そう自分の置かれている状況を飲み込んだ時、彼らの目の前に現れたのは息を切らしここまで走ってきたと思われる弦十郎だった。現れた弦十郎に対して翔は呆れて声を出した。

 

「アンタさ、ついさっき俺が言ったこと忘れたのか?こんなことしてる場合じゃないだろうが。」

 

「翼は先程本部に緊急搬送された。重傷だが命に別状はないとの事だ。・・・君のお陰だ。本当にありがとう・・・!」

 

「・・・礼はいらないからさっさと自分がいるべき場所に戻れよ・・・。」

 

呆れたように言う翔に対して弦十郎は一瞬迷ったものの意を決して提案を持ちかけた。

 

「俺達はお互いの事を深く知らない。だからこそ話し合う必要がある。そしてその先、手を取り合うこともできるはずだ!・・・君は響君と翼を助けてくれた。俺達も君を助けたい!力になりたいんだ!」

 

そう強く言う弦十郎をまるで眩しいものを見るかのように目を細める翔。

短い沈黙の後、翔が小さく笑って口を開いた。

 

「アンタはとても良い人なんだろうな。それが本心からの言葉だって。嘘を付いていないってハッキリ分かるよ。」

 

「では・・・!」

 

「だけど駄目だ。・・・ああ、気を悪くしないでくれ。原因は俺の方にある。俺の事情を知ったらアンタみたいな人の立場だったら俺を放ってはおけないだろうし・・・まぁ、今でも放ってないんだけど。」

 

自嘲気味に呟く翔。

 

「だから・・・ごめんなさい。」

 

そう言って謝る翔は弦十郎にはとても小さく今にも泣きだしそうな小さな子供に見えた。だからだろうか、拒絶の意志を見せる翔に対して問い掛けずにはいられなかった。

 

「その原因とはなんだ。君が戦う理由に関係あるのか?」

 

「そんなところです。飛び切りの厄介モン背負ってますから、自分。」

 

「・・・君の背負っている物を俺達も一緒に背負うことはできないのか。」

 

「アンタって本当に良い人だな。でもこれは俺が託された事でやらなきゃいけないことだから。」

 

「それは一人でなくては駄目な事なのか!?」

 

悲壮感を出す翔に思わずいった形で声を上げる弦十郎。自分を気遣ってくれる目の前の力強い大人に自分の気持ちをぶつけたい衝動を必死に抑えて翔は答えた。

 

「一人じゃなきゃ駄目なんだ。そうしないとアンタ達までこの因果に巻き込まれる。もう俺のせいで周りが壊されるのは・・・耐えられないんだよ。」

 

そう言った直後、弦十郎に背を向けて走り出す翔。

静止するよう呼びかける弦十郎の声を無視して速度を上げる彼に冥牙が声を掛ける。

 

『なぁ、翔』

 

「・・・どうした?」

 

『これで、良かったのか?』

 

「・・・良いんだ。これで。」

 

小さく自分に言い聞かせるかのような声だった。

 

「これで、良いんだ。」

 

後ろからはまだ翔を呼ぶ弦十郎の声がする。

 

 

 

だが、彼がもう振り返ることはなかった。




感想・評価の程どうかよろしくお願い致します!
こうした方が良い、ここがおかしい・間違っているといったご指摘も是非!


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第五話 再会と邂逅

 

「そうか、では予定通りに頼むよ。」

 

やれやれといった表情で受話器を置く。特異災害対策機動部二課、特機部二とも揶揄されることもある者達の連絡を受けて渋い表情をする男・・・現在の日本の防衛大臣、広木威椎はため息をついた。

 

「彼らの要求ももっともだが此方の要望にも譲歩してもらいところではある。人員や予算は無尽蔵というわけではないのだ。」

 

「あー・・・。心中お察しします。とでも言えば良いですかね?」

 

「互いの立場や事情を鑑みて歩み寄ることのなんと難しいことか。だからこそ腹を割って話す必要がある。これは彼らだけでなく、君にも言えることなんだがな、神薙君。」

 

「・・・ごめんなさい。」

 

防衛大臣の任に就いている者に与えられた部屋で言葉を交わすのは部屋の主である広木大臣とこの場に似つかわしくない装いの少年、神薙翔。

 

「責めているわけではない。ただ君の所持している物は然るべき機関・・・それこそ国家と呼べるような所に譲渡すべきという意見は厳に言わせてもらうよ。昔からそう何度も言っても君が聞き入れる事は今までなかったが。」

 

「昔から何度も言っていますが、"これ"を誰であろうと、どんな国にも渡すつもりはありませんよ。」

 

「個人が持って良い物ではないことは明白だ。それを持っていて危険な目にあったことなんて数えきれないだろうに。」

 

「本当ですよ。何処行っても俺から分捕ろうとしてくる奴らばっかりで嫌になってくる。俺は使うために持っているんじゃなくて捨てるために持っているだけだってのに・・・」

 

「そう言ってはいるが、あれから進捗はどうなんだね?」

 

「・・・1本も減らず、寧ろ増えていくばかりで今は30と少しと言ったところです。」

 

「・・・おいおい、少しも減らせていないどころか増えているのか?」

 

言わんこっちゃないと苦い顔をする大臣。彼がそう思うのも無理はないだろう。かつて目の前の少年は防衛大臣の任に就いて日が浅い彼の元に訪れこう啖呵を切ったのだ。

 

【"これ"は誰にも渡さない。どんなやつに、国に寄越せと言われようとも絶対に!】

 

子供の理屈だと断じてあらゆる手段を用いて取り上げることは当然できただろう。それでもそうしなかったのは翔の子供としては不相応の迫力に押されたのか。あるいは広木自身もその力に無意識に慄いていたのか。どちらにせよ、あの時自分は正しい選択をしたのかどうか今でも思い直すことがある。

 

「安全に全てを捨てることができれば文句はない。だが君の持つそれらの物はどれも簡単には捨てれないし壊せるようなものではないだろう。となれば厳重に管理するしか道はない。これも何度言ったかな?」

 

「管理したところで絶対に私利私欲の為に使う輩が出るでしょう。国なんてデカい所に渡したら猶更だ。」

 

「そんなことに使わせはしない。日本が持つ有用な外交手段の一つしては使うがね。」

 

「それが駄目だって言ってるんです!人が力に傅いて、力で他者を押さえつけ屈服させる・・・国家間の話だとしてもそれが正しい治世と呼べるはずがない。何度も言ったはずです!」

 

「相変わらず甘い。私のような者の立場から言わせてもらえば知らない場所でそれがテロリストや凶悪な犯罪者、敵性国家に渡ることの方が怖い。」

 

故に広木は翔の旅に進展があった場合に直接報告を入れさせている。そうすることで最悪の事態は防ぐことはできるからだ。

 

 

「・・・今一度聞こう。君はそれが奪われ、悪意ある者の手に渡ることで出る犠牲に責任がとれるのか。」

 

「それは・・・」

 

言葉を続けようとして口を開く翔だがその先がどうしても出てこない。

そんな翔を一瞥し広木は本題に入ることにした。

 

「ところで今日は何故ここに?報告の日ではないだろう。」

 

「・・・自分が米国の方で行方を追っていた物が日本に持ち込まれています。ノイズの発生、制御を可能にするソロモンの杖。先日、杖を持っている少女と交戦しました。その少女はソロモンの杖だけでなくネフシュタンの鎧という物も身に着けていましたが・・・ご存じでしたか?」

 

「それに関しては二課の方から報告は受けている。」

 

「二課?」

 

「特異災害対策機動部二課の事だ。君も二課に所属している装者や指令である風鳴君に会っていると話は聞いている。」

 

「装者って・・・ああ、あの青い奴の事か。」

 

「青い奴というのは翼君のことかね。ならそうだと言っておこう。桜井了子氏の提唱する桜井理論に基づき聖遺物の欠片から作られた武装・・・通称シンフォギア。一機でも一個軍隊をも上回るほどの力を持っていて、それを身に纏うことのできる者を装者という。」

 

「なるほど。何度かやり合いましたけど確かにあの力はおっかないですね。使っている奴の性格も。あいつ、人の話を録に聞かずに斬りかかって来るんですから。」

 

「そのおっかない力とやらを持っているのは君も同じだろう。人の事が言えた口か・・・」

 

呆れて溜息をつく広木とお前も大概だと言われて気まずくなり視線が泳ぐ翔。そんな翔がちらりと広木を見ると何か言いたげな表情をしているのが確認できた。これ以上小言を貰いたくなかった彼は慌てて口を開いた。

 

「と、ところでネフシュタンの鎧ってなんなんですか?」

 

「かつては日本政府が所有していた聖遺物の一つだ。聖遺物中でも経年劣化や破損が見られない為、完全聖遺物と呼ばれることもある。」

 

「ん、かつて?」

 

「2年前の話だ。鎧を起動させる為に計画されたツヴァイウイングのライブ・・・集まった観客と装者2名による起動実験。結果、起動こそしたものの発生したエネルギーを制御できずに暴走。同時に発生したノイズ発生事故に紛れて杖は紛失し、装者1名もその時亡くなっている。・・・という経緯だ。」

 

「そのライブで起きた事件は俺も知っています。そもそもその事件をキナ臭く感じたから危険を冒してあなたに会いに来たのが始まりでしたから。だけど、政府主導の計画で起きた事件だったなんて・・・これ、もしかしなくてもかなりの厄ネタですよね。」

 

多くの犠牲を出したツヴァイウイングのライブ事件。それが政府が計画した実験によって引き起こされたと国民が知ったらどうなるか、火を見るより明らかだろう。それを知ってか広木は眉間に皺を寄せ渋面を作っている。

 

「当時、私は実験の危険性と非人道的性から一旦は却下したが、二課の強い要望もあって許可してしまった。」

 

「大臣・・・」

 

「彼らは異端技術を扱う故に各方面からの誤解を受けやすい。だからこそ二課やシンフォギアを秘匿された武力ではなく、公の力として扱えるようにして軋轢を取り払う・・・その為には判りやすい結果を出す必要があると考えてのことだったんだがね。」

 

「公の力として、ですか。俺の持つ"魔剣目録"もそうですか?」

 

そう言って翔は懐から一本の巻物を取り出し机の上に置く。その巻物は埃や土汚れでとても綺麗とは言えない。そして、何より目を引くのは汚れの中に血の跡が見られることだ。机の上に置かれたそれを久しぶりに見て広木は口を開いた。

 

「聖遺物に勝るとも劣らない、かつて人が異形の存在に立ち向かう為に鍛造されたという超常の武具・・・神誨魔械。そしてその神誨魔械を数多く封印し収納している魔剣目録・・・ああ、そうとも。これらの武具も然るべき場所で管理・保管をするべきだ。これは個人が持つにはあまりにも大きすぎる力だ。」

 

「もう少し・・・もう少しだけ待ってください。必ず俺がこれを。今、世界に現存している神誨魔械を全て処分して見せますから。」

 

「そう言ってもう2年。しかも中身が減るどころか報告の度に増えている始末だ。私も気が気ではない。これが諸外国やテロリストの手に渡ってしまったらどうなってしまうのかとな。・・・シンフォギアは今は世界で日本唯一の異端技術として確立している。だが軍事力としても有効なシンフォギアの技術を世界に開示せよという圧力が日に日に強くなっているのだ。内からも外からもな。」

 

そう言って苦い顔をする広木。そして視線は魔剣目録から外さず続けた。

 

「自分達もノイズに立ち向かう為・・・というのは方便だ。どの国も力が欲しいのだよ。そんな中降って湧いたように現れた聖遺物と似通った超常の力を持つ神誨魔械と呼ばれる武具。それらを数多く持つ少年。狙われて当然だろう・・・各国の諜報機関ともやり合っていると聞くが?」

 

「やり合ってる・・・なんてとても言えません。逃げ一択です。ここ最近は俺の生死すら問わないって感じで仕掛けてきてきてるんですよ。でも日本に帰ってきてからはそんな事はなくて・・・まぁ、その代わりとは言いたくないですが、二課って奴らに目を付けられましたけど。」

 

「そしてその指令には因縁のある風鳴の名を持つ者か。君も苦労するな。」

 

「その名前を聞いて驚きもしましたが同時に納得もしました。あのおっさんの力、人間の枠を超えてますよ・・・」

 

勘弁してくれ。そう辟易としたいった感じで嘆く翔を見て苦笑する広木。重苦しい雰囲気がすこし払拭されたところで広木が口を開いた。

 

「それで、そのソロモンの杖だったかな。君が米国で追っていた物が日本に持ち込まれているという話だったか?」

 

「はい。どうもその杖を使っていた少女に盗まれたという感じではないんですよ。」

 

「盗まれるようなことはないということは、米国がその少女に譲渡したと?」

 

「その可能性の方が高いと考えます。冥牙の感知で米国では起動していなかったのは把握済みです。起動させる為に少女に渡したという線が濃厚です。ですが・・・」

 

「何か気になるのかね?」

 

「俺と年もあまり変わらない少女に米国が取引を持ち掛ける。違和感があると思いませんか?俺の持つ魔剣目録は苛烈に狙ってくるくせにですよ。起動させるのが目的だとしても相手が年端もいかない少女が相手なら強硬策の一つや二つを取るのが当たり前だと考えるのですが・・・」

 

「つまり少女とは別に米国と取引した者が存在していると君は言いたいのか?」

 

「はい、そう考えるのが妥当かと。そのような人物が日本にいるのか心当たりがあるかを聞きたくて今日ここに来たんです。」

 

「ふむ・・・」

 

目を閉じ思案する広木。それから1分程だろうか、考えが纏まったのだろう。広木は自分の考えを述べた。

 

「悪いが私にはわからないな。聖遺物関連の情報なら必ず私の耳に入る様になっているが政府内でそのような情報は聞いたことがないし、また独自で動いてる機関も確認されていない。」

 

「そうですか・・・」

 

杖に繋がる情報が得られず少し落胆の表情を見せる翔。それもそうだろう。防衛大臣の地位にいる広木が知りえないという事は、国と言った大きな存在ではなくとも米国との取引を行えるほどの力を持った個人、または集団が自分の敵であるという事だ。これから自分が戦うべき相手に考えを巡らせる翔に広木は気遣うかのように言った。

 

「政府の情報網に引っかからずに米国と交渉ができる者か、どうやらその人物は相当の曲者らしいな。ここ最近頻発するノイズによる被害も何か狙いがあると考えて間違いないだろうが・・・まさか。」

 

「何か心当たりがあるんですか?」

 

そう尋ねる翔だが広木は口を閉ざしてしまった。

 

「大臣?」

 

怪訝に思った翔が訊ねると広木は意を決したかのような表情をして口を開いた。

 

「・・・今から話すのは近々行う政府が極秘で計画している作戦の内容だ。もちろんこれは秘匿されるべき情報であって当然、君にも教えないものだ。だが、ノイズをコントロールするという危険極まりない物を持つ人物が日本にいる可能性。そしてその人物の狙いがアレだとしたら此方の情報が洩れているということになる。政府内部に敵とも呼べる存在がいるのなら外部から・・・君に任せた方が得策だと考えたから話すんだ。・・・不本意だよ。このような事を部外者に話さなくてはならないことを。なにより、君のような子供にな。」

 

そう前置きをしてから広木は言った。

 

「二課の本部に保管されている完全聖遺物サクリストD・・・通称デュランダル。ここ最近の二課本部周辺のノイズの出現はこれを強奪するの目的だと少し前に政府は結論付けた。それに対抗してより強固なセキュリティがある場所への移送が計画されている。」

 

「いや、十中八九というか絶対それが狙いじゃないですか。ノイズを使って本部からそれを引っ張り出して移送中に強奪・・・見え透いた釣りですよ。まさか相手の策に乗るんですか?」

 

「当然護衛は付ける。信頼できる人員に加えて装者1名が護衛に付く予定だ。」

 

「装者が1名・・・あの青い奴は暫く戦闘は無理だと考えて、護衛に来るのは響か。」

 

「個人的に面識があるのかね?」

 

「少しだけ。ですが鎧の少女が仕掛けてくることを考えると響一人では荷が重すぎます。」

 

「だから君にこうして話をしている。その少女からサクリストDを守り、あわよくばその背後にいる存在を明らかにする為に協力してもらいたい。得意だろう、こういうコソコソ動くのは?」

 

「得意というわけでもないですけど・・・了解です。そもそも俺が向こうでカタを着けていたらこうはならなかった。断る理由がありません。」

 

「杖の件に関して君を責めることはできないさ。・・・引き受けてくれてありがとう。」

 

そして広木は書類を取り出すとそれを翔に手渡した。

 

「その中に今現在予定されている作戦の詳細が記されている。これから微修正が入るかもしれないが大まかには変わらないだろう。確認した後は直ちに破棄してくれ。」

 

「では早速・・・」

 

そう言った翔は直ぐに中身に目を通して必要な情報を記憶すると机の上に置いていた目録を懐に戻すと代わりに煌びやかな装飾が施された煙管を取り出し、火を着けて書類を燃やした。

 

「・・・君、まさか吸ってはいないだろうね?」

 

「も、もちろん。こいつは色々便利なんですよ。香を焚くと他者に幻惑を見せることができるんです。そしてこれは・・・」

 

そう言って再び懐に手を入れた翔が取り出したのは小さな鏡の破片が納められた護符のような物だった。

そして煙管から出る煙を燻らせ鏡に当てると鏡は映すはずの煙管を映すことはなく、それどころかこの部屋とはまるで違う景色を映し出した。

 

「鏡に映った場所に簡単に移動できるっていう代物です。」

 

「全く君は・・・目録以外にも色々な物を持っているな。」

 

「こういった物があるから何処に行っても、どんな奴らが相手でも逃げ回れるんですよ。」

 

「くれぐれも便利な物があるからと言って油断はしないようにな。・・・健闘を祈る。」

 

悪戯っぽく笑う翔に呆れる広木。だが直ぐに呆れた表情から笑顔に変わり、翔を送り出す言葉を述べた。

 

「では行ってきます。まぁ大船に乗ったつもりでいて、吉報が届くことを祈っていてください。」

 

「そうするとしよう。・・・今度会うときは途中経過ではなく成果報告を期待したいところだがな?」

 

「ぜ、善処します。」

 

「そこははっきり大丈夫だと言ってくれないか?」

 

苦笑いする翔。そして鏡から光が放たれると翔の姿は掻き消えて部屋には広木1人だけとなった。自分一人になった部屋を見渡して彼は先程までいた少年に思いを馳せた。

 

(君が早く託された事をやり遂げることを祈っているよ。これは政治家としての言葉ではなく一人の大人としての言葉だが・・・。立場上こういった言葉を掛けてやることができないのが辛いところだ。)

 

「・・・そういえば妹さんの姿が見えなかったが今は別行動なのか?今度は二人そろって無事を確認させてもらいところだ。当然、目録の無事もな。」

 

時計を見る広木。翔という予定外の来客があったが、気付くとそろそろ自分の秘書が来る時間となっていた。先程翔に話した聖遺物の移送計画。その最終決定案を持ってくる手筈になっている。

 

(まずはこの計画を成功させる。そしてこれを機に聖遺物に関わる組織、関係部署の枠組みを少しづつ取り払い、異端技術を秘から公の力としていく。そうすることで各方面で連携が緻密になり今までより特異災害に対抗していくことが可能になる。・・・結果、多少は二課へのやっかみは減り、彼があんな危険な物を持つ必要もなくなるだろう。・・・それでも彼が目録を手放すところは想像できないのが困ったところだ。」

 

広木は思い浮かべる。

特異技術の元に立場の異なる者たちが同じ志を持って集い、理不尽な災害に立ち向かう。

軍事力としての視点からは他国への大きな牽制となり国防への働きに期待ができる。

そうなることで訪れるであろう日本の明るい未来を。

 

だが、彼がその未来を見ることはない。

 

 

 

「・・・お前、なんだ?」

 

手に入れた移送計画の情報から移送ルート上を見張っていた翔。そもそもデュランダルが保管されている二課本部の場所がリディアン音楽院の地下にあることが彼にとっては驚きだった。

だが、そのような驚きはたった今目の前で繰り広げられた光景の前では些細な事だと感じられた。

 

予想通り襲撃に現れた鎧の少女。

それと交戦する護衛の任に就いていた響。

彼女たちの戦闘の最中に突如現れ、その上覚醒・起動までされている聖遺物・デュランダル。

それを鎧の少女に渡すまいと先んじて手に取った響に起きた異変。

そして周囲一帯に放たれた激しい破壊の渦の中、変身が解けて倒れ込んだ響を守る―――ナニか。

 

見た目は人間の女性に見えるが、翔にはそう見えていない。とてもじゃないがそう見えない。

聖遺物の力に取り込まれかけた響の身を案じて駆け付けた翔が思わずそう呟いたのは無理もないだろう。

問い掛ける翔に対して目の前の存在は口を開いた。

 

「あら、君は確か・・・神薙翔君だったかしら?響ちゃんから話は聞いてるわよー!何度も助けてもらったことがあるって!翼ちゃん・・・ああ、青色の剣を持った女の子ね?あなたがあの子に応急処置をしてくれたから大事にはならずに済んだわ。私からもお礼を言わせてちょうだい!」

 

「質問に答えろよ。俺はなんだって聞いてるんだ。」

 

既に冥牙は刀の状態に変化していて翔の手に握られて、いつでも目の前にいる存在に斬りかかれる状態になっている。そんな翔の剣呑な雰囲気に意を解さず女性は続けた。

 

「もう!警戒するのは分かるけどそこまで敵意を出さなくてもいいんじゃないの。私の名前は櫻井了子。特異災害対策機動部二課の技術主任で・・・」

 

「違うだろ。」

 

『んなわけないだろうに。』

 

「・・・・・・・・・・・」

 

翔と冥牙の否定の声が上がり、名乗りが阻まれた了子の表情が消える。

 

「俺は・・・俺達はこれまで世界各地回って人智を超えた物を見つけたり、存在に会ったことが多々ある。それに加えて俺を狙ってくるわるーいヤツらとか・・・まぁ色々だ。」

 

『そんな俺達の中でビンビン警鐘が鳴ってるのよ!コイツはヤバいってな!』

 

「・・・そんな事言ってると女の子にモテないわよ。アナタ?」

 

翔の脳裏を過るのは翼に初めて会った場面。あの時も素性が分からない者同士で一触即発どころか実際に剣を交えたが今回はまるで違う。

 

逃げるための時間を稼ぐでもなく、誤解を解くためでもなく。

目の前の"敵"を滅ぼすための戦いを始めようとした時だった。

 

「ん。んん・・・」

 

『「「!!!」」』

 

彼らの傍で倒れていた響から僅かに声が漏れる。それと同時に遠くからサイレンの音が鳴り響いた。もう少ししたらこの場に多くの人が集まり、そんな衆人環境の中で見た目は普通の女性相手に斬りかかるのはいかがなものか。もちろん目の前の存在を野放しにするリスクは無視できないが、少し考え翔は冥牙を笛に戻して代わりに懐から煙管と鏡を取り出した。

 

「あら、とんずらしちゃうの?お姉さん悲しいわ。」

 

「言ってろ。お前が何を考えて何を企んでるかは知らない。だけどな、もしお前がその身に秘めたどうしようもないドス黒いものを世界にぶちまけるっていうなら・・・」

 

『滅ぼさせてもらうぜ。どんな手段を使ってでもな?』

 

「・・・何を言っているのかサッパリだわ。」

 

「どうだかな。」

 

最後にそう言って翔の姿が消えて了子と響だけがその場に残る。

響はまだ起き上がっていないのでこの場で了子の表情を伺える者はいない。

 

その表情は正しく心の内を表すかのような歪んだ笑みだった。

 

 

こうして少年は奇しくも邂逅を果たした。

己が追っていた標的。いや、世界を滅ぼさんとする存在と。




感想、評価の程よろしくお願いします!


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第六話 まだ帰れない

なんと当作品の総合UAが2000を超えました!
読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
筆者が大変遅筆で申し訳ありませんが、最終話の13話までお付き合いして頂ければ幸いです!
今回は登場人物同士の会話に力を入れてみました。


《先日、遺体で発見された広木元防衛大臣について政府はー》

 

《政治的空白を避けるため防衛大臣には副大臣の石田爾宗氏がー》

 

《警察の捜査では今回の事件を組織的犯行であるとの見方をー》

 

備え付けられたテレビが映すニュースのせいだろうか。

思うように箸が進まない。

 

(広木さん・・・)

 

後悔、無力感。そう言ったものを味わうのは久方ぶりだ。

この結果は決して自分だけが原因というわけではないだろう。

だが、それでもーこの自分が惨めに思える気分は慣れない。

 

(このタイミング・・・聖遺物の移送に関係しているのか?これで誰が得をする?護衛のSPを含めて皆殺しなんてそう簡単にはできない。後任の石田防衛大臣は親米派・・・。米国が仕掛けた?何のために?まさかソロモンの杖を渡した奴との取引の一環か?)

 

考えが纏まらない。頭の中で疑問と推測がぐちゃぐちゃにかき混ざっている。

 

「・・・はぁ。」

 

「珍しく気落ちした顔してるじゃないか。嫌な事でもあったのかい?」

 

「まぁ、ちょっと・・・」

 

「アンタがそんなしかめっ面するなんて相当だね。」

 

「あー、なんというか・・・。その、色々と。」

 

「・・・そうかい。」

 

もう、やり遂げたことを報告することも。今まで自分に融通を効かせて自由に動かしてもらったことへの感謝をする機会は永遠に失われた。

 

「昔っからこうだ・・・。なんでこうも上手くいかないかな。」

 

溜息をつきながら少し冷めてしまったお好み焼きを箸で突く。

初めて店でこのような沈んだ表情をしてしまっているせいだろうか。普段なら他の客がいない時なら話しかけてくる店主のおばちゃんが今日に限っては話しかけてこない。

 

(気を遣わせちゃってるよな、これ。)

 

その事実が余計に心に影を落とす。

今も昔も何も変わらない。

周りの人を傷つけて、それでも気を遣われてー

今も昔も何も為すことができない、口先だけの子供のままだ。

 

「・・・はぁ。」

 

そう何度目かの溜息をついた時だった。店の扉が開いて客が入ってきた。

目だけそちらを見ると、今の自分と大差はないであろう沈んだ表情をした小日向の姿があった。

 

「いらっしゃい!」

 

「こんにちは・・・」

 

「おや、いつもは人の3倍は食べるあの子は一緒じゃないの?」

 

「今日は・・・私一人です。」

 

寂しそうにそう言う小日向に店主は何か感じたのだろうか。それ以上は深く聞かずにただ「そうかい」といって小日向を席に促した。

 

「久しぶりってほどでもないか。奇遇だな小日向。」

 

「あっ・・・神薙さん・・・そう、ですね、奇遇ですね。・・・この店にはよく来られるんですか?」

 

「この街に来てからは結構な頻度で通わせてもらってるよ。安くて腹一杯食えるしな。」

 

笑って言ったつもりだったが場の雰囲気は明るくなるどころか会話が途切れてしまった。

きっと彼女も誰かと話をしたいという気分ではないのだろう。そしてその原因に自分は心当たりがある。

 

「じゃ、今日はおばちゃんがあの子の分まで食べるとしようかねぇ。」

 

「おばちゃん、食べ過ぎは体に毒だぞ?」

 

「食べなくていいから焼いてください。」

 

「あ、あはは・・・」

 

「お、おう・・・」

 

小日向の雰囲気に押されておばちゃんと共に気圧される。

 

「お腹すいてるんです。今日はおばちゃんのお好み焼きが食べたくて朝から何も食べてないから・・・」

 

「・・・お腹すいたまま考え込むとね、嫌な答えばかり浮かんでくるもんだよ。」

 

「まぁ嫌な答えばかり考えると食欲なくなるんだけどな、今の俺みたいに。」

 

「アンタねぇ、女の子が落ち込んでるってのに・・・」

 

「大丈夫です。神薙さんが女心を理解できないこととか、デリカシー無いことはわかってますから。」

 

「流石に辛辣過ぎない?泣くぞ、みっともなく。今すぐ泣くぞ?」

 

「みっともないですし食欲が無くなりそうなので止めてください。」

 

「本当に辛辣なんだけど・・・」

 

軽口の応酬で小日向の表情が少し明るくなる。少なくとも店に来た時よりは遥かにマシだろう。

 

「ところで神薙さんも落ち込んでたんですか?悩みなんてなさそうなのに・・・」

 

「一回話し合う必要があるな小日向。ん?」

 

小日向の中の俺へのイメージって本当にどうなってるんだろうか?・・・個人的には頼りがいのあるお兄さんポジションであってほしいところである。

 

「神薙さんが頼りになるお兄さんとかないですよ。」

 

「えっ、今口に出てたか?」

 

「いえ、表情に出てたので・・・というか本当にそう思ってたんですね。うわぁ・・・」

 

「そこまで引かなくても・・・あと俺、妹居るからまじでお兄ちゃんだぞ?」

 

「「ええっ!」

 

「二人揃って何だよその驚き方!?」

 

小日向だけでなくおばちゃんまで心底驚いた表情をしている。おばちゃんに限っては作業する手が止まってしまっている。

 

「あんた妹がいるってのに女の子への対応がこんなに下手糞なのかい?」

 

「信じられない・・・」

 

「おい、本当に泣くぞ!」

 

ただでさえ意気消沈しているところにこれである。空元気で場を明るくしようと務めたのにこの仕打ちは流石に堪える。

 

「まぁでも良い兄貴とは口が裂けても言えないだろうな・・・」

 

巻き込んで、守れなくて・・・そして逃げ出した男なんてとても良い兄とは言うことはできないだろう。

俺の表情が曇ったからだろうか、おばちゃんも響も俺の独白に答えることはなかった。

再び場の雰囲気が暗くしてしまったことを感じて、どうにかしようと俺は茶化すように口を開いた。

 

「俺の妹は俺と違って超が付くほど真面目でな?普段から怒られてたよ。ガサツやら女の子への口の利き方がなってないとか、接し方がありえないとか・・・それはもう沢山だ。」

 

「それは妹さんが正しいねぇ!」

 

「というかちゃんと教えてもらってたのに直さなかったんですか?うわぁ・・・」

 

「小日向ー。もしかしなくてもお前の中で俺への評価かなり低くなってない?」

 

「この数分で余裕でマイナスに振り切ってます。」

 

「そこまでか!?」

 

俺への評価と引き換えに再び活気が戻る。素直に手放しでは喜べないが恥を晒したかいがあるというものだ。

 

「そういやアンタ、旅をしてるって言ってたけどちゃんと家には帰ってるのかい?」

 

「ッ!」

 

悪意は当然ないのだろう。だがおばちゃんの放った言葉は想像以上に俺を抉った。

 

「・・・どうしたんだい?」

 

「神薙さん?」

 

俺の変化があまりにも分かり易かったのだろう。二人が心配して声をかけてくる。俺は何か言わなければと慌てて口を開いた。

 

「あー・・・暫くは帰ってないですね。まだやりたい事というかやるべき事があるので・・・」

 

そうだ。やり遂げなければならないことが俺にはある。それが終わるまではー

 

「まだ帰れませんね。なるべく早く帰りたいんですけど!」

 

心配はかけまいと無理に明るく振る舞う。二人も俺の言葉に何かを感じたのかそれ以上追及することはなかった。

 

「それじゃやることやって早く帰らなきゃね。今度はちゃんと妹さんの言葉に耳を貸すんだよ!」

 

「そうします。まさかここまで女子にボロクソ言われるなんて思ってもなかったですから!」

 

「自業自得だよ!」

 

「ひっでぇ!」

 

笑い合う俺とおばちゃんの横で静かにしている小日向。どうしたのかと聞く前に彼女が先に口を開いた。

 

「神薙さん。」

 

「ん。どうした?」

 

小日向を見ると彼女は何かを決意したような、訴えかけるのような表情をしていた。

 

「神薙さんが家に帰れない理由は私には分かりません。やるべき事というのも何だか分かりません。だけど・・・」

 

言葉を区切り、俺の目を見て胸の内から絞り出すかのように言った。

 

「妹さんは神薙さんの帰りを待ってますよ。・・・絶対に。」

 

「小日向・・・」

 

「前に言ってくれましたよね?私は響の帰る場所だって。帰りを待っていてくれる人がいるのは嬉しいことだって。・・・妹さん、神薙さんの事を待ってますよ。きっと!」

 

「・・・ありがとな。」

 

小日向の言う通りだったらこれほど嬉しいことはない。だけど今帰ることは俺自身が許さないし許せない。

成し遂げなければ、いや成し遂げたとしてもー。合わせる顔が俺には無いのだ。

 

「落ち込んでる女の子に逆に励まされるとか、また妹さんに怒られそうな事が増えたねぇ!」

 

「ちょっと、おばちゃん、縁起でもないこと言うなよ!アイツ説教長いんだからさ!」

 

「さっきも言ったけど自業自得だよ。まぁでも前は落ち込んでたこの子を下手糞なりに励ましてたから、これでチャラってことになるんじゃないかい?」

 

「だ、そうだけど・・・これでチャラってことで良いか、小日向?」

 

「そこで私に聞いてくる辺り何とも言え・・・はぁ、まぁ良いですよ。」

 

仕方ないなぁと言わんばかりに苦笑する小日向。ようやく全員の表情が明るくなったところでおばちゃんが悪い顔をして俺の方を向いた。・・・何を言うつもりなんだろうか?

 

「この子が優しくて良かったねぇ。どうだい、前も聞いたと思うけど惚れたかい?」

 

「前も言ったけど小日向は怖いし重いし怖いのでタイプではないですね。」

 

「私だって神薙さんなんか願い下げですよ!そもそもなんで怖いを2回言ったたんですか!」

 

「大事なことだからだな!あと、願い下げとか酷いこと言うな!」

 

「最低です!神薙さんなんか妹さんに沢山叱られちゃえばいいんです!」

 

「言ったな!」

 

「言いましたよ!」

 

売り言葉に買い言葉。そんなさっきまでと打って変わって声を上げて騒ぐ俺達を見ておばちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「うんうん。やっぱり若者はこれぐらい元気じゃないとね!」

 

「「おばちゃん!何とか言ってやって(下さい)くれ!」」

 

「はいはい、喧嘩するほどなんとやらだねぇ・・・」

 

「「よくない!」」

 

 

 

そんなことがあったのが数時間前。翔はあれからもう少し店で過ごし、そして店を出た直後だった。

冥牙が慌てて彼に伝えたのだ。鎧の少女の気配を感知したと。

それを聞いて一瞬で表情が険しくなり走り出す翔。

たとえ鎧の少女が広木大臣襲撃事件の犯人でなかったとしても首謀者との繋がりはあるはずだと。

仮にもし少女が広木大臣に手を掛けた本人だったとしたらー。

黒く暗い考えが翔の頭を支配しようとしていた時だった。冥牙が口を開いた。

 

『見つけたぞ!上を見ろ、翔!』

 

「あん!?」

 

翔が冥牙の声に従い上空に目を向けるとそこには空を飛び何処かへ向かう鎧の少女の姿があった。

 

「見つけた・・・!絶対に逃がさねぇからな!」

 

走る速度を上げて地上から少女を追う翔。だが暫くして彼の目に飛び込んできたのは衝撃的な場面だった。

恐らくだが先程店で別れた小日向が鎧の少女を追ってきた響の姿を見つけて駆け寄ろうとしたのだろう。

翔の目に映ったのは、そんな彼女が鎧の少女が響に対して放った攻撃に巻き込まれ吹き飛ばされた瞬間であった。

 

『やっべぇ!』

 

「間に合えッ・・・!」

 

一瞬で服が黒装束に変化して小日向への元へ跳躍する翔。何とか空中で彼女を受け止めて地上に着地して彼女の無事を確認する。

 

「大丈夫か、ケガは!?」

 

「えっ・・・神薙さん・・・。なんで・・・?。」

 

突然に衝撃的な事が連続して起きたからだろう。酷く困惑する彼女にどう説明しようかと翔が迷っている時だった。

響が歌い出してシンフォギアを纏おうとしていた。それを見て彼は慌てて叫んだ。

 

「よせ!響!」

 

 

しかしその制止の声は間に合わず、響はシンフォギアを纏ってしまった。・・・小日向の目の前で。

 

 

響はそのまま二人の近くまで素早く移動すると上から落下してくる車を片腕で弾き飛ばした。

目の前で起きたことが信じられないといった風に驚愕の表情をする小日向。

 

「響・・・?」

 

言葉少なく呆然とした小日向の呟きに対して響はー。

 

「・・・ごめん!」

 

絞り出すかのように謝罪の言葉を言う他なかった。

そしてその場を離れた鎧の少女を追い、小日向の方を振り返ることなく走り出した。

 

『・・・翔。俺達も行くぞ。』

 

「ああ・・・」

 

翔も響の後を追い走り出そうとした時だった。

 

「待ってください!」

 

思わず彼の足が止まる。いや止めざる得なかった。聞こえてきた声はあまりに悲痛だった。

 

「なんで・・・響のあの姿はなんなんですか!神薙さんのその姿も!なんで・・・どうして!?」

 

「小日向・・・これはー・・・」

 

「もしかして知ってたんですか!?響に何があったか!知っていて黙っていたんですか!知っていて今まで私と話していたんですか!私がどれだけ悩んでいたか、どんな気持ちでいたか話しましたよね!それなのに・・・それなのにッ!」

 

「・・・すまない。」

 

「謝らないでください・・・!謝らないでくださいよ・・・!私は・・・私は!」

 

小日向の叫びを聞いてその場に立ち尽くす翔。そんな彼を動かしたのは相棒の声だった。

 

『急げよ、翔。あの鎧の嬢ちゃん相手じゃ響の嬢ちゃん一人だと厳しいのは分かってるだろう。』

 

「・・・そうだな。わかってる、わかってるさ。」

 

そして再び駆け出そうとする翔は最後に小日向の方へ向いて頭を下げて言った。

 

「小日向。響の身に起きた事を知りながらそれを黙っていた事。知りながらお前の抱えている悩みに口を挟んだこと、相談に乗ったこと・・・。全部謝る。許してくれなくていい。当然嫌ってくれていい。憎んでくれたって構わない。だけど、だけどな・・・」

 

 

 

「響の事は・・・響の事だけは嫌いにならないでやってくれ・・・傍に居てやってくれ。あいつの帰る場所であり続けてくれ!・・・頼む。」

 

 

 

「なんで・・・?どうしてそこまで・・・?・・・無理ですよ。私、無理ですよ!」

 

「それでも!それでも・・・頼む。あいつは必ずお前の所に帰ってくる。あいつだってお前の元に帰るのが・・・」

 

「もういい!・・・もういいです。早く・・・早く行ってください。」

 

翔が口に出した願いを遮って彼女は言葉を放った。その言葉には明確な拒絶の意志が込められていた。

 

「・・・すまない。」

 

「もういいですってばぁ!!!」

 

叫ぶ彼女から逃げるようにして走り出す翔。先を行く鎧の少女と響の姿を探しながらも彼の意識は別の事に向いていた。

 

(俺はまた間違えた。また巻き込んだ。また傷つけた。これで・・・これで何度目だ!)

 

「畜生・・・!」

 

『おい、翔。落ち着け!』

 

「畜生!!!」

 

やり場のない怒りが、自分への憤りが声になって吐き出される。

だが、どれだけ癇癪を起そうが悔もうが叫ぼうが、それで事態が好転するということは決してない。

 

翔は小日向の方を振り返ることなく走る速度を上げ続けた。

 

まるで後悔を振り払うかのように。もしくは逃げ出すかのように。




重い展開が続き、爽快感がなく申し訳ありません・・・!
次回は戦闘シーンに気合を入れたいと考えております。
よろしければ感想、評価。ご教授の程をお願い致します!


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第七話 耐える者

相変わらずの亀更新で申し訳ありません!そして評価、感想をくださった方々本当にありがとうございます!なんと当作品の評価バーに色が付きました!
初めての作品で評価バーに色が付くとは思ってもみなかったのでとても嬉しいです!


小日向と別れて響と鎧の少女を追う翔。

響の性格上、これ以上周りに被害を与えないようにするために市街地からは離れて人気のない場所に向かうと考え、それが程なくしてそれが当たりだという事がわかった。

翔の目の前には対峙する二人の少女。響と鎧の少女の実力差を考えてすぐさま割り込もうとした彼だったが、そんな彼の足を止めたのは今まさに加勢に向かおうとした響の素っ頓狂な言葉だった。

 

「鈍くさいなんて名前じゃない!私は立花響15歳!誕生日は9月の13日で血液型はO型!身長はこないだの測定では157センチ!体重は・・・もう少し仲良くなったら教えてあげる!趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯!あとは・・・彼氏いない歴は年齢と同じぃ!」

 

「な、なにをトチ狂っていやがるんだお前!?」

 

「いや、ほんとにな。何言ってんだお前!?」

 

思わずといった風に翔と鎧の少女が同じような言葉を漏らすがそれも無理はないだろう。自分を狙いに来た鎧の少女に対し、狙われている本人である響がいきなり自己紹介を始めようものなら困惑するのは当たり前だ。

困惑する二人を尻目に響は手を横に広げて続けた。

 

「私たちはノイズと違って言葉が通じるんだからちゃんと話し合いたい!」

 

「なんて悠長!この期に及んで!」

 

そう言って鎧の少女が手に持っている鞭を振ろうとし、翔が響の加勢に入ろうと走り出した時だった。

 

「ほら!神薙さんも早く!」

 

「「はぁ!?」」

 

またしても響の素っ頓狂な言葉で動きを止められる二人。

 

「はぁ!じゃないですよ!次は神薙さんが自己紹介する番です!」

 

「マジで何言ってんだお前響ィ!状況分かってんのか!」

 

「お前ホントふざけてんじゃねぇぞ!アタシを馬鹿にしてんのか!」

 

「状況わかってますし馬鹿になんかしてない!だけど・・・だって私達お互いの事なんにも分かってない!なんで戦うのか、争わなきゃいけないのか・・・ううん、それ以前に同じ人間同士なのに傷付け合うなんて間違ってるから!・・・だからっ!」

 

響の叫びを"甘い"と簡単に吐き捨てることのできる人は大勢いるだろう。命のやり取りをする者達からすれば猶更だ。だが、だからこそ・・・翔と鎧の少女は苦い表情を浮かべて動きを止めた。なんてことはない、なぜならこの二人にとって今の響の言葉はーーー

 

「あー!わかったよ、やりゃいいんだろ!」

 

やけくそ気味に大きな声を出した翔。そのままま大きく息を吸って一気に続けた。

 

「俺の名前は神薙翔。年齢は17歳!誕生日は5月の13日で血液型はO型!身長と体重は最後に測った時には176センチと64キロ!趣味は楽器の演奏に好きな事はご当地物の食べ歩き!あとは・・・彼女いない歴は年齢と同じぃ!・・・言わせんなよこんな悲しいこと!」

 

「よくできました神薙さん!じゃ次はあなたの番!」

 

「お前ら・・・揃いも揃っていい加減にしやがれぇぇぇぇっ!」

 

もう我慢できないと言わんばかりに鎧の少女が鞭を振るう。だがその攻撃を響は難なく避ける。以前に見た時に比べると動きが格段に良くなっている彼女を見て思わず翔が目を見張る。それは鎧の少女も同じだった。

 

(コイツ、何か変わった!?覚悟か!?)

 

「話し合おうよ!"私たち"は戦っちゃいけないんだ!だって言葉が通じていれば人間は・・・っ!」

 

「五月蠅い!」

 

鎧の少女がまるで腹の底から振り絞ったかのような声を叫ぶ。思わず怯む響を強く睨みつけながら彼女は響の言葉を思いを否定した。

 

「分かり合えるものかよ人間が!そんな風にできているものか!気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ!分かっちゃいねぇ事をペラペラと知った風に口にするお前がぁ!!!!」

 

「っ・・・」

 

「・・・」

 

強く怒りを滲ませて、まるで目だけで相手を殺さんとする少女の気迫に押される響。それに反して翔は静かに少女の放った言葉を聞き入れていた。

 

「お前を引きずってこいと言われたがもうそんなことはどうでもいい!お前をこの手で叩き潰す!今度こそお前の全てを踏みにじってやる!そこのお邪魔虫もだ!なんだよその顔は!なに分かったかのようなすまし顔してんだテメェ!あぁムカつくムカつくムカつくムカツク!」

 

そして高く飛び上がり以前翼に重傷を負わせた技を二人に向けて放った。

 

「纏めて・・・吹っ飛べぇぇぇぇぇ!」

 

「響!」

 

「!?」

 

放たれたエネルギーが着弾して爆炎が上がる。自分が放った技が起こした影響を目の当たりにする少女。

それでもなお込み上げてくる怒りをぶつけ足りないと再び構えた時だった。

舞い上がった煙の中から響の叫ぶ声。それが聞こえたと同時に翔が刀を構えて一直線に飛び出してきた。

突きの形で向かってくる切っ先を鞭で受け止める少女。一瞬の攻防の中、少女は翔の背後で響が手に集めていた力を暴発させて吹き飛び倒れる姿を見た

 

「この短期間にアームドギアまで手にしようって言うのか・・・!?」

 

「余所見とは余裕だな!えぇ、オイ!」

 

響のやろうとした行動を目にして思わず足が止まる鎧の少女。そんな隙を彼が見逃すはずもなく鞭と鍔迫り合いの状態だった刀を琵琶にすかさず変形。目の前の男が持つ武器が変形するとはわかってはいたが、余程響のやろうとした事への動揺が大きかったのか反応が遅れた。

 

「ぶっ潰れろぉぉぉ!」

 

「ぐぁぁぁッ!」

 

少女の頭部、バイザーに当たる部分に手に持った琵琶をフルスイングして当てる翔。凄まじい轟音と共に大きく少女が吹き飛ぶ。地面を転がり距離を稼いだ所で立ち上がり反撃しようとするが、なぜか直ぐには立ち上がれない。

 

(な、なん、足、力、入らねぇ、頭、痛ぇ、前、見え、気持ち悪・・・)

 

ただの打撃だったのならこうもいかない。そもそもネフシュタンの鎧に通常の兵器等は意味を為さない。では何故か?それは彼が少女に叩き込んだのは衝撃ではなく音そのものであること。そして使っている物が関係している。

 

「テ、テメェ・・・!ア、アタシにナニしやがった!」

 

「音を叩き込こんだ、ただそれだけだ。本当なら即昏倒どころか当たり所のよっちゃ命に関わるのに立てるのか・・・今のを頭に食らって直ぐ立ち上がって喋れる奴はお前が初めてだよ。・・・本当に恐ろしい性能してんなその鎧。」

 

翔の呆れ半分感心半分の声を聞いて、いまだ視界が明滅して足が覚束ない少女は苛立ちを隠さず言った。

 

「カ、カラクリは分かった!もうテメェの今の攻撃を喰らわなきゃそれでいい!」

 

「ああそうだな、それでいい。・・・ところでまた余所見か?」

 

彼が今度は呆れたという感情だけで呟いたのと同時に響が鎧の少女に突っ込んだ。今までと違うのは彼女の右手に凄まじいほどのエネルギー・・・鎧の少女が言っていたアームドギアなる物を形成するための力が蓄えられている事。その響の渾身の力を込めた拳は少女の腹部に突き刺さり、先程の翔が琵琶を当てた時以上の轟音を出し鎧を打ち砕いた。

 

(バ、バカな!ネフシュタンの鎧が・・・!?)

 

そのままの勢いで壁に叩きつけられる少女。砕かれた鎧が少しずつ修復されていくのを感じながら今も歌い続けている響を見る。

 

(な、なんて無理筋な力の使い方をしやがる!この力、あの女の絶唱に匹敵しかねない!食い破られる前にカタをつけなければ・・・!)

 

焦る少女と対照的に落ち着いている響。それを見てまるで自分が馬鹿にされているように感じ少女は叫んだ。

 

「お前・・・馬鹿にしてんのか!このアタシを!雪音クリスを!」

 

「そっか・・・クリスちゃんって言うんだ!」

 

「あぁ?」

 

「ねぇクリスちゃん。こんな戦いもうやめようよ!ノイズと違って私たちは言葉を交わすことができる。ちゃんと話をすればきっと分かり合えるはず!だって私達、同じ人間だよ!」

 

尚変わらない響の歩み寄ろうとする姿勢についにクリスの堪忍袋の緒が完全に切れた。

 

「お前臭せぇんだよ・・・青臭せぇ・・・嘘臭せぇ!」

 

「クリスちゃん・・・」

 

我武者羅に殴りかかるクリス。殴られながらもクリスに手を伸ばす響を見てクリスは叫んだ。

 

「吹っ飛べよ!アーマーパージだ!」

 

「響!」

 

クリスが叫ぶのと同時、纏っていたネフシュタンの鎧が弾け飛んだ。それを見て一瞬で響を抱えて回避する翔。なにが起きたか確認しようとして立ち上がった二人が最初に目にしたのは、いや聞こえたのは歌だった。巻き上がっていた煙が晴れてクリスの姿が現れる。ネフシュタンの鎧と変わって色は真紅。そしてその形状はーーー

 

「見せてやる!イチイバルの力だ!」

 

「クリスちゃん・・・私たちと同じ・・・!」

 

「あれ、シンフォギアってやつじゃないのか!?・・・鎧もそうだがなんであんな物まで持ってんだ!」

 

「わ、私にも何がなんだか・・・」

 

驚く二人。そんな二人にクリスは苛立ちを隠さず叫んだ。

 

「歌わせたな・・・アタシに歌を歌わせたな!教えてやる・・・アタシは歌が大っ嫌いだ!」

 

「歌が嫌い・・・?」

 

それは何故か問い掛けようとする響だったがそうはいかなかった。クリスの右手に武器と思われる物が握られ、そこから弾丸が放たれたからだ。

すかさずその場から飛びのき回避する響と翔。だがクリスは響に狙いを絞って撃ち続け追い詰めていく。響の回避するコースを限定するかのように弾丸を放ち、先回りした地点にて蹴りによる打撃を加えた。

 

「やべぇ!」

 

慌てて響のフォローに入る翔。そんな彼に無駄だと言わんばかりにクリスの両手にはガトリングが握られていた。放たれる弾丸の嵐を前に懸命に琵琶をかき鳴らし音の防壁を張り防ぐ彼だが、クリスが攻め手を緩めることはなかった。彼女の腰に取り付けられた装備が展開しそのまま小型のミサイルを多数発射した。

身構える翔。だがそのミサイル群は彼を狙うことなくーーー彼の背後にいる響に狙いを着けていた。

 

『翔、これは無理だ!響の嬢ちゃんが!』

 

「くそがぁぁぁ!!!」

 

響を助けるため咄嗟に懐に手を入れて目録を引っ張り出そうとする翔。だが遅きに失した。ミサイルが着弾し辺りに爆風が巻き起こった。

 

「響・・・!」

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」

 

呆然とする翔と肩を大きく上下して息を整えるクリス。煙が晴れて二人の目の前に映ったのは倒れ伏した響ではなく、巨大なーーー

 

「「盾?」」

 

「剣だ!」

 

突如出現した巨大な物体を盾と判断した翔とクリスの声が重なる。だが直ぐにそれに対して否定の声が上から聞こえた。地面に突き刺された盾だと思われた巨大な剣。柄頭に当たるだろうその場所で声の主、風鳴翼が立っていた。

 

「死に体でお寝んねと聞いていたが足手まといを庇いに現れたか?」

 

「もう何も・・・失うものかと決めたのだ!」

 

倒れていた響が翼の声に気付いて彼女を見上げる。

 

「翼さん・・・」

 

「気付いたか、立花。だが私も十全ではない。力を貸してほしい・・・。そこのお前もだ。」

 

「は、はい!」

 

「おい・・・どういう風の吹き回しだ?」

 

まさか自分にも協力を持ち掛けてくるとは思わなかった翔が思わずといった具合に聞き返す。そうなるのも無理はない。目の前の堅物は事情があったとはいえ遭遇する度、常に自分に斬りかかってきた人物なのだから。

 

「立花の安全を確保し雪音クリスとやらを確保する、それが最優先だ。その為には一時だけ貴様と協力した良いと判断したまで・・・要はただの優先順位というやつだ。他意はない。貴様も確保対象には変わらない。」

 

「あっそう。吹っ切れたような顔してっから少しは頭が柔らかくなったのかなと思えば・・・そう簡単に人は変わらないし、変わらねぇよな。」

 

「だが・・・」

 

「だが、なんだよ?」

 

急に歯切れが悪くなった翼に怪訝そうな表情を浮かべ翔が聞き返す。

 

「前回の戦闘で・・私が重症を負った時、貴様が処置を施したと聞いた。貴様のような不審者に本当なら礼など言いたくはないが・・・助けられたのは純然たる事実、故に貴様は後回しにしてやる。ということだ。」

 

「ということだ、じゃねぇよ。普通に礼を言えよそこは!そもそもそんな事言われて"はい、そうですか"って協力するわけないだろうが!本当に融通利かない石頭の堅物だなお前!」

 

「なんだと!貴様、人の話を聞いていなかったのか!?最優先は立花の安全と雪音クリスの確保だと言っただろう!」

 

「なに妥協してやった感出してんだ腹立つな!なんにも妥協できてねぇよ!せめてこの場は見逃してやるぐらい言えってんだ!何より人の話聞かない云々は絶対にお前には言われたくねぇ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて下さい!争ってる場合じゃ・・・!」

 

先程までの緊張感は何処へやら。いがみ合い、怒鳴り合い。騒ぐ翔と翼に慌てて響がフォローに入る。

そして自分を蚊帳の外に不毛な争いをしている二人に対して、雪音クリスはーーー

 

「テメェら・・・さっきから何くっちゃべってやがる!アタシの確保!?面白れぇ、やれるもんならやってみやがれ!」

 

怒声と共にクリスが持つガトリングが再び火が吹く。だが翼は襲い来る弾丸の雨を最小限の動きで躱しクリスとの距離を詰める。クリスも負けじと反応するが翼は一歩その上を行く。数度切り払いクリスを足止めし、そのまま彼女の頭上を通り背後を取り、刃を突き付ける。翼が見せた一連の動きに背後を取られた本人であるクリスと傍から見ていた翔は驚きが隠せない。

 

(この女、以前とは動きがまるで・・・!?)

 

(俺が言える立場じゃないけど良い剣振るうようになってやがる。動きに硬さが無い・・・太刀筋が鋭いまま柔軟さを兼ね備えている。この短期間で心境の変化でもあったか?)

 

「翼さん!その子は・・・!」

 

「わかっている!」

 

「ちっ!」

 

響の気遣う声に問題ないと答える翼と苛立ち交じりに舌打ちするクリス。互いに足払いで牽制し合い、距離を取って仕切り直す両者。その間、翔はクリスの背後に周り翼と共に彼女を挟み合う形を作る。

挟み撃ちの形を取られたクリスが二人にそれぞれガトリングの銃口を向けた瞬間だった。

 

それは、来た。

 

前触れなく上空からノイズが飛来。そのまま地上へ自身の体を回転させながら弾丸の形を作りながら落下。それは正確に狙いつけられていて、クリスの両手に形成されていたガトリングを破壊した。

 

「なにぃっ!」

 

「ッ!」

 

予期せぬ自分への攻撃にクリスの足が止まる。そのクリスに対して遅れて最後の一匹が突っ込んでくる。だがノイズが彼女に届くことはなかった。間一髪の所で響が間に入り、代わりに響がその一撃を受けた。ノイズは響に当たると炭化して消滅。響はそのままクリスの胸に倒れ込んだ。

 

「響!」

 

「立花!」

 

「お、お前なにやってるんだよ!?」

 

響の行動に三者の驚きの声が重なる。特に庇われたクリスの動揺が大きい。そんな庇い庇われた二人を守る様に翔と翼が前に出て、周囲の警戒を行う。

 

「ご、ごめん・・・クリスちゃんに当たりそうだったから、つい・・・」

 

「ッ馬鹿にして!余計なお節介だ!」

 

響の本当にそうとしか思っていない言葉に対してクリスが赤面した、その時だった。

 

 

ー命じたこともできないなんて、あなたはどこまで私を失望させるのかしら?

 

突如として聞こえた声に警戒を最大限に引き上げる翔と翼。目線を向けた先には新たにノイズが上空を旋回していた。だが重要なのはノイズではない、その下だ。岬の手すりにもたれ掛る一人の女性と思わしき人物。その人物の手にはなんとソロモンの杖が握られていた。

 

「フィーネ!」

 

(フィーネ・・・終わりの名を持つ者?」

 

クリスが発したその人物の名前だと思われる声を聞いて翼が一瞬思案する。

 

『翔、あの女・・・この前会ったやつだ。間違いねぇ!』

 

「お前がそう言うなら当たりなんだろうな。嫌な感じだ・・・あんな輩に杖を使わせるわけにはいかないってのに!」

 

冥牙の指摘に翔が渋面を浮かべて答える。

 

「こんな奴がいなくたって戦争の火種くらい私一人で消してやる!そうすれば・・・アンタの言う通り人は呪いから解放されてバラバラになった世界は元に戻るんだろう!」

 

抱きかかえていた響を引きはがして翼に押し付けたクリスがフィーネと呼ばれた人物に叫ぶ。

だが彼女の悲痛とも呼べる叫びにフィーネは嘆息し呆れたように返した。

 

ー・・・もうアナタに用はないわ

 

「ッ!な、なんだよそれ!」

 

無慈悲な宣告にクリスが激しく動揺する。そんな彼女を気にすることなくフィーネが手を翳すと散乱していたネフシュタンの鎧の破片が一斉に粒子化してその手に納まった。

 

「しまった・・・回収し損ねた!」

 

自分の間抜けさに気付いた翔が悔恨の声を上げる。突然の展開に呑まれたとしても酷い失態だ。

 

そしてフィーネが杖を翳すと新たにノイズが翔達に飛来してくる。そのノイズにフィーネに近づかんとする翔と、響を抱えながら翼が応戦する。その光景を見ることなくフィーネは夕焼けの中悠々とその場を後にした。

 

「待てよ・・・!フィーネ!」

 

自分に目もくれず、言葉も残さずその場を去ったフィーネを追うようにしてクリスも走り出す。それを見て翼も動き出そうとするが自身の腕の中にいる響を見て逡巡する。そんな翼に対して翔が声を掛ける。

 

「お前は響を頼む。代わりに俺が奴らを追う。お前からして見れば俺は不審者以外の何者でもない。信用も信頼も無理だろう。・・・だけど俺が戦ってる理由は決して杖や鎧を使ってどこうしようと思ってるわけじゃない!・・・あんな物は使ってはいけないと、存在してはいけないと心から思っているだけだ!」

 

「貴様・・・」

 

「・・・悪い。いきなりこんなこと言って都合がよすぎな上、信じろってのが無理な話だよな・・・忘れてくれ。」

 

「・・・貴様の言う通りだ。貴様は自分の目的を話さず、ただこちらに信じろとふざけた要求をしているだけだ。だが、それでも・・・先程も言ったが貴様には借りがある。・・・今の言葉に嘘偽りはないな?」

 

虚偽は許さない。そう強い目線を自分に向けてくる翼に対して翔は真っ向から受け止め返答した。

 

「ない。剣に誓う・・・なんて言うのはカッコつけすぎか?」

 

「そのようなこと互いに柄でもないだろう。」

 

「ま、そうだよな・・・響を頼む。」

 

「言われずとも。・・・次に会う時、貴様の言うあんな物とやらで力を振るい罪なき人々を傷つけるようなことがあればその時は容赦なく貴様を斬る。」

 

「そんな事は絶対にないから安心しろ。」

 

それだけ言って互いに背を向け翔はフィーネとクリスを追う為に翼は響を本部へ移送するため走り出す。

その間、二人は決して振り返ることなく前を見続けた。

 

 

 

(あの二人は俺が追う・・・追うって言ったけどさ、なんだこの状況。どうしてこうなった?)

 

あれからフィーネとクリスを冥牙の力を頼りに追跡し続けた翔。日が落ちて夜に差し掛かったところで、とある公園にてクリスを発見。発見したのだが・・・。

 

「お兄さんもお姉さんもケンカはだめだよ!」

 

「ダメなんだよ!」

 

「「だってコイツが!」」

 

「「ダメだってば!」」

 

「「・・・わかったよ。」」

 

幼い兄妹の言葉に翔とクリスは押し黙る。なんてことはない。彼がクリスを発見した時、彼女はこの兄妹となにやら揉めているようだった。彼女の気性の荒さを少なからず知っていた翔は慌てて間に入るが自分を追ってきたと感づいたクリスが驚き激怒。兄妹そっちのけでそのまま口汚い言葉の応酬で不毛な争いを暫く続けたところで窘められたという形だ。

 

「おい野良猫。お前、こんな小さい子達に叱られて恥ずかしいと思わないのか、ええ!?」

 

「お前も叱られてるじゃねーかお邪魔虫!それになんだ野良猫って!アタシか?アタシのことか!?」

 

「お前以外に誰がいるってんだ野良猫!」

 

「なんだとお邪魔虫!」

 

「やるか!?」

 

「上等だ!」

 

「「だからケンカはダメだってば!」」

 

「「・・・・・・・・・・ふんッ!」」

 

兄妹の再びの指摘に不承不承といった具合でとりあえず矛を収める二人。兄妹は手を繋ぎ、翔は兄の方とクリスは妹の方と手を繋いで傍から見れば兄妹4人で仲良く歩いているように見える光景に翔とクリスの胸中は同じ疑問を占めていた。

 

((本当にどうしてこうなった・・・?))

 

あれから一先ずは兄妹のはぐれたという父親を捜す間だけという理由で一時休戦と決めた翔とクリス。妙な組み合わせで夜の街を行く4人。その道中、クリスが静かに歌を口ずさむと、兄弟と翔が会話を止めて思わずその歌に聞き入る。急に黙った3人に気付いたクリスが顔を少し赤らめながら吠えた。

 

「な、なんだよお前ら!急に黙って気持ち悪ぃ!」

 

「お姉ちゃん。うた好きなの?」

 

「歌なんて・・・大嫌いだ。」

 

「・・・・・」

 

妹の方の質問に否定の答えを返すクリス。苦々し気に歌は嫌いだと答えるクリスに思う所があったのか、先程の言い争いとは違って茶化すことなく聞いている翔。そんな静かにしている翔を疑問に思ったのかクリスが口火を切った。

 

「なんだよ、黙り込んで。本当に気持ち悪いな。どうせ歌なんてお前には似合わないとか思ってんだろう?」

 

「思ってねぇよ。」

 

「・・・本当に気持ち悪いな。・・・なんだってんだよ・・・。」

 

言葉少なめに反応する翔に思っていたとは違う反応を返されたクリスが押し黙る。暫くは会話らしい会話がなかったが彼らの目の前に交番が見えた。そこから一人の男性が出てきて彼らを見て驚き声を上げると兄弟もそれに反応した。

 

「父ちゃん!」

 

「お、お前達!どこに行っていたんだ!?」

 

「お姉ちゃんと大きいお兄ちゃんのふたりがいっしょにまいごになってくれたー!」

 

「違うだろ?一緒に父ちゃんを探してくれたんだ!」

 

「そうでしたか・・・すみません。ご迷惑をお掛けしました!」

 

「いや、成り行きだからその・・・」

 

「そ、そうですよ。お父さんが謝られることなんてないですよ!」

 

普段人に感謝される機会があまりないであろう翔とクリスに兄弟の父親からの言葉は些か気恥ずかしすぎた。そんな二人を見て笑みを浮かべた父親は続いて娘と息子を窘めた。

 

「こーら。ちゃんとお姉ちゃんとお兄ちゃんにお礼は言ったのか?」

 

「「ありがとう!」」

 

「おう、どういたしまして。」

 

「・・・仲いいんだな。」

 

兄妹の年相応の可愛らしい言葉に笑みを浮かべる翔とクリス。そんな兄妹にクリスが一つ訊ねた。

 

「そうだ。そんな風に仲良くするにはどうすればいいか教えてくれよ?」

 

「・・・それは俺も知りたいな。」

 

兄妹に笑顔で尋ねるクリスと少し思う所があるのか微妙な表情を浮かべる翔。そんな二人に幼い兄妹はお互いに身を寄せ合いながら答えた。

 

「そんなのわからないよ。いつも喧嘩しちゃうし・・・」

 

「ケンカしちゃうけど、なかなおりするからなかよしー!」

 

「「・・・・・」」

 

それは翔とクリスにとって望んだ答えではなかったかもしれない。だが、それでも思う所がないわけではなかったのだろう。それは二人の兄弟に向けるどこか寂し気な笑顔が物語っていた。

 

 

 

それから帰路に就く兄妹とその父親を見送って、まずはクリスが先に口を開いた。

 

「それで、アタシに何の用だよ?言っとくけどアンタが狙ってるソロモンの杖もネフシュタンの鎧も持ってないぞ?それでもアタシと戦うってか?」

 

「お前が杖も鎧も持ってないなんて百も承知だ。単刀直入に聞く。お前、フィーネってやつの居場所を知ってるな?」

 

「だとしたら?」

 

「連れていけ。」

 

「バッカじゃねぇのか、お前。そんな頼み聞く義理が無いね。第一、それでアタシに何の得があるってんだ?」

 

「お前、手ぶらで帰れるのか?」

 

「・・・何が言いたい?」

 

「お前、フィーネって奴にもう用はないって言われてただろう。帰ったところで話を聞いてもらえると本当にそう思っているのか?」

 

「うるせぇな・・・それが、それがなんだっていうんだ!」

 

「だから俺が手土産になってやるって言ってんだ。」

 

「はぁ!?」

 

翔の思いがけない提案に驚くクリス。そんな反応を見せるクリスに構うことなく翔は続けた。

 

「俺が奴の事を詳しく知らないのと同じ様に恐らくフィーネって奴も俺に関してはそう情報は持っていないはず。お前達が身に纏い使用しているシンフォギアだったか?・・・それと同じ様にノイズとの戦いの術を持っていて、その上ソロモンの杖を狙う得体のしれない餓鬼。連れて行きゃ取り付く島もない・・・なんてことにはならないと思うが?」

 

「・・・お前。仮に、そうだとして無事に済むと思ってんのか?」

 

「なんだ。心配してくれんのか?」

 

「ばっ・・・!ち、違う!アタシが言ってんのはそういうことじゃねぇ!」

 

「じゃあどういうことなんだよ?」

 

「それは・・・・。・・・言っとくけど何が起きても後悔すんなよ?」

 

「当然だ。自分の事は自分で面倒を見る。」

 

最後は断固として自分の提案を通そうとする姿勢を崩さない翔にクリスが根負けした形で取引が成立した。

それからクリスの先導で目的地に向かう道中、相手の思い通りの展開になったことに対して思う所があったのか、恨み言をぶつけるかのようにクリスが言った。

 

「なぁ・・・お前もアイツも。なんでこう、敵に対してお節介をしたがるんだ?」

 

「アイツってのは響の事か?。響は本心から混じりっけないの善意からくるお節介だと思うが俺は違うと言っておくぞ?俺にはちゃんと理由が・・・打算的な考えがあってのことだ。」

 

「なんだよ、お前の考えって?」

 

「お前に言う義理はないな。」

 

「へっ!そうかよ!」

 

ならもう話すことはない。そう言わんばかりにこちらを振り返ることなく歩く速度を速めるクリスとそれを追う翔。

それから目的の場所に付くまで二人の間に会話が交わされることはなかった。

 

 

 

「どうして誰も・・・私の思い通りに動いてくれないのかしら?」

 

そう言ってソロモンの杖を操り、翔とクリスにノイズの群れを差し向けるフィーネ。

クリスの案内でフィーネの潜伏している場所に訪れた二人。来て早々にフィーネに自分の思いをぶちまけたクリスにフィーネは先の言葉を用いて嘲笑した。そんな彼女の対応に胸にあるギアを手に取り悲痛な表情を浮かべるクリスだがフィーネはそれに構わず続けた。

 

「流石に潮時かしら?・・・そうね。あなたのやり方じゃ争いを失くすことなんて出来はしないわ。精々一つ潰して新たな火種を二つ三つばら撒くぐらいかしら?」

 

「アンタが言ったんじゃないか!?痛みもギアもアンタがアタシにくれた物だけが・・・!」

 

「アタシが与えたシンフォギアを纏いながらも毛程の役に立たないなんて・・・そろそろ幕を引きましょうか?」

 

そう言ったフィーネの全身が光り輝く。

 

「私も・・・この鎧も不滅。未来は無限に続いていくのよ。」

 

輝きが収まるとそこには黄金の鎧を身に纏っているフィーネの姿があった。

 

「カ・ディンギルは完成しているも同然・・・もうアナタの力に固執する理由はないわ。」

 

「カ・ディンギル・・・そいつは・・・?」

 

呆然と立ち尽くし、それは何か?そう問い掛けるクリスにフィーネはまるで口の端を上げ、歪んだ笑いを持って告げた。

 

「クリス、アナタは知りすぎてしまったわ・・・そこのアナタもこの場に来て今の話を聞いた以上ここで死んでもらうわ。」

 

「あー・・・別にそんなことはどうでもいいんだが。一つだけ聞いていいか?」

 

「何かしら?命乞いなら聞かないわよ?」

 

「そんなことしねぇよ。俺が聞きたいのは広木さん・・・広木防衛大臣が暗殺された一件にお前が関与しているかどうかだ。」

 

クリスと共にいた翔もこの場で消すと告げたフィーネに翔は一切臆することなく問い掛けた。その問い掛けに対してフィーネは少し笑みを浮かべ、彼を試すかのように答えた。

 

「・・・何でそんなこと聞くのかしら。私が計画したという証拠でもあるのかしら?」

 

「証拠はない。だが俺が広木さんから聞いた聖遺物・デュランダルの移送計画・・・外部におおよそ漏れるはずのない計画なのにこの野良猫は正確に移送経路に強襲しに現れた。そんな野良猫を従えていたお前に加えてあの場にいて説明のつかない不可思議な力を使った""お前"。・・・気になる点が幾つかあってな。それで、どうなんだ?」

 

「あなたが広木防衛大臣と関りがあったというのには驚いたけど・・・それはどうでもいいわね。それよりも"あの場にいて"とはどういうことかしら?あなたと私はこれが初対面のはずだと思うけど?」

 

「いい加減とぼけるのは無しにしようぜ、櫻井了子。」

 

「あら・・・気付いていたのね。いつからかしら?」

 

「お前が破損したネフシュタンの鎧を回収したあの時だ。お前と初めて会った時と感じたドス黒い感覚が同じだった。」

 

「感覚ねぇ・・・随分とアバウトな・・・」

 

『人間の感覚は信用ならないってか?だったら俺が保証してやるよ。』

 

翔の判断に指摘をするフィーネだが、それに冥牙が口を挟むことで閉口する。

 

「・・・あなたもあなたの持つその道具も何なのか気になるところではあるけれど・・・私の計画はもう大詰めだしそんな時に余所者に出しゃばってくれちゃ困るのよ。」

 

「勝手に困ってろ。何よりお前が櫻井了子云々はどうでもいい!それで、どうなんだ!?」

 

「どう、とは?」

 

「広木さんの暗殺に関与しているかどうかを聞いてるんだ!」

 

ついに我慢が効かなくなったのか声を荒げて問い詰める翔。そんな必死さを見せる彼を面白がって笑うフィーネ。ひとしきり笑った後、彼女は翔を小馬鹿にするかのように言った。

 

「ふふふ・・・ご想像にお任せするわ?」

 

「・・・・・決まりだ!」

 

そう覚悟を持って言い切った後、懐から魔剣目録を取り出す翔。全身を怒りで震えさせる彼はフィーネに言った。

 

「前に言ったよな!お前がそのドス黒いものをぶちまけたら滅ぼしてやると!それが嘘偽りではないことを!それが可能であると教えてやる!」

 

「あらあら、怖い。あなたがどんな手段を使って私を滅ぼすのか興味はあるけれど・・・先ずはアナタに消えてもらうわよ、クリス?」

 

「えっ・・・」

 

対峙していた翔とフィーネの間で呆然自失の状態でどうすべきか迷っていたクリスに突如ノイズが差し向けられる。反応が遅れたクリスはそのままノイズが起こした衝撃に外へ吹き飛ばされた。

 

「おい、野良猫!何やって・・・」

 

思わずクリスに駆け寄った翔が声を掛けるが途中で口を噤む。彼女は泣いていた。

 

「ちきしょう・・・ちきしょう!」

 

悔恨の声を漏らすクリスを見てまるで獲物を絞め殺す蛇を思わせる笑みを浮かべるフィーネ。彼女がソロモンの杖を向けてさらなるノイズをクリスに差し向けた時だった。

 

『翔!』

 

「選んでる時間はない!」

 

次の瞬間、クリスに差し向けられていたノイズが。フィーネが潜伏していた建物の入り口付近が跡形もなく爆散し、辺り一面が火の海と化した。

 

「なっ!なんだこれは!どうなっている?貴様いったい何をした!」

 

先程までの余裕が消し去り大きく動揺するフィーネ。彼女がここまで動揺する理由はノイズが消え去ったことではなく、周辺が燃え盛るかのような惨状になっていることでもない。自身が纏うネフシュタンの鎧。それまでもが今の一瞬で少なからず損傷して再生をしていることだ。

 

(それになんだ、このあらゆる物を焼き尽くさんとする異常な熱は!この私が・・・ネフシュタンの鎧を纏うこの私がこれほど感じるなど・・・ありえない!」

 

一体、この熱を発生させたのは、この惨状を作り上げたのは何か。フィーネがそれを確認しようとその原因を作ったであろう翔を見る。あまりの熱で歪んで見えたが、フィーネには確かに見えた。

気絶したであろうクリスを抱える手とは反対の手。美しい装飾が施され、一目見ただけで計り知れない力が宿っていると分かる赤色の剣を翔は握っていた。

 

(あれは・・・まさか!?)

 

フィーネの中で一つの疑問が解けかけるのと同時に翔がもう一度その剣を振るった。再び巻き起こる炎の渦と爆炎がフィーネを襲う。それを耐え凌ぎ、フィーネが再び翔とクリスのいた位置を見ると二人は消えていた。

 

(クリスを気遣って逃げたか・・・?怒りに呑まれているかと思えば意外と冷静さは持っているか・・・)

 

改めて翔によって引き起こされた辺りの惨状を見たフィーネ。そんな彼女は先程の出来事を思い返しながら訝し気に呟いた。

 

「久しく見ていなかったが・・・あれは神誨魔械に間違いない。だが・・・解せないな。」

 

「あの小僧が・・・"護印師"という風には見えなかったが・・・」

 

フィーネ以外に誰もいないこの場所で、その問いに答える者は当然存在しなかった。

 

 

 

『咄嗟に引き抜いたのがよりによって"灼晶劍"だなんて・・・外れの部類だな。大丈夫か、翔』

 

「・・・あの場、あの状況じゃ、まだ、当たりの、部類、だろう?」

 

『そんな腕になってもそんなこと言えるなんてな・・・痛み以外の感覚がないだろうに・・・』

 

冥牙が気遣う翔の左腕。灼晶剣とやらを持っていた左手は指先から肘の辺りまで、まるで酷い火傷を負ったかのように赤黒く変色してしまっている。

 

『・・・これから、どうすんだ?』

 

「本当に・・・どうしような・・・」

 

冥牙の問いに息も絶え絶えで答える翔。あれから追撃に差し向けられたノイズをクリスを庇いながら逃げる事自体は成功したものの今の負傷した状態に加えて、クリスも意識を取り戻していない。これ以上の移動は難しいと判断せざるを得ない。だがーーー。

 

「畜生、降ってきやがった・・・」

 

何とか転がり込んだ路地裏で降ってきた雨に悪態を吐いて空を見上げる翔。このままでは二人とも雨によって体の熱を奪われて休息もままならない。そう判断して雨を凌げる場所に移動しようと思うようにならない体に鞭打って動き出そうとした時だった。

 

「あの・・・誰かそこにいるんですか・・・?」

 

大通りから外れた路地裏なら人目も避けれると考えていた翔にとって急に聞こえてきた声は二つの衝撃を彼に与えた。一つはこの場を見られた時にどう言い繕うかということ。だが、これに関してはいざとなればなんとでもなると彼は踏んでいた。彼が真に驚いたのはその声の主が最近知り合った者の声であったことだ。

 

「え・・・神薙さん?・・・なんで・・・?」

 

「・・・久しぶり・・・というわけでもないか。」

 

彼の目の前に現れた少女。その少女の大切な親友が抱えている秘密を知りながら黙っていたことで彼が傷付けてしまった少女。

 

小日向未来が彼の前に立っていた。



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