攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ (出し抜き卵)
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俺は新米探査者

 唐突な話だがこの俺、山形公平は覚醒した。

 中学の卒業式のまさにその夜、頭の中に声が響いたのだ。

 

 

『あなたはスキルを獲得しました』

『それに伴いダンジョンへの入場および攻略が可能になりました』

『system《ステータス》機能の解放を承認。以後、あなたは自分のステータスを確認できます』

 

 

 おおお!? と、盛大に騒いで家族にどうしたどうしたと慌てられたのはご愛嬌。

 100年前、世界中に無数に発生した洞窟、通称ダンジョン。未知なる価値と発見が今なお明かされることなく眠っているとされるそうしたダンジョンには、スキルとかいう特別な能力を持った人間しか入場ができない。

 そんな現代、大ダンジョン時代と呼ばれる昨今にあって突然だがスキルが芽生えたのだ。そりゃあ騒ぐし家族だって驚いて心配するやら興奮するやらだよな。

 まあ、とにかくもこうして俺は、思春期特有の全能感からくる妄想とかではない、本当の覚醒を果たしたのである。

 

「《ステータス》」

 

 

 名前 山形公平 レベル1

 称号 まだ誰でもないあなた

 解放済みスキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 

 

 で、これが俺のステータスだ。思ってたより簡素というか、各能力値を数字化とかじゃないんだ? とか率直に感じる。

 まあでも、ここが優れていてここが劣っている、なんて数字として見たいわけでもないのでこれでも良いかなって思う。そも、ダンジョン調査業者こと通称『探査者』の最大の武器は知恵と勇気とスキル、特にスキルだ。

 それさえ分かれば良いわけ。あと称号も、地味に実力を底上げしてくれるってこないだ、探査者組合で受けた新規探査者教育で聞いた。

 ならばスキル、称号の仔細はどうなっているんだろう? 眼前に浮かぶ、当人にしか見えない半透明のステータス──なんとタッチパネルだ、人前で操作してるとパントマイムみたいだねって妹に言われた──の、スキルと称号をタッチして説明表示する。

 

 

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 解説 誇り高くも野獣のように。風にはあなたがなるのです。

 効果 一人で戦う時、全能力が10倍になる

 

 

 称号 まだ誰でもないあなた

 解説 誰になるのかは、あなたの歩みが示すのでしょう。

 効果 なし

 

 

 とまあ、これが詳細だ。フレーバーテキストまで付いていて、小憎いったらないね。

 称号は初期らしい、特になにもないすっぴんのものだから割愛するにして、だ。

 スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》。これが中々、界隈でも珍しいタイプのものだそうで。ギルド専属の鑑定士さん──スキル《鑑定》で上記ステータスを、第三者のものさえ見られる専門家だ──が目を丸くしていたのが印象的だ。

 

 なんでも普通、スキルの名称までポエミーなものはないらしい。ましてや解説など、称号でもないのに付いてるのは異常の一言だそうで。

 普通は《剣術》とか《索敵》とか単語オンリーの名称と、簡素な効果説明があるだけなんだってさ。

 

 効果についても、いくらなんでも強力すぎるとの指摘を受けた。

 通例で言えば《剣術》なら『剣を使った戦闘術の習得が早くなる』とか、《索敵》なら『周囲の気配を感知できる。感知範囲は熟練するにつれて広がる』とか。

 それそのものが実力に直結しているわけでない、強くなるための補助のような効果が主流らしい。少なくとも俺の《風さえ吹かない荒野を行くよ》のような、雑かつぶっ飛んだブースト効果など、探査者多しといえど前例がないそうだ。

 

 心当たりはあるか? とか聞かれたけどあるわけないだろ、知らんがな。

 こちとら花の高校生活を目前にした春休み、受験も終えてウキウキ気分でぐーたらしようと思っていた矢先にこれだぞ。探査者組合に束の書類を出さなきゃいけなかったし、新人教育も朝から晩までみっちりだ。

 挙げ句、入学までに初心者用のダンジョンを監督官立ち会いのもと踏破するよう言われて、もう俺の春休みは無茶苦茶だ。

 つまりはド素人もド素人。何聞かれたってはいかいいえかしか答えられない。

 

「はい、それじゃあ新規探査者教育最終試験を開始します」

「おねがいしまーす」

 

 ってなわけで今、俺はその初心者用ダンジョンに入っている。

 もう二日後には高校の入学式、今が初心者用ダンジョン攻略の締め日みたいなものなのだ。

 座学と軽い訓練は受けたものの、ぶっつけ本番に近い感じで不安なのだが、まあ監督官もいるし平気だろう。ただ、俺のスキルの都合もあって一人での探査にはなるから、何かヘマしないかって、そこは不安だけど。

 

 今回入る初心者ダンジョンは地下一階のみ、エリアが3つだけとお誂え向きにチュートリアル的だ。

 内容も、壁に電線が張られていて照明が付いていて明るい。土くれの道と外壁をそんな風にして不自然に照らすもんだから、テレビで見た坑道とかを連想とさせる。

 崩落したりはしないよな? と若干不安になりながら俺は攻略を開始した。




退魔世界の一般人とはどちらも気が向いたら書いて投稿する関係


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はじめてのダンジョン

 今回の最終試験、合格はもちろんダンジョン踏破だ。

 ダンジョンの最奥にはダンジョンコアなる宝石があり、それを手に入れることで踏破、つまりは攻略が認められる。

 コアを手にした冒険者はそのダンジョンそのものの所有権も手にするそうで、大抵は組合に売ったり、一部冒険者はテーマパークとか別荘とか、秘密基地にして遊んでいるらしい。

 なんとも夢のある話だね、まったく。

 

「ぴきー!」

「! で、出たモンスター!」

 

 と、奇声とともに何やら現れたるは、人間ほどの大きさのひとかたまりのゼリー。興奮しているのか、小刻みにぷるぷる震えている。

 出ましたよモンスター。ダンジョンには付き物の生息物であり探査者の永遠の敵、ある意味花形だ。

 ダンジョンそのものが生成しているらしいこいつらは倒しても倒しても絶滅することがない。唯一、ダンジョンを踏破することだけがその洞窟からモンスターを消滅させる手段なのだそうだ。

 

 ちなみにダンジョンを踏破してコアを得、所有権を手にした探査者の中にはあえてモンスターを残している人も少なくない。

 戦闘訓練用にしたり、動物園見たく見世物にしたりと、各々の用途を見出しているそうだ。

 まあ、たとえば俺がコアを得たらまず、モンスターを消すと思うんだけどね。リスクはないほうが良いに決まっているんだ、うん。

 

「ぴき、ぴきー」

「っと……さて、やりますか!」

 

 考えに耽っていても仕方ない。俺は組合支給の鉄剣を構えた。

 やたら重い……が、いざ戦うぞとなった途端、信じられないくらい軽くなった。何なら体も、その場で月面宙返りも余裕でできちゃいそうなくらい、羽毛みたいに軽い。

 そのくせ力はやけに漲るのだから、これはあのスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》が発動しているのだなと、思考力にまでブーストがかかっているのか異様に冷静な頭で俺は、スライムにそのまま斬り掛かった。

 

「ぬぅん!」

「ぴきき!?」

 

 俺自身は平均的な体格、身体能力だがそれでも10倍ともなれば中々の怪力だ。

 力任せにスライムを叩き潰すことくらいはわけなかったようで、教育で教わった、刃を当て引き切る基本はどちらかと言えばおざなりな一刀両断と相成った。

 

 というか、なんかしっくり来ないな。

 

 なんだろう、剣がうまく扱えない予感がある。どんなに熟達しても、使いこなすところまではいけなさそうな気配があるのだ。

 とは言え今は監督官付き、組合からもらった武器にケチ付けるのもちょっと、挑戦的すぎるだろう。

 抱いた違和感はそのままにして、俺はぶった切ったスライムがまだ、何かしてこないか警戒した。

 

「ぴきー……」

 

 分かたれたスライムは、アメーバよろしく再生することはなかった。粒子となって磨り減っていき、やがては影も形もなくなったのだ。

 ダンジョン由来だからか、ダンジョンに帰るということなのだろう。探査途中で力尽きた人間はご丁寧に何もかもそのままと話を聞くので、死んだからってダンジョンに取り込まれることはないんだろう。

 

「よし。じゃあ、進むか」

 

 モンスターを倒したのだから、この場に留まっていても仕方がない。俺は3つある部屋の、2つ目に向けて進んだ。

 戦うことに一定の自信というか、見込みを自分自身、得られた感じがする。よくあるらしい、いざ実戦となると尻込みするって話も俺にはなかった。

 

 人型のモンスターが出た時かな、次の問題は。

 人間とほぼ変わらない姿を殺せるかどうか。そこが探査者としての決定的な一線らしく、ここで心折れてサポート専門の内勤探査者に進路を変える者も少なくない。

 内勤も憧れはするんだけどね。いかんせん俺はスキルがあまりにも戦闘向け、かつ自己完結してるから。

 何が何でもダンジョンには潜ってもらうとでも言わんばかりだ。まあ、やってみましょうかね。

 

「げぎょぎょぎょぎょ!」

「はい出たよっこいしょー!」

「げぎゃー!」

 

 2つ目の部屋に入った途端、斬り掛かってくる緑の人型。

 見ようによっては愛嬌があるのかもしれない、ブサイクな化物。ゴブリンと呼ばれる、どこのダンジョンにも何らかの派生形が見られるミスターダンジョンみたいなモンスターだ。

 にしてもいきなり来るのか。覚悟とか色々すっとばして体を動かし、攻撃を避けて頭をかち割る。

 

 また力任せだ。どうも理屈通りに体が動かない……不慣れなのはもちろんあるんだろうけど、やっぱり剣を振るう動作にしっくり感がない。

 なんだろう? 帰ったらちょっと考えないとな。

 ともあれ頭からぱっかーんと割ったゴブリンは、断末魔をあげてそれきり、粒子となってダンジョンの露と消えた。

 

「よし、じゃあ進むかなあ」

「……」

 

 気配の何もない部屋、もう進んでもいいだろう。

 監督官がやけにこちらを凝視しているのを背中で感じながら、俺はこの、初心者ダンジョンの最奥へと向かった。



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なんか怖い人

 ダンジョンの最奥は、これまでの坑道めいた土くれの道から一変して、ひどくSF感のある構造をしていた。

 無機質な材質の床と壁に、どうしたことか淡く緑色に発光するラインが、部屋の中枢に立つ柱を起点として無数に走っている。

 その柱には手のひら大の、まるで宝石のように光を受けて輝く多面体の物質が一つ、埋め込まれている。

 これがダンジョンコアだ。一つの例外もなくダンジョンの中核であり、手にしたものにはダンジョンの所有権が手に入る謎しかない代物。

 柱まで寄って、監督官に告げる。

 

「ええと? 実際にコアを取るわけじゃないんですよね?」

「はい。あくまでここに到達できることが、新人教育最終試験の合格基準の達成ラインとなります」

 

 監督官の女の人は無表情に告げた。

 銀髪が眩しい美人でしかもスタイル抜群。リクルートスーツを着て、なぜか胸元を結構空けている姿が俺の思春期を暴走させかねない危険さを持つ。

 くそ、俺が金髪イケメンリア充陽キャだったらなあ。ほっとかないのになあ。

 だけど現実の俺は黒髪フツメン、陰キャとまではいかないけれどスキルの都合上、探査者としてはボッチ確定というリア充要素の欠片もない二日後高校一年生だ。

 土台、高嶺の花には届かないんだよなあ!

 内心のそういうやっかみは噛み殺して、監督官のお姉さんに答える。

 

「わかりました。そうしたら戻りますね」

「……これは、個人的な見解ですが」

「え?」

 

 突然、ぽつりの言い出したお姉さん。

 キョトンとする俺に、彼女はほのかに笑ってくれた。

 

「あなたは、きっととてつもない探査者になるんでしょうね」

「はあ。それは、どういう理由で?」

「初めての探査での振る舞いで、大体の探査者の底は見えるものです。ですが、あなたの底は……私には見えませんでした。特殊スキルを持つ、それゆえかもしれませんね」

「《風さえ吹かない荒野を行くよ》……?」

「聞いたこともないポエミーな名称、ありえない程の効果。きっと神がいるなら、あなたに何か重い使命を与えたのでしょうね」

「えぇ……?」

 

 何それ、そんな使命はいらない。

 まあでも、このわけの分からないスキルを知られる度、やたら珍しがられるのだから、よっぽどおかしいんだろうな。俺自身は普通の人なのに、スキルの噂ばかりが変な先走りをしそうな気がする。

 面倒くさそうな手合いに、絡まれたりするのは嫌だなあ……神とか言い出したこのお姉さんも若干、面倒な匂いがしているのだが。

 

「私の名前は御堂香苗。A級探査者です」

「はあ、どうも。新人のF級探査者、山形公平です」

「知っています。さ、帰りましょう。無事に組合本部に付いたら、私と連絡先とSNSを交換しましょうね」

「なんで!?」

 

 逆ナン? 逆ナンなのかこれ? いきなりすぎて怖いよ普通に!

 無口な監督官から年下趣味の肉食獣へとジョブチェンジしたお姉さん……御堂さんに、俺は後退る。

 正確な年齢は知らないが、なんとなく大学生とかもしくは新入社員さんくらいの、二十歳そこそこに見えるこの人が、やたらネバっとした視線を向けてくるのは正直、美女だとしても不審すぎる。

 美人は何しても得するというがそんなもん嘘だなって思うよ、だって不気味だもんよ。俺が警戒し過ぎなだけ? いや、んなこたーないでしょ。

 

「あのー、探査者って出会い目的の勧誘は規則でアウトなんじゃ」

「ナンパではありません先行投資ですあくまでも若い才能を青田買いするだけです青い果実を貪るつもりはありませんので悪しからず」

「ハキハキ早口で喋んの怖ぁ……」

 

 いよいよヤバい気配が漂ってきた。逃げなきゃ。

 本能どころか理性も理屈も諸手を挙げて、この人ヤバいよと訴えかけるところの御堂さんからなるべく距離を置き、俺はひとまず駆け足で来た道を引き返した。

 

 さっさと帰りたい──そんな願いが届いたのか? いや恐らくはスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果だろう。

 全力でもない駆け足がアホほど速い。これ通常の10倍速になってるな多分。

 ていうか今、一人で戦ってる判定になるんだな、俺。しかも御堂さんを敵として認識してる気がする。たしかにヤバげな人だとは思ったけど、何もエネミー判定することないだろ。

 

 まあとはいえこれで、御堂さんは振り切れるだろ。あとは組合にて認定もらってさようなら、だ。

 ……そんな甘い考えを叩きのめすかのように、当たり前のように御堂さんは並走してきた。

 

「なぜ逃げるのですか、公平くん」

「いや早ぁ!? 俺より早、しかも名前呼び!?」

「私たちズッ友じゃないですか。公平くんも香苗って呼んでくださいね」

 

 会ったその日にズッ友認定怖ぁ。しかも名前呼びしてくんのマジ怖ぁ……

 てか早いなこの人。駆け足から割とガチ疾走になってんだけど全然余裕で付いてきてるじゃないか。何ならダンジョンなんてとっくに抜け出して、組合に向かって二人、爆走してる状態だよ今。

 

「く、そ。何で、俺のが、息切れして、きてんの……?」

「あなたのポエミースキルは極めて強力ですが、弱点がありますね」

「俺、を、詩人みたいに、言わ、ないで……弱、点?」

「実力の10倍とは豪勢ですが、元の実力が新人探査者ならば、A級にはまだまだ程遠いということです」

「ぐ、ぐうの、音も、でない……!」

 

 ひ弱なボーイで悪かったな、ちくしょー!

 組合本部に着いた頃にはもうすっかりヘトヘトな俺は、かくして、ぜんっぜんピンピンしてる御堂さんに捕まって、各種連絡先を交換することになったのでした。



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すべての武器にサヨナラを(強制)

「それで、その御堂さんって人に連絡先とか諸々知られたの? えっ、兄ちゃんダサすぎ?」

「ひどい」

 

 晩飯時、今日の顛末を家族に説明したところ、愛しの妹、優子ちゃんから頂いたお言葉がこれである。ひどい。

 新米として探査者になれたのだから、頑張ってねとか、怪我しないでねとか、あっても良いじゃん。

 ダサすぎってなんだよ……仕方ねえじゃん。あの姉ちゃんマジで怖かったんだもんよ。

 

 と、一通り話を聞いていた母ちゃんが、味噌汁を飲みがてら聞いてきた。

 

「それで、あんたダンジョンに潜るんでしょ?」

「一応、最低週一度は潜るよう推奨されてるよ。まあ、ぼちぼちやってく」

「頑張んなさいよー。探査者ったらあんた、一攫千金も夢じゃないじゃない」

「はいはい」

 

 金のことしか頭にねーのか、このババもといお母様は。

 ダンジョン探査なんて命がけもいいとこなんだよ、ちょっとは心配しろってんだ。

 まあ、かと言って本気で心配されたらそれはそれでうぜーって思いかねないのが俺なんだけど。やだ、クズすぎ……?

 

「それで、公平。御堂さんというのはどんな人なんだ。美女で例えてくれ」

 

 そんな中、ポツリと呟くのは父ちゃん。

 威厳はあるんだが内容は糞の中の糞だ、隣の母ちゃんが人殺しの目をしている。何なら優子ちゃんだって肥溜めを見る目をしている。

 やめて! その人、この家の大黒柱なのぉ!

 

「お母様かな……」

「誰が野獣で例えろとアッ、ちょっとまって抓るのやめて愛してる愛してますこの想い届いて」

「誤魔化すならせめてあたしも美女って言えやぁーっ!」

 

 テーブルの下でどうやら抓っているらしいママン。パパンが悶絶している。晩飯時に特殊なプレイはやめろ! 寝室でやれ!

 隣では優子ちゃんが我関せずと飯を食っている。この淡白さが学校では受けているらしく、明後日には中学2年の彼女は毎日めっちゃ告られているそうな。まあ美人だしな、兄目線とか抜きにして。

 他人だったら告ってるわ、そして振られてる。あ、いや俺に誰かに告るだけの勇気はないから今の嘘だ。告られている場面に出くわして僕が先に好きだったのに……! って薄暗い興奮に身悶えしてるわ。いや兄貴じゃない俺キモいわ。

 

「何見てんの? キモい」

「ひどい」

 

 訂正、兄貴の俺もキモかった。泣くわ。

 ともあれそんな感じで、探査者としての活動についてはあんまり心配されていないまま報告は終わった。

 飯も食い終わったんでごちそうさまして部屋に戻る。スマホを見ると、SNSに複数、メッセージが届いていた。

 

「御堂さんいきなりじゃん。怖ぁ……」

 

 特に何も聞いてないのにマイプロフィールを爆撃してくんのマジやべえ。何この人、本格的に肉食じゃない?

 いくらなんでも犯罪ですよと返信しておく。あと通知オフ。

 さて静かになったし、今日は疲れたしベッドに直行。お気に入りの音楽を聞きながら、ちょっと探査中に気になったことを考えるか。

 

「なーんか、剣が性に合ってなさそうなんだよなあ」

 

 そう、モンスターと戦った時に感じた違和。

 剣を握って振れはするものの、使いこなせそうな予感がまるでしないという、探査者的には割と致命じゃね? 的な感覚のことだ。

 なんというかこれこそ本能的に、確信に近い違和感なため、さすがの俺ちゃんもちょっと腰を据えて考えざるを得ないわけ。

 

「適性がまるでない? 才能がないのか……変なスキルはあるくせに」

 

 正直言えば、たぶん俺ってスキル的にすげー大成しそうな気はしてるんだよね。普通ないじゃん、いきなり全能力10倍なんてぶっ飛んだやつ。

 ライトノベルでよくある無双チートじゃんやったぜぇへへへふへへ、なんてことをね。ポエミーな名称には目を瞑って考えちゃってたわけなんよ。

 ところが一発目からこれ。剣を振っても何の手応えもないどころか、逆に合ってねぇ~って気付いちゃうの、結構ダメージあるよこれ。子供メンタルなんだから手加減してほしい。

 

「《ステータス》」

 

 改めて、ステータスを確認してみるか。大体最初の探査でレベルが1、上がると聞いたし。

 そんな軽い気持ちの俺だったが、次の瞬間さらなる混乱に陥ることとなる。

 

 

 名前 山形公平 レベル3

 称号 武器はあなたに似合わない

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 

 

 称号変わっとる!? え、何、何が起きた?!

 今朝はすっぴんだったじゃん、まだ誰でもない俺だったじゃん! え、一回探査したくらいで変わるくらい、称号ってぴょんぴょん変わるもんなのか?

 さすがにビビるわ怖ぁ……震える手で俺は、俺にしか見えないタッチパネルの称号に触れた。

 

 

 称号 武器はあなたに似合わない

 解説 心得よ。あなたの戦いは、傷つけ殺すためにあらず

 効果 武器使用時、熟練度上昇停止

 

 《称号『武器はあなたに似合わない』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……どうかお忘れなく。あなたが武器を振るう限り、風は荒野に吹かないことを》

 

 

「……………………怖ぁ……………………」

 

 もうなんか、色々ありすぎる。

 思考停止した俺は、そのまま意識を失うようにして眠りに落ちた。



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スンッ……てなるわ

 まず、称号によって武器の使用が事実上、禁止されたこと。

 解説でなんか説教されたこと。

 世界初の称号らしく、ボーナスで俺の基礎能力がアップしたらしいこと。

 にもかかわらず音声ガイドさんに説教されたこと。

 

 以上四点、朝から組合まで足を運んで相談したところ、まあえらいことになっちゃった。

 いずれも組合の所属スタッフから、その場に居合わせた他の探査者さんたちまで。全員まとめてめちゃんこびっくりさせるだけのインパクトはあったらしい。

 変態を見る目で見られているなう。変態なら俺の隣りにいる御堂さんがそうだからそっちに視線向けてくれ、頼む。

 

「やはりあなたは何か、特別な役割を与えられていますね……!」

「いやあのほんと、そういうの良いんで……普通が一番なんで……」

 

 特別な主人公ポジションになってみたいとか思っていた過去はたしかにあるけどさ。実際、明らかに俺だけ浮いた感じになっちゃうとこれ、本気でつれぇわ。

 実際、眼の前のスタッフさんなんてあからさまに困惑して、上司やら先輩やらと取り巻いて俺を見てくる。いじめかよ怖ぁ……

 こうなると過度にピッタリ張り付いて来ている御堂さんの存在がありがたく思えてくるから不思議だ。胸が腕に当たってめっちゃいい匂いしてやばぁ。思春期が暴走しちゃいそう。

 

「いやはや、どうも山形さん。当組合の責任者の広瀬と申します」

「あっはい。新米F級探査者の山形です」

「畏れ入ります。申し訳ありませんが今回の件に付きまして、いくつかお聞かせ願いたいことがありまして」

「あっ、はい」

「つきましてはどうぞ、面談室の方にまで御足労願えますでしょうか」

「あっ……はい……」

 

 偉い人が出てきて呼び出された怖ぁ。え、これいわゆる事情聴取やん怖ぁ。

 聞きたいことがあるったって何聞かれても答えようがないよ、だって何も心当たりねーもん。

 説教の内容から察するに、おそらく武器を使用したことが誰かさんの琴線に触れたのかもしれないけど、そうなると誰かさんって誰だよ怖ぁってなる。

 

 あんまり深く考えるのはやめて、もう偉い人と組織に投げよう。人生丸投げが肝心なんだ。

 そう頷いて俺は案内に従って歩き出す……御堂さんも相変わらずピッチリ一緒だ。

 これには組合長の広瀬さんもビックリして、彼女を呼び止めていた。

 

「み、御堂さん? なんであなたまで山形さんに付いて行くのです?」

「は? 彼がいるところが私のいるところですが?」

「何それ怖ぁ……」

 

 思わず広瀬さんと目が合う。

 え? 君たちそう言う? いえいえ事実無根です。

 そんなアイコンタクトを不思議と通じ合った結果、めでたくも憐れみの視線を彼から賜った。助けろや!

 

「彼ほどの価値ある探査者が、考えなしに組合に食い物にされるのを黙って見ているわけにはいきません」

「食い物!? 俺が!? 怖ぁ!?」

「しませんよ人聞きの悪い! 御堂さんちょっと離れてください! 話がややこしくなる!」

「そんなこと言って一人になった公平くんをあれやこれやで籠絡するつもりなのでしょう! 薄い本のように! 薄い本のように!」

「年頃の娘さんが何をはしたない!」

「私は彼から離れません! 私は彼の、ズッ友です!」

 

 そのズッ友ってのも一方的なもんじゃねーか!

 一人興奮するストーカー女に、俺も含めて一同ア然だ。

 この人ダンジョンより病院行った方が良いんじゃないかとすら考えられてしまう。せめて診察は受けてきて欲しい。

 ともかく、この場でこれ以上こんなことしてても俺の肝が冷えていくだけだ。御堂さんに、語りかける。

 

「御堂さん、俺なら大丈夫なんで」

「ですが、公平くん」

「たとえ受付の若い年上おねーさんスタッフが総出で俺を取り囲んで来たとしても。抜群の色気で流し目ウッフンとかしてきても。あまつさえとてもじゃないけどこんなところで言えないことをされたとしても! 俺、探査者ですから!!」

「やっぱり私も一緒にいます! ハーレムならまだしも一歩的な籠絡なんてズッ友、許しませんよ!」

「するかするかするかー! もういい、まとめて来いバカども!!」

「あっ、はい」

「急にスンッ……てなるなよ……最近の若い子が分からん……」

 

 なんかすいません。

 ついにブチギレなすった広瀬さんの剣幕にスンッ……てなるが、逆にそれが彼を余計に疲れさせたようだ。案内する背に哀愁が漂う。管理職って大変だなあ。

 ともかく面談室に向かう。明日にはいよいよ高校の入学式があるんだから、こんなところでこんなことして時間、使いたくないんだけどなあ。

 せめて一時間くらいで終わってくれると良いなあ。

 そんなことをぼやく俺であった。



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時代の寵児?

 結局、事情を聴取とか言ったところで判明することは何もなかった。

 結論から始めて恐縮なんだがそりゃあそうだ、俺からは心当たりのなさしかないし、組合からしても初めてのケースすぎて前例ゼロ。これで推測の一つでも立てられる方がどうかしている。

 

「いやまさか、こんなことがあるとは……」

「そんなに珍しいんですか? 称号の初獲得なんて」

「もちろんですよ! 最後に初獲得された称号は、記録にある限りでは50年前の《猫探しの達人》が最後なのですから、これは実に半世紀ぶりの快挙ですよ!」

「猫探しの達人て」

 

 よっぽど迷い猫を探し当てるのが得意だったんだろうな、その称号を得た人。ともかく俺の称号《武器はあなたに似合わない》は、そのくらい価値のある称号らしい。

 何ならその効果、武器をどれだけ使っても一切上達しないとかいう終わってるデメリットについても、逆に界隈的には価値があるそうで。

 

「これまでの称号はすべて、探査者にとって何らかのメリットをもたらす効果が付き物でした。それが今回発見された称号はどこからどう見てもデメリット! これは研究資料としても価値が期待できますよ」

「そ、そうですか……」

「ええ! 一度獲得した称号の効果は次、別の称号に差し替わった後でも継続して探査者に付随するわけですから。メリットばかりかと思われていた称号にまさかの罠があるなどと、歴史的発見ですよ!」

「罠とか言わないで欲しいんですけど」

「あ、すみません」

 

 くぅ、好奇心に支配された目をしている広瀬さんが憎たらしい! 悪かったな罠に引っかかった無能で、でも予想付かないじゃんあんなの、武器持ったらアウトってなんだよそれ。

 しかも称号は、それそのものは更新されて別のものになってもそれまでに得た効果は探査者の力となる。つまり俺は今後、武器を使ったところで成長することは本当に、一片の余地なく、ガチのマジで、欠片も可能性すらないってことだ。

 

 これ詰んでね?

 一瞬どころか長時間、探査者としての道が終わった顔をしていたらしい俺に、なんの因果か希望を示したのは肉食獣の御堂さんだ。

 心配げに俺の両手を握り、あやすように言ってくれたのだ。

 

「武器がなくとも格闘術があります。実際、空手家や柔道家がその技を駆使して探査をしている例も少なくはありません。絶対に諦めてはいけませんよ、公平くん」

「御堂さん、なんでそこまで」

「あなたに、探査者の道を諦めさせてはいけないと本能が訴えているのです。こんなことは初めてです。一目惚れなのでしょうか? 運命を感じます」

「あ、そういうのいいんで」

「私は本気です」

「怖ぁ……まあ、ありがとうございます。一応、探査は続けてみます」

 

 オトナの包容力にかなり本気でバブってオギャってべろべろばあしそうになった俺、正気に戻れてよかったな!

 運命とか言い出す子は怖い。まして、出会って一日かそこらの男にここまでベッタリしてくるなどどういう話なんだ。いくら俺が猿でもさすがに踏みとどまるわ。

 いやまあ、励ましてもらえたのはありがたいんだけどね。それとこれとはね。話がね。違うから。

 

「それに何より、解説が異様です。スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》もそうですが、これらの解説は明らかに説明ではない」

「俺への説教ですよね」

「もしくは導きとでも言えますか。いずれにしろ、それはつまり。あなたに対して何者かが、解説欄を通して干渉してきているという疑いが出てくるのです」

 

 何それ怖ぁ……でもまあ、正直、俺も俺のステータスから何者か、タッチパネルの向こう側にいる人の意志? みたいなものをうっすら感じている。

 じゃなかったら普通、こんな説教ないでしょ。何もしてないぞ、俺。

 誰かが俺にやらせたいことがあって、そうなるように称号やらスキルやらの解説欄を使って誘導している、と見るのが妥当だろう。

 

「これまで幾度となく、ステータスやスキル、称号は誰かの作ったものではないかという議論はされてきましたが! これは学会に一石どころか十隕石は投じる流れになりそうですよ!!」

「いんせき……はあ、まあ。お元気そうで何よりです」

「……テンション低いですねえ」

 

 高くなるわけ無いだろ! こちとらデメリット付き称号に、説教までされてるんだぞ!

 一体どこのどなたか知らないが、何様のつもりだと声高に言いたい。ただの子供捕まえてこの仕打ちはあんまりにもあんまりだ、現代日本っ子として盛大に訴えたいところである。

 

「問題は今後、公平くんが妙な組織に目を付けられないか、というところではないですか? 広瀬本部長。彼の探査者としての素質は、世界を一変させてなお余りあるでしょう」

「いや、世界て」

「たしかに価値は大いにありますが、御堂さん。その言い分はいささか」

「大袈裟とでも言うつもりですか? 彼はもう、時代の寵児なのですよ」

 

 大袈裟ぁ!

 俺のことを気遣ってるのは分かるけど、かくいう御堂さんも十分妙ちきりんな個人ですよとか思っちゃう。

 広瀬さんも同様に感じたようで、しばし彼女をドン引きの視線で見るのであった。



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人の夢と書いて儚い

 俺の扱いをどうするのかは、組合の方でもすぐさま決めかねる案件だったらしい。持ち帰って検討しますと言われ、俺と御堂さんもその場で解散となった。

 

「お時間よろしければお食事とかお風呂とかおホテルとかどうです?」

「お結構です明日からお高校生におなりますので」

 

 もはや欲望を隠すことない彼女の追撃を振り切って帰宅した俺は、結局潰れに潰れた春休みをたった半日だけだが堪能し、次の日の朝を迎えた。

 春だ! 高校一年生、山形公平一日目だ!

 今日から素敵な高校生ライフが始まるのだ! 俺のテンションは高い! なぜなら!

 

「学生で探査者ったら、モテモテなんだってばよなぁ~!」

 

 これである。学生探査者はモテるのだ。ていうか探査者自体がモテるのだ!

 考えてみれば当然の話で、まず探査者という職業がそもそも希少だ。スキルが覚醒しない限りは組合員にすらなれない狭き門。日本ではわずかに10万人しかいないのだからまあ少ないこと。

 世界全部引っくるめても、100万人行かないんじゃないの? つまりはそのくらい、レアなお仕事なわけだ。

 

 そしてそういうレアなお仕事ゆえ、めちゃめちゃ儲かる。

 うちの母ちゃんが亡者発言キメてたけど、実際マジ儲かるらしい。特にモンスターを倒した時、稀にドロップするアイテムとか素材が色々な用途において価値があるそうで。

 ダンジョンコアに至ってはなんと、それ一つで最小価格から100万円は下らない。ダンジョン所有権を売りに掛けるようなものなので、つまりは土地を売買しているようなものなのだからそうなるわな。

 規模の大きなダンジョンともなれば億単位のやり取りになるらしく、その辺になると俺には遠い遠い天より遠い果ての世界だ。さすがに望むべくもないが、副業程度に探査者やってる人でも話を聞くと、食うに困らず悠々と生活できているらしい。

 

 で、だ。

 つまりはそういうお金持ちになれる点で、俺っていう子供の将来性はもう、凄まじいわけなのね。俺と付き合えたらその時点で、お金パワーでウハウハなわけ。

 モテないわけないじゃーん。モテるに決まってんじゃーん。

 ……マネーパワー頼りのこの思考、いかに歪んでいるかは自覚あります。でも仕方ないじゃないですか、今まで女の子と話もロクにしたことない俺が、それでもモテたいと思っていた俺が! 財力チートを手にして! おかしくなって何が悪いんですか!!

 

「何もおかしくない。よって俺は正しい。以上、証明終了」

「なにブツブツ言ってんだよ、山形」

 

 今日からお世話になる学校、東クォーツ高等学校の一年13組の教室。

 入学式もついさっき終えて、名簿順なので割と端っこの方の席に座って先生が来るのを待ちつつ、上記のカスみたいなことを考えていた俺に、隣の席の男子が話しかけてきた。

 ええと、こいつ名前たしか。

 

「松田、だっけ」

「おう、松田太助な。で、どうしたんだ?」

「いや、別に……」

「そっか? ま、一年よろしくな」

「ああ、よろしく」

 

 笑顔の眩しい爽やかさだが、イケメンと言うにはちょっと普通。そんな好少年の松田くんに会釈したあたりで、担任の先生が入ってきた。

 30手前くらいの、ゆるふわカットが癒やしになりそうな女教師だ。かわいい系の顔立ちで、見た瞬間俺の一年は幸せなものになる予感がしている。

 教壇に立って先生は、皆、つまり俺たち生徒を見回して微笑んだ。

 

「はい、皆さん入学式お疲れさまでした。私が今日から皆さんと一年を過ごす、一年13組担任の原田さやかです。よろしくおねがいしますね!」

 

 かわいい。フワッと微笑むのまじかわいい。

 隣の松田くんも、何なら他の男子たちも皆やられたようで、鼻の下が大概伸びている。わかる、わかるよ。あの御堂さんで通った道だ、俺も大いに理解できる。

 一方で女子たちの、男子への視線の冷たさったらないね。これから青春の一年を共に過ごすってのに、粗大ごみを見る目でため息まで吐いている。怖ぁ……

 

 男女の意識の差がこんなにあるなんて知らなかった……! などとしょうもないことを考えつつも、今度は生徒の自己紹介が始まる。

 名前と、出身中学と、軽く一言を添えて挨拶するのだ。つまりはここが俺という男を見せる、第一にして最重要ポイントとなるのだ。

 

 軽く、さらっと、流すように探査者であることをアピールする。それだけで良い。

 それだけで俺はクラスの中でも飛び抜けて将来性のある、一種のカリスマになれる。陽キャの輪に入って高校デビューと洒落込めれば、うふふ、彼女とて夢ではないのだ!

 勝った! 俺は勝ったぞ!

 

「関口久志、北皇子中学出身。中一から探査者やってて、今はD級です。よろしくおねがいします」

「探査者!?」

「すごーい!」

「えっ、しかもカッコいい……やだ、やだー! イケメン!」

 

 なん……だと……

 呆然と今、挨拶した男子を見る。

 悠然と微笑むイケメンが、俺よりベテランで級も高い探査者であることを、さも当たり前のようにさらっと宣言していた。



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妬むべきは世界。羨まれるべきは君。

「山形公平、です。栗律中学から来ました。よろしくおねがいします……」

 

 ふふふ。終わった。やはり悪いことはできないんだな。

 席に座り、燃え尽きた真っ白の心で呆然と俺は、天罰という言葉の意味を噛み締めていた。

 

 あのイケメン探査者先輩様──関口くんの自己紹介によって、俺はもう、探査者であることなんかとてもじゃないけど言えなくなっちまった。

 俺よりイケメンで? ベテランで? 実力もある探査者?

 そんなやつの後でどの面下げて探査者アピールしろってんだよ。こちとら探査者歴二日だぞ、二日。三日坊主にすら到達してないんだぞ。

 

 結局、どうしようもないから無難な挨拶をして、俺はこの三年をひっそりと、地味に、陰日向に茂る雑草のように生きていこうと誓ったのだ。

 うん……まあ考えてみれば陰キャの俺が、こんな自己紹介一つで高校デビューとか無謀だったね。冷水ぶっかけられて逆に良かったのかもしれない。

 ありがとう関口くん、君の冷水、氷水で死ぬほど痛かったよ。

 

「なあ山形、すげえよな~探査者って! まさかこの高校にいるとは思わなかったぜ!」

「え? あ、あぁうん。そうね」

 

 ホームルームも終わり、今日のところは半日で学校も終わり、放課後。

 帰り支度をしていた俺に、松田くんが話しかけてきた。内容はもちろん探査者──俺でなく、関口くんのことだ。

 なんなら他のクラスメイトもみんな関口くんの話題で持ちきりだ。当の本人は既に女子に囲まれて爽やかイケメンスマイルをキメているのだから、何というか。

 

「すげぇよなあ、本当に」

「俺も探査者だったらなあ。あんな風になれたんだろうなあ。良いなあ〜」

「……だねえ」

 

 なれなかったと思うよ。なれたとして、向こうとの差にコンプレックス抱くだけだと思う。今の俺のように。

 松田くんに別れを告げて、そそくさと帰路につく。なんでもない風を装いつつも、内心は身勝手な劣等感でいっぱいだ。

 

 あんな、カッコよくてベテランで余裕のある探査者がクラスメイトなんて聞いてないよ……

 浮かれてた自分が情けなさ過ぎて泣けてくる。そうだよ、探査者っても俺、武器も使えないポンコツじゃん。スキルだって、とてもじゃないけど自慢できないダメダメネーミングだし。なんで詩的なんだよ、くそう。

 八つ当たり気味に、ステータスを表示する。

 

「《ステータス》」

 

 

 名前 山形公平 レベル3

 称号 輝きに気付いていない人

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 

 

「……は?」

 

 なんだ? また称号が変わってる? え、ダンジョンすら潜ってないぞ?

 日常生活の最中で称号が変わるなんて話、本気で聞いたことない。恐る恐る、震える指で称号を指す。

 詳細が表示され、そこにはこう書いてあった。

 

 

 称号 輝きに気付いていない人

 解説 やがて世界は気付くでしょう。真なる輝きはここにある

 効果 レベルアップ時、全能力に成長ボーナス付与

 

 《称号『輝きに気づいていない人』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……天翔ける龍が地を這う虫を妬むなど愚かなこと。間もなく世界はあなたに気付きます》

 

 

「いやあんた誰!? 怖いよ!?」

 

 思わず大声で叫んでしまった。周囲にいる少なからずの同学年生が、ギョッとしているよを横目にしつつ。それでも俺は、いよいよ異常な話だと鳥肌が立ってしまっていた。

 

 何だ、これは。

 

 称号が、ステータスシステムの向こう側にいるなにかが、明らかに俺に何かをさせようとしている。何かを期待している。

 額面通り受け取れば、これは激励だ。慰めでもあるし、あるいは予言ですらある。世界が間もなく俺に気付く? どういう意味かとんと理解できないが、少なくともそれをもって俺が、関口くんに嫉妬するのを諌めようとしてきている。

 

 なんなんだ、これは。

 

 混乱する頭を無理矢理、冷静さで保つ。スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》すら発動しているのかもしれない。そのくらい、俺は今、思考という戦いをしていた。

 武器を禁止して、嫉妬を諌めて、システムの向こう側にいるなにか──便宜上、そうだな、システムさんとでも呼ぶか──は、何を目的としているんだ? 意図が読めなさすぎて率直に怖い。

 猿だって自分が誰の掌の上で踊ってるか、知れようもんだぞ。これじゃ俺はそれ以下じゃないのか。操られている錯覚に、ひどい反発を覚える。

 

 だめだ、一人だとカッカしかねない。

 努めて冷静に、情けないことを承知で俺は、御堂さんに電話を掛けた。

 

「はい御堂です。どうかしましたか公平くん、私はいつでも会いに行けますよ」

「1コールもしない内に出るの早ぁ!? あ、いえ今は助かります。すみません、ちょっと相談事が」

 

 スタンバってない限り到底不可能なスピードで電話が繋がったんだけど、何この人。頼っといてなんだけどシステムさんとトントンで怖いじゃん。

 さておき、今しがた称号が変わったこと、解説とシステムが明らかに意図を持って俺に干渉してきていることを伝える。

 俺が半分パニックになっているのを察したのだろう。御堂さんは落ち着いてゆっくりと、宥めるような声音で言ってくれた。

 

「今から迎えに行きます。詳しい話は組合本部で、広瀬本部長も交えて行いましょう。大丈夫、私は何があっても、あなたの味方です」




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ぴょーんぴょん跳ねます


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すごいなーあこがれちゃうなー

 電話をかけてから10分ほどで、東クォーツ高校の門前で待機していた俺の前に、真っ赤なスポーツカーが停まった。

 すげぇ派手でイケイケなその車の持ち主は御堂さんで、昨日一昨日と変わらずスーツ姿でクールに決めて車から降りてくる。

 

「こんにちは公平くん。学ラン姿が眩しいですねツーショット写真撮って良いですかSNSのプロフィール画像にして匂わせがしたいです」

「こんにちは御堂さん。急なお呼び立て申し訳ないです写真撮るのは構いませんけど炎上しそうなんでそういうアレは止めてください」

 

 御堂さん、美人A級探査者ってことでSNSでも人気者なんだよなあ。『美しすぎる探査者』とか、擦られすぎて逆に信憑性に欠ける呼び方までされたりしているくらいだ。

 何度かテレビにも出たことがあるようなそんな人が、未成年の学ラン小僧との何かしらを匂わせでもしてみろ。次の日には俺の家から学校から何から何まで特定されて人生終わるわ。

 

 ド派手なスポーツカーから美女が出てきて、さっき奇声をあげたとっぽい男子学生と親しげにしている光景を、男女関係なく周囲にいる人たちが珍しそうに眺めている。

 なんならクラスメイトも少なくない。この目立ち方はちょっと、したくなかったなあ……明日からの言い訳どうしたもんか、ちょっと考えないと。

 

 とにかく組合本部行って、広瀬さんも交えてシステムさんの存在について話さないと。

 そう御堂さんにも言って、車に乗ろうとした矢先のことだ。門の方から関口くんがやって来て、俺と御堂さんを見比べて訝しんできた。

 

「香苗さん……と、ええと? 山本だっけ。どうして二人が?」

「山形ですけど。関口くん、御堂さんと知り合い?」

「探査者付き合いがあるのさ。結構親しいよ?」

 

 そう言って割って入ってくる。そりゃ親しいのは呼び方からして分かるよ。変な牽制しなくて良い。

 ていうか御堂さん怖ぁ……あんた年下だったらマジで見境ないのか。頼むから小学生とか幼稚園生とかは止めてくれよ、そこまできたら俺も炎上覚悟で告発しないといけなくなっちゃう。

 

「彼が新米の頃に少しだけ面倒を見ていただけです。公平くんとの絆には及びません」

「社会的にまずい関係ではないと?」

「男としても探査者としても人間としても、彼にさしたる興味はありません」

「なっ……香苗さん!?」

「いやキツぅ!? 怖ぁ……」

 

 俺のドン引きを察したのか、御堂さんが若干早口で言い募るが、あまりに関口くんに辛辣すぎて余計にドン引きするわ。

 この人、やっぱ怖いな……と、関口くんが俺を睨み付けてくる。見た感じ御堂さんに想いを寄せているのが、いきなり変な男が現れたのと本人から辛口対応されての八つ当たりってところか。

 御堂さんのとばっちりじゃねーか!

 

「……山原は俺のクラスメイトですが、大した男じゃないですよ。おい山岡、どうやって香苗さんに取り入ったか知らないが、分不相応だぞ」

「山形ですけど」

「名前を覚えてやる価値すらないって言ってるのさ。俺も香苗さんも探査者だ。お前は本来、触れるどころか同じ空間にすらいて良い人間じゃないんだよ山田」

「山形ですけど。ていうか選民思想じゃん怖ぁ……」

 

 関口くん、だいぶ歪んでますなぁ。探査者ってある種の特権階級だから、この手の思想はたしかにあるっちゃあるそうだが。

 この分だと相当、チヤホヤされてきたんだろうなあ。イケメン探査者って良いよなあ。俺も一応探査者だけど、家族からすらチヤホヤされてないし。心配すらされてないし。

 

「最低の思想ですね、関口。あと公平くんは探査者です。知らないのですか?」

「へえ? 自己紹介でも言ってませんでしたね。どうせつい最近なったばかりの新米で、この俺の方が経験を積んでいるから、恥ずかしくて言い出せなかったんでしょう。器の小さな底辺によくある話です」

「……あなたのような半端者が、探査者の品格を大いに下げる」

 

 なんだかやるせなくなってきた俺を尻目に、今度は御堂さんが関口くんに食って掛かっている。というか、なんで探査者だって言わなかったのかの理由をドンピシャで当てられてしまって俺は血を吐いて倒れそうだ。

 周囲の人たちも、俺が探査者ってことに驚きつつも関口くんと見比べて何やら憐れみの目を向けている。止めてくれ止めてくれ、客観的な視点から見比べるのを止めてくれ!

 

 と、関口くんからカードを見せびらかされる。探査者に渡される探査者証明書だ。

 スキル《鑑定》持ちの職員の存在もあり、カードにはその探査者の称号やスキルまで任意で記載することができる。まあ要するに、自慢したがりの格好のプロフィールってわけね。

 で、せっかくなので関口くんのを見てみる。

 

 

 名前 関口久志 レベル28 D級

 称号 シールドブレイカー

 スキル

 名称 勇者

 名称 剣術

 名称 気配感知

 名称 狩人

 

 

「分かるかこの俺の強さが。これが才能ある探査者の実力なのさ」

「強ぉ……」

 

 やっべメッチャ羨ましい。なんだよシールドブレイカーって。なんだよ勇者って。てかレベル高ぁ!

 こんなん主人公やん……性格悪いけど。そりゃ天狗にもなるわ。俺だってこんなスキル貰ってたらその日の内に天狗になるよ。その自信だけはある。

 

「お前、どうせ役に立たないスキルだけしかないんだろ? そんなんで香苗さんの周囲を彷徨くな邪魔をするな。底辺なら底辺らしく、有象無象と戯れてろ」

「関口、消えなさい。公平くん、もう行きましょう。あなたには、こんな探査者の恥を見ていてほしくありません」

 

 嘲笑の関口くんと、憤怒の御堂さんと。

 二人に挟まれつつ俺は、やっぱり『普通の探査者』に憧れを禁じえないのであった。



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突然興奮するお姉さん

「関口ごときに憧れ? 公平くん、冗談は休み休みおねがいします」

 

 関口くんを半ば強引に振り払って御堂さんが俺を車に乗せたあと。

 軽快に走る車内でぽつり、やっぱり関口くんすごいなあ、あこがれちゃうなー。なんてこぼしたところ、彼女から出たのはこんな台詞だった。

 

「まだ界隈に詳しくないから仕方ないのかも知れませんが。あの子供が精々誇れるものなどスキル《勇者》くらいのものでしかありません」

「えっ。でも称号とか、狩人とか」

「あの辺のスキルはすべて後天的に得られるもので、しかも取得条件も判明しています。簡単なものですよ? 効果とて大したものでもありませんし、あなたが気に掛ける程度のものではありません」

「レベルとかも高かったですけど……」

「3年探査者をしていればあのくらいにはなります。むしろ低いくらいです。どうせ最低限しか潜らず、あとはひたすら取り巻き共にチヤホヤされていたのでしょう。あれはゴミです」

「酷ぉ……」

 

 異様に辛辣すぎませんか御堂さん。言葉のナイフがサックサクだよ。

 ていうかめっちゃ怒ってない? 正直、関口くんの思想はともかく言ってることって割と合ってるんだけどね……ええそう、俺は彼に気後れして探査者ですって言えませんでしたよ。

 そんなことを言うと、彼女はさらに怒ったようだった。

 

「あなたはっ、自分の価値に無頓着すぎる!」

「えぇ……?」

「スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》、あれの効果がすべてを物語っています! あなたは特別なんです! この広い世界、たくさんいる人間の中でたった、たった一人っ! すべてを変えられる力を持っているんですっ!」

「は、はあ。いやでも、はあ」

「既にあなたのことは、最上級の探査者の皆が知っています! 本当に力ある者たちや組織は、あなたに宿る能力と課せられているであろう使命、運命に注目しているんです!」

「ちょちょちょちょっと? なにそれなにそれ」

「そんなあなたが! あんな程度の輩に自信喪失などと! まして自身の素性を隠すなど、許されないことです! 世界から、あなたという宝を隠さないでください!!」

「何これ宗教!?」

 

 突然興奮する御堂さん。彼女の中で何者なんだよ俺は。少なくとも何か盛大に勘違いしているだろ、この人。

 ていうか何、俺もう誰かしらからマークされてんの? 下手打つと襲撃とかされるの? 組織とか動いてるの? 怖いよぉ……

 

 結構なシャウトをかましたからか、先程よりはずっと落ち着いた様子の御堂さん。失礼しました、と言ったきり、車内に沈黙が降りる。

 そうこうしている間に車は組合本部に着いた。今日は放課後にダンジョン探査しようと思っていた都合、元より訪れるつもりでいた。

 でもこうなると、話だけでダンジョン探査には行けないのかも知れないなぁ。どうなることやら。

 

「お待ちしておりました、御堂様、山形様。組合本部長室にて広瀬がお待ちです」

「既に広瀬本部長には連絡を通しています。ことは危急です、さあ行きましょう」

「あっ、はい」

 

 言われるがまま、御堂さんに着いていく。広々とした探査者待合室に入り、数多いる先輩探査者さんたちの目を受けつつ、関係者以外立ち入り禁止のエリアへと進む。

 エレベーターに乗り、最上階の15階を選択。狭い空間だが空気の入れ替えや清掃は随時行われているようで、沈黙も気にならない。この施設、さすが県庁駅前の高層ビルなだけはあるなあ。

 

 ちなみにこのビル、探査者組合としては1階から3階までと、最上階の15階しか使っていない。

 じゃあ残りの4階から14階はなんぞやって言うと、これがなんとS級探査者、つまり最上級とされる探査者たちの事務所階層なんだな、これが。

 日本には今、10人しかいないんだったかな? そんな頂点に君臨する人たちのためにそれぞれ1階層ずつ割り当てられているそうな。

 もっとも、そうしたS級さんたちだってみんながみんな、この辺に住んでるわけじゃないから。各都道府県ごとにこうした拠点を構えていて、攻略するダンジョンの位置によって毎度、河岸を変えているとのことだった。

 

 さて15階に到着。エレベーターを抜けて広く長い廊下を進む。左右にも部屋は多いのだが、今回、広瀬さんの待つ本部長室は最奥らしい。

 突き当りにあるドアを御堂さんがノック。悠然とそのまま開けると、めちゃくちゃ広いオフィスの中、難しい顔をして広瀬さんと他2名、おじさんおばさんがいた。

 

「失礼します。A級ライセンス御堂香苗、山形公平さんをお連れしました」

「ご苦労さまです……二人とも、どうぞおかけください」

「失礼します。さ、こちらへ」

「し、失礼しまぁ……」

 

 空気が重い。お偉方がこっちガン見してくんの、キッツぅ。

 促されるままソファに座る。呼応して本部長はじめおじさんとおばさんも向かいに座った。俺をガン見したまま。

 俺がガチゴチに緊張しているのが見て取れるのか、お偉方は頬を緩めてこちらに、友好的な笑みを向けてくる。こちらをガン見したまま。

 いやガン見止めろや!



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システムさんがとおる

 広瀬さんの両脇に座るおじさんおばさん。こちらがまた、まあとんでもないお偉い人たちらしかった。

 

「はじめまして、山形さん。私は全日本ダンジョン探査者組合協会理事、新川晋太郎です」

「はじめまして。私は国際探査者連携機構、通称WSO日本事務局の局長補、烏丸良子と申します」

「あっ……ぼ、僕は山形公平です。高校一年生です。新人の探査者です」

 

 名刺を渡しがてら、何やら長ったらしい肩書を告げてくるこの人たちの、立場はきっと広瀬さんより上なんだろう。県レベルの探査者組合本部長とは字面からして範囲が違う。

 全日本て。国際て。

 そんなグローバルな組織で役職付きなぞやっていらっしゃる方々が、忙しかろうに何のつもりで俺なんかに?

 引き攣る顔の俺に、新川さんと烏丸さんはにこやかに接してきた。

 

「不躾ながら山形さん。あなたの探査者スキル、および称号とそれに付随する何者かからのメッセージ、とも取れる解説文。いずれも広瀬本部長から報告を受けています」

「そして今日、まさに今しがた。ダンジョンを探査中でもないのに称号が更新されたとも聞き、どうしてもお話を伺いたくこの場に同席いたしました。突然のことに驚かれていることかと存じます。まことに失礼いたしました」

「あっ、あの、いえ……あの、お気になさらず……」

 

 やべぇ~。何言われても頭真っ白すぎて受け答えできねぇ〜。

 とにかく広瀬さん経由でこの人たちはやって来て、俺の珍妙極まるステータスとシステムさんについて詳しく聞きたがっているのは分かる。

 でも急すぎんだろ! いきなり大人の偉い人に3人同時に来られたって怖いだけだわ! 俺の3倍は生きてそうな方々に、詰め寄られる恐怖ったらないぞ!

 

「公平くん、落ち着いてください」

「み、御堂さん」

「深呼吸して、ゆっくりとあなたがスキルに目覚めた時から今までのことを話してくれたらいいんです。大丈夫、あなたの敵は、誰一人としていません」

「…………はい」

 

 手を握って落ち着かせてくれる、御堂さんの手が柔らかい。

 言われるがまま深呼吸して、心を落ち着かせてどうにか俺は、これまでの経緯を説明し始めた。

 

 突然スキルに目覚めました。なんだか名前がポエミーでした。

 初めてダンジョンを攻略しました。その夜、称号が更新されました。

 武器の使用を実質、禁止されました。説教もされました。

 今日、入学してクラスメイトに先輩探査者がいました。なんかすごいリア充でした。

 嫉妬していたらまた称号が更新されました。嫉妬すんな〜って諌められました。

 怖くなったので御堂さんに相談しました。ここに来ました。

 

「……以上です」

「ふうむ……いやはや、ありがとうございます」

 

 俺のステータスも実際見せつつ──新川さんが《鑑定》を持っている──説明を終える。

 ポエミーなスキルとかシステムさんの説教とか、見せるのはちょっと恥ずかしくて躊躇われるところも、隠し立てはできないので見せた。恥ずかしい。

 その間、御堂さんがずっと手を握ってくれていたのがありがたかった。ありがたかったけど、なんか次第に指を絡ませようとしてきてて怖かった。

 肉食系はTPOも弁えられないのだろうか。怖いよぉ……

 戦慄する俺には気付かずに、荒川さんが唸るように声を上げた。

 

「特殊な名称、効果の称号とスキル。ステータス画面の向こう側、山形さん仰るところのシステムさんの存在と謎の意図。どれ一つ取っても世界が、時代が揺るぎますな」

「大ダンジョン時代に、変化が訪れると?」

「100年前に到来し、50年前に停滞したこの世が。彼の登場によって再び動き出すということなのでしょう」

「『時代を動かす者』……!」

「それさえ彼の意志次第、ですが」

 

 烏丸さん、広瀬さんとも併せて3人、何やらシリアスに話し込んでいる。その間、俺と御堂さんは置いてきぼりだ。

 ところで御堂さんが何やら俺の方を向いて潤んだ目をしている。もう落ち着いたんで手とか良いですよありがとう、と言ったのに離してくれないし。怖ぁ。

 極力もう、色々考えないようにしようと思って手持ち無沙汰のまま、ステータスを見る。

 

 ……出しっぱなしのステータスが……また、変化している……

 

 

 名前 山形公平 レベル3

 称号 次なる時代をもたらす人

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 

 

「ひえぇ……っ」

「? どうしたんです、公平くん」

「ま、また……称号が変わってるぅ……」

「何ですと!?」

 

 もはや鳥の首が締まったような声を出すしかない。俺の言葉に一同騒然、荒川さんなんて目をひん剥いて《鑑定》を使ってくる。

 称号の詳細まで含めて、仔細がこの場にいる面々に明らかになった。

 

 

 称号 次なる時代をもたらす人

 解説 時代はあなたの思うがまま。あなたは時代が望んだ人

 効果 モンスターを倒した際、確定で素材がドロップする

 

 

 《称号『次なる時代をもたらす人』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……時代を動かす程度にあらず、あなたは時代を創るのです。今ここに、救済の刻来たれり!》

 

 

 絶句。効果も解説も、俺の中だけに響くシステムさんの声さえも。

 表示される何もかもが、俺たちにひとつのことを示していた。

 

 システムさん、リアルタイムでここを見ているな?




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コバンザメさんのこと山形って言うのやめろよ

「『あなたが時代を創るのです。救済の刻来たれり』……ですか」

「とてつもない効果に、明らかにこちらを覗いてきている何者かによる、答え合わせのような称号」

「もはや我々の中だけでしていい話ではありませんね。各々、組織に持ち帰り十分な議論の上で検討せねば」

「私たちは、神話の誕生に立ち会ったのかも知れない」

 

 いやそんなに? そんな大袈裟?

 新川さんも烏丸さんも広瀬さんも、どこか畏敬の念で俺を見てくるし。御堂さんに至っては何か、涙流してるし……

 何だこれは。システムさんやい、答えてくれよう。

 呼びかけてみてもまるで返事はない。言いたいことだけ言いに来やがって、まったく。ここ見てるんだろ、今も!

 

 行われてきた話の流れに、まるで応じるかのような称号更新と解説文の内容。高らかに世界へと告げる、システムさんの無機質な音声。

 何もかもが異質極まりない。俺は一体どうなるんだ?

 ひとまずお偉方は、今日のところは帰るみたいだ。時間にして1時間くらいか……ダンジョン探査はできるなあ。

 まあ、元々の予定だったし潜ってみるかな。

 

 その場を後にし、組合本部一階のロビーまで戻る。

 ここで申請して、ここの組合が担当する範囲内のダンジョンを探査するのだ。

 

「えーっと、講習後一回目の探査なんですけど。いい感じのあります?」

「かしこまりました……そうですね。この近くだとすぐ向かいの商店街にある、豆腐屋の側道にできたダンジョンが適切でしょうか」

「あ、わかりました。それならそれを受けます」

「では手続きを進めますね……はい、できました。こちら資料になります。F級探査者、山形公平さん。探査者の誇りと勇気でどうか、ダンジョン踏破を祈ります」

「どうもです」

 

 ……とまあ、申請から手続き、準備完了まで恐ろしくスピーディーだ。何しろ冗談抜きにダンジョンだらけの世の中だからな、変に事務上のことで時間をかけてもいたくないみたい。

 ここからはややこしい話も抜きに、探査者としての活動だ。俺は御堂さんに向き直り、挨拶する。

 

「今日は助かりました。ありがとうございました、御堂さん」

「えっ……私も、付いていきますよ? ダンジョン」

「えっ」

「だって、一番近くでいつだって見たいじゃないですか。公平くんが紡ぐ、新しい時代」

 

 いやいやいや。あなた何を仰ってるの?

 A級探査者がF級に引っ付いてダンジョン踏破に同行なんて、それ俺がコバンザメ扱い受けるやつじゃん。ただでさえ御堂さんには気にかけてもらってるのに、そこまでされるといよいよ彼女のファンに刺される。殺られる。

 関口くんみたいなのもいることだしなあ。

 

「うん? 何だ、まだ佳苗さんに付き纏っているのか、底辺探査者」

「あっ、関口くん」

 

 噂をすれば影が差す。昼前、御堂さんを巡って俺に八つ当たりしてきたイケメン先輩探査者クラスメイト、関口くんのお出ましだ。

 ロビーに入ってきて俺たちを見つけるなり、開口一番の悪態ぶりはさすがだ。俺を見る目も侮蔑を隠すことなく、嘲笑を浮かべている。

 

 うーん。別に仲良くなりたいわけじゃないが、ここまで敵視されるのも嫌だなあ。でもこういう手合いはもう、一度敵として認識するとどっちかが潰れるまでしつこいからなあ。

 俺の学生生活、一日目にしていきなり怪しくなってきたなあ。

 明日からの学園生活にそこはかとない不安を抱く俺をよそに、またしても御堂さんが関口くんに噛み付いていた。いやさっきの比じゃない、殺しかねない勢いだ。

 

「関口……! 消えなさいクズがっ、この人の邪魔をするな!」

「か、佳苗さん? 何をそんなに、そんな奴よりこの僕の方が」

「この人は、公平くんは新しい時代を創られるお方だ! お前みたいな万年D級の、探査者であることを悪用するしか脳のない馬鹿とは天地の差がある! もう一度言う、消えなさいっ!!」

「っ……!? 山川ぁっ!」

「山形ですけど」

 

 あまりにもあまりな言葉の羅列に耐えかねて、関口くんは矛先をこっちに向けて来た。勘弁してくれ、良いからダンジョン行きたいんだよ。

 すわ殴りかかられるか!? とも一瞬思ったが、探査者が人間相手に暴力を振るうのは一発アウトの大犯罪だ。レベルの都合上、非探査者よりも凶悪になりやすいから仕方ない法規制なのよね。

 おかげで俺も荒事に巻き込まれないで済むし、万々歳さ。

 仕方なし、俺は御堂さんの手を引く。

 

「あっ。公平くん……」

「まて! どこに行く、佳苗さんを連れて行くな!」

「いやあ先輩探査者さんにご指導いただこうかなと。じゃあ俺、これから探査するんで。また明日ねー」

「貴様っ、虫けらぁっ!!」

「山形ですけど」

 

 もはや山すら残っていない虫けらな俺は、もう付き合いきれんとばかりに御堂さんを伴い、組合本部を出た。



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【ダンジョン探査】救世主様のダンジョンアタック【伝説の始まり】

 組合本部を出て少し歩くと、地元の商店街が見えてくる。昔からある古いアーケード街で、俺の家からも近いから結構、馴染みだったりする。

 その商店街の真ん中辺りに構える豆腐屋の、すぐ横の道にダンジョンはあった。地面にぽっかり穴が空いていて、落とし穴みたいなのを防ぐ意味合いで鉄板で蓋がされているからそれを横にずらす。

 

 資料にはこのダンジョンは地下一階、部屋数は5個とのことだ。これは別に、調査隊が実地で確認したとかではない。結局地下に穴が空いているわけなので、専用の振動器具と測定機を用いれば大体の中身を調べられるのだ。

 だから地図なんてものはない、予測され得る情報だけが頼りさ。

 

「じゃあ、行きますけど……付いてくるんですか? 本当に?」

「もちろんです。公平くんが時代を紡ぐ光景を、私は特等席で見ていたいのです」

「変にハードル上げるよなあ」

「私頼りのレベリングをしているのではないか、と疑われないように動画を取って配信します。証拠があるならあなたも、要らぬ心配は不要でしょう?」

「えっ……配信? するの?」

 

 びっくりして質問する俺にキョトンとする御堂さん。

 実は探査者のダンジョン探査って秘匿情報じゃないのよね。動画撮って配信したり、何なら探査を生配信したりリアルタイムアタックして完走した感想とか言っちゃう探査者も結構いる。

 ていうか御堂さんもその一人だったな、たしか。前に動画配信サービスのホーム画面でサムネを見たことがある。えっ、有名人に配信してもらうの? 燃えない?

 

「探査者は知名度も大切、まして公平くんは紛れもなく世界最高の探査者となることが確約されています。その最初の一歩を、ぜひとも世界に刻まなくてはいけません」

「世界最高って……あのさ御堂さん、俺のこと何だと思ってるの……?」

「大いなる使命を背負ってこの世に降臨された救世主」

「怖ぁ……」

 

 もう狂信者じゃんこんなの。俺教祖になった覚えないんだけど。

 たしかに見てみると、彼女の瞳は正気のようで、どこか信仰の光にギラついている気がする。

 触れちゃだめな気がして、というかドツボを踏みそうなのでもう、何も言わないことにする。世の中、諦めと見てみぬふりが寛容なんですよ。

 

「……じゃあ、もう、行きますね」

「はい! 撮影はお任せください!」

 

 ウッキウキでスマホを構える御堂さんにため息一つして、俺はとにかくダンジョンへと潜っていった。

 ちなみに服装は学生服のままだが、下着に探査者用の耐刃耐圧シャツとパンツを履いている。武器? ないよそんなもの……

 

 土くれの階段を降りると、そこそこ広い一本道が続く。進むと、4畳くらいの狭い小部屋に出る。暗い。光源がないんだから当たり前か。探査者用の、頭に付けるタイプの懐中電灯を付ける。

 瞬間、俺にめがけて何者かが仕掛けてくるのが見えた。襲撃!

 

「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!」

「うおっ!?」

 

 醜い見た目の小人、ゴブリンだ。木の棒を振り回して飛び掛かってきている。

 思わずビクッとなったがそこはスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》が発動、10倍に増幅された身体能力ですぐさま体制を整えて迎え撃つ。

 振り下ろされた木の棒を半身に避けて、握りのあたりを手で払う。それだけで相手はバランスを崩したから、後はこちらからだ。

 

「ぬんっ!!」

「うぎゃーっ!!」

 

 腰を落として左フックを思い切り、ゴブリンの腹にぶちこむ。人を殴るなんて中々ないから奇妙な感覚になるが、思いっきりクリティカルした感触がある。

 ズドン! なんて普通じゃない音が響く。ゴブリンは目を剥き、血を吐き、そのまま断末魔をあげて粒子化していく。一発で致命傷を負わせたのだ。血を吐いたあたり、内臓とか破裂させたのかもしれない。

 

 消えていくゴブリンの、跡には目玉が一つ。モンスターのドロップ品とはこのことで、『ゴブリンの目玉』だ。

 煎じれば痴呆症を著しく治療する効果があるそうで、主に介護現場で高くやり取りされている。いきなりこれだよ幸先いいなあ。

 

「いや、称号の効果か」

「倒したモンスターがアイテムを確実にドロップするなんて、とてつもない効果ですね。億万長者になれますよ、公平くん」

「それは嬉しいですね……というか今のパンチ、すごくしっくり来たな」

 

 ゴブリンを一撃で絶命せしめた左拳を見る。何の変哲もない見慣れた手だが、そこから繰り出されたパンチは変哲しかないし見慣れてもいなかった。

 《風さえ吹かない荒野を行くよ》による、10倍ブーストの影響はもちろん大きいだろう。けれどそれ以外の、不思議なまでにしっくり行く感じもたしかにあるのだ。

 パズルのピースが埋まっていく感じというか。足りなかったものが満たされた感触がある。

 

 もっと敵と戦えば、ピースがすべて揃うこともあるんだろうか。

 何となく楽しくなってきつつも俺は、探査を進めていく。



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救世の君。

 スキルによって10倍の強さを得ている俺にとって、F級相当のダンジョンなど朝飯前に過ぎなかった。ということになるのだろう。

 とにかくサクサク攻略できた。資料通り、全部で5つ部屋があったんだけど、それぞれの部屋で襲ってきたモンスター、全員一撃で倒せたのだ。

 

「最初がゴブリン、次がスライム。3つ目にゴブリン3匹同時、4つ目にゴブリンの色違い」

「ホフゴブリンですね。いずれもF級探査者が最初に相手をする定番の面子であり、慣れていないうちは手こずることもおかしくはない話ですが……さすがは公平くん、瞬殺でしたね」

「うーん」

 

 とにかく褒めちぎってくる御堂さんを聞き流しながら、俺はこのダンジョンでモンスターと戦っていて感じた、奇妙なまでのしっくり感をどう解釈したらいいのか、持て余していた。

 殴る度、蹴る度。どんどん自分の何かが完成されていくのを感じる。欠けていたピースがどんどこ、埋まっていくのを感じるのだ。

 そしてその度に攻撃の鋭さは、威力は加速度的に増していく。最初のゴブリンからしてパンチ一発での撲殺だったわけだが、最後のホフゴブリンともなるとただのキックがまるで刀の斬撃よろしく、鋭い剣閃のように敵を裂いたのだ。

 

 いや、どーなってんだ俺の手足。格闘漫画でも中々ないだろ、パンチキックが斬撃みたいになるとか。そのうちなぜか首を通っている視神経とか斬れそうじゃんこれ。

 あからさまにおかしすぎて思わずステータスを見たわ。レベルが3から8に上がったくらいで特に変化なかったわ。

 システムさん、俺に何かをさせたいのは何となく分かるけど、せめて隠し事はやめてくれ。特に身体の変化についてそれやられると、俺もうどうしようもなくなっちゃうよ。

 

「新人教育で潜った時より、遥かに強くなっていますね。おそらくは初獲得称号ボーナスの累積と、称号《輝きに気づいていない人》の効果として得た、レベルアップ時の成長ボーナス付与ゆえなのでしょうが……更にスキルで10倍にブーストされるのですから、戦闘力の上がり方は異常としか言えません。さすがです」

「何にもしてないのに強くなっていく感じって、予想以上に頭が置いてきぼりにされて気持ち悪いもんなんですね。今、自分で自分にドン引きしてます」

「大いなる使命を背負ったものの宿命、なのかもしれませんね……」

 

 訳知り顔でしっとりと言うな! キメ顔やめろ!

 御堂さんはすっかり後方理解者面だ。あんたも別に、俺以上に現状について知っているわけじゃないだろうに。まるでコーチか監督かみたいなスタンスで来られると正直、何この人ってなる。

 そもそもこの人は狂信者さんだ。隙あらば俺を教祖に仕立てようとしてくるんだから、まともな理解など望むべくもないのかもしれない。ナチュラルに俺のことをこの世の救い主扱いしてくるんだもんよ怖ぁ……

 

 げっそりした心地で最奥に向かう。新人教育の時と同じ、薄暗い部屋に淡く光るラインが中央の柱に向かっている、無機質な印象の部屋だ。

 新人教育の時は取らなかったが、今回は当然、ダンジョンコアまでしっかりと取る。柱に埋まっている宝石めいたコアをしっかりと掴み、一息に取り出す。

 宝石が緑色に光を放ち、やがて収まる。これでこのダンジョンは攻略完了だ。コアを持って外に出たら、ダンジョンそのものが消え失せるだろう。

 

 

『あなたはスキルを獲得しました』

 

 

「──は?」

「? どうしたんですか公平くん」

「いや、いやいやいやいや」

 

 突然頭に響くシステムさんの声。思わずビクッとなった俺に訝しむ御堂さんだが、それどころじゃない。

 スキル? は? 二つ目?

 

 

『スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》獲得確認。それに伴い称号《魂を救う者》獲得』

『詳細はステータスを確認してください』

 

 

「しょ、称号まで」

「こ、公平くん。まさか、今」

「は、はい。スキルと称号を獲得したって、システムさんが」

 

 ゾッと戦慄が背筋を走り、俺は周囲を見た。今この瞬間も、システムさんは俺を、俺たちを見ているのだろうか。

 御堂さんと目を合わせ、ごくりと唾を飲む。薄暗いダンジョンの最奥だからか、余計に不気味さがある沈黙。

 恐る恐る、俺はステータスを見た。

 

「す──す、《ステータス》」

 

 

 名前 山形公平 レベル8

 称号 魂を救う者

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 

 

 称号 魂を救う者

 解説 邪も、悪も、魔も。光はすべてを照らし出す

 効果 格闘技術の習熟速度10倍

 

 スキル

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 解説 風は光を纏う。荒野にやがて、緑はよみがえる

 効果 武器を用いない攻撃すべてに、モンスターおよび邪悪なる思念への特効効果付与。倍率はレベルアップと共に上昇。現在の倍率10倍

 

 

 《称号『魂を救う者』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……あなたの手は邪を浄め、あなたの足は魔を断ち切る。あなたは悪を改めて、あなたは善を護る人》

 

 

 どういう……ことだ……

 完全に思考停止してしまい、俺は呆然とその場に立ち尽くすのであった。



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女子たちの特に理由のない言葉が山形を襲う!

 新しく獲得したスキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》と、それに付随して来た称号《魂を救う者》。その二つについて、ステータスで示されたところを伝えたら、御堂さんもさっきまでの俺同様、フリーズしてしまった。

 無理もない。もはやこの数日で恒例になっちゃった感じはあるけど、こんな話聞いたことないってことの連続だからな。

 

 冷静に考えると、《魂を救う者》の効果は分からなくもない。何かしらの技術についての習熟速度が上昇する効果ってのは割合、よくあるやつだ。

 ただなあ……格闘技術のそれってなるとたしか、こんな、何の脈絡もない名称やら解説やらではなかったと思うんだよね。

 とはいえまあ、そんなわけでこっちはまだ納得はいかなくもない。

 

 問題はスキルの方だ。《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》。

 こっちはもう、何もかもおかしい。何一つ理解できない。

 

「『モンスターおよび邪悪なる思念への特効付与』って何ぃ……」

「──読んで字の如し、なのかもしれません」

「あっ、御堂さんが復活した」

「失礼しました、あまりにも衝撃的すぎまして」

 

 分かるよ……こんなん想定の範囲外だ。

 どうにか再起動した御堂さんと、ひとまず落ち着くべく俺たちは歩き出す。とりあえずダンジョン出て、喫茶店ででも話しすっべとなったのだ。

 

 帰り道は急ぎゆえ、無駄話もなく静かなもんだ。

 でも俺の隣、なんでか手を握っている御堂さんの、瞳が爛々と輝いている。ヒーローショーを見る子供の目と言えばオブラートに包めているだろうか? 率直に言うとね、狂信者が神を見つけた目。

 顔も真っ赤にして俺をチラチラ見てるし、手汗すげえし、興奮してんのか熱気でいい匂いがムワッてくるし。さっさと娑婆に出て清らかな空気を吸わないと俺まで変な気分になりそう。

 

 そんなわけでダンジョンを出ました。途端、消える穴ぼこ。

 不思議な現象だわ本当。ダンジョンって何なんだろうね、自然現象にしては不自然さのすごいことすごいこと。

 もしかしたらシステムさんはその辺のことについて、俺に何かをさせたがっている可能性もあるのかな。嫌だな……面倒事は。

 もう既に面倒の中心に据えられている感すごいんだもんよ、これ以上は勘弁してほしい。そんなことを思いつつ、御堂さんと手を離す。

 

「あっ……」

「えーっと。とりあえず商店街に喫茶店あったと思いますし、そこに行きましょうか。新スキルのよく分からない効果についても、ちょっと相談したいですし」

「は、はい。もちろんですけど公平くん、手を繋ぎましょう?」

「なんで……?」

 

 さすがに往来で年上のリクルートスーツ美女とお手々繋いで練り歩くのは無理。家も学校も近いんだし、誰かに見つかったらマジで洒落にならん。

 どうにか言い包めて喫茶店へ向かう。ダンジョン踏破後のあれやこれや事務的な手続きは、報告さえすれば後は組合の方で諸々やってくれるので、俺としては後腐れなくその場を立ち去れる。

 時刻は昼過ぎ15時頃。サクッとダンジョンに入ってサクッと踏破したことになるな。

 

「あれ、山形くん?」

「んー?」

 

 ふと呼び止められる。見ると、クラスメイトの女子たちがいた。制服姿のまま、集団でゾロゾロいる。

 今日は半ドンだったし、親睦も兼ねて女子会でもしてたんかね? 男子はそういうのなさそうだからアレだけど、仲良いよね女子って。

 立ち止まり会釈する。

 

「や、お揃いで。男子もいるの?」

「いないよ〜。女子会、女子会!」

「山形くんは? 何してんの? そっちの美人さん誰?」

「もしかして彼女とか!?」

「キャーッ! 嘘、年の差ぁーっ!」

「違うよ、違う。あー、ダンジョン探査でちょっとね。この人は俺の先輩探査者さんなの」

 

 連れ立っている俺と御堂さんに何かを感じたのか、女子の何人かが囃し立ててくる。3人どころか10人以上もいたらそりゃあ、姦しいよなあ。

 何人か昼前、俺と御堂さんと関口くんのやり取りを見ていた周囲に混じっていた顔がいる。どうせもうバレるのも時間の問題なので、ここは一つ恥を被る気持ちでカミングアウトがてら御堂さんとの間柄を説明しよう。

 御堂さんも俺の意を汲んで、自己紹介してくれるみたいだ。

 

「A級探査者、御堂香苗です。公平……失敬、山形くんとは先輩後輩の関係にはなりますが、私としてはそのようなことは気にせず、一人の人間として接してほしいと思いますね」

「えっ……御堂香苗さんって、あの?」

「テレビで見たことある! うわうわ、ゆーめーじーん?!」

「ていうか山形、マジで探査者なんだな」

「関口くんと比べるとちょっと、頼りなさそうじゃない?」

「あは、それな」

 

 やっぱり御堂さんは有名人みたいで、気付いた女子を皮切りにどよめきと黄色い声が上がる。俺が探査者だってことは二の次、三の次くらいの扱いになって助かる。変に持ち上げられるのはもう、御堂さんだけでいいかなって。

 ああでも陰で頼りないとか言うの止めて? せめて俺が去ってからにして?

 女の子怖ぁ。そう思う俺なのでした。



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一見普通でもよくよく見ると狂ってるやつ

「あの年頃の子は男を見る目がないですね。公平くんと関口ごときを比較して、あまつさえ関口を選ぶとは」

「どんな世代の女性でも、10人いたら9人は関口くんを選ぶと思いますけど」

「世の中の女の、実に9割が見る目を持たない馬鹿だと仰るつもりですか? さすがに女性として、その意見には同意しかねますが」

「人聞きの悪いこと言わないでもらえます!?」

 

 実際、世間一般的にも関口くんの方が魅力的なのは間違いないでしょうよ。何なら男性だって、俺と関口くんなら彼の方に付くと思う。

 別に俺が自分に自信がないとかじゃなく、本当に客観的に見て圧倒的だもんよ。まずルックスからして違う、イケメン芸能人もかくやって感じじゃん。あれ、下手すると街角歩いてる時に芸能事務所とかから来るね、スカウト。

 

「見た目が良くて、将来性がある。おまけに社交的というか、周囲に良い顔するのが得意そうなら、俺じゃ相手になりゃしません」

「さすがに性格については認めていないんですね。あまりに寛容すぎますから心配していましたけど、少しは安心しました」

「俺も普通の高校生なんで。明らかに嫌われてたら、好きにはなれませんよ」

「その程度で済ませるところが、私は心配なんですよ……」

 

 いつか、あなたは求められるがままにすべてを擲ってしまいそうで。

 そんなことをシリアスに言って、御堂さんはアイスコーヒーをストローで飲む。俺はコーラフロートだ、アイスが美味い!

 

 クラスメイトの女子組から離れたあと、俺たちは喫茶店に辿り着いてこうして今、軽い休憩をしている。

 矢継ぎ早にスキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》や称号《魂を救う者》について話そうとした俺だったが、少し落ち着こうと御堂さんの指摘があり、こうして雑談と軽飲食をつまんでリラックスに努めている。

 たしかに……余計な緊張とか不安が、抜けていくのを感じる。同時に自分が、軽いパニックに陥っていたことに気付けたのだから、なるほど冷静じゃなかったと思い知る。

 

 こういうところ、年上のお姉さんだよな〜。

 かわいくコーヒーを飲む御堂さんを見ていると、上目遣いで視線を返される。あざといかよ……何だこの人、見惚れちゃうだろ。

 店内の男たちの視線を、そこはかとなく集めているあたり本当に美人なんだよ、この人。そんな人とこうして一緒にお茶できて、あまつさえ頼れるなんて俺の幸運も中々捨てたもんじゃないな。

 生きててよかったぜ〜、なんて考えながらもぼちぼち、俺は話を切り出した。

 

「そろそろリラックスもしてきました。新しいスキルと称号について、相談させてもらっていいですか?」

「もちろんです。とは言えあなたの場合、何もかもが世界初、前代未聞にして前人未踏の領域です。私としても確たる答えは出せませんので、そこは悪しからずおねがいします」

「構いませんよ。一人で抱えていられないから、誰かに聞いてほしいってだけのところも、ありますし」

「……無理だけはしないでください。私で良ければいつだって、お力になります」

 

 思わず弱音を吐いた俺に、優しく寄り添うように御堂さんは微笑んでくれた。

 良い人だ……これで狂信者でなければ。信仰の対象になりかけの身として、心底生暖かい心地になる。

 まあそれはともかく。俺は御堂さんの見解を聞くこととした。

 

「まず、称号《魂を救う者》ですが。率直に言えば、効果自体は既存のものと大差はありませんね。称号《格闘家》やスキル《格闘技》と似たようなものだと思います」

「あ、そうですかやっぱり」

「ですが倍率が狂っています。10倍? ふざけていますね。大概のその手の効果の倍率は、体感的に精々が1.2倍から良くても1.5倍というのに」

「そ、それだけ……?」

 

 世間一般的な、技術習熟速度アップ関係のスキルの、思いもよらない低倍率に俺は慄く。俺のほぼ8分の1から6分の1じゃん。つまり言い返せば、俺は他の似たような効果を得ている探査者の、実に6倍から8倍、格闘技術の習いが早いということになる。

 なんだそりゃ、方々から苦情来ちゃうぞ。プロの格闘家なんて喉から手が出るほどほしいだろ、この称号。いや、探査者になった時点で他スポーツの選手にはなれないんだけどさ。

 

 俺的にはまだ、マトモだと思っていた称号からして既にこの始末だ。効果自体はまともでも、倍率がイカれてるならそれは効果そのものがイカれているも同然だ。

 となると、だ。俺は嫌な予感がひしひしとしていた。

 

 厄ネタの本命みたいな匂いがプンプンしている、スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》。これなんてもう今の時点で聞いたこともない効果だ。

 あ〜、話を聞きたくない。が、そうもいかない。知らなきゃ何も進めないんだし、他ならぬ俺自身のことだ、目を背けるわけにはいかない。

 

「そして。そして、公平くんが新しく得た、スキルについてですがっ」

 

 御堂さんは先程よりも興奮したように、スキルについて切り出した。



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邪悪なるは何。

「スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》ですがっ。紛れもなくこれは、唯一無二の効果です!」

 

 コーヒーのおかわりを頼みつつ、興奮して若干、声音が荒ぶる御堂さん。落ち着いてほしい、他のお客さんの迷惑になっちゃう。

 だがそれより俺は、俺のスキルが他にないと言われたことに引っかかりを覚えていた。

 

「唯一無二、というと……類似スキルすらない、と?」

「いえ。特効付与自体は極稀に、極めてレアですがあります。虫型だったり、幽霊型だったりとモンスターの種類は絞られますが」

 

 モンスターって言っても色々と分類がある。虫みたいなやつらだったり、ゾンビみたいなやつらだったり、あるいは鳥とか、人形みたいなのもそれぞれ種族が豊富にいる。

 そしてたまーにだけど、そうした種族単位で特効効果を持つスキルを得る人も、まあいなくもないらしい。

 だがそうした人たちのそういうスキルと、俺のスキルでは根本的に違うのだ。

 

「唯一無二というのは公平くんのスキルの場合、そうした縛りすらないことです。おわかりですね?」

「……『モンスター』そのものへの特効」

「前代未聞です。モンスターならば何の区別もなく、公平くんは特効効果を発揮できる。換言すればあなたは、この大ダンジョン時代そのものに対して究極とも言えるアドバンテージを獲得したのです!」

 

 究極て。いやまあたしかに、とんでもなさすぎる効果だけれども。

 だけどさすがに、この100年続く大ダンジョン時代そのものへの特効なんですよとか仰られても、またまたご冗談をと言いたくなる。

 

 言いたくなる、んだけど……称号《次なる時代をもたらす人》がなあ……

 御堂さんの妄言に、そこはかとない説得力を生み出しているのが質が悪い。

 前門の御堂さん、後門のシステムさん。おめーら打ち合わせでもしてんのか? って感じのツープラトンだ。

 

 そして。問題はもう一つある。

 いやむしろこっちのが問題児度は高い気がする。

 

 スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》の特効効果対象は、モンスターともう一つある──邪悪なる思念。

 わざわざモンスターと別枠で書いてあるところにとてつもない厄を感じる。誰がどう見たってこんなもん、ヤバい匂いしかしないじゃないか。

 こっちについては御堂さんも思うところがあるみたいで、先程よりはトーンダウンして、慎重に、冷静に言葉を選んでいくようだった。

 

「……もう一つの特効対象『邪悪なる思念』についてですが。これは正直なところ、私にもよく分かりません。これこそ本当の意味で前代未聞です。他のスキルにおいては、類似表現すら見当たらないでしょう」

「モンスターとは別ってことなんですかね」

「『および』と記載があったのなら、そうなるのでしょうね。邪悪なる思念……モンスターですらない、あらゆる存在の邪念を対象にしている? 例えば人間でさえ、邪悪であるならば特効の対象となる、と?」

「……何それ怖ぁ」

 

 我がスキルのことながら、推察を聞くだにゾッとする話だ。

 邪悪ならモンスターもそれ以外ものべつ幕なしで10倍特効って何の冗談だ。ワルモノ絶対殺すマンか、俺は。

 そんなスキル、どういう意味があるんだ。スキルは探査者に与えられるもので、探査者はダンジョンを攻略する者たちだ。

 だったら、スキルはダンジョンにのみ関係しているのが道理じゃないのか?

 

「モンスター以外にダンジョン絡みで、何か邪悪なのがいたりするんですかね」

「ふむ……ダンジョンに生息しているのは常にモンスターだけ、というのが定説ですが。発見されていないだけで、別な何かがいるのかもしれませんね」

 

 もっとも、何をもって邪悪なのか、そこからして理解に苦しむところですが。

 そう呟く御堂さんに、それもそうだと同意する。誰の目から見て邪悪なのか。人間からか? それとも、システムさんからか?

 

 うーん、いよいよシステムさんが俺に何を求めているのかが分からなくなってくるなあ。

 なんとな~く、ヒントは散らばってる感あるんだけど。

 過去の称号やスキル、そしてシステムさんのアナウンスを思い返す。

 

「……武器を使わせない。傷つけること、殺すことを諌めてくる」

「公平くん?」

「次なる時代をもたらすことを期待している。魂を救うこと、邪と悪と魔を照らす? ことを仄めかしている。モンスターと邪悪を打ち倒す力を渡してくる……あれ? これって」

 

 まさか。いや、もしかしてだけど。

 情報を羅列していき、やがて、一つの仮説が頭に浮かぶ。

 

 ──スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》の特効対象のメインターゲットって、モンスターじゃなくて邪悪なる思念の方じゃないのか?

 システムさんは、邪悪なる思念とやらを俺に倒させたくて、このスキルを渡してきた? でもって特効対象が限定的すぎるから、オマケ程度でモンスター特効も付けてきたんじゃないのか?

 

「邪悪なる思念ってのが何なのか分からないけど、これまでに得た称号とスキルの解説文ってほとんど全部、魂を救うとか邪悪を倒すとかソッチ系に偏ってる」

「つまりはシステムさんが公平くんに異常なまでの称号とスキルを獲得させる理由が、邪悪なる思念を打倒するためであると?」

「……いや、あくまで推測ですから。案外、システムさんがくじ引きで当てたスキルを、適当にバラまいてるだけの可能性もないこたーないですしね」

 

 あんまり妄想で過度なことを考えるのは止めよう。視野が狭まる。

 だいたいそれじゃあ、探査者の先人たちが血道を上げてきたモンスター討伐やダンジョン踏破が、まるで些事みたいに扱われることになるじゃないか。

 それはあまりにも失礼な発想だと思う。俺にだってそのくらいの分別はある。

 

 けれど、どうしても疑念は消えない。

 邪悪なる思念。

 俺は、言いようのない不安を感じていた。



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あぁ〜! 確定申告の音ォ〜!

 邪悪なる思念うんぬんだとか、システムさんの思惑がどこにあるのか、だとか。

 その辺のシリアスプロブレムは一旦置くとして、俺はこの数日、そこはかとなーく良い気分だったりする!

 

「ドロップアイテム一個につきアベレージ50万円、それが6つ。ダンジョンコアは最小規模ながら売値180万円……」

「合計、約500万!? 一日で!?」

「ふ、ふわわわ!? お兄様、愛してる!」

「公平よ! お前は最高の息子だ!」

「現金か! いやさ現ナマだけれども!」

 

 ダンジョンを踏破して御堂さんとお茶した後、組合本部に報告とドロップアイテムやダンジョンコアの換金をお願いしたところ、何と即時換金で500万近い大金をゲットしちゃったのだ!

 これには俺も唖然、家族も呆然。何なら新スキルと新称号の内容を知った広瀬さんたちも騒然。

 面倒なことになる前に難しい大人の話は華麗にスルーして丸投げ、金だけせしめて俺は優雅に帰宅した。鼻も高々に見せびらかしたところ、上述の通り家族から盛大にヨイショされちゃったのだ。

 

 すっかり目を円にした父ちゃんと優子ちゃんの、何を買うかな議論が微笑ましい。俺は別に、金は欲しいが何かに使うアテもないんだし使いたけりゃ好きに使えば良いと思う。

 が、母ちゃんだけはシビアでクールでドライだ。ポツリと一言、

 

「確定申告」

 

 なんて言うもんだから、何ぞそれと調べてみてあまりに複雑過ぎて俺の血の気は一瞬で引いた。

 とりあえず、いきなり大金を手にしたからって全部使ったりすると翌年、地獄を見るから止めなされ止めなされとネットでしこたま怖いことが書いてあったので、どうしたものかと御堂さんに相談。

 するとお抱えの税理士さんを紹介してくださるとのことなので、喜んでお願いすることにした。報酬? デート一回。ぶっちゃけ俺にデメリットがない。最高かよ〜。

 

 最高ついでに言わせてもらうと、学校でも若干ながらいいことはあった。

 入学式から数日。土日も挟んで平日となり、授業も始まれば本格的に高校生活が始まった俺なわけだが、何と女子グループから気さくに声をかけられたりしちゃったりするのだ!

 

「ね、ね。山形くん、帰りに皆でカラオケ行かない?」

「え? あ、うん。行きたいかな」

「オッケ、決まりー! 男子も結構いるから、友達増やしなよー?」

「山形って何ていうか、大人っぽくて浮いてるもんねえ」

「言えてるー!」

「は、はは、ははは。そ、そうかな」

 

 こんな感じ。ぶっちゃけいじられキャラになってるだけとも言うが、これはこれで楽しいから良し!

 どうも御堂さんと一緒に歩いていたところに女子組と出会ったことがきっかけで、彼女らからは色んな意味で安パイ認定を喰らったみたいだ。

 ほら、恋人がいる男って安全とか思われるヤツ。アレ。

 

 御堂さんとは恋人どころか先輩後輩ですらなく、もはや教祖(否認中)と狂信者(無自覚?)という中々マッドな関係なのだが、何を言っても年頃の女の子たちは恋バナ大好き。

 妄想逞しくも膨らませていった結果、俺たちは秒読みらしい。さすがにそこは否定したのだが効果も薄く、結局俺は安心感のある無害な男子として認識されてしまった。

 これはこれで、俺の青春なのかな……微妙な気分だ。

 

 一方でクラスの男子とは結構、距離を置く事態になってしまっていたりする。

 というのも関口くんだ。彼、俺を恨んであることないこと言いふらしたみたいで、いつの間にやら俺は関口くんの彼女を寝取った間男になっていた。

 

 彼女とは言うまでもないが御堂さんのことだ。

 そうなんですか? と一応SNSで確認を取ったら秒で否定が返ってきたので、まーた関口くんの独り相撲かと呆れる思いはあるのだが、彼はイケメンで探査者で陽キャのリア充だ。

 クラスどころか学年でも当たり前のようにインフルエンサーになりつつあるので、あっという間に俺は『寝取り疑惑のある底辺探査者』という感じに噂されるようになった。

 

 とはいえみんなも高校生だ、いくら関口くんの話だからって全部鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。ただ、火のないところに煙は立たないと思われているのも事実なので、現状としては若干、遠巻きに見られているってのが実際のところか。

 関口くんとあまり親しくない男子グループが俺に良くしてくれたので、いわゆるイジメとかそういうところまでは今のところ行きそうにないのが不幸中の幸いだな。

 ああいう性格ゆえか関口くん、出身中学が同じだった同学年を中心に結構、敵が多いそうだし。

 

 親孝行できるくらいの稼ぎを得たし、学校生活も、まあ波乱の気配はあるけれど今のところはそれなりだ。

 つまりは私生活の面では特に問題なしと言えるだろう。

 

 問題はお仕事の方でして。

 

 

 名前 山形公平 レベル15

 称号 ワークライフバランサー

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 

 

「まーた称号が変わっちゃってるんだよなあ……」

 

 死んだ目で俺は、今しがた《魂を救う者》から変化したステータス画面を眺めていた。



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本音だけど建前でもあります。

 名前 山形公平 レベル15

 称号 ワークライフバランサー

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 

 

 称号 ワークライフバランサー

 解説 日々を営み、為すべきを成す。あらゆる生命の、これは輪廻

 効果 日常生活時、再生能力付与。戦闘時、耐久力にボーナス付与

 

 

 《称号『ワークライフバランサー』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……救いも為しつつ、けれど今ある生も楽しんでください。あなたが今を愛しく思うほどに、時代は報われていくのです》

 

 

「何これぇ……」

 

 新称号の解説を見て、俺はシステムさんの優しい心遣いに感涙なぞ一切流さず、むしろ戦々恐々とした心地で考察を始めていた。

 

 これはまた、ずいぶん方向性を変えてきたもんだ。なんだろう、アメとムチとかそういうアレなんだろうか。

 魂を救えだの邪悪なる思念へ特効! だのムチで一通りしばき上げた後、ワークライフバランス! なんてアメを与えて、それこそバランスを取ろうとしているんだろうか。

 の割にはしっかり戦闘時のボーナスを付与してくるのだから、システムさんの優しい言葉の裏にある、『これでしっかりとダンジョン探査できるよな?』的な圧を感じなくもない。

 『救いも為しつつ』って前置きがあるところとか特に。

 システムさんはブラック上司だった……?

 

 しかし今度は何がきっかけなんだ。ここ数日、いくつかダンジョンには潜っていずれも踏破した──例によって御堂さんの撮影付きだ。ちなみに動画再生数は死んでるらしい。御堂さんのチャンネルじゃなく新規で開設したチャンネルで配信しているんだから、そりゃさもありなんってやつだわ──のだが、そのタイミングでは称号は変わらず《魂を救う者》だった。

 て、なるとあれか。なぜか俺だけにあるやつ、非探査中に称号が変わるやつか。

 

 以前はたしか、関口くんに思わず嫉妬した時に諌められるように称号が変化したんだ。《輝きに気づいていない人》。

 そして矢継ぎ早に、広瀬さんや新川さん、烏丸さんの話をリアルタイムで聞いていることを示す形で、《新たな時代をもたらす人》に変わったんだよな。

 この辺は完全にダンジョンの外の、日常生活の延長みたいな場面でのできごとだ。今回の《ワークライフバランサー》もご多分に漏れず、普通に生活を送っていたらいつの間にか変わっていたんだろうな。

 

「ワークライフバランサー。ワークライフバランスを上手くできている人、って解釈でいいのかな……?」

 

 自分で言うのも難だけど、たしかにここ数日はすごく調子が良い。

 親孝行もできてるし、学校生活も良い感じだし、かと言ってダンジョン探査を疎かにしているわけでもない。どちらかに偏ることのない、ある種のニュートラルな暮らしぶり。

 それがシステムさん的には気にいったんだろうか? アナウンスから察するに、別に非難されているとかって感じでもないしな。

 

 学校もついさっき放課後を迎えた。今日はダンジョン探査は一休みして、クラスのみんなとカラオケだ。ドレミファソラシドもまともに言えない俺様の美声に酔い痴れるが良い。

 だけど並行して、御堂さんと広瀬さんにも連絡はしておく。御堂さんは毎度ながらこの間、広瀬さんからも直通で連絡先をもらっているのだ。

 

 なんでも俺のステータスが変化した時には逐次、報告が欲しいのだとか。記録を取って色々と、検証なり議論なりをしたいらしい。

 報酬は出すから体と脳波を調べさせてくれ、とも言われたのだがそちらは保留。人体実験の文字が頭をちらつくし、そもそも俺は注射とか病院とか嫌いなんだ。覚悟するにも時間がほしい。

 ちなみに御堂さんも俺のステータスの変遷については記録を取っている。こっちは完全に趣味とのことだ。怖ぁ……

 

「山形ー! 行こうぜ行こうぜー!」

「青春は私らを待っちゃくれないぜー?」

「一番下手なやつはみんなにアイス奢りな!」

「え、ちょっ、そんなの聞いてない。今行くから待ってて!」

 

 クラスメイトたちからお呼びが掛かる。ありがたい話で、関口くん発信の音も葉もない噂話もあろうに俺を誘って、親睦を深めようとしてくれている。

 実際のところは接してみないと分からないと、思ってくれるのだろう。百聞は一見にしかず、言うは易し行うは難しの典型だ。

 俺も、積極的に応えていかないとな。甘えて寄りかかるだけじゃ友だちはできないと思うし。うん、頑張ろう!

 

 ある意味、ダンジョン踏破の時よりも気合を入れて。

 俺は放課後、ルンルン気分でクラスメイトたちと街へと繰り出した。



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音痴じゃない、個性的な歌声なだけだ!

 さてさてカラオケに来ている俺たち、一年13組の一部グループなんだが。これがまた、意外と予想以上に楽しい時間になっていた。

 俺も含めて男子4人、女子5人。まるで合コンよろしく男女分かれて座っては歌ったり飯食ったりしている。ちょっとテンション上がってきた。

 ご趣味は? とか聞いてみようか。いや、さすがにその瞬間クラスのはみだし者確定になりそうだし止めとこう。

 

「うぇーい! 次誰歌う?」

「私、私! ねえ山形くん、デュエットする?」

「……あ、えっ!? え、あ、はい」

「あはは! もしかしてデュエット初めてっ? ウケる~!」

「はは、あはは」

 

 ちょっとキャピってるギャルにグイグイ来られて陰キャの俺が盛大に悲鳴を上げている。嬉しいんだけど恥ずかしさとか照れくささとかで何言ったらわかんねえ!

 そもそも女の子相手にどういう態度が正解なんだ? 敬語? タメ口はまずい気がする。でも同学年の同い年だもんな、御堂さん相手じゃあるまいし、よそよそしく思われそうでそれはそれでなんだかなあ~。

 

「おいおい山形、焦り過ぎかよ」

「松田くん」

「せっかく探査者なんてすげえやつなのにさ、もっとどっしりしなよって。モテないぜー、それじゃあ」

「ウッ……」

 

 隣の席の松田くんが肩を組んでそんなことを言ってくる。俺の心に大ダメージ! そうだよ、探査者なんてモテモテのはずなのに、このキョドりっぷりではモテる以前に人が近寄ってこない。

 せめて友だちが欲しいよなあ〜。男友達はもちろん、女友達なんて憧れるよなあ〜。

 だけど現実には俺は陰キャ、何なら女子に喋りかけられるとキョドりだす始末だ。御堂さんくらい年が離れてたりするとどうともないんだけどね。同い年だとなんかね。

 

 一念発起。俺はデュエットを持ちかけてくれたギャル系女子、佐山さんに答えた。

 

「よ、よーし歌っちゃうぞー」

「おっしゃそう来なくちゃね! ホラホラ、こっちこっち!」

 

 腕を引っ張られる。さすがはギャルだ、グイグイ来るぜぇ……

 佐山さんは金髪にメイクもバッチリと非常に今時! って感じの子なんだが、不思議とそういう派手派手しい見た目が下品でない形に纏まっている。

 つまりはどこか、品の良い美少女さんだったりするのだ。何ならスタイルも抜群で、今だって腕がどことは言わないが当たってて、俺は目を逸らさずにはいられない。

 

「ちょーちょー、何明後日向いてんの山形くーん。可愛い梨沙ちゃんったらコッチだぜー?」

「ん、んんっ?! か、顔ぉっ!?」

「あっはは! 山形くん面白!」

 

 唐突に顔を両手で挟まれて覗き込まれたら、普通の男の子ならみんな面白くなるわい!

 けたけた笑う佐山さん。やっぱりどこか上品な仕草だからか、関口くんみたいな嘲笑の気配を一切感じない、心底から純粋に面白がっているのが伝わってくるから不思議だ。

 他のクラスメイトたちも、あまりに挙動不審な俺の様子に爆笑している。ウケは取れたのが嬉しいけど、反面恥ずかしさもあって顔が赤くなってきた。

 ええいもうヤケだ、精一杯歌ったらぁ!

 

 佐山さんと腕組みしてみんなの前、声を合わせて歌う。

 前にも言ったが俺は音痴だ、音程なんてあったもんじゃない。

 でも、それでも不思議と楽しい。佐山さんが俺に合わせて、ハモるように自分の音程を調整してくれているみたいで、一応は聞ける代物になっているんだ。

 あまつさえ歌の節々でこっちを見てニッコリ、笑ってくれる。音痴と歌って迷惑だろうに、それでも楽しげに朗らかでいる。

 

 おいおい天使かよこの子ぉ……見た目もノリも派手なギャルだからって、俺は色眼鏡を掛けて彼女を見ていたんだな。

 認める他ない。佐山梨沙さんはとてつもなくいい子だ、いい子の中のいい子だ。

 

 歌い終わる。みんなテンションが高いゆえか、大いなる盛り上がり。

 俺もテンションが高くなり、嬉しくなる。佐山さんを見ると、彼女もニコニコ笑顔で俺に向け、手を上げている。

 流石に俺もこれは分かるよ。手と手を合わせてハイタッチ!

 

「いえーい!」

「いえーい! 山形くん、ノッてきたね〜!」

 

 パシーン! と景気よく音を立てて、俺たちは笑い合った。

 何か……いいなあ、青春だなあ。

 こういうのだよこういうの。友達とこんな感じで盛り上がって、楽しくてさ。

 

 ちなみにその後、ソロで歌った俺が、ものの見事に音痴を晒してボエ〜な感じだったものの。みんな笑ってネタにしてくれたからそれはそれで良かったと思う。

 松田くんとか、同じく男子クラスメイトの片岡くんとか。佐山さんの友達の木下さんや遠野さんとも打ち解けられたし。

 俺も、探査者として経験したことを、話せる範囲で話したりして、それなりにみんなの気も引けたし。

 気が付けば距離の縮まった、まさしく友人たちと呼べる間柄になっていたように思う。

 

 本当に楽しい時間を過ごしたなあ。

 掛け値なし、日常生活を楽しめた、そんな放課後だった。



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システムさんは言っている、ダンジョンに潜れと

 今日は土曜日、学校は休み。昨日はクラスメイトたちとカラオケ行って楽しかったから、今日はその分、ダンジョン探査と参りましょうか!

 

「さぁて、さて。今日のお題は〜っと」

 

 予め手配していた資料を眺める。今回挑戦するダンジョンは3つだ。

 住宅街の一軒家の庭先にできたダンジョンと、工場の中にできたダンジョンと、郊外にある小高い丘にできたダンジョンである。

 その中でも庭先と工場のダンジョンは、調査の上で判明した深度と部屋数から、F級探査者でも探査ができると判断されている。比較的危険の少ないところだな。

 一方で丘のダンジョンの方はちょっとリスキーだ。資料によると全部で地下3階層、部屋数は全部で10にも及ぶ。本来ならばE級探査者が攻略のメイン層として乗り出すくらいの代物らしい。

 

 未だにF級の俺が、なんでそんなおっかねえところに突撃するのか?

 まあ一言で言うとお上の都合、だったりするんだなあこれが。

 

 自分で言うのもアレな話だが、俺ってもう、実力だけで言うとF級探査者の領域を遥かに超えちゃってるみたいなのよね。スキルやら称号やらで各種ブーストやボーナスをこれでもかと累積してるんだから、さもありなんわけだけど。

 で、だ。

 探査者組合本部長の広瀬さんくらいの立場からすると、そんなインチキ野郎をいつまでもF級にしとくのはあんまりにも惜しいんだそうで。本来なら最低でも探査者として一年の経験を積んでなきゃ受けられない昇級試験を、急ぎ受けるように要請されたのだ。

 

 俺としても別に、F級が好きだからF級探査者をやっているわけじゃない。昇級したら探査できるダンジョンの幅も広がるし、それに伴い金も稼ぎやすくなるし、色々、福利厚生の面で優遇されたりもするし。

 何より上級探査者ともなればモテるし。有名になったりして、チヤホヤされちゃったりなんかしちゃったりするし。

 機会があれば昇級するかな〜くらいの心持ちではいたのだ。

 

 俺の意向と広瀬さんの要望と。両者がガッチリ噛み合った形となり、俺は特例として探査者歴わずか半月ほどにも関わらず、昇級試験を受けることとなったのであった。

 そしてその試験の内容ってのが、E級相当のダンジョン探査とその踏破だったというわけである。

 

 朝10時、市内の高級住宅街の、とあるご家庭を訪ねてやって来ました庭先ダンジョン。ご立派な庭園にまあなんてことでしょう、丸々ポッカリ大穴が。

 さっそく探査すっべと準備に取り掛かる俺。こんな子供で大丈夫か? と不安がる、この庭の持ち主佐々木さん御一家の皆さまに、大丈夫です、問題ありませんなどと撮影係の御堂さんが俺より先に断言する。

 

「ご安心ください、佐々木さん。こちらの公平くん……山形くんは探査者として経験は浅いですが、既に並み居る上級探査者たちにも決して劣りません」

「そ、そうなんですか?」

「そうですとも。これは幸福なことですよ? これからの世界を、時代を担っていく至高の探査者の若き日の姿と伝説を、あなた方は今、目撃しているのですから!」

「はい一旦カメラ止めてー。すみません佐々木さん、この人ちょっと、年下趣味が行き過ぎまして」

「は、はあ?」

 

 思ったとおりだ、さっそくやらかしてるよこの人。

 俺の探査活動に、組合本部で待ち伏せしてまで引っ付いて来て、半ばライフワークみたいに扱い始めたことまではまあ、まだ良いんだが……質が悪い話で、隙あらば今みたく、まるでアレな勧誘を始めるんだ。

 これがあるから正直、一緒にいてほしい気持ちといてほしくない気持ちとでちょうど、半々なんだよなぁ〜、御堂さん。

 

 もちろん彼女のことは決して嫌いじゃない。むしろ好意を抱く部類の人ではあるんだが、とにかく狂信者なのがネックすぎる。

 関口くんみたいな手合が来た瞬間、信仰に殉じて参りますみたいな面されたら、それがたとえどんな美男美女だとしても、普通にドン引きもんだよ?

 

 ただ……とはいえ残念なことに。

 俺、割と御堂さんがこんな風に近くにいることを、当然だと思い始めてるんだよなあ。

  

「なんか、スマホ構える御堂さんと一緒なのが当たり前のことに思えてきました」

「当たり前のことでしょう? 私は救世主様の御業を世に広める伝道師ですから」

「怖ぁ……」

 

 そんな彼女は今日も今日とて、俺の探査を動画に撮って配信する気満々で信仰を脳にキメていらっしゃる。

 そろそろこの狂信ぶりにドン引きはしても不自然さを覚えなくなってきたあたり、俺もヤバくなってきてないだろうか。さすがに見て見ぬ振りをし過ぎたのか、感覚が麻痺しているのかもしれない。

 ほら、佐々木さんのご家族様方が揃って3歩くらい引いてる。ダンジョンから距離を置くのは適切な判断だが、今回はそういう理由から退いたわけじゃないのは明白だね。

 

「……まあ、良いか。行こうか、御堂さん」

「そろそろ香苗と呼んでくださっても良いのでは? 分かりました、公平くん」

 

 こっ恥ずかしくて名前でなんか呼べるか! そういうところだけはやけに疎いな、あんた!

 内心でツッコみながらも、俺は本日一つ目のダンジョン踏破に乗り出したのだった。



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それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ

「よっこいしょぉー!」

「ぐぎゃあ!?」

 

 襲いかかってきたゴブリンを華麗に避けて後ろに回る。そのまま背後から胴体を両腕でがっちりホールドすれば、後はブリッジを極めるだけ。

 いわゆるバックドロップだ。シンプルながら美しいアーチを描く形で相手を仕留めるこの技は、難易度の低さもあってかそれなりに使用頻度が高かったりする。

 

「く、げ……えぇ……」

 

 倒れたゴブリンがいつものように粒子になっていく。

 その顔はどこか安らかだ。まるで、苦痛から解き放たれたかのように。

 思えばモンスターってのも、元々そこにいただけなのに人間に侵入されてやっつけられるんだ。いくらダンジョンが生み出す疑似生命体という説が濃厚といっても、考えれば考えるほど、なんだか複雑な気持ちにもなってくるなあ。

 

「これで、後は最奥だけですか。時間にして10分足らず。驚異的な速度ですね」

「タイムアタックしているわけじゃないですけどね。今日はあと二つ、探査しないといけないダンジョンがあるんだし、サクッと行けるならサクッと行きますよ」

 

 御堂さんが毎度ながら、実に分かりやすい尊敬の視線をよこしながら褒めてくれる。かなりのスピードで最奥まで辿り着いたことに、驚いている様子だ。

 実際、佐々木さん家のダンジョンに入ってまだ10分程度しか経ってない。部屋に入る度に現れるモンスターたちなんてもう、俺の敵にもなりゃしないんだ。

 

 すべては概ね、称号とスキルで得た効果がすごい。

 これまでのダンジョン踏破で鍛えられてきた身体能力が、スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果で10倍。

 おまけにスキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》の効果であらゆる格闘攻撃の威力10倍以上と諸々合わせて実質、モンスター相手に一人で戦う時の俺の戦闘力は、元々の実力のなんと100倍以上にもなる計算だ。

 おう、インフレしたソシャゲか? 後はサービス終了待ったなしか?

 

「しかし正直、E級でも持て余しそうな気はしますね、ここまで来ると」

「間違いありませんね。私の見立てでも、今の公平くんは単純な戦闘力では既に、B級トップランカーからA級の中堅層までくらいには食い込めているように思いますし」

 

 あまりにも雑な戦闘力の跳ね上がりっぷりに、さしもの脳天気な俺も微妙な顔をせざるを得ない。

 ここまで来ると御堂さんも頬を引きつらせたくらいだ。B級からA級くらいまでの強さなのではと見立ててくれているが……探査者になって半月でそこまで伸びちゃってるのは、バランス崩壊にも程があるとしか言いようがない。

 

「ハッキリ申し上げると、今の時点ならまだ、私でもなんとかあなたと戦うことはできますが……このペースで行くと、もう半月もすれば、それも叶わぬ話となるでしょうね」

「御堂さん、やっぱりA級の中堅層より上のレベルなんだ?」

「一応、トップランカーですよ。S級との間には埋めようのない差はありますが、それでもA級という括りにおいては私が最強です」

 

 言いながら、御堂さんは俺に向け、探査者証明書を見せてくれた。

 

 

 名前 御堂香苗 レベル698 ランクA

 称号 霊体殺し

 スキル

 名称 光魔導

 名称 暗殺術

 名称 気配感知

 名称 遠視

 名称 環境適応

 名称 頑健

 名称 強運

 

 

「何このステータス、怖ぁ……」

「私からすれば、レベル15にしてこれと渡り合えるであろうあなたの方がよほど、怖ぁ……ですよ」

 

 いやそりゃ、言われたらそうかもしれんけど! 俺とはまた違った意味で衝撃的なステータスを前に、俺はあ然とするばかりだ。

 御堂さんはレベルもスキルもとんでもなかった。え、レベルって100以上も普通にあるの? 698って何? 関口くんの20倍超? 20関口くんってこと?

 スキルも物騒なのから便利そうなのまで目白押しだ。特に光魔導ってこれ、つまるところ御堂さんってば魔法使いなわけか!?

 

 探査者の持つスキルの中には、『魔導』と呼ばれるシリーズのものがある。読んで字の如く、魔法が使えるというとんでもない代物だ。

 今のところ、火、水、風、土、光、闇、無の魔導スキルが確認されているが、いずれもほんの一握りの探査者しか獲得していないことでも知られている。

 効果も強力極まりなく、それぞれの属性に沿った現象を引き起こすことができるという、要するに災害発生スキルだ。御堂さんで言えば光魔導だから、たとえば急激な光の明滅で相手の気分を悪くさせたり、急に発光して相手の目を眩ませたりもできるわけ。

 

 そんな風に使用用途が尋常でなく広いもんだから、希少さもあってこの手のスキルを獲得した探査者は、少なくとも所持を公表している者は全員がトップクラスに位置する著名な探査者だ。

 単純に、そのスキルだけでのし上がれるだけの力があるってことだね……そんなものを、まさか御堂さんが持っていたとは。

 感心がてら呟く。

 

「なんでこんなスキル持ってる人が、新人探査者の探査動画の配信に躍起になってんの怖ぁ……」

「そこはもちろん、あなたの救世を広め伝えるのが私の使命だからですとも。あ、そう言えば探査動画がじわじわ人気出てきましたよ。レベルの割に強すぎてインチキを疑われていますが、その都度私が論破して啓蒙しておりますのでご心配なく」

「心配する要素しかないじゃん怖ぁ……」

 

 レベルもスキルもとてつもないのに、言ってることとやっていることの方がよっぽどとんでもない。

 まったくもって御堂さんは御堂さんで、俺は脱力するやら戦慄するやら呆れるやらだった。



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ダンジョン探査、ヨシ!

 佐々木さん家の庭先ダンジョンを踏破した。コアをもぎ取って地上に出れば、ポッカリ空いていた大穴は影も形もなく消失し、ホッと一安心といった心地の佐々木さん御一家からすごーく感謝された。

 こういうのも探査者の醍醐味かなって思う。ダンジョンなんて冗談抜きでどこにでも沸くから、普通にご家庭の迷惑な場所にできたりするケースも多い。

 

 探査者全体のルールとして、そうした民家内に発生したダンジョンは最優先で潰すのが当たり前になっているので、もはやシステマチックに処理されがちなのではあるが……

 実際、そこに住む方々にとっては生きた心地がしないのもまた事実。迅速に解決する探査者を頼りにするのは当たり前だったし、そうした声に応えるのは俺たちの義務だ。

 だからこそ、感謝の声が俺には嬉しい。

 

「人々の暮らしを守る、これも立派なお仕事なんだなあ」

 

 一人、しみじみ呟く。

 恥ずかしながら探査業を、主に金儲けできるって部分で捉えて浮かれていたから、こういう、人情みたいな話になると改めて心が浄化される気分だ。

 同時に、大ダンジョン時代における探査者の重要性を再度認識し、心が引き締まる思いでもある。まして、今日中には昇級試験を受けようっていうんだ。

 勝って兜の緒を締めよ、ってやつかな。とにかく、探査者のためだけに探査業があるわけじゃないってことを、心得てやっていかないとな!

 

「人々を救い、そのことに深い慈悲と使命感を漲らせる救世主のお姿……あぁ、尊い……」

「……御堂さん?」

「どうして私はこの瞬間を動画にしていないのか? 伝道師たる者として恥ずかしい……せめてメモして、後に伝記の形で出版しなくちゃ。メモメモメモり、メモメモメモり」

「御堂さん!?」

 

 独り言に反応して変なエモさを感じて、何やら画策するのは止めなさいよ! 狂信者が、バイブルまで拵えようとするんじゃない!

 佐々木さんの家を後にして次、工場ダンジョンへと向かう道のり。相変わらずピットリ俺に張り付いている御堂さんの、ファナティックぶりが俺には怖い。

 

 この人はどこに向かおうとしているんだろう? A級トップランカーがこんなことになっているなんて、他のA級はじめ上位探査者さんたちはご存知なんだろうか?

 気になって聞いてみると、予想を超える答えが返ってきた。

 

「他のA級探査者ですか? ええ、もちろん私の伝道師としての使命については既に伝えています」

「その、何かご反応は?」

「純粋に、公平くんのスキルや称号に興味津々の者が多いですね。これはS級の方々もそうです。後は私を心配したり不安視したりする者もいますが、こちらは根気よく啓蒙の方を行っています」

「ほ、程々にね? 友人とか、失わないでね?」

「お心遣いに感謝します……その優しい心根。また一つ啓蒙の論拠が増えました」

 

 そういうのを止めろと言っとるんだ!

 ガチで友人いなくなるムーヴかましてる御堂さんだが、それでも何やかや友人知人に囲まれていそうな感じはしてひとまず安心する。

 不幸中の幸いとでも言うべきか? 信仰の対象であるところの俺が、探査者としての皆さんの好奇心を大いに刺激する存在であるところが大きいみたいだ。良かった……宗教にドハマりして孤立していく御堂さんは、今のところいなかったんだね。

 

 何やかや話をしているうちに、次のダンジョンのある工場にやってきた。

 町外れにある、周りは田んぼばかりの土地にぽつねんとある大きな土地の工場だ。古めかしいパイプが所狭しと、血管を思わせる様相で絡んで配列されているのが印象的だな。

 

 入り口にて入場申請を行い、工場の管理監督者さんと顔を合わせる。

 中年太りした、お腹の大きなおじさんだ。作業着にヘルメットとマスクをして、いかにも作業中でござい! って感じでやってくる。

 

「やあやあどうもです。わざわざこんなところにまで来てもらってもうしわけない。ここの工場の責任者の東です」

「いえいえ、これが仕事ですから。F級探査者の山形と申します」

「A級探査者の御堂と申します。今回、山形のダンジョン探査の監督を務めます。よろしくお願いいたします」

 

 お互いに挨拶する。御堂さんも一応、形ばかりだが名目上は俺の監督役ってことで通してもらった。

 救世主様の活躍を動画に収めて配信するために来ました、なんてこと絶対に言わせてたまるか。御堂さんも対外上、流石に取り繕うことは必要だと思っていたみたいなので、すんなり話を合わせることができて良かった。

 

 ともかくダンジョンのところまで東さんに案内してもらう。途中、出会う作業員の皆さんみんな、物珍しげにこっちを見てくる。

 というかこれ、あれだ。御堂さんに視線が集中してるあたり、美人に目がいってるだけだな? 何でもいいけど安全作業に支障がない程度にしといてもらいたい。指差し構えて安全、ヨシ! ってやつだ。

 

「こちらになります」

 

 到着。ここで取り扱ってる生産材の、原料製造機の真ん前にポッカリ穴が空いている。三角コーンとコーンバーで立入禁止区域として仕分けられているが、こりゃいかにも迷惑な位置にできたな~。

 さっさと踏破した方が良いだろう。俺と御堂さんはとにかく、ダンジョン探査を開始した。



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僕らは探査者だから

 工場にできたダンジョンだからだろうか、佐々木さん家のダンジョンとは少しばかり、様相が違う光景が広がっていた。

 土くれの壁、床なのは変わらないんだが、どこか鉄臭い。あれ? と思って軽く壁を擦り、土を掘ってみたら赤茶けた石が埋まっている。

 

「これ、鉄混じり?」

「鉄鉱石ですね。ダンジョンは時折、発生した土地の性質に合わせて姿形を変えたりします。研修でもやりましたね」

「ああ、そう言えば……これがそうなんだ。なんだか、地味な気がしますね」

「大規模なものになるとそれこそおかしな光景が見られますよ。遡る滝の壁とか。お菓子でできた床とか」

「ヘンゼルとグレーテルかな。なんともカロリー高そうな話だことで」

 

 ダンジョンの持つ、不思議な特性に感心しながら奥へと進む。

 難易度自体は先程の佐々木さん家のダンジョンとそう変わらない。時折やってくるスライムやゴブリンを殴り蹴り、時にバックドロップなんかして蹴散らしていく。

 その様子を後ろから撮影しながら、御堂さんが質問をしてきた。

 

「それにしても公平くん、鮮やかな手並みですね。例の習得効率10倍の威力ですか?」

「ええ、まあ。ひたすら動画サイトで、格闘家さんたちの動画を見て、それを真似して。それだけですけど」

「世界中の格闘家が羨ましがる話ですね。見様見真似でそこまでやれるなんて」

「そこはほら。探査者である以上、俺は格闘家としては生きていけませんから。それで堪忍していただきたいところです」

 

 苦笑いと共に応える。称号《魂を救う者》の効果であるところの、格闘技術の習得速度10倍のぶっ壊れた性能を、ここ数日で俺は骨身に染みて痛感していた。

 何しろその手の動画を、一度見ただけでだいたい理解して真似ができる。達人の動きや奥義みたいなのはさすがに、いくらか実際に練習しないといけないけれど……それにしたって数日かからずまとめて俺の技術となっている。

 インチキ極まりない。こんなもん、ダンジョン探査以外のビジネスシーンだったらめっちゃ憎悪されるに決まってる。

 

「改めて思うんですけど、探査者が他の職業に就けないわけが分かる気がしますよ」

「就けないこともありませんよ? 建前上……非探査者に対して優位に立てるスキルを持つ場合、該当する職種への就業が組合規則で禁止されているだけです」

 

 法律では禁じられていませんと嘯く御堂さんだけど、それって実質、ほぼ禁止みたいなもんなんじゃないかなあ。

 一応この国は職業選択の自由が、あらゆる国民に対して保証されている。そこは間違いない。

 ただ、暗黙の了解とか業種、職種内の公然の秘密として、探査者としてスキルを得た人を雇い入れるのは敬遠しようという空気はある、らしい。

 

 というのも、かつて大ダンジョン時代が始まった当初の頃。

 探査者──というより当時は『能力者』と呼ばれていた者たちの、称号とスキルによって得られる効果が、それらを持たない人々に対して圧倒的かつ絶対のアドバンテージとなってしまっていた。

 制度なんて整っていなかったもんだから、ダンジョン探査など一切せず、得た力を日常生活から仕事の場面に至るまで使い倒していたのである。

 

 当然、あらゆる場面で能力者と非能力者の間に格差は生まれるわけで。

 能力者側は選民意識を持つし、非能力者は排斥意識を持つし。日本のみならず世界各地でもう、一触即発の事態にまで陥ったらしい。

 そこで国連が新たに国際探査者連携機構、通称WSOを作って各国に呼びかけ、能力者を一律でダンジョン探査業に取り組ませるよう、長い時間をかけて世の中の空気を変えてきたのだ。

 

 今でも市民活動などを展開している反スキル、反探査業の人たちから言わせれば、探査者はダンジョンという檻に入れられた奴隷に他ならないとのこと。

 奴隷かどうかはともかくとして、表現としては一理あるようにも思えなくもないけど……スキルや称号を、それも頭のおかしな効果を得た今なら実感として思うところがある。

 

 これは仕方ないって!

 こんなの野に解き放たれたら、どう考えてもヤバいって!

 

 手にした力を冷静に、理性を持って判断した時。これは探査業以外で振るえば格差しか生まないものなんだって、誰でも分かるよ。

 新人研修の時に御堂さんや先輩探査者の方々も仰っていたけど、スキルも称号も、ダンジョン探査のためだけにあるべきなのだ。それ以外の場面で使えば、必ずひどいことになる。

 それは探査者全員が一番最初に教わることでもあるし、実際にダンジョン探査をしていって、スキルを身に着けていけば行くほどに、他人事でなく自分の実感として分かっていくことでもある。

 

 だから俺は、俺たちは探査者として生きていくんだ。向いていたならダンジョン探査に、向いてなければ組合職員として内勤で。

 陰に日向に、この大ダンジョン時代を生きていくんだ。

 

「ダンジョンが、俺の、生きていく場所なんですね」

「ええ。そして、私たちも共に歩んでいく道です」

 

 探査者としての一番の心構えを、なんだか今、芯から理解できた気がする。

 そんな俺に、御堂さんは一人じゃないよと優しく寄り添ってくれていた。



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大体なんにでも先駆者はいる

「これで……終わり! っと」

「ぴぎー!」

 

 最後に残ったスライムに貫手を放つ。半透明のゼリー状物体の中に小さく存在する、この種のモンスターの本体とも言える核を狙ってのものだ。

 強化された肉体、スキルによって極端な倍率のパワーアップを果たした上でのその貫手は、寸分違わずに極小サイズの核に命中。そのまま撃ち抜いて、存在そのものを粒子へと変じさせていった。

 

 後に残るはドロップ品の『スライムゼリーの刺身』。袋に詰めて、持ってきていたリュックに入れる。

 見た目、完全に刺身こんにゃくだ。微妙な心地になりながらも呟く。

 

「食ったら美味いんだっけ、これ……」

「美味しいですよ。醤油よりかはベリー系のジャムが合います」

「食べたことあるんです!? ていうか、これスイーツ系なの!?」

 

 ビックリ発言をいともたやすくしてのけた、御堂さんに目を向ける。

 モンスター食……ドロップした素材を食べる行為は、聞かない話じゃないけど、ジャンルとしてはいわゆるゲテモノ食いに含められる。昆虫食とかあるじゃん? あれの同類。

 調理とかすれば食えはするけど、たとえば町中を歩いていて、お昼だしさあ何食べる? ってなった時の選択肢にはまず入らないんじゃないかなあ。そのくらい、正しく珍味ではある。

 

 別にそういった趣味嗜好について、悪く思ったりとやかく言うつもりはないのだが、御堂さんがそうだとは思わなかったので率直に、驚きだ。

 御堂さんは続けて言ってくる。

 

「大規模ダンジョンの探査中、遭難したことがありましてその時に。人間、調味料さえあれば追い詰められても、何でも食べられるものですよ」

「そ、そうなんですね」

「他にもいくつか食べましたが、意外に美味しいものばかりでしたね。ただまあ、私生活の中で食べようとは思いませんが」

「なるほど……」

 

 さすがはA級探査者トップランカー。生々しくもためになる話をしてくれる。

 俺もいつか、一人でダンジョンを迷子になった時には覚悟を決めよう。なあにモンスター食は先駆者がいれば愛好家すらいるんだ、やれなくはないだろ。

 

 そんなこんなで最奥にたどり着く。決まり決まった構造の最深部に、やはりこのダンジョン独特の鉄臭さが漂う。

 なんか、だんだんちょっとずつ気分悪くなってきた。鉄の匂いって、嗅いでると血の匂いにも感じられて来ちゃうんだよね。注射とか嫌いだから、血を想起させるものも割と苦手だったりする。

 

 さっさと帰ろう。そそくさと中央の柱に近寄ってサクッ、とコアを取り出す。

 うし、これで帰れば踏破完了。行きが10分ちょいだったので帰りもそのくらいとなれば、精々30分くらいの工程になるか。

 佐々木さん家のダンジョンもそんなくらいだったし、トータル一時間ってとこかな。

 残るは郊外の丘にあるE級ダンジョンだけだ。こちらは俺の昇級にも関わってくるから、難易度の差もあって緊張してくる。

 

「E級ダンジョン、どんなですかね……」

「出てくるモンスターに少しばかり追加があるくらいで、公平くんならF級ダンジョンと変わりないでしょう。気負わず、いつも通りで大丈夫ですよ」

 

 怖がる俺に、御堂さんが慰めをかけてくれる。

 まあ、たしかに今の俺ならEでもFでも似たようなもんじゃないかな、という気はしている。

 何しろスキルによる強化ぶりがえげつないのだ、いくら俺がネガティブでもこの状態でそこまで卑屈にはなれない。

 

 でもな〜。メンタル的にはやっぱ不安なんだよな〜。

 昔から試験とかテストと名の付くものには弱いんだ。試されてる、後がないって思っちゃうと気後れしがちで、結局それが元で力を発揮しきれなかったりする。

 ……単純に勉強ができなかったってのもあるとは思うけど。とにかく、実力的な余裕と精神的な余裕は話が全然、違うのだ。

 

「なんか、コツとかあります? ダンジョン探査の」

「F級ダンジョン二つをここまで華麗に迅速に踏破しておいて、なんで一つ級が上がったくらいでそこまで弱気なんですか……コツならありますよ。自信を持ってください」

「じ、自信かぁ」

「自信を持てば、あなたは誰にも負けない最高の探査者です。そう、次なる時代を切り拓く救世主としてもね」

 

 そう言って俺の手を握り、指を絡ませてくる。

 御堂さんの手の温もりが、なんだか落ち着く……

 

 救世主がどうの次なる時代がどうの、相変わらず信仰心溢れる物言いだけれど。

 そこにあるのは紛れもない俺への信頼だ。

 応えなきゃ、きっと俺は探査者でいる資格がないだろう。

 

「……頑張ってみます。ありがとう、御堂さん」

「そろそろ香苗って呼んでくださいよ、公平くん」

「あー、じゃあ。そうですね、無事に昇級できたらってことで」

「言いましたね!? 撮影してますから言い逃れはさせませんよ!!」

「どんだけ信用ないの俺、怖ぁ……」

 

 そろそろ俺もこの人に対して歩み寄りたいなあって、思った途端にこの始末!

 わざわざ証拠を抑えたことを言わんでよろしいのに、まったく、そういうところも御堂さんらしい。

 

 ま、頑張ってみようかな。

 自分のためだけじゃないなら、俺は、なんだかやれる気がしていた。



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山形、戦いになると光るってよ

 工場ダンジョンから抜け出し、ダンジョンの消滅を確認して。

 東さんたち工場の皆さんからの感謝をありがたく頂戴してから、俺と御堂さんはその場を後にしていた。

 次なるダンジョン、郊外の丘の上へは公共交通機関を利用しての移動だ。ちょうど昼時なので途中、駅前でファーストフード店があるのでそこで腹拵えといく。

 

「ハンバーガーも久しぶりですね。中々ジャンクな食べ応え、悪くありません」

「今も昔も変わらない安心感はありますよね。たぶん未来でも、そう変わってないんじゃないかなーって思いますよ」

 

 言いながらハンバーガーを頬張る俺たち。ダンジョンを二つも踏破した後だからそれなりにお腹もペコペコだけど、この後にもう一勝負あるので食い過ぎは良くない。

 腹八分目、腹八分目。学生の旺盛な食欲を程々に宥めて、俺はハンバーガーとポテト、ジュースのセットを胃に流し込んだ。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした……ふう。ちょっと落ち着きがてら、《ステータス》確認しますね」

「ええ、どうぞ」

 

 しっかりと手と手を合わせてごちそうさまを言った後、食後のちょっとした余韻を使って俺は、ステータス画面を表示した。

 ダンジョンを二つ踏破したことで、レベルが上がったり、また何か称号が変わっているかもしれない。少なくとも今朝方までは《ワークライフバランサー》だったけど、さて今は、と。

 

 

 名前 山形公平 レベル20

 称号 勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 

 

 称号 勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者

 解説 手にした力を正しく使う、それを勇気と呼び

    手にした力で善を護る、それを慈愛と呼ぶ

 効果 特定スキル発動時、発光現象付与

    全身から光が放たれ、目に映した者の精神を癒やす

 

 

 《称号『勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……勇気と慈愛を掲げる魂は、輝きさえも纏うもの。気高きあなたの魂の、眩き光を示すのです》

 

 

「………………発、光?」

 

 呆然。その一言に尽きる。

 今回ばかりは本気で言葉が思い浮かばない。頭が真っ白だ。

 

 はっこう。発光? 光を放つ? はぁ?

 なんだ。それは。どう言うんだ、それは。

 

「公平、くん?」

「御堂さん……実は俺、ホタルイカだったみたいです」

「ほ、ホタルイカ……?」

「もしくはチョウチンアンコウ」

 

 どうにか御堂さんへと言葉を絞り出し、俺は天を見上げた。

 システムさん。あなたは俺をどうしたいんだ。何をしてほしい?

 邪悪なる思念とやらを倒せってのか? 全身から? 光を放って?

 そんなバカな! いくら俺がピカピカの一年生だからって本当に光らせるやつがあるか! 勇気とか慈愛とか言って、それと俺が戦い始めたらおもむろに光りだすのと、なんの関係があるんだ!?

 

「システムさん。あんた俺に、何をさせたいんだ……!」

「何があったんですか? 称号が変わったことは、何となく察せますが」

 

 俺は御堂さんに、新しく得た称号《勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者》について説明する。

 発光現象の付与について、彼女もまったく理解が及ばずにフリーズ。ひとまずの現状把握に至るまで何回か聞き直してきた程だ。さもありなん、まさか効果がそんな嫌がらせみたいな真似してくるとは、思いも寄らないことだ。

 恐ろしく、微妙な表情で俺と目を合わせてきた。

 

「……公平くん、光るんですね」

「……みたいです」

 

 何となく買ったおもちゃが、実は暗闇になるとうっすら光るタイプのおもちゃだったような。

 聞いてないし大して値打ちがあるわけじゃないし、むしろ若干気になるからちょっと鬱陶しく感じさえしそうなそんな効果。

 本気でこれは何の意味があるのか。二人でいくらか話し合う。

 

「一応発光現象には、見た者の精神を癒やす効果があるみたいですが」

「アロマセラピーですかね。ちなみに聞きますが、類似効果は?」

「《マッサージ》や《メンタルケア》など、精神的なフォローアップに特化したスキルがあるのは知っていますが……いずれも能動的なものです」

「所持者の意志によってオン、オフが切り替えられると」

「条件を満たせば強制的に発光し、あまつさえ他者の精神に干渉してくるというのは中々、聞いたことのない話ですね。所持者の意志を完全に無視しています」

「何それ怖ぁ……」

 

 発動条件である『特定スキル』ってのが何なのか。それはさておくにしても、俺の意思や意図に寄らずオートで光りだすってのは、制御不能すぎて恐ろしい話だ。

 精神を癒やすってのもよく分からないザックリした表現だ。そもそも他人の精神に影響を与えるタイプの効果なんて、せめて能動意思の元で制御されてないと怖すぎるだろ。

 

 問題点と懸念しかない称号。

 ここに来て特大の地雷を抱え込むようなことになってしまった俺は、どうしたもんかと頭を抱える。

 

 そんな折、だ。

 御堂さんのスマホに着信が来た。

 

「はい、御堂です」

「どーすんだ、これぇ……」

 

 俺は今後、何かあるといきなり光りだす面白人間として生きていかなきゃいけないのか? テレビでたまにやってる、世界の不思議人間特集! みたいなドキュメンタリーに出られそうだな。

 ていうか夜、万一にでも道を歩いてる時に光りだしたらもう駄目じゃん。不審者確定。もしくは練り歩くランタン男として町内の名物になれる。

 戦慄の未来に怖ぁ……ってなってると。

 

「はい、はい。分かりました、至急向かいます。では……公平くん」

「どうしました?」

「……町中にモンスターが襲撃をかけてきました。いわゆる『スタンピード』の発生です」

 

 深刻な面持ちで御堂さんの、言葉が響いた。



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INTERFACE ERROR : 数値が大きすぎます!

 ダンジョンってのは、発生する際にモンスターも一定数、生み出すことがメカニズムとして突き止められているわけなのだが。どうもそこの機能が時折、異常をきたした状態で発生するケースがあるそうだ。

 たとえばある特定の種類のモンスターしか出てこないだとか。反面、異様な種類のモンスターが出てくるだとか。ダンジョンの規模に対してあまりにモンスターの数が少ないだとか……逆に、モンスターの数が多すぎる、だとか。

 

 そうした異常なダンジョンは現在、業界用語で『エラーダンジョン』あるいはシンプルに『エラー』とだけ呼ばれている。一般的な規格から外れたものと見なせる、まさしくエラー品なわけだ。

 そして今回。そのエラーダンジョンが町中に発生した。

 俺の家の近く、豆腐屋ダンジョンがあった商店街の、今度は路地裏にあるスナックの店前。そこに突如穴が空いたのだ。

 

 そこまでならばよくある話だが、そこからが問題だった。

 なんとモンスターが這い出てきて、商店街中を練り歩き始めたのだ。エラーダンジョンの一種で、規模に対して発生したモンスター数が多すぎたため、内部が飽和状態となり溢れ出てきたわけだな。

 滅多にないことだが過去、歴史を紐解くと類似ケースは少なからず見つかる。それが通称『スタンピード』と呼ばれる現象であった。

 

「既に商店街の人々は避難して、組合派遣の探査者たちが周囲を封鎖しています。モンスターに襲われた軽傷者は複数いるものの、重傷、重体者はなし」

「根本原因である、スナック前ダンジョンへの到達は?」

「モンスターの数が多すぎて手を焼いているようです。それゆえ私のところにも救助要請が来たんですね」

 

 足早に商店街へと駆ける中、俺は御堂さんから状況説明を受けている。

 急な連絡だったが、ことがスタンピードとなれば、探査者としてあらゆることを置き去りにしてもそれに対処しなくてはならない。探査業における最優先解決事項の一つとして認識されているほどに、このスタンピードというのは危険な事態なのだ。

 

 まあ、俺にはお呼びが掛かってないんだけどね?

 今回のエラーダンジョンは、モンスターの種類と質から見てD級。実力不足の探査者まで派遣していらぬ被害を生まないよう、E級、F級の探査者は今回、待機指示が出ているのだ。

 

「私の、A級ライセンス保持者としての権限で、公平くんのエラー対応への参戦を許可します。あなたのスキルの都合、共闘とはいきませんが……できる限りのフォローはします、戦ってください」

「俺もよく行く商店街です、もちろんやりますよ」

「急なことですみません。今は戦力が、一人でもほしいのです」

「分かっています。御堂さん、あなたは立派です」

 

 新人だけど、F級だけど。俺には規格外としか言いようのないスキルと称号がある。俺みたいなのこそ、エラーとでも言うべきなのかもな。

 とにかくそんな奴を、今、遊ばせておいて良い状況じゃないってことだ。既に怪我人は出ているんだ、一刻の予断も許されない。

 

 俺も御堂さんも探査者として、それ相応に身体能力が高まっている。それゆえ人通りの多い道を避け、パルクールよろしく建物を次々駆け上り、屋根伝いに商店街へと向かっていく。

 こちらの方が遠くまで見渡せるから状況把握もしやすい。見えてきた……逃げ惑う人々、明らかに異様なるモノたちで溢れるアーケード街。それを食い止める、探査者たち!

 

「飛びます!」

「はい!」

 

 御堂さんの掛け声に呼応して大きくジャンプする。そのまま商店街へとなだれ込むように飛び込んで、探査者の人たちが及んでいない群れにまで到達。そのまま勢いよく腕を振るう。

 

「どっ、こい、しょー!」

『ぬぎゃあぁぁぁー!?』

 

 全力全開の、100倍以上の補正が掛かった俺の手刀だ。横薙ぎに放たれたそれは光放つ斬撃となり、一気に視界を広げていく。

 一撃で大きくスペースを得た。振り返れば御堂さんがモンスターを食い止めていた探査者たちと合流し、既に敵対者を蹴散らしている。

 

「私たちはこのままダンジョン踏破を試みます! 公平くんは、地上にまで出ているモンスターの対処を願います!」

「分かりました、ご武運を!」

「御堂さん、彼は!?」

「新人だろ、あいつ! 大丈夫なのか!?」

「彼は救世主、あなた方より遥かに強い! さあ行きますよ、先輩として、彼に恥じない姿を見せなさい!」

 

 俺にやるべきこと、為すべきことを指示して御堂さんが、困惑しきりの先輩たちを何人か連れて商店街の中央、スナックダンジョンへと向かう。

 スタンピードは元となるエラーダンジョンを踏破すれば収まる。今ここにいたモンスターだけでもかなりの数だった、恐らくはもう、件のダンジョン内は至って普通の状態となっているだろう。

 御堂さんたちならそう時間もかからず踏破できるはずだ。

 

 だったら。それまで俺は、地上に出てきたやつらを倒す!

 

「南口は倒したから、次は北口の方か!」

 

 既に静けさを取り戻したこのアーケード街の南口は、残って封鎖を続けている探査者たちに任せる。

 俺は、やるべきことをやるために北口へと走った。



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せきぐちくん、ふっとばされた!

 全速力で走れば、北口までは数分かからず辿り着いた。

 来た当初の南口同様、モンスターがうじゃうじゃと屯っている。先程は一気にまとめて蹴散らしたからよく見てなかったものの、たしかにD級相当だけあってゴブリンやスライムだけではない。

 豚面の獣人オーク、鬼のようなオーガ、キングコブラをそのまま巨大化したようなサーペント、糸が切れた操り人形が自律して動いている、パペット。

 まったくバリエーション豊富な光景だ、モンスターマニアには堪らないかもしれないな。

 

「……関係なく潰すけどな! でりゃあっ!」

 

 北口から商店街の外へと出ようとする群れの、背後から強襲。パンチ一発が大砲の弾のように一直線にモンスターたちを貫き道を開き、キック一発が的確に敵の脳天をブチ破って粒子に変えていく。

 光に変わっていく中で、どこかモンスターたちから解き放たれた気配を感じる。なんだ? こいつら……歓喜している?

 直感に過ぎないからなんとも言えないが、そもそもモンスターにそんな、感情表現なんてあるものなのか。よく分からないままだが、今は商店街を護るのが先決だ。

 

 ひとまず北口の入りに到達する。ここに来るまで相当数モンスターを倒したが、まだまだ総数としてはかなりの量だ。

 と、この場を封鎖してモンスターに対処していた探査者たちが寄ってきた。

 

「連絡は受けている! 山形くんだな、助力ありがとう!」

「いえいえ! 南口はもう大丈夫なんで、後はここかと!」

「御堂さんも今、ダンジョンに潜り始めたとのことだ! じきにこの騒ぎも収まる、悪いがもう少しだけ手伝ってくれ!」

「もちろんですとも!」

 

 互いに状況を把握して、敵に向き直る。

 未だこっちに向かってきているが、更にその向こう、解放した南口から、探査者たちがやってきている。

 挟み撃ちの形になるな。これなら何とか、やりきれそうだ。

 

 気を抜かずに、構える。そんな俺に、後ろから声がかけられた。

 

「山原、何でここにいるんだ……!」

「……山形ですけど。関口くんも来てたんだ」

 

 関口くんだ。D級だから、まあここにいてもおかしくないのか。

 こんな状況でも構わず敵視してくるのは、あまりにいつも通りすぎていっそ感心すら覚えるけど……

 さすがに場の空気は読んでほしい。あれっ、立場逆転してる?

 

「F級が、何のつもりでここにいるんだ? 帰れよ。香苗さんに取り入って、ご機嫌取りで何しても良いと思うな。迷惑だ」

「今、そんなことを言ってる場合かな」

「役立たずがいたって仕方ないって話だぞ、F級!」

「止めろ、関口! 今そんなことしてる場合か、彼は強力な助っ人なんだぞ、見りゃ分かるだろ!」

 

 思いっきりモンスターそっちのけで絡んでくる関口くんに、見かねたおじさん探査者が叱ってくれる。

 助かる。率直な感謝と共に、やってきたモンスターを数体、素手で破壊する。

 ……威力が落ちている。他の探査者との共闘だからか、《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果が切れてるみたいだ。

 なんでボッチ前提のスキルなんだよシステムさん。こういう時に困っちゃうだろ!

 

「なんでですか!? あいつは大した実力もないF級で、香苗さんに取り入っているだけだって斐川さんも言ってたでしょう!」

「さっきまではな! 今の光景見て俺が馬鹿だったって悟ったよ! 彼は本物だ、御堂なんて関係ねえ!」

「なにをっ」

「そもそも今は緊急時だ、私情で遊ぶな! 何年探査者やってるんだ、馬鹿野郎!」

 

 関口くんとおじさん探査者、斐川さんっていうみたいだ、は今も口論をしている。

 そういうのは後にして、今はモンスター倒そうよ〜。他の探査者さんもイライラしながら仕事してるし、俺が口論の発端なこともあってちょっと居た堪れない。

 

 そんな時、関口くんと斐川さんの横をモンスターが素早く通り過ぎた。

 あれは……資料で見たことがある。狼人間という、獣人型でスピード特化のモンスターだ。普通はB級ダンジョンに出てくるようなやつだぞ、どうなってるんだ?

 

 二人は対応できそうになし、次いで近くにいる俺が対応するべく追いかける。

 

「っ! 待て、勝手な真似をするな!!」

「うわわっ!?」

 

 と、関口くんに襟を引っ張られて止められた!

 馬鹿な、正気じゃない! こんな時にまでこんなことをするのか!?

 思わずカッとなり、俺は彼の手を掴んだ。

 

「馬鹿な、ことをするんじゃない!!」

「何──うわぁあぁっ!?」

 

 捻り、外し、そのまま投げ飛ばす。吹っ飛んでいく関口くん。

 驚愕した斐川さんの顔も横目に俺は狼人間を追う。

 やつはアーケード街を出て、退避する人々に向け、襲いかかろうとしていた!

 

「させるか!」

 

 咄嗟に割り込み、両手で両腕を掴んでその歩みを止める。

 すごい力だ……《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果がない今の俺だと、どうにか持ち堪えるのが精々ってところか?

 これは難儀するかも、なあ。

 

「ぐ、く……っ! 早く、逃げて!」

「や……山形くん?」

「く、う……、っえ?」

 

 何とか押し止め、後方の人々に退避を呼びかけていた俺の名が呼ばれる。

 振り向くとそこには、恐怖に慄き動くこともままならない人たちに混じって、佐山さんはじめクラスメイトの女子が数人、いた。



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救世主神話・黎明編

 そりゃまあ、いてもおかしくはないよなあ。

 必死に狼人間を押し止める、力んだ体とは裏腹の冷静さで、瞬時に俺は佐山さんたちがこの場にいて、今、危機に瀕していたことを受け止めた。

 

「あ、う。山形、くん」

「くっ……! 間に、あって良かった。け、怪我……っ、ない?」

「う、ん……! や、山形くんこそ、ち、血が出てる……!」

「山形ぁ……っ」

 

 なんとか無事らしい彼女らだったが、顔面蒼白で俺を見ている。

 食い止めるも徐々に押し負けている俺の顔に、狼人間の鋭く伸びた爪が触れ、皮膚を裂いたのだ。

 血の流れる感触。痛みはある、が、アドレナリンが分泌されているのか気にもならない。

 それよりも、だ。後ろで、怯える佐川さんたちを見る。

 

「ガギャア、ガギャアァァッ!!」

「ひ、いぃぃ……っ」

「ぱぱ、まま……!」

「っ……」

 

 獲物を前に唸る狼人間に、佐山さんたちが恐怖に叫んだ。

 よほど怖いんだろう。震えて、涙を流している。

 他の人たちも同じだ。差し迫った死に、身体がすくんで声すらあげられない。

 少し前まで日常生活を謳歌していたはずのこの人たちの、こんな姿に……俺は今、無性に叫びたかった。

 

 なんで、こんなことが起きる?

 あって良いわけないだろ、こんなこと。

 なんの権利があってこんな、当たり前の日々を奪うんだ、こいつらは!

 

 昨日、カラオケに行った時のことを思い返す。

 みんな笑顔だった。楽しく騒いで、話して、遊んでいた。

 そんな佐山さんたちの笑顔が、一夜明けただけでこんな理不尽に晒されて、恐怖に歪められている。

 

 許せるのか? 許していいのか?

 

「……許す、ものかぁ……っ!!」

「ガギャア……?」

 

 体の、奥底に火が灯る。打ち負けかけていた力が蘇る。

 不思議な感触だった。エネルギーが湧き出て止まらない。

 《風さえ吹かない荒野を行くよ》の常時パワーアップじゃない。短期的な、けれど極めて強力な力が引き出されていくのを感じる。

 

 

『あなたはスキルを獲得しました』

 

 

 ──不意に、脳裏に響く声。

 システムさんだ、と冷静に聞く一方。

 体はどんどん強く、大きくなるエネルギーに満ち満ちていく。

 

 

『緊急時につき、音声アナウンスでお知らせします』

『スキル《誰もが安らげる世界のために》獲得』

『効果は』

 

 《絶対に負けてはならない戦いの時、戦闘能力が最大1000倍まで上昇する》

 

『このスキルは本来、アドミニストレータ側の存在に向けて作成されたスキルです』

『発動にはsystemによる承認が必要になります。承認権限は以後、コマンドプロンプトへの接続も含めて精霊知能《リーベ》に委ねられます』

『──はいはーい! 早速いい感じのシチュエーション! かわいいかわいいリーベちゃんがお知らせしちゃいまーす!』

 

 

 システムさんの、いつもの無機質な声音ではない。

 可愛らしい女の子の声が割って入る。

 誰ぇ……? なんて考える間もなく、俺の力が段々と、狼人間を押し返していく。

 

 声は、更に続いて。

 

 

『──コマンドプロンプトを呼び出しました。アドミニストレータ用スキルを実行します。パスワード入力』

 

 《──これは、絶対に負けてはならない戦いである》

 

『──ロック解除確認。スキル《誰もが安らげる世界のために》実行。出力20倍での発動が承認されました』

 

 

 俺の身体から、徐々に力が、光が、輝きが解き放たれていって。

 

 

『……勝ってください。世界のために、人々のために。命のために、時代のために』

『──あなたが大事に思う人たちのために。そして何より、あなた自身のために!』

 

 

 俺の心に。魂に。

 たしかなエールを届けてくれた!

 

 

「くっ……ぉっ……おおおおおあああああああっ!!」

「ガ──!?」

 

 狼人間の腕を、力のままに押し戻す!

 無限にも似た力が全身を駆け巡る。俺に、救えと言ってくる。

 佐山さんたちを。商店街の人たちを。時代を。世界を。

 たとえ敵なる者さえも、すべてひっくるめて癒やして救えと。

 俺のスキルがそう言っている!

 

「山形くん、光ってる……」

 

 佐山さんの呟きが聞こえる。気付けば自然と、俺の身体は金色に輝いていた。

 称号《勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者》の発光現象──スキル《誰もが安らげる世界のために》に反応したのか。

 まったくケレン味のある。いい趣味してるよ、システムさん。

 

 けれど。さあ、やろうか!

 

「でりゃあぁっ!」

「!?」

 

 狼人間の腕を、掴み続けたままに思い切り上空高く飛び上がる。

 アーケード街の屋根より高く、家より高く、ビルより高く。

 人々が小さく見えるくらいの高度に達して今、俺は狼人間に技をしかけた。

 

「空中、コブラツイストォッ!!」

「ガギャア!?」

 

 背後から首に腕を回して締め上げて、足に足を絡めて思い切り背後に逸らす。

 前に動画で見たプロレス技、身体能力とスキルも合わせて完全に殺人技法だ!

 あらぬ方向に捻じ曲げられた狼人間の体は既に力なく、ブラブラと空中に漂う。

 まだだ! 正面に回って足を抱えてホールドする!

 

「──ぉおおおおりゃあぁぁぁっ!!」

「ギギィィィィィィ!?」

 

 急降下していく俺は、狼人間を上手に抱えて。

 とてつもない勢いで地表に墜落する瞬間、それを地面に叩きつけた!

 いわゆるパワーボムだ!

 

 ズドン! と大きく地面が揺れる。あまりの衝撃に、近くにいた人たちも数人、よろけてこけた人までいる。

 当然、技の爆心地となった狼男は、ひとたまりもないわけで。

 

「グ、ェ──」

 

 断末魔の叫びすらあげられない、どこか、安堵したようなうめき声だけ短く出して。

 人々を襲ったモンスターは、粒子となって塵一つ残すことなく、散っていった。



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脳内美少女(自称)リーベちゃん

 静けさ、からの歓声が青空に響き渡る。

 退避していた商店街の人たちの、安堵と歓喜の声だ。

 

「山形くーん!!」

「すげえぞ、若えの!」

「何あれ、どんくらい飛んだ!?」

「ひ、光ってた……! なんて優しくて、力強い光!!」

「私は、何を見たの……? か、み、さま……?」

 

 狼人間を、新しく獲得したスキル《誰もが安らげる世界のために》による超パワーで仕留めた俺に、惜しみなく賛辞が浴びせられる。

 どうもあのモンスターが群れのボス的なやつだったみたいで、わずかに残っていたモンスターがどうしたものかと右往左往して、先輩探査者に次々仕留められている。

 つまりは地上に湧き出たモンスターたちに関しては目処がたったと言うことで、後は御堂さんたちのダンジョン踏破を待つばかりだろう。

 

「お、終わった……あだだだだ。なにこの痛みぃ〜」

 

 実感として、このスタンピードが終わったことを悟る。

 途端、じんわりと全身に痛みが広がり、俺はその場にへたり込んだ。

 なんだ? 狼人間になんかされたか? そう言えば爪で顔を傷付けられたけど、毒とかあった系のやつ?

 狼狽する俺に、脳内で声が響いた。

 

『スキル《誰もが安らげる世界のために》を使った反動ですよー。最大出力の10分の1以下とはいえ、いきなりの負担すぎて体が付いてこれなかったんですねー』

「は? え、誰?」

 

 唐突に響く、快活とした女の子の声。

 周囲を見回すも皆、生き延びた幸福に皆で騒いで俺に話しかけた様子はない。

 ていうか、誰か一人くらい俺んとこまで来て労うくらいしてくれてもいい気がする。できれば美人のおねーさんとか。

 冗談はさておいて、さらに脳内の声は続けてくる。

 

『かわいいかわいい精霊知能リーベちゃんでーっす! 気軽にリーベちゃんって呼んでくださいね! あ、ちなみに今はsystemを介したアナウンスじゃないから悪しからずおねがいします』

「…………怖ぁ」

 

 親方! 頭の中に美少女の声が! と冗談はさておくにして。この声は聞き覚えがある。さっき、システムさんと一緒にエールを送ってくれた声だ。

 リーベ? 名前かな。名乗ってくれるのは良いけど、そもそも精霊知能ってなんぞやって話なんだが。それ以前に勝手に脳内に直接話しかけてきている、お前は一体何なんだよ──というシンプルな疑問が次々思い浮かぶ。

 それをどうやら読み取ったらしく、リーベはふふんと笑って答えた。

 

『かわいいかわいいリーベちゃんはですね! 大いなる存在様によって作られた精霊知能……うーんと、あなたの分かるように言えばAIでしょうかね! あ、でもちゃんと独立した思考はありますよ? その点で言えば、生命体と言っても過言ではないでしょう!』

「……反応したいけど、したらみんなから変な人扱いされるよなあ」

『今のリーベちゃんでは、他の人からは見えないですものね! でもでも大丈夫! レベルが、そうですね……300くらいにもなったら、かわいいかわいいリーベちゃんが、あなたの眼にもみんなの眼にも映るようになります! それまでは我慢してくださいね、てへっ!』

「……」

 

 何こいつ、ヤバぁ。

 誰もお前の姿を見たいとか言ってないじゃん。なんでさも自分をトップアイドルみたいに言えんの? しかも要求してくる基準が10関口くんとか狂ってんだろ。怖ぁ〜。

 ていうか大いなる存在様って、誰それ? もしかしてシステムさんのことだったりするのか?

 

『えっとー? リーベちゃんからはその辺は言えませんねえ。基本的にリーベちゃんのお仕事は、あなたのスキル《誰もが安らげる世界のために》の発動承認と出力調整だけですし。詳しい話が知りたければ、バリバリどんどんダンジョンを踏破していってくださいねー。それでは、バーハハーイ!』

「は? おい、ちょっ……ぐ、ぬっ」

 

 おのれ、あからさまに言葉を濁してトンズラこきやがった!

 何がバーハハーイだ、いくつだ貴様!

 思わず叫びそうになるも、今ここでそれやっちゃうと俺、探査者あらため不審者確定だ。

 ……ああもう、色々ありすぎて本当に疲れてきた。筋肉痛で身体中バッキバキだし、もう。辛ぁ……

 

「山形くん、山形くーんっ!」

「へぁ? ……ホアァッー!?」

 

 名前を呼ばれ、なんぞやと振り返ると抱きつかれていた。

 や、柔らかい……温もりが、柔らかい匂いがする。めっちゃ気持ち悪い感想を瞬時に思い浮かべながらも誰ぞやと見れば、佐山さんが泣きながら、俺を抱きしめてくれていた。

 何やらぐずつきながら、俺の体をまさぐってくる。

 

「ありがと、ありがとう! 助かったよぉ、生きてるよお……っ! 痛いところない? 大丈夫っ!?」

「感謝の言葉とその手の動きに何か因果関係ありますぅ!?」

「馬鹿ぁ! 怪我してないか確認してるんじゃないの! ただでさえ顔、血が出てるのに……!」

「あっ、はい」

「遠慮とか強がりとか止めてね? 痛いなら痛いって、苦しいなら苦しいって言ってね? 山形くん……!」

 

 すわ御堂さんよろしく、どさくさ紛れに何かしてきたり!? と困惑半分期待半分の純情下心ボーイ丸出しだったわけだが。

 めっちゃガチで俺の体調を慮ってくる姿に、何を不埒なこと考えてんだと、ものすごい罪悪感。

 優しい子だなあ。涙ぐみながらそれでも気遣う姿は、ああこれぞ天使か女神かって感じだ。いやー、何かめっちゃ、頑張った甲斐があったなあ〜!

 

 そんな風に、皆が解放感からお祭り騒ぎを始める中、俺は佐山さんに抱きしめられてすごく、すごーくご満悦だった折。

 

「公平くん、無事ですか!?」

 

 商店街から御堂さんが、爆速で俺のところにやってきた。



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俺より俺に詳しい狂信者

「公平くんが救世主として、黄金に輝き圧倒的な力で天高く舞い、悪しきモノを大地へと還した……? そ、そんなの」

「み、御堂さん?」

「そんなの神話じゃないですか!? なんで言ってくれないんです、あんなダンジョン秒殺だったのに! 他の探査者と協調してる場合じゃありませんでした!」

「えぇ……? 怖ぁ……」

 

 周囲にいた探査者さんから話を聞き、野次馬根性からか動画を撮っていた近隣住民から、それを見せられて。

 俺が、突然ノーマル山形からシャイニング山形に進化して狼人間をやっつけた顛末を知った御堂さんの、魂の叫びが響いた。

 

 何が神話か寸毫たりとも分かりやしないが、こうなった御堂さんにはもう、話なんて通用しない。

 佐山さんに相変わらず抱きしめられたまま、俺はどこか、慣れきった心地で彼女に応じた。

 

「まあ、御堂さん。後で俺が新しく得たスキルについても含めて、詳しく話しますから。ひとまずここは落ち着いてくださいよ」

 

 

 なにゆえそのように荒ぶるのか!? 鎮まれ! 鎮まりたまえ! と宥めすかす心地で言えば、荒神様もとい狂信者さんは、そこで人心地付けたらしかった。

 代わりにきょとんと、俺に抱きつく佐山さんについて聞いてくる。

 

「ん……失礼しました。というか、そこの女の人は」

「……御堂さん、だっけ。山形くんの先輩探査者の」

「いかにも御堂ですが、先輩探査者? むしろ私は、彼という救世主の紡ぐ次なる時代、新たなる神話をこの世に広める伝道師のつもりでいます」

「? 伝道……え? 神話? 救世主?」

「佐山さん、あんまり気にしない方が良いよ」

 

 およそ答えになっていない答えを、これ以上ない真顔で返されてはさしものギャル系女子佐山さんも困惑以外に浮かべる感情がない。

 仕方がないので助け船を出す。御堂さんの狂信者ムーヴは、誰がなんと言おうと一度始まったら落ち着くまで止まらないのだ。だったらもう、ある程度は好きにさせてしまっても良いのかもしれない。

 あー、ただし、御堂さん自身にとって本当に良くないことになりそうな場面は除く。俺が原因でこの人が不幸になるなんて、たぶん耐えられそうにないものな。

 

「あなたこそ、たしか以前にお見かけしましたね。公平くんのクラスメイトの女子でしたか。スタンピードに居合わせるとは災難でしたね。お怪我は?」

「あ、う、はい。おかげ、様で……」

「それは良かった。怪我がないのが一番ですからね……と、公平くん! 顔を怪我してるじゃないですか!」

 

 探査者として、スタンピードの被害に遭ったことを心配する御堂さん。さきほどの狂った姿と裏腹な大人の態度に、佐山さんもタジタジだ。

 もっともすぐさま俺の方に飛んできて、狼人間にやられた頬の傷に、手を添えてきたわけだけど。

 

「あれ? 血だけ……?」

「たぶん、称号の効果で治ったのかなって。たしかなんか、あれ? あったような……」

「《ワークライフバランサー》の、日常生活時に付与される再生能力ですか。まさか、戦闘終了から今に至るまでの短期間で?」

「何でスラスラ出てくるの怖ぁ……」

 

 出血跡のみのこして傷そのものはすっかり消え去っている、俺の頬を一撫でしながら、当たり前のように俺が過去、取得した称号とその効果を諳んじた御堂さん。

 正直、当の俺ですら俺の獲得した諸々は、覚えきれてないし把握しきれてないんですけど。なんであなたが全部把握してるの?

 あからさまに引きつった笑みでそんな疑問を呈する俺に、彼女は信仰の光に満ちた顔付きで誇らしげに答えた。

 

「称号とはすなわち探査者の足跡。ましてやこの世を救うあなたの道程は、伝道師として暗誦できて当然です」

「山形くーん……この人ちょっと、ヤバない?」

「何がですか佐山さん? 私は、大ダンジョン時代に救いをもたらす偉大なる御方に殉じているだけです」

「えぇ……? 御堂さんってたしか、超人気探査配信者なのに……」

「超人気配信者であることと、救世主神話の伝道師であることは両立しますけれど。なにか?」

 

 なにか? じゃないよキリッとした感だすな、佐山さんが砂を噛んだみたいな苦々しい顔してるだろ!

 にしても、マジで俺のこれまでの称号とスキルを暗記してるんならある意味すごい話だ。正直、俺にとってすごーく便利だなあとか、失礼なことを思ってしまう。

 

 けどまあ、探査者なら自分のそういう能力については、本来ならばさっきの御堂さんみたく、サラッと答えられて当然なんだろうな。

 うーん……ここは一つ、俺より俺のことにくわしい御堂さんにご教授願うか? どこかで時間を用意していただいて、そういう勉強の時間も良いかもしれない。

 

「そもそも公平くんとの出会いは突然でした当時私は未だ覚醒していなかったただのA級探査者だったわけなのですがそんな折奇妙なスキルを発現した学生さんがいると耳にして興味本位で新人研修を見に行ったのですそこで彼を目にした時私の脳髄の天辺から爪先に至るまで至福の稲妻が天啓として落ちたのですあれは忘れることはできませんまさしく神の導きというものなのでしょう実は私は探査者証明書には記載していないスキルがいくつかあるのですがそのうちの一つこれまでの人生でまったく発動しなかったことから私自身すっかり忘れていてでももし発動することがあれば私はその対象のために命と心と体を捧げるんだろうなと幼少から信じていたそんなスキルがもののみごとに発動したのですつまり私と公平くんはまさしく運命の」

「山形くーん……たすけてぇ〜……」

「御堂さんストップー! ここサバト会場じゃないんで! 宗教ムーヴストップ、ストップ!」

 

 早口すぎてもう、何言ってるんだか一切分からないことをひたすらまくし立てて佐山さんへと説法……説法? 勧誘? とにかくそんなことを続ける御堂さんを慌てて止めて。

 まあとにかく、スタンピードを巡る一連の騒動は終わったのだった。



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シャイニング山形のシャイニング全国デビュー

 結局、スタンピードが終わって事後処理まである程度済んだ後。俺が丘の上ダンジョンにまで行くことはなかった。

 スキル《誰もが安らげる世界のために》の反動ダメージで体中筋肉痛なので、大事を取って引き上げたのだ。広瀬さんにも事情は説明してある──いよいよ検査させてくれ、調べさせてくれとの声が強まってきたから、そろそろ観念時かなとも思う。

 

「ただいま〜。言われてたブロッコリーとマッシュルーム買ってきたよ、今日もしかしてクリームシチュー? やったね!」

「ちょっと公平! あんた、何か光ったんだって?!」

「何でもう知ってんの怖ぁ……」

 

 なんだかくたびれちゃったので、御堂さんや佐山さんともそこそこのところで別れて自宅に戻る。途中、スーパーに寄って朝、行きがけに頼まれてた買い物を済ませてからの帰宅だ。

 すると家に入った途端、母ちゃんから大声で、狼人間相手に披露したシャイニング山形について詰問された。

 

 そもそも帰ってきた途端にそれかよ! とか、なんで知ってるんだ、知り合いでもあの場にいたのか? とか。

 その辺のあれこれをすべてぶっ飛ばすインパクトが俺の目の前に突き付けられた。母ちゃんのスマホ、画面にはSNS動画サービスサイトが映る。

 そこには空高く光る、何やら神々しい輝き。よく見ると人型の化物相手に誰かが関節技をかけている。そこからすぐに、誰かさんは化物をホールドして急降下。スマホを構えていたであろう撮影者をも衝撃だけで吹き飛ばすほどの、見事なパワーボムをかましていた。

 ああ、見覚えってか心当たりあるわ。

 

「俺じゃーん」

「本当にそうなの!? あんたどうしちゃったのこんなピカピカになって! 福引でも当たった?」

「それだとこの動画の俺は、福引を当てた嬉しさのあまり天高く飛び上がって、光り輝いてはしゃいでることになるけどそれで良いの?」

「良くないわねえ」

 

 だろ〜?

 とまあ、しょうもない茶番はさておくとして。居間でテレビに映る俺を見ていた父ちゃんや優子ちゃんも交えて、俺は今日発生した、スタンピードについて逐一説明していった。

 

 ていうかテレビに映ってるぅ……国内のスタンピード案件なんて、それこそ十年に一度あるかなしかって話だから、話題になるのは分かるけど。

 何も、光り輝く俺が空中コブラツイスト極めてるところを繰り返しアピールしなくてもいいだろ! テロップには『謎の発光体』とか書かれてあるし。これじゃ完全に新種のモンスターか、いいとこUMAじゃないかよう。

 

「とまあ、そんなこんなでこの映像のシャイニング山形はこの家の長男の山形公平なわけ、オーケー?」

「はあ……何回聞いても信じられそうにないわ。あんたがこんな、テレビに映るような活躍をするなんて。映るんならニュースで、他所様に迷惑かけた時くらいかと思ってたのに」

「兄ちゃん、どう見たって地味な路地裏とかでひっそりモンスターと取っ組み合いしてそうだもんね〜。シャイニング山形なんて、何か悪いものでも食べた?」

「ひどい」

 

 でもうん、言いたいことは分かるよ……俺でもテレビに映るシャイニング山形が、本当にこの俺、山形公平くんなのか疑わしくなるもの。

 そのくらい、称号《勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者》の効果による発光は神々しさがすごいのだ。

 なんか、昼間なのに太陽より輝いてないか? 下から人々が見上げてる映像も映されているのだが、引きでの構図がほとんど宗教画だ。

 

 これ、テレビに映ってるのを御堂さんが見たら大騒ぎだろうな……歓喜はもちろんするだろうけど、それ以上にこの場にリアルタイムで出くわせなかった自分自身にキレるだろう。実際、キレてたもんな。

 というか、もう我が家でのシャイニング山形ブームは過ぎ去ったのか、すでにテレビは母ちゃんお気に入りの恋愛ドラマを映している。妹ちゃんは耽美なイケメンに囲まれるタイプのソシャゲに夢中だし。

 

 ネタにされるよりは良いけど、もうちょっと褒めてもいいと思うよ〜? 俺、そこそこ頑張ったよ〜?

 まあ褒められたら褒められたで、なにか裏があるんじゃないかと思う俺ちゃんなんだけど。我ながら自己肯定感がダンジョンより深く地下に埋まり込んでいる。

 

「それで、公平。怪我はないのか」

「ああ、うん。ちょっとあったけど、探査者の称号効果で治った」

「そうか……便利だな。身体には気を付けろよ」

「うん、ありがと」

 

 母ちゃんや妹ちゃんとは違い、父ちゃんだけは俺を心配してくれている。優しいね〜、これがスマホでいかがわしい動画を見ながらの発言じゃなければ、俺は素直に尊敬できたのに。

 相変わらずすぎてホッとするよ、まったく。

 

 簡単にシャワーを浴びて自室に戻る。今日は疲れたし、夕飯まで時間あるし、ちょっと横になろうかな?

 惰眠を貪るスリーピング山形に変形しようとしていた俺の、脳内にまたしてもリーベの声が響いた。

 

『え〜!? やっと心置きなく喋れますしー、かわいいかわいいリーベちゃんと楽しくお話しましょうよぉ! 公平さん〜!』

「えぇ……?」

『かわいいかわいいリーベちゃんのこととか気になるでしょう? 今なら何でも答えちゃいまーす!』

 

 俺、疲れてるんだけど。とりあえず昼寝したいんだけど。

 あ、でも何でも答えるってんなら答えてよ。システムさんって何者? 俺に何をさせたいの?

 

『それはひ、み、つ〜! なんですよ残念! かわいいかわいいリーベちゃんは実のところー、社員の少ない会社で中間管理職にいびられる、若手新人社員みたいな立ち位置なのでーす! だからですね、肝心なことは何も言えないんです〜!』

「そ、そう……」

 

 朗らかな声でなんて悲しいことを言うんだ、この精霊知能。

 システムさんってやはり、ブラック上司なのでは? 疑惑の深まる俺だった。



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システムの側にいる者。

 なんやかんや、スリーピング山形はキャンセルしてリーベの話を聞くことになってしまった。

 いやあ……さすがにシステムさん周りの謎に、いくらかでも迫れるこの機会を逃して昼寝ぶっかますのは、ちょっとまずいかなって。それに寝ようとしてもリーベの声で脳内がうるさかったしね。

 

『おお、いえシステムさんのことについては教えてあげられませんってばー! かわいいかわいいリーベちゃんの個人情報をくまなく教えてあげますからー、それで許して?』

「おお……いなる存在様、か? そう言えば狼人間を倒した直後にも言ってたな。システムさん、マジで神様とかそういうアレなのか?」

『許してくださいってばー!許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許してー!』

 

 頭の中に悲鳴が響く。うるさい。勘弁してほしいのはこっちの方だ、これはたまらん!

 甲高い少女の声で、絶え間なく騒いで抗議される。キンキンと脳内で反響するもんだから、気分は最悪だ。

 わかった! わかったから! もうシステムさん周りのことは詮索しないから、勘弁してくれ!

 

『……申し訳ないとは思ってますよ? でも、これは事情が事情ですから。あなたが本当に、アドミニストレータ用のスキルを所持するにふさわしい方なのか、たしかめるまではお教えできません』

 

 しょんぼりテンションの声。どうやらリーベなり罪悪感というか、それこそ申し訳なさは抱いているようだが、さて。

 ……アドミニストレータ用のスキル? なんじゃそりゃ。

 今、他ならぬリーベの口から出た不穏な単語に引っかかりを覚えていると、彼女は意外にも、そこに対しては応じてきた。

 

『アドミニストレータ。ダンジョンを管理、維持するのが役割だった存在のことですね』

「…………は?」

『あなたが先の戦いで獲得したスキル《誰もが安らげる世界のために》は、本来ならばあなた方オペレータには与えられることがない、管理側のスキルなのです』

「いやいやいやいや、ちょちょちょっと待って」

 

 とてつもない勢いで、とてつもない裏話を聞かされている気がする。

 ダンジョンの管理者? アドミニストレータと、オペレータ? オペレータって探査者のことか? システムさん側では俺たちを、そういう風に呼称しているのか?

 

『ちなみにアドミニストレータ用のスキルはオペレータ用のスキルと異なり、専用のコマンドプロンプトから呼び出して都度、そのスキルの発動承認を得なければいけません。今はまだ、公平さんがコマンドプロンプトへの接続権を持たないため、リーベちゃんが代理で処理を行うわけなんですねー!』

「…………」

『いやー、できる精霊知能はやっぱりこうでなくっちゃですねー! 意外といないんですよ? コマンドプロンプトで呼び出せるアドミニストレータ用スキルを把握して、承認まで申請できる精霊知能なんて! リーベちゃんたらすごい! 天才!』

「………………こ、これ、は」

 

 これは……俺だけで留めといちゃ駄目な情報だ!

 下手しなくても世界が、大ダンジョン時代が激動する。あ、いや今は無理か、リーベが俺以外に存在を認識できる状態じゃない。

 だけどもし、リーベがこの世界のすべての人たちに認識できるようになり、今しがた洪水のように垂れ流してきた話を、したとしたら。

 間違いない、世界中大騒ぎだ。少なくとも探査者界隈は天地ひっくり返るってなもんだろう。

 

 たしか、リーベが姿を表せるようになるのは、俺のレベル300くらいがラインとか何とか言ってたな。10関口くんほどの強さに到達しないと、この、世界の秘密につながる重要存在は、人々の前に姿を表さないのか。

 リーベを、この大ダンジョン時代に出現させる。

 そしてダンジョンの裏に潜む、超常なる者たちを知らしめることは、探査者としてしなくちゃいけないこと、なんじゃないか?

 

『いやあ……別に知ったところで、オペレータ側でどうにかできる話じゃないですし。余計な混乱をもたらしかねないくらいなんですから、黙っといて良くないかなーってリーベちゃん、思うんですけど』

「……だったら何で、俺にはこうやって声をかけてきたんだよ。管理者側、アドミニストレータ用のスキルなんて手渡してきてまで」

『それを知るには、まだまだ公平さんはレベルが低いですねー』

 

 まったくリーベたちの意図がわからないことに、疑問を呈する俺に。

 いたずらげに、けれどどこか楽しげに、慈しむように。大切なものを扱うような声音で、リーベは語りかけてくる。

 

『極一部とはいえ、権限どころか認識すらない状態でコマンドプロンプトに干渉してみせた。あなたの素質、才能はリーベちゃんごときには計り知れないものがあります』

「俺が、干渉……?」

『ですがどうか、焦らずに。ゆっくりと、日常生活を楽しんで生きてください。そしてその上で、ダンジョンを攻略していくんです。大丈夫、時間ならものすごーく余裕です』

 

 そうすることが、あなたにとって、私たちにとって、世界にとって。

 何よりも良いことなのですから。

 

 そう、伝えてくる精霊知能に。混乱しつつも俺は、ただ頷く他なかった。



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システムさんの考えた最強のスキル

 スタンピードから一夜明けて日曜、昼。俺は御堂さんと一緒に、組合本部は広瀬さんの部屋を訪れていた。

 昨日手に入れたスキルのことや、結局踏破しそこねた丘の上ダンジョンとそれに付随する俺の昇級試験について、どうするか話しに来たのだ。

 

 ちなみに今日、ここに至るまでにステータスは確認している。あのスタンピード騒ぎがあったんだ、絶対称号変わってるでしょと思いながら画面を開けたところ、やっぱり案の定、称号は変化していた。

 

 

 名前 山形公平 レベル30

 称号 世界に気付かれ始めた人

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 名称 誰もが安らげる世界のために

 

 

 称号 世界に気付かれ始めた人

 解説 凍った刻の歯車が、風に押されて回り始めた

 効果 半径1km内のダンジョンの場所を感知できる

 

 

 《称号『世界に気付かれ始めた人』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……風は光を纏い、勇気と慈愛を持って、世界のために輝きました。人々はついに、あなたを知ったのです》

 

 

 もはや恒例となった音声アナウンスを聞きながらも、俺は昨日、リーベから聞いた話を思い返し、システムさんについて考えていた。

 大いなる存在様、とリーベ言うところのシステムさん。その正体はまるで知れたもんじゃないが、ひとまず窮地な俺にスキルを渡してくれたり、称号の解説欄で励ましてくれたりしてるあたりから、そう悪いものでもないんだろうなってのは思う。

 

 そう、思うんだけど。

 

 

 スキル

 名称 誰もが安らげる世界のために

 解説 力を振るうことに価値があるとすればそれは、愛しき隣人を守り抜くことだと信じたい

 効果 絶対に負けてはならない戦いの時、戦闘能力が最大1000倍まで上昇

 

 

 このスキルとか、ねえ〜。

 いくら本来なら探査者に与えられることのないスキルだからって、このヤケクソみたいな倍率は、ね〜。

 

「《絶対に負けてはならない戦いの時、戦闘能力が最大1000倍まで上昇》……なんともはや。あまりに常識外れで、もう笑うしかありませんね」

「なんか、すみません」

「何を仰るやら。山形さんのお陰もあって、我々はスタンピードという危機的局面を無事、乗り越えることができたのですよ」

 

 俺のスキル《誰もが安らげる世界のために》の詳細を、組合専属のスキル《鑑定》持ちスタッフに見てもらって確認した広瀬さんの、乾いた笑顔が印象的だ。

 無理もない、倍率の桁がマジで2つ違うもの。なんだよ1000倍って、怖ぁ……小学生の考えたスキルかよ。こんなのもし、《鑑定》なしで口頭のみで伝えたって、信じてもらえるわけがない話だ。

 

 そう、信じられないだろう。

 アドミニストレータとオペレータという区分とか。ダンジョンを管理する存在と、スキルを引き出すコマンドプロンプトとか。ああ何なら精霊知能たるリーベだってそうさ。

 いきなり俺がその辺のことを伝えたって、信じてもらえるわけがない。俺を無条件で信頼してる御堂さんくらいのものか。

 

 そういう理由もあり、俺はスキル《誰もが安らげる世界のために》の正体が、本来探査者のためにあるものではない、ダンジョンを管理するアドミニストレータ専用に作られたスキルなのだとは、未だ誰にも打ち明けていなかった。

 

 唯一、御堂さんにだけは言おうか迷ったけど……彼女は俺が言うならたぶん、何でも全部信じてくれる。そんな人だからこそ、逆にいい加減なことを言いたくなかった。

 信頼に付け込む真似に思えるし、何でも信じてくれる人だからこそ、迂闊に何でもかんでも、又聞きに過ぎない情報を提供することは憚られるのだ。

 

 せめて、リーベの話に裏付けが取れたなら。もしくは又聞きでない、リーベ本人の口から、説明することができたなら。

 それが一番、俺にできる動きとしては慎重で丁寧なように思うのだ。

 

『そもそも伝える必要がないと、かわいいかわいいリーベちゃんは思いますけどねー? 前にも言いましたけどこの辺りの知識なんて、知ったところでオペレータ側には何をできるわけでもありませんよ』

 

 リーベが脳内で言ってくる。こいつ、すっかり何かに付けて俺の頭の中でぼそぼそ呟くようになってしまった。素っ頓狂なことも言ったりするので、思わず表立った反応をしてしまわないか心配になる。

 ……何もできなかったとしても。知ること、知っておくことは知らないままでいるより良いと、俺は思うんだけどな。

 

『知は力なり、ですか? むむむ、難しいところですねー。いらぬ誤解と反発を招くだけにも思えますし、かといって実際、リーベちゃんが実体化した後、それでも何も言わないっていうのも不誠実といえば不誠実ではありますし。むむむー! むー! むむー!』

 

 むーむー言うのを止めなさい! 頭に響くでしょ、リアルに!

 唸るリーベに抗議しながらも、内心では安堵する──思いの外、彼女は真面目に、俺たち探査者サイドにどういう姿勢で接するべきかを悩んでくれている。

 

 教えない方が良いというのも、知ることが必ずしも人間のためになるか分からないから、ということなのだろう。

 けれど知らせることができる状況で知らせないことも、それはそれで不誠実に思えている。

 なんともまあ、感情あふれる精霊知能だことである。



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金!金!金!探査者としてはずかしくないのか!

 リーベとのやり取りもそこそこに、俺は広瀬さんと御堂さんを交えて話をしている。

 俺のスキルや称号については、もう毎度の反応だったが広瀬さんは苦笑い、御堂さんは瞳をキラキラさせて何やらメモを取ってスマホで俺の写真を取ったりと各々らしい所作をしている。

 

 広瀬さんとしてはもう、とにかく早く検査を受けてくれってなもんなんだろうな。それで何が分かるにせよ分からないにせよ、科学的な何かを挟まなければ安心というか、エビデンスを得られないタイプの人なんだろう。分かる。

 御堂さんは……もういいや、それこそ毎度のことだ。昨日のシャイニング山形を見そびれたことがよほど堪えたのか、もう俺と片時も離れたくなさそうな感じバリバリ出してくるし。

 そのうち近所に引っ越してきたりしないだろうな? 自分で自分の発想に怖ぁってなる。

 

 さておき、話題は次に移る。

 すなわち断念する形になった俺の昇級試験。丘の上ダンジョンの攻略についてだ。

 

「結論から言えば、山形さんのE級探査者への昇級が認められました」

 

 広瀬さんはにこやかに、そんなビックリすることを言ってくる。

 

「たしかに件のダンジョン踏破は、予期せぬスタンピードの発生とその対応のため中止と相成りましたが……そのスタンピードにてあなたが見せた活躍。D級相当のモンスターたちを蹴散らし、あまつさえB級ダンジョンクラスの狼人間を打倒した姿が確認され、それを以て昇級の資格ありと組合役員会の方で認定されました」

「まあ、あいつら倒せるんならE級ダンジョンもいけるって判断には、なるんでしょうね」

「ええ。よって山形さんはこの後、受付で申請していただければ、お持ちのF級探査者証明書と交換する形でE級探査者証明書が発行されます」

「つまりはそこから、俺はE級探査者ってわけですね」

 

 はい、と笑って頷く広瀬さん。それを見て俺は、なんだかどっと、肩の力が抜けた気がしていた。

 昇級、できたか〜。俺、今日からE級かあ〜。

 と言ってはみるものの、特にこれといった感慨はない。

 

 そりゃあそうでしょ、F級になったのだって言ってしまえばつい半月前なんだもの。

 探査者にとって、級が上がることによる恩恵とか責任とかってのが、いまいちピンと来てないもんよ。

 

 そんな様子の俺に、ソファに俺と並んで座る御堂さんが、穏やかでたおやかな笑顔で説明してくれた。

 

「級が上がることで発生する変化については、新人研修でも軽く触れる程度でしたね。受付で申請時にその手の書類で説明は受けるでしょうが、一足先に私がお教えしましょう。伝道師は、時に救世主を導く存在でもあるのです」

「あっ、はい。どうも……」

 

 すっごい綺麗な笑顔から出てくるのがこの狂信者ワードだもんなあ……ある意味すごいなって思う。

 いつものことなのでもはや少しくらいの困惑しかないまま、俺は御堂さんによる探査者等級の説明を受け始めた。

 

「ざっくりとした物言いになりますが、等級が上がりまず一番の影響はやはり、探査できるダンジョンの種類が増える、ということでしょうね。これまではF級相当のダンジョンしか潜れませんでしたが、これからはE級のダンジョンにも挑戦できます」

「それに伴い、敵も強くなるんですよね」

「もちろん。ですが反面、ドロップ素材の価値も上がり、何よりE級ダンジョンはF級よりのそれより少し広くなるため、ダンジョンコアの価値も上がります」

 

 これは等級が上がれば上がるほどに見えてくる特徴ですね。と御堂さん。

 なるほど、ここまでは至ってシンプルだ。今までより難しくなったダンジョンに潜れて、敵も強くなる。代わりにドロップアイテムやダンジョンコアの価値も上がり、金儲けの効率が上がる、と。

 

 ふむ……正直、そこら辺にはあんまり惹かれないかな。

 ハッキリ言ってF級の時点でもう、金ならものすごーく満足していたわけで。昨日踏破した2つのダンジョンだけでも、1000万円近い実入りがあったわけなんですよ。

 まあ税金云々とか組合への協賛金とかあるから、それらがまるごと俺の懐に入るわけじゃないけど、それでも学生の身分にして大金持ちであることには間違いない。無理をして今以上、稼ぐこともないかな〜って思うくらいには。

 

 そう思っているのを察していたようで、広瀬さんが反応する。

 

「正直、そこのお金の部分というのはあまり、探査者たちの心を擽らないようですね。山形さんもそのようで」

「はあ……なんか、すみません」

「いえいえ! そういった方はよくおられますので。それゆえ、他にも色々とサービスが開放されるわけですな」

「サービス……?」

「ええ。等級が上がるごとに、探査者組合内で受けられる各種サービスの、質が上がっていくのです」

 

 そして広瀬さんは、自分のデスクからごそごそと、何か書類を取り出して持ってきた。



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狭いSNSとかいう矛盾した言葉

 ラミネート加工された一枚のシート。そこに書かれていたのは、分かりやすく箇条書きで区別された、各級探査者が受けられるサービスの一覧だった。

 著作権フリーのイラストをふんだんに使用していて逆に目が滑るのがいかにも手作りっぽい。

 これ、まさか広瀬さんが?

 

「ええ、まあ……こういうのを作るのが好きなので、仕事にも活かせないかとサンプル程度にですが」

「見たことがないレイアウトですね……わかりやすいですがどこか、探査者向けにしては軽いと言いますか」

「そうなんですよ。広報にもそこを理由にハネられましてね……まったく彼らの方がよほど、SNSなんかでははっちゃけていると言うのに、もう」

 

 何やらぶつくさ、思うところがあるみたいで広報担当への文句を小さく呟いている。いやまあ、組織内で配布する資料と外部に向けて発信するSNSとでは、求められるキャラクターとかも違うと思いますし……

 あんまりその辺は触れないでおこう。繊細な気配がする。

 御堂さんもそこは感じ取ったのか、そうですかと素っ気なく返してそれで終わりだ。

 

 とにかく、広瀬さん特製のシートを読む。なんか色々書いてあるけどこういうのは、とりあえず読みたい部分にだけ着目できればそれでいいんだ。ええと?

 

「E級探査者の、受けられるサービス……その一、ダンジョン探査用アイテム売場で選べる品数が増加」

「武器、防具とそれに備品関係ですね。F級の時より高性能のものが手に入ります」

 

 組合本部のすぐ横に、探査者専用の店がある。ダンジョン探査に必要な武器、防具を揃えていたり、備品を取り扱っていたりするところだ。

 そこの品物は探査者の等級ごとに買える範囲が決まっていて、E級になると、F級で買えるものよりグレードアップしたものを買うことができるとのことだった。

 

 素手で戦うことを運命付けられている俺にとって、武器は縁遠いものだが、防具と備品の品数が増えるのはたしかに嬉しい。

 特に備品だよ。F級ダンジョン用の備品って、言っちゃなんだが普通なんだ。なのに高給取りの探査者に向けてか、値段がべらぼうに高いもんだから、そこらのワークショップなりホームセンターなりで、代用品を用意した方が結果的に得したりする。

 

 市販品で代用できてしまうくらいに、F級ダンジョンが危険の少ない、安全なところだってことを逆に表しているのかもしれないけど……一番安い探査用の安全靴一足に10000円はないだろ。あれ、同じようなのがワークショップで1980円で売ってたぞ。

 ボるのも大概にしてくれと言いたい。

 

「その二。探査者専用のSNSへの参加が可能に」

「これは……まあ、気が向いたらで構いませんよ。どちらかと言えば利用者も少ないですし」

「そうなんですか?」

 

 いわゆる学校ごとのネット掲示板みたいなものだろう。別に、そこまで他の探査者と関わりたいわけではないから利用するかは考えものだけど。

 御堂さんのどうにも歯切れの悪い言葉が気になって問いかけると、なんとも残念な答えが返ってきた。

 

「国内で10万人しかいない界隈でSNSなど、いくら匿名でもちょっとした自慢話一つで即、身元を特定されかねません。レアスキルや称号が絡むとなれば余計にですね。ネットリテラシーのある者は大体、閲覧に留めていますよ」

「一応、今の時代に即したサービスを構築したはずなんですけどね……いやはや若者文化は難しいものです」

「な、なるほど」

 

 それ、俺とか割とアウトなやつじゃん?

 匿名といっても俺の場合、先日のシャイニング山形で目立ちすぎている。全国区であの光り輝く俺を見上げる人々という、宗教画みたいな光景が取り沙汰されたのだ。

 おそらくなんだけど既に、このSNSとやらでも俺の話はされてたりするんだろう。そんなところに誰が書き込めるか。閲覧するだけでも怖くてできそうにないよ。

 

「気にしない人は気にせず書き込んでいますから、他の探査者の業務スタイルなどを知りたい場合の、一助くらいにはなるとは思いますよ。そこはもう、公平くん次第ですね」

「まあ、一回は覗いてみます」

「是非そうしてください。せっかく用意したシステムがろくに利用されないのは、インフラを整えた側からすると残念なものですので」

 

 広瀬さんの、どこか哀愁漂う発言に愛想笑いを浮かべつつ。 

 俺は、項目の三つ目を見た。

 

「えー、その三……これが最後ですか。組合内でのサークル活動に参加ができる? サークル?」

「あー、それはどちらかと言えば成人向けの内容でしょうね。探査業、特にダンジョンを踏破する外勤組は命懸けな代わりに自由時間や待機時間が多いんですよ」

「プライベートで何か趣味がある方は良いのですが……特に趣味もない、やることのない人というのも一定数いますので。そうした方々に向けての、一種のレクリエーションですね」

「なるほど……」

 

 何か、大人って色々、大変なんだな……

 俺は今のところ、やりたいことしかないような状態だからこういう、サークル活動ってのには入らないと思うけど。

 そのうち学校を卒業したら、お世話になることもあるのかなあ。

 結構先のことになるけど、将来に思いを馳せちゃう俺だった。



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あなたと紡ぐ、生まれたての奇跡

 広瀬さんとの話し合いも終わって、俺と御堂さんは受付まで行って昇級手続きを申請した。向こうさんも当然、話は聞いているようで滞りなく処理は完了しそうだ。

 今まで持っていたF級探査者証明書を返納し、新しいE級探査者証明書を受け取る。さようならF級の俺、こんにちはE級の俺。

 

 はあ、やっとこれで落ち着くな。

 せっかくの日曜だ、どっかうろつくかな〜。あ、しばらく映画とか見てないな〜。せっかくだし行こうかなー。

 とか思いながら組合を後にしようとした俺を、御堂さんが肩を掴んで止めてきた。

 

「公平くん、何か一つ、大切なことを忘れていませんか?」

「え? 大切なこと……何がありましたっけ? ちょっと忘れちゃってます」

「でしょうね。まあそういう、ちょっとボンヤリしたところのギャップも実に、救世主らしいのですが」

 

 ただの物忘れにまで宗教観絡ませてくんの怖ぁ……この人、マジで俺とは見ている光景が違うんじゃないだろうか。

 ちょっと本気で思い出せずにうんうん唸る俺に、御堂さんはにんまーり、嬉しそうに笑って顔を近付けてきた。近い近い! 美人すぎる、いい匂いしすぎる!

 

「あ、あの? 御堂さん?」

「香苗。昇級したら名前で呼んでくださる約束でしょう?」

「…………あっ」

 

 忘れてた。そう言えばそんなこと、工場ダンジョン辺りでやり取りしてたなあ!

 だからかこんなに嬉しそうなのか。全身からルンルン気分でございってオーラが撒き散らされている。おいおい、周囲の男性探査者がめっちゃ見惚れてますよ。

 

 しかし、そうか。約束かあ。

 しちゃってた以上はしなきゃいけないよな〜。でも、年上の女の人を名前で、かぁ。

 照れるとか以前に、失礼に思われないか緊張するなあ〜。

 

『なーに迷ってるんですかー? そんなもんサクッとイケボで香苗……マイ・ラブとか言って肩を抱き寄せて、一発熱いベーゼをブチューっとかませばいい感じの曲が流れ出して次回へ続くんですよ!? リーベちゃん、人間世界のドラマを見たので知ってます!』

 

 頭の中でリーベが騒がしい。お前の見たドラマ、完全にトレンディドラマじゃないか。あんなもん、イケメンだから許されるムーヴなんですことよ?

 

「公平くん、リピートアフターミー? 香苗。か・な・え。愛を込めて、どうか私の名前を呼んでください」

「ドサクサに紛れて変な注文付けてるぅ……怖ぁ……」

 

 これ以上まごまごしてると、マジで語尾にハートマークを付けたみたいな声音で名前を呼ばないといけなくなりそうだ。

 覚悟を決めて、御堂さんを見据える。楽しげに大人の余裕で彼女はそれに視線を合わせて応えた。

 

「……愛とかでは、ないですけど」

「はい」

「なんだかんだ、お世話になってますし」

「ふふ、そんなことないですよ」

「いつも、助けてもらってますから」

「こちらこそ、いつだって救われています」

「…………だから、せめて感謝を込めて」

 

 深呼吸。

 火照る顔を、たぶん真っ赤になってる俺を、それでもなけなしの勇気でそらすことなく。

 

 まっすぐ見つめて、俺は、あなたの名前を呼んだ。

 

「香苗さん」

「はいっ、公平くんっ!」

 

 名前を呼んだ俺に、御堂さん──佳苗さんは、花丸な笑顔で受け入れてくれた。

 

『むはーっ! 青春ですねラブコメですね、興奮ですねーっ!』

 

 リーベも照れくさいのか、やたら騒ぐ。

 うるさいよ! 野次馬はこういう場面では、静かにしなさい!

 

『でもほらステータス見てくださいよ公平さん、システムさんも興奮したのか、称号変わってますよ!』

「……は!?」

 

 言われて、慌ててステータス画面を開く。急な行動にきょとんとする香苗さんを横目にして、俺は、俺の称号を見た。

 …………システムさ〜ん!?

 

 

 名前 山形公平 レベル30

 称号 生まれたての奇跡を温める人

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 名称 誰もが安らげる世界のために

 

 

 称号 生まれたての奇跡を温める人

 解説 生まれたことも、出会えたことも、共にいられることも。すべてあなたが紡いでいく、素晴らしい奇跡

 効果 絆を紡いだ人数分、保持者の魅力に補正付与

 

 

 

 《称号『生まれたての奇跡を温める人』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……あなたに集う絆は、あなたの生きた証そのもの。これからのあなたにはきっと、素晴らしい奇跡が待ち受けることでしょう》

 

 

『かーっ! さすがはシステムさん、出歯亀しといてこの物言い。さしものリーベちゃんにも真似できませんよ、これは!』

 

 真似せんでいい! ていうかシステムさん、マジで出歯亀なのかよ怖ぁ!?

 恐ろしくピンポイントに、まさしくこの状況を見てなければ説明がつかない称号を与えられたことに、戦慄とか以前にこっ恥ずかしさが勝る。

 

「どうしたんです? 公平くん……まさか! またスキルや称号に変化が!?」

「ウッ……そ、それは」

 

 さっきまでの甘酸っぱさもどこへやら、通常通りの狂信者モードに切り替わる香苗さん。俺が、何らかのステータス変化を迎えたことを察して、ギラついた信仰の瞳でにじり寄ってくる。

 今このタイミングで見られたくねえ〜! システムさんに出歯亀されてたなんて、言いたくね〜!

 

「私は伝道師、救世主神話を伝えゆく者。その足跡を、一つ残らず記録する義務があります! さあ教えて下さい、今度は何があったんですか!?」

「いや! ちょっとその、ここではちょっと」

「だったらこのままどこかへ行きましょう! 話しがてら、デートとでも洒落込むのはどうです!?」

『ありゃーっ、積極的ですねこの人。リーベちゃん的に好みかも。公平さん、デートでもしたら、もしかしたらあと何回か称号が変わるかもですよ! パワーアップのチャンス、チャンス!』

 

 馬鹿野郎、何がチャンスだ! 他人事だからって面白がってるんじゃない!

 ああっ、香苗さんに手を握られる! すごい力だ、そのまま引っ張り出される!

 

 せめて称号変えるのは止めてくれ! いいもの見させてもらったぜってなノリの、おひねりみたいなパワーアップは嫌だー!

 

 結局このあと、二人で映画館行って映画見て、そこそこ高いオシャレレストランで食事をした。

 楽しかったです。まる。




ここで話としては一区切り。

次話からすこしばかり番外的な、これまでに山形が得た称号をストーリー形式で振り返りつつ、次のエピソードに向かいます。
よろしくおねがいします。


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あなたの称号、なんてーの?

 ある日の放課後。学校も終わって、学生たちは思い思いにプライベートを満喫している時間帯。

 俺は香苗さんと二人、組合本部にある会議室にて向き合っていた。俺がデスクに座り、香苗さんが前方、ホワイトボードの前に垂らされたスクリーンの横に立ち、教鞭を持っている。

 

 いかにも女教師って感じで、いつも着ているリクルートスーツが余計に雰囲気を醸し出している。本人も悪ノリなのか、度の入っていない眼鏡なんて掛けて準備万端だ。

 プロジェクターからスクリーンへ、映像が投影される。プレゼン資料感のあるまっさらなページにでかでか、タイトルが記載されていた。

 

 

 《救世主 山形公平様の所持称号について》

 《作成 御堂香苗》

 

 

「それでは僭越ながら。救世主神話の伝道師たる私、御堂香苗が今回、救世主たる山形公平さんに、御自身のこれまで獲得された称号について説明させていただきます。よろしくおねがいいたします」

「……よろしくおねがいします」

 

 凛とした面持ちで香苗さんは、今日ここにいる目的であるところの、俺の称号についてのまとめたところを発表し始めた。

 そう、今回こうして集まったのは他でもない、俺こと山形公平がこれまでに得た称号について、再確認と少しばかりの議論を行うためなのだ。

 

 先日のスタンピードの折、香苗さんが俺より俺のステータスに詳しいことを知り、正直、このままでは駄目だとおもったのだ。

 探査者として最低限度、自分の得たものは把握しておく癖を身に付けたいと思ったのだ。同時に、探査者となってからここに至るまでを振り返り、新しい何かを発見できたらなお良い。

 

 そんなことを香苗さんに伝えたところ、二つ返事でOKが返ってきた。SNSの文面上でも分かるくらい興奮していたので、たぶんその時スマホの向こう側で彼女は、またしても救世主がどうの尊みを感じていたのだろう。

 まあそんなわけで、御堂香苗先生によるレクチャーが始まったわけである。発表資料まで作っちゃってもう、やる気しか見えないね。

 

 まずは一つ目。俺が最初にスキルを得た時点での称号が表示された。

 

 

 称号 まだ誰でもないあなた

 解説 誰になるのかは、あなたの歩みが示すのでしょう。

 効果 なし

 

 

 懐かしい。いや、半月くらいしか経ってないけども。

 ここから俺の探査者としての道は始まったんだ。

 

「最初にスキルを獲得した時点の称号がこちらですね。スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》があまりにも異常だったために見落とされていましたが、こちらの称号も地味ながら異様です」

「あれ? スキルはともかく、称号も?」

 

 《風さえ吹かない荒野を行くよ》は分かる。ポエムな名称もさることながら、効果がとにかく異常極まる。

 当時、組合の人に相談しにいったらまず、この効果のおかしさでたくさんのスタッフさんが飛んできたんだよな。あれは怖かった、俺なんも悪いことしてないのに取り囲まれたんだもんよ。

 だからそういう意味でも、このスキルは印象深い。

 

 だが称号の《まだ誰でもないあなた》はそこまでおかしくないだろう? 言ってしまえばすっぴん状態、効果もない、君はこれからだよってだけのものでしかない。

 強いて言えば、やっぱり名称がポエミーなことくらいか? だけど香苗さんは、そここそが異様なのだと言っていた。

 

「一般的な探査者の場合、スキルを得た直後の称号は《ダンジョン探査者》で統一されているのです。効果は同じくありませんし解説もないですが、大ダンジョン時代が始まってから今まで、一度たりとも例外は現れませんでした……あなた以外には」

「…………なにそれ。怖ぁ」

 

 思わず頬が引き攣る。おいおい、最初の称号からしておかしかったのか。誰も言ってくれなかったし、他の探査者が最初にどんな称号を持つのかなんて気にも留めてなかった。

 効果のない、完全にフレーバーテキストでしかないものにすらポエミーって一点で区別してくんのかよ。泣くぞ。システムさん、何のつもりなんだ?

 リーベなら知ってるのかな?

 

『システムさんのご都合やお考えなんて、精霊知能には計り知れるわけないじゃありませんか。効果もないなら、ただの演出かお気持ち表明でしょうし、別に良いんじゃないですかね? 交換日記の最初の1ページに、何書けばいいか分からなかった女の子なんだなー、くらいに思っとけばいいんですって』

 

 いや軽っ。しかもお前、かなりシステムさんにキツくない? ブラック上司にストレス溜めてるの? 俺で良ければ開いてる時間にでも話聞くよ?

 

『かわいいかわいいリーベちゃんはー、パワハラ上司に無理難題押し付けられてる新入社員じゃないですよー? でも、お気遣いありがとうございます。リーベちゃんポイントを10点進呈しちゃいますね!』

 

 いらない。

 一言ですっぱりお断りして、俺は香苗さんの話に耳を傾ける。

 

「効果自体はないため、他に異常なことはありませんが……ふふ。最初の称号一つとってもやはり、公平くんが救世主として並々ならぬ使命を背負っているのだと示しているのですよ。これこそまさに始まりの一歩なのでしょう。うふふ!」

 

 こっちもろくなこと言ってなかった。

 もう良いので次行きましょう、次!



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君よ、なぜに武器よさらばなのか

 称号 武器はあなたに似合わない

 解説 心得よ。あなたの戦いは、傷つけ殺すためにあらず

 効果 武器使用時、熟練度上昇停止

 

 

 次のスライドに表示された称号は、これは俺もよく覚えている。

 何しろ俺の探査者生活の出鼻を、思いっきり挫こうとしてきた恐怖の称号だからな。

 

「事実上の、武器使用禁止効果。言うまでもなくこれは世界初の超レア称号です」

「悪い方に、ですけどね。デメリット効果を持つ称号なんて、これまで一度として出てこなかったんでしょう?」

「そうなりますね。この称号を得た時、さぞや辛かったと思います。ご心痛、お察しします」

「いやそんな、本気で沈痛なトーンで来られましても……」

 

 あの時はそりゃあ、かーなーり落ち込んだけど。香苗さんの励ましもあったし、何だかんだ素手でもやれることが分かったし、もう何とも思っていない。

 

 ただ……気にはなる。

 そもそもなんでこんな称号がもたらされたのか。武器を使用したから、こうして禁止されたのは分かる。だがその、武器を使用してはいけない理由って、なんなんだ?

 

「何で武器の使用を禁止してきたんでしょうか、システムさんは」

「ふむ……いくつか推測は立てられそうな気がしていますが。それを話すには、公平くんの得た称号を一旦、改めて確認する必要がありますね」

「ですね」

 

 この称号以降、得たスキルには関係性があると思われるものもある。となればやはり、一度すべてを振り返らないと始まらないんだろうな。

 スライドが動く。獲得してきた称号が、次々に表示された。

 

 

 称号 輝きに気付いていない人

 解説 やがて世界は気付くでしょう。真なる輝きはここにある

 効果 レベルアップ時、全能力に成長ボーナス付与

 

 

 《輝きに気付いていない人》、これは高校生活初日に、関口くんに思わず嫉妬してたら獲得した称号だ。

 音声アナウンスの一言が説教的というか、妬み嫉む俺を諌める感じだったんだよな。あれで俺は、ステータス画面の向こうにいる何者か──つまりはシステムさんの存在に感付いたんだ。

 

「こちら、称号《輝きに気付いていない人》ですね。効果はレベルアップ時に全能力へ成長ボーナス付与と、破格のものとなっています」

「レベルアップする度に、通常の上昇とは別口にボーナス上昇があるってことですよね」

「はい。つまりレベルが上がれば上がるほど、公平くんは同レベル帯の他の探査者に比べて強くなっていると取れます」

 

 

 称号 次なる時代をもたらす人

 解説 時代はあなたの思うがまま。あなたは時代が望んだ人

 効果 モンスターを倒した際、確定で素材がドロップする

 

 

「《次なる時代をもたらす人》! 公平くんが救世主であると、各探査者組織の重鎮たちに知らしめた称号です! 効果も、モンスターの素材ドロップ確率が100%と、とてつもないものになっております!」

「そういえば、こないだのスタンピードでやっつけたモンスターたちのドロップ素材ってどうなったんだろう。緊急だったから、結構まとめて雑に倒したもんなあ」

「大半はその場の探査者が拾い、拾い損ねも組合の事後処理スタッフたちが回収しましたね……不届きな話で恐縮ですが」

「良いですよ。人の命に代えられません」

「…………とうとい…………」

 

 

 称号 ワークライフバランサー

 解説 日々を営み、為すべきを成す。あらゆる生命の、これは輪廻

 効果 日常生活時、再生能力付与。戦闘時、耐久力にボーナス付与

 

 

「これだけ少し、毛色が違うんですよね」

「解説と効果はともかく、名称がごく普通なんですね」

「……ダンジョンとは若干、離れているから、とか? 日常生活メインの称号は、ポエミーではなくなる?」

「ダンジョン探査をさせたいシステムさんからすれば、多少ネーミングがおざなりになるのかもしれませんね」

 

 

 称号 魂を救う者

 解説 邪も、悪も、魔も。光はすべてを照らし出す

 効果 格闘技術の習熟速度10倍

 

 

「こちらがアレですね。武器使用禁止効果と連動している称号」

「この称号を与える予定だったから武器を禁止したのか、武器を禁止したから、救済措置としてこの称号を与えたのか……」

「順序によっては武器を禁止した意図が変わってきますね」

 

 

 称号 勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者

 解説 手にした力を正しく使う、それを勇気と呼び

    手にした力で善を護る、それを慈愛と呼ぶ

 効果 特定スキル発動時、発光現象付与

    全身から光が放たれ、目に映した者の精神を癒やす

 

 

「出たよ、問題児」

「救世主神話を彩る輝かしい演出を担う、素晴らしいスキルではありませんか!」

「これに関してだけは、システムさんの思惑がその辺にありそうなんですよねえ……」

「ちなみに、組合の方で事後処理の一環として行ったメンタルケアの結果。救世主の輝きを見た人たちは全員、精神的なショックが驚くほどなかったとのことです」

「精神を癒やす効果、あるにはあるのかな? そういう意味だと、シャイニング山形にも使い出はありそうで良かったです」

 

 

 モンスターが日常生活を冒してきたことへのトラウマなんて、ないに越したことはない。

 人々のための光ならば、ケレン味の塊すぎて、システムさんの趣味なんじゃないのかって思っちゃう発光現象も……値打ちがあるよなあ。



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女神が俺にもっと輝けと囁いている

 さて俺の称号について、今までを振り返ってきたわけだが。

 残るはあの二つ。直近で──つまりはスタンピードの後に付けられた称号を確認するだけである。

 まずはまあ、比較的穏当な方から行ってみようか。

 

 

 称号 世界に気付かれ始めた人

 解説 凍った刻の歯車が、風に押されて回り始めた

 効果 半径1km内のダンジョンの場所を感知できる

 

 

「範囲内のダンジョンの位置を特定できる。これはまあ、便利といえば便利な効果ですね。低コストでダンジョン調査者になれますよ、公平くん」

「ダンジョンの発生を確認、位置を特定して調査する特殊業者のことでしたよね、たしか」

「ええ。組合と向こうの調査者協会とは、半ば業務提携のような形でもちつもたれつやっていますね」

 

 香苗さんが答えた。

 ダンジョン調査者……正式名称を第二種ダンジョン関係特定作業従事者という、この大ダンジョン時代にあってはれっきとした業種の一つなのだが、これが要するにダンジョンを発見、調査する人たちのことだったりする。

 ダンジョン踏破の際、事前に渡される資料があるじゃん。何階層で何フロアあるのか、地上から特殊な設備を使って調べてるやつ。あれを作ってるのがこの調査者で、彼らが属するのがダンジョン調査者連合、通称『調査連』という組織なのだ。

 

「ちなみにですが、我々ダンジョン探査者は正式名称を、第一種ダンジョン関係特定作業従事者と言います。第二種である調査者の方々同様、略称の方が有名になりすぎてすっかり、陰の薄い名称ですがね」

「長い上に呼びにくいですしね」

「とかくお役所は、何でも長ったらしくすれば良いと思っているのですよ」

 

 肩をすくめる香苗さんの、仕草はやけに堂に入っていた。

 大人らしい、酸いも甘いも噛み分ける姿だ。

 こういう立ち居振る舞いは、俺がどれだけダンジョンを踏破したところで、そういう部分でない人生経験を重ねない限りは真似できないんだろうなあと、なんとなく感心する。

 

 にしても、この《世界に気付かれ始めた人》。

 名称からの推測になるがおそらくは例の、シャイニング山形がテレビに映ったことがきっかけで与えられたんだろう。普通に全国放送局のニュースからワイドショーまで取り上げられたからな。こっちは分かる。

 

 けれど解説文、こちらの方はなんとも意味深じゃないか。凍った刻の歯車? 何を指しているんだか。

 何か心当たりないかと、俺よりかは大ダンジョン時代に詳しい香苗さんに聞いてみても、思い当たる節はないとのこと。

 ダメ元のリーベもやはり駄目で、努力あるのみですよー! と、暗にさっさとレベルを上げて、かわいいかわいいリーベちゃんを顕現させろと催促された。こいつ、本当に顕現したら根掘り葉掘り聞き出してやるからな。

 

 さておき、最後の称号だ。

 これは……俺としてはこいつが一番の問題児だ。与えられたタイミングからしてもう、アレな感じしかしない。

 

 

 称号 生まれたての奇跡を温める人

 解説 生まれたことも、出会えたことも、共にいられることも。すべてあなたが紡いでいく、素晴らしい奇跡

 効果 絆を紡いだ人数分、保持者の魅力に補正付与

 

 

 俺が、その、香苗さんを初めて香苗さんって呼んだ、そのタイミングで。

 こんな称号を与えてくるんだからシステムさんもお人が悪い。完全にあれだ、恋愛ドラマで極まったシーンを見てキャーキャー騒ぐうちの母ちゃんと一緒のやつだろ、これ。

 おたくのとこの上司、一体何をしてらっしゃるの? リーベさん?

 

『まあまあ。出歯亀ながら祝福はしてるんですよ? 一応。それに効果もトリッキーながら、公平さんのお役に立つことでしょうし。御方の保養と思って、思って!』

 

 人を保養地みたいに言うじゃないよ。しかも効果って、これこそ俺からしたら何なんだよだわ。

 リーベと脳内でやり取りしてると、香苗さんがこの称号について語り始めた。

 

「《生まれたての奇跡を温める人》。これに関しては、正直あまり意図が分からないのですよね……私と公平くんが会話していたタイミングでの付与だったようですが、きっかけが分かりません」

「き、きっかけはともかく。効果の方もずいぶん、曖昧模糊な言い草をしてるんですよね……絆を紡ぐとはどの程度、信頼関係を築くことなのか。魅力って一体なんぞや、とか」

「保持者の魅力を高める効果は、過去に数種類存在しているのですがね。絆を紡ぐというのは初見です」

 

 A級トップランカーとして、探査業にも相当詳しい香苗さんでも、絆を紡ぐ云々の表現にうまく解釈をつけられていない様子。

 そもそも魅力ってなんだ? 過去に類似スキルがあるなら教えてほしい。問えば鐘が鳴るように、先輩探査者さんは答えてくれた。

 

「読んで字の如く、その人が、周囲からどのように見られるかに関わってくる要素ですね。基準値は分かりませんが、《カリスマ》や《リーダーシップ》、あるいは《アイドル》などのスキルでそうした表現が確認されています」

「なんとも、目立ちたがりが欲しがりそうなスキルばかりですね。それらスキルの効果は?」

「いずれも、特定の行動時に魅力が一時的に上昇するというものです。一度、《カリスマ》持ちの方がスキルを発動させているのを見たことがありますが、かなりの補正でしたよ。初対面の敵対者さえ魅了し、視線を釘付けにしていました」

 

 ふーむ。一時的でも注意を引けるってのは、様々な場面で使えそうなスキルなんだな。というか、魅力バフの効果。

 ……でも俺の場合って、あれ? 効果文見るに、もしかして永続的なボーナス付与みたいなもんじゃない? あれ?

 

「絆を紡ぐ、が分かりませんが。上手く行けば公平くんは常時、周囲のすべてを魅了する力を手にするのかもしれませんね。まさしく救世主──世界が放っておかないとはこのことです!」

「怖ぁ……」

 

 だから、せめて、オンオフくらいはこっちで制御させてくれ!

 そんな心中の叫びと共に、俺の称号振り返り会議は終わったのだった。



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空元気も元気なら、逆恨みも恨み

 今日も今日とて学校だ。朝の爽やかな空気とともに、俺は教室に入る。

 スタンピード以後、俺の東クォーツ高校一年13組での生活は結構、変わったところがある。

 

「おはよ、山形くん!」

「ようシャイニング!」

「山さん、ちっすー」

「おはよーっす。松田くん、シャイニングやめれ〜」

 

 すっかり慣れた挨拶を交わす。

 ギャル系女子の佐山さんと隣の席の松田くんと、俺のことを山さんと呼ぶ女子、木下さんたち。まだ来てないけど片岡くんと、遠野さんも含めて。

 そこに俺を加えての計6人グループ。前にカラオケに行って親睦を深めたこの6人は、何をするにも一緒なのが当たり前になっていた。

 

 授業と授業の合間の時間も、昼休みも、放課後にどこに遊びに行くのも。何なら、休日だって遊ぶこともある。

 俺はダンジョン探査があったりもするけど、正直E級くらいのダンジョンなら一つ一時間くらいで終わる。まったくプライベートを圧迫しない、良い感じのワークライフバランスになっていた。

 

 先ほど俺にシャイニング呼ばわり──って言い方も変か。言い出したのは俺で、それを気に入った男子たちにネタにされているだけなのだから──してきた松田くんに、軽く笑って抗議する。

 別に本音で嫌がってるわけじゃない。シャイニングがあだ名でも別にいいかなって思っているんだが、まあ、これもスキンシップだと思う。

 ほら、松田くんも乗っかってくれてるし。

 

「無理言うなって山形ー。あの動画の輝いてるレスラーがお前だなんて知れたんだぜ。そらシャイニング言われるってよお」

「だよな〜」

「でも山形くん。シャイニングって言われるのが本当に嫌になったら言ってよね? 私ら女子が、男子たちにガツーンって言ってやるし!」

「ありがと、佐山さん」

「梨沙でいいって〜!」

 

 佐山さんがやたらと俺を案じて、結構な勢いで話しかけてくる。下の名前呼びは無理だって! ハードル高いって!

 そんな内心を知るや知らずや、佐山さんは可愛く笑う。

 これがスタンピードの後、俺の学園生活においての日常になった光景だ。

 

 スタンピードの折。退避していた人たちに襲いかかろうとしていた狼人間を食い止めたわけだが、何の因果かそこにいたのは佐山さんたちクラスメイトの女子だった。

 つまりは彼女たちは、俺がシャイニング山形するところをバッチリ目撃していたことになる。ついでに言うと、香苗さんの狂信者ムーヴにもしっかり遭遇していた。

 

 だからか翌週、学校に登校した時に佐山さんたちクラスの女子グループがものすごく優しかった。めっちゃ感謝してくれたし、何かあると会話に混ぜてくれたし、若干浮いてた俺と他の男子たちとの橋渡しもしてくれた。

 お陰様で俺はようやっとクラスに溶け込めたし、何ならシャイニングネタでウケも狙えるようになったのだ。探査者としてのちょっとした小話なんかもすると、それが意外に人気になったりもして率直に嬉しい。

 

 一方で悪化したものもある。前から俺を敵視していた、関口くんとの関係が決定的に駄目になったのだ。

 

「…………ふん」

「関口くん、どうしたの?」

「いや? 別に何でもないさ」

 

 クラスの美男美女リア充グループの輪から、時折、鋭く睨んできている。怖ぁ。

 彼は内心を表に出さないことに長けているみたいで、他のクラスメイトには俺への憎悪なんて尻尾たりとも見せないのだけど。

 当人であるところの俺と、意外なことだけど佐山さんはそういう悪意に気付いていたりした。

 

「山形くぅん……大丈夫?」

「え、うん。平気だけど、佐山さんこそ大丈夫? ああいうの、傍から見てても辛いでしょ」

「私は標的じゃないし、別に。てかアイツ、逆恨みにも程があるっての、もうっ」

 

 プリプリ怒る佐山さんはやはり、派手派手しい見た目の割にどこか品がある。良いとこのお嬢様なんじゃないかって疑惑が俺の中で浮上しているけど、さてどうなんだろう?

 

 それはおいても関口くんだ。彼、スタンピードの時に狼人間をまんまと取り逃がし、あまつさえ追いかけようとしていた俺を妨害しようとしていたんだ。

 やむなく……いや正直、キレちゃったんだけど。つい投げ飛ばしちゃってどうにか、狼人間を阻止することができたわけなんだが。

 

 問題は関口くんの方で、彼の一連の行為が組合にバレてしこたま怒られたらしい。居合わせた同業からのタレコミはもちろん、まさしく佐山さんはじめ退避していた、探査者じゃない人たちからも多く苦情が組合に寄せられたそうな。

 あれだけ大勢いた中での暴挙だったからね。バレるよねそりゃあ。

 

 結局、関口くんはペナルティとして学校終わりに一週間の再教育を組合で受け。

 その期間が終わると、今度は一ヶ月間、朝早くから商店街の清掃活動に従事し。

 あまつさえ休日には、これまでサボってた分までやれと言わんばかりに、ダンジョン探査を義務付けられているそうだ。

 

「ドロップした素材を没収されないだけでも、相当に温情がある処罰ですよ。一歩間違えれば大惨事だったんです、償いには生温い程です」

 

 とは、香苗さんの言だ。

 たしかに、これでもし一人でも命を落としていたら彼は今頃、探査者としての資格を剥奪された上で探査者専用の刑務所に入れられている。

 今受けているのとは比較にならない程の重い罰を受けていた可能性もあるんだ。

 

 それを思えば、まあ温情措置というものなんだろう。

 なんのかんの言っても彼だってスタンピードを食い止める為に現場にいたんだし、未成年でもあるからね。

 

「……………………山名田ァ…………!!」

「…………山形ですけど〜」

 

 小声で、本当に小声で──探査者として鍛えられた俺の聴力でやっと聞こえる程度の音量で俺を呼ぶ。

 もう憎悪は隠すことなく、明らかにわざと名前を間違えているなあ。

 

 頼むから、俺への憎悪はそのままで良いから、変な悪事に手を染めたりはしないでくれよ。

 そう思いながら俺は、小さく小さーく訂正をした。



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学生あるある:国語だけやたら得意

 学生の身分でダンジョン探査者になる人は、世界規模で見てもそう多くはない。

 最低でも週一回の踏破が義務付けられている以上、スキルを獲得したら年齢を問わず──とはいえあんまり幼いと免除されるとは思うが、前例がないので分からない──探査者としてのロードを歩まなくてはならない。

 

 そうなってくると必ずと言っていい程に付き纏ってくるのが、学業絡みの問題だ。いかな大ダンジョン時代とはいえ、探査者だけ学業免除とは当然ならない。

 進学の際に推薦枠は得られるが、それにしたってそれなりに成績をキープしてないと始まらない話だ。

 そもそもサボりすぎると留年なんてことさえあり得るのだから、どうあれ探査者にとっても普通の学生同様、学問ってのは鬼門なわけ。

 

 つまり。何が言いたいかと言うと。

 探査者という特殊な立ち位置にあっても、授業はしっかり受けないといけないってことだ。

 

「はい、ここは今度の中間テストに出るからなー。よく覚えとくようにー」

 

 先生が、大して上手くない字をチョークで黒板に書き込んでいくのを、俺はせっせかとノートにまとめている。今は数学の時間なんだが、俺は特に数字に弱いもんだから必死だ。

 もうすぐ5月。GW直後には高校生活最初の関門、中間テストが行われる。だからもちろん、クラスメイトのみんなもそれなりに頑張っているんだが、中でも俺の火の付き方はすごいと自負するところだ。

 

「山形くん、燃えてるね〜」

「そりゃあねえ。あいつ探査者だから、他の生徒より勉強時間削られてるし。GW中も仕事、いっぱいしたいんだってよ」

「なるほどね〜。頑張り屋さんだぁ」

 

 小声で俺の隣、松田くんと更にその隣の席の木下さんが話しているのを聞き取る。授業中だぞ私語は慎み給えー、先生が若干、君たちのことをちら見してるぜー。

 

 そう、俺は探査者だ。新米で級も低いけど、それでもダンジョン踏破にはそれなりに意欲もある。

 GW中なんて、友人たちや香苗さんと遊びに行くのもそこそこながら、それ以外は基本的に近隣からちょっと足を伸ばして、隣県にあるダンジョンをも踏破して回ろうかというくらいの気持ちでいるのだ。

 なので正直、中間テストに向けての自習は最低限に切り詰めたい。それゆえ今、こうして授業中になるべく頭に詰め込んでるんだな。

 

 遊びか仕事を削ったらどうか、という意見もあろうとは思う。けど遊びの方は単純に削りたくないし、仕事の方も、俺には早々に成し遂げたいことがある。

 わがままだなあと我ながら思うけど、逆にこれで、何とか成績をキープできればこっちのもんだ。学業不振を気にする家族を、安心させてもやれる。

 

 ──そこまでして成し遂げたいこと。一言で言えばそれは、リーベだ。

 早くレベルを上げて300になり、リーベをこの世界に出現させなくてはならないのだ、俺は。

 

 システム側の存在であり、アドミニストレータやオペレータ、コマンドプロンプトなど大ダンジョン時代の舞台裏の事情に詳しい彼女を表舞台に引き摺り出して、今何が起きているのか、俺に何をさせたいのかまで詳らかにさせる。

 できればシステムさんの正体にまで手を届かせたい。それが目下のところ、俺の最大の目的となっていた。

 

『まあ、リーベちゃんがこの世界に実体を伴って現れるってこと自体が、一つのトリガーみたいなもんですからねー。漏れなく話しますけど……そこまで熱烈にアプローチされちゃったら、リーベちゃん照れちゃいますよー!』

 

 相変わらずのテンションで、どこか意味深なことを言うよね、この精霊知能さんは。

 ていうか授業中なんで。頭の中で喋るのは止してくれ、気が散る。集中したいんだ。

 

『はーい。頑張ってくださいねー』

 

 素直に黙るリーベ。こいつ、これで案外、人の言うことは聞いてくれるんだよな……都合が悪い話になるとしらばっくれるところはあるけど、それもリーベだけの意志じゃなさそうだし。

 最近慣れてきたからか、少しずつ脳内コミュニケーションは進んでいっている。結構楽しいんだよな、リーベとの話。

 打てば響くっていうか、波長が合うところがあるっていうか。そこまで考えてシステムさんは、リーベを俺に遣わしたのかもしれない。何でもありかよ。

 

「──ここの公式もテストに出るからなー。応用も含めて押さえておけよー」

「あっ、やべ」

 

 いかんいかん、つい物思いに耽りがちだ。俺ちゃん生粋の国語しか自慢できないタイプの子だから、特に英数字が並ぶと意識が明後日行きがちなのよね〜。

 

 シャーペンをノートに走らせる。あー、このあと英語やって昼食って、5時間目は理科で6時間目に道徳やって終わりかぁ。明日は水曜だし5時間目までだったな、たすかるー。

 そういえば隣県の組合本部ってどんなんなんだろう? 香苗さんに聞いておかなきゃな。現地ルールみたいなのがあったらそれを守らないと、面倒ごとは関口くんだけでお腹いっぱいだ。あ、備品もまた調達しに行こうかな。もうちょっと良い防具も買わないと。わくわく。

 

 ……………………

 

『ぜんっぜん、集中できてないじゃないですかー』

 

 うん、そうだね。今のは俺が悪かったね。

 今度こそ集中して、俺は先生の話に耳を傾けた。



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イメトレだと、イメトレだとバッチリだったのに!

「たっだいま〜」

「おっかえり〜」

 

 勉強終わって放課後。今日は友人たちと遊ぶことなくストレートに帰宅した。気の抜けた声で帰りを告げると、同じく気の抜けた母ちゃんの声が出迎えてくれる。

 居間に行くと母ちゃんと妹の優子ちゃんが、テレビを見ていた。珍しくワイドショーだ、何見てんだ? 好きな俳優でも結婚したか?

 そう思って好奇心から目を向ける。そこには──

 

 

『それではあの光り輝く姿は、探査者としてのスキルだったということですか?』

『アッ、ハイ……す、スキルです……あの、しゃ、シャイニング山形ぁ〜、ナンチテ』

『シャイニング山形……? 聞いたこともないスキルですね、どのような効果なのでしょうか』

『ア、イエ……あの、今のシャイニングはじょ、冗談で、へへぇ』

 

 

 この間マスコミの人から取材を受けた、インタビュー映像が流れていた!

 

「何見てんだチャンネル変えろぉ!!」

「えー? いーじゃんせっかく息子の晴れ舞台なのに、ぷぷぷ」

「そーだよ兄ちゃん、イケてるよ? 言動以外は。ぷぷー」

「鼻で笑いながら言うんじゃない、やめてやめてー!」

 

 ああああ恥ずかしくて死ぬゥー! てかまだこの話題を擦るのかよテレビも、他にやることねーのか!?

 俺は悶絶する。血が吐けるんなら吐きたいくらいだ、リアクションとして。

 

 こないだのスタンピードでシャイニング山形を披露した俺の、宗教チックな動画が夜に出回って少ししてから。組合を通してマスコミが、俺にインタビューを仕掛けてきた。

 やったぜテレビに映るぜヒャッホイ! と、話を受けた当時の俺はそんなことを考えてはしゃいでいたもんだ。何なら、ちょっとカメラ映りのいい角度とか研究して、いい感じの受け答えなんかイメージしてカッコよく言える練習とかしてたくらいには浮かれていた。

 

 だが。いざや出陣、インタビューの場へと赴かん! と現地に行ってから。

 実際に機材に取り囲まれた部屋の中、インタビュアーの、テレビで見たことある人とタイマンであれやこれやと聞かれたら……途端に緊張でガックガクになり、事前練習などものの役にも立たず、頭真っ白の何も言えない状態になってしまった。

 

 その結果がさっきテレビに映っていた、カスみたいな俺の姿だ。穴があったら入りたいとはまさにこのこと、いやもう、穴がなかったら自分で掘って埋まるわ。そのくらい見ていられない。

 素人だからと見逃せる範疇を遥かに超えている。普通に放送事故だよワイプの人たち苦笑いしてんじゃん。ていうか普通に編集しろやテレビマンども、純度百%のテンパリ山形をそのまま映してるんじゃない!

 

「いやーあんたすごいわ。これを全国に流すなんて」

「私の同級生、みんなも見てたって。可愛いって言ってたよ? シャイニング山形とのギャップがエモいとかって」

「何がだよう!!」

 

 あれのどこにエモーションを動かされる要素があるんだ! キモカワイイマスコット的ならまだ分か、いや分からん! 挙動不審ぶりが我ながら、普通に気持ち悪いわ!

 

 当然ながらこのインタビュー映像はお茶の間に流れ、皆様方の共感性羞恥を大いに煽り、俺は次の日の教室で泣きたくなるほどネタにされた。

 特に男子勢にはものすごーくからかわれ、俺は本気で顔から火を吹く思いだった。佐山さん筆頭に女子が庇ってくれたのだが、それすら恥ずかしい。

 

 というか、あの時の佐山さん、やんわりと男子を留めながらも結構、本気で怒ってたな。後になって散々、愚痴を聞いた。

 なんでも彼女的には命の恩人が笑いものにされていることが我慢ならなかったとのこと。うん……なんだろう、ありがたいけどそんな、思い詰める話でもない気もしている。

 

 俺は探査者だ。ダンジョンを踏破するのが仕事で、そこには必然的にモンスターを倒すことも含まれている。

 そして探査業の社会的な役割ってのはこれはもう間違いなく、人々の暮らしを、突然ポッカリ穴が開く怪現象から極力守ることであり。

 その延長にあるスタンピードにおいて、モンスターに襲われている人たちがいるなら……俺たち探査者は命を懸け、すべてを捨ててでもそれを食い止めるのだ。それも仕事だし、使命でもある。

 

 つまり当たり前の事をしただけなのだから、気にしすぎないでほしいと。今後も、何があってもダンジョンからあなた達を守りますと。

 そう言ったら余計に心の何かに触れちゃったみたいで、身を寄せられて抱きしめられてしまって、すごく嬉しかった。

 いい匂いした。柔らかかった。いろいろ、危なかった。

 

 《お願いだから自分を大事にして、山形くん……! 仕事だからって、使命だからって、そんな、そんなこと……! 》

 

 

 とまあ、まるで自己犠牲系ヒーローにでもなった気分になるくらいの気の使われようだ。そんなに見てて危なっかしいだろうかね、俺。

 それはそれで結構複雑なんだけども。

 

 いや、あるいは。もしかして、俺、佐山さんから結構好かれてる?

 いやいやそんな、まさかまさか。でも、もしそうだとして、間違いなく単なる吊り橋効果な気もしているけど。あんな可愛い子にああいうことされると俺、すぐその気になりそうだよ。

 

 それを考えると、気持ちは嬉しいけど──ほら。これだよ。

 ちょっと女の子に優しくされるとコロッと思い込んで。ちょっと自意識過剰すぎん?

 自分の、あまりの免疫のなさに苦笑いを浮かべた。



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最初はみんなレベル1

 さてさて、佐山さんやインタビューのことはさておいて。俺は組合本部に出向き、受付にてダンジョン踏破の任務を受けた。

 今のところ平日は概ね二、三日に一回くらいの頻度でこうしてダンジョン踏破をしている。学生としてはまずまずのペースらしい。

 

「それでは資料はこちらになります。E級探査者、山形公平さん。探査者の誇りと勇気でどうか、ダンジョン踏破を祈ります」

「ありがとうございます」

 

 毎度のやり取りを経て資料をゲット。今日挑戦するダンジョンはうちの学校近くにお住まいの田山さんが所有されている、田んぼのど真ん中にできたダンジョンだ。

 階層は2、部屋数は8とごく普通の構成である。問題はない。ソロでの実力は既に、B級モンスター相手でも引けを取らないからな。

 

 ちなみにスタンピード以降、こうして暇さえあればダンジョン探査に乗り出している。俺のステータスは今、こうだ。どん!

 

 

 名前 山形公平 レベル68

 称号 道を拓き邁進せよ、今は積み重ねる人よ

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 名称 誰もが安らげる世界のために

 

 

 称号 道を拓き邁進せよ、今は積み重ねる人よ

 解説 一歩でも、前に進もうとする意志そのものが、あなたの何よりもの素晴らしさ

 効果 ダンジョン踏破時、レベルが1アップする

 

 

 ご覧のとおり、レベルが跳ね上がってるし称号も変わっている。スタンピード以後にダンジョンを踏破した折、《生まれたての奇跡を温める人》から変化してずっとこのままだ。

 

 

 《……今は努力の時です。あなたの積み重ねが、やがては状況を打破する決定的な鍵となるでしょう》

 

 

 とは、例によって世界初称号であるこの称号を獲得した際の、システムさんからのメッセージだ。

 要するにしばらく何もないから、思う存分に修行して備えといてね! っていうことだろう。

 

 明らかに何かが待ち受けているのを前提にしているのがおっかないが、効果のダンジョン踏破時のレベルアップってのも破格極まりないし。

 用心に越したことないので、こうして日々、踏破に勤しんでいるってわけだ。

 

「お待たせしました香苗さん。それじゃあ、行きましょうか」

「はい。今日もバッチリ、あなたの道程を記録しますよ」

 

 ロビーにて待ってくれていた、先輩探査者にして俺を救世主と呼び、自分を伝道師と呼んで憚らない御堂香苗さん──香苗さんと合流する。

 相変わらず俺のダンジョン踏破に同行して、スマホで撮影して配信するのが日課のようだ。自分の探査業は大丈夫なんですかA級トップランカーさん、と聞いたら、

 

「ご心配ありがとうございます。けれど公平くんがいない間、適度に踏破もこなしていますので。大丈夫、あなたのご迷惑にはなりませんよ」

 

 と、大人の余裕を前面に押し出して豪語していた。

 こういう時、香苗さんの実力の高さと段取りの良さ、大人としての頼り甲斐を感じることができて俺は好きだな。

 

「ですので今日も、救世主が辿る神話の工程を一つ一つ! 丁寧にじっくりねっとり、このスマホに収めて! 未だ救いが訪れたことに気付かない人々に教えて回るのです! さあ行きましょう公平くん!」

「あっ、はい」

 

 もっともこうして、大人モードの香苗さんはろくに長続きしないわけだけど。

 でもそういうところも、なんだからしいかなって。狂信者ムーヴにもそう思えてしまうんだから、いよいよ俺もおかしなことになってきたかなと苦笑いを浮かべた。

 

 組合本部を出る。いつもならダンジョンに直行するわけだが、今日はちょっと違う。本部施設の横にある、探査者用品を取り扱う専用ワークショップに寄っていくのだ。

 

 E級になってからあそこに行くのは初めてだ。装備や備品を交換するにしたって、前使ってた備品とかを使い切ってから買い替えたかったというエコ精神が発動し、そして使い切ったのが昨日のことだった。

 今日でようやくF級の、本当に最低限の性能しかない品々からはやっと卒業できるみたいだ。多少便利なアイテムが選択肢に入り始めるそうなので、俺としても期待している。

 

 そもそも最初からE級のアイテムを買わせてくれれば良いのに。そもそも、等級ごとに制限する意味なんてあるんだろうか?

 答えてくれたのはやはり、香苗さんだった。

 

「疑問はもっともですね。ですがまあ、ここにもそれなりに世知辛い話がいくつかありまして」

「世知辛い?」

「ええ。まず、前提としてF級探査者というのが界隈においては見習いであり、一人前ですらない扱いを受けるというのがあります」

 

 そうなのだ。俺自身、インチキスキルとインチキ称号のガン積みで忘れがちなんだが、F級って本来、マジでド素人スタートが当たり前なんだよ。

 

 剣を振らせればバランスを崩して転ける、攻撃を受ければ初めて受ける衝撃に慄いて戦意を喪失する。新人研修の甲斐もあってアイテムの使用には問題ないけど、それにしたところでそもそもダンジョンの独特の空気、空間に気圧されたりもする。

 それがごく普通の、一般探査者ならば誰しもが通るF級探査者の実像ってやつなのだ。

 

「ですので、まず探査者はF級として、拙い装備でも戦えるやり方を身に付ける必要があるんですね。身の丈に合わない良質な装備でのゴリ押しでない、最低限度の実力を備えるんです」

「それで、言っちゃうと普通のワークショップと変わらないものをぼったくり値段で売ってるんですか……」

「まあ、F級でも探査者ならば金には困りませんしね。こういうところが次の問題にも繋がってくるんですが」

 

 そう言って香苗さんは、ニコリと笑った。



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楽しいことは二人分、悲しいことは半分

「単刀直入に言えば、探査者の金銭感覚は狂いがちなんですよ」

 

 なぜ、F級探査者は最低品質のものしか買えないのか。なぜ、等級ごとにサービスを制限しているのか。

 そこのところの疑問について、御堂さんは二つ目の答えを教えてくれた。

 

「ご存知の通り、探査者はダンジョン踏破者であれば高給取りです。内勤とて、かなり下がりますけどそれでも、他の職種業種よりは遥かにお金がもらえます」

「それは、まあ、はい」

 

 そこは他の誰より俺が一番、恩恵を受けているところだ。

 モンスターが倒れた際に稀に落とす素材は、人間社会においては相当な高値で売買されている。薬にすれば難病に効果があったり、好事家に愛されるような奇抜な見た目をしていたりと、とにかくダンジョン以外ではお目にかかれないような代物ばかりなためだ。

 

 それゆえ、たとえばF級探査者でもスライムやゴブリンを倒していって、万一にも素材をドロップした場合、それだけでそこそこの収入となる。

 ダンジョンコアも安いのでも100万からやり取りされている以上、たとえ見習い程度だとしても十分、一攫千金は狙えるわけだね。

 

 しかも俺の場合、さらに特殊な事情がある。

 俺の称号効果の一つに《モンスターが必ず素材をドロップする》というトンチキ極まりないものがあるのだ。

 まさしくこいつが効果抜群で、何しろどんなモンスターでも倒せば必ず素材を落とす。換言すれば一つ、ウン十万からなる貴重品を毎度、俺は手に入れられていた。

 

 さすがに俺くらいインチキなやつも早々いないにせよ、それでも探査者ってのは、一番等級の低い状態で既にお金を稼げる職種ってのが分かると思う。

 だからなんだろうな……今しがた香苗さんが言ったとおり、金銭感覚を狂わせてしまい、身を持ち崩すケースがそこそこあるそうだ。

 

「ギャンブル、酒、女あるいは男……その辺は、公平くんにするには早すぎますし、話したくもありませんが。上級探査者ともなれば装備に凝るとか、アイテムコレクターという手合もいますね。とかく金遣いの荒くなる探査者が多くなるのです。手に入る金額の多さに、色々箍が外れるんですね」

「お金を使いすぎておかしくなる、と?」

「探査者専用のオークションですとか、高級パチンコとか。バーにパブに、あるいはまあ、女性や男性と一緒に過ごす施設であるとか。そういう探査者ビジネスは今や、世界規模のコンテンツですから」

 

 嘆かわしい話ですが、と、香苗さんは呆れたように首を振る。

 うん……話には聞いてたし、実際にそういうお店が立ち並ぶ通りを、興味半分で歩いてみたこともあるよ。明らかに金払いの良さが見える区画で、身なりの良さげな人たちが多く、歩いていたのが印象深い。

 

 正直ね。大人になったら行こうと思ってますよ、何なら。

 だってさ〜、興味あるじゃ〜ん! 女の人とお酒とか飲みたいじゃ〜ん。ギャンブルは興味ないけど、行ってみたいじゃ〜ん!

 でも今の話の感じ、香苗さんはそういうの嫌いみたいだ。まあ、この人何だかんだすごく真面目だしね。てなわけで下手すると俺、大人になってもそういうお店に行こうとすると止められる可能性、あるよね。

 

 残念、無念。でも香苗さんに嫌われるくらいなら行かなくて良いや、うん。

 

「まあ、そういうわけでして。探査者の質が落ちていくことを懸念した界隈は、そうした探査者ビジネスと協議を行いました。等級ごとによって、受けられるそうした店のサービスと、使えるお金の上限を設定すると」

「それって、探査者用ワークショップと同じだ……」

「あれも探査者ビジネスですから。それ専用のメーカーやブランド、流通センターまでありますよ」

「ああ、何かやたら高いのがありますよね。靴とか、カバンとか」

 

 俺には全然遠い世界の話だけど、A級とかB級用の品物には結構、ロゴが目立ったり統一された模様の様々なものがあったりする。大抵の場合、マジのガチでべらぼうに高価なので、ああいうのがいわゆるブランド品なんだろう。

 道具にそこまで高級感なんて、求めてない俺としてはどうでも良いんだけど。そういうのにドハマりすると、いくら稼いでも金が足りないことになるんだろうなって思う。同じくギャンブルも、酒も、男にしろ女にしろ、のめり込むと果てがないイメージだ。

 

「E級になるとそのうち、そうした金の無駄遣いを阻止するためのセミナーも行われます。ですが肝心なのはまず、新人のうちから節制を心がけることが言うまでもなく」

「だから、等級ごとに身の丈に合ったものしか買えないんですね」

「先程にも言ったように、強力な装備によるゴリ押しを戒める意味もありますけれど、ね」

 

 そう締めくくる、香苗さんの探査者としての風格はさすがのものだ。

 A級トップランカーという、国内に10人しかいないS級探査者を除けば紛れもなく日本最高峰に位置するこの人は、いつだって界隈のことを考えているのだろう。

 

「公平くんの場合、もちろんそうした金の浪費などしないとは思っています。救世主とはいえその手の欲があろうことは承知していますし、そこを否定する気もありませんが」

「え。香苗さん?」

「ですがご安心ください、私がいます。大人になったら一緒に、浴びるくらい酒を飲みましょう。賭け事も、ソーシャルゲームとかくらいなら一緒にできますし。その、いかがわしいことも……その、あの、アレですアレ」

「香苗さん? ちょっと?」

「とにかく! お金を使いたいなーっとか、あれが欲しいな、これが欲しいなーっとか思ったらまず私にご相談を! 救世主の身の回りのお世話まで、しっかりバッチリしてみせましょう!」

「香苗さん!?」

 

 自分でも勢い任せでとんでもないこと言った自覚あるな、この人。顔真っ赤じゃないか。

 年上なのにどこかうぶなこの人に、まあ、香苗さんだしなと俺は、生暖かい目を向けていた。



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求む:追放されたあと無双しそうなタイプのサポーター

 探査者ワークショップにて、E級探査者用のアイテムを見繕う。武器は俺にはなんの縁もないので、防具とアイテムの二択になる。

 

 たとえば防具。F級の時には下着に耐刃耐圧シャツを着て終わりというものだったが、E級になるとちょっとグレードアップする。

 耐刃性能がアップし、さらに耐圧のみならず耐熱耐寒も付いている。要するにこれを着てればどこでも同じような体感温度になる、らしい。本当かよ。

 

 安全靴は割と分かりやすくパワーアップしている。これまでのものは爪先部分だけに鉄が仕込まれている、普通のワークショップで売ってるのと大差ないものだったわけだが。

 今度のE級用のは、何と靴底まで分厚い鉄でできている。その分、重量もアホみたいな重さで、非探査者だと履けはしても歩くなんてとてもじゃないけどできなさそうな代物だ。

 

「F級でも、最初のうちはこれを履くことは難しいでしょうね。レベルが上がるうちに、筋力も強化されていくので難なくなっていきますが」

「そうですね……最初の新人用ダンジョンでこれ履けって言われたら相当キツかったと思います」

「公平くんの場合は、スキルもありますから余裕じゃないですか。ソロという条件付きですがやはり、身体能力10倍はとてつもないですよ」

 

 それはたしかに。逆に言えば俺だったらいけるわけだけど、他の人ならたぶん、行けてないわけで。

 身の丈に合った装備を付けることの大切さが、なるほどよく分かる一品だと思った。

 

 さて、お次はアイテムだ。こっちはまあ、特に代わり映えはない。

 懐中電灯に、携帯用の消毒液に絆創膏、ガーゼなどの救急キット。念の為にロープとかピッケルをカバンに入れる。

 

 たまにあるみたいなんだよ、ダンジョンの入り口が変に深く、しかも脆いパターンが。そんでもって探査者が入る時に崩れて、踏破したものの出てくることができないみたいな話も冗談みたいだけど、ある。

 それがたとえば町中とか、人気の多い場所のダンジョンだったらまだ良いけれど……誰も来ないような森の奥でそんな目に遭い、結局ダンジョンコアを握りしめたまま餓死したって報告も、もうずいぶん古い話だけどある。

 

 俺なんかは効果でゴリ押ししがちだから忘れそうになるけど、基本的にダンジョンなんて殺意の塊だ。

 モンスターは言うまでもなく、ダンジョン自体も危険な罠だらけだ。上級向けのダンジョンになると、踏むと即死ぬトラップなんてのもあるとか。鬼か。

 

「どこまで何を用意したら良いのか、分からなくなりますねえ」

「持ち込みすぎても嵩張りますしね。通常は、複数人でパーティを組んで各人、異なる方向性で備えをしてくるものですが……」

「俺、基本ソロですからね」

 

 ソロ戦闘でなければフルパワーを出せない、スキルの仕様がこの時ばかりは恨めしい。上級になればなるほど、増えていく罠などダンジョンの悪辣さに俺は果たして耐えきれるのだろうか?

 現時点で判明している、俺という探査者が抱える問題の一つでもある、ソロゆえの対応力の低さ。これは早急にどうにかしたいところだ……どうにかなるの? これ。

 渋面を浮かべる俺に、香苗さんは少しばかり考えてから、こんな提案をしてきた。

 

「公平くんのみ戦闘要員のパーティ……いえ、この場合はキャラバンとでも言うべきですかね。そういう形で団体を組んでみる、というのはありかもしれません」

「キャラバン? 俺だけ戦闘要員って、他の人はどうするんですか」

「それこそ荷物持ち、あるいは探索や索敵、斥候などを任せるんです。そういった役割のメンバーさえ、戦闘時の仲間と見做すようならば無理筋ですが……通るならば公平くんの負担は明らかに減ります」

 

 なるほど……戦闘面以外で役割を持つ、いわゆるサポーターたちと一緒に組むのは、それならありかもしれないのか。

 例のスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果は《一人で戦う時、全能力が10倍になる》というものだ。ここから読み取れる分には、一人で戦いさえするならば、別に何人組でダンジョンに潜ろうが関係ないんじゃないか?

 どうなんだリーベ、お前の見解を聞きたい。

 

『んー……まあ、ありだとは思いますよ? ただ、相当な腕利きを用意しないと、公平さんが単なる護衛係になりかねないとは思いますけど。サポーターが戦意を持った時点でもう、一人で戦ってない判定食らう可能性だってありますしー』

 

 げ……そんなシビアなのかもしれないのか。となると相当厳しいぞ。

 大体サポーターっても、ダンジョンに潜る以上は戦う術は当然、持っているんだ。そんな彼らに一切の戦意を放棄させて、ひたすら俺のサポートだけしろと? モンスターに出くわしても、絶対に反撃しないどころか敵意すら持たずに、俺の応援だけしていろと?

 

 無理だ、それは。そんな影そのものみたいなサポーターは探査者としてやっていけない。よしんばやっていけたって、そこまで特化した人がそこいらにいるとも思えない。

 香苗さんにその旨伝えると、彼女も同じ結論に至ったみたいで、残念そうに自分の意見を撤回していた。

 

 実現できたら最高なんだけどね。いくらなんでも、現実味がないよね……



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自ら外堀を埋められに行くstyle(無意識)

 香苗さんのキャラバン構想はさておいて、探査者用ワークショップでの必要な買い物を終えた俺は、早速おニューな装備を着込んでダンジョン探査へと赴いた。

 

 時刻はもう17時過ぎ。今回の探査対象である田んぼダンジョンへは、東クォーツ高校のすぐ近くだから大体徒歩で30分。けれど俺と香苗さんの身体能力なら、ほぼほぼ跳ねて飛んですれば3分近くまで短縮できる距離だ。

 そこからダンジョン踏破で一時間、組合に戻って報告して、家に帰る……うちは大体19時前には夕飯だから、ギリギリ間に合うかなってラインだ。別に間に合わなくても良いんだけど、せっかくなんだから家族みんなでご飯食べたいじゃん。

 ってなわけで多少、急ぐか。

 

「香苗さん、荷物持ちをお任せしてしまってすみません」

「何を仰るやら。戦闘面でお役に立てない分、私はあなたのサポート兼動画撮影役です。どうかお気になさらず、思いのままに戦ってください」

 

 俺の荷物──ホームセンターで買った諸々が入っていてそれなりの重量になる鞄を、軽々担いで香苗さん。手にはスマホを握っていて、いつでも動画撮影準備万端って感じだ。

 

 ありがたい話だよ、本当に。さっきのキャラバン構想は、言ってしまえば今の俺たちの延長線上にあるんだろう。そう考えるとたしかに、手ぶらでダンジョンに臨めるからすごく楽ではあるんだよな、このスタイル。

 ちょっとマジで、戦闘面はからきしだけどサポーターとしては有能、みたいな超都合のいい人がいないか組合に尋ねてみようかな。もしいたら、もう壮絶に勧誘だ。それが駄目でも必ず連絡先を交換したいもんだ、うん。

 

「そろそろ行きましょう公平くん。ご家族と団欒するなら、時間は有限です」

「ですね。あ、そのうち俺の家族に会ってやってくださいよ。香苗さんにお礼がしたいって、やかましくてやかましくて」

「……ぜ、ぜひともっ」

 

 移動しがてら、前々から家族に言われていたことを伝える。母ちゃんと父ちゃんも優子ちゃんでさえも、一度香苗さんを連れてこいとうるさいんだよな〜。

 チャランポランな俺を探査者として一端にしてくれた礼がしたいって言うんだが、少なくとも母ちゃんは有名探査者にミーハー心から会いたいだけだろうし、父ちゃんはただ美人に会いたいだけだと思う。

 優子ちゃんまで乗り気なのは意外だったが、なんだろう? どこか切羽詰まった感じもあるし、何かあるんだろうか。

 

 帰ったらちょっと話してみようかな。

 そう思ってるうちに田んぼダンジョンに着いた。早い。

 香苗さんも荷物があったにも関わらず俺と同じくらいに到達した。流石だけどどこか興奮したみたいに上気している。え、なに急に、怖ぁ。

 

「どうしたんです? 何か、顔赤いですけど」

「いえ、別にっ! 救世主様のご家族にお会いできる栄誉に浴して興奮と感動を禁じえないだけですから! まさしくそう、これは拝謁と言えるのではないのでしょうかっ!」

「いやうちの家族いたって普通の家庭ですけど。宗教上の偉大な何かに仕立てないでもらえます?」

 

 さすがに狂信者ムーヴに家族は巻き込ませられない。下手するとあの母ちゃんが聖母呼ばわりされちまう。お歳暮の間違いだろ、ハム的に。

 バレたら次の日からしばらく、晩飯が俺だけもやし炒めオンリーになりそうなことを考えつつ、ダンジョンを発見。

 こないだ手に入れたダンジョンサーチの効果、割合便利だな。範囲が広いもんだから他にもダンジョンが引っかかるけど、田んぼダンジョンと言える位置のものは一つだけだ。

 

 母校、東クォーツ高校から少し離れた田んぼにて当該ダンジョンに辿り着く。

 広々した田畑の真ん中に見事な大穴。これ農家の方々からしたら本気でマジ迷惑だな。いや人間の生活圏内に発生したダンジョンで、迷惑じゃなかったものなんてないんだろうけど。

 

「こんな迷惑な穴、さっさとなくしちゃわないとですね」

「はい。公平くんのご家族にもお会いしなくてはいけませんしね」

「えっ」

「えっ?」

 

 挨拶って、今日来るつもりなのかこの人?

 さすがにそれは勘弁してほしい……心の準備もできてないし、何なら家族だって知るわけない。天然のドッキリものになっちゃうだろ。

 

「ま、また後日にうちに来るってことでどうです? 今日はさすがに、急すぎてちょっと」

「え……あ、そ、そうですね私ったら! そんな急にお邪魔しようだなんてもう、何を馬鹿な」

 

 香苗さんもどうやら、急に家族と会えとか言われて動転していたみたいだ。我を取り戻して、赤い顔を夜風で冷ましている。

 まあ、そのうちでいいんだ。そのうちちょっと家族にあってもらう。それだけ。特に難しいことじゃあない。

 そんな、ちょっとしたやり取りをしてから、俺たちはいよいよダンジョンへと潜っていった。



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きたねえ花火量産機

 例によって暗いダンジョン内を、俺と香苗さんの懐中電灯──腹部側面、ちょうど腰の横に固定するタイプのものだ。両腕が空いて動きやすい──が照らし出す。

 土塊でできた壁と床がひたすら続いていて、土地の影響を受けている様子もない。非常にスタンダードな内容のダンジョンと言える。

 

 俺ももう慣れてきたもんでガンガン進む。通路の時点でモンスターが出てくるなんてのは滅多にない話で、部屋に入って初めて戦闘が始まるのだ。

 もちろんいつでも迎撃できるよう、スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》の調子は確認してあるしカウンターの体勢ではいるけれども、過度に慎重になりすぎない程度に俺たちは探査を進めている。

 

「うききききーっ!」

「きき、きききっ!」

「うきゃー! うきゃきゃうきゃーっ!」

「ん? 猿?」

 

 通路を抜けて広い部屋に入って、すぐに叫び声が響き渡った。焦らず電灯で周囲を照らすと、こちらに向けて威嚇してくる猿が三匹いるのを見つけた。

 こいつらもモンスターだ。《さけびザル》、なんて直球なネーミングとは思うが、こいつらを表すにこれ以上、簡潔なものもないだろう。

 

 威嚇の猿叫をしてくるものの、この猿たちは近寄ってこない。むしろ俺が一歩踏み出すと、一歩引き下がる始末だ。

 そう、このさけびザルってモンスターは大した脅威ではない。ただやかましく、一定の距離を保ち、たまに石を投げたりしてきて、そしてやかましいだけなのである。

 

 ただ、たまに投げるっていう石が質が悪い。腐ってもモンスターゆえ、プロ野球選手もビックリな速度で尖った石やら大きな石やら、散弾みたいな飛礫まで投げてくるのだ。

 レベルの高い探査者ならば大したことはないのだが、F級から昇級してすぐの者は、ビビって近寄ってこないように見える猿に油断し、そこで投石を浴びて殺されるケースもあるらしい。

 

 まあ、ずいぶん前から危険度が周知されているので、最近はちゃんと遠距離攻撃で対処されているのだが。素手オンリーな俺には最初、この猿たちが一番厄介に思えたもんだ。

 相変わらずひたすら、けたたましい叫びだけを継続してくるリーベ並にやかましい猿たちを見据え、俺は構えた。

 

『はぁーっ? かわいいかわいいリーベちゃんをこんな、エテ公どもと同列あつかいですとーっ?! 許しませんっ今すぐ謝ってリーベちゃんの可愛いところを10個挙列なさいっ! ムキャキャーッ!』

 

 ほれみろやかましいじゃないか、お前わざとやってるだろ!

 てーへーぺーろー!

 

 と、脳内でアホみたいなやり取りをするも束の間。これまでの経験から、この猿への対応策を編み出している俺はすぐさま動いた。投石しだす前に倒さないと、面倒だしな。

 

 ──深く腰を落として、正拳突きを放つ。

 

 スキルの効果で素の身体能力の10倍、さらにモンスターに対して10倍の特効威力をもつそれは、光を纏って恐るべき速さで振るわれる。瞬間、放たれる衝撃波。

 

「ぬぅん!」

「うきーっ!?」

 

 たった一撃で発生したそれは、真っ直ぐに突き進んで猿たちを直撃する。モンスターたちを一息に呑み込んで、蹂躙し、引き裂いていく。

 ……それで終わりだ。詳しくは言わないが見るも無惨に成り果てたモンスターたちが、粒子となって消えていく。

 

 戦闘終了だ。わずか一撃とあっけないように思えるが、今の技を出せるようになるまでに俺は結構、苦労したんだよね。

 何しろこんなもん、当たり前だが普通の格闘技にはないからな。漫画の世界の技だ、衝撃波なんて。

 

 これはスタンピードの時、周囲のモンスターをまとめて倒した技だ。あの時は無意識に放って複数の敵を蹴散らしていたのだが、これを意識して使えるようになれば、遠距離攻撃の完成じゃね? って思い至ったのだ。

 そこからいくらか試してみた結果、パンチとチョップからしか放つことができなかったにしろ、ある程度コントロールして放てるようにはなった。まあ、透明のビームみたいなもんだな、うん。

 

 というわけで完成したこの技、衝撃波。今のところ射程距離は精々50メートルってところだが、いずれはスナイパーライフル並みに遠くの的まで届かせてやりたい。

 我ながら人外ロードを突っ走り始めた気もするが、そんなわけで俺は、遠距離攻撃もできる素手ファイターというわけの分からない生き物と化したのだった。

 

「瞬殺でしたね、公平くん。探査者になって一月かそこらしか経っていない人間の戦いぶりでは、完全にありませんでした。最高です」

「いやあ、まあ。インチキにインチキを重ねてるわけですしねえ」

 

 苦笑しつつ、褒めてくれる香苗さんに返す。

 まー、正直ね。俺の力ですとはちょーっと言い難い。システムさんから、何でも孫に買い与える爺ちゃん婆ちゃんのように、とんでもないスキルと称号を次々与えられているからこその今なわけだからね。

 これを俺の力とするには無理がある。極端な話、俺じゃなくてもここまでされたら誰でもこうなるからさ、絶対。自慢なんてもっての外だ、天狗ダメ、ゼッタイ。

 

 嘯く俺に何かを感じたのか、香苗さんは少し黙ってから。

 静かに俺の頭に手を置いて、優しく、撫でてくれた。

 

「インチキでなく、あなたの力ですよ。手札すべてがジョーカーだったとしても、それがルールに則っているのならば、それはあなたの正当なる手札です。行使する権利がある」

「……正しいことに使う、責任もですね」

「即座にそういうことを言ってくれる、あなたを私は大好きです。他の誰でもない、あなただから言うんです」

 

 そう言ってくれる香苗さんの笑みが、あんまり優しいものだから。

 俺はついつい、そんな彼女に見惚れていた。



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救世主大ダンジョン神話チャンネル、登録者数5.2万人(現在)

 このダンジョン、田んぼにできたからかずいぶんと害獣っぽいモンスターが多い。どうやら生成モンスターの種類が特定のものになる形で、しっかり地形の影響を受けていたらしい。

 最初の猿もそうだし、それ以後には猪っぽい《いかりイノシシ》、ねずみっぽい《かなしみネズミ》、モグラっぽい《わらいモグラ》などが続き、終いには熊みたいな《なまけクマ》なんてのも出てきていた。

 

「どっ、せーい!」

「がぁあああああ〜」

 

 頭部を俺の懐に抱え込むようにして、相手の両腕を背に回すように抱え込んでホールド。そこから豪快に全身を持ち上げて背後に倒れ込みつつ地面に叩きつける。

 ダブルアームスープレックス。名前がやけにカッコいい、渾身のプロレス技がなまけクマを仕留めた。

 

「お見事です、公平くん! 見栄えの良い技ですね、撮れ高ですよ!」

「まあ、プロレス技はだいたい見栄えが良いですからね」

 

 香苗さんに答えつつ起き上がる。これで7部屋目を攻略したので、事実上はダンジョン踏破したことになる。あとはコアを回収して帰るだけだな。

 スマホを出して時計を見る。突入からここまで時間にして、大体40分か。帰りはモンスターのいない洞窟をひたすら戻るだけなので、まあ20分ほど。概ね一時間と、予想していた通りのタイムスケジュールとなりそうだった。

 

「それにしても、撮れ高とは……ほとんど人気のない動画でそんなに凝るなんて、すごいですね香苗さん」

 

 感心しつつ、俺は言った。

 香苗さんが俺を救世主として据え、狂信者もとい伝道師として始めた啓蒙活動の一つ、動画配信。

 専用のチャンネルまでわざわざ拵えた割には以前、あんまり人気がないとか、精々がじわじわ伸びてきた程度とか聞いた覚えがある。

 

 そんな程度のもののために動画を撮って編集して、配信して。あまつさえアンチコメに一々反応してガチで啓蒙活動に取り組むだけの価値はあるのだろうか?

 俺の疑問にキョトンとして、香苗さんはやがてにこりと笑った。

 

「御存知ないのですね。今、救世主様の活躍を配信する《救世主大ダンジョン神話チャンネル》はかなり、人気が出始めているんですよ」

「…………いやいや、まさか。そんなそんな」

「本当ですよ。ダンジョンから出たらお見せしましょう。着々と登録者数、いえ教徒数を増やして今や、5万を超えようとしている我らが公平くんのチャンネルを!」

「怖ぁ……い、数なのかな?」

 

 反応に困る数ぅ……多いっちゃ多いんだけど、上を見れば切りが無い程度の数ではある。

 そもそも香苗さんのチャンネルとか登録者数100万超えてるじゃん。美人探査者でしかもA級トップランカーなんて、時代のヒロインみたいな立ち位置の人だから当たり前なんだけど。

 それの20分の1と言われてもピンと来ない。いやまあ、それだけの数、香苗さんに啓蒙された人がいるのだとすればもうそれ以上増えないでほしいけれども。

 

『あ。今、称号が変わりましたよ、公平さーん』

 

 と、頭の中にいきなりリーベの声。

 最近、称号が変わった時には教えてくれるよう、彼女には言ってある。これが結構便利で、いつの間にか変わってたことに後になって気付くよりかは、心構えがしやすいし何がきっかけで変わったのかも分かりやすいのだ。

 

 にしてたって、おいおい。このタイミングは絶妙に嫌だな……どう考えても今の配信云々のやり取りありきの称号じゃないか。

 そこはかとない不安を抱きつつ、俺はステータスを開いた。その時点で何事か察したらしい香苗さんが、目をキラキラ輝かせて見つめてくる。格好のネタゲットー! みたいな顔やめて!

 

 

 名前 山形公平 レベル71

 称号 世に向け己を放つ、大きなうねりの生まれる兆候

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 名称 誰もが安らげる世界のために

 

 

 称号 世に向け己を放つ、大きなうねりの生まれる兆候

 解説 遅かれ早かれ輝きの、眩ゆい光は暗がりの荒野に届く

 効果 場所、環境を問わず半径1km以内のモンスターの位置を把握する

 

 

 《称号『世に向け己を放つ、大きなうねりの生まれる兆候』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……望む望まざる問わず、光は命を惹きつけます。今は小さな灯火でも、やがては遍く地を照る陽光となりましょう》

 

 

「やっぱり配信関係きっかけじゃん怖ぁ〜!」

「えっ……どういうことです? どのような称号の、どのような解説の、どのような効果なのですか? システムさんは何と言っているのですか!? 公平くん!?」

『あーこれ、システムさん、公平さんにインフルエンサーになって欲しいんでしょうねー。リーベちゃん的にも、顕現した時にたっくさんのギャラリーがいるのは大歓迎ですよー!』

 

 あからさまに配信チャンネルについて言及、というか俺に覚悟を決めて教祖になれとでも言ってきている感じすらする。

 香苗さんは詰め寄って来るし、リーベは呑気にアイドル気取りだし。

 もう無茶苦茶だ、いいからさっさとダンジョンコア取り出して帰ろう、帰ろう!



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そこそこ不思議なダンジョン

 配信チャンネルの話から思わぬ称号獲得を果たした俺は、とりあえず田んぼダンジョンの最奥に向かい、ダンジョンコアを回収して踏破を果たした。

 これで後はダンジョンを出て、報告をして、実家に帰って晩御飯だ。今日はトンカツって言ってたしな、腹はバッチリ、空かせてあるぜ〜。

 

 道すがら、先程得た称号《世に向け己を放つ、大きなうねりの生まれる兆候》の解説と、半径1km以内にいるモンスターの位置を特定できるという効果について香苗さんに説明する。

 まさかシステムさんまで、俺に教祖めいた立場になれとか思ってるらしいとは。香苗さんじゃあるまいに、さすがにそれはないたろうとか思っていた俺は浅はかだった。

 

『と言ってもー? システムさんと香苗さんとでは、公平さんへのスタンスは違ってそうですけどねー。香苗さんは本当に宗教集団の教祖として据える気満々でしょうけど、システムさんはあくまで……げふんげふん。ごめんなさい口が滑りました忘れてください』

 

 おいこらぁ……そこまで言って忘れてくださいで済むと思ってんのかお前ぇ!

 あくまでなんだ? その続きは? 言えリーベ、言うんだリーベ、言えリーベ!

 

『れ、レベル300になったら言いまーす! それまでがんば、がんば!』

 

 がんば! じゃないよ。お前が頑張るんだよ!

 ……だんまりか。こうなるとリーベは中々出てこない。ほとぼりが冷めるか、それどころじゃないことが起きるまで反応しやがらないのだ。

 まあ、良いけどさ。元よりリーベを現出させるレベル300って目安があることには変わらない。あいつの本体が現れた時、締め上げて聞き出すことがまた一つ、増えただけだ。

 

 ということで今はさておき。香苗さんと、称号の効果について話す。

 

「モンスター探知の効果はたしか、スキルの方でありましたよね」

「《気配感知》ですね。取得条件が判明しているため、大体の探査者ならば取得しているスキルですよ。私も持ってますし、ほら」

 

 自身の探査者証明書を見せてくる。たしかにスキル欄に《気配感知》がある。なるほど。

 取得条件──何もかも意味不明な俺のスキルと異なり、一般的なスキルってのは概ね、特定条件を満たすと取得できる仕組みになっている。剣をウン千回振るうと《剣術》が手に入るとか、刃傷を一定回数受けると《耐刃》を身につけるとかだ。

 

 ちなみに俺もいくつかの汎用スキル、取得条件がすでに広く知られているものを得ようとしたことがあったが、何をどうやっても手に入れることができなかった。

 リーベ曰く『公平さんの取得可能スキルは特別製のみ。アドミニストレータ用のスキルを獲得できる時点で、それは確定している』とのことだ。

 

 何がどうなってそんな勝手な話が確定したのか、問うてもやはりはぐらかされたんだけれども。

 俺の手にしているスキルや称号の効果のことごとくがインチキ効果ばかりだし、多少は仕方ないかなとも思って深くは考えないでいる。

 それに言ってしまうと、たぶん今後も称号やスキルは適宜与えられるんだろうし。受動的な姿勢で自分でも呆れる話だが、こればかりはシステムさん次第ってやつだな。

 

 ともかく、称号にて得た今回の気配感知効果のことだ。

 場所、環境を問わずに半径1km以内のモンスターをすべてサーチする──分かりきった話だがこれも大概な性能だ。

 何せスキル《気配感知》を持つ香苗さん本人が認めるところなのだから。

 

「障害物やコンディションを無視しての場合、私で精々が300mといったところですか。環境や体調を考慮した場合、さらに狭まりますね」

「それを思うと俺のは、その辺の時々の条件をすべて無視して一律1kmですか。ダンジョン内でそんな広範囲、何の役に立つのかって話ですけど」

「今はまだ、ですね。公平くんならじき、昇級と共に分かるとは思いますが」

 

 ピッと指を立てる香苗さん。

 そのまま歩きつつ、ダンジョンの壁に指差す。

 

「B級やA級のダンジョンにもなると、通路や部屋も異様に広かったりするものがよくあるんです。ものによってはそれこそ、一部屋1平方キロメートルくらいはありそうなダンジョンさえ、あります」

「え、えぇ……? なにそれ、怖ぁ……」

「まるで異世界に訪れた気分になりますよ。そもそもそんな大きなダンジョンが時折、そう距離も離れていないところに点在していたりするんです。物理法則というか、この世の常識を完全に無視していて笑えてきますよ。学者的には発狂ものでしたが、ね」

 

 そう告げる香苗さんの、どこか遠い目をした乾いた笑み。

 どうも本当に、よく分からない何かを目撃するみたいなんだな……上級探査者ともなると。物理法則や常識を無視って、ファンタジーじゃないか。

 

「それを考えれば、あなたの気配感知はこれから先を見据えた、長期的価値のあるものだと思います。さすがですね、救世主」

「これから先……俺が上級探査者になってから、ですか」

 

 割合すぐに登り詰めると思いますよと、香苗さんは親指を立てて俺に向けてくれた。



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謎の山形X

 ダンジョンを出て急ぎ、組合に戻り報告する。至って問題なく今日のお仕事は終わりだ。お疲れ様でした。

 香苗さんとも別れ──次の探査は明後日だ。毎度ながら、待ち合わせの約束まで交わしての解散となる──俺は実家へと帰宅した。

 

「たで〜ま〜」

「おけ〜り〜」

 

 訛った感じに帰りを告げると、同じく訛った感じで出迎えられる。

 居間に行くともう、ご飯の準備が着々と進行している。間に合った〜。揚げたてのトンカツがテーブルに並んでて美味そうだ。うひゃー! 涎が出る。

 

 とはいえまずは手洗いうがい、そんでもってお風呂だ。

 ダンジョン探査は基本、土塊の地下洞窟で行われるからね。どうしても多少は薄汚れちゃうからね。身綺麗にしないと。

 今日の疲れを癒やすべく風呂へと赴く。誰も入っていないのを確認して、俺は脱衣して入浴した。

 

「ぶはぁあぁああ〜! うぃ〜、きもちー!」

 

 頭と体を洗い、汚れを落として湯船へ浸かる。あたたか~い。体が溶けそうだ、気持ちいい。

 締め切った窓の外はもう暗い。19時前だしそりゃそうか。今日も今日とて頑張ったなあ。太ももなんかの緊張を手で解す。もみもみ。

 

『お疲れ様でーす公平さん。着々とレベルアップしていってますねー!』

 

 不意に頭に響く声。すっかり馴染みになった奴の声だ。

 出たな妖怪思わせぶり。妙に不安になることばかり仄めかして、詳しくは言わずに去っていく原典より迷惑なぬらりひょんめ。

 

『うう、ごめんなさいってばー。システムさんにもさっき、こってり絞られちゃいましたし……はあ。リーベちゃん、反省〜』

 

 声音が軽い。本当に反省してるのか疑わしく思えてくるくらいに軽い。

 でもまあ、さしものシステムさんも看過できなかったみたいだな、こいつがこうなるまで叱るとは。口は災いの元だってこと、良い教訓だな。

 

『しょんぼり〜。それでですね公平さん。さすがにあそこまで言っといてお預けはないとのことで、お詫びがてら、少しだけ情報を伝えても良いってシステムさんが言ってました〜』

「なんですと!?」

 

 おいおいまじかよ、良いんだそんな、ちょっとだけよ~みたいなの。

 嬉しいんだがちょっと躊躇う。そもそも勝手に喋りだして勝手にいらんこと言いかけて勝手に自爆した馬鹿が発端なんだし、無理なら無理でだんまりも構わなかったんだけど。

 まあ、せめてもの誠意ってんならお受けするけれども。

 

『じゃあ、言いますね? えーっと、システムさん的に、公平さんがアドミニストレータ用のスキルを使えること、これが一番重要なんですよ』

「アドミニストレータ用の……《誰もが安らげる世界のために》か?」

『ひとまずはそれですね。世界広しと言えど、人間でその辺のスキルを宿すことができるのって、公平さんだけなんですよ。本当、冗談抜きで』

「…………はあ?」

 

 おいおい。ちょっと話が変わってきたぞ?

 俺の認識だと、アドミニストレータ用のスキルはそもそもオペレータ側、つまり探査者には与えられることのないスキルだったはずだ。

 それをなんでか俺に与えてきた理由、そこが分からなくてモヤッとしていた──率直に言うと俺じゃなくても良かったんじゃね? ってなってたわけだけど。

 唯一使えるのが俺だけ? 生まれ育ちも普通の高校生捕まえて何の冗談だ、それは。

 

『本当ですってばー。ちなみに何で公平さんだけが? ってところは真面目な話、システムさんにも分かっていません。あの方ですら把握できてないって、とんでもないことですよ?』

「いや待ってなにそれ怖、こっわぁ!」

 

 ついつい声に出して反応してしまう。ぱっと見独り言が、風呂場の湯気と共に反響する。

 システムさんって、気楽に呼んでるけどぶっちゃけ神様的なアレだと思うんですけど。そんな存在ですら分からない? 俺がアドミニストレータ用のスキルを使えることの、理由が?

 

 何かゾッとしてきた。俺は何者なんだよ。実は改造人間とかだったりしないだろうな。

 

『おそらくは、独力でコマンドプロンプトに干渉してみせた辺りに答えが隠されてそうですから、目下調査中ですけど。まあ公平さんの身体や魂には無害ですし良いんじゃないですか? 気にしなくても』

「いや、心。心のケアも大事よそこんとこ」

『そこはもう、公平さん次第かと。システムさんも人の心までどうこうしたりはしませんからね』

 

 くっ、良識的なシステムさんで何よりですっ。

 にしても、こんな話、世にしれたらどうなることやら。アドミニストレータの存在とそれ用のスキルだけでも大変な騒ぎになりそうなのに、それを何でか俺だけが使えるなんてもう、陰謀に巻き込まれるの確定だろ、これ。

 怖ぁ……

 

『これは忠告ですけど、公平さん。リーベちゃんが顕現した暁には諸々、あなたにお話するのは確約しますけど……何をどこまで人々に伝えるのか、それはよく考えた方が良いですよ?』

 

 いつの世も人は、愚かなことをするものですから。

 頭の中に響くそんな声は、どこか底冷えする寒さを感じさせていた。



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えっ、今日はトンカツ食っていいのか!!

 本当にありそうな怖い話に、温かい湯船に浸かりつつも肝を冷やした俺は、まあそれはそれとして、風呂上がりに美味しいトンカツを食べていた!

 黄金色の衣がサックサク、噛めば噛むほど溢れる肉汁が舌に広がり、適度な脂身の肉質が口内にて溶けていく。それをおかずにホカホカの白米を口に入れると、ああ、たまらん!!

 

「美味い! 美味い!」

「よく噛んで食べなさいよー。早食いは体に良くないからね」

「ウメーウメー!」

「夜道に日は暮れないんだから、もっとゆっくり食べなさい」

「うめ、うめ」

「肉だけじゃなくて野菜も食べなさい……聞いてるの? ねえ」

 

 はい、お母様。聞いてますので般若の顔やめてください怖いです。

 お腹ペコペコだったからついつい箸が進む。肉、肉、肉! な感じだが仰るように、野菜も食った方がもちろん良い。キャベツ旨し。

 

『ちょーっと脅しすぎたかなーって、リーベちゃん心配してましたけど。その様子ならへっちゃらそうですねー』

 

 いつもの声音、けれどどこかホッとしたようなリーベの声が頭の中に。

 こいつはこいつで心配してくれていたんだろう。というか、気にかけてくれてなきゃ、あんな忠告そもそもないだろうし。

 ありがたくって涙が出ちゃうよね、まったく。

 

 まあ、俺だけが唯一、アドミニストレータ用のスキルを使える、なんてこと。

 聞いて混乱したし暗い、恐ろしい想像に戦慄したりもしたが。なんてことはない、そこだけ言わなきゃ良いだけなのだと気付いて俺は即座に肩の力を抜いた。

 

 だってそうじゃん? アドミニストレータとかオペレータ、システムさんやリーベについて話すにしてもだ。俺のスキルが本来、アドミニストレータのために用意されたものだなんてのは言わなきゃ分かんないし。

 そもそも俺からじゃなくてリーベから、天啓みたいな形で必要最低限のことだけ伝えてもらったら良い。俺が表舞台に出る必要なんてまったくなくて、そこは何かのトリガーらしいリーベ様降臨の暁として、盛大にお一人様で盛り上げていただこうじゃないか。

 

『スケープゴートとはまさにこのこと……ですがまあ、任されますよー。公平さんが人間たちの勝手な思惑に翻弄されるなんて、システムさん的にもリーベちゃん的にも世界的にも、絶対にあってはいけないことですからね。システムさんなんて天啓でも天誅でも何でも下すって、息巻いてらっしゃるくらいですよー』

 

 いや怖いよ! 怖すぎるよシステムさん!

 思わぬ神の怒り的な発言を脳内にて受け止め、不意に箸が止まる。喉を詰めたと勘違いしたのか、優子ちゃんがコップにお茶を注いでくれた。

 誤魔化しがてら、それを飲む。冷たくてうまぁ……

 

「バカ食いしすぎで喉詰めるとかダサすぎん? 兄ちゃん」

「つらい」

 

 そんなんじゃねーやい! と言いたいところだけど甘んじて受ける。おのれリーベ、俺を罠に嵌めるとは。

 

『はいはい。とにかくそういうことですからー、公平さんは心置きなくダンジョン踏破、おねがいしますねー! バーハハーイ!』

 

 そう言って脳内から声がなくなる。だから、貴様いくつだ!

 ツッコみつつも俺は夕食を引き続き、食べていた。

 リーベも消えたし、ごはんに集中することしばらく。

 

「ごちそうさまでした!」

「はい、よろしゅうおあがり」

 

 十分にお腹いっぱいになり、俺は食事を終えた。

 結構あったトンカツも一つ残らずない。俺はもちろん母ちゃんも父ちゃんも優子ちゃんもかーなーり、ガツガツ食ってたからね。健啖だね。

 

 さて、しばらく居間にてゆっくりする。食後30分は家族で団らんして、そこから片付けの手伝いと歯磨きをして自室に戻るのが我が家のスタイルだ。

 

「この芸人さん、最近良く見るね」

「そうなん? 面白いの?」

「え、普通? コントとか漫才してるのは見たことないし。バラエティのリポーターとかで、よく見かけるなって」

「そう……」

 

 みたいな、毒にも薬にもならない他愛のない話が続く。

 まあ、会話のすべてがためになったりダメになったりするようなものである必要、どこにもないから。

 適当な会話も良いもんだねと思いがてら、俺は優子ちゃんに気になってたことを質問する。

 

「優子、何か悩みとかあんの?」

「え、どうして?」

「いやあ、こないだほら。かな、いや御堂さんを紹介するって言ってた時、ちょっと様子がおかしかったから」

 

 家族には香苗さんのこと、香苗さんって呼んでることはまだ知られてないんだった。あぶないあぶない。

 俺の言葉に優子ちゃんは目を見開いて、少し俯いた。何かを悩んでいるみたいに目を閉じて、意を決したように目を開いて俺を見る。

 

「兄ちゃん、あのね。私の友達に、探査者の子がいて」

 

 妹の口から出た言葉は、意外なものだった。



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割れ鍋に綴じ蓋?

「逢坂美晴っていう、私のクラスメイトなんだけどさ……一年くらい前からスキルに目覚めたらしくて。今度、E級探査者の昇級試験を受けるって言ってた」

「つまりF級か。それで?」

 

 我が妹、優子ちゃんからの相談は意外なものだった。何しろ彼女のクラスメイトがまさかの探査者だというのだから。

 これで俺、関口くん、逢坂さんと3人、学生探査者がこの近辺にいることになる。国内10万人の、さらに学生なんて少数派なのに。世間は狭いね。

 

 それで、その逢坂さんの何が問題なのだろうか?

 聞くと、優子ちゃんも半ば困惑してぽつぽつ話し出していた。

 

「その……相談を受けてさ。兄ちゃんを通じてA級トップランカー、御堂香苗さんにお会いできないかって」

「……御堂さん? なんで俺経由」

「最近、御堂さんが高校生の男の子に夢中で、ものすごく入れ込んでて有名なんだって聞いたけど。それでその男の子ってのが、兄ちゃんのことなんだって。本当なの?」

「お、おーう……と、遠からずも近からずかなあ……」

 

 噂になってる。怖ぁ……でもなるよね、そりゃ。ならないわけがない。

 御堂香苗ったら非探査者にまで広く名の売れている、日本の探査者といえば? と聞かれた時、結構な割合でこの人が挙げられるくらいだ。

 S級の人たちがいまいちメディアへの露出が低いため、SNSを積極的に利用している香苗さんが比較的に目立つんだよなあ……もちろん他の探査者も大勢、配信業に手を付けている人もいるけど、それでもやっぱり一番人気は香苗さんだ。

 

 そんな有名人が、未成年の少年にドハマリしあれやこれや教えているのだ。ネットの反響なんて怖くてとても見れないけど、相当アレコレ言われてるんじゃないかな。

 いよいよファンに刺されそうな気配がしてきた。ゾッとする思いでいる俺に、どうやら噂が本当であるらしいことを察した優子ちゃんが頬を引くつかせてドン引きしていた。

 

「兄ちゃん……その、大丈夫? 変なイタズラ、されてない?」

「なんで俺がされる方なの前提なんでしょうかねえ……」

「だって兄ちゃん隙だらけで死ぬほどチョロいじゃん。御堂さんくらいの美女さん、ちょっと胸元開けられただけでもコロッと行きそうだし」

「ひどい」

 

 妹よ、君の中の兄はなんだ、飴玉一つで知らないおじさんについていく幼子かい? でもチョロい自覚はあるからうん、つらい。

 閑話休題。俺と香苗さんの関係性はともかくとして、今は逢坂さんの話だ。俺を通して香苗さんに会いたいのは分かったけど、それで一体何がしたいんだ?

 

 正直ね、今の時点でもう取り合う気はあんまりないんだけど。

 俺を、というか俺の妹を利用して俺から香苗さんに取り次がせようなんて、ちょっと都合が良すぎる。あの人に迷惑をかけるつもりはないんだよ、俺。

 

「その、逢坂さんの探査者としての能力が、一人での戦闘? に向いてないらしくて。サポーターってやつらしいんだけど」

「サポーター、は珍しくもないけど……一人での戦闘に向いてない?」

「うん。持ってるスキルが全部、他の探査者を助けたり補助したりするスキルなんだって。本人が運動音痴だから、そういう戦い用のが手に入れにくいんだって」

「なんとまあ」

「内勤……って言うの? それになる道があるそうなんだけど、本人はなんとかダンジョン探査を続けたいって」

 

 中々に珍しい話に、俺は思わずその、逢坂さんへの疑念を忘れて驚いていた。

 戦闘向けのスキルを一切持たない、運動音痴の探査者だって? それでいてしかも、当人にはダンジョン探査への熱意があると言う。

 

 普通なら新人研修が終わったら即、内勤組に行くような人材だろうに。スキルがサポーター的なものしかないのはさておき、戦闘用スキルを取得できないレベルの運動音痴は率直に致命的だ。

 そんな状態の探査者ならまず、喜んで内勤に行くようなイメージがあるんだけどな。ダンジョン探査への熱意がそこまでとは、何かのっぴきならない事情があるんだろうか。

 

 気になってきた。香苗さんへ取り次ぐのはさておき、一度会って、話を聞いてみたいな。

 と言うかあれだ、そんな探査者、場合によっては俺が求めていた人材──戦闘面ではからきしだけどサポーターとしては有能──に、ドンピシャの可能性があるじゃないか。

 

『言ってもF級さんでしょう? あんまり期待しすぎると良くないですよー? 取らぬ狸のなんとやら、なんとやら』

 

 リーベがそんな、釘を差してくるのだが俺としては期待せざるを得ない。まず可能性すらないと思っていた話なんだ、ちょっとくらいはワクワクしたって良いんじゃないかなーって。

 

「よし、優子ちゃん。まずは俺が、その逢坂さんに話を聞いてみようか。香苗さんに話を通すのはそれから判断しても遅くはない」

「あ、うん。ありがと、兄ちゃん……香苗さん? え、香苗さん? 御堂さんを、え?」

 

 何やら動揺しだした妹を尻目に、俺はまだ見ぬ才能との出会いにウキウキし始めていた。



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すごいよこの湯沸かし器、一言煽るとすぐ沸いた!

 次の日の放課後、早速俺は妹の通う中学校へとやって来ていた。ぶっちゃけ俺の出身中学、栗律中学校だ。

 卒業してまだ一月くらいでまさか、戻ってくることになるとは露にも思わなかった。

 何なら当時世話になってた先生や知り合いの後輩たちに囲まれて、例のインタビューとかシャイニング山形について驚かれるやらからかわれるやらするし。みんなして見てんじゃないよあんなもの!

 

 もうこの時点で帰りたくなっちゃったのは内緒だ。

 とはいえ今日ここに来たのは他でもない、優子ちゃんのクラスメイトの逢坂さんに話を聞くためだ。多少の恥なら我慢しましょう。

 と、噂をすれば妹ちゃん。隣には同じ学生服の女子を一人連れてきている。おそらく彼女が逢坂さんだろう。

 

 黒髪を長いストレートに伸ばした、楚々としつつもどこか気のきつそうな、若干吊り目気味の美少女さんだ。どこか険のある表情で、俺の方を訝しげに見てくる。

 あれ? 俺、何かお呼びでない?

 思いもよらない隔意にびっくり。目を丸くしている俺に、誤魔化すような笑みを浮かべて優子ちゃんが話しかけてきた。

 

「お、お待たせ〜。こっちが昨日、話してた逢坂さん」

「……どうも」

「ど、どうも〜。山形優子の兄、山形公平で〜っす」

 

 努めてにこやかに、何ならヘラヘラしてる感じですら挨拶する。笑顔の力で空気を和ませられるかと一瞬期待したが、逢坂さんは冷たい目で俺を一瞥すると、周囲を見回し、

 

「御堂香苗さんはいないんですか? あなただけが、お一人で来たんですか?」

 

 なんてことを言ってくる。怖ぁ……何この子、いきなり喧嘩売ってきてるぅ……

 さすがに優子ちゃんの目が釣り上がる。そうなんだようちの妹、実のところ身内や友達が失礼な真似するのを嫌うんだよね。それこそ誰彼構わず噛み付くくらいには。

 

「逢坂さん、何その態度。あなたが兄に会いたいって言ったんでしょう。え、まさか御堂さんを連れてくるって勝手に思い込んでたの? 何様?」

「……失礼しました。ですがあなたのお兄さんは御堂さんと仲が良いはず。でしたら、連れてきてくれても良いものかと思いまして」

「それを判断するのは逢坂さん、あんたじゃなくてうちの兄と、何より御堂さん本人じゃない。勝手に頼って来といて、厚かましいこと言ってんじゃないわよ」

「……帰りますっ」

 

 自業自得だがボロクソに言い負かされて、逢坂さんが踵を返そうとする。頭に来つつも向こうが正論、何も言い返せないから、悔しさに歯噛みしながら帰ろうって感じの様子だ。

 うーん。まあ、一応は言うだけ言おうかな。

 俺は瞬間的に身体能力を駆使し、明後日を向いた逢坂さんの前面に立ち塞がった。優子ちゃんと逢坂さんからすれば俺、瞬間移動したみたいに見えるだろうな。

 

「なっ!?」

「え、え、兄ちゃん!?」

「イヤッホウ」

 

 凍った空気を茶目っ気でどうにか、ならねえなあこれ……

 とにかくおちゃらけつつ俺は、眼前の逢坂さんに笑いかけた。

 

「な、何ですか。失礼な態度を取ったことは謝りますけど、でも御堂さんがいないのでしたら」

「たしかに今日は俺一人だけどね、話くらいは聞けると思うよ? 一応、年上だし。探査者としてのレベルだって、まあ君よりかは上だろうからね」

「……挑発ですか?」

 

 ちょっと意趣返し、ってほどじゃないけど言ってやったら、まあこの子、面白いくらいにフィーッシュ! しちゃった。

 年頃のカッカしやすさはあるにせよ、にしたって沸点低すぎない? 瞬間湯沸かし器かな?

 険しい顔で怒りに顔を赤くし、彼女は俺をせせら笑う。

 

「聞いてますよ、あなたは探査者になって精々一月くらいの新人だと。たとえA級トップランカーの指導があったとしても、一年探査業をしてきた私に勝てるわけが」

「ホイ探査者証明書」

「な、い…………レベル、72ぃっ!?」

 

 差し出した俺の探査者証明書、そこに記されたレベルの高さに、逢坂さんはこっちがびっくりするくらい目をひん剥いていた。

 まあ、そりゃね。新米がたった一月でレベル72──御堂さん曰くだが、E級どころかD級さえ飛び越えて、もはやC級探査者の中でも下層くらいのラインらしい──に到達してるなんて、たぶん誰にも予想できないことだ。

 

 我ながら大人気ないことをしたとも思うけど、どうも彼女はガチガチに数値とか評価で人を見てそうだ。実際の証拠で示さないと話が進まないと踏んでのことなので、きっと俺は悪くない。たぶん。

 優子ちゃんも何が何やら分からないまでも、俺が非常識な強さなことを逢坂さんの反応から読み取ったみたいで、何やらドン引きしだしている。妹ちゃん?

 気を取り直し、続ける。

 

「ま、というわけだからさ。もう一度言うけど話くらいなら聞けるし、場合によっては……本当に逼迫していると思えたなら、俺から御堂さんに相談してみても良い」

「あ、あなたは……何者なんですか」

「山形公平。そこにいる山形優子の兄で、東クォーツ高校一年生で、E級探査者。そして何より、何より」

「…………何より?」

 

 何より。何より。何かあるかな、ええと。

 

「何より、ええと、えーと。えー……何でもないです。以上で〜す」

「なんですか、それ……」

 

 何かカッコいい言い回ししようとして失敗しちゃった。恥ずぅ。

 そんな俺に、呆然としつつも逢坂さんは、少しばかり呆れたように笑ったみたいだった。



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言われて初めて気付くこと

2021/11/27 指摘を受け一部改変
逢坂がどういう意図で御堂を頼るのか、どうやって合法的に上級モンスターのいるダンジョンに潜るつもりなのかを会話中にて記載


「先程は失礼な態度、本当にすみませんでした」

 

 栗律中学校から少し離れて繁華街、ファーストフード店にて落ち着いた俺に向け、逢坂さんは深々と頭を下げて詫びてきた。

 痛恨の表情とはこういうものかと言いたくなるくらい、沈痛な面持ちで己を恥じたように自責を吐き出している。

 

「山形さん……いえ、公平さんに優子さんも。焦りのあまり、私は人として恥ずべき輩になっていました。今、自分で自分を心底、軽蔑しています」

「あっ、いや、まあ過ぎたことだし。ちゃんとこうして謝ってくれるなら、ねえ兄ちゃん?」

「そうそう、気にし過ぎは良くないよ〜」

 

 失礼には憤るがしっかり謝られると許す優子ちゃん。というか、かなりガチ目の謝罪に逆に動転している。落ち着け、君は今回、正しいことを言ったんだから。

 俺は俺で、そもそも大して気にしてなかったのもあるし軽いもんだよ。それに、こうしてきちんと謝罪してきた子に、何もとやかく言うつもりなんてないからね。

 

 兄妹で謝罪を受け取り、許して、そして話が始まった。

 今回のことの発端、逢坂さんが香苗さんを頼ろうと優子ちゃん経由で俺にまで縋ろうとした、その理由についてだ。

 それがまた、何とも重いお話だった。

 

「師匠の、仇を取りたいんです」

「師匠……? 探査者の?」

「はい。望月宥さんという、D級でしたが立派な探査者でした。研修の時からずっと、私はその人のお世話になっていたんです」

 

 探査者としてだけでなく、人間としてさえ、ちょっとした憧れさえ抱いているのかもしれません。なんて、遠い目をして逢坂さんが語る。

 

 3日前。彼女の師匠である望月さんが、探査に乗り出していたダンジョンにて消息を絶った。複数人のE級探査者と組んで、隣町の森の中にできたダンジョンへと潜ったらしいのだ。

 恐らくは引率役を引き受けていたのだろう。逢坂さんの話だと、彼女は相当に面倒見の良いお人好しだったみたいだ。だが、今回はそのお人好しさが仇となった。

 

「そのE級ダンジョンの最深部一つ手前の部屋に、本来いるはずのないB級相当のモンスターがいたんです」

「E級ダンジョンに……B級のモンスターが!?」

「はい。《リッチ》という、アンデッド型のモンスターです」

 

 E級ダンジョンにB級相当のモンスターとはまた、とんでもない話だ。即死級の罠も同然じゃないか、そんなもの。

 しかもリッチだって? 前に香苗さんから聞いたこともある、結構ヤバいらしいやつじゃないか。なんだってそんなのが……

 

「組合の、後からの調査で判明したことなんですが。どうもそのダンジョンの近くにかつて、B級ダンジョンがあったらしいんです。とっくに踏破され、今は欠片も残っていませんけど」

「……まさか、生き残りが別のダンジョンに河岸を変えた?」

「《亡命》と、この界隈では呼ぶそうです。中々見られない、レアな現象とも」

 

 何がレアなものか。引き当てて嬉しくないレアなど、ハズレみたいなものじゃないか。

 隣の優子ちゃんも青ざめている。探査者じゃなくとも、本来そこにいるはずのモンスターより遥かに格上のやつが待ち構えていた、なんてゾッとする話に決まっている。

 

 しかし、そこまで裏が取れているとなると、望月さんの率いていた探査者の誰かは生還できたことになるな。

 そこを聞くと、逢坂さんは更に、辛そうに顔を歪めた。

 

「……先程も言いましたが、望月さんはお人好しで、面倒見の良い人だったんです。E級の探査者たちを逃がすために、一人で格上に時間稼ぎを仕掛ける、くらいには」

「……そしてその時間稼ぎは功を奏し、逃げ延びた探査者によってそのE級ダンジョンの正体が明るみになった、と」

「敵を討ちたいんです」

 

 あらかたの事情を話し終えて、またしても逢坂さんは頭を下げた。謝罪のためでない、お願いのためだ。

 望月さんをおそらく殺した、そのリッチを、自らの手で討ちたいんだろう。復讐と……ケジメと、使命感と。師匠の弔い合戦を望む弟子らしい、正しく恩讐がその姿には宿っている。

 

「調査が終わったのはつい先日です。今はまだ、誰も探査には踏み切っていないようですがそれも、時間の問題でしょう。早く御堂さんの協力を得て、探査に乗り出さなくては」

「上級探査者のパーティに参加する形で、リッチ討伐に参加する気か……君に、戦う力はないと聞いた。運動が苦手で、まともに戦闘用のスキルを得られないほどだとも」

「……恥ずかしながら、そろそろ内勤に異動しようと思っていました。ですがサポーターとしてならば動ける自負はあります。直接トドメを刺せなくたって良いんです、奴の消滅する瞬間を、直に見届けたいんです」

「だから、香苗さんの力が借りたかった、か」

 

 事情を聞き終えて、俺はふうむと唸り考える。

 相当厄介な話だ、これは。心情的には逢坂さんに寄り添う気持ちではあるのだが、冷静に考えた時、探査者としてはリスクの大きな案件であると判断できてしまう。

 彼女の言っていることはつまり、香苗さんに、E級探査者を引き連れてB級モンスターを倒してくれという依頼に他ならない。既に他の探査者を殺しているであろう化物を、言ってはなんだが足手まといを抱えさせたまま倒せと、そう言うのだ。

 

 冗談ではない。ミイラ取りがミイラになったらどうするつもりだ。

 師の仇討とは立派な心がけかも知れないけど……非情な言い分になるが、それは生きている誰かを危険に巻き込んでいい理由には、絶対にならないはずだ。

 

「……逢坂さん。君の志は立派だけれど、あまりに危険すぎる。望月さんの弟子でなく、一人の探査者としてよく考えるんだ」

「っ、それ、は」

「君の復讐に、よしんば香苗さんなり他のA級なりB級なりの助力を得られたとして。《君を逃がすためにその人たちが足止め役にならない》、保証はないんだよ」

「…………っ!!」

 

 彼女の師匠を半ば引き合いに出す、卑怯な物言いだったかもしれない。だけど、そういうことなのだ。

 構図は一緒なら、起きることも一緒になる可能性がある。そのことを彼女は、心底から理解していて今の提案をしていたのか?

 

 ……していなかったんだろう。可哀想に、顔が真っ青になっている。

 自分が何を言っていたのか、聡明に理解してしまった逢坂さんは、茫然自失としてその場に項垂れていた。



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届かなくても伸ばし続ける。そのためにこの手はある

 もう一度、頭を冷やして考え直してみます。そう言って、肩を落として逢坂さんは帰路についた。

 俺の指摘が完全に想定外だった──というよりは、復讐に囚われるあまり視野が狭くなっていたため、思いも付いていなかった──ようで、最初の勢いも完全に消沈した小さな背中を見送りながら、俺は息を吐いた。

 

「……酷いことを、言っちゃったかな」

「兄ちゃんは正しいことをしたよ」

 

 間違ったことは言わなかったつもりだけど、それでも彼女に、ショックを与えるような物言いをしてしまったのは事実だろう。

 そのことに思い悩む俺を、隣に立つ優子ちゃんが間髪入れず、否定してくれた。

 

「私は探査者じゃないから、話の半分も分かんなかったけど。あの子が大切な人を想うあまりに、気付かないまま、他の人を大変な目に遭わせようとしてたってのは分かるよ」

「……そうだね」

「だから、それを止めて彼女の目を覚まさせた兄ちゃんは間違ってない。私が保証する。兄ちゃんは、逢坂さんが誰かの仇になるのを止めたんだよ」

 

 迷いなくそう言い切る妹の、心はなんて強くて優しいんだろうね。

 本当、俺にはもったいない妹だ。優子ちゃんの頭を撫でる。

 くすぐったそうにしつつも受け入れてはにかむ彼女の、笑顔が俺には誇らしかった。

 

『あー、兄妹水入らずのところすみませーん。公平さーん』

 

 ──と、いつもながら急に響く脳内の声。

 リーベの、どこか飄々とした調子の声が俺だけに届いてきた。

 

『称号、新しいのきましたよ〜。ちわ〜、リーベ屋でーす』

 

 毎度裏口から入ってくる酒屋のあんちゃんみたいに言うんじゃないよ。いつも済まないねえ。

 

『それは言わねえお約束だよとっつぁ〜ん。それじゃ、空気の読めるリーベちゃんは華麗に去るぜー!』

 

 さらばだー! と、リーベは珍しく要件だけ告げて去っていった。

 ……重い話の直後だから気が引けたな、あいつ。普段から茶化してばっかりいるのに、こういう空気だと途端に借りてきた猫みたいな雰囲気の声音になるあたり、リーベは何だかんだ自分で言うように、空気が読めたりするんだろう。

 

 まあ、お陰で良い気分転換になった!

 そんじゃあまあ、早速ステータス確認といきますかね。

 優子ちゃんと自宅へ戻る道すがら、俺は小声でステータスを出した。

 

 

 名前 山形公平 レベル72

 称号 心いたわり寄り添う光風

 スキル

 名称 風さえ吹かない荒野を行くよ

 名称 救いを求める魂よ、光と共に風は来た

 名称 誰もが安らげる世界のために

 

 

 称号 心いたわり寄り添う光風

 解説 優しきは甘きでなく、厳しきでない。凍え震える身体をそっと、暖め癒やす陽気なり

 効果 場所、環境問わず半径1km以内のスキルを持つ者の位置を把握する

 

 

 《称号『心いたわり寄り添う光風』の世界初獲得を確認しました》

 《初獲得ボーナス付与承認。すべての基礎能力に一段階の引き上げが行われます》

 《……手を差し伸べることは時に、己をも相手をも傷付けることもありましょう。けれど、それでも伸ばした手には意味があるのです》

 

 

「…………ありがとう、システムさん」

 

 まさか音声アナウンスで慰められるなんてね。これも世界初なんじゃない? システムさん。

 効果──こないだ手に入れたモンスター探知能力の、探査者バージョンってとこか。ダンジョン内の人探しにはもってこいだな──も、さることながら。

 システムさん直々の温かい言葉に、なんだか照れくさくなっちゃう俺だ。そんなに落ち込んで見えたんかね。思えばリーベも、俺がガチ凹みしてたからそそくさーと逃げたのかもしれない。

 

 でも、もう大丈夫だ。

 優子ちゃん、リーベ、システムさん。

 それに父ちゃん母ちゃん、佐山さん、松田くん、木下さん、片岡くん、遠野さん。

 そして、香苗さん。

 

 俺にはこんなに大切な人たちがいる。これからもっと、増えていくだろう。

 みんなと楽しく過ごすためにも、こんなところでへこたれていられない。

 

「よーし! 優子ちゃん、せっかくだしお兄ちゃんが何か食べ物買ったげよう!」

「え、マジ? やったー! あのね、えっとー、駅前のブティックに良い感じの春物があってー。あ、あと商店街でこないだ、かわい~いバッグがあったの! ゴチになりやす!」

「食い物つってんじゃ〜ん」

 

 冗談めかして笑い合う俺たち。

 逢坂さんのことは一応、香苗さんにも相談しておこう。例のリッチのいるダンジョンにも、一応気をかけとくかな。

 優子ちゃんにも、彼女のことは見といてもらおうか。落ち込んでいたらそれとなくで良い、寄り添ってあげてほしい。

 

 あとはもう、いつもどおりだ。

 俺は改めて、色んな人に支えられていることを胸に、優子ちゃんと一緒に自宅へと帰っていった。



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M(虫が嫌いに)N(なる)B(ビーム)

 さてさて学校生活も送っていくのがこの俺、山形公平くんの探査者ライフだ。ワークライフバランサーなんて称号を得たこともあるのは伊達じゃあない。

 今は平日、学校のお昼。午前の授業をすべて終え、皆、思い思いにグループで寄り合って弁当箱を広げている。俺もそうだ、いつもの6人組で集まっている。

 

「こないだ野良猫が家の前にいてさあ。子猫だったんだけど、めっちゃ人懐っこくて!」

「え〜かわいい! 何、抱っこしたりしたの?」

「いや、俺の方が動物怖いから近寄れなかった。向こうがグイグイ来てたんだけどなあ」

「うわ、もったいな」

 

 松田くんと木下さんがそんな話をしてるのを、俺と片岡くん、遠野さん、そして佐山さんが弁当を突きながら聞いている。

 昨日見たテレビについてとか、ネットで話題のあの動画だとか。あるいは今日やった授業についてのアレコレだとか。話題は多岐にわたる。

 特にお喋りさんな松田くんを起点に、このグループはまとまっていた。ムードメーカーってやつなのかもね、彼は。

 

「いや実際、苦手なのは苦手だもんよ。なあ山形」

「そうだねー。俺も、急に虫とか来ると怖いかも」

「山形くん、虫だめなの?」

「得意じゃないよねえ」

 

 やんわり表現したけど実際は超苦手だ。虫怖い、虫嫌い。

 あいつら絶対宇宙から来たよ、虫虫星からの侵略者だよ。そのくらい俺は、昆虫が苦手だ。

 具体的に言うと蝿でも無理。近くを飛んでたらスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》が発動するくらい、臨戦態勢になる。《誰もが安らげる世界のために》だって発動してもいいくらいだ。

 

『さすがに、外界のハエ一匹に絶対に負けてはならない戦い判定はくだせませんよー』

 

 とは、さしものリーベにさえ呆れられながら言われたもんだ。お前に俺の気持ちが分かるかっ! うりゃっ、虫嫌いになっちゃえっ!

 割と本気で虫が嫌いになるビームを放ちたい。まあそれはさておいて。

 佐山さんがどこか、神妙に聞いてきた。

 

「ダンジョンとかで虫っぽいのが出てきたらどうすんのー……? いるんでしょ、そういうのも」

「そりゃいるよー。でもそいつらはモンスターだし、俺は探査者だから。苦手とか言ってられないし、何があってもその場で倒すね、うん」

「…………そっかあ」

 

 なんでだろう。佐山さんがどこか、儚げに微笑んでいる。痛ましいものを見る目というか、なんというか。木下さんや遠野さんがどこか気遣わしげに、彼女を見ているし。

 え? 俺なに、選択肢ミスった? どう答えればよかったの、もしかして虫好きだった? だったらゴメン、流石にその部分では相容れられないわ。

 

 若干気になる佐山さんはさておき、弁当を食べる。今日も今日とてご飯が美味しい。幸せ。

 あ、ちなみに今日はダンジョン探査を行うつもりはない。だけど香苗さんには会う。昨日の逢坂さんの件、それにリッチが居座っているとかいう亡命ダンジョンについて、相談するつもりだからだ。

 

 さすがにああいう事情があるなら、直接の取次はしなくとも意見を聞くくらいはするよ、うん。

 ただ、ないとは思うけど香苗さんが、同情から逢坂さんの願いを聞き入れようとしたなら、それは止めるかな。危険すぎるし。

 

 戦闘能力のない、サポーターとしても実力不足が明白なF級探査者を御守りしながら戦えるほど、リッチは雑魚ではないはずだ。

 下手したら本当に香苗さんが望月さんの二の舞になるかもしれないんだ。普通に止めるよ、そんなもん。

 

「山形くん、今日は暇? 探査者の仕事、あるの?」

「いや、ないけど別に用事があるね。探査絡みで、ちょっと、厄介な話なんだ。相談したくて」

「そっか……ねえ。土日のどちらか、暇?」

「え……あーまあ、そうだね。日曜の昼からは暇、かな」

 

 唐突な佐山さんからの質問に答えていく。

 土日も振るってダンジョン探査な俺ちゃんだけど、さすがに日曜午後以降はプライベートタイムにしている。翌日からはまた学校だからね。心身ともにリフレッシュしなきゃ。

 

「ちょっとさ、遊ばない? たまには休日にのんびりしようよ」

「良いね、それ。分かった、予定入れとく」

 

 だから、それを聞いた佐山さんからの日曜午後の打診も快く受ける。ダンジョン探査も大事だけど、俺にとって友人付き合いは勝るとも劣らないほどに大事なんだから。

 これは嬉しいお誘いだ。

 

 と、昼休みの終わりも近付いてきた。みんなそそくさと、自分の席に戻って次の準備──今日は古文だ──を進めていく。

 とにかく今日は放課後は、香苗さんに話を持っていくだけの簡単な話だ。いわゆるオフってやつだな、仕事人っぽいぞ、俺。

 

 日曜午後、佐山さんたちと遊び、と。

 スケジュール帳にメモっていく。その時を思い浮かべて、俺は、テンションが高まるのを自覚していた。



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リッチはどこへ消えた?

 学校も終わって放課後、俺は予定の通り香苗さんと落ち合った。 商店街の喫茶店に入り、二人で適度な軽食がてら話す。

 香苗さんは例によって今まで、A級ダンジョンをいくつか踏破していたらしい。よくパーティを組む探査者仲間もいるそうで、そのうち俺に紹介したいとも言っている。

 

「気の良い人たちですよ。きっと公平くんにも良くしてくれます」

「みんなA級なんですか?」

「B級もいますね。私抜きで前衛3人、後衛2人。サポーター2人です。みんな成人してますよ」

 

 なんなら私が最年少です。なんて、そんな風にして仲間を語る香苗さんがどこか眩しい。

 きっと長らく共に過ごして来たんだろう。それだけの絆を感じさせる様子で、俺としてもどこか安堵する。

 

 何しろこの人、何かっちゃあると救世主だの伝道師だのだからな。たまに思い出したように大人びられても、普段の言動が狂っているから不安を抱かざるを得ないんだよ。

 こういうごく普通の人間らしい話を聞くと、無性にホッとする。俺も俺で何やら毒されている気がするけど、大体この人のせいだと思う。俺は悪くねえ!

 

「私のことはさておき公平くん。わざわざダンジョン探査を中止してまで、相談したいことがあるとは伺ってますが……一体、何があったんです?」

「あ、ええ。すみません、実は──」

 

 話もそこそこに本題へと入る。

 昨日、妹の同級生である、F級探査者の逢坂さんに会ったこと。戦闘能力皆無で、サポータースキルしか持っていない彼女が、E級昇格試験を受けようとしていること。

 やたら焦って冷静でなかったので話を聞いてみると、師匠の望月さんが半月前にE級ダンジョンにて消息を絶ったということ。そのダンジョンには最寄りのB級ダンジョンから亡命してきた、リッチが住み着いていたらしいこと。

 

 そして逢坂さんの目的が、香苗さんに一緒にそのダンジョンへ潜ってもらい、リッチが倒れるところを見届けてせめてもの仇討ちとすることだったことまで。

 とにかく俺の知っている成り行きについてすべて話した。

 

「無謀極まる話ですね。まともな探査者なら誰も、そんな無茶に付き合いはしないでしょう」

 

 呆れも露にバッサリ両断。それがA級トップランカーとしての香苗さんの判断だった。

 

「ですよねー」

「リッチが危険な、それこそB級探査者がパーティを組んでなお手を焼くクラスのモンスターであることなんて、探査者であれば普通は分かっていることです。師匠を失い冷静でないのは分かりますが、それでもありえない要求としか言えません」

 

 この人をしてここまで言わせる。たしかに資料で読んだ限りでも、それほどの恐ろしさを秘めているのがリッチというモンスターだ。

 アンデッドという種類に属するリッチは、自分より下位である同族モンスター、C級のグールやD級のゾンビ、E級のスケルトンなどを操り軍勢を成すらしい。

 

 一体一体は大したことのない連中も、それが無数の群れとなれば数人程度のパーティではどうしようもない。

 実際過去、記録を紐解けばアメリカのダンジョンでリッチが軍勢を拡大し、スタンピードさながらの様相を呈したことがあると残されている。

 鎮圧に数百人規模の探査者を投入したその戦いはもはや戦争に近いものであり、非探査者にまで被害が甚大だったという。

 

 それほどの危険性を秘めたモンスターを、子守をしながら相手など無理がある。

 香苗さんに限らず、普通の知識と感性、判断力を備えた者であれば相手にすらしないだろう。あれっ? そう考えると一応でも相手しちゃった俺は普通じゃないのか? 悪い意味で非常識なの?

 

『公平さんが普通だったら世の中の全部が異常じゃないですかー?』

 

 急に出てきて人をディスるな! 存在からして異常なお前にだけは言われたくない!

 リーベの失礼な物言いに抗議しながらも、俺は香苗さんに向き合う。逢坂さんの願いがいかに無茶振りで、非常識なものであるのかはわかった。

 問題はリッチの方だ。E級ダンジョンにB級モンスターが居座るトラップそのものな現状を、探査者組合はどうするつもりなのだろうか。

 

「どうなりますかね、そのダンジョンとそのリッチ」

「実のところ、私もそのダンジョンについては耳にしていました。望月という探査者が行方知れずとなったことも、一応は」

「あ、そうなんですね」

「上級になればなるほど、アンテナは自然と高くなるものですよ」

 

 そう言って笑う。たしかに上級探査者ほど、界隈の動きに敏感でなくてはならないのだろう。ましてこの人、国内トップクラスだからね。

 踏まえた上で、続きを促す。彼女は頷き、さらに答えた。

 

「現在、そのダンジョンは探査禁止令が敷かれ、封鎖状態にあります。順当に考えれば間もなく、組合からの依頼という形で上級探査者によるパーティを結成され、リッチ討伐も含めた踏破が行われるでしょう」

「危険すぎて、一般の探査者に潜らせられないですもんね」

「既に犠牲の出ている事案ですから。組合としても本気で乗り出していくでしょう」

 

 御堂さんがそう、言ったとおりに──

 二日後、当該ダンジョンへ組合派遣の上級探査者パーティが結成され、そして踏破へと至ったとのことだった。

 

 …………肝心のリッチが行方不明なまま。



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癖になってんだ、古巣を出て亡命するの

 佐山さんたちとの遊びを控えた週末。俺は香苗さんと揃って、組合本部の広瀬さんに呼び出しを受けて執務室にいた。

 すわ何かやらかしたか!? と戦々恐々──香苗さんも心当たりはなかったものの落ち着き払った様子でさすがだった──な俺だったものの、いつになく深刻な様子の広瀬さんに、ああマジで何か起きてるなと、逆に冷静になりつつあるのが今だった。

 

「急な呼び出しにも関わらずお越しいただき、ありがとうございますお二人共」

「いえ……」

「今のタイミングでの呼び出しというのは、例のリッチのことですね」

 

 単刀直入に香苗さんが問う。その表情は広瀬さん同様、かなりの事態を匂わせる深刻さだ。

 例のリッチ──逢坂さんの師匠、望月さんを殺したとされるやつか。亡命先のE級ダンジョンは無事踏破されたけど、やつの姿は確認されなかったと耳にしている。さて。

 広瀬さんは頷き、香苗さんに答えた。

 

「いかにもそうなります。あのダンジョンにて、いるはずのリッチがいなかった。そのことにつき調査をしていたのですが……恐るべきことが判明しました」

 

 恐るべきこと……?

 海千山千だろう広瀬さんをして戦慄せしめることが、リッチを中心に起きているというのか。一体、なんだ?

 訝しむ俺に、まさしく驚愕の、そして恐ろしい事実が明るみにされた。

 

「2時間前。アンデッド系モンスターが群れを成し、例のダンジョンから少し離れたところにある、湖沿いにて発生しているダンジョンに入っていったと市民から通報があったのです。状況から推測するに、恐らく件のリッチかと」

「……亡命を、繰り返した!? そんなことあるんですか!?」

「味をしめましたね、そのリッチ」

 

 聞いたこともない話だ。モンスターがダンジョンを離れ、別のダンジョンに移動する亡命こそないこともない話だけど、それを二度三度と繰り返すなんて。

 俺の隣で、香苗さんが苦々しく呻いた。

 

「最初の亡命で、自分が河岸を変えられることを学んだ。そして、逃げ延びた先で自分が頂点となり、アンデッド勢力も築き上げた。狡い個体ならば、再度の亡命くらいはするのでしょう」

「何を目的に、そんな頻繁にダンジョンを移すんでしょうか……」

「そこは分かりませんね。徐々に勢力を強めていって、いずれは大軍勢を伴って人間社会に攻め入る可能性すら考えられます」

「モンスターによる、能動的なスタンピード……!」

 

 戦慄が走る。俺も香苗さんも広瀬さんも、尋常でない事態に危機感を一気に掻き立てられたのだ。

 しかも、問題はそれだけではなかった。

 

「加えてまずいことに、ですが。やつが再亡命したダンジョンは、またしてもE級でした……それもちょうど、探査者が5名潜っている最中だったことが確認されています」

「……! それは、まずいですね」

「ダンジョンに潜る最中、突然入り口からB級モンスターがアンデッドを従えて襲ってきますか……」

 

 普通に攻略していたその探査者たちにとっては、まさしく悪夢のような話だろう。自分たちが入ってきた、そして戻っていく出入り口から、遥か格上の化物が軍勢を率いてやって来るなど。

 極めて緊急度の高い現実を前に、俺と香苗さんに向けて広瀬さんは告げた。

 

「現在組合は総出で当該ダンジョンを封鎖。上級探査者に再度の依頼を行っていますが、さすがに先日の今です。寝首を掻かれた形になっていて、集まりも準備も悪い」

「……読めてきました。私と公平くんを呼んだのはそこですね。先遣として潜り、孤立している探査者パーティに合流しろと」

「お二人は御堂さんはもちろん、山形さんも既にA級上位相当の実力があると判断しています。そして山形さんはパーティを組まずに事実上、ソロでのダンジョン探査を得意とする極めて特殊なタイプの探査者。機動力で言えば他の追随を許しません」

 

 つまるところ、先んじてダンジョンに潜り、取り残された探査者を探し出し。生きているなら保護して護衛、死んでいるなら帰還してその旨を伝えると。そういう組合からの依頼だな、これは。

 

 ──お誂え向きだ。広瀬さんの言うように俺は基本的にソロゆえ、どこに行くにも何をするにも基本、自分の自由意志だ。機動力や対応力の面ではなるほど、パーティを組む探査者とは比較にならない。

 それにこの間得た、称号の効果によりモンスター、探査者の位置を把握できるようになっているのも重要だ。迷いなく、孤立している探査者たちのところへと向かえるし、リッチの現状の居場所も掴める。

 

 打って付けだ。確信して俺は即答した。

 

「分かりました。急ぎダンジョンへと向かいます」

「やってくださいますか!」

「……公平くん、大丈夫ですか? 無理強いではないのです、拒否権はあります」

 

 喜色満面の広瀬さんと裏腹に、香苗さんはどこか心配そうだ。そりゃあ、こんなところに呼び出されて本部長から直々の依頼だ。嫌でも断れないから嫌々、受けている可能性を疑われるよなあ。

 けれど。俺は香苗さんに笑いかけた。

 

「今、俺にできることがあって、そのことで救えるかもしれない人がいる。だったらやりますよ。俺は」

「公平くん……」

「探査者の仕事はダンジョンから、モンスターから人を護ること。だったら、追い詰められている探査者だって護ります」

 

 そう答えて、俺は立ち上がった。



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6人いる!

 香苗さんと組合本部を出て、急ぎ湖へと向かう。彼女の車で飛ばして30分、到着。

 国内有数の広さを誇る、うちの県の目玉みたいな湖が広がる。ほとんど海だ。湖だけど。

 のんびりしている余裕も今回はなく、急ぎ資料にて記載されているダンジョンへ向かう。既に組合の職員が何十人もいて、周囲を警戒しつつ封鎖状態を作っていた。

 

 完全に緊迫した状況だ。職員の皆さんへの挨拶もそこそこに、さっそくダンジョン探査を開始する。

 湖岸沿いにぽっかり空いた穴は不思議と波寄せる水を飲み込むことなく、ただ穴として存在している。資料では2階層、10部屋構成とのことだ。おそらく探査者たちは最奥にまで逃げ込んでいるだろう。急いで進まなければ。

 

「サポート……必要ないかもしれませんが。と、生きていた場合の探査者たちの保護と誘導は私が行います。公平くんは思う存分、その力を発揮してください」

「ありがとうございます、香苗さん」

 

 俺の、ソロ戦闘専用スキルを考慮して完全なるサポート体制に移ってくれる香苗さんへ、俺は感謝の念を伝える。

 本当にありがたい話だ。こちらの事情を把握して、なおかつ協力を惜しみなくしてくれる。この上なく最高のサポーターだ、この人は。

 

「ですが約束してください、無理だけはしないと。目的は探査者たちの保護なのです。彼らがもし、残念ながら既に手遅れだった場合、即座に離脱します。保護どころかこちらが危ないと判断しても同様です。冷酷ですが、見捨てます」

「当然の判断です。情報を持ち帰ること、それも俺たちの役目ですから」

「……よろしい。それでは行きましょう」

 

 あえて冷たい物言いすらして、俺の無理を諌めてくれる。

 そんな彼女に誠心誠意、頷きながらも俺たちは地下へと潜っていった。

 さすがに今回ばかりはスマホ片手ではない。彼女にとっても、それだけ危険な探査だということだ。

 

 湖岸ダンジョン、とでも呼称しようか。湖近くにできていることからかそのダンジョンは、通常のそれとは少し異なり、床、壁の土が湿り気を帯びていた。

 半ば泥みたいなものだ。指先で壁に触れると、ぬちゃりとした感触と共にいくらか土が付着する。足元も同様だ。

 

 これで足場がどうこうなることはないみたいだが、いつもと勝手が違う部分はあるかもしれない。用心しながら進もう。

 一部屋目に入る。既にそこには、アンデッドモンスターが何体かいた。

 

「かたかたかたかたかたかたかたかた」

「邪魔ァ!!」

 

 骨組みだけの人型がこっちへ来るのを、矢継ぎ早に拳で殴る。あばら、肩、頭。打てばその度砕けていく骨。脆い。

 E級モンスター、スケルトンだ。

 難なく打破し、次の部屋へ。そこにもスケルトン。さらに次の部屋にもスケルトンがいて、そのすべてを俺は拳一つで粉砕していった。

 

「スケルトンばかり……」

「おそらくは亡命先がE級だったからでしょうね。手駒を揃えるにも、グールやゾンビは生み出せなかったと」

「手勢どもは弱いってことですね。不幸中の幸いです」

 

 運悪くも襲撃にあった探査者たちも、ここに潜ったからにはE級以上の探査者だろう。であれば、スケルトンなだけまだ生存の目はあるのかもしれない。

 兎にも角にも先へと進む。階層を下り地下二階、4部屋目だ。

 そこで俺の称号効果、気配感知──人間相手のそれが効果を発揮した。1km圏内に入ったのだろう、人の気配を察知したのだ。

 全部でひい、ふう、みい……6名。6つの人間の気配がある。

 

「……6つだって?」

「公平くん、どうしました?」

「探査者たちの気配を感知しました。6人います……広瀬さんの話だとたしか、5人でしたよね。パーティ」

 

 俺の言葉に、香苗さんは奇妙さを察して考え込んだ。

 広瀬さん、というか組合の情報が間違っているとは思わない。ダンジョン探査の際には必ず何人で、どこのダンジョンに潜るかを事前、事後両方で報告するのだ。齟齬が生じるとも思えない。

 

 だけど、じゃあ、この一人余ってるのは誰だ?

 気配は一つに固まっている。モンスターの気配も近くにあることから、既に戦闘に入っているのだろう。

 ……今は悩む暇はない、進まなくては!

 

「詳しくは合流してからにします! 彼らは既に戦っています、行きましょう!」

「了解です!」

 

 まずは辿り着くこと、そこから考える!

 怒涛の勢いで最深部を目指す。5部屋目、6部屋目、7部屋目、8部屋目……進めば進むほどにスケルトンの数が多くなっていくが、俺は衝撃波で軒並み吹き飛ばしていく。

 

 9部屋目──見えてきた、探査者たち!

 俺は渾身の力を込めて、正拳を連打した。放たれる衝撃波が波うねるようなスケルトンの群れを打ち砕き、道を拓く。

 繋がった! 香苗さんと共に全力疾走し、ついに探査者たちの元へとたどり着いた。

 

「助けに来ました! 無事ですか!」

「来てくれたぁ!! 助かりまぁす!!」

 

 リーダーらしい、若い男の人が涙ながらに叫んだ。他のメンバーと共にスケルトンたちをどうにか押し留めていたのを、俺の衝撃波で軍勢が減り、何とか態勢を整えている。

 これは……だいぶギリギリだったな。他の探査者たちも疲労困憊しており、顔色が悪い。

 にしても女の人ばかりだ、リーダーの趣味か? 俺より年下っぽいのまでいるじゃないか。

 

「…………って、逢坂さん!?」

「ぁ……え、え。こ、公平さん?!」

 

 まさか、まさかのところで。

 こないだしょんぼりして帰っていったF級探査者、逢坂美晴さんがそこにいたのだ。



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踏みにじられたもの

 何でここにいんの〜!? と聞けば、どうやら逢坂さん、昇級試験の真っ最中だったらしい。

 このE級ダンジョンを突破して、F級を卒業するつもりだったみたいだ。

 

「まさか、こんなことになるなんて思いもしませんでしたが……っ」

「そりゃそうだ。その、お疲れ。ぬぅうううんっ!!」

 

 労りながら衝撃波を放つ。一撃一撃でスケルトンが数十体、砕けて粒子に散っていく。

 ぶっちゃけ合流したからにはもう一安心だった。スケルトンしかいなけりゃ俺一人でどうとでもなるし、探査者の皆さんは香苗さんが、持ってきていた救急キットで介抱している。

 ちなみにリーダーの男性だけE級であとは全員、F級探査者らしい。それでよく持ちこたえられたな……才能の集いかよ。

 

「はぁああああぁっ!!」

「す、すげえ……」

「強ぉい……」

 

 そんな彼と彼女たちは、スケルトンを次々倒していく俺の姿から目を離さない。今の今まで苦戦していて、まさしく絶体絶命だった相手をたった一人で、とんでもない方法で、滅茶苦茶な勢いで倒していく俺をどこか、熱っぽい目で見ている。

 恥ずかしいからやめてほしい。俺は注目されるのがすごく苦手なんですぅー!

 

「こ、公平さん……これで、探査者暦、一月……? 嘘……」

 

 逢坂さんにまでドン引きされつつある。つらい。

 まあそんな傷心はともかく、俺には気になることがあった。リッチの存在が見えないことと、もう一人、姿を見せない6人目の探査者のことだ。

 

 リッチはともかく6人目の気配はある。スケルトンの中に紛れている。だが戦っている気配もないし、さりとて、気配があることから死んでいるわけでもない。

 そもそも6人目なんていないと、さきほどパーティリーダーから聞いてもいる。じゃあ、この群れの先にいるのは誰だ? 何だ?

 

 嫌な予感がしてきている。振り払うように俺は、手刀を放った。

 

「……姿を見せろ、何者か! でやぁあああっ!!」

 

 横薙ぎに一閃。スケルトンたちが放射状に放たれる光の斬撃の露と消えていく。そろそろ群れも数少ない。

 ──見えてきた。人間の姿、気配。

 スケルトンに押されるでもなくむしろ従えて。その人は、俺たちの前に現れた。

 

「……………………」

「なんだ? 誰だ……?」

 

 亜麻色の髪をボサボサにした、幽鬼のような女。

 顔色は青白く、生気のない表情をしている。

 ボロボロの服に体のあちこちが傷だらけで、満身創痍ながら──

 普通でない、異様な迫力を漂わせていた。

 

「望月、さん?」

 

 呆然とした、逢坂さんの声が届く。望月とは、言っていた彼女の師匠さんか。

 生きていたのか? いや、にしては様子がおかしいにも程がある。そもそもなぜ、スケルトンと共にいる?

 

 次々浮かぶ疑問。それらに答えるように──突如、望月さんは俺に向けて襲いかかってきた!

 

「…………………ガアアアアアアア!!」

「何っ!? くっ、う!?」

「公平くん!? く、離れなさい!」

「これ、は──!? 駄目だ香苗さん! スキルが切れたら、本当に押し負ける!」

「! くっ!」

 

 殴りかかってくる彼女を腕ずくで止める。とんでもない力だ!

 香苗さんが動こうとする気配を見せるも、俺が慌てて呼び止めた。《風さえ吹かない荒野を行くよ》が発動していてこれなのだ。誰かが参戦してきたらそこで俺は力負けしてしまう。

 香苗さんの位置は、俺から若干遠い──この状況で力負けしたら、下手しなくても命取りだ!

 

「望月さん!? どうして、望月さん!!」

 

 後ろで、香苗さんと逢坂さんの叫び声が聞こえるのもどこか遠く。俺は取っ組み合いながらも望月さんを至近距離で確認した。

 

 ……何だ、この人?

 生気がない、どころじゃない。顔が青白い、どころじゃない。

 まるで、まるで。死んでいるみたいじゃないか。

 

「……………………シテ」

「く、ぬ……! な、に?」

「コロ……………………シ…………テ」

 

 地の底から這うような呻きの中に、そんな、懇願を聞く。

 目の前の女は、今、俺に、殺してくれと言ったのか?

 かと思えば今度は正気をなくしたように、狂った笑い声をあげてくる。

 

「げぎゃがゃぎゃげぐゃがゃごゃかぎゃああはあははははは」

「っ!? く、の……っ!!」

「や、やめて望月さん、止めてぇっ!!」

 

 逢坂さんの、パニック状態の悲鳴。無理もない、生きていたと思った望月さんが、何故かこうして、俺たちに襲いかかってきているんだ。

 だけど一方でこの人は俺に、殺してくれとも言っている。

 

「リッ……チ…………」

「! リッチ!? リッチがどうしたんですか、望月さん!!」

 

 微かなうめきの中、モンスターの名を聞く。

 リッチが、やつが、この人に何かしたのか。だからこの人はこんな、望んでいなさそうなことをしているのか?

 膠着状態のまま、耳を澄ませる。

 

 僅かに残った正気を窺わせる声音で、彼女は、必死に、伝えてきた。

 

「リッチ……に、乗ッ……取ラレた……」

「のっと、られ? ──乗っ取られた!? 体を!?」

「も、ウ……わたし、人間ジャ……コロして、コロシテぇ……!!」

 

 それは、あまりに惨く。

 あまりに悲しい、懇願だった。



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救世主神話・浄滅編

 モンスターが人間の体を乗っ取る。なんてそんなもの、聞いたことのない話だ。

 だが現実に今、そうと思しき望月さんが、血の涙を流して俺に襲いかかってきている。望まぬ意志で、殺してくれとさえ頼みながら、なお。

 

「リッチが、体を乗っ取った!? そんなことが、まさか!」

「うそ……望月さん、うそ……!」

 

 驚愕する香苗さんと、呆然と現実を受け止められないでいる逢坂さん。

 そして他の探査者たちは、ひたすらに怯えている。

 無理もない……おかしな話のオンパレードだ。俺だってもう、頭がどうにかなりそうだ。

 

「があかぎゃげぎょげぎゃげがゃきげゃきぁがゃひゃはゃひゃひひひひひひひ!」

「乗っ取ったって、殺してくれって……! くそ、そんなのあるのかよ!?」

 

 狂ったように笑う望月さん。受け入れがたい話に、俺は絶叫するしかない。

 リッチの気配がしないわけだ。望月さんに、人間に取り憑いていたのだから。

 6人も気配があったわけだ。乗っ取られた望月さんこそが、スケルトンの軍勢を率いていたのだから。

 

 どうする? どうする、どうする!?

 倒すしかないのか、殺すしかないのか!

 俺は、この人を……

 

「…………パパ…………ママ……………………」

「!?」

「かえ、り、たい…………あい、たいぃ…………っ」

「望月、さん」

 

 泣きながら、そんなことを言う望月さん。

 家族を、親を、呼んでいる。

 殺してくれと、死にたいと言いながら……会いたいと、帰りたいと、そう言っている。

 

 ふざけるな。

 俺は、歯を食いしばって打ち震えた。

 

「……リッチ」

「げぎゃげぎがぎゃがくけけけけけけけけけ!! コロシテ、コロシテエエエエエエエ!!」

「お前は、お前は……!」

 

 体が熱い。魂から、力が引き出されていく。

 踏みにじられたものを想って、心が痛む。知らず、涙が溢れてくる。

 

 こんなことが。こんな酷いことがあって良いわけがない。

 ダンジョン探査は命がけだ。道半ばで死ぬことも、もちろんあるだろう。どれだけ界隈が発達して、安全を追求したとしても、命のやり取りである以上、そこは絶対に付き纏う。

 

 だが、これは違うだろう。命を支配され、体を乗っ取られて、心を弄ばれて。

 魂を踏みにじられるようなことが、あって良いわけないだろう!

 

「──お前はっ! 命を、何だと思っているんだっ!!」

「ぐげ────?」

 

 怒りのままに力を引き出す。知らず、身体が金色に輝いていく。

 モンスター相手ではない。俺には分かる、これは、邪悪なる思念への特効だ。スキル《救いを求める魂よ、光と共に風は来た》、フルパワーで発動している!

 無限に力が、漲っていく!

 

 

『あなたはスキルを獲得しました』

 

 

 システムさんの声がした。

 突如頭に響く、その声。

 いつかも聞いたその声が、俺に、立ち向かう勇気を与えてくれる。

 

 

『緊急時につき音声アナウンスにてお知らせします』

『スキル《風浄祓魔/邪業断滅》獲得』

『効果は』

 

 《魂を救うための戦いに勝利した際、対象をあるべき姿へと戻す》

 

『このスキルは本来、アドミニストレータ側の存在に向けて作成されたスキルです』

『発動にはsystemによる承認が必要になります。承認権限は以後、コマンドプロンプトへの接続も含めて精霊知能《リーベ》に委ねられます』

『──はいはーい! 公平さん、今回はシステム側として連絡しますよー! モンスターによる肉体の支配なんてあってはならない状態、今のあなたならパパッと救えちゃいますから!』

 

 

 リーベも次いで、報せてくる。

 ああ、ああ。救うさ。絶対に救う。

 踏みにじられた魂も、心も、体も。何があっても、どんなことに代えても絶対に助けてみせる。

 

 だから、力を貸してくれ──!

 

 

『──はい。喜んで』

『──コマンドプロンプトを呼び出しました。アドミニストレータ用スキルを実行します。パスワード入力』

 

 《──これは、魂を救うための戦いである》

 

『──ロック解除確認。スキル《風浄祓魔/邪業断滅》実行。救済対象の限定的状態時間遡行が承認されました。ロールバック期間は168時間』

 

 

 輝きが強くなる。新たなスキルに、発光現象がさらなる反応を示していく。

 見る者すべてを癒やす光よ。どうか、今、目の前にいるこの人の魂をも癒やしてくれ。

 

 

『──さあ、あとは勝つだけです。大丈夫、公平さんならやれます』

『……どうか。手を、差し伸べ続けてください。伸ばした手が、誰かの元に届く限り。あなたはきっと、すべてを救えます』

 

 

「ありがとう。システムさん、リーベ」

「ぐぎゃ──!?」

「そしてぇっ!!」

 

 望月さんの腕を払い、その胸に拳を突き立てる。

 拳そのものの威力と発生した衝撃波が、彼女を後方へ吹き飛ばす。

 次いで走る。吹き飛んだ彼女に追い付き、その腕を掴み。

 

 力の限り、いや限界すら超えて!

 俺は、望月さんを高みへ投げ飛ばした!

 

「ぐぎゃあああああっ!?」

「《風浄祓魔・邪業断滅》──っ! 光よ、邪悪を貫けえええええっ!!」

 

 高く宙に飛んだ彼女へと向かう、全身全霊を込めた正拳。

 そこから真っ直ぐに放たれた、白く眩い衝撃波が──そのまま望月さんを直撃し、そこに巣食うリッチを消滅させた。



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魂を救うための特別なスキル

 高く打ち上げられた望月さんが落ちてくるのを、俺は、なるべく負担がないように受け止めた。全身のバネを使って、衝撃を地面に逃がす。

 

「望月さん! 大丈夫ですか!?」

 

 リッチを消滅させるためとはいえ、フルパワーで放った攻撃が、望月さんを酷く痛めつけることとなったのは言うまでもない。

 だが……新たなるスキル《風浄祓魔/邪業断滅》の効果があれば、それも問題ないはずだ。

 

「ア……ウ、ウウ……!?」

「望月さん!?」

 

 不意に、淡く光り出す望月さん。白く柔らかな輝きが、青白く幽鬼さながらだった彼女の体を包み込む。

 直感的に、スキルの効果だと分かった。脳内にリーベの声が響く。

 

『落ち着いてください、公平さん。スキルによる救済措置……あってはならない状態になる、前の肉体に戻っているんです。対象の時間のみ、一週間ほど巻き戻す形で』

「時間を、巻き戻す……? そんなことが可能なのか、アドミニストレータ用のスキルは」

『滅多なことで使われないんですけどねー。何しろこのスキルは、《本来あるはずのない状態》に陥ったものをロールバック処理して、正常化するためのスキルなのでー』

「本来あるはずのない状態……? リッチが、人間の体を乗っ取っていたことか」

 

 どうにも抽象的というか、曖昧な表現をするせいでリーベの言うことがいまいち、ピンとこない。まあとにかく、望月さんは無事で、今、急速に回復しているというニュアンスは読み取った。

 時間を巻き戻すとか言ったな……信じがたいが本当なんだろう。ついに俺のスキル、時間まで操るようになっちゃったのか?

 そのうち時とか止められるようになるんだろうか。

 

『なるかもですけど、大した理由もなしに与えられることはないと、ご承知くださいねー』

 

 しょうがない人ですねー、と苦笑いしたようなリーベの声。くそ、こいつに仕方ない子扱いされるのは釈然としないぞ。

 まあ良いや。腕の中の望月さんを見る。

 すっかり元通り……元通り? 元のこの人を知らないから判断できない。とにかく、血色の良い、泣きたくなるくらい元気そうな姿になっていた。

 

「あ、あ……も、望月さん! 望月さんっ!!」

「逢坂さん」

 

 少しして、我を取り戻したのか逢坂さんが駆け寄ってきた。望月さんを覗き込み、混乱しつつも俺に問いかけてくる。

 

「望月さんは無事なんですか!? リッチは……!?」

「リッチはやっつけた。望月さんは、ほら。この通り元気だ。元通りのこの人は、こんな感じなのかな?」

「は、はい……! 間違いなく、私の知ってる望月さんです!」

 

 良かった。だったら安心できそうだ。

 ──と、当の望月さんが身じろぎした。ゆっくりと瞼が開き、その瞳には恐らく、俺と逢坂さんを映している。

 

「う…………う、う。こ、こは……? わたし、は……」

「望月さん! 分かりますか、逢坂です! 逢坂美晴です!」

「みはる、ちゃん……あ、あ。あなた、は」

「どうも、山形です。あなたの中にいた、リッチを倒しました。お加減いかがです?」

「り、っち……リッチ。そうだ、わたし……リッチに、体を乗っ取られ、て……!」

 

 逢坂さんと俺の言葉に、最初は夢現におぼろげな反応を示すだけだったが。間もなく徐々に意識を明朗に浮上させていったようだった。

 瞳に力が入る。リッチに乗っ取られる瞬間でも思い出したのか、身体が緊張に強張るのを俺は察して、少しばかり力を入れた。

 

「落ち着いてください、リッチは倒しました。記憶、どこまで思い出せます?」

「……あ、はい。そ、うだ。あなたが、私を。リッチを、光の、奔流で」

「やむなくあなたごと、攻撃せざるを得ませんでした。仕方なかったこととはいえ、申し訳ないことをしました。ごめんなさい」

 

 先に、本気で謝っておく。いかな事情があれ、俺はこの人を全身全霊で攻撃した。救うためとはいえ殴り、投げ飛ばし、あまつさえ衝撃波で撃ち抜いた。

 謝らなければならないだろう。そう思い彼女を抱いたまま頭を下げる俺を、彼女は慌てた様子で止めた。

 

「そんな、ことないです! 止めてください、命の恩人が、なんで謝るんですか!」

「ですが、攻撃したのは事実ですし」

「救ってくださったんです! あなたは、私を!」

 

 言いながら、自分が助かったという実感が湧いてきたんだろう。

 望月さんの目から、涙がとめどなく溢れ出て行く。

 嗚咽に塗れた声で、それでも俺に伝えて来る。

 

「殺してくれと言った私を、生かしてくれたのはあなたです! 帰りたいと言った私を! 救ってくれたのはあなたです!」

「は、はあ……」

「パパとママに、もう一回会える……! その機会を与えてくれたのは、他ならないあなたです! あなた様なんです!!」

「も、望月さん……?」

「ありがとうございます……っ。本当に、心から。ありがとうございます……!」

 

 感涙に咽び泣く。感極まった望月さんに、こっちはもう、どうしたらいいか分からない。

 助けを求めて逢坂さんを見る。

 

「こんな望月さん、初めて見た……あわ、あわわ」

 

 オロオロしていた。お前もかい!



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