冥獄界へは逝きたくない (TAKACHANKUN)
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プロローグ


つい書きたくなってやりました。
後悔はしてません。


時が止まればいいと思っていた。

強さの最盛期である今のこの瞬間が永遠に続けばいいと…そう思っていた。

 

怖かった。

強大な存在が現れた時、自らの肉体が衰えていたらと…そう思うと怖くてたまらなかった。

 

その思いは日に日に強くなっていく一方だった。

 

 

『あんたが年を取ればあたしも年をとる…それでいいじゃないか。』

 

 

…そう思っていた俺の心は、お前のその言葉に

救われた。

 

俺には多くの恵まれた弟子達がいる。

その弟子達に囲まれ余生を過ごす。

そのような未来も悪くはないのかもしれない。

 

それに、切磋琢磨する格闘仲間もいる。

 

…何より幻海…お前がいる。

 

『そう…だな…そうかもしれないな。』

 

『まったく…バカなこと言ってんじゃないよ。』

 

『…すまない。』

 

本当に…世話ばかりかけちまうな。

 

そんなことを言えば、今に始まったことじゃないだろうとお前は言うのだろうが…

 

これからも俺の隣にいてくれ。

 

…そんな言葉が頭をよぎったが言える

はずもない。

 

そうだ。これでいい。

今のこのままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々は…脆くも崩れ去ることになる…

ある一匹の()()によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは…夢なのか?

だとしたらなんて悪夢だろうか。

 

どんな人間にも━━どんな妖怪にも負けないという自負があった。

 

だからこそ、人一倍『老い』というものを恐れた。『衰え』というものを恐れた。

 

それなのに何故、俺は今床に這いつくばっている?

 

「何故…?」

 

今が強さの最盛期のはずだ。

どんな人間も、どんな妖怪も打ち倒してきたはずだ。

 

俺よりも強い存在などいるはずはないのだ。

では何故━━?

 

 

目の前の怪物の前に俺は倒れ伏している?

 

 

 

駆けつけた時には弟子達はすべて殺されていた。

たった一匹の怪物に。

 

そして、その怪物は親友とも呼ぶべき格闘仲間を

俺の目の前で喰らった。

 

…人間も妖怪も殺したことはなかった。

が、この時初めて心の底から殺意を抱いた。

 

こいつを殺し、友の無念を晴らす。

━━はずだった。

 

それなのに━━何故?

 

「グフフ…教えてやろうか?」

 

目の前の怪物が囁く。

醜悪な外見をしたその怪物…噂には聞いたことがあった。『潰煉(かいれん)』という妖怪について。

 

残虐で凶暴で━━何よりも強大な存在であること。

恐らくはこいつがその潰煉という妖怪。

 

「それはお前が無力だからだ。」

 

潰煉は告げる。

弟子を喰いながら、まるで幼子にものを

諭すかのように。

 

「俺が…無力…」

 

「そうだ。」

 

「あぁ…」

 

出てきたのは自分のものとは思えないほどの

情けなく、弱々しい声。

 

やめてくれ。

頼む。

これ以上何も奪わないでくれ。

 

「だから、目の前で弟子達が喰われていても何もできんのだ。」

 

潰煉(かいぶつ)は尚も言った。

追い討ちをかけるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「 オマエハ無力ダ。 」

 

 

 

 

 

 

…無力…

 

オレハ…無力…

 

 

 

 

 

オレハ…無力ダ…

 

 

 

 

 

喰われていく弟子達を前にただ見ていることしかできない無力な存在。

 

もはや、立つことすらかなわない。

 

 

「…殺せ。」

 

 

もうどうでも良かった。

弟子も矜持も…何もかも奪われた今の俺に何の

価値があるというのか。

 

「そうするのはカンタンだが…それではつまらんだろう?オマエに良いことを教えてやろう。」

 

潰煉は語りだす。

 

三ヶ月後にある場所で武術会なるものが開かれること。

優勝した者はどんな望みも叶うということ。

俺をその武術会にゲストとして招待しにここへ来たということ。

 

「どうだ?悪い話ではなかろう?死んだお前の弟子達も生き返るかもしれんぞ?グハハハハ!!」

 

そう言い、心底愉快げに下卑た嗤い声をあげる。

 

そして、自らも出場すること。

そのためには仲間が必要であることを告げた。

 

「せいぜい強くなることだ…俺を殺せるぐらいにな。」

 

そう言い残して悪魔は去っていった。

 

残ったものは弟子達の肉片と血の臭い。

 

…意識が薄れていく。

 

悪夢ならば…悪夢ならば早く覚めてくれ。

願わくば━━目覚めた時にはいつもと変わらぬ

日常があってくれ。

 

…しかし、それももはや叶わぬ夢。

 

すまない、弟子達よ。

 

すまない…幻海。

 

無力な俺を…許してくれ。



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起きたらマッチョになっていた

 

戸愚呂(弟)というキャラクターについて、どんなイメージを持っているだろうか?

 

この戸愚呂(弟)というのは幽☆遊☆白書という

作品内に出てくるキャラクターの一人である。

 

一言で言うならぱ角刈りのグラサンマッチョ。

 

俺はこの戸愚呂(弟)というキャラクターが作品内で一番好きであった。

 

秀逸な台詞回し。

筋肉操作という能力で己の身一つで戦うという

わかりやすい戦闘スタイル。

他にも色々あるが、そのどれもが魅力的であった。

 

この男に俺は子供ながらに憧れたものだ。

 

意味もなくグラサンをかけたり、彼が作中で

発した台詞をよく真似て言ったりもした。

 

今で言うとすんごい黒歴史だが…

とにかく憧れた。

 

憧れたのだが…

 

 

 

「…これは、少し違うんじゃあないのかねェ…」

 

あ、今のはちょっと戸愚呂っぽかった。

 

って、そうじゃなくて…

 

起きたら、その憧れの男になっているだなんて

誰が思うよ?

 

そう…

 

 

 

起きたら俺は戸愚呂(弟)になっていたのだ。

 

 

 

いや、確かによ?

憧れたよ?

でも、まさか本人になっちゃうだなんてさぁ…

なんか複雑っていうか…

 

これってよくある異世界転生とかいうやつ?

いや、転生というよりかは憑依したといったほうが正しいのか…

 

目覚める前、所謂前世のことはよく覚えている。

車に轢かれてしまったんだ。

主人公(浦飯 幽助)みたいに子供を助けたとかじゃなく単なる不注意だったけど。痛みはなく、ゆっくりと意識が沈み込んでいくような感覚。それが覚えている最期の瞬間。

 

そのまま俺は死んだのだろう。

そして、どういうわけかこの筋骨隆々のグラサンマッチョに転生してしまったと。

 

そもそも何故自分を戸愚呂と認識することができたのかというと…本人の記憶が頭の中に流れ込んできたからだ。

 

今までの記憶という記憶が…そう…戸愚呂は…

俺は…

 

 

 

全てを失ってしまった。

 

 

 

誰よりも強いという自負も…弟子も…仲間も…

 

潰煉という妖怪に喰い尽くされた。

 

 

…時系列では潰煉に完膚なきまでにやられた直後。つまりは本編が始まる50年前ってわけだ。

 

いやぁ…エグいことするねェ…このシナリオを用意した神サマとやらも。何もこんなタイミングに放り込まなくとも…

 

 

「目が覚めたか。」

 

「あ…!?」

 

あ、兄者…兄者!?

…兄者じゃないか!!

 

現れたのは小柄な男。

戸愚呂の…俺の兄者である。

マジか…リアル兄者だ。

ちょっと感動した。

 

 

『オレは品性まで売った覚えはない』

 

と、原作では自らの弟に愛想を尽かされ砕かれた挙げ句、紆余曲折生還したはいいが、最終的には蔵馬という植物使いの登場人物が張った罠にかかり、死ぬことすらできずに幻影と戦い続けるという末路を辿ったほんの少しだけ可哀想な男。

 

「大変な目に逢ったな…生きていたのはお前だけだ。」

 

「…そうか。」

 

イヤでも現実を突き付けられた。

夢でも何でもない…これは…現実だと。

 

「弟子達はオレ達で埋葬したよ。」

 

「…そうか。」

 

「気にするな…お前が悪いわけじゃない。」

 

え…兄者ってこんなイケメンだったっけ?

めちゃくちゃ優しいんだけど。

一体どうしたんだ?

 

この頃はまだキレイな兄者だったのか?

やはり、妖怪になって品性までも売ってしまったのか?

だとしたら何と不憫なことか…

 

「皆心配していたぞ。特に…幻海はな…」

 

「…幻海。」

 

…幻海か。

幻海というのは戸愚呂の格闘仲間の女性である。

本人とは恋人同士だったのかは定かではないが…互いを想いあっていたというのは事実だ。

 

作中での二人の最期の会話のやり取りは是非とも見てほしい。

 

「兄者…」

 

「何だ?」

 

「…すまないが、少し一人にしてくれないか?」

 

「…わかった。皆にはお前が目覚めたと俺から伝えておこう。」

 

「…すまない。」

 

「…何度も言うが、あまり気に病むな。」

 

「兄者…すまない。」

 

「ふ…我ら兄弟は二人で一つ…だろう?」

 

いや、誰このイケメン。

どうしてああなったんだよ。

 

 

 

 

 

 

しかし、戸愚呂本人の意識は…彼自身の魂はどこに行ってしまったのだろうか?俺の魂が上書きされたことで心の奥底に沈んだとか?

 

それとも…もう…

 

…俺は一体どうすればいいのだろう?

 

このまま潰煉を殺し、弟子達の仇を討てばいいのだろうか?

 

だが、俺にはその動機も何もない。

前世じゃ戦いというものにはおよそ縁のない凡庸な男だった。そんな俺に何ができようというのか?

 

…それとも全てを忘れて隠遁生活でもするか?

そっちのほうが性には合っているのかもしれない。

 

「まったく、なんて仕打ちだ。」

 

ただ、強さを求めていたのに。

ただそれだけだったのに。

 

ある日、全てを奪われ…最終的には『冥獄界(みょうごくかい)』という地獄の中でも最も過酷な場所へと自ら進んで堕ちるという最期を遂げる。

 

つくづく報われないヤツだよ…アンタは。

 

 

 

「…そうだよな。このまま隠遁生活なんてできるわけないよな。俺の憧れた男は…そんなこと望んじゃあいないよな。」

 

決めた。

 

仇を討とう。

 

潰煉を殺し、強さのみを求め続けよう。

 

たとえ、悪魔に魂を売ろうとも。

 

たとえ、拷問のような人生を歩もうとも。

 

アンタ(戸愚呂(弟))が生きたように俺も生きよう。

 

…それが、俺の使命。

 

それが、戸愚呂という『存在』を奪ってしまったアンタに対する俺の『贖罪』だ。

 

 

 

でも…冥獄界はイヤだなぁ…。



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バカは死んでも

 

冥獄界(みょうごくかい)

 

あらゆる苦痛を一万年もの月日をかけて

与え続け、それを一万回繰り返す。

その後に待っているのは転生すら許されぬ

完全なる”無”。

 

…即ち、魂の消滅を意味する。

 

そもそも、冥獄界に堕ちたものが存在するのか

怪しいところではあるが…人間にしろ妖怪にしろ…

もし、存在したとしたならば一体どれほどの罪を犯したというのだろうか…。

 

作中で戸愚呂(弟)()は自ら進んでこの

地獄という表現では生温い場所へと堕ちることになる。

もう決めたことだ…と。

果てしない責め苦の果てに待っているものは救いではなく無。

 

…うん。

考えたやつトチ狂ってるわ。

 

 

 

「…皆に黙ってどこへ行くつもりだ?」

 

「…兄者。」

 

「潰煉の使い魔が来たぞ。」

 

「…なに?」

 

「闇の武術大会…優勝者は望めばどんなものでも手に入るそうだな…くくっ…くっくっくっ…!」

 

兄者がとてつもなく悪い顔をしている…

やはりコイツの極悪非道さは生来のモノなのか…サイコ野郎め。

 

「出場するメンバーなら心配するな…皆、同意してくれたよ…幻海も含めてな。」

 

「…そうか。」

 

やはり、こうなってしまうのか…。

 

「ヤツを倒せると思うのか?手も足も出なかったんだろ?」

 

「倒すさ。」

 

「大した自信だな。」

 

「兄者…俺は、大会に優勝した暁には…妖怪へと

生まれ変わろうと思う。」

 

「…なに?正気か?」

 

「あぁ…いや、もう正気ではないのかもしれんな。」

 

「フッ…だろうな…だが、面白そうだ…俺にものらせろよ。」

 

いや面白そうて。

 

「兄者…いいのか?」

 

「何度同じことを言わせるつもりだ?我ら兄弟は二つで一つ…だろう?今までも、そしてこれからもそれは変わらぬはずだ。」

 

極悪非道とかサイコ野郎とか言ってごめん兄者。

マジで良き兄者。

アンタをボコるとか俺にはできない。

 

…いかん、涙が出そう。

 

 

 

「後はよろしく頼む。」

 

「まったく…だからといって損な役回りばかりを押し付けられても困るんだがな…。」

 

それはホントにごめん。

なるべく皆とは顔を合わせたくないというのが

実情なんだ…特に、幻海とは。

 

もう…彼女の知る(戸愚呂)はいない…一体どのツラ下げて会えばいいというのか。

 

「また会おう、兄者。」

 

「あぁ、達者でな…弟よ。」

 

いざ、さらば。

結局兄者以外とは顔も合わせずに旅立つことになったが。

 

後が怖いが…まぁ、それは今は置いておくことにするとしよう。

 

正直言ってあてはない。

潰煉を倒せるという根拠も何もない。

何よりも器は同じだが魂が違う。

闘争というものから程遠い人生を歩んできた俺にヤツを打倒する可能性など皆無ではなかろうか。

 

だが…

 

「ふっ…」

 

不意に笑いが漏れた。

 

「闘い…か。」

 

いや、そんな生温いものじゃあないな。

殺し合い…といったほうが正確か。

 

「面白い…」

 

俺の心を支配していたのは不安でも恐怖でもなかった。

それどころか俺はかつてない状況に喜び、打ち

震えてすらいた。今、俺の心を支配しているのは…おそらく闘争本能というもの。

 

そうだ…俺は…俺はこんな出来事を待ち望んでいたのかもしれない。平和な世の中に慣れ、無意味にその平和を享受して思考停止のまま生きてきた。

 

だが、何の因果か…何の悪戯か。

俺の魂は行き着いた。

かつて憧れた存在へと。

 

試してみたい。

闘ってみたい。

殺るか…殺られるか。

そんなギリギリの勝負を味わってみたい。

 

最初こそ、突然の非日常に混乱しきっていたが

もはや慣れたものだ。

今はただ、闘いが待ち遠しい。

 

まったく…色々美化してみたはいいものの…結局

俺は自分のことだけだな…。

 

「…どうやら俺もバカらしい…それも、死んでも

治らんほどのな…」

 

バカは死んでも治らないを自身で体現しちまうとはな…まったく皮肉なもんだ。



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修行パートなんてないねェ


酒はダメなんで オレンジジュースくださいって
一度は言ってみたい


目の前に鬼がいる。

正確には鬼のような形相をした女性。

…彼女の名は幻海(げんかい)

 

他の仲間達が戸惑いを見せる中、彼女だけが

激しい怒りを露にしていた。

 

「久しぶりだな…幻海。」

 

何か言葉を発さないと今にも殴られそうだった。

 

久しぶりとは言ったが俺としては初対面なわけで、本物の幻海ばーさんと対面できて感激…

いや、今はばーさんではないか…

めちゃくちゃ美人だもん…とにかく、本来ならば喜ばしいイベントのはずなのだが…

 

それどころではないくらいに怖い。

憤怒という感情に全振りしてるのかってくらい

怒りに満ち満ち溢れている。

 

三ヶ月の修行を経て、今なら潰煉もワンパンできるんじゃね?という根拠なき謎の自信があったのだが、見事に打ち砕かれた。潰煉どころか今

この瞬間も生きて切り抜けられるのかどうかも

怪しい。

 

修行パート?そんなものはないねェ。

 

「心配かけちまったな。」

 

「…まったくだね。あたしがどれほど心配したと思ってんだい?」

 

一つ、大きなため息をついた彼女は先ほどの怒りが嘘だったかのようにひどく弱々しく…そう呟いた。

 

「…すまない。」

 

いっそのこと殴ってくれたほうが気が楽だった。

…できるならそんな姿は見たくはなかった。

原因である俺にそんなことを思う資格はないが。

 

「…あんたが悪いわけじゃないだろう?

悪いのは──」

 

「いや、俺が殺したようなものだ…俺の弱さが…

あいつらを殺したんだ。」

 

「違う!」

 

「事実さ…それが全てだ。たとえ潰煉を殺したとして…手向けにはなっても贖罪にはなりえんよ。」

 

「全部…一人で背負ってんじゃないよ…あたしだっているじゃないか!」

 

胸のあたりが痛む。締め付けられるような、何かに蝕まれるようにじわじわと…痛む。

 

それに耐えきれず、彼女に背を向けた。

 

「俺が年を取ればお前も年を取る。それでいいじゃないかと…お前はそう言ったな。」

 

「…あぁ。」

 

「幻海…すまないが、俺はお前と共に歩めそうにはない。」

 

彼女の表情は窺い知れない。

 

怒りか…はたまた悲しみか…ただ、息を呑む音だけははっきりと聞こえた。

 

「待ちな!話はまだ──」

 

「…すまない、少し眠らせてくれ。」

 

そう言い、彼女の言葉を待たずに歩き出す。

幻海自身もそれ以上は何も言ってはこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、あいつを抑えるのに俺達がどれほど苦労したと思ってるんだ?」

 

「兄者、すまない。」

 

俺、なんだか謝ってばかりだな。

 

「それで、どうなんだ?潰煉は倒せそうなのか?」

 

「…あぁ、それは問題ない…と思う。」

 

「お前にしてはずいぶんと弱気な返答だな。」

 

何せ、実践経験がないものでね。

何とも言えないというのが現状。

ヤツとやるのが決勝ということは必然的に何回かは戦う機会があるわけで…それらで実践経験を

積むしかない。

この身体に宿った知識や経験はあるにはあるが、それをポンと渡されていきなり使いこなせるほど俺は器用ではない。

 

「まぁいい、お前も疲れてるだろう。さっさと休め。」

 

「あぁ。」

 

確かに、ひどく疲れている。

身体が休息を欲している。

 

 

 

 

 

ごくごく平凡な家庭だった。

 

父は平凡なリーマン。母親は専業主婦。

そして、俺に幽☆遊☆白書という作品を教えてくれたリアル兄者。不自由は何もなかった。

 

読み込んだ。それこそ、ページの紙が茶色くなるまで読み込んだ。子供だったからわからないことも色々あったが、難しいことは兄貴が教えてくれた。

 

『お前も頑張れば、霊丸が撃てるようになるかもしれんぞ』

 

兄貴が言うのを否定した。

俺はこっちのほうがいいと。

 

『お前、なかなか良いトコつくなぁ。』

 

それが戸愚呂(弟)だった。

 

『これ、お兄ちゃんが買ってきてくれたから、帰ってきたらお礼言っときなさいよ。』

 

幽☆遊☆白書のゲームソフトだった。

それはもう嬉しかった。

対戦型の格ゲーだったので、プレイはせずに兄貴の帰りを待った。やるなら一緒にだ。

 

 

兄貴は帰ってこなかった。

 

 

悲しくはなかった。

涙は出なかった。

だって、兄貴が死んだのは何かの手違いで、だから今まさに生き返るための試練をうけているんだと…当時はそう思っていたから。

 

 

 

 

…戸愚呂。

アンタの魂は今どこに在る?

 

災難だよな…こんな訳のわからないヤツに身体を乗っ取られて。

 

だが、安心してくれ。

仇は討つ。

 

状況は変わるかもしれないが、できる限りアンタの歩んだ道に沿って行動するようにする。

 

だから安心してくれ。

 

強さが全てという俺の信条を…真っ向から否定して打ち倒してくれるヤツが現れるまでは…

 

俺は絶対に死なないよ。

 



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オレはオレ

 

暗黒武術会

 

血や暴力、金…etc.

人間妖怪問わず、闇に生きる者達のドス黒い欲望が渦巻く最低最悪の大会である。

妖怪達の犯す犯罪件数の減少に一役買っているという見方もできなくはないが…

何せ、犯罪を犯すと大会が行われる島に入ることすらできなくなるという決まりがあるからだ。

 

そして、その武術会にはゲストと称して闇世界の住人達が邪魔者と認定した人間達が()()()()

エントリーされる。ちなみに断れば死という鬼畜設定付き。

 

現在、俺達は船でその武術会が行われる島を目指し、航行中である。

 

この大会で優勝した者には望めばどんなことも

叶うという褒美が与えられる。正史での戸愚呂は

その褒美で人間から妖怪へと転生し、自らの強さを維持し、高めてきた。

…仲間達は皆、猛反対したらしいが…。

 

 

 

 

「見ろよ…」

 

「あぁ…人間の臭いがするなと思ったら…」

 

「潰煉が招待したゲストらしいぜ…」

 

「ケケケ…ずいぶんと貧弱そうだな…」

 

 

 

 

「あいつら…!」

 

「幻海…相手にするな。」

 

仲間の一人(名前なんだっけ)が幻海を諌める。

 

何やら妖怪どもが好き勝手言っているが…言わせておけばいい。相手にするだけ時間のムダだ。

どうせ口先だけのモブ妖怪。

 

「と、思ったらイイ女もいるじゃねぇか。

ねーちゃん、会場着くまでヒマだからよ…相手してくれや。」

 

よし、あいつ殺すか。

今すぐに殺ろう。

 

「おい。」

 

「あ?なんだおめぇ…」

 

「頭潰されるか…心臓引っ張り出されるか…どっちがいい?」

 

「ひっ…!しっ…し、失礼しました~!!」

 

ちっ、逃げられたか。

…それにしても緊張した…

 

()()()()()()慣れていないからな。

なんなら初めてかもしれん。

 

「あんなのは放っとけ。相手にしなくていい。」

 

いや、ごめん。

俺もアンタと同意見だったんだけどさ…幻海に

手を出そうとするもんだからつい。

 

まぁ、彼女なら返り討ちにできたんだろうけど。

 

 

 

「ただいま、この船は武術会が行われる島へと

航行中でございます!」

 

人間か妖怪かはわからないが武術会の関係者だろうか…口調は丁寧だが人相は悪い男がそうアナウンスする。

 

「…一つ、言い忘れていましたが、実は武術会に参加できる枠はあと一チーム分しかございません。」

 

「なにぃ!?じゃあどうするんだよ?」

 

「この船上で予選を行うのでございます。皆様にとっても良い準備運動になることでしょうし…

どちらにせよこの場でふるい落とされるようでは

その程度だったということでしょうな。」

 

なるほど。

原作でもそうだったが、習わしみたいなもんなのかね。

 

「一チーム一人…誰が出ても構いません。あちらのリングにて予選を行います。」

 

乗る時に気づいてはいたが…やはり、ただの飾りではなかったわけだ。

 

「ルールはたった一つ…リングの上に立っていた一人だけが勝者です。」

 

それ以外はルール無用ということか。

何をしてもいいと。

 

「どうする?」

 

もう一人の仲間(こっちも名前忘れた)が

誰にともなく聞く。

 

 

「…俺が行こう。」

 

ちょうどいい機会だ。

初の実戦。

できるだけ多く経験も積んでおきたい。

 

 

腕がなるねェ…とか言ってみたり。

 

 

 

「おい。」

 

「…あぁ、貧弱そうな人間がいるなぁ…」

 

「こいつからご退場願おうか。」

 

このムキムキな肉体のどこが貧弱そうなんだよ

アホどもが…街で見かけたら秒で道譲るわ。

 

…しかし、いきなり多対一とは聞いて

いないんだがねェ。さっき調子こいちまったけど

ちょっとばかし不安。

 

「始め!」

 

「おらあぁ!まずはてめーからだ!人間!」

 

やれやれ…待ってはくれないか。

 

「ふぅ…やるしかないねェ。」

 

 

 

えぇいままよ!ってか!

 

「ぶほぁっ!!」

 

「えっ…!?」

 

奇跡的に向かってくる妖怪に拳がクリーンヒットしたのはいいんだが…ざっと数十メートルは飛んだ。

 

「やろぉ!」

 

息つく間もなく第二、第三と妖怪どもが向かってくる。

 

…遅い。

 

こいつら本気でやってるのか?

遅すぎる。

 

…やっぱり、俺は強いのか。

まだまだこの身体のポテンシャルを引き出せてはいないが、この程度の雑魚妖怪ならば問題にはならないと…そういうことか。

 

次々に妖怪が吹き飛んでいく様は爽快だった。

得も知れぬ快感。

現実世界に生きていては味わうことができなかったであろう…所詮は紙の中の…画面の中の…別世界の中の出来事だと割りきっていた出来事が

今、俺の目の前で起きている。

 

「し、勝者…戸愚呂!」

 

だが、それも束の間。

 

拍子抜けだ。

最初の緊張はどこへやら蓋を開けてみればこんなものか。相手が弱すぎた。

 

「文句のあるやつは上がってこい。俺が相手をしてやる…誰かいないかね?」

 

「…………」

 

どうやら、気概のあるヤツはいないようだ。

 

「つまらないねェ。」

 

敵も味方も呆然としていた。

 

 

 

「…あんた、どうしちまったんだい?」

 

何を思ったのかはわからないが、幻海がそんなことを聞いてきた。

 

「妖怪をぶっ飛ばして笑っているような…そんなヤツじゃなかっただろ?」

 

笑っている?

 

「そうか…笑っているのか…」

 

「人が変わっちまったかのようだよ…今のあんたは…まるで別人みたいだ。」

 

「そう思うか?」

 

「…本当に、戸愚呂なのかい?」

 

 

「…幻海。」

 

「…?」

 

「…()()()()()だ。」

 

「…わからないよ…今のあんたは…」

 

お前の知る戸愚呂はもういない…お前の目の前にいるのは…ただ、強者との戦いを渇望するだけのただの他人だ…とでも言ってやればいいのか?

 

…そんなこと…言えるはずはない。




評価、感想ともにありがとうございます。


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闇の中へ


今年もよろしくねェ


『い、一体誰がこのような光景を予想できたで

ありましょうか!?今大会で優勝候補No.1と

言われた潰煉選手…戸愚呂選手にまったく手も足も出ておりません!』

 

怯えながらもきちんと実況はする…司会実況の

鑑だねェ。

 

「…こんなものかね?」

 

「グ…ヌ…!」

 

最初こそ余裕綽々といった潰煉であったが、みるみるうちに顔が青ざめていく。元が醜い怪物なのだから顔色も何もあったもんじゃあないが…

 

武術会決勝。

敗北も激戦もなく、誰も欠けることなくここまで来た。

決勝というだけあり、相手チームの強さも中々のもので、二勝二敗までもつれ込んだが…

 

「まだ力を隠してるんじゃあないのかね?

あるなら早く出したほうがいい…でなければ死ぬんだぞ?」

 

「キサマ…一体何をした!?三ヶ月前とは…まるで別人ではないか!」

 

別人なんだよ。

 

「生まれ変わって、その別人とやらになった…と言ったら信じるかね?」

 

「…何?」

 

「俺は…一度死んで生まれ変わったんだよ。」

 

「何をバカな…くだらぬ戯れ言をほざきおって…!」

 

「お前ももっと喋っておいたほうがいいんじゃあないのかね?地獄じゃ口が効けるとは限らないんだ…くだらぬ命乞いでもしてみたらどうかね?」

 

「何をしてる!早くとどめをさせ!」

 

仲間が急かすが…あいつ…負けたくせにどの口が

言いやがるんだよ。

 

「潰煉、お前は…蓋を開けてしまったんだ…

俺の中の潜在能力を解放する手助けをしちまったんだ…」

 

「ググ…」

 

「まったく、皮肉なモンだねェ…」

 

「キサマァァァァァ!!!」

 

 

咆哮虚しく、無情にも潰煉の首が

闘技場のリングの上に落ちる。

 

「ユ…ユルサン…」

 

どうやらまだ息があるようだ。

しぶといヤツだねェ…

 

ゆっくりと潰煉のもとへ歩み寄る。

 

感慨深さも何もない。

当然だ。

俺には何の関係もないのだから。

 

あるのは…ただの虚しさだけ。

 

「オ」

 

グシャリ…とイヤな音がした。

潰煉の首が潰れる音。

 

やはり貴様は何も喋らなくていい。

醜く死んでくれ。

 

静寂。

あれほど喧しかった殺せコールも

今は聞こえない。

 

「…実況、俺の勝利を宣言してくれないか?」

 

『…あ、失礼いたしました!勝者!戸愚呂選手!』

 

歓声も何もない勝者宣言ほど、虚しいものは

ないねェ…。

 

何はともあれ…仇は討ったぜ。

これで弟子達も…本物の戸愚呂も浮かばれるだろう…あいつは、まだ死んだかどうか定かではないが。

 

「よくやったな…弟よ。」

 

「あぁ…よくやった…よくやってくれた!」

 

皆一様に歓喜の表情を浮かべていた…幻海を除いて。

 

…何故そんな顔をするんだ?

 

「勝ったってのに…浮かない顔してるじゃないか。」

 

なるほど…それでか。

俺のせいでお前にそんな顔をさせちまったのか。

 

「帰ったらあいつらの墓に花でも添えてやりな。」

 

悪いが、それはできないんだよ…幻海。

 

 

 

 

「…お前達に言わなければならないことがある。」

 

「何だい?改まって…」

 

何か良くない予感を感じているのだろうか…幻海の表情は晴れぬままだ。

 

「お前達とはここまでだ。」

 

誰もが言葉を失っていた。

何を言っているのかわからないと言った表情だ。

 

「どういう…意味だ?」

 

「オレ達兄弟は、妖怪へと生まれ変わるのさ。

より強大な力を求めるためにな。」

 

俺のセリフ取んなやクソ兄者。

兄弟と強大をかけてるのか?

何もうまくねーんだよ。

それに、お前は完全に私欲のためだろうが。

 

「…ふざけるんじゃないよ!!」

 

案の定、幻海が激昂する。

 

「妖怪になって…何と戦うっていうんだい!?

潰煉は倒した…もうそれでいいじゃないか!」

 

「幻海…俺は強くなりたいんだ。死んでいった弟子達のためなんかじゃあない…ただ、単純に強さが欲しいんだ…そのためにはより長く生きられる妖怪の体が必要なんだ。」

 

「そんなのあたしがゆるさなっ…!!」

 

無言の腹パン。

すまない幻海…こうするしかなかったんだ。

 

「もう…俺なんかに構うな。」

 

「あたしは…」

 

先の言葉はなかった。

倒れた幻海を抱き抱え仲間のもとへ行く。

 

「…幻海を頼む。」

 

「本気なんだな…俺達の知るお前は…闇に墜ちてまで力を欲することなどしなかったはずだ…!」

 

「アンタ達の知る戸愚呂はもういないんだよ…申し訳ないがね。」

 

「…………」

 

「もう会うこともないだろう…お前達も達者でな。」

 

止まってなどいられない。

…進む先がたとえ闇であろうとも。

 

さらばだ、幻海。

次に会うその時まで。



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筋肉操作って案外難しい

新章開幕!


「同じ武道を志す者として、純粋にお主には敬意を抱いていたのだが…人から魔へ墜ちた今となっては見る影もない…ここで打ち倒してくれる!」

 

なんか、牙野みたいなヤツ来た。

…原作に出てくるんだよ、そういうキャラが。

マイナーなキャラなんだけど…あらゆる格闘技をマスター(笑)した武道家ってのが。一部の技が俺と被ってんだけどね。佇まいからして中々の使い手だと見てとれる。

俺に敬意を抱いていたのか何なのかは知らないが、どうやら俺のことが気にくわないらしい。

 

やれやれ、いかにもな正義ヅラ野郎か。

 

「口上は終わりかね?」

 

「あぁ…お主は何か言い残すことはないのか?」

 

おいおい、命まで獲る気かよ。

 

「何もないねェ…死ぬのはアンタなんだから。」

 

「よかろう…望むところ!」

 

 

コイツ相手には…

 

「…20%ってところか。」

 

「何?」

 

「…はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「む!?筋力も…妖力も…膨れ上がっていく…!?」

 

そんなに驚くことかね?

言ったろ?20%だって。

 

「ふぅ…」

 

 

 

…ミスった。

絶対に20%じゃない。

気合い入りすぎて30%ぐらいになっちまった。

いや、コントロールが難しいんだコレが。

いまだに慣れない。

ていうか、そもそも基準がわからん。

 

「これほどとは…これで5分の1の力だというのか…!?」

 

悪い、それはウソだ。

 

「どうした?来ないのかね?」

 

「く…おのれ!」

 

男が間合いを詰めてくる

独特な動き…それに、速い。

 

「くらえ!我が必殺奥ぎっ…!?」

 

「隙だらけだよ。」

 

…自分の技名を口にしなきゃならない決まりでもあるのかね?思わず殴っちまったわ。

 

知ってるか?圧倒的パワーの前では、どんな技も無力なんだぜ?

 

「…殺せ。」

 

やれやれ…気が進まないねェ。

妖怪ならまだしも人間だ。

さすがに気が引ける…

 

「ぐっ…!?」

 

「兄者!」

 

「何を躊躇している?」

 

と思っていたら兄者が手をくだしやがった。

 

「妖怪になっても甘さは抜けんな…お前は。」

 

余計な真似を…

 

「兄者は容赦がなさすぎる。」

 

「くくっ…オレは差別しない。赤子も子供も老人も女も邪魔するヤツはまとめてひねり潰すさ。」

 

兄者さぁ…やっぱ品性売ってるわコイツ。

戸愚呂(本物)…アンタ、よく我慢できたな。

 

「それにしても、退屈だな。」

 

それについては同感だ。

人間にしろ妖怪にしろちょいちょい俺達の命を狙う輩はいるが…だいたい20%(適当)で事足りる。

 

妖怪に転生してからそれなりに時間は経ったが、来るのはしょうもない連中ばかりである。

 

名を上げるために俺の命を狙う(潰煉を倒したことでだいぶ名が轟いてしまったらしい)者。さっきのアイツのように武道家の汚点である俺を許せない者。

 

大抵はそんなヤツラを相手にしたり、修行したりしている。妖怪に転生し、新たに手に入れた能力の筋肉操作。

 

…この筋肉操作…単純なように見えて実はかなり

繊細な能力なのだ。

 

まず、さっきも言ったが調整が難しい。

20%とか言って明らかにそれ以上とかザラにある。

それに、疲れる。当然のことなのだが%が上がるに比例して妖気を消耗する。これがすごい疲れるんですよ。

 

ちなみに、最高記録はだいたい60%。

ヘタレて80%にすらなれてません。

だって怖いじゃない。

 

そんなわけで戦う相手がいないんだもの

そりゃあB級妖怪止まりにもなりますわ。

 

原作じゃあ俺は霊界の中でB級妖怪ってことになってるらしい。上にはA級、さらに上にはS級なる妖怪がいるんだってさ。納得いかんよな?

 

憂さ晴らしに日課の組み手で必要以上に兄者を

ボコボコにしてやった。悪いとは微塵も思っていない。

 

最近、扱いが雑になっているのは自覚しているが、そのことについては何も言ってこないので気にもしない。

 

兄者は体を様々なものに変形させることができる武態という能力を持っている。変形する時の音がキモいと一度苦情を入れてやったのだが本人曰くどうにもならないことらしい。

 

話が脱線したが…ひとまずは自身の能力を完全に

モノにするところから始めなければ

いけないねェ。




評価してくれた皆様、本当にありがとうございます!もう感謝しかありません。


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鴉と武威


思ったよりもお気に入りが増えていて驚きました。
見切り発車なうえ、稚拙な文章ですがこれからもお付き合いいただけると嬉しいです。


「ふぅぅぅ…」

 

ここまで長かった。

ようやく能力の制御が効くようになった。

今なら5%単位での調整(コントロール)もお手の物である。

 

「お前もオレのような便利で応用の効く

能力なら良かったんだがな。」

 

は?俺の能力ディスってんの?

許さんぞ貴様。

 

「気味が悪いねェ…」

 

あちこち変形させながら喋らないで

ほしいんだが…

 

「そうか?オレは結構気に入っているん

だがな。」

 

わかったからやめてくれる?

トラウマになるわ。

 

「ところで…どうしてるだろうな…あいつは。」

 

「何の話だ?」

 

「幻海さ。お前も気になってるんじゃないのか?」

 

「…別に。」

 

「くくく…素直じゃないな。」

 

うるせぇ。

余計なお世話だよ。

 

「それにしてもいい女だったよなぁ…

勿体ないことをしたもんだ。」

 

挽き肉にすんぞお前。

 

「そう怒るな…冗談だよ。」

 

…弟もよくこんなのと長いこと一緒にいれたもんだよな…俺なんて何度バラバラにして魚のエサにしてやろうと思ったことかわからんっていうのに。

 

「!!」

 

と、そんなことを思っていたら…

とてつもなくドデカい気が近づいてくるのを

感じた。

 

「…兄者。」

 

「…あぁ、どうやら今までの連中とは違うようだな。」

 

今まで感じたことのないほどの…巨大で禍々しい妖気。しかも、それが二つ。

 

明らかにこちらへと近づいてくる。

通りすがり…というわけでもなさそうだ。

 

さて…鬼が出るか蛇が出るか…

 

 

 

現れたのはマスクをした長髪の男と

がっしりとした鎧を着込んだ男だった。

 

…見覚えのある二人。

間違いない…俺はこの二人を知っている。

 

…といっても、()()()で会うのは

初めてだが。

 

 

(からす)武威(ぶい)

 

 

後にチームを組み、戸愚呂チームとして

暗黒武術会でともに戦う仲間…いや、仲間というには少々語弊があるか…

 

そうか…誰かと思えばお前達か。

 

「何が可笑しい?」

 

鴉が不思議そうに尋ねてくる。

 

「いや、すまない…嬉しかったものでね…つい。」

 

だって、鴉と武威だぜ?

本物よ本物?

テンション上がるの不可避だろ。

 

「あぁ、自己紹介はいいよ。お前達のことは

よく知っているからねェ…」

 

「そうか、それは手間が省ける。」

 

「わざわざ談笑しに来たわけでもあるまい?やるなら早く始めちまいたいんだが…」

 

「話が早くて助かるよ。そう来なくては。」

 

「兄者。」

 

「あぁ。」

 

バキバキと音を立てながら兄者が剣へと変形する。毎度思うがその音何とかならない?

 

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ほう…!」

 

「…!!」

 

鴉と武威の表情が驚愕に染まる。

いや、武威はわからんかった。

60%…果たしてどこまでヤツらに通用するのか。

 

「なるほど、自らの妖気を自在にコントロールできるのか。」

 

「残念ながら、これしか能がないものでね…他に見せられるものは何もないよ。」

 

「いいのか?むざむざ話してしまって。ブラフというようなわけでもなさそうだが?」

 

「大した問題じゃあないさ。」

 

「面白い…噂の戸愚呂兄弟がどんなものか確かめさせてもらうぞ。」

 

…噂ね。

 

ガシャ…と大きな音がしたほうを見ると、今まで沈黙を貫いていた武威が鎧をはずすところだった。

 

「いいのかね?せっかくの鎧を…」

 

「…心配なら無用だ。オレの鎧は相手からの攻撃を防ぐためのものではないのでな。」

 

着けたままでは勝てないと判断したか。

鎧の下からは渋めのおじさまが姿を現した。

ウチのオカンが好きそうなタイプ。

 

…そういや、オカン元気かな…今さらだけど。

早々に死んじまうなんて悪いことしちまったな。

でも安心してくれ(?)今はマッチョな男に生まれ変わって頑張ってるよ。

 

「来るぞ!」

 

兄者の一言で我に返る。

…目の前に鴉が迫っていた。

 

「あ」

 

「もう遅い。」

 

轟音と衝撃。

並の人間や妖怪なら余裕で五体がコナゴナに吹き飛んでいることだろう。

 

「…無傷か。」

 

危なかった…兄者が盾に変形してくれなければ手痛いダメージを喰らっていただろう。

すまん…今回ばかりは助かった。

これからはほんのちょっとだけ優しくしてやるよ。

 

「間一髪だったぞ…お前ともあろう者が油断したか?」

 

だからごめんて。

もう油断はせんから。

 

「爆弾か。」

 

「…ご名答。オレ達のことを知っているというのはハッタリではないようだな。」

 

ごめん、違うのよ。

お前の能力は事前に予習済みなんだ。

不可抗力だから許してくれ。

 

「しかし、足元がお留守だな。」

 

「!」

 

どこかで聞いたような台詞。

同時に俺の両足が何かに固定された。

見ると、足に悪趣味なデザインの何かが

絡みついていた。

 

マズイ…爆弾…!

油断しないって数秒前に誓ったばかりだってのに…

 

地下爆弾(マッデイボム)

 

「ぐっ…!」

 

結構痛い。

…幸い動けないほどのダメージではないが。

機動力を削ぎにくるとは中々にエグいな(アイツ)

 

「どうする?別れて戦うか?」

 

分が悪いと判断したのか、兄者からそんな提案があった。

 

うん…最初からそうすれば良かったかも。

でも、今さら格好悪いしな…

 

「いや、大したことない…かすり傷だ。このままで問題はないよ。」

 

「ふっ、強がりもいつまで持つかな?」

 

やかましい。

懐に入っちまえばこっちのものなんだよ。

まずはお前だ鴉。

 

「むっ…」

 

よし、絶好の間合いだ。

ガードするしかない。

腕ごとぶち抜いて…

 

「オレを忘れていないか?」

 

武威!

何てタイミングで割り込んでくるんだお前は。

 

「きくねェ…」

 

殴られてふっ飛ぶなんて初めてだ。

さすがに強い。このままでは、ちと厳しいか…

 

「立ちあがったところ悪いが…囲まれているぞ。」

 

なんと、周囲に無数の爆弾がスタンバイ。

容赦ないねェ…

 

「…BANG!」

 

 

 

 

 

 

 

「く、くく…くっくっく。」

 

追い詰められているはずなのに、笑いが溢れる。

 

「恐怖のあまりおかしくなった…というわけではなさそうだな。」

 

「…何故だろうねェ…こんなに楽しくて愉快なのは。」

 

「今のお前は心底嬉しいのだろうな。死というものを実感させてくれる相手にめぐり会えて…退屈だったろう?だが安心しろ…それももう終わる。」

 

終わる?俺は死ぬのか?

 

「…いかないねェ。」

 

「何?」

 

「まだ死ぬワケにはいかないねェ。」

 

「強がりはよせ。」

 

「感謝するよ…アンタ達には…60%では失礼だったようだな。」

 

実戦に勝る修行はない…

まさにその通りだったな。

 

「ならば、見せてみろ。」

 

「…いいだろう…望み通り見せてやるよ…」

 

初めてだが、今がその時だ。

今まで無意識のうちになるのを恐れていたこの俺の…

 

 

「…80%の姿をなァッ!!」



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敗戦を糧に

 

筋肉が脈動する。

今までにない大きな力が沸き上がってくるのが

わかる。何人たりとも自分を脅かすことなど

できぬであろうという全能感が俺を支配する。

 

このような妖気を放てば霊界が黙っちゃいないだろうが、知ったことではない。今ならば誰にも

負ける気がしない。

 

…霊界特防隊とかに出て来られたらさすがに

困るけどな!

 

「バカな…さっきまでの妖気とはまるでケタが

違う…」

 

鴉も武威も驚愕こそすれ、戦意を喪失している

様子はなかった。

 

いいねェ…そうこなくては。

 

「お前達は強い。その強さに敬意を表して

今の俺が持てる最大限の力を以てお前達を

叩き潰そう。」

 

 

 

「ぐっ!」

 

武威が吹き飛んだ。

 

軽く拳を振るっただけなのだが、それが意図せず攻撃となったようだ。

 

なるほど…突き出す拳の風圧さえ武器になる…か。こいつはいい。能力の性質上、どうしても遠距離主体の相手には遅れを取りがちだと危惧していたが…その問題も霧散した。

 

…こうなると、兄者がジャマだが。

 

しかし、こんな簡単なことも忘れていたとは。

自らの記憶力には、ほとほと呆れる。

 

「さて、次はお前だ。」

 

さっきよりも強く拳を振るう。

 

「くっ!」

 

かろうじて避けられたが、本命は次だ。

 

「一瞬で間合いに…!」

 

「歯を食いしばったほうがいいぞ…!」

 

渾身の一撃が鴉にクリーンヒットした。

しまった…少し、力を入れすぎたか。

…死んで…ないよな?

 

心配は無用だったようで、鴉はゆらりと

立ちあがった。

あれを喰らって起き上がれるとは…

中々にタフだな。

 

そして、武威もまた立ちあがり…

 

「む…」

 

武威の妖気が上昇していく。

そして、上昇していく妖気は次第に目に見えるほど巨大なものとなり、武威の体を覆った。

 

あれは…武装闘気(バトルオーラ)というヤツか。

いよいよ本気というわけだ。

 

 

 

「効いたよ…いや、むしろ心地良い痛み

というべきか…」

 

なんだ…(コイツ)

ドがつくマゾなのか?

完全にヤバいヤツやん。

 

「!」

 

マスクがはずれている。

…これってヤバいんじゃなかったか。

 

「久しぶりに全力で()れそうだ。」

 

その言葉を引き金に鴉の妖気が爆発的に増大していく。

次いで髪の色も変色した。

コイツも…いよいよ全開か!

 

「感謝するぞ…戸愚呂…とても有意義で甘美な時間だった。終わらせるのが惜しいぐらいにな!」

 

 

 

「あれは…ヤバいな。」

 

「あぁ…兄者は一応盾に変形しておいたほうがいいかもしれんな。」

 

この妖気…辺り一帯ぶっ飛ばすつもりかよ。

あいつめ…武威がいるってこと忘れてないか?

 

「いくぞっ!」

 

来る…最大火力の爆撃が。

 

 

 

今までよりも何倍、何十倍もの規模の大爆発。

木々は消し飛び、辺りには煙が立ち込めていた。

爆発の規模は言わずもがなだ。

 

「バカな…」

 

鴉が絶句する。

 

「少しばかりヒヤリとしたよ。大したもんだ。」

 

見た目こそ俺の体は殆ど損傷はないが、そこそこのダメージは負っていた。

 

「もう殆ど妖気も残っていないだろう。お前の言った通り、終わらせるには惜しいが…残念ながら終わりだ。」

 

羽根をもがれた鴉は宙を舞った後、地に倒れ伏した。

 

「…アンタ(武威)はまだやるかね?」

 

「当然だ…オレはまだ負けていない。」

 

俺との力の差はもうわかったはずだ。

それなのに、まだ諦めないとは…

 

「見上げた闘志だ。心から尊敬するよ。

いいだろう…来い!」

 

「ぬおぉぉぉぉぉっ!」

 

良い攻撃だ。体の芯に響く。

このまま殴られ続けるとさすがにまずいな。

 

「うおぉっ!」

 

「悪いね…今度はこっちの番だ。」

 

「がはっ…!」

 

 

 

 

 

「…オレ達の負けだ。」

 

「…とどめをさせ。」

 

両者とも虫の息だが、まだ生きている。

 

「いや、殺しはせんよ…」

 

「なんだと…!?ふざけるな…!」

 

武威が怒鳴る。

お前まだそんな元気あったのかい。

 

「ここでオレ達を殺さないと…いずれまた

お前達を殺しにいくぞ。」

 

今度は鴉が静かに言い放つ。

 

「構わんさ。その時はその時だ。」

 

まぁ、命乞いをしようものなら迷わず殺していたが。

 

「お前達はまだ強くなる。死ぬのはその時でも遅くはないんじゃないのかね?」

 

「ふ…完敗だ…清々しいほどのな。」

 

そう言う鴉の表情はどこか満足げであった。

 

「また()ろう。いつでも相手になるよ。敗戦を糧に…せいぜい強くなることだ。」

 

「…待っていろ、戸愚呂。」

 

武威も納得したようだ。

 

「あぁ、待っている。お前達がまた俺の目の前に現れる日まで…俺は強く在り続けるよ。」




この二人兄者よりずっと強い気がするけど…気のせいかな?


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左京という男

 

「妖怪達の中でも比類なき強さを持つ存在…君達の噂は私の耳にも届いていたよ、戸愚呂兄弟。」

 

目の前の男は告げる。

 

「お褒めにあずかり光栄ですと言いたいところですが、そんな大それた存在じゃあありませんよ…

俺はね。」

 

「随分と謙虚だな…吸ってもいいかね?」

 

「どうぞ。」

 

今の俺はB(ブラック)B(ブック)C(クラブ)と呼ばれる組織にいる。簡単に言えば妖怪を捕らえ、それを高額で売っ払う外道組織である。俺の仕事は要人の警護と売買する用の妖怪を捕らえることだ。

 

さすがに…その日暮らしのニート生活にも限界はある…それに、目の前にいるこの男とも出会う必要があった。そのためにも社会との繋がりを持っておく必要があったのだ。

 

社会は社会でも、裏のだが…

 

顔に傷を持つ長髪の男。

妖怪売買のスペシャリストとして台頭したと言われている男。人間の狂気という狂気を詰め込んだ…そんな目をしていた。俺はこの男を知っている…ずっと、ずっと前から。

 

「ふーっ…退屈だとは思わないかね?」

 

「今の世の中がですか?」

 

「あぁ。」

 

「それはもう…あなたが生まれるずっと前から思っていたことですよ。」

 

満足のいく答えだったのか、男はひとしきり笑った。

 

「理不尽だとは思わないかね?強大な力を持った者ほど不自由になる矛盾…戸愚呂、君も強大な力を持つがゆえの虚無感に苛まれているのではないか?」

 

「まったくもってその通りです…と言いたいところなんですがねェ…」

 

それは違う。

これから起こるであろうイベントのことを考えると夜も眠れないくらいだ。血が騒いで仕方がない。

 

妖怪に転生して数十年。

本当に長かった。

鴉や武威のように楽しませてくれるようなヤツらもいないわけではなかったが…殆どが何の面白みもない日々だった。

 

だが、その時は確実に近づきつつあるのだと実感することができた。

 

今日この男に…()()()()()()に出会って。

 

「やはり、()()()()()繋がりは作っておいて正解でしたねェ…左京さん…あなたという人に出会うことができたんだ。」

 

「私はそんな価値のある人間ではないさ。」

 

「価値はなくとも…野望はあるんでしょう?

あなたはとてつもなくドデカイ野望を持っているはずだ。」

 

「ふ…驚いたな…。」

 

そう言うわりに、微塵も表情は変わっていない。

 

「それは、君の勘というヤツかね?」

 

「いいえ、確信ですよ。あなたのような狂人が何の野望も抱かずに生きていけるわけがないのでね。腹の底では何かエグいことを考えているんじゃないですか?」

 

「く…くくく…狂人か…確かにその通りだな。」

 

何をわろとんねん。

 

「戸愚呂…君はもっと強い者と戦ってみたいと思ったことはないかね?」

 

「もちろん、ありますよ。」

 

「それが叶うとしたら?」

 

「嬉しい限りですね。」

 

「…魔界というところには、私も君も知らないような強大な連中がうようよといるそうだ…もしもそんな連中がこの人間の住む世界に来たらどうなるか?考えただけでも心が踊らないかね?」

 

「それは…俺の望む世界そのものですね。」

 

「…戸愚呂、君も人のことは言えないな。私からすれば君も立派な狂人だよ。」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょうか。」

 

「混沌こそがこの世の真理だ。まやかしの平穏ほどつまらぬものはない。」

 

「えぇ、同感ですね。」

 

「気が合うな…どうかね?私の下で働いてみる気はないか?私の野望の一端を担ってはみないかね?」

 

「困りますな左京さん…そんなつもりで戸愚呂を

アンタに紹介したわけじゃないんだ…戸愚呂は私の…」

 

何やらうるさいハエがいたが、首を落としたらすぐに何も言わなくなった。

 

「失礼、ハエが鬱陶しかったもので。」

 

「構わんよ。」

 

左京の目的は穴を開けること。

魔界と人間界をつなぐ界境トンネルと呼ばれるものを意図的に開き、魔界に住む妖怪達をこちらの世界へ呼び出すこと。そして人間界を混沌とした百鬼夜行の世界へと変えること。

 

究極のエンターテイメントだな。

 

そのエンターテイメントのためならば、左京にとっては自身の命などゴミのようなもの。たとえ、跋扈する妖怪に命を奪われようとも本望。こいつはそんなような男なのだ。

 

子供ながらにこの男には戦慄した記憶がある。何か、説明できないような異質な何かを感じていた。

 

どんな人間よりも、どんな妖怪よりも恐ろしい。

純粋にそう思わせられた。

それが、()()()()()だというのだから…余計にその恐ろしさが際立つというものだ。

 

「素晴らしい出会いを祝して…乾杯でもするかね?」

 

「すみませんね…下戸なもので…酒はダメなんですよ。」

 

「そうか…それは残念だ。」

 

それが…俺と左京という男との出会いだった。



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強い妖戦士田中


題名からもわかる通り、知っている人は知っているあの男の話です。


あれはいつのことだったか──

俺に戦いを挑んできた、とある一人の男がいた。

 

今まで数多くの敵と戦ってきたが、記憶に残っている戦いというのは少ない。その中でもソイツは

()()()()印象に残っている。

 

 

 

その男は強い妖戦士田中と名乗った。

名前に関してはツッコんだら負けだと思った。 

 

…詳しい説明は省くが、原作を読んだ者ならば

きっと聞いたことのある名前だろう…たぶん。

 

これは無謀にも俺に勝負を挑んだ…強い妖戦士

田中の話である。

 

いや、勝負を挑んだというのも甚だ疑問ではあるが…

 

 

 

 

「戸愚呂だな?」

 

「あぁ、そうだが。」

 

見た目は若い男だった。

 

何をしに来たのか、何の用があってきたのかは

一目瞭然だった。

 

「おっと、自己紹介が遅れたな…オレの名は…」

 

ちょっと待て?コイツまさか…

 

「強い妖戦士田中だ!」

 

…あぁ、まだ()()じゃないんだった。

 

今目の前にいる男、後に暗黒武術会に出場するで

あろう(うつく)しい魔闘家(まとうか)鈴木本人で間違いない。

 

ここでの説明は割愛するが、とりあえずコイツは

全国の田中さんと鈴木さんに謝ったほうがいい。

 

「早い話が勝負を挑みにきたってことでいいかね?」

 

「察しがいいな。その通りだ!」

 

そりゃあ、それだけ妖気を放っていればね。

妖気といっても微弱なものだが。

 

「しかし、どれほどのものかと思ったが拍子抜けだな。今のキサマからはまったくといっていいほど妖気を感じん。」

 

「…………」

 

「ふっ…声も出ないか。まぁ、無理もない…今お前は自らの不運を呪っているのだろう。このオレが

お前の目の前に現れてしまった不運をな!」

 

…何を言ってんだコイツは。

 

「といっても、このオレに敗北することは恥ではない!」

 

いや、恥だよ。

一生の恥。

人生最大の汚点だよ。

墓の中まで持っていくレベルの。

 

「お前を倒すことでオレの名はさらに轟く!この強い妖戦士田中の伝説の一部となってもらおうか!」

 

いい加減吹き出しそうになるからやめろ。

 

「哀れだねェ…」

 

「…何だと?」

 

「その伝説とやらも今日で終わりかと思うと、不憫でならないよ…」

 

「なるほど…負けるつもりは毛頭ないということか。」

 

「ないね。実力の違いもわからない愚か者に負けるなんてのは、たとえ天地がひっくり返ってもありえないことだ。」

 

「ほざけ!減らず口を叩くのはこれを見てからにしろ!」

 

減らず口とかお前が言うなって話なんだが…

とにもかくにも何が怒りに触れたのか強い妖戦士田中は…もう普通に田中でいいや…田中は妖気を解放し始めた。

 

「はははは!どうだ!?あまりの恐怖に声も出まい!」

 

確かに声も出ない。

 

…あまりの弱さに。

 

弱すぎる。

よくこれで勝負を挑んできたものだと感心する。

 

「悪いことは言わない、早く帰れと言いたいところだが…素直に聞くようなタマじゃないよねェ…アンタも。」

 

「心配するな、命までは取らん。お前はただオレの伝説を広めてくれればそれでいい。」

 

「はぁ…仕方ないねェ。」

 

コイツと話をしていると頭が痛くなる。

いい加減黙らせようか。

 

渋々ながらも上着を脱ぎ捨てる。

 

「ようやく戦闘態勢か。」

 

()()になればいいがね。」

 

「この期に及んでま…だ…!?」

 

「はあぁぁ!!」

 

「は…!?」

 

コイツ相手じゃ30%でも勿体ないぐらいだな。

獅子は兎を狩るにも全力を尽くすとよく言われているが、俺には真似できそうにもない。

 

「なんだ!?なんなんだこれは!?こ、このとてつもない妖気は…」

 

とてつもない妖気?

 

「やれやれ、これでもまだ30%といったところなんだが…」

 

「さ…さんじゅっぱーせんと…!?」

 

だが、この男の戦意をへし折るには十分だったようだ。

 

「…あ、あ…」

 

「さて…」

 

「あ…あひっ…!ま、待ってくれ!助けてくれ!い、命だけは…頼む!」

 

うわぁ…土下座しやがったよコイツ…

その速度たるや、俺が目で追えないレベルだった。

 

やっぱり命乞いはするんだな。

 

しかし、運がいい。

兄者がこの場にいたら確実に死んでいただろう。

 

「見苦しいことこの上ないねェ…戦士としてのプライドはどこかに置いてきちまったのかね?」

 

「………!」

 

「ヘタレマッドピエロに改名したほうがいいんじゃないかね?」

 

お似合いだ。

いや、マッドピエロはダメだ。

あれは名曲だからな。

 

 

 

…でもこの男はまだ本当の意味では折れては

いないんだよな。

 

後にチームを率いて武術会に参加していることからもわかるとおり…まぁ、幻海にボコボコにされるわけだけど…この世界(ここ)ではそうならないことを祈ろう…そうなるだろうけど。

 

「お前の中にもまだ可能性は残っている。」

 

「…なに?」

 

「もしかしたら、俺を越える日が来るかもしれん。」

 

「ふっ…何をバカな…」

 

「せいぜい頑張ることだね。その伝説とやらが本物になる日を楽しみにしているよ。」

 

「…完敗だ。だが、待っていろ戸愚呂。いつの日か必ずお前の足元を掬ってやる!」

 

やはり、命を奪わないで正解だった。

 

腐らず頑張れば大抵のことは何とかなる。

 

遠い昔に誰かに言われた言葉がふと頭をよぎった。

 




ちなみに彼は後に武道家として大成します。
…するはずです。


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待ち望んだ男

 

死者は戻っては来ない。

それは誰もが知っていること。

けれど、魂の行き着く先は誰も知らない。

 

遥か昔から、遠い未来まで──

それは変わることはないだろう。

 

墓の前で手を合わせる。

 

「…誰が泣くかってんだよ。」

 

自分が死んでも泣くな。

以前そんなことを言った人物に向けて嫌味ったらしくそう言ってやった…聞こえているのかどうかはわからないが。

 

お墓の前で泣かないでください…とかいうそんな歌なかったっけ…ないか。

 

「元気でやってんのかね?」

 

どこにいるのか…それもわからないけど。

そもそも、元気でっていうのもおかしな話か。

 

「俺は泣かないからさ…」

 

いつかはわからないその時まで…俺は精一杯生きてみるからさ…だから…

 

「アンタも達者でな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部下を持つというのは以前の俺ならば

考えられないことだった。

自分自身、誰かの上に立つような人間(今は妖怪だが)だとは思っていないし、そういうガラでもない。俺のどこに惚れ込んだのかはわからないが

近頃はそういった連中が増えつつあった。

自分を慕ってくれているのだから悪い気はしないのだが…

 

「戸愚呂様!」

 

「お疲れ様です!」

 

全員が一様にこんな感じなのだ。

むず痒いったらありゃしない。

 

慣れていないんだよこういうのは。

そもそも部下にしてほしいっていうのも断ってはいるんだが…こう見えて押しには弱いもんで…気づいたら何十人をも越える大所帯となっていた。

 

正直言って全員を詳しく把握しているかと言われると怪しいところなのだが…皆、純粋に俺を慕ってくれているというのはわかる。だから、邪険にしたりはしない。

 

そんな部下達は様々な情報を俺にくれたりもする。

その情報の中に気になるものが一つあった。

 

朱雀(すざく)が倒された?」

 

朱雀といえば四聖獣(しせいじゅう)と呼ばれる妖怪達のリーダーでそこそこ知名度のある妖怪…だったのだが…まさか…

 

「えぇ、何でもやったのは一人の人間の少年だそうで…」

 

やはり、そのまさかか…!

 

「…そいつはウラメシとかいう名前じゃないかね?」

 

「いえ、名前まではわかりませんが…何でも最近

霊界に雇われたとか…他にも、奥義破りを専門とする妖怪の乱童(らんどう)を倒したのもその少年だとか。」

 

「…そうか。」

 

乱童と朱雀を倒した少年。

十中八九間違いない…

()()だ。

 

霊界探偵の浦飯幽助(うらめしゆうすけ)

誰もが知る物語の主人公だ。

 

…嬉しいねェ。

ずっと待っていた。

 

お前が俺の目の前に現れるのも…そう遠くはないのだな。

無論、それまでお前が生きていればの話だが。

その前に死ぬようなそんなヤワな男ではないだろう。

 

「ずいぶんと嬉しそうだな。」

 

「ん?」

 

珍しく兄者が話しかけてきた。

 

「お前がそんな風に感情を表に出すことなど、数十年はなかったことだ…ただの人間の小僧がそんなに気になるのか?」

 

「あぁ、まぁ…」

 

「オレ達の脅威になるとはとても思えないがな。」

 

「今は…ね。」

 

それにただの人間ならそうだが、あいにくとヤツはそうじゃない。

 

なんせ、()()()()()じゃあないんだから。

…何より主人公だし。

 

「くっくっく…」

 

何はともあれ、久しぶりに気持ちが昂る。

ついに、戦えるのだから。

ずっとずっと待ち望んでいた相手と。

 

 

浦飯幽助と戸愚呂。

暗黒武術会の決勝戦で文字通り死力を尽くし戦った二人。

どちらも限界以上の力を出しきった壮絶な戦い。

 

その戦いに戸愚呂は敗れた。

限界を越えたがゆえに──

 

仲間も誇りも…何もかもを捨て、強さを追い求め続けた男の最期は…どこか嬉しそうでもあった。

 

だが、そうなるはずだった未来はもうどこにもない。

 

…俺が辿るのは一体どんな道筋なのだろう。

 



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氷女の少女

 

とある山奥の豪邸とも呼べる大きな建物。

その一室の中に一人の少女がいた。

 

見た目は人間の少女と何ら遜色はない…のだが

目の前の彼女はれっきとした妖怪である。

 

雪菜(ゆきな)という氷女(こおりめ)と呼ばれる種族の少女。

 

本来は氷河の国と呼ばれる場所で静かに暮らしているはずであり、人間界にいることはないのだが…

 

「やぁ…初めまして。」

 

「……………」

 

応答はない。

それどころかこちらと目を合わせようともしない。

 

最初の挨拶はどうやら失敗してしまったようだ。

 

何も映してはいない瞳。

文字通り、氷のような冷徹な瞳が印象的だった。

 

軽く頬を叩いてみるがまったくといっていいほど

表情は変わらない。

 

「無駄じゃ…痛みに関することはここ数年やりつくしておる。」

 

サラッととんでもないことを言ったのは垂金権造(たるかねごんぞう)という男。

 

彼女をここへ閉じ込めた張本人である。

 

簡単に紹介すると悪どい商売をいっぱいしてきた

ものすごーく悪い人。一言で言うとドがつくほどの外道。

 

「酷いことをするもんですなァ…。」

 

「ふん、化け物などに同情するだけ無駄なことじゃよ。」

 

俺から言わせれば、お前さんのほうがよっぽどの

化け物なんだがね。

 

「あなた達に従う気はありません…出ていってください…」

 

氷女の少女、雪菜がここに来て初めて言葉を発した。威圧的な口調。やっぱり嫌われてるな。

 

「どうやらお遊び相手が来たみたいだねェ…」

 

「…あっ!」

 

間の悪いことにこの場には似つかわしくない数羽のかわいらしい小鳥がパタパタと羽音をたててやって来た。

 

「きちゃダメ!!」

 

氷女の必死の制止もむなしく、何も知らぬ小鳥達はあっという間に兄者の手中へとおさまった。

 

「ひひひひ…」

 

「兄者、殺すなよ。」

 

「お願い!やめて!」

 

「…さて、お嬢ちゃん。ここで一つ問題だ…この小鳥達を無傷で解放してやる方法が一つだけある。何だかわかるかね…?」

 

「…言う通りにします…だから…お願い…その子達を放して…」

 

彼女の大粒の涙が形となり、床へと転がった。

 

氷女という種族はその身から美しい宝石を生み出すことができる。

 

宝石とは氷女の涙のこと。

 

その宝石は氷泪石(ひるいせき)と呼ばれ、数億…数十億の値で

取引されるほどの価値がある。

 

そして、それこそが彼女が囚われている最大の理由でもある。

 

俺はそんな彼女に涙を流させるために、垂金権造の所有するこの別荘へとやって来ていた。

 

「兄者、放してやれ。」

 

「ちっ…」

 

ちなみに小鳥は解放してやった。

動物は大切にしないとね。

 

それにしても、あれが氷泪石。

魔性の石とでも呼ぶべきか…輝くそれは吸い込まれそうな光を放っていた。

 

「ひひ!ひひひひ!出た!出たぞい!またこれで大金が転がり込むわ!」

 

それが汚い人間(ブタ)の手に渡るというのは何とも皮肉なものだが…

 

「さぁ競売の電話じゃ!」

 

人間の皮を被った悪魔だな…あれは。

と、そんなヤツに加担している俺も人のことは言えないか…悪く思わんでくれよ、雪菜さん。

 

「…泣ける映画でも流せればいいんだが…あの男にそんな配慮はないだろうし…ま、かわいい小鳥さん達のためにもいつでも泣けるように練習はしておくんだね。」

 

泣き続ける彼女を尻目に部屋を立ち去る。

…氷泪石はまだ落ちていたが、無視した。

 

 

 

 

「何…?侵入者じゃと?」

 

上機嫌だった垂金の顔が歪む。

 

侵入者…まさかここまで自分の思い通りに事が運ぶとは…もはや笑えてくる。

 

頭の中で何度も思い描いていたことが現実になりつつある。

 

賊は間違いなく()()だろう。

 

だとすると、外に警備についてる部下では荷が重すぎるか…まいったな…彼らにも相応の愛着はあったんだが…全員やられちまうだろうな…

 

悲しいが、それよりも今の俺は身の内から溢れ出る歓喜を抑えるのに必死だった。

 

「やはり来たか…!」

 

浦飯幽助(うらめしゆうすけ)…そして、桑原和真(くわばらかずま)

 

ここまで来たからには、きっちり俺の元までたどり着いてくれよ?

 




誤字があったらすみません。
報告してくれたら嬉しいです。


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二人の侵入者

 

「む…!」

 

部下の蛭江(ひるえ)の妖気が消えた。

 

やはりダメだったか…

だが、蛭江…お前はよく戦ったよ。

 

「どうした?」

 

「部下がやられちまったようで…どうやら侵入者はかなりの手練れのようです。」

 

「何ィ!?」

 

垂金の顔色が一瞬にして変わる。

 

「おい!どうなっとる!?お前の部下はそんなに

弱いのか!?」

 

部下は決して弱くはない。

彼らのほうが強すぎるのだ。

 

霊的な素質があるとはいえ、彼らはこの間までは

一介の中学生。はっきり言って異常な戦闘センスと成長速度だねェ。

 

「…心配は無用ですよ。」

 

「いいや!今一つ信用できんな!」

 

コイツ…人の部下を侮辱するばかりか雇っておいて信用できませんってか…

 

「では、どうすれば信用してもらえます?」

 

「お前のことを少々試させてもらう…こっちじゃ、ついて来い。」

 

 

 

連れていかれたのは薄暗い地下にあるだだっ広い

部屋だった。

 

「まるで見世物小屋だ…」

 

そこら中が檻という檻で埋め尽くされており、その檻の中には見たこともない生物達が入れられていた。

 

「見事なものじゃろ?ワシの自慢のコレクション達じゃ。」

 

「グルルルルル…」

 

そして、その中でも一際異形な生物が一匹いた。

 

見た目は猫を何倍もデカくして凶悪なツラにさせたような化物。背中からは隆起した瘤のようなものがいくつも生えている。

 

檻ではなく大きな飼育小屋のような部屋に入れられているあたり、垂金のお気に入りなのだろう。

 

「最近中東から入手したヘレンちゃんじゃ。」

 

出たよ…いたねェ、こんなのも。

戸愚呂()の当て馬にされるためだけに出てきた不憫な子。

 

確か異常な遺伝子操作が生んだ芸術品…だったか?

 

動物はあまり殺したくはないが…コイツは生かしておいても碌なことにはならんだろうから今回もきっちりと死んでもらうか。

 

「どうじゃ?コイツを倒す自信はあるか?」

 

「いいんですか?自慢のペットが肉塊になっちまっても…」

 

「な、ま、待て!まさかやる気か!?」

 

自分から言い出しておいて何を狼狽えてるんだよ。

お前には、俺の大事な部下を侮辱してくれたお礼として大事なコレクションを一つ失ってもらおうじゃないか。

 

「久しぶりに戦うかもしれないんでねェ…

ウォーミングアップぐらいはしておきたかったんですよ。」

 

扉を開け、中へと入る。

中には餌食になったであろう生物達の骨がいくつも散見された。

 

「お、おい!待たんか!」

 

「心配しなさんなって。」

 

 

対峙してみると…なるほど、思いのほかデカイ。

俺の3倍以上の体躯はありそうだ。

 

「ガァァァァ…!」

 

獲物の匂いにつられたか早速ヘレンちゃん(どうでもいいがもしかして雌?)がこちらへやって来る。

 

こんな何もない中で退屈だっただろう?

俺が少しばかり遊んでやるよ。

 

俺の記憶が正しければ、原作だとコイツを倒した

形態は…30%だったかな?

 

作中で戸愚呂が発した台詞の通り、確かに20%でもやれなくはなさそうだが…何せ久しぶりの実戦だからな。

 

「30%で相手をしてやろう。」

 

「むぅ!?」

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁ…!!」

 

俺の唯一無二の筋肉操作にも弱点はある。

 

 

 

いちいち上着を脱がなきゃならないことだ…

 

「な、なんじゃ!?筋肉がみるみるうちに…!」

 

…くだらない冗談はさておいて、目の前の相手に

集中しようか。

 

「ゴァァァァァァ!!」

 

「ほぉ…」

 

30%の俺にも怯むことなく向かってくるか。

 

「ガァッ!?」

 

と言っても、獣に俺の強さが理解できるわけもないだろうから当たり前の話なんだが。

 

「冥土の土産に教えてやるよ…」

 

拳に力を込める。

 

「強さってモノをなァ…!」

 

「ッ…!!」

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

良いウォーミングアップになった。

 

ヘレンちゃんはすでにその動きを止めていた。

見事な一発K・O。

少しやりすぎちまったかな。

 

「……ふ…」

 

「悪く思わんでくださいよ、垂金さん。」

 

「ふ…ふははははは!やるではないか!素晴らしい!」

 

微塵も気にしてないのかよ。

こっちは多少心が痛んだってのに…

 

「信用してもらえたようで何よりです。」

 

こんなのに信用されても1ミリも嬉しくないけど。

 

 

 

「坂下!至急電話じゃ!」

 

「は…どちらへ?競売の連絡なら先ほどいたしましたが…」

 

 

 

(ブラック)(ブック)(クラブ)の連中にじゃ!」

 

あー…垂金権造氏、今回もまた無事に破滅ルートへと突入…と。

 

人ってのは同じ過ちを繰り返すものなのね…。

 

「賭けを行うのでございますね…!」

 

「賭けですか…さしずめ、闇ブローカー対二人の侵入者…といったところでしょうか。」

 

やめといたほうがいいと思うけどね俺は。

 

「そうじゃ!ヤツラから金をせしめるこのチャンスを逃す手はないわ!ふひゃひゃひゃひゃ!」

 

これは面白いショーが見られそうだ。

 

 

 

 

…垂金の破滅的な意味で。




ひひひひ破滅じゃ破滅じゃ


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対峙

 

B・B・Cのメンバーが集まるのにそう時間はかからなかった。メンバーの中には左京さんの姿も…

そして、俺の横では垂金が賭けの詳細について

説明をしている…自らの破滅への導火線に火をつけているとは夢にも思わずに…

 

賭けの図式は侵入者二人対闇ブローカーの妖怪衆。

勝った者には賭けた額の倍の金額が支払われる。

当然ながら、闇ブローカー側が圧倒的優位なのは

一目瞭然である…が、それが罠。

 

侵入者の詳細(スペック)など知りもしないメンバー達は

まんまと闇ブローカー側に大金を賭けていた。

 

 

 

「侵入者二人に100億…!」

 

ただ一人(左京)を除いては…

 

 

 

「ぬ…!!」

 

あからさまに垂金の顔色が変わる。

100億の倍は200億。

いきなりブッ飛んでるねェ…

アンタのそういうところ、俺は好きよ。

 

「む!!」

 

「ど、どうした!?」

 

しかし、あの二人、まったく容赦がない。

 

バタバタと部下達の妖気が消えていく…彼らには相応に思い入れがあっただけにショックは隠しきれない。

 

 

 

「…全員、やられちまったようです。」

 

「フ、私の勝ちのようだね。100億の倍は…

200億か。いきなり大損失じゃありませんか

垂金さん。」

 

「な、なに…まだまだこれからですじゃ…」

 

そう、地獄はまだまだこれからよ。

 

 

 

 

「…さぁ、賭けを続けましょう。」

 

動揺を隠しきれぬまま垂金が先を進める。

 

 

「戸愚呂、ヤツラを呼んでくれ。」

 

「はい。」

 

パチンと指を鳴らす合図とともに3つの影が音もなく現れた。

 

「闇ブローカー三鬼衆…ここに。」

 

魅由鬼(みゆき)隠魔鬼(いんまき)獄門鬼(ごくもんき)…彼らは今までの部下達とは一味違います。」

 

「おぉ…!闇ブローカーの中でも精鋭中の精鋭と言われる…こりゃあ、さすがの彼らにも勝ち目はあるまい!」

 

「勝った方には賭けた3倍の額をお渡しします。」

 

秘書の坂下君だっけ…今からでも遅くはないから

お前は早く転職したほうがいいよ。

 

「闇ブローカーに4億!」

 

「ワシもじゃ、4億!」

 

「ワシは5億!闇ブローカーに!」

 

ジジイ共が白熱しているが残念。

三鬼衆でも彼らの進撃は止められないだろう。

三鬼衆の個々の実力は朱雀や乱童には及ばない…

全員で一斉にかかればあるいはなんとかなるかもしれないが…

 

 

 

 

「侵入者が勝つ方に200億…!」

 

そんな中空気を読まない男が一人…そう、他でもない左京である。

 

「えっ?」

 

思わずえっ?って言っちまったよ…

左京さん、自重しないなぁ…おかげで垂顔の顔が

凄まじいことになっちゃってますよ。

 

「構わん。全力をもって侵入者を排除しろ…行け。」

 

「「「はっ!」」」

 

 

 

 

数分後。

 

「見てっか垂金!百匹でも千匹でも連れてこいってんだボケ!」

 

魅由鬼を倒した侵入者二人の姿が監視カメラに映し出されていた。

 

「バカな!ど、どうなっとるんじゃ戸愚呂…!」

 

「やるじゃないか…」

 

ここに来るのも時間の問題だねェ…

 

「な、なにを笑っとるんじゃ!!」

 

「まぁ、そう慌てなさんな…垂金さん。」

 

さぁ、早く来い。

 

 

 

 

「ピース!あと一人!」

 

続く隠魔鬼もあえなく返り討ち。

 

「垂金さん、顔色が悪いんじゃあないか?まさかやめるだなんてことは…」

 

「は、はは…まさか。」

 

顔面蒼白とはまさにこのこと。

 

 

 

 

 

「垂金ェ!今から行くから茶ァ用意して待ってやがれ!」

 

最後の砦獄門鬼も撃沈。

ていうか、コイツ原作でも瞬殺されてたよな…。

今は自分の部下だからあまり悪く言いたかないが…

 

「600億…ありがたく頂戴しますよ。」

 

「ぬ…うぅ…!!」

 

もはや、後には退けなくなったな垂金。

そして次が生涯最期の賭け。

 

「…最後の賭けは侵入者対闇ブローカー戸愚呂兄弟!左京さん、どちらにいくら賭けますかな…?」

 

「ふーっ…」

 

左京さんが吸っていたタバコの煙を吐く。

 

…さぁ、来るぞ。

左京さん、一発かましてやってくれよ。

アンタなら期待を…

 

「…66兆2000億…」

 

「…は?な…なに…?」

 

 

 

 

 

「 侵入者が勝つ方に66兆2000億円…!! 」

 

 

 

 

 

…裏切らなかった。

左京!こいつは狂っとる!

 

「垂金さん、持ちかけた賭けは最後までやるのがB・B・Cの掟。」

 

「掟は守らなければなりませんなぁ…」

 

「ふふふ…まぁ、ワシらは高見の見物とさせていただきますよ。」

 

お前嫌われてるだろ絶対。

 

「……わ、わかった!のってやる!66兆2000億円!戸愚呂兄弟に賭けるぞい!」

 

帰るって言ったらどんな顔すんだろなコイツ。

 

「た、頼んだぞ…戸愚呂!もうお前しか残ってはおらんのじゃ…!!」

 

「ご安心を。万に一つもありゃあしませんよ。」

 

 

 

アンタが助かる可能性はね。

 

 

準備は万端。

さぁ、いつでも来い。

 

「あそこか!」

 

彼らの声が、足音がすぐそこまで迫ってきている。

そして…

 

「いたぞ!雪菜さんだ!」

 

「そんで…あいつが最後の敵ってわけか…」

 

 

 

 

「やぁ…よく来たね。」



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決戦開始

 

「やぁ…よく来たね。」

 

どれほどこの瞬間を待ちわびたことか…

 

発する霊気こそまだまだ微弱なものだが…中々の

逸材達だ。この目ではっきりと見たからこそわかる。

 

物語の中でも主要な人物のこの二人。

…生で見れて感動…と言いたいところだが、彼らにとって俺は敵である。ゆっくり談笑というわけにもいくまい。

 

「けっ!ちっとも妖気を感じねー!とんだハッタリ野郎だぜ!」

 

「いや…うまくは言えねーが…あいつは何だか得体の知れねェ感じがする…油断しないほうがいいぜ!」

 

桑原の発した言葉を浦飯が即座に否定する。

俺の強さを本能で感じ取ったか…さすがにそういった勘は鋭いな。

 

「彼の言うとおりだ…妖怪を見かけだけで判断するのはよくないねェ…クワバラ君。」

 

 

 

 

「そんなに怖けりゃそこで一生ビビッときやがれ!オレ一人でもやってやらァ!」

 

「あァ!?そうは言ってねーだろーが!」

 

…と思ったら、二人とも俺を無視して喧嘩してるよ…すごく恥ずかしいんだが…あと、さっさと始めたいんだが…早く終わらせてくれよ。

 

 

 

 

「とりあえず、続きはあのグラサンヤローをブッ倒してからだ!」

 

「おうよ!」

 

どうやら二人して俺をブッ倒す方向で話はまとまったようだ。

ちなみに一分くらい待った。

敵の俺が言うのも何だが大丈夫かこの二人は…

それにしてもグラサンヤローとは酷いな。

 

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったねェ…

戸愚呂だ。よろしく頼むよお二人さん。」

 

「よろしくする気はねーな!男、桑原和真!さっさとてめーをぶっ倒して、雪菜さんを救い出してやらァ!」

 

残念ながらよろしくする気はないようだ。

 

しかし、えらく気合いが入っているな…そういや彼女に一目惚れしたんだったっけ。

 

「惚れた女のためか…泣かせるねェ。」

 

「てめーらも…彼女と同じ妖怪だろーが!同じ妖怪が人間に利用されてんだぜ?本当に何とも思わねーのかよ!?」

 

「別に何も…強いて言うならば、利用されるほうが悪いのさ。弱者は強者の餌になる。それがこの世の道理ってもんだろう?」

 

「…そうかよ!なら、もう何も言わねー!遠慮なく細切れにしてやるぜ!」

 

わかりあえないと悟ったか、桑原はそう吐き捨てると霊気の剣を作り出した。

 

彼の代名詞ともいえる通称霊剣(れいけん)

これも生で見れて感動…と言いたいところだが、こっちもぼちぼち戦闘態勢に入らなきゃいかん。

 

「霊気の物質化能力か…いいねェ。なら、こっちも…目には目をだ…兄者。」

 

「おう!」

 

骨が折れるような音を立てながら兄者が変形する。兄者の武態…久しぶりに見るがやっぱり気味が悪い。

 

「なんだァ!?肩に乗ってたチビが…剣に変形しやがった…!」

 

「目には目を…剣には剣を…兄者は特異な体質でね…体をあらゆるものに変形させることができるんだ…そして俺は…」

 

気分が高揚する。

こんな感覚はいつ以来だろうか。

 

お礼と言っちゃあなんだが、特別にお前らも30%で相手をしてやるか。

 

「ぬうぅぅぅぅぅぅぁぁ!!」

 

「なにィ!グラサンヤローがどんどんデカくなっていきやがる!」

 

「…俺はそんな兄者の特性を十二分に発揮できる肉体を持つ!」

 

「…マジかよ…発する妖気もさっきとは比べものにならねェ…!」

 

さっきまでちっとも妖気を感じねーと言っていた

桑原もようやく俺の恐ろしさに気づいたようだ。

 

 

「もう一度自己紹介しておこうか。俺達は

戸愚呂兄弟!冥土の土産に覚えておくんだなァ!」

 

 

「来るぞ!」

 

そう言い、浦飯が構えるが…

 

「なっ…!」

 

一瞬で目の前に現れた俺に驚いている様子だ。

 

「うぉっ!?」

 

初撃は当たらず、かろうじて躱された。

良い身のこなしだ。あれを躱すとは上出来。

 

「っの野郎!喰らいやが…!?」

 

「浦飯ィ!後ろだ!」

 

霊丸を放とうとした浦飯の背後に回り込む。

 

「ちっ!」

 

振り向きざま、またこちらへ霊丸を放とうとするが…

 

「ちと遅いな…ぬんっ!」

 

「がぁっ!」

 

顔面にパンチをくれてやったが、思ったほど手応えはなかった…どうやらうまく衝撃をそらされたらしい。

 

「致命傷は避けたようだな…良い反応だ。」

 

「くそったれ…!浦飯ィ!仇はとってやらァ!」

 

今度は桑原が猛然と突っ込んでくる。

多分死んでないと思うけど?

 

元気なのはいいが、いかんせん動きが直線的すぎる。当ててくださいと言ってるようなものだ。

 

「ぐおっ!?ぐ…ぎぎ…な、なんてェバカ力だ…」

 

言わんこっちゃない。

完全に受け止められるとは思わなかったが。

 

「もうちょっと頭を使ったらどうかね?」

 

「う、るせェ…!」

 

「フ…忠告は聞くものだ。」

 

俺の蹴りがヒットし、桑原は大きく吹き飛んだ。

つい力を入れすぎちまった…生きてるか?

 

「…ぐ、ちくしょお!」

 

生きてたか。

タフなやつだ…

 

「よそ見してんじゃねー!」

 

「んっ!?」

 

浦飯!コイツいつの間に…しかも霊丸の構えに入っている。これでは避けきれん。

 

「そのグラサンごとふっ飛ばしてやるぜ!」

 

「くっ!」

 

「今度こそ喰らいやがれ…!!」

 

霊丸が…来る!

 



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ゲームオーバー

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ありがとうございます。


 

「霊丸!!」

 

浦飯の指先に集まった青白い閃光が次第に大きくなり、視界を覆いつくした。

 

「ざまぁみやがれ!余裕ぶっこいてやがるからだ!」

 

直に見る霊丸は中々の迫力だった。

普通の妖怪ならばこれで終わりだろうが…

 

 

「…惜しかったな。」

 

 

「な…剣が…盾に!」

 

さすがは兄者だ…剣から盾への素早い変形。

俺でなければ見逃しちまうねェ。

 

「言ったはずだ…兄者はあらゆるものに

変形できるとな!」

 

「ぐぁっ!」

 

今度は手応えがあった。

浦飯は後方に大きくぶっ飛び、壁に叩きつけられた。

 

「うわははははは!いいぞォ!戸愚呂!

二度と刃向かえぬよう叩き潰すのじゃ!

念入りにな!」

 

やれやれ、うるさい外野(垂金)だ…今の霊丸でやられて

おけばよかったかな…お前はあとできちんと始末

してやるから黙って見てろよ。

 

 

「どうした!?お前達の力はこんなものかね!?」

 

 

「ぺっ…!ざけんじゃねー!今までのは準備運動だってーの!!」

 

「良い気になってんじゃねーぞコラ!!」

 

ガラが悪いな…だが、虚勢の類いじゃあない。

その証拠に、霊力が衰えるどころか上昇してやがる。

 

いいねェ…

それでこそ、嬲りがいがあるってもんだ。

 

「盾があってもこれなら防ぎきれねーだろ!」

 

先に動いたのは浦飯。

 

拳に霊力が集中していく。

何か仕掛けてくる気か…

 

「ショットガン!」

 

なるほど…散弾式のショットガンか…確かにそれなら全てを防ぎきることはできないが…

 

「いい線いってたが、単純に威力不足だ…これじゃあ致命傷にはならないねェ…」

 

霊丸とは違い、霊力が分散する分威力は劣る。

多少喰らってしまったが大したことはない。

 

「くっ!ダメか!」

 

「甘いねェ…ぬんっ!」

 

「がはっ…!」

 

「浦飯ィ!」

 

「他人の心配をしている場合かね!?」

 

「うぐぁっ!!」

 

これでは戦いというよりも蹂躙だな…。

もっと楽しめると思ったんだが…少しやりすぎ

ちまったか…

 

 

 

 

 

 

 

「ち、ちくしょお…強ェ…!」

 

…もう何度彼らに打撃を浴びせただろうか…

 

「どうやら、あっちの彼はもう立てないみたい

だねェ…」

 

「…………」

 

「く…桑原…!!」

 

桑原は完全にダウンしたか…

霊力も風前の灯…消えかけの蝋燭の火といったところだ。

 

「…俺はお前たちと戦える日をずっと待っていたんだがね…どうやら期待しすぎちまっていたようだ…」

 

「戸愚呂!もうよいぞ!さっさと殺ってしまえ!」

 

「…とのことだ…せいぜいあの世で後悔するん

だねェ…お前たち…」

 

「く…そォ!」

 

「終わりだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣よのびろ!」

 

 

 

「…!?」

 

 

 

俺へと向かって伸びた霊剣が頬をかすめた。

まさか…ヤツの霊力は確かに風前の灯だったはず…

 

「桑原!生きてやがったか!」

 

「…誰が立てねーって?」

 

「こいつは驚いた…まさか立ち上がるとは…」

 

それどころか霊力もさらに上昇してやがる。

一体どういう原理だ。

 

 

やりすぎちまったかと思っていたのは、どうやら

杞憂だったようだ。

 

「…じゃ…ねーよ…」

 

「何?」

 

「…人間のやることじゃねーよ…てめーらのやってることはよ!」

 

「それが彼女の運命だった…というだけの話じゃあないのかね?」

 

「どけ!オレがぶっ殺さなきゃなんねーのは

アンタの後ろにいる腐れ外道だ!」

 

「順序が逆だなァ…先ずは俺をぶっ殺さなきゃ、

後ろの腐れ外道は殺れないねェ…」

 

どのみち、あとで俺がぶっ殺すんだけど…

 

「どけって言ってんだ!!」

 

「無駄だ!猪みたいに突っ込んでくるだけじゃあね…」

 

剣を振りかぶる。

当ててくださいと言ってるようなものだと何度言わせる気だ?

 

「ぐふぁっ…!」

 

剣の一撃が完全に桑原をとらえた。

 

「今度こそ終わり…むっ!?」

 

腕が掴まれた。

まだ意識があるっていうのか…

 

「攻撃が来る場所さえわかってりゃあよ…霊気を

そこに集中させてガードするなんざワケねーんだよ…!」

 

…ワザと攻撃されたのか!

俺を捕まえるために…

 

「剣ごと掴んじまえば自慢の武器も使いモンにならねーだろ…」

 

肉を切らせて骨を断つ…か。

なんてムチャしやがる…

 

腕が動かない…

コイツ、俺の動きを止めるためだけに全力を…

 

「もう逃げらんねーぜ!!」

 

「!!」

 

浦飯!

すでに霊丸の構えに入っている!

 

俺の真横…ご丁寧に桑原を巻き込まない位置から…

 

「決めろ!浦飯ィーー!!」

 

「今度の今度こそ…喰らいやがれェーー!!」

 

「くっ!」

 

 

「霊…丸!!」

 

 

為す術なく霊丸が俺を直撃する。

 

 

「…良い…コンビだ…久しぶりに楽しい…戦い…だった…よ…」

 

 

ドサリとそのまま後ろへと倒れ込む。

 

「な…と、戸愚呂!な、何をしとる!立つんじゃ!立ってヤツらを殺すのじゃ!」

 

見苦しい…アンタはもう…終わりだよ。

 

 

 

 

そして…無情にも悪魔(左京)の声が響く。

 

「…ゲームオーバー…」



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暗黒武術会

 

「ひひひひひひひひ!」

 

先ほどまでの激闘がまるでウソのような静寂の中

一人の男が狂ったかのような笑い声をあげている。

 

「破滅じゃ!破滅じゃあ!」

 

いや、狂ったかのようなではなく実際に狂って

しまったのだろう。

 

何故ならば全てを失ってしまったから。

 

 

これまで築き上げてきた財産も氷泪石も…

何もかも。

 

 

「雪菜はどこに行ったのじゃ!?お前の氷泪石さえ

あれば金はいくらでも湧いてくるのじゃあ!!」

 

もうダメですねこれ…カンペキにイカれてますわ。

雪菜もとっくの昔に救い出されたっていうのに…

 

「破産じゃあ!破滅じゃあ!うひひひひひ!」

 

彼の名は垂金権造。

一世一代の大博打に負けたばかりの愚か者である。

負け額はなんと…日本の国家予算よりも上!

ギャンブルでスッたとかいうレベルじゃないねェ…

 

 

「ふぅ…よっこらしょっと…」

 

 

どうも、大戦犯こと戸愚呂(弟)です。

 

人間だった頃は、え?こっちが弟?とよく言われたことがあったとかなかったとか…。

 

 

 

『──御苦労、戸愚呂兄弟』

 

 

 

「あぁ、左京さん…良いタイミングだ。」

 

モニター越しに左京の姿が映し出された。

相変わらず常時ドヤ顔だなアンタは。

 

『随分と楽しそうだったじゃないか…君の新たな

一面が発見できた気がするよ。』

 

 

()()()だったでしょう?」

 

 

『あぁ…賞を与えたいぐらいだ。』

 

 

「ひひひひひひひ!もう終わりじゃあ!」

 

こちらのやり取りも最早目に入っていないのか

垂金は変わらず笑い続けていた。

 

 

不憫だねェ…()()()()()()()()()()だったっていうのに…全ては左京(悪魔)台本(シナリオ)通りだということにも

気づかずに…哀れな男だ。

 

確かに俺は垂金権造の依頼を受け、垂金邸へと向かった。だが、それよりも前に別の依頼主からこんな依頼も受けている。

 

垂金権造を潰すことに協力してくれ──と

依頼主は他でもない左京本人である。

 

そもそも、雪菜という少女は垂金が左京の売買ルートから勝手に横流しした商品(もの)

 

その制裁に一役買うのが今回の俺の本当の目的だったわけで…彼らと俺のバトル(賭け)もいわば出来レースだったというわけだ。

 

「しかし、こうもうまく事が運ぶとはねェ…」

 

垂金が俺を雇うこともそうだが、彼ら二人組が今日このタイミングでこの屋敷へ来ることも彼の読み通りだったのか…一体どこまでが左京の台本(シナリオ)なのか…

 

「神に愛されているってヤツですか…」

 

『ふ、戸愚呂…私は神などという存在は信じては

いないさ…』

 

だろうね。

祈ったこととかもなさそうだし。

信ずるものは自分自身だとか言いそうだもの

コイツ。

 

「それはそうと、あの二人…浦飯、桑原と言ったかな…アンタの言う()()()()に招待するつもりですか?」

 

『くっくっく…その通りだ…彼らにはゲストとしてあの大会に参加してもらう。』

 

「…楽しみだねェ。やはり、アンタといると退屈しない…俺一人じゃあ大会なんて大規模なものは開けないしね…」

 

『大会は2ヶ月後…()()()()にも声をかけておいてくれ…それと、上にいる垂金(ゴミ)の始末も頼んだぞ…

くれぐれも足元を掬われんようにな…戸愚呂』

 

その言葉を最後に映像は途切れた。

 

「ひひ、ひひひひひ…!」

 

さて、皆さんお待ちかね…

ゴミの後始末といきましょうか…

 

「良いザマだねェ…垂金さん。」

 

「ひひひひひ!戸愚呂ォ!お前のせいじゃぞォ!

お前が負けたせいでワシは破滅じゃあ!ひひひひひひひ…」

 

渾身の右ストレートでぶっとばしてやるよ

 

「せーの…」

 

「ひ」

 

頭の潰れる感触は今までで最もイヤなものだった。

 

 

 

 

「さて、もう出てきてもいいぞ…お前たち。」

 

「…申し訳ありません…戸愚呂様。」

 

出てきたのは三鬼衆。

ボロボロではあるが全員無事だったようだ。

魅由鬼が膝を着き、謝罪の意を示す。

 

「お前たちには今回のことを黙っていてすまなかったね…おかげで多大な犠牲を払っちまった…」

 

「いえ…我々が不覚をとったのは事実…まことに

恥じ入るばかり…」

 

「我等、どのような罰も受ける覚悟でございます!」

 

続けて隠魔鬼がそう切り出す。

 

お前ら気負いすぎ。

そこまでやらなくてもいいよ。

 

「お前たちは良く戦ってくれた…罰など受ける必要はない…」

 

「と、戸愚呂さまぁ…」

 

獄門鬼は泣いていた。

 

「代わりと言っちゃあ何だが一つ頼まれては

くれないかね?」

 

「はっ!何なりと…」

 

「とある人物のもとへ向かってもらいたいんだが…」

 

「…と言いますと?」

 

 

「霊光波動の幻海…と言えばわかるかね?」

 

 

「幻海…あの高名な…」

 

「…戸愚呂が暗黒武術会へ招待すると言っていた…と言えば、話は通じるだろう。」

 

「…わかりました。では、すぐに…」

 

 

 

 

「幻海か…懐かしいな…」

 

そう呟いたのは兄者…お前いたのかよ。

全然気づかなかった。

 

「あぁ…」

 

「断るに決まっているだろう?」

 

「断れんさ…あいつは…」

 

「まだ、あいつに未練があるのか?」

 

「余計な話はするな…それよりも兄者はヤツらに

声をかけておいてくれ。」

 

「鴉と武威か…わかった、任せろ。」

 

 

いよいよ近づいてきた…

闇の大会…暗黒武術会が。

 

さて、俺も主役(ゲスト)を招待しに行くとしようか。



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