うんと昔のお友達 (久住祐治)
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うんと昔のお友達

 どうして、こういうことになっているのだろう。

 いつも通りに授業を受けて、放課後はμ'sの皆とレッスンして。

 それから、用事があるからとたまたま一人で帰路について普段とは違う道を行って。

 用事を済ませて、さあ帰ろうかと気持ち新たに踏み出したの、だけど。

 

「ほら、これも美味しいわよ。穂乃果さん」

 

 目の前には、一口サイズに切られたケーキがフォークに刺さってこちらを見ている。

 ううん、見ているのはその向こう側の人。

 ショートカットの明るい茶髪、髪の端は少しだけ波がかかっていてゆったりと。

 真っ直ぐこちらを見る瞳は、ライブのときの輝く笑顔とはまた違って、どこか落ち着いた大人の女性の雰囲気。

 気圧される、というのが正しい形容の仕方かもしれない。頭悪いから、合ってるかわからないけど。

 でも、本当に。

 どうしてこんなことに?

 

「はい、あーん」

「あ、あーん……」

 

 言われるがまま、私は雛鳥のように口を開けて、はい、と差し出された欠片を口の中に。

 一瞬だけ濃すぎると思った甘みは、生地の間から染み出す酸味のあるベリージャムが和らげてくれて、とても、うん。

 

「美味しいでしょ? 私好きなの、ここのケーキ」

「そ、そうなんですか」

 

 とっても美味しい。

 美味しいけれど。

 けれど!

 どうして、私がA-RISEのリーダーさんとお茶してるの?

 

「ふふ、まだ混乱してるの? いい加減戻ってこないと、イチゴショートが暖まっちゃうわよ?」

「うあ、い、いただきます!」

 

 A-RISEのリーダー、綺羅ツバサさん。

 彼女の言葉に慌ててフォークを手にとって、ショートケーキの端を少しだけ。

 口に入れると、さっきのツバサさんが食べさせてくれたそれよりも抑えられた甘みが広がって、でも決してしつこすぎない綺麗な味に仕上がっている。

 生クリームとイチゴだけのシンプルなケーキなのに、とにかく美味しいと言う言葉しか出ない位。

 ずっとこの辺りに住んでいたのに、こんなお店があるなんて知らなかった。

 

「隠れた名店って感じでしょ?」

 

 よく分からないけれど、言わんとすることはなんとなく分かったから頷く。

 それから、もう一度はて、と首をかしげて。

 

「ツバサさん、どうしていきなり私を」

「今日はたまたま一人で帰っていたんだけれどね。途中で貴女の姿を見かけたから、つい。迷惑だったかしら?」

 

 少しだけ気遣わしげに私を見たツバサさんに、慌てて首を振った。

 確かに驚きはしたけれど、ツバサさんはきちんと時間があるか聞いてくれたし、頷いたのは私なのだから、そういう気遣いはなんとも、困る。

 それを察したのか、ツバサさんもまた微笑んで。

 

「なら良かったわ。前々から、貴女とはお話してみたかったの」

「私、と? っていうか、何で私のことを知ってるんですか?」

 

 関係があるとするなら、スクールアイドルとして。けれど、自分で言うのもなんだけど、私たちはまだそんなに有名な立場じゃない。

 沸きに沸いているラブライブにだって出場していない私たちを、なんで。

 

「ずっと注目してたのよ。貴女たちが三人で活動を始めたときから。最初のライブの映像を見たときからずっとね」

「最初、海未ちゃんとことりちゃんとやったライブ? え、そ、そうだったんですか!?」

「そうだったのよ。で、もう結構経ったし一度会ってお話してみたいなーと思っていたら、丁度視界を横切ったからつい、ね」

 

 軽くウィンクして、ツバサさんがまた笑った。

 笑う、と言うより微笑む、と言ったほうがいいかも。とっても綺麗で、でも力強い。

 注目されていたのだと知って、少しずつ心と体に纏わりついていた緊張感のようなものが消えていくのが分かった。

 それってつまり、ずっと見てくれていたって事で。

 

「あの、ありがとうございます!」

「何のお礼かしら。それに私たちは何もしてないわ。全部貴女達が自分の力で成し遂げたことだもの。それより、今は女の子同士楽しまなきゃ、ね?」

 

 またウィンク。普通なら浮いてしまう仕草が、とっても嵌まっていて。

 

「それと、さん付けもなし」

「ええっ!? え、でも三年生じゃ……」

 

 A-RISEのメンバーは全員三年生、それは以前花陽ちゃんが話していた。

 だから、一応年上に当たるわけで。メンバーと言うわけでもないのに呼び捨てにするのは気が引ける。

 

「その代わり、私も貴女のこと穂乃果って呼ぶわ。いい?」

「……じゃあ、ツバサちゃんで、いいですか?」

「敬語も禁止」

「……よし。分かったよ、ツバサちゃん!」

 

 ぱちん、と頭のスイッチを切り替える。緊張するなんていつものことなんだから、初めから切り替えていけばよかった。

 いつもの私、元気な私。どんなときだって、前を向いていられる私!

 切り替える前もそうだけど、切り替えれば緊張は何処かに行ってしまうから。これでちゃんとツバサちゃんに向き合える!

 

「ふふ、凄いわ穂乃果。やっぱり貴女って凄い」

「え、なにが?」

「そういうところよ」

 

 くすくすと笑うツバサちゃんに、つられて私も。

 くすり、と小さく笑みが零れる。

 

「ねえ、穂乃果。昔のことって覚えてる?」

「昔?」

「そう、あれは幼稚園の頃だったかな……。私、貴女と会ってるのよ」

「ええっ!? 嘘、どこで、いつ!?」

「ふふっ、やっぱり覚えてなかったのね。まあ、会ったのは一度きりだし、そのあと直ぐに引っ越してしまったから仕方ないか」

 

 言われて、私はふと昔のことを思い出す。

 幼稚園、多分公園で遊んでいたりした頃のこと。

 確か、あの時も今日と同じように、たまたま友達が皆用事で遊べなくって、私はこんな日もあるかと一人で公園の遊具を占領していた。

 けれど、そんなときだった。彼女が来たのは。

 

「もしかして、穂乃果が一人で遊んでたときに来たの、ツバサちゃん!?」

「思い出した? そ、一人でジャングルジムの天辺に仁王立ちしてる変な子がいるーと思って、近づいたの。あのときの穂乃果、なんだか寂しそうに見えたから」

 

 笑った顔が、記憶の中のあの少女の物と重なった。

 優しげな微笑みが良く似合う、それでいて活発な子。

 あの日の私は珍しく少し寂しくなっていて、遊具を全部独り占めできることよりもそれがずっとずっと重く感じて。

 そんなときに、ツバサちゃんが来てくれた。

 

「そっか、あれがツバサちゃんだったんだあ……」

「日が暮れるまで二人で遊んで、心配してお母さんが迎えに来てね。もっと遊びたかったけど、引越しがあるから早く帰らなきゃいけなくって」

 

 引越しするとき大泣きしたわ、とツバサちゃん。

 確かに、翌日からはぱったり姿を見なくなって、どうしたんだろうと気になってはいたけれど、時間と共に記憶は埋もれていって。

 それが、こんなところで蘇る。もしかして今日は、とってもラッキーな日なのかも知れない!

 

「穂乃果のこと、私はずっと忘れなかった。秋葉原に戻ってUTXにはいって、μ'sの動画を見つけたときもしかしたら、って思ったのよ」

「じゃあもしかすると、ツバサちゃんとは赤い糸で繋がってるのかも! ロマンチックだよね、そういうの!」

「ふふ、そうかもね。とってもロマンチック」

 

 ツバサちゃんは、なんだかずっと微笑んでいるような気がする。

 こちらを見て、話を聞いて、その全てに微笑みを返して。

 ……うん、なんだか希ちゃんみたい。

 

「昔たった一度だけ出会った相手と、こうして同じ立場になって再会する。まるでドラマみたいね」

「じゃあ、これからは穂乃果とツバサちゃんは友達だね。ちょっとだけロマンチックな友達!」

「そしてライバル同士でもある、と。ほんと、ドラマにしたら売れるんじゃない?」

 

 互いにケーキをつつきながら、ただの女の子として。

 

「──ね、アドレスと番号交換しない?」

「あ、うん! いいけど、ツバサちゃんは教えちゃっていいの? アイドルってそう言うの何か言われたりしない?」

「大丈夫よ、お友達同士が連絡先交換するだけなんだから」

 

 大丈夫大丈夫。

 笑いながら、スマホを取り出して何度か弄る。

 それに見覚えがある気がして、それで気付く。

 

「私と、同じ携帯だ」

「え? あ、ほんと……。ここまで来ると、なんだか背筋が寒くなっちゃうわね」

「そうかな? 穂乃果は嬉しいよ!」

「ありがとう、穂乃果。……はい、交換完了ね」

 

 機械音がして、電話帳に綺羅ツバサの文字が登録される。

 目に見える形の、絆。それがなんだか嬉しくて、つい微笑んでしまう。

 友達、よりも少しだけ深い絆。幼馴染とはまた違った、大切なもの。

 

「……っと、もうこんな時間! 穂乃果、そろそろ暗くなってくるから、今日は帰りましょうか」

「あ、うん! ごめんね、あんまり面白い話もなくて」

「いいのよ、私から誘ったんだもの。……夜とか、暇だったら電話かけてくれていいからね」

「うん! ありがとう、ツバサちゃん!」

 

 返答は、またあの優しげな微笑みだった。

 

 

 

 

 

 結局、あのあとツバサちゃんと別れて帰って、お風呂やご飯や宿題やらを片付けた後に時計を見れば、もう十一時を回ろうかと言う時間になっていた。

 朝錬もあるから、早めに寝ようと思って、せめてツバサちゃんにメールだけは送っておこうと思ってスマホを手にとって。

 そこで、スマホが着信を知らせるバイブレーション機能で震えた。

 画面には『綺羅ツバサ』の文字。

 直ぐに電話に出ると、ツバサちゃんは少しだけ驚いたように息を呑んでいた。

 

『早いのね、穂乃果』

「スマホとったら、丁度鳴ったから。どうしたの?」

『改めて御礼と、それとお休みなさいの挨拶をと思ってね』

「穂乃果も、今メール送ろうと思ってたんだ。本当に繋がってるみたい」

『……ねえ、穂乃果。私と貴女がお互い友達同士だって言うのは、しばらく周りに隠しておかない? 私も穂乃果も』

「え、どうして?」

『深い意味はないんだけどね。もう少し経ってから一度にばらした方が面白そうじゃない?』

 

 悪戯気な笑みが浮かぶような口調で、ツバサちゃんがそう言ってみせる。

 ああ、なるほど。要するにドッキリをやりたい、ということで。

 それは少しだけ、面白そうだな、と。

 

「うん、面白いと思う! じゃあ少しの間だけ、秘密の友達だね」

『ふふ、それじゃあこれからよろしくね。おやすみなさい、穂乃果』

「おやすみ、ツバサちゃん」

 

 短い会話がそれで切れて。

 少しだけ、微笑みが浮かんでいる自分がいた。

 

 私とツバサちゃんがもう少し深い仲になるのは、これからもうちょっとだけ、後のお話。




なんか迸って三時間ほどで書きました。
一人称とかおかしくないといいですが……。
あとpixivでツバゆきを見かけました。ヤバイ、一気にツバサさんに引き込まれている。

続くかどうかはわかりません。多分別の短編になります。


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