ナナホシ帰還物語 (羅美)
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帰還

私はこれまで稀有な人生を歩んできた。その発端は間違いなく、あの交通事故と言えるだろう。

私はこの出来事を私の胸の中にしまうため、いつか誰かに読んでもらうためにこれを書くことにした。

 

ーーーナナホシ視点ーーー

賽は投げられた。

凄まじい閃光が色を変えていく。青。緑。白。その真ん中に立ちながら私、ナナホシは祈った。現在行われているのは異世界人である私を異世界に帰らせるために組まれた魔法陣に魔力を注ぎ込むことだ。

魔法陣に魔力を注ぎ込んでいるのは『甲龍王』ペルギウス・ドーラと『泥沼』のルーデウス。どちらも私が知る中でトップレベルの技術や魔力を持っている。

直後、黒色の光が現れる。どす黒い光は私を飲み込んだ。視界が塞がり始める。

 

「ペルギウス様! 指示を!」

「もっと魔力をよこせ――!」

 

ルーデウスは全力で魔力を注ぐ。いつも余裕そうなペルギウスの顔にも珍しく必死の色が浮かび上がっていた。繰り返すが二人の技術と魔力は異常だ。特にルーデウス。あの量の魔力量はもしかしたらこの世界の理論値にも近いんじゃないか、と思ったこともあるくらいだ。

頭の中にまで侵食してきそうな黒の闇は更に私を包み込む。直後、膨大なエネルギーに体が張り裂けそうになる。もう全く魔力を注いでいる二人の姿は見えない。

 

「どうだっ!?」

「これは……青い―――」

 

その二人の声を最後に……私は街の喧騒にいた。正確に言うと、街の喧騒が遠く聞こえる路地裏に来ていた。なぜこんな所に? なんて野暮なことは聞くまい。つまり、つまりだ。

私は帰ってこられたのだ。あの剣と魔法の異世界とかいう訳の分からない世界から、この地球に。

 

「やった! やったあ!私……帰ってきたんだ……!」

 

喜びのあまり涙まで流れてきた。長く待ち望んだ『異世界』に到着したのだ。ここまで長かった……まず転移された私はワケもわからずそのままオルステッドの配下となり……と振り返りをする暇まではないか。

まずはココがどこか確認しないといけない。もしかして別の文明世界だったりしないだろうね。

 

恐る恐るに路地裏を歩く。時間は昼だ。道がだんだん広くなっていく。すれ違う人はいない。しかし、何かを話している声はあちらこちらで聞こえる。そして大通りに出た。その光景は見覚えは無いものの。

 

「よし……!」

 

私は再び感動に打たれる。世界中から都合よく日本に転移する可能性なんて天文学的確率だった。だからそれはいい。日本に転移しなかったのは別に想定内だ。

それより、現実に戻ってこられたとして太平洋上の島々やロシアの奥地なんかに転移してしまう方がよほど絶望的だった。もちろん、土の中に飛んだ訳でもない。

大通りに数多くかけられた看板たちは全て『英語』だったのだ。しかもあちらこちらに高いビルが建っている大都市。これなら容易に言語が通じる人を見つけて、何とか帰れる。

私はこういう所は強運なのかもしれないな。そう考えるとなんだか笑みがこぼれてきた。

ルーデウスたちも魔大陸から中央大陸への踏破を転移事件後から僅か3年で達成したと聞く。それに比べれば地球の異国の地で、日本人もどこかにいるだろう土地から交通機関を使って帰るなど容易い事だ。すぐに日本に帰ってやる。

 

そんなふうに考えると、話しかけられた。

 

「どうしました? 大丈夫ですか?」

「えっ!?」

 

一人の男が話しかけてくる。背が高めの20代くらい。思わず驚いて声を上げてしまい、恥ずかしさから目が泳ぐ。それと同時に、(ルーデウス以外の)日本語の通じる人間が現れたことに対して再び言葉で表せられない感動を得た。しかし、上手く言葉が出ない。

なにか話そうと思っても、「あ……」とか「え……」とかしか出てこない。喋るべきことはシミュレーションしてきたはずだ。

 

「こ、ここってどこですか!?」

「え? ……あそこを見てくれれば……『アメリカ連邦議会議事堂』。ワシントンDCですよ」

「え……あっ……ありがとうございます!!」

「別にいいですよ。もう大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

そう言えば日本のニュースで何度も目にした白い建物が目の前に建っていた。現実で見るとえらく立派に見える。もう最後に見たのが十何年も前だから忘れてしまっていた。

あと……あの男の人、私をかなり奇異な目で見ていたな。仕方ないんだけどさあ。

何はともあれ、ここはアメリカか。しかも首都のワシントンときた。やはり私は運がいいのか。背中に詰めたリュックの中には1週間分の食料と水と、防寒具、仮説を記したノート、いくらかの金に換金できそうな魔石の中でも宝石のようなもの。それに、ルーデウスから預かった手紙ふたつ。

やはりここは、さっさとドルを手に入れてバスか何かで日本大使館まで行くのが正解なのだろうか。英語なんて全く覚えてないし、恐らくそうするしか方法はないだろう。

うーん……あ、今何年の何月かを聞くのを忘れていた。話すことにばかり意識がいってしまったのはよくなかったな。現在地の次に聞くべきことだったのに。

 

視界の端に写っていた売店屋に売っている新聞を見る。中央上部分に書かれていた文字は『Friday, April 3, 2015』。

 

「いや。落ち着け……想定内だったはずよ……2015年……」

 

私がトラック轢かれた日付。一生忘れない、2012年11月22日。Apriってのが何月を指すのかは記憶が曖昧だが……あれから最低二年は経っている。二年。二年か。私のような学生にとって二年という月日は放り出すに長すぎる年月だ。売店の前から離れ、今度は悲しさから私は泣き始めた。

いや、十五年経ってなかっただけマシと思うべき。それは分かっているが、別問題なのだ。

 

しばらくの間歩道の端の方で泣き続け、涙が出なくなった頃には少し冷静に考えられるようになった。涙は悩みやストレスも流すというのは本当かもしれない。

 

私の今の状態は……もちろんパスポートに持っておらず、普通に考えれば私はアメリカに不法入国した不届き者だ。日本大使館に行って、話のわかる人は……いるか? いや『異世界転移して戻ってきたので日本に入れてください』と言って信じる人はいないだろう。いたら解雇した方がいい。

しかし……私は肉体ごと異世界転移している。異世界転移した時に血も出ていなかったはずだ。ということは、事故の現場は『三人の被害者のうち二人の血痕と身元が不明』というかなり特殊な事故になっているはずだ。ネットでも使えばどうにか出来るかもしれない。

ああ、さっきの人に日本大使館の場所も聞いておくべきだったか。

まだ日は高い。周りには多くの背の高い外国人が人混みを作っている。そこの間を抜けていくように、私は再び日本人を探した。

 



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証明

目の前のルーデウスは私の話を真剣に聞いている。あの地での思い出の一つだ。

ペルギウスの空中城塞にてベットで寝転んでいる私と近くで椅子に腰かけているルーデウス。確か、あれは二人とも使う機会のない日本語を使っての会話だった。

 

「ナナホシって地球に帰れたとしても日本以外の国に飛んだら不法入国で即刻逮捕だよな」

「そうね。特に太平洋の島国にでも転移したら私はとても世間を賑わせられるんでしょうね」

 

まあそれくらいの覚悟は全然ある。帰れるだけ全然マシだろう。

 

「そこでだ、俺に案があるんだ」

「何の……?」

「帰った後の方法に決まってるだろ。それともナナホシには何か考えが?」

「いやまあ無いけど」

「よし、じゃあ決まりだな」

 

ルーデウスは自信満々に言い放つ。

彼がこのような顔をする時はとても上手くいく時か、全く上手くいかないか、そのどっちかのような気がする。

ともかく、私はルーデウスに向き直る。

 

「それで案ってのは?」

「インターネットだ」

「インターネット……?」

 

インターネットというのは……何だったか。確かパソコンでやるアレだ。

私も使ったことがあるぞ。小学生の時に父親のパソコンを一人の時にこっそり見たんだったか。一瞬でバレたけど。

親が持ってたスマホもインターネットを使ってたはずだ。

 

「ネットはな、検索すれば大体のことは出てくる。多分だがナナホシの事故もネットで取り上げられてるはずだ」

「ホントに?」

「よく考えてみろよ。三人をも巻き込んだ大事故。それにも関わらず二人の死体と血痕が不明。その二人もずっと行方不明。警察でもかなり特異な事件として扱われているはず。ニュースとか掲示板とかで多少話題になってるはずだ、多分」

「多分って何よ、多分って」

「元無職の勘ってやつだよ」

「それでも……」

 

いや、もしかしたら結構いい案かもしれない。ネットの仕組みにそこまで詳しい訳ではないが……。転移が出来たらネットを使えるところで、私を日本に連れて行ってくれるほどの権力を持っている人にネットを見せる。

上手く話せれば機密として私を秘密裏に……世間を騒がせずに日本へ飛べるプランになるかも。

 

「ルーデウス、その計画。詳しく聞かせて」

「分かった。まず……」

 

〜〜〜

 

 

在アメリカ日本大使館へ着くのにはそう苦労をかけなかった。

目的は不法入国をしている私をなんとかしてもらうため。

理由は、大使館が同じくワシントンにあったからでもある。おかげで昼頃には着くことも出来た。しかし、なかなか日本語案内が見つからない。というよりどこに案内板がある……とかそんな感覚が一切無くなってるので見つけられないという方が正しいか。

昼時だからか人も多く、混雑しているので日本人がいても分からない。おまけに案内板は見つからないし英語だったら読めないな……いや、日本大使館だから日本語で書かれてるか。

とにかく右往左往していて、職員を見つけるのも億劫になってきた頃。チャンスは巡ってきた。話しかけてきてくれたのは(たぶん)アメリカ人の女の人。

 

「Hello!! What can I do for you, sir?」

「あ……! えっと……日本語の案内ってどこですか!?」

「You can talk to the man over there and he'll be able to help you with Japanese!」

 

英語は聞き取れなかったが、指差しの方向を見るとどうやら向こうらしい。もう少しなんて言うか……ゆっくり話すとかしてくれないのかな。されても分かんないけど。

そして人混みの中をかき分け、日本人っぽい顔立ちの職員がいた。

いや日本大使館だから日本人がいるのは当たり前なんだけど。むしろ、なんでこんなにアメリカ人がいたんだよ。

『日本の帰国の方へ』と書かれた看板と共に幾人かの日本人が案内をしている。なんかこの役所独特の雰囲気にまで懐かしさを覚えて辛い。

おそらく私はすぐに追い出されるか、じっくりと話を聞かれるか、そのまま不法入国で逮捕されるかのどれかだろう。出来るだけ人となりが良さそうな……あの人だ。さあ、頼むぞ。

私が話しかけたのは初老くらいの男の人。人となりが良さそうな感じがする。多分。

 

「あの……少しいいですか?」

「はい! あ、どうぞこちらにお掛けになって」

「あ、ありがとうございます。……それで何ですけど、そのパソコンってインターネット繋がってますか?」

 

そう言って横にあるパソコンを指さす。こんなにパソコンって薄かったけ。時代は進化しているということか。

男の人の方は私の意図が読めないようで困惑される。

 

「それで2012年11月22日ーーー市で起きた交通事故について調べていただきたいのですが」

「そういうのは少し業務の管轄外と言いますか……」

「調べて貰えたらすぐに分かります! ……何ならチップも出しますので」

 

アメリカにあるチップ文化を思い出してふと流れで言ってみる。ドルや円では無いから渡したら更に困惑されるだろうけど。

そう言うと観念したようにキーボードをカタカタと叩き出した。お手数をかけます。少し罪悪感。

でも私自身パソコンを上手く使えるわけじゃないから、これをやって協力してくれる人は絶対に必要だ。ルーデウスが居たらいいんだけどそうもいかない。

 

「こちらで宜しいでしょうか?」

 

そうやって見せてきたのは『〇〇市 事故 2012年 11月 22日』と検索された画面だった。

 

「そうしたら……えっと……これでいいのかな?」

「はい」

 

私が一番上にあったサイトのリンクを指さすとページが飛ぶ。出てきたのはおそらく掲示板。

ニュースの引用のような文面と共にどんどん事故に関しての感想が書かれていた。

彼の言うとおり、私の事故のニュースは話題になったらしい。複雑な気持ちを持ちつつ、引用元のニュースサイトを指さす。

職員の人は少し面倒くさそうな顔でマウスを押した。少し長い読み込みの後にページが現れた。目で追っていく。

『22日、〇〇市で男と高校生二人がトラックにはねられました。警察によりますと、三人のうち二人が行方不明となっており、捜索を急いでいるとのことです。また、55歳の男を逮捕して事故の状況を調べています。』

 

「これだ……」

 

途中まで読んだところでポツリと声をこぼした。こんな事故が同じ日に二回もあってたまるか。

この時点では私の名前や顔はニュースに乗っていなかった。

 

「職員さん。このニュースって続報みたいなのありますか?」

 

私がそう尋ねると目の前の男の人はパソコンを覗き込んだ後、「あー」と声を漏らした。

その後、取り上げるようにパソコンを男の方に素早く向け直しカタカタとキーボードを打っている。熱心に調べているようだ。

 

「え……? ああ。やっぱこれあれだ。日本の方でもこの事故、結構報道されたんですよ。親御さんがすごい娘さんを熱心に探しててたのを……覚え……て…………て……」

「あの?」

「も、もしかして貴方は……この事故の……ですか?」

 

そう言って今度は恐る恐ると言った具合にパソコンを私の方へ向けてきた。

それは、私の顔写真と共に『私たちの娘、七星静香を探しています!』と大きく書かれたサイトだった。

もしかして、お母さんたちは私をこれまで、二年間ずっと探してくれていたという事なのだろうか……いや、それより今は。

 

「はい! その写真は私の……私のなんです! あなたの上司の方とお話させてもらいませんか!?」

 

私の存在がこちらの世界で証明されたことに喜ぶ方が早い。



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邂逅

異世界での思い出。空中城塞で話していた時だ。

私と近くで椅子に腰かけているザノバ。あの時、ルーデウスはオルステッドとどこかの村を救いに行くとか言って居なかった。

 

「そういえばナナホシ殿。転移魔法陣見ましたぞ。もう私が届くような領域の魔法陣ではありませんな……悔しいですが。凄いです」

「いや、半分以上はペルギウス様で出来ているようなものよ。私もペルギウス様に教えてくれないとあそこまでは出来なかったわ」

「……凄いとかそんな次元じゃないですな。少なくとも今の時代であの魔法陣を書ける者は世界でも片手で数えられるかどうかと言ったところでしょう」

 

そんなに褒めちぎらないでほしい。褒められるのに慣れてない。

あの魔法陣も元の理論はペルギウスの受け売りだったんだって。

 

そんな他愛もない世間話をしていると、ザノバがふと思いついたように口火を切った。

 

「そう言えばナナホシ殿がいた世界ってどんな世界だったんですか?」

「え……そうだね……」

「別に嫌なら構いませんが」

「いや、そうではなくて。どう説明しようかなと。向こうの世界には魔術が使える生物はないの」

「ほう。それは興味深いですな。だからナナホシ殿は使えないのですか。魔力付与品や魔道具とかは?」

 

科学の概念の説明ってどうすればいいのだろうか。私からすれば現代科学もボタン一つで火を起こしたり、蛇口を捻るだけで水が出たりと魔法みたいなものだったが。

 

「どっちも無いわ。その代わり私たちの世界では『科学』と呼ばれていたものがあるの」

「科学……ですか。どういったもので?」

「例えば普通魔術を使う時って詠唱をするでしょ? でも科学が行うのは無詠唱魔術なの。でも無詠唱で使う代わりに、周りにその魔術を発動させるための道具を組み立てるの。回路って言ったりもするけど」

「……少し分かりませんな。道具というのは魔道具や魔法陣のようなものでは無いのですか?」

 

そっか。こっちの世界には回路なんかを構成する部品がそもそも存在しない。

その中で説明されても理解できるはずがない。

 

「例えば火。火を起こすにはルーデウスなら火魔術で一瞬。けど、科学の場合は火花を熱とかで生み出した後に、火になりやすい気体を燃やして火をつける。時間は同じく一瞬だけど、発動させるための手順が長いの」

「要は師匠のような無詠唱魔術を使っているように一見見えるけれども、魔術で言う射出速度設定や威力設定を全て外界に任せたもの……みたいなものですかな?」

 

……ザノバの方が説明が上手いかもしれない。負けた気分。

 

「まあそういうこと。それを積み重ねて先人たちの理論を元に新しい理論を見つけて……やってることは魔術と一緒かもね」

「じゃあ私のような人形狂いや師匠のような魔術の天才もいるわけですか?」

「天才なら向こうの世界でもどこにでもいるわよ。人形狂いはね……」

 

フィギュアなんかを集めまくってコレクションする人はいたが、ザノバが思ってるのはそういうのじゃない気がする。

ザノバに似た感じで何かに没頭してる人……

 

「何かに一生を捧げる人も沢山いたわ。それがゲームのようなものだったり、あるいは人形だったり」

「むむ……。やはり人間の本質は変わらんということですな!」

 

そう言うと彼は快活に笑った。

 

〜〜〜

 

あの後、あの係の人の上司のような人が来た。男の人が事情を説明すると上司も信じられないという顔で、他の人に何かを話に行った。

そこからはトントン話だ。そのまた上司らしい人が現れて、「まずは事情の把握を急ぐ」と言われて広い部屋に通された。

私は「この話はまだ回すとしても日本の超お偉いさんか、大使館の中まででお願いします」とだけ伝えると、柔らかそうなソファーへと一直線に飛び込んだ。

そして今。かなり時間が経っている気がする。しかし、出してくれたお茶菓子はとても美味しいのでどっちでもいい。

 

「う……っまあ……」

 

この表情は他人に見られてはいけないやつだ。きっと恍惚な顔で独り言をブツブツ言っている気持ち悪い姿になっているに違いない。

ああ。これ太るな。日本に戻ったら絶対お菓子食いまくって太るぞ。これは。運動しなければ。

 

その時ノックの音が響く。ドアが開くと身長が高めの男。おそらく50代くらいだろうか。かなりベテランの雰囲気を漂わせている。

横には先程の職員の人の上司の上司。

 

「失礼します……七星さんですか?」

「はい」

「私は日本大使館に常駐している弁護士で高山と申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……?」

「七星さんは分かるでしょうがこの状況はかなりまずいです。警察に知られたら逮捕は免れないでしょう。まずは本人かどうか、様々なデータから検証させていただきます」

「はあ……」

 

思わず気の抜けた返事をしてしまう。この人は弁護士? 逮捕の可能性があるのは分かっていたが……私を守ってくれるということなのだろうか。

それに、本人認証ってどうするんだ? まだお母さんたちにまで私の事は知らされてないはずだが……。

そう思っていると高山さんは唐突に手袋をはめ始めた。

 

「まずはこれを頂きます」

 

そう言うと私が先程まで食べていたチョコレートの個包装の包みが持っていかれる。

ああそんな。もう食べてるからどっちでもいいけど。

それは高山さんの手からジップロックの中へと移される。

 

「指紋認証を警察の方で行います。貴方の指紋データを持ってるのは日本警察ですから少し時間はかかりますが」

 

え? 私の指紋データ持たれてるの? 日本警察に?

いや、捜査に使うためか。まあそりゃそうなのか?

あれ?

 

「さっき『警察に見つかったら即刻逮捕』って言ってませんでしたっけ?」

「私も伊達にこの業界いないので。コネってのがあるんですよ。ともかく貴方が本当に七星さんだった場合、私はあなたが日本に戻って安定した暮らしを取り戻せるようになるまで、精一杯のサポートをすることになります。重ねて、よろしくお願いします」

「はい……」

 

そう言うとにっこりと笑う。顔は怖いけど笑った顔は結構優しい。まだ契約も何もしてないけど、お金とかどうなるんだろ?

コネの力なんて聞くと少し悪いことした気分になるが、不法入国という本当に悪いことしてるから罪悪感はない。

一息ついたあと、高山さんは再び私に向き直る。

 

「さてと。まずは聞かせてもらいましょうか。貴方がトラック事故に遭ってからここまで何をしていたか……」

「ここは……正直に話した方がいいですよね」

「勿論……原さんは一旦外れて」

 

どうやら上司の上司は原さんと言うらしい。原さんは少しごねていたが、高山さんの強情に負けて最後は部屋から出ていった。

これで私と高山さんの二人。ここで嘘をついて後々得になるってことはまずないだろう。

 

「私は別の世界に行ったんです」

「いわゆるパラレルワールド……ということですか?」

「いや、そうではなく。高山さんってアニメ見ますか?アニメとか漫画とかの作品で魔法を使う作品ってあるじゃないですか。丸っきりああいう所へ行ったんです」

「ふむ。俄には……いや、話を続けてください」

 

まあ信じられないか。そりゃそうだ。高山さんの脳内にはきっとエ〇ス〇クトなんちゃらと叫ぶ青年が思い起こされていることだろう。私の中の魔法のイメージはもう『ルーデウスが一瞬で土魔術と水魔術と火魔術を使ってお湯を作り出す光景』で固定化されてしまった。

 

そこから私は三時間ほど、質問の受け答えをしながらも異世界での話をした。

最後、一応の形では高山さんは私の話を信じていた。

 

〜〜〜

 

大使館に最も近いホテルの一室。そこに私はいた。

一人用の部屋としては些か狭すぎる。広すぎるベッドに横たわり、今日一日のことを振り返った。朝ペルギウスに『今日はよろしくお願いします』と挨拶し、『私も願っているぞ、ナナホシよ』と言われたのがペルギウスと会話をした最後だったか。

昼には既に大使館に入っていたし、夕方には自分の異世界での話を過去のものとして語っていた。

何だか、少し悲しくなる。ホームシックというやつかもしれない。

つまり私は、こっちの世界にいたら向こうの世界にホームシックし、向こうの世界にいたらこっちの世界にホームシックするわけか。

 

「どこの面倒臭い輩だよ」

 

本当だ。思わず漏れ出た自分の声に共感してしまう。

……気分を変えようと立ち上がってみる。するとタイミングよく部屋のインターホンが鳴らされる。

高山さんだろうか。ホテルの職員の人だろうか。

 

「誰ですか?」

「早く開けてくれ! 見つからないうちに!」

 

ドア越しから聞こえたのは若い男の声だった。見つからないうちに? どういうことだ?

 

「名前を言ってください」

「高山虎! さっきまであんたと話してた弁護士の息子だ!」

 

高山さんが私の弁護士とはおそらく漏れてないはず。身元は保証されてるな。

いや、夜に男を部屋に入れるというのはダメだろう。何に追われているかは知らないがさっさとお帰り頂こう。

 

「すいませんが……」

「開けてくれ! 頼む!」

 

声を被せて頼み始めた。こんなやり取りしてる間にどっかに逃げればいいのに。

チェーンをかけて少しドアを開ける。

 

「開けてくれるか!?」

 

身長は高め。顔もどこか似ている。息子には間違いないか。

 

「変なことしたら親にチクリますからね」

「ああ、分かってるよ!」

 

一々声が騒がしい。

中に入れると直ぐに私の持っているノートについて聞かれた。多分高山さんに少し言ったのが漏れたか。

コネある敏腕弁護士も情報漏洩はダメでしょうよ。そう思ってたら、どうやらお父さんのパソコンを盗み見て知ったらしい。それをお父さんに知られて追われている途中だったとのこと。

 

「それで? ノートになにか興味が?」

「俺はこの近くの大学で研究をしてる一端の科学者だ。七星さんの書いたノートを見て向こうの世界について知ってみたい。特に魔力。興味があるんだ」

 

キラキラと輝く目で訴えかけられると辛い。

最初こそ拒んだが、結局私がノートを手に持っていることを条件に見せることを許可した。私ってこんなに流されやすかったっけ。



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目の前のルーデウスは私の話を真剣に聞いている。あの地での思い出の一つだ。

ペルギウスの空中城塞にてベットで寝転んでいる私と近くで椅子に腰かけているルーデウス。確か、あれは二人とも使う機会のない日本語を使っての会話だった。

 

「ーーつまりね、魔力というのはこの世界で生きるために必要なエネルギーのようなものにあたるわけでしょ?」

「まあエネルギーってよりは地球で言う酸素みたいなものに近いのかもしれないな」

「……で、この世界の生物……特に人族は元々持っている魔力量が少なかった。言い換えれば魔力を生成できる何らかの力だったり器官だったりが発達していなかったわけよ。それが何らかのきっかけで魔力が多くなっていき、それは遺伝していき、今の状態になった。そう考えるのが自然だと思うのよね」

 

それを聞くとルーデウスは少し得意そうな顔で呟く。

 

「でも、ルーシーとかララとかには俺の魔力量は遺伝してないぞ?」

「あなたの場合は例外でしょ。なんて言うのかな、ルーデウスという名の容器に入れられる魔力量は決まってたけど、無理やり容積を広げたおかげで魔力量は増えた……みたいな」

「その元々の容器の大きさが才能であって、遺伝するところか」

 

少し納得したような表情を見せる。

たまにペルギウスに会うためか、私に会うためか彼はここにやってくる。こうやって聞いてくれるだけでも私の思考が整理されていく感覚がある。こういうのは、なかなか味わえないものだ。

 

「じゃあ、元いた世界の魔力ってどうなんだろうな」

 

ポツリと漏らした。

 

「この世界はエネルギー保存の法則とかも含めた物理法則は私の知る限り適用されてる。だから魔力が何たるかを科学的に説明することは出来ると思う。それが何かのエネルギーなのか、原子の働きなのかは私には想像しようがないけど」

「さっきの話を聞く限り、この世界の人間……というか生物と向こうの世界の生物に何か決定的な違いがありそうだよな」

 

まあそれはそうだろう。私たちの世界では魔力の動かし方なんて知らない。

 

「……ルーデウスって無詠唱と詠唱の時で魔力の動かし方って変わったりするの?」

 

そこから彼の力説で魔術の詳しいところが語られた。もしかしたらペルギウスに聞くより分かりやすかったかもしれない。

魔術を発動するための魔力の動かし方は決まっていて、「術の生成→サイズ設定→射出速度設定→発動」とすることで魔術を発動できるのだとか。

無詠唱というのはそれを自分の意志で(といっても、ルーデウスの場合はほぼ感覚で)行うものらしい。

 

「でも無詠唱や詠唱短縮ができないと、この魔力の動かし方は分からないらしかったな。ロキシー先生とかシルフィに聞いた時は少し分かる、と言っていて他の奴らは分からないと言っていたし。うん……そうだな……」

 

彼の顔が分かりやすく崩れかける。

 

「……はい。まあともかく、向こうの世界で魔力に似たものを操作することは不可能ではないってことかもね」

「その場合だと人為的に魔術を起こすことは可能ってことになるよな」

「うん。まあ向こうの世界に魔力がある前提だけどね」

 

今の研究には何の実にもならない雑談だが、自分の知っていることを対等に話せる存在というのは心が弾むものだ。

 

〜〜〜

 

高山さんが日本警察に手を回し、指紋認証の結果が出るまでの三日間。虎と名乗った青年は夕方に毎日私の部屋へとやってきた。

最初の方は身構えたが、三日目になると案外楽しくなってきた。やはり自分の秘密を共有出来る仲というのは心地よく感じるものかもしれない。

彼は発言の節々が雑だし、敬語を知らない礼儀知らずではあるが、悪い人ではないらしい。

 

「ふうむ……やはり七星のここまでの話を聞くと魔力というのは何かのエネルギーだと思えてくるな」

 

それに、私の発言を一瞬で理解してくる。さすが現役科学者……関係あるのか?

 

「私もその線が強いと思ってます。しかし、私が十二年の間に観察した範囲ではこの世界と物理法則が変わっているところはありませんでした。その全く同じ物理法則の中に『魔力』という全てをひっくり返す存在が存在し得るのかどうか……いや。私も本格的に大学なんかで科学を学んだことがないので何とも言えないですが」

「何が言いたい?」

「この世界にも魔力は存在するのではないかと考えています。私たちが魔術を使えないのは、そのために体が発達してないからとも考えます」

「でもそれが証明できないと意味は無い」

「それを証明したいと思っています」

 

ペルギウスと転移魔法陣と研究している時から心の中では決めていた。私は科学者になりたい。

トラックに轢かれる以前も理科は好きだった。それだけでは、理由としては弱かったが。私が今言った『魔力はこちらの世界でも存在する』ということを証明したいという気持ちが私の夢を科学者にしたのだ。

 

「まあいい。取り敢えず気になるのはこの詠唱だな。『汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに』と唱えれば水の玉を飛ばせるのだろう? 異世界とこっちが全く同じ世界で生物の進化の仕方だけが違うとしても、これで水の玉が出る意味がわからん」

「私が思うに、詠唱というのは機械で言う回路だと思います。私が知る限りの詠唱は全て記録してきましたが……見てください。一応の法則性は見えてきません?」

「……分かった。まあそこは要研究対象だな。お前の最終目的はなんだ?」

「最終目的……?」

 

たとえこの世界で魔力の存在が証明でき、活用できるようになったとして。

それで何が出来るというのか。そんなの決まってるじゃないか。

脳裏に向こうにいる人たちの顔が浮かぶ。ペルギウス、ザノバ、クリフ、シルフィエット、エリス、ロキシー、ルーデウス。

 

「向こうの世界とこちらを繋げます」

「よし分かった。俺の研究も一旦終わって退屈してたところなんだ。俺でよければ手伝う。面白そうだしな」

 

彼は座っていた椅子からおもむろに立ち上がり、部屋を出ようとする。時計を見ると既に時刻は18時を回っていた。

 

「えっと、分かりました。私は日本に帰るのですがそれでもいいなら。よろしくお願いします。高山さん」

「ああ、別に俺のことは下で呼んでくれてもいいぞ」

「え? 分かりました。じゃあ虎?」

「よし決まりだ。俺もそうするからな」

「え?」

 

私に発言権を与える暇もなく、向こうが手を差し出してくる。何をすればいいのかは察したが、なんか妙に恥ずかしい。

躊躇いながら私も手を差し出す。握手なんて、向こうでも沢山してきたはずなんだが。

手が握られていると、ドアからノックの音がした。咄嗟に虎から手を離す。

 

「失礼致します……ん? 虎! そこに居たのか馬鹿者が!」

「やっべ。静香さん、また今度」

 

あ。静香さん?

気づいた時には虎は部屋から飛び出していた。

 

「すいません。うちのが……それは置いといて。朗報があるんです。日本警察の知り合いの鑑定によると貴方と七星さんの指紋の一致が確認できました」

「本当ですか!?」

 

先程の違和感は遠に消え去っていた。

ということは、帰れるということだろうか?

日本には家族もいるし、友達もいる。時が経っているとはいえ少しくらいはみんなと話したいものだ。

 

「帰還についてはまだ目処は経っていませんが、近いうちに出来ると思います。扱いとしては……恐らく国家機密事項としてだと思いますが」

「それはやっぱり私が逮捕されるべき存在だからですか?」

「それもありますが、この現代でほぼ唯一と言っていい別の世界から来た可能性のある人間だからです。総理大臣にもうすぐ話が行くはずです」

 

は?総理?

 

「高山さんって……」

「まあ取り敢えず今日は遅いので明日また来ます。現状を喜んでいきましょう」

 

まあどっちでもいいか。



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再会

魔法大学に在籍していた時。あの時は確かフィッ……シルフィエットがルーデウスと結婚した頃だ。

彼の家に備え付けのお風呂があることが羨ましく、通ったんだっけ。私も水で濡らしたタオルのようなもので体を拭くのが『清潔』になってしまうのは嫌だった。そこら辺は日本の女子高生の血が色濃く残っていたのだろう。

勿論彼に風呂上がりの裸姿なんか見られたくもなく、シルフィエットが家にいる時こっそりと入らせてもらっていた。

 

「ふう……ありがとう。やっぱりお風呂はいいわね」

「あ、ナナホシさん。昨日の晩の残りがあるんだけど、良かったら一緒にどう?」

 

彼女が笑顔でそう誘ってくる。女の私から見ても可愛い。手元には酒の入ったコップもあった。ルーデウスのお手製だろうか。

これを幼い頃から策略し、惚れさせたルーデウスは流石と言ったところだろう。それに時刻から考えてもなかなかいい時間だ。お言葉に甘えておこう。

シルフィエットが出したスープとサラダのようなメニューにパン。それを美味しく頂きながら世間話が進む。

精々魔法大学でのことだったり、彼女の惚気だったりするが。そんな話をしながらも何故か彼女は緊張しているように見えた。

そして意を決して。

 

「ねぇ……前ルディに同郷って言ってたのって何で? ナナホシさんって違う世界から来たんだよね?」

 

これを言うためか。流石に本人の許可もなしに彼の秘密をばらす訳にもいかないだろう。シルフィエットの声も弱々しい。

 

「ただ……同じ言語を話してて勘違いしただけよ」

「じゃあ何でルディはナナホシさんの言葉を話せるの? リニアたちに聞いた獣神語とは違ったし。魔神語は聞いたことがないけどナナホシさんって魔神語話せるの?」

 

酒に酔ってるのか、酔わせているのか。今日はとことん詰めるつもりらしい。

顔を赤くしながらもどこか不安な表情で私の目を見てくる。

 

「ここに来てからの遍歴的に喋れないことは……ないわ」

「そうなの? 魔神語ってどんな感じなの? 喋ってみてよ」

 

本当に挨拶レベルだけなら話せるが、ここで魔神語を素直に話したら『あの時の言葉とは違うなあ』となって、余計私がピンチになるのでは。

何だか段々追い込まれている気がするぞ。

 

『こんにちは。シルフィエットさん、私はナナホシ。日本から来た転生者です』

「へー。今のが魔神語?」

「う、うん。でも魔大陸の土地の事情からか、結構方言が激しいのよね。地域によっても微妙に変わると思うし……」

「へー、そうなんだ」

 

日本語を話す。魔大陸は広くて種族も多様だから方言も多様だということにしといた。

ルーデウスもこれくらいの誤魔化し、許してくれるだろう。

シルフィエットはさらに自分に酒を入れる。紅潮した頬と潤んだ瞳が訴えかけてくる。

 

「あのね……ボクずっと不安なんだ。魔法大学でルディと再会した時に『ルディはボクのこと覚えてないのかな?』って思ったし、今はルディと結婚できて幸せだけど……」

 

彼女は独白を始めた。ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

それを私は黙って聞いていた。

 

「あの日……ルディとナナホシさんが初めて会った時さ。最初はルディが怯えてて、『ルディがこんなに怯えるなんて余程何かあったんだ』みたいに思ってたんだよ。そしたら案の定ナナホシさん、ルディと知り合いでさー。ボクの知らない言語で話してた時……ルディの顔は強ばりながらも、懐かしいような、少し楽しそうな表情をしてたんだよ。その時にボクムッと来ちゃってさ。そんな時に『転移事件の犯人は私』なんて話されたら爆発しちゃって……ごめんね。別に転移事件の件は今はナナホシさんに対してなんとも思ってないんだよ。でも、なんかナナホシさんを見るとまた不安になっちゃうんだよね。『ルディを取られる』とまでは言わないよ。でも二人の間には一つの世界があるっていう感覚があるんだよ。それが羨ましいっていうか。妬いちゃうっていうか」

「そう……」

 

二人のラブラブっぷりは私も知ってる。しかし、シルフィエットというのは怖がりでルーデウスの影に隠れているような人物だと勝手に思っていた。酒の幇助があるとはいえ、こんなにもしっかりと話せるのか。

私のシルフィエットに対しての認識が変わった瞬間だった。

 

〜〜〜

 

いつかの日の朝のことだ。朝起きて、学校に行く準備をしていた。

机の上に置かれたパンと牛乳を流し込みながら、ニュースを見ていた。

そんな事をしているとお父さんが『今日は残業がないんだ』みたいなことを言っていた。お母さんは少し嬉しそうにしながら、『今日の夜はあなたの好きな秋刀魚にしようかな』なんて言っていた。

それを何となく聞きながら、『私、今日友達くるから。別に遅くなってもいいのに』と投げやりに言った。後半の方は少し小声だったと思う。

そうだ。確かお母さんが『何?アキくん? また来るの?』なんてからかってくる。私が彼を好きなことを知ってたから。

それを聞いたお父さんが『彼氏か!?』なんてまた嬉しそうにからかってきた。

違う。アキにはまだ何も言えてない。そう思いながら、『もう! ってか、お母さんまた秋刀魚なの? 先週もそうだったでしょ』なんて話を逸らそうとした。あの時、どんな感情だったのかなんて覚えてない。

 

学校が終わり、部活が終わり、いつもの3人で帰っていた時だ。季節は既に冬に差し掛かっており、雨が降っていることもあってか一層寒い日であった。

私が好きな茶髪の背の高い男。口論をした。彼が何か些細なことを言ったことが原因だったと思うが、詳しくは覚えていない。

もう一人の男……黒木は私たちの喧嘩を必死に仲裁していた。そう、確か『二人共お互いに謝って終わりでいいじゃねえか』みたいなことだ。それに対して彼も私も『こいつが』『あいつが』と互いに責任転嫁し合った。今となっては子供っぽかったと思う。

そこで視界の端に写った髭がボサボサで、髪もろくに手入れしてなく、眼鏡をかけた、デブの男。ジャージを着ていたか。

彼がルーデウスであったことを知った時には大層驚いた。

その男が何かを言ったその時だ。私の目の前にトラックが迫っていた。デブ男に押された私達はトラックの進行経路から外れた黒木の顔を見ていた。トラックが突っ込んでくる。痛みはなかった。しかし、恐怖があった。覚悟なんてない。

トラックに当たる寸前まで、私が思い浮かべていたのは朝の家族の顔だった。

 

 

 

 

「いや、本当に……帰ってきたんだって実感しました」

「まあ普通に日本で生きてても会わないような人物ですし、むしろそういう実感がないのでは?」

「いや、やっぱりありますよ」

「そうですか」

 

私は一般客に混じって飛行機で東京へと帰ってきた。そして、そこからまず会ったのは内閣総理大臣だった。

私も正直言っている意味が分からない。確か私が日本でいた頃、環境大臣をやっていた人だったか。

私の記憶より若干老けていたその男は私のその後について話してくれた。まず私は三日後、指定されたホテルの一室で家族と会えること。それからは前の通り生活することが可能であること。週刊誌等については高山さんが抑えることが出来るということ。しかし、噂の類については責任を負えないこと。

高山さんとは生活のサポートをしてくれること。至れり尽くせりな内容だった。

その日はまたもや高級そうなホテルで過ごした。

 

〜〜〜

 

都内にあるホテルの一室。高山さんは部屋の外で待つらしい。

私はドアの前に立っていた。心臓が高鳴る。深呼吸をする。

 

ノックをし、部屋に入る。

 

二人が待っている部屋まであと数歩。一歩一歩踏みしめる。

 

二人の姿が見えた。目が合う。

 

「静香……」

「お母さん……お父さん……」

 

会った時なんて言うか。考えてはいたが、上手く言葉が出ない。しかし、言葉がこぼれていた。嗚咽が出ていた。

 

「ごめん……ごめんなさい……会いたかった……! お母さん……お父さん……」

「静……香……! 静香……!」

 

お父さんは私の姿を確認したあと、椅子に座りひたすら私の名前を呼んでいた。お母さんは私の方に近づいてくる。その顔は少し怒ってるようにも見える。

私が困らせた。多少殴られたり、罵られたりしても仕方ない。

そう思っていた。

 

「静香……あなた……いや。よく……また……戻ってきて……ぁっ……うぅ……あああ!」

 

お母さんも途中で感極まったのか、大きな声を上げて号哭した。その声に私の涙腺はさらに弱まる。私とお母さんはお互い抱き合いながら声を上げた。こんなにも久しぶりに聞く肉親の声はが弱かっただろうか。

 

「お母さん……っあの時事故で……朝も……ごめんなさい……っ、」

「……っ……!あぁ……っ!」

 

ーーー

 

私達はどのくらい泣いただろうか。しかし、ホテルに入る前にはホテルの窓から真っ直ぐと差し込んでいた日光も、既に傾き始めていた。

改めて両親の顔を見た。お父さんは老けていた。黒髪の中に混じっていた白髪の割合は多くなっており、髭や雰囲気も少し年寄りっぽくなっていた。お母さんはあんまり変わっていなかった。しかし、少しやつれている。やつれが大きくて老いを目立たなくさせているのかは、分からない。

 

「本当によく戻ってきてくれたわ静香。本当に嬉しい……っ」

「静香がこの2年半、何をやっていたのか教えて欲しいんだ」

 

どうせ高山さんと総理大臣にまで知られているから二人も知っているのかと思っていた。私から話した方がいいと判断されたのか。

それとも知ってはいるが現実味が無さすぎて聞き直されているのか。

いや、どちらにしても変わらないな。

 

「別にふざけてる訳じゃないの。真剣に聞いて欲しいんだけど……」

『もちろん』

 

二人の息ぴったりの答えに安心して、私は話し始めた。この十五年間のことを。



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兄として

『本当に息子の命を助けていただいてありがとうございます……!』

 

その言葉に私は頷くことしか出来なかった。信じられなかった。現実ではなかった。

来たのは何とかっていう高校生の両親。横にはその息子だろうと思われる、目を真っ赤にした高校生。

あの弟が身を呈して人命を助けたという。あいつはクズだ。私たちの兄弟構成は私、弟、弟、妹。次男があのクズだ。

しかしクズとはいえ弟だ。死を悲しまないわけではない。しかし、その死の衝撃は両親の死に直面したばかりからか、とても薄かった。

しかもあんな形で別れたわけだし。

 

命を賭して命を助けるというのはそうそうできることではない。私は素直に凄いと思った。

俺はこれでも彼を一番俯瞰して見ていたと思う。学生の時は何回も背中を押そうとしたし、成人してからも唯一実家暮らしの俺は辟易しながらも、クズと思いながらも彼の世話をした。アイツが引きこもった理由も同情できたからかもしれない。

彼に正しい道を歩ませてやれなかったことに俺はずっと罪悪感を感じてきた。三男は結婚し、娘が出来た。しかしクズがその娘を盗撮していたため、三男は彼のことを話そうともしなかった。妹は生理的嫌悪もあるのか、やはりクズのことを話そうとしなかった。

アイツに手を差し伸べることが出来たのは俺だけだったはずだ。

 

あの日。アイツが死んだ日。

密かに相談していた俺たちは葬式の後にアイツの部屋に突撃した。久しぶりに見た彼の体は大きく太っていて、なさけない姿だった。

三男がパソコンの画面を見た瞬間に激高し、バットでパソコンを壊した。日頃大人しい彼の激高は驚いたが、理由を知った後は当然だと思った。

そして家から追い出し、なにか達成感のようなものを弟と妹と共有していた時だ。アイツの訃報が入ったのは次の日の朝だった。

まだ起きたばかりで頭の回らない中、警察からの電話。思わず持っていた携帯を落とした。鈍い音で。

 

 

弟と妹の二人はアイツの死をどこか喜んでいた。もちろん言葉には出さなかったが、表情がそう言っていた。

アイツの葬式はひっそりと行われた。出席者も少なかった。一人、アイツのネットの知り合いだとか言うやつが来た気がする。

ともかく、二人の満足気な表情の横で俺は最悪の表情をしていただろう。

両親も、弟もいなくなった広い家で独りで酒を飲んでいる時ふと思った。思ってしまった。『アイツの人生はどれほど悲しく、寂しいものだったのだろう』と。

一度そう思ってしまうと俺は後悔の念に押しつぶされそうになった。もしかしたら俺は一人の人生を潰してしまったのかもしれない。そう思えてならないのだ。

 

〜〜〜

 

昨日黒木に会ってきた。異世界であれほど探していた二人の片割れ。

彼は驚き、泣いてくれた。彼は元来優しい性格だったからどこか責任を感じていたのかもしれない。あの時だってそうだ。私たちの共通の友達だからという理由だけで間に割ってくれていた。

彼の家に尋ねた時、外には雨が降っていた。彼は私を困惑の中招き入れてくれた。私はもちろん全てを話す。話した後、彼はさらなる困惑の表情をしていたが、無理もない。更に新事実としてアキ……篠原秋人はこちらに戻ってきてはいなかった。

ということは、異世界へ転生または転移している可能性が濃厚となる。『飛ばされた時間が違う』可能性は十分にある。それなら私が生きている間に……いや、やめよう。

 

あの後、両親は私の話を信じてくれた……いや、本当に信じてくれたのかの心の底は分からないが、信じるという言葉を貰った。

正直私に娘が出来て、その娘が龍神の話なんてし始めたら私なら信じない。そんな突拍子のない話あるわけないと一蹴するに決まっている。

しかし、二人は信じてくれた。そこに親心が介在していたのか、『戻ってきてくれたから取り敢えずは良い』という気持ちがあったのかは私には知りえないことだが。

 

 

今日はあの時の両親との再会とは別のベクトルで『覚悟』がいる日だ。

ルーデウスの兄弟……実家暮らしをしているのは兄と言っていたからルーデウスの兄か。その人に私の持っている封筒を渡す。今は休日の朝。家にいるだろう。詰問されるのは当たり前だろうが、それ以上に全く知らない人に一から異世界の話をするということに緊張する。相手は魔法なんて精々創作の中だけと思っている一般人だ。どう信じてもらおうか。

ルーデウスも中々酷なミッションを与えてくれたものだ。

やってきたのは茶色い屋根の二階建ての家。恐る恐るとインターホンを押す。

 

「はい」

 

中年ほどの男の声がした。意を決して。

 

「私ーーーーーーさんの知り合いなんです。話したいことがあります。開けていただけませんか?」

「……どうぞ」

 

十秒ほどの沈黙の後、玄関のドアが開かれた。あれ? 故人で印象最悪の弟の知り合いを家に軽々と招くとは……どういう事だ?

暫く玄関先での攻防が続くものだと思っていたが。

ドアから出てきたのはそこら辺に普通にいるような30、40代ほどの男だ。もう前世のルーデウスの顔の記憶にも薄いものの、明らかに前世の彼とは違った人生を送ってきたのだろう、と思える顔でもあった。男は少し投げやりに言い放つ。

 

「それで、ーーーーーーの知り合いが何故今更ここにいらしたんですか? ……アイツは死んだんですよ。知らないかもしれないですが」

「知ってます。その上でのお話なんです」

「まだあるって言うのか! さっさと帰ってくれ!」

 

怒気とまでは言わない、少し悲壮な声で怒鳴ってくる。男は自分の発言に気づくと口を噤んだ。

私は懐に忍ばせておいた封筒を取り出す。

 

「私の名前は七星静香といいます。ーーーーーーさんについて……この手紙を読んでいただきたいです」

「これは?」

「ーーーーーーさんが書いたものです。形としては遺書に近いものだと思います」

「遺書? アイツが? 交通事故で即死だ。手紙を書ける時間なんてなかったはずだ!」

「読んでもらえれば分かります」

 

グチグチと不満を垂れながらも、素直に封筒を開けて手紙を読もうとする。

何だかルーデウスみたいだ。

 

「……長いな。寒いし君がいいなら家に入りますか?」

「ありがとうございます」

 

〜〜〜〜

 

明らかに目の前の男は苛立っていた。ルーデウスの遺書の内容を想像してみる。『今までごめんなさい。今は異世界で楽しくやってます』って所だろうか。うん。突然死んだ弟がこんなの送ってきたら現実味が無さすぎて怒りが湧いてくるかもしれない。それ以上に困惑だろうが。

そう言えばこの人ってルーデウスの字を知ってるの?……知らないだろうな。

正直信じてくれるかも分からないし、ここは先手必勝だ。

 

読み終わったことを確認して即座に発言する。

 

「如何ですか?その……」

「ふざけるな! 貴方がどうやって私の弟の名前を知っただとか、何でこんなことをするのかとか、そんな事はどうでもいいが故人を弄ばないでくれ! 冒涜だぞ! アイツは事故で死んだんだ! それで終わりだ。それ以上も以下もない。帰ってくれ」

 

ヤバい。発言しようと思ったら一気にまくしたてられた。

私の元々のプランでは持ってきた魔石を見せて『こんな感じのものがある世界です。少し話を聞いていただけませんか?』というルートに持っていくつもりだった。

今更カバンから何かを取り出せる雰囲気ではない。

 

その時、視線の端にパソコンが目に入る。

やっぱりこの方法しかないのか?

 

「……黒木誠司の名前を知っていますか?」

「黒木……? 知らん」

「では七星静香という名前は?」

「だからそれはお前だろう! 早く荷物を纏めて出ていかないと警察呼ぶぞ」

「黒木誠司はーーーーーーさんが事故で助けた三人のうちの一人で唯一、事故の被害を免れた人です。事故当時名前を聞いたことがあると思いますが」

「三人のうちの……一人」

 

手紙の内容を思い出しているのか、記憶を思い出しているのかは分からないが何かを掴み始めているような感覚がする。

 

「七星静香の名前をそこのパソコンで調べて貰えませんか? 私の両親が作った私の捜索隊のホームページが見つかります。

そこのページに乗せられている写真は私と同じはずです」

 

まさか。と言いたげな表情でルーデウスの兄はキーボードを打ち始めた。もしかしたらもう彼も分かっているのかもしれない。

検索エンジンで『ななほし』まで打つと私の名前が出てくる。彼の息を飲む音が聞こえてくるようだった。

エンターキーが押され、出てきたのは。

 

「……」

「あの事故の日に私は行方不明になっています。私もーーーーーーさんと一緒に向こうの世界に飛ばされました。

そして私はこちらの世界に帰る方法を色んな人と協力して見つけ、戻ってきました」

「……アイツは?」

「多分書いてたと思いますが既に家庭を持っていますから。まだ確実ではなかった方法を使ってこちらに帰ろうとはしませんでした。

それにこちらに来ても向こうへ帰る方法は分かりませんし」

「事故……日付が一致……同一人物……」

 

ブツブツと呟き始めた。私の言っていることを聞く気になってくれたことを祈る。

そうしたら彼の中で合点が行ったらしい。彼が目を見開くと、その瞬間突然彼がボロボロ泣き始めた。頭が『?』マークを思い浮かべる。

 

「生きて……いたのか……っ。。あの日のことは。後悔してたんだ……俺にできたことは無いのかっ……って……あぁ。そうか……」

 

その後は私のことも気にせず言葉少なに泣いていた。

私は理解が追いつかない。ルーデウスの兄弟たちはルーデウスのことを嫌で追い出したのではなかったのか? ルーデウスは誰にも思われず、果てに事故で死んだのではなかったのか?

 

それはいつの間にか言葉に出ていた。

 

「なんでーーーーーーさんのことをそんなに思って泣いているのに追い出したんですか?」

「アイツはクズだ。けど俺の弟だったんだよ……。それだけだ。アイツのことは思い出したくもないけど俺の弟なんだ。死んだ弟が生きていると分かって喜ばない兄がどこにいると?」

 

そう言われて私は首を縦に降った。彼は私に向き直して頭を下げる。

先程の投げやりな雰囲気とも、怒ったものとも違った優しい顔だった。

 

「ありがとう。七星さん。これを届けてくれて……手紙は貰わせて頂きます。また後でゆっくり読むことにします。それに、さっきは突然怒鳴って申し訳ない」

「いえ……私の伝え方にも問題があったと思いますので……」

 

もう少しいい感じで締められるやり方もあった気がする。

『なんでこんな手紙を持っている?』と詰問されてそれを説得するつもりだった。が、今考えれば向こうの『ルーデウスは死んだ』という認識をしている意味を深く考えていなかった。

それに、彼がルーデウスのことを未だ後悔していたのは考えてもいなかった。

私も結構経験を積んだと思っていたが……客観的に物事を見ることを覚えないと。

 

「あ、そうだ。別に良いのですが、こんな物も貰ったんです」

 

私が懐から出したのはもう一つの封筒。

 

「なんだこれ…………援助ですか」

「別にいいんですが、念の為。私は両親にも会えましたし」

「そうですか。失礼なことをお聞きしますが、これからはどうするつもりなんですか? 学校に通ったら騒ぎになる気が……」

「高校は既に辞めてますし、学校は多分行かないですかね。向こうの世界に行くための方法を確立したいと思ってます」

 

そう言うと彼は目を見開いた。そうか。もうルーデウスには会えないみたいな雰囲気の話だったから。

 

「……そうだ。私の友達に科学者やってるのがいます。実験とかやるなら器具は必須でしょう……。仲が良い奴ですし器具をそこで使わせてくれるか交渉しておきましょうか」

「本当ですか!?」

「まあ本当に使わせてくれるかはわかりませんが」

 

そう言うと男は少し笑った。

そっか、援助とはこういう方向でもいいのか。

受けてもらえるというのならばありがたく貰っておくべきでは無いのか。実際に二つの世界を繋ぐことが出来た場合のことを考えると、この人とは連絡が取れる手段も持っておきたいし。

何はともあれかなりいい感じになったのだろうか。終わり良ければ何とやらで。



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仮説

一部本当に少しだけ血の描写があります。


「これは……凄いわ……」

 

ルーデウスの兄の口添えにより、無事にコネによって研究室の端を借りることが出来た。

研究『室』とは言うがかなり大きめで、使える機器の種類も数多い。私の研究……要は現実世界での魔力の確認とその実用化にこれらの機器を全て使うのか……と聞かれれば多分使わないし、使えないだろう。それほどの多さだった。

どうやらこの部屋を統括している責任者はルーデウスの兄の中学の時からの親友らしく、これくらいなら幾らでも出来るということらしい。

少し悪いなと思いつつ、私は横に目をやった。

 

「それで、何で虎が着いてきてるの?」

「静香が一人でこの器具たちを使いこなせると思っているなら帰る。俺は小さい時から触ってたからな。ここら辺は全部完璧だぞ。後研究のアドバイスとか……」

「ぐ……っ。まあいいわ、確かに私一人では無理だし」

 

虎はお父さんの日本帰国にこっそり着いてきたらしい。同じ便で来たのだろうか。わざわざ金を払って日本に着いてくるとはなんとも殊勝なことである。

 

「ってか虎って歳いくつ?」

「26だぞ」

「ああ、私の方が年上ね。良かった」

「は!?」

 

26の大人が父親の移動に着いてきて、虎たちにとっては要監視人物に勝手に近づいて、こうやって話してるのって恐らくアウトだろうな。

確かに虎の力がないと実験が進みそうにないのは確かだ。26と言えばまだまだ若いと言われる歳だが、何となく心強い感じもする。年齢が実績に比例しないことはルーデウスを考えると火を見るより明らかだろう。

もう既に別のことをしていたルーデウスの兄の親友を確認して、私たちは話を進めた。

 

~〜〜

 

「それじゃあ静香……早速だが実験の取りかかりは? まずは魔力を見つけないとならないだろう?」

「それは既に考えてる。これで何とかしたいなって」

「魔石か……」

 

正確に言うと魔力結晶。さらに別に魔石も持ってきている。魔石の性質としては魔力を通すと光る。もちろん現在は光っておらず、ただの綺麗な石か、宝石のレプリカ程度のものだが。これが光る状況を探し出すことを第一の手段とする。

これが光るとこの世界でも理論的には魔術を発動できる、というわけだ。

 

「さらにもう一つ」

「何だこれは?」

「スクロール。もしかしたらこれが一番使えるかも」

 

魔法陣の形を記す巻物のようなもの。これに関しては実物もあり、実際に魔法が発動できるものをもちろん持ってきているし、さらに言えば私も書ける。魔法陣の法則性については私がよく知っている。

こちらの世界に持ってきたのは治癒魔術と土・水・火・風それぞれの初級魔法のスクロール。全て二枚ずつだ。

この研究を想定して持ってきた訳ではなく、あくまでも遠い島だったりに飛ばされた場合のことを想定したものだったが、好都合だ。

 

「取り敢えずこの世界で魔法は発動できるのか。それを確かめる必要があるわ」

「そうだな……でもここは東京だ。今の説明を聞くに、発動させたら警察がやってくると思うが」

「広い公園でもダメ?」

「ダメだな。土が突然隆起したり水が飛んだりするのは……人の目もあるしな。どういうふうになるのか俺も分からんし何とも言えん」

 

確かにそうだ。深夜でも防犯カメラという目がどこにあるか分からない。警察が来ても私たちなら有耶無耶にはなりそうだが、余計な労力は使いたくない。それに警察が来たら間違いなく高山さんが対応してくれることになるだろうし、虎にとっても不都合だろう。

 

「じゃあ怪我してみる? そこら辺で転んでみたりして」

 

少し冗談っぽく言ったつもりだったのだが。

 

「……やるか」

「え? 本当に言ってるの?」

「それしか方法はないだろう……と言っても小さく傷をつける程度だが。まずはこの世界で魔術が発動できる。それは『この世界に向こうの世界での魔力に相当するものがある』というのことの反証になるだろう」

「それは、そうだけど」

「動物実験でもいいが、やはり魔術を受ける感覚ってのが分からないままじゃ俺もイマイチ実験に乗り切れないしな。魔術の原理はその後にいくらでも考察できる」

 

そう言って虎はそばにあった観察なんかに使われる小型のナイフを持ち出して小さく指を切った。

魔術なんかなくても寝たら治るような傷だ。薄く血が指先に流れる。そして治癒魔術のスクロールを一枚、取り出した。

 

「ほんとに大丈夫?」

「もう切ったんだからとやかく言わないでくれ、どうやって発動するんだ? さっさとやらないと傷が塞がれる」

「え? あっ……えっと……確か……これでいいはず」

 

私は魔力結晶を取り出す。その中に内包されている魔力を使ってスクロールを発動させようと試みるのだ。

 

瞬間、淡く緑色の光と共に虎の指に何かが作用する。慌てて私は視界の端にあった魔石を彼の指の近くに持っていった。

これまで無色だった魔石も緑色に光り出す。決して透過しているわけではない。明らかに魔石から発された光だ。

すぐに魔石は無色へと戻り、スクロールも色を失った。その時間は二秒か、五秒か。

彼のペースに呑まれながらもしっかりとその光景を目に焼き付けた私は放心しながらもゆっくりと言葉を紡ぐ。脳の中で反芻しながら。

 

「あった……こっちにも生み出せる」

「マジで治った……」

 

これまで信じてなかったような口振りだがまあ文句は言えない。魔術の存在なんて実感しようも無いものだし。

目の前で起こらないと人は中々納得しないし。

 

「と、取り敢えず魔術が発動できたってことは魔力がこの世界にあるってことでいいのよね?」

「そ……うだな。俄には信じられんが」

「何よそれ」

「いや、すまん。……魔術か……」

 

何か自身に語りかけているしている虎を放っておいて私は魔石をふと手に取ってみる。

とりあえず片っ端の化学物質と反応させていくしかないな。やはりその為に虎は必要か。必ず作れる。希望が見えた私は静かに拳を固めた。

きっと時間はかかるだろう。もしかしたら、何年、何十年といった月日がかかるのかもしれない。それでも、私はやるのだ。

 

 

 

 

 

 

「却下だな。ただ魔石とぶつけるだけで魔力が出ておかしな力が発動するならとうに魔術はこの世界で確立されてるはずだ」

 

私の提案を虎はコンマ3秒で却下した。真顔で。

 

「何でよ、先人たちは魔力を知らなかったんだから魔術が分からなくても仕方ないと思うけど」

「これまでこの世に何万人の科学者がいたと思っている。それより……魔力に関しては仮説を考えついた」

「え? もう?」

 

それはいくら何でも天才すぎなのでは無いだろうか。その言葉を飲み込み、虎の言葉に耳を傾ける。

 

「俺の仮説は『魔力というのは分子の振動である』ということだ」

「え?」

 

分子の振動?

 

「詳しい原理は分からんが、魔術を発動させるにはそれ相応の分子の振動をさせる必要があるというのが俺の仮説だ」

 

そこから虎による持論発表会が行われた。纏めてみるとこうだ。

例えば火魔術は空気中の分子を激しく振動させて熱を生みだして発動される。治癒魔術は人体へ振動を届けることで体内の細胞やらの動きを活発化させて発動される……と言った具合に全ての魔術というのは分子の振動によって成り立っている。

その振動のマニュアル書が所謂『詠唱』で、声を出すことで空気に震えを起こす。

我々が魔法を使えない理由については、向こうの世界では空気中に我々の世界とは違う何らかの物質が含まれている可能性があるから。

その物質に分子の振動を調整する……みたいな役割があるのだと予想する。そのためこちらの世界で詠唱をしても少なくとも視認できる大きさの魔術が発動することは無い。

私の病……ドライン病については、その未知の物質が耐性がないと毒になる物質であるからと考えられる。

その物質への耐性は代を重ねる毎についていった。だからその病は根絶した。

その物質が何かってのは分からないが、私が持ってきたスクロールを解析すれば魔術の仕組みというのはあらかた分かるはず。

 

そんな感じのことだ。私は流暢に喋り始める虎に困惑しつつも、中々説得力のある仮説に唸る。

確かにそうかもしれない。それに、この仮説が合っているならばこちらの世界と向こうの世界を繋ぐことも遠い夢の話ではないのかもしれない。

そう思った。



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帰還

そこからはあっという間に流れて行った。

途中、高山さんが虎を連れ帰るために研究室に乗り込んできたことはあったがそういうことを抜きにすれば実験は着々と進んでいった。

結論から言えば虎の言う仮説は概ね正しかった。ただ、一つ間違っていたのは魔力は自然発生的にそこにあるのではなく持続的に何かから生成されるものだと言うところだ。だから何だと思うかもしれないが、これは大きな問題となった。

私たちは魔力は空気中にある物質によって空気の流れが調整されて出来る概念だと思っていた。しかし実際のところは、『魔力』という力が存在するという至極単純なものだったのだ。そう、至極単純だから厄介だった。

つまり、この世界では魔力の供給を望めないということだ。それが判明したのは10枚のスクロールのうち7枚を消費した頃だった。

 

『もう無理よ! そもそもこっちの世界に帰ってこれた事自体が奇跡だった! 私はもう諦めるしかないの!』

『無茶を言うな。ここまでの研究もお前が見つけてきただろ、方法は必ず見つかる!』

『たった3枚! 魔法そのものの構造すらまともにわかってないって言うのに何ができるの!?』

『魔法陣なら静香の得意分野だろ、そこからヒントを見つけるんだ』

『嫌よ! もうやりたくない!』

 

荒れに荒れた大喧嘩の末に虎に押し切られる形で私は研究を続けた。

スクロールは魔法陣が刻まれており魔力が内包されている。魔法陣は基礎のものだったのですぐに読み解くことが出来た。

魔力については気体であるのでは、と推察していたがやはりその本質を掴めずにいた。

実験がうまく行かずにもどかしい気持ちが消えたのは突然だった。何か細かい見落としは無いのか、と顕微鏡でスクロールを見ていた時に停電が起こった。

『停電だ!』という同じ研究室の人の声が聞こえて顕微鏡から目を話そうとした時。スクロールが僅かに、ほんの僅かに光っていることに気づいた。

『虎……ちょっと来て……』

『ん? 俺前見えないんだけど』

『いいから来なさい! ほら、これ見て』

 

顕微鏡を虎に覗かせ彼が驚愕している姿を見て私は確信した。魔力の正体は微力な光の一種だった。色は白く、通常では肉眼では全く認識できないし、部屋に灯りがあっても分からない。そのレベルのものだ。

あとから考えてみれば、確かに魔石によって増幅された発動直前の魔力は光っていた。考察の余地はあったはずなのにその可能性を消していたのは自分自身だったと恥じた。

そこからは虎と実験を繰り返し現実世界にもある光の増幅装置を使い魔力を増やすことが出来た。そこに至るまで3年の月日が費やされた。

 

次に取り掛かったのが初級魔法の再現。これにそれほどの時間は掛からなかった。

私が初級魔法くらいの魔法陣だったら直ぐに書けたからだ。この実験の肝は『誰にもクレームを入れられない場所の確保』だったくらいだ。

魔法は異世界で見たものと遜色変わらない姿で私たちの前に現れてくれた。この時に虎が腰を抜かしたのは面白かったな。

 

そして魔法の発動が確認されたあとはひたすら魔力の増幅と転移魔法の研究に時間を割いた。あの研究も大元は私が考えたものだから大体の構造は理解している。だが、どうも上手く書けなかった。原因は3年も経って私の脳が膨大な魔法陣を忘れてしまったことだった。苦悩の末、1年かけて私は魔法陣を書き終えた。

 

先行研究も上手くいった。まずはこちらのものを向こうに送る実験。ペットボトルを送ってみるとペットボトルは転移された。

向こうのものをこちらに送る実験では対象をモノに設定して行い、向こうの世界にのみ自生している果実を召喚。転移は上手くいっていると確信した私は異世界に戻ることを決意した。

 

そのデータを全てパソコンにデータとして入力して持っていく。保存食の確保。前回の反省だ。

前回の転移でも魔石や服は一緒に転移できたから、今回も行けるはずだ。

「なんで虎が着いてくるのよ」

「俺も異世界を見てみたいし、静香が心配だ」

「そんな心配されるような歳でも無いの。危険が無いわけじゃないんだし……」

私が説得しようとしても引き下がらない。とうとう私は観念して虎連れていくことにした。

 

「そ……それじゃ、行きますよ?」

『よろしくお願いします』

 

流石にセルフで転移装置を動かすことは出来ないので、事情を研究室で唯一知っているルーデウスの兄の友人に手伝ってもらった。

彼も半信半疑と言ったところらしいが、私の熱心な姿勢を見て『本当かもしれない』と思い始めたらしい。

転移のやり方をまとめた紙のとおりに進められていく。私たちは既に転移装置の中におり、魔法陣さえ発動出来れば転移ができる。

 

「現在、『魔力』が魔法陣の中に吸い込まれてます! 」

すると、光が現れる。あの時と同じだ。青、緑、白、そして黒。

真っ暗な視界に包まれた後に光を感じて目を開ける。

「マジかよ……」

「やった!」

 

私たちはまた戻ってきた。



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再会

甲龍歴445年。ある晴れた日のこと。

書斎で、日課である1/8スケールロキシー人形へ崇高の念を捧げていた時、事態は訪れた。

俺が御神体をくんかくんかしている最中、唐突に後ろにアルマンフィが現れたのだ。何事だ! 我は神事の最中であるぞ!

……いや、本当に何で来た?

「ルーデウス・グレイラット。ペルギウス様がお呼びだ。行くぞ」

何年経っても変わらない狐面に促され、断る訳にも行かないから腰をあげる。

「家族に出かけることを伝えておいてもいいか?」

「ああ」

 

家にいたシルフィにペルギウス様の空中城塞に行くことを伝え、アルマンフィと共にペルギウス様の御膳まで行く。

白い髪に白い髭を蓄えた、歴戦の戦士を思わせる風貌。そして先客もいるようだ。こちらも数々の死線をくぐり抜けてきた戦士で……

「オルステッド様!? 」

「ルーデウスも来ていたのか。随分と待たされていたと思っていたが、このためだったのだな」

 

オルステッド様と俺が同時にペルギウス様に招待されるとか中々ないぞ? 何の用件だろうか、ここ最近はペルギウス様関係のことはあまりしてないと思うが……

「オルステッド、ルーデウス・グレイラット、よく来てくれたな……出てこい!」

部屋の扉が大きく開かれる。中から出てきたのは男女のペア。男の方は……知らないな。見たことない、がなにか妙な親近感を覚える。女の方は見たことあるぞ。あれ? どこだっけ……

 

「何故ここにいる? ナナホシ」

オルステッド様が珍しく驚愕の面持ちを見せる。

というか、この人がナナホシ!? いや、ナナホシは何年も前……それこそ15年以上前にこの手で地球に送り届けたはず。

でも、確かにそう言われればナナホシに見える……というかナナホシだ。

「……久しぶりです。オルステッド。それにルーデウス」

「あ、ああ。久しぶりだねナナホシくん……」

本物のナナホシだ。声が変わってない。

どうも事態が飲み込めないぞ。ここにナナホシがいることがそもそも意味分からんし! その隣にいる男も意味分からんし!

ナナホシの隣にいる男……ナナ男くんは物珍しそうに俺やこちらをキョロキョロと見回している。ナナホシはそんなナナ男くんを少し諌めて、ペルギウス様に向かって一礼をする。

 

「ペルギウス様。お久しぶりです。ルーデウスとペルギウス様によって向こうの世界へと帰った私は、再び向こうの世界で転移魔法陣を構築し戻ってきました」

異世界から戻ってきた……? そして向こうで転移魔法陣を構築……? ますます意味がわからなくなってきたぞ。

ペルギウス様はその報告を別に驚くことも無く受け入れている。オルステッド様は何か考察をしているのか、熟考しているような素振りを見せる。

俺は色々と言いたいことを抑えて声を絞り出す。

「久しぶりだなナナホシ……それとその隣の人は誰だ?」

「気になるな」

ペルギウス様が後を追うようにナナホシを促す。ナナ男くんが体をびくりと震わせる。年齢としては……20代後半くらいだろうか。さっきの親近感は日本人かだったからなんだな。

 

「ああ……私の転移魔法陣の構築をかなり手伝ってくれた高山虎という科学者です。あ、えっと科学者というのは学者みたいなもので……」

「学者の卵か」

オルステッド様がそれを聞いて相槌を打つ。いつもの雰囲気とは明らかに違うオルステッド様が少し怖い。変な汗が出てきそう。

 

「ナナホシ、聞きたいことがある。どのような経緯でこちらの世界にやってきたのだ? 向こうの世界に魔力は存在しないと聞いていたが。

魔力なしで、魔法陣を操作する方法でも見つかったのか?」

 

そうだ。そもそもナナホシは魔力がゼロだったし、ましてや向こうの世界で魔力操作が出来るなんて……。

いや、鍵はナナ男か。わざわざこちらに連れてきたということは転移魔法陣の構築に多大な貢献をしたということだ。科学のアプローチから何か出来たのだろうか。

 

「端的に言うならば、魔力の正体は特殊な光でした」

そこから始まったナナホシの説明はこれまで誰もが疑問にも思っていなかった『魔力』のことを合理的に説明するものだった。

まずは魔力は光だという点。魔石等によって光は増幅され魔力は高まるということ。ナナホシのドライン病はこの光によって作用するものだということ。更にスクロールにこめられていた魔力を増幅して転移に必要なだけの魔力を貯めたということ。

ナナホシの話が一通り終わると、黙りこくっていた二人は揃って口を開く。

 

『面白い話だ』

「ナナホシはこの理論に基づいてこちらの世界へまた来たということは、一考の価値ありだな」

「無闇に信じるにはまだ早いが……」

ペルギウス様はこくこくと頷いている。俺は何を言ったらいいのかが分からず場に重い空気が流れる。

 

「と、取り敢えず俺の家に来て休むか……? ナナホシ……?」

「そうですね。それで宜しいでしょうか、ペルギウス様」

「それがいい。後、隣にいるタカヤマトラから何も聞いていないのだが……言語が通じないのか?」

その言葉を聞いたナナ男が体をびくりとさせる。本日二回目。

 

「はい。その通り彼は人間語を話せません」

「そうか……ぜひ話したいと思っていたが……」

残念そうにするペルギウス様を見て考える様子のナナホシ。その後、ナナホシが後日『ナナ男の言ってる事の通訳をして会話する』場を用意することを約束し、それにオルステッド様も参加すると言い、何やかんやで解散となった。

 

【家路を夕暮れの赤い陽に包まれながら歩く。横にあのナナホシがいるなんて数時間前まで思いもしなかった。】……なんてことにはならず、普通にアルマンフィによって元の部屋へと送還された。時刻は既に夕方へと傾いている。

 

「うわ……」

ロキシー人形を見て呆れたような苦笑いを出すナナホシ。神を侮辱するな……と言いたいところだが、隣のナナ男改めて虎も同じような反応を示してるので一旦黙っておく。

現代の若き科学者にはこの感性は分からんぜよ。知らんけど。

『まあ俺日本語話せるから……3人の間ではそれで行こう』

久々に声に出した日本語、少したどたどしくなった気がするが虎がまたもや体をびくりと震わせたから伝わったと思う。本日三回目。

『そ、そうか。貴方が静香が言ってた前世が向こうの世界の人でしたね……やばい、すっかり忘れてた』

静香……? あーなるほどね。そういう事か。

『ナナホシ、いい出会いしたな』

『……バカ! そんなんじゃないわよ別に……』

あ、これ照れ隠しじゃなくて本気で言ってる。

虎が明らかに悲しそうな顔をする。おいおい、何となく構図が見えてきたぞ。

 

『と、というか……あの明らかにヤバそうな二人はなんなんだ?』

虎が恐ろしいものを見たような顔で俺たちに問いかける。あれ? オルステッド様の呪いは虎に通じないと思うんだけど。

ペルギウス様にも怖がってたってことは何か本能的なものを感じとったんだろうか。

『うーん……あの二人はオルステッド様とペルギウス様って言って……簡単に言うなら俺の隣にいた片方が世界最強、もう片方はこの世界での生きる伝説……みたいな感じ?』

ナナホシの言ったことに首肯する。

『この世界って実はヤバい?』

『だから言ったじゃん、「危険が無いわけじゃない」って』

虎がまた怖がる。

虎はビビりなんだろうか。それともインドア志向の末に外の世界が怖くなったクチだろうか。

 

『まあ行こう、そろそろ俺の家族もみんな帰ってきてる頃だろうし』

『家族いるんですか?』

『ああ。今家に居るのは母と妻が三人と子供が二人、メイドが一人、ペットが一匹だな』

虎が驚くような、尊敬するような眼差しを向けてきて、それを見たナナホシが少し怪訝な顔をする。

『結局子供は何人いるの?』

『六人だな。一応孫もいる』

『へー……あ、そうだ。思い出した。あの手紙、お兄さんに渡しておいたわよ』

 

あの手紙……? 転移の前にナナホシに託したやつか!

……ろくな反応はされてないだろうな。そもそも異世界の話からして荒唐無稽だし、渡すだけ渡して怒鳴られたのかもしれない。ナナホシには悪いことをした。

『最初は色々言われたけど、結局泣いてたわよ。「何ができたことは無いのかって後悔してた」って言ってた』

おい嘘だろ? いや、あれは完全に俺が悪かったんだ。

アイツが謝ったり後悔したりする筋はないし、むしろアイツのことを無視して提案を一蹴したのは俺だったんだ。今なら分かる。あの時は全て俺が悪かった。

 

『……俺も行く』

『え?』

『俺も戻るよ。日本に。もう一回、腹を割って話すよ』

そう宣言し、俺は家族の待つリビングへと向かった。



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団欒

リビングに出ていくと既に学校から帰ってきたロキシーたちが料理を運んでいた。

「あ、おかえりルディ」

シルフィが俺に笑いかけてくる。

「ただいま。実は相談っていうかお願いなんだけど……」

「本当にごめんなさい。今日泊めさせてもらってもいいかしら?」

俺の発言を遮るようにナナホシが割って入る。

ナナホシの顔を見たエリスが少し不思議そうな顔をする。そう言えばエリスとナナホシって前も殆ど関わっていなかったし、分からなくても不思議じゃないな。俺も初め分からなかったのは現代の化粧品の力だと思っておく。

「ナナホシ!? え? 本当に!?」

「……久しぶり」

シルフィがはしゃぎ始める。あれ、シルフィとナナホシもこんなに仲良かったっけ? 俺の予想としては教師であるロキシーが一番反応するのだと思っていた。シルフィを見てか、予想に反してロキシーは嬉しそうにするだけに留まっていた。

ララとリリは『この人誰?』みたいな顔でこっちを見てくる。

 

「あ、ごめんね。勿論泊まってもらって……いいよね?」

シルフィがロキシーとエリスに目をやると二人とも頷き返す。シルフィは「ご飯も食べる?」と嬉々としてご飯をよそってる。

旧友を連れてきたとはいえ、今の時間にお客さんを連れてきて多少なり眉をひそめられると思っていたが安心だ。

「もしかしてナナホシさんってこの世界の人間族より寿命が長かったりするんですか?」

そう言いながらロキシーが近づいてくる。

「いや、そんなことは無いと思うけど……」

「あれ、そうなんですね。あれから15年くらいは経っていると思うのにあまり外見に変化がないですから……羨ましいです」

おいおい、ロキシーもいつまでも可愛い顔だろうよ。

 

「私、椅子出してきますね。その後ろの方は誰ですか?」

ナナホシの後ろで辺りを見回してる虎がやはり気になるらしい。

「そうよ、なにか怯えてるみたいで」

エリスが間に割って入る。多分不思議なだけだと思うけどなあ。別にここにオルステッド様とかがいる訳では無いし。

「この人は……私の向こうの世界の友人なの。図々しいとは思うけど一緒に泊めてもらっても良いかしら」

「そうなんですね。ロキシーと言いますよろしくお願いします」

ロキシーが頭を下げる。直後、ナナホシから言葉が通じない旨を伝えられ少し残念そうな顔をしたロキシーは椅子を取りに行った。

リーリャさんはナナホシに一礼するだけで他に何か言うことは無かった。ナナホシはたまに風呂入りに来てたし、リーリャさんも知ってるはずなんだけどなあ。

 

夕食を家族で囲みながら、ナナホシのことを改めて紹介した。

ララとリリにとっては初対面に等しい人だな。何ならナナホシが転移した時、リリはまだ生まれてすらなかった。

俺のラノア魔法大学時代の学友だったこと。別の世界からやってきた人で、15年ほど前にその世界に帰っていったこと。そしてまた帰ってきたこと。そこら辺のことを簡単に説明した。

ララが結構興味津々な目でナナホシを見ていたが、リリは「ふーん」みたいな感じだ。まあリリは召喚とかより魔道具だもんな。

「そう言えば結局向こうの世界で何年経ってたんだ?」

「大体4年。こっちでは16年経ってるらしいし時間の見積もりは大体4倍くらいかしら」

『俺とお前がこの世界に生まれる時間が違ったのは何故だ?』

『まだ家族に異世界のこと隠してるの? ルーデウス。うーん、まあ……私はこの世界では老いなかったからなにか別の物質に10年間私が変換されてたとしても分からないよね……とは思ってる』

『ふーん』

なんかもうちょっと詳しい考察は行ってるんだろうが、ここでわざわざ話すようなことでもないらしい。

俺の話をじっくり聞いてるの分かってるぞ、虎。さっき『友人』って言われたのが少し嬉しいけど悲しいのも何となく分かってるんだぞ。

 

「何、その言語。聞いたことないんだけど」

ララがポツリと漏らす。そう言えば、この場にいる人間は(虎以外)全員人間語話せるし、エリスは獣神語と魔神語、ロキシーは魔神語話せるのか。あれ?そう言えば言語の誤魔化しってどうするんだ? 何の気なしに使っちゃったんだが。

「私の故郷の言語よ。前にルーデウスに教えたの。覚えててくれてるみたい」

「ふーん」

おお! その手があったか!

「そう言えばナナホシさんの世界って魔力がないんですよね?どうやってこちらに?」

「魔力がない世界!?」

今度はロキシーの質問にリリが食いついた。それに対してナナホシがさっきペルギウス様にしたような回答を繰り返す。

そんな感じで楽しく夕食の時間は過ぎていった。そしてそれが終わろうと言う頃。

 

「ナナホシっていつまでこっちにいるの?」

シルフィが質問する。

「転移魔法陣の作り方自体は全て記録してきて、こちらでも作れるようにしたから帰ろうと思えば一日あれば帰れると思う。明日昔の知り合いに会いに行って、夜には帰る。もういつでも来れるし」

「そうなんだ。もうちょっと居てくれてもいいのに」

シルフィが残念そうに声を漏らす。

「あ、そうだ。ルーデウスも見る? 転移魔法陣の記録」

「え? 別にいいよ。俺も何となく覚えてる……し……!」

ナナホシがバッグから出してきたのはパソコンだった。こちらの世界に来てウン十年時折思い出してきたパソコン。いつかの日、俺に希望を与えたパソコンが。いつかの日、引きこもりの俺に現実を突きつけてきたパソコンが。

「っていうか、なんか薄くない!?」

『ああ、ルーデウスの時代はまだデスクトップ型が主流だったっけ? 覚えてないけど』

失礼な。2010年型の立派なパソコンだったし、ノート型も存在してた。けど、ここまでは薄くなかった。絶対。

「技術の進化ってすげえんだな」

 

「何それ?」

エリスが寄ってくる。この世界ではなかなか見ない形状を不思議そうに見てる。

「パソコンっていう向こうの世界での魔法みたいなもの。まあこちらでは見ないものよね」

「そんなものがあるのね」

随分と興味があるらしい。パソコンをカフェで触る戦士インテリ……エリスにも案外向いてるかもしれないぞ。

それから前世では触ったことの無いようなソフトに保存されてある転移魔法陣の詳細な記録を見せてもらい、ナナホシの凄さを再認識する。

これを記憶があるとは言え、向こうの世界でやってきたんだもんな。尋常ではない。

しかも……これ昔のとは少し違う気がする。さらに改良しているのか。

 

一通り、片付けが終わり一段落した所でナナホシが俺の背中を軽く叩いてくる。あ、そうか。言っとかないと。

「一つ知らせたいことがあるんだけど……」

そう言うとみんなの視線が一様に俺の所へ集まる。

「ナナホシが帰る時、俺も向こうの世界に行ってこようと思うんだ。ちょっと向こうの世界で魔力について検証したいことがあって」

もちろん嘘だ。『前世の兄に会いに行く』は流石に言えない。

それを聞いたララが真っ先に手を上げる。

「私も行く! ナナホシさんの世界、興味ある!」

「ダメですララ。ルディはお仕事に行くのです」

そんなララをロキシーが真っ先に諌めてくれる。何か、別の家族に会いに行くために嘘をついてることに罪悪感が湧いてきた。

 

「えー、行きたいのに」

「私も行く!」

今度はリリが名乗りをあげる。いつもの仕事だと危険だし、そういう意味でもすぐに駄々は収まるのだが、今回ばかりは違うらしい。

もしかしてララには俺が嘘を言ってるとバレてるのだろうか。いや、そんな訳。

「ダメだよ、見送ってあげないと」

「……」

「そうですよ。我儘言っちゃいけません」

「……」

「うん。ルーデウスが困ってるわ」

「……」

「そっかあ。残念。ごめんなさい」

「……」

「えー、行きたかったのにー」

「……」

 

俺の様子を見てナナホシは少しニヤついてる。ちょっと性格悪くなっただろ、ナナホシ。

まあいいよ。このやり取りを聞かされて騙すのは俺の良心が痛む。

『ナナホシ。魔力を持っている人間が魔力のない世界に行くことで弊害はあると思うか?』

『え! ルーデウスさんこちらに来るんですか!?』

虎が驚いているのをナナホシが止める。

『元々人間族は魔力が少なかった。でも人間族は普通に暮らしてたんだから私みたいになることは多分ないと思う。心配なのは文明の差と人の多さのギャップが一種のトラウマみたいにならないか……かしら』

それくらいならどうにかなるだろ、多分。社会科体験ということで自分とは違う世界を見てるのもいいかもしれない。

 

『……変な場所に飛ばされたら日本に行けるかな』

『その点は大丈夫。日本の東北から関東のどこかには転移できるはず』

『……お前って本当にすげえんだな』

『まあね』

『日本案内任せてもいいか?』

『まあちょっとくらいなら』

『ありがとう』

 

ララの名前を呼んで再び皆の注目が俺に集まったところで話す。

「ララ。パパはやらなきゃいけないことがある。けど、その仕事が終わってからとかナナホシに案内してもらうということなら、着いてきてもいいぞ」

「本当!?」

「ズルい!」

「リリもいいよ」

リリが怒っているので諌める。二人は満面の笑みを浮かべるが、ちゃんと「今回だけ」と釘も刺しておく。

オルステッド様と危険なところに行くこともあるからな。そこはちゃんと教えないといけない。

「皆も来る?」

「ララとリリが行くなら私も行きます」

と、ロキシー。

「私も行きたいな、興味あるし」

と、シルフィ。

「私は……その世界にも剣ってあるの? 鍛錬はするつもりだから」

「あるはあるし、それなりに流派もあるけど、この世界の剣士と比べると天と地の差があると思う……そもそも闘気の概念すらないし」

「それなら、ルーデウスくらいの剣の腕の人がいるってこと?」

「どうだろう、剣だけで言うならルーデウスより強いと思うけど……」

「ふうん。まあいいわ! それなら私も行く!」

エリスの同行も決まった。

「私は奥様のお世話があるので御遠慮致します」

と、リーリャ。

 

こうして俺たちの日本行きが決まった。その日はナナホシにはシルフィの部屋で寝てもらって虎は俺の部屋で寝てもらうようにした。

虎を『ナナホシと同じ部屋で寝たかっただろ』と小突いてみたが、そこまでの反応は得られなかったので少し残念だ。曰く、研究室で寝ることはよくあるから一緒に寝ることは別によくある……だと。



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前準備

翌日、俺はナナホシを連れて色んな人と会ってきた。ただクリフとエリナリーゼはミリスに、バーディガーディはビヘイリルにいて、特にクリフはアポを取らないと会うのが難しいため、時間が無いということになり結局ザノバ、リニア、プルセナ、改めてオルステッド様の4人と会い、話をするだけで昼過ぎになってしまった。

 

そして夕方から転移魔法陣の構築に入る。

「と言っても、いつでも発動できるように用意はしてあるからこれを連結させて魔力を入れるだけでいいわ。ルーデウス、魔力貰える?」

「もちろん。……というか、随分でかいな。これペルギウス様のところじゃないとスペース足りないんじゃないのか?」

「元々多人数用のつもりで作ったから。ペルギウス様に頼んで場所貸してもらおうかしら」

『あ、ルーデウスさん! おかえりなさい!』

庭で魔法陣を広げていたところに虎が来る。虎には観光ということでこの近くを散策してきてもらった。伴は一番気が合いそうなリリ。顔を見るに、随分と楽しかったらしい。

リリは日本語が分からないから、虎とは身振り手振りで意思疎通するしかない。厄介なことを押し付けた気はする。

 

「虎があんなにはしゃいでるの初めて見たわ」

「そうなのか? 俺の見たところ理系陽キャ感がすごいけど」

「そんな訳ないじゃない、研究室にずっと籠ってきた研究者気質の、自分の好きなことには饒舌なタイプの……」

「ああ、何となく分かったもういい」

苦笑いしながら今度は虎の方に話しかける。

『今夜に向けて魔法陣の構築してるんだけど手伝ってくれないか?』

『もちろん!今すぐ行く』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ペルギウス様に許可を貰い、向こうからなにか面白いものをお土産として持ってくる代わりに1つ大きめの部屋を貸してもらえることになった。『神』とか書いたTシャツを買ってきたらどうなるだろうか。

ペルギウス様が「思い出に浸ってこい」なんて言っていたが、多分全部知ってるんだろうな。昔ナナホシとした会話も聞かれてたと思うし。

 

せっせと15年前やった作業を繰り返し、2時間ほどで準備が終わった。想定より早く終わったので少し駄弁る。

『ナナホシは何を持ってきてるんだ? パソコンがあるなら他に持ってきてるのもあるだろ』

『そうね……魔法陣を持ってくるのにかなりスペース取ったから……財布とスマホくらい……かな……?』

スマホも見せてもらったが記憶の中にあるものとさして変わりなく、財布も紙幣の顔が変わっていた訳でもないから目新しいものはなかった。

 

『ルーデウスさんって前世が向こうだったんですよね? やっぱり向こうが懐かしいですか?』

あれ、ナナホシは俺の前世のことあまり言及してないのか。

『そうだな……俺の前世はクズみたいなやつだったからさ。向こうに未練なんてあんまりないんだよ。確かに懐かしいとは思うけど、それって明るいものでは無いし。戻りたいものでもないな』

『じゃあ何故帰ろうと? 静香に聞きましたけど元々一人で帰ろうとしたんですよね?』

『分からないけど、昔迷惑かけた人に謝りたいと思って。あ。後、ルーデウスの状態で向こうの世界を見た時、どんな風に映るんだろうとは思ったな』

『また暗く見えると思いますか?』

『いや、輝いて見えると思う。誰しも違う世界に行った時ってテンションが上がるものだろ。今の虎とか昔の俺みたいに。でも、気づくんだ。楽しいままでいたいなら自分が変わらなきゃいけないって。ほら、向こうの世界でもあるだろ。他の国に旅行するのは楽しいけど、住むのは文化の違いで大変……みたいな。そんな感じでさ。そして俺は今が楽しい。つまり変われたんだ』

『それってただの願望じゃないの?』

ナナホシが間に入ってくる。口調は少し投げやりだが表情は真剣だ。

 

『確かに、あのままずっと前世の俺だったら変わろうとも思ってなかったと思う。でも死という転機があるから変われた、その変わった状態で成長できた。言ってしまえば俺は前世の記憶を持って生まれてきたルーデウスという人間なんだよ。そして今回の帰郷は前世への罪滅ぼしの一つだ』

『まあ後、皆に向こうの世界を見てほしいなっていう理由が後付けでついたけど』

そう言うと話が終わったと思ったのか、ナナホシがすくりと立ち上がる。

『さ、重い話はこれ位にして帰りましょう。フィッツたちが待ってる』

『フィッツ?』

虎が聞きなれない人名に声を上げる。

『……つい癖で』

『はは、フィッツってのはシルフィが使う偽名だ。本名は普通にシルフィエットだからシルフィって呼んであげてくれ』

フィッツという名前の響き自体がなんだか懐かしい。今でもたまに聞くことはあるのに。ナナホシの口から聞いたからだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ねえ、今日は夕ご飯の用意しなくてもいいって言ってたけど本当にいいの?」

「向こうで食べるからね。ナナホシが美味しい店を奢ってくれるらしい」

「ちょっと、勝手に決めないでよ。今度魔石とかスクロールとか融通してもらうからね」

自宅に帰ると皆は既に用意を済ませていた。時間はこちらの世界は向こうの世界の約4倍で流れるため、向こうの世界で1日過ごせばこっちでは4日流れる。俺の家は首都圏にあるからまずはその近辺へ目指す方針だ。例え東北の北部に飛んだとしても、飛行機で1時間半あれば東京に着ける……等々の移動時間も考慮して向こうの世界で1泊2日、こちらの世界で約1週間の旅となる。

 

 

ロキシーはラノア魔法大学の校長ということで、自分のスケジュールは都合がきくので休暇を手に入れた。外せない用事がない訳では無いが1週間くらいならずらせるらしい。ちなみにレオはお留守番になった。

そう言えば通信石版でやり取りしている時に今回のことを触りだけ話したら『何か面白いものを持って帰って来てくれば買い取る』と言われた。まあそういうの好きそうだしな。

 

みんなを連れて空中城塞に戻り、さっきの部屋に戻ってくる。

部屋に入るなりロキシー、ララ、リリが一斉に息を飲む。

多分だがララがこの魔法陣の凄さを一番分かってそうだ。召喚魔術と転移魔法陣って似ているし。

「さあ、今から行くのはナナホシの故郷だ。そこで見る人達は俺たちとは違う世界に生きてる。ナナホシの話を聞く限り、向こうの世界はこちらより高度な文明だ。驚くこともたくさんと思う。そこも含めて社会勉強だ。そして最初に言った通り、向こうの世界の人達は魔術を使えない。概念はあるが、創作上のものらしい。ナナホシの話を聞くに魔力がある可能性はあるが、あったとしても命の危険じゃない限り魔術の使用は禁止だ。分かったか?」

皆首肯する。エリスの「分かったわ!」という声も聞こえてきた。

 

「ここの機構に魔力を流したらいいんだな」

慎重に間違いがないように、魔力を流す。魔法陣が光り始める。そして変化を始めた。あの時と同じだ。青、緑、白。そして黒。『ペルギウス様! 指示を!』『もっと魔力をよこせ! ルーデウス・グレイラット、供給を続けろ!!!』……あの日の情景が思い起こされる。思い出した、この部屋はあの時と同じ所だ。

 

瞬間、俺たちは光に包まれた。



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前世への扉

黒い光に包まれる。38年前のあの時は死んでいたからか、何も感じずに異世界転生していたと思うが今回はなにか不思議な感覚に包まれた。

空中城塞に行く時のあの感覚がさらに深まったような感じだ。転移と転生は少し違うのだろうか……そこは分からないが。

一瞬とも数秒とも思う時間、暗闇に包まれ目を開くと俺たちは街の中でぽつりと立っていた。住宅街というわけでも見せな立ち並ぶわけでもない、普通の道。俺たちはある程度バラけており、歩道にロキシー、シルフィ、リリ、ララ。そして魔法陣の機構の方を注視していて四人とは少し離れていた俺、ナナホシ、虎、そしてエリスは車道の上に立っている。

 

案外田舎の方に飛ばされたんだろうか。向こうから車が一台来るのが見えるくらいであんまり交通量は……!

「……っ! 歩道の方に動いて!」

「エリス! シルフィの方に!」

「わ、分かったわ……!」

俺とナナホシ、虎が走り出したことを見たエリスが慌てて着いてくる。エリスが歩道に着いた5秒ほどあとに車が大きな音を立てて通り過ぎて行った。危うく来て早々にエリスとお釈迦になるところだった。危なすぎるだろ。

 

「ナナホシ!聞いてないぞ! あんな……鉄の塊が来るなんて!」

「車ね。だからどこに飛ぶのかをピンポイントで決定なんて出来ないの。いざとなったらルーデウスは魔術があるんだし……むしろ割食らってるのはこっちの方よ」

「……飛ぶ場所に法則はあるのか?」

「何となくはある。でもそれを説明してたら長いから」

 

まあ確かにいざとなれば風魔術で全力で自分を吹き飛ばせるし、そうなったら困るのはナナホシの方か。いや、それを抜きにしても普通に危ない。今度から転移直後は気をつけないとな。

 

そんな俺たちの会話を横目に皆キョロキョロと辺りを見回す。

「ここが……異世界ですか? 随分不思議な場所ですね。地面が変な色をしてますし、さっきの車?は何ですか?」

「これはアスファルトって言って移動しやすいように全部敷きつめてるの。砂の色は向こうと変わらないわ。車はここの人達が移動するための手段。この世界で一番普及している乗り物ね」

ロキシーの疑問に淡々と答えていくナナホシ。ララとリリは車の方に興味があるらしく、さっき車がとおりすぎて行った場所を眺めていた。

その様子を横目に隣でせっせとスマホを操作している虎にそれとなく話しかける。

『ここは何処だ? 車も通ってなくて田舎っぽいけど』

『ちょっと待て、今調べてる……分かった、仙台市の郊外だ。東北の中でも一番の大都市だぞ、ツイてる』

虎は俺たちとは少し離れて電話を始めた。

 

ここまで何も喋っていないシルフィとエリスの方に駆け寄る。

「今虎が情報収集中らしい。ちょっと待つことになるそうだ……俺たちの世界とはかなり違うよな、ほらあれとか俺たちの世界では無いものだしさ」

数十メートル先にある送電線を指さすとシルフィは少し困り顔で言った。

「そうだよね。この世界の人たちは……魔術がないから別のことを伸ばそうとしたのかな」

「ねえルーデウス、この世界に魔獣は居ないのかしら」

エリスも会話に入ってくる。

この世界には魔大陸も魔族も魔獣もいないからな……ムー大陸はあったのかもしれないけど。

「分からないけど、少なくともここは平和な所な気がする。シャリーアみたいに栄えてるところなのかもね」

そこで2人との会話は途切れた。そしてシルフィがこっちに来てからやけに元気がない。何かを思い詰めているようで少し心配だ。

少なくともこの世界の技術に驚愕してる……という感じではないな。

 

ロキシーとナナホシ、ララの会話が何となく聞こえている中、気まずい時間を過ごしていると電話が終わった虎がナナホシに耳打ちした。

ロキシーの発言を少し遮ってナナホシはスマホを掲げる。

「今飛行機のチケットが人数分取れたわ。これで一気に東京まで行くわよ」

「飛行機?」

俺のところから離れるようにシルフィがナナホシの方に行く。質問を受けて回答を始める。

「えっとね、車と同じくこの世界で使われる乗り物で、空を飛んで早く目的地まで行けるの」

『空を飛ぶ!?!?』

これには飛行機を知らない人全員が声を上げた。俺も何となく雰囲気で後半の「飛ぶ!?!?」だけ合わせておく。

その後は虎の電話していた相手が手配してくれたタクシー3つで空港まで向かい、運転手のおじいさんに怪訝な目をされながらも無事に到着した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〇田空港に着いたのはその約3時間後だった。リリは興奮しまくって疲れたからか飛行機では寝てしまった。虎はナナホシのPCでなにか作業をしているようだった。研究人間というのは本当らしい。

ロキシーは口をぽかんと開けてしまった。「空を浮いてます……浮いてます……」とボソボソって言っていた。正直俺としても、飛行機に乗ったのは小学生の時に家族旅行をした時以来だったので楽しかった。シルフィは飛行機で出された機内食に舌鼓を打っていた。

隣に座ったシルフィが「このお米には勝てないなあ……ルーデウスもこういうの好き?」と笑っていたので味わっていたのだろう。「めちゃくちゃ美味しい」と言っておいた。「シルフィの方が美味しいよ」というかどうかは一瞬迷ったが今日はやめておいた。夜のテンションのまま飛行機のトイレの中でプレイとか、そんな露出魔じみたことは趣味じゃない。

ララはナナホシとずっと喋っていた。何を喋っているかはあまり聞こえなかったが、まあ転移魔法陣とか飛行機のことだろうな。

というか、全体的に飛行機の乗り心地がすごく良かった。これもしかして高い金がかかる席なのだろうか。……ナナホシには後で出来る限り便宜を図ろう。

 

 

 

「食事がとても美味しかったです。この世界の文明が大きく発展していることも強く実感しました、でも驚いてばかりで少し疲れますね」

「そうですね、俺も少し疲れました」

気疲れというやつだろうか。向こうの世界では中々体験しない種類の疲れが頭の中に妙に残っている感じがする。俺が前世で仕事でもやってればこれ位のことは慣れっこなのかもしれないが、生憎サラリーマンをしたことはないからな。

それとナナホシと虎がずっと二人で話している。二人には偉い人物とのパイプがあるらしいからその人と何かを手配しているのだろうか。結局タクシーもその人がしてくれたっぽいしな。会う事があったら感謝しなくちゃいけない。

そんなことを思っていると広い通路だったところが更に開けた。恐らくここからが航空券を持っていない人でも利用できるスペースだろうか。

空港の構造なんて全く分からないから推測にはなるが。

 

「ねえルーデウス」

二人に集中していた意識がエリスの声によって引き戻される。

「あそこにいる二人、こっち……というかナナホシさんをずっと見てるわよ。話しかけてみる?」

エリスの視線の方に目をやると確かに男が二人いた。一人は帽子をかぶっている50代ほどの男。もう一人は背の高い40代くらいだ。あれ、何か見覚えがあるような……? いや、違う。見覚えどころの騒ぎじゃない。あの人は。

 

その40代の男が俺の視線に気づく。目が合った。10メートルほど向こうにいるその人は……いや、俺の前世の兄はこちらに駆け寄ってくる。

『ーーー!』

もはや頭の中では忘れてしまいたいと思っているその名前が俺の中で蘇る。小学生の時、PCをちょっと触れたくらいで天才だとか言っていた両親からよく聞いた名前だ。そしてイジメにあった時、男子からは嘲笑の、女子からは厭悪の目で見られながら呼ばれた忌々しい名前。

 

前世の中で、この兄だけは俺が完全に彼のことを拒絶したあの日まで兄としての『責任』を持って俺を立ち直らせようとしていた。親は……もう分からない。俺に同情や心配はしていたと思うがあの二人の感情なんて、あの頃の俺は感じ取ることすらしてなかった。

そんな堕落した俺にも分かる、真っ直ぐな目で見てくるお前が俺は大嫌いだった。その目は今でも変わってはいないらしい。

『兄……さん……』

大きな腕で抱きしめられる。そうか。今分かった。

俺が一回死ななければ手に入れられなかった物を、兄は最初から持っていた。だから眩しくて、疎ましかったのだ。

……俺は手に入れたぞ。幸せな生活を。俺は50年かけてお前と対等に話せるようにまで成長できただろうか。そんな思いを込めて、俺はだらしなく下がった腕を彼の体へと回した。

 

 

 

熱い男同士のハグを見る、エリスたちの目だけでなく周りの目が気になってきたので恥ずかしくなって手を放す。

すると、先ほど兄さんの隣にいた五十路の男が遅れてやってきた。

『七星さん、お帰りなさい。こちらが?』

『はい、私が以前言っていた方たちです。髪色が目立つ以外は言葉の通じない外国人で通るとは思いますが……』

周りを見ると濃いめの黄、赤、白、青、青、青。なるほど確かに目立つ。

出渋るのも良くないなと思い、俺も名乗りを上げる。

『一応私は日本語喋れます』

『と、いうことは貴方が例の?』

『はい。前世は……こちらの弟だったーーーと言います。今は向こうの世界でルーデウス・グレイラットの名前で生活しています』

『ルーデウス……』

兄さんが何を考えているかはよく分からない。俺が家に出向くつもりだったのだが、先手でやられたせいでサプライズも叶っていない。

俺にどういう感情を持っているのか、話し合う必要があるよな。

人の通りが多いところで立ち往生もなんだから、と近くのカフェへと案内された。人数の心配をしたら『人数については先に七星さんから聞いてますので承知してます』と言ってくれた。随分と気が利くイケオジだ。

 

 

『申し遅れました。私の名前は高山貞広と言います。弁護士としてナナホシさんのサポートをしてます。よろしくお願いします』

『あ、どうも。ありがとうございます』

差し出された名刺を受け取る。イッツジャパニーズカルチャー。さようなら、さりげなく奪われた俺の名刺バージン。

「あ、ロキシー。その黒いのは苦いけどいけるか?」

シルフィやエリスたちが次々と飲みなれた水なんかを選択する中、一人コーヒーに挑戦しようとしたロキシー。案の定苦々しい顔を浮かべている。

「香りは良いと思ったのですが……本当にこれ飲むんですか?」

「何なら目の前の高山さんが飲んでるし、嗜好品の類じゃないのか?」

そう言えば、この高山貞広さんは虎の父親らしい。あんま似てないな。虎はバツが悪そうに明後日の方向を見ているが。

 

「この人たち、誰?」

シルフィが俺に耳打ちをする。不安そうな顔だ。こんな異言語が飛び交う所ではそうなるのも仕方ない。

「こっちが虎のお父さん。ナナホシをこっちの世界で助けてたらしい。隣にいるのが……その知り合いだな」

「……へー」

うん。嘘は言ってないだろう。ララとリリはロキシーと話している。

エリスも何だかそわそわしている。やはり落ち着かないか。

『取り敢えずこの後はどうなさいますか? ーーーさん以外の方とは私は話せないのでよく相談して欲しいのですが……』

『すみません、今何時ですか?』

『今は……朝の10時ですね。向こうとこちらでは時間の流れが違うらしいので、少し混乱するかもしれませんが』

俺たちの予定は1泊2日だから、明日の夜に帰るとして約36時間の猶予があるわけか。

実家まで行こうと思っていたが兄さんと会えたからその分の時間は短縮される。取り敢えず兄さんと一対一で話す、という俺がこっちで果たしたい目標は今日中に達成したい。

それが出来たら明日は東京観光。こんな所でどうだろうか。

『まあ明日には帰ると聞いているのでそれまでは是非日本を楽しんでくださいね。私は別件の仕事があるので何かあったらナナホシさんを通じて言ってくれれば』

そう言いながらそそくさと帰りの準備をする虎父。やはり色々と忙しいベテラン弁護士なのだろうか。

何がどうなってナナホシと知り合ったのかは知らんが、ありがたい事だ。

『では、失礼します』

虎父はカフェを立ち去っていった。

 

「さて、どうするか……」

「結局どんな話になったんですか?」

「取り敢えず観光を楽しんで、だとさ。ナナホシに案内してもらってくれ」

「ルーデウスはどうするのよ」

 

エリスが訝しげな目で見てくる。

「取り敢えず魔力のことを調べに虎と研究所に行ってみるよ、あとこの人と話したいことが出来たし」

「分かった。じゃあ行こうか」

シルフィが皆に号令をかけてくれる。「また後でねー!」というリリの元気な声を聞きながら虎と兄さんの方に向き直る。

もちろん虎と研究所に行くなんて嘘だ。嘘をつくのは少々心苦しいが、前世のことを話す訳にもいかないからな。というか、多分この世界にも魔力はある。誰も見てない隙にこっそり指先から水を出せた。存在する魔力が少ない可能性はあるかもしれないが魔力は確実にある。

『兄さん。久しぶりです』

 

まずは俺の前世に向き直ろう。俺はそのために戻ってきたのだから。



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清算

「兄さん、久しぶりです」

俺は目線の先にいる、前世の兄を見据える。俺が死んだ時に兄は37。今が2022年で事故から10年経っているから歳は47くらいか。そう考えると大層な歳だ。年相応に老けた見た目をしているがまだまだ健康なのだろう。しかし前世の時の俺が見ていた兄と俺が見ている兄はなんだか違う。

よく見ると少し髪が薄い気はするが、馬鹿にしてはいけない。いずれ通る道だ。

ともかく都合よく周りが客がいない、経営が心配になる昼時のカフェで俺たちは話を始める。

 

虎は俺たちの雰囲気を感じとってかシルフィ達が去ってからすぐに席を外してくれた。多分暫くすれば戻ってくるだろう。

「本当に久しぶりだ。俺にとっては10年ぶりで……」

「俺にとっては38年ぶり、あの日以来です」

 

俺がトマトのように潰されたあの日。全ての転換点はあそこだった。

兄は俺が死んだ後、どう思っていたのだろうか。ルーデウスとして転生したばかりの頃は『ざまあみろ』だとか『最期の最期に人様の役に立てたなら本望だろう』みたいな事を勝手に思われているのだと考えていた。そんな偏った考え方をしていたのは、この世界が怖く見えていたから。

途中から……いや、パウロが死んだあたりからだろうか。親類が死ぬ事の恐ろしさを知って、『あの兄もこんな気持ちだったのだろうか』と脳裏に過った。

まだ何も知らない小さな子供からすれば厳しい父親がこの世で一番怖いように、狭い世界でしか物事を見れなかった俺にとって兄は足枷でしかなかった。平凡ではあるが成功した人生を送っていた兄が疎ましかった。

 

「まずはあの頃の色んな……数々の俺の言動を謝らせてください」

「いや……あの時は俺も周りが見えてなかったんだ。俺こそ悪かった」

互いに頭を下げ合う。兄も事務的ではない、本心からの謝罪だった。ナナホシの言っていたことが本当なのだと実感し、悪い気持ちになる。

「後、敬語は辞めてくれ。お前に敬語を使われるのはなんだかむず痒いから」

「じゃあ……ホントに申し訳ない。兄さん」

「はは、それも少ししっくり来ないな」

恥ずかしくなって手元にあるコーヒーカップに手を伸ばす。俺も、タメ口はタメ口でもこんなに好意的なやり取りを兄とできるなんて思っていなかった。

「兄さんもこの10年、元気そうでよかった」

「そうだな……でも、お前が死んだ頃は痩せてしまってな。お前の死がトラウマみたいになってたんだ」

「そんな」

 

やはり、彼はお人好しというべきか、優しいというべきか。穀潰しの死で悲しむだけじゃなく自分の体を壊すなんてダメだ。

「アイツらはお前の葬式の時、むしろせいせいした顔をしていたよ」

「それが当然の反応だ。俺みたいな穀潰し、居ない方がよかったに決まってる」

死んだ方がいい……とまでは思わないが前世の俺みたいな奴がいても今の俺は良い感情を持てないだろう。それは一種の同族嫌悪なのかもしれない。

話を聞くに、兄は俺の死を防いでやれなかったことを後悔してるのだろう。元を辿れば俺を家から追い出したことを。

そして『自分はなにかしてやれなかったのか』と自分を責めている。でも、更に元を辿ればああなったのは俺が引き篭ったからだ。

 

「兄さん。俺は今幸せだ。決して自分を責めないで欲しい。時間がある時にはこっちにも遊びに来るし、こうやって話もしたい。だから……」

「お前、一つ勘違いしてるぞ」

「は?」

突然強く語調で返されたので声が漏れた。何を? 勘違い?

兄は持っていたカップをコトリと机に置いてこちらを見ながら言ってくる。

「俺は確かに自分を責めてた。そしてそれを辞めろというーーーの心情も分かってるつもりだ。

でもーーーがああなってた事に対しても否定はしないでくれ。あれは元々いじめが原因だ、言い方は悪いが振り返ってみれば、あの時点でお前が精神病んで自殺したとしても俺は不思議じゃなかったと思ってる。

そして俺がお前に対してあれこれ言ってたのも、立ち直らせようとしてたのも、お前の死を悲しんだのも当然の事なんだ。むしろ無視決め込んで嫌ってたアイツらがおかしい」

もしかして酔ってるじゃないのか、そう思うほどのテンション。熱が籠った声で真昼間のカフェで心情を吐露する兄。そして俺ではなく、社会的に遥かにまともな弟と妹を責めているような口調。

それを俺は静かに聞いている。

「お前が引き篭ってた経緯も知らずに前世のお前を見ると、そりゃクズだったよ。

飯は食いまくるし、ずっとパソコンしてるし、やろうとしたことはすぐに投げ出す男だよ。

でも根は正義感があって、人の盾になれる奴だ。空回りしてしまったのは経験のなさからだ。一つの失敗で一つの人生を棒に振ったんだ。どれだけ不憫なんだって思ったよ。その過程を知ってるから俺はお前を助けようとした。

それはずっとお前を見てきた家族だからだ。アイツらはその過程を見て見ぬふりして勝手に嫌ってたから、ーーーは父さん達のことを完全に拒絶してたから、俺しかお前を助けることは出来ないって思ったんだ。

確かにお前を追い出したばかりの頃はアイツらに触発されてスッキリとした気持ちになってたよ。でも、違うんだ。根本的な解決になんてなってない」

「だから。あの二人が俺を害悪扱いしたのも、父さん達が俺に何も言えなくなったのも全ては俺の行動からだ。自業自得だ。兄さんがなにか負い目を感じる必要は無い」

 

 

「たとえ、自業自得であっても家族だったり、親友だったり、大切な人が困っていたら助けようとするだろ。俺は失敗してしまったけど……

ーーーはあの青髪の子が自分の罪に押しつぶされて、泣きそうになっている時、『自業自得』だと言って何もしないのか?」

「……っ」

それを言ってしまっては言葉が出なくなってしまう。ロキシーのことを引き合いに出すなんて、ズルいじゃないか。

「確かにお前のしたことは間違ってたのかもしれないし、立ち直れる機会もあったのかもしれない。そこはお前の罪だ。

でも俺の罪もあった。それをわかって欲しい」

話は終わった、そう言わんばかりに兄貴はカップに入っていたコーヒーを一気に飲む。兄の言ってることは正論なのかもしれない。

でも俺の中ではやはり俺だけが悪かったという気持ちがある。しかし、俺はそもそも前世の清算をするためにここに来た。兄の気持ちを聞けて、整理ができたならそれでいいんじゃないだろうか。

 

「分かった……そう言えば前世の俺と兄さんの関係は最悪だったよな」

俺の言うことが分からないからか、首を傾げる兄。

「なら今後はあの時はできなかった、兄弟らしく友好な関係を築かないか? 俺の今の名前はルーデウス・グレイラット。

今後はこう呼んで欲しいんだ」

席を立ち、兄の前に手を差し出す。目を白黒させた兄は

「ルーデウス、だな。でも俺はいつまでもーーーの兄であることに変わりはない。

その生まれ変わりであるルーデウスの、兄のような存在にもなりたい。それでもいいか?」

「もちろん。好都合なことに向こうの世界に兄は居ないんだ」

兄は俺の手を堅く握る。

 

「じゃあ……ルーデウスがこれまでどんな人生を送ってきたのか。教えてくれ。どんな風に幸せを掴んだのか」

「それは少し長くなるな。さて、どこから話そうか……」

俺の向こうの世界での人生。辛いことや苦しいこともあった。でも何故か、振り返ってみると自然と笑みがこぼれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

少し時間が戻ってナナホシの案内に従って皆が街の散策を始めた頃。立ち並ぶビル群と人々も珍しいもののはずなのだが、それには目もくれずに

シルフィは皆の方向を向いた。

「ねえ、ルディの様子に違和感があったことに皆気づいてるでしょ?」

ナナホシはまさか、と思い彼女の方へ振り返る。シルフィの雰囲気はいつもの柔らかいものではなかった。

 

「まあ……突然訳も分からない男の人と抱きしめ合うのはおかしかったですね」

「確かにそれはおかしかったけど……何かの縁があったんじゃないの?」

「そんなにパパ、おかしかったっけ?」

3人が口々に考えを言い合う。確かにこの世界の知り合いなんてナナホシと虎以外いないはずのルーデウスが突然、知らない男と抱き合うのはおかしい。かと言って何故あの男とルーデウスが抱き合う程の仲なのか。前世なんて考えが思いつかず、シルフィの投げかけた問いに明確な答えが出せない。

「私は白ママの言うことわかるよ。なんでパパは車の通る道を即座に判別できたのかってことでしょ」

ララが見通すようにポツリと呟く。

 

ロキシー、リリ、そしてナナホシまでもがララの言ったことを理解し息を飲んだ。

そうだ。こっちの世界に転移した直後車道にいたナナホシ、虎、ルーデウス、エリス。ここの世界の産まれであるナナホシと虎はともかく、ルーデウスまでもが転移直後に歩道へと駆け出した。そして状況が飲み込めずにその場に立っていたエリスに、ルーデウスは歩道にいるシルフィの方に行けと指示を出したのだ。

ルーデウスはこの世界に来たことがないはず。あれ? ならば……

「ルディは、過去にこの世界に来たことがあるってことですか?」

「ルディはこの世界にある沢山のことにあんまり驚いてなかった。それはまだ『子供たちの手前我慢してた』で説明できたんだ。

でも車の時の行動だけは、そうじゃないと説明できないと思う」

ロキシーの推測をシルフィが肯定する。ナナホシの心臓が高鳴る。

 

「でも……ルディが何をしていたのか、私たちの知らない時間があるとは……」

「そう。そこが問題なんだよ。ボクたちがルディのしている行動を知らない唯一の期間はルディとエリスが別れてからルディのラノア魔法大学入学まで。でも、その時はルディとナナホシはまだ会っていないし、そもそも転移魔法陣のアレコレについても全く知らなかったはずなんだ」

全員の視線がナナホシに集まる。前世のことをルーデウスの許可なしに話す……それはダメだ。

前世のことはルーデウスの口から話さないとダメだ。ナナホシ自身が導いたルーデウスの前世の清算を邪魔することは許されない。

 

「待ってください。ナナホシに会っている、会ってないの問題の前に私は一度や二度この高い建物たちや飛行機を見たところで慣れる自信はないのですが……」

「つまりパパは長い間この世界に居たってこと?」

ロキシーの疑問とララの応えがルーデウスの行動の意味へ、王手をかける。

冷や汗が垂れるナナホシは自分を見てくるエリスの視線に気づいた。エリスは、何かを知っているようだった。

 

「でもこの世界で2日進んだら向こうでは8日くらい進むんだよね? ロキシーが言うほど長く向こうの世界の人達がルディを見かけなかった時期なんてないと思う」

「……ルーデウスに直接聞いてみたらいいんじゃない? 私たちがこんな所で考えても真相は分からないわ」

「私もそれがいいと思う」

推理で謎を解こうとするシルフィに真っ向から対立するように、エリスが意見する。リリは正直話が掴めなくなってきて確実性が高いエリスの話に乗っかっただけではあるが。

「……ルディがこれまでボクたちに内緒にしてきた事なんだ。なにか理由はあるんだと思う。

確かにここで色々と考えるのは野暮なのかもしれない。ナナホシは……」

 

シルフィは不安になっていた。ルーデウスの車の件の際、『ルディはこの世界に来たことがあるんじゃないのか』という思いが頭に浮かび、次に『何故そんな大きなことを内緒にしていたのか』ということを考えた。

シルフィの立場からすれば考えても答えが出るはずのない問題だ。それがより不安を増幅させ、ルーデウスに疑問を聞くことも怖くなっていた。

ナナホシはシルフィの刺すような目線を避けてしまう。

 

「なら、私がルディに聞きましょう」

ナナホシが話す事はないだろうと考えたロキシーが名乗りをあげる。ロキシーが聞いてくれるなら楽だ。でも、でも。

「ごめん。ロキシー。ボクが直接聞いてもいいかな?」



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前世の告白

昼過ぎになった頃。粗方の話も終え、兄さんも俺も話疲れてきたということになり一旦カフェから出ようという話になった。

心の中からふつふつと、何となく湧き上がる高揚感を密かに胸にしまいながら兄さんの隣を一歩一歩歩いていく。

『ふう……ちょっとトイレ行ってくる』

『分かった。じゃあそこで座っとく』

近くにあるベンチを指差しながら兄さんの背中を見る。そう言えば話しててトイレなんて気にしてなかったな、と気づきつつ腰掛ける。

 

「ルディ」

聞きなれた可愛い声が耳朶を響かせる。反射的に振り返ると、そこにいたのはシルフィ。彼女の顔は強ばっており、声も心做しか震えているようにみえる。細い手が俺の肩に乗った。

「ど、どうしたの? あれ? ナナホシたちもどこに……」

「ルディってさ」

今度は力強く俺の名前を呼ぶ。

「この世界に来たことあるよね?」

「……ナナホシから聞いたの?」

俺の"YES"としか捉えられない答えにシルフィの顔が曇った。顔が伏せられ、顔を見ることが出来なくなってしまう。

……ナナホシからとは聞いたがナナホシはそんなことをひけらかして言うような奴じゃない。そして俺が転生者だと知っているエリス。彼女も同じく言うようなことはしない。大方ロキシーかララあたりが気づいたのだろうか。

そしてシルフィが代表として俺に聞きに来た、ってところか?重い空気が流れて俺もシルフィも黙ってしまう。

 

『ごめんごめん、待たせたな! ……え?』

その明らかに違う雰囲気が流れているところに兄さんがトイレから帰ってくる。

『どうしたんだ……?』

『……ああ』

俺のところに耳打ちしてくる。それに対しても上手く言葉を返せない。

「その人は……こっちの世界での友達?」

「……兄だ」

「お兄さん?」

シルフィの顔がさらに困惑色に染められる。目元は涙で少し濡れて、声も誤魔化せないほどに震えていた。

彼女の手が固く握り締められて俺の服に皺ができる。それを見たシルフィが「ごめんっ」と手を離す。

 

俺がこの世界にいた事もバレ、隣の男が俺の(元)兄であることも知られた。

これ以上隠し通すことは不可能だ。今のシルフィに前世のことを話したら、どう思われるだろうか。『今まで騙された』とか『嘘をつかれた』とかで幻滅されてしまうだろうか。

「黙っててごめん。俺は……この世界で前世を過ごしていたんだ」

かと言って、これ以上嘘を上塗りするなんてことはしない。正直に告白した。

「そんな大事なことを……どうして黙ってたの?」

詰問口調ではあるが少しの嗚咽のせいで怒っているようには聞こえない。だが、俺の行為に対して怒りを感じているだろう。

『……ちょっとタバコ吸ってくる』

空気に耐えられなくなってきた兄さんが再び俺たちの元から離れる。ってか、兄さんタバコなんてやってたっけ。

もしかしたら適当なことを言っただけかもしれない。離れていく兄さんの背中を見てから、シルフィの方に改めて向き直る。

通行人は痴話喧嘩をしている外国人を見るような目でこちらを見てくるが直ぐに背ける。まあ半分くらい合ってるけど。

 

「俺は前世の俺のことが嫌いだったんだ。理由と言うべき理由は正直それしかない。

別に誰かに命令されたわけでも、自分の中で何か使命感を持っていたわけでもなく、俺は俺のことが嫌いだったから言ってこなかったんだ」

「そっか」

シルフィの顔が少しびっくりしたようなものになり、また暗くなった。ただ出ていた涙は引っ込み気味になり声だけが涕泣の跡を残している。

「本当にごめん」

「……ルディは、なんで自分の前世のことが嫌いなの?」

「俺は……いや、さっき言ったようにあの男の人は俺の前世の兄で。

前世の俺はあの人や親、その他たくさんの人を困らせてきたクズ野郎だったんだ。過去のトラウマのせいで家から出ることもろくにしなくなって、全てが怖くなって、それを免罪符にして毎日がただ過ぎるのを待ってた」

これも兄さんに言わせたら『違う』のだろうが、俺の考えをありのままに口にした。シルフィはまた「そっか」なんて呟きながら俺に何を言おうか迷っている。

 

「ルディ。正直に言うとね、ボクはルディからその話を聞きたかったな。

さっき泣いたのも、何て言うか、昔に抱いてた小さな疑問が線になって結ばれたような感じになって。それと同時にさっきロキシーと話してた時に『ルディはまだボクのことを信頼しきってくれてないのかな』って思ってたのも思い出しちゃって」

そんな訳が無い。シルフィ、ロキシー、エリス、子供たち、全員に俺の全権を移譲してもいいくらいには信頼してるつもりだ。

……とか考えても説得力はないか。

「別に、ルディの前世がどんなものであってもルディはルディだから。

ボクと結婚してくれたのも、家族のために体を張ってくれたのも今ここにいるルディでしょ?」

「うん」

そうだ。それだけは嘘偽りなんて無い。俺は大きく頷いた。

 

「なら、ボクはルディが前世の記憶を持っていても前世で何をしていても変わらないよ」

「シルフィ……ありがとう」

シルフィは俺のことを受け止めてくれた。そう言えば、エリスが俺とオルステッドとの会話を聞いた時も同じような反応をしていた気がする。

これまで俺は前世のことを重く受け止めていたのだろうか。今考えるべきは『ルーデウス』であって『前世の男』ではないのだろうか。

シルフィの顔が明るくなる。薄く笑顔を残しながら、次はすぐ分かるくらい怒った顔になった。

「でもね、ルディ。やっぱりボクたちにそのことを黙ってたのは少し悲しいな」

「それはごめん……後、ロキシーにも同じように前世のことを伝えようと思う」

それを聞いたシルフィが頭上にハテナを浮かべる。

 

「あれ? 子供たちは一先ずいいとしても、エリスは?」

あ。

「えっとですね……実はエリスは……その……知ってまして……俺の、前世のことを」

「え!? そんな素振り全く分からなかった……」

シルフィの顔がまた下を向き始めようとしたので必死に止めにかかる。

「いや! エリスはオルステッド様と俺が話してた会話を聞いてて! 決して意図してエリスだけ……というわけではないから!

もちろんシルフィやロキシーにこれまで言ってこなかったことは本当に申し訳ないと思っているんですが! いや、本当に……来るべき時が来たらエリスだけでなく、二人や子供たちにも……ね? 言おうとしてたんだけど、中々そう言う機会に恵まれず……」

いや、本当に恣意的にやってた訳では無い。俺の言い訳じみた弁解を聞いてシルフィの口から笑みがこぼれる。

「ふふ、分かったよ。『意図してない』ならロキシーにも伝えてあげて。

ボクと一緒にナナホシのところに戻って、そこからロキシーと別のところに行ったらいいから」

もうどうせならロキシーたち全員にまとめて言った方が効率がいいのでは無いのか……そう思ったが直ぐにその考えは捨てた。

それは違う。『元々の目的』を思い出せ。これは前世の清算だ。まとめて? 効率的に? そんなのは違う。

「分かった。でも、前世の兄のところにちょっと寄っていくよ」

「あ、そうだよね。待たせちゃったかな」

「……可愛い」

「え!?」

心配そうに、可愛い挙動をするシルフィを目の保養にしながら、俺は胸の中で一つ決意を固めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「話というのは何でしょうか、ルディ」

兄さんに一言、二言伝えた後俺たちはナナホシたちの元へ戻った。エリスの俺を見る目は『言ったの!? 言わないの!?』みたいなことを言ってた気がする。頷いて返したら笑っていた。

ナナホシは対照的に心配そうにしていた。シルフィの少し赤い目も見たのだろう。察しているようだった。

ロキシー……彼女はどう思っているだろうか。ロキシーはとても頭がいい。洞察力にも優れているし、もしかしたら俺のことも既に気づいているのかもしれない。ナナホシに、シルフィたちと近辺を散歩でもしてくれと頼みロキシーと二人きりになった。

 

 

「ロキシー。もう20年ほど前に俺の父親……パウロが死にました」

「はい」

迷宮の奥底で、満足した生活を送っていた俺に対して叩きつけられた残酷な現実。

そして塞ぎ込んだ俺をロキシーが助けてくれた、俺の人生でも五指には入るであろう出来事。

「その時に俺がした話を、覚えていますか?」

「……覚えていますよ」

『これはある男の話です』から始まり俺の前世の後悔を、彼女に伝えたのだ。あの話はあくまでもフィクションだという体だった。

あの時は大切な人を失った悲しみが自分の前世を思い起こしていたから。

「結論から言ってしまうと、その親不孝で駄目な人間の話は俺のことだったんです」

「……」

ロキシーが黙りこくる。返答に困ることを言ってしまっているよな。

暫く待っていると満を持してロキシーが口を開く。

「どういう……ことですか?」

「え?」

「え? ……だって別にパウロさんはお葬式……がまともに出来なかったのは仕方ありませんでしたし。

というか、ゼニスさんはまだ生きてますよ」

……あっそうか。あの時は『両親の葬式にも出ずに親類に追い出され……』と言ったんだったっけ。

前世だという前説明をするのをすっかり頭から抜けていた。

「あ、あの話は俺の前世の話だったんです。そして俺は前世をこの世界で過ごしていました」

周りをぐるりと見回す。行き交う人々、あらゆる騒音に目に入ってくる大量の情報。俺もかつてはここに混ざっていたのだ。いや、混ざりきれてはなかったか。

ロキシーは合点がいったと手を打つ。

「そういうことですか、すいません」

「いや俺の説明不足です」

 

少し気まずい空気になったのをかき消すように言葉を続ける。

「まあともかく、俺はこの世界でクズ野郎として生きていた前世の記憶があるんです。

もうロキシーと出会って何十年にもなりますけど今まで黙っててすみませんでした!」

低頭した俺を見たロキシーが慌てたような声を出した後、俺の背中を優しく叩く。

「ルディ、頭を上げてください。

ルディの前世がどんなものだったのか、詳しいところは知りません。

それはもしかすると今のルディとは全くの別人なのかもしれません。でも、私たちは過去に生きてもいないですし

ルディの前世を知っているわけでもないです。私が知っているのは幼い頃から聡明で賢いルーデウス・グレイラットという人間ですから」

 

……皆言うことは同じなんだな。シルフィには前世のことを黙っていたと強く認識をさせてしまったから悪い事をしたと思うがシルフィも、ロキシーも、エリスも。全員言うことは同じだ。

『前世のことではなく、ルーデウスが大事なのだ』と。俺はその気持ちに応えられているだろうか。

こうやって、半分は自分の心の整理のためにこっちの世界に帰ってきて自分のことを打ち明けて。独りよがりではないだろうか。

 

「それに前世のことを黙っていたことですが……」

「あ、はい」

ロキシーが思い出したように話を続ける。

「何も思わない訳では無いですが、それを責めたり恨んだりするつもりは毛頭ありません。

それにルディは自分から言ってくれましたし。私がこの世界に来てからなんとなく抱えていたモヤモヤも晴れました」

笑顔で俺に笑いかけてくる青髪の美少女。さっき『独りよがり』だ何だと思ったが、その優しさにもう少しだけ甘えても良いだろうか。

 

「ロキシー。思ったことを率直に言ってくださって構いません。

両親の葬式にも出れず、親類に叩き出された男。新天地で幸せな生活を送ることが出来ています。その男は故郷に帰ってきました。

男は、何をするべきだと思いますか?」

俺の問いを聞いた彼女は微笑む。20年前のあの日と変わらぬ優しさで。

「両親のお墓に行けばいいと思います」

時刻は昼過ぎ。家は首都の近県にあり、親の墓もそこにあるはずだ。今から行けば夕方頃には墓参りも含めて済ませられるだろう。

「一緒に行ってくれますか?」

「勿論です。というか、元々はルディの帰郷ですよ。ルディの行くままに着いていきます」

この頼もしさに俺はずっと頼りきりだ。




「……あ。こういうことは聞くものではないかもしれませんが、ルディは前世は何歳で……その、死んだんですか?」
「34ですね」
「34……34!? じゃあ前世の年齢とルディの年齢を足すと同い歳ですか!?」
「あはは、そうですよ」
「そ、そうですか。同い歳ですか」
「どうしましたか、急に照れて」


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墓参り

ロキシーと話した後、ナナホシたちと合流した。そう言えば虎はナナホシの方に行っていた。

『恐らくルーデウスが前世のことを話した』という連絡をナナホシがした時点で、もう嘘をつく意味も無くなったからだ。

墓参りを行くには子供たちへの説明も必要だと言うことで、ララとリリにも前世のことを話した。リアクションは思ったより薄かったが。

リリ曰く「龍神の配下と七大列強末席に比べれば前世の記憶くらいはあってもおかしくない」らしい。まあ、そう……なのか……?

兄さんに墓参りに行くことを説明して、複雑そうな顔の兄さんの車で墓に向かうことにした。

どっちにしたって泊まる宛ては兄さんか、虎の父親の弁護士さんしか居なかったから前世の俺の実家に泊まることにもなった。数十年ぶりの帰宅というわけだ。

 

兄さんの車だけではキャパが足りないのでタクシーも呼んでもらう。金の面は本当に頼りっぱなしだ。何らかの形のお返しはしないとな。

兄さんの車に乗るメンバーは兄さん、俺、虎、シルフィ、リリ。タクシーの方にナナホシ、ロキシー、エリス、ララとなる。

 

「今から行くのはルディの……前住んでた家なんだよね? どんな感じなのかな」

「木造の、どこにもあるような家だよ」

『……ルーデウス。飛行機で飯食べたんだろ? 晩飯まで持ちそうか?』

「何て?」

「お腹すいてないかってさ」

「大丈夫だよ、あのご飯美味しかったし」

『別に大丈夫だってさ』

「……OK。じゃあこのまま行くぞ」

 

とまあこんな具合に俺が実質的な通訳を果たしながら楽しい楽しいドライブの時間は過ぎていった。

リリなんかは車窓からの景色がどんどん変わっていくところが目新しく、面白いらしい。食い入るように窓の外を見詰めていた。

「あ。そう言えば酔ったりしてないか?」

「え? 別にしてないよ。馬に比べたら振動が静かすぎるくらいだし」

「あー……まあそれもそうか」

……俺は少し頭がふらついてきてちょっと気持ち悪いんだけど。こっそりと解毒魔術の詠唱をしてみたが治る気配がない。そう言えばこの魔術って乗り物酔いは治せないんだっけ? ヤバい、ちょっと頭回らなくなってきた。

もちろん車は馬に比べれば振動が少ないが、独特の揺れがある。元地球人の脳を揺さぶって気持ち悪くするには十分だ。

 

しかしリリの手前というのもあり、適当に話の受け答えをしながら時間を稼ぐ。頼む。早く着いてくれ。

『もうすぐ着くぞ』

兄さんの声をボヤい頭がキャッチし、車が停止する。

「よし、OKOK。速攻荷物置いて墓参り行こうか。最近は運動不足とかも健康課題になってるしここは1つ、楽しくウォーキングでもしながら……」

「パパ何言ってるの?」

視線を上げるとグレーの石が立ち並ぶ……墓地に来ていた。俺の空元気をリリが不思議そうに見ている。

横には真っ先にタクシーから飛び出したエリスの赤い髪が太陽に反射してか、際立っている。

「いや、何でもない。よし……行こうか」

「お墓の形ってこの世界でも同じ感じなんだね」

リリと一緒に車からでてきたシルフィが立ち並ぶ墓石を見ながら呟く。確かに向こうの世界でも墓が形作られた石だということは変わらない。

 

「こっちの世界にも色んな墓や埋葬の仕方があるけどね。向こうの世界もだけど。

まあほぼ同じ構造の生物を埋葬するための方法なんだから、似てくるのかも」

「何だか、墓地の雰囲気も似てる気がする」

そう言われると、そんな気もする。墓石の形が似てるからな。

そんな向こうの世界にもあるような風景と、こっちの世界特有のマンションやビルの風景が混ざりあって。その光景を見ているといつの間にか頭のフラフラはどこかへ流れていき、代わりに電流が流れてくるような感覚に襲われる。これまで何回も感じてきたものだ。

エリスやルイジェルドと魔大陸を旅をしていた時、冒険者をやっていた時、迷宮でヒュドラを倒した時……これまで何度も何度も。……そうだ。"死"を見た時の感覚だ。

 

「ルディ、行きましょう」

ロキシーが俺の肩をポンと叩く。表情には緊張が含まれている。彼女も何か感じているのだろうか。

「分かりました」

墓の前に立つ前に、いや。墓地に一歩入る前に。両親の死を突きつけられた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

ゆっくりと歩く兄さんの後を着いていく。二人ほど、墓参りに来たのであろう老人とすれ違ったが何かあるわけでもなく、やがてその足は止まり視線が1つの墓に向けられた。綺麗な花が一つ供えられている質素な墓だ。

刻まれている俺の前世の苗字と、側面にある両親の名前でそこに彼らが眠っていることを示している。静かだった場が一層緊張に包まれる。

俺と、兄さんと。それにナナホシと虎の表情で察した皆の唾を飲む音が聞こえるようだ。

兄さんが手際良く水を墓に流し、どこから持ってきたのか線香を立てる。前世で墓参りなんてした記憶すらほぼない俺はそれをただじっと見ていた。

そして、 一連の流れが終わったのか兄さんが改めて墓の方に座り、俺の方へ目配せをしてきた。

俺は兄さんの隣に座り手を合わせ、目を閉じる。

 

両親との思い出は中学の時から止まっている。こう見えても小学生の時は順風満帆な人生を送っていたと思うし、それは中学でもだいたい同じだった。テストで良い点を取ると母親は褒めてくれたし、誕生日には父親からプレゼントを貰った。自作PCを作った時は兄弟含め家族からチヤホヤされたものだ。

その辺から、成功体験に足踏みして前へ進まなくなった。進もうとしなくなった。

高校入学時に随分と成績が下がったのでそこで一悶着あったが、まあどの家庭にもあるようなもので気にも留めてなかった。

そして、高校の時のあの事件。DQNと無駄に関わったから起きた事故でもあった。

 

そこに投げかけられる両親や兄からの励ましを無責任だと感じた俺は、自分を立ち直らせようとする言動全てを無視し、挙げ句の果てに鬱陶しいと逆ギレし、自分の世界へ引きこもった。

その時点で自分は社会のレールから外れたのだろう、という気は薄々してた。ただ一つの考えを残して。

それは『成功体験』だ。俺は出来た。中学の時、自作でPCまで作れたじゃないか。人生は長い。今から何かやっていればそれこそ、成人するまでには大成出来るだろう。そんなことを薄ぼんやりと思っていた。

ある時はサイトを作ろうとしてみた。小難しいIT用語が書いててサーバーだのなんだの、理解できなくてやめた。ちょっと俺の専門とは違うからな。

フィギュア塗装をやろうとした。自分の思うような作品が作れず、それでも多少は頑張ったが結局やめた。

もう俺には何も出来ないと思い、ただアニメとゲームとネットに耽る日々を送った。

初めのうちは『負けるなよ』とか『大丈夫だからな』とか言ってきた両親も俺に何も言わなくなった。もう既に社会のレールからは脱落してるんだ。親からも見放され、ここから人生一発逆転。金持ちになって……とか考えてたが、一発どころか何をやっても不発で嫌気が差した。

そんなことをしてると成人もとっくに通り越して。本当にたまに見る両親の顔も老けていっていて。

自分だけが取り残されていって。その気持ちを娯楽で埋めて。でもやってる事はただの穀潰しで。

 

今思うと両親には随分と無理をさせたと思う。自分が親の立場になって、偉く言えたものではないが『子供を持つ親の気持ち』というのが分かってきて。シルフィやロキシー、エリスたちは戦闘経験もあるが子供というのは全員が強いわけでも、魔術が使える訳でもない。

大きな力の前には握りつぶされるしかないひ弱な存在。それはどんな穀潰しニートでも同じだったと思う。

もし、二人が生きていたらルーデウスを見てどんな言葉をかけるだろう……いやそれは分からないな。でもきっと、喜んでくれるだろう。

でも俺が両親にかける言葉は決まってる。絶対に『俺みたいな奴を育ててくれてありがとう』だ。最終的に両親は俺を追い出すことはなかった。そこに親の愛があったのか、兄の口添えがあったのか……。尤も、両親の選択に感謝を感じたのは既に異世界に行ってからだったが。

 

目を開けると皆既に立ち上がっていた。視線を何度か交わし、伸びをして。

今度は兄さんが俺の肩をポンと叩いた。

『よし。帰ろう』

その言葉に頷いて俺も応える。

「さあ、俺の実家に行きましょうか」



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実家

墓地から実家までにそこまでの距離はない。実家は車で少し行ったところにある木造の家だ。祖父母の世代からずっと住んでいるらしいが、彼らは俺が小さい頃には他界していたので実際のところはよく分かってない。

あのトラック事故からは……確かこっちの世界では4年しか経ってないんだよな。記憶の断片、断片にある向こうの世界での光景が蘇っていく。そうだ。確かにこんな景色だった。車酔いなんて気にもならないくらい、車窓から変わっていく情景を食い入るように見る。思わず何か熱いものが込み上げてきた。

 

「ルディ?」

「……ん、何?」

シルフィに後ろから話しかけられる。彼女は薄く微笑んでいる。

「もう着いたよ。ほら、涙拭いて」

「涙? ……ああ、ごめん」

泣きそうになっていたことは自覚していたが、涙も出てたのか。少し気恥ずかしい気分になりながら車に備え付けられていたティッシュを取り出す。

こっちの世界のこと……大嫌いなはずだったが、いざ見てみるとこんなにも感傷的な気持ちになれるのか。

少し意外な気持ちにもなりながら、車から出る。その時にはもう俺以外の全員は家の中へ入ろうとしていた。

「ルディの家……木で出来てるんだね。こんな家なら向こうにもありそう」

「確かに。この世界でも木で出来てる建物は多いよ」

そんなことを話していると、兄さんがドアの鍵を開ける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「パパ! とっても柔らかい!」

家に入るなり早々リリは寝室の方に行ってしまった。羽毛布団の柔らかさに驚いてるらしい。

「騒ぎすぎたらダメよ! 物を壊しでもしたら大変なんだから」

「分かった!」

エリスがリリを諌めている声を聞きながら、俺は迷いもなく階段を上がっていく。忘れるわけもない。二階に上がって、2番目のドア。

 

 

『もう無いぞ』

背後からの声にビクリと身体が跳ねる。俺の少し後ろに兄さんが立っていた。俺がここに来たのを察して着いてきたのだろうか。

それにしても、『無い』のか。一気に肩の力が抜ける感覚がする。

『俺の物はどこに行ったんだ? ほら、フィギュアとか……』

『捨てた。大変だったんだぞ』

 

そう言って兄さんはスタスタと歩いてきて扉を開けた。かつては、俺の自室だった部屋。

間取りはもちろん変わらない。道路側にあったデカい窓もそのまま。しかし、俺の記憶にある姿はない。俺が漫画やラノベを置いてた本棚も、PCを置いていた机も、壁に掛けていたアニメキャラのタペストリーも。皆ない。1つ、大きな引き出しが隅にポツンとあるのみだ。

『まあ、そりゃそうだな』

思わず声が漏れた。兄さんにとっては、俺が死んだ時点であの部屋にあったものは全部屑同然だ。

「カップラーメンの食べさしに、ペットボトルにティッシュ。そりゃあもう片付けるのに2日はかかった」

兄さんが流暢に話し始める。

『大変だったろ、悪かった。それと、あの引き出しは?』

『重すぎて運べなかったからあのまま。アイツらに手伝ってもらうのも考えたけど、やめた』

思わず弟や妹の顔がチラつくが首を振ってそれをかき消す。

 

『そう。重すぎたからな』

兄さんは再び歩き始める。少し埃の被った床を何の表情も見せず、無言で歩く兄さんに俺も黙って着いていく。

そして、一番下の引き出しを開けた。

『これは……』

『ああ』

言葉が出てこない。これは俺が持っていたゲーム、フィギュア、漫画。埃を被っているため少し見栄えは悪いが俺はそんなことも気にせずその幾つかを手に取った。今見るからわかる、俺の土魔術で使うものとは段違いに精巧な出来のフィギュア。数こそ少なくなっているが、確かに俺がよく読んでいた漫画。一つ一つ、覚えている。

 

今しがた『無い』とか言ったばかりじゃないか。いや、でも『何も無い』とか『全部捨てた』とは言ってなかったな。

いやいや、そんな事はどうでもいい。よく残していたものだ。

 

『なんでこんなの残してたんだ? 兄さんからしたらゴミでしかないのに』

『いや、最初は捨てようと思っていたし、実際に売ったり捨てたりしたのも沢山あるけどな……』

兄さんは気恥しそうに頭を搔く。

『まあ、お前の大切にしてた物……形見みたいなものだからな。途中で思い直したんだよ。まあ、な』

あまり多くは語らず、と言った感じで兄さんは言葉を濁した。

その姿を見て俺もそれ以上、何かを言うのは野暮な気がして黙りこくる。

俺はその黙った調子のまま一際お気に入りだった深夜アニメのヒロインのフィギュアを手に取る。これはザノバに持って帰ろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1階に戻るとシルフィやロキシー、エリスも含めた皆がテレビを見て歓談していた。

今しているのは……夕方のニュースだな。もうそんな時間か、と思いながら晩飯の心配が頭の中に浮かぶ。

今日一日怒涛の展開すぎて腹の虫のことなどすっかり頭になかったが、自分の部屋も、両親の墓も、前世のことも随分と色んなことを処理したせいで気がついたら腹が減った。

「晩飯は……」

「ああ、そうね。お金出すから惣菜でも買ってきてくれる? 」

俺の呟きにナナホシが1番に反応する。買い物か……向こうならともかく、こっちの世界で買い物なんてしたの何年前だ……?

こんな機会無いんだし、行くか。もうどんな物買ったらいいか、なんてよく分からないけど。

 

「そうだな。ってか、本当にありがとう。ナナホシ」

「恩は売れるだけ売っとかないと。後々何があるのか分からないし」

「なんか怖い」

それを聞いたナナホシがくすっと笑う。もう夕方で時間も遅くなり始めているし、子供たちはテレビに釘付けということでシルフィと二人で行くことになった。兄さんに近くのスーパーの場所を教えてもらったら、記憶の片隅にあったところなので多分行けるはずだ。

 

そう言えばこれ、買い物デートでは?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は泥沼のルーデウス! 異世界転生して、色々あってこの世界に再び来た俺は今……

幼馴染で同級生で嫁のシルフィエットと共に買い物へ来ている!

『はい、これで買ってきて。出来るだけ早くしてね』

というナナホシの急かすような声を聞きながら玄関を出た俺たちは夕日をバックに、愛溢れるスーパーデートが、今……!

 

「へー、成程。こういうお金の仕組みは向こうとあんまり変わらないんだね」

そうブツブツ言いながらシルフィは手際よく籠に商品を入れていく。

「あのー、シルフィエットさん?」

「ルディはどうする? ナナホシのお金だからあんまりは使わないつもりだけど、必要なものあったら言ってね」

「う、うん」

 

この旅行で自分が元異世界人だと明かした。シルフィは「ルディはルディだ」と言ってくれた。その事はとても嬉しいことなのだが、あれ以降シルフィとの間に少しの距離を感じる。俺が元異世界人だとエリスは元々知っていた。ロキシーも何かあることは察されていた気がする。ララ、リリはあまり気にしていないらしい。

どうせならシルフィにこの場で言ってしまおうか。それとも、イチャイチャしまくってこっちの世界でもリア充を味わって愛を深めようか。そんなことを邪推していたがため、シルフィのテキパキとした動きに困惑してしまった。

やはり避けられているのか。出来るだけ話題を振られないようにしている気がする。

 

いや、ここはハッキリと言おう。ここで濁してはいけない。後々の問題を残してはいけない。俺は前世の清算に来たのだ。

そんなことを考えている間にも粛々と商品を選んでいるシルフィの横に立つ。

「うーん、これってどのくらいの価値なんだろう……分からないな」

「ねえ、シルフィ」

「ん、何か持ってきた? 昔好きだったものとかあった?」

「それは多分あるけど……そんな事はいいんだ」

 

時間帯が少し遅くなり人が少なくなってきたスーパー。人目も少ない。俺はシルフィに詰め寄った。

シルフィの耳がぴくりと動き、顔が横を向く。

「何か言いたい事があるなら、言って欲しい」

言う前から分かってはいたが、気まずい空気になる。シルフィは「えーっと」「うーん」と小さく言いながら言葉に詰まる様子だ。

「別に何か不満があったとしても、その根本の原因は俺にある。それで俺が怒ることなんて絶対にないし……むしろ俺が嫌われてないか心配だよ」

「ルディのことは大好きだし……大好きだけど……その……」

シルフィの顔が赤くなって、そのまま俺の目を見つめてくる。可愛い……じゃなくて。

 

「えっと、距離を置いてたのはごめん。ホントに身勝手な理由なんだ。その……嫉妬してた気がする」

嫉妬? 誰に? 何故? そう言葉が出そうになるが飲み込む。シルフィはそのまま言葉を続ける。

「昼間に言った通り、前世の記憶があるからと言ってルディはルディで、何かが変わる訳では無いよ。

でも元から前世のことを知ってたエリスとか、ルディがずっと住んでたこの世界やそこの人達とか。色んなものに対してモヤモヤしたものが残ってて……ルディは悪くないよ。ボクが勝手に……」

ゆっくりと言葉を紡ぐシルフィ。いつもの彼女は絶対に言わないような事だ。

時々思う。幼少期、ブエナ村でシルフィと遊んでいた頃。あの時シルフィに与え、シャリーアで再開した時には手放したと思っていた『シルフィの俺への依存』は未だ薄くシルフィの心に根を張っているのでは無いのか。

 

そんな思いを抱えながら、シルフィの頭の上に手を運ぶ。

「我慢させてしまってごめん」

「ううん、ボクが悪いんだよ」

ダメだな。原因を辿っていけばシルフィが今この感情に行き着いているのは俺のせいだ。でもシルフィは自分が悪い、と決して譲らないだろう。何か上手く言わねば。

 

「シルフィはなんて言うか……その……」

言葉に詰まる。シルフィが今一番俺に言って欲しいことってなんだろう。選択肢を間違ってしまった時のことを考えると余計に言葉が出ない。

『ルディのことは大好きだし……大好きだけど……』

シルフィがさっき言ったこと。嫉妬は……相手が自分の思う通りに動いてくれないからこそ、不安だからこそ生まれる感情だ。

それを取り除くためには。

 

「俺もシルフィのことは大好きだよ」

「え!? 突然……何?」

「そうやって照れる所とか、顔が赤くなる所とか! 家事も積極的にしてくれるし耳がたまにぴくんってなる所とか、勿論夜も可愛いし!」

「何言ってるの!? ここ外だよ!?」

「人間語がわかる人なんてここには居ないから大丈夫!」

そういう問題でもないな、と内心思いつつも思いの丈を吐き出す。

まあどうせ明日の夕方にはこの世界にはいないんだ。そこまで大声を出してるわけでも、周りに大勢人が居る訳でもないし。我に返って恥ずかしくなる前に畳みかけよう。

 

「シルフィのいい所とか可愛い所とか俺は沢山知ってる! 俺はシルフィと生きてきた人生は、この世界での思い出なんてとうに上回るほど幸せだと思ってる。こっちの世界の人生が全く楽しくなかった訳ではないし、俺の事を今でも考えてくれる人はこの世界にもいる。

でもシルフィといる時間はとても楽しいし、この生活を手放すなんて俺には考えられない!」

目を見て、しっかりと。いつも言っているような事だが、いつもとはまた違う言葉を。

「だから、大丈夫。嫉妬なんかしなくても十分なくらい俺はシルフィのことが大好きだから」

シルフィは蒸発するんじゃないかってくらい顔を赤くして照れながら、小さく「うん」と頷いた。

俺もちょっと恥ずかしくなってきた。

 

「……お、遅くなったらナナホシに怒られるから早く買い物済ませようか」

「そ、そうだね」

スーパーから出ると行く前に沈もうとしていた夕日は沈みきり、夜の帳は降りきっている。

これはナナホシに怒られるかもな。そう苦笑いして二人帰り道についた。ちょっとだけイチャイチャした。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「遅い」

「ごめんって」

家に着くとナナホシは案の定仁王立ちで俺たちを出迎えてくれた。何となくエリスっぽいなとか思いつつ、ナナホシに謝罪する。

ロキシーは俺を見るなり挨拶をしてからスーパーの袋を手に取り、それを一つ一つ出しながら「成程、こんな料理が……」とボヤいていた。

ロキシーは旅とかしてたし、その土地の郷土料理みたいなものを食べた経験も多くありそうだな。これもその一環だろうか。

「パパ、おかえり!」

「ただいまー、リリ」

 

二人と少し話をしてから、キッチンの方を見ると兄さんやシルフィ、ロキシーたちが夕食の準備を整えている。

言葉は通じないが、まあ大丈夫か。上手くやるだろう。

『あれ? そういえば虎は?』

『ここに……』

その声に応じて後ろを振り返るとそこに虎がいた。あれ? 買い物行く前とは随分と様子が……なんだか疲れているみたいだ。

違和感の原因を考えていると続けてエリスもやって来る。

「ルーデウス!おかえり!」

「あ、ただいま。ねえエリス、虎何かあった?」

そう聞くとエリスは自信満々に答えてくれた。

「どうもこうも、ちょっと走りに付き合ってもらっただけよ」

「え?」

 

経緯はこうらしい。

俺とシルフィが家を出た直後、知らない言語のテレビを見るのもつまらなくなってきたエリスはランニングをしてくると伝える。

するとナナホシが「知らない街を一人で歩くのは危ない」と言ったことにより、誰がエリスと一緒に行くかという話になった。

ルーデウス、シルフィは不在。ロキシー、ララ、リリもこの街のことを知らないので除外。

兄さん、ナナホシ、虎のうちナナホシは研究データの打ち込み中。兄さんも家事をやっていた。ということで、唯一余った虎がエリスと共にランニングへ。

虎、これまで人並みより少し下程度の運動しかしてこず、インドアにこもりっぱなしだった男。エリスと共にランニングをしたらどうなるか。

まあ想像できるだろう。

 

という事でこの様子……ということらしい。

『よく死にそうになりながらとはいえ、着いてこれたな……』

『全力で走られたら流石に無理だけど……たまに止まって景色を見てくれてたからそれのお陰で』

未だ疲れが抜けない表情で座り込む虎を見て苦笑した。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

晩御飯も食べ終わり少しして、そろそろ寝ようかという話になった。

布団が足りないのではという話になったが、まあ何とかなった。ナナホシは泊まりだが、虎は明日は仕事があるらしくここで別れることになった。

これで一応今生の別れ……ではないが、暫くは会えないな。

『ナナホシのサポートをしてくれて、ありがとう。感謝してもしきれない』

『いや……最初は魔術のことから静香に教えてもらったんだ。感謝してるのはこちらも同じ』

『また、次は向こうの世界で』

 

明日の今頃には俺は向こうの世界に転移していることだろう。

今日は色んなことが起こった。車に轢かれそうになったことから始まり、兄さんと再会し、シルフィとロキシーに自分の秘密を明かした。

両親の墓参りにまで行った。これほど濃厚な1日も久しぶりだろう。

明日は……うん。自分の中で再び考えを整理し寝床に着いた。



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異世界行ったら

少しタイトルが烏滸がましい気がしますけど、大丈夫です。
ヒトガミが全てそういうのは背負ってくれます


「おはよう、ルーデウス」

「おはようございます、ルディ」

「ルディ、おはよう」

スズメも鳴く朝6時半。6時半と言えば前世の俺ならば深夜アニメを視聴し、ネットサーフィンをし、一発やり、掲示板で舌戦を繰り広げ、それにも少し飽きて眠りについていた時刻だが今は違う。

「おはよう」

まだ目の開き切っていない、起き抜けの嫁と子供たちの可愛い姿を見ながら起床する。

なんて幸せなのだろうか。前世ではこんな事を妄想したこともあったと思うが、それがまさか現実になるとは。科学者もビックリだ。

そんな事を考えながらリビングに降りていくと、既にナナホシがキッチンに立っていた。

『ルーデウス。やっと起きた?』

『うん。おはよう』

 

視線を右に傾けると、兄さんがコーヒーを飲みながら朝のエンタメ番組ともニュース番組ともいまいち言えないようなテレビを見ている。

それよりも、ナナホシが料理している姿に少し驚いてしまった。

よく考えれば、大学で一人で生活してたようなもんだしな。というか、学食にカレーを追加したのもナナホシだったか。

『料理出来たんだな』

『まあね。前から親の手伝いくらいならしてたし、こっちに帰ってきてからちょっとハマっちゃって』

こっちの料理は美味しいからな。食べまくったら太……いや、やめよう。

俺は常に女性に対しては紳士的に接するような心がけ……られてない気もするけどやめておこう。

 

『俺も手伝うよ』

俺を追って階下に来た皆もそれぞれ朝の支度を始める。ララとリリは洗面台に顔を洗いに行った。それにロキシーも着いていく。

まだぼさっとしている青髪の3人は昨日からずっと興味深そうに家のものを見回して、観察しているらしい。

「別に青ママも着いてこなくていいじゃん」

「私もまだこの蛇口をいまいち見慣れてないですから……一緒に見ておきたいなと」

「何それ。まあ確かに向こうの世界なら魔術で一発だしね」

「需要は少ないでしょうが……こういう物を向こうの世界で何とかして売れないものでしょうかね」

そんな会話が微かに聞こえてくる。売るのは……魔道具の一種として売るなら有りだろうが、しかしわざわざ買わなくても自分の魔術で再現可能なものが多く、向こうの世界じゃ確立すらされてない化学を再現するならそれは途方もない時間がかかる。

需要がありそうな物を探し、買ってそれを向こうの世界で売るならまだ有り得るが、それもダメだ。あまりこういうところでズルをやりたくないのもあるが、これからの事を考えるとこの世界と向こうの世界は切り離して考えられるべきだ。何らかの混乱の種にもなりかねない。

 

『あ、そろそろご飯全員分よそっといて』

『はいよ』

「ボクも手伝うよ」

シルフィも来た。そう言えば、昨日寝る前に「緊張して寝れないかも」みたいなこと言ってた割には爆睡してたな。

向こうの世界の人は見知らぬ場所で寝るのが慣れている人の方が多いからな。俺もだけど。

だけど、逆に緊張で眠れなかったのは俺の方かもしれない。もう随分前に向こうの世界で前世との気持ちの折り合いは付けているとはいえ、

流石に我が家で寝ることがあるなんて微塵も想定していなかったからな。

「そう言えば、エリスはどこ?」

「エリスは外で素振りしてくるって言って外に出てったよ」

「そっか……木刀だよな?」

「多分」

「それならいいか」

外で普通に真剣で素振りとかしてたら通報されそうだしな。しかも赤髪で目立ってるし。

『家がこんな賑やかなのはいつぶりかな』

兄さんが懐かしそうな声色で呟いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

朝飯を食べたあと、ナナホシが伸びをしながら言う。

「私は……もう魔法陣を書き始めることにするわ」

「え、もう? 早くないか?」

まだ時計の針が9時を過ぎた頃だ。仕事始めには丁度いい時間かもしれないが、向こうに帰るのは夕方だ。前ペルギウス様に部屋を貸してもらった時に構築にかかった時間は大体2、3時間くらいだった気がする。昼過ぎには作業が終わってしまう。

「ルーデウスもギリギリまで日本に居たいでしょ? それなら朝のうちに魔力を込めてもらっておきたいの。

向こうの世界に行く時は目的地の設定とか、丁寧にやっておきたいし」

なるほど。確かに向こうの世界の方は危険がいっぱいだ。少なくとも日本よりあることは間違いない。

 

そう考えると、ナナホシが向こうの世界に戻ってきたことを俺は事後報告で知ったものだからどこに転移したとか全く知らないな。二人とも気づいたらいたし。

「この間はどうしてたんだ? ほら、来た時」

「向こうの世界だと、膨大な量の魔力にペルギウス様が反応するって思ってたの。

もちろん、転移位置はかなり頑張って設定したけど……」

ペルギウス様に拾ってもらう算段か。だとしても、紛争地帯や魔大陸なんかに移動してしまったら面倒くさい……だから位置調整をしっかりと。そういう事らしい。

なら、朝のうちにナナホシに魔力を提供して昼からはどこか近くを散策……そんな感じになるだろうか。重たいことは昨日大体方が着いたと思うし、今日は遊びたいな。

 

「そう言えば、どこに魔法陣書くんだ?」

「言ってなかった? あなたの前世の部屋よ」

「何ですと!?」

驚きで思わず身を乗り出す。

「お兄さんから許可は貰ってるし。軽く埃を掃除すれば、ただの広い誰のものでも無い部屋だから」

てっきり庭とかでやるもんかと思ってた。

まあ確かに転移の時めちゃくちゃ光が出るから、夕方の、少し暗くなってきてる外でやるのは少し近所迷惑だと思うけどさ。

視線を少し逸らして兄さんの方を見ると少し頷いてくれた。

「..……やるか」

こうして、俺がこの世界への旅行最終日は自分が帰るための準備をするところから始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

俺もナナホシも慣れてきたものだ。次々と魔法陣が描かれていく。

ナナホシは時折パソコンを見て組み方を確認している様子だが、俺に至ってはそれを見ながら求められたらそこを手伝うだけ。

緊張感はあるものの、初めてでは無いので戸惑うこともあまりなく、別に大変な仕事という訳でもない。

「……ルーデウス、お願い」

「了解。これで最後か? 前に比べてほんとにコンパクトになったな……」

「まあね。あなたの仕事は、これで最後。私は今からちょっと頑張らないと。まあ向こうに飛んでも今回はルーデウスたちだけだから大丈夫だと思ってるけど。

だって、あなた世界のあらゆる所にコネあるし、多少のことは乗り越えられるでしょ?」

「まあそうだけどさ。要望を言うならラノアのどこかには……」

「分かった。頑張ってみるつもり」

 

そう二つ返事でオーケーしてくれるナナホシ。今回の帰郷は彼女がいないと成立すらしてないからな。本当に感謝だ。

ナナホシはまだ魔法陣に向かい合ったままだ。そして俺の顔も見ずに呟いた。

「どこか出かけたら? もう昼ごはんの時間だし、このままだとどうせあなたには向こう数十年お世話になるんだから。

その世話と等価交換ってことで金も少しくらいなら貸すわよ」

「本当か?」

「その代わり、今後私が向こう行く時は全部奢ってもらうから」

「もちろんだ」

俺の金はむちゃくちゃある訳でもないが、ない訳でもない。ナナホシ一人くらいならいくらでもウェルカムだ。いや、虎も来るか? まあ虎もウェルカムだ。

次向こうの世界に来た時はご馳走しよう。

「まあ、最後だし」

そのナナホシの声は小さかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼飯を食べるついでとして、近くの大型ショッピングモールへやってきた。

兄さんの車に何とか乗り込み、いざって時に兄さんが『俺は送るだけだからな』とか言い出した。つまり、俺は着いてこないってことだ。

どうにか兄さんもせっかく来たんだし……と説得を試みるも失敗。俺としても、兄さんともっと話したい。

まだ帰るまで4、5時間はある。兄さんと話すのは中々出来ないことなのに。

『本当にいいのか? 今日が最終日なんだし来てくれよ』

『だからだ。俺もまあやることはあるし、ルーデウスも楽しんでくれ。また5時くらいに来る』

最後は俺に何も言わせぬまま車を飛ばしてしまった。

 

「ねえ、本当にいいの?あれで」

エリスは訝しげにしている。シルフィも少し不安そうな顔だ。

「……まあ行ってしまったものは仕方ないな。取り敢えずご飯食べようか」

実を言うと、俺もこの施設に入ったことは無い。だって、ずっと引きこもってたしそれからは別の世界にいたし。こんなものが出来ているということすら知らなかった。

俺が子供の頃は随分と田舎だったのにとても大きくなったと思う。

ショッピングモールは3階から成っている大きなものだ。マップを見て四苦八苦しながらも何とか目的地へと頑張って向かっている最中だ。

「……昨日は聞けなかったけど」

ララと後ろで話していたエリスが俺の横に急に来て話し始めた。

「あの事、シルフィとロキシーにはちゃんと言えたのよね?」

「ああ、エリスのお陰だ。俺が異世界出身だってことがバレそうになった時、それが俺の口から言えるように話を持って行ってくれたんだろ?」

昨日の夜それをナナホシに聞いた時は驚いた。何せ、あのエリスだ。信用してない訳では無いが、シルフィとロキシーが俺に疑念の目を向ける話の展開になれば真っ先にそれを否定しようと動くのだと思っていた。

「本当にありがとうな」

「別にいいわ……言っておくけど、ルディがどうであろうが私は気にしないから」

「分かってる」

エリスが、俺の前世は異世界人だということを知ってもう何年が経っているだろうか。15年?20年くらいか? いずれにしても長すぎる時間だ。

「……エリス。お腹すいた?」

「あんまり。だって動いてないし」

「俺もだ。料理半分こするか?」

俺のその提案にエリスは大きく頷いた。やってきたのはフードコート。聞くのさえ数十年ぶりの単語だが、何とか覚えていた。

確か、小さい時に家族で来たことがある。モール内のマップを見た時「ここだ」と思った。ただでさえ、異世界の食事なんだ。自分の舌に合いそうなものを食べた方がいいだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それぞれが好きなものを選ぶ。シルフィは典型的な定食を、ロキシーはリリと店を合わせてうどんを頼んだ。ララが牛丼を持ってきた時はなんか意外だった。

俺はエリスの「肉がいい」という要望のもと、ステーキとご飯が着いているやつを。

「エリスいいなあ。ルディと半分こなんてずるいよ」

「ルーデウスが「半分こする?」って言ってくれたのよ!」

それを羨むシルフィが頬を膨らませている。

ララは淡々と肉と飯を口の中に放り込んでいる。気に入ったらしい。

それに対してロキシーを見ると、何やらキョロキョロしていた。

 

「ロキシー、うどん美味しいか?」

「え、あ、美味しいですよ。前にうどんを、ルディに頼まれてアイシャさんが作っていたのを覚えてたんです。

それで、本場のものも食べてみたいな、と」

そういう事だったのか。あの時はアイシャに麺の概念を理解してもらうまでが大変だったな。

お嬢さん、本物は美味しかろう。

「あと」と、ロキシーが前置きして顔を俺に近づけてきた。一瞬ドキッとなって乙女デウスになりかけたが、

すぐに気を引き締めて話を聞く。

 

「何だか、視線があるな……と」

ロキシーがそう言ったのでくるりと見回してみると、周りにいた何人かが目を逸らした。

そう言えば前にナナホシだったかに、日本ではかなり髪色が目立つと言われたな。

しかも構成が意味不明だ。成人の男1人女3人に子供2人。状況次第では三股がバレたと思われて修羅場になった男の図に見てなくもない。

ただ、その割には互いの仲が良さそう……なるほど確かにかなり目立つ。疑念や不愉快な視線ではないが奇妙なものを見るような目だ。

さっき歩いていた時もこういう目を向けられていたのだろうか。

「気にしないようにするのが1番です。ほら、麺が伸びますよ」

「麺って伸びるの?」

その会話にリリが入ってくる。

 

「そうそう。原理はよく知らんけど、とにかく麺は水分を吸ったら伸びて美味しくなくなる。

だから、麺は熱いうちに食べるのが一番いいんだ」

「へー」

リリは納得してくれたらしい。

ロキシーはその話を聞いて、麺を見つめている。

「……おいしい」

彼女は俺に向かって小さく笑いかけた。

 

「……昨日の夜だってルディは……」

シルフィとエリスはまだ話をしている。

シルフィが昨日の夜のスーパーの出来事を話そうと顔を真っ赤にしている姿がとても可愛い。

「もう、何があったのよ!」

「だから! ルディがお店で私に迫ってきて……!」

だんだん会話がヒートアップしてきている。なかなかカオスな状態だ。

「ごちそうさま」

ララは食べ終わったらしい……いや、そうじゃなくて。

「どーどー。一旦落ち着こう。

シルフィも。それ美味しい?」

「う、うん。美味しいよ」

恥ずかしげに顔をポリポリとかくシルフィ。

そういえば、俺も話に夢中であまり食べてなかったな。

エリスと俺の間にある肉を1つ口の中に持っていく。めちゃくちゃ美味しい。

 

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あとは適当にモール内を散策した。シルフィが服に興味を示してて耳をぴくぴくさせてたのは可愛かった……そう言えば、俺たちは周りから見れば三股集団じゃなくて、コスプレ撮影帰りのレイヤー集団に見えるんだろうか。ロキシーはスイーツを食べたかったらしいが、まあ金があんまりなかったので断念した。

それに、ペルギウス様との約束もあるからな。お土産も買った。何かは秘密。

ゲーセンの近くに行った時、エリスがちょうどパンチングマシーンを見つけたので「やりたい!!」と言っていたが、壊しそうなのでやめた。

 

「そろそろかな」

「え、もう?」

視線の先には時計がある。午後4時45分。もう時間だ。

駐車場には兄さんの車が居てくれるはずだ。

「なんか、凄かったです」

ロキシーが俺の横で呟いた。

「魔術がなくても、私では到底考えつかないような仕組みやものや、建物に溢れている世界。

とても新鮮でした。向こうの世界の人族や魔族が今更魔術を捨てることなんか出来ませんが、

魔術を使ってこれに近いことを作れるようになってみたいです」

ロキシーはとても勉強熱心だ。

魔術師としては頂点に等しい存在なのに、まだ自己研鑽を懸命に積んでいる。その姿勢は見習うべきものだ。

「ルディの気持ちを知れて……その、本当に良かったって思う。

ボク1人じゃこういうの、出来ないからさ」

「また来たい!」

「機械に興味あるかな」

「あんまり鍛錬は出来なかったけど、いつか手合いなんかもしてみたいわ!」

何かまるで物語の締めみたいじゃないか。

 

俺もここで何か一ついい事をバシッと言っておいた方がいいのだろうか?

こう、後世に残るような。やべえ、思いつかない。いや、まあここは……

俺は伸びをしてみんなに向き直る。

「帰りましょう」

 

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兄さんとハグをした。昨日した時は唐突な事だったので皆もちょっとポカーンとしていたが、

今回は流石に大丈夫らしい。皆も少ししんみりとした空気だ。

『会えて嬉しかった。まだ『ルーデウス』って名前には少し違和感もあるけど……

でもまあ弟との新たな門出を祝した名だ。いずれ慣れるさ』

『飯とか、金とか、車とか。色々世話になって悪かった。

ぜひ今度は向こうにも来てくれ。ナナホシが多分来る時があるんだろうから、そのついでにさ』

『そう……だな。うん、今度はそうするか』

 

兄さんがどうにも言えない表情で笑う。

この世界からまた離れてしまうことは仕方ないが、俺はルーデウス・グレイラットだ。

もう既にこの世界では死んだ人間だ。向こうの世界に帰らないといけない。

「魔力を注ぎます」

やはり、転移装置は魔力を使う。勿論全然残量はあるが、かなり魔力がなくなっていく感覚がする。

でも、こっちに来てからこれ以外で魔力を使ってないから疲れはしないな。

「じゃあ、また。今度はそっちに行くから」

「おう。待ってる。虎も連れてこいよ。次に会う時は恋人になってるかも……」

「なってないわよ」

またまた、そう言わずに……とか言ったらガチで嫌な顔されそうだからやめよう。

 

部屋のカーテンは、暗くなりかけている外に明るく光が漏れないように閉め切っており、電気もつけていないために部屋は暗い。

俺が魔力を注ぐ最中皆が兄さんに向かって口々にお礼を言っていた。

「2日間、感謝いたしますわ!」

「お世話になりました」

「ありがとうございました。とても楽しかったです」

「……ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

人間語だから通じない……なんて野暮なことは言うまい。俺も魔力の供給が終わった。

『ありがとう』

 

凄まじい閃光が色を変えていく。青。緑。白。その真ん中に立ちながら俺たちは立っている。

そう言えばナナホシはこの転移の過程を外から見るのは初めてだろうか。次々と色を変えていく眩い閃光に目を薄くしか開けられてない。

直後、黒色の光が現れる。どす黒い光は俺を飲み込む。

瞬間、またあの感覚に襲われた。形容しがたいなんとも不思議な感覚。

 

 

 

 

 

「よし……」

戻ってきた。ひとまず周りに危険はない。

皆も無事全員いる。俺たちは少し小高い丘に立っていた。

だが、街が見える。シャリーアではないが十分に大きそうだ。

「あれ? 私、この道知ってますよ? シャリーアからはそこまで遠くないはずです」

ロキシーがそう言った。

ナナホシはちゃんと俺の要望通り調整してくれたらしい。

「ちょっと歩くか。着いて来れそうか?」

そう後ろを振り向くとみんなが一斉に頷いた。

 

「パパ! 今度はいつ行く?」

歩き出した直後、リリが駆け寄って俺に聞いてきた。

「そうだな、まあまた暇な時に……だな」

2歳だったか、3歳だったか。それとも生まれてすぐの頃だったか。

俺はこの世界で本気で生きる、そう決意した。

その結果苦しいこともあったが、結婚もしたし子供も生まれた。今は打倒ヒトガミという目的の一助となって働いている。

本気で生きれている。そう思う。

 

暇な時間なんて、無い。

「さあ、少し大変だけど頑張ろうか。シャリーアへ出発!!」




こんなくそ雑魚ナメクジみたいな更新の遅さだったのにありがとうございました。
連続物の大変さを思い知ったので今度は青色のサイトで色んな作品の短編物を連発するつもりです。
また、どこかで。

そう言えば、この後1分は暇な予定ならぜひ評価をお願いします。辛口でも、もちろん構いません。


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