TSっ娘が幼馴染男と子作りして雌落ちするよくあるやつ。 (ソナラ)
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1 隣には全裸の幼馴染が眠っていた。

※直接的な描写はありません。


 一人称って、個人を表現する上で凄い大事なもんだと思う。

 俺って言えばそいつは男だし、アタシって言えばそいつは女だ。

 男でアタシって言うやつも、女で俺っていうやつも、それはそれで個性だと思う。

 でもそれは、いわゆるマイノリティってやつで、多くの人間に受け入れられるものじゃない。それを貫けるほど、強い意志のある人間は、ごく少数だ。

 

 だから、二十年前まで“俺”は俺だったし、今の自分は、俺ではなくアタシだ。

 

 転生なんてものを経験したのが今からだいたい二十年前。

 前世で自分は男だった。一人称は俺、正直、どこにでもいる普通のオタク男子だったと思う。

 それが転生によって女になったなんて、創作の中じゃもう数えるのも飽きるくらいありふれている話で。

 でもまぁ、当事者になるなんて想像もしていなかった。

 当たり前だ、誰が転生もTSも起こるなんて本当に思えるか。

 その上で、TSという概念を知っていたとしても、受け入れられるかは個人の問題だ。

 

 少なくともアタシはムリだった。

 自分の性別って概念が無茶苦茶になって、周囲はアタシに女らしくしろというけれど、アタシは女より男だった方の時間が長い。

 言動なんて粗野なものだし、態度だってとても女とは思えない。

 唯一の妥協点として、自分を“アタシ”ということにしたのは、何ていうか周囲の抑圧に負けたのか、はたまたアタシ自身が多少は女であることを受け入れたのか。

 

 でも、どっちかというとそもそも、アタシは自分の性別というものを見失ったのだ。

 特に、今のアタシの職業に性別なんて関係ない、強いやつが正義、それが今のアタシが生きる世界だ。

 

 冒険者稼業。

 異世界に転生して、そこが剣と魔法のファンタジー世界だったらまず最初に思い当たるのはこれだろう。

 ダンジョンに潜ったり、討伐依頼や採取依頼を受けて、ランクを上げていく。

 最終的にはSランクと呼ばれる一番上のランクの冒険者になって、うはうはチートでアタシTUEE。

 実に安易だが、アタシが転生した世界はそれが当たり前の世界だった。

 

 実際に冒険者になるまでは色々と山あり谷ありのあれやこれやが合ったわけだが、なんやかんやの末にアタシは現在冒険者として活躍している。

 転生者特有のチート的なアレなのか、アタシの才能は非常に恵まれていて、今のアタシたちはAランク冒険者だ。

 拠点にしている街で知らない者はいない、天下無双の冒険者パーティである。

 

 総勢二十名程度、パーティとしてはそこそこ大きめだが、決して大きすぎるほどの規模ではない。

 メンバーは男女種族(この世界には人間以外にも様々な種族がいる)問わず、様々な連中が寄り集まって作られた、そこそこ歴史の長いパーティだ。

 

 んで、

 

 歴史が長いということはメンバーの付き合いが長いということでもある。

 それぞれにそこそこ気心の知れた相手がいるし、中には付き合っている奴らもいる。

 これが数人だけのパーティってなると恋愛は泥沼になりかねないが、このくらいの規模ならそれは自然なことだ。

 つまり、男と女が一緒にいれば、周囲はそういう目線で見てくる。

 

 だが、しかし。

 だけどなぁ、アタシは一つ言いたいことがあるんだよ。

 

 

「だからぁ! アタシとユースはそういうんじゃねぇつってんだろ!!」

 

 

 ダンッ、と勢いよくコップを机に叩きつける。

 中に入った酒が大きく揺れて、少し溢れた。あ、勿体ねぇ。

 

「大体なんだよてめぇら、アタシとユースが二人でいれば毎度毎度夫婦だなんだの囃し立てやがって! つうか見てみろよ、あっちで女連中に囲まれてちやほやされてるじゃねぇか!」

 

 とはいえ、ついて出た口は止まらない。

 酒がそうさせてくれない。

 思い切りがなり立てる、が周囲の視線がアタシに向くことはない。

 これくらいの叫び声、この宴の場においては当たり前の喧騒だからだ。

 

 アタシたちパーティは、大きな仕事を終えた。

 ダンジョン一つを踏破したのだ、これはとんでもなく凄いことで、偉業と言ってもいい。

 なのでこうして大宴会、祝勝会が開かれていた。

 今日は無礼講、ひたすら飲んで食って、騒いでも許される。

 しかも明日からは一週間の休みとくれば、もう騒がないわけにも行かないだろう。

 んで、アタシが何をしているかと言えば、周囲でアタシに対して色々言ってくる連中を切って捨てているところだ。

 

 ――アタシには幼馴染がいる。

 ユースリッド、名前負けしない金髪イケメンで、周囲の女性陣からは王子様だなんだと言われる完璧超人。

 アタシたちのパーティにおいて、最も剣の扱いがうまいと言われる程の達人で、前衛のエースだ。

 憎ったらしいことに、モテる。前世における“俺”がモテなかった分までモテてるんじゃないかってくらい。

 

 今もパーティのフリーな女子の大半があいつの側であいつをちやほやしている。

 恐るべきはあいつが、それをうまく受け流していることだ。

 誰か一人に偏った対応をすることは一切せず、全員に満遍なく気配りをしてみせている。

 何だあれ、モテるに決まってるじゃないか。

 羨ましい羨ましい、アタシもあれくらいできれば前世ではモテモテだったのに!

 

「あんなスケコマシのどこがいいんだ、ったく……」

 

 ぐびぐび、今日はとにかく酒が進む。

 アタシがそうやって、吐き捨てて話を切り上げると、周りの連中がやれやれと首を振る。

 何だよ、まだ文句あるのか?

 

「だいたいさぁ、幾らアタシとあいつが幼馴染だからって、当たり前のようにそれが恋人だなんだって行き着く方が飛躍しすぎだっての」

 

 ――こうやって、パーティにからかわれることは、これが初めてじゃない。

 どころか。アタシとユースはどういうわけかパーティに加入した当初からカップルとして扱われてきた。

 そりゃあ幼馴染として男女二人だけで冒険者を志すなんて、なにか無いほうが不自然かもしれないが、実際にうちはなにもないんだからしょうがないだろ。

 

 というか、まずもってありえないというか、アタシはそもそも恋愛とか興味ない。

 

「まずな? 恋愛ってのはお互いに意識し合う男女……じゃなくてもいいが、とにかく恋愛を意識してる人間が二人必要なんだよ」

 

 その点、アタシとユースの場合、まずアタシが恋愛に興味がない。

 前世が男だった影響か、そういう異性を意識する気分にならないのだ。

 そして元が男なら、女の子を好きになるかといえばそういうわけでもなく、このあたりは肉体が女性であるという部分が大いに影響しているのだろう。

 つまり、どちらにせよアタシがそういう気分にならないのだから、アタシとユースがどうこうなるってことはないってことだ。

 

 ユースの気持ちはどうなんだよって?

 そんなもん、今更確認する必要もないだろう。

 

「んで、ユースのヤツもアタシと十八年いて、さっぱりだ。あれだけ女にいい顔できるのに、アタシにはこれっぽっちもそんな様子みせないんだから、よっぽどだぞ」

 

 脈なんてないに決まってる。

 直接聞いたことはないが、あいつは女なら誰にだっていい顔をするやつだ。

 もし、少しでも、ほんの少しでもアタシに気があるってんなら、少しくらいアタシを女扱いしてみろってんだ。

 ま、そんなもんマジで願い下げだけどな。

 もしほんとにそんなことやってきたら蹴飛ばしてやる。

 

 ――――あ? 試しにあっちに絡みに行ってこいって?

 

「てめぇら他人事だと思って、適当言ってんじゃねぇぞ! ……だあもう、解った解った! 飲み比べで負けたら行ってやるよ!」

 

 と、アタシがいったところ、アタシを煽っていたメンバーの一人がどこかに行ってしまった。

 そして、なんとアタシたちのパーティのリーダーを連れてきやがったのである。

 おいちょっとまてそれは卑怯だろ!? リーダーは酒で酔わない体質なんだぞ、勝てるわけねぇじゃん!

 リーダーもなんかいってやってくださいよ、こいつらアタシに失礼なことばっかりいいやがるんだ。

 ……え? 受ける? ちょっとまって? あのリーダーが? 公明正大、堅実を名実ともに体現するあのリーダーが?

 

「…………やってやろうじゃねぇか!!」

 

 逃げるのか? と煽られたアタシに、飲み比べを断る選択肢はなかった。

 

 ――んで。

 

 

「おうおうユースちゃんよぉ! なぁにデレデレしてやがるんだちくしょー!」

 

 

 アタシはベロンベロンになりながらユースに絡んでいた。

 周囲の女どもが、なんというか苦い顔でこちらを見てくるのがわかる。

 うるせぇ、アタシは悪くねぇ、アタシを酔わせてここに差し向けたあっちの連中が悪いんだ。

 ま、今は酒が入って気分がいいからどーでもいいんだけどなーーーーー!

 

「女連中をまとめて囲いやがって、アタシも女だぞ? ちっとはちやほやしろよチクショー!」

 

 ふふーん、と勢いよくあいつが座る席の一角を陣取る。

 いやー酒が入りまくって気分がいい、アタシ、今何を言ってるんだ?

 

「……酒臭いよ、リーナ」

 

 それまで、へらへらへらへらへらへらへらへらしてやがったイケメンの顔が呆れ顔に変わる。

 ほーらこれだ、すぐこれだ、こいつは女の扱い方が解ってるのに、なぜかアタシのことは適当なんだ。

 

「うるせー! それが女にかける言葉かよ!」

「だったらもう少し女扱いされる立ち振る舞いを身に着けてほしいんだが……ほら、皆が困っている」

「アタシがちやほやしろってのに、周りを気遣うとかいい度胸だなぁおい!」

 

 はー、なんかもうなんでもいいや。

 視界がぐるぐるしている、目の前にいるのがユースなのか自分なのかもはやわからん。

 

「顔が近い。息が酒臭すぎる。女の子がしていい顔をしてない」

「うるせー!」

「――むぐっ!」

 

 おらー、酒を注ぎ込め、こいつは普段自分が飲める量しか呑まないんだ。

 飲んでも呑まれるなとかそんなこといいやがる真面目ちゃんにはこうだ、おらおら!

 

「……っ、おいリーナお前なぁ」

「あ、怒ったか? やるか? 飲み比べなら付き合うぞ?」

 

 けらけらけら。

 ははは、もうなんかなーんもわかんねーや。

 たのしー、

 

「って、リーナ……リーナ? おい、リーナ!?」

「ひゃー」

 

 ――ぱたり、なんか、誰かに受け止められた?

 倒れそうだったけど、途中で止まった感じ。

 なんだこれ、どうなってんだ?

 

 うーん、ダメだわからん。

 

 おやすみ、アタシはここまでだ。

 

 

 ▼

 

 

 ――もぞもぞ。

 頭が死ぬほど痛い、昨日は結局飲みつぶれたってことだろう。

 布団に入ってるってことは誰かが部屋までアタシを運んだってことだ。

 リーダーかアンナかな? 後で礼を言っておかないと。

 

 っていうか、途中から完全に記憶がない。

 リーダーに酒をしこたま飲まされたことは覚えてるんだけどなぁ。

 いやなんで飲まされたんだっけ?

 

 まぁいいや、今日は休みとはいえ、遅くまで寝ているとアンナに文句を言われる。

 朝食くらいは、さっさと起きていただくとしますか。

 

 なんて考えて、ゆっくりと起き上がった。

 

 

 ちらりと、視界の端に合った鏡に、全裸のアタシが映っていた。

 

 

 ……あれ?

 なんで何も着てないんだ?

 

 鏡には、前世の“俺”基準で見てもそれはもうとびっきりの美少女が映っている。

 自慢ではないが、容姿はすごくいい、ユースにだって負けていないくらいのパツキン美少女だ。

 ちょっと胸は薄いが、すらりとしたスレンダー体型、髪は適当にざっくり切っているが、それでも絵になってしまうくらいキレイだ。

 実は若干エルフの血が入っているアタシは、容姿が常に最高の状態でキープされるというパーティの女性陣から滅茶苦茶うらやまれる特性を有している。

 

 おかげで、今日もアタシは美少女だ。

 20にもなって、未だに美少女って表現が似合ってしまうくらいに小柄なのは悩みどころだが、まぁそれはそれとして。

 ――ともかく俺は服を着ていない。

 っていうか、なんか変な匂いがする。

 どっちかというと不快よりの……どこかで嗅いだことのある匂い。

 どこだっけ?

 

 とりあえず、服を着ようってことで、布団をひっぺがして立ち上がろうとした、その瞬間。

 

 

 ――ずきり、と股から痛みがする。

 

 

 ――――思考が停止した。

 痛みもそうだが、なぜか布団には血痕が付着している。

 というか、布団を引っ剥がして解った。

 

 

 アタシの隣に、全裸のユースが眠っていた。

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………これって。

 つまり、あれ?

 一夜の過ちとか、そういうやつ?

 

 

 …………うっそだぁ。

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、でもまぁ考えてみると、女になったんだからいずれはそういう時もあるよな。

 とりあえず……シャワー浴びるか。

 ベタベタする体にため息を吐きながら、アタシは部屋に備え付けられたバスルームへ向かうのだった。




自称雌落ちしてないTS転生娘が、自分の雌落ちと向き合って受け入れる話です。
本編開始時点での雌落ち度は自己評価で20%、実際は50%くらいです。
なお世界観はよくあるステータスとかスキルとかあるライトな異世界ファンタジーです、よろしくおねがいします。


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2 土下座と乙女と秋の空。

 ――土下座。

 ある種、謝罪の最上位表現。

 自身の尊厳を生贄にすることで相手の許しを得る、ある意味反則とも言える手。

 当然といえば当然だが、そこに価値が生まれるかは当人の普段の行いが全てだ。

 

 アタシの場合は、多分その時の状況によると思う。

 酒の場で酔って窓を割ったとか言う状況で土下座しても、そこに価値なんてそう生まれないだろう。

 なんたってよくやるからな。

 逆に、パーティに危機が訪れて、それを助けるために別のパーティに救援要請なんてした時に土下座したら、そのパーティからは凄い驚かれるだろう。

 つまるところアタシは、巫山戯ているときはかけらも信用されていないが、真面目なときはきちんと信用されるくらいの立場であるってことだ。

 

 逆に、どんな時でも土下座なんてすればそれはもう驚かれて、逆に心配されるやつもいる。

 具体的に言おう、ユースのことだ。

 ド真面目を通り越して堅物の域に達している割に、人付き合いがうまくて女にモテるユースは基本的に土下座が必要な事態にはそもそも陥らない。

 あいつが謝罪するってことは、事前に謝罪相手へ相談して、限界まで事態をどうにかしようとした上でムリだった場合ってこと。

 つまり、もうそれ以上はどうしようもないって周りも理解している時だ。

 誠実ってのは、それだけで得なんだろう。

 

 ――そんなやつが、突然公衆の面前で土下座なんてしたら、周囲はなんと思うか。

 

 早朝。

 アタシが例のアレに衝撃を受けつつも、とりあえず朝食にしようと宿屋の一階に併設された食堂でサンドイッチをもさもさしていた時、ユースは降りてきた。

 何というか今にも死にそうな顔で、なんか周りが心配していたが、アタシとしてはあいつのそういう顔は見たことが無いわけではなかったので、特に気にしていなかった。

 あいつがああいう顔をする時は、本人が自分を信じられないくらいとんでもないミスを――それも周りからすればバカみたいなミスをした時だ。

 

 つまりアタシとヤっちまったってことだな。

 

 ううん、自分で言っていて理解が追いつかない。

 ユースとアタシが? なんかの間違いじゃないか?

 いやでも未だに色々ズキズキ痛むからなぁ、あいつどんだけ手荒に扱ったんだよ。

 

 で、そのままユースはつかつかとアタシに近づいてきて、ノータイムで土下座を敢行した。

 思わず吹き出しちゃったね、こいつの土下座なんて見たの、人生で二回目だ。

 それもこんなところで見るとは思わなかったから、なんか逆に面白くて笑ってしまったよ。

 

「……あー、ユース?」

 

 とりあえず食べていたサンドイッチをぱくりと口に放り込み、飲み込んでから呼びかける。

 うああ、周囲の視線が痛い。

 なんかアタシが悪いみたいな雰囲気を感じる。

 この場にいる半数はアタシのパーティメンバーで、残り半数が顔見知りだからムリもないだろう。

 

「とりあえず顔を上げろ、な?」

「…………すまなかった!」

「いやいや、解ってるから。悪いと思うならすぐに顔を上げて立ち上がれ、な? アンタが土下座してるせいでアタシが悪いみたいな扱いになってるぞ?」

 

 ――が、それでもユースは動かなかった。

 これがどういうことかというと、こいつの申し訳無さがあらゆる感情に勝ってしまっているということだ。

 真面目すぎて、時折融通利かないのがユースの数少ない欠点と言えるだろう。

 

 うーむ、どうしたものか。

 正直、未だにちょっと気だるいので朝食を食べたらもう一眠りしたいんだが。

 あーいやその前に、部屋を掃除しないとな。

 宿屋の主人にあんな部屋を掃除させるのは申し訳ない。

 

 なんて考えていると、

 

 

「あーらぁ! どうしたのふたりともぉ!」

 

 

 甲高い、男性のものと“思われる”声が聞こえてきた。

 同時に、

 

「ちょっとリーナ、今度はユースに何したのよ」

 

 隣から、アタシを責める声が聞こえてくる。

 ああ、よく見知った声だ。

 半笑いになりながら振り向くと、想像した通りの顔ぶれがそこに居た。

 

 一人は、ブラウンのふんわりとしたセミロング少女。見た目はアタシより大人びているが、同年代だ。

 名をアンナ・ライネ。アタシ達が所属するパーティのメンバーであり、アタシの親友。

 

 もうひとりは、何というか凄まじく存在感のある石像だ。

 名をゴレム・ランドルフ。我らがパーティのリーダー、麗しきオカマゴーレムである。

 

 ――この世界には、それはもういろいろな種類の種族が存在している。

 ゴーレムが普通の人間と同じように、種族として認められて暮らしているというのはこの世界の特徴であろう。

 ゴレムはそんなゴーレム族の一人で、ゴーレム族は性別を有さない。見た目は筋肉質な男性だが、ゴレムのように女性的な口調で話すゴーレム族は多い。

 

「ユースが土下座なんて、アタシ初めてみたわぁ、うふふ、土下座しててもユースはイケメンねぇ」

「あー、それは同意。ほんっと何しても絵になるわね、こいつ」

 

 アンナはと言えば、この世界では逆に珍しい純粋な人間だ。

 アタシはかなり薄くはあるけどエルフの血が入っているし、ユースも家系をたどると天使と結ばれた人間の子孫らしい。

 特徴は、一言でいうと普通。平凡とはまた違う、本当にごくごく普通の、当たり前の感性を有する稀有な存在だ。

 前世知識で言えば、ソシャゲ主人公みたいなやつ、というのが近いかも知れない。

 

「あー、それな」

 

 アタシは二切れあるサンドイッチのもう片方をつまみながら、

 

 

「昨日、アタシが酔いつぶれた後に、こいつとヤっちまったみたいでさ」

 

 

 何気なく、二人に事情を話した。

 ――と、その時。

 

 周囲の姿勢が一斉にこちらへ向いた。

 

 …………あれ?

 なんか思ってた反応と違うな?

 っていうかユースすら、びっくりしたように顔を上げている。

 なんだ、そのまま起き上がって土下座をやめろ。

 

「え? ちょ、ヤ……ヤ? って、え、そういうこと?」

「うん、こう、ずぶっと……くそ、未だに痛いぞおいどうなってんだ」

 

 ちょっとどうかと思うジェスチャーをする。○かいて人差し指みたいな。

 驚いた様子でこっちを見てくるアンナの顔が蒼白になる。

 うわ、よく見たらユースのヤツもすげー顔してる。

 

「ガチなの……?」

 

 なんでそんなすがるような眼でユースを見るんだアンナ。

 

「………………お恥ずかしながら」

「…………そっかー」

「アタシとしてはお前らのその反応に色々言いたいことがあるんだが?」

 

 はぁ、とため息一つ。

 サンドイッチを食べきると、アタシは視線をアンナたちへと向けて、

 

「別に、女で冒険者をしてる以上、いつかはそうなるもんだろ。むしろアタシとしては、こいつで捨てれてラッキーだったと思うけどな」

 

 冒険者は実力社会だ。

 男だろうが女だろうが、実力があれば評価される。

 だが、女である以上は男からイヤらしい視線を向けられることは多々あるし、男なら金や顔目当てに女に言い寄られることはママある。

 

 長く冒険者をやって、そういう経験が一切無い冒険者というのも稀な話だろう。

 うちのパーティでもそれが一切ないといい切れるのは、昨日まで実際に男性経験ゼロだったアタシと、そもそもそういった機能を持ち合わせてないリーダーくらいだ。

 

「アンナだって、いつも武勇伝を得意げに語ってるじゃないか。それとアタシのこれの何が違うんだよ」

「え? あ、あ、そそそそうね、私はモテちゃうからねー」

 

 ……まぁ、ここにもうひとり見栄を張っている処女がいるんだが。

 見た目はいいんだから、選り好みしなければいくらでも相手はいると思うんだがなぁ。

 自分が一足先に卒業したからか、なんかアンナのことがかわいそうに思えてきた。

 

「っていうか、それを言ったらユース。お前だって――」

 

 ――お前だって、そういう経験の一つや二つあるだろ。

 モテるんだからさ。

 なんてことを、言おうとしたのだが、それを遮る者がいた。

 

 

「やったじゃないのォ、ユースちゃあああん!」

 

 

 そういいながら、先程まで黙りこくっていたリーダー殿が突然ユースに抱きついたのだ。

 ゴレムの抱擁と呼ばれるそれは、並の人間ならぺしゃんこになってしまう勢いがある。

 もちろん素人相手には加減するが、ユース相手なら全力でハグするだろう。

 実際、ハグされた時、ユースからぐえ、という声が漏れた。

 油断しすぎだ、バカめ。

 

「ついにリーナちゃんと一線を越えれたのねぇ! んもう、めでたいわぁ、おめでたよぉ!」

「いやまだおめでたとは決まってないからな、リーダー」

 

 可能性はあるんだが。

 まぁデキてたら諦めるしかないな。

 性行為には興味などかけらもないが、子供には少しだけ興味がある。

 こんな職業だから、機会なんて無いと思っていたが、まぁデキてしまったならそれはそれだろう。

 

「もう、そういう野暮なことはいわないの、リーナちゃん。っていうか、リーナちゃんももうちょっと喜びなさいよぉ」

「いやいやいや、一夜の過ちだぞ? よくあるアレじゃないか。冒険者あるあるだよ」

 

 なぁ、と周囲に訴えかけると、一部が視線をそらした。

 どうも昨日の馬鹿騒ぎの影響で、アタシ達以外にも同じ穴の狢がいたようだ。

 ええい、恥ずかしそうにするなよアタシがおかしいみたいだろ?

 

「だからそういうコト言わないの! ……よおし、決めたわ、リーナちゃん、ユースちゃん!」

 

 パンパン、すごい勢いでユースを抱きしめたままアタシの背中を叩くリーダー。

 備えていたから痛くはないが、それはもうすごい勢いで風圧がやばい。

 下手するとアタシが朝食を食べているテーブルが吹っ飛んでしまいそうだ。

 

「これ、二人で買ってきてちょうだい」

「ん? なんだ?」

 

 と、何やらメモをリーダーから手渡された。

 さっきから黙っていたのは、これを書いていたからか?

 内容はごくごく普通のお使いである。

 日用品の買い出しをしてこいというお達しだ。

 

「あ、それってもしかして」

 

 ふと、アンナがなにか気付いたのか、リーダーを見る。

 パチコン、リーダーのウインクが返答となった。

 ……というか、アタシも気付いたぞ。

 これはいわゆる――

 

 

「二人にオーダー! 二人っきりでデートしてきなさい!」

 

 

 ――デート。

 男女間で行われる、恋愛活動の一種だった。

 

 

 ▼

 

 

 ――それはいいんだけど、午後からでいいか?

 眠いからちょっと寝たい。

 

 そんなアタシの要望は了承され、デートは午後からになった。

 アタシは部屋に戻り、汚れきったシーツを引っ剥がして洗濯をして、ベッドメイクを済ませるとぼすん、とそこに倒れ込む。

 なんか、どっと疲れた。

 このまま眠りにつこう――と、思ったのだが。

 

 

 なんか眠れん、目が冴える。

 

 

 いけない傾向だ。

 頭が疲れているのに、眠気は一向にやってこない。

 こうなったら寝るまでに一時間か二時間かかる。

 そうなってくると、何が起きるか。

 

 色々考えてしまうのだ。

 

 まず思ったのは、これでアタシも大人の女かぁ、ということ。

 一般的に処女は子供で、非処女は大人、というのが冒険者の考え方。

 どれだけ強くて実績のある冒険者でも、未通と判れば男どもからは盛大にからかわれる。

 アンナのように、見栄を張って逆に自爆するやつも相応にいるが、たいていはそもそもおくびにも出さないことで乗り切るのが普通だ。

 

 アタシの場合は、そもそも性行為に興味がなかったし、するとも思っていなかったから態度に出したことはなかったし、周りから指摘されることもなかった。

 逆に言うと、そういうヤツってのはそもそも、異性として見られていないんだ。

 冒険者の社会で、合意のない行為ってのは絶対にNG。もしバレたら即座に追放されて村八分なんてことになる。

 究極的に言えば自己責任の世界なのだが、だからこそお互いに責任を果たさないヤツってのは認めるわけには行かないわけで。

 

 正直、昨日の行為もかなりグレーな方だ。

 相手がユースで、ヤられたのがアタシだったから、まぁ幼馴染の好で犬に噛まれたと思って忘れるという対応ができたが、そうでなかったらどうか。

 多分、リーダーはそれはもう烈火のごとくキレてただろうなぁ。

 アタシもマジになってたかもしれん。

 

 ……自分が襲われたら?

 もっと言えば、昨日の相手がユースじゃなかったら?

 

 ふと、そこまで考えて、アタシは何というか、恐ろしくなった。

 というか、今の今までアタシは自分で自分をきちんと管理できていた気になっていた。

 アタシに限ってそんなことはないだろう、と思っていたが、実際はどうだろう。

 ヤっちゃってるじゃん。犬に噛まれただなんだと言ってるが、その犬がユースじゃないって思ったら、急に怖くなってるじゃん。

 

 まてまてまて、おかしいぞ。

 アタシは性別の意識が曖昧になっていて、そういうことはどうでもいいって思ってただろう。

 でもそれは実際には単なる思い込みで、そういう防衛本能が働いていただけ?

 ユース以外だったら、こんな平静を保ってはいられなかったってことか?

 

 逆に言えば、

 

 

 アタシ、ユースなら別に構わないって思ってた?

 

 

 まてまてまて、それは早計というものだ。

 ユースはたしかにイケメンで、幼馴染で、アタシの相方だ。

 冒険者になる以前から、ずっと二人で過ごしてきた相手だ。

 だとしても、だとしてもだぞ?

 アタシは元男、恋愛なんて興味なし、ましてや男なんてもってのほか。

 おかしいおかしい、ありえない。

 

 そんなはず無いのだ、無い。

 無い、はずなのに――

 

 

 あああああああ、なんか逆に恥ずかしくなってきたぞ!? ちょっと待てよ、落ち着けよアタシ!!

 

 

 ……っていうか、この後リーダーに言われて、デートすることになってるじゃん。

 待ってくれよどんな顔で会えばいいんだよぉ!

 

 違う、違うんだ。

 アタシはそうじゃないんだよおおおお!

 

 それからしばらく、余計に眠れなくなったアタシは、布団に顔をうずめながら、ひとしきりジタバタするのだった。




・主人公
名前はリーナリア、名字は秘密。
いわゆるTS転生者、転生者だからかすごい冒険者になった。
ユースとは長い付き合い。

・幼馴染
名前はユースリッド、名字は秘密。
巷では貴公子だなんだと言われるイケメン。
リーナとは付き合っていると思われているがそんなことはない。
これまた凄腕冒険者。

・パーティメンバー
アンナ・ライネ。混血が当たり前のこの世界で、逆に希少な人間以外の種族の血が極端に低い、人間族の少女。
魔法使い、リーナとは冒険者になってからの付き合いで親友。処女。

ゴレム・ランドルフ。リーナたちのパーティ、『ブロンズスター』の麗しきオカマリーダーゴーレム。
性別がないのでオカマをしているゴーレム。オカマは強キャラなので強い。気遣いも完璧。デートと言い出したのは、色々と思惑がある。


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3 私の親友はだいぶおかしい。

 私、アンナ・ライネには親友がいる。

 名をリーナリア。名字がないことから田舎の出身か何かだと思われる。

 周囲からはリーナ、と呼ばれるそいつには、幼馴染がいた。

 ユースリッド、ユースと呼ばれるそいつも、リーナと同じく名字がない。

 

 二人の特徴はとにかく顔がいいということだ。

 貴公子だなんだと持て囃されるユースは言うに及ばず、リーナも絶世の美少女だと評判である。

 うすーくエルフの血が入っているらしいリーナは、若干そのせいか発育が悪い代わりに、常に最高の美貌を保っている。

 本人は粗野もいいところなのに、常にパーフェクトな美少女でいられるんだから憎たらしいことこの上ない。

 まぁそれでも、リーナと私は私が冒険者になって以来の付き合いだ。

 私より少しだけ先に冒険者になったリーナが、偶然冒険者になるためにダンジョンのある街を訪れた私を案内したのがそもそもの始まり。

 当時は今より更にちみっこかったリーナは、どう見ても子供以外の何物でもなく、聞けば同年代なんだっていうからびっくりだ。

 それからリーナの紹介で彼女のパーティ――『ブロンズスター』に所属することとなった私たちは、努力の末にAランク冒険者となるに至った。

 

 Sランク冒険者は基本的に世界的な英雄とされるため、Aランクといえば冒険者の中での実質的なトップだ。

 私達は案外凄いのである。

 当然リーナも、その例に漏れない。

 

 “幸運の妖精(ラッキー・フェアリー)”リーナリア。

 それがリーナの二つ名だ。

 あいつ、どういうわけか変なところで運がいい。

 幸運、というよりは勝負強さ、というのが正しいのだけど、とにかくやたらめったら引きがいいのだ。

 ボスと戦えばラストアタックを持っていったり、ギャンブルで追い込まれると凄まじい強運で盛り返したり。

 そういう悪運の強さというか、“持っている”感がリーナの持ち味。

 結果、その美貌も相まって幸運の妖精なんて呼ばれるようになったリーナだが、もちろん実力だって本物だ。

 剣と魔法を自在に操りながら、前線を飛び回る姿に、妖精なんて呼び名がされるくらい。

 間違えてはいけないのは、高い実力を有した上でさらに勝負強い、なんていうかズルとしか言いようのない特性を持つのがリーナなわけで。

 

 当然、冒険者仲間の間でも人気は高い。

 特に男連中はリーナに夢中なやつはかなり多いのではなかろうか。

 なんたって距離が近い、やたら無防備で、誰にだって馴れ馴れしい。

 かと思えば義理堅くて優しくて、純情なところもあるっていうのだから、男心を擽る要素てんこ盛りだ。

 俺でも仲良くなれるんじゃないか、とか。

 あいつ俺のこと好きなんじゃないか、とか。

 そういう男を勘違いさせる魔性の女、それがリーナである。

 

 そういうヤツは、女に嫌われるんじゃないかっていうと、案外そうでもない。

 

 なぜならリーナは文句なしに強いからだ。

 冒険者社会は実力主義とはいうが、それでもやはり男女の間に意識の差っていうものはある。

 女だから剣じゃなくて魔法を選ぶ、なんてのは普通の世界だ。

 そんな中で女だてらに剣を握って男と並んで前線を張るリーナのスタイルは、案外女受けがいい。

 私だって、魔術師としてまだまだだった頃は、剣を振ってバッタバッタと魔物を切り倒すリーナに憧れたものだ。

 加えて、リーナが女性に好かれる理由がもう一つある。

 

 既に特定の相手がいる、という点だ。

 

 リーナとユースは、冒険者になる以前から一緒だったという。

 おかげで駆け出しの、まだ知名度が低かった頃だと二人は完全に一つの存在として扱われていたし、周りもあいつらは付き合っているんだろうと思っていた。

 今になってみれば、それは一種の勘違いだったわけだけど、今でも冒険者の間で、リーナとユースがカップルであるという話は有名だ。

 

 ユースはイケメンだ、顔がいい。

 気配りもできて、女性にはすごい人気だ。

 荒くれ者しかいないような冒険者の中で、貴公子なんて言われるイケメンはそういない。

 ただ、それ以前にユースはリーナと付き合っている。

 非常に線引がしっかりしているユースは、女性相手に失礼な対応はしないが、かといって深く踏み込んでくることはない。

 最初からそれがわかっていれば、それはもうただイケメンを遠くから眺めるだけというか。

 既に結婚した役者(アイドル)に熱をあげるようなものだ。

 中には本気になるやつもいるけど、一般的にはそういうのは少数派なのである。

 

 おかげで、他の男をその美貌で奪っていくことがないと思われているリーナは、言ってしまえば女性にとっては安牌だ。

 安全に女性として憧れることのできる対象というか、これまた都合のいい偶像というか。

 どっちかというと、男のほうがそのあたり過激なやつは多いかもしれない。

 変なところでマジで惚れてる男を量産しがちなリーナの男ファンのほうが、厄介と言えば厄介だ。

 

 まぁ、そういうのは私やリーダー、何よりユースがこっそり裏で対処しているから、リーナに危害が及んだことはないのだけど。

 

 ――私?

 私はまぁ、どうしたって第三者だ。ユースはたしかにいい男だし、リーナがいなければ本気になっていたとおもう。

 それくらいにはユースは好きだし、何だったら惚れてた時期もある。

 でもまぁ、やっぱりユースとリーナは二人で一人だから、その間に割って入るのはムリだと諦めたのだ。

 

 

 が、しかし、ここで一つ問題がある。

 

 

 リーナが一向にユースとの関係を認めないのである。

 曰く、自分とユースはカップルでも夫婦でもない。

 はぁ? 何みて言ってんだぶっとばすぞ。

 いけないいけない、美少女がそんな言葉を使ってはいけない。

 リーナは当たり前のように使い倒しているが、私はリーナと違って淑女なのである。

 あんな野蛮人と一緒にされたら憤慨ものだ。

 ともあれ、リーナは頑なに自分はユースが好きではないとかおっしゃる。

 

 ふざけるのも大概にしてほしい。

 酒の席になったらまずは周囲を見渡して、ユースを見つけてから遠巻きにそれを眺めつつ酒を入れ始め、なんかぶすっとしているリーナがユースを好きではないというのだろうか。

 冒険中に戦闘が終わったら、まず何よりもユースに話しかけて無事を確認するリーナがユースを好きではないというのだろうか。

 道を歩く時、絶対にユースの左隣を譲らないリーナがユースを好きではないというのだろうか。ちなみにユースの利き手は左手だ。

 

 他にも散々に好き好きオーラを出していながら、口を開けばそんなわけないとおっしゃるリーナは、側で見ている分には楽しくもあり、歯がゆくもあり、ふざけんなというのもあり。

 じゃあユースの方はどうかと言えば、どうもリーナに対して遠慮している部分があるらしい。

 普段からリーナとユースの力関係は、リーナが提案してユースが了承するという関係性だ。

 反論があれば修正してもう一度リーナが提案、問題なければ改めてユースが承認。

 決してリーナが一方的に決めているわけではないが、ユースの方から提案することは早々ない。

 

 決断力の高いお嬢様と、それを支える有能な執事を見ているかのようだ。

 もしくは有能女社長と敏腕秘書。

 こういう、男に対してずばずばと言っていけるところも、女性人気が高い秘訣だと思う。

 男にも自分を導いて甘やかして欲しい、なんて願望をリーナに持つやつはいるけど、リーナは何もしないやつは即座に見捨てるタイプだからそういうのは解釈違いだぞ。

 

 話がだいぶそれたけど、リーナの意志が最優先であるらしいユースは特に何か言うことはない。

 傍から見れば優柔不断というか、どっちつかずな対応にも見える。

 リーナなんて、それで随分ご立腹なようだけど、実際は違うだろう。

 ユースにとって、リーナこそが何よりも一番の存在なのだ、リーナがヨシとしなければ、たとえそれがどれだけリーナの為であっても切り捨てる、そんな一途さが、ユースの本質であると私は思う。

 ほんと、勝てないな……と、思わされる事実でもあるが。

 

 とにかくリーナとユースは絶対に両思いだ。

 リーナの方に、なぜかそれを受け入れられない理由があるだけで。

 本人を問いただしたら、自分は男女の意識がないだとか、恋愛に興味を持っていないだとか言うが、それとこれとは話が別である。

 人を好きになるのに理由はいらない、リーナはユースが好きなのだから、恋愛とか男女だとかで受け入れないのは単純に我儘だ。

 ただ、それを外野が押し付けるのも我儘ではあるので、私達は遠巻きにそれを眺めるにとどめていた。

 当然酒が入れば好き放題言いもするが、それはあくまで酒の席で、気の置けない仲間同士の会話だからだ。

 

 んで、その日も散々にリーナを煽り倒して、リーナをユースの席に放り込むことに成功した。

 リーダーグッジョブ、口を滑らせたリーナも悪いが、そこで私達の期待に応えてくれるのは流石リーダーだ。

 ちょっと動きは大げさだけど。

 そして今日は結構珍しいことがあった。リーナがユースに酒を一気飲みさせたのだ。

 ユースはそんなに酒が強いタイプではない、でもってそれが解っているので飲む量をコントロールしているタイプ。

 どこかのリーナさんと違って。

 そんなユースが、それはもう顔を真っ赤にしているのだからリーナ、どんだけ強いお酒を呑ませたの?

 まぁ、それを確かめるより先にリーナが倒れて、ユースは慌ててリーナを二階のリーナの自室に連れて行ったのだが。

 ちなみに私達は一つの街に滞在する間、宿をパーティ全体で貸し切って使うようにしている。

 ので、リーナの部屋は常に決まっているのだ。

 

 それから次の日、リーナが涼しい顔で降りてきて、朝食にいつもより軽めのサンドイッチを頼んだかと思ったら、続けて降りてきたユースが、なんとリーナに土下座をかました。

 ユースの土下座である。

 普段、どれだけ誠心誠意謝るとしても、土下座まではしないユースが、土下座である。

 人生で初めての経験に、アタシとリーダーは思わず困惑した。

 絶対リーナが何かしたのだ、リーナが悪いに決まってる、そんな決めつけの元、話を聞きに行って、

 

 

 リーナとユースが一線を越えたとリーナから何気なく告げられた。

 

 

 一線を越える、男女の関係になる、セ……をする。

 なんとでも言っていいが、つまるところ交尾である。

 くんずほぐれずでアハーンである、経験豊富を自称している私から言わせれば、それはもう凄まじく大人な行為である。

 ……が、リーナは処女だ。

 半月ほど前、いろいろな事情でユニコーンの神殿なんて場所に私とリーナの二人で行ったことがあるから知っている、リーナは処女だ。

 

 それを酒の勢いで散らして、更には犬に噛まれたみたいな反応をするリーナは普通じゃない。

 正直、思った以上に重傷だったらしい。

 リーナは本当に自分の性別に対する意識が薄かったのだ。

 かねてから無防備だとは思ってはいたが、それなら確かに納得である。

 でも、そうなると酒の勢いで一線を越えてしまったユースが不憫というか、そうでもなければ踏み込めなかったのが不憫というか。

 どちらにせよ、根が深い問題であることは間違いなかった。

 言葉の上だけでなく、本当に誰であろうと、()()()()()()()()()()という事情をリーナ自身が抱えた上で、ずっとふたりで生きてきたなら、そりゃあユースは遠慮してしまうだろう。

 

 多分、リーナ一人でも、ユース一人でもどうにかできる問題ではないのだ。

 今回の行為をきっかけにして、何か変化があればいいのだけど。

 ――と、思った矢先にリーナは部屋にこもってしまった。

 

 気になったアタシは、それをこっそり伺ってしまう。

 悪いとは思うけれど、こんな状況で部屋にこもるリーナが悪いのだ、私は悪くない。

 

 そこには、

 

 

 布団に顔をうずめて、足をバタバタさせているリーナの姿がそこにあった。

 

 

 どうやら、ちゃんときっかけにはなったらしい、とか。

 リーナにもこんな情緒が存在していたのか、とか。

 そんなことはどうでも良くなってしまうくらい、私はそれを――かわいいと思ってしまった。

 

 え? 何アレ、ほんとにリーナ?

 リーナのくせにかわいい?

 あの性別なんてものかなぐり捨ててしまった粗暴娘のリーナが?

 いやでも、ほんとにカワイイ、何だあれどういう生き物?

 やばいやばいやばい、私には同性愛者のケなんてこれっぽっちもないのに、ちょっと心ひかれる物がある。

 いやこれはどっちかというと愛玩の感情か? 抱きしめて撫で回したいという感情か? なら納得。

 ていうかそうじゃない。

 

 私は、ふと思ってしまったんだ。

 そんな可愛らしいリーナを見て、

 

 

 ――この子、こんなにカワイイのに処女じゃないんだよなぁ。

 

 

 ……おっさんか!

 どうやら、私自身、突然のことで脳がバグってしまっているらしかった。




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4 だからお前らデートだっていってんだろ!

 ――時間になった。

 気がつけば寝ていたが、冒険者家業で鍛えに鍛えた体内時計が時刻を告げる。

 時計なんて用意できる方がレアな環境だと、こういうスキルが勝手に育っていくのだ。

 ともあれ、今日の場合は冒険ではなくデートなのだが。

 ……いや、デートではなく冒険なんじゃないか?

 ある意味、冒険とは未知への挑戦だ。

 デートなんて前世から含めて一度も経験したことのないアタシにとって、それは一種の挑戦に違いはあるまい。

 うむ、これもまた冒険――クエストだ。

 そうと決まれば、さっさと装備を整えて出かけるとしよう。

 

 というか、それでユースの野郎と廊下でバッティングしたらハズいなんてもんじゃないな。

 ……いや、今回はリーダーがいい出したことだ、リーダーならそこらへんは間違いなく配慮してくれる。

 気配りの鬼というか、コミュ力がゴーレムになってるようなオカマだからな、リーダーは。

 

 であれば気にせず出発だ。

 と思って食堂まで降りたところで、アンナとすれ違った。

 

「――あー、ちょいちょいリーナさんや?」

「なんだいアンナさんや」

 

 なんか呼び止められたので振り返る。

 どうにも呆れたような顔をしているんだが、何だよ何か文句あるのか?

 

「その格好でどこに出かけるつもりかにゃーん?」

「どこって、デートだよ、デート。もう約束の時間だからそろそろ行かないとまずいだろ」

 

 アタリマエのことを、当たり前のように返す。

 だってのに、それはもうアンナは凄い勢いで頭を抱えながら、はぁああああとため息を吐きやがった。

 処女のくせに、って今後煽り倒してやろうかこいつ。

 

「――約束の時間なら、リーダーが一時間遅らせるようにユースに伝えてあるから。アンタもそのつもりで、一端部屋に戻んなさい」

「ああ? なんで急にんなこと言い出すんだよ、聞いてないぞ」

「ついさっき、アンタよりさきに降りてきたユースにリーダーが伝えたことだからね」

 

 んん?

 

「――アンタと同じ様に、普段着で降りてきたユースにね!」

 

 それのどこが悪いんだ!?

 ――アタシは首をかしげながら部屋に戻されるのだった。

 

「まずね、デートで普段着とか、ありえないから」

「デートをしたこともないようなやつにだけは言われたくないな」

「常識! 私の意見じゃなくて常識!! 次言ったらぶっとばすわよ!!」

 

 へいへい、と言われるがままに服を脱ぐ。

 鏡の前に立たされて、下着姿だ。品性なんてものはかなぐり捨てているので、安物である。

 それを見て更にアンナはむっとするが、アタシは知っている。

 アンナが今つけている下着もこれの色違いだということを。

 ともあれ、

 

「確かにデートなら多少のお洒落も必要だろうけどさ、相手はユースだぞ?」

「だから?」

「あいつ、普段着で降りてきたんだろ?」

 

 絶対普段着のまま来るつもりだったぞ。

 というか他の女ならともかく、アタシ相手にあいつが着飾るとかありえん。

 断言できるね、アタシたちはお互いに普段着でデートにでかけてた。

 

「そ、れ、が! ダメなの! 相手が普段着で来たからって、アンタが普段着でいい理由にはならないの」

「まぁ、普通のデートならそうかもしれないけどさぁ」

「普通の! デートだから! たとえアンタ達がどう思ってても、デートはデートだから! いい!?」

「わ、解ったよ……」

 

 ここまでゴリ押ししてくるアンナとか初めてみた。

 流石に剣幕が怖すぎて、否定はできない。

 正面からマジの喧嘩をした時も、ここまでキレてなかったぞ。

 まぁアンナは喧嘩するくらい譲れない事があった場合、すげー強い意志で睨んでくるタイプだが。

 

「で――」

「なんだ?」

「――なんで衣装棚に普段着と装備しか入ってないの?」

「普段着と装備しか持ってないからだが?」

 

 何を言ってんだこいつ。

 アタシがお洒落用の服とか持ってると思ってるのか?

 ――うわ、凄い眼してる。呆れとかそういうの飛び越して、もう悟りの域に達してる。

 

「いいだろ別に!? アタシだってこれまでデートの経験とかなかったんだぞ!? お前と違って、棚でホコリ被らせてるのと違うんだよ!」

「う、うっさいうっさい! 私は今はいいでしょ!? ああもう、ソナリヤさんから借りてくる!」

 

 怒ってバタバタと出ていってしまった。

 あいつ、デート用とか言って大量に服を買い込んで、街を移動する度に持ちきれずに一部を売り払っているんだが、今もどうやら衣装棚には大量の使われない服が眠っているらしい。

 あ、ソナリヤさんというのはアタシたちのパーティのメンバーで、アタシと同じくらいの体格のご婦人だ。

 ドワーフの血が入っているので、小柄なのである。

 

「しかし――」

 

 おしゃれ、おしゃれねぇ。

 くるくると、適当に切って放置してある髪を弄る。

 なんて女子力の高い行動なんだろう、と思ってしまった自分が心の片隅にいるが、それはそれとして。

 

「……これくらいは自分でやったほうがいいか」

 

 といって、アタシは衣装棚の隅に眠っている、久しく使われていないかばんに手を伸ばすのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ――ユースリッドは、気合を入れて着飾った状態で、パーティ『ブロンズスター』が宿泊している宿屋入り口隣の壁にもたれかかっていた。

 行き交うご婦人が、チラリちらりと視線を向けて何やらヒソヒソと話をしている。

 きっと、自分の容姿を指しての話なのだろうが、今の自分にとって、ヒソヒソ話というのは自分を責める話に聞こえてならない。

 

 やってしまった。

 未だに後悔が心の底から溢れ出してくる。

 よりにもよって、というか。

 ついにやってしまった、というか。

 

 脳内で、やったというかヤっただよな、と言ってくるリーナを振り払いながら、ユースはため息を吐く。

 その様子に、周囲から黄色い悲鳴が上がるのだが、なんともむず痒い。

 普段ならそれに淡い笑みを返すのが、ユースリッドという男である。

 

 貴公子、なんて呼ばれることも多々ある男だが、それはつまり女性から目を向けられることが多いということでもある。

 そもそもユースがそういった視線に応えようとしているのは、ある事情によるものだ。

 もっと言えば、周囲に失望されたくない、というのが根底にある。

 真面目というか、融通が利かないというか。

 何でも変わらないが、周囲の期待に応えずにはいられない、それがユースという男を形作っているといっても過言ではない。

 

 そういう事情を無視して揺さぶってくる相手がいるのも、また頭の痛い状況だ。

 ふと、窓ガラスに映った自分の姿を確認する。

 女性との付き合いで出かける際の自分は、それ相応に着飾った状態だ。

 相手に恥をかかせないため、というのが大きいが、相手に期待されている以上、それに応えなくてはいけないのがユースであるからして。

 だが、今日は輪にかけて着飾っている。

 デートというのは、あくまで私的な人付き合いだ。

 正装と違って、辺に畏まった着こなしというのもまずい。

 あくまで自然体に、けれども相手や周囲にお洒落だと素直に思わせるファッションが必要になる。

 

 ユースの場合、そこらへんの加減は完璧だ。

 酒の席に置いて、ユースの受けは非常に良い、昨日の祝勝会もそうだが、彼が酒を飲んでいると自然と周囲に女性が集まってくる。

 なんでも、ユースは気配りが完璧で、話をしていて楽しいから一夜の相手としてパーフェクトなのだとか。

 特にいわゆる合コンの場にユースが一人いるだけで、女冒険者の食いつきがかなり違う。

 その癖本人は本命の相手がいるからライバルにならないとあって、男冒険者はこぞってユースをそういう場に連れ出すのである。

 そういう時のために、そこそこユースはお洒落というのには気を使っていた。

 

 が、しかしそのための衣装はNGだと切り捨てられた。

 なんでもそれは、相手をもてなすことしか考えていない衣装だ、とのことで。

 デートとは男が女をもてなすためのコミュニケーション手段じゃないのか? とユースは首をかしげたものだ。

 ともあれ、今日のファッションは過度に着飾ったものである。

 テーマは流行の最先端。冒険者はその知名度もあって、現実で言えば芸能人のような立場に当たる存在でもある。

 故に、冒険者のファッションとは流行における最前線を征くものなのだ。

 そんな冒険者の間で、今一番流行しているファッションを中心にしている。

 そこら辺は流石リーダーというか、ユースからしても文句の言いようがない出来である。

 いささか張り切りすぎじゃないかという、ユース自身の感情はさておいて。

 

 で、相手の支度があるからと先んじてリーダーに放り出されてから、おおよそ十分。

 宿屋の扉が開いた。

 憂鬱だった気持ちを切り替えて、デートへと意識を向ける。

 いつも女性に対応しているときのように、柔らかな笑みで相手を出迎えようとして、

 

「――や、待ってたよ、りー……な」

 

 ――――思わず、絶句していた。

 

 

 そこにいたのは、ユースが良く知るリーナではなく、妖精、としか言いようのない少女がそこにいた。

 

 

 白を基調としたワンピースは、その小柄さも相まって草原に立つ楚々とした少女像を印象づける。

 何よりも印象深いのは、髪型だ。

 リーナリアは冒険者ゆえの粗雑さで、普段は髪を整えもせずに流している。

 それが今は、キレイに櫛が通され、白い大きなリボンで後ろに結ばれている。

 美白な手足と、透き通るような金髪のコントラストは、まるでひとつの絵画のようで。

 

 思わず、ユースはそれに見惚れていた。

 

 いや、それは見惚れているというよりは――

 ()()()()()()()

 かつて、草原で出会った、白金の少女。

 まるでこの世のものとは思えない、幻想的な光景。

 

 それは――今から、どれくらい昔の話だったっけ?

 

「……なんだよ」

 

 そこに、えらくぶっきらぼうな、少女らしくない言葉が飛んできてユースは正気に戻された。

 思わず呆けていたらしい。

 むすっとしたリーナの様子から、そんな反応は心外だと思われているのだろう。

 きっと、宿屋の中ではコボルドにも衣装だとか、オークに真珠だとか言われてきたのだろう。

 ユースもそうなのだと決めつけて、不満に思っているに違いない。

 

「いや……その」

 

 完全に思考が停止してしまっていた。

 普段なら、するりと口から抜けて出る口説き文句が、これっぽっちも浮かんでこない。

 こんなはずではなかった。

 デートということで、経験のないリーナをリードしなくてはいけない立場だったはずなのだ。

 だというのに、

 

「とても……似合ってるよ」

 

 漏れてくる言葉は、本当にそれくらいのものだったのだ。

 ただ、それを相手がどう受けるかは、また別問題で。

 

 

 ――リーナは、それはもう見事なまでに、顔を真赤にしているのだった。

 

 

 ▼

 

 

 いやいやいや。

 似合っているとか、誰に向かって言っているんだ。

 アタシは誰だ? 天下のリーナリア、女っ気など皆無の粗野な女だ。

 いや、そもそも女か? こんな性自認曖昧なやつを女と呼んでいいのか?

 

 いや女にされたんだった、昨夜目の前のこいつにあっけなく。

 

 って、なんてことを考えてるんだよ!?

 いくらなんでも下世話にも程があるだろ、っていうかユースもユースだ、もう少し気の利いた事を言えよ! イケメンだろ!?

 

 ――ユースリッドは、それはもうモテる。

 モテるくせに身持ちが硬い。そうなると合コンとかでは非常に重宝される存在だ。

 こいつの場合、そういう状況での女の子の扱いは絶対に外さないのもあって、合コンという意図がないただの宴会の場ですら、誘蛾灯のごとく女がユースに集まってくる。

 それを相手に、誰か一人を贔屓することなく、全員に満遍なく愛想を振りまくこいつはホストかなにかだ。

 

 ようするに余りにも完璧な対応過ぎて、それは接待の域に達していた。

 そのため一日の恋人としては完璧だが、一生の夫婦となると息苦しすぎてムリ、というのがこいつの評価だったりする。

 いやぁ、モテすぎて逆にモテないって、ある意味うらやましい話ですね。

 

 ――なんて、現実逃避をしている場合じゃない。

 ちらりと視線を窓に向ければ、自分がすごい顔をしているのがわかる。

 っていうか窓の奥にこっちを観察するうちのバカどもの姿が見えるんだが?!

 

「お、おいユース!」

「な、なんだいリーナ!」

「今すぐここを移動するぞ、出歯亀なんぞ許しておけん!」

「あ、ああ……それもそうだね、移動しようか」

 

 そういいながら、アタシは今すぐその場を移動するために、ぱっとユースの手を掴んだ。

 早足であるきだして、しばらく。

 ――ふと、左隣にたってユースを見る。

 

 

 ……なんでアタシはユースと手をつないでるんだ?

 

 

 よくわからない現実に、脳がバグる。

 結果、それはもう凄い勢いで沸騰しまくった自分のほっぺたを、アタシは何度も引っ張るのだった。




主人公はもちろんデート経験なんてありませんが、幼馴染くんも女の子と酒の席で仲良くなることはあってもデートの経験はありません。
なんかある前提の文章になってたらそれは間違いです。ご指摘いただけると大変助かります。


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5 それはさながら、お似合いバカップルのようだった。

 余りにも恥ずかしすぎたので、正直その後のことはよく覚えていないが、アタシたちはさっさとリーダーのお使いを済ませたらしい。

 この世界はステータスとかアイテムボックスが存在する世界なので、購入したものはアイテムボックスに詰め込み、今は適当に二人で街をぶらついているところだ。

 手? 手は繋いでないよ、店に入るところで正気に戻って、何食わぬ顔で放しましたね。

 店員にカップルと思われたらはずいじゃん。

 手遅れ? 知るかバカ!

 

 んで、そのまま勢いでお使いを済ませてしまったのだが。

 ……一時間もかからなかった、これはまずい。

 

「おいおいどうするよユース。これでこのまま宿屋に帰ったらそのまま蹴り出されるぞ?」

「……難しい問題だね」

 

 アタシのため息に、ユースも難しそうな顔をする。

 現在アタシたちは尾行に警戒しながら、街の路地裏で壁にもたれかかって作戦会議をしているところだ。

 どう考えてもデートじゃないが、そもそも普通のデートはアタシたちの間に求められていない。

 

「ってか、ユースもこんなことならもう少しそれっぽいデートコースを考えといてくれよ」

「できるものならしてるさ! 普通、そういうのはある程度時間をかけて計画を立てるんだよ、その日に決めてその日に実行できるものじゃない!」

「計画、ねぇ」

 

 そもそもの話、こいつの女との付き合いは、言ってしまえば仕事の接待だ。

 プライベートで女性と一対一の付き合いなんてしたことがないだろうこいつのことだ、もし完全にスイッチをオフにしたまま計画していたら、どんなデートになっていたことか。

 

「というか、たとえ考えてても、君に不意を突かれて全部とんでってたよ……」

「ん、なんか言ったかー?」

「なんでも無い。リーナは本当に普段どおりだね」

 

 そりゃだいぶ落ち着いたからな。

 とりあえず、冷静になって少し考えてみよう。

 ここは色男さんを煽って、なんかそれっぽいことを考えてもらおうじゃないか。

 

「んで、色男さんよ。もしここから、実際にデートプランを考えるならどうするよ」

「……って言われてもな、思うんだけど普通のデートじゃないからね、ただでさえ慣れてないのに、正解なんて僕にはわからないよ」

「っていうと?」

 

 まぁ普通じゃないってのはそうなんだろうが。

 

「行ってこいって言われて行くデートって、デートっていうのかな?」

「まぁ、言わないよな……」

「そういうこと。これは僕たちが始めたことじゃなくて、リーダーが僕たちに出したオーダーなんだから」

 

 言われてみればそうだ。

 これはオーダーとして出されたタスクである。

 言ってしまえば仕事の一つ。

 ただし、やってることは子供のお使いみたいな代物。

 お使いに必要な資金以上の資金を渡されているので、おつりで何か買って食べていいというお駄賃まで渡されている。

 

「その上で、そうだな。如何にもそれっぽいことを考えてみるとするなら」

「うんうん」

「まず、相手はデートと言う行為そのものに慣れていない。男性にエスコートされるっていう行為自体がピンとこないだろうから、大事なのは経験じゃないかな」

 

 要するに、“デートした感”を出すべきだというのがこいつの意見。

 なんか子供扱いされているみたいな気がしてならないが、実際男女交際に関しては子供以下の経験しか無いのだからしょうがない。

 

「ポイントは二つ。昼は恋人限定のサービスをやっている店にする」

「ガキの相手じゃねーんだぞ」

「僕らは互いにデートって点に関しては子供以下だぞ?」

「ごもっともで」

 

 ちなみに、現在アタシたちは昼を何も食べていない。

 まぁデート先で食べるだろうってことで、お互い抜いてきているのだ。

 ともかくユースが指を二つ立てて、もう一つを語りだす。

 

「もう一つは、夜の食事は最高級のレストランにする。昼とのギャップで、如何にも大人の階段を登ったって気がするだろ?」

「うーむ、聞いてる限りではそれっぽいが……ちょっと物語の読みすぎじゃないか?」

「しょうがないだろ!? 女性との付き合いなんて、一緒にお酒を飲んで話をする、くらいしかないんだから」

 

 うーむ、ある意味最低の発言だな。

 こいつは思いの外ロマンチストで、男女交際にはそこそこの幻想をいだいているらしい。人のことを言えない気もするが、まぁこいつのデート観なんてアタシには関係ないしな。

 

 というか、よし。

 

 

「――んじゃ、それにするか」

 

 

「……え?」

 

 思わず惚けるユース。

 何だよ、自分で言い出したことじゃないか。

 

「だいたいそのコースで行こうってことだよ。昼は恋人限定のサービスをやってる店、だったな。なんか知ってるだろ? 今まで何も食べてないから腹ペコなんだよ、さっさと案内してくれ」

「い、いやでも――」

 

 実際に行ったことはなくとも、酒の席でそういう店の話題、一つくらい出たことはあるはずだ。

 アタシは、今度はユースの手を引かずに路地裏の外に出る。

 またあんなはずい事してたまるか。

 

「――なんだ、自信ないのか? 色男」

 

 だから、挑発するように笑ってやった。

 はは、ポカーンとしてやがる、いい気味だ。

 

 

 ▼

 

 

 ――なんていい気になっていた時期が、アタシにもありました。

 

「な、なぁユース」

「何かな、リーナ?」

 

 ううむ、ううううううむ……

 

「……これ、ほんとにやらなきゃだめか?」

「頼んだのは君じゃないか」

 

 ごもっともで。

 ――現在、アタシたちはカップル限定サービスをやってる店にやってきていた。

 この世界は文化レベルが現代とスキルツリーは違うけど、根底は同じ、くらいまで高いのでこういうのは当たり前に存在する。

 風呂とブラジャーと生理用品のある異世界バンザイだ。

 ともあれ、そんなわけでお出しされているサービスなんだが、

 

 ――いわゆるあれだ、ストロー二つが突き刺さってるジュース。

 ストローがハートマークを描いている。

 ちょっとどうかと思うくらいコッテコテのサービスである。

 

「だってよ、頼むじゃん! こんな如何にもみたいなメニュー、あったら即頼むじゃん!」

「君ならそうするだろうと思って、ここを選んで正解だったね」

「謀ったなぁユースぅ!!」

 

 こいつ解っててやりやがった!

 デートって言うからには、デートっぽいことをするのは必須。

 じゃあ、どういう内容にするか、如何にアタシたちがそれを経験してデートっぽいと感じるか。

 そりゃもうあからさますぎるくらいに、それっぽい方がアタシたちらしい。

 だって、普段はデートのデの字も出てこないような関係なんだから。

 周りにそういうことをしたと語る時に不自然になるし、自分たちでもしっくり来ない。

 

「っていうか、よくもまぁこういうの、うまい具合に思いつくよな」

「まぁ、酒の席で嫌でも女の子から聞かされるし、男の自慢話なんて、冒険譚か女性との恋愛譚のどっちかだからね」

「……こういうの、誰にでもするのかよ」

 

 アタシは文句をいいながら、ストローに口をつける。

 なんというか、一度言ってしまえば後はするすると飲み干していける。

 こうなったらユースに殆ど飲ませずにケリをつけてやる。

 ははは、ざまぁみろ。

 

「こういうのは経験がないよ。僕と一緒にお酒を楽しもうって人は、圧倒的に年上が多い」

「向こうも、これが遊びっていうか、一夜の相手だってことを割り切れる相手、か」

 

 ユースはムカつくが顔がいい。

 あまりにも良すぎて、本気でこいつが女を口説いたら、一日で一人の人間の人生を狂わせてしまうレベルだ。

 そんなことになっては相手に申し訳がたたないし、何よりユースが責任を取れない。

 しかしまぁ、

 

「……楽しいのか? それ」

「興味深くはある。冒険者ってのは、一人ひとりが違う考えを持っていて、信条もスタイルも全く違うからね」

 

 が、やっぱり楽しくは無い、と。

 

「まぁそりゃ、お前はそもそも冒険者になりたくて冒険者になった口だしな、そういう交流ってのはいい経験か」

「そうだね。ありがたいことに、いつも色んな話を彼女たちは聞かせてくれるよ」

「アタシは、今のパーティで楽しくやれれば、それでいいんだけどな」

 

 そもそも。

 アタシとユースでは、冒険者になりたい動機が異なる。

 アタシは、まず窮屈な故郷から抜け出したかったんだ。

 せっかく魔法も異種族もなんでもありなファンタジー世界に転生したのに、一生故郷で暮らすとか、耐えられなかったんだ。

 対してユースは、憧れから冒険者になった。

 父親が高名な冒険者で、そんな父の背を追いかけて大きくなったのがユースだ。

 冒険者とは目的であり、手段ではない。アタシとは真逆のそれである。

 

 ただ、幼馴染だったからというだけでアタシはユースと冒険者になった。

 それは、果たして胸を張って語れるような動機だろうか。

 

「まったく、リーナはいつもそれだな。現状の不満を口にしながら、現状維持を第一に考えてる」

「悪いかよ。人間、誰しもそんなもんだろ」

「かもね。悪いわけじゃないさ」

 

 むしろ、それも一つの信条だろう、とユースは肯定する。

 なんだよこいつ、またいつものようにアタシ全肯定か……って、口にする余裕もない。

 

「でも、変化なんて望まなくたって起きるぞ」

「……そうだね」

 

 ――今のアタシたちは、昨日までのアタシ達とはまるっきり違う関係なんだから。

 殆ど生まれた時から、アタシはこいつと一緒にいた。

 男だからとか、女だからとかそれ以前に、こいつは幼馴染だったのだ。

 その関係が、否応なく変わってしまう出来事がおきた。

 

 それは善いことか? 悪いことか?

 

 わからん、さっぱりだ。

 少なくとも今のアタシたちに応えはない。

 

「僕は――」

「――急かすな、バカ。ここで結論を出すとか、明日には死ぬつもりか?」

「いきなり物騒なこと言わないでほしいな!?」

 

 お、また顔が崩れた。

 さっきから、こいつは普段と違って余裕がない。

 いい気味だ。

 

「とにかく、今は楽しもうぜ。アタシ、別にアンタにヤられて嫌じゃなかったからさ」

「――――っ! そういうのを何気ない感じで言わないでほしいんだが!?」

 

 やーいやーい、顔真っ赤にしてやがる。

 カップル用のストローで顔真っ赤とか、子供かよこいつ。

 

「……くせに」

「ああ?」

「君だって真っ赤にしてるくせに、何を得意ぶってるのかって言ってるんだよ!」

 

 ――は?

 いやいや、ウソはよくないぞユースくん。

 アタシはほら、この通り、余裕のない幼馴染をからかって――

 

 

 ちらり、視線を向けた窓には、二人して顔を真赤にしているカップルが、そこにいた。

 

 

 ――――――――

 

 ずずず、

 

「あ、まだ一口も飲んでないんだけど?」

「ざまぁみろ、人をからかった罰だ!」

「君なぁ……」

「とにかく!」

 

 バン、と机を叩く。

 ――いかん、周囲の視線がこっちに向いた。

 いや、だいぶ既に向いていた気がするが、ええい散れ散れ!

 

「……夜まで、何するよ」

「え?」

「夜、レストランでディナーなんだろ!? そこまでまだ時間山程あるぞ」

 

 ああ、とうなずくユース。

 アタシは適当に、いくつか候補を口にする。

 

「観劇」

「今、見たいものあったっけ? リーナ」

 

 ない。

 パス。

 

「カジノ」

「間違いなくパーティメンバーとブッキングして、後でリーダーに怒られるけど」

 

 だめだな。

 パス。

 

「っていうか、半日デートって名目で時間潰すって、ハードル高くね?」

「こういうのは、普通服を見る時に女性が時間をかけることで、時間をつぶすものじゃないか?」

「やだ!」

 

 服とか普段着一着でいいんだよ。

 

「とすると、そうだなぁ……メンバーに見つからず、適当に時間を潰せて、君も僕も退屈しない場所かぁ」

「あ、一つだけあるぞ」

 

 ふと、思い立った。

 いや、思い立って何だが、デートの選択肢としては最悪だな。

 今のアタシ達、それはもうすごい勢いで着飾ってるぞ?

 

 最悪、見つかる前に洗濯する時間まで込みで、時間をつぶすって意味ならありかもしれないが。

 ともかく、思いついたものは口にしてみるに限る。

 

 

「――ダンジョン」

 

 

 アタシ達が数日前に踏破して、踏破済みダンジョンに指定された、この街の象徴とも言えるダンジョンが、今も冒険者を待ち受けているじゃないか。

 きっと、イケメンなユースは何だそれ、みたいな顔をするだろうなぁ。

 うむ、無しだ無し、デートでダンジョンとかパーティで一生バカにされても文句いえないぞ。

 やっぱりなかったことにしようと、口を開こうとして、

 

「……それだ」

 

 ユースは、ハっとしたような顔でそういった。

 ……え、マジで?




多くの高評価、お気に入り、感想ありがとうございます。
多くの人がTS娘の雌落ちを求めていることが解り大変うれしいです。
なお、ここまでお読みならお分かりかもしれませんが、幼馴染くんは酒の席とかで女の人を相手するのは得意ですがデートプランとかはクソです。
デート経験がないからしょうがないね。


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6 ダンジョンのススメ!

 冒険者の花形、ダンジョン探索。

 モンスターの討伐と並んで人気の高いそれは、今日も多くの冒険者を誘った。

 

 そんなダンジョンにはいくつかの種類がある。

 活性化ダンジョン、休眠ダンジョン、そして踏破済みダンジョンだ。

 火山で考えるとわかりやすいだろう。

 活火山が活性化ダンジョン、休火山が休眠ダンジョン、死火山が踏破済みダンジョンといった具合。

 

 火山においてもそうだが、活火山というのは非常に危険だ。

 活性化ダンジョンも同じで、ダンジョンが活性化しているということは、ダンジョンの外に魔物が溢れてくるという可能性を有しているという意味でもある。

 その可能性が無いが、ダンジョンとしては生きているのが休眠ダンジョン、一般的に冒険者が潜るのはこの休眠ダンジョンである。

 踏破済みダンジョンは、完全にダンジョンとしての機能を喪ったダンジョン。

 

 ダンジョンとしての機能とは、主に二つ。

 宝箱をランダムポップすること。

 モンスターが定期的にポップすること。

 生きているダンジョンとは、それ一つが大きな鉱脈である。

 だから、多くの場合ダンジョンは休眠状態で維持されている。

 

 ただ、永遠に休眠状態にできるわけではないのは火山もダンジョンも同じこと。

 活性化がどうにもならなくなったら、諦めてダンジョンは“踏破”される。

 アタシたちが先日まで取り組んでいたクエストは、このダンジョンの踏破作業だ。

 

 当然ながら非常に難易度が高く難しい任務だったこれは、成し遂げられるのは限られる。

 それだけアタシたちのパーティは凄いってことだ。

 んで、そんなパーティにおいて最強と称されるのが、ユースリッド、“貴公子”様なわけで。

 

 なお踏破済みになったダンジョンは、宝箱もモンスターもポップしなくなる。

 既にポップしたモンスターや宝箱が消えるわけではないので、流石に踏破して二日でモンスターが消えることはないが。

 それはそれとして、休眠中だった頃よりも冒険者の数はがくんと落ちる。

 そうなれば、ダンジョンにより付く冒険者は殆どいないということだ。

 更にはうちの連中はただ今全員が休暇中。

 休暇中にダンジョンへ潜る冒険バカもいないわけではないにしろ、それは潜ることへのリターンがそこそこあるからだ。

 少なくとも、時間と暇を潰すためだけにダンジョンへ潜ったりはしない。

 

 そう、アタシたちみたいに――

 

 

「――そっち、行ったぞリーナ」

 

 

 一薙ぎだけで、無数のモンスターを切り伏せるユース。

 その言葉の通り、アタシの元へモンスターがやってきていた。

 獣型の、ダンジョンでもそれ以外でもよく見かけるオーソドックスなタイプだ。

 アタシはそれに対して、剣を振りかぶりながら手早く詠唱を済ませる。

 

「“風よ”!」

 

 起動のためのフレーズを高らかに宣言して、生まれた風とともに振るった剣が、ユースと同じ様にモンスターを薙ぎ払った。

 これで敵は全滅である。

 見れば隣でユースがアタシでも見切るのが難しい速度で剣を振るってモンスター――スライム型のやつだ――を斬り伏せている。

 

 スライム型、剣で切っても切れないから、前衛とは相性が悪いんだけどな。

 つってもこのあたりの魔物は、だいたいDランクの冒険者が相手をするような魔物だ。

 それくらいでないとむしろユースのほうが心配になる。

 

「よ、そっちはどんなもんだよ」

 

 アタシは何気ない調子で声をかける。

 まさか傷なんて負ってないと思うが、戦闘後のパーティの状況把握は必須だからな。

 

「正直、気晴らしに素振りをしているのとそう変わらないよ」

「違げーねぇな! っていうかそのために来たんだからなー、このくらいはサクっとやって貰わないと、見てて気持ちよくない」

「見栄えのための剣術ではないんだけどなぁ。まぁ、楽しそうなら良かったよ」

「おう!」

 

 ――アタシ達は、今自分たちの実力からすると滅茶苦茶楽な階層で戦っている。

 Dランクの冒険者が戦う、といったが今アタシ達がいる場所はなんならEランクでも入ってこれる場所である。

 ちなみに、Eランクが一番した、実質的な一番上がA、その上に特別な階級としてSがある。

 まぁよくあるやつだな。

 一般的に、Dランクで一人前、Cランクなら一流だ。

 

「受付の人、凄い顔をしてたよなぁ」

「ありゃ傑作だったな。口止め料も払ったんだし、バラさないでくれるといいんだけど」

 

 今のアタシたちの姿は、デート用のお洒落着の上にレンタルで借りれる胸当てと、同じくレンタルの剣だ。

 普通、こういうのは冒険者登録したばかりのEランク冒険者に貸し出されるものだが、制度上アタシたちでも借り受けることができる。

 が、当然普通ではないのでビックリされる。

 そもそも今の服装でダンジョンに潜ることすらびっくりされる。

 誰にも見つからず時間を潰したいのだと説明して、なんとか納得してもらったが。

 

「……口止め料って。僕の顔は売り物じゃないんだけどな」

 

 というか、正確に言うとユースのイケメンスマイルでゴリ押しした。

 ありがとう受付のお姉さん、ユースのイケメンスマイルは普段酒の席じゃないと見れない貴重な代物なんだぞ?

 

「その割には、すげー慣れた口説き方で口説き落としてたけどなー、お前」

「そういうつもりはない! 第一、慣れちゃったんだから仕方ないだろ、そういうことに」

「べっつにぃー、アタシが不満だなんてー、一言も口にしてないがぁー?」

「さっきからあたりが強いなぁ、ホント」

 

 うるさいうるさい。

 今は適当にダンジョンをぶらつければそれでいいのだ。

 

「っていうか、さっきから無軌道に進んでるけど、このあたりのマッピングってどうなってるのさ、リーナ」

「ん? ああ、いいのへーきへーき、ここは昔作ったマップがあるからな」

「あれ? そうだっけ?」

「いやお前、もしかして忘れてるのか?」

 

 適当にずんずんと進んでいくアタシとユース。

 多分、ダンジョンに潜ってから既に二時間くらいが経っている。

 夜まであと二時間くらい、だから一時間も時間を潰せば十分だろう。

 残りの一時間は、汚れとかを落として素知らぬ顔で外にでるための準備に使う。

 

 とはいえ、どれだけモンスターとの実力差があったとしても、マッピングをしていないと迷うのは必至。

 ユースはそれを気にしているのだろうが、問題はない。

 既にマップがあるからだ、アタシはアイテムボックスを漁って、古ぼけたマップを取り出した。

 今見て見ると、あまりにも拙い内容だが、今いる場所から出口までの道はきちんと記録されている。

 

「ずっと前に、ここに来たことがあるだろ」

「そうだっけ?」

「アタシたちが冒険者になったばかりのころだよ」

 

 今からだいたい五年ほど前。

 冒険者になりたてのアタシとユースは、たどり着いたこの街で冒険者としての第一歩を踏み出した。

 

「いきなりEランク冒険者が潜れる一番深い階層に、自信満々で潜ったじゃないか」

「あ? あー……そういえばそんなこともあったような」

「あったんだよ。お前、ほんとどうでもいいことはスグに忘れるよな」

 

 記憶力が悪いというわけではないのだけど、過去を振り返らないタイプなのだ、ユースは。

 もしくは、単純に思い出したくない過去だったのか。

 

「んで、大失敗したんだ。アタシとユースは冒険者になる前から強かったし、これくらい余裕だろって思ってな」

「……ああ、そうだった。この街にやってくる道中で戦った魔物は全然苦にならなかったから、ダンジョンに潜っても大丈夫だって思ってたんだよね」

 

 ――が、実際はそんなことなかったが。

 冒険者において、もっともランクに隔絶した差があるのがEからDランクと、BからAランクの間だ。

 半人前と一人前。超一流と頂点の差。

 才能の壁ってやつだ。

 半人前から一人前になるには、適性ってやつが必要になる。

 適性のない人間はどれだけやってもそれを身につけることはできないし、どこかできっと命を落とす。

 人は努力すれば一流や超一流になることはできるが、その中から最高の頂点に立つには、才能と運が必要である。

 当時の私達は、前者だった。

 

 冒険のセオリーを何も知らない状態だったのだ。

 確かに、当時のアタシ達でも一戦だけならこの階層の魔物と戦うことができた。

 だが、ダンジョンではそれが何度も続く。

 補給がなければどこかで力尽きるし、慢心しまくっていたアタシ達にろくな補給手段なんてなかった。

 

「――で、途中からひたすら逃げることにだけ集中して、道に迷いながらなんとかマップを作って出口を見つけた」

「いや……お恥ずかしい。忘れてたっていうか、思い出したくなかったんだね」

「アタシは、忘れたくたって忘れられねぇよ、人間、良かったことより悪かったことのほうが記憶に残るものなんだ」

 

 お前みたいな単細胞でなければな、と背中を叩いて先に進む。

 後ろから、むっとしたような気配が伝わってくるが、無視だ無視。

 どうせ逃げた先で起きたことも忘れてたんだろう。

 そんなヤツの反論なんて聞く耳もたん。

 

「んで、ここだ」

 

 アタシはマップを見ながら立ち止まる。

 そこは、なんというか聖なる祠みたいな場所だ。

 ここのダンジョンは無骨な坑道みたいなダンジョンなのだが、そこだけ遺跡みたいになっている。

 なにかといえば、安全地帯である。

 どういう理屈かはよく覚えていないが、ダンジョンにはこういう安全地帯が存在する。

 

「ここに逃げ込んだんだよ、モンスターに追いかけられながらな」

「あと一歩遅かったら、今ここに僕たちはいなかったんだっけ」

 

 そうそう、とうなずきながら中に入る。

 静謐なその空間は、中央に焚き火のための薪が積み上げられている以外に、何かがあるわけではない。ちなみにこの薪は燃やして灰にするとそのうちリポップする。

 火種があるわけでもないから、火をおこすのも何かしらの手段が必要だ。

 ――当時、アタシは炎系統の魔術しか使えなかったのだが、もし使えなかったら死んでいたかも知れない。

 詠唱をして、

 

「“炎よ”」

 

 炎を魔術で生み出し、薪に火を付けると、それを囲んで向かい合いながら座り込む。

 アイテムボックスから椅子になるものを取り出して、ふたりともそれぞれに腰掛けた。

 

「文明の利器最高! 地べたに座らなくて良くなったのは間違いなく進歩だよな」

「まぁね」

 

 当時は冷える床にケツを押し付けて座り込んでいたのだ。

 ダンジョンは洞窟の中だけあって肌寒いのだが、おかげで火にあたっているのに寒いなんてことになって、気分は最悪以外の何物でもなかった。

 今は――まぁ、悪い気分ではない。

 

「しかし、なんとも不思議な気分だよな」

「っていうと?」

「二人でダンジョンに潜るとか、それこそこのダンジョンで死にかけた時以来だぞ?」

「ああ」

 

 原因は色々とある。

 ダンジョンから逃げ帰ったアタシ達はスグに自分たちの無茶を反省し、パーティを組むことにした。

 幸いなことに、リーダーが立ち上げたばかりだった『ブロンズスター』がこの街で募集をしていたから、二人でまるっとそこに滑り込んだ。

 アンナと出会ったのもこの頃だ。

 リーダーはランクこそDランクだったものの、冒険者としてはそこそこベテランだったらしく、冒険者としてのノウハウをみっちり叩き込まれた。

 その中で、ダンジョン探索はパーティを組んで行うのが当然だと教え込まれた。

 

「――二人だけで悩むな、って口酸っぱく言われたっけ」

「冒険者は一人で生きていく必要はないんだから、だっけ」

 

 もちろん、反発する理由もなかったからアタシ達はそれを当然だと受け入れた。

 おかげで五年もの間二人っきりで冒険をする機会もなかったわけだが、

 

「なんていうか、新鮮だ」

「っていうか、こんな下層で暇つぶしをすることも、初めての経験だしなぁ」

「アタシ達、結構生き急いでたよな」

 

 冒険者になって五年でAランクまで上り詰める。

 正直、かなり異例のスピード出世だ。

 中核となった発足当時のメンバー全員が才能に恵まれていたというのもそうだが、色々なタイミングで幸運に恵まれたのも大きいだろう。

 

「生き急いでいるというか」

 

 なんだよ、アタシに原因があるとでもいいたげだな。

 ユースは、何というか、どうにも形容しがたい顔でこっちを見ていた。

 ――呆れるような。()()()()()()()()()()()()。そんな、どうにも表現し難い表情を、していた。

 だが、すぐに引っ込めて、口に出す。

 

「君が、次から次に色々と事件を持ち込んでくるんじゃないか」

「本当にアタシが原因だって直接言ってきやがったなこいつ」

 

 おい、なんで首を横に振る。

 アタシがいつ、トラブルメーカーみたいなことをしたって?

 

「じゃあ言わせてもらうけれど、僕たちがDランクに昇格する原因になった事件、君がアンナにいいところを見せようとして無茶した結果、Cランクのモンスターを発見“してしまった”のが事の発端だっただろう」

「してなかったら、下手すると村一つが全滅してたかもしれないけどな?」

「Bランクに昇格する時だって、Aランクの時だってそうだ。Cランクになったときだけだぞ? 何事もなくランクが上がったの」

「どれもその時の最善を尽くした結果じゃないか!」

 

 アタシは悪くない! 原因になっただけだ!

 

「第一」

 

 ビシっと、ユースはアタシを指差す。

 一瞬、焚き火の音も、アタシ達の口論も何もかも、すべての音が停止した。

 本当に一瞬のことだ。

 一秒にも満たない間隙の中で、たまたま生じた空白。

 

 

 ()()()()

 

 

「あの時も――」

「――し、静かに」

 

 アタシは、続けようとするユースの言葉を遮った。

 ええい、そこまで言えばその後何がいいたいのかは全部わかるから、それ以上言わなくてよろしい。

 だから少しだけ、アタシに集中する時間をよこせ。

 

 沈黙。

 

 視線で不満を訴えかけてくるユースをさしおいて、アタシは目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。

 ああ、しかし。

 ……しかしだ。

 また、こうなってしまった。

 どうか違っていてほしい、そんな気持ちが湧き出してくる。

 ――アタシ達、久しぶりに誰にも邪魔されず、二人っきりになれたのに。

 

 そんな思いを裏切るように。

 

 

 ()()()()

 

 

 かすかに、聞こえた。

 

「――今の」

「…………水の音だ。あっちから、聞こえる」

 

 ぶっちゃけ、人間的な性能はユースの方が高い。

 集中して聞き取ろうとすれば、ユースだってアタシと同じものが聞こえるだろう。

 そうしてユースが指差した先に、

 

 道はなかった。

 

 二人して顔を見合わせる。

 ああこれはまた――

 

「……また、なんか見つけちまったみたいだな?」

 

 そう呟くアタシに、ユースはそれはもうこれみよがしに、ため息を付くのだった。

 

 ああ、でもしかし――

 ……またこの展開かぁ。

 これまでのアタシの人生で、何度も起こってきた事態。

 幸運の妖精は伊達ではなく、

 

 ユースの言う通り、アタシはトラブルメーカーなのだ、それもどうしようもなく救いようのない。

 今回も、ユースとのデートはこれ以上続けることは出来ないだろう。

 

 

 ――やっと、二人きりになれたのに。

 

 

 口には出さなかったけど、きっと。

 ユースもそれは思っているのだろうな、と思った。




実はダンジョンに潜るほうが楽しい系カップルです。
色々と問題を抱えていたりします。
詳しくは次回。


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7 デート大失敗!

 結論から言うと、アタシ達の目論見――デート暇つぶし作戦は大失敗に終わった。

 どころか、デート自体がそもそも大失敗だった、と言ってもいいかもしれない。

 原因はなんと言っても、ダンジョン内で見つけてしまったアレ。

 何もない場所から響く水の音、というのはつまるところ隠し通路というやつだ。

 アタシの前世的に言うと、お宝が眠っていたり、強い敵が鎮座していたりする場所。

 この世界でもそれは大まかには変わっていないが、もう一つ、この世界では意味がある。

 

 そこは何の調査もされていない未踏破スポットであるということ。

 これはまずい、ダンジョンとは火山と同じ、生きている自然だ。

 もっと言えばこの世界の自然には意志がある。ダンジョンなんて、殆ど生き物と同じである。

 それが通路を隠すということは、何かしらの意図があって隠しているということで。

 

 その場合、たいていはあまりよろしくないモノが隠されていることが多い。

 今回の場合、ダンジョンは踏破されそうになっている。

 ()()()()()()()()わけで、そんなダンジョンが隠すものなんて唯一つ、もう一度自分を活性化させるための代物だ。

 

 もしも見つけてしまったなら、それはもう一大事。

 冒険者には報告の義務がある。

 

 はい、ここまで話せばお分かりですね、アタシたちがデートをサボってダンジョンに潜っていたことがバッチリメンバーにバレます。

 結果、アタシとユースは現在正座させられて、針のむしろになっていた。

 あああリーダー早く帰ってきてくれええ。

 

「……何か、弁解は?」

「それっぽい経験を語って、間は適当に膨らませれば誤魔化せると思ってました」

「リーダーはごまかせないでしょ」

「あの人には、きちんと正面から話すよ! お前らをごまかせればそれでいいんだよ誤魔化せなかったけどな!」

 

 ――それはもう凄い剣幕で仁王立ちしているアンナと、酒を片手にやれー、ぶっとばせー、と野次を入れてくる仲間たち。

 アンナはいい、心配してくれているし、怒るのも当然だ。

 けどなぁ、後ろのバカどもは騒ぎて―だけじゃねぇか! 引っ込んでろアホ共が!!

 

「……はぁ、っていうかユース、あなたもそれで良かったの?」

「いや、何というか……」

 

 で、ユースはユースだ、とアンナは視線を向ける。

 アタシがサボろうとするのは解りきっていたんだから、きちんとユースがエスコートすればよかったのではないかといいたげだ。

 

「あなたがキチンとエスコートしなさいよ」

「目は口ほどにものを言ってらぁ」

「あ?」

「なんでもございません」

 

 こわー……

 マジで説教してくる時のアンナは本気で目が怖い。

 生来、旦那を尻に敷くことが決定づけられたアンナは、そういうところが好きな冒険者に男女問わず人気である。

 これで処女なんだから、出会いがないのではなく本人のやる気がないだけなのでは?

 

「えーと、その……なんだ」

「ああん?」

 

 そんな怒るなよ、ユースは悪くないんだから……

 

「……リーナといくなら、下手なショッピングとかよりソッチのほうがいいと思ったんだ」

「てめぇアタシを何だとおもってやがんだよ!?」

 

 “それだ”ってそういうことかよ!

 こいつもアタシと同じ穴の狢じゃねぇか。

 デートベタかよ! 下手だったなそりゃ経験ないんだから当然だわ!!

 昼はカップル限定、夜はこってこてのディナーと言い出すやつのデートプランが完璧なはずがなかった。

 

「いやでも……楽しかっただろ」

「…………まぁ」

 

 ――と言っても、考えてみると否定はできないな。

 女同士で出かけると、たいてい着せかえ人形にされるから楽しくないし、男とでかけたとしても“そういう振る舞い”を求められるのは窮屈だ。

 気心のしれているユースとなら、むしろこういうのがアタシたちらしいデートなんじゃないか?

 あれ? もしかしてそんな怒られるようなプランじゃない?

 

「…………はぁ、ごちそうさま! 末永く幸せに生きてから死ね!!」

 

 あ、アンナが諦めた。

 周りはアンナに野次を飛ばしている、なんなら賭けの対象になっていて、アンナの方がオッズは低かったんだろう、あの野次はそういう野次だ。

 きっと、アンナが説教を完遂させるか、アタシたちがその前に理論武装を完成させるかの賭けだ。

 とはいえ、アンナの方がオッズが低かったってことは、アンナがアタシ達の説得を成功させた方がいいと思ってたわけだ。

 そういう意味では、こいつらには心配をかけているかもしれないな。

 少し、反省。

 

 ――まぁ。

 

「うるさいわよバカども!! 蹴られたいんなら一人ずつそこに並びなさい!」

 

 賭けに負けたらしい連中が、おとなしく並び始める。

 別に蹴られて嬉しいから並んでいるわけではなく、その場のノリでなんとなく並ぶか、となっているだけだ。

 本当にバカしかいねぇなそこのスペース。

 

「ふん! ふん!」

「あんまり気合い入れすぎんなよ―」

 

 ぱこーんぱこーんと蹴られていくアホ冒険者(男女比6:4くらい、4が女だ。なんでそんなにいるの?)を眺めながら、アタシとユースは顔を見合わせた。

 なんか、お互いにおかしくなって苦笑しあう。

 うん、日常って感じだ。

 

 

「はーい、おまたー!」

 

 

 その時、ばぁんとすごい音を立てて宿の扉が開いた。

 なお、実際には音がすごいだけで扉は結構丁寧に開けられている。

 そこには腰をくねくねさせているオカマゴーレムのリーダー、ゴレムが立っていた。

 やたら上機嫌なあたり、うまい具合に仕事の内容をまとめてきたんだろう。

 

「あらもー、まーた変なことしてたの? あんまりはしゃぎすぎちゃだ、め、よ?」

「そうは言うけどリーダー、リーナとユースがさー」

 

 外野から野次が飛んでくる。

 ええい、その話はもういいだろ!

 

「んふふ、でもおかげでまた大きい仕事が入ってきたんだから、貴方達は喜んでいいと思うわよ」

「むしろ休みが吹っ飛んだんですけど!?」

 

 ――これから一週間、ひたすらに飲み明かしたり博打に興じたり、女と遊んだりする予定だったりしただろう連中から、そんな文句が出てくる。

 まぁ、そういう意味でアタシたちに文句をいいたい連中もいるだろう。

 

 ぶっちゃけた話、踏破したダンジョンに隠し通路があったとか、下手すると失態だ。

 時と場合、権力者の思惑によるが、こういうのをマイナスとしてアタシ達冒険者にむちゃを言ってくる奴らは多い。

 そうなった時の冒険者は立場が弱いので、一方的にその被害を受けるしかないのだが――

 

「安心なさぁい、今回の隠し通路は今のダンジョンが発生してから数十年間、一度として発見されなかった通路なのよ、むしろ見つけられなかったことのほうが問題になるわぁ」

「ってことは……?」

「こっちは全面的に悪くない、むしろ発見したことで恩人の立場にまでなったわねぇ!」

 

 リーダーのその宣言に、周囲が沸き立つ。

 おお、それは凄い。

 普通こういうのはお互いに色々と利益をぶつけ合って、それなりの妥協点を見つけるものなのだが。

 完全に10:0で向こうに非があることになるっていうのは、それはそれは凄いことだ。

 同時に、それは成功させれば報酬も凄いということで。

 

「じゃ、じゃあリーダー。この冒険を成功させたら……」

「――二週間」

 

 ――――2のジェスチャーをごつい手で作ってみせるリーダー。

 つまるところ、それは。

 

「二週間の休みを、全員平等にプレゼントするわぁ。もちろん、ここで活躍すれば更にボーナスがあるわよ!!」

「お――――」

 

 一瞬の沈黙。

 

 

「おォ――――!!」

 

 

 宿屋一階の食堂に、冒険者たちの歓声が響き渡った。

 

 ――しかし、普通ここまでこっちが一方的に恩人の立場にはならないよな。

 リーダーがアタシたちを全力で守ってくれた証であると同時に、それを後押しした誰かさんの存在を感じて、アタシは少しだけ難しい顔をするのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ――夜。

 仲間たちが眠りについたか、朝まで帰ってこないことがはっきりしてきた時間帯。

 一人の男性と、一人のオカマゴーレムが並んで酒を入れていた。

 

「それで、どうだったのユースちゃん」

「…………なんというか、その」

 

 ユースリッドと、ゴレムリーダーだ。

 今のリーダーは普段の大げさな動作とは裏腹に、しっとりとした乙女のような所作でユースを眺めている。

 対してユースは、どこか申し訳無さそうにしながら、手にしていた酒を一口煽った。

 

「“また”……ダメでしたね」

「ほんと、うまく行かないわねぇ」

 

 二人の内容は、今日のデートに関するものだ。

 昨夜の“アレ”に関しては、デートの衣装を決めるときに、一通り話してある。

 とはいえ、

 

「……けど、まさかリーナちゃんがお酒で記憶飛ばしてるなんてねぇ」

「あいつからいい出したことだったのに、そういうところで抜けてるのは、らしいと言えばらしいですけどね」

 

 リーナが、昨夜のことを完全に忘れていたのは誤算だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()ことだというのに、忘れてしまうなんて。

 まぁ、リーナが普段から変なところでポカをするのは、いつものことだとユースは笑う。

 そういうところもカワイイ、というやつだろう。

 

「だから改めて、二人だけになれる場所で話をしようと思ったんですが……」

 

 ――ダンジョンに潜ることをリーナが提案したのは渡りに船だった。

 今のリーナとユースが二人きりになって、互いに昨夜のことを思い出さない場所というのは限られる。

 飲食店などは人目があるし、ホテルや自室は明らかに昨夜のことを連想させる。

 ダンジョン、そこ以外に意識せず話ができる場所はユースには思いつかなかった。

 

 しかし、失敗した。

 またもリーナが、見つけてしまったのだから。

 

 ダンジョンの隠し通路を発見してしまったというのは、それだけ大事なのである。

 ユースたちはAランクの冒険者なので、あくまで仕事として対処しているが、これが本来あの場所を利用するようなDランク冒険者なら、結果的に大きな災害の引き金になっていたかもしれない。

 見つけたなら、即座にそれを報告する義務が冒険者には存在する。

 デートなんて、している場合ではなかった。

 

「……といっても、流石に毎回これじゃあ、いやになりますよ」

「あの子は、そういう星の下に生まれちゃってるからねぇ」

 

 ――そして、こういうのはこれが初めてではない。

 流石に一線を越えるのは初めてだが、リーナとユースの関係を変えようという試みは、リーナもユースも意識しているかどうかの差異はあるが、何度も行ってきたのだ。

 お互いに、相手が好きなことを解っているのに、きちんと正面から向き合わないとそれを形に出来ない。

 リーナの自意識が一番の壁なのだが、それを悪く言うことはできないだろう。

 ()()()()()()()で生まれてしまったことに、誰の責任もないのだから。

 悪いのは、それを変えようとする度に起こる“ジャマ”のことだ。

 

「“幸運の妖精(ラッキー・フェアリー)”……ね、ほんと、こういうところはお母様そっくりだわ」

「…………」

 

 リーナリアは運がいい。

 親譲りのその幸運は、時として多くの事件を引き寄せる。

 ()()()()()()()()()()のだ。

 本人が望もうと望まざると。

 そしてそれは、大抵の場合、リーナとユースの関係が変化しそうなタイミングでやってくる。

 

 ユースとリーナが冒険者になる前から二人のことを、そして二人の親族についても知っているリーダーは、こういう時の相談相手として心強い相手だ。

 昔を懐かしむリーダーに対し、ユースは少しだけ視線を伏せて、けれども声に力を込めて言葉を紡ぐ。

 

「けど、リーナは言ってました」

「……何を?」

 

 ユースは、これまでの自分とリーナの足跡を思い出して、そして――あの夜のリーナを思い出して、強くグラスを握りしめながら、言った。

 ――昨日の夜、リーナは大きな決断をした。

 その決断は、ユースもまた、前に進む覚悟を決めるに足るものだった。

 

 

「今度は、運命より先に手を出してやったぞ、……って」

 

 

 そうやって、悲しそうに――けれども嬉しそうに自分の手の中で笑う、幼馴染の姿を思い出して。

 ユースは、ただ強く、酒の水面に映る自分を、睨む。

 

「……今回の件、アタシたちに非がないことになったのは、ひとえに“あの人”の助力あってこそよ」

「…………解ってます。多分、リーナも意識はしてないでしょうけど、察してはいるはずです」

 

 歓声を上げる宿屋で、一人だけ難しい顔をしているリーナを見れば、リーナも事情を察しているだろうことがわかる。

 だからこそ、ユースは絶対に逃げ出すことはできないのだ。

 

「あなたとリーナに与えられた猶予は、もうそれほど無いわ」

「ええ……だから、リーナは焦ったんでしょうし」

 

 リーナは決して、打算で行動できない人間だ。

 正直すぎるというか、無垢すぎるところのあるリーナが、それでも焦って――酔った勢いで、というのが大部分だろうが――行動を起こしたこと。

 それだけでも、自分たちの置かれた立場をユースは理解せざるを得ない。

 

「だから……」

 

 ――リーナリアとユースリッド。

 誰もが認めるお似合いカップル、リーナが男性に対する生まれつきの忌避感を抱いているという障害故に、両思いでありながらいまだ結ばれることの出来ていない男女は、しかし。

 ()()()()にも、純粋に付き合えない理由があった。

 

 

「――僕は、絶対にリーナに相応しい男になって、リーナのお父さんに、認めてもらいます」

 

 

 ()()()()()()

 それこそ、リーナの悪運、性自認と並んで二人の間に立ちはだかる壁だった。

 

 夜は更けていく。

 運命は二人に手を伸ばしていく。

 幸運に呪われた少女と、そんな少女を世界の誰よりも愛してしまった男。

 

 二人の長い長い旅路は、大きな変革を迎えようとしていた――――




今回で導入が終了となります。
シリアスしたりしますがイチャイチャは欠かさないと思います。
ここからは真面目に話を進めつつ、回想で雌落ち前の部分も掻い摘んでいく感じになります。

皆様の感想、高評価、お気に入りが執筆の糧になります。
よろしくお願いします。


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8 少年と少女は花畑で出会い、それから十年後に子作りをした。

 ――懐かしい夢を見た。

 今から十年と少し前、アタシが転生して少したった頃の事。

 

 アタシの眼の前に、金髪のガキが眠っていた。

 ここは、アタシが常日頃から抜け出してサボりに使っている場所で、それはもう色んな花が咲いている花畑である。

 四季によって咲く花が自然と変化し、誰も手入れしていないのに常に花が咲き誇っている場所。

 明らかに普通ではないこの花畑は、アタシがこの世界に転生して、当時としては唯一と言っていいファンタジーな光景だった。

 

 つまりなんと言えばいいのか、ここはアタシの聖域である。

 やたら厳格な家に生まれてしまったアタシは、ファンタジー世界に生まれ変わったにも関わらず、よくわからん経済学だとか帝王学だとかを叩き込まれまくって、魔法も剣も一切触れられなかったのである。

 しかも女になったせいで、女らしくあることを強要されて、ふてくされていた。

 その中で、ここだけがアタシの癒やしだったのに。

 だというのにそこへ、金髪の、ガキ(アタシと同年代)が紛れこんでいるのである。

 ふざけんな、ここはアタシの場所だ!

 

 そう思ったアタシは、そいつを思いっきり蹴り飛ばそうとして――

 

 

 ――避けられた。カッ、と目を見開いて飛び退かれたのである。

 

 

「――は?」

 

 思わず、声を出していた。

 そいつはそのままアクロバティックにバク転しながら距離を取り、剣を抜き放ち蹴りつけてきたアタシを睨む。

 警戒しているのだろう、がしかし――即座にそれが呆けたものに変わった。

 今思い返せばそれは、アタシに見惚れていたのだろうが、当時のアタシはそんなこと関係ない。

 なんたって、今の動きは、どうしようもなく――

 

「――――か、かっこいい」

 

 アタシが憧れるような動きだったからだ。

 いやだって、物語とかアクション映画でしか見ないようなすげー動きを見せつけられたのである。

 これぞファンタジー! これぞ転生! ってちょーテンション上がるよね。

 

「あ、えっと……ご、ごめ」

「――なぁおい! 今のなんだ!? どうやったんだ!? どーすればそんな風に動けるんだ!?」

 

 アタシは思わず顔を近づけて聞いていた。

 そいつは無意識に剣を向けてしまったことを謝ろうとしていたんだろうが、アタシはそんなこと気にしない。

 間近でまくし立てる。するとそいつは顔を思いっきり赤らめて距離を取る。

 

「お、落ち着いてくれ! 今のは剣技だ! ぼ、僕のはまだ、到底父に及ぶものではなくて……」

「何いってんだよ、アタシが見たのはお前の剣技だ! んなどうでもいいことを解説しなくたっていいっての!」

「え――」

 

 ぽかん、と目を丸くそいつに、先程まで感じていた苛立ちなど吹き飛んでいた。

 窮屈極まりない生活を送っていたアタシにとって、間違いなく新しい風になる存在。

 アタシと同じくらいの年齢でありながら、あんな動きができるやつがこの世界にはいるんだ。

 きっと、世界はアタシの思う通り、色んなファンタジーがあるはずなんだ。

 だから――

 

「――アンタ、名前は?」

 

 アタシは、こいつを知りたい。

 それが始まりだった。

 その時はまだ、アタシにとってそいつは新しくできた男友達。

 そいつがアタシに惚れているなんて気付くはずも、思い当たるはずもなく。

 純粋に、友達になりたいと名を聞いたのだ。

 

「…………ユースリッド」

「いい名前だな!」

「……君は?」

 

 帰ってきた名前に、笑みを浮かべた。

 そいつが更に顔を真赤にしていた。今思い返すと、余りにも真っ赤すぎて、逆に面白い。

 

「リーナリア・アウストロハイムってんだ」

 

 そして、その返答に――

 

「あ、あうすとろ……はいむ……? アウストロハイム()()の!?」

「おう!」

 

 ――そう、アタシ、リーナリア・アウストロハイムは、貴族だ。

 この国で一番えらい貴族、それがアタシの一族である。

 

 聞いたところによれば、ユースの父親はアタシのくそオヤジ……父様と懇意の仲らしい。

 故に父親に連れられてここにきたのだとか。

 しかし退屈だったので逃げ出して、ここにやってきた、と。

 ……いや、ロックすぎじゃないか?

 仮にも初めて連れられてきた場所で、一発目から逃げ出すとか普通じゃねぇ。

 とはいえ、そんなロック野郎ならなおさらアタシは歓迎だ。

 つまらないアタシの人生に、風穴を開けてくれるかもしれないんだから。

 

「じゃあ、ユース。そうだな、アンタはユースって方が呼びやすい。だからユース――剣を教えてくれ」

「剣を……僕が!?」

「そうだ。さっきのすげー動きみたいなの、アタシもやりたい!」

「いや、それは……」

 

 ――それは、出会い。

 

「……ダメか?」

「…………しょうがないなぁ」

 

 アタシとユース。

 いずれ一つになる二人の、始まりの出会いだった。

 

 ▼

 

 

「リーナ、ユース、そっちは任せたわよ!」

「ガッテン!」

「承知してます!」

 

 二人の剣士――アタシとユースが互いにそれぞれの武器を構えて突っ込む。

 アタシは細いレイピアで、ユースは両手で構えるような大剣だ。

 目の前には硬い甲羅に覆われた亀型のモンスターがいて、アタシ達はリーダーからこれの対処を任された感じ。

 

「“風よ”!」

「おおおおお!!」

 

 アタシが風の魔術を使ってそいつの足元を乱すと、ユースが剣を下から上に切り上げた。

 途端に亀型モンスターは浮き上がり、身動きが取れなくなる。

 

 そこへ――

 

「せええ!」

「ふん!」

 

 二人が同時に、無防備な脳天へ剣を突き刺した。

 ユースは力任せに、アタシは脳天だけでなく眼も同時に貫くように。

 この一撃で倒せる算段は合ったが、余裕があればこうして次の手を封じるのもテクニックだ。

 

“ォォオオオオオオオ”

 

 とはいえ、問題なくモンスターを倒すことができ、モンスターは影に溶けるように消えていく。

 確かモンスターは影の邪神の眷属で、影から生み出されるので、倒されれば影に消えていくんだったか。

 ぶっちゃけ倒した後に消えるゲーム的な演出と思えばそれで問題ないのだが、こういう設定がきちんとキメられてるとワクワクするよな。

 まぁここはゲームじゃなくて現実なんだけど。

 

「次は!」

「――詠唱完了、まとめて吹き飛ばすわよ!」

 

 ユースの叫びに応えたのはアンナだった。

 アタシ達はその言葉に、即座に横っ飛びする。

 あいつが詠唱を完了したってことは、大きな魔術が飛んでくるってことだからだ。

 

「“獄炎よ”!!」

 

 叫び、巨大な炎があちこちを飛び回り、モンスターを焼き尽くしていく。

 詠唱の時間が倍以上に増える代わりに威力もそれに比例して増加しているため、アタシのそれと比べると殲滅力が半端じゃない。

 気がつけば、周囲のモンスターは全滅していて、戦闘は決着がついていた。

 

「ユース、そっちはどうだ?」

「傷はないよ、ちょっと疲れたけどね」

「ん、ならよかった」

 

 とりあえずユースの方を見てから、リーダーたちの方へ向かう。

 そこでは、無数の攻撃からアタシ達を守ってくれていたリーダーが、表面に擦り傷をつけていた。

 それを、ヒーラーであるパーティメンバー、小柄な女性が詠唱の後に癒している。

 赤毛の少し地味なところがある彼女は、ソナリヤ・グラフ夫人、アタシ達パーティのトップヒーラーである。

 デートの服を貸してくれた恩人である。

 ちゃんと洗濯したので、笑って許してくれたぞ、いや本当に夫人には頭が上がらないね。

 

「パラレヤさんも、ありがとうございました」

 

 ぺこり、とアンナがお辞儀をする相手は、パラレヤ・グラフさん。

 “木人”と呼ばれる人型樹木の彼は、ソナリヤさんの旦那さんである。

 二人はこのパーティで出会い、結婚した夫婦なのだ。

 ソナリヤさんはパーティで一番凄いヒーラー、パラレヤさんはパーティ一番のエンチャンターである。

 

 この世界の戦い方は、それこそゲームみたいだ。

 冒険者にはそれぞれ役割があって、その役割にそって戦闘を進める。

 基本は四種類、アタッカー、タンク、ウィザード、ヒーラー。

 このうち、ウィザードは攻撃魔術を使うアタックウィザードと、補助魔術を扱うエンチャンターに分かれる。

 

 アタシ達の場合、ユースは典型的なアタッカー。

 前線に出て、とにかく敵を倒して数を減らすことが求められる。

 リーダーはタンクだ。モンスターのヘイトを集めて、仲間が戦いやすい状況を作る。

 アンナがアタックウィザード。パラレヤさんがエンチャンターで、それぞれ魔術で状況を動かす。

 ソナリヤさんはヒーラーで、パーティの生命力を一手に担う重要な存在。

 アタシ? アタシは()()()()()()()()だ。

 

 つまり、アタッカーとして戦うことも、タンクとして周りを守ることも、ヒーラーとして回復を助けることも、ウィザードとして魔術を飛ばすこともできる。

 基本的にはユースと一緒にアタッカーを担当しつつ、リーダーのダメージが大きい場合は変わりにタンクを受け持って――アタシの場合は回避盾だ、正面からの攻撃を受け持ったりはしないぞ――パーティが追い込まれたらソナリヤさんと一緒に必死にヒールを飛ばすし、火力が必要ならアンナと並んで大魔術を行使したりする。

 流石にエンチャントはそこまでやらない、バフって基本的に重複しないから、小手先のエンチャントだと何の効果も得られないのだ。

 

「リーダー、他のパーティはどうですか?」

「んー、斥候ちゃんたちが先に進んでるみたいだけど、報告が無いから、めぼしいものは見つかってないみたい。後は各地で戦闘中ねぇ」

 

 リーダーが、何か石版のようなものを手にしながら、アンナの言葉に応えている。

 ――現在アタシたちは言うまでもなく、アタシとリースが見つけた隠し通路を探索している最中だ。

 どうも、隠し通路は通路と言うよりエリアとなっているらしく、そこにはアタシ達が先日踏破した最下層より更に一つ上のランクのモンスターがうじゃうじゃしていた。

 これはやばい、と本腰を入れて調査を開始したわけだが、やっていることはといえば、パーティをいくつかの小隊に分けての探索である。

 

 基本的に、ダンジョンに潜ったり、クエストを受ける際のパーティの人数は六人が最適とされる。

 それ以上になると連携がうまく行かないのだ。

 だから大きなクエスト――今回のような踏破作業に数十人規模のパーティが挑む場合、パーティを分割するのが普通である。

 複数に別れたパーティが、司令塔であるリーダーの指示に従って、お互いにフォローできる状態で進行していく。

 これが案外効率的なのだ。

 

「これ以上進んでも、他のパーティが遅れちゃうわね。斥候ちゃんたちにも、一端待機って言っておくから、一度ここで他の子たちを待ちましょう」

「……解った」

 

 パラレヤさんが珍しく口を開いてうなずいた。あの人、基本喋らないからな。

 アタシとユースも互いに視線を交わしてうなずくと、アイテムボックスから椅子を取り出して、その場に座り込む。

 椅子っていうか、マルタなんだけど。

 最悪その場に捨てていってもいいから、便利なんだ、椅子用に加工されたマルタ。

 

「ふー、結構きついなぁ……」

「流石にランク一つ上がると、一戦一戦が長引くからな」

 

 正直言うと、今回の探索はあまり成果が芳しくない。

 単純に敵が強いのだ。間違いなく、ここがダンジョンの本命なのだろう。

 と、そこに。

 

「――まぁまぁ、私達なら攻略できないダンジョンではないのですから、腰を据えて行きましょう」

 

 そんな柔らかな声が響いた。

 二人して顔を上げる、そこには、

 

「ソナリヤさん!」

 

 ソナリヤ・グラフ夫人、柔らかな笑みを浮かべる、パーティ随一のほんわか美人がそこにいた。

 手には、飲み物を持っている。アタシたちのために入れてくれたのだろう。

 アンナと二人でそれを喜んで受け取った。

 うあ、あっつい。

 

「猫舌ー」

「うっせ」

 

 からかうアンナを、しっしと追い払う。

 んで、ふーふーと、温かいココア――に相当するこの世界の飲み物……以後、そういうものが大量に登場するが、わかりやすさ重視でアタシの認識で前世の近い食べ物に変換する――を冷ましながら口にした。

 うん、甘くて体が温まる。糖分が疲れた頭にすーっと効いて、一気に休まるな。

 

「ふふ、おかわりもありますからね」

「ありがとうございます。ソナリヤさんは大丈夫ですか?」

 

 アンナが、顔色を伺うように聞く、ソナリヤさんは常に笑顔なので、体調の変化がわかりにくいのだ。

 いつもテッカテカしてるリーダーや、いつも繁っているパラレヤさんほどではないけど。

 

「私は大丈夫ですよー、お気遣いありがとうございますね?」

「いえいえ」

「あ、そうです、リーナちゃん」

 

 ふと、ソナリヤさんはニコニコとこっちに視線を向けて、

 

 

「おめでとう、やっとユースくんと子供を作れたんですね!」

 

 

 ぶーーーーーーーっ、凄い勢いで飲んでいたココアを吹き出した。

 げほげほ、

 

「い、いきなり何いい出すんッスか!?」

 

 あまりにもあまりだったから、ちょっとビックリしてしまった。

 周囲の視線が一気にこちらへ集まる。

 ええい、見るな見るな、特にユースは見るな!

 

「ええ、でも交尾、したんですよね? やっぱり恋人同士がそういうことをすると、おめでたいって気がしませんか?」

「ちょ、ちょ、ちょっとスト―ップ、落ち着いてくださいッス、ソナリヤさん!」

 

 あ、ユースが顔を真赤にしながら視線をそらした。

 ばかやろー、見るなと念は送ったがそういう反応をされるとこっちも恥ずかしくなるだろ!?

 

「どうして? 恥ずかしがることはないですよリーナちゃん。私達は家族なんですから」

「そうよー! もっと誇っていいと思うわよー!」

 

 ぐあー! リーダーまで乗ってきやがった!

 た、助けてアンナ!!

 

「…………」

 

 うわ、すげームスッとした顔をしている。

 一人だけ出遅れてるやつの僻みだこれ、ふざけんなこっちのほうが被害者だっての。

 

「そ、ソナリヤさん……ええと、そ、そこまでにしていただけると、ほら、リーナがすごい顔してますから……」

「すごい顔ってなんだよ!?」

「恥ずかしがってるって言ったら、それはそれで怒るだろ!?」

 

 うるせー、ばーかばーか! ユースのばーか!!!

 

「えー? でも、交尾したんですよね?」

 

 ソナリヤさんはそう言って、夫のパラレヤさんと視線を合わせて――

 

 

「どこでしたんですか? オススメの()()()()()スポットがあったら、教えてほしいです!」

 

 

 ――――アタシたちは、思わず沈黙した。

 あ、そっかぁ。

 パラレヤさんは木人である。

 木人と交尾する場合、それは特定の場所で一緒に日向ぼっこをすることを指す。

 つまるところ、パラレヤさんの交尾に関する知識は、“そういう知識”にとどまるのだった。

 

 ……そっか、そっかぁ。

 

 ……………………アタシと、アンナ、それからユースが一斉にリーダーを見る。

 おやゆびぐっ、ってされた。

 

 解ってたなら訂正してくださいよーーーっ!




だいたいご想像の通りかと思いますが、初対面の際にユース少年の性癖はバキバキになり、
父の剣術じゃなくて自分の剣術が凄いと言われた時点で初恋陥落RTAが完走しています。
ワールドレコードです。


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9 “幸運のキューピッド”リーナリア

「でもですね、私達、ちょっと安心してるんです」

 

 ぽけぽけ夫婦は、アタシ達の阿鼻叫喚を気にせずそんな事を言う。

 安心、安心というと――

 

「私達がこうして一緒になれたのは、リーナちゃんとユースくんのおかげなのに、二人はちゃんとカップルになれてませんでしたから」

「……心配だった」

 

 ぽつりと、付け加えるようにパラレヤさん。

 ああ、そういえばそうだ。

 グラフ夫妻は、冒険者になってから知り合い、そして夫婦になった仲だ。

 互いに、優秀なヒーラーとエンチャンターとして、昔から相性は良かったらしいのだが、それがきちんと交際にまで進んで、結婚に至った経緯には、アタシとユースが関わっている。

 主に、アタシの起こした事件のせいなんだが。

 

「ありがとうございます。でも、心配されることの程じゃないッスよ、アタシもユースも、付き合いは長いし」

「でもでも、子作りできるようになったのは、大きな進歩だと思いますよ」

「……と、とりあえず子作りから離れてもらっていいッスか?」

 

 ああ、また恥ずかしくなってくる。

 この二人の子作り観は一般と異なるから、こういうときに事故が起きるんだ。

 まさかアタシたちに対してそういうことが起きるとは思っても見なかったから、一瞬混乱してしまった。

 普段は茶化す側だったのが、痛いしっぺ返しである。

 

「それに、やっぱり私達のキューピッドさんには、幸せになってもらいたいですからー」

「……俺たちだけでは、ない」

 

 むぅ、少し気恥ずかしくなってくる。

 

「そうねぇ、リーナちゃんも、ユースちゃんも、胸を張っていいと思うわよぉ」

「り、リーダー……」

 

 苦笑するユース、アタシもなんか思わず愛想笑いを浮かべてしまった。

 ――休憩時間の一幕。

 なんとなく、アタシの胸に、温かいものが染みていくのだった。

 いや、ココアだなこれ、あったけぇ……

 

 

 ▼

 

 

 ――私達のパーティ『ブロンズスター』には幸運のキューピッドさんがいます。

 私、ソナリヤ・グラフは、故郷の家族に仕送りをするため冒険者となったのですが、同時に両親からはいい人を捕まえてくるように、と口酸っぱく言われていたのです。

 私の家族は結構な大家族で、妹や弟たちを養うためには、少しでも人手が必要だったのですねぇ。

 

 もちろん、素敵な人との出会いには私だって憧れがあります。

 ブロンズスターの名前を知ったのも、ちょっと失礼な話ですけど、すっごい色男さんがいるから、って評判だったからなのです。

 そうして、実際そのパーティにはすっごい色男さんがいらっしゃいました、それも二人。

 パラレヤさんと、ユースリッドさんです!

 特にパラレヤさんは、それはもうかっこよくて、ひと目見た時から私、ドキドキしちゃったんです。

 ユースリッドさんも絵に書いたような色男さんだと思いますが、私はパラレヤさんが世界の誰よりも大好きです!

 えへへ、言っちゃいました。

 

 それに、ユースリッドさん……ユースくんには私なんかよりもずっとお似合いの相手がいましたから、恋をするっていう発想も浮かばなかったかな?

 リーナリアちゃん。

 私と同じで、小柄で可愛らしい女の子です。こっちはひいおじいちゃんがドワーフさんだったんだけど、リーナリアちゃんはお母さんの祖先がエルフさんだったんですって。

 ちょっと言葉遣いが男の子みたいなところがあるけれど、男の子にも負けない強い意志があって、女の子の憧れみたいな女の子。

 

 そんなリーナちゃんとユースくんですが、二人はパーティでも有名な恋のキューピッドさんなんです。

 パーティで仲良くなりたい人がいると、自然と二人がそれに関わって、仲を取り持ってくれるの。

 凄いんです、二人がいれば失敗する恋愛はないんですから。

 それこそ横恋慕ですら、円満に失恋に導くことができるのは、本当に胸をはれると思いますよ?

 

 もともと、リーナちゃんはトラブル誘引体質なところがあるので、それが周りの人たちの関係を改善したり進展するきっかけになるんです。

 ときには恋愛どころか、村や街を救っちゃうこともありますが、リーナちゃんが関わった事件では、周りの人が絶対に幸せになります。

 その分、リーナちゃんやその周りにいる人は、いっぱい大変なんですけど、そういう人助けができるのは私としてもすっごい楽しくって、やりがいですよ。

 ただ、やっぱりそれを引き寄せちゃうリーナちゃんは、周りに遠慮をするところがあるんじゃないでしょうか。

 

 私達がBランク冒険者になるきっかけになった事件があるのですが、その時リーナちゃんは、リーナちゃんに一切責任はないけれど、色んな人を危険にさらしてしまいました。

 結果的にリーナちゃんは、危険に晒した人の倍くらいの人を救って、その功績で私達はBランク冒険者になれたのですけど、リーナちゃんはそれを気にして、パーティを去ろうとしてしまったんです。

 幸い、ユースくんの説得と、去ろうとしたときに起きた出来事が、リーナちゃんを引き止めるきっかけになったのですが。

 リーナちゃんは悪くないのに、どうしてリーナちゃんだけが気に病まなきゃいけないのでしょう。

 多分、リーナちゃんはそれが初めてじゃないのだと思います。

 

 なにかある度に、その原因になるのはリーナちゃんです。

 誰もその事を責めたりはしませんが――むしろ喜んでよくやった、と笑いますが――リーナちゃん本人がどう思うかはまた別問題で。

 もちろん、本人はそういうのを態度に出しませんし、多くの場合は気にしていないと思います。

 だから私達の間では、不文律があるんです。

 

 リーナちゃんに、トラブルメーカーは禁句。

 

 リーナちゃんはごくごく当たり前に私達の仲間で、普通の女の子なのだから、と。

 これは、ユースくんにだって当てはまる絶対の不文律。

 もし彼がそのことに踏み込んだのだとしたら、たとえどんな語り口であろうと、その本質はとても大事な話のはずで。

 

 二人の様子を見る限り、きっとユースくんの試みは“また”失敗したのだと思います。

 今回の一件が、リーナちゃんの発見によるものであることからもそれは明白で、だからこそリーナちゃんも普段より難しい顔をしているときが多いんだと思います。

 

 ――リーナちゃんには、問題が多いです。

 本人の性自認もそうですが、こうして幸運という名のトラブルメーカーで、雁字搦めにされるのもそう。

 後は、私達には話していませんが、リーナちゃんとユースくんには秘密があるみたい。

 これも、決して単純な問題ではないみたいで、二人は色々と悩んでいるんです。

 事情を知っているリーダーからは、この事には、リーナちゃんとユースくんが話してくれるまで待つように、とのことでした。

 私とパラレヤさんもそれは同意です。

 というより、私達はたまたま気付くことができましたが、二人はこの事をきちんと気をつけて秘密にしているので、知っている人は殆どいないのではないでしょうか。

 少なくともアンナちゃんは知らないみたいでした。

 リーナちゃん一番の親友が知らないのだから、パーティで知っているのは私とパラレヤさんくらい、だと思います。

 

 とはいえ、そんなリーナちゃんとユースくんが一歩前進したことは事実です!

 

 そう、子作りをしたのです! 二人は二人っきりで愛し合ったのですね!

 子作りはすごいです、大好きな人と一緒にすると、心がとってもポカポカします。

 いつか、きちんとパラレヤさんとの子供が欲しいな、と思う私ですが、今は一緒にポカポカするだけでもとっても幸せです。

 

 そんな幸せを、リーナちゃんたちも分かち合ったと言うなら、それはとても幸せなことだと思うのですが、どうしてか二人はとっても恥ずかしがってしまいます。

 もちろん、人前でそれを口にするほど私も分別はありますが、家族同然である私達パーティの間で、隠す必要もないのではないでしょうか。

 あ、でもでも、恥ずかしがっているリーナちゃんは可愛かったですね。

 といっても、話が変われば、すぐにリーナちゃんはいつもどおりに戻ってしまいましたが。

 

 リーナちゃんがユースくんと子作りをした時、ユースくんは土下座をしてまでその事を謝ったそうですが、リーナちゃんは全く気にした様子がなかったそうです。

 これって、リーナちゃんの切り替えがすごく早いからなんですよね。

 良くも悪くも、リーナちゃんは起こった出来事を引きずりません。

 

 というよりも引きずれないのだと思います。

 そうしないと、過去の出来事で押しつぶされちゃうのだと、そう言っていた時がありました。

 今回のことでリーナちゃんが普通にしているのは、それも大きいのでしょう。

 

 ――リーナちゃんが抱える問題は一つではありません。

 ユースくんも、リーナちゃんも、それを解決するために多くの時間をかけてきました。

 それが、子作り一つで変わるかはわかりませんが、でも大きな前進であることに違いはないのでしょう。

 

 だとしたら、この事件は果たして――

 

 二人の関係に、どのような変化をもたらすのでしょうか……

 

 

 ▼

 

 

「――いたな」

「いるね」

 

 覗き込むように、アタシ達は物陰から、そいつの存在を視認していた。

 そいつは、一言で言えば蛇だ。

 大蛇、オロチ、なんと読んでもいいが、ヘビ型の超大型モンスターであることは事実。

 っていうか、アレは……

 見るからに、このダンジョンのボスですよ、といいたげなそいつは、

 

「……おかしいわね、このダンジョンの(コア)はすでに討伐したはずよ」

 

 リーダーが、腕組みをしながら訝しむ。

 こいつらは“主”と呼ばれる存在だ。ダンジョンを構成する中心に当たる存在であり、こいつらを倒すとダンジョンは踏破済みダンジョンとして扱われる。

 アタシ達は先日、このダンジョンの“主”を撃破してきたはずなのだ。

 であれば、あそこにいるのはなんだ?

 

「先日、僕たちがダンジョンに潜った時、明らかにモンスターは数を減らしていました。後詰め調査のクエストを受けた冒険者の報告も確認しましたが、このダンジョンは明らかに踏破済み状態に移行しています」

「モンスターが沸かなくなって、ただの洞窟になる前段階……ってことだよね」

 

 アンナの言葉に、アタシは少しだけ補足をする。

 

「一応、多少ならモンスターはポップするよ。ダンジョンは火山に例えられるが……この場合は残ったマグマの余熱みたいなものだな」

「……相変わらず、リーナからそういう教養のある言葉が出てくると、理不尽を感じる」

 

 ふはは、土台になっているものが違うのだよ。

 もともと普通の町娘だったアンナとでは、学んできた知識の量が違う。

 まぁ、こういう時のマウントにしか使わないムダ知識なんだが。

 

「ど、どうするのですか、リーダー……」

「……討伐準備は、できている」

 

 問いかける夫妻に、リーダーは難しい顔をしている。

 討伐、当然の選択だ。問題があるとすれば、このエリアのモンスター全体が前回の踏破のときよりランクが上がっていること。

 つまりあの大蛇の強さが未知数であるということだ。

 とはいえそれも、一度の討伐で終わらせるのでなければ問題ない。

 

 今回は強襲偵察に専念して、次の討伐で決着をつけるというのは間違いではないのだ。

 

「……そうね」

 

 だからこそ、アタシは決断をしようとしているリーダーに呼びかけた。

 

「リーダー、一つだけいいか」

「――あらぁ、どうしたのぉ? リーナちゃん」

 

 ぽつり、と。

 

「あいつ――文献で見たことがある」

 

 そう、告げた。

 おもわず、といった様子でリーダーが目を見開く。

 本当にめずらしく、リーダーが驚いたらしい。

 いつだって腰を据えてドカっとしているリーダーが、揺れるなんてことはそうそうない。

 ただ、()()()()がそうならざるを得なかったというだけの話。

 

 アタシの正体はリーダーとユースしか知らない。

 アタシがこういった具体的に知識を伝える時は、それ相応に相手がやばい時ってことだ。

 普段は、知られないために黙っているんだから。

 アンナへの知識マウントとはわけが違う。

 あれは、街の図書館に行けばいくらでも学べる知識の一つ。

 

 対してこれは――

 

 

「あいつは、<国喰い>。……間違いねぇ、準Sランク級モンスターだ」

 

 

 ()()()()だ。

 これを知っている人間は、この国でアタシの一族と、アタシの一族より一つだけ偉い連中しか存在しない。

 それを口にすること事態がタブーそのもの。

 それを、わざわざ口にするってことは、

 

 

「ここで倒さないと、大きい戦争になるぞ」

 

 

 そうしなければいけない事情が、アタシ達には生まれてしまったということに、他ならないのだから――



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10 知ってはいけない、知られてもいけない。

 この世界において、S級というのは特別な意味を持つ。

 人間の称号として頂点の一つ上、歴史に名を残す偉業を為した存在へ送られる称号。

 それ以外に対しては、世界を滅ぼす可能性を有する存在へ送られる称号。

 前者の偉業が大抵の場合、世界を救ったという偉業に対してのものであったとするなら、つまり。

 

 S級とは、世界を揺るがす存在を指す称号である、と言える。

 

 では、準S級とはなにか。

 一言で言えば、「A級の中から、S級に進化する可能性のあるモンスター」を指す。

 普通モンスターが進化することはありえない。

 しかしA級の中でもごく一部のモンスターだけは、S級に進化する可能性があるのだ。

 

 じゃあそんな存在を秘匿するなんておかしいと思うだろうが、理由があるのだ。

 この世界はどこかゲーム的な要素で世界が作られている、ステータスとか、ダンジョンとか。

 だから、S級のような超大型モンスターが討伐された場合、それに対する見返りが起きる。

 アイテムドロップだ。これは準S級の状態――S級に進化する前のAランクモンスターの状態で倒しても、同じものをドロップする。

 そしてこのアイテム、一国のパワーバランスを崩すと言われるほどのとんでもない代物だとすれば、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もしこの準S級を事情を知っているアタシ達以外が討伐すれば、最悪大きな戦争になる。

 だからこそアタシたちはここで準S級を討伐しなきゃいけないし、アタシはそのことをリーダーに伝えなくてはならなかったのだ。

 

 んで、それを踏まえた上で。

 今回、アタシ達の前に現れたのは<国喰い>。文字通り、下手をすると国一つをまるごと平らげてしまうやべー蛇だ。

 とはいえ、こいつの場合どうしてAランクからSランクに進化するのかの理由が明白である。

 食べたものの量に応じて大きくなっていくのだ。

 食べれば食べるほど大きく強くなるのだから、いずれSランクのモンスターにすらなりうるのは当然で。

 幸い、今はまだそこまで対して何かを食べていないようだ。

 あくまでAランクとして討伐できるだろうが、厄介な点として――

 

 

 こいつはAランクモンスターの中でも、特別に強い部類に入るモンスターである。

 

 

 ▼

 

 

「ランデルチームは、カイザルチームへスイッチ。アタシ達とクロードチームは現状維持、ミーシャチームはスタンスをアタッカーからヒーラーにスイッチしてランデルチームのフォロー!」

 

 リーダーのけたたましくも、甲高い声が響く。

 リーダーはとにかく優秀な冒険者なのだが、そんなリーダーの最も大きな才能は声が大きくてはっきり通ることだと思う。

 こういった大規模戦闘時、どれだけ激しい戦闘音の中でもリーダーの声はよく通る。

 指揮官として、これほど優れた適性はそう存在しない。

 

 ――ダンジョンの“(コア)”との戦闘はいわゆるレイドバトルだ。

 複数のパーティが一つになって、それぞれに役割を果たしながら戦闘をススメていく。

 うちの場合は、一つのパーティを一個の冒険者に見立てるという戦い方をしている。

 

 うちにはゴレムチーム、ランデルチーム、カイザルチーム、クロードチーム、ミーシャチームという五つのチームがあるのだがこれをアタッカー、ウィザード、ヒーラー、タンクに割り振る。

 当然、これらのチームにはバランスよく各スタンスの冒険者が揃っているので、必要に応じて役割をスイッチさせることで、パーティの壊滅を防ぐことができる。

 

 正直、レイドバトルもそうだが、戦闘の戦い方に正解はない。

 今は一般的に、役割分担が主流となっているが、それも歴史の流れで全員がオールラウンダーになるほうがいいってなることもあるかもしれない。

 ともあれ、今は戦闘だ。

 

 “主”は戦闘状態に入ると、周囲にモンスターをポップさせる。

 これを対処しながら、本体にも適時ダメージを与えていかなければいけないのだが、これがまた難しい。

 アタシ達は現在、的確なリーダーの指示で役割をスイッチさせつづけることで戦線を維持している。

 しかしこれも“主”が追い詰められて攻撃パターンを変えれば、維持できるかは未知数だ。

 

 <国喰い>はこの国で準Sランクに指定されているため、過去に討伐された記録はあるのだが、詳細は逸失している。

 前回討伐されたのは、数百年以上前なのだから、無理からぬことだ。

 一応解っていることとして、追い詰められると戦い方を変えるということだけは解っているのだが。

 じゃあ、具体的にどういう変化を見せるのか?

 というとよくわからないのが正直なところ。

 

「――リーナちゃん、危ないです!」

 

 ふと、ソラリヤさんの声が響く。

 同時に後ろから気配、アタシは振り返りながら剣を振るって、即座に詠唱。

 

「“風よ”!」

 

 剣が致命傷を防ぎ、風で一気に距離を取った。

 その後を、<国喰い>の尾が通り過ぎていった。

 

「くっそこいつ、尾が器用すぎる! っていうかさっきから長くなってないかこの尾!」

「そういう特性があるんでしょうねぇ。ユースちゃん、尾に警戒しつつ攻撃。リーナちゃんは援護、支援はユースちゃんに集中させて!」

「…………解った」

 

 別に意識が散漫になっていたわけではないが、不意打ちに近い形で攻撃された。

 さっきからずっとこうだ。

 この蛇、とにかく意識の外から攻撃してくるのが巧い。

 連携が取れていて、経験豊富なパーティでなければ一瞬で串刺しにされて終わりだろう。

 

「アンナ、詠唱はどうだい!?」

「まって……もうすぐ!」

 

 ユースが飛び込みながらアンナに詠唱の進捗を尋ねる。

 アタシ達の今の役割はウィザードだ。アタッカーとウィザードの大きな違い、ウィザードは最大火力が高く、アタッカーは継戦火力が高い。

 つまり、今アタシ達は戦線を維持しつつ、高い火力の準備をすすめる必要がある。

 アタシがウィザードに回れればいいのだが、蛇がどこから攻撃してくるからわからないために、それも難しい。

 

 それでもなんとかアンナが詠唱を完成させて、同じくウィザードをしているランデルチームとともに、大火力の一撃を蛇に叩き込む!

 

“アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!”

 

 蛇の絶叫が響き、戦況に変化が起きた。

 

「リーダー! 取り巻きが“脱皮”した!」

「みたいねぇ、パターンが変わったってことでしょ! ミーシャチームとカイザルチームがスイッチ。クロードチームもヒーラーにスイッチ、アタシ達とランデルチームはタンクにスイッチよぉ!」

 

 状況の変化に合わせて、リーダーが一気に役割を変更する。

 タンク2、ヒーラー2、アタッカー1。かなり慎重な割り振りだ。

 しかし、

 

 

 直後、リーダーの眼の前に蛇の口が迫っていた。

 

 

 凄まじい速度だ。反応できたのは、おそらくユースだけだっただろう。

 それだって、距離の関係で割って入ることはできなかったし、何よりユースが割って入っても無駄死にになるだけだ。

 リーダーは言葉を発するよりも先に、蛇に飲み込まれた。

 

「り、リーダー!?」

「くそ、リーダーを吐き出せ!!」

 

 動揺が一気に広がる。

 ――これが“主”との戦闘の恐ろしいところ。

 “主”には時折、こういったアタシ達の想像を上回るようなとんでもない動きを見せる時がある。

 Aランク冒険者すら、運が悪ければ即死してしまうような、そんな攻撃だ。

 アタシ達がどれだけプロだったとしても、そこに隙は生まれる。

 司令塔を失うなんて、考える限り最悪の状況である。かつて何度か“主”と戦ってきたアタシ達だが、こんな経験は初めてだ。

 

 しかし、

 

「――リーナ!」

 

 アタシはユースの声を聞き逃さなかった。

 そして、その言葉に含まれている意味を余すところ無く察知して、詠唱を開始する。

 ……そういうことか。

 そんな納得が、()()()()()()()()に湧いてくる。

 

 もはや反射だった。

 ユースがアタシに声をかけるということはそういうことであり、アタシの体は勝手に動き出す。

 

「“風よ”!」

 

 魔術。

 効果は――

 

 

「落ち着け!!」

 

 

 拡声。

 ユースの声は、リーダーのようには響かない。

 あの大声は本当に一種の才能だ。普通、司令塔っていうのはこうやって拡声の魔術を使って、声を周囲に届くようにするものだ。

 

()()()()()()()()()()()()()。リーダーの指示通りに役割を継続!」

 

 ユースはリーダーが飲み込まれるという行動に反応できた。

 そしてその時に確認したのだ。

 リーダーが手をうったということを。

 ならば、ユースがするべきことはそれを周囲に伝えて、リーダーの指示を守らせること。

 アタシは掛け声でそれが解ったので、拡声の魔術を使いつつ、動き出していた。

 

 アタシ達チームの役割はタンク。リーダーが飲み込まれた以上、代わりにそれを果たすのはアタシだ。

 脱皮したモンスターのいくつかに攻撃を入れてヘイトを集めながら、蛇に斬りかかる。

 ――その一拍後、正気に戻った仲間たちが動き始めた。

 

「ユースくん、リーナちゃん、ありがとうございます!」

「……助かる」

 

 グラフ夫妻の感謝を受けつつ、アタシとユースは飛び回る。

 他のパーティと違って、アタシたちはメンバーが一人欠けた状態である。

 負担は大きかった。

 

 蛇は攻撃を激しくしたが、厄介なのは脱皮を果たした周囲のモンスターだった。

 それまで蛇型だったために地面を這っているだけだったのが、空を飛び始めたのである。

 三次元の軌道というのはこういった大規模戦闘においては戦況の混乱を呼ぶ。

 この蛇――リーダーを的確に狙ったこともそうだが、頭がいい。

 

 それでも、状況は動く。

 それは、

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 戦場をつんざくほどの、一人のオカマゴーレムの叫び声に寄って、だった。

 

「リーダー!!」

 

 周囲から歓声が上がる。

 そんな歓声すらかき消すほどの絶叫とともに、ぐぐぐ、と蛇の口が持ち上がり、

 

 中から、金色に光り輝くリーダーが出現した。

 

 ――相変わらず、すごくパワーのある絵面だ。

 ともあれ、アレには絡繰がある。

 いや、()()()()()()()()絡繰がある。

 

 この世界のモンスターは強い、一体のモンスターに世界が滅んでしまう可能性があるくらい。

 だが、人類だって負けてはいないのだ。

 今リーダーがそうしているように、人類には時折、説明のつかない力を行使する人間が現れる。

 

 魔術だとか、剣術だとかでは説明のつかない、いうなれば特殊能力のような力。

 一般的にこれは――

 

 

 “オルタナティブ・スキル”、そう呼ばれていた。

 

 

「“金剛ォォォォオオオ! 夜叉ァアアアアアアア”!」

 

 

 ”金剛ォ! 夜叉ァ!”。

 それがリーダーのオルタナティブスキル。ォ! ァ! もスキル名に含むので注意だ。

 ォとァの数はその時のテンションで増えるが。

 

 オルタナティブスキルの基本は一人一つ、一日一回。

 効果は言うまでもなく、金色に光って硬度が増す。

 更には力も強くなるし、声も大きくなる。

 素晴らしいスキルだ。

 ともかく、

 

「ユースちゃん! リーナちゃん!!」

 

 リーダーが叫ぶ。

 ――今が好機であることは明白だった。

 蛇の動きが止まっている、驚き故だろう、知能が高いことが逆に仇となっている。

 リーダーを丸呑みできなかったことは、蛇の想定を上回る行為なのだ。

 

 一気に状況が好転した。

 リーダーが無事だったことで士気が上がり、リーダーがオルタナティブスキルで蛇の口を留めることで、攻撃手段が一気に減った。

 取り巻きが数を減らしていくなかで、なんとか蛇はリーダーから逃れようとするが、それも失敗している。

 

 そんな中で、アタシ達へのオーダー。

 リーダーの狙いはすぐに分かる。

 

 切り札を切るということだ。

 

「ユース、行くぞ!」

「……ッ! ……ああ! 言われなくたって!」

 

 アタシはユースの横へ急行し、着地する。

 なんだかユースは驚いたように目を見開いているが、関係ない。

 体を上げながら、くるくると剣を回してユースと肩を並べた。

 ユースもまた、大きく息を吐き出して、剣を構え直している。

 

 それを、アタシは間近で見た。

 

 …………か、

 

「……リーナ?」

 

 

 ――――かっこいい。

 

 

 なんだよこいつ、イケメンかよ。イケメンだったわ、冒険者の間でも有名なイケメンだったわ。

 え、でもこいつこんなにかっこよかったっけ?

 まてまて落ち着け、アタシは今までこんなこいつを意識してなかっただろ。

 急にどうしたんだよ思春期か? 恋の病でも患ったか!?

 バカいうな、元男だわ、性自認曖昧状態だよ今だって!

 

 あ、でもアタシ、こいつと一線越えたんだわ。

 やべぇよやべぇよ、こいつアタシと一つになってんじゃん。

 記憶ないけど、酒で何も覚えてないけど。

 

 っていうかふと思ったんだけど。

 

 ――――こいつは、どうなんだ?

 

 アタシは忘れてるけど、こいつは?

 

「なぁ、ユース」

 

 ここまで、時間にしてゼロコンマ二秒。

 極限まで鍛えられた体内時計が、一瞬でアタシの頭が沸騰したことを如実に伝えてくる。

 色ボケかよってくらい凄い思考してたな今?

 だが、気付いてしまったからには確認せずにはいられない。

 今は戦闘中? 大丈夫だよ、

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「な、なんだいリーナ。そんな急に真面目な顔して」

「こうしてるとさ、思い出すよな」

 

 アタシは、ユースとピタリと平行に剣を蛇へと向ける。

 身長差から、その位置はだいぶ上下するけれど。

 

 比翼のようだと、誰かはいった。

 

「初めて、こうやって一緒に剣を振るったときのこと」

 

 月下の花畑。

 白金の光明。

 

 こんなこと、まさかアタシから口にする時が来るなんて思わなかった。

 ――一線を越えてからかな、こういうことは割と多い。

 でもここまではっきりと、こういう事を口に出すなんて。

 なんか、随分と自分の中で色んなものに踏ん切りがついたのかな?

 

「それはいつものことじゃないか。ほら、行くよ」

 

 まぁ、いい。

 アタシ達は、()()()()のオルタナティブスキルを起動させる。

 その裏で、アタシはこれを初めて使ったときのことを思い出していたんだ――




気を抜くとたまに色ボケします。


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11 そして少年は、少女を拐った。

 昔のことを思い出していた。

 ユースと花畑で出会って以来、アタシたちは定期的にそこで会って遊んでいた。

 

「よ、ほ、と――どうよ」

 

 くるくると、器用にレイピアを振り回して見せる。

 やることと言えば、主にユースによる剣の手ほどきと、アタシの魔術披露だ。

 ユースと出会って数年、ようやくアタシは魔術を習えるようになった。

 そりゃ魔術は下手すると誰かを傷つけてしまうのだから、ある程度分別がついてから教えるのは普通なんだろうが、こちとら転生者である。

 幼いウチから学習を初めて、習い始めるころには教師なんていらない……くらいのチートは体験したかった。

 そういう意味では、ユースは幼い頃から剣術を学べて羨ましくはある。

 

「うん、体幹が凄いしっかりしてきた。リーナは筋が良いね」

「筋がいい、じゃ困るんだけどな」

 

 アタシの目標はユースなので、ちょっと才能があるくらいじゃ困る。

 とはいえユースの評価は的確で、実際それから練磨を続けたけど、未だにユースに剣術で勝てたことはない。

 魔術を織り交ぜて、お互い本気でやるなら五分に持ち込めるだろうか、といったところ。

 こと、何の小手先も使わないただの剣の競い合い、技量のぶつけ合いでアタシがユースを上回ることはついぞなかった。

 

 逆にユースは魔術が全くと行っていいほど使えないのだけど。

 そもそも、冒険者としてアタッカーを目指すならそこまで魔術を学ぶ必要はないから、それで問題ないのだ。

 アタシみたいにオールラウンダーになる方が普通ではない。

 

「僕には剣しかないけど、リーナには剣も魔術もある。それって凄いことだと思うけどね」

「解ってるって。でもやっぱユースの剣はすげーからさ、どうしても目指したくなっちゃうんだけど」

「目標にされるのは……嬉しいけど」

 

 照れるな、とこぼして視線をそらしたユースが可笑しくて笑う。

 

「何さ、なにか文句あるの?」

「べっつに、おかしなヤツだよなーって。アタシみてーなのに褒められて喜ぶなんて、随分酔狂だ」

「いや君は……その、……えっと」

「あ? 何だよ」

 

 ボソボソと何かを口にするユースに、マジで何いってんだと返す。

 ただ、そんなユースの顔をみているとどーしてか、これっぽっちも、微塵も理解できないが――アタシはそのことを口にしなくては行けない気がしたんだ。

 

「……そういえばさ」

「どうしたの?」

 

 伝えなくてはならないことがあった。

 いや、伝えるべきではないことなのかもしれないけれど、どうしても伝えるべきだと思ったことがあった。

 アタシは、ある意味そこで初めて決断したんだ。

 その行動の意味が、前世男の自意識故に理解できなかったために、

 

 

「――婚約者が出来たんだ。父様が決めた」

 

 

 そう告げた時の、ユースの顔を、アタシは絶対に忘れないだろう。

 呆けるような、悲しむような、絶望するような、そして、

 

「……そっか」

 

 そう呟いた時の、どこか覚悟したようなユースの顔を。

 アタシは明日、その婚約者と初めて顔合わせをすると伝えた。

 そして、その日の夜。

 

 

 ユースによって、アタシはアタシの家から連れ出された。言ってしまえば、誘拐である。

 

 

 いや、驚いたね。

 目を覚ましたら、おもっきし武装したユースが窓を叩いてたんだから。

 アタシを連れ出して逃げたユース、アタシはもはや何がなんだか解らないまま走っていた。

 こいつがロック野郎なのは重々承知していたが、こんな事をするとは思っても見なかったんだ。

 というか、こんな事をする理由が解らない。

 

 何より――

 下手したら死罪とか言われかねないことを、こいつはしているのに。

 どうして、ちょっとうれしそうに笑ってるんだ?

 

「はぁ……はぁ、ユース、ストップ、ストップ……これ以上はムリだ!」

「……解った、ちょっと休憩にしよう」

 

 そう言ってアタシとユースは立ち止まり、あたりを見渡した。

 月明かりに、アタシとユースの秘密基地である花畑が照らされていて、そこは普段とは少し違った光景になっていた。

 なんていうか、不思議な感じだ。

 ここはいつだって、アタシ達の場所だったのに、そのときだけはどうにもそれだけではないような気がして。

 美しい景色を目に入れながら、アタシは隣に立つユースに視線を向けて問いかけた。

 

「なぁユース。どうしてこんな事をするんだ? お前にこんな事をする、意味も理由もないだろ」

「な、そ、それは……僕が……君を……」

「はぁ? 何いってんだ?」

「…………君が!」

 

 アタシがブツブツ言うユースに、わけがわからないという反応を見せると、ユースは諦めたように首を振った。

 なんだよ、と思うがまぁ、今になって思えばクソボケだったのはアタシの方で。

 こんなアタシを好きになった当時のユースが、少しだけかわいそうになるな。

 とはいえ、ここで素直になれないあいつにも問題があると思うのだが、どうだろう。

 

「君が、婚約者の話をした時、すごく悲しそうだったんだ!」

「……は? アタシが?」

「そうだよ! 僕の勘違いかもしれないけど、でもそう思ったら、いても立ってもいられなくて……」

 

 やがてしどろもどろになっていくユース。

 それが、どうにもアタシは――

 

「……ぷ、あはは」

 

 可笑しくて、笑ってしまった。

 

「笑わないでくれよ! こっちは本気なんだ!」

「悪い悪い。いや、それでここまで無茶をするってのも、ユースらしいっちゃらしいかもしれないけどさ」

 

 とにかく、悪い気分ではなかった。

 むしろ愉快痛快、最高に楽しかった。それまでアタシを縛っていた鎖を、こいつが引きちぎってくれたのだから。

 でも、やっていることは余りにも幼稚で。

 こんな花畑に逃げ込んだら、見つけてくださいと言っているようなものじゃないか。

 ああしかし、だからこそアタシは、そんなユースに希望を見たのだ。

 

「んで、これからどうするんだよ」

「……今考えてる」

「おいおい、しっかりしてくれよな。お前が始めたことだろ?」

 

 こいつは優等生みたいな面をしながら、やることと言えばこんな無鉄砲極まりない蛮行だ。

 だからこそ、きっとユースなら、アタシの今を変える何かを持っていると、信じていたんだ。

 

 それはきっと、やがて“好き”になる想い。

 “愛”と呼ばれる、暖かな花束だ。

 

 ――――でも、それは、

 

 

 幻想に過ぎなかった。少なくとも、このときは。

 

 

「――――――――危ない!」

 

 

 でも、そんな幻想は、まやかしとして切って捨てられる。

 気がつけばユースは、アタシを庇って――魔術によって作られた風の刃に、貫かれていた。

 

 

 ▼

 

 

 驚くべきことに、このユースの暴走は結果としてアタシを救うことになる。

 なんとアタシと婚約しようとした連中が、悪いやつだったのだ。

 大胆にも婚約者としてお目通りがかなったその日に、アタシに変な細工をしようとしていたらしい。

 そんな大それた計画を見抜けないとか、お父様も大したことないですわね、と思うものの無理からぬこと。

 仮にも一国の公爵令嬢に、それと釣り合うレベルの家格の家がそんな大胆な手をうつはずがないという盲点をついての、決死の賭けだったのだから。

 むしろ相手を褒めるべきで、父様には同情するのが正しい反応だと思う。

 もっと言えば、そいつらのしようとしていたことは、父様が絶対に周囲へバラさないよう秘密にし続けてきたアタシの秘密にまつわるものだったから、父様もまさかと思ってたわけだ。

 どうやって見抜いたかって? 聞いて驚け“当てずっぽう”だそうだ。

 

 まぁ、本当にあてずっぽうなのかは定かではないが、少なくとも事件を起こした貴族は最後までそう主張していたのだから、そう言うしかあるまい。

 裏にある思惑はさておいて、この場において大事なのは、そんな大仕事を決行する前夜、()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 自分たち以外にも、アタシを狙う誰かがいたのかと焦ったそいつらは行動を起こした。

 結果として、花畑に逃げたアタシとユースに追いつき、アタシを捕獲するために行動した。

 

 何というか、今聞いてもそいつらの行動はバカじゃねぇの、と思う。

 あまりにも無防備で、荒唐無稽。だが、しかし。

 結果を見ればー―よりバカだったのはユースの方だ。

 本当に、アタシはそんなバカに救われた。

 

 ーーでも、その時はまだ、アタシ達はそんなことつゆとも知らず。

 

 そいつらに狙われたアタシを庇って倒れた、というのがその時のユースだ。

 致命傷である、急速に弱っていくユースと、突如目の前に現れた謎の敵。

 

 それまで、アタシはどこかこの世界にいることを夢見心地でいた。

 転生なんていう不条理を経験し、男から女になって、この世界が現実であることを認識する前にユースと出会った。

 物語の中から飛び出してきたかのようなそいつに、アタシは憧れて、()()()()()()()()()()()

 なんてことはない、バカで愚かな、男とも女とも言えない、現実を見ていない異常者の末路である。

 

 だから、目の前でユースがアタシを庇って死にかけた時、そんな幻想は木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

「――なんだよ、どうしてユースが死ぬんだよ。なぁ、ユースは凄いやつなんだろ。アタシの憧れなんだろ? こんなところで死ぬはずないよな。こいつらをぶっ倒して、アタシと一緒に逃げてくれるんだよな?」

 

 夜、驚くほど静かな満月の晩。

 倒れ伏して血を流すユースと、それを抱えるアタシ。

 周りの連中は、油断なくアタシたちを見下ろしている。アタシが何かをすれば、即座にユースを殺すだろうことが見て取れた。

 こいつらが動かないのは、こいつらの目的がアタシだからだ。

 アタシに死なれたら困るから、あくまで警戒にトドメている。

 

 しかしそれが、アタシにはユースをあざ笑っているようにしか見えなくて。

 

「何見てんだよ……何笑ってやがんだよ! 見世物じゃねぇ、ユースはそんなんじゃねぇ!」

 

 叫ぶ。

 みっともない、余りにもみっともない。

 ユースを見世物のように扱って、自分とは違うんだと思ってたのは誰だ?

 ――アタシじゃないか。

 

「第一、ユースは負けてねぇ、てめぇらの卑怯な不意打ちにやられただけだ。ユースはな、てめぇらなんかより強いんだよ!」

 

 叫ぶ。

 どうしようもない。余りにもどうしようもない。

 ユースに勝手な期待を押し付けて、ユースにこんな事をさせたのは誰だ?

 ――アタシ以外に、ありえないじゃないか。

 

 愚か。

 余りにも愚か。

 

 ――ユースがこんな事になったのは、全部アタシのせいだってのに、八つ当たりにも程がある。

 

「なぁ、ユース……アタシが悪かったからさ……目を開けてくれよ。またあの時みたいに、パッと立ち上がって、すげー動きでこいつらを倒してくれよ。……あの時と違って、今ならアタシもそれを手伝えるからさ」

 

 空を見上げて、ぽつり、つぶやく。

 

「ああ、キレイだ。キレイだよ、夜の花畑はアタシ達が知ってる花畑とは、また違った。また、こんな風にきれいな場所で、アタシはアンタと剣をふるいたかった――」

 

 そして、今にも泣き出しそうな瞳を鋭く細めて、その情動を怒りに変える。

 

「――なぁ、もしもアタシをここに連れてきて、笑ってるやつがいるなら。こんな巫山戯た結末、認めるんじゃねぇよ」

 

 そうだ、もしもアタシが転生したことに意味があるなら。

 ユースとの出会いが、運命だっていうのなら。

 

「それができないなら! クソみたいな絶望も! アタシを縛る鎖も全部! 引きちぎって!」

 

 ――直後。

 

 

 花畑から、白金の光が漏れた。

 

 

 一瞬にして、漆黒に塗れた月下の花畑に、幻想的な光が灯る。

 アタシを中心にして、爆発的に広がっていくのだ。

 

 ――まずい、と敵は思ったのだろう。

 即座に武器を構えたり、魔術を行使したりするが、手遅れである。

 そのことごとくを、アタシ達を覆う、白金の光が弾いてしまうのだから。

 

 

「運命を、ぶっ壊してやる!!」

 

 

 そして、その時。

 致命傷を負っていたはずのユースが、目を開いた。

 アタシは、自分の中から湧き上がる形容しがたい情動に身を任せていたから気が付かなかったが。

 その時アタシを目にしたユースははっきりと覚えていたという。

 

 奇跡を起こすアタシの瞳は、アタシからあふれる光と同様に、白金(プラチナ)に輝いていたという。

 

 

 ▼

 

 

 ――――その時、初めて行使したそれこそが、アタシのオルタナティブスキル。

 そして、アタシが命を救うためにスキルの“対象”としたのが、ユースだった。

 アタシのオルタナティブスキルは非常に特殊だ。

 まず最初に対象を決める。何の対象かといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()対象だ。

 そう、アタシのオルタナティブスキルは他人のスキルを書き換えて、自分と同じスキルにしてしまう効果がある。

 

 そしてその対象は一度決めれば、生涯永遠に変える事ができない。

 ある意味で、とんでもねぇプロポーズだ。

 もちろん、当時のアタシはそんなこと知るよしも無かったが。

 

 ともあれ、そうして目覚めたスキルは非常に強力だ。

 なにせ二人分のスキルなのだから。

 ただでさえ人智を超えた力を有するオルタナティブスキルが、更に強力となる。

 他でもない、アタシ達にしかない利点である。

 

 そしてその効果は、とても単純。

 互いに剣を構えたアタシとユース。

 ユースの掛け声によって起動したスキルによって、二人の剣が白金に光る。

 効果時間は、凡そ十秒。

 アタシたちは即座に飛び出して、戦場を駆ける。

 

 やることと言えば非常に単純だ。

 まず、ユースが敵を切りつける、今の敵――<国喰い>はリーダーのオルタナティブスキルによって引き止められ、身動きが取れない。

 ユースならば、それは容易だ。

 続けて、アタシが<国喰い>を一突きする。

 ユースが一撃を入れた直後ということもあってか、激しく<国喰い>が動くために、狙いづらいが構わない。

 

「――オオオオオオオオッ!!」

 

 叫びとともに、アタシのレイピアが<国喰い>に突き刺さった。

 

 直後。

 

 

 国喰いが突如として影に染まって、消えていく。

 

 

 これこそ、アタシとユースのオルタナティブスキル。

 まず、ユースの剣には今、()()()()効果が付与されている。

 そしてアタシのレイピアには、()()()()効果が付与されている。

 よって――ユースの剣によって確率による即死の可能性が生まれた敵に対し、アタシが一撃を入れることで、その確率が確定する。

 

 即ち、アタシ達のスキルは言うなれば()()()()

 もちろん、確実に剣を当てなくては行けない以上、リーダーのスキルなどによる足止めは必須。

 更にAランク以上のモンスターはある程度ダメージを与えないと即死効果そのものを無効にする特性が備わっているため、ダメージ蓄積も必要だ。

 

 結果として、使用はこのタイミングしかない状況だった。

 その上で、このタイミングにさえ持ち込んでしまえば、アタシたちは絶対に即死を成功させる。

 また、ユースの方は即死ではなく昏倒も選べるので、人間相手に使う時も安心だ。

 これが、アタシ達のスキル――

 

 

「――オルタナティブスキル」

 

「“死がふたりを分かつまで”――」

 

 

 かくして、

 アタシとユースは隣り合ったまま剣を振り抜いて、戦闘の勝利を宣言した。




主人公以外が持ってると噛ませにしかならないけど主人公が持つと絶対的な切り札のなるタイプの必殺技です。
もちろんある程度外したりもしますが。


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12 “白幸”なアタシはいなくなったほうがいい

「っしゃーーー!」

「勝った! おつかれリーナ、ユースもね!」

 

 わいのわいの。

 アタシ達を激励してくれるアンナ(手を振って返しておいた)や、各々に絶叫するバカども。

 パラレヤさんにはソナリヤさんが抱きついていて、なんかパラレヤさんが恥ずかしそうにしているし、リーダーは黄金のままポージングをしていた。

 リーダーのスキルは効果時間が長いのでちょっとうらやましい。

 

「よ! リーダーきょうも黄金(テカ)ってる!」

「うふーん、もっと褒め称えなさい、アタシの石像筋肉が躍動しているわぁ!」

 

 その周囲では黄金のリーダーを囲んで讃えている謎の連中がいるが、アレもすっかり恒例行事だ。

 たまにあるよね、その場のノリで始めたアホな行動が定着すること。

 っていうかテカってるってなんだよ……

 

「リーナ、ケガはない?」

「そっちこそ、ヘマなんざ打ってないだろうな」

 

 お互いに状況を確認する。

 うん、ユースは何事もない、いつもどおりのユースだ。

 こいつ、こういう時は本当にただのイケメンに成り果てるよな。

 普段はあそこでリーダーを讃えてるバカどもとそんなに本質は変わらないのに。

 まぁ、余りにもイケメンすぎるせいで酒の席で女に言い寄られまくって、男のバカに乗り込めないのはある意味不幸かもしれない。

 アタシ? アタシはそれを眺めて笑ってるところの住人だよ。それってのは男のバカとユースのバカどっちも指す。

 

「……急にどうしたのさ、なんかこっち見つめて、呆けたり難しい顔したり」

「別に、何でもいいだろそんなの。お前には何の関係もねー」

 

 ぷいっと視線をそらす。

 ちょっとかっこいいと思ってたのバレてねぇだろうな。

 

「というか驚いたんだけど――」

 

 ふと、

 

 

「――――まさか、何の躊躇いもなくやってくれるとは思わなかったよ」

 

 

 そう言われて、アタシは停止した。

 ……あれ? そういえば、何も考えずにスキルぶっ放したけど。

 ()()()()()()()()()()()()よな?

 

「あー、そういえばそうだ!」

 

 そこでアンナが気付いたのかこっちに近寄ってきて、凄い勢いで笑顔になりながらアタシを揺さぶってくる。

 うおおやめろ! アタシに揺れるようなものはない!

 ……そんなに! …………無いわけではない!

 

「リーナ、普段はアレ使う時、すっごい嫌がるのに、今回全然だったじゃない!」

「あ、ああ……言われてみればそうだ、な?」

 

 …………そもそも、アタシはどうしてこいつとスキルぶっぱするの嫌がってたんだっけ?

 なんか嫌がるようなことあったかな。

 

「いや、でもさ……考えてみれば、使えるものなんだから使わないとダメじゃないか? 普通だろ普通、こんなもんだよ」

「いやいやいや、それ数日前のアンタに言ってみなさいよ、絶対ボロクソに言われるわよ」

「そうかぁ?」

 

 ううむ、分からん。

 確かに昔はいやだったけどさー、心境の変化ってものはあるだろ。

 それを特別なことみたいに言うのは、アタシとしては何か好かない。

 

「んもー! リーナちゃんは成長したってことじゃなーい! おめでたいことなんだから、そういう風に言っちゃダメよ!」

「リーダー!」

 

 振り返れば、そこにはブロンズに戻ったリーダーの姿があった。

 

「思春期ってやつよ、若い頃のことが、大人になったら何でも無いことのように思えてくるの。アンナにもそのうち分かる時が来るわ」

「……セクハラ?」

「いや、そういう意味じゃないでしょ!?」

 

 アタシは思わず、大人になるってつまるところヤっちまうってことかと思ってつぶやく。

 いや、確かにリーダーにそういう意図はないかもしれないけど、でも考えれば考えるほど、きっかけになるのはそれくらいしか考えられなくて。

 いやいやいや、だとしたら何だよアタシちょろすぎかよ!?

 一発ヤれば過去に踏ん切りが付くとか安い女だなぁおい。

 

 それとも何か? ヤるときに何かこう、色々と吹っ切ったとでもいうのか?

 分からん、何も覚えてないからな。

 あの夜のことは、完全に闇の中だ。

 なにせ、ユースだってめちゃくちゃに酔っ払っていて――――

 

「……アレ?」

 

 ふと、思い至ってしまった。

 思い返してみたのだが、果たしてユースは、あの夜のことを忘れていたと言ったか?

 いやそれどころか――アタシはともかく、

 どうしてユースがアタシとヤったなんて確信が持てたんだ?

 物的証拠はないだろ、それこそ、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁ、ユース」

 

 でも、あいつは何も言わなかった。

 じゃあそこに、一体何の意味があるんだ?

 意識が、真面目な方向に切り替わる。

 聞かずにはいられない、どうしてか、聞き出さなくては行けない気がして、

 

 

「――お前、アタシとヤった時のこと、覚えてるんじゃないか?」

 

 

 ――直後。

 

「いや、いきなり何言い出すんだ、君は」

 

 マジな返答を返された。

 あ、いや……

 

「…………大事なことかもしれないけど、いきなりいい出すとドン引きだよ」

「そういうのは二人きりの時にしなさい、ね」

 

 その、チガクって。

 いや確かに、こんな場所で言うようなものではなかったかもしれないけどさ。

 でもホントに大事なことでさ。

 聞き出さないと、アタシは大きな事を見落としているような気がしてさ。

 

「……ちょっと聞き方はどうかと思うけど、聞いてくれて嬉しかったよ。君の方からいい出してくれるんじゃないかって、期待してたんだ」

「お、おう……」

「僕だけ先に覚悟を決めて、その覚悟を君に押し付ける形になるから、僕からは伝えたくなかったんだよ、ありがとう」

 

 いや、えっと。

 真面目に対応されると、何かアタシが子供みたいに思えてくるっていうか。

 あううう、なんだよこいつ、どうしてこんな真面目な顔してんだよ。

 一足先に大人になったってか? アタシだけまだ子供気分ってか?

 思春期が終わらないってかよ……むあー。

 

「でも、話をするなら二人きりで、ね?」

「…………うん」

 

 恥ずかしくなって飛び出した言葉は、びっくりするくらい子供っぽくて、女の子みたいだった。

 

 

 ▼

 

 

 ――思春期、なんて言われて思い出すことがある。

 一発ヤってみて、自分がユースを特別に思っているとこれでもかと思わされてきたが、それ以前のアタシはユースとのことなんて認めるものかと、激しく思っていたものだ。

 ちょうど、その直前での酒の席が顕著だが、自分の性自認はどっちでもないと思っていたし――今でも、はっきりと自分を女だとは言えないが――それは生半なことでは変えられない身に染み付いた感覚だった。

 それ故に、アタシはユースとのオルタナティブスキルを、嫌がっていた時期がある。

 初めて使ったあの時以来、しばらくは使おうともしなかったし、それを使うようになってからも、散々文句を言ったものだ。

 

 誰が男なんか好きになるものかって。

 

 それと同じように、アタシは自分の体質から、自分は特別なんだと思っていた。

 いや実際、アタシの体質は世界に二つと無いもので、アタシは公爵家の娘という特別な血筋の人間なんだけどさ。

 大事なのはそのせいで、他の人とは違うのだとかぶれてたってこと。

 

 アタシの体質は正式には「白幸体質」というらしい。

 オルタナティブスキルの一種で、アタシが能動的に使うスキルはそこから派生した、言ってしまえばおまけみたいなものだ。

 その特性は「幸運の前借り」。アタシがこれからの人生で受ける幸運を前借りすることで、周囲に幸運をもたらすのだそうだ。

 この事を知っているのは、アタシの家族を除くとユースと一部の知り合いしかいない。

 アンナにすら話していない。

 こんな話、知らないなら知らないほうが幸せだからな。

 

 というか、そもそも幸運の前借りっていうのも一つの仮説だ。

 これまでにその体質に目覚めた人間が、まるで幸運を前借りしたかのように早死するから、そういう考察がされているというだけで。

 ……アタシの母様とか、な。

 

 別にそのことを悲観したことはない。

 むしろ、そんな前借りなんかに負けてたまるかと思っている。

 アタシが例外になればいいんだ、誰よりも長く生きて、しわくちゃになって死んでやる。

 そもそも前借りといえば、そもそもアタシは前世で不幸を前借りしている。

 前世のアタシは、二十代半ばくらいで死んでいるはずだから、その分今のアタシはこれまでの「白幸」よりは好条件のはずだ。

 

 問題は、幸運の起こり方。

 周りを幸運にするために、アタシの体質は事件を起こさないといけない。

 今回のように、想像もしないような偶然からアタシは事件を引き寄せて、多くの人間を巻き込む。

 場合によっては命にも関わり、生きていたからその後幸運になれるものの、場合によっては誰かが死んでいたかもしれない。

 そんなろくでもない幸運なのだ、アタシの幸運ってやつは。

 

 そのことが、どうしようもなく嫌だった時期がある。

 アタシは一人でいなきゃダメなんだって、誰かと関わっちゃいけないんだって、そう思っていた時期がある。

 それはそう、ちょうどアタシ達が、Bランク冒険者になるきっかけとなった事件。

 

 そこでもアタシ達は、準S級を討伐したんだったか――

 

 

「――リーナ、どこへ行くんだよ!」

 

 

 ――アタシは、その時大きな危険を齎した。

 アタシが冒険で見つけたアイテムは、あるモンスターを封印していた。

 それはいわゆるAランクの――正確には準S級だったけれど――当時のアタシたちにとってはどうあっても勝てないような敵。

 当然、それが解放された結果、アタシ達パーティだけでなく、他の冒険者たちもそれに巻き込まれることとなる。

 それまでも何度かあったことだったが、故に限界だった。

 

「どこって……知らねぇよそんなの。明日のアタシにでも聞いてくれ」

 

 結果、一人パーティを抜け出そうとしたアタシはユースに見つかって、問い詰められているわけで。

 

「そんなこと言って……誰もリーナを責めちゃいないだろ? 誰も死ななかったし、むしろ報酬で皆喜んでる」

「結果的にそうなっただけだ。次もそうである保証がどこにある? もう疲れたんだよ、これ以上、誰かを苦しめたくない」

「それで一人になったとして、今度は君が不幸にならない保証があるのか? 人は一人じゃ生きていけないぞ!」

 

 正直、その時のアタシはやけになっていたから、特に後のことなんて考えてなかった。

 その後も、アタシとユースは色々と言い合ったけれど、アタシが反応を見せたのは、ある一言だ。

 

「――それで、もし生きていけなくなったら、またあの家に戻るつもりか!?」

「…………それは、いやだ」

 

 誰も頼らず生きていくことなんてできない。

 アタシは冒険者としてそこそこの実力を得たが、サバイバルを一人でこなせるわけじゃない。

 結局の所それはわがまま以外のなんでも無く、もし本気で誰とも関わらずに生きていこうと思うなら、最善は実家に帰ることだった。

 だけど、それだけは死んでも嫌だ。

 あんなところに戻るくらいなら、いっそ死んだほうがマシってくらいに。

 

「だったら君は、誰かと一緒に生きていくしかない。――僕たちじゃダメか?」

「お前らをダメだなんて思ったことはないよ。ダメなのは、アタシの方だ。アタシが、こんなだから――」

「それは君のせいじゃない。僕が無茶をしたからだ!」

「違う、アタシがアタシとして生まれてきた時点で、こうなるしかなかったんだよ!」

 

 ――いやだ、やめてくれ。

 アタシを一人にしてくれ、近くにいないでくれ。

 二人だなんて言わないでくれ、希望なんて抱かさないでくれ。

 

 アタシは怖い。もう一度、あの家に戻ることが怖い。

 アタシは怖い。自分が原因で、誰かを死なせてしまうことが怖い。

 アタシは怖い。目の前にいるこいつがどうしてそこまでしてくれるのかわからないのが、怖い。

 

 アタシは、怖い。

 

 ――――こいつを、好きになってしまいそうで、怖い。

 

 好きということを、認めてしまうのが、怖い。

 

 前世が男で、女に生まれて。

 厳格な家柄に縛られて、その中でユースという救いを得て。

 ユースを傷つけて、こんな体質になってしまった。

 自分が女であることを認めることも、そのせいで生き方を選べないことも、選ぼうとしてこんなことになってしまったことも。

 

 何もかもが怖かったんだ。

 

「――僕は!」

 

 それを、そんな思いをこいつは見透かしたのか、本能がそうさせたのか。

 

 アタシを、抱きしめてきた。

 

 突き飛ばすことはできた。

 でも、できなかった。

 

「僕が……何のためにここにいると思っているんだ。なんで、君と一緒にいると思ってるんだ」

「……知るかよ」

「だって、そうだろ。そうでなくちゃおかしいだろ?」

 

 ああ、そういえば、こんなことも有ったっけ。

 その時、アタシたちはすでにAランクモンスターを倒したと思って、こんな話をしていた。

 終わったと安心して、油断していて。

 

「僕が生きる理由は――」

 

 ――こいつは、こんな一世一代の告白をしようとしてたんだ。

 だけど、失敗した。

 

 まるで、最後の最後、その一線だけは絶対に越えさせないとでも言うかのように。

 

 

 運命は、アタシたちに最後の最後で意地悪をするんだ。

 

 

 ▼

 

 

 ――なんで、そんな事を思い出したのか。

 あの時、Aランクモンスターは実は倒せていなかった。

 “仔”を残していたんだ。もしも自分が死んだときのために、次代につなげるための礎。

 それが、アタシ達を襲った。

 準S級は知能が高い。

 <国喰い>が戦いの中で司令塔であるリーダーを的確に狙ったように。

 

 この隠し通路が、巧妙に隠されていたように。

 

 <国喰い>は隠されていたんだ。倒されないように。

 真の主として、ダンジョンが殺されそうになった時の保険として。

 つまり、こいつには“隠す”という知能がある。

 であれば、本当に<国喰い>が隠したかったものはなんだ?

 

 <国喰い>は伝聞によれば、戦闘中に大きな変化を見せるという。

 あの行動パターンの変化がそれか?

 ()()()()()。そんなわけがない、あんなもの、ただ戦い方を変えただけじゃないか。

 

 思えば、そこへ至るピースはいくつもあった。

 このダンジョンの、本命を隠そうとする特性も。

 <国喰い>の取り巻きたちの脱皮も。

 

 全てはそこへ繋がっているはずだったんじゃないか。

 

 でも、思い至れなかった。

 いや、幸運にも、アタシが思い至れた。

 いつものように、白幸がアタシをそこまで導いた。

 

 結果、遅かった。

 

 アタシの視線の先で、()()()()()()()()()()()()()が変化を見せる。

 まるで、脱皮を遂げるかのように、うごめいて。

 けれどもそれを伝える時間はどこにもなく。

 ただ、アタシにできることはと言えば、

 

 <国喰い>が見せた行動パターンの変化、不意打ちのような飲み込みの対象を、

 

 

 ――アタシにすること、くらいのものだった。



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13 思った以上にアイツらはバカだったんだ。

 そこは、暗闇だった。

 なにもない暗闇で、アタシはなにかに締め付けられるような感覚を覚える。

 <国喰い>に飲み込まれた結果、影に取り込まれたようになったのだろう。

 モンスターは邪神の手先、らしいが、そのモンスターがどこから来るのかはよく解っていない。

 もしかしたら、こんな暗闇から、あいつらは這い出ているのかもしれないな。

 

 ……それはそれとして。

 

「――なぁ」

「なんだい、リーナ」

 

 アタシは、

 

「なんでここにいるんだよ!?」

 

 アタシを抱きしめて離さない、金髪色男ことユースを見上げた。

 畜生、何か身長差のせいでアタシが子供みたいだ! 同い年だぞ同い年!

 発育の違いに文句を言いたいところだが、今はそれどころではない。

 

「なんでもなにも、リーナが何かに気付いて動いただろう」

「ああ、周りに話す余裕もなかったけどな」

「そしたら、僕の体も勝手に動いてた」

「どうなってんだ人体!?」

 

 と、驚いたが。

 思い返せばアタシも人のことは言えない。

 リーダーが飲み込まれた直後、それを見たユースが声をかけてきたが、アタシは声をかけてきた瞬間、反射的に動いていた。

 それと同じだ。

 常にふたりでいすぎた結果、相手が考えるよりも先に行動を起こせてしまう。

 

 何だそれ、微妙に気持ち悪いぞ!?

 

「――とはいえ、おかげで助かったみたいだな」

「っていうと?」

「こいつは、アタシ達を飲み込もうとしてる。でも、うまくいってない」

 

 リーダーを飲み込んだときもそうだったが、こいつは一人の人間を飲み込むことに特化している。

 だからユースが突っ込んで二人まるごと飲み込まれてしまったせいで、こいつは機能不全を起こしているんだ。

 

「とすれば、時間に結構猶予があるね」

「その間にどーするか考えるか」

「――――いや」

 

 アタシの言葉を、どういうわけかユースは否定した。

 

「何だよ、外じゃ大騒ぎだろうぜ? 第一、この猶予もいつまで残ってるんだか」

()()()だ。彼らなら絶対に僕たちを救い出してくれる」

「……すげぇ自信だな」

 

 だったら、アタシ達はただ助けを待ってるだけでいい、ってか?

 もしそうできたなら、どれだけ救われることか。

 

「だから、僕たちはその時間を有効に使おう」

 

 ――ふと、ユースの声音がアタシを安心させるためのものから、真面目なものへ変わった。

 少しだけ声のトーンが落ちる。

 静かな、決意に満ちた声だ。

 

「ここなら、誰も見ていない。君に幸運を与えた神様だって、邪神の影の中までは見張ってはいないさ」

「――それって」

 

 それは、

 アタシの奥底に眠り続けてきた、一つの問題に対する、応えを求める声でもあった。

 

 

「――あの時の続きの話をしよう、リーナ」

 

 

 ▼

 

 

 あの時。

 それが何か言われるまでもなくアタシは解った。

 初めてオルタナティブスキルを使ったときのことだ。

 いや、正確に言えば夜空の花畑での覚醒が一回目なのだけど、明確にスキルとして行使したのは、Bランク昇格の時。

 ちょうど先程回想していた、あのときのことだった。

 その時、こいつはアタシに言ったんだ。

 

「今はまだ、答えを出さなくてもいい」

 

 ――と。

 アタシが誰かに迷惑をかけてしまう体質であること。

 そのせいでアタシ自身が周囲から遠ざかりたいと思っていること。

 

 でも、その結論を出すのは後でいい、棚上げしてしまおうとユースは言った。

 

 とんでもない話だ。

 それから先も多くの事件を起こしていって、その度に誰かを幸せにしたり、試練を与えたり。

 でも、何かを失うことはなかった。

 もし誰かが死んでしまったら、その時に改めて結論を出す。なんていうのは余りにも無責任な発想だが、

 

 やれてしまった。

 守れてしまったから。

 アタシはずっと先送りにしてきていた。

 

 それを、今回の一件で精算しようとユースは言う。

 果たしてアタシは、あの夜ユースになんと言ったのだろう。

 一度結論を出せていたのか。

 でも、そのときは酔っ払っていて、理性なんて働いていない。

 殆どその場の勢いだっただろうことは想像に難くないのだから。

 

 今、この瞬間とはわけが違った。

 

「――アタシは」

 

 なんとか言葉をこぼそうとして、口を開いて失敗する。

 そこで詰まった。ユースは何も言わずアタシの言葉を待ってくれるが、アタシはとてもじゃないが次なんて出てこない。

 ああ畜生。

 ちょっと前に進んだつもりでも、結局これなのかよ。

 

 いやでも、あの時言えなかったことで、今なら言えることが一つだけある。

 これだけは今のアタシでなければ言えないことだ。

 

「……怖いんだ」

 

 そう、怖い。

 余りにも単純に、どこまでも純粋に、ただただ怖いという感情だった。

 

「誰かを傷つけるのが怖い。自分の引き起こしてしまう事態が怖い。何より――」

 

 見上げる。

 

「――お前を失うのが、怖いんだ」

 

 びっくりするほどそれは、アタシの口からするっとこぼれ落ちた。

 ……何だよ、こんなに簡単に言えるんじゃないか。

 もっと早くに気付いていれば、こんなに長く悩むこともなかっただろうに。

 

 今はただ、こいつがアタシを抱きしめてくれていることが嬉しい。

 こいつの温もりが、生きているんだという証明が嬉しい。

 

 でも、そんな嬉しいに勝ってしまうくらい、今は怖いって感情が強い。

 何だよアタシ、まるで女の子みたいじゃないか。

 二十にもなって、前世から数えたらもうだいぶおばちゃんな年齢になって。

 いや、そもそもおばちゃんなんて、素直に自分を思えてしまうなんて。

 

 もう、前世からだいぶ遠くまで来たんだってことを、否応なく突きつけられているかのようだった。

 

「なら、簡単だ」

 

 ユースは、アタシを抱きしめながら見上げた。

 上を、なにもない暗闇の中で、ただ上を見上げた。

 そこに何かがあるのか? 目を凝らしても何も見えない。

 まるでアタシの心みたいに靄がかかっている。

 きっとこいつなら、ユースならそれが見えているんだろう。

 こいつは、目も他人よりいいからな。

 

「その怖さを、簡単に拭ってくれる方法を、僕は知っている」

「それは……?」

「それは――」

 

 ユースが、何かを確信して笑みを浮かべる。

 そして、

 

 ――――そして、

 

 

 ▼

 

 

「――リーダー! 二人が飲み込まれて!」

「落ち着きなさい! 解ってるわ、焦らないで、あの子達はまだ死んでない!」

 

 リーダーの叫びと、混乱するパーティの仲間たち。

 それを落ち着ける意味もあってか、リーダーはユースとリーナの生存を叫んだ。

 

「影の蛇ちゃんが二人を飲み込んだ後動かない。これは、二人を消化できてないってことよぉ! アタシも呑み込まれたから分かるわ!」

「じゃ、じゃあ……どうします、か?」

 

 ソナリヤが、パーティメンバーとしてリーダーに問いかける。

 今すぐにでも動けるということを示すように、武器である杖を構えるが、残念ながらソナリヤにできることは少ないだろう。

 単純に、彼女がアタッカーではないからだ。

 

「選択肢としては、このまま攻撃を仕掛けるか、相手の情報を分析して攻略法を探るか、よ」

「……俺たちには、難しい」

「そういうの得意な二人が、呑み込まれちゃってますよぉ」

 

 このパーティは、仮にもAランク、冒険者の頂点だ。

 だからこそ、誰もが愚かということはない。

 むしろ頭の回転は早く、地頭だってよかった。

 

 ただ、情報の分析と考察という分野において、リーナとユースを越えるメンバーはいない。

 ユースは誰よりも直感が鋭く、観察力が高い。

 リーナはあの粗暴さから想像もつかないくらい、分析力が高い。

 彼女が公爵令嬢であることをリーダーは知っているが、その育ちの良さだけではない何かがリーナにはあるとも、リーダーは思っていた。

 

「時間はなさそうね……」

 

 <国喰い>の挙動はリーナの想定を越えたものだった。

 伝聞に残っていた、形態の変化とはこの事を指すのだろうが、この影にはそれ以上の何かを感じる。

 ここまでの大きな変化が情報として残らないことがあるだろうか。

 何よりリーナとユースのスキルを食らった後に動いているというのも、怪しさが勝る。

 本来なら、アレで決着のつかないモンスターはいないのだから。

 

 最悪、すでにS級に近づいている、という見方もできる。

 だとしたら――決断には。責任が伴う。

 それを解っているからこそ、リーダーは果断にも選択する。

 躊躇は一瞬すらなかった。

 

 だが――――

 

 

 それよりも、早くに動いたバカが一人だけ、いた。

 

 

「――“獄炎よ”!」

 

 リーダーが決断するよりも、早く。

 それまで、沈黙を保っていたアンナが、詠唱を終えて魔術をぶっ放した。

 

「アンナちゃん!?」

 

 詠唱の長さを考えれば、二人が呑み込まれた瞬間から詠唱を開始していたのだろう。

 即断即決。

 悩む暇すら、存在していなかった。

 

「リーダー! 何迷ってるんですか!! 二人が閉じ込められてるんですよ!」

「そ、そうね……全員攻撃準備、多少のリスクは承知の上、二人を救い出すわよ!」

 

 ――この場に二人が揃っていないなら、パーティにできることは純粋な力押しだけ。

 それは解っているが、周囲に落ち着く時間を与えるため、自分の決断のために、リーダーは時間を使った。

 アンナは使わなかった。

 お互いの選択はズレていない。ただ迷わなかっただけの違いだ。

 

「……私は、正直リーナとユースが抱えてるものなんてわからない」

 

 続けて詠唱に入りつつ、アンナが口に出す。

 詠唱とは、一種の精神統一であり、集中を重ねれば言葉は不要だ。

 今のアンナは――そういったモノが最小限で問題ないくらい、静かで苛烈な精神状態にあった。

 

「あの二人が、他と違うってことくらいは分かる。でも、正直気にならなかった。二人は私の親友なんだもん!」

「アンナちゃん……」

「二人は、覚悟を決めて仲を進展させた。リーナは何も考えてないかもしれないけど、ユースは絶対すごく覚悟が必要だったと思う」

 

 アンナがリーナとユースをどう見ているのかが、端的に知れる一言だ。

 そしてそれ故に、二人を信頼していることが伺える。

 仲間たちは戦闘態勢に入りながらも、その言葉に聞き入る。

 

「だったら、次は私達の番だ!!」

 

 そして、言葉の端で進めていた詠唱が完成し、

 

「“風刃よ”!」

 

 次なる魔法が飛び出す。

 

「リーナが、自分の幸運体質で悩んでるなら、私達が支える! それで誰かを傷つけてしまうなら、私達が守る! リーナ一人じゃ、いつか誰かを傷つけちゃうかもしれない、でも!」

 

 鋭く影をにらみ。

 捕らえられた親友を思う。

 

 

「ここには、私達がいる! 私達がいる限り、リーナには誰も傷つけさせない!!」

 

 

 それは、あまりにも単純な決意だ。

 ある種絵空事に思える発言だ、だとしても。

 

「その幸運が、リーナ自身も傷つけてしまうなら、私はリーナだって絶対に守る! リーナがいつまでも、笑顔でいられるように、ユースと一緒に、いられるように!!」

 

 そして、

 

 

「――オルタナティブスキル!」

 

 

 自身の切り札を、ここで起動させる。

 

「――皆、聞いたわね。アンナの言葉に反論は? ……異議なし、よろしい! ではこれよりアタシ達はぁ!」

 

 大きく、声を荒げながらリーダーは、満面の笑みとともに宣言した。

 

 

「リーナリアとユースリッド、二人を支え、守り続ける覚悟を決めるわぁ!」

 

 

 そして、一気に状況は動き始めた。

 

 

 ▼

 

 

 ――――上から飛んできた言葉は、アタシ達に正確に届いていた。

 アンナの言葉も、リーダーの言葉も、アタシ達を心配してくれる仲間たちの様子も。

 

 全部、届いていた。

 

「……なんだよ、バカじゃねぇのかあいつら。絵空事もいいところだ、あんなこと」

「バカで結構じゃないか。楽しいバカは、君も嫌いじゃないだろ?」

「そーだな」

 

 ――直後、激しい揺れが影を襲う。

 

「うぁっ!」

「アンナのやつ、派手にぶちかましたな……」

 

 純粋な破壊力で言えば、間違いなくパーティ最強と言えるアンナのオルタナティブスキル。

 それが影にぶっささったのだろう、身悶えする影となった<国喰い>の感情がアタシ達にも伝わってくる。

 っていうか、

 

「呆れながらアタシを抱きしめるんじゃねぇ!」

「いや、変に手を放すほうが不安だろ、この中」

「そうだけどさぁ……こっちの感情とか、色々あるだろ……」

 

 ぶつぶつ。

 

「じゃあ逆に言わせてもらうけど」

「な、なんだよ」

 

 と思ったら、向こうがぐいっと顔を近づけてきた。

 本当になんだよ!?

 

「――僕の思いを、君は一度も聞いたことがないだろ」

「……あ?」

「君は僕を一方的に巻き込んだと思ってる。僕がこうなったのは君のせいだと思ってる」

 

 う、うん。

 それはそうだ。

 アタシがいなけりゃ、こいつはこんな風にアタシに巻き込まれて死にかけてないだろ。

 ユースは天才だ、あれだけ剣の腕がありゃ、どこでだってやっていける。

 

 なんて、思っていたアタシに、

 

「じゃあ、僕の思いを聞いてくれ。それが君の責任ってもんじゃないのか?」

 

 そう、ユースは詰め寄ってくる。

 ああ、なんというか。

 

「…………うん」

 

 今回ばかりは拒否できない。

 逃げることすらできない。

 

「……ぁ」

 

 ――アタシを掴む腕が、また強くなって。

 アタシは、少しだけ嬉しさと緊張で、か細い声音を伴った吐息を、漏らしてしまうのだった。



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14 好きとか、そういうだけじゃなく。

 ユースリッドにとって、リーナリア・アウストロハイムは言うまでもなく初恋の相手だ。

 なんなら一目惚れの相手でもあり、そして何より、初めての友達でもある。

 物心がついた頃から、父親とその剣だけを追いかけて生きてきた。

 才能があった。

 努力する根気もあった。

 

 でも、彼が目標とする父親は、余りにも偉大すぎた。

 世界すら救ったことのある父は、幼子からしてみれば余りにも遠く、追いつけない存在である。

 だから、あの時までは、

 

 ――金髪の少女に、“自分の剣”がかっこいいと言われるその時までは。

 

 リーナリア。リーナと呼ぶことにしたその少女に、ユースはすぐに惹かれていった。

 彼女の距離感の近さ、無邪気に笑った時の笑顔、自分の剣を素直に褒めてくれること。

 どれをとっても、ユースにとってそれは劇薬過ぎた。

 惜しむらくは、リーナには女性としての自意識がなく、そのせいでリーナに好意を受け取ってもらえなかったことか。

 

 だが、それでもいい。

 いずれリーナと、特別な仲になるのだ。

 剣も、交流も、前向きに努力すれば、いつかは報われるのだと、ユースはそう思い始めていた。

 あの時、リーナに婚約者の存在を告げられるまでは。

 

 ――その後の行動を、バカな行動だったと、今では思う。

 余りにも軽率で、考えなしだった。

 ただ、その後に起こった出来事は、そんな考えなしのユースをして、想像もできないようなことだった。

 

 結局、結論から言えばユースはリーナの力によって一命をとりとめた。

 この時、ユースはリーナから「運命力」を分け与えられたらしい。

 詳しいことはそれを説明してくれた父親にも解っていないらしいが、リーナの「幸運の前借り」体質は運命力を他人に譲渡することで発生するのだとか。

 ともあれ、命を分け与えられる形で助けられたユースとリーナは、比翼連理と言ってもいい存在となった。

 

 リーナの家柄という問題は未だ残るが、ユースとリーナは冒険者となることを許され、リーナが15の誕生日を迎えたタイミングで、家を飛び出した。

 二人が冒険者となる条件は、リーナの正体を知られないこと。

 ユースの父の計らいと、ちょうどそのタイミングで冒険者パーティを立ち上げようとしていた偶然が重なって、二人はゴレム・ランドルフのパーティ、ブロンズスターに所属することとなる。

 

 以来、二人は様々な冒険を繰り広げながら、成長していく。

 その中で、ユースが解決するべき問題は三つ。

 

 一つは、リーナの性自認。

 自分を女性と認められないリーナは、どれだけユースが好きであったとしてもそれを素直に認めることができない。心の問題であるそれを、強引に変えることは出来ない。

 時間をかけるしかないだろう、というのが結論だった。

 

 もう一つは、ユースとリーナの関係を、正式にリーナの父に認めさせること。

 ユースがリーナの「白幸体質」のパートナーとなってしまったことで、リーナが生きていく上でユースの存在は必要不可欠なものとなった。

 リーナがユースと離れ離れになると、ユースに分け与えた運命力の力が損なわれることで、リーナは非常に死にやすくなるらしい。リーナはかつて一人でパーティを離れようとしていたが、それはある種彼女が心の底で、生きることを諦めているということの証明であった。

 だが、父は英雄であるとしても、ただの平民であるユースに、リーナとの婚姻は父が、世間が認めない。

 ユースに必要なのは実績だった。この国すべてを黙らせるほどの、大きな責任を、必要としていたのだ。

 

 そして、最後にリーナの「白幸体質」。

 周囲を幸福にする代わりに危険にさらしてしまう。いつ、それで死人が出るか、取り返しのつかないケガを負うかはわからない。

 何より、それが周囲に発揮され続ける限り、リーナは幸運を前借りして、いつかは早くに死んでしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()ように。

 余りにも、ひどい話だ。

 誰かが悪いわけでもないのに、リーナにすべての責任を押し付けるような。

 

 認めるわけにはいかない、とそう思った。

 

 ――そして。

 リーナの「白幸体質」に関する結論を、今ここで、ユースは出そうとしていた。

 

 

 ▼

 

 

「――僕を、ここまで導いてくれたのは君だ」

「……うん」

 

 朗々と、ユースはアタシに語りかける。

 アタシを抱きしめて、絶対に逃さないと心に決めて。

 こんな事されたら、アタシはもう、ただそれを聞くことしか許されない。

 

 胸の鼓動が、こんなに心地よく聞こえるのは、これが初めてだ。

 

「父だけを目標にしていた僕に、目標をくれたのは君だ」

 

 今にして思えば、ユースはだいぶ無茶をしていたのだろう。

 それは幼い頃もそうだが、冒険者になってもそうだ。

 

「僕は、君がいたからがんばれたんだよ」

 

 顔の良いユースは、周囲から過度な期待をかけられて、女性からはそれはもう言い寄られていたらしい。

 本質的に、ユースはバカだ。というか、男どもとバカをやっている方が楽しいタイプだ。

 合コン何かに呼ばれた時、そういう男同士の付き合いも楽しめるから、ユースはそういうのに付き合うそうで。

 だとしたら、そんなユースが“貴公子”を続けるのは少なからずストレスになっていたことは想像に難くない。

 

「君は僕が女性と話をするのを複雑そうにしていたけれど、僕にしてみればそういった経験は、君の隣に立つに相応しい男となるための経験だ。どうかな?」

「どうって……よりにもよってアタシに聞くのか? それを」

「ははは、違いない」

「……もう少し否定してくれよなぁ」

 

 ため息。

 なんだよこいつ、イヤにからかってくるじゃないか。

 畜生、反撃してやる。

 

「けど、何だって嫌なものは嫌に決まってる。……アタシだけを見てくれよ」

「……困ったな」

 

 ほら、顔を赤くしている。

 へへへ、ざまーみろ、ざまーみろ。

 

「こんなところで、告白されるなんて」

「――あ」

 

 あ、いや、ちょ、ちが……

 これはちょっとユースをからかいたかっただけで……

 

「う、うるせー! バカバカバカ! ユースのバカ!」

「アハハハ、そんな真っ赤で言われてもな」

 

 ちくしょー、何なんだよ急に。

 ……普段はもうちょっと遠慮がちだったと思うんだけどな、こういうの。

 いや、遠慮させてたのか。

 

「……何か悪いな」

「何が?」

「色々と、アタシのことで、遠慮させたりとか。我慢させたりとか、アタシのせいで――」

 

 続けようとしたところで、

 

「――ストップ。それ以上はダメだ、リーナ」

「……あ」

 

 ちくしょう、またやっちまった。

 こいつはそういう事を、謝ってほしかったわけじゃないだろうに。

 むしろ、そういう謝ってしまうアタシを、励ますためにこうしているはずなのに。

 

「なぁ、リーナ」

「……何さ」

「今は確かに、二人っきりだから不安かもしれない。ボクだけじゃ、君が抱えている不安を支える事はできないかもしれない」

 

 ――不安。

 それはそうだ。

 アタシが自由に生きれない理由はいくつもあるけれど、その中で不安を感じてしまうものは、アタシの未来を縛る「白幸体質」以外に存在しない。

 性自認とか、父様との確執とかは、不安を感じるといった類のものではない。

 

 今はそういった問題を脇において、考えるべきはアタシの体質についてのこと。

 これとどう付き合っていくのか、どうすればアタシは、こいつと一緒に死ねるのか。

 ……って、また何か、こいつと一緒にいるのが当然みたいな思考をしてる。

 のぼせちまったのかな。

 

 そんなアタシの頭を撫でながら、ユースはいった。

 上を見上げて、今も外から聞こえてくる、仲間たちの声を聞き届けながら。

 

 

「だけど、ボク以外の誰かも支えてくれるなら?」

 

 

 ――そう、問いかけてきた。

 そして、

 

「リーナ、本質的に君は誰かを幸せにできる人間だ。それは体質によって誘引されているかもしれないけれど――解決してきたのは君の努力によるものだろ?」

「……」

「だから、多くの人は君の努力に感謝してるんだ。君の力は君を苦しめて不安にさせてしまうかもしれないけれど――」

 

 ユースは、アタシに笑いかける。

 

「それを望まない人たちと、君を結びつけるのも、その力だ」

 

 ――――ピシリ。

 

 何かに、ひびが入る音。

 

「僕一人じゃ君を守りきれないかもしれない。僕は一人でも君を守るよう努力するが、運命がそれを許さないかもしれない」

 

 ――――ピシリ。

 

 空に、光が灯った。

 

「だからこそ、誰か一人ではなく。誰もが君を守ろうとしてくれることを、君は信じてほしいんだ」

 

 ――――ピシリ。

 

 そして、声が聞こえた。

 

 

「リーナァ!! ユースと一緒に、アタシ達のところに帰ってきてよ!」

 

 

 アンナの声が、聞こえる。

 

「私、リーナのことが好き! リーナと一緒にいたい! リーナが幸せに生きてほしいって思ってる! そのための手伝いをしたい! ねぇリーナ! 私じゃダメかな!?」

 

 そして、

 

 

「私達じゃ、ダメかな!?」

 

 

 ――手が、伸ばされた。

 

「僕だけじゃないんだ。君を守りたいって人は、君が幸せにした人の数だけいる。君が誰かを幸せにすれば、誰かが君を幸せにする」

「アタシ、が――」

「――世界って、そういうものじゃないかな?」

 

 ……アタシ、は。

 

「だから……君の体質に、僕から言えることは一つだけ」

 

 気がつけば、

 

 

「僕たちを、信じてくれないか?」

 

 

 ――アンナの伸ばしてくれた手を、掴んでいた。

 

 

 ▼

 

 

 影からアタシたちが引きずり出されて、蛇が苦しみながら、引きずり出したアンナとアタシ達を吹き飛ばす。

 そいつは、そうしてからなんとか態勢を立て直して着地するアタシたちを見下ろして、

 

 鳴いた。

 

 またも、逃した――そう言っているかのようで。

 アタシは、ココロの中に抱え続けていた不安が拭い去られた事を感じて、笑みを浮かべる。

 

 見れば、周囲ではアタシ達が助かったことに安堵する仲間たちがいた。

 アンナに目を向ければ、少しだけ泣きそうな顔で、笑っている。

 ……ごめんな、心配をかけて。

 口に出すと怒られてしまうから、ココロの中だけで思う。

 

 これで、アタシ達は元通りだ。

 

「――よくもやってくれたなぁ、クソ蛇」

 

 力強く叫ぶ。

 蛇は怒り狂ったように吠えて、アタシの言葉に不満を漏らす。

 あそこで取り込まれていればよかったものを、と。

 

「バカ言うな、アタシは生きるんだよ。アタシに生きていいって言ってくれる人がいる限り、生きるんだ」

 

 そして、影に呑み込まれる際手放していた、自分のレイピアを手に取る。

 ユースも同じように、落ちていた剣を拾い上げた。

 

 それを、二人同時に構える。

 

「よく聞けクソ蛇! アタシ達は、これからも多くの冒険を乗り越えて生きていく。誰もが幸福に、楽しかったと、栄光だったと誇れるように、前を向いて、生きていく!」

 

 ――オルタナティブスキル。

 その原則は、一人一つ。一日一回。

 

 だとしたら、アタシ達の場合は?

 

「行くぞ、ユース。これまでも――」

「ああ、リーナ。これからも――」

 

 ()()()()()なら、当然その使用回数も、一日二回が当然だ。

 

 

「――アタシたちは、仲間たち(ブロンズスター)と生きていく!」

 

 

 剣に、白金の光が灯る。

 

「オルタナティブスキル――」

 

「――“死がふたりを分かつまで”」

 

 影が、先程の自分を思い出してか、動き出す。

 今度はあのときのように、身動きを止めるものはない。

 こんなもの、当たらなければどうということはないのだから。

 

 ――だが、

 

「させないわよぉ、アンタ達!」

「オオォ――――――ッ!!」

 

 リーダーの言葉に、パーティの仲間たちが答えた。

 それぞれが武器を手に取り、ウィザードは準備を終えていた魔術をぶっ放す。

 

「ここにいるのが、アタシ達だけだと思ってんじゃねぇぞ――!」

 

 即座に、距離を取ろうとした蛇の体に魔術が突き刺さる。

 唸る蛇、こんなものでは痛くも痒くもないといいたげだが、それより先にアタシ達前衛が追いつくぞ?

 

 迫る前衛を、蛇は無数の影を刃のようにして飛ばし、弾こうとする。

 だが、構わず突っ込む。アタシたちが傷ついても、ヒーラーがそれを直してくれるからだ。

 

「――これで」

 

 ユースの、低く思い声が響く。

 こいつ、顔がマジだ。

 

「……終わりだ、クソッタレ」

 

 ユースの一撃と、アタシの一撃が、

 

 

 ――ほぼ同時に、蛇の体に突き刺さった。

 

 

 それが、アタシたちを散々苦しめてくれた蛇野郎の、最後になるのだった。




告白(一回目)決着です。


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15 大切な居場所をくれるバカどもに。

 ――私、アンナ・ライネはリーナのことが好き。

 大切な親友で、絶対に失いたくない大事な人。

 けれど、私は彼女から多くのものをもらって、何も返せていない。

 

 リーナが、他人を幸せに“してしまう”体質であるということは、なんとなく知っていた。

 私は素直にそれを凄いことだと思うのだけど、どうやらリーナはそのことで悩んでいるらしい。

 リーナの幸福は、まずその幸福を得るための試練みたいなものが訪れて、それを乗り越えることで手に入れるらしい。

 

 なんというか、世の中一方的に幸福を受け取ることのできる人間はいないんだな、と思うけど、もしもその試練で誰かが死んでしまったら、リーナはずっとそれを悔やむんだろう。

 でも、そもそもリーナの体質って、どこからどこまでが影響しているんだろう。

 私達が体験してきた冒険の中で出くわしたトラブルの全部がリーナによって引き起こされているのだとしたら、まるで私達はリーナがいないと、何の刺激的な冒険もできないみたいになっちゃう。

 

 だから、()()()()()()んだと私は思う。

 確かにリーナには、人とは違う特性があって、その御蔭で誰かが幸せになったりするかもしれない。

 でもそれは、あくまで結果に過ぎない。

 私達の冒険は私達の選択と、私達の行動によって作られている。その後押しをしてくれるのがリーナの幸運なんだとしたら。

 少なくとも、私はしっくり来た。

 

 一つだけ、不安なことがある。

 リーナが誰かを幸運にする度に、リーナは不幸になってしまうんじゃないかってことだ。

 皆を幸運にするリーナが不幸になるなんて、そんなの絶対認めない。

 

 私はリーナに返せてない。

 リーナの幸福を見届けていない。

 なのに不幸になるとか、許せない。

 

 初めてであった時、私がリーナに感じたのは“小さい”という単純な感想だった。

 でもそれは、ただ背丈が小さいというだけでなく、リーナ自身が、どこか世界に対して縮こまっているところがあるような。

 人を遠ざけているような雰囲気を感じたからだ。

 多分、リーナ自身はそんなつもりはないと思うけれど、リーナは怖がりなところがある。

 

 自分で何か大きな決断をすることを怖がっている。

 

 ――でも、考えてみれば当たり前だ。リーナの行動は幸運と試練を呼ぶ。

 それが誰かを傷つけてしまうことを恐れるあの子が、そういう思考に陥ることは不思議なことじゃないと思う。

 

 けれど本当のリーナはそんなんじゃないのだ。

 明朗で、快活で、笑顔がすっごく可愛くて、何より男の子みたいにかっこよくて。

 そんなリーナだから憧れて、私はリーナと一緒にいたいと思ったのだ。

 

 だから、

 

「――リーナはさ、やりたいことってあるの?」

 

 ある時、私はそんなことを聞いたことがある。

 リーナは髪をセットせずに適当にしていることが多いから、私としてはそれをセットして、キレイなリーナを多くの人に見てもらいたい。

 別に、リーナは髪のセットができないわけじゃない。お化粧は適当だけど、髪のセットは幼い頃から多少心得があるそうで、やろうと思えば一人でもできる。

 ユースとセ……した翌日のデートも、リーナが一人で髪をセットしていた。

 ただ、だからといって毎日するかは別問題で。

 なので私としては、可能ならリーナの髪をセットしたいのだけど、やらせてくれるかはその時々だ。

 

 今回はリーナの機嫌がよかったのか、何の躊躇いもなくイジらせてくれた。

 そうやって、リーナの髪をセットしながら問いかけた。

 リーナはんー? と心地よさそうにしながら答えてくれる。

 

「急にどうした? いや、んー……まぁ、なんてことはないんだけどさ」

「うん」

 

 サラサラの髪に櫛を通す度に、癖になっている部分はすっときれいになっていく。

 こんなにキレイで、素直な髪質をしているのは、やっぱり羨ましい。

 でも、それよりもリーナの髪をイジっているのが楽しいから、そんな羨ましさはいつの間にか消えちゃうんだけど。

 

「こんな風に、毎日を楽しく過ごして、冒険は失敗でも成功でも、やれるところまでやりきって、んで――」

 

 目を細めながら、リーナは笑う。

 

「――ブロンズスターが、居心地のいい場所であればいい、かな」

「ユースのことはいいの?」

「はぁ? 何いってんだ」

 

 不機嫌そうに眉をひそめる。

 素直じゃないというか、この時のリーナはユースのことなんて全く気にしていない風だったけど。

 絶対に、否定はしなかったよな……と、思い返してみると気付いた。

 

 本当に素直じゃない。

 でも、それもまたリーナらしさ、なのかもしれないね?

 

「つうかさ、アンナはどうなんだよ」

「私? 私はねー」

 

 リーナがそう聞いてくれて、私は一気に嬉しくなった。

 髪を梳かす腕が早くなってリーナからはくすぐったいという文句が飛んでくるけれど、私はついついおかしくなって笑ってしまう。

 

「だー! なんなんだよ、もう!」

「んふふー、私はね」

 

 そして、

 

 

「リーナと一緒」

 

 

 そう、答えたのだ。

 

 それから、しばらく。

 私達――ブロンズスターは、リーナの願うような居場所になれているかな?

 

 

 ▼

 

 

「冒険の成功に、乾杯よォ――!」

「イエーーー!」

 

 リーダーの叫びに歓声が上がり、あちこちで乾杯の盃が打ち鳴らされる。

 アタシも周囲の仲間たちとグラスをぶつけ合ってから、一気に注がれたビールを飲み干した。

 ううん、やっぱこのために冒険してるんだよな、アタシたち。

 

 無事、アタシたちブロンズスター、二度目のダンジョン踏破は成功と相成った。

 回収に成功した準S級からドロップしたアイテムは国に送って――こんなもん、個人で管理しても爆弾にしかならない――報奨が約束されて万々歳。

 リーダー曰く、今回は色々と国でもその功績が評価されているとのことで、後々をお楽しみにとのこと。

 これはもしかして、あるんじゃないか? アタシたちブロンズスターが“英雄”になる展開が。

 

 とまれ、今は祝勝会である。

 乾杯を済ませるとふと気になって、キョロキョロとユースの姿を探す。

 あいつ、一体全体どこに行きやがったんだ?

 

 ――と思ったら、いつものように女連中に囲まれていた。

 愛想笑いが顔にがっつり張り付いてやがる。

 っていうか気付いてしまったのだが、こいつらアタシとユースの関係を知ってるのに絡んできてやがるよな?

 むかむか。なんかイラっとしてきた。

 今日は折角だしユースに絡んでやる。

 

「おいおいユースちゃんよぉ、なんだって今日もご機嫌な女連中に囲まれてやがんだよぉ」

「いや、何でって言われても自然と寄ってきてだな……」

「ケッ!!」

 

 かー、ぺっ。

 ともあれ、どっちかと言うと言いたいことがあるのはうちの女どもだ。

 

「つうか、てめぇらアタシとユースのこと解った上でやってやがるだろ! そもそもおかしいよなぁ、別のパーティとの合同宴会ならともかく、ウチのパーティだけなのにユースが男どものバカに参加しねぇのはどういうことだ、ああ?」

 

 ――ユースが貴公子ヅラしてるのは、いわゆる外面ってやつだ。

 アタシたちのパーティ内では、ユースがバカの一員だってことはすでに把握されてる。

 だっていうのに、前回の宴会もそうだが、女連中がそれをジャマするのはおかしいのである。

 そこから逆算すると、こいつらがユースにかまっているのは、ユースが目的なのではなく、アタシをからかうために違いない。

 

「あら、やっと気付いたの? やっぱ処女すてると大人の階段登ったって感じするわね」

「ほんとねー、で? どうだった? ユースのやっぱりおお」

「黙れ!! ってか覚えてねぇよ酒で記憶飛んでるのてめぇらも知ってるだろ!」

 

 ユースを囲んでいた女連中がキャーと逃げていく。

 あいつらアタシが寄ってきたらさっさと散っていきやがる。

 覚えてやがれよ……

 

「……はぁ」

「あはは、おつかれ……」

「お前も解ってんなら、あいつら散らせろよ……」

「いやぁ、君が寄ってきてくれるかと思って」

 

 はっ倒すぞ!?

 畜生、こいつもグルだった。

 いやそりゃそうか、でなければわざわざ宴会する度にあんなわざとらしい貴公子っぷりを発揮したりしねぇよな。

 なんだよなんだよ、そんなにアタシのムスっとした顔がみてぇかよ。

 そんなに見たけりゃ見せてやるっての。

 

 ドサッと逃げていった女どもの代わりに、ユースの横に腰掛ける。

 適当に足を組んで、手にしていた酒をがぶ飲みする、

 はん、女子力が急降下してやがるぞザマァ見ろ。

 

「それで――」

「――――あ、リーナちゃぁん、ユースくーん、おはよー」

 

 話をしようと思ったら、ほんわかが押し寄せてきた。

 ぽわぽわしながらお酒で酔いまくっているのはソナリヤさんだ。

 うわ、酒臭い。この人どんだけ飲んでるの?

 

「二人とも飲んでるー? だめだよー、宴会なんだから飲まなきゃ―、ほらー」

「すごいカワイイ声でアルハラしてくる……ちょ! ダメッスよ!! 溢れるッスから!!」

 

 うわぁアタシたちのジョッキからお酒が溢れていく、何か凄いことになっちゃった。

 いよいよ酒の風呂が完成するかってところで、ドタドタやってきたパラレヤさんがソナリヤさんを回収していった。

 

「あ、パラレヤさん、パラレヤさんだー、えへへ、子作り、子作りしましょ?」

「……今は夜、だ」

 

 子作りって夜するのが普通じゃないかな?

 ……じゃない、何いってんだ!! あとこの二人の子作りは子作りっていうより光合成だよな。

 ともあれ、ドワーフの血を引いているソナリヤさんはお酒が大好きだ。

 逆にパラレヤさんは木人なのもあってかお酒をあまり嗜まない。

 ソナリヤさんの恐ろしいところは、ふわふわとした声でナチュラルにアルハラをしてくるから断るっていう発想が浮かびにくいことだ。

 何か自然とお酒を受け入れている。

 下手をすると、このパーティの半分くらいはソナリヤさんに酔い潰されているくらい、お酒を勧めてくる。

 本人は開始直後に樽一つを開けて酩酊しているぞ、恐ろしい。

 

 ともあれ、愉快な二人を見ているのは嫌いじゃない。 

 アタシたちはドナドナされていくソナリヤさんを眺めて笑みを浮かべつつ、入れられたお酒に口をつけた。

 うん、美味しい。

 

「……で? どうしたの? リーナ」

「ああ、それなんだけど――」

「あ、ふたりともこんなところにいた――!!」

 

 おおっと二番手はアンナ選手だぁ。

 両手に酒瓶を抱えている。お前もかよ。

 

「もー、そんなラブラブしちゃってどうしたのよ」

「ラブラブはしてねぇよ! てめぇの恋人は酒瓶かアンナァ!」

「えへへそうかも、んちゅー」

 

 酒瓶にキスをするアンナ。

 こいつの恋人これで何人目だっけ? ファーストキスを安物の酒をいれたジョッキに捧げたアンナは、それ以来酒瓶キス魔と化した。

 恐ろしいことに本人は覚えてないから、未だにキスの経験はないと思ってることなんだが。

 その割には経験豊富を自称するアンナのキス経験談は割とそこそこ現実味があるのは、深層心理で一夜の恋人となった酒瓶とのキスを覚えているからなのだろうか。

 

 ともあれ、アンナはそのままアタシたちのテーブルに倒れ込むと、

 

「りーなぁ、りーなはしあわせー?」

「ああ?」

 

 そんな事を聞いてくる。

 ……こいつ、アタシの心を読んでるんじゃねぇだろうな。

 

「りーなはねぇ、しあわせにならなきゃいけないんだよぉ」

「何だそりゃ」

「だって、りーなにもらったものをかえすには、りーなをしあわせにしなきゃいみないんだからぁ」

「返す、ねぇ」

 

 アンナの頭を撫でながら、ちらりとユースの方を見る。

 軽くお酒を飲みながら苦笑する、いつものユースがそこにいた。

 うん、アタシもユースも、それからアンナも変わらねぇな。

 

 ――ユースに話したかったのは、アタシの幸せのことだ。

 ユースは言った、自分たちを信じてほしいと、一人でアタシを守れなくても、パーティの皆が守ってくれる、と。

 ある意味、理想論だ。

 だけど、こうして酒を飲みながらバカをやっていると、その理想は真実なんだと思わされる。

 

「……もう、とっくに返してもらってるよ。どころか、こっちの方がもらいすぎてるくらいだ」

「えへへぇ、ありがとねぇ」

「バカやろう、酔って記憶にも残らねぇ状態で言われても嬉しかねぇ」

「はは……」

 

 横でユースが笑ってやがる。

 うるせぇ、アタシが忘れたのは飲みすぎたからだっつの。

 

「でもまぁ、何だ」

 

 それから、周囲を見渡した。

 遠くではポージングをするリーダーを拝んでいる邪教者たちがいるし、別の場所ではソナリヤさんがパラレヤさんに抱きついて頬ずりをしている。

 ……周りには酔いつぶれたバカが大量に転がっていた。どんだけ飲ませたんだよソナリヤさん。

 他にも肩を組んでコサックダンスをしているバカ。こっちの様子をデバガメしているバカ。バカ様々だ。

 

 まぁ、アタシも人のことは言えない。

 それらを楽しいと思っているアタシは、やっぱりこいつらと同じバカなんだろう。

 

 そうして、アンナが気がつけば寝息を立てているのに気がついて、アタシはほほえみながらユースを見る。

 ああ、まったく。

 

 

「――ここがアタシの居場所である限り、アタシは幸せものだよ」

 

 

 そう、言葉にするのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ――――翌日。

 気がつけばアタシは全裸でユースと寝ていた。

 

 またかよ!! 畜生また記憶にないんですけど!?

 

 ああでも、何かベタベタしてる……っていうか、前回はこれっぽっちもユースの方を観察していなかったから解らなかったが、めっちゃゴツゴツしてるなこいつの体……

 

 と、そこで思い出した。

 昨夜、宴会開始当初ユースのところに集まっていた女連中が言っていた――

 

 

 ――ちらり、アタシは思わずシーツを持ち上げて、ユースのそれを眺めていた。

 

 

 …………わぁ。

 

 と、

 

 

「――――――あの、起きてるんだが」

 

 

 ユースが恥ずかしそうに口に出す。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 早朝に、アタシの大絶叫が宿屋を包むのだった。




 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 なんかいい感じに終わりましたが、後少し続きます。
 全24話、執筆は終わっているので後は毎日投稿できると思います。

 もし、本作を面白いと思っていただけましたら、評価、感想、お気に入り等いただけますと大変ありがたいです。
 最後までよろしくお願いいたします。


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16 “戯曲”プラチナ

「観劇を! 見に行こう! リー……」

 

 ばぁーん、と扉を開けて入ってきたアンナが、部屋の中にいるアタシ達(ギリギリ服は着た)を見て凍りつく。

 ――気まずい、やばい、気まずい。

 またしても酒の勢いでやらかしたアタシ達。一応身支度は整えて、後はこっそり部屋から抜け出すだけという状況だったのだが。

 アタシが叫んだこと? 知らない記憶ですね……むしろアレを聞いてたら部屋に近寄らないと思うんだが、こいつ思っクソ寝てやがったな……!

 

 ともあれ、どう考えてもはい、ヤった後ですよね。

 相変わらず記憶はないがそれはそれとしてユースが二度目の土下座を敢行した以上、やっぱりヤっちまったもんはヤっちまったわけで。

 

 言い訳のしようもない状況で、

 

「お、お邪魔しましたぁ……」

 

 そそくさと扉をしめるアンナに、かけられる声は存在しなかった。

 

 んで。

 

「で、観劇だって?」

「そうだけど、そうだけどぉ。そっちが何でもない風に進行されるとこっちが恥ずかしいよう」

 

 とりあえず身支度を完全に整え、証拠の隠滅を確認してから部屋にアンナを招き入れる。

 さっきからすごい目でこっちを見てくるアンナに、アタシとユースはなんとも言えない視線を交わした。

 

「今回は何を見に行きたいんだよ」

「うう、えっとねぇ」

 

 ――アンナは大の観劇好きだ。

 観劇、つまり劇場に行って舞台演劇やコンサートを見るそれは、この世界だとかなり一般的な大衆娯楽である。

 魔術が発達したこの時代だと、魔術を効果的に使った演出は前世のそれと比べて非常に豪華極まりない舞台であり、映像越しで見るような映画やドラマは、この世界だとあまり発達しないかもしれない。

 それくらい、生の観劇っていうのはすげぇ迫力なのだ。

 アタシとしては、観劇よりも大道芸の方が好みなんだが。

 

「戯曲プラチナだよ。最新版をここの劇場がいち早く公演してるんだって」

「プラチナかぁ」

 

 ユースと顔を見合わせる。

 溢れたのは苦笑、昔ならともかく、今更その演目に忌避感を抱くようなことはない、ってことだろう。

 

「アタシは一回見たことあるけど、実はユースが見たこと無いんだよな、プラチナ」

「え!? そうなの!? 今の観劇シーンの最先端だと思うけど、プラチナ」

 

 まぁそりゃ最新の英雄譚なんだから仕方ない。

 そして、()()()()()それを見るのを躊躇ってしまう人間も、世の中にはいるんだ。

 

「まぁ、折角の機会だし観覧させてもらおうかな? 他には誰が来るの?」

「リーダーは忙しいって言ってた。後はてきとーに声かけて、先約があった人以外はだいたい誘ったかなぁ」

「すげー大所帯だなおい」

 

 二十人くらいになるんじゃないか?

 と、思うアタシに対して、ふふんとアンナは胸を張った。

 

「ご安心めされよー、なんと、今日は私のおごりなのだ!」

「へぇ、凄いね?」

 

 実はパーティでも五本の指に入る巨乳ことアンナの胸をしみじみと眺めるアタシ。

 感心した様子のユースに、アンナは最高のドヤ顔で言った。

 

「――取っちった、個室」

 

 それはまた。

 ……それはまた!?

 

 幾らつぎ込んだよこいつ!?

 

 思わずアタシは凄い顔でアンナの胸をガン見してしまうのだった。

 

 

 ▼

 

 

 “戯曲”プラチナ。

 そもそもプラチナっていうのは、今から数十年ほど前に活躍した、現行最新のSランク冒険者パーティのことだ。

 Sランク冒険者ってのは、だいたい三十年から五十年に一つくらい誕生するのだが、多くの場合は数十人から数百人の大所帯パーティ全体の功績を讃えて、昇格する場合が多い。

 

 だが、プラチナは違う。

 パーティにおける最少人数、つまり六人パーティでありながらSランクに上り詰めた、歴史上類を見ない活躍と強さを誇るパーティである。

 そんなパーティだから当然、演劇の題目としては非常に人気が高い。

 何より六人っていうのが話の作りやすさにおいて非常に便利だ。

 数十人のパーティを題目にすると、舞台上にモブが大量に必要になるからな。

 

「いやぁ、今回のプラチナは勇者アルフリヒトのかっこよさを軸足に置いてるんだけどさぁ」

 

 ――舞台が終わって、アンナがアタシにしみじみと語りだす。

 内容は非常に素晴らしいの一言だった。勇者アルフリヒト・プラチナ。パーティの名前にもなっている姓を持つその男は、稀代の英雄としても人気が高い。

 Sランクモンスターを討伐し、世界を救ったことのある数少ない冒険者。

 そもそもSランクモンスターってのが、世界の歴史を紐解いても出現例が少ない希少な存在。

 たいていは準S級のうちに討伐されてしまうため、Sランクに至るってだけでも貴重な事例だ。

 

 そして、それを討伐するとなれば更に貴重。

 大抵の場合、Sランクになってしまったモンスターは封印し、長い時間をかけて弱体化するのが通例。

 今も世界各地にはSランクモンスターが封印され、それを管理する冒険者もたくさんいる。

 

 それを倒してしまうってんだから、まぁプラチナはすげぇパーティだって話なんだが。

 

「最後の殺陣、あそこで使われてた魔術は新技術で、この演目で初めて使われたんだって」

「ああ、あの投影したモンスターに質量をもたせる魔術な。何やったらあんな魔術が作れるんだか」

「すごいよねぇ、人類の技術はこういう風に発展していくんだ。ワクワクしちゃった」

 

 アンナの感想は、勇者アルフリヒトのかっこよさではなく、それを引き立てる魔術の方に向かっていた。

 いやそこはイケメンにキャーキャー言うところじゃねぇのかよ、と思うがこいつはAランク冒険者のウィザードである。

 なんていうか職業病ってやつだ。そんなんだから男が作れねぇんだよもうちょっと目の前のイケメンを楽しむ心を身に着けろ。

 

「それで、これを見せるために個室なんてわざわざ借りたのか?」

 

 個室。

 観劇は基本的に多数の観客と席を並べて見るものだ。

 だがそれとは別に、貴族や富豪向けの個室ってものは存在していて、これを借りるための金はべらぼうに高い。庶民的な金銭感覚も、貴族的な金銭感覚も持ち合わせているアタシから言わせてもらうと、この個室は貴族にとってもかなりお高い買い物になる。

 それをわざわざ借りるとか、よっぽどこいつは酔狂な観劇好き……なのかといえばそれだけじゃないだろう。

 

「実はね、もう一つ見てほしい演目があるのです」

 

 そう言って、仲間たちへ振り返ると。

 

 

「続いての演目は、“戯曲”ブロンズスター! できれば見てほしいんだけど、どうかな!?」

 

 

 ――直後、仲間たちは即座に帰り支度を始めた。

 うん、そんなこったろうと思ったよ。

 

 戯曲ブロンズスター。

 

 つまるところアタシたちを題材にした演目である。

 当然、本人たちがみると滅茶苦茶恥ずかしい。

 観劇好きとしては、絶対に見なければならないのだが、一人で見るのが恥ずかしかったのであろうアンナは、こうして個室を貸し切っておごることで、仲間たちの罪悪感を煽ろうとしたのだろう。

 が、それなら痛恨だったな。

 こういう時に嬉々としてこういうのを観ようとするリーダーがこの場にいないってのは、アンナとしてもだいぶ厳しい状況だっただろう。

 

「うう、もしみたいって気になったら言ってねぇ、その時はおごるから」

 

 結局残ったのは、アタシとユースを始めとした、数人のアンナと特に親しい付き合いをしているメンバーだけだった。

 別にどっちが正しいってこともないのだが。

 ちょっとアンナが不憫になるな。

 

 まぁそれはそれとして――

 

 

 ――内容はユースと思しき男と、パーティメンバーである女性のラブロマンスだった。

 

 

 アタシも帰っていいかなぁ!?

 

 

 ▼

 

 

「お、お、お、お手洗い――――!!」

 

 アンナが飲み物を飲みすぎたのか、休憩時間に入ってすぐにその場を飛び出していった。

 他の面々も、それぞれに休憩を取るべく部屋を離れていく。

 

 あとに残ったのは、のんきに出された飲み物へ手をつけるユースと――

 

「……いっそ死にてぇ」

 

 死ぬほど顔を真赤にしたアタシの二人きりだった。

 あああああ二人きりになっちまったああああアタシもお手洗い行くべきか!?

 

「まぁまぁ、脚本はすごく良く出来てるじゃないか。素直になれない女の子と、貴公子と呼ばれる男性のロマンスとしてはよくできてると思うよ」

「一人だけ悠然と構えやがって! 周りがアタシに視線を向ける中、一人だけ悠然とアタシの隣に座りやがって!!」

 

 何だよ畜生、イケメン貴公子と、素直になれない少女のラブロマンス。

 二人は生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染なのだが、イケメン貴公子はいいところの坊っちゃんで、少女はそれを支える立場の人間。ともに冒険者となったはいいものの、その立場の違いから少女は身を引こうとしてしまうが、生まれた時から少女のことが好きだったイケメンは絶対に少女を手放さないと愛を囁いてああああああああああああああああああああああああああ――――

 

 惜しむらくはイケメンって言う割に、ユースより顔がよくなかったことだな。

 役者なんだからそこはもっとバリっとイケメン連れてこいよ。

 何だったら前の演目のアルフの親父の役者の方がイケメンだったぞ。ユースほどではないが。

 

「しかし何だな、この舞台ってのは女向けなんだな。プラチナは冒険譚の装いもあるが、本質的にはアルフの親父の顔が良ければ成立するだろ」

「あはは……まぁブロンズスターはまだまだ新鋭だし、有名な顔のいい冒険者がいるって話題性だけで作られてるところのある戯曲だろうしね、これ」

 

 基本的に、観劇ってのは男性向け、女性向けで大きくその内容が分かれる。

 男性向けならその多くは勇ましい冒険譚と女性に好かれるハーレムモノが多く、女性向けなら男女のラブロマンスや顔のいい男が中心に据えられる場合が多い。

 戯曲プラチナは男女どちらも見れるが、見る人間によって感想がだいぶ変わるだろう代物。戯曲ブロンズスターはごりっごりの女性向けだ。

 

 アンナの場合、その趣向は雑食極まりないので、男の願望垂れ流しみたいなデロンデロンのハーレムものだろうと美味しくいただくだろうが、一般人にしてみればそういうハーレムものも、こういうラブロマンスものも、劇薬といえば劇薬だよな。

 

「というかリーナ、油断しすぎじゃないか? あの人の名前をうかつに口に出すのは良くない」

「いや、悪い悪い。ちゃんと周りの目ってのは確認してるよ。……今ここに、アタシ達を意識してるやつも、見ているやつも誰もいない」

 

 ――ふと、悪戯心が湧いた。

 アタシは、隣に座るユースの膝の上に乗っかってみることにする。

 

「――リーナ?」

「いいだろ別に、誰も見ちゃいねぇんだ」

 

 慌てるユースの顔がなんとも面白い。

 何か、昨日、一昨日と、アタシの中で壁になっていたものが壊れちまったみたいで。

 遠慮って言葉が浮かばなくなってくる。

 どうしちまったんだろうな? どうなっちまうんだろうな?

 

 怖い、楽しい。怖い、楽しい。怖い、楽しい。

 

 こんなことなら、もっと早くにこいつとの関係を進展させてれば、なんて。

 

「この演劇のテーマはラブロマンス、なんだろ?」

「……つまり?」

「ドキドキしたかよ、色男。ああやってアタシとお前みてーな連中がいちゃついてて、さ」

 

 アタシは――こいつにばかり視線が向いていた。

 演目は耳から入ってくる情報ばかりで、ユースモチーフのイケメンの顔がどうだとか、アタシモチーフの女の演技がどうだとかは、全然頭に入ってこなかった。

 でも、だからこそ、だろうか。

 

「アタシは、したぞ。お前を見ながら演劇を聞いてるとさ。お前とアタシがそーなってるみたいだった」

「……それ、は、よかったね」

 

 “あてられた”ってやつなんだろうな。

 顔が熱い、どころか体全体が汗ばんで、蒸し暑くって仕方ない。

 ああ、こんな。

 こんなにもこいつの顔を見ていたくなるなんて、少し前のアタシにいったら、アタシは殺されても文句が言えねぇな――?

 

 気がつけば、アタシとユースの顔は間近にまで近づいていて。

 そのまま、後少し近づけば、もう距離はゼロになっちまうってくらい近くにあって。

 

 我慢なんて、とてもじゃないができるはずもなかった。

 だからアタシは――――

 

 

「ただいまーーーー! まだ休憩終わってないよねーーーー!?」

 

 

 突如として部屋の扉を開けたアンナの方を向いてしまって、口づけをする瞬間のアタシの顔を、バッチリアンナに見られてしまうのだった。




雌落ち度が上がったことで、雰囲気の呑まれればこういうこともできるようになりました。
なお白幸体質のせいで間が悪いです。


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17 身分の差と幸せの通過点

 ――アンナが戻ってきたことで、一波乱があって。

 結果、リーナは完全に固まったまま、動かなくなってしまった。

 顔を真っ赤にして縮こまり、何も語ることなく再開した観劇を眺めている。

 

 アンナの後に戻ってきた仲間たちは、リーナが何をしていたのかは知らないが、未だに顔を赤らめてチラチラとユースとリーナを眺めているアンナと、顔を真っ赤にしているリーナから、何があったのかはなんとなく察してしまうのだった。

 そして、渦中のユースはといえば、突然のことに未だにリーナの取った行動への驚きが心を支配していた。

 

 あそこまで積極的なリーナというのは初めてみた。

 リーナ自身、自分があそこまでするとは思っても見なかったようで、正気に戻った今はこうしてフリーズしたまま小さくなってしまっている。

 これはこれで可愛らしいのだが、随分と急ぎすぎているというか、昨日だって正直ユース自身あまり記憶はない。

 それが果たして、これまで溜まっていた鬱憤を晴らすためなのか、はたまたいろいろなものに焦って、急いでいる結果なのかはユースにも判別がつかないところだ。

 

 とはいえそのあたりはリーナが口をきけない状態になっているため保留する他無い。

 他にも気になることと言えば、この演劇の内容だ。

 

 貴族の坊っちゃんと、それを支える少女のラブロマンス。

 モチーフはユースとリーナで、容姿や性格は似ても似つかないが、ユースは周囲の女性にモテる男性であること、リーナはそんなユースを不満そうに見ているが自覚がないこと、といった基本的な特徴は一致している。

 きっとそういう部分が有名になっているのだろうと思うのだが。

 ここらへんはやはりアンナが事情に詳しいか。

 

「しかし、僕たちをモチーフにした演劇とはね」

 

 休憩時間はすでに終わっているものの、今はシーンとシーンの切り替わり。

 ここが個室なのも相まって、軽く話をする程度なら咎められることはない。

 

「そうだねぇ、リーナとユースのラブラブカップルっぷりは有名だから」

「そんなにかな? いやほとんどそれだけで劇まで作られるくらいだから……人気は人気か」

「そうだよぉ、ふたりとも全然気にしないけど、老若男女、立場を問わずに人気なんだから」

「立場?」

 

 ふと、気になって問いかける。

 ぴくり、とリーナの体も震えた。

 

「うんうん。ユースって凄い王子様みたいでしょ? だから貴族のお嬢様とかの間でもブロマイドが広まってて、今回の演目もそういうお嬢様にいいところ見せたいお父さんたちの出資で作られてるみたい」

「なるほど……」

 

 まさかリーナの父親も……と思わなくはないが、それはないだろう。

 この世でユースを最も嫌っている人間がいるとすれば、リーナの父親以外にないのだろうから。

 あの騒動以来、リーナの父親と直接顔を合わせてはいないけれども、リーナ自身ともギクシャクしていると聞いているから、ユースとなれば相当のはず。

 

「まぁ、プラチナが解散して冒険者業界もこれって人材がいないからね。新しい顔になってほしい気持ちもあるんだろうけど」

「……リーダーが、そろそろ結果を持ってくる頃合いかもな」

 

 プラチナは今から三十年前に、Sランクパーティとなってすぐ解散している。

 一般には知られていないが、止むに止まれぬ事情あっての解散だ。

 それから三十年、そろそろ次のSランクパーティが誕生しても不思議はない。

 そこに、彗星のごとく現れた有望株、ダンジョン攻略の功績もあって、そろそろという雰囲気はパーティ内でも存在していた。

 

 そうなれば――自分たちの目的は、これで完遂される。

 一般的にはユースの方が王子様だと認識されているというのは良い話を聞いた。

 まだ、ユースリットとリーナリアの真実が、周囲に知られていないということにほかならないのだから。

 

「……あの二人は、幸せになれるのかな」

 

 ぽつり、とアンナがそんな事を問いかけてきた。

 あの二人というのは、演劇の中のユースとリーナをモチーフにした主人公たちだろう。

 二人の立場は決してよろしいものではない。

 親に反発して家を出奔した男と、それを助けた少女。

 どれだけ旅の中で惹かれ合っても、いずれは引き裂かれてしまうかもしれない関係。

 決してその立場をユースたちに重ねたわけではないだろう。

 ただそれでも、そんなアンナの言葉は、ユース自身の中で反芻せざるを得なかった。

 

「リーナとユースは、絶対に幸せにならなきゃダメだよ。変な不幸とか、幸運の押し付けに負けちゃダメ」

 

 そして、問題は二人の立場だけではない。

 すでにリーナの中で一つの結論が出ているとは言え、リーナの体質についてはあくまで結論をだしただけなのだ。

 彼女の体質がなくなったわけではなく、リーナの結論も、「周囲を頼って一生その体質に付き合っていく」というもの。

 本番はこれからだ。

 

「……解っているよ、そのために僕は強くなったんだから。こんな障害、全部僕が吹き飛ばさなきゃ」

「わぁお熱いこと。で、でもでも、公共の場でエッチなこととか、ダメだからね」

「ぬぐぅ!」

「リーナに追い打ちは勘弁してやってくれないかな?」

 

 未遂だから。そもそも流石にそこまで行く前にリーナは正気に戻っていたと思う。

 これまでに比べて、かなり素直になってくれたと思うけど、多分本気でユースと向き合うには、酒の力が必要なのが今のリーナだ。

 こうして雰囲気に酔っているのもその一種。

 正気に戻れば、リーナの自意識は、根底が変わったわけではないとユースは思っている。

 

 だとしたら、それもまた何かしらの結論を、そろそろつける必要がある。

 そしてこれはユースの言葉だけでなく、リーナ自身の言葉も必要になるだろう。

 

「とと、劇が再開するよ。集中集中」

「了解」

 

 話はそこまでだ、と打ち切って観劇に意識を戻す。

 いよいよこの演目もクライマックスだ。

 最終的に問題となったのは、やはり主人公たちの恋愛の行方。

 許される立場ではない二人にとって、それを乗り越えることが最後の試練というわけだ。

 

 であれば、その問題を解決する方法は?

 とても単純、というよりも、やはりそれしか無いだろうというものだ。

 

 ――それが許されるほどの実績を作る。

 

 今も、リーナとユースが挑戦している、最も現実的な方法であった。

 

 

 ▼

 

 

 演劇から帰ってきて、アタシは宿屋のバーにつっぷして倒れ込んでいた。

 やってしまったやってしまった。

 なんだってあんな事やったんだ?

 どうしてああなっちまったんだ?

 

 アタシはどうかしてるんじゃないか?

 

 そんなことがぐるぐる頭を回って、最終的にアタシそのものをぶっ壊してしまうくらい、自分に衝撃を与えていた。

 ほんと、昨日の夜といい、今日の昼といい、アタシはマジでどうにかしている。

 のぼせちまってるほうが、まだ救いがあっていいだろう。

 

 でも、本気だった。

 あの一瞬、アタシはどうなってもいいと思っちまってた。

 原因は――どちらだろう。

 自分の中の不安が一つ解決したからか。

 ――次の不安の種が、もうすぐそこまで迫っているからか。

 

 リーダーからは、結果は芳しいと聞いている。

 きっともうすぐ、アタシ達は行動を起こすことになる、と。

 そう感じていた。

 

 だとしたら、アタシは――

 

 そんな悩みを抱えつつ、アタシは酒に逃げていた。

 いや、やっぱり未来のことよりも過去の後悔だよ。

 アタシなにやってんだよ、ああなることは想像がつくだろうがよ……あの短い時間でヤりきれるとでも思ってたのか……?

 

「ははぁ、そんなことがあったんですねぇ」

「うう、穴があったら入りたい……」

 

 お酒の匂いを嗅ぎつけてやってきたソナリヤさんが、アタシを慰めてくれた。

 隠しておきたい気持ちもあるが、どうせ夜にはパーティ中に広まっているだろうから、隠す意味はない。

 見ているのがアンナだけならよかったが、あの場には他にも仲間がいたからな。

 酔いつぶれて起きてこなかったソナリヤさんのほうが、レアケースなのだ。

 

「でも私達の観劇ですかぁ、ちょっと見てみたいですねぇ。行けばよかったなぁ」

「アンナに言えば、いつでも連れてってくれるッスよ。流石に個室は、もう一度は借りれないだろうけど」

「観劇大好きですもんねぇ、アンナちゃん」

 

 アタシとしては大道芸を推したいけどな。

 なんと言っても、大道芸はとにかく魔術とか色々の派手さが半端じゃない。

 魔術効果による本格っぷりは演劇だって負けてないが、あっちはあくまで主体は演目だ。

 役者と脚本があって、それを支える演出としての魔術効果。

 対して大道芸は魔術こそが本命、とにかく派手なものを見せることこそが目的。

 個人的には、それくらい単純な方がしっくりくるんだよな。

 あと、文化的に演劇って結構高尚な文化って側面もあるので、前世でどっぷり浸っていたオタク文化と比べると重い。

 脳みそ空っぽにしてみるなら、やっぱ大道芸だよ。

 

 と、話しがずれた。

 

「それで、リーナちゃんとユースくんは人前で子作りしそうになっちゃったんですねぇ」

「ナチュラルに子作りっていうの止めてもらっていいッスか」

 

 ちくしょう、ソナリヤさんは遠慮なく子作りって言葉を使ってくるから、こういう愚痴は不向きだった。

 話をそらそう、恥ずかしい過去を振り返るのはもう止めだ。

 ――なお、夜にはアタシの痴態も広がっていたが、流石にそれでからかうのはダメだろうと思われたのか、触れるものはいなかった。

 その気遣いのほうがアタシには辛いね!

 

「……ユースとの間にあった壁が、なくなったのは間違いないんスよ」

「うんうん」

「皆をもっと頼ろうって決めて、心のつかえも取れたッス」

 

 訥々と語り始める。

 やっぱり、今のアタシの中にあるのは、そういったアタシを取り巻く悩みだった。

 

「今回の冒険を成功させて、アタシ達もいよいよ伝説の仲間入り……なんて、めでたい空気でその後のことを悩むのも、何か場違いな気もして。おかしいッスよ、アタシ、今こんなにも幸せなのにな」

「そんなことはないんじゃないでしょうか?」

 

 ふと、ソナリヤさんがこぼす。

 見れば彼女の視線は、どこかアンニュイなもので。

 あのふわふわ美人が、こんな顔をするなんて。

 珍しいものを見たなという感想が先にたった。

 

 でも、そうか。

 

「私だって、不安になることはありますよ? パラレヤさんは素敵な人ですけど、いつまでも仲良くやっていけるかは、今の私にはわかりませんし」

「でも、もう結婚して二年くらいになるじゃないッスか、二人は絶対お似合いだって思うッスけど」

「ありがとね? うん、私も多分、これならきっとうまくいくだろうって思う。でも、時々だけど、うまく行かなかったらっていうのも考えちゃいます」

 

 ソナリヤさんにも不安はあって。

 もちろん、パラレヤさんにも似たような不安はあるだろう。

 でも、二人はそれを普段は気にしていない。

 不安に対する対処法は人それぞれだけど、不安を抱えながらも前に進むのが、一つのあり方ってやつなんだ。

 

 アタシには、なかなか難しい。

 今が幸せであればいいっていうのがアタシの考えなのに。

 その今が、永遠でないことも知ってしまっている。

 

「でもね? こうも思うんです。今が幸せってことは、いつか私達が不幸になっちゃっても、また幸せになることができる証明なんだって」

「また幸せになれる証明……?」

「そうです。だって、幸福も不幸も、結局は次の幸福か不幸に繋がる通過点なんですから」

「……通過点、ッスか」

「はい、だからそれを通過するために、私は努力したいんです」

 

 アタシの体質が、幸福と試練の繰り返しを引き起こすものならば。

 そもそも人生だって、そういう波の繰り返し。

 じゃあ、例えば――

 

「……今が、単なる不幸な通過点だったとしたら」

 

 こういう悩みそのものが、不幸によって生まれた通過点なんだとしたら。

 

「はい、次はきっと、幸福な通過点が待っているんだとおもいますよ?」

「……そうですか」

 

 ――きっと、これからアタシ達に起こるのは、アタシが幸せになるための試練であり、不幸というなの通過点なのだ。

 だったら、それを乗り越えることは幸福を得るために必要な通過点なんだとしたら。

 

「……ありがとうございます、だいぶ気が楽になりました」

「はい。リーナちゃんたちは、まだまだ私たちが知らない何かを、乗り越えなくちゃいけないみたいですけど」

 

 ――ああ、そういえば。

 ソナリヤさんたちは、アタシとユースが何かを隠していることを知っているんだった。

 その上で踏み込まない、そういう対応をしてくれているんだった。

 

「私、絶対に大丈夫だって、信じてますから!」

 

 そうして笑顔で、アタシ達の背を押してくれる。

 ――ほんと、かなわないな。

 そう、思わざるを得なかった。

 

 そして、

 

 

「はぁーーーーい、みんなぁーーーーー!」

 

 

 ちょうど、そんなアタシの決意に答えるように。

 リーダーが、ようやく宿へと帰還した。

 

 と、いうことは――

 

「朗報よー!」

 

 ぱっと、周囲の仲間たちの視線がリーダーに集まる。

 対するリーダーも、満面の笑みでそれに答えていた。

 ああ、つまり。

 

 

「アタシ達ブロンズスターの、Sランク昇格が決まったわぁ!」

 

 

 ――アタシとユースが、覚悟を決める時が来たのだ。

 これまで冒険者を続けてきた集大成。

 この功績でもって、あのクソ親父――アタシの父様に、ユースとアタシの婚約を認めさせる、時が来た。



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18 舞踏会前夜

 ――夢、それは随分と不確かな夢だ。

 断片的で、アタシの記憶すべてを再生しているわけではない。

 

 そこにいるのは、アタシとユースと父様と――

 

 ぼやけているが、多分ユースがアタシを連れ出して、花畑で白金に目覚めた後のことだ。

 ユースの顔には青あざがある。

 父様に、正面から殴られたことを覚えている。

 

 そして、

 

『……お前は、何をしたのか解っているのか!?』

 

 父様はユースのことを攻め立てた。

 当然だよな、娘に勝手なことをして、命こそ助かったがそれ以外の多くのものを奪ったのだと思ったら。

 父として、公爵貴族として、父様がそういう反応をするのは当然だ。

 間違っているのはユースで、正しいのは父様だ。

 

 ああ、でも父様――ユースはまだ子供なんだよ。

 

 転生した前世の記憶があるアタシや、アンタのような連中とは違う。

 アタシの精神年齢が大人かといえば疑問だが、それでも。

 この場にいる純粋な子供は、ユースだけだろ。

 なのに、何でそんなことするんだよ。

 たとえどれだけ正しくっても、大人が子供にやっていいことじゃねぇだろ。

 

 なぁ、父様。

 

 ……それは、いくらなんでも癇癪ってもんだぜ。

 

 

 ▼

 

 

 木剣のぶつかり合う音がする。

 甲高く、そしてなんとも泥臭い音だ。

 否応なくそれが稽古の場だということを認識させてくれる。

 そしてそんな状況で、起きていることは荒唐無稽と言って良い状態だった。

 

「おおおああああああああ!」

 

 大の大人が、凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。

 そのままゴロゴロと転がって、気絶し動かなくなった。

 案外これで骨とかは折れてないし、治療すればまたすぐに動けるようになるのは、ここがファンタジー世界だってことを認識させてくれるな。

 あいつの“加減”が絶妙だってこともあるんだろうが。

 

「……ちくしょう! なんなんだよあいつ!」

「ほんとに同じ人間かよ……」

 

 ジリ、と位置取りをしながら二人の男がそう言葉を交わす。

 弱音を吐いてはいるが油断なんてしていない、完全に集中して、相手の次の行動を予測しようと必死だ。

 それでも、

 

「……来ないならこっちから行くぞ」

 

 そういって、そいつは――ユースリットは、気がつけば男二人の目の前に肉薄していた。

 

「なっ、はや――――」

「クソ、何で……!」

 

 慌てて迫りくる木剣に、自分の木剣を合わせるものの、遅い。

 気がつけばユースは、二人の剣を派手に吹き飛ばし、ケリを一発叩き込んでいた。

 そのケリの衝撃でまとめて二人薙ぎ払ってしまうのだから恐ろしいというほかない。

 仮にも、今吹き飛ばされたのはアタシのパーティメンバー、つまりAランク冒険者だぞ?

 

 だが――

 

「もらったぁ!」

 

 それは隙だな、ユース!

 

 そこにアタシが突撃する。

 あいつらが無用な隙を晒してくれて助かったぜ、おかげでユースが多少無茶でも攻めなくちゃ行けなくなったからなぁ!

 そうやって、剣を振りかぶったアタシは――

 

 直後、自分の振るった剣をユースに真っ二つにされていた。

 

「あっ」

 

 二人分の声が響いて、アタシはその場に停止する。

 これが戦場ならそれで死んでいるが、それ以前に。

 また木剣をダメにした、という思考が先に来た。

 ユースもそれは同じようで、お互いに静止している。

 というか――気がつけばアタシ達以外の全員が動かなくなっているんだから、これ以上の稽古は不可能だろう。

 うーむ、今回もダメだったな。

 

「リーナ、頼むから稽古に戦場の戦い方を持ち込むのはやめてくれないか?」

「バカ言うな、これがアタシの戦い方だっての。稽古でそれを磨くのは普通だろ」

 

 現在、ユースはうちのアタッカー全員を相手取って、剣の稽古をしている最中だった。

 恐ろしいことに、単純な技術で言えば今のように全員でユースとやりあってもユースの方が強い。

 そこにそれぞれの小手先のアレやコレやを乗せると流石にユースもどうしようもなくなるが、身体スペックは純粋にユースが図抜けていた。

 アタシ? アタシは今伸びてるアタッカー連中とそんなに剣の腕は変わらないよ。

 ただユースの癖とかを知り尽くしているから、他の連中よりは戦闘になるだろうけど。

 でもそれって、稽古っていうよりは演舞だよな。お互いの剣をより美しく見せるための芸術というか、舞というか。

 

「つつ……相変わらずユースの剣はどういう動きをするか読めん……」

「型は間違いなくあるはずなんだけどなぁ」

 

 倒されたアタッカーが起き上がってくる。

 型、というのは即ち剣術の流派。この世界には様々な剣の流派が存在するが、ユースのそれはどの流派とも異なる。

 しかし、かといってアタシみたいな独学に近いタイプではなく、明らかに洗練された技術のそれだ。

 剣術に限らず、武術っていうのは歴史がながければ長いほど、動きが洗練される。

 使いこなす人間の適性も絡んでくるため、それが戦場の優劣を決めることはないが、それでも無駄がないのはより歴史の長い剣術だ。

 その点で言えば、ユースのそれは本当にかなりの歴史を歩んできたと誰もが思うモノ。

 ……実際には、先代が一代で築き上げたんだけどな。

 世の中には歴史なんてものを踏みにじってぐちゃぐちゃにしてしまう化け物がたまにいる。

 

「僕の剣は、かなり扱いが難しい。自分で言うのも何だが、生半でこれを学んだら剣がだめになるよ」

「解ってるよ、才能とスペックのない人間がアレをやったらどうなるかくらい。俺たちだってプロだからな」

「ならよかった。それじゃあ、今回のまとめだが――」

 

 そう言って、ユースはアタシたちを見上げながら、今回の稽古でユースが意識していたことを伝える。

 

「何事も、対人の基本は選択肢を奪うことだ。悪い選択肢と、より悪い選択肢を相手に強要し、より悪い選択肢を取らせないことで選択肢を奪う」

「エゲツねぇ、普段はあんな優男なのに、こと戦闘になるとスグこれだ」

 

 ぶーぶーと仲間たちから飛んでくるヤジを受け流すユース。

 何というか、ユースはとにかく切り替えが早い。

 戦闘時、通常時、女が寄ってくる時、アタシと一緒にいる時。

 などなど、いろいろな状況で自分の精神状態をスイッチさせている。

 過去にはアタシが婚約されるのを嫌がってアタシを誘拐するなんてロックな行動をするバカだが、同時にやたらと頭が回る。

 女相手の付き合いとか、そういう頭の回転の速さによって成り立っている部分が大きいのだ。

 

「だが助かったぜ、休みが長いとすぐ鈍るからな」

「いやこっちこそ、僕も多人数との戦いが一番稽古で負荷になるから、とても助かる」

 

 ともあれ、そうやって仲間たちと礼を言い合って、この場を解散する――というような流れになった時。

 

 

「リイイイイイナアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 すごい剣幕で、アンナがアタシのところまでやってきた。

 うおお、耳がキーンとする。

 

「な、何だよアンナそんな剣幕で」

「――アンタは、ドレスを、選ぶんでしょうがぁ!」

 

 がくんがくんと揺さぶられる。

 何故か揺さぶっているほうがえらいぼいんぼいんと揺れているんだが、何の嫌がらせだ?

 

「男連中はいいわよ! 一番高級な装備にすれば飾れるんだから! でもね、アタシたち女性陣は違うの! 舞踏会で姫騎士とか呼ばれて笑われたいならともかく、普通はドレスで着飾るもんなのよ!」

 

 ――ドレス。

 ――舞踏会。

 ああうん、色々と頭の痛い単語をありがとう。

 

 詳しく説明すると、先日アタシ達はSランクパーティとなることが決定した。

 これは結構大きな決定であり、国としては英雄であるアタシ達を讃えたいということで――正確にいうと、自国でSランクパーティが誕生したと周辺諸国へしらしめるために――アタシ達を招いての舞踏会みたいな宴会を開くことになった。

 アンナが言っているのは、それに着ていくためのドレスだ。

 

 男どもは適当に装備を着ていけばいい。

 Sランク冒険者がこれまでの冒険で手に入れた最高の装備を着れば、自然と形になる。

 しかし、女性はそうではない。

 なんだかんだ性別的な意識で女性はドレスを着るもの、と決まっているために男と同じ装備では許されない。

 女性冒険者としても、こういう舞踏会で貴族に見初められるってことは玉の輿に乗るってことなので、着飾らない理由もないのだ。

 

 が、しかし――アタシの場合それは不要だ。

 

「いや、アタシ、自分用のドレス持ってるし、選ばなくても問題ないぞ?」

 

 仮にも公爵令嬢だぞ?

 いや、正確には母様がいずれ大きくなったら、と仕立ててくれたものを流用しているだけなので、今の流行とかからは全力でそれているものだが、特別な場で着ていくのにこれ以上のエピソードはない。

 何より、今回は色々なものに決着をつけるための場だ、そのドレス以外を着るつもりはない。

 

 が、しかし。

 

「――――――――へ?」

「……は?」

 

 アンナはそれはもうポカンとした顔をして、周囲の男どもも思わずアタシの言葉を聞き返していた。

 ……お前らアタシのことを何だと思ってんだよ!?

 

 

 ▼

 

 

 それはそれとして、自分がドレスを選べないから見てほしいと言われたために、アンナに連れられてアタシはアンナの部屋にやってきていた。

 

 そこには、ずらりと並ぶドレスの山。

 買った……わけではないよな。

 入り口にはこれを持ってきたと思しき商人が笑顔で立ってたから、たぶんこの中から一つを選んで購入するんだろう。

 

「どれを選べば、貴族のイケメンを惚れさせられると思う!?」

「んなもん、これでも着とけよ」

 

 とりあえず胸元全開のものを勧めてみた。

 

「エッチ!!」

 

 いやそこで躊躇ったら、誰も見てくれないだろ。

 さっきアタシを揺さぶった時に揺れてたお前の胸に対する仲間たちの反応を見ろよ、目をそらしてたぞ? お前が女に見られてない証左だ。

 なんて言ったら面倒になることはわかりきっているので、アタシはため息とともに別のものを選ぶ。

 

「はいこれ」

「……え? なんでこれ? 確かに可愛いと思うけど――」

「この中で、今回みたいな規模の社交界に、部外者の冒険者が着ていくのに一番ふさわしいドレスコードがこれだっただけ」

 

 ぶっちゃけ、アタシ達を讃える会とは言うものの、結局の所やってるのはいつもの政治パーティ場外戦だ。

 言ってしまえばアタシ達はダシにされてる。

 だから、変に目立つとむしろ貴族から嫌われて、冷遇されたりとかするんだ。

 なので選択肢としては、そういうリスクを無視して胸元全開で色気をアピールするか、こういうドレスコードに沿った無難なものを選ぶかの二択だ。

 

「……何でそんなこと知ってるの?」

「さぁて、なんでだろうなぁ」

 

 Sランクになったことで、アタシが自分の身分を隠す必要はなくなった。

 今回の舞踏会で、アタシの正体は十中八九バレるだろう。なので、これ以上こういうところで自重する理由もない。

 

「アタシ達が主役とは言うけどさ、舞踏会は演劇と違うんだよ。誰も彼もが主張の強い衣装を着て、見分けをつける必要はないんだ」

「そうかなぁ」

 

 アンナは少しだけ不服そうにしながら、アタシに手渡されたドレスをあてがって、くるくると回ってみせる。

 

「演劇って、主役が目立てばそれで成功みたいなところあるんだよ。観客は脚本や演出じゃなくて、そういうの含めた主役の演技を見に来てるんだから」

「そんなもんかね」

 

 まぁ、たしかに演劇で観客が意識するのは、主演が誰か、ってことだろうけども。

 

「有名な役者って、それだけで作品にとってプラスだよ。そこに、役がふさわしくないと、役不足なんて言われるし」

 

 この世界にも役不足の誤用とかあるんだろうな……とか思いつつ。

 

「でもありがと、リーナがこれで大丈夫って言ってくれたら、なんか大丈夫な気がしてきた」

「おう。まぁこういうのは慣れだからな、初心者が初心者ですって周りに公言すれば、多少のやらかしも目をつむってくれるもんだ」

「だから、どこからそういう言葉が出てくるのぉ……」

 

 くく、と笑いつつ、アタシは部屋を後にするのだった。

 ……そろそろ、ドレスがちゃんと着れるか試しておかないとな?

 

 

 ▼

 

 

 ――ちょっとだけ胸の部分がスカっとしていたが、それ以外は概ねいい感じだった。

 母様はアタシと同じスレンダー体型だったのだが、どこにそんな夢を見たのだろうか。

 父様の胸板?

 ともかく。夜アタシが目が覚めて、ミルクでも飲もうかと食堂に降りてきたところ、

 

「――リーダー?」

 

 リーダーが、一人で晩酌をしていた。

 ブロンズのテッカテカな肉体が、揺れる小さい明かりに照らされている。

 どこか、アンニュイというか、しっとりとした目つきのリーダーの横へ座って、アタシは持ち込んだミルクを飲む。

 

「あら、眠れないの?」

「いや、たまたま目が覚めて喉が乾いただけ。リーダーがいなかったらすぐに飲み物のんで戻ってたッスよ」

「んふふ、ありがとうね」

 

 とはいえ、会話のようなものはなく。

 ただ、互いにミルクとお酒を飲みながら、時間だけが過ぎていく。

 やがて、ぽつりと――

 

「……いよいよね」

「五年、ッスか、長かったッスねぇ」

「大丈夫? 後悔はないわよね?」

「あはは、この時のために準備してきたんスから、大丈夫ッスよ」

「そういう意味じゃないんだけどねぇ……んふふ、でもそれなら安心よ」

 

 じゃあどういう意味なんだろう、と思うものの。

 リーダーはそのまま続けて。

 

「いい? どんな時も、最後に大事なのは真心よ」

「……というと?」

「誰かとお話する時、どれだけ自分が正しくっても、相手の感情ってものがあるの。最後の最後に、決断をするのは人の感情なんだから。そこをおろそかにしちゃダメ」

「……あの人に、そんな人の心なんてものがあるんスかね」

 

 リーダーの言うことはなんとなく分かる。

 これから、アタシ達が対決しなきゃいけないのは父様だ。

 ユースを拒絶し、アタシとユースの仲を認めてくれなかった、あの人だ。

 

 正直言うと、父様のことは嫌いだ。好きになれる要素がない。

 

 でも、だからこそリーダーは真心が大事だと言うんだろう。

 

「やってみれば分かるわ」

「……がんばります」

 

 自信アリげにウインクをしてくるリーダー。

 ほんと、この人には勝てないな、と。

 どこかそう思いながらも、アタシはミルクを飲み干すのだった。

 

 ――舞踏会は明日。

 いよいよ、アタシ達のもう一つの戦いが。

 五年間の集大成が、始まろうとしていた。



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19 アウストロハイム公爵

 ――ついにその日がやってきた。

 アタシがやるべきことは唯一つ、このお披露目会で、父様にアタシとユースの関係を認めさせる。

 はっきり言って、ただSランク冒険者になっただけでは格が足りない。

 これがアタシの爵位がもう一つ下なら、アタシとユースの性別が逆なら、問題なく周囲はアタシたちの事を認めていただろうし、父様も十分だと判断していただろう。

 本人の感情はともかくとして。

 

 それを認めさせるために、アタシたちがやってきたことが一つだけある。

 だが、それを効果的に演出するのは、アタシ達のやり方次第。

 演劇と同じだ。

 どれだけ脚本が優れていても、それを見せるのは役者なのだから。

 

 観客は主役を通して脚本を見ているとアンナは言った。

 だったら、今日の主役は果たして誰だ? 誰の口から、アタシたちの脚本を語らせるべきだ?

 

 対人の基本は、選択肢の押しつけだとユースは言った。

 だったら、果たして押し付けられたくない選択肢とは何だ?

 

 そして最後に、リーダーは言った。

 最後の最後、決断を後押するのは感情だ、と。感情を揺さぶるのは真心だ、と。

 

 ならば、アタシたちがそれをぶつける相手は誰か。

 ――この舞台の敵、主役、説得するべき相手は誰か。

 

 父様だ。

 それ以外にほかはない。

 

 だけれども、それは非常に難事である。

 言うまでもなく、そしていろいろな身分違いの恋にそれがつきものであるように。

 父様は、アタシとユースの恋愛に、正面から反対を突きつけているのだから――

 

 

 ▼

 

 

「――――――――どちらさまですか?」

 

 貴族の集まる社交の場、どこか場違いな集団の中にアタシはいた。

 男たちは精巧な鎧に身を包み、女たちは楚々としながらも艶やかに着飾る中で。

 

 一人だけ、目を引く豪奢な装いの少女と女性の半ばに位置するような、そんな女が一人いた。

 

 ――アタシのことだ。

 

「あら、ご存知のはずですわ、アンナ様。わたくしは――リーナリア・アウストロハイム。貴方の仲間として、ともに冒険を駆け抜けた仲のはずです」

 

 自分で口にしていて、いろいろとゾワゾワしてくる言葉遣い。

 これがアタシか? いやなんの冗談だ? と、周りの視線を一身に浴びるのもムリはない。

 

 ここはアタシ達パーティ「ブロンズスター」のSランク昇格を祝う舞踏会の場。

 当然ながらパーティの連中は着飾っているが、正直装いに“着られている”感が強い。

 ムリもない、彼らはその誰もが平民の出、このような場所に出ることなど、想像もしなかったような連中なのだから。

 ただ一人、このアタシ――アウストロハイム公爵令嬢、リーナリアを除いては。

 

「ま、まってまって……アウストロハイム……アウストロハイム!? アウストロハイムってあの!? ……っていうか、この!?」

 

 ――この、といいながらアンナは指を地面に向けた。

 ムリもない、そもそも今アタシ達がいる屋敷はアウストロハイム公爵家が所有している邸宅の一つ。

 本邸ではないのがミソ。そりゃまぁ、ここは王都でもアウストロハイム公爵領でもないのだから当然だが。

 

「うふふ、皆様。ここは貴族の集まる場、あまり粗相があっては困ってしまいますよ」

 

 うふふって。

 うふふて何だ。

 ……自分でも驚いているが、結構昔身につけた技術ってのは多少磨けば元に戻るらしい。

 こういった立ち振舞は、アタシが冒険者になる以前に叩き込まれたものだ。

 

「い、色々聞きたいことがあるんだけどいい……ですか!?」

「ええ――ここは風の魔術で周囲に声がもれないようになってるから、いつもどおりでいいぜ?」

 

 思わず敬語をつけてしまったアンナに、アタシはいつもどおりで答える。

 と、胸をなでおろしたアンナが――

 

「どういうこと!?」

「ヒントを出してやろう。身分違いの恋、正体を隠して冒険者、戯曲ブロンズスター」

「あ、ああ……ええええ!?」

 

 アタシとユースが正体を隠して冒険者をやりながら、身分違いの恋に悩んでいたんだってことをストレートに理解したアンナは、改めてもう一度驚いた。

 

「ぜ、全然気付かなかったんですけど!?」

「というか、酒場で俺たちとバカ騒ぎしてたあのリーナを、貴族令嬢と結びつけるのはムリだろう」

 

 他の仲間達からもやいのやいのと色々飛んでくる。

 そこはまぁ、アタシの企業努力ってヤツで。

 

「……一番の原因は、リーナの金銭感覚とか社会常識だと思う。全然そういうところで躓いてなかったよね」

「まぁな。アタシは要領がいいから、そういうところも完璧なんだ」

 

 嘘です、本当は前世知識のおかげです。

 普通なら金銭感覚バグって、どこかでおかしいなって思われてたはずです。

 そういう生きてきた環境の違いっていうのは、絶対に生じてしまうわけで。

 実際にそういう社会で生きてきた経験がなければ、どれだけ取り繕っても露呈してしまうものだ。

 

 アタシがどれだけ粗野だからって、そういうところは身についていないのだから、と父様は油断していただろう。

 それがどういうわけか、五年も続いて、こうしてSランクにまでなってしまったわけだから、あらビックリ。

 

「とりあえず、アタシはこれから色々と貴族様のところを回ってくるからさ、そこまでアタシのことは意識しなくていいぜ。今回、多くの人がいる場に立って話をするのは、リーダーとアタシの仕事だからさ」

「ええっと、つまり?」

「ここに来る前も言われてた通り、皆はあくまで憮然とした態度で、食事でも楽しんでれば問題にはならないってこと」

「って言われてもなぁ……」

 

 アタシの正体が、アンナをはじめとした仲間たちには衝撃的過ぎたのだろう。

 これを気にせず受け入れているのは、ソナリヤさんとパラレヤさんの夫婦くらい。

 この状態で、あまり貴族を意識せず常識的な範囲で飲み食いだけしていろ、というのも難しいかもしれない。

 本当なら、アタシのことなんてこいつらに教えずに済めばよかったんだけどな。

 でも、どうしてもこうしなければならない理由が一つあって、

 

 具体的に言うと、彼らに釘を差さなければならないことがあるからだ。

 

「アタシからは一つだけ。さっきも言ったけど、アタシとユースの関係は身分違いのそれだ。だから――」

 

 ――しかし、それは少しだけ遅かった。

 いや、向こうはこのタイミングを狙ってここに来たんだろう。

 

 

「失礼、少しよろしいかな」

 

 

 気がつけば、アタシ達の側に。

 リーダーと遜色ないほどの大男が、立っていた。

 身長は実に二メートルを軽く超え、山肌とすら言えるくらいの巨漢。

 筋肉がフォーマルなスーツをぱっつんぱっつんにさせているその存在感は、驚異というほかない。

 何よりも異様だったのはその顔つきだ。

 人を何人も殺してきたと言っても違和感のない、余りにも威圧的な顔つき。

 それが一瞬、自分と同じ人間であるということを、理解できないほどの圧を放つ、貴族然とした男がそこにいた。

 

「あ、なたは……」

 

 思わず、といった様子でアンナが口を開いてしまう。

 ああ、まずい……飲まれている。

 なんてことだ、怖い怖いと思ってはいたが、Aランク冒険者――マジモンの戦闘のプロすらも威圧してしまうのか、この視線は。

 

「私は――ドレストレッド」

 

 男は、眉一つ動かさず、

 

 

「ドレストレッド・アウストロハイム」

 

 

 ――自身の身分を、高らかに告げた。

 息を呑む。

 これが、公爵家アウストロハイムの当主。

 この国で、最も高い地位に立つ貴族の威容。

 誰もがそいつの気配に飲まれていた。

 アタシがこいつらの前に現れたときよりも、更に深い驚愕と沈黙が、あたりを支配している。

 

 ――まずい、と思いすかさず貴族としての礼をして、アタシが一歩前にでる。

 

「お久しぶりです、父様。リーナリア・アウストロハイム、ここに帰着いたしました」

「そうか」

 

 父はそれを、当然のように受け流す。

 ダメだ、空気が全く動かない。

 父様がアタシのことなんて、まるでどうでもいいかのように扱っているからだ。

 

「お初にお目にかかる、次代の勇者達よ、パーティ“ブロンズスター”の活躍はかねがね耳に入っている」

「そ、それは……」

 

 この場にはリーダーがいない。

 貴族達に顔を見せているからだ。

 ユースもいない。

 身支度を整えるのに、時間がかかっているからだ。

 だからこそ、この場には、正しく父様の対応をできる人間が一人もいない。

 

 アタシを除いては。

 

「父様、わたくしの方からも紹介させてくださいまし」

 

 割って入る。

 父の、観察するような視線が、突き刺さった。

 

「こちらが、パーティ“ブロンズスター”。わたくしが予てよりお世話になっておりました、勇敢なる冒険者パーティでございます」

 

 決して、間違った対応はしていないはずだ。

 もはやアタシが身分を隠す理由はない、そうしなくてもいいように、この場に準備をして乗り込んだのだから。

 仕込みは全く済んでいないが、準備は万全ではないが。

 この場では、父様をアタシが相手しなくてはならない。

 

 これは、決闘だ。

 こうして父様がここに現れたのは、アタシを冒険者と認めないため。

 ユースと引き剥がすため。

 対してアタシは、本命の準備が整わない状態で、時間を稼ぎながら皆と自分を守らなくてはならない。

 少しでも、アタシ達がふさわしくない態度を取れば、父様はアタシたちの関係を認めない。

 ()()()()()()()から、拒否するのだ。

 

 そうなってしまえば、これでアタシ達の冒険はおしまいだ。

 アタシは父様との条件を破った。身分を明かし、この場に立っている。

 それを理由に、父様はアタシに屋敷へ戻ることを命じるだろう。

 約束を破った以上、アタシはそれを受け入れるしか無い。

 

 父様が、アタシとユースの関係を認めない限り。

 故に、まず先手を打った。

 いくら父とはいえ、公式の場でSランクパーティを罵倒することは許さない、と。

 彼らを否定することで、アタシの立場を認めないことを許さない、と。

 

 ――賭けだ。

 

 この場所は現在、アタシの魔術で声が周囲に届かないようになっている。

 故に、周囲からの視線はあるが、その内容までは届かない。

 ポイントは、あくまでアタシはこの場において、アウストロハイム公爵令嬢であり、ブロンズスターのリーナリアではないということだ。

 正体を明かしたのは、あくまで仲間に対してだけ。

 この場にいるすべての貴族は、アタシが単なる令嬢でしかないと思っている。

 

 だから、父様がアタシが冒険者になっていたと周囲へ喧伝してしまえば、それでオシマイ。

 仮にも公爵令嬢が家を飛び出し、冒険者などに身をやつしていたとなれば、アタシたちの評価は地に落ちる。

 もちろん公爵家にもそれ相応のダメージはあるが、それでも。

 父様が本気でアタシとユースの間を認めたくないなら、それが最善手だ。

 こんな駆け引き全部無に帰って、ただアタシの強制敗北だけが決定する。

 

 もちろん、そんなことはありえないと踏んでいたが。

 父は合理主義者なのだから、そんな感情的なことはしないと思ってはいたが。

 それでも、賭けだった。

 

 そして――結果は、

 

「リーナリアよ、お前は――」

 

 アタシの想像通り。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 しかし、想像以上に、辛辣で、

 心を抉る、対応だった。

 

「公爵令嬢が家を飛び出し、これほど高潔なパーティに世話になる。どれほど足を引っ張ったのだ? 情けないにも程がある。失望したぞ、リーナリア」

 

 ――そう、父様はそんな無様は晒さなかった。

 だけど、取った言葉は余りにも冷たく、突き放すような言葉で。

 

「――そんなの!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……父様!」

 

 一瞬だけ視線を送って。

 アタシを侮辱したことに怒ったアンナが口を開きかけたのを、遮る。

 ダメだ、何があっても、“それだけ”はダメだ、と。

 

「何だ、何か言いたいことがあるのか? 貴族としての役目を放棄し、あまつさえ英雄とされるSランク冒険者たちの活躍に泥を塗るような行為、恥ずべきことだ。貴族として……どころか、人として見下げた行動だと言わざるをえん」

 

 ――父様は、こいつは。

 アタシを蔑むことで、アタシの仲間たちを挑発しているのだ。

 この場にはアタシの魔術が張り巡らされていて、声は周囲に届かない。

 だが、もしも態度に出るほど声を荒らげれば、話は別だ。

 その様子は周囲へ伝わる。

 同時に、その内容まで伝わらないからこそ。

 

「お前のした行動は、多くのものに迷惑をかけ、あまつさえ公爵家の品位すらも傷つけた。お前のようなものがアウストロハイムを名乗る資格があるのか?」

 

 父様の侮辱は周囲に伝わることはなく。

 仲間たちの品性だけが、周囲に伝わってしまう。

 

「お前は最低だ、リーナリア。恥というものがあるのならば――」

 

 なんてことだ。

 こいつは、()()()()()()()()()()なく。アタシたちをこの場から排除しようとしているのだ。

 Sランク冒険者にふさわしくないとして。

 

 

「今すぐ彼らに謝罪し、この場を去れ。それがせめてもの、お前の義務だ」

 

 

 こんなやつが、とアタシは思った。

 後ろから、怒気が大いに伝わってくる。

 

 ああ、でもそうだ。

 

 こんなやつなんだよ。

 

 これが、ドレストレッド・アウストロハイム。

 

 

 こんなやつに、アタシとユースは認められなくちゃいけない。

 

 

 その、最大の障壁が今ここに、アタシ達の前へ立ちはだかっていた。



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20 アタシがアタシであるために。

 ――父様のことが嫌いだ。

 そもそも、やりたくないことを押し付けてきて、褒めること一つしない存在を、好きになれるヤツはそういない。

 特にアタシは前世の記憶があるせいで、子供の頃から自我が強かったと思う。

 誰かの影響を受ける前に、前世の自分という存在に、多大な影響を受けてしまっていたというか。

 ただの子供だったなら、父のことを厳しいと感じながらも貴族の価値観に影響を受けて、貴族としては正しいと感じていたかもしれない。

 

 でも、大人だからって絶対に正しいことなどありえない。

 むしろ人間というのは、子供の思う以上に自分の感情に振り回されるのだと知ってしまっていたアタシには、父のそれが感情に由来するものであると感じずにはいられなかった。

 

 父がユースを認めないのも当然だ。

 ()()()()()()を見ているのだから。

 アタシの母、エレナシア・アウストロハイムも、アタシと同じ“白幸体質”の人間である。

 故に、アタシが幼い頃に事故でなくなってしまった。

 そのことが父の厳しさにつながっているであろうことを、アタシはなんとなく肌で感じてしまったのだ。

 

 父がアタシを通して母を見ていることも、ユースを通して過去の自分を見ていることも。

 なんとなく解ってしまうから、好きになれない。

 何より、そんな父の姿は――アタシにもかぶるのだ。

 

 アタシには、未だ越えられていない障壁がある。

 ユースと一線を越えて、より深い仲になって、でも――

 

 アタシはまだ、ユースに好きと言えていない。

 

 言えるタイミングがないというのもあるけれど。

 何よりも、アタシにはわからない。

 果たして本当に、アタシはユースを好きと言えるのか?

 決断を、最後に後押しするのは感情だ。

 だが、果たして本当に、アタシの中に、それはあるのか?

 

 

 アタシはユースを、好きだと言っても、本当にいいのかー―?

 

 

 ▼

 

 

「ええ、ええ、お話できて本当に楽しかったわ。またお話しましょうね」

 

 ――ワイングラスを片手に、ブロンズスターリーダー、ゴレム・ランドルフ。

 Sランク冒険者たちを背負う気高きオカマゴーレムは、彼らのために今日も貴族との交流に勤しんでいた。

 もともと、ゴレムにはこういった社交界での付き合いに経験がある。

 かつて自分がそういう場に出席する冒険者だったことがあるからだ。

 

 そのパーティはすでに解散し、一冒険者となったゴレムは、改めてブロンズスターを立ち上げた。

 そのためにランクはDランクまで下がっていたが、今ではかつてのランクにまで自分たちを導けた。

 当時はパーティの一メンバーとして、今はパーティの顔として。

 

 そんなオカマが気にするのは、何よりもリーナリアのことだ。

 仲間たちのことは、あまり心配していない。彼らはプロだから、こういう場での振る舞いをきっちり伝えておけば、そうそうミスをすることもないのだから。

 

 ――リーナリア・アウストロハイム。

 

 アウストロハイム公爵の家に生まれた一人娘。

 公爵家は古くからこの国の重鎮としてその才を振るってきた名門。

 たった一人の娘であるリーナリアにも、それは当然求められていた。

 それが本人の生き方に、どれだけそぐわなかったとしても。

 

 もちろん、生まれにはそれ相応の責任というものが伴って、リーナリアには公爵としての立場に縛られる義務がある。

 本人もそのすべてを否定しようというわけではない。

 今はこうして冒険者をしているけれど、いずれは家に戻り、父の後を継ぐ意志はあるはずだ。

 でなければ、ユースとの関係を父に認めさせたりはしないだろう。

 

 ドレストレッド、リーナリアの父であり、かつての知己。

 ゴレムとドレストは決してお互いのことを知らない仲ではない。

 むしろ、彼のことをゴレムはとてもよくしっている。

 他でもない、ともに戦う仲間として、冒険者としての彼をよく知っている。

 

 そう、ドレストもまた冒険者だったのだ。

 リーナリアと同じ用に、若い頃に家を飛び出し、多くの経験と成功を経て家に戻り後を継いだ。

 やっていることは何も変わらない。

 

 リーナが女で、ドレストが男であるということ以外。

 

 結局、男女の差というのはどの世界でもつきまとうのだ。

 男は武勇を誇ることを美徳とされて、女は美貌を守ることを美徳とされる。

 リーナが女でさえなければ、きっとドレストは何も言わなかったはずだ。

 行って来いとは、立場上口が裂けても言えないが、ここまで反対することはなかったはず。

 そこに本人のどんな感情があるにせよ、ドレストの行動は客観的に見て、現状正しい。

 

 だが、だとしてもゴレムが味方することを選んだのはリーナだ。

 何故か――など、語るまでもないだろう。

 今のドレストは見ていられない。

 あまりにも感情が暴走しすぎている、かつての勇敢なる冒険者ドレストの姿はどこにもないのだ。

 彼にとって、リーナの反発はそれほどまでに自分を追い詰めている。

 

 そしてそれが余計にリーナの反発を招く。

 誰かが妥協しなければ、堂々巡りは永遠に続く。

 その上で、よりゴレムが正しいと思う解決策を先に見出したのが、リーナとユースだったのだから。

 

「あらぁ、お久しぶりですわ。もう何年ぶりになるかしら。ええ、またこうしてお話ができて私も嬉しく思いますわ」

 

 ――そう思いながらも、また顔の見知った貴族に出くわした。

 ここでのゴレムの役割は、貴族達から話を聞き出すことだ。

 リーナとユースの挑戦が成功していたかどうかを、確かめるために。

 

「ええ、そうですわ。“貴公子”ユースリットはたしかに私のブロンズスターに所属する冒険者です。彼が私達パーティの顔と言っても過言ではございません」

 

 一つ。

 貴族たちに対するユースリットの知名度だ。

 ゴレム自身の語る通り、ブロンズスターにおけるユースリットの知名度は抜群だ。

 貴公子、などと呼ばれて社交界でも非常に人気が高い。

 戯曲まで作られるほどなのだから、貴族の間にもファンは多数いることが解っている。

 それを、確かめている。

 

 そのうえで、重要なこと。

 それはユースの正体が知られていないか、ということ。

 なにせ、それこそがユースとリーナが抱え続けた、自分たちの関係を認めさせるための切り札なのだから。

 

 そして、もう一つ。

 

「そういえば、お聞きになりました? アウストロハイム様のご令嬢が、五年ぶりに姿をお見せになったとか」

 

 リーナの貴族社会における近況だ。

 ここ数年、リーナは貴族社会に顔を出していない、ということになっている。 

 理由は病気とも、事故によるケガの療養ともいわれているが、定かではない。

 どちらにせよリーナが表舞台から姿を消し、アウストロハイムの屋敷に引きこもっていることに“なっている”のは事実。

 だとすれば、そうではないという情報が周囲に漏れていなければ。

 リーナの秘密は完璧に守られていると言えるだろう。

 

「ええ、ええ、そうですわね。めでたいことですわ。後はなにかの良縁に恵まれればよいのですが」

 

 そして、これもまた目論見としては成功していた。

 リーナはその正体を知られること無く、Sランクへ上り詰めることへ成功したのだ。

 今はおそらく、リーナリア・アウストロハイムとして仲間たちと顔を合わせていることだろう。

 とすれば後は――

 

 

『リーダー、大変です! リーナから連絡がありました、ドレスト卿が、リーナに接触したと!』

 

 

 ――その時、ユースの声がゴレムの脳裏に響いた。

 通信の魔術。

 意識した思考を相手に飛ばすそれは、距離に限界がある。

 おそらくリーナはゴレムにも飛ばしたが、距離の関係で届かなかったのだろう。

 そしてユースとゴレム間はつながった。

 

 それが今の状況だ。

 

『……あちらは、強襲を選んだということね。ユース、準備は?』

『出来ています、不安はありますが。このままリーナの元へ駆けつけるほかないかと』

『解ったわ、そうして頂戴』

 

 そのやり取りは、完全に戦場におけるユースとゴレムのそれであった。

 相手はドレストレッド・アウストロハイム公爵。

 リーナにとって、ユースにとって、それは間違いなく最大の敵。

 倒すべきモンスターであった。

 

「ええ、ええ、ありがとうね。またお話しましょう、今日はこうして時間をいただけて光栄でしたわ」

 

 そういいながらも、ゴレムはその場を離れる。

 浮かべていた笑みを、そっと戦場のそれへ切り替えて、リーナたちがいるであろう場所へ向かう。

 これは決戦だ。

 ――先手は間違いなくドレストに許した。

 

 しかし、だとしても――リーナはきっと折れていない。

 だから、

 

 だからこそ、少しでもその助けになるのなら。

 ゴレム・ランドルフが、リーナとユースを助けると決めたことにも、意味が生まれる。

 

 

 ▼

 

 

 父様はアタシではなく、パーティの皆を挑発することでアタシを攻撃してきた。

 別に、アタシがどれほど父様から否定されてもそれは当然の事というか、だからどうしたって話だが。

 それをパーティに皆に聞かせるってのは、立派な仲間への挑発行為だ。

 性格が悪いにも程がある。

 いくらなんでも、ここまでみみっちいことを正面からやれるってのかよ、クソ親父!

 

 厄介なことは、動機はクソ見てぇなしみったれた感情から来ているものだってのに、やっていることは的確極まりないってことだ。

 これで、頭が正気なら国を預かる公爵の当主だけはある。

 だからこそ……小手先の口八丁では絶対に勝てない。

 アタシがやるべきことは、多少ムリにでもこちらの用意した展開に持ち込むことだ。

 

 だから、この状態で父様の思惑に乗る必要はない。

 アタシは自身が展開していた音を遮る魔術を、“拡声”の魔術に切り替えた。

 

 つまり、

 

「――そうは思いませんか? 父様」

 

 それまで、周囲に聞こえていなかったアタシの声が、響くように広がっていく。

 気づけたのは……アンナくらいだろうか、かなり自然に魔術の種類を切り替えたために、普通なら何が起こったか理解できないはずだ。

 

 アタシはそのまま、大げさに身振りをしながら、観客である周囲の貴族たちに聞かせてやるように語りだした。

 

「ここにおられるのは、歴史に名高きSランクの冒険者様方、わたくしたちの未来に希望を照らしてくださる方たちですわ」

 

 いきなり、話の文脈を考えずにそんな事を言い出すものだから、当然仲間たちは困惑する。

 だが、いち早くアタシの意図に気付いたアンナが、様子を見守るようアイコンタクトを送っている。

 

 アタシの狙いは、先程までの直接的なアタシへの罵倒をぶった切り、更にはこちらの話に主導権を持っていくことだ。

 向こうが声を聞こえないこちらの魔術を逆手に取るなら、それを逆手に取らせず、声を聴かせてやればいい。

 どうせ、ある段階でこちらの声を聴かせてやるつもりだったんだ。

 このまま向こうが困惑しているうちに、一気に主導権を握ってやる。

 

 だが、

 

 

「――ああ、全くだ。諸君、こちらにおられるのがこのパーティの主賓たる冒険者、ブロンズスターの者たちだ」

 

 

 クソ親父は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()きやがった。

 ――嘘だろ!? あの状況で、アタシが魔術の種類を変えたことにも気付いたのか?

 いや、気付いていなかったとしても、変えると読んで行動に移したのか?

 どちらにせよ。

 

「諸君らもすでに彼らの冒険譚は聞き及んでいる者もいるだろう。かくいう私もその英雄譚を聞き及んでいる」

 

 ――主導権を、一瞬で奪い取られた。

 淀みなく告げられる二の句に、こちらが口をはさむ余地はない。

 何より父様の声量は、拡声の魔術を使っていないであろうにも関わらずアタシよりも響く。

 これが国のトップたる貴族の演説技術だってのかよ!?

 

 父様は訥々とかたった。

 ブロンズスターのこれまでの功績。

 如何にしてSランクとして認められるに至ったか。

 そして何より――父様はアタシとブロンズスターの存在を、引き剥がそうとしている――!

 

「そうだろうリーナリア、彼らの冒険譚は、君も称賛に値すると思わないかね」

 

 これに同意すれば、リーナリア・アウストロハイムと冒険者パーティブロンズスターの接点は完全に絶たれる。

 リーナリアが、ブロンズスターのことを、“冒険譚”として知っていると宣言することになるからだ。

 つまり、そうなればアタシと仲間たちは赤の他人だ。

 だからそれは、そのパーティに所属しているユースリットとの関係も無であったと公に知らしめることになる。

 いくら英雄と言っても、Sランク冒険者として認められたとしても、婚約だとか、恋人だとか、とてもではないが言い出せるはずがない!!

 父様は最初からこれを狙っていたんだ。

 

 ――当たり前だ、いくら父様が感情でアタシとユースを引き剥がそうとしていても、Sランク冒険者は国益そのもの。

 それを不適切だと言って貴族たちの前で切り捨てるなんて、仮にも公爵家当主がやっていいことじゃない。

 父様はアタシからこの状況を作るように仕向けた。

 全部手のひらの上だったんだ。

 

 ああくそ、小手先のことでどうにかなるなんて、それこそ思い上がりも甚だしいじゃないか!

 解っていたはずだ、父様とアタシじゃ、ふんできた場数が違いすぎる。前世の年齢と足しても父様の方が年上だって言うのに、直接やりあってアタシが父様に勝てるはずがないだろ!?

 

 ――いや、まだだ。

 どうあれ父様はアタシに発言の機会を許した。

 少しでも言いよどめば、アタシも同意したとして話をすすめるだろうが、この一瞬だけは逡巡のチャンスがある。

 考えろ、冒険者として一瞬の命のやり取りに生きてきた感覚を総動員して、考えろ!

 アタシが発言できるチャンスはここしか無い。

 これに同意すれば完全に詰み、別の話題を父に振る必要がある。

 だが、少しでも状況にそぐわなければ父はそれを切り捨てて、話をもとに戻すだろう。

 

 余計な脱線は許されない、一瞬以上の逡巡も許されない。

 だとしたら、アタシに取れる行動は――?

 

 迷っている暇はない、何でもいい、何か口に出せ、立ち止まることだけは、絶対にするな――!

 

「――彼らは素晴らしいパーティですが。この場にいる者たちがパーティのすべてではないはずですわ」

 

 飛び出した言葉は、ユース達のことだった。

 ああ、そうだ。

 なんてことはない、たしかにこいつらは最高の仲間だ。

 でも、この中に、ユースとリーダーの姿はない。

 だったら、アタシは――それを最高だとは認められない。

 どちらかが、誰かが欠けてもアタシ達はブロンズスターたり得ない。

 だからこそ今この場で、父様の言葉を肯定することだけは、絶対に出来ないんだ――

 

 そして、それは――

 

「ああ、そうだったな。この場には、()()()()()の姿がない」

 

 ――何気なく、本当に何気なく溢れた言葉から。

 アタシは、理解した。

 それは、即ち。

 

 

 ――――――――()()()

 

 

 すべての勝利へのピースが、今ここにハマったということだった。

 ああ、父様。

 ――最後の最後で、油断したな。

 もしもその言葉を零さなければ、ユースにその呼び方をしなければ。

 アタシは確信をもって踏み込むことはできなかったよ。

 

「であれば――」

 

 父様は、そのまま淀みなく話を戻そうとした。

 これで終わりだと、アタシとブロンズスターは無関係だと、そう言い放って終わるつもりだったんだろう。

 でも、もうその言葉に意味はない。

 父様の言葉に、これ以上の()がないなら、アタシはもはや躊躇う必要はない。

 

「――ええ、そうです。忘れてはなりません。ブロンズスターには、誰もが知る英雄が一人、いるのですから」

 

 息子、という言葉をアタシは使わなかった。

 だってそうだろう?

 知ってるはずがないんだから。

 

 父様が、()()()()()()()()()()()()と知らなかったように。

 この場にいる誰もが、()()()()()()()()()()()のだから。

 

 それを知っているのは、今この瞬間。ここにいる中で、

 

 アンタとアタシしかいないんだよ、クソ親父。

 そして、だからこそ。

 ()()()()()()()()()()()()()ことを、周りの連中は知らないのだから。

 

「父様もお話をお聞きになっているのでしょう。であれば、紹介しなくてはなりません」

 

 そして、

 

 状況は、完全にこちらへ傾こうとしていた。

 

 

「失礼、お通し願いたい」

 

 

 父様の響く声に負けないほどの力強い声が、会場に響き渡った。

 それは即ち、ユースの声だ。

 最高のタイミングで、アタシの呼び声に答えるように間に合った。

 

 ――父様がそこに割って入ることはなかった。

 

 アタシが突然割って入ったタイミングで、悟ったのだ。

 自分は何か致命的なミスを犯して、この後の流れをアタシが決定的に掴んだ。

 まさか、底を晒したのだとは思うまい。

 自分にこれ以上の手がないのだと、アタシに確信されたのだとは思うまい。

 

 だからこそ、アタシ達は続ける。

 ここに至るために温め続けた、最後の切り札を明かすために。

 

「――遅いですわ、ユースリット」

「待たせてしまった。済まないね、リーナリア」

 

 アタシが即座に、ユースリットの元へと駆け寄る。

 周囲がどよめく中、アタシに並び立つ貴公子様は、それはもうとんでもなく豪奢な鎧に身を包んでいた。

 

 白金の、この場にいる誰もが、一度は見たか、聞いた覚えのある鎧を。

 

「紹介しますわ、父様」

 

 父様は、止められない。

 ―ーここに至って、自分が何のミスをしたのか、周囲の反応から理解してしまったのだろう。

 周りの貴族たちは、ユースリットの存在に()()()()()()()()()

 普通ではない反応だ。なにせユースの存在はすでに多くの貴族が知り及んでいる。

 戯曲にもなるほど、知名度の高い存在に、そんな反応はそぐわない。

 

 だから、つまり、それは。

 

 

「ユースリット・()()()()。わたくしのフィアンセとなるお方です」

 

 

 ユースの正体を隠してきた、意味そのものでもあるのだ。



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21 天高く叫べ。

 それは、始まりの記憶。

 二人の少年少女が、比翼となった、その瞬間の記憶。

 

 ――戦いと呼べる戦いすら起きなかったが、それでも静けさを取り戻した花畑に、一人の男と一人のオカマゴーレムの姿があった。

 一人と一オカマゴーレムは花畑を見渡しながら、その状況に驚愕していた。

 

「こりゃぁすげぇな……こいつらがやったのか?」

「でしょうねぇ、んもう、血は争えないってことかしら」

「言ってる場合か。クソ、こいつもバカやったもんだよなぁ……結果的に良い方向に状況が転がってるのは、白幸か、こいつの天運か……」

 

 花畑には、十人程度の顔を隠した者たちが意識を失って倒れている。

 それぞれ相応に手練だっただろうことは、剣を握っている男の体つきを見れば分かる。

 おそらく冒険者に換算すれば、AランクとBランクの間くらい……Aランクパーティに参加しても末端ならこなせるだろうことを考えると、実に惜しい人材だ。

 

「どっちも、でしょう。貴方の血を引いたこの子と、エレナちゃんの血を引いた娘さんなのよ?」

「違いねぇ。……が、さて、ドレストの野郎にはどう説明したもんかねぇ……」

「流石に、ドレストちゃんにとってもこれは看過できないでしょうねぇ。うまく落とし所を考えるしかないわよ」

 

 正直に言えば、状況はよろしくない。

 男とオカマゴーレムにとって、ドレストと呼ばれる存在は親友と言ってもいい間柄だ。

 だが、それとこれとは話が別。

 親しき仲にも礼儀ありというが、“彼”の取った行動は、それでは収まらないほどの暴挙であることは間違いないのだから。

 

 しかし――

 

「なんつーか、そういう問題は全部すっとばしてよぉ」

「まぁ、そうねぇ」

 

 男とオカマゴーレムは、そんな今後の憂鬱な未来を思ってなお、笑みを浮かべてしまう。

 柔らかな、優しい笑みだ。

 なにせ――

 

 

「――こいつら、幸せそうに寝てやがるなぁ」

 

 

 花畑の中心で、一組の少年少女が眠っていた。

 ユースリットとリーナリア。

 つい先程、命を賭けて運命をつなぎ合わせた比翼の子どもたちは今、あまりにも幸せそうに――

 

 ――向かい合って、眠りについているのだから。

 

 

 ▼

 

 

 ――ひどい話もあったものだと、アタシはそれを見ながら思っていた。

 アタシとユースが、ユースの親父さんよって花畑から連れ戻されて少し経って、クソ親父……父様がやってきた。

 そして、父様がやったことはといえば、

 

 ――ぶん殴ったのだ。怒りに任せて、ユースを。

 

 思わず口を出そうとしてしまったが、父様のアタシさえ殺してしまいかねないような殺意と――何より、ユースが止めるように訴えかけてきたので、アタシは止まった。

 同じ様に状況を見守っていた、ユースの親父さんもだ。

 

「……お前は、何をしたのか解っているのか!?」

 

 怒りのままに、黒髪の、どこのマフィアのボスだってくらいいかつい顔をしたアタシの父親――ドレストレッド・アウストロハイムは叫んだ。

 父様が人を殺したような顔をしているのは今に始まったことではないが、今日の父様は格段にひどい顔をしている。

 こんな顔で王族の前に出たら殺されても文句は言えないだろうってくらい。

 まぁ、そういう意味で、殺されても文句の言えないような事をしたのは、ユースの方だと言えば否定はできないのだが。

 

 顔が怖いってだけじゃない。この国で一番えらい貴族であるところの父様は、海千山千の傑物として恐れられている。

 当然、立ち振舞も雰囲気も、顔に見合うくらい恐ろしいのだ。

 それがここまで怒りを露わにすれば、普通立っていることすら難しい。

 

 ……アタシはといえば、父様の事が嫌いだ。

 その反発心が、目の前の父親を敵対者としてみなしているために恐ろしいとは思わない。

 ユースの親父さんは……まぁ本気だしたら父様より怖いからな。別格だ。

 

 そして、ユースは――

 

「――リーナリアを連れ出し、この屋敷から逃げ出そうとしました」

 

 正面から父様の敵意に向き合って、一切ごまかす事無く事実を報告した。

 それに、父様はもう一度拳を上げようとして、それが単なる怒りであると自覚して降ろした。

 流石にここで殴りかかっていたら、アタシもユースの親父さんも止めていただろう。

 

「公爵令嬢を連れ去る。その意味が解っているのか……?」

「公爵令嬢である前に、リーナリアはリーナリアだと、僕は判断しました。そして、リーナリア自身が今回の縁談を望んでいないとも判断しました」

 

 淡々と、ユースは自身の考えを述べていく。

 この場において、間違っているのはユースだ。

 誰が見ても、罪を犯したのはユースの方で、それを咎める父様は何も間違ってはいない。

 最初の拳以外に私情をユースにぶつけてもいない。

 だけど、それでも、だとしても――

 

「僕は、僕の判断を間違っているとは一切考えていません。なので、謝罪はしません。首を切り落とすのであれば、受け入れます」

 

 ――ユースは、そういい切った。

 その言葉に、もう一度父様は顔をひくつかせて、しかしそれを抑えて語り始める。

 

「……リーナリアが目覚めたそれは、“白幸体質”と呼ばれるものだ」

「…………」

「その体質に目覚めたものは、自身の幸運を未来から前借りする形で、周囲に幸福をもたらすという」

 

 ……未来から? 何かすげーこと言い出してんな?

 後から補足を受けたが、こういったこの世界においても常識の理を逸脱した力は「オルタナティブ」と言うらしい。

 やたらとかっこいい単語だが、多くの場合、オルタナティブといえば「オルタナティブスキル」の事を指し、このスキルは言ってしまえば必殺技だ。

 かっこいいのもさもありなん。

 とはいえ、アタシの体質はそうもいかなかった。

 

「結果、その体質を発現した者は、若くして命を散らすという。お前という命を救うために、リーナリアが捧げたものは命だ! その意味を解っているのか!?」

「…………!」

 

 正直、そう言われてもアタシにはピンとこなかった。

 若くして死ぬ? そんなの初めての体験じゃない。一回目の死は事故によるもので、怖いとか思う暇もなかったが、思い返したところで死は死だ。

 何より、アタシは転生者。もしかしたら死んだって次の人生に転生するだけかもしれない。

 思った以上に、自分の死というものに対しての恐怖感は、アタシにはなかった。

 

 だが、ユースは違うだろう。

 ごくごく当たり前に、一度だけの生を謳歌している少年に、その言葉は余りにも重い。

 目を見開いて、思わずこっちを見てしまったのを、きっとこの場にいる誰も見逃さなかっただろう。

 攻め立てるように、父様が口を開く。

 

「お前がリーナリアを連れ出したことで、リーナリアがあの連中の手に渡ることは防がれた。しかし、どちらにしろその生命の大半が奪われたのだ! お前のやっていることは、あいつらと何ら変わらん!!」

「……っ」

 

 ――それは、流石に違うだろうとアタシは思った。

 確かに、見方を変えればアタシをどうこうして、悪いことを企んでいるあいつらと、アタシを連れ出して逃げ出そうとしたユース。

 結果がこれだということを考えれば、やったことは同じことかもしれない。

 でも、だとしたら父様のやるべきことは、今すぐにもユースをこの場から排除することだ。

 

 アタシについたユースという虫を引っ剥がして、捨ててしまうことだ。

 だっていうのに、そうやって悪い方向にバイアスのかかった言葉で攻め立てるのは――子供にしていいことじゃないだろう。

 転生者として、一応精神年齢はユースより高いつもりだったアタシも、状況を見守っていたユースの親父さんも、同じ考えを抱いたのか口を開こうとする。

 

 しかし、それよりも早く。

 

 それまで立ったまま父様と言葉を交わしていたユースが、

 

 

 ――躊躇うこと無く、頭を下げた。

 

 

 床に膝をついて、土下座の体制だ。

 そのまま、静かに数秒頭を下げた後。

 

「誠に申し訳ありませんでした。すべて、貴方の言う通りですアウストロハイム卿」

 

 そう、言ってのけた。

 ――なんだそれ。

 それが子供の言うことか? 思わず、ユースの親父さんは口を開けて驚いているし、父様も言葉が止まっている。

 そんな中で、ユースだけが顔を上げて、父様の目を見ながら話を続ける。

 ……これが、あのロック野郎のやることか?

 いや、これをやる覚悟があるくらい、こいつはロック野郎ってことなのか?

 

「その上で、リーナリアの問題を僕に解決させていただけませんか?」

 

 その言葉は、あまりにも無礼極まりない言葉だ。

 思い上がりも甚だしいと、切って捨てても問題ないような言葉。

 実際、父様は口を開こうとして――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そのうえで、一つ教えていただきたい。リーナリアに待ち受ける死とは、寿命によるもの、もしくは病によるものなのですか?」

 

 ……こいつ、正気か!?

 クソ親父の言葉を遮りやがった。

 公爵家当主の言葉をだぞ!? しかも、顔も雰囲気も鬼のような様相の男の言葉を、バッサリ切り捨てやがった。

 アタシとクソ親父……ごほん、父様が思わずほうけてしまう中、正気に戻ったのはユースの親父さんだった。

 

「いや……白幸の幸運の前借りによる死は、事故などの要因による死が殆どだ。実際、リーナリアの母親……エレナシアもそうだった」

「――――アルフ!!」

 

 父様の怒号が、ユースの親父さんに飛んだ。

 だが、親父さんはそれに悪びれることもなく無反応で返す。

 今の一言は、間違いない。

 助け舟だ。それも、ユースが一番欲しかった言葉を的確に投げやがった。

 あの一瞬でそこまで判断できるのは、流石に稀代の英雄といったところか。

 父様の胆力も当然のようにスルーだ。

 

「でしたら、それは周囲の環境で防ぐことができるはずです」

「それが、できたら、そもそもこんなことには……ッ!」

 

 父様の顔が、そこで初めて悲嘆に歪む。

 ああ、解ってるよ。でもな、それは父様の話だろ?

 だったら今は、ユースの話を聞いてやれよ。

 

 

「僕は、やってみせます」

 

 

 ほらな――ここには、お前とは違う稀代の英雄の息子がいるんだぞ。

 父様、お前の負けだよ。

 

「…………白幸体質の人間が、運命を分け与えた人間と離れれば、不幸が急速に降りかかる。白幸体質とその対象を引き離すことは……白幸体質の人間を殺すことと同じだ……」

「であれば、僕はリーナリアにふさわしい立場を手に入れます。Sランク冒険者、いえ、それだけではなく。周囲を納得させる程の存在になり、もう一度貴方の前に立ちます」

 

 ユースは、立ち上がりながら宣言した。

 

「それと同時に、冒険者として仲間を集めることで、リーナリアの白幸体質で、彼女が死んでしまわなくてもいい方法を探します」

 

 アタシは、それを――

 

「それが、僕の答えです。僕が貴方に提供できる唯一の解決手段です。もしも――」

 

 ――それを、

 

「この方法が気に入らないのでしたら、今すぐこの場で僕の首を切り落としてください。それが、貴方の取るべき行動であると僕は考えています」

「…………っ!」

 

 ――――それを、

 

「……ダメだ。白幸対象の“運命の相手”を殺せば……遠からず、白幸体質の人間も、死ぬ」

 

 アタシは、殆ど聞き取れちゃいなかった。

 

 いや、聞けていた。

 耳には確かに入ってくるんだ。

 

 でも、でもだよ。

 聞こえないんだよ。

 だって、――だって、

 

 

 アタシの胸から聞こえてくる爆音と化した心臓の音が、それを邪魔してくるんだから。

 

 

 なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ。

 ユースは一体何を言ってるんだ?

 何を思って、そんな事を言ってのけるんだ?

 

 理解できない、アタシとユースはただの友人だろ?

 

 互いにとって、アタシたちは無二の親友かもしれない。

 だけれども、命を賭けて守るような存在かといえば、それはどうなんだ?

 もしそうだとしたら、どうしたってユースはアタシにそれほどの感情を向けるんだ?

 

 胸の鼓動が止まらない。

 どころか加速を続けてアタシを支配する。

 こんな感情、知らない。

 こんな感情、親友に向けていいものじゃない。

 だったらアタシは、こいつのことを何だと思っているんだ?

 

 わからない、わからないわからない。

 

 

 ドクン、と跳ねる心臓の音。

 

 

 その時、アタシはたしかにそれを感じた。

 

 ああ、その感情の名は――――

 

 

 ▼

 

 

「ユースリット・()()()()。わたくしのフィアンセとなるお方です」

 

 ――会場に、アタシの声だけが響く。

 勝利宣言、それはかつて、父様にユースがやってのけた大演説と、どこか重なる物があった。

 それを、アタシは少しだけ思い出していたんだ。

 

 ――結局、父様は負けを認めた。

 

 アタシとユースは、冒険者となることを許され、アタシが15になると同時に家を飛び出した。

 冒険者となる条件は、アタシの正体を隠すこと。

 正直なところ、クソ親父はすぐにアタシが正体を露呈させて、屋敷に戻ってくると踏んでいたらしい。

 

 そりゃそうだ。

 生まれてからずっと、屋敷の外に殆ど出たことのないような箱入りが、庶民的感覚を持っているはずがない。

 そのあたりはユースもユースの親父さんも懸念していたようだが、しかし現実に問題と言える問題は起こらなかった。

 大きな理由は、アタシに前世の記憶があって、庶民の感覚を理解できることができたことが大きいのだが、それだけではない。

 

 アタシが秘密にしたことは、一つではなかったからだ。

 アタシ達は二人で話し合って、()()()()()()()()()も秘密にすることにした。

 

 そうすることで、一つ。

 アタシには大きなモチベーションができた。

 

 秘密を守ることは、ユースの秘密を守ることに繋がる。

 アタシのためだけじゃない。ユースのためならば、アタシは一人の時以上に頑張れる。

 当時はそんなつもり、まったくなかったけれど、今ならば分かる。

 

 アタシは、ユースのために秘密を守ったんだ。

 そして、今。

 

 ――その秘密を守ってきた成果が、ここに果たされる。

 

 アルフリヒト・プラチナ。

 稀代の英雄にして、ユースの父だ。

 ユースリット・プラチナがその父との関係を隠したことで、彼がSランク冒険者に上り詰めたのは、彼の実力であるということが世に認められた。

 もしも世間にその正体が知られていたら、ユースリットの立場は、貴公子ユースリットではなく、父の跡を継ぎ、その才を持ってSランクに上り詰めた、アルフリヒトの後継とみなされるだろう。

 少なくとも、ユースの正体を知っている父は、そう判断するはずだ。

 

 だからそこに賭けた。

 

 実際のユースは、父の存在を隠した上で、実力でSランクとなった父と並び立つ存在として、今この瞬間認められている。父の後継がユースの価値ではなく。

 ()()()()になるのだ。

 

 これこそが、アタシとユースが為そうとした、“Sランク冒険者以上の存在”。

 英雄の息子にして、Sランク冒険者ではなく。

 Sランク冒険者にして、英雄の息子。

 

 公爵令嬢リーナリアにふさわしい、身分の壁すらも越えるほどの名声だ。

 

 さぁ、大詰めだ父様。

 アンタが見ようとしてこなかったこの五年間。

 アタシも、ユースも、多くのことを学んできた。

 

 その事を、今ここで。

 

 アンタの口から、認めさせてやるよ――ドレストレッド・アウストロハイム!!



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22 そして最後に真心を。

「――――え?」

 

 ブロンズスターの仲間たちは、今度こそ完全に思考を停止させていた。

 遅れてやってきたユースは、白金の鎧を身に着けていた。

 その鎧を、ブロンズスターの人間で、知らない者はいない。

 どころか冒険者で、白金と言えばそれを想起しない者はいないのだ。

 

 パーティ“プラチナ”のリーダー、アルフリヒト・プラチナ。

 その代名詞と言うべき鎧そのものではないか。

 

 そしてリーナは言った。ユースリット・プラチナ。

 その名前が正しいのなら、ユースはあのアルフリヒトの息子ということになる。

 これに驚いたのは、なんとなく二人の隠し事を把握していたソナリヤ、パラレヤも同様だ。

 リーナリアはともかく、ユースの来歴にまでここまで大きな秘密があるとは思わなかったのである。

 

「んふふ、なんとか間に合ったみたいねぇ」

「り、リーダー!?」

 

 と、そんな困惑でいっぱいになっている仲間たちの横で、ニコニコと笑顔のリーダー、ゴレム・ランドルフが立っていた。

 

「ごめんねぇ、ユースちゃんを迅速にここまで連れてくるためのボディーガードをしてたら、遅れちゃったわぁん」

「ど、どういうことですかリーダー!?」

 

 困惑したアンナがリーダーに問いかける。

 彼ならば、事情を把握しているだろうという希望的観測でもって。

 もちろんそれは正解なのだが。

 

「言った通りよ。リーナちゃんは公爵令嬢で、ユースちゃんは英雄の息子」

「ぜ、全然知りませんでしたよ……?」

「ふたりとも、頑張って秘密にしてたもの。あの二人の頑張りの成果ねぇん」

 

 んふふ、と嬉しそうに笑うリーダーへ、アンナは何だそりゃ、と二人を見る。

 ――あそこにいるのは、本当にいつも自分とバカをやっているユースとリーナだろうか。

 全然そうは見えない、あれはまさしく令嬢と王子様だ。

 普段の二人もそれはそれはお似合いで、今もそれとは別方向でお似合いである。

 

「あの二人が、わざわざ秘密にしてきた理由、なんとなくわかるでしょ?」

「リーナは当然として……ユースは、親の七光りと思われないため?」

「正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()ため、ね」

 

 なるほど、たしかにとアンナはうなずく。

 リーナはユースとの関係を、あのいけ好かない父親に認めさせたいのだろう。

 そのための実績として、親の七光りを最大限活用するには、親のことを秘密にした状態でSランクになった後に明かす方が効果的なのは、ここにいる貴族や自分たち自身が証明している。

 

「で、でもこれで成功したから、リーナはあの父親に認められるんですよね」

「まぁ、周りは納得するでしょうね」

 

 リーナがユースのことを婚約者と語った。

 そのことに対する、周囲の反発は見た感じ少ない。

 リーナの空気に飲まれているというのもあるが、それを納得させるだけの実績をユースが有していることもまた事実。

 ユースのファンだった貴族令嬢としてはふざけるなという話だが、流石に令嬢の一番偉いバージョンである公爵令嬢が好きと言ったら、割って入ることは難しいだろう。

 

 ともかく。

 周りを黙らせるには十分な実績をユースは持ってきた。

 だとしたら、後は?

 

「でも――やっぱり最後に納得させなきゃいけないのは、ドレストちゃんなのよねぇ」

「……ど、ドレストちゃん?」

「あら、言ってなかった?」

 

 バチコン、と豪快なウインクとともに、

 

「――アタシとドレストちゃん、もと冒険者仲間なの。同じパーティに所属してたのよ?」

「そ、それは……?」

 

 嫌な予感とともに問いかけて。

 

 

「んふふ、“プラチナ”」

 

 

 ――今度こそ完璧に、アンナたちは開いた口が塞がらなくなった。

 

 

 ▼

 

 

 ――対人の基本は、選択肢の押し付け。

 相手の嫌なことと、もっと嫌なことを押し付けることで、相手に嫌なことを選ばせる。

 戦闘に置いても、交渉においてもこれは同じだ。

 

 父様にとって、最も取りたくない選択肢は、この場を台無しにすることだ。

 台無しにせず、アタシだけを取り戻したい。

 ユースから引き離したい。

 白幸体質は運命の相手と引き離されると、急速にその運命力が低下する。

 その前提と矛盾しているように思えるが、アタシももう齢二十を越えている。

 だとしたら、もとよりアタシの残された時間は、長くて十年程度だろう。

 今更ユースがいなくなっても、大きな変化はないのだ。

 

 もちろん、アタシはそんなのごめんだ。

 ユースと離れ離れになりたくないし、死ぬつもりもない。

 

 だから、父様から選択肢を奪う。

 父様に選べる選択肢は二つ、このままアタシたちの関係を受け入れて、この場を収めるか。

 すべてを台無しにして、公爵家自体に大きなダメージを与えるか、だ。

 そのための方法は、もはや語るまでもなく。

 周囲の観客を味方につけるという単純なもの。

 

 アンナは言う。

 演劇とは、主役が目立てばそれで成功だ、と。

 観客は主役を見ているのだから、と。

 だったら、この場にいる全員を、アタシという演目の観客にしてやればいい。

 語るのは、あまり得意ではないが。

 

 やらない理由は、どこにもなかった。

 

 ――アタシはたった今、自分とユースの出会いを、ある程度脚色しながら、嘘は一切語ること無く演説している。

 アタシとユースは幼い頃に出会い、互いを思い合う仲となった。

 しかし、二人の間には身分の差というものが存在する。

 そこでユースはアタシに誓った、父の存在を借りること無く、己の力のみでアタシにふさわしい存在となる、と。

 結果は見ての通りだ。その間のことは大胆にカットしている。

 アタシが一緒に冒険者となっていたとか、この場では必要のない情報だ。

 そもそも誰も信じない。

 

 細部に肉付けがされていれば、話を聞き入るだけの彼らはそれを信じてくれる。

 この場合細部とは、アタシとユースの出会い。

 二人が出会ったのは、アウストロハイムの所有する花畑だ。

 この邸宅もそうだが、アウストロハイムには必ず、趣向を凝らしたガーデンが存在する。

 この屋敷を訪れた貴族なら、誰もが知っていることだ。

 

 そしてもう一つが、アタシの思い。

 如何にユースと、共にいたいと思うようになったか。

 

「わたくしは――」

 

 アタシは――

 

 ――思えば、アタシは、自分の感情をそうやって表に出すことはなかったな。

 

「変わらぬ貴方に、憧れたのです」

 

 変わることが、怖かったんだ。

 

 “俺”だった前世から、“アタシ”である今に変わって。

 ぶっちゃけ、アタシが自分のことをアタシと呼んでいるのは、変わったからじゃない。

 変えなかったから、そう呼んでいるんだ。

 男が俺というのは普通だから、女ならアタシっていうのが普通なわけで。

 もし。俺が本気で変わるつもりなら、一人称はそのまま“俺”でなければいけなかった。

 

 周囲がアタシに求めるアタシを押し付けて、父様や、使用人や、貴族という社会が今のアタシをアタシとして扱う。

 アタシは男でも女でもないのに。

 

 ――そうじゃないヤツがいた。

 

 ユースだけは、アタシをアタシとして扱ってくれた。

 アタシがアタシであるための前提を無視してくれた。

 女だから剣を習うのはおかしいとか、女なのにこんな粗野な言葉遣いをするのがおかしいだとか。

 そういう事を言わなかった。

 

 でも――

 

「貴方にとって、わたくしはわたくしです。生まれたときから、ずっと」

 

 ――最終的に、ユースはアタシの前世が男であることを知らない。

 言ったところで今のアタシは女だし、ユースは女であるアタシを好きになったんだ。

 結局の所、ユースはアタシが好きであるらしい。

 初めてそれを自覚したのは、ユースがアタシのために頭を下げたその時で。

 それを受け入れたのは――アタシがユースの女になった時だ。

 

 それは――

 

「わたくしは、貴方の言葉に答えたい。貴方にとって、最高のわたくしでありたい」

 

 ――覚悟、だったんだろう。

 随分と待たせてしまった。

 十年、だろうか。

 概ねそれくらいの時間を賭けて、あの夜。

 アタシは、ユースと一線を越えた。

 

 未だに、その時のことは思い出せない。

 でも、多分だけど、アタシは前に進む覚悟を決めたんだろうと思う。

 本当に随分と、待たせてしまったな――

 

「そうして、わたくしは彼と共にいたいと決めたのです――お父様」

 

 本当に、長かった。

 これで全部、終わる。

 いろいろなものに決着が付く。

 さぁ、認めろクソ親父。

 アンタはアタシに負けたんだよ! 他でもない、アタシとユースが積み重ねてきたものによって――――!

 

「……リーナリアよ」

 

 そう、父に呼びかけられた。

 アタシはそちらを向いて、勝利を確信してその目を見る。

 その目は――

 

 ――まだ、意志が宿っていた。

 

 ……いや、流石にこれ以上は、もうなにもないはずだろ!?

 父様は完全にこちらの空気に飲まれていた。

 選択肢は、他に存在しないはずなんだ。

 だとしたらおかしい、一体何が、そこまで父様の自信になる!?

 

 ありえない、絶対に、これ以上逆転の手なんて――――

 

 

「――――――であれば、誓いの口吻をこの場で見せておくれ」

 

 

 ―――致命傷以外の何でもない、最善としか言えない手を打ってきた。

 

 おお、と観客がどよめく。

 なんだよ!? 当てられてんじゃねぇよ! いや当てたのアタシだったわ!

 父様にもはや選択肢はない。

 だとしても、それはそれとしてこんな公衆の面前でキスなんて公開処刑かなにかかよ!?

 

 ――かと言って、ここでそれを拒否することは出来ない。

 拒否すれば、これまでの演説がすべて無駄になる――!

 

「……っ!」

 

 アタシは、即座にユースへと抱きつく。

 周囲は一気に色めきだつが、無視だ無視!

 風の魔術を切り替えて、二人の間にだけ声が届くようにする。

 

「――き、キキキ、キスっ。……酔ってヤった時に、し、……したか?」

「僕の記憶に間違いがなければ……それは、まだしてない」

「……順序ちげぇだろ」

 

 なんとなく、そこに忌避感が合っただろうことは想像に難くない。

 今ですらこんなに恥ずかしいのに! いや今のほうが恥ずかしいのか!?

 ……いや、でも演劇を見ていた時はその雰囲気に当てられてキスしそうになってたんだよな?

 その時の気分を――ダメだ、さっぱり思い出せん。

 あの時はよくて、今はだめな理由は何だ?

 

 それとも――あの時も結局最後までキスする勇気はでなかったのか。

 

「……なぁ、リーナ」

「何だよ、ユース」

「これは僕の気の所為かもしれないが……どうしても君の父が、単なる逆転の一手として口づけを要求しているわけではないと、僕は思うんだ」

 

 ユースは、そういいながらちらりと父様を見る。

 そして――

 

「君の感情はともかく……僕は君の父を嫌っているわけじゃない。ただ、認められたいだけだ。だからそう思うのかもしれないけど――」

「……そうかい」

 

 アタシは……無理だな。

 嫌いだと思う期間が長すぎた。

 ああでも、だったら父様よ――それは父様だって変わりはしないんじゃないのか?

 アタシがアンタを嫌いなように、アンタもアタシに思うところはあるはずで。

 

 ああ、だとしたら――

 

「……交渉の最後に大事なのは真心、か?」

「どういうこと?」

「なんでもねぇ」

 

 ――リーダーの言う通りだ。

 交渉の最後、決断を促すのは結局の所感情だ。

 自分が“善い”と思わなければ、決断は為されない。

 だとしたら、父様の言葉の意味も、何となく分かる。

 

 認めるために、必要だったんだ。

 

 誰が?

 

 ()()()()()()お互いに、だ。

 父様はそりゃそうだろう。それまでずっと認めてこなかった娘の関係を認めるためには、必要な儀式のようなものだ。

 そしてアタシ自身――そもそも、父に認められたって、なんとも思わないのだから。

 嫌いな相手に認められても、嬉しくもなんともない。

 だが、それでも。

 

 納得のためには、感情の落とし所が必要になる。

 

 それが、この口づけだっていうなら。

 ――うん、ストンと胸の中に入ってきた。

 だから、

 

「……ん」

「はは、了解しましたよ、お姫様」

 

 アタシは、目を瞑って“それ”を待つ。

 自分がキスとか、ついぞ機会があるとは思わなかった。

 でも、こうして。

 

 アタシはこいつに出会って、こいつと一緒に生きていくと決めた。

 

 だったら、アタシは――

 

 

 考えを巡らせる中、アタシの唇に熱が灯って、二人が一つに交わった。

 

 

 ――ああ、気がつけば。

 アタシは、こいつのことを……

 

「――ご覧になられた通りだ! 我が娘と、英雄の未来に祝福を!!」

 

 父様の声が、会場に響く。

 拡声なんて使わないのに、この場にいる誰よりも響く声は――どこか傍観と、清々しい敗北感が混じっていた。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

 ――そんな声に負けないくらい響く拍手を音頭に、周囲から喝采が響く。

 これは……リーダーがやってくれたのかな?

 アタシの演説と、ユースとの口づけ。

 そして、それを認める父の言葉。

 

 紛れもなく、誰にも文句を言わせない勝利だ。

 

 かくして、アタシは――二つ目のアタシに伸し掛かる不安を、拭い去ることに成功するのだった。



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23 それでも好きと言えない君へ。

 ――終わってみれば、リーナとユースの婚約発表は大成功に終わった。

 観劇の如き大演説と、何よりもアウストロハイム公爵の鶴の一声は、観客たちを歓迎の流れに導くことは容易と言ってよかった。

 宴もたけなわ、予定の関係で帰り始める貴族たちも出てきたことで、ブロンズスターへの注目は減り始めた。

 これ幸いとパーティメンバーが会場の片隅で食事を楽しむ中、リーダーであるゴレム・ランドルフは一人歩いていた。

 向かう先は、会場から少し外れた通路。

 そこにちょうど、このパーティの主催、ドレストレッド・アウストロハイムが通りかかったのだ。

 

「あらぁー。探したわよぉドレストちゃぁん!」

「……お前か、変わりはないようだな、ゴレム」

 

 二人は古くから知り合いであることは語るまでもない。

 だが、嬉しそうに抱きつくゴレムと、それを避けるドレストの態度は、両者の関係を語るには十分なものだろう。

 

「ドレストちゃんもお疲れ様、今日は大変だったわね」

「……完敗、だな。まさかユースリットの立場を利用せずにSランク冒険者になっているとは」

 

 ドレストはそう吐き捨てる。

 そもそも、ユースとリーナの関係について、ドレストにあった誤算は二つ。

 リーナが正体を露呈させなかったこと。そしてユースが正体を隠していたことの二つだ。

 前者に関しては、本当になぜ露呈しなかったのかドレストにはわからない。

 なにせ彼自身が自分の金銭感覚で苦労した人間なのだから。

 とはいえ、後者に関しては――

 

「……やってくれたな、ゴレム」

「あらぁ、アタシは幸せになりたい人の味方をしただけよ」

「幸せになりたい、か」

 

 ユースに関して、ドレストが正体を隠していたことを把握できなかったのはゴレムの働きが多い。

 ゴレムが、ユース達とドレストの間に立って、両者の関係を取り持っていたわけなのだから。

 

 そして、

 

「……俺は、最低な男だな」

「そうね」

 

 吐き捨てるようにこぼしたドレストに、ゴレムは躊躇うこと無く同意した。

 

「少しはフォローがほしかったがな」

「あら、どこにそんな物があるの? 貴方がしたことで、どれだけユースくんとリーナちゃんが苦労したと思ってるのよ」

 

 子供にさせる苦労ではないわ、とゴレムは言う。

 アレを子供というのか? とドレストは口から出かけるが、もはや言うまい。

 今更、ユースもリーナも、分別の付く大人なのだから。

 

「貴方は最低だし、二人は本当に頑張ったわ。……貴方の行動で褒められることなんて、最後に二人にキスをさせてあげたことくらい」

「そうか……」

 

 ドレストは、それ以上何も言わなかった。

 ――ドレストにだって、事情があった。

 抱えるものは山程あって、けれどもそれを口に出すことが許されない程度に、ドレストはリーナとユースを追い詰めた。

 最終的に間違っていたのは自分であり、正しかったのはあの二人だ。

 そのことに、否を唱えるつもりはない。

 

 その上で――一つだけ。

 

 ドレストにだけ、気付けることがあった。

 

「しかし……リーナリアは、ついぞ口にしなかったな」

「……何を?」

 

 ゴレムは、ピンと来ないという様子で、問いかける。

 それを見て、ゴレムすら気付かないということは、よほど周囲から二人はお似合いに見えるのだろう、とドレストは判断する。

 あの二人は、間違いなく互いのことを好き合っている。

 でなければ婚約など言い出さない、だが――

 

 

「――リーナリアが、これまでの中で一度として、ユースリットに好意を伝えたことは有ったか?」

 

 

 リーナはユースに、“好き”だと言ったことはない。

 

「……なんですって?」

「そうか、やはりな」

 

 ゴレムの視線が鋭くなる。

 それだけで解った。

 ――であれば、なるほど間違いない。

 

「ゴレム、リーナリアとユースリットの関係にはまだケリがついていないぞ」

「…………」

 

 ドレストは、そのことに一切の感慨を浮かべなかった。

 もはや、それは自分が気にすることではないからだ。

 白幸体質とも、家格とも関係ない、リーナリア個人の問題だからだ。

 

「リーナリアには、あいつに好意を伝えられない生来の問題があるだろう」

 

 ――そう。

 リーナはユースを好きであるという前提で行動できるようになった。

 一線を越えたことで、そう思えるようになった。

 だが、だとしても。

 

 

 リーナはそれを、態度で示すことは出来ても、言葉に出せていなかったのだ。

 

 

 ▼

 

 

 ――舞踏会の喧騒から離れるために、アタシはとある場所へ向かおうとしていた。

 そんな最中、

 

「…………リーナか」

 

 ――パラレヤさんが、屋敷の外にあったイスへ腰掛けて、ソナリヤさんを寝かせながら休憩していた。

 

「パラレヤさん? なんかあったッスか?」

「…………うむ」

 

 そう言って、ソナリヤさんを指差すパラレヤさん。

 見れば、ソナリヤさんは少しだけ頬に朱が指していた。

 ああ、つまり飲んだのか。

 

 ――酒乱であるソナリヤさんが、万が一でも酒に手を付けてしまうと一瞬でスイッチが入ってしまう。

 おそらく、お菓子か何かに混じっていたアルコールに気付かず手を付けてしまったのだろう。

 結果、マズいと思ったパラレヤさんがここまでソナリヤさんを運び出して、寝かせている、と。

 

「お疲れ様ッス」

「…………そうか」

 

 ともあれ、パラレヤさんに用があるわけではないので、挨拶をして通り過ぎる。

 の、だが。

 

「――ユースは、すでに通ったぞ」

「……!」

 

 どうやら、アタシの目的は把握されていたらしい。

 おそらくアタシと同じように喧騒に疲れたユースが、この先にいるだろうと判断しての抜け出しだった。

 ようするに、ユースと二人で話がしたかったのだ。

 

「さんきゅーパラレヤさん。んじゃ」

 

 と、挨拶をしてから通り抜けようとしたところで――

 

「……報い、とは」

「ん? どうしたんだ?」

 

 パラレヤさんが、ぽつりと零した言葉にアタシは振り返る。

 

「報いとは、なんだろうな?」

「いきなり随分観念的な事を言うな、哲学か?」

「……私は、帰ってくるものだと考えている。よくも、悪くも」

 

 珍しく饒舌なパラレヤさんの言葉を飲み込む。

 報い……って言葉はなんとなく悪い意味のような気がする。

 自業自得とか、因果応報とか。

 でも、パラレヤさんの言うそれは、どっちかというと善悪どちらも内包したような感じなんだろう。

 

「悪いことだけじゃなく、善いことも帰ってくる?」

「……そうだな」

「まぁ、ネガティブな話じゃないならよかったよ。覚えとく、ありがとな」

 

 その言葉に、アタシは手を振って答えると、パラレヤさんも返してくれた。

 うん、なんかそう言葉をかけられて、アタシは少しだけ嬉しくなった。

 なんだろうな? 思い当たるところがあるのだろうか。

 

 ともかく、アタシはユースの元へ急ぐ。

 だってあいつには――

 

 ――アタシは、言わなきゃいけないことがあるんだから。

 

 

 ▼

 

 

 そこは、花畑だった。

 実家にある自然の中で花々が咲き誇るものとは違って、ガーデンとして手入れされたものだ。

 といってもあちらにも魔術による保護がなされているので、どちらにせよまったく手が入っていないわけではないのだが。

 ともあれ、こちらは花壇のデザインから何から、計算されて作られた建築物だ。

 自然、と呼ぶには少し違うが。

 

 ここも、また幻想的な場所であることに違いはない。

 

 アウストロハイムの家にはこういう物が多い。

 もとは伝統的にこういったガーデニングが好きな人間が多かったそうなのだが、今のアウストロハイムのガーデンは国でも評判だ。

 こういう舞踏会がアウストロハイムの家で開かれるのは、このガーデンを観覧したい貴族が多いからという理由もなくはない。

 

「――いた、ユース」

「やぁ、リーナ。……相変わらずここは凄いな」

 

 んで、どうしてそうなったかと言えば、アタシの母親――エレナシア・アウストロハイム夫人の働きかけによるものだそうだ。

 この屋敷のガーデンに感銘を受けたエレナ母様は、魔術を用いてそれを更に高い完成度を誇るものに成長させた。

 エレナ母様は高い実力を誇るウィザードだったのだ。具体的に言うと、冒険者パーティ“プラチナ”のアタックウィザードを務めていた、と言われるとその凄さが何となく伝わるだろうか。

 そんな母様渾身のガーデンに、ユースも感嘆した様子でそれを眺めている。

 

 昼は多くの貴族が訪れてこの場で雑談に花を咲かせるそうなのだが、今は人は殆どいない。

 明かりが薄いのもあって、幻想的ではあるがどこか怖い場所という認識が彼らにはあるのだろう。

 アタシ達冒険者にとっては、こういう場所こそ冒険の報酬に相応しい光景だと思うが。

 

「今はアタシたちがここを独占してるんだ。すげーだろ」

「はは……舞踏会に気疲れしてしまっただけなんだけどね」

「お前、ダンスできねーもんなぁ。ま、アタシもどっちかっつーと、ダンスより剣振ってる方がいいけどさ」

「だったら……ああ、いやそうだ。先に聞くべき事があった」

 

 話をしていたら、ユースが気付いたのか問いかける。

 

「リーナはこれからどうするんだ?」

「どうするって?」

「……君は、リーナリア・アウストロハイム。公爵令嬢だろう」

 

 ああ、と納得する。

 

「いや、それはそうだが。冒険者リーナとリーナリア・アウストロハイムは別人だから、これからも冒険者は続けるぞ?」

「……それはいいのか?」

「いーんだよ。そういう事になったんだから、幸運は幸運として受け取っとこうぜ」

 

 ――そう、冒険者のリーナとリーナリア・アウストロハイムを同一人物にすると色々とまずいことが多いのだ。

 そのために二人は公には別人として扱われる。

 案外それでも、バレないのはこれまでアタシがリーナリアという名前で冒険者をしていてもバレなかったことから言える。

 貴族の前に冒険者リーナとして出ることはないし、冒険者の前にリーナリア・アウストロハイムとして出ることもないからな。

 

「つっても、アタシたちももう二十だ。冒険者を続けるとしても、あと十年がせいぜいだぞ」

「流石に、三十をすぎれば肉体は衰える。Sランクであれば絶頂期の間に身を引くべき、か」

 

 特にアタシは貴族だから、いつかは冒険者ではなく貴族として生きなくてはいけなくなる。

 例えば――

 

「――子供ができたら、引き際かもしれねぇな」

「……き、急に何を言い出すんだ、君は!」

「いや、もうすでに一線越えてる男女が、そういうことを考えないのは逆にやべーだろ。っていうか、何ならこないだのアレで……」

「今話すことじゃないだろ!」

 

 うむ。

 まぁ、アタシも言っている内に恥ずかしくなってくるので、これ以上言及は避ける。

 なんか、ポロっとこういうことを口に出して、自爆することが多くなってきたな。

 反省、反省。

 

「――とにかく、僕はもう少し君と、この世界を見て回りたい」

「アタシだってそうだよ」

「……だから、聞いてくれリーナ」

 

 ――ユースの声のトーンが変わった。

 ざわり、と風が花々を撫でる音がする。

 

 同時に、理解してしまった。

 

 ユースは“それ”を口にするつもりだ。

 

「君と出会って、君に惹かれた。だが、君と僕では生まれが釣り合わなかった」

 

 アタシは、ぎゅっと手を胸のあたりで握りしめていた。

 なんでだろうな? 何か、覚悟するようなことでもあったかな?

 ――ユースがアタシに惹かれていたとか、今更だろ。

 そんなの、言われるまでもなく――

 

「それをこうして乗り越えて、改めて僕はこれを口にする権利を手に入れたんだと思う」

 

 ――あれ?

 アタシ、なんか、震えてる?

 

 なんでだ?

 

 ――感動とか、興奮とか、そういうものではないのはすぐに解った。

 だって、全然体が熱くない。

 あの時、演劇の熱に当てられてユースに迫った時のような熱がない。

 だってのに、頭はガンガンと何かが打ち付けられたようにはっきりしない。

 

 何でだよ。

 ユースは、ただ。

 一言、アタシに伝えたいだけだろう?

 

 そう、それはつまり。

 

 

「――――好きだ」

 

 

 告白。

 好意を伝えるという行為。

 アタシが欲しいという表明。

 一緒に歩いていきたいという宣言。

 

 わかりきっていたことの、表現ってだけのはずだ。

 

「あ、タシ、は――」

「リーナ」

 

 ――なんだ。

 なんで、アタシは、

 

 ユースが手を差し伸べている。

 

 それを、ただジッと見つめるだけで、

 

「どうか、応えてほしい」

 

 

 ――何の行動も、起こせないんだ?

 

 

 逃げることはない。

 だって、嫌いなはずがないから。

 でも、答えることもできない。

 なぜ?

 

 好きって、そう伝えればいいだけだろ?

 

 アタシは、胸に当てた手を伸ばして、ユースの手を取って、

 

 

 好きって、そう言えばいいだけじゃないか。

 

 

 ――――それが、

 

 出来ない。

 

「あ――」

 

 手が伸びない。

 伸ばせない。

 

「……リーナ?」

 

 アタシの本心に問いかける。

 アタシはユースと一緒にいたい? イエス。

 彼の言葉に答えたい? イエス。

 彼の手を取りたい? イエス。

 

 ――彼のことが好き?

 

 答えは、なかった。

 

「ああ……!」

 

 ああ、そうか。

 

「リーナ? どうした?」

 

 

「ユースッ! アタシ……ッ!」

 

 

 アタシは、

 

 

「アタシ……()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 ――女として、男に答える方法を、知らない。

 

 アタシと、ユースの間に残った最後の問題。

 

 

 アタシの、性自認。

 

 

 ――それまで、ずっとずっと、目をそらし続けてきた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()それに、

 

 

 アタシはその時、初めて目を向けることになったんだ――――




次回最終回です。


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24(終) 隣には、誰よりも愛している幼馴染が立っている。

 ――だって、アタシとユースは一線を越えたんだ。

 それまで、頑なに認めることの出来なかったユースに対する好意を、否定することがなくなったんだ。

 

 アタシの体質に対する問題を乗り越えて、ユースがアタシを抱きしめてくれた時に、アタシはユースを受け入れたものだと思うじゃないか。

 二人が一緒になる前提で、父様に認められる問題を解決しようとした時点で、アタシはユースと一緒になるつもりになっていたと思うじゃないか。

 

 違うんだ。

 

 そうじゃなかった。

 それは、ただそうするべきだという覚悟で前に進んでいただけだった。

 

 もっと根本的なこと。

 ユースを好きだと口にすることから、アタシは逃げていた。

 

 そんなことか。

 そう、そんなことだ。

 アタシには、他人と違う部分がある。

 前世が男であったという記憶。

 ――それは、アタシが“アタシ”になった今も、人格形成の大半を担っている。

 

 当たり前だ。

 大前提なんだから。

 人はそう簡単には変われない。

 ましてや、変化を恐れるアタシのような小心者に、そんな意識の変革、容易なはずがない。

 

 何より、

 

「……リーナ、どうした? 大丈夫か? リーナ?」

「……いや、違う、違うんだユース、これは」

 

 ――これは、アタシにしか理解できない問題だ。

 だって、この世にアタシと同じ境遇の人間が他にいるとは思えないんだから。

 もちろん、自分を女性と思えない女性っていうのは、探せばどこかにいるだろう。

 現代では性同一性障害なんて名前が付くくらいなんだから。

 

 でも、アタシの場合は前提が異なる。

 

 ただ異常なだけでなく。

 その異常の原因が解った上で、誰に相談できるものでもない異常なんだから。

 今ここで、ユースにアタシの来歴を話す?

 ユースはそれを受け入れてくれるだろうけど、ユースは受け入れた上で今のアタシを見る。

 この問題は、今のアタシじゃなくて、ユースが知るはずもない赤の他人の“俺”に由来する問題なんだぞ?

 

 それは、解決にならないじゃないか。

 

 だったらなおさら、アタシは自分で結論を出さなければならない。

 でも、アタシのこれまでの人生で、目をそらし続けてきたそれに、今更目を向けたところで、答えなんて出るのか?

 

「――リーナ」

「……ユース」

「君が何を抱えているのか、僕には理解することはできない。僕は君の比翼であって、君ではないのだから」

 

 アタシの様子から、何かを感じ取ったのかユースが声をかけてくれる。

 そう、アタシが思っていることをユースは理解して、言葉にしてくれた。

 

「だから、君は君で答えを出すしか無い。でも――その助けならできるはずだ」

「……たす、け」

「そうだ、だから――話してくれ。君のこれまでを、一つずつ君の言葉で」

 

 そうだ。

 言葉にできないなら、できるように、一つ一つ吐き出していくしかない。

 アタシは、ユースのことが好き……のはずだ。

 言葉には出せなくとも、ユースを受け入れて、一緒にいたいと思っているんだから。

 

 だったら、後は言葉をすべて吐き出すしか無い。

 溜まりに溜まったそれを全部吐き出して、残った言葉が好きという言葉なら、取り出すことは容易のはずだ。

 

「アタシは……公爵家に生まれて、その生き方を窮屈に感じている時に、ユースに出会った」

 

 始まりから、一つずつ。

 

「ユースの剣に憧れた。共に剣を振るいたいと思った。ユースのような剣を振るいたかった」

 

 始まりは、あこがれから。

 

「やがて、アタシとユースが一緒にいられないことを知った。それを、ユースがぶち壊してくれた」

 

 憧れから、救済を得た。

 アタシはユースに救われたんだ。

 

「ユースと二人で冒険者になった。二人でなら、絶対に最高の冒険者になれると思っていた」

 

 そうして、家を飛び出して。

 

「――でも、二人だけじゃ流石に無茶だった。リーダーの助けと、仲間たちとの出会いを経験した」

 

 パーティ“ブロンズスター”の一員(かぞく)になった。

 

「多くの冒険と、成功と、失敗を経て――アタシ達はAランクになった」

 

 そして、

 

 

「――そして、アタシはユースと幸せになりたいと願った」

 

 

 ああ、よかった。

 その言葉は、口にできた。

 

 なら、きっと大丈夫だ。

 

「でも、アタシには乗り越えなきゃいけない問題があって」

 

 白幸体質と、父様との確執。

 

「一つは、ユース達を頼ることで、乗り越えることにした」

 

 アタシ達が、一緒でいれば大丈夫だと、そう心の底から信じることが出来た。

 

「一つは、正面から父様を納得させて婚約を勝ち取った」

 

 それまでに積み重ねてきた実績と、守り続けてきた秘密のおかげで、納得させることができた。

 

「そして、最後に――」

 

 ――すべての問題が片付いた後。

 

 アタシに残された問題は、一つになった。

 そう、そこまで掘り下げれば、後は。

 

 

「――ユースを好きだという気持ちが、残った」

 

 

 その気持を、言葉にするだけだ。

 

「……うん、じゃあリーナ」

「ああ」

 

 ――なんだ、言えるじゃないか。

 こんなに簡単に、アタシは――ユースに、

 

 

「――――――――()()()

 

 

 好き、ということが……できてないな?

 

「……リーナ?」

「…………もう一回!」

「う、うん」

 

 すぅ、はぁ。

 

「す、す、す……」

「す?」

「すしぃ……」

 

 美味しいよね。

 

「…………」

「…………」

「わ、ワンモア!」

 

 すぅ、はぁ。

 

「す、すい、しい…………」

「リーナ……」

 

 憐れむな!!

 

「しゅい……」

「言えてないよ……」

 

 ……なんでだよ!?

 アタシがユースに好きって言えないのは、アタシの精神的な問題じゃねーのかよ!?

 ちゃんと自覚してしまえば、後はそれを口に出すだけじゃねーのかよ!?

 っていうかさっき好きって言ってたじゃん、何で直接言葉に出せないんだよ!!

 

「……やっぱり、リーナはその場の雰囲気に流されないと、素直になれないタイプなんだね」

「言い方ぁ!!」

 

 そうかもしれないけど、しれないけどさぁ!!

 

「……違う、違うんだ。アタシはほんとにユースが好きなんだ……って、言えてる!?」

「じゃあもう一回」

「すひ……」

「言えてないね」

「なんでだぁ!!!」

 

 いいじゃん! 最後くらい素直になっちゃえよアタシ!

 あああああああでも口に出そうとすると口がもつれる!!

 

「じゃあほらリーナ、もう一回」

「いいだろ!? 好きって言ったんだからいいだろ!? ほら言えた!」

「ダメだよ、今後僕達が一緒になるんなら、こういうことはいくらでも起こりうるんだから、通過点だと思って、ほら」

 

 ……通過点。

 そういえば、と思い出す。

 ソナリヤさんが言っていた、不幸とは幸福の通過点だ、と。

 ――同じことじゃないか。

 ユースの言う通り、好きはただの通過点。

 

 アタシたちの未来は、過去よりも長い時間がまっているはずだ。

 

 だとしたら。

 こんなところで止まってなんかいられない。

 

「……解決策を考えよう」

「そうだね、具体的には?」

 

 少し考える。

 ……ダメだ、思いつかない。

 急に考えても、こういうのはいい考えなんてそう浮かんでこない。

 ユースがデートプランを考えて、あの有様だったのと理屈は同じ。

 

 アタシがユースに素直になれないのは、きっとアタシがそういう気分になっていないからだ。

 酒に酔えば、一線すら越えることができる。

 演劇の熱に当てられれば、キスを迫ることもできる。

 だが、今は……?

 解らない。

 

 それでも考えを巡らせて――

 

「…………報い、か」

 

 ふと、思い出していた。

 パラレヤさんの言葉だ。

 報いとは、良くも悪くも帰ってくるものだ、と。

 だとしたら――

 

「なぁ、ユース」

「どうしたの? リーナ」

 

 アタシは、そうだ。

 

「――何か、アタシにしてほしいことはないか?」

 

 ユースに何かを返せているか?

 

 ずっと、与えられてばかりじゃないか?

 

 ただ、彼との関係に甘んじているだけじゃないか?

 

「……そうだな」

 

 そんな考えをユースも感じ取ってくれたのか、少し考えを巡らせて、何かを思いついたらしい。

 

「どうしても、君とやってみたかったことがあるんだ」

「それは?」

「こういう場に、相応しいことだよ」

 

 そう言って、ユースはアイテムボックスから、自分の剣を取り出した。

 

 

「――僕と一曲。踊ってくれませんか? レディ」

 

 

 ああ、まったく。

 ――貴公子かよ、こいつ。

 

 

 ▼

 

 

 アタシとユースが初めて出会った時、ユースはお嬢様姿のアタシに見惚れて、アタシはユースの身のこなしに感動を覚えた。

 憧れたんだ。

 だからアタシは剣を習ったし、ユースはアタシと一緒にいたいと思うようになった。

 

 そして、あの夜の花畑。

 アタシたちが白幸に目覚めた夜、アタシはたしかに言った。

 

『こんな風にきれいな場所で、アタシはアンタと剣をふるいたかった』

 

 ――と。

 それは、つまるところ。

 

 演舞、というやつだ。

 剣術とは即ち芸術の一種、時には剣を交わらせて、その美しさを競うこともある。

 戦いのためではなく、誰かのために剣を振るうことの極地。

 

 アタシは、そういう剣をユースと振るいたかったんだ。

 

 だからアタシ達は――ただ無心に剣を振るった。

 アタシの得物はレイピア、直接剣をぶつければ弾かれてしまう。

 だから受け流すことで相手を翻弄し、一突きのうちに討つのが正道。

 たいしてユースの剣は大剣、あらゆるものを薙ぎ払い、切るのではなく“斬る”ことが正道。

 

 豪快に薙ぎ払われる剣を、アタシはひたすらに受け流していく。

 ただ、剣戟の音だけが響く。

 

 ときには甲高く、時には重く。

 

 まさしくそれは音楽だ。

 アタシとユースの二人で奏でる芸術が、花だけを観客にここで響き渡る。

 

 不思議なほどアタシの体はアタシの思う通りに動いた。

 集中という感覚を越えて、領域の中へと入り込んだそれをアタシは受け入れて、ただ無我のままに剣を振るう。

 ユースも、同じように体に染み付いた剣術だけを頼りに、無心のまま剣を振るった。

 

 一つ、剣を合わせるたびに、アタシの心に熱が灯る。

 一つ、剣を叩きつけるたびに、その熱が炎に変わる。

 一つ、剣を受け流すたびに、相手の熱が伝わってくる。

 

 今、アタシ達は不思議なほどに一つとなっていた。

 相手の考えている事がわかる。

 相手の思いが分かる。

 

 それは、つまり。

 

「――楽しいな!」

「――ああ!」

 

 ユースの好きが、伝わってくる!

 

 ユースは笑っていた。

 それまでの、優しい笑みとは異なる、快活で、満面の笑みを。

 それは、アタシも同じだ。

 アタシは笑っていた。

 素直になれない自分がバカバカしくなるくらい。

 

 最初から、こうしていたんだ。

 

 やりたいことをする。

 自分の心に素直になる。

 簡単なことじゃないか!

 

「ユース!!」

「なんだい!」

 

 がむしゃらになりながら、剣を振るう。

 いくら演舞と言っても、巧いのはユースの方だ、向こうがアタシに合わせる形でそれは続く。

 今も、アタシは一気に追い詰められて、なんとかユースの剣を受け流すので精一杯。

 興奮する心をよそに、頭は冷静にアタシの詰みを告げていた。

 

 あと一手、次でアタシは致命的な隙を晒す。

 

 それでこの演舞はおしまいだ。

 ああ、そんなの――

 

 ――――いやだ、こんな。

 

 こんな熱の灯る演舞を、アタシは終わらせたくない!

 まだ、

 

 

「―――――好きだ!」

 

 

 ユースに、好きとも伝えていないのに――

 

 

 ――――地面に、剣が転げ落ちる音がした。

 

 ああ、終わってしまった。

 結果は――すぐに知れた。

 月下の剣舞、お互いのすべてをぶつけ合う舞踏会は、

 

 ――呆けた、ユースの顔と、地面に落ちた剣。

 

 

 ――アタシの勝利で、幕を閉じた。

 

 

 ▼

 

 

 ――呼び方ってのは、相手との関係を示す上で大事な称号だ。

 父を父と呼ぶのは自然だし、親友を呼び捨てにするのもおかしなことではないだろう。

 兄を妹がお兄様とか言ったら、それは少し特殊な個性ってやつである。

 だからそれは、いわゆるマイノリティってやつで、多くの人間がそうじゃない。少なくとも、アタシの場合は大切な人の事を、呼び捨てで呼ぶのが普通だった。

 

 だからアタシはユースをユースと呼んだし、ユースはアタシをリーナと呼んだのだろう。

 

「――なぁ、ユース」

 

 ユースの左隣。

 アンナ曰く、アタシの定位置らしいそこに立ちながら、アタシは空を見上げる。

 

「何かな、リーナ」

 

 月が、浮かんでいた。

 白に光るそれは、さながらアタシたちを祝福するようで。

 きれいな、きれいな満月だ。

 

「……これから、アタシたちはどういう未来を生きていくと思う?」

「さぁ、冒険か、はたまた貴族の生活か。どちらにせよ、退屈はしないだろうね」

 

 アタシは、未来を思いながら。

 

「アタシの体質も、Sランクになったから調べられる情報は増えると思うんだ」

「ああ、ただ守るだけじゃない、全部解決できるように、これからも進んでいこう」

 

 ちらりと、隣に立つ幼馴染に目を向ける。

 

「それと、ドレスト卿とも和解しなくてはいけないよ、お互いに、たった一人の家族なんだから」

「善処するけどさぁ、家族は一人じゃないんだ。……頼りにしてるぜ? 旦那様」

 

 ――あの頃から変わらず、こいつはアタシの隣にいてくれた。

 多分、これからも。

 

「だから――ユース」

「ああ、リーナ」

 

 でも、その呼び方は変わらない。

 アタシがユースを好きである限り、ユースがアタシを好きである限り。

 

 

「ふつつかものですが、末永くよろしくおねがいします」

「こちらこそ、至らぬことはあるかもしれませんが、よろしくおねがいします」

 

 

 そう言葉を交わす隣には、

 ――誰よりも愛している幼馴染が、立っている。




お読みいただきありがとうございました。
最後の方はちょっとごたついていて感想の返信が滞っておりましたが、こうしてお話の方は完結させることができました。
ここから先のお話は、TS娘が雌落ちする話ではなくなってしまうので、本作はここで完結とさせていただきます。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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