ミサトはシンジの大好きなお姉さん ~碇シンジ養育計画~ (朝陽晴空)
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本編(特務機関ネルフ編)
コンフォート17の姉弟と脱走少女


「ミサトさん、今日はビンと缶のゴミの日だから、学校に行く時に出してしまいますね」

「いつもありがとう、シンちゃん」

 

 ミサトはそう言ってシンジの頭を胸元の抱き寄せて、おでこにキスをした。

 これはいつものスキンシップだとミサトは言うが、シンジは照れくさそうだ。

 

 

 

 第三新東京市のマンション、コンフォート17の一区画にある碇家では碇シンジと言う中学二年生の少年と、葛城ミサトと言う29歳の女性が二人で暮らしていた。

 なぜ妙齢の美しい女性と思春期真っ盛りの少年が二人だけで同居生活を送っているのかと言うと、それにはとても深い事情があるのだ。

 

 

 

 2000年に南極で起きたとされる大災害、『セカンドインパクト』は南極の氷を融解させ、地球の地軸の傾きを変えて世界中に気候変動や異常気象をもたらすほどの大混乱を巻き起こした。

 セカンドインパクトの直後から世界中に難民が溢れかえり、難民の受け入れに難色を示した世界の日本政府への怒りは、当時の東京に爆弾を投下され、死者50万人と最悪の形となって表れた。

 東京に住んでいた14歳のミサトも父親である葛城博士を失い、戦災孤児として『施設』に入れられそうになった。

 大混乱の極みにあった東京の『施設』は収容所とほぼ変わらない状況であり、劣悪とも呼ばれる環境だった。

 ミサトの元彼の加持リョウジの話によれば、弟や他の子供たちとつるんで脱走を図るほどだったらしい。

 そんなミサトを救い出して引き取ってくれたのが、葛城博士を恩師と仰いでいた碇ゲンドウ・ユイ夫妻だった。

 碇家に引き取られてからミサトはゲンドウとユイを親あるいは姉のように慕い、実子であるシンジが生まれた後もミサトはシンジの姉のような存在として暮らして来た。

 ミサトは碇夫妻に拾われた恩に答えようとする期待や、実子のシンジに対する対抗心のようなものも影にもあったのかもしれない、猛勉強をして新東京大学に合格した。

 しかしミサトが大学に通い始めて一年ほど過ぎた頃、碇夫妻の運転する車が急カーブを曲がり切れず崖から落ち、非業の死を遂げてしまう。

 

「シンジ君は私の手で、立派に育て上げてみせます」

 

 20歳のミサトは6歳にも満たないシンジを『施設』に入れる事を頑なに拒否し、自分の手でシンジを成人するまで育てる事を決意するのだった。

 大学時代に知り合ったリョウジの話の地獄のような時代から少しは改善されているとは言え、未だに『施設』にはたくさんの子供が押し込められ、暮らしにくい場所であるとは聞いていた。

 ミサトはシンジを養うために大学を中退し、『ネルフ』と言う企業に勤めた。

 ネルフは表向きは天気予報や災害情報をスマホのアプリを通じて報せる民間企業だ。

 しかし、裏ではセカンドインパクトの原因を探っている特務機関だと都市伝説のような噂が流れている。

 ミサトのようなD級勤務者と呼ばれる末端の社員には表向きの情報しか耳に入って来ないが。

 

「ミサトさん、大変です!」

「どうしたの、シンちゃん?」

 

 登校したはずの制服姿のシンジが血相を変えて戻って来た。

 このあわてぶりはただ事ではない。

 

「ごみを捨てに行ったら、植え込みに女の子の死体が!」

「何ですって!?」

 

 このマンションのゴミ捨て場にあろうことか死体が捨てられているなんて! とミサトは驚愕した。

 

「シンちゃんは、その女の子の身体には触ったの?」

「いえ、怖くてとても触る事なんて……」

 

 とりあえずシンジが容疑者として疑われる可能性は低くなったとミサトは安心した。

 だが一刻も早く警察に通報しなければならない。

 ミサトはシンジと一緒にその死体発見現場へと向かった。

 

 

 

 果たしてミサトがたどり着くと、植え込みの中から少女と思われる手が伸びている。

 少女の身体の大部分は植え込みの中に隠れていて、ゴミ出しに集中していた他の住民たちは気が付かなかったのだろう。

 現場保存が第一、このまま触らずに警察に通報しようとしたミサトは少女の白い手が少し動いた事に気が付いた。

 

「この子、死体じゃない。生きているわよ!」

「えっ!?」

 

 ミサトが腕をつかんで少女を引っ張り出すと、栗色の髪の少女は裸足で何も着ていなかった。

 

「うわっ!」

 

 シンジが顔を真っ赤にして自分の両手で視界を遮った。

 

「シンちゃん、恥ずかしがっている場合じゃないわ。この娘をとりあえず家に匿うわよ」

 

 そう言ってミサトは、背中にその生まれたままの姿の栗色の少女を背負った。

 ミサトは直感した、『施設』から脱走しようとする子供は後を絶たない。

 逃げた後に捕まって連れ戻された子供は、職員に体罰を受ける事になる。

 この娘をそんな目に遭わせるわけにはいかないと、ミサトは正義感が働いてしまったのだ。

 自分が身元引受人になればこの娘は施設に戻らずに済む。

 シンジに自分の家のドアを開けるように頼んで先に行かせたミサトは、気絶した振りをしている少女に小声で尋ねた。

 

「あなた、名前は?」

「……アスカ」

 

 少女は薄く開いた青い瞳を覗かせてそう答えた。

 

「……どうやって『施設』の追っ手を撒いたの?」

「靴と着ていた服を橋に置いて、飛び込んだように見せかけたの。施設の連中、アタシの死体は昨日の激しい雨で増水した川に流されたと思い込んでいるわよ」

 

 このアスカと言う少女、なかなか機転が利くところがあるようだとミサトは思った。

 多分、シンジの前では本性をさらけ出すような事はしない、出来ればシンジには近づけたくない娘だと、ミサトは姉としての立場でそう思った。

 アスカもミサトが自分の演技を見抜けない人の善い大人であったなら、猫を被って同情を引くつもりだった。

 それだけに、こうして本音をさらけ出すことが出来るのは気兼ねがしない。

 

「シンちゃんも、そろそろ姉離れをしてくれないと困るもんね……」

 

 ミサトはアスカを見て、複雑な顔でポツリとつぶやいた。

 こうして三人の家族としての生活が、始まる事となる……。

 

 

 




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明かされる秘密

「とりあえず、シンちゃんはいつも通り学校に行って。この娘はあたしに任せておいて」

「分かりました」

 

 シンジは不安そうな顔をしながらミサトに答えた。

 そのシンジの様子を見ていたアスカは、シンジが心配しているのはミサトの事だけで、自分に向けられていない事に気が付いた。

 シンジの視線はミサトにばかりに集中して、ミサトのシャツを着ただけのアスカの方を見ようともしない。

 初対面の相手だから仕方のない事かもしれないが、アスカはそんなシンジの態度が面白くなかった。

 

「じゃあミサトさん、行ってきます」

「いってらっさーい!」

 

 シンジは笑顔でミサトに手を振って、玄関から出て行った。

 少し急いで登校すれば、遅刻はしないはずだ。

 玄関のドアが閉じ、シンジを見送ったミサトは厳しい表情になってアスカを見つめた。

 

「さてと、あたしも仕事に行くけど、この家の中で大人しくしているのよ」

「分かっているわよ、アタシも捕まりたくないし」

 

 ミサトが正式に申請をするまでは、アスカは逃亡者扱いだ。

 施設の職員が一度死んだと思ったアスカをしつこく追跡調査するとは思えないが、アスカの姿を見つければ捕まえようとするだろう。

 自由を手に入れるまでのしばらくの間の辛抱だ。

 

「お腹が空いたら冷蔵庫にあるものをチンして食べて」

「チン……?」

 

 聞き覚えの無い言葉にアスカは首を傾げてミサトに尋ねた。

 ああそうか、この娘は施設で教えられていないのかとミサトは同情した。

 アスカは自分を憐れむような目で見つめるミサトを、施設の大人と同じく自分を見下して居るのかと思って睨み返した。

 

「ごめんなさい、あなたの事をバカにしたわけじゃないのよ」

 

 ミサトに正面から抱き締められたアスカは、不思議な気持ちになった。

 誰かの胸に顔を埋めた事など初めてだった。

 

「うっぷ、苦しいわよミサト。アタシを窒息死させるつもり?」

「ごめんごめん」

 

 そう言ってミサトはアスカを解放した。

 ミサトはアスカに電子レンジの使い方を教えた後、出勤時間に遅れないようにするために家を出た。

 

「いってらっしゃい」

 

 アスカにそう言葉を掛けられたミサトはフッと笑みを浮かべた。

 ミサトの愛車は真っ赤なバイク、こいつでかっ飛ばせば遅刻はあり得ない。

 

「さてと、ミサトの家に匿ってもらう事になったのは良いけど、やる事が無くて暇よね~」

 

 この家に来た頃はもしかして施設に連れ戻されるかもしれないと内心怯えていたアスカも、だんだんと気持ちに余裕が出て来た。

 完全に自由の身となったわけでは無いので、まだ解放感には浸れないが。

 

「アイツ……見かけは、ザ・無害って感じだけど、隠された一面があるかもしれないから油断は出来ないわ」

 

 『シンちゃんのお部屋』とミサトが書いたらしいドアプレートの前に立って、アスカはそう呟いた。

 これからシンジの部屋のあら捜しをしようと言うのだ。

 シンジの部屋は質素で、机は綺麗に片付けられており、本棚には参考書ばかりで漫画の一冊も無かった。

 机の上に置かれた古いS-DATにはピアノの曲だけが入っていた。

 

「何よ、優等生面して、つまらないの」

 

 アスカも施設に入所していない恵まれた中学生の男子は、ゲームやアニメや漫画、スケベ本などに興味を持っている事を知っている。

 こっそり施設の自分の独房にそう言うものを看守にバレないように隠しているヤツも居るほどだ。

 

「でも、こうしてみると……ミサトとシンジが写った写真ばかりね」

 

 シンジの部屋を見回すと、シンジの両親らしき写真、学校の友人と写った写真も飾られているが、圧倒的にシンジとミサトのツーショット写真が多かった。

 

「ははーん、これはもしかして……」

 

 アスカがシンジの枕を詳しく探ると、寝ているミサトをこっそり撮ったらしい写真が隠されていた。

 ラフな格好で寝ているミサトのバストの下の部分が見えている。

 やった、ついにシンジの弱みを見つけたとアスカはほくそ笑んだ。

 

 

 

学校に登校したシンジは、予鈴のチャイムが鳴る前に教室の自分の席へとたどり着いて安堵の息を漏らした。

 

「優等生のセンセが遅刻ギリギリとは珍しい、何かあったんか?」

「別に何もないよ」

「何や、相変わらず愛想の無いやっちゃな」

 

 クラスメイトのトウジに声を掛けられたシンジがそう答えると、トウジはつまらなそうにそう呟いた。

 シンジは限られた短い時間で今日の授業の予習をする。

 授業で教師に質問されても、模範通りの答えをする、何となく好かれないタイプだった。

 休み時間や放課後になってもトウジやケンスケの遊びの誘いを断り、シンジはクラスから孤立していた。

 ミサトには同世代の友達を作った方が良いと言われているが、シンジはトウジたちの好むような下ネタは特に苦手で、トウジたちが興味を持つ美人生徒会長にも興味を持てなかった。

 だから昼休みになるとシンジはミサトの作ったロールキャベツ弁当を食べると、独り図書室へと向かった。

 図書室で勉強をしたりもするのだが、ここにはトウジたちのように騒がしくする人間もおらず、シンジはその静けさが好きだった。

 そして図書室にはいつものように先客が居た。

 同じクラスの綾波レイだ。

 シンジとレイは目が合わせると、シンジの方から目を逸らした。

 別にシンジとレイは図書室で親し気に話したりしない。

 ただ顔を合わせるだけの関係だった。

 

 

 

 放課後になるとシンジは音楽室へと足を運ぶ。

 音楽室では違うクラスの同級生、渚カヲルがピアノを弾きながらシンジを待っていた。

 

「やあシンジ君、さっそく二重奏を始めようか」

「うん」

 

 シンジは椅子に座ってチェロを構えると、カヲルのピアノに合わせて演奏を始めた。

 二人が演奏を始めた事に気が付いた女子生徒の中には、こっそりと音楽室のドアの入口から中をのぞく者、目を閉じて聴き入る生徒も居た。

 その女子生徒の中にはシンジのクラスの委員長である洞木ヒカリも含まれるので、トウジとしても面白くない。

 

「シンジ君、そんなにチェロが弾きたいのなら買ってもらわないのかい?」

「ううん、僕の家は裕福でもないし、迷惑を掛けたくないから」

 

 カヲルの質問にシンジは首を横に振ってそう答えた。

 シンジがチェロが欲しいとねだれば、ミサトは自分の食費を削ってでも買ってくれるだろう。

 しかしシンジはミサトのストレス解消になっているビール代を減らすような事はしたくなかった。

 今働いているネルフの職場では、アサヒと言う嫌な上司が居るらしく、酔っては愚痴を零していた。

 

「独学じゃなくて、本格的に留学でもすれば、シンジ君はチェロの演奏家になれると思うけどね」

「それこそ無理な話だよ」

 

 増してやこれからはアスカと言う同居人が増えて家計は厳しくなって行く。

 ミサトの優しいところは好きだが、本音を言えばアスカと言う少女には施設に戻って欲しいとシンジは思った。

 アスカには同情しないでもないが、大好きなミサト姉さんに苦労して欲しくないとシンジは願っている。

 

 

 

「おかえり、シンジ」

 

 家に帰るなり小悪魔的な笑みを浮かべて出迎えたアスカに、シンジは嫌な予感を覚えた。

 

「まさか優等生のシンジ君が、ミサトをオカズにしているとはね」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジは鞄を乱暴に放り出すと自分の部屋に駆け込んで、自分の枕を調べた。

 隠してあった“あの写真”が無くなっている。

 クラスメイトのケンスケに貯めていた小遣いを払ってまで借りたカメラで撮った写真だった。

 

「か、返してよ!」

「返してあげる。でも、アタシを追い出そうとしたら分かっているわよね」

 

 シンジが顔を真っ赤にしてそう言うと、アスカは素直に写真を返した。

 アスカもここで写真を返さないとシンジを余計に怒らせてしまうのは分かっていた。

 

「アンタの部屋は図書館みたいに本棚があって、さぞ勉強に精通しているとは思ったけど、アタシが夜に勉強を教えてあげてもいいのよ?」

「余計なお世話だよ」

 

 シンジが言い返すと、アスカはからかうような笑みを浮かべた。

 

「ちなみに参考までに教えて欲しいんだけど、どんな感じだったの?」

「ミサトさんに抱き締められて、窒息しそうになった日の夜、寝ているミサトさんの服をめくって触ったら、ピーンとなったんだよ……」

 

 そこまでシンジの話を聞いたアスカは、とりあえず満足した様子だった。

 

「まあミサトには黙っておいてあげるわ。アンタにそう言う目で見られているって気が付いて居ないようだし」

 

 不機嫌そうな顔をしたシンジは、放り投げていたカバンを拾うと部屋へと戻り、着替えてリビングへと出て来た。

 そしてキッチンにあった空っぽの鍋を見て悲鳴を上げた。

 

「あーっ! ミサトさんのビーフシチューが無い!」

「その鍋にあったビーフシチューなら、お腹が空いたからアタシが食べたわよ」

 

 アスカがケロリとした顔でそう言うと、シンジは怒りながら冷蔵庫を指差した。

 

「冷蔵庫に冷凍食品が入っていたじゃないか!」

「ミサトの言う通り、電子レンジに入れたら破裂して食べられない代物になったのよ」

「外袋から中身を取り出して電子レンジに入れろって書いてあるだろ! しっかり読めよ!」

 

 優男だと思っていたシンジがこれほど怒り狂うとは、アスカには思ってもみなかった。

 

「あああっ、夕食はミサトさんのビーフシチューだって楽しみにしていたのにっっっ!」

「アンタどれだけミサトの事が好きなのよ……」

 

 地団駄を踏んで悔しがるシンジを見て、アスカはドン引きでため息を吐き出した。

 

 

 

 その頃、ネルフでいつものようにD級勤務者として事務仕事をしていたミサトは上司のアサヒに声を掛けられた。

 

「冬月社長がお前を呼んでいるそうだ、何かやらかしたのか?」

「さあ、私には心当たりはありませんが……」

 

 このアサヒと言う男は自分の保身しか考えていない。

 ミサトは早々に社長室へと向かう事にした。

 それにしても社長に呼ばれるなど初めての事である。

 D級勤務者はもちろん、会社でも限られた人間しか社長室のあるフロアには入れない。

 警備員に通されたミサトは他のフロアとは違う異質な感じに驚いた。

 一般企業のオフィスとは違う、物々しさを感じる。

 社長室があるはずの場所は、司令室と書かれている。

 

「葛城ミサト、参りました」

 

 思わず軍人がするような敬礼をして、ミサトは背中を向けて立つ冬月コウゾウに声を掛けた。

 

「よく来てくれた特務機関ネルフへ。私が司令の冬月だ」

 

 振り返ったコウゾウはミサトにそう声を掛けた。

 ミサトは状況が分からず、目を丸くして息を飲んだ。

 自分が勤めていたのはネルフと言う民間気象研究企業では無かったのか?

 

「君が驚くのも無理はない。特務機関ネルフは、《適格者》を率いて《使徒》を倒す密命を帯びた組織だ」

 

 コウゾウはミサトに説明をした。

 新世紀(21世紀)を迎えてから、特別な能力を持つ人間が世界各地で《使徒》と名乗り、犯罪や破壊活動を行うようになった。

 《使徒》は《A.T.フィールド》と呼称されるバリアーのようなものを持っており、通常の武器では絶対に傷つける事は出来ない。

 そこでネルフは同じA.T.フィールドを持つ人間を《適格者》として育て上げ、使徒を倒すための手段とする事にした。

 

「君が拾ったアスカと言う少女、彼女も《適格者》候補の一人なのだよ」

 

 コウゾウの言葉を聞いたミサトは、崩れ落ちそうになるのを必死にこらえた。

 施設に収容されたアスカはA.T.フィールドを持つ子供として見出され、《適格者》として訓練を受ける前に脱走したのだった。

 

「そして君が育てているシンジ君の両親、碇夫妻も《使徒》の手によって殺された」

「そんな……スピードを出し過ぎた車が崖から転落しての事故死では無かったのですか?」

 

 ミサトの問い掛けにコウゾウは首を横に振った。

 

「違う、真実は使徒が碇夫妻が乗っていた車を持ち上げ、崖下に向かって思い切り投げ飛ばしたのだよ。A.T.フィールドを生まれ持った子供である、シンジ君を葬り去ろうとしてな」

 

 コウゾウはA.T.フィールドの発現時期は個人により異なり、赤ん坊の頃から発現する者も居れば、シンジのように資質は持っていても、少年期を過ぎた頃に発現する者も居ると話した。

 

「それでは社長……いえ、司令が私を呼び出した用件とは……」

「君には二人の《適格者》を監督する教官として、特務機関ネルフに入隊して欲しいのだよ」

 

 コウゾウはミサトの目をしっかりと見つめて、そう告げたのだった。

 

 

 




 色々な秘密が明らかになると言う意味でタイトルを付けました。
 この世界線でのミサトは何と料理や家事が出来ます。
 肉弾戦を多くしたかったので、使徒は基本的に人間サイズにしました。


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シンジの水泳特訓、コーチはミサトさん

 簡単な解説

 シンジとアスカは5分間しか戦えない

 プラグスーツは酸素ボンベの代わりになる

 今回の使徒は元水泳選手

 レイは限り無く人間に近い存在として創られた


「ミサトさん、どうしたんですか!? 顔色が真っ青ですよ!?」

 

 シンジは帰って来たミサトを見るなり、心配そうな表情で駆け寄った。

 

「彼氏にでもフラれたんじゃないの?」

「ミサトさんに彼氏!?」

 

 アスカの言葉に、シンジは激しく動揺した。

 しかしミサトはそんなシンジの様子に気付く事無くリビングのソファに身を沈めた。

 シンジは冷蔵庫から缶ビールを取り出してテーブルの上に置くが、ミサトは手を付けようともしない。

 

「身体の具合でも悪いんですか!?」

 

 そのミサトの様子にシンジはますます心配を募らせるばかり。

 ミサトとしても、アルコールが入った状態で大事な話をするわけにはいかない。

 本当は酔った勢いで話したい気分だった。

 冬月司令から聞いた碇夫妻の死の真相。

 シンジとアスカが適格者である事。

 今日はショッキングなニュースが多すぎた。

 

「……よりによって、どうしてシンジ君が適格者に選ばれなくちゃならないのよ……」

「えっ、僕がどうかしたんですか?」

 

 自分の心の声を漏らしてしまったミサトは、後には退けないとシンジとアスカに冬月司令から聞いた事を話した。

 

「ウソ……そんな話、冗談でしょう!?」

 

 話を聞いたアスカはテーブルに両手を突いてミサトに向かって身を乗り出した。

 しかしミサトの真剣な表情はこれが悪ふざけではない事を語っていた。

 

「冬月司令への返事は保留にしてあるわ。あなたたちに強制する事は出来ないからね」

「……しばらく一人で考えさせて」

 

 アスカはそう言うと、アスカの布団の置かれた元物置部屋へと引っ込んで扉を閉めてしまった。

 

「シンジ君は、どうしたい?」

 

 ミサトに尋ねられたシンジは、学生服の上にエプロンを着けた格好のまま、ミサトに近づいた。

 

「ミサトさん、抱きしめてもらっていいですか?」

「いいわよ、来なさい」

 

 シンジはそう言うとミサトの胸に飛び込んだ。

 幼い頃、シンジは良くミサトに甘えていた。

 思春期を迎えて中学生になると、恥ずかしがってミサトが抱き締めようとすると逃げようとしていたが。

 

「僕は……正直怖いです。使徒と呼ばれる人と戦うなんて、想像するだけで身体の震えが止まりません」

「そうよね、シンちゃんはケンカした事も無い、優しい子だもんね」

「ただ臆病なだけです」

 

 子供の喧嘩に親が出る、ではないが、姉代わりのミサトは学校でシンジをいじめたヤツに仕返しをしていた。

 シンジは人付き合いの上手い方ではなく、そんなに友達も多くなかった。

 群れから離れた草食動物は、肉食動物の格好の餌食となる。

 それは人間の世界でも同じ道理だった。

 

「でも、僕は父さんと母さんを死なせた使徒を倒したいと思います。あまり記憶にないけれど、父さんと母さんは僕に優しかった。何より、今ミサトさんを苦しめているのは使徒なんだから……」

 

 シンジの決意表明をミサトはしっかりと聞いていた。

 他に聞いていた人物がもう一人。

 アスカも部屋の扉に貼り付き、聞き耳を立ててミサトとシンジの話を聞いていたのだ。

 

 

 

 翌日、ミサトはシンジとアスカを連れてコウゾウの元を訪れていた。

 ミサトは施設に拘束される事を嫌って脱走したアスカが適格者になる事を承諾した事を意外に思っていた。

 

「フクリコーセーってやつ? はしっかりとしてもらうからね!」

「もちろんだとも」

 

 コウゾウにも物怖じしないアスカの態度に、ミサトはハラハラした。

 ミサトはコウゾウをもっと頭の固いワンマン社長と想像していたが、物腰柔らかな老紳士だとイメージを一変させた。

 シンジとアスカのような子供たちにも頼みごとをする際にはしっかりと頭を下げる。

 これは並の大人でもそうそう出来るものではない。

 コウゾウはミサトがシンジとアスカの直属の上司になると告げた。

 シンジはミサトがネルフに勤めている事は知っていたが、隠されたネルフの実態までは知るはずも無かった。

 これまで姉のように甘えていたミサトが上司になった事に、シンジは悲しみを感じた。

 今までの関係を続けられないような予感がしたのだ。

 

「君たちはネルフの適格者の一員として使徒と戦う事になるのだが、正体が知られると、狙われる可能性がある。そこで《プラグスーツ》と呼ばれる服を着て使徒と戦ってもらう事になる」

 

 コウゾウが指示すると、宇宙服のようなものを持ったスタッフが現れた。

 顔の部分はマジックミラーのようになっていて、内側からしか見えない仕組みになっている。

 下着もすべて脱いでこのプラグスーツを着るのだと言う。

 戦闘の邪魔にならないように体にフィットした形になっていた。

 

「嫌ね、ボディラインが丸見えじゃない」

「それに、この服に色々な会社の名前が入っているみたいですけど……」

 

 赤を基調としたアスカのプラグスーツと青を基調としたシンジのプラグスーツは洗練されたデザインで、二人は不満は無かった。

 しかし服のいろいろな場所に『ONY』や『GASE』、『ワクドナルド』のマークが入っているのが気になった。

 

「それはネルフに資金を提供してくれるスポンサー企業の名前だよ。キール議長のアイディアで、適格者には広告塔になってもらう事になった」

「特務機関ネルフは秘密組織じゃなかったの?」

 

 コウゾウの言葉に、皮肉めいたアスカのツッコミが入った。

 

「ネルフも資金難になってね。使徒の存在も隠すのが難しくなって来た。そこで方針転換が図られたのだよ」

 

 ネルフの実情をグダグダ話していても仕方ない。

 コウゾウは本題に話を戻す事にした。

 

「プラグスーツがあれば、ATフィールドを解放して戦う事が出来る。しかし君たちは戦いについては素人だ。しばらくは訓練を受けてもらうよ」

 

 シンジとアスカの前に指導教官として現れたのは加持リョウジと言う男だった。

 

「ふうん、なかなか良さそうな男じゃない」

「アスカ、ああいう男の人が好きなんだ……」

「アンタみたいなガキとは違うのよ」

 

 しかしリョウジがミサトに色目を使っているのを見ると、アスカの口はへの字になった。

 

「あなたも一緒に指導を受けてみては如何ですか?」

 

 ミサトは適格者ではない。

 しかしある考えを持っていたミサトは戦闘訓練を受ける事を承諾した。

 リョウジ一人では一度に三人の相手は出来ないので、戦略自衛隊の少年兵、霧島マナとムサシの二人も戦闘訓練に加わった。

 シンジはムサシと、アスカはマナと、ミサトはリョウジと組み手を行った。

 

 

 

 その日、シンジたちはクタクタに疲れ果てて帰宅した。

 早くも次の日、シンジたちが倒すべき標的の使徒が決まった。

 使徒の名前は水野・サキ・ヴァッシュ。

 アメリカ人のクォーターで、頬に十字の傷を持つオリンピック代表の水泳選手だった。

 サキは先月、沖縄の米軍基地の移転工事が始まると、沖縄の自然を守ると言う大義名分で米軍の戦艦を沈めているのだと言う。

 

「沖縄の自然を守るためだなんて、悪い人だとは思えないけど……」

「それは口実で、本音は使徒だと露見してオリンピックのメダルを剥奪された逆恨みに過ぎないと思われる」

 

 困惑した顔で呟くシンジに、コウゾウはそう説明した。

 サキが使徒の能力を使ってメダルを獲ったのは定かではないが、使徒に対する偏見があるのは確かである。

 ATフィールドを使うと体力を消耗する。

 時間無制限で使えるわけではない。

 サキが連続して襲撃をしないのはそう言った理由もある。

 今のシンジとアスカはATフィールドを展開できるのは5分が限界だ。

 戦闘訓練も短期決戦を目標に行われていた。

 

「シンジ君、浮かない顔をしているが、どうしたんだい?」

「僕、泳げないんです……」

 

 リョウジに尋ねられたシンジは暗い顔でそう答えた。

 小学校の頃、クラスメイトに25メートルが泳げなくてバカにされた過去があるのだ。

 

「プラグスーツには酸素補給装置が内蔵されています。水中戦闘にも支障はありません」

 

 技術部の赤木リツコ博士に言われても、シンジの不安は消えなかった。

 

「よし、それなら俺がシンジ君に水泳をコーチしてやろうか?」

 

 リョウジにそう言われたシンジだが、渋い顔をしていた。

 

 

 

 シンジたちは沖縄のネルフ関連施設に飛んで、水泳の特訓をしながら使徒サキの襲来を待つ事になった。

 沖縄のビーチで男たちの視線を釘付けにしたのは競泳水着のミサトだった。

 シンジにとって自慢の姉だが、舐めるようにミサトを見つめる男たちには不快感を覚えた。

 言い寄る男たちはアスカに声を掛ける者も居たが、ほとんどがミサト目当てだった。

 

「ほぅ、大きな胸の抵抗をものともしない速さだな」

 

 リョウジが鼻の下を長くしてミサトの泳ぎを見ているのもシンジとアスカは気に食わなかった。

 ビーチではどうしても人目を引いてしまうミサトに群がる男たちを追い払う事に追われ泳ぎの特訓どころではなかった。

 翌日からシンジとミサトはネルフ施設内のプールで特訓をする事になった。

 アスカはリョウジと特訓したいと強く主張して、この組み合わせになったのだ。

 多分、アスカはリョウジとデート気分を味わいたいのだろう。

 

「ほらシンジ君、あたしが両手を掴んでいるから安心して」

 

 シンジは水に顔を付けてバタ足する練習から始めた。

 他の誰かに見られたら恥ずかしいが、ここにはミサトと自分しか居ない。

 息継ぎのために顔を上げる度にミサトの大きな胸が正面に来る。

 だからシンジは泳ぎが上達して行くのが少し残念だった。

 

「シンジ君~! ここまで泳いであたしの胸に飛び込んで来なさい!」

 

 遠くで手を振るミサトに、シンジは俄然やる気を出した。

 

「100メートル泳げるようになったら、御褒美を上げちゃうわよ♪」

 

 胸を寄せたミサトにそう言われたシンジは妄想が爆ぜた。

 その日の夜は興奮してベッドの上で溜まっていたものを発散させてしまったほどだ。

 

 

 

 ついに使徒サキが沖縄に現れたとの情報が入った。

 サキの標的は米軍の象徴的な艦隊『オーバーザレインボー』。

 今までの散発的な襲撃とは訳が違う。

 阻止しなければならない。

 

「パターン青を確認、使徒です!」

 

 頭に着けたインターフェイス・ヘッドセットを通じてシンジとアスカに、オペレータの伊吹マヤの通信が入る。

 シンジとアスカはマヤに指示された場所に急行した。

 ミサトとリョウジは発令所で二人の戦いを見守る事しか出来ない。

 サキはATフィールドを展開して魚雷のように米軍の戦艦に突撃した。

 しかしそのサキの頭突きは同じATフィールドによって阻まれた。

 ATフィールドを展開したシンジが腹で受け止めたのだ。

 あまりの痛さにシンジはお腹を手で押さえて悶絶する。

 勢いを失い、動きを止めたサキの頭をアスカはヘッドロックで固めようとした。

 首を絞めて気絶させてしまえばアスカの勝利である。

 しかしサキはその鋭い目のような冷静さを持って、顎を引いて気道を確保した。

 そして体重をアスカの肘にかけて腕を振りほどいた。

 サキはシンジの横をすり抜けて標的の米軍艦隊に向かおうとした。

 そうはさせまいとシンジとアスカはそれぞれサキの太ももにしがみついた。

 二人を振りほどこうと、サキは両腕の腕力で必死にシンジとアスカの頭を押しのけようとするが、二人は歯を食いしばって太ももにしがみついた。

 

「間も無く五分が経過します!」

「シンジ君、アスカ、これ以上の戦闘は危険よ! 撤退しなさい!」

 

 ATフィールドが無くなればシンジとアスカも普通の人間とは変わらない。

 使徒に強く押されて首の骨を折ってしまう危険性もある。

 シンジとアスカは悔しそうな顔でサキから離れる。

 

「二人のお陰で時間稼ぎは出来た、それで十分だよ」

 

 リョウジの言う通り、サキは今回は米軍艦隊の襲撃を諦めて逃げ帰るようだった。

 捕まえられないのがシンジとアスカにとって無念だった。

 しかしそんなサキの前に、白いプラグスーツを着た適格者が現れた。

 広告は『三Internet Bank』の一社のみとシンプルなデザインだった。

 サキは元水泳選手のテクニックを生かして、I字ストロークのクロールで逃げようとした。

 しかし白いプラグスーツの適格者は人魚のような泳ぎ方で、サキを捕えた。

 そしてサキの手の平を掴んで捻り上げると、サキは苦痛のあまり悲鳴を上げて口を開いた。

 ここまで来れば使徒も普通の人間と同じ。

 逮捕された使徒はコアを除去する手術を施されるのだと言う。

 それは寿命を大幅に縮めてしまうため、人道的とは言い難いものではあるが……。

 

「あの白いプラグスーツ、何者よ!?」

「君たちと同じ適格者、綾波レイさ」

 

 アスカの質問にリョウジはそう答えた。

 

 

 

 沖縄のネルフ施設で、アスカとシンジはレイと対面した。

 まさに無表情とも言って良いレイの様子に、シンジとアスカはどう接して良いのか戸惑った。

 

「レイは使徒と戦うために創られた、ヒューマノイド・アンドロイドなのさ」

「えっ!? 僕たちと同じ人間にしか見えませんけど」

 

 リョウジの話を聞いたシンジは驚きの声を上げた。

 

「まだ生まれたばかりの子供のような一面も持っているが、仲良くしてやってくれ」

「アンタの泳ぎ、人魚みたいだったわね。アンドロイドだから出来たの?」

「私は人形じゃない」

 

 アスカに尋ねられたレイは少しだけ眉をひそめてそう答えた。

 

「人形じゃなくて、に・ん・ぎょ!」

 

 まるで自分が悪いヤツみたいじゃないと思ったアスカはそう言って念を押した。

 

「シンちゃん、お腹に大きなアザが出来ているけど大丈夫?」

「ミサトさん、このくらい平気ですよ……って痛い! 触らないでください」

「もう、無理しちゃって。強がらなくて良いのよ」

 

 ミサトはそう言ってシンジの頭をお腹の傷に障らないようにやんわりと抱いた。

 

「あの二人は、相変わらずシスコンね」

「シスコ?」

「アンタ、アタシをからかっているの?」

 

 アスカは首を傾げるレイを見て大きなため息を吐くのだった。

 

 

 




 最後の使徒の能力まで構想が浮かんだので、連載を進めようと思います。
 そんなに格闘技に詳しくないので、もっと込み入った戦闘描写をしたいのですが、気になった点(あり得ない矛盾など)がありましたらご指摘ください。
 修正していきたいと思います。
 特に格闘技・特撮ヒーロー技の名前など教えて頂けると幸いです。


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恐るべきムチ! 恐るべきシンジ!

「惣流・アスカ・ラングレーです!」

「綾波レイです……」

 

 アスカとレイが転入生として挨拶をすると、教室に居た生徒たちからは歓声があがった。

 とびっきりの美少女が二人も同じクラスに転入してきたのだ、大騒ぎである。

 

「自分(=関西弁でお前)はどっちが好みなんや?」

 

 友人の鈴原トウジに声を掛けられたシンジは正直どう答えていいか迷った。

 アスカの気の強さは知っているし、レイがまだ感情を形成中のアンドロイドだとも知っている。

 それにシンジのストライクゾーンはミサトなのだ。

 

「僕は惣流みたいな明るい子と付き合ってみたいな」

「苦労すると思うよ……」

 

 同じく友人の相田ケンスケがそう言うと、シンジは小さな声でそう呟いた。

 シンジがトウジと友人になったのは、近所の公園でトウジが自転車を盗まれた事がきっかけだった。

 困っているトウジを見たシンジはトウジの友人であるケンスケと一緒に日が暮れるまで捜索に協力し、乗り捨てられていたトウジの自転車を見つけたのだった。

 それからトウジはシンジの友人となり、ミサトがシンジの中学校まで出張する事態は避けられたのだ。

 

「なあ碇、《使徒》と《適格者》って知ってるか?」

「ななななな何も、知らないよ!」

 

 突然ケンスケから話題を振られたシンジは激しく動揺した。

 

「ネルフって会社に勤めているん僕のパパの話だけどさ、使徒って悪者を倒す正義のヒーロー、適格者って言うのが居るみたいだぜ。そのうち、ネットでも話題になるかもな」

「何じゃい、そのけったいな奴らは」

 

 ケンスケとトウジはしばらくその話題に夢中になっていたが、同じ教室に居る生徒たちの話題はアスカとレイだった。

 猫を被って優等生を装うアスカの周りには生徒たちが集まり、珍妙な受け答えをするレイの周りにも不思議と生徒たちが集まっていた。

 昼休み。

 シンジとアスカの弁当の中身が全く一緒だと気付いたクラスメイトたちは騒然となった。

 

「シンジとは事情があって同居しているだけよ、アタシはこんなガキに興味は無いし、好きなのは加持さんなんだから!」

 

 アスカは顔を真っ赤にしてアタフタと言い訳をした。

 

「そうよ。碇君は、他にもムチムチプリンプリンなお姉さんと暮らしているから」

 

 レイがさらに爆弾発言を投下した。

 

「シンジ、そりゃあどういう事や、説明せい!」

 

 トウジがシンジの胸倉を掴んで問い質そうとする。

 シンジは事情を説明して落ち着いてもらう事に成功したが、その日から毎日のようにトウジとケンスケはシンジの家から登下校を共にするようになったのだ。

 

 

 

「ちょっと待ってください、冬月司令。そのような場所にこの子たちを潜入させるつもりですか!?」

 

 ネルフにシンジたちと一緒に次なる使徒の逮捕指令を受けたミサトは、そう声を上げた。

 

「うむ。旧赤線区域……いや、今はソープランド街か。そこで多くの死者が出ている。殺害方法からして、売春婦に紛れた使徒の仕業だと思われるが、ATフィールドを展開した時にしかパターン青は検出されない。そこで怪しい人物に接近し、真偽を探って欲しいのだ」

「だからどうして、シンジ君たちが行く必要があるんですか!」

 

 コウゾウの説明を聞いても、ミサトはなおも抗議した。

 

「適格者が使徒に誘惑されては逆効果になるからな。その点、中学生の少年なら大丈夫だ。ほら、学生時代は女子と手を繋ぐだけで石を投げられたりしただろう」

「いったいいつの時代の話をしているんですか!」

 

 60年前の自分の中学生時代の感覚で語らないで欲しいとミサトは思った。

 (ネルフ司令・冬月コウゾウ、御年74歳)

 

「それならば、シンジ君には女性の誘惑に耐える訓練をしなければならないな」

 

 そう言ったリョウジが持って来たのはアダルトビデオの山だった。

 

「ちょっと、AVなんか見せてシンジ君に変な性癖が付いたらどーすんのよ!」

 

 ミサトはリョウジにそう怒鳴った。

 アスカは顔を真っ赤にしてしてアダルトビデオを手に取ってパッケージを見ている。

 

「オーディオ・ビジュアル機器は青少年に悪影響を及ぼす可能性があるのですか」

「レイ、ちょっち黙っててくれる?」

 

 話し合いの結果、ミサトがシンジの特訓をする事となった。

 

 

 

「さあ、シンちゃん。こっちへいらっしゃい」

 

 その日の夜、布団に横たわるミサトに手招きされたシンジはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「シンちゃんはあたしが良く添い寝してあげたんじゃない。そのお陰でおねしょも直ったんでしょう?」

 

 おねしょは精神的に寂しさを抱えた子供がする可能性があると言う。

 シンジは小学校の頃までミサトと同じ布団で寝ていたが、朝起きたらパンツの中で別のものをおねしょするようになってから、一緒に寝るのを止めた。

 さらに状況が悪いことに、今のミサトは下着姿だった。

 血の繋がっていない姉にシンジが興奮しないわけがない。

 早くも股間の血流がたぎっている気がした。

 

(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色……)

 

 シンジは平家物語の冒頭を暗唱してクールダウンしてからミサトの布団に潜り込んだ。

 

「シンちゃん、すっかり大きくなっちゃって。戦闘訓練も受けるようになってから、筋肉もたくましくなってきたかな?」

 

 シンジの髪を撫でながら、ミサトは感慨深そうに話した。

 ずっと可愛い弟だと思っていたシンジの成長を、ミサトはシンジの身体を撫でまわして感じていた。

 腹筋も上腕二頭筋もこれからもっとたくましくなるのだろう。

 

「あたしの方も、バストアップ効果が出て来たかな?」

 

 さらにミサトがそう呟くと、シンジはまた興奮がぶり返した。

 

(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ)

 

 シンジは平家物語の暗唱で、その日の夜は乗り切った。

 

 

 

 数日後、シンジたちはパターン青が検出されたソープランド街へと派遣される事になった。

 今回はミサトも任務に同行する事となった。

 適格者ではないが、シンジたちと同じく体を覆う服の下にプラグスーツを着込んでいる。

 

「葛城君、使徒と戦いたい気持ちは分からなくはないが、並の人間がATフィールドを展開した使徒に殴り掛かれば、君の腕の方がへし折れてしまうかもしれないぞ」

「その点は問題ありません。赤木博士に私専用の武器を造ってもらいました」

 

 コウゾウの言葉にミサトは自信たっぷりにそう答えた。

 ミサトはリツコと仲を深め、特製のメジャーのような形の伸縮する武器を造ってもらったものだ。

 プラグスーツと同じ材質の布で出来ているため、使徒の攻撃にも耐えられる。

 

「もうすぐ日没か……急がないといけないわね」

 

 昼間から営業している店は少ない。

 早すぎる時間に店に行っても標的の風俗嬢が出勤していない可能性もある。

 使徒と思われる不審人物は何人か居るが、このソープランド街の女王と呼ばれる人物がダントツだった。

 名前は【比留間・ヒルダ・ディタイム】。

 アスカと同じアメリカ人のクォーターだった。

 店主の話によると、ヒルダの逆鱗に触れた同僚の風俗嬢や客が、消息不明になったり、時には惨殺死体となって発見される不審な事件が頻発していると言う。

 もしかして世間を騒がせている使徒なのでは、と店主は思ったが、本人に問い詰める前にネルフに通報したのは賢い選択と言える。

 ヒルダが使徒だったならば店主の命はその場で奪われていただろう。

 

「あんたたち、客じゃないようだね?」

 

 指名されたヒルダが呼び出された部屋に入ると、そこに居たのはプラグスーツを着たシンジとアスカ、レイの3人とミサトだった。

 

「くっ、お前たちは適格者か!」

 

 ヒルダはそう言うと、光るムチのような物を両腕から伸ばしてシンジとレイを狙った。

 

「シンジ君、危ない!」

 

 ミサトはシンジを抱きかかえて床を転げまわる。

 光るムチはミサトの背中をかすめた。

 火傷のような痛みが走ったミサトは顔を歪めた。

 レイはマトリックス避けでムチを交わした。

 ヒルダの光のムチで壁が破壊され、店の周りは大騒ぎになった。

 壁の崩壊に悲鳴を上げて逃げて行く人々。

 

「こ、腰が抜けてもうた……」

「おい、しっかりしろってば!」

「シンジ君のクラスメイト!? どうしてこんな所に!」

 

 逃げ遅れたトウジとケンスケを見て、ミサトは驚きの声を上げた。

 再びシンジたちに向かって振り下ろされたムチを、ミサトはリツコ特製の布(クロス)メジャーを使って払い退けた。

 

「こうなったら、彼らを連れて撤退するわよ!」

「嫌です、逃げません」

「シンジ君!?」

 

 ミサトは驚いてシンジの方を見た。

 

「ミサトさんを傷つけたアイツを許すわけにはいかない!」

 

 シンジの瞳は怒りに燃えていた。

 これほどシンジが怒るのを、ミサトは見た事が無い。

 正面からヒルダに向かってシンジは走って行った。

 文字通りの猪突猛進である。

 ヒルダは両腕のムチをシンジに向かって振り下ろす。

 ミサトは慌ててクロスメジャーを伸ばすが届かず、虚しく空を切った。

 

「シンジ君!」

 

 光のムチが両側からシンジの両肩を直撃した。

 かなり痛いはずだがそれでもシンジは進撃を止めない。

 驚くヒルダに至近距離まで迫ると、シンジはためらいも無くストレートパンチでヒルダの顔面を殴った!

 

「むぐっ!」

 

 ヒルダの鼻の骨と前歯が折れる音がした。

 絶世の美女がこれでは台無しだ。

 シンジはヒルダを押し倒すと、馬乗りになってヒルダの顔を殴り続けた。

 

「シンジ君のATフィールドの限界まで、およそ10秒です!」

 

 マヤの悲痛な声の通信がヘッドセットから伝わる。

 

「バカシンジ、後はアタシとレイに任せなさい!」

 

 アスカとレイはATフィールドを展開した時間が短かったのでまだ余力がある。

 ATフィールドが切れたらシンジはヒルダから激しい逆襲を受けるだろう。

 

「シンジ君の活動限界まで後、5、4、3、2、1……使徒は完全に気絶しました」

「やれやれ、無茶をしおって……」

 

 戦いを指令所から見守っていたコウゾウは大きなため息を漏らした。

 

「葛城、紙一重でヤバかったな」

「そうね、きつく叱っておかないと!」

 

 リョウジの言葉にそう答えたミサトはシンジに近づいて行った。

 ミサトは力を使い果たしてヒルダの上に馬乗りになっていたままのシンジの頬を思い切り殴った。

 

「どうして、あたしの言う事を聞かなかったの! もう少しで大変な事になっていたのよ!」

「ミサトさん……!」

 

 驚いたシンジはよろよろと立ち上がって、ミサトたちから離れて行った。

 

「ミサト、シンジを直ぐに追いかけるのよ! あいつはミサトのために無茶をしたんだから!」

 

 アスカに言われて、ミサトはハッとした表情になった。

 確かにシンジの命令違反は厳重に注意しなければならない。

 しかしミサトだってシンジを傷つけられたら同じように暴走したかもしれない。

 

「待って、シンジ君!」

 

 ミサトは走ってシンジの背中を抱き締めた。

 

「ごめんねシンジ君、あなたに手を上げてしまって。でも、あたしはシンジ君にケガをして欲しくないの。だから無茶をするのは止めて、お願い……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ミサトさん……!」

 

 そう言ってすすり泣きを始めたミサトに、シンジはひたすら謝った。

 トウジとケンスケがここに来たのは、ケンスケがネルフに勤める父親から使徒が居るかもしれないと聞かされて、好奇心から適格者と使徒と戦う場面を見たかったからだと言う。

 先程の会話でミサトたちの正体がバレてしまったトウジとケンスケには、口外しないようにしっかりと言い聞かせ、二度とソープランドと使徒の居る場所には近づかないように釘を刺したのだった。

 

 

 

 




次回は長距離射撃を得意とするラミエルのような敵が相手。
ミサシンのおまけ程度の使徒戦のはずが、メインになっていますね(汗


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幻視のスナイパー

 シンジとミサトとアスカとレイは、冬月コウゾウの司令室で次なる使徒打倒のために司令室へと集まっていた。

 

「今度の使徒はスナイパーですか?」

「うむ、シリア・レバノン戦争では9人ものVIPをヒットした元ISのアフリカ人だ。名前はンジャマ・ラミー。約4,000m先の標的も仕留めたと聞いている」

 

 ミサトの質問に対してコウゾウはそう答えた。

 

「そんなインチキな使徒、どうやって倒せばいいのよ!」

「居場所を突き止めて、大人数で取り囲み、輪を縮めるようにして追い詰めれば倒すことは出来る」

 

 アスカがそう叫ぶと、コウゾウは事務的な口調で答えた。

 

「さらに、ラミーの所在を掴むだけでも一苦労だ。小癪にもラミーは雷雨の日を狙って仕事をする。銃声もかき消されてしまう」

 

 そこまで話したコウゾウは苦々しい顔でミサトに意見を求める。

 

「包囲作戦では、多くの犠牲者を出す事になる。我々としてもそれは避けたいのだよ。そこで葛城君、何かいい作戦は無いかね?」

 

 コウゾウに尋ねられたミサトは腕組みをして思案した。

 今までのミサトはD級勤務者、普通のサラリーマンと変わらない生活をしていた。

 しかし彼女には戦争映画を観ると言う趣味がある。

 

「そうですね……まずはラミーに銃を撃たせます。その銃弾の角度や銃声のした方向から、ラミーの居場所が割り出せます。その場所を狙っての超長距離射撃と言うのはいかがでしょうか?」

「素晴らしい! その作戦ならば犠牲も最小限に抑えられるな」

 

 ミサトの提案に冬月も顔を輝かせて喜んだ。

 

「葛城君、作戦名を考えてくれたまえ」

「えっ、それでは弾道がVの形になる事から、『V作戦』でお願いします」

「ではV作戦を開始を宣言する!」

 

 冬月の号令でネルフの隊員たちは動き始めた。

 赤木リツコ博士は雷雨の中でも銃声を聞きとれる収音装置、銃弾の移動を捉えられるウルトラスーパーデラックスカメラを用意。さらに5,000m先まで照準を正確に狙撃できる銃を製作するなど多忙を極めていた。

 

「目標をセンターに入れて、指をトリガーに掛けて発射。目標をセンターに入れて、指をトリガーに掛けて発射」

 

 シンジたちは決行の日に備えて銃の訓練をしていた。まず最初に教えられた事は、指はトリガーから離しておく習慣を身に着ける事だった。

 映画などでは銃のトリガーに常に指を掛けているイメージがあるが、それだと驚いてしまった時や転んだ時の拍子で撃ってしまう危険があるからだ。

 照準を合わせる間に指をトリガーに掛ければいいのだから、タイムラグは無いと言える。

 当初シンジは、使徒とは言え人を銃で撃つなんて嫌だと拒否したが、それではアスカに任せきりで良いのかと問い掛けられて、銃を持つ決意をした。

 

「シンジ君は偉いですね。私、鉄砲で人を撃つなんて出来そうにないのに」

「そうね」

 

 マヤの呟きに相槌を打ちながら、ミサトは自分の目頭が熱くなるのを感じだ。

 いつも自分が守ってあげていた『シンちゃん』がここまで成長するなんて、感慨深いものがあった。

 

「おいおい葛城君、キミまで銃の訓練に参加する事は無いだろう? 使徒はATフィールドを持っている。通常の銃弾は通じないんだぜ」

「使徒が銃弾にATフィールドの力を注ぎ込めば、本体のATフィールドは弱くなる可能性はあるわ」

 

 リョウジが尋ねると、ミサトは自分の仮説を話した。

 これは根拠の無い仮説であり、V作戦の内容には入っていない。

 だからミサトの用意した銃も既製品だった。

 今のリツコにミサト用の狙撃銃を作る余裕は無い。

 『RF-WG5』、最大射程2,000m程度の銃だった。

 シンジたちは訓練を重ねながらラミーの襲撃の日を待った。

 

 

 

 そしてラミーにとっておあつらえ向きの舞台が整った。

 アメリカ軍司令官、マッパーサー元帥が新型爆弾で巨大なクレーターとなった旧東京を訪問するとニュースになった。

 マッパーサー元帥はシリア・レバノン戦争で三枚舌外交を使い、ISを追い詰めたラミーにとっては許せない黒幕である。

 今まで彼の側近は次々と狙撃されて命を落とし、次はいよいよマッパーサー元帥の番だと噂されていた。

 ATフィールドを纏った弾丸は、分厚いコンクリートの壁も貫通するほどの威力だったので、ラミーの犯行だと知るのは容易だった。

 もちろん、自分が100%命を落とすと分っていてマッパーサー元帥が姿を現さない。

 ラミーの銃弾はATフィールドを展開させたレイが受け止める事となっていた。

 レイがこの役目を引き受ける時、シンジはコウゾウに猛抗議した。

 

「碇君、私は死なないわ。……アンドロイドだもの」

「綾波!」

「さよなら」

 

 レイはシンジにそう言うと、マッパーサー元帥の警護へと向かった。

 

「シンジ、アンタもしっかりしなさい!」

 

 アスカに背中を押されて、シンジはミサトの赤いバイクに乗り込んだ。

 どこにラミーが居ても6,000mの射程圏内に移動するための手段である。

 アスカも行きたがったが、バイクで三人乗りが許されるのは名探偵コ〇ンだけなのだ。

 

「あーあ、アタシだけ待機だなんてつまんない!」

「俺も待機組さ。まあ二人で作戦成功を祈ろうじゃないか」

 

 アスカとリョウジは仲良く腰を下ろして作戦の行方を見守った。

 

 

 マッパーサー元帥が旧東京市民の慰霊碑の前に立った時、ラミーの銃撃は起きた。

 銃弾はレイのATフィールドを貫いたが、レイの脇腹に埋まって食い止められた。

 ラミーに2発目を撃たせてはいけない。

 リツコは直ぐにラミーの居場所を突き止めて、ミサトに座標を送った。

 幸いにもミサトたちの居る場所から5,000mの圏内にいるようだ。

 手早い動きでシンジは射撃の準備を完了した。

 

「目標をセンターに入れて、発射!」

 

 シンジは訓練通りに狙撃した。

 しかしシンジの撃った銃弾は、僅かにラミーの頭上を掠めただけだった。

 

「しまった、気付かれた! シンジ君、2発目を急いで!」

 

 ミサトはそう言うと、赤いバイクに乗り込んでラミーに向かって接近した。

 そして3,000mの射程圏内に入ると、ラミーに威嚇射撃をする。

 シンジに狙いを定めていたラミーはミサトに標的を変えて銃弾を放った。

 

「ミサトさんっ!」

 

 ミサトの赤いバイクが倒れるのを見て、シンジはミサトが撃たれたのだと思った。

 歯を食いしばってシンジは、ラミーに2発目の弾丸を放つ。

 今度は間違いなくラミーに命中したようだ。

 

 

 

「知らない天井・・・か」

 

 病室のベッドの上でミサトが目を覚ますと、椅子に座っていたシンジがミサトの身体にうつ伏せに乗っかるような形で眠っていた。

 きっと自分の事が心配で、ずっと付きっきりだったのだろう。

 ミサトはシンジの頭を優しくなでようとして、自分の右肩から右腕に掛けてギプスで固定されて、包帯でグルグル巻きにされている事に気が付いた。

 仕方なく左手でシンジの頭を撫でる。

 

「ミサトさん……良かった」

 

 目を開いたシンジは身体を起こして、椅子に座り直す。

 もう少しシンジの頭を撫でていたかったのに、ミサトとしては残念だった。

 

「ごめんねシンちゃん、心配かけて」

「そうですよ、あんな無茶、二度としないでください。ミサトさんが居なくなったら、僕は生きていけないんですから」

 

 シンジの大袈裟な物言いに、ミサトは思わず笑ってしまった。

 その時ミサトの病室にアスカとレイ、リョウジが入って来た。

 

「レイ、銃弾を受けたみたいだけど、大丈夫なの?」

「はい、パーツを赤木博士に交換して貰いました」

 

 ミサトが尋ねると、レイは淡々とそう答えた。

 アンドロイドとは言え、痛みを感じるはずだ。

 もうレイを囮にするような作戦は金輪際御免だとミサトは思った。

 ミサトの方の傷も数週間すれば回復して命に別状は無いとの事だった。

 しかし本当の惨劇はこの後にあった。

 家事不能女子(アスカ)が独り残された葛城家は、足の踏み場もない混沌とした状態になっていたのだ……。



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暴走を止めろ!

 使徒ラミーを倒して、束の間平和が訪れた。

 しかしシンジたち適格者の力を必要としているのは使徒殲滅だけではない。

 新型爆弾が落とされて巨大な広場となってしまった旧東京。

 そこを実験場として巨大ロボット『ジェット・アローン』の完成披露試写会が行われていた。

 その様子はマスコミのカメラを通じて、世界へとネット配信される。

 ジェット・アローン開発責任者の時田シロウは自信たっぷりの様子で仮設ステージの上に立っていた。

 手に握られているのは司会進行用のマイクである。

 

「あちらに見えますのが、日本重化学工業共同体の援助を受けて私、時田シロウが開発した『ジェット・アローン』です」

 

 カメラが捉えた映像には白いシーツを被った巨大な円柱のような物体が映し出されていた。

 実況しているニヤニヤ動画のコメントも期待値最高潮。

 ググーでもツヒッターでもジェット・アローン関係のワードがトレンド入りしていた。

 

「それではジェット・アローン、本邦初公開です、とくとご覧あれ!」

 

 クレーン車により白いシーツが取り払われると、歓喜の声は失望へと変わった。

 赤と白を基調とした、首無しの人間のようなデザイン。

 しかも腕は力無くダラリと下がり、なで肩である。

 肩がガッチリしているガ〇ダムの方が数十倍カッコイイ。

 

「ダサイ」

「ギャグか?」

「日本終わった」

「前座のお笑いロボ?」

 

 ネット上では早くも不満と嘲りのコメントであふれていた。

 スポンサーの日本重化学工業共同体の幹部達の顔も渋い顔になっていた。

 こうなったらスペックを公開して巻き返しを図るしかないとシロウは説明を始めた。

 

「このジェット・アローンには原子炉が6基搭載されており、365日間の連続行動が可能となっております!」

 

 シロウは堂々とそう話したが、ついにネットでは炎上するほどの批判コメントが殺到した。

 

「原子炉だって? 危険すぐる」

「企画の段階で止めろよ」

「365日休みなしで働くなんてブラック企業w」

 

 日本重化学工業共同体のイメージをアップさせるどころか逆効果にもなりかねない。

 それでもジェット・アローンが動く所を見せれば世間の評価はひっくり返るだろうとシロウは考えた。

 

「微速前進、右足前へ!」

 

 シロウはスタッフに指示を出す。

 するとジェット・アローンはゆっくりと歩き出した。

 腕をブラブラさせながら歩くジェット・アローンの姿が中継されるが、称賛の声はほとんど上がらなかった。

 こうなってはジェット・アローンの出力を上げてその力を見せつけてやるしかない!

 シロウは冷静さを失っていた。

 

「原子炉の出力を最大限にあげろ! より速く、より強いジェット・アローンの姿を見せるのだ!」

「しかし、それは危険では?」

「いいからやれ!」

 

 シロウの剣幕に圧されたスタッフは原子炉の出力を上げた。

 ジェット・アローンから制御棒のようなものが伸びて、フルパワー稼働を思わせる。

 全速力で走り出したジェット・アローンを見て、シロウは満足していた。

 

「よし、ジェット・アローンをこちらに帰投させろ。次は腕力を見せつけてやるんだ!」

「ダメです、制御不能! このままでは原子炉も臨界点に達してしまいます!」

 

 このままジェット・アローンが走り続ければ、人の住んでいる市街地へと行ってしまう。

 さらにメルトダウンまで起こしてしまったら、被害は甚大なものになるだろう。

 

「なんて事だ……」

 

 シロウは祈る気持ちでネルフに助けを求めた。

 

 

 

「巨大ロボットをアタシたちの手で止める!?」

「そう、適格者の力を使えば、ATフィールドで数分間は動きを食い止められるわ」

 

 アスカの質問に、ミサトはそう答えた。

 今シンジたちが居るのは旧東京へと向かうVTOL機の中。

 旧東京の実験場で暴走したジェット・アローンを市街地の手前で待ち受けて食い止める作戦だった。

 ATフィールドを展開できなくなったらシンジたちは普通の人間、踏み潰されてペシャンコになるだろう。

 数分勝負の作戦だった。

 

「どうやって暴走を止めるんですか?」

「ジェット・アローンの内部に侵入して、コンソールに緊急停止コードを入力するの。そうすればジェット・アローンは全機能を停止させるわ」

 

 シンジの質問にミサトはそう答える。

 

「ジェット・アローンの内部は高濃度の放射能に満ちていて、防護服を着ていても被曝する危険性がある」

「それでも、やらなければなりません。市民の命が掛かっています」

 

 コウゾウに対して、ミサトは毅然とした態度でそう言い放った。

 

「止めてくださいミサトさん、まだ腕が直っていないのに!」

「葛城一尉、私はアンドロイドなので放射能は問題ありません」

 

 レイがスッと手を上げると、ミサトは首を横に振った。

 

「ジェット・アローンの暴走を止められるのはあなた達だけ。あたしは左手だけでも大丈夫。運動神経が良いからね」

 

 シンジたちを乗せたVTOL機は、目標ポイントに着陸した。

 しばらくすれば土煙をあげて爆走して来るジェット・アローンが見えてくるはずだ。

 ミサトとコウゾウを乗せたVTOL機は再び離陸する。

 ジェット・アローンの背中のハッチから中に侵入するためだ。

 

「おいでなすったわね……行くわよ、シンジ、レイ!」

 

 シンジたち三人はタイミングを合わせてジェット・アローンのつま先にATフィールドを展開することに成功した。

 足を振りあげる事の出来ないジェット・アローンは前進を止める。

 VTOL機がジェット・アローンの背中を掠めてミサトは着陸に成功した。

 

「くっ……このっ……!」

 

 シンジには強がったが、ハッチを開くには両手を使う必要があった。

 右手を使う事はドクターストップがかかっていたが、そんな事も言ってられない。

 痛む右腕を押さえながらミサトはジェット・アローンの内部へと侵入した。

 大きな建物では迷子になってしまうミサトだが、この時ばかりはシンジたちのためにも奮起した。

 

「良かった、ここがコンソールルームね」

 

 ミサトは教えてもらった緊急停止コードを打ち込んだが、エラーメッセージが出た。

 

「そんな……どうして!?」

 

 何度緊急停止コードを打ち込んでもエラーが出る。

 もしや自分が緊急停止コードを聞き間違えたのか。

 自分のミスのせいでシンジが命を落としてしまうかと思うと、ミサトは悔しさのあまり涙が出た。

 しかし数分が経過しようとした時、突然ジェット・アローンは機能の全てを停止した。

 

「ミサトさん、上手く行ったんですね!」

 

 ジェット・アローンから出て来たミサトにシンジは飛びついて抱き付いた。

 しかしミサトは深刻な表情だった。

 この暴走が仕組まれた事だと思ったからだ。

 

「It went well, the president(上手く行きました、大統領)」

 

 ジェット・アローンの暴走事件を眺めている人混みの中に、そう電話を掛ける人物が居たのだった……。

 

 

 

 その後ジェット・アローンを含めた日本の巨大ロボット開発は見直しを迫られ、アメリカに大きく後れを取ったとニュースになった。

 ミサトは右腕を使ってしまった事や放射能の影響を受けていないかなど検査するため、入院が延期される事となった。

 消灯時間を過ぎたミサトの病室で、蠢く人影の姿があった。

 それはもちろん付きっ切りでミサトのお見舞いをするシンジだったのだが、病室のドアを開けて廊下を見回すなど、挙動不審だった。

 周囲に人の気配が無いことを確認したシンジは、眠っているミサトの様子を探った。

 医師によれば薬を投与されているため、多少の事では目を覚まさないらしい。

 シンジは今が最大の好機だと確信して実行に移した。

 

「……アンタ、ミサトの上に馬乗りになって何しているのよ?」

 

 後ろからアスカに声を掛けられたシンジは文字通り震え上がった。

 

「ほら早く、降りてパンツとズボンを履きなさい。アンタがめくり上げたミサトのシャツはアタシが戻しておくから」

「アスカ、どうしてここに?」

「アンタの暴走を止めに来たのよ」

 

 アスカは口をへの字にしてシンジを軽蔑したように見下ろしていた。

 

「ミサトは入院しっぱなしだから、アンタも溜まっていたもんね」

 

 シンジはアスカの言葉を否定できず、大人しく家へと帰る事にした。

 家に戻ると、アスカは不意にシャツを脱ぎ出した。

 

「アタシじゃ、ミサトの代わりにはならない? アタシってそんなに魅力がないかな」

「アスカは可愛いと思うよ」

 

 シンジは顔を赤くしてそう答えた。

 でもシンジはそれ以上アスカと事を進める気持ちにはならなかった。

 この足の踏み場も無い、カオスな空間では千年の恋も冷めると言うものだ。

 結局シンジは、夢の中に出て来たミサトに熱いパトスをぶつけたのだった。



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瞬間、肉体(カラダ)、重ねて

 ミサトが入院している間、シンジたちには使徒殲滅の命令は出されなかった。

 コウゾウが気を遣って他の適格者に仕事を回したのだろう。

 そしてミサトが退院した頃、コウゾウは任務があるとシンジたちを呼び出した。

 

「君たちは水野サキと言う使徒を覚えているかね?」

「ええ、シンジ君たちが初めて戦った使徒ですね、元水泳選手の……」

 

 コウゾウの質問にミサトはそう答えた。

 

「彼は使徒の能力に目覚める前は真っ当な水泳選手だった。しかし試合に勝つためにATフィールドを展開させた結果、パターン青が検出され、彼は使徒として金メダルをまで剥奪されたのだよ」

 

 スポーツ競技ではATフィールドの使用が認められるはずも無い。

 水泳の公式大会では過去にもスピードが出過ぎる水着が禁止になる程だ。

 

「それと今回の任務に何の関係が?」

 

 ミサトが尋ねると、コウゾウは咳払いをしてから説明を始めた。

 今、世間で『霊長類最恐女子』と呼ばれている女子レスリング選手。

 馬凛(マー・リン)は世界大会で15連覇を果たし、次の大会でも連覇を期待されている。

 彼女は音楽に合わせてダンスを踊るように舞い、62秒で決着を付けたと言う伝説まで残されている。

 

「まさか、彼女が使徒だと?」

 

 ミサトの問い掛けに、コウゾウは首を縦に振った。

 まだリン選手は公式の試合でATフィールドの力を使っていない。

 しかし残念な事に、常勝はいつまでも続くものではない。

 リン選手のコーチを務める父親によれば、彼女は常勝を誇るためにATフィールドの力を使い始めてしまったらしいのだ。

 娘が使徒と認定され、追放される姿は父親として見たくない。

 その前に娘を止めてくれとコウゾウはリン選手の父親から相談を受けたのだ。

 

「ジュニアクラスである君たちに負けたとなれば、リン選手も身を引く時期を自覚するだろう。だから何としてもリン選手に勝って欲しい」

「任せなさい! 霊長類最恐相手でもアタシは負けないわよ!」

 

 コウゾウに対してアスカは自信満々に言い放った。

 こうして、アスカが任務遂行する事になると思われたのだが、思わぬ事態が起こった。

 アスカがアメリカ合衆国中西部の街にあるレスリングチームの合宿所にリョウジと二人で遠征に行ったところ、ウイルスに感染してしまった。

 ワクチンを打って回復したものの、しばらくは隔離措置が取られ帰国できないとの事だ。

 

「次の大会までそれほど時間も無い。シンジ君にお願いできるかな?」

「そんな、僕はレスリングをやった事すら無いんですよ!?」

 

 白羽の矢が立ったシンジは、首を大きく横に振って拒否した。

 レイが勝っても相手がアンドロイドだからと逃げ道をリン選手に与えてしまう事になる。

 

「大丈夫、あたしの腕も直ったし、しっかりとコーチしてあげるから!」

 

 ミサトからそう声を掛けられたシンジは、身体がミサトと密着する事を妄想し、股間に血流が集中するのを感じた。

 シンジはシングレット(レスリング用の吊りパンツ)に着替えてサークルの真ん中でミサトが来るのを待った。

 自分の両方の乳首が露になって恥ずかしい。

 レスリングの試合をあまり見た事の無いシンジは、まさかミサトもこのX型の服を着て来るのか!?と天を突いていたが、ミサトの服がX型のは背面の部分だけだった。

 それは当たり前だ、グラビアアイドルが着る服ではないのだから。

 シンジはホッと安心したような、大いにガッカリしたようなため息を漏らした。

 しかし両肩を露出した服を着たミサトは充分にセクシーである。

 レスリングの試合では、どんなにポイントで勝っていても、両肩を相手に1秒以上抑えつけられる『フォール』を食らうと負けになる。

 小柄なシンジが体格の勝るミサトに抑えつけられては負けが確定してしまう。

 まずは相手と組んで倒されないようにする訓練が行われた。

 

「行くわよ、シンジ君」

 

 ミサトとシンジは向かい合って手を組む。

 力比べの始まりだ。

 フワッとミサトの長い髪がシンジの顔の前で舞うとシャンプーの甘い香りがする。

 するとシンジの肩からぐにゃりと力が抜ける。

 シンジはミサトに押し倒されてしまった。

 柔らかい物がシンジの顔面へと押し付けられる。

 

「ほら、両肩を抑えつけられたら負けなのよ。必死に抵抗しなさい!」

 

 シンジはしばらくの間もがいていたが、やがて全身の力を抜いて気を失ってしまった。

 

「バカシンジってば、最初から最後まで起ちっ放しじゃない。ミサトの『ぱふぱふ』でイッたわね」

 

 ミサトとシンジの練習試合中継をモニターで観ていたアスカは呆れた顔でため息を吐き出した。

 リョウジはどうしてアスカが『ぱふぱふ』を知っているのか疑問に思った。

 自分が知ったのは弟たちと軍の基地から食料と一緒に略奪して来た漫画本だった。

 ミサトはシンジのパンツから染みが出ているのは、恐怖のあまりにおしっこを漏らしてしまったのだと思い、いきなり全力ではなく段階的に訓練をするべきだと反省した。

 シンジは痕跡を隠すために自分のパンツを必死に洗い流し、ファファブリーズで臭いを消すまでの念の入れようだ。

 フリースタイルで対戦する予定のシンジは、ミサトと技の練習をする事にした。

 まずは4ポイントも取れる『デンジャーポジション』。

 相手の身体を90度転がせば技が決まったことになる。

 ATフィールドの力を使っても良いと言われたので、シンジは思い切り投げた。

 ミサトは何とか受け身をとってシンジの投げ技を受け流す。

 常人相手にATフィールドを全開にしてはいけない。

 その力加減を覚えるための反復練習が続いた。

 

「デンジャーポジションには慣れて来たみたいね。次はテイクダウン行くわよ!」

 

 『テイクダウン』は2ポイントと得点はそこそこだが、相手の両手両足、両膝をマットに付かせれば技が決まった事になる。

 タックルをしてよろめかせて、背中から圧力を掛ければ割合に決まりやすい技だ。

反対側にお尻を着けさせて背中をマットに密着する仰向けの体勢でもOKなのだが、それにはどうしても相手の胸を強く押す必要がある。

 シンジにはそれが出来なかった。

 

「よし、行けるぞ!」

 

 シンジはミサトの脇からタックルして、『テイクダウン』に持ち込むつもりだった。

 しかし、シンジの足はミサトの腕に絡めとられ、ミサトはシンジの膝を深い胸の谷間に挟み込む。

 

「うわっ、ミサトさんの胸、何て柔らかいんだ」

 

 シンジは身体をグルリとひっくり返されてしまう。

 これは『ローリング』という技で、2ポイント得点が入る。

 さらにミサトはシンジの背中に乗って体重を掛けた。

 

「ミ、ミサトさんのおっぱいが背中に……!」

 

 シンジは快楽に抵抗できずに『テイクダウン』をとられて合計4ポイントをとられてしまった。

 審判の合図によりミサトはシンジから身体を離す。

 柔らかい感触が無くなって、シンジは残念で仕方なかった。

 こうなっては投げ技で逆転を狙うしかない。

 しかし『デンジャーポジション』を狙って投げても、相手がうつ伏せに着地した場合は『コレクトホールド』という技になって1ポイントとなってしまう。

 技の練習を何度も繰り返したが、やはり勝利の花形はフォールによる一本勝ちだ。

 依頼人であるリン選手の父親も、心を徹底的に折るためにフォールによる一本勝ちを望んでいる。

 そこでシンジはミサトを相手にフォールの練習をする事になってしまった。

 ミサトの両肩を自分の両腕で押さえるには、ミサトの身体の上に馬乗りのような形にならなければならない。

 しかもATフィールドの力加減を謝ると、相手を骨折させてしまうので何回も練習が必要になる。

 シンジはタオルを手に取って汗を拭く振りをして股を閉じて前屈みの体勢になっていた。

 着ているシングレットは股間の形が分かってしまうし、ポケットが無いので手を突っ込む方法も使えないからだ。

 

「3.141592653589793238……」

 

 シンジは中学校で習った円周率を暗唱して気を静めた。

 フォールの練習だと言う事で、正面から手を合わせたミサトは自分からシンジに押し倒される体勢になる。

 シンジには自分の勝ちパターンのイメージを持って欲しかった。

 

「ほらシンジ君、もっと前に出て両腕であたしの両肩を抑えつけなさい!」

 

 シンジはミサトに言われるがままに腰を前に突き出した。

 するとシンジは自分の敏感な部分がミサトの谷間に挟まれた事に気が付き、電撃に撃たれたかのように身体を前に倒してしまった。

 

「ちょっとシンジ君、大丈夫?」

 

 ミサトは全身から脱力したシンジを払い退けた。

 きっと練習の疲れが出たのだろうと、練習は一時中断となった。

 モニターで中継を見ていたアスカとリョウジは頭を抱えてため息を吐き出した。

 そして練習が再開されると、シンジは体勢を変えると言う対策を考えた。

 相手を押し倒して馬乗りになるのではなく、ミサトの身体の上を匍匐前進するような体勢で進んで覆いかぶされば良いと考えた。

 僅かな隙に上半身を起こされてしまうリスクがあるが、股間に直撃を受けるよりは良い。

 シンジは姿勢を低くして、ミサトの両肩を抑えに掛かったのだが、新たな問題が発生した。

 自分とミサトの顔が近くなりすぎて、ミサトの魅惑的な唇と自分の唇が衝突事故を起こしてしまう危険性が出て来たのだ。

 ミサトの唇を至近距離で見て、やはりシンジからは身体の力が抜けてしまった。

 

「こんなので本当にレスリングの訓練になるんでしょうね」

 

 アスカはピザを食べながら呆れ顔でシンジとミサトの様子をモニターで観ていた。

 

 

 

 そしていよいよ近づいて来た馬凛(マー・リン)との対決の日。

 彼女を使徒としてしまわないために、シンジは全力を出すつもりだ。

 しかしシンジはミサト以外の女性とのスキンシップは未経験だった。

 他の女性と肌が触れ合って興奮してしまっては、ミサトを裏切る事になる。

 シンジは自分勝手にそんな事を考えていた。

 しかしシンジとの対戦が予定されていたより前の日に、リン選手は記者会見を開き公式大会からの引退を宣言したのだった。

 リン選手は父親が自分をわざわざ中学生の少年と試合をさせようとする意図を汲んでいたのだ。

 

「私のせいで君に迷惑を掛けてしまったね」

 

 シンジとリンが触れ合ったのは握手だけだった。

 彼女の父親はコウゾウやシンジたちに感謝して中国へと帰って行った。

 隔離期間が終わってアメリカからリョウジと帰って来たアスカはとんだ茶番劇だと機嫌が悪かった。

 シンジはいけない事だとは理解しつつも、夜になる度にミサトの身体の感触を思い出すのだった。




実在のスポーツ選手と関係のない名前にしたかったので、リーンホースから連想して、馬凛(マー・リン)と言う名前にしました。



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ネルフ御一行様の温泉旅行

 

「慰安旅行……ですか?」

「そうだ。君は今までD級勤務者だったから知らなかっただろうが、特務機関ネルフでは親睦を深めるために温泉旅館に泊まるのだよ」

 

 コウゾウから呼び出されたミサトは、使徒殲滅の任務ではない事に驚いた。

 シンジとアスカとレイも学校は夏休みだったので問題は無い。

 

「あーあ、アタシは沖縄に行ってスキューバしたかったな」

 

 アスカはコウゾウ相手でもストレートに話すので、ミサトとしてはハラハラする。

 

「すまんな、ネルフは常に使徒に対して備えていなければならんから、遠くへは行けないのだよ」

 

 コウゾウはアスカの不遜な態度にも顔色を変えなかった。

 慰安旅行にはリョウジとリツコの他、日向マコト、伊吹マヤ、青葉シゲルの三人も参加する。

 普段適格者の三人と話す事の少ないメンバーとも交流を深めて欲しいと言うのがコウゾウの気遣いだった。

 コウゾウ総司令の留守は最上アオイ・阿賀野カエデ・大井サツキの三人に任された。

 シンジは大人数で泊るのは初めての事なので緊張した。

 コウゾウは優しくしてくれるが年の離れたお爺さんのような存在だ。

 リョウジはミサトを狙っているようで、シンジはどことなく警戒心を持っていた。

 マコトとシゲルは直接戦闘指揮に関わる事も無いので距離があった。

 アスカも大人数で同じ部屋で寝食を共にするのは『施設』の生活を思い出すのか不快な表情をしていた。

 陽気な表情ではしゃいでいるように見えるミサトを心配させまいと、シンジとアスカは我慢をしていたのだ。

 ネルフ本部から温泉旅館までバスで30分もかからない。

 そこでシンジたちは旅館に行く前に箱根神社へと寄り道する事にした。

 湖の淵に立つ立派な赤い鳥居では観光客が写真を撮っていた。

 

「あの鳥居の下で写真を撮った恋人同士は結ばれるってご利益があるらしいわよ」

 

 アスカに耳打ちされたシンジは、耳まで真っ赤になった。

 

「バカシンジには好きな相手が居るのかな~?」

 

 知っていてアスカはそう言ってシンジをからかった。

 鳥居の真下は観光スポット、シンジたちはネルフ一行全員で写真を撮る事になった。

 シンジとミサト、アスカにマヤ。

 

「本当はミサトと二人っきりで写真に写りたかったんじゃないの?」

「う、うるさいな!」

 

 からかい続けるアスカに、シンジは顔を赤くして言い返した。

 箱根神社には恋愛運の御利益が確かにあった。

 それが後に混乱を招く事になる。

 短い時間ながら、バス移動の間に慰安旅行恒例のカラオケを行った。

 コウゾウは『シムケンサンバ』を歌うなど、シンジたちに気を遣ってくれたようだ。

 シンジはミサトが歌うのを初めて聴いた。

 『美女戦士OLサン』と言うアニメは知らなかったが、ミサトにもそんな少女時代があったのだとシンジは思った。

 『施設』の中に居たアスカも、最近の流行曲を知っている事にシンジは驚いた。

 どんなに施設の職員が情報統制していても、外の世界からの情報は漏れ聞こえて来るものである。

 まるで刑務所のような施設では歌う事ぐらいしか娯楽が無かったのよ、とアスカは語った。

 ミサトはシンジに品性の無い番組を見ないように強制はしなかった。

 しかしシンジの方からJHK以外の番組は見ないようにしていた。

 だから家でアスカがJHK以外の番組を観始めた時は抵抗があった。

 JHKでもアニメを放送していたので、シンジは『ブルー・スカイ』を恥ずかしがりながら歌った。

 第三新東京市のある箱根は温泉の宝庫だが、セキュリティがしっかりしている旅館は限られていた。

 たった一泊の慰安旅行だが、午後3時のチェックインの時間には余裕で到着した。

 温泉は準備中なので、シンジたちはボードゲームをして時間を過ごした。

 

 

 

 まずはお互いの事を知るために協力系・表現系のカードゲーム『ito』。

 1~100の数字のカードのうち、1枚ずつ参加者に配り、数字の小さい順から場に出して行く事が出来たら成功だ。

 テーマを『こわいもの』と決めて、数字が99だったら『戦略自衛隊によるネルフ本部侵攻』などと表現すると言った感じだ。

 このゲームでシンジはミサトがお化けが苦手な事、アスカは暗い部屋が怖い事など意外な一面を知った。

 テーマの中には『感じる性癖』などと言うアダルトなものもあった。

 シンジは低い数字が当たったので、自分の性癖を明かさずに済んだ。

 マヤさんは耳に息を吹きかけられるだけで感じるのか、ミサトさんは胸でも感じるのか、アスカってキスが好きなの?とシンジは身近な女性の事をより深く知る事になる。

 場が盛り上がったところで、次は戦略系のゲームをやった。

 『ニムト』と言う牛の絵が描かれたカードを4つの列に置いて行くゲームでは、さすがコウゾウの圧勝だった。

 戦略系のゲームになるとコウゾウの顔は輝きが増すように見える。

 ミサトは2位に食らいついていたが、コウゾウとのポイント差は大きかった。

 最後にやったのは騙し合い系のゲームの代表格、『ワンナイト人狼』だった。

 狼になっても市民になっても、シンジはミサトに嘘を見抜かれてしまう。

 

「あたしはシンジ君の顔を小さい頃から見ているから、隠し事をしていても分るのよ」

 

 と誇らしげに言うミサトに、シンジは夜にコッソリとミサトの寝室に入っているのもバレてしまっているのかとドキリとした。

 ティッシュも隠してあるし、多分バレていないはずだとシンジは自分に言い聞かせた。

 でもたまに自分が使っていないのに減っている時がある、アスカがくすねているのだろうとシンジは思っていたが、アスカに弱みを握られている形となっているシンジは詰め寄る事は出来なかった。

 ただやんわりとティッシュはトイレに流すと詰まる原因になると忠告するだけだった。

 

 

 

 たっぷりとゲームを楽しんだ後、シンジたちは夕食前に温泉に入る事にした。

 露天風呂に入っていると、どうしても女湯からの会話が漏れ聞こえて来る。

 

「レイ、アタシより大きいなんて生意気よ!」

「まあまあ、アスカも成長すればレイを追い越せるわよ」

「……その時は胸部パーツを交換してもらう」

「そうね、あなただけずっと女子中学生の姿と言うのも可哀想だものね」

 

 女性陣の会話が聞こえて来ると、それまで裸の付き合いをしようと話していたリョウジやマコト、シゲルが真剣な顔をして黙り込んだ。

 

「……よし、そろそろ行くか」

「頃合いですね、隊長」

「これも露天風呂の楽しみの一つですよ」

 

 三人が女湯の覗きをしようとしている事は明白である。

 シンジもリョウジに誘われたが、首を大きく横に振って拒否した。

 それよりもリョウジたちにミサトの裸を見られたくない気持ちの方が強かった。

 

「……行ってこい、南東の垣根辺りが手薄だ」

 

 背中を向けたままコウゾウがそう呟くと、リョウジたち三人は喜び勇んで出撃した。

 

「どうして焚きつけるような事を言ったんですか!?」

「止めても聞くような連中では無いよ。それに彼らの作戦は失敗に終わる」

 

 シンジが抗議すると、コウゾウはそう答えた。

 リョウジたちはコウゾウから聞いた情報の通り、垣根が低くなっている部分を発見して駆け寄った。

 しかし垣根の間近に迫った時、三人の足に激痛が走った。

 その場所の地面にはベトナム戦争で用いられたようなとげとげの石の罠が仕掛けられていた。

 それを素足で踏んでしまったのだから、足つぼを刺激されたリョウジたち三人は倒れてのたうち回るしかなかった。

 

 

 

 温泉に入り終わったシンジたちは、浴衣姿で夕食を摂る事になった。

 旅館の夕食と言う事もあって、普段の夕食とは違って豪華なものだった。

 コウゾウはかなり奮発したコースを注文したらしい。

 ミサトまでもが目の色を変えて黒毛和牛のステーキやすき焼きに食らい付いていた。

 

「ミサトみたいに食べればアタシも大きくなるかな?」

 

 どうしてアスカは自分にそんな事を聞くのだろう、リョウジが好きだったのではないかと、疑問に思うシンジだった。

 コウゾウはミサトたちに酌を受けて静かにお酒を嗜んでいる。

 ビールがお代わり自由とコウゾウの大盤振る舞いもあって、1日缶ビール2本までと決めているミサトも大ジョッキを何杯も飲んだ。

 すっかり酔い潰れてしまったミサトを、リツコと一緒に部屋まで送って行く事になった。

 ふと廊下で二人きりになると、リツコはシンジに突然こんな事を呟いた。

 

「私、あなたのお父さんの事が好きだったのよ」

「えっ!?」

「どう、ビックリした?」

 

 リツコさんも酔っぱらっているのかもしれないとシンジは思った。

 

「シンジ君も段々とお父さんに似て来るのかもしれないわね」

 

 そうリツコに言われたシンジは背中がゾワッとした。

 さらに背中を誰かに突かれるとシンジは身体を大きく震わせた。

 

「先輩はシンジ君に渡しませんからね!」

 

 酔っているからなのか怒っているからなのか、マヤは赤い顔をしてシンジを睨みつけている。

 これも箱根神社にお参りしたせいなのか。

 

 

 

「はぁ……とんでもない事になったよ」

 

 シンジは夜の遅い時間帯に、露天風呂に入り直す事にした。

 ネルフ御一行様貸し切りのためか、他に誰も居ない。

 しかし耳を澄ますと女湯の方にも誰かが入っているようで、微かな水音がした。

 裸の女の人が垣根の向こうに居る事を想像したシンジは照れくさくなって露天風呂を出ようとした。

 

「もしかして、今お風呂に入っているの、シンジ君?」

「ミサトさん?」

 

 女湯から聞こえて来る声の主がミサトだと気が付くと、シンジは湯舟へと引き返した。

 

「酔いが醒めたら目が冴えちゃったのよ」

「もう、あまり飲み過ぎないでくださいね。心配したんですよ」

「ごめんごめん、……こうして一緒にお風呂に入っていると、昔を思い出すわね」

「今は男湯と女湯に別れて入っているじゃないですか」

 

 シンジはそう答えながら、ミサトに自分の身体に起きている反応を見られずに済んで安心していた。

 

「シンちゃんが一皮むけた男の子になれたのも、あたしのお陰よ。ごめんね、本当はお父さんの役目なのに。やっぱり恥ずかしかった?」

「小学生の頃の話だから、もういいですよ。それにあの頃は父さんと母さんが死んで間もない時だったから……」

 

 両親が亡くなって落ち込んでいたシンジは、ミサトからたくさんの元気を貰った。

 ミサトも慕っていたゲンドウとユイが居なくなってショックを受けていただろうに、シンジはとても感謝していた。

 

「シンちゃんは立派に成長しているのかな? ミサトお姉ちゃんがそっちに行って確かめてあげようか」

「な、何を言ってるんですかミサトさん、僕はもう中学生ですよ!」

「冗談だってば」

「ミサトさんが言うと冗談に聞こえませんよ」

「ねえ……小っちゃい頃に見たあたしの裸の事、覚えている?」

 

 急にミサトの声のトーンが下がった気がした。

 

「そんな前の事……良く覚えてませんよ」

「今のシンちゃんがあたしの身体を見たら幻滅するかな。傷もあるし、筋肉も付いちゃったから……」

「そんな、ミサトさんは今でも綺麗ですよ!」

「ありがとう、シンちゃん。……上せないうちにあがるのよ」

 

 ミサトはしばらくすると露天風呂を出て行った。

 シンジは寝ているミサトのシャツをまくり上げる程度の事はしていたが、正直にミサトに言うことは出来なかった。

 ミサトが出て行った後、シンジは申し訳ないと思いながらも、露天風呂で発散させた。

 寝ている間にミサトの裸が夢に出てきたりしたら、翌朝大変な事になってしまうと思ったからだ。

 今夜は心拍数が上昇する出来事が多すぎた。 

 シンジにとっては気の休まらない慰安旅行となってしまった。



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制止した、暗闇の中で

「次の使徒は、蜘蛛男だと言うんですか?」

「正確には蜘蛛男ではない。『大蜘蛛纏(おおぐも・マトイ)』、彼女は壁に貼り付いて移動し、口からは蜘蛛の糸を吐き出す能力を持っている」

 

 コウゾウの司令室で、ミサトは指名手配された使徒についての説明を受けていた。

 マトイはタワーマンションの高層階の部屋に窓から侵入し、窃盗や蜘蛛の糸を使っての絞殺などを繰り返しているのだと言う。

 

「シンジ君とアスカ君は学校かね?」

「はい、しかし緊急呼び出しの連絡はしてあるので、直に来ると思います」

 

 コウゾウの問い掛けにミサトはそう答えた。

 レイがメンテナンス中の今、シンジとアスカに戦ってもらうしかない。

 

「……停電ですか?」

 

 司令室の照明が消えたのを見て、ミサトはそう呟いた。

 

「また赤木君が電力を使いすぎたな。心配いらん、直ぐにブレーカーが上げられるはずだ」

 

 コウゾウは落ち着いた様子でそう言った。

 

「おかしいですね、電源が落ちたままなんて」

「うむ、予備の電源も用意されているはずだ」

 

 これは事故ではない、人の手による事件だとミサトとコウゾウは察した。

 司令室のドアは防火自動ドアとなっていた。

 火災が起きた時に自動ドアが開いたままだと煙が中へと入って来てしまうからだ。

 さらに司令室では機密情報が話される事もあり、ドアも分厚くなっていた。

 停電でそれが裏目に出てしまった形だ。

 

「司令、こうなっては窓より出るしかありません」

「うむ、仕方が無いな」

 

 ミサトが司令室の窓を開けようとしているのを見て、コウゾウは何か重大な見落としをしていると感じた。

 

「いかん、葛城君、窓を開けるな!」

 

 コウゾウが止めるのは少し遅すぎた。

 ミサトが開けた窓の隙間から、先ほど議題に上がっていた使徒、マトイが司令室へと侵入して来たのだ。

 

 

 

 その頃、シンジとアスカはネルフのエレベータに閉じ込められていた。

 普通の停電ならエレベータは最寄りの階へと移動して停止するはず。

 しかし運の悪い事にこのエレベータは『特務機関ネルフ』へ直通する特別なエレベータだった。

 社員には社長室専用エレベータとして認識されている。

 

「大丈夫、直ぐに停電は復旧するはずだよ」

「リツコが人騒がせな実験をしたのかしら?」

 

 エレベータの中は真っ暗闇だったが、それもしばらくの辛抱だとシンジとアスカは気楽に構えていた。

 

「おかしいな……全然電気が戻る様子が無い」

 

 シンジはそう呟くと、アスカの様子がおかしい事に気が付いた。

 すすり泣くアスカの声と同時に、シンジは自分の手がアスカの涙で濡れた事に気が付いた。

 この前の温泉旅行でやったカードゲームでアスカは暗闇が怖いと言っていたが、これほどだとは思わなかった。

 

「シンジ、『施設』で大人の職員が何度注意しても言う事を聞かない子供にどんな罰を与えるか知ってる? 今みたいに真っ暗な部屋に独りで閉じ込めるの。眠ってしまえば問題無いと思うでしょう? だけど、本当の恐怖は目が覚めてからなのよ……」

 

 アスカはそう言うと、シンジにピタリと身体を寄せて抱き付いて来た。

 

「シンジがミサトの事を好きなのは百も承知。だけど今だけは……アタシに他人の存在を感じさせて。アタシの身体を離さないで……」

 

 いつもと違うしおらしいアスカの様子に、シンジはアスカにもこんなか弱い一面がある事を知った。

 シンジは自然とアスカを安心させるようにアスカの頭をそっと撫でた。

 アスカはとろんとした目付きになり、シンジにそっと囁いた。

 

「ねえシンジ、真っ暗だとその……変な気分になって来ない?」

 

 アスカはそう言うと、シンジに唇を近づけて来た。

 温泉旅行でやったカードゲームでアスカはキスが好きだと言っていた事をシンジは思い出した……。

 

 

 

 司令室へと侵入した使徒マトイの目的は、ネルフ総司令冬月コウゾウの命だろう。

 金銭目的の泥棒なら他にもマンションはたくさんある。

 大金で雇われてネルフ総司令の襲撃を命じられたのかもしれない。

 今ここで戦えるのは、適格者ではないミサト一人しか居ない。

 

「司令、危ない!」

 

 使徒マトイがコウゾウに向かって吐き出した蜘蛛の糸を、ミサトはリツコ特製の布製メジャーで食い止めた。

 このメジャーはプラグスーツと同じ材質で出来ているため、使徒ヒルダ戦の時と同じように引きちぎられたりはしない。

 しかし厄介だったのは、蜘蛛の糸はムチと違って粘着性があると言う事だった。

 使徒マトイは蜘蛛の糸を振り回し、メジャーを壁に貼り付けてしまった。

 

「邪魔をするな!」

 

 使徒マトイはミサトに向かって蜘蛛の糸を吐き出す。

 ミサトは転がって回避する事で直撃を避けたが、蛇の様にうねる蜘蛛の糸によって、両腕を胴体にグルグル巻きにされて地面へと貼り付けられてしまう。

 動けなくなったミサトを見て、今度こそ邪魔者は居なくなったとほくそ笑む使徒マトイ。

 しかし次の瞬間、ミサトの身体から爆発が起こり、ミサトの身体は地面から離れて跳び上がった。

 

「何が起こったの!?」

 

 驚く使徒マトイに向かって、ミサトは靴底の鉄板に電流が流れるリツコ特製のブーツでキックを食らわせた。

 衝撃を受けた使徒マトイは司令室の窓の隙間から宙へと放り出された。

 このまま地面に落下すれば無事では済まない。

 使徒マトイは口から蜘蛛の糸を吐き出して建物にくっ付け、バンジージャンプの要領で落下衝撃を和らげようとした。

 しかしその蜘蛛の糸も司令室の窓から飛び出したブーメランのようなものに切り裂かれてしまった。

 高層階の窓から落ちた使徒マトイは、虫の息で逮捕、拘束されたのだった……。

 

「葛城君、大丈夫かね!?」

「ええ、赤木博士に作って貰った追加の武器が役に立ってくれました……」

 

 コウゾウに抱き起されたミサトはそう答えた。

 新たな使徒との戦いに備えてミサトは、比較的時間の空いていたリツコに、メジャー以外の武器を作って貰うように頼んでいたのだ。

 敵を吹き飛ばすための小型爆弾で、自分の身体を吹き飛ばすのは大きな賭けだった。

 使徒の吐き出した蜘蛛の糸が強力な耐久性を持っていたら地面から剥がれる事はできない。

 また蜘蛛の糸の耐久度がそれほどでも無かったら、ミサトの身体が爆発でバラバラになっていた。

 紙一重のバランスでミサトは軽傷で済んだのだ。

 

「私も肝を冷やしたよ。老人の寿命を縮めるような事は謹んでくれたまえ」

「了解しました、司令殿」

 

 コウゾウに向かってミサトは笑顔でそう答えた。

 やがてネルフの停電は復旧し、シンジとアスカが司令室へとやって来た。

 

「ごめん、ミサト……」

 

 アスカはミサトに会うなり、エレベータの中でシンジにキスを迫った事を謝った。

 ミサトは事情を理解できたわけではないが、アスカに向かって笑い飛ばした。

 

「あたしだって、シンちゃんとキスした事あるわよ。ねっ」

「でもあれは……」

 

 片目を瞑って茶化すように言うミサトに、シンジは困惑した顔で答えた。

 シンジの両親が死んだ時、何も食べようともしないシンジに、ミサトが口移しで食べさせたのだった。

 

「えっ、アタシの初めてを奪っておきながら、アンタの方は経験済みだったの!?」

「だから、それは違うと言うか……」

 

 アスカとシンジのいつも通りのやり取りを見て、ミサトはフッと笑みを浮かべた。

 しかし喜んでばかりも居られない。

 ネルフの電気設備は厳重に守られている。

 ネルフが停電させられたと言う事は、ネルフの中にスパイが居る可能性があるのだ。

 身内を疑わなければならない事は、ミサトにとっても辛い事だった……。




タイトルが「使徒、侵入」となりそうな感じですが、使徒マトリエル戦に対応しています。


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半貴石の価値は

 使徒を倒した後、ミサトとシンジとアスカは形式的には前の通りの生活に戻ったが、アスカのツンツンと態度は続いていた。

 三人で顔を合わせてご飯を食べる時もアスカはムスッとした顔で食べ物を胃に掻き込むだけ。

 学校ではミサトとシンジの作ったお弁当を食べず、クラス委員長のヒカリのお弁当と交換していた。

 

「へえ、碇君ってば、料理も出来るんだ」

「フン、最近ミサトが仕事で忙しいから始めたらしいけど、大したことないわ」

 

 アスカはヒカリがシンジの事を熱い眼差しで見つめている事に気が付いて居なかった。

 シンジに対する当て擦りをするつもりが、恋のライバルを増やしてしまうと言う墓穴を掘ってしまった事に気が付かなかった。

 

「アスカは碇君を許してあげるつもりは無いの?」

「アタシは一番、アイツは二番、三番目もどこの馬の骨か知らない女とキスするに決まってるわ!」

 

 アスカは腕組みをしながら鼻息を荒くしてヒカリにそう答えた。

 

「でも意外ね、アスカは加持さんって人が好きだったんじゃないの?」

「加持さんねぇ……アタシの事を子供扱いしかしてくれないし、ミサトを食事に誘ったりして色目を使っているらしいのよ」

 

 ヒカリと話しながらもアスカの目は同じ教室に居るシンジを追いかけている。

 トウジとケンスケと何やら話していたシンジは、本を読んでいるレイの席へと向かった。

 

「むむむ、こんどはレイとイチャラブする気ね!」

「アスカ、碇君は綾波さんと普通に話しているみたいよ」

 

 ヒカリが諫めても、目の曇ったアスカには届かないようだった。

 

 

 

 その日の放課後、レイと一緒に帰るシンジを、アスカとヒカリは尾行していた。

 

「何で私まで付き合わなくちゃいけないのよ……」

「乗り掛かった舟でしょ」

 

 ため息を付くヒカリにアスカはそう答えた。

 なんだかんだでヒカリはアスカの面倒見がいい。

 シンジとレイが入ったのは宝石も扱うアクセサリーショップだった。

 アスカとヒカリも緊張して客として入った。

 シンジとレイの二人は熱心に宝石を見ている。

 ショーケースに入った宝石のアクセサリーを見て、シンジは深いため息を吐き出す。

 

「アスカは赤い色が好きだと思ったんだけどな……」

 

 そのシンジの呟きを聞いてアスカは耳をピクリとさせる。

 

「ほら、碇君はアスカと仲直りするためのプレゼントを買いに来たのよ」

「ま、まあバカシンジにしては気が利く事をするじゃない」

 

 ヒカリに言われてアスカはまんざらでもない顔になった。

 しかしシンジにルビーなどの高価な宝石が買えるはずも無い。

 最低でも価格は数万円はするのだ。

 宝石店の店員も学生であるシンジとレイを見てその点は心得ているようだった。

 

「お客様、それならば『半貴石』をお求めになってはいかがでしょう」

 

 宝石の値段より、加工代金が高いものは『半貴石』と呼ばれる。

 中にはただ同然の赤い石を加工してアクセサリーにしたものもあるそうだ。

 それならば数千円で買えるので、シンジでも手が届く。

 

「じゃあこのハート形の赤い宝石を下さい。えっ、300円!? そんなに安いんですか?」

 

 シンジは宝石に詳しそうなレイを連れて、安い宝石を選んでもらうつもりだった。

 アンドロイドのレイなら、宝石とガラス玉の真贋を見極められるだろうと思ったのだ。

 

「あっ、碇君がこっちに来る。店を出るわよ、アスカ」

 

 ヒカリに促されたアスカは店の外に出た。

 アスカの機嫌はすっかり直っていた。

 シンジのファーストキスの相手ではなかったと言う傷ついたプライドは癒された。

 

 

 

 シンジより先回りして家へと帰ったアスカは、浮かれているのを悟られないように碇ゲンドウポーズでリビングのテーブルに両肘を付いていた。

 

「これ……アスカと仲直りしようと思って……!」

 

 シンジが差し出した包装された箱をアスカはひったくるように取って開けた。

 中に入っていたのは、アスカの予想通り、ハート形の赤い宝石で作られたネックレスだった。

 加工費込みで3,300円(税込)也。

 

「何コレ……安っぽいし、ダサいわね」

「ごめん……」

 

 シンジはアスカの反応を見て凹んでしまった。

 

「まぁでもせっかくなんだし……受け取っておくわ」

 

 アスカははにかみながらそう言うと、ネックレスを首に掛けた。

 

「たっだいまー、どうしたの? そのネックレス」

「シンジに貰ったのよ」

 

 帰って来たミサトにアスカが上機嫌でネックレスを見せる。

 

「そっか、無事に仲直りできたのね」

 

 ミサトは嬉しそうに微笑んで、その日は久しぶりに和やかな夕食となった。

 

 

 

「ミサトさん、起きてますか?」

「どうしたの、シンジ君?」

 

 その日の夜、シンジはミサトの部屋を訪れた。

 

「ミサトさんに、このネックレスを受け取って欲しいんです」

 

 シンジはそう言って、ミサトに金色に光る宝石のネックレスを渡した。

 

「これって、ルチルクォーツじゃないの!?」

「はい、ミサトさんの誕生石です」

 

 ルチルクォーツは最低でも1万円はする宝石だ。

 太陽の様な金色の輝きは人々を魅了する。

 しかしミサトは、ルチルクォーツにしては金色がくすんでいるように見えた。

 明るいところで見ると、金色より茶色に近い気がする。

 

「ねえシンちゃん、これって……」

「ごめんなさい、プチプラのスモーキークォーツ(煙水晶)のネックレスなんです」

 

 アスカのネックレスを買った店とは別の店で、税込み1,100円のこのネックレスをシンジは何とか探し当てたのだ。

 

「ありがとうシンちゃん、でもあたしは……」

「ミサトさんにはあの十字のネックレスをしていて欲しくないんです!」

 

 シンジの強い口調に、ミサトは驚いた。

 

「十字架って、自己犠牲とか、そう言う意味があるんでしょう? 僕はミサトさんに、父さんと母さん、僕のためじゃなくて、自分のために生きて欲しいんです!」

 

 ミサトにはシンジの言わんとしている事が分かった。

 でも自分はシンジの為に生きる事は辛い事ばかりではないし、シンジの世話を焼けるのも、シンジが子供の間だと愛おしく思っている。

 ここまで自分の身を案じてくれるほどシンジが成長したのだと思うと、ミサトは嬉しくなった。

 

「分かったわ。ネックレスは有難く頂戴します。でも知ってる? 誕生石をプレゼントするって事は、プロポーズするようなものなのよ?」

 

 ミサトがそう言うと、シンジは顔を真っ赤にした。

 明日の朝、ネックレスを変えた事をアスカにどう言い訳しようか。

 シンジからプレゼントされたと話せばまたアスカはつむじを曲げてしまうだろう。

 それはシンジにも理解できた。

 だからこの半貴石のネックレスの件はミサトとシンジ、二人だけの秘密だ。



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ウイルス、侵入

 

 セカンドインパクトにより、四季が失われた日本でも、暦の上では冬は存在していた。

 従前は寒い時期に流行するとされていた季節性インフルエンザも、生き残りをかけて進化を遂げていた。

 インフルエンザも元をたどれば鳥インフルエンザがヒトにうつったものだ。

 さらに厄介な事に、コウモリを発生源とするコロナウイルスも流行の兆しを見せていた。

 未知のウイルスを恐れた日本政府はロックダウンや学校の休校を決定。

 ネルフの中でも感染者や濃厚接触者とみられるスタッフが出てきた。

 滅菌業者も慌ただしくネルフの中へ出入りしていた。

 マンパワーの不足が懸念される状況で、ミサトがコロナウイルスに感染してしまった。

 総司令のコウゾウにウイルスをうつしてしまうわけにはいかない。

 適格者のシンジとアスカにもだ。

 ミサトは2週間ほど医療機関に入院する事となった。

 代わりに保護者役としてやって来たのは伊吹マヤだった。

 彼女はネルフからリモートワークを命じられ、ミサトが退院するまでの間、シンジとアスカと同居する事になった。

 

「シンジ君、アスカちゃん、しばらくの間よろしくね」

 

 ほわほわと穏やかな感じを漂わせるマヤはシンジたちにとって優しいお姉さんになると思われた。

 しかしマヤは家の中を見るなり、顔色を変える。

 

「コンロには油がビッシリ、シンクには洗い物がドッサリ。棚の上にはホコリが積もっている。こんな汚い場所では健全な生活を送ることは出来ないわ!」

 

 初日からシンジとアスカはマヤと一緒に家の大掃除をさせられる事になってしまった。

 除菌対策も万全だろうとコウゾウはマヤにシンジとアスカを任せたのだ。

 掃除でクタクタになってしまった三人は夕飯をバーウーイーツで済ませた。

 

 

 

 翌朝、シンジはキッチンから漂って来る味噌汁の匂いに、ミサトが帰って来たのかと錯覚した。

 キッチンにはエプロン姿のマヤが立っていた。

 

「ミサトさんのエプロンを借りたんだけど、ぶかぶかだから縛り直しちゃった」

 

 マヤはそう言って、自分の胸を押さえた。

 アスカも欠伸をしながら起きて来て、朝食が始まった。

 マヤの作ってくれた朝食は、ご飯の固さも、目玉焼きの黄身も、味噌汁も、レシピ通りにしっかり作られていて美味しかった。

 ただミサトの料理のようにクセが無いのでシンジには物足りなかった。

 

「シンジ君の口には合わなかったかな?」

「いえ、でも塩を一つまみ入れると味が引き締まりますよ」

 

 シンジはそう言うと、自分とマヤの味噌汁に塩を入れた。

 

「あっ、本当」

 

 マヤとシンジは顔を見合わせて笑った。

 アスカはつまらなそうに味噌汁をすすっている。

 『施設』では粗末な食事しか与えられて居なかったアスカは、どんな料理でも美味しく感じるのだ。

 朝食を終えると、マヤはネルフ本社と通信してリモートワークを始める。

 アスカとシンジは、学校の体育の授業や部活で運動できない分、近所の公園でロードワークをするのが日課となった。

 緊急事態宣言以下のため、密を避けながら限られた時間で行わなければならない。

 

「第三新東京市では、まだ市中感染は起きていないのに、大げさね」

 

 アスカはマスクを着けながらのランニングに不満のようだ。

 常夏のような気候では確かに暑くて息苦しい。

 

「もう時間の問題だよ」

 

 ミサトはクルーズ船に使徒が乗っている疑いがあると調査に向かい、その船で感染してしまったのだ。

 クルーズ船から大人数の感染者が出た事はニュースになっている。

 

「アスカはアメリカでウイルス感染に巻き込まれたんだっけ」

「アタシと加持さんは直ぐに治療薬を打てたからね。このウイルスもきっと優秀な科学者が何とかしてくれるわよ」

「……味覚障害は残ってるの?」

「まだ少しだけ。でも細かい味が分からないだけよ。濃い味付けにしてくれれば分かるわよ」

 

 ロードワークを終えてシンジとアスカが家に帰ると、入れ替わるようにマヤが車で近所のスーパーに買い出しに行った。

 不要不急の外出を避け、スーパーでも家族の代表者一名で買い物に行くようにと総理大臣も呼び掛ける事態になっている。

 バーウーイーツなどのデリバリーサービスや通販の制限はされていないが、毎食デリバリーという訳にもいかない。

 家に帰ってもシンジとアスカはダラダラしているわけにはいかない。

 マヤは5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)にうるさく、棚の上や部屋の隅のホコリにも厳しい。

 普段からこまめに掃除をしていれば、大掃除など必要ないと言っている。

 学校の宿題も多めに出されていた。

 シンジとアスカは給付型の奨学金を目指しているので、成績を疎かにするわけにもいかないのだ。

 

「アタシたち、ネルフから給料をもらっているんだから、そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

「いつまでも適格者で居られるか分からないし、ミサトさんに大学の入学金を出してもらうなんて甘えたくないよ」

 

 使徒や適格者の能力には、年齢による減退があるのではないかと推測されている。

セカンドインパクトの日に最初の使徒が発見されてから15年、世界各地で誕生した使徒は生まれ持っての能力ではない事が確認されている。

 最初の使徒は全ての使徒の父親と言う意味で「アダム」と呼ばれている。

 

「ただいま。直ぐにお昼を作るね」

「マヤさん、僕も手伝います」

 

 数日分の食材や生理用品などを買い込んで来たマヤが帰宅する。

 並んでキッチンに立つマヤとシンジの姉弟のような姿も板について来た。

 昼食を済ませてシンジとアスカは宿題、マヤは午後のリモートワークに入る。

 夜は教育に厳しいマヤがJHKしか見せてくれないため、アスカは不満だった。

 

「マヤさんはどの力士が好きですか?」

「私は、赤城冨士を応援しているの」

 

 JHKの相撲中継で盛り上がるシンジとマヤに、アスカは舌を出してアカンベェをしていた。

 

「ミサトが居なくなったら、今度はマヤに乗り換える気?」

「何を言ってるんだよ!」

 

 アスカが嫌味を言うと、シンジは感情を剥き出しにして怒った。

 学校で友だちに会えない事は、シンジとアスカの二人にもストレスを与えている。

 

 

 

 緊急事態宣言が一週間ほど続いた日の事、ネルフにスキャンダルが降りかかった。

 ネルフ社長である冬月コウゾウが、営業が禁止されているはずの高級クラブでスポンサー企業の社長たちと大宴会を行ったとネットニュースとなったのである。

 もちろんコウゾウはこれはフェイクニュースで、コウゾウが高級クラブで宴会をしている写真も捏造だと主張した。

 

「冬月司令、残念ながら高級クラブでの宴会写真は『本物』だと認めるしかありません」

「赤木君、それはどういう事かね!?」

「私たちの技術では、偽者であると断定できない以上、逆説的に本物だと言う事です」

「ディープ・フェイクという訳か……」

 

 リツコの報告に、コウゾウは深いため息を付いた。

 ネルフには政府・民間を問わず、ネットを通じて世界中からクレームが殺到している。

 ネルフに出資しているスポンサー企業もイメージダウンに悲鳴を上げている。

 華麗に使徒を倒す適格者をヒーローにする作戦も台無しだ。

 クレームの対応に追われているネルフに更なる災厄が襲い掛かる。

 

「司令、使徒イロウルを名乗る者から犯行声明が届きました。メインコンピュータのMAGIをハッキングして、地下の自爆装置を作動させるそうです!」

 

 シゲルの報告を聞いて、コウゾウとリツコは顔を見合わせた。

 

「イロウルだと!?」

「司令、きっと犯人は彼に間違いありません」

 

 二人にはフェイクニュース捏造と秘密にされている地下の自爆装置を知っている人物に心当たりがあった。

 以前ネルフに勤めていた元スタッフ。

 その名前を楼類(ろう・るい)と言った。

 IROURUを並び替えると、ROU RUIとなる。

 リツコの母親、赤木ナオコ博士と共にMAGIを開発するほど優秀な技術者だったが、資金の横領で逮捕されてネルフをクビになっていたのだ。

 横領の理由は重病になった妻の治療費に充てるため。

 同情すべき点はあったが、コウゾウは彼の罪を見逃さなかった。

 彼の妻はウイルスによる合併症を起こして死んでしまった。

 また世間でウイルス騒ぎが起きた事により、彼の憎しみが再燃したのだろう。

 

「赤木君、何としてでもMAGIのハッキングを阻止してくれ!」

「分かりました!」

 

 コウゾウに言われたリツコはマコトとシゲルを伴ってMAGIのハッキング阻止へと向かった。

 

「綾波君、もし本部の自爆装置が起動する事があったならば……」

「ATフィールドで爆発の規模を抑えれば良いのね」

 

 レイは無表情でコウゾウに向かってそう答えた。

 

「くそっ、まだ葛城さんをデートに誘ったことも無いのに爆弾なんかで死にたくないよ」

「お前には一生無理だよ」

「口より手を動かしなさい」

 

 マコトとシゲルとリツコはそれぞれのパソコンをMAGIに接続してロウ・ルイとの電脳戦に挑んだ。

 3対1なのにこちら側が押されている。

 ロウ・ルイが使徒の力に目覚めてイロウルを名乗ったのも、ハッタリではないと感じていた。

 そして彼の技術なら、偽者と見抜けないディープ・フェイクニュースを作り上げる事も可能だ。

 

 

 

 ネルフ本部爆破事件はシンジたちの家にも伝えられた。

 

「先輩、私も直ぐにネルフへと向かいます!」

 

 マヤがそう言い出す事はリツコも当然分かっていた。

 リツコもマヤが側に居てくれた方が心強い。

 しかしリツコは決してネルフ本部へは来るなと命じた。

 

「先輩、先輩……!」

 

 マヤは取り乱して泣いてシンジにすがり付いた。

 自分の胸で泣きじゃくるマヤをシンジは困った顔で抱いていた。

 そんなマヤをアスカは思い切り引っ張ってシンジから引き剝がした。

 

「マヤ、泣いてばかりじゃなくてアンタにはやる事があるでしょ!」

「アスカちゃん……?」

 

 マヤはポカンとした表情で目に涙を貯めたままアスカを見上げる。

 

「使徒イロウルをとっ捕まえるのよ!」

 

 ネルフ本部のリツコたちはハッキングを抑えるのに手一杯だが、自分たちでフェイクニュースの発信元をたどれば使徒イロウルの居場所を特定できる。

 そうしたらシンジとアスカが力づくで捕まえてやる作戦だった。

 

「私一人で出来るかな……?」

「マヤさんなら出来るはずです、頑張って下さい」

 

 シンジはマヤの手を握って励ました。

 

 

 

 使徒はコンピュータを扱う技術は優れていても、ATフィールドを使った戦闘にはほとんど慣れていなかった。

 潜伏先のアジトが割れると、マヤの運転する車で直行。

 使徒は鬱憤を晴らすかのようにアスカによって叩きのめされた。

 種明かしをすれば、使徒は滅菌業者に紛れてコンピュータウイルスをネルフのパソコン端末に仕込んでいた。

 外部からハッキングしているのは見せかけだった。

 リツコたちの決死の努力でネルフ本部の自爆装置の起動は回避された。

 

「シンジ君が励ましてくれたお陰よ、ありがとう」

「僕は大したことはしてませんよ」

 

 マヤにお礼を言われたシンジは顔を赤くして答えた。

 

「あのねえ、はっぱを掛けたのも、使徒を捕まえたのもアタシなんだけど!」

 

 アスカはむくれた顔をして、シンジとマヤの間に割り込んだ。

 そして騒動が治まった後、ミサトも2週間ぶりにシンジたちの元へと帰った。

 

「ミサトさん……!」

「シンちゃん……!」

 

 アスカの前だと言うのに、シンジとミサトは正面から抱き合った。

 

「あーあ、これじゃ当分乳離れは出来そうにないわね」

 

 呆れた顔でアスカはため息を吐き出した。

 その日久しぶりにミサトの手料理を食べたシンジはご満悦だった。

 

「シンちゃん、今夜は久しぶりに一緒に寝よっか?」

「今日は思いっきりミサトお姉ちゃんに甘えちゃったら?」

「アスカもからかわないでよ……」

 

 しかしその日の夜……シンジは我慢しきれずにミサトの寝室に忍び込んでしまった。

 快気祝いにといつもより多くビールを飲んでミサトは酔い潰れている。

 だからシンジも大胆な行動に出た。

 先端でミサトの胸に触れただけで、シンジの腰は砕けてしまった。

 溜まりに溜まっていたものを解き放ったシンジは、ミサトを汚してしまった事に焦った。

 もう少し、上手くやるつもりだったのに。

 シンジは後悔を抱えながら念入りに後始末をしてミサトの寝室を出て行ったのだった。



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死に至る夢

ゼーレ、魂の座と嘘と沈黙に対応する話も少しだけ含みます。


 フェイクニュースにより失墜したネルフの名誉を復活させたのは、大手メディア企業『ゼーレ』のCEO、キール・ローレンツだった。

 彼がネルフやスポンサー企業に係わる一連の疑惑は一人の犯罪者による捏造だと発言すると、ネットからもネルフを非難する声は消えて行った。

 ゼーレは各国政府の他にネルフを支援する最大手のスポンサー企業。

 コウゾウはキールCEOに多大な感謝をしていた。

 適格者をヒーローとして広告塔に使うアイディアを出したのもキールだった。

 こうしてネルフには平穏が訪れたが、一部では軋轢が生じていた。

 ミサトはこの前の騒ぎで初めてネルフの地下に自爆装置が仕掛けられている事を知った。

 ネルフは機密情報を扱う機関だとは言え、自爆してまで情報を隠そうとするのは異常だ。

 地下を見せて欲しいとコウゾウに頼んだが、頑なに拒否された。

 さらにミサトの心をざわつかせて居るのはコウゾウを含めれば三人の男性だ。

 それは恋愛感情と言えるものではない。

 二人目は加持リョウジ。

 事あるごとにミサトをデートに誘って来るチャラい男だと思っていたが、ネルフの停電事件、爆破未遂事件と肝心な時にアリバイが無い。

 ネルフ内部に犯罪を手引きしたものが居るとしたら彼なのではと警戒を強めていた。

 最後の三人目は最愛の弟であるシンジだった。

 その時のミサトは酔い潰れていて自信は無かったが、シンジが夜に自分の寝室に来ていやらしい事をしていると思ったのだ。

 自分が嗅いだビール臭の吐息以外の微かな匂いがそれを感じさせたのだ。

 ミサトはシンジを育てると言う固い決意があり、まだ男性と交際した経験はない。

 だからその匂いがソレであると確信は持てなかった。

 ミサトは自分はシンジの姉であり、そのような事はあってはならないと思っていた。

 問い詰めてもシンジは嘘と沈黙で返すしかないだろう。

 認めてしまえば、家にとても居づらくなる。

 アスカとシンジをくっ付けてしまえばシンジは健全な子になれるともミサトは思ったが、二人はまだ中学生だ。

 高校生になったとしても肉体関係まで行くのは早い。

 こうなったら自分に恋人が出来た振りをすればシンジの恋慕も離れるかもしれない。

 危険人物だがリョウジのデートの誘いにも応じてやるか……などとミサトは考えていた。

 ちなみにミサトは日向マコトの気持ちには1ミクロンも気が付いていない。

 マコトは冗談でもミサトを食事に誘ったことが無い。

 ネルフ本部が自爆するか、戦略自衛隊に攻め込まれるか、命の危機にさらされた時にサラダを食べてくれるように誘うのが最高にカッコいいと思っている某アニメマニアだった。

 

 

 

「君たちは、人が眠ったまま死んでしまうと言う事件が最近多発しているのを知っているかね?」

「はい、最近では大規模VRMMOゲームのプレイヤーが多数亡くなり、開発者が逮捕されたと聞きました」

 

 ネルフに呼び出されたミサトは、コウゾウの質問にそう答えた。

 頭にヘルメットのような器械を装着するフルダイブ式のバーチャルゲームが年齢を問わずに人気を集めていた時に起きた事件だった。

 

「死因はヘルメットのような器械がプレイヤーの脳に何らかのダメージを与えたと感がられ、開発者が逮捕されたのだが、どうやら違うようなのだよ」

 

 コウゾウは、そのVRMMOゲームの開発者は安全性を第一に開発したので過失致死も有り得ない、VRゲームをプレイしていない人間にも変死事件は起きている、そして最大の特徴は、死亡したのがほとんど男性プレイヤーだったのだと話した。

 再調査のきっかけとなったのは、10歳の少年の小学生の証言だった。

 

『綺麗なお姉さんが夢に出て来て、気持ちがフワッとする事をしてくれた』

 

 その女性はしばらく少年を愛撫していたが、少年の反応が気に食わなかったのか、鬼のような形相になって力一杯両手で握り締めて来た。

 その痛さで少年は目が覚めたが、恥ずかしくて家族にも夢の内容を話せなかったので、再調査まで時間が掛かった。

 多くの犠牲者が出たので、検死も脳や上半身に集中して下半身は調べていなかった。

 精気は夢の世界で奪われてしまったのだろう、下半身の状態を調べるまで外見では気が付かなかった。

 

 

 

「夢魔のような使徒が居る……と言う事でしょうか」

「ミサトも回りくどいわね、サキュバスって言えばいいじゃん!」

「アスカはストレート過ぎるのよ」

 

 ミサトとアスカが言い争いをしていると、レイがスッと手を上げた。

 

「犠牲者に女性が居ると言う事は、インキュバスの可能性もあるのでしょうか?」

「うーむ、私には分からないが、今はダイバーシティの時代であるから……な」

 

 司令室に居た全員は、申し訳ないと思いながらもマヤの顔を思い浮かべた。

 

「シンジが一番危ないわよ、夜は……」

 

 アスカがそこまで言いかけると、シンジは必死の形相でアスカの口を押えた。

 ミサトはアスカからシンジの秘密を聞き出しても家族は崩壊すると危機感を強めた。

 

「しかし、夢の中に居る使徒をどうやって見つけるのですか?」

「それは赤木君の発明品がある」

 

 ミサトの質問にコウゾウはそう答えた。

 

『夢見ミラー』。リツコが発明したこの機械は、他人の夢の世界に入るために造られた。

 

「寝ている人の手に触れれば入れるとかじゃないんだ」

「ATフィールドはそこまで便利じゃないわ」

 

 シンジの質問にリツコはそう答えた。

 その割には使徒は人外の能力を使っているような気がする。

 

「それにしても、リツコってポンポンと発明品を作れるのね」

「江戸時代の発明家のご先祖様が残した大百科があるからよ。レイもそれで作ったの」

「江戸時代にあんなに可愛い女の子のロボットが居たの? むしろワガハイは××助ナリとか言ってそうなものだけど」

「それは碇シンジ君の父上、碇ゲンドウさんの提案よ。『可愛いは正義』だって話していたわ」

 

 リツコの言葉を聞いたミサトは噴き出した。

 だからリツコは猫ちゃんグッズなど集めたり、マヤを可愛がっているのかと勝手に納得した。

 

「司令も反対しなかったのですか?」

「その時の私は副司令、反対出来るわけが無かろう!」

 

 コウゾウが感情的に反論するなど初めての事だったので、尋ねたミサトの方が驚いた。

 

「アンタたち、話が脱線してるわよ」

 

 年下のアスカに指摘されて、コウゾウたちはシュンとなった。

 

「それでシンジを囮にして使徒にXさせてさせている間に、アタシたちで使徒を倒す作戦?」

 

 アスカが躊躇いも無く淡々と言い放つと、司令室に激震が走った気がした。

 ATフィールドを持たない人間は使徒の攻撃には耐えられない。

 その作戦が合理的かつ確実ではあるのだが、ミサトには到底受け入れられない作戦だった。

 

「もしそんな作戦を行うのであれば、私は地球を破壊します」

 

 ミサトにそうまで言われては、コウゾウも強行するわけには行かなかった。

 アスカも本気でシンジにやらせようと思っていたわけではない。

 しかし、幼い子供を囮にすると言うのも倫理的に許されない。

 

「おいおい、俺を絶倫男だと勘違いしてないか? 酷い扱いだな」

「加持のアイディアを聞きたいのよ」

 

 ミサトに聞かれたリョウジはしばらく考えた末に、ポンと手を打った。

 

「前の事件で逮捕された使徒、まだコアの摘出手術はしていないんだろう?」

「ええ、アンチATフィールドの牢獄に収監しているわ」

 

 リョウジの質問にミサトはそう答えた。

 

「そいつなら搾取されても持ちこたえる事が出来るんじゃないか? えっと、その別嬪さんの使徒の名前は何て言うんだ?」

「目撃者の証言の話では『天使ライラ』と名乗っていたそうだ」

「フン、本体は人間なんでしょ? 堕天使もいいところだわ」

 

 コウゾウの言葉を聞いたアスカは不機嫌そうにそう言った。

 

「でも、どうやって使徒ライラを、使徒ロウルイの夢の中に釣り出すの?」

「そりゃあ、奴の欲しがっている餌を集めるのさ」

 

 ミサトの質問にリョウジはそう答えた。

 

「大量の精気をどうやって集める気かね?」

「それはもちろん、日本中……ぐはっ!」

 

 コウゾウの問い掛けに答えたリョウジの腹にミサトのキックが炸裂した。

 協議の結果、ネルフの男性職員全員の協力を仰ぐ事となったが、会社でそのような破廉恥な行為を行うなど恥ずかしい事この上ない。

 マヤなど耐性の無い職員は作戦開始前に帰宅してもらう事になった。

 そして使徒ロウルイを特別室へと連行して、『夢見ミラー』を設置し、作戦開始の準備は整った。

 

 

 

「シンジ君や司令たちは使徒ライラに精気を搾り取られてしまう可能性があります、なるべく遠くへと離れてください」

 

 夢の世界へと入り込むのは、アスカとレイ、ミサトの三人となった。

『夢見ミラー』を操作するのはリツコ、サポートもマコトとシゲルではなくアオイ・サツキ・カエデの三人が行う事になった。

 レイは使徒ロウルイの目の前で紐に通した五円玉を振り子のように振った。

 

「あなたはだんだん眠くなる……」

「どうして腕時計型麻酔銃を使わないのよ? その方が手っ取り早いじゃない」

「あれは違法武器だからよ。麻酔は医師免許を持ってる人間にしか使えないの」

 

 アスカの疑問にミサトはそう答えた。

 じゃあアニメで使っている少年は罪を犯しているのかと尋ねると、彼は医師免許を持っているとミサトは話した。

 

「フフフ、美味しそうな雄の匂いがするじゃない」

 

 むわっとした精気の匂いが辺りに満ちると、ついに使徒ライラが姿を現した。

 大量の人間の精気を搾取できる機会を彼女が見逃すはずがない。

 使徒ライラは天使のように純白の身体に黒い羽根、白と黒が入り混じった長い髪をしていた。

 現実世界でこんな女性が居れば目立つだろうから、これが夢の世界での彼女の姿なのだろう。

 

「さあて、時間も無い事だからさっそく始めようかしらね」

 

 元々下着姿のような薄着だったライラは、そう言って使徒ロウルイに近づいた。

 ロウルイは魅了の術にかかったのか、大の字になって待ち受けている。

 

「くっ、ちょっとは抵抗しなさいよ!」

 

 ミサトの投げた小型爆弾が天使ライラの背中の羽に直撃するが強力なATフィールドに阻まれて効果は無い。

 

「それなら動きを封じさせてもらうわ!」

 

 ミサトの放った布製メジャーが天使ライラに纏わり付くが、あっさりと引きちぎられた。

 

「うそっ、使徒の攻撃にも耐えられる強度なのに!?」

「それは今まであんたが戦って来た使徒が弱かったからじゃないの?」

「このーっ!」

 

 棒立ちになっている使徒ライラに、アスカがATフィールドの力を込めたジャンプキックを叩き込むが、弾き飛ばされてしまった。

 

「フン、あんたみたいに男を一人も喰った事の無いやつの攻撃なんか、通じるものかい。あたしはたくさんの精気を食べて来たんだよ」

 

 こいつはどれだけの人間の精気を吸い取って来たのか、十人や百人では下るまい。

 人を多く喰らうほど使徒は強くなるのかと、アスカは歯ぎしりした。

 

「邪魔者たちを倒してから、ゆっくりと精気を喰らうとするかね。あんたも幸せな夢を見ながら死ねるんだ。感謝しなさいよ」

 

 ライラはロウルイに向かって妖艶に微笑んだ。

 ロウルイの目は焦点が合っていない。

 こいつがATフィールドを展開して抵抗すれば時間が稼げるのに、とアスカは思った。

 レイは冷静にライラの言葉を聞いていた。

 ATフィールドを展開する時間は限られている。

 なのにどうして使徒は目の前の餌に喰らい付こうとしないのか。

 レイは精気の集まった容器を掴むとリツコに告げた。

 

「赤木博士、ジェネレータの出力を最大限に上げてください」

「うぐっ、何をする!」

 

 レイは強い力で精気の集まった容器をライラの喉の奥深くまで押し込んだ。

 そんな事をしてはライラをパワーアップさせてしまうのではないか。

 ミサトとアスカが青い顔をして見つめるうちに、ライラの身体は組織崩壊を起こした。

 凄まじいエネルギーの奔流に耐え切れなくなったのだ。

 レイがライラにした事は、無理やりお酒の一気飲みをさせるような事だった。

 ライラの身体から白い水流が噴水のように噴き出す。

 今まで溜めた精気が拡散されたのだろう。

 失われた人の命は戻って来ないが、敵を討つことは出来た。

 抜け殻のように枯れ果てた姿になったライラは、現実世界でも老婆のような姿になっているだろう。

 急に年齢をとった人間を探せばいいのだから、使徒を特定して逮捕するのは容易い。

 後日のニュースで、一人のアイドル女優が行方不明になったと世間で騒がれたのだった。



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四人目の適格者候補/命の決断を

両方とも重要なテーマなので、タイトルに入れてみました。


「ネルフのアメリカ支部が殲滅だと!?」

「はい、アメリカ政府によるコードXXXが発動され、戦術核が使われたようです」

「何と言う事だ……」

 

 ネルフの司令室で、リョウジから報告を受けたコウゾウは深いため息を漏らした。

 人為的に適格者を作る実験が、アメリカネルフ支部では行われていたのだ。

 その無理な実験の結果、使徒となり暴走。

 厄介な事にアメリカ支部は適格者を【量産】するために【ウイルス】と言う手法をとった。

 その危険なウイルスが本格的に街に漏れ出し、バイオハザードが起こった。

 ウイルスに侵された人間は使徒に似た力を持って暴徒と化した。

 問題となったのは、力と引き換えに人間との知性を失い、獣のように人間を襲うようになった事だった。

 バイオハザード発生から1週間後に、アメリカ政府はネルフ支部の企業城下町となっていたラーソンシティを爆撃すると言う滅菌作戦を行った。

 

「君とアスカ君は一度あの街に行ってウイルスに感染したらしいじゃないか。大丈夫なのかね?」

「アスカは適格者だったので元から抗体を持っていたようです。私もワクチンを打ったので今頃ウイルスは死滅しているでしょう」

 

 コウゾウは念のためにリョウジに尋ねたが、この数ヵ月間リョウジの身体に異常は見られなかった。

 

「それで、感染した少年を引き取る事にしたが、大丈夫なのかね」

「彼は適格者になりうる可能性を持っています。使徒として処理してしまうのはそれこそ大きな損失でしょう」

 

 リョウジがアメリカ支部から少年を連れて来た事は驚いた。

 彼は感染者で溢れかえったラーソンシティから脱出して来た数少ない生存者だった。

 脱出中に使徒もどきと交戦して感染、アメリカに居れば処分される事は確実、だからリョウジは彼を特例措置を使ってネルフ本部へ連れて来たのだった。

 

「渚カヲルです。よろしくお願い致します」

 

 司令室へ入って来た少年は落ち着いた様子でコウゾウに向かって頭を下げた。

 見たところ普通の少年と変わりはない。

 特徴的なのは瞳孔が赤く染まっている事だけだ。

 

「御覧の通り、彼はウイルスに侵されながらも自我を保っています。細胞への侵食も抗ウイルス薬や特製のハーブなどの服用によって抑えられています」

「なるほど、彼がスプレッダーになる事は?」

「このウイルスは飲み水などの経口摂取から感染が広まったようです。飛沫感染、空気感染の可能性はほとんどありません。身体的接触を避ければよろしいかと」

 

 コウゾウの質問に対してリツコはそう答えた。

 万が一カヲルが理性を失って使徒化してしまった場合に備えて、カヲルの首には爆薬を仕掛けたDSSチョーカーを着けている。

 これだけの安全策を講じた結果、コウゾウは渚カヲルをネルフ本部に所属させる事を認めた。

 

 

 

「新しく本部に所属する適格者を紹介するわ。渚カヲル君。元ユーロ支部の所属よ」

「よろしくお願いするよ」

 

 ミサトはアスカを警戒させないためにカヲルの出自をユーロだとごまかした。

 さらに赤い目の色を隠すためにカラーコンタクトを着けさせている。

 

「ふーん、戦力が増えれば、その分アタシたちが楽になるから別にいいけど。それにしてもアンタ、挨拶をするならポケットから手を出したらどうなの?」

 

 手を隠したがる人間は心に何かを抱えている。

 アスカはカヲルを直ぐに信用する気にはなれなかった。

 

「えっと……じゃあ、これからは僕がカヲル君と戦闘訓練をする事になるんですね」

「うーん、彼はまだ正式に適格者になったわけじゃないんだ。しばらくは別メニューで訓練を行う事になるのさ」

 

 リョウジがシンジの質問にそう答えると、シンジは少し残念そうな顔をした。

 アスカと組み手をすると直ぐに胸を触った、お尻を触ったセクハラだと言われるし、レイは逆に胸を触ってしまっても無反応なのでこちらが恥ずかしくなる。

 さらにレイはアンドロイドなので首を360度回転させるとか関節を逆転させるなど、シンジをびっくりさせるのだった。

 ミサトさんとの組手ではATフィールドを発生させてミサトを傷つけてしまわないかおっかなびっくりだし、まともに戦闘訓練が出来る相手はリョウジだけだった。

 コウゾウは九段だから強いのかと思ったが、空手ではなく将棋九段だった。

 戦闘訓練には役に立たない……。

 

 

 

 渚カヲルはネルフ本部内で暮らす事を強要されたが、学校にも行けるし、普通の中学生と変わりのない生活を送ることが出来た。

 

「渚君の部屋って、独特な感じだね」

 

 カヲルの部屋の壁紙は、星模様になっていた。

 

「部屋を暗くしてブラックライトを当てるともっと面白いよ」

 

 そう言ってカヲルが部屋の照明を切り替えると、天井には星座が浮かび上がり、まるで宇宙の中に居るような感じになった。

 

「この部屋には窓が無いからね。司令にお願いしたら、アサヒっておじさんが来て泣きながら1日で殺風景だった壁と天井にクロスを貼ってくれたよ。頑張ってくれた彼にはチップとして『100万VES(ベネズエラ・ソブリンボリバル)』(※1VES=0.0001290円)の札束をあげたよ。そうしたら、感激して大泣きして帰って行ったよ」

 

 他にシンジの注目を引いたのは部屋の大部分を占拠しているグランド・ピアノだった。

 

「スタインウェイ&サンズ社製のピアノさ。中古だから安くしてもらったよ。請求書はネルフ営業三課のハマザキさんに書いてもらった。彼もとても良いお兄さんだったよ。弾いてみるかい?」

「いや……高そうだから止めておくよ」

「そうかい? 君のお父さんはピアノが好きだったのに」

「父さんの事を知っているの!?」

 

 カヲルの言葉に驚いたシンジは思わず声を上げた。 

 ミサトやコウゾウはあまり両親の事を話してはくれなかった。

 いや、ミサトは話してはくれるのだが、辛そうな顔をしながら話すので、聞く事ができないのだ。

 

「もっと父さんの事を聞かせてよ」

「そうだね……じゃあ、シンジ君も何か楽器を始めなよ。僕も友達が欲しかったんだ」

 

 ピアノの他に楽器は無いかと探していると、カヲルはシンジにチェロを勧めた。

 

「どうしてチェロなの?」

「それはサバイバル用さ」

 

 楽器とサバイバル。

 共通点が無さそうだと首を傾げるシンジに、カヲルは説明を始めた。

 

「敵に襲われた時、チェロはリーチが長くて破壊力のある武器になる。さらに背負っているだけで暴漢に絡まれにくくなる。乗っている船が沈んだ時も浮袋の代わりになるし、山で遭難した時も薪になるし、弦やエンドピンで野生動物と戦った事もあるしね」

 

 カヲルは冬にカナダで遭難し、熊の巣穴に入り込んでしまった時にチェロが役に立ったのだと話した。

 理由はともかくとして、シンジはカヲルのチェロを譲り受ける事になった。

 カヲルは収納に13本のチェロを持っていて、外に持ち歩く時は使い分けているのだと言う。

 シンジが貰ったのはカヲルが『ユーティリティ』と呼んでいる初心者向けの物だ。

 

「ねえミサト、バカシンジのヤツ、またナルシスホモの部屋に行っているみたいだけど、どう思う?」

「適格者同士、仲良くするには良い事なんじゃないの?」

 

 シンジはカヲルの部屋に入り浸る事が多くなり、家に帰る時間も遅くなった。

 家に戻ってもチェロの演奏の練習ばかり。

 アスカが話しかけても上の空で答える事もある。

 ミサトとアスカは口には出さなかったが、構ってくれないシンジが寂しかった。

 

「このままバカシンジはアタシとミサトよりも、あのナルシスホモと付き合うようになるんじゃないでしょうね」

 

 アスカの胸の中にこの家族が崩壊してしまうのではないかと不安が芽生えた。

 そのせいか、胸の辺りがムズムズと感じ出した。

 

 

 

 司令室でコウゾウはリツコから報告を受けていた。

 

「冬月司令。あのアメリカ支部で発生した【ウイルス】について報告すべき事があります」

「なんだね、赤木君?」

「あのウイルスに感染しただけでは、発症する事はありません」

「それは喜ばしい事ではないか。渚君の治療も安心して出来るな」

 

 コウゾウはホッと安心した表情を浮かべながらも、怪訝な表情を浮かべる。

 

「それではなぜラーソンシティで使徒化が大発生したのだ?」

「感染した人間が強い不安、恐怖を感じるとウイルスが活性化する様です。私たちは【Fearウイルス】と名付けました」

「なるほど、目の前でヒトが化け物になれば強い恐怖を感じるな。それでFウイルス発症者が伝播した訳か」

 

 リツコの説明にコウゾウは納得した様子だった。

 

「渚カヲル、加持リョウジ、アスカに関しては心配は無いと思われますが、参考までに」

「うむ、気には留めて置こう」

 

 

 

 渚カヲルがネルフ本部での生活に溶け込んだ頃、彼は時機到来と考えてネルフ本部への地下への侵入を試みた。

 手引きをしている協力者はリョウジ。

 彼はスパイ活動を続けて広大なネルフ地下空洞、ジオフロントの構造を調べ上げた。

 リョウジがカヲルに協力しているのはセカンドインパクトの真実を突き止めたいからである。

 カヲルはセカンドインパクトを引き起こしたとされる黒幕とされる人物と深いつながりがあるとこまでは突き止めた。

 しかしいくら調べても黒幕となる人物まではたどり着けない。

 そこでネルフは地下に最初の使徒であるアダムを封印し、次のインパクトを起こそうとしていると言う噂の方を探ってみる事にした。

 カヲルなら第一使徒アダムの姿が分かると言うのだ。

 ロンギヌスの槍によって封印されているアダムの様子を探るのもカヲルの密命だった。

 両者の利害が一致し、使徒が居るセントラルドグマのヘブンズゲートは開かれた。

 

「違う、ここに居るのはアダムじゃない!」

「何だって!?」

 

 肌が一面真っ白な姿になって、まるで直立する女神像のような姿をした女性にはどす黒い赤い血の色をした槍が刺さっている。

 

「母さん、母さん!」

 

 取り乱して近づこうとするカヲルを、リョウジは力づくで押し留めた。

 ここに忍び込んでいる事がバレたら自分の首が飛びかねない。

 リョウジはカヲルを説得して引き返す事にした。

 

「なあ、あそこにいた使徒は元は君の母親だって事か? それじゃあアダムが生きているって噂も眉唾なのかよ」

 

 リョウジに話し掛けられてもカヲルは顔を伏せたまま、答えなかった。

 

「おじさんは僕を騙していたんだ……おじさんはもう信用できない……」

「誰だ、そのおじさんって言うのは?」

 

 そうリョウジが問い掛けると、カヲルの右肩が膨れ上がり、異形化した。

 何本もの触手のようなものが生えている。

 

「まさか、ウイルスが発症してしまったのか!?」

 

 リョウジはDSSチョーカーの起爆スイッチを持っていない。

 持っているのはミサトだ。

 急いでリョウジはミサトに連絡を入れた。

 

 

 

 リョウジから連絡を受けたランジェリー姿のミサトは赤いバイクで、後ろにシンジを乗せて駆け付けた。

 シンジとミサトはヘルメットを被るしか時間の余裕が無かったのだろう。

 ランジェリー姿でバイクに乗るのは法律的にはギリセーフだったので警察も先導に協力してくれた。

 シンジとミサトがネルフ本社へ駆けつけると、カヲルは身体から生えた触手でネルフの従業員たちを捉えて簀巻きにして締め上げていた。

 中には受付や事務の女性社員、たまたまその場に居たマヤも巻き込まれていた。

 このままでは従業員たちは全身の骨を砕かれて死んでしまうだろう。

 しかしカヲルは何とか意識を保って触手の力を緩めようとしているようだ。

 

「来てくれたんだね、シンジ君。嬉しいよ。さあ、君の手で僕を殺してくれ……僕の意識が無くなる前に。でないと、僕はこの人達を絞め殺してしまう」

「そんな事、出来るわけ無いよ!」

 

 苦しみながらも笑みを浮かべるカヲルに、シンジはそう答えた。

 

「大好きな君にだからこそ、頼んでいるんだよ。僕の頼みを聞いてくれないか?」

 

 カヲルは目から涙を流してそう訴えていた。

 ミサトはDSSチョーカーの起動リモコンスイッチに指を掛ける。

 

「ミサトさん、それは?」

「渚君の首に仕掛けられた爆薬入りのDSSチョーカーの起爆スイッチよ。感染者はゾンビじゃない。首を吹き飛ばせば倒せるの」

 

 ミサトの説明を聞いたシンジは顔色を変えた。

 

「止めて下さい、ミサトさん!」

「でもね、シンジ君。このままではマヤちゃんたちも死んでしまうのよ」

「……僕がみんなを助けます。爆弾なんか使ったら、僕は一生ミサトさんを許しませんからね!」

 

 しっかりとした目でそう言い放つシンジに、ミサトは心を打たれた。

 シンジは全身全霊を持ってマヤ達を拘束している触手を断ち切り、何人かを解放した。

 

「大丈夫ですか、マヤさん?」

「ありがとう、シンジ君」

 

 ホッとしたのも束の間、カヲルの身体から伸びる触手の数は増え、拘束されている人たちから痛さに悶える悲鳴が上がった。

 そしてカヲルの触手はミサトをも捉えてしまった。

 こうなってはミサトもDSSチョーカーの起動スイッチを押すことが出来ない。

 

「ミサトさん!」

 

 シンジは真っ先にミサトの元へ向かおうとするが、ミサトは首を横に振った。

 近くに居る人を助けるのが先だ。

 

「碇君……!」

 

 ネルフの奥から現れたレイが、カヲルに向かって火炎放射を浴びせたのだ。

 普通の炎ではない、ATフィールドを伴った炎だった。

 カヲルの触手の力が緩み、拘束されていた人々は解放された。

 しかしまだカヲルを止めることは出来ない。

 燃えやすい触手の部分を焼け焦がしただけだ。

 シンジとレイのATフィールドの力は使い果たしてしまっている。

 その時突入して来たのはドローンによって吊り下げられたアスカだった。

 アスカの体重は42kgなので、限界重量45kgのドローンでも運べたのだ。

 

「ミサト、ATフィールドを渚の首に収束させるわ! DSSチョーカーを!」

 

 アスカの言葉にミサトは頷いた。

 

「止めろ――っ!」

 

 シンジの叫びも空しく、カヲルの首に仕掛けられたDSSチョーカーは作動し、ATフィールドにより爆発範囲を狭められた爆風は、狙い通りにカヲルの首を撥ね飛ばした。

 

 

 

 家に帰ってから、シンジはミサトの胸でずっと泣いていた。

 この時ばかりは、ミサトの胸に包まれても興奮する事は無かった。

 

「ごめんねシンちゃん、あたしの事嫌いになった?」

「ミサトさんの事、嫌いになるわけ無いじゃないですか!」

 

 ミサトに向かって力強い目を見せたシンジも、まだ中学生の子供なのだとミサトは痛感した。

 シンジとカヲルは高校に進学したら音楽系の部活に入ろうと約束して受験勉強も頑張り始めた矢先だった。

 アスカはミサトにすがり付いて泣くシンジを見て後悔していた。

 ATフィールドを上手く使いこなせば、DSSチョーカーを使わずにカヲルを救えていたのではないか。

 

「シンジ、アタシがもっとしっかりしていれば渚のヤツを助けられたかもしれない」

 

 だから、アタシを嫌いにならないで、とアスカが心の中で思うと、胸の中で何度も刺すような痛みが走った。

 

「そんな……アスカのおかけでみんなが助かったんだよ。アスカは僕たちの大切な家族だ。嫌いになるはずなんてあるわけないじゃないか」

 

 ミサトから体を起こしたシンジがアスカを抱き締めると、アスカの胸の痛みがスッと引いた気がした。

 

「アタシ、まだこの家に居ていいの?」

「もちろん」

 

 シンジとミサトが声を揃えてそう答えると、アスカの目からも涙が零れたのだった。

 

 

 




冬月コウゾウは九段です。……将棋の。

チェロについての引用(参考)です。

最後の光 様のツイッターより。
@vc_shiori

https://twitter.com/vc_shiori/status/938401465319616512?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E938401465319616512%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnlab.itmedia.co.jp%2Fnl%2Farticles%2F1712%2F09%2Fnews024.html


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最強の男との戦い

 シンジとアスカとレイは同じ櫻が丘高校へと進学した。

 第三新東京市が出来る前、箱根町には女子高が一つあるだけだったが、人口の増加と共に学校も新設された。

 

「アスカと綾波は女子高に行けば良かったんじゃないの?」

「嫌よ、『御機嫌よう』なんて挨拶するなんて、『施設』より堅苦しいわ!」

「同じネルフの適格者なのだから、同じ学校に居た方が都合が良いわ」

「そう、良い事言うわね、レイ!」

 

 アスカはレイに対して使徒殲滅の功績争い以外には嫉妬心のようなものは持っていなかった。

 アンドロイドのレイがシンジに恋心を抱くはずが無いと余裕を持っていた。

 しかしレイには赤木ナオコ博士により『回路R』と言う技術が搭載され、知識を求める心、時として戦う心、他人を愛する心を学習させる目的をリツコに託されたのである。

 適格者として使徒と戦っていくうちに、レイの回路Rは目覚めつつあった。

 

「僕は何の部活に入ろう……」

 

 シンジたちは様々な部活から勧誘を受けていたが、迷っていた。

 アスカはテニス部、レイは文芸部へと仮入部していたが、シンジは吹奏楽部には馴染めなかった。

 管弦楽部は学校には無かったのである。

 何とかしてあげたいと思ったアスカは、授業中にある考えが閃いた。

 

「無ければ作ればいいのよ!」

「何を?」

「音楽部よ!」

 

 アスカは身を乗り出してシンジにそう話した。

 

「アスカ、今は授業中だよ」

 

 シンジがそう指摘すると、アスカは顔を赤くして席へと座った。

 

 

 

 放課後、シンジたちは職員室へと向かったが、部員は最低四人は必要だと教師に言われてしまった。

 

「カヲル君が居たら良かったのにね……」

 

 シンジがそう呟くと、しんみりとした雰囲気になってしまった。

 そんなシンジたちに同じクラスの女子生徒が声を掛けて来た。

 

「ねえねえ、あたしを仲間に入れてくれない? あたしもドラムをやりたかったんだ!」

 

 確か霧島マナと言う名前だったはずだ。

 シンジと腕を組んで職員室に向かう積極的なマナに、アスカはぽかんとしてしまった。

 

「先生、あたしたち軽音学部を作りたいんです!」

「ちょっと、何をアンタが勝手に仕切っているのよ!」

 

 アスカはそう言ってシンジの腕をマナから引き離した。

 

「だって、ドラムが部長だって決まってるじゃない。アスカは『ケイオン!』ってアニメ見た事無いの?」

「何よ、その家電量販店みたいな名前のアニメは!」

 

 アスカはマナにそう言い返した。

 最近になって、そのスポンサーの名前が変わったので耳に残って居たのだ。

 せっかく覚えたCMソング、『まるまるもりもり三重丸』も無駄になってしまった。

 

「部長はあたし!」

「言い出したのはアタシなんだからアタシが部長!」

「碇君はどう思うの!?」

 

 マナに聞かれたシンジは答えに困った。

 どっちでもいいとも言えない。

 職員室で揉め続けると教師からの印象も悪くなる。

 

「綾波はどう思う?」

 

 シンジがレイに意見を求めると、アスカは不機嫌な顔になった。

 逃げるシンジがアスカは嫌いなのだ。

 

「霧島さんの方が良いと思う」

「何でよ、アンタとアタシは仲間だと思ってたのに、ひどーい」

「アスカは楽器が弾けないもの」

 

 レイに指摘されてアスカは今更ながら気が付いた。

 シンジと一緒の部活をやりたい事で頭が一杯で気が付かなかった。

 とりあえずどの楽器をするかは後回しにして、軽音学部を結成する事になった。

 

 

 

 アスカは自分に楽器を教えてくれそうな人を探した。

 マナに教えてもらうのは腹が立つ。

 出来ればシンジに教えてもらいたかったが、シンジも自分の楽器を精一杯だった。

 レイはアンドロイドなので伝説級の演奏もプログラミングで再現できるらしい。

 

「レイのヤツ……インチキなんかしちゃって……ん、待って?」

 

 演奏をプログラミングするにしても、演奏の知識や経験が無いと難しい。

 あのエアギタロン毛が協力しているのか?

 いや、それよりも……。

 

「アスカちゃん、良く赤木博士がバンドをやってたって分かったね」

 

 シゲルはアスカの話を聞いて感心したようにつぶやいた。

 

「リツコが髪を染めているのにピンと来たのよ」

 

 アスカはリツコの研究室で、リツコが中学校の制服姿で母親のナオコと一緒に校門前で撮った卒業式の記念写真を見た事がある。

 中学生時代のリツコは髪を染めていない、真面目で地味な印象だった。

 もしかして学生時代にバンドでもやっていたのではないかと思ったのだ。

 

「それで、私にギターの指導をしてくれって? 私はそんなに暇じゃないんだけど?」

「お願い、マナを見返してやりたいのよ! ジミヘンを超えるくらいにして!」

 

 アスカにそう言われたリツコは飲んでいたコーヒーでむせた。

 

「いくら何でもそれは無理よ。基本的な事は青葉君に教えてもらいなさい。上達したら、私が高等テクニックを教えてあげるから」

「歯ギターとかは嫌よ、ローズマリー!」

「その名前で呼ばないで」

 

 リツコは殺気を込めた視線でアスカを睨みつけた。

 新兵器の開発で忙しい時期に厄介な事を頼まれたものだとリツコはため息を付いた。

 

「という訳で、教えてもらうから感謝しなさいエア・ギタ男」

「何でそんなに君は偉そうなんだ?」

 

 アスカはリツコに個人指導を受けられなかった悔しさをシゲルにぶつけるのだった。

 マヤはアスカが暴露した『ローズマリー』の写真を見てウットリとしている。

 マコトは他の二人の分まで仕事をする事になって不満を漏らしていた。

 

 

 

「リツコさん……パンツも脱がないといけないんですか? と、とっても恥ずかしいんですけど」

「ダメよ、正確なデータが測れないからね」

 

 シンジはリツコの研究室で裸にされて二人きりになっていた。

 リツコの方は普段通りの白衣を着ている。

 呼び出された名目はシンジ用の新しい武器を作るためだった。

 

「本当、お父さんに似た立派な体付きになって来たわね」

「リツコさん、そこを見て言うのは止めて下さいよ」

「上の髭も生やすつもりは無い? 良い育毛剤があるの」

「髭の手入れは大変って聞きますし……僕には髭は似合わないですよ」

 

 リツコはシンジの筋肉を確かめるとの口実で、身体のいろいろな部分を触っていた。

 武器は全身で使うものだと力説して、下半身まで触って来た。

 

「ATフィールドを使う武器だから、敏感な調整が求められるのよ。使徒と戦う前の日は、精気を消費してはダメよ」

 

 リツコさんには見抜かれているとシンジは震撼した。

 シンジに与えられた武器は、『マゴロク・エボック・ソード』(通称マゴロク・E・ソード)と言う刀状の武器だった。

 エボック社とは国内大手の玩具メーカーでネルフのスポンサーなので仕方なく正式名称に入れている。

 最初は刀ではなくヨーヨーが武器になる予定だったが、スポンサーの玩具メーカーが今はスポーツチャンバラの時代だと力押しして刀になった。

 

「シンジ君の学校でも体育の必修科目で『剣術』があるからちょうどいいんじゃないかしら」

 

 セカンドインパクト後、安全大国日本の神話も崩壊したので高校では剣道から剣術を教える学校も増えている。

 女子であるアスカは『薙刀』が必修科目なので武器は『ソニックグレイブ』となった。

 レイはアンドロイドなので何でもありと言いたいところだが、メイドタイプだったため、武装できる箇所は人間並みだった。

 隠し武器をたくさん忍ばせているミサトの方が武器が多いかもしれない。

 なんとレイは胸からミサイルを発射できるように改造された。

 

「アンタ、一体何を考えているのよ!?」

「だからアスカよりおっぱいが大きくなった。葛城一尉は追い越せないけど」

 

 そう言って顔を赤らめて胸を張るレイを見て、アスカは油断ならない存在だと思った。

 もちろん、適格者としての役目を終えた後はミサイルは解除するのだと言う。

 自分の中に組み込まれた『回路R』が完全に覚醒すれば本物の人間になれるのだとレイはアスカに話していた。

 アンドロイドが本物の人間になるなんて、有り得ない、騙されているレイがかわいそうだと思いながらも、リツコの技術力なら実現するかもしれないと半信半疑だった。

 

 

 

 シンジたちが高校で軽音楽部として楽しい放課後を送る一方で、コウゾウはミサトと司令室で難しい顔をしていた。

 

「今年の13日の金曜日は5月13日か……」

「ええ、高校生活の新学期を楽しんでいるシンジ君たちを見ていると、心が痛みますね」

「ヤツはシリアルキラー。必ず姿を現すだろう。しかも不吉な言葉を言い残している」

「『人斬りは飽きた。人間以外のものを斬ってみたい』ですか」

 

 その連続殺人犯(シリアルキラー)の名前は不明。

 一年に数回訪れる13日の金曜日以外は普通の人間として生活を送っていると思われる。

 刀で220人の大量殺人を行った事から、絶対無敵の刀、空前絶後の刀との意味を込めて、使徒『絶刀(ゼットウ)』と呼ばれた。

 使徒ゼットウが言う人以外のものとは適格者あるいは使徒ではないかと思われた。

 シンジとアスカとレイは顔バレはしていないが、使徒を倒すヒーローとしてスポンサーの広告塔になっている。

 使徒ゼットウがネルフ本部を狙ってやって来るのは予想出来た。

 シンジたちの存在を隠すとゼットウがネルフ本部で暴走し、多くの犠牲者が出るかもしれない。

 5月13日が来る前にゼットウを捕まえることが出来れば最善なのだが、今までの事件からも犯人を特定する事は出来なかった。

 

「優秀だって豪語していた日本の警察はどうなってんのよ!」

 

 コウゾウの前だがミサトは連続殺人犯を捕まえられない苛立ちを隠さなかった。

 

 

 

 そしてついにやって来てしまった5月13日の金曜日。

 ネルフはこの日、ミサトとシンジたちを覗いた社員全てがリモートワークとなった。

 野次馬がネルフに来て戦いに巻き込まれては大変だと言う事で、周囲も戦略自衛隊によって封鎖された。

 

「拙者の相手はお主ら四人という訳か?」

 

 使徒ゼットウは木材と和紙と縄で作られた巨大な凧でネルフのヘリポートへと降り立った。

 金属探知レーダーに反応が無いわけだ。

 しかし刀は金属で出来ていると思うのだが……。

 ゼットウは腰に鞘を下げている。

 

「冥途の土産にお見せしよう。拙者の刀はこれよ!」

 

 ゼットウの手から刀のようにATフィールドが伸びる。

 鞘は飾りだったんかい! とつっこみたくなった。

 ゼットウはシンジも腰に鞘を下げているのを見てニヤリと笑う。

 

「お主の刀と拙者の『ムービべーサ』。どちらが上かお手合わせ願おう」

「その前に約束してもらえますか?」

「……何ぞ?」

 

 シンジの言葉にゼットウは表情を変えずに答えた。

 

「僕は適格者ですが、他の人達は普通の人間です。だから命は助けて下さい」

 

 シンジはミサトたちだけは死んでほしくない一心でそう訴えかけた。

 

「……良かろう、拙者はもう人を捌く事に何の感慨も持たぬ」

 

 だったら連続殺人なんてやめて欲しいわね、とミサトは心の中でつぶやいた。

 シンジが鞘からマゴロク・E・ソードを引き抜いて構える。

 ATフィールドを纏わせれば、使徒の刀と互角のはずだ。

 

「その刀は?」

「マゴロク・エボック・ソード。ネルフの技術力を込めた、新世紀で一番の刀よ」

「拙者には玩具の様に見えるがな。数百度の打ち合いで傷無しの拙者を斬れるものかな」

 

 ミサトが自慢気にマゴロクソードを紹介すると、ゼットウは鼻で笑うような素振りだった。

 シンジのマゴロクソードとゼットウのムービべーサがぶつかり合う。

 これから二人の鍔迫り合いが始めると思われた。

 パリーン!

 

「ミサトさん! ネルフ最強の刀、折れちゃいましたよ!」

 

 シンジは恥も外聞もなくミサトの元へと逃げ帰った。

 

「仕方ないわね、シンジ君、これを使いなさい!」

 

 ミサトはいつものプログレッシブナイフをシンジに渡した。

 しかしナイフと刀ではリーチに圧倒的に差がある。

 

「シンジ、危ない!」

 

 アスカがソニックグレイブでゼットウの刀から放たれたビームを受け止める。

 その衝撃でソニックグレイブも先端がへし折れてしまった。

 

「拙者は無傷の状態ならば、刀の先から光線を放つ事が出来るのだよ」

 

 遠くへ逃げ出そうとした人たちは、この光線にやられたのだろうとミサトは思った。

 

「その亜麻色の女子も適格者か」

 

 そう呟いたゼットウは舌なめずりしてアスカを見たように思えたミサトは、このままだと全員殺されると捨て身の作戦に出た。

 

「シンジ君、あたしが使徒の動きを止めるから、プログレッシブナイフで使徒を斬りなさい! せめて光線攻撃が無ければ、あなたたちは逃げられるわ!」

 

 ミサトはそう言うと、リツコに金属製に改造してもらったメジャーを使徒に向かって投げた。

 しかしあっさりと使徒によって薙ぎ払われてしまう。

 

「まるで歯が立たないなんて!」

 

 空中で動きの取れないミサトの白い首を使徒ゼットウの赤い刀が薙ぎ払う。

 

「ミサトさぁぁぁぁぁぁん!」

 

 シンジは絶叫し、アスカは思わず目を背けた。

 

 怒りに燃えたシンジは涙を流しながら使徒ゼットウに特攻するが、プログレッシブナイフは使徒ゼットウの刀に弾き飛ばされてしまった。

 

「情けない、それがお主の全力か」

 

 使徒ゼットウはつまらなそうな顔でため息を吐き出した。

 

「あれ……あたし、生きてる……」

 

 地面に着地したミサトは呆然とした表情で自分の首を手で押さえた。

 ミサトの白い首筋には傷一つ付いていない。

 

「人は斬らぬと約束したからな」

「これで満足したなら、さっさと帰ってくれない?」

 

 殺人犯を逃がすのは悔しい事だが、自分たちの命も大事だ。

 希望を込めてアスカはそう言い放った。

 

「否。拙者は人以外のものを斬ってみたい。死にたくなければATフィールドを全開にして耐えるのだな、女子よ」

 

 使徒ゼットウはそう言ってアスカに向かって必殺技の構えをとった。

 

「超重斬一刀流……」

「待って、あなたは私が倒す」

 

 そんな使徒ゼットウに近づいたのはレイだった。

 

「武器も持たぬ女子が拙者を倒すとは笑止千万。拙者が適格者を屠る所を黙って見ていればいいものを」

「綾波!」

「さよなら」

 

 レイはそう呟くと、胸部から服を突き破ってミサイルを放出した!

 ATフィールドをアスカへの必殺技の一撃に集中させていた使徒ゼットウは、レイのATフィールドを込めたおっぱいミサイルの威力に耐え切れずに地面へと倒れ伏した。

 

「まさか乳房に爆弾頭を仕込んでいる女子が居ようとは……お主もそうなのか?」

「失礼ね、あたしの胸は天然よ」

 

 プスプスと煙を上げて、震える手で使徒ゼットウがミサトの胸を指差すと、ミサトは腕組みをしてそう言った。

 

「碇君、恥ずかしいから見ないで」

「うん、分かったよ綾波」

 

 レイは両腕で自分の胸を隠している。

 

「アンタ、今まで誰にも傷つけられた事の無い最強の男だとか言ってたわよね。だからレイみたいな華奢な女の子に油断するのよ」

「人は弱さを知ってこそ強くなれるのでござるな……」

 

 アスカの言葉に使徒ゼットウは納得した様子だった。

 彼は大人しくコアの摘出手術を受けるのだと告げた。

 もしコアの摘出により寿命が大幅に縮む事があっても、誰かに自分の流派を伝えたいと語った。

 

「ミサトさん、本当に良かった……!」

 

 シンジは涙を流しながらミサトの胸へと顔を埋めた。

 

「ミサトの胸は爆発しなくて良かったわね、シンジ」

 

 そんな減らず口を言うアスカも目の端から涙を流していた。

 ミサトに抱き締めてもらっているシンジを見て、レイはおっぱいミサイルはもう装備しないようにリツコに頼もうと思うのだった。



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家族のかたち 心のかたち

「今まで俺の誘いを断っていた君が応じるなんて、どんな風の吹き回しだい?」

「加持君ってば、何でもお見通しなくせに」

 

 リョウジとミサトは、夜のレストランで食事を共にしていた。

 ファミリーレストランではなく、大人の恋人たちがデートをするそれなりの場所である。

 

「他人の心を見通す事なんて出来ないさ。せいぜい、こう思っているんだろうと推測しているだけだ。他人の心を完全に理解できるのは、物語を書いている神のような存在か、人の心を読む能力を持っている使徒か何かさ」

 

 支払いはリョウジが持ってくれるとは言え、ミサトは自分がこの場に居る事が場違いなのではないかと思い落ち着きが無かった。

 

「君は十分にこの店の品格に釣り合った美しさを持っているよ。そのプチプラのネックレスを除けば、だけどね」

「もう、意地悪ね、加持君ってば」

 

 ミサトが首から下げている金色のネックレスはシンジからプレゼントされたものだ。

 前のクロスネックレスを身につけるとシンジがとても悲しそうな顔になるのでいつも身に着けるようになってしまった。

 

「俺と食事に行く事は、シンジ君には話したのか?」

「当たり前でしょ? 下手な隠し事をすれば、シンジ君を不安にさせるだけだもの。それとたまにはアスカと二人きりにさせた方が良いのよ」

 

 ミサトは悲し気な表情でリョウジから顔を反らしてそう答えた。

 

「君は二人をくっ付けたがっているみたいだが、本当にそれで後悔はしないのか?」

「あたしはシンジ君の親代わりなのよ。シンジ君を育てあげるのがあたしの役目。シンジ君があたしの事をどう思っていようが、そんな資格は無いのよ」

「人を好きになるのに資格なんか要るのか」

 

 リョウジはそう言ってため息を吐き出した。

 高級料理やワインを楽しむはずの二人の表情は、いまいち冴えなかった。

 

「俺の誘いに乗ったのは、他にも狙いがあるんだろう? 何か俺に聞きたい事があるようだな」

「回りくどい真似は嫌いだから単刀直入に聞くわ。加持君、ネルフは地下に何を隠しているの? あの渚カヲルと言う子と一緒に見たんでしょう?」

 

 ミサトは真剣そのものの表情でリョウジに尋ねた。

 自分は監視の目が厳しすぎてネルフの地下へは近づけない。

 危険な人物とは分かりながらもリョウジに接近する事を決めたのだ。

 

「こんなレストランで話せる内容じゃない。近くのホテルで部屋をとって話そうじゃないか」

 

 この界隈にあるのはラで始まって、ブで終わるホテルだ。

 リョウジは情報と引き換えにミサトの身体を要求しているとでも言うのか。

 覚悟を決めようと、ミサトは慣れないワインをがぶ飲みするのだった。

 

「……全く世話の焼けるヤツだな。温泉旅行の時も酔い潰れて居なかったか?」

「うるさいわねぇ」

 

 リョウジに肩を借りて歩くミサトはろれつが回っていない。

 このままホテルに行ったら警察に通報されそうな状態だ。

 それにミサトの帰りがあまりにも遅いとシンジが心配する。

 今日の所は運転代行を呼んでミサトを家に帰す事にした。

 

「……わざわざ送ってくれてありがとうございました」

 

 シンジは丁寧な口調でお礼を言ったが、リョウジを見つめる目は刺すように鋭かった。

 酔い潰れた女性と言うのは身体が重く、成人男性でも運ぶのは一苦労である。

 しかしシンジはリョウジの助けを丁重に断り、自分一人でミサトを部屋まで運ぶと言った。

 歓迎されていない雰囲気を感じたリョウジは早々に退散する事にした。

 アスカが不機嫌な顔をしてミサトを苦労して運ぶシンジの後姿を見ている。

 ほんの数年前まではリョウジに気のある素振りを見せていたが、ミサトと張り合ううちにシンジの方へと気持ちが傾いてしまったのか。

 

「シンジ、今のミサトならやりたい放題よ。アタシは黙っててあげるから、やっちゃえば?」

「そんなの、出来るわけないだろ」

「じゃあ、代わりにアタシとやる?」

 

 アスカはそう言うと、中学生だった頃より成長した自分の胸を寄せてシンジに見せつけた。

 

「からかわないでよ、アスカは加持さんが好きなんだろ?」

 

 シンジは怒ってそう言うと、自分の部屋へと戻ってドアを閉ざしてしまった。

 

 

 

 しばらくして、今度はミサトの方からリョウジを食事に誘おうと声を掛けた。

 酔っぱらって迷惑を掛けてしまったお返しと言う口実だった。

 

「まどろっこしい事は無しにしよう」

 

 リョウジの運転する車は、ドライブイン出来るホテルへと直行した。

 ミサトは大胆過ぎるリョウジの行動に、心の準備が追いつかなかった。

 

「あたし、シャワーを浴びるわね。汗臭いし……」

「そのままで構わないさ」

 

 浴室で気持ちを落ち着かせるつもりだったが、リョウジの言葉には逆らえなかった。

 こうなる覚悟は決めていた。

 ミサトは服を脱ぎ始めた。

 リョウジも服を脱ぎ、お互いに生まれたままの姿となった。

 ミサトはシンジ以外の男性の裸の姿を見た事が無かった。

ベッドに横たわったミサトにリョウジが覆いかぶさろうとした時、ミサトは呟いた。

 

「助けて、シンちゃん……」

 

 リョウジは動きを止めると、深いため息を吐き出してトランクスとズボンを履き出した。

 

「ちょっと加持君、今のはタンマ! 炭酸マグネシウムの略じゃなくて……」

「いいさ葛城、無理しなくても」

 

 そう言ってリョウジはミサトに服を着るように促した。

 

「葛城、ネルフの暗部に手を出すのはよせ。さもないと、()()()()()()()()

「それってどういう意味? 加持君、あなたかなりヤバい事になっているの?」

 

 完全に服を着終わったミサトは不安そうにリョウジの顔を見た。

 

「ネルフに不信を持っている事も気取られるな。葛城を巻き込みたくない。でももし俺の身に何かがあったら、俺のGooooooooogleドライブのファイルを見て欲しい。そこならヤツも直接手出しは出来ないはずだ。オーナインシステムの解除方法は赤木博士が知っている」

 

 ミサトはネルフの陰で大きな陰謀があり、リョウジは黒幕の正体に迫っているのだと悟った。

 しかしネルフに不信を持っている事を悟られないようにするのは難しい事だと思った。

 ここまでコウゾウにひた隠しにされると、知りたくなってしまうのが人の性と言うものだ。

 

 

 

 またミサトがリョウジとデートをしていると知ったシンジは、自分の中でドロドロとした嫉妬心のようなものが湧き上がって来るのを感じていた。

 ミサトがシャンプーの香りをさせて家に帰って来たら、それはリョウジと何かがあった証拠となる。

 イライラと落ち着きのないシンジに、アスカも下手に声を掛けられなかった。

 目の上のたんこぶのはずだったミサトが居なくて清々するはずだったのに、このギスギスとした雰囲気は何だ。

 この三人の家族はミサトによって支えられて居たのだとアスカは実感した。

 早くミサトが帰って来てくれないかとアスカがヤキモキしていると、シンジのスマホが鳴った。

 

「えっ!? はい、分かりました」

 

 電話はリツコからで、シンジ一人でネルフの赤木博士の研究室に来て欲しいと言う内容だとシンジはアスカに話した。

 

「また新しい武器の開発かもしれないね」

「だったらどうしてアタシもネルフ本部に呼ばないのよ」

 

 そう言ってアスカは顔をむくれさせた。

 シンジは家を出てすっかり暗くなった夜道をネルフ本部へと向かう。

 

「何でまた胸がこんなに痒くなるのよ」

 

 自分の他に誰も居なくなった家で、アスカは自分の胸をかきむしるのだった。

 

 

 

 ネルフの赤木博士研究室についてリツコと二人きりで対面したシンジは嫌な予感がした。

 また自分が服を脱いで裸にならなければいけないのかと思ったが、白衣を椅子に掛けて服を脱ぎ出したのはリツコの方だった。

 

「あの、リツコさん? 一体何を……」

「私、あなたのお父さんには何度も抱いてもらった事があるのよ」

 

 戸惑うシンジの前で、リツコはさらにシンジを混乱させる事を言い出した。

 父さんがリツコさんと不倫を重ねていた?

 母さんと仲良しだったのに、小さな僕やミサトさんも家族だったのに?

 シンジは今まで描いていた家族像がガラガラと崩れて行った。

 

「シンジ君。あなたは高校生になって随分とあなたのお父さんに似て来たわ」

「顔は母さん似だって言われますけど」

 

 シンジは精一杯の抵抗としてリツコに言い返した。

 

「シンジ君、あなたのお父さんとお母さんの秘密を知りたくない? ミサトも知らない事件の真実を」

 

 リツコが下着姿になると、シンジはゴクリと唾を飲み込んだ。

 それはリツコの驚愕の言葉によるものなのか、リツコのほぼ裸の姿を見たからなのか、多分両方だ。

 

「ミサトに比べれば劣るかもしれないけど、男をいかせるテクニックの方は私の方が上よ。シンジ君が私に抱かれる事、それが私が秘密を話す条件」

「リツコさん、止めてください! こんなのいつものリツコさんらしくないですよ!」

 

 シンジがそう叫ぶと、リツコはタバコを取り出して煙をシンジの方に吐き出した。

 タバコの煙を吸ったシンジが思わずむせる。

 

「私は科学者である前に、女でもあるの。母さんもそうだったわ。親子そろってバカね。それでシンジ君、どうするか決めた?」

 

 リツコに尋ねられて、シンジは答えに詰まった。

 両親の事件の真実は知りたいが、良心の呵責に苛まれてしまう事になる。

 

「まさかリツコの悪魔の取引に応じるほどバカシンジじゃないわよね……」

 

 アスカは赤木博士研究室のドアを薄く開けて中の様子をうかがっていた。

 電車でネルフ本部に向かうシンジを尾行するなど簡単な事だった。

 家で一人で居ても耐え切れないと思ったアスカは、この胸の疼きを何とかしてもらおうとも思ってネルフ本部に来ていたのだった。

 

「パターン青、使徒です!」

 

 日向マコトのアナウンスの声がネルフ本部施設内に響くと同時に、第一種戦闘配備が敷かれた。

 リツコはいそいそと服を着て、シンジと共に司令室へと向かう。

 アスカはタイミングを見計らって、司令室へと行った。

 連絡を受けてからアスカが到着するまでの時間は早過ぎるのだが、誰も咎める者は居なかった。

 現れた使徒の名前は『荒光 樹絵瑠(あらみつ・じゅえる)』。

 上手な絵が描けるアイドルとして、『アラエルちゃん』の愛称でファンも多かった。

 しかしある時からSNSツール『インスタントン』で抽象画の公開を始めてから様子がおかしくなった。

 脱税をしていた大企業の会長が重役と共に謝罪会見を行った。

 全員頭を下げて、真摯に許しを請う内容だった。

 アラエルはその場に居た全員が、まるで反省の色を見せていない表情を描いた風刺画をSNSに公開したのだ。

 世間一般の人々からは称賛の声が上がったが、会長たちの方はたまったものではない。

 緊急株主総会で会長を含めた全員は解任となり、恨みを買ったアラエルはアイドル界から追い出される形で姿を消した。

 ネルフは各地で起きている暴露事件を彼女の仕業だと判断。

 人の心を読む事の出来る使徒アラエルと命名した。

 

「人の心を読むことが出来る使徒とは、戦闘面でも厄介ですね……」

 

 ミサトは腕組みをしながらそう呟いた。

 格闘戦においては動きを先読みされて回避されてしまう。

 フェイントを掛けようにもそのフェイントまで読まれてしまうので意味が無い。

 飛び道具もATフィールドに阻まれて効果は薄かった。

 

「今までアラエルが警察に捕まらなかったのも、その能力が原因でもある」

 

 人は誰しもオープンに出来ない心の秘密を抱えているものだ。

 やましい事をばらすぞと脅された者は、彼女の内通者となってしまうのだ。

 警察や戦略自衛隊が組織的に捕まえようとしても、逃げられていた。

 

「今回はネルフのスポンサーである大手メディア会社『ゼーレ』がアラエルの標的にされたので、キール会長自ら私に助けを求めて来た」

「ゼーレの出資が無かったら、ネルフの財政は傾いてしまいますね」

 

 コウゾウの話を聞いたマヤはそう呟いた。

 ゼーレは適格者であるシンジたちが使徒を倒す場面の放映権を独占している事で多額の利益を得ているWin-Winの関係だった。

 アラエルは適格者による使徒の逮捕劇を見世物にしているゼーレを狙って来たのだろうと推測される。

 既に彼女の告発で、ゼーレのパワハラ上司が懲戒免職になっている。

 現時点では正義の使徒であるが、ゼーレとしては放置できない。

 従業員や社員たちはテレワークをさせているが、自衛手段にも限界がある。

 

「ロボットなら心が無いんだから、使徒にやられる事は無いんじゃない?」

「アスカ、ロボットはATフィールドを持つ事が出来ないんだよ」

 

 いつも馬鹿にしているシンジに指摘されたアスカは渋い顔になった。

 

「それなら、レイはどうなのよ」

「レイもただのロボットではないわ。人間に近い心を持ち合わせている」

 

 アスカの質問に、リツコは冷静な表情でそう答えた。

 戦術核を使えば使徒を倒す事が出来るかもしれないが、それは実現不可能な話だ。

 ラーソンシティを使徒と共に戦術核で消滅させる方法を選んだアメリカのバカラ大統領も、馬鹿な事をしてしまったと三日後に辞任している。

 

「僕たちが倒すしかないんですね」

「キール会長からも頼まれてしまっている。私も、君たちを戦わせるのは非常に心苦しいのだが……」

 

 シンジが尋ねると、コウゾウは苦渋に満ちた顔をした。

 使徒アラエルが物理的に危険な攻撃をして来た記録はない。

 だがATフィールドを破るには適格者であるシンジたちの力が必要だ。

 

 

 

 後日ゼーレの本社の入口に、使徒アラエルは堂々と姿を現した。

 キール会長自らメディアを使って、使徒アラエルとの対談を呼び掛けたのだ。

 明らかな罠であるにも関わらず、彼女はやって来た。

 対談は受付のロビースペースで行われる段取りとなっていた。

 受付のロビースペースで使徒アラエルを待っていたのは、キール会長の他に、ミサトやシンジたち三人の適格者の姿があった。

 

「やっぱりあたしを捕まえるつもりだったのね」

 

 アラエルはアイドル時代に着ていた赤いドレスを着ていた。

 

「アンタをこれ以上野放しにしていると困る人たちが居るのよ」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべる彼女に向かって一歩踏み出したのはアスカだった。

 

「あんたのように? あんたは隣に居るシンジを襲ってしまえば自分のものに出来ると思っている。自分をキズモノにした責任を取れと迫れば、シンジを束縛出来ると考えている」

 

 アラエルがペラペラとアスカの心の内面を話すと、アスカは大量の涙を流して崩れ落ちた。

 

「知られちゃった……アタシの汚い心、シンジに知られちゃったよ……」

 

 泣き続けるアスカに、シンジは掛ける言葉が見つからなかった。

 そんなアスカを抱き締めたのはミサトだった。

 

「アスカ、後ろめたい感情を心に浮かべる事は決して罪ではないわ。誰かを殴ってやりたい、と想像しても、実際に殴らなければ暴行罪にはならないでしょう? だからアスカは悪くない」

 

 ミサトに説得されて落ち着いた事で、アスカの左半身が痺れるような感覚は収まった。

 でもまだ問題はシンジがどう思っているかどうかだった。

 アスカは怖くてシンジの顔を見れない。

 

「大丈夫、アスカは僕にそんな事はしないって信じてる。だから僕はアスカを嫌いになったりしないよ」

 

 シンジがそう言うと、アスカの胸の疼きも治まり、呼吸も落ち着いた。

 アスカはもう平気だと判断したミサトは、使徒アラエルの方に向き合った。

 

「アラエルちゃん。あなたは急に人の心が分かるようになって、最初は人々の悪意を公表して正義の味方になろうとしたんでしょう? でも、次第にあなたに悪意を向ける人の数が増えて行って、親しかった人もあなたを恐れて離れて行った。だからこんな能力を消してしまいたくなった。安心して、ネルフならあなたを普通の女の子に戻してあげられる」

「ミサトさん……」

 

 アラエルはミサトの言葉に嘘はないと読み取っていた。

 張り詰めていたATフィールドを解いて、ミサトに向かって泣き笑いの表情を浮かべて手を伸ばすアラエル。

 そんな彼女の頭が、大きな轟音と共に消し飛んだ。

 銃声とは言えない生易しいものではなかった。

 遠く離れた場所から、使徒ラミーを狙撃したような超長距離武器が使用されたようだった。

 

「キール会長、これは一体どういう事ですか!? 彼女は投降の意思を示していたはずですよ!」

「確実に使徒を殲滅させるようにと言う私の頼みが、過剰な攻撃を加えてしまったようだ。使徒がATフィールドを展開していれば、これほどまでにはならなかっただろうに……」

 

 ミサトに詰め寄られたキール会長は無念さに満ちた声でそう呟いた。

 両目をバイザーで覆っている彼の表情は読み取る事は出来ない。

 しかしミサトは彼の漏らした独り言を聞いてしまった。

 

「これでは放送する事は出来んな……」

 

 この呟きを聞いたミサトは、全身の血が逆流するような怒りを覚えた。

 しかしネルフのスポンサーを殴ってしまうわけには行かない。

 キールに対する自分の憤りを悟られないように、ミサトはキールに一礼をした。

 今一番大切な事は、シンジとミサト、アスカの三人の家族を守る事だ。

 

 

 

「アスカ、家に帰ったら「ただいま」でしょう?」

 

ミサトにそう言われたアスカは驚いた顔をした後、嬉しそうな顔をして「ただいま」と呟いた。

 

「「おかえり」」

 

 シンジとミサトがアスカを温かく迎える。

 

「それでシンジ、今日の事なんだけど……」

「うん……僕は今まで女の子と付き合った事が無いから、付き合うってどういう事か良く分からない。一緒に出掛けたりしたこともあったけど、それは家族だから当たり前だって考えていた」

 

 シンジはそこまで言って、言葉を止めた。

 自分がミサトに抱いている姉以上の想いは恋心なのか。

 アスカが自分に家族以上の想いを抱いている事に対してどう答えれば良いのか。

 

「姑息だと思われるかもしれないけど、僕の返事はしばらく待ってくれないかな。しっかりと考えてから返事をしたい」

「分かった、でもアタシに同情して、とかそう言うのはイヤよ」

 

 シンジとアスカの関係が落ち着いたと見えたミサトは、ホッとため息を漏らした。

 

「それじゃ、今日はあたしが腕によりをかけて夕食を作るから楽しみにしてね!」

「アタシも作る! だってミサトはアタシのライバルなんだから」

「やあねえ、あたしはシンちゃんのお姉さんよ」

 

 新たなスタートを切った家族三人は、温かい笑顔に包まれていた。



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蘇る死者

 少し歪な形でありながらも家族としてのかたちを取り戻したシンジとミサトとアスカ。

 シンジとアスカは緩やかな交際を始め、ミサトは温かい目で二人を見守る。

 しかしその生活もずっと続くものではないと三人とも分かっていた。

 シンジとアスカが高校を卒業する時、決断を下さなければならないのだ。

 シェアハウスと言う言葉で誤魔化して、この家に居続けることは出来る。

 だがシンジも忘れかけていたが、この家は碇ゲンドウが残した家なのだ。

 だからシンジとアスカが住み続ける事になっても、ミサトが出て行く事になる。

 

「家賃を払い続けてくれたのはミサトさんですから、この家はミサトさんのものです」

「シンジ君の気持ちは有難いけどね、そう言う訳にもいかないのよ」

 

 シンジとアスカの成人を持って、ミサトは保護者の地位からも外れる。

 それからやっとミサトの自身の人生が始まるのだ。

 ミサトはシンジから貰ったネックレスを握り締めた。

 どんな結論になろうとも、三人で暮らせる今のこの時間は貴重なものだから大切にしようと誓い合うのだった。

 それでもミサトは何か悩みを抱えているようにシンジは気が付いた。

 特に変わったと気が付いたのは、ミサトがネルフの人たちに警戒しているような態度をとるようになっている事だ。

 全面的にネルフを信頼していた頃のミサトの笑顔が無い。

 ネルフに居る時のミサトは周囲を探るような目をしていた。

 そんなミサトの気持ちは家族であるシンジとアスカにも伝播していた。

 とても優しい好々爺のように見えるコウゾウにも何か裏があるように思えるし、スポンサーであるキール会長への不信は頂点に達していた。

 ミサトを避けてコソコソと動いているリョウジも気になっているし、シンジはリツコも近づき難い存在になっていた。

 せめて学校では軽音楽部で楽しい生活を送りたいと思っていた矢先、マナが怪しげな相手と連絡を取っていたのをシンジは聞いてしまったのだった。

 

「はい、霧島軍曹、これからも適格者の監視を続行します」

 

 マナに問い詰めれば軽音楽部の関係も壊れてしまう気がした。

 そんな表面上は安定していても、水面下では不安定な情勢の中、新たな出動命令が下った。

 

 

 

「今度の使徒の正体については不明、となっていますが?」

 

 ミサトはほとんどの部分が“Unknown”と書かれた資料を見て、コウゾウに厳しい視線を向けた。

 

「うむ、つい最近になって現れた使徒で、アンノと呼称される事となった」

「使徒アンノですか……この世界の創造神と同じとは大層な名前ですね」

 

 コウゾウの言葉にミサトは珍しく皮肉めいた言い方をした。

 まるで初めて会った頃のような信頼の無い冷たい空気が司令室を満たす。

 

「使徒アンノは黒頭巾の覆面で顔を隠し、黒いマントにパンツ一丁の大柄な男だとの話だ」

「何よ、その変質者みたいな恰好……」

 

 コウゾウの話を聞いたアスカは呆れた顔でため息を漏らした。

 

「黒い手袋や靴から繰り出されるパンチやキックはかなりの強さで、ATフィールドを込めた武器等も素手で受け止められているらしい」

「じゃあかなり強いんですね」

 

 シンジとアスカとレイにはもうマゴロクソードもソニックグレイブもおっぱいミサイルも無い。

 コウゾウの説明を聞いて緊張が走った。

 ミサトのオリハルコン製のメジャーも折れたままで、前に使っていた布製メジャーで戦うしかなかった。

 

「アンノはネルフ本部地下にある『ある物』を狙って襲撃して来る。君たちの使命はアンノの地下施設侵入を何としてでも阻止する事だ」

 

 コウゾウの言葉を聞いてミサトの目が光った。

 

「司令、その『ある物』とは一体何でしょうか?」

「その事について話すのは禁則事項だ。地下施設の扉は厳重にロックしてあるが、中の物を見たら君たちも処分の対象だ、分かったかね?」

 

 そう話すコウゾウの表情は厳しいものがあった。

 正体不明のものを正体不明の襲撃者から守らなければならない、ミサトたちにとっては不満のある任務だった。

 リツコもミサトたちが不審な動きをしないか監視してる様子で、落ち着かない感じだった。

 リョウジの姿も先程から見当たらない。

 

「今までの戦いと違って、負けたら即ゲームオーバーって感じね」

 

 アスカがそう呟いた。

 シンジたちは今までにない緊張感で使徒を待ち受けた。

 

 

 

 ドォォォォォン!

 大きな爆音と共に使徒アンノはネルフ地下施設への侵入を開始した。

 

「パターン青、使徒です! ば、化け物か!?」

「うそっ、特殊装甲板をパンチで砕いたって言うの!?」

 

 マコトとマヤは悲鳴に近い声を上げた。

 第三新東京市とネルフ地下施設の地面の間には、何層もの特殊装甲板が重なっている。

 アンノは拳を真下の地面に向かって振り下ろし、モグラのように地面を掘削し特殊装甲板もパンチで貫いたのだ。

 何層もの特殊装甲板があるとはいえ、ぶち破られるのは時間の問題だろう。

 一階のネルフ本社入口に居たシンジたちは急いで地下直通エレベータに乗り込む。

 常識外れの侵入方法に、シンジたちの使徒侵入水際阻止作戦は失敗したのだ。

 何とかシンジたちは先回りしてアンノを待ち受けることが出来た。

 背後には守るべき地下施設へのゲート。

 ここを突破されればミッション失敗となる。

 天井が突き破られ、穴から黒頭巾の覆面とマントをたなびかせて大柄の男が降り立った。

 服装は資料通り乳首も腹筋も肉体美丸出しのパンツ一丁だった。

 

「出たわね、変態使徒! よくもその格好で街を歩いて職質されなかったわね」

 

 アスカがアンノを指差してビシッとそう言っても、アンノは押し黙っていた。

 黒頭巾の下の表情は誰も見えない。

 アンノの前に立ち塞がっても、パワーでは勝てない事はミサトには分かっていた。

 

「彼の戦闘力は5,000。碇君の戦闘力は2,000前後だから、格闘戦では勝てないわ」

「綾波、何でそんな事が分かるの?」

「ボーイスカウター。赤木博士に作ってもらった」

「アイツはオッサンにしか見えないけど」

 

 アンノは勝利を確信しているのか、ゆっくりとシンジたちに近づいて来る。

 自分たちは最強の男と言われた使徒ゼットウに勝っている。

 油断させれば勝機があるとシンジたちは希望を持っていた。

 大柄な男はシンジたちに向かって怪しげな念仏を唱え始めた。

 

 「羅李砲……」

 

 するとシンジたちは強力な睡魔に襲われて跪いた。

 脳筋だと思っていた使徒が催眠術を使うとは、油断していたのはミサトたちの方だった。

 これではアンノは易々とスヤスヤと寝ているシンジたちをすり抜けてネルフの地下施設、セントラルドグマへと侵入してしまう。

 その時レイの身体のスピーカーからジャイアンツの歌が大音量で流れた。

 

《闘魂こめて 大空へ 球は飛ぶ飛ぶ 炎と燃えて》

 

 歌に闘志をもらったシンジたちは立ち上がった。

 自分たちより強い相手とも戦う勇気が湧いて来た。

 

「このおっ!」

 

 シンジが正面から繰り出したストレートパンチを、アンノは両手で受け止めた。

 生半可なATフィールドでは、シンジの腕の方がへし折れてしまう所だった。

 しかしシンジの全力を込めたパンチはアンノに当てることが出来た。

 

「無駄なエネルギーを使っているんじゃないわよ、バカシンジ!」

 

 そう言いながらもアスカは、隙が出来たアンノの首に向かって旋風脚を放った。

 アンノの首を捉えたはずのアスカのキックは弾き飛ばされてしまった。

 弱点であるはずの首を攻撃しても動じない敵相手に、シンジたちは動揺した。

 ATフィールドを全く持たないミサトがキックを当てれば、ミサトの足の方が折れてしまう。

 ミサトは自分の無力さに歯ぎしりしながらも、布製メジャーでアンノを拘束し、遠心力で投げ付ける事で少しでもダメージを与えようと考えていた。

 しかしアンノは獣のようにミサトの放ったメジャーを引きちぎってしまう。

 

「碇君、アスカ、バラバラに戦っていても勝てないわ」

「それならどうすれば良いのよ?」

 

 レイはシンジとアスカを手招きして、内緒話をした。

 アンノはその間余裕でそのまま仁王立ちをしていた。

 シンジとアスカとレイは三人で散開してアンノを囲むように立った。

 

「「「トライアングルアターーック!!!」」」

 

 三人は同時にアンノの頭に向かってユニゾンキックを炸裂させた。

 しかしアンノは少し体をぐらつかせただけで、堪えていない様子だった。

 

「使徒は頭部にATフィールドを集中させて防御していたんだわ!」

 

 ミサトが悔しそうに叫んだ。

 せっかくの必殺攻撃も、狙っている場所がバレバレでは決まらなかった。

 シンジたちはATフィールドを使い果たし、地面へとへたり込んでしまった。

 ミサトは動くことが出来るが、これでは完全敗北だ。

 アンノはセントラルドグマを覆い隠す壁に大穴を開けた。

 するとミサトの目にも、セントラルドグマの中心に安置された白い女神像のような物体が見えた。

 

「まさか……ユイさん!?」

 

 白い石像のようになってしまっているが、そのシルエットはミサトの知っている碇ユイ博士にそっくりだった。

 心臓のある左胸には禍々しい赤い色をした槍が突き刺さっている。

 アンノがゆっくりと白い石像に近づこうとすると、機械音声がネルフの施設内に響き渡った。

 

『セントラルドグマへの侵入者を確認。コードXXXの発動により、ネルフ本部施設は5秒後に爆発します。5、4……』

 

 ミサトは使徒イロウル戦の時に、ネルフ本部施設には自爆装置が仕掛けられているとコウゾウから聞かされていた事を思い出した。

 しかしまさか戦術核が仕掛けられているとは。

 ネルフ本部だけではなく第三新東京市を吹き飛ばすつもりか。

 シンジたち三人のATフィールドで抑えられるものではない。

 自分が死ぬのは構わない、でもシンジを守る事が出来ないのが悔しくて涙を流した。

 無情にも爆発への、死へのカウントダウンは止まらない。

 

「むんっ!」

 

 アンノが自爆装置に向かって跳躍し、ATフィールドを展開させているのがミサトには見えた。

 まさか爆発をATフィールドで抑え込もうと言うのか。

 シンジたちの数倍の力を持つとはいえ、無茶が過ぎる。

 そして爆発は起き、ミサトたちの視界は轟音と共に真っ白に染まった……。

 

 

 

「ミサトさん、一体何が起きたんですか?」

 

 起き上がったシンジはミサトに向かってそう尋ねた。

 

「使徒アンノはね、自分のATフィールドを全開にして爆発を抑え込んでくれたの。彼のお陰であたしたちは無事よ」

 

 ミサトはそう言って、地面に横たわるアンノを指差した。

 アンノの黒装束の覆面もビキニパンツも、爆発の衝撃で焼け焦げてしまっている。

 露になったアンノの顔を指差してミサトはシンジに告げる。

 

「使徒アンノは……あなたのお父さん、碇ゲンドウだったのよ」

「そんな……父さんは僕たちを救うために犠牲となって……」

 

 シンジは横たわるゲンドウを見て、すすり泣いた。

 

「いいえ、あなたのお父さんは、まだ生きているわ……」

 

 ミサトは顔を真っ赤にしてそう言うと、パンツが燃えて剥き出しになった部分を指差した。

 しっかりと↑の方向を向いていた。

 

「父さん、父さーん!」

 

 シンジが大声で呼び掛けると、ゲンドウは目を開いた。

 

「シンジ……頼みがある……ユイを封印しているロンギヌスの槍を抜いてくれ」

 

 ゲンドウはそう言うと、白い石像のような姿になったユイに刺さっている赤黒い槍を指差した。

 事態を察知したアスカとレイも協力して三人で槍を引き抜くと、白い石像のようだったユイに段々と血の通った赤みが指して行く。

 

「あなた……どうして……」

 

 人としての姿を取り戻したユイは悲しげな顔で呟いた。

 そしてユイの身体から、白い霧のようなものが吹き出し、白い髪、白い肌の女性の形を作って行く。

 しかしその顔はユイとは全くの別人だった。

 

「現れたな、使徒アルミサエル。ヤツは使徒を産み出す使徒だ……」

「あなたの力では、彼女は倒せない。だから私が彼女を封印していたのに、どういうつもりですか?」

 

 ユイはゲンドウに向かって怒りを示していた。

 どうやら使徒アルミサエルを封印するためのユイを封印していたものがロンギヌスの槍だったようだ。

 

「ややこしい話ね。そのロンギヌスの槍で使徒を封印すれば良かったじゃない」

「俺一人の力では無理だった。でも、今は問題ない。シンジたちが居る」

 

 ゲンドウはアスカのツッコミを完全にスルーして念仏を唱えた。

 

「辺保(略)ー!」

 

 ゲンドウがそう叫ぶと、シンジたちの体力が回復した。

 

「父さん、これは……?」

「俺が編み出した精気魔法だ。さあシンジ、ATフィールドを展開して使徒を圧し潰ぞ」

 

 使徒アルミサエルは霧の姿になって逃げようとするがもう遅い。

 ゲンドウやシンジ、アスカとレイの展開したATフィールドの檻に囲まれて逃げ場が無い。

 そして収束したATフィールドによって使徒アルミサエルは圧殺された。

 

「もしかして、渚君は……」

「使徒アルミサエルによって産み出された使徒だ」

 

 シンジの質問にゲンドウはそう答えた。

 渚カヲルが自分の母親に会えると言われて、セントラルドグマでユイの姿を見て激しく動揺した事は、この場に居ないリョウジしか知らない。

 

「でもどうして父さんと母さんが生きているの?」

「そうです、お二人は自動車事故で亡くなったはず。生きていたのなら、どうしてシンジ君に会いに来てくださらなかったのですか!?」

 

 シンジとミサトに立て続けに質問を受けたゲンドウは考え込む仕草をする。

 

「まず何から説明をすればいいか……使徒は南極大陸の永久凍土から葛城調査隊によって発見された未知のウイルスが源となっている。……そして人為的にウイルスのある永久凍土を溶かそうとした大爆発が『セカンドインパクト』だ」

「あなた……そろそろ服を着ないと……」

 

 ユイが顔を赤くしてそう言うと、シンジたちは真っ裸のゲンドウが着れるものが無いか探し始めた。

 しかしここは立入禁止区域のセントラルドグマ、服など置かれていない。

 しかもシンジやミサトたちは戦闘服であるプラグスーツに着替えている。

 ユイの着ていた服も封印されていた期間が長かったせいか風化が始まっていた。

 とりあえず話を中断して地上のネルフ本部を目指す事にしたが、ミサトに緊急の連絡が入った。

 ネルフ本部が混乱しているのはセントラルドグマで起きた爆弾騒ぎや使徒アルミサエル戦のせいかと思ったがそうではなかった。

 

「葛城さん、日本政府がネルフに対してコード八-O-1を発動させました!」

「何ですって!?」

 

 マコトの報告にミサトは驚きの声を上げた。

 

「ネルフは使徒を集めて、世界征服を狙う悪の組織とされていますよ」

「まさか、シンジ君たちが使徒だって言うの!?」

 

 ミサトが激昂してそう叫ぶと、シンジたちは驚いて跳び上がった。

 父と母とも再会し、使徒も倒して幸せな日々を送れるかもしれないと思っていた希望が逆転した。

 マコトの話では戦略自衛隊だけではなくアメリカのSOCOMやイギリスのSAS、ロシアのスペツナズまでもがネルフ侵攻のために集まっているのだと言う。

 そしてシンジたちを殲滅させるため、世界各地から使徒が呼び寄せられている。

 

「こんな事が出来るのは奴しか居ない。遂に動き出したか」

「あなた……」

 

 ユイは不安げな表情でゲンドウに抱き付いた。

 この事件の黒幕はネルフ司令のコウゾウではないかと疑っていたミサトだが、彼にはこのような事が出来ないとミサトは考え直した。

 もしかしてこの事件の黒幕はアイツなのではないかと思い当たる人物が浮かんだからだ。

 リョウジから受けた()()()()()()()()と言った警告に悪寒が走る。

 ミサトは地上に向けて上昇を続けるエレベータの中に居たシンジをギュッと自分の胸へと抱き締めるのだった……。

 

 

 



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Air Battle

 日本政府により『特務機関』の権利を剥奪され、犯罪組織とされてしまったネルフ。

 シンジたちは正義の執行者であった適格者の地位から一転、人々の敵である使徒と指名手配されてしまった。

 

「このように多くの人間を操り、ネルフを滅ぼそうとするヤツは一人しかいない。使徒キールだ」

 

 司令室でゲンドウがキールの名前を挙げると、一番驚いたのはコウゾウだった。

 

「まさか、彼はネルフの一番の理解者だぞ!? スポンサーとしてもネルフを支え続けてくれた」

「使徒キールの恐るべき能力は『人の記憶を書き換える』事だ。冬月先生、残念ながらあなたもキールによって都合の良いように記憶を書き換えられている」

 

 コウゾウはゲンドウの言葉を聞いて考えた。

 確かにキールと蜜月の関係にあった記憶がある。

 しかしそれが作られたウソの記憶だとしたら?

 話はゲンドウの方が筋が通っている。

 何よりもゲンドウにはウソまでついてキールを陥れる理由が無い。

 キールを信じて取り返しのつかない事をしてしまうより、ゲンドウの味方をする事に決めた。

 リツコもキールの能力を聞いて混乱に陥った人間の一人だ。

 自分はたくましいゲンドウに憧れていた。

 ゲンドウの妻ユイの目を盗んでは、何度も体を重ねていた。

 しかし今のゲンドウを見ると、彼は決して不倫などしない人物に思えた。

 キールに不倫の秘密をばらさすと脅迫されていたのは、キールの作った記憶の捏造だったのか。

 自分は一度もゲンドウに抱かれた事が無いのだとすれば、自分が初めてを捧げた相手は誰なのか。

 きっとキールに記憶を書き換えられてしまったのだろう。

 リツコはキールに強い殺意を抱いた。

 ネルフ本部では決戦に向けた準備が行われていた。

 もはや元特務機関ネルフのスタッフであるだけで世界の敵扱いだ。

 簡単に殺されてはなるものかと気合を入れていた。

 その間、ゲンドウは先ほど話が中断されたセカンドインパクトについての話を再開した。

 

「そもそもの始まりはミサト君の御父上、葛城博士による南極調査がきっかけだった。その頃は地球温暖化の影響で、シベリアの永久凍土が溶け出し、古代の未知のウイルスが出て来るのではないかと危惧されていた」

 

 葛城博士は南極大陸の永久凍土に興味を示していた。

 今では一般的になっている風邪もウイルスが引き起こしているものだ。

 中には人に有用なウイルスもある。

 人は紀元前から森羅万象のウイルスと共存しているのだ。

 

「葛城博士は運悪く深い氷の裂け目に落ちてしまった。調査隊の誰もが葛城博士は事故で亡くなったと思っていたが、マッチョマンだった葛城博士は帰って来た」

「えっ!? 普通なら凍死してしまうはずでは?」

 

 ミサトは父親が日頃から体を鍛えている事は知っていたが、ゲンドウの話には驚いた。

 

「ミサト君、筋肉は人に鋼を与える。だから俺もこの通り鍛えている」

 

 ゲンドウはそう言って服をめくると、割れた腹筋を誇らしげに見せた。

 

「あなた……話が脱線しかけていますよ」

 

 ユイに咎められ、ゲンドウは話を本題に戻した。

 葛城博士は、永久凍土の中に封じ込められた『生命の樹』を見たのだと話した。

 研究員たちは葛城博士は嘘をつくような人物ではないとその話を信じた。

 もしかしてその『生命の樹』には未知のウイルスがあるのかもしれない。

 しかし南極の永久凍土を溶かすなど自分たちに無理な話だ。

 葛城博士も手が届かないと諦めた。

 だが調査隊の中に野心に燃える男が一人居た。

 その男こそがキール・ローレンツ。

 彼は当時のアメリカ大統領をそそのかして、戦略核(戦術核より規模の大きい核爆弾)を南極大陸に投下させた。

 口封じのために、葛城博士の調査隊が南極を離れる前に。

 

「それでは父の敵は元アメリカ大統領だと言うんですか!?」

 

 その当時のアメリカ大統領は既に他界している。

 ミサトにはどうすることも出来なかった。

 彼の子孫に復讐するなど馬鹿げた事をするわけにはいかない。

 

「でも核爆弾なんか落として、生命の樹が燃えちゃったら本末転倒じゃない」

「生命の樹は残った。南極が地獄のような世界になった後も」

 

 アスカの疑問にゲンドウはそう答えた。

 

「そして俺とユイはキールがアメリカの援助を受けて立ちあげた『研究機関ゲヒルン』に研究者として招かれた。生命の樹には未知のウイルスが存在していたのだ」

 

 ゲヒルンの研究者がウイルスに感染すると、無症状の者も居たが、中にはATフィールドと不思議な能力を持つ人間が現れた。

 その不思議な能力を持つ人間が使徒だった。

 だからセカンドインパクト前には使徒が居なかったのだ。

 ウイルスは接触感染や飛沫感染を通じて人知れず世界各地へと広まって行った。

 世界の人類は多かれ少なかれウイルスに感染してしまっているのだ。

 使徒となった人間には体に『核(コア)』が現れ、ウイルスの巣のようになっている。

 

「ウイルスの発生源に近かった俺は精気魔法の能力を得た」

「私は、使徒を体内に封印する能力を使って強力な使徒を閉じ込めていたの」

 

 ゲンドウとユイはそう話した。

 

「俺たちは使徒ウイルスの発生源である『生命の樹』の殲滅と、ウイルスに抗体を持つワクチンの重要性をキールに説いた。しかしキールは使徒の力を自分の野心のために使い始めていた。俺たちは事故死したとされて、今までキールに捕まって居たのだ……」

「でもおかしいですよ。今のキールは大手メディア、ゼーレのCEOです」

 

 ゲンドウの話に、マコトが口を挟んだ。

 

「狡猾なキールの考えそうな事だ。自分はウイルス研究とは無縁の場所で黒幕だと言う事を隠し、さらに人々を誘導しやすいマスメディアを支配する。ネルフはいつでも切り捨てられる資金源の一つだったという訳だ。やつは第二のネルフを作る事が出来るのだからな」

 

 コウゾウは眉間に深いしわを寄せてそう話した。

 

「キール会長はネルフ本部を徹底的に殲滅するつもりなのでしょうか? それだけなら戦略自衛隊だけでも充分すぎる気がします。世界各国の精鋭部隊を呼び寄せている過剰戦力の意味が分りません」

 

 シゲルが自分の疑問を話すと、ミサトたちも同意見だと頷いた。

 

「それは我々がこれから行う作戦にも影響している。キールは、自分の拠点が攻められる事を恐れているのだ」

 

 キールのアジトはゼーレ本社ではない。

 世界各地にキールは隠しアジトを持っているのだ。

 

「ネルフ本部を守り抜くだけでは不十分だ。我々はこの機にキールを討たなければならない!」

 

 ゲンドウがそう言うと、ネルフのスタッフたちから歓声が上がった。

 

「しかしどうやってキールの居場所を突き止めるのですか?」

「使徒レーダー。ATフィールドを発していない使徒でも座標が分かるの。捜索範囲は地球全体まで広げられる。私の新発明品よ」

 

 ミサトの質問にリツコが堂々と答えた。

 リツコは使徒レーダーを操作して世界中で使徒の反応を捜索した。

 

「レーダーによれば、キールは『生命の樹』がある南極に居るようです」

「予想できそうな場所ね。レーダーなんか必要なかったんじゃないの?」

 

 アスカが呆れた顔でため息を吐き出した。

 

「リツコ君、よくやってくれた!」

 

 ゲンドウに褒められたリツコの顔がぱあっと明るくなる。

 

「アタシのツッコミは無視なの!?」

 

 叫ぶアスカの肩に、シンジが優しく手を置いた。

 

「ですがどうやってキールの居る南極へ向かうのですか?」

「セントラルドグマとは別の場所、ネルフのターミナルドグマに『NHG計画』で作られた戦艦零号艦ヴーセがある」

「碇、いつの間にそのような物を!?」

 

 ミサトの質問に対して答えたゲンドウの言葉を聞いて、コウゾウは驚きの声を上げた。

 

「冬月先生はネルフの司令となった時にキールによって記憶を書き換えられてお忘れでしょうが、廃棄となった戦艦がターミナルドグマに放置されていました」

 

 ゲンドウの説明を聞いたリツコが眉をひそめる。

 

「ですが放置されていた戦艦が、直ぐに動かせるものでしょうか?」

「それは心配ないわ、リッちゃん。整備は済んでいるわ」

 

 突然司令室のモニターに映し出された母親のナオコの姿に、リツコは驚きの声を上げた。

 母親はMAGIの完成した日に飛び降り自殺をしたと聞かされていた。

 

「君には済まない事をした。敵を欺くにはまず味方から、キールの能力を知っていた我々は、決起の日に備えて信頼のおけるネルフのスタッフにターミナルドグマで潜伏生活をさせていたのだ」

 

 ゲンドウがそう言うと、零号艦ヴーセのクルー達がモニターに映し出された。

 高雄コウジ・長良スミレ・多摩ヒデキ・北上ミドリ・天城ヒトミと言ったブリッジ要因の他に、赤い眼鏡を掛けたシンジたちと同じ高校生くらいの少女がグイっとモニターの前面に出た。

 

「どうも初めまして、こにゃにゃちわ。あたしは真希波・マリ・イラストリアス。君たちと同じ適格者だよ。いやあ、出番が無いかと思ってお姉さん、焦っちゃったよ。あっ、ちなみにネルフではミサトさんの次におっぱいが大きいんでヨロシク。待っているよ、ワンコ君」

 

 マリの姿を見て、アスカとレイは警戒心を剥き出しにした。

 胸の大きい女をシンジに近づけさせてはいけない。

 

「私はネルフ本部に残って、時間稼ぎをすればいいのかね?」

「はい、敵はMAGIをなるべく無傷で手に入れるために加減はしてくるでしょう。冬月先生、後は頼みます」

「ああ、ユイ君の事は任せてくれ」

 

 キールはMAGI接収のため、ネルフ本部にもいくらか使徒を差し向けて来る可能性がある。

 ゲンドウはネルフ本部の守りを、ユイとレイとコウゾウとリツコ、発令所を使い慣れているマコト、マヤ、シゲルたちに任せた。

 

「それでは南極に侵攻するメンバーはターミナルドグマへ向かう」

 

 ゲンドウの号令で、シンジとアスカ、ミサトはターミナルドグマに通じるエレベータへ乗り込んだ。

 

 

 

 シンジたちがターミナルドグマに到着すると、零号艦ヴーセはカタパルトの上に載せられ、発進準備は整っていた。

 鳥のような姿をした戦艦の形に、シンジたちはしばらく見とれてしまった。

 

「葛城君にこの船の艦長を命じる」

「えっ!? 私がですか!?」

 

 上官命令とあっては逆らえない、ここに葛城艦長が誕生した。

 

「よっ、葛城艦長。最初の命令は何だい?」

「加持君、あなたね……」

 

 姿を消していたリョウジが現れて、ミサトはあきれた顔を装いながらも安堵の息を漏らした。

 

「これより、本艦の名前を『AAAヴンダー』に変更します!」

「艦長になって最初の命令が船名変更とはね」

 

 ミサトのネーミングにしては合格点だと、リョウジは笑みをこぼした。

 『ヴーセ』はドイツ語で贖罪と言う意味だが、ミサトは気に入らなかった。

 戦艦の運用法を考えたミサトは『自律型強襲揚陸艦・Wunder(ドイツ語で奇跡)』と名付けたのだ。

 

「目的地、南極爆心地・カルヴァリーベース! AAAヴンダー、錨を上げろ!」

 

 葛城艦長の号令により、地上へのハッチが開いた。

 

「ところで、この船はどうやって動くんですか?」

「ふっふっふ、それはお姉さんが教えてあげよう」

 

 マリはシンジの腕を取ると、自分の胸の間に挟み込んだ。

 アスカが厳しい表情でマリを睨みつける。

 

「この戦艦の船底にはね、『ヱヴァンゲリヲン初号機』と言う巨大人造人間が取り付けてあるんだ。初号機に適格者が乗り込んで、そのATフィールドを推進力にして進むんだよ、分かった?」

「はい、分かりました」

 

 分からなかったと言うとさらにしつこく説明されそうなので、シンジは適当にそう答えた。

 

「じゃあ、あたしがワンコ君たちを南極まで運んであげるから、大船に乗った気持ちでね!」

 

 マリはシンジの頬に軽くキスをすると、手を振って船底のヱヴァへと続く通路に走り去って行った。

 アスカも割って入れないほどの早業だった。

 

「涼波コトネです。よろしくお願いします、先輩!」

 

 シンジとアスカはAAAヴンダーで適格者のコトネとも対面した。

 マナの様に元気なツインテールの彼女は、シンジたちの後輩に当たる中学三年生。

 コトネが感激してシンジの手を握ると、アスカはムッとした顔になった。

 ヱヴァンゲリヲン初号機にマリが乗り込み、AAAヴンダーのエンジンに火が着くと、あっという間にオーストラリア上空に到着した。

 

「敵性飛行物体を確認、ネーメジスシリーズ『44A』です!」

 

 ブリッジオペレータのミドリがそう告げた。

 『44A』は主にアメリカによって大量生産された、小型の飛行型エヴァである。

 ATフィールドを持ち、爆弾によりAAAヴンダーに攻撃を仕掛けて来た。

 

「さすが物量作戦の国、アメリカね。でもね、M4シャーマンがいくら束になっても、ティーガーには勝てないのよ!」

 

 ミサトの言う通り、44Aの爆弾は、AAAヴンダーのATフィールドを破れなかった。

 

「邪魔な敵機を殲滅して、進路を切り開く。陽電子破城砲、撃てーーっ!」

 

 使徒も打ち抜けると戦略自衛隊が自慢していた陽電子ビームは、44の貧弱なATフィールドを打ち破って破壊した。

 エヴァはアメリカ軍が人工的に作った使徒、その最弱のユニットでAAAヴンダーを止められると思っているのか。

 いや、これはキールの挑発だとミサトは思った。

 

「エヴァンゲリオンMark.06、エヴァンゲリオンMark.09、ATフィールドを中和して本艦の甲板に着陸しました」

 

 ブリッジオペレータのヒトミがそう報告した。

 ATフィールドを扱えるようにした戦闘用人造人間。

 それがエヴァンゲリオンだった。

 

「アスカ、行こう!」

「待てシンジ、ここは惣流君と涼波君に任せるのだ」

 

 迎撃に出ようとするシンジを、ゲンドウが引き留めた。

 

「俺とシンジはキールの本拠地、カルヴァリーベースで戦うまで力を温存する。あのような雑魚の相手は二人で十分だ」

 

 エヴァンゲリオンMark.06とエヴァンゲリオンMark.09、アスカとコトネがシンジたちがモニターで見守る前でAAAヴンダーの甲板にて格闘戦となった。

 戦闘経験が少しアスカに劣るコトネ。

 大振りの攻撃はエヴァMark.06に交わされてしまう。

 アスカはエヴァMark.09と互角の戦いを繰り広げていたが、コトネを助けるほどの余裕は無い。

 

「スミレちゃん、しばらくの間、ヴンダーの制御をお願い」

「葛城艦長!?」

 

 ミサトは操舵手のスミレに任せると、甲板へと出て行ってしまった。

 エヴァンゲリオンMark.06はコトネの攻撃を交わすと、隙を突いて襲い掛かろうとした。

 そのエヴァMark.06の足をミサトの投げた布製メジャーが絡めとった。

 前のめりに転倒したエヴァMark.06の首の骨に、コトネはATフィールドの力を込めたパンチをお見舞いした。

 

「ごめんね!」

 

 首の骨が砕かれて生きていられる生物は居ない。

 エヴァMark.06は完全に沈黙した。

 そしてミサトはエヴァMark.09と戦い続けているアスカに声を掛ける。

 

「アスカ、胴体に攻撃を食らわせ続けても効果は薄いわ。頭を狙って!」

「了解!」

 

 アスカは攻撃をパンチやキックから切り替えて、間合いを離すと、エヴァMark.09の後頭部に跳び蹴りを食らわせた。

 エヴァMark.09の動きは格段に遅くなり、アスカもエヴァMark.09の首の骨を砕いて止めを刺した。

 

「いいかシンジ、使徒ウイルス感染者はATフィールドとコアを持つ強力な存在だが、ゾンビではない。無理に心臓を狙おうとしなくても良い。アメリカのラーソンシティでは使徒の弱点が首であるという情報が無かったため、胴体を狙った警官隊は無駄に弾薬を消耗し、使徒に敗北してしまう事になった。分かったな」

 

 目の前でアスカとコトネが人工使徒であるエヴァを倒す場面を見て、シンジはゲンドウの言葉を理解した。

 これからは急所を外して使徒の命を救うと言う甘い事を言ってはいられないのだ。

 ネルフ本部に居るレイ、コウゾウ、リツコ、そして母親のユイやマヤたちオペレータの身を案じながらも、シンジは覚悟を決めるのだった。




バトルパートが壮大になってしまったので、最終回は伸ばします、ごめんなさい。
次回「今、別れの時」でサービスさせて頂きます。
絶望的な状況でも、最終的にはミサシンになります。


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今、別れの時

 シンジやゲンドウ達を送り出したネルフ本部にも、戦略自衛隊を中心とした侵攻部隊が迫っていた。

 ネルフ本社は出入口全てにシャッターが降ろされ、外敵の侵入を拒む意思が見えた。

 

「総員、攻撃開始!」

 

 戦略自衛隊の戦車の砲塔や戦闘機の爆弾がネルフ本社に降り注ぐ。

 しかしネルフ本社はATフィールドのバリアーに覆われており、CS放送受信アンテナ一本折れなかった。

 

「こうなれば、ネルフの電気系統を断ちますか?」

「あれを見ろ!」

 

 戦略自衛隊の隊長はネルフの屋根に設置された太陽光パネルと、風車を指差した。

 以前にネルフを一度停電させてしまったのは失策だった。

 ネルフは送電線を切断されても平気なように自家発電設備を整えていた。

 場合によっては地下で水力発電をしているかもしれない。

 

「巨大な遮光物を広げたら、洗濯物が乾かなくなると第三新東京市の市民の皆さんから苦情が来るだろう。断水も同様だ。そのような手を使わなければネルフを倒せないのかと、内閣の支持率が下がると総理大臣は心配している」

「キール会長が応援演説をすれば支持率は回復するのでは?」

「そのキール会長と連絡が取れないらしい」

「ならば別の作戦をとるしかありませんね」

 

 戦略自衛隊の隊長は、同行した使徒たちにネルフ本社を覆うATフィールドを破らせる指示を出した。

 使徒たちはATフィールドに穴を開けて、戦略自衛隊の部隊が通れるほどの隙間を作った。

 

「よし、全軍突撃!」

 

 戦略自衛隊の戦車隊は喜び勇んでネルフ本社の正面玄関へと向かった。

 しかし正面玄関前の地面には落とし穴が掘られていたのだった。

 使徒アンノと呼ばれていた頃のゲンドウが特殊装甲板を何十枚もぶち破って掘り進んだセントラルドグマまで届く深い深い縦穴だ。

 前進ばかりに気を取られれていた戦車隊は後退する事が出来なかった。

 

「おい、お前ら、押すんじゃない!」

 

 戦いの喧騒に遮られて戦車部隊隊長の声は後ろに届かず、地上戦車部隊はほぼ壊滅した。

 

「航空幕僚長! 機体の制御装置も次々と不具合を起こしています、コントロール不能です!」

 

 戦略自衛隊の航空部隊も編隊を崩していた。

 5G以上の電波が放出されると航空機の航行に悪影響を及ぼすとニュースになった記憶は新しい。

 ネルフ本社からは8G規格を超える電波が放出され、戦闘機同士が衝突する事故が多発していた。

 

「ネルフには赤木リツコと言うマッドサイエンティストが居るとは聞かされていたが、予想外だな」

 

 ヘリコプターによる降下作戦もATフィールドのバリアーに遮られて出来ない。

 ネルフ一社を攻撃するためにNN爆弾を使えばアメリカ大統領の様に数日で内閣総辞職だ。

 適当な事を言って誤魔化してくれるキール会長も居ない。

 しかし戦略自衛隊は世界ではアメリカ軍の次に強いと高いプライドを持っている。

 こんな序盤戦で白旗を上げるわけには行かなかった。

 

「歩兵師団によるネルフ本社の直接占拠を行う」

 

 陸軍幕僚長によって、武装した歩兵部隊がネルフ本社前に集結する。

 その中には使徒も混じっている。

 これからが双方にとって本番だ。

 お互いに血を流す事になるのはほぼ確実である。

 歩兵部隊の一部は壁伝いに昇って司令室に奇襲をかける作戦に出ようとした。

 しかしそこでも使徒マトイ戦でのネルフの教訓が生きた。

 リツコは本部の壁に良く滑るオイルを塗って、貼り付けないよう対策していたのだ。

 こうなれば戦略自衛隊の部隊は1階から侵入するしかない。

 地下深くのセントラルドグマに落ちた舞台を救助する時間はなかった。

 強固な特殊装甲板で作られたネルフの正面ゲートも、歩兵師団のRPG-7によって破られた。

 ネルフ本社の入口は不気味なほど静まり返っていた。

 どうせ一般企業の区画だ、大した妨害も無いだろうと陸軍幕僚長に率いられた戦略自衛隊の歩兵師団が進むと、足元にワイヤートラップなど、時間稼ぎの罠が仕掛けられていた。

 そこで使徒たちを先頭に進軍する事となった。

 使徒たちがトラップを破壊してしまえば、部隊は安全に進むことが出来る。

 しかしこれもコウゾウの作戦通りだった。

 使徒たちは鬨の声を上げて、ネルフ本部に通じる直通エレベータに乗り込んだ。

 ネルフ本社の天井をぶち破ってネルフ本部へ侵入する方法もあるが、侵攻の目的はMAGIの占拠もある。

 MAGIを破壊してしまうような手荒な方法は使えなかった。

 

 

 

「ふっふっふ、これだけの人数が居れば相手にどれだけ使徒が居ても恐れるに足りず」

 

 使徒アインスは、エレベータの中で敵をのんでかかっていた。彼の他にも、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン、エルフ、ツヴェルフの12人の使徒がネルフ本部侵攻部隊に投入されている。

 

「お前たち親娘二人だけで、俺たちを止めるつもりか?」

 

 MAGIのある発令所で使徒12人を待ち受けていたのは、ユイとレイだった。

 ゲンドウの意向でユイに似せられて造られたレイは、ユイの娘の様にも見えた。

 使徒であるアインスには、ユイとレイのATフィールドを感じ取る事が出来たのだ。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 ユイが大きく息を吸い込むと、使徒アインスの身体が白い霧のように変化し、ユイの口へと吸いこまれた。使徒アインスは自分に何が起こったのか理解できないまま、ユイの体内へと封印された。

 他の五人の使徒も、同様にユイへと吸い込まれ、ユイのお腹は妊婦の様に膨れ上がった。

 ユイも六人の使徒を封じ込めるのが限界の様子だった。

 

「ユイ博士、後は私が引き受けます」

 

 ユイは陣痛に苦しむような表情を浮かべて、マヤとリツコに支えられて後ろの席へとさがった。

 ロンギヌスの槍の槍でユイを突き刺せば、封印の確実性は増すのだろうが、今回は時間稼ぎが目的だった。

 マヤは脂汗を流して耐えるユイの額をタオルで拭った。

 リツコは夫のゲンドウの為にここまで尽くせるユイには勝てないと思った。

 

「やっぱり、シンジ君をモノにするしかないのね……」

 

 こんなひっ迫した状況であるのに、リツコはそんな事を考えてしまった。

 発令所の司令席で戦況を見ていたコウゾウは、自分の無力さに憤りを感じていた。

 敵の使徒の数は半分の六体となったとは言え、レイ一人ではまともに戦えないだろう。

 こんな時に自分に適格者の力があればと悔やむコウゾウに、突然力が目覚めたのを感じた!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 コウゾウが使徒たちに向かって両手を伸ばした。

 

「何だ、あの爺さんは気が狂ったのか?」

 

 使徒ノインが司令席に居るコウゾウの方を見上げた時、コウゾウの両手から青白い光線が降り注いだ!

 残っていた使徒六人は白い煙のような形になり、光の渦へと巻きこまれた。

 

「日向君、炊飯ジャーの蓋を開けるんだ!」

 

 コウゾウに言われたマコトは、ネルフ本部に籠城する事になった時に、おむすび用のご飯を炊いた、空になった炊飯ジャーの蓋を開けた。

 炊飯ジャーに六体の使徒たちは吸い込まれ、マコトはしっかりと蓋を閉じた。

 

「凄いですね、冬月司令!」

 

 顔を紅潮させたシゲルが興奮してコウゾウに向かってそう叫ぶが、コウゾウはシゲルの方を向かず、視線は虚空を見つめていた。

 

「碇、私に出来るのはここまでのようだ」

 

 コウゾウはそう呟くと、司令席へと体を埋めて動かなくなった。

 遅れてエレベータからやって来た戦略自衛隊の歩兵部隊は使徒たちの姿が一人残らず消えている事に困惑していた。

 

「次は、私が頑張る番」

 

 レイはそう言って、ATフィールドを展開し、敵へと向かって行った。

 リツコもユイの奮闘に負けまいと、対人トラップを発動させる。

 こうなれば、南極に居るゲンドウ達が帰って来る所を守るために、戦い抜くのみだ。

 

 

 

 ゲンドウやシンジ、ミサトやアスカたちを乗せたAAAヴンダーは、オーストラリアを抜け、南極上空へと迫っていた。

 追撃して来るエヴァ44Aは機銃で適当に撃破している。

 目的地のカルヴァリーベースが見えてくると、AAAヴンダーと同型の戦艦3隻に包囲されてしまった。

 

「葛城艦長、いかがいたしますか!?」

「本艦の目的はカルヴァリーベースへの突入です、現状の針路を維持するように!」

 

 操舵手のスミレの言葉にミサトはそう答えた。

 それはすなわち敵の戦艦3隻の集中砲火を受ける事になってしまう。

 3隻の戦艦はAAAヴンダーと同じく船底に大型のヱヴァンゲリヲンが生贄のように括りつけられていた。

 AAAヴンダーが射程圏内に入ると、砲塔やレールガンなどで火力攻撃を仕掛けて来た。

 初号機に乗っているマリが展開しているAAAヴンダーを覆うATフィールドを突き破り、AAAヴンダーは被弾した。

 

「葛城艦長、強行突破は無茶です!」

「カルヴァリーベースまで持てばそれで良い!」

 

 ミサトが勝負を急いだのは、ネルフ本部の様子も気にかかるからだ。

 一刻も早くキールの『洗脳』を解かなければ、ネルフ本部にどんな激しい猛攻が加えられるか心を砕いていた。

 戦略自衛隊侵攻の第一波を乗り越えたとしても、彼らは増援部隊を日本中、いや世界中から呼ぶことが出来るのだ。

 それを考えると、キールを逃がしてしまう訳にもいかない、一刻も早く決着を着けたい。

 カルヴァリーベースの滑走路が見えて来た。

 敵も戦艦が着陸する場所はこの場所しかないと予想が付いているので、激しい迎撃を受けるだろう。

 それでも着陸を強行するしかなかった。

 陽動などかく乱など言っていられない。

 

「全員、当艦から下船。キールの居る『生命の樹を』目指します」

 

 ATフィールドを持つゲンドウとシンジが先頭になって戦艦を出る。

 カルヴァリーベースを防衛するSOCOMやSASの兵士を蹴散らすその姿は、『親子竜』とAAAヴンダーのクルーたちに称賛された。

 

「真希波大尉は?」

 

 自分が一番最後に下船したと思ったミサトは、マリの姿が見当たらない事に気が付いて疑問の声を上げた。

 まさか、まだ初号機の中に乗り込んだままなのか。

 

「空を飛んでいる三匹の鳥さんは、あたしが引き付けておいてあげるにゃ」

「マリちゃん一人では無茶よ!」

「大丈夫だって、外も中身も作り物のヤツラなんかに、あたしは負けないって」

 

 マリはミサトの言葉にそう答えると、AAAヴンダーを離陸させて飛び立って行ってしまった。

 

「ミサトさん……」

「行きましょう、シンジ君。彼女の行動を無駄にしないためにも」

 

 シンジに声を掛けられたミサトは顔を上げて直ぐに気持ちを切り替えた。

 一刻一秒の遅れが、この作戦に悪影響を及ぼすのだ。

 

 

 

 カルヴァリーベースの中は迷路のようになっており、決められたルートを進まないと通路が壁に塞がれるなどのトラップが仕掛けられているようだ。

 ピッタリとミサトの側を離れなかったシンジは分断されてミサトと二人きりになってしまった。

 キールは基地の至る所に兵士を配置して居るらしく、SOCOMやSAS相手ではミサトとシンジは何度も苦境に立たされた。

 エヴァMark〇〇シリーズとも遭遇し、ミサトが敵の動きを止めてシンジが止めを刺す、連携攻撃のような事もあった。

 

「こうして二人だけで戦っていると、使徒ヒルダと戦っていた頃を思い出すわね」

「あの時より僕、強くなりました? ミサトさんの足手まといになっていませんか?」

「シンちゃんはたくましくなったわよ。背もこんなに伸びたし」

 

 ミサトはそう言って、シンジの頭を寄せて軽くキスをした。

 高校三年生になったシンジの身長はいつの間にかミサトを追い越していた。

 

「キスよ。帰ったら大人の続きをしましょう」

 

 そう言ってミサトは、シンジの手を自分の胸へと押し当てた。

 どんなやり方でも、シンジが生き残るためにやる気を出してくれればそれで良い。

 そんな気持ちからの言葉だった。

 今の所側に敵の気配が無いとはいえ、ここで大人の行為をするわけには行かない。

 ネルフ本部でさえ道に迷ってしまったミサトである。

 他のメンバーとはぐれてしまったのは大きなタイムロスとなった。

 しかしゲンドウたちと再び合流できたのは幸運だった。

 

「この先が『生命の樹』がある『エデンの園』だ。多分キールはそこで俺たちを待ち構えているだろう」

 

 ゲンドウの言葉にシンジやアスカ、AAAヴンダーのクルーたちは緊張感を漂わせた。

 そして鍵のかかったゲートがゲンドウとシンジのダブルATフィールドによって穴を開けられると、キールと、生命の樹、そして腕が四本あるエヴァンゲリオンの姿があった。

 

「碇ゲンドウ。やはり貴様は処刑しておくべきだったな」

「生かしておいて、記憶を書き換えて利用しようとしたのが裏目に出たな、キール」

 

 生命の樹の近くに立つキールの言葉に、ゲンドウはそう答えた。

 

「自分の不始末は自分で着ける。この最高傑作、エヴァンゲリオンMark13で親子共々、息の根を止めてやろう」

「使徒は全てネルフ本部へと行かせたか。他人を信用できないお前らしいな。お前は使徒の反乱を恐れている」

 

 図星を突かれたキールは怒りをあらわにして、エヴァMark13をシンジとゲンドウに向かわせた。

 エヴァMark13は使徒殺しと呼ばれるロンギヌスの槍を四本の腕に四本持っていた。

 

「アタシの事も忘れんじゃないわよ!」

「あたしも頑張ります!」

 

 アスカとコトネもサポートとして戦闘に加わる。

 しかし四本のロンギヌスの槍を振り回すエヴァMark13には近づく事すら出来ず、次第に追い詰められていく。

 ロンギヌスの槍はATフィールドを貫いてダメージを与えるだけではなく、ATフィールドを持たない人間が食らえば、紙切れのように胴体が真っ二つに切断されてしまうのだ。

 AAAヴンダーのクルーたちを助けるためにも、シンジは考えを巡らせた。

 

「止めてよ、カヲル君!」

 

 シンジがそう叫ぶと、エヴァMark13は動きを止めた。

 

「どうした、エヴァMark13! 敵を殲滅しろ!」

 

 キールが怒声を発するが、エヴァMark13は動かなかった。

 

『また会えて良かった。さようなら、シンジ君』

 

 エヴァMark13は自分の身体へと四本のロンギヌスの槍を突き刺した。

 これではエヴァMark13が生きている可能性はない。

 

「シンジ君、どうしてエヴァMark13を動かしているのが渚カヲル君だと分ったの?」

「綾波みたいにエヴァが人工的に造られた使徒ならば、誰かの心が元になっているんじゃないかと思ったんです。加持さんから聞いた話から、カヲル君が『おじさん』と呼んでいたのはキールだと思ったんです。それならキールはカヲル君をベースにしてエヴァを造ったんじゃないのかと思ったんです」

 

 ミサトに尋ねられたシンジがそう答えると、AAAヴンダーのクルーたちから感心した声があがった。

 

「これでアンタをバカシンジと呼べなくなったわね」

 

 アスカにそう言われると、シンジは照れくさそうな顔になった。

 

「あっ、キールが逃げますよ!」

 

 コトネが指摘すると、キールは非常用の出口から逃げようとしていた。

 

「おっと、そうは問屋が卸しませんぜ」

 

 キールの進路を塞ぐように現れたのは、リョウジだった。

 リョウジはカルヴァリーベースに先行して潜り込み、スパイ活動をしていたのだ。

 

「くっくっく、ワシの能力を忘れたかね」

 

 キールはそう言うと、バイザーの奥からリョウジを睨みつけた。

 

「俺の記憶を書き換えたところで、ぐああああっ!」

 

 リョウジがそう叫ぶと、左肩が渚カヲルの時のように異形化した。

 

「君に恐怖の記憶を植え付けさせてもらったよ。やっても居ない弟殺しの記憶の味はどうだ?」

 

 キールはそう言って口を歪ませた。

 リョウジはアスカとアメリカのラーソンシティに行った時に【Fearウイルス】に感染した。

 それは完全に体内から消滅したとリョウジは思っていたが、ウイルスの陰性反応はウイルスが零になった事を示しても、ゼロだと確定した訳ではない。

 その事を悟ったアスカは身震いした。

 

「葛城、俺が完全に使徒化する前に、俺を撃ち殺せ。まだ、生命の樹を殲滅させる任務が残っているんだろう?」

 

 リョウジにそう言われたミサトは涙を流しながら素早くリョウジの頭を撃った。

 

「信じられぬ、他人の為に自分の命を捨てるとは……」

「あんたには理解できないでしょうね」

 

 ミサトは涙をすすりながらキールにそう言い放った。

 

「よし、『生命の樹』を破壊するぞ」

「うん、父さん!」

 

 使徒化ウイルスの源なった生命の樹。

 ウイルスが人類全体に広まって変異してしまった今、完全に消滅する事は無いが、キールのように利用しようとする者は居なくなるだろう。

 

「シンジ、ATフィールドの力をもっと上げろ!」

「これが限界だよ、父さん!」

 

 アスカとコトネも加わって、生命の樹に向かってATフィールド攻撃を加えるが、生命の樹を完全に枯らすことは出来ない。

 

「くそっ、後一歩なのに……!」

 

 その時、シンジたちの居るエデンの園の天井がビームによって焼き払われ、大きな穴が開いた。

 

「ワンコ君達、急いでカルヴァリーベースから出て! あたしに生命の樹を燃やしちゃう、良い考えがあるんだ!」

 

 マリがどんな手を使うか見当も付かなかったが、シンジたちはキールの残した非常脱出通路を使ってカルヴァリーベースから脱出した。

 するとマリはAAAヴンダーを急速に生命の樹へと突撃させた。

 

「まさか、自爆する気!?」

 

 ミサトたちの見ている前で、AAAヴンダーは生命の樹に当たるすれすれの地点で急上昇した。

 しかしAAAヴンダーを追いかけていた敵の戦艦3隻は次々と生命の樹にぶつかり大爆発を起こす。

 そして、3隻の戦艦が炎上した爆心地にはクレーターのような窪みができ、生命の樹が根っこまで消失した事を示していた。

 

「AAAヴンダーが爆発しちゃったら、あたしたち、南極から帰れなくなっちゃうじゃん」

 

 陽気なマリの言葉にAAAヴンダークルーから笑い声が上がる。

 シンジたちがカルヴァリーベースに居る間、戦艦3隻と戦っていたマリ。

 彼女もこの戦いの功労者だ。

 

「うぐぐ……」

 

 ミサトとシンジは、ボロボロになりながらも生きているキールを発見して驚いた。

 ATフィールドを全開にして爆発に耐えたが、飛ばされてしまったのだろう。

 キールの胴体の部分はほとんどが機械になっていて、焼き焦げた服からは剥き出しになっていた。

 哀れな野心家の末路の姿に、シンジは同情さえ覚えるのだった。

 

「ミサトさん、どうしましょう?」

「このまま放って置いても壊れそうだけど……シンちゃんってば優しいのね」

 

 キールは法廷で裁かれるべきだあると判断したミサトとシンジは、キールを回収しようと近づいた。

 その時、キールの目がシンジへと向いた。

 

「碇シンジよ、この女は君の両親を自動車事故に見せかけて殺した。君がご両親の敵を取るんだ」

「いけない、シンジ君!」

 

 キールの言葉を聞いたシンジはミサトに強い力でつかみかかった。

 ミサトは機転を利かせて上半身の防寒具と服を脱いで一度はシンジの拘束から逃れる。

 しかし再びシンジに腕を掴まれ脱いだ防寒具の上へと押し倒されてしまった。

 プラグスーツ姿のシンジがミサトのうえに馬乗りになって、ミサトの首を両腕で締める。

 

「止めて……シンジ君」

 

 ミサトはシンジの両腕をつかんで抵抗する。

 シンジはもっと力を込めてミサトの首を絞められる位置へ移動しようと、腰を前進させた。

 すると柔らかい物に触れたと気が付いたシンジは記憶を取り戻した。

 

「ミサト……さん?」

「シンちゃん、気が付いてくれたのね?」

 

 シンジは自分がミサトの胸の上に乗っている事に気が付くと、あわてて飛び退いた。

 

「バカな……」

「キール会長、あなたが操れるのは脳の記憶だけ。体に染みついた感覚までは奪えないと言う事ですよ」

 

 キールは怒りに燃えたシンジによってサッカーボールのように蹴り飛ばされてしまった。

 恐らく完全に壊れてしまっただろう。

 しかしシンジを本気で怒らせるだけの事をした当然の報いだ。

 キールが死んだ事を伝えると、ゲンドウは少し悲し気な表情をした。

 ウイルスには人類にとって有用な物もある。

 キールも最初は純粋に人類の役に立てようと『人類補完計画』を提案していたが、研究を続けて行くうちに野心に染まってしまった。

 

 

 

 こうしてキールの野望が打ち砕かれた後も、特務機関ネルフの戦いは続く。

 使徒化ウイルスは完全に死滅した訳ではなく、誰が発症するか分からない。

 中にはネルフの職員アサヒが感染した「間抜けウイルス」のように、「ま」だけが話せなくなると言った、本人が赤ちゃんパブに行けなくなって困ると嘆いていたレベルのくだらないウイルスもあった。

 シンジとアスカは高校卒業が近づくにつれて適格者の力が弱まり、大学進学と同時にネルフから離職する事が決定した。

 ミサトが一番心配していたのは、アスカに潜む【Fearウイルス】の事だった。

 適格者と言う免疫力が無くなった今、少しの恐怖心でも発症してしまうかもしれない。

 近くで見守ってあげる人間が必要だ。

 

「えっ、僕がアスカと同居するんですか?」

「そう、その方がアスカも安心するでしょう? シンジ君はアスカの気持ち……分かっているだろうし」

 

 ミサトの言葉にシンジは頷いた。

 アスカを支えてくれそうなリョウジも今は居ない。

 いや、同居を続けたり適格者として一緒に戦う間に、アスカの心はリョウジから自分に向いている事は分かっていた。

 自分が学校でレイやマナと仲良くすると嫉妬する事も。

 

「さようなら、シンちゃん」

 

 ミサトは自分からシンジに別れを告げた。

 

「さようなら、大好きなミサトお姉ちゃん」

 

 シンジはそう言ってミサトの部屋から出て行った。

 

「さて、荷造りの準備を始めないとね」

 

 ゲンドウとユイはATフィールドの力を使いすぎた無理がたたって入院中だが、この部屋は碇夫妻の部屋になるのだ。

 元の碇夫妻の部屋は今はアスカが使っている。

 ゴミ捨て場に倒れていたアスカに部屋が無かったから、碇夫妻の部屋を使わせたのだ。

 だからこの部屋はミサトが碇夫妻に引き取られてから10年以上暮らした慣れ親しんだ部屋となる。

 

「今までお世話になりました」

 

 ミサトは部屋に向かって正座して礼儀正しく挨拶をする。

 

「シンちゃん、アスカとご両親と、新しい家族で楽しく暮らすのよ。たまには、元お姉ちゃんがご飯を作りに来てあげるからね」

 

 そう呟いたミサトの目からは涙がとめどなく流れるのだった。




名探偵シンジのお陰で最大のピンチは脱出できました。
このままだとバッドエンドなので、次回を最終回とさせて下さい。


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ハルカ、約束の時(最終話、続編予告あり)

 枕を涙で濡らしたミサトが起きた翌朝、シンジとアスカの姿は無かった。

 アスカのFウイルス検査も兼ねて、両親のお見舞いに行くと話していたので、二人でネルフ関係の病院へと行ったのだろう。

 二人だけで行ったのは疲れ果てていたあたしへの思いやりかとミサトは考えた。

 いつも三人で食事をしているテーブルの上には、二人が作ったミサトの朝食と、シンジのS-DATが置いてあった。

 これはシンジからのメッセージなのでは?と思ったミサトはS-DATのイヤホンを耳にはめて再生した。

 S-DATから流れて来たのは、最近ミサトでもラジオやTVのCMでする新鋭アーティスト『夜遊び』の『ハルカ』と言う曲だった。

 カップに入った冷めたコーンポタージュスープを電子レンジで温めながらミサトは思い返す。

 碇夫妻を突然の事故で失ったミサトとシンジは、お互いに孤児となってしまった。

 『施設』に入れられてバラバラにされそうだったところを、周囲の人々の助けもあって、跳ね除ける事が出来た時の事を思い出す。

 『当事者同士が婚約を結んでいる場合、未成年でも施設の入所を拒むことが出来る』などと言う法律の穴である例外規定を使って、シンジを施設に入れようとする陰湿な施設関係者を追い払った事もあった。

 その時のミサトは、シンジと結婚する気持ちなど毛頭無かった。

 恩人である碇夫妻の息子であるシンジを弟として育ててい一心だった。

 劣悪な環境と言われていた『施設』に押し込めるより良いと思っていた。

 だからシンジの為にネルフで、嫌な上司の下でも一生懸命に働いた。

 シンジとの暮らしが明日も続くように祈りながら毎晩眠りに就いていた。

 二人だけの生活は決して裕福なものではなかったけれども、喜びも悲しみも分かち合った。

 振り返れば今まで数えきれないくらいの思い出がミサトとシンジにはあった。

 ミサトが陰で人一倍仕事を頑張っていた事をシンジは知っている。

 シンジはミサトから何も買ってもらえなくても、側に居るだけで幸せだったといつも話していた。

 

「ありがとうを言いたいのはあたしの方よ、シンちゃん」

 

 曲を途中まで聴いたミサトはそう呟いた。

 使徒の力を使って世界征服を企んでいたキールを倒した事で、特務機関ネルフにも春が訪れていた。

 特務機関ネルフは打倒キールの役目を終えて新たな組織へと生まれ変わるのだとゲンドウは話していた。

 

「大丈夫、新しい組織でもあたしは頑張るから。シンちゃんが応援してくれるなら百人力よ」

 

 ミサトはシンジに強がって話すようにそう呟いた。

 これから一人の生活が始まるのだと思うと、ミサトも正直言って寂しい。

 夜眠れるのかどうか不安になる。

 使徒との戦いは辛いものがあった、でもシンジはくじけずに最後まで諦めなかった。

 エヴァMark13を倒せるほどに成長したシンジを見たミサトは、すっかり大人になってしまったのだと感心した。

 幼い頃からずっとシンジと一緒に居られた事はミサトにとっては何よりの喜びだった。

 だからシンジがアスカと幸せな人生を歩むことが出来るのならば、自分は嬉しいとミサトは自分に言い聞かせた。

 今のシンジは両親を初めとしてたくさんの愛する人に囲まれている。

 自分もそうだ、だからシンジと顔を合わせる時は泣かないで笑顔で居ようとミサトは決意した。

 振り返れば今まで数えきれないくらいの思い出がミサトとシンジにはあった。

 涙を流すのは一人になった後だ。

 

「今までありがとう、アスカといつまでも幸せにね」

 

 家に帰って来たシンジとアスカに涙をこらえながらミサトがそう言うと、シンジとアスカは困った顔で顔を見合わせた。

 

「ミサトさん、僕とアスカは別れて暮らす事にしたんです」

「そう、だからこの家を出て行くのはミサトじゃなくてアタシ」

「ええーーーっ!?」

 

 シンジとアスカの話を聞いたミサトは顎が外れそうなほど驚いた。

 

「だって、アスカのFウイルスの為にもこの家で御両親と一緒に二人で暮らした方が良いって話になったじゃない」

「ミサト、アタシは今まで適格者として使徒と戦って来たのよ。Fウイルスにアタシが負けるとでも思っているの?」

「いえ、そうとは思わないけど……」

 

 アスカの迫力に圧されながらミサトはそう答えた。

 Fウイルスはアメリカ軍の手で作られたウイルスであり、特効薬の完成も間近だという話だった。

 今のアメリカの大統領は穏健派でFウイルスは収束すると言われている。

 

「でもどうしてあたしがこの家に残る必要があるの?保護者役で無くなったあたしとシンジ君は赤の他人なのよ?」

 

 碇夫妻はミサトを引き取る時、ミサトを養子とはしなかった。

 尊敬していた葛城の姓をミサトに残したい気持ちがあったのだろう。

 そしてシンジの両親の碇夫妻が死亡認定された時も、ミサトはシンジを養子にはぜず、家財もシンジに相続させた。

 ミサトも恩がある碇の姓をシンジから奪う気持ちにはなれなかった。

 

「だって……ミサトさんと僕は婚約しているじゃないですか」

 

 シンジに指摘されて、ミサトはシンジとの婚約解消手続きをとる事をすっかり忘れている事に気が付いた。

 碇夫妻の生存が確認された今、シンジは施設に入れられる事は100%無い。

ミサトは回避策としてシンジと婚約をしている必要は無いのだ。

 

「ミサトさん、小さい頃僕と約束してくれましたよね。僕のお嫁さんになってくれるって」

「そんな遥か昔の約束、お姉ちゃん覚えてないな」

 

 シンジに問い詰められたミサトは顔を真っ赤にしてそう答えた。

 あれはシンジをしつこく『施設』に入れろと言って来た役人を追い払う芝居だったはずだ。

 法律に詳しい友人に相談したところ『少子化対策婚約保護法』を武器にしろと言われたのだ。

 未成年でも婚約している状態ならば、施設に入れることは出来ない。

 法律の抜け穴だった。

 

「ミサト、年貢の納め時よ。覚悟しなさい」

「結婚指輪を買うお金も無いし、まだ親のすねをかじっている僕だけど、ミサトさん、僕のお姉さんからお嫁さんになって下さい」

 

 アスカとシンジに真剣な表情で詰め寄られたミサトは、こくりと頷いた。

 その瞬間、アスカがクラッカーを鳴らす。

 

「さあ、シンジとミサトの結婚祝いよ! ミサト、今日は豪勢な夕食を作りなさい!」

「自分のお祝いなのに、あたしが料理を作るの?」

「アタシの送別会も兼ねているのよ。さっさとアタシが出て行けば、シンジの両親が入院している間、好きなだけズッコンバッコンできるでしょ」

「あんたねえ……」

 

 繰り出されるアスカ節に、ミサトは呆れてしまった。

 しかしこうして三人で一緒に暮らせるのも残りわずかだ。

 ミサトは腕によりをかけて御馳走をつくるのだった。

 しかし碇夫妻もシンジとミサトの婚約解消を言い出さないという事は……両親公認だという事だ。

 以前は親娘と言った関係だったが、これから舅と姑と嫁になる。

 甘えて寄りかかる存在では無くなったのだ。

 シンジ君の嫁として相応しい女性として見られるようにならなければならない。

 とりあえず、大酒飲みの酔っ払いの失態を無くさなければとミサトは決意した。

 

 

 

「ミサトさん、夜勤お疲れ様です。でも、ソファじゃなくてベッドで寝て下さいね。母さんも心配しますから」

 

 ある日の昼下がり、碇家のリビングのソファで倒れ込むように寝ていたミサトは、シンジの優しいキスで起こされた。

 あれからミサトは『ネルフ第三新東京市中央病院』の女性医師となっていた。

 シンジはミサトが使徒核摘出手術をする時の専属看護師となっている。

 キールとの戦いが終わった後、ネルフは使徒化ウイルスの存在を世間に公表し、世界各地に使徒化ウイルスを治療するための病院を造った。

 患者はATフィールドが発生し、不思議な能力に目覚めてしまった人間だ。

 世界各地に居た好戦的な使徒はキールとの戦いでほとんど居なくなり、ATフィールドを貫通するメスなども開発されている。

 軽症の場合は飲み薬による治療も行われている。

 使徒の能力が出た患者の中には、最初はスプーンや箸が折れるだけだったが、恋人との恋愛フラグも折れてしまったと泣きついて来る者も居た。

 ミサトはそんな患者にも優しく接してくれると評判が良かった。

 また、使徒化して暴走した患者を看護師のレイやコトネと一緒に制圧する勇ましい面もあった。

 アスカもそんなミサトに憧れて医師免許を取るのだと張り切っていた。

 ゲンドウとユイは院長と院長夫人となり、副院長となったコウゾウはやっと肩の荷が下りたと安心していた。

 それでもヤンチャをした患者を炊飯ジャーに閉じ込めてしまう事もあるそうだ。

 

「ミサトさん、せっかく同じ日に休みをもらったんですから、今夜どうですか?」

「そうね、みんなあたしたちに気を遣ってくれているんだし……」

 

 その日の夜は、シンジとミサトは同じベッドの上で愛を確かめ合った。

 碇夫妻は院長権限を使って、シンジとミサトの休日のシフトを重ねる事がある。

 これから外科医としてのキャリアを積もうとするミサトに、出産によるブランクを開けさせたくないのだろう。

 それともただ単に早く孫の顔が見たいだけか。

 技師であるリツコに懐妊を告げられた時はシンジとミサトは手を取り合って喜んだ。

 

「私の技術なら直ぐに男の子か女の子か分かるけど、どうする?」

「ううん、聞くのは止めておくわ。たくさん名前を考えるのって楽しいじゃない」

「まさか何人も子供を作る気なの?」

「一人っ子は寂しいもんね、シンちゃん」

 

 幸せそうに見つめ合うシンジとミサトを見て、リツコはため息を吐き出した。

 

「ミサトさん、急患の使徒です!ダジャレだけでR-1グランプリで優勝してしまった芸人が運び込まれました!ATフィールドとパターン青を確認しました」

 

 麻酔科医のマヤがリツコの研究室へと駆け込んで来た。

 

「世の中を明るくする有用なウイルスかもしれないけど、それじゃあ頑張ってネタを作っている他の芸人さんたちがかわいそうね。緊急手術よ、シンちゃん!」

「はい、ミサトさん!」

 

 ミサトとシンジ、マヤは急いでオペ室と向かった。

 人から人へと感染を広げる間に変異を起こして行く使徒ウイルス。

 生命の樹から始まり20年の間に進化を遂げている。

 ほとんどの人間が無症状であるが、誰しも極微量のATフィールドを持っているのだという。

 ミサトとシンジの行く道に、幸あらん事を……。




 これにて本編は完結です。
 続編としてこの連載枠で「女医ミサトと新米看護師シンジ(仮題)」が続きます。(R15版)
 人類と使徒ウイルスの共存と戦いは続くのです。

 R18版は「女医ミサトと催眠術看護師シンジ(仮題)」です。
 催眠術の力に目覚めたシンジがミサト先生にイタズラしてしまいます。
 ミサト先生の下着は黒が良いかなと思っています。
 R18版の公開アドレスは下記になります(現在非公開。公開をお待ちください)
 https://syosetu.org/novel/279168/

追伸:当初は、マイ・フェア・レディのようにアスカとの三角関係のこじんまりとした短期連載の予定でしたが、格闘シーンを入れようとしたら長編となってしまいました。個人的な謝罪ですが結局、ミサトのプロレスシーンを描くことは出来ませんでした。ごめんなさい。

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