ちょっぴりえっちな美少女アヴュールとまじめなモンジャラのレポート (木村直輝)
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1日目_お昼_アサギシティ

――ここは アサギ シティ

  とおく はなれた いこくに

  もっとも ちかい みなとまち――

 

「う~ん‥‥‥!」

 ポケモンセンターから出てきた一人の若い女性が、日差しを浴びてひかえめなのびをする。

 二十歳前後だろうか、とてもかわいらしい顔立ちをしている。

 ダークブラウンのつややかな髪を低い位置で二つに結んだ彼女の名はアヴュール。

 ピタッとしたタートルネックの赤いシャツに白いショート丈のジャケットを羽織り、黄色と黒のショートパンツを合わせている。

「‥‥‥」

 そんなアヴュールのうしろには、一匹のポケモンがいた。

「モンジャラ、お腹空いたね」

「もじゃー」

 “ツルじょうポケモン”モンジャラ。

 アヴュールとモンジャラはこのジョウト地方に、つい先ほど船でやってきたばかりだった。

 遠い地方からやってきたアヴュールたちは、まずポケモンセンターを訪れ、荷物を預けるなどして観光をするための支度を整えていたのである。

「じゃあ、予定通り、まずはご飯食べに行こう!」

「もじゃー」

 アヴュールはモンジャラの返事を聞くと、首から下げていた小型の電子端末をつける。アヴュールの住む地方で普及している、便利な携帯用の電子端末だ。

「お店は‥‥‥えーっと‥‥‥‥‥‥あっちー‥‥‥かな」

「もじゃっ」

 歩き出すアヴュールについて、モンジャラも歩き出す。

「ジョウト最初のご飯はねぇ~‥‥‥、何だと思う?」

「もじゃぁ?」

「なんと、洋食です!」

「もじゃっ」

「港町だから海の幸かなぁ~って思ったんだけど、港町と言えばもう一つ! 洋食が熱いんです!」

「もじゃー」

「ほら、港町って色んな国の文化が入ってくるでしょ? だから、洋食屋さんもいっぱいあるみたいなの」

「もじゃぁ‥‥‥」

「それに、アサギは牛肉が有名じゃない? ということで‥‥‥」

「‥‥‥」

「まずは、ビーフシチューを食べに行きたいと思います!」

「もじゃー!」

「って言っても、アサギ牛は流石に高いから、普通の牛肉なんだけどね‥‥‥」

「もじゃぁ~」

 アヴュールとモンジャラは楽しそうに話しながら、港町を歩いていく。

 遠くには先ほどまでアヴュールたちが乗っていた大きな客船が停泊しており、他にも何隻かの大型船舶が見える。そして、東の方にはひときわ目立つ大きな塔が立っていた。

「ねぇ、モンジャラ。あれ見て!」

「もじゃっ?」

「“アサギのとうだい”だよ? すごいねー。おっきー!」

「もじゃー‥‥‥」

 アサギシティの南東には、アサギのランドマークとも言える高い灯台が立っている。別名、“かがやきのとう”。

「アサギシティではね、昔からポケモンが夜の海を照らしてたんだって。それを(まつ)って出来たのがあの灯台らしいよ?」

「もじゃー」

「今でもあの塔の上にはポケモンがいて、海を照らしてるんだって。すごいね!」

「もじゃー!」

「ご飯食べ終わったら、一緒に写真撮ろう!」

「もじゃっ!」

 アヴュールたちは灯台から視線を戻し、海から離れて街の奥へと入っていく。

「この辺は意外と都会、って感じだね?」

「もじゃー」

「えーっと、お店は‥‥‥あっちの方かな」

「‥‥‥」

「あっ、ねぇ。ビーフシチューの後は、ちょっと海を見ながら休憩しない?」

「もじゃー」

「洋食の後は、ケーキがいいかなぁって。えっと、待ってね‥‥‥。ほら、これ!」

 周囲を確認してから、道の端でかがんで電子端末の画面をモンジャラに見せるアヴュール。手の中の画面には、断面が整えられていないふわふわのスポンジに、赤いイチゴと白いパウダーシュガーが乗ったかわいらしいケーキが映っている。

「これ! シンプルだけど、美味しそうでしょ」

「もじゃー!」

「このケーキを買って、“アサギのとうだい”の写真を撮って、そのあと海を見ながらちょっとだけ休憩しよっか?」

「もじゃー」

「その前に、まずはお昼ご飯だね」

 楽しそうにお喋りしながらしばらく街中(まちなか)を歩いたアヴュールたちは、ついに目的の洋食屋さんに辿り着く。

「ここだ! 意外と小さいお店だね。カフェみたい」

「もじゃー」

「ちょうど席、空きそうだよ。先、入っちゃおっか」

「もじゃっ」

 会計を終えた先客と入れ違うようにお店に入ったアヴュールたちは、間もなくカウンター席に通される。少し薄暗い店内が、落ち着いた雰囲気を(かも)し出している。

 ランチメニューもやっていたが、アヴュールは最初から決めていたお店の定番メニューである“ビーフシチュー”を注文した。

「このお店の先代さんは、船乗りでコックさんだったんだって」

「もじゃー‥‥‥」

「その先代さんのソースを受け継いだ、歴史のあるドゥミグラスソースがこのお店の売りらしいの」

「もじゃー」

「楽しみだねっ」

「もじゃー!」

 期待に胸を膨らませながら楽しく談笑するアヴュールたちの前では、店主が慣れた手つきで料理を用意する。それを手伝うのは奥さんたちだろうか、それとも熟練のスタッフだろうか。間もなくアヴュールとモンジャラの前に、サラダとライス、そして平たい皿に盛られたビーフシチューが運ばれてくる。

「わ~‥‥‥、美味しそー!」

 白い湯気を上げるビーフシチューは、スープ皿ではなく平たいお皿に盛られている。

 ステーキのように真ん中に盛られた牛ほほ肉の上に、たっぷりのブラウンソースのようなシチューがかかっており、その周りをマッシュポテトで作った土手が囲んでいる。

「いただきます!」

「もじゃー!」

 手早く写真撮影を済ませると、さっそく、まずは普通にビーフを一口ほおばるアヴュール。

「ん‥‥‥」

 ほろ苦い風味が口に広がる。塩気の強い濃厚なドゥミグラスシチューが、ナイフで切るのも難しいほど、ほろほろとした肉を包みこんでいる大人な味だ。

 次は、海の波のようにうねったマッシュポテトの土手を一口食べてみる。

「んー‥‥‥」

 ほのかな塩気となめらかな口触りのポテトがクリーミーで、口にした時はねじれていたポテトが口の中でほどけていく。

「‥‥‥モンジャラ。ナイフ、ちゃんと使えてる?」

「もじゃっ!」

 ツルで器用にナイフとフォークを繰るモンジャラを、アヴュールは笑顔で見つめる。

「じゃあ、塗ってみようか?」

「もじゃー!」

 アヴュールたちは、今度はナイフにポテトを取ると、それを一口大に切った牛肉にバターのように塗ってから口に運んだ。これがこの店のおすすめの食べ方なんだそうだ。

「‥‥‥んー! 美味しい‥‥‥」

 少し塩気の強いシチューとなめらかな口触りのクリーミーなポテトが混ざり合うことで、口の中で絶妙な味のバランスが完成する。ほろほろとした肉の旨味を(のが)さないように噛みしめ噛みしめ、アヴュールは飲み込む。

「ふぅ‥‥‥」

 アヴュールは隣を見る。小さな体で懸命にナイフとフォークを使い、おんなじ料理を食べるモンジャラがいる。

「‥‥‥もじゃぁ?」

「ふふ。美味しいね」

「もじゃー!」

 うれしそうに返事をするモンジャラに、アヴュールは優しく微笑む。

 昼時のアサギシティで、一人と一匹は、海のようなしお気を感じながら穏やかな昼食を楽しんだ。



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1日目_午後_39ばんどうろ

 この文章には「性的な表現⚠」が含まれています。

 (とく)に、まだ15さいになっていない(ひと)()ると、とてもこわいことになってしまうかもしれません。
 よくわからない(ひと)は、()るまえにしんじられる大人(おとな)の人にきいてみてください。


――モーモー ぼくじょう

  うまい しぼりたてミルクを どうぞ!――

 

「モンジャラ、面白かったね!」

「もじゃー!」

 お昼ご飯を食べ終えたアヴュールとモンジャラは、アサギシティから北に伸びる“39ばんどうろ”の“モーモーぼくじょう”を訪れていた。

「正直最初はちょっと怖かったけど、お姉さんもミルタンクも優しかったね」

「もじゃぁ」

 アヴュールとモンジャラはこの“モーモーぼくじょう”で、乳搾り体験を楽しんだところだった。

「でも、モンジャラにお乳しぼられて、ミルタンク。ちょっとくすぐったそうだったよね」

「もじゃ‥‥‥」

 モンジャラの表情がぴたっと止まる。つい今し方の出来事を思い出して、よみがえってきた申し訳なさに大人しくなる。

 モンジャラの全身をおおうブルーのツルには細かな毛が生えているため、ツルで触られるとくすぐったいのだ。

「ふふ、モンジャラったら」

「もじゃぁ‥‥‥」

「ねーえ、モンジャラ」

「もじゃ?」

「ミルタンクのおっぱいさぁ。あったかくて、ピンク色の、綺麗なおっぱい。血管が浮き出てて、ぎゅって握ると真っ白なお乳がびゅーって出て‥‥‥」

 アヴュールはそう言いながらしゃがみこむと、モンジャラの側面に顔をよせ、ささやいた。

「ちょっとえっちだったね」

「もじゃっ!」

 びくっとするモンジャラから顔を離し、アヴュールは笑う。

「ふふふ。モンジャラ、動揺しすぎ。ふふ、ふふふふふ」

「もじゃ、もじゃ‥‥‥、もじゃっ!」

 突然アヴュールに抱きかかえられ、モンジャラは驚いて鳴き声を上げる。

 そんなモンジャラをアヴュールは胸にぎゅーっと押しつけるように抱きしめると、いたずらっぽい笑みを浮かべて歩き出した。

 その口元を、モンジャラに近づけて、小さな声でささやきながら――。

「ねーえ。モンジャラは、思わなかったの?」

「‥‥‥もっ、もじゃっ」

「なんで? だって、おっぱいだよ? ミルタンクの、女の子の、おっぱい‥‥‥」

「もっ、もじゃ! もじゃ!」

 モンジャラは否定するように、強い鳴き声を出す。

「ふーん‥‥‥。じゃあ、これは?」

 そう言うと、アヴュールは自分の(つつ)ましやかな二つのふくらみをモンジャラにこすりつけるように、ゆっくりモンジャラを動かした。

「もじゃっ! もじゃっ!」

「んー? どうしたのー? だって、モンジャラはおっぱい。別にえっちだと思わないんでしょー? そうだよねー? だってモンジャラ、植物だもんねー?」

「もじゃっ! もじゃもじゃ!」

「ふふ、ふふふふ。‥‥‥‥‥‥はぁ。‥‥‥んっ、おしまい」

 そう言うと、アヴュールはモンジャラを地面におろした。

「じゃあ、ソフトクリーム食べに行こう? しぼりたてモーモーミルク百パーセントのソフトクリーム。とっても濃厚で美味しいんだって」

「‥‥‥」

「モンジャラ?」

 モンジャラは、アヴュールに背を向けたまま返事をしない。

「‥‥‥もしかして、怒ってる?」

「もじゃっ!」

 否定するように鳴いたモンジャラの声は、ちょっと語気が強かった。

「も~、ごめんね。続きは今晩ゆーっくりしてあげるから。だから、今はせっかくだし。ソフトクリーム食べよう?」

「もじゃ!? もじゃ! もじゃ!」

 突然、だーっとモンジャラが走りだす。

「待ってモンジャラ。別に逃げなくても今はしないから。ふふ。もう、モンジャラー!」

 モンジャラを追って、アヴュールも走りだす。

 二人が走る牧場の青い空には、モーモーミルクみたいに真っ白な雲が大きく広がっていた。



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1日目_夜_コガネシティ

――ここは コガネ シティ

  ごうか けんらん

  きんぴか にぎやか はなやかな まち――

 

「まだお腹、大丈夫?」

「もじゃ」

「うん。コガネに来たからには、たこ焼きは外せないけど、串カツも食べたいもんね~‥‥‥」

 アヴュールとモンジャラは、人で賑わう夜の繁華街を歩いていた。

「たこ焼きは二人で食べたらあっという間だったし、串カツいっぱい食べれそう」

「もじゃー」

「ふふ。‥‥‥たこ焼き。本当に、外はカリッとしてるのに中はとろ~ってしてて、美味しかったねぇ」

「もじゃー‥‥‥」

「ていうか、たこ大きくなかった?」

「もじゃ」

「あんなたこのおっきいたこ焼き初めて食べたかも」

「もじゃ~」

「また食べたいね」

「もじゃーっ」

 アヴュールは時おり電子端末の画面で道を確認しながら、モンジャラと楽しそうに歩いていく。

「にしても、ギリギリお店開いてる時間に間に合ってよかったね」

「もじゃー」

 アサギシティとコガネシシティは直線距離だとそう遠くないが、地上を行くと一度北上してからエンジュシティを経由して南下しなくてはならないので、相当な距離がある。

 本来ならばとてもではないが一日で両方とも観光することは難しいのだが、アヴュールはハードスケジュールを組んで、ホテルをとってあるこのコガネで夕飯を食べることにしたのである。

「今日はいっぱい歩いたし、よく寝られそー」

「もじゃ~‥‥‥」

「明日も早いし、ホテルついたらお風呂入ってすぐ寝たいけど‥‥‥」

「もじゃ?」

 言葉を止めてモンジャラをじっと見つめるアヴュールを、不思議そうな顔でモンジャラが見上げる。

「‥‥‥約束しちゃったもんね。続きは、今晩するって‥‥‥」

「‥‥‥もじゃっ! もじゃっ、もじゃっ!」

 モーモー牧場での出来事を思い出し、モンジャラは慌てて大きな声で鳴く。

「ふふふ。もう、モンジャラったら~。ふふふ、ふふふふふふふ」

「もじゃ~!」

「じゃあ、今日はやめておく?」

「もじゃっ! もじゃもじゃっ!」

「そんなこと言ってー、我慢できるの~?」

「もじゃっ! もじゃっ!」

「でもー、私が我慢できないかも」

「もじゃっ‥‥‥」

「‥‥‥ふふ。ふふふふ」

 動揺するモンジャラを見て可笑(おか)しそうに笑うアヴュールは、急に目の前で誰かに立ち止まられて足を止めた。

「ねぇ、お姉さん。一人でしょ。よかったらさ、俺らと一緒にご飯行かない? おごるよ?」

 アヴュールの前には、三人の若い男が立っていた。

「ごめんなさい」

 アヴュールはそれだけ言うと、足早にその場を去ろうとする。

 しかし、三人はアヴュールの行く手を囲うように塞いで立ちはだかる。

「いーじゃん。俺らこー見えてけっこうお金持ってるよ?」

「お姉さんお洒落だねー。そのショーパンとかちょー似合ってんじゃん」

「馬鹿、ヨウスケ。ごめんねー。こいつはちょっとチャラいけど、俺らはそういうんじゃないから。あっ、俺ケンタね。よろしく」

「‥‥‥あの、私モンジャラがいるんで」

 そう言って強引に脇を抜けようとするアヴュールの前に、男たちはしつこく出てくる。

「いや、モンジャラって」

「いいよいいよ。モンジャラも一緒にご飯食べよう。おごってあげるからさ」

「‥‥‥あの。本当にごめんなさい」

「ちょっと待ってよー」

「うわぁ、いて!」

「もじゃっ!」

 男の一人がわざとらしくモンジャラにつまずき、蹴飛ばした。

「ちょっと! やめて下さい。――モンジャラ、大丈夫!」

 アヴュールがモンジャラを抱きかかえる。

「ごめんごめん。小さくて気づかなかったよ」

 そう言う男の後ろで、ずっと静観していた男がポケットからゴージャスボールを取り出しポケモンを出した。

「りぃきー!」

 外に出た“かいりきポケモン”のゴーリキーが雄叫びを上げるように鳴き、通行人が迷惑そうにそれを()けて通り過ぎていく。

「出た、リュウジさんのゴーリキー!」

「俺のゴーリキー、なんで進化させてないかわかる? ポケモンって、進化させた方が強くなるけど、進化させない方が成長は早いのよ。だから、あえてゴーリキーまでは進化させて、止めてるわけ。ま、進化しないモンジャラ使ってるお姉さんにはわかんないかもしんないけど」

「リュウジさん、強いだけじゃなくて頭いい~」

「リュウジさん、ここらじゃ一番ポケモン強いから」

「お姉さん、俺と勝負しようぜ。俺が勝ったらお姉さんにご飯おごってあげるよ」

「リュウジさん優しい。勝ってご飯奢ってあげるとか、男気ありまくりじゃないすか!」

 盛り上がる男たちをよそに、アヴュールは少し怒った顔で言う。

「ごめんなさい! 私、ポケモントレーナーじゃないんで! ――行こう、モンジャラ」

 そう言って立ち去ろうとするアヴュールの腕の中から、リュウジに顎で指示されたゴーリキーがモンジャラを強引に引き抜く。小さな悲鳴を上げたアヴュールから引き離され、モンジャラはかたいアスファルトの上に投げ飛ばされた。

「りぃきー!」

「やめてください!」

「いーからいーから。ポケモンは戦うもんだからさ。戦わせない方が可哀そうだって。大丈夫大丈夫。じゃあ、ゴーリキー。“けたぐり”!」

「りぃきー!」

 ゴーリキーは宣戦布告のように叫ぶと走り出し、モンジャラの足元を力強く蹴って歩道に転がした。

「もじゃー!」

 転がったモンジャラはそのまま、見下ろすゴーリキーを見上げる。

 そして突然、ぴゅぴゅぴゅっと小さな種をはなった。

「‥‥‥りぃきー?」

 種を足元にぶつけられたゴーリキーはしばし固まった後、小ばかにするように笑い始めた。

「ははは。なんだ今の! お前ら見た!? 可愛いねぇ、お姉さんのモンジャラ。何今の、“タネマシンガン”? “タネばくだん”? あんなちっちぇータネ、見たことねぇーよ!」

「りぃーき~」

「モンジャラ‥‥‥」

 アヴュールは男たちに馬鹿にされるモンジャラを見つめ、小さく呟いた。

「おら、ゴーリキー! もう一回(いっかい)“けたぐり”!」

「りぃきー!」

「もじゃー!」

 起き上がったばかりのモンジャラは、再び足元を強く蹴られて転がされてしまう。

「おい、どうした? 反撃してこないの? さっきの攻撃馬鹿にされて、恥ずかしくって攻撃できなくなっちゃった? ごめんね。――ゴーリキー! 先輩としてちゃんとお手本見せてあげて!」

「‥‥‥りぃきー!」

 顔をしかめて不思議そうにしていたゴーリキーは、リュウジに言われて返事をすると、無抵抗でひっくり返ったままのモンジャラにさらなる“けたぐり”を浴びせた。

「‥‥‥もじゃっ」

 地面に転がっていたモンジャラが急に起き上がり、ゴーリキーをじっと見る。その時、ツタの中から強い光りが漏れ出し始めた。

「りぃきー?」

 刹那、モンジャラのツタの中から強烈な光線が(はな)たれ、ゴーリキーの全身を襲う。

「りぃきー!」

 ゴーリキーは鳴き声を上げ、倒れた。

「‥‥‥はっ? 嘘だろ? おい、ゴーリキー? ゴーリキー! 嘘だろおい。一撃(ワンパン)って‥‥‥!」

 ゴーリキーに駆け寄ったリュウジは動揺し、膝をついてゴーリキーを見つめる。

「そんな‥‥‥。あのリュウジさんのゴーリキーが、一撃(ワンパン)‥‥‥?」

 男たちの間に動揺が広がる中、ケンタがハイパーボールを出しポケモンを出す。

「ぶーうぅーば!」

「なんかの間違いだろ‥‥‥。リュウジさんが負けるのなんて見たことねぇよ。今度は俺の番だ! あんだけリュウジさんのゴーリキーの攻撃食らってんだし、ほのおタイプなら負けるはずがねぇ!」

「ちょっと、もうやめて!」

「うるせぇ! いけ、ブーバー! “ほのおのパンチ”!」

「ぶーうぅーば!」

 ケンタの叫びに(こた)え、“ひふきポケモン”ブーバーはモンジャラに向かっていくと、燃える拳でモンジャラを打ち抜いた。

「もじゃー!」

 モンジャラは鳴き声を上げて吹っ飛ばされるが、瀕死になることなく起き上がった。

「嘘だろ‥‥‥。効果抜群だぞ? んなわけ‥‥‥!」

 動揺するケンタの前で、モンジャラが身構える。

 その時――。

「やめろ、ケンタ」

「リュウジさん‥‥‥」

「俺たちの負けだ。これが負けじゃなかったらなにが負けだ!? ア!? クソっ! これ以上、恥を上塗りすんじゃねぇ!」

 リュウジはゴーリキーをボールに戻すと、アヴュールを見た。

「‥‥‥わるかったな。本当にあんた、ポケモントレーナーじゃないのか?」

「‥‥‥」

 アヴュールが無言で頷く。

「そうか。――モンジャラも、悪かった。つえーなお前‥‥‥」

「‥‥‥もじゃっ」

 真っ直ぐにリュウジを見返すモンジャラとしばし見つめ合ってから、リュウジはアヴュールの方に戻り財布を出す。

「これは侘びだ」

「えっ‥‥‥、いりません!」

「いいから受け取れ! ポケモンバトルで負けたら賞金を払うのが俺らの流儀だ。侘び代も込みだが、受け取ってくれ」

「‥‥‥そんな、いりません」

「ちっ!」

 リュウジは舌打ちするとモンジャラの方に戻り、お金をその前に置いて下がった。

「‥‥‥悪かったな。――帰るぞ、お前ら!」

「あっ‥‥‥。はっ、はいっ!」

 男たちが去った後、アヴュールはすぐにモンジャラに駆け寄った。

「大丈夫、モンジャラ!」

「もじゃー!」

「すごいよモンジャラ! モンジャラはやっぱり強いね!」

「もじゃー‥‥‥」

「待ってね。今すぐポケモンセンターに連れてってあげるから」

 そう言って電子端末を取り出し場所を調べようとするアヴュールを、モンジャラは止めるように鳴いた。

「もじゃっ! もじゃー!」

「大丈夫なの? でも、いっぱい攻撃されたんだし、やっぱり行った方が‥‥‥」

「もじゃっ!」

 アヴュールのリュックサックをツルで示し、モンジャラが鳴く。

「たしかに、一応“きずぐすり”は持ってるけど‥‥‥」

「もじゃっ!」

「‥‥‥うん、わかった。じゃあ先、串カツ食べに行く? 時間もないし‥‥‥」

「もじゃー!」

「もう、モンジャラは‥‥‥。‥‥‥ありがとう」

「もじゃ?」

 こうしてアヴュールとモンジャラは、(きら)びやかな夜の街に串カツを食べに消えていった。



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2日目_午前中_キキョウシティ

――ここは キキョウ シティ

  なつかしい かおりのする まち――

 

 ジョウトにやって来て二日目。

 今日もアヴュールは昨日と同じ髪型だったが、八分袖の赤いシャツにデニムのオーバーオールを合わせたコーデに着替えていた。白い広めの襟の下で大胆に丸く空いている胸元を、黒いインナーシャツでしっかりとガードし、全体的に少女らしいかわいさをまとっている。ショート丈のオーバーオールから伸びる綺麗な脚は、白いハイソックスで包みこまれており、口の部分の黒いラインが、アヴュールの綺麗な肌の色と共にアクセントを添えている。

 アヴュールたちは今日、朝早くにコガネシティを出発し、すでに隣町のキキョウシティへとやってきていた。

「すごーい。おっきいね!」

「もじゃー‥‥‥」

 池の前で立ち止まって顔を上げるアヴュールとモンジャラの目には、大きな塔が映っている。

「この塔はね、とっても大きなマダツボミが柱になって出来たって言われてるんだって」

「もじゃー」

「ふふふ。ほんとかなぁ?」

 心なしかいたずらっぽく笑ったアヴュールは、抱きかかえたモンジャラと一緒に写真を撮ると、目の前にかかる太鼓橋に足を踏み出した。

「面白い形の橋だね」

「もじゃー」

 太鼓橋とは、太鼓の胴が真ん中に向かうにつれて膨らんでいるように、橋の中央が上に向かって膨らんだアーチ状の橋のことをいう。“マダツボミのとう”の前にかかる太鼓橋は短く、落ち着いた色合いで派手さはないが、そこには(わび)(さび)を感じることのできる奥行きがあった。

 アヴュールはその中ほどで立ち止まり、はし(橋・端)から池に目を向けた。

「‥‥‥」

 モンジャラも足を止め、低い視線を欄干の隙間から池へ落とす。

「‥‥‥」

 不意にポッポが一匹飛んできて、池のほとりの木にとまった。ポッポはまるで紙の上に(えが)かれた浮世絵のように動きをとめ、どこかを静かに眺めている。

「‥‥‥‥‥‥なんか、いいね」

「もじゃー‥‥‥」

 ふと呟いたアヴュールに、モンジャラが優しく返事を返す。

 通行人が、アヴュールとモンジャラにさして意識を向けることもなく通り過ぎていく。

 とまることなく流れていく時の中で、今ここで、アヴュールとモンジャラだけが立ち止まっていた。景色とポッポもとまっていた――。

「‥‥‥」

 ポッポが不意に体を震わす。アヴュールの足元で、モンジャラは音を立てることもなく呼吸をしている。水面は静かだが、目には映らない小さな変化を絶えず繰り返し、木々は葉を揺らすこともなく光合成をし、橋は永久(とわ)にも近しい速度で音もなく風化してゆく。アヴュールの心臓は、その華奢な体の中で、誰の目にとまることもなくどくんどくんとゆっくり鼓動を刻んでいる。

「‥‥‥ぽぽーっ」

 不意にポッポが鳴いて、飛び去った。

 後には何も残さず、後には変わらない風景が残った。

「‥‥‥行っちゃったね」

「もじゃー‥‥‥」

 ポッポの姿はもうどこにも見えないが、ポッポは確かにどこかにいるはずで、今もきっと生きているはずで。でもそれを、アヴュールたちは知る由もない。

「行こっか‥‥‥」

「もじゃー」

 二人は再び歩き出した。

 

     *

 

――ここは マダツボミのとう

  ポケモンの しゅぎょうを なされよ――

 

「ねぇ見て! かわいい‥‥‥!」

「もじゃー」

 “マダツボミのとう”の入り口で、悶えんばかりに喜ぶアヴュールを見上げて、モンジャラが優しく微笑む。

 そんなアヴュールたちの前には、マダツボミの像が立っていた。

 塔の入り口の両脇には、一体ずつマダツボミの像が建てられている。力強いタッチで彫られたマダツボミの像は、その作風とは裏腹に、マダツボミらしい何とも言えないゆるーい表情をしている。

「あっ、ねぇ見てモンジャラ! 柱が揺れてるよ!」

「もじゃー」

 思わず抑えた声をほとばしらせるアヴュールの目の前では、塔の真ん中に立つ太い大きな柱がぐわ~んぐわ~んと揺れていた。

「外からじゃ全然わかんなかったね」

「もじゃー」

 マダツボミの細い胴体のようにうねる極太の柱に、アヴュールとモンジャラは見とれてしまう。

「“マダツボミのとう”はね、すっごーく昔に、ポケモン修行のために建てられたんだって。でもね、今まで一度も、地震とか台風で倒れたことがないらしいの」

「もじゃー」

「地震とか台風がきても、建物が上手く揺れて振動を逃がしてくれるから倒れないんだって」

「もじゃー‥‥‥」

「すごいよね。そんな昔に、そんな技術があったなんて‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 しばし柱を眺めた後、アヴュールたちは塔の一階を見て回る。

「今揺れてるのは、上でお坊さんたちが修行してるかららしいよ」

「もじゃー」

「こんなにおっきな柱がこんなに揺れるなんて、どんな修行してるんだろうね‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 一階をじっくり見て回ったアヴュールたちは、最後に二階へと続く階段を前にして立ち止まった。

「ここから上は、野生のポケモンも出るみたいだし、お坊さんたちとの修行もあるらしいし、私たちはやめとこっか」

「もじゃー‥‥‥」

 アヴュールたちは少し残念な気持ちをお土産に、引き返す。

「最上階にはね、マダツボミの絵が飾ってあるんだって」

「もじゃー‥‥‥」

「実物は無理だけど、後でゆっくりネットで見ようね」

「もじゃー!」

 少しお腹が空いてきたアヴュールたちは、ゆらゆら揺れる“マダツボミの塔”を後にした。



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2日目_昼下がり_エンジュシティ

――ここは エンジュ シティ

  むかしと いまが

  どうじに ながれる れきしの まち――

 

「おっきーねー‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 小さな池の前に立って、アヴュールとモンジャラは、目の前の木々の奥にそびえる高い塔を眺めていた。

「“スズのとう”は、とっても神聖な塔だから、エンジュのジムバッジを持ってないと入れないんだって」

「もじゃー‥‥‥」

「近くで見てみたかったねぇ‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 しみじみと目前の塔を見上げていたアヴュールたちの前に、目の前で紅葉している木々から落ちたのであろう、オレンジ色の葉が水面(みなも)を滑るように漂って流れてきた。アヴュールたちの視線も池に落ちる。

 水面には、色鮮やかに彩られた木々と高い高い“スズのとう”が映っている。こんなにも近くにあるのに、手を伸ばしても触れることすら叶わない。まるで鏡花水月のような“スズのとう”。

「ねぇ、モンジャラ」

「もじゃー?」

「エンジュジムに挑戦してみる? モンジャラなら、ひょっとしたら勝てるかも‥‥‥!」

「もじゃっ!?」

「昨日も、私にからんできた男の子たちのポケモン、あっという間にやっつけちゃったし」

「もじゃー! もじゃもじゃー!」

「ふふふ。冗談だよ。もー‥‥‥、モンジャラは真面目なんだからぁ」

「もじゃー」

「ふふっ」

 アヴュールは辺りに漂う空気のように軽やかに笑うと、その視線を再び前へと向けた。

「‥‥‥ありがとね、モンジャラ」

「もじゃ?」

 真っ直ぐに前を見つめてつぶやいたアヴュールが、どこを見ているのか、モンジャラにはわからない。モンジャラは、不思議そうな目でアヴュールの横顔を見上げる。

「さあ、写真撮ったら歌舞練場(かぶれんじょう)に行こう!」

「もじゃー」

舞妓(まいこ)さん。踊りも上手だけど、ポケモンバトルも強いんだって」

「もじゃー」

「バトルしてみる?」

「もじゃー‥‥‥」

「ふふふ。モンジャラはポケモンなのに、バトルは好きじゃないよね‥‥‥?」

「もじゃー」

「いや、ほら。私はポケモントレーナーじゃないからさ。遠慮してるのかなー、とか思ったりもするんだけど‥‥‥」

「もじゃっ! もじゃもじゃー!」

「ふふふ。そっか。モンジャラは優しいもんね」

「もじゃー。もじゃもじゃー」

「ふふ」

 否定するモンジャラを見つめてうれしそうに笑ったアヴュールは、すっと顔を上げて紅葉に視線を戻す。

「‥‥‥紅葉、綺麗だねぇ‥‥‥」

「もじゃ? ‥‥‥もじゃぁー」

 急に話題を変えたアヴュールの視線を追いかけて、モンジャラも池の奥に視線を向かわせる。

「私たちじゃ入れないけど、あの建物を通り抜けるとね。そこから、“すずのとう”まで続く短い道があるんだって」

「もじゃー」

「“すずねのこみち”って言うらしいんだけど、紅葉がとーっても綺麗らしいの」

「もじゃー‥‥‥」

「写真がネットで見れるから、後でお茶しながら一緒に見よ?」

「もじゃー」

 モンジャラの返事に微笑みを返し、アヴュールは電子端末を取り出す。

 インターネットを使えば、手の平の中に映し出せるのに、決して手に入ることのない遠い景色の写真を見るため、ではなくて。

 確かに二人で、全身で感じている今を切り抜くために――。

 また一つ、思い出の一ページを彩る写真が増えていく。

 それは、ポケットに入るほどの、君との景色。



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2日目_夕方_エンジュシティ

――やけた とう

  なぞの おおかじで やけました

  きけんなので ちかよらないでください――

 

「‥‥‥」

 アヴュールはふと、意識を引っぱられて吸いよせられるようにふらっと、エンジュシティの北西を訪れた。

「‥‥‥」

 無言で立つアヴュールの眼前には、焼け落ちた塔が建っている。

 モンジャラもアヴュールの足元に立って、ボロボロの建物を見つめる。

「すごい‥‥‥ね‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 塔が火事によって焼けたのはもうずっと昔のことのはずなのに、黒く焼け焦げた壁や柱の残骸を見ていると、微かに灰の臭いが鼻を突くような気がした。それほどに、“やけたとう”はそのままの姿でそこに残されていた。

「‥‥‥元々はね。“スズのとう”と対で、“カネのとう”って呼ばれる塔が建ってたんだって」

「もじゃぁ‥‥‥」

「でもね。雷が落ちて、大火事になって、そのまま焼けちゃったんだって‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 アヴュールの頭に、今日の昼間見た“スズのとう”や“マダツボミのとう”が浮かぶ。

「“カネのとう”も、“スズのとう”とか“マダツボミのとう”みたいに、地震とか揺れには強かったはずなのにね‥‥‥。木造だから、火事で燃えちゃうんだね‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 夕日を浴びて、燃えているように色づく“やけたとう”。

 ふと東の方を見上げれば、そこには今も確かに残っている立派な“スズのとう”が建っている。どちらも夕日に照らされているのに、その印象は全く異なる。

「なんか、さみしいね‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 モンジャラが、隣に立つアヴュールの横顔を見上げる。

 その顔もまた夕焼けに染まって、いつもとはどこか違う表情になっていた。

「ふふ。ごめんね。なんかちょっぴり感傷的な気分になっちゃった」

「もじゃー!」

「ふふふ。ほら、昔の人が建てた古ーい建物を見ながら、色んなことを考えてたらさ。なんだかちょっと、切ない気分になっちゃったの」

 そう言うと、アヴュールはモンジャラを優しく抱き上げる。すこしくすぐったいツタの感触が、手のひらに優しく響く。

「モンジャラ。昨日も今日も、いーっぱい歩いたね」

「もじゃー」

「楽しかった?」

「もじゃー」

「ふふふ。よかった」

「もじゃー?」

「え? 私? 私ももちろん、楽しかったよ」

「もじゃー」

「ふふふ。じゃあ、ご飯食べに行こっか」

「もじゃー」

 緩めた腕の中から勢いよく飛び出したモンジャラは、地面に着地するとアヴュールを振り返る。

 アヴュールは幸せそうに笑い、歩き出した。

 夕焼けに染められた“やけたとう”を背にして、アヴュールとモンジャラは、次の一瞬に向かって一歩一歩、進んでいく。

 終わりに向かって、ゆっくりと、()を進めていく。



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2日目_深夜_しぜんこうえん_♥

18さい いじょうの ひとは
よければ 「こちら」から。
(前半の内容は全く同じです)
 


――いこいの ひろば

  しぜん こうえん――

 

 深夜一時半を回った頃。

 人気(ひとけ)のない公園の南側にあるベンチに座って、アヴュールはモンジャラと一緒に夜風に当たっていた。

「ねぇ、モンジャラ。明日には、帰らなくっちゃだね‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 アヴュールとモンジャラの前では、鮮やかなピンク色の花たちが、夜の暗がりの中で時折りそよそよと揺れていた。彼女たちの座っているベンチは公園の角にあるベンチで、街灯の明かりはあまりやってこない。

 秋の夜長が、刻一刻と過ぎていく。

「ねぇ。もうちょっとだけいよう‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 アヴェールのはいているハイソックスでは隠しきれない慎ましやかな太ももの上で、モンジャラは穏やかに返事をする。

「‥‥‥あっ、ちょっと。モンジャラ、くすぐったいよぉ」

「もじゃっ! もじゃぁー」

 モンジャラがアヴェールを振り向き、申し訳なさそうに鳴く。

「ふふ、大丈夫」

 そう言って微笑むアヴェールの顔を見て、モンジャラは再び花壇の方へと顔を向ける。

「‥‥‥んっ」

 モンジャラの頭をなでながら、アヴェールはモンジャラが気にしないように抑えつつ、くすぐったさで小さく声を漏らした。

 モンジャラの全身をおおうブルーのツルには、細かな毛が生えている。だから、ツルに触れると少しくすぐったいのである。

 アヴェールはもう何年もモンジャラと一緒にいるため、ある程度は慣れていたが、それでもやっぱり裸の太ももにモンジャラを乗せていると、ちょっぴりくすぐったさに身をよじりたくなることもあるのだ。

「ねぇ、モンジャラ。ずっと、こうしてたいね‥‥‥」

「‥‥‥もじゃぁ」

「でもさ。私ももうそろそろ、彼氏とか、できてもいい歳だよね」

「‥‥‥‥‥‥もじゃぁ‥‥‥」

「私に彼氏ができたら、こうやってモンジャラと二人っきりで過ごす時間も、きっと減っちゃうね‥‥‥」

「‥‥‥」

「もしかしたら、こうやって二人だけで旅行に来るのも、これが最後かもしれない‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥もじゃ‥‥‥」

 静かな沈黙が流れる。遠くで微かに虫ポケモンの鳴き声がしたような、しないような。心地よく体をなでていく風が運ぶ、夜空の雲のような、ゆっくりとした時間がながれてゆくようだった。

「‥‥‥ふふ、ふ」

「‥‥‥」

「ふふふ。ねぇ、モンジャラ。嫉妬した?」

「‥‥‥もじゃぁ」

 弱々しく鳴くモンジャラの後頭部に、アヴュールはイタズラっぽい笑みを向ける。

「さみしくなっちゃった? ごめんね、モンジャラ。冗談だよ。もうしばらく、彼氏はいらないかなぁ。私には、モンジャラがいるし」

「‥‥‥もじゃぁ」

 遠慮がちなモンジャラの鳴き声に、アヴュールは微笑む。

「大丈夫だよ。私がモテるの知ってるでしょー。でも、みんな顔でよってくるような男ばっかで、いい人なんてそうそういないからさ。ゆっくり探すの‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥私。顔以外。魅力、ないのかなぁ‥‥‥」

 さびしそうに小さく呟いたアヴュールを、モンジャラはパッと振り向いた。

「もじゃっ!」

「‥‥‥ふふ」

 目を丸くしたアヴュールの唇から、笑い声が(こぼ)れる。

「ありがとう。大丈夫。‥‥‥でもさ、なかなか言えないじゃん。こんなこと。自慢っぽくてさ。嫌味みたいで。そりゃ、かわいいって言われてうれしくないわけないけど、みんな見た目ばっかり褒めるんだもん。ちょっと。ちょっとだけ、悲しくなるよね‥‥‥」

「‥‥‥」

「メイクだってしてるし。そりゃぁお洒落も多少は気を使ってるし。‥‥‥でも、だから。わがまま言うとさぁ。そういう見た目だけ褒められても、ちょっと、さみしいよね‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥!」

「?」

 突然、アヴュールの膝からモンジャラが飛び降りる。驚くアヴュールから少し離れたモンジャラは、舗装された公園の地面の上で彼女の方を向き直り、体をおおうツタを伸ばして激しく揺すった。全身をおおうツタをアピールするように、モンジャラはツタを伸ばして揺すって鳴いた。

「‥‥‥ふっ、ふふっ。それ、着飾ってるの。モンジャラ、そのツタ、着飾ってるの。ふふ、ふふふふふ。それじゃあ私とおそろいだね」

「もじゃ~」

「ふふふ。モンジャラとおそろいかぁー。それならうれしいかなぁ」

「もじゃぁ~。もじゃー!」

 可笑しそうに笑うアヴェールの笑顔を見て、モンジャラはうれしそうに鳴いた。ツタの間からのぞくモンジャラの目も、笑っている。

「はぁー、おかしい。‥‥‥モンジャラのそういうところ。優しいところ。モンジャラの中身が、私、大好き」

「もじゃぁ~。もじゃー、もじゃー」

「ありがとう。‥‥‥さぁ、おいで」

「もじゃぁ~」

 アヴュールはベンチに座ったまま身を乗り出し、両手を出す。そこへモンジャラがちょこちょこと駆けてくる。

「よいしょ」

 再び膝の上に乗ったモンジャラは、また静かにアヴェールと花壇を眺める。

「‥‥‥ありがとね、モンジャラ」

「‥‥‥」

 風が二人をなでる。アヴェールがモンジャラをなでる。時が、そこかしこをなでて進んでゆく――。



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3日目_朝_コガネシティ

 この文章には「性的な表現⚠」が含まれています。

 (とく)に、まだ15さいになっていない(ひと)()ると、とてもこわいことになってしまうかもしれません。
 よくわからない(ひと)は、()るまえにしんじられる大人(おとな)の人にきいてみてください。


――またの

  ごりようを おまち してます!――

 

「んー‥‥‥」

 枕元の電子端末から大音量で流れ出した音楽で、眠っていたアヴュールは目を覚ます。

 布団からガバッと飛び出した細い腕が、一直線に枕元へ向かい、端末の画面に触れてアラームを解除しようとした正にその瞬間(とき)。横から伸びてきたブルーのツタがひょいっと端末を取り上げる。

「‥‥‥あっ。ねぇ、モンジャラぁ~‥‥‥。返してぇー。()めてぇ~」

「もじゃ!」

 ゆらゆらと宙に揺れる端末から流れる音楽は鳴りやまない。

「もー、わかったからぁ。起きるから止めてぇ」

「‥‥‥もじゃ」

 モンジャラは枕元に端末を戻すと、ツタで画面に触れアラームを解除する。

「今何時ー? ‥‥‥もう九時半? まだ眠いのに~。起きなきゃー」

 そう言ってゆっくりと起き上がったアヴュールの体から、ずるっと布団がずり落ちる。

「もじゃっ!」

 慌てて目をそらすモンジャラの前で、眠そうに目をこするアヴュールの体は、かわいらしいパステルカラーの下着しかまとっていなかった。白いレースの装飾がかわいい、あわいブルーの下着がつくる、ひかえめによせられたふくらみの隙間。

「昨日そのまま寝ちゃったもんねー」

 そう言うとアヴュールは、背中を向けているモンジャラを抱きよせ、もう一度ごろんと横になる。

「もじゃぁ~!」

 慎ましやかで綺麗な形のふくらみを顔に押しつけられて、モンジャラが鳴き声をあげる。その振動が胸に伝わり、アヴュールはイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「ねぇ、モンジャラ。朝からしちゃう?」

「もじゃぁ!」

「ふふ、そうだね。今日で帰らなくちゃだし、帰ってもいっぱいできるもんね。時間通りチェックアウトして、ちゃんと観光して帰ろ」

 解放されたモンジャラは一目散にアヴュールの胸元を飛び出し、ベッドを下りて逃げていく。

「もじゃっ!」

 少し怒ったように鳴いて、モンジャラはアヴュールの方を見ない。もちろんそれは怒っているからではなく、アヴュールの下着姿を見ないためだが。

――あれ?――

 ベッドを出たアヴュールはふと、寒くないことを不思議に思う。

 暖房をつけっぱなしで寝るとノドが乾燥して痛くなってしまうので、タイマーをセットして寝たはずなのに、下着姿でも全然寒くない。

 暖房がついている。でも、ノドは痛くない。まるで、アヴュールが目を覚ますタイミングで部屋が温まっているように、時間を見計らってつけたかのようなちょうどいい温度と湿度だ。

「‥‥‥」

 ツルを器用に動かして荷物をまとめるモンジャラの背中を見ながら、アヴュールは微笑んだ。



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3日目_午前中_しぜんこうえん

――きょうは どようび

  むしとりたいかいが ひらかれます!――

 

「ストライク、全然いないねぇ‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

 出発予定時刻ギリギリでチェックアウトを済ませたアヴュールたちは今、“しぜんこうえん”で“むしとりたいかい”に参加していた。

 ルールは簡単。手持ちのポケモン一匹で、大会専用のボールだけを使い、誰が一番強そうな虫ポケモンを捕まえられるか競うというものである。

 火曜日、木曜日、土曜日の週三回しか行われないこの大会に参加するために、アヴュールは今回の旅行の日程を調整していた。虫ポケモンはあまり得意ではないアヴュールだったが、せっかくなので旅の記念に、何かモンジャラと挑戦してみたかったのである。

 ――絶対優勝しようね!――。

 元気よくそう意気込んでいたアヴュールだったが、今は心なしか弱気な表情で、“かまきりポケモン”ストライクを探している。

「もじゃー!」

 突然モンジャラが鳴き声を上げ、背の高い草むらから飛び出してきた緑色のポケモンをツタで示した。

「! モンジャラ。それは、トランセルだよ‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 目の前でかたくなるトランセルを見逃し、モンジャラと一緒に草むらを歩き回るアヴュール。

 そんな彼女の今日のコーデは、くすんだパステルパープルのニットカーディガンに、襟元がかわいい真っ白なシャツを合わせ、少しだぼっとしたジーパンで脚を包んだオリジナリティーのあるものだった。

「やっぱり、ストライクにはそう会えないのかなぁ‥‥‥」

「もじゃー」

「この公園にいる虫ポケモンで、一番強そうなのはストライクだと思うんだけど‥‥‥」

 そう言いながら、アヴュールは首から下げた電子端末で時間を確認する。

 残り時間はもうそんなにない。

「うーん‥‥‥。そろそろ、とりあえず何か一匹捕まえておこっか。何も捕まえられないまま終わっちゃったら最悪だし‥‥‥」

「もじゃー」

「うーん‥‥‥、えい!」

 アヴュールはそう言うと、勢いよく手を振るって草をかき分けた。

「すーーぴぁぁ!」

「きゃっ!」

 アヴュールがかき分けた草むらから、突然“どくばちポケモン”のスピアーが飛び出してきた。

「すーーぴぁぁっ!!」

 気合を溜めるように鳴き構えるスピアーに、アヴュールはあわててボールを投げる。ニ十個しか貰えない、この大会専用のボールだ。

 ボールは見事にスピアーに命中し、地面に落下するとぐらっと揺れて、

「‥‥‥」

 ――勢いよくスピアーを吐き出した。

「すーーぴぁぁ!!」

「ああー! 捕まえたと思ったのに!」

「す~~ぴぁぁ!!」

 再び自由になったスピアーは、素早く空中を駆け、あっという間にアヴュールに迫る。

「きゃっ!」

「もじゃー!」

 間一髪。スピアーの両腕についたハリの一撃をモンジャラが受け止め、アヴュールは事なきを得る。

「すーーぴぁぁ! すーーぴぁぁっ!」

 スピアーのハリの乱舞を、モンジャラは必死で受け止める。

「モンジャラ!」

「もじゃー!」

 目の前のスピアーをしっかり視界に収めながら、力強く返事をするモンジャラに、アヴュールはうなずく。

「ありがとう! 今度こそ‥‥‥!」

 アヴュールがもう一度ボールを投げ、目の前のモンジャラに夢中なスピアーを容易く射止めた。

「お願い‥‥‥、捕まって‥‥‥!」

 祈るように両手を合わせるアヴュールの前で、ボールがぐらり、ぐらりと揺れ、

「‥‥‥」

 ――またもスピアーを吐き出した。

「すーーぴぁぁ!!」

 再びスピアーの“みだれづき”がモンジャラを襲う。

「モンジャラ!」

「もじゃぁ! もじゃぁー!」

 大丈夫だと言うように、力強く鳴くモンジャラに元気づけられ、アヴュールはもう一度ボールを投げる。

「今度こそ! お願い!」

 ボールはスピアーを吸い込むようにその中に収め、地面に落ち、三度目の正直、

「‥‥‥」

 ――とはならなかった。

「すーーぴぁぁ!」

「だめだ。全然捕まらない‥‥‥」

 一度も揺れないボールから飛び出したスピアーを見つめ、アヴュールは早くも取り出したボールを力強く握りしめる。

「すーーぴぁあ!」

 スピアーが、そんなアヴュールと無抵抗で攻撃を受け続けるモンジャラをあざ笑うように“きあいだめ”をして見せる。

 ――この大会では、捕まえたポケモンが弱ってない方が、貰えるポイントも高いんだって。ネットの噂だからほんとかどうかはわかんないけど、できれば戦わずに捕まえたいね!――。

 モンジャラは、先ほどアヴュールがそう言ったのを覚えていて、あえて一度も反撃せずに攻撃を受け続けていた。

「‥‥‥ありがとう、モンジャラ!」

 アヴュールはそう呟くと、力を込めてボールを投げた。

 力んだ投球は少しカーブをえがき、油断していたスピアーの重心を捉えた。

「お願い‥‥‥!」

「もじゃっ‥‥‥!」

 二人の祈りが重なる前で、ぐらり、ぐらりとボールが揺れて、

「‥‥‥!」

 ――カチリと小さな音を響かせると、ピタリと動かなくなった。

「‥‥‥やったー!」

「もじゃー!」

「捕まったよ! ねえ、捕まえたよ! モンジャラ!」

「もじゃー!」

「やったね? やったね! モンジャラ!」

「もじゃ~! もじゃ~!」

「ふふ、ふふふ‥‥‥。うれしいね?」

「もじゃー!」

 ひとしきり喜んだあと、アヴュールはボールに向かって駆けていく。

 とてとてとその後ろをついてくるモンジャラを振り返り、「やったね」とにっこり微笑んだアヴュールの目が、突然それて硬直する。

「もじゃー?」

 アヴュールの視線の先を追って振り返ったモンジャラも、驚いて目を丸くする。

「‥‥‥すぅぅとらいく!」

「ストライク!」

「もじゃー!」

 慌ててスピアーの入ったボールをカーディガンの飾りみたいなポケットに押し込み、アヴュールは新しいボールを取り出す。

 そんな彼女のウエスト辺りから、小さなポケットに上手く入らなかったスピアー入りのボールがぽろっと落ち、それに奪われたアヴュールの意識ごと拾い上げるようにモンジャラのツタがボールをキャッチする。

「ありがとう、モンジャラ!」

 そう言ってすぐにストライクに意識を戻し、アヴュールがボールを投げたのと、大会終了のアナウンスが流れたのはほぼ同時だった。

「ピンポーン! 時間がきました!」

 自分に向かって投げられたボールを堂々と受け止めたストライクは、一度の揺れも許さずボールを飛び出すと、何事もなかったかのように澄んだ翅をはためかせて飛び去っていった。

 

     *

 

「結果発表ー!! じゃじゃじゃーん!!」

 “しぜんこうえん”のゲートで、職員が声を張り上げる。

「モンジャラ‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 職員を真っ直ぐに見つめてつぶやいたアヴュールを見上げ、モンジャラが優しく勇気づけるように鳴く。

 いよいよ大会の結果発表だ。

「三番はストライクを捕まえたエリートトレーナーのケンさん。得点は三三三点でした!」

「三位でもうストライク‥‥‥」

 不安そうにアヴュールが呟く。

 しかし、その表情からは負けず嫌いの希望がまだ消えていない。

「二番はキャタピーを捕まえた、ピクニックガールのカオリさん。得点は三三五点でした!」

「‥‥‥キャタピーで?!」

「もじゃぁ‥‥‥」

 アヴュールたちと共にざわつく会場内で、職員がひときわ大きく声を張り上げる。

「そして! 今回の大会、一番の優勝者は‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 アヴュールとモンジャラが固唾をのんで次の言葉を待つ中、職員がその結果を発表する。

「スピアーを捕まえたアヴュールさん! 得点は三三六点でした!」

「‥‥‥うそ」

 アヴュールの瞳が大きく開いてゆらっとゆれた。

「もじゃー!」

 うれしそうに鳴いてアヴュールを見上げるモンジャラに、かたまっていたアヴュールが微笑みかける。

「やったね! モンジャラ、やったよ!」

 喜ぶ二人は笑顔の職員に呼ばれ、他の入賞者たちと共に前に出て商品を受け取る。

「―― 一番のアヴュールさんには“たいようのいし”をさしあげます」

「ありがとうございます! ――やったね、モンジャラ!」

「もじゃ~!」

 うれしそうに“たいようのいし”を握りしめるアヴュールと、それをやっぱりうれしそうに見上げるモンジャラ。

「次の大会も頑張ってくださいね」

 公園の職員はそう言って大会を締めくくった。

 

     *

 

 大会が終わって――。

「やったね、モンジャラ」

「もじゃー」

 二人は“しぜんこうえん”のベンチに座って一休みしていた。

「だいじょうぶ? スピアーの攻撃、たくさん受けちゃって。痛かったよね‥‥‥?」

「もじゃー!」

 元気に返事をするモンジャラに、アヴュールはリュックサックから取り出した“キズぐすり”を使って優しく手当てをする。

「私ね、モンジャラと絶っ対に優勝したかったんだ」

「もじゃぁ」

「モンジャラと参加したら、きっとそれだけですっごく楽しいだろうなって思ったけど‥‥‥。本当に、それだけですっごくすっごく楽しかったけど‥‥‥。でもね。だからこそ、絶対に優勝したかったの」

「もじゃー‥‥‥」

「ふふふ。なーんてね。はい、おしまい」

 アヴュールは幸せそうに笑うと、モンジャラの手当てを終えて道具を片付けた。

 そして、リュックサックにしまってあった“たいようのいし”を大事そうに取り出して、モンジャラと一緒に眺める。

「すごいね‥‥‥」

「もじゃぁ‥‥‥」

「帰ったら、どこかで加工して貰って、アクセサリーにして貰おう?」

「もじゃー!」

「髪飾りみたいにして、モンジャラのツタに付けよっか? このへん。どーお?」

「もじゃー‥‥‥。もじゃっ!」

 モンジャラはそう鳴くと、ツタで“たいようのいし”の真ん中をつーっとなぞった。

「えっ。半分こにするの?」

「もじゃっ!」

「えー、もったいないよぉ‥‥‥」

「もじゃー‥‥‥」

 残念そうに鳴くモンジャラを見て、“たいようのいし”を見て、アヴュールはしみじみと言った。

「‥‥‥でも、そうだね。二人で大会に参加して、優勝して、貰った石だもんね。半分こにして、おそろいでつけよっか?」

「もじゃぁ~!」

「ふふふ‥‥‥」

 アヴュールは微笑むと、大事そうに“たいようのいし”をリュックに戻し、立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

「もじゃー!」

 モンジャラもぴょんとベンチから地面に降りる。

 あたたかなお昼の日差しの下を、二人はゆっくりと歩き出す。

 それぞれの一歩、それぞれの時間を重ねて。おそろいの思い入れ、おそろいの思い出が、また一つ。



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3日目_夜_41ばんすいどう?

――ここは アサギ みなと

  こうそくせん のりば――

 

「‥‥‥」

 決して広くはない格安の客室で、ベッドに腰を下ろし、アヴュールは静かに壁の方へ視線を落としていた。

 しばらく前に“アサギみなと”を出発したこの船は、今頃“うずまきじま”と“コガネシティ”の間を南下している頃合いだろうか。膝の上にモンジャラを乗せたアヴュールは、窓のない壁の先に真っ暗な海を望むように座っていた。

「もうしばらくしたら、ジョウトともお別れだね」

「もじゃぁ‥‥‥」

 細長い部屋の中を、しみじみとした空気が満たしている。

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 モンジャラもアヴュールも、喋らなかった。

 特に何か、理由があるわけではなかったけれど。ただ、なんとなく、二人は黙っていた。

 旅の余韻にひたるように、旅の終わりの寂しさにひたるように。ただ、二人は静かに前を向いて座っていた。

「‥‥‥ねえ、モンジャラ。楽しかった?」

「もじゃー!」

「ふふ。よかった‥‥‥」

 うれしそうに微笑んだアヴュールを、膝の上でモンジャラが振り返る。

「もじゃー?」

「うん。私も楽しかった」

「もじゃ~!」

 二人はなにげない言葉をかわして、なにげない幸せをかさねて、なにげなく微笑み合った。

「‥‥‥お風呂、行こっか」

「もじゃー!」

 アヴュールに優しく頭をぽんとされたモンジャラは、膝の上からぴょんと飛び降りる。

「帰りもオーシャンビューらしいよ? あっ! コガネの夜景、見れるかな?」

「もじゃー」

 お風呂セットを準備するアヴュールの手が急ぎ出す。

「せっかくだし、見たいよね。急がなきゃ‥‥‥」

「もじゃー」

 焦るアヴュールをなだめるように、モンジャラが優しく鳴いた。

「うん、大丈夫。行こう」

「もじゃー!」

 アヴュールとモンジャラは客室を出て、大浴場へと向かった。

 残りわずかなジョウト旅行を、まだまだ楽しむために。

 

 ――人とポケモンが二人、旅してる。

 ――船の窓から星が見える‥‥‥。

 

      THE END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――― 

 

あとがき

 

 

 読んで下さった方、ありがとうございます。

 不快にしてしまった方、申し訳ございません。

 

 

 私が観測して、素敵だなぁと思い、文章という形に起こさせて頂いた「アヴュールとモンジャラの旅行」の断片を。みなさんにも楽しんで頂けていたなら、うれしいなと思います。

 

 

 改めまして――。

 読んで下さった方、ありがとうございます。

 不快にしてしまった方、申し訳ございません。

 

 皆様の人生が幸せなものでありますように――。



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