つわものたちのクリスマス (プロッター)
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前編

 ハロー、ミシェーラ。元気ですか?

 兄ちゃんは元気です。この街へ来てから大分時間が経ち、異常が日常の毎日にもかなり慣れてきました。何もない1日なんてないけれど、それでもそんな1日を楽しく思うあたり、兄ちゃんもこの街に毒されてきたのかもしれません。

 色々な場所からあれこれ言われ、ドタバタの絶えないこの街ですが、季節ごとのイベントは毎年開催されています。ハロウィーンやクリスマス、年末年始なんかもそれなりに盛り上がります。盛り上がりといっても、ミシェーラの想像以上に()()()()()()()()ので、身の回りの注意は欠かせません。

 中でもこの前のクリスマスは、兄ちゃんの人生の中でも結構刺激的なものでした。

 

 

―――――――――

 

 

 かつて紐育(ニューヨーク)と呼ばれていた都市には、現在地球上でもっとも剣呑な特異点が存在している。

 その街の名は『ヘルサレムズ・ロット』。異界と現世が交わるその地は一夜にして出現・構築され、その日から世界中の注目を集める緊張地帯となった。

 霧に包まれたその街に蠢く奇怪生物・魔道犯罪・超常技術・神秘現象。一歩間違えれば、この世は混沌に飲み込まれる。

 こうした不安定な世界の均衡を守るために暗躍するのが、超人秘密結社『ライブラ』。

 これは、その構成員たちの活動と日常の中の、ある日の話だ。

 

 

―――――――――

 

『さて、クリスマスまで10日を切った本日、A&G(アルケミーアンドジェネシス)社製の最新仮想現実体験ゴーグル「D・Dゲイザー」が発売されました。これまでにない迫力と繊細な映像を体験できるこのVRゴーグルは、クリスマスプレゼントには最適との触れ込みで、事前予約の際は本社のサーバーがクラッシュするほどの人気となりました』

 

 テレビの中でキャスターが、人界と異界の技術を併せて開発された商品を喜々として説明している。

 

『しかしながらその人気のせいか、発売初日の今日、販売店付近での強奪行為やネットでの違法な転売が相次いでいます。その被害相談は早くも243件に上り、さらに関連していると思われる殺傷事件も45件報告されています』

 

 やけに血生臭いうえに結構な大事件だが、これがこの街の日常でもある。

 なので、テレビを見ていた糸目の少年レオナルド・ウォッチは『大変なことになってますね』と告げた。

 

「やっぱり惹かれるものなんすかね?新商品って」

「そりゃーなー。あれだけ大々的に宣伝されてりゃ誰だって食いつくだろ」

 

 ソファでふんぞり返っている褐色銀髪のザップ・レンフロは、大した興味もなさそうに鼻をほじっていた。

 そっけない態度だったが、レオナルドの正面に座る半魚人ツェッド・オブライエンは、まだ良心的な反応を示した。

 

「純粋な興味関心もあるでしょうけど、常に新しいものを持つことは、それだけ少しでも他人より先を行くということでもあります。そこに優越感を抱いたり、逆に遅れることを恐れるからこそ、こうした新しいものは大体人気が出やすい。特に、普通の人が手に届くようなものだからなおさらです」

 

 人間離れした奇妙な見た目とは裏腹に、理論的な意見を述べるのはいつも奇妙なギャップを抱かせる。レオナルドも舌を巻いた。

 

「よーし、全員注目ー」

 

 その時、あまり緊張感を感じない呼びかけが部屋の向こうから聞こえてきた。レオナルドたちがそちらを見ると、番頭スティーブン・A・スターフェイズがタブレットを片手に手を挙げている。レオナルドはテレビを消して、そちらへと向かった。

 全員が集合したのを見ると、そこで部屋の明かりを暗くしてスライドを点けた。

 投影されたのは、5つの小さな金属だ。一つ一つはただの電子機器に見えるが。

 

「『五亡の真雷槍(フィフスパーク・ランス)』。計5つのデバイスで構成された魔術兵器で、一度起動するとそのデバイスが発動したポイントの内側にあるものすべてを物理法則無視で地中に落っことす厄介な代物だ」

 

 スティーブンが手元のタブレットを見ながら説明する。彼の言葉を聞くライブラのメンバーには、『また面倒な案件持ってきやがって』と露骨に顔で抗議する者もいるが、スティーブンは意に介さない。彼もまた同じ気持ちなのだろう。

 

「デバイス本体はこの通り小型だが、スマホや無線機、バイクに自動車、なんにでも組み込んでカモフラージュができる。デバイスは近すぎても遠すぎても同期できず距離が決まっている。その距離は、HL(ヘルサレムズ・ロット)の端から端までだな」

 

 つまりこの魔術デバイスが起動すれば、ヘルサレムズ・ロットは崩壊する。スティーブンは暗にそう告げていた。

 

「魔術デバイスの起動実験では、魔術が発動すると各デバイス同士が魔術の光で結ばれて、最終的に五芒星の形になる」

「そりゃまた、色んなトコから文句付けられそうなもので」

「そのデバイスが、4日前に開発施設からの移動中、何者かに強奪された」

 

 口を挟むザップの言葉を聞き流しつつ、スティーブンは別のメンバーに視線を送る。視線を受け、黒いスーツの女性チェイン・(スメラギ)は、手元にある資料に目を落とした。

 

「碧落奪回連盟。HLから異界生物・異界技術…とにかく異界由来のものを排除して、元のNYを取り戻そうとしてる武装集団。今までは特に目立ったことはしてなかったから要監視対象だったけど、今回の件で排除対象にランクアップよ」

 

 彼女は『ライブラ』のメンバーであり、人狼特殊諜報部と呼ばれる別の組織のメンバーでもある。『不可視の人狼』と呼ばれる特殊体質の彼女にとっては、違法組織の内部情報を手に入れることなど容易いし、その情報があってこそライブラも作戦を立てることができる。

 チェインの説明を聞き終えてから、スティーブンは再び全員に目を向ける。

 

「このデバイスの行方は不明。各所に聞き込みは既に行ったが、未だに情報が掴めない」

「なんか意外ですね。チェインさんたちでもそこまで分からないって」

 

 不満でも皮肉でもなく、レオナルドが本当に不思議そうに告げる。

 そんな彼に対し、チェインは特に何を言うでもなく、腕を組んで視線を逸らす。スティーブンが説明しようとしたが、先にツェッドが口を開いた。

 

「碧落奪回連盟は普段、姿を頻繁に変えて一般人に紛れて活動しているんです。なので一度姿を見ても、すぐに外見が変わるので見失いがちなんです」

 

 ヘルサレムズ・ロットに遍く存在する犯罪者集団、危険思想の教団などは、いずれも大柄な体つきだったり、見た目が派手だったり、禍々しい恰好をしていたりと、言うなれば『わかりやすい』。だが、碧落奪回連盟はライブラのように普段は一般人に紛れて生活をしているうえに、ツェッドの言う通り姿を何度も自在に変えている。明確な拠点もないので、チェインたちが情報を掴めないのはそのせいだ。

 

「そういった事情から、この組織は存在だけ把握できているのですが、構成員は一人として判明していません。デバイスの行方が分からなくないのもそのせいです」

「天下の『不可視の人狼』が聞いてあきれるぜ」

「普段からダメ男の手本みたいに自堕落に生きてる猿がどの口で」

 

 ツェッドの説明の上でザップが腕を組んで文句を垂れる。すぐさまチェインが嚙みつきかけるが、今は作戦会議中なのもあって掴みかかったりはしなかった。

 スティーブンが『話を戻そう』と言う。

 

「で、だ。数日前に碧落奪回連盟から警察署(H.L.P.D)に犯行予告が届いたそうだ。『HLを崩落させる』とね」

「バカなんすか」

「バカじゃなかったらこんなことしないでしょ」

 

 コンマ一秒でザップが反論、チェインも同調するが、スティーブンは肩を竦める。都市を一つ滅ぼす前に宣言などすれば、事前に阻止・介入されるリスクが高まる。それでもそんなことをしたのは、自分たちが見つからないという自信からか、それともHLの住人に対する彼らなりの情けか。

 

「彼らが示した犯行日付は12月24日、クリスマス・イヴだ」

 

 そう言った直後、『うげ』という声が一部で上がるが、今は置いておく。

 

「警察は表向きは単なるイタズラとして処理したが、HLにはイタズラ気分で世界転覆を狙う連中がわんさかいる。そこで、我々に声がかかったわけだ」

「でも、デバイスを起動させる場所も持ち主も分からないんなら、どう阻止するんですか?」

 

 レオナルドが質問をするが、スティーブンはタブレットを操作して別のスライドを投影させる。

 

「プランはこうだ。HLを5つのエリアに分け、当日は最低でも2人一組に分かれてエリアを監視。魔術デバイスの起動を確認したらその地点へ急行し、介入して術の発動を阻止し、デバイスを奪い取る」

「質問。デバイスが起動した後では急行しても間に合わないのでは?」

 

 ツェッドが律義に手を挙げて質問するが、スティーブンは首を横に振る。

 

「このデバイスは、起動してから同期が完了して魔術が発動するまでに10分のラグがある。その10分以内に阻止すればいい」

「逆に言や、それまでに阻止できなけりゃ全員まとめて永遠の虚に真っ逆さまってことっすか」

「そういうことだ」

 

 ザップの言う通りで、今回の作戦がうまくいかなければ、自分たちを含め何百万の命が犠牲になる。碧落奪回連盟はそれほどの犠牲を払ってでもHLを抹消したいのだろう。だが、それで異界と現世の境が塞がる可能性などほぼ0だ。むしろ、HLに空いた大穴から異界の魑魅魍魎、有象の方が高い。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「ここまでで何か、質問は?」

 

 スティーブンが再度全員に視線を巡らせる。

 

「…K・K、何か言いたいことが?」

 

 その中でスティーブンが目を向けるのは、ライブラのメンバーの中でも長身の女性、K・Kだ。レオナルドたちが彼女の方を見ると、その顔は苦痛に塗れている。何か言いたいのは明らかだ。

 

「…いえ、何でもないわよ」

「そういう答えをする奴は大体何か言いたいことがあるんだ。言ってみろ。作戦に不安要素でもあるなら、それは今すぐ消すべきだ」

 

 K・Kは渋るが、スティーブンは笑みを浮かべて意見を促す。意見あるいは不安なことがあるのに、それをそのままに作戦を進めては、何が起こるかわからない。スティーブンの言う通りで、不安要素は失くすべきだ。

 やがてK・Kはため息をついて口を開いた。

 

「…言うだけ無駄なんでしょうけど、その日は家族とクリスマスパーティが…」

 

 K・Kとスティーブン以外の全員の表情が『え』と驚愕、というより安堵に染まる。

 ライブラのメンバーでK・Kが既婚かつ二児の母であることは誰もが知っているが、世界転覆の日に家族とのクリスマスパーティを理由に断るとは思ってもいなかったのだろう。

 しかし彼女、秘密結社に所属し、かつ家族(具体的には子供)にその正体を明かせないため、家族とのイベントをほっぽり出すことが多い。そこに悩んでいるというのも、メンバーの一部では知られている。そんな彼女にとって、クリスマスはまさにそんな家族との時間を作ることができるチャンスタイムだ。

 その言葉を聞いて、スティーブンは溜息をつき、困ったように笑みを浮かべた。

 

「そういう理由があるのなら休んでも構わないさ。デバイスが起動して、HL中の子供たちが家族もろとも永遠の虚の底まで落ちて、もう二度とクリスマスどころか誕生日すらも祝えないなんて悲しく惨いことになってもいいって言うんなら休んでも僕らは―――」

「そういうこと言うと思ったから言いたくなかったのよ!やるわよやりますよやればいいんでしょこの冷血腹黒優男!!」

 

 半分涙目でヤケクソ気味に承諾するK・K。レオナルドやザップ、ツェッドが『うわぁ…』ともの言いたげな顔でスティーブンを見るが、彼にとっては痛くも痒くもないらしい。

 

「すまない、K・K」

 

 しかし、そんな彼女の型に優しく手をのせる男がいた。

 犬歯と赤髪、大柄な身体が特徴的な、クラウス・V・ラインヘルツ。異常能力者の集団であるライブラをまとめるリーダーだ。

 

「家族と特別な日を過ごすことができない君がどれだけ苦しいのかは、痛いほど分かる。だから当日は、この任務を終えた後で、君が家族と過ごせるように予定を調整すると約束しよう」

 

 涙目で『クラっち…』と感動するK・Kに、クラウスは頷く。そんな彼はきっと今、K・Kに無理をさせることに対して胃が痛くて仕方ないんだろうなぁ、とスティーブンは心の中で苦笑いを浮かべた。

 

「さて、諸君」

 

 クラウスはK・Kの肩から手を離すと、改めてライブラの面々に視線を配る。

 

「今回もまた、我々の双肩に世界の命運が委ねられた。それも今回は、かなり規模の大きな作戦であり、失敗した際のリスクも大きい」

 

 『ライブラ』のリーダーとして、クラウスはメンバー1人1人を大切に思っている。そして、スティーブンを含めたメンバーもまた、そんなクラウスのことを信頼している。その互いに存在する強い信頼関係が、これまで何度も世界転覆の危機を退けている要素の一つでもある。

 

「しかしながら、これまでも我々は幾度となく危機を乗り越え、均衡を守り抜いてきた。それは確固たる事実であり、平和を保つ力を持っていることの証明でもある」

 

 クラウスの言葉には、重みがある。最初はその巨躯から威圧感をぶつけられるものの、やはり相応の実力と精神力、強靭さを持つ彼の言葉は、心に強く響く。己の中の一抹の不安さえも消し去ってくれる。ライブラのメンバーとして、クラウスの戦いを見てきた者たちにとっては猶更。

 

「我々は、疑う余地もなく強い。それを胸に、やり遂げよう」

 

 拳を握り、宣言するクラウス。

 誰もが頷き、不敵な笑みを浮かべる。

 その場には緊張も恐れもなかった。

 

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

 

 作戦当日の7日前。

 

「パトリックさんたちも今度の作戦、参加するんですね」

「ああ、今回ばかりはちょっとばかし勝手が違うからなぁ」

 

 レオナルドがいるのは、ライブラの武器庫(アーセナル)ことパトリック・スミスが普段作業を行っている作業場だ。壁には警棒や通常のハンドガンなどの護身用装備から、異界の技術を織り込んだ最新鋭銃器まで所狭しと掛けられ、棚にも特殊な弾丸やらナイフやらがずらりと並んでいる。パトリック本人も、銃身が女性の腕と同じぐらい太い新型銃器の調整を行っている最中だ。

 

「お前も前線出るんだろ?護身用に何か武器でも持っとけって」

「いや、僕は―――」

「こいつなんかどうだ?直線上にいる奴を一瞬でサイコロステーキみてぇに焼き切れるぞ」

 

 ことあるごとにレオナルドに武器を持たせようとするパトリック。彼なりにレオナルドの身を案じているのは分かっているのだが、レオナルド当人としてはあまりそう言った物騒な武器を持ちたくはない。

 すると、机の上に置かれていた時計のベルが鳴った。

 

「あ、もう5時だね」

 

 パトリックが時計を止めると、部屋の奥からポニーテールの女性が姿を見せる。同じくここで武器の管理・調整を担っているニーカ・コヴァレンコだ。彼女はせっせと帰り支度を始める。

 

「先に上がるよ」

「おう、お疲れ。友達とディナーだっけか?」

「うん、クリスマスは無理だから埋め合わせにね」

 

 9時17時勤務を守る彼女は、一般人との交友関係もそれなりに広い。どちらかと言えば、感性はレオナルドのように一般人に近い。どうやらクリスマスも、元々その友達と過ごすつもりだったらしく、そんな日に世界の命運を懸けた作戦があるとは何とも都合が悪い。

 

「それじゃ、お疲れ」

「お疲れ様です~」

 

 手を振って部屋を出るニーカに、レオナルドも声をかける。背丈はあまり変わらないが、あれでもニーカはレオナルドより年上なので、それぐらいの礼儀は弁えていた。

 残ったのはパトリックとレオナルドのみだ。

 

「作戦当日って二人はどうするんです?」

「まぁ丸腰で行くわけにもいかねえしな。改造ジープで行くつもりだ」

 

 レオナルドがよくつるむザップやツェッドたちと違い、パトリックもニーカも特別な異能の持ち主ではない。戦う時は己の身体と武器を使う。無論、その武器も人界で流通している程度のものでなく、自分たちで改造・調整したものだ。

 

「レオは誰と組むんだったか?」

「ギルベルトさんです」

「へぇ、ザップじゃないのか」

「ええ、まあ。今回はちょっと事情が特殊ですし」

 

 レオナルドの答えにパトリックが『がはは』と笑う。ライブラの任務でレオナルドは、大体ザップと組んでいる。その度にザップは難色を示しレオナルドをどついてくるが、スティーブン曰くザップに実力があるからこそレオナルドを任せられるらしい。

 だから、今回はそのザップと組むのでないのが、パトリックには新鮮に見えたようだ。

 

「後はいつも通りのメンツか」

「そうっすね。スティーブンさんとチェインさん、ツェッドさんとK・Kさん、そしてクラウスさんとハマーさんたちです」

「ブローディ&ハマーも出てくるのか。よっぽどだな」

「HL全土を巻き込む形ですしね」

 

 レオナルドは軽い調子で言うが、今回の事の重大さは勿論理解している。

 だからこそ、重大犯罪者約2名が限定的に釈放されるのがどれだけのことかも分かった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 作戦当日の2日前。

 

「どこもすっかりクリスマスムードだねぇ」

 

 道路を行く一台の車の中で、男が呑気そうに呟く。端正なその顔立ちをもってすれば、両手に填められた頑丈な手錠さえアクセサリーに見えてしまうのが不思議だ。

 

『全くだな。どうせならムショの飯もクリスマス仕様にして欲しいもんだぜ。ただでさえ不味い上に外の様子なんざこれっぽちも分からねぇんだから』

 

 その穏やかな声に同調するのは、対照的に刺々しい雰囲気のする声。それは、端正な顔立ちの男の手首の縫い目から伸びる、奇妙な赤い線状の『何か』だ。

 この赤い『何か』こそ、パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)に収容されている凶悪犯デルドロ・ブローディ。端正な男の方は、その宿主であるドグ・ハマー。訳あって、ドグが肉体、デルドロが血液として一つの身体を共有している。

 そんな2人のやり取りを聞いて、防弾ガラス越しに助手席に座る女性がふんと鼻息を吐く。

 

「三食あるだけありがたく思え。そんなに食事が不満なら、お前たちだけ食事なしにしてやってもいいぞ?」

『飯も出さないムショなんざ人権ガン無視じゃねぇか。どこぞの団体が訴えてくるぞ』

「貴様を含め収容されている犯罪者がどれだけの極悪人かを知れば、それもどうだろうな?」

 

 デルドロに対し、パンドラムの獄長アリス・ネバーヘイワーズは強気な姿勢で反論する。彼女としては、懲役1000年越えのド級の犯罪者を、たとえ1時間でも外に出すなど猛反対だ。しかし、デルドロの宿主であるドグが人畜無害な優男なのと、ライブラが持ち出した話がヘルサレムズ・ロットを転覆させる厄介な事件なものだから、自分の責務を二の次にせねばならなくなった。

 

『っつーかアリス』

「呼び捨てにするな。で、何だ?」

『お前今回の話、やけにあっさり吞んだじゃねぇか。なんだ、激務のあまり頭のネジが2~3本緩んだか?』

「馬鹿を言え」

 

 デルドロの冗談をぴしゃりと説き伏せつつ、アリスは助手席から流れる景色を眺める。

 これまでも、有事の際にはライブラからこの2人の一時的な釈放を要求されたことは何度もあった。その度に、アリスは胃が捻じれるほどに葛藤し、時に議論を重ね時に自ら拳を交え、結果的にそれを許可した。

 しかし今回は、デルドロの言う通り、今までほどの葛藤や時間を要さずに2人の一時的な釈放を認めている。アリス自身それは自覚しているし、それは決して気の迷いなどではない。

 

「私はパンドラムの獄長として、貴様ら犯罪者に罪を清算させる義務がある。それを、わけもわからない異常犯罪者集団に崩されるのが気に喰わんのだ」

 

 パンドラムに収監されている犯罪者たちは、いずれも数十年以上の懲役を科されている罪人だ。当然それだけの罪を重ねてきているし、その罪を償うことを被害者やその家族は望んでいる。アリスもそれは同意見だ。

 だからこそ、パンドラムがヘルサレムズ・ロットと運命を共にし、最後まで罪を償うことなく犯罪者たちが奈落へと落ちるのは承服できない。それは被害者たちの願いを無下にするようなものだ。

 

『…ケッ』

 

 アリスの言葉を、デルドロは大したことじゃないとばかりに吐き捨てる。元々この男は反省とは無縁な輩なので、その反応はアリスも想定していた。

 

「よく分からないけど、皆死んじゃうのは良くないよね」

『…なんだろうな、論点がズレてるようなそうでもねぇような気がするんだが』

 

 ドグの言葉に、デルドロは呆れたように呟く。アリスもまた溜息を吐き、シートに身体を預けてフロントガラスの向こうの景色を流し見る。

 どこもかしこもクリスマスムードに浮かれていた。これから、この街全てが奈落に落ちるかもしれないと言うのに。

 

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 作戦当日の12月24日(クリスマス・イヴ)。PM9:00。

 

「高度は問題ございませんか?レオナルドさん」

「大丈夫です。これだけあれば」

 

 レオナルドと、クラウスの執事に当たるギルベルト・F・アルトシュタインは、ヘルサレムズ・ロットの上空およそ200メートル地点にいた。

 今回の作戦で、レオナルドは重要な役割を負っている。ギルベルトの操縦するドローンに乗り、レオナルドは神々の義眼の能力で魔術デバイスの起動を確認する。それを各エリアに散らばったライブラの面々に伝えるのだ。こうすることで、各エリアのメンバーはいち早くデバイスの起動地点へと向かうことができる。

 

「よし…」

 

 レオナルドは、首に提げていたゴーグルを装着し、目をゆっくりと開く。

 目蓋の裏に隠されていたのは、普通の人間のそれとはまるで違う、爽やかな水色の眼球だ。本来瞳のある部分には物差しの目盛りのような模様があり、ゆっくりと円を描くように動いている。

 これこそが、異界存在からレオナルドに与えられた神々の義眼だ。

 

「…まだ見えませんね」

 

 空から街全体を見回すが、魔術デバイスのオーラは見られない。

 スティーブンの話では、魔術デバイスは普通のスマートフォンと同様、電波のように人の目には見えないエネルギーを放出し、それを別の地点にあるほかのデバイスへ発信、あるいは受信する。そして、その発信・受信地点にはエネルギーが集中し、ひと際眩い光を放つ。それが見分けるポイントだ。

 これも、神々の義眼がなければできない所業だ。この目は普通の眼球には見えない電波やオーラ、壁の向こう側にある人や物、さらには他人の視覚情報の引き出し、他人の視覚の乗っ取り、視野の転送など、とにかく『眼球』に関係することであればほぼ何でもできると言っていい。神が作るにふさわしい代物だ。

 

(…ミシェーラ)

 

 ただし、この超常的な能力を持つこの眼も、無償で手に入れたわけではない。

 今もヘルサレムズ・ロットの外に住む妹のミシェーラの視力と引き換えに、レオナルドはこの眼の所有者となった。それがレオナルドの本意ではないにしろ、それはレオナルド自身の心に大きな後悔と挫折として残っている。

 だからこそ、この眼は私利私欲のためには使わず、こうした有事の時にだけ使うと、心に決めていた。

 そしてこの眼の力を使うたびに、その時の記憶が脳裏に蘇ってくる。

 

「?」

 

 だが、感傷に浸りかけたところで、レオナルドの耳にいくつもの爆発音が入り込んでくる。

 すぐさま視線を街の方へ向けると、あちこちで爆発が起こっているのが見えた。

 

「まさか…!」

 

 レオナルドが身を乗り出し、爆発が起こった場所を注視する。意図を察したか、ギルベルトもレオナルドが視る方向へとドローンを移動させた。

 

「あれは…!」

 

 

 

 

「まさか、こんな時にこんなのが出てくるとはな」

 

 ヘルサレムズ・ロットの北東のブロックで待機していたスティーブンは、目の前に聳え立つ物体を見て溜息をつく。

 表通りから横道に入ったそこにいたのは、機械仕掛けの巨大な像だ。全身が鋼鉄の鎧で覆われ、その高さはアパート6~7階ほど。見た目に違わず重量もそれなりにあるようで、一歩踏み出すたびにアスファルトが砕け、道路が凹み、地響きでゴミ箱が倒れる。

 

「警部、街のあちこちで謎の兵装機械生物が暴れていると連絡が…」

「持ち場を離れねえように伝えとけ!逃げ出したりなんかしたら停職だぞ!」

 

 スティーブンの近くで、ダニエル・ロウ警部とその部下と思しきポリスーツの警官が話をしている。このタイミングで同時多発テロとは非常に間が悪い。特に、これほどの大きな厄ネタにヘルサレムズ・ロットの警察だけで対処できることはあまりないため、ライブラの手を借りてることが多い。ただでさえ、世界転覆の瀬戸際にあると言うのに、余計な仕事を増やされるとは困ったものだ。

 その時、ポケットの中のスマートフォンが震える。

 

「ウィ、スティーブン」

『レオナルドです。スティーブンさんの近くで、なんかでかいロボットなんかいたりしません?』

「今目の前にいるよ」

 

 今まさに、レオナルドの言う通りのロボットが、暴れまくっている。

 そこでスティーブンは、レオナルドが電話をしてきた理由と、ロボットが何なのかを察した。

 

『それ、魔術デバイスです!ほかの場所でも4つ、同じ色のオーラが見えてます!もう起動してます!』

「なるほど」

 

 レオナルドの電話を切り、スティーブンは改めて目の前の機械の象を見た。

 事前に調べた情報で、魔術デバイスはどんな機械にでも組み込むことができる。だとすれば、あのような巨大なロボットに組み込まれていても不思議ではない。だが、このように大々的に暴れるのは、碧落奪回連盟の活動傾向からして、当日も目立つようなことはしないと思っていたから、100%の予想はできなかったのだ。

 

「警部、民間人の保護を優先した方がいい。あれは僕が相手しよう」

「お前に指図されんでも今やってるわ!」

 

 親切心でアドバイスをしておくが、逆にロウの癇に障ったらしい。気難しいな、とだけスティーブンは思った。

 さて、問題の象のロボットは、その特徴的な長い鼻まで装甲で覆われており、しかもその鼻の先からは炎が噴出している。中で人が操縦しているのか、それとも自立行動をしているのかは分からないが、放っておくと無視できない被害が周りに出る。どころか、最終的にはヘルサレムズ・ロットが奈落の底に真っ逆さまだ。

 

―――エスメラルダ式血凍道

 

 スティーブンは、象のロボットへと歩を進める。後ろからポリスーツが銃でロボット象に発砲しているが、まるで歯が立たない。というより、その程度で壊せるようなヤワなものがこの街で開発されるはずもない。

 スティーブンは、不敵に笑いながら左足を思い切り蹴り上げる。

 

―――絶対零度の剣(エスパーダ デルセロ アブソルート)

 

 靴底から、巨大な氷の剣が2つ放たれる。スティーブンの靴は特別製で、靴底に仕込んだ細工で足を出血させ、その血を凍らせ形状を変化させ、高速の蹴りで対象に攻撃する。

 出現した氷の剣は鋼鉄の象に向かい、1つは振るわれた鼻に軌道を逸らされ、地面に刺さる。だが、もう1つは鼻の付け根付近に命中した。切断や貫通こそできなかったものの、刺さった部分を中心に機体が凍り付き、動きが明らかに遅くなる。鼻からの炎も出なくなった。

 だが、象のロボットはノイズにも近い咆哮を上げると、身体の側部と背中からドラム缶のような金属の筒が突き出る。それは数十連装のミサイルランチャーだ。

 それがどれほど危険かを認識した直後、一斉にミサイルが発射された。

 

「うわっ!」

 

 ポリスーツの警官が叫ぶ。

 ミサイルは周囲のアパートや車などに容赦なく叩き込まれ、そこかしこで爆発が起きる。表通りの連中も流石に気づいたようで、人々は蜂の子を散らすように逃げ出し、悲鳴を上げ、行き交う車はこの爆発に気を取られたのか玉突き事故を起こした。

 警察が既にこの道の封鎖しているものの、それだけで被害を食い止めることはできないし、それほど時間の猶予もない。

 そこで突然、象のロボットがこちらへ突進をしてきた。通りにいる一般人たちを狙ったのかもしれない。

 

―――エスメラルダ式血凍道

―――絶対零度の地平(アヴィオン デルセロ アブソルート)

 

 スティーブンはそれを見て、左足で強く地面を踏み込む。次の瞬間、周囲一帯のアスファルトが氷で覆われた。近くにいたロウも足を滑らせ、『気をつけろバカ!』と抗議してくるが、スティーブンは無視した。

 肝心の象のロボットは、流石にアイスバーン対策までしていなかったらしく、氷を踏むとバランスを崩して横転する。しかし、その間にもミサイルランチャーは発砲され続けており、空を向いた右側面のものは天空へ撃ち続け、背中側のものはアパートの壁に連射している。ヘルサレムズ・ロットの建物は基本頑丈なので、あの程度では倒壊はないだろうし、スティーブンも一般人に被害がないよう計算したうえで転ばせている。

 すると象の身体が僅かに傾げ、体勢が元通りになろうとしていた。地面に接している左側部から突起のようなユニットを展開させている。

 しかし、スティーブンはそんなことを許すはずもなく、左足で地面を擦る。

 その直後、鋭く尖った巨大な氷が地面から出現し、象のロボットを刺し貫いた。

 数秒の間を置いて、象のロボットから爆炎が巻き起こる。

 

「まずは1機片付けた」

 

 スティーブンが、スマートフォンでクラウスに連絡を入れる。

 これを皮切りに、聖夜の戦いが始まった。



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後編

「あンの腐れ陰毛頭め、デバイスがロボットに組み込まれてんならちゃんと初めに気づいとけってんだ」

「愚痴は本人に言うとして、早いとこ片付けないと万単位で人死ぬよ」

 

 街の南西の一角で、ザップが苛立たし気にスマートフォンを切って愚痴り、チェインは溜息を吐く。ザップの口の悪さは今に始まったことではないが、聞いていて気分のいいものではない。

 普段から互いのことを『メス犬』『クソ猿』と呼び合うまさに犬猿の仲だが、共通の敵を前にし、世界の命運を懸けた戦いにおいてはある程度の協力を見せる。

 その共通の敵こそ、目の前のビルに張り付いている蛙の形をしたロボットだ。

 

「まーたでっけぇカエルなもんだ」

 

 呑気にビルを見上げるザップだが、その周囲は逃げ惑う人々で溢れている。中にはカメラで撮影している悠長な輩や、この世の終わりだ(ある意味間違ってはいないが)と自棄になって近くの店で略奪する愚か者もいるが、ザップもチェインもそちらへは見向きもしない。

 その時、ロボット蛙がビルを蹴って、空中へと跳ぶ。その衝撃でビルのガラスが割れ、地上にもその破片が降り注ぐ。

 だが、それをザップは最小限の動きで避けつつ、ポケットからライターを取り出し右手で力強く握る。

 

―――斗流血法カグツチ

 

 ライターには針が仕込まれており、握れば当然そこから血が出る。しかし、流れ出た血は地面に落ちることなく別の形へと変わっていく。

 

―――刃身ノ拾弐・双炎(そうえん)焔丸(ほむらまる)

 

 出現したのは、血液で形成された2本の紅蓮の剣。それらを両手で力強く握り、ザップは地面へと飛び込んでくるロボット蛙と対峙する。

 だが、肉薄するよりも前に蛙の口(らしき部分)が開き、そこから長い舌が素早く伸びた。本物の蛙同様しなやかな動きを見せるその舌は、接近しようとしていた警察のヘリコプターを両断して墜落させ、近くにあるアパートや雑居ビルを半壊あるいは全壊させる。

 しかしザップは、慌てることなく相手との間合いを正確に把握し、向かってくる舌を右手に持った焔丸で切り飛ばす。手応えからして、それはゴム製のようだった。

 その切れた舌には目もくれず、迫りくるロボット蛙に対して刀を交差して構え、十分に接近したところで蛙の腹を十字に斬ろうとした。

 

「お?」

 

 しかしながら、ロボット蛙は空中で起動を変え、ザップから距離を取って着地する。重量もそれなりにあるようで、ロボット蛙が着地した場所の周囲にはちょっとしたクレーターが出来上がっていた。

 一方、ザップは焔丸を振ったところで避けられたものだから、多少間抜けのような恰好となっている。

 

「何外してんのよ下手」

「うっせぇメスドッグ!銃もまともに当てらんねぇ攻撃力ゼロ女が文句つけんな!」

「失敬な。心臓掴んだり目玉くりぬいたりならできるよ」

 

 チェインが早くも馬鹿にするが、ザップも負けじと言い返す。と言っても、彼の悪口はボキャブラリーが乏しい上に大体最後は正論に言い伏せられるので、チェインからすれば何ともない。

 それはさておき、再びロボット蛙は高く跳び、かろうじて形を保っていたビルの側面にへばりつく。すると今度は、口を開けて水流を勢い良く吐き出した。

 

「――――――ッ!!」

 

 金切り声が至る所で聞こえてくる。降ってくるビルの瓦礫だけでなく、蛙の吐く水はかなりの水圧があるようで、さながらレーザーのようにあらゆるものを切断していく。それは生き物も例外ではなく、水流砲に一般人、異界存在が両断されて肉片が宙を舞う。

 

「チッ」

 

 ザップは舌打ちをして、左手に持っていた刀を右手に持ち変える。

 海外から渡航警告都市とされるヘルサレムズ・ロットでは、基本身の安全は自分で守る。ほぼ毎日、大なり小なり事件が起きるので、まさに命の危険と隣り合わせの日々だ。こうした無差別テロが突然起きて、無辜の市民が命を落とすことだってざらにある。そんなことに一々気を揉んでいてはこの街で暮らしていけるはずもない。

 しかし、そうした事態に対して何とも思わないと言えば嘘になる。

 

―――斗流血法

 

 右手で握る2本の焔丸が溶け合うように形を変え、やがて牙のように鋭く枝分かれした刃を持つ巨大な一振りの刀へと姿を変えた。

 

―――刃身ノ四・紅蓮骨喰(ぐれんほねばみ)

 

 ザップは、ビルの壁から地上を睥睨するロボット蛙を見上げ、睨む。

 応えるように再びロボット蛙がザップ目掛けて飛び降りてくるが、同じ轍は踏まない。そもそも、このロボット蛙の動きの速さを鑑みて、自らの得物を変えたのだ。

 

「同じ手が俺に通じると思うんじゃねぇぞ、クソッタレ」

 

 ロボット蛙の胴体目掛けて、紅蓮骨喰を振るう。

 そこに、カグツチ特有の炎の力が宿り、爆炎により威力と速度が増した一閃は、ロボット蛙に回避する暇も与えず胴を両断する。機体の下半分がその場で爆発し、上半身はアスファルトへと墜ちる。そこへ、ザップは唾を吐き捨てた。

 

「あ、このロボット人が操縦する奴だったのね」

 

 チェインが暢気に呟く。見れば、黒煙を上げるロボット蛙の上半身辺りから、人が転がり出てきた。見た目は20代後半あたりの男で、着ている服は安っぽい地味な服で、雑踏の中にいたら全く気にも留めないような容姿だ。どういう理屈かは知らないがその男の服は耐火仕様らしい。

 恐らく、この男は碧落奪回連盟の構成員だろう。そうでなくても、彼らにつながる手がかりだ。

 

「た、助けて…」

 

 息も絶え絶えに、男はチェインに手を伸ばしてくる。

 しかしチェインは、それを無視して男の後ろに回り込み、背中に右手を伸ばす。その手は背中に触れて終わりではなく、男の身体の中まで入っていく。これこそが、『不可視の人狼』の能力の1つで、自分の質量を『希釈』して物体をすり抜けることができるのだ。

 

「あぎゅ…っ!?」

「症例・心臓発作」

 

 そしてチェインが掴んだのは、男の体内にある心臓。ものの数秒軽く心臓を握るだけで、体内の酸素の循環がうまくいかなくなり、男はぱたりと糸が切れたように横たわった。碧落奪回連盟の情報も後々のために集めなければならないので、殺しはしない。

 

「まだ全員片が付いたってことはないでしょうし、一応中に人がいるってことだけは伝えておくわ」

「別に死んだって問題ねぇだろうけどな」

 

 チェインがスマートフォンでメールを各員に送りつつ言うが、ザップはあまり興味が無さげに答える。

 それからザップは、近くの店で略奪改め火事場泥棒にいそしむ連中を、憂さ晴らしに斬ることにした。

 

 

 

「人が乗ってるって?」

 

 チェインからのメールを見たパトリックは、物陰から通りの様子を窺う。

 魔術デバイスが巨大なロボットに組み込まれている、という話はレオナルドから先ほど聞いた。彼からの情報を頼りにここまで来たが、表通りから一本逸れた道では蜘蛛のような8本の脚と膨らんだ半身を持つロボットがいた。あれがおそらく、魔術デバイスだろう。

 しかし、その八本の脚の関節からは銃口が伸びており、周囲を無差別に攻撃している。近づくのは難しかった。

 加えて、もっと悪いことが起きた。

 

「あれは何?」

 

 パトリックと同じく様子を窺うニーカが、疑問を呈する。蜘蛛の腹のように膨らんでいる部分の後ろ…本物の蜘蛛が糸を出す部分から、夥しい数の黒い物体が出てきたのだ。目を凝らしてよく見ると、それは小型の蜘蛛のロボットだ。

 

「やべぇ、戻れ!」

 

 だが、それを見た途端にパトリックはニーカの背中を押して路地へと引っ込む。

 ニーカにも見えたが、大量に現れた小型の蜘蛛ロボットは、驚異的な咬合力を持っているようで、近くにいた人だけでなく、ゴミ箱やトレーラーなどあらゆるものを手当たり次第に嚙み砕いている。

 

「乗るんだ、早く!」

 

 急かすように、パトリックがニーカをジープに乗せる。ジープといっても、独自の改造・武装を施し、トラブルに事欠かないヘルサレムズ・ロットでも通用するようにしたものだ。尤も、あの蜘蛛のロボットにも通用するかは分からないが。

 

「出せ出せ出せ!」

「シートベルト!」

「んなもん後回しだ!」

 

 ニーカが運転席に、パトリックが助手席に座ると、シートベルトも締めずにジープを後退させる。それとほぼ同時に、子蜘蛛ロボットが角から路地へと殺到した。

 パトリックはニーカに運転を任せ、ダッシュボード近くにあるボタンを操作する。すると、ヘッドライトの部分からガトリング砲が姿を現し、前方に向けて乱射し始める。何かの映画のようにこちらに迫ってくる子蜘蛛ロボットにガトリング砲が命中すると、撃たれたロボットはその場で動かなくなった。幸いなことに、通常の弾でも攻撃は効くらしい。

 

「一応、何とかなるな」

「あの親蜘蛛はどうか知らないけどね」

 

 ニーカはそう言いながらハンドルを切る。路地を抜け、広い道に出ると方向転換をして今度は前進させる。渡ろうとしたスーツの男が中指を立てていたが、数秒後には子蜘蛛ロボットの餌食になっていた。

 

「碧落奪回連盟って、隠れてひっそり活動してるんじゃなかったっけ?なんでこんな悪目立ちすることなんて」

 

 運転しながらニーカが尋ねる。パトリックはガトリング砲を仕舞い、代わりに別のボタンを押して車体後部の多連装グレネードランチャーを起動させつつ『さあなあ』と答えた。

 

「ここにきて全部穴の底に落とす腹積もりなら、今更コソコソする必要もなくなったんだろうな」

 

 センタークラスターの画面で後方の様子を確認しつつ、グレネードランチャーのトリガーを引いて追いかけてくる子蜘蛛ロボットの大軍を攻撃する。最初にガトリング砲で子蜘蛛ロボットを破壊したからか、向こうもこちらのジープを危険視しているらしい。先ほどよりも数が多くなっている。

 今日まで存在することしか確認できなかった碧落奪回連盟が、こうも大々的にテロを巻き起こしたのは、鼬の最後っ屁のつもりかもしれない。あるいは、こうしてわざと騒ぎを起こすことで、魔術デバイスの所在を崩落の瞬間まで有耶無耶にしたいのだろう。といっても、こちらには優れた目の持ち主がいるのでほとんど意味をなさないのだが。

 

「あの親蜘蛛ロボットはどうしようか」

「あれを使う」

「了解」

 

 少ない言葉で狙いを理解すると、ニーカはギアを変えて速度を上げる。

 グレネードランチャーで追っ手を抑えつつ、角を曲がる。あの親蜘蛛を最初に目撃した通りの交差点は1ブロック先だが、そこまで行けばちょうど親蜘蛛の後ろを取れる。

 

「使うのは初めてだね」

「あぁ、だからどうなるか分からねぇけどな」

 

 ニーカはハンドルを握りつつ、その裏側にあるスイッチを押すと、フロントグリルのスリットが開き、中からスタンガンのような金属の突起が出現する。パトリックはダッシュボードから遮光グラスを取り出し、ニーカにも渡した。

 後ろからはなおも子蜘蛛ロボットが追いかけてくるが、数は減ってきていた。さすがに親蜘蛛ロボットから出てくる数にも限りがあるらしい。だが、妨害の可能性はできる限り摘むべきなので、パトリックはさらにグレネードランチャーで残りの子蜘蛛ロボットを駆逐しておいた。

 

「起動させるよ」

「おう」

 

 一言ニーカが断りを入れると、センターコンソールにあるボタンを一つ押す。

 その直後、そのフロントグリルから突き出たスタンガンのような突起から稲光が走る。

 

「腕はこっちで動かす」

 

 パトリックは、ダッシュボードからタブレットを取り出し、画面を起動させる。表示されたのは、車体前部の装置を制御する画面だ。パトリックが画面をタップすると、突き出たスタンガンがさらに前へとせり出し、機械のアームが姿を見せる。

 ヴィセラル重工(インダストリ)製プラズマカッター。ギルベルトの駆るスーパーカーに搭載されている兵器と同じものを、ニーカとパトリックでジープに組み込み、さらにほんの少し改造した。

 ジープが親蜘蛛がいる通りと交わる交差点にぶつかる。ニーカはハンドルを切り、ブレーキを踏んでドリフトさせて素早く方向転換をする。車の前部のスタンガン状の装備が、親蜘蛛の背中を捉えた。

 そしてパトリックが、タブレット操作でアームを動かし、親蜘蛛を切断しにかかる。これこそ独自の改造だ。

 

「―――――――――!!」

 

 背後から、プラズマカッターで親蜘蛛ロボットの胴体を両断する。動力部も併せて斬ったことで、バチバチと電気が走り、その刹那親蜘蛛ロボットが爆発四散した。

 ニーカがジープを止めると、炎上するロボットから人が這い出てきた。身なりが一般人のそれだった40代ほどの男で、一見単に巻き込まれた一般人かと思った。しかし、位置からして一般人なら死んでるし、服も身体も全然汚れていないので、乗っていた碧落奪回連盟の人間だと判断した。

 パトリックは、ポケットから暴徒鎮圧用の電撃銃を取り出し、その男を冷静に撃った。弾(と言うより小さな電撃針)が命中すると、男はわずかに痙攣してから気絶した。

 

「クラウスか。ああ、こっちも始末した」

 

 パトリックは、クラウスと連絡を取りながら、片方の手でニーカと拳を軽く合わせた。

 

 

 

―――血殖装甲(エクゾクリムゾン)

 

 北西のブロックでドグが告げると、手首の縫い目から血液(デルドロ)が姿を現す。そして、デルドロがドグの身体を覆いつくすと、その姿は真紅の屈強な巨人へと変貌した。

 

「ブレングリード流血闘術、推して参る」

 

 その隣には、クラウスが立つ。彼の鋭い眼は、通りのど真ん中で咆哮を挙げる虎の形をした巨大なロボットを見据えていた。

 虎のロボットは、全身が金属の装甲に覆われており、さらに背中には翼のようなユニットまで接続されている。その咆哮は周囲の空気を震わせ、付近のビルのガラスを粉々に砕いた。連動するように、あちこちで悲鳴が上がる。

 

『クリスマスのはずがハロウィンみてーだ』

「賑やかだねぇ」

 

 デルドロとドグが気楽そうに言葉を交わすが、クラウスはそれでも虎のロボットから目を逸らさない。あのロボットが一歩踏み出すたびに、アスファルトには皹が入り、鋭利な爪が自動車を踏み潰して粉砕する。多くの人々は近くの建物に逃げ込んで身の安全を確保しようとするが、中には騒ぎに乗じて物を盗む不届き者までいる。火事場泥棒には一言言いたくなるが、まずは目の前のロボットを何とかするのが先だった。

 すると、ロボット側もクラウスたちを見て危険と判断したのか、こちらへ向けて突進してきた。

 

「いくよ、デルドロ」

『まったく、こんな時しかシャバの空気が吸えねぇとはな』

 

 迫ってくる虎のロボットに対し、先んじてブローディ&ハマーが駆けだす。そして、突っ込んでくる虎の頭を抱えるように掴むと、虎のロボットは動きを止めた。

 その後方から、クラウスが跳躍して虎の頭上に狙いを定める。

 

―――ブレングリード流血闘術111式

 

 左手のナックルガードから、ぷつっと血が僅かに飛ぶ。

 だが、その血の勢いは徐々に増し、やがて巨大な赤黒い十字架を作り出した。

 

―――十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)

 

 出現した巨大な十字架を、クラウスは虎のロボットの頭へ打ち込もうとする。

 だが、その前に虎のロボットが首を振ってブローディ&ハマーを振りほどき、翼を広げて後方へ飛び退く。十字架は地面に突き刺さるだけで、空振りに終わった。

 

『でけぇ図体のわりに動きが早ぇな』

「うむ。技の速度を上げなければならなそうだ。チェインの話では、中に操縦する者もいるらしい」

 

 アパートの壁に張り付くようにしている虎のロボットを見上げて、クラウスとデルドロは嘆息する。

 

『で、どうする』

「今度は私の方でロボットを止める。止めは2人だ」

 

 デルドロとクラウスが話すが、虎のロボットはアパートを蹴って2人へと突進してきた。その拍子に、アパートの一部が崩れ、付近にいた人たちが逃げ出す。

 

―――ブレングリード流血闘術117式

 

 それを見て、クラウスは左腕のナックルガードを構える。

 

―――絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)

 

 その拳で地面を砕くかのように叩きつけると、地中から巨大な赤黒い十字架の盾が瞬時に出現する。虎のロボットはその十字架を避けられずに正面からぶつかり、顎の部分がひしゃげる。だが、それだけで行動不能にさせることはできず、わずかに動きを鈍らせ後退させるに留まった。

 

―――ただパンチ

 

 しかし、その虎のロボットの背中へと、中空へ跳んだブローディ&ハマーが、言葉通りのパンチを打ち込む。虎のロボットは、先ほどのように素早い動きができず、翼を模したユニットで背中を覆うようにガードした。これも、耐えられてしまう。

 

「もっと強く、早く力を加えなければならないか」

 

 翼に弾かれたブローディ&ハマーは、クラウスの横に着地する。虎のロボットは、ブローディ&ハマーの攻撃が多少は通じたのか、翼の挙動も滑らかではなくなっていた。飛ぼうとしてもバランスを崩し、地面に落ちてしまう。

 

「クラウス兄ちゃん、あんまり放っておくとみんな危ないよ」

「これ以上時間をかけるのは、得策ではないな」

 

 ドグからも言われて、クラウスはナックルガードを握る拳に力を籠める。

 機能は幾分か落ちているが、それでも虎のロボットは質量だけで十分な武器にもなる。一歩踏み出すたびに地面が揺れ、無造作に広げた翼が建物を傷つけ、その瓦礫が落ちる。付近にいる民間人への被害も、このままでは広がる一方だ。魔術デバイスも、他の3か所で無効化したとはいえ、残ったデバイスがどんなことをしでかすかは分かったものではない。

 

「往こう」

 

 それだけ告げると、ブローディ&ハマーと共にクラウスは前へと歩みだす。

 その時、虎のロボットが翼を広げると、機体は宙へ浮いた。この短時間で翼の部分を修復したらしい。

 それを見たブローディ&ハマーも跳び上がり、虎の頭部に拳を振り下ろす。空高くへ舞い上がろうとしていた虎は、地面に叩きつけられた。

 

―――ブレングリード流血闘術39式

 

 それを見て、クラウスは再び地面に自らの拳を打ち込む。

 

―――血楔防壁陣(ケイルバリケイド)

 

 地面に伏す虎のロボットを取り囲むように、赤黒い十字架が出現して身動きを封じる。十字架の形を利用し、跳びだてないようにして虎の機体を押さえつけた。

 そのロボットめがけて、跳び上がったブローディ&ハマーが拳を構える。それも右腕以外の血殖装甲を解除し、右腕に集中させて数倍の大きさの拳を形成していた。

 

―――ただパンチ・改

 

 ドグが拳をロボットに叩きこむ。先ほどの『ただパンチ』よりもこちらのほうが威力ははるかに上だ。

 ブローディ&ハマーの拳を背中に受けた虎のロボットは、機体が地面にめり込み、大きく凹み、火花が散り音を立てて動きを止める。それを確認すると、ドグはデルドロの血液を再び全身に纏わせて離脱する。

 そして、虎のロボットは爆散した。

 

 

 

『ツェッドっち!他の4チームはもうデバイスを止めたらしいわよ』

「了解しました」

 

 K・Kからの連絡を受けて、ツェッドは通りの先にいる巨人を模したロボットを見る。拳と足の部分が特に大きく、高さは見る限り10階建てのビルに相当していた。

 それほどの大きさと重量のロボットが暴れるだけでも十分厄介だが、掌には大口径の銃を仕込んでいるようで、周囲に無差別な砲撃をしている。人々は逃げまどい、道路の真ん中に立つツェッドなど気にも留めない。遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえたが、恐らく彼らは住民の避難に注力するだろう。

 

―――斗流血法シナトベ

 

 ツェッドは右手を強く握り、鋭い爪で掌にわざと傷を作る。そこから出てきた血を操作して、鋭い三叉槍を作り出した。

 

―――刃身ノ五・突龍槍(とつりゅうそう)

 

 このスマートな三叉槍こそ、ツェッドの得物だ。

 その時、ロボット側もツェッドの存在に気付いたのか掌の銃口を向けてくる。

 ツェッドは前へと駆け出す。

 

血弾格闘技(954ブラッドバレッドアーツ)・STRAFINGVOLT2000』

 

 ツェッドの無線に、K・Kの声が響く。

 瞬間、どこからかの狙撃がロボットの腕に命中した。しかも、それはただの弾丸ではないらしく、着弾した箇所から電撃が全身に渡り迸る。メキメキと、ロボットが軋むような音を発した。

 

『援護するわよ。ツェッドっちは遠慮なくやっちゃいなさい』

「ありがたいです」

 

 電撃弾は、K・Kによるものだった。血液を弾丸に織り交ぜ、オールレンジから電撃弾を放つ援護は非常に心強い。

 ツェッドはK・Kに礼を告げ、ロボットが怯んだ隙に間合いへと入り込む。図体が大きいためか、ロボットの巨大な腕では胴体下部に入り込んだツェッドを捉えるのは難しいらしい。

 と思いきや、腹部付近の装甲が外れ、そこからさらに大口径の銃が出現した。

 

「ッ!」

 

 それを見ると、ツェッドは脚に力を込めて速度を上げる。ロボットは、機体の欠損などお構いなしに発砲するが、ツェッドは転がるようにして巨人ロボットの股下を潜り抜ける。砲弾が地面に直撃すると、爆炎とアスファルトの破片が襲い掛かってきたが、ツェッドは一旦三叉槍を解除し、血液で自分の身体を庇う程度の盾を形成してどうにかやり過ごした。

 そこへ、さらにK・Kが電撃弾を撃ち込み、ロボットの動きを止めさせる。

 衝撃が収まり、電撃がロボットを鈍らせたところで再度三叉槍を作り出し、背中に向けて投擲する。

 

―――天羽鞴(あまのはぶき)

 

 三叉槍が背中から銅へと貫通すると、機体に空いた穴を中心に烈風が発生し、ロボットの体を大きく抉り取った。

 さらにツェッドが右手を広げると、貫通した三叉槍がパラパラと糸のように解け、残ったロボットの残骸を一つ残らず絡め取る。

 

―――刃身ノ弐・空斬糸(くうざんし)

―――龍搦(たつがら)

 

 血液の糸が一気に力を強め、残ったロボットの残骸を一網打尽にし、粉砕する。

 

『ヒューッ!やったわねツェッドっち!』

 

 無線でK・Kが喜びを露わにする。

 だが、ツェッドは粉々にしたロボットの残骸から何かが飛び出すのを見た。

 

「?」

 

 目で追うと、その飛び出したものはツェッドからおよそ20フィートほど離れた場所に降り立つ。

 

『碧落奪回連盟かしら?』

 

 K・Kも確認できたようで、ツェッドに訊ねてくる。

 そこにいるのは、スーツに身を包んだ灰色の髪の男だ。年齢は30代ほどだが、決して屈強な身体つきではなく、どちらかと言えば痩せ気味だ。その一見どこにでもいるような何の変哲もない恰好こそ、碧落奪回連盟が今まで影も形も掴めなかった理由だろう。

 だが、如何に日常に溶け込む能力に長けているとはいえ、木端微塵したロボットから人の形を保ったまま無傷で脱出できるほどに頑丈とは思えない。

 ツェッドは、何か嫌な予感がして、ポケットから『鏡』を取り出し、その人物に向ける。

 

「…K・Kさん。レオ君をここへ呼んでください」

 

 鏡に『何も映らない』のを見て、K・Kにそう告げると、ツェッドは再び三叉槍を手にした。

 

 

 

 

「やりました!魔術デバイスの反応が全部消えました!」

 

 ドローンの上で、レオナルドは喜びを示す。地上班の様子を全て確認できたわけではないが、魔術デバイスのオーラは見えなくなった。残滓なども見えないので、デバイスの起動は阻止できたと思われる。これで、ヘルサレムズ・ロットが崩落することもない。

 しかしその時、突然ドローンが方向転換をした。堪らずレオナルドは、フレームに身体をぶつけてしまう。

 普段こういったことがめったにないギルベルトにしては珍しいと思い、レオナルドは後ろの操縦席に座るギルベルトを見る。彼は、誰かと通信をしているらしく、ヘッドセットに手を当てていた。

 

「申し訳ございません、レオナルド様」

 

 何事かを訊ねる前に、ギルベルトが謝り事情を話してくれた。

 

「ツェッド様とK・K様が、血界の眷属(ブラッドブリード)と交戦中でございます」

 

 

 

 ギルベルトからの連絡を受けて、スティーブンたちは車で現場へと急行していた。魔術デバイスを無事に止められたと思ったところで血界の眷属が出現するとは、まさに一難去ってまた一難。この街らしいと言えばらしいかもしれないが。

 ちなみにニーカとパトリックに対しては、武装ジープ程度で戦える相手とも思えないので、本部で待機するようスティーブンから伝えてある。直にザップとチェインも現場へ到着するだろう。

 

「全くどうして犯罪者集団なんかに血界の眷属がいるんだ…?」

「分からない。とにかく今は、ツェッドとK・Kが踏ん張ってくれている。一刻も早くそこへ向かい、封印するしかないだろう」

 

 不満たらたらなスティーブンを、クラウスは窘めるように告げる。

 

『イヴに血界の眷属たぁ粋じゃねぇか』

「クリスマスを楽しみたいのかなぁ?」

 

 ブローディ&ハマーは相変わらず暢気だった。

 

 

 

「合わせろ葛餅!」

「言われるまでもありません!」

 

 一足早くスクーターで現場に到着したザップが焔丸を構え、ツェッドは突龍槍を握り直す。ツェッドは既に血界の眷属と戦闘をしていたので、多少服に煤が付いている。ひどい呼び方は今に始まったことではないので無視した。

 彼らと相対するのは、スーツを着た瘦身の男。見た目は人間だが、その実情は人知を超えた存在によって肉体改造を施された吸血鬼。その力は人並み外れている。現にこれまでの戦闘で、周囲の車は原形を保っているものがほとんどないし、建物や地面も大きく抉れている。

 そんな血界の眷属は、スーツの袖口から赤黒い触手を伸ばし、大きく振る。ザップとツェッドはそれを跳んで避けたが、その触手は周囲の街灯や横転しているトレーラーをいともたやすく両断する。

 

「シッ!」

 

 一瞬で、ザップは血界の眷属との距離を詰め、腹部を横一文字に斬り、腰から上を切り離す。

 続けてツェッドが突龍槍を後ろから頭に投げ刺し、できる限り上半身と下半身の距離を離した。すると、上半身と下半身から赤黒い触手が伸びて絡み合い始める。胴体を繋ぎなおそうとしているのだ。だが、それを見たザップは焔丸を手放して無数の糸状に変形させ、ポケットから取り出したライターに火を灯す。さらにツェッドもまた、突龍槍を細い糸へと変えて、血界の眷属の周りを囲うようにし、風を発生させる。

 

―――七獄天羽鞴(しちごくあまのはぶき)

 

 そして、血界の眷属を飲み込む豪炎が発生した。ザップの『カグツチ』とツェッドの『シナトベ』、炎と風の合わせ技により、威力は個々人の技単体と比べれば段違いだ。

 ところが。

 

「…長老(エルダー)級ではなさそうですが、それなりの力はありますね」

 

 豪炎が収縮し始め、血界の眷属がその炎を赤い触手で握り潰したのを見てツェッドは告げる。

 血界の眷属は、技の影響を全く受けていなかったというわけではないらしく、肌がところどころ焼け爛れていた。しかし、それも見る見るうちに元通りになり、30秒と経たずに外見は元に戻る。

 さらに、メキメキと何かが軋むような音がしたかと思うと、肩口から新たな腕が2本生えた。さらに、元々生えていた両手と新たに生えた両手には、いつの間にか出現した赤黒い西洋の剣のようなものがある。それらはザップやツェッドの得物と同じような雰囲気し、2人との戦いを経て真似をするつもりのようだ。

 

「すまん、遅くなった」

「状況は?」

 

 そこへ、スティーブンとクラウスが駆け付けてきた。

 すると、血界の眷属は4本の腕と剣を大きく振り回して周囲に無差別な斬撃を仕掛ける。クラウスとスティーブンが咄嗟にそれぞれの技で防御し、ザップとツェッドはその2人の陰に隠れつつ状況を説明した。

 

「陰毛は」

「ギルベルトさんが今運んでる。着いたらハマーたちがここへ連れてくる」

「…たまには彼のことを名前で呼んであげてください」

 

 対血界の眷属においてはキーパーソンのレオナルドは、到着まで少し時間がかかる。それまでは、ここにいる者だけで踏みとどまらなければならない。そんなレオナルドに対するザップの呼び方はあんまりだし、スティーブンにもそれで通じてしまうのが、ツェッドはどこか気の毒に思った。

 その時、剣を4本構えた血界の眷属が突進してきた。すかさず、K・Kの電撃弾が頭に命中して動きを止めた。

 

「行くぞ!」

 

 スティーブンが声をかけると、4人は血界の眷属の下へと駆け出す。

 

 

 ギルベルトの操縦するドローンは、戦闘している場所の近くの高層ビルの屋上に降り立った。幸いにも、血界の眷属や彼の乗るロボットが起こしたトラブルのおかげで、一般人は大方避難している。

 

『おう、来やがったなクソガキ』

「待ってたよ~」

 

 レオナルドがドローンから降りたところで、ブローディ&ハマーが出迎えてくれた。だが、ビルの下方からは今もなお戦闘の影響と思われる衝撃音が響いてくる。

 

「あそこっすか」

 

 レオナルドが見下ろしながら訊ねるが、ブローディ&ハマーは答えず、代わりにレオナルドの首根っこを掴んだ。『えっ』と困惑を口にするが気にも留めない。

 

『口閉じてろよ。舌嚙んで死ぬぞ』

 

 デルドロがそれだけ言うと、レオナルドを脇に抱えたまま、屋上からぴょんと飛び降りた。階段を2段飛ばしで降りるように、気楽な調子で。

 しかし、レオナルドからすればたまったものではない。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!??」

 

 小脇に抱えられながらレオナルドは叫ぶ。身動きが取れない上、遠い地面が段々と迫ってくるのだ。しかも彼は神々の義眼の所有者である故、人並外れた視力がある。より鮮明に、豆粒程度の大きさだった人や車、そして地面が近づいてきて、ブローディ&ハマーを信用していても『死んでしまうのでは』という予感が頭をよぎる。

 しかし、デルドロの宿主であるドグはちゃんと良識を持っている(若干天然だが)ので、しっかりとレオナルドを手放さずに地上へと着地した。

 

「大丈夫かレオナルド君!」

「ええどうにか…」

 

 真っ先に駆けつけてきたのはクラウスだった。ブローディ&ハマーから解放されたレオナルドは、ぜえぜえと緊張から荒い呼吸を繰り返す。

 

―――エスメラルダ式血凍道

―――絶対零度の盾(エスクード デルセロ アブソルート)

 

 その時、スティーブンがレオナルドたちを庇うように巨大な氷の壁を出現させる。そこへ血界の眷属が投げ放った剣が刺さるが、かろうじて氷の壁で持ちこたえることができた。

 

「気を抜くな!早いところ諱名を『視て』密封しないと被害が広がる!」

「は、はい!」

 

 スティーブンから釘を刺され、レオナルドは平静を取り戻す。

 通りの先では、今なおザップとツェッドが協力して血界の眷属と戦っている。電撃弾も炸裂しているのを見る限り、K・Kも戦ってくれているようだ。ブローディ&ハマーも、戦闘に参加し始めた。

 そんな彼らやスティーブン、クラウスと比べると、レオナルドの戦闘力はあまりにも低い。だからこそ、自分にできることは最大限やらなければならないのだ。

 

(ひどい有様だ…)

 

 辺りを見回すが、戦闘の余波の影響で、どこもかしこもボロボロだ。その中心にいる血界の眷属は、邪悪そうな赤黒い剣を4本振り回している。命を刈り取らんとする、死神のようにも見えた。

 だが、そんな血界の眷属に対して、レオナルド以外の誰も、腰が引けていたりなどしない。それぞれが目に光を宿し、臆することなく戦っている。

 

―――我々は、疑う余地もなく強い。それを胸に、やり遂げよう

 

 この日の作戦の前に、クラウスが告げていた言葉を思い出す。

 たとえ足が竦んで動けなくなりそうなほどの恐怖と立ち向かってでも、決して後ろに引いてはならない。

 レオナルドだって、ライブラの一員なのだ。

 

「ッ!!」

 

 閉じていた眼を開き、美しく輝く神々の義眼を起動させる。

 今なお戦闘を続けている血界の眷属。その姿に重なるように、複雑怪奇な文字列がレオナルドの目に映る。古代の文字で記された諱名だ。

 レオナルドはそれを見ると、スマートフォンを即座に取り出してアプリを立ち上げる。対血界の眷属用に開発された、諱名入力アプリだ。これを使えば、古代文字をアルファベットに変換して、血界の眷属を『密封』するクラウスへと送信できる。

 焦らず、迅速かつ正確に諱名を打ち込み、完成したそれをクラウスのスマートフォンへ送信した。

 

 

 血液の十字架を出現させて、血界の眷属の剣をいなすクラウス。

 その時、ポケットに入れていたスマートフォンから、メッセージの着信を告げる音とバイブレーションが発せられる。すぐにクラウスはスマートフォンを取り出して画面を点けた。

 

「スティーブン!」

「よし」

 

 名を呼ぶだけで意図が伝わり、スティーブンは今なお猛威を振るい続ける血界の眷属に対し、氷の槍をぶつけて動きを一瞬でも抑える。ザップとツェッドも狙いを察したようで、血界の眷属の動きを最小限に抑えつつ、クラウスが接近しやすくなるよう得物を操る。

 血界の眷属の動きが鈍り、そこへクラウスが巨躯からは想像もつかない速さで接近し、その左胸めがけてナックルガードを打ち込んだ。

 

「イスフェレナ・ギギ・エルウロイ・ム・ウダナシャフカ」

「!?」

「貴公を密封する」

 

 諱名を告げる。

 直後、血界の眷属の心臓がひと際跳ねたのを拳で感じ取り、血界の眷属―――ウダナシャフカの表情が驚愕に染まった。今まで余裕の表情だったのが、嘘のようだ。

 

「憎み給え」

 

 ウダナシャフカの動きが完全に止まり、手足が軽く痙攣する。

 

「赦し給え」

 

 手足の先に赤黒い瓦のような薄い板が無数に出現し、身体を覆い始める。

 

「諦め給え」

 

 赤黒い板が胴体や首、頭の周りにも出現して全身をくまなく覆い始める。苦しそうにウダナシャフカが口を大きく開けるが、そこからは叫び声も呻き声も聞こえない。

 

「人界を護るために行う我が蛮行を」

 

 赤黒い板が全身を覆い、ウダナシャフカの姿は完全に隠される。

 腕を広げて足を伸ばし、十字架のような形となった彼はやがてその大きさが徐々に小さくなっていく。

 

―――ブレングリード流血闘術999式

―――久遠棺封縛獄(エーヴィヒカイト・ゲフェングニス)

 

 ついに手のひらサイズにまで小さくなった十字架が地面に落ちると、軽い金属音が周囲に響く。

 先ほどの死闘から打って変わって、周囲は静かになった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◆

 

 

 こうして、いやにピリピリとして血生臭い雰囲気だったクリスマス・イヴは終わりました。

 あれだけの騒ぎと、それなりの死傷者数にもかかわらず、一夜明けるとまたいつも通りの喧騒が戻ってきています。

 

「お疲れーっす」

「おっせぇぞ陰毛頭!テンメェ3ブロックぽっち先の店に行くのに2時間もかけるたぁ見上げたサボリ根性じゃねぇかアァン?!」

「しょうがないじゃないっすか!この時期ジャック&ロケッツはめっちゃ混むんすから!」

「むしろクリスマスと言う時期にファストフード業界がどれだけ繁盛するのか、全く理解していないあなたの思考回路の方が問題なのでは?」

「ンだと魚類?」

 

 そして、なんやかんやあったイヴから一夜明けた今日は、ライブラの本部で『クリスマスパーティ』と言う名の打ち上げが行われています。相も変わらず、僕はパシリにされてますが。

 

「って、ニーカさんピザ1枚独り占めはずるいっすよ!」

「いいじゃないの、別に。まだたくさんあるんだから」

「姐さん、物には限度ってのがあってだな…」

 

 ピザは割と多めに買ってきたはずなんですが、ニーカさんが割と多く食べる人なので、皆に行き届くようにするのも大変です。

 

「ガッハハハハハ!飲め飲めクラウス!」

「すまないパトリック、私は酒はあまり…」

「遠慮するな!お代わりもいいぞ!」

「うわー…パトリックさん完全に出来上がってる…」

 

 こうした打ち上げや懇親会では、パトリックさんは真っ先に出来上がります。そして大体、周りにいる人に絡んできます。

 なんてことを思っていたら、こっちに気づいたパトリックさんが近づいてきました。

 

「おう、お前ら!楽しんでるか!」

「ほら相手をしてあげなさいレオナルド君、ああいう酔っ払いの相手は若手の仕事だろう?」

「面倒なことになると決まって優しくなるアンタのその姿勢嫌い!マジ嫌い!」

 

 そしてザップさんは容赦なく僕のことを人身御供にします。本当にひどい。ツェッドさんはこうなる空気を読むのが非常に上手で、この少し前にトイレに逃げ―――行ってしまいました。

 

「あれ、K・Kは?」

「お子さん連れてファミレスへ行きました。母親の体現を保つとかなんとかで、例の新しいVRゴーグルもちゃっかりゲットしてます」

「あー…やっぱそこらへん大変なんだろうなぁ」

「ですね」

 

 パトリックさんに絡まれながら、スティーブンさんとチェインさんが喧騒から少し離れた場所で静かにのんでました。なんか距離がいつもと違う気がするのは気のせいでしょうかね。

 

「流石にハマーたちは戻っちまったか」

「まぁ、仕方ねぇよなぁ。あれでもS級犯罪者だし」

 

 ザップさんの言う通りで、昨日のうちにハマーさんとデルドロさんはパンドラムへ再び収監されてしまいました。せっかくのクリスマス、働いてくれたのにご無体なとは思ったので、ケーキの差し入れをしたので一先ずは安心です。

 

「それにしても」

 

 そうしてクリスマスを自分たちなりに楽しんでいる中でも、僕の中にはある一つの疑問が残ったままです。

 

「なんで血界の眷属が、碧落奪回連盟みたいな非合法な組織にいたんでしょうかね?」

「さーてなぁ。あんな化け物たちの考えなんてわかりたくもねぇや」

「その考えには賛成ではありますね。あれほど非常識な力と思想を持つ存在の考えを理解しようものなら、世界の全てが狂って見えてしまいそうです」

 

 その疑問を口にしても、ザップさんは勿論ツェッドさんも一緒に悩んではくれません。お酒をラッパ飲みするパトリックさんも、同意見のようでした。

 だけど僕個人、あくまで推測でしかないけれど。あの血界の眷属は元NYの住民で、自分を血界の眷属に変えた異界存在に一矢報いたかったのかもしれません。HLを崩落させて、異界にも混乱を生じさせ、自分達を人智を超えた存在に無理矢理変貌させた奴らにぎゃふんと言わせたかったとか。

 だけど、それは僕みたいな凡人の考えで、もしかしたらもっと他のことを考えていたのかもしれません。

 

「まぁ、わからねぇなぁ!んな難しい事ぁ飲んで忘れるに限る!」

 

 そんなことを考えていたら、出来上がっているパトリックさんに捕まりました。多分向こう1~2時間はこのままになってしまうでしょう。

 

「なんだよレオ」

「え、なんすか?」

「何ニヤニヤしてんだお前?」

「そりゃ、楽しいからじゃないすかね」

 

 そんな感じで、クリスマスはちょっといつもと違う雰囲気ですが、全体的に見てみれば普段とあまり変わりません。

 

 この街(ヘルサレムズ・ロット)は相も変わらず異常が日常のドタバタが絶えない場所で。

 クリスマスにも世界の命運がかかるいざこざが起きるけど。

 今こうしてみんなで普通とは違うクリスマスを過ごすのは、楽しいと思う自分もいるわけで。

 ミシェーラ。

 兄ちゃんは今、割とこの街の生活を満喫しています。

 だから、心配しないで。




これにて、今回の話は完結でございます。
最後に少々、あとがきを書かせていただきます。

血界戦線は1話完結の話が多く、異常が日常の街で起こる戦いを描いているため、今回の話はそれに近い雰囲気となるように努めて書き上げました。
また、血界戦線の二次創作を書くのは初めてのため、ライブラの構成員をできるなら全員書きたいと思い、それを念頭に置いて今回の物語を構成しました(それでもブリゲイトさんやサトウさんは書けませんでした…)。

ブラッドブリードに関しても、ただ大量破壊兵器の起動を止めるだけではいまいち面白みに欠けると思い、登場させました。諱名は独自に考えて決めましたが、これにはかなり時間を要しました。

今回、多くの初めての試みがありましたが、お楽しみいただけたようであれば幸いです。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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