ももレナ風タルト まなかのソースを添えて (ホシボシ)
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恐怖! カップル割引の謎を追え!

※注意!

・この作品は、十咎ももこと、水波レナのカップリング描写(ももレナ、レナもも)が中心になっています。

・マギアレコード本編とはほぼ関係ない。パラレルワールドです。
 オリジナル設定や、オリジナルの人間関係がメインになっていますので、本編の知識はアニメ版と、それぞれの魔法少女ストーリーくらいでOKです。

・ももレナ以外のカップリング(なぎかり、やちさな等)が入ってくる可能性があります。その場合は、前書きに注意を入れます。

・必須タグにクロスオーバー、通常タグに多重クロスや、他作品ネタとありますが
 この作品は別で連載中のクロスオーバー小説のスピンオフとなっています。
 
そちらの知識は必要ありませんが、その関係上、マギカシリーズ以外の登場人物が数名出てきます。
作品名をタグに記載していないのは、その作品の要素が薄いため、その原作を目的に見に来てくれた人の混乱を招くかなということで記載しませんでした。
ただし1エピソードだけ、がっつり絡ませるつもりなので、その時に改めて原作名を前書きで記載しようと思ってます。

・連載ということになってますが、短編集みたいな感じです。更新は爆遅いです。

上記の要素がありますので、苦手な方は我慢してください(´・ω・)

オリジナルの設定や人間関係が、割と説明なしで進むところがあるので、まあニュアンスで楽しんでってください。



「事件です! お客さんが来ませんっ!」

 

胡桃(くるみ)まなかは激怒した。

自信満々の新作、オムケーキの発表日であるというにも関わらず、ぜんっぜん客が来ないのである。

 

ここは見滝原。

人通りの少ない路地を抜けたところに西洋建築のレストランがひっそりと存在していた。

名前は『ウォールナッツω』、神浜にある本店に負けず劣らずをモットーとした、知る人ぞ知る名店である。

 

「味は最高だし、バズっちゃう要素もいれてるのに! なぜ!?」

 

ちらほらと客は来るのだが年齢層が高く、ケーキが出たのはたったの一回だ。

名前の通り見た目はオムライスではあるが、実は玉子の部分はクレープ生地になっており、ケチャップはイチゴとベリーのソースにして、中はチキンライスではなくスポンジとクリームとイチゴである。

見た目はオムライス。でも食べれば甘くて美味しいスイーツ。

 

「我ながら完璧だと思っていたのに……!」

 

あまりに暇なので対人戦のソーシャルゲームで遊んでいるとボコボコにされた。

相手の名前は『閑古鳥ウェイ太郎』。試合終了後にフレンド申請が来てみたので、開いてみたら、たった一言。

 

『弱すぎて草』

 

「なッ、何が草ですか! まなかの炎ですべて焼き尽くしてやりたいくらいですぅううああ!!」

 

「おちついてください料理長!」

 

シェフの一人の翔一(しょういち)が、まなかを抑えてスマホを見せる。

 

「今日は駅前に新しい喫茶店が二つもできたみたいで。そのキャンペーンでとっても安いみたいなんですよ」

 

新しい店というだけでなく超割引。

さらに一つは年齢層が上向け、もうひとつはティーン向けと、お客がすべて流れているらしい。

 

 

 

「というわけでレナさん。今日はお店はいいので、若い人たちに人気が高いほうの喫茶店視察をお願いします!」

 

「はあ!? なんでレナが!」

 

店に降りてきた水波(みなみ)レナに、押し付けられたデジタルカメラ。

 

「これで店内の様子を撮影してください」

 

「でもいいのか? そんなこと勝手に」

 

出前から帰ってきた十咎(とがめ)ももこは目を丸くしている。

 

「はい。公式アカウントで確認しました。バズらせるのが目的で、今日は店内の撮影をすべて許可しているようです。今も動画サイトでは多くのマギチューバーたちがライブで食事風景が配信しています」

 

「はぁー、時代は変わったんだなぁ」

 

「ももこ、それやだ。おっさんクサイ」

 

「わけぇもんの考えるこたぁ、わからんわい」

 

「それじゃあ、おっさんじゃなくて爺ですよ」

 

するとレナは、涼しげな顔でまかなからデジカメを受け取る。

 

「いいわ。行ってあげるわよ。どんなもんかちょっと興味あるしね」

 

「助かります。ももこさんも一緒に行ってください」

 

「ももこも?」「え? アタシも?」

 

「はい。というのもですね、今日その店に入れるのは、カップル限定となっておりますので、レナさんだけでは無理なんです」

 

「へー……」

 

「………」

 

「「………」」

 

………

 

「はぁああああああああああ!?」

 

「うるさいです」

 

「ちょ! まッ! は!? えぇ!」

 

「うるさいです」

 

「カップルだけって! なによそれ!」

 

「うるさいです」

 

「え……!? いやッ、え? は! 聞いてないわよ!」

 

「うるさいです!! なにか問題でも!?」

 

「あるに決まってるでしょ! ももこ! アンタも言ってやってよ!」

 

「へ? アタシはべつにいいけど?」

 

「はああああああああああああ!?」

 

「うるさーい! ですから! フリでいいんですよ! わかりますかレナさん!」

 

「フリって……ッ、だからってなにも、レナとももこッ、で、なんて」

 

「まなかたちは調理場を離れられませんし、仕方ないですよ」

 

「でも、でもっ!」

 

「気になるのならば魔法を使えばいいじゃないですか」

 

「え?」

 

「津上シェフ、だれかいい人はいませんか?」

 

「そうだなぁ。実在する人だと変な誤解が生まれる可能性があるし、かといって空想の人物だとレナちゃんも混乱するし……。あ、そうだ!」

 

しばらくすると翔一は一枚の写真をグループSNSに送信する。

そこには一人の男子高校生が写っていた。

 

「知り合いのバーのマスターの若い頃なんですけど、これだったらいいんじゃないかな?」

 

「確かに。これなら誤解も受けませんし、レナさんもイメージしやすいでしょう?」

 

「………」

 

レナは10秒ほど写真を見つめると、固有魔法である『変身魔法』を使って男性をコピーする。

瞳の色以外は完璧だ。

 

「よーし、じゃあいきますか」

 

「………」

 

ももこがニヘラと笑ったのが、ちょっとムッとした。

 

 

 

「おー、まあまあ並んでるんだなぁ」

 

「………」

 

自撮り棒にデジカメをセットして、ももこは行列を撮影する。

それはリアルタイムで、まなかのスマホに映像が送られていた。

 

『カップルチャンネルというものが一部の若者に人気みたいですからね。それとは別に純粋にデートのお出かけ先として立ち寄る人が多いのでしょう』

 

「意外とみんなミーハーなのかもな。お、また列が進んだ。もう入れそうだな。任せとけよまなか、ばっちりレポートするからさ」

 

『食レポ、お願いしますよ。SNSを見る限り、意外と食事が美味しいようなので』

 

「帰る」

 

「おお、もうすぐ入れ……、ん?」

 

『はい?』

 

「レナ、帰る」

 

そういってレナは列を抜けてトボトボと歩いて行った。

 

「レナ!」

 

『ちょちょちょ! ももこさん! 今抜けてしまったら並びなおしですよ!』

 

「でもっ! 体調が悪いのかも!」

 

『二億パーセント違います! ヘラちゃんモードになってるだけです! 今すぐ津上シェフを向かわせますので、そこで待機しておいてください』

 

「そういうわけにもいかないよ! ごめんな、まなか!」

 

ももこは一旦、カメラを止めると、自分も列を抜けてレナを追いかけた。

路地裏に入ると、レナは変身魔法を解除して背中を向けていた。

 

「大丈夫かレナ?」

 

「あんたって本当にタイミング悪いわよね。もうちょっとで入れたのに」

 

「レナが抜けちゃうからだろ~?」

 

「……いいの? 追いかけてきちゃったりして。まなかに小言、言われるわよ」

 

「あー、まあ、あはははは……」

 

ももこは少し困ったように頬をかくと、そのままレナを後ろから抱きしめた。

 

「はぁ!?」

 

「レーナ! どうどう」

 

「やめてよ人を動物みたいに! 離して!」

 

「それは無理」

 

「うッ! うぅぅぅ! 怪力すぎるでしょ! ゴリももこ!」

 

「よせよこんな美少……、やめた。恥ずかくて冗談でも無理だな」

 

恥ずかしそうに笑うももこ。レナも頬を赤くしてもがく。

しかし、やがて徐々に大人しくなっていき、それを確認すると、ももこはレナの頭を撫でた。

 

「どした? 言ってみな?」

 

「なんでもない」

 

「本当に?」

 

「本当になんでもないから」

 

「嘘だよ。なんでもないならどうして列から抜けたんだ?」

 

「うざい! 本当になんでもないって言ってるでしょ! アンタ日本語もわかんないの?」

 

「意地張らない、意地張らない。前に言っただろ? 覚えてる?」

 

「………」

 

「アタシの前では全部さらけ出してよ。さっきは周りに人がたくさんいたけど。今はほら、こんな路地裏、誰もいないし。誰も見てないって」

 

「………」

 

「どうして追いかけてきたのかって、そんなの決まってるじゃん。レナと一緒に入りたかったからだよ」

 

「………」

 

「嬉しかったんだけどさ。ちょっと照れ隠しっていうかなんていうか。ウォールナッツじゃ、どっちでもいいみたいに言っちゃったけど、本当はよっしゃー! って思ったよ? 仕事サボってレナとデートなんて最高じゃん!」

 

「………」

 

「あ、今ドキってならなかった?」

 

「は、はぁ!? なってないわよ! バカなんじゃないの!」

 

「そっかぁ。でもさぁ、勘違いだったらごめんだけど。もしかしたらレナも楽しみって思ってくれたんじゃないの?」

 

「………」

 

「もうそうだったらアタシめちゃくちゃ嬉しいんだけどなー! どう……?」

 

「……レナも」

 

「うん?」

 

「レナも、うれしかった」

 

「よっしゃー、へへ、同じ考えだなアタシたち」

 

ももこがレナの頭をくしゃくしゃと撫でると、レナはすっかり大人しくなって、ももこの腕にキュッとしがみついた。

 

「よしよし。それで? どうしちゃったんだ?」

 

「嫉妬、しちゃった」

 

「そっか。ごめんな」

 

「謝らないでよ。レナが最悪なだけなんだし」

 

「謝るよ。ごめん気づいてやれなくて」

 

「そういう優しさ本当にうざい」

 

「レーナ!」

 

「……ごめんってば。また。うん、だから、その、レナ、男の人に変身してたでしょ? 周りから見たらももこがあのお店に入っていくのは、その人と一緒にってことじゃん。それがなんだか凄い……、嫌だった」

 

「そかそか。じゃあ一緒に行こうよ。レナの姿で」

 

「でも、その……、いいの?」

 

「何が?」

 

「だから、なんていうか。そういう人たちしか入れないお店なんでしょ」

 

「んー、まあ今どき珍しくないんじゃない? 並んでる時に店内見たんだけど、女の人同士もいたよ? 黙ってたらバレないって」

 

「でも――!」

 

「なんだったら手でも繋いで並んどくか?」

 

「ッ、そういう意味じゃなくて!」

 

「へ? なにが?」

 

「……はぁ、さいあく」

 

「えぇ!? ご、ごめんッ」

 

「もう、いい。大丈夫だからいこ。ほら、手を繋ぐんでしょ」

 

「お、おお」

 

 

こうして、二人は最後尾から並び直すことに。

 

「いやぁ、ごめんなー、まなか」

 

『べつに、かまいませんよ。どうせ今日は暇ですし』

 

「……ごめん」

 

『お、レナさんが素直に!』

 

「てか、ももこ、手汗やばい」

 

「うっ、ごめんごめん。で……」

 

でもレナだって凄いぞ。

それを言うとまた列を抜けるハメになるのでやめておいた。

それに心なしかレナが嬉しそうだ。水を差すのはやめてあげよう。

 

「はぁ、それにしても並びすぎでしょ」

 

「それだけ愛が育まれてるってことだからいいんじゃない? それに列が長ければレナとたくさん話せるし、ラッキーじゃん」

 

「……きもちわる」

 

「あはははは」

 

レナからは悪態をつかれたが、繋いでた手に力が入った。

ぎゅっと、レナは強く握ってきた。まるで離してほしくないといわんばかりに。

ももこは嬉しくなって、繋ぎ方を指を絡ませる恋人つなぎに変更してみる。

 

「調子乗ってんじゃないわよ」

 

パッと、手を離された。

 

「うーん、むずかしーなぁ……」

 

しかし確かに周りを見てみると、それぞれのカップルは楽しそうにお喋りをしている。

それはレナとももこも同じだった。

 

「昨日のミュージックボンバーのやつさぁ、やっぱ、いーちゃんは声がいいよなぁー」

 

「わかる! あんなにかわいい顔なのに、喋るとすっごいハスキーで、ユニオンジャックのサビとかやばかったよね!」

 

「そうそう。先月のテレビスパイス見た?」

 

「あのインタビューでしょ! 見た見た!」

 

「あんなに素敵な声なのに、本人からしてみればコンプレックスだったりするんだなぁ」

 

「まあちょっとわかるけどね。レナたちだって、そうでしょ」

 

「あはは、確かになぁ」

 

「いくちゃんは凄いよ。魔法少女にならなくても克服できたんだから」

 

「まあそこは優劣なしにしようよ。アタシたちだって魔法少女だったから出会えたんだし。今もこうして、こんなことができる。アタシは魔法少女になって心からよかったなって思えるけど?」

 

「………」(すぐそういうことを言う)

 

「でもさぁ、あのインタビュー、やたら豚骨ラーメンに言及してたじゃん?」

 

「ん! 食べたくなったよね!」

 

「なったってことは我慢したってこと? アタシ思いっきり夜のラーメン屋に繰り出したんだけど……」

 

「ぷふっ! なによそれ! 全然気づかなかった!」

 

「ま、まああれだよな。アタシらよく動くし戦うしセーフだよな」

 

「……知らない。ふん!」

 

「え? なんで不機嫌になるの?」

 

「……誘いさないよ」

 

「え? あ、ごめん。でも行ってた?」

 

「行くわけないでしょ。夜にラーメンなんて食べたら太るじゃない!」

 

『めんどくさい女ですねー……』

 

「ちょ! は! まなか聞いてたわけ!?」

 

『ずっと聞いてましたよそりゃ。ライブ切ってませんからね。ところでユニオンジャックってなんですか? イヤホンジャックみたいなもんですか?』

 

「んなわけないでしょ! 曲名よ! アクトレスってグループ知らないの!?」

 

『さっぱりです』

 

「なんかムカツク。今度CD貸してあげるから聞きなさいよね!」

 

『お気持ちはありがたいのですが、まなか、音楽は携帯で聞く派なのでプレイヤーが……』

 

「カス! レナの貸す!」

 

『一番最初のカスは悪口のトーンでしたねっ』

 

「ははは! まあまあ、とにかくさ、そのグループのいくちゃんって子がすごくてさぁ」

 

アイドル話に花を咲かせていると、やがてレナたちの番になる。

女二人ではあったが、特に何事もなく窓際の席に案内される。

 

『メニューはどんな感じでしょう?』

 

「ちょっと待って。ほら、どう、見える?」

 

『はいはい。なるほど。まあ価格はそんなもんですか。コーヒーのバリエーションは少ないけど紅茶が豊富ですね』

 

「うわっ、何このメニュー」

 

『どれどれ? あー、ははは……、これはさすがにですねぇ』

 

レナが示したのは巨大なピンク色に着色されたソーダなのだが、見た目がすごい。

グラスが巨大なハート形をしており盛り上がった二つの部分からストローが出ており、要はカップルが見つめ合ったまま飲むようなのだが――

 

「ばっかみたい。こんなの頼むわけないでしょ」

 

『い、いいんですかレナさん。周りにいたらどうするんです!』

 

「いないわよ、いるわけないでしょこんなモン頼むバカップル」

 

『なんですか? "永久のラブ誓っちゃいました超ラブラブソーダ"って、ぷぷぷ! 商品名も凄いですね。これを店員さんに口頭で注文できる度胸のある人間なんてそうそう――』

 

「え?」

 

ももこの前に、ドン! と置かれた永久のラブ誓っちゃいました超ラブラブソーダ。

 

「ちょっとマジ! アンタなんてもん頼んでんのよ!」

 

「喉乾いてたから頼んだんだけど……、まずかった?」

 

『て、提供時間はや! これは素直に見習わなければなりませんっ!』

 

「っていうかいつの間に頼んだのよ!」

 

「いやぁ、二人が話してる間に」

 

『しょ、商品名言ったんですか。口に出して』

 

「う、うん」

 

『ぶほっ! ぷひひひひ!』

 

「ももこアンタねぇ! これっ、は、恥ずかしくないワケ!?」

 

「いや……、おいしそうだったし。大きい割には値段も安かったし……。飲まないの?」

 

「飲むワケないでしょ! そんなの飲むのバカだけよ!」

 

「えぇー……」

 

レナはメニューに視線を戻した。

しかし次第に表情が暗くなっていく。

どんどん、どんどん、時間とともに悲しそうな顔になってくる。

 

レナはチラリと、気づかれないように、ももこを見た。

彼女は目を閉じて無表情でラブラブソーダを吸っている。

しかし、のどが渇いていると言ったわりには減りが遅い。

 

(そりゃ、そうよね。二人で飲むものなんだもん)

 

まあ今でもあんなものを頼むセンスは理解できないが、それでも真正面から否定してしまった手前、何を言っていいのかわからず、無言の時間が過ぎる。

レナはメニューを見ていたが、メニューを見ていない。

 

それを理解しているようで。

まなかも何も言わず、それが結果的に無言を強調してしまう。

 

(……ももこのやつ、もしかしたらレナと一緒に飲みたいって思ってくれたのかな? それなのにいらないなんて。不快に思っだろうな……)

 

レナは悲しくなった。悲しいので、楽しそうな顔なんて全然できなかった。

 

(ただでさえ一度列から抜けて、時間を無駄にさせたのに。今またこうして勝手に不機嫌になって。ももこは全然楽しくないだろうな。嫌われたかも。うん、絶対そう)

 

気分は最悪最低だった。

 

(せっかく楽しみにしてたのに。レナがいじっばりなせいで……)

 

ももこに嫌われたらどうしよう。

でも仕方ない。こんな卑屈で意地っ張りで面倒なヤツと一緒にいて楽しいわけがないんだし。

ももこは優しいから今までは付き合ってくれてたけど、さすがに愛想を尽かしても仕方ない。

 

仕方ないのに、悲しい。

自分が悪いのに、寂しい。

ももこに、嫌われたくない。

 

だってももこは――

 

 

………。

 

 

短気、ウザい、上から目線、人が傷つくことを平気で言う。

水波レナはそんな女である。

なのでそういう女を見ると、みんなは不愉快になる。

だから弁当にジュースをかけたりもするのだ。

 

「なにすんのよ!」

 

「そっちから喧嘩売ってきたくせに!」

 

そうなのか?

そうなのかもしれない。ずっとそうだった。

 

どの学校でも似たようなことを言われた。

その日の夕方もトイレの個室にいたら、外から聞こえてきた。

 

「水波って本当ムカツクよね」

 

「わかる。だいっきらい! この前も挨拶したのに無視されたし」

 

ああ、あれは自分に挨拶していたいのか。

そうだとわかっていれば、返したのに。

レナは一瞬だけ飛び出していこうかと思った。

 

「でもいるじゃん。どうしようもなくコミュニケーション取れないやつって。そういうのなんでしょ」

 

「病気なんだろうね。あはは」

 

「変に関わらないほうがこっちの身のためかもね」

 

声が遠くなっていく。

レナはへたり込むように便座に座った。

別に気する必要なんてない。ニコリと微笑んでみる。

 

いつもそうだった。いつものことだ。

べつに、こんなことで心を浮き沈みする必要なんてない。

そう思って、家に帰った。夜のテレビは特に面白くなかった。

 

次の日、クラスの真面目そうなヤツに怒鳴られた。

 

「いい加減にしてよ水波さん! あなたがどれだけクラスの雰囲気悪くしてるかわかってるんですか!」

 

「は、はぁ!? なんで私だけ。向こうだって注意しなさいよ!」

 

「貴女だけなんですよ! クラスの出し物の手伝いをしてくれないのは! 彼女たちはなんだかんだ手伝ってくれるけど! 水波さんは黙って帰ってばっかり!」

 

「う……ッッ」

 

視線が痛い。

クラス? なにが? 嫌いなのに手伝えって?

 

「うっさい」

 

「はぁ!?」

 

「う、うるさい! うるさいってば! アンタに何がわかんのよ! 馬鹿ッ!」

 

「馬鹿は貴女です! いい加減に自覚しろ!」

 

レナは逃げるように教室を出て行った。

もういいよ、あんなの放っておこう。その言葉がレナにはなぜか救いだと勘違いした。

 

だからその日のお風呂。レナは嬉しくて笑っていた。

放っておいてくれるらしい。それはありがたい。今後が楽になる。

 

クラス発表会では私以外が頑張って。

私以外が苦楽を共有して。

体育祭とかがあれば私以外が頑張って、応援とかしたりして、一緒にお弁当とか食べたりして。

文化祭では楽しい思い出とかいっぱい作ったり、恋とかしちゃったりして。

 

とてもいいことじゃないか。

とても素晴らしいことじゃないか。

私以外でぜひ青春を謳歌してもらいたいものだ。

花火大会とか、お祭りとか、紅葉見に行ったり、寒い日はみんなの家で集まって、新年は初詣とか。

 

楽しんで、たくさん笑って。

レナは、ちっとも笑えないけど、それでも、それで……

 

「……ぅぁ」

 

ポタリと、お湯に波紋が広がった。

 

「うぅぅう! ぐっす! ひっく! うぇぇええ……!」

 

ポタポタと、お湯に涙が落ちていく。

 

「どうじて……? レナ、何にもわるいごとっ、じてないのにぃ」

 

きっと他のクラスにも悪評は届いてるし、中高一貫だから、まだまだ孤独は続く。

修学旅行とかは適当に休めばいいのか。でもそれで両親が心配したらどうしよう?

バレたくない。余計な心配をかけさせたくない。

いじめられてるなんて、知られたくない。

 

「………」

 

風呂を出て、自室。

泣いたから疲れた。疲れたから酷い顔だ。

レナは鏡を見て項垂れた。

 

この顔が悪いのかな?

この態度も今さら変えられない。

リセットボタンがあったら押したい。

キャラメイクをはじめからやり直したい。

 

「でもそんなことできるわけが……」

 

『できるよ。魔法少女になれば』

 

幻聴が聞こえた。

 

 

 

レナには一つ、希望があった。大好きなものがあった。

 

それは『アイドル』だ。

 

男性アイドルよりは女性アイドルに惹かれることが多かった。

彼女たちはとてもキラキラしている。それはレナにとって縋る希望であり、憧れであり、そしてなによりも大きな絶望だった。

愛される彼女たちの表情はとても素敵だ。魅力的だ。キュートで仕方ない。

 

でも鏡の中にいる自分はとっても嫌な目つき。

アイドルに勇気をもらっても、悪態をつくことにしか利用できない。

アイドルに元気をもらっても、それが敵意に食いつくされていく。

アイドルに光をもらっても、暗くて惨めな自分の影ができるだけ。

顔も嫌い。声も嫌い。名前も嫌い。身長も嫌い。体重も嫌い。

水波レナが、大嫌い。

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ』

 

わかった。

 

「別人に変わりたい。別人に変わる力を、レナにちょうだい」

 

でも、それでも何も変わらなかった。別人になれる力をもらったとしても。

だけど一つ、とっても嬉しい出来事があって……

 

 

その日、水波レナは怒っていた。

大好きなライブでゴタゴタなんか起こしたくなかったのに。

座席のトラブルで男の人と揉めた。

最悪な気分だったけど、助けてくれた人がいて――

 

「あの! どうかされましたか!」

 

それが、十咎ももこだった。

 

 

 

 

「いや~、あーいう大人にだけはなりたくないね。なっ?」

 

「へ!? えぁ!?」

 

「えあ?」

 

「ぇ、……ぁ、はい。あの、ありがとうございました」

 

「おー、どういたしまして!」

 

今までは助けてくれる人なんていなかったのに、ももこは違った。

いろいろ話してみると、いろいろ同じで。

 

 

「え! 一緒一緒! なんか感激だぁ!」

 

「本当も本当! 出てきた頃から、さぁちゃん一筋だから」

 

「私もっ!」

 

アイドルが好きで、推しも一緒で、同じ魔法少女。

おっせかい焼きで、明るくて、優しくて、でもいろいろタイミングが悪くて。

その後、一緒に魔女を倒した。

 

 

 

 

「番号、教えてくれる?」

 

「え……?」

 

「?」

 

なんだかどうやら、苦しみまで一緒らしくて。

 

「アドレスでも、いーけど……」

 

「あっ!」

 

普通聞かないって。

それに聞いたとしても、そういうのって社交辞令じゃん。

 

 

でもももこは本当に連絡してきてくれた!

 

『水波さん! 久しぶり! この前の話の続き、できないかな?」

 

「へあ!」

 

『……部屋?』

 

「ぁ、じゃなくって、う、うん。大丈夫」

 

『やったぁ! じゃあ――』

 

それも一回じゃないの! 何回も!

 

 

 

「――ってことがあってさ、結局会場入れなかったんだよ~」

 

「なによそれ、バカなんじゃない?」

 

「……ほへ?」

 

(あっ! き、嫌われる……!)

 

「ぷっ!」

 

「……へ?」

 

「ぷははは! 確かにバカだよな! あははっ!」

 

「う、うん……」

 

「ナイスツッコミ! いやー、バチっと欲しい言葉をくれた感じがして気持ちいいね!」

 

「え、えと、うん」

 

「もっと水波さんと仲良くなれた気がする」

 

「仲良くって……、ほんと?」

 

「うん? 本当だよ? だからもうさ、これはさ、レナって呼んでもいいかな?」

 

「ぇあッッ! あ、うん! いい、けど。べつに。うん、いいけど」

 

「そっか。じゃあレナって呼ぶな。ところでレナ!」

 

「な、なに?」

 

「え? あ、いや、今のは景気づけに呼んでみただけ」

 

「なによそれ! ふざけてんの!」

 

「はははは! ごめんごめん。お詫びにさ、アタシのことも、ももこって呼んでいいから」

 

「え、でも……、先輩だし」

 

「中学生も高校生も中身そんな変わんないからいいんだよ。な? レナ」

 

「う、うん。も、ももも……」

 

「桃藻?」

 

「ももこ!」

 

「おお! なに?」

 

「……べつに。なんでもない」

 

「おお! 明日はどうする?」

 

「え? 明日って? 明日も会ってくれるの?」

 

「うん? そうだけど、用事あった?」

 

「ないけど、お、お金とか……払うんだっけ?」

 

「……は? なに? なんの話?」

 

「あッ、いや、違くて。違う! うん! 会う! 会う!」

 

 

その日の夜。

レナはニヤニヤと笑っていた。

ベッドの上で携帯のディスプレイ、『十咎ももこ』の文字を見てニタニタと笑みを浮かべていた。

本当に本当に本当の本当に久しぶりにできた――

 

「レナの、お友達……!」

 

十咎ももこ。

家族以外ではじめて追加された名前と番号だった。

 

 

 

 

「あっ!」

 

ある日のこと、それは偶然だった。

たまたま、ももこに貸そうとした推しの特集が組まれた雑誌を落としてしまったのだ。

しかもそれをクラスメイトに見られてしまった。

 

「なに? 水波さんってこういうの好きなの」

 

「ち、ちが――ッ!」

 

「水波さんが推してるってことは、たいしたことないんだろうね」

 

「!」

 

「ちがうちがう、逆でしょ。水波さんみたいな人が推してたら呪われて引退か自殺でもしちゃうんじゃない?」

 

普段はなんともなかった。なんともないと思っていた。

なのに、その時だけは、なぜか、心が折れる音が聞こえた。それこそソウルジェムが真っ黒に染まる程の。

しかし奇しくも、その音が、ももこの叫びにかき消されたから。

なんとかレナは踏みとどまった。

 

「アタシの大切な友達に! なにしてんだって聞いてんだッッ!」

 

どうやら、ももこは本気で怒っているようだった。

長身で、しかもそれなりの修羅場を潜り抜けてきた女の気迫は、なかなかに響いてくれたようで、意地悪な少女たちの足が面白いようにガクガク震えているのがわかった。

 

「ご、ごめんなさいッ!」

 

「アタシに謝るな! レナに謝れ! 彼女がどれだけ痛かったか、お前に想像できるのか!?」

 

ももこは激怒していた。

 

「この子はちょっと不器用なだけで優しい子なんだ! それをなんだお前ら! だいたい誰かが必死に応援してる気持ちを馬鹿にするなんて、どういうつもりなんだ! 大切な思いを踏みにじって! 人の心がないのかよお前らは!」

 

「は、はい! み、水波さん、あのっ、本当にごめんなさぃ!」

 

「まだだ! 二度としないって言え!」

 

「は、はい。もう絶対……! しません! い、いこ!」

 

「う、うん! 本当にッ、ご、ごめんなさい!」

 

クラスメイト達は逃げるように去っていく。

ももこは怒りが収まらないのか、しばらく肩で息をしていた。

 

「ったく!」

 

「……ももこぉ」

 

「大丈夫だったかレナ! なんッなんだよアイツら! 本当に性格が最悪だ! さすがにブチギレたぞ!」

 

「ぶっっ!」

 

「……え?」

 

まさに一瞬。涙が引っ込んだ。

憤った勢いというのか、ももこの鼻から焼きそばが出てる。

歯にもいっぱい青のりがついている。

ももこはしばらくポカンと目を丸くしていたが、レナの視線で理解したのか、真っ赤になって後ろをむいた。

 

「くそ! タイミングが悪いよなぁ。人が焼きそば食べてる時に……」

 

「ぷふっ!」

 

「?」

 

「あはは! あはははは!」

 

レナは笑った。

ももこも、釣られて笑っていた。

 

それからいじめが、ピタリと止んだ。

 

「よかったじゃん」

 

「ビビってるだけでしょ。誰からも話しかけられなくなっただけで、陰口はきっとまだ続いてるわよ」

 

「あ、あー、ごめん? いや、でもなぁ」

 

「べつに。こっちのほうが遥かにマシ。うざったい連中と話さなくて、せーせーするから」

 

「まあ、その、ごめん。もっといい解決方法があったと思うんだけどアタシ、本当に、あの時は頭にきて」

 

「もういいってば。むしろその……、ありがと。本当に来てくれて」

 

「あたりまえだよ。友達なんだから」

 

「………」

 

親友じゃないんだと、ちょっと胸がチクっとした

 

「まあでも、別にいいんじゃない」

 

「え?」

 

「クラスメイトなんて、ただ一緒の箱の中に入れられた人でしかないんだから。しばらくしたらもっと広い場所に出られて、そこで気の合うヤツが出てくるかもしれないし」

 

ももこの表情は少し暗い。その言葉は自分に投げかけているようにも思えた。

ももこが契約したのは好きな男の子に告白するためだった。でも彼女はとてもタイミングが悪くて、だからその恋は成就することがなくて。

とにかく、ももこは落ち込んでいた。泣きそうだった。っていうか少し泣いていた。

 

だからレナは言ってやったのだ。

 

『これからはもう平気。ももこのタイミングの悪さなんて、ぜーんぶッ、レナがフォローしてあげる!』

 

『レナ……! っ、うぅ、ぐすっ!』

 

『ほら! もう! いつまでも掴まってないでよ、重たい!』

 

あの言葉はきっと、ももこに響いたはずだ。

なんだったら響きすぎて、もうレナなしでは生きていけない体になっている説はある。

なんて、思ってみたり。

 

そんなことを考えていると、ももこが口を開いた。

 

「実際アタシとだって箱の外で会えたんだから。な? レナ」

 

「そうよ。うん。そう」

 

「運命だと思ってるよ。同じ魔法少女で、好きなものも一緒で。変わりたくて、変われなくて」

 

「……レナも」

 

「ん?」

 

「レナも、そう、思ってる」

 

友達になってからも、ちょっとした事件はあったりもした。

レナがちょっと、いやかなり激しい嫉妬のせいで迷惑をかけたりもした。

でもなんだかんだ。ももこは、離れないでいてくれる。

その優しさには甘えたいと本気で思ってしまっているし。

だからこそ、ももこが何をしても離れない。そう思ってもみたり。

 

「あーあ! でもクラスの連中、マジでもったいないな。本当のレナはこんなに可愛いのに」

 

「はぁッ! なに、いきなり!? ばかなんじゃないの!」

 

「あはははは!」

 

「もうッ! ばか! ばかももこ!」

 

「照れんなよー、別にいいじゃんさ」

 

「……ッ、でも、レナが悪いところもあるのは、その、事実だから」

 

「なら、まあ、とりあえず、それに気づいてればいいんじゃない? アタシがレナに惚れたのは何も良い子だったからってわけじゃない。いい所があって、その部分が好きだからだよ」

 

(惚れた!? いいい今ッ、惚れたって!)

 

「レナ?」

 

「あ、いや」

 

「とにかく悪い部分もアタシにしてみれば可愛いし。もっと嫌な奴は見たことあるし。それに比べりゃあさ、レナはやっぱり、うん。可愛いよ」

 

(か、かかかか可愛いって!)

 

「レナ?」

 

「……ばか」

 

「えぇー、なんでぇ……?」

 

「ばかももこ。あー、やだやだ本当。ももこのセクハラおやじ」

 

「????」

 

「ま、無駄な力だと思ってたけど、契約してみるもんね」

 

「……変わったことで気づけたんだよ。そしたらそれは儲けモンじゃん?」

 

ピースがはまった気がした。それは、お互いだ。

 

「ま、そんなわけでさ。これからもよろしくな。相棒」

 

「………」

 

「ありゃ? なんか不満顔?」

 

「べつに」

 

「相棒は嫌だった?」

 

「そうじゃないけど」

 

「じゃあ、親友として?」

 

「………」

 

「お、笑った。これが正解ってわけですね。レナお嬢様」

 

「きも」

 

「えー……」

 

「なんか、ちょっと」

 

「?」

 

「………」

 

ただ、一つ。

あまりにも大きなミスを、レナは犯してしまったと思っている。

どうにも、完璧にはき違えてしまったようだ。

 

 

感情を。

 

 

人間、忘れるものと忘れないものがある。

たとえばずっと昔に読んだ小説の展開とかは忘れてしまうかもしれないけど、自転車の乗り方とかは、なかなか忘れないものである。

 

たとえば昔、遊んだ友達の家の場所を忘れてしまうかもしれないけど、『田』とか『火』とか『水』辺りの漢字は忘れない。

 

このように、まあ人それぞれ、忘れてしまうものがあるのだ。

レナの場合、それは友情だった。彼女にとって友愛とは『忘れてしまうもの』だった。

あまりにも長い間、心を覆っていたドロドロの殻が友情という概念を隠してしまったのだ。

 

だから久しぶりの高鳴りを、はき違えてしまった。

最大のミスだったと、今でもわかってる。

でもやっぱり友達ってどういうものかを忘れてしまったから、友愛から『友』が飛んでいってしまった。

そしたら、まあ、なんとも困ったことに。

 

「………」

 

レナは自分の部屋で携帯を眺めていた。

画面に映っているのは、微笑む『十咎ももこ』だった。

 

『好きだよ、レナ』

 

「………」

 

ほんの短い動画だった。

本当は長いほうがよかったけど。いろいろ辛くなるから、残念だけど、これ以上は長くない。

 

『好きだよ、レナ』

 

一番最初に撮った時より、上手くなってる。

 

『好きだよ。レナ』

 

「……ァも」

 

口パク。母音。え、あ、お、う……

 

「……き、も」

 

レナは携帯をベッドの上に投げた。

 

「キモい」

 

喜びなんてない。あったとしてもそれは、あまりにも儚い刹那。

次からはもっと大きな嫌悪感が訪れる。

 

(それでも……、レナは)

 

なんて、思ったこともあったっけ? まあでも、もう悩む必要はもなくなる。

だって現在、ここは喫茶店の中。

全て、もう終わりなのだ。終わったのだ。

レナはメニューをぐッと握りしめる。

 

『あ、あの、すいません。あの、レナさん。貴女だけですよ? このお店でこの世の終わりみたいな顔してるの』

 

無言になっている間、何を考えていたのやら。まなかにはわからないが、なんとなく察することはできる。

どうせ、ももことの出会いを思い出し、ももことの終わりを妄想してセンチメンタルな気分に陥ったのだろう。

 

(これはいけません。ももこさんに連絡して、レナさんに――)

 

まなかが携帯を手にした時だ。

 

「レナ、どう? やっぱ一緒に飲んでみない?」

 

ももこがニコリと笑った。

レナはパァアっと嬉しそうな表情に変わり――

 

「ばかじゃないの? いらないって言ったでしょ! フン!」

 

『冗談みたいな女ですね。嘘でしょ……? まだ? まだ張れる意地が残って……? えぇ……?』

 

「ふふふ、まあまあ、ここはひとつ任せてみてよ」

 

いらないと言われたが、それでも、ももこはグラスを差し出してみる。

 

「ほら!」

 

「………」

 

「ほらほらぁ!」

 

「……っ」

 

「ん!」

 

「……うん」

 

「よし!」

 

レナはストローを咥えてソーダをチューっと吸い込んだ。

 

【なるほど。時には北風も有効ですか】

 

まなかはレナにバレないよう、ももこだけにメッセージを送る。

 

【そもそも、わざと飲むスピード、遅くしてましたよね?】

 

【まあね。お姫様がいつ心変わりしてもいいようにさ】

 

【でもどうして無言だったんですか? おかげで思い詰めていたようですが】

 

【たまにはね。あんまり優しくしすぎても嫌みたいだからさ】

 

【参りました。今度、説明書を作ってもらいたいくらいです】

 

「ちょっと、ももこ、スマホみるのやめてよ」

 

「へっ? あ、いやっ」

 

「誰? レナと一緒にいるのに、誰とやりとりするっていうの? 教えてもらおうじゃない!」

 

「えーっと」

 

「それはレナとお喋りするよりも重要なのかって聞いてんのよ」

 

『めんッッ! どッッ! くゥッッッ!』

 

「まなか!」

 

『黙りましょう』

 

「おい! 助けてくれよまなか!」

 

「助ける……?」

 

「いやいやッ! つ、津上さんだよ。料理の味はどうかって」

 

「ふーん」

 

「もう教えたから。はい終わり。さあ、携帯をしまうよ。見てて。はい、はい! しまった! じゃあレナ、お喋りしようぜ。なに話す? こういう店なんだもんな。恋愛のことについて話そうよ」

 

「……え」

 

「好きな人とかいる? 実際。なんて、あはは……」

 

「………」

 

「あれ? なんだその顔。アタシなんか地雷踏んだ?」

 

「……ももこ。変身してあげよっか。あの人に」

 

「っ!」

 

「ちょっとだけでも……、そしたらバレないでしょ。ここは見滝原なんだし、それにそもそもここは――」

 

「いいよ。そんなこと……、しなくても……」

 

「ッ、ごめん! レナ無神経なこと……! で、でも本当に変な意味じゃなくて、ももこへのお礼がしたかったっていうか! わがままたくさん言ったッ、お、お詫びがしたくて……ッ!」

 

慌てふためくレナを見て、ももこは苦笑する。

 

「へぇ。じゃあ、まあそうだな。そういうことなら変身してもらおっかな」

 

「……うん」(やっぱりレナじゃ満足できなかったんだ。そうよね、バカみたい……)

 

「水波さんになってよ」

 

「南さん……? って、だれ? それ、レナの、知らない人……」

 

「ふふふ、そんなまさか」

 

「え……? あ、え? もしかして水波さんっ!?」

 

「そう。ふふ、笑顔の水波レナになってくれたら最高なんだけどな」

 

(やばっ、泣く……!)

 

するとももこは白目をむいて変顔をしていた。

 

「ればー! ばやくぅー!」

 

「なにそれ、逆に冷める」

 

「……ガチ?」

 

「はい」

 

「?」

 

「これでいい?」

 

にっこりと、レナは、最高の笑顔を見せた。

 

「ん。完璧。なんだよー、やればできるじゃん」

 

「当たり前でしょ。アンタと一緒にいるんだから」

 

「よし! じゃあもっとなんか頼むか! せっかく来たんだしね!」

 

「甘いもの!」

 

「……たこやきはないのかなぁ」

 

「あるわけないでしょ!」

 

『ありますよ』

 

「あるんかい!」

 

その後、料理とスイーツをたくさん注文した。

レナとももこは笑いながら、それをバクバク食った。

 

「まあでも大きな声じゃ言えないけどオムライスはウォールナッツの完勝だな」

 

『当然です! まなかの魂がそう簡単に敗れるわけがありません!』

 

「あ! これおいひぃ!」

 

「本当か!? ちょっとくれ!」

 

「やだ」

 

「ひどっ!」

 

「もういっこ頼めばいいじゃん」

 

「そんなにはいらないんだよ」

 

「じゃあ、はい、食べ過ぎないでよ」

 

「バクバクバクバクッッ!」

 

「ももこ! アンタっ、さいてーッ!」

 

「あはははは!」

 

「……ふふ」

 

『楽しいですか?』

 

「もちろん。なあレナ」

 

「………」

 

なんだかムカツクので、答えなかったけど。

ももこも、まなかも、レナの表情を見て理解した。

レナでさえ、自覚している。

 

(あぁ、楽しい)

 

この時間が、永遠に、続いてほしい……!

 

 

 

とはいえ、そんなレナの願い虚しく、時間はあっという間に過ぎ去った。

もう帰らないと。ももこが言ったのでレナは渋々、頷いた。

二人がレジに向かうと、そこにはウォールナッツωのバイトリーダー、マナティー先輩が!

 

「リーダー! こんなところで何を!?」

 

「何をって、もちろんバイトだよ」

 

「いくつ掛け持ちしてんすか!」

 

「ふふ、それがリーダーたるものなんだから! さて、お会計でしょ? 実はね、このお店、すっごい割引方法があってねー」

 

「はぁ」

 

「なんと! 今ここでキスしてくれたら、半額オフ」

 

「はぁぁあ!?」

 

レナは身を乗り出してバイトリーダーを睨む。

 

「正気!?」

 

「ウン、だって、それがルールなんだもん」

 

「だからって、そんなの――」

 

レナは、頬に、刺激を感じた。

くすぐったいような、ぞくっとするような、そんな感触だった。

やわらかい湿ったマシュマロに、無数の細くて小さな棘があって、それを押し当てられたような感触。

チクっとしたように錯覚したのは、わざとらしく音を立てるため吸い付いたからだ。

チュッと音がして、ももこの唇が、レナのほっぺから離れる。

 

「これでどうっすか?」

 

「わお、熱いんだからー。じゃあ半額にしとくね」

 

「サンキュー、リーダー」

 

「………」

 

「レナ?」

 

「ばかももこーッッッ!」

 

「レナーッッ!!」

 

レナは陸上選手みたいなフォームで、一気に走り去っていった。

 

『ももこさんってば罪な女。またヘラりますよ? 他の子と一緒に行ってたら、その子のほっぺにも同じことをしていたのかー! とかなんとか』

 

「えー?」

 

『絶対です。まなかは、お夕飯のハンバーグを半分賭けます』

 

「レナだからやったんだけどなぁ。まあ、いいか。それで拗ねるのもレナらしいし。でも、よっしゃ! その勝負乗ったぁ!」

 

ももこは呆れたように、それて少し申し訳なさそうに笑った。

若干の後悔も、心には残しつつ。

 

 

 

 

「はい」

 

「なんですか?」

 

「お土産」

 

まなかの前に、ラスクが置かれた。

 

「あぁ、なんか買ってましたね。クラウチングスタートの前に」

 

「やっぱあげない」

 

「ごめんなさい」

 

「………」

 

再びまなかの前に、ラスクが置かれた。

 

「それで、これは可奈たちに」

 

たまに助っ人で来てくれるスタッフのため、レナはお土産のクッキーを置いた。

 

「翔一にも、はい」

 

「お! ありがとうレナちゃん。どれどれぇ、ラスクかな? クッキーかな?」

 

「粗塩」

 

「これは予想外だ」

 

翔一は、塩を持って下に降りていく。

 

「?」

 

まなかは気づいた。

 

レナが、もじもじしている。

やたら、もじもじている。

一度、止まって、また、もじもじしている。

 

「なんですか? おトイレならどうぞ」

 

「違う! い、一回しか言わないから!」

 

「はいはい。なんですか?」

 

「……今日は、ほんと、ありがと。まなかが提案してくれなかったら、今日の楽しい時間、なかったから」

 

「いえいえ。いつも頑張ってくれている看板娘にお礼をするのは当然ですので」

 

「まなかは、その、いないの? 好きな人」

 

「いません! いるとしたらお客様が恋人ですとも! 愛した人に振る舞う料理ほど最高なものはないのですから!」

 

「ふ、ふぅん。まあ、忙しそうだしね」

 

「そういうことです。ただそういう意味では、まなかの料理の虜にさせたいという意中の相手はいるかもしれませんが……」

 

まなかは、ちらりと窓際に飾ってある聖書を見た。

 

「まあ、それに」

 

「?」

 

「……いえいえ。今度、お土産のお礼にあんぱんをご馳走しますよ!」

 

「本当! やったぁ! こしあんじゃなかったらギタギタにしたあと八つ裂きにしてメタメタに引き裂いてやるんだからっ!」

 

「負のパート多いですね。後半の闇がテンションとあってないですね。なんなんですか」

 

「……つい、うれしくなって。察してよ」

 

「東大受験より難関ですよそれ。ふふふ、くぷぷぷぷっ!」

 

「ぷっ! あはは、あははははは!」

 

釣られてレナも笑う。

 

 

やはり、恋人はまだ当分いいやと、まなかは思う。

 

(忙しいし、料理の腕をもっと磨きたいし、なによりもこんなにも面白くて一緒にいて飽きない友人たちがいるんだもの!)

 

「なに、ジロジロ見て」

 

「いえいえ。頑張ってくださいねレナさん。まなかは応援してますよ!」

 

「………」

 

「なんでこの流れでまた地獄のような顔になるんですか!」

 

「ちょっと思ったんだけど、ももこって、レナ以外の子と行ってても、最後ああやってチューしてたのかな……?」

 

「やりました! まかな! 大正解っ!」

 

「ももこならやるよね……、みんなに優しくて、みんなに好かれて、でもレナは――」

 

「黙りましょう! さあさあ、夜のハンバーグの仕込みがありますので、手伝ってください! じゃないとレナさんのハンバーグも半分たべちゃいますよっ!」

 

「は、はぁ!? なんでレナのを! 翔一のにしときなさいよ!」

 

レナは嫌そうにしながらも、まなかと一緒に下の調理場に降りて行くのだった。

 

 




ももこのきょとん顔、めちゃくちゃ好きなんですよね。
マギレコとか、ソシャゲの二次創作って結構、深いと思ってて。
たとえばキャラクターの解釈とか印象も結構人によって変わってくるのではないかと。
亜里紗のキャラクターストーリーでレナの掘り下げがあったりするので、どこから始めたか、誰かを持ってるか、誰から引いたかで、誰をパーティに入れたかとかで、いろいろな幅があると思うんですよね。いろり。
特にマギレコは石はくれるけど、とにかく確立が低いんで、狙ったキャラじゃなくて謎の星4が来るみたいなこともあるのではないかと。

私も持ってないキャラクター山ほどいるんで、今回は再構成という形で、概念のみをぶつけようと思いました。
まあ本当にマギレコは石くれるし、ガチャもめちゃくちゃ回させてくれるんで、気になったらやってみてください(´・ω・)b


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戦慄! えちえちキャラメルの罠!

ごりごりの下ネタ回です。
苦手な人がいたら、ごめんなさい(´・ω・)


 

 

「事件です! とんでもなくメロンです!」

 

ウォールナッツωは、一階がレストランになっており、二階と三階が居住スペースになっている。

二階にはレナと、ももこの部屋があって。

三階にはまなかの部屋があるという部屋割りだった。

 

さらに二階には広いリビングがあり、憩いのスペースになっている。

営業後。そこでまなかは、メロン味のアイスを食べていた。

 

「パクパクが止まりません! レナさんにバレる前に、レナさんのも食べてしまいましょう!」

 

「後ろにいるんだけど」

 

「わお!」

 

「……わざとやってんでしょ? だっる」

 

「これはこれは失礼しました。レナさんも食べますか?」

 

「なにそれ?」

 

「お客さんに頂いたんですよ。北海道の物産展が近くであったみたいで」

 

「ふーん」

 

「これとか如何です? ぷぷっ、ジンギスカンキャラメルっていうんですけど」

 

「知ってる……」

 

「おや残念。既にご存じでしたか。クセが凄いですよねぇ」

 

「昔、クラスメイトに貰ったのよ。みんな美味しそうなお菓子もらってたのに、レナのだけが、それを……」

 

「お、重いですね……! それじゃあこれはナシにしましょう! はい! はい見てください! 戸棚にしまいましたよ! こっちの甘くて美味しそうなヤツをどうぞどうぞ!」

 

「ん。ありがと」

 

レナは適当にキャラメルを受け取ると、そそくさと自室に戻っていた。

甘党の彼女がアイスを放置したのは、それよりも優先したいものがあったからである。

 

それは少女漫画『初恋はミルキーウェイ』のスピンオフ、『彦星のアンドロメダ』の発売日であるということ。

大人向けの少女漫画雑誌に連載されいたため、のっけからマリとシンゴがミラーズランキングでブラスト縦列(隠語)である。

レナはゴクリと喉を鳴らし、さっそくページを捲っていく。

 

 

(え!? こ、こんなガッツリ!? え、えぐっ! あっ、ちょっ! ほ、ほうほう!)

 

 

レナは頬を赤くして目を見開き、フンフンと唸りながらページを捲っていく。

お供に、先ほど受け取ったキャラメルをヒョイヒョイ食べながら興奮した様子で読むスピードを速めていった。

そして――

 

 

「はふぅ……!」

 

読み終わった。

レナは興奮冷めやらぬ様子で漫画を閉じた。

 

「………」

 

ふと、先ほどまでパクパク食べていたキャラメルの箱に視線を移す。

"ガラナキャラメル"。コーラに近いというか。途中から無意識に食べていたが、まあまあ美味しかったので、あっという間に一箱が空になった。

しかし、そもそもガラナってなんだろう?

調べてみると、木の実であることがわかった。

今まで聞いたことがなかったため、さらに詳しく調べてみると――

 

「!?」

 

とんでもないページを見つけてレナは固まる。

おずおずと調べてみると、途中で思わずスマホをベッドに投げた。

というのも『ガラナでHな気分になろう!』と書いてあったのだ。

 

「んなっ! なななななな!」

 

真っ赤になりつつも、再び携帯を掴んで画面を確認する。

どうやら強壮薬、催淫薬としての効果があるらしく、日本でも媚薬として売られていた時があったとか。

 

「な、なんてモン渡してくれてんのよ。まなかのやつ!」

 

そこでハッとする。

そうか、そういうことだったのか。

 

(これをッ、ももこに食べさせろってこと!?)

 

だとしたら、とんでもないミスを犯してしまった。

全部、食べてしまった。

 

(い、今のところ体に変化はないみたいだけど……)

 

意識する。

Hな気分になるキャラメル。

エッチなことになるキャラメル。

 

えちえちキャラメル。

 

マリと、シンゴ。

 

夜のブラストアデプト(隠語)

 

夜の確立でクリティカル&回避無効(隠語)

 

夜の、ダメージ、アップ……

 

(まっずぅ! 意識したら、これ、ちょっと、ヤバイかも……ッッ)

 

レナは体がジンジンと熱くなってくるのを感じた。

これはよくない。これはまずい気がする。

うろたえていると部屋がノックされた。

レナはビクッと肩を震わせる。振り返ると、扉の向こうから声が聞こえた。

 

「よーっすレナぁ」

 

「もっ! ももこ……!」

 

いつもなら、なんともないのに今はドキンドキンと胸がうるさく高鳴る。

言葉にしがたい後ろめたさ。レナは慌てて漫画を隠した。

 

「今さぁ、大丈夫? 中に入っていい?」

 

「中にって! レナの中にってことッッ!? アンタいきなりなに言ってんのよ!」

 

「はい?」

 

「あ、いや」

 

変に意識していると思われるのは何だか癪だった。

ももこにはもちろん。まなかにだって、バレたらニヤニヤからかわれるに違いなかった。

それはやっぱりとてもムカつくことだ。

ここは一つ平然を装って何事もなく終わらせるのがスマートな対応なのではないだろうか?

 

「い、いいわよ。勝手に入れば?」

 

「んじゃ、ま、失礼しまーす」

 

レナはベッドに腰かけて腕を組んだ。

ももこは部屋に入ると、近くにあったクッションに座る。

 

「いやー、にしてもさ、今日って結構暑いよな」

 

「ももこのバカ! バカももこ!」

 

「な、なんで?」

 

「脱げってことよね! いきなりすぎんのよ!」

 

「お、どうした突然?」

 

「あ、いや」

 

「さっき出前の帰りにさぁ、らんかと会ってさぁ。これから高級ホテルで女子会するんだって。いいよな、アタシも行きたいよ」

 

「………」

 

「あれ? どした?」

 

「………」

 

「レナ?」

 

「えっ? あっ、ごめんっ、なに?」

 

「どうしたんだ? ぽけーっとして」

 

「な、なんでもないから。それで? 続けなさいよ」

 

「いや、だからさ。ホテル行きたいなぁって」

 

「!!!!」

 

「レナ?」

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?!!?」

 

「なんか夜景とかも綺麗らしくてさぁ。いいよな、そういうの」

 

「うんっ! れ、レナも……! レナもっ、ももこと一緒に行きたかっ――」

 

「まあ、アタシらみたいなもんは映画館とかが丁度いいんだろうけど」

 

「バカあほももこ! 変態 すけべ!!」

 

「どした? 急に」

 

「いくらんなんでも周りの迷惑でしょ! バレなきゃいいってもんじゃないっての!」

 

「どした? 急に」

 

「それにッ、ムードもへったくれもないじゃない! 最ッッ低!」

 

「どした? 急に」

 

「だいたい見られたらどうすんのよ! それとも何? アンタそういうことしながら映画見るのが癖ってわけ!? し、振動とか匂いとか! そういうのを間近に感じて楽しむセルフ4DXってわけ!? ワケわかんない! 付き合わされる身にもなってよね! だいたいレナは暗いところで二人きり派なんだからっ!」

 

「どした? 急に」

 

「あ、いや」

 

「あぁ、ムードの話ね。確かに映画館とかゲーセンとかじゃ味気ないよな」

 

「ゲーセン!? ゲームセンター!? アンタどういう神経してんのよレナのハイスコアな部分をクリアしたいってこと!? それとも連コインな関係がお望みってこと!? ももこの変態おっさん! 近寄らないでよ!」

 

「どした? 急に」

 

「あ、いや」

 

「まあそうか。夜景に対抗するとなると、イルミーネーション見ながら外でやりたいよな」

 

「外で!? そそそそそ外でッッッ!?」

 

「そうそう。子供の遠足みたいに皆でピクニックシート広げてさ。桜のないお花見みたいな?」

 

「レナっ、さすがに、それはっ、こ、心の準備が……!」

 

「あ! グランピングってやつだっけ? ベッドがあるところとか、快適に過ごせる場所もあるみたいだよ?」

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、まあ」

 

「飯はまなかに任せればなんとかなるし、楽しそうだよな」

 

「え!?」

 

「え?」

 

「あ……、テントは、べつとか、そういうこと?」

 

「三人。っていうか、四人いけるんなら、一緒でもいいけど」

 

「!?!??!?!?!?!?!?!?」

 

「日帰りでもいいし、泊まりでベッドが二つでもアタシとレナが一つ使って、まなかたちが一つ使って。お店は火曜が休みだから、月曜の終わりから行くとか、火曜に行って、水曜が潰れてもお店は津上さんたちがいれば何とかなるでしょ」

 

「え、え? え? でもベッド二つって同じテント内にあるのよね? こっそりするってこと?」

 

「どうなんだろ?(隣のテントとの)間はそれなりにあるだろうから、結構うるさくしてもいいんじゃない?」

 

「む、むりっ! 絶対バレちゃうぅっ!」

 

「バレる? まあある程度、みんなうるさくしてるんじゃない?」

 

「あ、あ、ぅうあぁ……っっ! 確かにカップルとか多そうだけど、でもだからって――ッ!」

 

「でも考えたらさ。せっかくなんだし、みんなで一緒に大きなベッドで寝るのも楽しそうだよな」

 

「そういうこと!? そういうことだったの! ももこのケダモノ!」

 

「どした? 急に。獣? クマとかの心配? 勝てるだろ、魔法少女なんだから」

 

「は? 熊?」

 

「うん。あ、イノシシ? ジビエもいいよな。女子会にはちょっと絵面がアレだけど」

 

「は? 女子会?」

 

「うん。え? なんか違った?」

 

「あ、いや」

 

「ところで本題なんだけどさ。ほら、これ。あったよ。昨日発売のみーぽんの写真集」

 

「あ、ありがと」

 

「中にあるQRコード入れたら、ボイス貰えるんだっけ? 中にはリモートで話せるプランもあるらしいし、最近はすごいよなぁ」

 

ももこは大きく伸びを行う。

 

「いやー、にしても最初の本屋になくってさぁ。結局三軒もハシゴしちゃったよー。出前もあったし、今日は疲れたなぁ。もう脚とかガッチガチだ」

 

「ガチガチって、いきなりなに!? 我慢できないから、こっちの都合はおかまいなしってわけ!? アンタさっきから何言ってんのよ!」

 

「レナってさっきから何言ってんの?」

 

「そうよね。わかってたわよ。ももこがそういうタイプってことは。でも安心してよね。レナがそういうところ全部含めて、面倒見てあげるって決めてるんだから。いいわよ、はい、で? 何をすればいいの?」

 

「え? いいの? じゃあ揉んでもらおうかな?」

 

「直球じゃないッ! いいわよ、はい。じゃあその、む、胸を……」

 

「え? なんて?」

 

「だから、あの、もにょもにょ……」

 

「じゃあまず脚、お願いしようかなぁ。レナのベッドに寝ていい? ちゃんと帰ってきてからシャワー浴びたからさぁ」

 

「準備万端ってわけね。いいわよ、大丈夫。ほら、寝なさいよ。それにしても脚? ふーん脚がいいんだ。ももこって」

 

ももこはレナのベッドにうつ伏せで寝転ぶ。

部屋着はショートパンツだったため、素肌がむき出しになっていた。

レナはゴクリと喉を鳴らして、ももこの肌に触れる。

 

(うぁ、やば……)

 

カァァっと顔が熱くなる。

手汗でバレてしまいそう。

レナはしきりに自分の服で掌を拭いながら、ももこの両足を揉んでいった。

 

肌に指が沈むたびに、ジンジンと波打つ熱を感じる。

レナの脳裏に先ほどまで読んでいた漫画のシーンがフラッシュバックしていく。

掌と太腿だけでなく、肌と肌を触れ合わせることができたらと、思ってしまう。

 

(ももこと●ッ●したい、ももことエ●●してみたい、ももこがレナの初めての人ならどれだけ素敵な――)

 

最初は興奮からか、地獄みたいなことを考えていたが、やがて精神は研磨されていく。

 

(ももこ、髪、綺麗)

 

面倒くさがってか、乾かしが甘い気がするが、もっとちゃんと気を配れば、彼女は素敵なお姉さんになれる。

レナはふと、足から背中に視線を移した。

久しぶりに彼女の背中をまじまじと見た。

 

(ももこ……)

 

いじめっ子から守ってくれた時も、この背中が見えていったっけ。

 

(すき)

 

そこで、ももこが、ムクリと起き上がった。

 

「サンキュー! じゃあ交代だ!」

 

「へあぁっ!?」

 

「ほらほら寝て寝て!」

 

「えっ、あッ、ちょッッ!」

 

今度はレナがうつ伏せで寝転ぶ。

すぐに気づいた。ベッドからほのかにももこの香りがするような気がする。

シャンプーやボディーソープをそれぞれ別のものを使っているからだろうか。

とはいえ本当にほのかに、なので、レナはシーツに鼻を押し当てて、ももこを感じた。

 

(あ、これ……、やば)

 

一瞬、まるで、ももこに抱きしめられているような想像をしてしまった。

その時、ももこの手がレナの背中に触れた。指が強く、レナの肌をグッと押す。

 

「んおぉぉお゛お゛っっ」

 

「あはは! なんだよ今の声」

 

「………」

 

「あれ? レナさん?」

 

(死にたい死にたい死にたい)

 

「もしもーし?」

 

「……出てって」

 

「ありゃ」

 

「出てってよ!」

 

「もー、またそんな感じになる!」

 

ももこは突っ伏したレナを抱き起すと、後ろからハグをする格好になる。

離してよと口にしようとして、レナはできなかった。

 

「ん? ほら、何が嫌だった?」

 

ももこは左手でレナと手を繋ぎ、右手でおなかの辺りを優しくポンポンと叩き始めた。

 

「さらけ出してって言っただろ?」

 

「で、でも……」

 

「どんなレナでも嫌いにならないから。ほら、ね?」

 

繋いだままの手に少し力を込めて、振ってみる。

とびきり優しい声が、レナの脳を溶かしそうになる。

 

「その、あの……」

 

「うん。何?」

 

「子ども扱いしないでよ!!」

 

「おい!」

 

「あ、いや。ごめん」

 

「いいよ」

 

「いやっ、実は、その……。まなかに貰ったキャラメルが、その、変な気分になるらしくて」

 

「変な気分?」

 

「そ、そう。ちょっと、なんていうか、え、えっちな感じに……」

 

「ま、まじ? アタシももらったんだけど……」

 

ももこはダッシュで自室に戻ると、ガラナキャラメルを持って戻ってきた。

 

「これだろ?」

 

「うん」

 

「……そっか。ありがとな話してくれて。ようし!」

 

ももこはキャラメルの箱を開けると、パクパクと食べ始めた。

 

「ちょ! だ、大丈夫!?」

 

「ふんふん。なかなかイケるな」

 

「そ、そういうことじゃなくて……! どう?」

 

「んー、今はまだ変わってないけど。アタシはほら、ガサツだからさ、量が足りないのかも。象とかに効く量でようやく――」

 

「……ももこだって、繊細で、可愛い女の子でしょ」

 

「え?」

 

「レナ、知ってるんだから……」

 

「あ、ありがとう」

 

ももこはピクンと肩を震わせる。

 

「んあ。ちょ、ちょっと効いてきたかも。体が熱くなってきた」

 

「……ほんと、最悪よね」

 

「困っちゃうよなぁ」

 

「………」

 

「………」

 

「どうする?」

 

「しよっか?」

 

「……ん」

 

 

 

 

 

「できましたぁ!」

 

まなかは自室にて満面の笑みを浮かべて両手を広げていた。

彼女の前には『お城』がある。日本の名城シリーズ・プラモデルである。

毎日ちょっとずつ進めていたが、今日、無事、見滝原城、築城完了である。

 

「これは素晴らしい出来です! 稀代の天才模型師が誕生してしまったかもしれません! とてもよくできたのでレナさんたちにも見せて褒めてもらいましょう!」

 

城をおぼんの上にのせて、まなかは階段を降りていく。

そしてレナの部屋にたどり着いた時だった。

扉の向こうから、変な声が聞こえてきたのは。

 

「んっ、んふぅ……!」

 

(むむっ!?)

 

「レナ、大丈夫か……?」

 

「ももこの大きいよぉ、レナの口に入らなぃ」

 

「こらーっ! ウォールナッツを、けがすなーっ!」

 

まなかがドアを蹴破ると、レナが大きな"いなり寿司"を咥えて、ももこが水を差しだしていた。

 

「ま、まなか。どうしたんだ突然」

 

「……え? いやッ、あの、お二人は何を?」

 

「何って。おいなりさんを作ったから食べようと……。あ、まなかにもちゃんと後で届ける予定だったよ?」

 

「なーんだ。いなり寿司ですかぁ。びっくりさせないでくださいよ。はははは」

 

 

 

 

 

 

 

「って、なるかーっ!」

 

「うわぁ! びっくりした!」

 

「え? は? なんでここでいなり寿司を!?」

 

「いや、今度ホテルで女子会やりたいなって……。持ち込みありのところもあるらしいから。なんか作って持っていこうかなって思って。その練習を……。まなかも行くだろ?」

 

「いや、まあ、それは行きますけど。行きますけどですね……」

 

ももこは、まなかに、事の顛末を説明する。

キャラメルの効果を知って、二人で食べて、そして変な感じになって――

 

「それで、料理したら気が紛れるかなって。なあ、レナ」

 

「う、うん」

 

「うーん。そっ……、まあ、うーん。そうですかぁ。まあ、そういう……、うーん」

 

まなかは、いろいろな表情をした結果、真顔になった。

 

「腑には、落ちてません」

 

クソオチの香りがすると、天啓を受けた気がする。

 

 

まあ、とはいえ、だ。

 

「あのキャラメルにそんな効果あるわけないじゃないですか」

 

「へ?」

 

「まあ確かに現物の実にそういう成分があるのかもしれませんが、お菓子になった時点で終わりです。そもそも、そんな効果があったら一般的なお土産屋さんで買えるわけないじゃないですか」

 

「じゃあ、あれは……」

 

レナと、ももこは、お互いに顔を合わせる。

そして、ばつが悪そうに赤面すると、目を逸らした。

お可愛らしいものですと、まなかはニヤリと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

翌日、まなかは厨房で一点を見つめていた。

女子会。まあ呼び方はなんでもいいのだが、とにかく気心の知れた仲間たちと一緒にワイワイやるのは楽しみだ。

料理もいろいろ片手でつまめるものを持っていけば、きっと美味しいし、楽しい。

 

ワクワクすると腕が鳴る。

まなかにとって生きるってことは、美味しいことであると思っている。

御飯が美味しかったら、とりあえずはオールオッケーだ。

 

だからこそ、思うところがある。

ご飯は美味しくなければならない。

美味しければ美味しいほどいいのだ。だから――

 

「!」

 

その時、カランカランと、扉が開く音が聞こえた。

制服を着た、上品で優しそうな少女が入ってくる。

 

「お久しぶりです」

 

「お勤めご苦労様です。ですが、"ただいま"でもいいんですよ」

 

なにせ三階には、空き部屋がある。

そこは彼女の部屋でもあるのだから。

 

「ねえ、タルトさん」

 

「はい!」

 

ジャンヌダルクは、この世のものとは思えぬほど眩しい笑顔を見せた。

 

 





( ^ω^ )レナがももこのことが好きで、レナと、ももこと、まなかと、タルトが一緒に住んでいて親友であるということはマギレコをプレイした皆様だったら既にご存じの通りかとは思いますが……

( ^ω^ )え? 知らない?

( ^ω^ )………。








( ^ω^ )え?



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宿命! 割れない胡桃(前編)

今回、あんまももレナ関係ないです。
ちょっとシリアステイストかも


 

「事件です! まなかは今日、人類の歴史を変えてしまうかもしれませんっ!」

 

自信に満ち満ちた笑みを浮かべながら、クロッシュを取った。

 

「できました! まなか特性ベーターフードです!」

 

『ほう』

 

「牛肉をお野菜の旨味たっぷりのスープでトロトロになるまで煮込みました。これを食べればインキュベーターも改心して魔法少女を増やそうだなんて思わなくなる筈です」

 

『………』『………』

 

「どうですか? 美味しすぎてほっぺが落ちちゃいそうでしょう?」

 

『んー、まあ美味いと思うぜ。感想はそれだけだ』

 

「………」

 

『頬が落ちるわけないよ。頬に深い傷があって、咀嚼の振動で肉が剥がれ落ちたとすれば理解できるけれど。そんな状況で食事を楽しめるわけがない。どうして人間はそういう表現を美味のたとえに使ったんだろうね?』

 

「………」

 

『確かに味付のバランスはいいようだけど、一定値を超えれば人間は誰もが美味しいと認識するから、そこから優劣の差をつけるとすれば人間ひとりひとりの好みというものになるだろう。ボクにはよくわからないけれど、美味しいという感情。それが宇宙延命の大いなる指名を放棄するに足りえるものだとキミは本当に思っているのかい? 胡桃まなか。だとすればそれは愚かな考えだよ』

 

『テメェが使った食材の合計金額はおそらく一万にも満たない。高級食材でもてなすとすれば、まだ理解できるが……』

 

『そうだね。それにキミはボクらの説得に牛肉、つまり牛を使っている。命を守ろうとしているのならばその一貫性のなさが引っかかるのはボクだけではな――』

 

「やかましいこの白ダヌキに泥ダヌキめがッッッ!!! ロマン一つもわからない無粋な連中はさっさと帰ってください!」

 

『なんで泥なんだよ。先輩が白なんだから黒でいいだろ』

 

「やかましい! ほら! ほれ! えぇい! まだいるか!」

 

まなかは妖精たちを追い出すと、大きなため息をついた。

ジュゥべえを見て思う。あれは黒、黒色だ。あの時もそうだった。

 

着なれない喪服が窮屈で、幼いまなかは外に出た。

煙突があって、そこから煙が上がっているのを、ぼんやりと不思議そうに見つめていた。その後、骨だけになった遺体を見る。

その部屋には独特の『におい』があって、しばらく鼻から消えてくれなかった。

 

 

『現在』

 

 

見滝原グランドホテル。

ツインルームで四人の少女たちが楽しそうにはしゃいでいた。

 

チーム名は、ネオ・ブロッサム。

彼女らはいずれも『MPD SAUL』と書かれた桜の紋章がついたバッジを身に着けている。

扉が開くと、同じものを身に着けた長身の青年、『氷川(ひかわ)』が入ってきた。

彼は刑事だった。

 

「ご苦労様です!」

 

バッと立ち上がり、ビッと敬礼を行ったのは、ネオブロッサムのリーダーである『広江(ひろえ)ちはる』だ。

正義の象徴である警察に憧れているからこその行動なのであって、他のメンバーは寝ころんだり座ったままだったり、ゆるーい感じで氷川を出迎えていた。

 

「おかえりなさい。どうでした?」

 

「ええ。問題はないようなので、休憩を頂きました」

 

下のホールでは要人たちのパーティが開かれている。

その護衛にと招集がかかったのだが、そもそも脅迫状の類があったわけではない。

それに魔法少女がたくさんいるわ、ちはるの魔法である『悪意探知』にも引っ掛からなかったわで、危険性は低いと判断されたのだ。

 

とはいえ、万が一という可能性もある。

ずっと気を張っていたために、それなりに疲れた。

氷川は椅子に座ると、目の前にズラリと並んだお菓子に手を伸ばした。

 

そうだな。

まずはあのピンクのマカロンでも食べようか。

手を伸ばす。氷川の指がマカロンに触れようとした時、マカロンがひょいと持ち上げられて、『秋野(あきの)かえで』の口の中に消えていった。

 

「ふゆふゆ。おいしいねぇ」

 

「……それは、もう。有名なパティシエがいるみたいですから」

 

氷川は腕を引っ込め、僅かに沈黙。

すぐに手を伸ばし、隣にあった緑色のマカロンを取ろうと――

 

「こっちも美味しいよ? かえでちゃん」

 

緑色のマカロンが、春名(はるな)このみの手によって、ひょいっと持ち上げられる。

氷川は、かえでの口の中に消えていくマカロンを見て、何度か頷いた。

マカロンはまだあと一つある。氷川はバッと身を乗り出して黄色のマカロンを掴もうとしたが、思い切り空を切った。

かえでが既にマカロンを手に取っており、このみの口に押し当てていたのだ。

 

「このみちゃんも食べてぇ。美味しいでしょ?」

 

「うん。とってもね」

 

笑いあう二人を見て、氷川もニンマリと笑った。

いいことじゃないか。三つのマカロンがあったおかげで、美しい友情が育まれたのだ。

お菓子はまだたくさんある。氷川は気を取り直して、ジャムがたっぷりと掛かった美味しそうなクッキーを――、取ろうとして、見る。

ちはるがクッキーを鷲掴みにして一口で頬張っていた。

 

「あぐあぐあぐ!」

 

「………」

 

育ち盛りの少女が食欲旺盛なのは大変よろしい。

だったらと氷川が隣にあったケーキを取ろうとすると、ちはるはケーキをむんずと掴んで一口にする。

 

「あむあむあむあむ!」

 

「………」

 

氷川がポテチを取ろうとすると、ちはるがポテチの袋に顔を突っ込んでバリバリと一気に口の中に運んで行った。

 

「たっぷり食べて栄養を蓄えておかなくちゃ! 今はまだ悪意の気配は感じないけど、どうなるかわかんないもんねっ! わたしはいつでも戦えるようにしておかなくちゃ!」

 

「………」

 

「氷川さんも何か食べますか!?」

 

「いえ、僕は結構……」

 

「ふゆぅ、ひとつも取れなくて可哀そう……」

 

「う゛っ!」

 

氷川が固まっていると、彼にシュークリームが差し出された。

 

「これ、どうぞ。もらったヤツを残しておいたんです」

 

「これは、わざわざ……、すいません」

 

夏目(なつめ)かこは、恥ずかしげに、はにかんだ。

夏目書房という本屋の一人娘である。以前、そのお店が放火にあって全焼してしまったのだが、その際に事件を担当したのが氷川刑事であった。

しかし犯人は見つからず。その間に、かこは店を取り戻すために魔法少女になった。

 

今はもう氷川も魔法少女の秘密は知っている。

もしも自分がもう少し早く犯人を捕まえていれば、かこが魔法少女にならずに済んだかもしれない。

そうすれば彼女がいずれ魔女になるという運命を防ぐことができたかもしれない。そんなことをたまに思ってしまうのだ。

 

まあ尤も、氷川が犯人を捕まえていたとしても店は戻ってこなかったのだから、遅かれ早かれ、かこが契約していたかもしれないが……。

 

いずれにせよ、そんな彼女と、その友人が集まってネオブロッサムが結成されたわけだ。

こうなってしまえばということで、警察と協力して魔女や凶悪犯罪の対処に当たっているのである。

ちなみに『夏』目、『秋』野、『春』名、ち『はる』のダブルスプリングといったように、名前に四季が入っているのが特徴だった。

氷川も、冬を連想させる"氷"の字があるのでなんとなく纏まりもある。

多少強引ではあるが……。

 

「それにしても、本当に素敵なホテル! ベッドだってこんなにフカフカなのはじめて!」

 

このみはピョンと跳ねてベッドに飛び込んだ。

 

「私も!」

 

かえでは、このみの隣に寝転ぶ。

二人はクスクスと笑いあうと肩を並べて天井を見つめた。

 

「本当にフカフカだねぇ。眠っちゃいそう」

 

「いいよ寝ても。なんなら一緒に寝ちゃおっか」

 

このみは、かえでを抱き寄せると、優しく体を撫で始める。

 

「あ、このみちゃん。その撫で方、好き……」

 

「ふふふっ、本当? そう言われるとちょっとドキドキす――」

 

「おばあちゃん、思い出すなぁ」

 

「―――」

 

このみは白目を剥いて動かなくなった。

 

「ふゅ、もう寝ちゃった……! このみちゃん疲れてたのかなっ?」

 

「と、トドメを刺されたようにも見えるけどぉ……」

 

かこは困り顔でオロオロとしている。

一方、隣ではちはるが、フンスと鼻を鳴らしていた。

 

「でもでもっ、こういう高いところって悪い奴らの幹部が潜んでそうな感じだよね! 下にいる人間を見下してニヤリと笑って! ううぅ、まなかちゃんたち大丈夫かなぁ?」

 

真下のキッチンでは、『ウォールナッツω』の面々がキビキビと働いているのだ。

実は今回のパーティの主催者が料理人を直々に指定しており、それが、まなかたちだったというわけだ。

ホテルにも話は通してあり、調理場を使わせてもらっている。

まなかはホテルで働いているシェフたちにも物怖じすることなく、指示を飛ばしている。

一流ホテルのシェフたちははじめこそ、中学生のまなかに従えと言われて怯んだものの、すぐに彼女の実力を把握して指示に従っていった。

そんな中、隅のほうでレナはムスっとした顔で皿を洗っていた。

 

「どーしてレナがこんなこと……ッ!」

 

「だってレナさんホール出れないでしょう?」

 

「出れるわよ! ナメんじゃないっての!」

 

「えー? ではちょっとやってみますか? おいキミ、シャンパンを注いでくれ」

 

「は!? そんなもん自分で注ぎなさいよ!」

 

「………」

 

「まあ、そういうこともあるわよね」

 

レナは以後、何も言うことなく皿を洗い続けた。

そうしていると、料理を運ぶスタッフに選ばれたももこがやってくる。

 

「まなか。お呼びみたいだよ」

 

「了解です。では皆さん、少し外しますので」

 

まなかはホールのほうへ移動する。

というのも主催者の女性が、来賓たちに、まなかを紹介したいというのだ。

挨拶をすれば、みんな驚く。

こんな幼い少女が、あんな完成度の料理を作っていたのかと。

そのリアクションを見て、主催者である深海(ふかみ)という女性は唇を吊り上げた。

 

「私はヴィーガンですが、動物性の食品を使わないという一点に縛られて味が疎かになる無能なシェフを何人も見てきました。しかし彼女は見事にその点を妥協することなく、私や皆様の舌を満足させてみせたのです」

 

来賓たちの拍手が向けられる。

まなかは、その中で堂々と胸を張ってみせた。

 

やがてパーティがお開きになり、来賓たちが帰っていく。

それを見送りながら、まなかは深海の隣にやってきた。

 

「今日は我らウォールナッツを指名していただき、本当にありがとうございます。おかげで、お店の評判も上がるでしょう」

 

「優れた存在が正当な評価を受けるのは当然のことだわ。またお願いね」

 

「もちろんでございます!」

 

そこで、まなかは笑顔の種類を変えた。

 

「それにしても、どんな方々の集まりだったんですか?」

 

「心配性の富豪たちよ。あなたのおかげで胃袋を掴めたわ。資金提供は期待できそう」

 

「……あまり、ハメを外しすぎないようにお願いします。どんなに美味しいものでも、食べ過ぎると体に毒ですよ?」

 

「確かにお腹がいっぱいになってしまっては破裂してしまうわね。けれど胃袋が大きければ、何も問題はないでしょう?」

 

含みのある言い方だった。

とはいえ付き合うのに疲れたのか、まなかはストレートに聞いてみる。

 

「どんなものを作ってるんですか?」

 

そこで、グッと深海のもとへ近づいてくる魔法少女たち。

(みやこ)ひなの。智珠(ちず)らんか。三浦(みうら)(あさひ)。コルボー。

皆、煌びやかなドレスを身にまとっており、広げた翼の上にアルファベットの『G』が書かれたバッジをつけている。

 

彼女たちは深海の仲間だった。

かこたち、ネオブロッサムが警察と協力関係を結んでいるように、らんかたちは深海が所属している自衛隊と手を組んでいるのだ。

感じる威圧感。まなかは思わず後ろへ下がるが、深海が構わないとジェスチャーを送る。

 

「暁美ほむらが開発したマウリッツエンジンを搭載した守護者たち。ガーデンシリーズは、日本という庭を守る最強の盾になるわ」

 

「はぁ」

 

深海は腕を組んで鼻を鳴らす。

一瞬、幼い時を思い出した。

火災。崩落。死体。浮かぶワルプルギス。泣いている深海がそこにいた。

彼女は笑う。笑い、まなかを見下した。

 

「近頃の魔法少女は閉鎖的でいけないわ。自分たちの存在を隠してどうなるというの? 世界発展は魔法少女なくしては成立しなかったもの。もっと胸を張って日本のために魔法を使ってほしいものね。やがて来たるワルプルギス討伐のためにも」

 

「………」

 

「安心しなさい。ウォールナッツもまた庭の中にある財産。私がしっかり守護してあげるわ。フフフ……! ホホホ! オーッホホホホホ!」

 

普段はクールそうな深海だが、スイッチが入ったのか、ゲラゲラ笑い始める。

しかも伝染するのか、控えていた魔法少女も笑い始めた。

 

「くふふふ! ふはははははは!」

「あはっ! あはははははははは!」

「ハーッハハハハハハ! ヒハハハハハ!」

「でありますありますあります!」

 

「一人だけ無理してる人がいますよ」

 

あと、テンションが上がったせいなのか。深海はケラケラ笑いながら傍にいた都ひなのの頭を撫でくり回しているが、本人にとっては不愉快極まりないのかバシッバシッと何度も弾かれている。

 

それでも深海は、ひなのの頭を撫でようとして、弾かれていた。

まあいい。こういう人たちとは長い時間は関わらないほうがいい。

まなかは営業スマイルを浮かべたまま、さっさとキッチンのほうへと戻っていった。

 

その途中で、まなかはグッと拳を握ってガッツポーズをとる。

料理が評価されたのは、彼女にとっては素直に嬉しいことだ。

自分でも成長を感じる。

まなかは長い廊下を歩く中で、昔を思い出した。

 

 

【過去】

 

 

洋食ウォールナッツ。

神浜という町にあるレストランだ。

かつてはセレブたちがわんさか集う格式高い人気店だったが、土地の情勢変化や、リーズナブルなメニューで多くの人に洋食を楽しんでほしいと試行錯誤した結果、セレブたちはより高級な洋食店へ、ファミリー層はよりリーズナブルなファミリーレストランへと、客が離れてしまった。

 

その結果、閑古鳥が集う店となってしまったのだ。

 

とはいえ、店の味が落ちたわけではない。

まなかは尊敬する父から料理を学び、みるみるうちに上達していった。

しかし学べば学ぶほど、現状がもどかしくて苛立ってしまう。どうしてこんな素晴らしい店なのにお客さんが来ないのだろうか?

 

まなかはなんとかしてウォールナッツがかつての栄光を取り戻すように広報活動にいそしんだ。

結果、少しは客の入りもよくなったが、それでもまだ足りなかった。

この時期から、まなかはキュゥべえから魔法少女にならないかと勧誘を受ける。

 

ただし、まなかには一つのプランがあった。

怪しげな妖精の手を借りずとも、大口のリピーターを増やす計画があったのである。

それが名門・白羽女学院の受験である。

超お嬢様学校に合格して、そこで宣伝を行えば、生徒たちはもちろん、その家族、さらにはそこから広がって、多くのセレブたちが来てくれるだろうと。

まなかは必死に勉強して、その結果――、落ちた。

 

非常に残念だったが、第二志望の聖乙女学園には合格できた。

一時期は落ちぶれたとまで言われたが、こちらも非常に歴史のある学校だった。

交流パーティもあるみたいだし、まなかはそちらで広報活動を頑張ろうと誓ったのだ。

 

『なります。なればいいんでしょう? なってあげますとも!』

 

二か月後、まなかがキュゥべえに向かってそう言った。

結論を言えば広報活動はうまくいかなかった。

交流会には他のレストランが選ばれ、それぞれの少女たちも行きつけの店が既にあったのだ。

甘かった。まなかはそう思ったが、一方で食べてさえくれればという考えは消えていなかった。

だからキュゥべえに願ったのだ。店の味を知ってもらえる機会がほしいと。

料理と、お店の名前を広めるチャンスを与えてくれと。

 

そして、胡桃まなかは魔法少女になった。

 

交流会にウォールナッツが選ばれ、まなかは見事、己の実力のみで、そこにいる生徒たちの胃袋を掴み、虜にした。

ウォールナッツの評判は瞬く間に広まり、お店にたくさんの人がやってきた。

弁当を作って売っていいと許可が出るやいやな、まなか特性弁当はあっという間に売り切れた。

みんな美味しい美味しいと言っていた。先生も並んでいた。

 

まなかは充実していた。

魔女との戦いは神経をすり減らしたが、それでもとても楽しかった。

 

 

まなかは、これといった親友がいなかったが、みんなとそれなりに上手くやって、楽しい学園生活を送った。

クラスメイトたちは料理が上手なまなかを尊敬していたし、認められるのは気分が良かった。

みんな、まなかに料理を習いたいと口にしていた。

誰一人として本当に習いに来る者はいなかったが、それでもまあ問題はなかった。

 

 

ある日、弁当を売っている時、一人の女生徒が気になった。

『まなつ』という女の子で、優しそうな雰囲気だった。

しばらくして、彼女がクラスメイトであることを思い出した。

引っ込み思案な性格なのか、クラスでは本当に目立たない地味な子だった。

休み時間はいつも隅のほうにいて、ご飯の時間になるとフラリと教室から出ていく。そんなものだから、まなかと会話したことなど、ほとんどなかった筈だ。

なにやら彼女はオロオロとしていた。

 

(ははあ、まなかのお弁当が食べたいんですね!)

 

とはいえ、だ。

特性弁当は大人気、いつも奪い合いになる。

強引に前に出ていく勇気がないのだろう。彼女はいつもしょんぼりと肩を落として帰っていく。

それは仕方ない。食べたいのは皆、同じなのだ。

 

「………」

 

今度、一つだけ取っておいてあげようか。

まなかはそう思ったが、翌日まなつは現れなかった。

 

翌日も同じだった。

その次の日は、まなつは学校を休んだ。

体調が悪いらしい。特に何とも思わなかった。

その次の日もまなつは学校を休んだ。

 

 

その次の日、まなつが自殺したと教師が言った。

 

 

正直、どうでも良かった。

友達ではないし、可哀そうだとは思うが、それだけだった。

しかしそれでも、ふと、何だかとても悔しくなってきた。

 

せめて特性弁当を食べてほしかった。

死ぬとしても、食べてから死んでほしかった。

あんな名残惜しそうな目で見つめたまま逝かないでほしかった。

 

通夜や葬儀は近親者のみということだったので、生徒たちが行くことはなかった。

まなつは友達がいなかったので、特別誰かが悲しんでいるという様子もなかった。

 

一週間後、まなかは、なんとなく。本当にただの気まぐれで、まなつの家に行ってみた。

出迎えてくれた母親は本当に嬉しそうだった。まなかが、初めて来てくれた生徒らしい。

友達かと聞かれたので、そんなところだとお茶を濁した。

まなかは小さな仏壇に特性弁当を供えた。

母親はお礼を言った。ひどくやつれていた。

シングルマザーでたった一人の家族だったらしい。とても悲しいと呟いていた。

 

まなかはなんだか腹が立った。

誰に対してかはわからない。しかしとにかくムカムカしていたので、図々しく聞いてみた。

 

「なんで亡くなったんですか?」

 

いじめが原因であると教えてくれた。

そう遺書に書いてあったらしい。

 

「知りませんでした」

 

「いいんです。気にしないで。あの子、貴女のことは好きだったみたい」

 

「は?」

 

「いつもご飯の時に行ってたんです。おいしそうなお弁当を持ってくる子がいるって。いつも売り切れちゃって、いつか食べてみたかったって……」

 

まなつは洋食が好きだったらしい。

まなかは、なんだか、とても苛立った。だったらなおさら――

 

「今にして思えば、あの時に様子がおかしいって気づくべきでした」

 

母親は酷く疲れていた。

まなつが、疲れたから休みたいと言った時は、そういう時もあるのだろうと疑問には思わなかった。

だから、まなつが小さな時から大好きだったボロネーゼを作ってあげた。

 

まなつはこれが大好きだった。

これを食べると、まなつはいつも幸せそうに笑った。

まなつは一口ボロネーゼを食べた。

その時の表情が、明らかにおかしいと、母親は気づいた。

次の瞬間、まなつは腕を払い、テーブルにあったボロネーゼを床に落とした。

 

「おいしくない」

 

「え……?」

 

「おいしくない……!」

 

声を震わせた。

 

「おいしくないッッ! 全ッッ然! おいしくない! まずい! まずい! 作り直して! 作り直せ!」

 

その時はまさか、まなつがそんなに苦しんでいるなんて知らなくて、だから激しく怒ってしまったと、母親はそう言った。

 

「せっかく作ったのになんてことするの? 食材を無駄にして。 もう二度と、ご飯を作らないからって……、そう強く怒ってしまったんです」

 

そしたら次の日、部屋で首を釣っていたと。

 

「優しい子でした。私の誕生日にはプレゼントを用意してくれて……」

 

それは、割と普通のことなのでは?

そう思ったが、ボロボロと泣いている母親を見れば何も言えなかった。

 

遺書を見せてもらった。

いじめられている。苦しい。助けて。ごめんなさい。

そんな内容のことがふんわりと書かれていたが、抽象的すぎてよくわからなかった。

誰の名前もそこにはなかった。

 

まなかは学校を辞めた。

 

弁当を売っている時にふと思ったのだ。

この群がっている人間の中に、まなつを死に追いやった人間がいるのかもしれない。

そいつが自分が作った弁当を美味そうに食って、それが栄養になって、延命の原因になる。

 

あまり良いことのようには思えなかった。

もちろん、まなつの嘘だという可能性もある。

勉強とか、将来のこととか、恋愛とか。まあこの時期にはいろいろあるのだと、いろいろな人間が言うので、そうなんだろう。

 

何となくわかる。

でもそれはきっとあまり格好よくないので、みんな偽ろうとする。

まなつも、そういう風に嘘をついただけなのかもしれない。

 

でもやっぱり、まなかは、まなつを信じた。

同時にわからなかった。なんで美味しくなかったんだ。どうして不味かったんだ?

わからなくて、気持ち悪くて、まなかは学校を辞めた。

そこに、いたくなかったからだ。

 

 

父は何も言わなかった。

学校を辞めたいと言ったら、わかったと言った。それだけだった。

まなかは中学生だ。私立を辞めれば公立に行く。

そんな手続きは行ったが、まなかは学校に行かなかった。

 

まなかは料理の修行したいと言った。父はわかったと言った。

 

まなかの父はより一層、力を入れて、まなかに料理のノウハウを教えた。

まなかは時間がある限り料理を学んだ。洋食だけではなく、和食や中華、マナーのことについても必死に勉強した。

学べば学ぶほど勉強する時間は増えていった。料理のことを考えて何度も徹夜をした。

 

魚を捌くのが上手になって。

野菜を見ただけで料理が何パターンも浮かんで。

肉を美味しく焼ける時間をタイマーなしで把握できた。

 

でもそういう技術的なことが上手くなる一方で、『美味しい』がわからなくなってきた。

得意料理のオムライスを味見したとき、もっとできることがあるのではないか? これで妥協していいのか? そんなことばかりが頭に過るようになった。

不味くはない。なら美味しい? いや。でもこれはたぶん、それなりに美味しいだけだ。

そうなると、たぶん、満足感は薄い。

 

これではきっと、誰かの人生を変えることなんてできない。

それなりは妥協される。食材に限界があるのか? しかし高ければいいというわけでもない。

しかし高いとそれなりに美味い。でも高いと簡単にいくつも作れない。

高すぎると誰も買わない。

 

それに高いものを使って作っても意外とこんなものかと思ったことが何度かある。

いつもの卵より二倍もするものを使ったが、二倍美味しくなったわけではなかった。

何が足りないんだ? わからないから勉強して、参考にして、しかし疑問は尽きない。

こんなもんなのか? これが最高に美味いのか?

これを食べればどんな人間でも美味しいと笑えるのか?

わからない。自信がない。

食べ過ぎたのか、卵が古かったのか。

まなかは気分が悪くなった。

 

 

ある日、まなかは一人の少女が目に留まった。

後にわかるのだが、名前は"水波レナ"。

その日、彼女は家族と一緒にウォールナッツに来ていた。

 

まなかが出来上がった料理を運んだのだが、そこで彼女の家族と少し会話をした。

珍しい話ではない。やはり、まなかみたいな子供がコックの格好をして働いている光景は目に留まる。

ここで働いてるの? 凄いね。偉いね。そういう言葉をよく投げられるので、いつの間にかほどよい感じに返すテンプレみたいなものが頭の中にあった。

 

その日も、まなかは愛想笑いで、ほどほどの言葉を並べていく。

そこで気づいたのだ。レナの家族たちは笑みを浮かべていたが、レナだけはそっぽを向いてムスッとしていたのだ。

わかりやすいほど機嫌が悪い。それは料理を食べても同じだった。

まなか渾身のオムライスを口にしてもレナはつまらなさそうで、半分程食べたら弟にあげていた。

その際に聞こえたのだ。

 

「もういらない」

 

まなかはレナが嫌いだった。

厨房で舌打ちをしたのは初めてだった。

会計もまなかが行ったが、ご馳走様や、ありがとうと言葉を投げかけられる中、レナは何も言わずにさっさと店を出ていった。

二度と来るな。まなかはレナの背中を睨んで、そう思った。

 

しかし、ある日、まなかは目を丸くしていた。

レナがまた店に来たのだが――、一瞬、別人かと思った。

それはレナの表情だ。笑顔で、饒舌で。

まなかがオムライスを運ぶと、無言ではあったが会釈はされた。

 

レナはオムライスを美味しそうにバクバク食っていた。

全部、ペロリと平らげて、彼女はデザートとジュースを注文した。

何がどうなっているのか? しかし、まなかはすぐにわかった。

レナと一緒に来ていた人間が原因だ。まなかはしばらく、厨房からジッと、"十咎ももこ"を見つめていた。

 

 

ある日、まなかは父に連れられて見滝原に出かけた。

初めての見滝原だった。

まなかは父に勧められて適当に買い物をした。パズルとぬいぐるみとキャンプ料理の本を買った。

帰りにご飯を食べていこうとなった。父が選んだのは、エスニック料理店だった。

 

洋食を中心としていたまなかは、そういう類の料理を知ってはいたが、ちゃんと食べたことはなかった。

トムヤムクンや、ガパオライス、有名どころを抑えて、聞いたことのない料理もいくつか注文した。

料理を待つ間、まなかは店の中をキョロキョロと見まわした。

異国情緒が漂う内装はまるでテーマパークみたいだ。甘いような香りがする。

 

洋食ではなかなか使わないため、まなかはパクチーを食べたことがなかった。

苦手な人が多いらしいが、もしかしたパセリの代わりなんかにしてみたら上手いこと相乗効果が起こって、アレとかアレとかアレが良い感じになるかもしれない。

そんなことを考えているとワクワクしてきた。

 

そうしていると料理が到着する。

まなかはすぐにスプーンでガパオライスをすくった。

すぐにトムヤムクンを飲んだ。甘みと酸味が引き立つ、洋食にはない味付け。

パクチーの独特な香り。すべてがまなかにとっては新鮮で、そして何よりも――

 

(おいしい……!)

 

だから、また、食べようと思ったところで、手が止まった。

長い沈黙があった。

父は何も言わなかった。

ポタリと、雫が落ちた。

まなかは泣いていた。それは、ご飯が美味しかったからだ。

 

そうだ。

レナはきっと、楽しかったのだ。だからあんなに美味しそうにご飯を食べることができた。

楽しいと、美味しい。おかわりがしたくなる。

楽しくないと、美味しくない。

美味しかったものが、美味しくないと理解してしまった彼女は、きっとすごく美味しくなかった。

 

悲しいほど不味かったのだ。

 

 

 





このみちゃんは、結構好きな魔法少女の一人なんですが、永遠の友情を誓った相手が、それぞれの別のチーム所属っていう悲報みたいなところがね。
ただ冬服ストーリー見ると、意外とこのみ×かえでもありでんな思いましてな。
メタ的なところでいうと、かこちゃんに冬服がなかっただけなんでしょうけど、綺麗な景色を見せてあげたいと誘って来たのが、かえでだけなところに、ちょっとレーダーが引っ掛かったというか。
ホーム画面でも、かえでちゃんのみ単体で触れてるしね(´・ω・)

あと個人的に、ちょっとおねロリみを感じる組み合わせが好きなんですよね。
まったく関係ないけど、ウマ娘のBNWだったらハヤヒデとタイシンの組み合わせが好きみたいなところあるからね。

まあとにかくね、このみちゃんは、ドッペル解放もあるので良かったですね。
一番最初のほうににマギレコやってた時、ちょっとパーティに入れてましたんでね。
ただあの時は、システムを理解してなかったんで、マチビト馬にボコられて詰みかけてました。
ごめんな、このみちゃん(´;ω;`)


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宿命! 割れない胡桃(中編)

 

まなかはレナに向かって"二度と来るな"と思ったが、それはあまりにも大きな間違いだった。

彼女もまた、舌にカバーをされていたのだろう。それは黒くて、ドロドロで、深くて、自分じゃ取れない。

そもそも、そんなものが自分の舌に纏わりついていることすら気づかないのかもしれない。

でもそれは凄く淀んでいるから、口の中が汚くなって、出てくる言葉だって汚くなるに違いない。

 

それを取ってあげたのが、ももこだったのだ。

だからレナの舌は綺麗になって、より鮮明に味を感じることができた。

ウォールナッツのご飯は美味しいから、レナがあんな笑顔になるのは当然だ。

そしてきっと、彼女にとって、ももこと一緒に食べるご飯はとても美味しい。一人で食べるよりも何倍も、何百倍も。

 

まなかだって、きっと、そうなれた。

レナにとっての、ももこのように。

まなつにとっての、ももこになれたのだ。

そうすればきっと、未来のお客さんが増えた。

まなかの作った試作品を無駄にしない処理係ができたかもしれない。

そういう関係。それはきっと――

 

「………」

 

まなかは泣きながらガパオライスをほおばった。

口をパンパンにして、モグモグと咀嚼する度、ボロボロと涙が零れた。

あと少し、ほんの少し、もうちょっとで、まなかは何を食べても美味しくなくなる筈だった。

怒りが、悲しみが、後悔が、味覚を殺す。

だが、困ったことに、美味しかった。

どうしようもなく、その店の料理はすべて美味しかったのだ。

 

「シェフを呼んでください」

 

シェフはすぐに来た。

ニコニコして、飄々とした青年だった。

 

「最高に美味しかったです。どうもありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ気に入ってもらえたなら嬉しいなぁ」

 

「お世辞ではありません。まなかの心が美味しいと言っています。なので貴方をスカウトさせてください」

 

「?」

 

「まなかはやがて店を持ちます。それはもうすぐのことです。そこで貴方を副料理長として任命します」

 

「はぁ」

 

「それに残念ながら、まなかは子供なので、店をやっていく上にはいろいろな壁があります。そこをカバーしていただきたいのです」

 

青年とまなかは見つめ合う。

青年はまなかの眼をジッと見つめ、やがて笑った。

 

「いいですよ」

 

それが津上(つがみ)シェフと、まなかの出会いであった。

 

 

神浜に帰ったまなかは、ある行動に出た。

それは、二週間後のことだった。またウォールナッツにレナとももこがやってきたのだ。

まなかは料理を運んだ後、二人にこう言った。

 

「はじめまして。私は胡桃まなかと申します。突然ですが、このまなかとお友達になってくれませんか?」

 

二人はポカンとしていた。

まあ、そうなるでしょうと、まなかは笑う。

長くなりますが、そう前置きをして、まなかは二人に全てを打ち明けた。

 

 

「いいよ。今日から友達だ! よろしくな、まなか」

 

話を聞き終えた後の返事がコレだった。

即、下の名前呼び。レナはギョッとして、ももこを見る。

なんだかムッときた。自分は最初は、『水波さん』呼びだったのに。

 

「だいたい! いくらんでも、いきなりすぎるでしょ!」

 

「だめですか?」

 

「ダメっていうか。そもそもアンタ、レナのこと二度と来るなって思ってたんだ」

 

「はい。思ってました」

 

「アンタねぇ……!」

 

「愚かでした。本当に、ごめんなさい」

 

レナは怯んだ。

まなかは深く、深く、レナに頭を下げたのだ。

 

「まあまあ。許してやりなよ。レナだって一生懸命作った料理をアタシに出してさ、それでアタシが美味いの一つも言わなかったら絶対不機嫌になるだろ?」

 

「それは……」

 

一度、レナはももこに手料理を振舞ったことがあった。

いつも弟のご飯を作ってあげている手前、自信はそれなりにあったし、実際ももこは美味い美味いと言って食べてくれた。

今まで食べた弁当の中で一番美味いと言われたときは、逆に褒めすぎだと不機嫌になったが、帰った後で思い返してみるとやっぱりそれはとても嬉しいことだった。

ではここで、ももこがブスッとした表情で食べてる姿を想像してみる。

だめだ。もうムカムカが止まらなかった。

 

「まあ、うん」

 

だから、まなかから目を逸らす。反論の言葉が出てこなかった。

 

「それにほら、まなかも間違えてたって反省してるんだから。だろ?」

 

「はい。まなかは勘違いを繰り返していました。味覚が全てではないんです。大切なのはきっと……、心なんですよ」

 

「っ」

 

「もちろん! タダでとは言いません! まなかのお友達になってくれたあかつきには、一生使えるウォールナッツデザート無料券を差し上げます!」

 

「い、いや、そんなのは別にいらな――」

 

「乗った!」

 

「レナ!」

 

「あ、いや……」

 

まなかは早速パフェと、口直しの山盛りポテトを持ってきた。

それをお供に三人は、お喋りをした。

まなかと、ももこが、気を遣ったから会話は弾んだ。

少なくとも、まなかにとってはとても楽しかった。

 

「安心してください水波さん。十咎さんを盗ったりなんてしませんから」

 

「は、はぁ!?」

 

ふと、まなかがそんなことを言った。

 

「お二人は親友。まなかは友達。それくらいでいいんです。十咎さんもそのつもりでお願いします」

 

ももこは珍しく何も言わなかった。

レナはというと、なんだかとても恥ずかしくなったので、ここはひとつ、嫌なことでも言ってやろうかと思った。

しかし、言えなかった。不思議な感覚だった。まるでそれは鏡を見ているような錯覚。

まなかの悲しげな笑顔が、どうにも胸に突き刺さった。

 

言葉通りの意味なのだろうが、そこにはもっと多くの意味がある気がした。

レナは人の気持ちを察するのは得意なほうではないが、それでも、まなつの気持ちは理解できる。

そして、それを打ちあけたまなかが、彼女のことを軽く見ているわけでもないということがちゃんと伝わってきた。

 

レナも、死にたくなる時があった。

何にも美味しくない時があった。でも今、目の前にあるポテトはとても美味しい。

それはやっぱり、ももこが傍にいてくれたからだ。

ははあ、わかってしまった。レナはそう察した。

まなかは、ももこになれなかったことを悔やんでいるのだと。

 

「この店さ。アタシは知らなかったんだ」

 

そこで、ようやく、ももこが口を開いた。

 

「誘ってくれたの、レナのほうなんだ」

 

「え?」

 

「美味しい店があるからってさ」

 

「ちょ、ちょっとももこ! 余計なこと言わないでよ」

 

「余計なことじゃないだろ」

 

レナとまなかは複雑そうな表情をした。

複雑は複雑だから、言語化はちょっと難しい。

ももこも、ももこで、最後の言葉が見つからず、その時は曖昧に笑うしかできなかった。

 

「まあ、親友とか、友人とかさ、そういうカテゴリ分けはよくわかんないよ。ただ、とりあえず今言えることはレナは大親友で、それはこの先なにがあっても変わらない。一方で今日知り合った、まなかとは、凄く仲良くなれそうな気がする。今はそれでどう? 悪くないと思うんだけど」

 

ももこはウインクを一つ。

まなかと、レナも、とりあえず笑顔に変わった。

 

 

その夜、まなかは家を出て散歩をしていた。

明日の仕込みをサボったのは久しぶりのことだった。

父に全てを任せたのには何個か理由がある。

 

まず一つは自分の頭の中にあるイメージを固める時間を取りたかったからだ。

何か、モヤモヤしたものがずっと張りついている感覚。それを解消するには、何か――、そう、まなか自身も分からぬ何かが必要だった。

 

あともう一つ理由がある。

感じてしまったのだ。魔女の気配を。

 

「………」

 

公園で男たちが宴会をしていた。

まなかは走った。男たちの手からそれを叩き落す。

男たちが一気飲みしようとしていたのは『醤油』のボトルだった。

他にも未開封ではあるが、アルコール消毒に使う液体がある。手などを綺麗にするために使うのではなく、胃に流し込むために用意されているのはわかった。

 

「よりにもよって、こんな殺し方ですか……!」

 

まなかは魔法少女に変身する。

衝撃波が発生して、男たちは吹き飛び、気絶した。

すると首筋にあった魔女の口づけが消える。

同時に展開される魔女空間。気づけばまなかの頭上に、魔女が現れていた。

 

"大魚の魔女ザボラ"。

 

文字通り、大きな魚がそこにいた。

ザボラはまなかを押しつぶそうとするが、まなかはダッシュで巨体から逃げて、武器であるフライパンを出現させる。

何度かあおるとフライパンの上に炎が生まれて、振ることで発射される。

 

炎弾はザボラをわずかに怯ませたが、あまりダメージを与えているようには見えなかった。

事実、ザボラは炎弾の中を飛行して、突進を仕掛けてきた。

スピードは速いが、避けられない程ではない。

しかし、まなかは避けようとしなかった。むしろこれはチャンスである。

 

まなかが構えたフライパンが巨大化し、姿を隠すほどになった。

ザボラはもう止まれない。固いフライパンの底に直撃した結果、打ち弾かれた

 

さらにそこで、まなかは固有魔法・『伝播(でんぱ)』を発動。

顔部分にあった衝撃が全身へ拡散して、ザボラは身を震わせながら地面に墜落する。

まなかは大きくなったままのフライパンでザボラを叩いた。

一度、二度、そして三度目を食らわせようと思い切り振り上げた時だ。

ザボラが口を開くと長い舌が飛び出してきた。

ただの舌じゃない。先端が少女の形をしていた。目を覆い隠した少女は笑っている。その手には長い『銛』が握られていた。

 

「しま――っ!」

 

油断した。刺される。

そう思った時、まなかの体がフワリと浮き上がった。

 

「感謝してよね!」

 

「水波さん!?」

 

レナはまなかを抱きかかえて跳躍する。

一方で、銛を弾いたのは、ももこだった。

 

「うらァア!」

 

ももこは燃える拳を振って、裏拳で舌先の少女を何度も打つ。

さらに大鉈を逆手に持って切り抜けた。ザボラの体に刻まれた斬痕がわずかに発光している。

"ドラミングチャージ"。ももこの魔法技だ。攻撃を当ててから少しの間、『Kポイント』と呼ばれる光が残る。

これはいうなれば『爆弾』だ。レナは着地すると、変身魔法を発動して、まなかに変わる。

 

レナは固有魔法そのものをコピーすることはできないが、そこから派生した応用技や、属性は模倣できる。

ゆえに、フライパンから炎弾を発射して、舌先の少女の顔へ命中させた。

すると頬に宿っていたKポイントに着火。

凄まじい爆発が起きて、舌先の少女が消し飛んだ。

 

まなかはその一瞬で全てを理解した。

伝播の魔法を使って、炎を全身へ伝達させることで、体に刻み付けられていたKポイントも発火する。

だから巻き起こった大爆発。ザボラは粉々に砕け散り、グリーフシードを残して魔女結界もろとも消え去った。

 

「よっしゃ! 勝ったなレナ」

 

「……ん」

 

ももこと、レナはハイタッチを決める。

そのまま、まなかにも手を向けた。

 

「まなかもサンキュー! 魔法、使ってくれたんだろ? おかげで楽に終わったよ」

 

「いえ、こちらこそ助かりました。本当にありがとうございます」

 

決まるハイタッチ。

 

「まさかお二人が魔法少女だったとは」

 

「こっちも驚いたよ。指輪はほら、消せるしさ」

 

魔法少女は基本的にソウルジェムを指輪形態にして、左手の薬指につけておく。

しかしこのおかげで魔法少女だとバレたり、日常生活に支障をきたしたりする場合も出てくる。

ポケットや鞄にしまう者もいるが、指輪を盗まれると変身できなくなってしまうし、距離が離れると肉体が活動を停止するし、なんらかの事故で破損する可能性もあった。

 

故に、少し魔力を込めることになるが、指輪そのものを消せるのだ。

まなかは料理人であるため指輪は邪魔だし、ももこたちは学生が指輪をしていると先生に見つかった時に面倒だし――

 

「前にペアリングだなって言ったらレナ拗ねちゃってさ。消すー! って」

 

「……フン!」

 

レナは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

とにかく、そういう事情で消している魔法少女も多いのだ。

 

「あの、すみません」

 

まなかは、まずそう言った。

いろいろ言いたいことはあったが、それよりも強い衝撃があった。

背中を押してくれる最後の一手が、そこにあったのだと。

 

「折り入って……、相談があるんです」

 

レナも、ももこも、まなかの真剣な表情を見て茶化すなんて選択肢は思いつかなかった。

 

 

 

「ごめんくださーい」

 

元気のいい、まなかの声に、まなつの母は少し怯んだ。

とはいえ事前にアポは取ってある。もう一人、まなつの友達がいて、仏壇を参らせてほしいと言っているので、お邪魔してもいいかという内容だった。

そしてもう一つ、まなつから、ボロネーゼの話は聞いていた。

どうか、ぜひ、食べさせてはくれないだろうか? と。

まなつの母は少し困惑したが、まなかのお願いならばと招いたのだ。

 

「本職のコックさんに食べてもらえるほどのレベルじゃないんですが……」

 

「いえ、そんなことはありません。ねえ?」

 

「そうそう。頂けるだけでありがたいっていうか。ははは……」

 

十咎ももこは、申し訳なさそうに頭をかいた。

母親がパスタを湯がいている間、まなかたちは、まなつの映像を見せてもらった。

母親の携帯に保存されていた、高校入学当時のちょっとした映像だった。

 

まなつは笑っていた。途中、ももこはチラリと、まなかを見る。

彼女はひたすらに、まなつを見ていた。ジッと、ただジッと。やはりその瞳には怒りに似た覚悟のようなものが宿っていた。

やがてパスタが二つ、まなかたちの前に置かれた。

いただきますを言って、口へ運ぶ。

 

「とても美味しいです」

 

まなかは本心でそう言った。ももこも、同じことを言った。

 

「それは……、どうも、ありがとうございます」

 

弱弱しいお礼が返ってきた。まなかとももこは見つめ合い、頷きあう。

 

「今から話すことは、ここだけの話、今日だけの話でお願いします」

 

「え……?」

 

「少しだけ目を閉じてくれませんか? 見せたいものがあるんです」

 

まなつの母は、言われた通りに目を閉じる。

 

「もういいですよ」

 

ももこが、まなつの母の後ろに立って肩に手を置いた。

それを合図に、まなつの母は目を開ける。

声を失った。ももこが座っていた席に、まなつが座っていたからだ。

 

「――っ」

 

母親はすぐに立ち上がろうとしたが、ももこが肩を抑え、まなかもまた、手を前に出して彼女を制した。

 

「落ち着いて聞いてください! 実は、そこにいる十咎さんは有名なシスターでして」

 

「え? え? え……!?」

 

「彼女の所属している教会の宗教的技術によって、ほんの少しではありますが、まなつさんの魂をこうして現世に降霊させたんです」

 

それっぽい適当なことを言う。

 

「決して触れてはいけません。触れれば彼女はすぐに消え去り、規律を破ったとして成仏できないのです!」

 

母親は頷いた。すぐに涙が溢れ、声は出せないようだ。

 

「彼女がなぜここにいるのか。それは、謝りたかったからです」

 

まなかが、まなつを見る。

まなつは頷き、やさしい声を出した。

 

「ごめんね。私、酷いことを……。せっかく作ってくれたのに」

 

まなつは、ボロネーゼを一口食べると、母親に微笑みかけた。

 

「とっても美味しい!」

 

とうとう母親は声を出して泣き始めた。

俯いてくれたのは助かった。その間に鍵を開けておいた玄関から外に出ればいいのだから。

だから母親が再び顔を上げた時、もう、まなつはいなかった。

 

「これ以上は……、すみません」

 

「いえ、あの――っ、ぅぅ……!」

 

「天へ昇る間際、彼女は言っていました。生きてくださいと」

 

ももこに言われて、母親は何度も頷いていた。

何度も何度も、頷いていた。

 

 

 

「これで、本当に良かったのかな……?」

 

夕焼けが街を照らしてる。

オレンジ色の世界で、まなかたち三人はビルの屋上に立っていた。

レナは、景色を見ているまなかの背中を見つめている。

 

変身魔法で、まなつになったはいいが本当に正しいことだったのか?

よく、わからなかった。

 

「死んだ人間は、もう何も食べられません」

 

ビルの下ではそれなりに生きている人間たちが移動をしていた。

チラホラと見つかる飲食店の看板。まなかはフェンスを掴む。

 

「しかし、生きている人たちは今日も何かを食べるんです。それは美味しいほうが素晴らしいに決まっているんです」

 

それが今回の行動の意味でもあった。

もちろん、まなつのためでもあるが、一番は生きている人間のためだ。

まなかのためであり、あの母親のためである。

 

「信じよう」

 

ももこが、まなかの隣に並んだ。

彼女の固有魔法は『激励』だ。励まし、奮い立たせること。

それをあの母親に与えていた。だからきっと彼女は強く生きていくのだろう。娘のいないこれからを。

 

「レナも頑張ったな。知らない家庭の味、食べるの苦手って言ってたろ?」

 

「まあ、ね。でも本当に……美味しかった」

 

レナはしばらくして頬を桜色に染める。

 

(なんていうか、間接キスもできたし)

 

夕焼けのせいで皆の顔が赤いため、誰にもバレない。

ふと、レナは真顔になった。

きっと、まなつも生きていれば、こういう感情を抱けたのかもしれないのに。

 

「食事ができる回数は決まっています。誰と食べるか、何を食べるか、限られたものなのだから毎回毎回を、まなかは大切にしていきたいんです」

 

まなかはフェンスを乗り越えてビルから飛び降りた。

ももこと、レナも後を追う。

集団自殺ではない。彼女たちは落下する中でドレス姿に変わる。

着地したのは地面ではなく、魔女結界だ。

三人は武器を構え、大口を開けて迫ってくる魔女とぶつかりあった。

 

 

『現在』

 

 

「わあああ、なんて広いお部屋なんでしょー!」

 

タルトは目をキラキラと輝かせて部屋の中央まで走った。

 

「ほ、本当にココに泊まっていいわけ?」

 

「はい。もちろんです」

 

まなかはカバンを放り投げると、ソファにどっかりと座り込む。

テーブルの上にあったシャンメリーのボトルを開けると、素早く人数分のグラスに注ぐ。

 

「部屋っていうか、もはや空間ね」

 

レナもソファに座るとグラスを一気にあおる。

 

「うまっ!」

 

思わずのけ反る。さすがはスイートルームといったところだろうか? 今日のお礼にということで、深海が部屋を取ってくれたのだ。

料理長のまなかと、皿洗いのレナ、ウェイトレススタッフだったタルトとももこの四人だけでは余りある広さだった。

 

「女子会したいとは言ったけど、このレベルになると怯むな……」

 

せいぜいカードゲームとか、ボードゲームとか、テレビを見たりするくらいなので、正直こんなに広くなくていいのだが、まあいいだろう。

気分がリッチになってくる。四人はとりあえず乾杯をして笑った。

 

「ジャグジーがあるんですよ」

 

「わあ! あのボコボコのお湯ですか!」

 

「ええそうです。どうですか? 後でみんなで入ります?」

 

「お、いいじゃん。なあレナ」

 

「れっ、レナは無理!」

 

「えー、なんでだよー」

 

「む、無理なものは無理なの!」

 

そういうのはまだ、ちょっと違う。

まだ早い。入っちゃうと、ちょっと違う気がする。

長文で反論しようと思ったが、我ながら気持ち悪いのでやめておく。

 

「では、レナさん以外で入りますか?」

 

「それはもっと無理!」

 

「はぁ……」

 

「それよか、今はなんか食べようよ。パーティで料理見てたらお腹すいちゃって」

 

ももこは、持ってきたいなり寿司をテーブルに並べるが、しばし沈黙した後に蓋を閉じた。

 

「い、いかん。この部屋とはミスマッチすぎる。我ながらしょぼすぎて死にたくなってきた」

 

すると蓋に添えられる手。

タルトは、いなり寿司を一つとると、パクリと口にする。

 

「そんなことはありません! ほら、とってもおいしいですっ!」

 

「くぁー! さすがは聖女様! ありがてぇ!」

 

「パーティの料理は多めに作ってますから、ホールに出してないものを後で持ってきてもらうように言ってあります。それでは、まなかたちの女子会を始めましょう!」

 

すぐに楽しげな声が聞こえてきた。

まなかは、そこでふと、タルトのほうを見た。

 

 

【過去】

 

 

胡桃まなかに挫折というものがあるのなら、それは二回であると記憶している。

一つめは、まなつを救えなかったこと。

そしてもう一つは、タルトのことである。

 

その日、貸し切りのウォールナッツに聖乙女学園の生徒たちがやってきた。

 

もともと辞めた理由は誰にも言っていないので、まなかの腕前を知っている生徒たちからは以前からも度々そういう依頼はあった。

まなつの事があった手前、忙しいだとか、出張料理の依頼があるだとかで断ってきたのだが、ももこやレナと話している内に前に進まなければという想いが湧き上がってきた。

それもあって、今回はOKを出したのだ。

依頼主はオスヴァルトという男性だった。生徒の一人の執事らしく、お嬢様たちの食事会の場を設けてほしいと。

 

「ようこそおいで下さいました! このウォールナッツへ!」

 

まなかは笑顔で生徒たちを出迎えた。

聖書研究会というクラブの集まりらしい。

リズ、メリッサ、エリザ。

そして、タルト。皆、とても美しく、可憐な少女たちだった。

まさに聖乙女学園に相応しいような、そういうオーラを感じた。

 

彼女たちは礼儀正しく、楽しそうに食事をしていた。

料理にも舌鼓を打ってくれたようで、しきりに美味しいとか、素晴らしいとか、賛辞の言葉が聞こえてきて、まなかも満足だった。

 

しかし、一つだけ気になった点があった。

まなか一番の自信作であったメインディッシュ、炭火で焼いたステーキを、タルトは友人たちに譲っていたのだ。

お腹がいっぱいなのかと思ったが、どうやらそういうのではないらしい。

タルトは代わりにデザートを追加で頼んだのだ。

確かにコース以外のデザートだって食べてほしかったからmその点はいいのだが――

ステーキも、どうしても食べてほしかった一品ではあった。

 

しかし同時に少し不安があったのも事実だ。

ちょっとわざとらしい程の炭火感を出し過ぎてしまったところはあったのかもしれないと個人的な反省点があった。

まなかはそれが好きだったので押し通したが、好みを客に押し付けた結果の失敗であれば、それは料理人としてはどうなんだろうと。

 

(いやいや、しかししかし、まなかとしては美味しいと思って……! うぅぅう!)

 

料理のことになるとメンタルがガタガタになりがちな所があった。

その結果、翌日、まなかは聖乙女学園の校門前にいた。

ステーキを食べなかった。たったそれだけの事で、まなかはタルトに会いに行ったのだ。

 

それだけ、あの料理に自信があったのだ。

あれを食べれば皆が笑顔になる筈だった。

なのになぜ? それがどうしても気になったのだ。

 

まなかは、部活終わりのタルトを発見した。

自分でもヤバイことをしているのはわかっていたが、タルトが一人になったのを見計らって声をかけた。

 

「こんにちは!」

 

「あ! コックさん! こんにちは!」

 

タルトは少しも怪訝そうな顔をすることなく、まなかに笑顔を向けた。

 

「もし、よろしければ、あのー……、少しお話しませんか?」

 

「はい! いいですよ!」

 

タルトは笑顔で即答した。

二人は近くにあった喫茶店に入った。まなかはコーヒーを、タルトは紅茶を注文する。二人はそれぞれ昨日のお礼と、簡単な世間話をしつつ――

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「え?」

 

まなかは早速、本題に入った。

 

「いえ、あの、お肉を食べなかったようなので……。もし何か気に入らなかった点がありましたら、遠慮くなく言っていただけないかと……」

 

「ごめんなさいっ、そういうつもりじゃ……」

 

そこでタルトは気づいた。まなかは既に気づいていた。

二人の左手、中指にある指輪に。

 

「魔法少女はいつ命を落とすかわからない。だからこそより美味しいものを食べるべきであると……、まなかは思っています」

 

自信なくうなだれるまなかに、何かを感じたのか、タルトは優しく微笑んだ。

 

「ごめんなさい。でも、本当に気にしないでください。悪いのはわたしなんですから」

 

「え……?」

 

「実はわたしの名前はタルトの他に、もう一つあるんです。ジャンヌ・ダルクっていうんですけど……」

 

「へぇ、あのジャンヌダルクと同じ名前ですか」

 

「同じなんです」

 

「?」

 

「わたしが、そのジャンヌダルクなんです」

 

 



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宿命! 割れない胡桃(後編)

 

まなかはポカンとしていた。

無理もない。しかしそれは事実なのだ。

 

「転生……、という言い方は違うかもしれません。わたしは約600年の時を経て再び産み落とされたのです」

 

生まれ変わりではなく、同じ人間として生まれたのだ。

つまり600年前に戦っていたジャンヌダルクと指紋も同じだし、DNA検査をすれば同一人物であると結果がでるだろう。

 

「な、な……!」

 

まなかは驚いたが、すぐに察した。

偉人の中に何人か魔法少女がいたというのは既に聞いている。

ジャンヌダルクがそうであったとしても、なんら不思議ではない。そしてこの世界にはいくつもの奇跡がある。

 

「魔法少女の影響っていうことですか?」

 

「はい。少し、複雑なのですが……」

 

すべての始まりはペレネルという魔法少女と、その夫であるニコラ・フラメルが生み出した『賢者の石』というアイテムが原因だった。

 

「この世にはIF因子(ファクター)というものが存在しているのですが……」

 

もしもの世界。それを賢者の石は具現できるのだという。

だからこそジャンヌダルクが現代に再臨するなんて無茶が通ったのだ。

もちろんそれだけではなく、夢の世界を現実にできる『オーバーロード』と呼ばれる存在や、世界を創生できるほどの力が手に入る知恵の実、『白銀の果実』というアイテムなど、とにかくいろいろあったらしいが、その説明は省かれた。

重要なのはここいる少女こそ正真正銘、紛れもないジャンヌダルクであるという点だ。

 

「ですので、本当にごめんなさい。自分では平気だったつもりなんですけど……」

 

まなかは一瞬、なぜ謝られたのか理解できなかった。

しかし悲しげに微笑むタルトを見て、すぐにわかってしまった。

ハンマーで頭を殴られたような衝撃が襲い掛かる。そうか、そういうことか、まなかは真っ青になって目を逸らした。

手が震えて、カチャカチャとカップが皿にぶつかる。

とんでもないことをしてしまった。だから逃げるように店を出るしかなかった。

 

家に戻ったまなかは、すぐにジャンヌダルクの映画を見た。

そして、その壮絶な最期を目にしたのである。

彼女は処刑された。火刑であった。

 

「――っ」

 

まなかはキュゥべえの名を呼んだ。

 

『どうしたんだい?』

 

「ジャンヌさんについて、教えてほしいのですが……」

 

キュゥべえがいうには、火にあぶられていた際、タルトは意識があったという。

まなかは焦った。だから、直視しなければと焦ってしまう。

よくない行動だったとは思う。

焼死体の画像を検索し、それを見た。

まなかは嘔吐した。

その夜、まなかは初めて父が作った料理を残した。

分厚いステーキだった。

 

 

 

 

「ん」

 

二日後、レナが店にやってきた。

母親の買い物の付きそいで近くの服屋に来たのだが、とにかく母が選ぶのに時間がかかって暇だったから、アイスでも食べに来たのだと。

 

「よ!」「……ん」

 

さらに、その翌日。ももことレナが店にやってきた。

 

「これはこれは! お二人揃って! どうぞ、いつもの席は空いてますよ」

 

「サンキュー! お腹ペコペコでさぁ。ガッツリいきたいからステーキ頼むよ」

 

まなかは少し眉を動かしたが、笑顔のままで頷いた。

 

「お任せください! では――」

 

「ここにいてよ。どうせ暇でしょ」

 

「むっ!」

 

反論しようと思ったが、どうやら今日も閑古鳥である。

さらに厨房には父と、修行をしにきた津上シェフがいるので、まなかは言われた通りレナの隣に座った。

 

「………」

「………」

「………」

 

沈黙が続く。

しかし、明らかにレナとももこはアイコンタクトを行っていた。

そうしていると、レナが深呼吸を一つ。

 

「ねえ、まなか」

 

「はい?」

 

突然のことだった。

レナは無言で両手を広げると、まなかを抱きしめる。

 

「あのー……、これは?」

 

レナは無言だった。

すると、ももこが困ったように笑う。どうやらレナのコミュニケーションレベルではこれが限界のようだ。

 

「なんかあった?」

 

「え?」

 

「いやぁ、レナが言うんだよ。様子が変だから見に行こうって」

 

「レナさんが?」

 

「うん。そう。レナはさ、結構敏感なんだよ。本人は鈍感だと思ってるみたいだけど」

 

「ちょっと、ももこ! 余計なこと言わないでよ」

 

人と仲良くなれない割には、顔色の変化は些細なものでも感じ取ってしまう。

そんなレナは、まなかの変化に気づいていたようだ。

だから食事を運びに来た彼女の父親に、こっそりと事情を聞いてみた。

 

すると、まなかが肉料理を作らなくなったと教えてくれた。

事情はサッパリだが、ステーキやビーフシチューの調理となると、適当な言い訳で丸投げしてくるらしい。

さらに露骨に食事の量が減って、特に肉を残すようになったとも教えてくれた。

その日だって、朝からほとんど何も食べていないらしいことも。

 

「ごめん、それ、ももこに話した」

 

「はぁ、そうですか……」

 

「レナだけじゃ、その……、どうすればいいかわからなかったから」

 

だから、とりあえず、ももこの真似事をしてみる。

たとえば辛い時に、頑張って辛いと伝えてみたら、ももこはよく抱きしめてくる。

浅いことだとは思いつつ、なんだかとても安心するので、レナはそれが好きだった。

だからきっと、ももこにできるのならば、少しくらいレナにもできる筈なのだ。

 

「……嫌だった?」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

まなかはレナを抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。

 

「まなかには友達がいないので、染みます」

 

まなかはポツリポツリと、タルトとの出来事を口にしていった。

光をもたらすために戦った彼女の末路は、不公平な裁判によって打ち出された最悪なものだった。

 

「……タルトさんは、とても痛かったし、熱かったに違いありません」

 

火葬場で嗅いだあの臭い。決して遠くはない筈だ。

彼女だって、きっと臭いが記憶を刺激したからステーキに手を付けなかったんだ。

 

「私は、とんでもないことをしてしまいました……!」

 

まなかは声を震わせ、目からはポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。

 

「まなかのせいじゃないよ!」

 

「そ、そうよ。だってッ、そんなのわかるわけ……」

 

「ちゃんと事前に調べていればわかったことかもしれません。ましてや聖乙女の生徒は宗教の関係で肉を食べるのを渋る方も多いと聞きました」

 

まなかは、せいぜいアレルギーがあるかどうかしか事前に聞かない。

そこまでが父に教えられたことだったし。

コースというのは、自分では食べないような料理がでるのも魅力だと思っていた。

食べてみたら美味しい。あるいは食べたことなかったけど美味しい。そういうのも楽しいと思っていた。

 

とはいえ、それは無理解の理由にはならなかった。

 

改めて父と話してみると、父はきちんと宗教上の関係で肉が食えないかどうかを調べたり、客の好みを調べていた。

まなかはベジタリアンやヴィーガンを自称する人間を、正直あまりよく思っていなかった。

そんなものは好き嫌いの一環であると思っていたのだ。

しかし父からそれは違うと言われた。

 

大切なのは理解することだ。

料理人の役割は、食べに来てくれたお客さんを幸せにすることだ。

価値観を変えたりするのは、あくまでもおまけでいい。

 

タルトは優しい子だ。

だから多少は無理をする。しかしきちんと事前に食べられないものをちゃんと聞いておけば、もしかしたら肉料理を除外していたかもしれない。

まなかは飛行機に乗ったことがなかったが、どうやら機内食でこう聞かれることがあるらしい。

ビーフ・オア・チキン? どっちがいいか? そういう選択肢を客に与えるべきだった。

タルトを苦しめてしまったことはもちろん。そもそも、料理人としての未熟さを突き付けられた気分だった。

 

「それに怖い画像を見てしまいました。まなかは、もしかしたらもう……」

 

ももこはそこで、良い匂いがするのに気付いた。

 

「無理に食べる必要はないんじゃない?」

 

津上シェフがももこのステーキを持ってきた。

 

「この世界にはいっぱい美味しいものがあります。たとえば太陽を浴びて育ったトマトとか、氷水でキンキンに冷やしたキュウリとか、ほら、その付け合わせのジャガイモはおれが育てたんですけど……、ちょっと食べてみてよ」

 

ももこは付け合わせのポテトを口に入れると表情を変えた。

 

「うんま!」

 

すぐにレナとまなかにも食べろとジェスチャーを行う。

二人も食べて、同じように表情を変えた。

 

「ほっくほく!」

 

「でしょー? だからまあ、ほら、いろいろあるから、一つに拘る必要はないのかもって思うけどなぁ。食材はたくさんあるんだし」

 

津上シェフはまなかの肩をポンポンと優しく叩く。

 

「食べたくなった時に、また食べればいいんです」

 

「!」

 

「人生食事ができる回数は決まってるんですから、なるべく美味しいものを食べないと損ですよ。おれの知り合いの人なんて、毎日三食焼肉食べてるんですから」

 

そう言って津上シェフは下がっていった。

やはり自分と限りなく近い考え方を持っている人だと、まなかは思う。

するとそこで、ももこが思い切り手を叩いた。

 

「よっしゃ! いただきますッ!」

 

ステーキをナイフで切り始めた。

少し、大きめに切っていく。そして肉汁滴る大きな肉の塊を、別皿に溜めてあったソースに何度かくぐらせて、一口で食べてみせた。

唇の端から肉汁が垂れていく。

モッギュモッギュと咀嚼しながら、目を輝かせる。

 

「うんっっめぇええぇ……!」

 

すぐに次の肉を口へ運ぶ。

さらに今度はポテトもすぐに口へ放り投げて、口の中で肉と一緒に合わせていく。

ふと、ゴクリと喉がなる音がした。

 

まなかと、レナから出た音だ。

レナはすぐにメニューでステーキの値段を確認した。

すぐに財布を見る。少し、厳しい。

厳しいが――

 

「れ、レナにも同じものくださいっ!」

 

伸ばした腕に、並ぶ腕。

 

「まなかも!」

 

ももこが、あまりにも美味しそうに食べるものだから。

それもあるが何よりも、ももこは激励の魔法を使っていた。

 

「仲間だし、友達だろ?」

 

「!」

 

「アタシの魔法は魔法少女にかけちゃいけないって決まりはないんだ」

 

まなかのハートにメラメラ燃える炎が宿った。

やがてステーキが二つ運ばれてくる。

どうやら三つともまなかの父親が奢ってくれるらしい。

 

「やっほう!」

 

レナはさっそくステーキを切ると、ムシャムシャ食い始めた。

まなかも大きく息を吸い、肉の香りを鼻腔に入れる。

 

「無理は、しないほうが……」

 

「いいんです。まなか、お肉は好きですから。それに津上シェフも言ってたでしょう? 食べたくなったから食べるんです」

 

まなかはステーキを頬張ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 

次の日、タルトは帰り道でまなかを見つけた。

二人は手を振って駆け寄る。

 

「どうしたんですか?」

 

「はい。言いたいことがあって来ました」

 

「はい! なんでも言ってください!」

 

「まなかとお友達になってください」

 

「もちろん! いいですよ!」

 

「ありがとうございます。いつか貴女のほっぺを落とす肉料理を作るので、今はどうかそれでよろしくお願いします!」

 

「ありがとう! 楽しみにしてますね。まなか!」

 

 

『現在』

 

 

まなかは食についていろいろなことを学び、技術を取得した。

肉を食べないなら、それでいい。野菜からはとても美味いお出汁が出る。

それで作ったスープは最高に美味かった。

 

人にはそれぞれの想いがある。それを尊重してあげることが料理人としての役目だ。

ただ、まあ、それはとは別に、一人の友人としての想いがあるのも事実だった。

タルトが肉を食べられない理由は、やっぱり、ちょっと、普通じゃない。

だから、なんていうか、そのままにしておくのはとても悲しい気がした。

 

故に調べる。

メリッサや、リズ、エリザ。さらにはコピペみたいな兄貴たち(失礼)やら、聖乙女学園のクラスメイトで、『冠』とかいう仲がよさそうなイケメン男子生徒からも情報を収取し、タルトの好みを調べつくした。

さらに、実は少しタルトが町を離れることがあって、会えない時間ができてしまったのだが、逆にそれが考える時間をくれた。

 

「お待たせしました。お待たせし過ぎたのかもしれません!」

 

スイートルーム。

次々と料理が運ばれていく中で、まなかが、ここにいるメンバーだけのために作った料理が運ばれてくる。

それを見たタルトは目を輝かせた。

 

「これは!?」

 

「まなかの十八番、洋食での勝負です!」

 

シチューがかかったロールキャベツだった。

 

「どうです? タルトさんの色でしょう?」

 

徹底的に臭みを取って、硬くなり過ぎないように煮込んだ肉と、キャベツの甘味、肉と野菜すべての旨味を吸収したシチュー。

 

「白いご飯とも合うんですよこれが。そちらも用意して頂いたので、後で是非このシチューをかけてみてください。飛びますよ?」

 

タルトは視線が集中してるのを感じた。

微笑み、ナイフとフォークを手に取る。

本当にとても柔らかかった。

そして一口。それで表情は変わった。パァァァっと明るくなる。

誰がどう見ても、それはとびきりの笑顔だった。

 

あまりにも美味しい。

そして、あまりにも嬉しい。

まなかの頑張りが伝わってくる。そしてこちらを見ているレナとももこの優しい瞳もだ。

だからタルトは満面の笑顔で答えた。

 

「最高にッ、おいしいです!」

 

 

みんなで食べるご飯はやっぱり美味しかった。

シャンメリーを飲みながらくだらない話をしていると、みるみる時間は過ぎていく。

 

「なあ将来どんな人と結婚したい?」

 

「料理はまなかがやればいいので、掃除とかが上手い人がいいですね。あと同業者はちょっと嫌です。意見がぶつかりそうなので。あとはできれば同年代がいいですね。食もまた歴史と共に変わってきているので。年齢が近いと似たようなものを食べてる筈ですから」

 

「はーん。なるほどねぇ。結構考えてるんだ。タルトは?」

 

「わ、わたしは、まだ、そういうのは……」

 

「おいおいなんだよぉ、そんなこと言ってぇ、ちゃっかり彼氏でもいるんじゃないのー?」

 

「いえいえ、そんなそんな! そ、そういう、ももこはどうですか?」

 

「こら! タルト! ダメよそんなこと聞いちゃ!」

 

「フラちまってるからってか? よせよせ、別に地雷ワードじゃないって! そういうレナはどうなんだー? うりうりー!」

 

ももこはレナを抱きかかえると、近くに引き寄せる。

 

(ち、近い近い!)

 

「ほらほら、好きな人いるのかぁー?」

 

「し、知らないわよバカ!」

 

レナは頬を膨らませてそっぽを向く。

するとももこは笑って、そのほっぺを指で突っつき始めた。

 

「おもちみたいだなレナのほっぺは! きなこもちにして食っちまうぞー! がはははは!」

 

「……おっさんみたい。きも」

 

レナは呆れたように、テーブルにあった。枝豆のペペロンチーノを食べる。

 

「おいおい! これじゃ本当のずんだもちだよー! ははは!」

 

「いや、まったくピンときませんけど何なんですか、そのお餅ギャグシリーズ。笑ってるのももこさんだけですよ」

 

ふと、まなかは、そうだったと手を叩く。

 

「ここいらで食事はお開きにして、下のほうへ行ってみませんか? 実は深海さんからこういうのを貰ってるんですよ」

 

そう言って、まなかは四枚のチケットを取り出す。

このホテル、下に写真館が併設されているのだが、その店のイベントでコスプレをして写真が撮れるというのがあった。

ヘアメイクとかもしてくれるらしいので、結構本格的なものが撮れるらしい。

 

「これはその無料チケットなんですが。せっかくなので、みんなで写真を撮りましょう!」

 

「ふーん、まあいいんじゃない?」

 

「そうそう、タダなんだし、面白そうじゃん!」

 

「コスプレなんて初めてです! わくわく!」

 

「よし、では行きましょう」

 

部屋を出る四人。

 

(いいじゃないコスプレ!)

 

レナはにんまりしていた。

その実、この女が一番興奮していた。

というのも、先ほどホールで配膳を行っているももこを見て思った。

スタッフ衣装が男装しているようでドキドキしたのだ。 

見方によっては執事のようなものだろうか?

 

(レナがお嬢様で! ももこはそれに遣える身! よいッ! すごく良いじゃない!)

 

こうしてたどり着いた四人。

衣装が展示されているのだが、男装に使えそうなタキシードやらがチラホラ見える。

レナがウキウキで手を上げようとしたところ、それよりも早く、まなかの声がした。

 

「それ、四つでお願いします」

 

 

 

 

「………」

 

衣装を着てスイートルームに戻った四人。

 

「あははは! かわいいですねぇ」

 

楽しそうに笑うタルト。

 

「初めて着たけど面白いなぁ。クセになりそうだよ」

 

楽しそうに笑うももこ。

 

「なにこれ」

 

唯一、レナだけがブスっとしていた。

煌びやかなスイートルームにイソギンチャクとエリンギを足したような着ぐるみが四つ並んでいる。赤、水色、黄色、白色のエリンギが、四つ。

 

「マーリンギ・ミラクルスイマーですけど……」

 

「いや名前はどうでもいいから! なんでこんな素敵な部屋に、こんなゆるキャラみたいなもんが四つ並んでんのよ! おかしいでしょ!」

 

「いやですねレナさんってば! またいつものツンデレですか?」

 

「違うわ! もっとお姫様みたいなヤツいっぱいあったでしょ!」

 

「それはまたどこかで着れるかもしれないじゃないですか。でもこのマーリンギはきっとココだけですよ」

 

「う――ッ、ま、まあそうかもしれないけど……」

 

ダメだ。まなかの瞳がキラキラしている。

これはおそらくガチらしい。

ももことタルトの瞳も同じ輝きを孕んでいる。

どうやらコイツらもガチらしい。そうなるとレナも従うしかない。

結果、夜景がきらめく大きな窓の前に、エリンギが四つ生えてる珍写真が撮れて終わった。

それでもまあ不思議なもので、いざ記念を残そうとなるとレナも笑顔になっていた。

 

ただし、それはそれ、これはこれだ。

写真館に衣装を返しに戻った時、帰り際まなかはレナに二枚のチケットを手渡した。

 

「深海さんは多めにくれました。これは、レナさんにあげます」

 

「まなか……」

 

「先にタルトさんとお部屋に戻ってますので。それでは」

 

レナはお礼を言うと、ももこを誘ってもう一度、写真館のスタッフにチケットを渡した。

 

「衣装、レナが選んでいい?」

 

「もちろん。いいよ。レナのセンスに期待だな」

 

(よし! よし! よし! これでももこに、男装させて――……)

 

そこでふと、笑みを消す。

相手を思いやる。そうやって努力したまなかのことを思い出した。

そうか、そうだな。そうだよな。

レナは大きく頷いて、衣装を指定した。

 

 

 

 

「ももこ、準備できた?」

 

「い、いや、できたけどさ……」

 

「もう、グダグダしないの」

 

レナは男装をしていた。王子様の衣装を選んだからだ。

カーテンを開けると、そこには素敵なドレスに身を包んだももこが恥ずかしそうに立っていた。

髪もおろしており、本格的なメイクもして、宝石なんかも身に着けてる。

どうやら深海は相当な上客らしく、失礼のないようにとのことで、多少のサービスもされているのだろうが、それでもやっぱり元がいいんだなと思う。

 

 

「レナぁ、恥ずかしいって……」

 

「でも、ももこ、そういうの好きでしょ? フリフリとか、意外とさ」

 

「それは……!」

 

「レナ、知ってるんだから」

 

「まあ、うん。そうだな。えへへへ」

 

そこにいた女の子は、世界で一番可愛かった。

なんて、レナは思うのだ。

だから手を出した。

 

「踊りませんか? 姫」

 

ももこは真っ赤になったが、やがて笑顔に変わる。

 

「はい!」

 

そして、レナの手を取った。

パーティが行われていた会場はもう片付けが終わって、何も残っていない。

そこでレナとももこはダンスを踊った。

振り付けは適当だ。見よう見まねだから、胸を張れたものじゃない。

でもそれでも、とても楽しかった。

 

 

 

「はふー」

「ふひー」

 

一方、スイートルームではまなかとタルトがジャグジーに入っていた。

まなかはお風呂が好きだった。

労働の後、さらに言えば調理で体にいろいろ臭いがついているので、それらがサッパリ流されていく感覚はたまらないものがあある。

 

タルトもお風呂が好きだった。

湯浴みをしながら仲間と話をするのは、あの時代では数少ない楽しみなのである。

 

「ボコボコが気持ちいいですねぇ」

 

「はい。こんなお風呂はフランスにはありませんでしたぁ。お出汁、出ますかね?」

 

「聖女様のお出汁ともなれば高い値段で売れそうです。くぷぷ」

 

そこで、タルトは頭を洗うべくお湯から出た。

まなかは彼女の体を見る。傷は一切ついておらず、とても綺麗な肌だった

 

「……どうですか? この時代は」

 

「素晴らしいです。見るものすべてが新鮮で。シャンプーだって、こんなにいい香りで、簡単に髪が綺麗に洗えて。とっても素敵!」

 

「タルトさんは生まれた時から魔法少女だったんですか?」

 

「はい!」

 

「でなければ、貴女ではありませんか?」

 

「え? どういう意味です?」

 

「同じなのでしょうか? 今も、貴女の願いは」

 

「……もちろん。まったく同じというわけではありません。ですけど、そこに込めた想いは何も変わってないのだと思ってます。ふふっ」

 

まなかは微笑み、視線を窓の外へ移した。

夜景が広がっている。たくさんの人、星、世界。

 

「IF因子、賢者の石は可能性を具現する。それは世界さえも……」

 

漠然としたことしかわからない。

ただし、なんとなく、もしかしたらと思うこともある。

無数にあるIF因子。もしも、だったら、であれば。そういう無数のタラレバがひとつひとつ世界になりうるとしたら?

きっと僕らの存在もまた、星のようなものなのかもしれない。数多にあって、瞬き、消えていく。

だったとしても、別に構わない。

 

「たとえ世界が変わっても……」

 

「え?」

 

「たとえ、配置が違っても、たとえレコードが違っていたとしても!」

 

胡桃まなかは、タルトを見てニコリとほほ笑んだ。

 

「まなかは永遠に美味しいを追求します!」

 

決して割れない胡桃が、そこにはあったのだ。

 

 

 

「おかえりなさい」

 

「「ただいま」」

 

ももことレナはすぐに笑った。

ベッドで、まなかはスピョスピョと寝息を立てている。

実に幸せそうな寝顔だ。

 

「今日は疲れたろうからなぁ」

 

「気も張ってただろうしね」

 

一方でタルトはバラエティに夢中のようだ。

特に『世界の果てまで行ってQB』は、たまにフランスも取り上げられて興奮すると。

 

「アタシらも風呂入るか。レナ先でいいよ」

 

「ありがと。あー、疲れた!」

 

「その前に!」

 

タルトがレナの行く手をふさぎ、ニヤリと笑う。

 

「どんな写真を撮ったんですか?」

 

レナも、ニヤリと笑った。

 

「ひみつ!」

 

「えー! そんなぁ! 教えてくださいよー!」

 

レナは脱衣所で、一度、スマホを見た。

データをもらって、アルバムに保存したのだ。

 

「ふふふ!」

 

魔法少女の腕力があって良かったと、心から思う。

写真には、ももこをお姫様抱っこしているレナの姿があった。

真っ赤になって恥ずかしそうに笑っているももこの顔を見れば、まだ当分は頑張れそうだと思った。

 

 





とりあえず今回で一旦区切りですかね。
もしかしたらもう一話、番外編みたいなのをやる可能性もあるけど、そこはまだちょっと未定で。
まだいろいろやりたいことが何個かあるんで。たぶんそっちをメインにやるかな? って感じです。
とにかく、また気が向いたら更新します(´・ω・)b


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番外編
空を見上げて ※他作品とのクロスオーバー要素あり


※注意!

今回の番外編は、派生元である『仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME』の要素がたくさん出てきます。
なのでタグには書いていませんでしたが仮面ライダーシリーズとのクロスオーバーがメインになっていることに加え、ももレナ要素はほぼ出てきません。
なので苦手な方は我慢してください(´・ω・)

さらに上記の作品を見ている方でも、注意してほしいのが最新話までのネタバレを含んでいることと、このお話に出てくる要素はまだ本編では公開されていないものになります。
あくまでも先行公開というか。
あるいは今後どう関わっていくのかを、ふんわり示している感じの内容になります。
今後の展開のネタバレともいえる内容になっておりますので、苦手な方は見るのをやめてください。



「ハァ、ハァ……ッ! んぐッ!」

 

服の下に感じる液体。

やがて腿から踵まで垂れ落ちていくのだろう。

拭いたいが拭えない。だが、不快感はすぐに痛みで塗りつぶされた。

胸の僅か上、銀色の刃が突き刺さった。

 

「ぐあアァァああッ!」

 

ナイフは容赦なく胸を切り裂きながら移動する。

昔の缶詰みたいに円形に切り抜いて、やがては乳房が引きちぎられた。

それなりに大きな胸が床に落ちる。

おびただしい程の血が流れている。

激痛ではあるが――

 

「くはっ!」

 

あろうことか、この女は恍惚の表情を浮かべてしまった。

痛みとは苦痛だ。しかしだからこそ、より大きく胸に響く。

与えたし、与えられる。このフラットな所にこそ、本当に価値のあるものが生まれると彼女は思っていた。

 

「ぎゃがぁぁあぁぁあ!」

 

銃声が聞こえた。

コルボーの右目が潰され、弾丸は脳にまで到達する。

だがしかしコルボーは頬を赤らめていた。

 

今の叫びはいい。間抜けだ。

であるからにしてギャラリーも楽しんでくれただろう。

こんな無様な姿を見られるのは非常に屈辱的ではあるが、えもいわれぬ快感があったのもまた事実だった。

そういえば裸体を他人に見られることや、性行為を外ですることに興奮を覚えるものが一定数いるらしい。

ははあ、そういうことかと理解してしまう。

 

「まったく、とんでもない変態だなお前は」

 

都ひなのはメーターを見ている。

ソウルジェムにつながれたコードをたどった先にあるモニタにはコルボーの感情変化がグラフとなって表示されているが、このパターンは性的興奮に近いものがある。

 

「まあアタシも人のことは言えんがな」

 

表示されていく数値を見て、ひなのは三日月のような笑みを浮かべた。

この全てが全てに繋がっていく感覚。

 

(お前にはわかるまい。暁美ほむら)

 

偉大なるマウリッツエンジンは父が見つける筈だった。

にも関わらずお前が先に発表したのだ。

あの時の屈辱、決して忘れはしないとも。

 

「しかし……、大丈夫か?」

 

「問題ないであります」

 

三浦旭は涼しげな表情でコルボーの指を折った。

 

「がぁぁあぁああッッ」

 

コルボーは笑みを浮かべながら苦痛に叫んだ。

 

「そうじゃない。逆だ」

 

「?」

 

「……まあいい。続けろ」

 

「了解であります」

 

三秒後、またコルボーが苦痛に叫んだ。

 

 

それにしても。

声は、それなりに耳障りだ。

痛みが伝わってくるようだし、何が行われているか考えるだけで陰鬱な気分になる。

そもそも、うるさい。

深海はうんざりしたようにため息をついた。

 

大きなベッドの中、隣ではらんかが体を丸めている。

起きていたのか、起きたのか。身を寄せてきた。

深海はどうするか一瞬考えたが、やがてらんかを抱き寄せた。

少しらんかの体が震えた。深海は微笑むと、両手の人差し指を、らんかの左右の耳の穴に入れた。

 

らんかは何も言わなかった。

意味はない。お互い。意味を作ろうと思えば作れるが、深海としては魅かれる存在が見いだせなかった。

そうしたほうが、らんかがより良い操り人形となってくれるのならばそうするが。

まあそれは向こうから言い出してきた時でいいだろう。

今のこれは、指は、ただの耳栓だ。だから、らんかは寝息を立て始めた。

深海は無駄に広いベッドでため息をついた。

亡霊が昇る。今宵もまた、痛みが赦しを齎すのだ。

 

 

 

 

 

空を見上げて

 

 

 

 

見滝原。

大きな買い物袋を抱えて、レナ、ももこ、タルトの三人は歩いていた。

 

「いやぁ付き合ってくれてありがとなタルト。本当、助かったよ」

 

「いえいえ。これくらいなんてことはありません!」

 

「天下のジャンヌ様に荷物持ちをさせるだなんて、この平民風情のアタシには恐れ多いんですが……」

 

「もう、やめてください、ももこっ。そんな偉いものじゃないのに!」

 

「また謙虚な! 素晴らしい聖女様! あっぱれ!」

 

「………」

 

レナの頬が膨れてきた。十秒もあればもうパンパンだ。

 

「ちょっと、ももこ」

 

「はい?」

 

「レナにもお礼、言いなさいよ」

 

「えーっと、出かける前にめちゃくちゃ言ったと記憶しているんですが……」

 

「もう一回! 今ここで!」

 

「お? ん~、レナ~、なんだよ? 嫉妬したのかぁ? かわいいなぁ」

 

「は!? 違う! ばっかじゃないの!? 勘違いももこ!」

 

レナに頬ずりをしようとすると、彼女は真っ赤になって速足になった。

微笑むタルト。ももこは苦笑した。

これは緊急の買い出しだった。

 

二日前の火曜日夜。

店が終わるとまなかはインスピレーションが湧いてきたと新メニューの開発に取り掛かった。

水曜はお店が休みということもあってか想像以上に没頭しており、店の食材をすべて使い果たしてしまったのだ。

食べる役のももこや、バイトリーダーマナティー先輩の体重が二キロ太った時、時計の針は一周していた。

そして店から降りてきたレナとタルトに究極のメニューが完成したと、皿に白米を楕円状に盛り付けて出してきたのである。

 

「オムライス(ゼロ)です」

 

まなかは呼吸を荒げて、血走った目を見開いてニヤリと笑った。

目の下のクマが酷いが、まなかは最高傑作が生まれたと豪語した。

曰く、チキンライスからチキンや玉ねぎといった具材を抜き、ケチャップを抜き、さらにはタマゴさえもオミットすることでチキンライスという概念を再認識してもらうように作ったのだとか。

 

それはまさに零。

しかし無ではありません。虚構ではないのですと、まなかは詰め寄った。

枯山水から着想を得たらしい。

白米はオムライスではないが、白米イコール、オムライスとなるならばオムライスとは何か?

 

「このウォールナッツωにひとたび足を踏み入れれば、白米はオムライスとなるのです。まなかは白米をオムライスとして今一度、見つめあってもらえる時間が生みだすことに成功しました。それは味覚を超越したセンセーショナルでエモーショナルな体験へと昇華するのです。さあどうぞ召し上がってください。これが究極のオムライスですから、ぐへ、へへへ、うえへへははは……」

 

疲れている。レナとタルトは確信した。

寝てなかったのが悪かったらしい。事実、ぐっすり寝た後にまなかにオムライス零の話をすると、なんですかそれと真顔で言われた。

残ったのは、空になった冷蔵庫と食糧庫だけである。

 

そうこうしている内に営業日の木曜がきた。

野菜や卵は新鮮なものが朝に配達されるのだが、まなかは余分に食材を保存しておきたいタイプである。

なのでももこたちに買いに行ってもらっていたのだ。

 

「ん?」

 

そして今、ももこはなにやらシャッターのしまった店の前でおろおろとしている女の子を見つけた。

彼女が押している車椅子には、高齢の女性がいる。

 

「困りごと?」

 

「あ、あの! このお店……ッ!」

 

「あぁ、和田屋さんね。ちょっと前に閉店しちゃったんだ」

 

「そ、そんなぁ」

 

和田屋は、蕎麦や丼ものを中心とした和食の店であったが、店主のウメコという女性が夫の実家がある地域に引っ越すことにしたため、二か月前に店を畳んだのだ。

それを聞くと、少女・ヨゾラは残念そうに肩を落とした。

なんでも、この店に来るために見滝原にやってきたようで、車椅子にいたのは曾祖母のようだ。

 

「ごめんね大祖母ちゃん。ちゃんと調べればよかった……」

 

ウメコさんがインターネットに疎かったのか、グルメサイト等には積極的に掲載しておらず、閉店したこともSNSで詳しく調べないとわからないほどだった。

 

「ヨゾラのせいじゃないよ」

 

曾祖母から弱弱しい言葉が返ってきた。相当高齢のようだ。

 

「ヨゾラちゃんたちはご飯どうするの? もしよかったらウチの店とかどうですか?」

 

ももこがウインクをひとつ。

ちょうどそこで、ヨゾラのお腹が鳴った。

 

 

 

「わふぁひはひ、ふっほふほおふははひはんへふ(わたしたち、すっごく遠くから来たんです)」

 

ウォールナッツω。

ジャンボハンバーグと、それが誘うライスを口いっぱいに詰め込みながら、ヨゾラが事情を説明してくれた。

 

先日、テレビを見ていたら曾祖母が家族に一つ頼みごとをしてきた。

見滝原に行って、和田屋で食事がしたい。

いつも家族のことを優先してきた曾祖母が頼みごとをするのは本当に珍しいことで、ヨゾラはおろかヨゾラの母も初めて聞いたらしい。

曾祖母が見滝原の出身らしく、ヨゾラにとってはまったく知らぬ土地ではあったが、こうして学校を休んで新幹線を使って一泊二日でやってきたのだ。

 

「おいしい? 大祖母ちゃん」

 

「ええ、はい。とっても」

 

曾祖母の名は、コヨと言った。

まなか特製の、野菜とチキンを極限まで柔らかくしたトマト煮はお気に召してくれたようだ。

とはいえ――、という話である。

曾祖母が和田屋を目指したのは、何も和食が食べたかったからではないのだ。

 

「大祖母ちゃんのお父さん。だから、えーっと、わたしのひいひいお祖父ちゃんが最期にご飯を食べたのが和田屋だったらしくて」

 

正確には当時と場所は違うが、和田屋の店主、和田ウメコさんが作った料理が重要だった。

当時そこは特攻隊に選ばれた人間へ食事を作っていたところでもあったらしい。

ウメコさんはその家系の生まれらしく、その時のレシピを知っている人間なのだ。

 

「ひいひいお祖父ちゃんは、大祖母ちゃんが生まれるちょっと前に飛行機に乗って……」

 

記憶にはないため思い出に留めていたが、先日のニュースを見て何か思うところがあったのだろうという。

 

「ニュース?」

 

「知らないですか? 見滝原慰霊碑が壊されたって」

 

「あー、そういえば」

 

ももこは携帯で記事を検索してみた。

前にニュースでやってたのはなんとなく覚えている。

とんでもない罰当たりがいたものだと流して終わりだったが、感じるものは年齢によって大きく変わってくるのかもしれない。

 

「仕方ない。仕方ない……」

 

曾祖母は何度か呟いたが、ヨゾラは納得いかなかった。

 

「大丈夫。時間はあるし、どこに行ったか探してみようよ!」

 

「そうそう、アタシらも手伝うからさ」

 

「え? でも悪いですよ」

 

「いいっていいって。なあ、みんな」

 

タルトはうなずいていたが、レナは困ったように厨房を見る。

まなかは、大きく首を横に振っていた。

付き合いもそれなりに長い。ジェスチャーで何が言いたいのかがわかってきた。

正直、出前を配達するももこがいなくなるのは非常に困る。

 

「………」

 

レナはももこを見て、俯いた。

顔を上げて、何かを言おうとして、俯いた。

もう一度顔を上げると、ヨゾラと曾祖母を何度か見る。そして俯いた。

そしてそして――

 

「だったら……、レナが手伝う」

 

「え?」

 

「ウェイトレスはタルトのほうが人気だし、出前は面倒だから嫌だし。レナなら、いなくてもいいし」

 

「そんなことはありません! でも、困ってる人を助けようとする想いはとっても素敵ですっ!」

 

「そ、そんな大げさにいうことでもないでしょ……」

 

まなかも、レナが抜けるのはOKなのか、サムズアップを浮かべて店の奥に引っ込んでいった。

実にムカッ腹の立つ態度ではあるが、レナとしても目の前で困っているヨゾラたちを見て、はいサヨナラというのはモヤモヤが残る。

いや、まあ、助けるのは助けるで面倒なのは事実なのだが、どちらかといえばモヤモヤを抱えるほうが嫌だったという話だ。

ましてやヨゾラは年下だし、お婆ちゃんもいるしで、より放置した時の胸の痛みが強くなるじゃないか。

 

実際、ヨゾラはすごく喜んでくれた。

曾祖母もレナにお礼を言っていた。

今日は移動で疲れているだろうから後日、一緒に調べようということになった。

 

「じゃあ明日、お願いします」

 

「……ん」

 

レナがヨゾラたちの後ろ姿を見送っていると、左右に柔らく温かいものが触れる。

 

「えらいぞ~、レナぁ~」

 

「レナぁ、とっても素敵ですぅ」

 

「ちょちょちょっ!」

 

左からももこ、右からタルトがレナを抱きしめた。

ももこは頬ずりをしてくるし、タルトはしきり頭を撫でてくる。

跳ねのけようと思ったが、その実、善意を見せたのは『コレ』が原因なところも少しある。

今まで自己肯定感だの自尊心が低かったのは、とにかく否定される場にいたからだ。

だからこそヤマアラシみたいな性格になったわけだが、ももこやタルトはとにかく褒めてくれるし優しくしてくれる。

 

ウザいはウザいが、やっぱり、意外となかなか気持ちがいい。

なんだったら最近は自分と同じようなタイプを見てると冷笑さえ浮かべてしまう。

頭を撫でられながら囁くように褒められてみろ? 飛ぶぞ。

 

って、話なので、なるべくだったら褒められたほうがいい。

あとは、とにかくこの『ウォールナッツω』。店の名前であり、チーム名でもあるのだが、まなかは若干ドライなところはあるもののそれ以外のメンバーが凄まじいお人よしなわけだ。

そういう場所に身を置いていると、若干移るというか。

トガったことをしたほうが逆に気まずい感じになって気持ちが悪くなってきた。

この変化を喜べばいいのかはわからないが、居心地は悪くないのである。

 

 

一方、ヨゾラたちはホテルに帰るために河原を歩いていた。

 

「よかったぇ大祖母ちゃん。見つかるといいねぇ」

 

ヨゾラの問いかけに、曾祖母は何度か頷いていた。

そんななか、ふと、ブロロロロロロと変な音が聞こえてきた。

なんだろう? ヨゾラは辺りを見回すが何もない。

気のせいか? そう思ったとき、ドンと衝撃した。

目の前に、飛行機が降ってきたのである。

 

「え?」

 

飛行機。小型の飛行機だ。

正確にはプロペラ式の戦闘機、一式戦闘機と呼ばれるものに酷似していた。

ただの戦闘機ではない。機体部分が頭部になっており、そこから人型の体が生えている。

両腕は機関銃になっており、足にはまるで靴のように小型の戦車がくっついていた。

このおかしな人ともいえぬシルエットの周りにはモザイク状のエネルギーが迸っている。

 

「え? え? え……?」

 

ヨゾラは戸惑った。

これは一体なんなんだ? そう思うのは当然である。それは彼女の人生の中で初めて見る物体だった。

しかし曾祖母は本能で察した。

戦闘機というシルエット。両手についた凶器。

 

そしてこの、感覚。

逃げなさい。小さな声で何度もヨゾラに口にする。

しかし残念ながらもう間に合わなかった。

魔獣は機関銃を二人に向けると――

 

「変身!」

 

光が迸った。

ヨゾラたちの頭上を、アギトが前宙で飛び越えてきたのだ。

 

アギトは踏み込み、魔獣の手首を掴んで持ち上げる。

銃口が空に向けられ、ちょうどそこで無数の弾丸が発射された。

 

「フ――ッ」

 

魔獣が反応するよりも早く、アギトは掌底を腹部へ叩き込んだ。

怯み、後退していく中で発砲が止まった。

アギトは前進して魔獣と距離を詰めていく。

魔獣がエンジン音のような咆哮をあげて、腕を振るって殴りかかってきた。

 

しかしアギトはわずかに体を反らすことで攻撃を避けると、続けざまに手の甲で魔獣の背を叩く。

さらに続けて回し蹴りを打ち当てた。

衝撃で魔獣が大きくよろけたが、そこで発砲音。

狙いを定めていない無茶苦茶なものだった。

アギトは唸り、背を向けて両手を広げた。

感じる衝撃。しかし下手に動けば目の前にいるヨゾラたちに弾丸が命中してしまう。

 

「ちょッ! どうなってんのよ!」

 

ヨゾラたちから少し離れたところに停車していたマシントルネイダーからレナが飛び降りて走ってくる。

魔法少女に変身しつつ、ヨゾラの傍にやってくると全てを察した。

 

「とにかく逃げるわよ!」

 

「あっ! はい!」

 

レナは車椅子を奪うと、ヨゾラの手を取り走った。

それを見たアギトは振り返ると、弾丸を受けながらも強引に前に進んでいく。

しかし拳が魔獣に触れようとした時、プロペラの音が聞こえた。

魔獣は飛行することで拳を回避すると、地上にいるアギトへ両手の機関銃の乱射する。

 

「ッッ!」

 

アギトは地面を転がって弾丸を回避し、立ち上がりざまに跳ぼうと力を込める。

しかしそこで魔獣の戦車型の足にある砲身が動いたのを見逃さなかった。

アギトはそのまま大地を蹴ったが、攻撃のためではない。ヨゾラたちに向けて放たれた二つの弾丸を背中で受け止めるためだった。

 

「ぐあぁぁあッッ!」

 

「ッ! 翔一!」

 

レナが振り返る。

煙を纏って墜落したアギトを見て、しまったと思うが、それでもやはりヨゾラたちを守らなければならない。

レナは唇を噛んだ。車椅子を捨てて、曾祖母とヨゾラを抱えて離れることはできるが、曾祖母の体が持つだろうか?

抱えた時、持った時、跳んだ時、着地した時、骨折で済めばいいが、もしかしたらそれがきっかけとなって……。

 

(怖い――ッ)

 

人を傷つけることが。

 

『助けて!』

 

テレパシーが飛ぶ。

 

『魔獣がいてッ! 意外とマズイかも――ッ!』

 

みんなの腕が一瞬止まった。

そもそもレナたちがヨゾラを追いかけたのは、彼女がハンカチを店に忘れてきたからであった。

走って追いかけるには、もうそれなりに距離があったし、バイクを出してもらおうにも翔一は厨房の奥にいてヨゾラたちの顔がわからないしで、レナを連れて出たのだが――……。

 

まなかは唇を噛んだ。

今は営業中であり、店には他の客がいる。

翔一がいない今、店を開けてしまえばどうなるか。

ももこだってそうだ。料理の配達中でレナたちを助けに行けば、待ってる人はどうなる?

 

「大丈夫、おれに任せて!」

 

河原ではレナの気持ちを酌んだのか、アギトが言った。

丁度そこで魔獣の全身から小型のミサイルが発射される。

不規則な動きで飛び回るそれらを見て、アギトはベルト左サイドのボタンを押した。

 

装甲が青く染まる。

ストームフォーム、アギトがストームハルバードを取り出すと、それを振るって嵐を発生させた。

暴風がミサイルを散らして、次々に墜落させていく。

さらにアギトは風を纏って飛び上がり、急上昇を行った。

 

しかしハルバードを突いても手ごたえはない。魔獣が一瞬で高度を上げたからだ。

機関銃と戦車の砲弾が放たれる。

アギトはハルバードでいくつかを弾くが、弾丸の量はどんどんと追加されていき、ついにはガードを越えて装甲に命中していった。

 

しかしアギトはもう一度ベルトの左サイドにあるボタンを押した。

するとベルト中央から連続してレナの武器であるトライデントが発射された。

突風を纏ったそれは一瞬で魔獣に直撃。魔獣はよろけて墜落していく。

 

だがその中でプロペラ中央部分にモザイク状のエネルギーが集中していく。

間違いない。まだヨゾラたちを狙っているのだ。

いや、あえて狙ったといってもいい。

アギトは風を操り、射線に割り入るしかない。

そうすると直撃するレーザー。お互い地面に倒れる前に空中で体勢を整えて着地を決める。

 

けたたましいエンジン音とプロペラが回転する音が鳴った。

魔獣は飛び上がると、全身にモザイク状のエネルギーを纏って地面を蹴った。

アギトはグランドフォームに変わると飛び上がり、スライダーモードにしたマシントルネイダーに着地する。

 

展開するクロスホーン。車体が傾き、アギトはシートを蹴った。

同じくして魔獣が急加速した。

アギトが飛び蹴りで迫るが、魔獣が口からレーザーを発射する。

それが直撃してしまい、アギトが大きく減速した。

そして――

 

「――ッッ! グッッ!」

 

倒れたのはアギトのほうだった。ライダーブレイクが負けたのだ。

魔獣は着地して肩を揺らしていた。

笑っているのだ。魔獣はプロペラを回転させる。直接押し当てることで、アギトを装甲ごと引き裂くつもりのようだ。

 

「マズ……ッ!」

 

振り返ったレナは青ざめた。

アギトのおかげでヨゾラたちを遠ざけることはできたが、そのアギトが危ない。

 

「……!」

 

だが、レナはすぐに笑みを浮かべた。

魔獣はすぐに左を見る。光を感じたのだ。あまりにも眩しい過ぎた光。

魔獣にとっては猛毒となりえるほどの煌めきを伴いながら、タルトが歩いてくる。

 

「ガァァア!」

 

魔獣が吠え、タルトに突っ込んでいった。

すぐに何かが壊れる音がする。

煙を上げて後退していくのは魔獣だ。プロペラが砕け散り、そこから煙が上がっている。

 

魔獣は両手の機関銃を発射してタルトを狙った。

弾丸はタルトに当たっている筈なのだが、タルトは全く怯んでいない。開いた目のど真ん中に弾丸が直撃しようとも、瞬き一つしない。

何もない。ノーリアクション。タルトは尚も前進していく。

 

これはおかしい。魔獣は悟ったのか飛び上がり、距離を取ろうと試みた。

だがすぐに地面に落下する。空から伸びた光が魔獣を押しつぶしたのだ。

タルトは持っていた剣を振る。光の斬撃が一瞬で魔獣に到達すると、魔獣の全身をエネルギーが駆け巡り、体の至るところが爆発を始めた。

両腕が切り落とされ、戦車が粉々に砕け、魔獣は倒れて動かなくなる。

 

たった一撃。

攻撃を命中させただけ。

これがキュゥべえにイレギュラーと言わしめたジャンヌダルクの力なのである。

 

「……ッ」

 

しかし彼女は現代に蘇ったが、たった一つだけ大きな違いがあった。

それが『魔力』である。多くの因果を束ねた彼女はフランスでの戦いの時よりも、さらに力が上がっている。

言い方を変えればそれはデメリットでもあった。

 

かつてタルトは、あまりにも強大な力を制御しきれず短時間でソウルジェムが大幅に穢れてしまうという弱点があった。

クロヴィスの剣を手に入れてからは、それも収まったが、現在のタルトはクロヴィスの剣を持っているにも関わらず魔力を抑えきることができないのだ。

故に、魔法技を使うと仮定して、彼女が変身できる時間は長くても『1分』が限界なのである。

だからこそ早々に決着をつけるべきだ。

タルトが構えると、槍のような『旗』が生まれる。

 

「ラ・リュミ――」

 

そこでタルトの持っていた旗が大爆発を起こした。

衝撃の中でも槍はブレないが、爆炎と煙が視界を隠す。

タルトが旗を振ると煙が吹き飛び、三浦旭が歩いてくるのが見えた。

彼女は持っていたロケットランチャーを放ると、倒れている魔獣の前に立つ。

それも、背中を魔獣に向けて。

 

「偉大な英雄。ジャンヌダルク殿に敬礼!」

 

「旭さん……、どいてくださいっ」

 

「申し訳ないであります。しかし、ルールがあるのも事実であります」

 

旭はポケットから小型発信機を取り出すと、後ろに放って魔獣の体につける。

 

「ひとつ、我らが深海大尉はかねてより魔獣のサンプルを欲しておりました。生きたまま捕獲したほうがより多くの情報を手に入れることができるであります」

 

旭は『ヘラ』と呼ばれるハンドガンを抜いた。

正式名称はGM-01改4式、それを連射すればタルトの表情が曇った。

一つ一つの弾丸は小さいが、着弾時に小さな爆発が起きていた。

これが厄介で、威力は先ほどの魔獣の攻撃の比ではないのだ。

 

(みやこ)女史の特性弾丸であります。一つ一つに液体が注入され、着弾と同時に爆発が起こるであります」

 

 

しかし、それでもタルトは不動であった。

ピクリとも動いていない。眉をわずかに動かしただけだ。

であれば、旭は素早く弾丸を入れ替える。

タルトは動かない。着弾。爆発。

そこでタルトは槍を消滅させた。

 

「これは――!」

 

「女史特性の弾丸であります。威力はありませんが、爆煙から焼死体と、血の匂いが発生するようになっているであります」

 

 

タルトは何も言わなかったが、明確な怯んでいるようだった。

防御力は凄まじいとはいえ、嗅覚は少し別のところにある。

 

旭は歩いた。

手にしたのはモノケロース。

正式名称、GK-06改4式。超振動するナイフでタルトに切りかかっていく。

 

「ひとつ、これは単なる私情であります」

 

二人は組合った。

実は旭がタルトに攻撃を仕掛けてくるのはコレが初めてではない。旭には自らに課した掟がある。

曰く、作戦名は明星の審判。日曜日、月曜日、金曜日に旭はタルトを攻撃する。

 

「下界に染まりし穢れた我らが神の代行者になることを許したまへ」

 

殺そうとするのだ。

 

「うあぁっ!」

 

タルトが怯んだ。

無理もない。初めて見る攻撃だった。

突如として、旭の左目からレーザーが発射されて顔に直撃したのだ。

よろけていると、腹に衝撃を感じる。

旭の右手、手首から上が分離して、タルトを殴ったのだ。

 

「ォオオオオオオオオオオオ!」

 

回復したのか。魔獣が立ち上がり、吠えた。

両足を揃えて地面を蹴り、大空に向かって飛び立った。

旭は沈黙する。そしてすぐにタルトのほうを見た。

どうやら彼女は魔獣よりもタルト抹殺を優先するらしい。

 

(不意打ちは成功でありますが……)ティロン♪

 

見たところ、目立ったダメージはない。

 

「やれやれ」ティロン♪

 

旭は小さくため息をついた。実力差を感じるというものだ。

 

(……しかし、勝機はあるであります)ティロン♪

 

むしろ旭が優勢である。

タルトは放っておいても魔力切れで自滅する。

彼女が魔女になるのは恐ろしいことだが、それはタルト自身もよくわかっている筈だ。

 

ティロン♪

 

だから必ず魔女になるまいと、早めに変身を解除する。

そうなってしまえばソウルジェムを破壊するのは容易いだろう。

あるいはそれよりも早く自害を選ぶに違いない。

 

「………」

 

ティロン♪

 

「……?」

 

ティロン♪

 

「………」

 

ティロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ

 

「うるさいであります! なんであります!?」

 

旭は懐から携帯を取り出すと、メッセージアプリを確認した。

 

 

『ラーメンたべいこ』

 

『無視するの?』

 

『え? ヘラるよ?』

 

『ふーん』

 

『ふぅん。そう、なんだ』

 

『そっか』

 

『マジ無理』

 

『おい、先輩の言うことが聞けないのか?』

 

『そうですか』

 

『わかりました』

 

『はいわかりました』

 

『りょ』

 

『う』

 

『か』

 

『い』

 

『し』

 

『ま』

 

『う』

 

『ま』

 

『ひひィィィイイイイイイイイイイイイイイン!』

 

 

「大元帥からのメールがたくさん来ているであります! 想像の倍は執拗に来ているであります!」

 

旭は汗を浮かべ――

 

『既読ついたのに返信こないねぇ』ティロン♪

 

「ぐっ、そうこうしている内にまたッ!」

 

『こないねぇ。無視するんだねぇ』

 

「そっちが早すぎるだけであります――ッッ!」

 

『今すぐ来い。じゃないと潰すぞ、ガキが』

 

「くっ! ぐ……ッ!」

 

旭は少し考えた。もう少し考えたが――、そこで携帯をしまう。

 

「退くであります」

 

旭、撤退。

 

「な、なんだったのよ?」

 

レナはポカンとした表情で去っていく旭の背中を見つめていた。

 

 

 

 

「お、きちゃね、二号」

 

「………」

 

見滝原にあるラーメン屋、そこに制服姿の旭はやってきた。

奥のほうに座っておられる神那大元帥の隣に座る。

 

「イメチェンした?」

 

「……は?」

 

そこで旭の前に濃厚醤油とんこつラーメン豚増しと、ライス(中)が置かれる。

 

「左の瞳に乾杯。ばちこん☆」

 

ニコはウインクを行うと、ズゾゾゾゾとラーメンを啜り始めた。

 

「うますぎワロタ」

 

真顔でそう言いながら卓上にあったおろしニンニクをたっぷりスープの中に入れて溶かしていく。

 

「流石でありますな」

 

「何が?」

 

「義眼を見破るとは。精巧に造られているでありますのに」

 

「本当の目はどうしたの? 落とした?」

 

「捨てたであります」

 

「ふぅん」

 

ニコはどうでもよさそうに返事をした。

事実どうでもよかった。

スープに浸した海苔でご飯を巻いて食べるほうが重要なことだった。

 

「まだ胃までは機械になってないだろ? 食べなさいよ」

 

「………」

 

旭はラーメンを啜り始めた。

ニコとの関係は……、よくわからない。

なんだか似ていると言われてズルズル付き合わされている。

まあ確かに魔法少女の衣装デザインは近いところがあるのかもしれないが、それだけだ。

旭はいまいちピンと来ていなかった。

だがニコは何度も何度も似ているという。

 

「わざとでありますか?」

 

「おん?」

 

「いえ……。明星の審判の時に、よく招集がかかるもので」

 

「みょ――……は? え? なに? ミュウの進化? ポケモン?」

 

「……なんでもないであります」

 

「ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ」

 

ニコはホロホロになったチャーシューを箸で崩してご飯の上に乗せていた。

さらに千切りにされた沢庵をケースから出して、一緒にご飯にのせてかき混ぜて食っていた。

旭はそれを奇異の目で見つめながらラーメンを啜る。

 

「魔獣が出たであります」

 

「知ってるよ。なんだあの物騒な飛行機野郎は」

 

「確か……」

 

「色付きだ。タロットのアルカナを模してるから……、おそらくあれは戦車だろう」

 

以前、ニコたちが該当するような個体を倒したらしい。

しかしどうやら完全に破壊しきていなかったようだ。

 

「それが、"こっちの見滝原"に逃げ込んだみたい」

 

「壁を突破したでありますか」

 

「魔獣は負のエネルギーを吸収すれば進化していく」

 

「ここ最近、慰霊碑が破壊されていると報告を受けたであります」

 

「魔獣によって浸透しやすい負の種類も違うらしい。戦車にとってはご馳走だったんだろな」

 

「コチラもご馳走様であります」

 

「早くね? 全然食べてない雰囲気だったろお前」

 

旭は立ち上がり、ラーメン屋を出ていこうとする。

 

「え? 帰るの? これからアイスクリーム屋さんに行ってから、公園でケイドロするって約束だったじゃん」

 

「初耳であります」

 

「甘えるな」

 

「は?」

 

「甘えるなと言っている」

 

「………」

 

「質問の意味が分からない?」

 

「申し訳ないであります」

 

「それはうぬが未熟者だからである」

 

「……っ」

 

「悔しいか? しかし全く心当たりがないわけではないだろう。己の胸に手を当てて考えてみよ」

 

「ハッ!」

 

「目を瞑れ。何が見える」

 

「な、なにも見えないであります」

 

「否。見えている。見えないのであれば、それはお前が目を逸らしている証拠だ」

 

「!!」

 

「時は川のように流れる。静寂は静寂を生むが、流水のように流れゆく宿命は、誰しもが視覚できるものだ。見極めよ、さすれば、そこに見えぬものなし」

 

「……ッッ」

 

「――なんつっ」

 

「見えてッ、きたで、あります……!」

 

「ガ?(ガチ!?)」

 

「ハッ! 熱いご指導! 感謝であります!」

 

「……よろしい! 下がりなさい」

 

「神那大元帥に敬礼!」

 

(あれ? なんか適当に言ってみたけど響いてね? ようし、黙っておこう)

 

それから、しばらくしてラーメン屋に目つきが鋭い青年が入ってきた。

 

「こっちこっち」

 

「なんなんだ。いきなりラーメン食おうだなんて……」

 

「食いたくなってね」

 

「まあ俺も食事はまだだったが……」

 

「私はもう食った」

 

「は?」

 

「や、まいったね。キャッシュレス派だからさ。ここ現金だけなんだってね」

 

「お前、まさか……!」

 

「まままま。ま! お礼に冷たいビールと餃子を用意しといたから。ね、楽しんでね。はい。そういうことで。私、人を待たせてるから。もう行くわ」

 

「……おいちょっと待てお前! お礼って、普通にビールと餃子追加で注文しただけじゃねぇか! おい! おいッ! なあおいって!!」

 

ニコは一度も振り返らず店を出て行った。

木村(きむら)はニコ追いかけようと思ったが、うまそうな餃子とキンキンに冷えたビールを見て喉を鳴らすと、着席してラーメンを注文したのであった。

 

 

 

「というわけで、これはお土産であります」

 

「あんた頭どうかしてんじゃないの?」

 

レナから強めの言葉が飛んできたが否定はできない。

結局、アレからニコに連れられてアイスクリームを食べて、ケイドロをして、映画を見てからミタキーランドで遊んで、パレードを見て帰ってきた。

ミターキー(七面鳥のキャラクター)の嘴とトサカカチューシャをつけたままの旭が、キャラメルチョコクランチをウォールナッツωの面々に配っている。

お土産はそれだけじゃない。旭は魔獣の情報を包み隠さず伝えていく。

 

「どういうつもり?」

 

レナは訝しげな目で旭を睨んでいた。

上にタルトを避難させているが、それに気づいた旭が上を目指さないとも限らない。

とはいえ、今の彼女に敵意はないらしい。

 

「女心と秋の空は複雑であります。傷つけるのも、助けるのも、すべては我らの意思であると理解していただきたいでありますよ」

 

「は?」

 

「我らはタルト殿を殺したい。しかし殺したくない時もあるのであります」

 

「なによそれ! 全ッ然わかんない!」

 

「まあいいじゃありませんか。ここでやるよりはずっとマシです」

 

「料理長の言うとおりだよレナちゃん。さ、どうぞ話を続けてください」

 

翔一に促され、旭はうなずく。

 

「色つきは戦時中の怨念エネルギーを集めて急激に進化しているであります。おそらくヨゾラ殿の曾祖母を狙ったのもその時代を生きたが故か――」

 

「では次は老人ホームを狙う可能性が?」

 

「いえ。人よりも物のほうが優先度が高いと思われるであります。曾祖母殿が狙われたのはおそらく当時のものを何か持っていたからだと予想されるであります」

 

データによると、今は人的な被害は出ておらず、慰霊碑などの破壊を優先しているようだ。

これらから次は"神浜空襲跡地"を狙う可能性が高いと指摘する。

 

「魔獣のルールからして決行日は翌日が濃厚かと」

 

 旭がつけた発信機は、外れたとしても、つけた相手を追尾して再装着される特性がある。魔獣が再び実体化しても居場所がわかるというわけだ。

 

旭はその際に、居場所を教えてくれるという。

しかし同じくしてサービスはそこまでだった。

 

「深海大尉はサンプル獲得のために水城少尉を出撃させることも検討しているであります。それでは我らはこれで」

 

そう言って旭は帰っていった。

入れ替わりでタルトが下りてくる。まなかは旭から伝えられたことをもう一度、説明した。

 

「まいったなぁ」

 

翔一は苦い顔をする。

知り合いにも協力を頼もうかと思ったが、"チーム・ネフィリム"は御園大先生の次回作着想のための取材に見滝原を出ているらしく、"チーム・ネオブロッサム"には深海たちを止めてもらいたいというところがある。

 

「仕方ありません。まなかたちで何とかしましょう」

 

「そうですね料理長」

 

「ちょ、ちょ、ちょ」

 

「?」

 

レナが腕を組んで鼻を鳴らした。

 

「それはそれとして、ヨゾラたちのことはどうすんのよ」

 

「……どうしたいですか?」

 

「は?」

 

「いえ。含みのある言い方などではなく、尊重してあげたいので聞きました。レナさんは忘れているかもしれませんのでもう一度言っておきますが、ウォールナッツωのチームとしてのモットーはただ一つ。今日一日を締めくくる晩ごはんが最高においしく食べれることです!」

 

だからこそ各々がカバーする。

今日もそうだった。まなかにとって、もちろん人の命は優先されるものだ。

それを守るために戦うことは当然であると思っている。

 

しかし一方でウォールナッツωに来てくれるお客さんを満足させることも、同じくらい大切なのである。

おなかをすかせた人たちに『すみません、魔獣を倒しに行くので店を閉めます』などと告げるのはポリシーに反する行為だった。

だからこそ、タルトが出てくれたのだ。

負担が少なそうな人が出てカバーをする。それがチームの意味ではないか。

 

「ですので、レナさんがどうしたいかを言ってくれれば、まなかたちが助けますので」

 

「………」

 

レナが戸惑っていると、ポンポンと優しく背中を叩かれた。

ももこだった。微笑んでいる彼女を見て、レナは釣られそうになる。

それは少し癪だったので、グッとこらえて腕を組んだ。

 

「探してあげたいわよ。乗りかかった船を途中で降りるの、なんか気持ち悪いし」

 

「………」

 

「ももこ、翔一、うざい」

 

「「なんで!?」」

 

「成長したなぁ。みたいな目ぇしないでよ」

 

「いやいやっ、誤解だって。ねえ津上さん」

 

「そうだよレナちゃん。別にそんな目してないって」

 

「は!? なによ!? レナが成長してないっていうの!?」

 

「めんッッッッ!!!」

 

「なんか言った?」

 

「……いえ」

 

「怒らないでレナ! そうです! 二人が何を考えていたか聞けばいいじゃないですか」

 

「そうねタルト。そうしてやろうじゃない」

 

「続けるんですか……」

 

「いや、べつに。おれもヨゾラちゃんたちの悩みは解決してあげたかったし、同じ気持ちだなぁって」

 

「合格」

 

(……合格?)

 

「ももこは?」

 

「い、いや、その……」

 

「歯切れが悪いわね。どうせレナは単純だなーみたいなこと考えてたんでしょ!」

 

「んなはずないだろ! ただ、その――」

 

「ああもう! ハッキリ言いなさいよ!」

 

「レナの後頭部、かわいいなぁって」

 

「……ばか」

 

「赤くなるの気色悪いですねー……」

 

「ンまなか!!」

 

「素敵! どうして可愛いと思ったのか、わたしとっても気にな――」

 

「もういい! もういいですよタルトさん!」

 

まなかはそう言って一枚のメモ用紙をレナに差し出した。

 

「なにこれ?」

 

「何もレナさんの考えはレナさんだけが抱いたものではないということです」

 

まなかも、ヨゾラたちのことを助けてあげたいとは思っていた。

なのでさっさと行動に出ただけだ。

 

「超幸いにして、お父さんが和田屋さんを知ってました」

 

「本当に!?」

 

「はい。正確にはお父さんのお友達が営んでいる洋食屋さんで働いている人の奥さんが和田屋で働いていたようで。ウメコさんの現在の住所を知っているようなので、事情を話してアポを取っていただきました」

 

「さすが料理長!」

 

「えっへん。とにかく、まあ新幹線とタクシーで一時間半くらいですので、朝一で行ってください」

 

既に手配済みだったらしく、新幹線のチケットを手渡されたレナは真っ青になった。

 

 

翌日、ももこは野菜の皮をむきながらスマホを耳と肩で挟んでいた。

 

「大丈夫、大丈夫だって。そう、ホームは気をつけてな。黄色い線から出ちゃダメだぞ。うん。大丈夫切らないって。隣の人? 大丈夫、気にしないよいちいち。座席? そうだなぁ。じゃあ早めに入って後ろの人が座る前に倒しちゃえ。うん。大丈夫。ずっとこのまま繋いでるから。え? いや、え? それはちょっと……、はいはい! わかったわかった傍にいるよ。うん、大丈夫。アタシがついてるから。レナの味方だから。うん。うん。いやちょっとやっぱ恥ずかしいな。津上さんとまなか後ろにいるんだけど……」

 

アポはとってもらえたが、内容が和田屋さんの親子丼のレシピをまるまま模倣できるレベルまで教えてくださいとなると、向こうも簡単には首を縦に振ってはくれなかった。

事情を説明しておおまかなことは把握してもらえたが、条件としてウメコさんのところまで足を運ぶことを提案された。

故に、レナちゃんの一人旅が始まったのである。

新幹線に一人で乗るのは初めてだ。

 

『あー、もしもしレナさん? まなかですけど、ちゃんと席は通路側にしておいてあげましたから、席を立つときに気まずくならないで済みますから。安心してください』

 

「ありが……フンッ! 知らないわよ」

 

『どうなってるんですか貴女のシステムは。『ありが』の次はたった二文字ですよ。いや、なんだったら『と』まで言えば終わりなのに何故そこでトガるんですか……』

 

「……ごめん」

 

『はい、よろしい』

 

「でもまず知らない人が隣なのが嫌なんだけど」

 

『そこは我慢してください!』

 

幸い、隣にきたのはキャリアウーマンだったが、小さいパソコンで作業する前にフィルターをモニタに挟まれた。

 

(レナのこと疑って! 覗くわけないでしょ!)

 

と、文句を言ってやりたかったが、飲み込んだ。

レナも、もう大人だ。おいしいとは思わないがブラックコーヒーも飲めるようになった。

そういうのは黙っておいてやろうと思った。

実際、何してんのかちょろっと覗くつもりだったし。

 

寝てしまうといけないので、スマホを常に耳に押し当てていた。

しゃべると周りの迷惑になるので、ももこがひたすら一人で喋り続けた。

というよりもお気に入りにアイドルの曲をひたすらに歌い続けてもらった。

しかし突如、切られた。

まさか嫌われたのか? ウザいと思われたか? メンタルが参りそうになった時、トンネルに入ったから電波が切れたのだと気づいた。

 

山を越えると一気に田舎になる。

しばらく田んぼと畑を見つめ続けて、再び町になって、駅に到着した。

レナはタクシーを呼んでメモにあった住所へと進んだ。

タクシーの運転手さんが馴れ馴れしく話しかけてきたので、初めは無視しようと思ったが、レナは適当に、あいまいに、できる限り愛想をよくして微笑んでおいた。

 

「まあ、なんていうか……」

 

家の前で降ろされたが、レナは一旦そこから離れてももこに電話をかけた。

 

「我ながら、らしくないことしてると思うわよ」

 

『まあね。よく頑張ったよ。もうちょっと頑張れる?』

 

「ナメんじゃないわよ」

 

『でも電話してきてるじゃん……』

 

「そんなんじゃないから。これは、そんなんじゃない……」

 

『?』

 

「聞いてほしかったのは、まあ……、あるかも。なんか、そう、きっと、こういうことすればちょっとでも、レナの嫌いなところが減ってくれる気がするから」

 

ももこは、きょとんとしていたが、やがて小さく笑う。

 

「……アタシはそういうレナのところも好きなんだけどな」

 

「まあ! なんて素敵な言葉でしょう!」

 

タルトは嬉しそうに笑うが、ももこは真顔になった。

 

「とっくに切れちゃった」

 

「レナちゃん勝手に切ったら怒るくせに、自分は勝手に切っちゃうからなぁ」

 

 

 

 

そのレナさんは、家の中にいた。

前にはウメコさんがいて、レナにお茶を差し出した。

 

「すいませんね、わざわざ。疑うようなことも言ってしまって」

 

「まあ、その……、当然だと、思います」

 

心の中では「本当よ! さっさと教えなさいよねまったく!」などとのたまうデビルレナが若干、本当に若干いたことは否定できないが、それでも言葉を飲み込めるくらいの要素はあった。

レナはウメコに携帯を見せる。画面にはヨゾラから送られてきた曾祖母の写真が写っていた。

さらに二枚目には曾祖母が持っていた『写真』があった。

 

既にボロボロで、それはコピーなのか現物なのかもわからないが、いずれにせよそれは曾祖母の父だと察することができた。

ウメコはそれを見て、表情を変えた。

少し借りていいかとレナの携帯を持って奥に引っ込んでいった。

そしてしばらくして、メモを持って戻ってきた。

 

「はい、はい、わかりました。どうぞ、これがレシピになりますんで」

 

「ど、どうも……」

 

「すぐにというのなら撮影して送ってくれればいいんですので。はい」

 

レナはもう一度お礼を言ってレシピを撮影すると、まなかに送信する。

 

 

まもなくして旭から魔獣が現れたと連絡が入った。

色つき、『戦車』は『神浜空襲跡地』にある慰霊碑を破壊しようと歩いている。

取り込んだ負が馴染んだのか、その姿は以前のものとは違っていた。

プロペラ機だった頭部が今は最新型の戦闘機になっている。

機関銃はガトリングへ、足の戦車はメーサーレーザー搭載という現代では考えられないものだった。

 

色つきが止まる。

慰霊碑を遮るようにして、ももこが立っていたのだ。

 

「これをどうするつもりだ」

 

「称エシ! バッドエンドギア! 命令ドオリ破壊セヨ!」

 

「ッ!」

 

言葉を話せるほどまでに成長しているようだった。

 

「戦争ガ発生サセル負ノ連鎖! 万歳! コレヨリ! 再現ニ入ルベシ!」

 

「なんだと……ッ!」

 

最後の慰霊碑を破壊した後は、飛び立ち、神浜、見滝原、風見野、などなど、多くの地を爆撃する。

そうだ。爆弾、弾丸、毒ガス、なんでもいい。

それが死を呼び、苦痛を生み出し、さらなる進化を色つきに齎すであろう。

であれば色つきはこう発信するのだ。

国同士で殺し合い、勝ち残った国だけは、魔獣による攻撃をやめてあげようと。

 

さあ、人類はどうするか?

決まっている。世界大戦の始まりだ。

それを魔獣たちは見て楽しむのだ。そして賭ける。どの国が勝つのかを。

 

「魔獣ノ最高娯楽遊戯! フールズゲーム! 次ノ形態ノ始マリナノダ!!」

 

「そんなこと! 絶対にさせるかッッ!!」

 

ももこは変身して走る。

大鉈を振るうが感触はない。

色つきが後ろへ飛行しており、ガトリングや背中から次々と追尾ミサイルを発射してももこを狙う。

ももこは鉈を盾にするが――

 

「ぐあぁぁああぁ!」

 

周囲が爆発を起こし、ももこの体が浮き上がる。

きりもみ状に回転して、肩から地面に激突した。

魔獣は周囲を見回し、そこで口を開ける。光が集中していくのを見て、ももこが青ざめた

激励を自分にかけて強引に立ち上がると、煙を纏いながら滑り込む。

そこでレーザーが発射されて、両手を広げたももこの背中に直撃する。

 

「グアァアァアア!」

 

「ももこ!」

 

 

ももこが守ったのはタルトだった。

彼女は申し訳なさそうに唇を噛む。

 

「コッチに来なさい魔獣!」

 

剣は持っているが、変身はしていない。

それでもタルトは自らを囮に走った。

迫る弾丸をダッシュでよけ、迫るミサイルを剣で弾いて吹き飛ばす。

しかしやはり生身では限界があるのか、爆風で吹き飛ばされて地面を転がった。

 

そこへ迫るミサイル。だがそれらは空中で爆発する。

投げられた鉈のせいだった。ももこは走り、タルトを抱きかかえて跳ぶ。

しかし安全な場所はない。ももこはミサイルが迫るのを見ると、タルトを投げて、すべての攻撃を一人でうけおった。

 

「うグッ!」

 

そして、倒れる。

魔獣はタルトが見えなくなっていることに気づいた。

隠れているようだが無駄である。すぐに円形状のエネルギーを拡散させて、生体反応をサーチする。

 

(そんな能力があるなんて!)

 

予想外だ。タルトはすぐに襲い掛かる銃弾を、木を盾にすることで回避していった。

しかし時間の問題である。

ここまでか? 歯を食いしばった時、予想外の出来事が起こった。

 

突如、魔獣にとびかかってきた無数の影があったのだ。

メガゼールをはじめとして、複数のガゼルモンスターたちが一斉に色つきへとびかかっていく。

すぐに爆発が巻き起こり、メガゼールたちが消し飛んだ。

しかしそこで衝撃。ももこに斬られた。

よろけ、後退していく中で、追撃がヒットする。

 

色つきは飛び上がり、タルトを探した。

彼女を攻撃すれば、ももこはタルトを守らざるを得ないからだ。

しかし生体反応を探ってみて色つきは唸った。

木々の間に、メガゼールが隠れているらしい。

生体反応が多すぎる。これではタルトを特定するには至れなかった。

 

まあ一つ一つ潰していけばいいだけだ。

色つきは爆撃を開始する。

どうせ、ももこにはろくな飛び道具がないのだし。

 

 

 

 

「ど、どうしますか? ガゼルたちが減ってるけど、追加したほうが……」

 

「いえ。加勢はこのくらいでいいでしょう。仮にもしも彼女たちがここで終わるというなら、その程度の実力者だっただけです」

 

少し離れたところの木の上で、太い枝に腰かけている二人の中学生がいた。

眼鏡をかけた少年、『石田(いしだ)』は、チラチラと『常盤(ときわ)ななか』の顔色を窺っている。

 

「でも、聖女は使えると思います。取り巻きも利用できそうですし、常盤さんの魔法でも結果は良かったん……ですよね? 仲間になってもらうのはメリットがあると、思うんだけど……」

 

「おっしゃる通りです。ただ、同時に敵も多い」

 

「あ……」

 

「我々の目的はいずれ行われるフールズゲームの勝利者となることです。彼女たちは倒すべき敵ではありませんが、足枷ともなりえます」

 

「そ、そうですね」

 

ななかと石田は同時にメガネを整えた。

その時、二人は頭上に風を感じた。

 

戦闘機だ。

急上昇して色付きの遥か頭上に位置をとると、そこからレナが降ってきた。

ただし、落下しながらの一撃はヒラリと回避されてしまい、カウンターに放たれた蹴りで、レナは走ってきたももこにぶつかってしまう。

怯んだ二人へ直撃していくミサイルの数々。爆発音に交じって悲鳴が聞こえた。

 

「ぐッ! 大丈夫かレナ!」

 

「まあ、なんとかね……!」

 

「早かったな!」

 

「旭よ! あいつ! レナにまで発信機をつけてくれちゃって!」

 

ただおかげで旭が迎えに来てくれたわけだ。

神那大元帥とやらから与えられた専用戦闘機『ヴォルフ』に乗せてもらい、一気にこの地までやってきたというわけだ。

ヴォルフは既に飛び立った。加勢するのかしないのか、あいまいな旭の態度にイラついたのは事実だが、ここに来る途中、旭はポツリと口にしていた。

 

「我らはまだ、続いているのであります」

 

非常に抽象的な言葉のやり取りが続いた。

しかしそこでレナは旭の固有魔法が『幽霊』であると教えられて、なんとなく彼女を取り巻くものを察した。

 

『聖女殿は取り憑かれているであります。怨念だらけな分、まだコルボー殿のほうが赦しの条件がわかりやすくていい……』

 

とか何とか。

レナは困り果てた。難しいことをいうのはやめてほしかった。

一度考えてみる? そんな余裕はない。

ももこも叫んでいる。

 

「向こうがまた進化して明確にタルトの位置を割り出されるようになったら終わりだ! 強引だけど、無茶苦茶やって止めるしかない!」

 

真剣なももこの眼差しが、レナの心を貫いた。

そうだ。よくわからないが、わかることもある。レナはタルトのことが好きで、目の前にいる魔獣が気に入らない。

今はまだ……。

いや、きっとこれからもそれだけでいい。レナは変身魔法でももこに変わる。

 

「頼むよ、レナ!」

 

「柄じゃないけどわかったわよ。耐えてよももこボディ!」

 

二人は鉈を構えて、色つきに向かって走っていった。

 

 

 

一方ウォールナッツωでは、まなかと翔一がキビキビと動いていた。

ももこからのテレパシーでピンチなのは聞いているが、それでも彼女らには彼女らの戦いがある。

翔一は奥の席のほうで待っていたヨゾラと曾祖母に、その一品を置いた。

 

「和田屋は昔、和田食堂といって軍指定の食堂だったんです。多くの特攻隊員たちに食事をふるまったみたいで」

 

ウメコも母から話を聞いていた。

ウメコの母は、ウメコの母の母から話を聞いていた。

彼女はそういう話を訪れたレナにも話した。

 

「今と昔は、ぜんぜん違うものでね。価値観とか……」

 

レナもそれくらいはわかる。今もリモート授業だって受けているわけで。

 

「みんな笑ってたそうよ誇りを口にして、ご飯を食べて、お酒を飲んで、そして飛んで行った。そして――」

 

続きは口にしなかった。

しかしレナはウメコが言葉を続けているのだと思った。

口がポカンと開いている。

あそこからきっと見えず聞けない言葉が確かに存在しているのだ。

けれども該当する音がない。文字列がない。

 

レナも言葉が具現できない。

きっとそういうものがこの世界には存在しているのだろう。レナはそこで魔女を殺した日のことを思い出した。

その魔法少女は何を願って、どうして絶望したのだろうか?

わからない。なぜならばそれが『魔法少女』というものだからだ。

そこにはきっと表す言葉がないのである。

いつか理解できるのだろうか?

レナは、少女だ。

 

「当時は……、誇りだったと」

 

ウメコはレナに手紙を見せた。

何が書いてあるのかはよくわからなかったが、ウメコが説明してくれた。

レナより三年だけ早く生まれた少年が書いたものだった。

彼もまた笑顔で飛んで行ったという。悲しむな。勇気の限り。キミたちのためならばと。ウメコはポツリポツリと口にする。

レナはその内容を知って、言葉が出てこなかった。

 

「本気だったの?」

 

「さあ」

 

ウメコは、和田家に語り継がれている青年の話をしてくれた。

 

「当時、一人だけ食堂で泣いてしまった人がいましてね」

 

ウォールナッツω。

翔一は、ヨゾラの曾祖母を見た。

その青年は、はじめは仲間たちのように笑っていたが、和田食堂の料理を食べた途端、涙を零したという。

男が泣くものではない。彼は必死に涙を拭ったが、どうしてもあふれてしまうのだ。

 

当時のウメコの祖母が理由を聞くと、大切な人のお腹に自分の子がいるのだと教えてくれた。

父になるのかと聞くと、そうだと強く頷いた。

それでも飛ぶのかと、つい残酷なことを聞いてしまったが、それが青年の決意を確固たるものにした。

 

 

そうだ。あの子らの『  』ために飛ぶのだ。

 

 

彼はそう言って、翌日行ってきますと笑顔で言った。

 

「時代が時代で、当時はみんな、笑顔で行くんですよ」

 

ウメコはレナに向かって、もう一度、同じようなことを言った。

 

「でもやっぱり、そういうことですからね。そういうことなんですよ」

 

「……はぁ」

 

「手紙があってね。たくさん。ありましてね。それはやっぱり、きっと、それは未練なのか、それとも……」

 

ウメコは続きを言わなかった。

 

「そりゃあ、泣くわね」

 

レナが家を出る時になって、ようやくそう口にする。

きっと何か葛藤のようなものがあったのだろう。何を語ることがあるのだろう。そんな資格があるのかと。

その人の想いはその人にしかわからないものであると思っているからだ。

しかしそれでも、ウメコは一つだけ声を大にしていうことがある。

言わなければならないことがある。

 

「あんなことはね、二度と繰り返してはいけないんです」

 

「……!」

 

「家族がいて、友人がいてね。いなくても生きていれば作ることができた。それが人間というものでしょう? それを……、その自由を否定することなんて……!」

 

レナは頷いた。

 

「レナにも、とっても素敵な友人が……います」

 

ウメコは頷いた。

踵を返したレナ。そこで旭を見つけたのだった、

 

 

「思い出したんだね。きっと」

 

ヨゾラは目の前にある"親子丼"を見てそう言った。

きっとその料理を見て、曾祖母の父は娘が生まれるという事実がフラッシュバックしたのだろう。

曾祖母もそれを理解した。なのでお礼を言って、親子丼を食べはじめた。

 

「そうですか。そうですか……」

 

か細い声でそう言いながら、ひたすらに食べ続けた。

 

「そうですか……」

 

年齢もある。全部は食べられない。

だから少しでも多く食べ続けた。そしてしきりにハンカチで目を拭っていた。

 

 

 

 

「おいしかったね」

 

ヨゾラたちは帰りの電車に乗る前に、墓を参ることにした。

薬局で買った線香に火をつけて、手を合わせる。

数珠はないが、まあ許してもらおう。

 

「そろそろ帰ろっか」

 

ヨゾラが微笑むと、曾祖母は頷いた。

 

「大祖母ちゃんの故郷に来れてよかった。まあ昔と今じゃ景色は違うだろうけど。ただでさえ近未来都市って言われてるし……」

 

車椅子の後ろに行こうとして、ヨゾラは上を向いた。

 

「空、奇麗だねぇ」

 

快晴だった。曾祖母も釣られて上を向く。

そこで風が吹いた。

ヨゾラたちは見た。空を飛行するマシントルネイダー、そこに乗るアギトとまなかの姿を。

 

「……!」

 

一瞬ではあった。

一瞬でマシントルネイダーは飛び去ってしまったが、ヨゾラは確かにまなかの姿を見た。すると、前にいたあの騎士はきっと翔一だろうと予想する。

 

「ォホンッ!」

 

曾祖母が咳ばらいをした。なるべく声の通りを良くしようとしていたのだ。

彼女は手招きをして、ヨゾラを近づける。

 

「昔の飛行機はね、おっかなかった」

 

「え?」

 

「爆弾を落として、たくさんの物を壊して、たくさんの人を殺した」

 

「……うん」

 

「でも今は、人を乗せて運んでくれる。ヨゾラもきっと修学旅行で乗るよ」

 

「うん」

 

「それにあの飛行機はきっといいものだ」

 

直感で察したものの、間違いではないはずだ。

飛行機と呼んでいいのかも怪しいが、きっとあのマシントルネイダーは何が大きな闇を壊してくれるだろうと思った。

 

「どうしてここに――、見滝原に来たいのと聞いたね?」

 

「うん。気になった。慰霊碑を見てお父さんのことを思い出したの?」

 

「単に、心の声が聞こえたからさ」

 

空に行き止まりはないだろう?

壁はないし、信号もない。それと同じなんだ。

 

もうすぐ私は死ぬだろう。

 

でもまだ生きている。

 

今日もご飯を頂いた。明日も食べるつもりだ。生きるため。

 

鼓動は止まってない。

 

今、空を走り去っていったもののように、私の想いがこの地を望んだんだ。

 

 

 

 

「今ですっ!!」

 

タルトが変身した。

色つきに掴みかかっていたレナとももこは焦げ付き、血に濡れているが、ニヤリと笑った。

アギトをはじめとして、ウォールナッツωは飛び道具を主体とする敵に弱い。

ましてや色つきには爆発的な加速力がある。

なので作戦は単純だ。それに対抗するスピードを出すために見滝原からアギトたちがマシントルネイダーを飛行させて加速していく。

最高速に到達して、さらに減速せずにライダーブレイクを放つことができたら――。

 

しかし、問題はある。

減速してはいけないということは、狙いを正確にしなければならないということだ。

しかし超高速で飛んでいるマシントルネイダーからピンポイントに神浜で戦っている色つきを目指すのは無理がある。

よって、マーカーを作る必要がある。

それがタルトの役割だった。

 

しかしタルトが変身できる時間を考慮すると、アギトたちが出発してからでないといけない。

よって変身できないタルトを近くにとどめつつ、守る役割がももこたちにはある。

多くのダメージも受けたし、ガゼルモンスターの手助けがなければ厳しかっただろうが、結果として時間は稼げた。

 

「意地がある! チャンス逃してたまるか!」

 

ももことレナは頷きあい、色付きを蹴って距離をとった。

色つきは激しい光を感じて思わずうなり声をあげる。

タルトが手を前にかざすと、色付きを照らす光の柱が生まれたのだ。

だが色つきの体は普通ではない。強力な光があったとしても視界は良好だ。目くらましにはならない。

ガトリングをタルトに向けたとき、色付きは感じた。

 

その気配。

見る。マシントルネイダーがすぐそこに来た!

 

アギトの紋章が空間に生まれ、一つ通過するごとにマシントルネイダーは加速し、スピードを上げる。

見滝原から距離があったので、たくさんの紋章を経過していったのだろう。

周りの景色が線となる中で、アギトのクロスホーンが展開した。

さらにまなかの体を中心としてアギトのマークが浮かび上がる。

複合必殺技ユニオンバーストの発動であった。

 

「フッ!」

 

車体が斜めになり、アギトが飛んだ。

 

「火加減は最強で行きます!」

 

アギトが飛び蹴りの体勢をとった時、アギトの足の裏に巨大化したフライパンのプレート部分が張り付いた。

フライパンの底が激しい熱を放つ。

このスピードであったとしても色つきは反応し、ガトリングをアギトに向ける。

さらに口からはレーザーでアギトを妨害しようと試みる。

 

しかしどうだ。

弾丸、レーザー、共にフライパンの底が防ぐ。

ガンガンガン! ジュゥゥウウ! 弾丸や光線を防ぐ音が間近に迫った。

すべては一瞬。刹那である。

陽炎がそこにある。

 

「「ウェルダードブレイカー!!」」

 

「!?!!?!??!」

 

まなかとアギトの声が重なった。

色つきが飛び立つ前にフライパンの底が直撃して色付きは仰向けに倒れた。

というよりは衝撃で叩きつけられた。

体が地面にめり込み、断末魔を上げる暇さえなく大爆発を起こして四散する。

 

「作戦変更! ヒト、ヒト、マル! 至急! 落下爆撃! 開始!」

 

「!」

 

しかしまだ終わってはいかなかった。

ニコは『色つき・戦車』と思われる個体を破壊したという記憶があったらしいが、そういうことかと、まなかたちは理解した。

彼女らが破壊した戦闘機の体は、本体ではなかったのだ。

 

兵隊の姿をした小型の魔獣がパラシュートを広げてゆっくりと降下してくる。

これこそがあの戦闘機の中に潜んでいた色つきの本体であった。

体からは魔獣のエネルギー源である瘴気が噴き出ている。どうやら衝撃で肉体に致命傷を負ったらしい。

なのでヤツは、まなかたちを――、正確には街を巻き込んで自爆するらしい。

小型の体ながらも、怪しげに点滅するダイナマイトのようなものがビッシリと巻かれており、おそらく地面に着地と同時に起爆するシステムのようだ。

 

「させません!」

 

まなかはフライパンを振るう。

柄からプレートが分離されてフリスビーのように回転しながら飛んで行った。

しかしその時、色付きは一瞬で空を滑り、プレートを回避する。

さらにタルトの斬撃も同じように回避し、レナが投げたトライデントも同じように回避した。

空中移動ができてスピードもかなり速いと来た。

そこで魔獣は笑い始める。

 

「争いのエネルギーが、この色つき・戦車に力を与えたもうた! すべてはお前たち人間の起こした戦い! 殺意が原因だ!!」

 

血が溢れ!

憎悪が溢れ!

痛みが零れる!

だが人は今もそれを忘れることができない。

エンターテイメントに昇華し、あるいはそれが生み出した発展に今もなお縋ろうとしている。

 

「それは増悪の形状記憶合金! しかして甘美なる薬物! 繰り返すのだ! 背中を押してほしいならば、この魔獣が押してやろうぞ!!」

 

魔獣はだいぶ陸地に近づいている。

ここでは飛び道具を当てたとしても、倒した際に発生する爆発が陸地に被害を与える可能性が高い。

ましてやどれだけの規模になるか想像もつかなかった。

 

「我が特攻が! 魔獣にまた一つ新たな力と喜びを与えるのだ! おお偉大なるバッドエンドギア! 魔獣よ万歳!!」

 

「ひとつだけ」

 

「むっ!?」

 

まなかが、魔獣をまっすぐに睨んでいた。

 

「それは美味しいんですか?」

 

「ハッ! 何を馬鹿な!」

 

「そうですね。おいしくないに決まってます」

 

まなかは大きく振りかぶい、フライパンを魔獣に向けた。

 

「誰かの美味しいを邪魔しようとするお前たちを! まなかたちは決して許しません! いきましょう! ウォールナッツω!!」

 

「はい!」

「了解です料理長!」

「ああ!」

「んッ!」

 

タルトたちは強く頷き、素早くそのフォーメーションをとる。

 

「完成! ブレイブエシュロン!」

 

まなか、アギト、ももこ、レナで四角形の並びを作り、その中央にタルトが立った。

四人の魔法少女と、一人のサポートで生まれるこの陣形。

魔法陣が生まれ、中央にいるタルトへ四人のエネルギーが流れ込んでいく。

 

「フンッッ!」

 

アギトがベルトのサイドのボタンを同時に押すと、炎が迸り、その姿がバーニングフォームへと変わる。

しかし既に敵にアギトの情報が入っていた。

色つきが叫び声をあげると、全身から真っ黒な瘴気のスモッグが発生して空を覆い隠し、辺りを『夜』に変えてみせたのだ。

 

「太陽がなければこれ以上の強化はできまい! ましてや聖女の変身時間もとっくに限界だ!」

 

魔獣は笑う。

 

「お前たちが無様に怯えていた戦争以上の殺戮を我ら魔獣が齎すことができるのだ! これはその祝砲替わりだ! 醜く死んでいけェエエッッ!」

 

「黙りなさい!」

 

タルトが剣を天にかざすとどうだ、闇を切り裂いて眩い光がアギトを照らす。

それがエネルギーとなり、アギトの装甲が弾け飛んで強化形態への変身が完了した。

 

「たとえ国が変わろうとも、わたしの願い、光を齎すことに変わりはないと知れ!」

 

おお、偉大なるラピュセルよ。

この輝きにて、戦いを終わらしたまえ――!

 

「全ては! 愚かな輪廻を終わらせるために!!」

 

アギト・シャイニングフォーム。

この状態であるとアギトがタルトの魔力負担を肩代わりできるため、タルトのソウルジェムの濁りを軽減することができる。

それだけでなく、純粋に穢れるスピードを遅くできるため、これらによりタルトの変身可能時間が大幅に延長されるのだ。

 

タルトが生み出した旗は、まなかたちの魔力を与えられて形状が変化していた。

より強大となり、先端にはアギトのマークとフルールドリスのマークを合わせた槍がついている。

そのクロスホーンが展開し、エネルギーが集中していく。

 

「ラ・リュミエール!!」

 

まなかが旗をなげた。

回避してやると色つきは意気込むが――

 

「ゴォオオオオオ!」

 

速いなどというものではない。

それはまさに光速。輝きを感じた時には、色付きの腹部に旗の先端が突き刺さっていた。

同時に展開される円形の魔法陣。

それは厚みを帯び、扉を生み出し、バタンと音を立てて閉まった。

円形のバリアの中に色つきは閉じ込められたのだ。

 

「こ、これは――ッッ!」

 

フルールドリスの紋章が輝くそれは、タルトが生み出した魔法結界・天国の門だ。

門には鍵穴があり、今はそこに旗が突き刺さっている。

 

「人はいつかを過ちとし、それを繰り返さぬように想いを紡いでいこうと決めた」

 

「なにぃいい……ッ!?」

 

アギトは腰を落とし、構えをとる。

空中に浮かび上がるアギトの紋章。

 

「あの子のために。あの人のために。その系譜を今も人は胸に抱えている!」

 

アギトが、跳んだ。

 

「それが、未来だ!!」

 

足を突き出す。紋章を通過することでパワーが増幅された。

 

「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

シャイニングライダーキック。

それが旗の石突に直撃した。

 

「ウゴォォォオォオ!」

 

槍がより深く魔獣の体内に侵入する。

さらにアギトは体をひねった。槍が90度、左にズレる。

これはまさに、鍵をかける動作だった。

 

「ウァア゛ア゛アアアアアアアアアアアア!!」

 

ガチャンと音がして、同時に鐘の音が鳴り響く。

門に輝くフルールドリスが、一瞬でアギトのマークに変わった時、門の中では爆発が起こった。

凄まじい衝撃のようだが、爆風はもちろん、ほんの少しの熱さえ門から漏れることはない。

 

二人のユニオンバースト。"ラ・リュミエール・アブニールシャイン"。

門はゆっくりと消滅していき、空にはあまりにも美しい青が戻ったのだった。

 

 

 

 

 

「うまいなぁ」

 

夕方。

少し早いが、たくさんエネルギーを使ったので夕食にすることにした。

教えてもらった親子丼を、ももこは貪り食っている。

 

「レナもそう思うだろ?」

 

レナは無言で頷いた。親子丼をバクバク食っていた。

 

「また食べたくなっちゃうよ」

 

いつかの誰かも、きっとそう思ったに違いない。

それくらい、この親子丼は美味かった。

 

「一つだけ、確かなことがあります」

 

まなかが熱い緑茶を飲みながら言った。

 

「たぶんきっと、あの世にはこの世のものほど美味しいものはありませんよ」

 

「……ああ。かもな」

 

そこでレナが腕を組んだ。

 

「じゃあ一応聞いておいてあげる。明日の晩御飯は?」

 

「明日は津上シェフの担当ですね」

 

「う、うーん。まいったなぁ。決めてないや。タルトちゃんは何が食べたい?」

 

「わたしが決めてもいいんですか! ではジャパニーズポトフ! おでんでお願いします!」

 

「そうだ。お客さんからお米をもらったので、それも炊きましょう」

 

「え? 白米とおでんなの?」

 

「へ? レナもしかして……」

 

「おでんはおかずじゃないでしょ! レナは絶対に無理!」

 

「そんなつれないこというなよレナぁ、価値観、変わるかもよぉー?」

 

「ももこと違ってレナは上品だからそんな食べ方しないの!」

 

「どういう意味だ! っていうか別に品は関係ないだろ!」

 

「タマゴたくさん入れてくださいね! フランスのオペラ座が埋まるくらい!」

 

「おっけー、おっけー」

 

「おっけーじゃありません! ウォールナッツが破産します!」

 

笑い声が聞こえてきた。

テーブルには米粒一つない、綺麗に食べられたあとの丼が五つ並んでいた。

 





とりあえず一旦これでこの作品の更新は止めようと思います。
また本編のほうが進んだり、気が向いたら更新しようかなって感じです(´・ω・)b


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