我が名はティア・ブランドー (腐った蜜柑)
しおりを挟む

第1部:血の代償
プロローグ


3部アニメを見ていると再びジョジョ熱が出てきたので勢いで書いたものの、何となくあっさり主人公が倒れて終わるような気も……。

何気なくジョジョ読み返しているとやっぱり面白いものだなぁ。 ……あんまり変な設定つけるとおかしくなりそうだから少し程度に抑えとこう。。。


「ここへ来い。 き、聞こえねぇのか。 ティア、ディオ……ごほごほっ」

 

 何度も言わずとも耳に入る不快な男の声。

 隣で静かに本を読む我が弟、ディオを少しは見習えばいいものを。

 

「……ふぅ、具合でも悪いのですか?」

 

「なんだい父さん薬かい?」

 

「い、いいや。 薬はいらねぇ、ティア、ディオ! ここへ来い話がある」

 

 胸を押さえながら咳き込み苦しむ我が父、ダリオ・ブランドー。

 私が満面の笑みを浮かべながら尋ねるとその苦しげな表情が和いだ。

 笑顔の元が貴様の苦しむ姿から来るものだと知ったらどう思うだろうか? 隣で冷たい瞳を向けるディオも内心で笑いを堪えていることだろう。

 

「お、俺はもう長いことねえ……分かるんだ、最後の気がかりはお前達兄弟だけだ」

 

「まぁ、そんなことは仰らないで父さん。 貴方にはもっと長く生きて貰わないと」

 

 そう、1日でも1時間でも1分でも長く苦しんで貰わないと気がすまない。

 私達姉弟が敬愛する母をこき使い、死なせた報いはその程度でも足りないぐらいだ。

 

「ティア、お前は母親に似て良い奴だな……俺が死んだらこの手紙を出して宛名の所へ行け! 面倒は全部見てくれる、こいつは俺に恩があるんだ! ケケケ」

 

 何の話かと煩わしく感じながらも耳を傾けると12年前の激しい雨の日、その日に偶然崖から落下した馬車の一行を見つけたそうだ。

 ダリオはその卑しい本性を隠そうともせず、落下した馬車の者達から金品を巻き上げたとのこと。

 その際に生き残りの一人が何を勘違いしたのかダリオを恩人と認識し、あろうことかその人物は貴族の一員だという。

 貴族の名はジョージ・ジョースター卿。 命の恩人の頼みとあればと快諾し、屋敷にて兄弟で生活することを許したらしい。

 

「ティア、ディオッ! 俺が死んだらジョースター家へ行けッ、おまえたちは頭がいいッ! だれにも負けねえ、一番の金持ちになれよ!」

 

「「……」」

 

 この男に心配されるなど、いやされたくもないが呆れて思わず2人で見つめてしまう

 すでにこの男が死んだ後のことなど、とうに考えているというのに。

 

 

 

 

 

 数日後、苦悶の末にダリオ・ブランドーは病死した。

 体は痩せ細り、いつも苦しそうに胸を押さえながら咳き込む姿を見るのが唯一の楽しみだったというのに残念だ。

 悪友関係か、病気の噂が広まった頃には見舞い客が何人か来たものの全て追い返した。

 お陰で私達の前では気丈に振る舞っていたあの男が夜中、一人寂しく呻いていたのを聞いた時には愉悦を感じた者だ。

 葬儀には誰も来ず、ただ簡素に埋葬を済ませた墓石の前に私とディオは佇んでいた。

 

「……男というものはどうしてこう、醜いものなのかしらね。 母さんの血は誇りに思う、けどこの男の血が半分も流れていると思うと腸が煮え繰り返るわ」

 

「姉さん、俺も男だがそれと同類にしないでくれ。 それよりも、これからどうするかはもちろん決まっているんだろう?」

 

「あら、私の可愛いディオ。 貴方は特別よ? えぇ、分かっていますとも、あの男の言葉に従うようで癪だけど、誰よりも金持ちに、誰よりも幸福に、誰にも負けない人物と成るだけ」

 

 静かに頷くディオ。

 私にとって男とは足元で眠る者のように下劣で汚らわしく、そして品性の欠片も無いものを指す。

 一時期どこでまとまった金を手に入れたのかダリオが酒場を始めたものの、ダリオ自身は他の女と共に浪費を続けているだけの堕落した生活、だというのに代わりとばかりに私達の母親だけを働かせ続けた結果、母は過労で倒れて亡くなった。

 母は男の為というよりも、私達姉弟の為に働いてくれたのだ。 その母としての愛情と包容力だけが私の心を保たせてくれた。

 

 いつまでもこんな寂れた墓場などに留まる理由もなく、父との忌々しい関係ともこれでおさらばともなれば少しは感慨深く……なるはずもない。

 

「「くずめッ」」

 

 決別の言葉だけを残し、墓石に唾を吐くディオと足で土をかける私。

 考えていたことは一緒だったのか、互いに目を合わせると薄くほほ笑んだ。

 あぁ、やはり私達は姉弟だ。 この世で家族といえるのは私の母とディオのみ。 それ以外は……私の踏み台にすぎない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョースター家

 ロンドンの貧民街にある薄汚れた自宅の前へ停められた豪華な馬車。

 その迎えの馬車に乗り込むとゆっくりとした速度で出発し、道中において快適な移動となった。

 密かに貯め込んでおいた資金を着ている礼服と礼儀作法へと費やし、この日の為だけに念入りに準備してきたのだ。

 

「……分かっていると思うが、俺達は養われる為に向かうんじゃない。 乗っ取る為に」

 

「ほら見て! あそこに野兎がいるわよ! ……ね?」

 

 そっとディオの鼻の傍へと人差し指を立てて言葉を遮る。

 造りも凝っている為に聞こえないとは思うが、御者に万が一にも不穏な会話を聞かれた際には後の行動に支障が出る。

 片目を閉じて、全て分かっているという仕草をすると満足そうに目を閉じて休息をとるディオ。

 私も座席に深く腰を降ろし、楽な姿勢をとるとゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 御者からまもなく到着するとの知らせと共に馬車が停止した。

 どうやら到着したらしく、ディオが勢いよく荷物を外へ放り投げると自身も妙な姿勢で飛びだした。

 全く、遠出する子供のような行動じゃないか、そこか可愛らしいといえば可愛らしいとは思うのだが。

 私がゆっくりと馬車から降りるている最中にふと視線を感じてそちらへ目を向けると質の良さそうな服とそれを纏う苦労を全く知らなさそうなマヌケ面の男性がいた。

 事前に聞いていたが、当主であるジョージ・ジョースター卿の息子、ジョナサン・ジョースターその人であろう。

 

「君達はティア・ブランドー、ディオ・ブランドーだね?」

 

「そういう君はジョナサン・ジョースター」

 

「あら、話には聞いていましたけれど、実物はもっと凛々しい男性なのね。 初めまして、ジョナサン・ジョースター」

 

「そ、そうかな? 照れるなぁ、みんなからはジョジョって呼んでるよ……これからよろしく」

 

 心にもない軽い世辞だというのにジョナサンが頬を赤らめて照れる様が見ていて不快に感じる。

 だが私のような美女に言われるのなら当然の態度! と、自画自賛しつつもジョナサンの言葉を遮って騒がしい犬の鳴き声が辺りに響く。

 この家で飼われている犬だろうか、『ダニー』と呼ばれる猟犬らしいが私は猫派の為に犬は嫌いだ。

 ジョナサンが犬の説明をしているのを聞き流していると突然、ディオが近寄ってきた犬を蹴り飛ばした。

 

「なっ! なにをするだァ―――ッ! ゆるさんッ!」

 

「ふんっ!」

 

 激昂するジョナサンに対して、短く鼻で笑いながら拳を構えるディオ。

 私の弟も犬が嫌いと知ってはいるが、ここまで蹴る程に嫌いだったのか。 私も周りで誰も見ていないなら石でも投げている所だが。

 とはいえ、ディオも無策で暴行を働いた訳でもないであろうが一応ここはフォローしておくべきだろう。

 

「ご、ごめんなさい。 私もディオも犬が苦手なの。 昔、怖い目にあって……」

 

「ぅ、そ、そうなのかい? ビックリさせたのならその、仕方がないのかもしれないけど」

 

 両手で顔を覆い隠し、脅えたフリをすると段々と怒りを沈めていくジョナサン。

 やはり見た目通りのお坊ちゃん、これならこの家を私のモノとするのはそう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

「疲れたろう、二人とも! ロンドンからは遠いからね、君達は今からわたしたちの家族だ」

 

 屋敷の中へと召し使いに案内されて入ると温和な顔立ちだが目に自信を漲らせた壮年の男性、ジョースター卿が私達を出迎えてくれた。

 彼は私達を家族と同じ待遇で迎えるとの言葉だが、嘘偽りはなさそうだと貧民街での経験から感じ取れた。

 ディオと共に丁寧に一礼をすると早速、部屋の案内をしてくれるとのことだ。

 荷物を召し使い達に頼もうとした所、ふとディオの荷物を持とうとしたジョナサンが手首をディオに捻られている光景が見えた。

 

「何してんだ? 気やすくぼくのカバンに触るんじゃあないぜ!」

 

「うあぁ! う、うっ!」

 

 これはさすがにフォローしづらい状況だ。

 次期当主であろうジョナサンを今から心身共に痛めつけて、ふぬけにする作戦なのだろうか?

 余り私のやり方とは違うが、ここはディオの好きにさせておくべきだろう。

 

「ごめんなさい、荷物を運ぶのを手伝ってくれないかしら?」

 

 召し使い達の注意をこちらへ向け、ボディーブローをジョナサンに当てているディオから静かに離れる。

 私の立ち位置はディオが成功しようとも、失敗してジョナサンが当主になろうとも私が好ましい状況になるように動きたいからだ。

 

 

 

 

 

 広々とした快適な一人部屋を与えられ、ふかふかのベッドから目覚めた翌朝、身支度を整えて自室を出るとちょうど起きた所なのだろうか、眠たそうに目を擦るだらしない服装のジョナサンと出くわした。

 

「おはようティア。 家の中なのに、そんなきっちりとした服装だと窮屈じゃない?」

 

「あら、ジョジョはラフな格好の女の子が好みなのかしら?」

 

「そ、そういう意味じゃないんだけれど……それにしても、最初に会った時にも思ったけど君達って凄く似ているんだね」

 

 私の今の服装は外行きのように清らかさを感じさせる趣きの白いドレスを身に纏っていた。 余り着慣れていないので慣れる為と外見を良くする意味でも身に着けていたのだが、貴様のように半袖半ズボンの田舎者のような格好をしろとでもいうのか。

 と、そんなことは表情におくびにも出さずに笑顔で応対する。

 私達姉弟の容姿が似ているというのも当然の話だ。 私が少しばかり早く生まれた双子なのだから。

 端正な顔立ちだが目つきの悪い金の瞳と荒々しく髪を逆立てているディオとは対照的に、私の髪は短く切り揃えた金髪を降ろし、その見目麗しい顔立ちと共に白ドレスと相まって深窓の令嬢に見えることだろう。 ……目つきだけは弟に似ているのだけが不本意だが。

 

 ジョジョ……親しくなったから呼ぶのではなく、短く呼びやすいのでそう呼んでいるだけだがジョジョとの会話は非常に不愉快だ。 別に話題という訳でもなく男と話していること自体が煩わしく感じる。

 だが、私の立ち位置を確定するまでは今は笑顔で談笑……している風に見せることが大事だろう。

 

 

 

 

 早々に会話を打ち切り、自室へと戻りくつろいでいると勉学の時間だと召し使い達に誘導されて向かった。

 それはいい、事前に渡された教本はすでに一通り目を通して十分理解できるものだとは分かっている。 あの負けず嫌いのディオも問題ないだろう、問題があるとすれば――。

 

「また間違えたぞジョジョ! 同じ基本的な間違いを6回もしたのだぞ、ティアとディオを見ろッ! 20問中20問正解だッ!」

 

 ジョースター卿が手に持つ棒で手痛く仕置きをされるジョジョ。

 苦悶の表情を浮かべているが、そんな様子などどこ吹く風とばかりに私とディオはすでに教本の先のページを予習している。

 

(ふん、教育を受けるのが当たり前……そう感じているから身が入らないのよ。 知識は己を磨き、助ける為にあるというのに)

 

 内心で侮蔑の念をジョジョへ向けつつも、黙々と勉学に励む。

 知識はいくらあっても足りない、あればあるほど目的を達成する為の手段が増えるからだ。

 

 が、この後に出された問題にて1問差でディオに敗北を喫した私が悔しさに身を震わせていると、それを感じ取った弟から見下すような優越感に浸った視線を向けられた。

 弟のそんな態度に私は怒りの余り表情を消し、憤怒の感情を込めて睨んでいると私の雰囲気が変わった事を敏感に感じ取ったのか弟が慌てて視線を逸らした。

 

『あ と で は な し が あ る』

 

 口を動かし、そうメッセージだけを弟に伝えるとしまったとばかりに顔を青ざめさせ項垂れる。

 しっかりと後で姉の偉大さと敬い方を教えなければいけない。 これもディオの為、決して非常に腹が立ったなどという直情的な理由ではないのだ。

 

 

 

 その後の食事のマナーでもジョジョは失態を繰り返し、食事抜きの罰を受けることとなった。

 なぜ教えられた通りに出来ないのだろう? 実に不思議に感じるものだが凡人ならば難しく感じるものなのだろうか?

 食事を終えるとディオを連れて自室へと入る、心なしか冷や汗を掻いている弟の姿に何を脅えているのだろうかと首を傾げる。

 

「何をそんなに脅えているのかしら? ……それで、これからの方針だけれど個別で行動するのか共に行動するのかどちらにしましょうか?」

 

「あ、あぁその話か。 姉さんは姉さんで行動してくれて構わないがジョジョには関わるな。 あいつから何もかも僕が奪い取り、孤独に追い詰めてふぬけにしてやるさ」

 

 どこか安堵の表情を浮かべている弟がいつもの傲慢な態度を見せる。

 ジョジョとはつかず離れずの関係を築こうとも思ったが、ディオが行動を起こすというのであればしばらく様子見に徹しよう。

 さてと……。

 

「そう、それだけ聞きたかったの。 ……それじゃあ、これからしっかりと姉としての務めを果たさないと、ね?」

 

「……やはり、忘れてくれないのか。 ね、姉さん、僕はつい日頃から姉さんのことはとても温和で気高く、慈悲に満ちていると」

 

 その後は声が枯れるまで私への賛辞を言わせ続けた。

 これでいい、これで姉としての尊厳は保たれるであろう。 一度、本気で喧嘩をした際につい乱暴な言葉と乱暴な事をしたのがトラウマになったのか、私を本気で怒らせることを極端に避けるようになったのだ。

 

「うんうん、ディオが私に対する愛情が伝わってくるわ。 ほら、髪を整えてあげるから来なさい」

 

「ゲホッ、いつまでも子供扱いするな。 少しばかり先に生まれただけだろう」

 

「だがそれでも世は私を姉、貴方を弟と決めたのよ。 ……嫌なら変えれるぐらいに強くなりなさい」

 

「ふん、世の理を変える程の強さを持て、か。 いずれは成るつもりだ、言われるまでもない」

 

 姉として弟への褒美として椅子へと座らせると、女性のように柔らかでサラサラと流れる金の髪を櫛で整える。

 口では文句を言っているが、私がするといえば必ず素直に従うのだから可愛いものだ。

 今はただ、愛情を注ごう。 これは紛れもなく純粋なる愛情。 何の雑念すらない相手をただ愛する行為。

 だが、私は自分が幸福になるためならば例え家族といえど……そう暗い感情を覗かせるも目の前の弟もいざとなれば私を容易く切り捨てるだろう。

 そう考えると思わず苦笑を洩らしてしまう。

 

 

 本当に、私達は奇妙な家族関係だなと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョースター家の日常

ありゃ、パパッと進めるつもりが突発的に浮かんだ話をそのまま書いてたという。。。

ぇー、今回はGL表現が入っている為に苦手な方はご注意ください。
余り詳細なことは書いてないので、大丈夫……なはず。


 日が経つにつれ、ディオの苛烈な仕置きは日に日に酷くなっていく。

 だがそれはジョジョに対してのみ、私としてはこのままディオが当主の座に君臨するのであれば何の問題もない。

 ディオは1位、頂点、トップ。 どんなことでも自分が偉く、勝者でないと気がすまない性質だが私は違う。 何を好き好んで矢面に立つ頂点を望むのか、私は2位、3位で構わない。 厄介事は全て他の者に押し付け、ただ幸福を甘受できれば私は満足だ。

 優雅に屋敷の庭園にて紅茶を楽しみながら輝かしい私の未来を描いていると、機嫌が良いのか鼻歌を歌いながらディオが対面の席へと乱暴に座った。

 

「ははは、今回はボクシングであいつの今月の小遣いと友人を全て奪ってやった! あいつのマヌケ面を姉さんにも見せたかったよ」

 

「あら、下品ね。 私にはとてもそんな恐ろしいことは出来ないわ」

 

「そうかい? 姉さんの武器の扱いは僕も舌を巻く所だけどね。 ふふっ、そんなことよりも少し気になるものがあるんだ、一緒に来ないか?」

 

 弟が気になるモノ。 ……宝石だろうか? もしや、何かしら有益の情報か何かか。

 ムクムクと内で沸き上がった好奇心に素直に従い、紅茶を呑み終えると我ながら優雅な動作でディオの後をついていく。

 案内された場所は屋敷のエントランスだった。 毎日1度は訪れるこの場所に面白いものなどあっただろうか?

 私が首を傾げていると、壁に掛けてある怪しげな石で出来た仮面を手に取った。

 

「まさか、その気持ち悪い仮面がそうじゃないでしょうね、ディオ?」

 

「すごく不気味な仮面だろう? 最初に来た頃から気になっていたんだ、持ってみると妙に重い」

 

「……あ、そうだわ。 私、メイドの娘達とお茶会の予定があったわ。 それじゃあね、趣味が悪いわよディオ」

 

「少し気になっただけだと言っただけだ。 別に気に入ったなどと……これはジョースター卿」

 

 目と鼻の部分に穴を空け、口元には鋭く伸びる2本の牙、そして仮面全体がひび割れている不気味な仮面。

 余りに私の趣味とかけ離れている為に早々に切り上げ、時間を取らせた我が愚弟に嫌味を一つ残して颯爽と去る。

 背後で喚くディオへちらりと視線を向けると、偶然通りかかったジョースター卿に仮面を持っている所を見られ、何やら仮面に関するウンチクを聞かされているようだ。

 

(馬鹿め、そんな気持ちの悪いものを持ってるからだ。 ……あ、持ってるから、よ)

 

 少々怒りっぽい私だが、最近は沸点が低いのかもしれない。

 貧民街の頃は近所の女の子達を虜にして楽しんだものだ、この家へ来てからというもの淑女を演じる為にも控えていたが、そろそろ始めてもいいかもしれない。

 

「ふふふ、そういえばメアリーだったかしら? 食器を落として慌てふためいた姿が可愛かったわね」

 

 私は以前、粗相をしでかしたおさげのメイドの姿を思い浮かべ、小さく渇いた唇を舌で潤した。

 そばかすが鼻辺りに浮き出ていたが、それが良い意味で味がある。 一度考え出すともう止まらない。

 

(余り無茶な手は使えないけど、ゆっくり関係を築くというのも良いわね)

 

 お茶会などただの抜け出す口実だったが、嘘を本当にするのであれば問題はあるまい。

 私はゆっくりと屋敷を巡り、メアリーを見つけるとお茶会へ誘い、彼女はそれを快諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の朝、私はふかふかのベッドから清々しい目覚めを久々に体感した。

 今まで呼吸が出来ずに苦しんでいた人間が大きく呼吸をし、肺の中へ新鮮な空気を送り込んで全身を巡らせるように清々しい。

 朝日が差し込む窓を開けると少し肌寒い風が入ってくる。

 それもそのはずだ、私は何の服も着ておらずに生まれたままの姿を晒しているからだ。

 とは言っても、それは私だけではない。 ベッドの横に置かれた机に無造作に置かれたメイド服が散乱し、布団が大きく盛り上がった先に茶髪のおさげが見える。

 そっとベッドへと腰掛けると振動を敏感に感じ取ったのか、盛り上がった体が揺れ動く。

 その姿が脅える小動物のように見え、私の嗜虐心をくすぐる。 ゆっくりと背中へもたれかかるように両腕を伸ばすと掌に柔らかな感触が2つ感じられ、それを満足するまで弄び続けた。

 

 

 

 

 

 

「さて、と。 どこか可笑しな所は無いかしら、メアリー?」

 

「は、はい。 その、普段通りにお美しいです、ティア様」

 

 乱れた服装を整え、今日の気分にあった深紅のドレスを身に纏う。

 隣で顔を真っ赤にして縮こまっているメアリー以外、普段と変わった様子などないだろう。

 そんなメアリーの様子にまたも悪戯心が芽生え始めたティアが、そっと背中から優しく抱き付くとその手に金貨を何枚か持たせた。

 

「!? あ、あの。 これは」

 

「あぁ、勘違いしないで。 別に体の代金だとか口止め料だとかつまらないことは言わないわ。 ……風の噂によれば貴方、何かお金に困っているんでしょう? 私の役に立った、だからこそ褒美を与えただけ、受け取りなさい」

 

 屋敷内及び外の噂をよく集めるのが私の役割の一つだ。

 故にメアリーが何かしらお金に困っていると耳に入り、その弱みにつけこむという手もあったのだが拍子抜けするほどにあっさりと私の元へ手に入った。

 何も人助けという訳ではない、ただ私の為にその身で奉仕した。 故に褒美を与える、それだけのこと。

 

「う、受け取れません。 こんな大金、私には」

 

「このティアが受け取れ。 そう言ってるのよ? 黙って受け取りなさい」

 

 目を細めて有無を言わさぬ威圧を放つと、その小柄な体を更に縮こまらせてコクコクと頷くメアリー。

 だが、私の目には金額を確認した時に落胆した表情を見逃さなかった。 ……案外、見所があるのかもしれない。

 

「もっと欲しいのかしら? その強欲は嫌いじゃないわ、いくら欲しいの?」

 

「うぇ!? 私は別に、その」

 

 煮え切らない態度に再び強く迫るとあっさりと落ちたが、予想していた私の考えとは違った。

 メアリーの母が難病を患ったらしく、手術での治療が望ましいとのことなのだがそれには多大な費用が必要な為に金銭を求めているということだった。

 自身の生活費すら削り、給料をほぼ全額に近い状態で仕送りをしているものの目標とする金額は今だに遠いという。

 その間にも母親の病状は悪化し、このまま現状が続けばどうなるかは火を見るよりも明らかなのだが、メアリー自身はどうすればいいのかと途方に暮れているようだ。

 

「なるほど、ならばジョースター卿に申し出てお金を借りればいいではありませんか」

 

「そ、そんな。 私のようなものを雇ってくださるジョースター卿に言える訳ありません!」

 

「……貴方、何を言っているの? 目的を達成する為の手段が目の前に転がっているというのに実行しないなど、愚かとしかいいようがない。 母を見殺しにするか、助けるか、どちらか選びなさい」

 

 魅力的に見えた目の前のメアリーの輝きが瞬く間に消えていくのを感じる。

 これで断るならば、道端の石程度にしか私は気にかけないだろう、それほどにつまらなく愚かな人間だ。

 私の冷めた瞳に見つめられながら、メアリーは手が震える程に服の裾を握りしめると小さく、床に涙を零しながら『助けたい』と答えた。

 

 その後の私の行動は早かった。

 メアリーの価値以上に働いている気もするが、私自身の株も上がるとの打算を含めての行動だ。

 メアリーを引き摺るようにしてジョースター卿の執務室へ入り、私が簡単な説明をすると後はメアリーに任せた。

 こういうものは本人の思いの強さが成功を左右する。 それに甘い性格のジョースター卿のことだ、高確率で頷くだろう。

 

「……分かった、メアリー。 君の思いは痛い程に私に響いたよ。 喜んで資金を貸そう、少しづつ返してくれる程度でいいからね」

 

「あ、ありがとうございます! ジョースター卿!」

 

 涙ながら必死の思いで話すメアリーの姿に心を打たれでもしたのか、深く頷くジョースター卿の姿に内心でほくそ笑んだ。

 これで私は悲劇の少女の助け船を出した心やさしい淑女とでも映るだろう。

 目の前で繰り広げられる三文芝居を見なければいけないのが苦痛だが致し方あるまい。

 

 一連の出来事を見終えると、後は本人達で話した方が良いともっともらしいことを言って部屋を出る。

 すると、待ち構えていたかのようにディオがこちらへ不敵な笑みを浮かべながら佇んでいた。

 

「ほほぅ、姉さんの悪い癖が出たと思えばなかなか善良な立役者じゃぁないか」

 

「あら、私は元々善良な人間よ? 私がそう決めたもの。 あぁ、それと私のモノに手を出したら……殺すわよ?」

 

「おやおや、善良な人間から出た言葉とは思えないな。 姉さんまでも、この腑抜けた場所に感化されたのかとヒヤヒヤしたものさ」

 

 そんなことは微塵も思っていないとばかりに両手を上げておどけて見せる弟に、思わず笑いが込み出る。

 

「「ふはっ、はっはっは!」」

 

 自分達が言ってることの可笑しさに耐えきれなかったのはお互い様なのだろうか。

 互いに示し合わせたかのように屋敷中に笑い声を響かせる。

 

 

 まるで、この屋敷がもうすぐ崩壊するかのような甲高い笑い声を響かせながら――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ディオの屈辱

ここら辺は流れで書いたけども、何じゃこりゃと書いてて思う所が幾つか。。。



あ、地味にというか一応GL表現が1文? だけ入っているのでご注意ください。


 この屋敷に済みついてから1ヵ月程が経った頃、ジョジョの顔からは今まで笑顔が消えていた。

 ディオが上手くやっていたのだろう、それはもう愉快なくらいに顔を暗くして落ち込んでいたものだ。 今までは。

 

(何を食事中にニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているのかしら? 食欲が失せるわ)

 

 私が音も立てずに目の前の鴨肉のソテーを口に運びながら、どこか上の空で腑抜けた笑顔を浮かべるジョジョに嫌悪感を覚えた。

 追い込まれすぎて可笑しくなったのか? いや、違う。

 あれは何か楽しみを見つけた時の幸福の笑顔だ。 それが意味する所はディオが全てを奪ったなどと豪語しているが、自身の幸福を探す気概まで奪っていなかったということになる。

 静かに私が弟を見つめると、視線に気がついたディオが悔しそうに顔を伏せた。

 聡いディオのことだ。 ジョジョの不自然な態度の答えをすでに見つけているだろう、もしも分かっていないのなら弟の評価を改めなければならない。

 

(さて、どうするべきか……中立の立場を保ってきたけれど、ジョジョよりもディオの方が優秀なのは明らか。 故に手を貸しても良い頃合かしら)

 

 操りやすいのはジョナサンの為そこはプラスになる、というのは心の中に収めておこう。

 

 

 

 

 食事の後、私の自室へとやって来たディオが何を言うでもなく腕を組んだ状態で無言のまま壁に寄り掛かっている。

 全く、素直に手を貸してください。 何か知っていることを教えてくださいとは言えないのだろうか?

 

「仕方がないわね。 最近、ジョジョに可愛らしい女の子が傍にいるみたいよ。 ……貴方、何をしているの?」

 

「っ、うるさいな。 姉さんは別に何も行動していないだろ。 すぐにまた奪ってやるさ」

 

 冷やかな視線を向けると眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに答えるディオ。

 なかなか可愛らしい所があるじゃないか、そう私が内心で微笑んでいると櫛を手に持ち、ディオを目の前の椅子へ招待する。

 不機嫌そうにしながらも、私の行動を察したのか素直に座る我が弟。

 

「希望というものはね、強ければ強い程に人間に力を与える。 ……それがたった一つでも、いえ、一つだからこそ非常に強く輝くのでしょうね。 故に失った際の絶望もまた強い、それこそドン底の暗闇へ落とす程にね」

 

 いつものように櫛で髪を整え、優しく頭を撫でる。

 遠回しにこれはチャンスでもあると言うと鼻を小さく鳴らし、すぐさま立ち上がると部屋を出て行く。

 弟がこれからどう行動するのか、少し興味が出た私はクスクスと笑い声を洩らしながらも弟の後を追った。

 

 

 

 

 さて、何と言えばいいのか。

 私の先程まで見ていた光景、それはジョジョと私の目から見ても美しいと感じる少女が川で戯れる姿だ。

 遠目に木の影から様子を覗き見るのは私とディオとその友人2人という男共。 何でしょう、楽しいことが起きると期待してきたというのにこれでは私が惨めな女のように感じるではありませんか。

 

「姉さん、狩人というのは獲物を追い詰める過程を楽しむもの。 今は狩り時ではないということさ」

 

「あら、私の考え事を読むほどに弟が成長したなんて感動しますわ。 それではしばしの間、待ちましょうか」

 

「へぇー、ディオに姉さんなんていたのか。 けっこう可愛い」

 

「そこの貴方、私が『けっこう』なんですの? 聞き間違いだと信じたいのですが……ねぇ?」

 

 私が目を細めると、無礼な言葉を発した男が震え上がり即座に『お美しい、お姉さまです!』と野太い返事が返ってきた。 顔だけでなく声まで醜いとは救い難い、故に私は即座に興味を失い視線を外した。

 

 

 

 

 空に夕焼けが差し掛かった頃、ようやくジョジョと戯れていたエリナという名前の少女が離れた。

 木に自分達の名前を彫るなどど気味の悪い……いえ、私も昔に近所の女の子と書いたのを思い出すと思考を止めた。

 一人帰路につく少女の前に木の影からゆっくりと姿を現し、立ち塞がるディオ。

 

「やぁ! 君……エリナって名なのかい? ジョジョと泳ぎに行ったろう、あいつ最近うかれていると思ったら、こういうわけだったのか」

 

(それはそうでしょう、昼からずっと見ていたんですから)

 

 私も人のことを言えないが、どうにも空しく感じてしまう。

 そんな折、不意にエリナに近づいたディオがその唇を強引に奪った。

 

「や、やった!! さすがディオ! おれたちにできない事を平然とやってのける。 そこにシビれる憧れるゥ!」

 

 それはただ度胸がないだけはないのか。 と、妙に煩い外野に眉を顰めつつもディオを見つめる。

 なぜ私にその役目を譲らないのでしょうか、確かに初心な少女のように見える為にキスという行為は2人の仲を裂くのに効果的でしょうが、なぜ私に役目を譲らないのですか。

 2度も同じことを思わざるを得ないが、キスをされた少女は泥水に投げ出され、ポロポロと涙をこぼしていた。

 

「ジョジョとキスはしたのかい? まだだよなァ。 初めての相手はジョジョではないッ! このディオだッ!」

 

「あらあら、そんな風に乱暴にするものではないわ。 貴方、大丈夫?」

 

 高らかに自分を指差して宣言をする弟を余所に、私は温和な笑みを浮かべながら泥に塗れた少女へと近づく。

 なかなか容姿の整った可愛らしい少女だ。 泥に塗れた少女、だがその美しさは損なわれるばかりか際立たせているようにすら感じる。

 その姿は私の悪戯心を擽るには十分すぎる程だったわ。

 

「清めてあげるわ」

 

 私は言葉を投げかけ、涙に濡れた彼女の頬にそっと手を添え、唇を優しく奪う。

 

「意外ッ! それは女同士! 俺達にできないことを平然とやってのけるぅ!」

 

 またも外野が非常に煩い。

 今はこの柔らかで甘酸っぱい感触を楽しみたいとッ。

 

(ぐっ、こ、この女! 私の唇を噛んだ!?)

 

 突然、鋭い痛みが私の唇に走り思わず顔を手で覆って離してしまう。

 気丈にこちらを睨む少女の瞳にはどこか強い意思を感じる、そして次の瞬間に彼女は足元にある泥水で口を洗っていた。

 

(このクソアマァ! 私のキスが泥水よりも価値が無いとでも言うのか! このティアが慰めてやろうとしているというのに無礼な!)

 

「「わざとドロで洗って自分の意思を示すかッ! そんなのはつまらんプライドだァ!」」

 

 声が誰かと重なっているなど気づきはしない程に私は激昂していた。

 スカートの中に隠してある仕込み棒を取り出そうとしたその時、横合いからディオの張り手が少女を吹き飛ばした。

 何が起こったのかと私が動けずにいたが、状況を把握すると途端に己の未熟さに腹が立つ。

 

(落ち付け、たかが小娘。 私は何を本気になって相手をしようとしているのだ。 落ち付け、落ち着くのだ私よ)

 

 怒りに染まった醜い顔をしているであろう私の表情を平常時に戻し、つい乱暴な性格が出始めた私を抑え、同じく反省をしているのか表情が暗いディオが去っていくのを後からついていく。

 だが、これでは足りない。 私は先にディオを帰すと用がある男2人を木陰へ連れ込み、服の袖に隠してあったナイフを首元に突き付けた。

 

「ディオのことは話してもいいとして、私の今日の出来事を他人に話したら……次の朝日は拝めないものと思え、いいな?」

 

「「は、はい!」」

 

 日常では絶対に他人に見せない私の本性を曝け出し、脅すとあっさりと頷く男達。

 これでいい、私の失態は私だけが知っていればよい。 

 

 

 

 

 数日後、あの日のことは私達の間では禁句となっていた。

 というよりも、話せば互いの浅はかさを曝け出すこと以外なにもないからだ。

 今は自室にて書庫にあった小説を読みふけっていた。

 

(なかなか惹き込まれる内容ね。 今日はこれで十分に暇が潰せそ)

 

「ディィィオオオオオオ!」

 

 ピシリッ、と私の額に青筋が走った。

 不作法にも程がある、恐らくエントランス辺りからだろうが聞き覚えのある声が屋敷中に響き渡った。

 

(今から良い所だというのに! 何なの一体!)

 

 誰も見ていないことを良いことに乱暴に扉を開け、ズカズカと二階からエントランスを見渡せる場所まで移動する。

 すると、ディオとジョナサンが互いに拳を構え、対峙しているではないか。

 

「ジョジョッ! 見苦しいぞ嫉妬に狂った姿はッ!?」

 

「彼女に対する侮辱が許せないッ!」

 

 恐らくは先日のエリナに対することを言っているのだろうか。

 となれば先に仕掛けたのは恐らくジョジョの方だろう。

 

(それはもの凄く好都合ね。 これでディオが打ち勝てば、彼はもう2度とディオに逆らわない)

 

 先に手を出したのはジョジョ、正当防衛という名目も立つ。

 拳を繰り出すジョジョの攻撃を華麗に避けるとカウンターの肘鉄を顔面に打ち込むディオ。

 これでもはや決まったも同然だろう、ジョジョはこの敗北によってあらゆる面でディオに勝てないと思い知る、そして恐怖する。 そうなれば、この屋敷はディオのものとなる。

 

 私がほくそ笑んでいると、たまらず壁に寄り掛かったジョジョが再び闘志を燃やしてディオに殴りかかる。

 しかし、そこは百戦錬磨の我が弟、拳を両手で受け止めると膝をジョジョの顔面にぶち当てた。

 

 だがそこで私とて予想できなかったことが起こった。

 何と、ジョジョが蹴りを喰らいながらも相手の服を掴んでディオの顔に減り込む程の強烈な頭突きを当てたのだ。

 

(あれはまずい、脳が揺れて意識が朦朧とする威力だわ)

 

「ディオオオオオ―――ッ! 君がッ! 泣くまで、殴るのを止めないッ!」

 

 一転して防御の姿勢をとるディオに対して構わず攻撃を続けるジョジョ。

 何度も打ちのめした後に渾身の右ストレートがディオの顔を貫き、吹き飛んだ。

 その際に血飛沫が飛び散り、壁に掛けられてある石仮面にかかり何かが飛び出ると床に音を立てて落ちた。

 

(……針? 変な仮面だとは思っていたけれど、何か仕掛けがありそうね。 それよりも、私はどう動くべきか)

 

 ここで私が加勢すれば確実にジョジョは打ち倒せるだろう。

 私は腕力が無いが代わりに武器を使うことで力を得た。

 大人ですら打ち倒せる程に武器の扱いを磨いたのだ、早々負けるはずがない。

 

(けれど、問題はそこじゃないのよね。 この場合は一人で打ち勝たなければ意味がない)

 

 2人がかりで打ちのめしてもジョジョは完全な敗北とは思わず、むしろ反骨心を剥き出しにするかもしれない。

 それに、先程向かいの通路で召し使いが2人の喧嘩を見て走り去った。 まず十中八九ジョースター卿を呼びに行ったに違いない。

 

 となれば私がとるべき方法は1つ、最初から私はここにいなかった。 故に無関係、それでいい。

 私はその場を後にして自室へと静かに戻った。 内心で肝心な所でしくじる弟に舌打ちをしながら。

 

 その後は私の予想通り、ジョースター卿がその場に現れると2人に罰を言い渡されたと召し使い達から話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後にとある事件が起きた。

 屋敷で飼われていた犬のダニーが焼却炉で焼かれて死亡した事件だ。

 犯人は屋敷に入った盗人が番犬が邪魔でやったことだと推測されているが、私には犯人の心当たりがある。

 それは目の前で優雅に紅茶を飲んでいるディオだ。 多少は腫れが治まったがまだ幾らか顔に赤い部分が残っている。

 

「姉さん、あいつは叩けば叩く程に成長するタイプだ。 あいつの爆発力は侮れん」

 

「……そうね、私もまさか蹴りを喰らいながら攻撃してくるだなんて思わなかったわ、はぁ」

 

「その悩ましげな溜息を吐きながら僕を見るな。 腹が立つ」

 

「そうね、誰かさんが一気にトドメを刺さないで喧嘩を楽しんで負けちゃったせいじゃないわよ」

 

 私が呆れた様子でディオを見つめていると、屈辱とでも感じたのか怒りに満ちた瞳で睨んでくる。

 まだ弟の反骨心は些かも失われていない、気概はある。 ならば安心だと私は相手を安心させる慈愛の笑みを浮かべた。

 

「失敗したのならば次に対策を練り同じ失敗をしない者を賢者、失敗を繰り返す者はただの愚者よ。 ディオ、貴方はどう対処するのかしら?」

 

「時だ、時を待つ! 今は年齢も力も足りん! 機が熟す時まで力を蓄えておくのだ、文句はないな」

 

 上出来だ。

 焦って行動を起こしても碌なことにはならない。 近寄り、頭を撫でてあげるとその手を弾かれる。

 だが、それでも何度も頭を撫でようとすると4度目にして顰めっ面のまま受け入れた。

 

 私の可愛いディオ。 私のために力をつけ、誰よりも偉くなりなさい。

 そうすれば永遠に愛してあげよう、私の役に立つ間は、ね。

 

 

 

 

 

 




『セカンドキスはこのティアだぁ!』 とかいう台詞を入れたかったけど、性格的にというか状況が思いつかなかったので没に。

 次からは7年後の青年編になるから多少は楽に書ける……はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7年後:ジョジョとの決別

手早く済ませるつもりが地味に長くなったので分割して出しておこう。
うむ、勢いでスラスラ書けるから気分が良い! ついでに好きなジョジョ小説が更新されていたから更に気分が良いッ! と、いうわけで今回の注意事項は暴力要素が出るくらいですー。


 私は今、とある夢を見ている。

 なぜ夢だと分かるのかというと、目の前に広がる光景が過去のものだからだ。

 

 それは以前の自宅、ロンドンの貧民街にあるブランドー家での光景だった。

 ディオが特別(・・)な薬を父、ダリオに渡す光景であった。

 

「父さん気分が悪いのかい? だったら……この薬を飲みなよ」

 

「バッキャロー! 薬なんかより酒買ってこい酒ぇ! 酒こそ薬さ! これをたたき売って酒買ってこいティアッ!」

 

「うっ! こ、これって……母さんの形見のドレスじゃないの」

 

「死んじまった女のものなんか用はねぇぜ!」

 

 ディオが殴り飛ばされ、私に向けて放り投げられたのは敬愛する母の形見のドレス。

 誰のせいで母が死んだと思う、この男に母を侮辱する資格などあるのか。

 私が怒りの余り、袖に仕込んだ隠しナイフで父を嬲り殺そうとした時、肩を引っ張る感触を覚えて振り返った。

 悲しみ、いや怒りの余り涙を流しながら憤怒の表情でいるディオの姿に、ようやく私は殺意を抑えた。

 

「ありがとう、ディオ。 あやうく楽な死に方をさせるところだったわ。 これは私が持っておくわね」

 

「……あぁ、絶対にあの男だけは地獄に落とさなければ気が済まないッ!」

 

 ディオと私が改めて決意をする光景、そこで私の意識は暗転した。

 

 

 

 気がつけば、もはや見慣れたジョースター邸での自室の天井。

 隣のベッドで半裸を晒すのはおさげのままだが、体はすでに女性の魅力を備えたメアリーだった。

 私は部屋にあるクローゼットを開けると奥に隠してある母のドレスが収めてあるバスケットを取りだした。

 箱を開けると、中からベージュ色の簡素なドレスが出てくる。

 私はいつもそれを見つめるだけ、触れることもなく、着ることもない。

 趣味に合わないという訳ではない、ただ私にはその資格がないだけだ。

 

(昔なら、これを見る度に一人で泣いたものだけど、もう涙は出てこない)

 

 強くなったのだ。 そう思える程に私は心身共に成長したのだ。 そう信じたい。

 ジョジョとの出会いからすでに7年の時が過ぎた。 時の流れはディオとジョジョを表向きに仲の良い友人へと変え、少年は大人の男性に、そして私は光輝く長い金髪を携えた大人の女性へと変えた。

 

 私を含めた3人はヒュー・ハドソン大学へと進学し、ジョジョは考古学の分野で名声を、ディオは法律においてNo.1の成績を残し、私は医学部において優秀な成績を残している。

 

 私がクローゼットの奥へと再びドレスを丁寧に収め、身支度を整えて自室の扉を開ける。

 今日も仮初のティアを演じよう、屋敷の者達、ジョジョもディオも……そして私の心すら欺いてみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……機は熟した。 俺達ももうすぐ卒業、もはやジョースターの援助もいらん! 財産を自由にできる年齢になった」

 

「ええ、そうね。 ところで、ジョースター卿の具合が悪いそうだけど、どうなのかしら?」

 

「ああ、あと三回(・・)といったところかな。 ……確認しておくが、当主になるのはこの俺だ」

 

「もちろんよ、ディオ! 私、当主なんて面倒なことは嫌いだもの。」

 

 屋敷内のある一室にて久々に弟と二人っきりで会話を楽しむ。

 最近、ジョースター卿が風邪にでもかかったのか具合が悪く、それが悪化する一方なのだ。

 私も医学を専攻するものとして診断はしているものの、一行に原因は不明だ。 ……西洋医学で見た場合のみだが。

 

「しかし、俺も驚いたよ。 まさか姉さんが医学を選ぶとはね。 何故だい?」

 

「それはもう、病に苦しむ人を助けたいためよ! 私、心やさしい淑女だもの」

 

「本音は?」

 

「女だけで子供を作る術を見つけるため、そして世の男共を滅ぼすモノを見つけるため」

 

「……後者だけは止めてくれ」

 

 頼むから、とつけ加える程に私が本気で成そうということを察したのだろうか。

 なかなか鋭い勘を持つ弟だ、普通なら一笑に伏すところだが大真面目に私は取り組もうとしていた。

 目の前のディオも少年の頃は目つきが悪いものの、少年特有の可愛さがあったものだが今はどうだろう?

 筋骨隆々という程ではないが、かなり筋肉がついており、それでいて長身でスマートな体格をしている。

 そして上気の言葉は文字通りジョジョに当て嵌まった、どこをどう鍛えたらあんなに丸太みたいな足や筋肉で盛り上がった全身を手に入れたのだろうか。

 もはや、昔にいじめられっ子だったジョジョとは思えないほどに爽やかな好青年へと成長している。

 一通りの姉弟としての会話を楽しみ、これからの計画の手順を念入りに話終えると互いにバラバラに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 一つ言わせてもらおう、私は相手を甘くみていたのかもしれない。

 障害になるかもしれないと予想はしていたが、終局になって立ち塞がるとは。

 

「答えてくれディオ、ティア! ……君達が今、すり替えた薬は一体何だ!」

 

「……あら、何のことかしら? 私が目の前で見ていたけど薬には何もなかったわよ?」

 

「全く、僕たちが薬を取り変える必要がどこにあるというんだい? ジョジョ」

 

 ジョースター卿の病を治療する為の薬。

 水と薬を乗せた銀のトレイを私は執事から受け取り、二階へ上がると廊下の角で待ち構えていたディオがポケットから似た包みの薬を取り出し、取り替えた。

 それを私達の方角から死角になる場所、そこでジョジョが薬を取り変えるのを目撃し、私達を問い詰めてきたのだ。

 

 しかし、目撃された場所は近いとは言いづらく見間違いという可能性も高い、よってここはシラを切るのが一番の手だろう。

 そう内心で私が勝利を確信していると、懐から一通の古びた手紙をジョジョが取りだした。

 

「ここに7年前、偶然君達の父が出した手紙がある! そしてここには病の症状が書かれている『心臓がいたみ』『指がはれ』『せき』がとまらない。 ……ぼくの父さんと同じ症状だッ! いったいこれはどういう事だディオ! ティア!」

 

「いったい……なんの話をしているんだい? 少し、その手紙をみせてくれないかい?」

 

「聞かせてくれ、君達はいつも父さんに薬を運んでいたのかい?」

 

 どこまであのクズは私達の足を引っ張る気だ。 いや、嘘という可能性もあるがジョジョの性格からして可能性は低い。

 ディオが手紙を調べようとすると、ジョジョはそれを拒否するかのように手紙を遠ざける。 まずい、かなり疑っている行動だ。

 

「……その質問は解せないわね。 なぜ、そんな質問をするのジョジョ?」

 

「答えてくれ! ティア!」

 

「薬を運ぶ役目なら姉さんが大半だったなぁ、ぼくはたまにだよ。 それにぼくの実の父と症状が同じだったかもしれない……君は一体何が言いたいんだい?」

 

「その薬、調べさせてもらう!」

 

 そう高らかにジョジョが答えると、薬へと手を伸ばそうとする。

 まずい、私は薬を乗せているトレイを両手で持っている。 ここで身の潔白を証明する為に妨害すること自体がそもそも可笑しいのに、片手になってまで妨害するとなると……。

 私が躊躇しているのを構うことなくジョジョが薬を奪い取った。 刹那、それを止める為に手首を掴む手があった。 弟の手だ、だがディオも苦しい展開だと分かっているのか苦渋の表情で止めていた。

 

「ジョジョ! その薬を調べるということは我々の友情を疑う事! 友情を失うぞッ!」

 

「せ、せっかく仲良くなれたのにまた喧嘩だなんて……。 ジョジョ! 私、また貴方達が争うだなんて嫌だわ」

 

「う、うぅっ!」

 

 偽りといえ、ここ数年の間は友好的に接してきた。

 ジョジョは薬が毒だと思っているのだろう、それは正解だ。 だが確実となる証拠はなく、ただジョジョは自身の疑惑でしか行動していないのだろう。 甘い性格のジョジョのことだ、疑うという罪深さに耐え切れないのか呻き声をあげて目を逸らした。

 後1回、後1回で致死量となるというのにここで邪魔されてたまるか!

 

 だが、目を逸らしたジョジョがすぐさま私達を強い意思が籠った瞳で睨み返してきた。

 

「ディオ、ティアッ! 紳士、淑女として君達の父ブランドー氏の名誉にかけて身の潔白を誓ってくれッ! 誓えるならぼくは薬を戻し、2度と話をしないっ!」

 

「ち、誓い、だと? 誓いか……ぐぐぐ」

 

(父の名誉に誓え、だと? こ、堪えなさい、ディオ。 栄光はすぐ目の前、なのよ)

 

 私のこめかみの部分がピクピクと痙攣しているのを感じる。

 必死で怒りを抑えようとも抑えきれぬ程に憎悪と怒りが溢れ出てくる。 思わず手に持つトレイに置いてあるコップの水が震え、波紋を作っている程にだ。

 ディオも同じ思いなのか、体を震わせながらも必死に耐えている。 だが、もしも我慢ができないというのであれば……いや、すでに私は言わずとも答えは決まっていた。

 

「あ、あいつの話を俺の前でするな。 あいつの名誉に誓うだと? 勘違いするな、あんなクズに名誉などあるものかァ―――ッ!」

 

「その薬を渡しなさい! ジョジョッ!!」

 

 ディオが叫ぶと同時に持っていた水が入ったコップをジョジョの顔に目掛けて放り投げる。

 見事に頭にぶち当たると水飛沫で目に水が入り、頭から血を流して怯むジョジョ。

 その間にもディオが勢いよくジョジョの顔面を殴りつけ、すかさず私はスカートの中に隠していた鉄製の仕込み棒を取りだす。

 これは棒の中身が空洞になっており、軽量化と伸ばす為の棒の部分を収納する役目も担っているのだ。

 私は時計回りに棒を伸ばし、自身の身長の半分程まで伸ばすと今度は反時計周りに回して固定する。

 

 この間、僅か3秒ッ! 訓練し続けた成果が今ここで出ているものの、まるでゴキブリのようにしぶといジョナサンが殴りつけられたディオの拳を掴んで離さない。

 

「ふははっ! 胴体がまるで隙だらけじゃぁないかしらぁ! ジョジョォォォッ!」

 

「うぐっ!? テ、ティア! まさか、君まで!?」

 

 もはや本性を隠す必要もない、今! ここで! 痛めつけてでも証拠を隠滅するのだ!

 驚いているジョジョの無防備な腹部へと深く突き刺さる鉄の棒。

 続いて痛みの余り前屈みになった所で、下から顎を打ち抜いて失神させるのが私の必勝パターンだ。

 

(これでチェックメイトッ! たかが下種な男なんぞにこのティアが負けるはずがない!)

 

「君達への疑問が確信に変わったぞッ! 君達の動揺と憎悪は普通じゃない! 実の父親と何があったのかは知らんが君達は父親を殺害しているッ!」

 

 だが私の目論見は失敗することとなった。

 予測していたのか、それとも本能的な行動なのか、ジョジョが顎を打ち抜くはずだった棒先を空いた片手で掴んだのだ。

 男と女では筋力の差があるといえど、押しても引いてもびくともしないことに焦りを覚えた。

 仕方がなしに鉄棒を手放すと、代わりの武器になるものはないかと辺りを見渡す。

 戦いの準備などしておらず、他に持っているのは袖に仕込んだ大型ナイフのみ。 これでは殺傷能力が強すぎる、ここで殺しては今まで警察沙汰になるようなことを避けてきた意味がない。

 

「うげぇ! こ、こいつ何て馬鹿力だ」

 

「ぼくは父を守るッ! ジョースター家を守るッ!」

 

 私が躊躇していると、ディオの腕を万力のように絞め上げ、頭上に掲げるようにして放り投げた。

 投げられた先は1階と2階を繋ぐ吹き抜けとなっており、当然のようにディオが悲鳴をあげながら落ちて行く。

 慌てて身を乗り出して落ちたディオを確認すると、怪我を負っているものの何とか生きているようだ。

 

「君の、いや君達との7年間の考えがわかった。 ぼくらには最初から友情などなかった! そして父にはもう近づけんッ! この薬を分析して必ず刑務所に送りこんでやるぞッ!」

 

 上からディオを見下ろし、宣言するかのようにジョジョが声を張り上げたところでこちらへ振り向き、静かにこちらを見つめてくる。 心なしか、私を憐れんでいるような穏やかな視線だ。 それが妙に勘に触る。

 

「ティア、まさか君までそんな非情な性格だとは信じたくなかったよ。」

 

「その憐れむような視線を止めろジョナサン・ジョースター! クソッ、お前さえ、お前さえいなければッ!」

 

 相手を鎮圧するに足る武器が最後まで見つからなかった私は、恨みの言葉を残して部屋へと逃げ帰るしか手段はなかった。

 これから先は恐らく時間との勝負となる。 ジョジョが薬を調べるのが先か、私達が先にジョジョを殺すのかの勝負となる。 これは負ける訳にはいかない、ここまできたというのに負ければ……もう、後がない。

 

 

 

 

 

 

 

 ジョジョがいずこかへ外出するという報せが来た。 恐らくは薬の出所を探りにいったのであろう。

 私達が使用した毒薬は東洋の秘薬! 西洋医学では分析すらできない代物だ。 故に自身で探しに行く必要があったのだ。

 

 私達は今、ジョジョの自室へと侵入している。 ここに目的を達成するのに最適なものがあるからだ。

 ディオが金具で机の引き出しの鍵を破壊すると、中から不気味な石仮面と本が現れた。 それら2つを机に置き、真っ先に本の内容を調べると私達にとって天啓ともいえる内容が記されていた。

 それは仮面の研究記録、粒さに仮面の秘密を記している本だ。

 

「ほほぅ、記録している、記録しているぞ! ジョジョのやつ、こんなところまで仮面の研究をすすめている! フハハハハハ!」

 

「ふふふ、まさかディオもこの仮面の秘密を知っているなんてね。 ……だけど、この屋敷で知っているのは私達とジョナサンのみ。 つまり、この仮面を使って殺害すれば」

 

「「仮面の研究中の事故死! 私達(俺達)に容疑はかからないッ!」

 

 7年前にディオも見ていたらしいがこの仮面、血がかかると仕掛けが作動し、仮面から骨針が幾つも飛び出す仕掛けとなっているのだ。

 興味深いのは水や酒といった同じ液体には反応せず、血液のみに反応するという不思議な特徴を持っているが今はそんなことはどうでもいい。

 これをジョジョに被せて使えば間違いなく骨針は脳みそまで達し、即死は免れない。 その事実だけが大事なのだ。

 

「そうだ、姉さんの忘れ物を渡しておくよ。 それと、すまない。 俺はあの時、どうしても怒りを」

 

「いいのよ、私だって抑えきれそうになかったわ。 あのクズ、死んでまで私達の足を引っ張るなんて、もっと苦しめてから殺せばよかったわ」

 

 忘れ物と称して渡されたのはディオと共に落下した仕込み棒だった。

 素直に受け取ると、妙に神妙そうな顔のディオが目を伏せながら謝ってきた。

 らしくない、十中八九演技だとは思うがもしかしたら素の顔なのだろうか? とはいえ、私もあの時は心が憤怒で満ち溢れていた。 あそこを上手く賛同して切りぬけたとしても、一生私はその事を引き摺るだろう。 それならば断った方がまだましというものだ。

 後は帰ってきたジョジョをどう仕留めるか、その事だけは念入りにディオと話しこんだ。

 

 




とりあえず、もうティアの本性を曝け出しまくるパターンでいいじゃぁないか。
……そろそろ佳境に入るから、どう仕上げていくのかが悩み所。


二人がかりで勝てない強いジョナサンというか、根性という名のSA着けてる人にしか見えなくなってきた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

石仮面の秘密

GL表現がありますのでご注意ください。 (他に書くものが思いつかなかったり)


「はい? ジョジョが食屍鬼街(オウガーストリート)に向かったですって? それは本当なの? メアリー」

 

「はい、ジョジョ様を乗せた御者からの話でございます。 ティア様」

 

 ジョジョを乗せた馬車が食屍鬼街(オウガーストリート)へ向かった。

 その報せは私の気分を良くするのに十分な報告だった。

 

 食屍鬼街(オウガーストリート)

 ロンドンの一角にある土地のことを指すものだが地元の者は誰一人として近寄ろうとはしない。

 それもそのはず、そこはありとあらゆる犯罪が毎日起きるとされ、伝染病も真っ先に発生すると言われる程に人も街も汚らわしい土地だからだ。

 そこへ何も知らないであろうジョジョが踏み込んだのだ。 まず生きては戻れまい。

 

 私は上機嫌に隣に控えるメアリーが持ってきた、パンケーキと紅茶を楽しんでいた。

 少し甘みのあるシロップを足そうとした時、ふと意地悪な考えがよぎり靴下を脱ぐとその白く細長い足を空気に晒す。

 ゆっくりと私の足にわざとシロップを垂らすと、情欲が籠った瞳で息を飲むメアリーを見つめた。

 

「あら、足にシロップがかかってしまったわ。 ……メアリー、舐め取ってくれるかしら?」

 

「は、はい。 ティア様が仰るのであれば」

 

 少女の時はあったソバカスは治り、今は美しい白い肌を晒すメアリーは誰が見ても美人と答えるだろう。

 しゃがみ込んだ際に、そのメイド服から浮き出る豊かな胸元が揺れ、ますます私の情欲を誘う。

 

(……でも、なぜ私の胸は成長しないのでしょう。 他はもはや絶世の美女と呼んでいい美しさだというのに)

 

 思わず溜息を吐くと、私の足を舐め始めたメアリーの体がビクリと震える。

 恐らく何か粗相をしたと脅えたのだろう。 私は薄く微笑み、よしよしと頭を撫でるとピチャピチャと淫らな音が部屋に響く。

 

 母親の病気の一件以来、メアリーは私に多大な感謝と共にあらゆる面で熱心に奉仕するようになった。

 その健気さに触発され、こうして意地悪をすることもあるのだが、それでもメアリーは私の要望に応え続けた。

 今はただ足に感じる舌の感触と温度が非常に心地良い。 人を支配していると実感でき、私の征服欲を満たしてくれる。

 

「ん、ティア、様。 お元気になられたようで、何よりです ペロッ」

 

「それはどういう意味? 私の顔色でも悪かったのかしら?」

 

「いえ、何か心配された様子でしたので……私はティア様に母の仕送りの件で大恩を感じております。 いついかなる時でも私はティア様のお味方となり、お役に立ちたいと常日頃から考えています」

 

 私が不安そうな姿を召し使い如きに晒していたのだろうか? いつでも私の味方? 何を世迷い言を言うのかと私は呆れた様子でメアリーを見つめる。 一見して真摯にこちらを見つめる目に嘘偽りはなさそうだが、それはありえない。 人とはかくも醜いものなのだ。

 

(人は利害で動く。 人は本性を外面という仮面で隠す。 人の本質は卑しい部分にある。 私はそれを短い人生の経験で学んだ。 この娘、何を企んでいるのかしら)

 

 もしかしたら、ジョジョの差し金なのかもしれない。 ならばジョジョもこの娘もとんだ狸だ。 どれ、少し引っかけてみようか。

 

「それは……私が『殺人鬼』だとしても、かしら? 私の可愛いメアリー」

 

「っ、もし、万が一仰る通りであるならば私は何を置いてもティア様を正しき道へお導き―――」

 

 部屋に短い破裂音が響き、メアリーの言葉は遮られる。

 私の言葉に勢いよく反応し、彼女が顔を上げた所で頬を掌で叩いたからだ。

 

「このティアに貴様如きが道を説くな、下郎めが。 もういいわ、下がりなさい」

 

「……お役に立てず、申し訳ありません。 ですが、私の言葉は」

 

 まだ戯言を言い張るメアリーを静かに睨むと彼女は言葉を発するのを止め、頭を下げて退出した。

 心なしか彼女の目尻に涙が溜まっていた気がする、この程度の痛みで音を上げるなど軟弱としかいいようがない。

 

 メアリーが部屋を去ると、後には静寂だけが残った。

 

 私は何気なく立ちあがると、全身の身嗜みをチェックする為に使う大きな鏡の前へと移動した。

 鏡の中にはピンと一切の歪みなく立つ鼻や小さく膨らんだ唇。 満月を取り込んだかのようにキラキラと輝く腰まで降ろした金の髪と瞳。

 全体的に小さくまとまった風に見える、人形のように美しい女性。 それが鏡の中に映っている者の評価だ。

 

「ねぇ、ティア。 私は正しいわよね? これで問題ないわよね?」

 

『えぇ、もちろんよ。 だって、今までだって上手くやってきたんですもの。 下手だったら今ごろ男共の慰み者になってたでしょうね』

 

 私が鏡の中の女に尋ねると、うぬぼれに近い自信を漲らせた声が返ってくる。

 貧民街ので生活。 それは弱みを見せたが最後、骨までしゃぶられ尽くす世界だ。

 私は生まれついての強者でありたかった。 いや、私は強者だ、何を弱気になっていると頭を振る。

 

『何をそんなに脅えているの? それもそうね、ジョジョが答えを見つけて帰ってくれば綺麗なドレスも着れない、温かいベッドもない頃の貴方に逆戻りだものね』

 

食屍鬼街(オウガーストリート)よ? 私とて危険と判断する場所にあのジョジョが無事で済むはずがないわ」

 

『……貴方、ジョジョの底力を見ていたでしょう? おめでたいわね、だからこそ貴方は今、こんなにも追い詰められているというのに』

 

「はっ! 私は強者よ。 必ず私は幸福になってみせるわ。 それが私の運命ッ!」

 

 鏡の中で目つきの鋭い彼女が、胸を張って発する私の言葉を冷めた様子で聞いていた。

 

『貴方はいつも傍観者。 自分は安全な所にいて周りだけを動かすのが強者? 笑わせるわ。 あぁ、臆病なティア、貴方は自分の心の矛盾に気づかないフリをしている』

 

 黙れ、その無礼な口を閉じろ。 私がそう言おうとしているのに唇が震えて上手く声が出せない。 聞きたくもない言葉だというのに耳は鏡の中の私の声を待っている。

 私にとって、私を狂わす一言を。

 

『貴方……幸福だなんて言ってるけど、本当に幸福を味わったことがあるのかしら?』

 

 鏡の中の彼女に亀裂が入る。

 気がつけば、私は袖から出したナイフを鏡に突き刺し、息を荒げていた。

 

「私は、私は誰よりも金持ちに、誰よりも偉く、誰にも負けなければ、幸福なのよ。 そうじゃなかったら……」

 

 顔を俯かせ、床を見つめているとポタポタと水滴が落ちる。

 涙ではない、異常なまでに汗が全身から噴き出ているからだ。

 一体、何を私は焦っているのだ。 頭を振り、気晴らしに外の空気を吸いに自室の扉を開けた。

 

 こんな時、聡い私は心のどこかでナニカに気づいていることを理解していた。

 だが、もう止まれない。 私の道はもう戻る道はなく、進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、深夜に屋敷を抜け出したディオと私は気分転換も兼ねて近郊の港町へと来ていた。

 海風が涼しく通り抜け、平常時なら港町特有の風情というものを楽しんでいただろう。

 

「ディオ、お酒を飲みすぎよ。 それじゃ、まるで」

 

「言うなッ! アイツと同じことをしているのは分かっている、クソッ!」

 

「そ、私も貰うわ。 ほら、少し貸して」

 

 半ば奪いとるようにディオが飲んでいた葡萄酒を手に取ると、そのまま勢いよく喉へと通した。

 安っぽい葡萄酒だ。 だが、なぜだか妙に安心できるような感じがする。

 

「ふん、目に隈が出来て不安そうじゃないか。 ジョジョが戻ってくるかもしれないと思っているのだろう?」

 

 挑発するように私の顔を見て言うディオだが、その言葉がそっくりそのまま自分に返るとは思わないのだろうか?

 いや、理解していも言わずにはいられないのだろう。 まるで執行される日を待つ死刑囚のような気分だ。

 早くジョジョの死体をこの目で見るか、この耳で聞くかしない限りは私達の不安と恐怖は拭えないだろう。

 

 私が内なる不安を消し去るように一息に酒を飲んでいると、ディオの肩にぶつかった浮浪者らしき老人達と目が合った。

 

「気をつけろィ! どこ見て歩いてんだこのトンチキがァ~~ッ! おい相棒! 俺の上着にあのガキの小便のシミがついてないか見てくれッ!」

 

 薄汚い服装、下品な人相、そして何より臭い。

 もはや生きている価値など無いように見える二人組の浮浪者共を見て私は視線を逸らした。

 こんなもの、視界にすら入れたくはない。

 

「おほッ! 見ろよ、綺麗なドレスを着たベッピンさんがいるじゃねぇか! こんな小便臭い小僧より」

 

 周りこむように私の視界に入った汚らわしい俗物に、横目でディオと目を合わせると察したのか頷いたのを確認すると、私は目の前で下品な笑みを浮かべている男の顔に酒瓶を振り降ろした。

 

「ハヒ~ドベベェ!」

 

「ディオ、楽しい実験をしましょうか。 私、道具は一度試してみないと安心できない性質なのよ」

 

「はっ! それはいいな、こんな無価値同然の奴らに価値を与えてやるのだ。 さぞ光栄だろうよ」

 

 瓶は小太りの男の口元に当たり、歯を何本もへし折って無様な悲鳴をあげている。

 そんな様子など気にせずにディオが胸に隠し持っていた石仮面を無事なノッポの男に被せ、私は叫んでいる小太りの男の首筋にナイフを当てると切り裂いた。

 

 鮮血が飛び散り、それをディオが強引に引っ張ってきた男の仮面に当てたその時、男が被った仮面から奇妙な光が溢れだした。

 

「なっ!? ひ、光がっ!?」

 

 余りの眩しさに手で顔を覆っていながらも光の元を見ていると石仮面の仕掛けが作動し、男の頭部へと次々と骨針が突き刺さって行く。

 その間、僅か1秒にも満たないものかもしれないが一体何の光りだったのか。

 

「姉さんも同じ光を見たのか? なにか優れた絵画や彫刻がそれ自体輝きを放つように見えたが……」

 

「あら、ロマンチストね。 とはいえ、この男はやっぱり即死、石仮面はただの拷問道具と証明されたわ」

 

 ディオが念の為にと男の死体を蹴るも反応が無いことを確かめ、頭の中を何本も奥深くに針を刺されれば無事で済むはずもないことが証明された。

 これで次はジョジョの番だ。 そう私が舌舐めずりをしようとした時、異変は起こった。

 

 

 

 ディオがこちらへ振り向いた瞬間に、その背後で男が音も無く立ちあがったのだ。

 思わず思考を停止し、言葉を失う。

 ディオが私のただならぬ様子に気がついた時、私は弟に向かってナイフの柄を向けて投げていた。

 

「ディオッ! 後ろにナニカいるわ!」

 

「うう……! こ、こいつまさか死んでない!?」

 

 ナイフを咄嗟に受け取ったディオが振り向くと、その後ろで幽鬼のように佇む男がディオ目掛けて手を突き出した。

 咄嗟の判断といえどそこはディオ、相手の指の付け根から手を切り裂き、自身も攻撃を避けるべくすでに横へ回避していた。

 だが、男は痛みを感じてないのか勢いそのままに前のめりになるように攻撃し、切り裂かれて外れかかった小指がディオの肩に掠った。

 

「うげえッ!」

 

(……え、飛んで? 壁、壊れ)

 

 空を切る男の手はそのまま民家の壁にぶち当たり、壁一面を一気に破壊し尽くした。

 そのパワーは小指が掠った程度のディオを数メートルも吹き飛ばす程の威力だ。

 余りに非現実離れした光景、私はただ唖然とするばかりで思考が定まらなかったが咄嗟に背中を向けている男の死角となる建物の影へと隠れた。

 

 まるで御伽話にでも出てくる怪物だ。

 壁を壊せる程の力を持つ人間などいるものか、無意識の内に震える体を必死に両腕で抑えつけようと力を込める。

 だが恐怖というものは無くなってはくれないらしい。 壊れた壁が崩れ落ちる音に混じって歩く音が聞こえる。

 そうだ、ディオ、ディオはどこだろう? 辺りを見渡すとすぐに見つかった。 真横の橋にて肩から血を流し、苦悶の表情を浮かべているディオを見つけたからだ。

 足音がする方向を睨みつけながら、何とか逃げようと体を動かそうとしているものの動きが遅い。 まさか、動けないのだろうか?

 

 そんな時、建物の影に隠れて無様に身を震わせる私の姿をディオが見つけた。

 助けてくれ! そう切実に目で訴えているのを感じるが、私の体は一向に動かなかった。

 

(あ、あんな化物から助けるなんて無理よ! 怖い、凄く怖いもの! ここは私だけでも)

 

 逃げないと。

 そう思った時、ディオの目に怒りが灯った。

 やはり姉弟、私が弟を見捨てて逃げることを感じ取ったのだろう。

 橋の下の川へ逃げようと必死に体を動かそうとしているが、亀のように遅い。

 いずれ化物に捕まり、ディオは――――死ぬ。

 

 

 

 

 

 しかし、私は身を翻した所で動きを止めた。

 逃げる? 誰が? 私が?

 ここで逃げてどうなる。 ディオの力無くして私だけでこの窮地を乗り切れるのか?

 もしも万が一、ジョナサンが証拠を持って帰れば私は刑務所行きか犯罪者として惨めに生きる人生を強いられるだろう。

 

(……ふざけるな、私はそんなものの為に今まで生きてきたんじゃない! ティア! 怖いのなら自分を騙せ! 何者も恐れず、傲慢で、力あるティア・ブランドーに!)

 

 惨めな生活など2度としたくない。 私がスカートの中に隠してあった仕込み棒を伸ばすと再び身を翻した。

 ちょうどディオが男に掴まろうとしている場面だ。

 獣は獲物を仕留める瞬間、無防備になると聞く。 このティアに『運』は味方してくれているッ!

 

 近づく際には足音を忍ばせ、近づいた後には足音を響かせる。

 案の定、男が足音に反応してこちらへ顔を向けた瞬間、その目に棒を突き刺した。

 

「死ね、化物ッ!」

 

「おごごごごッ」

 

 奇妙な声を響かせる怪物。

 横でディオがそんな馬鹿なと目を見開いている。 私だって同じことをされたら似たような反応をするだろう。

 このまま貫く、あるいは脳を引っ掻き廻してやろうと棒に力を入れた瞬間、私の視界は反転した。

 ぐるりと視界が180度回り、続いて強烈な衝撃が背中に走り、圧迫感によって肺の中にある空気が吐き出される。

 

(ゴホッ、う、まさか刺さったまま棒ごと私を壁に叩きつけるだなんて)

 

「わ、若い女の方がいいな。 か、渇く。 なんでか知らねえがよォ、渇いて渇いてしょうがねえんだ」

 

 痛みを感じないとでもいうのか、さほど気にした様子もなく目に刺さった棒を眼球ごと抜き取り、動けない私の服の襟を掴んで軽々と体を持ち上げる。

 頭を打ったのか、意識が若干朦朧としている。 体に力が入らない、このままでは死んでしまう。 そうだ、ディオは……。

 

 私が横目でディオを見つめると、こちらを見ながら川へ飛び込もうと這いつくばりながら動いているではないか。

 さすがは私の弟だ、迷いが無い。

 全く、先のことを見過ぎて今の判断を誤るなど愚か過ぎて思わず笑いが込み出る。

 

 

 だが、タダでは生きて帰さん。 呪ってやる。

 

 

「ディ、オ。   逃げ、なさい」

 

 視線を目の前の化物へと向け、弟の方へは向けずに肺に僅かに残った空気を言葉に変える。

 目から感情を読み取られる恐れがあるからだ。 一生悩め、悩んで苦しめ。 お前は唯一自分を●●●ものを失ったことをな。

 

 男が私の首筋へ指を突き立てると何かを吸われている感触を覚える。

 これは私の血液だ、血を吸う化物、どこかで聞いたことがある気がする。

 どこか他人事のように私は死を受け入れる覚悟を決めていた、目の前の男が私の血を吸う度にどんどん若返り、老人が20代の若者のような顔つきへと変貌している。

 

 そんな折に夜が明け、太陽が顔を出した。

 私が死ぬのがそんなに嬉しいのかと太陽をここまで恨めしく思ったことはない。

 

「ぎゃあああああッ」

 

 だがそれは違った、太陽の光は私にとって救済の光だった。

 化物の顔に太陽の光が当たると頭部が弾け飛び、肉片が粉のようになって絶命したのだ。

 

 私は、助かったのか?

 突然、地面に放り出された私が実感を覚えられずに横になっていると誰か近寄る気配を感じる。

 

「た、太陽の光……姉さん、無事か!?」

 

 私は静かに目を閉じて、深呼吸をして息を整える。

 今はまずい、本性がそのまま言動と目に表れるかもしれないからだ。

 絶対に私を見捨てたことは許さんからな。

 

 私が平常時まで感情と呼吸を整えると起き上がり、心配そうに絶えず声をかけていたディオの手にはちゃっかり石仮面を持っていた。

 原因は十中八九、この石仮面だ。 まるで見当がつかないが、人を化物に変える力を秘めているのだろう。

 石仮面も気になるが、目の前のディオの反応も面白いものだ。

 おろおろと聞くべきか、それとも気付かなかったフリをするべきかと悩んでいる顔をしている。

 

「姉さん、一つ聞きたいんだがあれは俺を助けるために動いてくれたのか?」

 

「ふぅ、ここでディオを失ったら後に支障が出そうだもの。 それよりも私を見捨てようとしなかったかしらぁ? えぇ?」

 

「うッ! そ、それはあの時は気が動転していて……」

 

 私が首筋を手で撫でながら話していると、気づかれていたかと顔を伏せるディオ。

 首筋に指を突き付けられていたが、大した怪我はなさそうだ。

 ふとディオを見ると、何か考え込むような瞳で私が首筋を撫でる動きを観察していた。

 なるほど、血を吸われて化物になるとでも思っているのだろうか。 これはお仕置きが必要だな。

 

 私は歪に曲がった仕込み棒を拾うと、ゆっくりと満面の笑顔を弟へと向けた。




見事に互いを見捨てようとする姉弟愛に感動するね! ……この姉弟はどっちも欲しくないな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

END:炎の中で

 あの化け物を後始末した後に近くの診療所にて治療を受けにいくと、ディオは鎖骨を砕かれ、私は内臓を幾つか痛めていると診断された。

 指が掠った程度だというのに骨を砕くとは、つくづく恐ろしい化物だった。

 

 ディオの話では仮面に関するジョジョの研究ノートに、人間の脳には未知の器官があり人間が知らない能力が眠っている可能性が充分ありうるとのこと。

 化物が見せた獰猛な能力。 それは古代人が脳に隠された能力を発見し、使用する為に石仮面を制作したのが原因であり、仮面から飛び出る骨針は人間の隠された力を呼び覚ますものであるという見解が私達の中で纏められた。

 

 後半はディオの仮説だが、私も納得せざるをえなかった。

 たかが仮面で超人染みた力を手に入れれるなど今だに信じられないが、目の前で見ていたのだから信じざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

 私達が港町にて治療を受けた後に屋敷へ戻る頃には夜も更け、雷雲が辺りを覆っていた。

 

「ディオ。 嫌な予感がするわ、もう海外へ逃げましょう。 こんな時のためにいくつかの場所で準備をしてきたの」

 

「ふざけるな! あんな奴に俺に背を向けろというのか! 俺はあいつと戦うために戻るのだ、怖いのなら一人で逃げていろ」

 

 ポツポツと降りだした雨から逃れるかのように、屋敷の中へ入ると様子がおかしい事に気がついた。

 なぜ照明道具の一切が消され、こんなにも暗闇が広がっているのか。

 

「どうした執事!? なぜ邸内の明かりを消しているッ!」

 

 ディオも屋敷の異変に何事かと声を荒げる。 不意にエントランスの奥で燭台に火が灯され、それを手に持つ人物が映し出された。

 

「「ジョジョ!」」

 

 こちらを静かに睨みつけるジョジョの姿に怒りが込み上がる。

 まだ2日しか経っていない、まだ、まだ大丈夫なはずだ。

 そんな一縷の望みを賭け、さも友人のように接するフリをする。

 

「あ、あら。 ロンドンから帰ってたの、早いわね」

 

「そうだね。 解毒剤を手に入れ、父さんに飲ませたよ。 つまり、証拠を掴んだということだよティア、ディオ」

 

 静かに威圧するように語るジョジョの言葉により目の前が真っ暗になる。

 この7年間の苦労もそうだ、もう全て水の泡。 これから先はここを切りぬけたとしても犯罪者、下手をすれば一生陽の当らない生活になる。

 私の胸中を嘲笑うかのように、続いて兄弟同然の生活だったのにだとか僕も辛いのだの綺麗事を言うジョジョに殺意が沸いてくる。

 

「ふぅ。 ジョジョ、勝手だが君に最後の頼みがある。 ……僕たちに自首する時間をくれないか?」

 

「えっ?」

 

 近くにあった椅子に腰かけ、悲しげに目を伏せるディオが弱々しく呟いた。

 普段ではありえない姿にうろたえるジョジョ。

 なるほど、その手でいくのね。

 

「私達、あれから考えたのよ。 貧しい環境に生まれたせいで、くだらない野心を持ってしまった。 幼い頃に家族同然に育てて貰いながら、毒を盛って財産を奪おうだなんて……うぅっ」

 

「その証に僕たちはジョースター邸に戻ってきたんだよ。 逃亡しようと思えば外国でもどこへでも行けたはずさ!」

 

 静かに私もディオも涙を流して罪の懺悔を行う。

 本音をいえば全てアドリブなのだが、ディオも私も場所が違えば名役者となろう。

 ほぅら、役に騙されたマヌケが近寄ってくる。 そう私が内心で確信した時、別の場所で燭台が灯された。

 誰なのかと目を凝らしてみると、この屋敷の住人にしては妙に場馴れしているような雰囲気を感じる。 帽子を被り、顔に大きな傷がある男だ。

 

「おっと、『誰だ?』って顔をしているな。 おれぁ、おせっかい焼きのスピードワゴン! ロンドンの貧民街からジョースターさんにくっついて来たぜ!」

 

 知らぬ顔のはずだ。 しかし、なぜ貧民街出身の男がこんな所にいるのだろうか。

 余計なことは言わないで欲しいものだが。

 

「ジョースターさんッ! 俺ぁ暗黒街で生き、色んな悪党を見て来た。 だから悪い人間と良い人間の区別は『におい』で分かる」

 

 まずい、こいつ余計なことをッ!

 私が止めようとした時、私達の方へ男が燭台を蹴り飛ばしてきた。

 

「こいつはくせぇ――ッ! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ―――ッ! こんな悪党には出会ったことがねぇほどになぁ! 環境で悪党になっただぁ? ちがうねッ! こいつらは『生まれついての悪』だッ!」

 

 燭台はディオの顔のすぐ横を通り抜け、砕け散った。

 ポッと出のカスにここまで言われるのは屈辱以外でもない。 だが、ディオもそれは耐えていることだろう、私が台無しにする訳にはいかない。

 続いて証拠の提示だとばかりに連れてきた人物に目を見開いた。

 東洋の秘薬を私達に売ってくれた、あのアジア人だ。 もはやこれで私達が無実を勝ち取るのは不可能だ。

 

 そして逃げるのも不可能だろう。 奥のカーテンが開かれ多くの警官達。 そしてジョースター卿と傍で顔を青ざめさせるメアリー。

 

「ディオ、ティア。 話は全て聞いたよ。 残念でならない……君達には息子と同じぐらいの愛情を注いできたつもりだったが……すまない、寝室へ戻るよ。 息子と娘が捕まるのを見たくはない」

 

「ジョースター卿……申し訳、ありません」

 

「ティ、ア様。 なぜ、このようなことを……私が至らなかったせいなのですか」

 

 ジョースター卿の言葉に思わず言葉を詰まらせてしまう。

 怒りでだ。 どいつもこいつも好き放題言ってくれる、だがそれも終わりだ。

 自嘲するような笑みを浮かべ、ディオが椅子からゆっくりと立ち上がるとジョジョへと近づいていく。

 

「これで終わりか……最後の幕引きはジョジョ、君にやって欲しいんだ。 わがままを言わせて貰えれば肩を怪我していてね、手錠を少し緩めてつけて欲しい」

 

「わかった……ぼくが手錠をかけよう」

 

 肩を固定する為にディオの左腕には大きく包帯を巻いている。

 実際、ディオは肩を骨折しているがあそこまで多く包帯を巻く必要はない。

 例えば、そう。 何かを隠したい時に多く巻くならば必要だろうが。

 

「ジョジョ、人間ってのは能力に限界があるなぁ。 俺が短い人生の中で学んだこと、策を弄すれば弄する程に予期せぬ事態で簡単に崩れるってことさ。 人間を超えるものにならねばな」

 

「なんのことだ? なにを言っているッ!」

 

 穏やかに話しながらもゆっくりとジョジョとの間合いを詰めるディオ。

 それでいい、雰囲気が変わったディオをジョジョが警戒しだしたがもう遅い。 射程圏内だ。

 

「俺は人間をやめるぞッ! ジョジョ―――ッ!!」

 

 間合いに入ったとディオも感じたのか、左腕の包帯から隠していた石仮面を右手に持つ。

 ジョジョはなぜここに石仮面があるのかと右手に注意がいき、左手に隠し持ったナイフが包帯を切り裂いていることに注意がいっていない。 これは確実に殺れる!

 ジョジョが左手に持つナイフに気がついた時にはすでに遅く、刃先はジョジョへと向けて突き進んでいた。

 

「俺は人間を超越するッ! ジョジョ、お前の血でだァ――ッ!」

 

「うおあああ!」

 

「と、とうさん!?」

 

 無様な悲鳴が響き渡る。

 だが、その声の主は私が望む者ではなかった。

 ジョージ・ジョースター。 ジョジョの父親、その人であった。 刺されそうになったジョジョの間に立ち、背中でナイフを受け止めたのだ。 ……だが、あの刺された位置からして間違いなく致命傷、いずれ死ぬだろう。

 

(ちっ、まぁいい。 もっと凄まじい恐怖の時間がやって来る。 そこで生き延びたことを後悔すればいいわ)

 

「奴を射殺しろ―――ッ!」

 

 鮮血を撒き散らすジョースター卿の血を顔に着けた仮面に塗りたくるディオ。

 以前見たことがある光がディオの仮面から放たれたと同時に警官達から一斉射撃を受け、衝撃で窓ガラスを割りながら外へと体が投げ出される。

 腕に2発、胴体に5発、まず即死間違い無しの弾丸を受けていたが私の内心は大変穏やかだ。

 

 目の前で父親が自分の身代りになり、もうすぐ死ぬであろう父を悲哀に満ちた表情で見つめているジョジョに愉悦を感じるからだ。

 

「仮面に気を取られて動けなかったマヌケの代わりに父親が死ぬ! 何て美談なのかしら、あははは!」

 

「こ、この外道めが! 何がおかしいッ! この小娘を捕えろ!」

 

 余りに陳腐なシーンに思わず笑い声をあげていると、警官の中でも上等そうな服を着る眼鏡をかけた壮年の男性が部下達に命じ、私を床に押し倒すようにして拘束した。

 かなり屈辱に感じる体勢だが、これもすぐに愉悦に変わる、それまで我慢だ。

 

「ティアの言う通りだ……僕が注意していれば避けられたはずのナイフをッ!」

 

「良いんだ、ジョジョ。 そんな顔をしないでくれ」

 

 ナイフは深く背中に突き刺さっている。 故にかなりの激痛を感じるはずなのだが泣きそうな顔のジョジョを宥めるような温和な笑みを浮かべるジョースター卿。

 その丈夫さは評価するが、あの紳士面した顔が恐怖と痛みで崩れるのを最後に見たかったものだ。

 

「あ、ちょっと。 そんなに女性の体を弄るなんて、マナー違反じゃなくて?」

 

「わ、わしの責任だ! わしが20年前に奴らの父親を! こいつらの父親を流島の刑にしていれば!」

 

「……私達の父親? ちょっと、そこの髪の薄いジジイ。 何の話か説明なさい」

 

 拘束された私の体を弄り、次々と隠してあった武器達が若い警官に取り上げられる。

 中には高価な武器もあった為、少し惜しい気持ちだがそれよりも窓際で頭を抱えている男の言葉が気になった。

 先程、私を捕まえるよう周りの警官達に指示を出した眼鏡の男。 私の言葉に対して親の仇を見るような目で睨みながらも、20年前の出来事の話を語った。

 

 事の発端はこの眼鏡の男が若かりし巡査の頃、質に流れた高価な指輪の出所を掴んだ時のことだ。

 持ち主はジョージ・ジョースター、それもジョースター卿が妻と婚約した際に作られた、この世に2つとないプラチナと宝石で彩られた高価な指輪だった。

 よりにもよって貴族の『婚約指輪』を盗んだのだ、犯人はすぐに掴まり、流島の刑へと処されることは確定だ。

 人の大事な物を見つけた巡査は気を良くし、自分が捕まえた手柄を誇るように犯人の前へジョースター卿を連れていく。

 すると犯人は我が父【ダリオ・ブランドー】だった。 ジョースター卿が馬車の落下の際に助けられた命の恩人と思っていた人物は卑しい盗人だったのだ。

 

 ここまで話を聞いた時、私はここで一つの事実に気がついた。

 こんな時、聡い自分が恨めしい。

 

(つまり命の恩人の子ではなく、下劣な悪党の子供だと知っていながら私達を養子にしたというのか?)

 

 そんな事はありえないと私は首を振った。

 一体それに何の得があるのかというのか。 困惑する私を余所に眼鏡の男の話は続けられた。

 

 結果としてジョースター卿は大事な思いでであるはずの『婚約指輪』をダリオに差し出したのだ。

 これは彼の者であると、貧困に苦しんでいるならば私も窃盗をするかもしれないと、最後に悪の人ではなく善の人になるようにと願って。

 

 だが現実とは酷いものだ。

 ダリオは更生せず悪党のまま、ジョースター卿がその子供達を養子に迎え入れれば、迎え入れた子供達に殺される。

 滑稽だ、自分のくだらない自己満足(・・・・)のせいで死ぬのだから。

 

「あらあら、人を助けて良い気分になる代わりに死ぬなんて、何て悲しい事なのかしらねぇ?」

 

「ティアッ! 君って奴は!」

 

「……良いんだ、ジョジョ。 すまないがティアを私の傍に優しく連れてきて欲しい」

 

 私が挑発するように周囲へ向けて、ほくそ笑んでいると激昂するジョジョとは対照的に穏やかにジョースター卿が止める。

 父の言うことには逆らえないのか、厳しい目で私を睨みながらも手を取って立ちあがらせるとゆっくりと血に塗れ、倒れるジョースター卿の元へと連れていかれた。

 恨みごとだろうか。 それとも騙し討ちで武器を隠し持っており、私を道連れにしようとでも考えているのか。

 

 私が警戒するのを余所に、ジョースター卿は穏やかな微笑みで私を見つめていた。

 

「ジョジョ、2人を恨まないでくれ。 私がしっかりと愛情を伝えきれなかったのが原因だったのだ。 ……ティア、もう少し傍に座ってくれないか」

 

「はっ! 体のどこかに隠してある武器で私を殺すつもりかしら? それとも他の手でも考えて?」

 

 上等だ、重傷を負った老いぼれに遅れを取る程に私は甘くない。

 体のどこからであろうと武器を出した瞬間、それを奪い取って貴様に使ってやろう。

 

 そう私が身構えながら傍へ座ることなど気にしないかのように、ゆっくりとその年老いた手が私の頭を撫でた。

 

「ティア、もう少し、もう少しだけ人を信じる『勇気』を持って欲しい。」

 

 ゆっくりと頭に乗せられた手が赤子をあやすように動く。

 優しく、温かな感触だ。 酷く心地良く感じる。

 だが、これも嘘だろう。 人は死の間際こそ本性を曝け出す。 そのはずなんだ。

 

 撫でていた手は降ろされ、私の手を優しく包み込む。 もう片方はジョジョの方へ置かれていた。

 

「悪くないぞ、ジョジョ、ティア。 息子と娘の腕の中で死んで……いくと……いうのは」

 

 穏やかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じるジョースター卿。

 

(恨みの言葉はどうしたの? 私を殺す手があるのではないの? ほら、早くしなさいよ!)

 

 気づけば私は強く望んでいた。 私に危害を加える何かを。

 だが私に触れている温もりを感じる手が急速に冷たくなっていく。

 それが意味することはつまり、死亡したということだ。

 元より致命傷の傷、ここまで生き長らえたこと自体が可笑しいのだ。

 

 その時、私の心の中に強烈な亀裂が入ったのを感じる。

 まるで傷などつくはずがない強固な城壁が傷ついたかのように。

 しかし、代わりとばかりに冷たいはずの手から暖かなナニカが入ってくる。

 

 それが私を安堵させ、私を作り変えてゆく。 そう感じた時、私は慌てて手を振り払いながら立ちあがった。

 ジョジョが私を睨みつけている、君は何も理解しなかったのかと。

 私は貴方のように受け入れる訳にはいかない、だが認めよう。

 

「……最後まで己のしたことを後悔せず、貫き通した信念に私は敬意を表する。 だけどね、ジョジョ。 私は受けいれる訳にはいかないの、もう変える訳にはいかないのよ」

 

「ティア、君は……」

 

 私は心に大きな喪失感を覚えていた。

 きっと、もう2度と現れないであろう私を愛してくれる他人を失ったからだ。

 涙は見せない、私のような道を進みすぎた人間にはもう戻る道が無いのだ。

 

「ティア、罪を悔いる気持ちがあるならば僕はいつまでも待っている。 ディオの事は残念だけど」

 

「あら? その言い方だとがまるで私達(・・)が負けたような言い方じゃないかしら? まだ、終わってはいない」

 

 不敵に笑う私の言葉を察したのか、ジョジョがハッとした様子で窓の外を見つめる。

 割れた窓、散らばった硝子、残された石仮面、そしてあるはずだったモノがないのだ。

 

「死体が……ディオ・ブランドーの死体が、無いッ!」

 

「警察の旦那ァ――ッ! 窓から離れろ!」

 

 そう、石仮面を身に着けたディオがいないのだ。

 過去の話をした眼鏡の男。 彼は居た位置が悪かったというしかない。

 窓際にいた、それだけで窓の外から伸ばされた腕に狙われたのだ。

 軽く叩くように手を男の頭へと当てる、それだけで男の頭がズリ落ちるかのように弾け飛んだ。

 そして窓際の上から滑空するかのように、唐突に現れる我が弟。

 

「あ、あんなに弾丸をくらったのに生きているッ! それに警部の頭、どうやったらあんなグチャグチャに!?」

 

「ディオ! 止まれッ!」

 

 動揺する警官達を嘲笑うかのように、何事もなかったかのように緩やかに歩を進めるディオ。

 ジョジョだけはいち早く反応し、動揺する警官達から銃を奪うとディオへと構える。

 だがそれだけだ。 ジョジョはゆるりと近づくディオに対して銃を構えるのみ。 何を躊躇することがあるのか? と、私が内心で嘲笑っていると発砲音が聞こえ、ディオの頭に小さな穴が空いた。

 ジョジョの後ろで即座に銃を構えていたスピードワゴンが発砲したのだ。 しかし……。

 

「し、死なねえ! 頭を撃たれたのに……俺には分からねえ、なにが起こってるのかさっぱり分からねえ」

 

「ジョジョ……ジョジョ! 俺はこんなに素晴らしい力を手に入れた! 石仮面からッ! お前の父親の血からッ!」

 

 頭部に空いた穴など気にしないとばかりに足を止めないディオは、動揺する者達を尻目に天井近くまで飛びあがると一人の警官の頭を鷲掴みにする。

 警官の断末魔の叫びと共に頭に突き付けられた指から血液を吸われ、ミイラのように干からびていく。

 

「う、うわああああ!」

 

 誰かが恐怖から叫び声をあげた。

 ならば、ここはもうディオに任せていいだろう。 私はお役御免だ。

 あらかじめ見つけておいたジョースター卿を刺したナイフを拾い、エントランスに続く扉へと走る。

 皆がディオに注目する中、ジョジョだけが私が走る光景を目の当たりにしたがどうすることもできまい。

 

 体当たりをするように扉を開けると続いて2階へ続く階段を駆け上がる。

 だが登り切った所で一人の若い警官が私に気づき、その腰に下げている銃を抜こうとしている事に舌打ちをする。

 駆ける勢いのままナイフの柄を鼻先に叩きつけて骨ごと砕くと、抜こうとした銃を奪い取る。

 

「……失せなさい、5秒以内よ、4、3、2!」

 

「ひぃぃぃ!」

 

 悶えている無様な男に銃を突き付け、脅すとあっさりと階段を転げ落ちるように逃げ出す。

 私が殺さなかったのは気分の問題だ、何よりこのナイフを誰かの血で汚したくなかった。

 

 そのまま2階にある私の自室へと飛び込むと急いで隠していた金品、母のドレス、そして私のドレスで丁寧にジョースター卿を刺したナイフを包むと鞄に詰め込む。

 私のドレスが血に塗れるが、そんなものよりこのナイフの方が私にとって価値がある。

 

(……全く、絶ち切るならば捨てればいいのに、私は何をこんなにモノに執着しているのかしら)

 

 自分の甘さに反吐が出る。

 それでも私は未練がましく、『父親』の遺品を手放すことを躊躇した。

 他に必要なものはないかと部屋の中を見渡した時、私の鼻に焦げくさい臭いが入ってきた。

 どこかで燃えるものがあったのだろうか。 ならば惜しい気持ちもあるがすぐに立ち去らねば。

 私が入った時と同じく、勢いよく扉を開けるとすでに天井付近に黒い煙が漂う程に臭いが凄まじい。

 エントランスへと向かうと私が先程いた部屋から凄まじい炎が出ていた。

 

「ンッン~? これはこれは麗しい姉、ティアではないか。 なるほど、部屋で必要な物を取りにいっていたのか」

 

「あら、まさか壁に立つ人から声を掛けられるなんて、私の人生で初めての体験ですわ」

 

 声を掛けられた方向へ顔を向ければ、上機嫌なディオがその凄まじい脚力で壁に足を減り込ませ、垂直に立っている姿が目に入った。

 それはいい、問題なのは私を呼び捨てにしたこと。 もはや私など眼中にない、敵などになりはしないと自信と力強さに満ち溢れている。

 まさか、ここで私を用済みだといって始末しないか。 私は優雅な表情を浮かべながらも内心ではひどく焦っていた。

 

「ジョジョが鼠のように上へ逃げたもので追いかけているのよ。 ティア、貴様は外にいるであろうスピードワゴンとかいうカスを殺してこい」

 

「……はぁ、分かったわ。 もう姉さんとは言ってくれないのね」

 

 私が渋々承諾したようにしていると、当然だとばかりに鼻を鳴らして上へと登っていくディオ。

 私に利用価値があると見出したのだろうか、とりあえず役に立つ間は私を殺さないようだ。

 火の勢いは予想以上に強く、すでにエントランスが火の海になりつつある為、私は裏手の窓から外へと逃げ出すことにした。

 

 

 

 

 

 私が屋敷の周りにある林を通り、表へ周り込むと2つの影が燃え盛る屋敷の前で佇んでいる。

 召し使いのメアリーとスピードワゴンとかいう奴だ。 私に気づいていない2人に対してほくそ笑み、警官から奪った銃の撃鉄を引き起こすと両手で構え、引金をひいた。

 

「うげぁぁぁ―――ッ! て、てめぇはティア・ブランドー!」

 

「テ、ティア様!?」

 

「うふふ。 貴方には会いたかったわ。 私のことをそう……えーと、何の臭いと言ってましたっけ?」

 

 スピードワゴンの右足をまずは撃ち抜く。 よく見れば、左腕が変な方向に曲がっている。 確実に折れているような不自然さ、これは好都合だ。

 無様な悲鳴をあげる奴の姿に少し胸がスッとする。

 だがただでは殺さん、貴様が余計なことを言わなければジョジョが死んだのだ! 何もジョースター卿が死ぬことなんてなかった!

 

「へ、へへ。 何て言ったかって? ……てめえを育ててくれた父親を殺した奴だ。 こいつはくせぇ―――ッ! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜッ! てめえは『生まれついての悪』だってなぁ!」

 

「こ、このカスがッ! 良いだろう、貴様はとことん苦しめてから殺してやるッ!!」

 

 撃たれたというのに気丈に言い返すカスに激昂し、銃の撃鉄を引き起こす。

 次は左足だ。 そう私が再び銃を構えると立ち塞がる者がいた。

 

「……あら? 私に撃たれたいのかしら? とは言っても、貴方も始末する予定でしたけど」

 

「ティア様! これ以上、罪を重ねないでください! お願いでございます!」

 

 陳腐な台詞だ。 そんな台詞を吐き、スピードワゴンを守るように両腕を広げ、私との間に立ち塞がるメアリーを冷たい感情で見据える。

 余りの陳腐さに激昂した感情が萎えた程にだ。

 

「あら、私にこのまま刑務所に入れと? そんな惨めな生活なんて真っ平だわ」

 

「私が、私がティア様を逃がします。 この身に代えても私はティア様の味方ッ!」

 

 銃声が鳴り響き、メアリーが蹲る。

 最後の言葉ぐらい聞こうとは思ったが余りにも幼稚で愚かな台詞だ。

 聞くに値しない、そう判断した私はメアリーの左耳を打ち抜いた。

 

「私の銃の腕前もなかなかね。 狙った通りに当たったわ、それで……何か申しました?」

 

「っ、私、は、ティア様のお味方でございます。 私が不甲斐ないばかりに、こんな状況まで私は気付けなかった」

 

「お嬢ちゃん! そいつの相手は俺に任せて退いてなッ!」

 

 痛み故に……いや、これは恐らく違う。

 そう感じる程に、無くなった左耳から血を流しながらも私の前にメアリーは立ち塞がった。

 その目に強い光を宿しながら。

 

 気づけば、私の持つ銃が震えていた。 何を恐れているというのか。

 

「ど、退けッ! 退けと言っている! 私の味方ぁ? それなら邪魔をするな!!」

 

「私は、ティア様のお味方。 敵がいるならば私が守ります、そして悪からも私は……貴方を守りたい」

 

 なぜだ。 こんなことをして何の利があるというのだ。

 なぜ恐れない、なぜ自分を優先しない、なぜ一切の迷いなく立てるのだ。

 

(引金、そう引金を引けば終わるッ! 引け、引くんだ、引けティア・ブランド――ッ)

 

「……」

 

 歯がギリギリと軋む、私が強く噛みしめながら震える銃をメアリーに照準を定める。

 だがメアリーの目に迷いはなく、一切の恐れなく私を見据える。

 その視線は覚悟を決めた者の目だが、目は私に対する悪意はなく、慈悲を与えるかのように穏やかな目だ。

 何もメアリーは答えない。 もはや、言葉など不要とばかりに体で表している。

 

「はぁーッ、はあッ、ゴホッ! ひ、引け、引けば、何を迷う、必要がある」

 

 他者から見れば可笑しな光景だろう。 何も持たぬ者が銃を持つ相手を追い詰めてるかのような光景なのだから。

 気づけば無様に嗚咽を漏らし、心に強烈な亀裂が入るのを感じる。

 そこで私は引き金を引く意思を固めた。 これ以上、私の心を傷つける者は許さないと。

 

 だが―――。

 

『ティア、もう少し、もう少しだけ人を信じる『勇気』を持って欲しい。』

 

『悪くないぞ、ジョジョ、ティア。 息子と娘の腕の中で死んで……いくと……いうのは』

 

 私のような人間を最後まで娘と呼んでくれた方の声が聞こえた気がした。

 

 私が、認めたくはないが臆病な人間だと見透かされた気がした。

 

 私に対して、本当に温かな温もりを手から与えてくれた。

 

 私の、そう呼んでいいのか、父親の言葉を思い出した時、私は銃を降ろしていた。

 

「貴方達の血で手を汚すなんて、そんな汚らわしい思いはしたくないわ」

 

「ティア様……」

 

 舞台の幕は降りていない、最後まで私は私すらも騙し、演じよう。

 そんな時、燃え盛る屋敷から聞き覚えのある声が響いた。

 

「ギャヤアアア!!!」

 

「ああッ! こ、これはジョースターさん! 燃え盛る館からッ!」

 

 もはや焼け落ちる寸前の館の窓を突き破り、ジョジョが体を燃やしながらも外へと飛び出してきた。 ディオの絶叫をその背に受けながら―――。

 

「そんな、う、嘘よ。 ディオッ!」

 

 直感。 それが警報を鳴らし、私を動かした。

 胸中に言いようのない不安が鳴り響き、私を近くの井戸まで全力で走らせ、あらかじめ置いてある水の入った木桶を頭から被った。

 そのまま他に置いてある2つの木桶を手に取り、急いで気絶したジョジョが割った窓の中へと入っていく。

 後ろで私を呼びとめる声が聞こえるが、そんなことで止まる私ではなかった。

 

 

 燃え盛る炎と黒煙に視界を遮られながらも、私は細く燃えていない道を駆けて行く。

 すぐに目の前にディオが現れた。 全身を炎で焼かれ、女神像に腹部を大きく貫かれた姿で。

 

「ぬ……抜いているひまがッ! 炎がァ炎が俺を焼いていくゥ!!」

 

「ディオッ! 今、水をかけるわ!」

 

 木桶に入った水を迷わずディオにかける。 私に気づいたディオが驚きに目を見開きつつも、体に纏わりついた炎が鎮火し、激しく焼かれた後の無残な黒い肌を晒した。

 続いてディオが大きく自分を貫いた女神像を引き抜こうと、力を込めるのだがボロボロに焼けた全身では力が入らないのか悶えるだけだ。

 ディオが私の方へ必死な思いで目を向けてくる。

 

「ね、姉さんッ! 助けてくれ、抜けないんだ! 力を貸してくれ!」

 

 涙ながらに訴えてくる我が弟。

 私は薄くほほ笑んだ。

 この弟と十数年過ごしてきた。 だからこそ、その言葉の意味が理解できるからだ。

 

 私は静かに歩み寄り、女神像の傍へと座り込んだ。

 

「……おい、何をしている。 俺は助けてくれと言ったんだぞ?」

 

「はぁ、そうね。 だから来たんじゃない」

 

「俺が言ってるのはそんなことじゃない! なぜ、俺に対して背中を向けている(・・・・・・・・)と聞いているのだ!!」

 

 そう叫びながら私の首筋を強い力で掴む。

 何を言っているのだろう、怪物となった貴方でも引き抜けないモノを私が抜ける訳がない。

 

 そして怪物は人の血を糧とし、力とする。 それを私達は知っている、ならば答えは明白だ。

 

「……ふん、馬鹿めが。 何を考えてるのかは知らんが、姉さんも甘いんじゃないかぁ? えぇ?」

 

 そんなことは言われずとも分かっている。 さっさと済ませればいい。

 私はもう、少し疲れたのだ。 演じ続ける自分に、いや、演じる私も私だ。 そして弱い私も。

 だが、私の首を掴む手は強まるものの、一向に血を吸われる気配がない。 どうしたのだろうと内心で思っていると、後ろからディオの低い声が聞こえる。

 

「最後に聞かせろ、あの橋で俺が怪物に襲われた時、あれは俺を思ってのことか?」

 

「そんな訳ないじゃない。 貴方に利用価値があると思ったからよ。 少しばかり私の血を吸えば大丈夫でしょう?」

 

 そう言って、私は首筋を手で撫でた。

 ふん、全く。 ディオがいなければ私は外に出ても危険だ、少しばかり血を分けるぐらい何ともない。

 

 そんな私の考えとは裏腹に、不意にディオが首筋を撫でる私の手を掴んだ。

 

「……そうか。 知っているか? 姉さんは強い思いがあるモノに対してのみ嘘を吐く時、首筋を『撫でる』癖があるんだ」

 

「ッ! へぇ、知らなかったわね。 それがどうしたのかしら?」

 

 大きく心臓が跳ねあがる。 正直知らなかったのだ、確かに考えてみればどうしても欲しい物や強く思うモノに対しては首筋を撫でながら嘘を吐いていた。

 

 しかし、それがどうしたというのだ。 私がそう思った時、私の首を掴む手が離れた。

 何事かと振り向くと、天井の方へ顔を向けながら偉そうに腕を組むディオ。

 

「ふんっ! 興が冷めたわ! 貴様の血などに頼らずともこの程度、脱出できる。 気が変わらん内にさっさと行けッ!」

 

 全身が真っ黒に焼けながら傲慢に振る舞う我が弟。

 今まで見てきたが、ここまで下手な嘘など聞いたことがない。

 そう思った時、後ろで崩れる音が聞こえ、振り向くと私が通ってきた道が天井から降ってきた瓦礫で塞がった。

 周りの猛火による高温と黒煙により、意識が朦朧としている私はたまらず床に身を投げ出した。

 

「うふふ、どうやら私を逃がしてはくれないらしいわ。 ……終わりね」

 

 体を仰向けにして見上げる弟は私を見ようとせず、天井を見つめていた。

 必死に、何かを我慢するかのように。 ……何を躊躇しているというのか。

 

「おい、まだ生きているか? 人は死んだらあの世へ行くというが、俺達は地獄行きだろう。 どうする?」

 

「そう、ね。 地獄、なら、あのクズもいるでしょうし、殺して、周りを支配しましょう」

 

「ふははッ! それは良い、なかなか面白い提案をするじゃないか」

 

 全身から汗が噴き出る。

 まるで日常にいるかのように気さくに話しかけてくるディオに対して、私は息も絶え絶えに返事をする。

 

 

 どこか、穏やかな雰囲気だ。 私はそう感じた。

 

「……なぁ、もしも母さんのいる『天国』へ行ったらどうする?」

 

 珍しい。 母さんの話もそうだが、こんなにも弱気に感じるディオの声もそうだ。

 だがその質問なら、答えは決まっている。 私の口元が厭らしく弧を描く。

 

「『善人のフリ』をして母さんに会いにいくわ」

 

 思わずといった様子で、驚いた顔のディオが私の方へと振り向く。

 その顔もそうだが、何をそんなに驚くことがあるのか。 

 

「「ぷっ、あはははは!」」

 

 たまらず、顔を見合わせて笑ってしまう。 まるで子供の頃に笑い合った頃のように無邪気な笑い声を響かせる。

 私達はそう、悪人なのだ。 不敵に最後まで笑おう。

 

 そして、最後だけは自由に過ごそう。

 

 天井から軋む音が聞こえ、私達の時間が残り少ないことを知らせる。

 もはや体の自由が利かなくなってきた私が体を起こそうと腕の力を込めるも起き上がれない。

 だが私の体を優しく、両手で力強く支える腕が私を持ち上げた。

 私の可愛い弟だ。 やっと顔が間近で見れた。

 私は震える両手を弟の顔に添えると、そっとその額にキスをした。

 

「おやすみなさい、ディオ。 愛しているわ」

 

 そういえば、子供の頃はこうして寝る間際にしたものだ。

 いつからしなくなったのだろうか、私達が互いに信頼をしなくなった時からだろうか。

 私を見つめる弟の瞳がひどく優しげに揺らいでいる。 あぁ、こんな表情は小さい頃以来だ。

 今、私は間違いなく心が『幸福』で満ち溢れている。 こんな近くに私が望む者はいたのだ。

 己を愛し、愛せる他人を。

 

「おやすみ、ティア姉さん。 俺も姉さんのことを―――」

 

 世界や運命、神様というものは非情なものだ。

 最後の言葉を聞けないまま、私は上から降ってきたナニカに押しつぶされ、視界が暗闇に染まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談

後付けというか補完的な話ですー。


……投稿は1000文字制限なのか、最後の2行だけ無理やり追加してピッタリだったけども。。。


 ロンドンのとある郊外。 そこにある寂れた墓場に僕と共に示し合わせたように一人の女性が現れた。

 

 僕と彼女の表情は一様に暗く、静かに迷うことなく一つの墓石の前へと歩を進めた。

 

 

 【ティア・ブランドー、ディオ・ブランドー、ここに眠る。】

 

 

 そう書かれた墓石の前に僕は立っていた。

 

「……最後に聞いたあの笑い声、意識が朦朧としていた僕の幻聴じゃなかったんだね」

 

「はい、とても楽しそうで、幸せそうな笑い声でした……それでも私は、生きていて欲しかった」

 

 2人の葬儀に出席する者は僕以外いないと思っていた。

 唐突に1人だけ、召し使いのメアリーだけが静かに出席し、今2人の墓石の前にも現れてくれた。

 彼女は彼女なりに思うことがあるのだろう、世間では養父殺しの大悪党と騒がれている。

 それでも僕にとって彼らは掛け替えのない人物だった。 僕の青春の大半を過ごした家族だからだ。

 

 父親を殺された恨みもある。 しかし、彼らが死んだと聞いた時、僕は一人静かに涙を流した。

 悲しかった、だが一つだけ嬉しかったこともある。

 彼ら姉弟の死体はそれはもう無残に焼かれたものだと聞いた。

 そして、女神像に串刺しにされた死体と傍で瓦礫に押しつぶされた死体の手は堅く握られ、消火に携わった者達が引き剥がそうとしても離れず、葬儀の時は僕の希望でそのまま埋葬してもらった。

 

 僕は知っている。

 彼らは実の姉弟だというのに、たまに他人を見るように互いを冷たい目で見る時があるのだ。

 だというのに、彼らは顔を合わせると仲良く談笑する。 それはまるで、姉弟を演じてるかのように極端な光景だった。

 

 しかし、彼らは最後には真に仲の良い姉弟になれた。 これは僕の願望かもしれないが、なぜか不思議と確信できる想いだ。

 

「ティア、ディオ。 どうか安らかに眠ってくれ。 僕から奪ったものと同様に、僕は君達から受け取ったものを生涯忘れないだろう」

 

 最後にそう言い残し、僕が立ち去ろうとした時、一陣の風が吹いた。

 

『あのクズの隣に建てるなど、馬鹿にしているわッ!』

 

『ふざけるなよぉジョジョォ! 腹いせに末代まで呪ってくれるわ!』

 

 僕の気のせいだろう、そう信じたい。

 風に乗って声が聞こえるなど、誰が信じるものだろうか。 それも死人のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

……実の父さんの隣に好意で墓石を建てたのだが、もしかしたらまずかったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来は変わり、平穏な日常が訪れるかというとそうではない。

 近い未来、ジョースターの血族には再び苦難が待ち受けていることをジョナサン・ジョースターはまだ知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF:炎の中で  【閲覧注意】

END後の少し綺麗なティアのままでいたい場合は読むのを控えてください。
感動ぶち壊すな! あの良い台詞は何だったんだ! と、言われても本人(ティア)に文句を言ってください。

……いや、だってキャラの性格を重視して、この人ならこう動くだろうなーと動かしてるもので、予想以上に今回は外道というか、ここから先は更に非道になるというか。。。


それでも良いのであれば、ぜひ読んでくださいなー。

追記:予約投稿なるものを試す意味でも、翌日の6時に設定しました。


 屋敷の中で燃え盛る炎と黒煙に視界を遮られながらも、私は細く燃えていない道を駆けて行く。

 すぐに目の前にディオが現れた。 全身を炎で焼かれ、女神像に腹部を大きく貫かれた姿で。

 

「ぬ……抜いているひまがッ! 炎がァ炎が俺を焼いていくゥ!!」

 

「ディオッ! 今、水をかけるわ!」

 

 木桶に入った水を迷わずディオにかける。 私に気づいたディオが驚きに目を見開きつつも、体に纏わりついた炎が鎮火し、激しく焼かれた後の無残な黒い肌を晒した。

 続いてディオが大きく自分を貫いた女神像を引き抜こうと、力を込めるのだがボロボロに焼けた全身では力が入らないのか悶えるだけだ。

 ディオが私の方へ必死な思いで目を向けてくる。

 

「ね、姉さんッ! 助けてくれ、抜けないんだ! 力を貸してくれ!」

 

 涙ながらに訴えてくる我が弟。

 私は薄くほほ笑んだ。

 この弟と十数年過ごしてきた。 だからこそ、その言葉の意味が理解できるからだ。

 

「貴方でも抜けないの? それじゃあ、私でも無理ね。 血を吸われたくないもの」

 

「ッ!? ま、まさか。 実の弟を見捨てるつもりじゃないよな?」

 

 化物は人の血を糧とし、力とする。 私達はそれを知っている、故にディオの行動も容易く読める。

 もはや情に訴えるしかないのかと、無様な姿のディオを冷やかに見つめる。

 そして、最大限の慈愛の笑みをディオへと向けた。

 

「ごめんなさい。 私、自分を愛してるの。 犠牲にはできないわ!」

 

 そう答えると身を翻し、元来た道を急いで帰る。

 

「ティィィアアァァァ! 貴様ァァァァ!」

 

 後ろから聞こえる怨嗟の声に思うこともないことはないが、私を犠牲にしてまで助ける気などない。

 ディオだってそうだろう。 つまり、お互い様というやつだ!

 

(ふふふ、私は生き延びて幸福になってみせる! こんな逆境が何よ、たやすく超えてみせるわ!)

 

 どこかで綺麗な光景になるはずだったものをブチ壊される音が聞こえる気がするが、気のせいだろう。

 私は崩れ落ちる館を尻目に窓から抜け出ると、急いで身を隠すためにも林の中へ逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの屋敷の事件から3日が経った夕方、私は優雅に紅茶を楽しんでいた。

 今、この場所はとある女性の家であり、私は匿われている状態だ。

 そう、林の中に逃げ込む私を見つけ、追いかけてきたメアリーの家だ。

 

「ねえ、メアリー。 私、貴方のような素敵な友人を持てて幸せだわ!」

 

「唐突に何でしょうか、白々しい」

 

「あ、あら……何ていうか、初日から私に対する言葉に棘があるような気がするのだけれど」

 

「ええ、左耳を撃たれましたからね。 恨まない訳がないでしょう。 それに、私がティア様と従者ではなく、人として接していればあのようなことは起きなかったかもしれません。 ですので、この態度で応対させてもらいます!」

 

 メアリーは私がやむを得ず置いてきた、大切な物を詰め込んだ鞄を持っていたのだ。

 私の姿を見た目撃者はメアリーだけらしく、私はあの屋敷の炎で焼け死んだと思われているらしい。

 それは好都合だ、つまり私を知っているのはメアリーのみ。 彼女には初日から屋敷の近くにある、彼女の小さな自宅にて一緒に過ごしてもらっている。

 この3日間、家にあるものだけで過ごしてきたのだ。 彼女を監視する為とほとぼりが冷めるまで隠れるためだ。

 

(……心酔しているという訳でもない、私を匿うのは義理? それともくだらない人情という奴?)

 

 ジッと不満気に見つめていると思えば、私が紅茶を淹れてと頼むと素直に淹れてくれる。

 左耳に包帯を巻いた彼女の意図が読み取れないが、今の所は不穏な動きもなく、私に対して不利益がないので捨て置いていいだろう。

 

 そして今、3日という時間が経った今ならば、そろそろ向かってもいいだろう。

 

「メアリー。 私、少し出かけてくるわ。 私が帰ってくるまでの間、外には一歩も出ないこと、いいわね?」

 

「あ、ティア様。 その、今日は大事な用事がありまして、今回だけ少しの間、外出をさせて頂ければと」

 

「駄目、約束よ? 私の可愛いメアリー。 それじゃあ、急ぐから出るわね」

 

 一方的に話を打ち切り、何か言いたげなメアリーを余所に玄関の扉を開けて外へと出る。

 閉める間際、玄関の仕掛けを確認すると私は一目散にある物を取りに屋敷へと向かった。

 そう、人に超人的な力を与える仮面。 血を吸う化物、吸血鬼に変える石仮面だ。

 

 

 

 

 

 

 私が夜も更けた頃にジョースター邸の跡地へと到着するとすでに先客がおり、何かを探していた。

 瓦礫の中に隠れつつ暗闇の中、目を凝らして見ると私達に毒の秘薬を売り、ジョジョに掴まっていたあのアジア人だ。

 騒ぎのどさくさに紛れて逃げ出したのだろうが都合が良い。 瓦礫の中、土塗れになりながら探すなど私の性に合わない。

 

「ウウウヘェッヘェッ! あったあるね。 3日前のジョースター邸での惨事にはほんと驚いたね」

 

 瓦礫を退かした時、見つかったのだろう。 あの仮面が。

 私は口元を歪め、胸元から取り出した拳銃を静かに構える。 警官から奪った後に2発使ったが、後4発残っている。

 私の役に立ったが、捕まったのは痛手だ。 貴様のせいで追い詰められたのだから、しっかりと責任を取ってもらおう。

 

 私は男が仮面を手に取った瞬間に狙いをつけ、引金を引こうとしたその時……瓦礫の中から現れた腕が男の手を掴み、指を突き刺した。

 

「ぎゃあああス!!」

 

 

 悲鳴を上げる男がどんどん干からびたミイラのようになっていく。

 その光景に私は見覚えがある、そして実行した人物に心当たりがあるために急いで身を隠した。

 

「う、う……ジョジョ……よくも、よくもあんなカスがこのディオに」

 

(まずいわね。 まさか、あの猛火の中を生き延びるなんて)

 

 瓦礫の中から現れたのは全身を無残にも黒く焼かれたディオだった。 仮面の力は屋敷を燃やし尽くす程の猛火すら耐え切れるというのか。

 私が急ぎ瓦礫に身を隠し、このまま息を潜めるべきか、逃げるべきかと思案する。

 まず間違いなくディオは見捨てた私を恨んでいる。 故に確実に殺しに来るだろう。

 ならば、ここにいてもまずい。 私が足音を立てずに慎重に足を運び、逃げ出そうとしたその時。

 

「ほほぅ、呼吸音が聞こえるので来てみれば愛しの姉、ティアではないか、えぇ?」

 

「あ、あら。 ディオも生きてたのね、嬉しいわ。 私もッ!?」

 

 気がつけばいつのまに移動したのか、黒焦げになり異臭を漂わせるディオが私の隠れる瓦礫の上に立っていた。

 焦りつつも言い訳を述べ、その手に持つ銃を構えようとした瞬間、ディオが目にも止まらぬ速さで銃を叩き落とし、私の首を左手で掴むと宙釣りにした。

 

「憎たらしいジョジョにも会いたかったが……それと同様に貴様にも会いたかったぞティアッ!」

 

「かふっ、や、止めて。 殺さない、で。 ディオ。 貴方だって私の立場なら……」

 

 ポロポロと涙を流し、必死に命乞いをする。

 こんな所で、こんな何も無い所で死にたくなどない。

 しかし、獰猛な紅い瞳が私を映す。 タダでは帰さないと。

 

「俺は一刻も早く体の治療をしなければならない。 血が必要だ、特に若い女の血がなぁ!」

 

 ズブリと私の首筋に指が突き立てられる。

 その時、私が脅えながらディオの顔を見つめているのとは別に、手は全く逆の動きをしていた。

 袖に隠し持っていた大型ナイフで服を切り裂きながら出すと、そのままの勢いでディオの顎目掛けて降り上げる。

 

(馬鹿め! 貴様の頭部が弱点なのは知っている。 顎ごと貫かれ、脳髄をぶちまけるがいい!)

 

 だが、絶対的優位を確信したディオの笑みが崩れることはなかった。

 私が振り上げた刃を右手で掴んだのだ。 アッサリと根元からへし折れたナイフに、私は全ての望みを失った。

 

「ほほぅ、さすがは俺の姉だ。 なかなかの名演技じゃぁないか。 ……それでこそ、俺の手足となるにふさわしい!」

 

 私が絶望に心が満たされ、全身から全ての力を抜いていると唐突に何かを被せられ、視界が遮られた。

 この無骨で硬い感触。 まさか!?

 

「橋での借りもあることだしなぁ~。 それに、俺が姉さんの立場なら俺も見捨てただろう……それでも許せんものは許せんものだ、なぁ? ティア・ブランドー!」

 

「や、止めなさい! 私は化物になる気なんてないわ!!」

 

「そうだろう。 姉さんは強大な力を得るより、太陽の元を歩けない事の方が重要だもんなぁ。 日陰で暮らすことを何より嫌う姉さんならなぁ!!」

 

 一生、太陽の元を歩けない生活。

 そんなこと、想像したくもない。 私は栄光を掴む者、いついかなる時でも光で照らされ、周囲の羨望と欲望を支配する女だ! だというのに、蝙蝠のような生活を私にしろというのか!

 私が必死に力を込め、逃げ出そうとするもまるで万力のような力で締め付けられる。

 

「これで少しはスッとする。 人間を超越する力を手に入れるがいいッ! この俺の血でなぁ―――ッ!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 

 私が悲鳴をあげると同時に頭に鋭い痛みが幾つも走る。

 ゴリゴリと不快な音が耳に鳴り響き、私を造りかえる音と衝撃が全身を駆け廻る。

 

 数秒か、数分か、数時間か。 まるで長い時間、仮面を被っているようだ。

 被された時と同様に唐突に仮面が外される。

 気分としては最高の一言。 体の内から止め処なく溢れる力強さに歓喜の声さえ上げてしまいそうだ。

 

「ふっふっふ。 最高の気分だろう? 力を与えたのだ、このディオに力を貸すのが道理ッ」

 

 そんな最高の気分も黒焦げになりながらも笑う男によって一気に冷めた。 故にその頬を思いっきり叩くと、男がまるで紙切れのように宙を飛んでいく。

 

「うげぁぁぁぁぁ―――ッ! な、何をするッ!」

 

「お前、私に何をした? えぇ? このビチグソがぁ――――ッ! タダで済むと思うなよッ!」

 

 瓦礫の山にぶつかり、悲鳴をあげるディオへと私は大股で近づく。

 レディーの作法? 女性としての嗜みぃ? そんなものは今はどうでもいい! 誰も見ていない、ならば感情のまま動いてもよかろう。

 

「力を与えれば調子に乗りおって! 舐めるなよ、KUA!」

 

 こめかみがピクピクと痙攣する。 舐めているのはどちらだ。

 大振りに左足を私の顔面目掛けて降り降ろす、こんな攻撃で私を仕留められるとでも思うのか!

 合わせるように私は左拳を握りしめ、全体重をかけて振り上られた足の膝へとブチ当てる。 ミシミシと不快な音と共にディオの膝が砕け、崩れ落ちるように体勢を崩した。

 猛火で体が弱っていたか? 骨にヒビでも入っていたのか? それにしても軟弱すぎる。

 

 苦悶の表情を浮かべるディオの首を左手で掴むと持ち上げる。

 さっきとは逆の光景だが、私は容赦しない。 全力でディオの頬へと右手でビンタを繰り出す。

 

「このド畜生が……思い知れ! どうだ! 思い知れッ! どうだァ―――ッ!! 」

 

 パンパン、などと生易しい音ではない。 バンバンとまるで鉄板で人間の顔を全力で叩いているかのような音だ。

 

「き、ぐっ、や、めっ!」

 

 奇妙な声をあげるディオの顔が変形し、首から骨がミシミシと悲鳴をあげる音もする。

 だが私は攻撃など止めない、貴様が! 死ぬまでッ! 攻撃を止めないッ!。

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、私は大切な弟を殺めることなどできない。

 決して叩いている内に頬が抉れ、全ての歯がへし折れて首も変な方向に曲がっているディオを哀れに思ってではないのだ。

 

「こ、殺してやる。 か、体を癒せば必ず」

 

「……あぁ? 今、何か言いましてェ?」

 

「な、何でもないよ、姉さん。 ほら、ひとまずこのワンチェンに俺を運ばせて移動しようじゃないか」

 

「URRY…」

 

 歯が再び生え揃った物騒なことを言う弟に対して、優しく睨みつけてやると脅えたように人に媚びるような笑顔を浮かべた。

 そのことに満足し、隣で顔を異常に青ざめさせたワンチェンの方へと目を向けた。

 ワンチェンというのは先程、ディオに血を吸われて死亡したアジア人のことだ。

 死亡したと思われたが、ディオが言うには我々吸血鬼の体液(エキス)を血を吸った者、及び死者に注入すると蘇らせる力を持つとのことだ。

 この者達を便宜上、屍生人(ゾンビ)と呼ぶことにする。

 屍生人(ゾンビ)は自身を蘇らせた者に従う性質があるのか、ディオの言うことをよく聞いている。

 まだまだこの体は未知の能力を秘めている、そう感じる程に私は全身から漲る力強さに歓喜していた。

 

 太陽の元を歩けないことは残念だ。

 だが、嬉しいこともある。 私はその嬉しさの元へ近寄ると、そっと頭を膝に乗せて見据える。

 

「……本当に、貴方が生きていてくれて嬉しいわ。 見捨てたけど、これは本当よ?」

 

「ふんッ! 口ではどうとでも言える! それならば態度で、行動で示せッ」

 

 偉そうに口を尖らせ、ふてくされる弟の頭を撫でる。

 あぁ、本当に生きててくれて良かった。 私は自分自身が大事、それは本当だ。 ……次いで、私の弟と宝石と美女と美食が大事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は夜が明ける前、ロンドンへとディオと共にやってきたが途中で別れた。

 メアリーに礼と別れの言葉を述べる為だ。

 

(あの娘も役に立ってくれたことだし、後で何か褒美でも持っていこうかしら)

 

 最後まで目的が分からなかった。

 もしかしたら本当に、私を想って匿ってくれたのかもしれない。 そう考えると少し嬉しく思う。

 

 

 

 

 だが、私の上機嫌はメアリーの家の前に来ると失われた。

 続いて、怒りに身を震わせると強引にその扉を開ける。

 中からパジャマ姿のメアリーが驚いた様子で現れ、次いで私の姿を見て驚いた。

 

「ティ、ティア様! まさか、そんな。 その目は!」

 

 何を驚いているのかと近くにあった鏡へと顔を映す。

 目は血に塗れたような深紅の瞳。 あぁ、そういえばディオも金の瞳が紅くなっていた。 吸血鬼になれば目の色が変わるのか。

 私がそう感じつつも静かにメアリーを冷たい感情で捉えた。

 メアリーも何かを感じ取ったのだろう。 私が化物に変わり、私が貴方に対して怒りを覚えていることを。

 

「……私、言ったわよね? 外に出るなと。 私を裏切った代償は払って貰うわよ」

 

 警察にでも通報したか、どこかへ逃げようとしたか、そんなことはどうでもいい。

 私はこの家の窓、扉と外へ繋がる道に小さな紙を挟んでいたのだ。 それを私が玄関へ来てみればすでに小さな白い紙は落ちていた。

 メアリーにはきつく誰かが来ても応対せず、外にも出るなと言いつけたのにだ。

 

 顔を青ざめさせるメアリーの元へ一気に詰め寄る。

 両肩を砕けんばかりに掴み、その首筋へと牙を突き立てた。

 

「あっ、ぐっ! 私は、常にティア様を想って……」

 

 戯言を言うメアリーの声が小さくなっていく。

 

(満たされる……熱いものが私の体を満たす。 これが人の命の味か!)

 

 この世のモノとは思えない程に血は熱く、その濃い味が私の全てを魅了する。

 指で吸血も行えると聞いたが、そんな勿体ないことができるものか。

 私は段々と干からびていくメアリーなど気にせず、若い女の命の味を貪り尽くした。

 全ては己の欲望を満たす為に。

 




サブタイトルに【私は人間を止めさせられたぞ、ジョジョ――ッ!】と悩んだけど、モロバレになるから没。


1部のラストまでの話は大体思いつけたし、見せ場も一応思いついたので続きを書き始めました。

今までのは大本を書いてて、少し追加や修正を加える程度だったけど、ここからは一から書くのか……変にならないか不安だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風の騎士たち【ウインドナイツ】

 ロンドン ホワイトチェベル街。

 

 その街に私達は2日の間、潜伏を続けた。

 太陽が出ている昼間、夜明けが近い頃には人通りから離れた民家の家にて夜になるのを待った。

 民家の住人はもちろん、私達の『食事』となって貰った。

 

 今夜も私はロンドンの街を巡る、今日は良い夜だ。 霧が出ており、私の姿を眩ます絶好の条件。

 なのだが、残念なことに深夜の時間にもなると出歩く女性は商売女がほとんどだ。

 

「あ、あぐ。 うぅ」

 

「んん~。 少し雑な味だけれど、飲めない程じゃぁないわね」

 

 裏路地へと連れ込んだ、肌を露出させた卑猥な服装の女。

 私と同じ、金の髪を持ってはいるが質が違いすぎるというものだ。

 その首筋に牙を突き立て、血液を味わう……のだが、命を吸い続ける私の表情が段々と険しくなり、眉を顰めるとついには首筋から牙を離した。

 

「……私の口に合わないわね。 食べて良いわよメアリー」

 

 まるでゴミでも捨てるかのように、私は口元についた血を拭いながら餌を放り投げる。

 そう、私に血を吸われて屍生人(ゾンビ)と化したメアリーの前にだ。

 生前の面影はそのままだが、顔色が非常に悪い。

 私が放り投げた餌を目の前にすると、ゴクリと彼女の喉が鳴った。

 

「ティ、ア様。 私はお腹が空いておりません、ですから遠慮させて頂きます」

 

 どの口が言うのか。

 必死に体を震わせ、止め処なく溢れてくる飢餓に耐えているのだろう。

 屍生人(ゾンビ)の性質を調べている内に分かった事。 それは復活させた者に従順になる点、そして人の肉や血を定期的に摂取せねば強烈な飢餓に襲われることだ。

 但し、飢餓と引き換えに私達のような超人的な力を得ることができる。 それならば安いものだ、太陽が弱点というオマケもついてくるが私には関係ない。

 大抵が化物としての本性を晒すというのに、目の前の人間らしさを保つ彼女の精神力は称賛に値するだろう。 ……そして、いつまで保てるか見物というやつだ。

 

 

 夜も大分更けた頃、私は待ち合わせの時間に指定された場所へと赴いた。

 私の可愛いディオがいる元へだ。

 霧が立ち込める街の中を歩き、待ち合わせ場所にしていた橋の上まで来ると全身を覆い隠すように頭から外套を被る人物が車椅子に乗って現れた。

 車椅子を押すのはワンチェン、つまり乗っているのはディオだ。

 私の可愛いディオ……よりも、私の目は後ろに控える大男に目が奪われた。

 別に容姿や魅力ではない、その力強さ、何より感じる悪としての資質にだ。

 

「ふふふ、姉さん。 宝石が好きなだけあって目が肥えてるじゃないか。 彼は有名な『切り裂きジャック』さ」

 

「あぁ、あの女性ばかりを狙う変態ね。 どうりで汚らわしい姿だと思ったわ」

 

 切り裂きジャック。

 女性ばかりをバラバラにして切り刻む残忍性、神出鬼没な殺人鬼。

 ここ半年のロンドンを騒がせ、恐怖のドン底に陥れている極悪人だ。

 屍生人(ゾンビ)となったからか、その異常性が非常に良く分かる。 目に迷いがない、悪事を行うことを躊躇しない、まさしく悪のエリートと呼ぶに相応しい風体だ。

 

 ……とはいえ、女性を襲う下劣な男としか認識していない私にとっては嫌悪感しか沸かない。

 だが、このジャックは一つの仮説を有効に引き立ててくれた。 メアリーと比較してだが。

 

「姉さん、屍生人(ゾンビ)は悪人であればあるほどに強くなりそうだ。 それに、このままロンドンで食事をしていたら目立つ。 どこへ向かうべきかな?」

 

「理想的なのは外部と連絡が取りにくい閉鎖された土地、ついで刑務所や治安の悪い場所がある所かしら」

 

「そうだ。 さすがは俺の姉だ、俺はそこに心当たりがある……風の騎士たち(ウインドナイツ)へ向かうぞ!」

 

 高らかに宣言するディオと共に私はロンドンを去る。

 目的は私達の配下を増やし、私達の国を造る為にだ。

 

 

 

 

 

 

 目的の場所へはロンドンから馬で南へまる一日、私達の場合は昼間に移動できない制約があるものの、屍生人(ゾンビ)達に運んで貰い2日で到着した。

 ディオが僕にしたジャックに車椅子ごと運ばせているというのに、姉である私が走る訳にはいかない。 当然のことのようにメアリーに抱えられながら移動した。

 

 風の騎士たち(ウインドナイツ)。 そう呼ばれている小さな町がある。

 三方を険しい岩山で囲まれ、残る南の一方は断崖絶壁の海、外部へ続くまともな道は500年前に作られたトンネル一本のみ。

 中世時代、王に仕える騎士たちを訓練するために作られた町だが、今はその天然の要塞的地形から刑務所が建てられた町である。

 

 素晴らしい。 そう思わざるを得ない程、私達にとって理想的な場所だ。

 整備された道は馬車街道に続いているトンネルのみ。 ここさえ押さえれば住民が山から逃げ出したとしても、町へ到着するまでに5日はかかるだろう。

 更にはご丁寧に強力な下僕が作れる刑務所まで揃っているのだ。 ディオもよくこんな場所を見つけたものだ、後で頭を撫でてあげよう。

 

 

 御誂え向きに町へ到着した際に無人の屋敷を見つけ、そこを居住をとすることに決めた。

 

「ふぅ、造りは趣向が凝っていて気に入ったけど、埃臭くて何より墓場が近くなんて辛気臭いわね」

 

「……我が侭な姉だな。 ワンチェン! 俺はここでこの世の帝王となる為に手駒を作るッ! お前は仮面の秘密を知るジョジョを殺してこい! 奴は生かしておけば、必ず邪魔をするからな」

 

「ウリィ! ディオ様の仰せのままに」

 

 全く、ここまで護衛に来させたというのに再びロンドンへ戻すのか。

 人使いの荒い弟だ。 しかし、この屋敷……墓地の隣に建てるなど何を考えているのだろうか? 立地が悪いとかそんなレベルではないだろうに。

 ワンチェンが屋敷の外へ飛び出すのを見届けると、隣で静かに佇むメアリーへと目を向けた。

 

「メアリー。 この屋敷全てを隈なく掃除してちょうだい。 後、私が寝る部屋は一番良い部屋で、念入りに掃除してね」

 

「畏まりました、ティア様」

 

 私は静かに屋敷の壁へもたれ掛かると溜息をついた。

 余りに退屈だからだ。 書庫を見つけたものの、屋敷を引き払う時にあらかた持っていったのか1冊もなかった。

 町に降りて、手頃な娘でも攫おうかとも考えたがそろそろ夜が明ける。 余り無茶はせずに今は静かに待つのが無難だろう。

 私は壁に寄りかかりながら静かに目を閉じ、立ったまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 住みついてから数日を過ぎると屋敷の中は混沌と化していた。

 一番の理由は食事の取り決めだ、私は若い女の子の方がいい。 ディオも傷を治すのには若い女の方が良いという。 当然、私と対立するのは目に見えていた。

 

「ねぇ、ディオ? 貴方、少し食べ過ぎでなくて? 男を食べなさいよ男を」

 

「……何か不快な誤解を生じるようなことを言うなッ! 貴様の場合、何の傷も負っていないのだから俺に譲れ!」

 

「ひ、ひぃぃ!」

 

 私とディオの間で脅える娘。

 ジャックが夜に攫ってきた町娘だ。 ディオの部下なのだから、所有権はディオの物となるはずだが私も少し気が立っているのかもしれない。

 

 私とて、娘を攫おうとは思ったのだ。 だが、メアリーに命じると『嫌でございます』と頑なに拒まれたのだ。

 弟が己の部下に命じて向かわせているというのに、私自身がいけば部下を掌握できていませんと証明するようなものだ。 私の威厳を保つためにも、それだけは絶対に避けねばならない。

 

 それに、最近ディオの傷が瞬く間に治っていくのが見て取れる。 連日、若い娘の血を吸っているからだろう。

 酷く焼け爛れていた身体はすでに、艶やかな光沢を帯びた肌色に変わっていた。

 

「それじゃあ、公平にその娘に決めて貰おうじゃないの、ね?」

 

「ほほぅ、いいだろう。 その話に乗った! では、始めるぞ」

 

 意外と乗り気なのと妙に自信に満ち溢れた様子のディオが非常に気にかかる。

 しかし、自信に満ち溢れているのは何もディオだけではないのだ。 ここは同じ女性という事もあるが、何より私の魅力にかかれば勝利など簡単に掴めるッ!

 

「そこの貴方、怖かったでしょう? さ、私の胸へ飛び込んできなさい。 怖がらなくていいのよ」

 

 私がとても穏やかに、相手の心に染み込むような優しい声色を発しても、娘はディオの顔を見つめるだけでピクリとも動かない。

 様子がおかしい、普通は何かしらの反応を示すものだというのに微動だにしない。

 ふとディオが娘の顔を見つめ続けていることに気がついた。 その瞳が妙に妖しく輝いているように見える。

 私が怪訝に思っていると不意に娘が振り向き、虚ろな瞳を私に向けた。

 

「私、は、ディオ、様の方へ、行きます」

 

「ふ、ふふっ、ふははは! 馬鹿め、この俺は目で意思の弱い相手を洗脳できるのだ! 最初から貴様の負けは決まっていたのよッ!」

 

 堪え切れぬとばかりに笑い、娘の肩へ勝ち誇ったように手を乗せるディオ。

 なるほど、吸血鬼にはそんな能力があったのか。 目で相手を洗脳できる、覚えておこう。

 

 さて、この目の前で延々と笑う弟を私はずっと、ずっと笑顔で見つめている。

 というより、表情を固定しないと少々下品なことを口走ってしまいそうだからだ。

 落ち付くのだ、ティアよ。 たかが弟の戯言、姉の尊厳を保つ為にもここは大人の対応を。

 

「そこまで必死になっているのは知っているぞ? 配下に餌の調達を断られて腹が減っているのだろう? メアリー、だったか。 本人が教えてくれたからな! フハハハハハ!」

 

 プッツン。

 

 私の中でそんな音を立て、何かが切れた。

 姉の尊厳? 大人の対応? 淑女として? ……もう、どうでもいい。

 

「! へ、部屋の温度が高くなっていく!?」

 

 私が体を大きく震わせ、能力の準備をすると私を中心に部屋の温度が上がっていく。

 ディオが慌てているが、吸血鬼としての能力を調べているのが自分だけだとでも思っていたのだろうか?

 

(貴様には生き地獄を味わわせてくれるッ! せいぜい悶え苦しめ!)

 

 狭い部屋だから余計に暑く感じるのだろう。 汗を流しながら狼狽するディオを睨みつけ、私は静かに両手を前に出し、弟苛めを始めようと構えた。

 

「は、ははは。 冗談じゃないか姉さん。 確かに俺も摂りすぎたと思うからね、姉さんに譲り……献上するよ」

 

 そう言って私の胸元へと虚ろな瞳の娘を寄越してくる。

 少し迷ったが、献上するのであれば受け取るのも吝かではないだろう。

 聡い弟だ。 自分の傷が完全に治っていない状態で、未知の力を相手にするのは不利だと察したのだろう。

 

「あら、そうなの? 悪いわね。 私、ちょっと怒りっぽいのかも」

 

「……あぁ、全くだよ。 姉さんも何か能力を得たのかい? 少し、教えてくれればありがたいのだが」

 

 娘や目の能力を教えて貰ったのだ。 教えても良いだろう。

 この能力、吸血鬼相手や、屍生人(ゾンビ)相手だと直接使う分には余り効果は期待できないが、応用することによって真価を発揮する。 ただし、燃費が非常に悪いのが弱点なのだが。

 

 私が能力の説明をすると、さっそくディオが試し始めた。

 部屋の温度が上がり、ただの人間である娘が暑さで倒れる前に連れて部屋を出る。

 

 さて、この娘をどうしようか。

 血を吸い尽くすも良し、人のまま傍に置いて生かすも良し、屍生人(ゾンビ)にして僕にするも良し。

 

 他人の命を左右する決定権という名の特権を持つ。 それは私の支配欲を満たし、愉悦を感じさせるには十分すぎる程だった。

 

 

 

 

 

 

 最近、私はどうにも変だ。

 いや、気分は最高なのだ。 腹も満ち、忠実な僕も増やした。 全身から漲る力が私に自信を与える。

 なのに、どうして私は今までこれを忘れ、見ても何も思わないのだろう。

 

 薄汚れた鞄の中、私が屋敷が燃え落ちる際に大事なものだけを入れたはずの中身。

 金と宝石類の金品、母の形見のドレス、そして……ジョースター卿を殺害したナイフのことだ。

 

『テ、少、勇』

 

 そういえば、死の間際に何か言っていたような気がするが思い出せない。

 言い知れぬ不安が私の中で渦巻く。

 一体、何をそんなに脅えているのかと首を振り、隣で私を静かに見つめるメアリーに視線を向けた。

 無くなった左耳は元のまま、屍生人(ゾンビ)は吸血鬼と違って体が再生しないからだ。

 だが、そんなことよりもメアリーの体が日に日に痩せ細っていくのが目に見えて分かる。

 彼女の類まれなる精神力からか、一向に人間を食べようとしないからだ。

 

「人は動物や植物を糧として生きる。 私達が人間を食べることは悪いことではない、そうじゃないかしら?」

 

「その通りでございます。 生きる為ならば命を糧とする、そのことに間違いはありません」

 

 同意する彼女は毅然とした態度。 目にまだ理性の光が見える、大した精神力だ。

 そして、私を見る目がいつも穏やかなのが非常に気に喰わない。 お前をそんな体にしたのは誰だと思っている。

 

 私はそんなメアリーを屈服させるべく、彼女を手で招き寄せた。

 怪訝に思ったのだろうか、首を傾げる彼女の目の前で私は爪で手首を深く切った。

 

「あら、怪我をしたわ。 舐めて治療をしてくれないかしら、メアリー?」

 

 私は傷口を圧迫すると、更に血の噴き出る量が増えた。

 彼女の目に迷いが見え、体が震え始める。

 いつもそうだ、彼女は人間や血を見ると強烈な空腹感に襲われるというのに必死で耐える。

 

 何をそんなに耐えるのか、なぜ恨み言を一切言わないのか……長い付き合いだというのに彼女の考えが分からない。

 

「……私と共にいるのならば、血を飲みなさい」

 

 自然と口から出た言葉だった。

 考えがあって言った訳ではない、ただ自然と口が動き、言葉を発していた。

 その言葉にメアリーは意を決したように目を閉じ、私の手首から溢れだす血液で喉を潤し始めた。

 

 なぜだろうか、私は……どこかその光景に安心感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、私達がいつものように町から人を攫い、食事をしている時にそれは起こった。

 唐突に部屋の扉が開け放たれ、そこからワンチェンが血相を変えて飛び込んできたのだ。

 

「ディ、ディオ様。 フヒー、必死に逃げてきたんですゥ」

 

「仕留められないではなく、逃げてきただと?」

 

 吸血鬼より劣るとはいえ屍生人(ゾンビ)の力は遥かに人間を凌駕する。

 一方的に狩る側の者が狩られそうになったとばかりに脅えるワンチェンの頬をよく見ると、肉がドロドロに溶けている。

 

 脅えるワンチェンの話を聞くと、ジョジョに殴られた際にそうなったとのこと。

 殴られただけで肉が溶けるなど、普通ではありえない。

 話によれば、もう一人得体の知れない男がジョジョの傍についていたという。 恐らくはその男が原因だろう、ジョジョに得体の知れない力を授けたのは。

 『波紋』という聞き慣れぬ力を。

 

「ふんッ! ジョジョめ、得体の知れぬ呪い師でも味方につけたか!」

 

「肉を溶かす妖しげな術を使う妖術師、か。 面倒だわ」

 

「「ん?」」

 

 奇妙な沈黙が周囲に広がる。

 互いに顔を見合わせ、どう対処すべきかと考える。

 

 非常にくだらなく、些細なことに見えるがここで折れれば様々な問題でも強く押せば、私が折れると思われるかもしれない。

 そして同時に本当に些細でくだらないこと、こんな所で変な対抗心を持つこと自体、私のプライドが許さない。

 ここは……。

 

「仕方がない、姉さんの顔を立てて妖術師と呼ぼうじゃないか。 ふっふっふ」

 

「! あ、あら。 別に呼び方なんてどうでもいいじゃないの。 それよりも、対処を考えましょう」

 

 先に言われてしまった。

 これでは私が我が侭を押し通す子供のようではないか!

 両手を横に広げて仕方がない、ここは大人の対応をしようじゃないかといった様子のディオに非常に腹が立つ。

 恥辱に震えながらも、話題を逸らそうとワンチェンを睨みつける。

 隣で全て理解しているが、乗ってやると肩を竦める弟の姿など見たくもない。

 

「仕留められなかったのを見ると、確実にここの居場所を突き止める為に逃がしたわね。 ……どうするの?」

 

「ふむ、ワンチェンは『波紋』とやらの力を知らせた功績もある。 ここは不問にしてやろう」

 

「へ? あの、ありがとうございます」

 

 責を問われている本人は事態を把握していないのか、マヌケ面を晒している。

 その事に関しては特に興味も沸かず、それよりもこの後にどう対処するのかをディオと話しこんだ。

 

「トンネルにはジャックを配置する。 道はあそこのみだ、最低でもトンネルを壊すように言い含める」

 

「ならば私は配下の可愛い娘達に偵察を命じるわ。 万が一、ジャックが倒されても情報を得られるようにね」

 

 全く、ジョジョはどこまで私達の邪魔をすれば気が済むのだろうか。

 こちらへ向かってくるのならば予定を大幅に繰り上げて、実行せねばなるまい。

 

 

 

 

 風の騎士たち(ウインドナイツ)、町を滅ぼす予定を。




予想以上に早く終わりそうな気がする。
うーむ、それにしてもどう動かすものか悩み中。

綺麗なティアにしたいけれど、今の状況やら性格からしてなる確率が非常に低い。
それに余り強くなりすぎても、途中にどっかで抜けそうな気もするしなぁ……ジョジョだと(ブ男とかフー●とか●ーゴとか)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正しき道は


どう終わらせようか悩んだ末に決まったので、ひとまず投稿と……。

うーん、本音を言えばこんな終わらせ方で良いのかどうかと思ってたりします。


まぁ、今は実はそんなことよりも今週の3部アニメ:ハンサム回の方が気になって仕方がないんですけどね!


 ジョジョがジャックを倒した。

 

 偵察に向かわせた女屍生人(ゾンビ)の口からはそう語られた。

 ジャックが倒されたということは既にトンネルを突破したということ、この町への侵入を果たしたということになる。

 

「やはり来たか、ジョジョめ。 ……だが、少し遅かったな」

 

 あれから数日が経った。 その間に私達は吸血鬼が持つ能力の実験及び下僕を増やす為に手を尽くした。

 小さいながらも歴史あるこの町は中世の頃には屈強な騎士達が集まったものだ。 それこそ、歴史に名を連ねる者もいる。

 さて、ではその騎士達の墓場はどこにあるのか? 死した騎士達はそう、この町に埋葬されていたのだ。

 

 私達はすぐさま二手に別れると夜の内に騎士達の墓場、埋葬された場所へと向かい自身の血を流した。

 あの光景は忘れられないだろう。 干からび、腐り、死んだ者達が次々と棺から起き上がり、中には土から這い出た者達が私にひれ伏すのだから。

 

 死者をも蘇らせ、下僕とする吸血鬼の力。 状態が余りに悪い者は蘇らなかったが、それでも屈強な騎士たちが配下となったのは心強い。 ……少々、臭うのが難点なのだが。

 

「「「ディオ様! ティア様! 万歳!」」」

 

「うふふ、これだけいれば計画がスムーズに進むわね。 ディオはそっちでいいの?」

 

「あぁ、俺はジョジョを始末しにいく。 この俺の手で決着をつけるッ!」

 

 屋敷に集った屍生人(ゾンビ)の数は32体。

 私達が練りに練った策を実行するこの日、2人で何体率いるのかという話をしている際に驚くべき答えが帰ってきた。

 

「タルカスとブラフォードを入れた半数を連れていく。 俺が蘇らせたのだ、文句はあるまい」

 

「良いわよ、こっちは数体でも十分ですもの。 あの2人を連れていくなんて、確実に殺す気なのね」

 

 当然だと不敵に笑うディオの傍に、甲冑を身に纏った筋骨隆々の3m近い大男と静かに長い髪の男が現れた。

 英国人ならば知らぬ者はいないとされるタルカスと黒騎士ブラフォード。

 タルカスは生前怪力の持ち主として知られ、岩をバターのように切り裂く逸話を持ち、ブラフォードは30キロもの甲冑を身に着け、5キロの湖を泳ぎ切り敵に奇襲を成し遂げた逸話を持つ男。

 この2人が個人においても軍を率いての戦い両方にて生涯無敗を誇った英雄と誰もが知るところだ。

 

「ジョジョの驚く顔が目に浮かぶ。 俺は歴史をも支配できることが証明されたのだからな!」

 

 首筋に纏った赤いスカーフを翻し、颯爽と半数の騎士ゾンビ達を引き攣れて外へ向かう夜の帝王。

 私は静かにその姿を見送り、残った16名の屍生人(ゾンビ)へ向き直った。

 

「貴方達、お腹が空いたでしょう? 思う存分に食べ、仲間を増やし、敵を屠りなさい」

 

「「「オォォォォ!」」」

 

 獰猛な雄叫びが部屋に響き渡る様子を私は満足したように見つめる。

 いよいよだ。 この町で下僕を増やし、ロンドンへと解き放てば私達の国を一つ建てることが出来るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 町の中心より大分離れたいわゆる町外れ、そこに私達は集った。

 狙いは厳重な壁に囲まれた刑務所。 中に入っている悪人共を下僕にした後に街全体を襲い、全てを支配下に置いて屋敷へと戻る手はずだ。

 16名の騎士屍生人(ゾンビ)に加え、私が可愛がった後に下僕にして武器を持たせた女屍生人(ゾンビ)3名、そしてメアリーを入れた20名が私の前に並ぶ。

 いよいよ攻め込む時だというのに、人混みからメアリーが一歩前へと進み出ると、私の前で跪いた。

 

「ティア様、今夜の事の説明は受けましたが全て屍生人(ゾンビ)としてよろしいのでしょうか? 昼間に活動する者達も必要でしょう、女子供は確保すべきです」

 

「んんー、どうしようかしら? 貴方の言う事も一理あることだし……いいわ、女子供は全て屋敷に攫いなさい、これは命令よ」

 

 町の住人をあらかた下僕とした後に考えても良いことだが、メアリーは屋敷内の家事においても貢献していることだ。 ここは進言を聞き入れるのも良いだろう。

 だが、中には不満を持つ者もいるのか、腐臭を撒き散らしながら下卑た笑みを浮かべる騎士屍生人(ゾンビ)が私の前へ跪いた。

 

「ティア様! それはあんまりでございますよ。 若い奴の血はそりゃ美味くッ」

 

「「「ゲッ!?」」」

 

 目障りだ。

 そう感じた私の行動は早く、草を刈るように腕を横に薙ぎ払うと目の前の不快な存在の頭が弾け飛んだ。

 周りが動揺する中、私は冷たい視線を周りに向ける。 向けられた者達は皆一様に震え上がり、私の言葉を待つ。 そう、それでいい。

 

「私は『命令』と言ったはずよ? 誰がこのティアの命令に意見を申して良いと言った? 返事はッ!!」

 

「「「ハハァ!」」」

 

 男も女も皆一様にひれ伏す光景にやっと私は内心で沸き起こる感情を抑えた。

 別に顔が気に食わなかったのが一番の理由だが、それはもうどうでもいいだろう。

 

 数は減ったが、私は10名の騎士屍生人(ゾンビ)を刑務所に向かわせ、残りは私が率いて町外れを襲う。

 私は勝利を確信していた。

 いくらジョジョ達が手強かろうと、町の住人全てを下僕にして向かわせれば勝てるはずがないのだから。

 いや、そもそもディオに殺されているだろう。 そう考えると思わず鼻歌を歌いながら早足に歩いてしまう。

 遠目に見える刑務所の中から銃声が聞こえ始め、まるで私を称える曲を流すかのように、人の恐怖に満ちた悲鳴が響き渡る。 その曲に更に機嫌を良くした私が歌い出す。

 

 しかし、すぐに私の歌と余裕の表情は消されることとなった。

 町はずれの集落へと続く道、そこへ立ち塞がるかのように2人のマントを羽織った男が現れたからだ。

 

 鋭い意思が籠った目を見て分かる。 この者達は戦う為に立ち塞がるのだと。

 私は金色に光る月を見つめ、ついで今気がついたとばかりに2人を見つめ直す。

 

「今夜は良い夜ね。 こんばんは、私はティアよ。 貴方達は?」

 

「……ストレイツォ。」

 

「悪いが、そんな趣味の悪い服を着る屍生人(ゾンビ)に名乗る気はない」

 

 宝石がついたサークレットを被り、静かに名乗るストレイツォという男の容姿は評価しよう。 そしてもう一人の男は見るに堪えないといったレベルではないが私の琴線には触れないモノだ。

 

 私が今着る服は深紅のドレス。 まるで血の色のようなドレスを身に纏う、その意味が目の前の輩には理解できないようだ。

 

「うふふ、そうかしら? 貴方達のように歯向かう愚か者の血で染め上げる予定だったから、すぐに味わい深い服になるわよ? ……貴方達、波紋使いかしら?」

 

「ほう、我々のことを屍生人(ゾンビ)風情が知っているのか。 面白い、その身に味わわさせてやろう」

 

「……注意しろ、様子が可笑しい」

 

 なるほど、波紋使いというのは案外多くいるのかもしれない。

 その力を試す為というのもあるが、私が手で合図を出すと一斉に屍生人(ゾンビ)共が襲いかかった。

 但し、武器を持たせた女屍生人(ゾンビ)は待機させているが。

 

「フンッ、喰らうがいい波紋疾走(オーバードライブ)をッ! コオオオオッ!」

 

 目前に迫った騎士の攻撃を軽やかな身のこなしで避け、無防備な横腹へと拳を叩き込んだ。

 瞬間、屍生人(ゾンビ)の身体から煙が噴き出し、蒸発するかのように粉々に体が弾け飛んだ。

 それを私は冷静に観察し、様子を見ていた。

 

 ストレイツォとかいう男も拳が触れた相手の体を溶かし、砕き、蒸発させるかのように倒していく。

 観察を続けていると、攻撃をする前に妙な呼吸をしているのが気にかかる。 波紋とは呼吸が関係しているのだろうか?

 

 瞬く間に5人もいた下僕が残り一人になった所で無名の男が私の元へと走り寄ってくる。

 私を守るように周囲の女屍生人(ゾンビ)が剣や槍、斧のようなハルバードを構える。 これらは騎士達の棺にあった状態の良いものを拝借したものだ。

 しかし、私は余裕の笑みを浮かべながら周りの者達を下がらせた。

 左手を前に突き出し、右手は頬に添え、まるでダンスの誘いをするかのように迫る男へと向ける。

 

 これは賭けだ、私の吸血鬼としての能力を持ってしてのだ。

 吸血鬼としての能力、それは肉体を自由自在に操作できる点にある。 髪の毛一本さえも自由に動かすことが出来、骨格も操作をしようと思えばできないこともない。

 

 一体、どんな原理で体が溶けるように粉々になるのか。 ここで波紋を知らねば後々に大きな痛手となるのは目に見えている。 ならば身を持って、勝利を得るためにも私は覚悟を決めて腕を差し出そう。

 

「馬鹿めッ! 何を考えているのかは知らんが、滅ぼしてくれる。 波紋疾走(オーバードライブ)!」

 

 私は男が繰り出す拳を突き出した左手で受け止める。

 激しい痛みが腕を走り、沸騰するかのように皮膚が波打つ。 これは皮膚ではなく中だ、そう……血管ッ!

 波紋の原理は特殊な呼吸を血液によって全身を送り出し、繰り出す技ッ!

 瞬きよりも早く、私が波紋の正体を知ると同時に波紋が流れる腕の血液を『気化』させて流れを止める。

 

 

 するとどうだろう、運命というものは私に味方してくれるらしい。 

 咄嗟のことで腕の中にある水分を全て気化させてしまったのだろう、私の腕と共に男の腕が『凍った』のだ。

 

「な、何ィィィ―――ッ! き、貴様、ただの屍生人(ゾンビ)ではないな!?」

 

「これは……そうか、水分は気化させると熱を奪う。 余りに大量の水分を気化させた為に凍る程に熱を奪ったのね、あははは!」

 

 最悪、危険と判断した時には右手で左腕を切り落とす覚悟だった。

 覚悟が道を切り開く。 誰が言った言葉だったか? 私は波紋に対して攻撃と防御、両方を備える力を手に入れたのだ。

 既に男の左肩まで凍り、後はどう料理をしようかと考えた時、男の首を無骨なハルバードが刈り取った。

 

 呆気なく宙を舞う男の首を唖然と見つめるのは私と助けに駆けつけようとしたストレイツォという男。

 その手に持つ、体格に不釣り合いな巨大なハルバードを悠々と操るメアリーが血が滴る獲物を地面へと置き、私に跪いた。

 

「ティア様、余り無茶はしないでくださいませ。 ティア様を襲う敵は私の敵、私が相手をします」

 

「……あっそ。 それじゃあ、後は他の者達に任せようかしら。 ちょうど、仕事を終えたみたいだしね」

 

 正直に言えばメアリーには幾許かの自我が残っている節があり、何時かは私の寝首を掻くと思っていた。

 屍生人(ゾンビ)にすれば無条件で忠誠を誓うのだろうか? それともこれもまた演技という可能性もある。 私がそう考え込んでいると、刑務所の方から集団がこちらに向かってくるのが見えた。

 吸血鬼の視力を持ってすれば、闇夜に紛れた者であろうと目視するのは容易い。

 警備員らしき服装、単調な囚人服を着た者達を騎士屍生人(ゾンビ)の一人が連れてきている。

 恐らくある程度仲間を増やした後にこちらへ向かってきたのだろうが良い判断だ。

 

「貴方達、ちょうどいいわ。 3人だけあの男の相手をし……後は町を襲いなさい」

 

「ッ! 貴様、無力な者達を襲うとはどこまで下劣な屍生人(ゾンビ)なのだ」

 

「あら、無力な相手ならば好都合じゃなくて? ……それに、私は吸血鬼よ? 貴方が言う下劣な存在と間違わないで欲しいわ」

 

 野太い返事と共に男の足止めを数人がし、残りは町の方角へとなだれ込んでいく。

 これでいい。 屍生人(ゾンビ)屍生人(ゾンビ)を生み、ねずみ算のように無数に増えていくことだろう。 私は勝利を確信した微笑を浮かべ、その場を後にして屋敷への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷へと到着すると、真っ先に自室へと戻り、並べられてある獲物を吟味する。

 

「そうね、相性的にこれの方が使いやすそうね。 少し、見た目が悪いのが気にかかるけど」

 

 槍、ハルバート、斧、ナイフといった様々な武器の中から、何の装飾も施されていない実用性重視のロングソードを手に取った。

 柄の部分すらも鉄で出来ており、かなりの重量を持っていそうだが軽々と棒キレのように振り回せる。

 その事に満足し、私は鞘にも入れずに手で剣を持つと屋敷に残しておいた女屍生人(ゾンビ)に武器を持たせ、一人だけ連れ帰ったメアリーと共に大広間を目指す。

 

 先程、ディオが帰ってきたとの報告があったのだ。

 ならば、ジョジョは死んだのだろう。 後は波紋使いの襲撃だけを警戒すればいい。

 栄光の未来を思い描きながら廊下を歩き、エントランスを通る際のことだ。

 玄関から入ってきた見慣れた男の姿に目を疑った。 一体、どういうことなのかと。

 

「……ティア、君まで吸血鬼になっているなんて、そしてまさか、メアリーまでだなんて」

 

「お久しぶりでございます。 ご心配をかけたようで申し訳ありません、ジョジョ様」

 

 礼儀正しく頭を下げるメアリーなど眼中に入らなかった。

 ディオが傷を負う、またはジョジョを倒し切れなければ報告が入るはずだ。 伝えに来た者からは何の報告もなかったし、ディオも無傷のまま帰ってきたと言っていた。 全く訳が分からない。

 

 問題はそれだけじゃない。 ジョジョ一人だけではないのだ。

 周りにいるスピードワゴンとかいうカスを筆頭に、村の防衛に手一杯となると予想していたストレイツォ。 他に何度も修羅場を潜り抜けたかのように歴戦の戦士の風格を持つ老人と屈強な体格の青年。

 

(まずいわね、メアリーも予想以上に自我が残ってそうだし、この土壇場で裏切るかもしれないわね)

 

 ハルバードを持ったメアリーの戦闘能力はかなりのものだ。

 私が仕込んだというのもあるが、かなりの仕上がりだと認識している。

 所詮、私の敵ではないがジョジョ達と同時に相手をするのはさすがの私といえど危うい。

 

 ならば、ここは周りの下僕達にメアリー共々襲わせ、時間稼ぎをしている間に私は大広間へ逃げるべきだろう。

 そう指示を出そうとした時、メアリーがハルバードを両手で降ろすように持つと私の方へと振り向いた。

 

「ティア様、私がここで足止めをします。 その間に逃げてくださいませ……それと、最後にこれを」

 

「あ、あらそうなの? これは……手紙?」

 

 予想外の申し出に思わず面食い、動揺しながらも素直に差し出された茶色の封筒を手に取った。

 それに最後とはどういう意味だろう? 私を裏切るつもりなのか、それだけでも知りたい所だが正直に尋ねるというのも馬鹿らしすぎる。

 

 

「ティア様。 私は長いこと貴方を見てきましたが、貴方は本当に臆病な方です。 生き延びた後に手紙を読んでください、それに思う所がないとしても私はそれでも満足です」

 

 躾けのなっていない子供を叱るように、顰めっ面だったメアリーの表情が微笑みへと変わった。

 彼女は他の屍生人(ゾンビ)達とは違い人を喰わず、化物のような姿をしていなかった。 顔色は悪いが生前の人間としての姿を保っていた。

 理由は私が思っていた通り、類まれなる精神力のお陰だろう。 眩しい程に高潔な精神力の……。

 

(いえ、一時の感情に惑わされている場合ではない。 私は王、強者よ。 何を感傷的になっているのか)

 

 内に沸き起こった感情を抑え、周りの下僕達にも足止めを指示すると私は大広間へと続く扉を開け放つ。

 振り向きなどしない、私に尽くすのは当然だ。 道具を使うことを躊躇する者がどこにいる。

 後ろから焦ったようなジョジョの声。 次いで、私の耳に入ったメアリーの言葉。

 

「メアリー! 君とは戦いたくはない、幼い頃から一緒に過ごした君とだなんて!」

 

「ジョジョ様、覚悟を決めてくださいませ。 貴方様の父君、そして貴方様にも恩義を感じております。 ですが、私は自分の意思で最後までティア様のお味方をすると、その約束だけは果たしたいのです」

 

 反射的に振り返ってしまった。

 扉が閉まる直前の隙間から、メアリーが武器を構えて立ち塞がる姿を最後に硬い扉は閉じられた。

 

 思わず横にあるレンガを積み重ねた壁を殴りつける。 屋敷が壊れるのではないかと思える程の衝撃と音が響き渡り、壁が粉々に砕け散った。

 心が張り裂けそうになるほど痛む。 その理由も知っている。

 

(私は、強い! 強い者は弱い者を利用していいのよ! 何も、私は何も悪くないッ!)

 

 頭を抱え、髪を振り乱しながら振り切るように走り出す。

 答えを知っているのに、それを見ないフリを、気づかないフリをしている自分に嫌気がさす。

 

 それでも私は必至に目を瞑り、目の前の光に気づかないフリをして暗闇へと逃げ出す。

 そうでもしないと、私が、私でいられないからだ。

 

 

 

 

 

 大広間へ続く扉を突き破るように開け放つと、機嫌が良さそうなディオが私に気がついたのか近寄ってくる。

 

「騒々しい、誰かと思えばティアではないか。 見てみろ、ジョジョを始末した帰りに近くの集落を襲い、下僕を増やしたぞ。 そっちはどうだ?」

 

 指差す方向へ目を向けると、猛獣のように獰猛な瞳を持つ屍生人(ゾンビ)達が天井に張り付いている。

 それを見ても、私の心は荒んだままだ。 せいぜい蝙蝠みたいだ、としか思えない。

 私の表情が暗いことに気がついたのか、ディオが声を掛けようとした所で無理やりその腕を引っ張り、中世風の趣きで彩られたバルコニーまで引っ張った。

 ここならば、誰にも聞かれないだろう。

 

「おい、何をする離せッ! ティア、一体どうしたというのだ?」

 

「……ね、ねぇ。 私達、正しいわよね? 何も、間違っていないのよね?」

 

 ディオの私を見る目が厳しくなるのが分かる。

 いついかなる時も、決して弱みを見せなかった私が体も声も、震える程に脅えているのだから。

 私が弱みを見せる時は相手を欺く時のみ、だからこそディオは警戒したのだろう。

 

 だが、時間が経つと分かったのだろう。 私がどれだけ不安定な状態なのかを。

 それに気づくとディオは視線を前へと向けた、次いで吐き捨てるように舌打ちをする。

 

「貴様、何をそんなに弱気になっている。 正しいか正しくないだと? それは俺が決めることだ」

 

「う、そ、そうよね。 後、ジョジョが生きてる、わ」

 

「何ッ!? まさかタルカスとブラフォードを打ち破ったとでもいうのか? ジョジョめッ!」

 

 半ば予想していた通りの答えが返ってくる。

 それでも私の震えは収まらず、絞り出すように小さな声でジョジョが生きていることを伝えると、ディオも倒したとばかり思っていたのか表情が怒りに染まる。

 私が必死に両腕で身体を押さえつけ、震えを止める為にも掴んだ指に力を込める。

 血が流れ、鋭い痛みも感じるが、それでも必死に押さえつけているとますますディオの視線が冷めていく。

 

「貴様、ジョジョを恐れているとはいうまいな? 正直、ここまで軟弱だとは思わなかったぞ」

 

「ち、違うわ。 私、本音を言えば、怖いのよ。 私、私は正しいわよね?」

 

 姉という呼び方から名前へ、そして今は貴様としか呼ばれない。

 それは順に姉弟の力関係を表しており、ディオが姉さんと呼ぶなら上だと感じ、名前ならば対等に、そして物の名前を指すかのように貴様と呼ぶのは下と見ているからだ。

 

 それでも、姉として見ていたのだろう。

 その目が、他人を見るように無関心の色が出てきた時、私は目を逸らした。

 目が言っている。

 2度も同じことを聞く程に愚者と成り果てたのかと、このディオの姉として相応しくないと、もはや吸血鬼として同列にいること自体が恥だと。

 

 不意に両肩を砕けるのではないかと思える程に強く掴まれ、引っ張られた先はディオの胸元だった。

 見上げた先には深紅の瞳が妖しく輝き、私の内部を侵食していく。

 

「あの小賢しく、強かなティア・ブランドーはどこへ行った? いついかなる時も不敵に、自己愛の極みにいる下種なティアはどこにいる? お前だ、お前はいついかなる時もそうでいろ!」

 

 ディオの言葉が私の心へ入り込み、私を形成していく。

 これは洗脳だ。 そう頭のどこかで理解し、拒むことが出来たであろうが弱い私は素直に受け入れていく。

 

 そうだ、何を迷う必要があるのだ。 私は私が無事であり、幸福であればよいのだ。

 今だに悪意ある人物のことを貶すように、言葉にするディオの頬を叩く。

 

「うごっ!? な、何をする貴様ッ!」

 

「あら、強く叩きすぎたかしら? 貴方が悪いのよ? ジョジョがしっかり生きているんだから、お仕置きよ」

 

「……チッ、強力な手駒が必要だとはいえ、我が強い者というのも不便なものよ。 ティア、これからどうするべきだと思う?」

 

 軽く叩いたつもりなのだが、吸血鬼としての力だと殴ったような威力になるようだ。 勢いよく首が横へ向き、次いで怒ったのかこちらを睨みながら私の名を呼ぶ、私の可愛いディオ。

 これから先をどうするのか? そんなものは当然決まっている。 私の口元が歪に弧を描くのを感じる、切に待ち望んでいたものだからだ。

 

「ジョジョ達を皆殺しにする。 何を当たり前のことを言っているのかしら?」

 

「それでいい、それでこそティアだ。 客を出迎える準備をせねばな」

 

 準備と言いつつも動かず、ディオはバルコニーの先に見える月を見つめているだけだった。

 まるで準備など不要、何もせずとも己の勝利は揺るがないと自信に満ち溢れている態度だ。

 ならば、私も無様な姿など見せられまい。 遠目に見える町並みが後に私達の手に落ちる、その前夜祭のようなものだ。

 

 大広間へ続く扉が蹴破られるような音が聞こえる。 お客様のご登場だ。

 

「来たか……」

 

「来たわね」

 

 同時に振り向き、見下すような視線で不作法に入ってきた者達を見つめる。

 そう、怒りに燃えるジョナサン・ジョースターを嘲笑うかのように。





気化冷凍法って凍らせる程に熱を奪うのか? って疑問は置いといて、相手の血液すらも気化させるってどうやるのか想像が全くつかないなぁ。 (自分のなら、吸血鬼だからそうなのかなーとは思うけども)

後2話程度で終わるから、パパッと仕上げてIFENDかな。

……無名の波紋使いさんは名前考えるのが面倒だから、名乗らせなかったり。。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屋敷内での決戦

「地獄から戻って来たぞ、ディオ!」

 

 大広間に侵入して来たジョジョが開口一番に勇ましい台詞を吐いた。

 後ろからゾロゾロと湧き出てくる者など取るに足らぬ者達であろう。

 そう判断したのはディオも同じか、視線はジョジョにしか向いていない。

 

「ジョジョ……正直いうと、だ。 俺はお前を手にかけたくなかったのだ」

 

 全身から殺気を漲らせるディオの言葉には全く説得力がない。

 だが、聞いているのも面白い。 故に放置しよう。

 

「幼馴染で共に同じ家で育ったのだ。 だから、あの2騎士に処刑を任せてしまった。 だがな、それこそが俺の精神的弱さ、詰めの甘さだと悟ったよ。 故に、今! ためらいなく貴様を惨殺処刑してくれよう!」

 

「同じこと! おまえを葬るのに罪悪感なし!」

 

 互いに視線を交わし、火花を飛び散らせる。

 ディオとジョジョは互いに戦い合うことがお望みか。 ならば、私は楽な方を担当させてもらおう。

 私が右手にぶら下げ、揺らしていた剣を堅く握ろうとした時、ジョジョの視線が私に向けられた。

 

「ティア、君に伝えたいことがある。 メアリーは最後まで君のことを想い、波紋に身を焼かれながらも闘い続けた。 決して、君の方へ行かせまいと立ち塞がっていた。 ……何か、思うことはないのか?」

 

 メアリー、あの娘の最後を見届けたのだろう。

 ジョジョの瞳に悲しみが宿り、私に切実にその最後を語っている。

 

 ……何か思うことがある、か。 一体、何を思えばいいのだろうか?

 

「ジョジョ、穴が空いた靴や刃が折れたハサミといった『使えない道具』に対してどう思えと? 何も思わないわよね、だってそんなものはゴミ(・・)でしかないのだから。 ただ捨てるだけ、そこに愛情や愛着といった感情はない」

 

 何を言うかと思えば、とてもくだらないことだ。

 私の役に立つ道具であるならば愛着も沸こうが役に立たないのであれば興味はない。

 当たり前のことだというのに、目の前のジョジョは拳を震える程に握り絞め、厳しい視線を私達に向けてくる。

 

「そう、か。 これで僕の気持ちは固まったよ。 ティア、ディオ! 僕は紳士として恥ずべきことだが今、ここに恨みを晴らすため、貴様らを殺しに来た!」

 

 大股にこちらへ向かってくるジョジョに私は掌を向け、制止を促すと何事かと立ち止まった。

 余りの愚直さに思わず笑いが込み上げつつ、それを我慢しながらも一つ聞きたいことを尋ねた。

 

「うふふ、そういえば町を襲いに行ったゾンビ達はどうしたのかしら? まさか、住人を見捨てたの?」

 

「ふん、それならば心配はない。 我が波紋の一族の者達が喰い止めておる。 後は我々手練の者達が貴様らを即座に滅ぼし、残りのゾンビ共も倒してくれる」

 

 ジョジョに尋ねたのだが、隣の甲冑を着込んだ男が前へ進み出ながら間に割って入ってきた。

 何者かとは思えたが、そんなことはどうでもいい。 余りにも迂闊すぎる男にとうとう堪え切れず、口から笑い声が漏れ出る。

 

「ジョジョ! お前は下がっていろ! 恨みを晴らすのであればこのダイアーが先」

 

「あはははッ! つまり貴方達以外は脆弱な波紋使いということね……ならば私は町へ向かうわ!」

 

 男が何か喋っているがどうでもいい。

 町の住人全てを下僕に変え、物量差で押し潰せばよいことだ。

 即座にジョジョ達が入ってきた扉とは別に、裏口へ通じる扉へと駆け抜ける。

 

「ま、まずいッ! 誰かティアを止めないと危険だ! アイツは下手をすればディオよりも狡猾な奴だぜ」

 

 後ろで慌てた声が聞こえるが構わずに扉を開け放ち、そのまま廊下を曲がり走り抜ける。

 ここでしばしの間、足を止めた後に私が通ってきた扉が開く音が聞こえたと同時に一つの部屋へと入る。

 私は屋敷の内部を大体把握している為、ここが他の部屋より一際狭い部屋だと知っていた。 故にここへ飛びこんだのだ。

 

 部屋の奥まで走り抜け、小さな窓際まで来るとようやく足を止め、剣を持ったまま壁に腕を組んで寄りかかる。

 相手が罠にかかるも良し、かからずとも言葉通りに私は町へ向かおう。 どちらに転んでも私にとっては有利だ。

 

 そして、選ばれたのは前者だ。 愚か者が扉を開け放ち、部屋の中へと入ってきた。

 

「あら、追いかけてきたのね。 えーと、ストレイツォだったかしら? 綺麗な顔をしているのに残念だわ、私に今から殺されるんだから」

 

「……誘い込まれたという訳か。 いや、追いかけなければ町へ向かっていたな」

 

 瞬時に場の状況を冷静に判断し、相手の行動を予測する観察力は称賛に値しよう。

 目の前の美丈夫と表現するに立派な体躯と中性的な美しい容姿、そして冷たさすら感じる鋭い目つきは私の好みだ。

 

 だからこそ、壊したくなる。 苛めたくなる。 顔が歪むのを見てみたい。

 私の口元に歪んだ笑みが浮かんだのを皮切りに、ストレイツォが構えた。

 

「貴様の下衆な本性は知っている。 故に女といえど、このストレイツォ! 容赦せん!」

 

「下衆呼ばわりだなんて心外だわ。 でも、お望みならえげつない事をしてあげるッ!」

 

 私が身体を大きく震わせると部屋の温度が上がっていく。 彼も室内の異常に気がついたようだがどうすることもできまい。

 身体の具合を確かめつつ、私は手首と首の頸動脈を切ると血管が蔓のように伸び、流れ出す血液から大量の湯気が出てくる。

 

「生物は動けば体温が上がり熱を持つ! 私は全身の筋肉を細かく動かすことによって出る『振動熱』によって100度まで血液の温度を上げることが出来るのよ!」

 

 グツグツに沸騰した血液が流れ、それをストレイツォの方にも撒き散らしながら私は剣を構える。

 温度ばかりに目がいっていいのだろうか? 私は部屋中に白い湯気が満ちた頃を見計らい、吸血鬼の脚力を持って切りかかる。

 

「グッ! こ、これは湯気によって周りが見えん!?」

 

 相手からすれば、湯気に紛れて人影しか映らない相手が一瞬の内に目の前へ来たように感じただろう。

 間一髪、肩から一刀両断にせんと降り降ろした剣をストレイツォは身を捩ることによって浅く済ませた。

 

「さて、こうなれば貴方はもう詰みの状態よ? 今、貴方が考えていることは『一時退却し、体勢を整えば!』よ」

 

 私の読み通り、彼は扉へと逃げようとした所を天井を蹴って先回りし、斬りかかると慌てて転がるように回避した。

 

「無様ね……これで終わりよ! 死になさいッ!」

 

 部屋中に垂れ流している沸騰血の湯気のせいで私も相手の姿がよく見えないが問題ない。 斬りつけた傷から流れ出る血の臭いが居場所を明確に知らせてくれる。

 私が再び天井を蹴って急降下すると、寸分通り人影が見え、その場所へ斬り降ろす。

 間違いなく回避不可能ッ! 私が勝利を確信すると唐突に男のマントが脱げ、不可解な体勢で私より上に飛び上がった。

 

蛇首立帯(スネックマフラー)! 奥の手というのは最後まで取っておくもの……覚えておくがいい!」

 

 人影から棒のようなものが急に立ちあがり、次いでその棒がヒラヒラと薄っぺらい布に変化すると私の右腕へと巻きついてくる。

 

(な、何かマズイッ! 凍らせねばッ!)

 

「喰らうがいい、マフラーを伝わる波紋疾走(オーバードライブ)! 次いで仙道波蹴(ウェーブキック)!」

 

 私が即座に右腕を布ごと凍らせるとバチバチと火花が飛び散り、波紋が伝わってくる。

 防御できたのも束の間、上空に滞空している人影が揺らめくと私の顔目掛けて膝が飛んできた。 余りにも苛烈な連打に左腕で顔を覆い、凍らせながら防御しようにも構わず膝蹴りが私の左手ごと顔面を蹴り飛ばした。

 

「ウゲァァァァ―――ッ!!」

 

「今のでも仕留めきれんとは……しぶとい奴! それに、防御した手で膝までも凍らせるとはッ!」

 

 余りの衝撃に私の体は滑空するかのように、飛び上がり壁に激突した。

 幸い、波紋は体に流れなかったが、口内を切ったのか痛みと共に口元から血が流れる。

 

 私の心中はこの時、穏やかではなかった。  凍った血液が一気に沸騰し、大量の湯気を出している点からも私の内で激しく沸き上がる憤怒の炎がよく表れていることだろう。

 

「き、貴様。 よくも、よくもこのティアの顔に傷をッ! その綺麗な顔に沸騰血を注ぎ込み、二目と見れぬ程に焼け爛れさせてくれるわ! このクソカスがァ――――ッ!」

 

「……貴様を女だとは思わんと言ったはずだ。 このストレイツォ、容赦せん!」

 

 気丈に言い返すカスに対して、私は千切れた血管の先を針のように尖らせ、膝が凍りついて動けないであろう男の元へ伸ばす。

 

 刹那、誰かが扉を開け放ち、湯気が一気に開かれた扉へと流れ出ていくのを感じる。

 誰が邪魔をしようが関係ないとばかりに血管針を伸ばし続けると、扉から勢いよく入ってきた人影が血管を掴んだ。

 私は舌打ちをし、急いで血管を根本から千切ると瞬く間に千切ったばかりの血管に波紋が流れ、蒸発するかのように消え去った。

 

 湯気があらかた取り除かれ、人影が姿を現した。

 誰かと思えば老い先短そうな爺ではないか。 いや、関係ない。 私の邪魔をする者は誰であろうと始末するのみ。

 

「わが師、トンペティ! ……ご助力、感謝します」

 

「暑いのぉー、まるでサウナじゃ。 君がティアか、よろし―――く……すぐ別れることになりそうじゃがのぅ」

 

「爺……えぇ、そうね。 すぐに別れることになりそうだわ、貴様があの世へ逝ってなぁッ!」

 

 湯気の大半が逃げたことにより、かなりエネルギーを消費する沸騰血などもはや必要ない。

 壁を蹴り、爺がストレイツォの前にいるこの好機を逃す手はないと私は剣を横薙ぎに全力で振るった。

 だが、老人とは思えぬ軽やかな身のこなしで私の剣を打ち上げるように掌で押しだし、軌道を変えると眠たそうにしていた眼が開かれた。

 

「お主とは戦いの年季が違うのぉー、終わりじゃ。 金属を伝わる銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)!」

 

 バチバチと波紋が音を立てて、鉄のロングソードを伝わって私の方へ向かってくる。

 この時、私の内心は喜悦と愉悦と歓喜に満ち溢れていた。

 終わり? そうだ、終わりだ。 この剣に触れた時点でなぁ!

 

「む? ぬっ、こ、これは腕がッ!」

 

 波紋が伝わるよりも先に剣を持つ私の両腕を凍らせた……すると、剣に触れたトンペティの手が凍り、腕まで一瞬で凍りついた。

 

「私が柄まで鉄の剣を選んだ理由。 それは『熱伝導』が良いからよ! 熱伝導が良い物質により熱は冷たい方へ流れる性質を持つ、故に私が腕を凍らせれば触れた者の温度を一気に奪い取るッ!」

 

 凍らせた爺の腕を砕き、胸元へと狙いを定めると背後にいるストレイツォ諸共突き刺さんと後ろを蹴り、剣を突き出す。

 咄嗟のことに回避するのは不可能と判断したのだろう、空いた腕で後ろにいる男を突き放し、自身は心臓を剣で貫かれた。

 

「ぬ……ぐ。 不覚、年を取りすぎた、かのぅ」

 

「トンペティ――――ッ! 貴様、よくもこのようなことを!」

 

「戦いの年季ぃ? たかが人間が数十年経験を積もうとも、この吸血鬼であるティアにはものの数分で容易く乗り越えるわ!」

 

 剣を引き抜き、鮮血を撒き散らしながら無様に倒れた爺を見下ろす。

 少し胸がスッとしたことにより、私が冷静になり場を見渡すと千切れたマフラーを身に纏うストレイツォが身構えていた。

 何かに巻きつかれていた右腕を見ると、腕ごと凍らせた為に千切れたであろうマフラーが巻きついている。

 なるほど、恐らくは波紋を通す物質で出来ているか、元々物質に対して波紋とやらを伝えることが出来るのだろう。

 

「正直、剣に波紋が伝わるのは予想外だったわ。 でも、このティアの力の前には無力。 人間とは存外、呆気なく散るものねぇ」

 

「知った風な口を聞く吸血鬼だ。 無駄口を叩く前にかかってくればよかろう」

 

 先程の感情的な態度が嘘のように消え、静かに相手の出方を待つ強かさ。

 やはりこの男の相手は少々面倒そうだ。 面倒ならば、楽な方法をとればいい……例えば、そうこんな風に。

 

 私は再び身震いし、体から血管針を伸ばすと沸騰血を撒き散らす。

 

「貴様のそのスカした面が気にくわんッ! ブチ撒けてくれるわ!」

 

 扉が開け放たれ、効果が薄いだろうが激昂して周りが見えていないように映るだろう。

 次々と部屋中に沸騰血を撒き散らし、湯気が辺りを包んだ頃に私は壁を蹴ってストレイツオを飛び越える。

 着地した先は開け放たれた扉のすぐ前、湯気が瞬く間に晴れていく中、ようやく私の意図を察したのか待ち構えていたストレイツォが体勢を変えた。

 

「貴方の相手は飽きたわ。 だから相応しい相手を用意してあげる。 ……気づかないのかしら? 吸血鬼の血が持つ力を、そしてなぜばら撒いたのか」

 

「ハッ! ま、まさかそんな」

 

「URRY……」

 

 湯気に紛れて逃げると思ったのだろうか、半分正解だ。

 もう一つはそう、この男の顔が歪むのを見たいという意味もあるが手駒を増やす為に死んだ爺に血液をかけたのだ。

 当然ストレイツォの背後にてゾンビとして蘇り、爺も目の前の獲物を認識して今にも襲いかかりそうだ。

 親しい者が異形の化物と化した、その事実は男の顔が悲哀と怒りに歪むのには十分だった。 私はその様子を満足気に見つめ、扉を潜り抜けて閉め始める。

 

「それでは、ごきげんよう。 会話から察するに貴方達は師弟の間柄かしら? せいぜい稽古をつけてもらいなさい、アハハハ!」

 

「……貴様だけは、必ず殺す」

 

 私よりも爺の相手をするのが先決と判断したのか、背を向けたまま妙に物騒なことを言うものだ。

 もっと謙虚に礼儀正しく行動すれば、このようなことにはならなかったものを。 そう心にもないことを思いながら、天井へ向けて飛び上がると拳を振るった。

 

「WRYYYYYYAAAAAAA!」

 

 およそ淑女が出して良い声ではないが、気分が良いので目を瞑ろう。

 私が拳を連続で繰り出し、天井を壊すと瓦礫が扉の前に積り、通路と共に塞いだ。

 これで窓から周り道をしなければ大広間へは来れないだろう。

 後は私がディオの加勢にいけばそれで詰みだ、2人でジョジョを嬲り殺し、この世の快楽を全て享受するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私が大広間へと到着すると、すでに決着はついていた。

 ディオが、私の可愛いディオが、ジョジョの燃える両手に胸を貫かれている光景だ。

 

「そ、そんなバカな! 俺の体が、俺の体が溶けていくゥ! GUAHHHH」

 

「散滅すべし! ディオッ!」

 

 ディオの貫かれた胸の一部が粒となり、消えていく。

 胸の部分からも煙が噴き出ており、火傷のような痕からどんどん傷口が広がっていく。

 あれはそう、確実に波紋が入っている証だ。 私がその事実を知った後も信じられず、ただ唖然と見ているだけしかできなかった。

 

「何世紀も未来へ! 永遠へ生きるはずのこのディオがッ! このディオがァァァ!」

 

 断末魔をあげながら、ディオの目が盛り上がる。

 次の瞬間には目から体液が勢いよく飛び出ると、まるで光線のようにジョジョの手と背後にある石柱を切断していく。

 もう少し、横にずれていれば頭を破壊できただろう。 憎しみが籠った瞳を相手に向けながら、ディオはバルコニーから崖下へと転落した。

 

「うう! 目から自分の体液をもの凄い圧力で光線のように!」

 

「あ……あぶねえ! 断末魔! この世にしがみつく悪鬼の最後のあがきよ!」

 

 転落したバルコニーの手摺へと駆け寄り、崖下を覗き込むジョジョの姿にようやく私は体を動かした。

 認めたくはなかった。 あの傲慢で、強かで、強欲な弟が死ぬなどと。

 私は今、純粋に怒りだけを感じていた。 ここまで静かに、強く滾る怒りは初めての経験だ。

 

「……ん? ま、まさか、そんなッ! あいつはティア・ブランドー! あの2人が倒しに行ったはずだというのに」

 

 横でスピードワゴンという名のカスが騒がしい、だが奴にはどうすることもできまい。

 問題はゾンビを相手にしている波紋使いだが、それも無視していいだろう。 こちらへは来れそうにもない。

 私は地を蹴り、間合いを詰めると血が滴る剣をジョジョへと降り降ろした。

 

「……ディオ!」

 

「っ!?」

 

 騒ぎに気づかぬ程に愚鈍という訳でもないはずだ。

 ジョジョは私が降り降ろそうとした剣など、私の姿などには目もくれずにただ……崖下を覗きながら泣いていた。

 その涙にはどこか悲痛な思いが感じられ、それが私の弟に対して向けられるものだと分かると私は剣を止めていた。

 

 そして、次の瞬間にはジョジョは静かに目を瞑り、精魂尽き果てたかのように倒れ伏した。

 

「……どうして、泣いているのかしら。 自分が殺しておいて、私の可愛いディオを」

 

「けっ! あんた、近くにいてそんなことも分からないのかい? 彼の青春はディオとの青春でもあったからさ! だがな、てめぇは近寄るんじゃねぇ!」

 

 カスが大振りのハンマーを振り降ろすのを悠々と回避し、私は静かに目を瞑るジョジョを見つめ続けた。

 なぜだろう、あれほど静かに怒りを感じていたというのに消え去っている。 いやむしろ、どこか羨ましく感じつつ感謝の念さえ抱いていた、ディオをそこまで想ってくれる人物に。

 

 私を睨みつけながらカスがジョジョを引き摺って下がっていく。

 興が冷めた。 もはや、こんな場所に用などない。

 私がそう判断した時、ゾンビをあらかた片づけた男が私の前に立ち塞がった。

 

「その血に塗れた剣、2人を倒したとでもいうのか……ならば、我が名はダイアー、貴様を地獄の淵に」

 

「かませ犬なんぞに構うほど、暇じゃないわ。 良いわ、今回だけ、今回だけ見逃してあげる。 ジョジョが起きたら伝えなさい、次に会った時は必ず殺す……とね」

 

 私が伝えるだけ伝えると、バルコニーから身を投げ出した。

 崖から落下する程度、吸血鬼ならば悠々と耐えられる。 そんなことよりも私は今、妙な感覚を味わっていた。

 なぜ瀕死の敵を見逃したのだろう、なぜ私は妙な安らぎと喜びを感じているのだろう、なぜそれは私ではなく他人……ディオに向けられていたと感じているのに喜んでいるのだろうと。

 

 

 

 

 少し、疲れているのかもしれない。

 私は目を瞑って心を入れ替えると落下中に崖に腕を減り込ませ、落下速度を落とすと地面へと着地する。

 本当にディオは死んだのだろうか? 今だに信じられない気持ちだからこその感覚なのか。

 私が辺りを見渡すと、波紋により蒸発していくディオの体、次いでディオの頭部を風呂敷に包もうとしているワンチェンを見つけた。

 

「あ、あら。 もしかして、ディオは生きているの? その、頭だけで?」

 

「ティア様! ディオ様は生きていらっしゃいます、別の肉体さえあればすぐにでも復活なされましょう」

 

 恐らくは波紋が頭に伝わる前に首を切断したのだろう、ディオにとっても過酷な決断であったのだろうか体力が尽き、瞳を閉じて気絶している。

 私は風呂敷を広げられ、コロンと転がるディオの頭を前に抑えきれない感情が爆発した。

 

「ア、アハハハハハ! ウフ、ウフハフハハハア! く、首! ディオが首だけになるなんて!」

 

「……ヌ、ヌゥ。 騒がしいぞ、誰かと思えばティアではないか」

 

 笑い声に反応したのか、ディオが薄らと目を開け、腹を抱える私の姿を見て状況を把握したらしく目を伏せた。

 呼吸困難になる程に私が笑い終える頃には恥辱に震えるディオが私を睨みつけている。 ……頭だけで。

 その姿に再び笑い始め、散々笑い続けた後にようやく私の衝動は治まった。

 

「……ふぅ、さすがねディオ。 生きててくれて、姉として嬉しいわ」

 

「どの口が言うかッ! いいからさっさとこのディオを遠方へ運べ!」

 

「仕方がないわね。 確か石炭を掘る為に作った鉄道があるわ、そこを通って逃げましょう」

 

 この町の山からは石炭が産出される為、囚人達を使って無数に掘った鉄道が至るところにある。

 来たばかりのジョジョ達ならば、土地勘が全くない為に私達の姿を高確率で見失うだろう。 ふと夜空にある月を眺め、位置からして夜明けが近いことを悟ると急いで行動する。

 

 首だけになった弟と共に。 そう考えると私は再び妙な安心感と共に笑いが込み上げ、声を響かせながら闇夜に姿を眩ました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

END:最後の手紙


 


 屋敷での決着から半月が経った。

 あの町の襲撃、ウインドナイツ・ロットでの戦いは一夜にして73名の人間が消えた事で一時期話題となった。

 真相は解明されなかったが私、いや私達は知っている。

 戦いから生き延びた私達は追手を警戒しながら人口が少ない郊外を転々と渡り歩いていた。

 今は海沿いにある田舎町の空き家に潜伏し、人間の血を吸わずに普通に食事を摂って過ごしていた。 人が行方不明になれば、怪しんだジョジョ達が調査に乗り出す可能性があったからだ。

 人間の生き血より満足感やエネルギーの補給には向いていないが、それでも空腹を満たす程度には十分だ。

 私が畑から夜、盗んできた野菜と近くの山で狩ってきた兎を調理して食していると隣から睨みつける顔が気になる。

 

「はぁ、私がこんな盗人のような事をしなければならないなんてね。 ……食べたいの?」

 

「ふん、貰おう。 このディオに献上するがいい」

 

 首を瓶詰にし、中を血液で満たしたディオが硝子越しに私の食事を見ているのだ。

 そこまで言われては仕方がないと、焼き立ての兎肉を一つ摘まむと瓶の中へと放り込む。

 

「熱ッ! お、俺の食事を家畜に餌をやるように放り投げるな」

 

「うるさいわね。 だったら他の肉体にさっさと乗り移りなさいよ。 何で私が世話してるのよ」

 

「断る! 俺は俺を倒した尊敬すべき相手であり、ライバルであるジョジョの肉体以外は乗っ取る気はない」

 

 首だけになっても我が侭な弟に少し腹が立つ。 捕まえた昆虫を瓶に入れ、鑑賞しているように愉快な光景だが。

 あれからディオは事あるごとにジョジョの肉体を奪うようにと私に命令してくる。 吸血鬼という圧倒的能力を有したというのに『人間』であるジョジョに負けた。 それはディオのプライドを大きく傷つけるかと思えば、逆に尊敬の念を抱かせたのだ。

 故に己の力を上回ったジョジョの肉体を強烈に欲している……なのだが、わざわざ敵の前に姿を現すなら自分一人でやればいい、私は関係ない。

 

 手早く食事を済ませ、食器を片づけると自室へと戻る。

 途中、暇だから話相手になれと言うので適当に近くにあった本を目の前に放っておいた。

 

「……『正しい日光浴の本』。 嫌味か貴様ッ! おい、聞いているのか」

 

 別にただ目についた家の本を置いただけなのだが、まぁいいだろう。

 2階へ上がり、自室にしている扉を開けると部屋にある簡素なベッドへと腰掛けた。

 広々とした部屋、豪華なドレス、集めておいた金品や遺品は全て屋敷へ置いてきてしまった。

 今は田舎の娘が着るような華々しさの欠片もない麻の服、少し埃が被った狭い部屋、一体どうしてこうなってしまったのか。

 

 ふと、ベッドの隣にある机の上の物が目に入った。

 細かな趣向が凝らされた銀の十字架のネックレスだ。 十字が重なる部分にダイヤモンドが埋め込まれてあり、私のお気に入りの品に入るに相応しい物だ。

 

 けれども、私はこれを一度も身に着けたことはなく手に持って眺めるだけに留めている。

 別に今の服装に似合わないということもあるが、私が身に着けないのは別の理由だ。

 

 机の引き出しを開け、茶色の封筒から手紙を取り出す。

 最後にメアリーが私に預けた手紙だ。 何気なく何度も読み返し、その度に胸がざわめく。 ……再び私は銀の十字架を手元に置き、手紙を開いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

この手紙を読んでいるという事は、私はすでに亡くなっていることでしょう。

ハッキリ申し上げますと、私は貴方様を恨んでおります、えぇ恨んでおりますとも。

お世話になったとはいえ、体を求められるのは……少し、嬉しいものですが変態的な行為は別です。

挙句の果てにジョースター卿の殺害に関わったり、私の左耳を打ち抜き、化物にまでされたのですから当然です。

私は貴方様を許すつもりはありません……ですが、止め切れなかった私にも非があります。

 

故に、貴方様には2つの道を誠に勝手ながら最後の願いとして選んで頂きたいと存じます。

 

一つは悪の道。 誰しもが貴方を恐れ、忌み嫌い、吐き気を催す程の邪悪を欲望のままに体現してくださいませ。 さすれば、結果的に人々は悪を忌避することになることでしょう。

 

一つは人の道。 悪事を行わない人間などいませんが、貴方様は行き過ぎです。 少し、ほんの少しだけ人助けをしてください。 そして、少しだけ勇気を持って人を信じてください。 この道を選ぶのであれば、封筒に入れた十字架を身に着けてください。

 

この十字架は本来であるならば大学卒業のお祝いの為に私が細工を施し、製作したものです。 貴方様を匿った際には既に完成しており、外へ出た日の翌日には仕上げを任せた店が定休日だった為、つい出来心で受け取りに向かったのは私の不徳の致す所でございます。

 

貴方様からすれば、なぜ私がここまで尽くすのかと理解が及ばないと思われます。

確かに母の件もあります、ですが私個人が貴方様のお味方でありたい、その願いの為だけに行動しておりました。

 

切欠は、そう。 私がティア様と共にベッド内にて休んでいた際の『寝言』です。 これは墓場まで持っていきますので、教えません。

一つだけ言うことがあれば、人に聞かれればかなり恥ずかしい寝言です。 せいぜい何を言ったか想像して、羞恥心に悶え苦しんでくれれば胸がスッとします。

ですが私はその時、強く思えた貴方が本当は弱く、臆病な一人の人間だと感じました。

 

切欠はほんの些細なことです。 それでも私は貴方の力と成り、貴方の心の支えになれればと尽くしました。

結果は、見ての通りですが後悔はしておりません。

 

 

最後に、『正しい道にお導きする』という約束を守れず、申し訳ありません。

例え全ての者が敵に回ったとしても、私は最後まで貴方様の味方を貫きました。

 

願わくば少しだけ勇気を持ち、後者の道を選んでくださいませ。

 

多くの人を不幸にする才を持つということは、逆に言えば多くの人を幸福にすることも出来るはずです。

 

幸福とは私は分かち合うもの。 一人では得ることは出来ない、私はそう思っております。

 

自身が幸福になるよう、体調を崩されませんようご自愛くださいませ。

 

貴方を愛するメアリーより。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 何度も読み返した跡が残った、少し皺がある手紙をそっと閉じた。

 次いで手紙と十字架を机に置き、ベッドへと身を投げ出すとゆっくりと瞼を閉じる。 

 

『このティアに貴様如きが道を説くな、下郎めが。』

 

 以前、ジョースター邸にて私に手紙と同じように道を説いたティアの頬を叩いた時の言葉だ。

 全くその通りだ。 このティアが歩む道など自分が決める、他人に決められることなどあってはならない。

 

(どうして、あの娘は真実を語らなかったのかしら。 あぁ、そうか。 言っても無駄だと思ったのね)

 

 私が外出を禁じた際に、外へ出た理由が十字架を受け取る為だと手紙を読んで初めて知った。

 きっと生きている間に言ったとしても、私は嘘だと一笑に付すだろう。

 人を信じないからだ。 そう、私は他者を顧みず、他人を信じない。

 

 

 

 だというのに、あの時メアリーが外へ出たのが分かった時、心を占めた感情は憤怒だった。

 裏切られた。 その思いが心を満たし、感情を昂ぶらせたのだ。

 

 本当に勝手な女だ。 自分でも思う、自己愛の権化。 他者を己の欲望の為だけに利用し、捨てる。

 良いだろう、人に乗せられているようで気に喰わないが前者を選ぼう。

 

 私にはそれがお似合いだ。 今更、後者など選ぶ気にもなれない。

 私一人ならだ。 もしも隣に、誰かがいれば違ったのかもしれない。

 

「……最後まで味方と言うのであれば、隣にいなさいよ。」

 

 小さく呟き、頭から毛布を被って身を縮こまらせる。

 私は狭く感じていた部屋が妙に広く感じるという錯覚を覚えながら、誰もいない部屋の中で静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひっそりと身を隠す生活を続けて1ヵ月半が経った頃、私は華やかなロンドンにて日々を過ごしていた。

 田舎生活に飽きた私の要望もあり、都会のロンドンへと1ヵ月前に引っ越してきたのだ。

 考えてみれば人を魅了し、洗脳する眼があるのだから人を殺してまで血を吸う必要はない。 手頃な娘達に暗示をかけ、毎晩隠れ家へ来させるとその血を差し出させた。

 

 好みに合う服も着れ、食事も不便なことはない。

 満足な生活に私がこのまま暮らし続けるのも悪くないかと思っていたのだが、ディオはそうではないらしい。

 昼間、太陽から身を守る為でもあるが自分用の重厚な棺を職人に暗示をかけて用意させたのだ。

 私もそれに便乗し、金と宝石で彩った豪華な棺を今は寝床にしている。 中には羽毛が敷き詰められており、寝心地が良いのだ。

 

 そんな折に『ロンドンプレス』という新聞紙を取り続け、暇な時間をそれで潰していたのだが非常に気になる記事がその日、載っていた。

 

『ジョースター家の継承者。 ジョナサン・ジョースター氏とペンドルトン家の一人娘、エリナ嬢結婚! 新婚旅行は翌2月3日アメリカへ!』

 

 ジョジョが結婚するのか。

 私の感想はその程度のものだった。 別に今の生活に満足しているのだ、下手にちょっかいをかけて手痛い反撃を受けるなどアホのすることだ。

 

「ほほぅ。 ジョジョが結婚するのか、相手はあのエリナ。 ……チャンスだな、奴は油断している」

 

 後ろからワンチェンに抱えられたアホがいたようだ。

 十中八九ディオは死んだと思われているだろうが、案外私は危険視されていないのだろうか?

 それとも海外へ逃げたと思い、結婚などと悠長なことをしているのだろうか。

 相手はエリナ、どこかで聞いた名前だが誰だろうか。 写真にはタキシード姿のジョジョの隣に、花嫁衣装を纏った美しい女性が微笑んでいる。

 

「ディオ。 貴方、何回ジョジョに負けたと思っているの? もう諦めたら良いじゃないの」

 

「フンッ、この俺に諦めるなどという辞書はない。 最後に勝てばそれで良かろうなのだッ!」

 

 ……首を瓶詰にされた状態で言われても説得力は皆無に等しい。

 無視して他の記事を読んでいると、後ろから手伝えだの、復活すれば世界の半分をやろうだの、頼むから付き合ってくださいだの煩い。

 私に何の益があるというのだ。 成功すれば確かに敵を排除できる安心感が得られ、自由に行動できる強みがあるが……。

 

「しかし、あのエリナがな。 美しく成長したものだ、初めてのキスを奪った時とは大違いだな」

 

 キスを奪った? 私が内心で首を傾げていると、ようやく思い出した。

 そうだ、あの時私の唇を噛んで口元を泥で洗った気丈な女だ。

 見れば確かに面影がある。 ふむ、非常に容姿が私の好みだ……それに人妻か。

 

 ムクムクと私の中で悪戯心と情欲が沸いてくる。

 仕方がない、弟の頼みだ。 ここは引き受けるのも寛容な姉としては吝かではない。

 

「仕方がないわね。 ジョジョを排除しないと私も安心できないわ。 それで、明日だけど場所は分かるの?」

 

「これを見ろ。 ロンドンの港と書いてある。 今夜の内に港の者に暗示をかけ、ジョジョが乗り込む船を探して忍び込むのだ。 フハハハハ!」

 

 安易な方法に感じるが、乗り込んでしまえばどうとでもなるか。

 私はそう思いながらも、高笑いを続ける首を呆れながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が眠気を感じながらも目を開けると、少し薄暗い密閉された場所で目を覚ました。

 ゆらゆらと少し体が揺れている点から、無事に船に乗り込めたのだろう。

 そう、ジョジョが乗り込んだ船に。 

 

 前日、ワンチェンから船乗り達に対して私達の棺を荷物として運ばせたのだ。

 運ばせている間は暇な為、眠っていたのだがちょうど良い時間のようだ。

 内側から鍵を掛けられる仕掛けにしている為、とめ金を外して蓋を開ける。

 

 私の他に大量の荷物が置かれた薄暗い部屋。 どうやら船底にある船倉のようだ。

 隣にある私が寝ている棺桶と同じ、重厚な棺桶の蓋が開かれると中からワンチェンと瓶詰のディオが現れた。

 

「おい、ワンチェン。 一人をゾンビにした後はジョジョをここにおびき寄せてこい。 ティアは」

 

「あ、私。 少しパーティーを楽しんでくるわね。 それと、エリナ嬢に手を出したら……頭、潰すわね」

 

 指示を出そうとしたディオの言葉を遮り、私は上へと向かう階段へ既に足をかけていた。

 後ろから舌打ちと共に見送る所を見ると、ある程度は私の行動を予測していたのだろう。

 パーティーに出るなど久しぶりだ。 少しの間になるだろうが、しばらく楽しもう。

 

 

 

 

 私が近くにいた船員に案内させ、会場への扉を開くと華やかな光景が広がっていた。

 服装は白のドレスの為、さほど怪しまれずに場に紛れ、ボーイが運んできたワイングラスを片手に雰囲気を楽しんでいた。

 

「おや、これは美しいお嬢さんだ。 どうかな、僕と」

 

「私、他に先約がございますの。 またの機会にお願いしますわ」

 

 容姿が整っているが、男なのでアウトだ。

 誘ってくる男を適当にあしらい、壁に寄り掛かると遠目に見える席についた男女を見据える。

 

 ジョジョとエリナだ。

 とても幸せそうに食事を共にし、これからこの幸せがずっと続くと思っているのだろう……が、その幸福の時間は唐突に終わりを告げる。

 なぜならジョジョが広間の奥から現れたワンチェンの姿に動揺し、ワイングラスを落としたからだ。

 

「ま、まさかティアが。 エリナ! 船室へ戻っているんだ、ドアに鍵をかけるのを忘れないで」

 

「ジョナサン?」

 

 私が来たとでも思ったのか、血相を変えて逃げ出したワンチェンを追いかけていくジョジョ。

 レディーを放って置いていくなんて躾けのなってないことだ。

 私は右手にワイングラスを持ちながら、唖然としているエリナの対面へと座った。

 

「あら、食事もまだなのに席を立つなんて不作法ね。 美しくなったわね、エリナ」

 

「貴方は? ……あ、貴方はティア! あの時の」

 

 急に現れた私に怪訝な表情を浮かべていたエリナが思い出したのか、顔を青ざめさせていく。

 不安な表情もなかなかそそるではないか。 もっと不安にさせてやろう。

 

「ジョナサン・ジョースター。 彼、死ぬわね」

 

「! そ、それはどういうことですか?」

 

 面白いほど食い付くエリナに思わず口元から笑いが込み出る。

 その反応から私達のことを聞いていないのだろう。 ならば、親切な私は教えてあげなければなるまい。

 吸血鬼のこと、ジョジョとの因縁、この船に乗り込んだ目的。 全てを話し終えた私は手に持ったワインを一息に飲み、その味と共にエリナの反応を楽しんだ。

 

 信じられないといった顔をしている。 それはそうだろう、誰だって信じられないものだ。 現実を見るまでは、ね。

 

 突如、会場の扉が乱暴に開けられると中から複数のゾンビが現れ、近くにいた客を襲い、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。

 

「あらあら。 ほら、言った通りでしょう? 私に忠誠を誓い、仕えるのならば助けてあげるわよ?」

 

「こ……こんなことが。 起きるだなんて」

 

 もはや血の気が引きすぎて、倒れるのではないかといった様子だ。

 だが次の瞬間には、ジョジョが通っていった通路へ走り抜けようとした為、私が肩を掴むとテーブルに押し倒した。

 

「逃げようとしても無駄よ? 既にジョジョは死んでいるでしょうし、貴方も生きたいでしょう? ほら、私に忠誠を誓いなさい」

 

 怯えた瞳が私を映す。 その事に相手を屈服させている征服欲と共に愉悦が沸き上がってくる。

 しかし、エリナは折れなかった。 幼い頃、暴力に屈しなかったあの時のように瞳に強い意思が宿っている。

 

「わたくしにはどんな事態が起こっているのか見当もつきません。 ……ですが、もしジョナサンがこの船で死ぬのであれば、私は運命を伴にします。 貴方のモノにはなりません」

 

 昔の私ならば怒りを覚えただろうが、今の私はむしろ喜びを覚えていた。

 エリナの瞳に宿る強い意思、それは私にとって待ち望んでいたのものだ。

 

「あっそ。 本当に貴方は強い人ね。 予想はしてたわ、貴方は真に気高く、素晴らしい『人間』だわ。 だからこそ、私のケジメに相応しい」

 

 認めよう。

 エリナという人間が自身の身を挺してでも相手を信頼し、決して折れぬ繋がりをジョジョと持つ人間だということを。

 正直、私は屈服してくれる方を期待していた。

 そして同時に、私は否定してくれる事を心から望んでいた。

 メアリーのように、エリナのように、強く崇高な人間が現れるのを待っていた。

 

 今こそ約束を果たし、私はこれから悪の道を選ぼう。 私のような『化物』は後者を選べないからだ。

 見下ろすエリナの体にポタポタと水滴が流れ落ちる。 これは私の最後の人間性だ。 これを全て流し切ると共に、私は手を振り降ろして彼女の頭を潰そう。

 

 私が、化物であるために。

 

 

 

 私が拳を振り降ろそうと掲げた瞬間、足元で何かが音を立てて落ちた。

 目を向けると、胸に収めておいたはずの銀の十字架が落ちている。

 まるで私を止めるかのように、彼女が私を見捨てなかったかのように。

 

(吸血鬼に十字架を贈るなんて、滑稽も良いところだわ。 ……様子を見ろという事かしら、メアリー)

 

 良いだろう、ならば結果がどうなるのか見届けよう。 人間というものがどんなものなのかを。

 彼女を押さえつけていた手を離し、十字架を隠すように胸元へ収めると船倉に向かって歩き出す。

 

「……興が削がれたわ。 ジョジョの最後が見たいのであれば、ついてきなさい」

 

 私の言葉に戸惑うエリナが不安そうに視線を向けるも、覚悟を決めたのか後を静かについてくる。

 それでいい。 人は死の間際には本性を表すというが、最後まで私を失望させない欲しい。

 

 

 

 

 途中、ゾンビ共がエリナを狙って襲いかかってきたが私が八つ裂きにすると、恐怖したのか遠回りに見つめるだけとなった。

 何をしているのかと自分でも思うが、彼女を船倉へと連れていくとその扉を開ける。

 

 最初に目に入ったのは、首に大きく2つの穴を開けたジョジョが倒れ伏している姿だ。

 エリナが名を呼び、慌てて駆け寄るもあの傷では致命傷だ。 もはや助かる余地はない。

 

「こ、こんなこと! まさか……なぜ?」

 

「に、逃げるんだエリナ。 この船を、爆破……させる。 すまない、こんなことに、巻きこんでしまって」

 

 狼狽するエリナを宥めるように頬を撫で、息も絶え絶えに必死に語りかけるジョジョ。

 その時、私は爆破という言葉に反応した。 先程から聞こえる小さく亀裂が入る耳触りな音の元を探し、見つけた。

 

 船のシャフトだ。 構造は詳しくないが、誰かの死体が船の部品にしがみつき動きを止めているために暴走しかかっているのだ。

 慌てて死体を外しに向かおうとした時、シャフトから炎が噴き上がった。

 猛烈な炎に思わず後ろへ飛びのき、安全な位置へと離れる。

 

 私がこの場を離れなければと判断する程に火の勢いが強く、逃げようとしているというのに2つの人影は微動だにしない。

 

「想像をこえていて、泣けばいいのか、気を失えばいいのか分かりません。 でもいえることはたたひとつ、エリナ・ジョースターは貴方と伴に死にます」

 

「エリナ……」

 

 間近に迫る死の恐怖をも超越した光景がそこにはあった。

 静かに涙を流し、倒れ伏すジョジョに口づけを交わす様子はとても眩しく、美しい光景だ。

 身体は恐怖で震えているというのに、それを克服する『勇気』が彼女には備わっているのだろう。

 

(本当、綺麗ね。 私も、少しだけ生き方を変えていれば―――)

 

「オギャァ! オギャァ!」

 

 何の泣き声かと思えば、階段から落下した母親の死体の腕に守られるかのように赤ん坊が抱かれていた。

 それに気がついたのはジョジョ達もらしく、ジョジョが優しげに微笑み、赤ん坊を指差した。

 

 あの子供を連れて、逃げてくれとエリナに伝える為に。

 そしてエリナもその意思を感じ、悲痛な表情で赤ん坊を抱き上げた。 表情が切に、相手から離れたくないと言っているというのに。

 

 

 どうして、この者達は他者のために自分を犠牲にできるのだ。

 自分がしたいこと、欲望のままに生きればいいではないか。

 

 羨ましい。

 

 私が持っていないモノを彼らは持っている。 狂おしい程に奪ってやりたいが、行動に移したとしても無駄だろう。 強引に奪ったモノに価値などないのだから。

 

「ぐっ……ふ、船ごと爆破させようと思いつきは見事だ。 だが、おれは生きる! なにがなんでも生きてみせるッ!」

 

 雑に積まれた荷物の山から髪の毛を動かし、ディオの頭が這い出てきた。

 姿が見えないと思えば、荷物の中に埋もれていたのか。

 なかなかしぶとい弟だと褒めてやりたいが、この場では妙に醜く感じる。

 

「ティア、そこのワンチェンの死体をすぐに退けろ! そうすれば爆発は起きない」

 

 私の姿に気がついたディオが機械の連結部分に掴まっている死体に目を向ける。

 あれはワンチェンの死体だったのか、既に手遅れだと思ったが火の勢いが強い。

 逃げるべきか、止めに行くべきか。 私が一瞬迷った時、シャフトの外壁が一際大きく膨らんだ。

 

 爆発が起きる。

 

 そう確信した私が後ろへ飛びのこうとした時、視界に赤ん坊を抱いたエリナの姿が映った。

 何かを考えた訳でもない。 彼らに感化された訳でもないだろう。 なぜか、そう。 この行動が私の中で正しいと思えるからこそ、エリナの前へ私は飛びこんでいた。

 

「WRRRRRRRYYYYYYYYYAAAAAA!」

 

 轟音と共にシャフトが砕け散り、破片が私の元へ向かってくる。

 吸血鬼の動体視力を持ってすれば、大抵の破片は叩き落とせる。

 致命傷の部分だけは避け、体に幾つか突き刺さるも刹那の間に無数の破片を叩き落とした所で、私の目の前にパイプが迫るように飛んでくるのが見えた。

 

 咄嗟に、飛んで避けることもできた。

 だが、背に感じる気配が私を逃がさないとばかりに張り付いている。 何とかして掴もう、そんな無茶な選択肢を私に選ばせ、結果ゆっくりと私の胸にパイプが突き刺さった。

 

 激痛と衝撃が私を襲い、たまらず体が宙に投げ出され、壁にぶつかる際にはパイプが私をまるで串刺しのように貫いた。

 

(こ、こんな。 私は、何をしているのかしら。 ぬ、抜かなくては)

 

 全身が冷たく感じる。

 力を入れようにも思ったように力が込められず、突き刺さったパイプを揺らす程度に留められている。

 原因は分かった。 見事にパイプが私の胸、心臓を貫き破壊したのだ。

 

 全身に血液が回らない、冷たい感覚が私を襲うがこの程度ならば時間をかければ引き抜けるまでには力を取り戻せるだろう。

 あるいは、少し離れた位置にいて驚いた風に私を見つめる2人の血を吸うかだ。

 これは血管を伸ばせば可能だろう、本格的な爆発まで時間が無い。 辺りもすでに火の海と化している。

 

 手段は選んでいられない。 私が指先から血管を伸ばそうとした時、パイプが突き刺さった根元に何か光るモノが見えた。

 

(本当に、貴方は最後まで邪魔するのね。 ……身を挺して誰かを守る、か。 少し理解出来たわ)

 

 突き刺さった胸元から僅かに見える、血に塗れた十字架。

 彼女の事が最後まで理解できなかった、だからこそ私をこんな行動に駆り立てたのかもしれない。

 この疑問は永遠に解けないだろう。 私がそうだろうと、他人がこうであろうともっともらしい理由を述べても、彼女の口から聞かない限りは私自身が信じないからだ。

 

 それでも、少しだけ何かを守るという感覚が少しだけ分かった。

 そう考えると、私の心の中が妙に穏やかな気分になる。 今も胸から激しい痛みを感じているというのに。

 

 今の私ならば、ほんの少しの時間だけならば、身に着ける資格があるだろう。

 そっと、血に塗れて汚れた十字架を首に着けると不思議と誰かに見守られているような、安心感が私を包み込む。

 

(さて、と。 吸血はしないとして、どうしましょうか。 ディオが首だけでも動き、生きている点を考えねば)

 

 生きる意思を諦めた訳ではない。

 この程度、私にかかれば幾らでも脱出する手段はあるはずだ。

 頭に血が流れなくなっているのか、若干思考が鈍ってきているがそれは血液が巡っていないからだと分かると私は筋肉をまるでポンプのように動かして全身に血液を巡らせる。

 

 見る見る内に体中に力が漲ってくる。 これで良い、少し待てばパイプを抜く程度の力などすぐ戻る。

 

 

 

 だが、私の目の前にゆらりと立ちあがる人影がそれを阻むかのように現れた。

 ジョジョだ。 エリナを離れさせ、私の元へ瀕死の状態ながら幽鬼のように近寄ってくる。

 

(クソ! この状況、波紋を流されるのは非常にまずいッ! 貴様がその気ならば、血管針をブチ込んでくれるわッ!)

 

 間近にジョジョが迫ると指先の血管を切り、先端を針のように尖らせて伸ばし、ジョジョの体へと幾つも突き刺した。

 このまま吸血鬼の血を流しこみ、ゾンビにしてやろうとした時、異変に気がついた。

 ジョジョの瞳が、とても優しげに私を見つめているのだ。 敵に対して向ける目ではない。

 

 余りに場違いな光景に、私が動揺して血液を送るのを躊躇している間にジョジョがパイプを掴んだ。

 いざとなれば、血液を送り込んで即自身の首をディオのように切り落とさねばと身構えているのを余所に胸に激痛が走る。

 

 波紋かと思えば、焼けるようなあの痛みとは違う。

 見れば、パイプがほんの僅かだが私の胸から引き抜かれる。 目の前のジョジョが引っ張っているからだ。

 

「……何を、しているのかしら。 どうして、私を助けるの?」

 

 余りに力を込めているせいか、喉の大穴から更に大量の出血が流れ出ている。

 訳が分からない。 命を削ってまで私を助ける意味も、エリナの元に留まらずに私の方へ来た意味も、どうして私に穏やかな視線を向けるのかも。

 

 しかし、手伝うならば好都合だ。 私も血管針を引っ込め、心臓に突き刺さったパイプを両手で掴むと力を込める。

 私の口元から血液の塊が吐き出されると同時に、ゴボリと不快な音と共にパイプが引き抜かれた。

 吸血鬼といえども、心臓を潰されては辛いのか思わず床へ倒れ伏してしまう。 まだ体に完全に力が戻っていないというものあるのだろう。

 それはジョジョも同じことなのか、崩れ落ちるように壁に背を預けて座り込んだ。

 

 余りに不可解な行動の数々に、ただで死ぬのは許さないと私が睨みつけていると、ジョジョは穏やかに微笑み、掠れる声が辺りに響いた。

 

「メアリー、と僕との最後の約束。 もしも、十字架を着けたのなら、彼女を信じて一度だけ『味方』をして、欲しい、と」

 

 途切れ途切れだが言葉の意味が分かり、愕然とした気持ちが私の心に広がっていく。

 次いで、血に塗れた十字架を見つめ、強く握りしめた。

 

 

 

 彼女は、一体私に何を求め、何をさせたいのだろうか。

 私の心が壊れていく。 人の心と化物の心は相反するもの、故に互いに反発し合い、引き裂かれていく。

 

 そして、残ったのは『ティア・ブランドー』を形成する本質のみだ。

 震える足で立ち上がると、私は即座に倒れ伏すジョジョを見捨て、棺桶へと向かっていく。

 

「私は誰よりも幸福に、誰よりも安全な場所で過ごすのよ。 貴方は甘いわね、ジョジョ。 私が変わるとでも思って?」

 

 私の本質は『臆病者』だ。 裏切られるのが怖いから人を信じず、弱いから力を求める。 本当に求めるモノは手に入らないと悲観し、誤魔化すように代わりの物を求める。 余りにも滑稽で脆弱な人物、それが私だ。

 

 裏切られたと感じても可笑しくないというのに、ジョジョは満足気に微笑むだけだ。

 私は知っている、この男の偉大な父と同じように、眩いばかりの『黄金の精神』が眠っていることを。 己のしたことに対して一切の後悔を持たず、あらゆる結末を受け入れる覚悟を持っている。

 

 本当に、眩いばかりだ。

 その精神に感化された訳ではないが、私が私自身である為にも行動を起こそう。

 

「ジョジョ。 貴方に借りを作るなんて、真っ平だわ。 最後にエリナだけは逃がしてあげる。 ……本人にその意思があればだけど、ね」

 

「ありがとう、ティア。 ……メアリーが信じた君を、信じて良かった」

 

 後ろから投げかけられる言葉など、耳に入らないとばかりに私は強引に赤ん坊を抱いて座り込んでいたエリナを立たせる。

 次いで、燃え盛る船を見渡し、出口である船倉の扉付近は既に猛火に包まれている為に脱出不可能だと判断した私は侵入した際に使った棺桶の中身を取り出した。

 

 この棺桶、重厚な造りは伊達ではなく、爆薬数10樽の衝撃にも耐えうる設計にしてある。 同時に、昼間における外敵から身を守る為にも鍵と同時にシェルターのように2重底の構造になっているのだ。

 私は上の部分を取り外すと中へと入り、体勢を整えていると、ジョジョの姿を目に焼きつけようと見つめるエリナに声を掛けた。

 

「ジョジョと死ぬのなら勝手にしなさい。 もしも、生き延びる覚悟があるのなら棺の中に隠れ、蓋を閉めなさい」

 

 私が棺の底の部分に寝そべりながら上の部分で塞ごとした間際、ディオがジョジョへ襲いかかっていく光景が見えた。

 

「ジョジョのやつが波紋を出せない今ッ! 俺は安心して乗っ取れるのだ、いくぞジョジョ! そしてようこそ、我が永遠の肉体よ!」

 

 爆発音と共にどこから沸いて出たのか、機を窺っていたディオが現れたのだ。

 今の私は決着などどうでもいい。 高確率でディオが体を乗っ取り、私のように棺へ逃れるだろう。

 上の部分で蓋をし、私が静かに横たわっていると誰かが棺に入り、蓋を閉めたような音が聞こえる。

 

 幾許かの時が経つと、強い衝撃と爆発の轟音と共に一瞬の浮遊感を覚え、棺ごと海へ投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上を漂う感覚を棺の中で味わい、数時間経ったのだろうか。

 この棺、あらゆる事態を想定して海上にも浮かぶように設計していたのだが、その甲斐があったというものだ。

 今はエリナが棺の蓋を開け、辺りに船などが通っていないか見渡している。

 夫殺しの共犯がいるというのに、彼女からは何も語りかけてこない。 私も合わせるかのように無言を貫いていた。

 別に話すことなどないが一つだけ、私は心の中の疑問を彼女に尋ねた。

 

「……何も言わないのね。 貴方、私を恨んでいないの?」

 

「恨まない訳がありません。 ですが、ジョナサンが信じると言った人物です。 私が信じぬ訳にもいきません」

 

 本当に、この者達は私の理解が及ばない。

 恨みを持つ相手が近くにいるのだ、報復するのは当然の権利というものだろう。

 

 

 いや、これは私の考えだ。 先程も思った通り、この者達は私の理解が及ばない崇高な人間だ。

 それを証明する手もあるだろう、もうすぐ夜明けだ。 その際にほんの少し、二重底になっている部分を取り除けば太陽の光が差し込み、私は塵となって死ぬ。

 

(私も何を考えているのかしら。 本当にそう思っているなら、今すぐ飛び出してエリナを始末するというのに)

 

 確信にも似た何かがこの者達が嘘を吐かない、結果的に私を助けるであろうと感じる。

 甘い連中だ。 余りに甘すぎる。

 

 その甘さに助けられた私が言えることではないことも承知している。

 同時に私はその甘さを利用する悪だということも理解している。

 

 人の本性は変えられない。

 他者を利用し、自身の欲望を満たす行為には何ら罪悪感も感じないし当然だと思っていた。

 

 だが、『幸福』を実感したことは一度もなかった。

 欲望を満たすだけでは得られなかったのだ。 私が知らない所に『幸福』があるのだろう。 恐らく、この者達はそれを知っている。

 

 是非にも教えて欲しいものだ、『幸福』というものを。

 きっと、貴様のような邪悪が何を言うものかと言われるだろう。 当然だ、私は誰よりも私自身を愛しており、大事にするのだから。

 それでも、思う所がある。 メアリーが亡くなった時には動揺し、狼狽した。 彼女が私の為に最後まで尽くしてくれるのを目の当たりにしたからだ。

 当然のように隣に立っていた者がいない。 初めて母を亡くした時と同じように、初めて他人に対して寂しいという感情を覚えた。

 

 本当に我が侭な女だ。

 胸元にある銀の十字架を握りしめ、静かに目を閉じる。

 メアリーの手紙には幸福とは分かち合うものだと書かれていた。

 

 分かち合うとは、どう分かち合うのだろうか? 私は自分が賢く、知らぬことはほとんどないと自負していたというのに分からないことばかりだ。

 

 自分と他人とでは全くの別物だ。 血を別けた姉弟といえども『自分』と『他人』で分けられる。

 私にとって自分とは完全に理解でき、思考や行動を決められる私の味方だ。

 私にとって他人とは、思考や行動がある程度は予測できるかもしれないが確実ではない為に理解不能、故に未知の生物に等しい。

 他人を完全に理解できないからこそ私は疑問を覚え、疑惑に変わり、不信と成る。

 全ては『臆病者のティア・ブランドー』から来るものだ。 他者を理解できない恐怖から、更に理解しようとしないで遠ざけ、自分が他人を支配、利用している時だけ安心感を得られた。

 

 それでも、本当に幸福というものが他人と分かち合うものであるならば――――。    

 

 私は幸福になりたい。













 予定していたENDとはかなり違うものになりましたが、これはこれで合っているので満足? しています。
 後は後日談を書いて、展開考えて一休みよ。

 矛盾点というか後日談に書くと思いますが【首だけになって生きているディオ・綺麗すぎるティア・血族途絶えました】の部分が引っ掛かりまして、出来るだけ違和感ないように変更と……。

 上二つは良いとして、血族の部分はもう2人の誰かが子供を儲けてブランドー一家ENDにしようかと思ったけども、訳が分からなくなりそうなので没。(終わり方としては面白いかもしれないけど)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談

 漂流を続けて2日後、カナリア諸島沖にて通りがかった漁船に衰弱している赤ん坊とエリナ達は無事に救助された。

 私はというと、昼間ということもあり棺の底で息を潜めていたのだがエリナは何も言わなかった。

 ここまでは私の予想通りだが、更に数日かけて棺ごとロンドンにあるエリナ達の新居へと運ばれたのは予想外だ。

 

 屋敷に運ばれ、しばらく大人しくしていると2重底になっている部分を取り除いたエリナが私と目を合わせた。

 

「……お腹減ったわ。 何か食べさせてくれないかしら? 血でも構わないわよ」

 

「そこに用意してあるわ。 勝手に食べなさい」

 

 窓から見える外は暗く、エリナが指差す先を見ればテーブルの上に野菜のスープや燻製肉を簡単に調理したもの、付け合わせのパンと一通りのものが揃っていた。

 用事は済ませたとばかりに冷たい態度で私と接するというのに、抱いている赤ん坊の世話は熱心に行っている。

 視線も幾許か鋭いが、まぁいいだろう。 私が食事を始めた際にどこからか私を監視するような視線を感じる。

 そこへ目を向けると、何て名だっただろうか。 そう、スピードワゴンとかいうカスが影に潜むように私を見ていた。

 

「エリナさん、俺はやっぱり反対だぜ! こんな悪を野放しにしちゃぁ危険すぎる!」

 

「カス……いえ、スピードワゴン! 私、心を入れ替えたの。 私はただ幸福になりたかっただけなのに、今までのやり方では私の幸福は得られないと分かったのよ」

 

 私が目尻に涙を浮かべ、懇願するようにカスへと訴える……食事を続けながら。

 

「てめえからは誠意が全く伝わらねぇ! 大体、ジョースターさんを殺した相手だ。 俺にとっては憎い仇だぜ!」

 

「スピードワゴンさん、貴方のお気持ちも良く分かります。 ですが、先日話した通り夫はこの者を信じると言ったのです。 ですから、私も信じざるを得ません、もしもその信頼を裏切ったその時は……」

 

 食事中だというのに騒がしい奴だ。 不作法にも程があるではないか。

 冷酷な瞳を向けてくるエリナの視線には妙にゾクゾクするが、それは良いとしてあのカスは今の状況が分かっているのだろうか? まさか、その手に持つ大金槌でこのティアを止められるとでも?

 

「そこのカス。 私がこの場で貴方達を始末しないのが何よりの証明でなくて? 次に減らず口を叩いたら煩い舌を引き抜くわ」

 

 そう言って、テーブルに備え付けられていたワインをグラスに注ぎ、香りを楽しむ。

 カスが怒りに身を震わせているのか、今にも飛びかかりそうな怒気を纏っているが、エリナを連れてどこかへ去っていく。

 良い判断だ、周りが見えぬ程の馬鹿ではないか。 この食事に毒が盛られている可能性もあるが、吸血鬼に毒など通じまい。

 私は暗く、蝋燭の僅かな明かりに照らされた室内で一人静かに食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませ、どう過ごそうかと考えていた時、再びあのカスが暗闇から沸いて出てきた。

 

「エリナさんには少し、外出してもらった。 てめえの目的を言いなッ! エリナさんに近づいて何を企んでやがる!」

 

「ふう、2度も言わないと分からない馬鹿は嫌いだわ。 私は幸福になりたいの、今までのやり方じゃ満足感は得られたけど、幸福は得られなかった。 だから教えて欲しいのよ」

 

「ジョースターさんを殺しておいて、幸福になりたいだぁ? 寝言は寝て言いな!」

 

 聞き分けの悪いカスだ。 とはいえ、当然といえば当然か。 脅したというのに私に向かってくる無謀に近い勇気だけは評価してやろう。 だが感情に流されるなど子供のすることだ、ここは大人の対応をせねば。

 

「落ち着きなさいカス。 殺したのはディオよ、私はジョジョに一切手を出してないわ。 信用できないならエリナに聞きなさい、私は食後の休憩に入るから私の部屋に案内して」

 

「てめえで寝床を探しな! 大体、俺の名前はスピード」

 

 元より案内など期待していない為、カスが何か言っているが無視して寝床である棺を持ち上げ、屋敷の中を探索する。

 どこかジョースター邸の造りに似ている。 いや、あえて似せているのだろう、懐かしく感じるのはそのためか。

 

 私は近くの適当な部屋へと入るとそこは客室用の寝室なのか誰かが使った形跡がなく、綺麗に整えられた部屋のため、ここを拠点にしてしばしの間過ごそうと決めた。

 胸元に大きな穴と血で汚れたドレスを脱ぎ捨て、次に何をしようかと考えたもののやることが思いつかない。

 久方ぶりの食事とあってか、程よい満腹感の心地良さに眠気がゆっくりと湧き出てくる。

 私はその欲求に素直に従い、床に置いた棺の蓋を開けて中へ潜り込むとゆっくりと目を瞑る。

 これから先、どう過ごしていくべきかと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、私がいないと屋敷内で騒ぎになったらしいがどうでもいい。

 早朝に突然寝室に押し入ってきたカスの襟を掴み、部屋の外へと文字通り投げ飛ばすと大金槌で襲いかかってきたが、その大金槌をまるで飴細工のように捻じ曲げると慌てて逃げ出した。

 

 男というものはなぜ、あのように野蛮で粗暴な奴ばかりなのだろうか。

 私が先程の不快な光景を忘れ、身支度を鏡で整えていると胸元に光る銀の十字架が目につく。

 この十字架、首の後ろにチェーンを回して留め金で身に着けるものだが、外れないのだ。

 寝る間際、何度も外そうと試みたのだが外れず、無理やり引き千切るのもメアリーに対して悪いと思い、着けたまま眠りに落ちた。

 首に巻いたままでは痕が残ったり、寝付けないのではと思えたが、心なしかピッタリと吸いつくように私に馴染み、不快な気分にはならずに気持ちの良い朝を迎えた。

 

 とは言っても昼間はやることが無いために全裸のまま屋敷内を徘徊し、一つの部屋からエリナの『香り』が濃く漂ってきたため、その部屋へと入り室内のクローゼットを漁る。

 

(ふむ、余り派手な色合いのドレスは無いのね。 エリナらしいといえば、そうかもしれない)

 

 シンプルながらも質素さは感じさせない白のドレスを選び、勝手に着心地を試していると妙にしっくりと来る。

 これは良いと、幾つかある室内着に着替え直すと纏めて衣類を拝借し、客室へと戻ると隠すようにクローゼットへ押し込み、カーテンで遮られた窓を見つめる。

 

(……昼間ってやることないのよね。 あのカスでも苛めて暇つぶしすれば良かったかしら)

 

 気晴らしに外へ出ようものなら塵となる我が身が恨めしい。

 仕方なしに屋敷内を探索しようと、窓から差し込む太陽の光を避けながら階段を下りる。

 すると、耳に小さな赤ん坊の泣き声が聞こえ、釣られるように声が聞こえる部屋へと入ると赤ん坊を抱いたエリナとカスが私の姿に気がついた。

 

「何か暇を潰せるものないかしら? 話相手になってくれるなら、それでも構わないわよ」

 

「ケッ! 外に散歩でも行きゃあいいだろうが、そこから一歩でも近づいたら叩きだすからな!」

 

「……それよりも、身に着けている服は私の? 話ならば私もしたいと思っておりました」

 

 カスの安い挑発など気にもかけず、私を船の時のように強い意思が籠った瞳を向けてくる。

 そんな目で見られると、妙に昂ぶるではないか。 エリナという人間は私を魅了する力でもあるというのか。

 

「スピードワゴンさんから貴方のことを全て聞きました。 ……罪悪感や後悔を感じたことはないのですか?」

 

「罪悪感? 後悔? 余り感じたことはないわね。 他者を利用するのは当然のこと、そう思っていたから。 今は私の幸福が『他人』によって生まれたかもしれないと悔いてはいるけど、それも自分のことだからそう感じるだけ」

 

 2人の視線が鋭くなるが、知ったことか。 私はシンプルに『私が幸福』であればいいのだ。 今回は他人が真に幸福を得られる手段かもしれないと思い、大人しくしているだけにすぎない。

 何か言うかと思えば、エリナは冷静に次々と質問を投げかけてくる。 まるで私という人物を見定めるかのように。

 手に抱く赤ん坊を可愛いと思うか、YES。 貴方は幸福を求めているようだが『幸福』を感じたことはあるのか、NO。 貴方の今までのやり方では幸福を得られないと思っているのか、半分YES。 といった具合に次々と私に問いを投げかける。

 

 一通り質問を終えたエリナが考え込むように視線を伏せ、意を決したように私の元へと近づいてくる。

 

「貴方はこの子を傷つけることなく、その手に抱くことはできますか?」

 

「出来るけど……余り、抱きたくはないわね。 万が一ということもあるじゃないの」

 

 別に人を殺すこと自体は何とも思わなくとも、楽しむ趣味もない。

 吸血鬼の力の制御は完璧に等しいと自負しているが、それでも万が一というものがある。

 私が腕を組んで、拒否の態度をとっているというのに構わず眠っている赤ん坊を差し出してくる。

 

「ちょ、ちょっと! 貴方、何を考えてるのよ。 はぁ、抱けばいいのでしょう抱けば。 ゆっくり乗せなさいよ」

 

「エリナさん! そいつはちょっと強引だぜ、そんな奴に預けるなんざ正気の沙汰じゃない!」

 

 訳が分からないが、仕方なしに赤ん坊の首の根元に手を回し、頭を支えながら片方の手で背中を抱えるように持ち上げる。

 まだ生後数ヵ月程しか経っていないのだろうか、余りにも儚く小さな命だ。 もしや、私を子供は殺せない奴だとでも思っているのだろうか? だとしたら、甘すぎる。

 

「子供を殺せないとでも思っているのかしら? 私の敵になるなら相手が老人であろうと子供であろうと容赦しないわ。 無防備に赤ん坊を預けるだなんて、考えが甘いんじゃなくて?」

 

「私は2度も3度も言うのは好きじゃありません。 ジョナサンが信じると言った貴方を信じると私は言ったのです。 これから少し用事があるので、その子の相手をお願いします。 居候なのですから、引き受けてくれますね?」

 

 有無を言わさず、私の手元へと赤ん坊を預けるとさっさと部屋の外へと退出していくエリナ。

 全く訳が分からない。 もしかしたら単純に子供の世話をさせるために預けたのだろうか。

 呆気に取られているのは私だけではなく、同じように呆けていたカスが我に返ったのか険しい顔で近づいてくる。

 

「エリナさんは預けると言ったが、俺でも良いはずだ。 赤ん坊を渡しなッ!」

 

「煩いわね、起きるわよ。 ほら、さっさと受け取りなさい」

 

 好き好んで誰が赤ん坊の世話などするものか。

 私が赤ん坊を差し出すと、まるでひったくるように赤ん坊を奪い取る。

 馬鹿かこいつは。 もう少し優しく受け取れ、それと持ち方が間違っている。

 

「う、うぇぇぇ……」

 

「ウッ! や、やばい泣きそうだ。 泣かないでくれよ頼むから」

 

「貴方、体を両手で持ってるけどそれじゃあ頭が下がって首に負荷がかかるでしょう。 そんなことも知らないの?」

 

 私の指摘に慌てて持ち方を変えるも、急いでやった為に不快に感じたのか赤ん坊が本格的に泣きだした。

 部屋中に響き渡る騒音に何を思ったのか、カスがその醜い顔を歪めて赤ん坊に近付けている。

 

「ほ、ほーら。 俺は顔は怖いが悪い奴じゃねえぞー、頼むから泣かないでくれ!」

 

「ウェェェン!」

 

「……顔が怖いという時点で怯えるのが分かるでしょうに、馬鹿なのね。 余りに騒がしいと貴方ごと始末しそうだから、貸しなさい」

 

 おもむろにカスへと近づき、腹部を軽く叩く。 吸血鬼の力で軽く叩いたのだ、常人が全力でボディーブローを当てたのに近い威力だろう。 思わず前屈みになったカスから赤ん坊を颯爽と奪い取り、手頃な椅子へと座り込む。

 泣き喚く赤ん坊へ作り笑いながらも穏やかに微笑み、親指をゆっくりと赤ん坊の口元へ持っていくと小さく咥えこむ。 すると嘘のようにピタリと鳴き声が止み、落ち着いたのか口元を窄めて私の指を舐めている。

 

「う、うぐぐ……て、めぇ。 何、しやがる。」

 

「貴方が余りに無様だからじゃないの。 はぁ、どうしてこの私が子供の世話などしないといけないのかしら」

 

 そう言いつつも私の内心では懐かしい、心地良い感情で満ちていた。

 赤ん坊のあやし方は母から教えて貰ったものだ、私が小さい頃はこうして指を口に含ませて泣き止ませていたと聞かされたことがある。

 

 とても小さく、弱く、儚い命。

 それ故に無垢で、汚れを知らず、純粋そのものな存在。

 私もこんな頃があったのだろう。 母もそう思っていただろうが、今や稀代の悪人だ。

 

(全く、人生というもの分からないものね。 貴族になれるチャンスを得ようとすれば、全てを失って吸血鬼になるなんて)

 

 今の私を母が見れば何を思うだろうか。

 私の願望かもしれないが、きっと厳しく叱るだろうが最後には許してくれる。 都合の良いことに思えるが、なぜかそう確信できる。

 しかし、その許しが何よりも私を苛ませるだろうということも予感できる。 もし、それを予測して行うならば余程の策士だろう。

 

 ……そんな人間ならばどれだけ気が楽だったか。 私が母を敬愛した理由はその溢れる慈愛と人としての素晴らしい生き方に共感したからだ。

 あんなに素晴らしい人はいないだろう。 憧れもした時期もあった。 だというのに、どこで狂ったのか。 恐らくはダリオの殺害を決意した辺りだろうか。

 

 ふと、目の前の赤ん坊が私を見て泣きだしそうになっている。

 険しい顔をしていたのだろうか、表情を変えて微笑むと安心したのかまた一心不乱に私の指を舐めている。

 私はゆっくりと両膝に赤ん坊を乗せ、片方は首を支えている為に離せないがもう片方の手で頭をゆっくりと撫でる。

 

 良いだろう、今だけだ。

 憧れていた母の真似事を少しだけ、そうほんの少しだけ真似てこの子に愛情を注ごう。

 私の満足感を満たす為に……だというのに、妙に穏やかで心地良い感触が私の心を満たす。

 

 いつしか気づいた時には作り笑いではなく、自然と微笑んでいることに気がついた。

 素の自分を曝け出すなど、いつ以来のことだろうか。 この赤ん坊になら見せてもいいだろう。 

 

 

 

 

 

 

 ……が、私はすっかり忘れていたらしい。

 部屋に私と赤ん坊、そしてカスがいたことを。

 得体の知れない不気味なものを見るかのように、私のことを引き攣った表情で遠目に見つめるカス。

 

 私は表情を消すとゆっくりと立ち上がり、傍にあるベッドへと赤ん坊を優しく寝かせると振り返った。

 直後に不穏な空気を察したのか、カスが既に扉を開けて逃げ出している。

 

(私の醜態を知る者は! 誰であろうと生かして帰さんッ!)

 

 背後で寝ている赤ん坊がいなければ、言葉に出してたであろうことを心の中で思い、私は床が砕けんばかりの脚力を持ってカスを追いかけた。

 

 

 結果として間一髪の所でカスが窓から太陽が照らす真昼の外へと逃げ出すことに成功し、安心したのかどこか勝ち誇った顔を向けてきた。

 余りに腹が立っていた為か、勢いの余り目に圧力を込めながら体液を光線のように弾き飛ばし、カスの頭にある帽子を貫いて叩き落とした。

 惜しい、頭を狙ったというのに外したようだ。 だが、慌てて落ちた帽子を拾い上げて逃げ出す無様な姿に少しスッとしたので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから乳母とカスを連れて帰ってきたエリナにこっぴどく叱られたものだ。

 別に聞き流していたので気にしていないが、顔を赤くして怒る美女というのもなかなかそそるものがある。

 その際に幾つか約束事をさせられたが、別に構わないだろう。 私としても幾つか条件を提示し、承諾させたのだから文句などない。

 

 屋敷内での生活から1週間が過ぎる頃、私は昼間に睡眠を摂り、夜にロンドンの街を散策するのが日課となっていた。

 真冬の時期は過ぎたものの、少し冷たく静寂なロンドンの街が私は好きだ。

 こんな時は考えを纏めるのにちょうどいい状況だ、静かに頭の中に浮かぶのは我が弟の姿。

 

(最後に目撃したエリナに聞いた話だと、ジョジョが力を振り絞って破片を拾い上げ、ディオに突き刺す姿を見たというのだけれど)

 

 嘘を言っているようには見えないが、それが本当であるならば体を奪うことに失敗したのだろうか。

 失敗したのであれば船の爆発に巻き込まれ、死亡したのだろう。 あのディオが。

 

(……これで私は一人ぼっち。 いえ、元より頼るものなど自分しかいないわ。 そう、自分だけ)

 

 心に過った不安を払拭するかのように首を振る。 まだ1週間だ、決めつけるのは早いだろう。

 

 しばらくは大人しく様子見に徹したい所だが、周りがそうもいかないらしい。

 2日前にも同じように夜の街を散策した時から、似たような気配が昨日に続き私を監視しているからだ。

 私が裏通りの細道へと入り、誘い出すかのように腕を組んでいると2人のアジア人らしき男達が暗闇から現れた。

 その姿にほくそ笑む、あのカスに手出しするなと約束させられたがこれで口実が出来る。

 

「あら、こんな夜更けに屈強な男性が現れるなんて怖いわぁ。 スピードワゴンの手先かしら?」

 

「……我々のことは既に知っていたのか吸血鬼め。 スピードワゴンさんにはお前のことを知らされてはいるが、手を出すなと伝えられている」

 

 あのカスの手先かと思えば、違うのだろうか。

 吸血鬼のことを知っているとなると十中八九波紋使いの連中だろう。

 手を出すなと言われている割には殺気に満ち、目が怒りに染まっている男達を怪訝に思い、思わず首を傾げてしまう。

 

「手を出すな、とは伝えられているが貴様を始末する。 我らが師、トンペティに対する数々の無礼な仕打ち……その仇を取らせて貰うぞ!」

 

 一瞬、誰のことかと思ったが屋敷内にて始末した爺のことか。

 そう合点がいった私の目の前に、2人が奇妙な呼吸音と共に波紋が迸る拳を繰り出してくる。

 

 余りに鈍く、余りに貧弱、余りに迂闊すぎる行動に憐れみさえ覚えてしまう。

 両手でそっと包み込むように、二人の拳を受け止めると腕の水分を気化させ相手の腕ごと凍らせる。

 

「ディオが名前をつけた『気化冷凍法』……貴方達、聞いていないのかしら? 私に波紋は通じないわ」

 

「う、腕が凍っていくッ!?」

 

 この者達は末端か、イギリスに残ったまま私達の捜索に乗り出していた波紋使い達なのだろうか。

 驚いた様子から私達の能力のことは聞いていないようだ、それならば好都合だと死なない程度に1人の喉を潰し、もう1人は胸を叩いて肺を潰す。

 血反吐を吐き、苦悶の声を上げながら悶え苦しむ2人を私はゆっくりと観察する。

 

「トンペティ……ああ、ゾンビにしたあの爺のことね。 死に様は知らないでしょう? 教えてあげるわ、心臓を剣で貫かれたあの表情、とても滑稽だったわ。 あははは!」

 

 私の高笑いを受け、呼吸もままならない苦しい状況だというのに2人が何とか立ちあがろうとするも崩れ落ちるように再び地面へとひれ伏す。

 私がそっと、その者達に手を触れていると叩き落とそうと手を振り降ろしてくる。 構わず触れさせるも何ともない、手が少し揺れる程度だ。

 

「波紋が流れない、ということはやはり波紋の秘密は呼吸法にあるのね。 ありがたいわ、貴方達の迂闊な行動で弱点が喉と肺にあると分かったのだから……せめて、楽に死なせてあげる」

 

 喉と肺が潰された影響からか、口元から血を流しながら私を射殺さんとばかりに睨みつける。

 その目からは無力さ故か、はたまた波紋使いの弱点を知られた悔しさからか涙を流していた。

 だが、彼らに出来ることはそれだけだ。 ただ悔しさに咽び泣き、ただ睨むのみ。

 他者を屈服させ、蹂躙する力。 そこからくる征服感と優越感に私は浸っていた。

 

 やはり心地良い、『幸福』は感じないが『満足感』は得られる。

 私が最後の仕上げとばかりに手を振り上げた時、それは起こった。

 

(……あら? なぜかしら、なんというか、もの凄くつまらないわ)

 

 今まで感じていた愉悦が嘘のように消えたのだ。

 代わりに脱力感と空しさが全身に広がり、私は腕を自然に下げていた。

 

 可笑しい、そう感じるのは当然のことだった。 

 殺意すらも消え、殺すのはひどくつまらないという感情が私の中で広がる。

 それはありえない、ここでこいつらを見逃す理由もなく、価値もない。 幾らなんでも可笑しすぎる。

 

 ジョジョやエリナに感化されたか? いや、それは可笑しい。 そんな簡単に私が変わるはずがない。 ならば他に何が変わったというのか、ディオが居ないからそう思うのだろうか? もしや食事に神経毒の一種が入っていたとでも……。

 

 

 余りに不自然、余りに可笑しい私の内部で起こる異常にふと、なぜそう思ったのかは分からないが胸元で光る十字架が気になった。

 

 彼女から貰ったものだ、私が船で身に着けた後に『外れない』可笑しな十字架だった。

 まさかと思い、後で修理に出せばよいと力を込めて首から外しにかかる。

 

(ば、馬鹿なッ! ただの鉄の鎖を私が外せない? そんなはずがあるか!)

 

 チェーンの部分を引き千切らんと力を込めるもビクともしない。

 人間の小娘なら分かる、だが私は人間を超えた『吸血鬼の力』を持つ私が外せないのは可笑しすぎる。

 

 慌てふためいている私を余所に、波紋使いの連中が段々と回復してきたのか立ちあがろうとする。

 もはや、今は感情だとか十字架はどうでもいい。 こいつらを先に始末してから調べるべきだ。

 

 そう私が判断し、脱力感を感じさせる体を奮い立たせて拳を振り降ろした。

 

 全力でだ。 人をミンチにするには十分すぎる程の力を込めたというのに、拳は不自然に相手の手前で止まった。

 止めたのではない、止められたのだ。

 

(か、体が動かない? ど、どうなっている、何が起こっているというの!?)

 

 幾ら力を込めようとも、男を殺そうとする拳は近づかない。

 まるで見えない鎖に縛られてるかのように、不自然な体勢でいる私を男達が何事かと見ている。

 

 このままでは非常にまずい。 そう判断した私が逆に身を引くと普通に動けたのだ。

 

 どうやら、この者達を殺そうとすると私の動きが止められるようだ。 理解不能、余りに荒唐無稽な状況に頭が混乱するが私の行動は素早く、この場を立ち去る為に足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンに建つ家屋の屋根を次々と飛び移り、私は以前に潜伏していた隠れ家を目指していた。

 先程から凍らせ、沸騰血で熱を持たせて力を込めて引き千切ろうと試してもビクともしない。

 

 説明がつかないこの状況に私の混乱はほぼピークに達していた。

 唯一、導き出した答えが十字架と共にあった手紙と封筒に何か秘密があるのではないかと取りに向うことだった。

 

(ふざけるな、あの女! 私に何を身に着けさせた! 何をした!!)

 

 隠れ家の扉を開け、急いで以前に自室だった部屋へと向かう。

 本当は答えなどないと分かっていた。 なぜなら、私が何度も手紙を読む度に封筒と手紙を調べていたからだ。

 

 何かに縋りたいと思う気持ちもあったのだろう。 自室への扉を開け、机に置いていた封筒の中身を引っ張りだす。

 封筒と手紙を念入りに調べるも全て普通のものだ。

 ここでようやく私は冷静になり、溜息をついた。

 

(ふぅ、何を焦っているのかしら。 不可解な事は多いけれど、まだ致命的ではないわ。 落ちつけ、落ち着くのよティア)

 

 備え付けのベッドへと腰掛け、何度も読んだメアリーの手紙を開く。

 彼女が書いた文章は全て覚えており、ここに十字架の材料、秘密といった類のことは書かれていないことは承知の上だった。

 

 そう、文字通り『全て覚えている』。

 

 彼女の筆跡も見慣れたものであり、彼女以外が書いたものでは筆跡から判断できるだろう。

 

 手紙の内容は同じ内容だ。 

 但し、最後に空いた空白に、『彼女の筆跡』で一文が書かれていた。

 

 それは可笑しい、彼女はもう既に亡くなっているのだから。

 それならば、なぜこんなことが書かれている。 思わず手が震え、手紙を床へ落としてしまう。

 

 

『我が忠誠は永遠に、貴方と共に―――』

 

 

 私は叫び、再び力を込めて十字架を外しにかかった。 そうでもしないと、気が狂いそうになるからだ。 







 後は1→2部へ移行する為の繋ぎの話を1~2話出して、2部開始かなー。

 





 うーむ、まずい。 何というかマンネリ感が漂ってきたような。。。
 前までは勢いで書くのが楽しい! 状態だったのだけれど、飽きっぽい性格が災いしてか他のことが楽しく感じてくるようになるというパターンが……。

 次の投稿は少し遅れるかもしれません。(調子が良ければすぐ出せるかもしれませんが)
 しばしの間、今後の展開とか考えておきますー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カスと私の石油採掘:前

 1889年3月7日、ジョジョが船の爆発と共に死んでから1ヵ月、私が十字架の異変に気がついてから半月程が経った。

 

 波紋使いの襲撃を受けたことにより、続々と私を狙う愚か者共が押し寄せてくるのは目に見えていた為、対策を講じねばならなくなった。

 私としては別に襲いかかってきたとしても、全て返り討ちにするつもりだったのだが十字架の力……ここは呪いと呼ぼう。 メアリーが遺した十字架の呪いによって私の行動はかなり制限されている。

 

 まず、無暗に生あるものを殺傷できなくなったことだ。 これは最初に警告の意味合いなのか感情を抑え、それでも構わず殺害しようとすると動きを止められる。

 例外として私に危害を加えようとする者に対しては、何ら制限されることなく行動できることは検証した結果分かったことだ。

 

 他には悪意を持って人を誑かす、心を傷つける行為を行おうとしても感情を抑制される。 これに対しては行動を制限されることはないが、それでも厄介なことには変わりはない。

 

 一体、何が原因でこんな事が起こるのかは不明だが、この十字架の秘密は今のところ私だけが知っている。

 カスが波紋使い達に連絡を取っているらしいが、もはや私は危険分子と判断されたのか本格的な討伐を始めたらしい。

 

 目障りな蠅を一掃できるチャンスではないか……と、エリナとカスの2人の前では気丈に振る舞っていたものの、内心穏やかではなかった。

 どうこの場を乗り切るか、と思い悩んでいた時にカスから思いも寄らぬ提案を受け、しばし悩んだがその案に乗ることにした。

 エリナと離れるのは少し寂し……もとい怖い……いや、私はこの訳が分からない十字架に怯え続ける訳にはいかないのだ。

 

 

 そして現在、私達はある国の港へと船で乗り込んだ。

 カスが提案したことは国外逃亡だった。 元よりカスもこの国に用があったらしく、私の棺を重そうに背負いながらも港へと運び込み、夜が訪れたのを見計らって外へと出た。

 

「はぁ、私がこんな歴史の浅い国に来ることになるなんて。 英国人としては屈辱だわ」

 

「ケッ! もう『人』じゃねえだろうが。 てめえなんざ放っておいて波紋使いの連中に始末させてやりたいが、エリナさんとの約束だ。 大人しくしてるなら多少は手助けしてやるよ、腹が立つ事だがな」

 

 チラリと横目で私が寝ていた棺を見ると、金と宝石で彩られた装飾は全て剥ぎ取られ、無骨な棺がそこにはあった。

 それもこれも全てカスが原因だ。 そもそも波紋使いが私の事を知ったのもカスのせいだ。 このまま八つ裂きにして海へ放り込み、魚の餌にしてやろうか。

 

「何だぁ? まだ未練がましく棺の事を気にしてるのかよ。 あんな派手な棺じゃ目立ち過ぎて、追い剥ぎの良い的だぜ。 おら、さっさと行くぞ」

 

(こ、このカスが! エリナとの約束が無ければすぐにでも殺してやるものを!)

 

 まるで下僕を扱うかのように、私のことを一瞥するとさっさと自分の荷物を持って移動を始めている。

 これにはこめかみがピクピクと痙攣し始めたがこの国の情勢には疎く、ここで始末するのは早計だろうと思いとどまった。

 棺を軽々と持ち上げ、用が済んだ暁にはこのカスをどう料理してやろうかと考えつつも後を追う。

 

 

 西部開拓時代。 その一つの時代の終焉の兆しが見え隠れしつつも、今だに一攫千金を夢見る移民達が持つ特有の熱気で溢れる国。

 英国からの支配に反旗を翻して独立した結果、自由の国と呼ばれるようになったアメリカへ私達は足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この国では我が英国と同じレベルとはいかないものの、鉄道が通っているらしい……が、私達は港から鉄道は使わず、まるで農村の作物を輸送する為の汚らしい馬車の荷車に乗って移動していた。

 

 私の主観だが、のほほんとしたカスの顔が気に食わず、思わず首元の襟を絞めながら空高く掲げる。

 

「説明しなさい? この私をこんな汚い馬車に乗せて、挙句の果てに何をしにいくと? えぇ!?」

 

「は、離しやがれ! さっき言っただろうが! 俺がこの国に来た目的はテキサス砂漠の石油で大金を狙うってなぁ!」

 

 耳を疑うことだが、この馬鹿はよりにもよってアメリカへ来た目的が石油を掘りだし、一攫千金を狙うなどと戯けたことを抜かすのだ。

 少しは頭が回ると思っていたが、余りにも愚かすぎる。 金を稼ぐならもっと効率の良いものがあるだろう。

 

 私の視線から色が消える。

 無価値で愚かな人間程、興味が沸かないものはない。 もはやかける言葉すら無く、エリナとの約束で手は出さないと約束していたが、守る意味も込めて殺さない程度に痛めつけて後は自由に行動しよう。

 

 そう腕に力を込めるも、私の動きは不自然に制止する。

 力を更に込めようにも込められない、この不可思議な事態にはうんざりする。 何度も体験した為に少しは理解した事だが、呪いがこのカスにも適用されるというのも含めて納得できない事態だ。

 忌々しく手首に着けられた恐らく元凶であろう十字架のブレスレットを睨みながらも、カスを突き飛ばすように離した。

 たたらを踏みながらも、気丈に睨み返すカスの態度に非常に腹が立つ。 

 

「へっ! どうせ強盗なり悪事に手を染めれば金なんて簡単に手に入ると思ってんだろ。 それじゃあ意味がねぇんだよ。 真っ当な金で、俺みたいな人間が大金を得るには確率が低くても一攫千金狙うしかねえだろ」

 

 一瞬、私の理解が遅れ、珍獣を見るような眼差しでカスを見つめてしまった。

 正当な金であろうが不当な金であろうが、金は金だろうと。

 それすらも理解できない人間にはもはや憐れみすら感じる。 私は小さく鼻で笑うと、手首にある十字架を暇つぶしに弄っていた。

 

 ふとした拍子に外れないものだろうか……この十字架。

 

「そういえばてめえ、血相変えて帰ってきた日からエリナさんの寝室に入り浸っていたが、余計な事はしてねぇだろうな。 ……ん? そういや、ネックレスじゃなかったか? その十字架」

 

「ブ、ブレスレットよ。 最初からこれはブレスレットよ! あぁ、エリナ。 何で私はこんなムサイ男と来たのかしら」

 

 呼応するかのように、腕に巻いた十字架のブレスレットから金属音が鳴り響き、思わず心臓が飛び出るのではないかと思える程に高鳴った。

 

 もう一刻も早く帰りたい。 エリナが傍にいてくれた時は少しは和らいだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半月程前、私が十字架の異変に気がつき、ある方法で対処をした後に私は屋敷へ逃げ帰っていた。

 深夜なのは分かっているが、それでも乱暴に玄関を開け放つと真っ先にエリナの寝室へと向かう。

 

 寝室前まで来ると何度か深呼吸をし、震える体を抑えつつ、ゆっくりと寝室へと侵入する。 すると、玄関の音を聞いたのか、それとも不穏な気配を察したのかエリナがベッドから体を起こし、私を訝しげに見つめていた。

 

「ふふふ、今夜は私と一緒に寝ましょう? 寝かせないわよ」

 

「それ以上近づけば、私は舌を噛んで死にます。 貴方の性癖は聞き及んでおりますので」

 

 私が女性を好んでいるのをどこからか聞いたのだろうか。 揺らぐことのない真摯な瞳は、その言葉が嘘でないことの何よりの証明となった。

 ジョジョに対して操を立てているつもりか。 と、普段の私ならば相手の弱みでも晒し、脅して辱めるのだが今の私は非常に追い詰められていた。

 

「お、お願い。 な、何もしないから、隣で寝かせて欲しいの」

 

「……? 貴方、震えているの? 顔が真っ青よ。 まるで子供が幽霊にでも出くわしたかの――」

 

「黙れ! ゆ、幽霊なんているはずがないわ! こ、この世は目に見えるもので全て証明できるのよ! 良いから寝かせなさい!」

 

 普段の傲慢な私からは想像もつかない程に弱った声が漏れ出る。

 エリナから何気なく飛び出した、聞きたくもない不吉な言葉に強引にベッドの中へ頭ごと潜り込む。

 止めようにも止め切れぬ体の震えからか、ベッドが小刻みに揺れているが気にしている余裕などあるものか。

 

 人は『未知』のものに対して、底知れぬ恐怖を抱く。 私はそれを身を持って実感していた。

 知らぬからこそ対処が分からない、自身に及ぼす害も想像がつかない。 想像がつかないからこそ、言い知れぬ不安と恐怖が止め処なく溢れだしてくる。 それこそ、際限なくだ。

 

 気が狂いそうな程に私が不安に苛まれていると、体を覆っていた毛布をエリナが退かし、目が合った。

 

「何をそんなに……っ。 あ、貴方、その首はどうしたの?」

 

「ふ、ふふ。 首を落としたのよ。 これで私は今夜、グッスリと熟睡できるわ。 そ、それでも一人で寝るのは少し怖くて」

 

 エリナから息を呑む音が聞こえる。 私の首筋を見たのだろう、綺麗に首周りに赤い亀裂が走っている傷跡を。

 『未知』に対する恐怖は底知れない。 そして恐怖は時に人を蛮行に追いやることもある。 そう、十字架を外す為に私の首を切り落とす決断をする程に。

 

 凄まじい激痛を感じたものだが、その甲斐あってか大量の血液と共に十字架が首元から外れ、急いで血管を伸ばして元の体と結合すると、しばしの時間が経った後に自由に体を動かせるまでに回復した。

 後は十字架に見向きもせずに全力で逃げ出し、今この寝室へと逃げ込んできたのだ。

 

 エリナから見れば何をそんなに脅え、首を落としてまで必死に逃げてきたのだろうと感じるだろう。

 困惑した表情を浮かべているが、次いで寝室の扉が勢いよく開かれる音が室内に響き、何事かと私は顔を覗かせた。

 

「エリナさん! あの野郎が勢いよく駆けてるのを見かけて、無礼を承知で入らせて貰うぜ。 てめえ、ティア! 何してやがる」

 

「スピードワゴンさん、良いのです。 今はそっとしておいて貰えませんか?」

 

 音に驚いて身を縮こまらせていたが、すぐに布団を頭から被るとエリナの傍へと近寄る。

 こんな無様な姿をカスになど見せられるか。 私は今やっと恐怖から解放され、安眠という名の快楽を貪るためにここにいるのだ。

 

 2人が会話を交わし、時が経つとカスの気配がいつのまにか部屋から消えていた。

 すると、間もなく私の手を優しく包み込む温かな手が握られた。 誰かと顔を上げるとエリナが私を静かに見つめ、微笑みながら手を繋いでいた。

 

「不埒なことをすれば、即座に出ていって貰いますよ? ですが、一人が怖いというのは人であれば何ら恥じることではありません、傍にいますから安心なさってください」

 

 赤ん坊に向けていた、慈愛の微笑みが私の不安を払拭してくれる。

 母に抱かれた子供のように、エリナから温かな愛情と庇護を感じる。

 私は無意識に、内に残った最後の不安まで払拭するかのように体ごとエリナへすり寄っていた。

 私のような人物が近づいてくるのだ、普通は警戒するか嫌悪するだろう。 だが、エリナは優しくほほ笑むことを止めず、むしろ受け止めるかのように私の体を抱き寄せてくれた。

 

 

 人肌というのは心を安らかにさせる。

 そう誰かから聞いたことがあるが、あれは本当だろう。

 体全体で確かに感じるエリナの心地良い温もりが私に安心感を与え、安眠へと誘う。

 

 ここまで警戒心を解き、無防備な姿を晒すなど何時以来のことだろうか。 ディオと共にいた時でさえ、誰かの襲撃を想定して絶えず緊張の糸だけは僅かに残していたというのに。

 

 

 私は小さく身動ぎをして、考えるのを止めた。 今はただ、この心地良さに身を任せたい。

 先程までの心境など忘れ、すぐさま静かな暗闇が私の思考を覆い、眠りに落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間から僅かに朝日が差し込む早朝。

 薄らと目を開けると目の前に小さく寝息を立てる、エリナの姿が目に入った。

 

(……はぁ、お人好しって遺伝するものなのかしら? 手を最後まで繋いでくれたのね)

 

 片時も傍を離れなかったのか、手は握られたままだ。

 この温かさと安心感はそう、あのジョースター卿からも感じたものだった。

 あの時は振り解いたが、今回はそう、誰も見ていないことだし繋げたままでいいだろう。 ……離すのが惜しい、という気持ちも否定はしないがもっと別の感情が理由だ。

 

 愛おしい。

 そう感じるが為に離したくなかったのだ。

 微かに香る、エリナの香りも愛おしい、その美しい容姿も、聖母のような慈愛も、エリナという存在が全てだ。

 

 そして、私は強く執着するものは必ず手に入れたい性分だ。

 手段はいつも、支配か屈服させて手に入れていた。 私はそれでしか安心感と共に手に入れたという実感が得られなかったのだ。

 

(でも、そんなことをすればエリナの行為を裏切ることにならないかしら……。 うぅん、このままだと何時か私から離れそうでもあるし)

 

 途端に昨夜とは別の不安が私を苛む。

 このままでは突発的な行動をするかもしれない。 念の為に手を離すとベッドから立ち上がり、腕を組んで室内をウロウロと忙しなく歩きまわった。

 強引に手に入れたとしても、エリナの価値が損なわれるのではないか。 いや、そもそもそんな行動を起こすこと自体がエリナを裏切ることに……でも、やっぱり欲しい、手元に置きたい是が非でも。

 

 私が唸りながら考え込んでいると、ベッドから身動ぎする微かな音が聞こえ、起きたのかと視線を向ける。

 どうやら、ただ寝相を変えただけらしく、仰向けになって今だに眠り続けていた。

 

 その無防備な姿に情欲が込み上げてくるが、ここは我慢して見るだけに留めよう。 そう考え、寄りそうように近づいて観察を続けた。

 

 小さく整った容姿が愛らしく、何より夢を見ているのか、それとも目覚める前兆なのかまつ毛が小さく揺れ動き、まるで蝶が羽ばたいているかのように可愛らしい。

 大きすぎず、小さすぎず膨らんだ胸元が軽く上下し、そっと手を置くと柔らかな感触と共に心臓が力強く鼓動を続けている。

 

(そうよ、何も襲うことはない。 ただ愛し合えばいいのよ、ジョジョを失って未亡人……あら、何だかそそる響きね)

 

 結局、私は欲の塊のような人物だということか。

 あっさり情欲に負け、それを知っていながらも言い訳をするかのように立ち上がり、準備をする為に衣服へと手を掛けた。

 

 

 

 

 チャリン。

 

 

 

 どこかで聞きなれた金属音が響き、手首に冷たい感触が走る。

 電流のような戦慄が全身を巡り、視界がそこへ向くのを拒む。

 

 そんなはずはない、私は起きた後に体に異常がないか点検し、先程まで腕を組んでまでいたのだ。

 何か身に着けていたのなら、その時に気がつくはずだ。 そんなはずがない。

 

 

 錆びたネジを回すように、私がゆっくりと、そう、ゆっくりと顔を向けるとあった。

 

 鈍く銀色に光る十字架が。

 手首に巻くブレスレットとなって、私の不純な行いを諌めるかのように巻かれていたのだ。

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

 女性以前に人としてどうなのかというレベルの叫び声をあげ、私は奇声を発しながら部屋を飛び出していた。







 普通に2部へ行けば良かったと後悔中。
 必要かなーと書いてたものの、別に無くても問題なかったかもしれない。

 妙に書くのがしんどく感じると思えば、趣味じゃなくて作業だと感じていたからだと気がついた。
 ついでに言えば、書きたい話がだいぶ先にあるという……。 あ、でも2部最初の話は是非に書きたい奴があって、それを考えるとやる気が出てきたかな!

 あぁ、でも残り1話を石油で〆ないといけないか。 うーむ、もうノリと勢いで何とか書いて、書きたい話を書こうかな。

 ついでに好きなジョジョ小説が更新されてると、やる気が非常に出ますね!  長く続けられる人はモチベの維持が上手い人なのかな? 不思議だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

男と私の石油採掘:中

 うーん、勢いで書けたけどまた更に長くなったから分割して出します。


 港から更に2週間ほどかけて、テキサス砂漠に隣接する町へと到着した。

 砂漠の夜は寒いと聞いたことがあるが、確かに少し肌寒く感じる。 とはいえ、この身は吸血鬼。 多少の寒さなどものともしない。

 問題は乾燥した気候だ。 これでは肌が荒れるではないか。

 町へと入った際にカスも用事があるのか途中で別れ、乾燥した気候から逃れるように辺りを物色しながらも一足先に宿へ向かった。

 

 宿の者に部屋を取らせると私は真っ先に部屋へと入る。

 ついで背負っていた棺を置き、それに腰掛けると思わず溜息が洩れでてしまう。

 

(男はまるで原始人のような風貌。 女も田舎臭い服装をした者ばかり。 ここは私が住める環境じゃないわね)

 

 棺を軽々と持ち上げて運ぶ私に対して町の者達から好奇の視線で見られるのも腹が立つ。

 私の服装も少しばかり上質な生地を使った服なのだが、目立たないように地味な色合いのものを選んだというのにこれでは意味がないではないか。

 

 ふてくされながらも暇つぶしがてら棺に不具合がないか確認する。

 昼間、私を守る大事な道具だ。 カスが不穏な考えを持ったとしても、並大抵のことではこの重厚な棺は壊せまい。

 一通りの確認を終え、異常がないことを確かめ終えるとちょうどカスが私の部屋へ押し入るように入ってきた。

 

「てめぇ! 何で宿代が俺のツケになってんだ! 自分で払いやがれ、こっちはこっちで切り詰めてるってのによぉ」

 

「貴方、何を言っているの? 私をこんな辺鄙な田舎に連れてきたというのに、当然の償いでしょう? それとも、私が自由に行動してもいいと?」

 

「こ、この下衆野郎! チッ、貸しにしておくからな!」

 

 入ってきた時と同様に乱暴に出ていく野蛮人には呆れ果てたものだ。

 しかし、あのまま駄々をこねれば私が自由に行動できる言い訳が立つというのに残念だ。 それを察して『貸し』などと言ったのだろうが、誰が返すものか。 そもそも下僕が主人に奉仕するのは当然のことではないか。

 

 鼻を小さく鳴らし、このまま無意味に起きていても暇な為、私は眠ることによって時間を潰すことにした。

 この先、どう動くかを静かに考えながら。

 

 

 

 

 翌日、昼間の間は少し蒸し暑くなってきた棺の中を体を凍らせることで冷やし、快適に過ごしていると誰かが棺を叩く音が聞こえる。

 吸血鬼の目は暗闇の中といえど昼間のように明るく見ることが出来る為、手探りで懐中時計を手に取り、今は太陽が沈んだ直後であろう時間を示していることを確認した。

 

 ならば問題はあるまいと棺を開けると、あのカスが渋い表情で佇んでいた。

 

「今から砂漠へ石油を掘りにいく、てめぇもついてきな。 目を離したら碌なことにならねえからな」

 

「あら、そうなの? それならもう準備ができておりますわ。 さ、参りましょう」

 

「みょ、妙に聞き分けが良いじゃねぇか。 だが、それが逆に俺の疑心を駆り立てるッ! てめえ、何考えてやがる!?」

 

 このカスはなぜ自分の心境を解説しているのだろうか? 黙っていればいいだろうに。

 砂漠など行きたくもないが、万が一石油が見つかった際には独り占めしよう。 ……ま、石油など早々に見つかるまい、私の目的はこのカスを砂漠で始末……いや、不幸な事故が起きるのを見る為についていくのだ。

 

「エリナから一緒にいるようにとの約束もあることですし、私も世話になってばかりでは申し訳ないと……貴様、なぜ武器を構える」

 

 カスが手に持つ大型のシャベルを構え、異常なまでに冷や汗を流しながら後ずさっている。

 老若男女問わず魅了する私の微笑みを受けているというのに、怯えるとはどういう了見だ。

 

 私が置いていくのか、ついてこさせるのかと問うと先に行けと命じてくる。 この私に命令するとは良い度胸だと、その顎を砕いてやりたい衝動に駆られるがここは我慢して先に行こう。

 

 棺を担ぎ、外へと出ると荷物を乗せた馬2頭が待っていた。 それ以外は人影すら見えない、まさか2人で採掘などと戯けたことを――。

 

「それじゃあ向かうぜ。 採掘の権利書に有り金をほとんどつぎ込んだからな、最低限の荷物と馬しか乗せてねえぞ」

 

 この男には計画という言葉が無いのだろうか。 

 馬鹿な子ほど可愛い。 誰が言った言葉だったか、本当に可愛がりたいものだ。

 それはもう四肢をもぎ取り、耳と鼻を削ぎ落し、目をくり抜いて磔にした後にミイラにしてやりたい程にだ。

 

 一見して荷物を乗せている馬は貧弱そうに見える。 これでは棺を乗せる以前に引き摺ることもできまい。

 棺を置いていけば私一人なら乗れそうだが、遮蔽物が少ない砂漠では太陽が照りつける昼間の間、命取りになる。

 仕方なしに棺を背負い、歩きだした馬とカスの後を追う。

 棺の安全性は証明されているが万が一、破壊されるなどして使えなくなった時には土の中に逃れればいい。 ……荷物の中に爆薬らしきものは見当たらない為、まず不可能だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒸し暑い昼間は私が動けないこともあって休み、夜間に移動を繰り返していた。

 途中にある水場で水を補給すると共に簡易テントを張って太陽の日差しを遮り、小さな集落に立ち寄っては食糧等の荷物を補給した……とのことだ。 私はというと棺の中で暑い昼間は体を凍らせて快適に睡眠をとり、同時に食事や水を摂取しなくとも吸血鬼の体ならば平気であるため移動以外は棺の中で横になり続けていた。

 

 そうして5日程かけ、原住民達の案内の元に目的地である双子山がある場所へ到着した。 すぐさま作業にかかるのかと思えば馬から荷物を降ろし、案内役の者に馬を預ける。 馬は最後に寄った町で世話を頼むために預けるのだという。

 

 砂漠と聞いて、私はあのサラサラの砂ばかりが広がる場所だと思っていたが疎らながら植物が生え、乾燥している為に地面がひび割れている所もあるが土と呼べる大地が広がっていた。

 

「ここか……さてと、覚悟決めて気合い入れて掘らねえとな。 おい、てめえも手伝え」

 

「あら、女性に力仕事を任せるだなんて酷い方だわ。 言っておくけど、手伝う気なんてサラサラ無いから」

 

 そう言い残し、棺の横に寝そべると手元にある本を読む。

 横でカスが喚いているが、しばらく無視を続けると諦めたのか地面を掘りだした。

 

 そもそもこんな砂漠のど真ん中で、一人で石油を掘ろうなどと馬鹿げている。 愚かな行為と分かっていて行う賢者はいまい、そう私は隣で穴を掘り続ける愚者を嘲笑いながら読書を続ける。

 今は素直に掘らせてやろう、明日から始めよう。 ―――嫌がらせを。

 

 

 

 

 翌日の夜、懐中時計で時間を確認した私が棺を開けると意外と深くまで掘り進めたカスの姿が見える。

 私の姿に気がついたカスが何か言いかけているが、どうでもいい。 穴の隣にある荷物を開け、何本か水を入れた瓶を取り出して全て蓋を開ける。

 

「水ッ! 飲まずにはいられないッ!」

 

「あぁ? て、てめぇッ! 貴重な水を何をそんなに一気飲みしてやがる!」

 

「きゃー、危ないわ―。 突然飛び出してくるものだからー、偶然蓋が空いていた瓶が倒れて水が流れていくー」

 

 両手に持つ瓶の水を浴びるように飲んでいると、慌てて飛び出してきたカスに私が驚き、逃げるように移動すると『偶然』瓶を何本も倒してしまう。

 干からびた大地に瞬く間に吸収されていく水を止める為、必死に再び瓶を立たせているカスを尻目に両手に持つ瓶の中身を飲み干す。

 全く、生温い水だ。 もう少し冷やせないのかこれは。

 

「す、数日分を一気に……覚悟は出来ているんだろうな。 うおっ!?」

 

 何か喚いているカスが煩わしいので、黙らせる意味でも頭目掛けて瓶を投げつけると間一髪の所で避けられた。

 惜しい、全力で投げたのに外れるとは。 当たり所が悪ければ、楽に死ねたものを。

 

 まだ中身が残っているもう1本の瓶を手に、私は棺の中へと入り蓋を閉め、鍵をかける。

 外からカスの喚き声と棺を壊そうと叩いているのだろうか、少々揺れているが気にせず暗闇の中、読書を続ける。

 退屈な砂漠旅行になるかと思えば、案外楽しいではないか。 とはいえ、その楽しいという感情も『不純』と判断されたのか、瞬く間に抑えられていく。 忌々しい十字架だ、そう舌打ちをしながらも私は次に何をしようかと考えながら読書を続けた。

 

 

 

 

 

 再び翌日の夜、棺を開けて辺りの様子を窺うとカスの体が少し見えなくなる程にまで掘り進めていた。

 無駄な努力を積み重ねるものだ。 私の姿に気がついたカスが慌ててよじ登ろうとしているが気にせず目当ての物を探し始める。

 辺りを見渡しても荷物が見当たらないが甘すぎる。 吸血鬼の嗅覚を持ってすれば、岩影に隠した食糧の位置などすぐ分かるのだ。

 

 カスが穴から這い出る頃には荷物の中身、堅パンと干し肉を奪い取って即座に離れる。

 

「ンンー、この干し肉は余り美味しくないわね。 それに堅パンも良い小麦を使ってないわね」

 

「文句言いながら喰ってんじゃねぇ! 邪魔するのも大概にしやがれ!」

 

 カスの方へ体を向けながら食糧を口に入れ、後ろ走りを行って挑発しながら逃げることなどこの私にとっては……と、思った所で余りに行儀が悪いと感じ、静かに近くにあった平たい岩に腰掛けて食事を続ける。

 

 カスが目前まで迫った時、そのシャベルを私に振り降ろしてくるが鈍すぎる。 軽く叩くように右手でシャベルの柄に触れると見事にへし折れ、宙を舞う。

 

「全く、食事中に襲ってくるなど不作法ね。 私は何も貴方に危害を加えるつもりはないわ、ただ食事が摂りたいと思っただけよ……プククッ」

 

「俺の予備のシャベルが……。 てめえのその笑いで確信したぜ、明らかに悪意を持って俺の邪魔ばかりしてるだろうが! ふざけた事を抜かすんじゃねえ!」

 

 9割方嘘だが、1割は真実だ。

 多少、腹は減っていたし喉も渇いていた。 何より直接的に危害を加えていないではないか。 何が不満、いや理解していないのだろう。 仕方がない、暇つぶしに遊ぶか。

 

「善悪の基準とは人の『価値観』によって決まる。 大抵は大多数の者達が有する価値観が『常識』となって広く浸透するだろう。 だが、そもそも最初に価値観を決め、広めるのは誰か? それは権力、財力、名声、知力、一昔前なら単純な暴力といった力を持つ者が決めるのだ。 その者が人を殺すのを善と言えば周りもそう認める、認めざるを得ない。 えぇ? そうは思わないか……えーと、名前は何だったかな。 カス?」

 

「スピードワゴンだ! つまり、てめえに従えと? 死んでも御免だねッ! てめえの分は別で用意する、それで満足できねぇなら自分で集落にでも行って買え!」

 

 捨て台詞を吐き、大股に穴へと戻っていくカス。

 ふむ、反抗する意思はあるが状況を理解できないほど馬鹿ではないか。

 あのまま攻撃してくれれば正当防衛として処理できたというのに、残念でならない。

 

 まぁいい、じっくりと無駄な努力というものを拝見させて貰おう。 もちろん、しっかりと邪魔……いや、偶然の事故が起きるのもな。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の砂漠の夜にて。

 

「突然ですが、地面を思いっきり殴りたくなりましたわ! てい♪」

 

「ウオオオオッ!? 地滑りが……って、またてめえか! 今のは間違いなく殺す気でやっただろ!」

 

 かなり深くまで掘った所を見計らい、ついつい穴の傍の地面を思いっきり殴りたい衝動に駆られただけだというのに何を怒っているのか。

 結果として地面が罅割れ、穴の方へ流れるように土が崩れたのは仕方がないことだろうに。

 

 

 

 

 

 またある日の砂漠にて。

 

 私が妙に重く感じる棺を開けると、大量の砂が流れ込んできた。

 どうやら昼間の間に土の中に埋められたらしい。 これは礼をしっかり返さねばと地表へ出ると真っ先にカスの首根っこを掴み、私が埋められた穴へと放り込んだ。

 

 暴れるカスが煩わしいので、頭だけ出させて首から下は全て地面に埋める。

 後は慈悲の心で干からびないように頭から水をかけてやる。 決して、長く苦しめという思いが込められている訳ではない。

 

「だから貴重な水を無駄に使うなって言ってるだろうが! おい、出せ! 無視してんじゃねぇ!」

 

 このまま灼熱の太陽が照りつける昼間の間、ずっと穴の中に埋まっていることを期待して私は棺の中へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 町を出発してから半月程が経った。

 今だに干物になったカスを見れないのは残念だが、夜通し掘り続けるカスを見続けるのも妨害するもの飽きた私は何をするでもなく、棺の中で横たわっていた。

 

 そういえば昼間の内に荷物を補充したのか水や食料が増えてはいるものの、昼間も活動している為かカスの顔色が大分酷いものになっている。

 このままいけば倒れるのも時間の問題だろう。 思わず笑みが零れるが、疑問も残る。

 どうして、あそこまで必死に掘り続けるのだろうか。 一人で石油を採掘するなど不可能、資金と人手が必要だと馬鹿でも分かるだろう。

 底無しのマヌケ……と、いう訳でもあるまい。 いや、カスの思考を理解するなど賢人の私には到底不可能なことなのだろう。

 

 視界に映る、夜空に輝く美しい星々を何気なく見つめる。

 夜空は暗闇のキャンパスに光輝く宝石を散りばめた芸術作品だ。 と、誰かが評していたなと思い出しつつ、静かに目を閉じた。

 

 退屈とは人生においては敵以外の何物でもない。 持ってきた書物も読み終えた為、明日から暇つぶしになりそうなものを探しに集落にでも出向くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時間眠っていたのだろう、不意に私は誰かに起こされたかのように目が覚めた。

 棺の中、私以外誰もいないはずだというのにそんな感覚を覚えたのだ。

 妙な胸騒ぎもするため、時間を確認すると昼間を少し過ぎた辺り。 まだ太陽は真上で照りつけているだろう。

 

 されど再び眠るというのも違和感の正体が気になって余り寝付けない。

 そこで手を動かし、棺の側面部分にある小さなネジのようなものを回していく。 昼間の間、外の様子を音だけでも知る為に備え付けたものだが今になって使うことになるとは。

 

 あまり効果は期待できないが、日光が差し込むのを恐れて極端に小さな穴だが問題はない。 この身は吸血鬼、人の物差しで測れる存在ではないのだ。

 耳を澄ませると、カスが誰かと話している声が聞こえる。 こんな砂漠のど真ん中で、どんな物好きがここへ来たのか。 いや、もしかたら盗賊かもしれない。 それなら好都合だ、ついでにカスの命まで奪ってしまえ。

 

「あんたらの気持ちも分かるが、こっちも事情があるんだ。 手は出さないでくれ」

 

「スピードワゴンさん、これは一族が決めた決定事項。 部外者の貴方は引っ込んでいてください、貴方も吸血鬼を良くは思っていないでしょうに」

 

 ……。

 

 私の頭の中で最悪の事態を想像してしまった。

 吸血鬼、一族といった単語から波紋使いの連中の可能性が非常に高い。

 夜ならば敵ではないが、今は昼間だ。 分が悪いというレベルではない、外へ出れば問答無用で死ぬのだから。

 とはいえ、私の内心は少し焦る程度でそこまで重大じゃない。

 この棺を壊すのは至難の技であろうし、棺の中まで波紋を伝わらせても体を凍らせれば問題はない。

 万が一、壊された場合だがその時は急いで土の中へ潜り、逃げ込めば傷は負うが死にはしないだろう。

 棺の中でバランスを取り、背中の一部分だけを支えにして後は全て宙に浮かせる。 波紋が伝わる面積を最小限に抑え、これで連続して凍らせても余分な体力を使わなくて済む。

 

「ああ、憎いと表現していいほどに忌々しい奴さ。 だがな、俺はエリナさんと約束したんだ。 ここで見て見ぬフリをして始末したら俺はエリナさんにも、あの人にも顔向けできねぇ! もしも手を出すってんならこのスピードワゴンが相手になるぜッ!」

 

「仕方がありませんな。 所詮、貴方は一般人。 我々のように修行を積み重ねた者ウプッ。  す、砂をッ!?」

 

「俺だって勇敢な波紋の戦士達に同行したんだ、あんたらのやり口は分かってらぁ! 卑怯かもしれねぇが、呼吸と目を砂で潰させてもらうぜ、ウリャァ!」

 

 外から喧騒と派手に誰かが争う音が聞こえる。

 まさか、あのカスが私に手助けをするなど誰が想像できようか。 何の役にも立たないカスと思っていたが、案外役立つではないか。

 

 私の為ではないのが多大な評価に繋がらないが、約束をそこまで守る義理堅い人物ということで少しは評価を改めてやろう。

 正直、私はいざとなれば約束などというくだらない取り決めなどすぐにでも破棄するつもりであった。 私と同じ部類の人間に見えたが、見込み違いというやつか。

 

 私は空けた穴を塞ぎ、懐中時計を確認しながら夜になるのを待った。

 あのカスの本心を暴き、どのような人物か見定めねばなるまい。

 

 

 もしかしたら……それはないと思うが、ジョジョやエリナのように私の理解が及ばない人物という可能性も浮かんだものの、首を振って否定する。 彼らと比べること自体がおこがましいという奴だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が訪れた時間なのを確認し、蓋を開けてもはや大穴と化した場所へと近づく。

 底の方を覗くとカスが醜く腫れた顔で一心不乱に掘り続けていた。 まだ掘るのか、こいつは。

 

「あらあら、元の醜い顔が更に醜くなってるわ。 盗賊にでも襲われたのかしら?」

 

「……邪魔すんな、てめぇとは話したくもねぇ」

 

 こちらを睨みつけて再び掘りだすカスの姿に気分が萎える。 少しは褒めてやろうと思ったが止めておこう。 

 恩を着せる意味でも私に話しておくのが得だということが分からんのか。 と、蔑んだ視線を向けているというのに反応もせず、木箱に掘った土を詰め込むとロープを伝って地表へ登り、更にロープで結んだ木箱を引き上げる。

 

 掘りだした土を直接地表へ出せないために行う方法なのは分かるが、もはや一人で行う作業ではないだろう。

 この作業1回でもかなりの体力を消耗するのは目に見えている。 だが、この男は昼間も延々とやっていたのだろうか、顔色がもはや土気色になりつつある。

 

 一体何がこの男をここまで駆り立てるのかと、私の好奇心が疼きだす。

 

「そこまで必死になるのは大金を得る為? それともジョジョに義理立てする為にしているのかしら? ……あ、それかエリナ自身が目的でなくて? 未亡人の今が狙い目と……ククッ」

 

「……ぁ?」

 

 私の言葉を次々と無視し、淡々と採掘作業をこなすカスに苛立ち、怒らせる目的も含めて最後の質問を投げかけると小さく声を洩らし、振り返った。

 余りにも冷たい瞳が私を捉える。 纏う雰囲気が敵意一色に染まっているというのに、表情は怒りに染まらず目に籠り続けている。 

 異様な雰囲気に思わず私が後退りしそうになるのを堪え、優雅に微笑を浮かべながら視線を交わす。 こんなみっともない姿のカスに私が臆するものかと。

 

「……俺の生まれはロンドンの貧民街の中でも最悪の所でよ。 悪事を行わなきゃ生き残ることすらできない場所だ、俺はそれを仕方がないことだと受け入れたんだ」

 

 私から視線を外したかと思えば大穴へ木箱をゆっくりと降ろし、作業を続けながら淡々とした口調で何かを語り始めた。

 

「余所の町への移住も考えたが、何もしていないガキの俺でもそこの出身だと分かると掌返しが凄まじいの何の。 誰もが棒とか持って袋叩きにして追い返してよ。 人間のクズだの、カスだの、生まれついての悪だと言われたもんさ。 ガキ一人を傷めつけといて何言ってやがるんだか」

 

 

 傍にあった石へ座り込み、耳を傾ける。 その言葉の重みは体験した本人でしか出せないものだろう。 真偽の判断はそれで十分だ、ならば少しは聞く態度というものを見せるべきだろう。

 

「気がつけば、俺は悪人共の親玉さ。 周りも異常な悪人ばかりで、化物の親玉とも呼ばれたことがあったが俺自身もそう思ったよ。 あの人と会うまではな」

 

 私が耳を傾けていることに気がついたのか、鋭い視線のままだが作業を止め、こちらへと向き直る。 その手が震えているのは怒りからか、それとも別の感情か。

 

「ジョナサン・ジョースター。 あの人は、俺を初めて『真っ当な一人の人間』として見てくれたんだ。 そりゃ嬉しいもんだぜ、今まで人間扱いされたことがなかったからな。 対等な、一人の人間として扱ってくれるのがここまで心を充実させる、実感できる喜びってやつを教えてくれた」

 

 子供のように無邪気な、屈託のない笑顔を浮かべる男がまるで友人と話すかのように私に物語を聞かせる。

 ジョジョと出会い、後を追えばジョジョとディオの決闘に出くわし、エリナの病院での献身的な介護を目撃し、吸血鬼になったディオが生きているという話を聞けば凄まじい修行にすら堪えるジョジョに更に感銘を受け、どこまでもついていこうと決めたという。

 

 話は続き、ツェペリという男の生き様、そしてその最後の時まで他者を想って託した最後の姿、ゾンビと化しても人の心を捨てずに立ち塞がるメアリー、そして屋敷内での決着を経て人間の素晴らしさ、誇りを学ばせて貰ったと言う。

 

 ここまで話せば、最後を知っている私には男の次の対応は見なくても想像がつく。

 事実、先程まで楽しく話していた男の顔が段々と暗く、怒りに染まっていく。

 

「あんな素晴らしい人を、身を挺してまで人の為に尽くし、勇気を奮い立たせたツェペリさんを! 苦難を乗り越え、やっとの思いで幸福になる権利を得たジョースターさん達が死んで、なんでてめぇが生きてるんだッ!!」

 

 黙れ、その喧しい口を閉じろ。

 

 そう言葉を発しようと、口を開こうにも男の顔を見て言葉は失われた。

 感極まったとでも言うのだろうか、大粒の涙を止め処なく流す無様な男を見るに堪えず、視線を逸らす。

 余りにもみっともない。 見ることすら不快に感じる。

 

 視界には男の手が映っている。 その拳は爪が喰い込む程に強く握られ、血が滴り落ちていた。

 

「だが、俺にはもっと許せねえことがある! ……ただの俺の醜い嫉妬かもしれねぇ。 俺はジョースタさんを信用しているし、信用されていると実感できた。 俺はその信用に救われたさ。 だがな、この世には『救われてはならない悪』があると俺は考えるぜ。 どうして、どうしてジョースターさんはお前なんかを『信用』したんだ? 嘘だと思いてぇ、嘘ならどんだけ楽かッ! てめぇのどこに信用できる所があるってんだッ! 言ってみやがれ、ティア・ブランド――――ッ!」

 

 知ったことか、私が聞きたいぐらいだ。

 

 再び言葉を発しようにも、口が動かない。 言葉が出ない。

 私が視線を逸らしていると、男が大きな咳をし、咽び泣きながら蹲った。

 余りにみっともない姿だ、見るに値しない。 

 

 視界の端で震える無様な男。 ……いや、余りに長く震え続けている。 不思議に思い、視線を戻すと異常な程に震え、いやこれは痙攣を起こしている。

 気づけば体が自然に動き、男の首元へと手を当てていた。

 体が火のように熱い、間違いなくこれは熱中症。 それも重度の熱痙攣を起こしている。

 大学で医学を専攻していた私が知識から当て嵌め、細かに診断していると男が私の手を振り払った。

 

「は、離せ、クソ野郎が。 ほ、掘らねえと」

 

「……は? 馬鹿か貴様は。 明らかに重度の熱中症。 安静にしていても下手をすれば死ぬレベルだぞ、それでも掘るなどと」

 

「うる、せぇッ! 後悔、したくねぇんだ。 邪魔、すんじゃねぇ!」

 

 言葉が途切れ途切れになるほど、意識が朦朧としているのだろう。 無理に立ちあがろうとして、よろけているのが何よりの証拠だ。

 何をそんなに死に急いでいるのかは知らんが、死にたいのなら勝手に死ねばいい。 見れば身体中が泥塗れ、手はロープを引っ張る際の擦り傷や強くシャベルなどをもったせいかタコまで出来ている。

 ここまでみっともない奴など、もはや相手すらしていられない。

 よろよろとロープを伝って穴へと潜っていく男の姿を最後に、私は棺の中へ潜り込む。

 

 

 

 

 

 何と情けなく、みっともない姿であろうか。 本当に見ていられない。

 

 今思えば、そいつは『真の幸福を知る事』すら逃げていたのではないだろうか。

 ジョースター卿もそうだ、燃え盛る屋敷でのディオもそうだ、屋敷で身を挺したメアリーを、船でのジョジョを……私には『助けられる力』があったのではないか? だというのに、助けられなかったのは自分の非ではなく、他人の非にする奴だ。

 

 もしそうであれば何と滑稽で、みっともない奴なのだろうか。

 幸福を目の前にすれば逃げ、幸福が出向いてくるのを待つだけの受身の対応者だ。

 自身で動かずして、どうして幸福が得られるのだろうか。

 

 その者が求める答えは、間近にあるのかもしれない。 違うという可能性も高いだろう。 だが、確かめることすらせずに拒否するとは何と軟弱で、卑怯者で、愚かなのだろう。

 

 

 私はそのみっともない奴に問おう。  今回も見逃すのかと。

 

 

 




 ……あんまり地中深くまで掘ると側面の壁が崩れて落盤とか起こりそうとかリアルに考えてたけど、更に長くなりそうだから省いていいかな。

 予定してた話の流れが変になってきたかも、妙に長くなってるし終わり方も変更になりそうだしで。。。

 あ、それと1~2部の間の話は石油関連の話だけにすることに決めました。
 他にも書けそうな話はあるものの、時間が空いた時にでも書いて間に挟めば良いやーとも思いましたので。

 いや、決してその、2部の話は書いたら楽しそうだなーという誘惑に駆られたとか、いっそのこと石油の話を削除して先の話を書こうとか思ったりは……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2部:天敵
プロローグ


  PCの故障が直って続きを書こうかなーと始めたものの石油の話をすっかり忘れてまして、更に再び考えようにも全く思いつかない……。
 波紋勢との出来るだけ違和感のない和解の流れはおおまかに思いついたものの、SPWさんの見せ場、ティアの違和感のない心境もろもろ考えていると頭がこんがらがって結果、更新が停滞していました。

 それなら、気分転換も兼ねて前々から考えていた2部の話の流れだけパーッとやって思いついて書き終えたら間に入れるということにしました。 変な話の流れで申し訳ない。


 夜空に輝く金色の月が柔らかく地表を照らす中、闇夜の静寂を打ち消すかのようにけたたましい船の汽笛が辺りに鳴り響き、目的地への到着が間近であることを知らせる。

 私はこのとても快適な旅客船での船旅が終わるのかと、船のデッキから暗い海を見下ろし、溜息を吐いた。

 

 

 切欠となるジョナサン・ジョースターの死から49年の歳月が流れた。

 50年近い月日は時の移り変わりを如実に表す。 幼い子供は既に次の子供を生み、その生まれた赤子も逞しい大人へと成長し、そして麗しい美貌を持つ淑女は皺のある老人へと姿を変える程の年月だ。

 

 

 そう。 50年近い月日は人も、町並みも、環境すら変える。

 

 だが、吸血鬼である私は何も変わらない。 少女のように瑞々しい肌も、幼い頃からの端正な顔も、その姿形を一切変えることのない人形のように私の時は止まっている。

 以前の私ならば、その事に素直に喜びを見出していただろう。 永遠の若さ、吸血鬼としての圧倒的な力、何を不満に思うことがあるのだろうかと。

 

 しかし、50年の月日は私にある事実を認識させるのに十分だった。 それこそが私の一番の心残りであり、迷いでもある。

 

「……結局、ディオは私の目の前に現われてくれないのね」

 

 我が弟、ディオ・ブランドー。

 ディオがもし生きているのならば、今頃世界のどこかで異変が起きるか私に接触を図るはずだ。 それがここ50年の間、いや10年も過ぎた頃になっても現れないことから既に分かっていたことだ。

 

 第一次世界大戦。

 そう呼ばれる世界に戦争の嵐が吹き荒れた時代を私は過ごした。

 何も戦争に駆り出されただとかそんな訳ではないが、私はこれをディオが起こしたものかもしれないと期待していた。 

 だが、時を置いて我が祖国イギリスも戦争に参加することとなり、ディオを探しに各地へ出向こうとした私は足止めを喰らうこととなった。

 

 いや、こんな言い方では失礼だろう。 私が心を許し、今では長い時を経て信頼出来ると言葉にする事ができる友人を守る為にも私は残る必要があったからだ。

 

「ふー、貴方って一人になるといつも妙に思慮深くなるというか、寂しげな表情をするものね。 憂鬱な気分になるのなら、一人で行動しなければいいのに」

 

 いつのまに客室から船のデッキに上がってきたのだろうか。

 周りに注意がいかないほど、少し考え込んでいたようだ。  口元に薄く笑みを浮かべ、母と弟に次いで最愛とも呼べる女性の声の元へと振り返った。

 

「そうね。 貴方が、エリナが傍にいてくれれば私も寂しい思いをしなくて済むわ」

 

「普通は私のような皺くちゃの老人が言う言葉なのだけれど……まぁ、貴方も良い年だものね。 ふふふ」

 

 当初は仇ともいえる私に対して冷たい態度を貫いていたエリナ。

 だが波長が合うとでも言うべきだろうか。 しつこく追ってきた波紋勢とも交渉の末に和解を得て悠々とイギリスへ帰国した私は自然にエリナと共に過ごす時間が増えた。 ……いや、今思えば私が積極的に、犬が尻尾を振って誰かれ構わず懐くようにエリナに接触していたような気がする。

 

 元々、面倒見の良い性格をしていたのだろう。 構え構えと積極的にアピールする私に対して溜息を吐きながらも渋々応対していたような……。

 

 そこで私は思考を打ち切った。 今が良好なのだから別に構わないだろう。 思い出は美化されるものだと聞いたことがある気がするが、私のはそんなことは無いはずだ。

 そう誤魔化すように、年を経たというのに少女のように無邪気さを醸し出すエリナの頬へ手を添える。

 年を刻む、皺を私は心の底から愛おしいと思う。 この女性は外見上は衰えたように見えるが中身は年を経る事に輝きを増すかのように、私の心を掴んで止まない。 まるで時を経ても尚、人を魅了する輝きを放つ至極の宝石を目の前にしたかのように。

 

「何を言うのかしら、貴方は老いて益々美しくなったわ。 そう、人として私が尊敬し、人としてかくも美しい生き方をする人物を私は他には知らない」

 

「はぁ、貴方って歯の浮くようなことをいつも言うようだけれど、そんな真剣な瞳で言うものだから対応に困るわ。 悪い気はしないけれど」

 

 クスクスと笑うエリナと談笑していると、遮るかのように汽笛が再び鳴らされる。

 楽しい時間を邪魔された私が思わず眉を顰めていると、ふてくされた子供を宥めるかのように私の手を引いて荷物を纏める為にも客室へと連れていかれる。

 

「さ、力持ちさんには引っ越し用の荷物が大量にあるから頑張って貰わないと。 ジョセフも先に待っていることですしね」

 

「良い倹約家なのは分かるのだけれど、仮にも良家の娘なのだから使用人の一人ぐらい雇いなさいよ。 ……別に貴方の頼みなら断らないけれど、あのガキも一緒に来るのは気に喰わないわね」

 

 イギリスから出発した船の終着点。

 それは48年前にスピードワゴンと共に砂漠の石油発掘に乗り出し、童話のように見事石油を掘り当てて大金を得た大陸。

 アメリカへ今度はエリナ達の引っ越し先となった為に訪れたのだ。

 

 石油の話は今でも思い出すと腹が立つことに変わりはないが、引っ越しは別に構わない。

 エリナと2人っきりなら何の問題もない。 むしろ歓迎する所だ、あの糞ガキがいなければの話だが。

 

 

 

 

 

 

 

「エリナばあちゃん! やっとこっちに来てくれたのねん……って、一人面倒なのがついてきてるけどなぁー、髪にくっついたしつこいガムみてぇによぉー」

 

 私が大量の荷物をあらかたホテルの一室に運び込み、新しく自宅となる広々とした室内を満足気に見ていると唐突に室内の扉が開かれ、バカ面丸出しの笑顔を浮かべた男が入ってきた。

 

 名をジョセフ・ジョースター。

 

 エリナとジョナサンの孫である。

 驚いたのは石油を発掘した後に帰国した後のことだ。 何と、エリナがジョナサンの子供を身篭っていたのだ。

 私としては複雑な気分だったが、無事に出産した後にその子供が成長して大人になり結婚して生まれたのがジョセフだ。

 エリナの子供、ジョセフの両親に関してだが唐突な事故でこの世を去った。 ……表向きはそう周りに伝えられ、ジョセフにもそう伝えられている。 この件に関しては私としては触れたくない事案の為に早々に頭から考えを消した。

 

 

 そして、だ。 肝心なのはジョナサンの紳士としての素質を全く受け継いでいないかのような軽薄そうな男ジョセフ。 この男に対してだが、私は嫌いだ。 もう赤ん坊の頃から大嫌いだ。 それこそ男ということも相まって目の前から消し去ってやりたい程にだ。 相手も同じ考えだろう。

 

 と、いうわけでだ。 エリナに窓の外へと視線を誘導させ、おもむろに指から血管針を伸ばすと体内の筋肉を振動させて沸騰血を作りだし、手についた水を払うようにジョセフへと向けて弾いた。

 

「ギャ―――ッあっちぃ!? てめぇティア、頭パープリンなのかぁ? 室内でそれ使うの反則だろうが!」

 

「反則ぅ? はっ、ルールなんて決めた覚えはないし、無礼な口を叩く小僧の躾けの為に行ったのよ。 ありがたく受け取りなさい、このマヌケが」

 

「はっはーん、何かプツーンときちゃったもんねぇー。 子供の頃から俺をいじめやがってとことん性根の腐った野郎だ! お仕置きに軽く波紋を流してやるぜ!」

 

「それは貴方が子供の頃にこの私を何度も殺しかけたからでしょうが! 波紋なぞ、この私に効かないことは猿でも理解できるというのに、哀れというほかないわね」

 

 軽く鼻で嘲笑うと激昂しているのか、ジョセフが両手で握り拳を作るとポキポキと骨を鳴らして構えをとる。

 

 私も大人気ないと思ったこともなくはないが、それを差し引いてもこの糞ガキには腸が煮え繰り返る。

 まだ幼少期の頃はこんな乱暴な言葉は使わず、素直で良い子……だったかもしれない。

 

 険悪な関係になる切欠となったのはそう、最初は赤ん坊の頃だ。 首がすわり、キョロキョロと辺りを見渡す可愛らしい仕草に男といえど私は非常に好感が持てた。 微笑ましそうに見つめていると、エリナに抱いてみるように促され、素直に応じて優しく抱き上げてあやしていたものだ。

 

 ここまではいい、エリナが言うには抱いているとぽかぽかと手が温まる不思議な子だと良く聞かされたものだ。 私の手からもそう、酷い熱と痛みを感じたと思えば抱えている腕から煙が噴き出たのだ。

 思わず無様な悲鳴をあげながら赤ん坊を放り投げ、急いで腕を凍らせて難を逃れた。

 

 私はこの煙と火傷を知っている。 憎たらしい波紋以外の何者でもない。

 そう、ジョセフ・ジョースターは生まれつき波紋の呼吸を会得している波紋使いだとこの時皆が理解した。

 私にとって天敵この上ないことだ。 無意識の内とはいえ、たまに波紋の呼吸をするのだから抱けるはずもない、更に追い打ちをかけるかのように私に対する心配の声よりも、放り投げた赤ん坊をキャッチしたスピードワゴンとエリナからこっぴどく怒られたのは今でも覚えている。

 

 まだ赤ん坊ということもあり、微弱な波紋のお陰で助かったがこれが強力な波紋なら凍らせることが出来ず、私が死んでいたというのにあんまりだ。

 

 

 その1度だけなら私も寛容であれた。 そう、1度だけならな。

 

『ねえ、僕の波紋っていう不思議な力なんだけどね。 体だけじゃなく地面も伝わることが出来るんだ、ほら!』

 

『へ、へぇ、そうなの。 でも危ないから……足がッ!? 私の足が溶けるぅッ!』

 

 成長し、少年となってからも子供特有の好奇心から波紋に興味を一段と持つようになった。 ついでに威力も一段と……。

 成果を見て欲しかったのだろう、地面に手を当てて波紋を流しこんだ先が私の足にダイレクトに当たり、大火傷を負ったのにはさすがに怒り、沸騰血を軽くばらまいてお仕置きしたのも覚えている。 そしてその後の私に対するエリナのお叱りも。

 

 

 もはや子供のする悪戯というレベルではなく私も厳しく対処するべきだと考えていた。 決して、エリナに理不尽に怒られたことを根に持っている訳ではない。

 そして、私との関係を決定的にする事件が起きた。

 

『ティア。 そんな引き籠りの生活じゃ体に悪いよ、ちゃんと日光を浴びた生活をしなきゃ! ほら、窓の板を外して、カーテンを開けないと』

 

『窓を開けるな小僧ォォォォォッ! 太陽が、太陽がぁぁぁぁッ!?』

 

 いつのまにか私の真っ暗な寝室へと昼間に侵入し、窓に打ちつけていたはずの日光を遮る板を外して室内へ太陽の光を招き入れたのだ。

 これにはさすがの私も思わず汚い言葉と共に慌ててシーツで体を包みこみ、全身を焼かれ死にそうになりながらも影になっている廊下へと逃げ延びた。

 

 その後はさすがの私でも冷静でいられず、心配そうに近寄ってきた糞ガキに猿轡を噛ませ、両手両足をシーツで縛ると日干しになれと窓の外へと放り投げた。

 真夏の暑い日差しの中、多少気分が晴れた私が放置して別の日光が差し込まない寝室にて休んでいると脱水症状になった瀕死のジョセフが見つかったと騒ぎになった。 そしてまたエリナに叱られた、自分の子供が可愛いのは分かるが少しは私の味方をしてくれてもいいだろうに。

 

 そんな事が何度も起こり、私の仕置きも容赦のないものになっていくとジョセフの言葉遣いも態度もどんどん悪くなっていった。 今思えばほんの少し、そう少しだけ私が原因で今のジョセフが出来たのかもしれないが私は悪くない、むしろ被害者だ。

 

 

 

 

 

「何度も殺しかけたって、それは吸血鬼って説明されてなかったからだろうが! 子供心から出た純粋な行為を大人気なく反撃したせいで、僕ちゃんの心にひどーいトラウマが残っちゃったんだぜ、コノヤロウ!」

 

「はっ! 私、吸血鬼なのとか言って信じる程にマヌケだったの? お笑い草としか言いようがないわね。 それにオツムの足りない糞ガキが周りに言いふらす危険もあったのに言える訳ないでしょうが!」

 

「良い加減にしなさい二人とも、みっともないにも程がある!」

 

 唐突に私の後頭部に衝撃が走り、次いで老人とは思えない身のこなしで目の前のジョセフの頭を杖で殴りつけるエリナ。

 少しムッとする所もあるが、私もジョセフも唯一共通する所はエリナに対してだけは弱いということだ。

 

「互いに良い歳になったのだから、喧嘩をいつまでもせずに仲良くしなさい! 返事は?」

 

「あー、エリナおばあちゃん。 俺、エリナばあちゃんの言うことなら何でも聞くつもりだけどさぁ――――」

 

「愛しいエリナの頼みなら、基本的には受け入れるつもりだけれど、何事にも例外はあるものよ――――」

 

 仁王立ちするエリナを余所に、再びこちらを不快な目で睨んでくるジョセフを冷やかに見つめる。

 

「「この糞ガキ(アマ)と仲良くすることなんて、未来永劫ありえないわ(ありえないもんねー)!!」」

 

「はぁ……こんな時にスピードワゴンさんがいてくれれば上手く間に入ってくれるのだけれどね。 お願いだから近所迷惑になる騒音だけは止めて頂戴」

 

 項垂れるエリナの姿に私が少し慌てながらも慰めに入り、横にいたジョセフもふざけた態度で和ませようとし、同じ行動同じ思考だと感じた際に舌打ちをすると目の前の相手もそうなのか舌打ちが聞こえる。

 

 再び、対峙するのも時間の問題だろう。 これだから糞ガキと一緒にいるのは嫌なのだ。 もう独り立ちでも何でもさせればいいものを。

 

 

 

 そうして、新しい生活を始めるアメリカでの初日は散々なものとなった。 これから先、こいつのせいでもっと酷いことになりそうだと私の勘が囁いている。 その時はこいつだけ地獄の穴へ突き落とし、私は高見から見物して嘲笑ってやろう。 全く、その時が楽しみだ。

 





 とりあえず、ジョセフは赤ん坊の頃から波紋使える+ティアに対して実験台的な感じで微強化的な感じのスタートになりました。

 赤ん坊でも波紋使えるのか? って疑問は内心残っているものの、せめて10歳辺りからの方が良かったかもしれない。(飛行機内で初めて使った的な感じだし)




 プロローグは楽に書けたのに、なぜ石油は……。

※:石油関連の話や波紋勢との和解案については次話のSPW財団関連の話で簡潔に書きますねー(話の流れとして)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶報

 住み慣れたイギリスを離れ、新たに住まうこととなったアメリカ・ニューヨーク。

 私が50年程前に訪れていた時とは違い、建物は低い屋根の家屋ではなく見上げなければ頂点が見えぬ程に高いビル、移動の手段も馬車ではなく快適な車に移り変わっており、私に時代の流れを感じさせた。

 

 そんな都会化したニューヨークの町並みをエリナと共に観光し、悠々自適な生活を送ってる最中、その平穏な生活は唐突に自宅に訪れたスーツ姿の男によって破られることとなった。

 胸にはSPW財団の刺繍が入っており、どこに所属している人物か一目で分かる。

 

 そう、石油を発掘し、そこから生まれる莫大な富を持って一代で財団を設立した男、スピードワゴンが作り上げた財団だ。

 

 その姿を見た時、私の頭の中で苦い記憶が蘇る。

 50年前、あの男が熱中症で倒れた際に何気なく、物は試しといった気分で男が掘っていた穴に飛び込み、底の方で微かに臭う異臭を頼りに掘り進むと石油が溢れだしてきたのだ。

 

 ポコポコと黒い気泡を浮かべながら流れ出る黒い水に私は思わず歓喜の声を上げ、素直に喜んだものだ。

 

 ……そこまではいい、そこまでは良かった。 荷物を纏めている際に石油の利権を決める権利書等の書類を見つけ、その全ての利益をスピードワゴンが受け取ることを知ると、即座に私は利益を横取りしてでも得る為に倒れた男を連れて町へと引き返した。 その際に少々いざこざが起こったものの、町にて土地の所有者でもある町長の合意を得る為の『説得』を行ったのだ。

 

 少々乱暴な説得だったかもしれないが、無事に合意を得て優雅な生活が送れると私が夢見ていたというのに……本当に夢で終わるとは思わなかった。

 

 結局の所、立ち寄ると目星をつけていたのか待ち構えていた多数の波紋勢に囲まれ、何とか交渉の末に私が得るはずだった石油の利益を全て波紋勢に譲ること、非道を行わぬよう監視者をつけることを条件に和解へと至ったのだ。

 

 昔の記憶を掘り返すと腸が煮えくり返る思いばかりだ。 あの波紋勢を指揮していた老人の『修行者でもある我らには金など基本的に必要ではないが海外へ遠征するとなると資金がかかってのぉー、誰か資金を提供してくれんかのぉー』といった、あからさますぎる言い回しに屈服する形となったが身の安全の為ならば仕方がない。 

 

 万全の状態ならば、抵抗といった手段も選べたであろうが今現在も続く、私にとって最大の不安要素が障害となった。

 胸元へ視線を移すと、元の鞘に収まったかのように鈍く銀色に輝く十字架が揺れている。

 私の動きを制限する呪いの十字架。 この呪いは私の『悪意』にのみ反応して動きを阻害すると今では理解できたものの、その原因だけは今だに不明だ。

 

 

 静かに目を伏せ、苦い記憶を振り払うと私は現実へと意識を戻した。

 

 今は幸福の時。 苦難を乗り越え、エリナという唯一無二の人物を得て私が求めるべき『幸福』の意味が理解できそうな時、それを乱す一報が耳に入った。

 

 

『メキシコ奥地の河に流れついたスピードワゴンの死体が発見された。 犯人は修行僧として招かれたストレイツォという男。 殺めた場所も動機も一切のことは不明である』

 

 この時、普段の私ならば遺産は誰のものになるのかと喜んで聞いた事だろう。

 

 私の動きを強張らせたのは最後に出された名前、そしてこの凶報を聞いていたエリナの動揺によるものだ。

 

「スピードワゴンのじいさんが死んだだと? その、ストレイツォとかいう修行僧が何でじいさんを」

 

「わ、分かるような気がする。 きっと、50年前の石仮面に纏わること……50年前の出来事が今でも続いているなんて」

 

 当事者ではない、いや50年前の出来事を詳しく知らされていないジョセフには理解できないのだろう。 それを明確に理解できたのはこの場においてエリナ、そしてこの私だけだろう。

 怯え、体を震わすエリナの元へジョセフが駆け寄るが、私は近寄ることは出来ない。

 

 過去に犯した罪からは決して逃れられない。 

 

 誰が言った言葉だったかは思い出せない、ただ私の脳裏にその言葉だけが思い浮かび、私の体はその場から一歩も動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 報せを届けた男は帰らせ、マンションの一室には重い空気が漂っていた。

 50年前の石仮面に纏わる全ての出来事、その詳細をエリナが語り終えると当然の如く、傍にいたジョセフが険しい視線を私に向けてくる。

 

「つまり、だ。 事故で死んだと思っていた俺の祖父を殺したディオとかいう奴の姉がティアで? 吸血鬼になる為の石仮面とやらが原因で今、スピードワゴンの爺さんが殺されたってか? ……誰が元凶かってのは本人が一番分かっているよなぁ、ティア・ブランドー」

 

「……私は、ただ幸福でありたかっただけ。 それさえあれば、私は」

 

「はっ、何を言うかと思えば自分の正当性だけ言うのかよ。 俺はお前が嫌~~な奴だとは思ってたけどよ、エリナ婆ちゃんを怖がらせるのだけは本気で許せねえぜ。」

 

「ち、ちがう、ジョセフ。 私が怯えているのはおまえのことだよ……おまえが巻き込まれていく運命のことが怖いのです。 それと、ティアを責めるのは止めなさい」

 

 腕を強く組み、静かに目を伏せる私に対して侮蔑が籠った言葉を投げかけるジョセフを遮るように、エリナの弱々しい声が響き渡る。

 私は、報せを聞いてからかなりの時間が経ったというのにエリナの顔を見れなかった。

 

 彼女から、憎しみ、侮蔑、悲しみが籠った瞳を見たくなかったからだ。 だというのに、私の名前を呼ぶ声には何の感情も籠っていないように聞こえた。

 

 一体、何を考えているだろうか。

 

「私は50年前に最愛の人を失いました。 ……だけれど、彼女もまた最愛の家族を失った。 その悲しみは私と引けを取らない、そう感じているわ。 だから、私の友人を責めるのは止めてジョセフ」

 

 私の心に染み入るように、柔らかく、温かな声が響き渡る。

 

 ようやく視線を上げた時、老いた彼女の表情は普段と変わりなく、優しげに微笑む顔を私に向けてくれる。

 

 まるで神を崇めるかのように、私は思わずエリナに跪きそうになるのを堪える。

 これは友人に対する所作ではない、そう何とか思いとどまり、私は小さく会釈をするに留めた。 この溢れる感謝の気持ちを精いっぱい込めて。

 

「エリナ婆ちゃんがそう言うなら……だけど怯えないでくれ、俺が必ずまもってやる!」

 

 平静に振る舞うエリナだが、心の底では恐怖しているのだろうか。 微かに震える体を抑えるようにジョセフが抱きしめる姿を最後に私は踵を返した。

 

 この場は祖母と孫、その家族に任せよう。

 

 私は外で少しばかり過ごそう。 そう、害虫を『駆除』する為に。

 私が扉を開けて外へ出ようとすると、後ろから肩を掴む手が動きを止めた。

 

「待った、出て行くんなら吸血鬼に関する情報だけでも置いていくのがせめてもの礼儀って奴じゃない? ティアちゃんよ」

 

「貴方、今の状況が分かってるの? そんなヘラヘラした態度の小僧が吸血鬼に勝てるとでも? 家に引き籠ってなさい」

 

「ふーん、少しは居候の恩って奴は感じてるのかねぇ。 正直、どこか逃げ出すんじゃないかと思ってたんだけど……もしもこれが運命だというなら、俺はありのまま受け入れる『覚悟』がある。 スピードワゴンの爺さんの仇を晴らす意味でもな」

 

 ジョセフ・ジョースター。

 その容姿は祖父であるジョナサン・ジョースターに瓜二つだ。 だが、その軽薄な態度や表情から全く想像がつかなかったが今は実感できる。

 

 ありし日のジョナサンが持っていた決して諦めぬ意思、あらゆる現実を受け入れる覚悟、そして他人を思いやる優しさを秘めた『黄金の精神』の輝きを、目の前のジョセフは受け継ぎ瞳にその輝きを宿していた。

 

「ふふっ、碌でもない子供時代によくエリナがジョセフは『やればできる子』って言ってたけど、その通りかもしれないわね」

 

 私が思わず漏らした言葉にジョセフが眉を顰める姿に苦笑しつつ、私自身の弱点を晒すことにもなるが吸血鬼が使う技、弱点、身体能力の詳細等を細かく教えた。

 人間と吸血鬼、その力の差を明確に教えているというのにジョセフの瞳からは恐怖が微塵も感じられない。 むしろ、どう対処するかと思案に耽っていることから少しばかり頼もしささえ感じる。

 

「なぁティア。 一つ聞くがエリナ婆ちゃんがストレイツォに襲われてる所を見かけたら助けるか?」

 

「いきなり何を話すのかと思えば、そんな話? 私は私自身が一番大事。 だけれど、私の親愛なる友人に危害を加える害虫は必ず『駆除』する」

 

「へー、その害虫ってのがさ、もしも弟のディオなら……?」

 

 ピクリ、とジョセフが発した言葉に体が反応する。

 自然と誘導されるように、あのディオがエリナの前に立ち塞がる場面を想像し、私から発せられる威圧感にも似た殺気が辺りに充満する。

 私の視線が幾許か厳しくなると共に、不穏なことを言うジョセフを軽く睨みつけると、普段と変わらぬ軽薄そうな態度でひらひらと手を振った。

 

「おーおー、怖い顔しちゃって美人が台無しになっちまうぜティアちゃんよ。 ほれスマイル、スマーイル。 ま、その様子だと任せられそうだな。 家の守りはティアに任せるぜ、外の害虫は俺がきちっとやっつけるからよ」

 

 

 拳を片手で丸めてポキポキと指の骨を鳴らしながら、外へ向かおうとするジョセフに思わず溜息が洩れてしまいそうになる。

 

「次にお前は『ふー、貴方馬鹿なの? そのニヤついたバカ面の小僧に倒せるはずがないわ』……という!」

 

「ふー、貴方馬鹿なの? そのニヤついたバカ面の小僧に倒せるは……はっ!?」

 

「へへーん、腕力だけで勝負する怪力馬鹿は俺の相手じゃないぜ。 俺はこの頭と策でしっかり倒す準備を整えるからな。 正直、俺はお前に頼るのは嫌だが、それでも戦いの経験って奴はどうしようもねえ。 俺はともかくエリナ婆ちゃんを頼むぜ、ティア」

 

 侮っていた小僧に思考を先読みされるという事実に私が恥辱に震えていると、その間にも颯爽と外へと駆けだすジョセフ。

 

 ストレイツォ。 50年前に一度対峙したことがあるがあの男は内に秘めた感情を隠し、表に出さぬ性質の男だ。

 私が波紋勢と和解した時も、『吸血鬼と和解などありえない』と叫ぶ若い波紋使い達が多くいた。 その中にはストレイツォも静かに反対し、私に敵意が籠った瞳を良く向けていた。 後はダ、ダルマー? そんな感じの名の男も反対していたような気がするがどうでもいいことだろう。

 

 問題なのは奴が今、どうして50年を経た今になってこのような蛮行に及んだかということだ。

 その理由を私は予想できた。

 

 師の仇討ち。

 

 50年前、ストレイツォにとって師であるトンペティという老人を殺めた過去が私にはある。 もしも、それが発端となって今回の蛮行を働いたのであれば元凶は私ということになる。 

 

 しかし、だ。 それならばなぜ50年過ぎた今なのだろうか? 波紋を封じる手が私にあるとはいえ、波紋が有効なのは間違いない。 そのことだけが妙に不可解な点だ。

 

 ならば、別の理由。 発端はやはり石仮面なのだろうか? 奴が石仮面を手に入れ、望むことは―――。

 

 

「ティア、そこにいるの? ジョセフはどこへ向かったのかしら?」

 

 隣の部屋から孫が戻ってこないのを心配したのか、薄く開かれた扉の先には憔悴した様子のエリナが佇んでいた。

 すぐさま考え事を止めると傍にあった椅子へ腰掛けさせ、その年季を感じさせる皺になった温かな手を両手で優しく包み込む。

 

「大丈夫、貴方は何も心配しなくていい。 ジョセフと共にここにいてくれればいいわ、それで全てが終わるから」

 

 優しげに語りかけるも、彼女の顔色は優れない。 そこに一抹の寂しさを感じつつも彼女の心を癒す人物、家族であるジョセフを連れ戻そうと断りを入れ、立ち去ろうとすると今度は彼女の方が私の手を離さなかった。

 

「私は、また家族を失うかもしれないと恐ろしいの。 ジョセフも勿論、スピードワゴンさんも私は家族だと感じていた。 ティア、私は貴方も私の―――」

 

「エリナ、この際ハッキリ言いましょうか。 私は私自身が大事、次いで大事にするのは私の家族であるディオのみ。 ……だからこそ、その先は言わないで欲しい」

 

 冷たい口調で、突き放すように淡々と言っているというのに彼女の温かな手は私を離さない。 まるで、何もかも見通しているかのように。

 いつまでも、こうして手を繋いでいたい。 彼女の傍でいたいと思える。

 

 だが、彼女は優しすぎる。 目の前の仇ともいえる存在を許し、慰めるのだ。

 彼女はもはや信奉者にとっての神と等しく、私にとって『絶対』といえる存在だ。

 それを失う訳にはいかない。 しかし、それは真に彼女を想ってのことだろうか? いいや、私はそんなまともな人物ではない。

 

 

 ゆっくりと繋がれた手を解き、今一度ジョセフと話しあう為にも断りを入れて外へと向かう。

 

 私は誰かを想うほど良心的な人物ではない、己の欲望を満たすことだけを考える者だ。

 

(そう、私の『幸福』を邪魔する者は例え誰であろうと排除するのみ。 その為ならば、あらゆる犠牲を払おう)

 

 玄関への扉を開ける時、ふと隣の壁に掛けてある鏡が目に入ると能面のように無表情、生気を感じさせぬ顔色の女性が映っている。

 

 ただ、その深紅の瞳だけがドス黒く暗い炎が灯っているかのように不気味に揺らいでいるのをとても印象的に思えたのを最後に、鏡から女性の姿が煙のように掻き消えた。

 

 

 




 
 スモーキーなんて最初からいなかった。


 いや、だって出してもリアクション要員にしかならないと思って……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敵襲

 凶報から半月程が経った頃、私とエリナは眠れない夜が続いた。

 私はストレイツォの襲撃に備えて秘密裏に別のマンションの一室を購入し、そこへ移住すると共に寝ずの番を続けていた。 吸血鬼である私にとって睡眠など余り必要ではないが、人間であるエリナにとっては問題だ。

 

 不安で眠れないのだろう、日が経つにつれてやつれていくエリナにとうとう無理やりにでも寝かせる為に吸血鬼の目を使い暗示をかけて眠らせる日々が続く。

 友人に暗示をかけるなど、不本意極まりないがこれも彼女の健康のためだ。 そう言い聞かせ、私は静かに寝息をたてるエリナの傍に佇み、今夜も剣を携え寝ずの番を続けるつもりだった。

 

 そんな時、ベッドの傍に置いてある電話機から室内に受信音が響き渡る。

 

 科学の発展とは素晴らしいものである。 この時代遠くの人物とも会話が出来る電話機と呼ばれる機械が広まりつつある時代であり、この部屋にも備え付けてあった。

 エリナも音に気がついたのか体を起こし、私が辺りを警戒しながらも受話器を取ると焦った男の声が聞こえてきた。

 

『出ました! 今、ジョセフ様が襲われています。 至急、この場所にある酒場の前へ―――』

 

 電話越しの相手は信頼のおけるSPW財団の人間。 外で生活をしているジョセフを見張らせる為に向かわせた男からの報告だった。

 

 ジョセフとの話し合いの結果、外での生活において昼間の行動が大幅に制限される私よりも、ジョセフが適していると本人から言われ、外で注目を集める役をジョセフ、家で密かにエリナを守る役を私と決めた。

 正直、ジョセフが私にエリナを守る役目を押し付けるとは思ってもいなく、不思議に思っていると一瞬見せた表情が悟らせた。

 

 あのいつも軽薄そうな表情を浮かべるジョセフが、スピードワゴンの名前を出すと一瞬だけ怒りとも悲しみともつかぬ複雑な表情を見せたのだ。

 本人はストレイツォが現れたら逃げ出すと言っていたが、はたして本当かどうか怪しいものだと私はその時に感じていた。

 

 だからこそ、ジョセフにも内緒でSPW財団の人間に見張りを頼んだのだ。 戦い始めた際に即座に居場所が分かるようにと。

 

 

 場所の報告を聞いた私は短く、事の顛末をエリナに伝えると眠たげにしていた瞼が大きく開かれた。

 驚いている所、申し訳ないとは思うが背中と両足に手を廻して所詮お姫様抱っこの形で玄関を出ると、そのまま廊下を走り対面の部屋へと駆けこむ。

 

「ここなら、万が一ストレイツォが私を誘いだす誤報だとしても大丈夫。 エリナ、私かジョセフが来るまでここにいて」

 

「……分かり、ました。 私は見守ることしかできない。 けれど、必ずあの子も貴方も無事に帰ってくるように祈りましょう」

 

 今、何が起こっているのか、ジョセフはどこにいるのかと聞きたい事は山ほどあるのだろう。 だが、彼女はそれを堪え、不安に苛まれながらも私を送り出すことを優先した。

 彼女の聡明さに感謝しながら、私は弾丸のように窓から外へと飛び出す。 一刻も早くこの茶番劇を終わらせる為に。

 

 

 

 

 

 

 路上へ飛びだし、建物の壁を伝って屋上へと登るとそこからは屋根から屋根へ、吸血鬼の脚力を持って飛び移り、目的地に近づくと酒場から煙が噴き出しているのが見える。

 既に騒ぎが起こった後なのか、野次馬達が大勢集まっているが私は構わず煙をあげる店の前へと着地した。

 

「お、女だ! 爆弾魔の次は剣を持った女が降ってきたぞぉ――――ッ!」

 

 いきなり空から降ってきた私に驚いたのか後ろの大衆が騒いでいるのは無視し、硝煙と血の臭いが漂う爆発でも起こったかのような荒れた店内へと踏み込む。

 辺りを見渡すもジョセフがいない。 恐らくは人が大勢集まったが為に場所を移したのかあるいは――――。

 

 ふと私が入ってきた割れた窓ガラスの方面から金属音が鳴り響く。 床に散らばったガラス片を誰かが踏んだのだろう、手に持つ剣を油断なく構えながら視線を向けると熟練の戦士のような雰囲気を纏った眼光鋭い老人がローブを纏いながら現れた。

 

「……ふん、相変わらず憎たらしい面だ。 ストレイツォの蛮行を聞き、駆けつけたが一足遅かったようだな」

 

「えーと、誰かしら? あ、思い出しそう。 そう、ダ、ダ、ダルマーだったかしら?」

 

「ダイアーだ! 愚かにも吸血鬼となり同門を殺めた友に引導を渡してやろうと思ったが、貴様が先になりたいようだな」

 

 どこかで見たような気もしないが、私の記憶にないためにどうでも良い人物なのだろう。 そう私が内心で再評価し、同時に男の言葉の節々から波紋使いの者であろうことが窺えた。

 年寄りにしては妙に逞しい肉体や鋭い眼光から歴戦の戦士を連想させるが、なぜだか頼りなさそうな男だと感じる。

 

「遊んで欲しいなら今度にして頂戴。 ……ん、この血痕の不自然な飛び散り方、ここを跳んで上へと登った?」

 

「良かろう、確かに今は遊んでいる訳にもいくまい。 探すのならば上から探した方が早かろう。 このダイアーも連れていくがよい」

 

 思わず、後ろを振り返って呆気に取られてしまった。

 訂正しよう、この痴呆にかかった老人は頼る以前の問題かもしれない。 もしくはとてつもないお調子者のどちらかだ。

 

 床の血溜まりから一歩だけ踏みだされた血の足跡。 くっきりと残されたその足跡の先は綺麗な床、そして近くの壁に飛び散った血痕の跡からしてここで跳んだのだろう。 爆発の衝撃で上の階まで突き抜けるように空いた天井の穴へと。

 

 現場の状況から相手の行動を判断し、追跡を行う為にも上へ跳ぼうとした時、しばし迷ったがこのダイアーとかいう男も連れていくとしよう。

 最低でも囮ぐらいにはなってくれるだろう。 そんな打算も含めてだが、連れていく際に波紋をいきなり流されでもしたらたまったものではない。 故に相手の首根っこと背中を掴むと頭上へ掲げるようにして運ぶ、これなら流されても腕を凍らせれば問題はない。

 

「お、おのれ。 このダイアーに対して辱めを受けさせるか! えぇい、しっかりと持たぬかぁ!」

 

 頭上でバタバタと暴れているようだが、私と男では腕力の差が大人と赤子程に差がある。 故にビクともせず、私は暴れる男を無視して屋上へと上がると予想通り、屋根から屋根へと続いている血痕に導かれるように追跡を行う。

 

 血の量からしてかなり重傷のはず、加えて姿を現した今が最大のチャンスなのだ。 これを見逃す手はない、必ず始末せねばならない。

 

 私が『幸福』である為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時に数メートルの高さまで飛びあがり、時に豹と同等の速さまで加速して私は血痕を辿っていた。

 ジョセフのことも心残りだ。 正直、奴のことは死のうが生きていようがどうでもいい。 気がかりなのは死んでいた場合エリナが悲しむからだ。

 

 彼女にはいかなる時も笑顔でいて欲しい、彼女の笑顔こそが今現在の私にとって最大の安らぎであり喜びなのだ。

 

 そう考え、ますます追跡の速度を早めていると巨大な鉄橋が見えてくる。 その鉄橋の支柱部分、暗闇の中で対峙する者達がいる。 暗闇を見通す私の目はその人影が誰か、よく見える。

 

 ジョセフとストレイツォだ。

 

「貴様は所詮前座よ、くらえっ! 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)

 

 正面から向き合う形で対峙する2人の内の1人。

 50年経ったというのに20代の頃まで若返り吸血鬼と化したストレイツォの赤い瞳が盛り上がる。

 

(やはり、吸血鬼と化していたか。 それにスペ……え、スペ? とにかくあの技はまずい!)

 

 目に圧力をかけ、水圧カッターのように体液を発射するあの技は非常に殺傷能力が高い。 スペ何とかと名を付けているようだが、正直どうでもいいことだ。

 ジョセフに前もって話してはいるが、2人が立っている支柱は左右への道幅が狭く動けるのは前後のみとなっている。 あれでは横へ避けようにも避けられない。

 

 私が持っていた荷物を乱暴に捨て、全速力で駆けつけようとするも時すでに遅く、あらゆる物を貫く光線が発射された。

 

「この状況、その技なら避けられないって思ってるんだろ? 避ける必要は無いね! 破る策は既に思いついているッ!」

 

 致命傷、即死を狙ってか頭部に向かう光線が不敵に笑うジョセフの前へ迫り、すでに構えていたガラスのグラスによって滑るように跳ね返った。

 跳ね返った先は当然の如く、ストレイツォの方へと迫り、まるで鏡写しのように光線が頭部を貫き脳髄を撒き散らす。

 

「『そんなバカな』……と、お前は言う! 自信満々に放った技が破られるのはどんな気分だ、えぇ? 頭か心臓、致命傷を狙ってくるのは読めたからな、波紋グラスでうけるのは簡単だぜ!」

 

「そ、そんなバカな! NUGAAAAAABAAAAAA!!」

 

 ただの小僧だと侮っていたが、ジョナサンとは別の強かさを持つと認めざるをえまい。

 そう感じていたのはストレイツォも同じか、技を破られた怒りからかジョセフを引き裂かんと雄叫びをあげながら突進を始めた。

 

 完全に頭に血が上っている。 あの状態ならばカウンターも容易いだろう、対して冷静な今のジョセフならば確実に勝てる!

 

「地獄でわびろ! スピードワゴンの爺さんに――――ッ!」

 

 腕に波紋を纏わせ、迎撃の構えをとるジョセフが最後のトドメを刺そうとした時、2人の間に割って入る影が乱入した。

 

「待てい、ジョナサンの孫ジョセフ! 貴様の恨みも分からんでもないが、恨みを晴らすというのであれば50年来の付き合いであるこのダイアーが先よ!」

 

「な、なんだぁこいつは~? 何いきなり横からしゃしゃり出てきてんだ、このタコ! 頭から血流して倒れそうじゃねえか!」

 

「馬鹿か貴様はッ! 今、ジョセフが仕留めようとしている所だというのに邪魔をするマヌケがあるか!」

 

 ジョセフが優勢なのを見て場を荒らさないように静観しようとしていた私とは違い、先程放り投げた『荷物』が邪魔するなど誰が予想できただろうか。

 私も存在自体忘れていたが、乱暴に捨てたためか頭から血を流して既にダメージを受けているマヌケ。 ダイアーの存在に私も我を忘れて怒鳴ってしまう。

 

「む、そうであったか? 若いジョセフ相手では危険と判断して割って入ったのだが……まぁいい、ストレイツォ! このダイアーが貴様を地獄の淵に」

 

「ほぅ、そこにいたかティア・ブランドー。 待っておれい、こいつらを始末した暁には貴様を惨殺処刑してくれる。 このストレイツオ、容赦せん!」

 

 味方であるはずの者からは罵られ、敵からすらも相手にされないほどに滑稽なカスを視界から外し、私はジョセフを抱えて広い足場の鉄橋へと降り立った。

 

「よっと、サンキュー。 ってか、あの空気の読めないノータリンは誰だぁ~? お前が連れてきた奴だろ、頭に血が上ったアホレイツォを仕留めるチャンスがふいになっちまったじゃねーか!」

 

「えぇ、それは素直に謝罪するわ。 私も今、いえ50年前に戻ってでもあのマヌケを殺したい気分よ」

 

 額に青筋が走り、思わず怒気を撒き散らす私の姿にこれ以上言うのは危険と判断したのか、支柱の方へと視線を向けて2人の様子を伺うジョセフに習い、私も気分を晴らすために様子を伺う。

 せいぜい無残に死んで欲しいものだ、それでやっと私の今の気分も晴れることだろう。

 

「ストレイツォよ。 何故だ、なぜ貴様は吸血鬼などになった。 50年も前だがお前も俺と同じく師を殺めた吸血鬼を憎んでいたではないか」

 

「老いたなダイアー。 老いは人を肉体的にも精神的にも弱くする。 老練で強かな師を私は尊敬していた、だが結果は吸血鬼に敗れる始末! 私は密かに感じていたのよ、尊敬する師を圧倒する力! 永遠に若さと強さを維持できる吸血鬼の肉体! ダイアー、貴様も吸血鬼にならないか? 私と共にこの喜びを甘受しようではないか」

 

 吸血鬼となり、若返ったストレイツォが陶酔したように張りのある筋肉を震わせる。 対して鍛え続けたであろうが皺により皮膚が弛み、筋力も落ちたダイアーでは勝ち目があるはずもない。

 

 だが、これで理由がハッキリした。 師の仇討ちという線は消え、欲望に堕ちたことが今回の蛮行の理由か。

 案外、ストレイツォという男も『こちら側』の人物だったということか。 しかし、今は理由よりも目の前の状況だろう、少し面白くなってきた。

 

(目の前の友人と呼ぶ人物からの誘い。 さて、どう答えるか見世物として多少興味が惹かれるわね)

 

 人の本性が垣間見える舞台、なかなか良い趣向ではないか。

 

「……哀れよな。 友としてのせめてもの情け、己を強者と勘違いしている愚者にこのダイアーが地獄の淵へ送ってくれるわ! 行くぞ!」

 

「この魅力が分からんとは愚かなのは貴様だ。 昔から考えを一切改めぬ頑固さは変わらぬか。 長年の付き合いとはいえこのストレイツォ、容赦せん!」

 

 少しは葛藤するものかと思っていたが、既に決心していたのか相手を哀れむ余裕すら見せるダイアー。 その余裕ぶりがもうすぐ砕け散る様を想像し、思わずこみ上げてくる笑いを堪えるのが大変だ。

 

 長年の修行の成果か、体の輪郭がぶれるようにダイアーが揺れ動いたかと思えば、蝶が舞うかのように緩やかな飛び蹴りを繰り出した。 あれでは防御するのも回避するのも容易いではないか。

 案の定、両足を挟みこむかのように余裕の微笑を浮かべるストレイツォが受け止めた。 すると次の瞬間、挟まれた両足を広げて防御を無理やりこじ開け、上半身を起こすとそのまま両手を組んで攻撃に移ろうとしている。

 

「50年前から変わらぬ、馬鹿の一つ覚えの技よ! 攻守に優れた技だが、ブーツ越しに全身を凍らせれば問題無し! 喰らえ、師を破った技『気化冷凍法』をッ!」

 

 よりにもよって相手が知っている技を繰り出したのかと、ついに私が堪えきれずに笑い声を響かせている最中、ストレイツォの腕が凍りつき瞬く間にダイアーの体が凍……らなかった。

 

 思わず何事かとダイアーを凝視し、戸惑っているのはストレイツォもなのか体が強張り動きを止めた。 その間にも上半身を起こし終えたダイアーが両手を胸の前へ交差させる。

 

「かかったなアホが! ブーツの革と革の間に『不凍液』を仕込んでいるのよ! 技に溺れたのは貴様のほうだったなストレイツォ! 喰らえぃ稲妻十字空烈刃(サンダー クロス スプリットアタック)!」

 

「ば、馬鹿な!? こんな事が……MMMMMMOOOOOOOOHHHHHH!!」

 

 ストレイツォに残された手段はもはや抗うことのみ。

 体を仰け反らせながら目から高圧の液体を発射するもダイアーの両肩を貫くのみで、その勢いを止めることはできない。 どこまでも迫りくる必殺技の前にとうとう体に追いつき、その身を十字に焼かれた。

 

 技を受けた衝撃で体が吹き飛び、橋の下へ落ちようかという所でストレイツォの腕を掴む者がいた。

 

「……なぜ、私を助ける。 胸の波紋の傷は致命傷だ。 じきに頭まで達して私は死ぬ」

 

 その言葉通り、ストレイツォの胸からは大量の波紋の傷による煙が噴き出ており、肉体を溶かし始めていた。

 だが、腕を掴む者は無言で引き上げ、抱き寄せると貫かれた両肩から溢れ出す血液を傷口へと流し込む。 何をしているのかと止めに入ろうとするも同じように私の腕を引き寄せる者、ジョセフが神妙な顔つきで私を引きとめた。

 

 顎でしゃくるように2人の方へ向けとジョセフが示し、怪訝に思いながらも注意深く観察するとダイアーから流れる赤い血に混じって透明の液体がポタポタと流れ落ちている。

 背中越し故に表情は見えぬがなるほど、そういうことか。

 

「……馬鹿者が、貴様は吸血鬼を倒したのだ。 誇ることはあれど悔やむな戯けめ」

 

「愚か者に馬鹿者と言われるとはな、確かにその通りよ。 俺は、俺は長年の友と思っていた者の悩みすらも察することができぬ大馬鹿者よ。 なぜなのだストレイツォ、どうして同門の者達を、人間であるスピードワゴンを手にかけたのだ」

 

 震える背中が妙に痛ましく見えるが、私の心中としては微妙なものだった。 あのダイアーとかいう奴が倒れるのが見たかったのが本音だが、邪魔なストレイツォが死ぬことだし良いだろう。

 後は2人に任せてさっさとエリナの元へ帰るべきか、それとも話を少し聞いていくべきか悩む所だ。

 

「ふん、吸血鬼に靡く軟弱者共とそれに与する者に天誅を行ったまでよ。 ……が、それは良い。 波紋の痛みが貴様の血で和らいだ礼だ、心して聞け。 そしてジョセフとティアよ、貴様らは恐怖して聞くがよい。 『柱の男』のことを!」

 

 『柱の男』、聞きなれぬ単語に思わず帰ろうとした足を止め、声がする方へと振り向く。 語られるはストレイツォが目の当たりにしたモノのことだった。

 

 

 『柱の男』

 ストレイツォの蛮行が発覚する原因となったスピードワゴンの死体を河へ流したことだ。

 そもそも死体を河へ流さなければ、行方不明として処理されここまで入念に警戒されることもなかっただろう。

 それをした……いや、せざるを得なかった理由。 スピードワゴンが波紋使い達を招かるざるを得なかった原因! それが柱の男とのことだ。

 

 出生も不明、生物としての詳細も不明。 ただ、4000年も前から存在するとされる文献が存在すること。 そして死体の血を植物が養分を吸収するかのように吸い始めたのが原因で、ストレイツォは死体を河へ捨てざるを得なかった。  その柱の男が『目覚める』ようで恐ろしいと感じたからだという。

 

「どんな能力なのか? 生命体なのか非常に興味深いが見れないのは残念だがな。 ……コォォォォォォ」

 

(ん、呼吸音? ……まさか、いや用心しすぎたとしても損はあるまい)

 

 知らず知らずの内に、話の内容に引き込まれるように私はダイアーに抱えられる話し手に近づいていた。 今思えば、話している最中に段々と声が小さくなっていったような気がする。

 

 そう、近づかなければ聞こえない程の声量で。

 

 そして、それこそ波紋の呼吸法が聞こえるまでの距離まで私は近づいていた。

 

「私は後悔はしていない。 この若さ、力強さを体感できたのは至福の時よ。 だが、貴様だけが最後の心残りよ!!」

 

 雄叫びと共に、唐突に支柱へと登っていた私がいる場所へストレイツォが跳びこんでくる。 その踏み込みの衝撃の余り胸を大きく焼いていた波紋の傷口が裂け、下半身と分離して上半身のみで波紋の呼吸を纏いながら飛来してくるのだ。

 

 咄嗟のことならば、避ける間もなかったかもしれないが所詮、鼬の最後っ屁よ。 悲しいかな、私は既に飛び上がっている。 勢いの余り地面へ激突する様は、まさしく無様と言う他ない。

 

「おおっと! 危ない危ない、死ぬのなら一人で死になさい。 足掻かなければ楽に死ねたものを、まさしく愚か者としか言いようがないわね。 あはははは!」

 

「せ、いぜい、笑って、いるがいい。 貴様が、地獄へくるのを心待ちにしておくぞ。 ダイアー、我等が師に、一足早く詫びを入れ、て……」

 

 自分自身で波紋の呼吸を行ったストレイツォの体が瞬く間に溶け、消え去るのは一瞬のことであった。

 これで良い、これで私の『幸福』は守られた! 多少、不穏な話もあったが私には関係のないことだ。 柱の男などどうでもいい。

 

 橋へと降り立ち、早速エリナの元へと帰ろうとした時、背後からピリピリとした気配を感じて足を止める。

 懐かしいものだ。 久しく味わっていなかった『殺気』だ。 しかし、誰が私に向けているのかと振り向くと両肩から血を流すダイアーが怒りの表情を浮かべ、私の元へ歩み寄ってくる。

 

「50年前に定められた老師達の意向に従って貴様の罪を許した訳ではない、あくまで今日まで見逃していただけのこと! 我が友を侮辱したその罪、死でもって償えぃ!」

 

「いやいやいや、ちょっと待ってくれよダイアーさんだっけ? こいつこー見えて調子に乗ることがあって、普段は傲慢に振舞う臆病者ってエリナ婆ちゃんがよく言うのよ。 ほら、お前も言い過ぎたんだから謝れって! あの手の頑固者は融通が利かねぇぞ」

 

「はぁ? 道連れにされそうになったというのに下手に出ろと? そんな馬鹿なことが出来るものですか! この私を殺せるなどと寝言を抜かすのは100年は早いわね!」

 

「こっちも頑固者かよ! だぁー! もういい、マジでやばいことなっても知らねえからな!」

 

 思わず止めに入ったであろうジョセフが匙を投げたことで、互いに緊迫した空気が走る。 なぜ、こちらが下手に出なければならないのだ。 元々、問題を持ってきたのは向こうの方だろう。 たかだか50年前のことを今更持ち出すなど、未練がましいにも程がある。

 

 と、本音を曝け出した所で思惑としては別にある。 ジョセフの機転の利いた対策、慢心による致命傷、ストレイツォは良い例となってくれたものだ。

 50年の平和な時は私の戦闘の勘を鈍らせたのかもしれない。 だからこそ、ここで50年前の私を取り戻すのには絶好の機会だろう。

 

 目の前のダイアーが先程ストレイツォを仕留めた時のように、蝶のように緩やかな飛び蹴りを放つ。 楽に勝てる相手に見えるが、それこそが慢心であり油断だ。

 2度も同じ技を使うのであれば、他に何か策がある!

 

 そう判断した私が受けることを拒否し、剣を構えながらも後方へ跳んで下がる。

 

「「……」」

 

 互いに無言の緊張感が……いや、何か様子が変だ。 どこか、相手が焦っているかのような気がする。

 私が油断なく身構えていると、再び蝶のように緩やかな飛び蹴……。

 

 ふざけてるのこいつは! これが作戦なら大したものだ、この私に迎撃を選択させるのだからな。

 

 何度も同じ技を使う相手に、思わず激昂して仕留めにかかりそうになるが、それをグッと堪えて向かってくるダイアーに向けて剣を突き出し、様子を伺う。

 すると、焦ったように慌てて上半身を起こすと器用に空中で一回転し、白刃取りのように剣先を掴むと串刺しを免れた。

 

「むおっ!? 剣が、くぅぅ!  ふん、だが掴んだぞ。 金属を伝わる『銀色の波紋疾(メタルシルバーオーバードラ)』」

 

「気化冷凍法ー」

 

 私が使用する柄まで鉄で出来ているロングソード。 鉄は熱伝導率が良く、熱は冷たい方へ流れる性質を持つため私が腕を凍らせれば、触れたもの何でも凍らせる剣と化すのだ。

 

 50年前、トンペティを仕留めた技の組み合わせだというのにこいつは学習という言葉がないのか。 思わずやる気のない間延びした声で技を使ってしまったではないか。

 

「む、むおお!? う、腕が、貴様何をするか!」

 

「おいティア! 間違っても人殺しはするなよ。 もししたら、エリナ婆ちゃんに言いつけるからな!」

 

 海老反りの姿勢のまま剣に触れている腕を通じて肩まで一瞬で凍り、身動きが取れなくなったマヌケを見て私は思う。

 

(こんな奴に私は本気で相手をしようとしていたのか? ストレイツォ、少しだけ貴方が不憫に思えてきたわ)

 

 途端に何もかも空しくなってきた私は横で喚く小僧を無視し、端まで歩くと無造作に剣ごと橋の下へ放り投げる。

 

「オーノーッ! てめぇ、していいことと悪いことぐらい分かる年だろうが!!」

 

「あらごめんなさい。 確かにゴミを川に捨てるのは悪いことだわね。 素直に謝罪するわ、それじゃあ私帰るから」

 

 慌てて橋の下を流れる川へ飛び込むジョセフを尻目に、私は愛しのエリナの元へ帰るというのに妙にけだるい気分を感じる。

 

 いつもなら主人の元へ駆け寄る犬のように嬉しい気分になるというのに……ダイアー、ある意味で恐ろしい相手なのかもしれない。 この私に二度と対峙したくないと思わせる相手なのだから。








 長くなったけども、結局スト様は『若さ+吸血鬼の強さの憧れメイン』にしました。

 尊敬する相手を倒す→むしろ倒した相手が素晴らしいではないか! と、考える! ……かもしれないと思ったものでして。

 ぬうう、師の仇討ち的な話が書きたかったけれども、上手い話の流れが思いつかなかった。。。




 ダイアーさんの渋いシーンが書きたかったというのに、なぜかギャグ調に……(そんな姿が浮かんだというのもあるけど)

 もうあれかな、かかったなアホが! を言えただけ良しとしよう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約とイタリアの青年

 元の平穏な日々に戻った私達は隠れ家であるマンションから本来の自宅へと戻り過ごしてしていた。

 やはり、この広々としたこの自宅は良い。 それに邪魔者であるジョセフが今は居ない。 それが快適の一番の理由だ。

 

『俺はストレイツォが言っていた『柱の男』が妙に気になるし、スピードワゴンの遺体もちゃんと葬りたいからよ。 少しばかりメキシコへ行ってくるぜ』

 

 エリナとしてもスピードワゴンのことを引き合いに出されれば無理には止められず、ジョセフはメキシコへと旅立っていった。 ほんの一月前の出来事だ、そこから何の音沙汰もなく時折エリナが不安そうな顔をするのが気がかりだが私としてはそのまま野垂れ死んでくれれば何も言うことはない。

 

「んー、エリナー。 もう少し寝ていましょうよ」

 

「はいはい、家事をしなくちゃならないの。 後で頭を撫でてあげるから纏わりつかないで頂戴」

 

 朝日が昇り、人間達が活動を開始する時間帯にもなれば当然の如く私と一緒に寝ていたエリナも動き出す。 あの小僧が居たせいで、エリナと一緒のベッドで寝れなかったのは不満だが今は違う。 とはいえ、私の活動時間は夜である為、朝日が昇る時が眠る時だ。

 

 ベッドから抜け出そうとするエリナの腰へ手を回し、ガッチリと掴んでいると溜息と共に後で頭を撫でる提案をされ、渋々それを承諾して離した。

 余りやりすぎると怒られるからだ。 だが、それでも離れるのは少し寂しいため、エリナの残り香があるシーツに包まるように体を丸めて眠気に抗う。

 

「はぁ、幾つになっても甘え癖は治らないものね。 50年も昔ならあまりに纏わりついてくるものだからつい頬を叩いてしまった時もあったけれど、それでも喜んでいたのには正直ゾッとしたものだわ。 それなら今の方がマシかしら」

 

 えぇ、私は眠っている。 今の言葉は夢よ夢、私がそんなことするはずがない。 私がそんな、エリナに嫌われることなどしていない、はずだ。

 

 

 コロコロとベッドの中で転がりながら、エリナが家事を終えてベッドへ戻ってくるのを待っていると傍にある電話機が鳴り始める。

 

 私とエリナの至福の時を邪魔するのは誰かと眉を顰めながらも、他に出る者がいないために渋々受話器を取り耳に当てる。

 

『ノックしてもしもぉ~し。 お、その憎たらしい声はティアちゃん? ちょーど話がしたかった所なのよ!』

 

「……貴方から話? 嫌だわ、何だか鳥肌が立ってきた」

 

『そこまで嫌うか普通!? けっ、俺もてめえが……あ、いやいやティアちゃんって吸血鬼だから凄いのよねー? 人間よりも優れた存在だと俺が小さい頃から良く言ってたよなぁー』

 

 電話の相手は1ヶ月前に旅立ったジョセフだ。 そのままスピードワゴンと共に消息不明になれば良かったというのに。

 

 それは今は良いだろう、それよりも言葉に何か違和感がある。 私に話があるという点からもそうだが、なぜ吸血鬼の話を今更出すのか。 答えても問題ない部類だが、少し警戒しておくべきか? いや、小僧相手に警戒などする必要もない。 何を企んでいようとも、小童の浅知恵に私がひっかかるはずもないからだ。

 

「あら、良く分かっているじゃないの。 家畜は草を喰らい、人は家畜を喰らい、吸血鬼は人を喰らう。 食物連鎖の頂点に君臨する吸血鬼こそ至高にして究極の存在なのよ」

 

『そーだよなー、俺もそー思ってた。 いや、ホントそう思いたかったんだけどなぁー! ……お、無言ってことは聞きたい? 何の話か聞いちゃう?』

 

 腹の立つ口調だ。 その口振りから何か乗せられたような気がするが一体何だろうか?

 

 何が目的かと私が様子を伺い、受話器から聞こえるジョセフの声に耳を傾けていると語られたのは『柱の男達』についてだった。

 

 出向いたメキシコにて目覚めた柱の男と対峙したジョセフは奴等が石仮面を作り、石仮面を被った吸血鬼をよりにもよって『食料』にするのだという。

 そこから読み取れるのは、柱の男にとって石仮面とは餌の製造機。 家畜に餌を与えて肥らせるように、人間を吸血鬼に変え良質な餌として喰らうということ。

 

 吸血鬼として生物界の頂点に君臨し、あらゆる生物を超越した存在と自負していた私にとって、その報告は大きくプライドを傷つけるものだった。

 

 無意識の内に受話器を持つ手に力が入り、ピシリと音を立ててヒビが入る。

 

『ショックだなー、俺も吸血鬼はすごーい奴だと思ってたんだけどなぁー。 あーあ、でも『餌』になるんなら仕方ないよなぁー。 残りの奴もいるそうだしー? 俺がキチッとやっつけてこないとなぁー』

 

「や、安い挑発ね。 この私が餌と呼ばれる程度で、そんな見え見えの魂胆に乗るはずがないわ。 けれど、そうね。 機会があればその『柱の男達』とやらを仕留めるのも悪くないわね」

 

『あ、そう? 無理しなくて良いんだぜ? ほら、何ていうか、ティアもけっこうな『お年』だからさぁ。 体にガタが来てるっていう――』

 

「この私が! 奴等をブチ殺すと言っているのだ!! 戯言を言わずに場所を言え、戯け!!!」

 

 ついでに年齢のことを持ち出した貴様も殺してやる!! と、喉元まで上がってきた言葉は呑み込む。

 ここで感情的になるなど、子供と同じではないか。 電話の向こうでジョセフがほくそ笑みながら、得意気に柱の男達の情報を話す様が容易く想像できる。

 

 ふん、上手く私を挑発して戦力に加えようとでも考えているのだろうが甘いな。 せいぜい行くとだけ伝え、すっぽかしてやる。 永遠にそこで待ちぼうけているがいい。

 

(物凄く幼稚でちんけな仕返しに感じるのだけれど……。 私はエリナの元にいることのほうが安らぐわ)

 

 『柱の男達』。 ただ少しばかり強力な生命体ならば捨て置いたが吸血鬼を量産する石仮面を持つとなれば話は別だ。

 下手をすれば世界中がゾンビや吸血鬼だらけになるのだ。 エリナと共に平穏に過ごすことを望む私にとってそんな世界は望むはずもない。

 1体はジョセフがメキシコにて倒したが、残り数体の『柱の男』がローマにて存在するとのことだ。 他も現存の生物には見られない異質な能力、その他もろもろ電話先の相手が知りうる限りの情報を引き出す。

 

 あらかた聞き終え、頭の中で情報を纏め終える頃には私は考えに迷いが出てきた。

 

 考えていたよりも深刻な事態を招く『可能性』が高いからだ。 後は全てジョセフに任せ、私はのんびりエリナと共に過ごそうかと考えていたが、本当に他人任せにして大丈夫なのかという話だ。

 気がついた時には1人ではどうすることもできない手遅れの状態ならば笑い話にもなりはしない。

 

 どうするべきかと悩んでいると電話越しからジョセフとは違う、聞き慣れた張りのない老人の声が聞こえる。

 

「エリナさんは息災かね? もっとも、お前にとっては私が生きていることは余り喜ばしくないことだろうが」

 

「……その声はスピードワゴン? あら、生きてたのね。 それで? 貴方が電話に出たということは私に何か話があるということかしら?」

 

 受話器から聞こえる皺がれた声に聞き覚えがあり、誰かと考えているとふと思い浮かんだ人物。 死んだと思われていたスピードワゴンの声だと気づいたが、日頃余り親しい間柄ではない私に電話をするということは別の目的があるのだろうと少しばかり探りを入れる。

 

「聞いたとおり『柱の男達』の危険性については察しがついているだろう。 お前にとって天敵とも呼べる存在だがこちらとしても少しでも戦力が欲しいのだ。 ……が、お前は動かないと決めたら梃子でも動かないだろう。 だから、取引をしようじゃないか」

 

 取引――。

 

 その言葉に自然と口角が吊りあがるのを感じる。 余り友好的とはいえぬ腐れ縁とも呼べる間柄だが長年接してきた為に互いの趣向や思考はある程度予想できる。

 故に私が望むものを提示してくれると期待し、電話越しの言葉に耳を傾けていると私の心を躍らせるにふさわしい内容だった。

 

「つまり復活した柱の男を一人殺す度に私の願いを出来る範囲で叶える……と? それは個人ではなく、勿論財団の方からよね?」

 

「お前の願いを叶える為に財団を利用するのは癪だが、致し方あるまい。 長年の付き合いだ、財団全ての金を渡せなどと無茶な事を言うんじゃぁないぞ。 金銭が欲しいならその一部……ま、それでも大金だろう。 納得できたならエリナさんに代わって貰っていいかね? 場所等の指定等は後で伝える」

 

 受話器を耳から離し、辺りを見渡すと隣の部屋から受話器の音に反応したのかエリナが怪訝そうにこちらを伺っていた。

 私が誰かと話し込むなど珍しいとでも思っているのだろうか。 小さく手招きし、電話越しの相手の名前を伝えると花が咲くように満面の笑顔で電話を受け取った。

 

 時折見える彼女の暗い表情が気になっていたが、これからは明るい表情が絶えないだろう。 我が友人が幸福ならば、それを分け与えられるかのように私も満たされた気分になる。

 あの心地よい感覚から少しばかり離れるのは辛いが仕方あるまい、一時の我慢だ。

 

 こんな事を考えるなど50年も前の私ならば考えすらしないことだ、誰かのことを考えるなどあっただろうか。

 かつてのジョナサンのように見知らぬ誰かを身を挺して助けようなどとは考えないが、想いいれのある人物を手助けるのは吝かでもない。

 

 しかし、変わらぬものもある。 人の本性というものはそう変わらない。

 

(願いを叶える取引……ふふふ、財団の力ならば大抵は叶えられるはず。 えぇ? やる気がムンムン沸く話じゃぁないか)

 

 天秤に吊るされた私の感情が欲望の方へと傾くのを感じる。

 凄まじい熱を持った泥が胸中に渦巻くようなこの感覚を久しく味わいつつ、私は欲望を実現できるその時を心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イタリア、ローマに来られたし―――

 

 SPW財団の使いの者からそう伝えられ、移動方法がまさか話に聞いていた飛行機に乗るものだとは思わなかった。

 平静を装いつつも乗り込みイタリアの首都ローマへ到着する頃には既に日が落ち、目的地まで車で送るとのことだが私は御者に目的地まで己で行くと伝え、荷物のみ預けると徒歩を選択した。 それには当然訳がある。

 

(落ち着け、落ち着くのだティアよ。 何度も飛行機の中で考えていたではないか『逆に考えるんだ、堕ちちゃっても私は平気だと』 だから怯えることなどないのだ)

 

 正直、鉄の塊が空を飛ぶ飛行機などという発明が世に広まったなどと聞いてはいたが、何の冗談だと一笑に付していた記憶がある。

 今だにあの飛行機とやらがなぜ飛ぶのか理解できない。 そんな理解できぬ得体の知れぬものに乗ったのだ、私の足が震えているのは仕方のないことのはず。

 何かに言い訳をしながらも、あのまま車が到着する頃まで体が震えたままでは大恥をかく。 故に私は時間をかけて徒歩を選択したのだが、これが功を奏した

 

 

 古代より受け継がれた由緒ある土地柄。

 時代から取り残されたのではないかと思える程に、ローマの風情ある町並みは私にそんな印象を与えてくれる。

 余り芸術だとかそういった類のものに興味が無い私だが、どこかホッとさせる居心地の良い街だ。

 

(ふむ、我が英国ロンドンの街に劣らぬ優雅さを秘めている。 他国に旅行だなんて余り考えもしなかったことだけれど、案外良いものね)

 

 近くの店にあったガイドブックを手に取り、西暦が出来る前から存在するローマの歴史に私は深く感銘を受けていた。

 いつしか辺りを観光するのに夢中になる余り、本来の目的である場所へと向かうのを思い出すまでに数時間は経っていた。

 

 夜も大分更け、私のように深夜まで徘徊する者は少なく人が疎らだ。

 先程までは私の麗しい魅力の虜となった下賎な男共が訳の分からぬイタリア語で言い寄ってきたものの、その度に無言で睨みつけて追い返していたが今更ながら道を聞けば良かったか。

 

 不慣れな土地、暗くなった事も相まって今進んでいる道が目的地へ続くのかも分からないまま進んでいると。

 

「ママミーヤ、これは驚いた。 深夜に散歩というのもいいものだな。 君のような美しい女性に会えたのだからね、その様子だと道に迷っているのかい? 良かったら案内するよ」

 

 横から急に英語で話しかけられ、またどこぞの誘いかとも感じたが今はちょうどいい。

 男の方へ視線を向けると、カラフルなバンダナを頭に巻いた洒落た感じの服を纏った男だ。

 

 見るからに軽薄そうな姿に少しばかり嫌悪感を覚えるが、ガイドブック片手にさまよっている私を見て案内役を買ってでたのだろう。

 殊勝な心がけではないか、そこだけは評価して案内役を任せてもいい。

 

「えぇ、トリトーネの泉という場所の近くなの。 案内役をお任せしてもよろしいかしら?」

 

「おや、その流暢な英語からして英国人の方かな? いや、君から溢れる気品がそうじゃないかと思ってね。 それに偶然僕もその泉の近くにホテルを取っているんだ、よろこんで案内を務めさせて頂くよ。 シニョリーナ」

 

 妙に歯の浮くような台詞を並べ、大袈裟に身振り手振りで感情を表現する男だがまぁ良いだろう。

 私の溢れ出す気品に気づいた聡明な男に気を良くし、案内だけさせるつもりが道中他愛無い会話が続き、私自身会話を楽しんでいるといつのまにか目的地である泉の前へ到着していた。

 

「もう着いてしまったようだね。 もっと話をしたかったのだが、人と待ち合わせをしていてね。 せめて君の名前を聞かせて貰えないかい? 僕の名前はシーザー・ツェペリ。 生粋のイタリア人さ」

 

 大袈裟に背中を曲げ礼をする男、シーザーに道中会話で楽しませて貰ったこともあり、つい私自身の名を明かしてしまった。

 

「ふふっ、そうね楽しませて貰った礼という訳でもないけれど、私の名はティア・ブランドー。 それじゃあ――」

 

「ティア……ブランドー(・・・・・)? 失礼、変なことを言うかもしれない。 詮索するのも無礼と思い指摘しなかったがその紅い目、『吸血鬼』じゃぁないのかい?」

 

 私の名を聞いた瞬間、男の透き通るようなグリーンの瞳が鋭くなり、先程までの軽薄な態度が鳴りを潜めると値踏みするかのように私の答えを待っている。

 私はというと、なぜこの男が吸血鬼という単語を知っているのかと疑問を抱いていた。 SPW財団の者でも限られた者しか少なく、なおかつ知っている者でも面と向かって敵意を持つ者はまずいないだろう。

 

 ならば答えは一つ、東洋人ばかりだと思っていたがこのイタリア人は波紋使いの可能性大ッ!

 

「身構えたということは本物か。 お前に問おう、50年前にお前達に殺された俺の祖父、ウィル・A・ツェペリを覚えているか?」

 

「どこかで聞いた覚えがあるような無いような……。 貴方が何者か知らないけれど、50年も昔の事を持ち出されても余り覚えてないわよ」

 

 いちいち自分が殺した者の名前を覚えている方がよほど可笑しい気もするのだが、私の答えが気に入らないのか怒気を強める男、シーザーの姿に溜息すら漏れ出る。

 

 別に私は戦闘狂という訳でもない。 疲れるだけの戦いなどできればしたくない、故に襲ってくるのならば手早く仕留めてホテルへ向かおうとしたその時、間に割って入る影が両者の動きを止めた。

 

「ストォォ―――ップ! タイム、タイムよシーザーちゃん! 嫌な予感がしたと思ったら、何でこう広いローマでお前等ばったり会うんだよ!? ひとまず落ち着いて話し合うのが建設的ってもんじゃない?」

 

 影の正体、それは見慣れた顔でありながらいつ見ても不快に感じる顔の持ち主ジョセフ・ジョースターだ。

 ジョセフが走ってきたのだろうか、息を荒げながらも怒気を撒き散らす目の前のシーザーをなだめている。 そこまで怒るようなことを50年前したのだろうか? 心当たりがありすぎて困るというものだ。

 

 どうしたものかと考えていると、遠目にまたも見慣れた不快な顔の持ち主であるスピードワゴンの姿が目に入り、これでこの状況を説明して貰えるだろうと背後で喚く2人を他所にそちらへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィル・A・ツェペリ

 

 50年前ジョナサン・ジョースターに波紋を教えた人物であり、ディオが蘇らせた騎士ゾンビであるタルカスによって無残な死を遂げた男。

 どこかで聞いた名前だと思えば昔、スピードワゴンの話に出てきた人物だということを思い出した。

 その孫であるシーザー・ツェペリが今、この私の前に居るということか。

 

「俺達イタリア人は一族を思う気持ちがどの民族よりも強い! それを誇りにしているから受け継ぐのだ! だからこそ、50年前に祖父に起こった悲劇を俺は晴らさねばならない!」

 

「ま、待ちなさいシーザー。 君の気持ちは良く分かる、だが今は当面の危機を乗り越え」

 

「ふぅ、何を言うかと思えば恨みを晴らしたいのならば晴らせば良いじゃないの。 私は全く悪くないことだし」

 

 場をホテルの中へと移し、話を聞いた限りでの私の答えを口に出すと止めに入っていたスピードワゴンを含めた3人が呆気に取られた様子で私を見つめている。

 

 逆に私が怪訝な表情を出したいぐらいだ、どう考えても私は悪くないだろうに。

 

「タルカスを蘇らせたのも指示を出したのもそれってディオの方よ。 恨むならそっちを恨めばいいじゃないの。 私は関係ないわ」

 

「言うに事欠いて自分達に非が無いとでも言うつもりか! 俺は貴様らの罪を許すつもりはない!」

 

 相手の地雷でも踏んだのだろうか? 激情に駆られるシーザーを見て、妙に高揚した気分になる。

 よく見れば男にしてはなかなか良い顔立ちではないか、怒りに染まる顔も少しばかりそそられる。

 

 どれ、少し遊んでみようか。

 

「人が罪を犯さずに生きる事は可能だろうか? いいや、それは不可能だ。 人間は生きている限り何かしら大小の罪を犯す。 それを悪と断じ、裁く権利があるとすれば穢れを知らぬ聖人か神ぐらいなものだろう。 望むならば懺悔をしても良いわよ? 吸血鬼の祈りを受ける神がいればの話だけれど、フハハハ!」

 

 まずいな、案外私は堪え性がないのかもしれない。 真剣を装うとしているのに最後の最後で笑うとなれば逆効果ではないか。

 顕著にその効果は現れ、羽交い絞めにしていたジョセフが吹き飛ばされかねない程にシーザーが私の元へ向かおうとしている。

 少しばかり煽りすぎたかもしれない。 だが、人の無様な姿というのはどうしてこう……楽しく感じるのだろうか。

 

「ジョセフ、離して良いわよ。 貴方、さっき言ってたわね。 貴様()の罪を許すつもりはないと。 家族が犯した罪とはいえ、罪は個人で償うべきもの。 それでも尚、ただ姉であるというだけで私を裁くのが正しいというのであれば好きにすればいい。 無抵抗の女性を嬲る貴様をきっと周りは正しい事だと褒め称えることでしょうよ」

 

「ッ! 俺は、無抵抗の女性を悪戯に傷つけることが最も嫌いなことだ。 だが! 同様に貴様の下衆な本性が知れた今、俺は絶対に貴様を許せないことが分かった!」

 

 勢いよくこちらへ向かってくるシーザーは私の目の前で立ち止まり、拳を振り上げるでもなくただ怒りの形相を浮かべるだけ。

 私が最初から最後まで余裕の態度だったのは、相手に殺意がないからだ。

 ただ怒りの感情のみで動いている、そこに明確な相手への殺意がなく脅威が全く感じられない。

 故に早々に煩いだけの男に見切りをつけ、今後の予定についてスピードワゴンとの話し合いに取り組んでいた。

 

「お前はどうしてそう敵ばかり作るんだ。 昔から変わらぬ性格の悪さに安心するべきか、嫌悪すべきかもはや分からんよ」

 

「? 敵? 私は余り敵なんて作らないわよ。 敵とは己を害する者、貴方は耳元で煩わしい羽音を立てるだけの虫を敵と思うかしら? ふっふっふがっ!?」

 

「俺もよぉー、人を小馬鹿にすることはあるが限度ってものがあるだろうが! エリナばあちゃんからティアが馬鹿なことやってたら頭叩けって言われたからお仕置きだ!」

 

 気分良く笑っている最中、いきなり私の後頭部に鋭い衝撃が加わり舌を思いっきり噛んでしまった。

 声の主から犯人は私の頭を殴ったのだろう。 そう、この私をまるで子供に叱りつけるように叩いたのだ。 この、ティア・ブランドーを。

 当然、百倍にして返しても足りぬ程に私の中で憤怒の感情が沸き起こり、即座に後ろにいる不届き者を捕まえんと振り返った。

 

「ひ、ひたが……ジョセフ・ジョースター。 えぇ? 今、この私に何をッ!?」

 

 舌を噛んだためか痺れと鉄の味が口内に広がる。

 室内の扉から逃げ出そうとするジョセフの姿に勢いよく一歩、そう一歩前へと踏み込んだ時に視界は天井を映していた。

 次の瞬間、背中に衝撃を受けて転んでいることに気がつき床に手を置いて立とうにも妙にツルツルと床が滑り上手く立てない。

 

「おや? こんな所に不思議だな。 まるでシャボン玉を作るための液体が床に塗られている。 ……ふん、こんな子供染みた悪戯に引っかかる奴はよほどのマヌケだぜ。 おい、いなかもん! この借りはすぐ返す、覚えておけ!」

 

「――るせー、てめえも気取ってないでさっさと逃げねぇとそろそろティアが切れるぞ」

 

 颯爽と開いた扉から聞こえるジョセフの声と共にシーザが室内から姿を消し、後にはベタベタする液体に塗れた私と溜息を吐くスピードワゴンだけが残された。

 

 時に、人がどう思おうが勝手だが私は最近では寛容な方だと思う。

 かなり怒った際にもちょっとしたお仕置き程度で済ますのだ、何も体をバラバラにしたり殺めたりする訳ではない。

 今なら分かる。 きっと簡単に沸き起こる怒りというのは真の怒りではないのだろう。

 

 

 話は変わるが滑りがある液体に塗れたこの服、これは実はエリナが私にくれた物だ。

 上等な生地を使い、装飾もかなり凝った品の良い服だ。 余り外出しない私だが、外に出る時もあるだろうとエリナが選んで買ってきれくれた――――。

 

 そこまで考え、私は床に拳を打ち込んでいた。 何度も、何度も粉微塵になるまで。

 

「WRYAAAAAAAAAAAAA!! よくも、よくも私の大切な服を! 骨の一片まで残さずバラバラにしても飽き足らない!!」

 

「……ああ、もしもし。 私だが、エリナさんに是非伝えたいことがあってね」

 

 波風立たぬ水面に突如、高波が発生するように私の感情が一気に沸点まで高まった。

 思考する間もなく体が勝手に動き出し、閉まりかかった扉を体でぶち破り、そのまま目の前の壁を殴りつけて穴を開けると外へと飛び出る。

 

 その目的は無論、羽虫にも劣る存在2匹を八つ裂きにする為に私は夜のローマを駆けずり回る。

 

 

 

 後に夜を徹して探せど土地勘があるせいなのか2人の影すら掴めず、日の出間近になる頃には少しばかり冷静になり荒れたホテルへ戻った私は死刑執行を言い渡される罪人のように、スピードワゴンから一連の出来事を全てエリナに話したという言葉に青ざめることとなった。




 妙に小説書くのが億劫になり、PCから離れていたら3ヶ月も過ぎるとは……申し訳ない。
 せめて2部だけでも終わらせねば。
 砂漠の話も一緒に書いてたけど、今回みたいに妙に長くなるから省略しつつ読みやすいように書きたい所。

 貧民街時代の冷酷シーザーならティアを容赦なく始末するイメージだけれど、普段のシーザーなら女性に手出さないイメージ?
 どの道、先で容赦ない恨み持ってる人がいるから過去の遺恨系は後でいいかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩る者と狩られる者

 イタリア・ローマに一つの怪談話が生まれた。

 夜の街に悪魔染みた形相を浮かべた女が誰かの名を叫びながら異常な速度で道を、壁を、屋根の間を走り続けるという話だ。

 その話が生まれた翌日、余りの目撃者の多さから新聞に書かれる程に有名な話としてローマに語り継がれることになるとは――。

 

「見てみろよ、目撃者の話を元に描いた似顔絵! ひでぇ顔だぜ」

 

「ふん、案外そっくり何じゃないか。 見てみろジョセフ、この耳なんて特に似ているだろ?」

 

「心の在りようを顔に写したとすればよく似ていると私は思うがね。 この似顔絵はティアを良く表したものだと思うよ」

 

 体を左右に揺らしながら、私は助手席の窓からローマの夜景を見ていた。

 決して、後ろの醜悪な絵が描かれた新聞で騒ぐガキ共と老いぼれから目を逸らしている訳ではない。

 

 

 

 昨日の夜のツケは散々たるものだ。

 あろうことか荒れたホテル内の修理費は私持ち、ガキ共2人の始末はつけられず、ストレスが溜まりっぱなしの夜だった。

 

 何よりもショックだったのはわざわざ空輸までさせて届けられたエリナの手紙。 サインも本物なのを確認し、私を心配して送ってくれたのかと喜んでいたのに。

 

【次に周りの方に迷惑をかけたのならば貴方の荷物だけ部屋から移し、一人暮らしをして貰います】

 

 簡潔に体調がどうだの天気の話だのといった話もなくたった一文だけ手紙にはそう書かれていた。

 その時の私の心境たるや、何と表せばいいのだろうか。 一心不乱に目の前の現実を受け入れたくない余り、筆跡の確認やら偽者だろうとスピードワゴンに詰め寄った気がする。

 

 一人暮らし。

 

 その言葉は駄目だ。 なぜ、愛しのエリナと離れて暮らさねばならぬのだ。 彼女が傍にいない夜など、絶対に寝付くことが出来ないと断言できるこの私がだ。

 いつまで居候を続けるのだの、料理を少しは覚えろだの、エリナの迷惑だと散々言われ続けても耐え忍んできたこの私がだ。

 

 選択肢など最初から無く、なけなしのプライドを保つ為にも頃合を見計らって帰ってきた2人を引き攣った笑顔で迎えることが私の答えだった。

 

 

 そんな答えを出した私は今、柱の男達が眠るという場所へ案内する為の車に乗り込んでいる。

 てっきりSPW財団が確保し、財団の案内の元に向かうのかと思えば違った。

 

 運転席に座る若い青年の胸元には十字のワッペン、それに刻まれた特徴的な卍のマーク。

 ナチス、ドイツ主導の元に私達は柱の男の元へ向かうのだ。

 

「イタリアとドイツは同盟国! このシーザーの頼みがあればこそ、イギリス人である君達にも柱の男を見る許可が下りたのだよ。 少しは感謝の意を示しても良いんだぜ?」

 

「確認したいのだけれどマルク……という名だったかしら? 今回、柱の男の始末が目的なのであれば幾らでも手があるのではなくて?」

 

「それがですね、奴等の今の状態は謎の鉱物……つまり無機質の状態になっていまして波紋はおろか爆弾ですら効果が無い状態なんですよ」

 

 うっとおしい視線を向けてくるガキは無視し、運転手であるナチス所属のマルクという名の若者に質問をすると律儀に返してくれる。

 奴等は休眠中、異常な硬度を誇る鉱石と化すため明確な対処方が確立されていないのだという。

 

 この時、私の心の中で妙な不安が沸き起こった。 別に戦うことに恐怖しただとかそういうことではない。

 

(余りに相手に対する情報が少なすぎる。 ジョセフから聞いた話では肉体操作に長けるという話だが、もしも未知の能力を持っていたならば狩られるのは―――)

 

 ここで私は頭を振り、迷いを断った。

 何を弱気になっているのだ、確かに私とは相性が悪いし勝ち目も薄い。 相手もそう思うだろう、たかが吸血鬼に遅れを取るはずなどないと。

 

(そう、ただの吸血鬼ならば勝ち目などないだろう。 だが、このティアは他とは違う!)

 

 滲み出る不安を払拭するかのように自身を鼓舞し、私は静かに膝に置いていた鉄製の剣と持ち出した武器の確認を行い心を落ち着かせる。

 そしてふと、胸元に光るメアリーの呪いの十字架が目に入り何気なく手に取る。

 

「メアリー、こんなことを言うと呆れるかもしれないけれど私を見守って欲しい。 今回だけは邪魔をしないで」

 

 悪意に反応し、動きを抑制する呪いの十字架。

 枷としか考えていなかった彼女の十字架を握り締め、小声で呟くと不思議と穏やかな気持ちになる。

 

 まるで誰かが傍に立ち、私を温かく包み込んでくれたかのような穏やかさだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ローマの有名な観光名所と知られる『真実の口』。

 奇妙な円盤状の大石に掘られた顔が秘密の地下世界への入り口だと誰が想像できるだろうか。

 

 この下に柱の男達とやらが眠っている。 マルクの案内の元、地下へ続く薄暗い階段を下りている最中に臭った異臭に思わず顔を顰めた。

 

「お、ティアも変な臭いを嗅いだか? これ何の臭いだぁ? 上手く言葉に表せねえけど、地下だと変な空気でも溜まるもんなの?」

 

 ジョセフの言うとおり形容しがたい臭いだ。 不快だが私はこの臭いにどこかで嗅いだ気がする。 そして、臭いの答えに至った時、私は静かに剣を抜いていた。

 

「えぇ、そうね。 気のせいでなければこれ『死臭』よ。 腐ってはいないけれど、臭いの度合いからしてかなりの人数が最近ここで死んだはず」

 

「ば、馬鹿なことを言うんじゃない。 ここはナチス、ドイツが徹底的に管理している場のはっ!?」

 

 50年も昔、人を大勢殺した際に嗅ぎなれた臭い。 その正体を伝えると慌てた様子で否定するスピードワゴンの言葉が途中で呻き声に変わり、そちらを見れば足元に大量の干からびた軍人の死体があった。

 

 入った当初からこの地下遺跡には禄な明かりが無く、物音一つしないのを不審に思っていたが疑惑が確信に変わった!

 咄嗟に無数に生える柱の一つによじ登り、暗闇の中を見通すように辺りを警戒する。

 

「ぜ、全滅しているっ!? ま、まさか……おい、ドイツ野郎! 暗闇へ行くんじゃねぇ、何か潜んでやがる!!」

 

 私の目は暗闇の中でも比較的良く見通せる。

 だからこそ、運悪く暗闇から歩いてくる3人の人影の前に立つマルクの姿が目に入った。

 

「う、うわああああぁぁっ!!」

 

「マ、マルク―――ッ!!」

 

 暗闇から現れた奇妙な衣装を纏った半裸の男達。 恐怖で立ち竦んでいたのだろうか、一人の肩にマルクの右半身が触れたかと思えば次の瞬間、その半身は抉り取られていた。

 致命傷という言葉すら生温い凄惨な光景にシーザーの叫びだけがむなしく響くだけ。 犠牲となったマルクに思う所はあるが、最悪報酬を支払うスピードワゴンさえ生き残れば何も問題はない。

 

(他の生物の肉体と一体化するように喰らうとは聞いていたが、目の当たりにすると凄まじい。 やはり奴等に肉体を用いた攻撃をするのは賢い者のすることではない)

 

 まるで道端の石ころのように叫びをあげる人間を無視し、筋骨隆々の3人の中でも一際体格の良い1人が跪き2人は仁王立ちしながら聞き慣れぬ言語で何かを話し始めた。 この様子から上下関係が伺え、上手くいけば何か弱点も分かるかもしれない。

 

「स्कारधन्य」

 

(あれは、石仮面? なぜ今ここで……奴等が餌の製造として使うと聞いていたがなぜ『今』なのだ?)

 

 ターバンを纏った柱の男が持つ石仮面。 言語は理解できぬがそれを手で持ち上げている点から石仮面の話をしているのだろう。

 問題はなぜ、その話を今しているかだ。 奴等にとって石仮面は餌の製造機、使うのならば先程までいたジョセフ達に使えばいいものを向かう素振りすら見せない。 そこが余りにも不可解だ。

 

 となれば、奴等にとってあの石仮面は別の意味を持つということだろうか? 見れば私が見た事のあるものとは違い、額に穴が空いた形状をしている。 奴等の目的は今だに不明だが、何か関係するものでもあるのだろうか。

 

「ジョジョ―ッ! おまえは引っ込んでろ! マルクの仇は俺がつけるッ、喰らえ必殺のシャボンランチャー!」

 

 私が考察を深めている最中、もう少し様子を見れば何か分かりそうでもあるがそれを打ち切るかのようにシーザーの叫びと共に透明の泡が次々と手から放たれた。

 ふわふわと空中に浮く透明の泡、先程叫んでいたが正体はシャボン玉だろう。 相手を楽しませるために放った訳ではないのが分かるが、不可思議な行動に理解が追いつく前に泡の一つが柱の男の肩に当り割れた瞬間、火花が走りその肩を溶かした。

 

「こ……これはまさか波紋ッ! 生き残っておったか、波紋の一族よ!」

 

 いつのまに理解したというのか流暢な英語で柱の男の一人が驚嘆の声をあげ、不敵に笑ったかと思えば次の瞬間、頭かざりから何本ものフック状の針が吊るされたワイヤーが現れ、超人的な反射速度でそれらを振るい次々と波紋入りのシャボン玉を触れもさせずに切り刻んでいく。

 

 触れたら危険と判断しての行動にしては用意周到すぎる。 事前に知っておかなければこうも上手く対処できぬはずだ。 あれを対波紋用の道具と仮定したとなれば奴等は――。

 

「あの波紋を帯びたシャボン玉に対する対処方、知っていなければ(・・・・・・・・)できない動き! 奴等と波紋は二千年前に出会っている!」

 

「……ほう、我等が絶滅させたはずの波紋の一族の生き残りがいたとはな。 ワムウ、丁重にもてなしてやれ。 先に外で待っているぞ。」

 

「ハハン! なるほどな。 どれ、俺はもう少しここで様子を見るとしよう。 ワムウよ、存分にその力を振るうがいい」

 

「ハッ! カーズ様、エシディシ様、ご随意に」

 

 ワムウ、エシディシと呼ばれた柱の男達を残したまま一人ターバンを頭に巻いたカーズと呼ばれた男が離れていく。

 

(これは好機か? 手の内を見られるだろうが最悪不意を打って出ようと思っていたものの、好都合にも一人離れた。 ここは離れた奴を狙うのが定石!)

 

 台詞からして奴等にとってこれは戦闘ではなく、遊びのようなものだろう。

 耳障りな羽虫程度に全力を持って挑む者などいないように、奴等はこの遊びを楽しむために少しは時間をかけるはずだ。

 

 離れた相手を始末し、即座に戻り残りの奴を始末すれば私の豊かな生活が待っている!!

 

 柱から柱へ出来るだけ音を立てず、トカゲのように張り付きながら外へと向かうカーズを追う。

 

 闇から闇へ、気配を殺しながらも他の柱の男から距離を取ったのを見計らい、奴が移動する近くの柱の頭上へ潜み機を伺うと―――。

 

 

「そこに隠れている者、いい加減に出てきたらどうだ」

 

 

 私が潜む柱の手前で止まり、腕を組むカーズが目を閉じながらそんな言葉を響かせた。

 思わず心臓が大きく高鳴る。 十中八九、私のことだ。 唐突に逃げ出したい衝動に駆られるが堪え、静かに柱の根元まで降りると姿をあえて晒す。

 

「ごきげんよう、不躾ながら1つ聞いてもよろしいかしら? なぜ、潜んでいると分かったの?」

 

「女……いや、吸血鬼か。 貴様は『エイジャの赤石』というものを知っているか?」

 

 知能が高いとは聞いていたが、こいつは私の話を聞いていないのか。 いや、聞くまでもないと思っているのだろう、それはむしろ私にとって非常に好都合だ。

 

「質問を質問で返すような無作法な輩に答える義理はない。 ま、無理もないわね。 そんな野蛮人のような格好相手に礼節を求めるのは酷というもの」

 

 所詮、吸血鬼など敵ではないと思っているのだろう。 確かにそうだ、私と奴等では地力が赤子と大人程もある。 戦えば一方的に倒されるのが普通だ。 普通(・・)の吸血鬼ならば、だ。

 

「……ほぅ、命がいらぬものと見えるな。 素直に言えば楽に死ねたものを」

 

 時に思い込むというのは慢心より酷いものだ。 それが必ず勝つという確信、自身が絶対の信頼を寄せるものであればあるほど覆された際には手酷い結果を生む。

 

 静かに剣を構え、僅かな動作も見逃さないと正面の敵を見据える。 元々、この手は成功する確立はお世辞にも高いとは言えない。 だが相手が私を脅威と思わなければ思わない程に数倍に膨れ上がる。

 

(そう、今この状況がそうであるがように私の勝利は揺るが)

 

「時に貴様はなぜ逃げずに剣を構えたままでいる」

 

 勝利を確信しかけた時、何かに亀裂が入る音がした。

 

「お前はあの人間が我々に触れただけで肉体を抉られると知った。 圧倒的な力の差を感じるのが道理、それでも尚なぜ対峙するのか」

 

 心の中で過ぎるのは後悔の念。 思い込むのは慢心より酷い。 確かにそうだ。

 

「力の差を理解できぬ愚か者か? 違う。 あの人間共の味方をする為か? 違う、それならば向こうに加勢するだろう。 ならば答えは何か、私を倒せる算段があるからだ」

 

 思い込んでいたのは『私』の方だった。 知能が高かろうが所詮、古代に生きる原始人だろうと。

 

「そして貴様は吸血鬼、その剣一本が私に何の意味も持たないことは理解できるはずだ。 だというのに、どうして構えるのか? 恐らくはそれを利用した手なのだろう」

 

 一枚一枚、果物の皮を剥くように私のメッキが剥がれていく。

 対抗できうる手段が完全に見抜かれている。 目の前が暗くなるような錯覚を覚え、間を置かずに重く圧し掛かる不安に剣先が震え、体までも小刻みに震えだす。

 

「最後に……貴様は先程から私を片時も目を離さぬとばかりに注視していた。 つまり、私の動きをよく見なければ実効できぬ手段。 ならば、よく見ておくが良い!!」

 

 唐突に男の体から眩いばかりの光が発せられ、暗闇に慣れていた私の目では耐え切れず一瞬目を瞑ってしまった。

 慌てて目を開く頃には先程まで目の前にいたはずのカーズが跡形も無く消えている。 後に残るのは無数の柱と暗闇が広がるのみ。

 

(あ、あぁ……だ、駄目。 明らかに、何もかも私が不利! に、逃げないと、でも、どこへ?)

 

 辺りを見渡してもどこが出口なのか分からず暗闇が広がるばかり。 だが、その闇は確実に先程の男、カーズの気配を纏い実体を得た闇だ。

 

 恐怖が心を満たし、私は傍にあった柱に背中を預けて震えるしかなかった。

 今の私は滑稽なほどに惨めな姿をしているだろう。 涙を浮かべ、首振り人形のように左右に視線を動かし、体を恐怖で震わせながら剣を構えているのだから余計にだ。

 

(怖い。 怖い、怖い、怖い!! この状況から抜けられるなら何だってする!! 誰か、私を――)

 

 刹那、本能とも呼ぶべきか頭の中で強烈に鳴る警報に従い、咄嗟に背中を預けていた柱へ振り向きながら後ろへと跳んだ。

 間髪居れずに白い線の筋が目の前に走ったかと思えば構えていた剣の刀身が半ばから滑るように落ち、私の胸からも横一文字に切られたような傷口から血液が噴出した。

 

「はぐっ!? 一体、何が? 痛っ」

 

 受身も取れず、背中から勢いよく地面へと着地し、ついで目の前の信じられない光景に目を疑った。

 

 柱がゆっくりと傾く様だ。 横幅3m近くあろうかという巨大な柱が斜めに滑り落ちるように倒れたのだ。

 根元を見ると綺麗に切り取られたように凹凸がない切断面がある。 明らかに可笑しい、どんな刃物を使えばこんな切断面が出来るというのか。

 

「ほう、かろうじて避けたか。 待っておれい! 今、楽にしてやる!」

 

 倒れた柱が起こす土埃の中から、ゆっくりと目を光らせながら歩いてくる悪魔の姿に私は覚悟を決めた。

 

「ゆ、許してください! 何でもします! エイジャの赤石なら私が持っていますから!!」

 

「……ふん、苦し紛れにしか見えぬがならば証明してみせろ。 10秒やる」

 

 ポロポロと頬を涙が伝うのが分かる。

 目の前の嘲笑を浮かべる悪魔は容赦しない、10秒を過ぎたら私を真っ先に殺しにくる。

 

「9、8、7、6」

 

「あ、あぁ今持っていたかしら? こ、これ? あ、あぁ違う? これも違う違う違う!!」

 

 エイジャの赤石など聞いたこともない。 私は指に嵌めている宝石の指輪を外し、相手に見せるも反応なし。  次いでスカートの裾を捲り、太ももに巻いているベルトに吊り下げられた大きな棒つきの道具やナイフ、非常用のお金を引き千切って辺りにばら撒く。

 

「も、もうポケットの中しか……い、いや、死にたくない!!」

 

「フフフ、5、4、3……ム?」

 

 半狂乱になりながも服の中にあるポケットから取り出したのは、先程太ももに金と一緒に巻いていた棒つきのごつい道具だ。 さすがに可笑しいと感じたのか、目の前の余裕顔の男の表情が怪訝なものとなった。

 その棒は奇妙な形をしていた。 ちょうど柄の部分は何の変哲も無い太い木の棒だが、その先に円を描くように鉄製のプレートが盛り上がった形をしている。

 

 そんな物をポケットに入れているのだ、怪しむのも無理はない。 それを知っている私は迷わず棒についてあるピン(・・)を抜き、涙は溢れたままだがゆっくりと目の前の男に微笑んだ。

 

「あら、数えないの? 2、1、0。 貴様に相応しい土産をくれてやる、ありがたく受け取れマヌケ!!」

 

「ムッ!? BAAAAAAAHOOOOOOOO!!」

 

 私の元来ようと歩いていたカーズの足元近くに放り投げていた棒つきの物……手榴弾が唐突に爆発し、奴の足が吹き飛びよろけた所を最後の駄目押しとばかりにカーズの顔めがけて抜いたばかりの手榴弾を放り投げると男の目の前で爆ぜた。

 

 男の姿が炎と煙で見えないのを確認すると即座に後ろへ振り向き一目散に駆け出す。

 

「ビンゴォ! 貴様の顔がグチャグチャになる所を見れないのは残念だけれど、これで少しはスッとするというもの!」

 

 剣の他に持ち出した手榴弾を何本か持ち出しておいたのが功を奏した。 パニックに陥るフリをし、辺りに幾つか適当に物ばらまきつつも手榴弾のみ集中して奴が近づいてくるであろう道に放り投げておいたのだ。

 

 最後のポケットに詰め込んでおいた2本は先程、奴のマヌケ面に目掛けて投げたために今ごろ愉快な顔になっていることだろう。

 

(はぁ、はぁっ。 あ、危なかった。 あいつが姿を現さなければ、まず間違いなく私の心は折れていた)

 

 本当にギリギリの所だった。

 目に見えぬ恐怖というのは底が知れない。 どう対処すべきかも見えぬからだ。 だからこそ、下手に動けなかった。

 だが、恐怖は姿を現した。 ならば、対処するべき方法も自然と思いつく。 好都合にも時間を数えてくれるのだ、爆発する時間の調整、時間間近になれば近づいてくるだろうということを咄嗟に思いつけたのは幸運だった。

 相手にとっても予期せぬ結果だろうが、私にとって首の皮一枚繋がるという結果となってくれたのだ。

 

 しかし、こんなものは所詮足止め程度でしかない。

 現に鋭利な刃物で切られたような私の胸の傷は既に塞がっている。 手榴弾を間近で何発も喰らったとはいえ、奴にとってはせいぜい軽傷を負った程度でしかない。

 

 そして、その軽傷を負わせる手を2度も喰らう相手ではない。 たかが原始人だと甘く見ていた、奴等は賢く、遥かに強大な存在だ。

 

(だからこそ、今は『退く』べきだ。 これは決して敗北による逃走ではない、体勢を立て直すためにも『退く』のだ!)

 

 

 

 

 

 

 当てもないまま出口を探す為に走り続けていると柱の間から僅かな明かりと共に会話が聞こえてくる。

 聞き覚えのある声にどこか安堵すると共に、内心で離れるべきかと思案する。

 

 正直、私は自分の身を守るので精一杯だ。 あらかた持ってきた武器を失い、ここで他人など手助けできる余裕などありはしない。

 せめて、柱の影から様子を見ようと近づいた時。 目の前の柱に隠れるようにジョセフが慌てて回り込むのが見えた。 何事かと思いながらも、相手も私に気がついたのか目を見開き。

 

「げっ、近づくな馬鹿野郎! 何かヤバイのが――」

 

「闘技! 神砂嵐!!」

 

 柱の影から見える頭かざりをつけた男が叫んだ瞬間、私の目の前の柱に不可解な現象が起こり始めた。

 

 柱に対し、円を描くように目視出来る程の空気の渦が左右から囲ったのだ。 その暴風は柱をまるで雑巾を絞るように不自然に削り取り、破壊していく。

 当然、そんな馬鹿げた威力を持つ暴風の近くにいたのだ。 私の体を切り刻み、紙のように軽々と私の体を吹き飛ばした。

 

(……な、何が。 全身が痛む、あれも奴等の能力? か、勝てない。 む、無理だ。 敵う相手ではない)

 

 視界が二転三転、ぐるぐると宙を舞い地面へと激突する時でさえ異常な破壊力を持つあの風の原理が理解できない。

 

 傷自体は全身を大きく切り刻まれ、出血も酷いが重傷という訳でもない。

 何よりも危惧すべきことは、今ので私の心がポッキリと『屈服』するのを感じたことだ。

 

 自身を誤魔化し、恐怖に染まって反撃する牙を失わないように見苦しい言い訳もしたというのに。

 

「うぅ、ぐすっ。 出口、出口はどこ? い、嫌だ、もうこんな所に居たくない」

 

 気がつけば、地面を這いずり嗚咽を漏らしながら先程いた場所から遠ざかっていた。 土埃に塗れ、ズタズタに切り裂かれた衣服からそこらの浮浪者と大差ない無様な格好だろう。

 それでも尚、私は構わず逃げ続けた。 走れるまでに傷が癒えたとしても、私の細胞は全て逃走へと向けられていた。

 

 無我夢中で走り続けると、私は何て運が悪いのだろう。

 壁に埋まる『柱の男達』が大勢いる広間へと抜け出た時、自然と腰を抜かしてへたり込んでしまう。

 

 無意識の内に頭を抱え、体を丸めると目の前の現実から目を逸らすようにブルブルと身を震わせることしか出来なかった。

 

 数秒か、数分か、数時間か。 私には無限の時間に等しい程の恐怖に震え続けていたが、何の物音もせず、何も起こらない状況にゆっくりと薄く目を開けた。

 

「……は、はは。 ただの、壁に彫った彫像」

 

 暗闇ということもあり、よく見えなかったのだろう。 壁に彫られた彫像に怯えるなど子供のすることだ。

 僅かに、ほんの僅かに残ったなけなしのプライドが心に怒りを生み出した。 それが虚勢であれ、今は私を保つのに重要なものだ。

 

 少し冷静になり、この広間の天井部分にはナチス・ドイツのシンボル旗が掲げられ、奥の方には何らかの機械が大量に置かれている。

 ここは何かしらの施設か、それとも何か実験でもしていたのだろうかと奥へ進むと意外なものが多く転がっていた。

 

(石仮面? なぜ、こんな所に大量にあるのかしら。 どれも装飾が違っているように見えるけれど)

 

 私が50年前、吸血鬼になる為に使った石仮面は全体にヒビが入ったシンプルな石仮面だ。

 床に転がる物と違い壁に埋め込まれた石仮面の近くにある不自然な窪みも気になるが、興味を惹かれるのは種類の多さだ。

 

 植物の葉っぱをイメージしたような装飾や動物の角をつけたような石仮面。 これらに何か違いがあるのかと考察を深める中、一際目を惹くものがあった。

 

 頭部に窪みがある石仮面、これは確か奴等が持っていた石仮面だ。 つまり、数ある石仮面の中でもわざわざ奴等はこの穴の空いた物を選んだわけだ。

 

 手に取り、感触を確かめるも普通の石仮面のように見える。 私は今、何かに縋りつきたいという思いもあったのだろうか。 利用価値など余りなさそうに見えるが、懐にその石仮面を収めると静かに目を瞑った。

 

(放置された機材、大量の石仮面から見てここは恐らく奴等が眠っていた場所だ。 私にとって恐怖以外の何者でもない化物が)

 

 化物。

 吸血鬼であると自覚する私ですら、そう思わざるを得なかった。

 心を占める感情は恐怖。 対峙したいとは思わない、思い出すだけでも嫌だ。

 

 だが、心に刻まれたトラウマは明確に恐怖を思い起こさせる。 その恐怖に導かれるように私は元来た道へと引き返していた。

 

 奴等が恐ろしい、奴等を思い出すだけでも怖い。 これを克服する手段はたった一つ。

 恐怖を根元から断つのだ、あいつらは存在してはいけない。 あいつらがいると私の心に平穏は訪れない。 奴等さえ、殺してしまえば良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖を克服することを勇気と呼ぶというのならば、私は勇気など持っていない。

 私はそこまで勇敢でもなく、強くもない。

 奴等を仕留める決定的な手段を思う浮かんだ訳でもない。

 

 ただ、私が恐怖に駆られるまま向かった先は全て終わった後だった。

 

 

 空から差し込む月明かりが辺りを照らす広間、そこに傷だらけになったジョセフとシーザー、そしてスピードワゴンがいたからだ。

 

「ん? お、やっぱりティアもしぶとく生き残ってたか。 こっちは散々な目に遭ったぜ」

 

「奴等は……いないの?」

 

 能天気に話すジョセフなど目もくれず、辺りを見渡すもいない。 スピードワゴンから奴等は去ったと聞かされても私の恐怖は膨れ上がるばかり。

 

「あいつらは一人たりとて生かしては駄目だ。 殺さないといけない。 体の一片でも残しては駄目だ、消さないといけない。 この世から抹消しなければ――」

 

「あ、あぁ? おい大丈夫かティア。 少し落ち着けって、そんな焦らなくてもいいだろうが」

 

 ブツブツと呟く私を見て、苦笑するジョセフからは今の私のように恐怖といった感情とは無縁に見える。 いや、ジョセフだけではないシーザーやスピードワゴンさえも表情に余裕がある。

 なぜだ? あの化物染みた力を見てどうして恐れない。 こいつらは一体何者なのだ?

 気がつけば私はジョセフから距離をとっていた。

 

 いや、周りの人間達からもだ。

 

 自分を理解できるのは自分のみ。 他人には絶対に理解できないからこそ、自分と他人という言葉で区切るのだ。

 私の目には、恐怖に屈しない目の前の者達がまるで、そう。

 

 化物のように見えた。




 リサリサの所まで書こうと思ったけれど、長くなりそうなのでカット。

 まず柱の男と相性が悪すぎて、タイマンで勝てる確立がほぼ無いに等しいのが辛い。 物理攻撃無効どころか触れたらアウトの制約がまた。。。

 久々に書いたのもあって呪いの十字架のことすっかり忘れてた……一応、枷を嵌める制約からは外れているから良いのかもしれないけれど。
 
 勢いで書けたけれども、このまま2部終わらせて小休止にまた入りたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恨みを抱く者

柱の男達との遭遇より数日が経つ頃、ローマから逃げるように私達は汽車に乗り込み、水に浮かぶ都市『ヴェネチア』を訪れていた。

 街の大半が水の中へ沈み、水面に月明かりが反射する光景はどこか神秘性すら感じさせる。

 しかし、この美しい風景を醸し出す街へは何も観光に来た訳ではない。

 

「ぬあんだァ~? このヴェネチアって所は観光都市じゃねえのか?」

 

「騒ぐな、このいなかもんが。 俺達は強くなる為にここへ来たんだ、黙ってついてこい」

 

 ジョセフとシーザー、2人の平時と変わらぬ態度を私は少し離れた位置から愕然と見つめていた。

 

(どうして、どうして奴等はアレを目の当たりにして平然としていられる? 特にジョセフの状況を考えれば笑っていられる余裕などないというのに)

 

 今でもローマの地下で出会った柱の男達の恐怖が私の体に染み付いており、思い出すだけで体が震える。

 生き延びられただけでも奇跡といえるのかもしれない。

 

 そう、目の前の者達も生き延びたからには強い『運』を持っていたのだろう。 だが、その運は代償を支払うものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマの地下世界での遭遇直後、ジョセフ達はすぐにSPW財団の助力の元に病院へ運ばれた。 私はというと傷自体は浅い為、吸血鬼の治癒力を持ってすぐさま完治し、休息をとることとなった。

 

 それは良い、その時には恐慌状態に陥っていた私も平静を取り戻し、病院へ運ばれた2人も傷自体は浅かったのか間を置かずに私がいる部屋を訪れた―――医者を連れた状態で。

 

「このレントゲンを見てください。 信じられん、指輪が喉と心臓の血管に絡み付いている。 こんなことがあり得るのか!」

 

「オーノーッ! あの野郎、毒の指輪なんてもんマジで埋め込みやがったのかよ!」

 

 喉と心臓の位置に絡みつく指輪が鮮明に映し出されたレントゲンの写真を前に説明する医者、それを受けて叫び声をあげるジョセフ。

 事態を呑み込めない私が首を傾げていると隣にいたSPWが事の顛末を話し始めた。

 

 

 柱の男の一人ワムウ。 あの巨大な柱を不可思議な暴風で削り取り、ジョセフもろとも私を吹き飛ばした化物。

 それから逃れる為にジョセフは得意のハッタリをかまし、見逃してもらう代わりに33日後に溶ける毒の指輪を埋め込まれたのだという。

 

 わざわざ2つも毒の指輪を埋め込むとは念入りな奴だと口にすると、もう一つはエシディシと名乗る柱の男に埋め込まれたと聞き、私は初めてジョセフに対して同情の念を抱いた。

 

 その毒の指輪の解除方はただ一つ、奴等が身に着ける解毒剤を手に入れなければ外れない代物とのこと。 そして体内にある指輪は2個、それも個別にということは最低限2人の柱の男達と対峙せねばならぬのだ。

 哀れみを覚えるなという方が無理なものだろう、これが私なら恐怖の余り心臓が止まるかもしれない。

 

「ジョジョッ! やはりお前に残された道は1つしかない。 今より波紋の修行で強くなり、奴等を倒して解毒剤を手に入れるしかッ!」

 

「げっ、その修行ってもしかしてめちゃんこハードな奴? オーノーッ! 俺は『努力』ってのが一番嫌いなんだぜ」

 

「てめーの命だろうがこの野郎! もうちょっとマジメに出来ないのか貴様はッ」

 

 普段と変わらぬふざけた性格のジョセフ。 見慣れた光景だというのに私は疎外感を感じていた。

 いや、違和感と言った方がいいのだろう。 私の中で急速に黒いもやが膨れ上がり、心を蝕んでいく。

 

「貴方は……怖くないの?」

 

 ポツリと思わず漏れた言葉に場が静まりかえる。 私の弱気とも取れる言葉に思わず口元を押さえ、誤魔化すように顔を背けた。

 

「そりゃ怖いって感情はあるけどよぉ、このまま何もしないで死ぬよりはマシだからな。 それよりも、その発言からしてあいつらにビビッてるとか? 仕方ねぇなぁー、代わりに俺がキチッとやっつけてやるよ、ウケケッ」

 

「……そう。 強がりを言うなら、その冷や汗を拭ってから言いなさい」

 

 普段と変わらぬ軽薄な態度。 それだけを見れば事態を把握できぬ馬鹿か私の理解を超えた図太い神経を持った人間とでも映っていただろう。

 しかし、私の目はジョセフの首筋を流れる冷や汗を見逃さなかった。

 

(怯えながらも気丈に振舞うのは……そうか、かつてのジョナサンが持つ強さのように他の誰か(・・)の為か)

 

 仮にここで死の恐怖あるいは柱の男達に怯えている様を見せ付ければ他の者の心にも怯えが伝染する。 そこまで考えていてのことかどうかは分からぬが、自身の恐怖をも上回る強い意志が目に宿り、その身を動かし続けているのだろう。

 

 そう、自身の為ではなく他者の為に。

 

 自分を犠牲にしてまで他者を助ける行為を人は賞賛するだろう。 それはなぜか? 簡単な答えだ、普通は出来ないからだ。

 死の恐怖を克服する勇気、利害を無視して他者の為に行動する崇高な精神を持たねば出来ないことだ。

 

 しかし、当の本人は気づいているのだろうか。 本人にとっては当たり前に行うことだとしても、それが出来ぬ弱い者の目には異端のように映ることを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ァ、ティア、何ボーッと突っ立ってんだ? そんな調子であいつらと本当に戦えるのか? 別に無理に付き合わなくてもいいんだぜ?」

 

「……? え、えぇそうね。 大丈夫よ、それよりも自分の事を心配した方が良いんじゃないかしら」

 

 数日前の記憶を思い出している最中、不意に意識が目の前に広がる夜のヴェネチアへと戻った瞬間目の前に現れたジョセフの顔に思わず仰け反ってしまう。

 深く考え込んでいた為だが、周りが見えなくなる程考え込むなど私らしくもない。 そう思っているのはジョセフもなのか、怪訝そうに私を見て眉を顰めている。

 

 何とか体裁を取り繕い、優雅な私を演じようにもどこか空しさを心の中で感じる。

 誤魔化すように視線を傍に流れる川へと移し、シーザーの案内の元に後ろをついていくと開けた船着場へと出た。

 

「そこの君、ゴンドラを頼む。 エア・サプレイーナ島までいきたい」

 

 ゴンドラ――確かこの辺りの地域一帯で運用されている横幅が狭いのが特徴の小船だったはず。

 どうやらこの船を使って島まで行こうとしているようだが、肝心の船に乗る船頭はシーザーの言葉を無視し、背を向けたまま横たわっている。

 それを不満に思ったのか、シーザーが声を掛けながら船頭へ詰め寄ろうとした瞬間、背を向けていた人物が勢い良く振り返った。

 

「そこの左側のでかい男、そして後ろにいる気取った女! 貴様らの顔が気にくわん、痛めつけてやる!」

 

「それ、俺のことか? なんだテメー、変な仮面着けていきなり変なこと言いやがって! 頭パープリンじゃねえのか?」

 

(……ジョセフの顔が気に食わないのは分かるけど、どうして私が? 敵?)

 

 振り向いた人物、船頭の顔にはまるで舞踏会にでも出るような仮面と紅いマフラーが身に着けられており、人相までは伺えない。

 こんなおかしな奴が敵というのも考えにくいが、私に対して射抜くような敵意を感じる。

 何をするかと様子を見ていると船の近くに浮かんであったオールの上へと飛び移り、両足を器用に使いまるでしなるムチのようにオールを振り回し、ジョセフの顔へと叩きつけた。

 

「ウゲーッ!? なんだぁー? オールなんて変なもん使いやがって!」

 

(いや、それよりも水上に浮かんでいたオールに沈まず(・・・)に飛び移っていることに気がつくべ――ハッ!?)

 

 水上に浮くという得体のしれぬ術の正体が分かりかけてきた時、仮面の人物の足元からまるで矢のように飛んできたオールを咄嗟に身を捩って回避する。

 ジョセフはまともの喰らったようだが、この私の運動能力を持ってすればこの程度避けるのは造作もないこと! そうほくそ笑んでいると、目の前の仮面の人物から溜息が漏れ出した。

 

「ふーっ、男の方は波紋で水をはじき、水面に立つことで波紋の才能を持っていることが分かった。 対して女の方は自身の力を過信する余り周りを見ていない愚か者か」

 

 少し甲高い声からして恐らく成人した女。 女の言葉通り、川の方へと吹き飛ばされたジョセフが足元に波紋を練り、水面へ浮いているのは見て取れるが私が愚か者とはどういうことか。

 

 言葉の真意を探ろうとした瞬間、視界が暗闇に染まり次いで頭から足のつま先まで広がる冷たい感覚が私を襲った。

 

 

 ……ゆっくりと、そうゆっくりと頭に被ったバケツを取り、次いでバケツに入っていた水のお陰でビショビショになった服を確認し、後ろを振り返った。

 先程放り投げたオールが壁に突き刺さり、壁一面に亀裂が走っている。 その衝撃が壁を伝わり頭上にある民家のバルコニーに置いてあった水入りバケツを落としたのだろう。

 そう、私の頭上へと。

 

「ふ、ふふふ。 なかなか味な真似をするわね。 えぇ、見世物には見物料を払いましょうか……貴様の体でな!」

 

「よーし、そのスカした野郎をぶちのめしちまえティア! 半殺し程度なら俺も許すぜ」

 

 水面に浮く、壁に衝撃を伝わらせるなど奇妙な現象からして仮面の女の正体は十中八九波紋使いだろう。

 何の目的で私達の前に現れたのかは問題ではない、重要なのはこの私をコケにしたことのみ。

 

 その代償を償わせるべく、水面に浮かぶ仮面を着けた人物に対して飛びかかろうとした時、目の前の人物の手が仮面に伸びた。

 何を考えているのか理解できぬが問題ではない。 既に私の攻撃可能な距離であり、横振りに振るわれる拳がこいつの体を砕く―――そう確信する私を前にして、何気なく仮面を取り外す人物の瞳が私を射抜いた。

 

 長く伸びるブラウンの髪、端正に整った美しい顔と透き通るようなブルーの瞳。 だが、私を見つめる若い女の瞳は汚物を見るかのように侮蔑が篭った視線だ。

 

 その人物の顔を確認した私は咄嗟に振るいそうになった拳を止め、そのまますれ違うように浮いていた船へと着地する。

 

「あ……貴方はリサリサ先生! ジョジョ、この人が俺達の波紋を強くする先生だ」

 

「こいつが俺達の先生だぁ~? 女じゃねえか! ……いや、それよりも何であの高慢ちきのティアが怯えてんだ? そっちの方が信じられねえ!」

 

(ば、馬鹿なっ!? どうしてこいつが今ここで出てくる? ど、どう対処すれば――)

 

 ダラダラと体中から汗が一気に噴き出てくる。 最近の私はどうにも『運』が向いていない気がする。 柱の男達という存在もそうだが、よりにもよってなぜこの女がここにいるのだ。

 後ろを振り返ればまるで幽鬼のように女が佇み、凍えるような瞳が私を映し出す。 その容赦のない視線に私の体は微かに震え、目線を逸らさせた。

 

 落ち着け、落ち着くのだ私よ。 ここはどうにかして話題を逸らすのだ、もう昔のことなのだ。 少しはそう、相手も落ち着いているはずなのだ。

 

「ひ、久しぶりね。 エリザ―――っ!?」

 

「そうね。 顔も見たくない相手に対して会いたい(・・・・)と思う時、その人物はなぜ会いたいと思うのかしら? ……リサリサ、今の私はそう名乗っているわ」

 

 私が名を呼び、視線を戻した瞬間には女の顔が息が吹きかかる距離まで近づいていた。 間近で見る表情や態度、言葉ですら私に対する敵意が痛い程に感じる。

 

 問題は時が解消してくれる。 そう少しでも考えていた私が愚かだった、むしろ煮詰まり余計に事態が悪化しているではないか。

 その気迫に圧倒されてか言葉に詰まる私を無視し、女は後ろで様子を見ている二人へと振り返っていた。

 

「シーザー、それにジョセフ。 ようこそヴェネチアへ。 貴方たちの波紋の強化については船の中で話しましょう。 船頭はそこの吸血鬼がやってくれるそうだわ」

 

 目の前の3人の視線が私に一斉に向けられる。

 辺りを見渡せば、ここは人通りが少ないのか他に船頭らしき人物も見えない。

 とはいえ、なぜ私が船頭などと面倒なことをしなければならないのか。 文句の一つでも言おうとした瞬間、目の前の女、リサリサの首に巻いていたマフラーが私の口を物理的に封じていた。

 

「このマフラーは特別製なの。 波紋を100%伝えることが可能な物質。 やってくれるわよね?」

 

「いや、ちょっと待てよ。 あんたリサリサだっけ? ティアと知り合いっぽいけど、ちと扱い雑じゃねえの? 憎たらしい奴なのは否定しないけどよー」

 

 私は無言で何度も首を縦に振った。

 彼女の口元が弧を描き、こう語りかけてくるのだ。

 

『断れ、そうすれば私はお前を始末することができる。 それはとても嬉しいことだ』 と。

 

 取るに足らぬ些細な理由でも私を消そうとする執念にも似た殺意を浴びせられ、弱りきった私は従順になるしかなかった。

 放り投げられたオールを手に取り、静かに指示される方角へと向かおうとした時、手に持ったオールを乱暴に奪い取る2つの手があった。

 

「文句の一つも言わねえなんて疲れてんのか? ……仕方ねぇなぁ~、ここは一つ借り作っておくのも良いかもな! シーザー、お前も一応女である奴に漕がせっぱなしって訳?」

 

「はんっ、確かに性別上は女性であるのは間違いない。 俺のポリシーに反するもの確かだ。 だが断っておくがお前とそこの女の為じゃないぞ、あくまで俺の為だからな」

 

 憎たらしい笑みと心底面倒そうな男達の手によって船は進み出す。 唖然と空になった手を見つめ固まる私と背後から強烈な敵意を浴びせてくる女と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船を漕ぐこと数十分、遠く水平線にある島へと到着するとその全貌が明らかとなった。

 小島と呼べる部類の小さな島だが、驚くべきなのは島全体に聳え立つ広大な館の姿だ。 時を隔ててもなお人を惹きつけて止まぬ名城のように随所に趣向を凝らせた館は見事としか言いようがない。

 

「素晴らしい。 恐らくかなり年代が経っているように見えるけれど、その優雅さは損なわれる所か増しているわね」

 

「……物を見る目は確かのようね。 さて、これで貴方とはここで2人っきり、これはどうしたものかしら」

 

 船から降りた後に逃げるように館の外壁へと近寄り、観察している私の背後から不意に声が掛けられた。

 その聞き覚えのある声に心臓が高鳴り、辺りを慌てて見渡すと館の入り口らしき所へ大柄な2人の男に案内されるシーザーとジョセフの姿が目に入る。 居て欲しくない時にはいるくせに、どうして肝心な時にはいないのか。

 

 ゆっくりと声がした方へ振り返るとタバコを手に持ち、口元から煙を吐き出しながら冷たい視線を向ける女……リサリサだ。

 

「最初に言っておく、私は貴方の事を許す気は毛頭ない。 しかし、今はケジメ(・・・)をつけるべき時ではない。 柱の男達を倒すのが先決。 貴方に戦う意思はあるか、答えを聞きましょうか」

 

「も、勿論戦う意思があるからこそ私はここにいるのよ。 それよりも、その、私も『あの事』については悪いとは思ってい――」

 

 言葉を述べるよりも先に目の前の女の手元から鋭利に尖ったナイフが放たれる。

 突然の攻撃を咄嗟に体を屈ませ避け、顔を上げる頃には女の瞳は先程の冷たい印象から一変し、燃えるような憎しみに満ちた気迫を纏っていた。

 

「『悪いと思う?』 ……よくもヌケヌケと私の前で言えたわね。 貴方はジョージ・ジョースターが死んだ時、こう思ったでしょう? エリナさんに責められる原因をよくも作ったなと心の中で蔑んだ」

 

 目の前のリサリサ……いや、エリザベス・ジョースター(・・・・・・)の言葉に声が詰まる。 声が詰まるのは思い当たる節があるからだ。

 

「そうして私がエリナさんの元を去ることになると知った時、貴方はこう思った。 これでエリナさんの『関心』は全て自分に向けられると心の中でほくそ笑んだ」

 

 心臓を掴まれたかのような圧迫感を感じる。 息も少し荒くなり、冷や汗が滝のように流れ始める。 どうして、この女は私の思考が読めるのか。

 

「人間は他者と分かち合うことに喜びを見出すもの。 誰しも他者無くして生きられない。 それを忘れ、己のみを優先する輩程醜いものはない。 そうは思わないかしら? ティア・ブランドー」

 

「わ、私は……その時はそう思っていたかもしれない。 けれど私だって」

 

「部屋は用意する。 貴方が戦おうとする理由も分かる、己を脅かす強者の存在が許せないから。 ……貴方が追い詰められ、本性を曝け出す日が楽しみだわ。 その時、私がお前を殺す時よ」

 

 弁明する私の言葉など歯牙にも掛けず、女はマフラーを靡かせながら早々に立ち去っていく。

 遠のく女の後ろ姿に『以前の私とは違う』 と、ただその一言だけを発しようと口を動かすも最後まで言い出せない。

 

 急速に膨れ上がる内なる不安と疑惑が私をも飲み込む程に大きく育っているのを実感できるからだ。

 

 今の私は本当の()なのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を置き、館の方角からやってきたメイドの案内により用意された部屋のベッドへと腰掛ける。

 てっきり物置にでも案内されるのかと思ったが、どうにもちゃんとした客室らしく特に不満はない。

 

 不満があるとすればリサリサ、いやエリザベスがいることぐらいだろう。

 アレが私を恨む理由も分かる。 直接的ではないとはいえ、彼女の夫を失う原因を作ったのが他でもないこの私だからだ。

 

 彼女の性格からして、下手にこの件に触れれば本当に激昂して殺されかねない。 冷静そうに見える彼女だが直情的な性格だと知っている私はひとまずこの問題を後回しにし、部屋をくまなく確認して罠などがないか確認する。

 

 そうして監視や罠などが部屋にないことを確認すると、ゆっくりと懐から取り出した物を机の上に置く。

 

 ごとりと音を立てて転がるのは額に窪みがある『石仮面』。

 

 柱の男達と遭遇した地下遺跡から拝借し、今まで懐で温めていたこの石仮面。 吸血鬼を作る以外に何の意味をも持たない道具。 本来ならば、すぐに壊すべき代物なのは嫌でも分かる。

 

「これさえあれば、私は『幸福』を永遠に維持できる。 ……だけど、同時に今の私はそれが間違った望みだとも感じる」

 

 50年も昔の私なら迷うことなく使ったことだろう。 迷うということは変われたのだ、それは良いことのはずだというのに。

 

『貴様は何を言っている? お前は変われたのではなく弱くなったのだ。 他者への感傷は人を容易く脆弱にする、そんなことも忘れたのか? ティア・ブランドー』

 

 ふと目に入った大型の姿見に映る紅い目をした女性が語りかけてくる。 それは心の弱さから生み出された幻だと理解しても、すんなりと心地よく内に響く言葉だ。

 

『この()を使えばお前は強い私になれると分かっているのだろう? いかなる恐怖にも屈しない強さが手に入るのだ。 何も迷うことはない、何も怯えることはない。 さぁ、手を伸ばしてくれないか』

 

 鏡の中の彼女は心に秘める邪悪な感情を覆い隠すように微笑み、手を差し出してきた。

 己が行うこと全てに間違いなどない。 そう傲慢とすら感じる程に彼女の全身から自信が漲ったその姿に私は深く揺さぶられる。

 

 ゆっくりと花の香りに誘われる蝶のように彼女へと手を伸ばし、その紅い瞳が一際輝いた瞬間、私の耳はこの部屋へと近づいてくる足音を聞き逃さなかった。

 

 鏡の中の彼女の顔が歪み、煙のように掻き消えると同時に私は急いで服の中へと石仮面を隠すと何食わぬ顔で扉へと体を向ける。

 

 程なくして乱暴に開けられた扉から現れたのは妙な鉄製のマスクを着けたジョセフ・ジョースターだ。

 

「お、いたいた。 ちっとばかし相談があって来たんだけどよぉ~、アイツ等の対策のことね」

 

 アイツ等……恐らくは柱の男達のことだろう。

 少し血の気が引いた感触はあるが、よりにもよってなぜ私に相談などするのだろうか?

 とてもではないが助言をしてやれそうな余裕など私にはない、自分一人を守るのに精一杯だというのに。

 

「そう不自然がるなって。 狡い性格のティアなら無策で奴等に挑まないだろ? だから、それ俺に教えてくれないかな~なんて」

 

 そんなことか。 確かに奴等に対する対抗手段があるにはあるが人間には使えぬ手だ。

 そう、カーズに実行方法を簡単に見破られたチンケな手段が……それを暗に伝えると落胆を隠しもせず、目の前の男は頭を抱えていた。

 

 私だって、他に有効な方法が思いつけばそれを使いたい。 そんな憂鬱な、負け犬ムードが辺りに漂う中、唐突にジョセフが顔を上げた。

 

「お、そうだ! 俺も1つや2つは対抗手段を考えてあるんだけどよ、ここは一つ互いに協力して戦おうぜ、な!」

 

 いきなり何を言い出すのか、波紋使いと吸血鬼で何が出来るのやら。

 

 そう口に出そうとした時、私の中で殻が破れるような音が響いた。

 

(……協力。 そうか、別に私一人で戦わなくても良い。 複数ならば相手の意識を分散するだけでもかなり効果があるはず)

 

 他者と協力して戦う。 敵に対して至極単純な方法だが思いつきもしなかった。 

 

 私にとって他者とは共に戦うのではなく、利用し、捨て駒に使うだけの存在だったからだ。

 それに、よくよく考えれば吸血鬼と波紋使いは相性は悪いが共闘できないこともない。 ……いや、ジョセフの器用さならば物に出来るかもしれない。

 

「えぇ、そうね。 正直、貴方のその申し出に対して光明を得た気分よ。 感謝するわ」

 

「うぉ、気持ち悪いなッ!? あ、まさか囮に使うつもりじゃねぇだろうな? いざとなったら俺は逃げるからな」

 

 身を引いて引き攣った顔を見せる目の前のジョセフを見て、私の心はすぐさま切り替えを行うことができた。

 

 思わず本音を出したのは失態だった、エリナの孫ということもあり躊躇していたが望み通り利用してやろう。

 

 いつしか、私は目の前の現実に立ち向かいつつあると気づけたのはいつからだろう。 そのことに僅かな感謝を、そして不安に苛まれながらも、終わらぬ恐怖を断ち切る為に私達は昼夜を通して対策を練り続けた。

 

 






 久々の投稿だというのに見せ場無し! 繋ぎの話だからグダグダ感が……。

 とりあえず、活動報告にも書いた通りに隣の大統領無しの話が一通り出来たので短い期間で出すことが出来ると思います。

 面白いだろうなーと、軽い気持ちで入れたのがまずかった……出す予定のキャラをいざ出さないとなると非常に悩むから今度から気をつけよう。。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョージ・ジョースターという男

 エシディシ短いだろうなと書いてたら地味に長くなるので分割。 
 ……正直、柱の男達の中でも特に相性が悪いエシディシ戦とかどう戦えば良いのやらと頭抱えている状態です。


 

 

少し、昔の事を思い出そう。 そう、一点の曇りなき男と悲劇の中から生まれた女の事を。

 

 

 

 50年も昔のことだ。 ジョナサンとディオを乗せた船が炎上し、爆発する間際エリナによって救出された赤ん坊。

 

 後にこの赤ん坊はエリナによってエリザベス・ジョースターと名づけられた。 そう、今においてリサリサと名乗っている女そのものだ。

 

 だが、エリナはその赤子を手放すこととなった。 その身にもう一人、赤ん坊を宿していた為だ。

 私とスピードワゴンが石油を発掘し、戻ってきた時には驚いたものだ。 すでにジョナサンの子供が生まれる間際まで大きくなっていたのだから。

 

 新たに生まれた息子の名は祖父の名を受け継ぎ、ジョージ・ジョースターと名付けられる。 ここまではいい、問題は出産を控えたためか赤ん坊であるエリザベスの引き受け人を探す時のこと。

 

 スピードワゴンは石油会社を設立、運営に忙しいのかアメリカの地へ再び戻り、残った私が渋々ながらも引き受けようとした時、横から声を掛ける者達がいた。

 

 その声を掛けた者達がよりにもよって『波紋勢』共だとは誰が予想しただろうか。

 

 ダイアーとストレイツォ。 両人が責任を持って育てることを約束すると、夫と共に戦ったこともあったのだろう。 エリナは2人を信用してエリザベスを預けたのだ。

 

 奴等の魂胆は分かる、吸血鬼である私などに育てさせたくはなかったのだろう。 目に私に対する敵意がありありと見て取れていたからだ。

 

 

 

 そうして長い時をエリナと共に友情を少しずつ育んでいく。 子供が生まれた後も彼女は私と接する態度を変えなかった。

 いつしか私にとっても彼女への認識が、存在が変化して大きくなっていくのを感じたのは20年の歳月が過ぎた後だった。

 

 その時にはエリナに対して友人として接し、心を許せる関係になれたがそうではない者もいた。

 

 ジョージ・ジョースター。 赤子から大人へ成長する彼と共に過ごしてきた私だが奴とは相容れぬ存在だと薄々気づいていた。

 

 彼はそう、余りにも良すぎるのだ。 青年へと成長した際に私の悪行、そして彼の父親を殺害したと誰かから聞いた時のことだ。

 

『生ある者、生きる為には命を食します。 ですから、ティアさんの行いを僕は悪と断じることはできません』

 

『父の件は残念に思います。 しかし、昔のティアさんと今のティアさんは違うと誰もが感じているはずです。 僕は貴方を許しますよ』

 

 まるで慈愛の天使のように微笑み、手を差し伸べるジョージの姿に私は薄ら寒いものを感じた。

 いや、成長過程においても感じていたことだが彼には欠点(・・)と呼ばれるものがない。

 模範的な優等生な性格、その高い知性と運動能力、そして他者の悪意を許し受け入れる程の寛容さ。

 

 人格、能力、交友関係に至るまで何も欠点となるべきものが見つからないのだ。

 

 一言とて他人の悪口を言ったり、悪戯といったことはしない。 自分の境遇に対しても不満を出さず、むしろ改善への道を最短で見つけ、努力する。

 誰もが彼に理想的な友人として、理想的な息子として、理想的な男性として良き感情を抱き、必ず誰かが傍にいた。

 

 ただ一人、例外である私を除いて――。

 

 彼には穢れというものがない。 人が持つべき悪意を持たず、欠点が無い人間ははたして『強い人間』といえるのだろうか?

 光があれば陰があり、影があるからこそ光を得る。 私には実体のない、それこそおとぎ話の住人のように得体の知れない存在としか感じられなかった。

 

 そうして、同時に私はこの理想の中を生きる男を見ていると妙な不安感を覚える。

 

 いつしか、この理想しか知らぬ人間は現実という非情な獣に食い千切られるのではないかと――。

 

 

 

 

 しかし、私の予想とは裏腹に彼の前には良き恋人が現れた。

 奇妙な運命とは誰が言ったものか。 恋人というのは20年前に船から救出された赤子、エリザベス本人だ。

 波紋勢達によって育てられたエリザベスが一人立ちし、エリナの元を訪れた際にジョージと出会った時のこと。 2人は一目で互いに恋に落ち、瞬く間に結婚を経て子供を宿すのにはそう時間はかからなかった。

 

 私はというと波紋勢達によって育てられた為に刺客ではないかと疑い、距離をとっていた。 

 大方の予想通り、彼女の身には波紋を宿しており、私のことを聞いていたのか警戒した様子だったが互いに余り接点を作らず、不干渉を貫いていると無害と判断したのか時間が過ぎるにつれて態度が柔らかくなり、他愛無い会話を続ける関係となった。

 

 

 私はエリナと共に過ごす時間を、ジョージはエリザベスと共に過ごす時間が増え、互いに満たされた時間だけが続くものだと思っていた。

 

 

 だが、災いとは唐突に起こるものだ。

 スピードワゴンが財団を設立し、石仮面に纏わる情報を集めている最中の出来事。 一人のゾンビが生き残っているという情報が入った。 

 

 それもよりにもよって以前、私達姉弟が作った吸血ゾンビの内の一匹が今だに生き残っていたのだ。

 

 そのゾンビは非情に狡賢かった。

 人間を喰らう際には骨の一片も喰らい尽くし証拠を残さず、足を負傷したといって車イスに乗り昼間は決して外に出ず、それでいて人間の社会にとけこんでいるのだ。

 

 イギリス空軍、その司令官という地位にまで登り詰めて――。

 

 

 

 

 その報せを聞いた時、波紋勢達に連絡しようとしていたスピードワゴンよりも先に私はゾンビを始末するために準備を整えていた。

 

 理由は単純だ。 間接的にとはいえ原因であるこの私の居心地が妙に悪いからだ。 エリナも昔の悪夢を思い出してか、部屋に閉じこもる始末。

 

 故に早々に問題を解決し、平穏な生活をと部屋を出た瞬間に凶報が届いた。

 

 『ジョージ・ジョースターが単独で軍内部に侵入し、司令官を探っていたことに気づいたゾンビによって殺害された』

 

 遠巻きに空軍施設を見張っていたSPW財団の人間からの情報。 それを聞いた時、一様に皆信じられないといった表情をしていた。

 

 皆がなぜ、どうして、といった困惑する最中、私だけは理由が分かった。

 

『あの理想の中を生きてきた男はよりにもよって司令官を説得しにでもいったのだろう。 どれだけ悪意を秘めた人物かも知らずに』

 

 母であるエリナは嘆き、成長過程を見守ってきたSPWは怒り、妻であるエリザベスは姿が消えていた。

 

 そう、この場にて話を聞いていたはずのエリザベスがいないのだ。 慌ててジョージとエリザベスの子供がいる部屋へと出向くと、赤子であるジョセフだけが残されていた。

 

 嫌な予感とは大抵当たるもの、子供を残してまで出向く用など一つしかない。

 

 急ぎ、その司令官がいるという軍施設まで出向く際には騒ぎが起こった後だった。

 

『ブロンドの髪を持つ女が司令官を蒸発させるように燃やし、殺害した』

 

 彼女は夫を殺害したゾンビに対し、復讐という手段をとった。 それは良い、問題なのは彼女が冷静ではなく、激昂してその場で司令官を始末する際に目撃者を作ってしまったことだ。

 

 たちまち彼女は英空軍司令官殺しの汚名と国家反逆罪により全世界へ指名手配されることとなった。

 SPW財団の力を持ってしても、その罪を消すことは敵わず出来ることは彼女の身元を隠すことのみ。

 

 彼女は赤子であるジョセフを手放すことになり、そうして出て行くまでの僅かな時間の間、屋敷にいた時のことだ。

 

『私は、決して貴方を許さない』

 

 何が起こったのか、唐突に私の部屋へとエリザベスが乱入し、襲い掛かってきたのだ。 当然、私も抵抗しながら逃げ続け、人が集まる頃には激昂した彼女は普段どおりの冷静な表情をし、一言だけ呟くと姿を消した。

 

 当時はイカれた女だと結論付けていたが、今思えば見境なく襲い掛かるほどに感情的なる女ではない。

 だが、そう仮定したとしても真実は彼女の胸に秘められたまま。 私に教えてくれるはずもなく分かるはずもない。

 

 2人の子供であるジョセフには両親は交通事故で亡くなったと偽り、平穏な日々を過ごして貰うつもりがどうしてこうなったのか。

 

 今再びリサリサと偽名を名乗り、息子であるジョセフの前に現れる心境とは一体どのようなものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~でよぉ、今日は綱渡りやらされたんだぜ? 俺は芸をする猿かっつーの! けど、効果あるのは確かだからやるしかねえんだけどよー」

 

 あれから3週間程過ぎる頃、ジョセフの体には修行のせいか生傷が絶えないようになっていた。

 それは良い、別に構わないのだがことあるごとに私の元へ来るのはなぜなのだろうか。

 いや、話自体は別につまらなくはない。 最初は油を塗りたくった柱を登っただの、海底に素潜りを続けただの、指一本で棒を掴み逆立ちするだのと滑稽な話ばかりだからだ。

 

 一見馬鹿げた行為に見えるがジョセフが続けているということは効果があるのだろう。

 私はというと正直、手詰まりな気がしてならない。 吸血鬼のトレーニングなど全く思いつかず、リサリサに対して軽い感じで尋ねた時には。

 

『は? 吸血鬼の訓練の仕方なんて分かるはずないじゃない。 腕立てでもしていれば?』

 

 あの心底馬鹿にしたような表情と視線。

 こちらに負い目があり、下手に出ていれば調子に乗るとはなんて女だ。

 

 なまじ私好みの若い美女のように見えるから余計に腹が立つ。 

 30年前とさほど変わらぬ若い姿は波紋によって老化を妨げただけの若作りだとばらしてやろうか。

 ……そう、私に命を賭けるだけの勇気があれば言いふらしている所だ。

 

 嫌なことを思い出し、不機嫌になりつつある私はストレスを解消するためにも懐に隠していたものを取り出し、目の前のグラスに静かに注いだ。

 

「お、それワイン? まーた地下の酒蔵から盗ってきたのかよ。 しょーがねーなー、口止め料として瓶貰うぜ」

 

 注いだ直後のワイン瓶を奪い取り、直接口をつけて飲む様は余りにも品位がなさすぎる。

 

 そんな粗暴な輩とは違い、私は今の環境……そう、優雅にバルコニーの真下に広がる月明かりの海を眺め、風に乗ってくる塩の香りと共にワインの香りを楽しむ。

 

「けっこう良い代物なんじゃねーの? これなら俺も飲みやす……」

 

 グビグビと喉を鳴らし、下品に飲んでいたジョセフの動きが止まった。 視線は私の後ろの方を向いており、妙な姿勢で固まっている。

 

 そんな様子など気にせず、私は優雅にグラスの中のワインを一息に口の中へと運ぶ。 鼻腔を海風とワインの豊かな風味が駆け抜け、豊かな味わいを舌に伝える。

 

 至福の一時。 この優雅さこそ、私にふさわしい。

 

 そして、先程から私の背後の一点を見つめるジョセフの姿にさすがの私も怪訝に思い、ゆっくりと優雅に振り向くと音も無く現れた青い眼の女が間近で見下ろしている。

 

 驚きの余り盛大に口の中のワインを噴出してしまい、目の前の女へと雫が雨のように降り注ぐ。

 当然、酒臭くびしょぬれになった彼女の服は良く見れば、なかなか値段が張りそうな品の良い服だ。 そういえば昔、ファッションが趣味だと話していたような……。

 

 そこまで考えた時、私の体は即座にテーブルの向かい側、ジョセフの背後へと回りこんだ。

 

「最近、ワインが減っているかと思えばやはり貴方なの。 しかも、相手にここまで正面から宣戦布告をされたのは初めてだわ。 そこへ直れ吸血鬼、今すぐ殺してやる!」

 

「げほっごほ。 ち、違う。 わざとじゃない、ジョセフに唆されたのよ! 裁くならこいつを先に!」

 

「はぁッ!? 何てめぇ罪を全部なすりつけようとしてんだ! い、いやいや、まぁ落ち着いてよ先生。 美人が台無しになっちまうぜ? ほらスマイル、スマーイル!」

 

 咽ながらも弁解し、目の前の波紋付きマフラーを振り回す女から逃れる為にその息子を盾にする。

 青筋を浮かべ、本気で切れていた女は見る見る内に冷静さを取り戻し、タバコを吸って神経を落ち着かせている。

 

 この館で過ごした経験は無駄ではない。

 沸点が低すぎるリサリサだが、どうにも息子であるジョセフの前では知的で冷静な女性を演じたいらしい。

 今もタバコを持つ手が微かに震え、私を穴が空くほどに睨みつけながら怒りを抑えるほどにだ。

 

 そうしてタバコを吸い終える頃には冷静になったのか、濡れた上着を脱ぎ終えた時に胸元に光る大きな赤い石(・・・)が目に入った。

 

 思わず見惚れてしまう程に美しい。 血より濃い深紅の色は見た事が無いほどに鮮やかだ。

 

 宝石に詳しい私だが、ここまで赤く美しく染まる石など聞いたことがない。 しかし、どこかでこの赤い石を聞いたことがある気がする。

 

『女……いや、吸血鬼か。 貴様は『エイジャの赤石』というものを知っているか?』

 

 そうだ、確か柱の男の一人カーズという男が話す言葉に赤石という言葉があった。 まさかこれがそうだというのだろうか?

 

 私の嫌な予感を見透かすように、リサリサは胸元の赤石に視線が注がれていることに気がつき、それを手に取る。

 

「ふぅん、気がついたようね。 そう、これこそが奴等が求める『エイジャの赤石』。 なぜ、奴等がこれを求めるのか説明しましょう」

 

 エイジャの赤石。 その特徴たるや光を内部にて反射を繰り返し、増幅した後に一点より放射する特異な性質を持つ自然が生んだ奇跡の結晶。

 それがエイジャの赤石と呼ばれる深紅の宝石であり、リサリサが所有するものだそうだ。

 

 奴等が石を求めるのはそのパワーを利用し、太陽を克服した究極の生物へ至るために求めているのだという。

 

 しかし、それが事実ならば答えは簡単なことだ。 そんな石など壊してしまえばいい。

 

「石を壊せばやつら3人をなお倒せなくなるとの言い伝えがあります。 ……詳細までは分かりません、ですが守り通すという使命を私は守らねばなりません」

 

「それが本当かどうかも分からない言い伝え……厄介ね。 本当なら本当で尚壊せないことだろうし、それよりもそれ、私が少し預かっても良いかしら?」

 

 美しく輝く『エイジャの赤石』。 本当は手にとって観賞したい所だが、どうにもその持ち主は盗まれるとでも思っているのかマフラーを揺らしている。

 

 信用は無いのは分かるが、不老不死など万が一にもなって貰っては困るというもの。 だからこそ、予防策が欲しいのだ。

 奴等が求めている(・・・・・)石、それこそが重要なのだから。

 

 隠す必要もなく、私が考えている事を話すと納得できる部分もあるのか一応の同意は示してくれた。

 

「良いでしょう。 それならば写真だけで十分ね、SPW財団の者に任せれば望みのものを用意してくれるでしょう。 ついでに服の請求も貴方宛で伝えておくわ」

 

 手札は多ければ多いほど良い。 問題は奴等と対峙するまで用意できるかどうかだ。

 用件は終わったとばかりにリサリサがジョセフを連れて部屋の奥へと消えていく。

 そんな時、屋敷内での日々を過ごす私はいつも思うことがある。 今日も生き延びられて良かったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 これなら面倒がらずにジョージ・ジョースターの話を作っておけば、こんな回想シーンやら出さなくてすんで楽だったかな。。。

 この小説でのジョージさんは基本的に性善説を疑うことなく信じる人物です。 争いごとを避けるため、共存の道を探ろうと説得に向かい死亡という形になったものの、もう少し掘り下げる話があっても良かったかも。

 リサリサ先生にはもっとティアをイジめて欲しいけど、それするとリサリサ先生の印象が悪くなるから没。

 2部の話は最後まで一通り書いてあるので、修正しつつ出していけば今のペースを最後まで維持できてゆっくり休める! ……はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エシディシ戦:選択の時

 間違えた……最初にこの話を掲載したのが修正前の話の奴で、2月28日から少し手を加えた奴をそのままコピペしました。

 消えたらショックなので、2ページに分けて保存してたけれども同じ名前だから投稿の際にそのまま。。。

 具体的な前との変更箇所だけれど読みやすいように幾つかの文字の変更と呪いの十字架関連の話がすっぽり変な所で抜けてるのを修正しました。

 ……いや、読みやすい方のは自信が無いけれども。
 

 


ジョセフに埋め込まれた毒の指輪が溶けるまで後7日。

 

 連日黙々と辛い修行を重ねるジョセフとシーザー達だが、日増しに刻限が近づいてくると焦りが見えてくる。 そして毒の指輪が作動する7日前になった今日言い渡されたのは波紋の師範代達との『最終試練』。

 

 内容は師範代を倒せば、柱の男を倒せるだけの力量を身に着けたと認められ合格を言い渡されるらしい。 波紋を身に着けていない私にとっては、この合格がどれ程の力量となるかは知る由もないが。

 

 一人では特に何もすることがないので月夜が浮かぶ中、散歩しているとふとこの後のことが思い浮かんだ。

 この試練とやらが終わった後はいよいよ柱の男と対峙することとなる。

 心に染み付いた恐怖は今だに取れず、それを拭うように最近は新しく取り寄せた鉄製のロングソードを手元に置いていた。

 武器だと一目で分かるものが傍にあると不思議と恐怖が和らぐ。 いや、私を守ってくれる存在だと感じるから安心するのだろう。

 

 遠目にはシーザーが塔と塔の間の空中に張られたロープの上で大柄の男と戦っている。 はて、最後の試験とは曲芸の試験だったのか。

 今にも互いに落ちそうになりながらも、上手くバランスを取って戦う様は見ていた退屈しない。

 

 それならばジョセフの試練とはどのようなものだろうか? ふとした好奇心から興味が沸いてきた。 

 確か離れ小島に呼び出されていると本人が言っていたが、ちょうどいい暇潰しになるかもしれない。

 

 暇を潰すために館がある島から小島へと続く橋を渡り、近づくにつれて悲鳴に似た妙な叫び声が聞こえる。 

 

 何事かと声がする小島へと急いで向かい、開けた平地のような場所の先にジョセフと距離を離した所で奇妙な格好をした大男が蹲り、何かを抱えている。

 

 

「あァァァァんまりだアァァァァァ! AHYYYYYY、WHOOOOOOOO!! おぉぉぉぉぉれェェェェェのォォォうでがァァァァァ!!」

 

 紛れもない『変態』がそこにいた。

 

 変な肩パッドに釘を刺し、胸にも妙なパッドをつけた半裸の変態が泣き喚いている。

 何故だろう、何も見なかったことにして逃げ出したい。 関わりたくもない状況だが泣き喚く人物の顔を見た時、そうもいかなくなった。

 

 

 見れば骨だけとなっているが腕のようなモノを抱え、子供のように泣きじゃくっている。 その左腕を失った半裸の変態はカーズと共にいた柱の男の一人……確かエシディシとかいう名だったはず。

 

 柱の男と認識した時、じわりと心の中に恐怖が染み出てくる。

 腕を落とされた痛みで泣き喚く軟弱者。 そう思いたいというのに、身に染みた恐怖はそうは感じさせてくれない。

 

 エシディシに注意がいって気がつかなかったが息を呑んでいる者は私以外にもう一人いた、離れて様子を伺うジョセフだ。

 

「ティ、ティアか? 訳が分からねぇ。 いきなり奴が現れたもんだからよ、腕を一本波紋で蒸発させてやったらあの様よ。 怒り狂うより余計に不気味だぜ」

 

「見なかったことにしたいけれど、あの変態が本当に動揺しているなら今がチャンスのはず。 後ろからそっと仕留めるべきよね」

 

 剣を持ってきていて正解だった。 心の中の恐怖を押し込み、泣き喚く柱の男エシディシに背後からトドメを刺そうとした時、泣き声が止んだ。

 

「ふーッ、スッとしたぜ。 俺はカーズやワムウと比べるとちと荒っぽい性格でな~。 激高してトチ狂いそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているのだ」

 

 先程まで惨めなほどに泣き喚いていた男の顔が振り向いた時、微笑む余裕すら見せ付ける態度へと変化していた。 こいつらは一見イカれた胸パッドやら腰にふんどしを巻いた変態的な格好や行動をするが、その知能と身体能力は非情に高い。

 

 現にこれは相手を動揺させる、あるいは油断させる策かもしれないと頭では理解できても奴等の恐ろしさに身体に表れる動揺を抑えることが出来ない。

 

「JOJO、俺の腕を落とすまでに成長した『波紋』の力、素直に賛美しよう! この失った左腕の代償はそうだな、お前の腕を貰うぞ? クックック……ん?」

 

 私のことに今気が付いたとばかりに柱の男が瞬きを繰り返し、ジロジロと興味深そうに視線を向けてくる。

 まるで炉端の石のように、今まで注意を向ける価値もない存在だとでも言いたいのか。

 

「ふむ、金の髪を持つ女吸血鬼。 そうか、お前カーズに一杯食わせた奴だな? なかなか楽しめそうな奴だがちょうどいい、傷を癒す餌はお前で十分だな」

 

 男の好奇の目から獰猛な獣が獲物を仕留んとする瞳のそれへと変わった瞬間、私の体は後ろへと下がろうとしていた。

 

(ここで退けば私はもはや、柱の男達に立ち向かう気概が失われる。 昔のように己の欲望の為に力を振るうのではない、私だって大切な人を守れる良き力を持てるはずなのだ)

 

 ここで逃走し、万が一ジョジョ達が敗れればエリナを守るのは私しかいなくなる。

 そうなれば我が友人を守れる確立はほぼ0に近くなる。 その前に私が真に良き友人であることを証明するため、汚れたままの人物ではないことを証明するためにも今ここで! 自身の恐怖に打ち勝つのだ!

 

「ジョジョ、良い? ちゃんと()を使って戦いなさいよ。 数の利を活かせば必ず勝機はあるわ」

 

「へっ、むしろそっちがビビッてへましないか心配だぜ。 ……やばくなったらちゃんと逃げろよな。 よーし、かましてやろうぜ!!」

 

 『頭』という言葉を強調し、鏡合わせのようにその場から互いに別れ、エシディシを挟み込むようにして互いに正面に立つ。

 一箇所に固まっていては、まとめて薙ぎ払われるのが目に見えているからだ。 とはいえ、数の有利もあり挟み撃ちという一見不利な状況であるにも関わらず、エシディシはにやにやと不気味な笑みを浮かべて静観し続けている。

 

「波紋使いと吸血鬼。 相手をしたことはあるが同時には無かったな……少しばかり興味が沸いてきたぞ。 ほれ、攻撃してこないのか?」

 

「貴方、吸血鬼は自分に対して何もできない……そう思っていないかしら? ならば良く見ておくがいい!」

 

 余裕の態度を崩さず、挑発するエシディシの視線や意識はジョセフに比重が傾いている。

 この場において危険なのは波紋使いであり、吸血鬼など取るに足らぬ存在だとでも認識しているのだろう。 だからこそ私は声を張り上げ、無理やり意識を向けさせる。

 

 右目に力を込め、私の瞳が盛り上がっていくのを感じる最中、破裂するかのように瞳から体液が飛び出した。

 弾丸のように高速で飛びだす体液は岩盤をも貫く威力! 避けるまでもないと考えているのか、吸い込まれるようにエシディシの左肩を貫いた。

 

「ほほぅ! 体液をまるで水圧カッターのように飛ばすか。 面白い技だがこんな風穴を空けた程度で―――」

 

 会話の途中、胸に空けられたコイン程の大きさの穴を興味深そうに観察していたエシディシの額に更に穴が空いた。

 

 私が射出した体液が鏡のように反射し、戻ってきたのだ。 しかも、今度の攻撃はオマケ付きでだ。

 

「ぬ、ぬぅぅ。 この焼けるような痛み、波紋!? 馬鹿な。 なぜ、反射するばかりか波紋まで纏っている?」

 

 頭部にポッカリと空いた風穴から煙が噴き出ている。 紛れもなく内部を波紋で焼かれた証であり、これにはさすがの柱の男といえども片膝を突き苦悶の表情を浮かべている。

 

「へっ、2千年もの間眠りすぎて頭がボケちまったんじゃねえのか? あの技はてめえを狙ったんじゃねえ、俺が持つ波紋グラスを狙ってたのよ! 俺とティアが協力して与えたダメージ1って所か」

 

 私が狙った的はエシディシではなく、背後にいるジョセフを狙ったのだ。 そう、頭部に波紋を纏ったグラスを掲げているジョセフの元へと。

 この技はかつてストレイツォが空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)などと長ったらしい技名をつけていたが、ものの見事に同じ手である波紋グラスによって破られた。

 

 それを今回は事前に打ち合わせをし、練習を重ねた結果波紋グラスに触れた体液そのものに波紋を纏わせ、攻撃力を増すことに成功した。

 

 事前に頭付近を狙うと言葉で暗に伝えたが、高速で飛来するレーザーをよくぞ小さなグラスで受け止め、奴の頭に命中させたものだ。 これはひとえにジョセフ自身の器用さと才能によるものだろう。

 

(ここまで頼もしく感じる相手なんて、私の弟以来だわ。 それに頭部を貫かれ片膝をついた……つまり、我々と同じく体の構造は似ているということか?)

 

 よろけながらも苦しげに立ち上がる様子から頭部へのダメージはかなり有効なようだ。 奴等が人体に近い体の造りをしているならば有効な攻撃も分かる。 今、この好機を逃す訳にはいかない!

 

「あらあら、苦しそうね。 物凄く痛そうだもの……もう一撃くれてやる、ありがたく受け取れ!」

 

 今度は左目に力を入れ、瞳に含まれる体液を向かい側のジョセフのグラス目掛けて放つ。 

 このまま遠距離からじわじわと嬲り殺したい所だが、この技には致命的な弱点がある。

 

 威力と引き換えにか連射がきかないことだ。 瞳の体液が再び補充されるまでのタイムラグ、それがこの技の弱点。

 

 だからこそ戦いが長引けばこちらの攻撃手段が限られ、不利になる。

 故に早々に決着をつけるべく、奴がグラスの向きを確認するために振り向いた時に私は駆け出していた。

 

 反射された波紋レーザーを奴が身を捩り、回避した時には既に私の間合いだ。

 こちらに気がついた時にはすでに遅い、私の剣は奴の首元に突き刺さっている。

 

 奴等の体に触れた肉体が一体化するように抉られる正体。

 以前、別の柱の男と戦ったジョセフから聞き出したため内容は知っている。 奴等の細胞の一つ一つが強力な消化液を出し、触れた相手の細胞自体を喰らうために一体化するように抉られるのだ。

 

「貴様が触れた生物を消化するのは知っている。 だが、鉄の剣は喰えまい! 肉体を砕かれても尚、平気な顔をしていられるか見物だわ。 『気化冷凍法』!!」

 

 直接触れるのではなく剣という武器を介し、奴等を細胞ごと凍らせ砕いてやれば柱の男といえども手痛い傷を負うだろう。

 しかも、私が突き刺したのは首の付け根。 

 人体の構造と類似していると仮定するならば、この一箇所だけ凍らせれば奴の体はもはや脳からの指令を受け付けず、動かすこともままならない。

 

 勝利を確信し、後は時間の問題だと顔を上げた時、不敵な笑みを浮かべた男の体から大量の白い蒸気が噴き出てきた。

 

「んん~? 少しヒヤッとしたぞ。 吸血鬼にしては面白い技を使う。 そういえばお前、最初に見た時から恐怖の色が出ていたな? 心の動揺でアセリができ、安易な方法で攻撃をしてくるとはマヌケな奴よ」

 

「熱っ!? ば、馬鹿な。 なぜ凍らない? それになぜ、私の『手』が溶けている!?」

 

 白い蒸気が辺りに満ち、同時に強烈な熱気が男から発せられる。

 その温度は凍らせるはずだった氷を溶かし、そればかりか剣と触れている手の皮膚をドロドロに溶かされる程の温度だ。

 この湯気を、この熱気を私は知っている。 まさか、こいつも――。

 

「動物は! 運動や病気でエネルギーを使うと体温が上がる。 俺はそれらを更に上回り、500度まで熱を上げることが出来る! そんな空気をも燃やす高温の俺に熱が伝わり易い鉄製の武器を使ったのだ、当然の結果よ」

 

 500度。 似たような技を私も持っているがせいぜい100度近くまで体温を上げるのが限界だ。 故に力の差を知らせるその言葉は十分すぎるほどに響いた。

 

 武器を失い、頼みの切り札を失い、心の拠り所を失った今、恐怖が再び目を覚ます。

 

「やべぇ、何ボサっとしてんだティア! さっさと離れろ!」

 

「あ、あぁ。 に、逃げないと。 あぐっ、ギ、ギィヤァァァァァ!」

 

 恥も外聞もなく、無我夢中で後ろへと逃げようとした時、強烈な痛みが左足に走った。

 その苦痛たるや斬られるといった単純な痛みではなく、体中に毒針を何本も入れられ、じわじわと長く激しく続く激痛はもはや殺してくれと嘆願するほどの地獄だ。

 

 今まで自分自身でも聞いたことのないような叫び声をあげ、視界すらも激しく手振れを起こした写真のようにぼやけて状況が把握できない。

 

 だが、そのぼやけた視界の中に左足が映し出された。

 地面から伸びる赤い触手が足に何本も突き刺さり、何かを送りだすポンプのように動いている。 

 私の足はまるで風船のように醜く膨れ上がり、焼け爛れていた。

 

「絶望のォ~~~~、ひきつりにごった叫び声が心地よいわ!!  クックック、俺が何の手を打たないとでも思ったか? すでに俺の足から伸びる血管針を地面に潜ませ、今貴様に突き刺し俺の熱血を送っている、策にハマったは貴様の方よ!」

 

「待ちやがれエシディシ! てめえの相手はこの俺だ! こっち向きやがれ!」

 

 痛みの余り、体中が痙攣を起こし上手く動かすことが出来ない。 いつのまか倒れ伏していた私は遠目に駆け寄ろうとするジョセフと……間近で立つ恐怖を見つめることしかできなかった。

 

「このまま俺の『怪焔王(かいえんのう)』の流法(モード)でじわじわ嬲りたい所だが、あの小僧にも借りを返さねばならん。 所詮、餌である吸血鬼如きが俺に勝とうなど無理な話よ! 体に取り込み、喰らってくれるわ!」

 

 勢い良く、私を喰らおうと覆いかぶさる形で死が降ってくる。

 

(……どこで、どこで間違えたの? 私は、ただ幸福を守りたかっただけなのに)

 

 不思議と周りの動きがゆっくりと見える。 これが死の間際の光景だとでもいうのか。

 

(逃れる術が思いつかない。 ジョセフ、そうだジョセフは……遠すぎる。 どうして、誰も私を助けてくれない?)

 

 ジョセフとの間は案外近い距離だ、だというのにそれが遠く見えるということは間に合わないということ。

 ここから単独で逃れる術もなく、後は死を迎えるのみ。

 

 心に強く浮かぶのはもはや恐怖ではない、悲しみでもない、恨みだ。

 

 どうして、私はこんなにもエリナの為にと戦ったというのに気が狂うほどの痛みを与えられるのか。

 どうして、あの目の前の男が生き延び私が死なねばならないのか。 

 どうして、誰も私を助けようとしてくれないのか。

 

 どれだけ恨みを零しても、目の前の現実を逃れられないと知っても尚、私は現実を受け入れることができなかった。

 

 醜い逆恨み。 そうだと理解していても尚、私は死にたくなかった。

 

「誰か、誰か私を助けろォォォォォォォォ!!」

 

 無駄だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。

 息が吹きかかる間近まで迫り、体に触れようとした所で目の前のエシディシの動きが突然止まった(・・・・)

 

 いや、固まったと表現するのが適切だろう。 なぜなら奴の体は倒れる体勢のまま固まっているのだから。

 

『キリ……キィ、ギリ』

 

(この、音は何だ? キリキリと……金属音が擦れるような音。 私の、胸元?)

 

 目の前の光景が理解できない。 誰もが驚きの余り絶句し、動きを止めているためか良く聞こえる。

 私の胸元に輝く『十字架』から聞こえるはずのない、奇妙な金属音が響き渡っているのだ。 今までも訳の分からぬ現象を起こしてきたが、こんなのは初めての事。

 

 思わず、音の出所である十字架を握り締めた時、目の前の光景が変わった。

 

 十字架を首に巻くための鎖とは違い、半透明(・・・)の鎖がエシディシと私の間に大量に現れたのだ。

 その鎖は蛇のようにウネりながら束になって人の上半身を模り、目の前の男の両肩を両腕で押さえ込んでいる。

 

 上半身のみだが模られた体には髪がついていた。

 その茶髪のおさげ、細身の体躯からして女性だろう。 だが、そんなことは今どうでもいい。

 私はこの人物に心当たりがあるがそんなはずはない。 顔は分からずとも髪以上に、体格以上にこいつには決定的な特徴がある故にそう思わざるを得ない。

 

 髪の間から見える両耳の内、『左耳』だけ無いのだから。

 

 

 

 この目の前の異形の人物が分かりかけてきた時、一瞬で目の前にあった半透明の鎖が消え、再び正常な光景へと戻った。

 

 そしてゆっくりと。 まるで押し戻されるかのようにエシディシの体が起き上がっていく。 その光景にジョセフの足が止まり、起き上がっているエシディシの顔も困惑している。

 

「な、何だ? まるで透明な壁に押し返されるような『感覚』! だが、押されている『感触』を全く感じないのはどういう訳だ? ……お前、何をした?」

 

 得体の知れないものを見るような視線を向け、その場に留まるエシディシに尋ねられたとて私に分かるはずがない。

 

 いや、違う。 今の言葉から察するに周りの者には見えなかった。 ……と、なれば私の幻覚と考えるのが妥当だろう。 死の恐怖を前にして、とうとう気でも狂ったか。

 

 絶望的な状況が変わらないことを知り、私が再び思考を放棄した時、私の体を引っ張りあげる手があった。

 

 力強く引っ張り、胸元に私を抱えたのは体格の良い男だ。

 

「一旦逃げるぞ! てめぇ、エシディシ! 後で相手してやるからそこで待ってやがれ」

 

「ふざけたことを抜かす奴だ。 ここから逃がすとでも……む? 何だ、体の動きが鈍いな。 い、いや動けん! まるで何かに縛られたかのように体が動かん!」

 

 背後から聞こえる声を背に、私は乱暴に揺らす運び手を見つめていた。

 

(死にたく、ない。 足が痛い。 血、血が必要だ。 傷を癒す、他人の血が!)

 

 なまじ思考が戻ったせいか気が狂いそうになるほどの激痛を再び左足から感じる。

 痛みを抑えたい本能的な欲求か、私の体は目の前の首筋へと噛み付こうと体を動かしていた。

 

「うおっ!? っと、悪い。 放り投げちまった……って何噛み付こうとして」

 

「い、痛い。 死にたく、ない。 い、いやだ。 血だ、お前の血をよこせ!!」

 

 男が慌てて身を捩ると一瞬の浮遊感と共に地面へと体を投げ出される。 

 

 それでも尚諦めずに飛びかかろうとした時、私の体は動かなくなった。 

 

 何かに縛られたように動けない我が身を捩り、必死に目の前の血を求めてもがいているとようやく私を哀れむような視線を向ける者が何者か知ることが出来た。

 

「落ち着けって! ほら、足を治す程度なら分けてやるから暴れんなっつーの」

 

「……ジョセフ? そんな私、私は。 や、止めろ、そんな哀れむような目で私を見るな」

 

 刺激しないように注意を払っているのだろう。 ゆっくりと笑いかけながら近づくジョセフの態度は尚、私を傷つける。

 

「いや誰も哀れんじゃいねーって! 今はえーと、錯乱状態ってやつ? それだろうから落ち着けって!」

 

 なけなしのプライドがズタボロに切り裂かれていく。 そして、そんな時に限って私の呪いの十字架による拘束が解け、自由に動けるようになった。

 

(助けを求める余り、幻覚を見てたの。 ……えぇ、私に『味方』してくれる人物なんてこの世にエリナただ一人、でも結局は私を助けてくれない)

 

 どれだけ惨めな奴だろうか。 私を、ティア・ブランドーという人物を形成する心が壊れていく。 

 今まで恐怖に耐え続ける拠り所であった、友人のためという理由も結局は死の間際には助けてくれない裏切りものと心で罵る最低な女だ。

 

 そうして心の芯を失った時、私の中に残るのは底無しの絶望と恐怖のみ。

 

 もう、耐えることができない。 私が、私でいることに。 ここまで苦しい思いをしたのに、何も得ることができなかった。

 

「最後、そう最後に今の『私』である内に伝えたいことがある。 エリナに、申し訳ないと。 ジョセフ、貴方には……そうね。 私も、貴方のように胸を張れる強さが欲しかった」

 

「は? 何訳の分からないことを―――」

 

 俯かせていた顔を上げた時、ジョセフの作り笑いが消えた。

 

 今の私はどんな表情をしているのだろう。 泣き顔でもない、怒っている訳でもない。

 

 私自身が良く分かる。 頬が緩み、笑っているのだ。

 

 一つ、いま分かったことがある。 人は何もかも失った時、泣くことを止めるということを。

 

 どんな表情なのだろうか、全てを『諦めた』者の笑みというのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け爛れた片足を引き摺り、逃げるように館のある島へと到着した私は自室を目指していた。

 

(鏡、鏡、鏡! 鏡さえあれば、この気が狂うような恐怖から解放される)

 

 そうして到着した部屋の中、大きな姿見の鏡の前に縋りつくように立つと鏡の中に映し出されるのは泥に塗れ、ただ泣き喚くだけの惨めな女ではない。

 

 いかなる時も強く、気高い『ティア・ブランドー』が鏡の中に存在する。

 

 彼女と入れ替われば私は恐怖に怯えることはない、克服することが出来る。 そうだ、何も心配はない。

 

(ふ、ふふ。 何も『心配』は無い。 そう、私だけが……ごめんさいエリナ、私は貴方の友人でいられるほど強くはなかった)

 

 この胸を締め付けられるような痛みは懺悔の念から来るものだろうか。 もはや名を呼ぶことすら戸惑われる。 戸惑うならば、止めればいいというのに私には止める力すらない。

 

 鏡の中のティア・ブランドーが私に気がつき、私に近づいてくる。

 深紅の瞳が紅く輝き、他者に暗示をかける力が私の内部を侵食する。

 そうしてゆっくりと口が開き、呪いの言葉を吐いた。

 

「あの小賢しく、強かなティア・ブランドーはどこへ行った? いついかなる時も不敵に、自己愛の極みにいる下種なティアはどこにいる? お前だ、お前はいついかなる時もそうでいろ」

 

 かつて我が弟にかけられた暗示を自分で使う日が来るとは思わなかった。

 

 不気味に輝く瞳を見続けている内に鏡の中のティア・ブランドーが伸ばした手が……私を掴み鏡の中へと引き摺り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度か瞬きをし、室内の鏡に映る私を見て溜息が漏れる。 こんな汚れたままの姿など我慢できないからだ。

 左足から激痛を感じるが、そんなことは気にもせずにクローゼットの中から適当に動きやすい服を選び、汚れた服と取り替える。

 

 次いで体の具合を確かめるため、ゆっくりと指先から足のつま先まで入念にチェックする。

 

「時に、そうだな。 人の上に立つ者の素質の話しでもしようか。 人であれ道具であれただ『使われるモノ』は三流であり、『使う』側に立って初めて二流になれる」

 

 自分の思い通りに動く体に満足し、鏡を見れば頭を抱えて怯えるだけの女がそこにはいた。

 

「そして真の支配者はそれらに加え自分をも『扱う』人物でなくてはならない。 他者に自分を預けるなど愚かにも程がある……そうは思わないか? ティア・ブランドー」

 

 鏡の中の惨めな女が顔を上げ、何かを懇願するように見つめてくる。

 誰かに弱みを見せ、あまつさえ他人に我が身を委ねるなど余りにも精神が貧弱すぎる。 こんなものが『私』だったと思えばゾッとする話だ。

 

 そして、私だからこそ訴える内容は分かる。 私の脳裏に浮かぶのは、年を経て尚も私に干渉する者だ。

 

「ふふふ、安心してくれて構わないわ。 エリナは私がしっかりと面倒を見る。 アレはそう、良い香りを放つ花のようにそこにあれば私を楽しませてくれる道具のようなものなのだから」

 

 語り終えた私は鏡を叩き割り、情けない女を粉々に打ち砕いた。

 これで良い、これで永遠にこの体は私のものだ。

 

 己の所有物が増えたことに愉悦を覚える中、ふと手に痛みを感じる。

 見れば私の美しい手に傷がつき、一筋の血が流れているではないか。 舐め取るように舌を這わせ、自身の血の味を堪能するともっと欲しくなる。

 

(む? ガラスで手でも切ったか。 ……フフフ、この血の味。 久しく口にしていなかったが何と甘美なことだろう)

  

 奴は一つ大きな勘違いと過ちを犯した。

 他者の善性に憧れ、憧れていたが為に自身の行動を制限して危機に陥るなど滑稽としか言いようがない。

 私は知っている。 正しい善とは己が成すこと全てであり、悪とはその己を邪魔するモノ全てだということを。




『ほほぅ、100度? クックック、その程度の血の温度で調子に乗るなど実に滑稽だな。 俺の熱血――』

 的なお題『血の温度』の話したかったけど、100度程度なら軽い火傷ぐらいにしか柱の男達に通じないから使う価値がないのがまた。。。



 細胞から滲み出る消化液で触れた肉体が消化されるなら、細胞と消化液ごと凍らせれば問題ない! ……多分。
 但し、熱血男のエシディシには効果無し。  相手の血液ごと気化させればいけるかもしれないけど、自分のではなく相手の血液を気化させる方法が思いつかないので没(ディオは普通にしてたけれども)。

 結局、最後は善と悪の狭間に揺れながら恐怖に呑まれる自分に耐え切れず、暗示をかけてまで内面を作り変える結果となったけど、ここから柱の男に対して勝てば良かろうなのだぁーッ! 状態になるから楽に書ける!

 ……何やら今まで無駄に長かった葛藤的なシーンが無意味になった気がしないでもないけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化の兆し

 柱の男、エシディシが間近まで迫っている。 

 だというのに焦りや恐怖といった感情は無い。 生まれ変わった私は晴れ晴れとした心地よい気分のまま、ゆっくりと館の廊下を歩いていた。

 

(さて、ここで私が取るべき手段はただ一つ。 問題はタイミングだ、夜明けも近いことも考慮して最適な行動を取らねばな)

 

 エシディシと対峙し、空気をも燃やす高温の血液を放つ能力だと知った今、私が降す判断はこの場を離れること。

 奴と私とでは一際相性が悪いと分かった今、無理に戦う必要などない。 この場に留まり、死ぬ輩がいたとしても気にかける必要など無し。

 

 心残りがあるとすれば奴等が求める『エイジャの赤石』だ。 奴等をより強くする代物など、万が一にも奪われてはたまったものではない。

 

 だからこそ即座に行動に移し、私は廊下の窓から外へ出ると蜥蜴のように壁をよじ登っていた。

 

(問題は赤石の所有者だ。 素直に渡してくれと頼んで渡す相手ではない、となれば盗むしかないか)

 

 以前の私は赤石が重要な代物だと認識できぬ程マヌケではなかったのか、リサリサが唯一赤石を身から外すタイミングが入浴中だということを知っている。

 だが今この場では何の意味もない情報だ。 夜明けが近い今、エシディシと共にこの館に閉じ込められるなど御免こうむる。

 

 上階にあるリサリサの私室を監視し、隙を見て赤石を手に入れられればそれで良し。

 次点で奴がエシディシとの戦闘中に奪えれば良し。 最悪なのは柱の男を倒せる可能性を秘めた波紋使いを減らしてでも奪い取ることだ。

 

 状況によって行動を変えようと目的地の部屋の中を覗こうとした時、遠目に館を目指すジョセフの姿が目に入った。

 ゆっくりとした足取りで館を目指すその姿に違和感を覚え、しばらく迷ったもののジョセフがいる方角へと壁を蹴り、ものの数秒でジョセフの前へと降り立つ。

 

「あら、随分と余裕ね。 柱の男が近づいているのに、どうしてそうものんびりしていられるのかしら?」

 

「うおっ!? いきなり空から降ってくるんじゃねぇ、驚くだろうが! ……へっ、エシディシの野郎なら長い眠りに入った所だぜ」

 

 パチパチと瞬きを繰り返し、言葉を理解するのに暫しの時間を要した。

 この場において嘘を吐く理由もなく、思わず再度尋ねると今度は嫌らしく胸を張って答える様に奴を殺したのだとようやく納得することができた。

 

「まぁ、素晴らしいわね。 貴方の成長、私は嬉しく思うわ。 この朗報を皆に知らせてあげなさい」

 

「そりゃまぁ……ティアも大丈夫そうで少しばかり安心したぜ。 何か様子が変だったからよ」

 

 心にもない賛辞を送ると同時に目の前にいる取るに足らぬ存在が排除すべき『障害』へと変化する。

 まぐれか実力かどうかは関係ない。 化物を倒せる可能性を秘めた存在だということが証明された今、私にとって脅威でしかないからだ。

 

 心の平穏を求める者にとって恐怖とは害悪でしかない、故に恐怖を感じさせる脅威は克服せねばならない。 それが例えどんな手段を用いようともだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ジョセフとの会話を切り上げ、念の為に柱の男エシディシがいた離れ小島へと出向き、隅々まで奴の姿が見えないことを確認してようやく私自身奴の死に確信が持てた。 

 私が部屋へ逃げ込んでいる最中にジョセフは小島へと戻り、奴に波紋を纏わせた毛糸を使って仕留めたと言っていたが、もう少し話を聞けば良かったか。

 

 踵を返し、館へ戻る道を歩きながら脳裏に浮かぶのは厄介な存在であった赤石についてだ。

 

(くだらん、何が柱の男を倒すのに必要な赤石だ。 所詮、カビの生えた言い伝えなど信じるだけ無駄なこと。 早々に赤石は壊すべき代物だ)

 

 赤石無しでも柱の男を倒せると実証された今、奴等を強くする可能性を秘めた赤石など害でしかない。

 あの深紅に輝く美しい宝石を壊すのは惜しい気もするが、惜しんだ挙句に奴等の手に渡ったとなれば笑い話では済まされない。

 

 しかし、同時にこうも考える。 使用方法は分からないが奴等を強くするのであれば、この私にも使えるのではないのかと。

 その考えが浮かんだ時、自然と口角が吊りあがるのを感じながらも私は館を目指していた。

 

 

 

 

 

 リサリサの部屋の前まで来た時、その扉が開き明かりが漏れているのにも違和感を覚えたが中を覗いたその先の人物達に更に疑問を抱いた。

 

 部屋の持ち主であるリサリサは当然として、ジョセフやシーザー、更には館のメイドがなぜ対峙するような形で部屋に居るのか。

 

「ん? あぁ、ティアか。 ちょっとばかし面倒な事態に―――」

 

「吸血鬼ッ! てめえもそこを動くんじゃねぇ! この女の命が惜しくないなら別だがなぁ」

 

 メイドの可憐な容姿からは想像もつかぬ野太い聞き覚えのある男の声に体に刻まれた恐怖が蘇る。

 内側から身を焼かれる痛みなどおよそ言葉で表せるものではない。 そんな痛みを与えた張本人の声だ、忘れるはずがない。

 

 以前の私ならば心は怯え、体は震えていただろう。 だが、今の私は恐怖よりも内に秘められし悪意(・・)が大きく膨れ上がり、体から熱を奪っていく。

 

 冷えきった思考はいかにして目の前の敵を難なく排除するか、その一点のみに絞られた。

  

 ひとまず周りに説明を求めると目の前にいるメイド、名前をスージーQと呼ばれる女性の体内にエシディシの脳と血管が潜み、操っているのだという。

 更によりによってリサリサが持つ赤石を奴に盗まれ、この島から出る郵便船に乗せられどこぞへと送られた所だと話を聞き、私が取るべき行動が決まった。

 

「分かったわ、彼女は殺しましょう。 何よりも優先すべきは赤石、こんな所で足止めを喰らう訳にはいかない」

 

 簡潔に答えを述べると場の空気が一瞬凍り、目の前にいるメイド……いや、血管を体に浮かび上がらせ、不気味な笑みを浮かべているエシディシへと歩み出る。

 一歩、二歩、歩み出る毎に先程まで笑みを浮かべていたエシディシの顔が焦りに変わり、ついで止まれと無様に叫ぶのみ。 これで確信が持てた、奴はいま脆弱な人間に寄生しなければならない程に追い詰められている。

 

 身内を人質に取り、攻撃できないとでも思っているのだろう。 私には関係ないことだ、進路を塞ごうとした小僧共を退かし、横目で『女』が動かないことを確認すると私は右目に力を入れる。

 

「こ、こいつ本気か? 止めろ! その女を早く止め――」

 

 破裂音と共に相手の脳髄を撒き散らすべく光線が右目から発射され、咄嗟に横へ跳んだエシディシの頭部をかすめるように当たるとバランスを崩し、転倒した化物へトドメを刺すべく左目に力を入れる。 

 

 だが、トドメを刺すことは敵わなかった。 横から現れた拳を避けるべく、顔を背けたがために発射することができなかったからだ。

 

 そうして、エシディシと私の間に立つのは今まで見た事がないほどに怒りの表情を浮かべたジョセフだ。 

 

「ジョセフ、一度しか言わないから良く聞いて。 退け、今の状況が分からないほど馬鹿というわけではあるまい」

 

「馬鹿なのはテメエだろうが! 何いきなりトチ狂った行動に出てんだ、他に手を考えるぐらいできねえのかよ」

 

 私に出来る最善の手が他にないから、今こうして楽な方を選んでいるというのに……少しばかり頭が回ると思っていたが、いや頭に血が上って碌にモノが考えられないのだろう。

 溜息を一つ吐き、身を翻すとスタスタと部屋の出口を目指す。

 

 宿主であるメイドを殺し、エシディシ本体を波紋使い共に任せようと思ったが無理ならば私が出来ることはない。

 奴は脳と血管だけになっても他者に憑依できるというのならば、接近戦は止めた方が無難だろう。 攻撃した本人が次に取り憑かれるなど笑い話にもなりはしない。

 

 故にこの場において私が出来ることは存在せず、後はこの場の者達に任せようと部屋を出ようとした矢先、一瞬の内に口元を覆い隠すように巻かれた布に目を見開いた。

 いや、布ではない。 細長いその形状はマフラーであり、今の状況にそぐわぬ代物を使う人物にも心当たりがある。

 

 だからこそマフラーの用途も巻いた意味も理解できる今、非常に癇に障る。

 

「身勝手な行動は慎みなさい吸血鬼。 そのまま進むというのであればどうなるか――」

 

「どうなるか、と? もしや、これは犬っころに繋げる鎖のような役目のつもりか? この私に対して……こんな貧弱な布切れ一枚でこの私が!」

 

 顔に巻かれたマフラーを掴み、即座に腕ごと凍らせ粉々に砕き散らす。

 膨れ上がる怒りは表情に如実に表れ、項垂れるように口元の布が解けると漏れ出る不快な歯軋り音と共に種の証たる牙を恥知らずな愚か者へと向ける。

 

「! 貴方、その目は……えぇ、見覚えがあるわ。 ようやく本性(・・)を曝け出したようね」

 

 向けられた当の本人、リサリサが突然豹変した私に対して呆気に取られた様子だが、千切られたマフラーが手元に戻る際には既に身構えている辺り場慣れしているのであろう。

 勢いのまま、襲い掛かれば返り討ちにあうことを容易く予想できる程に隙がない。 手強い相手、そう感じた時には私の怒りは奥へ引っ込み、代わりとばかりに薄っぺらい笑みを顔に貼り付ける。

 

「あら、驚かせてごめんなさいね。 でも、冷静に考えれば貴方も小娘一人の命よりも赤石の方が大事だと分かるのではなくて? ……私は先に部屋に戻らせて貰うわ」

 

「私は動くなと言ったのだ吸血鬼。 それでも先へ進むというならば―――」

 

 短くなったマフラーを靡かせ、敵意を醸し出す女に対して私は侮蔑の念を抱いていた。 それは視線にも現れていたのだろう、まるで汚物を見るかのように蔑む視線に彼女が眉を顰め、不快な表情をしている点から見て取れる。

  だが、同時にその醜い姿に私は好感すら持てる。 彼女は私に近い性質を持っているからだ。

 

「リサリサ、お前はなぜ今になって止めるのだろうか? 私がメイドを殺すと言った時もそうだ、歩き出した時、最初の体液を放った時、その後! 幾らでも私を止める機会があったのになぜ今止める?」

 

 私がこの部屋に入った時から唯一警戒していたのはリサリサのみ。 

 エシディシ相手に近づくつもりは毛頭ないし、いざとなれば波紋使いを盾にするつもりだったが彼女だけは別だ。 彼女が唐突に私を殺すべく動く可能性もあるし、何より個人の力量において私を上回る可能性を秘めた危険人物だからだ。

 故に動向を監視し、不審な行動を取るかと様子を見ていたが彼女が選んだ行動は何もしない、ただ見ているだけの傍観者(・・・)だった。

 

「私に罪を被せる為、あるいは赤石の為ならメイドの犠牲も止むを得ない。 そう考えていたのではないかな? ならば尚更性質が悪い、己の手を汚さず他者に委ねるなど……傍観者であれば罪は無い、そう本気で思っているのか?」

 

 赤石という単語に僅かに身を震わせる女の姿に思わず笑みが零れる。 

 その僅かな動揺を見逃さず、更によく観察するべくゆっくりと彼女の元へ手を広げて歩いて行く。

 人の心とはまるで門のようだと私は常々考えている。 人によって門は違い、教会のように誰しも受け入れる開け放たれた門もあれば城門のように堅く閉じられたモノもある。

 

 大抵の心は後者であり、彼女の門はその中でも一際堅く閉じられた要塞だ。 

 だが、今になって陳腐な罪悪感もしくは指摘されたことにより『恥』などとでも感じ、動揺しているのか門に隙間が空いているのが感じ取れる。 

 

 だからこそチャンスをモノにするべく、ここは退くべきではなくあえて進むべきなのだ。

 別に門は開け放たなくていい、隙間から私が入りさえすれば十分すぎる。

 心とは得てして外部の敵には容赦しないものだが内側に入った味方(・・)ほど甘いものはない。

 

 そうして友好的に微笑み、門をこじ開ける辛辣な言葉、身振り手振りによる動作を長年の門破りの経験から使い分け、あと数歩で手が届くという所まで近づいた時、彼女の瞳に強い光が宿るのが見て取れた。

 

 先程まで疑りながらも私をここまで接近させるまでに心を許し、後もう少しという所だというのになぜなのか。

 再び油断なく身構え、彼女の門が唐突に閉め切られる。

 

「いい加減、その薄汚い口から吐き出される戯言を止めなさい! えぇ、そうね確かに私は――」

 

エリザベス(・・・・・)。 しかし、だ。 まさか貴方が善良な傍観者を気取り、他者を己の利益だけの為に利用する悪だなんてとても思えない。 そう、全ては私の憶測でしかないのだから。 ……それでは部屋へ戻らせてもらおうかしら、もはや私に出来ることなどないことだしね」

 

 咄嗟に彼女の本名を呼び、言葉を遮る。

 彼女に自身の非を受け入れる程の心の強さが戻り、これ以上近づけば攻撃される可能性があったからだ。

 

 

 即座に身を翻し、背後から留まるように呼びかける声が複数聞こえる頃には既に薄暗い廊下へと出ていた。

 日の出が近い今、船に乗った赤石を追いかけることが出来ないことなどすぐに思いつくものだが気づかなかったのだろうか。

 言葉通り、自室へ向かう途中に思い浮かぶのは先程の女が心の強さを取り戻したことだ。

 

 人を屈服させる上で大事なのは相手の心の強さ、拠り所を知ることに他ならない。

 それは自分への自信、引いては自己の確立に多大な影響を持っているからだ。 だからこそ、心の強さは容易く弱さにも変わる。

 

 私は彼女の心の強さは息子であるジョセフから来ているものだと考えていた。 故に彼女の非をジョセフの前で明らかにし、彼女自身が持つ心の芯をへし折ろうとしたというのに彼女は屈しなかった。

 

 確かに息子は彼女の心の拠り所だが、他にも彼女の心の芯はあったのだ。

 だからこそ途中まで彼女の心は弱っていたが、最後の最後で別の芯を取り戻した。

 

 彼女に残された心の拠り所、それを知らなければ私が奴の上に立つことは有り得ない。

 

「奴の心の強さを探るのはまた次の機会だ。 一番の問題は私の方にある、今思い出しても腹が立つが……」

 

 次に考えるのはそもそもこの事態を引き起こした出来事だ。 

 波紋を纏わせず、武器を見せびらかすだけで屈服すると安易に考えて手心を加えたのだろう、あの気取った女は。

 

 思い出すと口元から再び歯軋りと共に内から烈火の如く怒りが沸いてくる。

 『私』になった直後だからか、どうにも感情を上手く制御できない。 それでは駄目だ、強者とは己の感情すら扱う者。 これはもう少し、強めに暗示をかけて安定させねばなるまい。

 

 

 そうして自室の扉を開け、手鏡でも探そうという時に室内の違和感に気がついた。

 

「一体、誰が鏡を取り替えたのかしら? 部屋を掃除しにきたメイド、という訳でもないようだけれど」

 

 部屋に入った私を写す大きな鏡。

 それは良い、問題なのは私が出る前に叩き割ったはずの姿見だということだけだ。

 

 可能性として館にいるメイドが部屋の清掃の際に割れた鏡に気づき、取り替えたという点だがそれにしてはベッドのシーツが皺になったままだ。

 そして次に気づくのは床に細かな破片すら一片も落ちておらず、一見して丁寧に掃除したように見えるが埃が残っている点からしてもおかしい。

 

 この説明がつかない状況に、ふと思い当たることがある。

 

「……仮に、そう仮に幻だったとしたらあの時、私は生きてはいまい。 だが現実だとしても説明がつかない、いやむしろつかない方が良い」

 

 柱の男エシディシに殺されかけた時、私は確かに半透明の鎖で構成された人型のナニカを見た。

 アレが何なのか、恐らくは胸元の呪いの十字架が起因しているのか分からないがそれでも構わない。

 

 恐らく、私の理解が及ばない力が働いているのだろう。

 人間だった頃、吸血鬼を見た際に私はソレを『怪物』と呼んだ。 それは吸血鬼という存在を知らぬ無知からくる言葉だ。

 

 この不可思議な現象もいずれ理解できる時もくるかもしれないがそれを今、私は猛烈に欲している。

 

「説明がつかぬ未知なる力なら、奴等にも有効となりうる力になるかもしれない。 が、そう都合良く分かるはずもないか。 ただの私の気のせいという可能性もあることだし」

 

 思わず自嘲の笑みが零れ、私は近くの椅子へ腰掛けるとその鏡を見つめ続けた。

 本当にそう、ただの気のせいだという可能性も十分にあるというのにだ。

 

 私にはどうしても、その鏡が割れた鏡そのものであるようにしか思えなかった。

 

 







 月日が過ぎるのが早く感じる今日この頃。
 更新遅れて申し訳ない、今回は忙しかったとかではなく単純に飽きっぽい性格がモロに出て書いてなかっただけでして。。。

 前に小説書いてた時も

 最初:書きたくて書きたくてしょうがない!! どんどん書きたい!!(訳:めっさ書くの楽しい)

 後半:スムーズに書けると書きたくて(ry 状態になって楽しいのだけれども、詰まると急に作業感出て飽きがくる→ 気分転換に他のことやって熱中してそのまま余り手をつけない状態になるものでして。。。

 ……とりあえず、そう今だけだ。 今の状態を気合で乗り切れれば最初の状態に戻って楽しく書けるはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワムウ戦:決闘の作法

 長くなったので分割。 
 間を置いて書くせいか、いまいち主人公の思考パターンがおぼろげになって書きづらい。。。

 とりあえず、後編は書き終え次第出しますね。 ついでに前置きがものっそい長くなる癖があるので、省略できる所を見つけて削っていきます。


エシディシ襲撃からの翌日、昼間の内に私が眠る棺をヴェネチアへ船で郵送された日の夜のことだ。

 時計で日が落ちた時刻だと判断し、棺の蓋を開けた先には妙に険しい表情をした面々が揃っている。

 

「何で皆が嫌な顔をしてるか分かってるよな? 確かに決断を迫られた状況かもしれないけどよ――」

 

「そうね、私は私が正しいと思える行動をしたのだけれど、今度からは控えるわ。 それで、エシディシの件と今の状況を教えてくださる?」

 

 大方、メイドの件を非難されると予想していたからこの手の話はどうでもいい。 今、こいつらと関係を悪くするのはまずいが良くする必要もない。

 故にそんなことはどうでも良いと一蹴し、最優先に聞き出すべき情報。 エシディシの末路について尋ねるととても喜ばしい答えが返ってきた。

 

 ジョセフはものの見事に寄生した脳だけを破壊し、メイドの命まで助けたと聞いた時には思わず心にもない拍手をしたものだ。

 

 他にも些細な騒動はあったようだがどうでもいい、大事なのはその後の赤石の行方についてだが既にスイスへと郵送されたことが分かった。

 

 普通ならばそのまま赤石を追っていただろうが、一つそうもいかない問題があった。

 ジョセフの体内の毒の指輪が溶けるまで6日しかなく、2つの毒の内1つはエシディシが持つ解毒剤を飲み無事解毒したらしいが残るもう一つの解毒剤の所有者であるワムウが残っている。

 そのワムウはというと、今からちょうど3日後の夜にジョセフとの決闘を果たすためにローマのコロッセオにて待ち合わせをしていると聞き、私の口元が思わず弧を描いた。

 

「良いわ、ワムウを相手にするのは私がする。 但し、誰か1人頼もしい味方が欲しいわね……そう、シーザー。 貴方が来てくれないかしら?」

 

 この決闘の機会を逃せば解毒剤の行方が分からなくなってしまう、そんな風に悩むジョセフに救いの手を差し伸べたように映る所だが、そうもいかないらしい。

 メイドを殺そうとした1件が尾を引いているのか、その場にいた一同が胡散臭そうに私の言葉の真意を探ろうとしている。

 

 私の理由としては単純なことだ。 ジョセフからワムウの性格、言動、知っている技を聞いた際に私ととても相性が良い相手だと常々感じていたからだ。

 そしてもう一つ、私自身驚いていることだが寄生したエシディシを見た直後から奴等への恐怖心が薄まる所か日に日に強くなっているのだ。

 

 身を焼かれる耐え難い苦痛を与えられたのが原因なのかは分からない。 昔の私ならばただ怯えていだろうが今の私は違う。

 恐怖を奴等への悪意に変え続け、この身から溢れんばかりの憎悪に身を焦がすばかりだ。

 

 恐怖を拭い去るには奴等の死を目の当たりにせねばならない。 それも私の手でだ。 こんな思いをするならば制止を振り切ってでもメイドごと殺せばよかった。

 

「あぁ? その提案は俺にとって嬉しい限りだけどよ、なんでシーザーなんだ? 別に俺でも」

 

「……いや、構わんさ。 お前だと騒がしくてかなわんから保護者役を先生にして貰いたいのだろうよ。 俺がさっさとワムウを倒し、ついでに解毒剤を取ってきてやるから大人しく先生の言う事を聞いておけよジョセフ」

 

 ワムウに毒を埋め込まれた当の本人ではなく何故シーザーなのか、当然のように疑問を口にするジョセフだが横からシーザーの澄ました声に阻まれた。

 言葉に余計な軽口まで含まれていた為か、ジョセフとの幼稚な口論に発展する様子を眺めながらも呆気なく提案に乗るシーザーの思惑は何かと考える。

 

(さて、シーザーが考えることとして私の裏切り、解毒剤の破棄、またはいざとなれば躊躇なく私を殺害する為に提案を受けたという所か、ならば問題ない)

 

 反対すると思っていた為に考えていた言い訳が無駄になったがどうでも良いことだ。

 準備をしようとした矢先、私を最も警戒する女が不意に目の前に現れ、鋭い視線が私を射抜く。

 

「……吸血鬼、今度は一体何を企んでいるのかしら?」

 

「貴様が納得する理由を私に求めるのか? 私が何を言っても信じない貴様が。 無駄な言葉は嫌いだが、奴等を消したいとだけ言っておこうか」

 

 何の意味も持たぬ問い程、不愉快なものはない。 女、リサリサの言葉は正にそれだ。

 故に素の態度で早々に話を打ち切り、決まりだとばかりに今だ互いに言い争う小僧共と睨む女を尻目にその場を後にする。

 

「もしも、あの子に……シーザーに手を出したらお前をその場で殺すわ」

 

 背後から私にだけ聞こえる冷たい声が聞こえる。

 しかし、その言葉は私に何ら効果を与えない所かむしろ警戒心を解かせるものだ。

 危険だと知っているのならば早々に手を打ち、排除すべきだというのに後回しにする時点で甘すぎる。

 その甘さが命取りだと知っていても尚、その甘さに浸るしかない奴には哀れみさえ浮かぶほどだ。

 

 私に恐怖などあってはならない。 私に脅威と感じさせるモノなど存在してはならない。

 

 私の行動は全て、私だけの幸福に満ちた世界を実現するために行うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマ行きの列車に乗り、私は窓の外に移る美しい星空と共に景色が流れる様を眺めていた。

 このまま眺め続けたい気分になるが、そうもいかないのが今の現状だ。

 

 故にその光景から目を逸らし、前の座席に手を頬に添え不機嫌そうな顔で足を組み座る金髪の青年、シーザー・ツェペリの方へと向きなおした。

 

「さて、これから怪物退治に行く訳だけれども自信はあるの?」

 

「怪物退治、か。 ふん、俺の目の前にいるのが怪物じゃないのなら一体何者なのだろうな」

 

 へらず口を叩く小僧にはほとほと呆れかえるばかりだ。

 こんな小僧との相席など普段なら断る所だがこれから向かう怪物退治には盾は幾つあっても足りない。

 社交辞令も程々にし、ここまで来れば取り繕う必要もない。 薄っぺらい心にもない笑顔を貼り付けるのも少々疲れる。

 

「いいか、良く聞けシーザー・ツェペリ。 私はお前を助けようなどとは考えていないし、お前も私が危機に瀕しても助けなくて良い。 互いを利用する関係でいいが、その前に互いの手の内を明かそうじゃぁないか」

 

「それは良い、願ってもないことだ。 だがなぜ手の内を明かさねばならないんだ? ハッキリ言うが俺はお前を信用していない」

 

 当然の答えだ。 互いに微塵も相手を信用していない今、相手に手の内を明かすなど愚かとしか言いようがないがそうもいかない。

 

「飛び道具、あるいは爆発物といった広範囲に攻撃する術を持っている場合、味方が近くにいては邪魔で使えないだろう? 相手に構わず使うというのも手だが、私に使った場合は真っ先に柱の男よりもそいつを殺す」

 

「なるほど、互いに相手の技を使わせる配慮ぐらいはしようという訳か。 だが2つ言葉を訂正させて貰おうか。 勘違いしているようだが俺はそもそも1人で相手をするつもりだし、先生からお前を味方ではなく排除すべき『敵』として見ろと伝えられている」

 

 一見して敵意を含んだ視線、先程から自信に満ちた態度を崩さない点から嘘ではない。

 敵に回る可能性を考慮し、以前見せた波紋を纏うシャボン玉以外の技を知りたかったがこの様子では無理だろう。

 

 しかし、相手も今倒すべきは柱の男と認識しているらしく睨んではくるが何もせず、沈黙だけが続く。

 そんな折にふと、シーザーが柱の男と戦う動機は何なのかと疑問が沸いた。 波紋戦士の務めか、それとも案外ジョセフの解毒剤の為か。

 本人が目の前にいるのだからと尋ねると、男の表情が少々険しくなる。

 

「俺の祖父は吸血鬼に、父は柱の男を調査している最中に死んだ。 俺の一族は常に石仮面と戦い続けてきたのだ。 だからこそ俺はその意思を受け継ぎ、石仮面との因縁に決着をつけねばならない」

 

「? まさかそれが奴等と対峙する理由か? 死者の為に奴等と戦うリスクを冒すなど冗談は止せ、そんなことをして何の得があるというのだ」

 

 生ある内にその人物がどれだけ名声、力、富を得ようとも、死ねば全てを失う。

 故に死とは人生において真の敗北であり、最大の不幸であり、その者の価値を等しく無価値にするものだ。

 だからこそ目の前の男が死者の意思を受け継ぐなどと訳の分からん事を喚き、奴等の戦う理由だと言われても納得できるはずがない。

 

「冗談、だと? 貴様、今の言葉を取り消せ! その言葉は俺ばかりか一族を侮辱する言葉だ!」

 

 私の価値観とは裏腹に、男にとっては大切な動機なのだろう。

 思わず立ち上がる程に激昂し、今にも飛びかからんとしている姿から容易に見てとれるからだ。

 何度も見た光景だ。 理解できぬ者、そうだ私にとってこいつらは理解のできぬ存在だ。

 

「そうか、すまない。 どうにも私の物差しではお前達の考えることは理解できんようだ。 侮辱に聞こえたのなら取り消そう。 互いに今優先すべきは柱の男のみ、こんな所で争い戦力を消耗する訳にもいくまい」

 

「……ふん、なら良い。 先生が仰っていたがどうにもお前には人の心(・・・)というものが無いらしいからな。 忘れていた俺にも落ち度があるという訳か」

 

 人の心、感傷、それら全てが今の私には理解できぬ事柄だ。 以前の私ならば多少は理解できただろうが、だからこそ不要なのだ。

 己にとって不純となりうるものを身に宿したばかりに前の私は判断を誤った。 その経験から学び、2度も同じ過ちを繰り返す私ではない。

 

 再び澄ました表情で席に座る男を見つめ、私は判断を下す。

 

 こいつは私にとって理解できぬ『障害』でしかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車が目的地に着いた3日後、私はSPW財団に用意された一室にて最後の準備に取り掛かっていた。

 目の前に机に並べられた古今東西の武器や道具の数々、初めてみる鎖鎌や刀といった東方の武器から火薬を扱う銃、手榴弾、果ては火薬そのものまで揃っている。

 これらの武器、道具は今夜の戦いにおいて私の生命を守る大切な剣であり盾だ。 故に慎重に選ばざるを得ない。

 

 この3日間の間、見慣れぬ武器の扱い方を学んだが所詮は付け焼刃程度にしかならず却下だ。

 銃火器は奴等に有効とは言えないが、必要ではないかと言われればそうでもない。 暫し迷った後に余り多くの武器を持ち運ぶと動きが鈍るためこれも却下。

 

 結局は無難に使い慣れた物である手榴弾、鉄製のロングソードやナイフ、他道具数点といった装備を動きに支障が出ない程度に身に着ける。

 そうして最後に以前からSPW財団に写真を送り、作成を依頼した道具を手に取る。

 

(……装飾良し、けど肝心の宝石、いや材料は確か赤水晶だったかしら? 本物と比べれば艶がなく、眼が肥えたものであれば見破れる代物ね)

 

 奴等が執拗に追い求めるエイジャの赤石。 その贋作が今、私の手の内にある。

 中央に磨かれた赤水晶を覆うように金で周りをコーティングし、ルビーやアメシストといった宝石が埋め込まれ、傍目には豪華な装飾が施された宝石に見えるだろう。

 あのカーズとかいう頭が切れるタイプの奴には見破られるだろうが、話しを聞く限りワムウはその逆のタイプであるらしく、十分にこの私の役に立ってくれるだろう。 贋作といえど私の手にかかれば値千金の価値がある代物だ。

 

 本物と同じくネックレスタイプにした為、偽の赤石を首に着けいよいよ準備が整った。

 最後の仕上げとばかりに鏡の前に立ち、目の前に現れたもう一人の私と相対する。

 

「この3日間ずっと考えていた、私の強さとは何なのかと。 武器の扱いならば誇れただろうが違う、私の真の強みは卑しき狡猾さにこそある」

 

 力や技で圧倒し、華々しい勝利を挙げられればどれだけ気分が良いことだろうか。

 だが私は違う。 私の力は柱の男に遠く及ばず、下手をすれば奴等との戦いにおいては波紋戦士にすら劣るかもしれない。

 

 過程や方法を選んでいる余裕など私にはない。 ……いいや、言葉を間違えた。 過程や方法などどうでも良い、ただ勝利という結果だけを得るのだ。

 言葉で、動作で、方法で、敵を欺き罠に嵌めねばならない。 その狡猾さこそが私の強みだ。

 

 しかし、鏡に映る私を見ればどうにも悪人面で雰囲気も禍々しいものがある。 これは騙す相手に無用な警戒を抱かせるだけだ、だからこそ変えねばならない。

 

 鏡に映る私の眼が赤く輝き、口から言葉が紡ぎ出される。

 言葉を発するたびに目の前の光景が揺らぎ、新たな光景が映し出されていく。

 

 

 そうして、目の前の光景が定まったちょうどその時に扉が開かれ、身軽な服装に着替えたシーザー・ツェペリが現れた。

 

「シーザー……ツェペリ。 そうか、時間か。 すまないな、私が向かうと伝えていたというのにそちらから出向かせてしまったようだ」

 

「全くだ。 いくら身嗜みに時間がかかるとはいえ、朝日が出るまで時間を費やされては困るというものだからな」

 

 肩を竦め、不満気な表情で軽口を叩くシーザーの姿にはどこか頼もしささえ覚える。

 私が原因で待たせてしまった照れ隠しに思わず苦笑しながら再度謝罪をすると今度は驚いたように私をまじまじと見つめてくる。

 何か可笑しなことを言っただろうか? 妙な態度を取るシーザーに疑問を覚えるが、今は無駄に時間を費やす余裕もなく、夜風が吹くローマの街並みへと繰り出す。

 

 目指すは古の闘技場、コロッセオ。 柱の男、ワムウとの決着を着けるために向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫らくの間、歩を進めていると目前に月に照らされた巨大な建造物が眼に入る。 柱の男の一人、ワムウとの決闘場所でもあるコロッセオの前まで来ると否応にも緊張する。

 

「いよいよ、か。 吸血鬼、以前に言っていたことだが本気で……誰だ!?」

 

 私とシーザーが入口へ向かおうとした時、建物の影からローブを纏う人物が音もなく現れ、私達の前に立ち塞がった。

 

「来たか、お前達。 弟子であるリサリサから連絡を受け、このダイアーが援軍として来たからには安心するが――」

 

「シーザー、この者に先の流れについての説明を頼む。 足手まといになりそうなら置いていけ」

 

 以前に橋の下に突き落としたはずのダイアーが影から現れたことに対して感銘を受けず、むしろ落胆さえ感じる。

 SPW財団を経由して味方が増えるとの連絡を受けていたがよりにもよってこいつか。 耳を澄まし、辺りに気配及び呼吸音が聞こえないかと探ってはみていたが残念ながらこいつ一人だけのようだ。

 

戦いに向けて精神を整えていたというのに乱されては堪らない。 早々にダイアーの処理をシーザーに押し付け、一人先へと進む。

 こんな所で無駄な時間を過ごしている訳もいかず地下遺跡へ続く入口を抜け、下へと降りて行く。

 

 コツコツと私の足音だけが響き、入口に入った時より一瞬の気の緩みもなく警戒を続ける。

 この日の為にSPW財団から装備と道具を取り寄せ、念入りに戦いのシミュレーションを繰り返したのだ。 不意打ちによって呆気なく終わるなど許せるはずがない。

 

 そんな折、私の警戒に引っかかる気配が無数の柱の奥にある開けた場所から感じ取れた。

 そこへただ一人、私が赴くと月明かりが僅かに差し込む場所に座禅を組み、目を閉じているワムウが視界に入る。

 大柄の体にはち切れんばかりの筋肉が詰まった荒々しい肉体とは裏腹に、与える印象は静寂の中、祈りを捧げる修道士のように穏やかなものだ。

 

「……あのヘラズ口を叩く、トッポイ男はどうした? ジョジョ、奴はどこにいる?」

 

「初めまして、というべきかな。 残念ながら待ち人のジョジョは来ない。 そう、彼はもう既に勇敢に戦い散ったのだから」

 

 ピクリ、と一瞬ワムウの顔が強張り、その閉じられた目が開かれた。

 構わず話を続け、ジョジョの死因であるエシディシとの戦い、その果てに私がエシディシを始末したと告げる。

 

「馬鹿な、エシディシ様が敗れるだと? くだらぬ戯言を言うか!」

 

「我が言葉を嘘と思うのは勝手だが『怪焔王(かいえんのう)』の流法(モード)、奴の炎を操る技は驚愕に値する。 だがどれだけ素晴らしい技を持とうとも、術者であるエシディシには心底がっかりしたぞ。 奴は瀕死に陥った際、人間に寄生してまで生き延びようと醜態を晒したのだからな」

 

 私がエシディシが持つ技、脳だけの存在となり人間に寄生したことを話すとワムウ自身、私の言葉を信じ始めたのだろう。

 その目が激しい怒りから動揺に変わり、一通り事の顛末を話し終えた後には敵意に満ちた鋭い眼光が瞳に宿っていた。

 

「その赤い目、貴様良く見れば波紋戦士ではなく吸血鬼か? 吸血鬼に敗れるなど俄かには信じがたい、だが貴様の妙に自信に満ちた態度とエシディシ様に関する言葉から信憑性もある。 だが! 例え真実だとしてもエシディシ様をこれ以上侮辱するとなればタダでは済まさん!」

 

「庇うのは忠誠心か、または仲間意識からか。 安心するがいい、恐らく奴がそこまで生に執着し、無様な姿を晒した理由は分かっている。 この『エイジャの赤石』の為だ」

 

 首に身に着けている赤石を服から取り出し、怒りに身を震わせるワムウへ見せるとその目が再び大きく見開かれる。

 

「なるほど、エシディシ様の行動のおおよその見当はついた。 我々が求める赤石があれば仕方のないこと。 だが不可解なのは貴様だ、我々が強く求める物と知ってなぜここに赤石を……いや、そもそもなぜ一人(・・)でここへ来たのか?」

 

 一転して先程まで無防備に見えた男が身構え、警戒を顕にする姿を見て戦いだけはなく知恵が回る存在だということが見てとれる。

 思わず笑みが零れてしまう。 そうでなくてはここへ来た意味がない。

 

「ワムウ、ここはどのような場所だ? 古より続く、伝統あるこの建造物の中では何が行われてきた? 答えは一つ、戦いだ。 ジョセフとの決闘の盟約を果たす為、何よりそのジョセフから貴様は真っ向から戦う戦士だと聞いたからだ!」

 

 聞いた話ではこのワムウ、戦いに誇りを重んじるタイプらしくだからこそ決闘などと回りくどいことを提案したのだろう。

 私の言葉を聞き、疑惑を覚え警戒していたワムウの表情、瞳に若干ながら喜色が伺える。 だが、そこは立場上あるのだろう、何とか堪えているかのように妙な緊張感を張っている。

 

 そして私が目の前の男との間合いを詰め、踏み出せば相手に手が届く距離まで近づいた際にゆっくりと左腕を伸ばす。

 

「私は決闘に来たのだワムウ。 正々堂々、真の強者は誰か、それだけを決めにな。 ……だが、確かめねばなるまい。 貴様が万が一にも姑息な手を使う卑怯者か、誇り高き戦士かを! 我が決闘の作法、受けるか?」

 

 『対手』。

 互いに手の甲を相手の肘に合わせ、腕を触れさせることで正々堂々と戦う様を表す作法。

 私の地方に伝わる決闘の作法だと説明し、腕を離した時が決闘の合図だと伝えるととうとう笑みが堪えきれないのか、ニヤリと目の前の大男が不敵に笑う。

 

「決闘だと? 面白い、だが忘れているようだが俺に触れればお前の肉体は一体化するように消化される。 まさか、知らない訳でもあるまい? 俺が不意を打ち攻撃する可能性もあるこの行為に貴様が罠を仕掛ける可能性も十分あるではないか」

 

「ふん、貴様等が消化せずに肉体を触れさせることも可能だと聞いている。 戯言は止せ、受けるか否かはもう決めているのだろう? 卑怯者ならば、即座に今私を攻撃し、赤石を奪っているだろうからな。 無論、そうならば我が力と技で遠慮なく叩き潰せるというもの!」

 

 いい加減、茶番は止めてくれと溜息を吐いて暗に伝えるとようやく目の前の男の腕がゆっくりと伸ばされる。

 視線を交えた時より私の目を片時も外さず、見据えていた男の瞳にはもはや敵意でも、警戒の色でもなく、ただ子供のように無邪気に輝いていた。

 

「良いだろう! あえて、そうあえてだ! 貴様のその提案に乗ってやろう! フフフ、まさかこの時代にここまで俺の心を昂らせる者がいるとはな」

 

 小心者、いや用心深さを兼ね備えているのだろう。

 一見、この無意味としか思えぬ行動に誇りを見出すものがどれだけいるのだろうか。 その価値が分かる人物が少ないことは本人が一番分かっているのだろう。

 だからこそ最後の最後まで疑い、今でも目の前の現実が真実かどうか見極めようとしている節がある。

 

 

 しかし、男の腕は伸ばされ続け、私の腕と触れ合わせるとその大木のように太い腕の中へと私の腕が吸い込まれていく。

 まるでそう、子供が大好物のお菓子を目の前にし、食べてはいけないと言い聞かされていてもついつい手を出してしまう誘惑に似ているのだろう。

 その一見獰猛とも取れる笑みの内に秘められる純粋なる好奇心。 瞳に眩いばかりの喜びの感情が満ち溢れているのが容易に分かる。

 

「語らずとも、視線を交わせば分かるものがある。 貴様も俺と同じ、純粋なる戦闘者。 戦いに喜びを見出す生粋の戦士ということがな」

 

 私とてそうだ、この戦いの美学を共有できる同行の士が現れたことに歓喜の笑みを抑えきれない。

 

 これからこの無垢なる戦士に名乗りを挙げ、正々堂々と真っ向から決闘に打ち勝ち、栄光の勝利を我が手にt―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の光景が変わっていく。

 

 

 視界が揺らぎ、私の足元から体が喪失するかのような感覚が頭まで伝わり、再び足元から今度は電流に似た感覚が頭まで伝わった時には目の前の景色が一片していた。

 

 ずっぽりと私の腕が熱くほとばしるむさ苦しい男の腕の中に包まれているのだ。

 そして顔を上げればニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるワムウがいる。

 

 今だ頭がぼんやりし、記憶もまばらだが問題ない。 全て、予定通りだ。

 

「? 何だ? 雰囲気が変わった……いや、その目は一体―――」

 

 ピキリッと、音を立て私の腕を内包したワムウの腕を瞬く間に『気化冷凍法』によって凍らせる。

 そのにやけた馬鹿面が信じられないといった呆気に取られた表情に変わり、次いで苦痛の表情へ変えるべく内側の腕を動かして粉々に肘から先の腕を砕いた。

 

 

 








『おいワムウ、赤石賭けて決闘しろよ』
 
 うん、ジョジョssよく読む人なら分かったかもしれないけれど……偽赤石のネタが被った件。
 このネタに該当するジョジョ小説が2件あって、他のに変えようかと悩んだけれどもこの後のブチギレワムウさんの対策が思いつかなくてそのまま使ったけれども……。

 一応、ネタが被っても表現が一緒でなければ良いですよー的な感じの一文が書いてあったけれども、いざとなれば土下座する準備だけしておこう。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワムウ戦:恐怖への克服

 4部アニメのトニオさんの回が余りにも個人的に良くて、そういえば書きっぱなしのジョジョ小説あることを思い出し、書き始めたら久々に楽しく書けたので投稿……何かワムウ戦めっさ長くなったけど。

 これがトニオさん効果か……定期的に見て拝んでモチベーション上げていこうかな。


 空気中にパラパラと舞う氷の破片が月明かりに反射し、幻想的な輝きを醸し出している。

 とても心躍る光景だ。 その氷の破片が奴の砕け散った左腕だということが更に私の心を喜ばせてくれる。

 

「GUU、MUOO……!! こ、これは一体どういうことだ? 貴様、まさか俺を」

 

「ンンンー? 良いぞぉ。 悲鳴ではないがその苦悶の声、実に心地良い。 正々堂々ぅ? 決闘の作法ぅ? くだらんなァー! そんなものに付き合う奴など愚か者の極みよ、フフハハハハハ!」

 

 一瞬の静寂の後に苦しげに顔を歪め、粉々に砕かれた左腕の先からは間欠泉のように血液が噴出している。

 私を恐怖に陥れる存在が今、苦しんでいるのだ。 この胸から迸る喜びをどう言葉で表現したものか。

 

 そうして、段々と奴も事態を理解したのだろう。 奴の表情が険しくなるのが何よりの証拠。

 

 怒りが沸点に到達する前に私は身を翻してその場から逃げ出す。 ここまでは良い、全て順調だ。 程なく奴は怒りのままに私を追いかけてくるだろう。

 

 敵を騙すには味方から、という言葉を私は聞いたことがある。

 思うに騙す側が真実だと信じきっている時、例えそれが嘘の言葉だとしてもその場においてその言葉は語り手、聞き手にとって真実と化す。

 何せ、本人が全く騙す気がなく心の底から信じているのだ。 聞き手はどうやってもその場に留まる限り、語り手が嘘を吐いているようには見えないだろう。

 

 そう、私が真に騙したのは私自身だ。 決闘の作法だとか、戦いの美学だとかそんなものの魅力は私には全く理解できない。

 だからこそ、鏡の中の暗示で戦いに誇りを見出す()と偽りの記憶を作り上げたのだ。

 

 暗示が解ける条件は攻撃を受けた時、奴の身体に触れたときの2つ。

 

 リスクも非情に高いがそれに見合う価値がある。 それほどまでに奴の片腕を奪ったことは大きな戦果だ。

 

「以前、柱を削りきる程の威力を持つ暴風……『神砂嵐』という技名だったかしら? ジョセフから聞いた話では両腕を使用する技だそうだけれど、おや? 左肘から先の腕が無いではないか、それでお得意の技が出せるのかな?」

 

「……」

 

 柱の間を縫うように走り抜け、先程いた場所と同じように月明かりが差し込む場所へ出ると足を止める。

 ここで良い、振り返れば予想通りワムウが追ってきている。

 返事は無いがその理由は一目瞭然だ。 男の全身の筋肉が異常な程に膨張し、血管は浮き出るばかりか皮膚を突き破り、破裂して所々出血までしている。

 

 全てはそう、怒りの感情が極限まで高まっているからだろう、言葉すら失う程に。

 その怒気を一身に受ける私は平静を装っているが、内心で死の錯覚を覚え、肌に纏わりつく空気は実体を伴っているかのように重く感じる。

 

 我が内なる恐怖の化身が目前に現れた所で、私の心は決まった。

 

 挑発するかのように服の裾から大袈裟に手榴弾を取り出し、ピンを抜くと無造作に相手の方へ投げる。

 気の弱い者ならば、心臓が止まるのではないかと思える程に眼光だけが異様に光っている。 そうして、私への視線を一切外さぬまま目前にて弾けた。

 

 閃光と爆音、煙が巻き起こり晴れた先には仁王立ちのまま全身から血を流すワムウがいる。

 避けない理由は良く分からんが、それで良い。 奴には怒りで周りが見えまい。 背後の柱の頂点、頭上から降り注ぐ2つの影が。

 

「食らうがいい、柱の男よ! 空中から繰り出す稲妻十字(サンダー クロス)

 

 頭上から現れたシーザー、そしてダイアーの2人。 手榴弾の爆発は奇襲を許可する合図。

 奇襲だというのに馬鹿が叫ぶ時よりも前、ワムウの体がピクリと痙攣したかと思えば流れるように両腕を地面につけ、まるで知っていたかのように海老反りの体勢で右足を打ち上げた。

 

 迎撃されるとは思わなかったのか、吸い込まれるようにダイアーの胸部へと蹴りが叩き込まれ、重なるようにシーザーも突き上げられたダイアーと共に吹き飛ばされる。

 

「影に入った貴様等が悪い。 俺は自分の影に入るものを無意識の内に反射的に攻撃してしまう癖がある。 月明かりで俺の影が出来、その影に入った己の不運を恨め」

 

「がふっ、ば、馬鹿な。 ハッ!? ダ、ダイアーーッ!!」

 

 宙を舞う木の葉のように2人が吹き飛ばされたもののダイアーが緩和剤となり、吐血はしているものの無事な様子のシーザーとは別にまともに喰らったダイアーは心臓部分が陥没し、ピクリとも動かない姿が目に入る。

 恐らく悲鳴をあげる暇もなく一瞬の内に死亡したのだろう。 先程まで無様に叫んでいた姿が嘘のようだ。

 

(マヌケ共が、最大のチャンスをみすみす逃すとは所詮捨て石程の価値しかないか。 ここは様子を見る為にも少し下がるべきか)

 

 奴の攻撃力の源である神砂嵐、それを封じた今がチャンスだが奇襲が失敗した今、正面から戦うのは片腕を失っているとはいえまだ私の方が分が悪い。

 シーザーに注意が向いている内に後ろへ下がろうとした時、それを見透かすかのように憤怒の顔を浮かべるワムウが私を睨む。

 

「どこまでも姑息な奴等よ。 あえてだ、そうあえて貴様の言葉で返そう、このワムウの力と技で全力で叩き潰す!!」

 

 ボコリ、と鈍い音と共にワムウの胸部から管のような細長い突起が幾つも浮き出てくる。

 一体何をするのかと注視していると、耳に空気を吐き出すかのような風が流れる音が聞こえる。 白い霧のようなものがその管から吐き出し、身に纏うかのようにワムウの体を包み込んでいくとその変化は目に見えて起こった。

 

 視界から消えうせたのだ。 向こう側の景色、柱が見えるがどうにもその光景は一部が不自然に揺らぎ、その揺らぎは人型を模っている。

 そして合点がいく、奴はあろうことか限りなく透明に近い肉体を得たのだ。

 

「馬鹿な!? よ、よく見れば肉体の輪郭がぼやけて見えるがここまで透明になれる技など存在するものなのか? シーザー、貴様ならあの技の原理が分かるか?」

 

 どのような原理か全く見当もつかない。 そうして視界に映る揺らぎが遺跡の奥、暗闇の中へと紛れ込むと視認することはもはや不可能に近い。

 これでこの月明かりから抜け出し、暗闇の中を逃げるのは自殺行為に等しくなった。

 それはシーザーも感じたのだろう、即座に起き上がり互いに背中を合わせるように中央へ立ち位置を変える。

 

「ま、待て。 少し考えさせろ! 奴の技の根本にはそう、『風』だ。 消える前に胸から妙な管を出していたが、あれから確か空気が――」

 

 動揺しながらも思考は進められ、シーザーが何かを掴みそうな雰囲気だ。 ならば、私は時間稼ぎをするまで。

 

「姿を消すとは、この卑怯者め! 貴様も戦士であるならば姿を現して堂々と戦え!」

 

「……貴様が、貴様がそれを言うか! もはや語る言葉など無し、その煩わしい口を永遠に閉ざしてくれる!」

 

 声がする方向へ視線を向けても、そこには暗闇が広がるばかり。

 まずい、完全に奴は私を躊躇なく殺す気だ。 奴の技の原理、それさえ分かれば対処方も――。

 

「分かったぞ、ワムウは自分の体の周りに肺から管を通して水蒸気の渦をまとわせているんだ! 目的はその光の屈折現象! 奴は水蒸気をスーツのように纏っている、だからこそ透明のように見える!」

 

 暗闇に光明が差し込むように、背後からとても喜ばしい声が聞こえる。

 常人ならばパニックに陥り、ついつい辺りを警戒することに集中するか、錯乱するかのどちらかだろう。 良くぞ冷静に思考を続けたものだ。

 

「だがどうする? この視界の悪さでは奴の先手を許さざるを得ない今の状況は明らかに不利! せめて奴の居場所を―――」

 

「うろたえるなシーザー・ツェペリ。 奴の技の性質が分かった今、対処『可』能よ! WRYYYAAAAA!!」

 

 両手首を爪で切りつけ、一瞬の内に全身の筋肉を震わせることでその流れる血液を沸騰させる。

 円を描くように周囲へ血をばら撒き、空気に触れ冷えた沸騰血からは大量の湯気が発生する。

 

 先の光景すら覆う程に濃い蒸気が辺りに満ち、むしろ更に状況を悪化させたかのように見えるがこの湯気(・・)こそが重要なのだ。

 辺りに満ちた白い蒸気が吸い寄せられるように、ある方向へと導かれていく。

 

「「上だ!!」」

 

 奴が透明になる為に空気の渦を纏うならば空気中に漂う湯気も同じく取り込まれる。

 蒸気が一斉に上に向けて吸い込まれるように動く様子を捉え、見上げれば白い光景の中にぽっかりと穴が空いたように人型のナニカが映し出されていた。

 

 そう、とても間近に。

 

 気づくのが遅かった、奴は既に飛びあがり空中から自身の射程距離内まで近づいていた。 回避行動を取るも間に合うかどうか。

 

「あっ、ぐぅっ!?」 「うぉぉ―――ッ!?」

 

 豪腕が振るわれ、身を投げ出すかのように横へ跳んだ私の体に衝撃が走った。

 吹き飛ばされるように地面へ接触する際には激痛に顔を顰め、触れられた箇所が腹部だということを痛い程に主張している。

 

(っ、腕、足は動く。 背骨はやられてはいない、だが内臓をしこたま持っていかれた。 これでは動きに支障が出てしまう)

 

 傷の具合を確認し、手足が動くために背骨を損傷するという最悪の事態は防げた。 間一髪、避けなければ胴体そのものとおさらばしている所だろう。

 だが、私の横腹にはまるでボウリングの球のように大きな穴がポッカリと空いている。 吸血鬼である私には致命傷ではないが、今この状況においては非情にまずい。

 

 まだ残っている湯気の流れは先程、私達がいた場所に向かっている。 ワムウもこの視界の悪さを警戒して立ち止まっているか、またはシーザーが何かをしているのだろうか。

 

(ど、どうする? 退こうにも出血による臭いと痕跡でまず逃げ切れん、かといって立ち向かうにもこの傷では……! い、いや、待て。 そうだ、アレがあるはずだ。 こんな所で死ぬ訳にはいかない)

 

 地面を這う虫にように、私は両腕を動かして辺りを必死に探した。

 内側から止め処なく、いや相対した時から狂おしい程の恐怖を感じる。 それを悪意に変え続け、とうとう我慢の限界まで達しようとしていた。

 

 もはや、躊躇はしない。

 

 場所は覚えている、だからこそ付近を捜した時に目的のモノはすぐに見つかった。

 

 ソレを掴み、指を突き刺し、今だ内に残る生命力を私の傷の修復へと回す。

 

 そしてようやく湯気が晴れ、今だ半透明になったワムウと相対するシーザーの視線が私へ注がれる。

 

「―――き、さま。 な、何をしている? 自分が何をしているのか分かっているのか吸血鬼!!」

 

 私も一部しか見えなったがようやく見えた。

 

 空高く掲げた脈打つ指の先、血液を吸い取られミイラのように干からびていくダイアーの死体の全てが。

 腹に空いた穴は既に塞がっている。 死後間もないダイアーの体に残った生命力によってこの傷を癒せたのだ、喜ばしいことだというのにこの心のざわめきは何だ。 

 

「私は、間違ってなどいない。 無価値の死体に、ただの物に私の糧となる役目を与えたのだ。 こいつを見ろ! 死ねば内に秘めるあらゆる幸福を奪い去られ、無様な骸を晒すのみ! 故に死は生において恐怖でしかない、私は恐怖を無くす為ならどんな手段でもとる!」

 

「その死体の男と貴様の関係は知らんが仮にも肩を並べ戦った者を餌とするか。 下衆な奴め、恥を晒してまで生き延びたいか! 貴様は最後にゆっくりと必ず殺してやろう。 まずはそう、シャボン玉を使うシーザーとか言ったな。 貴様からだ」

 

 汚れたモノを見るような蔑みの視線を私に向け、最後に苦しめてから殺すと暗に含んだ言葉と共にワムウが背中越しに振り返った時、不自然にその動きを止めた。

 

 振り返った先には先程まで怒りをぶつけていた男、シーザーがまるで幽鬼のように立ち上がり、静かに前を見据えていた。

 

「人間は『受け継ぐ』生物だ」

 

 涼しげな表情と共に言葉が紡がれ、左右に掲げた両手からは薄い透明の円盤状のものが浮かびあがる。

 

「貴様ら化物共にとって無価値に見える人間の死は残された者達が未来に受け継ぐ限り、決して無駄にはならない! 人の魂を、記憶を、そして技を未来に受け継ぐ人間の強さを見せてやる! まずは貴様からだワムウ、爺さんツェペリが使った波紋カッターの応用編『シャボン・カッターッ!!』」

 

 風切り音と共に薄い円盤状の物体がワムウに吸い寄せられるように放たれ、その身に纏う風を切り裂いてゆく。

 

「ワムウ、貴様の風のプロテクターはまるで換気扇よ! 身を守るどころか逆に俺のシャボンを吸い込んでいくぜッ!」

 

「SHHHHHYYYAAAA! こ、こいつの波紋の強さ、予想以上にッ!!」

 

 私の目の前で恐怖に屈さぬ化物()が争い、片方がたまらず地に膝を突いた。

 その光景を目の当たりにすると私の全身は震えだし、手に持つ剣も小刻みに揺れている。 

 

(なぜあの人間は恐怖の片鱗すら見せずに立ち向かえるのだ、超人的な力を持つ化物を前にして。 しかもそれを追い詰めるとなれば奴もまた人間ではない、化物だ。 あんな恐ろしい奴等が存在するのを許せない)

 

 切り裂かれた全身から波紋に焼かれた煙が噴出し、明らかに致命傷に近い傷を帯びたワムウは放っておいてもシーザーが容易くトドメを刺すであろうこの状況。

 だというのに震えたまま剣を握る私の力はより一層強くなり、足が膝を突いたワムウの元へと歩み出す。

 

「もはやその傷ではまともに動けまい、このまま遠距離から再度シャボンを放てば俺の勝ちだ! 喰らえ『シャボンカッターッ!』」

 

「ヌゥゥ……このワムウが、こんな醜態を晒すとは。 認めよう、シーザーとやら貴様はこのワムウが全力を尽くすべき相手と見た!」

 

 シーザーの手元から再度放たれた円盤状の物体が迫る中、ワムウの胸部に生える突起物から再び風の流れる音が聞こえだす。

 再び風の鎧を身に纏うかと思えば音が先程と違う。 吐き出すというよりも『吸い込む』ような音だと感じた時、身に迫るシャボンカッターが瞬く間に切り裂かれた。

 

「我が風の最終流法(ファイナルモード)・『渾楔颯(こんけつさつ)』! シーザー、よくぞこの俺をここまで追い詰めた。 死出の手向けと受け取るが良い」

 

 見れば頭部の角より空気が歪む一筋の線が延び、それを頭部を揺らすことによって調整し、線の内に入るカッターを全て切り落とした。

 その異常な切れ味はほんの少し触れた石の柱をもバターのように切り裂き、そのまま顔を青ざめさせたシーザーへと振り下ろされる。

 

 咄嗟に後ろへ全力で跳んだシーザーに迫る風の刃が庇うように差し出された腕を吹き飛ばし、肉体をも切り刻む。

 驚愕の声も、悲鳴をあげる間もなく2人の優劣は私が数歩進んだ時には逆転していた。 

 

「……っ、空気を吐き出すではなく、取り込み圧縮したことによって生み出される切れ味。 俺のカッターをも上回る威力……もはやか、勝てないのか」

 

 ボトリと言葉の後に落ちたシーザの右腕、腕を代償にしてまで体を庇ったお陰か体が真っ二つになる即死だけは免れたようだが肘から先が無い右腕から噴出する血液、そして自分の技が破られた事によりシーザーの戦意がみるみる失われていく。

 

 そうして後はトドメを刺すだけといった時、私はワムウの元へと走り出す。

 そんなことをすれば当然の事ながら私が走り寄ってくることに気づき、無造作に手で蝿を払うかのように風の刃が横薙ぎに迫る。

 

 哀れ私は叩き落される虫ケラの如く、胴体を真っ二つにされるだろうと誰もが予想しただろう。

 だが風の刃は私の体の手前で停止し、無理やり引き戻されるように離れていく。

 

「貴様『赤石』を盾にッ! そのような卑怯な手が何度もこのワムウに通じるとでも思うたか!」

 

 そう、私の体を守るかのように手に持つ赤石を風の刃へと差し出し、自ら退かせたが故に私は無事だった。

 それは風を操る術者からすれば余りにも怒りを誘う手だろう。 何せ、己の主が求めて止まないモノを人質にされたも同然なのだから。

 

 されど相手は強者、このような小賢しい手など無駄だとばかりに風の刃を操り、上下左右に死の刃が我が身に迫りくる。

 地面すら無いも同然とばかりに切り裂き、下から迫る攻撃。 少し弛みを持たせて後頭部をまるで槍のようにピンポイントで狙うなど驚愕の技を繰り出すもその先に敵ではなく赤石が先回りをするかのように差し出されている。

 

「なぜだ、なぜ俺の攻撃の先に赤石を置けるのだ? 卑怯者にこのワムウの技が見切られることなどあってなるものか!」

 

 私は常に術者の頭部を見つめ続けている。 この技の性質は線である刃を見るのではない、『鞭』として見るべきなのだ。

 風の鞭、それがこの技の性質であり、鞭の軌道は全て術者の手元……この場合は風が噴き出す頭部の動きを見れば攻撃を読むのは非情に容易い。

 

 シーザーの技と腕を切り落とす際の動きを見てすぐさま理解できたこの技の性質。 私が武器に長けているが故に理解できたことだが奴には理解できないようだ。

 何せ、動きを見ていれば分かる。 こいつはこの武器を頻繁に使用していない、上手く使ってはいるが扱ってはいない。 ならば怖くない、強力な武器に振り回される(・・・・・・)輩など恐るるに足らず。

 

 そうして懐から道具を取り出し、赤石を盾にしながらも『細工』を施し、我が恐怖の存在へと歩を進める。

 

「こ、こいつ信じられんことだが見切っている! この俺の技をこんな怯え切った奴が!! ならば仕方がない、このワムウが直接殺してくれる」

 

 管を内に収め、傷ついた体ながらも迎撃の態勢を取る聡明さに私の心が跳ね上がる。

 だが私は歩みを止めない。

 

 それは勇気故にか? 私は違うと答えよう。

 それでは自暴自棄になったからか? 私は違うと答えよう。

 

 (こいつはやはり私よりも強い。 えぇ、知っているわ。 だから怖い、だから消さないといけない、私を脅かす強い存在が何よりも許しがたい)

 

 それは悪意故にか? 私はYESと答えよう。

 私を脅かす優れた者の存在が何よりも許せない、ただそれだけだ。

 

 そうして眼前に許されざる者が間近に迫った時、私はピンを抜き、赤石を真上へ放り投げる。

 

 奴の体が動揺により大きく揺れる、ここへ迫る前に赤石に糸で巻きつけた手榴弾のピンが目の前で抜かれたのだから当然だろう。

 

「選べ、相手をするのは『私』か『赤石』か? 答えは出ているでしょうがねぇ、フフハハハハッ!」

 

「ムウウ、おのれ最後まで小癪な奴!」

 

 奴にとって赤石に万が一ヒビでも入れば無価値も同然。 血相を変えて真上へと手を伸ばし、私への迎撃準備を怠らざるを得ない。

 それも当然だろう、気が遠くなるほどの年月を賭けて求め続けたであろう物が目の前で壊されようとしているのだ。 誰だって阻止しようとするだろう、それが本物ならばだが。

 

 ワムウは真上にある赤石へと右腕を伸ばした。 赤石を腕の中へ納めて爆発より守ろうとしているのだろう。

 私は剣をあえて右側より首元へと伸ばし、体ごと迫る勢いで突き刺さんとする。 当然の事ながら、ワムウは残った右手で剣を弾き、そのまま私を弾き飛ばさんと腹部へ拳を突き出す。

 

 私は剣を突き出した勢いそのまま左腕の中に仕込んで置いたナイフを鮮血を撒き散らしながら取り出し、互いが互いの攻撃を喰らいながらも同時に当てた。

 

 刹那の内に閃光と熱風が吹き荒れ、爆発の時間が訪れる。 全身を焼き尽くす痛みと手榴弾の破片が刺さり続ける地獄、それでも尚喰らい着いた牙を離さないとばかりに踏みとどまり、煙が晴れた時には勝負はついていた。

 

 首に深々とナイフを突き立てられ、大木のような太い首が凍り付き、全身を小刻みに震えさせながらも体を動かせないでいるワムウ。

 対して私は手榴弾による全身の火傷、破片の裂傷を負い、そして視線を下に逸らせば一体化するように私の横腹へと奴の巨腕が刺さっている。

 てっきり同化などせず、吹き飛ばすつもりだと思ったというのにどういうことなのか。

 

 いや、そんなことはもうどうでもいい。 互いに傷を負ったが奴はもはや指一本も禄に動かせない致命傷。 後は赤子の首を折るかのように頭部を凍らせ、砕け散らすのみ!

 

「か、勝った! マヌケめ、貴様がご大層に守ろうとした赤石はただの『贋作』よ! えぇ? 死を間際にした気分はど――」

 

 勝利を確信し、死を間際の絶望しきった顔を拝んでやろうと視線を上げた時、声が凍り付く。

 私は再び、心の底から恐怖する感覚を味わうこととなった。 その表情には怒りや苦しみといった感情などなく、ただ一点の意思だけが強烈な眼光となって宿る。 

 

「このワムウ、敵を楽に勝たせる趣味はない。 受けた傷も、我が肉体と能力の全てを利用して勝利を掴む!」

 

 純粋なる殺意。 その一点が私を射抜き、ピシリと何かが砕ける音が聞こえる。

 あろうことか自ら氷ついた首に力を込め砕くと頭だけとなった状態で私の元へ降ってくる。 何事かと目を見開いた瞬間、頭部に生える角が伸び、高速回転までする始末。

 

 罪人に死を与えるべく、ギロチンのように文字通り頭のみで降ってくるのだ。

 

 奴が私の体を拳で突き飛ばさず腕ごと一体化した意味がようやく理解できた。 奴は自身の体を楔とすることで私の動きを封じ確実に殺す布石を撒いていたのだと。

 そうして目前まで迫る死を退ける為に反射的に右腕で弾き飛ばしにかかる。 だが、そんなちんけな反撃などお見通しとばかりに角を横薙ぎに払うと私の腕をまるで挽き肉のように削り取り、右腕を削り飛ばした。

 

「この死にぞこないがァァァァァ! 私の前から消え失せろォ!!」

 

 私は最後の手段に出る。 僅かだが、腕を犠牲にしたことにより瞬き程の猶予が出来た。 その間に準備をしていた私の目から体液の弾丸が弾け跳び、奴の額を貫き吹っ飛ばす。

 

 助かった。 そんな束の間の安堵もそのままに私は息苦しさを覚えた。

 緊張のせいではない、文字通り呼吸が出来ずたまらず首元に目を向けると少し離れた死に繋がる糸に気がついた。

 

「言ったはずだ、貴様は『必ず殺す』と。 もはや逃れる術などあるまい、ここで仕留める!」

 

 その糸……いや、ワムウの髪が首にツタのように絡みついているのだということに気がついた時、視界が崩れた。

 死は逃れられない。 伸ばした髪に力を込め、再び私に迫らんとする死を前にして絶望が意思と肉体を支配する。

 

 氷ついたままの左腕は使えず、楔として打ち込まれたワムウの肉体を外す時間もない、絡みついた髪を外す時間も同様だ。

 

(身を削ってまで勝利を求めたというのにこの様。 私は正しい、強いティアのはずだというのにこんな馬鹿なことが起こるなんて……私が間違っていたというのか?)

 

 肉体が敗北を認め脱力し、心は絶望に犯され一つの表情を模ってゆく。

 

 エシディシに敗れ、軟弱だと蔑んだ以前の私の最後と同じ力のない笑みだ。 全てを諦めた者の笑顔。

 

 この『私』でも駄目だった。 だったら正しい私は誰だ? あぁ、私のはずだったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてどこか遠くで劇を見ているかのような気分で見ていた私の視界に変化が訪れた。

 切欠はそう、ワムウが視線を私から横にずらした所からだ。

 

 一切視線を逸らさず、私を殺すことだけを考えていた死の意思が揺らいだ。 ゆっくりと目が見開かれ、その表情が段々と険しく、怒りに満ちてくる。

 

(一体、何が―――)

 

 そう感じた時、私の視界の端から光輝く靴が飛んできた。 いや、靴には足がついている。 そうして伸びた足の先には胴体もついている。

 

 そして顔を見た時、全てを理解できた。 

 シーザー・ツェペリ、あの瀕死のはずの男が矢の如く飛来してきたのだ。

 

「これが俺が出せる最後の波紋。 じっくり味わいやがれ『波紋蹴り!!』」

 

「き、貴様。 その体でまだ動けるか! MUUUOOOOOO!!」

 

 ワムウに波紋を纏った蹴りが触れた瞬間、一際大きく火花を散らせ、私に纏わりついていた髪を千切りながら吹き飛ばした。

 頭が柱の一つに激突し、少しめり込んだ為か時間を置いて落下した際には波紋の傷の証である煙が幾つも噴き出す。

 

「あう……うう……み、見事だ。 我が肉体を犠牲にし、尚勝利を求めても敗北するとは。 フフフ、そうか戦いとは元は『生きる』為に行うもの。 いつしかそれを忘れ戦いを楽しみだした俺がお前に負けるのは必然だったということか」

 

「まだ喋る元気があるのか。 ならば尚のこと、一族の仇を取る為にもここでトドメを刺す」

 

 波紋を受けて尚不敵に笑うワムウに余力があると判断し、体をふらつかせながらも仕留めるべく歩み寄った時、シーザーの動きが唐突に止まった。

 

「どうした? なぜトドメを刺さない。 何ら躊躇することなどあるまい、俺は貴様の敵であり仇なのだろう」

 

「……ふん、その大量の煙。 明らかに波紋傷による煙だ。 量からして致命傷、いくら貴様とて耐えられるはずがない」

 

「そうか。 以前なら俺はそれを甘さだと感じ、弱みだと思っただろう。 だがそれこそがシーザー、貴様の強さの一つなのだろうな。 俺は心からお前の成長を喜ばしく思うよ」

 

 どこか父と子の間柄に見える雰囲気だ。 先程まで殺し合っていたというのに、ワムウのシーザーに向けられる視線には誇らしげな敬意が垣間見える。

 そうした折、シーザーが無き右腕を支えるようにして置いていた左手を放すと血液が噴き出し、ワムウの元へ降り注ぐ。 恐らくは波紋によって止血していたのだろう、それを止めてまで何をしているのかとワムウも戸惑っている。

 

 

「変に格好つけるな化物め。 ……いや、どの道最後だ。 俺はカーズやエシディシは心底憎いままだが不思議なことにワムウ、あんたに対して今は何も感じちゃいない。 友を、家族を殺された恨みは殺してでも収まらない、そう思っていた。 だが違う、俺の心に『ケジメ』をつけた時に晴れるものだと今理解した。 これはその礼だ、せいぜい長く苦しみながら死にな」

 

「フフ、なるほど完敗だよ。 お前は精神的にも戦士として俺よりも高みに立ったのだな、血の礼という訳ではないが1つ忠告しておこう。 急ぎここより離れ、傷を癒せ」

 

 既に私の左腕の氷は溶けており自由に動かせる。 横腹に突き刺さったままのワムウの腕は繋がっている体から切り落とし、動けるようにだけする。 腕が体から生えているようで不恰好だが完全に取り去るのは事が終わってからだ。

 

「戦いが始まった際に奴の雰囲気が変わってからそう、終始怯えた様子で俺に向かってきていた。 卑怯者の考えることなど俺には分からん、臆病者も同じこと。 だが一つ分かったのは奴が恐怖を覚える対象を排除しようとする性質だけは理解できた」

 

 ワムウの言葉に思い当たることがあるのだろう、ゆっくりとシーザーがこちらへ向く時には既に私は剣を放り投げている。

 剣はワムウの額を貫き、ミシリと壁に音を立てて減り込み磔にされた。

 

「うぐ、シー……ザー、奴は既に俺よりも俺を倒した(・・・・・)貴様に対して恐怖を感じている。 あのような卑怯者など自らの手で始末したい所だがこの様ではな」

 

「吸血鬼! 貴様、本気で俺とやる気か? 何がお前をそんなにしてまで駆り立てる!」

 

 ふるふると体が震え、視線を下に向ければポタポタと水滴が流れ落ちる。

 その理由は単純に怯え、涙を流している他に変わりない。 ただ恐ろしいまでの恐怖が内に抑えきれず、外に表れているだけのこと。

 

「シーザー・ツェペリ。 ぐすっ、命を助けてくれたのには感謝している。 だから、礼と言っては何だが私の心の内を明かそう。 私はな、怖いのだよ。 とても私を超える力を持つものが怖い。 とてもとても恐怖に打ち勝つ勇気とやらを持つ者が怖い。 私にはない強さを持つ者がとてもとてもとても恐ろしい!!」

 

 私の失った右腕から大量の血液が流れ落ちる。 吸血鬼といえども重い傷、だが私はその傷を癒すことよりも先にやらねばならないことがある。

 残った左腕でナイフを拾い、ゆっくりと距離を詰めていく。 相対するシーザーの顔色が出血多量とは別に更に青ざめたものとなってくる。

 

「お前、オカシイぞ。 何だ、お前は一体何だ? 寄るな!! それ以上近寄れば攻撃―――」

 

「今、目の前に化物を越える力を持ち、恐怖に屈さぬ勇気を持つ勇者……そんな私にとって夜も眠れぬ程の恐怖を与える存在がいる。  ……どうすると思うかね?(・・・・・・・・)

 

 互いに今だ距離はある。 だがこの距離はもはや引き返すには余りにも詰めすぎた。 もはや言葉などなく、シーザーも覚悟を決めたのか全身から血を流す瀕死の体に鞭打ち、身構える。

 そうして私は手に持つナイフ、ではなく目に力を込める。

 

 確実に、殺せる距離まで詰めた。 多量の血を流し、禄に動けぬ相手ならばまず確実に当たる。

 私の正しさが今、証明されるのだ。 パックリと視界が割れ、それが私が最後に見るシーザーの姿―――となるはずだった。

 

「……せ、あれは、あれは『敵』だ! メアリー、私を離せ!! 呪いを止めろ、なぜだ、なぜ私に恐怖が存在する苦しみを与える!?」

 

 苦しげに佇むシーザ、それが最後の姿になるはずだった。 だというのに、私の瞳は体液を発射せず、あろうことか体を幾重にも縛られたかのように指一本動かせない。

 私に害を成す者には何の制約も与えないはずの呪いが作動し、私は見えない誰かに半狂乱になりながら訴えかけるように叫ぶ。

 

(そうだ、攻撃されれば呪いは外れる。 シーザー、腕を千切っても肉を抉っても良いし何だったら自ら心臓を捧げても良い!! 私を攻撃しろ、お前は私を恨―――)

 

 ふと我に返り、私は縋るように恐怖へと目を向ければあろうことか背中を見せながら遠ざかっていく。

 嘘だろう、お前は、お前は私にとって恐怖以外の何者でもない存在だ。 その存在がどうして怯えた風にこちらを見ながら逃げ出す? そんなことはあってはならない。

 

 

 縋るように追いかけようとした時、私の耳に瓦礫が崩れるような音が小さく聞こえる。

 音のする方向へ向けば、柱に串刺しとなったワムウが髪の毛を伸ばし、剣を引き抜こうとしているではないか。

 

「どうした、シーザーを追うのではないのか? 俺はこの通り無様な姿よ、この剣を引き抜き残った体に戻る力など無いように見えるだろう、が貴様にはどう見えるかな?」

 

 顔に亀裂が入り、今にも崩れ落ちそうな程に波紋の傷が悪化している。 まもなく塵になるだろうと誰もが思うだろうが私は違う。

 瞬く間に距離を詰め、纏わりついた髪など気にせず柄を握り更に剣を押し込む。 その際に円を描くように動かしたことにより、何か水気を含んだモノがぐちゃぐちゃに描き回される音と共に苦悶の声が響く。

 

「ぐっ、貴様はなぜ戦う? 俺に対してそこまで怯えているというのに、なぜ逃げる事を選ばない? 容易に勝てぬ相手と分かれば戦いを避けるのは生物としての常。 貴様の心と行動は余りにも矛盾(・・)しすぎている。 それではまるで自ら死を望むかのように―――」

 

 私の耳にはもはや言葉など届いておらず、何か話していたとそんな印象しか残っていない。

 苦しげに語る顔が凍りつき、砕け散ると月明かりに反射されキラキラと輝いている。

 その輝きに魅せられるように私の心にも光が差し込んでくる。 何度も宙に浮く破片を掴み、恐怖が死んだことを何度も何度も確認する。

 

「やった、やったわ! 私は恐怖を克服(・・)することが出来た。 いや、出来るということが正しく証明された! 私は私を変えずに済むのね、アハハハハハ!」

 

 この『私』が正しいのだと証明され、恐怖が心の内より消え去った時、沸き起こるのは歓喜だ。 その泉の如く沸き起こる喜悦に酔いしれ、思わず踊ってしまいそうになる。

 しかし、喜びが満ちても尚、暗い影を落とす恐怖は聊かも衰えてはいない。 だからこそ、だ。

 

「私の世界にほんのちっぽけな恐怖などあってはならない、全ての恐怖を必ずや克服してみせるわ。 ウフ、フハハハハ!!」

 

 静けさに満ちていたコロッセオ内に笑い声が良く響く。 まるでコロッセオ自身が狂喜しているかのような笑い声で。

 

 だが、どこかそう、心の奥底に潜む軟弱な私から悲鳴のように聞こえると―――そんな心の声に対し、私は聞く耳を持ち合わせてはいなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裁判(リサリサ視点)

side:リサリサ(エリザベス・ジョースター)

 

 柱の男エシディシによって私の身より離れ、カーズの元へ送り届けられた赤石の痕跡を追う内に妙なドイツ軍人との邂逅、カーズの襲撃など予期せぬトラブルもあったが再び私の手の中で美しく輝く赤石が全てを物語っていた。

 

  赤石の郵送先である住所から敵の本拠地が分かり、スイスのサンモリッツの建物であることが判明する。

 故に私とジョセフは決着をつけるべく近くの宿の部屋でシーザーとあの吸血鬼との戦いの報告を待ち続け、その報告が数日前にSPW財団より届き彼等の勝利が伝えられた。

 その際には私も弟子の無事に安堵したのも束の間、苛烈な戦いとなったのだろう右腕を失う傷を負ったとの報告にジョセフが動揺し、それでも尚シーザーが今だ戦う意思を見せているとのことで傷を癒しながらこちらへ向かうとのことだった

 

 取り返した赤石に傷が無いかを確認し、視線をずらせば私と机を挟んだ椅子に座りながらもどこか落ち着きなく体を揺すっているジョセフの姿が目に入る。

 

(強くなったとは感じていたけれど、カーズを退ける程にまで強くなっているなんて成長しているのね。 だけれど、精神はまだ未熟) 

 

 カーズの襲撃においては私の手助けがあったとはいえ、カーズと正面から拮抗する様に頼もしさとどこかそう、誇らしさに似た喜びの感情を覚えた。

 だがそれとは別にシーザーの様子を聞いてからは今日まで部屋をうろついたりと落ち着きなく行動する姿が度々目に入っている。

 戦いにおいて心の動揺など弱み以外の何者でもない、心の抑制あるいは非情さを教えるべきかどうか悩むが……いや、悩む時点で私はこの子にそんなことは教えたくはないのだろう。

 必要な際には私が行えば済むこと、それに表に出さずとも私もシーザーやダイアーの死の件で動揺していた為に行う資格もないだろう。

 

 そしてもう一つ動揺したことがある、これはジョセフには言ってはいないシーザーが私に当てた見逃せない報告の事。

 そう考えていた時、部屋の扉が開かれ全身に包帯を巻きながらもしっかりとした足取りで部屋へ入ってくる金髪の青年の姿に自然と頬が緩む。

 

「シーザー! 何だけっこう元気そうじゃねえか。 うお、まじで腕が無いのかよ。 これなら俺が行ってサクッと倒しちゃった方が良かったんじゃねえの?」

 

「ハッ、お前みたいな半端者がワムウと戦えば腕じゃなく首が飛ぶだろうよ。 それと先生、こちらへ来るのが遅くなって申し訳ありません」

 

「へっ、軽口叩ける程には元気ってことか。 けどその体で大丈夫なのかねぇ? けっこう傷が深そうだから半端者の俺に後を任せた方が―――」

 

 椅子から立ち上がり、どこか嬉しそうに嫌らしい表情で絡むジョセフの目の前にリング状の物体が掲げられた。

 掲げた本人は皮肉げな笑みを浮かべ、挑発するかのようにソレを見せびらかしている。

 

「そうか、そんなに元気が有り余ってるならワムウの解毒剤なんていらんようだな。 これはどっかのゴミ箱にでも捨てておくか」

 

「ゲッ! そういやワムウの毒がまだ残ってるの忘れてた! 冗談、冗談よシーザーちゃん、俺もう心からお前の無事喜んでるからネッ! だからその解毒剤俺にくれない?」

 

 『現金な奴め』と一言呟き、解毒剤を放り投げるシーザー。 それを慌てて受け取ると掌を返すかのように文句を言いながら薬を飲み干すジョセフの姿に屋敷での修行風景を思い出す。

 この穏やかな雰囲気をもう少し味わいたいものだがそうもいかない。

 

「貴方が無事で何よりだわシーザー。 着いて早々だけれどコロッセオでの戦いの顛末を聞かせて欲しいの、ジョセフ貴方もしっかり聞きなさい」

 

 ワムウとの戦い、それはSPW財団を通して大方のあらましを聞いている。 だからこそなぜシーザーの口から再び聞くのかといった疑問顔をジョセフが受かべているが、そう思うのも無理はないこの子には聞かせていないのだから。

 

 これから聞くのはワムウではなく薄汚れた吸血鬼の所業、そして決めるのはどう処分するかということなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波紋戦士ダイアーの死体への冒涜行為、及びシーザーへの敵対行為が本人の口から語られることによって場の空気は重くなっていく。

 ジョセフは冗談だとばかりに最初は思っていたようだが、聞く内に顔が引き攣り、今は思い詰めたような表情になっていることから真実だと理解したのだろう。

 

「決まりね。 アレは敵、今は居場所が分からないけれど見つけ次第始末することとしましょう」

 

「ま、待ってくれよ。 ちょっとした何かの手違いだって、そのダイアーさんには申し訳ないけどよ。 ティアは婆ちゃんと過ごすようになってから一度も人間から吸血してないんだぜ? そこまで追い詰められたって事は考慮に値するんじゃねえかと俺は思う」

 

「ジョジョ、百歩譲ってだ。 そこを許したとしても俺を殺そうと迫った事は免れん。 俺はアイツが大嫌いだが嘘は言わん。 あれは、あれは危険だ。 野放しには出来ん」

 

 冷や汗を流し、アレを弁解するジョセフに思う所があるがそれ以上にシーザーの様子がおかしい。

 それはジョセフも気がついたのだろう、それまで普段通りの不敵に自信に満ちた様子とは違い小刻みに体を震わせ顔を青ざめさせる彼に。

 

「俺はこれまで柱の男と戦うことに怯えたことはない。 だがアレは明らかに……オカシイんだ。 とても怯えていた、泣きじゃくる姿に赤子のような脆ささえ感じさせる。 そんな奴が俺を殺そうと殺気を隠さず、向かってくるんだ。 俺はその時吐き気に似た強烈な嫌悪感を覚え、本気で逃げ出したいとさえ……アレはそう、俺達とは決定的にナニカが違う存在だ」

 

 搾り出すようなか細い声で語られる言葉に私は思い当たる節がある。 だがジョセフは言葉の真意を測りかねているのだろう、迷うような素振りが見える。

 

「人が恐怖を抱く時、強い心を持つ者は恐怖を我が物として受け入れ勇者となる。 恐怖に飲まれたモノはただ逃げ出すでしょう。 だがそれは生物としての本能、何ら恥じるべきことではない」

 

 だからこそ説明をしなければならない。 ジョセフにも思う所があるかもしれないが覚悟を決めてもらうしかない。 もはや猶予を与える段階は過ぎている。

 

「アレは恐怖に飲まれて尚、その内なる恐怖を消そうとする。 それは決して勇気ではない、ただ存在すること自体が許せないという生物としても人としても歪んだ動悸。 私がアレを『化物』と呼ぶのは吸血鬼のことじゃない、心の在りようの事を言っているのよ」

 

 言葉を聞く内にジョセフの頬に汗が流れ、先程よりも項垂れるように視線を下に向けている。 自由奔放な姿が良く目に入るがこの子は決して馬鹿ではない、むしろ頭が良く回る方だ。

 だからこそ私の言葉の真意を察し、事態が急を要するということが理解できたのだろう。

 

「アレはワムウを殺した事で恐怖を克服したと思うでしょう。 いえ、思い込む(・・・・)はずよ。 そうなればもう歯止めが効かない。 ブレーキが壊れた機関車のように僅かでも恐怖を覚えた対象を排除しようと動き続ける。 例えばそう、アレを殺す力を持つ私達も既に―――」

 

 私が次の言葉を言いかけた時、部屋の扉が音を立てて開かれた。

 この部屋を訪ねる人物など限られている。 私達が思わず椅子から立ち上がり、扉の方へ視線を向けると木製のトレーの上にワイングラスが4個乗せられ、中身にはワインが注がれている。

 ルームサービスならば良かっただろう、だがそのトレーを片手で軽々と持ち、体を覆う大きさのローブを羽織る目つきの悪い赤い瞳の持ち主には嫌というほど見覚えがある。

 

 金色の髪を靡かせながらティア・ブランドーがゆっくりとした足取りで部屋に入ってくる。

 

「あら? 何ともまぁ心地の良い視線を浴びせてくれるのね。 勝利の祝杯を持ってきたというのに随分な態度だこと」

 

「そこで止まりなさい吸血鬼。 良くもまぁ顔が出せたものね、何の目的があってここへ来た」

 

 油断なく武器であるマフラーを構え、相手の出方を伺おうとするもティアは気にする素振りも見せず私達へと迫ってくる。

 シーザーが間合いを取るように離れるもジョセフはその場から動かない。 いや、動けないといった方が良いのだろうか。

 アレは普段通りの姿に見えるが明らかに取り繕っていると分かる。 その瞳が暗く濁り、私達に向けられる視線に含まれる悪意を隠そうともしない。 それも『憎悪』に近い強い感情、それが空気にすら含まれるかのように重圧感を私にすら感じさせる。

 私を前にした時の怯えていた姿とは余りにかけ離れている。 だからこそ、状況が理解できないジョセフは動けないのだろう。

 

「目的? はて、私達は柱の男達を倒すという目的で一致したはずなのだけれど……あぁ、コロッセオでの事を気にしているの? 些細な事に囚われるなど随分とまぁ器が小さいものね」

 

 ジョセフがいる机の位置まで数歩で迫る距離で止まり、笑みを崩さず浮かべている。 いや、何か違和感がある。 部屋に入る前からまるで貼り付けたような微笑が気になる、それに呆気に取られてる無防備なジョセフにそれ以上近づけば私は即座に攻撃することを選択していただろう。 まだ多少は悪知恵が残っているということだろうがもはやどうでもいい。

 

「些細なこと? ダイアーとシーザーにした事の重大さを理解していないと? もはや私も我慢の限界よ。 貴方は今、ここで始末」

 

 唐突に奴の空いた左手が消えたかと思えば轟音と共に傍にあった椅子が砕け散り、壁に激突する。 身構え、敵を見据えれば血走った目で私を睨み、体を震わす得体の知れないナニカがいた。

 

「我慢の、限界? 我慢だと? ふざけるな! 私が、ゲホッ私がどれだけ耐えていると思っている? お前達を殺したいのは山々だがそれではカーズを殺す手段が狭まる。 私を殺したい? 良いだろう殺しにくるがいい、だがカーズを殺し切った後だ! その時は私が貴様等を殺す時だ!!」

 

 あっさりと化物は正体を現した。 怒りと恐れが混じった目、体を小刻みに震わせ、余りに感情が昂っているのか咽ている始末。

 しかし強い言葉とは裏腹に化物の肉体は恐れをなして腰が引けている。 明らかに怯えていると分かるのに瞳に宿る殺意は飛び出さんばかりに滾っている。 この存在を何と説明したものか。

 

 シーザーの言葉をジョセフは理解していないと思ったが私も理解してはいなかった。 胸からナニカがせり上がってくるような吐き気に似た嫌悪感が襲ってくる。

 この感覚はアレを理解できない理性からか、本能からくる拒絶かは分からない。 だが目の前の存在は決して放ってはいけないというのは分かる。

 

 コイツの理性はもはや薄氷を踏むかのように脆い。 容易に破綻することは目に見えている、だからこそ後顧の憂いを絶つべく波紋を纏ったマフラーを靡かせた瞬間、化物の手に置かれたワインを取る者に気がつかなかった。

 

「おっと、ちょうど喉が渇いてたんだよな~! いやー、ティアも冗談を程々にしとけってんだ。 お堅い奴等が多いから冗談だと思われねえぞ」

 

「待てジョジョ! それには()が入っているかもしれん、飲むのは止めろ!」

 

 気づいた時にはグラスに注がれたワインを一息に飲み干し、飲んだ者自身も危険性は重々承知しているのだろうどこか緊張した面持ちだ。 他の3人は呆気に取られ、空間が固定されたかのように静寂が満ちている。

 

 私はこの時、恐らくは他の2人とは呆気に取られた理由が違うだろう。 ジョセフがアレを気にかけている様子は知っているつもりだった。 だが、どうして身を挺してまでしてアレを庇うのかが分からない。

 

 内に起こる疑問を他所に予想外の行動だと誰もが理解していただろうが最初に動いたのは化物だった。

 体の震えは収まり、怒りも恐れもない、だが目の色は暗く濁ったまま。 中身が全て抜け落ちたかのように無表情、まるでそう中身のない人形が動いているかのようだ。

 

 ソレが懐中時計の針のようにゆっくりと顔を横に傾け、ジョセフを空いた手で指差す。

 

「お前、私がカーズを殺す為に波紋戦士が必要だと察し、それならば毒は入っていないと打算(・・)で動いただろう? やはり私の心の内に存在するは私自身、誰も私の心を理解などできまい。 お前は我が心に不必要な存在だ」

 

 先程まで感情を剥き出しにしていたのが嘘のように抑制の無い声で、淡々と語る化物にジョセフが信じられないモノを見るかのように目を大きくしている。

 人形のようにゆっくりと、音も立てずにその指が私をいや胸元の赤石へと向けられる。

 

「私が今回来たのは赤石の破壊の為だ。 協力など二の次、それが本命。 柱の男を2人も殺せた、ならば赤石が無ければ柱の男達を殺せないという言い伝えなど眉唾物だと証明されたも同然。 しかし、それでも尚奴等が強く求めるというのならば奴等を強くするというのは真実の可能性が高い。 故に壊すべきだ、今すぐに」

 

 暗く深い無感情の瞳が赤石へと向けられ、私も釣られるように赤石へと意識を向ける。

 

 傷一つなく美しく深紅の輝きを魅せる『エイジャの赤石』。 思わず守るように手に取り、赤石に関するある記憶を掘り返す。

 

『これは波紋の戦士が身命を賭して代々守り抜いてきたもの。 故に世で一番強い波紋戦士が身に着けねばならない……良くここまで成長したエリザベス。 次の守り手はお前だ』

 

『精進を怠るなエリザベス、怠ればこのダイアーがその赤石を貰い受けるぞ。 ふん、何を不安そうにしている。 不安に思う事など無い、俺もストレイツォも他の波紋戦士もお前を守る為に動く。 1人で守るなどと大層な考えを持つなよ』

 

 当時、年による皺が目についてきた頃の養父ストレイツォから赤石を託され、師として競争相手としてもあったダイアーと共にいた頃の懐かしい思い出が蘇る。

 この記憶は私が波紋戦士としてもう一度生きようと懸命にもがいていた時に覚えたもの。

 私が夫の仇を討ち、世間に犯罪者として認定され家族としての居場所を失った時、一度波紋戦士を辞めた私を再び受けいれてくれた居場所であった。

 その恩に報いるべく、今日まで精進を怠ったことはない。 それでも今では誰もそのことを褒めてくれる2人がいないことに寂しく感じる。

 この赤石はただの宝石ではない、私にとって2人から与えられた役目であり、信頼の証であると共に思い出でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、背筋に悪寒が走る。 何かを見た訳でも聞いた訳でもない、だが感じたのだ。

 赤石へ意識を向け、記憶を掘り返したのは僅か数秒、それでも悪寒の正体を探るべく前へ顔を向けた時にソレに気づいた。

 

 あの無表情だった表情がゆっくりと変わる。

 口元が段々と弧を描き、目も細められてゆく。

 邪悪な笑みを模っていく化物の表情に後悔の念が浮かぶ。 まさか、こいつに気づかれた?

 

「あぁ、そうかそういうことか。 そうだよなぁ、お前にはもうそこしかあるまい。 全てを失ったお前が縋るもの、それは波紋戦士としての居場所! お前の心の拠り所はその赤石を守るという役割(・・)か? どうりで固執する訳だ、何せお前の弱みはそこにあるのだからな。 フハハハハハ!!」

 

 私の心の拠り所を知られたばかりか波紋戦士を侮辱する言葉に私の中でナニカが切れる音が響く。 今日この日まで私がこうなる元凶を前にして耐え続けたがもはや我慢ならない。

 頭に一気に血が上り、視界が狭まってゆく。 見定めるは仇敵。

 

 波紋の呼吸により、私が出せる最も強力な波紋をマフラーに練っていく。 部屋の照明よりも尚力強くマフラーが輝いた時、光の矢の如く標的を焼き尽くすべく伸びてゆく。

 

 化物も私がすることに気がついたのか、もはや逃げ出せる速度でもない。 だが奴は逃げ出すどころか身に纏うローブの内に手を入れるだけで逃げる素振りすら見せない。

 回避不可能と知って観念したかどうかなど関係ない。 確実に殺すべく攻撃の手を緩めぬ私の前に突然壁が立ち塞がる。

 

「ジョセフ!? 貴方、何をしているというの? そこを退きなさい、ソイツはもはや生かしてはおけない!」

 

「あつつつッ! さすがにリサリサ先生の波紋だと俺じゃぁ受け止めきれねぇか。 ちょ、ちょっと待ってくれ! 今のは確かにティアが悪いとは思うが、何も殺すことはねぇだろ」

 

 流星の如く放たれたマフラーは同じく波紋を纏ったジョセフの腕によって阻まれた。 だが私の全力の波紋を受け止め切れないのか触れた腕に大きな火傷の痕が残っている。 それでも尚、化物の前に立ち塞がるジョセフの姿が非情に癇に障る。

 

 何を考えているのか分からない、だがもはや許してはおけない。 再び攻撃を仕掛けようとした時、私はジョセフの背後で静かにしている化物の姿に疑問を覚えた。

 

 まず視線が私を向いていない、自分の体を見ている。 それに身に纏うローブの内に手を入れたままの体勢で動かないのも不可解だ、あれでは攻撃も防御をするも不利な態勢。

 そして何よりもその表情、汗を幾重にも流し頬を強張らせるどこか切羽詰った様子だというのに瞳の色は救いを求めるような妖しい光を宿している。 その視線がゆっくりと私へ向けられる。

 

 チラリとローブの内が他の2人に見えない位置から私にだけ悟らせる。 棒状の物の先にナニカを巻いたような形状の物体。 それが奴の体に糸で何本も巻きつけられてることを知り、私は戦慄した。

 

(こ、こいつ。 自分の体に幾重にも手榴弾を巻きつけている! そんなことをすればヤツとて無事ではないはず)

 

 もし起爆されれば部屋にいる全員、無傷では済まない。 特に今の立ち位置だとまずジョセフが重傷を負う可能性は非情に高い。

 尚且つ起爆させる本人もタダでは済むまい。 あれだけの火薬量ならば全身が砕け散るのが目に見えている、下手をすれば頭部への致命的なダメージもある。 だというのに、奴ならば躊躇なく爆発させるだろう。 そんな決意染みた顔、いや決意ではない恐慌をきたしているが故の突発的なもの。

 

 恐怖に飲まれた化物がこれほど厄介だとは思わなかった、まさか恐怖を消す為に自分が死にかねない手まで打つ、知性ある者・生物としてもオカシイ存在を甘く見ていた。

 

「……? あ、あら、攻撃し、しないのね? い、良いわ。 私もこんなことしたく……ない? えぇ、もう行くわ。 奥に部屋を取ってあるから、赤石に関しては懸命な判断をお願いするわ。 壊さないなら、絶対に、目の届かない場所に置いてね」

 

 途切れ途切れの言葉を残し、フラフラと頼りない足取りで部屋を出ていく。

 誰もそれを止めなかった。 本心では止めるではなく、トドメを刺したいがそれは周りに被害が及ばない場所で行いたい。

 

 それに今は聞かなければならないことがある。 ジョセフがなぜ身を挺してまでアレを庇うのか。

 

「ありゃぁ一体誰だ? 俺の知ってるティアじゃねえ、初めて見る……何ていうか控えめに言っても薄気味悪い奴になってやがる」

 

「ジョジョ、俺はお前が分からなくなってきた。 アイツが今まで何人もの人間を犠牲にしたことを知っているだろう? あの様子ではこれから先も同じ事を繰り返す、後はどうすれば良いか分かるな?」

 

 恐らく屋敷内でいた時と今のティアの変貌ぶりは誰もが感じていることであり、早急に対処せねばならないとも感じているのだろう。

 シーザーがジョセフにどこか言い聞かせるように問い詰めると観念したかのように椅子へ座り込む。

 

 

 暫しの沈黙の後、ジョセフの重い口がようやく開かれた。

 

「なぁ、世の中には『嘘吐き』が一杯いるよな。 俺だって吐くし、シーザーやリサリサ先生だって嘘を吐くこともあるだろ?」

 

 視線を私達に巡らすジョジョにシーザーが同意し、私もたまにはと付け加えて言葉に耳を傾ける。

 

「婆ちゃんからティアの悪行聞いた時、一緒に話してくれた事なんだけどよ。 嘘も種類があって他人を貶める為に吐く嘘、良心からくる嘘、教養の為の嘘とか色々あるって教えてくれたんだ。 だけれど、その中で一番危ういのは自分に対して嘘を吐く奴だって教えてくれた。

 もし自分に対しての嘘が己の身を守るのだと感じたらもう駄目だ。 ソイツは他人にも自分にも歯止めが効かない嘘を吐き続け、最後に破綻するその時になってようやく気づくんだ、それが間違いだったと」

 

 エリナさんが言いそうなことだ、今では絶縁状態だが親しい間柄であった為優しい彼女が誰のことを言っているのかが分かってしまう。

 

「けどな、そもそも嘘吐きが嘘を覚えるのはいつだ? 人が嘘を覚えるのは何時だって誰かに嘘を吐かれた時だけだ。 エリナ婆ちゃんは悪は生まれるのではなく、環境が人を悪へ変えるんだって言っていた。 俺は柱の男達と戦う今の状況がティアを変えたんだと思う、だから婆ちゃんの所へ返せば元に戻ると俺は思うぜ」

 

 ジョセフの理由はしっかりしたものだ。 提示したモノも効果があるかもしれない、だがそれはエリナさんの身の危険性、そして奴の所業に目を瞑ってこそ行える手だ。

 今回ばかりは断じて目を瞑るなどしない、心は既に行動を決している。

 

「分かりました、ジョセフ。 貴方の言いたい事は良く分かります、ですがもはや見守る時は無い。 私はアレを今すぐ抹殺するべきだと決めている。 ……だけれど、アレの正体が分かった今ここの3人で多数決を取りましょう アレを殺すか、野放しにするのかを私は殺す方を選ぶ」

 

「嘘だろリサリサ先生。 マジで本気で聞いているんだよな……俺は見守る方だ、まだ遅くはねえきっと婆ちゃんが傍にいれば元通りになるはずなんだ」

 

 私が本気だと悟ったのだろう、予想していたとはいえジョセフがそこまで庇う理由は何なのだろうか。

 そうして意見が別れ、私とジョセフの視線が自然とシーザーへと向けられる。 彼はアレの危険性を理解している、殺す方を選ぶ確立は高い。 シーザーは静かな表情で佇んでいた、どこか悩むというより気になる表情だ。

 

「一つ、俺が選ぶ前にジョセフに聞きたいことがある。 お前にとってティア・ブランドーはどんな存在だ? なぜそこまで庇うのか俺は理由をまず知りたい」

 

 不意に私も気になっていたことをシーザーが疑問として投げかけ、受け取った本人は先程の話よりも大きくうろたえた。

 次いで頭を抱え、妙に変な行動を起こす様を静かに見つめ続けていると観念したのかふてくされたように顎に手を添え語り出す。

 

「あー、理由? ……ぁー、例えば、例えばよ? 俺とスピードワゴンの爺さんは血も繋がっていない他所から見れば他人に見えるわな。 けどよ、俺が物心つく頃からずっと家で飯食ったり過ごしたりしてた訳よ。 だから俺にとって爺さんは『家族』も同然なのよ」

 

 私はどこかその可能性を考えないでいた。 

 

「だからよ、あいつもまぁずっと家で嫌でも顔合わせたりしたし? 性格糞悪いし、家から出ていけとも思ったがそれでも俺にとっちゃ一応『家族』よ。 本当は臆病者で、たまにほんとたまーに良い面もあるって知ってるから見捨てておけねえのが理由よ」

 

「待ちなさいジョセフ。 そんなくだらない感傷に惑わされないで。 アレに良い面などない、アレは吐き気を催す程の邪悪、人間にとって害成す存在でしかない」

 

「あ? ちょっと待てよ。 何でそう勝手に決めつけるんだ? しっかりとこの目で見た本人が語っているっていうのに間違いだと頭ごなしに言うのは可笑しかねーか、リサリサ先生?」

 

 震えそうになる声を必死に抑え、何とか抑制していたというのに不満気な声によってとうとう決壊する。

 

「ジョジョッ! そんな記憶はアレの見せ掛けでしかないの、騙されないように。 アレは、アレの本性は――」

 

「うるっせぇぞ! アンタ、ずっとアレだの吸血鬼だの会ってから一言でもティアの名前で呼んだか!? どんな因縁があるのか知らねえけどよ、少なくとも俺の方が今のティアのことを知っている。 先生にとやかく言われる筋合いはねえし、そもそもこんなふざけた選択肢に構う必要なんて無いことが今分かったねッ! とっとと帰せばそれで済む話だったんだ、俺は勝手にさせてもらうぜ」

 

「ジョジョ待ちなさい! ジョジョッ! ……あぁ」

 

「せ、先生ッ! 大丈夫ですか?」

 

 椅子を乱暴に蹴り上げ、私の制止の声など聞かず扉の向こうへと姿が消えていく。 気がつけば私も立ち上がっており、目の前の光景が揺らいだかと思えば椅子へ力なく座り込む。

 恐れていた、ジョジョが万が一にもアレをティア・ブランドーを家族などと認識していることを。

 

 信じたくもない、どこか気がつかないフリまでしていたというのに現実を突きつけられ、久しく感じていなかった動揺するということを身に染みて実感する。

 そうして幾許か落ち着いた時、見守っていたシーザーが申し訳なさそうに口を開く。

 

「先生、お疲れの所申し訳ないのですが俺はジョセフを信じたい。 アレ、ティアのことは全く信用していないし、良く知りもしません。 それでもあいつが出来るというなら俺は出来るなら手助けしたいんです。 そしてもしも駄目だった場合は俺がケジメをつけます」

 

「分かりましたシーザー、良く自分の意思を貫きましたね。 それに私のみっともない所を見て驚いたでしょうに」

 

「とんでもない! 先生、俺は貴方を尊敬して―――先生?」

 

 瞼がゆっくりと閉じられ、それと同時に頬を伝う水滴を感じる。

 

 まるでそう私の本来の立ち居地が奪われたように感じる。 私はきっと最初から嫉妬していたのでしょう、あの子の傍にいられることが。

 

 過ぎた時も、起こった結果も戻せない。 悔いたこともあれど、私は今を生き続け、これから先も未来へと歩むのを止めるつもりはない。

 

 全てはより良い結果を求めてのこと、変化が訪れないモノなどないと信じていたから。

 

 けれど変わらないモノがあると今認識したわ、いえより深くなったと言うべきでしょう。 ソレが醜い感情から起因することを分かっていても尚止めることなどできない。

 

 私はアレを、ティア・ブランドーを絶対に許せない。




 ワムウ戦で手傷は絶対に負うだろうなぁと考えて、ふとダイアー印の栄養補給剤があれば飲むかなと考えていたけれど飲んだら飲んだで後は……。

 予定していたルートとは違うものの、次のジョセフsideの話と数話を軽くこなせば2部終了……のはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対話(ジョセフ視点)

side:ジョセフ・ジョースター

 

 

 

 最初に興味を持ったのはいつだっけか、あれはそう物心ついた時にエリナ婆ちゃんとスピードワゴンの爺さんと家で遊んでいた時のこと。

 滅多に自室から出てこず、たまに家で顔を合わせても逃げるように去っていく同居人。 日に焼けていない白い肌が雪のように綺麗な人だと感じ……たのはガキの頃の見間違いだ。

 そんな奇妙な同居人に俺自身、どう接して良いか分からずに日々を過ごしてきたがエリナ婆ちゃんやスピードワゴンと過ごしていた時、輪から外れて遠目に人影があることに気がついた。

 

 あの同居人だ。 そう気がついた時、どこか遠く眩しいものを見つめるかのような瞳が俺の視線に気づくと音もなくその場から姿を消す。

 そんなことが何度も起こると妙に気になり、会話に入りなよと誘うと。

 

『私には……余り近寄らない方がいい、あなたの為にならない』

 

 そう言って素っ気無く断ってまたも去っていく。

 

 エリナ婆ちゃんにどうして会話の輪に入らないのかと尋ねると。

 

『きっと家族の団欒に自分は加わる資格がないと諦めているのよ。 あの娘、変な所で奥手になるのだから困ったものだわ』

 

 躊躇するではなく諦める。 その言葉の意味が理解できなかったがどこか寂しい感じがする人だと子供心に感じた気がする。

 そしてその『寂しい』感じは目の前のエリナ婆ちゃんからも感じ、それならばと輪の中にあの同居人を入れようと頑張ったものだ。

 

『私は悪人だから貴方達の傍にいないようにしているの……そう見えない? それは貴方が悪意を持っていないからよ。 例えば嘘吐きの嘘を見破るという言葉があるけれど、それは見破った本人が嘘を知らなければできないこと。 つまり、見破った本人も嘘吐きということよ。 貴方は嘘吐きになりたいの?』

 

 しつこく話しかけ無下に断られ続けることを何度も繰り返し、ようやくいつものように自室に篭る一歩手前で同居人が応えてくれた。

 初めてのまともな会話が好意的なものではなく淡々と突き放すような冷たい会話となったが不思議と嫌な気分にはならなかったのは今でも覚えている。

 同居人は言いたいことは言い終わったとばかりにまた部屋へ篭る為に扉を閉じた。

 

 

 

 その翌日、言われたことの意味をずっと考え、家族とは別に夜遅くに食事をとる習慣がある同居人が帰る頃合を見計らって通路で待ち伏せるのが日課と言えるようになってきた。

 今日も眠気により欠伸の数が増えはじめた頃、ようやくあの目つきの悪い同居人が現れた。

 チラリとこちらを一瞥し、また視線を逸らすとスタスタと早足で自室へと戻ろうとする。 その後ろ姿に俺は―――。

 

 

『友達に嘘を吐かれたら僕は悲しいし、辛い。 けれど僕は嘘を知って良かったと思う。 だって他の人が嘘を吐かれて悲しい気持ちになることを防げるかもしれないから』

 

 

 そう呟いた時、同居人の足が止まった。

 逸らされた瞳が驚いたように丸くなると俺を見つめ暫しの沈黙の中、変化は訪れた。

 彼女の表情が溶かされ、冷たい印象が嘘のように温和な笑みを浮かべているのだ。

 ゆっくりとその手が俺の頭に乗せられ、優しく包み込むように撫でられたのは今でも覚えている。

 

『ほら、そんな悲しい顔をしないの。 貴方は悪人じゃない、悪人は他人に共感なんてしないもの。 他人を想える貴方は気高き人間、それを誇りに思いなさい』

 

 悲しい顔。 昨日の会話の答えを考え続けている間、胸が締め付けられるような苦しい時間が今まで続いていた、けれどそれを表に出したことはない。

 だからこそ、今日他の家族だって何も言われなかった。 答えている最中だって普段通りに振舞っていたはずなのに。

 

『何、その反応は? 普段と様子が違うじゃない……あぁ、そういうこと。 エリナが気がつかないはずないものね。 えぇ、逃げるのはもう止めにしましょう。 私の名はティア・ブランドー、貴方の名前は何かしら、小さな紳士君』

 

 何かを察したように瞳を閉じ、そして普段とは違い親しげな様子で同居人の手が差し出された。

 同居人の言葉にようやく合点がいった。 きっと、昨日の夜から隠していても悩んでいる様子が家族には分かっていたんだと。

 ずっと家で顔を合わせて過ごしていたんだ、相手の様子が変だと気づくのは早いに決まっている。

 

 そうして、同居人と話していて嫌な感じがしない理由も分かった。

 これが他人なら相手のことが分からず、きっと無口で冷たい態度をとる嫌な奴だと感じただろう、何せ相手のことを何も理解していないのだから。

 けれど家で過ごしていると嫌でも相手の行動が目に付く。 気づけば本当に俺の傍に同居人はいつもいた、目立たないように遠く離れているが目はいつも俺へと向けられたいた。

 俺が怪我をすれば家族がすぐに飛んできた、俺が少しでも悩み事があれば家族が傍に寄り添って話しを聞いてくれた。

 

 そんな些細な異変にすぐ気づくのは日頃から俺を見ていないと分からないだろう、また家族が離れた位置から来てくれるのは誰かが呼んだからだ。

 

『いつも遠くから見守ってくれてありがとう。 僕はジョセフ・ジョースター。 ねぇティアさん、僕には親しい人にしか教えちゃいけない秘密があるんだけれど、見てくれないかな?』

 

『秘密? ふふっ、どんな可愛らしいひみ……つ?』

 

 きっと、あの時に調子に乗ったというかもっと仲良くしようと家族から無闇に誰かに見せてはいけないと言われた秘密、波紋を見せた時のティアの反応から察して自重すれば今の関係は良好なものになったんじゃないかと時々思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってもなぁ、子供心からもっと仲良くしたいって純粋な気持ちで行ったものよ? そりゃ調子に乗って地面に波紋流す所を見せようとして足焼いたり、日光浴しないと体に悪いって聞いたから部屋に日差し入れようとしたりしたけどよぉ~……って下手したら死んでたから洒落にならないか」

 

 宿の窓から浮かぶ月を眺め、ふと昔の思い出に浸っていると当時の不満やらが口に出てくる。

 俺がかなり悪かったとしても報復として簀巻きにして炎天下の外に放り出したり、沸騰血を撒き散らすとか虐待ものだぜ全く。

 

 愚痴ばかり出るのに口元がニヤついているのは今となっては笑い話にできる思い出だからだろう。 俺は少なくとも同居人のことをある程度理解しているつもりだった、つい先程までは。

 

 『あら? 何ともまぁ心地の良い視線を浴びせてくれるのね。 勝利の祝杯を持ってきたというのに随分な態度だこと』

 

 俺は最初、その女が誰か分からなかった。 聞き覚えのある声、見覚えのある容姿だというのにだ。

 それもそうだ、見知った人物から隠しもしない明確な殺意を向けられて自然と受け入れられる人間がどこにいる。

 

『やはり私の心の内に存在するは私自身、誰も私の心を理解などできまい。 お前は我が心に不必要な存在だ』

 

 アレは誰だ?

 見覚えのある目つきの悪い目が渦を巻くように濁り、無機質に語るその姿に吐き気にも似た嫌悪感を覚えたのを今でも信じたくはなかった。

 どの記憶にもあんな姿は無い、俺が知らない同居人の姿に困惑しながらも思い当たる節が無い訳じゃあない。

 

「あれはもしかして昔のティアか? 俺が知らない悪人の頃の……でも何だったって今なんだ?」

 

 スピードワゴンの爺さんから散々、ティアの悪行ぶりを聞かされたのを思い出す。

 だがそれは昔だ、今までの俺が知ってるティアとの記憶が偽者だったっていう訳じゃない全て本物だ。

 

「原因……があるはずだ。 切欠は柱の男達、それは間違いねぇ……何だ? 何かひっかかるモノが」

 

 そうだ、俺の知らないティアの姿を見た時が別にある、あれは確かエシディシから逃げ出した後に―――。

 

『最後、そう最後に今の『私』である内に伝えたいことがある。 エリナに、申し訳ないと。 ジョセフ、貴方には……そうね。 私も、貴方のように胸を張れる強さが欲しかった』

 

 そうだあの時、俺はすぐ目を逸らした。 余りにも見ていられない、あんな表情を人がしてはいけない……そんな悲痛に満ちた微笑を浮かべながら話すティアに俺は耐え切れず目を逸らして何もいえなかった。

 

 俺は逃げたんだ、つい自分が楽な沈黙を選んだことに気づいて声をかけようと視線を戻した時にはティアの姿は消えていた。

 そうしてエシディシを倒すことを優先し、倒した後に会った時にはそう、そこから様子がおかしくなっていった。

 

(つまり、俺がエシディシと争う間の短時間の内にナニカ(・・・)したってことだよな? 原因が分かれば対処方も分かるはずだ。 正直、気は乗らねえが覚悟を決めねえとな)

 

 気がつけば宿の従業員に教えてもらったティアの部屋の前へて到着していた。

 今、得体の知れないティアを刺激するのは得策ではないかもしれない、だが放っておくという選択肢は俺には無い。

 だったら俺がすることはただ一つ。

 

「ノックしてもしもぉ~し。 気難しいティアちゃんにナイスでハッピーな話があるんだけどよ、ちょっとばかし部屋に入れてくれない?」

 

 コンコンと2回扉を叩き、いつもの調子で話す俺自身を本気で殴りたいと思う。

 馬鹿か俺は、もうちょっとマシな言葉……あー、でもいつもの調子の方が俺らしくてティアも自然と入れてくれるかもしれねえな。

 

 そう思い、暫らく待つも返事がなく物音一つしない。 不自然に思い、何気なくドアノブに手をかけ回すと呆気なく部屋の扉が開かれた。

 

「ありゃ、鍵かかってねえのか? おーい、ティアいねえのか……って何だこりゃ?」

 

 鍵がかかっていない疑問は部屋を見た瞬間に吹き飛んだ。

 部屋の照明が消されて暗く、開け放たれた窓から吹く風がカーテンを揺らし、何より鏡台の鏡が叩き割られて辺りに破片が散らばっている。 まるで誰かに荒されたかのように。

 

 まさか、敵がここに来てティアを襲ったのか!?

 

「―――動く、な。 おか、しな真似をすれば、殺す」

 

 そう咄嗟に判断した俺が開け放たれた窓へと近寄ろうとした時、ピタリと首に冷たい感触が押し付けられた。

 壊れた録音機のような途切れ途切れの言葉、だがその聞き覚えがある声に割れた鏡へ視線を移すと蜘蛛のように天井に張り付いたティアが腕を伸ばして俺の首にナイフを添えている。

 

「間の悪い時に、私を、殺しにきたか? 周りに呼吸音は、無い。 何しに、きた?」

 

「わざわざノックする殺し屋なんているか? ちっとばかし話があるから来たんだよ、これ外してくんない?」

 

 間の悪い? 準備か他に何かしていたのか?

 いや、それよりもだ。 鏡に映る女はまたも俺が知らない人物だった。

 何も感じない、殺意も、吐き気を催す悪意も、何もない。 人間らしい表情や行動がすっぽり抜け落ちた人形のように生気すら感じさせない。

 ただ赤い目だけがジッと俺に向けられ、手に握られたナイフだけが首元に添えられている。

 次に何かするのか全く読めない、だからこそ下手に刺激しないように平静を装って対応するも反応が一切ない。

 

 仕方がなしに事の顛末、ティアに家へ帰るよう促すように説得するも身動き一つしない。

 

「だからよ、今はその、ちょっと疲れてるだけだって。 家へ帰ればきっと元に戻るからよ、俺も一応心配は――」

 

「ずっと、考えていた。 私と柱の男達との違いは何なのかと」

 

 今まで俺の言葉を聞いているのかどうかも分からない状態のティアが初めて反応を示した。 

 

「人を喰らい、人を利用した、悪の心を今だ宿している。 私と何の違いがある?」

 

 話が通じたと思う間もなく、答えを示すかのように添えられたナイフに段々と力が込められていく。

 

「重ねた罪を誰が許せるだろうか。 私自身、絶対に許されないと感じている。 ならば、最初から……最初から私が歩む道は決まっていた。 えぇ、そうは思わないかな? ジョセフ・ジョースター」

 

(痛ッ!? おいおいおいおい、マジでヤる気か!? 逃れるには波紋しかねえ、けどそうしたら―――) 

 

 プツリと首筋から勢いよく血が噴き出る。 掴まれた腕からは決して逃さないとばかりに万力のような力が込められて振り解けそうにはない。

 

 俺は咄嗟に掴んでいる腕に波紋を流すべきか、それともぶら下がった髪に直接波紋を伝わせてダメージを負わせるべきかと咄嗟に思いついた。

 

 けれど、俺は選ぶことが出来なかった。 いや、そんな選択をすること事態が嫌で『躊躇』した。 僅かな一瞬の戸惑い、だがそれは今の状況においては命取りだ。

 

 俺が覚悟を決めた時、そうして気がついた。

 

 何で俺は覚悟を決める、ほんの数秒もの間生き延びているのかと。

 

 俺を殺すつもりなら、もっと確実に素早く行うだろう。 それに何より手を伸ばせば掴める程にすぐ近くにあるぶらさがった髪だ、これに波紋を伝わせれば頭部に甚大なダメージを負わせる事ができ最悪死に至るだろう。

 

(ダメだなこりゃ、俺が誰かを心配する資格すらねえ。 ヤバくなったらソイツよりも自分を優先する奴を誰が信じるかって話だわな。 そんな俺が今できるのは答えを探すことだ、ティア自身が許せない罪を知り、尚且つそれを許せる信頼に値する人物ねぇ)

 

 切り傷による痛み、首を絞められる圧迫感。 けれども俺はそんなことよりも別に考えを巡らせ、1人の人物に当然の如く辿りつく。

 

「エリナ婆ちゃんだ。 50年間ずっと、ティアの悪行を知りながらも友人として共に過ごした。 それは婆ちゃんがティアを許しているからこその行為だと俺は思う」

 

 軽い金属音と共にナイフが床へ落ち、次いでドサリと頭から落ちる姿が鏡に映る。

 慌てて振り返るも頭を抱え蹲りながら震える彼女にかける言葉が見つからない。

 

「エリ、ナ? ア……ウゥ。 どれだ、どれが正しい『私』だ? 鏡、鏡は……あった! 強かなティア・ブランドーはどこにいる。 不敵に、自己愛の極みに―――」

 

(こいつは……『暗示』か? 人が変わったように感じたが、文字通り内面を変えてやがったのか)

 

 呻くように錯乱していたかのように見えたのも束の間、隠し持っていたのか大きな鏡の破片に自身の顔を映し、その赤い瞳を妖しく輝かせながらブツブツと呟いている。

 まるで自分に言い聞かせるように、そうして俺はティアがおかしくなった原因がコレだと気づいた。

 吸血鬼の能力の1つに強力な暗示をかける力があるのを俺は以前、ティア自身から聞いたことがある。

 心が弱った相手には特に効果があると聞いたが、きっと今のような状態のティアにはとても効果があることだろう。

 

 だがそれは劇薬だ、一体何回これを使ったのか分からないが恐らく2~3回では無いのだろう。 何度も使えばそれだけ人格に悪影響が出る、あの情緒不安定な様子も納得ができる症状だ。

 原因が分かれば過程も理解できた。 きっと暗示に頼らなければならない程に怯えたからこその凶行、他にもっと心を許せる他人がいれば結果は違っただろう。

 

(俺じゃあダメだったか。 過ごした年月が足りねえのか、付き合い方が悪かったのかは分からねえが今、俺が出来る事は説得することだけか)

 

 抱えた悩みを打ち明けて貰えないことに少しの寂しさを感じるが、俺がうだうだ悩んでいても仕方がない。

 エリナ婆ちゃんがいればきっと上手いこと場を収めるだろうが、居ない今では俺が何とかするしかない。

 

「俺は悪ってのは誰もが持ってるものだと思う。 だがな裁かれるべき悪ってのは越えちゃいけねぇ『一線』を超えた奴だけだ、まだティアは奴等のように一線を越えちゃいない、まだ……戻れるんだ」

 

 縋るようにティアが抱えていた手の内にある鏡が砕け、破片がパラパラと床に落ちる。

 ゆっくりとした動作で俺に背を向けながら立ち上がる頃に胸から再び沸き起こる嫌悪感に苛まれる。

 駄目だったのか?

 

「私、は誰だ? 前の脆弱な私か、今の悪意ある私のどちらが正しいのか。 それを迷うこと自体、今の私は弱さだと感じるのに前の私は悩むことが素晴らしい事だと訴える。 どちらが、私だ?」

 

 立ち上がり振り向いた時、悪意によってドス黒く濁った赤い目が俺の視線と合わさる。

 

「ジョセフ、私は吸血鬼になってから人を何十人も欲望のままに喰らった。 いや、それよりも吸血鬼になる以前に私は人の『人生』そのものを犠牲にして生きてきた。 既に私は……一線をとうの昔に超えている」

 

 彼女の告白は俺には許せないものだろう。 それでも尚、俺は彼女を見て理解できるものがある。

 

「今の私はお前を殺すべきだと考える、私にとって脅威であり道を共にすることなどない存在だと考えるからだ。 だが同時に、前の私はお前に殺されるべきだと考える、私は許されざる存在でありもはや言い逃れできる状態でもあるまい。 ジョセフ、どちらが正しい私だと思う? お前が、いや貴方が決めて頂戴」

 

 優しく慈愛に満ちた微笑み、その瞳にはドス黒い悪意が秘めらている何とも奇妙な表情だ。 しかし、その矛盾する様には一切の虚が含まれていない、どちらも真実だと感じる。

 

(どれだ? どれを選べばいい? 言葉通りに受け取るなら俺がよく見知ってるのは前のティアだ。 今のティアは暗示によって作られた偽者の人格のはずだろう? だが、妙だ。 俺の勘だがこれは選ぶこと自体が間違いの選択肢だと感じる、選べば取り返しのつかないことになるって直感だ。 けれど選ばないとなると不安定な状態のままになることも予想できる。 どうすりゃ良い――)

 

 俺が答えるべきか、それとも別に話を持っていくかと悩んでいる最中、唐突に部屋の扉が開かれシーザーが飛び込んできた。

 

「ジョジョッ! 先程、カーズの手下の吸血鬼が現れた。 どうにも襲いにきたというよりカーズの言葉を伝えにきたようだが念の為、お前も一緒に同席してくれとの先生のお達しだ」

 

 カーズの手下? 悪いことは続くと聞いたことはあるがこうにも重なると嫌な気分になる。

 だが、今はそれよりも解決しなきゃならないことがある。 少し待って貰うように言おうとした時、当の本人は悠々と既に部屋の出口へと向かっていた。

 

「ティア・ブランドーは来なくてよいと先生がおっしゃって……って聞いているのか! ジョセフ、お前も急いで来てくれ」

 

 他者の制止など眼中にないとばかりにスタスタと部屋の外へ向かうティアを見て、きっとカーズの手下が来た理由を探りにいったのだろう。

 シーザーも慌ててその後を追い、暗い部屋には俺1人しかいなくなった。

 

 自然と溜息が漏れ、へたり込むようにベッドへと腰掛けると勢いよく傾いた。

 

「うおっ!? 何だぁこりゃ? ベッドの脚が折れてやがる、木が古くなってんのか? ったく、けっこう良い宿だと思ったのにこんな粗末な物置いておくなよな」

 

 軋むような不快な音へと目を向けると木製のベッドの脚がずれるかのように折れている。 触って確かめれば老朽化により木が腐食して折れたようだ。

 宿に入る際、宿泊料を払うのを横目に見ていたがけっこうな金額だっただけにこれじゃあ見返りに見合わねぇと文句が出るのも仕方がない。

 とはいえ、傾いたままだが構わず横になると張り詰めていた気分が解きほぐされる。

 

 あのままの状態が続いた時、俺はどう対応しただろうか。 エリナ婆ちゃんならきっと、迷うことなく正しい対応を導き出せただろうが俺には分からねえ。

 けれど、そんな俺でもするべきことは理解できる。

 

(結局、許せるだとか許せないだとかは自分自身で決めることだぜ。 自分が変わろうと思えば、自ずと結果はついてくるもんだ。 俺は―――あん?)

 

 ふと窓から差し込む月明かりに反射するモノが空中に浮かんでいるのに気づいた。 幾つもキラキラと反射するモノを注視すると、鏡の破片であることに気づく。

 だが、それもおかしな話だ。 鏡の破片が宙に浮くなんてメルヘンな話、童話を信じる子供でもなけりゃあ信じないだろう。

 事実、目の前で起こる出来事に理解が追いつかなかった。

 

 その破片がゆっくりと、割れた鏡に吸い込まれるように張り付き、ヒビ割れた痕跡を残すことなく直っていく。

 俺はただ唖然と、その光景を見つめ続けることしか出来なかった。

 

 まるで何事もなかったかのようにヒビ一つなく修理され、鏡に光景が綺麗に映される頃になっても動けなかった。

 動けたのはシーザーが痺れを切らしたかのように俺を呼びに再び部屋へ飛び込んできた時、ようやく我に返り事の顛末を話すも一言『馬鹿かお前は』とだけ言い、無理やり腕を引っ張られて部屋の外へと連れ出された。

 

 シーザーよ、俺も馬鹿げた話だと思うが少しは信じてくれても良いんじゃねえの?

 

 あれが何か、俺が頭がおかしくなったのか幻を見ていたのかは分からない。 ただ、今はカーズの手下とやらがいる場所へ向かうことの方が先決だと頭を切り替え、案内されるがままに後をついてくことにするか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

扇動者

 寒気を含んだ風が辺りに吹き荒び、砂埃を舞い上げている。

 今いる場所は宿を取っていたサンモッリツより南にあるピッツベルリナ山の麓。 こんな辺鄙な場所にわざわざ足を運んだのは何も山登りをする為ではない。

 眼下に広がる古代の人間達が造り上げた遺跡、円形状に広がった環状列石(サークルストーン)こそがカーズ達の指定した決戦の場だからこそ来たのだ。

 

 奴等がどうやって宿を特定しかたはどうでもいい、問題なのは手下の吸血鬼が持ってきたカーズの言伝でありそれを要約すれば次の通り。

 

 ・赤石を持参し、指定の場所にてカーズとの1対1の決闘を行うこと。

 

 ・これが守られない場合、周囲の街や村に吸血鬼共を放つ。

 

 私はそれを聞いた時、思わず笑ってしまった。

 何だそれは? 自分がとても追い詰められていますと宣言しているようなものではないか。 奴の印象からワムウのように戦いに美学を見出すタイプではないし、3人いた柱の男も残りは奴1人、吸血鬼共が放たれれば多数の人間の犠牲者が出るだろうが仕方あるまい。

 優先するべきは柱の男の抹殺、そして奴等を強くするという赤石の破棄だと考えていたが、周りの人間の反応は違った。 あろうことかリサリサがその提案を受けたのだ。

 

 だからこそ私は内心の憤りを抑えてご丁寧に胸元に赤石をぶら下げる女にお供の男2人とわざわざこんな辺鄙な場所へと来たのだ。

 

「良くぞ決戦の場へ来た、波紋の戦士達よ。 俺がここへ呼んだのは他でもない、1万年余りを共に生きたワムウとエシディシ両名の仇を己が手で討ち果たす為よ。 貴様ら波紋の戦士にはどうしても正々堂々と決着を着けたくなった!」

 

「「「「ウォォォォー! カーズ様万歳! カーズ様に栄光の勝利を!」」」」

 

 崖から私達を見下ろす形でカーズが宣言し、真下に並び立つ手下の吸血鬼共が醜い雄叫びをあげる。

 そんな様子をどうにも冷ややかにしか見れない私は横にいる女に無駄だと分かっていても尋ねずにはいられない。 

 

「ところで本当にこの後に及んでまであの喜劇に付き合うと? 明らかに罠でしょうに、さっさと赤石を」

 

「黙りなさい吸血鬼。 お前に言われずとも分かっている、周囲の人々に被害を出さず尚且つカーズを確実に仕留める力量が私には無いと? 私は赤石の守護者の役目を受けた、今こそそれを果たすまで」

 

 聞く耳を持たないというよりどうにも私の反対が気に食わないのだろう。 ジョセフも部屋でこの提案は危険だと訴えたが彼女は受ける意思を最後まで曲げなかった。

 リサリサの実力の恐ろしさは良く分かっている、だがそのように意固地になった状態では足をすくわれかねないと思うのだが。

 

(さて、ここで前の脆弱な私と悪意ある今の私の意見は同じだ。 あの集団は残しておけば後々厄介となる、何かしら手を打たねばなるまい。 となれば、今の私には最適な役割ではないか)

 

 この戦いは単に内なる恐怖を払拭する為ではない、どちらがが正しい『私』なのかを決める戦いだ。

 50年前から根強く我が内に存在する悪意ある私か。

 50年の時を経て、素晴らしい友人と共に過ごしたが故に堕落した私のどちらかが最後に人格として残るのか決めねばなるまい。

 だが体の支配権は悪意ある今の私が貰う。 私のお陰でワムウを殺せたのだ、私こそが正しい私として前の人格には渡さん、あくまで煩わしい意思を聞くのみに留めよう。 

 

 ざっと並び立つ吸血鬼共を見渡す限り数は少なく見積もっても100以上200人未満といったところか。

SPW財団によれば周囲の村や街に対吸血鬼装備を施した財団メンバーとドイツ軍が吸血鬼狩りと探索を行っているらしいがそれらの人数がいれば状況はこちらが優勢だろう。

 打ち合わせ通りであればリサリサが戦い始めた後に包囲する形でこの場所を囲む為、もうしばらく時間を稼ぐ方法を考えねばなるまい。

 

 赤石が本物であるかどうか、カーズがリサリサに近寄ろうとしている時、私は2人によく見えるように手を挙げて近づいていく。

 

「どうせ他の者が動けば周囲に吸血鬼を放つだとか言う前に先に言いたいのだけれど、私とコイツらは味方でも何でもない無関係。 ただ柱の男を殺すのが目的だから一緒にいるだけ、故に私がナニカをしても反故にしないようにと言いたいの」

 

 チラリとカーズが横にいるリサリサを一瞥すると彼女は私を険しく睨みつけている。 その様子に私の言葉が真だと判断すると軽く指を鳴らした。

 

「よかろう、なればその吸血鬼はお前達で始末しておけ。 ……女、貴様との決闘の場所は神殿の柱の上よ、ついてこい」

 

「「「「オォォォォ~~ッ!」」」」

 

「ちょっとまて馬鹿かてめぇは! あの人数に飛び掛られて勝てる訳ねえだろうが! 今すぐ下がれっ」

 

 喚くジョセフを視線で黙らせ、ゆっくりと手に持つ剣を揺らしながら不快な雄叫びをあげて迫る吸血鬼の集団へと歩み寄っていく。

 砂埃を巻き上げて迫る集団には妙に迫力がある。 この数では私を含めた4人でも苦戦あるいは敗北は必至だろう。

 しかし私は恐怖を内に感じない。 なぜか? 簡単なこと、私にとってこの程度ならば何ら脅威にはならないからだ。 それも敵にすらならないレベルの話、柱の男や波紋戦士ならばまた違った対応をしただろう。

 

 こいつらには勿体ないが胸元から宝石や金貨を入れた袋を見せびらかすように取り出し、集団の前へと勢いよくばら撒く。

 

「あん? 何ばら撒いて……こりゃ金貨か? しかも宝石も! こりゃ俺のもんだ!」

 

 月明かりに反射する金貨やダイヤといった宝石は吸血鬼共の目をよく引いたのだろう。 1人が争うように奪い取ろうとすれば釣られて他の者も足を止めて奪い合う。 吸血鬼と化しても元は人間、下劣な人間性は残っているようだ、ならば尚更良し。

 中にはそれを制止しようと声を荒げ、私に向かうように叫ぶ者もいるがまぁいい。

 

「さて、貴方達に聞いて欲しい話があるのだけれど聞いてくれないかしら?」

 

「お前ら何してるズラ! 女、命乞いなら聞かないズラ。 けれどお前、美人だズラ、キレイな肌してるズラ。 それに良く見ればお前吸血鬼ズラか?」

 

「えぇ、そうよ。 命乞い? むしろ逆ね私は貴方達の命を救いにきたの、それとその語尾……不快だから止めてくださる?」

 

 語尾にズラズラと田舎者丸出しの言葉には嫌悪感を覚える。 ちょうど良い、こいつで構わないだろう。

 時に集団とは恐ろしいものだ。 目的意識の統一により、個人がただ群れたはずの集団が一つの生命体かのように向かう際にはとてつもない力となる。

 また個人の意思や感情すらも集団の熱気に当てられ、己の意思を喪失したかのように自覚のないまま行動に及ぶことも多々あるだろう。

 

「WOOOFOOO! お前、生意気な女だズラ。 そんな女には徹底的なお仕置きをしてやるズラッ!?」

 

 何か針のようなモノが男の全身から突き出てきたがどうでも良い。 体から針を出す為に全身に力を込めている最中など無防備極まりない。

 故に躊躇なく一息に間合いを詰め首筋に剣を突き立たてるとその首を跳ね飛ばした。

 悲鳴をあげて男の首が地面へと落ちるとゴロゴロと私の足元へ転がってくる。

 

「い、いきなり攻撃するなんて卑怯な奴ズラ! 誰か俺を助けるズラ、こんな女皆でヤッちまうズラ」

 

 腐っても吸血鬼。 頭だけになっても文句を垂れる様に剣を地面に付きたて、両手で煩い頭を拾い上げる。

 男の声に気がついた他の吸血鬼共がこちらに気づいて騒いでいる、これで良い。

 

 コツはゆっくりと、そうゆっくりとだ。 決して力を込め過ぎてはならない。 優しく、ゆっくりと真綿で絞めるように挟み込んだ手に力を込めていくのだ。

 

「あぇ? あ、が、いいいだだだだだぁ! や、やべででぇぇぇ痛い痛いイタいぃぃ」

 

 ミチブチュと不快な水気を含んだ音と共に頭に亀裂が入り赤い液体が割れ目から噴き出してくる。

 脳髄と血液が混じった液体が顔にかかり、頭を潰す手にも不快な感触を覚えるが決して表情に出してはいけない。 無表情に淡々と、まるで赤子の手を捻るかのように造作もないことだと演出しなければならない。

 

 1分ほど時間をかけてゆっくりと潰し終えた頃には掌に収まる肉塊となっていた。 最後の言葉が『アビュッ』なんて私には御免だがこいつには相応しい。

 下衆な男の死に様に不快感こそ感じるが、哀れみや同情といった感情は欠片程も感じない。 ひとえに私が他人を犠牲にすることに慣れていた為であろう。

 

「ひ、ひでぇ。 俺たちも極悪人だが顔色一つ変えずにこんなひでぇことするなんて」

 

「そもそも何で吸血鬼が敵になっているんだ? 波紋使いとかいう奴だけじゃなかったのかよ。 お、お前いけよ」 

 

 集団とは恐ろしいものだ。 熱気や狂気、そして『恐怖』を容易く伝染させるのだから。

 特に仲間の苦痛の声はとても効果的だ。 何せ、仲間に起きたことは自分にも起こるかもしれないと連想するからな。

 先程まで喚いていた奴等が今では腰が引けたように遠巻きにボソボソと呟くのみ、これで良い。 この状況こそが私が求めていたもの。

 

「お前達には吸血鬼である私がなぜ波紋の戦士と共にいるのか不思議でたまらないのだろう? だが逆に問おう、なぜ貴様等はそこにいる?

 知っているのか? カーズ以外にもエシディシやワムウといった強力な力を持つ柱の男達がいたことを。 その二人が波紋の戦士に敗れたことを」

 

「そういえば聞いたことがある。 カーズ様のように強大な力を持つ方々が他にいらっしゃることを。 まさか、本当に?」

 

 邪魔な肉塊を集団の方へと放ると見事に投げた方角の群れが割れた。 ひどい対応だ、仲間ではないか受け止めてやれば良いものを。

 私の言葉に何人かに思い当たる節があるのだろう。 話に信憑性が生まれ、ますます私の話を聞こうとする姿勢の者が増える。

 

 余りに容易すぎて笑いこそこみ上げてくるが我慢だ。 両手を大袈裟に広げ、静寂に満ちた空間には私の声が響き渡る。

 

「そして今現在、波紋の戦士達が大挙してここへ向かってきている。 最後の柱の男を、そしてそれに組する吸血鬼達を皆殺しにする為に! 私は人に味方することを条件に我が身の保護と報酬にその宝石を受け取った。 我々は人を超えた力を持つ、人にとっても我々が味方することは利に繋がると感じたからこそ成立した条件よ」

 

 拾った宝石に目をやるもの、大挙して押し寄せる敵と聞いて更に動揺が広がり騒ぎとなってくる。

 それを私は手で静かにするように促すと面白いようにそれに従う。 

 

「そこで、だ。 同じ吸血鬼としての誼で私はお前達が騙されているんじゃないか? と、思うのだよ。 自分につかねば殺す、だとか波紋使いは相容れぬ敵だ……とかな。 さて、何も知らぬお前達を騙した相手は誰だ?」

 

 ここが一番重要な場所だ。 互いに顔を見つめる者、まだ見ぬ敵に怯える者、私に敵意の篭った瞳を向ける者……そして、ある1点を見つめる者達。

 

 私は一番近くにいたその1点を見つめる者を指差し、ゆっくりと近づいていく。

 

「そこのお前! お前なら分かるんじゃぁないか? 誰が自分達を騙したのか……私に教えて欲しいのだけれど?」

 

「お、俺ェ!? い、いや俺は……カ、カーズ様がそんな嘘をつくはずが――」

 

「そう! カーズだ、私はこの者が言うとおり、我が同族が奴等に利用されているのではないかと危惧していた。 やつらにとって我々はただの上質なエサよ! 奴等は我々の敵でしかない! ……ありがとう、貴方にこれを差し上げるわ。 これからも私の役に立ってちょうだい」

 

 決闘の場。 神殿の柱の上にてリサリサと対峙するカーズ……その1点の光景を見つめる者を待っていた。

 懐から再び金貨や宝石が詰まった袋を取り出すと男へと手渡す。 途端に周りから羨ましそうな視線や受け取った男がだらしなく口元を下げた。

 そんな時、人込みを掻き分けて私に迫る男達に気づく。 殺気すら隠さずに近づいてくる気配に私は当然とばかりに振り下ろされる斧から飛び退いた。

 

「惑わされるな痴れ者共が! カーズ様より極刑となる身だった我等を吸血鬼にしてくださった恩を忘れたか」

 

「あのような口先だけの女、さっさと叩き潰して煩わしい口を閉ざせばよいのだ」

 

 武装した3人の吸血鬼が人波を掻き分け、私の前に現れた。

 なるほど、クズ共の集団かと思えば見所ある忠誠心を持つ者がいるではないか。

 しかし、残念だ。 お前達は今、最悪な時に悪手を打った。 もっと早く、私が語り始めた時に実行すれば結果は大きく変わっただろう。

 

「そうか、お前達は自分の意思でカーズに味方する……そう言うのだな? なればこそ、その3人の周りにいる者達もまたここに来る波紋の戦士共の敵ということか!」

 

「なっ!? お前達、なぜ我等より離れる。 こっちへ来い!」

 

 私が指で3人の周りを描くように指すと面白いように人が離れていく。 私の『言葉の毒』は既に彼等の心に染み渡っている。 お前達の言葉には利がない、自分の無能さを恨め。

 

「さて、それでは決を取ろう。 カーズに味方する者は武器を真上に掲げよ、私に従う者は武器を下げよ。 従う者には望むモノを相応に与えよう。 金、女、地位、どれも働きに見合えばの話だが……欲しくはないかね?」

 

 辺りの空気が一変する。 それは群れにいたはずの3人が特に強烈に感じているだろう。 何せ、その群れのギラついた目は3人に集中し、武器を構える3人以外は武器を全員下ろしているのだから。

 

「それでは最初の命令だ。 忠誠の証としてその3人の首を持ってこい、持ってきた当人には私の側近の地位を与えよう。 では、始めろ」

 

「き、貴様らぁ~! この馬鹿者共が! あんな奴のペテンに騙されるな!」

 

「ウヘヘヘ、馬鹿はどっちだぁ? エシディシもワムウも死んだとなりゃぁどっちに味方するのが賢いかは誰でも分かるぜ。 こいつは俺がブッ殺すぅ!」

 

 軽く指を鳴らし、ジョセフ達の元へ戻る際には背後で騒がしい音が聞こえ始める。 結果は見るまでもないだろう。

 集団を率いるのに有効なのは2つ。 群れの明確な『敵』と群れ内に特定の『被差別者』を造り上げること。 私は前者をカーズ、後者はあの忠誠心に満ちた3人が出てきてくれたからこそ出来た芸当だ。

 全く正直者が馬鹿を見るとはこのことよ、下衆ではないが場を見極められない愚か者ではあった。

 

(さて、これで群れを味方につけた功績として真の私へ1歩リードといったところか。 前の私よ、早く私に利ある行動を説かねばこの肉体は永遠に私のものとなるぞ? そうなれば……もう、惑うことはない)

 

 カーズの言伝を届けにきた吸血鬼、そしてその群れを観察した時に分かったことは下劣な人間性が残っていることと、それらを恐怖や欲望で縛っていることが理解できた。

 なればこそ統率する柱の男がいない今、それに代わって私が恐怖と欲望で支配すれば良い実に簡単な仕事だ。

 

 前の私が貴方の道は進めば破滅するか孤立する運命。 そう訴える声が煩いが消す訳にはいかない、こいつがいるからこそ今の人格が不安定にならずに成立する利点もあるからだ。

 

(そう喚くな。 お前の正しさが証明された時、私は消える。 あぁ、それはとても恐ろしいことだ、だがなどちらか決めねばなるまい。 私が誰かを決める為に)

 

 

 

 

 2人の元へ到着すると、1人は妙に腰が引けたような様子で後ずさり、1人は警戒するかのように敵意を向けている。

 

「え、えげつねぇ『集団心理』って奴か? 味方同士のはずなのに争ってやがる。」

 

「ティア・ブランドー。 貴様、あの吸血鬼共の群れを手に入れて何をするきだ?」

 

 うん? 私は頬に指を添えて首をかしげる

 

「だから、あの軍勢を手に入れて何を企んでいるのかと聞いているんだ」

 

 はて?  再び今度は逆の頬に指を添えて首を傾ける。

 

 その仕草にようやく合点がいったのだろう。 ジョセフは今だ同士討ちをしている群れに向かって悩ましげに目元を押さえ、シーザーは嫌悪感に満ちた表情でこちらを見ている。

 

「あー、なるほどね。 俺、敵ながらに同情するわ。 いやベリーナイスな働きだとは思うけどよ」

 

「本当に下衆な奴が誰かハッキリしたな。 やはりお前を俺は好かん」

 

 まったくひどい言い様だ。 私は何もしていない、ただ夢を見せただけではないか。

 

 

 

 

 

 夢とはいずれ覚めるもの。 それを奴等が理解しているのかどうかは私が知ったことではない。




 こういうティア本人もノリ気で悪逆系なら飽きずに楽しく書けるんだけどなぁ……。
 とりあえず3話に分けてカーズ戦かな、このままの勢いでモチベも維持できてスムーズに書け……たら良いなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。