心語り (赤目猫)
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出会い

「お疲れ様でした。」

 

そんな取り留めのない挨拶(あいさつ)をして、私、吉田利音は職場を後にする。

季節は春。

と言えども、桜はとうに散ってしまい、初夏(しょか)の訪れを表しているのか、日に日に気温が上がっているのが、体感でも充分にわかる。

 

「…けどやっぱ夜は肌寒(はださむ)いな……」

 

そう言いながら私は、近くにあった自販機で暖かい缶コーヒーを買う。

苦いのが苦手なので、甘いヤツだ。

なんでみんなブラックなんて苦いのが飲めるのだろう、味覚(みかく)おかしいんじゃないかなと愚痴(ぐち)りたくなる衝動(しょうどう)を軽く抑えながら、プシュッと軽い音をならし、缶の(ふた)を開ける。

 

「明日は休み…か」

 

甘ったるいコーヒーが私の(のど)(うるお)し、体の芯から温めてくれるのを感じながら私は呟いた。

世間的には土曜日、明日は日曜日。

シフト業務以外の職場のほとんどは明日が休みであり、私も例に()れずその1人だ。

…まぁ私はシフト業務なのだけど。

 

とはいえどうしよう。

休みの日というのは、やりたいことがなくてほんとに困る。

 

私がこの街に越してきて早2年。

休日の(たび)に私は自宅に(こも)ってインターネットでのゲームに没頭(ぼっとう)していた。

所謂(いわゆる)非リアと言うやつだ。

 

生まれてこのかた、彼氏などというものはいた事がないし、そうなりそうな予感すらも無かった。

 

夜の街並みに照らされ、チラホラとカップルが歩いてるのを横目に(ねた)みながら、ため息を1つ、コーヒーを一気に飲み干して空き缶をゴミ箱に捨てた後、帰路に着いた。

 

 

ーーーーーーーー。

 

 

『お前は子どもだから、大人の言うことを聞いていればいいんだ』

 

ふとした拍子(ひょうし)に思い出すのは…そんな言葉。

聞き慣れた、私の忌々(いまいま)しい記憶の奥底にある厳格(げんかく)な父の言葉。

 

「こっち来てもう2年…まだ思い出すのか」

 

忌々しい過去の記憶を、最近よく夢に見るようになった。

そんな(しがらみ)から抜け出すため、高校時代はドロップアウトし、卒業と同時に、半ば家を飛び出す形で、島根県から福岡県に引っ越してきた。

 

「…いいや、ゲームでもしよ」

 

今日は休日、さしてやることもなく、私は枕元に置いてあった携帯ゲーム機と携帯を取り出す。

某SNSでゲーム対戦者を(つの)り、対戦する。

これが私のいつも通りの休日。

自慢ではないが、私はこのゲームで、負けたことがない。

世界中で有名な某育成ゲーム。

世界ランカーほどとは行かないまでも、そこら辺の野良(のら)プレイヤーに負けるほど、弱くもない。

 

だけど、その日は違った。

 

「…嘘」

 

私は所謂(いわゆる)(ちゅう)パと呼ばれる、廃人やランカー達が使う個体を(じく)にパーティを組んでいたのだが、あるプレイヤーのマイナー個体に、全滅させられた。

 

ありえない。

 

それが率直な感想。

いや、マイナー個体にも強いやつはいくらでも居る。

だが、そのプレイヤーが使用していたのはお世辞にも強い、という訳ではない。

可もなく不可もなくと言った感じの個体だ。

 

ピコン。

 

私の携帯がSNSの通知が来たことを知らせる。

 

『何お前のプレイ、舐めてんの?』

 

…その文字を見た私は、軽い目眩(めまい)を覚えた。

少し深呼吸をして、心を落ち着ける。

 

うん、イライラしてきた。

 

『なにそれ、逆に貴方はリスペクトをしらないの?』

 

売り言葉に買い言葉、私はそのプレイヤーに言い返す。

ゲーマーならば相手のプレイがどんなものであれ、リスペクトを示して答えるのが礼儀だと、私は思っている。

 

【かおるん】。

 

それがプレイヤーの名前、女の子…なのか?

 

『…他のゲームでも勝負しようか』

 

そのプレイヤーの言葉に乗り、私は様々なゲームでその人と勝負をした。

 

麻雀(まーじゃん)、トランプ、育成、戦術、格ゲー、音ゲー。

思いつく限りのあらゆるゲームで勝負をした。

 

それもその日1日ではなく。

 

休みの度に、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

だけど、私は1度もソイツに勝てなかった。

 

『ねえ、ヤケになってない?』

 

ソイツと出会って1ヶ月ほどたった頃、ソイツからそんな内容のメッセージが来た。

 

ヤケになっている?

当たり前だ。

私は本来負けず嫌いなのだ。

これだけ負け越していれば、当然ヤケにもなる。

 

『勝ってるアンタはいいよね、気が楽そうで』

『…あのさ、なんか勘違いしてないか?』

 

なにを、勘違いしているというのだ。

 

『そんな作業みたいなゲームスタイルしてる奴に、負けるわけないじゃん』

 

そう言われて、胸の奥がズキっとした。

作業?

私のプレイが?

 

『ゲーム、楽しんでないでしょアンタ、やってて不快なんだよね』

 

…なら相手しなきゃいいじゃんと、素直にそう思ってしまった。

言わないけど。

 

『何が言いたいわけ?』

『んー、なんていうかさ、ゲームって、楽しむものでしょ?』

 

ゲームは楽しむもの。

楽しいもの。

私は、忘れていた。

その事を。

ただただ日常の1部になっていた。

作業と言われても、おかしくない程に。

 

だけど…。

だったら…。

 

『どうすればいいってのさ、作業?当たり前じゃん、こんなもん、ただの暇つぶしなんだし』

『楽しくない?』

『楽しくなんかない』

『全く?』

『…うん』

 

嘘だ。

本当は分かってる。

勝てそうって思った時、身体(からだ)が熱くなった。

結局負けるけど。

終わった後は決まって、手に汗が(にじ)んでいた。

楽しんでる証拠だ。

 

『…ごめん嘘、楽しかった』

『それは良かった、煽るようなこと言ってごめん』

 

随分(ずいぶん)と素直な子だな。

 

『君さ…いくつ?』

『ゲームで年齢を聞くのはマナー違反だよ』

 

だよね…。

教えてくれないよね。

【友達】に、なれるかなって、そう思ったのに…。

 

友達?

 

ああ、そうか、私、欲しかったんだ。

一緒に楽しめる友達が。

ただ惰性(だせい)に生きてた日常を変えてくれる友達が。

 

『17だよ』

 

そう、通知が来た。

なんだ、私より年下だったのか。

それも3つも。

そんな少年?少女?に、私は説教されて、しかも納得させられたのか。

私は呆れを通り越して、関心すらしていた。

 

『20だよ、私は』

『年上かよ!?え、今からでも敬語使った方がいい?ですか?』

 

クスッと、笑いが込み上げてきた。

最初はなんだコイツって思ったけど、この子は多分、優しい子なんだ。

 

『いや、タメ口でいいよ、その代わり、友達になってよ、私と』

『…?何言ってんの?』

 

ドクンと、胸を打つ。

断られる、よねそりゃ。

 

『この1ヶ月、一緒にゲームしてんだから、もう友達だろ?』

 

…え。

 

『アンタにとっての友達ってそんなハードル高いのか?俺は一緒に楽しく遊べりゃ友達だと、そう思ってんだけど』

 

涙が、自然と出てきた。

そんなふうに、久しく考えてなかった。

私の周りには、それだけ人がいなかったから。

 

【システムメッセージ:かおるんさんからフレンド申請が届きました。】

【システムメッセージ:よーたんさんからフレンド申請が届きました。】

【システムメッセージ:もりーさんからフレンド申請が届きました。】

 

『ほか2人は俺のゲームフレンド、あんたの話したら仲良くなりたいってさ、だからもうやめろ、そんな作業みたいなゲーム、ゲームの楽しみ方なら俺が教えるから』

 

こうして、私は出会ってしまった。

かけがえなく、そして最低で最高な友人達と。



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会合

『オフ会?』

 

私がかおるん達とやっているゲーム内で、そんな話題が上がった。

曰く、全員福岡に住んでるのだから親睦を深めるためにオフ会を開こうという話だ。

 

とは言うものの、私以外の3人はどうやら既に面識があるようで、これは3度目のオフ会となるらしい。

 

『そ、リオンと知り合ったのも何かの縁だろうし、どうせならもっと仲良くなろうぜ』

 

そう言ったのはかおるん。

私達がやっているオンラインゲームのギルド、『クズの集い』のリーダーであり、私をこのメンバーに引き込んだ張本人だ。

 

かくして、私達4人は、後日オフ会という名のお遊び会をする事になったのだった。

 

 

ーーーー。

 

福岡県内でもそこそこ、というより、恐らくは1番大きな駅に、私はいた。

オフ会の約束は13時、現在は12時半。

…すこし早く来すぎた、かな。

 

「お姉さん1人?」

「良かったら俺たちと遊ばない?」

 

どう時間を過ごそうか迷っていたら、そんな風に声をかけられた。

漫画やアニメではよく見る光景だけど、実際にいるんだな、こういうの…。

実を言えば突拍子も無いことに私は弱くて、つまりいきなり声をかけられたことによって私は固まってしまった。

 

そんな私を他所に、男達は声をかけてくる。

どう処理したものか…そんな風に思っていた直後だった。

 

「お前ら、人の女になにしてんの?」

 

男達の後ろから、そんな声がした。

黒髪で、男の子にしてはちょっとだけ長いストレート。

右耳にはピアス、極めつけは学生服。

…我らがリーダーかおるんのご登場だ。

 

男達は彼を見るなりなにかボヤいてから去っていった。

あんな見た目してて去っていくのか…根性ないな。

 

「…リオンさん?」

「え、あ、はい、かおるん…だよね?」

「っす、はじめまして」

 

と、会釈するかおるん。

その顔は若干引きつっていた。

…怖いなら見て見ぬふりすればいいのに。

 

「ありがとね、助けてくれて」

「いやいや、大丈夫でした?」

「うん」

 

そこからはなんとなく一言二言会話を交わして、残りの2人を待つことにしたのだけれど…。

 

この子ぜんっぜん喋らない!

え、気まずいんだけど?

人見知りなの!?

ゲームじゃめっちゃ下ネタ言ったり率先して戦闘してたくせに!?

 

なんというか、人は見かけによらないというか。

見かけも何も不良とか、そういった類には全く見えないけれど。

どちらかと言えばイキリオタクっぽい。

 

「おまたせー」

 

そんなことを考えていたら、ふと女の子の声がした。

声の方を見ると、すこしガタイのいい男性と、私とあまり歳が変わらないくらいの女の子が居た。

 

「もりー、よーたん!」

 

いぇーいと、3人でハイタッチする様を見ながら私は思う。

 

…かおるんお前さっきまでの人見知りどこいった!?

 

なんだろう…ちょっと面白い子なのかなこの子は。

 

そんなこんなで、4人揃ったので目的地へ向かうかと、私たちは歩みを進め始めた。

 

余談よだんだけど、道中こんな会話が行われた。

 

「ねぇねぇリオンさん」

 

ふと、かおるんが私に話しかけてくる。

 

「なに?」

「リオンさんのそのおっぱ…ごふっ」

 

かおるんが言いきる前に、もりーと呼ばれる女の子からのボディブローが炸裂。

かおるんはその場に崩れ落ちた。

 

…返事がない、ただの屍しかばねのようだ、である。

 

「いや死んでないから!」

「地の文を読むな」

「この世界って小説だったの!?」

 

私のツッコミに対してさらにツッコミを入れてくるかおるん。

よかった、どうやら私に慣れてくれたようだ。

 

「それで、リオンさんのそのおっぱい何カップ?」

 

おっと?今度はボディブローが発動しなかったぞ?

と思ったらもりーちゃんはよーたんくんとお喋りしていた。

おいこのセクハラ小僧ちゃんと見張っとけよ。

 

「…Fカップだけど」

「は?その身長でぶっは!?」

 

今度は私からのボディブローが炸裂。

私の胸の事をどうしようが別に構わない。

だが身長を弄るのは許さん。

 

さて、このセクハラ小僧、どうしてくれようか。

私はそんなことを密かに考えながら、3人と共に歩みを進めるのだった。



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友達

…さて、問題です。

私は今どこにいるでしょう。

 

え?文字だけじゃわからないって?

 

…仕方ないなぁ、なら彼の言葉を聞けば、きっと答えがわかるよ。

 

「…ねえリオンさん?俺はなんで便器に座らされてるの?なんで化粧されてるの?そしてなんで女子トイレなの?」

 

正解は、かおるんをカラオケボックスの女子トイレに連れ込んでお化粧中。

でした。

 

そう、私が決めた彼の身長弄りに対する罰は化粧、というかコスプレだ。

面白いことにこのカラオケボックス、コスプレ衣装の貸出をしている。

…こんなところあったんだな。

と思いながら、私は無言でかおるんに化粧を施す。

 

「ねえ、なんで無言なの?せめて俺の問に答えて?それからこの化粧道具どっから出した?もしかして自分の使ってるの?」

 

やかましいなこの子、シバキ回そうかな。」

 

「出てる出てる、途中から声に出てる。」

 

おっとイケナイ、ついうっかり本音が口から漏れてしまった。

 

「んー、かおるんはさ、関節キスとか気にするタイプ?」

「回し飲みとかの話?」

「そう、回し飲みだったり、人が使った食器を使ったり」

「…相手によるけど基本気にしない」

「だよね、私もそのタイプ」

 

そこまで言って私はまた無言になる。

 

「だから何!?この状況とどういう関係!?」

「うるさいなぶっ飛ばすぞお前」

「いくらなんでも理不尽すぎるわ!!」

「あんまり大声出すと警察呼ばれるよ、ここ女子トイレなんだから…まぁなにが言いたいかと言うとだね、自分の化粧道具を人に使うくらい私は気にしないってこと、もちろん相手は選ぶけど、少なくとも君はいいかなって」

「…かなって、化粧と食器とじゃ削られるメンタルが違うと思うんだけど……」

 

その辺はまぁ、私が世間知らずなだけだ。

高校時代は工業高校で周りは野郎ばかり。

逆に就職したらしたで女ばかり。

両極端な環境で生活してきた結果、私は世間一般とは、少なからず離れていると自負している。

 

「…よし、できた、といってもナチュラルに顔の形を整えただけだけどね、後は…はい、これ着て」

「これ…まじで?」

「うん、学生服着てるんだし、あんま変わらないでしょ」

 

そう言って私は彼に、レンタルした服を渡す。

蝶ネクタイに白のワイシャツ、ベストとスラックス。

あらまぁ、可愛らしい執事が、そこに出来上がってしまった。

 

ーーーーーーーー。

 

「レディース&ジェントルメン、今宵、この場にお集まりし老若男女の皆々様、ようこそお越しくださいました。」

 

アニメや漫画なんかでよく見る執事がやるお辞儀をしながら、かおるんが言った。

ちょっと上手いのが地味に腹立つ。

ていうか、今宵じゃねぇ昼間だわ。

そして若男女はいるが老はいねぇよ。

 

しかもノリノリだし、罰になってないじゃん。

 

「んまぁ、硬っ苦しい挨拶は抜きにして、新メンバーもいることだし、それぞれ挨拶しようか、マッスル担当よーたん、常識担当もりー、おっぱい担当リオンの順番で、俺がトリを務めるよ」

 

おい、誰がおっぱい担当だ、もうちょいまともに紹介しろ。

…この子と会話してるとツッコミどころが多すぎて疲れる。

なんてことを思っていた、よーたんと呼ばれる少しガタイのいい男性が、前に出る。

 

「どうも皆さん初めまして、よーたんこと大森洋介です、一応最年長ではあるけど、歳関係なく遠慮なく接してくださいな」

 

二カッと。

そう笑うマッスル。

そして予想外にもまともな挨拶だったのが私の中では衝撃だ。

 

「洋介くん、初めましては皆さんじゃないと思う…、私は森田葉月と言います、一応アパレルで働いてて…バカ達のお目付け役です」

「「いやぁ」」

「…褒めてないから」

 

もりーちゃんが呆れ気味に、そういった。

うん、今までこの2人の世話、焼いてきたんだろうな…。

…私はどちらかと言えば2人の側だけど。

でもそれは言わない。

言わなくてもその内わかるだろうし。

 

「…吉田利音、知っての通り、そこのバカに喧嘩売られて、売り言葉に買い言葉でこのクズの集いに参加しました、色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしくお願いします」

 

こんなもんだろう。

最初は、最初から、はっちゃける必要なんてない。

私は新参なのだから、1歩引いておこうと、取り留めのない、少し堅い挨拶をしてから、席に戻る。

 

「さて、さてさて、それでは私、クズの集いのリーダーであり、バカ担当が挨拶を努めさせて頂きます。藤川芳ですよろしく」

 

…え、それだけ?

 

「うんそれだけ」

「だから地の文を読むな!」

 

何者なんだコイツは…。

 

「ってもね、特に喋ることってないのよ、ゲーム内ではあんな感じ、リアルではこんな感じの現役高校生、ただそれだけ」

 

クズの集いの中でも最年少の彼がリーダーを務めている理由。

恐らくはこの性格だ。

なるほどどうして、とっつきやすい。

 

「ところで…」

 

と言いながらかおるんは私の所に来て。

 

もにゅ。

 

と、私の胸を鷲掴みにした。

 

「…おぉ」

 

おぉ、じゃねぇよ。

感心してんな馬鹿かコイツは。

と思い顔を見ると…赤くなっている。

あー、なるほど、ノリで後先考えずに行動するタイプのバカだこの子。

それならばと思い、私はある行動をした後にかおるんをからかい始めた。

 

「あれ?あれあれ?かおるん、おっぱい揉んだ程度で赤くしてるの?え、もしかして童貞?ぷーくすくす、いきなり鷲掴みにするもんだから次はなにされるかと思えば、えー、なさけなー」

 

と、いたずらっぽく笑いながらかおるんの顔を見据えて言ってみる。

かおるんぷるぷる震えて、手を話したかと思えば近くにあったコップの中身を一気飲みする。

 

あーあ、飲んじゃうんだそれ。

まさかここまで私の思うように事が運ぶなんて思わなかったなぁ。

 

ちなみに、コップの中身はウイスキー、それもロック。

かおるんの麦茶と、私がこっそり入れ替えたのだ。

案の定、かおるんは直ぐに酔いつぶれた。

高校生には少し強いお酒だからな。

 

けど潰れるとは流石に思わなかったな、ちょっと酔う程度くらいに思ってた。

お酒飲むの初めてかこれは。

 

それから、かおるんは気分悪そうにしていたのでソファに寝かせ、私たちは各々カラオケを楽しんだ後、解散の運びとなった。

 

「かおるくん、どうしようか?」

 

そういったのはもりー。

 

「んー、私の家が近いし、連れて帰るよ、こうなったのは私の責任だしね」

 

ということで事は解決して、私はかおるんを自宅に運び、ベットに寝かせてからその寝顔を見る。

 

…今日は楽しかったな…。

思えば、この子が私を誘ってくれなかったら、私は今まで通り、死んだように生きてたんだろうな。

 

喧嘩を売られて、仲間に誘われて、ナンパから助けてくれて、私を楽しませようと頑張ってくれた。

とても優しい男の子。

 

私は彼に感謝しながら、布団の中に潜り込む。

この後、何があったかなど今更語る必要もないだろう。

そんなのは野暮ということだ。

 

だけど私は、この日、たしかに彼に惚れた。

ただそれだけで、この後の事も許せるというものだ。



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都市伝説

ーーピンポーン。

 

オフ会から数週間経ったある日の朝、私の家のインターホンが高い音を鳴らす。

玄関を開けると、そこには制服姿の芳がいた。

 

「…また学校サボったの?」

「おう」

 

あれから何度か、芳は学校をサボっては私の家に来るようになった。

気を使ってくれてるのか、休みの日だけだけど。

 

「…芳、これあげる」

 

私が芳に渡したのは私の家の合鍵。

芳になら、まあいいだろうという判断だ。

 

「いいの?」

「学校行きたくない気持ちはわかるからね、私もサボることよくあったし、ただあまりサボり過ぎないようにね、私の家には何時でもきていいから」

 

私は眠い目をこすりながら、芳を家の中へと招き入れる。

芳が私の部屋で座ったのを確認して、私はキッチンへ向かってコーヒーをつくりはじめた。

 

「ブラックでいいんだっけ?」

「うん、ありがと」

「いいよ」

 

しかし、この前ブラックを飲むやつは全員味覚がおかしいとボヤいたけれど、芳は味覚がおかしいのだろうか。

とは言わない。

 

出来上がったコーヒーを芳の元へ持っていく。

芳は大人しく座っていた。

 

「ゲームでもしてればいいのに」

「いや、一応人の家だから…」

 

普段セクハラやら遠慮がない癖に、こういう時は遠慮するのか。

ほんとに面白い子だな。

 

「芳、おいで」

 

私は芳に近くに座るよう誘導すると、芳は私の隣に座る。

なんか犬っぽいこの子。

私はそのまま芳の膝に倒れ込む。

所謂膝枕だ。

 

「ねえ芳、彼女とか作らないの?」

「…利音が俺の同級生だったとして、俺と付き合いたいと思う?」

「なるほど」

「なるほどじゃねぇよちっとはフォローしろ」

 

どうしろと言うのだ。

しかしまぁ、なるほどとは言ったものの、もし同級生なら、私は芳とは関わることはなかっただろう。

それほどまでに、性格が違いすぎるのだ、私達は。

私は芳にDSを渡し、私は近くにあった雑誌を読み始める。

 

多分30分くらいそうしていただろうか。

私はふと、思いついた。

 

「芳、デートしようか」

 

そう言い終わると同時に、私の顔面にDSが降ってきた。

…いたぁい。

 

「なんて?」

 

今度は芳は近くにあったバールのようなものを持つ。

いや、シャレにならないからそれ、てかなんで私の部屋にバールのようなものがあるんだ。

いやバールなんだけど。

…あそっか、私が面白そうと思って買ったやつだこれ。

 

「面白そうで買ったって発想がもう面白いんだよお前は」

 

軽く笑いながら、芳がそう言う。

そんな事言われても、面白そうだったものは仕方ない。

 

「んで何?デート?」

「そ、近くの公園にクレープ屋が来ててさ、面白いジンクスがあるんだよ」

「…ジンクスねぇ」

「曰く、そのクレープ屋でミックスベリーを買って一緒に食べたカップルは、永遠に結ばれるそうだ」

 

私も、どこから仕入れた情報だったかは忘れてしまったけど、私だって腐っても女の子だ。

どうせなら好きな男の子とそういうジンクスを試してみたい。

 

「…なるほど」

 

芳は少し考える素振りを見せてから、よし、じゃあ行くかと、腰を上げた。

 

「たださ、利音、お前が思う結果にはならないと思うぞ、そのジンクス」

 

芳はそう呟いた。

はて、どういう意味だろうか。

 

ーーーーーーー。

 

私の家の近くの、少しだけ大きい公園。

最近は危険だからという理由で、どこの公園も遊具が無くなってきている。

それを寂しく思いながら、目的のクレープ屋台を見つけた私達は注文をする。

 

「ミックスベリーください!」

 

私がクレープ屋のお兄さんにそう告げると、お兄さんは困ったように笑いながら。

 

「ごめんね、ミックスベリーは売り切れなんだ」

 

と、そう言った。

 

なんだ、売り切れたのか、なら仕方ない。

 

「じゃあ、ブルーベリーとストロベリー、1つずつください」

 

じゃあ何を食べようかと迷っていたら、芳が私の分まで勝手に注文していた。

何やってんだコイツは。

お兄さんは少し驚いた顔をしながら、「はいよ」と言ってクレープをつくりはじめた。

 

はて、お兄さんはなぜ驚いた顔をしたのだろうか。

私がそんなことを考えていると、クレープが出来上がった。

クレープを受け取り近くの椅子に座って2人で食べる。

 

「利音、気づいてた?あのクレープ屋、ミックスベリーなんてメニューはないよ」

 

そう言って、芳はメニューが乗った看板を指さす。

たしかに、そこにミックスベリーの表記はなかった。

 

「あれ?じゃあなんでこんなジンクスが出来たんだよ、それにお兄さんは売り切れって…」

 

ミックスベリーがないのならそう言えばいい、私のそんな考えは芳の言葉でいとも簡単に解決してしまう。

 

「そもそもこのジンクスはさ、なにかのアニメであったネタなんだよ、なんのアニメかは忘れたけれど、そこでたまたま、ミックスベリーのメニューが無いクレープ屋の屋台があったもんだから、誰かが面白がってそんなデマを流した、んでお兄さんもその話を知って乗っかってるって、そういったオチじゃない?」

 

…なるほど、なるほどなるほど。

そういう考え方なのか、目からウロコとはこの事だ。

 

「でもあれ?じゃあ芳が注文した時のお兄さんの驚いた顔は?」

「…利音、これ1口食べてみ?」

 

芳に差し出されたストロベリークレープを私は1口食べる。

 

「利音のも1口頂戴」

 

言われるがままに、私は芳にブルーベリークレープを差し出した。

芳はそれを1口食べる。

 

「あ」

 

ああ、そうか、そういうことか。

 

「そ、それぞれ違うベリー系のクレープを頼んで、それをシェアして食べる、そこまでが、このジンクスのオチだ、そこまで来て、やっとこのオチに落ち着くんだよ」

 

なるほど、アニメのネタとはいえ、バカには出来ない。

シェアして食べるほど仲がいいということは、傍から見ればカップルに見えるのだ。

 

「…このジンクスを考えたやつもそうだけど、私から話を聞いただけでそこまで読めたお前にも脱帽するよ、一体どういう見方をすればそんなふうになれるのやら」

「別に、見方なんて人それぞれだろ、強いて言うならものの見方ってやつだよ」

 

バカなくせに頭がよくて、変態なくせに紳士で、それでいて気を使える優しい男の子。

私はまた、一段とこの子を好きになってしまった。



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喧嘩

工藤幹也と吉田利音が付き合い始めた時のことを、俺は今でもハッキリと思い出せる。

『工藤幹也』。

利音達とは別のゲームで知り合ったゲーマー。

 

茶髪の長髪と両耳にピアスを付けた目つきの悪い、見た目だけなら三下の不良。

中身は気性の荒いオタク。

そんな奴を利音に紹介してしまったことを、俺は数年後に酷く後悔することになるのだが、その話は今はどうでもいい。

 

利音に幹也を紹介して役2週間ほど経ったころ。

 

「芳、私幹也と付き合うことになった」

 

と、呼び出された喫茶店でそう宣言された。

 

「…は?」

「んー、なんか、なんだろうね、こう、自分でもよくわかんない」

 

なんだそれ。

いやまぁ、利音自身、彼氏が欲しいとはずっと言っていたし、むしろこれは喜ばしいことで、祝福するべきではないか。

 

「…なんで怒ってんだよ芳」

「…別に」

 

だけど、俺にとってその話は面白くはなかった。

それがなぜなのか、この時の俺はまだ知らなかったけれど。

 

「んで、その為だけに呼び出したの?」

「あー、いや、多分これからあまりこうして会って遊ぶこと、できなくなるかもと思ってさ」

 

だから最後に遊ぼうってか。

尚更面白くない。

 

「ふーん」

 

いや、でも、実は俺も利音に言わなければいけない事がある。

のだけど、

 

「なんだよ、言いたいことあるなら言えばいいだろ?」

「いや、別に?幸せそうで何よりだなと思っただけだよ」

「は?なんだよその言い方」

 

俺の中でイライラが募る。

喜ぶべきなのに、なぜイライラしてるのかがわからない自分に尚更。

 

「もういいわ、白けた、私帰るから、じゃあな」

 

そう言って利音は店を出ていった。

その背中を見ながら、俺はコーヒーをすする。

自分が嫉妬深いこと、友達が他の友達と仲良くしてたらイライラすることは今までにもあったけれど、ここまで態度に出るほどムカついたのは初めてだ。

その理由がわからない。

 

「…結局言えなかったな、俺も彼女が出来たって話」

 

自分も似た状況にいながら勝手にイライラしてるのだから、自分勝手にも程があると呆れながら、俺は会計を済まして帰路についた。

 

ーーーーー。

 

「は?芳に彼女?」

 

幹也と付き合い始めて数日、何となく芳と連絡を取りずらくなっててストレスが溜まっていた私は葉月に電話をかけた。

何気ない会話の中で、そんな話になった。

 

「え、あれ?聞いてない?私この話は利音ちゃんが1番最初に聞いてると思ってたんだけど」

 

いや、なんでだよ、私新参者だぞ。

どう考えても付き合い長い葉月達が優先だろう。

 

「んー、付き合いの長さで言えばそうなんだけど、でもほら、芳君の利音ちゃんに対する対応って、ちょっと特別というか、私達とは違うからさ」

 

はて?

そうだろうか。

私にはみんな等しく対応しているように見えるのだが。

でもその言葉を少しだけ、私は嬉しく思う。

本当にそうだったらいいなと。

 

「ただね、芳君が彼女出来たって話から、あんまり連絡取れなくなったんだよね、ゲームもしてないし」

「んー、仕事忙しいとか?芳、学校辞めてバイトしてるんでしょ?」

「それはそうなんだけど、なんていうか、既読はつくんだけど返信がなくて」

 

既読無視?

あいつが?

あ、いや、急に返信無くなったりとかは確かにあるけど、でも基本即レスのアイツが既読無視は少し意外だ。

 

「…なんかこのままみんなバラバラになっちゃうのかなって、不安なんだよね私」

「まぁ、そうだよね、葉月の言いたいことはわかるよ」

 

それでも、私達は大人だ。

色々な事情が積み重なれば、お別れせざるをえない事なんて、茶飯事なのだ。

けど嫌だなぁ、芳とお別れなんて。

 

「というかですよ?私としては利音ちゃんが幹也君と付き合うこと自体が意外なんだけど?」

「ん?ああ、いや、まぁ、しつこかったから」

 

そう、しつこかった。

アプローチが、めんどくさくなって根負けした。

つまり、私は別に幹也が好きとか、そういうことじゃないんだ。

 

「私さ、芳と喧嘩したんだよね」

「喧嘩?」

「ん、私が幹也と付き合うって話をしたらさ、芳機嫌悪くなっちゃって、理由聞いても煮え切らないから私もイライラしちゃってさ」

 

多分、止めて欲しかったんだろうな、私は。

だけど、芳のあの反応は、妙に引っ掛かる。

 

「あー、なるほどなるほど…」

「なんだよ葉月、1人で納得すんなよ」

「んー、だってこれ私が言っていい事じゃないから、ただ一言だけ言わせてもらうならさ、2人とも、バカだよね」

 

バカ、ね。

葉月が何を言いたいのか、私にはわからない。

そのモヤモヤが、私の中につもり募っていくのを感じながら、私と葉月は何気ない会話を1時間程した後、電話を切った。



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