【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) (藍沢カナリヤ)
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転生
第1話 憲倫くんと憲紀くん


ーーーーーーーー

 

 

最期の記憶は『あの術師』に殺される場面。

 

私は死んだ。

 

残念なことにそれは間違いない。記憶は嘘をつかない。

殺されたことは口惜しいが、悔いはない。加茂家も十分大きくなり、御三家と呼ばれ、呪術界の中枢と言われるまでになった。

せめてもう少しだけそれを見守りたかったが、きっとそれは叶わないだろう。

 

願わくば、加茂家が末長く繁栄していくように。

死にゆく者はそれだけを願うとしよう。

 

そうして、私の生涯は幕を下ろしたーーはずであった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「?」

 

 

 

私の意識は、急にそこに現れた。

 

 

(ここは……どこだ?)

 

 

知らない場所、知らない景色で覚醒したものだから混乱する。辺りを見渡すと、そこはどこかの建物の中のようだった。だが、妙に小綺麗で、どうも落ち着かない。確か西洋ではこのような建築物もあると聞いたが……。

殺されたかと思ったのだが、私はいつの間にか西洋に飛ばされたのか?

混乱したまま、私はよろよろと歩き出す。頭は痛むし、足取りも重い。声を出そうとしても、何故か上手く発声できない。酸素が脳に回っていないのがぼんやりと分かる。

とにかく身体のあちこちが不調を訴えていた。

 

 

「…………」

 

 

目の前の西洋風な扉を開けると廊下が広がっている。そのまま外へ出ようとして、壁に沿って歩みを進めると、廊下の脇に洗面所を見つけた。

そこには鏡。

外の様子よりも、自分の状態を確かめるのが先か。

そう思って洗面所へ向かう。

そして、そこで私は自らの目を疑うこととなった。無理もない。鏡面の下の洗面台は未来的で私の知るものではなかったし、なりよりーー

 

 

「誰だ、この女は……?」

 

 

鏡を見れば、そこに写るのは私自身の姿のはず。

それは不変で、当たり前のはずだった。

だが、そこに写っていたのは、14、5ほどにしか見えない見知らぬ女子だったのだ。

 

 

「…………私、なのか?」

 

 

やっと出せた声も、私のものではない。少なくとも男の声ではないことは混乱した頭でも分かる。

顔を触ると鏡の中の女子も同じように動く。

……いや、ありえないだろう。

そうは思うが、この状況だ。嫌が応にも察してしまう。

そんな術式聞いたこともないが、それでも目の前で、私自身に起こっているこの現象はそう呼ぶしかないであろう。

 

 

「……女に転生している……?」

 

 

そう。

加茂家の呪術師。明治時代の加茂家当主。

私こと『加茂憲倫(かものりとし)』は、年頃の女子に転生してしまったのだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私の目覚めた家らしき場所の玄関から取ってきた新聞によると。

私の生きていた時代からは随分と時が経っているようで、明治の世は平成と呼ばれる年号に変化していた。なにやら来年には更に年号も変わるようで……。

 

 

「信じられんが……事実なのだろうな」

 

 

時代を越えたこと。それを実感するのは簡単だった。

冷気の出る白い箱や逆に熱風の出る機械。中に人が入っている薄い板に、自動で動く掃除用具とおぼしき物。

この部屋の中にあるもののほぼ全てが私にとって見たことも聞いたこともない物体で。勿論、その使い方なども分からない。

正直な話、呪霊などよりもよっぽど怖い。

 

だが、そうして訳の分からない状況で気を張っていたとしても、人間腹は減るもの。私が件の冷気の出る白い箱入っていた唯一分かる代物ーー鶏卵に手を伸ばした時だった。

 

 

ーーピンポーーーンーー

 

「!!」

 

 

何かの機械音が部屋中に鳴り響いた。

咄嗟に音の鳴った方に、呪力を飛ばそうとするが、

 

 

「っ、呪力が練れない!」

 

 

術式はおろか、呪力すら練ることができない。

その事実に打ちのめされかけていると、ガチャガチャと外へと続く扉から音がした。

そして、扉が開く。

そこにいたのは、

 

 

「…………なぜ卵を潰しているんだ」

 

 

私のことを訝しげに見る黒髪長髪で糸目の男。

歳は18かそのくらいか。

この時代に来て、鶏卵の次に見慣れた黒い和服を着てはいるが……。

 

 

「何者だ」

 

「?」

 

 

私の問いに首を傾げる男。

何を言ってるのか分からないが、と前置きをしてから男は事情を説明してくる。

自分は女の従兄弟に当たる人物じゃないか。

いつまで経っても連絡を返さないから心配になったのだ。

少なくとも彼は、私ーーこの女子にとっては敵ではないらしく、敵意や殺意の類いは感じられない。

 

 

「…………」

 

「…………それよりもいつまでそんな格好でいるつもりだ」

 

 

男はそう言って、私から目を反らした。

言われるまで気づかなかったが、この女子はかなりの薄着で薄い布切れを羽織るだけという格好だった。

 

 

「早く何か着ろ。いくら従兄弟とは言え、年頃の女性が妄りに肌を見せるものじゃあない」

 

 

それには同感で、私はその辺りに丸まっていた洋服らしきものを羽織った。これならば、まぁいいだろう。

 

 

「……失礼」

 

「いや……それよりもなんだ、その口調は。何か変なものでも食べたのか?」

 

 

あぁ、そうか。

目の前の男にとって、私は見知った従姉妹のはずだ。そもそも女がこんな口調で話していては変にも思うだろう。

 

 

「失礼いたしました。お恥ずかしいところをお見せして」

 

「…………本当に、どうしたんだ……?」

 

 

ふむ。

どうやらこれも変らしい。

まぁ、時代も変わっているのだから、当然と言えば当然だろう。今は仕方がない。変に思われるだろうが、この口調で通すしかあるまい。

この男には申し訳ないが……あぁ、そういえばまだ名を聞いていなかったな。

 

 

「あの……」

 

「あ、あぁ」

 

「大変申し訳ありませんが……お名前を教えてはいただけませんか?」

 

「……私のか?」

 

「はい」

 

 

会話をしようにも、名前が分からなくてはどうしようもない。

まずは名を知ることから始めよう。

その程度の軽い質問のつもりであった。だが、男から返ってきた答えは、あまりにもーー

 

 

 

加茂憲紀(かものりとし)

 

 

 

「……本当にどうしたんだ、(つぐみ)

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私を『(つぐみ)』と呼ぶ、私と同じ名を持つ男。

彼と出会ったことから、私の第2の人生が始まったのだ。

 

 

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第2話 現状を把握したい憲倫くん

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加茂(かも)(つぐみ)

それが転生後の私の名前らしい。

歳は見立てよりも少し上の16歳。

痩せ形。背は小さめ。ろくに整えられておらず、ボサボサで少々赤みがかった長髪。

恐らく整えればある程度は見れるようになるだろうが、現状は見れたものではない外見をした女子。それが今の私だった。

 

 

加茂(かも)憲紀(のりとし)

私と同じ名をもつ彼は、加茂鶫の従兄弟にして、加茂家次代当主。

つまりは、私の子孫というわけだ。

今の私自身も私の子孫には違いないだろうが、次代当主というのならば、彼の方が血の繋がりは濃いはずである。

術式については、まだ聞けていないが、彼の雰囲気からするにそれなりの術式を持ってはいるだろうことは予想できた。

 

 

……まぁ、それはいい。

私の時ほどではないが、加茂家が繁栄しているのはいいことだ。

だが、ひとつだけ酷い話を聞いた。

それはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「加茂憲倫……呪術史上最悪の呪術師か……」

 

 

なにやら混乱しているようだから今日は帰ろう。

ゆっくり休むといい。

そう言って彼が帰った後、私は部屋でひとり頭を捻っていた。そうもなるだろう。私の名前が何故かそのような不名誉な形で広まっているのだから。

 

 

「…………私は死んだ、はずだろう」

 

 

あの時から150年も経っているのだ。

何があったか詳細は分からない。だが、こうなったのは『あの術師』が関わっていることだけは間違いない。

なぜそんな汚名を着せられているのか。

私が死んだ後、何が起こったのか。

そして、なぜ私はここにいるのか。

 

 

「知りたい」

 

 

知的好奇心。

それが生前の私の原動力であった。それは、引き継がれなかった呪力や術式とは違い、加茂鶫として転生した今も失われていないらしい。

ならば、これからやることはひとつだ。

 

 

「真相を解き明かす」

 

 

そのために私はーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日。

私は早速、加茂憲紀を我が家に呼び出していた。

 

 

「鶫。君も加茂家の人間ならば分かるだろうが、私も暇ではないんだ」

 

「すまない、少年」

 

「少年……? 本当になんなんだ、その口調は」

 

 

そもそも私の方が歳上なんだが。

そう言って、糸目の彼はため息を吐いた。この口調にも慣れてもらわねばならないだろう。

……そうだな。

 

 

「実は記憶喪失になってしまったようでな」

 

「は?」

 

 

唐突なことだったからか、彼は絶句していた。

勿論、これは嘘。昨晩考えた末にたどり着いた設定である。こうしておけば、私がこの少女に転生したことを説明せずとも、色々と知らない理由がつく。

そもそも転生などそれなりに呪術に関して造詣が深いはずの私ですら知らない現象を、目の前の少年が知っているはずもない。それに中身がこの時代では最悪と称される人物というのは、事実はどうであれ、今の私に不利にしか働かないことは確かだ。

 

 

「自分のことはおろか、今の時代のことも何一つ覚えていないのが現状だ」

 

「…………それは……本当なのか」

 

「嘘を言っても仕方がないだろう」

 

 

私の答えを聞き、彼はますます頭を抱えた。どうやら本当に困っているようだった。

まぁ、親類が記憶喪失になったのならば、そんな反応にもなるだろう。少々大袈裟な気もするが……。

 

 

「鶫」

 

「なんだ、少年」

 

「…………覚えていないというのは、来週のこともか?」

 

「?」

 

 

勿論、そんなもの分かるはずもない。

覚えていないと返すと、彼は来週のこととやらを説明してくれた。

 

 

 

「来週の土曜。君には縁談……見合いの予定が入っている」

 

「は?」

 

 

 

今度は私が絶句する番であった。

 

 

「ま、まて……縁談?」

 

「あぁ、名のある呪術師の家との縁談が決まっている。来週はその初回の顔合わせだ」

 

「相手は……男、か?」

 

「? 何を言っている、当たり前だろう」

 

 

これは、まずい。

男との縁談? いや、私は男だぞ?

いや、外見だけは女だが、それでも中身は加茂憲倫、れっきとした男だ。男と縁談、下手をすれば結婚など冗談ではない。

私にそちらの気はない。

 

 

「そ、それを中止にすることは……」

 

「できないな。そもそもこちらから出した話だ。断りでもすれば、加茂家への信用問題だ」

 

「っ」

 

 

加茂家の当主だった者として、繁栄を願った者としてその言葉は耳が痛かった。もしそれが原因で、目の前の少年に何かしらの不利益が生じるのは避けたいことだ。

 

 

「…………」

 

「鶫?」

 

 

覚悟を決めよ、私。

 

 

「……分かった。その縁談、受けよう」

 

 

勿論、男と結婚など御免被る。なあなあにして縁談を流すように立ち回ろう。

なに、私も人生経験は積んできている。そのくらい訳もないだろう。

 

 

「鶫。縁談を受けるのはいいが、その話し方はどうにかならないか?」

 

「う、うむ」

 

「それに今の時代のことを分からないと言ったが、本当に何もかも忘れてしまっているんだろう」

 

「……あぁ」

 

 

私が頷いたのを見て、彼は何点か質問をさせてくれと言って、私に問いを投げ掛けてくる。

 

 

「今の年号は?」

 

「……平成、といったか」

 

「現在の総理大臣の名は?」

 

「総理大臣? なんだ、それは」

 

「昨年、上野動物園で産まれたというパンダの名前は?」

 

「?」

 

「昨年、引退を宣言したという大物歌手は?」

 

「??????」

 

 

私の言葉を聞いて、彼はまたも考え込んでしまう。

 

 

「……このままでは縁談も何もないだろう」

 

 

正直、彼の質問の半分も分からなかった。確かにこの現状では縁談をなあなあにするどころか、現代のことを何も分からない世間知らずで学のない人間として加茂家の格を落としてしまうのは間違いない。

 

 

「仕方がない」

 

 

身内の恥を晒すのは嫌だったが。

彼はそう言って、立ち上がった。

 

 

「どこに行く?」

 

「今日は帰らせてもらう。明日から、ここに数人人を呼ぶが構わないか」

 

「あ、あぁ」

 

「明日までに部屋の片付けと、そうだな。髪くらいは整えておくといい」

 

 

そのまま彼は部屋を出ていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

さらに翌日。

私の部屋に加茂憲紀以外に初めて1人の人物がやってきた。

いや、人物というかーー

 

 

 

「加茂、彼女が例の従姉妹カ?」

 

 

 

ーー私の知らない技術の粋を集めたような人?がそこにはいた。

その人物の姿に目を丸くしていると、加茂憲紀はその人物のことを手を示し、こう紹介した。

 

 

 

「彼は究極(アルティメット)メカ丸(めかまる)。私の学友だ」

 

「よろしク」

 

 

 

もう訳が分からなかった。

 

 

ーーーーーーーー




残念だがBL要素はないぞ?


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第3話 教えてもらう憲倫くん

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「そうダ。ここをクリックしロ」

 

「ふむ。そうすると……おぉ、なんと!」

 

 

かれこれ3時間ほど、メカ丸にいんたーねっととやらを教わっている。どうやら彼は教え方が上手いようで、明治時代の人間である私でも少しだけいんたーねっとが使えるようになっていた。

 

 

「ここである程度の世の中の動向は確認できル」

 

「随分と便利な世の中になったものだ……」

 

 

思わずそんな言葉が漏れる。

私の知る情報網など新聞程度。それがこのいんたーねっとを使えば、いつでもどこでも世の中の最新情報を手に入れることができるというのだから、150年という月日の流れは凄まじいものだと嫌が応にも実感する。

と私の一人言に、メカ丸は反応する。

 

 

「まるで老人の言だナ」

 

 

その言葉に少し心臓が跳ねる。

老人。老いた人間。的を射ている発言だった。

まぁ、転生の事実がバレたからどうこうという訳ではない。だが、加茂憲倫の名はこの時代ではあまり印象がよくないようだから、せっかく知り合った彼に悪く思われるのも考えものだ。

 

 

「記憶喪失など総じてそんなものだ」

 

「本当に不思議な人物ダ」

 

 

そんなやりとりを交わしていると、

 

 

「メカ丸、そろそろ任務の時間だ」

 

 

憲紀が会話に入ってくる。どうやらメカ丸も呪術高専所属のようで、これから2人で任務だという話であった。

 

 

「もうそんな時間カ」

 

「助かった。礼を言う」

 

「いや、俺は何もしていなイ」

 

「謙遜しないでくれ。本当に助かったのだ」

 

「……役に立てたようでなによりダ」

 

 

機会があればまた会おう。

そんな約束を交わして、私は任務に向かうというメカ丸と憲紀を見送った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

2人が部屋から出て、約1時間。

私はいんたーねっとに没頭していた。元々、好奇心は強い方だったから、知識がこうも簡単に手に入るのは気持ちがよいものだった。

 

 

ーーボヤッーー

 

「っ」

 

 

ずっとぱそこんを見ていたせいか、ふと目の疲れを感じた。

 

 

「なるほど。このような弊害もあるのだな」

 

 

軽く目をつぶり、目を休ませる。同時に、その場で上体を倒し横になる。畳とは違い、ひんやりした床がどこか心地いい。

視界を閉じ、横になったまま、考える。

 

 

「加茂家は今、どうなっているのだろうか」

 

 

現在の加茂家は、私が知るあの頃から150年が経過しているはずだ。勿論、私のことを知る人間などいるわけもないが、それでも家屋自体はあの頃のままの可能性もある。

未練がある訳では決してないが、少し懐かしい気分に浸りたい気持ちがないと言えば嘘になる。

 

……そういえば、憲紀から連絡先としてけーたいとやらの番号と加茂家自体の住所を聞いていたな。

確か、玄関先の棚にそれが書かれた切れ端があったはずだ。

 

 

「……行ってみるか」

 

 

私はおもむろに起き上がり、出掛け支度を始めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私の目的地は加茂家本邸。

いんたーねっとで仕入れた情報で、なびとやらを使い、加茂家へ向かう。

部屋から外へ出た途端に、周りの風景のあまりの変わり様に眩暈を覚えたが、なんとか目的地まであと数分まで辿り着いていた。

だが、歩き疲れたせいだろう。無性に喉が渇いていた。

 

 

「冷茶でも飲みたいが……」

 

 

辺りを見渡しても、知らぬ建物ばかりで茶屋らしき建物は存在しない。

 

 

「仕方あるまい」

 

 

私はおもむろに、けいたいでんわを取り出す。どこにいても連絡がとれる。電話とは本当に便利な代物だ。そんな風に感心していると、電話が繋がった。

 

 

『鶫、どうかしたのか?』

 

「おぉ、本当に声が聞こえる!」

 

『…………用件を早く言え。任務中だと言ってあるだろう』

 

「あぁ、すまないな、少年。実は教えてほしいことがあってな」

 

『……?』

 

「茶屋に行きたいのだが、どこにあるかーー」

 

 

ーーブツンッーー

 

 

質問の途中で電話が切れた。

なぜだ? 便利な代物であるが故に何か『縛り』のようなものがあるのか?

首を傾げながらも、もう一度彼の電話番号を呼び出した。

 

 

「………………」

 

 

出ない。なぜだ?

そこから約5分待って、やっと繋がった。

 

 

「あぁ、やっと繋がった」

 

『なんのつもりだ、鶫』

 

「?」

 

『こちらは任務中だとあれほどっ!』

 

「こちらも重大案件だ」

 

『…………はぁ』

 

 

電話の向こうから大きなため息が聞こえ、その後、

 

 

『メカ丸だガ……なにかあったのカ?』

 

 

電話の相手がメカ丸に変わった。

 

 

「おぉ、話が早い。メカ丸、この辺に茶屋はないか? 少々歩き疲れてな、喉が渇いているのだ」

 

『……少し待て』

 

「?」

 

 

30秒ほど待って、けいたいでんわが鳴る。

 

 

「! な、なんだ!?」

 

『お前の携帯に家周辺の喫茶店のリンクを送っタ。あとは携帯からネットに接続して地図アプリを開けばいイ』

 

「先ほど教えてもらった方法だな! 流石はメカ丸だ」

 

『あとはそうだナ……コンビニエンスストアというところに寄ってみるといイ』

 

「こんびにえんす……?」

 

『そちらも地図を送っておこウ』

 

「ありがたい」

 

 

電話の向こうのメカ丸に一礼して、電話を切る。

けいたいでんわの画面を見ると、確かにメカ丸からの情報が数件送られてきていた。

 

 

「……ふむ」

 

 

外見からは全く分からなかったが、メカ丸は本当に親切な男?のようだ。心の中で再度感謝を告げ、私は歩き出す。

まずはそうだな、こんびにえんすとやらに行ってみるとしよう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

1分ほど歩くと、地図が目的地だと告げてくる。

見上げるとそこには青色の看板がある。書かれているのは、日本語ではなく西洋の……確か英語と言ったか。ともかくここがこんびにえんすという場所らしい。

私は恐る恐る歩を進めた。

 

 

………………

 

 

本当に驚くことばかりだ。

私を感知し、自動で開く扉。店内を埋め尽くす品の数々。部屋にあった冷気を出す白い箱の何倍もの大きさを誇るガラス製のそれ。

店内にいる客はおびただしい数の品物の中から、簡単に選び、店員へ渡し、代金を支払っていた。

 

 

「……まるで『領域』だ」

 

 

呪術の極地『領域展開』。

自らの『生得領域』に引きずり込み、必中必殺の術式を放つ奥義。

まるで、このこんびにえんすはそれではないか。

こんな大量の品物の中から選ぶなど、それこそ大量の時間がなければ叶わないことだ。

私は最初から冷茶を買うと決まっていたから助かったようなものだ。何も決めずに入ってしまったら、恐らく今日中には加茂家へ辿り着けなかっただろう。

 

 

「…………ん?」

 

 

冷茶を手にして、店員の元へ持っていこうとしたその途中で、私の視界の端に気になるものが写った。

 

 

「なんだ、この金色の袋は?」

 

 

店員がいる場所の向かい側。そこにその金色の袋はあった。

客の視界にちょうど入るような場所。手に取れと言わんばかりの場所だ。

なにかの罠か?

……いや、それは考えすぎだろう。ここはあくまでも平成の世の茶屋だ。そう考え直し、私はその金色の袋を手に取った。

袋に包まれ、中身は見えないが、恐らく中には食べ物が入っているのだろう。とすれば、この袋に書かれているのは、その中身のはず。

だが、なんだ?

黒色に近い茶色。人が食べることのできる色ではない。このこんびにえんすにはおにぎりや茶など、私でも見たことがあるものも取り扱っていたが、手の中のこれは見たこともない。少なくとも私の生きた時代には存在しないものだ。

 

 

「ふっ、面白い!」

 

 

知的好奇心が刺激される。

この黒色の食物、買ってみようではないか!

 

 

「これらのものを買おう!」

 

 

私は冷茶とその金色の袋を店員の前に設置されている台に叩きつけた。

 

 

「レジ袋はご利用ですか? 一枚3円になります」

 

「レジ、袋……?」

 

「Lチキセール中ですが、ご一緒にいかがですか?」

 

「える、ちき……?」

 

 

ーーーーーー

 

 

後からメカ丸から教わった話だが。

金色の袋の中身、それはごでぃば?チョコレートという食品らしい。

 

とても美味であった。

また食べたい。

 

 

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第4話 落第者共

ーーーーーーーー

 

 

「やっと辿り着けた」

 

 

こんびにえんすでの衝撃的な体験に、しばらく呆然としていた私だったが、どうにか加茂家本邸へ辿り着いた。

 

 

「ここは変わらんな。あの頃のままだ」

 

 

ほぼ変わらないその外形に、懐かしさと安堵を覚える。転生してからずっと訳の分からないまま、知らないものに囲まれていたからか、見慣れた場所を目にして、少々涙腺が緩んでしまう。

 

 

「っ、私も歳だな……」

 

 

こんなことで涙ぐむなど、恥ずかしくて仕方がない。

軽く目を擦ってから、私は加茂家の門を叩いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私を案内したのは、1人の女性だった。女中の1人なのだろうか、私を先導するように歩く。会話はない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

見慣れた長い廊下を進む。流石に当時から変わっている部屋もあるようだが、基本的な作りは変わっていないようだ。確か、この先は客間だったか?

先導する彼女に促され、私は襖の中へ入った。

 

 

ーーピシャッーー

 

「ん?」

 

 

私が部屋に入るのを確認したと同時に、彼女は襖を後ろ手に強く閉じた。先ほどまでの静かな雰囲気とは一転して、彼女の纏う雰囲気が変わる。

怒の感情。それを感じた。

 

 

「……なぜここに来たのですか」

 

「?」

 

「なぜ加茂家に来たのかと言っているのですッ!!!」

 

 

物凄い剣幕で彼女は私に迫る。

 

 

「……何を言っているのだ。私は加茂家の人間なのだから、ここに来てもおかしくはーー」

 

「貴女はここを追い出されたことを忘れたのですかッ!」

 

「追い出された……?」

 

 

待て、そんな話は初耳だ。そんなこと、現当主である彼から聞いていないが……。

 

 

「とぼけないで! 貴女のような出来損ない、見たくもないっ」

 

 

怒鳴り声をあげ、彼女は私の胸ぐらを掴む。

近くで見ると、彼女の目は血走り、私への憎しみに似た感情すら読み取ることができた。だが、同時に間近で見た彼女の顔立ちはどこかで見たことがある。

…………いや、どこかというよりは……。

 

 

「もしや、あなたは加茂鶫の母親、なのか……?」

 

「っ、どこまでもッ!!」

 

 

ーーパシンッーー

 

 

頬を平手で打たれた。

本気で叩いたのだろうが、痛くはない。力を感じなかった。

それほどに弱々しい彼女は、そのまま全体重を乗せ、私を押し倒し、馬乗りになる。

 

 

 

「貴女のような出来損ないのせいでっ! 私は加茂家での地位を失ったのよっ」

 

「相伝の術式を生むようにと期待されたあの人からは見捨てられ、それでもここにしがみついて……」

 

「縁談の話を聞いたときは喜んで貴女を差し出したわよっ、相手はいい噂を聞かない呪術師だとしても、それでも私が加茂家の、あの人の役に立てるのなら喜んで差し出すわッ!」

 

「けれど、それでも私は貴女を見たくもないのよ。なのに、ノコノコとその汚い為りで現れてっ」

 

 

「どこまで私を不快にさせれば気が済むのよ、貴女はッ!!」

 

 

怒号。憎しみ。

母親である彼女からの言葉は私の心には響かない。だが、この体は別なようで。彼女の言葉で、私の体は完全に硬直していた。

やがて、息も苦しくなっていきーー

 

 

 

「貴女なんて、生まなければよかったわッ」

 

 

 

その言葉と共に、私は意識を失った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

次に目覚めたのは、白い天井の場所だった。

ゆっくり体を起こし、辺りを見渡すと、そこはベッドが数台並べられた小さな部屋。病院の一室であることは予想できた。

 

 

「……私は……」

 

 

頭がまたぼやけている。思考がまとまらない。

 

 

 

「目が覚めたか」

 

 

 

病室の入り口に、彼は立っていた。

 

 

「少年」

 

「だから、私の方が歳上だ。少年は止めてくれ」

 

「……憲紀」

 

 

手に小さな籠を持った彼は、そのまま私のベッド脇の小さな椅子に座った。見舞いだと言って差し出した籠の中には、果実が入っていた。

彼の話によると、あの後、意識を失った私は、あの母親と思われる女性から殴られ続け、その騒動に気づいた女中に助けられたという。

 

 

「食欲はあるか?」

 

「……いや」

 

「そうか」

 

 

その会話以降、しばらく沈黙が流れる。

そして、その沈黙を破ったのは、彼の方だった。

 

 

「すまない」

 

 

第一声は謝罪。それが何に対する謝罪なのかはすぐに理解できた。

 

 

「私は加茂家を追放されたのか」

 

「…………あぁ」

 

 

彼曰く。

正妻でありながら、相伝の術式を持たないどころか呪霊を見ることしかできない子を生んでしまったあの女性。つまりは加茂鶫の母親は、鶫が生まれた後、一族から随分と陰口を叩かれ、嫌がらせを受け続け、精神的に追い詰められていったらしい。

鶫を産むときに子宮を失っていた彼女はもう世継ぎを産むことができない。役立たずだと。そんな風に言われ続けた。

そして、鶫が5歳になったその日、彼女は凶行に走った。

 

寝ていた鶫の首を絞め、殺そうとした。

 

運良くそれを女中が発見し、止めたことで、鶫は助かったらしいが、それ以降も事あるごとに母親は鶫を殺そうとしたという。

鶫の命を守るためか、それとも術式を持たない厄介者を追い出すためか、加茂家元当主は、鶫を毎月最低限の資金だけ援助した上で加茂家から追放した。

それが彼から聞いた事のあらましだった。

 

 

「元の当主が生きている間は本当に最低限の資金だったようで、君は日に日に弱っていった」

 

「一時、生死の境を彷徨うこともあったようだ」

 

 

そう言って、彼は目を伏せ、私と視線が合わないようにした。

鶫を追放した当時は当主でなかったとはいえ、次代の当主として思うことがあるのだろう。

 

 

「酷い話だ」

 

「っ」

 

 

ポツリと、そんな言葉が溢れた。

私が繁栄してほしいと願った加茂家がここまでおかしくなっているとは、本当に酷い話だった。

せめて私がもう少し生きていれば、どうにかなったのかもしれないが……いや、どうだろうか。そんなのは、たらればの話だ。私が生きていたとしても、その次の代にはこうなっていたのかもしれない。

 

 

「本当に……すまない。加茂家次代当主として、謝罪することしかできないことも……」

 

「憲紀……」

 

 

その声からは申し訳ないという気持ちが伝わってきて、彼の人柄に少し触れられた気がする。同時に、不思議に思う。

 

 

「なぁ、憲紀。君はなぜ私によくしてくれるのだ?」

 

 

話を聞くに、加茂家内部はどうやら血筋と術式に重きを置くような人間の巣窟らしい。いずれその頭になるであろう彼が、鶫の様子を見に来たり、世話を焼いたりする理由が思い当たらない。

 

 

「…………」

 

「女中のひとりでも寄越せばいいだろうに、君が私を見に来ていた理由はなんだ?」

 

 

私の質問に彼は少し悩んでから、口を開いた。

 

 

「私は正妻の子ではない。元当主と側妻との間に出来た子だ。相伝の術式をもつというだけで嫡男として迎えられた」

 

「…………なるほど。得心がいったよ」

 

 

顔を下げ、私と目を合わせないまま、彼は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「私は加茂家の人間として相応しい振る舞いをしなければならない。母様のために」

 

「本当ならば、加茂家の次代当主ならば、君のような術式をもたない人間を追放するのは利に叶っている。加茂家の繁栄を思うならば正しい判断なのだろう」

 

「だが、君のことを知ったとき、放ってはおけなかった。他人を見ている気がしなかった」

 

「だから、私は…………」

 

 

彼も私と、加茂鶫と同じような立場というわけだ。

その差は術式をもつかどうか。それだけだ。

そのせいなのだろう、彼が鶫を気にかけるのは。

 

 

 

「…………分かった。もういい」

 

 

 

彼の肩に軽く手を置く。

 

 

「……鶫」

 

「もうよい。憲紀の気持ちは十分に伝わった」

 

 

私の死後、加茂家が血筋と術式に固執する家になってしまったことは本当に残念だ。

けれど、不幸中の幸い。

加茂憲紀がいる。彼は良い子だ。

本当に、彼のような優しい人間が加茂家次代当主で本当によかったよ。

 

 

「ありがとう、私は君の存在に救われたよ」

 

 

そう言って、私は思わず彼の頭を撫でる。

幼子をあやすように、そうしてしまった。

 

 

「っ、止めろ。歳上に、次代当主に向かって、何をしているっ!」

 

「おっと、すまない」

 

 

中身は中年男性とはいえ、見た目は加茂鶫。

年下の女子に撫でられれば、年頃の男子ならば照れて当然。これは少し配慮が足りなかった。反省だ。

 

それから私と憲紀は、任務の話や呪術高専での話、他愛のない話をして。

少し、彼との距離が近づいたような気がしたのは、きっと私の気のせいではないだろう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私が転生した理由は全く分からないままだが、そんなことは些末なことにすら感じた。

 

彼の話を聞いて。

私が体験したことを通じて。

私は強く思ったのだ。

 

加茂家の真の繁栄のため、私は加茂憲紀の補助をしよう、と。

 

 

ーーーーーーーー




次回、京都呪術高専入学編スタート!


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呪術高専編
第5話 憲倫くん、髪を切る


ーーーーーーーー

 

 

「いや、無理だろう」

 

 

ある休日。

憲紀を部屋に呼び出し、私の決意を伝えたのだが、それは憲紀に一蹴された。一考の余地もないと言わんばかりの早い否定であった。

だが、私は諦めない。私は憲紀を支えると決めたのだ。そのためには、まずーー

 

 

「いいや、私は必ず呪術高専に入るぞ、憲紀」

 

「だから、無理だ」

 

 

私の決意をまたも一蹴。

憲紀は優しい子だと思ったが、私の思い違いだったのか!?

 

 

「呪術高専への入学は大体が血筋や推薦だ。普通の高校に入学するのとは訳が違う」

 

「ならば、憲紀が推薦すればいいだろう?」

 

「いや、そもそもだな」

 

 

 

「呪力が全くないのだろウ」

 

 

 

私と憲紀の会話に割って入るように、声をあげたのは親切な男・メカ丸だった。

彼も呪術高専所属ということで、私が憲紀に連れてくるよう頼んだのだったが、

 

 

「あぁ、メカ丸の言う通りだ。鶫には呪力がない。そんな人間を呪術高専に推薦などできるわけがない」

 

 

至極尤もな話である。

どうやら呪霊こそ見えるものの、今の私にはおよそ呪力と呼べるものがないようで。だから、あの時ーー憲紀と初めて会った時も呪力が練れなかったのだ。

 

 

「諦めろ」

 

「…………」

 

 

そう簡単には諦められない。憲紀が当主になった時に、加茂家を必ず良い状態で渡すためにも、まずは呪術高専に入り、憲紀を支えなくてはならないのだ。

 

 

「それよりも縁談の話だ。その話し方はともかくとして、その清潔感の欠片もない容姿をなんとかしないといけない」

 

 

でなければ決まるものも決まらん。

憲紀はそう言うと、なにやらけいたいでんわを操作し始める。

そういうことに長けた者を呼んだ。その場ででんわすることなく、誰かをまた呼びつけたようだ。

 

 

「あれはLINEというものダ。文字でメッセージを送ることができル」

 

「ほう。そんなものもあるのか」

 

「近々教えよウ」

 

 

本当に頼りになる男である。ぜひここに常駐して色々と教えてほしいものだ。勿論、そうはいかないだろうが。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

数分後。

我が家へ3人目の来訪者が現れた。

今度は女子である。カッチリとした格好をしており、水色がかった長髪は勿論、斜めに切られた前髪が特徴的な人物であった。

名前はーー

 

 

「わたし、三輪(みわ)(かすみ)といいます。えぇと、貴女が加茂先輩の……?」

 

「あぁ、従姉妹の加茂憲……鶫だ」

 

 

お互いに握手を交わす。

ふむ。呪術師の女性と聞いて多少身構えたが、思っていたよりも普通な娘が来た。

 

 

「それで憲紀、彼女を呼んだのはなぜだ?」

 

「以前、三輪は弟の髪を切り慣れているという話を聞いていたから、鶫のそのボサボサの髪も切ってもらえるかと思ってな」

 

「ふむ、なるほど」

 

「本当はもうひとり、西宮という同級生も呼んだのだが……」

 

「あ、西宮先輩はパスだそうです」

 

 

仕方がない。化粧についてはまたの機会にするか。

憲紀の言葉で得心がいく。

化粧か。そこまでは考えが至らなかった。流石は憲紀といったところか。

 

 

「三輪。早速で悪いが、鶫の髪を切り揃えてくれ」

 

「は、はぁ……いいですけど、わたしがいつも切っているのは弟の髪ですよ? 女の子の髪は自分くらいしか切ったことなくて……」

 

「それでも構わない。このままよりはずっとよくなるだろう」

 

「が、がんばります……」

 

 

私を置いて、勝手に話を進める憲紀。

まぁ、別にそれは構わないが……。

 

 

「メカ丸」

 

「…………なんダ、あまり話かけるナ」

 

「?」

 

 

なぜだろうか。彼女ーー三輪が来た頃から、メカ丸が妙によそよそしい気がする。気のせいならいいんだが……。

 

 

……………………

 

 

「はい、じゃあ、切っていきますね」

 

 

隣の部屋にあった椅子を浴室へ入れ、そこに座った状態で首の周りに長い布を巻かれる。髪を切る時の作法なのだそうだ。

 

 

ーーチョキ、チョキーー

 

 

髪を切る音。これは明治も平成も変わらない。聞き慣れた良い音だ。

少しうとうとし始めた頃、彼女が声をかけてきた。

 

 

「鶫さんは」

 

「鶫でよい。こちらの方が年下だ」

 

 

17だと聞いた。こちらはその一つ下なのだ。しかも、性別の上では女同士。呼び捨てで構わない。

そう言うと、彼女も霞でいい、と返す。

 

 

「鶫ちゃん、記憶喪失なんでしょう。大変だね」

 

「まぁ、多少不便はあるが、憲紀やメカ丸によくしてもらっている。お陰で快適には暮らせている」

 

「……呪術師になりたいとも聞いたけど」

 

「そうだな」

 

 

元々私自身それなりの呪術師ではあったから、正確には呪術高専に通いたいという訳だが、話がややこしくなるからそこまで話すこともないだろう。

適当に相槌を打つ。

 

 

「なんで呪術師になりたいの?」

 

 

髪を切りながら、彼女は質問してくる。

その質問に私は、

 

 

「私は憲紀の力になりたいのだ」

 

「……そっか。仲がいいんだね」

 

「……あぁ」

 

 

それから沈黙が流れる。ハサミの音だけが浴室に響く。

少しして、彼女が口を開いた。

 

 

「加茂先輩のために呪術師になりたい。それはすごく素敵なことだと思う」

 

「でも、呪術師になるなら本当にいいのかって考えた方がいいよ。呪術師にはいつだって死が付きまとってくるから」

 

 

それは勿論、呪術師にとっては当たり前のこと。私も分かっている。事実、一度死んだ身だ。

だが、彼女からしたら、私はただの呪術師に憧れる少女。憧れを否定するようなことを言ったとしても、きっとそれは親切心からくるもので。

だからこそ、気になった。

 

 

「霞はなぜ呪術師になったんだ?」

 

「わたしは……成り行き、かな」

 

「成り行き?」

 

「スカウトされたんです。呪術師にならないかって。わたしの家、貧乏だからお金が稼げるって聞いて飛びつきました」

 

 

才能がある。それは言われても、現実は厳しくて。

死にたくなくて、必死で刀を振り続けた。それで今までどうにか生きてこれた。

彼女は自らのことをそう語った。

 

 

「だから、鶫ちゃんはちゃんと考えてほしい。お姉さんからのお願い」

 

「…………そうか。だが、私の意思は変わらないよ」

 

「……そっか」

 

「自分で決めたことだ」

 

「…………うん」

 

 

頷いた彼女の表情は、目をつぶっていて分からなかった。だが、その心の内に触れた気がした。

優しい娘だ。憲紀といい、メカ丸といい、なぜこうも優しい子が多いかな。

そんなことを考えて、私も自然に微笑んでいた。

……しかし、

 

 

「お姉さんは言いすぎじゃあないか?」

 

「え?」

 

「私は16だ」

 

「ひとつ下!?」

 

 

……………………

 

 

それから1時間ほどをかけて、浴室で霞に髪を切ってもらった。

鏡を見ると、今までのボサボサ髪の少女はおらず、肩辺りまでの長さに髪を切り揃えられた少女がそこにはいた。

ただし、

 

 

「前髪が斜めなのは何か意味が?」

 

「いや、えぇと……」

 

 

後で聞いた話だが、彼女自身自分の前髪を切る時にバランスを取ろうとしてそうなってしまうそう。それに加えて、私と話していたせいもあるらしい。

 

 

「まぁ、いいか」

 

「いいんだ!?」

 

 

ともかく霞のお陰で、視界も良好だ。これで心機一転、憲紀に交渉できるというものだな。

 

 

「というわけで、憲紀、推薦してくれ」

 

「…………何度も言うが、無理なものは無理だ」

 

「加茂先輩! わたしからもお願いします!」

 

「……三輪、鶫に何を言われたか知らないが、そもそも呪力がない人間を呪術師にできる訳がない」

 

「え? 鶫ちゃん、呪力がないんですか!?」

 

 

一転驚く霞。いや、本当に百面相で面白い娘だ。

 

 

「よく見れば分かるだろう。一般人以下どころか呪力のじの字もない。呪力0だ」

 

「…………本当だ」

 

「それでも呪術高専に推薦しろと?」

 

「う、ううむ……」

 

「呪力が全くないのでは、いくら呪霊が見えるとはいえ、呪術師になんて……到底無理な話だ」

 

 

憲紀に言いくるめられ、唸る霞。

まぁ、正直な話、私も半分諦めかけていた。呪力が全くないのでは話にならないのは、私自身も分かってはーー

 

 

「おイ、加茂」

 

 

話が終わりかけたその時、しばらく静かだったメカ丸が口を開いた。

その話は本当か? そう言って食いついてきた。

 

 

「……メカ丸も確認しただろう。鶫に呪力はない」

 

「そちらではなイ。呪霊が見えるという話ダ」

 

「あ、あぁ」

 

 

憲紀の答えを聞いてから、メカ丸は今度は私に向き直る。

呪霊を見たのはいつダ?

メカ丸のその質問で、私は言いたいことを察した。

なるほど、盲点だった。

文献では読んだことがあったが、実物を見たことはなかったから、その可能性は頭から抜けていた。

 

 

「試してみる価値はある」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日、それは証明された。

憲紀とメカ丸、霞の立ち合いの元、私は呪霊を祓ってみせたのだった。

 

 

ーーーーーーーー



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第6話 憲倫くんのお受験

ーーーー呪術高専京都校ーーーー

 

 

「ここに来るのもいつ以来か」

 

 

京都府内にある呪術高専へ私は来ていた。昔は一呪術師としてここに出入りしていたが、今は受験生として来ているとは、人生何が起こるか分からんな。ちなみに、私の隣には今日の引率役として憲紀がいる。

 

 

「久しぶり? 私の記憶が正しければ、鶫はここに来たことはないだろう?」

 

「…………ただの言い間違いだ、気にするな」

 

 

転生前のことを軽々しく口にするものではない。変な勘繰りをされては……いや、別に無理に隠すことでもないとは思うが。

憲紀に話そうかとも思った。ただ、加茂憲倫が史上最悪の呪術師とされている現状では話せば、嫌われる。最悪秘匿死刑もあり得る。なんせ、

 

 

「いいか、鶫。改めて言っておくが、楽巌寺学長は厳格な方だ。加茂家の人間として、言動には注意しろ」

 

「もう耳にタコができる程には聞いた。分かっている」

 

 

ーーーー学長室ーーーー

 

 

「今、なんと?」

 

「術式はない。呪力もない。だが、ここへの入学を希望する」

 

 

私の言葉を受け、楽巌寺学長はこちらを睨む。

なかなかの眼圧。齢70とは思えない程の圧だった。

 

 

「加茂」

 

「……はい」

 

「これはどういうことじゃ。お主が連れてくるといった者ならばと時間をとったが、呪力も術式もない落伍者を連れてくるとは」

 

 

今度は憲紀を睨む学長殿。

 

 

「申し訳ありません。ですが、彼女は私やメカ丸、三輪の前で確かに呪霊を祓いました」

 

「その報告は聞いた。その呪霊が二級相当であることもな」

 

「ならば、一考していただけませんでしょうか」

 

「…………問題はそこではない」

 

 

学長殿はそう言うと、席を椅子から立ち上がる。そのままゆっくりと窓際へ向かながら語る。

 

 

「呪術高専は呪術師の教育機関であると同時に、呪術界の要。そこに転入生がくること自体は悪い話ではない」

 

「じゃが、呪力がない者は話が別じゃ。術式もないのならば尚更の」

 

「っ、ですが、現に東京校では真希がーー」

 

 

「くどい」

 

 

我慢の限界とばかりに、学長殿は憲紀の言葉を遮った。

 

 

「加茂、お前ともあろう者が随分と感情的になっておるが」

 

「っ」

 

「鶫といったか……何をこの娘に拘っておる」

 

「そういう、訳では……」

 

 

既に憲紀には言い返す気力はない。それほどまでにこの老人は強い権力を持っているとでもいうのだろうか。

ともかくだ。

憲紀の顔を立てて黙っていたが、そろそろいいだろう。

 

 

「学長殿」

 

「……なんじゃ」

 

 

ご老人に敬意を払うのは人として当たり前のこと。

そして、呪術界の重鎮だというならば尚更だ。

だが、こちらは御歳150の老人中の老人。ならば、目の前の若造に教えてやろう。

 

 

「手合わせ願おう。貴方を倒せば、私の入学に文句は言えなくなるだろう」

 

「……最近の若者は本当に……年寄りを敬う心も失くしたようで嘆かわしいの」

 

 

ーーーー呪術高専施設内・運動場ーーーー

 

 

「……さて、ここならよいか」

 

 

そう言って、学長殿は黒い箱から何かを取り出した。

楽器……だろうか。

 

 

「加茂」

 

「……はい」

 

「開始の合図をせい」

 

 

憲紀がこちらをチラリと見てくるが、気づかない振りをする。どうやら憲紀は、学長殿にそれなりに信頼されているようだ。これ以上は憲紀への心象を悪くするのは憚られる。

実力で示せば、問題ない。

私が目を合わせないことを悟ったのか、そのまま彼は開始を告げた。

 

 

ーーギュィィィィンッーー

 

 

瞬間、爆音が響き渡る。音の旋律はそのまま衝撃波となってこちらへ向かってくる。

 

 

「!」

 

 

紙一重で避ける。

……なるほど、明治にはなかった術式だ。面白い。

 

 

「まだ、まだっ!」

 

ーーヴヴヴッーー

 

 

更に学長殿はその楽器を掻き鳴らす。音は刃となって飛んでくる。

予備動作が少なく、中距離からの隙のない攻撃。距離を詰めさせない強力な呪術。いい術式だ。

 

 

「ふっ! ほっ!」

 

「言うだけあって悪くない動きじゃ。じゃがーー」

 

 

ーーギャギャギャギャギャッーー

 

 

更に攻撃の速度を上げていく学長殿。そのうちの1刃が私の左腕をかすめた。

 

 

「鶫!」

 

「時間の問題かの」

 

 

どうやらこの術式、呪力の消費は少ないようだった。鳴らし続けば、いずれは私の体力が先に尽きるだろう。学長殿の思惑はそんなところか。

 

 

「本当は呪力切れを起こすまで避け続けるのが平和的だったんだが、仕方がない」

 

ーーグッーー

 

 

足に力を込める。そこへ音の刃が迫り、

 

 

ーーグンッーー

 

「!」

 

 

最小限の動きで捻り、避ける。そして、また地についてから跳ぶ。それを繰り返す。勿論、ただ避けるだけではない。

 

 

「……避けながら、楽巌寺学長に近づいていく!?」

 

 

解説ありがとう、憲紀。

憲紀の言う通り、私は跳びながらも前へ進む。

前へ前へ前へ。攻撃の間隔を変えようと関係ない。今の私ならば簡単に対応できる。

 

 

「…………加茂、ちいと耳を塞げ」

 

ーースッーー

 

 

私の動きを見て、今の攻撃では意味がないことを悟ったのだろう。学長殿はそう言って、一度攻撃を止める。ただそれは一瞬だけ。

次の瞬間には、その攻撃を繰り出していた。

 

 

 

ーーガァァァァァァンッーー

 

 

 

学長殿が手にしていた楽器を破壊した途端に鳴り響く轟音。

それが全方位への波状攻撃であることに気づいた時には、私はその攻撃をもろに受けてしまっていた。

 

 

「鶫!」

 

 

吹き飛ばされた私とそれに駆け寄る憲紀。

それを見て、学長殿はゆっくりとこちらへと歩を進めてくる。

 

 

「ちとやり過ぎたかの」

 

 

私のすぐ側で私を見下ろす学長殿。

ふむ、なるほど。

 

 

 

「こんなものか」

 

 

 

「なッ!?」

 

 

学長殿は軽く飛び起きる私を見て、今までとは違う、明らかに驚愕した表情をしていた。

そんな彼に私は告げる。

 

 

「さて、続きといこうか。学長殿」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

結果的に、私は呪術高専への入学を認められた。

……まぁ、どちらかといえば『監視』といった方が正しいのだろうな。

自らの呪術を破られたという面子よりも、私という未知の脅威を手元に置き、監視する選択をした学長殿は、上に立つ人間としては正しい判断をした。そういう意味では私は彼には負けている。

 

憲紀のためを思えば。

もしや目をつけられるべきではなかったか?

 

いつでも後悔とは先に立たないものだ。

 

 

 

ーーーー加茂鶫の知り得ない会話ーーーー

 

 

「加茂」

 

「はい」

 

「お主の従姉妹……加茂鶫といったか。あの娘の入学を認める」

 

「! ありがとうございます、楽巌寺学長」

 

「ただし、お主が責任をもって監視することじゃ」

 

「……監視、ですか」

 

 

 

「『禪院(ぜんいん)甚爾(とうじ)』を知っておるな」

 

 

 

「禪院家から出奔し、呪詛師となった『術師殺し』と言われていたという人物とだけは聞いています。ですが、鶫と彼になんの関係が……?」

 

「お主の従姉妹の『天与呪縛』は奴の『それ』に限りなく近い。儂はそう見とる」

 

「それは、呪術界にとって脅威になれば、始末しろということですか」

 

「10年ほど前に五条悟の隙を突き、『天元』様の同化を妨害したのがその『禪院甚爾』じゃ。それだけを言えば、皆まで言わずとも理解できるな?」

 

「っ」

 

「よいな、加茂」

 

「……………………はい」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

鶫…【朗報】受かった

 

鶫…(゚∀゚ 三 ゚∀゚)

 

メカ丸…おめ

 

メカ丸…いつから?

 

鶫…明後日から

 

鶫…よろ

 

鶫…ヽ(*´∀`*)ノ

 

メカ丸…そういえば

 

鶫…?

 

メカ丸…縁談はどうなった?

 

鶫…(´・∀・`)

 

鶫…( ゚ー゚)

 

鶫…((( ;゚Д゚)))

 

メカ丸…乙

 

メカ丸…強く生きろ

 

 

ーーーーーーーー




次回、縁談編!


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第7話 男とは死んでも結婚したくない憲倫くん

ーーーーーーーー

 

 

加茂家の繁栄を考えるならば。

早い話、私自身が沢山の子を産めばいい。

 

私には呪力も術式もないが、非術師から呪力や術式をもつ子が産まれる例など数えるほどにあるからだ。

倫理的にはともかく、統計的には5、6人も産めば、1人くらいは相伝の術式をもつ子が産まれるだろう。

 

だが、倫理は以前にーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「男と結婚など死んでも御免だ」

 

 

私は部屋に来ていたメカ丸の前で高らかに宣言した。

体は女。それはもう確認済みである。無論、私自身女性経験もあるのだから、今更年端もいかぬ女子の裸でどうこうは思わん。それが自らの肉体ならば尚更だ。

拾った命だ。それを女として生きることに抵抗はない。

だが、異性ーー男との交際の類いやそれ以上のことなど考えたくもない。

私、中身はおじさん。

 

 

「だが、その我儘が通るわけでもないのだろウ?」

 

 

的確にそこを突くメカ丸。

そうなのだ。私の縁談の相手というのが、何やら名の通った呪術師の家系の人間らしく、加茂家はこの縁談をどうしても通したいらしい。ちなみに、向こうも乗り気だという。

私が言うのもなんだが、霞に髪を切ってもらうまでの私は御世辞にも整った風貌ではなかった。勿論、先方へはある程度整えられた写真を送っているのだろうが……。

 

 

「そんな人間に好印象を抱く者がいるとは……」

 

「どうだろうカ。だが、少なくとも今の姿を見るに、鶫は決して悪い容姿ではないと俺は思うガ」

 

「ん? メカ丸は私のような女子が好みなのか?」

 

「そんなことは……なイ」

 

 

何やらメカ丸の視線が私の前髪の方にいっていた気がするが……気のせいだろう。

 

 

「ともかくだ!」

 

「メカ丸! 私はこの縁談を波風立てずに破談にする!」

 

「私は絶対に結婚などするものか!!」

 

 

「それを俺に言われてモ……頑張れとしか言えないナ」

 

 

頑張れ?

何を他人事のように言っている!

 

 

「いヤ……事実、他人事なのだガ……」

 

「メカ丸と私で、破談にする案を考える! そのために来たのだろう!」

 

「………………」

 

 

土曜日、午後。

私の決意を貫くため、私とメカ丸は共に策を練ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そして、その日はやってきた。

縁談当日、勝負の日である。

 

 

ーーーー京都府内・某料亭ーーーー

 

 

約束の時間から2時間ほど前に、私は現場に入った。

憲紀には、身支度のためと言ったが、真の目的は違う。メカ丸と練った例の計画を実行するためだ。

……とはいっても、メカ丸は最後まで反対していたが。

 

 

「……本当にいんたーねっとは凄いな。簡単に様々な種類の薬が手に入るとは」

 

 

通販という遠隔から買い物ができるいんたーねっとを使い、私はある薬を手に入れていた。その名は睡眠薬。飲んだ人間を眠りに誘うという、呪術顔負けの効果をもつ代物だ。

 

これを飲み物か何かに混入させ、縁談相手を眠らせる。

縁談途中に相手が眠りだしたとなれば、こちらから断る理由を提示できるという算段である。加茂家を馬鹿にしているのか、と。

……加茂家の権威を悪用しているようで若干気は引けるが、背に腹はかえられない。

 

だが、この計画、実のところ一抹の不安がある。

その理由のひとつとして、実際に私も飲んでみた結果、薬の効果がなかったからだ。効果がなくては、ただただ縁談が何事もなく進んでしまう。それが不安なのだ。

ただ、メカ丸曰く、体質によるものではないかとのこと。事実、憲紀には効いた。

だから、薬が効いてくれればいいのだが……。

 

 

……………………

 

 

「しかし、女物の着物というのはこうも動きにくいものなのか……」

 

「止めろ、鶫。着物が乱れる」

 

 

縁談相手を待つ間、隣に控えていた憲紀に注意される。

あと10分ほどで相手が来るはずだから、憲紀の言うことは尤もだ。ただ本当に女物の着物というものは、動きにくいもので。

 

 

「憲紀、これでは2時間も保たんぞ」

 

「黙れ。我慢しろ」

 

 

睨みを効かせる憲紀に辟易としつつも、やがてその時間はやってきた。

障子の向こうに人影が見える。

恐らくその影が私の縁談相手なのだろう。

…………ん?

 

 

「鶫、手筈通り私が障子を開け、迎える。お前はただにこやかにしていろ」

 

 

そう言って、憲紀は私の方へ目を向けたまま障子を開けた。

 

 

 

 

「開けるなッ! 憲紀ッ!!!」

 

 

 

 

気を抜いていた。

その異様な気配が表に出てきた瞬間に私は飛び出していた。だが、恐らくこの慣れない格好のせいで、私は転けた。

だから、

 

 

 

ーービシャァァッーー

 

 

 

私の『縁談相手だった者』が吐瀉した液体を、憲紀だけがもろに浴びてしまったのだ。

 

 

「っ、がぁあァぁぁァァぁあ!?!?!?」

 

「憲紀っ!!」

 

 

液体を浴びた憲紀は悶え転げる。

溶けていたり、燃え上がったりはしていない。酸や石油の類いではない。だが、この苦しみ様は……。

 

 

「呪術かっ」

 

 

治療しようとして、気づく。

今の私では、反転術式はおろかその類いの呪具すら使えない。

 

 

「っ」

 

 

急いで私はけいたいでんわを取り出し、登録してあった番号に電話した。相手は1こーるで出る。

 

 

「メカ丸、憲紀が呪いに侵された! 治療のできる術師を至急ここに呼んでくれッ!!」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

思いがけず私の願いは叶った。

縁談相手は死に、縁談は白紙どころか破棄された。

 

だが、その代償は余りに大きく。

私の大切な友人が呪われてしまったのだ。

 

 

ーーーーーーーー




次回より『伝播呪殺』編スタート!
ひとまず更新頻度は少し落ちます。


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第8話 伝播呪殺ー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

憲紀は一命をとりとめた。

メカ丸がすぐに反転術式が使える術師と人間の状態を留める術式をもつ1年生を派遣してくれたからだ。

もし、それが少しでも遅れていたらと思うと、寒気が止まらなくなる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……………………本当に助かった、メカ丸」

 

 

私は呪術高専の医務室の外に置いてあるベンチに座り、その私を見下ろすように立つメカ丸に礼を言った。

心からの感謝。この恩は一生忘れない。

 

 

「大袈裟だナ。加茂は俺にとっても友人ダ」

 

「憲紀はいい友人をもったな」

 

「…………あまり自分を責めるナ」

 

「っ」

 

 

メカ丸の私の心中を察したような一言。

それは先ほど霞にも言われた言葉だった。だが、それを鵜呑みにはできない。

 

 

「あの時、私は異変を感じ取っていた。だが、動けなかった」

 

「慣れない格好のせいなのだろウ。仕方のないことだと割り切レ」

 

「いや……違うのだ。あの時動けなかったのは」

 

 

弛んでいた。

明治時代、加茂家当主としてのヒリついた空気を常に感じていたあの頃とは違う、友人と笑いあえるこの環境に。

甘えていたのだ。弛んでいたのだ。

 

 

「…………私は……私はっ」

 

「……鶫」

 

 

私の脳裏によぎるのは、あの『光景』。

平成の世では忘れていた。いや、忘れようとしていたあの『光景』だ。

憲紀が私の目の前で呪われたことで、どうしても思い出してしまう。『彼女』を喪ったあの喪失感と絶望。

 

 

「また……なのか」

 

 

私は、また間違えるのか? また大切な人間を自分のせいで失うのか?

私はーー

 

 

 

「これが新入生? ふぅん、陰気臭い顔してるわね」

 

 

負の感情の渦に呑まれかけたその時だった。

女の声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げる。そこにいたのは、今の私より短い黒髪の女性。肩を露にした服を着た女子……恐らく彼女も呪術高専の学生なのだろうが……。

 

 

「おイ、真依」

 

「なによ、もうお通夜みたいな雰囲気を醸してる方が悪いでしょ? 憲紀は生きてるんだから」

 

 

彼女の言う通りではある。現状憲紀は無事だ。

だが、

 

 

「…………私のせいで憲紀は呪われた。その責任を感じてなにが悪い」

 

 

私のそんな言葉を聞いて、真依と呼ばれた彼女は見下したような視線をこちらへ向け、蔑むような口調で続ける。

 

 

「はぁぁ、嫌ね、ぐちぐちと。こんなのが憲紀の従姉妹なんて、憲紀が浮かばれないわぁ。草葉の陰から泣いてるわよ?」

 

「あぁ、まだ死んでなかったわね」

 

 

クスクスと笑う真依と呼ばれた彼女。

気づけば、私は彼女の胸ぐらに掴みかかっていた。

 

 

「痛っ、離しなさいよ」

 

「……あまり、憲紀を馬鹿にするな」

 

「勘違いしないで欲しいのだけれど、私が馬鹿にしてるのはあなた」

 

 

また見下した目。胸ぐらを掴まれたまま、彼女は言う。

 

 

「こんなところで管を巻いてる暇があったら、呪いの正体を探るくらいすればいいでしょう?」

 

「ここで嘆いていて憲紀は喜ぶわけ?」

 

 

「っ」

 

 

その言葉にふと力が抜けた。その瞬間に、彼女の体が地面へ落ちる。

 

 

「痛っ、ホントになんなのよっ」

 

「…………すまなかった」

 

「ふん」

 

 

尻餅をついた彼女へ手を差しのべるも、払われてしまう。それ相応の振る舞いをしてしまったのだからこれも当然か。

だが、彼女は恩人だ。

 

 

「おかげで目が覚めた」

 

 

そうだ。彼女の言う通りじゃないか。

こんなところで塞ぎ込んでいる暇があれば、憲紀の呪いを祓え。それが呪術師の本質だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

憲紀にかけられた呪いを調べる。そのために状況を整理しよう。

件の縁談相手。

彼はそれなりに名の知れた呪術師だと聞いた。確実に人間、その彼から憲紀へ呪いが伝播したという訳なのならば、その類いの性質をもった呪霊に呪われていた。

 

 

「伝播、感染。それに類する術式をもっているということだろう」

 

 

ならば、近づくのは得策ではない。あの液体をかけられれば、術式が発動すると考えられるからだ。

だが、今の私では近づいて祓うしか手段はない。とすれば、自分の呪いへの耐性に賭けるしかないが……。

昔、所持していた自らに呪いをかける呪具。あれを使えば、現状を知ることもできるが、それは無い物ねだりというもの。

ただ今の私には昔にはないものもあるわけでーー

 

 

「真依が酷いことを言ったと聞きました。鶫ちゃん、大丈夫……?」

 

「ありがとう、霞。だが、彼女は的を射たことしか言っていなかった。愚かだったのは私の方だ」

 

「真依も悪い人間ではなイ。叱咤激励だろウ」

 

「その通りだ」

 

 

メカ丸と霞。

昔の私にはいなかった友人という強い味方がいる。これほど心強いものもない。

 

 

「今回の呪霊は、恐らく近接で戦うには厳しい相手だろう。私と霞には相性が悪い。メカ丸、お前が頼りだ」

 

「分かっていル」

 

 

幸いなことに、呪霊の潜伏しているであろう場所は簡単に分かった。憲紀へ呪いが伝播した時に呪霊が活性化したのだろう。術式の行使の瞬間に濃い呪力が観測された場所があるという。

その場所へ向かう途中だったのだが、

 

 

「メカ丸、真依は?」

 

「東堂と共に別の任務に行っているそうダ」

 

「そっか。真依がいたらよかったんだけど……」

 

 

京都校の学生については、聞ける範囲でメカ丸から聞いていたから、霞のその言葉にも納得した。彼女は銃に呪力を込めて攻撃する遠距離型の術師だという。ならば、確かに彼女がいたらもう少し安心できるだろうが。

 

 

「とかく、話はそこまでだな」

 

 

話をしているうちに、その場所の目の前に3人で立つ。

そこはとある廃病院。確かにそこは伝播、感染の術式をもつ呪霊にはお誂え向きの場所だった。

呪力のない私にはその場所から呪力は感じられない。だが、異様な雰囲気は感じ取れる。五感が鋭くなっているからだろう。

 

 

「注意しロ。三輪、鶫」

 

「分かってる」

 

「メカ丸、よろしくね」

 

「……あア」

 

 

横目に2人を見る。先ほどまでの雰囲気はない。

頼りにしているぞ、友人たちよ。

 

 

ーーーーーーーー



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第9話 伝播呪殺ー弐ー

ーーーー京都府内廃病院ーーーー

 

 

技術の進歩は目覚ましいものがある。

明治から平成の世へ至るのに、どれだけ技術は発展したのだろうか。100年ぶりに目覚めた私には想像もつかない。だから、廃れているとはいえ、病院の施設は私にとって目新しいもので。

 

 

「鶫」

 

「ん、なんだ、メカ丸?」

 

「注意力が散漫ダ。気を引き締めロ」

 

 

きょろきょろと辺りを見渡す私は、そんな風にメカ丸から注意を受けてしまう。

好奇心が強いのは私の長所でもあり、短所でもある。気をつけなくてはな。

 

 

「メカ丸、どう?」

 

「この病院全域に呪力が満ちていル。特定は難しいだろウ」

 

「そっか」

 

「どこから襲ってきてもおかしくはなイ。警戒は怠るナ」

 

「うん、分かってーー」

 

 

ーービシャァァッーー

 

「!!」

 

 

私の数メートル先で音がした。

液体が床へ飛び散るような音だった。それが一度ではなく、ニ度三度と複数回聞こえてくる。

これは……。

 

 

「メカ丸」

 

「呪力が濃くなっタ。来るゾ!」

 

 

「『簡易領域』」

 

 

瞬間、霞が戦闘態勢に入る。

『簡易領域』。

霞が展開したのはシン・陰流のそれ。私とメカ丸はすぐにその領域内から離れた。私はそのまま霞の近くで、彼女の補助を。メカ丸は前へ走り出す。

曲がり角。そこに、

 

 

「いたゾ!」

 

 

こちらからは死角になって見えないが、メカ丸の視線の先には目的の呪霊がいるようだった。

 

 

「気をつけろ、メカ丸。そいつの吐いた液体に触れるな」

 

 

呪いが感染する恐れがある以上、メカ丸の体が機械だからといって油断はできない。機械の体を通して、呪いが伝播する可能性は十分考えられるのだから。

 

 

「分かっていル」

 

 

それだけを私に返すと、メカ丸は動いた。

メカ丸の左掌が赤く染まっていく。温度が上昇していることに気づいた時には、

 

 

 

「『大祓砲(ウルトラキャノン)』」

 

ーードゴゴゴゴォォッーー

 

 

 

轟音と共に砲撃を放っていた。

それを見て、霞は『簡易領域』を解き、私とともにメカ丸のところへ駆け寄る。

曲がり角の向こう側。廊下だった場所は地面や天井、左右の壁が抉れており、彼の砲撃の威力を物語っていた。普通ならば、その威力を出会い頭の奇襲、その上逃げる場所のないこの場所で受けたなら、確実に祓えたであろうが……。

 

 

「鶫、三輪。警戒を解くナ。恐らくだガ……」

 

「あぁ、まだ祓えてないだろう」

 

 

呪力は感じ取れないが、感覚が私に告げている。奴はまだいる。

どうやってメカ丸の『大祓砲』を避けたかは分からんが、それを受けても祓えない呪霊となれば、それなりの奴ということになる。

 

 

「『簡易領域』」

 

 

霞も再び術式を発動し、警戒を続ける。勿論、私も意識を研ぎ澄ませ、辺りを探る。さっき一瞬感じた気配の主はいま、どこにいる?

 

 

ーーゾワッーー

 

 

不意に感じる気配。それは背後から。

 

 

「『抜刀』」

 

ーーブンッーー

 

 

霞の『簡易領域』に引っ掛かったようで、その刀が半自動で呪霊を切り裂いた。切られた呪霊は転がり、消滅していく。一瞬見えたその姿はまるで、看護婦のようであった。

近接武器で反撃もなく祓えたのは僥倖だった。

 

 

「まだいる」

 

 

先ほどの呪霊の姿を見て、私の中である仮説が立った。

この呪いは伝播する。しかも、複数体で一個体の呪霊として成り立っている可能性が高いのだ。

つまり、この呪いを完全に祓うにはーー

 

 

「すべての呪霊を祓除しなくてはならないという訳だろう」

 

「それは随分ト……骨が折れル」

 

「でも、加茂先輩の呪いを解くにはこれしかないんですよね」

 

 

霞の問いに頷く。

中遠距離の攻撃ができる術師がメカ丸しかいない現状、状況はよくはない。

だが、憲紀のためだ。すべてを祓って見せようじゃないか。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私たちは既に廃病院内を逃げ回っていた。

無論、戦意喪失というわけではなく、作戦を練り直すために。延々と湧き続ける呪霊相手では、こちらの呪力・体力がもたない。その上触れてはならないという制限に、気力も限界に近づいていた。

 

 

「メカ丸、残りの呪力は?」

 

「まだ大丈夫ダ……といいたいところだガ」

 

「そうか。霞は……聞くまでもないな」

 

 

私は隣を息を切らせながらどうにか走る霞を見て、そう言った。

正直、一番厳しそうなのが、霞だった。彼女が弱いという訳ではない。そもそも『簡易領域』という精神を磨り減らすものを使っているのもあって、機械の体のメカ丸とは違い、この長期戦は生身の彼女には体力的にも厳しい戦いになっている。

 

 

「そういう鶫は随分と平気そうだナ」

 

「…………あぁ、体力も気力も有り余っているよ」

 

 

これが『天与呪縛』による肉体の超強化の恩恵か。

自分でも不思議なほどに疲れていない。勿論、丸腰の私の方が2人よりも戦っていないというのもあるのだろうが。

 

 

「しかし、この病院の構造はどうなっていル?」

 

 

走りながら、メカ丸がふとそんなことを口にした。

構造?

現代の病院とはこんなものではないのか?

そう訊ねると、メカ丸は首を横に振る。

 

 

「走り回ったせいか現在地を特定しにくいガ、少なくともここまで大きな建物ではなかっタ」

 

「そうっ、ですね……外見からはっ高くて3階でしたが……」

 

「アァ、階段を7回は上がっていル。恐らく未完成だろうガ、『生得領域』が展開されている」

 

「……ふむ」

 

 

そうか。

病院とは入り組んだ建物なのかと思っていたが、これは呪霊自身の『生得領域』。

そう考えれば、幾度祓おうと涌き出てくる呪霊にも納得がいく。それほどの呪力をもった呪霊というーー

 

 

 

「ん?」

 

 

 

ふと何かが私の中で引っ掛かった。

何か、それに似た現象を昔、何かの文献で読んだ気がするのだが……。

 

 

「ん、んんん?」

 

「おイ、鶫!」

 

 

 

『けンおォんのォォ、ジカんでスヨぉォオ』

 

 

 

頭の中の情報を無理に引っ張り出そうとしていたせいで、私の意識が一瞬緩慢になる。だから、私のすぐ隣。壁から生えてくるように現れたその呪霊が大口を開けていることに気づくのが遅れたのだ。

 

 

「っ、『簡易領域』っ!」

 

「だめダ三輪! 場所が悪イッ!」

 

 

私が最も壁側を走っていたこともあって、位置的に呪霊を祓うには私ごと攻撃するしかないような位置関係だと知ったのは、実際に攻撃を受けてからのことだった。

メカ丸たちの怒号。だが、その声はーー

 

 

 

ーービシャァァァァッッーー

 

 

 

自らの体に、奴の吐く液体がかかる音で掻き消されてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーー




シリアス書きたい病が再発中


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第10話 伝播呪殺ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

『天与呪縛』によるフィジカルギフテッド。

かつて禪院甚爾が得ていた『それ』は、呪力の一切を持たない代わりにあらゆる呪術への完全耐性を実現していた。

 

そして、その性質の一部は加茂鶫にも受け継がれている。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「まったく、酷い臭いだ」

 

ーーブジュッーー

 

 

攻撃を受けながらも、私は呪霊へ手を伸ばし、奴の腹に風穴を開けた。呪霊はそのまま霧散する。

 

 

「鶫ちゃん!」

「鶫!」

 

 

私の名前を呼び、駆け寄ってくる2人を手で制する。私の様子を見て、2人は察してくれたようで、私から少し離れたところで止まってくれた。

 

 

「大丈夫、なのカ……?」

 

 

メカ丸の言葉に頷く。多少の不快感はあれど、痛みや不調は感じられない。動きに支障もないようだった。

 

 

「どうやら、私にこの類いの呪いは効かんらしいな」

 

 

本当に我ながら不思議だ。呪力も術式も全くないのにも関わらず、呪霊は見えるし、呪霊を攻撃することもできる。その上、呪いへの耐性もあるときている。

『天与呪縛』による肉体の超強化。話としては知っていたが、これほどまでとはな。

それにしてもこれは嬉しい誤算だ。これならば、呪力が消耗した2人に代わって、前線を張ることができる。

 

 

「本当に……大丈夫……?」

 

「ん?」

 

 

今後の戦い方を考えている私に、霞はそんなことを聞いてくる。

 

 

「問題ない。この通りだ」

 

「……本当に?」

 

「あぁ」

 

「……万一、辛くなったら、いつでも言ってください」

 

 

何ができるわけでもないですけど。

そんな風に霞は自嘲気味に笑う。

そんなことはない。その心遣いが嬉しいのだ。そう言って、彼女の頭を撫でようとして止める。なにやら殺気を感じたのは……気のせいか?

まぁ、いい。

 

 

「霞、メカ丸。少し相談があるのだが」

 

「なに、鶫ちゃん?」

 

「この呪霊の対処法をひとつ思いついた。多少危険だが、私を信じて乗ってもらえるか?」

 

 

2人は顔を見合わせた後、静かに頷いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーービシャッーー

 

 

奴らの攻撃は私には通じない。だが、呪いを無効化できる上限量が分からない以上は、極力避けることにした。

戦闘の方針としては、私が呪霊の気を引き、霞が『抜刀』で仕留める形になる。これならば、霞の呪力と体力も最低限で済むからだ。最悪、あの液体が多少かかるのは問題ないだろう。あとは長期戦。祓い続け、その時が来るまで耐えるだけ。

 

 

「霞!」

 

「うん!」

 

ーーブンッーー

 

 

私が伏せたその瞬間に、私の頭上を刀が通り、呪霊を切り裂いた。一見危険な連携だが、ここまで何度もやって、その精度が上がってきている。

 

うむ。

やはり彼女は強い。前に本人から聞いた話だが、シン・陰流の人間がスカウトする程には才能がある。適応能力が高いのだろう。事仲間との連携においては、彼女よりも等級の高いメカ丸や憲紀よりも恐らくその能力については上。

こうして、この戦闘中にも私の動きを先読みし、合わせてくれる。

 

 

「ぜひ一度、彼女の戦闘力を直に知りたいが……」

 

「なにか、言いました!?」

 

「いいや! このまま狩り続けるぞ」

 

「うん!」

 

 

ーーーーメカ丸視点ーーーー

 

 

俺は三輪たちと離れ、ひとりで建物の外へ出ていた。

女子2人を置いていくのは気が引けたが、鶫によればこれは俺にしかできないことだという。

鶫の話を信じるのであれば、恐らくこの辺りーー

 

 

「! あっタ!」

 

 

呪霊がいた建物内よりも圧倒的に呪いの気配が濃い場所。

病院の裏手にあるこじんまりとした建物というほどには大きくはない場所。その中から一際濃い呪力を感じていた。

 

 

「最初の調査段階で見つからなかったのハ、人が建物に入ることで発動する術式だからカ」

 

 

それならば、鶫の話とも辻褄が合う。

鶫の仮説によると。

この呪いの真相は呪霊単体による呪殺ではない。

特定の呪霊がその配下を増やし、呪いの触媒となる人間に伝播させるのではない。本質はもっと別。

 

呪いは、この『建物』自体だという。

 

『建物』自体の呪霊化など、俺には聞いたことのない話だが、鶫はその事例を数件知っており、その対処法も心得ていたようだった。

現状、それ以外に手がなく、ジリ貧になっていくのならばと俺と三輪はその策に乗った。

 

 

「…………本当に彼女ハ……何者なんダ?」

 

 

準備をしながら考える。

憲紀の従姉妹。記憶喪失の少女。呪力のない俺とは真逆の『天与呪縛』。

要素だけは理解できる。けれど、何かその根底に何かがある気がして……いや、今は止めておこう。

ちょうど準備も整った。この雑念ごと吹き飛ばす。

 

 

 

「『三重大祓砲(アルティメットキャノン)』」

 

ーーゴゴゴゴゴゴゴゴッッーー

 

 

 

俺の放った『三重大祓砲』は、目の前の呪力の濃い建物と廃病院の一部を吹き飛ばした。

これでいいんだろう、鶫。

俺は反動で少々がたつく体をどうにか動かして、三輪たちの元へ向かった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

メカ丸の最大火力による砲撃の轟音を聞いた時には、会敵していた呪霊が瞬時に塵と化していた。

どうやら成功したようだ。流石はメカ丸。頼りになる友人だ。

 

 

「終わった……?」

 

「あぁ、メカ丸がキッチリ仕事をしてくれた。これで祓えたさ」

 

「よ、よかったぁぁ……」

 

 

力が抜けたのかその場にへろへろとヘタリ込む霞。先ほどまでの刀を振るう彼女とは大違いの雰囲気である。

 

 

「煤がつくぞ」

 

「あ、うん」

 

 

差し伸べた手をとる霞はそのまま立ち上がり、汚れた服を軽く払う。私もそれに倣い、服を払った。

 

 

「それにしてもよく分かったね。建物自体がひとつの呪霊だったなんて」

 

「偶然知っていただけだ。私なんかの知識でも役に立ってよかったよ」

 

「私なんかって……謙遜なんてしなくていいのに」

 

「いや、逆に霞には助けられた。よく私の動きに合わせてくれた。お陰で随分動きやすかった。才能があるな、霞は」

 

「え、い、いやぁ……それほどでもないですよぉ」

 

 

そんなやりとりをかましつつ、私たちは『生得領域』が解除されたその病院の階層を下がっていく。やがて、病院の入り口の辺りに、人影が見えた。

メカ丸だ。

その姿を見て、私と霞は駆け寄っていくのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

憲紀が生還したことを受けて、加茂家は動いた。

本来ならば、次代当主が呪いに侵されたという話は、御三家にとって汚点以外のことではないんだろう。

だが、呪いをもたらしたのが、それなりに有名だという私の縁談相手の術師だというのだから、多少加茂家の名に傷がつくことは回避できたのだという。

その代わりに、例の縁談相手の彼の家系は、それなりに汚名を着せられたようではあるが……。

 

 

「鶫、すまなかった」

 

 

病室で憲紀は私に頭を下げた。

それは私の台詞なのだが、まだ黙って飲み込む。

 

 

「私が勝手にあんな縁談を組んだせいで、君をあんなことに巻き込んでしまうとは……その上、私の命も救ってくれたという」

 

「謝罪と礼を言わせてくれ」

 

 

大袈裟だ。

私は憲紀の言葉を聞いてそう感じた。憲紀に責任があるというのならば、それは私にもあるものだ。

 

 

「あの時、憲紀が障子に手をかける前に、私は何かを感じ取っていた。嫌な気配だった」

 

「私の瞬発力ならばそれは防げただろう。憲紀を抱きかかえ、回避することすらできた」

 

「その点ですまなかった。私は失敗したのだ」

 

 

お互いに謝る。

これが唯一、後腐れのない終わり方だろう。

……さて、そろそろいいか。

 

 

「おい、もういいぞ」

 

 

そう病室の扉の外へ告げると、扉が開き、数人が入ってくる。

メカ丸や霞、真依。

それからこの間の1年生と魔女のような格好をした見知らぬ少女も。

次々と病室に入ってきて、憲紀と話している。

 

 

「ふっ」

 

 

その光景を見ていたら、つい口が緩んでしまう。

私の死後、腐ってしまった加茂家。

それでも私の子孫である憲紀は、こうして友人に恵まれているのだ。こんなに嬉しいこともあるまいて。

 

 

「何、気味の悪い笑顔を浮かべてるのよ、気味が悪い」

 

 

そんな私の感慨に水を差すのは、彼女・真依。

どうやら私は、気味が悪いを重ねて使われるほどに気味の悪い笑みを浮かべていたらしい。

 

 

「孫を見る年寄りの表情だったわ。なに? その年で枯れてるの?」

 

「…………」

 

 

ふむ。

この間のあれは私を叱咤激励したのだと思ったのだが、どうやら彼女は元々こうらしい。

口がクソ悪い。たぶん人を煽るのが基本になっているのだろうな。

 

 

「…………少しは陰気臭さが抜けたわね」

 

「あぁ、お陰様でな」

 

「あとはその芋臭さが抜けるといいわね」

 

「あぁ、間違いない」

 

 

彼女との世間話を筒がなく終え、再び皆の輪に戻ろうとした時のことだった。

 

 

「ねぇ」

 

 

私は真依に呼び止められた。

振り返り、なにかと訊ねると、彼女は一言だけ答える。

 

 

「あんたに会ってほしい人がいるの」

 

 

ーーーーーーーー



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第11話 憲倫くん、友達のお姉ちゃんを紹介される

ーーーーーーーー

 

 

新幹線。

それは東京と大阪を2時間半で繋ぐ乗り物らしい。

明治にも馬車はあったが、それとは比べ物にならないほどの速度を有している。私には想像もつかない代物だ。

だから、

 

 

ーーーー新大阪駅ーーーー

 

 

「おい、憲紀! まだか! 新幹線はまだか!!」

 

 

新大阪駅と呼ばれる場所で、私の興奮は最高潮にまで達していた。ちなみに、引率は真依と憲紀。憲紀は私の隣で顔を伏せ、真依は私たちから少し離れたところで売店で買った飲み物に口をつけていた。

 

 

「騒がなくてもすぐ来る……だから、少し黙ってくれ」

 

 

いんたーねっとによると、その乗り物はなんと時速300kmを超えることもあるという。そんなものを前に落ち着いていろと?

 

 

「ふっ、技術の粋を集めた代物を前にして、私の好奇心が収まるわけないだろう?」

 

「……頼む。頼むから静かにしてくれ……」

 

 

ーーーー東京駅ーーーー

 

 

新幹線。

なんとも不思議なもので。窓の外は途轍もない速さで景色が流れていくというのに、車内はとても静かで快適そのものであった。

更に車内で珈琲なども注文でき、満足な旅路を送った。

 

 

「いやはや、なんとも楽しい旅だった」

 

「ちょっと、何を終わった気になってるのよ」

 

 

新幹線での一時の余韻を噛み締めていると、真依が呆れ果てた表情でそう言った。

本題はここからなんだけど。

真依はそう言うと、けいたいでんわを操作している。恐らくLINEでメッセージを送っているのだろうが……。少しして返信があったようで、真依は私と憲紀を引き連れて歩き出す。

それにしても、

 

 

「東京か」

 

「どうした、鶫?」

 

 

昔、東京にも来たことはある。だが、150年で随分と様変わりした。

人も物も溢れ返っている。あの頃よりもずっと賑やかで密度も高いはずなのに、人間同士の繋がりのようなものが薄くも感じる。

そんな感想を覚えた。

 

 

……………………

 

 

「ここよ」

 

 

東京駅からしばらく歩いた後、一軒の店の前で真依は立ち止まった。新しい町らしくない、どこか寂れたような店構えの……ここはなんだ?

 

 

「喫茶店だ」

 

「喫茶店……そうか、茶屋か」

 

「茶屋っていつの時代の人間よ」

 

 

明治時代だな。

そんな言葉は飲み込んで、その喫茶店とやらの扉を開けた。

中は落ち着いた雰囲気で、なにやら小洒落た音楽などもかかっている。この店の店主らしき人物は、低いいい声でいらっしゃいとだけ告げる。それ以上は何も言ってこないところを見るに、好きな席へ座っていいということだろう。

さて、どこに座ろうか。そう思って、店内を見渡していた私を置いて、真依は店の奥へと進んでいく。そのまま、店の端の席にたどり着いた。

そこには先客がおり、

 

 

「よう、遅かったな。真依」

 

「チッ、こっちは京都から来てるんだから、迎えのひとつでも寄越しなさいよ」

 

 

そこに座っていたのは、どこか真依に似た雰囲気をもつ人物。いや、似た雰囲気というには……。

 

 

「双子か?」

 

「ご名答。で、真依、こいつが?」

 

「えぇ、憲紀の従姉妹のーー」

 

 

「加茂鶫だ。真依の姉上でいいのか?」

 

「真希だ」

 

 

姉上っていつの時代の人間だよ。

そんな風に笑いながら、彼女と握手を交わす。性格は随分と違うようだが、いつ時代だという真依と同じ反応を見るに、確かに姉妹のようだ。

そのまま、私と憲紀は彼女の向かい側の椅子。そして、真依は真希の隣に座った。

しかし、なるほどな。握手をして、真依が私に彼女を会わせようとした理由が何となく分かった気がする。

 

 

「『天与呪縛』による肉体の強化か」

 

「! おい、真依」

 

「私じゃないわよ!」

 

「いや、真依には聞いていないよ」

 

 

真依にあらぬ疑いをかけてしまったようで、そう弁明する。

 

 

「簡単に言えば、握手をした時の感覚。少なくとも呪力で戦う術師の手ではない。得物に呪力を流して使う術師ならば、掌全体ではなく掌の腹の部分に力が乗るものだ」

 

 

そうではなく、掌に均等に力がかかる握り方をするのは、得物を腕力で降る人間のそれだ。つまり、彼女は今の私と同類。

きっと真依が私に彼女を会わせたのも、それが理由なのだろう。

 

 

「おい、真依。こいつ、何者だ?」

 

「さぁ?」

 

 

私の知識に面食らったようで、真希は私を指差してそう言った。

 

 

「さぁ、って……お前が会えって言ってきたんだろ」

 

「別に……私はメカ丸と霞に言われただけよ。この娘とあんたを会わせてやれって」

 

「へぇ、お前にしては珍しいじゃねぇか」

 

「はぁ? それ、どういう意味?」

 

 

なにやら2人の仲はよくはないようで、言い合いが熱を帯びてきたその時、

 

 

「それで本題なのだが」

 

 

双子の言い合いを待ってたのでは埒が明かない。

そう思ったようで、憲紀がその言い合いに口を挟んだ。すごい胆力である。

 

 

「折り入って真希に頼みがあってきた」

 

「頼み?」

 

 

「彼女ーー鶫とある任務に行ってもらいたい」

 

 

初耳である。

それはどうやら真依も同じようで、目を丸くしていた。

 

 

「ほう? それはまたおかしな話だな。新入生と私みたいな四級術師に任務とは」

 

 

皮肉混じりの返し。だが、彼女の言う通りだ。その上、真希は東京校所属で、私は京都校所属。呪術高専生になったばかりの私でもその不可解さは理解できる。

私たちの困惑を汲み取って、憲紀は早速話を進めた。

 

 

「理由は2点ある」

 

「1点目は、メカ丸や三輪の言ではないが、鶫に呪力のない術師の戦い方を教えてやってほしい」

 

 

憲紀の言いたいことはなんとなく分かった。この間の廃病院での戦闘もそうだったが、私はまだ強度の高い肉体での戦い方に慣れていない。正直、なんとなくで、力任せに戦っている節がある。

その点で彼女は私よりも経験があり、共に任務を受けるならば、学ぶことは多いだろう。

だが、それだけならば、任務に行く必要もない。私が東京に残り、彼女に指導を仰げばいいだけだ。つまり、そうではない理由ーー任務に行く理由があるということで。

 

 

「2点目は……2人に受けてもらいたい任務は、一定以上の呪力をもつ術師では達成できないのだ」

 

 

詳しくはまだ分からないが、私や真希のような呪力のない系統の『天与呪縛』の術師ではないといけない。この系統の術師はそう多くはないのだろう。だから、私と真希なのだ。

 

 

「なるほどな。一応、納得はした」

 

 

憲紀の言葉に、真希は頷いた。

詳しい話は後で補助監督から聞くといい。混み入った話になるからだろう。憲紀はそれだけを告げる。

まぁ、憲紀の言うことだ。私は無条件で飲むことにしよう。

そうして、任務に参加予定の2人が納得して、その話はーー

 

 

 

「納得できないわね」

 

 

ーー終わるかと思われたのだが、予想外の人物ーー真依の介入によって話は続く。

 

 

「納得もなにも、お前には関係ないだろ、真依」

 

「はぁ? こっちはわざわざ遠いところから長時間かけて来てるのよ? それで話はこれだけって……納得いくと思う?」

 

 

ふむ、確かに真依の言うことも一理ある。

これではなんのために真依が来たのか分からない。真希と口喧嘩させるため、そんなわけはないだろう。

その辺りを考えない憲紀ではないだろうが……。

チラリと彼の方へ目を配ると、ひとつため息を吐いてから口を開いた。

 

 

「……真依」

 

「なによ?」

 

「この任務、君にも参加してもらうことになる」

 

「なに? 私がいちゃもんをつけたから仕方なくってことかしら」

 

「そうではない」

 

 

本当は揉めるだろうから、当日まで言う気はなかったのだが。

そう言って、諦めの感情が見え隠れする憲紀は続けた。

 

 

 

「その任務には恐らくもうひとつ必要なものがある」

 

「それが真依。君だ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

こうして、私は双子の姉妹と共に初任務に就くこととなった。

 

しかし、この初任務、多少神経をすり減らしそうである。

……何が原因とは言わないが。

 

 

ーーーーーーーー




この世界線の真依真希の仲は多少まし、なのか?


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第12話 憲倫くんのお節介

ーーーーーーーー

 

 

双子岬。

地元の人間からそう呼ばれる岬があった。高所から海へ突き出した場所で、更にそれが2ヶ所並んでいるという、まさに『双子』の岬である。

そして、そこは自殺の名所と言われており、ここで命を断つ者は必ず番いであるという。それは男女のこともあり、兄弟姉妹や親子の場合もある。

ただし、命を断つのは同時ではなく、番いの片方がここから飛び降りた数日後に、もう片方もまるで誘われるようにここから身を投げる。時間差で襲いかかる呪い。

そのような調査結果が呪術高専に挙がっているらしい。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「だからといって、私らを派遣するのはどうなんだ?」

 

 

現地にて、周辺の調査をしていると、真希はそれを口にした。

その不可解さは呪いが関わっているのは十中八九間違いないだろう。だから、呪術師が派遣されるのは当然の流れ。

真希が言っているのは恐らく、

 

 

「こんな出涸らしと一緒に任務なんて、悲しくなるわ」

 

「……私ら以外にも兄弟姉妹の術師なんていくらでもいるだろ」

 

 

お世辞にも仲がいいとは言えないこの2人を組ませるのは確かにいい判断とはいいにくい。会って間もない私ですら感じるのだ。憲紀にそれが分からないではないだろうが、それでも組ませたのはもうひとつの理由があるからで。

 

 

「派遣された呪術師は悉くその異常を発見できていないというのだから、呪力のない君が派遣されるのは納得といえば納得だ」

 

 

憲紀曰く。

ここに調査に訪れた呪術師の前に呪霊は現れなかったらしい。恐らく呪力をもつ者を警戒して出てこない臆病な呪い。

その類いの呪霊は厄介だ。呪殺よりも自らの生存を優先する。呪霊に生存というのもおかしな話ではあるが。

……それにしても、だ。

 

 

「あの人もあんたを指導役にするなんてよく分からないことするわね」

 

「……まぁ、それには同感だな。指導役なら他にいくらでもいるだろうに」

 

「誰であろうと、あんたよりはマシよね」

 

「否定はしねぇよ」

 

 

この姉妹のやり取りを聞いていると、妙な感覚に襲われる。なんだろうか、仲は確かに悪い。だが、真希と真依の間には互いへの感情に温度差があるような気がしていた。

 

 

「少し聞いてもいいか?」

 

「ん?」

 

 

双子岬の右側を真依が調べているのを見ながら、私と真希が左側へ向かったそのタイミングで、彼女に話を振る。恐らく真依だと話をはぐらかされるだろうと考えたからである。

 

 

「君たちは仲が悪いんだな」

 

「……まぁな」

 

「なぜ仲が悪いんだ?」

 

「……仲の悪い姉妹なんて、いくらでもいるだろ。それと変わらねぇよ」

 

 

勿論、明治も今も仲の悪い兄弟姉妹はいるのだろう。だが、彼女たちのそれは少し違う気がしていた。

だから、なんとなく立ち入った話をしてしまう。これは好奇心というよりはお節介なのかもしれない。

 

 

「私は……あいつに黙って家を出た」

 

 

心当たりといえばそのくらいだ。詳しくはあいつに聞けよ。

そう真希は言った。

家を出た理由とか、真依に言わなかった理由とか。気になることはあったが、私と彼女は知り合って間もない。これ以上聞くのは少々憚られる。

 

 

「失礼した。余計なことを聞いたな」

 

「いや、構わねぇよ。それより呪霊出ねぇな」

 

「あぁ。もしかしたら、この話自体が呪いのせいではーー」

 

 

 

ーーーーーーゾワッーーーーーー

 

 

 

呪いではなく、先に逝ってしまった者の後を追っただけではないか。そう言おうとした時だった。

岬の反対側、真依のいる右側から呪いの気配を感じたのだ。

 

 

「真依!」

 

 

そちらを見ても、真依の姿がどこにもない。

私が判断するよりも早く、真希は駆け出していた。

遅れて私も走り出す。

 

……………………

 

双子岬の右側にて、真依の姿を探す。だが、見当たらない。

なぜだ?

目を離したのは一瞬のはずだ。その一瞬でどこへ消えた?

 

 

「っ」

 

 

呪力を感知しようとして思い直す。そうだ。私には呪力は辿れない。辿るのは気配。そう学んだんだが、昔の癖とは厄介なものだ。

それがない分、真希は早かった。私が気配を探ろうとした時には、すぐへ岬の先端部、崖下へ手を伸ばしていた。

 

 

「真依ッ!!」

 

 

崖下を見ると、真依はそこにいた。岩の突起に指をかけ、どうにか掴まっていた。

 

 

「掴まれッ」

 

 

真希はそう言って手を伸ばすも、真依はその手を掴まない。

意地になっているのか。そうも思ったが、よく見れば真依の遥か下。崖下の岩場に、

 

 

「いた」

 

 

呪霊の姿が見えた。それが恐らく真依の岩に掴まっていない方の手を拘束しているのだ。

……そうか。思えば、ここから身を投げた人間は下の岩場へ衝突し、命を落とす。ならば、その負の感情が溜まるのは崖の上ではなく下。奴のいる岩場こそが呪力の溜まり場という訳か。

 

 

「っ、クソッ!」

 

「真希っ、なにしてっ」

 

「こうでもしないと掴めねぇだろ!」

 

 

真希は身を乗り出して、真依の腕を強引に掴む。本来、『天与呪縛』で身体能力の上がっている彼女ならば、その状態でも真依ひとりを引っ張りあげるのも可能なのだろうが。

 

 

「っ、あの呪霊……馬鹿みてぇにパワーがあって……っ」

 

「……っ、いいから、離して!」

 

「んな訳にいくかよっ!」

 

「掴まれたのは私の落ち度よっ! 放っておいーー

 

 

 

「奴は私に任せろ」

 

 

 

姉妹の言い合いは放っておいて、私は崖下へと身を投げた。

 

 

「はぁ!?」

「おいっ!!」

 

 

姉妹の声を聞きながら、私はそのまま体勢を整え、崖下の岩場へ降り立つ。

 

 

ーースッーー

 

「問題ない」

 

 

足から着地。昔なら折れていたが、今は五体満足。痛みもない。

 

 

『アぁアあァァ?』

 

 

対峙した呪霊から、真依の方へ腕のようなものが伸びているのが見えた。これが双子岬の『正体』というわけか。

上を見上げようとして、止める。女性を下から見上げるのは少々まずいな。

ともかくいくら真希とはいえ、人ひとりを支えるのにも限度はある。ともすれば、私がすべきことはひとつ。

 

 

 

「真希! 君は真依をそのまま掴んでいてくれ」

 

「こいつは私が祓う」

 

 

 

最速でこいつを祓う。

 

 

ーーーーーーーー



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第13話 呪霊祓除RTAを始める憲倫くん

ーーーーーーーー

 

 

ーーギィィィンッーー

 

 

まずは真依へ伸びる腕の破壊を試す。飛び蹴りは命中。だが、破壊できない。

 

 

「っ、まるで鋼鉄だな」

 

 

にも関わらず、一定以上の呪力のある人間の前には姿を現さない。相当に用心深い。故に厄介だ。

術式はなんだ? あの腕か? この呪霊に関する情報が少なすぎる。ならば、これ以上術式を発動される前に叩き潰す。

 

 

「ふんっ!!」

 

ーーバギッーー

 

 

足場の岩を引き剥がし、そのまま投げる。勿論、呪力がこもっていないその攻撃では呪霊に届かない。目的は、それで奴の視界に死角を作ること。

岩の陰に身を隠しながら走る。そして、

 

 

「はぁぁっ!!」

 

ーードゴッーー

 

『グぎゃァぁ!?』

 

 

岩ごと呪霊を蹴り飛ばす。命中。呪霊はそのまま海へ吹き飛んだ。

少しずつではあるが、この体のとこも分かってきた。未だに呪力を通そうとはしてしまうのは早めにどうにかしなくてはいけないが……。

恐らく今の私なら、

 

 

「すぅぅぅ……」

 

ーーボシャッーー

 

 

息を吸い、海へ潜る。肉体の超強化。ならば、肺活量も強化されているはずと思っての行動だったが、この感覚だと正解のようだ。海のなかでも視界は良好。すぐに奴の姿を捉えた。浮かび上がろうとしていた。

 

 

ーーグッーー

 

 

浅瀬の海底を蹴り出し、急浮上。

そのまま、奴よりも早く奴の頭上へ。

 

 

『ギゃあァァ!?』

 

「呪霊でも流石に困惑してるか。奇遇だな、私も私自身に困惑しているよ」

 

 

空中で、体を廻す。

奴が浮上する勢いと私の遠心力。

そこから繰り出されるかかと落としの威力は、

 

 

ーービギビギビギッーー

 

 

呪霊の頭を叩き割るのに十分だった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

岩場へ着地し、一息吐く。これで任務完了と言っていいかな。

 

 

「さて、真依の方は……大丈夫そうだな」

 

 

恐る恐る上を向くと、崖にぶら下がっていた真依はもういない。無事、真希が引き上げたのだろう。あとはこの崖をゆっくりと登ってーー

 

 

『サムいヨさムイよ』

 

「!」

 

 

声。背後からさっきの呪霊の声がした。

振り向くと、奴は音もなく海から上がり、私へ向けてその腕を伸ばしていた。

やられる。そう思い、防御体勢に入ったところで、

 

 

 

ーービュンッーー

 

 

 

何かが上から降ってきて、その呪霊を貫いた。瞬間、呪霊は消滅する。再度、私の頭上、崖上を見れば、そこには人影。髪を後ろでひとつに束ね、眼鏡をかけた彼女の姿があった。

 

 

「弛みすぎだ」

 

「助かったよ、真希」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

任務後に補助監督からの調査で分かった話だが。

双子岬に初めて身を投げた者は双子の姉妹だったという。

 

しかも、妹は崖下の地面に激突し即死だったが、姉の方は遺体が見つからなかった。これは私の考察に過ぎないが、姉は海に落ちて少しの間生きていたのではないか。ただ海に長く浸かっていたため、衰弱死か溺死かで亡くなった。

妹を失い、自分だけがゆっくりと死を実感しながら死んでいく。呪霊はそれを再現していたのだろう。

 

その話を聞いてか分からないが、あの後、真希は私に真希と真依の事情を少しだけ話してくれた。

2人が禪院家で受けてきた仕打ちや2人の幼少時代のこと。

 

「真依の居場所を作ってやらなきゃならないんだ」

 

静かな声で真希はそう言っていた。それを真依に伝えてやればいいという私のお節介には、電話越しで苦笑だけを返された。

 

加茂家の真の繁栄を目指す私。

禪院家に自分の妹の居場所を作ってやろうとする真希。

決して仲のよい家同士ではないが、少しだけ共通点を感じた私は勝手に決意する。

 

何かあれば、必ずこの姉妹の力になってやろうと。

 

それまで私が聞いた真希の想いは、真依には黙っていよう。

そんなことを考えたのだった。

 

 

 

ーーーー呪術高専関係者は知り得ない後日談ーーーー

 

 

「噂を聞いて来てみれば」

 

 

黒の僧衣と袈裟姿の『彼』は呪霊の祓われた後の双子岬から崖下を見下ろし、そう呟いた。その側には、一般人には見ることの出来ない一体の呪霊。

 

 

「ーーーーーーーー」

 

「いや、思念自体は残ってはいるが、もうこの呪霊にそこまでの力はないよ」

 

 

音では理解のできない言語を話す呪霊だったが、その意味を『彼』は理解しているようで会話が成り立っていた。

 

 

「『花御』、頼めるかい?」

 

「ーーーー」

 

 

『花御』と呼ばれた呪霊は『彼』の言葉に頷くと、術式を発動する。足元からゆっくりと木の幹が出現し、それが『彼』らを崖下へと運んでいく。少しして、木の幹は成長しきったのか動きを止めた。

 

 

「さて」

 

 

『彼』は岩場の近くの海面に手をつけると、その中から黒色の球体を取り出した。そして、それをそのまま飲み込む。

 

 

「術式は……使えそうにもない」

 

 

すぐに興味をなくしたようで、『彼』は踵を返す。未だにこの味には慣れないな。そう呟いたかと思えば、ふと足を止めた。

 

 

「ーーーーーーーー?」

 

「いや」

 

 

クククと笑い、『彼』は言う。

 

 

 

「まさかまだ生きているとはね」

 

「加茂憲倫」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第14話 散策を楽しむ憲倫くんと

ーーーー東京駅構内ーーーー

 

 

「うまい!!」

 

 

私は人目も憚らず、叫んだ。

そう。それほどに旨かったのだ。私の人生で一番と言っても過言ではない。

 

 

「くっ、涙が……」

 

 

つい涙腺が緩くなる。

いかんな、もう私も歳だ。こんなことで涙が溢れてしまうとは。

しかし、それほどまでに旨かった。

こんびにで邂逅したちょこれーとの味を知ってから、私はどうも甘党になってしまったらしい。

さらに、この間の真希と真依との任務で東京駅を訪れたことで、私の枷が外れた。つまり、

 

 

「東京駅。ここまでのちょこれーとを出す甘味屋があるとはな」

 

 

そう。

私は東京駅内にて、食べ歩きをしていた。

まぁ、食べ歩きといっても、数件の店内で飲食を楽しんでいるだけだ。

 

 

「多少値は張るが、この旨さには変えられまい」

 

 

ありがたいことに任務を受けることで収入はあるから、こうして値の張る甘味屋での飲食ができる。

平成、なんといい時代だ。

 

 

「あぁ、極上だッ!!!」

 

「あの、お客様……他のお客様のご迷惑になりますので……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

追い出された。悲しい。

しゅんと肩を落としながら歩いていると、ふと気づく。

 

 

「ん?」

 

 

東京へ行くからと憲紀に持たされた鞄がなくなっていた。あのちょこれーとの店に入る前には持っていた……あれ? 持っていたか?

 

 

「なんということだ……」

 

 

ともかく、その事実に震える。

あの中には帰りの新幹線に乗るための金が入っている。その上、金を出し入れできる不思議な機械えーてぃーえむを使うための札もあの中だ。

つまり、今の私はーー

 

 

「一文無し……!?」

 

 

思わず膝から崩れ落ちる。

いや、最悪東京から京都までなら歩いて帰ることもできる。普通の人間ならばともかく、私ならいけるはずだ。今は6月。夏もまだ先だからそこまで暑くもない。多少疲れはするだろうがな。

だが、真の問題はそこではないのだ。

 

 

「……せっかく憲紀に貰った鞄なのに」

 

 

自分の子孫から初めて貰った贈り物。それを失くすなど、人として最低だ。このままでは憲紀に顔向けできないではないか。

しばらくその場から動けなかった。その間、道行く人から変な目で見られていたのは感じていたが、それでもあまりの衝撃に動けない。

 

 

「…………よしっ!」

 

 

一通り自分を責め、落ち込んだ後。

沸々と怒りが沸いてきた。それは憲紀から贈られた私の鞄を盗んだ者への怒りだ。それ相応の仕打ちを与えねばな。

そんなことを考えながら、私は勢いをつけて立ち上がった。

そのせいで、

 

 

ーーバキッーー

 

「いってぇぇ!?」

 

 

私を心配して上から覗き込んでいた彼の顔面に、頭突きをかましてしまったのである。

無論、私は無事だ。『天与呪縛』で底上げされた肉体がある。だが、私を心配してくれた心優しい彼は恐らく……。

私は顔面がぐちゃぐちゃになっている可能性も考慮して、恐る恐るうずくまる彼の顔を見た。

 

 

「すげぇ石頭だな……」

 

 

驚いたことに彼は無事だった。右手で押さえている鼻は多少赤くはなっているが、それだけだ。

 

 

「すまない。少々考え事をしていてな」

 

 

鼻は大丈夫か?

そう訊ねながら手を差し出すと、彼は大丈夫と笑いながらその手をとる。なんとも人懐っこい笑みに、荒んでいた心が和むのを感じた。

 

 

「それでこんな駅のど真ん中でうずくまってたけど、どったの?」

 

 

首をかしげる学ラン姿の彼。どうやら彼は中々のお人好しのようで、初対面の私に何かあったなら手伝おうかとも言ってきた。

鞄を盗まれた後だ。初めてあった人間なんて多少警戒すべきなんだろうが、彼はなんだか信用できる気がしたのだ。

 

 

「実は……」

 

 

……………………

 

 

事情を話すと、それは大変だと返し、なにやらけいたいで何かを検索する彼。そして、私を連れて駅を練り歩く。

 

 

「へぇ、京都から来たんだ!」

 

「あぁ、ついこの間、私用で初めて東京に来てな。通りがかりに見た駅内のすいーつに強く興味を惹かれた」

 

「それでまた来たと。甘いもの食うために、ひとりで来るなんて中々行動力あるんだな。まぁ、そういう俺も野暮用で東京来ただけなんだけどさ」

 

 

確かに言われてみれば、多少訛りのようなものもある気がするか?

そうして、2人で話をして、私たちは駅を出たところの交番とやらに着いた。どうやらここは失くしものや盗難などの届けを出すところで、つまりは明治でいう藩兵による治安維持のようなものか。

それよりも恐らくずっと組織的なものなのだろう。揃いの制服を着た2人の警官が出迎えてくれた。

案内をしてくれたお人好しの彼に促され、私はその2人に状況を話した。駅内に私の鞄についての情報を流して、連絡を待ってくれとのことだった。

 

 

「見つかるといいな、その鞄」

 

 

ニカッと笑う彼。

……あぁ、そういえば名前を聞いていなかったな。助けてくれた恩人なのだ。無事京都まで帰った後、礼をするのに聞いておかねばなるまい。

そう思い、私は彼に名を訊ね、彼はそれに答えた。

 

 

 

「俺?」

 

虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)。えぇと、虎に杖って書いて『いたどり』。珍しい名字だろ?」

 

 

 

彼はまた、人懐っこい笑みを浮かべ、笑った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

2018年6月5日。

その日、私は彼ーー虎杖悠仁と出会った。

その彼が『両面宿儺』の器になると知るのは、また後の話である。

 

 

ーーーーーーーー



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第15話 憲倫くんは祝いたい

ーーーーーーーー

 

 

2018年6月。

特級呪物『両面宿儺』が受肉したという情報が呪術界隈に流れた。

その情報は勿論、御三家である加茂家にも流れてきており、憲紀も次代当主として、なにやらバタバタとしていた。

加茂家としては、受肉体の処分に賛同する立場である。憲紀もそれに賛成しているようであった。

 

ちなみに、加茂家の本家には顔も出せない私がこれを聞いたのは7月に入って約1週間が経ってからで、同時に受肉体が死亡したとの報せを聞いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「大変だったな。お疲れ様」

 

 

我が家へ来ていた憲紀に渋めのお茶を出し、それまでの労をねぎらう。

 

 

「珈琲がいいのだが」

 

「知っているだろう、我が家に珈琲は置いていない」

 

 

珈琲と違い、常備しているちょこれーとを出すと、憲紀は緑茶には合わないだろうと文句を言う。その程度の文句は言ってくれるようにはなったのだ。憲紀との仲も深まり、感慨深いな。

 

そんなことを考えながらも、最近の話をする。憲紀は加茂家のバタバタで、ここのところ高専にも顔を出していなかったので、私が代わりに高専であったことを話すことにしていた。

同級生である新田のこと。

メカ丸や真依、霞のこと。

残念ながら、私は3年生とはあまり交流がないため、肝心の憲紀の同級生のことはあまり話せなかったが、まぁ、それは仕方あるまい。

……あぁ、そうだ。それで思い出した。

 

 

「どうやら明日が三年生の……西宮?の誕生日らしいな」

 

 

どうやら霞が誕生日ぱーてぃを計画しているらしく、真依と話しているのを聞いた。どうやらその3人は仲がいいらしい。

霞や真依とそれなりに仲良くしているからか、私も誘われてはいるが。

 

 

「断ったよ。流石に初対面の人間の誕生会に立ち入るような度胸は私にはない」

 

「そうか。まぁ……西宮は少々気難しいところがある。それがいいだろう」

 

 

折角の祝いの席ならば、私の言動で不快にさせてしまっても申し訳ない。そういうものは仲のよい3人組で水入らずの方がいいに決まっている。

とそこで私はふと疑問に思ったことを口にした。

 

 

「そういえば憲紀」

 

「ん? なんだ?」

 

「お前の誕生日はいつだ?」

 

 

誕生日の話題が出たからというわけではないが、せっかく仲良くしている我が子孫なのだ。それを知っておけば、更に仲良くなれるだろう。

霞が言っていたさぷらいずというのもしてみたい。

…………そう。

何気なくした会話だったのだ。私には決して悪気があったわけではない。

 

 

 

「私の誕生日は先月の5日だ」

 

「ん?」

 

 

 

憲紀の誕生日はもう過ぎていた。

6月5日。つまり、先月に終わっていたのである。

 

 

ーーバァァァンーー

 

「なぜそれを早く言わないっ!!」

 

 

私は思わずちゃぶ台を叩いていた。加減しなかったせいで、ちゃぶ台が割れる。幸いなことに、憲紀に出した湯飲みは、ちょうど憲紀が持っていたようで無事だ。

 

 

「な、なにを!?」

 

「なぜ! いわ! なかった! のだ!」

 

「いや、最近は加茂家の方で忙しかっただろう」

 

「忙しい? そんなものは言い訳にならん!!」

 

 

憲紀に詰め寄る私。激怒である。それはもう怒髪天である。

聞かなかっただろうぅぅ?

そんな言葉は聞きたくない!

 

 

「私はな、憲紀! お前の誕生日を祝いたいのだ!」

 

「私は従姉妹だろう! 家族のようなものだ! いや、家族そのものだ!」

 

 

昔は私も自分の誕生日を祝ってもらったものだ。あの喜びは150年経った今でも覚えている。いつの世も、家族に祝われることはとても嬉しいことなのだ。

 

 

「最近の憲紀が忙しい。それは分かっている。だが、いや……だからこそ、私は祝いたい!」

 

「あ、あぁ……それは、ありがたいことだが」

 

 

私の迫力に若干気圧されたようで、憲紀は引き気味に頷いてくれた。

うむ、分かればよい。

まったく、本当に今の加茂家はどうかしている。憲紀の出自に色々あるのは分かるが、次代当主の生まれた日を祝わないなどあり得ない話だ。私が当主だった頃だったら考えられん。

 

 

「そもそも憲紀も憲紀だ」

 

「な、なんだ?」

 

「なぜその日、言わなかったのだ」

 

 

勿論、当日よりも前であれば色々と準備もできただろうが、自分から言い出すことでもないのは気持ちとしては分かる話だ。だが、それでもその日知らせることくらいなら出来ただろうに。

 

 

「……あの、だな。鶫、言いにくいんだが……」

 

「ん? なんだ?」

 

 

憲紀らしくない、少し言いづらそうな口振りで、憲紀は言った。

 

 

 

「その日、お前は東京へ行っていただろう」

 

「………………」

 

 

 

その瞬間、私の脳は動くことを止めた。更に数秒遅れて、記憶が脳内を駆け巡った。

その日は、そうだった。

 

 

 

「ごめん、憲紀」

 

「いや、私は特に気にしていない」

 

 

 

東京駅で食べ歩きしていたら、憲紀から貰った鞄を盗まれ。

結局、見つからず、あの日知り合った彼からお金を借りて、京都へ帰り。

それを憲紀に言ったら怒られ。

数日間、口をきいてもらえなかったあの『地獄の数日間』の初日ではないか。

 

 

 

「憲紀、私に憲紀を祝わせてください」

 

「お願いします」

 

 

 

それはそれは綺麗な土下座であったと、憲紀はメカ丸に語ったらしい。

 

 

ーーーーーーーー



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第16話 続・憲倫くんは祝いたい

ーーーーーーーー

 

 

「ぷれぜんとを選びに行くのを手伝ってほしい」

 

 

「いいですよ」

「断る理由はないナ」

 

 

翌々日の7月8日。

呪術高専の2年生教室にて、私は霞とメカ丸、そして、真依にそれを頼み込んでいた。

 

勿論、私もただ人に頼むだけではなく、自ら選ぼうとはした。いんたーねっとは便利なもので「家族 贈り物」と調べるだけで、情報は沢山出てくる。そうはもう膨大に。

……膨大すぎたのだ。明治時代を生きてきた私には、ぷれぜんと……贈り物を選ぶのに知識不足で、あまりにも情報が溢れ返っているいんたーねっとでは特定しきれない。

 

そこで、友人を頼るという選択に至ったのであった。霞とメカ丸は二つ返事で了承してくれた。あとは……。

 

 

「私はパス」

 

 

真依はそう言って、ひらひらと手を振る。

 

 

「えー、真依も行きましょうよ!」

 

 

流石は霞。真依相手でも物怖じせず、そんな風に誘うのはメカ丸や私にはできない芸当である。

 

 

「いや、逆になんであなたは行く気なのよ」

 

「へ?」

 

 

予想外の返しに、霞は間抜けな声をあげた。真依のことだから面倒だからという理由だと思ったんだろう。正直、私もそうだと思った。

真依が断った理由はどうやらそうではないようで。

 

 

「明日から楽巌寺学長の付き添いで、東京でしょう?」

 

「あっ!」

 

 

ということらしい。

どうやら東京にあるもうひとつの呪術高専との交流戦とやらの事前打ち合わせのために、楽巌寺学長殿が東京へ向かう。その付き添いで、霞と真依が向かうらしい。あと3年生の東堂っていう先輩も一緒に。

 

 

「はぁ、なんで私が……」

 

「ん? どうしたんだ、真依」

 

「別に」

 

 

少し不貞腐れたように言い放つ真依。霞の方を見ると、真依は行きたくなかったらしいですと小声で教えてくれた。

後から聞いた話だが、真依は例の東堂という先輩に無理矢理ついてくるように言われたらしい。あの真依が素直に従うのは少々不思議に思ったが、まぁそれほどに人望に厚い人物なのだろう。

 

 

「というわけで、鶫ちゃん、ごめんなさい!」

 

「いや、こちらこそ忙しい時期に悪かったな」

 

 

これから明日の準備があるからと2人は去っていった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「……メカ丸は」

 

「俺は何もなイ。付き合おウ」

 

 

本当にメカ丸は最高である。

 

 

 

ーーーーショッピングモール内ーーーー

 

 

とはいっても、メカ丸がそのまま街に出れば、大変なことになる。道行く人からは写真を撮られ、男児からは大人気で行列ができるだろう見た目をしているからだ。

 

 

「なるほど、これがいやほんというものか」

 

『似たようなものダ』

 

 

私は耳に装着するような形のメカ丸の声が聞こえる機械を、メカ丸から渡されていた。それを使えば、メカ丸はここにいずとも会話ができるというわけだ。

 

 

「だが、周りからは変な目で見られないか? 端から見れば、街中で独り言を言っているようなものだぞ?」

 

『今の時代、通話をしながら出歩く人間など珍しくもなイ』

 

 

そう言われると、東京に行った時もそんな人々がいた気がするし、それを気にする人は特にいなかった。なるほど。これも時代の流れか。

そんな風に納得をして、私は歩き出した。

どうやらメカ丸いやほんには、かめら機能もついているらしく、私が提案するものを見て、色々と助言をくれる。

 

 

……………………

 

 

しばらく大型の店舗内を散策して、私たちは買うものの目処をつけることができた。

今のところ自動で珈琲豆から挽き、抽出できる機械を買おうと思う。これならば、珈琲好きの憲紀も喜んでくれるだろう。何より自動でやってくれるというのがいい。忙しい憲紀の手を煩わせずに、なおかつ彼を癒せるのだから、こんなにいいものはないだろう。

 

 

「やはり、贈り物は自らの目で見ないとな」

 

『それは同感だナ。俺はあの体の都合上、どうしても買い物はネットで済まル。こうして、買い物ができるのは新鮮だっタ』

 

 

いい機会になった。そう言って、メカ丸は笑ったように感じた。メカ丸の声は実際には作られた機械音ではある。だが、それでもその中に彼の優しさや暖かさのようなものを感じ取れるのは、不思議なものである。

さて。

 

 

「……メカ丸、少し外すがいいか?」

 

『? どうしタ? なにかあったカ?』

 

「……花を摘んでくる」

 

『……あア』

 

 

一応、私も女子である。メカ丸をその場に置き、私はその場を後にした。

 

 

……………………

 

 

少しして、その場所に戻ってくると、そこにメカ丸はいなかった。あの状態では自分で動けるわけもない。ともすれば、答えはひとつ。

 

 

「また盗まれた!?」

 

 

ーーーー鶫の知り得ない会話ーーーー

 

 

『……なんのつもりダ』

 

 

メカ丸は『彼』に訊ねた。

あくまでもメカ丸は内通者。『彼』らの仲間ではない。だから、こんなプライベートな時まで接触してくるとは思っていなかった。

なにより『彼』は、

 

 

「そう怒らないでくれ。私も彼に興味があってね」

 

『彼……? 誰のことを言っていル?』

 

「あぁ、そうか。今は彼女、だったか」

 

 

『彼』の言っていることはよく分からなかったが、文脈から鶫のことを指しているのは、鶫の事情を知らないメカ丸にも理解できた。

 

 

『京都校には手を出さないという『縛り』を忘れたカ』

 

「手は出さないよ。ただ少し興味があるだけさ」

 

『もし手を出せバーー』

 

「くどい。分かっているよ」

 

 

メカ丸の忠告を一蹴する。『彼』自身、『縛り』の重要性は分かっている。伊達に生き永らえている訳ではないのだ。それを最大限利用した儀式を行おうとしている以上、メカ丸に忠告されずとも分かっている。

だが、

 

 

「加茂鶫。彼女のことは報告になかったね」

 

『…………』

 

「『縛り』を忘れたか?」

 

『っ』

 

 

メカ丸の言葉を『彼』はそのままメカ丸に返した後、クククと意地悪く笑う。さらに言葉を続ける。

 

 

「私は用心深いんだ。1年生とはいえ、彼女も高専側の人間ならば、情報は頭に入れておく必要がある。分かるね」

 

『……あア』

 

「じゃあ、教えてもらおうか。彼女の術式はなんだい? やはり『赤血操術』かな」

 

 

『彼』はそう当たりをつけていた。

双子岬の呪霊いは、僅かに彼女の中身ーー加茂憲倫の呪力が残っていたからだ。明治時代にその身体を乗っ取り、一時は使っていた自分の呪力を間違えるはずもない。

残っていた呪力の量は限りなく少なかったこともあり、ずいぶん弱体化はしているようだが。

そんな『彼』の予想はメカ丸の発言によって、裏切られる。

 

 

『鶫は俺とは真逆の『天与呪縛』……呪力を持たないフィジカルギフテッドの持ち主ダ』

 

 

恐らく東京校の真希よりもずっと呪力は0に近いだろう。

メカ丸の言葉で、『彼』の脳裏にはある人物の顔が浮かんでいた。思考は時間にして5秒。

 

 

「それは少々……厄介な話だ」

 

 

彼の話が本当ならば、計画が狂う可能性がある。手を打たねばならない。

『彼』の顔から笑みが消えた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

メカ丸は返ってきた。交番に届けられていたのである。

心配をかけてすまなイ。

そんなメカ丸にこちらこそごめんと返し、少しだけ気まずい空気のまま、私たちはその日、帰路に着いた。

 

翌日、憲紀に例の珈琲の機械を渡したら、すごく喜んでくれた。

うれしい。

 

 

ーーーーーーーー




シリアス楽しい症候群が……。
今回はコメディをちゃんと書くんだ!!


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交流会編
第17話 東京姉妹校交流会ー前日譚①ー


ーーーーーーーー

 

 

2018年9月19日。

明日から東京姉妹校との交流会があるということで、私たち京都校の面々は東京の呪術高専に向かっていた。

引率は楽巌寺学長と歌姫女史。

そして、参加者はーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「真依真依! 見てください、富士山ですよ!」

 

「止めなさいよ、田舎者がバレるわ」

 

「富士山か。あそこは呪術的にも霊場があって」

 

「加茂君、今、そーいうの聞いてなーい」

 

「メカ丸、録画用の外付けHDDを忘れたのだが、お前のメモリーの容量空いていないか」

 

「いや、東堂。俺にはそういう機能はなイ」

 

 

京都校の皆とともに、新幹線の旅を満喫していた。なんとも騒がしい。だが、それがいい。ちなみに、我が同級生の新田くんは留守番である。

新幹線内の移動販売で買った緑茶をすすりながら、私は京都校の面々を眺める。今日、初対面の東堂と西宮……2人とも3年生だから先輩と呼ぶべきか。そんな2人も交えてワイワイと楽しんでいるのを見ると、なんとも和む。

皆、一癖も二癖もある人物だが、それでもこうした特別な旅は気分を高揚させるものだ。私には少々、眩しい。

 

 

「ふっ、若さとはいいものだ」

 

「なんだか後ろから年寄りの匂いがするわね」

 

 

前の座席から人を煽り倒す真依の声が聞こえた。

 

 

「真依、今の私は寛大だ。真依のそれも若さ故のもの。今を謳歌するといい」

 

「はぁ? 一体何様なのかしーー」

 

 

 

「あっ! 鶫ちゃん、あそこにチョコレートで有名なーー」

 

「ちょこれーと!! 何処だ!! おい、ここで私を降ろせ!」

 

 

 

「はぁ……アホらし」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

東京駅に着くと、女性陣と男性陣に別れて宿へ向かう。

一泊くらいならば、東京の呪術高専に泊まればいいだろうに。そう言ったら、何やら昔、東堂先輩が交流戦を待ちきれずに殴り込みに行ったという事件があったらしく、それ以来、前日は外部の宿に泊まることになったそうである。

ちなみに、宿へ向かうまでは自由行動らしく、

 

 

「どこか寄ってく?」

 

「渋谷に行きましょう、渋谷!」

 

「なんか日比谷に新しくできたのあるみたいだから、私はそこ行きたいかも。鶫ちゃんは?」

 

 

西宮先輩にそんな風に話を振られる。

ふむ。そういえば、東京には何度も足を運んでいたが、基本的には東京駅の中で済ませてしまっていたから、任務で行った双子岬関係以外には街に出たことはなかったな。

 

 

「任せる。色々と今の東京にも興味はあるしな」

 

 

そう返し、3人に任せることにした。私では女子が好きそうな場所は分からない。それならば、3人についていくのが話が早い。

そう思ったのだが、

 

 

「わたしは渋谷で!」

 

「んー、それじゃあ私は日比谷にいこっかなぁ」

 

「そ。じゃあ、別行動ね」

 

 

なんと三者三様。

別れて行動することになってしまった。どうしようか迷っていると、西宮先輩が助け舟を出してくれる。

 

 

「鶫ちゃんはどーする? 誰かについていってもいいし、宿に時間までに向かえば一人で向かってもいいよ」

 

 

ふむ。

ここはどうしようか。

 

霞は渋谷。

西宮先輩は日比谷。

真依は……ん? どこに行く気だろうか?

あとの選択肢としては、直接宿に向かうことだが……。

 

少し考える。結局、私はーー

 

 

ーーーーーーーー




選択肢発生。
アンケートにて。
11月25日アンケート締め切りました。
思ったよりも割れたので、少々考えます。


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第18話 東京姉妹校交流会ー前日譚②ー

アンケートありがとうございました。
三輪ちゃんと渋谷に行きます。
ひとり散策は交流会1日目の後に実行です。


ーーーーーーーー

 

 

西宮先輩の質問を受け、私はーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「鶫ちゃん、ここが渋谷ですよ! 渋谷!」

 

 

私は元々、京都の人間だから東京には詳しくない。150年も経てば尚更、土地勘などあるわけもない。だから、私は霞と一緒に観光地を巡ることにした。

渋谷。すくらんぶる交差点とやらは東京駅と変わらないくらいに、人が大勢おり、人波に酔ってしまいそうになる。だが、純粋な子どものようにはしゃぐ霞の姿を見ていると、そんなこともどうでもよくなってくる。

そうだな、孫を見ている気分か。生きてる間、孫などいなかったが。

 

 

「しかし、霞。渋谷に来たいとは行っていたが、具体的にはどこに行こうとしてたんだ?」

 

「え?」

 

 

そう訊ねた途端に、霞が固まった。これは……。

 

 

「特に考えていなかったのか」

 

「は、はい」

 

 

東京といえば渋谷じゃないですか。

そんな答えが返ってくる。まぁ、別に私は構わないが、それだけで渋谷をあそこまで推していたのは、呪術師の割に世俗的というかなんというか。

 

 

「あれ?」

 

 

少し呆れながら、霞のことを見ていると、彼女はふと私の後ろの方に目をやり、声をあげた。釣られて私もそちらを見るが、特に気になるものはない。

 

 

「どうした?」

 

「あ、えぇと……今、メカ丸がいた気がして」

 

「メカ丸?」

 

「うん」

 

 

思わぬ人物の名前が出た。メカ丸が渋谷の人が大勢行き交う交差点にいるとは考えにくい。この間の買い出しですら、いやほんモードになっていたのだ。

ん? もしや、

 

 

「いやほんモードのメカ丸か?」

 

「イヤホン……そう。なんか誰かの耳についてたような気がして……」

 

「ふむ」

 

 

霞が「誰か」というならば、京都校の人間ではないのだろう。ならば、誰だ? 少々、いや、かなり気になる。

私の中の好奇心が少し疼いてしまっていた。

 

 

「霞、追うぞ! その人物はどちらに行った」

 

「え、えぇ!? わたしの気のせいかもーー」

 

「早くしろ、どこかへ行ってしまってからでは遅いのだ!」

 

 

困惑しながらも、霞は例のメカ丸いやほんの人物が向かったであろう方向を指差した。

よし、行こう。

 

 

……………………

 

 

「あ、いた」

 

 

私たちは霞が見たという人物に追いつくことができた。流石に人違いかもしれないと思ったので、遠目から見ているのだが、

 

 

「あの人、だと思うけど……鶫ちゃん、見える?」

 

「ふむ……」

 

 

よく目を凝らす。ありがたいことにこの体は視力も上がっているようで、少々離れているところからでもその姿は確認できた。

黒の僧衣と袈裟の男。

向き的に顔は見えなかったが、よく見れば耳元に何かをつけているのは分かる。

 

 

「確かに何かを耳につけているな」

 

「まぁ、本当にイヤホンの可能性もあるとは思うけど」

 

「…………」

 

 

…………なんだろうか。

あの人物を見た途端に、私の中で何か嫌な感じがする。少なくとも好意的な感情ではない。それは言語化しにくい感情、感覚だった。

 

 

「もしメカ丸だとしたらメカ丸の知り合いかな」

 

「…………メカ丸の知り合い?」

 

 

とすると、呪術師だろうか。言い方は悪いが、メカ丸に一般人の関係者がいるとは考えにくい。

…………何故だか心がざわつく。気持ちの悪さに思わず俯いた。

 

 

「鶫ちゃん?」

 

「あ、あぁ」

 

「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」

 

 

そう言って、霞は私の顔を覗き込んでくる。その表情は心配の色が色濃く出ていた。それほどに私の顔色が悪いのだろうか。

いや、今は私のことはいい。

 

 

「霞、メカ丸は」

 

「え、あっ……いない」

 

 

例の僧衣の男は少し目を離した隙に、いなくなっていた。そこまで長い間俯いていた訳ではなかったと思ったんだが。

 

 

「霞」

 

「ん、なに? 鶫ちゃん?」

 

「このことはメカ丸には聞かないでもらってもいいか」

 

 

私から聞きたい。

霞は何かを察してくれたのか静かに頷いてくれた。

 

 

「………………」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

少し頭を整理したい。

そう言って、私は霞と別れ、ひとりふらふらと彷徨う。気づけば、私はまた東京駅へと戻ってきてしまっていた。

 

 

「いかんな……どうも頭が痛む」

 

 

メカ丸いやほんの人物。あの黒の僧衣を着た男を見てから、頭の痛みは増す一方だった。

それほどに混乱している。自分の中の言語化できない感覚に。

 

 

「好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ」

 

 

この不調は私自らの好奇心が招いたこと。ならば、知らなければ、追わなければよかったか?

……いや、それはないだろう。私のことは私が一番知っているのだ。私はきっとそれをよしとしない。分からないことは分からないままにはできない。そういう性質だ。

むしろ、なんの目的もなく荷物もちで参加したこの交流会にも意味ができたことを喜ぶべき、なんだろう。

 

 

「東京にいる間に、メカ丸に聞いてみるとしよう」

 

 

メカ丸は私の友人だ。明治から転生した私に、現代の知識を教えてくれた恩人と言ってもいい。そんな友を疑う訳では決してない。

だが、ハッキリさせたいのも事実だ。

 

彼は恐らく何かを隠している。

そして、何かを知っているはずだ。

私はーー

 

 

 

「それが知りたい」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第19話 東京姉妹校交流会ー団体戦①ー

ーーーーーーーー

 

 

昨日、霞と目撃したメカ丸と黒い僧衣の男。

 

その話は今日は置いておこう。なぜなら、今日は東京の呪術高専との交流会ーー団体戦が行われるからだ。

今は、友の応援をするのが筋というものだろう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「負けるなよ! メカ丸! 霞! 真依! 憲紀! 西宮先輩!」

 

 

 

画面ごしに私は吠えた。

 

 

「ちょっと加茂……ええと、鶫。静かにしなさい」

 

「おっと、失礼」

 

 

少々、熱が入りすぎたことを歌姫女史に謝る。

そんな私を厳しい目で睨む楽巌寺学長殿。やはり彼の視線は中々に力がある。私が彼より年寄りでなかったら確実に身がすくんでしまう場面だろう。

 

 

「楽巌寺学長、彼女は……」

 

「気にするでない。あれは加茂家の人間じゃ。ちと変わっておるが」

 

 

そんな楽巌寺学長に話しかけるのは、東京校の学長を務めるという男性。名前は確か夜蛾といったな。かなりの強面で見るからに戦闘向きの呪術師だ。

他には、髪の長い女性。といってもただの長髪ではなく、特徴的な……長い髪を顔の前で三つ編みにしている。彼女も筋肉の付き方を見るに相当の肉体派のようだな。

あとは……。

 

 

「開始1分前でーす。では、ここで歌姫先生にありがたーい激励のお言葉を頂きます」

 

「はぁ!? え……えーっと」

 

 

目隠しをした白髪長身の男性。歌姫女史をおちょくるような態度。おおよそ教員とは思えない雰囲気の人物だ。

たった今も自分から振っておいて、歌姫女史の挨拶をぶった切って交流会の開始を宣言するという鬼畜の所業をしている。彼は私が見てきた術師の中でも、なかなかいい人格をしてらっしゃる。

 

だが、そんなことがどうでもよくなるくらいには強い。ここにいる誰よりも、圧倒的に強い。

呪力の感じ取れない私でもハッキリと分かる。それほどに彼の気配は異様なのだ。

 

 

「さて、おじいちゃん。その子は?」

 

 

勝手に交流会を開始させたその男性は、楽巌寺学長に訊ねた。彼の態度には畏敬の念は欠片も感じない。

 

 

「加茂家の者じゃ。今日は荷物持ちで同行させておる」

 

「なるほど、保守派らしい御付きではあるね。さて……」

 

 

品定めをするように、彼は私の体を見る。じろじろと見られるのはあまりいい気分はしない。中身は中年男性とはいえ、外見は未成年の女子なのだから尚更である。

 

 

「ふーん、その割には……」

 

「?」

 

 

なんだろう。含みのある笑いをされたのだが……。

人の神経を逆撫でするのが上手いのだろう。楽巌寺学長殿も歌姫女史も彼の態度に苛立っているようであった。

敵には回したくないが、敵の多そうな男だ。

先ほどもーー

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

私たちを待たせていたその男は何か巨大な箱を台車に乗せて現れた。どこかの外国の土産を我々京都校の面々に渡し、東京校の皆には別のものを用意していると告げる男。

 

 

「故人の虎杖悠仁君でぇーっす!!」

 

 

中から出てきたのは、いつか東京駅で私を助けてくれた虎杖悠仁であった。

そうか。彼も呪術師だったのか。呪術師の絶対数は少ないのだが、存外世間も狭いものだな。そんなことを考えていると、先ほどまでは穏やかだった楽巌寺学長殿が声をあげる。

 

 

「『宿儺』の器!? どういうことだ……」

 

「楽巌寺学長! いやぁ、良かった良かった。びっくりして死んじゃったらどうしようかと心配しましたよ」

 

「糞餓鬼が」

 

 

そのやり取りだけでこの2人の関係性が分かる。

憲紀から多少は聞いていたが、保守派筆頭の楽巌寺学長とは相容れない存在のようだな、彼は。

……って、ん? 『宿儺』の器……?

 

 

「憲紀」

 

「ん、なんだ?」

 

「彼が件の死んだという『宿儺』の器なのか?」

 

 

私の質問に頷く憲紀。憲紀も写真でしか見たことはないとは言ったが、確かに彼は『宿儺』の器であるという。

 

『両面宿儺』。

その名を知らぬ呪術師はいないだろう。

今から千年以上前の呪術全盛の頃に実在した呪詛師ーー呪いの王。死してなお20の指の死蝋は呪物として残り、破壊することも祓うことも叶わない。それほどまでに強力な『化物』。

生前、というか転生前に私も現物を一度見たことがあったが、それの放つ禍々しいあの呪力は到底忘れられるものではない。

まさかその『宿儺』を抑え込める器が、

 

 

「あの時の彼だとは思わなんだ」

 

 

ーーーー回想終了ーーーー

 

 

この目隠し男のおかげで、その後の京都校のミーティングでもさらに一波乱あった。

楽巌寺学長殿が虎杖の抹殺を指示したこと。東堂先輩が何故かいきなり暴れ、その場から出ていったこと。正直、虎杖の抹殺については私も一言物申したかったが、憲紀から余計なことを言うなと釘を刺されている手前、その場で余計な話は出せなかった。加茂家の次代当主は憲紀なのだ。それは立てるべきであろう。

それはともかく、だ。

 

 

「それよりさっきからよく悠仁周りの映像切れるね」

 

「動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのは疲れるし」

 

「えー、本当かなぁ」

 

 

この場所の壁一面に映されている映像はどうやら彼女ーー冥冥の術式に関係するものらしい。だが、白髪男の言うように、虎杖周りの映像が妙に途切れるのには、少々作為的なものを感じる。恐らく楽巌寺学長殿の仕業だろうな。

ともかくここからでは彼の周りの様子を確認することはできなさそうだな。どうなっているかは自分の目で見ておかなくてはな。

彼には恩がある。それを仇で返すわけにもいかない。

それに状況がずいぶん動いている。そろそろ私が動いても目立たないだろう。

 

 

「……さて」

 

「鶫? どこ行くの?」

 

「いや、少々花を摘みにな」

 

「そう。ここ、迷いやすいから気をつけなさいよ」

 

「あぁ」

 

 

歌姫女史にそれだけを答え、私はその部屋を出た。 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私のやることは3つ。

1つ目は、虎杖の抹殺を阻止すること。

2つ目は、パンダに敗れ、動けないメカ丸に接触し、例のことを聞き出すこと。

そして、3つ目は、憲紀を叱りつけることだ。

 

まずはその優先順位を考えよう。

京都校全員襲撃による虎杖殺害は東堂先輩により避けられた。だが、あの学長殿のことだ。何か手は打ってあるのだろう。

……それには悲しいことに憲紀も噛んでいるはず。学長殿があの場で手を下すことはできないと考えると、実行役は恐らく憲紀。

メカ丸はどちらにせよあの場からは動けないのだ。

ならば、私が優先すべきはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

高専の校舎内。

私が感じた気配の主は、ちゃんとその場にいた。ツンツン髪の……確か、伏黒君と対峙していた。

せっかくの団体戦で、若い術師同士が互いを高めているのを邪魔するのは、正直気が引ける。だが、私も加茂家の元当主として言わなければならないことがあるのだ。

 

 

「……すぅ」

 

 

おもいっきり息を吸い込んで、

 

 

 

「のーりーとーしーッ!!!」

 

 

 

私はその名を呼んだ。

 

 

ーーーーーーーー



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第20話 東京姉妹校交流会ー団体戦②ー

ーーーーーーーー

 

 

「のーりーとーしーッ!!!」

 

 

「「!?」」

 

 

私の大声に憲紀だけでなく、伏黒君もこちらを注視した。『天与呪縛』で肺活量も底上げされている私の全力の叫びだ。これで気づかぬ者はいないだろう。

戦いを中断し、憲紀はこちらへ向き直った。

 

 

「なんの真似だ、鶫」

 

 

そう問いかける憲紀の雰囲気はいつもの、我が家にいるときのものとは違う。ヒリついた冷たい気配。

目の前にいるのは加茂家次代当主としての憲紀だ。

 

 

「なんの真似? それは私の台詞だ」

 

「? 何を言っている」

 

「決まっているだろう。虎杖の殺害の件だよ」

 

「…………」

 

 

そう言うと、憲紀は鋭い眼光をこちらへ向けた。口を出すなということだろうが、

 

 

「彼には恩があるのだ。憲紀にも話しただろう。彼は私にお金を貸してくれた」

 

「……それとこれとは話が別だ」

 

「それに憲紀や京都校の皆はまだ彼のことを知らないのだろう?」

 

「知る必要などない」

 

 

一蹴。知る必要などない、ね。

 

 

「彼の本質はきっと善性だ」

 

「………………」

 

「このまま、何も知らないまま彼を殺してしまったのならば……きっとお前は後悔する」

 

「………………」

 

 

私の言葉を受け、憲紀はしばらく沈黙する。時間にして10秒弱。それから憲紀は私に背を向け、一言、私へ言葉を返した。

 

 

「虎杖悠仁は『両面宿儺』を宿している。私は呪術規定に基づき、彼の死に賛成しているだけだ」

 

「話はもうない。早く学長の元へ帰れ、鶫」

 

 

もう話す気はないということなのだろう。

私に背を向けた憲紀は、伏黒君に向かい、構え直した。

 

 

「……なるほど」

 

 

憲紀の意見はよく分かった。ならばーー

 

 

 

ーーグンッーー

 

ーーバキッーー

 

 

 

「……なんの、つもりだ」

 

 

私の不意討ちの跳び蹴りは止められてしまう。その反応速度、なかなかやるじゃないか。

 

 

「なんの……なんのつもりだと聞いているのだッ! 加茂鶫ッ!」

 

 

吠える憲紀。

なんのつもり? そんなの決まっているだろう?

 

 

「力づくでお前を止めるんだよ、加茂憲紀!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『どうした、恵。憲紀とは終わったのか?』

 

「それがですね……」

 

『? なんだよ、歯切れが悪いな』

 

「前に真希さんから聞いてた加茂さんの従姉妹」

 

『あぁ、鶫か? あいつがどうした?』

 

「その人が乱入してきて、加茂さんと戦い始めました」

 

『はあ?』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

一瞬、憲紀が視界から消える。私の動体視力でも見失うほどの速度で動いた。

 

 

「『赤鱗躍動』か!」

 

ーーバギッーー

 

 

死角からの一撃を受け止める。攻撃を受けた左腕がビリビリと痺れるほどの怪力は本来の憲紀にはない。つまりはそういうことだ。

 

 

「それを話したことはなかったはずだが」

 

「生憎『赤血操術』のことはよく知っているのだよ」

 

 

一言だけ言葉を交わし、すぐに離れる。憲紀も私相手に接近戦を長く続ける気はない。距離を取ってきた、ということは……。

 

 

ーーギリギリギリギリーー

 

「『百歛』」

 

 

来る!

 

 

 

「『穿血』」

 

ーーバシュッーー

 

 

 

どうにか避ける。だが、完全には回避し切れておらず、私の頬を『穿血』がかすめていった。

 

 

「これを避けるか!?」

 

「『穿血』は基本は直線。発射点さえ見極めれば避けられる」

 

 

そのまま私は憲紀の懐へ入る。私に飛び道具はない。それは憲紀も分かっているから、すぐに『赤鱗躍動』に切り替えてくる。

 

 

ーーバキッーー

 

 

私の拳の一振に合わせて、横から『赤鱗躍動』で強化した掌底を当てて軌道をずらす憲紀。上手いな。正面からの膂力では私には勝てないと判断し、避けやすいように軌道をずらすために攻撃を当てたわけか。

そして、私の攻撃の軌道上には、

 

 

「なんだこれは?」

 

ーーブシューー

 

 

袋に入った何かを私は潰していた。潰した途端に、中に入っていたであろうものが辺りに飛び散る。

これは血液……ということは、

 

 

「『赤縛』」

 

 

血液が憲紀の声に反応して、私の体を瞬く間に縛った。

 

 

「なるほど。あれで血液を保存していた訳か」

 

 

明治にはなかった技術だ。『赤血操術』は私の手足のようなものであった。それ故に少々傲っていたようだ。

 

 

「……これで大人しくなったな」

 

「やられたよ、憲紀」

 

 

床に転がる私を見下ろす憲紀と言葉を交わす。

 

 

「『赤血操術』は応用の効く術式であるが、その性質もあり、貧血を起こす可能性もある。いわば諸刃の剣。それを血液を保存しておくことで欠点を補うとは」

 

「……本当に、なぜ『赤血操術』のことをそれほどに知っているのだ」

 

 

話したことはない。それに『赤血操術』は歴代加茂家でも相伝された数の少ない術式だ。憲紀はそう言った。

 

 

「まぁ、それはいいだろう。それよりも憲紀ーー」

 

 

 

「ーーお前は何を怖れている?」

 

 

 

「っ」

 

 

戦いの中で感じたもの、それは焦りと怖れだ。

学長殿からの指示を果たそうという焦りでも、伏黒君との戦闘に早く戻ろうという焦りでもない。もちろん、私を怖れているわけでもない。それよりもずっと根本的な……。

 

 

「加茂家の当主になれないことに怖れているのか?」

 

「っ、黙れ!」

 

 

どうやら私の直感も鈍くはないらしく、憲紀は分かりやすく狼狽える。

加茂家は保守派の筆頭だと言っていたな。なるほど、それならば虎杖の抹殺に積極的に動くのも頷ける話だ。次代当主としての術式は十分。ならば、あとは『覚悟』を見せろといったところか。

 

 

「母親のことか?」

 

「っ、黙れと言っているっ!!」

 

ーーグッーー

 

 

憲紀は『赤縛』で動けない私の胸ぐらを掴み、無理矢理立たせる。いつも冷静な憲紀らしくない乱暴な行動だった。

 

 

「あの時、お前は話してくれた。自分の生い立ちのこと。母親のために当主らしく振る舞うこと」

 

 

そして、

 

 

「私に自分を重ねていること」

 

 

放ってはおけないと憲紀は言っていた。

 

 

「黙れ、黙るのだ!! 私のことをそれ以上知らない癖に知ったような口をきくな!」

 

「あぁ、知らないさ。お前が話してくれた以上のことは何も」

 

「ならば、私の邪魔をするなッ! 何も知らないお前が私の覚悟に水を差すんじゃない!」

 

 

そうだ。その通りだよ、憲紀。

だから、私は、

 

 

「お前のことを知りたいのではないか」

 

「知って、お前の支えとなりたい。そのために私はここにいる」

 

 

知らなくては何もできない。何をする権利もない。

だから、私は『知りたい』のだ。

私に何ができるのかを考えるために、何かをするために。

 

それはきっと虎杖のことも同様だ。彼のことを憲紀は何も知らない。確かに、このまま抹殺に成功すれば加茂家の当主にはなれるだろう。だが、そうして得た地位でお前は母親に胸を張れるのか?

 

 

「っ、うるさいッ!!」

 

「……ふむ。少し熱くなりすぎだな」

 

 

これ以上、言葉で語るのは無理だろう。ならば、憲紀に冷静になってもらってからの方がいい。

 

 

「伏黒君!」

 

「あ、あぁ?」

 

「邪魔して悪いが、憲紀は私が引き受けるよ」

 

「別にいいですけど」

 

「物分かりがよくて助かるよ」

 

 

ーーブチブチブチッーー

 

ーーブチンッーー

 

 

伏黒君の返答を受けて、私は体に力を込める。そのまま、『赤縛』でできた血の縄を引き千切った。

 

 

「なっ!?」

 

「全力で殴る。しっかり受けろ」

 

 

 

ーーブンッーー

 

 

 

全力で振り抜いた結果、憲紀の体は校舎を突き破り外へ吹き飛ぶ。私もそれを追って、外へ飛び出し、空中で身動きの取れない憲紀の頭上へ。

 

 

「これで一旦終局だ」

 

ーーバギッーー

 

 

そのまま憲紀を地面へ蹴り飛ばした。

 

 

「っと」

 

 

着地すると、その周りは土煙があがっている。憲紀の体が地面へぶつかった際に巻き上げられたものだろう。手でそれを軽く払いながら、視界が確保されるのを待つ。

数十秒後、私の目の前には、

 

 

「……はぁ、はぁっ……」

 

「驚いたな。まだ立つとは」

 

 

正直起き上がれないくらいには力を込めたのだが。よろよろとではあるが、憲紀は立ち上がっていた。その視線は私、ではなく、何か別のものを捉えているようであった。

 

 

「……たしは……」

 

 

ブツブツと何かを呟く憲紀。そして、

 

 

「負けるわけにはいかないのだッ!!」

 

 

 

 

ーードゴォォォォォンッーー

 

 

 

 

『それ』ーー巨大な樹木が現れた。

 

 

ーーーーーーーー



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第21話 愚者

ーーーーーーーー

 

 

「木の幹……?」

 

「なんだ、あれは!?」

 

 

私と憲紀との戦いを中断させたのは、ここから離れたところに突如出現した大樹だった。それが、

 

 

「こちらへ迫ってきている……!?」

 

「憲紀! 掴まれ!」

 

 

憲紀は私の攻撃を受けて、ふらふらになっている。あの大樹の成長速度を見るに、明らかに自然物ではない。呪術関係の何かだ。あれがこちらへ迫ってきているのは何者かの害意と見ていいだろう。

憲紀に肩を貸し、そこから離脱する途中で視界の端、校舎から続いている屋根の上に誰かが見えた。

 

 

「狗巻先輩!」

 

 

校舎から降りてきていた伏黒君が声をあげた。それに気づいたようで、狗巻と呼ばれた少年が口を開いた。

 

 

『逃げろ』

 

 

頭に響くこの感覚……『呪言』か。それを受けて、伏黒君と私の身体はその場から離れるようにすぐさま反応する。だが、

 

 

ーーふらっーー

「くっ……」

 

「憲紀っ!」

 

 

私が『呪言』に従い、逃げることを優先したせいだ。憲紀は支える者もなく、その場でうずくまっていた。

しまった。『呪言』はあくまでも耳から入って脳に作用し、肉体を動かす。だから、肉体が限界を迎えている者には通じない。

 

 

「っ、鶫、私はいい……その代わりーー」

 

「ーー母様を頼む」

 

 

憲紀は諦めたように笑った。

 

 

「っ」

 

 

止まれ、私。

止まれ止まれ止まれ止まれ!

憲紀を助けろ。今、逃げるのを止めろ!

そうしなくてはーー

 

 

 

「憲紀を……支えるんだろっ! 加茂憲倫ッ!!」

 

ーーブチッーー

 

 

 

逃げる方向へ動く筋肉を無理矢理止める。筋肉が断裂する音が聞こえたが、気にするものか。私はそのまま激痛の走る足を無理矢理、憲紀へ向けた。

 

 

ーーグイッーー

 

「鶫!?」

 

 

ーーブンッーー

 

「諦めるな、憲紀」

 

 

その大樹の進行方向から逃れるように憲紀を放り投げる。

そして、私は憲紀と入れ替わるように、木の幹に襲われ、意識を手放した。

 

 

……………………

 

 

意識がゆっくりと浮上してくる。

それに連れ、身体を痛みが走る。

 

 

「っ……痛い」

 

 

激痛。だが、『天与呪縛』による恩恵なのか、まったく動けないほどではない。ただし、物理的に体はほとんど動かせない。目を開けると、周りは何も見えない暗闇だった。視覚に頼れないから、手を動かして辺りの様子を探る。

背面には岩。前面には木の幹。

 

 

「……あの木の幹に押され、どこかの壁かにめり込んでいる。そんなところか」

 

 

岩も削り取るほどの勢いの大樹。この攻撃は並の呪術ではない。呪詛師か。それとも呪霊か。どちらにせよ、我々の敵であることだけは間違いないな。

今はそれだけ分かっていればいい。

 

 

「すぅ…………」

 

 

大きく息を吸い、

 

 

「はぁっ!!」

 

ーードゴンッーー

 

 

目の前の木を無理矢理破壊する。だが、まだ前は見えない。

 

 

「少々、面倒だが仕方がないか」

 

 

この大木がどこまで続いているかは分からないが、このまま地道に破壊していこう。そうすれば、いずれ外へ出られるはずだ。

 

 

ーーーー憲紀視点ーーーー

 

 

「伏黒君、私のことは置いていけ」

 

「ちょっと黙っててもらえますか」

 

 

伏黒君の犬型式神に運ばれながらの提案はすぐに却下された。

 

 

「あの人、加茂さんの従姉妹なんですよね」

 

「あぁ。鶫はそう、だった」

 

「…………狗巻先輩の『呪言』を無理矢理破ってまで救ってくれたんでしょう。命、無駄にしないでください」

 

「……分かっている」

 

 

伏黒君のいう通りだ。あのままだったら、あそこで死ぬのは私だった。それを鶫が身代わりになって助けてくれた。

そして、私に諦めるなと言ったのだ。ならば、今はその言葉を呪いにして生きなくてはならない。

そのために私がやるべきことは……。

 

 

「伏黒君、呪力は残っているか?」

 

「えぇ……お陰様でかなり残ってます。狗巻先輩もそれなりには残ってるみたいです」

 

「しゃけ」

 

 

彼の言語の意図は正直読めないが、肯定の意味なのだろう。狗巻も伏黒君の言葉に頷いた。

かくいう私も鶫と戦って体にはガタがきているとはいえ、呪力の方にはそれなりに余力はある。だから、

 

 

「『苅祓』!」

 

 

牽制での一撃。だが、効果はあまりないようだ。

外装は硬く、再生能力も高い。あの大樹の成長速度や攻撃範囲も普通の呪術とは段違いだ。恐らくだが、特級相当の相手。

 

 

「狗巻で止め、私と伏黒君で削る。それで『帳』の外へ出て、教員と合流すれば私たちの勝ちだ」

 

「しゃけ。めんたいこ」

 

「はい。五条先生のところへ向かうのが話が早いと思います」

 

 

正直な話、狗巻と意思の疎通が図れていることに突っ込みたい。だが、移動を伏黒君の式神に担ってもらっている身ということもあり、彼の意識を別なことに割くのは止めておこう。

ひとつのミスが死に直結するような状況なのは私も理解している。

 

 

「『百歛』」

 

「『穿血』!」

 

 

ーーバシュッーー

 

 

彼の式神に乗ったまま、それを放つ。移動に意識を割かれない分、『百歛』による血液の圧縮に専念できる。それに、

 

 

「『止まれ』」

 

 

狗巻の『呪言』による足止め。余程格上だからか『呪言』は効きにくい。だが、これで距離を離せる。このままならば、

 

 

「加茂さん、このまま校舎に入って奴の射線を絞ります」

 

「分かった」

 

「狗巻先輩、まだいけますか?」

 

「こほっ……しゃけ」

 

 

そのまま校舎内へ。駆ける、駆ける。

途中、また狗巻の『呪言』で攻撃を止めつつ、私の『苅祓』や伏黒君の『鵺』で迎撃し続ける。

そして、校舎の窓を割って、屋根の上へ。

 

 

「あともう少し、なのだが……」

 

「狗巻先輩が止めてくれる。ビビらずいけ」

 

 

伏黒君は『鵺』にそう指示を出し、奴へ電撃を帯びた一撃をーー

 

 

 

ーーブシュッーー

 

 

 

「!?」

 

 

目の前で、『鵺』が奴に貫かれた。慌てて私は背後を振り返る。そこには吐血する狗巻の姿があって。

先に限界がきたのは狗巻か!!

 

 

「加茂さん!」

 

「っ!?」

 

 

一瞬だった。奴から目を離したのは、狗巻の様子を確認するために振り向いた一瞬だったにも関わらず、奴はそこにいて。

 

 

ーーバキッーー

 

 

顔面に走る激痛で、私は殴られたのだと理解した。体が吹き飛ぶ感覚。それから、誰かが私を受け止めてくれたのも分かる。

 

 

「生きてますか!! 加茂さん!!」

 

 

くっ……。

だめだ、意識が遠退いていく。だめだ、起きるのだ。

ここで意識を失ってしまえば、この場には伏黒君と喉の潰れた狗巻だけになる。そうなれば、絶望的だ。距離を離すなど無理だろう。

だから、まだ私が倒れるわけにはーー

だが、無情にも意識は薄れていく。薄れゆく意識で、私はその声を聞いた。

 

 

 

 

「すまない。少々遅れた」

 

 

 

 

それは私の代わりに襲われたはずの彼女の声だった。

きっとこれは、

 

 

「幻聴……だな」

 

「あぁ。だから、少し寝ていろ、憲紀」

 

 

ーーーーーーーー



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第22話 呪体

ーーーーーーーー

 

 

「伏黒君」

 

 

憲紀を優しく抱きとめた後、私はその場で唯一動ける彼の名前を呼んだ。

 

 

「憲紀と……そこの彼を頼む」

 

「無事だったんですね」

 

「敬語はいらないよ。私は君と同い年だ」

 

「…………戦えるのか?」

 

 

その問いに私は黙って頷く。

相手は恐らく特級。ひとりでは手に余る。だが、今の私にはここに近づいてきている彼女の気配が分かっていた。だから、

 

 

ーーブンッーー

 

ーーギンッーー

 

 

私たちに意識が向いていたからだろう。奴は背後から現れた真希の一太刀を完全に食らっていた。だが、奴の硬度は異常なようで、真希の刀はあえなくへし折れる。

 

 

「恵!」

 

「っ、真希さん!」

 

 

真希の声に合わせて、伏黒君がどこからか何かを取り出し、彼女へ投げる。彼が真希へ投げ渡した代物ーーその三節根は私も知っていた。

 

 

「『游雲』!」

 

「これを使うのは、胸糞悪ィけどーーなッ!!」

 

 

特級呪具『游雲』。

術式が付与されていない呪具で、その特性は純粋なる力。使う者の膂力によって威力が左右される珍しい武器だ。それを手にするのは『天与呪縛』の超肉体をもつ真希。

その威力は

 

 

「らぁッ!!」

 

ーーバキッーー

 

 

特級にも通用する。

真希の一振りは呪霊の頭頂を完全に捉えた。流石に特級呪具、しかも真希の膂力を上乗せした威力で不意を突かれては呪霊も堪らず膝をつく。

 

 

「恵、今のうちに行け!」

 

「すぐ戻ります」

 

 

真希の言葉に言葉少なに答えた伏黒君はそのまま犬の式神に憲紀を乗せ、『呪言』使いの彼と共に走っていった。

 

 

『逃げられるとーー』

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

「っ、鶫!」

 

「分かっている!」

ーーバキッーー

 

 

逃げていく伏黒君たちへの追撃。木の毬から突き出る根を、瞬時に膝蹴りで破壊する。瞬間的に放ったものだからだろう。私を襲った先程の大樹よりも脆い。これならば何本出されようが、伏黒君が逃げていく間は防ぎきれるな。

 

 

『無駄、という訳ですか』

 

 

私が攻撃を防いだのを見て諦めたのか、その呪霊は攻撃の手を止めた。その上で、話しかけてくるのだが、

 

 

「っ、なんだこれ……」

 

「……ふむ、音としては理解できないが、頭では理解できる。興味深いな」

 

 

我々、人間とは別の言語だが、意味自体は理解できるという違和感。それだけでなかなかに厄介であることが分かる。かなり高い知能をもった呪霊だろう。

そうこうしている間に憲紀たちの気配が完全に離れた。これだけ距離が離れていれば、奴も簡単には追いつけない。

 

 

『仕方がありません。それでは貴女方2人を始末しましょう』

 

「鶫、気を張れよ」

 

「あぁ」

 

 

真希と共に腰を落として構える。瞬間、奴の姿が目の前から消えた。

 

 

「っ、鶫!」

 

ーーグンッーー

 

 

いや、目の前から消えたのではない。奴の木の根がいつの間にか私の足に絡みつき、体が宙に浮かせた。そのせいで視界がぶれる。その隙を逃す特級ではなく。

 

 

ーーバシュンーー

ーーバシュンーー

 

 

奴の前に展開された2つの木の毬から放たれる木の根。普通であれば直撃だろうが、私ならば!

 

 

ーーグンッーー

 

 

『空中で身体を捻って!?』

 

「真希!」

 

「!」

 

 

名前を呼んだだけで伝わるのは戦い方が似ているからだろう。

真希は宙に浮く私へ『游雲』の先端をこちらへ投げ渡す。反対側は真希が持っており、私が掴んだタイミングで、

 

 

ーーブンッーー

 

 

私ごと『游雲』を振るった。

真希の膂力。遠心力。それに私の自重で、打撃の威力が増す。

 

 

ーーバギィィィッーー

 

『ッ!!』

 

 

そこから放たれる私の蹴りは確実に奴の首を抉る。勿論、これで終わりではない。

 

 

「真希!」

 

ーーグンッーー

 

 

今度は私が『游雲』を横に薙ぐ。反対には真希。またも攻撃は加速し、真希の隠し持っていた暗器は奴の顔の木を砕いていた。

そのまま私たちは距離を詰め続け、打撃を繰り返す。私と真希は遠距離から攻撃する手段をもたない。だから、引くわけにはいかなかった。

 

 

ーーバギッーー

 

「真希!」

 

ーーバキィィーー

 

「鶫!」

 

 

互いに『游雲』を投げ渡し、隙を見て殴る。これで決定打を奴に悟らせないで戦える。

そして、威力の高い攻撃で奴を吹き飛ばしながらも距離は離さない。気づけば高専の校舎からは遠く離れた森の中。川沿いまで私たちは移動していた。

特質を考えればこの場所は不利。その上耐久力はかなり高い相手だが、私たちの攻撃は通じている。このままなら祓えーー

 

 

 

『ナハッ』

 

 

 

「っ!?」

 

「鶫っ!」

 

 

勝利を確信したその時だった。いきなり腹に激痛が走る。

視線を落とせば、私の腹には呪いの種子が打ち込まれており、それが腹を突き破ってきたところだった。

 

 

「……しまった、な」

 

「クソッ!」

 

 

ーードスッーー

 

 

「真希ッ」

 

 

私への攻撃で動揺していたせいだろう。木の根が真希の左肩に突き刺さる。

 

 

『心臓を狙った一突き……素晴らしい反応です』

 

 

気づけば、奴は私たちから距離を取っていて、こちらの射程外まで離れてしまっている。

 

 

『術師というのは殊の外情に厚いのですね。仲間が傷つく度、隙が生じる』

 

 

奴はそう言うと、自らの体を守るように私たちと自身の間に低い木の壁を作り出す。奴は呪霊。肉体の回復など人間に比べれば容易い。この間に回復されれば、こちらに手の打ちようがなくなる。

 

 

「真希っ、このままーー」

 

『ナハッ』

 

「ぐっ……」

 

 

力を込めようとすると、腹の種子が不気味な笑い声をあげ、体の力を奪う。私自身には呪力はないはずだが、生前感じた呪力を奪われる感覚と近しいものを感じる。

 

 

 

ーーギリギリギリギリーー

 

 

 

私の動きが止まっている間、真希は私を庇いながら戦ってくれていたが、それもここまで。真希は私の目の前で木の根に拘束され、今まさに奴にトドメを刺されようとしていた。

 

 

「…………や、めろ」

 

『無駄です。その種子は貴方の呪力を糧により強く成長する。動かない方が身のためですよ』

 

「はっ、馬鹿を言うな」

 

 

ここで動かない?

そんなことできる訳がないだろう。

ここで、目の前で真希を見殺しにしたら、

 

 

 

「きっと真依に殺されてしまう」

 

 

 

ーーガシッーー

 

 

 

私は腹の呪いを掴んだ。

あぁ、少し無茶でもしてやろうじゃないか。腹が裂けてもきっと私ならば戦える。

そう覚悟を決めた私だったが、

 

 

「やめろ」

 

 

真希の絞り出すような声でその手を止める。

……あぁ、なるほど。真希のおかげで少し周りが見えたよ。

 

 

「私らの仕事は終わった。選手交代だ」

 

 

 

ーードバァァァァンッーー

 

 

 

突如として、真希を縛る根が引き千切られた。

同時に彼らは現れた。着地した衝撃で水飛沫をあげながら、2人は言葉を交わす。

 

 

 

「いけるか!? 虎杖(マイフレンド)!!」

 

「応!!」

 

 

 

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第23話 白歪

ーーーーーーーー

 

 

虎杖と東堂先輩。

2人が私たちの元へ合流した後、私と真希は戻ってきた伏黒君とパンダに運ばれていく。

 

 

「無事でよかったです、真希さん」

 

「無事な訳あるかよ……左肩貫かれてんだぞ」

 

「まぁ、真希なら大丈夫だろ」

 

「あ? 喧嘩売ってるのかよ」

 

「おー? やるかぁ?」

 

 

真希はパンダに抱えられながら、伏黒君やパンダと会話をしていた。先程に比べて随分と余裕が生まれているのは、あの2人の姿を見たからだろうか。

それほどまでに、あの2人からは雰囲気があったのだ。特級を祓えてしまえるのではないかと思えるほどの雰囲気が。

 

 

「東堂先輩のことは話には聞いていたが、彼ーー虎杖も強いのだな」

 

 

そんなことを口にした。真希とパンダは彼のことを詳しく知らないようで、代わりに伏黒君が答える。

 

 

「あいつは6月まではただの高校生だった」

 

 

呪力を感知できないとはいえ、呪いの王が宿っている人間を前にすれば、流石の私でも気づくだろう。6月……つまり、私が彼と出会ったのは、彼に『宿儺』が入り込む前のことなのか。それでは気づかない訳だ。

しかし、いくら『宿儺』をその身に宿していても、たった3ヶ月ほどであれほどの雰囲気を出すとは……。

 

 

「フッ、若さだな」

 

 

若者の成長は私のような中年からしたら、激しく眩しいものだ。

また年寄りみてぇなことをと真希に呆れられ、そんな私たちのやりとりを半分無視して、伏黒君は語る。

 

 

「7月にあいつは一度死んだ。俺の目の前で、暴走する『宿儺』を止めるために自死を選んだ」

 

「それから何があったかは分からない。けど、あいつは生き返って……それから変わり始めてる。呪術師への一歩を踏み出したんだ」

 

 

彼の心中は彼自身にしか分からないが、それでも何か思うことがあるのだろう。伏黒君は少し俯いた。

確かに彼の雰囲気は、東京駅で私を助けてくれたあの時よりも変わっている。今の彼ならばきっとあの特級相手でも簡単にやられることはないだろう。

 

 

「心配か?」

 

「…………」

 

 

伏黒君は優しい人間だ。

本当に……現代の呪術師はいい子しかいない。未来の呪術界は明るいな。

 

 

……………………

 

 

数分後には、もうじき『帳』の外へ出られるところまで私たちは退却していた。このままなら死者を出すまでもなく、この局面を乗り切れるだろう。

そう思っていた。

 

 

「…………」

 

「鶫? どうした?」

 

「…………ん、あぁ」

 

 

真希の質問に遅れて答える。

 

 

「……皆、先に行ってくれ」

 

「『帳』の外まであと少しだぞ。ここまで来て何をしようっていうんだ?」

「ここに来て、向こうの戦局が変わった。俺の式神が見てるが、虎杖たちが特級を押してる」

 

 

伏黒君とパンダに続けて止められた。索敵に向いているという2人が言うのだから、従った方がいいのは分かる。2人の言う通り、このまま『帳』の外へ出て、例の目隠し男と合流するのが吉なのだろうが……。

 

 

「……大丈夫だ。そっちは先にここを出てくれ」

 

「っておい! お前も奴の種子を喰らってるだろうが!」

 

 

真希が声をあげて止めるが、私はそれに手を振る。

 

 

「もう取った」

 

「は?」

 

 

『帳』の外へ向かう途中で、それは既に腹から引き抜いていた。少々痛んだが、私自身に呪力がないからか素手でもすぐ引き抜けた。幸いなことに血もそこまで出ておらず、動けないほどではない。

 

 

「心配するな。行ってくるよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

東京の呪術高専には『古い知り合い』もいる。私が引き返したのは、その『知り合い』がこの場から動けないこともあり、少し心配になったからだった。

杞憂ならばいい。

そう思いながら、ここまで戻ってきたのだが、残念なことに私の悪い勘は当たってしまった。

 

 

「酷いことを……」

 

 

とある建物の前で、2人の呪術師が殺されていた。しかも、顔や体を変型させられてだ。まだ遺体があたたかかったことから、生きたまま体を変型させられて死んだのだと分かる。

 

 

「肉体を内側から破裂させる術式? いや、それでは説明がつかないか」

 

 

…………いいや、ここで彼らの死因を探るのは不謹慎か。

彼らにも家族はいる。呪術師は死に近い職業だ。家族もそれは承知だろうが、それでも家族を亡くした者の悲しみは他人では計り知れない。

 

 

「………………」

 

 

静かに目を閉じ、手を合わせた。それから少しして目を開ける。

さて、『古い知り合い』のことも気にはなるが、遺族のためにも彼らの遺体を鳥や害獣のいない場所に移動させてーー

 

 

 

「あれ? なんでまだ人がいるんだ?」

 

 

 

「っ!」

 

 

突然かけられた声に振り向く。

そこにいたのは男。一目見ただけでは人間と変わらない背格好。ただし、全身が青白く継ぎ接ぎだらけの皮膚という異様な風貌をしていた。

そして、なによりその気配が告げている。目の前の男は、人間では決してない。

 

 

「……呪霊だな」

 

「驚いた。俺のことを感知できないよう、呪力をほぼ完全に抑えてるのに」

 

「呪力などなくても分かるさ」

 

 

そんなもの感知できなくとも分かる。人には出せない気配を目の前の男は醸し出しているのだから。それに、

 

 

「明らかだろう。手に血がついている」

 

「あっ! 拭いたと思ったんだけどなぁ」

 

 

指を差し、手についている鮮血を指摘すると、男は手にこびりついた血を自らの服で拭った。それから遺体を足蹴にする男。

 

 

「随分と……行儀が悪いな」

 

「ん? あぁ、別にいいでしょ。死んでるし」

 

「お前が殺したんだろう」

 

「悪い?」

 

 

悪びれる様子もなくケラケラと笑う男。人を殺すことを何とも思わない。純粋な悪意そのもの。

 

 

「話していても埒が明かないな」

 

 

このタイミングでここにいるということは、十中八九あの特級呪霊の仲間だろう。目的を探りたいのは山々だが、この相手には話が通じない。言葉は通じても話は通じない。

なによりも、

 

 

 

「少々、腹が立った」

 

「そう? 俺はなんとも思わないけど?」

 

 

 

後に知るその呪霊の名は『真人』。

人が人を恐れ憎む負の感情から生まれた呪霊。

 

 

ーーーーーーーー



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第24話 逸脱

ーーーーーーーー

 

 

あの継ぎ接ぎ呪霊に通常の攻撃は通じません。

 

理屈はハッキリとは分かりませんが、恐らく奴の術式が『魂』に関係するものだからでしょう。呪術師は『魂』を攻撃する術など持ち得ない。だから、いくら呪力を載せたところで届かない。

勿論、攻撃でダメージを与え、再生させることで呪力を削ることはできます。私も奴と一戦交えた時にそれを一考したことはありましたから。

ですが、現実的ではない。では、どうするか。

 

正直な話、今のところ対処法はありません。

一気にすべてを潰そうと広範囲攻撃も試してはみましたが、結果はご存じの通りです。

 

ただ虎杖君のような『魂』自体を何らかの方法で認識している呪術師による攻撃ならば、あるいはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

継ぎ接ぎの呪霊と対峙する。

改めて奴を見て気づくが、奴の懐に何かおぞましい気配を感じる。奴自身のそれではなく、他の何か……いや、今はそれは考えるな。相手の術式が分からない以上、油断はーー

 

 

「ははっ!」

 

ーービキビキッーー

 

 

軽薄な笑い声と共に奴の腕が変化する。まるで棘のついた棍棒のような形になった腕を伸ばし、叩きつけてきた。

 

 

「!」

 

 

咄嗟に躱す。

同時に思考。先ほどの遺体も体を変型させられて殺されていた。肉体を変形させる術式できない……それが奴の術式か?

 

 

「あれ? 不意打ちで今のスピードなら確実に殺したと思ったんだけど」

 

「私は足が速いのだよ」

 

「ふーん、そっーーかッ!!」

 

 

ーービュンッーー

 

 

今度は足を鞭に変えてきた。これを跳んで避ける。

相手の攻撃には予兆がある。攻撃の直前、体の一部の気配が変わり、その部位が変形している。そのおかげで攻撃への対応はできている。

この呪霊、恐らく戦闘経験自体は少ない。戦闘経験を詰んだ呪術師ならば、等級は高くなくともやっている呪力の流れを隠す技術を、この呪霊はしていなかった。つまり、術式の正体が分かるまで、攻撃を避け続けることはできない話ではない。

 

 

ーービキビキッーー

 

ーービュンッーー

 

ーーバキッーー

 

 

奴の攻撃を避ける。避ける。避ける。

戦闘経験は少ないだろうが、それでも奴の攻撃は多彩で対応が少しでも遅れれば死に直結する。

神経を尖らせる。そのせいか分かる。

 

 

「掌か?」

 

「どうだろうね」

 

 

体が変形する一瞬、掌の気配が大きくなる。

これはあくまで推測の域を出ないが、術式の要は恐らく奴の掌。原型の掌に触れることで他人の肉体を変型させるのではないだろうか。実際に『領域』や『式神』など、呪術において『手』は大きな意味を有しているのだ。あり得ない話ではないだろう。

ともすれば、接近戦は危険か。かといって、遠距離から攻撃する手段は私にはない。

 

 

「仕方がない」

 

ーーグッーー

 

 

覚悟を決めるのは一瞬だ。迷っていればやられる。

 

 

ーーダッーー

 

「掌を警戒した相手に近づいてくるのか! 面白い!」

 

 

継ぎ接ぎとの距離はすぐに0になる。掌を注視して、その動きを捉えるのが先決だ。それによって、動きを構築しろ。

まずは、右手。体を捻って避け、奴の前腕を外へ払う。

そのまま奴の左手首を掴み、投げる。

 

 

ーーバキッーー

 

 

地面に叩きつけられた奴へ追撃。顔面と鳩尾を5回ずつ打ち突く。呪霊とはいえ、人の成りを真似ているのだ。経験上、人型に急所への攻撃は有効だと知っていた。

だから、そこからさらに奴の肉体を破壊していく。両膝へ打撃、関節を逆に折り、両前腕に全体重を込めて踏み抜いた。

五体を破壊してーー

 

 

 

「ははっ」

 

 

「は?」

 

 

 

背後から声。それは奴のもので。

気づけば、私の背中にはもう一人の奴の掌が確かに触れられていた。

 

 

 

「『無為転変』」

 

 

 

ーーーー高専側は知り得ない会話ーーーー

 

 

「結局、俺なんもしてないよ。怒られちゃうかなぁ」

 

 

その呪詛師・重面春太は軽薄に笑う。彼の視線はそのまま隣の呪霊『花御』へ向けられた。

 

 

「かわいそっ、楽にしてあげようか」

 

 

そう言って、彼は自らの愛剣を手にする。彼にとって『花御』は仲間でもなんでもない。殺すことに躊躇いはなかったのだが、

 

 

「お疲れ」

 

 

いつの間にか肩を組まれていた『真人』に止められる。軽い煽り合いがあり、重面は両手を挙げてこれ以上行動の意思がないことを示した。

 

 

「で、ブツは?」

 

 

その代わりと、『真人』に訊ねる。

『真人』はバッチリと成果をひけらかした。彼の手に『両面宿儺』の指が数本。そして、彼の持つ袋の中には、特級呪物『呪胎九相図』が入れられていた。

 

それこそが彼らの目的。

2018年10月31日。

渋谷にて行われる『五条悟の封印』への駒を確保すること。

それを彼らは完了していた。

 

 

「ほら。起きて、『花御』。帰るよ」

 

『『真人』……殺意にブレーキをかけるのはストレスがたまりますね』

 

「『花御』も呪いらしくなってきたね」

 

 

そう言って、『花御』の変化を彼は喜んだ。

彼らはそのまま高専の遥か地下に作り出した空間を歩いていく。『真人』は『花御』を支えながら、思い出したかのように『花御』に訊ねた。

 

 

「そういえば、面白い術師に会ったよ」

 

『面白い?』

 

「あぁ」

 

『殺したのですか?』

 

「………………たぶん」

 

『たぶん?』

 

 

『真人』は何かを確かめるように、手を開いたり閉じたりする。

術式は確かにある。それを確認して、『真人』はまた笑った。

 

 

ーーーーーーーー



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第25話 憲倫くんは野球をしたい

ーーーーーーーー

 

 

「いや、いいから寝てなさいよ」

 

「そういう訳にはいかないだろう。彼女が目覚めるまではここにいる」

 

「わたしたちが見てますから、加茂先輩は休んでください」

 

「だが!」

 

「どうせ大丈夫でしょ、見てみなさいよ。アホみたいに寝てるわよ」

 

 

ぼんやりとした意識の中、声が聞こえる。

この声は憲紀たちの声だ。それに気づいた私はどうにか覚醒しようとしてーー

 

 

ーーガンッーー

 

「痛っ!?」

 

 

勢いよく体を起こした。

同時に、真依の悲鳴が響く。状況がよく分からなかったが、どうやら私は真依に頭突きをかましたようだった。

 

 

「すまん」

 

「突然起きるんじゃないわよっ! 頭割れるかと思ったわっ」

 

 

少々涙目になっている真依を見て、遅れて理解した。

そうか。

 

 

「終わったのだな」

 

 

姉妹校交流会の最中の襲撃。

特級呪霊も参戦していたであろうその戦いは、どうやら私が目覚めるまで終わっていたようだった。

 

 

「全員無事という訳ではないが」

 

 

会話に入ってきた憲紀の姿を見て、思わずぎょっとしてしまった。頭の半分以上に包帯が巻かれていたからだ。

 

 

「憲紀! なんだその怪我は!? そこまで酷かったのか!?」

 

「……頭を多少切っただけだ。お前のお陰でこの程度で済んだ」

 

 

伏黒君から聞いた。私が意識を失った後、お前があの特級と戦ったのだな。ありがとう、助かった。

憲紀は神妙な様子でそう言った。

 

 

「否定はせんよ。ただ素直にその礼は聞き入れることはできない。そもそも憲紀が怪我をしたのは私と戦っていたからというのもあるのだろう」

 

 

それがなければもう少し動けていたはずだ。そんな私の意見を憲紀は否定する。

あれはハプニングだ。誰も予想できないことだったのだから気にするな。憲紀らしい、真面目ながらも私のことを思いやってくれているのが分かる言葉だった。

 

 

「真依、霞」

 

「なんですか? 鶫ちゃん?」

「なによ?」

 

「少しだけ、席を外してくれるか」

 

 

2人は私のお願いに頷き、そのまま病室を出た。

憲紀とふたりきり。私は彼に今の状況を訊ね始めた。

 

 

……………………

 

 

被害状況。

学生は怪我をした者はいるものの死者はなし。

ただし、他の呪術師には人死にが出ているらしい。

恐らくその数には、私が発見した彼らも含まれているのだろう。

特級呪霊たちは結局祓えず仕舞い。ただし、一人だけ呪詛師を捕獲することができたらしく、高専側でそれに対する尋問が始まっているとのことだ。

 

そして、自身の状況も聞く。

どうやら私は気を失っていたらしい。

……私は最近、随分と気を失っているような気がするが、脳への影響とか大丈夫か、これ?

まぁ、それはともかくだ。私が気を失う原因となったあの継ぎ接ぎ呪霊については後で学長殿に報告するとして。

今はーー

 

 

「憲紀。あの時はすまなかったな」

 

 

改めて、憲紀にそれをーー憲紀との戦闘中にまるで説教かのように母親について触れてしまったことを謝る。

 

 

「いや、あれは……私も少々熱くなっていた」

 

「いいや、憲紀。確かにお前のいう通りだったのだ。私はお前の母親のことは何も知らない」

 

 

それにも関わらず、知ったような口をきいてしまった。あれは反省しなくてはならないだろう。

 

 

「……鶫」

 

「私はどうやらお節介らしくてな。出過ぎた真似だったかもしれん。だが、これだけは知っておいてくれ」

 

 

 

「私はお前と仲良くしたい。お前のことを知りたいのだ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

憲紀から聞いていた交流会の内容は、1日目が団体戦。2日目が個人戦ということらしかった。

1日目の途中で襲撃があり、今年は中止という意見も出たらしいが、東京校・京都校全員(破損したメカ丸を除く)と相談した結果、交流会は継続することになったそうだ。

 

というわけで。

2日目は野球をやることになった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「憲紀!」

 

 

その日の夜、私は憲紀の部屋を訪れた。

ちなみに、今日は東京校内に宿泊している。襲撃もあったから念のため、学生は一ヶ所に集めるという。いい判断である。

そんな訳で、

 

 

「野球とはなんだ! 教えてくれ!」

 

 

私は2日目の内容を十全に楽しむために、憲紀に野球とは何かを教わりに来たのだった。

 

 

「鶫、おまえは……はぁ」

 

 

なぜかため息を吐かれた。首を傾げると、憲紀は真剣な様子で説明を始める。

 

 

「いいか、鶫。従兄妹同士とはいえ、私とお前は男女。こんな夜中に部屋に来るんじゃない」

 

「ふふっ」

 

「……何がおかしい」

 

 

私がその程度のことも考えずにここに来たとでも?

というわけで、私は彼女たちを部屋に招き入れた。

 

 

「こんばんは、加茂先輩!」

 

「はぁ、なんで私まで……」

 

 

そう。私はこんなこともあろうかと霞と真依を呼んでいたのである。さらに、

 

 

「メカ丸もいるぞ」

 

『…………加茂、すまなイ。俺では鶫は止められなかっタ』

 

「いや……これはもう仕方がないだろう」

 

 

残念ながらいつものメカ丸はパンダに壊されてしまったらしく、非常用として私が受け取っていたいやほんメカ丸を憲紀へ向けて、渡す。

もちろん、メカ丸はすぴーかーもーどとやらにして、会話が皆にも聞こえるようにしてある。

これでよい。今日は私や呪霊共が団体戦に水を差してしまったからな。

 

 

「京都校全員で明日の勝利を勝ち取ろうじゃないか!」

 

 

『東堂はいないがナ』

「桃先輩もいないですけど」

 

 

3年生組はどうやら不参加らしい。残念だが、ともかくだ。

 

 

「それで、野球とはなんだ!!」

 

 

それを知りたい。

 

 

……………………

 

 

結局、映像を見ながらの方がいいだろうということもあり、夜通しいんたーねっとにあった野球の映像を皆で見続け。

思った以上に面白いスポーツだったため、私が騒ぎ出し。

それを聞きつけた歌姫女史も駆けつけて。

その上、一緒に騒ぎ出した結果、次の日、私たち京都校は寝不足のままグラウンドに立ったのだった。

 

ちなみに、私は正規参加ではないため不出場。

試合の結果は1対0で東京校の勝利。2018年の姉妹校交流会は東京校の勝利で幕を閉じた。

 

 

その2日後、私は歌姫女史と共に野球の試合を観戦しに行くのだが、それはまた別のお話。

 

 

ーーーーーーーー




野球感薄いのは許して。
パワプロしかしたことないのです。

姉妹校交流会編終了。
次回から新章(?)開始!


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幕間
第26話 憲倫くん、尾行される


新章開始
※中身はおっさんなんですよね


ーーーーーーーー

 

 

こんにちは。役立たず三輪です。

交流会が終了した次の日。

京都校の皆は京都へ帰るまでに1日だけ自由時間をもらえました。買い物にいこうと、桃先輩に誘われていたので、わたしも真依も快諾して。

買いすぎないように気を付けようとか。弟たちに何を買っていってあげようとか。

そんなことを考えながら、鶫ちゃんにも声をかけたのですが……。

 

 

「すまない。明日は先約があってな」

 

 

そう言われてしまいました。

ただちょっと違和感。先約って誰だろう?

それは真依も同じことを考えたようで、2人で顔を見合わせて首を傾げました。

まぁ、きっと加茂先輩かなと思って、先輩にそれを訊ねたのですが、返ってきた返事はノー。つまり、知らないということでした。

いよいよおかしい。

そう思って、私たちはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………これは、どうなんだ?」

 

「しっ! 静かにしてください、加茂先輩!」

 

「あなたも従姉妹のこと心配でしょう?」

 

「……それは、そうだが」

 

 

わたしと真依、加茂先輩。そして、加茂先輩の耳にはイヤホン型のメカ丸がいました。

そう。わたしたちは鶫ちゃんを尾行することにしました!

 

 

『趣味がよくないのは確かだガ。まぁ、心配なのだろウ』

 

「…………ふむ」

 

 

そう言って、メカ丸もわたしたちのフォローをしてくれます。

でも、ごめんね、メカ丸。

真依もわたしも正直、好奇心に負けただけなんだ。

 

 

「………………」

 

 

忠犬ハチ公像の前で、鶫ちゃんはどうやら誰かを待っているようです。しきりに時計を気にしていました。

 

 

「どう思う?」

 

「いつもと違う。明らかにお洒落してる」

 

 

いつもは制服だから当たり前なんだけど、今の鶫ちゃんは明らかにいつもとは違う格好。女の子らしい格好をしていて、喋らなければ美少女そのものだった。

だから、わたしが切った前髪が浮いててちょっと罪悪感……。

 

 

「憲紀、あんな格好してるの見たことある?」

 

「いや、今までの鶫では考えられない格好だ」

 

 

真依の質問に加茂先輩も首を横に振る。従兄弟で長い付き合いのはずの加茂先輩も知らない姿。ますます気になる。

これはもしや……。

 

 

「デート、ってやつじゃないですか!?」

 

「ちょっと! 声が大きいわよ!」

 

 

しまった。興奮しすぎた。

色恋沙汰なんて京都校の人たちの中ではなかったから、ついつい楽しくなってしまってる。女の子はそういうのは大好きなんだからしょうがないよね!

そんな言い訳がましいことを心の中で考えているとーー

 

 

 

「わざわざすまないな」

 

 

 

「『「「!!」」』」

 

 

鶫ちゃんが動いた。相手が来たみたいで、駅の改札に向かって軽く手を振っています。

わたしたちは目を凝らして、相手を探す。

わたしと真依の推理によると、恐らくお相手は呪術高専関係者のはず。さらに、それの裏付けとなるように加茂先輩も鶫ちゃんの交遊関係の狭さを証明してくれてる。

だから、恐らくだけど、相手はわたしたちも見たことある人物のはず!

 

 

「なっ!?」

 

 

見知った人物を見つけたみたいで、加茂先輩が指をさした。わたしたちもそちらへ視線を向ける。そこにいたのは、

 

 

「ツナマヨ!」

 

 

狗巻棘くん。

東京校の『呪言』遣いの彼だった。

 

 

「へぇ、意外ね」

 

 

わたしも真依と同意見だった。例の虎杖くんと顔見知りだったみたいだから、わたしはてっきり彼なのかと思ってたけど。

まず、狗巻くんって語彙がおにぎりの具しかないらしいから、会話成り立つのかな?

 

 

「いや、今来たところだ。気にするな」

 

「明太子」

 

 

会話成立してる……。

 

 

「移動するみたいよ」

 

「行きましょう!」

 

 

真依の言葉に頷いて、2人と少しだけ距離を開けながらわたしたちも渋谷駅の中へ入った。

 

 

……………………

 

 

そのまま電車で何駅か揺られ、ほどよく眠くなったところで、加茂先輩に起こされる。寝ぼけ眼で電車から降りて、ホームの駅名を見ると……。

 

 

「秋葉原?」

 

「…………」

 

 

真依が少し嫌そうな顔をしていた。人が多いから気持ちは分かるけど、今は見失わないように気をつけながら後をつけるしかない。

電気街口から出ると、大きなゲームセンターやホビーショップがそびえ立っていた。

 

 

「ほぇぇ、なんか凄いですね」

 

「…………まぁ、そうね」

 

「?」

 

 

秋葉原ひ初めて来たからそんな感想を口にしたんだけど、なぜだろう。真依がさっきから俯いて、視線を合わせてくれない。

んん?

 

 

「2人とも、鶫を見失うなよ」

 

「あ、はい」

 

「……分かってるわ」

 

 

加茂先輩に促され、周囲を見渡す。うん、ちゃんと追えてる。少し先に2人は肩を並べて歩いている。

……まぁ、身長差もそれなりで、お似合いといえばお似合いだよね。狗巻くんも鶫ちゃんも整った顔してるし。

 

 

「楽しそうだな、鶫」

 

 

そんな風に加茂先輩がふと呟いた。

後ろから尾けているから、2人が話すときの横顔がちらちらと見えるだけだけど、確かに加茂先輩の言う通りで、鶫ちゃんはニコニコとしていた。心なしか興奮してるようにも見えるけど……気のせいかな?

駅から大通りに出て、200mくらい歩いたところで2人は左の路地に入っていく。

 

 

「追うわよ」

 

「うん」

 

 

少し元気を取り戻したのか真依が率先して歩き出した。さっきの様子はなんだったんだろうとは思うけど、ひとまず鶫ちゃんたちを優先しよう。わたしはそう考えて、その路地の方へ歩を進めた。

 

 

ーーーーーーーー



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第27話 憲倫くん、目撃される

ーーーーーーーー

 

 

大通りから一本入ると、雰囲気が変わってく。可愛い女の子たちが書かれた看板が並んでいた場所から専門的な機械が置いてあるような場所が多くなっている。

それに伴って、人通りも少なくなる。

 

 

「……バレないようにもう少し離れて歩いた方がいいわ」

 

「そうだね」

 

 

ある程度離れているから大丈夫だとは分かってるんだけど、つい息を潜めてしまう。

さらに一本路地裏に曲がったのを見て、駆け足でその曲がり角まで移動する。チラリと曲がり角の先を覗くと、

 

 

「「『「!?」』」」

 

 

信じられない光景が目に飛び込んできた。

 

 

「抱き合っーー」

 

「ちょっ!!」

 

 

思わず声を出しかけて、真依に無理矢理口を塞がれる。わたしたちはそのままの体勢で止まっていた。少ししてもう一度曲がり角の先を盗み見ると、もう二人は離れていて。

 

 

「な、なんですか、あれ!」

 

「知らないわよっ」

 

「私も聞いていない」

 

 

小声でやり取りする。わたしはもちろん、真依も加茂先輩も混乱していた。なんだったら、メカ丸は黙ったままだった。

 

 

「…………追います?」

 

「ここまで来て引き返すのも癪でしょ」

 

「加茂家次代当主として、確認しなければ」

 

 

加茂先輩、今それ関係ありますか?

流石にそんなことは口にできないけど。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………』

 

 

4人とも黙って歩く。2、3分くらい歩いたところで、目的地に着いたのか2人はひとつの建物の前で止まった。少し会話をした後に、そのままその建物の中に入っていったみたい。

 

 

「行くわよ」

 

「う、うん!」

 

 

建物の前で、その建物の看板を見上げると、そこにはーー

 

 

「ラブーー!?」

 

「三輪、それ以上言うな」

 

 

つまり、そういう場所だった。

 

 

「た、たいさん!!」

 

 

……………………

 

 

わたしたちはその場から逃げるように大通りに戻った。そして、今起こったことを確認する。

 

 

「え、えぇっと……真依」

 

「私に振らないでよ」

 

 

えぇ…………。

 

 

「加茂先輩……」

 

「…………」

 

「メカ丸ぅぅ!」

 

『…………』

 

 

誰も答えようとしてくれません。

え、卑怯じゃないですか? わたしが会話を進めるんですか?

…………んー!! もうっ!!

 

 

「……あの、あれってそういうことですかね」

 

「まぁ、そういう仲なんでしょ」

 

「男女でそういう場所に入るのだ。そうなんだろう」

 

 

まぁ、だよね。でも、鶫ちゃん、いつの間に、しかも狗巻くんと……。

つい2人のそういう場面を見て、顔が赤くなってしまうのが自分でも分かった。

わーっ!! やめやめっ!!

 

 

『これは藪蛇だったかもしれないナ』

 

「あぁ……」

 

 

4人で顔を伏せ、黙る。

メカ丸の言う通りでした。藪をつついて蛇が出てきた感覚。知らなきゃよかった友達の恋愛事情。

あぁ、一体何をしてたんでしょう、わたしたちは……。

 

 

 

 

「結局、何をしてるのだ?」

 

 

 

「「『「!?!?!?」』」」

 

 

突然かけられた声に、4人とも跳び跳ねた。振り向くと、そこには少し前にラブ…………に入っていった鶫ちゃんと狗巻くんの姿があった。

 

 

「駅からつけているから何かと思えば」

 

 

どうやらわたしたちの尾行は気づかれていたようで、鶫ちゃんはため息を吐いた。

 

 

「悪いっ!? 私たちが何をしようと私たちの自由でしょ!」

 

「こそこそと後をつけられたら文句のひとつでも言いたくなるだろう」

 

「ぐっ!?」

 

 

真依が言い負けてる。珍しい……じゃなくて!

 

 

「鶫ちゃん!」

 

「ん? なんだ、霞」

 

「そ、その……」

 

 

しまった。名前を呼んだのはいいけど、どう話せばいいの!?

狗巻くんとラブごにょごにょに入ったでしょって? いやいやいやいや、流石に趣味が悪すぎるよ……。

 

 

「鶫」

 

「ん? 今度は憲紀か」

 

「男女交際をするなとは言わない。だが、加茂家の人間として節度をもった行動をーー」

 

 

「何を言ってる?」

 

 

加茂先輩の言葉に、鶫ちゃんは首を傾げた。その様子はとぼけてる訳じゃなさそうで。だから、わたしたちも釣られて首を傾げてしまった。

 

 

『……鶫』

 

「やはりメカ丸もいるのか。お前がいながら何をしてるんだ」

 

『手に持っているものはなんダ?』

 

 

メカ丸の指摘で初めて気づいた。たしかに鶫ちゃんはなにかの袋を手に持っていた。それって……?

 

 

「あぁ、これか? これはだな……」

 

「ちょっ、鶫ちゃんっ! こんなところでーー」

 

 

 

「れとろげーというやつだ」

 

 

 

「「「は?」」」

 

 

鶫ちゃんが袋から出したもの。それは確かに昔懐かしいテレビゲームだった。

あ、あれ?

 

 

「今日はこれを買いに来たんだ。狗巻はよくげーむの動画を見ているらしくてな。こういうのが売っている場所を今日は教えてもらったのだ」

 

「……で、でも、さっき、ホテルに……」

 

「ほてる? 何を言っている?」

 

 

鶫ちゃんはスマホを取り出し、わたしたちに写真を見せてくれた。そこには確かにレトロゲームの文字が書かれた看板の店があって……その横にさっき、わたしたちが見つけた例の看板。

つまり、

 

 

「勘違い?」

 

『そのようだナ』

 

「はぁぁぁ、どっと疲れた」

 

 

深い深いため息と脱力感に襲われるわたしたちとは対照的に、鶫ちゃんは戦利品のゲームを見てニコニコしている。

…………まぁ、いっか。

 

 

ーーーー帰り道ーーーー

 

 

秋葉原駅へ向かう帰り道の途中。

前を歩く3人とメカ丸は何かを話していて、後ろを歩く私と狗巻から意識が外れているタイミングで、彼が私に話しかけてきた。

 

 

「……高菜」

 

「ん、あぁ……大丈夫だ」

 

 

分かりにくくはあるが、心配そうな表情でこちらを窺う彼にそう返す。心配しているのは、先ほどの件だ。立ち眩みがして、倒れかけたのを彼に支えてもらったのだ。

 

 

「最近倒れたり入院したりと続いていたからな。きっと体力が戻っていなかったのだろう」

 

 

疲れが出ただけだよ。

そう言って笑ったんだが、彼はまだ納得していないようで。

 

 

「おかか、おかか」

 

「大丈夫だ。彼らには言わなくてもいい」

 

「…………高菜」

 

「分かったよ」

 

 

無理はするな。彼からそう伝わってくる。

それに頷いて、この話は終わりにした。

 

 

「………………」

 

 

心当たりは……まぁ、ないわけではない。

私の体の不調はもしかしたらーー

 

 

ーーーーーーーー



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第28話 憲紀くんは同級生と遊びたい

口調はお察し
あんま期待せんといてくださいよ!


ーーーー京都校寮内ーーーー

 

 

「さて、新田。ゲームをするぞ」

 

 

とある休日の昼間。

私は唯一の同級生・新田新の部屋に押し掛けて、そう言った。

 

 

「……また来た」

 

 

呆れられている気もするが仕方がない。京都校の寮内でゲーム機があるのはここだけなのだ。自分で買ってもいいんだが、いまいち踏ん切りがつかないのである。だから、レトロゲーを買ったのを機に、こうして新田の部屋に遊びに来ることが多くなっていた。

 

 

「いいじゃないか。唯一の同級生だ、仲良くしよう」

 

「そう言うて、この間の交流会1人だけ参加した癖に」

 

 

どうやら拗ねているらしい。

 

 

「拗ねるな拗ねるな、仕方ないだろう」

 

「別に拗ねてはおらんけど……」

 

 

呪術師とはいえ、彼もまだまだ若い。まだ16ならば可愛いものだ。

 

 

「というわけで、ゲームをしよう」

 

「この人、ほんとに話聞かへん……」

 

 

……………………

 

 

なんだかんだと言いつつも、共にゲームをしてくれる新田。まぁ、今やっているのは私が買ってきたレトロゲームではなく、新田の部屋に元々あった簡単なミニゲームを集めたものだ。

かれこそ1時間ほどいわゆる双六をやっているのだが、2人でだらだらとできるからいい。

 

 

「あっ、また戻された!」

 

「ふふん、勝負は時の運。まぁ、運も実力のうちだがな…………あっ」

 

「運も実力のうちやったっけ?」

 

「止めろ、駒を戻すな! 止めてくれ!」

 

「無理な相談ってやつだ」

 

 

さらにそこから約1時間ほどそのゲームに興じて、

 

 

「んー!!」

 

 

ひとつ伸びをした。朝からぶっ通しでやっていたのだ。体も凝る。それは新田も同じようで、軽く肩を回していた。

時計を見れば、ちょうどお昼時。

…………ふむ。

 

 

「腹がすいたな」

 

「同感」

 

 

2人の意見はすぐに一致し、私たちは立ち上がる。集合時間を改めて確認し、私はそのまま部屋を出た。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私たちはふぁみれすに直行した。

ふぁみれすはいい。なんでもある。ほとんどのものは私が知らない料理なのだが、写真があるお陰でどんな味なのか大体想像できるのもいい。

 

 

「ポテト摘まむ?」

 

 

新田にそう聞かれ、めにゅーを確認する。なるほど、揚げた芋か。それはまずい訳がない。

 

 

「頼もう」

 

「ん……あとは……」

 

 

めにゅーとにらめっこする新田。彼はその術式の特質上、あまり前線に出ない。そのため、他の術師と比べて稼ぎは少ないのだ。色々と苦労はしてるのだろう。

 

 

「新田」

 

「なに?」

 

「ここは私が出そう」

 

「…………ほんまに?」

 

「ほんまほんま」

 

 

私がそう言うと、新田は目を輝かせ出す。

ふふっ、まるで子供のようだ。父性のようなものを感じながら、私は彼が選ぶのを待ったのだった。

 

 

「すんませーん! メニューのここから、ここまで」

 

 

おい。

 

 

……………………

 

 

「いくら、なんでも……頼みすぎ、だ」

 

「しゃあないでしょ。そんなこと言われたら」

 

 

2人で破裂しそうな腹を撫でながら、言い合う。なんと新田は食べきれる算段もなく頼んだのである。計画性がないにも程がある。そのせいで私の胃袋も破裂寸前だ。この男、紳士のような見た目の癖に、たまに変なことをやらかす。

まぁ、そこが面白いのだが。

 

 

「もう少し休もうか」

 

「賛成」

 

 

背もたれに寄りかかって、腹を休めている間。

何気ない会話を交わす我々。

 

 

「新田」

 

「なんです?」

 

「お前は京都校の誰と仲がいいんだ?」

 

「んー、メカ丸さん? なんだかんだ面倒見いいし、あの人」

 

「ふむ。確かにメカ丸はいい奴だな」

 

「なんでそんな得意気なん?」

 

 

憲紀以外だと恐らく一番仲のよい友人が褒められているのだ。これが得意気にならないでいられるか。いや、いられまい。

 

 

「霞や真依はどうだ?」

 

「三輪さんはまぁ、普通やけど……真依さんは苦手」

 

 

まぁ、物言いも強く煽り癖の強い女性だからな、彼女は。仲良くできるかどうかは人を選ぶというものだ。

 

 

「それに俺、強い人ダメ。姉ちゃん思い出して胃が痛なる」

 

「そういえば、姉がいると言っていたな。姉も呪術師なのか?」

 

「いや、東京で補助監督やってる。強いのは、態度というかなんというか……ヤンキー気質で」

 

「ヤンキー……?」

 

「昔、ちょっと悪さしてたんよ。そのくせ、俺の監視のために補助監督にまでなって……」

 

 

そういう彼の口調は迷惑そうではあったが、どこか優しげだ。きっと彼自身も姉からの愛情を感じているからなのだろう。弟の監視なんて理由だけで、呪術の世界に入ってくる人間など普通はいない。その姉はきっと新田のことが心配なのだ。

 

 

「ふふっ、いい姉弟愛だ」

 

「話聞いとった?」

 

 

ふと辺りを見渡すと、ちらちらと店員がこちらを見ているのが分かった。時計を見ると、優に店に入ってから4時間は経っていた。

ふむ、ここいらが潮時かな。

 

 

「新田、そろそろ出ようか」

 

「……はぁ、分かった」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

帰り道。

少しずつ日が落ち始めていて、夕焼けが私たちの影を長く伸ばしていた。そろそろ10月。少々、冷えるな。

 

 

ーーフラッーー

 

「あっ……」

 

 

一瞬、気が遠くなり、足元がふらつく。そこを、

 

 

「ちょ、大丈夫かよ」

 

 

隣を歩く新田に支えてもらう。大丈夫だとは言葉を返すが、先日といい、今といい、やはり私の体は不調を来しているのかもしれないな。

 

 

「…………」

 

ーーピッ、ピッーー

ーーパンッーー

 

 

ふと彼は私の背中を叩いた。なにかと訊ねると、ただのおまじないだと答える新田。

 

 

「昔、姉ちゃんにこうしてもらったことがあって」

 

「いい姉ではないか」

 

「……まぁ」

 

 

少しだけ楽になった気がする。まぁ、気のせいだとしてもいいさ。

 

 

「今日はありがとう、新田」

 

「……なんやかんや俺も楽しかったから」

 

 

とある休日。

私は唯一の同級生と楽しく過ごしたのだった。

 

 

ーーーーーーーー




毒のない日常回


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第29話 温泉、混乱、憲倫くん

ーーーーーーーー

 

 

「さ、行きましょう! 鶫ちゃん!」

 

「なにしてんのよ、早く行くわよ」

 

「はーやーくー!」

 

 

まずい。

まずいまずいまずい。

これはどう考えてもまずいだろう。

 

 

「止めろー!!!」

 

 

私はこうなってしまった経緯を思い出していた。

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

「鶫ちゃん、新田くんから聞きましたよ!」

 

 

真依と西宮先輩を連れて、私の部屋にやってきた霞は開口一番そう言った。

新田から? 何をだろうか?

この間遊んだときのことか?

そう思って、声をかけなかったのは悪かったよと謝罪したのだが、それはどうやら違うようで。

 

 

「違います」

 

「じゃあ、なんだ?」

 

 

「鶫ちゃん、具合悪いんでしょう!」

 

 

なるほど。帰り際にフラついたことを伝え聞いたのか。

新田め。余計なお節介を……。これでは交流会の帰りに狗巻に口止めした意味がなくなったではないか。

仕方がない。適当に誤魔化すとしようか。

 

 

「あの日は少々寝不足でな」

 

「狗巻くんからも聞きました」

 

 

狗巻!! おい、狗巻!!

結局、言ってるじゃあないか!

くっ、仕方がないか。

 

 

「……多少、眩暈がすることがあるのは認めよう」

 

「ほら!」

 

「だが、そこまで騒ぐことでも慌てることでもない。最近、慌ただしかったから少し調子が悪かっただけだ」

 

 

すぐ治る。そう言ったんだが、霞はめげないし、真依も加勢してくる。

 

 

「そう言ってもう10月も中旬よ。結局、治ってないじゃないの」

 

「ぐっ」

 

「反転術式による治療も受けたって聞いてるし、なに? 死ぬの?」

 

 

それも調べてるとは……恐るべし真依!?

右には真依、左には霞。

仕方がない。こうなれば、正面で爪の装飾をしている西宮先輩に助けを求めるしかーー

 

 

「温泉でも行く?」

 

 

そうして、私たち京都校女子4人は温泉に行くことになりました。

大変だ……。

 

 

ーーーー回想終了ーーーー

 

 

結局、旅館だと少々値が張ることもあって、近場の大型温泉施設に来ているのだが、

 

 

「入らない! 入らないっ!」

 

 

私は脱衣所へ向かう通路で必死の抵抗をしていた。

 

ひとつ言わせてほしいが、私は風呂が嫌いな訳ではない。

むしろ好きだ。日本人だぞ? 温泉が嫌いな日本人などいるものか! ただし、そんな風に声を大にして言えたのは、前世の頃のーーなんのしがらみもない中年の親父だった頃だ。

今は違う。

 

 

「恥ずかしがってるの? 別に女同士なんだし、よくない?」

 

 

それが問題なのだ、西宮先輩!

確かに、加茂鶫は女だ。毎日、入浴したいるから分かってはいる。ただし、自分の体ですらあまり見ないようにしているのだ。それを、

 

 

「裸の付き合いですよ、鶫ちゃん!」

 

 

だから、それがまずいんだって!

私もいい年だったから女の体も知ってはいる。

だが、それはあくまでも大人の女相手だ。女子高生はまずい。

 

 

「なに? もしかして、鶫ってそっちの人?」

 

 

違う! あと真依には言われなくない!

って、違う違う。

冷静になるのだ、加茂憲倫。私は知識人だ。こんな局面を超える修羅場も潜ってきている。この程度で取り乱すな。心を冷やせ。頭を回せ。

 

 

「2人は足もってー」

 

「「はーい」」

 

 

「いやぁぁぁぁ!!??」

 

 

西宮先輩の指示により、私は担ぎ上げられ、運ばれてしまったのだった。

 

 

ーーーー脱衣所内ーーーー

 

 

「………………」

 

 

目を開けない。ただそこに座り込む。それが私の辿り着いた答え。必死の抵抗である。

 

 

「ど、どうしよう……真依」

 

「勝手にすればいいんじゃない。先行ってるわよ」

 

「おさきー」

 

 

脱衣所に入れてしまえば、脱出はされないだろうと踏んだのだろう。もしくはどうでもいいから温泉に入りたいのだろう。

真依と西宮先輩は、どうにかしようという霞と抵抗を見せる私を置いて、先に浴場へ向かっていったようだ。

 

 

「えぇぇ……」

 

 

困り果てる霞の声が聞こえる。

すまないな、霞。私にも譲れないものがあるのだよ。

 

 

「どうしよう……鶫ちゃーん?」

 

「…………」

 

「おーい」

 

「…………」

 

「…………えっと」

 

「…………」

 

「…………仕方ない」

 

 

諦めてくれたようで、私は放置され、衣擦れの音が聞こえてきた。どうやら霞は服を脱ぎ出したようだった。

とりあえずはよかったか。そう思った矢先だった。

 

 

ーーグイッーー

 

「なんだと!?!?」

 

 

服を脱がされ始めてるじゃあないか!?

 

 

「おい、霞! なにをする!!」

 

「いやぁ、ここに放置するもの施設の人に迷惑だし」

 

「くっ、常識的なことを!?」

 

「ちょっと面倒ですけど、脱がせて連れてこうかなって」

 

 

そう言うと、ぐいぐいとこちらの服を脱がしてくる。どこにそんな力があったのかというぐらいの力であった。だが、私も『天与呪縛』で強化された肉体の持ち主。負けられない!

 

 

「ぐ、ぬぬ……!!」

 

「暴れないでください! 鶫ちゃんっ!!」

 

 

そんなこんなで格闘すること数十秒。何を思ったか霞はーー

 

 

ーーぐにゅーー

 

「っ、お、おい! 押し当てるな!!」

 

「こうしないと鶫ちゃん動くでしょう!?」

 

 

背中にっ!? 妙に柔らかいものが!?

思ったよりもある!

 

 

「ではない!!」

 

 

 

ーープルルルルーー

 

 

 

そこで、脱衣所に音が鳴り響いた。

この音、私のケイタイの着信音だ。音を頼りに、脱衣所を這い回り、私の荷物が入った脱衣籠に辿り着く。

他の光景が見えないように、画面だけを見ながら、電話に出た。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

「あぁ、わかった。すぐ行く」

 

 

ーーピッーー

 

 

電話を切って、霞の気配を辿り、向き直る。もちろん目を閉じたままである。

 

 

「鶫ちゃん? どうしたんですか?」

 

「少々、急用ーー任務が入ってな。皆はゆっくり休んでくれ」

 

「え? あっ、ちょっと!?」

 

 

私はそう言って、気配を頼りに脱衣所を出た。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

電話の相手は、メカ丸。

我が友は私の窮地を救ってくれたのだった。

 

 

ーーーーーーーー




温泉うふふ回だと思った?
残念、お預けだ


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第30話 友と共に

ーーーーーーーー

 

 

メカ丸からの電話を受けて、私は待ち合わせ場所に向かっていた。場所は私たちがいた温泉施設から、電車で少し行ったところにある廃墟。そこに出るという呪霊を祓うのが今回の任務らしい。

30分ほどで、その場所に着く。先客がいた。あの背格好は、メカ丸だ。

 

 

「メカ丸」

 

 

私が声をかけると、メカ丸は手を挙げて応える。どうやら傀儡自体も完全に直り、動けるようになったようだった。

 

 

『早かったナ』

 

「あぁ」

 

『今日は三輪たちと出掛けると聞いていたガ。すまないナ』

 

「…………いや、むしろ助かった。ありがとう、メカ丸」

 

『?』

 

 

我が恩人に礼を言う。もちろん彼には何のことか分からないだろうが、まぁいいだろう。

 

 

「さて、呪霊はこの廃墟の中か?」

 

『あァ。昔、ここで事故があったらしイ。それ自体はそこまでではなかったんだガ……』

 

「尾ひれがついた噂ほど面倒なものはないな」

 

『そういうことダ』

 

 

言葉を交わしながら、私とメカ丸はその場所へと踏み入った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「こんなものか」

 

 

任務自体は至極簡単だった。私はもちろん、メカ丸も『刀源解放』で近接戦闘を行い、あっさりと制圧したのだった。

 

 

「流石だな、メカ丸」

 

『この程度で褒めるナ』

 

「ふっ、まぁ、そうか」

 

 

メカ丸の等級は準一級だと聞いている。私の等級が未だに四級であることを考えると遥かに上にいるというわけだ。そもそも私が褒めるのがお門違いだろう。

 

 

『そんなことはなイ。鶫の体術や戦い方、そして、知識量は俺以上だろウ』

 

 

そんな風に謙遜して、こちらを持ち上げる言葉をくれるメカ丸。本当にいい奴で、彼の人格ならば京都校の皆から信頼されているのも頷ける。

………………ふむ。

 

 

「なぁ、メカ丸」

 

『? なんダ、鶫』

 

 

本当はなかなかに機会がないからと先延ばしにするつもりだったのだ。だが、こうして誰にも話を聞かれそうにない場所で、2人でいるのは……きっと運命なんだろう。

仕方がない。本当に気は進まない。

けれど、ここいらではっきりさせよう。

 

 

 

 

「お前、なんで今日、私が霞と出掛けていることを知ってるんだ」

 

 

 

 

『………………』

 

 

私はそれを訊ねた。

 

 

『三輪から聞いたんダ』

 

「聞いた? それはいつだ?」

 

 

今日、霞たちと出掛けたのは突発的なもの。しかも、温泉施設に行くということで女子だけでの行動だった。あの提案を受けて、強引に連れて行かれてから今まで、霞とメカ丸が接触していないことは私がよく知っている。その上、霞は今日、携帯を忘れたと言っていたのだ。連絡をとる手段はない。

 

 

「ならば、メカ丸よ。お前はなぜ知っている?」

 

『…………』

 

「真依や西宮先輩から聞いたというつもりか」

 

『…………』

 

「だんまりか?」

 

 

メカ丸は答えない。けれど、私は質問を続ける。

 

 

 

「交流会の前日、お前、誰かと会っていただろう」

 

『そんなわけはないだろウ。このメカ丸の姿で動ける訳がないのは鶫も理解できるはずダ』

 

「いやほん型」

 

『ッ』

 

「私は渋谷で、いやほん型のお前が黒い僧衣の男の耳についているのを目撃している」

 

『…………』

 

 

メカ丸は動かないし、答えてもくれない。

これは、もう……。

 

 

『だから、どうしタ。鶫、お前は何が言いたいのダ』

 

「…………」

 

 

本当は、メカ丸の口から言って欲しかった。彼はこの時代に転生してから私に色々なことを教えてくれた恩人だ。それに普段の彼を見ていれば分かる。新田も言っていたが、メカ丸は世話焼きで親切ないい奴だ。私の大切な友人だ。

だから、正直信じたくはなかったのだ。

 

 

 

 

「メカ丸」

 

「お前が内通者だろう」

 

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

「で? なんで鶫までこの場に呼んだのよ」

 

 

歌姫女史との野球観戦の後。

彼女に連れられて、とある喫茶店を訪れていた。そこには彼女を呼び出したという人物・目隠し男こと、五条悟がいた。今日はあの趣味の悪い目隠しではなく、さんぐらすをしている。胡散臭いのには変わりないけれど。

 

 

「いやぁ、悪いね。鶫だったっけ?」

 

「……あぁ」

 

 

胡散臭い男に名を呼ばれるのは少々嫌だったが、それを言い出しては話が始まらない。ここは黙って、話を聞くとしよう。

 

 

「君、内通者でしょ」

 

「ちょっ、五条ッ!!!」

 

 

いきなりそう言われた。だが、

 

 

「?」

 

 

正直、意味が分からなかった。

内通者? なんの話だ?

そう言うと、五条はひとつ息を吐いて、歌姫女史に言う。

 

 

「残念、外れだ」

 

「あんたねぇぇっ!!」

 

 

怒り心頭の歌姫女史を放っておいて、彼は私に語りかけてくる。

 

 

「交流会に特級呪霊が入り込んだでしょ」

 

「あぁ」

 

「あの時、君は高専忌庫の前で倒れていた。何をしていたか聞いたけど、あの時言ったこと覚えてる?」

 

「妙な気配がしてそこへ向かったら、継ぎ接ぎの呪霊と戦闘になり、術式を喰らった結果あそこで倒れていた、だったか」

 

「そ。本当なら、それあり得ない話なんだよ」

 

 

だから、僕は君を疑っていた。だが、どうやら内通者の件について、嘘は言っていないようだ。

彼はそう言って、さんぐらすを外し、私を見た。

 

 

「……なるほど。『六眼』か」

 

「博識だ」

 

「一般教養だろう」

 

「はっ、言うねぇ」

 

 

それはいいとして。

話をそこで切って、彼は続ける。

 

 

「ともかく、僕と歌姫は学生の中に、奴らーー呪霊と繋がっている内通者がいると考えている」

 

 

正確には呪霊と繋がってる上層部へ情報を流してる奴だろうけど。五条はそう補足する。

手引きか情報を流す人間の存在か。ない話ではない。

……それで私か。今年からの転入生で、術式も呪力も持たずに、あの学長殿のいる京都校に突如として現れた人間。

まぁ、言われてみれば怪しいことこの上ないな。

 

 

「歌姫から可能性として、君の名前が挙がったからこうして会ったけど……まぁ、歌姫だから仕方ないか」

 

「おい! 歌姫だからとかいうな! 先輩を敬えぇ!」

 

 

笑う五条と怒る歌姫女史。混沌である。

……しかし、ふむ、内通者か。

 

 

「歌姫女史」

 

「なに!!」

 

「私以外だと誰が怪しいと思う?」

 

「っ」

 

 

そう訊ねた。五条は歌姫の意見聞いたって無駄だと言うが、京都校の皆をよく知っているのは歌姫女史だ。彼女の意見は一聴の余地があるはずだ。

 

 

「…………」

 

 

しばらく悩んだ後。

彼女は口を開いた。

 

 

「消去法よ。誰も怪しくない。私は皆を信じてる」

 

「もしこちらの情報を集めることができるとしたら、恐らくーー」

 

 

 

ーーーー回想終了ーーーー

 

 

 

『…………』

 

「なんとか言ってくれ、メカ丸」

 

 

否定してくれ、メカ丸。

物的な証拠はない。あくまで状況証拠だけだ。だから、お前が否定してくれたらーー

 

 

『そうダ。俺が内通者ダ』

 

「~~っ」

 

 

メカ丸は静かに下を向いたまま、そう答えた。

 

 

「……そう、か」

 

『何故とは聞かないのだナ』

 

「交流会の日、私は継ぎ接ぎの呪霊と戦闘した。その時に、その呪霊の術式で死んだと思われる遺体を見ていたのでな」

 

『……もう察しはついていル。そういうことカ』

 

「あぁ」

 

 

メカ丸から体のことは聞いていた。

体が正常になるならば、呪力も術式も喜んで捨てようと、そう言っていた。つまり、彼の望みはーー

 

 

『肉体を治す代わりに、奴らに情報を提供すル』

 

『そういう『縛り』を交わしタ』

 

 

「…………そうか」

 

 

納得した。いや、歌姫女史から内通者の話を聞いた時点で、確信はしていたのだ。今さら驚かない。

ゆっくり目を閉じる。

 

 

『鶫』

 

 

そんな私の名を、メカ丸は呼んだ。

 

 

「なんだ?」

 

『俺を告発するのカ』

 

「…………」

 

『それならそれで構わなイ。ただもう少しだけ待ってくれないカ』

 

「…………」

 

『2日後。必ず俺は全てを皆に打ち明けル。だかラーー』

 

「分かった」

 

 

メカ丸は約束は守る男だ。

だから、私はメカ丸を信じる。

 

 

 

「待っているよ、メカ丸」

 

『あァ、約束ダ』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

10月17日。

これが私とメカ丸の最後の会話だった。

 

 

ーーーーーーーー




次回、宵祭り編突入!


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宵祭り
第31話 宵祭りー壱ー


ーーーーーーーー

 

 

「メカ丸~」

 

 

三輪は俺の名を呼んだ。どうやら相当探してくれていたようで、少し息が切れている。座学のノート提出が今日までだと伝えにきてくれたようだった。

 

 

「メカ丸?」

 

『スマン、三輪。少し寝ル』

 

 

ノートは机から勝手に取るように頼むと、三輪はその言葉通りに俺の机の上を探し出す。

 

 

「寝るって……まだ夕方ですよ?」

 

『…………』

 

「もぉ~!」

 

 

抗議の声をあげる三輪の声を聴きながら、俺はメカ丸との接続を遮断した。

 

 

ーーーーとある山間部・ダムーーーー

 

 

「来たか」

 

ーーコツンッ、コツンッーー

 

 

足音が響く。2人分の音だ。予定していた時間よりも少し遅れている。何をしていたのか分からんが……。

 

 

「遅かったな。忘れられたかと思ったぞ」

 

「そんなヘマはしないさ」

 

 

逆光で見えなかった2人の人物の顔が見えた。

夏油傑。4人しかいない特級呪術師の1人。

そして、

 

 

「相変わらずカビ臭くてやんなるね」

 

 

『真人』。

虎杖や七海一級術師、そして、鶫が戦った特級呪霊。

俺はこいつらと取引をしていた。奴らに協力し情報を提供する代わりに、『真人』の『無為転変』で体を治させる。そういう『縛り』だった。

だが、

 

 

「彼には渋谷でも働いてほしかったけど仕方ないね」

 

 

いけしゃあしゃあと……。

 

 

「京都校の人間には手を出さない。先に『縛り』を破ったのは貴様らだろう」

 

「やったのは『花御』だもーん。八つ当たりはやめてほしーなー」

 

「お前も手を出していたのは知っている」

 

「あれは正当防衛でしょ」

 

 

本当にこの呪霊はいちいち癪に障る。これ以上は話しても無駄だろう。そう判断した俺は、さっさと体を治すよう、目の前の下衆に指示をする。

俺の煽りで向こうも癪に障ったようだが、知ったことか。あちらも10月31日のハロウィンに向けて、不確定要素は消したいはずだ。ここで『縛り』を破ることは絶対にない。

俺の読み通り、『真人』を夏油が止めた。そして、奴の掌が俺の頭に触れた。

 

 

「感謝してよね、下衆以下」

 

『無為転変』

 

 

瞬間、体が作り替えられる感覚が全身を走り、

 

 

「……………………」

 

 

あぁ、手だ。掌が動く。

それに肌の痛みももうない。

……足。あぁ……自力で立てる。

 

 

「かわいくないなー。もっとハシャげよ」

 

 

お前に言われなくても本当はそうしたいさ。泣き叫んで生きていることを喜びたいさ。

だが、それはまだ早い。むしろ、ここからが本番だ。

 

 

「……それは事が済んだ後だろう」

 

「それもそうだね。じゃあ……始めようか」

 

 

奴の言葉を合図に、俺は呪力を解放する。確実に出力は落ちている。それに術式範囲もかなり狭い。だが、17年も自らの肉体として使ってきた傀儡だ。少なくなった呪力でも手足のように動かせる。

 

 

ーーガチャガチャガチャガチャーー

 

 

複数のメカ丸を一斉に、奴へ襲いかからせる。それを、

 

 

ーーバキバキバキバキッーー

 

 

一瞬で破壊する『真人』。

分かっている。見てきているんだ、この程度で祓える奴ではないことは理解しているさ。俺の狙いはそこじゃない。

奴が攻撃に集中した瞬間に、俺はさっきまで俺の体が培養されていた場所の裏手から地下へと降りていく。

ここで逃げるのもありだろうが、恐らく『帳』が降ろされている。となれば、逃げることはできないだろう。

だからーー

 

 

ーーボンッーー

 

 

川底から現れた巨大なメカ丸。

究極(アルティメット)メカ丸 絶対形態(モード・アブソリュート)

こいつで『真人』を祓う。

 

2対1。依然劣勢。だが、勝算はある。

全て視てきた。

俺を縛った年月で得た呪力。17年5ヶ月6日。出し惜しみはしない。

 

 

「チャージ1年!」

 

「焼き払え! メカ丸!!」

 

 

 

「『大祓砲(ウルトラキャノン)』」

 

 

奴がいた橋ごと爆撃する。直撃したはず。だが、それでも奴は煙の中から飛び出してきた。

分かってるさ。

メカ丸の攻撃では『真人』の魂まで傷つけられない。奴も今のでそれを確信したハズだ。

 

 

ーードゴォォォンッーー

 

 

すかさず連撃。奴を殴るが、的が小さいこともあり、外してしまう。奴はそのままダムの水中へ。着水の瞬間に、魚へ形を変えたのが見えた。

だが、

 

 

「関係ない!! チャージ2年」

 

「『二重大祓砲(ミラクルキャノン)』!!」

 

 

2年分の呪力で放つ『二重大祓砲』は強力で、ダムの水ごと『真人』を空中へ巻き上げた。空中では避けられないだろうが、それでも奴は攻撃の姿勢を崩さない。魂には至らない俺の攻撃など意に介していないからだ。

 

 

「あぁ、そうしてくれ!」

 

 

ーーゴィンッーー

 

「っ」

 

 

奴の攻撃に、『絶対形態』が揺れる。なんてパワーだ。グダグダやってると装甲を破られるな。

 

 

「チャンスは4回……!」

 

『術式装填』

 

 

コックピットの側面に『それ』を装填すると機内に響く機械音。同時に、前面の液晶に狙撃用のターゲットが浮かび上がった。

狙え、与幸吉(むたこうきち)

初撃を外せば、奴は警戒する。そうならないように確実に当てるんだ。

鳥に形を変えて飛ぶ『真人』の一瞬の隙、羽ばたきの合間にーー

 

 

 

「撃て、メカ丸!!」

 

ーーパァンッーー

 

 

 

俺は『それ』を奴に撃ち込んだ。

命中したのを確認して、そのまま『絶対形態』で叩き落としにかかる。

 

 

「意味ないって。今まで何見てきたの」

 

 

あぁ、そうだよな。

油断するよな。

 

 

ーーボウッーー

 

「……アレ?」

 

 

 

ーーバチィィィンッーー

 

 

 

奴の思考と動きが止まったその瞬間に、『絶対形態』は『真人』を叩き落とし、近くの森まで吹き飛ばした。

奴を見れば、再生しないことに混乱しているようで。

 

 

「そうなるよな!!」

 

ーードドドドーー

 

 

その隙に、さらに攻撃を叩き込む。だが、奴はすり抜けるようにその場から鳥に変身して離れた。

って、

 

 

「!」

 

 

とばした左腕が再生してる!

……いや、あれはブラフ。魂をこねくり回して再生しているように見せかけてるだけだ。

大丈夫。俺のこの手は効いてるはずだ!

 

 

「チャージ5年」

 

「『追尾弾(ビジョン)五重奏(ヴィオラ)~』」

 

 

追尾する5つのビーム。さらに打撃を重ねていく。奴はどの攻撃が魂まで傷つけられるのかまだ分かっていない。

 

 

「いける! 勝てる!」

 

『術式装填』

 

 

「会うんだ! 皆に!!」

 

 

 

 

「『領域展開』ーー『自閉円頓裹』」

 

「はい、お終い」

 

 

 

軽薄な言葉と共に、俺と『真人』の周りに奴の『領域』が拡がった。気味の悪い掌で覆われた空間で、奴はーー

 

 

「『無為転変』」

 

 

それを使った。

 

 

ーーガシャァーー

 

 

「直接触れなくたって領域に入れちゃえば関係ない。それはオマエも分かってただろ?」

 

「ハロウィンまでざっと10日。呪力をケチって領域まで使わないと思ったか? 10日も休めば全快するよ」

 

「作戦に夢と希望を詰め込むなよ。気の毒すぎて表情に困るんだよね」

 

 

 

 

ーードスッーー

 

「は?」

 

 

 

ご高説どうも。

表情に困る? いい表情じゃないか。困惑し、虚を突かれたそんな表情ができてる。

なぁ、下衆野郎。

 

 

ーーーーーーーー

 

それは平安時代。

蘆屋貞綱にやって考案された。

呪術全盛の時代、凶悪巧者な呪詛師や呪霊から門弟を守るために編み出された技。

一門相伝。その技術を故意に門外へ伝えることは『縛り』で禁じられている。

それは『領域』から身を守るための弱者の『領域』。

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「シン・陰流『簡易領域』」

 

 

 

全て視てきたんだ。

撃ち込まれた『簡易領域』は、奴を内部から破壊し祓う。俺の眼前で、

 

 

ーーパァァンッーー

 

 

奴は破裂した。

……よし、よしっ、よしよしよしっ!!!

 

 

 

「オオオオオオッ!!!」

 

 

 

勝てた、勝てたんだ!

予想以上にうまくいった。嬉しい誤算だ。『簡易領域』1本と呪力9年分を残して、夏油と闘れる!

勝てる。

皆に、会える!!

 

 

「撃て! メカ丸!!」

 

 

 

ーーバリィィィンッーー

 

 

 

勝利への確信と次への覚悟。

それを決めたはずの俺の前に、突如として『それ』は現れた。『絶対形態』の頭部、コックピットの装甲を破り、奴はーー『真人』は現れたのだ。

くっ、仕留め損なった!? いや、だが、まだ領域は1本残っている。

直にブチ込む!

 

 

「~~~~っ!?」

 

 

リーチの差だ。理解してしまった。

きっと俺の『簡易領域』は奴には届かない。その前に、奴に『無為転変』で殺される。

 

……あぁ、クソッ!

やっと、やっと皆に会えるのに。

鶫に。真依に。加茂に。西宮に。東堂に。新田に。歌姫先生に。そして、三輪に。

会えると思ったんだ。なのに、結局こうなるのか。

でも、これは仕方がないか。俺はきっとやり方を間違った。これはその罰なんだろう。分かってる。分かってるさ、仕方がないことだってのは!

…………でもさ、やっぱりーー

 

 

「……会いたいんだよ、皆に」

 

 

 

 

「ーーあぁ、分かってるさ」

 

 

 

 

ーーバリィィィンッーー

 

「!?」

 

 

『真人』が入ってきたのとは反対側。そこから彼女は現れた。装甲を素手でぶち破り、入ってきたのだ。

そして、

 

 

 

「汚い手で私の親友に触るなッ!!!」

 

 

 

ーーーーバギィィィッーーーー

 

 

 

彼女は私の眼前にまで迫った『真人』を殴り飛ばした。

静寂。

予想外のことに、言葉が出ない。そんな俺を見て、彼女は穏やかに笑いかけた。

 

 

 

「初めましてだな、幸吉」

 

 

 

加茂鶫。

裏切り者の俺を信じてくれた、俺の親友の姿がそこにはあった。

 

 

ーーーーーーーー




さぁ、絶望を壊そう。
これこそが転生ものの醍醐味だろう?


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第32話 宵祭りー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

私がそこに辿り着いた時、状況はよく分からなかった。

けれど、先程まで降りていた『帳』は上がっており、戦闘が終了したであろうことは察しがついた。そして、巨大なメカ丸があげた咆哮で、メカ丸の勝利で戦闘が終わったことも予想できた。

だが、

 

 

「『奴』の気配っ!!」

 

 

確実にいる。交流会の日、私が戦ったあの継ぎ接ぎの気配はまだ消えていない。奴はまだ生きている。

メカ丸は内通者だ。にも関わらず、戦闘を行ったということは何らかの交渉は決裂したということ。奴らにとっては呪術高専側に計画が流れるのは阻止したいはずだ。ならば、奴がとり得るのは、メカ丸を確実に抹殺すること。

 

 

「やらせるかっ!!」

 

 

足に全膂力を集中させ、踏み出す。そのままの勢いで、巨大なメカ丸の頭部へ突っ込んだ。

そこにいたのは、少年と継ぎ接ぎの化物。彼がそうであることは一目で分かった。だが、その彼は今にも刺し違えそうな勢いでーー

 

やめろ。やめろ、やめろ!!

 

 

 

「汚い手で私の親友に触るなッ!!!」

 

ーーーーバギィィィッーーーー

 

 

 

感情の限り、私は奴を殴り飛ばした。そのまま奴は巨大なメカ丸の中から吹き飛んでいった。本当ならば追撃した方がいいのだろう。

だが、今はそれよりもすべきことがある。

 

 

「初めましてだな、幸吉」

 

 

メカ丸もとい与幸吉。

私の親友に初めましての挨拶をすること以上に優先すべきことはないだろう。

 

 

「……鶫、お前」

 

「中々の美声じゃないか」

 

「っ、ははっ、第一声がそれかっ」

 

 

少しだけ目の端に涙を浮かべて、幸吉は笑う。何か憑き物が落ちたようなそんな表情だ。

 

 

「……すまないな、約束破った」

 

 

約束。

それは2日前にした、メカ丸を待つというものだ。それを私は破った。なんとなく嫌な予感がしたのだ。その結果、こうしてここに駆けつけるに至った。

 

 

「いや、助かった。俺1人だったら、今頃死んでた」

 

「ならば、お相子ということでよいか?」

 

「ふっ、あぁ」

 

 

手を差し伸べると、幸吉はその手を取り、立ち上がった。

 

 

「もうここも破られた。ここに留まるのは悪手だ」

 

「ふむ。幸吉、お前呪力はどうなった?」

 

「『天与呪縛』が俺を縛った年月……残り9年分。少しの間だが、特級レベルの出力は出せると思う」

 

 

そう言って、幸吉は自らの手の感覚を確かめるようにする。

そうか。今まではそんな動作も満足にできなかったのだ。それを見て、少し微笑ましい気分にもなるが、

 

 

 

「おいおい、殺したよな、お前」

 

 

 

会話を楽しむ訳にもいかないらしいな。奴は巨大メカ丸の下からこちらを見上げている。

 

 

「幸吉、奴の術式は?」

 

「原型の手で触れたものの魂に触れ、肉体を作り替える術式だ。あとは奴自身の肉体も変えられる。その上、普通では攻撃が通じない」

 

 

やはりあの時の読み通りか。とすると、あと懸念すべきは『領域』だが、

 

 

「『領域』はさっき使わせた。もうない」

 

「使わせた? ならば、どうやって……」

 

「三輪の『簡易領域』をこいつに封じてある。それで防いだ」

 

「……そうか、よかった」

 

 

幸吉がそれを使えなかったらと思うと、寒気がする。これは霞に感謝しなくてはな。

さて、情報の共有は終わった。あとは目の前のこいつを祓うだけだ。

 

 

「では、行こうか、幸吉」

 

「あぁ」

 

 

 

2人でそのまま巨大メカ丸の頭部から降り立つ。

その瞬間を奴は見逃さない。着地の瞬間を狙って、腕を棍棒のような形状に変形させてきた。だが、

 

 

「それは効かんッ!!」

 

ーーバギッーー

 

 

一瞬、先に降りた私がそれを踏みつけ、抑え込む。それに合わせて、幸吉が叫んだ。

 

 

「チャージ2年!」

 

ーーガシャッーー

ーーガシャッーー

ーーガシャッーー

ーーガシャッーー

 

「!?」

 

 

物陰に隠れていた複数のメカ丸による同時射撃。それを見て逃げようとするが、

 

 

ーーグイッーー

 

「逃がさんよ」

 

 

奴の腕を掴む。私の力だ。簡単には引き剥がすことはできない。

 

 

「はっ、お前ごと攻撃? 本当に友達か」

 

「あぁ、親友だよ」

 

 

「撃て、メカ丸っ!」

 

 

 

ーーーーゴォォォォォンッーーーー

 

 

 

轟く音。私はメカ丸による砲撃の着弾直前に離脱できたが、奴は直撃した。けれど、まだ終わっていない。

 

 

「幸吉!」

 

「あぁ、畳み掛ける!」

 

 

幸吉と共に駆ける。砲撃による煙が晴れ始め、人影が見えた。その瞬間に、

 

 

「はぁっ!!」

 

ーーバギッーー

 

 

一撃。

 

 

「刀源解放!」

 

 

加えて、2体のメカ丸による斬撃が奴の肉体を刻んだ。継ぎ接ぎの上半身と下半身が別れる。

さらに、

 

 

「らぁッ!!」

 

ーーバキィィッーー

ーーバキィィッーー

 

 

私の蹴りが奴の別れた肉体に一撃ずつ入る。そのまま吹き飛ぶ継ぎ接ぎ呪霊。

 

 

「……本来ならば祓えてもおかしくないんだがな」

 

「はぁ、ホントうっとうしい。効かないってそっちのに聞いたでしょ?」

 

 

奴は戦闘中にも関わらず、ため息を吐いた。何事もなかったかのように、上半身と下半身は繋がっていた。

これでもまだ祓えんか。本当に厄介な相手だ。

 

 

「このまま続けても意味ないんだけどなぁ」

 

 

奴の言うことには一理ある。正直、こちらは人間である以上、私たちの疲労は溜まり続け、呪力は減り続ける。一方で奴は呪霊、呪力こそ減れど、疲労もダメージも入らない。

あぁ、分かってるさ。だがな、呪霊よ。

 

 

 

「……その術式だって、呪力を全く使わない訳じゃあないんだろう?」

 

「俺の呪力が尽きるまで殺し続けるって?」

 

 

 

「やってみろよッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

継ぎ接ぎが叫ぶと同時に、奴の腕が鞭になり、一瞬で私たちの間の距離を0にしてくる。

 

 

「幸吉!」

 

「っ、あぁ!!」

 

 

鞭がこちらへ届くよりも先に、幸吉を足に乗せ、上空へ蹴りあげた。逆に、私は鞭の下に潜り込み、そのまま距離を詰める。奴までの距離は100m。私ならば数秒程度でこの距離を詰められるのは、奴も分かっているだろう。

だが、奴は距離を離そうとしない。なぜなら、私の攻撃が通じないことを分かっているから。

 

 

「おいおい! 攻撃を避けられない空にお友達を放っていいのかよっ!」

 

 

そう言いながら、鞭から次の攻撃へ繋げようとする呪霊。もちろん、攻撃先は身動きのとれない幸吉だ。

 

 

「目の前でお友達が死んだら……どんな顔になるーーかなッ!!」

 

 

奴の腕は太い針へと形を変えた。それでそのまま幸吉を貫こうとする。

そんな奴に、私は一言だけ言い放った。

 

 

 

「本当にいいのか?」

 

 

 

その言葉で、奴の視線がこちらへ向く。その視線の先には、私の手。私の手の内には『それ』がある。

 

 

「っ、それはっ!?」

 

「『これ』は効くんだろう?」

 

 

幸吉から受け取っていた筒状の呪具。

そう。今、私の手には『簡易領域』が握られていた。

 

 

「っ、こいつっ!?」

 

 

慌てて、奴は距離をとった。だが、私相手に生半可な速度で逃げられると思うなよ。

呪力が尽きるまで殺し続ける?

それを私は一度も肯定してない。

 

 

「~~~~っ!!」

 

 

私から離れられない。そう判断したのだろう。一転して、奴は私へその掌を伸ばしてくる。

……そうだろうな。触れば勝利の術式だ。逃げられないのならば攻めるしかない。

だが、

 

 

 

「いいのか? 後ろがお留守だぞ?」

 

 

 

「チャージ7年!!」

 

 

 

奴の後ろにはすでに幸吉と5体のメカ丸がいた。それに構わず、継ぎ接ぎは手を伸ばしてくる。狙いは私。

 

 

「いくら特級レベルの出力でも俺は殺せないっ! 『それ』を持つお前さえ殺せば俺は死なないっ!」

 

「その通りだ、呪霊。だがなーー」

 

 

 

ーーパァンッーー

 

 

 

「この殺し合いは私と幸吉の勝ちだよ」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その術式の対象は、一定以上の呪力をもつ物。

呪術師や呪霊、呪骸は勿論、呪具などの無生物も対象とする。

その術式効果は『位置の入れ替え』。

 

名は『不義遊戯(ぶぎうぎ)』。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

柏手と共に、私の手元から『それ』が消え、代わりに一体のメカ丸が現れる。理解も、想像もできないだろう。

まさかお前が警戒していた『簡易領域』を、

 

 

 

ーーグサッーー

 

「終わりだ、『真人』」

 

 

 

全く警戒していなかった幸吉が持ってるとはな。

 

 

ーーググググググッーー

 

 

『簡易領域』が『真人』と呼ばれた呪霊の内側から展開していく。『領域』が膨れ上がり、破裂しかけたところで。

 

 

「鶫! 頼む!」

 

「分かっている!!」

 

 

ーーガシッーー

 

 

奴を抱き締めた。

 

 

「喜べ、女子高生の抱擁だぞ?」

 

「お、まっ、えッ!?!?」

 

 

 

 

「『三重大祓砲(アルティメットキャノン)五重奏(ヴィオラ)~』」

 

 

 

 

その瞬間、光が私と奴を包み込んだ。

 

 

 

ーーーーーーーー



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第33話 宵祭りー参ー

ーーーーーーーー

 

 

ーーゴツンッーー

 

「痛っ!?」

 

 

殴られた。グーで。

 

 

「何をする、幸吉!!」

 

 

いきなりの暴力に、私は抗議の声をあげた。

暴力反対! 暴力反対! 感謝こそされても、殴られる覚えなど私にはないぞ。

そう言う私を幸吉は軽く睨みながら、ため息混じりに叱りつけてくる。

 

 

「東堂の術式があるとはいえ、無茶をしすぎだ。『真人』を引き付けるのも、奴を抑え込みながらメカ丸の『三重大祓砲』を喰らうのも」

 

「大丈夫だっただろう?」

 

「結果論だ!!」

 

 

あ、これ本当に怒ってるやつっぽい。

もちろん、それが心配からくるものだとは分かってはいる。だから、今は彼の怒りも受け入れよう。親友の感情を受け止めるのも、友の役目というものーー

 

 

「何をにやけてる、鶫」

 

「ん? いや、それも若さだと思ってな」

 

「…………こいつ……」

 

 

呆れ果てたような視線を私に向けた後、彼は、

 

 

「ふっ」

 

 

不意に笑った。その笑顔は屈託のない17歳の少年らしい、年相応の笑顔だった。

その顔からはもう痛みは感じられない。

彼は内通者であった。その情報で死者も出ている。きっと報いは受けなくてはならないのだろう。罰はきっとある。

 

けれど、幸吉。

 

今は喜ぼう。

今、こうして笑い合えることを。

君が皆に本当の意味で会えることを。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

京都校に帰った後のこと。

どうやら歌姫女史が内通者の当たりをつけていたようで、既に呼び出された教室には歌姫女史が神妙な顔をして待っていた。あとなんか五条もいる。

 

 

「メカ丸」

 

「歌姫女史、彼は幸吉だ! 間違えないでいただきたい」

 

「えぇと、幸吉」

 

 

歌姫女史が名前を呼ぶと、幸吉は一歩前に出る。本人も分かっているんだろう。自分の罪の重さを。

 

 

 

「呪術総監部からの通達よ。与幸吉。貴方は呪霊側に情報を流し、多くの犠牲者を出した。よって、呪術規定に基づき、死刑とする」

 

 

 

「っ」

 

「幸吉、ごめん……私の力じゃあどうにもできなかった。ホントにごめん」

 

「…………いや」

 

 

京都校の面々のことを大切に思っている歌姫女史の口から出る言葉だからこそ、その重さはよく分かる。それはきっと覆すことのできなーー

 

 

 

「っていうのを僕が有耶無耶にしといたから!」

 

 

 

歌姫女史の言葉を仏陀切るように、五条悟が明るい声色でそう言った。

 

 

「は?」

 

「だって、彼、向こうの情報をもっているんでしょ? なのに、何も聞かずに死刑なんてどうなんだって交渉したんだよ。というより、脅した」

 

「おい、五条! 私聞いてないんだけど!?」

 

「うん。言ってないからね」

 

「おまっ!? そういう大事なことはまず京都校の私にーー」

 

「歌姫、うるさーい」

 

 

五条と歌姫女史が言い合うのが聞こえる。だが、私も幸吉もそのやりとりは耳に入ってこなかった。顔を見合せながら、徐々に大きくなる喜びの感情をーー

 

 

 

ーーバァァァンッーー

 

「メカ丸~~っ!!」

 

 

 

喜びの感情は不発に終わる。それよりも大きな感情で、盗み聞きしていたこの教室の扉を力一杯に開け、幸吉に抱きついた人物がいたからである。

その人物こそ、

 

 

「めかまるぅぅ……よかった、よかったよぉ……っ」

 

「お、おいっ、三輪っ!? はなれ、いや、離れろっ」

 

 

三輪霞その人であった。

続けて、憲紀や真依、西宮先輩と東堂先輩、新田と京都校全員が教室に入ってくる。

 

 

「うたひめ、せんせぃから、きいてっ! どうなっちゃうかって……っ!」

 

「わ、わかった! わかったからっ!?」

 

 

恐らくこの場面であれば、涙のひとつでも流すような感動的な場面であろうが、真依と西宮先輩の表情が少々気になる。

 

 

「……真依」

 

「なによ?」

 

「何故ニヤニヤしているのだ?」

 

 

単刀直入に聞いてみた。私がいない間に、何かあったのかもしれない。そう思ったからだったのだが、どうやらそういうわけではないようで。

 

 

「はあ? あんた、気づいてなかったの?」

 

「?」

 

「あの2人……というか、メカ丸はーー」

 

 

そこで真依は私の耳にあることを囁きかけた。

それは衝撃の事実であった。

 

 

「なん、だと……!?」

 

 

一難去ってなんとやら。どうやら内通者問題が片付いたと思ったら、別の問題が浮上してしまったのである。

……そう。

幸吉は霞のことが好きらしい!!

 

 

 

「ふっ、親友として、これは力にならねばなるまい!」

 

 

 

ーーーー鶫は知りえない会話ーーーー

 

 

 

「は、はぁ…………」

 

 

その小さな呪霊は息も絶え絶えに、その場所に辿り着いた。戦闘を行ったダムから遠く離れた山中。ほとんど呪力も残っていないせいで、肉体の再生も難しいようだった。

 

 

「あの時……以上に、ヤバかった」

 

 

満身創痍。彼はそのままゆっくりと山中に入ろうとして、止まる。

 

 

「……夏油」

 

 

目の前には、黒の僧衣を着た彼らの協力者・夏油がいた。彼は静かに『真人』を見下ろしている。

 

 

「流石の君も祓われたかと思ったが、よく生きてたね」

 

「……呪力はほぼ残っていないけどね」

 

「……そのようだ」

 

 

顎に手をあて、夏油は何かを考えているようであった。少しの思考の後、彼は『真人』に手を差し伸べた。

弱り果てていた『真人』は、そのまま彼の掌に乗る。

 

 

「帰ろうか、『真人』」

 

 

内通者であった与幸吉が生存したことで、計画は大きく狂った。だが、まだ手の打ちようはある。

そう言って、夏油は

 

 

 

ーーゴクッーー

 

 

 

『真人』を呑み込んだ。

 

 

 

「少々、計画を変えるとしよう」

 

 

 

ーーーーーーーー




祝・幸吉くん生存!
ちなみに、東堂先輩は勝利して喜び合う親友の間に挟まるような野暮な男ではありません。クールに去りました。

次回、新章『恋焦』編スタート


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恋焦
第34話 憲倫くんは親友の恋を応援したい


ーーーー京都校・食堂ーーーー

 

 

 

「幸吉。お前、霞のことが好きなのか」

 

「ぶっ!?」

 

 

幸吉が肉体を取り戻してから初めての土曜日。

残念ながら、呪術師は忙しく、全員揃ってはいない。私と幸吉、真依と新田で遅めの昼食をとっていた時に、ちょうどいいからと私はそう訊ねた。

それを受け、幸吉は口に含んでいたお茶を吹き出し、それが新田にかかった。まじうける。

っと、

 

 

「…………」

 

「す、すまん、新田……」

 

 

びしょ濡れになった新田をハンカチで拭く幸吉。

 

 

「で、どうなんだ?」

 

「……ノーコメント」

 

 

答えない。ということはほぼ答えを言っているようなものではないか。

そうかそうか。私は気づかなかったが、呪術師同士でそのような甘酸っぱい恋もあるのだな。うむ、いいではないか! 明治と比べて呪詛師もそこまで活発でなく、例外はあるが呪霊もまぁ、強くはない。平和な時代だからこそ生まれる感情……呪術とは正反対のいいものだ。

 

 

「ふっ」

 

「またババ臭い雰囲気出してる。鶫、あなた、おっさんみたいよ」

 

「否定はせんよ」

 

 

いつもの真依の発言は適当に流す。それよりも今は幸吉と霞の話をすべきだろう。

 

 

「幸吉。それで、どうする?」

 

「……いや、どうするって何がだよ」

 

 

私の問いに、彼はそう答えた。答えたというよりもとぼけた。それを見て、真依はため息を吐く。

……なるほど。真依や西宮先輩は前から彼の恋心に気づいていたらしく、外野からそれを見続けてきた。メカ丸として振る舞っていた頃はその境遇ゆえに踏み出すことはできなかっただろうが、今は違う。生身の肉体があるにもかかわらずこれだ。真依もため息を吐きたくもなるさ。

 

 

「これであの娘気づいてないんだから大概よ」

 

 

人のことは言えないが、霞も大概だな。

……ん? いや、待てよ。メカ丸時代は表情が隠れているからギリギリバレなかったのか。そう考えると……。

 

「なぁ、真依よ」

 

「なに?」

 

「霞の前に、幸吉を連れていけば一発でバレるのでは?」

 

「!」

 

 

不意に思いついた私の発言で、真依が少しだけ目を見開いた。やってみる価値はあるということだろう。

私と真依は顔を見合せて、頷いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

後日、面白そうとの理由で私と真依、西宮先輩が私の部屋に集まり、会議が行われた。幸吉抜きで進める幸吉の恋を応援(約2名は面白半分)する会が発足した瞬間であった。

 

 

「もう連れてっちゃえばいいじゃん」

 

 

挙手しそう言い放つ西宮先輩。やり口が直球だ。

 

 

「賛成」

 

「私もだ」

 

 

決定。会議終了。

というわけで、翌日、幸吉を霞の前まで連れていくことが満場一致で決まった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日。

日曜日ということで、本職はともかく、学生である我々京都校の面々は全員休みである。

ということで、私は早速、幸吉を連れ出していた。向かっているのは真依たちとの待ち合わせ場所。そこに真依と西宮先輩が霞を連れてくる手筈になっている。

 

 

「幸吉、早くしろ!」

 

「お、おい。どこに行くんだよ」

 

「いいからついてこい!」

 

 

私は彼の手を引いて、走る。まだ自分の足で走ることに慣れていない幸吉に合わせて、少々速度は抑え目に。

 

10分ほどして、例の待ち合わせ場所についた。まぁ、ただの大型買い物施設なのだが、学生のでーとにはちょうどいいというのは西宮先輩の談。その施設の中、あいすくりーむ屋の近くで止まり、近くを見渡す。

ここで真依たちが連れてきた霞と幸吉を引き合わせ、我々は姿を眩ますという作戦であった。

のだが、

 

 

 

「メカ、丸……と鶫ちゃん?」

 

 

 

「あっ」

 

 

霞は既にそこにいた。しかも、ひとりで。

ふむ? 真依と西宮先輩はどこにいった? いや、今、問題はそこではないな。

問題は霞の視線の先。我々の手元に向かっていて。

 

 

「今、手を繋いで…………あっ」

 

「お、おい、三輪。違うぞ! 違うからっ!?」

 

「そういう関係だったんですね……」

 

「いや、いやいやいや!!」

 

 

 

「…………おや?」

 

 

 

もしかして、私やらかしたか?

予定外のことに動揺していたのだろう。未だに幸吉と手を繋いだままであることも忘れていた。

呆けている間に目の前の修羅場は進む。

 

 

「あ、はは……そうですよね。うん、鶫ちゃんはメカ丸の命を救ったんだから、そういうこともあるよね」

 

「三輪、いや、聞いてくれっ」

 

 

ふと視界の端に、真依たちの姿があった。近くの柱に身を隠し……なんか2人ともあいすくりーむ持ってるんだが。

どうやらこれはこれで面白そうだと思ってるのか、近寄ってくる様子は一切ない。

うーむ。

 

 

「どうしよ……」

 

 

ーーーーーーーー




続きます。


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第35話 憲倫くんは見守りたい

ーーーーーーーー

 

 

結局、私は逃げ出した。

嗚呼、なんと最低な奴であろうか。

しかし、待ってほしい。あれは仕方がないだろう。

 

 

「よくもまぁ、あの場から逃げるなんて選択ができたわね」

 

 

真依からの評価も地に堕ちていた。いや、元々か?

 

 

「ま、でもさ、これでメカ丸がフォローできなきゃ、元々それまでってことじゃない?」

 

「……まぁ、桃の言う通りか」

 

 

ありがとう、西宮先輩。お陰で助かった。

つまり、私は親友に試練を与えたということで。

……うむ、そうだ。その程度の苦難で挫けるようでは霞のことは任せられんなぁ!

 

 

「それはそれとして、あんたは反省しなさい」

 

「うむ……」

 

 

正直、霞を放っておいて、あいすくりーむを買いに行った真依たちにも責任の一端はある気がするが、私にも落ち度はあるので黙って頷くしかなかった。

 

 

……………………

 

 

さて、本題だ。

我々は今、霞と幸吉の少し後ろを歩いて回っている。付かず離れずで、様子を伺うことにしたのである。

 

 

「でもさー、あれで落ち込むってことは……」

 

「えぇ、脈ありでしょ」

 

 

分かってたことだけど。真依はそう続ける。

まぁ、幸吉のことだ。私が出会う以前も世話焼きでいい奴であったのは変わらないだろう。きっと霞もそういう幸吉を見ているはずだし、その優しさに触れたこともあったはずだ。

ならば、惹かれるのも頷けるな。

 

 

「あっ、動いた」

 

 

西宮先輩の声で、再び視線を彼らに戻すと、霞が走り出したところだった。それを幸吉が止める。

手を掴んで。

 

 

「~♪ やるぅ」

 

「思ったよりも大胆ね、メカ丸」

 

「ふむ。霞も突然手を握られたことで固まってるな」

 

「霞の顔、赤くない?」

 

 

これはいいではないか?

接触した際に本当に嫌ならば振りほどくだろう。それをしないということは霞も満更ではないはずだ。

 

 

「がんばれ、幸吉っ」

 

「あっ、離した」

 

「チッ」

 

 

面白くない。そう言って、西宮先輩は舌打ちした。怖い。

だが、まぁ仕方がない。流石に展開が早すぎた。大丈夫だ、ゆっくり攻めていこう。

 

 

「…………並んで歩き出したわね」

 

「よし」

 

 

さっきまで霞が二歩分前を歩いていたことを考えたら、まずは一歩前進だ。誤解が解けたかは分からないが、何かを話しているのは見える。話が聞いてもらえるなら、まだ機会はあるはずだ。

がんばれ、幸吉!

 

 

……………………

 

 

「いいふんいひね」

 

「ふぉうね」

 

「ふぉうだな」

 

 

3人で飲食店が並んだふーどこーと?で、甘味を頬張りながら観察を続ける。くれーぷ、うまい。

私たちの視線の先には、二人がけの席で笑い合う幸吉と霞。西宮先輩の言うようにいい雰囲気で。

少々、様子見。ふむ、それにしても、

 

 

「しょふぁいめんとふぁふぉもえんな」

 

「……正直、私もまだ慣れないわ、あのメカ丸」

 

 

隣を見ると、もうクレープは食べ終わったようで、真依がそう言った。ちなみに、西宮先輩はクレープをもうひとつ注文しに向かっていた。

 

 

「真依よ、何度も言うがな……」

 

「幸吉って呼べってでしょ?」

 

 

この尾行中も何度も言ってきたからか、私の言おうとしたことを先回りして言われる。なんだ、分かっているのか。

 

 

「なら、もうメカ丸ではなく幸吉と呼ぶべきだろう」

 

「……京都校の人間からすると、メカ丸はメカ丸。1年半も一緒なのよ、今更変える必要ある?」

 

 

あだ名みたいなものよ。

真依はそんな風に悪ぶってから、続ける。

 

 

「呼び方なんて変えなくても、分かってるわ。メカ丸が京都校の人達を大切にしてたのも、メカ丸自身が苦しんだことも」

 

「それは呼び方ひとつでどうこう変わる訳じゃないし、わざわざ変えるのもわざとらしい。今の貴方を受け入れますよって……そんなのガラじゃない」

 

「メカ丸はメカ丸。私や霞のクラスメートよ。ただそれだけ」

 

「…………真依」

 

 

なんだかんだと真依は仲間思いだな。

そんな彼女の一面を見て、ふと心が安らいだ。

 

 

「だから、私は変えるつもりなし。鶫、あなた桃にも同じこと言ってたけど、きっと桃だって同じよ」

 

 

そう言って、真依はクレープ屋に並んでいる西宮先輩へ目を配る。

チラリと見ると、西宮先輩は写真と現物が違うことにキレていた。店員を睨み付けて、増量を求めている。台無しである。

 

 

「私も桃のところに参戦してくるわ」

 

 

2倍まで増量させてくるわ。真依は得意気な表情で席を立って、西宮先輩の方へ向かっていった。

 

ともかくだ。

幸吉を今までと変わらず受け入れてくれる真依や西宮先輩。家のことがあるとはいえ、きっと憲紀もそうだろう。東堂先輩は……よく分からんが、まぁ、協力してくれたし。

あとは、

 

 

「実るといいな」

 

 

私は楽しそうに微笑む2人を見て、一口、珈琲をすすった。

 

 

ーーーーーーーー




2人の話は一旦ストップ。
ただし、『恋焦』編は継続します。


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第36話 探し人

展開上オリキャラありになりますが悪しからず。


ーーーー呪術高専京都校・2年教室ーーーー

 

 

「探し物?」

 

「探し者……いや、探し人と言った方がいいか」

 

 

私の言葉を聞き間違えた幸吉に、そう言い直した。

『天与呪縛』で得た呪力はすべて使い果たした幸吉ではあるが、長年呪力を使ってきたこともあり、呪力自体や術式は使えるようである。また、彼の術式『傀儡操術』は、偵察や探し物に向いているため、そんなことを持ち出したのだ。

 

 

「いいが、前ほどの術式範囲はないぞ」

 

「それは分かっているさ。だが、私だけでは探しきれなくてな」

 

 

頼まれてくれるか?

そう訊ねると、幸吉は勿論だと快諾してくれた。ありがたいことだ。

 

 

「それで? 誰を探せばいいんだ?」

 

 

幸吉の問いに、私は答える。

 

 

「幸吉に頼みたいのはーー」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

数日後。

私の元へひとつの任務が入った。同行者は幸吉と憲紀、というよりも憲紀の任務に私たちが着いていくという方が正しいか。男3人ぶらり旅という奴だな。

 

 

「いや、お前は女だろ」

 

 

ふむ、そうだった。

 

 

「私語は慎め、2人とも」

 

 

少々、気が抜けていたのを憲紀に指摘される。

確かに今回の任務は気が抜けない。なんせ相手はーー

 

 

「相手は一級相当の呪詛師。心してかからなくては……死ぬのは私たちだぞ」

 

「……すまないな、憲紀」

 

 

呪詛師の拘束とその人物が持つという呪具の押収。それが私たちの任務である。

霞と幸吉の一件があって、触れてはいなかったが、幸吉から呪術高専側へ渡された情報で、特級呪術師・夏油傑が生きていることが判明した。その結果、夏油傑の術式『呪霊操術』への対応策のひとつとして、今回押収を予定している呪具の回収に至ったという訳だ。

 

 

「去年の12月24日に起こった『百鬼夜行』を繰り返す訳にはいかない」

 

「あぁ。俺がここにいることで、奴の狙いーー五条悟の封印は恐らく防げた。あとは本人を捕えればいい」

 

 

幸吉曰く、夏油という男の目的は五条悟の封印。その彼と組んでいる特級呪霊は『真人』と呼ばれていた奴以外にもいるらしいが、どれも五条悟が祓除できるとのことだった。ならば、あとは幸吉の言う通りにその男自身を捕まえるだけだろう。

 

 

「しかし、よく知っていたな、鶫。『呪霊操術』を無効化できる呪具など」

 

「……まぁ、昔、その呪具の噂を聞いたことがあってな」

 

 

憲紀の言葉にそう返す。

昔といっても前世の話だが。

ともかく、幸吉は今回の任務では私と憲紀との連絡役だし、憲紀にもあまり危険を犯させたくない。この任務は私が頑張らなくてはな。

そんなことを決意しながら、私は2人とともに歩を進めた。

 

 

……………………

 

 

歩くこと10分。例の呪詛師がいるという廃病院に着く。幸吉が『傀儡操術』でその男の姿を確認したのだから、ここにいるのは間違いないはずなのだが……。

 

 

「気配がないな」

 

 

建物内に入っていないからか?

ふと憲紀と幸吉の方を見ると、彼らも首を横に振った。つまり、憲紀たちも呪力感知できていないということだ。

 

 

「………………気づかれたか?」

 

「2時間前までは確かにいたはずだ。俺の『傀儡』にも気づいた素振りはなかった」

 

 

なら、なんだ? 罠か?

 

 

「ここにいても仕方がないか」

 

 

そう言って、2人に目線を配るとそれぞれ頷いてくれる。そのまま歩を進め、私たちはその病院にーー

 

 

 

「あ、パパ!」

 

 

 

足を踏み入れた途端に、『それ』は現れた。

長い黒髪を後ろでひとつに縛り、灰色のワンピースを着た少女。こんな場所に少女がいる? いや、明らかにおかしいのは分かっている。

おかしいのだ。そもそも、

 

 

「なんだ、その気配はっ!?」

 

 

「鶫!」

「前だっ!!」

 

 

一瞬だったはずだ。2人に声をかけられ、はたと気づく。

いつの間にか目の前に『それ』はいて、私の顔を覗き込んでいた。『それ』が近づいたことに私が気づけなかった。私の集中力が欠けていたのはあるだろうが、それでも速い。

 

 

「っ」

 

「なんだ、その気配はって…………もう、酷いなぁ」

 

 

少し拗ねたような顔。

頬を膨らませながら、『それ』は言う。

 

 

 

「あたしを作ったのはパパでしょ」

 

 

 

パパ? 私のことを言っているのか?

本当に何をーー

 

 

「探してたんだよ、パパ」

 

「お前……一体なんなんだ……」

 

「あっ、そっか。お兄ちゃんが言ってたけど、あたしがこの姿になったの最近だったんだ!」

 

 

じゃあ、改めて自己紹介するね。

そう言うと、灰色のワンピースの端を少しつまんで『それ』はお辞儀をして、その名を名乗った。

 

 

 

「あたしは『焼相(しょうそう)』」

 

「『呪胎九相図(じゅたいじゅそうず)』9番。パパの可愛い可愛い娘だよ」

 

 

 

ーーーーーーーー




『焼相』ちゃん
見た目は10歳前後で、長い黒髪を後ろでひとつに縛ってます。
ちなみに、目にハイライトは入ってません。


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第37話 『焼相』という少女

ーーーー廃病院エントランスーーーー

 

 

目の前の少女……いや、呪霊は『焼相』と名乗った。

聞き覚えのない名前で、ますます混乱する。呪霊からパパと呼ばれるなんて経験は初めてだ。

 

 

「覚えはないな……人違いじゃないか」

 

 

警戒しつつそう返す。おぞましい気配は感じるが、今のところ、害意はないように見える。勿論、それを巧妙に隠しているだけかもしれないが。

 

 

「ひどーい!! あたしはこんなにもパパのこと探してたのにっ!」

 

 

探してた? しかも、加茂鶫の状態の私をパパと呼ぶということはつまり、

 

 

「お前の目的は『私』なのか?」

 

 

加茂鶫の中の『加茂憲倫』。つまり、『焼相』の目的は私を見つけることなんだろう。

憲紀たちには聞こえないよう、目の前の『彼女』に小声でそう聞く。それを察したのか『彼女』は小声で、そうだと私に耳打ちしてくる。

私の正体は誰も知らないはすだ。なのに、この少女が知っているのはなぜだ?

 

 

「鶫! 避けろ!」

 

「っ」

 

 

不意に響いたのは憲紀の声。声の方向に視線を向けると、彼は掌を合わせていた。瞬時に、彼が『百歛』で血を圧縮しているのが分かった。

 

 

「『穿血』」

ーーバシュンーー

 

 

私の方へ向かってくる血液を身を伏せて躱す。頭上を掠める『穿血』。軌道は完璧だ。

……どうだ?

私は少女の様子を視界に収めるため、身を翻す。見れば、攻撃は確実に『焼相』の身を貫いていた。

 

 

「っ」

 

 

この期を逃す手はない。私はそのまま目の前の少女の頭を掴み、床へ叩きつけた。手応えは、ある。

さらに、少女を宙へ投げ飛ばし、その首めがけて払い蹴りをかました。見た目のせいで気後れはするが、相手は恐らく一級以上であろう。ならば、手加減などできるはずもない。

 

 

ーーバギィィッーー

 

 

私の蹴りで『焼相』は、床へ転がる。

 

 

「やったか……?」

 

「鶫、油断をするな」

 

 

私の側へ来た憲紀。『赤鱗躍動』を使い、身体能力を上昇させた憲紀と『天与呪縛』による超強化の肉体をもつ私が警戒しているのだ。これで近接戦で負けはしない。

 

 

「う……」

 

 

あれだけの連撃を受けたにも関わらず、少女は起き上がった。そしてーー

 

 

 

「うえぇぇぇぇぇんっ!!!」

 

 

 

「「は?」」

 

 

『彼女』はいきなり泣き始めてしまった。

まぁ、普通の少女ならばそれが普通、どころか私たちが最悪の屑人間になる訳だが……。しかし、この少女は、

 

 

「パパがっ! パパがあたしのこと虐めるぅぅっ」

 

「虐めるって……お前、呪霊だろう……?」

 

 

そのはずだ。少なくとも私にはそうとしか見えない。

 

 

「ちがうもんっ! あたし、『受肉体』だもんっ!!」

 

「『受肉体』だと?」

 

 

つい聞き返してしまった。

『受肉体』。

呪物を取り込み、肉体を得た呪物そのもののことだ。『彼女』は自らをそう言った。

……なるほど。手応えがあるわけだ。呪力で作られた肉体をもつ呪霊とは違い、『受肉体』なら元々の肉体ももっているのだから。

 

 

「うぅぅ……」

 

 

起き上がったと思ったら、今度は座り込んでしまった。目を擦りながら、ぐずる『焼相』。

 

 

「おい、どうしたんだ」

 

 

『焼相』が目の前にいるにも関わらず、私たちが攻撃を止めたのを不審に思ったようで、遠くから隙を窺っていた幸吉が駆け寄ってきた。

 

 

「いや、それがだな……」

 

 

憲紀とともに、未だに泣き続ける少女の方へ視線を向ける。幸吉もつられてそちらを見て、

 

 

「……どういう状況だ?」

 

「私も何がなんだか分からんが」

 

「ひとつだけハッキリしていることがある」

 

 

端から見たら、まるで我々が悪者だ。

その言葉に、2人も神妙に頷いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

幸吉が持っていた飴玉を舐めて落ち着いたのか、『焼相』はやっと話せるようになっていた。

女性である私の方が警戒もしないだろう。それに例の呪詛師がまだいるかもしれないからと説得し、2人にここを離れさせることに成功させた私は、『焼相』の隣に座り、話をすることにした。

ちなみに、幸吉にお前が一番派手に蹴っていただろうと突っ込まれたのは、まぁまぁまぁ。

 

 

「聞きたいことは色々あるが、まずは聞かせてくれ」

 

「うん、パパ」

 

「……お前は『呪胎九相図』の『受肉体』で間違いないな」

 

「うん、そうだよ」

 

 

私の質問に頷く『焼相』。

先日の姉妹校で奪われたという『呪胎九相図』のひとつが受肉した姿だと彼女はそう言った。そして、目的は、

 

 

「私に……加茂鶫に会うことか?」

 

「ううん、あたしが会いたかったのはね、パパ……えっと、『加茂憲倫』さん!」

 

「…………」

 

 

やはり目の前の少女は、私の中身を知っている。だが、誰にも言っていないはずのそれを知っているのはなぜだ?

 

 

「もうひとついいか」

 

「うん!」

 

「パパっていうのは……」

 

 

『呪胎九相図』。

幸吉から聞いた話だと、姉妹校交流会で『真人』たちが高専に現れたのは、それの盗難が目的だったという。気になって調べたのだが、それは確かに前世の私が生きた時代、明治に生まれた呪物だ。

 

呪霊の子を孕む女性がいた。

その女性が九度の懐妊、九度の堕胎で出来た胎児が死後、呪物に転じたものであり、階級でいえば特級。

……ふむ。確かに呪霊の子を孕む人間には興味はあるが、『呪胎九相図』などという呪物を作ったことなどない。そもそも倫理的に許されないことだろうし、作ろうとも思えない。だから、先程も覚えがないと言ったんだがな。

 

 

「パパはパパでしょ? あたしたちを作ったのは『加茂憲倫』だって聞いたもん」

 

 

聞いた? それは誰に……?

 

 

「『脹相』お兄ちゃん!」

 

「それは……」

 

「あたしたちの1番上のお兄ちゃんだよ! パパのむすこ!」

 

 

9体いるという『呪胎九相図』。この娘の話を信じるならば、少なくともそのうちの2体は既に受肉しているということか。

恐らくそれをしたのは、『真人』と行動をともにしていたという呪霊たちと夏油傑だろう。五条悟がいるとはいえ、未知数の敵が増えたのは厄介だな。

 

 

「ねぇねぇ、パパ」

 

「…………パパというのは止めてくれ」

 

「?」

 

 

違和感もすごいし、否定したいのは山々なのだが、どうやら『焼相』は私へのパパ呼びを止める気はないようである。

仕方がないか。

どうにか2人の前では止めるようにだけ頼み込み、話を続けることにしよう。

 

 

「お前」

 

「やだ!」

 

「ん?」

 

「お前なんて呼ばないでよ!」

 

「いや、そうは言うがな」

 

「やだ! やだもんやだもんっ! パパがあたしのことそんな風によぶなら、あたししゃべんないもんっ!!」

 

「……………………」

 

「ふーんっ」

 

 

そっぽを向かれてしまった。

……はぁ、本当になんなのだ。

 

 

「『焼相』」

 

「なぁに、パパ!」

 

 

名を呼ばれた途端にご機嫌になる『焼相』。呪霊ではないとはいえ、元呪物として名を呼ばれて喜ぶのはどうなのだ……。

まぁ、今はいい。

 

 

「私に会うのが目的だったのは聞いたが、それは誰の指示だ?」

 

 

『脹相』という兄か。それとも、夏油傑の一派か。

先程の戦闘から考えるに、『焼相』自身には恐らく大した戦闘能力はないのだろう。ただし、この娘に接触してしまったというのは大きな痛手だ。もしかしたら、奴らが『彼女』に何か細工をしているとしたら……。

どちらに転んだとしても録なことにはならないだろう。

そんな私の予想を、

 

 

 

「? そんなのーー」

 

「ーーあたしが会いたかったからだもん!」

 

 

 

『彼女』は裏切ってきた。

会いたかったから。ただそれだけだと言った。さらに、『焼相』は声を弾ませて、こう宣言した。

 

 

 

「だって、あたし、将来パパと結婚するって決めてるんだもんっ」

 

「ね、パパ! あたしと結婚しよっ!」

 

 

 

どうしよう。

自称娘(同性)からプロポーズされたんだけど……。

助けて、憲紀。

 

 

 

ーーーー幸吉視点ーーーー

 

 

「どうだ、残穢はあるか?」

 

 

そう聞いてきた加茂に、否定の言葉を返す。さっきから丁寧に見て回っているが、残穢はもう残っていなかった。つまり、ここには既に呪詛師はいないということか。

 

 

「ふむ。となると、件の呪詛師はどこにいった……?」

 

 

腕を組み、思案する加茂をチラリと見ながら、俺は鶫と一緒にいる例の『呪胎九相図』の『受肉体』のことを思い出していた。

俺が向こうに情報を流していたのは2週間ほど前のことだが、その時点で『脹相』たちは、そこまで夏油たちに協力的な態度をとっていなかった。

さらに、虎杖悠仁と釘崎野薔薇により『壊相』と『血塗』は祓われている。もし、あの少女が『脹相』の指示で動いているのならば、その目的は恐らく弟たちを殺された復讐。

……間接的に探りを入れてきたのか?

 

 

「おい、メカ……与、聞いているのか?」

 

「あぁ、すまん。少し考え事をしてた」

 

 

どうやら加茂は何度も俺に話しかけてたみたいだった。

あの少女のことは今は鶫に任せよう。任務は任務で進めなきゃならない。ただでさえ、内通者だった俺は上から睨まれてるんだから、やることやって信頼を取り戻さなきゃな。

 

 

「……皆のためにも」

 

 

ボソッと呟いたその言葉は、幸いなことに加茂には聞こえていないようだった。

 

…………そういえば、鶫から頼まれてる人探し用に駆り出してる小型の傀儡はどうなってるだろう。

加茂の顔を見て、ふとそれを思い出した俺は、視界をそちらへ移し変えた。

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

……おい、待てよ。

なにが、あった?

 

 

「与?」

 

「っ」

 

 

加茂に名前を呼ばれて、呆けていた意識が戻る。それと同時に、俺は加茂に向かって、叫んだ。

 

 

「すぐにここを出るぞッ!」

 

「ど、どうした? 何か見つけたのか?」

 

 

何か見つけた?

そんな生易しいものではない。俺が偵察用の傀儡で見た光景はーー

 

 

 

「加茂家が襲撃を受けてるんだよッ!!」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第38話 愛し子ー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

2018年10月28日。

京都、加茂邸が特級呪霊により襲撃された。交戦した楽巌寺嘉伸一級呪術師を始めとする複数の呪術師の証言と、元内通者・与幸吉から得た情報から、襲撃したのは特級呪霊『呪胎九相図』の受肉体・『脹相』であることが判明。

また、この襲撃には協力者がおり、その者の素性は現段階では一切公表されていない。

 

 

ーーーー京都校寮内ーーーー

 

 

ーーコンコンーー

 

 

部屋の扉をノックするが、返事はない。

彼が1人にさせてくれと言ってから、早2日。部屋の前に置いた食事にも手をつけておらず、彼がこの2日間飲まず食わずだということが分かる。

鶫や真依からもしばらく放っておいてやれと言われたから、傀儡は使わずにそっとしておいたが、そろそろ限界だろう。

 

 

「加茂!」

 

 

扉越しに声をかけるが、返事はない。

気持ちは分かる。俺も自分の目を疑った光景だったから。それを加茂も目にしてしまったのだから、ショックのあまり部屋に籠ってしまうのも無理はないとは思う。

だが、それで身体を壊してしまったら元も子もない。

 

 

「開けるぞ」

 

 

一言だけ断り、俺は加茂の部屋の扉を開けた。抵抗はなく、ドアが開く。中には加茂が、

 

 

「なんで、いないんだよ……っ」

 

 

俺は急いで、スマホを取り出し、鶫へコールする。3コールで鶫は電話に出た。呂律が回っていないことから推測するに、寝ていたのだろう。ただ、今はそんな場合ではない。

 

 

「鶫、加茂が部屋にいない。無理にでも傀儡を放っておくべきだった。傀儡で見張っておけば、いつの間にか部屋を抜け出すなんてことは……いや、今は止めよう」

 

 

たらればの話なんて、無意味だ。

今考えるべきは加茂の動向。どこに行ったのかは分からない。だが、その目的だけは分かる。

 

 

「あぁ、たぶんそうだろ」

 

「十中八九、母親ーー『脹相』と一緒に襲撃の現場にいた彼女を探すためだ」

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

何年振りだろうか、あの人にあったのは。

 

久しぶりに会うあの人は、酷く窶れた様子で加茂邸の前に立っていた。その姿を見た私は、生家が襲撃されている現状すら忘れ、彼女の元に駆け寄ろうとしてしまっていた。その姿からは次代当主としての誇りなど欠片も感じられなかっただろう。

 

 

「母様っ!」

 

 

私の声に、彼女は反応を返してはくれない。まるで何かに憑かれているかのように、ただ虚空を見つめている。

たまらず私は母様の肩を掴み、揺らした。視線がこちらへ向くようにと。

 

 

「母様、私です……憲紀ですっ」

 

「………………」

 

 

だが、彼女の目は虚ろなまま、私に視線を向けることはなかった。そんな私を鶫が止める。

 

 

「落ち着け、憲紀!」

 

「っ、これが落ち着いていられるかッ」

 

「加茂、冷静になれ。何かが変だ。気持ちは分かるが、一旦ここは引くぞ」

 

「母様を置いていける訳がないだろうっ!」

 

 

今であれば、鶫や与の言う通りだったと分かる。いつもの私であれば、それが敵の罠である可能性に思い至っただろう。だが、その時の私は冷静さを失っていたのだ。

だから、判断が遅れた。

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

突如として、血液が私の肩を貫いた。

 

 

「っ」

 

「憲紀!」

「加茂っ!」

 

 

咄嗟に激痛に襲われたことで、思わず片膝をついてしまう。2人が私を庇うように、私の前へ出た。そして、母様の後ろ、加茂邸の中から1人の男が姿を現した。

 

 

「殺し損ねたか」

 

 

無造作に伸び、左右に跳ねた髪。どこかの民族衣装のようなものを身につけた鋭い眼光の男。

見たことのない呪詛師だ。

そんな私の思考を否定したのは、

 

 

「お前……『受肉体』だな」

 

 

鶫の言う通り、目の前の男から醸し出される気配は、先ほどの『焼相』と名乗る少女にどこか通ずるものを感じ取れる。そして、それを裏付けるように与が口を開いた。

 

 

「……『脹相』」

 

 

『脹相』。

それは先ほどの少女から聞いた名で、鶫の指摘が正しいことを証明していた。

だが、彼の正体を一目で見破った鶫や彼の名を呼ぶ与すら無視して、彼の視線はただ1人の人物に注がれていた。

 

 

 

「『焼相』」

 

「お兄ちゃん」

 

 

 

鶫に着いてきた『焼相』。少女に彼は話しかけていた。

 

 

「戻れ、『焼相』」

 

「イヤ!」

 

「お兄ちゃんのお願いを聞いてくれないか」

 

「やだもん! だって、お兄ちゃん、パパを殺そうとしてるんでしょっ!!」

 

 

まるで私達が視界に入っていないかのように、彼らの会話は進む。

 

 

 

「……加茂憲倫は殺す。それは説明しただろう?」

 

「わかんない!!」

 

 

 

ブンブンと首を横に振る『焼相』。

 

……この呪霊たちは何を言っているんだ。

加茂憲紀……私のことか? 彼が狙っているのは私ということか? 母様に何かしたのもこいつなのか? 加茂邸が襲われたのもまさか私が狙いだから? 分からない。動揺しているせいなのか、思うように考えがまとまらない。

私が混乱している間にも、彼らの会話は進んでいく。

 

 

「…………そいつか」

 

「っ、だめ!!」

 

 

鶫を庇うように『焼相』が前へ進み出る。掌を合わせたまま、『脹相』と呼ばれた彼は動かない。

 

 

「また迎えに来る。その時はーー」

 

 

そう言って、彼は掌から血の塊を放ち、弾けた。

 

 

 

「『超新星』」

 

 

 

全員が身を屈めたことで一瞬、奴を視界から外してしまう。そのせいで、

 

 

「母様!!」

 

 

気づけば、そこに母様はいなかった。

 

状況から想像するのは難しくない。

加茂邸の襲撃。その手引きしたのはきっと母様だ。

だが、

 

 

「何かの間違いだ……」

 

 

私はそれを受け入れられなかった。

 

 

ーーーーーーーー



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第39話 愛し子ー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

「慌てるな、大丈夫だ」

 

 

京都校の寮の前で待ち合わせた幸吉に伝えた言葉。

大丈夫だ。それは自分に言い聞かせている側面もあるが、ともかく私も幸吉も焦ってはいけない。頭を働かせねば。

 

 

「まだ2日。憲紀も母君の居場所が分かって動いたのではないだろう」

 

「だから、焦らずにやれることをすべきだ。まずは京都校の皆に声をかけよう」

 

 

憲紀がどこへ行ったか探すならば、人海戦術も手のひとつ。それに西宮先輩がいれば捜索範囲も一気に広がるはずだ。

 

 

「幸吉、頼めるか?」

 

「あぁ、すぐに傀儡を皆に送る」

 

 

幸吉は私の言葉に頷き、寮内へ戻っていった。

 

 

「さて……また、頑張るか」

 

 

実のところ、この2日間は加茂家の人間ということで呪術界の上層部から事情を聞かれたり、様々な手続きをしたりとあちこちに引っ張り出されていた。そのため、寮の自室にはほぼ帰れていなかった。幸吉から電話をもらったちょうどその時も、本家のことが一段落し、少しうつらうつらしていたところだったのだ。

だが、他でもない我が加茂家の、そして、憲紀の危機なのだ。休んでもいられない。

だから、まずはーー

 

 

……………………

 

 

「おかえりなさい、パパ!」

 

 

自分の部屋に戻ると、ベッドでごろごろしていた少女は飛び起き、私に向き直った。

結局、『焼相』は私の部屋までついてきていた。彼女の兄・『脹相』が関わっている事件だったから、放っておく訳にもいかず、とりあえず部屋から出ないように言いつけていた。

 

 

「今日もこれからお仕事?」

 

「あぁ……」

 

「ダイジョブ……?」

 

 

私の顔を見上げる『焼相』。その表情は、本当に私を心配してくれているようだった。

 

 

「ありがとう、『焼相』」

 

 

お礼を告げて頭を撫でてやると、『彼女』はくすぐったそうにはにかんだ。こうしてみると、まるでただの少女だな。勿論、私は『彼女』たち『呪胎九相図』を作った覚えはないけれど、それでも『焼相』曰く、私はパパなのだという。私の目にもその姿は父親を心配する娘に見えた。

きっと少し親睦を深めてもいいのだろう。『彼女』をどうすべきかを考えるのはそれからでも遅くはないはずだ。ただ、今はそんな悠長なことを言ってられる状況ではない。

 

 

「『焼相』、教えてくれ。君の兄『脹相』は何故、加茂家を襲ったんだ?」

 

 

私はそれを訊ねた。

 

 

「それは……」

 

 

言い淀んでいる『焼相』を見て、頭の片隅にあった予感は確信に変わる。

……あぁ、分かっていたよ。もう察しはついていたのだ。

きっとこの事件自体が、

 

 

「お兄ちゃんは……パパを殺そうとしてる。お兄ちゃんは言ってた」

 

「パパのせいでママが死んだんだって」

 

 

『加茂憲倫』という呪術師のせいなのだろう。

 

そうだ。

考えてみれば遅すぎたくらいだ。気のいい仲間に囲まれて、明治の世とは比べ物にならないくらい居心地のいい場所に身を置いていたことで目を反らしていた事実。今回の件で、私はやっとその事実と向き合うときが来たのだ。

 

 

私、『加茂憲倫』が何故最悪の呪術師と呼ばれるに至ったか。

 

 

私はそれを知らなくてはならない。

例え、知りたくないことだとしても、だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『焼相』を連れて、幸吉たちと合流する。幸吉の呼びかけに応じて、真依と霞、西宮先輩が集まってくれていた。ちなみに、東堂先輩と新田は高専にて待機が命じられているらしく、この場には来ていなかった。

 

 

「ふぅん……この娘がねぇ、呪霊には見えないけど」

 

「ふふふ、かわいいですね」

 

 

西宮先輩は『焼相』と視線を合わせながら、霞は『焼相』の頭を撫でながらそんな会話を交わしていた。真依は……子供が苦手なのか近づく様子もない。

当の『焼相』はというと、霞に撫でられ満更でもない表情をしていた。

 

 

「それでメカ丸。憲紀は見つかったわけ?」

 

「いや、まだ見つからない。思ったよりも離れているらしく、もう俺の傀儡の操作範囲外に出てる可能性が高いな」

 

 

幸吉の呪力の出力範囲はメカ丸の頃と比べると、ずいぶん狭くなっている。勿論、それは喜ばしいことだし、私や霞、真依よりもずっと索敵には向いているから、彼なしに憲紀の捜索はできないだろう。

それを分かっているようで、西宮先輩は幸吉に傀儡での捜索範囲を京都校から南に絞るように提案した。北を西宮先輩が捜索することで、出力の範囲を伸ばそうという提案だった。

 

 

「それで頼む、西宮」

 

「はいはーい」

 

 

幸吉から通信用のいやほん型メカ丸を受け取り、西宮先輩はすぐに箒で飛び立っていった。即断即決。流石である。

 

 

「俺も少し移動しながら捜索範囲を広げてみる」

 

「わたしも行く!」

 

「……あぁ。それでいいか、鶫」

 

 

幸吉と霞。私と真依。

その分かれ方でいいかという問いかけに私は頷き、幸吉たちを見送った。

 

 

「真依、私たちはーー」

 

「ここで待機でいいんでしょ?」

 

「あぁ」

 

 

話が早くて助かる。

私も真依も索敵向きではないから、幸吉か西宮先輩の連絡が来てからそちらへ向かった方がいいという判断である。私の脚力があれば、真依を抱えて走っても、それなりに早く現場につけるはずだからな。

さて。

 

 

「『焼相』」

 

「なに? パ……おねえちゃん」

 

「聞いていたとは思うが、私たちはここで連絡があるまで待つことになった。それまで、あの辺に座っていなさい」

 

「はーい!」

 

 

よし、事前の打ち合わせ通り、完璧だ。

私以外の人がいるときには『おねえちゃん』と呼ぶ約束事。周りを混乱させるのを避けるためには、この方がいいだろうと、当たり障りのない呼び方にさせたのが上手くいってる。

 

 

「ねぇ、鶫」

 

 

私と『焼相』とのやり取りを見ていて思うところがあったのか、『焼相』が少し離れたタイミングで真依が話しかけてきた。

 

 

「あれ、なんなの?」

 

「……言っただろう、とある呪物の『受肉体』だ」

 

 

東京校の虎杖悠仁と同じな。

虎杖の名を出したのは、真依を安心させるため。あの善人の名を出せば、少しは警戒を解いてくれるかと思ったのだが、余計に眉を潜める結果となったようだ。

 

 

「そんなに警戒をしなくても『焼相』は無害だよ」

 

 

確かに雰囲気は人間のそれとはかけ離れてはいる。だが、彼女自身の呪力はそれなりだし、なによりこの2日間も誰にも危害を加えずに、大人しく私の部屋で待っていたのだ。

2日前の襲撃でも『脹相』と私の間に割って入り、私を庇ってくれた。味方だと言っても過言ではないだろう。

それは伝えたはずなのだが、真依はまだ納得がいっていない楊子で。

 

 

「何を根拠に……」

 

 

何かを企んでいるのかもしれない。

ただの気まぐれの可能性だってある。

だから、たった2日でそれを判断するのは早計だと、真依は続ける。

 

 

「……それは、そうだが」

 

「私達はそういう『呪霊紛い』とも殺し合ってきた。そんな簡単に信じられると思う?」

 

「…………」

 

 

否定はできない。

否定するには材料が無さすぎる。

 

 

「もちろん、憲紀の捜索はするし、力が必要なら貸すわよ」

 

「……でも、私は『あれ』には近づかないし……私に近づかせないで」

 

 

それだけを言い放ち、真依は私に背を向けたのだった。

 

 

ーーーーーーーー




真依は幼少期のこともあり、呪霊に類するモノへの嫌悪感は異様に高いと思ってます。

あぁ、ふざけた話を書きたい。
でも、今の話でふざけたら意味分からなくなるぅぅ……。


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第40話 愛し子ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

気まずい沈黙の時間は、2時間ほど続き、いつの間にか外は暗くなり始めていた。沈黙を破ったのは、私の携帯電話の着信音。相手は幸吉。

西宮先輩の探している高専から北側20kmの場所で、憲紀らしき人影を見つけたとのことだった。近寄ると警戒される恐れもあるからと近づいてはいないらしく、確実に本人かどうかは分からないようだが。

 

 

「そうそう似たような人はいないでしょ」

 

「あぁ」

 

「桃も呪力感知してるだろうし」

 

 

真依の言う通り、西宮先輩のことだから、ちゃんと呪力自体も感知した上での報告だろう。

 

 

「20kmか…………よし」

 

 

膝を曲げ伸ばしして、準備は万端だ。

 

 

「『焼相』!」

 

「うん! なに、おねえちゃん?」

 

「少し速度を出すが、ついてこれるか?」

 

「もちろん!!」

 

 

ならば、『焼相』の方は問題ないな。あとは真依も先程了承してくれたようだし……。

 

 

「真依!」

 

「はいはい。手でも掴んでればいい?」

 

 

そう言って、真依は右手を差し出した。

……ふむ、どうやら真依は少々甘く見ているようだ。本当ならば、しっかりと説明すべきなのだろうが、今は時間がもったいない。

 

 

「失礼する」

 

ーーグイッーー

 

 

「え……はぁ!?」

 

 

真依の膝下に腕を差し入れ、その体を抱きかかえる。

後から聞いた話だが、その体勢はお姫様だっこなるものらしく、後日たっぷりと真依から嫌味を言われる訳なのだが、今の私にはその余裕はなくーー

 

 

「ちょっ!? 下ろしなさーー」

 

「ーー少々飛ばすぞ、掴まっていろ」

 

 

耳元で響く絶叫を聞きながら、私は全速力で駆け出した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

約10分で、その場所に辿り着いた。共同墓地。しかも、ずいぶん前から使われていないのか道があったとおぼしきところも草が生い茂っていた。もうほぼ日は落ちているから、余計に雰囲気がある。

ふと後ろを見ると、『焼相』もついてきており、真依もどうにか振り落とされずにここまで連れてこれたようだ。だが、

 

 

「青い顔をしているが、大丈夫か?」

 

「……バカなの……あの速度は…………バカなの……?」

 

 

ふむ。

どうやら思ったよりも速度が出ていたようで、完全に戻す寸前と言った様子であった。本来ならば近くの茂みにでも行ってこいと言いたいところではあるが、そうもいかないようだ。

 

 

「おねえちゃん」

 

「あぁ、分かっている」

 

 

憲紀ではない。濃い呪霊の気配だ。

腰を落として構えると同時に、

 

 

ーーパァァンッーー

 

「最悪よ……」

 

 

いつの間にか距離を取っていたようで、真依の銃弾が気配の方向へ放たれていた。続けて、命中した標的が崩れ落ちる音。

……崩れ落ちる音?

 

 

「っ、真依!!」

 

 

あることに気付いた私が声をあげ、真依へ視線を向けたちょうどその時、真依の背後に『それ』はいた。

 

 

「っ」

 

ーーパァンッーー

ーーパァンッーー

 

 

どうにか反応した真依は『それ』の攻撃を避けながら、銃弾を2発撃ち込んでいた。攻撃を受けた『それ』は呆気なく倒れ、崩れ落ちる。

 

 

「……なによ、これ」

 

 

暗いながらもはっきりと分かる青黒い肌。あらぬ方向に曲がった手足。さらに、所々が腐り始めているのか酷い匂いを発していた。そもそもただの呪霊ならば、祓えばその体は消滅するはずなのに。

これではまるで、

 

 

「まるで死人だな」

 

 

 

 

「死人? ノンノン、『Living Dead』と言ってほしいわぁ」

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

私の言葉を否定しながら、『彼』は現れた。墓地の中央にそびえる大きな岩の上に立っていた。

真依と共に、その声の方へ視線を送ると、そこには今の死人とは対照的な青白い肌をもつ男がいた。天を仰ぎ見ながら、まるで自分の言葉に酔うような恍惚とした表情をした男。その気配はどこか『脹相』に似たものがあって。

だから、すぐに理解した。こいつも『呪胎九相図』だと。

 

 

「『青瘀(しょうお)』お兄ちゃん」

 

 

『青瘀』。

『焼相』は男をそう呼んだ。

なるほど、やはりか。何番目なのかは分からんが、こいつも『九相図』の『受肉体』。『焼相』の兄。

 

 

 

「あらぁぁぁ、そこにいるのは、マイスイートシスター!!! んーっ、まっ!」

 

「もうぅぅ、だめでしょぉぉぉ!! 家出なんかしちゃぁっ! めっ!!」

 

 

 

「「………………」」

 

 

見れば『青瘀』は『焼相』に向かって、なげきっすとやらを繰り出したり、ういんくとやらをしたりしていた。勿論、その行為は呪術ではなく……なんだ、あれ?

 

 

ーーパァァンッーー

 

 

「んんんんんっ!?」

 

 

あまりの不気味さに耐えかねたのか、真依は引き金を引いていた。銃弾は『青瘀』の額に命中。銃の照準から目を離した真依は倒れた奴に対して吐き捨てる。

 

 

「気持ち悪い。死ねばいいのに」

 

 

死ねばいいのには少々言いすぎな気はするが、概ね同感であった。

 

 

「『焼相』、あれは……」

 

 

『焼相』に『彼』の強さや術式について聞こうとしてーー

 

 

 

「痛かったわよぉ」

 

 

 

「「!」」

 

 

再び『彼』の声がした。

もう一度、例の岩の上を見ると、『青瘀』はそこにいた。確かに額には穴が空いており、真依の銃弾が命中しているのは分かる。だが、未だに生きているのは……。

 

 

「『受肉体』とは頭を撃ち抜かれても生きているものなのか。ずいいぶん便利な体だな」

 

「ノン! 普通は頭を撃ち抜かれたら死ぬわよ。ボクらは『脹相』兄様のような特級ではないものぉ」

 

 

皮肉混じりに投げ掛けた言葉を『彼』は否定する。

いちいち芝居がかったような口調が今は不気味だ。

 

 

「『焼相』、奴はーー」

 

 

改めて、『焼相』に訊ねる。『奴』の言っていることが本当ならば、何故『奴』は死なないのかと。それに対して、神妙な声色で『焼相』は答えた。

 

 

「『青瘀』お兄ちゃんの術式は『屍嵬操術(しがいそうじゅつ)』」

 

「死体を操れる術式なの」

 

 

遺体が眠っているであろう共同墓地で死体使いと戦う。それはまたーー

 

 

「なんとも乙なものだな……」

 

 

ーーーー高専の南側10km地点ーーーー

 

 

『メカ丸、聞こえてる!?』

 

「あぁ、聞こえてる」

 

 

俺は通信用の傀儡から聞こえる西宮の声に応答する。いつもの西宮らしからぬ慌てたような声。恐らく西宮が追っている加茂に何かがあったのだろう。

何もなければ、俺達もすぐに西宮や鶫たちの方へ向かうんだがな。

 

 

「おいおいおいおいっ! 戦闘中に電話とは余裕だな、えぇっ!!」

 

 

目の前のガタイのいい筋肉男がそれを許してくれない。

俺が内通者として動いていた時にはいなかった術師……いや、この気配は『受肉体』か。

夏油め。『呪胎九相図』をここまで受肉させてるとは思わなかったぞ。

 

 

『こっちは加茂君が大変なんだって!!』

 

 

通信機越しに伝わる切迫感から、本当にまずい状況なのは察したが、それでも迂闊には動けないんだ。

 

 

「ごめんなさいっ、幸吉」

 

 

俺の後ろには、三輪が座り込んでいる。腰を抜かしたとかではなく、物理的に立つことができないのだ。

そう。三輪の左足はあの男の術式によって白骨化していた。

 

 

 

「大丈夫だ、三輪。俺が守るから」

 

 

 

ーーーーーーーー




『呪胎九相図』さらに2体参戦!


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第41話 愛し子ー肆ー

ーーーー幸吉視点ーーーー

 

 

三輪の『簡易領域』は完璧で、本来であれば『奴』の右足が円内に入った時点で『抜刀』によるカウンターは成功していたはずだった。

だが、先に倒れたのは三輪の方で、刀が空を切る音が聞こえた。

 

 

「あ、れ?」

 

「三輪っ!!」

 

 

駆け寄って抱きかかえる。そのまま身を丸め、敵の攻撃から三輪を守ろうとするが、いつまで経っても追撃は来なかった。

 

 

「っ」

 

「………………」

 

 

すぐ三輪を背に庇うように、敵と対峙する。奴は既に俺達から距離を取っており、約100mは離れていた。

筋骨粒々で見るからにパワータイプ。さっきも三輪の『簡易領域』に突っ込んできていた。だから、肉弾戦に特化した術式をもっているのかと思ったんだが……。

 

 

「大丈夫か、三輪」

 

「あの、幸吉……」

 

 

背中の三輪にそう声をかけると、返ってきたのは明らかに動揺している三輪の声だった。

そして、彼女は言う。

 

 

「足が……白骨化してるの……」

 

「っ!?」

 

 

衝撃的な言葉に、思わず敵から目を離し、三輪の足に目をやってしまう。白骨化した三輪の左足が目に飛び込んできて。

これ、はーー

 

 

「おいッ!!」

 

「っ」

 

 

 

「いつまで余所見してんだぁッ!!!」

 

ーーバギバギバギバギッーー

 

 

 

咄嗟に反応し、奴の攻撃を両腕で受ける。同時に分かる、骨の折れる感覚。

 

 

「幸吉!」

 

「~~~~~~っ」

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い。

両腕に走るあまりの痛みに、その場から引いてしまいそうになる。でも、そんなわけにはいかないんだ。今の三輪は動けない。俺がここから引いたらーー

 

 

「~~っ、メカ丸ッ!」

 

「ああ?」

 

 

「撃て!!」

 

 

攻撃を受け止めながら、俺は叫ぶ。それに応じるように、俺の攻撃用の傀儡『メカ丸』が奴の足元から現れる。『絶技抉剔(ウルトラスピン)』の応用で、奴の死角から地面を掘っての奇襲。

奴の術式の詳細は分からないが、メカ丸には白骨化の概念がない。これならばいけるはずーー

 

 

 

ーーバギッーー

 

 

 

一撃。メカ丸に入ったのはたった一撃の拳骨だったのに、それだけでメカ丸の装甲が砕かれた。

 

 

「っ、三輪!」

 

「う、うんっ」

 

「抱える、すまんっ」

 

 

折れているであろう腕を無理矢理呪力で強化して、腕力を上げる。こうでもしなければ、まともに腕も動かせない状態だ。だが、それでも今はここから離れるのが先だ。

激痛は耐えろ、与幸吉。裏切ってまで守ろうとしたんだ。ここで踏ん張れなかったら何の意味もなくなる。

 

 

ーーーー鶫視点ーーーー

 

 

「真依!」

 

ーーバギッーー

ーーパァァンッーー

 

 

私の攻撃に合わせるように、真依が後方から銃弾を放った。

私の蹴りは『青瘀』の首を、真依の銃弾は右目を捉えていた。手応えはあるし、目からは血も出ている。それでも『奴』は怯まないし、死なない。

 

 

「死ななくても痛みは感じるのよぉ?」

 

「ならば、怯んでくれるとありがたいのだがな」

 

「それは無理な相談ねぇ」

 

 

折れた首に構わず、『奴』は私の右足を掴み、

 

 

「ふぅぅんッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

投げられる。ただこの程度の速度では私を倒すことはできない。近くの墓石に叩きつけられる寸前で身を翻し、墓石を足場に。そのまま蹴り出し、『青瘀』との距離を詰めた。

 

 

「今ので当たらないのね」

 

「ーーふんっ!!」

 

 

狙うは鳩尾。『受肉体』であろうと人型である以上、急所は変わらんだろう?

私は右腕を振り抜く。

 

 

ーードスッーー

 

 

命中。だが、

 

 

「やはり効かんかっ!?」

 

ーーガシッーー

 

 

『奴』の動きは鈍くならない。それどころか距離を詰めたことで、またも腕を掴まれてしまう。

 

 

「貴女もボクのコレクションにしてあげるわぁ」

 

 

そう言うと、『青瘀』は大口を開け、その中から何かが見えた。

なんだ? 周りは暗く、よく見えないが、明らかに人間にあるはずの部位ではない。

 

 

ーーパァンッーー

 

 

真依の銃弾は三度『奴』の頭を命中するが、怯まない。

 

 

 

「おぇぇぇっ」

 

 

 

『奴』の口から吹き出る青黒い液体は宙を舞い、私の体へ降り注ぐ。まずいと本能が叫んでいる。しかし、腕を掴まれていて引き剥がせない。私の膂力でも引き剥がせんのはーー

 

 

「くっ!?」

 

「鶫!?」

 

 

万事休すか。諦めかけたその瞬間、『彼女』の声が響き渡った。

 

 

 

「『焼土永霙(しょうどえいえい)』」

 

ーーボゥッーー

 

 

 

私の顔の横をかすめていったその雫は、私を包み込まんとするその青黒い液体に当たり、燃え広がった。

赤黒い炎は私の目の前で液体を蒸発させていく。

 

 

「これは!?」

 

「っ!」

ーーゴスッーー

 

 

この機は逃せない。私は腕を掴んでいる『奴』の手に膝蹴りをかまし、一瞬緩んだその拘束から脱出した。

距離を取る。そこに、

 

 

「パパっ!!」

 

 

真依より後ろにいたはずの『焼相』は、いつの間にか私の側まで駆け寄ってきていた。そして、抱きつかれる。

 

 

「っ、『焼相』!?」

 

「ごめんね、パパぁっ、痛くなかったっ? 熱くなかったっ?」

 

「い、いや、むしろ助かったが……」

 

 

私を襲う液体を焼き尽くした赤黒い炎。その出所は見ていないから分からなかったが、『彼女』の口振りからすると、あれは『焼相』が出したのか。

 

 

「あたしの『焼土永霙』はね、触れたものを焼く。ただそれだけしかできないの」

 

 

しかも、呪力差が大きい相手には使えない。『焼相』はそれを告げた上で、

 

 

「パパ、行って」

 

 

そう言った。だが、私と真依が攻撃を組み合わせても、隙のできない相手なのだ。そんな相手に真依と『焼相』だけを残していくわけにはいかない。

私の言葉に、『焼相』は首を横に振る。

 

 

「パパはおともだちを追ってるんでしょ? たぶんその人のところに『脹相』お兄ちゃんがいる」

 

「あたしも怖いおねえちゃんも、『脹相』お兄ちゃんには絶対に勝てないの」

 

 

でも、パパなら。

『焼相』は私の目を見つめて、訴えかけてくる。

『脹相』という人物の術式は、『焼相』から聞いていた。だから、その言葉には納得するしかなかった。確かに『あれ』に勝てるとしたら、私しかいないだろう。

 

 

「…………だがっ」

 

「……パパ…………ね?」

 

「っ」

 

 

苦渋の選択だ。だが、『焼相』の言う通り、憲紀のところにいるであろう『脹相』を倒し、憲紀を救うためには今の選択肢はこれしかないのも分かっている。それでも私がここを離れれば……。

 

 

「鶫!」

 

「っ、真依……」

 

 

揺れる私の心を見抜いたのか、真依が私の名を呼んだ。

ビクリと体が跳ねる。

 

 

「話は『それ』から聞いたわ。さっさと行きなさい」

 

「しかし、そんなわけには……っ」

 

「くどい」

 

 

ごねる私を一蹴し、真依は私を見て、続ける。

 

 

 

「憲紀を助けるんでしょ」

 

「っ、すまない……」

 

 

 

後ろ髪を引かれる思いを振り切り、私は走り出した。

 

 

 

ーーーー鶫の知らない会話ーーーー

 

 

「はぁ、最悪……」

 

「ね、怖いおねえちゃん」

 

 

鶫がその場を去ったのを見送って、『それ』は私に話しかけてくる。本当に気味の悪い呪力。視界に入れたくもない。

いつもなら無視し続けるところだけど、緊急事態ということもあって、仕方なく答える。

 

 

「なに?」

 

「おねえちゃんは怖いけどやさしいね」

 

「はあ?」

 

 

この状況で的外れなことを言う『それ』を、私は少しキレながら見下ろす。そんな私に構わず『それ』は続けた。

 

 

「だって、つぐみおねえちゃんが迷わないように怒ったんでしょ? だから、あたし思ったの、このおねえちゃんはやさしい人なんだなって」

 

 

暗くても分かる、見た目相応の屈託のない笑顔に、思わず毒気が抜かれてしまう感覚を覚える。それをどうにか抑えて、棘で包んだ言葉を返した。

 

 

「そもそも、なんで鶫に『呪霊』なんかが懐いてるのよ」

 

 

自分でも強い言葉だとは分かってる。けれど、止めるつもりもない。それは本心だったから。『呪霊』が人に懐くなんてあり得ない。あり得たとしても気持ち悪いことだもの。

そんな心中など知らない『それ』は、首をかしげながら言い放つ。

 

 

 

「おねえちゃんを好きになるのにりゆうなんていらないでしょ?」

 

 

 

「…………」

 

 

少しでも、一瞬でも変な親近感を覚えた自分が嫌になる。

 

 

「? 怖いおねえちゃん、どうしたの?」

 

「…………知らないわよ、そんなの」

 

 

不思議そうにこちらを見上げてくる『彼女』にそれだけを答え、改めてあの気持ちの悪い男へ照準を合わせた。

 

 

ーーーーーーーー



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第42話 愛し子ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

ーーパァァンッーー

 

 

「それでっ! いつまで続ければいいわけっ!?」

 

 

 

私の隣に張り付く『そいつ』に訊ねながらも、呪力は廻し続ける。それが殺しても死なない『青瘀』という呪霊を祓う唯一の手段だと言うから。

正直、呪霊のことを信じるなんて反吐が出る。けれど、今はこうするしか勝てる筋がない。

 

 

「ここの墓地にうまってる死体をぜんぶ壊すまで!」

 

「はあ!?」

 

 

無茶な要求だった。

私の武器は銃。弾数も限られてるし、そもそも私の呪力は無尽蔵に湧いてくる死体全てに撃ち込めるほど多くない。その上、

 

 

「おぇぇぇっ」

ーービシャァァーー

 

「っ」

 

「『焼土永霙』!」

 

 

隙を見せれば、あの気持ち悪い液体が飛んでくる。こちらに当たる前に焼き尽くされるとはいえ、ホント生理的に無理……。

 

 

「鶫、呼び戻そうかしら……」

 

 

肩で息をしながら呟く。いや、ホントそう言いたくもなるわよ。終わりの見えない体力的にも精神的にもキツい作業を延々と続けろって言われるんだから。

 

 

「がんばって、怖いおねえちゃん!」

 

「……他人事みたいにっ」

 

 

『こいつ』は呪力を溜めているのか、迎撃以外では術式を使わない。舐めてるのって言いたくなるけれど、そんな文句を言う暇もなかった。

 

 

ーービシャァァーー

 

「っ、また!?」

 

「『焼土永霙』!」

 

 

ーーボッーー

 

 

また燃やす。いい加減にッーー

 

 

 

ーービタンッーー

 

 

 

「!?」

 

 

いい加減、ぶちギレそうになったその時だった。

死人の這いずる音や銃声に紛れて、さっきまでの吐瀉物を撒き散らす音とは明らかに違う音が聞こえた。音のする方向に咄嗟に目を向けると、『奴』の口から何かが飛び出したのが一瞬見えて、それが別の死体に入り込んだ。

 

 

「なに、あれ……?」

 

「あれがたぶん……ほんとの『青瘀』お兄ちゃん……だとおもう」

 

 

なるほど。

ここに埋まってる死体を全部壊すまでっていうのは、死体から死体に乗り換えるという『青瘀』の術式を封じるためってわけか。

でも、それなら全部壊さなくても、あの気持ち悪い『なにか』を破壊すればいい。その方が現実的。

 

 

「『あれ』を殺せばいいって訳ね」

 

「……うん、たぶん」

 

 

たぶんとか、だとおもうとか。そんな曖昧な勝算で命かけなきゃならないなんて……。

 

 

「笑えないっ」

 

ーーパァァンッーー

 

 

また撃つ。残りの弾は……15発と1発ね。いつ終わりが来るのか分からない戦いだから、心許ないけれど。

 

 

ーーパァァンッーー

 

「勝算はあるんでしょうねっ!」

 

「うん……怖いおねえちゃんの術式がさっきの話通りなら」

 

「この状況で嘘はつかないわよ」

 

「うん、あとは隙を見つけられればいいんだけど」

 

 

隙を見つける。

相手は特級ではないとはいえ、それでもそれなりの等級でしょうね。それを私みたいな中途半端な術師と得体の知れない呪霊で相手するのはやっぱり厳しい。

 

 

ーーパァァンッーー

 

ーーパァァンッーー

 

ーーパァァンッーー

 

ーーパァァンッーー

 

 

あと10発。死体はまだ数がいる。

やっぱりすべての死体を破壊は無理。隙を見つけなければーー

 

 

ーーゴッーー

 

 

周囲の死体どもに注意を配っていたせいか、不意に足元の何かに躓いた。よろけながら、一瞬足元を確認すると、そこには猫の死骸。

 

 

「チッ、なんでこんなところにーー」

 

 

毒づこうとして気づく。

『屍嵬操術』。

死体を操るっていう術式。なら、その効果範囲は『人間の』死体のみ?

 

 

「可哀想なコ」

 

ーーガシッーー

 

 

それに思い至るのが遅すぎた。

その声と共に、猫の死骸、その口の中から青黒い腕が伸びてきて。

私の足をそれに掴まれた。

 

 

「っ」

 

「怖いおねえちゃんっ!?」

 

 

しくじった。

この呪霊の術式範囲は『死体』……それは動物の死骸をも含めるってこと。

 

 

「頭が足りないのねぇ……生きてるものはすべて死に繋がってるのよぉ? 死体をすべて壊そうとも、貴女がいるじゃな~いっ」

 

ーーパァァンッーー

 

 

猫の死骸へ向けて、銃弾を放つ。だけど、その行為は無意味のようで、それから這い出てきた青黒い『本体』が私にまとわりついてきた。

 

 

「これで終わり……ねぇ、ご覧なさい。『焼相』ちゃん」

 

「っ、やめてっ、『青瘀』お兄ちゃん……」

 

「やめないわよぉ? あなただって、ボクたちお兄ちゃんの言うことを無視して、家出しちゃったでしょぉぉ??」

 

「っ」

 

 

 

「そこで見てなさぁい! これはあなたへのお仕置きよぉぉ!!」

 

 

 

『奴』はそう叫んで、青黒い腕を私の口内へ捩じ込もうとしてくる。

 

 

 

「~~っ」

 

 

 

私は柄にもなく目をつぶってしまった。

 

 

 

ーーーーーーーー




思ったよりも長くなったので分割。
43話も近いうちに更新します。


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第43話 愛し子ー陸ー

ーーーー幸吉視点ーーーー

 

 

ーーズザザッーー

 

「くっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

不意に左足に力が入らなくなり、バランスを崩してしまう。抱きかかえる三輪を庇うように、体を丸めて、その衝撃をどうにか緩和した。

 

 

「幸吉っ」

 

「すまん、三輪。大丈夫か?」

 

「わたしは大丈夫。だけど……」

 

 

三輪の視線を追うと、そこには俺の左足。三輪の左足よりはマシだが、足首から先が白骨化していた。

 

 

 

「おいおいおいおいっ!! 逃げるなよ、卑怯者!!」

 

 

 

鼓膜を揺さぶる大声をあげる追手。『呪胎九相図』のうちの1体。俺も三輪を抱えているとはいえ、全力で走った。なのに、この大男は追いついてきた。見た目と違ってパワーだけじゃなく、スピードもある。その上、白骨化の術式。

 

 

「……逃げられないってことか」

 

「幸吉?」

 

 

白骨化しており、上手く立てない。それでも、どうにかバランスをとって立ち上がる。

 

 

「おお!! やっとやる気になったかっ!!」

 

 

それを見て、途端に上機嫌になる大男。戦闘狂め。

こっちは上手く立てない上に、たぶん両腕も折れてるんだぞ? やる気も何もあったもんじゃない。

 

 

「おい、大男」

 

「なんだ! チビちょんまげ!」

 

 

「俺とサシで戦え。三輪には手を出すな」

 

 

「幸吉っ!? なにいってるんですかっ」

 

「ん?」

 

 

俺の言葉を聞いて、大男は俺の後ろにいる三輪を見る。

そして、大きく頷いた。

 

 

「なるほど……なるほどなぁぁ!!!」

 

「いいじゃねぇか! お前、漢じゃねぇかっ!!!」

 

「ぼろぼろになりながらも惚れた女を守る。いいぞぉぉ!! 気に入ったぁっ!!」

 

 

「…………」

 

 

なんか、勝手に感動して、俺のことを気に入ってるんだが……。なんだ、こいつ。

 

 

「いいだろうっ!! 俺はお前とサシで戦う! お前が死んでもその女には手を出さないでやろう!!」

 

 

だが、今はその意味不明な言動がプラスに働いている。

奴からそれを言ってもらえるとはな。なら、あとはそれを『縛り』にすれば。

 

 

「……それは『縛り』でいいんだな」

 

 

少なくとも三輪だけは助けられる。これならーー

 

 

「いいや。『縛り』にはしない」

 

 

「は? さっきまで……」

 

「『縛り』になどするものか!」

 

 

そう言って、大男はニヤッと笑う。

くそっ!?

やっぱり呪霊は呪霊ってことか!

なら、俺が戦っている間に、三輪だけでも逃げてもらわないと。

そう思って、三輪に声をかけようとした俺を遮るように、奴は叫ぶ。

 

 

 

「これは約束だっ!!」

 

「漢と漢の約束っ!! 『縛り』などという無粋なもので縛られるようなもんじゃねぇっ!!」

 

 

 

「…………そうかよ」

 

「ああッ!!」

 

 

どうやら心配はなさそうだ。

なら、いい。これで安心して戦える。

 

 

「メカ丸!」

 

ーーガシャンッーー

 

 

メカ丸を呼び出し、それに呪力を込める。

『砲呪強化形態』と原理は同じ。メカ丸は変形によって、その姿形を変える。

 

 

「『纏呪強化形態(モード・イーグリウス)』」

 

 

それは両腕と両足に装備する形の形態。体を取り戻してから等級の高い相手と戦うために生み出したものだった。

これなら、白骨化されずに戦える!

 

 

「いいねいいねッ! そう来なくちゃ、なッ!!!」

 

ーーブンッーー

 

 

 

ーーガシャンッーー

 

 

 

奴の一撃を腕の装甲で止める。

 

 

「さっきの機械よりも硬ぇなぁ!」

 

「俺自身に装備させてるからな。そのリスク分、強度は上がるさ」

 

 

ーーガシャンッーー

 

 

術式の一部を開示し、威力を上げる。

そして、

 

 

 

「『大祓砲(ウルトラキャノン)』!」

 

ーードウッーー

 

 

 

「っ、ふぅっ!!」

 

「効かないのかっ」

 

「あぁっ、サウナ気分だなっ!!」

 

 

至近距離での『大祓砲』。

それを大男はもろに受けたのだが、少々火傷した程度だった。どんな強度してやがる。なら、今度は直接壊してやる!

 

 

「『刀源解放(ソードオプション)』『推力加算(ブーストオン)』」

 

 

「『絶技抉剔(ウルトラスピン)』!!」

 

 

ーーギギギギャーー

 

 

「っ、ぐうっ!?」

 

 

削る削る削る。肉を抉るような感覚が伝わってくる。

いける! 効いている!

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

 

このまま倒せる!

勝利を確信したその時だった。

 

 

 

ーーガギィッーー

 

 

 

何かが俺の『絶技抉剔』を止めた。本来ならば、大樹にも穴を開けるような回転による破壊が阻まれたのだ。

 

 

「!」

 

 

攻撃を止めたものの正体はすぐ分かった。

そう。

『骨』だ。奴の腕の『骨』、それに止められている。

 

 

「『骨疾嶒(こつしょうぞう)』」

 

「『骨』に作用する術式でなぁ! 俺も詳しいことは知らん!」

 

 

どこまで本気なのか分からないが、生物の『白骨化』。そして、『骨』の強度を上げる術式なんだろう。

近距離でも中距離でも戦える術式か。本当に厄介なーー

 

 

「幸吉っ!」

 

 

不意に三輪の声が耳にはいってきてから気づく。奴の拳が眼前まで来ていたことに。

 

 

「集中が切れてるぞ!」

 

「っ」

 

 

ーーブンッーー

 

 

一瞬の心の隙。それを大男は見逃さない。

全力でその拳を振り抜いてくる。

 

 

「幸吉!!」

 

「ーーっ」

 

 

顔面への、生身の部分への衝撃は……いつまで経っても来ない。

恐る恐る目を開ける。そこには、

 

 

 

 

「よう、見舞いに来たけど。タイミング悪かったか?」

 

 

 

 

見覚えのある白黒模様のやつがいた。そいつは大男の一撃を止めていて。

そいつの背中に俺は話しかける。

 

 

「……あぁ、最悪だよ。こっから逆転するところだったんだ」

 

「ハッ、それは悪かったなぁ」

 

 

俺の言葉にそいつは笑う。

 

 

「あぁっ!? お前、なにもんだぁぁっ!?」

 

 

俺との勝負を邪魔されたのがかなり嫌だったのか、苛立ちながらそう訊ねて、それにそいつは答えた。

 

 

「俺か? 俺はパンダだ、よろしく」

 

「どこがだよっ!!」

 

 

ゴリラモードのパンダに、大男はそう叫ぶ。

まぁ、気持ちは分かるが。

 

 

「おい、与!」

 

「あぁ」

 

 

パンダの呼び掛けに頷き、再び構える。

 

 

 

「悪いな、大男。サシの勝負じゃなくなった」

 

「~~~~っ、この卑怯者がぁぁっ!!」

 

 

 

卑怯? 上等だ。

俺は守りたい者を守れるなら卑怯者でも構わないさ。

 

 

 

ーーーー真依視点ーーーー

 

 

口に侵入してこようとしていた不快な感覚は来ない。

不覚にもつぶってしまった目をゆっくりと開くと、青黒い腕が切断されているのが目に入った。

『本体』への攻撃が効いているのか、奴は私から離れて、のたうち回っていた。

切断……? なら、『焼相』の仕業じゃないわよね……?

 

 

「なにが……?」

 

 

呆然としていた私の後ろから、その人は現れる。

 

 

 

 

「おい、ウチの妹に汚い手で触んじゃねぇよ」

 

 

 

 

かなり険しい表情で、未だにもがいている『青瘀』の本体へ薙刀の刃先を向けていた。

 

 

「っ、なによ、あなたっ!! ボクの邪魔しないでもらえるっ!?」

 

 

ヒステリックに喚く『青瘀』。

それにも構わず、彼女は告げた。

 

 

 

「知らねぇよ」

 

「私はただ、妹に手を出そうとしてる変質者を叩き切るだけだ」

 

 

 

そう言って、彼女は……真希は私の前を守るように前へ出た。

 

 

「なんで……あんたがここに……?」

 

「あ? (バカ)の指示でな。こっちに飛ばされた」

 

 

真希曰く。

東京の渋谷に『帳』が降りて、ゴタゴタしている。メカ丸が言っていた渋谷ハロウィーンよりも1日早く、一般人をほとんど巻き込まない形での『帳』に、何かを察したらしい五条悟が京都へ加勢を送った。

こっちにはパンダと真希、あと数名が飛ばされたらしい。

 

 

「とにかく安心しろ、真依」

 

「っ、安心なんてっ!」

 

 

真希の言葉に強がりを返し、私も立ち上がった。

私達を取り囲む死体たちを警戒するのに、自然と背中合わせになる。

 

 

「こうして一緒に戦うのは初めてだな」

 

「……足は引っ張らないでよ」

 

「お互いになっ!」

 

 

 

ーーーーーーーー




東京・渋谷では既に『帳』が降りています。
1日早いとはいえ、高専側に情報が入ってたこともあり、ほとんど一般人を巻き込まない形で『渋谷事変』開始してます。
特級2体と戦闘に入る前に、真希とパンダを京都へ飛ばしました。


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第44話 愛し子ー漆ー

ーーーー廃寺・憲紀視点ーーーー

 

 

 

ーーバキッーー

 

「かはッ!?」

 

 

その拳が完璧に鳩尾に入り、思わず倒れ込んでしまう。

 

 

「…………」

 

 

私への興味を失ったのか、奴ーー『脹相』は私に背中を向けた。

 

 

「ま、て……っ」

 

 

『脹相』は歩みを止めず、奴は境内にあるボロボロの賽銭箱の上に座る。

その隣には2人の女性。1人は奴の仲間と思われる民族服を着た女。もう1人が、

 

 

「母、様……」

 

「…………」

 

 

私の言葉は、彼女には届いていない。虚空を見つめたまま、直立不動だ。確実に何かの呪術を受けているのが分かった。

 

 

「母様に……何をしたっ!」

 

 

よろけながらも立ち上がり、叫ぶ。

 

 

「俺たち兄弟には2人の父親がいる」

 

 

私の疑問には答えず、奴は唐突に話し始めた。

 

 

「1人は私の母を孕ませた呪霊」

 

「2人目はそれに自らの血を混ぜた加茂憲倫」

 

 

「母を弄んだその男を俺は許さない」

 

 

加茂憲倫。

私と同じ名をもつ加茂家の汚点。最悪の呪術師。

それを許さないと『脹相』は言った。だから、

 

 

「だから、加茂家を滅ぼすと……?」

 

「そんなことのために母様に何かしたのか……?」

 

 

短絡的だ。

加茂憲倫は明治の術師だという。それからもう150年は経っているのだ。それを知らないわけでもないだろうに。

 

 

「我々は、『加茂憲倫』とは関係ないっ!!」

 

「関係ない訳があるか」

 

「っ」

 

 

話が通じない。実力差は明白だが、仕方がない。

不意を突けばあるいはっ!

 

 

ーーギリギリッーー

 

「『百歛』」

 

 

「『穿血』ッ!!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

不意を突いたはずの一撃だった。なのに、奴はそれを、

 

 

ーーギリッーー

 

「『百歛』」

 

 

「……『穿血』」

 

ーーバシュンッーー

 

 

一瞬だけ圧縮しただけの『百歛』で弾いた。

同じ『赤血操術』のはずが、その練度、圧縮力が段違いだ。

くっ……。

それならばと『赤鱗躍動』で距離を詰めて、応戦するも、それもレベルが違う。組み合った瞬間に、押し込まれる。

 

 

「ぐっ……」

 

「無駄だ。お前とはレベルが違う。諦めろ」

 

「っ……私、はっ!」

 

 

ダメだ。押し込まれる。同じ『赤鱗躍動』で捩じ伏せられる。

なんでなのだ。

私は、私はただ母様をーー

 

 

 

ーードゴッーー

 

 

「「!!」」

 

 

 

それは突如として降ってきた。

巨大な岩の塊。それは私を上から捩じ伏せていた『脹相』の頭に直撃し、奴は後退する。

倒れはしていない。だが、警戒してこちらとは距離を離していた。

何が起こったのかは、その声を聞いた瞬間に理解できた。

 

 

 

「憲紀ッ!!」

 

 

 

聞き馴染みのある声。私の名を呼ぶ彼女は……。

 

 

「鶫……」

 

「憲紀、ダイジョブか?」

 

 

鶫はすぐに私の元へと駆け寄ってきた。そのまま、私の肩を支えてくれる。

なんで来たとか。どうやってここがとか聞きたいことは色々あった。けれど、

 

 

「すまない……鶫っ」

 

 

謝罪。

意外なことに私の口から最初に溢れたのはそんな言葉だった。

 

 

「私は母様を、ただ……っ」

 

「分かった。分かったよ」

 

 

溢れ落ちる言葉を遮る鶫。

憲紀の気持ちは分かったから、今はゆっくりしろ。気にしなくていいから。

彼女はそう言ってくれた。その言葉を聞いて、今まで張り詰めていた何かが切れたように体から力が抜けていく。

 

 

「っ、体の力が……」

 

「当たり前だろう。丸2日飯を食わなかったのだ」

 

 

体に力の入らない私をゆっくりとその場に座らせた鶫は、しゃがんで私と視線を合わせながら言う。

 

 

 

「だから、早く帰って飯を食おう、憲紀」

 

「勿論、お前の母も一緒にだ」

 

 

 

にかっと笑う鶫。それを見て、私は頷くしかできなかった。

 

 

 

ーーーー鶫視点ーーーー

 

 

「ふぅ」

 

 

憲紀が無事であることを確認し、寺の端っこ、戦闘の場から少し離したところに移動させた私はひとつ息を吐いた。

そして、憲紀をそんな目に遭わせたその男を睨みつける。

 

 

「『脹相』、お前が憲紀を傷つけたんだな」

 

「…………」

 

 

その疑問には答えはいらない。

ただの確認だ。目の前の男が、憲紀を痛め付けた張本人だと自身が再確認するための問い。

 

 

「憲紀の母親も返してもらおうか。彼女は関係ないはずだ」

 

「…………」

 

 

一歩、一歩。奴へ近づいていく。

 

 

「加茂憲倫を憎むのは仕方がない。だが、今の加茂家は関係がないだろう」

 

「…………」

 

 

悪いのは彼ら『呪胎九相図』を作り出した『加茂憲倫』なのだ。

だから、『脹相』のしたことはただの八つ当たり。そもそも現代の加茂家を襲撃したところで彼の憎しみは収まらないだろう。

 

 

「…………」

 

「だんまりか」

 

 

ならば、仕方あるまい。

『焼相』は私のことをそう呼んでいた。真偽は分からない。だが、もしもそれが事実なのだとしたら、私はーー

 

 

 

「憎いのは私なのだろう」

 

 

 

そう。

『脹相』の憎しみの矛先を今一度変える。戻すのだ。

 

 

「……やはり、そうか」

 

 

私の言葉を聞いて、今まで沈黙を続けていた『脹相』が口を開いた。『彼』は静かに賽銭箱から降り、私の方へと近づいてくる。

お互い歩み寄り、やがて拳の届く距離まで近寄って、『彼』は口を再び開いた。

 

 

 

「お前が『加茂憲倫』だな」

 

「あぁ、私は加茂憲倫。お前たちを作り出したという呪術師だ」

 

 

それだけ確認できれば十分だ。

一度目を伏せた『彼』が、もう一度顔を上げたとき、その眼には憎しみがこもっていた。

 

 

 

「お前は俺が殺すッ!」

 

 

「奇遇だな。私も憲紀をいじめた相手を祓いたいと思っていたところだよ!!」

 

 

 

ーーーーーーーー




開戦。
アンケートが見事に割れてて笑えますね。


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第45話 愛し子ー捌ー

ーーーーーーーー

 

 

ーーバキッーー

 

 

開幕初手。右上段、『脹相』の側頭部への蹴りは防がれた。

私の足を掴んだまま、『脹相』は拳を私の腹へ。

 

 

ーーガシッーー

 

「チッ!」

 

 

それを左手で受け止め、手前へ引く。

この状況で私が引くとは思わなかったようで、『脹相』の体勢が大きく崩れる。足を掴む手を離れた。

 

 

ーーフワッーー

 

 

同時に、私は『脹相』の少し上に飛び上がる。そして、

 

 

「転がれっ!」

 

ーーバギィィッーー

 

 

両足蹴りで『彼』の背中を蹴り飛ばした。私の想像通りに、『脹相』は地面へ顔面を叩きつけ……いや!?

 

 

ーーギリギリッーー

 

「『百斂』」

 

 

体勢を崩しながらも、『彼』は怯まない。一瞬で体を翻し、私に向き直る。両の掌は合わされていて。

 

 

 

「『穿血』ッ!!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

 

「っ!?」

 

「チッ」

 

 

音速を超える速度の『穿血』が私の顔の横を掠めていく。

危なかった……っ。反応が少しでも遅れたら、脳天を撃ち抜かれていた。

だが、切り替えろ。

 

 

「ふんっ!」

 

ーーバキッバキッバキッーー

 

 

『脹相』は地面に仰向けの状態だ。そこに追撃するように、私は踏みつけを叩き込む。だが、『彼』はそれを転がりながら上手く躱しきった。

再び私と『脹相』の距離が空いた。これは、

 

 

ーーギリギリギリギリッーー

 

 

「『百斂』ーーーー『穿血』」

 

 

ーーバシュッーー

 

 

まずいっ!?

咄嗟に、跳んで躱した。だが、

 

 

ーーグンッーー

 

 

『脹相』は、撃ち出した『穿血』を強引に薙ぎ払い、次の攻撃に転じてきた。

滞空状態で躱すのは無理……いや!!

 

 

「はぁぁっ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

『穿血』が私を捉える寸前に、宙を蹴る。その膂力で風が起こり、私の体がさらに上へ。そのおかげで『穿血』からは逃れることができた。

 

 

「面倒なことをッ!」

 

「お互い様だろうっ!」

 

 

ーーグンッーー

 

 

さらに追撃。薙ぎ払った『穿血』をもう一度振るう『脹相』。だが、そもそも『穿血』は初動は速いが、それ以後は避けられないほどではない。だから、

 

 

ーースタッーー

 

「『穿血』の上に……」

 

ーーバシュッーー

 

 

私が『彼』の『穿血』の上に立ったのを見て、それが有効打にならないことを悟ったのだろう。『脹相』は術式を解いた。

 

 

ーースッーー

 

 

その1秒後、『彼』の顔の模様が変わったことを視認した私の懐に、既に『彼』はいた。右の脇腹へ拳が入る。

 

 

「ぐっ!?」

 

「これも防ぐか」

 

 

『赤鱗躍動』か! だが、想定していたそれよりもずっと速い。そのせいで対応が遅れてしまっている。

慣れれば、対応はできるだろうが、私の思う『赤鱗躍動』とのズレを修正しなくては!

 

 

「っ、はっ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

時間を作るための足払いを放つ。それで体勢を崩そうとするが、所詮は苦し紛れの攻撃だ。距離をとられ、簡単に避けられた。

結果的には、少し落ち着く時間ができた……よしとしようか。

 

 

「……ふぅ」

 

 

ひとつ息を吐く。実力は五分。恐らくだが、特性が呪霊に近い『受肉体』である『脹相』に失血死はない。さらに、私の身体能力であれば対応できるとはいえ、遠距離からの攻撃がある分、向こうの方が圧倒的に有利。

こうしている間にも、

 

 

「…………」

 

ーーギリギリッーー

 

 

『百斂』で圧力をかけている。

いつ撃ってくる? 撃ったその瞬間に避け、懐に入る。だが、一歩間違えれば死ぬ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

睨み合いの膠着状態を崩したのは、『脹相』が不意に撃ち出した『穿血』。それが放たれた瞬間に、私は走り出す。同時に極限まで姿勢を低くして、『穿血』の軌道から外れることに成功する。

だが、『彼』の腹まであと数m。私はそれに気づいてしまった。

 

 

 

「なぜ、まだそこにある……?」

 

 

視界に入った『穿血』は未だ『脹相』の側にあった。本来の『穿血』の速度であれば、もう撃ち出されていなければおかしいはずの血液。

そこでやっと思い至った。加茂邸襲撃の時に使ったあの拡散する攻撃に。

 

 

 

「『超新星』」

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

 

気づいた時にはもう遅い。弾け降り注ぐ『脹相』の血液が、私に襲い来る。

今の私ならば反応できる速度だ。だが、今の私では防御できない攻撃だった。万事休す。私はその攻撃をーー

 

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

 

「なっ!?」

 

「!」

 

 

姿勢を低くした私の頭上を、走る赤い直線。

それが誰の放ったものかは瞬時に理解できた。

 

 

「ありがとう、憲紀」

 

 

ポツリと。

彼の名前を呼んで、私はさらに一歩踏み込む。

 

 

「くっ!?」

 

「終わりだよ、『脹相』」

 

 

突然の出来事に、『脹相』は構えることができない。

『百斂』は封じた。『赤鱗躍動』も間に合わない。

 

 

 

ーーブンッーー

 

 

 

全体重を乗せた全力の一撃を叩き込んだ。

 

 

 

ーーーー『脹相』視点ーーーー

 

 

全く防御できないタイミングで放たれた奴の一撃は、俺には入らなかった。俺の側に控えていた妹『散相(さんそう)』によって、止められたからだ。

止めた、といっても、『散相』の術式によって、攻撃の衝撃を他の場所へ飛ばしただけだが、それでも全力で放った一撃が届かなかったのだ。奴は引くしかない。

 

 

「く……!?」

 

 

やはり奴は俺から距離をとった。迂闊には攻めてこないだろうな。

時間ができたことを感じた俺は、俺の後ろにいるはずの『散相』へ声をかけることにした。

 

 

「『散相』」

 

「はい、お兄様」

 

 

いつものように静かに『散相』は返事をした。

 

 

「手を出すなと言っていたはずだ」

 

「…………」

 

「俺の身を案じてくれたのは分かる。だが、親殺しを他の兄弟にさせるわけにはいかない。これだけは『お兄ちゃん』である俺の責務なんだ」

 

「…………」

 

 

『散相』は答えない。無言の抗議だろうか。

 

……まぁ、当然と言えば当然か。今回の計画を今受肉している『青瘀』と『骨相』、そして『散相』に話した時も、お前だけは最後まで反対していたな。『壊相』や『血塗』のように、俺が死んでしまわないかと心配していた。

お兄様だけが危険を侵す必要はないでしょうと訴えかけてきて。今、受肉している『呪胎九相図』全員で敵の戦力を分散しようと提案したのも『散相』、お前だった。

お前の熱量に俺は気圧され、頷いたのだ。成長だと思った。俺の意見を押し切り、自らの意見を主張するお前が頼もしく思えたよ。嬉しく思ったさ。

 

だが、これだけは譲れない。いくら『加茂憲倫』が畜生だとはいえ、親殺しを背負うのは俺だけで十分だ。

 

 

「…………」

 

「ふっ、お前はいつもそうだな」

 

 

我ら『呪胎九相図』の中で、一番物静か。だが、芯は誰よりも強く、頑固だ。そこがいいところなのだがな。

 

 

「今回だけは納得してくれ、『散相』」

 

「えぇ、お兄様」

 

 

ありがとう。それだけを返す。

これで振り出し。これで目の前の『加茂憲倫』を殺すことにまた集中できる。

 

 

「邪魔が入ったな」

 

「いや、いい家族だな」

 

 

構え直した奴とそんな言葉を交わし、俺も構え直す。

さぁ、仕切り直しだ。

 

…………そう。

気持ちを切り替えた俺の耳に、それは入ってきた。

 

 

 

「えぇ、お兄様……ええお兄差ま、ええ御二位様にいさ間」

 

 

 

確かに『散相』の声だった。

だが、まるで壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返していて。

 

 

「っ、『散相』……?」

 

 

対峙していた『加茂憲倫』から目を離して、振り返る。

 

 

 

ーーブスッーー

 

「か……っ!?」

 

 

 

刺された。それは理解できた。

だが、誰に刺されたのかは理解ができなかった。

 

 

「な、ぜ……っ、『散相』……」

 

「……荷い、兄佐馬……得得、お弐位様」

 

 

俺の質問に、『散相』は答えてくれない。

その代わり、

 

 

 

 

「何故も何もない。私がそう指示したからだよ、『脹相』」

 

 

 

 

その声は朽ち果てた本殿の上から聞こえた。

聞き覚えのある男の声。

体を貫かれながらも、どうにか上を見上げると、そこには奴がいた。

 

 

「夏油……っ」

 

 

夏油傑。我々、呪霊側と結託していた呪詛師だった。

奴はニヤリと笑い、告げる。

 

 

 

「さぁ、始めようか」

 

 

 

ーーーーーーーー




アンケートありがとうございます。
締め切るのは年内いっぱいにしたいと思います。

また、本編の区切りのいいところで
番外編のじゅじゅさんぽ書きます!


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第46話 愛し子ー玖ー

ーーーー鶫視点ーーーー

 

 

『散相』と呼ばれた女性の介入によって、仕切り直しになった戦闘を再び中断したのは、他でもない『散相』であった。

私の攻撃から兄を守った『散相』が、今度はその兄の腹を刃物で突き刺していたのだ。

 

 

「な、ぜ……っ、『散相』……」

 

「……荷い、兄佐馬……得得、お弐位様」

 

 

一瞬、何かの術式かとも疑ったが、『脹相』の表情と壊れたような『散相』の様子を見れば、何か想定外のことが起きているのだと簡単に理解できた。

勿論、『脹相』は敵だ。だが、この幕切れではあまりにもーー

 

 

「……っ」

 

 

咄嗟に私の体は動いていた。何をしようとしているのかは自分でも分からない。それでも『脹相』に駆け寄ってしまっていた。

そんな私の足を止めたのは、声。

 

 

 

「何故も何もない。私がそう指示したからだよ、『脹相』」

 

 

 

男の声だった。それは朽ち果てた本殿の上から聞こえてくる。完全に日が落ちきった夜の空を背に、黒い僧衣と袈裟姿の男が立っていた。

見たことのある男だ。

たしか、あれはーー

 

 

「夏油……っ」

 

 

夏油傑。

4人しかいない特級呪術師のうちの1人。昨年の12月24日に新宿・京都を襲った百鬼夜行の首謀者で、死亡しているはずの人物。

幸吉からの情報で生きて暗躍していることは知っていたが。

 

 

「今回の件にも関わっているのか」

 

 

一層警戒を強くする。私への恨みを晴らそうとした『脹相』とは違い、あの男の狙いは読めない。『脹相』を唆し、加茂邸を襲撃させたのが彼だとしたら狙いは憲紀か? それとも……?

 

 

「さぁ、始めようか」

 

 

そう言うと、夏油はそのまま本殿から着地して、『脹相』の方へ歩いて近づく。

 

 

「ぐっ……!」

 

「無駄だよ。その呪具は特別製だ。簡単には動けないさ」

 

 

彼は『彼女』ーー『散相』に手を触れた。

 

 

「止めろ」

 

「…………」

 

「止めろッ! 妹に手を出すなッ!!!」

 

「そうもいかないんだ。私の計画を進めるためにはね」

 

 

ーーグニャリーー

 

 

「『散相』ォォォ!!!!」

 

 

身動きの取れない『脹相』の目の前で、夏油は『散相』をーー『彼』の妹の形を変えた。黒い球体にして、それを呑み込んだ。

 

 

「~~っ! ーーッ!!」

 

 

声にならない叫びをあげて、今にも夏油に飛びかかろうとする『脹相』。だが、腹を貫く刃のせいか、その場からまったく動けていなかった。

『彼』の目から一筋の涙が頬を伝っていくのが見えてーー

 

 

 

ーーバキッーー

 

「っ」

 

 

 

気づけば、私は夏油の顔面を殴っていた。

 

 

「加茂、憲倫……? なぜ……?」

 

 

呆然としながら、『脹相』が聞いてくる。だが、そんなもの私も分からない。『脹相』は確かに憲紀を傷つけた相手だが、

 

 

「少々、腹が立った」

 

「おまえ……」

 

 

 

「全く……相変わらず感情的だな、加茂憲倫」

 

 

 

「「!!」」

 

 

私は確かに全力で殴った。だが、その衝撃は夏油の顔に当たる前にどこかへ飛ばされていたようで。

 

 

「『散相』がいなければ、私の顔に傷がついていたところだったよ」

 

 

見れば、夏油の後ろに『散相』はいた。

幸吉から聞いてはいたが、なるほど。『呪霊操術』で『彼女』を取り込み、使役しているのか。

 

 

「夏油ッ!!」

 

「おっと、八つ当たりは止めてくれ。私は『散相』をうるさいお兄様から救い出しただけだ」

 

「貴、様ッ!!」

 

 

「さて」

 

 

激昂する『脹相』を意に介さず、夏油は地面へ手を着く。そして、何かの術式を発動した。次の瞬間に、

 

 

「なッ!? ホワイ!?」

「あん? おいおいおいおい、なんだよっ!?」

「パパっ!? お兄ちゃんたち!?」

 

 

その場に『焼相』と『青瘀』と思われる液状生物、そして、筋肉大男が現れた。

 

 

「『呪胎九相図』勢揃いという訳だ」

 

 

夏油はそう言うと、ゆっくりと『彼女』たちに近づいていく。

 

 

「止めろッ!! 弟たちに手を出すなっ!!」

 

 

またも叫ぶ『脹相』。私も同時に走り出す。

だが、それよりも早く夏油は『青瘀』に触れた。その瞬間に『青瘀』の形が変わっていく。

 

 

「『脹相』兄様……っ」

ーーグニャリーー

 

「『青瘀』ォォッ!!」

 

 

「2匹目……次だ」

 

 

今度は筋肉大男に触れる。しかし、術式が発動しないのか筋肉大男は黒い球体に変わることはなかった。

 

 

「なんだ、まだ余力があるのか」

 

「よくも『青瘀』兄をッ!!!」

 

 

「止めろ、『骨相』っ!?」

 

 

夏油を殴るのを制止する『脹相』の声。それに反して、『骨相』と呼ばれた大男は夏油を殴った。

 

 

「学習しないな」

 

「なッ!?」

 

「仕方がないか」

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

気配。それは『骨相』の下から。

 

 

ーーブヂューー

「あ……?」

 

「『骨相』ォォ!!」

 

 

『彼』の足元から出てきた巨大な口は、『骨相』の下半身を噛み千切った。転がる『骨相』。触れる夏油。彼の手の中には黒い球体が握られていた。

 

 

「3匹目だ。あとは……」

 

 

夏油の視線がこちらへ、私の背に隠れる『焼相』に注がれる。

 

 

「『焼相』、私から離れるなよ」

 

「う、うんっ、パパ……」

 

 

何をしているのか、何をしようとしているのかは分からない。だが、ここで『焼相』を渡してしまえば本当にまずいことが起こる。私の直感がそう告げていた。

 

 

「…………加茂憲倫、『それ』をこちらへ渡してくれ」

 

「…………断る」

 

 

夏油はまた私の名を呼んだ。

まただ。

そもそも何故私の中身を知っている? 『脹相』から聞いていたのか? それとも何かしらの手段で見破っている?

頭の中で、そんな疑問が駆け巡る。

 

だが、今は考えるな。

考えるーー

 

 

 

ーーピキッーー

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「止めろ、ーーーーーー」

 

「何を言っているんだ。君も興味があるだろう?」

 

「……そんなことは、ない」

 

「嘘を吐くなよ。君だって、私に賛同してくれたじゃあないか。これも呪術の更なる進化のためだと」

 

「違う。私はそれで人を救えるならとーー」

 

 

「偽善者め」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

不意に思い出す『あの時』の記憶。

私が殺された『あの時』の記憶。

それが、なぜ今……?

その疑問は目の前の夏油を見て、すぐに解決した。

 

忘れていた。

いや、思い出さないように蓋をされていた記憶が今、開いたのだ。

今ならばはっきりと分かる。

目の前にいるのは、夏油傑ではない。その額の傷。見覚えがあった。そうだ、彼はーー

 

 

 

「『羂索(けんじゃく)』ッ!」

 

「久しいな、憲倫」

 

 

 

彼の名は『羂索』。

明治の時代に、私と思想を共にしていた男。

そして、私を殺した呪術師。

 

 

ーーーーーーーー




年内にもう一話更新したい。


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第47話 愛し子ー拾ー

ーーーーーーーー

 

 

「やっと思い出してくれたか」

 

「お前……なぜ生きているッ!!」

 

 

こいつと生きていたのは明治の時代だ。あれからもう150年経っている。生きているはずがない。

 

 

「それはこちらの台詞だよ、憲倫。君は私が殺しただろう? 殺してその姿を奪い取ったはずだ」

 

「なにを言っている……?」

 

 

私の疑問に答えるように、『羂索』は自らの頭の縫い目をほどいていく。そこには脳。

……なるほどな。

 

 

「肉体を渡り歩く術式かっ!?」

 

「御名答、流石は憲倫だ。話が早くて助かるよ」

 

 

それならば『こいつ』が生きていることにも納得がいく。そして、私が『焼相』たち、『呪胎九相図』を産み出したという話も……。

 

 

「『焼相』たちを作り出したのもお前か」

 

「あぁ。君の姿を奪った後に作り出した。偽善者の君が最悪の呪術師と呼ばれるのには……ククッ、中々に愉快だったよ」

 

 

人を嘲るような邪悪な笑い方も変わっていない。あの頃のままだ。

 

 

「パパ……」

 

「っ、すまん、『焼相』。やはり私はお前のパパではなかったようだ」

 

「え? え……? どういうこと……?」

 

 

私の後ろに隠れる『焼相』にそんなことを告げる。私たちの会話に入り込むように『羂索』が『焼相』に話しかける。

 

 

「『焼相』だったかな。私が本当の父親だよ」

 

「……え?」

 

「そこにいる加茂憲倫は、君たちの父親じゃない。私が彼の姿を奪ってから『呪胎九相図』を作り出したんだ。その証拠に、彼は君たちを知らなかったろう?」

 

「それは……」

 

 

にこりと人当たりのよさそうな笑みを浮かべる『羂索』。

 

 

「聞くな、『焼相』。奴は『焼相』を利用しようとしてるだけだ」

 

「で、でも……パパなんだよね……?」

 

「っ」

 

 

思わず言葉に詰まってしまう。『焼相』が求めているのは父親だ。作り出したのも、それ自体を認識しているのも、私よりずっと『羂索』の方が父親と言うには近いだろう。

 

 

 

「『焼相』、(パパ)の言うことを聞いてくれるかい?」

 

 

 

そう言って、『羂索』は私の背中越しに『焼相』へ話しかける。

邪悪だ。目的のためならば手段を選ばない奴らしい邪悪さ。そんなところが本当に嫌いだ。

 

 

 

「加茂憲倫っ!!」

 

「っ」

 

 

 

どうすべきか迷っていた私の思考を遮ったのは、『脹相』の怒号だった。その視線は私に向けられている。だが、それはさっきまでの殺意に満ちたものではなくーー

 

 

「!」

 

 

それに思い至る。私は『焼相』を抱きかかえ、『脹相』の元へ走った。そして、

 

 

ーーブシュッーー

 

 

『彼』の腹を貫いていたその刀を引き抜いた。

 

 

「よく、分かったな」

 

「……自分でも驚くほどに冴えていてな。まるで夢から覚めたかのような覚醒具合なのだ」

 

「確認させろ、あの額の縫い跡……あっちが俺の知ってる『加茂憲倫』で合ってるな?」

 

 

どうやら『脹相』も、奴が自分たちを作り出した『加茂憲倫』だと気づいたようで、私にそう聞いてくる。それに頷くと、私の横で『羂索』と対峙するように構えた。

 

 

「聞きたいことは山程あるが……」

 

「あぁ、『奴』の狙いは恐らく『呪胎九相図』。お前たちだ」

 

「分かっている……奴は…………敵だ」

 

 

そこで『脹相』の呪力が跳ね上がるのを感じた。恐ろしいほどの重圧だ。

 

 

 

「『散相』、『青瘀』、『骨相』。見ていてくれ」

 

「俺たちの妹ーー『焼相』は(お兄ちゃん)が守り抜く!!」

 

 

 

「ふむ」

 

 

見れば『羂索』は顎へ手をやり、何かを思案していた。次の手を考えているのか? いや、もしや……?

 

 

「『脹相』! 奴は逃げるつもりだっ!!」

 

「!」

 

 

私がそれに気づいたのは、気配が近づいてくるのが分かったから。大きな気配。恐らくこれは五条悟だ。

今の『羂索』では五条悟は殺せないだろう。だからといって無謀な賭けに乗るような奴ではないのは、私がよく知っている。

 

 

「流石は憲倫、よく分かっているね」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

「「!?」」

 

 

案の定、奴の足元から無数の呪霊が沸き上がってくる。夏油傑の『呪霊操術』で呼び出した呪霊。大まかな気配だけでも、千はいる。それをーー

 

 

 

「それでは、また会おう、愛しき息子たち。必ず迎えに来るよ」

 

 

 

ーー奴は解き放った。

 

 

「この数は……っ、『脹相』! 祓うのを手伝ってくれっ!!」

 

「っ、仕方がないか」

 

「……お兄ちゃん……パパ……」

 

「『焼相』、お兄ちゃんから離れるなよ」

 

 

私と『脹相』は互いに背を預ける形になった。その中央には『焼相』。

この娘を守らなくては。

そして、この呪霊の群れを一匹たりともここから出してはいけない。

大丈夫だ。五条悟も来るだろうし、皆もきっと駆けつけてくれる。それまで耐え抜け。体を止めるな。

 

気を引き締め直す前の、一瞬の気の緩みだった。

 

 

 

ーーヌウッーー

 

「「!?」」

 

 

呪霊に紛れて近づいてきた『羂索』に、私も『脹相』も気づくのが遅れた。

そのせいで、私はその掌に触れてしまったのだ。

 

 

 

 

「『無為転変』」

 

 

 

 

 

ーーーー報告ーーーー

 

 

2018年10月30日。

渋谷に『帳』が降り、呪霊の群れが放たれた。渋谷にいた一般人50名と応戦した呪術師8名が死亡。特級呪霊2体の存在も確認されたため、五条悟がそれに応戦し、特級呪霊2体を祓除した。

 

同時刻に、京都市内3ヶ所にて、『呪胎九相図』3体が確認され、呪術高専京都校の学生が交戦した。死亡者はなし。

また、その場に特級呪詛師・夏油傑が現れたことを確認した。『呪胎九相図』のうち3体を取り込み、逃走を図った。

その際、加茂鶫が意識不明となるが、数日後回復し、意識を取り戻した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「………………」

 

 

ーーーー京都校内・医務室ーーーー

 

 

「鶫!」

 

「…………あ、れ?」

 

「よかった! 意識が戻ったのだなっ!!」

 

「憲紀、くん……?」

 

「…………鶫? その呼び方……」

 

「わたし……は……」

 

「覚えているか、鶫。お前がなぜ意識を失っているのか」

 

「……え、なぜって……」

 

 

 

「わたし、睡眠薬をいっぱい飲んで……」

 

「自殺、したはずだよね……?」

 

 

 

ーーーーーーーー




年内の更新はここまで。
年明けから、番外編2話と本編新章開幕予定です。

今年もたくさん読んでくださり感謝です。
前作や前々作もぜひ読んでいただけると嬉しいです。

来年もマイペースに、自分で楽しくなるように書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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番外編 じゅじゅさんぽ
じゅじゅさんぽ はじめてのおでかけ


あけましておめでとうございます。
番外編です。本編も作っております。少々、お待ちください。


ーーーー京都校寮内・鶫の部屋ーーーー

 

 

「むぅ」

 

 

あたしは1人、パパのベッドの上でほっぺをふくらませていた。

あたしがパパと出会ってから、1日が経った。ホントならパパと一緒に楽しい生活をおくってたはずなのに……。

 

 

「パパ、帰ってこない……」

 

 

パパは加茂家ってところに行ったまま、まだ帰ってきてない。

 

 

「つまんな~い!」

 

 

ベッドの上でバタバタしても、パパはいないから構ってくれる人もいない。しばらくバタバタしていると、ちょっと疲れちゃった。

パパからはここで待ってろって言われたけど……。

 

 

「……ちょっとくらい外に出てもいいよね……?」

 

 

ベッドから飛び降りて、扉の方へいく。扉をそーっと開けて、周りをみるとだれもいないっぽい。

…………よし!

 

 

ーーピョンッーー

 

 

えいっと部屋から飛び出す。きょろきょろ左右を見渡して、だれもいないことももう一回確認して。

……って、あれ? どっちに行けば出口だっけ?

いちおうここに来たときに見てたはずなんだけど、パパと会えたのがうれしくて、しょーじき覚えてなかった。

 

 

「……パパの呪力はわかりにくいからなぁ」

 

 

呪力がほとんどないから呪力では追えないよね。じゃあ、あとは違う誰かの呪力をたどればいいのかな?

 

 

「えっと……パパ以外であたしが知ってるのは……」

 

 

糸目の人とちょんまげの人。あとは『脹相』お兄ちゃんたち。

あたしがすぐにわかるのは、お兄ちゃんたちの呪力だけど、近くにはたぶんいない。

あとはパパのおともだちみたいな人たちだけど……えっと……。

 

 

「……いた」

 

 

2つの呪力は思ったよりもずっと近くにいた。

1人はその場所からは動かないけど、呪力がすごく揺れてる。もう1人は下のほうでうろうろしてる。そこはいろんな人が出入りしてる場所なのか、いろんな呪力がこびりついてる感じがした。きっとそこがこの建物の出入り口だ。

 

 

「場所はわかった! あとは見つからずにここを出るだけ!!」

 

「がんばるぞぉ! おーっ!!」

 

 

なんだか楽しくなっちゃって、あたしは大声をあげてた。

……あ、あぶないあぶない。

抜け出したのバレたらダメなんだった。

目立つことはしないように気をつけなきゃ……。

 

パパが住んでるその建物から、こっそり脱出成功したあたしは歩き出す。

そう。

パパのいるところに!!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「こ、ここが……こんびに!!」

 

 

現代のことはいろいろと知ってる。元の肉体の持ち主の知識みたいなのは、なんとなく覚えてるから。

でも、実際に行ったことはなかった。楽しそうでステキな場所だなっておもってたけどね。

だから、うん。

 

 

「しかたないしかたない」

 

 

そう言いながら、こんびにの自動扉をくぐる。すると、中にはいろんな商品が置いてあって……キラキラだ!

レジの前にある揚げ物がたくさん入ってるケース。いろんな種類の飲み物。パンもいっぱい。

その中でもお菓子が並んでるケース、そこにあるクリームがたくさんはさまったお菓子が目に入った。

 

 

「これ、は!?」

 

 

いったいなんだろう?

あたしの記憶……いや、元々の肉体の持ち主の記憶にもないものだ。見れば『新商品』のシールがはってあった。なるほど、しらないわけだ!

 

 

「…………えっと、たしか……」

 

 

ポケットの中をごそごそと漁ってみる。買い物にはお金が必要。あたしはえらいから、パパの言いつけを守って、人にめいわくはかけない!

 

 

「えっと……198円だから……」

 

 

あやふやではあるけど、コインに数字はかいてあるからなんとかわかる。銀色のコインを2枚で足りる、よね?

 

 

「……よしっ」

 

 

これから、あたしは人生……呪霊生?はじめての買い物をする。

ドキドキする。あたまではわかってる。でも、やったことないこと。このドキドキはパパに会ったときのドキドキと似てるかもしれない。

……それはいいすぎかな?

とにかく、気合をいれなきゃ!

あたしは深呼吸を何回かしてから、そのお菓子をもって、レジにならぶ。ちょうど前の人がおわったみたいで、すぐあたしの番がきた。

よしっ!!

 

 

 

「これ、くださいっ!!」

 

 

 

あたしはそのクリームたっぷりのお菓子をレジに叩きつけた。

 

 

ーーべしゃっーー

 

「あっ……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「人間、やさしい……」

 

 

あたしがレジに叩きつけたせいで、ぐちゃぐちゃになっちゃったお菓子といまにも泣きそうだったあたしをみて、レジにいた人間はあたらしいのと交換してくれた。

「だいじょうぶだよ、あたらしいのと変えてあげるからね」

そういってあたまを撫でてくれた女の子の顔はぜったいに忘れない。このごおんはどこかで返そう。

そんなことを思いながら、あたしはお菓子を片手に歩いていた。

それにしても……。

 

 

「おいしいなぁ♪」

 

 

とってもおいしいお菓子だった。

今度、パパにも教えてあげよ!

 

 

「~~~~♪」

 

「ん?」

 

 

なんだっけ? なにか忘れてる……?

あっ!

 

 

「そうだ! パパをさがしにきたんだった!」

 

 

あわてて食べてたお菓子を口につめて、あたしは走り出す。

まっててね、パパ! すぐいくから!

 

 

ーーーー交番ーーーー

 

 

「お名前言えるかなー?」

 

「ぐすんっ……ぐすっ……しょーそー」

 

「しょうそうちゃん……? えぇと、素敵なお名前ね」

 

「うんっ」

 

「しょうそうちゃん、自分のお家わかる……?」

 

「……うん」

 

「ちょっと待ってね……今、この赤い点の場所ね。しょうそうちゃんのお家はどこ?」

 

「…………たぶん、ここ」

 

「高専……? ここにお家の人がいるの?」

 

「ちょんまげの人」

 

「????」

 

「その人しか知らないもん……」

 

「えっと、じゃあ、電話してみるからちょっと待っててね」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そのあと、迎えに来たちょんまげの人に怒られた。

別に怖くはなかったけど、パパに言いつけるっていわれたから泣いてあやまった。

いちおう、だまっててくれるって。

 

ちょんまげの人、悪い人じゃないかもしれない。

 

 

ーーーーーーーー




誰とは言わないがいちゃつく話はまたあとで。


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じゅじゅさんぽ 親友の恋路を応援したいが当人同士の意思も大切にしたい憲倫くん

番外編むたみわ。
苦手な人・そういうのを求めてない人は飛ばしても大丈夫です。
そのうち順番は並び替えて番外編の方に入れます。
本編も鋭意作成中です。



ーーーー寮内・鶫の部屋ーーーー

 

 

「進展してない?」

 

 

私の部屋にお菓子を食べに来た真依曰く。

霞と幸吉の仲があまり発展していないらしく、じれったいやり取りをまだ続けているそうだ。そこでまた私に力を借りに来た……いや、違うな。暇潰しにきたと言った方がいいだろう。

 

 

「いや、真依よ。確かに私は幸吉の恋路は応援したいが……」

 

「なら、いいじゃない」

 

「うむ……」

 

 

当人同士の進み方というものもある。だから、きっかけを作り終わった今は見守るのも大切だと思うのだが……。

 

 

「私は真依ちゃんにさんせー!」

 

「ほら、桃もそう言ってるでしょ?」

 

 

いや、君達はそういう性格だからいいだろうが、当人、特に霞はとやかく言われるのをどう思っているだろうか。霞がそういう冷やかしを得意としないならば、下手なことをして嫌われることは避けたい。

 

 

「大丈夫よ」

 

「いや、何を根拠に……」

 

「あの娘も私達がそういう性格だって知ってるし」

 

「……ふむ」

 

 

なるほど。説得力がある。

まぁ、それで1年間付き合ってきたのだから、今更か。

ならばーー

 

 

「よし! やるか!」

 

 

 

ーーーー京都校・食堂ーーーー

 

 

「まだ幸吉のことをメカ丸と呼んでるのか」

 

「…………うっ」

 

 

食堂にて。

私と真依に向かい合うように座る霞にそう聞いた。それに対して、霞もじと目をこちらへ向けながら反論する。

 

 

「ま、真依だってメカ丸って呼んでるじゃないですかっ」

 

「私は別に変える気ないし」

 

「じゃあ、わたしもーー」

 

 

それなら自分も問題ないだろうと、真依に追従するように手を挙げる霞を、

 

 

「へぇ、手まで繋いでおいて?」

 

「なぁっ!?!?」

 

 

真依がそんな言葉で止める。机に肘をのせ、頬杖をつきながらそう言ってのけた真依の表情はとてもにこやか……いや、あの表情は霞で遊ぼうとしてるな。

 

 

「な、なんのことですかっ!? はぁぁぁ、真依は嫌になっちゃいますねぇぇ! そんな訳の分からないことを言ってぇぇ!!」

 

 

顔も赤く、明らかに動揺して早口になる霞。

これは……うむ、明らかに脈アリではないか。よかったなぁ、幸吉。

ひとり頷く私を他所に、真依は確実に霞を追い詰めていく。

 

 

「ショッピングモールのフードコート」

 

「!!」

 

「メカ丸に奢ってもらったステーキはさぞ美味しかったんでしょうねぇ」

 

「!!!」

 

「メカ丸の口の端についてたソースを拭いてあげてるのなんて感涙ものだったわ」

 

「!!!!!」

 

 

既に霞は限界。もう言葉が出ないようである。

 

 

「その辺で止めてやれ、真依」

 

 

とりあえず真依は満足したようで、大人しく引き下がってくれた。霞、可哀想に。しかし、まぁ真依に隙を見せたのが運の尽きだったな。

 

 

「あ、あ……あぁぁ」

 

 

茹でダコのように赤面し、悶えているところ悪いが、話が進まんな。仕方がない、私が話を進めようか。

 

 

「霞」

 

「つ、ぐみ……ちゃん……?」

 

「大丈夫だ」

 

 

ギギギと音が鳴りそうなほどぎこちない動きで、顔をこちらへ向ける霞。何を聞きたいかは分かっている。

大丈夫だ。

そう伝えるように、私は静かに頷き、口を開く。

 

 

「無論、私も見ていた。2回目は霞から手を握りにいくとは中々やるな」

 

「あぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 

 

「なにトドメ刺してんのよ」

 

「……すまん、つい」

 

 

楽しくなっちゃった。

 

結局、霞が落ち着くまでに15分ほどかかったので、その場はそのまま解散となった。その夜、私の部屋で改めて女子会を開き、『例の計画』を進めることが決定した。

 

 

ーーーー京都校内・訓練場ーーーー

 

 

『例の計画』。

それは私と真依、西宮先輩が立てた幸吉と霞の仲をぐんっと近づけるための策。

 

 

「さて、真依よ。『例の計画』は順調か?」

 

「なにを大袈裟な……ただメカ丸のことを名前で呼ばせて反応を楽しむだけでしょ」

 

 

まぁ、そうだけども。

 

 

「いや、しかしだな、真依。こういうのはなんというか……ほら、あれだ、あれ! たしか……」

 

「やぁねぇ……もうボケたの?」

 

 

止めろ、150歳に対してそういうことを言うな。

妙に現実的な話をするんじゃない。

……ではなく。

 

 

「そう。てんしょんだ、てんしょんが大事だろう?」

 

「私、そういうタイプじゃないし」

 

「……つれないことを言う」

 

「それより、ほら」

 

 

真依が指をさした先を見ると、霞と幸吉がちょうど立ち合いを終えたところだった。2人とも自分の水筒が置いてあるこちらへ向かってくる。

 

 

「さて! 真依! 私たちも訓練をしようか」

 

「……えぇ」

 

 

幸吉に、私達が2人の会話を注意深く聞いているのがバレないようその場を離れる。

ん? その場を離れたら、会話が聞けない?

いやいや、その辺は抜かりはない。私にはこの盗聴器がある。何を隠そう、この計画のために今日の昼に高専を抜け出して買ってきたのだ。私の足があれば朝飯前もとい昼飯前であった。

 

2人からは見えない位置、なおかつ少し離れたところで、盗聴器の電波を受信機をイヤホンに繋ぐ。片方を右耳につけ、もう片方を真依に渡した。

 

 

「あんたが一番乗り気じゃない」

 

「…………」

 

 

真依の言葉には沈黙を返し、イヤホンの音に集中する。結局、真依もすぐにそれを手に取り、耳につけた。

 

 

[疲れたね……]

 

[あぁ、本当にな]

 

 

おぉ! しっかりと聞こえる!

もちろん急ごしらえで用意したものだから、そこまで音の質は高くないが、ちゃんと聞き取れる。凄いではないか、盗聴器。

 

 

[そうだよねぇ……こ、こ……]

 

[?]

 

[こ、こ……んなに激しい訓練は中々ないですよねっ]

 

 

……うむ?

まあまあ、まだ始まったばかり。待とうじゃないか。

 

 

[でも、確かに疲れはするが、それは生きてるってこと。こんなに嬉しいことはない]

 

[あっ、そう、だよね]

 

[こうして与幸吉の姿で、皆と一緒に鍛練できるなんて……夢みたいだ]

 

[……っ]

 

[ありがとう、三輪]

 

[え? あ、えぇと、なんで……?]

 

[……内通者だった俺を受け入れてくれたこと。きっと三輪に拒絶されてたら俺はダメだったから]

 

[っ、そ、それって……]

 

 

……ふむ。姿は見えないが、親友である私の勘は言っている。

きっと今、幸吉は爽やかで、かつどこか儚げな笑顔を霞に向けている。幸吉はなんだかんだ顔も性格もいい。あいつの笑顔はきっと憎からず思っている相手からすると……。

 

 

「いい雰囲気じゃない」

 

「あぁ、この流れならば名前を呼べるだろう」

 

「むしろ告白までいけるんじゃない?」

 

 

確かにそうかもしれない。

思っていたよりも幸吉が霞に対して、攻めているように感じる。正直、それは告白も同然ではないかということを言っているような……。

きっと前に霞と出掛けたあの時に、なにかが吹っ切れたのだろう。

あとはきっかけがあれば……。

 

 

[あ、あの……]

 

[? どうかしたか?]

 

[あのねっ、こ、こう……]

 

 

よし! いけるぞ、霞!

そこで呼べ! 幸吉の名前を呼ぶのだ!

 

 

[こ……こう……]

 

[?]

 

「「…………」」

 

 

[こう……いうのもなんだけどっ、皆もメカ丸を拒絶したりなんかしないですよ]

 

 

「!?」

「はぁ……」

 

 

なんだそれは? 何が、こういうのもなんなのだ?

文脈がおかしいだろう!

……あ、いやいや。

まぁ待て、加茂憲倫。

もう少し長い目で見ようではないか。

 

 

[……でも、俺はそれ相応のことをした。罰は受けるべきだとは思ってるよ]

 

[っ、そんなことっ!]

 

[まぁ、一度は死刑になった、死んだ身だ。もし皆に何か危険が及んだ時には真っ先に俺が犠牲になるさ。皆が幸せになってくれるなら俺はどうなってもいい]

 

[…………っ]

 

 

……………………

 

 

「…………はぁ、思ったよりも重い話になってきたわね。これじゃあーー」

 

 

真依の憂鬱そうな声は、既に私には聞こえてなかった。

私はーー

 

 

 

「こうきちぃぃぃ!!!」

 

 

 

ぶちギレてた。

あんな馬鹿げたことを未だに考えている幸吉にぶちギレ、イヤホンも投げ出して、説教のために私は既に走り出していた。

 

 

「ちょっ!? 鶫!?」

 

「幸吉ぃぃぃっ!!」

 

 

 

ーーーー彼女の回想ーーーー

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

鶫ちゃんの怒号を聞いて、驚いた彼。

たぶん盗聴していたわたしたちの会話を聞いて、計画なんて忘れて怒ってしまったんでしょう。彼のことを大事に思ってる鶫ちゃんらしい。そう思った。

でも、わたしもその気持ち分かります。

 

 

「ねぇ」

 

 

キョロキョロと鶫ちゃんの姿を探し、警戒する彼の服のすそを少しだけつまむ。

 

 

「……三輪?」

 

 

わたしの名前を呼びながら、彼の視線がこちらを向いて。

 

 

「犠牲になるなんてイヤです。どうなってもいいなんて言わないでください」

 

「え、えぇと……」

 

「せっかく仲良くなれたんだから……っ」

 

 

 

「ーー幸吉も! 幸せにならなきゃダメだよっ!」

 

 

 

「っ」

 

 

彼は、幸吉はわたしの言葉にハッとしたような顔をして。

 

 

「ごめん」

 

 

謝ってくれた。考えなしだったって。

 

…………そう。

そこまででよかったのに。

思わず感情が高まってしまったのでしょう。わたしはその勢いで言ってしまった。

 

 

 

「幸吉も一緒に幸せになってくださいっ」

 

 

 

「!?」

 

「隣で笑ってないとダメなんですからっ」

 

「……………………あぁ」

 

 

……………………

 

 

あぁぁぁぁぁぁっ!?

今、思い出しても顔から火が出るくらい恥ずかしい!!

その時の幸吉もなんかすごくっ! んーっ、あーっ、もうっ!!

 

はいっ、この話はおしまい! おしまいですっ!

忘れてください!

 

 

ーーーーーーーー




むたみわは永遠にいちゃついてればいいと作者は思います。
頼むから幸せになってくれ。


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じゅじゅさんぽ 憲倫くん、ひとりでコ◯ダ珈琲店に行く

ごめんな。
本編じゃねぇんだ。


ーーーーーーーー

 

喫茶店。

私が最近はまっているもののひとつである。

珈琲や軽食を注文し、書店で買った文庫本を片手にしばらく過ごす。それは癒しの一時であり、最高の贅沢だ。

珈琲好きの憲紀に連れられて行ったのがきっかけではあったが、今はすっかり私の趣味になっていた。

 

さて。

私が今回行くのは、コ◯ダ珈琲店という店だ。

 

いんたーねっとで見つけた『ひとりで行くのに最高の店』だそうだ。教えてくれた◯ちゃんねらぁに感謝だな。

 

 

……………………

 

 

そんなこんなでやってきたコ◯ダ珈琲店。

全国的にある店舗らしく、レンガ造り風な外観も共通しているらしい。個人経営の店だと、少々ひとりで入るのに勇気のいる場所もあるが、ここは確かにひとりでも入りやすそうだ。

 

 

ーーぐぅぅーー

 

「腹の虫も鳴いている」

 

 

長い時間滞在するつもりだったから、朝は軽くにした。そのせいか腹も減っている。

 

 

「……よし」

 

 

ひとつ意気込み、いざ入店。

入った途端にふわっと香るのは、パンの焼ける匂い。

……とーすとか。それもありだな。

案内で来た店員に、ひとりであることを告げ、付き従う。そのまま、窓際の1人用の席に通された。水とお手拭きを置いてくれた店員に軽く礼を伝え、辺りを見回す。

清潔で明るい店内。客層は様々だが、家族や恋人など複数人で利用する者も多いようだ。

 

 

「案外、一人客は少ないな」

 

 

休日だからだろうか。まぁ、おかげで1人席は私とその2つ隣にいる白髪の初老の男性だけ。ふふっ、これならばゆっくりとできるな。

 

……さて、ともかくメニューだ。

目の前にある装丁された冊子に手を伸ばす。中を開くと、そこには数多くの品が写真付きで載っており、

 

 

「……ふむ、予想以上だな」

 

 

数が多い。

まず珈琲の時点でかなりの種類がある。定番のぶれんどやみるく珈琲。それから、ういんなー珈琲? これはなんだ……?

 

 

「炭酸飲料もあるのか……これは……うーむ」

 

 

悩むこと3分。結局、定番だろうということで、珈琲はぶれんどに決定する。

次は軽食だ。ふと見ると、もーにんぐーーつまりは、朝食もやっているようだった。しかも、飲み物を注文すればとーすと半切れがついているという。

 

 

「これも3種類あるのか」

 

 

ゆで卵に玉子ぺーすと、そして、小豆。

私の中ではゆで卵が第一候補。だが、パンに塗ることを考えれば、ぺーすともありだ。だが、どうだ、せっかくの洋食なのだ。甘い小豆で珈琲を飲むのもいい。

またも悩む。

いや、待て。ここはまず軽食を見てから決めればよいのではないか?

軽食が足りなそうであれば、ゆで卵。ある程度満足そうであれば、玉子ぺーすとか小豆にすればよい。

そう考えた私は、先ほどの珈琲のぺーじの後ろ、軽食のぺーじへ目を移した。

 

 

「………………」

 

 

いや、想定はしていた。珈琲の時点であの種類だ。軽食もそれなりにはあるだろうとは思っていた。

だが、それにしてもこれは……。

 

 

「多い、な」

 

 

玉子さんど、みっくすさんど、はむさんど、ぽてさらさんど。

それらのとーすと。

それから具材をパンで挟んだばーがーの種類も多い。その上、ピザやからあげらしき物もある。

 

 

「くっ」

 

 

悩む! これは悩むぞ!! これならば誰か連れてくればよかった!

くっ、どうする? 今から暇そうな新田を呼ぶか?

……いや、だが、今日は私はひとりで優雅な昼下がりを送りたい気分なのだ。

しかし、この現状! 私に決めきれるか……?

時間はない。これ以上いたずらに時間を浪費してしまうのはまずい。私の腹の虫も今にも暴れ出しそうだ。

 

 

「……やむを得ないか」

 

 

注文もせずに、だらだらと居座るのも店に悪い。ここは新田を呼ぶとするか。

そう思い、携帯を取り出したところで、ふと目に入った。私の座る机に置かれていた手作りの紙。そこに書いてあったのだ。

 

 

「……ふっ、勝ったな」

 

ーーピンポーーーンーー

 

 

勝利を確信した私は、机上の呼び出しボタンを押した。

 

 

……………………

 

 

待ち時間。

それは至福の時間だ。静かな店内で、昨日買った文庫本を手にその時間に浸る。

……最高だな。勿論、腹は減っている。だが、これも料理を上手くする調味料だと思えばなんということはない。

客席間の仕切りも高く、他の客の様子は見えない。それは向こうからもこちらが見えないということ。区切られた自分だけの空間になったような錯覚に浸りながら、私はその時を待った。

 

 

……………………

 

 

「お待たせしました」

 

 

待つこと3分。店員が私の頼んだ料理を運んできた。

……っと、まずは珈琲だったか。私としたことが恥ずかしい。食欲に負け、早とちりをしてしまったようだ。

 

 

ーーコトンーー

 

 

静かに置かれた珈琲カップから香る、深い香り。

ふむ、やはりぶれんどで正解だな。

 

 

「こちら、Cモーニングです」

 

 

おっと、どうやら飲み物と一緒に頼んだとーすとも同時に来たようだ。ありがたい、これでメインまでの繋ぎができる。

結局、私が頼んだのは小豆ぺーすとのCもーにんぐだ。元々は名古屋発祥の店ということもある。郷に入っては郷に従えともいうからな、どうせなら小倉とーすとを食べようと思ったのだ。

 

 

ーーコトーー

 

「おぉ」

 

 

私の目の前には、分厚いとーすと半切れと小豆ぺーすと。さらにとーすとにはバターを塗ってもらうようにお願いしてある。

ありがたい。思ったよりもしっかりしている。無料ということであまり期待はしていなかったのだが、嬉しい誤算だ。

店員が去ったのを確認して、早速とーすとに手をつける。

珈琲から飲むのが喫茶店の礼儀であるとは思うのだが、それを破ってしまうほどには腹が減っていた。

 

 

ーーさくっーー

 

 

焼いたパンにバターを塗っただけ。それなのに、なぜこうも旨いのだろうか。パンが分厚いのもいい。

さて、では、小豆ぺーすとを……。

 

 

ーーもちっーー

ーーじゅわっーー

 

「!」

 

 

旨い! その一言に尽きる。

正直、小豆とパンの組み合わせに少々不安はあったが、それを軽く吹き飛ばしてくれた。

小豆ぺーすとの控えめな甘味とバターの塩気。とーすとのサクサク感がその2つでもちっとした食感に変わっている。

 

 

「……これは、初めての味だ」

 

 

ぜひ今度寮でも試してみよう。そう心に近いながら食べ進め、

 

 

「ふぅ」

 

 

あっという間に食べ終えていた。

そして、珈琲を一口。

 

 

「ふぅぅぅ」

 

 

至福。ただただ至福だ。

腹の具合もいい感じだ。むしろ少し腹に入れたせいか、余計に腹が減ったようにも感じた。

 

 

「お待たせしました」

 

「!」

 

 

まるで、私が食べ終えるのを見計らったようなタイミングで、店員が次の料理を運んできた。

これが今回のメイン! 私が頼んだ、カツパンだ!!

 

 

ーーゴトンッーー

 

「…………ん?」

 

 

あれ? あれれ?

なんか……大きくないか?

 

 

「空いたお皿下げさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、あぁ」

 

 

予想外の出来事に固まる私だったが、店員の一言でどうにか我に返ることができた。

店員を見送って、改めて目の前のカツパンと対峙する。

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

 

大きい。何度見ても大きい。

 

 

「っ、いや、待て」

 

ーーバッーー

 

 

再びメニューを開き、確認する。

…………うむ、うむ、やはりそうだ。やはりこのカツパン、恐らくだが写真よりも高さがある。そして、想像していたよりもパンがデカい。

喫茶店を巡ってきた私からすれば、料理が写真よりも少ないことはあっても多いことなどなかった。つまり、これは初めての経験であった。

 

 

「っ、まぁ、いい。ちょうど腹が減っていたのだ」

 

ーーガッーー

 

 

3つ切りになっているカツパンの1切れを掴み、口元へ。

……やはり大きい。だが!!

 

 

ーーがぶっーー

 

「!!!!」

 

 

旨い! 揚げたてのサクサクのカツに酸味の効いたソース。そこにシャキシャキのキャベツがいいアクセントになっている!

これはっ!! 手が止まらない!!

 

 

……………………

 

 

「く、苦しい……」

 

 

思っていた倍近い量のカツパンをどうにか平らげた私は、息を吐く。気のせいだろうが、吐息からソースの匂いがする。

まぁ、いい。ともかく食べた。食べ切った。

あとは少しだらだらとしつつ、食休みをすればーー

 

 

「お待たせしました」

 

 

「っ」

 

 

波状攻撃のように、それは現れた。

そう、食後のでざーと・シロ◯ワールである。

パイ生地にクリームが山のように盛られている。

 

 

「シロ◯ワールでございます」

 

「……あ、ありがとう」

 

 

初心者向けだと、書いてあっただろうっ!!

初心者に食べてほしい組み合わせは、カツパンにシロ◯ワールだと書いてあったじゃないかっ!!

ミニでよかった! 絶対ミニでよかった!

 

 

「………………よし」

 

 

心のなかでひとしきり騒いだ私は、携帯を取り出しーー

 

 

「もしもし。私だが、至急今から送る住所に来てくれ。できるだけ早くだ! 溶けてしまう」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

5分後。

汗だくの新田がコ◯ダ珈琲に現れた。

怒られた。

 

教訓。

コ◯ダ珈琲には友達と来るべし。

 

 

ーーーーーーーー




悪ふざけです。
反省はしています。後悔はしていません。
ひとりコ◯ダは楽しい。ミックストースト旨いよね。
一応断っておくと、作者は別にコ◯ダの回し者ではありません。

こちらの話は後日、順番入れ換えます。


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勿忘草
第48話 憲倫くんはそこにいない


ーーーー京都校医務室ーーーー

 

 

2018年11月5日。

渋谷事変・九相図事変より約1週間が経った現在でも、大きな変化はなく、高専生にも通常通りの任務が言い渡されていた。

 

加茂邸襲撃の主犯とされていた『呪胎九相図』・『脹相』は行方不明だが、その場にいた私の母は保護された。反転術式による治療も施されたが、意識は未だ戻らない。

ただ、もし意識が戻ったとしても、共犯として拘束されるのは目に見えて明らかだ。だから、全容を解明するまでは眠ったままでも、そんな風にも考えてしまう私がいた。

 

母様が目の前にいるということもあり、私自身、心身ともに1週間前よりはずっとマシだ。

それもこれも……。

 

 

「鶫……」

 

 

ポツリと彼女の名を呟く。

そう。母様がここにいるのも、私がここに生きているのもすべて彼女のお陰だ。『脹相』との戦闘に彼女が割り込んでくれなかったら、きっと私も母も死んでいただろう。感謝してもしきれない。

なのに、

 

 

ーーコンコンーー

 

 

ノックの音。

恐らくノックをした人物は、私に気を遣ってくれたようで、私の返事があるまでは扉を開けない。そんな気遣いをする人間ではないはずだ。

……いや、本来はそういう人物だったな。

思えば、ここ半年の彼女の方がおかしかった。

妙に古風な話し方、というよりも男のような口調と私達よりもずっと歳を重ねているかのような態度。以前の彼女はそうではなかった。

そうだ。

 

 

「開けてもらって構わない」

 

 

ノックをした人物にそう答えると、彼女は扉を静かに開けた。

 

 

 

「憲紀、くん……」

 

 

 

加茂鶫。

私のよく知っている彼女がそこにはいた。

 

 

「鶫」

 

「あっ、ご、ごめんねっ……お邪魔だった、よね」

 

 

自信無さげに彼女は俯いた。伏し目がちで、消え入りそうな声量である。

これが本来の彼女の姿だ。自らの運命を呪い、引きこもり、挙げ句の果てには自らの命を断とうとした少女。

 

 

「いや、それよりも鶫の方はどうだ? ここでの生活には慣れたか?」

 

「は、はい。三輪さんや与くんにとっても親切にしてもらってるます……」

 

「真依や西宮とはどうだ?」

 

「あっ、えぇと……その……」

 

「……そうか」

 

 

その反応だけで察したが、あの2人と彼女は根本的に合わないであろう。たぶん鶫も2人が苦手だし、あの2人にとって鶫のような性格の人間は嫌う対象ですらあるだろうからな。

 

 

「無理に仲良くしなくてもいい。2人にも私から言っておく」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

謝らなくてもいい。そう返しても、また彼女からは謝罪の言葉が返ってきて……この話は切り上げよう。堂々巡りで時間の無駄だ。

それよりも少しは落ち着いたようだし、そろそろ例のことについて聞いてもいい頃合いだろう。そう考えた私は、彼女にその話を切り出すことにした。

 

 

「鶫、確認したいことがあるのだが、聞いてもいいか」

 

「っ、はい」

 

 

私の雰囲気が変わったのを敏感に察知したのだろう。彼女は体を強張らせて、返事をした。

 

 

 

「鶫、君はこの半年間の……呪術高専に入学してからの記憶はないんだな」

 

「………………はい」

 

 

私の質問に彼女はまた俯いてしまった。嫌な思いをさせるつもりはなかったのだが……。

 

 

「これからどうする?」

 

「…………」

 

 

鶫は答えない。いや、きっと答えられないのだろう。

それほどまでに、この半年で鶫を取り巻く環境は大幅に変わった。ゆっくり考えればいいとだけ伝える。あとは、

 

 

「決して自ら死を選ぶなんてことは考えるな」

 

「っ」

 

 

その真実を知ってから、何回も口にしている言葉だった。

 

 

「記憶がないとはいえ、鶫は京都校の皆にとって大事な人だ。だから、死のうなんて考えないでくれ」

 

「……それは、憲紀くんも?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

「……わかった」

 

「それに鶫が気に病んでいた君の母親のことも気にしなくていい。加茂家も今回の件で、本邸も加茂家自体も壊滅的な被害を受けた」

 

 

君が呪霊を祓えなくとも、もう誰も加茂家の評判なんてものを気にする人間はいなくなったのだから。

そう告げると、鶫は一瞬だけ顔をあげ、また俯いてしまった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

鶫の身に何が起きたのかは分からない。

いや、きっとそれ以前の話だ。そもそも私は鶫のことを理解しようとしていなかったのかもしれない。あの鶫は私のことを知りたいと、仲良くしたいと言ってくれた。にもかかわらず、私は事実を知ることを避けていた。

急に人格の変わった彼女自身のことを何も知らずに、ここまで来た。だが、今がそうなのだ。私は知らなくてはいけない。

 

彼女に何が起きたのか。

彼女は一体何者なのか。

 

鍵は夏油傑と『脹相』。そして、『焼相』。

夏油傑は五条悟を始めとした東京校で探してくれているそうだ。

ならば、私がすべきは『呪胎九相図』・『脹相』を探し出し、話を聞くことだろう。

そのために、まずは『焼相』と名乗るあの少女から話を聞かなくては。

 

 

ーーーーーーーー



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第49話 憲倫くんについて

ーーーーーーーー

 

 

鶫が意識を取り戻し、そして、記憶を失ってから、『焼相』は元の鶫の部屋に引きこもって出てこないらしい。

「……わかんないもん」

扉越しに三輪や真依が何を訊ねてもその調子で、まったく話にならないとのこと。

 

『焼相』から直接話を聞くために、私と与は鶫の部屋の前に向かっていた。鶫の部屋があるのは無論女子寮だが、今は緊急事態ということもあり、歌姫先生の監督のもと、立ち入りが許されている。

女子寮とはいえ、作りは男子寮とほぼ変わらない。歌姫先生から聞いた通りに、突き当たりの鶫の部屋へ。そこには既に先客がいた。

 

 

「……加茂先輩、幸吉」

 

 

どうやら昼食を持ってきていたようで、三輪が部屋の前に座っていた。表情から何の進捗もないことが分かってしまう。

 

 

「どうだ、中の様子は?」

 

「変わりません。それに、ご飯も食べてくれなくて」

 

 

確かに、三輪の隣に置いてある昼食は冷めきっていた。

 

 

「三輪、少し休んだ方がいい」

 

「……うん。でも、わたしができるのこれくらいしかないから」

 

 

与の言葉に、三輪は笑い返す。

真依や西宮は任務で九州にいる。そのため、今、女子寮で『焼相』の面倒を見れるのは鶫を除けば、三輪しかいない。

 

 

「……すまない、三輪」

 

「って、なんで加茂先輩が謝るんですか」

 

「いや……」

 

 

上手くその質問に答えられない。自分でも分かっていないのだから当然だが。

ともかくだ。当初の目的通りに『焼相』から話を聞こう。話してくれるかは分からないが、試さないわけにはいかない。

 

 

ーーコンコンーー

 

 

聞こえているか?

ノックをしてからそう問いかける。返事はない。

 

 

「『焼相』、鶫について話がしたい。開けてくれ」

 

「………………」

 

 

多少面識があるらしい与の呼びかけにも反応はない。見れば、三輪も首を横に振っていた。

残念ながら無理か。仕方がない。また明日にでも来てみよう。

そう思って、部屋の前から離れようとしたその時だった。

 

 

 

ーーバリィィィンッーー

 

 

 

「「「!!!」」」

 

 

突然、ガラスの割れる音が聞こえた。それは目の前の部屋の中から聞こえてきた。

 

 

「加茂!」

 

「あぁ!」

 

 

与がそう言うと同時に、術式を発動する。あまり強引な手は使いたくなかったが、仕方がない。『百斂』で圧縮し、扉へ向けて『穿血』を放つ。簡易版の『穿血』とはいえ、鍵は簡単に壊れ、与がその扉を蹴破った。

部屋の中、そこにはもちろん『焼相』がいる。ベッドの上で体育座りをしていた。それはいい。問題はもうひとりの人物だ。

 

 

 

「…………なんだ?」

 

 

 

なんだはこちらの台詞だ。

なぜここにいる?

 

 

 

「『脹相』っ!!」

 

 

 

窓を割って入ってきたのだろう。ちょうど窓枠から足を降ろしていた『彼』に向け、私は構える。もちろん、三輪も与も戦闘態勢に入っている……のだが、『脹相』はそれを意にも介さない。特級としての余裕なのかとも思ったが、どうやらそれは違うようだった。

 

 

「『焼相』」

 

「イヤだもん」

 

「いい娘だからお兄ちゃんの話を聞いてくれ」

 

「……イヤ」

 

「お願いだ」

 

「しらないもん……」

 

「くっ!?」

 

 

「「「…………」」」

 

 

どうやら『脹相』の目的も、『焼相』と話をすることらしい。だが、『焼相』は兄である『脹相』の話すら聞こうとしていない。イヤイヤと繰り返すだけ。

しばらく成り行きを見守っていたが、妹に拒否され続ける『脹相』にこちらと戦闘をする意思はないように見えた。

 

 

「……『脹相』」

 

 

そこで与が口を開く。

 

 

「黙れ。俺は妹と話をするのに忙しい」

 

「……その妹には拒絶されてるだろ」

 

「ぐっ!?」

 

 

与の言葉に『脹相』はガラスの破片が刺さるのにも構わず、膝から崩れ落ちた。妹に拒否されることに狼狽えるその姿は、あの時、廃寺で私を打ち負かした奴と同一人物は思えない。

 

 

「それ以上しつこくすると、妹に嫌われるぞ」

 

「ーーッ!?」

 

 

畳み掛ける与。個人的には、母様を利用したこの男が精神的に追い詰められていくのを見ているのも一興ではある。胸のすく思いだが……。

 

 

「『脹相』、少し話がしたい」

 

 

その思いは押し殺し、提案する。

今は鶫のことが優先だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

あまり高専内で長居すると、『脹相』が高専側に見つかる可能性がある。そうなれば、『彼』から話を聞く機会は失われてしまう。そのため、私と与は『焼相』のことを三輪に任せ、『彼』を連れて、近くの喫茶店に入っていた。

珈琲を3つ注文した後、私は会話を切り出した。

 

 

「加茂鶫を知っているな」

 

「加茂鶫…………『器』の話か」

 

「っ」

 

 

いきなりだった。核心をつくようなことを『彼』は口にした。

 

 

「それは、どういう意味だ……?」

 

 

再度問う。それに『脹相』はため息を吐きながら、答えた。

 

 

「意味もなにも言った通りだ。お前の言う加茂鶫が『器』のことならば、俺は知らん。他を当たれ」

 

「『器』……その言い方だと、鶫の中に違う魂が入っているような言い種だ」

 

 

与の言葉を『脹相』は、

 

 

 

「……気づいてなかったのか」

 

「加茂鶫という『器』には、別人の魂が入り込んでいた」

 

 

 

「「!?」」

 

 

簡単に肯定した。それが事実ならば、今までの鶫は、私の従妹ではなく、赤の他人だったということだ。

 

 

「少なくともそこの糸目との戦闘に乱入してきた奴はそうだった。今はどうか知らないがな」

 

 

『彼』の話を信じるとすれば、この半年間の鶫は本当の鶫ではなかった。衝撃の事実ではある。だが、同時に心のどこかで納得もしていた。そう考えれば辻褄が合うのだ。

喋り方。振る舞い。考え方。

この半年間、彼女のすべてが私の知る本来の鶫とはかけ離れていて。

だから、私は『脹相』の答えに、そうかとだけ返していた。

 

 

「『脹相』」

 

「……お前たちが知りたいのは中身のことか。ならば、俺はその術師を知っている」

 

 

私達の反応から、聞いているのが鶫の中に入り込んでいた『中身』のことだと察したのだろう。『脹相』は話を進め、私は問いかける。

 

 

「それは誰だ?」

 

 

核心となる質問に、『脹相』は答えた。

 

 

 

「加茂憲倫」

 

「俺達『呪胎九相図』を作った憎むべき父親だ」

 

 

 

「「!?」」

 

 

返ってきたその名は、予想外の人物で。

 

 

「な!?」

 

「加茂憲倫!? 御三家の汚点。最悪の呪術師。鶫の中身があの加茂憲倫だというのかっ!?」

 

 

言葉が出ない与と思わず大声をあげた私に、『彼』は静かに頷いた。そのタイミングで注文した珈琲が運ばれてきたお陰で、与も私もそれ以上取り乱さずに済んだのだが。

珈琲をすする『脹相』の姿を見て、私もその場に座り直した。

 

落ち着け、加茂憲紀。

少し深呼吸をして、落ち着くのだ。

 

 

「……ふぅ」

 

「加茂」

 

「あぁ」

 

 

どうやら与も我に返ったようだ。私達は再び『彼』に向き直る。

 

 

「その話は本当か?」

 

「あぁ、あれは加茂憲倫で間違いない。俺の術式の影響だろうな。あれが俺の血を分けた者だということは感じ取れる」

 

「その証拠は?」

 

「そんなものはない。俺以外の客観性を求めるなら『焼相』だな。彼女は父親という存在を求めていた。あの鶫という人間に懐いていたのはつまりそういうことだ」

 

「……加茂憲倫。その人物は明治時代の人間だ。それがどうやって……?」

 

「そこまでは知らん。そういう術式かあるいは呪物の類いか」

 

「俺たちの知っている加茂憲倫と、入り込んでいたという鶫の人格にはずいぶん差があった。その違いはどう説明する?」

 

「…………」

 

 

俺たちの質問に淡々と答えていた『脹相』だったが、その質問には沈黙する。答える気がない訳ではなく、『脹相』自身も考えているのだろうか。

少し黙った後、『脹相』は再び答える。

 

 

「夏油傑と対峙した時、奴からも加茂憲倫の血を感じ取った。奴の中身も夏油傑ではない」

 

「夏油からも?」

 

「あぁ」

 

 

記録によれば、夏油傑は去年の12月24日に五条悟の手によって、殺されている。どうやって生き延びたのかと総監部は騒いでいたようだが、なるほど。何かのカラクリがあるというわけか。

 

 

「……俺が感じ取った加茂憲倫は2人」

 

「夏油傑と加茂鶫」

 

「そして、俺達を作り出したのは前者、夏油傑の中にいる方だ。名は『羂索』……もうひとりの加茂憲倫にそう呼ばれていた」

 

 

詳しいことは知らん。あとは加茂鶫の中にいる方に聞け。

そう言って、『脹相』は珈琲の残りをすすり、席を立つ。話は終わりだということだろう。

 

 

「もういいな」

 

「おい、『脹相』」

 

「……何をしようとしているか分からんが、『羂索』の狙いは『呪胎九相図』だ。『焼相』と話をして、俺と来るように説得する。何よりーー」

 

 

 

「ーー『奴』は弟たちを殺したッ! 妹を弄んだッ!」

 

「『奴』は俺が殺す。それがお兄ちゃんの仕事だ!!」

 

 

 

血走った目。ざらついた殺気。

確かにそれは私が戦った特級の『彼』だった。

……なるほど。ずいぶんとすんなり答えてくれると思ったが、そういうことか。ならば、少なくとも今の『彼』は高専側と敵対することはないだろう。

帰り際、私は『彼』を呼び止める。

 

 

「『脹相』」

 

「……なんだ」

 

「ひとつだけ言っておくが、私はまだ許してはいない」

 

「そうか」

 

 

私に一言だけを返し、『彼』は喫茶店を後にした。

 

 

「加茂」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

これからどうするかはまだ決まっていない。

ただ『加茂憲倫』についての話が終わるまでは、この感情は抑えておこう。

 

 

ーーーーーーーー




仕事で忙しくなるので更新です。
少しスランプ気味……。


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第50話 序幕

ーーーーーーーー

 

『脹相』と話をした後、すぐに京都校の皆を集めて、鶫の話を伝えた。それを受けて、当面の目標は決まった。

 

加茂憲倫。

鶫の中にいたその人物のことを知るために、もうひとりの加茂憲倫『羂索』を探すこと。

勿論、『羂索』に出会えば戦闘にはなるだろう。となれば、図らずも目的が一致した東京校とも連携は取れた方がいいということで、真依が真希に連絡を取ってくれている。幸いなことに、2人の仲は交流会の時と比べてマシになっているようだから、そちらとの連絡や調整は任せるとしよう。

本当なら、歌姫先生伝いで五条悟と直接連絡がとれれば話が早いのだが……。

 

 

ーーーー京都校・2年教室ーーーー

 

 

皆に鶫のことを伝えた翌日。

私達は現段階での情報を共有するために、再び集まっていた。

 

 

「五条悟が電話に出ない?」

 

「えぇ、真希の言うことが嘘じゃなければね」

 

「そこで嘘をつく理由もないだろう」

 

「また後で聞いてみるわ」

 

「あぁ、頼む」

 

 

真希と電話した真依からの報告。

五条悟は『羂索』の捜索をしているはずだ。彼が簡単にやられるとは思わない。ただタイミングが悪いだけ、ならいいのだが……。

 

 

「三輪、『焼相』の様子はどうだ?」

 

「……変わりません。部屋に閉じこもったままで」

 

「そうか。与、『脹相』の方は?」

 

「奴にも変わった様子はない。高専の敷地外で『焼相』に『羂索』の手が及ばないように見張ってるな」

 

 

西宮も『羂索』の捜索に加わって、与の傀儡と並行して今も探してくれているが、そちらからも連絡なし。

膠着状態だ。

仕方がないか。こちらには『羂索』の居場所など見当もつかないのだから。向こうが『呪胎九相図』を狙って動き出すのを待つしかない。だが、

 

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

 

一抹の不安を感じて、私はポツリと呟いた。

 

 

 

ーーーー同時刻・八王子某所ーーーー

 

 

「まったく……芸がないな」

 

 

五条悟は『それ』を見上げてため息を吐いた。

彼がそこに赴いたのは、夏油傑の目撃情報があったからだった。だが、彼がそこに着いたときに『帳』が周囲を包んだ。それは五条が降ろしたものでも彼についてきた補助監督が降ろしたものでもない。

 

 

「交流会の時と同じ……」

 

ーーバチンッーー

 

「……いや、流石に多少種を変えてきてるか」

 

 

その『帳』は半径20mというかなり狭い範囲に降ろされており、付与されている効果は『五条悟の出入りを一切禁ずる』もの。

 

 

「これも傑……いや、偽者の夏油傑が降ろしたものと見て間違いないな」

 

 

五条は確かに『彼』の呪力を感じ取っていた。呪力だけでいえば、かつての親友と同じもの。酷く気分がざわついた。怒りに似た感情だと自覚する。

 

 

「これだけじゃない。この外にも六重の『帳』ね。僕相手にこんなものでどうしようというんだか……こんなもの、1時間もあれば破壊できるとーー」

 

 

そこで五条は可能性に思い至る。この『帳』は五条悟を封じるためのものではない。

昨年末に起こった百鬼夜行。それに近い思惑を感じていた。

つまり、

 

 

「ーーその1時間が目的か?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ーーザワッーー

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

その気配は唐突に現れた。他の3人もそれを感じ取ったようで、全員が臨戦態勢に入る。

 

 

「三輪!」

 

「はいっ!」

 

 

三輪と共に、教室の窓から飛び降りる。続けて、与と真依も降りた。走りながら確認する。

 

 

「与、やはり寮の方……『焼相』か」

 

「あぁ、そうみたいだ。『脹相』も会敵してる」

 

「敵は?」

 

「『羂索』とその側に呪霊が一体」

 

 

1体か。思ったよりも敵は少ない。だが、『羂索』が『呪霊操術』を有している以上、戦力差は歴然だ。

もちろん、京都校へ侵入してきたのだ。楽巌寺学長や歌姫先生、他にも京都校を拠点としている呪術師も動く。それでもこちらが不利なことに変わりはない。

 

 

「……急ぐぞ」

 

 

『羂索』の狙いは『呪胎九相図』を取り込むこと。

それが何に繋がるのかは分からないが、『焼相』と『脹相』が取り込まれてしまえば、事態が悪化するのは目に見えている。

不安が的中した。最悪だ。

 

 

……………………

 

 

寮前に駆け付けた時、そこには『脹相』がいた。その周りには多くの呪霊。一目で『羂索』と会敵しているのが分かったのだが……。

 

 

「加茂! 『羂索』の姿が見えない!」

 

「!」

 

 

周りを見渡しても、人の姿をしているのは『脹相』だけ。

どうする?

寮に来るまでにそこらじゅうに呪霊が放たれ、私達以外の呪術師はそちらへの対応に追われていて加勢は期待できない。

つまり、私達だけで『羂索』と戦わなければいけないということだ。

考えろ、加茂憲紀。状況を読め。ここには『脹相』がいる。目的は私達と同じ『焼相』を取り込ませないこと。ならば、ここは『彼』一人でも……いや、だが、奥にいる丸っこい呪霊の呪力はどこか異質だ。『脹相』だけでは手に余るかもしれない。それに加えて、私達で『羂索』を止められるのか? ここを引き受けて、『脹相』に向かわせるべきではないか?

 

 

「くっ……」

 

 

どうすればいい?

判断がつかない。相手の情報も、こちらの戦力も足りない。

 

 

「加茂! ここは俺達が!」

「ここは私達でやるわ!」

 

 

与と真依の声。見れば、三輪もそちらに加わり、頷いていた。

 

 

「っ、任せたぞ」

 

 

それだけを伝え、寮の入り口へ向かう。

 

 

「『脹相』っ!!」

 

「!」

 

 

名前を呼んだだけで状況を理解したようで、『脹相』もこちらへ向かってきた。

頼むぞ、皆。

 

 

ーーーー幸吉視点ーーーー

 

 

「三輪は俺と前線を! 真依は祓いもらした呪霊を狩ってくれ!」

 

「わかりました!」

「了解」

 

 

素早く指示を出す。

大丈夫だ。確かに数は多いが、ほとんどが二級以下。少し時間を稼げば、西宮も合流してくれるだろう。

ただし、問題は、

 

 

『ぶふぅー』

 

 

あの呪霊。『羂索』や他の特級と一緒にいたのは見たことがあるものの、奴自体の呪力は大したことはない。だが、なんだこの妙な呪力は……?

 

 

ーーバシュンーー

 

ーーブシャッーー

 

ーーバシュッーー

 

 

祓う。祓う。祓う。警戒はしながらも周りの呪霊を祓い続ける。幸いなことに、ほとんどの呪霊は術式を持っていないか持っていても強力なものではない。

いける。これなら俺達3人でも祓い切れる。

そう確信した時だった。

 

 

『ぶふぅ……』

 

 

あの呪霊が動いた。

いや、動き出したが、呪力量は少ない。叩くなら今だ。

 

 

「っ、あいつを叩く!」

 

「はい!」

 

 

三輪と共に突っ込む。その間も奴はブツブツと何かを呟きながら、回る。

間合に入った三輪は『抜刀』し、俺も『絶技抉剔』で奴の体を削りにいった。その距離で、初めて奴の言葉を聞いた。

 

 

『花御ぃ……』

 

「……!?」

 

 

 

『……花御を……花御~~~~ッ!!』

 

ーープシュゥゥゥゥゥーー

 

 

 

「「!?」」

 

 

奴が口にしていたのは『花御』という名前。それは『羂索』と行動を共にし、五条悟が祓った特級呪霊の名前。

その名を呼んだ瞬間に、奴の呪力が跳ね上がる。同時に、辺りを水蒸気が包む。

 

 

「三輪っ!」

 

「大丈夫……!」

 

「なによ、これ……霧?」

 

 

お互いの声は聞こえる。この蒸気は攻撃ではない。ならば、これは一体?

その答えはすぐに分かった。蒸気が晴れた時、目の前にはさっきの呪霊がいたからだ。成長した姿で。

 

 

「……『呪胎』だったのかっ!?」

 

 

さっきまで大したことのなかったはずの呪力量は比ではなくなっている。

そうか、そうだよな。『羂索』が側に置いていたんだ。そして、あの特級達とも一緒にいた。

ならば、こいつも恐らく……。

 

 

 

「特級ってことか」

 

 

 

ーーーーーーーー




『陀艮』戦&『羂索』戦スタート。


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第51話 終演ー壱ー

ーーーー幸吉視点ーーーー

 

 

『オマエはそうか……我々を裏切った呪術師』

 

「っ!」

 

 

その呪霊はいきなり流暢に喋り出し、俺を指差してくる。

 

 

「随分日本語が上手くなったじゃないか。『花御』の腰巾着が!」

 

『そう。花御……花御をオマエらは……いや、オマエのせいだッ!!』

 

 

語気が強まると同時に、奴は術式を展開した。『花御』は五条悟に祓われたんだから、八つ当たりにも程があるが。

そんな危機感のない突っ込みを飲み込み、構える。

目の前の呪霊の呪力が高まると共にどこからともなく魚群が現れる。式神か!?

 

 

「三輪! 真依!」

 

 

2人に声をかけ、俺も『纏呪強化形態』を使い、手足にメカ丸を纏う。特級呪霊の式神が相手なら、変にメカ丸で対応するよりも自身の強化に呪力を回した方がいいという判断だったのだが……。

 

 

ーーバキッーー

ーーバキッーー

ーーバキッーー

 

「くっ!?」

 

 

威力が高く、一匹一匹が俺の手足を噛み千切ろうとしてくる。式神使いは本体を叩けとは言うが、防戦一方で攻撃をする余裕がない。だが、これだけの連撃だ。呪力の切れ目が必ずあるはず。

チラリと横目で2人の方を見る。三輪も真依も武器種的に一撃離脱型。俺よりも2人の方が危ない。仕方ない。

 

 

「っ」

ーーバギンッーー

 

 

右腕の装甲を噛み千切られながらも、2人の方へ。無事合流し、迎撃に加わる。

 

 

「幸吉!」

 

「問題ない。俺の方はパーツさえあればどうにかなる!」

 

 

それよりもこの場を切り抜ける術を考えろ。

十数秒、攻撃をどうにか受けながら考える。

……リスクは高いが、これしかないか!

 

 

「真依! 三輪! 一瞬でいい。あいつを止めてくれ」

 

「っ、分かりました!」

「無茶を言うわっ」

 

 

ほんの一瞬でいい。こちらの攻撃を躱せないように、足止めできれば、大技を撃ち込める。

 

 

ーーパァンッーー

 

 

真依の銃弾が『奴』の目を捉えた。大したダメージはなくとも、怯みさえすればーー

 

 

「ーー『抜刀』!」

 

 

三輪の『抜刀』が足首を捉える。生物的な為りをしているのだ。足の腱を切れば、一瞬動けなくなる。勿論、相手は特級。『反転術式』を廻し、肉体の再生をするなど簡単なことだろう。

ただ、その一瞬さえあれば!

 

 

「っ、メカ丸!!」

 

 

雑魚呪霊を祓っていた2体のメカ丸を呼ぶ。2体のメカ丸と俺、すべての射程圏内に『奴』を捉える。そして、呪力を解放する。

 

 

 

「『砲呪強化形態(モードアルバトロス)』」

 

「『三連・三重大祓砲(アルティメットキャノン・バースト)』!!」

 

 

ーーゴゴゴゴゴゴゴゴッッーー

 

 

俺と2体のメカ丸による『三重大祓砲』。

その中心に『奴』がいる。

2人が作ってくれた隙は十分。躱せないだろ!!

 

 

『なるほど、考えたな。だがーー』

 

ーーザパァッーー

 

 

「「「!?」」」

 

 

水の防壁!? 式神だけじゃなく、そんなことも出来るのか!?

だが、あれだけで削り切れる訳がない!

 

 

『術式解放ーー『死累累湧軍(しるるゆうぐん)』』

 

 

まだ式神を呼べるのか!?

『奴』に呼び出された魚群は『三重大祓砲』から本体を守るように現れる。湧き出る式神に阻まれて、俺の攻撃は勢いを完全に殺されてしまっていた。

 

 

「本当に、特級は全部無茶苦茶だっ!」

 

『海は万物の生命、その源。『死累累湧軍』は際限なく湧き出る式神。オマエごときに突破できる術式ではない』

 

「っ」

 

 

無尽蔵の式神。それが『奴』の術式効果。

くそっ! 『奴』の実力を読み違えた。これでは、このままではーー

 

 

「幸吉ッ!!」

「メカ丸!」

 

「!?」

 

 

一瞬の隙だった。三輪と真依の声に反応した時にはもう遅い。式神が俺に襲い来る。

 

 

「ッ!」

 

 

 

ーーパァンッーー

 

 

 

「……っ」

 

 

音が響いた。

俺の肉体が喰われる音ではない。

 

 

「生きてるー? メカ丸ー?」

 

「西宮っ! ということは、間に合ったんだな」

 

 

見上げれば頭上には西宮がいつもの箒に乗り、こちらへ声をかけてくる。

西宮がここにいるということ。今の俺が『さっきまで特級』が居た場所にいること。それがあいつが間に合った証拠だった。

 

 

 

「待たせたな、与」

 

「遅れて登場とはヒーロー気取りか、東堂」

 

 

 

筋骨隆々。上半身裸の一級呪術師・東堂葵。

そいつはそこにいた。

 

 

「フッ、心配するな。俺はヒーローになどなるつもりはない。ここで漢を見せねばならんのはお前の方だろう?」

 

「…………」

 

 

ウインクをするな、気色悪い。

というか俺が肉体を取り戻してから……というよりも、三輪と仲良くなり始めてから、妙に東堂が馴れ馴れしい。恐らく女のタイプ云々の話が関わってるんだろうな。止めてほしいものだが、今はまぁいい。

 

 

「反撃と行こうじゃないか、与よ」

 

「あぁ!」

 

 

仕切り直し。その上、5対1だ。

これならばーー

 

 

『5人か。ならば……『領域ーー』

 

「東堂っ!」

ーーパァンッーー

 

『!?』

 

 

俺の隣にいる東堂と『奴』との位置替え。それによって、『奴』を俺の攻撃の射程範囲内へ。

 

 

「『絶技抉剔』!」

ーーギギギギギッーー

 

 

不意討ちでの至近距離からの攻撃ということもあり、水の防壁は呆気なく削れた。そのまま本体を抉る。

 

 

『ぐゥ……ッ』

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

抉る。抉る。抉る。

 

 

「呪霊よ!」

 

『!』

 

「そちらにばかり構っていていいのか!」

 

 

ーーパァンッーー

 

 

東堂が『奴』の頭上へ。同時に真依の銃弾が放たれた。

それに対する呪霊の判断は早い。真依の銃弾は無視して、水の防壁を東堂に、式神を俺の周囲へ展開する。

そう。それが最適解だ。

 

 

「そうなるよな!」

 

ーーパァンッーー

 

 

柏手が響く。

俺と銃弾が入れ替わり、

 

 

『しまっーー』

 

 

 

「『絶技抉剔』!」

ーーギギギギギッーー

 

 

 

『奴』の無防備な懐へそれを叩き込んだ。

さっきの攻撃のちょうど反対側を抉り取り、そして、

 

 

ーーパァンッーー

 

 

「『簡易領域』ーー『抜刀』」

 

ーースパッーー

 

 

魚群と入れ替わるように現れた三輪が、俺の攻撃で削った身体を斬り裂いた。

 

 

『ぐ……ッ』

 

 

ゴロッと『奴』の上半身が転がる。

……分かってる。それでは終わらないよな。

 

 

「東堂! 三輪!」

 

「あぁ!!」

「はいっ!」

 

 

「『抜刀』ッ!」

 

 

三輪の『抜刀』が『奴』の頭を捉える。硬いんだろう。刃は頭を少し斬り、止まる。

だが、

 

 

「ほうっ!!」

ーーバギィィィッーー

 

 

ーーザリザリザリザリッーー

 

 

『ぐ、がーーッ!?』

 

 

東堂の踵落としが三輪の刀を押し通していく。

そして、

 

 

ーーガシッーー

 

『な、に……をッ』

 

 

今にも再生しようとしている『奴』の身体を持ち、その断面に狙いを定める。

だが、

 

 

ーーフラッーー

 

「っ」

 

 

一瞬、眩暈がした。だが、それがなんだ!

振り絞れ、与幸吉! ここで終わらせろ!!

 

 

 

『やめーー』

 

「じゃあな、名前も知らない呪霊」

 

 

 

「『三重大祓砲』!!」

 

ーーゴゴゴゴゴゴゴッーー

 

 

 

ーーーー京都校女子寮内・鶫の部屋ーーーー

 

 

 

「…………へぇ、『陀艮』を祓ったか。やるじゃあないか、現代の術師にしては」

 

「…………っ」

 

「あぁ、怖がらなくてもいい。言っただろう、『焼相』。私が君のパパだって」

 

「~~~~っ」

 

 

 

「おい」

「『彼女』から離れろ」

 

 

 

「『赤血操術』2人がこちらに来たのか。少々、予想外だったよ」

 

「……この際、お前が加茂憲倫だろうが、『羂索』だろうがどうでもいい。俺の妹に指一本でも触れてみろ」

 

 

 

「お前を殺すッ!!!」

 

 

 

ーーーーーーーー




京都校の連携で『陀艮』撃破!
領域展開されていたら間違いなく負けてます。

じゅじゅさんぽとの温度差よ。
ちなみに、じゅじゅさんぽは並び替えます。


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第52話 終演ー弐ー

ーーーー回想ーーーー

 

 

「奴は恐らく俺よりも上手だ」

 

 

『焼相』のいる鶫の部屋への道中。

階段にもいる呪霊を祓った後、『脹相』は私にそう告げた。勿論、奴というのはこれから私達が戦うであろう相手『羂索』のこと。

その言葉に少し怯む。

隣の『脹相』とは、母様を取り戻すために戦った。私はその時ですら『彼』に手も足も出なかったのだ。それよりも上手……考えたくもないな。

 

 

「勝算はあるのか?」

 

「ない」

 

 

冷静にそう言う『脹相』。

 

 

「……それは、あまりにも無謀ではないか」

 

「無謀など妹を守らない理由にはならん。俺はお兄ちゃんだからな」

 

 

意味が分からないが、退くつもりはないということだろう。

だが、よく考えれば、こちら側の目的は『焼相』を『羂索』に渡さないこと。『奴』を倒すことではない。『脹相』が戦っている間に『焼相』を連れて離脱するのが現実的な案だろうが……。

 

 

「……それでは『彼』の話は聞けないな」

 

 

ボソリと呟く。

『彼』がどうしているのか、どうすれば『彼』を……。

 

いや、待て。

私はどうしたいのだ?

『彼』とまた会いたい? 礼を言いたい?

まぁ、それはそうだろう。『彼』は私の恩人だ。『彼』がいなくてはきっと母様を取り戻すことが出来なかったから。

 

だが、もしそれが、『彼』ともう一度会うことが、今の鶫と引き換えの物だとしたら……?

可能性はある。むしろその可能性の方が高い。

鶫に『彼』の人格が入っていた間の記憶はなかった。そして、『彼』の人格が消えたことで今の鶫が帰ってきた。そう考えるのは不自然なことではないだろう。鶫と『彼』の存在は恐らく同時に存在しない。

ならばーー

 

 

「おい……聞いているか」

 

「っ、あ、あぁ」

 

 

沈みかける思考を『脹相』に引き戻され、私は前を向いた。

 

切り替えろ、加茂憲紀。考えるのは後だ。

今は目の前の敵に集中するべきだ。そうしなくては絶対に勝てない相手なのだから。

 

 

「いいか、俺が奴を引き付ける。その間にお前が妹を連れて離脱しろ」

 

「あぁ、分かっている」

 

 

 

ーーーー鶫の部屋ーーーー

 

 

「おい」

 

「『彼女』から離れろ」

 

 

鶫の部屋の前にいた呪霊を祓ったと同時に、突入する。

既に『百斂』で圧縮した血液は手の内にある。あとは放つだけという状態で『羂索』に向けた。

そんな私を見ても、『羂索』は表情を崩さない。

 

 

「『赤血操術』2人がこちらに来たのか。少々、予想外だったよ」

 

 

言葉に反して、驚いた様子はない。余裕が見える。

だが、そんな『羂索』に対峙しても『脹相』は怯まない。相手が格上であることが分かっていても、恐れはないようだった。今の『脹相』にあるのは、

 

 

「……この際、お前が加茂憲倫だろうが、『羂索』だろうがどうでもいい。俺の妹に指一本でも触れてみろ」 

 

「お前を殺すッ!!!」

 

 

怒りと憎悪。そして、使命感。

溢れる感情を込めて、『彼』は構えた。

 

 

 

「『百斂』ーーーーーー『穿血』ッ!!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

 

高速で圧縮し放つ『穿血』。私のものとはレベルが違うその攻撃は、瞬く間に『羂索』の額へ届く。

 

 

ーースッーー

 

「やはり速いな」

 

 

「っ」

 

 

それすらも『羂索』は紙一重で躱す。

 

 

「『穿血』!」

 

 

体勢の崩れたその一瞬を狙い、私も放つ。

 

 

「こちらは……大して脅威ではないね」

 

ーービシュッーー

 

 

「くっ!?」

 

 

私の攻撃は呼び出された低級呪霊の群れに阻まれる。

『脹相』には劣るとはいえ、圧縮が十分にされた『穿血』をこうも簡単に止められるとは……。本当にレベルの違いを実感する。

 

 

「止まるなッ」

 

「っ、あぁ」

 

 

軽く折れかけた心を持ち直す。

『奴』の体勢が崩れているのは事実。『脹相』の声に合わせて、2人同時に『赤鱗躍動』を発動し、距離を詰め、拳と蹴りを放つ。

 

 

ーーバキッーー

ーーバギッーー

 

「連携は……まずまず」

 

ーーバギッーー

ーーバキッーー

 

「っ」

 

 

当たり前のように止められるが、それはいい。本命はーー

 

 

ーーブヂューー

 

「!」

 

 

「『赤縛』!」

 

 

体術に紛れて、血液パックを放り、潰させること。私の攻撃力では『奴』の防御は崩せない。だが、相手が昔の術師ならばこそ通じる歴史の浅い『赤縛』という術なら、不意を突くことができる。

 

 

ーーパシュゥーー

ーーギュンッーー

 

「拘束、か」

 

 

拘束できた。勿論、これも一瞬で抜けられるだろう。

そう。それでも一瞬ならば拘束できるはずだ。

 

 

「『脹相』っ!」

 

「上出来だ!」

 

 

いくら『脹相』とはいえ、『百斂』は溜めが大きい。だから、『彼』は直接『羂索』を狙う。

『脹相』の手には、血で作られた刃・『血刃』が握られていて。それを『奴』の心臓に突き立てた。

 

 

ーーガクンッーー

 

ーードサッーー

 

 

「!?」

 

 

……はずだった。

あのタイミングであれば回避はできない。事実、『羂索』は避けていない『脹相』が勝手に転んだように、私の目には見えた。

 

 

「『大鯰』といってね。地面が落ちたと思っただろう、実際は君が勝手に引っくり返っただけなんだがね」

 

ーーブチッーー

 

「っ、『百斂』ーー」

 

 

「無駄だよ」

ーーバギィッーー

 

 

「っ!?」

 

 

『脹相』を蹴り飛ばす『羂索』。

なぜだ? 『赤血操術』、特に『穿血』を使う術師には距離を詰めたまま戦うのが定石のはずだ。なのに、わざわざ距離を離した。

何をーー

 

 

「ここは狭い。少々広く使わせてもらおうか。ざっと50だ」

 

 

ーーゾワッーー

 

 

何をしようとしているかは依然として分からない。それでも、今すぐここを離れなければ死ぬ。それだけは分かった。

 

 

「っ」

「『焼相』を守れッ!!」

 

 

 

「極ノ番『うずまき』」

 

 

 

……………………

 

 

「…………っ」

 

 

どのくらい意識を失っていた?

身体は動くか? 『脹相』はどうなった?

覚えているのは『奴』の使った術が『脹相』に襲いかかったこと。私は咄嗟に『赤鱗躍動』で『焼相』を抱え、退避したこと。

……全身が、痛い。

土の感触がする。恐らくあの術の衝撃波で寮から投げ出されたのだろう。攻撃のベクトルがこちらに向いていなかったのに、このダメージか……。

 

 

「化、物……めっ」

 

 

少しずつ、息ができるようになる。荒くなる息をどうにか整えながら、私は周りを見渡した。

 

 

「…………『焼相』……」

 

 

私から少し離れたところに、『焼相』は倒れていた。抱えたはいいものの、途中で投げ出されてしまったのだ。死んではないだろうが、意識はない。

 

痛む身体をどうにか起こし、今度は私の背中側、寮の方へ向き直る。私の目の前に広がったのは絶望的な光景。寮の半分が消し飛んでいるというあり得ない光景だった。

その側に、『奴』はいた。その足元には『脹相』が倒れていて。

 

 

「『脹、相』……!」

 

 

どうにか声を絞り出すと、それに気づいたのは『脹相』ではなくーー

 

 

「……まだ立てるのか。ククッ、意外にタフな子だ」

 

 

邪悪な笑みを浮かべる『羂索』。

 

 

「……『脹相』を、取り込むつもりか……?」

 

「正解だ。『呪胎九相図』は元々私が産み出した『モノ』……自然の摂理だと思うがね」

 

「……『脹相』たちを取り込んで何をしようとしている」

 

「…………知ってどうするんだい?」

 

「……………………」

 

 

これは時間稼ぎの問答だ。『脹相』と『焼相』が意識を取り戻すまで、時間を稼げばいい。

そのはずだった。なのに、私の口から出たのは、

 

 

「……知らなくては何もできない。何をする権利もない」

 

「だから、私は『知りたい』のだ。私に何ができるのかを考えるために、何かをするために」

 

 

その答えはすっと出た。

誰かの受け売り。その言葉が私から出てきたことに少し驚いたが、納得もした。

私の口から出た言葉を聞いて、『羂索』はまた笑う。

 

 

「ククッ、まるでどこかの誰かさんの言葉だ」

 

 

悪い大人に関わると悪い影響が出る。典型的な例だ。

愉快そうに『奴』はそう言った。

 

 

「あぁ、本当にそうだ。悪い大人だった。だが、呪詛師にそうは言われたくはない」

 

「彼はね、一時は私の同志だったんだよ。知的好奇心を満たすために何でもしたさ……彼はそれをよしとせず、袂を別つことになったが」

 

「…………『彼』とお前は違う」

 

「本質は同じさ」

 

 

押し問答。

私と『羂索』の認識には齟齬があり、恐らくそれは埋まらない。やはり知らなくてはならない、『彼』……加茂憲倫のことを。

 

 

「……教えてはくれないか、加茂憲倫という人物のことを」

 

 

時間稼ぎのつもりだった会話はいつの間にか、私が真に知りたいそれに繋がっている。私の言葉に『奴』は口を開きかけたが、ふと目をつぶり笑う。

そして、私の背後を指差した。

 

 

「噂をすれば、だね」

 

「っ」

 

 

『羂索』の指差す方、後ろに振り返ると、そこにいたのは、

 

 

「鶫っ!?」

 

「憲紀、くん……」

 

 

寮にいたはずの鶫の姿だった。

 

 

 

「そうだね。まずはその『器』の話をしようか」

 

「加茂鶫。その娘の話だ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第53話 終演ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

『天与呪縛』

自らに課す『縛り』とは違い、生まれもった肉体や術式・呪力によるハンディキャップから生じる特異な『縛り』。

その大小は様々ではあるが、総じて『それ』を抱えるものの歩む道は平坦なものではない。

 

 

ーーーー16年前ーーーー

 

 

「奥様! 元気な女の子ですよ!」

 

 

今から16年前のその日。

加茂鶫は加茂家当主と正室との第一子として誕生した。出産はかなりの難産で、正室である彼女はその際に子宮を取り除くほどの傷を体に刻まれていた。

だが、彼女は娘の誕生を喜んだ。

勿論、女というだけで、加茂家での地位は低い。だが、術式さえ引き継いでいれば、きっと呪術師として成功してくれる。そんな楽観にも似た感情が彼女の中にはあった。

 

 

ーーーー12年前ーーーー

 

 

「呪力が、ない……?」

 

「はい」

 

 

鶫が4歳になり、術式がうっすらと芽生え始める頃、加茂家で呪術師の育成に携わる術師からの指摘でそれは判明した。

呪力が一切ない。

その事実は彼女を絶望に突き落とすには十分であった。

それ以来、加茂家内では彼女の陰口が横行する。血筋の人間はともかく、女中からも蔑視され続けた。

 

 

ーーーー11年前ーーーー

 

 

「奥様! 奥様、お止めくださいっ!!」

 

「……嫌、もう嫌ッ!!」

 

 

加茂家の女中に羽交い締めにされ、取り押さえられる半狂乱の彼女。血走った瞳が捉えているのは自分が腹を痛めて産んだ娘・鶫であった。

 

 

「はぁっ……はっ……ゲホッ……はっ」

 

 

今まで締め付けられていたせいで、軽く咳き込む鶫。

そう。軽く、である。決して母親は加減した訳ではない。その上、女中が鶫の首を絞めている彼女を発見したのは、それが始まってから5分後……つまり、5歳児が大人の力で5分間首を絞められても生きていたのだ。

それだけで鶫の異常さが分かるだろう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

加茂鶫。

並大抵の死では、彼女の『天与呪縛』は突破できない。

ただし、それは肉体の話。精神は普通の子どもと変わらない。

だから、実の親に首を絞められたという体験は、鶫の精神を破壊した。人を信用できなくなり、自らの死を望むようになった。

 

悩んで悩んで悩んで悩んで。

そして、あの日、加茂鶫は死を選んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「それが加茂鶫という人間だ。間違ってはいないだろう?」

 

 

まるで鶫の半生を見てきたかのように、『羂索』は語った。指摘すると、1週間も時間はあったからねと答える『羂索』。

 

 

「御三家の人間とはいえ、彼女はただの術師。経歴を調べるなど造作もないことだよ」

 

 

そう言って『羂索』は鶫へ視線を向け、鶫はビクッと体を震わせた。

 

 

「宝の持ち腐れだな。まぁ、誰しも禪院甚爾のようにいくわけではないだろうが、それにしても勿体ないね……今度はその肉体を頂こうか」

 

「ひっ!?」

 

「何をっ!?」

 

「ククッ、冗談だよ。彼女には興味がない。私では彼女を使いようがないからね」

 

 

『羂索』は邪悪に笑う。

 

 

「呪術への耐性のあるその肉体では体を奪ったとしても、その後、私の術式が上手く機能しなくなる可能性もある。リスクの高いことはしないさ」

 

「…………」

 

 

『彼』の言い種はまるで、鶫が道具か何かとでも言いたげで。そのことが少しひっかかったが、

 

 

「さて、憲倫の話だったね」

 

「っ」

 

 

その名を聞いてしまったら、私は憤りを飲み込むしかなかった。私が知りたい『彼』の名を『羂索』が口にしたからだ。

 

 

「何が聞きたい? 彼の過去、思想、そして、私との確執や彼自身の死。ある程度のことならば話せる。彼とは旧知の仲だからね」

 

「……っ」

 

 

疑問が頭の中を次々に過っていく。だが、何を聞きたいのか、『彼』のことをどうしたいのか、まだ纏まっておらず。だから、何を口にすればいいのか分からなかった。

 

 

「……っ、~~~~っ」

 

 

言葉が出ない。

何を聞けばいいというのだ?

私はーー

 

 

 

「……っ、『超新星』」

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

 

会話を中断したのは、血の散弾。不意を突くように放たれたそれは『羂索』に当たり、膝をつかせるに至っていた。

 

 

「『脹相』!」

 

「随分と早いお目覚めだ」

 

「……っ、加茂憲紀」

 

 

 

「逃げろ」

 

 

 

「あ、あぁ!」

 

 

その一言で理解した。

そうだ。『奴』の目的を忘れていた。『奴』から『焼相』を守らなくてはならない。

私は未だに横たわったまま目覚めない『焼相』の元へ駆け出した。

 

 

「逃がすと思ったかい?」

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

「くっ!?」

 

 

こちらが動くと同時に放たれる呪霊の群れ。ざっと20はいる。対して、こちらは満身創痍。『焼相』や鶫は勿論、私も戦う力は残されていない。

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

私を阻む呪霊の群れを貫くは『穿血』。

私はそのまま横たわる『焼相』を抱きかかえて、怯えきった鶫の手を掴み、走り出す。振り返らない。心の中でも礼など言うものか。

ただがむしゃらに、私は走った。

 

 

 

ーーーー『脹相』視点ーーーー

 

 

「頑張るじゃあないか、『脹相』。『うずまき』を正面から食らったそんな状態でよく動けるものだ」

 

「…………」

 

「それも兄としての意地というやつかい?」

 

「妹を守ることに、(お兄ちゃん)が命を張らない理由はない」

 

「ククッ、まったくもって理解できないな」

 

 

『奴』は邪悪に笑う。俺をもってしても思惑は読めず、そこから読み取れるのは、ただただ不快感のみ。

本当に反吐が出る。今すぐ殺してしまいたい。

だが、今の俺では敵わない。俺は恐らく殺されるだろう。

だからーー

 

 

 

「加茂憲倫はどこにいる?」

 

 

 

「………………」

 

 

俺はそれを訊ね、『羂索』は答えない。

 

俺が受肉し、呪霊側についていた時の目的は特級呪物『獄門疆』による五条悟の封印だった。今はそれが叶わないとはいえ、二の策、三の策がないとは考えにくい。恐らくだが、五条悟を封印する算段はついているのだろう。

……その果ての真の狙いが何かは知らないが、この男は俺を取り込んだ後も『焼相』を狙うだろう。俺では妹を守れない。

ならば、奴にーー加茂憲倫に託すしかない。俺と渡り合ったあの男に託すしかない。

 

だから、俺はそれを訊ねたのだ。俺の服に潜んでいる与幸吉の傀儡を通して、彼らに情報を与えるために。

 

 

「……『天与呪縛』による肉体の前では魂の形を弄る『無為転変』ですら通じなかった。結果、耐性のない憲倫の魂にのみ術式が作用し、加茂鶫の肉体だけが残ったというわけだ」

 

「……もう加茂憲倫は死んでいるということか」

 

 

『真人』の術式『無為転変』は人間の魂に作用すると聞いた。肉体は魂の形に引っ張られるとも。

『羂索』の言を信じるのならば、もう加茂憲倫は死んでいるということになる。だが、それは『奴』自身によって否定された。

 

 

 

「いや、彼は生きているよ」

 

「きっと今も『古い知り合い』とでも再会している頃だろうね」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

白。

それ以外何もない空間で、私は覚醒した。

頭が重く、思考が上手くまとまらない私に話しかけてくる声があった。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 

目の前の彼へ、私は改めて話しかける。

 

 

「…………会うのは150年ぶりか」

 

 

 

「久しぶりだな、『天元』」

 

 

 

ーーーーーーーー




多忙に加えて、スランプ気味です。
助けて。


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第54話 終演ー肆ー

ーーーー高専京都校・校舎前ーーーー

 

 

「ちと、数が多すぎるの。学生の状況はどうなっておる?」

 

「……与からの連絡では全員、多少の傷は負ってるようですが、生きてはいるということでした。ただ『羂索』が学生たちの近くにいるらしく……」

 

 

辺りの呪霊を一通り祓った楽巌寺は、歌姫の言葉を聞いて、ふと自らの髭を触る。それは彼が思考する時の癖であった。

状況は悪い。

『羂索』が放った無数の呪霊のほとんどは二級以下のもの。だが、中には術式を持ち合わせた一級相当の呪霊もおり、それらの対応で一級術師が駆り出され、学生と『羂索』がいるという寮にまで戦力が回せていない。

勿論、補助監督が連絡を取り合い、手の空いた術師はそちらに向かうようにはしているが……。

 

 

「…………手が足りん」

 

「……まったくこんなときに五条はどこで何をっ!!」

 

 

歌姫の怒りも尤もだった。既に東京校の夜蛾には連絡をとっており、十数人の術師が応援に来ている。だが、移動手段の関係で時間はかかる。『無下限呪術』をもつ五条悟がいれば解決する話だ。

それと連絡が取れない。

いつもの嫌がらせではないことは理解している。五条は楽巌寺をはじめとする保守派には噛みつくが、学生の命を軽んじる人間ではない。

ならば、五条自身に何かがあったと考えるのが自然だろう。

 

 

「いない者をあてにするな。ここは儂らでーー」

 

 

ーーゾワッーー

 

 

「!?」

「……新手か」

 

 

不意に濃い呪力を感じ取った楽巌寺と歌姫。

彼らの視線の先には、

 

 

『………………』

 

 

おおよそ人とは思えない青黒い肌をもつ男『呪胎九相図』のひとり『青瘀相』がいた。

外見からも真依からの報告にあった特徴と一致する。何よりそいつの後ろに、ふらふらとまるで亡者のように列を為す人間たちには見覚えがあった。

 

 

「高専所属の呪術師たちっ!?」

 

「……死人を操る。聞いてはおったが、悪趣味じゃな」

 

 

 

ーーーー寮前ーーーー

 

 

「生きている……? 本当にそう言ったのか」

 

「あ、あぁ」

 

 

あの場から離脱し、京都校の皆と合流する。

そして、与と情報共有している時に、与が私に伝えた事実。それは加茂憲倫ーー『彼』が生きているというものだった。

『脹相』の服に忍ばせていた小型の傀儡から『脹相』と『羂索』の会話が聞こえたらしい。

恐らく嘘ではない。その状況で嘘をつくメリットがない。とすれば、彼が生きているというのは真実。

ならばーー

 

 

「~~~~っ」

 

 

感情が溢れ、私は声にならない声をあげていた。

 

 

「おい、加茂。少し落ち着け」

 

「あ、あぁ、すまない……少々取り乱した」

 

 

彼の言葉で我に返った私は深呼吸をひとつし、落ち着きを取り戻す。柄にもない取り乱し方をしてしまったな。落ち着け。冷静に、冷静にだ。

…………よし。まずは改めて状況確認だ。

 

 

「与、そちらはどうなった?」

 

「こっちは特級とやり合ったが、西宮と東堂が来たお陰でなんとかなった。怪我人もなしだ」

 

「……こちらも『焼相』はあの通り無事だ。それに寮にいた鶫もな」

 

 

私たちとは少し離れたところで三輪と西宮、真依が様子を見ている二人の方へ視線を向ける。『焼相』はまだ意識が戻らず、鶫はただ下を向いて座り込んでいて、とても戦闘に加われる状態ではない。

 

 

「あの2人はすぐに逃がすべきだな。東堂と西宮、三輪、真依にはそっちについてもらった方がいいだろう」

 

「同感だ。『羂索』の狙いが『呪胎九相図』である以上、『焼相』の側に東堂がいた方が守りやすいだろ」

 

 

恐らくだが、『脹相』も取り込まれた。だとすれば、余計に『焼相』を奪われるわけにはいかない。

ありがたいことに東堂たちが高専内や寮前に放たれた呪霊を大幅に削ってくれている。与によると、楽巌寺学長や歌姫先生、他の呪術師も高専敷地内にはいるという。それまで時間を稼いでーー

 

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

「「!?」」

 

 

悪寒が走る。この呪力はっ!?

視線を寮のあった方へ向けると、そちらからやってきたのは2人の人影。

1人は筋肉質な大男『骨相』。1人は民族衣裳風の服を着た女『散相』。

どちらも『脹相』たちと同じ『呪胎九相図』の受肉体。特級ではないらしいが、それでも与と三輪、東堂でどうにか退けたという相手と未知数の戦力。今、この場にいる全員が呪力を相当消費している。その状態でこれを相手にしろというのは……。

 

 

「少々、酷だ……っ」

 

「三輪! 西宮!」

 

「わかってる!」

「はい!」

 

 

与の声を聞く前に、2人は動き出していた。

意識の戻らない『焼相』は西宮が、呆然としている鶫は三輪が手をとり、走り出す。その後ろを二人を守るように真依と東堂が着いている。

これならば……。そう思った矢先に、

 

 

『…………』

『…………』

 

 

『骨相』と『散相』がこちらへ向け、手をかざしてきた。

そこから呪力が溢れる。

 

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

見える! 呪力の流れだ。

『骨相』から流れ出た呪力が『散相』へ向かいーー

 

 

「っ、『赤縛』!」

 

「メカ丸っ! 撃て!!」

 

 

ーーグニャッーー

 

ーーパァンッーー

 

 

「くっ!」

 

「攻撃が届かないっ」

 

 

咄嗟に『散相』へ攻撃を放つ私と与。

だが、その攻撃すら『散相』に当たる前に、あらぬ方向へ分散されてしまう。前に見た通りだ。想像でしかないが、『彼女』の術式は呪力の分散。

となれば、与が食らったという『骨相』の術式・『骨疾嶒』も分散して、

 

 

ーーゾワッーー

 

 

「「!!」」

 

 

こちらへ襲いかかってくる。当たれば終わりの全方位からの広範囲攻撃。

この攻撃は躱せない。くっ!? どうすればっ!?

 

 

ーーパァンッーー

 

 

柏手。同時に、私と与は東堂の横に移動していた。

 

 

「呪力を込めた石と入れ換えた」

 

「助かった、東堂」

 

「友を助けただけだ。礼などいらん」

 

 

何故かここ最近、東堂が与を認めつつあるのは謎であるが、ともかく今はこの場を切り抜けることに専念すべきだ。

東堂をこれ以上『焼相』から離すことは避けたい。かといって、このまま皆で逃げればいずれは追いつかれる。追いつかれれば、取り込まれれば、恐らく『羂索』による計画が進んでしまう。その目的は分からないが、事態が悪化するのは確かだろう。

 

 

「仕方ないか」

 

 

加勢はまだ来ない。

となると、ここはやはり私と与で迎撃するしかない。

 

 

「……東堂、先に行け」

 

 

死ぬなよ。

そう言う東堂に、ただ一言だけ返す。

 

 

「覚悟はできている」

 

 

私の使命は理解している。

『焼相』を守り抜く。それが今の私のやるべきこと。

 

東堂に言われなくても死ぬつもりなど毛頭ない。

私は生きて『彼』に会いに行かなくてはいけないのだ。

 

 

 

「『百斂』ーーーー『穿血』ッ!!」

 

 

 

ーーーーーーーー




死亡フラグ……死亡する可能性が高い言動・状況のこと。


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第55話 終演ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

「与!」

「メカ丸! 奴らを囲め!」

 

 

私が放った『穿血』に続いて、与は3体のメカ丸を動かした。『骨相』と『散相』を包囲する形でメカ丸は構える。

 

 

「『羂索』が『呪霊操術』で使役してる、でいいんだよな?」

 

「あぁ、恐らくそうだろう」

 

 

女の方はともかく、与から聞いていた『骨相』とは様子が明らかに違う。自我はなく、ただ傀儡にされているのだろう。

 

 

「それがいい方に転んでくれるといいんだが……」

 

「加茂、今は考えても仕方ないだろ」

 

「……あぁ」

 

 

ーーパンッーー

 

 

与の言葉に頷き、掌を合わせる。

圧縮し、放つ。

 

 

「『穿血』!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

「撃て! メカ丸!」

 

ーードゴォォォッーー

 

 

まずは『散相』の術式を突破しないことには始まらない。どこまでの攻撃を同時に分散させられるのかが分からなかったため、時間差をつけ、『穿血』とメカ丸の『大祓砲』を撃ち込んだ。

同時に4撃。これならどうだ?

 

 

ーーグニッーー

ーーパァンッーー

 

 

包囲する形での攻撃だったが、結果は失敗。『穿血』も『大祓砲』もいとも簡単に分散されてしまった。

ならば、次の手だ!

 

 

「2体を分断する!」

 

「分かったーー『纏呪強化形態』」

 

 

与はメカ丸を両手足に纒い、『骨相』に向け翔ぶ。『奴』に組み付いて、

 

 

「『推力加算』!」

 

ーーゴゴゴゴゴッーー

 

 

両腕から吹き出る凄まじい呪力の噴出で、そのまま大男をこの場から離していく。大男もその膂力で耐えてはいるようだが、それでも与の方が出力は上。100m近くその場から離すことに成功していた。

与があちらの大男を抑えてくれる。これでこちらに集中できる。

 

 

「『赤鱗躍動』」

 

 

『穿血』主体の組み立てから『赤鱗躍動』に切り替える。

遠距離からの攻撃は無意味。『散相』によって攻撃を分散させられてしまうからだ。

ただし、分散できる攻撃にも限度はあるだろう。それに今までの戦闘から肉体を分散ーーバラバラにはさせられないことも察しがついていた。だから、近接戦闘に持ち込めば勝機はある。

 

 

ーーバキッーー

ーーガシッーー

 

ーーブンッーー

ーーガシッーー

 

 

初撃。腹への拳は止められる。

間髪入れずに2撃目を顔面へ。それも止めてくる。

『赤鱗躍動』にも対応してくるのだ。反応速度は想定よりも速い。近接戦闘ができない訳ではないようだ。

ならば、ここでーー

 

 

ーーブシュッーー

 

「『赤縛』!」

 

 

血液パックを破裂させ、繰り出す『赤縛』。至近距離ならば!

 

 

ーーパシュゥーー

ーーギュンッーー

 

『………………』

 

ーーグッーー

 

 

拘束成功だ。変わらない表情のまま、どうにか『赤縛』から抜け出そうとするが、見た目どおり『彼女』にそこまでのパワーはない。

にもかかわらず、

 

 

ーーグッーー

ーーブシューー

 

 

『彼女』は力ずくで『赤縛』を引き千切ろうとしていた。その度に、『彼女』の腕に『赤縛』が食い込み、皮膚が裂け、そこから血が吹き出る。

 

 

「っ、やめろ。お前の力では『赤縛』は破れない!」

 

『…………』

 

ーーグッーー

ーーブシューー

 

「っ、止めろと言っているだろうっ!」

 

 

私の声は届かない。

見ていられない。このまま『赤鱗躍動』で強化した拳で気絶させるべきだ。そう判断した私はすぐに行動を起こし、拳を『彼女』の鳩尾へ入れる。

だが、それでも意識は飛ばない。まだ拘束から逃れようとし続けている。その間にも『赤縛』は、暴れる『彼女』の肌を裂いていく。

 

 

「っ」

 

 

自分の体を傷つけていく『散相』を見て、一瞬、『脹相』の顔が頭を過る。弟と妹を想い戦う『兄』の表情が浮かび、次に浮かんだのは鶫の顔。いや、私と同じ名をもつ『彼』の顔だった。

気づけば私はーー

 

 

ーーバシュンーー

 

 

『赤縛』を解いていた。瞬間、呪力を帯びた『彼女』の攻撃が私を襲う。

 

 

ーーバギィィッーー

 

「が……っ!?」

 

 

呪力を帯びた拳が鳩尾に入り、そのまま崩れ落ちるように膝をついてしまう。

 

 

「~~~~っ」

 

『…………』

 

 

私は……何をしているのだろうか。私の母を利用した敵だろう、奴ーー『脹相』は。その家族など助ける義理もないはずだ。

だというのに、私は『散相』を解放し、今まさに窮地に陥っている。

それになんだというのだ。何故この場面で『彼』の顔が出て……いいや、本当は分かっているさ。あの状況だったら、きっと『彼』は私を止めた。加茂家の呪術師としては正しいだろうが、人としては間違っている。解放してやるべきだと。

そんな風に、まるで年長者が説教する時のように、私を叱りつけただろう。

 

 

「馬鹿、だな……私は……」

 

『…………』

 

 

ーーグイッーー

 

 

「か……っ、はっ……っ」

 

 

倒れ込んでいた私の首を両手で絞めながら、私の体を浮かせる『散相』。息ができない。上手く力が入らず、抵抗できない。

 

 

「加茂っ!!」

 

「む…………た……っ」

 

 

遠くで与の声が聞こえる。だが、私の意識は薄れていく。

……これは、死だ。

死が急速に近づいているのを感じる。

 

後悔。

今の私にあるのはそれだけだ。

もっとお節介な『彼』を知りたかった。『彼』が何を考え、何を思って生きたのか聞いてみたかった。

最期に『彼』に会いたかった。

 

 

「……………………」

 

 

やがて、必要な酸素も取り込めなくなり、私はーー

 

 

 

ーー死んだ。

 

 

 

ーーーーーーーー




生存フラグ……生存する可能性がある言動・状況のこと。


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第56話 憲倫くんは迫られる

久々更新。


ーーーーーーーー

 

 

「まるで悪夢だな」

 

「悪夢? いや、これは現状一番可能性の高い未来の光景だ。私はこの呪具を通して、君にそれを見せているだけに過ぎない」

 

 

およそ人ならざる風貌の呪術師で、私の古い知り合いである『天元』はそう告げた。

今、私の脳内に刻まれたその悪夢が、起こりうる未来だと言うのだ。

 

 

「…………このままでは憲紀が死ぬと?」

 

「あぁ。現に戦闘は始まっている。『脹相』が『羂索』の手に落ちるのも時間の問題だ」

 

 

この何もない白い空間から外の様子は見えない。だが、『天元』からは何かが見えているようで、今の戦況を教えてくれていた。

 

 

「まったく、何かの冗談だと思いたい。お前がそんな姿になっているのにすら驚いたというのに……」

 

「あれから150年だ。知っているだろう。私は不死だが不老ではない。年齢を重ねればこうもなる」

 

「分からん話だな、私には」

 

 

それに今は外見など些末な問題だ。気にはなるが、気にしている場合ではない。

今、私が直面している問題はただひとつ。

 

 

 

「どうしたらこの未来を変えられる?」

 

 

 

憲紀が死ぬ未来を変えること。

それが私のすべきことだろう。

 

 

「…………猶予はもうない。無理な話だ」

 

 

それに例の呪具によって見た未来は変えられない。ただ知ることができるだけ。『天元』はそう付け加える。

『彼』の言葉からは、どこか適当さすら感じ取れる。そこで不意に思い出す。

 

 

「憲紀の生死はこの国の秩序とは関係ない。だから、介入しない。そういうつもりか?」

 

「否定はしないよ」

 

「……っ、変わらないな」

 

「否、変われないんだよ」

 

 

『天元』の主義……もはや『縛り』とも言えるそれは150年経った今でも変わっていない。

忘れていたよ。確かにお前はそういう奴だったな。

 

 

「……ん?」

 

 

不意に、ひとつの疑問に思い至る。

『彼』が動くのは、日本全土に至る結界、延いては秩序の維持だとして。

ならば、なぜーー

 

 

 

「私はここにいる?」

 

 

 

本来ならば、私は『羂索』の『無為転変』によって魂ごと消滅したはずだ。それにも関わらず、ここに繋ぎ止められているのは『天元』の結界術のおかげに他ならない。

だが、『彼』の主義を思えば、知り合いとはいえ一個人を繋ぎ止めるためにその力を行使する訳がないのだ。

 

 

「答えろ、『天元』。なぜ私はここにいるのだ?」

 

 

憲紀の死を受け入れろというのと同じように、私の消滅も受け入れればいいだろうに。それをしないということは、あるいは……。

 

 

「私の存在がこの国の秩序を守ることに繋がっている……そういうことか」

 

「……昔話をしよう」

 

 

昔話といっても、150年前の人間である君にも500年を生きる私にも最近の話になるが。

そう補足してから、『天元』は語り始める。

 

 

「私と『六眼』、『星漿体』の因果については昔、話した通りだ。それが12年前、一人の男によって破壊された」

 

「禪院甚爾」

 

「『天与呪縛』によって、呪力から完全に脱却した存在。術師殺しと呼ばれていた人間だった」

 

 

『天与呪縛』による呪力からの脱却。

それはまるで、私が入っていた時の加茂鶫だ。

 

 

「それ以上に彼は異質だったよ。加茂鶫は君が入っている分、呪力は多少残っているからね」

 

「ともかくその彼によって破壊された因果のせいで、『羂索』の計画が進むことになった。『星漿体』が殺されたんだ」

 

「勿論、今までも『羂索』によって、『星漿体』が殺されることはあった。だが、『星漿体』も『六眼』も私の同化の日には現れる。そういう因果だからだ」

 

「そうして、私の進化は進み、この姿に……いや、天地そのものが『天元』になった」

 

 

なるほど。少々話が見えてきた。

『天元』の進化による弊害……『天元』自身の体組織の変化。つまりは、呪霊に近しい体になったことで、今の『羂索』の『呪霊操術』の対象になってしまったということか。

 

 

「話が早くて助かるよ」

 

「そう。今の『羂索』の目的は『私』を取り込むこと。その果てにあるのが『私』と全人類の同化だ」

 

「全人類が『私』と繋がることで、1人の悪意が全国民へと伝播する。そうなれば、この国は終わりだ」

 

 

そこまで話を聞いて、私はひとつため息を吐いた。

 

 

 

「はぁ……話が随分と大袈裟になってきたな」

 

「しかし、事実だよ。そもそも何事もなければ、五条悟……『六眼』は渋谷の騒動で『羂索』によって封印されるはずだった。それを以て、計画は次に進めようとしていたのだろう」

 

「それも先程、私に悪夢を見せた呪具で見たのか?」

 

 

私の質問に『天元』は静かに頷いた。

手には起こりうる可能性の高い未来を見せるという件の呪具。

…………って、待て。

 

 

「その呪具で見た未来は回避できないのではなかったか?」

 

「本来であればそうだ」

 

 

そうだ。

憲紀の死も変えることはできない。もう既に決まっていることだからと、そう言っていたではないか。

それが本当なのだとしたら、矛盾している。

 

憲紀の死は避けられないが、五条悟の封印は回避した?

なんだ、その話は……っ!

 

 

「ふざけるなっ!」

 

 

思わず声を荒げて、『天元』に掴みかかる。

捲し立てるように続ける。

 

 

「大方、その呪具で見た未来をお前の介入によって変えたのだろうっ、世界の秩序とやらのために!」

 

「五条悟は助けて、憲紀を見捨てるなどそんな訳の分からん線引きなど認めるものかっ!」

 

 

私の怒りを受けても、『天元』は顔色ひとつ変えない。

それどころかーー

 

 

「ふっ」

 

 

怒り心頭の私を見て、笑った。それが余計に私の癪に触る。

 

 

「何がおかしいッ」

 

「いや、すまない。私に変わらないと言ったが、大概、君も変わらないと思ってね。家族のことになると冷静さを失う……私には分からない羨ましい感情だ」

 

「……茶化すのも大概にーー」

 

 

 

「私はまだ君をここに留めた理由を話していない」

 

 

 

「!」

 

 

私のことを責めるのはそれを聞いてからにしてくれないか。

『天元』の言葉を受け、私は『彼』から手を離す。

助かるよ。私とは対照的に、穏やかな声色で『彼』はそう言ってから話を続けた。

 

 

「呪力から完全に脱却した者による因果の破壊。『天元』と『六眼』と『星漿体』の間の因果は、禪院甚爾の手によって壊された」

 

「今回の五条悟が封印される未来を変えたのもそうだ。私ではなく、『天与呪縛』をもつ者による因果の破壊がその原因になっている」

 

 

つまり、お前を責めるのはお門違いだと?

憲紀の死という未来を回避するのにも、その禪院甚爾なる人物に頼めとでも言うつもりか?

私のその問いに、『天元』は首を振った。

 

 

「禪院甚爾は12年前に既に殺されている。五条悟の手によって」

 

「……では、誰だ? その『天与呪縛』をもつ者とは誰なのだ」

 

「まだ気づかないのか」

 

「…………まさか」

 

「そう、そのまさかだ。五条悟が封印されるという未来を破壊したのはーー」

 

 

「ーー加茂鶫……いや、加茂憲倫。他ならぬ君自身だよ」

 

 

『天元』曰く。

私が加茂鶫として、幸吉を『真人』から救ったことが五条悟の封印回避に繋がったらしい。

そして、それが『羂索』の計画を乱した。

……なるほど。ここまできて、やっと『彼』の思惑が見えた。

基本、現のことに関わらない『天元』がわざわざ介入してまで、一介の呪術師である私の消滅を防ごうとしたのは、

 

 

「私が君をここに留めた理由。それは君を再び加茂鶫の体へ戻し、『羂索』によって混沌に堕とされる世界を救ってほしい。そう考えているからだ」

 

 

私にならば可能だと、『天元』はそう言った。因果から外れた存在である私にならば可能だと。

だが、その理論でいうならば、加茂鶫本人にも可能ではないのか? むしろ彼女の方が相応しいとも思える。彼女の中に私が入ったことで呪力が混じってしまっている。さっき『天元』自身がそう言っていたではないか。

そんな指摘を『天元』は否定する。

 

 

「彼女には無理だ。呪術師としての素質……精神が伴っていないのだから」

 

「…………そうだったな」

 

 

憲紀から加茂鶫の本来の性格は聞いていたから『天元』の言葉には納得せざるをえなかった。

だから、と。

『天元』は私に告げる。

 

 

「憲倫、君には2つの選択肢がある」

 

「ひとつは、加茂鶫として再び戦うこと。そうすれば、苛烈になる戦いに身を投じることにはなるが、加茂憲紀は救える可能性もある」

 

「もうひとつは、ここで君自身の命を終わらせること。オススメはしないがね」

 

 

2つの選択肢。

選ぶのは簡単だ。だが、ひとつだけ確認しなくてはならないことがある。

 

 

 

「……加茂鶫本人の精神はどうなる?」

 

 

 

元々、私の存在が異常だったのだ。私が消えて、彼女自身の精神が肉体と結びついている今が正常な状態だ。

それを再び引き剥がそうというのだから、不具合が起こるのは目に見えて明らかだ。その予想は外れてはいないようで、『彼』は三対の目を伏せて答える。

 

 

「消えるだろうな」

 

「っ」

 

 

それではあまりにも……。

 

 

 

「さぁ、選択の時だ」

 

「加茂憲倫、君はどちらを選ぶ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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懐古
第57話 懐古ー壱ー


『懐古』編、開幕。


ーーーーーーーー

 

 

私の選択は間違っていたのだろうか。

分からない。分からない。

 

なぁ、教えてくれ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「いけません。それは間違っています、憲倫様」

 

 

とある廃村にて。

研究用にとそれを手に取ろうとした私に、彼女は平淡な口調で声をかけた。振り返ると勿論、彼女の姿がある。いつも通り表情に乏しい顔だが、私には彼女が怒っていることが伝わってきた。

 

 

「……別に構わないだろう。どうせこの村は既に呪霊により壊滅状態なのだ。死肉が私の研究の役に立つのならば、加茂家の発展に役立つのならば、死んだ者達も本望だ」

 

「…………」

 

「……なにか問題があるか?」

 

「…………」

 

 

私の言葉を聞いて、彼女から発する雰囲気がさらに刺々しいものになる。沈黙にここまでの重圧を感じるのは不思議で仕方がないが……ともかくだ。

 

 

「…………あぁ、分かったよ。私の敗けだ。あの遺体は持ち帰らないし、解剖もしない」

 

 

私はその場で両手を挙げ、何もしないことを表した。

 

 

「埋葬もしてください」

 

「……あぁ、そうしよう」

 

 

そこまで聞いてやっと満足したのか、感じていた刺すような雰囲気は引っ込んだ。まったく……録に研究もできんな。

 

 

「なにか文句がおありですか、憲倫様」

 

「いいや、ないよ」

 

 

10以上も離れているのだから、決して尻に敷かれている訳ではない。だが、どうにも彼女といると調子が狂う。私の核を成している好奇心が押さえつけられる感覚すらある。しかし、それが嫌ではないのだから不思議なものだ。

 

 

……………………

 

 

「…………」

「…………」

 

 

2人で簡単に作った墓に、手を合わせる。

十数秒後、もういいだろうと横目で見れば、彼女はまだ目をつぶったまま手を合わせていた。

何を思っているのか、その心中は分からないが、きっと悼んでいるのだろうな。本当に呪術師……特に私とは対局の思想だ。

理解はできるが、共感はできない。

 

 

「お待たせいたしました」

 

 

彼女が立ち上がったのは、私が合掌を止めてからそれから更に1分ほど経った後。

知り合いでもいたか。その質問に彼女は首を横に振る。

 

 

「ただ死を悼んでいました」

 

「……そうか」

 

 

墓を作ったこともあり、すっかり手も泥にまみれてしまった。彼女に家に帰るように促して、私達は帰路についた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

彼女と知り合ったのは、5年前のことだ。

 

そこに移住した家族が次々に亡くなっていくという曰く付きの館。

それを解決してほしいという話が、高専伝いで加茂家に回ってきたのだった。どうやら国のお偉い方々関連らしく、当主である兄がこの任務に就いていたのだが、任務中に兄が負傷したせいで、私にまで御鉢が回ってきたのだ。

無論、自身の研究もあったから、私は断ったのだが、兄で祓えない呪霊を他の者が祓えるわけもなく。

 

結局、行ってみれば拍子抜け。

確かに呪霊自体は『縛り』のせいか強化されていたが、それでもその術式を紐解けば、大したことはない。すぐに祓うことができた。

ただ、そこに住んでいた家族の大半はどうやら既に呪殺されていたようで、館には死体がゴロゴロと転がっており、その中で1人だけ生きていたのが、彼女だった。

 

 

「呪われているな」

 

「…………」

 

「お前はあと数日もすれば死ぬ」

 

「…………」

 

 

そう告げても、彼女の目の色は変わらない。

よくよく見れば、彼女はボロボロだった。それは呪霊にやられたというよりも、人の手によるもの。

 

 

「虐待か」

 

 

後から知ることだが、ここに住んでいた者達には黒い噂があり、子供の誘拐やら売買やらで稼いでいたらしい。まぁ、曰く付きの館など後ろ暗い事情のある者にとっては好都合だろうからな。

 

 

「…………」

 

「お前はこのまま死んでもいいのか?」

 

「…………」

 

 

彼女は答えない。

見た目は15前後だろう。だが、少女とは思えないほど、死んだような目。自分自身の人生を諦めたかのような色をその時の彼女からは感じていた。

 

 

 

「…………やむを得んな」

 

ーーグイッーー

 

 

「えっ……?」

 

 

気づけば、私はうずくまる彼女の体を担ぎ上げていた。

見捨てられるとでも思っていたようで、その行為に彼女は驚きの声をあげた。

 

 

「なんで……」

 

 

その疑問の答えを私は持ち合わせていなかった。

研究こそが我が人生だとそう考えていた私が、なぜその少女をその場から救いだそうとしたのか、私自身も分からなかったのだ。

だから、

 

 

「さぁな」

 

 

彼女の質問にそれだけを返し、私はその館を後にした。

 

 

……………………

 

 

その後、私は彼女を加茂家に住まわせることにした。

他人に興味がないと思われていたのだろう……まぁ、実際にそうだったが。ともかく兄からも使用人達からも驚かれたが、気にするものか。

そんな風に開き直った私は、その少女と行動を共にするようになった。彼女にかけられた呪いも早々に解呪した。それよりも問題は、長年奴隷として飼われていたせいで、教養どころか一般常識さえもなかった彼女に、一から教育することの方が大変であった。

それからの5年間、試行錯誤しながら、彼女は知識と教養を吸収していった。

気づけば私の任に着き歩き、私を補佐し、時に意見をするような女性へとなっていった。長年、私が蔑ろにしていた家族の価値を考え始めたのもその頃だったろう。

 

 

研究以外に大切なものの存在に、私は気づき始めていたのだ。

 

 

呪いと隣り合わせながらも、穏やかな日々。

そんな日々は、ある日を境に揺らぎ始める。

 

彼女が21になるちょうどその日のことであった。

 

 

ーーーーーーーー



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第58話 懐古ー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

「彼女の誕生日を祝う?」

 

 

そんな提案を兄から受けたのは、彼女を家に迎えた5年が経とうとしていた日の朝のことだった。

勿論、長い間、誘拐されていた人物から酷い扱いを受けていた彼女に誕生日の概念はない。だから、誕生日は仮のもので、彼女をここへ迎えた日をそうしていたのだ。

思えば、彼女への教育や私自身の研究、御三家としての任務もあり、祝えていないことに今更ながら気づく。

祝いたいのは山々だ。だが、

 

 

「……そうは言っても、私にはそうした祝い方など分からん」

 

 

兄にそう答える。

研究以外に興味のなかった私なのだから、人を祝うなどという経験はないのも当然だろう。

そう言うと、兄は少し思案した後、どこかへ連れ出してやれと私に告げる。

ふむ。

確かに最近は研究にかかりきりで、外へ行くこともなかったからな。どこかでハイカラなものでも食べさせてやるのもいいか。

 

 

「礼を言うよ」

 

 

一言、礼を述べると、兄は驚いたような顔をした。それから破顔する。

……何が嬉しいのか分からんが、まぁ、いい。

 

その後、私は彼女に外出を持ちかけた。

彼女の対応はいつもと同じ。温度の変わらない表情で頷くだけだった。

 

 

……………………

 

 

その日の夜に外食をするようにしたのは、昼間に研究関係で人と会う約束をしていたからだ。その合間も自室にて進めていると、使用人の声がした。

 

 

「……通してくれ」

 

 

私の言葉に反応するように、襖が開く。そこにはその客人を連れてきた使用人とーー

 

 

「遠いところ、よく来てくれた。歓迎する」

 

「お初にお目にかかります、加茂憲倫殿」

 

 

例の客人の姿があった。

文でのやり取りはしていたが、『彼』に会うのは今日が初めてだった。

呪術の世界とは無縁にも思える静かな雰囲気をもつ男性。文明開化が進んできたとはいえ、ここらではあまり見ない洋装に身を包み、西洋風の帽子を被っている。

所謂、紳士というやつだ。

 

 

「手紙にも書いた通り、例の呪物をお持ちしました」

 

 

話が早くて助かる。『彼』は鞄からその呪物を取り出した。受け取り、品物自体を確かめる。

 

 

「……確かに」

 

「お眼鏡に叶ったようで何よりです」

 

 

そう言って『彼』が微笑むのを見ながら、私はその呪物を机に置く。さて……。

 

 

「報酬はいらないとのことだったが、何が目的だ?」

 

 

『彼』を正面から見据える。

この呪物の等級は低く見積もっても一級。それを無償で譲るというのだから、何か裏があると考える方が自然だろう。

そう考え、『彼』を問い詰めようとしたのだが

 

 

「いいえ、目的などありません」

 

「…………」

 

「そうですね……強いて挙げるならば、憲倫殿の研究への先行投資ですよ」

 

 

研究が進めば、私にも得がありますから。『彼』はそう言って、また微笑んだ。

なるほど、先行投資か。それならば、多少得心もいく。文でも話したが、『彼』は呪術師ではないが、その職には呪力が必要不可欠だという。私の研究が実を結べば、確かに『彼』の得になるのは間違いないだろう。

 

 

「……分かった。ありがたくこれは受け取ろう」

 

「ええ、役立ててください」

 

 

話は終わりとばかりに、『彼』は立ち上がる。

 

 

「もう帰るのか」

 

「ええ。目的は果たしましたから」

 

 

『彼』が襖に手をかけたその時だった。

 

 

 

「憲倫様」

 

 

 

襖の向こうから彼女の声がし、襖が開いた。

 

 

ーードンーー

 

「おっと」

「っ」

 

 

止める間もなく、2人がぶつかり、彼女が倒れ込む。

 

 

「申し訳ございません」

 

 

ぶつかった相手が客人だと分かったようで、彼女は謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。大丈夫ですからお気になさらないでください。『彼』はそう言ってくれたが、ぶつかった弾みに『彼』の帽子も落ちてしまっていた。

 

 

「うちの者がすまない」

 

 

そう言って、『彼』の帽子を渡して、思わず私はそれをまじまじと見てしまった。

私の目に入ったのは、額を走る傷痕。

過去に大怪我でもしたのだろうか。額を横一文字に走る大きな縫い目は否が応でも目に入る。

っと、しまったな。

 

 

「重ね重ね申し訳ない。見るつもりもなかったのだが」

 

「いいえ、事故ですから。お気になさらず」

 

 

穏やかに微笑む『彼』。

だから、余計に気になってしまった。そのような怪我などとは縁遠そうな『彼』に何故そのような傷痕があるのか。

そこで、私の悪癖ーー好奇心が顔を出してしまい……。

 

 

「その傷……ずいぶん大きいが、何かあったのか?」

 

「憲倫様、無神経です」

 

 

その質問はすぐに彼女によって窘められる。それで私もはっと我に返る。確かにそれは無神経だった。

そう考え、また謝るが、『彼』はいいえ、構いませんよと首を横に振った。出来た人間である。

おまけにその傷について、教えてくれた。

 

 

「実は昔、怪我をしてしまいまして……その手術痕なのです」

 

 

聞けば、なんということはない。その答えに私の好奇心はすぐに引っ込んでくれた。あまりにも数々の失礼を働いたため、私はそのまま『彼』を門まで直接送り届けた。

最後に、『彼』はまた研究に役立ちそうな呪物があれば、届けてくれることを約束してくれて。

 

 

「また来ます」

 

「あぁ、待っているよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

昼の予定も早く終わり、外出に誘うため、彼女へ与えた部屋を訪ねると、ちょうど準備が出来たようだった。彼女はお気に入りらしい紅い着物を着ている。

 

 

「いかがですか、憲倫様」

 

「あぁ、悪くない」

 

「……そこは似合っていると言ってほしいものですが」

 

「…………よく似合っている」

 

 

私の言葉に満足したのか、彼女は足速に部屋から出ていく。

 

 

「お、おい」

 

「さぁ、早く行きましょう、憲倫様。時間は有限です」

 

 

声色も表情も変わらない。

だが、どうやら楽しみにはしてくれていたようだった。

 

 

「まったく……分かりにくい奴だ」

 

 

そう言う私も、頬が少しだけ緩むのを自覚していた。

 

 

……………………

 

 

 

「私と結婚してください、憲倫様」

 

「は?」

 

 

 

少々値の張る洋食屋からの帰り道。月明かりの下で私は彼女に求婚された。

あまりに唐突な出来事に、言葉を失っていた。数秒、思考すらできずにいた私だったが、

 

 

「憲倫様」

 

「っ」

 

 

触れてしまいそうなほど近くまで顔を寄せた彼女を見て、現実に引き戻された。

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

どうかされましたって……いやいやいや。

 

 

「それは私の台詞だ」

 

「?」

 

 

首を傾げる彼女に問いかける。

 

 

「本気か?」

 

「はい、本気も本気です」

 

 

表情は変わらない。だが、5年も共にいたのだ。彼女が本気でそう言っていることは分かった。分かってしまった。

 

 

「…………何故、私などに求婚するのだ」

 

 

私は人との関わりを放棄し、研究に生きてきた。愛想も悪く、人の祝い方すら分からない。そんな人間だ。

加えて、長男ではないとはいえ加茂家のーー御三家の呪術師。非術師の彼女にとって、そんな人間の伴侶になるなど苦悩しかないだろう。得などひとつもない。

 

ならば、何故?

私が彼女の命を救ったからか?

そんなものたまたまだ。ただの気紛れで側に置いていただけ。

それで恩を感じているならば、それはーー

 

 

 

「間違っていますよ、憲倫様」

 

 

 

彼女は私の言葉を否定する。

 

 

「恩はあります。けれど、それだけで10以上も歳の離れた殿方に求婚などいたしません。私はただ、貴方様の優しさに惹かれたのです」

 

「……優しさなど向けた覚えはない」

 

「いいえ、それは貴方様が気づいていないだけ」

 

 

 

「貴方様に救われた当初、この世の全てを投げ出していた私の側にただ静かにいてくださったのは誰ですか? 風邪をひいて寝込んだ時も。悪夢にうなされ眠れない夜も。大切な研究を放り出して、私の側にいてくださったのは誰ですか?」

 

「それは……」

 

「貴方様が私に向けていたそれを優しさと言わずなんと言いましょう」

 

 

 

そう言って、彼女は笑った。月明かりに照らされた彼女の微笑みは神秘的で。

 

 

 

「ねぇ、憲倫様」

 

「この先も私を側に置いてください。貴方様の一番側に」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そうして、私達は夫婦となった。

 

 

ーーーーーーーー




おじさん、34歳。
女の子、21歳。


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第59話 懐古ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

彼女から求婚され、1年の月日が経った。

その間にもう反対する加茂家の人間を、兄の権力を借りながら、どうにか黙らせて。

つい一月ほど前、やっと彼女に白無垢も着せてやることができた。

 

日増しに彼女の存在が大切になっていくのが分かった。

……私らしくはないがな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「幸せそうで何よりです」

 

 

この1年で加茂家に頻繁に出入りするようになった紳士ーーは、私の研究を手伝う手は止めずにそう言った。

 

 

「止めろ、お前までそんなことを言わないでくれ」

 

「というと、お兄様にも言われているのですね」

 

「あぁ、毎日うるさいくらいに言われている」

 

 

ため息を吐くと、『彼』は羨ましい限りですと冗談めかして笑う。

 

 

「まぁ、その分、研究は手詰まりだが」

 

「……えぇ、困りましたね」

 

 

ここ数ヵ月、研究の進捗は止まってしまっていた。勿論、結婚関係で忙しかったのもあるが、それ以上に理論と実践が上手く噛み合っていないのだ。机上の空論とはよく言ったもので、理論上は正しいことが結び付いていないのを痛感する。

 

 

「……憲倫殿、ご提案があるのですが」

 

「却下だ」

 

 

『彼』がそれを話し出す前に、私はそれを否定した。決して嫌がらせではなく、これまでずっとその先の提案とやらを耳にタコができるほど聞いていたから、事前にそれを潰しただけだ。

 

 

「聞いていただいてからでもよいのですよ?」

 

「どうせ人体実験の提案だろう。話にならん」

 

「しかし、悪人や罪人ならばーー」

 

「ーーくどい」

 

「……失礼しました」

 

 

以前の私ならば頷いていた可能性もある。だが、今は違う。その一線を超える訳にはいかない。

それをしてしまったら、彼女に顔向けできないからな。

 

 

「まぁ、慌てることもあるまい。呪物の蒐集はできた。術式を抽出する術も理論上は確立している」

 

 

時間をかけていけば私の研究はいずれ実を結ぶだろう。

 

 

「…………」

 

「手伝ってもらっていながらすまないな」

 

「いいえ、構いませんよ。あくまで私は憲倫殿の研究に乗り、お零れをいただこうとしている一介の商人ですから」

 

 

そう言って、『彼』は微笑む。本当にいい理解者をもったな、私は。

 

 

「さて、そろそろ今日は終わろうか」

 

「ええ、そうですね」

 

 

私の言葉に頷いた『彼』は帰り支度を始めた。

 

 

「聞いたところによると、今日は記念日だとか」

 

「はぁ、まったく耳敏いな。誰から聞いた?」

 

「当主様からですよ」

 

「やはりか……」

 

 

またため息が出る。我が実兄ながら、私とは似ても似つかないあの口の軽さはどうにかならないものか。口は災いのもとという言葉を知らないようで、あの兄はいらぬことを関係のない人間に喋りすぎる。困ったものだ。

 

 

「今日は奥方様と何処かへ行かれるのですか?」

 

「……否定はせんよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「今、ここに憲倫様との子が宿っています」

 

「は?」

 

 

 

記念日ということで、少々値の張る料亭からの帰り道。月明かりの下で、彼女は自らの下腹部に手を当て、そう告げた。

あまりに唐突な出来事に、言葉を失っていた。数秒、思考すらできずにいた私だったが、

 

 

「っ」

 

 

どうにか我に返る。というか、

 

 

「何故、大切なことをこうもさらっと言うのだ、お前は」

 

 

驚きも然ることながら呆れの感情すら湧く。だから、何故今なのだ。記念日とはいえ、ただの外食の帰りだぞ? いつかもそうだった。私への求婚も、他愛もない会話の中に織り混ぜてきたのだ。

 

 

「こうでもしないと憲倫様は驚かれないではないですか」

 

 

そう言って薄く微笑む彼女。

いやいや、彼女の言動には常々驚かされるのだが。彼女は私をなんだと思っているのだ。

出会ってからの彼女の変わりぶりを振り返っていると、不意に彼女は呟いた。

 

 

 

「………………喜ばないのですか?」

 

 

 

私の反応が思ったよりも薄かったのだろう。彼女は表情を変えぬままそう聞いていた。ただ、その声色は少々弱々しい。怯え、不安。そんな感情を読み取る。

 

……あぁ、まったく。そんな顔をするな。

いいや、これは私が悪いか。そんな表情をさせてしまうなど先が思いやられる。

 

 

「名前を考えねばな」

 

「っ、はい」

 

 

……………………

 

 

それから10ヶ月後、彼女は子を産んだ。

元気な女子。

相伝の術式は継いでいない。呪力も高くない。だが、そんなものは関係ない。

 

私にとって最愛の人物が無事に帰ってきてくれて。

しかも、もうひとり。大切な、守るべき者が増えてくれたのだから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

18ーー年9月9日。

彼女が、愛する我が子と共に加茂家に戻ってきたその日。

 

彼女は『何か』に呪われた。

 

 

 

ーーーーーーーー



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第60話 懐古ー肆ー

ーーーーーーーー

 

 

ーードザザッーー

 

「っ、違うッ、これでは無理だ」

 

 

机上にあった書類の山を手で崩す。書類がそのまま床に落ちる音が部屋に響いた。そして、

 

 

ーードンッーー

 

 

苛立ちから机を叩いたせいだろう。拳から血が出ているのに気づいた。それがまた腹立たしくなり、また机を叩く。

それを止めるものはいない。唯一止められた彼女は今、病院にいるのだから。だが、そもそも病院に入れること自体が無駄だ。あれは呪いだ。医療でどうにかなるものではない。

 

 

「今日は一段と荒れていますね、憲倫殿」

 

「……いつからそこにいた」

 

「たった今です」

 

 

『彼』はそのまま部屋に入り、床に散乱した書類を手に取った。

 

 

「研究は……進んでいないようですね」

 

 

『彼』のいう研究は、本来……つまり、彼女を救うのに一切関係のないもの。今の私にとって、その優先順位は低い。

 

 

「呪いを解く方法を見つけるのが優先だ」

 

「そうですか。まぁ、奥方様を救うためですからね」

 

 

なんの落ち度もない自分に当たる私に、『彼』は穏やかな表情を返してくる。それすら腹立たしく思えてしまうのは……。

 

 

「お茶を淹れますね」

 

「…………あぁ」

 

 

唯一綺麗な状態の椅子に腰かける。研究室と隣接する給湯室に向かった『彼』だったが、壁を隔てた向こうから話しかけてくる。

 

 

「私の方でも調べてはいます」

 

「あの呪いの主は、見つかったか」

 

「いえ」

 

「っ、そうか」

 

 

予想はしていたが、やはり無駄だったか。呪術の基本に則れば、彼女にかけられた呪いを解くには、呪い本体を叩くのが確実だ。だが、彼女があの日接触したすべてを辿っても、肝心の呪いの正体が掴めない。

 

 

「奥方様が加茂家へ来られる前のことも調べてはみましたが、それらしい話もありませんでした」

 

「…………もういい」

 

 

これ以上は話しても気分が滅入るだけだ。私はそこで話を切り、俯いてただ床を眺める。

 

 

「憲倫殿」

 

「……なんだ」

 

 

正直、もう話す気分ではないが、調べてもらっている以上、無碍にもできずにただ生返事を返す。

 

 

 

「『天元』を尋ねてみるのはいかがでしょうか」

 

「……『天元』」

 

 

 

唐突に出てきた名前を反芻する。

 

 

「えぇ、この国の結界を構築する人物。なんでも千年以上は生きている『不死』の術式をもつ術師なんだとか」

 

「…………」

 

 

勿論、知っている。なんなら私の本来の研究の成果は、一部その『天元』に繋がっているのだ。知らぬ仲ではない。だが、

 

 

「どこでその情報を仕入れたか知らんが、『天元』は基本的に現に干渉しない」

 

「ですが、憲倫殿の研究の一部は『天元』の元へ流れているのでしょう? ならば、頼み込めば可能性はあるのではないでしょうか」

 

「…………」

 

「できる手は打つべきではないですか」

 

「…………」

 

 

気づけば、『彼』は茶を淹れ終えており、私の前の散らかった机の上に湯呑みを置いた。

湯気を見ながら、ふと考える。

どのみち、現状打つ手はないのだ。できることはやるしかないな。

 

 

「……わかった。明日の朝、『天元』の元へ行くことにしよう」

 

 

そう言って、私は『彼』が淹れた茶をすすり、少し目を閉じた。

恐らく会うことくらいはできるだろう。そんなことを考えつつ、数分も経てば、張っていた緊張の糸が切れたのか私の意識は途絶えた。

 

 

……………………

 

 

「……夜分遅くに失礼しますっ!」

 

 

夜の静けさを破るようなその声で、私は覚醒した。どうやら私は寝てしまっていたらしい。『彼』の姿ももうなかった。時計の針はもう深夜の2時を指していた。

 

 

「なんだ」

 

 

机に突っ伏して寝たせいか体がやけに重く、どうにか体を起こして襖の向こうの声に答える。よく聞けば、館全体が騒々しい。

 

 

「何がーー」

 

 

「奥様の容態がっ!!」

 

 

その言葉を聞くや否や私は飛び出していた。

 

 

……………………

 

 

結果から言うと、彼女は持ち直した。だが、次は……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

病院からの帰り道。

その足で、私は呪術高専に立ち入っていた。目的は勿論、高専の最深部・薨星宮にて、『天元』に接触することだ。

御三家の加茂家の人間であること。元々、研究者として高専に出入りしていたこと。そして、私の今の雰囲気もあったのか、誰も話しかけてくるものはいない。

ただひとり、

 

 

 

「フラフラではないですか」

 

 

 

『彼』を除いては。

 

 

「……またお前か」

 

「酷い隈ができていますよ」

 

「構うものか」

 

「……『天元』に会いに行くのですか? いえ、聞く必要などありませんね。事態は急を要するようですから」

 

 

ならば、聞くな。時間の無駄だ。

それだけを返し、私は歩を進めた。その後を『彼』はついてくる。止めはしない。それも時間の無駄だ。

 

 

……………………

 

 

「……この先だ」

 

 

地下へ続く異様に長い階段を下ると、『天元』がいるであろう部屋への扉が目に入る。この先に『天元』がいる。

 

 

ーーガチャッーー

 

 

ノックをせずに入る。私の目の前に拡がるのはーー

 

 

「何もありませんね」

 

「拒絶しているんだろう」

 

 

現には干渉しない。その意志が現れたような何もない白い空間。

私の心中とは対照的な波も乱れもない空間だ。

 

 

「っ、『天元』ッ! 姿を見せろッ!!」

 

 

叫ぶ。声はただ虚しく響くだけ。

 

 

「っ、私だ! 加茂憲倫だ!」

 

 

危害を与えるつもりはない。ただ少しだけ知恵を借りにきた。

それだけを告げる。だが、反応はない。

 

 

「『天元』っ!!」

 

 

もう一度名を呼ぶもやはり反応はない。

拳を握りしめる。歯を食い縛る。

 

 

「『天元』っ!! 姿を現せ!」

 

「私がどれだけお前に協力したと思っているっ、私の研究成果がなければ、結界の維持ももっと難航していたはずだ! 分かっているのか! 私はお前を救ったのだぞ!」

 

「お前も私を救うのが道理だろう!」

 

「聞いているかっ!!」

 

 

反応は、ない。

 

 

 

「っ、姿だけでも見せてくれっ」

 

「私はっ……ただ……彼女を救いたいだけなのだ」

 

 

 

膝をつき、崩れ落ちる。

私の声は誰に届くでもなく、虚空に消えていく。

 

 

「……憲倫殿」

 

 

崩れ落ちる私の背中に、『彼』が声をかけてくる。これ以上は恐らく無駄だと、そう告げた。

私はそれに力なく頷き、よろよろとその場を後にした。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日の夜、私は倒れた。

呪いではない。ただの過労。

不眠不休での研究の上に、今回の出来事だ。体の悲鳴を無視して働いたツケがここできたようだった。

そうして、私は病院に運ばれた。

そこでーー

 

 

ーーーーーーーー



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第61話 懐古ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

 

「憲倫様」

 

 

 

最初に、私の視界に飛び込んできたのは、彼女の姿だった。彼女は椅子に座り、寝ている私の顔を覗き込んでいる。

目の前の信じられない光景に私は慌てて体を起こした。

 

 

「っ、意識が戻ったのかっ」

 

「それはこちらの台詞です、憲倫様」

 

「どの口がっ!」

 

 

「しーっ、ですよ」

 

 

彼女の言葉で、ここが病院であることを思い出し、なんとか叫び声を飲み込んだ。

 

 

「その顔、中々に面白いですね」

 

「っ、お前なぁ……」

 

 

彼女の発言に少々呆れつつも、改めて彼女と話ができたことに安堵する自分がいる。けれど、見れば体調がよくはないのは明らかだ。白い顔にやつれた頬。目の下には隈ができていた。

 

 

「お揃いです」

 

「っ、すまないな。じろじろと見てしまって」

 

 

見てしまっていたのがバレて、ばつが悪くなり謝ると、彼女は首を横に振った。

 

 

「妻の顔を見て謝らないでください。夫婦なのですからいくらでも見ていただいていいのです」

 

「っ」

 

 

そう言って薄く笑う彼女。元から表情豊かではない彼女だが、その微笑みからは儚さを感じてしまい、不意に涙腺が緩んでしまうのを自覚する。

涙は見せられない。

そう思って、彼女の視界から外れようと顔を背けようとして、

 

 

ーーギュッーー

 

「間違っていますよ、憲倫様」

 

 

彼女の抱擁にそれを止められてしまう。

そして、

 

 

「憲倫様が意識を失ってから丸2日、私は心配しました。だから、きっと憲倫様はそれ以上にお辛い気持ちだったんでしょう」

 

「不安も、心配も……たくさんかけてしまいました。私の顔を見て、それが溢れるのも当然です」

 

「だから、隠さないでください」

 

 

その言葉で、私の中の何かが、ずっと奮い立たせてきた精神が緩み、決壊する音がした。

思えば、これが初めてだった。

私は初めて、人前で泣いた。

 

 

……………………

 

 

「落ち着きましたか」

 

「…………あぁ」

 

 

どこか気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうにそれだけを返す。そんな私を見て、彼女はまた静かに微笑む。

そして、切り出した。

 

 

 

「憲倫様」

 

「私はもう長くありません」

 

 

 

「っ」

 

 

それは私が一番聞きたくなかった言葉だった。

そんなことはないと声を大にして否定する。取り乱す私とは対照的に彼女は穏やかなままで。

 

 

「自分の体のことは自分が一番分かっています。呪いに蝕まれたこの体はきっと間もなく死ぬ」

 

「だからっ、そんなことは私がさせないっ! させるものかっ!!」

 

「……優秀な貴方様がここまで憔悴してるのです。解呪は難しいのでしょう?」

 

「っ」

 

 

そのくらい分かります。彼女はそう言って、話を続ける。

 

 

「憲倫様、あの子は元気ですか?」

 

「っ」

 

 

その質問に、私は思わず身を固くした。

 

 

「やはり、乳母に任せきりなのですね」

 

「……あ、あぁ……すまない」

 

「いいえ、そうではないかと思っていました。私にかかった呪いを解くための研究に集中して、あの子のこと、おざなりになっているのだろうと」

 

「うっ」

 

 

何も言い返せなかった。その通りすぎて。

父親失格だ。

ポツリとそう呟くと、彼女はそれに同意する。その後、

 

 

「ですが、それが私の愛した憲倫様ですから」

 

 

そう言って、笑う。それから表情を引き締め、彼女は私に言う。

 

 

「憲倫様、私はじきに死にます。ですから、遺言だと思って聞いてください」

 

 

 

「あの子との時間を大切にしてください。あの子は私と貴方様を繋ぐ存在……あの子を大切にすることが私がこの世に存在していた証明になるのですから」

 

「憲倫様自身を大切にしてください。私は私の愛した方に生きてほしい。ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと寝て、生きてください」

 

 

 

「それが私の最期の望みです」

 

 

 

儚げに微笑む彼女の手を、私は握り、答える。

 

 

 

「あぁ、約束するよ。静乃(しずの)

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

それが彼女ーー加茂静乃との最期の会話だった。

このすぐ後に、彼女は死んだ。

呪いがかけられているとは思えないほど、安らかな死に顔だった。

 

 

ーーーーーーーー



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第62話 懐古ー陸ー

ーーーーーーーー

 

 

静乃の葬儀が終わってから数日間は、喪失感に襲われていた。

彼女と約束して、彼女の穏やかな死に顔も見れたとはいえ、それでも大切な人を失ってしまったのは、私にとって大きなことだ。

 

だが、彼女との約束は果たさなくてはならない。

何より今の私自身の心の支えは、娘だけだ。

今まで乳母に任せきりだったこともあり、罪悪感はあるが、それでもまだ私と娘の人生は長い。これから一緒に紡いでいこう。

 

そう思って、私は娘を任せていた乳母の部屋に立ち入った。

 

 

……………………

 

 

「……は?」

 

 

目の前に広がったのは、凄惨な光景だった。

床や壁一面に血が飛び散り、死体が転がる。地獄のような光景。人ひとり分のものではない。少なくとも5、6人はここで死んでいる。

不意に、目に入ったのは、

 

 

「兄さん!」

 

 

地面に転がる兄の姿。辛うじて息はしている。だが、下半身がない。

 

 

「憲、倫……」

 

「っ、何があったッ!!」

 

「あの男……が……」

 

「あの男!? 誰のことだ! 私の娘はっ!?」

 

「…………」

 

 

兄は私の質問に答えない。答えることができなくなった。

 

 

「っ、くそっ!!」

 

 

何が、何が起こっているのだっ!

娘は……あの子は無事なのか!?

いや、落ち着け。落ち着け、加茂憲倫。何も分からない状態だからこそ落ち着かなくてはならない。状況を整理し、見極めろ。

 

なぜこうなった?

御三家の一角である加茂家に侵入し、ここまでの事を起こす目的は? あの男とは誰だ? あの兄をここまで一方的に殺せるほどの呪術師、一体……。

 

 

「…………研究室か」

 

 

ふとその答えに辿り着く。実力者が揃う加茂邸への襲撃。迎撃される危険性を侵してまで、ここを襲う価値は恐らく私の研究室にしかない。

私は血溜まりに踏み入り、研究室へ向かった。

 

 

……………………

 

 

研究室に足を踏み入れると、そこには『彼』がいた。

 

 

「おや、予想より早い到着ですね、憲倫殿」

 

「…………お前」

 

 

『彼』は穏やかな笑みを浮かべながら、話しかけてくる。だが、もう分かっている。

 

 

「兄達を殺したのはお前だな」

 

 

状況的にそれ以外あり得ないだろう。弁明するつもりはないようで、

 

 

 

「ククッ」

 

 

 

『彼』は笑った。それは今までに見たことのない邪悪な笑み。

なるほど。そっちが本性か。

 

 

「弁明などするつもりはないが、今まで献身的に手伝ってきた人間にそんな敵意に満ちた視線を向けないでほしいね」

 

「それも私に取り入るためだろう」

 

「……ご名答」

 

 

口調も変わった『彼』は悪びれずにそう言うと、ひとつ礼をした。

 

 

 

「改めて、はじめまして」

 

「私は『羂索』」

 

 

 

『羂索』と名乗った『彼』。その『彼』の手には、今までに蒐集した呪具や呪物がいくつか握られていて。

 

 

「何をしようとしている」

 

「……さぁ」

 

「白を切るなっ!」

 

 

敵であるのは明白だ。私はすぐに臨戦態勢に入る。

 

 

 

「『百斂』ーーーー『穿血』!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

 

『赤血操術』の真髄『穿血』。

圧縮され、音速を超える速度で撃ち出される血液が『羂索』を襲う。その攻撃は、

 

 

ーードスッーー

 

 

手にもっていた呪具のひとつで防がれる。だが!

 

 

「フッ!!」

 

ーーグンッーー

 

 

『穿血』でそのまま横へ薙ぎ、奴の手から呪具を払い落とす。

 

 

「『赤鱗躍動』」

 

ーーバキッーー

 

 

そのまま距離を詰め、近接戦闘へ。自然と奴と組み合う形になる。

 

 

「残念だよ、君ならば理解してくれると思ったのだけれどね」

 

「理解だとっ! ふざけるなっ」

 

 

会話もしたくない相手。当然だ。

この男は私の家族を、加茂家の者達を殺しているのだ。

 

 

「その感情すらないはずだったろう?」

 

「何をっ!」

 

「まったく……つまらない男になった。こんなことになるならば、もっと早くにあの女を殺しておくべきだったよ」

 

「っ」

 

 

奴のその一言で、すべて察した。

それはつまり、静乃を呪い殺したのはーー

 

 

「貴様はーーッ!!」

 

 

感情が溢れる。怒りと憎しみで頭の中が黒く染まっていく。

 

 

「隙だらけーーだよ」

 

ーードスッーー

 

 

奴の蹴りが腹に入るのを感じた。だが、痛みは感じない。

 

 

ーーガシッーー

 

「!」

 

 

 

「殺す」

 

 

 

奴の足を握った手に呪力を込め、そのまま捻じ切る。

 

 

「っ」

 

 

その拍子に、奴は距離を取ろうとするが、

 

 

「逃がす訳がないだろうっ!!」

 

ーーザクッーー

 

 

血を高速で廻し、刃とする『血刃』を奴の心臓めがけて突き出す。紙一重で回避されようと気にするな。刺し続けろ。

 

 

ーーザクッーー

ーーザクッーー

ーーザクッーー

ーーザクッーー

 

 

「……痛いな」

 

「っ!」

 

 

確かに刺した。心臓は捉えていなくとも、内臓は突き刺しているのだ。笑っていられるはずがない。

 

 

「そろそろか」

 

ーーゾワッーー

 

 

奴の言葉を聞いて走る悪寒。同時に体から力が抜けるのを感じた。

 

 

ーーガクンッーー

「なっ、何をした……」

 

「毒のようなものだよ、それを君の体に打ち込んだ」

 

 

死に至るほどのものではない。数時間もすれば、動けるようになる。そんな『彼』の言葉を聞きながら、どうにか動かそうとするが、意思に反して体は動かない。

 

 

「……さて」

 

 

『羂索』は私に背を向けると、私の研究書類に手を伸ばす。そして、机に無造作に転がる呪具のひとつをとった。

それは、その呪物は……っ!

 

 

「止めろ……『羂索』」

 

「何を言っているんだ。君も興味があるだろう?」

 

 

倒れた私を見下ろしながら、『彼』はその呪物を照明にかざす。

 

 

「……そんなことは、ない」

 

「嘘を吐くなよ。君だって、私に賛同してくれたじゃあないか。これも呪術の更なる進化のためだと」 

 

 

確かに私の研究は、呪術の更なる進化に繋がるものだった。

だが、違う。私はこの研究を人のために役立てたかった。

それで人を救えるならと思ったから。

 

 

「偽善者め」

 

 

私の言葉を遮り、偽善者だと吐き捨てる『羂索』。

 

 

「君は私と同じだ、加茂憲倫」

 

「人が人から脱却し、呪霊と変わらない呪力の塊となる。人を人とも思わない研究。私と同じさ。外道だよ」

 

 

違う。それは我々呪術師が力を増す呪霊に対抗するための手段だ。

人を守るための……。

 

 

「これ以上は言葉を交わしても無駄だな」

 

 

そう言うと、『羂索』は呪物に呪力を流し、『それ』が胎動し始める。

 

 

「くっ……」

 

ーーガシャンッーー

 

 

這いつくばりながら、どうにか届いた机の足を掴み倒す。机の上にあった呪具や呪物が床に散らばった。

 

 

「…………随分と頑張るね」

 

 

この男の持つ呪物が解放されれば、どうなるか分からない。

何かないか。散らばった呪具の中に、何か……。

 

 

「あぁ、気にしなくていい。この呪物を解放するつもりはないよ」

 

「っ、なら、なにを……」

 

「私はね、千年前からこうして呪物を蒐集しているんだ。その理由はーー」

 

 

そこまで言って、『羂索』は空間を割き、そこからーー

 

 

「おぎゃぁっ!!」

 

 

泣き声。『彼』の腕のなかにいたのは、

 

 

「……涼乃(すずの)ッ」

 

 

私の愛娘だった。

 

 

「なにを、する気だ……」

 

「心配しなくていい。この子は呪術の進化の礎になるだけだ」

 

 

『羂索』は手にした呪物を涼乃の口に捻じ込んでいく。

 

 

 

「や、めっ、やめろっ……!」

 

ーードクンッーー

 

 

 

無理矢理に『赤鱗躍動』を発動させる。

 

 

「…………『縛り』を結んだか。死ぬつもりかい?」

 

「その娘を守れるなら……本望だっ」

 

 

今だけでいい! 今だけこの体を動かせ!

私はもうここで呪力を使い果たしても、命を使い果たしてもいい。すべてを絞り出せ!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

すまない、静乃。

君との約束、守れなかった。

 

ごめんな、涼乃。

お前を守ってやれなかった。

 

私は家族を守れない駄目な父親だったよ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『加茂憲倫』

 

御三家の汚点と語り継がれる『彼』が加茂家当主となったその日、加茂邸にいた全員が殺害されたという噂が立った。

だが、本人はそれを否定。それから『彼』が生きている間、加茂邸への立ち入りは禁じられた。

 

そして、『彼』は自らの好奇心のまま、多くの呪具・呪物を産み出した。

 

 

 

ーーーーーーーー




『懐古』編、これにて終幕。


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加茂憲倫
第63話 憲倫くんは思い出す。そして、動き出す。


最終章『加茂憲倫』編、開幕。


ーーーーーーーー

 

 

ここにきて、やっと思い出した。

私が殺されるまでの経緯も。私の大切な家族のことも。

そして、私が転生した原因も、全てを思い出した。

 

私は『縛り』を課して戦い、結界、『羂索』に殺された。

だが、今際の際に机から落ちた呪物のひとつ、特級呪物『勿忘草』の術式効果によって、その『名』を刻み込まれたのだ。『名』が刻まれた者は、その呪物によって存在を保証され、いつか命を続けられるという。

 

私が静乃を救えないからと捨て置いた呪物だったのだが、こんなことになるとは。

そして、皮肉にも『羂索』の所業によって、轟いた悪名のおかげで私は150年を経て、この平成の世に命を繋いだというわけだ。

…………まったく、笑えん喜劇だな。

 

だが、なんとなく。

私のすべきことが見えたよ。

私はーー

 

 

ーーーー憲紀視点ーーーー

 

 

「……東堂、先に行け」

 

 

死ぬなよ。

そう言う東堂に、ただ一言だけ返す。

 

 

「覚悟はできている」

 

 

私の使命は理解している。

『焼相』を守り抜く。それが今の私のやるべきこと。

 

東堂に言われなくても死ぬつもりなど毛頭ない。

私は生きて『彼』に会いに行かなくてはいけないのだ。

 

 

「『百斂』ーーーー『穿血』ッ!!」

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

『穿血』を放つと同時に、東堂たちが走り出したのが傍目に見えた。

これでいい。

私と与の目の前の2体は、恐らく一級レベル。それぞれが厄介な術式をもっている。一体ずつ撃破していくのが理想だが……。

 

 

「与!」

「あぁ!」

 

一瞬の目配せで理解してくれたようで、与が『傀儡操術』で複数のメカ丸を『骨相』へ向かわせる。

 

 

「拘束できて十数秒だ」

 

「それでもいい……『刈祓』ッ」

ーーギュンッーー

 

 

血液の円刃を『散相』へ向けて放つ。同時に、二人で駆け出した。

 

 

「『赤鱗躍動』」

 

「『纏呪強化形態』!」

 

 

私たちが選択したのは、近接戦闘。初撃で遠距離攻撃が分散されるのは理解していた。ならば、力で押し切るのみ!

 

 

「「はぁぁぁっ!!」」

 

『………………』

 

ーーゴリゴリゴリゴリッーー

 

 

狙い通りだ。攻撃によるダメージ自体は分散されているようだが、それでも許容上限はあるはずだ。このまま至近距離で呪力で強化した打撃を当て続ければーー

 

 

 

ーーゾワッーー

 

 

 

「なっ!?」

「退けッ!!」

 

 

悪寒。飛び退く。

直後に『散相』から放たれた衝撃波で、私も与も後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

 

「か……っ!?」

 

 

息が!?

あまりの衝撃に、息ができなくなる。酸欠で瞬間、視界がブラックアウトしてーー

 

 

「加茂っ!!!」

 

 

与の声で我に返った私の目の前には、振り上げられた『骨相』の右腕があって。

 

 

ーーバギィィィッーー

 

 

かなりの膂力に、軽く10メートルは後ろに押し込まれた。

咄嗟に両腕に全呪力を纏わせて、防御はした。どうにか間に合ったはずなんだが、少なくとも奴の攻撃を直接受けた右腕の感覚はない。

しくじった。これでは『百斂』が使えない。そうなれば、『赤血操術』で最も貫通力と威力の高い『穿血』も使えない。

 

 

「万事休す、か……」

 

 

唇を噛みしめたせいか、血の味がする。いや、これはさっきの攻撃で内臓が損傷しているのか。どちらにしろ、今まさに私に襲いかかろうとしている大男をどうにかしなくては私の命はない。

 

 

「『三重大祓砲』ッ!!」

 

ーードォォォォォーー

 

 

折れかけた私の心を支えたのは、『骨相』に直撃した与の『三重大祓砲』。そのおかげで、『骨相』の注意がそちらへ向いた。

 

 

「与……っ」

 

「加茂! 俺が時間を稼ぐ。退け!」

 

「……っ、すまない」

 

 

どうにか足に呪力を廻し、駆け出す。それと同時に、

 

 

 

ーーーーバギィィィッーーーー

 

「!?」

 

 

 

そこから退こうとした私の背後からその音は響いた。振り返ると、私の視界に飛び込んできたのは、

 

 

「与っ!?!?」

 

 

両腕両足の装甲を破壊された与の姿だった。

どうする!? どうすればいい!?

この状況……私では勝てない。私が助けに入ったところでどうにもできーー

 

 

 

ーーのーりーとーしーッ!!!ーー

 

「っ」

 

 

 

不意に頭の中に反芻する叫び声。

あぁ、そうだな。分かってるさ、鶫…………いや、『憲倫』。

 

 

ーーギリギリギリギリッーー

 

 

痛みは忘れろ。振り絞れ。

ここで決めねば、生き延びたとしても私は笑えない。

圧縮、圧縮、圧縮、圧縮。

掌に全てを込めろ。ただそれだけを考え、放て!

 

 

 

「…………『穿血』ッ!!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

恵まれた血筋。確かな土壌。相伝の術式。

条件は揃っていた。

彼が開花しなかったのは、きっかけがなかったから。

 

ただ、その術式を使いこなすイメージは十全にできている。

そして、今の彼の頭にあるのは、掌を満たす血液を圧縮することだけ。

 

きっかけは既に彼の手の内に。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

解放する直前、私の掌の中でーー

 

 

 

ーーーーバチバチバチバチッーーーー

 

 

 

ーー黒い火花が散った。

 

 

ーーーーーーーー



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第64話 憲紀くんは手を伸ばす

ーーーーーーーー

 

 

私の撃ち出した『穿血』は音速を超え、触れた瞬間に『骨相』の肉体の半分を消し飛ばしていた。

それを視認すると同時に、私は駆ける。『散相』を蹴り飛ばし、与の隣へ。

 

 

「与!」

 

「加茂、お前……」

 

「あぁ、どうやら『黒閃』を撃てたらしい」

 

 

『黒閃』。

呪力と攻撃の誤差が0.000001秒以内であった時にのみ生じる空間の歪み。威力は通常の2.5乗……だったか。

 

 

「渾身の『穿血』だった。正直な話、さっきまでの集中力は私にはもうない。だが……」

 

 

何故だろうか。

残り少ないながらも思うように呪力がーー

 

 

ーーグンッーー

 

 

『……!』

 

 

ーーバキッーー

 

 

ーー廻る。

『赤鱗躍動』も先程までとは違う。体を巡る血液すら自覚できる。

これならば、『散相』の術式も突破できる!

 

 

ーーバキッーー

ーーバキッーー

ーーバキッーー

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

ーーバキィィィッーー

 

 

拳を振り抜き、『散相』が吹き飛ぶ。そのまま追撃。

距離を詰めて腕を掴み、

 

 

ーーガシッーー

 

「ふんっ!!」

 

ーーブンッーー

 

ーーバキッーー

 

 

地面に叩きつける。手応えはある。だが、思ったよりも衝撃が少ない。これは恐らく、

 

 

「また衝撃を分散しているのだろうっ!」

 

『…………』

 

 

叩きつけられたのにも関わらず、『散相』は腕を掴んでいる私に逆の腕で殴りかかってきた。咄嗟のことだった。

 

 

「加茂!」

 

 

慌てるな、与。

大丈夫だ。

 

 

「……予測済みだ」

 

ーーズバンッーー

 

 

振り抜かれた拳を切断するは、瞬時に展開した『刈祓』。今までの比ではない切断力をもつ『刈祓』は、そのまま『彼女』の拳だけでなく、腕も切り裂いていく。

そして、

 

 

「これで終わりだっ」

 

 

 

ーーーーバヂッーーーー

 

 

 

黒い火花はまた爆ぜて。

『彼女』の体を貫いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「…………意外だな。君の弟たちは完全に祓われたよ、加茂家の彼によってね」

 

「『骨相』たち……が……」

 

「『傀儡操術』の彼ならともかく、加茂家の彼はそれほど脅威とは思わなかったが……ククッ、若者の成長とは怖いものだね」

 

 

『羂索』は『脹相』にそう告げ、笑った。荒い呼吸をしながら膝をつく『脹相』と自分の放った呪霊たちの戦闘をも楽しむ『羂索』。その対照的な様子からも、彼らの実力の差は歴然で、『脹相』に勝ち目がないのが分かる。

それでも、

 

 

「『赫鱗躍動・載』……っ」

 

 

『脹相』は呪力を廻す。

弟だった者達が祓われたのは『脹相』自身も気づいた。『壊相』と『血塗』の時ほどではないとはいえ、自身と繋がっている兄弟の死を『脹相』は確かに感じ取っていた。同時に安堵する。これ以上、弟たちが奴隷のように『羂索』に使役され、尊厳を踏みにじられない。それが救いとなった。

だからといって、目の前の男をここから逃すわけにはいかない。『羂索』の狙いは変わらず『焼相』を取り込むことだ。少しでも時間を稼ぎ、妹の逃げる時間を作り出すことが今の『脹相』の唯一の目的となっていた。

 

 

「まだ呪力を廻せるとは……我ながらいいものを作った」

 

「っ、黙れッ!」

 

 

打撃の応酬。その間も会話を続ける二人の術師。

『脹相』の打撃を受け流す『羂索』。

『羂索』の打撃を受け止める『脹相』。

数秒間の攻防後、『脹相』は再び距離を取った。傍らには血の塊。放つ準備は整っていた。

 

 

「『穿血』!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

『黒閃』を放ち、覚醒した加茂憲紀と遜色ないレベルの『穿血』だが、『羂索』はそれをいとも簡単に弾く。

 

 

「まだっ!」

 

ーーグンッーー

 

「無駄だ」

 

 

放たれた血液で横へ一閃。それも見切られて、躱される。そのまま『羂索』は間合いを詰めてくる。『穿血』の攻撃範囲外、懐に潜り込んできて。

だが、それも『脹相』の予想内。

 

 

 

「『超新星』」

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

 

弾ける血液が『羂索』に降り注いだ。避けられない距離。

それでも

 

 

ーーグルルルーー

 

「…………無駄だよ」

 

 

『羂索』には届かない。『呪霊操術』により呼び出した呪霊が盾となり、攻撃を防いでいた。

 

 

「チッ」

 

 

舌打ちをして、『脹相』は距離を取った。

追撃は来ない。見れば、『羂索』は加茂憲紀たちが戦っている方角を見ている。

 

 

「ずいぶんと、余裕だな」

 

「いいや、こちらにも時間制限はあってね。あと10分といったところかな」

 

「?」

 

「……なんでもないさ。こちらの話だ」

 

 

そう言って、『羂索』は懐から何かを取り出した。結ばれた紙のようにも見えるそれを『彼』は、

 

 

「っ、なにを!」

 

 

「そろそろ潮時だ」

 

ーーピンッーー

 

 

ほどいた。

途端に『羂索』から数多の呪霊が溢れ出て、ひとつの方向へ飛んでいく。

 

 

「せっかく頑張ったところ悪いが、彼らには死んでもらおうか」

 

「私も私の計画のために『焼相』を手に入れなくてはならないのでね」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

蠢く呪力を感じ、寮があった方向、『脹相』と『羂索』が戦っているはずの方角を見れば、そちらの空が黒く染まっていた。

『赤鱗躍動』を応用し、血液を視力へ回すと、その様子がありありと見える。空を黒く染めていたのは、膨大な数の呪霊だ。

 

 

「与、動けるか」

 

「あぁ、どうにかな」

 

 

装甲を破壊された時に、かなりダメージを負ったのだろう。足を引きずりながらも彼は立ち上がる。かくいう私もぼろぼろだ。先ほどまでの集中力は完全に途切れ、腕の痛みも戻ってきた。

速く退かなくては。

そう思うが、呪霊の進行は速く、あと十数秒もすればこちらへ到達するだろう。

 

 

「……加茂」

 

「なんだっ!」

 

「俺のことは置いていけ。お前一人ならここから離脱できるだろ」

 

「っ、馬鹿なことを言うな!」

 

 

そんなことできるわけがない!

そう、与を怒鳴りつけると、与は笑った。

 

 

「……変わったな、加茂。今までのお前だったら、きっとここで切り捨ててた。加茂家の跡取りとしての自分を優先して」

 

「っ」

 

「それを悪いとは言わない。御三家の人間の重みを俺は知らないから。だけど、俺は今の加茂の方がいい」

 

「…………私も、そう思う」

 

 

私は変わった。自分でも分かっている。

それはきっと彼女の……いや、『彼』のおかげだ。

 

 

「きっとお前が死んだら、あいつは悲しむ。あいつは加茂家を……いや、加茂、お前を大切に思っていたからな」

 

「与……?」

 

「だからーー」

 

 

 

ーーガシャンーー

 

「!?」

 

 

 

不意に私のことを掴む二体のメカ丸。

 

 

「おい!? 与っ!」

 

「悪いな、もうメカ丸を動かす余裕もないんだよ」

 

 

メカ丸は私を与から引き剥がし、そのまま沈黙する。

 

 

「俺はここで奴らの餌になる。その間に逃げろ、加茂」

 

 

そう言って、与は笑った。いつの間にか、黒い影は目前まで迫ってきていて。

待て。止めろ、止めてくれ!

 

 

 

 

「じゃあな」

 

 

 

 

笑う彼に、手を伸ばす。

けれど、その手は届かず、私の目の前で彼は黒い影に呑まれた。

 

 

ーーーーーーーー



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第65話 憲倫くんは対峙する

ーーーーーーーー

 

 

与は黒い影に呑まれた。

そのはずだった。なのに、

 

 

「あ、あれ? なんで俺、生きて……?」

 

 

私の隣に彼はいた。確実に呑まれたはずだったのに……。

いや、そうか。

こんなことができる術師は、私の知る限り一人しかいない。

 

 

「東堂か!」

 

 

人の気配を感じ、振り返るとそこにいたのは、

 

 

「あ、いえ。私です」

 

「三輪?」

 

「はい、えぇと東堂先輩の術式で飛ばされまして」

 

「そ、そうか」

 

 

なんだろうか、この肩透かしを食らったような感覚は。

まったく、あの男は……。そう思えば、いつの間にかその男はその場にいて。

 

 

「加茂よ、中々いい顔つきになったじゃあないか」

 

「……東堂、お前は……はぁぁ」

 

 

思わずため息を吐いてしまう。大量の呪霊を前にしてまでこの調子だ。緊張感というものをだな、そう言いかけて、

 

 

「ちょっと~~! もういい?」

 

 

頭上から声。上を見上げれば、箒に座って飛ぶ西宮がいた。箒に乗りながら、手に持ったランタンに呪力を流す。すると、そのランタンに火が灯り、

 

 

ーーパァァンッーー

 

『イィィィィッ』

 

 

「っ」

 

 

西宮に向かってきた呪霊が弾け飛ぶ。あれは真依の銃弾か!

そちらへ気を取られていて、呪力が私の体に走るのに遅れて気づく。

 

 

「加茂先輩、ちょっと失礼しますよ」

 

「っ、新田までいるのか」

 

「まぁ、寮を攻撃されたら嫌でも出てきます」

 

 

そう言って、新田は私と与に術式を施した。これで今の傷は悪化しないということだな。

そして、奇しくも京都校勢揃いという訳か。

ここにあとは鶫と『憲倫』がいれば。いや、たらればを考えるのは止めよう。

 

 

「加茂」

 

「っ、あぁ」

 

 

ゆっくりと立ち上がった与に頷く。

そうだな。これだけ膨大な数の呪霊が相手だ。私が指示を出さねばな。

 

 

 

「互いのカバーをしろ。皆で生き残る!」

 

 

 

ーーーー『羂索』視点ーー

 

 

彼らは私の放った呪霊を祓い、5分間生き残っている。それに関しては予想外だが……。ともかくその間、私と戦闘を続けていた『脹相』には限界が訪れていた。

 

 

「はっ……は……」

 

「呪力も底を尽きかけている。まぁ、よくやった方だが、ククッ……反抗期も終わりだな」

 

 

そろそろいいだろう。そう思い、弱った『脹相』を取り込むために、手を伸ばしたその時だ。

 

 

「!」

 

 

高専の学生が呪霊と戦っている場所から少し離れたところ、弱々しいながらも『焼相』の呪力を感じるその場所に、突如としてその呪力は現れた。それは覚えのある呪力。

私が求めていた存在。

 

 

「ククッ、まさか出てくるとはね」

 

 

予想外だ。ただこちらにとっては好都合。

『呪霊操術』は万全。後は近くにいる『焼相』を取り込めば、『彼』を取り込むのは簡単だ。あとは五条悟を封印する術を考えながら、ゆっくりと『無為転変』を育てればいい。

 

 

「さて」

 

「どこへ、行くっ」

 

「急用ができてね、君は後回しだ。どうせもう呪力も尽き、動けないだろう?」

 

 

肩で息をする『脹相』にそう告げ、私は背中を向けた。

これほどの実力差があるのだ。多少放っておいても問題なく取り込めるだろう。

それより今はこの好機を逃す訳にはいかない。

 

 

「……呪力が尽きたことが妹を守らない言い訳になるとでも?」

 

「あぁ、そうか。そういう人格だったね」

 

 

ならば、私が『彼』を取り込むまで、呪霊とでも遊んでいるといいさ。そう言って、私は一体の呪霊を呼び出す。

特級仮想怨霊『』。

今の『脹相』では到底突破することは叶わないであろう相手を放ち、交戦し始めた音を確認してからその場を後にした。

 

 

……………………

 

 

『脹相』との戦闘を離脱した私は、ペリカン型の呪霊を使役し、そこへ降り立つ。『うずまき』で破壊した高専寮や学生が戦っている場所から少し離れた森林地帯に、『焼相』はいた。それに『彼』も。

 

 

「やぁ」

 

 

「っ」

 

 

私を見て、体を震わせる『焼相』と三対の眼で私を見据える『彼』。

名をーー

 

 

 

「会いたかったよ、『天元』」

 

 

 

『天元』。

この国の呪術結界を構築している呪術界の要。私の計画の鍵となる呪術師だ。

異形の姿をしているのは進化の結果、体組織が変化したからだ。事前に調べた通り、『彼』の組織は人間というよりは呪霊に近いそれ……つまり、『呪霊操術』で取り込むことができる。

 

 

「…………」

 

「無視とは、つれないな」

 

 

私と2体の間には、結界が2枚。どちらも『天元』が張ったもので、その強度を見るに、流石はこの国の根幹を為す術師というしかない練度の代物だった。いくら私といえど、簡単には破壊できないだろうね。

時間は多少かかる。だが、結界を解くこと自体は可能だ。勿論、ここで時間を使うのは、五条悟が到着するリスクを伴う。ただ、そのリスクを負ってでも、私の目的が2つ、目の前に揃っているのだ。この期を逃す手はない。

 

 

ーーバチッーー

 

「……なるほど、こういう結界か」

 

 

『彼』の張った結界に弾かれながらも触れ続ける。呪力を解析し、ひとつひとつ紐解いていく。複雑ではあるが、破壊できないものではない。保って1分。これなら間に合う。

 

 

「…………」

 

 

私が結界を解く間も、『天元』は私の方を無言で見据える。

それは抵抗か、それとも諦観か。ここは少しでも『彼』の真意を探るとしよう。

 

 

「この国の根幹である君がこの場面で出てくるとはね。どういう風の吹き回しだい?」

 

「…………」

 

「取り込まれないように警戒しているのか? 安心していい、その必要はないよ。憲倫のせいで『真人』の『無為転変』が成長しないまま、私の中に入ったから、君を取り込むのには少々力が足りないんだ」

 

「……そのために、『呪胎九相図』を取り込んでいるわけか」

 

 

警戒は解かないまま、『天元』はそう訊ねてくる。

 

 

「そう。彼らには私の血が混じっている。それを取り込むことで私自身の呪力を底上げしたいんだが」

 

「…………ならば、尚更ここを通すわけにはいかない」

 

「いいさ。強引に押し通る」

 

 

 

ーーバリンッーー

 

 

 

瞬間、結界が割れる。緩んだ隙を突いて、呪力を流し込んだのだ。訳もない。

 

 

「さぁ、これで守るものはない」

 

「…………」

 

「いやっ、いやっ……」

 

 

『焼相』はまた自らの体を抱き、嫌々と首を振る。その様子だけ見たら、年相応な子供。受肉体とは思えない。

 

 

「ククッ、人の子を受皿にしたのだから、当然といえば当然か」

 

 

そんな独り言に答える者はなく、私は一歩2体へ近づく。私と対峙するように『天元』は『焼相』の前へ。それはまるで『焼相』を守るようで。

 

 

「?」

 

 

ふと感じる違和感。だが、今はどうでもいい。この好機を捉えるだけだ。

 

 

 

「『呪霊操術』」

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

解き放つ。まずは100。それらを『天元』に向けて放った。いくら結界術の使い手とはいえ、絶え間なく襲い来る呪霊をすべて防ぎきるのは無謀だ。

残り180秒かけて、じっくりと突破すればいい。

 

 

「さぁ、終わりに……いや、ここから始めよう」

 

「呪術全盛の時代。混沌蠢く平安のーー

 

 

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

 

「!」

 

 

私の言葉を遮るように、『それ』は私の放った呪霊の半分を消し飛ばした。

赤い流星にも似たそれは『穿血』。『赤血操術』の奥義。

現代でそれを撃てるのは2人。加茂家の少年と『脹相』。少年は今、私の呪霊と会敵している。ならば、この『穿血』を撃ったのは一人しかいない。

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

私の頭上にその人物はいた。後ろで結っていたその髪はほどけ、長髪になっていたが間違いない。その容姿は確かに私の予想した通りの人物。先ほどまで私と交戦し、破れたはずの『脹相』だった。

……だが、なんだ? この呪力はまるで……。

 

 

 

「まるで、あの時の続きだな」

 

 

 

あの時の続き。それが何を意味するかはもう察していた。

目の前の男は『脹相』ではない。

彼はーー

 

 

 

「加茂、憲倫ッ!」

 

 

 

その名を呼んだ私に、彼は告げる。

 

 

「あの時と同じだ。今からあの時の続きを始めるぞ」

 

「そして、この戦いで私たち、過去の術師の物語は終わりだ。ここからは今を生きる呪術師たちの時代」

 

 

 

「さぁ、ここで我らの幕を下ろすとしようじゃないか」

 

 

 

ーーーーーーーー




あと数話で終了予定。


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第66話 憲倫くん、戦う

ーーーーーーーー

 

 

「っと」

 

 

足場にしていた『百斂』を解除し、地面に降り立つ。

隣には『天元』。

 

 

「時間がかかったな」

 

「『脹相』が中々話を聞いてくれなくてな。体を借りるのに時間がかかったのだ」

 

「…………後は分かっているな」

 

「あぁ、無論だ。『彼女』を守ってくれてありがとう、『天元』」

 

「……これで借りは返したぞ」

 

 

そう言って、『天元』は腕を組みながら一歩引く。

借り、か。150年も前の借りを返してくれたのだ。律儀な奴だ。

 

 

「……さて」

 

 

向き直る。眼前には『羂索』。

 

 

「いい加減しつこいね、憲倫」

 

「人のこと言えないだろう、お前は。今はもう平成の世だ。我々が生きていた時代ではない」

 

 

平安から生き長らえていたなら尚更、もう舞台を降りるべきだろう。

 

 

「……私にはやりたいことがあってね」

 

「人類の呪力への最適化、だったか。下らない」

 

「以前の君ならば理解してくれただろうに、本当に残念でならないよ」

 

「ふっ、それは昔、お前が言った通りだよ。私は静乃と出会い、涼乃が生まれて、変わってしまったのだ」

 

「ククッ、それにしては落ち着いている。仇を前にしているんだ、この間のように怒りで取り乱せばいいだろう?」

 

「…………あぁ」

 

 

憎い。それは変わらないさ。

静乃を呪い、涼乃にも手をかけたこの男を今すぐにでも殺してしまいたい。それは私の心に今でも渦巻いている感情だ。

だが、

 

 

「私には守るものがあってね」

 

 

私が『無為転変』で消えていた間、何もないあの場所で考えていた。

本当に私がすべきこと。復讐、はしたい。

 

けれど、それよりも今を守りたい。

憲紀や幸吉、霞。真依や新田、西宮先輩と東堂先輩。

京都校の皆と過ごしたなんでもない日々を、彼らが生きる大切な今を守りたいのだ。

そして、もうひとつ。

 

 

 

「『焼相』」

 

「っ、ぱ、ぱ?」

 

 

私の後ろにいる彼女に話しかける。

可哀想に目には涙を浮かべ、恐怖からガタガタと震えている。見ていられない。けれど、私は二度と目を背けてはいけない。

 

そうだろう、静乃。

 

 

「ずっと1人にして、ごめんな」

 

「っ、うんっ」

 

 

後ろからぎゅっと、抱きついてくる彼女。あの時はこうやって抱きしめてやることもできなかった。それが今こうして彼女が私の腕の中にいる。

 

 

「大きくなったな」

 

「え……?」

 

「いいや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

その事実を彼女は知らない。

まぁ、当たり前か。今の彼女は『焼相』であって、あの娘ではないのだから。

それでも、私は彼女を守らなくてはいけない。それが静乃との約束で、父親としての最期の使命だ。

 

 

「少しだけ待っていてくれ、『焼相』」

 

「で、でもっ」

 

 

分かっている。

相手は『羂索』。数多の呪霊を取り込み、さらに掌で触れたものの魂を転変する相手。明治の時代から今まで戦ってきた中で、最上位の強敵だろう。勝てるかは分からない。

だが、

 

 

 

「大丈夫だ。お前には指一本触れさせない」

 

 

 

そう言って、私は彼女に笑いかけた。

……深呼吸をする。

さて、終わらせようか。

 

 

ーーパンッーー

 

「『百斂』」

 

 

掌を合わせ、血を圧縮する感覚。

あぁ、久しぶりだ。合わせた掌中が真空になり、やがて熱い血液で満ちていく。

その隙を突いて、『羂索』が動く。

 

 

「それの隙の大きさは君も知っているだろう」

 

ーーグンッーー

 

 

『彼』の掌が迫る。それはつまり、『無為転変』を使うという意思だろう。だが、当然そんなものは私が一番分かっているさ。

だから、

 

 

ーーフワッーー

 

 

圧縮した『百斂』を目の前へ放る。圧縮は十分。それを解き放つ。

 

 

 

「『超新星』」

 

ーーパァァァァァンッーー

 

 

 

血の散弾。一撃でも入ればいい。

どうだ? 奴はーー

 

 

「そうか。『脹相』の術も使えるんだったね」

 

「不意打ちだったのだがな」

 

「あぁ、驚いたよ」

 

 

無傷、か。やはり『呪霊操術』で取り込んだ呪霊がいる限り、『羂索』には届かない。

ならば、やることはひとつだ。むしろ単純でいい。

 

 

「『赫鱗躍動・載』!」

 

 

取り込んでいるすべての呪霊を祓ってやればいい!

その決意と共に、呪力を帯びた血液を廻す。体温の上昇と共に体から赤い蒸気が吹き上がった。

一瞬、視界が悪くなるのに合わせ、距離を詰めた。

 

 

ーーバキッーー

 

「無駄だとーー」

 

ーーバキッーー

ーーバキッーー

ーードスッーー

 

「! このまま押し切るつもりかっ」

 

 

返事代わりに拳を叩き込み続ける。

一発。二発。三発。

叩き込む。流石に近接戦闘では部が悪いと察したのか、『羂索』の手元で呪力が膨れ上がった。

 

 

「時間がない。出し惜しみはなしだ」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

出るは巨大な呪霊。赤い顔に巨大な体躯。その姿には覚えがあった。特級呪霊の一体。たしかその名を『酒呑童子(しゅてんどうじ)』といったか。

呼び出した『酒呑童子』の肩に乗った『羂索』は、私を見下ろしながら話しかけてくる。

 

 

「『脹相』の術式と肉体に加えて、加茂憲倫の精神と知識。少々、厄介だ。そろそろ五条悟もこちらへ来る頃だろう。ここは一旦、引かせてもらーー

 

 

 

「逃がすと思うか?」

 

 

ーーーーーーズバンッーーーーーー

 

 

 

『奴』の言葉をも断つような一閃。

それによって右足を失った『酒呑童子』は、崩れ落ちた。そのまま残していた『百斂』を脳天に放ち、祓う。

ふむ、上出来だな。

 

 

「……斬ったのか。なんとも信じられないね」

 

 

私の手にある深紅の刀・『血刃・丁』。

ただ血液を高速で廻し、呪力で固めた刀だが、切れ味はそこらのナマクラとは比べ物にならない代物だ。デカブツの足を切り落とすなど造作もない。

尤も血液の消費量が多すぎて、今の『脹相』の肉体でなければ失血死する羽目にはなるがな。

 

 

「ならば、少々やり方を変えよう。斬れない相手だ」

ーーゾゾッーー

 

『………………』

 

 

現れたのは私よりも少しガタイのいい鎧武者。

なるほど。さっきよりも硬度はありそうだが、『血刃・丁』であれば!

 

 

ーースカッーー

 

「すり抜けたのか!?」

 

 

斬れないと言っただろう。そう言って笑う『羂索』。その成りで実体がないというわけだな。人は見た目で判断するなとはいうが、呪霊もそうだったか。ややこしい話ではあるだが、こちらも手を変えればいいだけ。

 

 

ーーパンッーー

 

「『百斂』」

 

 

鎧武者はこちらへ向かってくる。無論、それには動じない。再び血を圧縮していく。

引き付けて、引き付けて…………十分だ。

 

 

「『穿血』っ!!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

放たれた『穿血』は鎧武者の頭を貫き、そいつはそのまま膝から崩れ落ちた。

 

 

ーームクッーー

『…………ア、あぁァァぁ』

 

「……ように見えたのだが。なんだ? 外したか?」

 

「いいや、当たっていたよ。呪力を帯びた攻撃の無力化。そんな術式をもつというだけのことさ」

 

 

呪霊だが、呪力では祓えない。自己矛盾を孕んだ呪霊。

 

 

「君では勝てない。勿論、『それ』からの攻撃は君に通る。まぁ、君のことだ。時間はかかるだろうが、どうにか切り抜けるのだろうね」

 

「時間稼ぎか」

 

「あぁ、現状こちらの分が悪い。また機を改めて、次の手を打たせてもらうよ」

 

 

鎧武者と対峙する私から踵を返した『羂索』は、『呪霊操術』でペリカン呪霊を呼び出した。あれは確か人間を運搬する呪霊だったか。その言葉通り、逃げるつもりだ。

ペリカン呪霊が翔び上がるのを止めさせてくれるほど、目の前の鎧武者は甘くないようだ。私には『羂索』が逃げるのを止められない。

 

…………そう。

『私には』止められない。

 

 

「頼んだぞ、お嬢さん」

 

 

 

「っ、はぁっ!!」

 

ーーバギィッーー

 

 

 

私の呟きに応えるように、空へ翔んだペリカン呪霊を今、まさに蹴り落とす人物がそこにはいた。

ちゃんといてくれた。

 

 

「……ククッ、まさかそうくるとはね」

 

 

ペリカン呪霊から早々に離脱していたようで、『羂索』は無事に降り立っていた。変わらず邪悪に笑っている。だが、その顔には多少の動揺と苛立ちが見てとれた。

 

 

「お前と知り合ってから初めてお前のそんな表情を見た気がするな」

 

「っ、加茂憲倫っ」

 

 

この機に『彼』を追撃したいところだが、まずは彼女だ。呪霊を叩き落とし、たった今、私の隣によろめきながらも着地した彼女へ声をかけた。

 

 

 

「来てくれたのだな……鶫」

 

「っ、はい……憲倫さん」

 

 

 

彼女は震えている。

だが、しっかりと私を見据えて、頷いていた。

 

 

ーーーーーーーー



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第67話 憲倫くんは目を閉じる

ーーーーーーーー

 

 

「すまない。本当は君を巻き込むつもりはなかったのだ」

 

 

頭を下げる。そんな私に対して、彼女は首を横に振り、謝らないでくださいと儚げに笑う。

わたしが決めたことです。

震えはまだ止まらないようだ。だが、それでも彼女の瞳からは決意を感じる。

強い子だ……これ以上は無粋だな。

 

 

「鎧武者の方は頼んでもよいか。あれとは相性が悪くてな」

 

「っ、はい」

 

「大丈夫だ。君ならばできる。それに危なくなったら私が助ける」

 

 

それだけを伝え、私は前へ。

鎧武者が、私の行く手を阻もうとするが、それは鶫が止めてくれる。

さて、これでもう

 

 

「邪魔は入らんな」

 

「…………」

 

「随分と不機嫌そうだ」

 

「……ここまで計画通りにいかないのは2度目の同化の時以来だ」

 

 

改めて『羂索』と向き合う。『奴』らしくもない不快感を露にした表情。それは今の状況が『羂索』にとって本当に芳しいものではないことを示していた。

 

 

「お前の計画など、これから来る若者の未来に比べたら無価値もいいところだ」

 

「…………平行線だ。もう君とは話にならない」

 

「ふっ、それについては同感だな」

 

 

一度交わりかけた思想も最早交わることはない。

ならば、呪い合うしかないだろう。

 

 

ーーパンッーー

「『百斂・載』」

 

 

ーーズズズズッーー

「……『虹龍』」

 

 

血液を圧縮させる私を見て、『羂索』は呪霊をこちらへ放つ。名前通りの龍型呪霊。無論、相手がなんであれ関係ない。私がやることはひとつ。

 

 

「『穿血』」

 

ーーバシュンッーー

 

 

放たれるは赫い流星。私の掌から撃ち出されたそれは音速を超えて『虹龍』をーー。

 

 

ーーギィィンッーー

 

「!」

 

 

弾かれた。この呪霊、想定外の硬度だ。だが、それでも軌道は反れた。よろけたタイミングに合わせ、龍の体の下へ潜り込み、『血刃・丁』で呪力の濃い顎下から突き刺す。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

貫通。捻りを入れて、首を捻じ切った。断末魔をあげ、龍は落ちる。そのまま龍の体の上を駆け、『彼』の真ん前へ。

溜めていた『百斂』は2つ。それをーー

 

 

「『超新星』」

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

ーー解放する。

死角なく降り注ぐ血の散弾はーー

 

 

「終わりだよ、憲倫」

 

 

 

 

「極ノ番『うずまき』」

 

ーーーーーーググググググッーーーーーー

 

 

 

 

呑み込まれる、黒い呪力の渦に。

渦から感じる呪力は強大。その密度も禍々しさも前の比ではない。これは……。

 

 

「くっ!?」

 

「数にして700。この密度、この距離ならば避けられまい」

 

 

『うずまき』の中心。ぽっかりと空いたその穴越しに、そう言い捨てる『羂索』と目が合う。その濁った目は、視線こそ合っていても、もう私を見てはいない。

 

 

「…………ふっ、なるほど。ここで終わりか」

 

 

確かに、これはもう覆しようがない。

私は死ぬ。避けられない死だ。だが、ただで死ぬ気はない。

 

 

ーーパンッーー

 

「『百斂・載』!!」

 

 

『うずまき』が私の体に当たるまで時間にしてコンマ数秒。その間に限界まで圧縮した『穿血』を隙間を縫って撃ち込むのだ。

致命傷でなくていい。少しでも『奴』に傷をつけるのだ。後はきっと誰かが繋いでくれる。

それで私の役目は終わりだ。

 

 

ーーギリギリギリギリッーー

 

 

まだ、まだだ。限界まで圧縮しろ。私の体が『うずまき』に呑まれるその直前まで粘るのだ。

 

 

ーーギリギリギリギリッーー

 

 

ヒリヒリと肌が焼けるようだ。それほどに濃い呪力。

死が間近に迫ってきているのを感じる。

……いや、それもいいかもしれんな。少し待っていてくれ。

もうすぐそちらへ逝くからーー

 

 

 

『間違っていますよ、憲倫様』

 

 

 

きっとそれは走馬燈というやつなのだろう。

走馬燈の中でも彼女は私を否定した。間違っていると。

では、どうしろというのだ。私はどうすればよかったのだ。

 

 

『あの子との時間を大切にしてください。あの子は私と貴方様を繋ぐ存在……あの子を大切にすることが私がこの世に存在していた証明になるのですから』

 

 

あぁ、だからこうして命を懸けているのだろう。

今度こそあの娘を守る。そのために、私は……。

 

 

『憲倫様自身を大切にしてください。私は私の愛した方に生きてほしい』

 

 

生きて、か。

ふふっ、そうだ……そうだったな。

 

 

 

「ヤメだ」

 

 

 

そういう約束だった。

最期まで足掻くよ、静乃。

私自身が生きるために。生きてあの娘の成長を見守るために。

 

 

ーーパンッーー

 

 

限界まで圧縮した『百斂』を、両の掌で優しく包み込む。

そして、呪力を込めて、私は呟いた。

 

 

 

 

「『領域展開』ーー『赫星静瘰(かくせいせいら)』」

 

 

 

 

瞬間、手中の血が膜となって拡がっていく。『羂索』も、目の前に迫った『うずまき』すらも取り込み、拡がっていく。

やがて、私達を包み込むような深紅の球が出来上がった。

 

 

「領域……かッ!」

 

 

それに対して『羂索』の反応は速かった。一瞬で『簡易領域』を作り出し、身を守りに入る。本来なら有効だが、今、この瞬間では無意味だ。

 

 

ーードロッーー

 

「!」

 

 

『奴』の作り出した『簡易領域』は形を失くし、霧散する。

呪力が赤い霧へ変わったのだ。

 

 

「私の領域『赫星静瘰』の中では、全ての呪力は血液に変わり、吸収される。それは呪術を使わなくとも同じ。体内のそれもこの領域に奪われる。そして、もうひとつ」

 

 

ーードロッーー

 

「っ、これは……っ」

 

 

視界が赤く染まる。きっと『奴』もそうなっているのだろう。

血液が目から流れ出ていく。それは目だけではなく、口や耳、傷口からも流れ、領域を形作る血の膜へと変換されている。

 

 

「領域内での血液の完全排除……この中では生物は生きられん」

 

「『呪霊操術』っ」

ーードロッーー

 

 

無論、呪霊も存在すらできない。それが『赫星静瘰』。

さて、そろそろか。

 

 

ーーガクッーー

 

 

思わず膝をついた。もう力が入らない。

それは『羂索』も同じようで、倒れる音が聞こえる。領域の中に2人、横たわる。

目はもう見えない。感じるのは音だけ。声だけは聞こえていた。

 

 

「…………領域まで会得しているとは……思わなかったよ」

 

「あそこで死ぬ訳には……いかないと思ってな…………覚悟が決まった」

 

「ククッ……それで、出来上がったのが……道連れの、領域とはね」

 

 

皮肉なものだ。

息も絶え絶えに、『羂索』は笑う。

自分でもそう思うよ。だが、術師が意識を失えば、領域は消える。そうなれば、きっと私も『羂索』も死にはしない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

お互いもう声も出せんようだな。意識も朧気だ。

 

 

なぁ、『羂索』。

前にお前は言ったな。私とお前は同じだと。

……ふっ、たしかにそうだ。

昔の私はお前と変わらなかった。好奇心のためには他を犠牲にするのを厭わない。人の命すら冒涜する。そんな人間だったさ。

 

だが、静乃と出会い、変わった。人を愛することを知ったのだ。

そして、涼乃が生まれ、守りたいという気持ちを知った。それらを失う恐怖も覚えた。

 

それから150年の時を経て、憲紀と出会った。

まさか子孫の体に入り込み、別の子孫と会うことになるとは思わなかったがな。

幸吉や霞、真依や新田。東堂先輩と西宮先輩。

歌姫女史に学長殿。東京校の若者たち。

本当にたくさんの人との繋がりを知った。

 

 

『羂索』、お前と私の違いはそれーー『繋がり』だ。

 

 

知ってるか?

私はな、友達が多いのだ。

例えば、私に現代のことを教えてくれたり。

例えば、髪を切ってくれたり。

例えば、叱咤激励してくれたり。

例えば、ぷれぜんとを選んでくれたり。

例えば、喫茶店で食べきれない料理を一緒に食べてくれたり。

私ひとりでは、どうにもできない状況を切り開いてくれる。そんな頼りになる友達がたくさんいるのだよ。

 

だから、今だってきっと……。

 

 

 

「助けてくれるさ」

 

 

 

掠れた声で、そう呟いて。

私は意識を手放した。

 

 

ーーーーーーーー




次回、最終回。


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最終話 加茂憲倫

ーーーーーーーー

 

 

目が覚めると、そこはどこかの河の淵だった。足元には靄が立ち込め、どこか幻想的な風景だ。

辺りがよく見えないせいで、気づくのが遅れたが、目を凝らせば、向こう岸には綺麗な花畑が広がっている。

そこで、誰かがこちらに……というより、私に手を振っていた。あれはまさか……。

 

 

「静乃、か?」

 

 

きっとそうだ。私に向かって手を振っているのだ。早く向こう岸に渡らなくてはな。

一歩踏み出して、足が止まる。いや、止められたのだ。

 

 

「…………パパ」

 

「涼乃」

 

 

彼女は静かに私の腕を掴む。

とても弱い力だ。少し力を入れれば簡単に振りほどける程の力。

 

 

「…………」

 

「涼乃、私は……」

 

「…………」

 

 

涼乃は言葉を発しない。ただ、私の目をじっと見つめてくる。

気づけば、辺りの靄は濃くなっていく。

 

 

「っ、静乃!」

 

 

向こう岸に目をやると、彼女の輪郭がだんだんとぼやけていってしまう。このままでは彼女の元へ行くことがーー

 

 

「……そうか。まだ私は」

 

 

よく見ると、向こう岸の彼女も首を横に振っていた。

そうだな。

きっとまだ私はーー

 

 

……………………

 

 

 

「パパッ!!」

 

 

 

意識が覚醒すると、目の前には青空と『焼相』の姿があった。彼女は涙をぼろぼろと流しながら泣いていた。そのまま抱きついてくる。泣きじゃくる彼女の頭を、上がらない腕でどうにか撫でて。

私の意識が戻ったことに気づいたように集まってくる声を聞く。京都校の彼らの声を聞きながら、私は小さく呟いた。

 

 

「終わったのだな」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

私は生き残った。

『羂索』を倒し、こうして今、ここにいる。

そして……。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

過疎化の進むとある村。

村の半分以上が高齢者であるこの村に、ひとりの少女が訪れていた。

 

 

「こんにちは。ここの村の人ですか?」

 

 

少女は、家の軒先で項垂れ、座り込んでいた少年に話しかけた。頷く少年の服はぼろぼろで。体からは酷い悪臭が漂っている。

およそ人の生活を送っていないだろうことが想像できた。

彼曰く、2ヶ月ほど前から、この村で疫病が流行っているという。彼の体にこびりついた悪臭も死体のものなのだろう。きっと彼も汚染されている。

それでも躊躇うことなく、少女は手を差し伸べた。

 

 

 

「わたしは『焼相』。この村を疫病の呪いから救いに来ました」

 

 

 

そう告げる少女は、まるで聖女のように微笑んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『焼相』。またの名を加茂涼乃。

 

死の間際に『羂索』から解き放たれた幾万もの呪霊。各地に飛散したその呪いを祓いに回る彼女の傍らには、常に1人の男がいたという。

人と違う気配を纏うその男を、彼女は時に兄と呼び、時にパパと呼んだ。

 

彼の名はーー。

 

 

 

ーーーーー終ーーーーー




以上で
『【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す』完結になります。

「加茂憲倫がいい奴だったら面白いよな」というアホみたいな構想から始まった本作でしたが、なんとか彼の物語を完結させることができました。
これもひとえに皆様のお陰です。ありがとうございました。

一応、後日談(あほな日常編)の構想もありますので、投稿する可能性もございますので、もしよろしければアンケートにご協力いただけたらと思います。

では、また!


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完全番外編
番外編1 聖女様の教育方針


アホな日常編です。
見たくない人は見ない方がいいです。


ーーーーーーーー

 

 

聖女・『焼相』。

特級呪物を身に宿しながらも、同族であるはずの呪いから人々を救う彼女を、一部の人間はそう呼称した。

それではそんな彼女の日常をお見せしよう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「憲紀! お小遣い!」

 

「…………年上なのだからさんをつけろ、涼乃」

 

 

私に向かって、小遣いをせびる少女をたしなめる。膨れっ面を返す少女。

名を加茂涼乃……別名『焼相』。

私にとっては先祖に当たる人物ではある。人間の体構造とは別物なため、人間の成長速度とは比べものにならず、精神・肉体ともに1年前よりもずっと成長している。見た目ならば12歳くらいだろうか。

 

 

「年齢は下だけど、生まれた時代は憲紀より昔だから実質あたしの方が年上だし!」

 

「なら、年下に小遣いをせびるな」

 

「うっ……憲紀の癖にっ」

 

 

とはいえ、子供は子供。言い負かすのも容易い。

問題はーー

 

 

「憲紀のケチ! 糸目! お兄ちゃんに言いつけてやるもん!」

 

 

……………………

 

 

「おい、『焼相』に金を渡せ」

 

 

面倒な奴が来た。

『脹相』。『焼相』と同じ『呪胎九相図』の受肉体で、彼女の兄。

涼乃はともかく何故かこの男も加茂家に居着いており、妄信的に涼乃を味方するというモンスターペアレンツならぬモンスター兄。

その後ろに隠れ、あっかんべーをする涼乃が憎たらしい。

 

 

「おい、『脹相』」

 

「なんだ」

 

「お前、毎回言っているが……涼乃を甘やかすな」

 

 

わがままに育ち、今後本人が苦労する。

そう言っているのだが、人間社会を知らない『脹相』にとって、私の言うことは、ただの涼乃への小言に聞こえるようで。

 

 

「知らん。『焼相』が欲しいと言っているのだから、金を渡せ」

 

「…………はぁ」

 

 

まったく話が通じない。その上、

 

 

「……ならば、仕方がない。『百斂』ッ!」

 

 

すぐに実力行使に出ようとするのだから手に負えない。

 

 

「っ、『百斂』」

 

 

私もそれに対抗するために、『百斂』で血を圧縮させる。

 

 

「「『穿血』!!」」

 

ーーバシュンーー

 

 

同時に放たれた『穿血』。

相手は特級だ。私の方が押し負けるのは当然だが、それでもこの1年、伊達にこの男相手に稽古してきた訳ではない。『脹相』の癖を突き、『穿血』を反らすのも上手くなってきた。

 

 

「……弾くのは上手くなってきたか」

 

「あぁ、お陰様でな」

 

「ならば、近接戦闘でーー」

 

 

 

「す、すとっぷ!」

 

 

 

『脹相』の顔の模様が変化したと同時に、私達の間に介入してきた人物がいた。

そう。我が従妹、加茂鶫だ。

 

 

「憲紀くんも、『脹相』さんも……だめ、ですっ」

 

「……鶫」

 

「…………」

 

 

相変わらずおどおどした態度は変わらないが、それでも高専に転入し、呪術を学び始めたことで、彼女の等級もそれなりに上がってきている。『脹相』も彼女の実力を分かっているからだろう。少々落ち着きを取り戻したようで一歩下がった。

ともかく彼女は今まさにぶつかろうとしていた私達に告げる。

 

 

「お家の中、だから……暴れたら危ないよ……」

 

 

正論である。

その後、鶫がやんわりと涼乃を説得してくれたので、『脹相』は渋々ながら退いていったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「だめだ」

 

 

 

別日のことである。

夜もとっぷりと更けて、日付も変わろうという時間に、私は加茂家の門前で仁王立ちしていた。その理由は、

 

 

「憲紀のわからず屋!!」

 

 

涼乃を止めるためである。

わからず屋だと? いくらでも言うがいい。それでもここを退くわけにはいかない。何故ならば、

 

 

「こんな時間に子供がコンビニに行くなど許せるわけがないだろう」

 

「イヤ! アイス食べたくなったんだもんっ!」

 

「そんなもの明日にしろ!」

 

「今たべたいのっ!」

 

「…………はぁぁぁぁ」

 

「ため息つくなぁっ!」

 

 

3日に1回はこの膨れっ面を見ているのだ。ため息だって出るさ。

まったくわがまま放題で困ったものだ。

親の顔が見てみたい。

 

 

「まぁ、そう言うな。憲紀」

 

 

現れたのは『脹相』……いや、この時間帯なら違うか。

 

 

「憲倫さん」

 

 

『脹相』の中に存在するもうひとつの人格・加茂憲倫。

彼はあの戦いの後、『脹相』の中に入り込んだことで、表の人格として出てくることができるようになっていた。確か、夕暮れ以降ならば出てこれるという話だったか。

ともかく、彼はフッと笑い、私の肩を軽く叩く。

 

 

「憲倫さんは止めてくれ。お前と私の仲だろう」

 

「……あ、あぁ」

 

「では、いってくる」

 

 

そう言って、彼は涼乃と手を繋ぎ、門を出ていこうとしーー

 

 

「待て」

 

「ん? なんだ?」

 

「誤魔化すな。涼乃をこの時間に外に出すわけにはいかないと言っているんだ」

 

「なんだと……?」

 

 

再び私と憲倫は対峙する。

 

 

「そんなもの誰が決めたのだっ!!」

 

「京都府だっ!!」

 

「知らん! 私は涼乃にアイスを食べさせてやるのだッ!!」

 

「だから、明日にしろと言っている!!」

 

 

「「『赤鱗躍動』ッ!!」」

 

ーーガシッーー

 

 

組み合う私と憲倫。実力は互角。そもそも憲倫が出てきているということは『脹相』の呪力が弱っているということ。それに体術ならば、『黒閃』を経験している私に歩があるはずだ。

 

 

「行け! 涼乃!」

 

「っ、パパ!」

 

「大丈夫だ、私もすぐに追うからな」

 

「っ、うんっ!」

 

 

憲倫の言葉に頷き、涼乃が走り出す。だが、そうはさせるか!

こういうこともあろうかと、圧縮させ置いておいた『百斂』に呪力を込める。

だが、一歩遅く、術式が発動する前に、涼乃は門を出ていってしまった。

 

 

「ふっ、隙を見せたな、憲紀!」

 

「なに!?」

 

「私の勝ちだーー『赤縛』っ!!」

 

「な!?」

 

 

彼の放った『赤縛』は私の体を締め上げた。

くっ、しまった!?

 

 

「はーっはっはっ! これでお前は動けまい! 私はこのまま愛娘とコンビニでアイスをーー」

 

ーーバシュッーー

 

 

「お?」

 

 

余裕をかまして、私の方を見ながら後ろ歩きしていたせいだろう。憲倫は先程私が門に張り巡らせた『赤縛』に捕まった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

深夜の加茂邸。

そこには『赤縛』に捕まる哀れな呪術師が二人いたという。

 

 

……………………

 

 

その後、涼乃は補導された。

夜通し、親子共々本気の鶫に怒られる姿を見て、内心同情してしまったが……まぁ、自業自得だな。

 

 

ーーーーーーーー




親バカに兄バカ。
涼乃ちゃんもワガママに育つわけだ。
ちなみに、憲倫くんがちゃんとした親になるのはもう少し先の話です。

次回、憲倫くんが食事にいく話を書くかもしれないし書かないかもしれません。


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番外編2 はじめての居酒屋さん

またまた番外編。
次回で完全に終わるかも。


ーーーーーーーー

 

 

私は加茂憲倫。

明治時代に殺されて、この平成の世に転生してきた、ただのしがない呪術師だ。子孫に当たる女子の体に入っていたが、1年前に何の因果か『脹相』という受肉体の中に住み始めた。同じく受肉体として蘇った愛娘と共に、三度目の人生を謳歌している最中というわけだ。

 

そんな私だが、夕暮れ以降にしか表に出ることができない。

まぁ、そのお陰で……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「生ひとつ!」

 

「いや、未成年がいる横で酒飲まないでください」

 

 

向かいに座る新田にそうたしなめられてしまった。

ふむ。それもそうか。

 

 

「すまない、のんあるびーるをくれ」

 

 

かしこまりましたと返してくれる店員の声を聞きながら、私は再び新田と向かい合う。

 

 

「いやぁ、こうして新田と飯を食うのも久しぶりだな」

 

「……俺としては違和感ものすごいんやけど」

 

 

お冷やをちびちびと飲む新田にそう言われてしまう。

それも仕方ないか。端から見たら歳の離れた兄弟くらいにしか思われんだろうが、新田にしてみれば、一緒に飯を食いに行っていた時の私は女子だったのだから……まぁ、違和感もあるだろう。

 

 

「そう言うな。こうしてお前と飯に来れるだけで私としては感慨深いのだ」

 

 

それでも私としては嬉しい。

結果的に『脹相』の体に定着してしまったとはいえ、一度は消滅を覚悟したのだ。友人と共に飯を食えるのは奇跡に近い。だから、思わず目頭が熱くなる。

 

 

「ふっ、いかんな……歳だ」

 

「……んー、そうやね」

 

「………………おい、新田」

 

「ん?」

 

「何を先に食っているのだ」

 

「お通し」

 

 

いつの間にか到着していたお通しを食している新田。ぽてとさらだと茎ワカメを一心不乱に食べている。

 

 

「……食わんなら俺、食うけど」

 

「冗談を言うな。これは私のだ」

 

 

私の皿に手を伸ばす新田の手を叩き止める。まったく油断も隙もない奴だ。

 

 

「さて」

 

ーービーッーー

 

 

自分の皿が空になった瞬間に新田は呼び鈴を押していた。少しして店員が来る。

いや、待て。私はまだ注文決まっていないのだが!

 

 

「たこわさとエイヒレで」

 

 

この男、アルコールこそ頼んでいないが、完全に注文した品が酒飲みのつまみではないか。

……もしや、新田よ。

 

 

「お前、未成年だが酒をーー」

 

「ーー飲んどらんよ」

 

「だが、その注文は日本酒を飲む人間のーー」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「あの、ご注文は他にございますか……?」

 

 

私達の沈黙に耐えかねた店員に、焼き鳥とだけ返す。

店員がいなくなった後、彼はポツリと呟いた。

 

 

「飲んどらんから」

 

 

……………………

 

 

「うまいっ!!」

 

 

新田の頼んだたこわさを一口、口に運んで私は声をあげた。

 

 

「うるさい」

 

「ん、すまない」

 

 

いくら個室居酒屋とはいえ、流石に声が大きすぎたな。素直に謝り、少々落ち着きを取り戻す。

いかの塩辛は食べたことはあったが、たこわさは初めてだ。塩辛と似たような食感だが、こちらの方がさっぱりしている。口内にほのかに広がるワサビの爽快感が心地よい。

さて、次は……。

エイヒレにも手を伸ばし、口に運ぶ。

 

 

「……ふむ。こちらも中々」

 

 

たこわさほどのはっきりとした味はないが、噛めば噛むほど味が出る。歌姫女史から話は聞いていたが、これは確かに日本酒と合いそうだ。

って、ん?

 

 

「おい、新田。それはなんだ?」

 

「ん? あぁ、一味とマヨネーズ。これが合うんよ」

 

 

それを咥える姿はまさに酒飲みのそれではあるが、もうなにも言うまい。

……さて、そんな新田の舌を信じて、私もまよねーずをつけて、それからそこに一味を少々振りかける。そして、

 

 

「!!」

 

 

おぉ、これはいい!

エイヒレ特有の甘さを、まよねーずの酸味と塩味、一味の辛味が引き立ててくれている。

 

 

「なぁ、新田! これもいいではないか!」

 

「そうやねぇ……」

 

 

感動を共有すべく彼に話を振って気づく。彼の手には一本の串。それは、まさか……!?

 

 

「食った、のか……?」

 

「フッ」

 

 

新田はただ、ニヒルに笑った。

 

 

「私の焼き鳥を返せッ!!!」

 

 

……………………

 

 

追加で注文した焼き鳥、それから〆さばを平らげた後、私と新田は茶を啜っていた。さて、そろそろ会計かと思っていた頃、

 

 

ーーコトンーー

 

 

店員が追加で品物を持ってきた。それは

 

 

「あいすくりーむ?」

 

「注文した?」

 

「いいや、何かの間違いだろう。店員を呼んで……」

 

 

 

「やっと来た!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

その声は机の下から。覗き込むとそこからひょこっと出てきたのは涼乃ーー我が愛娘だった。

 

 

「えぇ……」

 

「おや、来ていたのか」

 

「パパずるい! あたしを置いていくなんて!」

 

「すまないな、涼乃。今日は同級生と水入らずで飯を食う約束だったのだ」

 

 

そう言って撫でてやると、涼乃は目を細めて嬉しそうに笑う。そのまま私の隣の席に座り、あいすくりーむを食べ始める。

ふむ? そういえば……?

 

 

「涼乃、憲紀はどうした?」

 

「んー? さあ?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その晩のこと。

憲紀に呼び出され、親子共々こってり絞られたのは言うまでもないだろう。

 

 

ーーーーーーーー




居酒屋楽しいよね。


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聖女様のおしごとー壱ー

終わると言ったな。
あれは嘘だ。

あと数話だけ続きます。


ーーーーーーーー

 

 

2019年4月9日。

渋谷事変より半年の年月が経過したその日、山奥の小さな村に1人の呪詛師が住み着いた。

それから約半月で、村人の7割が死亡し、呪詛師の抹消のために派遣された2名の1級呪術師も戻らなかった。

事態を重く見た呪術総監部は、その村周辺をガス災害による立ち入り禁止区域として政府に認定、公表させ、事態の隠蔽を図った。

 

 

ーーーー立ち入り禁止区域・✕✕村ーーーー

 

 

 

少年は廃屋の机の下で息を潜めていた。身体中が痛み、本当ならば今にも絶叫し、転がり回りたいくらいだった。だが、その痛みよりも優先すべきものがある。

 

 

ーーズッ、ズッーー

 

 

「……っ」

 

 

『アレ』が這いずる音。

彼の父親と母親も『アレ』に殺された。目の前で絞め殺されて、飲み込まれた。

 

 

(っ、とまれ……とまれ……)

 

 

体の震えをどうにか止めようと自分に言い聞かせる。『アレ』は音に敏感で、音を立てた瞬間、廃屋ごと破壊され、一呑みにされるだろう。だから、彼はとにかく体を丸くし、『アレ』が通りすぎるのを待つしかなかった。

 

 

「…………」

 

 

10分くらい? それとも30分は経っただろうか?

とにかく『アレ』の這いずる音が聞こえなくなったことを確認した少年はゆっくりと机の下から出てきて、

 

 

『…………ア』

 

「ひっ!?」

 

 

『ソレ』と目があった。思わず声が出る。

人形で背丈は少年と変わらない。だが、骨が浮き出るほど痩せ細り、その骨に張り付いた黒ずんだ皮。そして、嫌でも目に入る猿のような顔、その両眸は飛び出し、少年をただ見つめている。

何の気配もなく現れた『ソレ』の姿は前に一度見たことがあった。それでも咄嗟に声が出てしまうほどには『ソレ』のビジュアルは生理的に受け付けられるものではない。

 

 

『……ア、イ……ア』

 

 

少年の耳にギリギリ届くかどうかという小声で呟く『ソレ』。

恐怖。今すぐにでも逃げ出したい。

少年の頭の中にはそれしかなかった。だが、『ソレ』から目を反らしたことで死んでいった大人たちを見ていた彼は、『ソレ』を見つめ続ける。体の震えはさっきよりも酷くなっていた。それでもーー

 

 

ーーズッーー

 

「!!」

 

 

目を離さない。そう決意していたのに。

少年の耳に入ってきたその音で、彼の精神力は遂に限界を迎えた。

 

 

「い、いやだっ……もう、やだっ」

 

 

後退りをしながら、彼は叫ぶ。

周りの人間が殺されていくところを目の当たりにして、尚半月逃げ延びた。その間も人は殺され、今その村で生きているのは、目の不自由な女性と寝たきりの老人、そして、彼だけ。

限界だったのだ。12歳の少年が直面した現実はあまりに惨すぎた。

 

 

ーーゴンッーー

 

 

足元の瓦礫に足を引っかけて倒れてしまう。

目を離してしまった。そう思った時にはもう遅く、瞬間に『ソレ』は彼の視界から消える。見失って、再び見つける。

 

 

「あ、あっ……ぁぁっ」

 

 

『ソレ』は彼の視界に戻ってきていた。否、彼の網膜に入り込んでいた。

 

 

「いやだっ、死にたくないっ!! やだやだやだっ!!」

 

 

『ソレ』に見つめられながら、少年はまた叫んだ。彼の脳裏に過るのは、生きたまま眼球を裂かれる激痛で発狂し、死んでいった大人たちの姿。

自分もそうなる。

そう思ったら、音を立てたことで、外に両親を殺した『アレ』が迫ってくることなど頭から抜けてしまっていた。

目に走る激痛を感じ、死を知らせる轟音もすぐそこまで響いている。

 

 

「……あ……」

 

 

僕は死ぬんだ。

直感的にそれを感じた少年は、脳裏に走る走馬灯を見ながら、思い返していた。

閉鎖的な村だった。いつか出ていってやると思っていた村。同年代の子どもだっていない。だから、初恋もまだで。

月に一度、両親に連れていってもらえる本屋で買った漫画。それに出てくるような女の子との出会いを空想しては虚しさに襲われていた。

 

両親も死に、自分もただ死ぬ。

せめて最期くらい漫画みたいに大好きな女の子を守って死にたかったな。

今際の際に、そんな下らないことを考えながら、彼は空を仰ぐ。

次の瞬間、

 

 

 

ーーピタッーー

 

「だーれだ?」

 

 

 

彼の視界は暗闇に包まれた。

けれど、それはさっきまでの激痛とは違う柔らかな感覚で、その声は初めて聞く声だというのに安心感すら覚えていた。

 

あったかくて、やわらかい。

そして、いい香りがする。

甘く痺れるような感触に身を委ねかけた時、不意にその幸福な時間は終わりを告げた。

 

 

「あっ……」

 

 

彼の目の前にいたのは1人の少女。自分と変わらない年齢だと彼は感じ取った。その彼女は艶やかな黒髪をなびかせながら、少年の前に歩み出た。そして、背を向けたまま、彼女は訊ねてくる。

 

 

「目、なおった?」

 

「え……あっ」

 

 

少年を襲っていた激痛は消えていた。

なんで? さっきまであんなに痛かったのに!?

頭のなかに疑問符が浮かび、混乱する少年。そんな彼を落ち着かせるように、大丈夫と口にした後、彼女は続ける。

 

 

「ちょっと待っててね。すぐに祓うから」

 

ーーゾワッーー

「っ」

 

 

少女が祈るように手を合わせた瞬間に、背筋が凍るような感覚に襲われる少年。その原因は、彼女の向こう側にいる『ソレ』だ。『ソレ』は先程までとは比べ物にならないほどおぞましい形相でこちらを凝視していた。

 

 

「ひっ!?」

 

「ダイジョブ、だよ」

 

「……え?」

 

 

 

「『焼土永霙(しょうどえいえい)』」

 

ーーボウッーー

 

 

 

瞬間、少女の掌の内から放たれた小さな蒼炎が『ソレ』を包み込み、断末魔をあげる間もなく、『ソレ』は焼き消えた。

 

 

「ね? ダイジョブだったでしょ?」

 

 

ふと振り返り笑うその少女の表情に、少年は思わず見惚れていた。それは彼にとって初めて抱く感情ーー初恋であった。

 

 

ーーーーーーーー



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聖女様のおしごとー弐ー

久々更新


ーーーーーーーー

 

 

「ダイジョブ?」

 

「え、あっ、うんっ」

 

 

急に目の前で起こった出来事に呆然としていた少年は、少女の声で我に返った。そして、同時に今の状況を思い出す。

 

 

「っ、そうだっ、『アレ』がまだっ!」

 

 

『アレ』ーー少年の両親を殺した化け物が少年の声に反応してこの廃屋に向かってきているはずだった。目の前の少女が只者ではないことは分かっていた。だが、あの巨体を相手にして勝てるわけがない。殺されてしまう。

そう考えて、彼はこの場から一刻も早く逃げようと少女の手を引いた。

 

 

「逃げようっ、『アレ』がーー化け物が来るんだ! このままじゃ殺されちゃうよっ」

 

 

死にかけた時、彼の脳裏に走った思い。好きな女の子の前で格好をつけたい。年相応な感情を、少女は否定する。くすくすと笑い、そんなことにはならないと口にした。

 

 

「っ、君は見てないからそんなことを言えるんだっ、あんなの人間が倒せる相手じゃーー」

 

 

 

ーーズウウウウンッーー

 

 

 

「!?」

 

 

彼の言葉を遮るように響く轟音。それは廃屋の外から聞こえてきた。しばらくしても『アレ』の這いずる音は聞こえてこない。

音に敏感な『アレ』が今の音に反応しない?

不審に思い、恐る恐る少年は廃屋の窓から外を覗き見た。そこにはーー

 

 

「…………っ」

 

 

1人の男が立っていた。その手には『アレ』の首。それはつまり、その男が『アレ』を殺したことを表していた。

困惑する少年と、外にいた男の目が合う。

 

 

「っ」

 

「…………ふむ」

 

 

そのまま男は廃屋の中に入ってきた。

長い黒髪と顔についた横一文字の痣。見るからに普通の人間ではないことは、少年も察しがついた。

そんな異常な男が口を開く。

 

 

「怪我はなかったか、涼乃!」

 

「うん、平気だよ、パパ」

 

「あぁぁっ!? 少し擦り傷になっているではないかっ! 消毒せねば!」

 

「大袈裟だって……もうっ」

 

 

過剰に心配する男と少し照れたような表情の少女。その2人が村を壊滅に追い込んだ化け物を退治したこと。

現実離れした異様な状況と化け物がいなくなったという安堵。少年の脳のキャパシティは既に限界を超えていた。そして、

 

ーーバタンーー

 

 

彼は意識を失った。

 

 

……………………

 

 

「あ、起きた?」

 

「っ!?」

 

 

少年が目を覚ました時、目の前には例の少女の顔があった。整った顔立ちだ。そんな感想だけが頭を支配する。慌てて起きようとして、

 

 

ーーズキッーー

 

「痛っ」

 

 

頭に感じる痛みに、思わずまた倒れ込んでしまった。

 

 

「無理しちゃダメだよ。あんまり寝てないんでしょ?」

 

「あ、えっと……うん」

 

「なら、ほら! 寝てて」

 

「………………うん」

 

 

少女が見せた優しい微笑みに、安堵したようで彼はそのまま目を閉じた。そして、

 

 

「勘違いをするな。『焼相』は皆に優しい」

 

「っ!?」

 

 

耳元に感じる男の声で、彼は再び飛び起きる。あまりのことに今度はちゃんと体を起こすことができてしまっていた。

そこにいたのは、先ほどの男。少年の眼前で血走った目で彼を睨んでいた。少女が『パパ』と呼んでいた男だったのだが、どこか雰囲気が違う。

 

 

「ちょっと、お兄ちゃん! この子、疲れてるんだからダメだよ」

 

「……今、こいつはお前に色目を使っていた」

 

 

そう言って、男は少年の眼前でメンチを切ってくる。

すっごい怖いし、圧もすごい。

ビビる少年とそれにも構わず睨み付ける男。その様子を見て、少女はため息を吐いた。

 

 

「はぁ……まったくもう」

 

 

……………………

 

 

少しして落ち着いたのか、男は少年から離れた。無論、離れたところからも睨み付けているのだが、先ほどまでよりはマシだと少年は自分に言い聞かせる。そうでもしないと、話が進まない。

 

 

「お兄ちゃんがごめんね? お兄ちゃん、あたしのこと大好きだから……イヤな思いさせちゃってごめんね」

 

「う、ううん……大丈夫、です」

 

「それならよかった」

 

 

にこりと笑う少女。その笑顔にますます少年は心惹かれていた。

少女の微笑みに見とれていると、その様子を別な意味にとってしまった少女が顔を覗き込んでくる。心配してくれる声色に、彼女の顔が近い嬉しさよりも申し訳なさが勝ってしまい、姿勢を正す少年。

このままでは話が進まない。それよりも、と少年は話を強引に戻す。実際、今までは訳の分からなかった状況を、きっと目の前の少女ならば解答してくれる。そのチャンスは今を逃せば他にない。

 

 

「『アレ』は、なんなの……?」

 

 

少女曰く。

少年の村を蹂躙した化け物たち。それらは『呪術』に関連するものらしい。

 

 

「『呪術』……それって一体……?」

 

「人の負の感情から生まれる化け物『呪い』を祓うための術だよ」

 

「……『呪い』」

 

 

非現実的だった。けれど、それ以外に説明する言葉がなく、少年は言葉を飲み込んだ。

 

 

「たぶん、あたしたちが祓ったものは元々は『式神』っていう種類の『呪術』なんだけど」

 

「『呪い』、とは違うの?」

 

「『呪い』は自然発生のことが多くて、『呪術』はそれを扱う人間がいるはずなの」

 

「っ、それってつまり……」

 

 

少年の問いに彼女は静かに頷き、答える。

あの『式神』にはそれを操る人間がいる。まだ村を襲う災厄は消えていない、と。

 

 

ーーガタッーー

 

「っ!?」

 

 

廃屋に響く物音に、少年は過剰に反応してしまう。今の話を聞いたからというのもあるだろう。何者かがいるのではないかと目をやる。けれど、そこにはなにもいない。ただ古くなった建物が軋む音だったようだ。そう思い、安堵の息を吐いた少年。

それと対照的に、

 

 

「お兄ちゃん」

 

「あぁ」

 

 

2人は警戒を強めていた。

 

 

「え、えっと……たぶん建物の軋む音だから」

 

「…………『百斂』」

「『百斂』!」

 

 

その姿は未だに見えない。だが、廃屋の外に『ナニカ』がいるのを感じ取った2人は、それぞれ術式を展開する。

どこから来る? 警戒を強める2人のことを何も知らない少年は宥めようとする。

 

 

「ほ、ほら! 音しなくなったからーー

 

 

 

『ばぁぁぁぁあんっ』

 

 

 

「「!」」

 

 

強襲。それは突如として、地面の下から現れた巨大な口。

 

 

「『焼土永霙』!」

 

ーーボウッーー

 

 

 

『あ……ううう……ああ』

 

ーーゴクンッーー

 

 

「嘘っ!?」

 

 

咄嗟に放った蒼炎は『大口』の中へ。本来ならば、触れた対象を焼き尽くすはずの術式効果は不発に終わる。

 

 

「避けろ、『焼相』ーー『超新星』」

 

「! こっちだよ!」

 

 

続けざまに追撃する『脹相』。『大口』へ放つは血の散弾。それは対象を破壊するためではなく、衝撃によって動きを止めるためだった。その意図を瞬時に理解した少女は、少年を連れ、廃屋の外へと誘導する。

2人が外へ出て数秒後、『脹相』も廃屋から飛び出す。その直後に、廃屋は『大口』に呑み込まれた。

 

 

「チッ」

 

「お兄ちゃん! 離脱しようっ!」

 

「あぁ」

 

 

少女の言葉に頷いた『脹相』は自らの呪力を解放すると同時に、それを血液に変換する。視界を埋め尽くす血の洪水。『大口』は湧き出てくる血をごくごくと飲み干していく。

それは『脹相』の読み通りだった。そういう『縛り』なのか、恐らく『大口』は何かを飲み食いしている間はその場を動くことができない。

 

 

「『焼相』」

 

「うん! 早く来てね」

 

「あぁ、妹を待たせることはしない」

 

 

『脹相』の言葉に、少女は頷いた。そして、

 

 

「今のうちに!」

 

「う、うんっ」

 

 

『大口』と対峙する『脹相』に背を向けて、2人はその場を後にした。

 

 

ーーーーーーーー



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聖女様のおしごとー参ー

お久しぶりです。
もう少しだけお付き合いください。


ーーーーーーーー

 

 

「ここまで来ればいいかな」

 

 

廃屋から約2km離れた林の中で、2人は立ち止まった。周りを見渡しても緑が広がるだけで、自分達の他に気配はない。動物の気配すらないのは、きっと化物達が闊歩しているからだろう。

 

 

「あの人は……」

 

「お兄ちゃんは負けないから」

 

 

そう言って少女は笑う。

けれど、少年にとっては笑えるような状況ではなかった。姿を隠せていたあの廃屋も壊れてしまったのだ。その上、少年の目から見ても、あの口はかなり強そうで。

 

 

「でも、あの口……他のよりずっと……」

 

「まぁね。猿や蛇よりずっと呪力量は多かった……それでもお兄ちゃんは勝つよ」

 

 

待たせないっても言ってたしね。それにお兄ちゃんはあたしとの約束を守る人だから。

少女はそれを信じて疑っていない。そんな彼女からの絶対の信頼に、少年の心は少しざわつく。知り合って間もない上に、ただの一方的な好意ではあるが、それでも少女からそこまで信頼を寄せられることに嫉妬してしまう。

 

 

「ねぇ、キミは……あの人が好きなの?」

 

「うん。大好き」

 

 

少女の迷いのない言葉に、少年はポツリと呟いた。

 

 

「………………羨ましい」

 

 

その声は、少女には聞こえていない。声量の問題ではなく、タイミングの問題。彼の呟きと同時に、その男の気配を『焼相』が感じ取ってしまったからだ。

 

 

「来た……少し離れてて」

 

「う、うん」

 

 

「こんにちは」

 

『………………』

 

 

もう春だというのに、真冬に北国の人間が着るようなコートを着込み、フードを被る男。その男こそが『元凶』である呪詛師であろうことは簡単に想像できた。

 

 

「鈴木さんだっけ?」

 

『………………』

 

 

本名ではない。男の本名は呪術高専からの情報にもなかった。その代わりに男が使った偽名の内のひとつを使い、呼びかける。返答はない。それどころか意志のようなものを感じられない。

 

 

「……すぐに特級術師が来る。今すぐ『式神』を解除して、投降して」

 

『………………』

 

「3秒だけ待つ。それまでに投降する意志がないなら攻撃に移るから」

 

 

動きがないまま、3秒が過ぎた。

 

 

「『百斂』」

 

ーーパンッーー

 

 

「『焼土永霙』」

 

 

自らの血液を圧縮した後に放つ『焼土永霙』。触れた物を燃やす血液は『大口』にこそ効かなかったが、呪詛師本体にならば効果はあるはずだ。

そんな『焼相』の予想は正しい。その男に当たれば、間違いなく肉体を焼き尽くす。

だが、

 

 

『ーーーー』

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

「!」

 

 

何かを呟く男。

 

 

『ばぁぁぁぁぁんっ』

 

「っ、さっきのっ!?」

 

 

地中より現れる『大口』は『焼相』の放った血液を簡単に飲み込んだ。

突然の『大口』の出現で、彼女が真っ先に考えたのは家族ーー『脹相』のこと。

ここにその式神が現れたということはお兄ちゃんは破れたってこと? いや、そんなわけない。お兄ちゃんは約束を守る人だ。負けるわけがない。いや、でも、万が一……っ!

 

 

「ーー危ないっ!!」

 

「えっ……?」

 

 

思考が飛んでいた。だから、目の前に迫った『大口』も、それから庇うようにして飛び込んできた少年にも気がつくのが遅れてしまって。

 

 

 

ーーグヂャッーー

 

 

 

気付けば、『焼相』の目の前で、少年は『大口』に喰い殺されていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「お前に落ち度はない」

 

 

どうにか逃げ延び、再び落ち合えた『脹相』は『焼相』に告げる。お前は悪くない、と。

 

 

「俺があの『大口』を逃がしたのが悪い。そのせいでお前にいらぬ感情を抱かせた」

 

「……ううん。お兄ちゃんこそ悪くないよ」

 

「……お前のせいではない」

 

 

そこまで言って、『脹相』は気づく。目の前の少女には、今の『脹相』の言葉は届いていなかったことに。

 

 

「救うって……必ず助けるって言ったのに……っ!」

 

「『焼相』……止めろ、それ以上は言うな」

 

「っ、聖女なんて呼ばれて浮かれてたんだっ、これはあの子が死んじゃったのはーー」

 

 

 

ーーあたしのせいだーー

 

 

 

少女から出かけた、自責の言葉。

それは彼によって止められた。彼は『焼相』の口元に右の人差し指を当てたまま、告げる。

 

 

 

「それ以上はなしだよ、涼乃」

 

 

 

既に日は落ちていた。やがて夜が来る。

ここからは『彼』の時間だ。

 

 

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お父様のお仕事

ーーーーーーーー

 

 

夜も更け、時刻は深夜2時。丑三つ時。

彼ーー加茂憲倫は、その男が現れるのを静かに待っていた。待つこと数分、目的の人物はすぐに現れた。

 

 

「…………来たか」

 

『………………』

 

 

ゆらゆらと、まるで亡霊が彷徨うかのように歩く男。足取りこそ不安定だが、向かう先ははっきりしている。

十数秒の後、男は加茂憲倫と対峙し、動きを止める。

 

 

「久しいな」

 

『……………………』

 

 

 

加茂憲倫はその男を知っていた。現代に転生してからの知り合いではない。そうであれば、久しい等という表現を選ぶわけがなかった。

その男を加茂憲倫は、明治の世から知っていた。

 

呪術総監部が今回の件に、わざわざ受肉体である『焼相』と『脹相』を送り込んだのはそういうことであった。彼らでなければーー否、彼でなければならなかったのだ。

忌まわしき汚点を消すための人選。

この村のことなど、総監部はどうとも思っていない。真の目的は隠蔽工作。

 

御三家の汚点と呼ばれる呪術師を、御三家の手で消し去る。

皮肉なものであるが、それこそが加茂憲倫がここに派遣された理由だった。

 

 

禪院(ぜんいん)徒与臣(とよおみ)

 

 

男ーー禪院徒与臣は答えない。月明かりに照らされ、晒されたその顔はもはや人間のそれではない。

眼球と耳ひとつ、口の半分がまるで焼かれたかのように潰れていた。その原因を憲倫は知っている。

 

 

「『感応式術(かんのうしきじゅつ)』」

 

「自らの感覚器官を式神に『映す』ことで式神の性能を格段に引き上げる術式……その顔を見るに、視覚に聴覚、味覚も式神に『映した』のか。なんとも……痛々しいことだ」

 

 

憲倫は目を伏せる。決して仲がよいわけではない人物。だが、その昔、同じ御三家の者としてしのぎを削っていた人間の余りの変わり様に、心が痛んだ。

それと同じくらいの大きさで、込み上げるのは怒りの感情。

知り合いをこのような姿にした者への怒り。

そして、何より娘に悲しげな顔をさせた者への怒りだ。

 

 

 

「……茶番は終わりにしようか、少年」

 

 

 

『…………っ、げぉぇぇっ』

 

 

憲倫の声に応じるように、禪院徒与臣は嘔吐する。ただし、半分潰れた口から出てくるのは、吐瀉物ではなく人の腕。

 

 

「なんで……分かったのかなぁ」

 

 

ばきばきと男の口を裂いて這い出てきたのは、『焼相』たちの目の前で『大口』に喰われた少年だった。

 

 

「家族を殺されちゃって可哀相な少年に見えてたと思ったのに。さっきまで騙されてたでしょ?」

 

「それは私ではない方の男の話だ。『脹相』は如何せん兄弟以外の存在感知においては私よりも格段下でな」

 

「?」

 

「まぁ、なんだ。私は『成り代わり』には少々敏感でな」

 

 

目の前に立たれた瞬間に複数の呪力を感知し、それが一番最初に会った少年の呪力と一致していただけだ。

憲倫はいとも簡単に言うが、少年は自らの呪力を完全に切っていた。人の中身に入り込み、支配下に置くという術式をもつ彼にとって、呪力を遮断するのは習慣であり、呼吸と同じようなもの。それにも関わらず、自らの呪力を感知していたという事実に、少年は警戒を強める。

 

 

『ばぁぁぁぁんっ』

 

『ア……アァ……アァァァ』

 

 

だからこその先制攻撃。少年が支配下に置く禪院徒与臣の式神『大口』と『白猿』による奇襲だ。広範囲を飲み込む『大口』。対象の視界を奪う『白猿』。初見では避けられず、万が一避けたとしても『次』がある。

避けろ。

その少年の思惑通りに、憲倫は避ける。そこに迫るは少年の術式。支配の術式。

 

 

ーーベチャッーー

 

「?」

 

 

触れたはずだった。触れることで少年の術式は発動し、その肉体を自らの支配下に置くはずだった。

だが、少年の手は『それ』に阻まれた。加茂憲倫の血液が作り出した膜によって。

 

 

「うっとうしいなぁ……」

 

ーーパンッーー

「『百斂』」

 

 

続けざまに放つ、

 

 

「『穿血』」

 

ーーバシュンッーー

 

 

『穿血』。

高速で撃ち出された血液は、2人の間にある血の膜ごと貫いた。音速を超えるそれを血の膜という目眩ましごしに撃ち込むのだ。本来ならば避けることなど不可能。

だが、少年には禪院徒与臣の式神がいる。

 

 

『ばぁぁぁん』

 

 

地面を喰らい現れた『大口』には、血液は通用しない。加茂憲倫にとっての天敵。

 

 

「『赤鱗躍動』っ」

 

 

血液による攻撃が通じないことを理解した憲倫は、瞬時に攻め方を変えた。血の膜を解除して、『赤鱗躍動』を発動。身体能力を向上させ、それによる体術で式神を排除しにかかる。素早く『大口』の下に入り込み、下顎を殴り上げた。

 

 

ーードゴッーー

 

『アぁぁ……ァァッ』

 

 

殴られ、退け反る『大口』と入れ替わるように、憲倫に襲い掛かる『白猿』も

 

 

ーードゴッーー

 

 

蹴り飛ばす。そして、伸びている2体の式神に『穿血』で完全に止めを刺した。

 

 

「……手加減なしかぁ。酷いね、おじさん」

 

「紛いなりにも禪院の人間を操る人間に手加減も何もあるか」

 

「ちぇっ、油断してくれたらよかったのに」

 

「…………」

 

「ま、いいけど」

 

 

問答にまだ余裕があることを憲倫は気づいていた。禪院徒与臣を使い潰すつもりであることも察しがつく。彼の術式は自らの感覚を犠牲にすることで式神に呪力を分け与える。操られている今の状態であれば、肉体を捨て、式神に『映す』のが最大呪力を生み出せる。それが分かっていたから、彼は次の式神を警戒した。

そのせいで、気づくのが遅れたのだ。

 

 

 

ーーパンッーー

 

 

 

「やっちゃえ」

 

「っ!!」

 

 

背後から聞こえた柏手の音。そして、馴染みのある呪力。

 

 

「っ、涼乃!!」

 

「……『焼土永霙』」

ーーボウッーー

 

 

愛娘の術式を間一髪で避けると同時に振り返った先、そこにあったのは加茂涼乃の姿で。

瞬時に目の前の少年の術式とその発動条件を理解した。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

 

溢れ出る怒り。その視線はそれだけで人を殺せそうなもの。

当然だ。愛娘を『支配』されて心中穏やかな訳がない。

だから、その質問はただの時間稼ぎ。頭を回して、その状況から娘を解放するための質問だった。

 

 

「なんのつもり? うーん……そうだなぁ、ぼくはね、恋をしたかったんだよ」

 

「……恋? 術式で支配下に置くことがそうだとでも言うつもりか」

 

 

返ってきた答えにも苛立つ。

愛娘への恋心はいい。しかし、だというのならば、彼の言動は不可解極まりない。最初は支配下にある徒与臣の式神に自らを襲わせ、それから憲倫たちに助けてもらう。そして、行動を共にし、殺されたフリ。

涼乃から好意をもたれたいというのならば、わざわざ殺される等という行程を踏む必要はない。助け出して、ヒーローにでもなった気になればいいはずだ。

 

 

「…………本当の目的はなんだ?」

 

「………………」

 

 

憲倫は訊ねる。

そして、少年は答えた。

 

 

 

「恋をしたい。それは本当だよ。でも、それ以上にーー」

 

「ーーぼくは恋した女の子の……悲しみ、絶望する姿が見たいだけなんだぁ!」

 

 

 

少年は声をあげ、言を続ける。

 

 

「世間ではよく言うよね、初恋は実らない。ぼくにとってもそれはその通りだった。ぼくの愛した女の子はぼくに殺されてしまうからね……でも、そう。殺されると分かった瞬間の表情がよくてねぇ、今までの子たちのそれも目蓋に焼き付いて離れないんだ。それでもぼくはやっぱり新しい恋を求めてしまう。恋はいいよ、人を幸せにしてくれる。そう。この子の幼さと気高さの混じる雰囲気は特にいい! 守ったつもりになっていた少女が守ったはずの人間を殺されるあの瞬間は……たまらない……」

 

「あとはそうだなぁ……死んだと思い込んでたぼくが実は生きてて、それに裏切られて絶望しながら死んでいく。その間際の顔が見たいなぁ…………あぁ! そうだぁ! この子が大好きだって言ってた、信じるって言ってたおまえを殺せば、もっとこの子の素敵な表情を見れるかなぁ!」

 

 

恍惚の表情を浮かべながら、共感などできない話を滔々と語り、だらしなく半開きになった口からは涎を垂れ流す。その姿は異常者以外の何者でもない。

 

 

「…………もういい。時間の無駄だった」

 

 

彼の思考など理解できない。理解するつもりもない。

目の前の少年の皮を被った異常者の正体が何かなど探る必要もない。

今の加茂憲倫の頭にあったのは、娘を脅かそうとする目の前の下衆を排除することのみ。

 

娘につく悪い虫を祓う。

それがパパとしての仕事だ。

相手が少年の姿であろうと関係ない。遠慮も躊躇も一切ない。

 

 

 

「『領域展開』ーー『赫星静瘰(かくせいせいら)』」

 

 

 

領域内すべての生物の血液と呪力を吸収し、血の膜として再形成する必中必殺の『領域展開』。

それは習得した直後の話である。現在の『赫星静瘰』は領域内の呪力を血液に変換する術式効果しか付与されていない。つまりは、『術式強制解除』。それは少年が加茂涼乃にかけた『支配』の術式も例外ではない。

発動と同時に領域内の加茂涼乃、禪院徒世臣両名への術式が解除される。

 

 

ーーバシュッーー

 

「もう、大丈夫だ」

 

 

娘から少年の呪力が抜けたのを確認して、憲倫は領域を解く。

 

 

「おじさん、バカだねっ!」

 

 

娘を抱き止めたその隙を、少年は見逃さない。領域が消えた直後、術式が焼き切れることを少年は知っていた。だから、すぐに動いた。

加茂憲倫の攻撃を手を掻い潜り、娘にかけた『支配』をもう一度発動させる。そうすれば、こちらの勝ちだと確信していた。

 

 

「………………歯を」

 

「え?」

 

 

唯一の誤算はーー

 

 

 

「歯を食いしばれッ!!」

 

ーーーーーーバヂッーーーーーー

 

 

 

黒い火花が散ったこと。

その瞬間に少年の意識は途切れ、二度と目覚めることはなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………」

 

 

少女は積まれた石の前で、手を合わせていた。

それは任務の後、呪いのせいで亡くなってしまった人達を追悼するために彼女が必ずしていることで。その中には、式神遣いの男も、あの少年ですらも含まれている。

 

呪いによって命を落とした人間すべてのために祈る。

呪いである自分にできるのは、そのくらいだと彼女はいつか語っていた。

 

 

「終わったか」

 

「……うん、お待たせ。お兄ちゃん」

 

 

朝陽が逆光となったせいで少女の表情は『脹相』からも見ることはできない。それでも少女の口ぶりは柔らかで。

 

 

「それじゃ、行こっか」

 

「あぁ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

聖女・『焼相』。

 

特級呪物を身に宿しながらも、同族であるはずの呪いから人々を救う彼女を、一部の人間はそう呼称した。

 

彼女は呪いを祓い続ける。その命が尽きるまで。

その傍らに立つその男と共に。

 

 

 

ーーーー終ーーーー




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
お待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたが、以上で番外編も終了です。
お付き合いいただいた皆様に感謝を……。

ちなみに次作は未定ですが、色々書いてみたいものもあるので余裕があるときにでも投稿したいと思います。
では、また。

そして、ありがとう、憲倫くん。
元気に余生を過ごせよ。


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