とある魔術と科学の東西冷戦(コールドウォー) ーーI'll break your fuck'n fantasy!!ーー (名無 太郎)
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プロローグ ある街の光景

There is a house in Academic City

They call the Rising Sun

And it's been the ruin of many a poor kid

And God I know I'm one

 

学園都市のとある建物

人はこう呼ぶ「朝日の研究所」

そこで破滅した哀れなガキは数知れねぇ

そしてかく言う俺もその一人なのさ

 

My mother was an engineer

She made my new powered suit

But my father was fired from a certain project

He was lost in 10th district

 

お袋は技術者だった

俺に新しい駆動鎧をこさえてくれた

だが親父がとあるプロジェクトをしくじって

第十学区に入ってったままそれきりさ

 

Now the only thing a dark-sider needs

Is a suitcase and a gun

And the only time he's satisfied

Is when he's on a drunk

 

暗部の人間に要る物は

スーツケースと銃だけ

そして充足感を得られるのは

酒をかっくらう時だけ

 

Oh tell my baby sister

Not to do what I have done

But shun that house in Academic City

They call the Rising Sun

 

だれか愛する妹に教えてやってくれ

絶対に俺の真似なんかするんじゃねぇって

学園都市の「朝日の研究所」には絶対に近寄るなって

 

Well it's one foot on the platform

The other foot on the train

I'm goin' back to Academic City

To wear that ball and chain

 

片足はプラットフォームの上

もう片足は列車に乗せて

俺は学園都市にまた帰るのさ

鉄球と足枷に繋がれるために

 

I'm a goin' back to Academic City

My race is almost run

I'm goin' back to end my life

Down in the Rising Sun

 

俺は学園都市へ帰る

旅はもうすぐ終わり

俺はここで死ぬのさ

この「朝日の研究所」で

 

There is a house in Academic City

They call the Rising Sun

And it's been the ruin of many a poor kid

And God I know I'm one

 

学園都市のとある建物

人はこう呼ぶ「朝日の研究所」

そこで破滅した哀れなガキは数知れねぇ

そしてかく言う俺もその一人なのさ

 

 

作者不明

 

 

 

 

 

1967年7月某日、メキシコシティ-

 

 

 前日までの雨が嘘であるかのように、空はからりと晴れ上がっていた。ただし、湿度が相変わらず高いため、早朝だというのに街全体がサウナのような熱気に包まれている。

 

 そんなうだるような蒸し暑さの中でも、コロニア・ローマ地区の定期青空市(ティアンギス)はいつもと変わらない賑わいを見せていた。

 

 通りの至る所に唐辛子、トマト、アボカド、豆、出来合いのトルティーヤなどが所狭しと並べられている。四方八方に商人の威勢のいい呼び声が飛び交う市場の中を、ロバの牽く荷車や籠を背負った行商が行き交っている。

 

 かつてこの街がテノチティトランと呼ばれていた頃からほとんど変わっていないであろう、ごく日常的な光景。それでも、この数百年の間に多少の変化があったようで、明らかに場違いな、垢抜けた服装の白人もちらほら見受けられる。ヨーロッパ、もしくは北米からの観光客であろう。

 

 そんな中を、一人の若い女性が足早に歩いていく。彼女もまた、他の街の住人同様浅黒い肌の持ち主であった。一見脇目も振らずに歩いているようだが、よく観察してみると絶えず四方八方に気を配り、周囲の視線を気にしているのが分かる。来た道を振り返ることもしばしばだ。まるで何者かに追われているかのように。事実、誰かに尾行されていないかどうか気にしているのだが。

 

 やがて女性は市場を抜け、往来の激しい通りをしばらく進んでから古い建物が軒を連ねる路地に入った。先程までの通りとは打って変わって、閑散としている。市内の主要な通りに比べたら狭いが、それでも自動車が数台通れるだけの幅はあり、普段も決して通行人の数が少ない訳ではない。しかし、この静けさは一体どういうことなのか。本当に誰もいない。

 

 

やがて女は異変の原因に気付いた。数メートル先に立っている、槍を持って軍服に身を包んだ屈強な大男。彼を中心として、路地全体に異様な空気が立ち込めている。その筋骨逞しい体から放たれる威圧感もさることながら、やはり男の全身から滲み出る常人とは明らかに異なる雰囲気が原因なのだと傍目には映るだろう。少なくとも、その男がとても友好的なようには見えない。

 

「人払い(ōþila)だ」まず男が口を開いた。

 

「貴様らが何を企んでいるのかは知っているぞ。貴様が数日前に殺害された女性に成りすまして当局の目を欺こうとしていることもな」そう言って彼はニヤリと笑い、槍を構えた。

 

「だが生憎、我々はそんな見え透いた手には乗らない。さあ、残りのお仲間が何処にいるのか、洗いざらい吐いてもらおうか」

 

女は返事をする代わりに、やれやれとでも言いたげに首を振って見せた後、さも大儀そうに懐から黒光りする鋭利なものを取り出した--

 

数分後、男が路地から出て来た。

 

 

 市の中央部にあたるソカロ広場から少し離れた場所にある鉄筋コンクリート製の厳めしい建物、その中の地上から三階の高さのとある一室にその少女はいた。色黒な街の住人の中でも一際浅黒い肌と、ウェーブのかかった豊かな黒髪は、彼女がインディオの血を引いているということを仄めかす。少女は北に面した窓のそばに佇み、外の街並みに見入っていた。部屋の赤く染まった床には数人の男達が横たわっていたが、彼女はそれを気にかける素振りも見せない。

 

 

「随分と派手にやったじゃねぇか」

 

 突然背後から声がかかった。はっと後ろを振り返ると、槍を携えた大男がニヤニヤしながら部屋の入り口に立っている。少女が身構えると、その大男は慌てて宥めるような口調で言った。

 

「落ち着いて! 違う、敵じゃない! 私だ、エツァリだよ!」

 

「何だ、紛らわしいな。脅かすなよ」そう言って相手の少女が緊張を解いたのをみて、大男は説得が通じたことに胸を撫で下ろした。こんなことで無駄に血を流したくない。

 

「しかし、本当にその紛らわしさはどうにかならないのか。いつか同士討ちになりかねない」

 

「敵を完全に欺くためには仕方の無いことなのだよ。口調をそっくり真似るのだって至難の技さ。僕の苦労も分かってくれ」

 

 エツァリと名乗った男は、--乾季と雨季の間に行われる、トウモロコシと豆の粥『エツァリ』を食べて豊穣を祈るアステカの祭り『エツァルクアリストリ』の期間中に生まれたことが名前の由来である--槍を床に置くと突然自分の皮膚を『脱ぎ』始めた。中から現れたのは、少女と同じくらい浅黒い肌と短く刈り込まれた黒髪を持つ、がっしりとした体格の青年であった。

 

「アルバロ・オブレゴン通り沿いの路地裏でこの男に待ち伏せされてね。恐らく正教系の魔術師だ。この界隈で正教系と言ったら、まあ十中八九連邦警察(フェデラーレ)の回し者だろうな。数十年前まで政府と教会は犬猿の仲だったというのに。その時は我々の力を借りて奴らを抑えていたんだっけ。恩知らずもいいところだよ、全く」

 

「オリンピックを間近に控えていることもあって神経質になってるんだ、察してやれ。ところでそいつは手強かったか?」

 

「いいや、こちらの手の内を完全に把握していなかったからか、たわいもなかったよ」

 

「成る程、苦戦したわけでは無いみたいだ。それじゃあ」そこで少女は顔を少ししかめた。

 

「約束の時間に30分も遅れたことに対する申し開きは無い、ということでいいな?」

 

 

 

「あ、いや、その」エツァリは愛想笑いを浮かべながら頭を掻く。

 

「それは本当にすまなかったと思っている。謝るよ」

 

「一体どこで油を売ってたんだ、シエスタにはまだ早すぎるというのに」戦友はご機嫌斜めだ。

 

「丁度ティアンギスが開いていたんで、掘り出し物がないか探していたんだ」

 

「呪物のか?」

 

「ああ。遅れたのは悪かったが、制圧のための時間が余分に持ててよかったのではないかね? それに、急に集合場所を変えるとは君も人が悪い。アラメダ公園のそばの古びたカフェで落ち合うはずじゃなかったのかい、ショチトル?」

 

そう言ってエツァリは、部屋一面の床を指し示した。床に横たわっている男たちの命は既になく、真っ赤な血が辺りを濡らしている。彼らはいずれも制服を纏っていた。

 

「それに関してはこちらもすまなかったよ。当初の待ち合わせ場所は使えなくなったんだ、こいつらが張り込んでいたせいで。だから予定を変更した。まさか奴らも警察署が我々の手に落ちるとは夢にも思わなかっただろうよ」

 

そう言ってショチトルと呼ばれた少女は--花を意味するナワトル語である--得意げに鼻を鳴らして見せた。

 

「制圧するのはわけなかったさ、意識を操って殺し合いをさせるだけなのだから。私を誰だと思ってるんだ? 『死体職人(アルテサナ・デル・クエルポ)』だぞ? そして」そこで彼女は顔を窓の方へ向けた。

 

「良い戦利品を手に入れることもできたよ。ここからの眺めを見てみろ。中々壮観じゃないか」

 

(昔はこんな子じゃなかったのに…あの優しかった君はいずこへ…)

 

故人の記憶復元など人助けのために魔術を使いたいと言っていた過去を思い出し、軽く嘆息したエツァリは言われるままに、窓の外に広がる町並みに目をやった。

 

1920年代以来の政治的安定の中で順調に経済成長を続ける新興国の首都。現在の街の繁栄からは、前世紀半ばから今世紀初頭にかけての混乱、まして400年前にこの地を襲った厄災などは微塵にも想像できない。若々しさに満ちたその街並は、朝の眩い日の光のもとでより一層輝いて見える。来年のオリンピックが今から楽しみだ。

 

 

「それで、肝心の話とは?」

 

エツァリは窓から再び視線をショチトルに戻した。

 

「お前はこの景色を見ても何も感じないのか」

 

「確かに見事な眺めだ。しかし、わざわざ私にこれを見せたいがために警察相手に大立ち回りを演じたわけではないだろう?」

 

「そうだな、確かにその通りだ」

 

予想外の反応の薄さにがっかりしたらしく、ショチトルの声のトーンが幾分か低くなった。感情をはっきりと表情に表す彼女の素直さを、エツァリは愛しく思うのだ。

 

「それじゃあ単刀直入に言おう。上層部から、例の『人間図書館』を直ちに捕獲せよとのお達しだ。すでに英国の連中が捜索に向けて本格的に動き出している。ローマの奴らもな。そいつらよりも先に奴を捕らえなければならない」

 

「『人間図書館』ね……。そういえば、もう何ヶ月も北米と南米の間を逃げ回っているという話だったな。上層部がそんな命令を下したということは、近くに逃げ込んでいるということかね?」

 

「そういうことだ。敵も我々の動きを察知しているようだから急がなくては」

 

「タイムリミットが着実に迫っているというわけか。しかし、行方が分からなくなっていたのでは?」

 

「実はもう居場所は分かっている。ただ、どうやって近づくかという問題が残っていてな……」

 

「おいおい、まさかグリンゴ(アメ公)どもに匿われているとでも言うわけではあるまいね?」

 

「惜しい。が、違うな。もっとも、アメ公どもが建設を主導したという点ではあながち間違いではないか」

 

「今一つ要領を得んな。勿体ぶらないで早く結論を言ってくれたまえよ」

 

「いいだろう、心して聞いてくれよ……」

 

まるで恐ろしい宣告でもするかのような口ぶりである。

 

 

「例の娘は現在『学園都市』に潜伏している。それを早急に見つけ出して連れて来い、とのことだ」

 

 

 

 

ショチトルは、学園都市という名前を口に出す時、あたかもそれが卑猥な言葉であるかのように顔をしかめた。

 

「学園都市? なんでまたそんな所に?」

 

一方、エツァリの方はほとんど表情を変えていない。

 

「実は数週間前にも、海外の工作員からハバナで目撃情報があるとの報告が寄せられていた。奴が貨物船の中に紛れ込んでいるのを見かけた人間がいるらしい。多分カナダから密航して来たんだろうな」

 

「国際関係についてはよく分からないんだが、なぜカナダなのかね?」

 

「現在、この辺りでキューバと国交があるのはカナダとメキシコの二国だけであり、うちメキシコでは奴の姿が確認されていないからだ。って、そんなことはどうでもいいだろう! とにかく、そいつはハバナ発の貨物船に乗り込んだ。そして、そいつが乗った船は北東、つまりフロリダの方向へ向かって行った……」

 

エツァリは話を聞きながら、考え込んでいるような表情をして黙り込んでいる。なぜキューバが出てきたのか分からないのだ。

 

「だが知っての通り、アメリカとキューバの仲は5年前よりマシとはいえ依然険悪であり、とても交易が行えるような状況ではない。そこで、上層部はフロリダ周辺の、独自に貿易を行うことができる国や港を調査させたんだ……」

 

「フロリダ……あっ!」どこの話をしているのか、ようやく理解した所でエツァリの表情が一瞬だけ凍りついた。が、すぐに先ほどの明るい表情に戻った。

 

「なるほど、あそこか! フロリダの東側にあり、得体の知れない実験ばかり行われているという例の港町!

てっきり『大学都市(シウダ・ウニベルシタリア)』のことかと思っていたよ!」

 

十数年前に首都の南郊に建設された学問の街。オリンピックの会場もここにある。

 

「我々が『学園都市』と言ったら、一つしかないだろうが。ましてやアメリカの庭先にありながら、その意向を無視した独自の外交を行っている『国』ともなれば!」

 

ショチトルはうんざりした顔で言った。

 

「それに、メキシコには来ていないと今言ったばかりじゃないか。第一、そんな近所に潜り込まれて、

我々が気づかないわけないだろ」

 

「それについて、どうでもいいことだと言わなかったか?」

 

「人の揚げ足をいちいち取るんじゃないお前は!」

 

「すまない。ちょっとからかってみたくなってね」

 

陽気な口調とは裏腹に、エツァリの表情が次第に硬くなる。

 

「しかし、まだ確定したわけではないだろう?」

 

「いいや、残念なことに確定している。実は三日ほど前に、都市内の協力組織から連絡があったんだ。奴の姿を中で確認した、とね。しかも都市の住民とすでに接触している可能性が高い。場合によっては多少血を見る羽目になりそうだ」

 

「なるほど。で、私は何をすれば良いのかね? まさかその街に行けというんじゃないだろうね?」

 

エツァリの声が少し不安げなものになった。ショチトルはため息をついてから静かに述べた。

「残念なことに、そのまさかだ。光栄なことじゃないか。残念だけど私はほかの仕事で一緒についていけない」

 

「都市内の協力組織とやらはどうした? 彼らに任せたらいいじゃないか」

 

「報告の直後に死んだよ。かろうじて生き残った者の証言によれば、同じく侵入して来た他宗派の魔術師にやられたらしい。少なくとも三人以上は入り込んでいるようだ。そこで上層部は、生き残った兵士たちそれぞれの能力を判断した結果、お前が適任だという結論に達したらしい。大変だろうが、頑張ってくれ」

 

「待ってくれ、まだ心の準備が出来ていない! 」

 

ここで彼の声にはっきりと狼狽の色が現れた。

 

「本当に行かなければならないのか、あの神に呪われた街に? グリンゴどもがこの世に送り出した事物のうちでも最低最悪と言われている場所に……?」

 

「残念だが、これは確定事項だ。私も掛け合おうとしたがいかんせん地位が低すぎてどうしようもなかった。諦めてくれ。しかし、奴らが『人間図書館』をろくでもない実験に使うつもりなら、その前になんとしても我々が確保しなければならない。今年決行する予定の計画、忘れたわけではないだろう?」

 

「計画……」エツァリの表情が少しだけ変わる。

 

それを見てショチトルは手応えを感じ、さらに説得を続ける。

 

「成功の暁には、あの忌まわしい米帝の侵略者どもに一泡吹かせてやることができる。私達の家族の

仇も取れるんだ……!」

 

「家族の仇……そうだ!」

 

再びエツァリの顔に明るさが戻った。

 

「不肖このエツァリ、命に代えてもこの任務を成し遂げてご覧に入れよう!」

 

胸を張り、頼もしく宣言する。

 

「そう、その答えを待っていたんだよ! それでこそ我が師匠にして兄弟子! 頑張ってね『お兄ちゃん』!」

 

師匠にして戦友、同僚が本調子に戻ったのを見て嬉しそうなショチトル。

 

 

 

 

「明日中にこの国を発て、との命令だ。多分今日中に入るための偽造ビザが届くだろう。健闘を祈ってるよ、『エツァリお兄ちゃん』」




 プロローグです。大まかな流れはスレ時代のものを踏襲しております。終盤のストーリー展開にも大きく関わる予定の内容です。
何か誤字脱字やその他おかしな点がございましたらご指摘のほどよろしくお願いいたします。


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The walking dog

7月17日ーー

 

マイアミ都市圏が富裕層向けの行楽地から学生の街へと変化を遂げて久しい。元はハリケーン被害からの復興事業と復員軍人への職や住居の提供とをかねて開始された再開発事業によるものであったらしいが、今やその範囲はマイアミ・デイド郡全体にまで及び総人口が230万を数え内8割を学生が占めるまでに至っていることを考えるとひとまず成功とみてよさそうだ。長机の上の調書の束をまとめながら眼鏡に肩で切り揃えたつややかな黒髪の少女、ミリー=コノルス(固法美偉)はそんなことを考えていた。

 

(尤も、お陰でこっちはせっかくの夏休みだってのに大忙しなんだけどね。最近世間が騒がしいし、手のかかる後輩を二人も抱えてるし…)

 

 そう苦笑しながら、バインダーに書類を綴じる手を止めて長机の反対側のほうへ眼をやる。視線の先では頭に大量の花飾りをつけたアジア系少女がはんだごてを用いてプリント基板にコンデンサを溶接している。服装は自分と同様、赤いネッカチーフに緑色の腕章(ブラッサード)、そして支給品の白いシャンブレーシャツと紺色のスカートとベスト。机の少し奥には計算尺と対数表、そしてその脇には数本のチュロスの入った紙皿とコーヒーの入った紙コップが置かれている。

 

 

 学問の自由を最大限に尊重するため、この街は基本的にアメリカ合衆国の司法からほとんど独立状態にあるとみなされることが多く、実際市内のトラブルに警察が介入してくることはない。尤も十数年前から街そのものが国連機関たるUNESCOの管轄下と見なされ不可侵性が認められているため合衆国憲法が適用されることは決してないのであるが。

この街で警察や保安官や州兵の代わりを務めるのは風紀委員活動(フィシオ)警備員(コントラ・カパシダ)。前者は主に生徒、後者は教職員や研究者など大人からの志願で成り立っている。生徒や教師が自警団的に治安維持を務めるのは第一学園都市が西部の砂漠地帯に開かれて以来の伝統だと聞かされているが誰も真実は知らない。

 そして彼女らが属しているのが風紀委員活動というわけである。

 

「チョーチュンさん? その、きりがいい所でいいからこちらも手伝ってほしいんだけど」

 

「はい只今、すぐ行きます。ああ、先輩もコーヒーお飲みになりますか? ちょくちょく『能力』使ってるからまだ淹れ立ての温かさですよ」

 

「いえ、喉乾いてないから大丈夫よありがとう。外で仕事してるならまだしも」

 

 事実、フロリダの強い日差しにもかかわらず室内は空調設備と照明器具によって常に適切な温度と明るさが保たれており、二人はまったくと言ってよいほど汗をかいていない。

チョーチュンと呼ばれた少女は友人達から『飴玉を転がすような甘ったるさ』と評される高い声で返事をすると、はんだごてを台に置き立ち上がってミリーの方へ小走りで向かい、整理作業に加わった。彼女の名はクローナ=チョーチュン(初春飾利)。ミリーが責任者を務める風紀委員第1団7隊7班の通信士(オペレータ)である。

 

 

「しかしこうも事件や事故が多いと気が休まる時がなくて大変ですね。せっかくの休暇だっていうのに厄介ごとを持ち込むおバカさんが多すぎて、相棒のお手入れにまで手が回りません」

 

 彼女の愛機・通称『ディアブリータ・グラモローサ』。彼女が一からくみ上げたマイクロコンピュータである。これの導入によって一気に業務の能率が上がったと隊内でももっぱらの評判である。

 

「それは困ったわね。あの子のお陰で随分と仕事が楽になったわけだし。でもまあ、たまには自分でも頭や体を働かさないといけないしいつもお世話になってるから少しは休ませてあげてもいいんじゃないかしら……あ、そういえば紙が詰まってたタイプライター直してくれたんだっけ。いつもありがとうね」

 

「いえいえ、割と簡単な構造だから10分と掛かりませんでしたしお安い御用です。それに、私の取柄なんて手先が器用なことしかありませんから」

 

 部屋の片隅にあった重厚な木製のドアがあわただしく開かれ、二つ縛りのおさげ髪の少女が躍り込んできた。

 

「た、只今戻りましたの……」

 

 上品な英語で話す少女の服装は既に部屋にいた二人とは違い腕章を除けば灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターというもの。

 

ミリーとクローナは少女のほうを見やり軽く敬礼をした。

 

「新兵教育お疲れ様、ミス・ホワイトスプリング」

 

「恐れ入りますの……」

 

「お帰りなさいクロエさん、今何か冷たい飲み物入れますね」

 

「お願いしますわ……」

 

 クローナが部屋の隅に置かれた冷蔵庫のほうへ向かったのを横目で見ながらホワイトスプリングと呼ばれた少女は手ごろな椅子を引き寄せ腰かけ、額の汗を手に持っていたハンカチで拭った。幼い容姿に似合わぬしゃがれ声のこの少女の名はクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。クローナとは同級生である。

 

 

「本当にそそっかしい子ですの、すぐ忘れものをするわ道を間違えるわと……先が思いやられますわ」

 

「あら、隊規違反の常習犯でいつも始末書の山に追われている貴方が言えたことかしら? たまにはこうして自分を顧みる機会があった方がじゃない」

 

「うう、それはそうですが…」

 

 悔しそうに口をとがらせるクロエ。そこへミルクセーキのグラスを盆へ乗せて運んできたクローナ。

 

「でもこの支部で最も経験豊富な隊員の一人で、面倒見がよくて優しいクロエさんが一番適任だと思いますよ。だからこそ白羽の矢が立ったのではないですか」

 

「まさか。学校がたまたま同じで学年も同じだった。それだけの理由だと思いますわよ……ありがとうチョーチュン」

 

 クロエはグラスを受け取って口元へ運びながら、

 

「あ、そういえば彼女カバンを忘れて行っておりませんの?」

 

「ええ。確かに忘れていったようですね。玄関に落ちていて、今警備員のほうで保管してもらっています。財布と身分証も確かに入ってました」

 

 彼女らの属する第1団7隊7班支部はハリケーン被害と世界恐慌のため廃業せざるを得なくなったかつての高級ホテルの一室を間借りする形で置かれている。数年前まで退役軍人用の病院や大学の校舎として使われていたがどちらも近所にできた新たな建物に移ったことで使用可能になった。それ以外では警備員の学区支部もここに置かれている。ちなみに『旧市街』中心部の緑地にある開拓時代の砦最後の現存遺構である石灰岩造りの兵舎が風紀委員の本部である。

 

「やっぱりですのね……所持金や身分証は常に肌身離さず持っておけと常日頃あれほど口を酸っぱくして申しておりますのに…これはもう一回きつく言い聞かせておくべきですわね」

 

「今どちらに?」

 

「近所のパトロールをするということで『セブンス・ミスト』前で別れましたの。何か変わったことがあれば直ぐ連絡するようにとは伝えておりますが、お金がないようでは公衆電話は使えませんし……」

 

 突然ミリーのそばにあった黒いダイヤル式電話機がけたたましく鳴りだした。すかさず受話器を取るミリー。

 

 

 

「はい、こちら風紀委員活動(フィシオ)第1団7隊7班であります!」

 

「もしもし! こちらカーリー=リングレット(牧上小牧)、大変です! 私ひとりじゃどうにも手が負えないというか、今すぐに増援をお願いいたします! もう大変なんです! 誰でもいいからすぐ来てください!」

 

 受話器の向こうで話している少女こそクロエが教育係を務めている新入りに他ならない。

 

「落ち着いて、まず何が起きたのか順に話してちょうだい」

 

「わたくしに代わってくださいまし……カーリー、一体何がありましたの?」

 

「あ、クロエさん……単刀直入に言うとね、駅前の公園でモハカさんが男の人と喧嘩していて…」

 

 『男の人と喧嘩』の下りを聞いた所であきれ顔になりため息をつく。

 

「またですのね……分かりました、すぐそちらへ向かいますの。ところで、貴方一体どこから電話を……?」

 

「公衆電話」

 

「でも貴方財布をここへ忘れてるではありませんの」

 

「あ…」

 

「貴方、まさか公衆電話をタダがけしておりますの…?」

 受話器を持ったままクローナの方をにらむと周りにいたものも全員彼女のほうに視線を向けた。

 

「そんな…私はごく簡単なおもちゃをあげただけですよそんな目で見ないでください」

 

「い、いえ…だってチョーチュンさんがくれた笛は2600ヘルツの音が出せてそれで回線に無料で繋げるんです。アラスカで空軍パイロットをしている文通友達に教えてもらったとかで、初めて聞いたときは目から鱗で「チョォォォォォチュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンンンン!!!!!!」」

 

 受話器を本体へたたきつけ通話を打ち切るとクローナへ飛び付き両頬を力いっぱいつねり上げる。

 

「貴方まだ懲りてませんでしたのね!!」

 

「いひゃいひゃいろめんなひゃいひゅねらなひれ」

 

 クロエが手を離すと赤くなった頬を涙目でさすりながら言った。

 

「緊急時なんだからそれくらい許されてもいいじゃないですか!」

 

「れっきとした犯罪ですわよ! 曲がりなりにも生徒の範たるべき風紀委員が軽犯罪に手を染めるなど……」

 

 烈火のごとく怒るクロエをなだめるミリー。

 

「まあまあ、お説教はこの後の私に任せて貴方達は直ぐ現場へ急行して頂戴な。チョーチュンさんとリングレットさんは後で居残り。それでいいわね?」

 

笑顔でそう告げながら眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせるミリー。それを見てすかさず姿勢を正すクローナ。

 

 

「ひ、ひゃいっ」

 

 舌足らずにそう返事をすると発明狂の少女は自分の席の残りのチュロスをまとめて頬張ると傍らの紙コップを取り上げその中に入っていたエスプレッソで勢いよく流し込んだ。

 

「頭脳労働に糖分補給は必須ですから」

 

 きりっとした表情でそう述べた後席の脇においてあった自分のカバンを持ち呆れ顔のクロエのもとへ駆け寄り彼女の手を取る。

 その瞬間、少女たちの姿が跡形もなく消えた。

 

―――

 

 ピカッとまばゆい光が飛ぶたび耳を聾さんばかりの雷鳴と轟音が鳴り響き天地を震わせ

そして後には信号灯の消えた道路信号機だの明かりの消えたビル街だのショートした街灯だの焼け焦げた木々だのが残される。

 通行人はどこにもいない。恐れをなして地下鉄の駅か建物の中へ逃げ込んだか。

 

「勝負をしろ!アンタも男なら投げた手袋を拾って尋常に勝負なさい!」

 

 怒号と同時に雷雲の如きすさまじい放電。しかしその中心にいるのは齢13か14ほどの快活な少女だ。服装はクロエと同じ。薄茶色の瞳をして少し日焼けをした短髪、身長は5フィートより少し高いようであり、筋肉質で引き締まった体つきをしている。

 

「だから俺はこの後補講があって暇じゃねーんだってば!!」

 

その放電がある地点で雲散霧消する。その場所では、ウニを髣髴とさせるトゲトゲとした短い黒髪をしたアジア系の少年が右手を必死でかざしていた。

 

 

 クロエとクローナが姿を現したのは騒ぎの渦中にある件の公園の入り口であった。

よく晴れた夏の日の午後だというのにこの辺りだけ雷雲で覆われ薄暗い。

 

「あっ、クロエさん! それにチョーチュンさんも! 待ってましたよ」

 

そう言いながらそばの公衆電話ボックスから震えながら出て来たのはクロエと同じ緑色の腕章に灰色のプリーツスカートと半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターといった出で立ちの少女。クロエと同じくブルネットの髪をおさげにしているが、三つ編みに見えてしまうほどにカールした癖っ毛だ。

この少女こそ先ほど支部に電話で増援を要請したカーリー=リングレットに他ならない。

 

「少し遅れたことは謝りますの、ちょっとしたトラブルがございまして……貴方のほうは何かお怪我などありませんの?」

 

「私はずっとこの中に隠れてましたから大丈夫です。何しろこの電話ボックス避雷針がありますから」

 

「そうでしたの。無事で何よりでございますけれども、やはり利用者のことも考えますと長い時間閉じこもるというのは……」

 

 また小言に向かいそうな雲行きだったが、突然チョーチュンが叫んだことで中断された。

 

「あっ、電撃が止みましたよ!」

 

「急ぎましょう」

 

 クロエの声を合図に三人は一斉に公園の中へ入り二人が対峙している所へ向かった。

 

 

「相変わらず出鱈目な『能力』ねぇ……」

肩で息をし、前方の少年を睨みつけながら少女は荒い息とともに言葉を吐いた。

 

「どんなに出力上げたって焦げ目の一つもつきやしない」

「ついてたまるかよ。人をバーベキューのロブスターか何かみたいに言いやがって。まあ――」

 

 汗をぬぐいながら白のポロシャツに黒いチノパンを身に着けたその少年は言った。

 

「ウニみたいな髪型とはよく言われるけどさ。だが食われるのはごめんだぜ」

 

 入り口から入って並木道や緑地を抜けた先は公園というよりはむしろ公道とも接続した広場とでも呼ぶべき場所である。

巨匠フランク=ロイド=ライトが設計したという一面ガラス張りのUNESCOマイアミ支部。その玄関先に位置するのがこの半円形のフレンドシップ広場だ。

合衆国(ステイツ)とソビエト・ロシアの友好を記念する広場とされており、両外縁の中央にはトーマス=ジェファーソン(都市においてはむしろ優れた科学者でもあったベンジャミン=フランクリンの方が人気だが)とウラジミール=レーニンの20フィート近い巨大なブロンズ像がそれぞれ向かい合わせに立っている。さらに広場の外周を取り巻くように林立するポールには現在国連に加盟しているすべての国の国旗が掲揚されている。

他には科学における飽くなき探究心やより良い世界を実現するという使命感などアカデミック・シティの精神を象徴するとして巨大なニコラ=テスラの石製胸像、南フロリダ一帯の発展の基礎を築いた鉄道王ヘンリー=フラグラーのブロンズ製胸像が隅に置かれている。

 

 

そのど真ん中でティーンエイジャーの少年少女が対峙しているのだ。

 

 

「それに俺は『能力者』じゃない。残念ながらL0のしがない『無能力者(アンカパシテ)』の一人にすぎんのですよ」

「嘘おっしゃい! 一体どこにL5――『超能力者(シュルナテュレル)』の攻撃をいとも簡単に打ち消すL0がいるっていうのよ!」

 

そういうと少女は冬が終わった後も使いきれず持て余していたのであろう使い捨て懐炉(フットウォーマー)を数枚出しまとめて袋を破いて

 

「アンタも知ってるでしょう、鉄の酸化の熱を利用してるって」

 

中の砂鉄をぶちまけた。

 砂鉄は地面に落ちる―と思われたがそんなことはなくふわふわと空中を漂っている。

「一体何がしたかったんだ……?」

 

 やがて無軌道に漂っているように見えるのが実はそうではなく、実際には少女の右手のほうへ流れ、彼女の手の中で集合しつつあるのだということに気づき、相手の意図を理解した。どうやら今の彼女の体はちょっとした電磁石になっているらしい。

 

「おい汚いぞ! 丸腰の相手に得物なんて…」

 

「何言っているの? 正真正銘私の能力で作ったものだし何の問題もないでしょ? それに…」

 

 果たして彼の危惧した通り、集まった砂鉄は一振りの長剣へと形を変えつつあった。既に成形された柄の部分をしっかりと握り少女は不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「勝負に卑怯なんて概念はない。ルール無用、勝てば官軍、勝敗がすべてよ」

 

 そういうが否や剣を大上段に振りかぶり「キェヤァァァァァ!!!」と鬨の声を上げながら吶喊してきた。少年は右手を突き出して身構える。

 

「砂鉄が振動していて怪我しやすいから気を」

 

 付けてね、というよりも早く砂鉄の剣はかき消された。ちょうど彼の右手の部分に触れた時であった。

風に吹かれて文字通り雲散霧消する砂鉄を呆然と眺める少女に対し、やれやれといった表情でかぶりを振りため息交じりに少年は告げる。

 

「何やっても同じだ。もうあきらめろよ。それに今の攻撃、普通なら死んでもおかしくなかったぞ。これに懲りたらもう……」

 

「いや、まだよ……」

 

「まだやんの?」

 

「まだ試していない技がある!」

 

そう叫ぶや否や目にもとまらぬ速度で後方宙返りで飛び下がり一気に50フィートほど間合いを取る。

 

「私の代名詞にして十八番、これは止められるかしら?」

 

 そういってスカートのポケットから銀貨を取り出したとき、クロエ率いる風紀委員(フィシオ)三人衆が広場に現れた。

 

「風紀委員ですの! お二人とも速やかに交戦をお止めに……」そこまで言って少女の持っていた銀貨を目にとめてクロエの顔からサーっと血の気が引いた。

 

「2ペソ銀貨……お姉様、まさかあれをおやりに…」

 

「クロエさん? あれがどうかしたんですか」

 

「チョーチュン、カーリー! 今すぐあの殿方を退避させてくださいまし! わたくしがお姉様を説得いたしますの!」

 

 遅かった。クロエがそう指示を出すが早いか、銀貨は右手の親指で空中に弾き飛ばされた。太陽に照ってキラキラと輝くのが嫌でも目に付く。三人と少年が呆然と見上げる中、高く放り投げられた銀貨は、クルクル回りながらそれを弾き飛ばした少女の右手の親指の上に再び落ちて来た。彼女の右手は、前方に向かってピンと伸ばされている。

 クロエが叫ぶ。

 

「皆さん伏せてくださいまし!」

 

「もし知らないのなら、教えてあげる……」 銀貨が親指に触れた瞬間、

 

「こ れ が 私 の レ ー ル ガ ン よ!」

 

すさまじい速度で射出された。まるでレールの上をすべるかのようにまっすぐ。

 

 

 伏せながら思わず目を背けるクロエ達。しかし、悲鳴や人体の破砕されるむごい音の代わりに聞こえたのは何か硬い物が砕けるような鋭い音だけである。

恐る恐る視線を挙げると、そこにはジュール熱だか摩擦熱だかで原形をとどめない程に溶けて地面にへばりついている銀貨と火傷した手をかばって悶絶しのたうち回っている少年の姿があった。

 

 

 

「「「まさか…打ち消した…?」」」

 

 

 

 

「先ほどはお姉様が失礼いたしましたの」

 

「全くだ。仮にもお嬢様が行きずりの人間とっ捕まえて殺しにかかるなんて世も末だぜ……ああ、サンキューな」

 

「いえ、これが仕事ですから」

 

右掌に包帯を巻いてもらった少年は先ほどまで手当をしてくれた風紀委員二名に礼を言った。

 

「しかしこの右手、能力ではないんですか?L5の攻撃を打ち消すほどの強さだなんて……」

 

「ああ、これね、未だによくわかってないんだ。分かってることといえば能力とはまるっきり別物ってこと、異能の力で生み出されたものなら水爆並みの炎だって打ち消せるってことくらいかな」

 

「そうなんですか……不思議です」

 

クロエはというと手帳と鉛筆を片手に事情聴取を続けている。

 

「それでお二方、どのような経緯があったのかお教えくださいまし」

 

「簡単さ、俺が自販機のドリンクを飲もうとしたらいきなりビリビリのやつが怒り出したんだよ」

 

「ビリビリって呼ばないでって言ってるでしょうが! 何よ、先手はアンタだったじゃない!」

 

先手(first move)ですって?」

途端、少年に向けるまなざしが険しいものに変わる。彼女の脳裏に浮かんだイメージは…とてもここで申し上げることはできない。

 

「貴方お姉様に何なさいましたの? 場合によっては性犯罪の線で取り調べを……」

 

「ば、莫迦っ! いかがわしい想像するんじゃない! そうじゃなくて、コイツが私の欲しかったもん先に持っていきやがったのよ! 『カエルのリビッティ』のキーホルダー、めったに見つからないレア物なのに!」

 

『カエルのリビッティ』とはサイレント時代からラブリーミトン社のアニメ映画に登場しているキャラクターである。髭を生やしたカエルといった風貌で、乗り物酔いしやすいという設定はデビュー以来一貫している。ちなみにラブリーミトン社はつい最近英国とアカデミック・シティの合弁会社であるトイドリーム社に買収された。

 

「ああこれのこと? なら先に言ってくれればよかったのに」

 

そういうと少年は無事な左手で胸ポケットから瓶のネックにかけるための穴の開いたごく小さな紙袋を取り出して少女のほうへ投げた。少女は両手でキャッチした。

 

「え? これくれるの」

 

「勿論。俺が持ってても仕方ないしさ」

 

「本当に!? どうもありがとう!」 少女は先ほどまでの険しい表情から打って変わり屈託のない満面の笑みを浮かべ紙袋にほおずりした。それを見て呆れ顔で独り言つクロエ。

 

「いつになったら大人になってくださいますの? 子供だましのくだらない景品のために下らないケンカ……」

 

「何 か 言 っ た ?」

残念、聞き逃さなかったようだ。慌てて取り繕うクロエ。

 

「い、いえ、なんでもございませんの。リビッティかわいいですわよね」

 

「え、クロエもやっぱりわかる? まさかルームメイトが同好の士だったなんて!わーい嬉しー! 今度また見つけたらクロエにもあげるね」

 

「いえ生憎間に合っておりますの……とにかく、今回のことは報告させていただきますの。道行く人々にも只今迷惑がかかったことでしょうし、それにごらんなさい」

クロエはそう言ってその場にいた全員に対し手で周囲の惨状を示す。

折れたり焼け焦げた国旗のポール、焦げてえぐれた石畳、周囲の並木も無事に立っているものは一本としてなく、奥の支部の前ではUNESCOの大使と思しき人物が腰を抜かして地面にへたれ込んでいる。かろうじで像は無事のようだが。

「恐らく大使からも統括理事会に対して直接抗議が及ぶことと思われますの。さすがに賠償を要求されないとはいえ反省文程度で済むとは思えませんの」

 

「待ってくれ、俺は一方的に巻き込まれてここまで追い詰められたんだよ」

 

「喧嘩両成敗。どんな事情があったにせよ貴方とお姉様がここでトラブルを起こしたのは覆しようのない事実ですの。とりあえず今から謝罪の練習でも……」

 

「みんな、それにしても本当にお疲れ様!」

 

「お姉様は話を聞いておられないのですね。なら寮に帰ってからでも」

 

「ああそうだ、アンタたちも喉乾いてるんじゃないの。これはお詫びを兼ねた私からのおごり」

そういっていつの間にか手に持っていた手提げカバンからいくつかの飲み物の缶や瓶を取り出し風紀委員三人に配る。

 

「へ? あ、ありがとうございます!」

 

「いただきます!」

 

(まあ、大した罰にはなりませんわね)「ありがたく頂戴いたしますの」

 

「ごめんな、まともなの俺たちがもう飲んじゃってさ、残ってるの色物だけなんだ」

 

「ライム・シチュー? ありがとうございますこれ大好物なんです!」

 

「げぇ、リコリス・ジュースか」

 

「……肝油ルートビアですの」

 

「つかぬことを聞くけど、俺そろそろ解放してくれないかな? この後補講が控えててもうすぐ始まっちまうんだよ!」

 

「ええ構いませんの。ただし相応の罰は覚悟して、そして二度とこのようなことはなさらぬよう。お姉様もですの」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

「それじゃ!」軽く手を挙げて会釈し、そのまま走り去ろうとしたとき。

 

「そう言えば、こんなたくさんのジュース一体どうしたんですか」口を開いたのはチョーチュンだった。

 

「ああ、それね。自販機がアイツの2ドル札を飲み込んだままうんともすんとも言わないって嘆いてたからジュース出してやったのよ。我が校伝統のキックでね」

 

「お姉様はまたそのようなことを」

 

「なによ、こっちはすでに何回も金払ってるんだから盗んだってことにはならないはずよ」

 

「ちょっと待って、それじゃあ私たちが今飲んでるこのジュースも……」と不安げな声色でカーリー。

 

「つまり私たちも同罪……」とクローナが言うと、三人の風紀委員は顔を見合わせた。

 

「あの……みんな?」

 

少女が不安げに問うとクロエはピンと姿勢を正して向き直り敬礼した。

 

「お姉様に殿方、今回の一件は不問にいたし不幸な事故だったとして処理いたしますの。お二人ともご無事で何よりですの。ご協力ありがとうございました。それでは気を付けてお帰りくださいまし」

 

そういうが早いかほかの二人と円陣を組みそのままどこかへ消え去ってしまった。

 

「何だったんだ一体全体……」

 

「でもまあ、今後の進学に差し支えるようなことがなくなってよかったと思わない?」

 

「まあな」

 

「トーマス=カミジョー(上条当麻)!」突然広場の前方の公道へ続く開けた空間から呼ぶ声がした。そちらの方へ視線を向けると細い目をしていて、髪を短く刈り込んで青く染め金色のピアスを耳に通した白いアメリカンフットボールのユニフォームに身を包んだ大男が手を振っている。

 

「探したんやで! どこで油売ってんねん! もう補講始まっててセレーノ先生心配しとったで!」

 

「わりぃわりぃ、ちょっとしたトラブルでさ……じゃ、またなビリビリ」

 

「その名で呼ぶんじゃない! あ、ちょっと待って!」

 

走り去ろうとしたところでそう呼び止められて振り返る。

 

「次会うときは、負けないから。いつか絶対アンタに勝ってみせる」

 

「せめて今週中にだけは会わないことを祈ってるよ」とだけ答えて読んでいる友人のもとへ走って向かう。

 

 

 

「なあトミー、あの女の子ってまさか?」学校へ向かう道すがら、青髪ピアスが問う。

 

「ああ、エヴァーグリーン・ハイツ女子校の電撃姫であらせられるミカエラ=モハカ(御坂美琴)様だよ」

 

「なんでまた一緒におったんや? まさか……『三人』の中で抜け駆けして我が世の春到来なんて抜かさへんよな……?」

 

表情は変わらないのに確かな殺気を感じ背筋にゾワリとした感触が走り身震いしたトーマス。

「俺が付き合ってるとでも? バカいえ! たまたま居合わせただけだよたまたま!」

 

「ですよねー。それ聞いて安心したわ。ボクらは学年末のプロムで毎回あぶれる負け犬同士やもんね。女の子にモテたいのは山々なんやけどね……」

 

「そうだよなー……何か出会いがあればいいのになぁ」

 

ぼんやりと街路樹のホウオウボクを眺めながらそう答えるトーマス。

 

 

 

 所変わって、街の基礎が形作られてまだ日が浅い今世紀初頭に、『金ぴか時代』や第二次産業革命の波に乗って巨財を成した富豪たちによって別荘として建設された豪邸の一つにて。(行楽地や歓楽街として賑わっていた狂騒の20年代ならいざ知らず、とても学生の街に似つかわしいとは思えないこれらブルジョア文化と貴族趣味の混淆物にして残滓は今では専ら国際会議の議場や展覧会場等として用いられている。ハーベスター生産で大成功したある実業家が1910年代に蒐集した骨董品の陳列場と冬の別荘を兼ねて建立させたヴィスカヤ宮殿などその代表例だ)

 

アリス・バンドでまとめたつややかな長い黒髪の少女、セリア=ヴォルケンフルス(雲川芹亜)が年代物の調度品でまとめられた応接間のロココ様式の長椅子でまどろんでいると、大広間へ通じる扉がおもむろに開かれた。

ゆったりとした薄いTシャツにパンタロンといった出で立ちのその少女は蝶番のきしむ音で目を覚まし、けだるげに眼を開いてぼんやりとそちらに目を向けた。

扉から出てきたのは、上品で小綺麗ながらもいかにもアンティーク品が似合いそうで今にもカビの臭いが漂ってきそうな古めかしい礼服姿の老人。身を包んでいる老人自身もいかにも紳士らしい気品と19世紀からタイムスリップしたような古風な奥ゆかしさを身に纏わせている。

 

「お疲れ様、ご老体。日々我々のより良い学びと暮らしのため粉骨砕身されているあなた方統括理事がいてこそのアカデミック・シティ、全く頭が下がる思いですわ」

 

「心にもないお世辞は結構。第一そのようなだらけた姿勢で言われても全く心に響かんよ」

 

 老人はセリアの軽口をいなすと白いハンカチーフで額の汗をぬぐった。まさかこの落ち着いた雰囲気の老紳士がアカデミック・シティを運営する12人の代表からなる統括理事会の一員であるなどとは傍目からは到底思えないだろう。

20年前のトリエステや戦間期のダンツィヒやザール同様、国連管理下の自由地域として完全な中立と治外法権が認められているこの街において、立法と司法と行政のすべてをつかさどる唯一にして最高の意思決定機関。それが統括理事会だ。『市長』にあたる統括理事長をトップに理事長の任命した理事12名。彼らによって都市は運営されている。いわば都市の『内閣』だ。

 

「それで、『オッペラスッチョン』の重役サマは何とおっしゃった?」

 

セリアは上体を起こして背凭れに持たれかけさせながら先ほどまでの会議の成否を問うた。

 

「『オーパロ・エスタシオン』だよ……結論から言うと、取り付く島もなかった。学生への選挙権適用の見送りと理事会傘下の特別委員会設置、連中何が何でもやる気だぞ。たとえ学問の自由を侵害するとしても」老人は手近な古椅子を引き寄せ腰かける。

 

「勘弁してくれ。仮にもこの街の首脳である統括理事の一人であるアンタがそのざまでは示しがつかないのだけど。そんな頼りない理事の顧問を任されてる私の身にもなってほしい」

 

 「環カリブ・メキシコ湾経済開発公社オーパロ・エスタシオン・コーポレーション」。本部はセントオーガスティン。アカデミック・シティの運営主体であり、その事業は港湾整備からインフラの敷設、学校経営、都市開発など多岐にわたる。

前身はスペイン領時代に副王命令で設立された鉱山会社であり、19世紀には鉄道王フラッグラーのフロリダ開発を支援した。現在の姿になったのはニューディール以降。

合衆国連邦政府の出資が5割、米開銀(BID)が3割、残りの2割がメキシコや英国やスペインから。公企業でありながら同時に多国籍企業や国際機関の面をも併せ持つ奇妙な企業である。統括理事もうち三人が彼らの推薦した者である。

 

「残念ながら彼らの言い分にも一定の道理はある。今月だけでも教職員のストライキ10件、学生の反戦デモ20件、労働者の賃上げデモに至っては50件だ。最近は正体不明の爆弾魔による無差別テロを始めスリだの集団暴行だの能力者による犯罪も相次いでいるしな。さらに能力開発施設から流出した薬物を目当てに各地からヒッピーやらギャングが集まりさらに治安は悪化する始末。『赤狩り』の時代には『共産主義者』と認定された人々が大勢ここへ逃げ込んだ事実も連中に正当性を与えてしまっている――『全ての政治的しがらみから自由であるべき前途多望な学生たちの健全な精神が、ボリシェヴィキの有害な思想に毒されるような事態は、何としても避けねばなりますまい』。奴はそう言っていた」

 

「『ボリシェヴィキの有害な思想』ね……」

 

「気に入らんかね。別に毛沢東を支持してるわけでもなかろうに」

 

「この国の自由と民主主義を貴ぶ立場として多少は。そいつらのほざく『政治的しがらみからの自由』とやらは今の今までまともなためしがなかったし、そもそもそういう物言いが既に自由とは程遠いのだけど。似たようなこと抜かした奴らがつい20年ちょっと前に何をしたか……」

 

 セリアはそれまで浮かべていた嘲るような薄い笑みを急にやめて怒りに満ちた表情になった。そして老人の方へ向き直り、そちらへ左肘をぐいと突き出した。老人のほうからは、既にだいぶ薄れていたとはいえしっかりと彼女の腕に刻まれた囚人番号の刺青が見えた。一瞬老人の顔に驚きの表情が浮かんだ、が、一瞬申し訳なさそうな顔になってからまたすぐに元のきりっとしたものに戻った。

 

「そういえば君は生き残りだったな。思い出させてすまなかった」

 

「気にしないでくれ。アンタは何も悪くないのだけど、ドクター・シェルマウンド(貝積)?」

 

 また冷笑的な表情に戻るセリア。

 

「しかし参ったな。今後はより一層非人道的な実験も増えるだろうし、学生が新たにこの街へ来る際の審査も格段に厳しくなるだろう」

 

「全く馬鹿げてるよ。連中が能力の適性がなかった『置き去り』を大勢人体実験やら強制労働で使いつぶしていることや国内外から低賃金労働者をだまして拉致してること、『暗部』の非合法実験向けの人身売買に関与している事実などを指摘してやればよかったんだけど」

 

「確たる証拠がない現状では連中は決して認めようとはせんだろう」

 

「あるいは直接重役の弱みを握って揺さぶりをかけるなんてどうだ?例えば今回の話し相手。私の知り合いの風紀委員にアイツに実の父親殺された奴いるのだけど」

 

「全く……君の考えることは相変わらずろくでもないな」

 

「この世がろくでもないのが悪いんだけど」

 

 会談の相手はイングランド系フランス人のキネシック=エヴァーズ公社理事。元フランス海軍大佐で、参謀本部勤めの身分でありながら秘密軍事組織(OAS)による反乱に加担した罪で軍籍をはく奪されたといわれている。

 

姿勢を直し、改めて長椅子にどっかと腰掛け尊大そうに足を組む。

 

「しかし、一応あそこの経営陣は自称『円卓の騎士(笑)』の末裔サマ方で固められている筈なのに勤続年数と勲章の数くらいしか取り柄のなさそうな能無し制服野郎の入り込む余地がいったいどこにあったのやら」

 

「大方金を積んだかよほど汚いことをしたのだろうよ――しかし、どうしたものかね。連中の独裁政権樹立までの秒読みが始まるのも時間の問題、ヒーローでも出てきてくれん限りお手上げだ」

 

「ヒーローねぇ」何かを思い出したかのようにクスクスと笑い出したセリア。

 

「またろくでもないことを思いついたな」

 

「いいや別に。ヒーローならサートン校の我が後輩の一人に心当たりがあることを思い出しただけだけど。どうかね、彼の力を借りるなんてのは……」

 

 

 

―――

 

 

 

「そして、現在クリフ大学の名誉教授を務めておられるJ=B=ライン博士によって、心理学として『能力』の科学的な研究が始められたのが、今から40年前の1927年。ノースカロライナ州デューク大学でのことです。当時のライン博士は講師(インストラクター)の地位にあり、ウィリアム=マクドゥーガル教授の助手として赴任しました」

 

 何の変哲もない、ごく普通の授業風景である。教壇に立った教師が黒板や配布資料を用いて講義を行い、生徒たちは整然と並べられた席について黙々と―何名かはやる気のなさそうな表情で―それを聞く。夏の強い日差しが南向きの窓から差し込む中、いつもと変わらずに授業は続く。ただし、席の数に反して生徒の数が少なく、まばらである。そして、何よりも驚くべきことは、教壇に立ち、黒板に重要事項を書き込んでいるのが10歳にも満たないように見える幼い少女だということである。

 

「彼は、1934年に発表した著作において『超感覚的知覚(ESP)』という言葉を初めて使用し…」

そこで幼女は不意に言葉を切り、教室を振り返った。後方の席で、授業そっちのけでうたた寝をしている者がいる。机に頬杖をついてうつむいており、一見教科書を眺めながら考え込んでいるようにも見えなくはないが、時折首ががくんと上下に揺れ動いている。

 

「カミジョーちゃーん? 居眠りは先生の授業ではご法度ですよ~?」

 

「ほら、起きろよ。彼女を待たせるもんじゃないぜ?」

 

「うぅーん……」

 

クラスメイト達が耳元で話しかけたり揺さぶったりしてもどこ吹く風とばかりに夢の世界に耽り続けている。全く聞こえていないのだろう。この少年こそつい先ほどの乱闘のもう一人の当事者、トーマス=カミジョーである。

 

そうこうしているうちに、突然頭上に雨が降り注いだ。

 

「わっ!? な、なんだ!?」

 

 慌てて跳ね起きて周囲を見回し、そして頭上に目をやり水が天井の消火用スプリンクラーより注がれているのを発見する。どうやら故障か何かで誤作動したようだ。

 

「やれやれ、スプリンクラーが突然頭上で壊れるなんて、相も変わらずトミーはついてないぜい」

 

「それより見ろよアイツ。水も滴るいい男ってか?」

 

 全身濡れ鼠になったトーマス。自慢のトゲトゲした髪もすっかり濡れて垂れてしまった。そんなみすぼらしい姿にクラス中がドッと大爆笑。

 

 そんな中、教科書やノートの類もびしょぬれだろうなとぼんやり考えながら彼はただこう独り言つのだ。

 

不幸だ……」(ケ・マラ・スエルテ)

 

 

 人類が初めて月に降り立ってからはや7年。依然として熱核戦争の脅威をはらみつつ東西諸国はつかの間の平和と繁栄を享受していた。米ソ両国主導の軍拡や宇宙開発競争の棚上げを背景とする学術・技術交流およびそれに伴う文化交流による相互理解。それらが進んだことによってキューバで対峙していたころよりも格段に第三次世界大戦の危機は遠のいたのだ。両陣営の友好は同時にさらなる技術革新の呼び水となり、より人々の生活水準を底上げすることとなった。その一連の緊張緩和(デタント)の中心を担ったのが米英ソ三国に置かれた諸々の学術機関や企業であり、中でも最も強い影響力を有していたのが北米のある三つの都市である。

 

 一つはモハーヴェ砂漠の広大な人跡未踏の荒野を最先端の灌漑技術を持って切り拓いた第一都市、二つは極北アラスカの原野の真っただ中に建設された経済効果の実験施設である第二都市『ショッピングセンター』、そして第三都市たる『マイアミ・デイド独立合同統一学区』。

この全米一、いや世界一の新興都市(ブームタウン)群にして世界最先端の科学技術を日々次々と生み出し、20世紀の目覚ましい文明の発展を支えている『完全独立教育研究機関(the Completely independent educational research institution)』にはもう一つ特筆すべき特徴がある。三位一体とも称されるこれらの街で開発された多くの革新的技術のうち、最も重要だと見なされているのが、思い込みの力で超常現象を引き起こす『超能力』の安定した開発技術である。そして、その超能力を開発するために世界中から子供を集めているのであり、また集まってくるのだ。これらの街の売りである世界最高水準の教育を受けるために。

ありとあらゆる教育機関・研究組織の集合体であり、学生が人口の8割を占めるこれらの街は、その実態に違わず『アカデミック・シティ』、すなわち学園都市と呼ばれているーー。

 

 

 

 

 

 

 

 




第二話です。
序盤は科学サイドの主な登場人物の紹介回がしばらく続きます。


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Michaela’s dissatisfaction

エヴァーグリーン・ハイツ校。南北戦争よりも早く解放奴隷やインディアンの子女にも門戸を開いた初の女学校としてトロントに開校してから間もなく130年を迎える、都市にある中で最古の名門女子寄宿学校(ボーディングスクール)

 

 

 意外なことに、アカデミック・シティが出来るまでは大恐慌以来運営体制の硬直化や他校との競争への敗北による入学者の減少など寄る年波に勝てず年々経営状態が悪化し続け、あわや経営破綻という瀬戸際だったらしい。

 当時MKウルトラ計画の責任者の一人であったロリタ=セレーノ博士が新たに校長に就任した縁で能力開発を受けた女子生徒の受け入れを世界に先駆けて試験的に開始したことで超能力開発ビジネスへの参入に成功。

 

 

 それからというものL3の強能力者(フォール)以上の能力者でなければ受け入れないなどとお高く止まるようになり、名門能力者学校ということで世界各国の政財界の要人の子女や良家の令嬢なんかが集まるトンデモお嬢様学校と化した。

 

 

「今度の生徒会選挙、果たしてどのようなお方が立候補なさるのでしょう」

 

 

「生徒会長に選出されることは国際社会へのアピールにも繋がりますものね。前回にはシッキム王女のナムゲル様と旧ベトナム皇女のグエン様がしのぎを削られましたが……」

 

 

 寮と校舎を繋ぎ中庭を取り囲むように設えられた回廊を歩いていて聞こえてくる会話もこんな浮世離れした内容。そしてこんなのが200人近くも集まっているのだ。そんな場所が私の母校。

 

 

 生徒数約200人の内訳は都市最強のL5が2人、それに次ぐL4が47人、それ以外は全員L3。その気になればいつでも1814年の英国軍よろしくホワイトハウスを丸焦げにできるだけの総戦力を有するとかいわれていてペンタゴンは戦々恐々しているらしいが宜なるかな。

 もしこんな化け物連中が「民主社会学生連合(SDS)」だのブラック・パワーだのと連携しだしたらひとたまりもないだろうから。尤もこの学校に在籍しているのは揃いも揃ってノンポリばかりだ。

 

 

 

 

※アカデミック・シティにおける超能力は、主に六段階にわたって評価される。

 

 全能力者人口のおよそ6割強を占め、能力が全く発現しないかごくわずかしか出すことのできない無能力者(アンカパシテ)をLevel0とし、そこから能力の強弱に応じ

Level1相当の低能力者(フェーブル)

Level2相当の異能力者(プヴォワール)

Level3相当の強能力者(フォール)

Level4相当の大能力者(プリュ・フォール)

と段階が上がっていき、ピラミッドの頂点に位置するのが都市に七人しかいないLevel5相当の超能力者(シュルナテュレル)である。一般的にはLevelの頭文字L+数字という形で呼びならわされる。

 

 

エヴァーグリーン・ハイツ女子校マイアミ分教場 ヴァンダービルト記念寮ーー

 

 エヴァーグリーン・ハイツ校は第一都市の『学舎の園』におかれた本校とここ第三都市におかれたマイアミ分教場に二分されている。分教場とは言えその規模はけっして小さいとは言えず、開校にあたりビスケーン湾に新たに造成された人工島を丸々一個占拠している。

 

 

 島そのものが学校の敷地であり一部の例外を除いて男子禁制。ものすごい要人の娘もいるためか警備体制は厳重そのものだ。まず島全体が物々しい石造りの城壁に囲繞されており、砲台まで据えられている。わざわざセミノール戦争や南北戦争、米西戦争なんかで使われていた要塞を移築・改修して再利用したらしい。島と本土を繋ぐ橋は一か所にしか架かっておらず、両端のゲートには常に銃剣を携えた警備員や風紀委員が誰かしら歩哨に立ち、地図や航空写真すら非公開という徹底ぶりだ。

 国境地帯も顔負けの厳戒態勢が功を奏してか今の今まで不純異性交遊や性犯罪の類はゼロだ。そもそも海を泳いでまで夜這いをかけたがる者がいるのかどうか。

 

 

 そもそもなぜ学校が二都市に分かれているのか。利便性を考慮した区分らしいが、何よりの狙いは……当校に在籍する超能力者(L5)二人を分断し結託してことを起こすことを防ぐことだ。そしてその一人が私。そう、アカデミック・シティ第三位の超能力者にして都市最強の電撃使い、『超電磁砲(ジ・レールガン)』とは私のことだ。

 

 

 島に入ってまず目に入るのが、大理石でできた三階建てのルネサンス様式の館。我が校の学生寮、つまり我々生徒の仮住まいだ。名前の通りコーネリアス=ヴァンダービルトの娘さんがこの学校のOGだった縁でヴァンダービルト家の別荘だったのを寄贈されたのが始まりらしい。

 元は18世紀の領主の居館だったり大陸軍の兵舎だったりした年代ものの文化財で、国指定歴史建造物にも指定されていたはず。学校のランドマーク的存在であり、学校がアカデミック・シティに移転する際にわざわざ一緒に移築されるくらいには大事に思われている。

 とは言え今や古いのは外観だけ。学校全体の警備体制に合わせ最新式のセキュリティを備えたものに改装されている。まず入館する際には正面玄関のカメラ付きインターホンを介さなければならない。ドアの横のニューメリックキーに部屋番号を入力し呼び出しボタンを押す。すると備え付けのスピーカーから同居人の声。

 

 

「お姉様ぁぁぁぁぁん!! お帰りなさいませぇぇぇぇ!! お待ちしておりましたのぉぉぉぉ!!」

 

 うんざりしながら待っているとガチャリと大きな金属音。インターホンと連動しているオートロックの解除された音だ。今のところここにしか導入されていない最新防犯技術。

木製に見えてその実炭素繊維製の頑丈なドアを押し開けるとその先はホテルのロビーにも似ただだっ広い大広間だ。左右にも廊下が長く伸びているが私はそれを無視し、床に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめ中央奥の階段を目指す。向かう先は208号室、つまり2階だ。途中何人か友人とすれ違った。

 

「あら、モハカ様ごきげんよう」

 

 疲れていて長話する気になれなかったので軽く挨拶だけしてやり過ごしてから階段を上り、その先の廊下を進むとすぐに自室の入口である木製のドアが見つかった。ノックすると内側から声。

 

「鍵なら開いておりますの」

 

 金色のドアノブを握り押し開けるや否や何者かが高速で飛びついてきた。

 

「お姉様ぁぁぁぁぁん!よくぞご無事でお帰りあそばされましたのぉぉぉぉ!」

[newpage]

 あの男、いったい何者?

 

 今日も今日とて勝負を挑むも手も足も出ず軽くあしらわれてしまった。5億Vの雷撃も、砂鉄の剣も十八番であり私の代名詞でもある超電磁砲(ジ・レールガン)すらほぼ完璧に防ぎ切った。右手一本で。こっそりマイクロ波を出して内側から茹で上げてやろうかとも思ったが恐らくあの右手にすべて阻まれるだろう。

 

 あの右手。一体何なのか。

 飛びかかってきたルームメイトに頬ずりされる瞬間まで頭の中ではそんなことを考えていた。

 

 

「この鍛え抜かれた筋肉とつつましいお胸は紛れもなくお姉様(My lady)の証! ご無事でなによりでごさいましたのぉ~! 何だか汗をたくさん掻かれたようでございますからお風呂のご準備をいたしまsびぶるちっ!」

 

 

 急に目の前に現れ、強く抱きつきながら胸元ををまさぐったりうなじの臭いをかいできたために私の電撃をまとったタックルでベッドまで吹っ飛ばされたこの少女の名はクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。私より一学年下の7年生で、能力は大能力者(L4)相当の瞬間移動(テレポルテ)。いわゆる空間転移能力者(テレポーター)ってやつ。その気になれば時速288㎞で移動できるというから驚きだ。

 

 

 本学内に置かれている風紀委員活動エヴァーグリーン・ハイツ支部第3隊に所属しているが、最近は専ら第1団第7隊第7班のほうに出張して活動を共にすることが多い。本来の任務は校内の治安維持や生活指導であるため、それらの越権行為のために毎日始末書の山に追われている。むしろ書いていない日を見たことがない。

 そしてこの娘にはもう一つ困った性癖があるのだ。

 

 

「全く……別にそういうのを否定する気はないけど最低限時と場合はわきまえて欲しいわね。私疲れてるの。分かる?」

 

 

「た、ただのスキンシップでございましたのに……」電撃による(致死量の電流ではない、ごく軽いものだ)痺れで回らない呂律で弁明する。

「このクロエはただ、ハグをしていただきたかっただけで別にそんなつもりは……」

 

 

「無理して取り繕わなくていいわよ、アンタがレズだってもうみんな気付いてるから」

 

 

「断じて違いますの! これらの行動はひとえにお姉様を敬愛するがゆえに取ってしまうもの! ほかならぬお姉様にしかいたしませんのよ」

 

 

「ハイハイ、わかりましたよ」

 

 

 実際はどうだか。

 彼女の困った欠点、それは私の大ファンだということ。いつからか知らないがなぜか私のことを猛烈に尊敬し始め、いつしか崇拝の域にまで達していた。今じゃ私の露払いを自称しだす始末。

 

 それだけなら私としても悪い気はしないし、むしろ目標をもって生きているのなら健全といえるかもしれない。ただ困ったことに、この娘はあまりにも私に心酔するあまり度を越したスキンシップを要求してくるのだ。屋外でお菓子を購入すれば接吻(ベーゼ)と称して自分が口にしたものを食べさせてこようとしたり、今のようにことあるごとに抱き付いてきたり胸を揉んできたり。今では少なからぬクラスメイトの間で「あの二人はできている」なんて噂が立っている。私まで同類扱いだなんて冗談じゃない。

 

 

「まあいいわ。とにかく今日はもう疲れちゃったから少し早いけどシャワー浴びてくるわ」

 

 

「少々お待ちくださいまし。バスタオルやお着替えをご用意いたしますので」

 

 

「自分で用意できるから大丈夫よ。というかむしろついて来ないでほしい」部屋にある二つの衣装箪笥のうち自分のからバスタオルや替えの下着や制服などを取り出す。

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

ふと、懐に隠していた物の存在を思い出したので手近な机の上に置く。

 

 

手榴弾と拳銃。帰路の途上で伸したチンピラから取り上げたものだ。

 

 

「これ、お土産よ。最近世の中物騒になってきてるし、いい加減アンタんとこももう少し武装強化した方がいいんじゃないの?」

 

 

机の上の押収物を見た途端、クロエの表情が曇った。

 

 

「お姉様、また喧嘩をなさったのですか? あんなことがあった直後なのに」

 

 

「怪我はしてないから平気よ。多分相手も平気。ああいう手合いは身体だけは頑丈だから」

 

 

「違いますの! この街の路上においてお姉様にかなうものがいないことなど百も承知!」

 

 

「じゃあ何だっていうのよ」

 

 

クロエは二度ほど深呼吸してから言った。

 

 

「お姉様、もういい加減あの殿方ともめ事を起こしたり無暗矢鱈とそこかしこで私闘や乱闘をお起こしになるのをおやめくださいまし」

 

 

「何よそれ」

 

 

「あまり羽目を外しなさると風紀委員としても庇いきれませんの。それに、何が起こるかわからないのですからあまり危険なことをなさらないでくださいまし」

 

 

私はやや憤慨して言った。

「何よ、私が悪いって言いたいわけ? 身の程もわきまえず無謀に突っ込んでくる連中に教育して立場をわきまえさせてやるのがそんなにいけないの?」

 

 

「そのようなお考えこそが問題に他ならないんですのよ……それから勝手に事件やトラブルに介入なさるのもおやめくださいまし。お姉様は権限のない一般人なのですから今後は風紀委員と警備員にお任せを」

 

 

「権限ですって? 法執行機関が聞いてあきれるわ。あんなボーイスカウトもどきと教師の片手間の自警団で守れる平和がどんなものなのか教えてもらいたいわね」

 

 

クロエはやにわに立ち上がり私を指さしながら言った。顔も紅潮しているようだ。

 

 

「聞き捨てなりませんの! 日々都市の治安維持のため、人々が枕を高くして眠れるよう粉骨砕身しているわたくし達への侮辱は断じて許せませんわ! そもそも貴女方L5が我が物顔でふるまえるのもひとえに上からのお達しで見て見ぬふりしているからに他なりませんの! それに、この際言わせていただきますが、強さにこだわることははっきり申し上げてお姉様の悪癖ですの!」

 

 

「強さにこだわって何が悪いの? アタシが自分の努力で手に入れたこの強さにこだわることの何が悪いのかご教示願えませんか『ミス・ホワイトスプリング』?」

 

 

二人とも特段声を張り上げているわけではないからあの寮監の耳に届くことはないだろう。しかしそれでも口喧嘩が白熱しているのは事実。その後10分ほど言い争っていたろうか。

 

 

「とにかく!お姉様は都市最強のL5の超能力者ですのよ! それ相応の責任感をお持ちくださいまし! 今回の件にしてもL5だからおとがめなしで済んだようなものなのですのよ!」

 

 

「自覚してるわよ! だからアンタらにできないことを代わりにしているんじゃない! 悔しかったらアンタもアタシみたいに強くなることね! もっと努力してさ!」

 

 

 そう言い放つとバスタオルや着替えを手にした私はバタンと音を立てて部屋のドアを閉めながら外に出た。

 

 

 そして私は、クロエが私の後ろ姿をどんな思いで見送り、私が去ったドアの方をどんな思いで眺めていたかなんて知る由もなかったのである。

 

 

「お姉様……クロエはお姉様を愛するが故に申し上げておりますのに……これ以上ご無理をなさってもし万が一のことがあったら」

 

 

 

 言い過ぎた。浴室にたどり着いて湧き上がる猛烈な後悔の念。

 

 最近気が立っているためか、つい強い口調で言い返してしまうのだ。こう苛立っているのもひとえにある男のせいなのだがそんなことはあの娘には関係ないだろう。

申し訳ないやら極まりが悪いやら、どんな顔をして部屋に戻ればいいのかわからない。    

くよくよ悩んでいても仕方ない。和解の方法については汗と垢を洗い流しながらゆっくり考えるしかないだろう。

 

 

 実際クロエの言っていることは正しいのだ。

超能力者。超能力研究による産物の中でも最高傑作と言われ、都市の多くの学生や外の人々から憧れと羨望の眼差しを向けられる花形。しかし実際は多くの人が考えているほど簡単な代物ではないのだ。

階級名と5の数字が示すものは、軍隊とも対等に戦え、その気になれば北米の安全保障をたった七人ですべてまかなえてしまうとされる絶対的な強者。人間の範疇を大きく飛び越えてしまった『兵器』なのだ。

 たとえば私の場合、電気の最大出力は10億ボルトにもおよび、それに伴い磁力操作やマイクロ波での料理なんかもお手の物。極めつけが超音速でコインを砲弾にして撃ち出す『超電磁砲(ジ・レールガン)』だ。

ここで学期末の能力測定での記録をご参考までに。

 

弾丸初速3379ft3.181164in/sec

連発能力8発/min

着弾分布3/4in

総合評価A

 

 自慢じゃないが海を緩衝材にして思い切り手加減したうえでこれである。本気を出したらどうなるのか自分でもわからない。

 

 ましてや私は、名門の中の名門と称されるエヴァーグリーン・ハイツのエースとしても都市の中でも外でも広く顔と名が知れ渡っている。『〇ォーグ』や『〇ーパース・〇ザー』の表紙に取り上げられたこともあるし、今や能力者たちのオピニオン・リーダーといえば私、みたいな図式が出来上がりつつある。 

 当然その双肩にかかる責任の重さは力を持たざる人々の比ではない。本来ならばそう簡単に能力を行使してはいけないのだ。超能力者ほどになれば国家権力すらおいそれと手出しはできなくなる。様々なトラブルを起こしてもお目こぼしをもらえていたのもどうにも抑えようがないからやむを得ず黙認されているだけだ。

 

しかし、一方で、こうも思う。

 

「あの娘には分からないでしょうね……」

 

 

私が強さになぜこだわるのか。そして、目下私の最大の懸案事項であるあの男のことも。

 

入浴中、私は思索に耽ることが多い。ここぐらいしか気の休まるところがないからだろうか。

シャワーの切替弁で温度を調整してからカランをひねりお湯を出す。頭上から優しく降り注ぐ程よい温かさの雨を浴びながら、私は過去を思い起こししばしの間回想の旅に出た。

 

 

 私の家はスペイン人移民と黒人解放奴隷の混血、いわゆるムラートの家系だ。

 19世紀以来代々キューバ東部のオルギンで製糖工場を営んでいて、ハバナにも事務所を構えるくらいには繁盛していたが、一方で五代前の当主がホセ=マルティの同志だったこともあってこういう階級としては珍しくリベラルな家風だった。社員たちの福利厚生にも気を遣っていて彼らからの人望も厚かったらしい。

 

 

 秘密裏にモンガダ兵営襲撃者をかくまうなど当初から革命に好意的でカストロ亡命後も惜しみなく資金援助を行っていたが、時の独裁者バティスタにそのことがばれ、資産を差し押さえられ一族まとめて投獄されることになった。せめて一人でも生き残ってほしいと最も幼かった私だけかろうじてアカデミック・シティに入学させる形で逃げ延びさせることに成功した。1958年、革命軍の本格的な攻勢が始まった年だ。

 

 

 私は後ろ髪を引かれる思いでフロリダにわたり、タンパ(当時はまだ諸々の機関が各地に分散していたのだ)にあった空軍の研究所にて初めて能力開発手術を受けた。当初の能力強度はL1。手の中で小さな火花を出すのがやっとだった。こうしている間にも祖国の情勢は刻一刻と変化している。家族が気がかりでならない。ほかの同年代の女の子たちが遊んでいるのをしり目に必死で勉学と訓練に励んだ。パパとママを、他の家族たちもみんな必ず助け出すんだと必死だった。

 

 

 その甲斐あってか強度はわずか1年足らずでL3まで上がった。L4に上がるためのカリキュラムに本格的にとりかかろうとしていた時、ハバナ陥落の知らせが届いた。間もなく各地で獄に繋がれていた一族の者たちも(ただし処刑されたり獄中死していないもののみ)次々と解放され始めた。

 没収された会社や財産も再び戻ってきた。ただし、一部のみが。仮に帰ったところでもはや以前のような暮らしは望むべくもなかった。極めつけが社会主義化に伴う企業の国営化だ。戻ってきた工場も再び接収されることになった。革命を支援していようが関係なしだった。

 

 

 数年ぶりにパパとママに再会したとき、ものすごくやつれた様子で目にも生気がなかったのを覚えている。投獄されている間の扱いはそれはひどいもので、私と1つや2つしか違わない二人の姉も収容所の中で衰弱死していた。

 一族の間でも新体制に迎合するか祖国を捨てて新天地にわたるかで意見が分かれた末離散することになったらしい。パパとママの場合は家族も仕事も財産も奪われた今、もはやあの国には何の未練もないとそのままアメリカへ亡命することを選んだ。

 

 

 以来私は、以前にもまして能力開発と勉学に励んだ。一刻も早くレベルを上げ超能力者の域に到達するためだ。私が非力なばかりに肝心な時に家族を守れなかった。弱者の地位に甘んじていては奪われるだけだ。これから私は強者の位置に立つ。二度と奪わせないために。そういう気持ちだった。そしてそれを今でも忘れていない。

 

 

 おっと、シャワーを長く浴びすぎたようだ。そろそろ身体も洗わなくては。備え付けのスポンジに水を含ませ、これまた備え付けの石鹸を塗りつけてブクブクと泡立たせ、それを皮膚に擦り付ける。

 

 

 私は努力でL1からL5に這い上がった今のところ唯一の事例らしい。たいてい能力の強さは当人が生まれついて持つ才能に大きく左右されるからだ。実際私は人一倍努力してきたと自負しているし今の地位や強さもその賜物であると理解している。

 

 

思えばいろいろなことがあった。黒人の血を引いているからと謂れなき差別を受けたこともある。遊んでいる同世代の女の子の後姿を羨まし気に眺めながらぐっと涙を飲んで堪えたことも一度や二度ではない。

 

 

 2年ほど前に念願の超能力者になってからは今までのように理不尽な目に遭うことも無くなったし自由な時間も増えた。友達とも遊べるようになった。

 しかし、残念ながら友達らしい友達はできなかった。レベルを上げていくにつれて人の見方も変わっていき、自分よりも強さの劣る世の大多数の人間に対していつしか冷めた視線を送るようになってしまっていたからだ。自分の努力不足を棚に上げて不遇を嘆く、そんな人たちと私は違う。彼らとは比べ物にならない努力を自分はしてきた。

 

 

 当然こんな姿勢では友達など望めそうもないし、あまつさえ街を歩いていると突然勝負をふっかけられるようにもなった。いわゆる有名税ってヤツだろう。私を倒して名を上げようとする野心家達だ。そんなことをしても自分が強くなるわけじゃないのに。もちろん完膚なきまでに叩きのめす。

 

 

 けれどもそんな日々にも私は満足していた。頂点に君臨するものはいつだって孤独だと相場が決まっているから。

 

 

彼と出会った日もちょうどそんな感じだった。

 

 

「なあ嬢ちゃん、暇だったらおいら達と遊ばねえか?」

 

「帰りも送ってあげるよ。ま、いつ帰れるか、そもそも帰れるかわかんねぇけどヨ」

 

 

 ひと月前、野暮用で『旧市街』のほうへ出ていたら例によっていかにもガラの悪そうなゴロツキ連中にナンパされたことがあった。筋肉隆々とした大男だの明らかに目の焦点が定まっておらずヤク中だと見て取れる男だの。

 

 

「こいつァ中々の上玉だナ。おまけにあの制服から察するにエヴァーグリーン・ハイツだぜあのスケ。金もたんまり持ってそうだ」

 

ひそひそ話のつもりなんでしょうが全部聞こえてんのよ馬鹿。

 

 私を猫なで声誘いながら一方で金属バットだのナックルダスターだの凶器をしきりにちらつかせてくる。逆らったらただじゃ済まさないという意思表示か。まさかこのタイミングで私の大嫌いな人種とかち合うだなんて、運のなさため息が出そうだ。

 

群れれば己の弱さを誤魔化すことができると信じて疑わない猿ども。

 

 向上心も持たず上へあがろうとする努力もせず、才能のなさを免罪符にし弱者の地位に甘んじている奴。

より弱い奴をたたいて憂さ晴らしすることで己の精神の惰弱さから目をそらし続ける奴。

 

反吐が出そうだわ。

 

 目下一番不幸である私のことを気に留める通行人はいない。時々憐みの視線を送られるがそれだけだ。そりゃそうだ、ここに割って入ったところで力になれるわけないって彼らが一番理解しているはずだ。誰しも自分の身が大事、それが世の常。見ず知らずの人間のために体を張れるのはよほどの馬鹿者だけ。

 うんざりして電撃で全員追い払おうとしたその時、

 

「おおいたいた、まさかこんなところにいたなんて。ダメじゃないか急に別行動取ってはぐれたりなんてしちゃあ」

 

 

白のポロシャツと黒のチノパンを着た、とげとげしい髪型が印象的なそのアジア人の少年は突然愛想笑いを浮かべながら現れ、いきなり私の手を取って去ろうとした。

 

 

「いやぁー連れがお世話になりましたー…ささ、通して」

 

 

「ち、ちょっと? アンタ誰よ? 急になれなれしく」

 

 

「いいから話を合わせて! 君を知り合いのふりをしてここから自然に連れ出すんだよ」

 

 

「余計なお世話よ! 私一人でも打開できるわ!」

 天下のエヴァーグリーン・ハイツも舐められたものだわ。

 

 

「無理だって! いいから俺に任せて……」

 

 

「なんだテメェ、人様の楽しみに水差してんじゃねぇよ」

 

 

「ああクソ、作戦変更か」

 

 

「俺らのやり方になんか文句でもあんのか」

 

 

「ああ、大ありだね」

 もう彼の顔にはニタニタした笑みは張り付いていなかった。

 

 

「恥ずかしくねぇのか? 大の男が大勢でこんな幼い女の子を取り囲んで」

 

 

「なんだと?」

 

 いた。ここに。身を挺して人のために戦える馬鹿者が。ヒーローとは彼のことを言うのかもしれない。軽く感動をおぼえ、後でお礼を言おうと考えていると、彼は続けていった。

 

 

「大体エヴァーグリーン・ハイツって言ったら全世界の貴顕や重鎮のお嬢様方が通うところなんだ。いわゆる深窓の令嬢ってやつさ。そんな『右も左もわからない箱入り娘』を『寄ってたかっていじめちゃ』ダメじゃないか。それもこんなたおやかな子を。まあ『反抗期で多少ははねっ返りな気質のあるじゃじゃ馬』なのかもしれないけど、気が動転しているだけだよ多分」

 

 右も左もわからない箱入り娘……?(この私が、こんな虫けら共に)寄ってたかっていじめられる……? それに今コイツ私のこと「反抗期で多少ははねっ返りな気質のあるじゃじゃ馬」って言わなかったか? 年下だって見下している?

 

 

「レディにはもっと接し方ってもんがあるだろうよ。道に迷ってるかもしれないんだぞ?『うぶ』で『世間知らず』で『物価にも疎い』お嬢様なんだし。そんなにすごんじゃ可哀そうだろうが、どうせなら恭しくお茶にお誘いしてエスコートするとかだな……」

 

うぶ……?世間知らず……?私が買い物に行かないとでも……?

 

腹の底からふつふつと何かが沸き上がりだした。それは会話を聞くうちにどんどん熱く激しくなった。

 

「さっきから言わせておけば……」

 

 私の様子に誰も気づかないみたいだ。空を見上げると黒い雷雲が次々と頭上に集まってきている。

 

「そう言えばこいつフォックス=ワードじゃね?」

 

 

「そういわれてみれば確かに見おぼえある顔だ」

 

 

「言い残すことはそれだけか、『偽善者』?」

 

 

「まだあるぜ。お前らみたいに徒党組まなきゃこんな『健気で』『か弱い』『可哀想な』お嬢様も相手にできない腰抜けはむかつくんだよ」

 

 

ついに臨界点を超えた。私は『か弱く』も『健気』でも『可哀想』でもない……!

 

 

「私が一番むかつくのは…」

 

怒気をはらんだ声に皆一斉に振り向くがもう遅い。

 

 

 

 

「オマエだああああッ!!」叫ぶと同時に放電した。

 

 

 やってしまった。いつもの癖でこんな雑魚ども相手にムキになって『雷』を落としてしまった。

眩んだ目が見えてきたとき、まず視界に入ったのがチンピラ共が全員倒れ伏している光景だった。髪も服もチリチリに焦げて、全員気を失っているのかピクリとも動かない。そして壁も路面も煤で真っ黒だ。焦げ臭いにおいも漂っている。

 クロエに何時間説教されるんだろうか。

 

 

頭を片手で押さえながらゆっくり視線を動かすと信じられない光景が目に入ってきた。

 

 

 

「っぶねー……なんだったんだ今の、ビリってきたけど……雷?」

 

 

言うに事欠いて好き放題のたまってくれた例の男だけは傷一つ負わず、何事もなかったかのように立っていたのだ。

 

 

「おお、びっくりした。な、言ったろ?何が失礼に当たるかわからないんだから言葉遣いにも気を遣わないといけないんだよ、さもなきゃまた同じ目に遭うぞ。まあそれはさておき……」

 

 

 私の視線に気づいて振り返ったソイツは開口一番に、

 

 

 

「何者だオマエ!」

 

 

 

「それはこっちのセリフよ! なんであの状況で無傷で居られるわけ?」

 

 

私の電撃は都市最強、当然同じL5以外に止められる人間などいない筈だったのに。

 

 

「なあ、俺は助けに来たんだぜ?俺まで攻撃するなんてそりゃねぇだろうよ」

 

 

「余計なお世話よ。だから言ったじゃない、自分で打開できるって」

 

 

 試しに二、三発ほど電撃を飛ばしてみたがことごとく右手でかき消されてしまった。

 

 

「アンタ、何者?超能力者の攻撃を打ち消せるなんて只者じゃなさそうだけど」

 

 

「いや、能力って言って良いのか、な……? 『身体検査』では毎回L0ってことになってるけど……」

 

 

「ゼロ……?」

 

 

あれで無能力者らしい。そんな馬鹿な話があるか?

気付いたら彼はどこかへ逃げ去っていた。

 

 これが彼との『馴れ初め』だった。私は俄然彼に興味がわいた。彼の強さの秘密を何がなんでも暴いてやろうと気負っていた。

 

 

 しかし毎回勝負を申し込むたび今日のように適当にあしらわれ続けている。夢中になりすぎて一晩中追い回したこともあったがそれでもまともに取り合ってもらえなかった。

 それでも分かってきたことがあった。あの右手だ。あの右手にかかれば能力由来の攻撃は全て打ち消されてしまう。但し能力で動かした慣性だけは打ち消せないみたいだ。

 

 

 おっと、手が止まってしまっていた。思索に耽り過ぎるのも考えものね。とにかく今言えることは、目下の目標はあの人に勝つこと。こればかりは譲れない。

 

 

 しかし、クロエの言うのも一理ある。私が強さしか尺度を持ってない単細胞じゃないってことを周囲にわかってもらわなくては。彼もいい加減疲れているかもしれないし、お詫びもしたいわね。

 

 こういう時男性は何を贈れば喜んでくれるのかしら。服が無難?明日にでも買いに行きましょうか。

 

 

 

 

 




今回は2回に分けてこの世界における常盤台の内情と美琴の上条さんに関する気持ちについて描いていきたいと思っております。次回でみさきちも登場いたします。


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The diarchy

 浴室から出てまた制服に着替えた後、私は自室に向かって歩みを進めた。入浴中に思いついたアイデアをクロエに伝えて、さっきの口喧嘩についても謝ろう。

 

 

 ドアの前に立ちノックをする。返事はない。まだ怒ってるのだろうか。

 

 

「戻ったわよクロエ、さっきはごめんなさーー」

 

 

 

 部屋には誰もいなかった。部屋の中の様子も出た時のままだ。

 とはいえ別に珍しいことではない。大方風紀委員の方で緊急に召集をかけられたとかそんなところだろう。特に近頃は治安もだいぶ悪くなっているし。

 

 

さて、帰りを待つ間私も何かして時間を潰しますか。そろそろ夕食も近いし、外に出かけるのはやめておこう。となると……

 

 

 図書室にでも行こうか。ここの図書室は100年以上の歴史を持つためか蔵書の数も圧倒的だ。稀覯本も少なくないし暇つぶしの材料には事欠かない。何より本が傷まないよう適切な温度と湿度の管理がなされていて快適そのものだ。

 

 

 

 

 豪奢な図書室に着くと、私はまず今話題になっている『百年の孤独』の原語版を探したが、もう既に誰かに借りられていたようなので諦めてジョイスの『ユリシーズ』を読むことにし棚から手に取った。

 続いて最新の各新聞をまとめたファイルが揃えられている棚へ向かい、『ザラスシュトラ』紙の最新版を手に取り、手ごろな閲覧席を見つけて座った。

 これは複数の学区にまたがって刊行されている都市を代表する日刊の学生新聞であり、スポーツや最近の出来事に関する報道だけでなく都市伝説やゴシップなどの根も葉もないうわさや与太話にも定評がある。前途有望な若者がこんなイエロージャーナリズムに肩までどっぷりつかった売文の徒に成り下がっているなんて先が思いやられるなんて言う人もいるが私は結構面白いのでよく読ませてもらっている。さすがに購読とまではいかないが。

 話によると記者に念写能力の持ち主がいるらしい。射程内のあらゆるレンズに転用可能な物体をカメラレンズにして写真を撮ることができ、その能力を活用してネタを集めて回っているとか。そのためか他の新聞よりも情報が早く集まるらしい。それによる迅速な報道も売りの一つだ。

 

 

 第一面はやはり数日前から巷を騒がせている例の爆弾魔に関する記事だった。

いわゆる連続爆破事件ってやつ。犯人も不明、動機も不明。そもそも何を爆発させているのかも不明。現場周辺からは火薬の類は全く見つかっていないし化学反応も検知されてないからだ。犯行現場もランダムで全く法則性がない。これで政治的な理由の可能性は消えたが、裏を返せばいつどこが爆破されるか分かったものじゃないということだ。何から何まで謎だらけの怪事件。

 

「ソ連の開発した新型爆弾がキューバ経由で共産ゲリラに流れたのが原因」などという風聞まで流布するようになり、これを受けてにわかにロシア及び東側諸国からの留学生たちへも疑いの目が向けられることとなって生徒間に軋轢が広がっている。

都市内の各国の領事たちの中にはベルリンのように壁を作って隔離すべきなんて主張を始める人も出てくる始末。記事の内容はざっとこんな感じ。

 冗談じゃない。この街にいる以上みんな同じアカデミック・シティ市民だ。外の面倒な政治を中に持ち込まないでほしい。

それにしても、犯人は一体何が目的なのか。クロエ曰く何らかの能力を用いている可能性が高いらしいが……。

 幸い死者はいないものの既に風紀委員から9人以上も負傷者を出しており、これ以上子供を危険にさらせないということで風紀委員活動は休止、正義感の強い一部の生徒のみが自主的に支部に居残って活動を継続しているという状況。クロエたちのチームもその選択をして通常営業だ。立派だと思う。そして私は先ほど彼女たちに少しひどいことを言ってしまった。埋め合わせにはならないかもしれないが、できれば私が早急に犯人をとっ捕まえたいところ。でもあんなに怒られ釘を刺されてしまってはね。

 

 

 ざっと目を通したところでページをめくり、最も楽しみにしている最終面の記事まで飛ばした。

 

 最近の都市伝説について取り上げたコラム『Auribus oculi fideliores sunt』。ラテン語で「見ることは聴くことより信じるに値する」と言ったところか。これがなかなか興味深くて面白い。おかげで話の種には事欠かない。

 

記事の執筆者の名は……ルイーズ=サトゥルノ、ねぇ。最近入った子かしら。

 

タイトルに目を通す。えっと何々、『虚数学区の謎に迫る』ですって? ふむ、面白そうね。

 

より詳しく読もうとしたところで声をかけられた。

 

 

「あらぁーん、モハカさんもやっぱりそういう子供騙しに胸を躍らせちゃうお年頃なのねぇ。おっとごめんなさぁい、躍らせるだけの胸はなかったわね」

 

 

 このねっとりとした、人のコンプレックスを的確にあげつらってくる癪な話し方には確かに聞き覚えがあった。目線を上げると、目の前にはヴィクトリア朝のお嬢様みたいなソーセージ・カールの髪型をしたプラチナブロンドの女生徒が、モニター付きの無線式の電話機を抱え受話器を娘ちれへ差し出しながら立っていた。彼女は確か、私より一学年上のアンカ=ザグルフカ(帆風潤子)さんだったはず。彼女自身は(モニター付きテレビ電話を抱えていることを除けば)別段特に変わった格好をしているわけでなく、他の女生徒と同じ雰囲気と姿かたちだ。

 

 

 しかし明らかに周りの生徒達とは違う特徴を一つだけ備えている。瞳に不自然な十字形の光を宿したその眼だ。こんな眼をしているのは私の知る限りたった一人しかいない。そしてテレビ電話のモニターに映っている人物こそが他ならぬそのたった一人の……

 

 

「げぇ、マイファンウィ=モドゥリダフ(食蜂操祈)……」

 

 

「出会ってそうそう『げぇ』とはご挨拶ねぇ」

 

 画面内に映っているのは長髪のブロンドで金色の目をした女。そしてその目も同じく十字形の光を放っている。彼女がマイファンウィ=モドゥリダフ、都市最強の精神系能力者であり、当校に在籍するもう一人の超能力者とは彼女に他ならない。

 ウェールズ語で『女王蜂』を意味する奇妙な姓を持つこの女との因縁は浅からぬものではない。初めて顔を合わせた時、いきなりコイツは無礼にも私の顔など見たくないから視界に入るななどと抜かしてきた。その後私達二人は様々な面で相容れないことが次第に明らかになり、今の今まで犬猿の仲というわけだ。

 

 

「何の用?図書室は私語厳禁よ。本を読む場所、分かる?アンタの他愛もない駄弁を聞かされる身にもなりなさいよ」

 

 

「知ってるわよぉ。手っ取り早くお話して切り上げたいのは私も同じなのよぉ」

 

 

 周囲がざわつき始めた。図書室内に電話機持ち込んでいる奴がいるうえ二人しかいないL5がにらみ合っているとなれば当然だ。

 

「いちいち外に出るのも面倒力高いしぃ、ここで済ませちゃいましょう。ちょっと他のコ達には全部見なかったことにしてほしいのよねぇ」

 

 

 そう言いながら画面の向こうの彼女が出したのはレバーや押しボタンのついた小型の機械。まだ外の世界ではなじみが薄いがこの街では既に見慣れたものになった遠隔操作盤、リモコンだった。

そのリモコンをこちらへ向けてスイッチを押した途端。ざわめきが一瞬にして止んだ。

 

 

 自他ともに認める最強の精神系能力者だけあり、彼女のできることは記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植・人物の誤認など多岐にわたる。そして今は私たちを認識できなくしたらしい。周囲を見回しても誰一人として私たちを気にかける者はいない。

 

 

心理掌握(アウス・メンタル)。MKウルトラ計画に関係して生まれたとも考えられているこの能力の万能性をある研究者はスイスアーミーナイフに譬えたという。原理はミクロレベルの水分操作らしく、相手の脳内物質の分泌や血流なんかに干渉して操るらしい。その過程で生体電流にも干渉せざるを得ないため、常時電磁バリアを張り巡らせている私には通用しない。それも彼女は気に食わないのだろう。

 

 

そして、洗脳されている者の特徴として目にあの光が宿るというものがある。周りの人の目を見回しても全員この女と同じ目だ。

 

 

 しかしここで一つの疑問がわく。複雑かつ精密な演算能力が求められるためか指示を出すだけなら三桁の人数、完全に動きを制御して操るなら14人が限界だったはず。なのに、この遠距離から正確にこの室内だけの人間を洗脳することができるのだろうか。

ひょっとして……

 

「まさか、この街に来ているの? 今は極力表に出ず、奥にすっこんで洗脳した腰巾着たちを侍らせお山の大将気取って女帝ごっこしてるって聞いたけど」

 

「そーいうことよぉ。夏休み中でなきゃこの街で遊ぶこともこうしてお話しすることもできないわけだしね。それに、洗脳とは失礼ねぇ。あの娘たちはみんな自発的に私に忠誠誓ってるわけだしぃ」

 

等と訳の分からないことを供述しております。戯言は聞き流すことにした。

 

 外の学校同様、この街でも同じ学校の生徒のうち同志や同好の者が同じ目的のため自主的に集まって形成する組織がある。活動内容は同系統の能力の研究会なり人脈作りのサロンなり多岐にわたる。ソロリティとかフラタニティとかもっと相応しい名前があるんだろうがこの街では専ら「派閥」と呼ばれる。

 

中でも最大の規模と戦力を誇るのが目の前の女が率いるものだ。『女帝』などと呼ばれて傅かれているらしい。親睦会? ノンノン、そんな生易しい代物じゃない。もはや家臣団といった方が実情に近い。そしてこの『派閥』の規模は本校にとどまらずこちらの分校にまで及んでいるらしく、実はもうこの町全体にまで根深く浸透しているのかもしれない。

 

「何さ、文句があるなら直接言いに来ればいいじゃない。わざわざこんな使い走りよこすなんて回りくどいことするんじゃなくて」

 

 

「そんな言い方ってないわぁ。ちょっとしたアドバイスを上げに来たのに」

 

 

そう言って、トップモデル顔負けの豊満なボディをくねらせ(悔しいが見事なプロポーションだと認めざるを得ない)しなを作ってみせた。

 

 

「その前にいったんそのコには下がってもらうわぁ」

 

 

 再びリモコンのボタンを押すとザグルフカさんは電話機を私の前の机の上において歩き去っていった。つくづく器用な能力だと思う。

 

 

「まあいいわ。直接アンタのツラ見た瞬間にレールガン叩き込んじゃうかもしれないから。で……アドバイスって何?聞かせてもらおうじゃないの」

 

 

「最近あの露払いのコは元気ぃ?」

 

 

「クロエがどうしたのよ。ええ元気にしてるわ」

 

 

「本当にぃ? 聞く話だと最近トンとかまってあげなくなったそうじゃない。あんまり邪険に扱ってたら可哀そうだから洗脳力で寝取っちゃうゾ☆」

 

 

 さすがにこれは腹に据えかねた。私は机にダンッとこぶしを振り下ろして見せた。

 

 

「アンタのつまらないジョークの中でもとりわけ笑えないわね。言っとくけど私の友達に手出ししたら本当にただじゃ置かないからね」

 

 

「だったらなおさらもっと大事に接してあげなさいよぉ。今あのコが風紀委員の仕事で緊急出動したのは知ってるぅ?」

 

「知らないけど大体見当はついていたわ。でもなんでアンタが知ってるのよ」

 

 

「寮監から出動要請の電報を受け取りつつ外泊許可をもらっているところを何人もの子が目撃してるんだゾ」

 

 

 ああ、そういえばコイツは人の記憶など自由自在だったな。

 

「それで緊急出動の理由は何かって言うと、なんでも正体不明の迷子を保護した矢先に何者かが施設を襲撃したみたいなのよねぇ」

 

「そこまでわかるの?」

 

「私の派閥の子たちのシギント力を甘く見ちゃいけないんだゾ☆」

 

 

 ああそうだ、コイツなら何人も息がかかったものを風紀委員なり警備員の中に潜り込ませていても不思議じゃない。既にこの街そのものが手に落ちたも同然かもしれない。

 

「それに今巷を騒がせている連続爆破テロ。詳しいことは今調べている最中なんだけれども、あれもどうやら裏があるみたいなのよねぇ」

 

 何考えているのか全く分からないような笑みを浮かべてマイファンウィは続けた。

 

「ここ最近の街は以前にもまして危険力が増しているように見えるわぁ。何やらとんでもない陰謀の臭いがプンプンするの。私がこの街に来ているのもそれが心配だっていうのもあるわぁ。ま、何が言いたいかって言うと……」

 

そう言いながら彼女は顔をぐいと画面に近づけていった。

 

「大事力の高い友達なら、常に目を離しちゃダメなんだゾ☆またどこかで会いましょ、チャオ☆」

 

 

 映像が切れるや否やボンという爆発音とともに黒煙を上げながら電話機はバラバラになった。機密保持のため爆破装置を仕掛けたってところだろう。煙に天井の火災報知器が反応したのかけたたましいベルの音が鳴り響き、あちこちで消火用スプリンクラーが水をまき散らし始めた。

 

 

「友達から目を離すな、か……」それにしても、なぜあんなアドバイスを? 真意を図りかねていると、隣に座っていた女子生徒の洗脳が解け気を取り戻した。

 

「はっわたくしは一体何を……あら、モハカさん…」そして私の方を向き、続いて私の前の電話機の残骸に目が向けられた。

 

 彼女だけじゃない。みんな次々と自我を取り戻していく。

 

「キャアアア! なにこれ火事!?」

 

「本が、本が水浸しに!」

 

 そして今、おそらく室内の視線が私に向けられているだろう。騒ぎの元凶として。きっと電話も私が持ち込んで爆発させたことになっているだろう。

 

 

私はこの後に待ち受けることについて考え暗澹たる気持ちになりながら独り言ちた。

 

 

「相変わらず狡いのよ、やり方が。これだから嫌いなのよ」

 

 




 科学サイドの(序盤の)主な登場人物についての紹介はあと2、3話ほど続きます。お待たせして申し訳ございませんが、もうしばらくお付き合いください。


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Chloe's blotter : case 1 Drop a bomb

 一日前――

 

 さる会議室にて行われた風紀委員各校支部の定例会議。各隊の代表はここで意見交換や成果の報告などを行うのだが、今回の議題は連日世間を騒がせている例の爆弾魔のことで持ち切りだ。ついに風紀委員の負傷者が九人も出たということで本来なら中止になっていたところを急遽開くことになったのだ。

 

「ひとまず爆弾魔についてこれまでに分かっている情報をまとめますの」

 

 現在発言しているのはエヴァーグリーン・ハイツ校支部代表のクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。眼鏡をかけた彼女は用意された移動式黒板に書かれた文言や貼られたポスターを指示棒で指し示しながら述べた。

 

 

「爆発の原理はいまだ不明、とはいえ超能力開発の技術はいまだ発展途上、原理の判明していない能力者も少なからずいるためおそらく彼もしくは彼女もその一人。爆発の威力は恐らくL4相当、それが可能な能力者数名はいずれも最初に爆破が行われた日の前日から原因不明の昏睡状態に陥っており、今でも病院で眠ったまま外に出た形跡は全くないとのことですの。だとすればほかに考えられるのはそもそものデータに不備があるか……」

 

 

「前回の身体検査(システムスキャン)以来急速に力をつけた能力者の犯行か……ですね」

 

 一同は顔を見合わせた。考えていることは皆同じ。それほどの急成長を見せた能力者は現時点ではミカエラ=モハカただ一人のはずだということ。 

 

 

 

「ミス・ホワイトスプリング、ありがとうございました。さて、校内の安全策についてどなたか……」

 

 

「お待ちくださいまし。実は連続爆破事件の犯人の能力についてはおおむね目星がついておりますの」

 

 

 そう言ってクロエは携えていた手提げ鞄からファイルを取り出し、中にまとめてあった紙を円卓の上に広げた。いずれも自説をまとめたメモだ。

 

 

「ホワイトスプリングさん、発言するならまず挙手をして指名されてから…」

 

「以前お話ししたでしょうか、わたくしのテレポートの原理。3次元空間から11次元へ一度変換演算を行いベクトル移動、再び対象を3次元空間に出現させる……11次元も未だ存在が立証されていない事象。まだ科学的に観測されてない未知の事象を観測し、演算して扱うという能力の仕様上、本来なら存在するかどうかすら不明な事物も見えてしまいますの」

 

 

「クロエさん、許可なく勝手な発言は……」

 

 

「そして爆発のあった場所には決まってアルミ製のカトラリーや空き缶のごみ箱や自動車のスクラップ部品などアルミでできたものがあった。これはわたくしの個人的な見解ですが、恐らく犯人はアルミニウムを基点に重力子の速度を一気に加速させ周囲に放出する、いわばアルミを爆弾に変える能力かと……」

 

 

 

 風紀委員の定例会議が終了して数十分後、クロエとクローナ=チョーチュン(初春飾利)の二人は屋台で購入したアイスクリームを舐めながら、アカデミック・シティの空を埋め尽くすかの如く張り巡らされたモノレール路線のとある駅で列車の到着を待っていた。チョーチュンはいつも通りの制服姿で左手首に腕時計をしており、小柄な体に不釣り合いな大きさの背嚢を背負っている。

 

「……それでどうでしたか、ホワイトスプリングさんの持論の反響は?」

 

 

「一笑に付されましたわ。その上会議の進行を乱したとして当分の出席禁止を申し渡されましたの」

 

 

「残念でしたね。それにしても出席禁止はひどい! 曲がりなりにも科学の街に住む人間が自分の理解の及ばないものをこうも拒絶するなんて、まだ見つかっていないものに対して身構えてしまうのは人間の本能として仕方のないことなのかもしれませんが、それでもあんまりです」

 

「いいんですのよチョーチュン。実際に指名もされていないのに勝手に発言して進行を乱してしまったのは事実なのですから。まあ頭が固いのは事実かもしれませんわね」

 

 重力子とは重力の相互作用を担う素粒子。アインシュタインが初めてその存在について提唱したが未だ未発見である。

 

 

「それで、これからどうします」

 

 

「コノルス先輩のもとへいったん会議内容についてご注進に上がり、それから帰って休みますわ。きっとわたくし達の支部もじきに閉鎖になるでしょうし。コノルス先輩には悪うございますが。貴方はどうなさいますの?」

 

 

「私は…どちらにしろ非番ですから勿論帰ります。途中で最近新しくできた中華饅頭屋さんで何か甘いものも買ってね。クロエさんももしよろしければご一緒にどうですか?」

 

 

「いえ、お誘いはうれしいのですが本日は遠慮しておきますの……チョーチュンも食べ過ぎにはご用心なさいまし」

 

 

「とんでもない! 私はただ、頭をよく使うから人一倍糖分を消費するのであって……」

 

 

「それでは最近弛んできたそのお腹の説明にはなりませんの。聞くところによれば貴方、訓練所にもほとんど顔を出していないそうではありませんの」

 

 そう言ってクロエが指さすとチョーチュンは顔を赤らめて腹部をさっと両手で隠した。そして蚊の鳴くような声で、

 

「……もっと訓練と鍛錬に励みます」

 

 

「まあそれは冗談ですの。たとえ非力で体力がなくとも、貴方の理工学に関する知識と技術は右に並ぶものがなく我がチームに欠かせない事実には変わりありませんの。もっと自信を持ってくださいまし」

 

「いえ……その、ありがとうございます」ますます顔が赤くなる。

 

 

「おっと、そんなことを申しているうちにそろそろ列車が来そうですわね。まあ、こんなにアイスが残ってしまっていかがいたしましょう。確か車中への飲食物の持ち込みは厳禁であったはず……」クロエが残ったアイスをコーンもろとも口の中へ放り込もうとした瞬間突然機械音とともにチョーチュンがいつの間にか手に持ち替えていた背嚢が大きく開いた。

中の空間からは強い冷気が流れ出してくる。その中に残ったアイスを無造作に置きながらチョーチュンはいった。

 

 

「移動式冷凍庫。これでいつでもどこでも冷たいままのアイスクリームが食べられるという寸法です。クロエさんのもお預かりしましょうか?」

 

 

「ええ、ぜひともお願いいたしますが……貴方そういうところですわよ」

 

 

「ところで、クロエさんの仮説に当てはまる能力者、昨日何気なく書庫(アルチーボ)のほうにアクセスして情報あさっていたらたまたま一人見つけたのを思い出しました」

 

 

 それなりに乗客のいる車内。二人がクロスシートに腰かけていると、急にチョーチュンがポケットからメモ帳を取り出しながら切り出した。

 

『書庫』。月面開発の宇宙船の膨大なパーツの整理や目録完成のため10年前から開発が始まりI○Mや○Eなど名だたる企業の協力で5年前に完成を見た世界最大のSource file――最近ではData Baseという呼び名のほうが定着しつつある。いわば電子的に再現された文献目録だ――である。各学校生徒の個人情報や成績、超能力開発に使用する薬品や機材、各種研究の成果などこの街に関する情報のほぼ全てが登録されている。

 

 

「なんですと!」クロエの目の色が変わった。

 

 

「それを早く言ってくださいまし!」

 

 

 急に大声を出したため社内の視線が一斉に二人に向けられた。それを受けて焦ってクロエをなだめるチョーチュン。

 

 

「落ち着いてください! 大声を出さないで!」

 

 

 身を乗り出していたのを何とか席に落ち着かせて、先ほどよりも小さな声でメモ帳をめくりながら話す。

 

 

「確かにその男性の能力の特徴は、アルミを起点に爆発を起こすと言うものでクロエさんの仮説と一致していましたが、肝心の能力強度がL2だったんです」

 

 

「L2、ですって?それじゃあ……」

 

 

「前回の身体検査(システムスキャン)以来なんらかの方法で急成長を遂げた可能性が高いと言うことです」

 

 

「しかしまだ犯人と決めつけるのは早計な気がいたしますの……ちなみにその殿方のお名前は……?」

 

 

「こちらです」

 

あるページを開いて示す。そこにはこう記してあった。

 

 

『ヘイス=ヤン=カイツ(介旅初矢)、クリフ大学理学部2年生』

 

顔写真も貼ってある。眼鏡をかけた神経質そうな痩躯の男だ。

 

 

「ふむ……今度尋ねてみましょうか。あるいは支部にお招きして事情聴取をば」

 

 

 

 少しして、サングラスをかけた目立たない服装で、首にカメラを下げメモ帳を手にした黒髪の少女がチョーチュンの隣に座った。

 

 

「ようチョーチュン、今日のパンツは何色だい?」

 

 

「開口一番それですか、あなたは全く……」

 

 

クロエも近づいてきた少女の正体に気付いた。

 

 

「また貴方ですのね、行く先々でどうしてこうも鉢合わせになるのでしょう、ルイーズ=サトゥルノ(佐天涙子)……」

 

 

「えへへ、こういう難事件にはなぜか鼻が効くみたいですから」

 

 

ルイーズ=サトゥルノと呼ばれた少女は悪戯っぽく笑ってみせた。それを見て呆れた様子のクロエ。

 

 

「貴方は大したジャーナリストですわよ。但しおよそ物書きとは思えぬ稚拙な文才、出所不明の根も歯もない噂だろうと構わず飛びつく軽率さに目を瞑れば、ですが。今日貴方のお書きになった記事を拝見いたしましたが呆れて物も言えぬとはこのこと」

 

 

 クロエはルイーズの方に身を乗り出しぐいと顔を近づけた。声はさほど大きくはないがそれでも怒りが募ってゆくごとに語気が強まってゆく。

 

 

「なんですのお姉様のクローンなどとは!そんなものあったらわたくしが一番欲しいゲフンゲフンお姉様をカエルなどと同列に扱う無礼極まる駄文で思わず名誉毀損での告訴も検討するほどでございましたわ、以後二度とこのようなものはお書きにならぬよう」

 

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 

 まさか早口で捲し立てられるとは思わず戸惑うルイーズ。とは言え仕事柄このように他人の怒りを買うのには慣れている。

 

 

ここで彼女の経歴についてごく簡単に紹介させていただこう。

 

 

 

 

 ボカラトンの地にイタリアから移住してきた二代前の先祖が入植して以来、半世紀以上にわたってごく普通のオレンジ農家だったサトゥルノ家の生活は、5年前のアカデミック・シティ大拡張によって一変した。

 テロ攻撃による大打撃ではるか西のモハーヴェ砂漠にあった拠点を引き払わざるを得なくなった研究機関や住民が大挙して移ってきたために従来の市域では手狭になってしまったのだ。都市を運営する『公社』によって何ヘクタール何平方キロメートルもの広大なオレンジ畑が接収され学校や研究所や実験圃場に変えられた。代々続いたサトゥルノ家の果樹園もその一つだった。

 住み慣れた先祖代々の家を立ち退く際に支払われる補償金は生活の糧を永久に失ったことへの十分な埋め合わせにはほど遠いものであり、一家がたちどころに困窮することは目に見えていた……。

 

 

「なんだって!?」

 

 

居間と客間とダイニングルームを兼ねた小さな部屋。サトゥルノ氏がテーブルの向こう側に座る相手の発言に声を荒げた。

 

 

「アンタらは俺たちの土地を奪うだけでなく愛する我が子まで奪うってぇのか!?」

 

 

「いえ、ですから都市にお子様が入学されたご家庭へ優先的に都市の得た利潤を還元する形で手当金を給付させていただくと申し上げているだけです」

 

 

 対する都市の役人は淡々と説明するだけだ。物腰こそ丁寧で冷静沈着だったが彼も彼でどこかいら立ちを隠せない様子。小学校にすらまともに通えなかった生粋の農夫に最新の教育制度について分かりやすく伝えることがここまで骨の折れる作業だとは思わなかったのだ。

 

 

「金のために子供を売れと、つまりそう言ってるんだろうが!? 冗談じゃねぇぞこの人攫いの奴隷商人め!」

 

 

「ええそうよ! それに、超能力の開発だか何だか知らないけれど子供の頭の中を切り開いて直接弄るのでしょう? そんな恐ろしいところに誰が行かせるものですか!」

 

 

 主人の隣に心配そうな面持ちで控えていた夫人も同調する。

支給される給付金の額は一家が何不自由なく生活しなおかつ新たな事業を始めるに余りあるものだった。しかもそれほどの大金が、子供が都市にいる限り毎年支給されるのだ。しかも入学した子供にはもれなく高等教育の機会も開かれる。超能力の開花というおまけつきで。まさに至れり尽くせり、土地や仕事を失ったことに対する補填としては十分すぎる申し出だった。

 しかし、だからこそ嫌だった。サトゥルノ夫婦は中等教育や高等教育の何たるかを知らない。そんな未知の世界に子供を放り出すのか。ましてや未知の技術の実験台として。手塩にかけて育てた大事な息子と娘を持つ一人の親としても、一家の安泰のために我が子を一人切り捨てるようなそんな薄情な真似は決してできなかった。

 

「そうですか、誠に残念ですが、それでは……」そう言って役人がおもむろに立ち上がろうとしたその時。

 

「待って!」突如部屋の中に響いた幼い声。

 

 

一同が声の発生源に目を向けると、部屋の入口に幼い少女とさらに幼い男の子が立っていた。

 

「お前ら、聞いとったんか」

 

「アンタたちなぜ起きてるの! 寝なさいって言ったじゃないか! ほらルイーズ、ジョセフが眠たそうじゃない、ベッドに連れて行っておやり!」

 

 寝ぼけまなこをこすりうつらうつらしている幼い男の子とは対照的にルイーズと呼ばれた少女の表情はいわゆる固い決意に満ちた、毅然としたものであった。そのルイーズは部屋の中に一歩歩みだして宣言した。

 

「いいよ、パパ、ママ。あたし、アカデミック・シティに行く」

 

 一同が唖然とする中構わずにルイーズは続ける。

 

「今のままじゃ一家全員生活できないんでしょ? あたしが一人抜ければそれだけ楽になるし、それにお金がたくさんもらえるって……」

 

 破裂音にも似た甲高い音。歩み寄った夫人がルイーズの頬をはたいたのだ。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!子供のくせに、お前に何がわかるっていうんだい! あたしたちが目先の金に目がくらんで平気で子供を間引く人でなしとでも言いたいんかい!」

 

 

「おい!間引くなんて言葉使うなよ!」

 

「似たようなもんでしょうが! アンタは黙ってて頂戴な!」

 

「ゴメンよ」

 

 夫人はルイーズの肩を抱きながら膝をかがめてルイーズと目を合わせる。

 

「それに、あの町が何する場所か知っているの? 人の頭を切り開くんだよ。それだけでも人が死ぬかもしれないのに、それで何をしたいのかといえばイエス様のような奇蹟を誰でも起こせるようにするなんて! あそこは神様をも恐れぬ悪魔の街だわ。きっと表に出ていないだけでとんでもない数の人が殺されているはずよ 」

 

 夫人の声は最初こそ怒気をはらんでいたが次第に震えが混じるようになり、いつしかその目も涙ぐんでいた。

 

「アンタには危険な目に遭わず健やかに育ってほしいのよ。いい大学を出なくてもいいから、一人前の女になっていいお婿さんを見つけて、元気な孫の姿を見せてほしいだけ……」

 

 ルイーズを肩に抱き寄せて静かにすすり泣く夫人。しかし、それでもルイーズの確固たる決意は揺らがないようだ。母の涙を持っていたタオルでぬぐい、優し気ながらも強い決意の光が宿るまなざしを向ける。

「ごめんなさい、ママ。だけど、あたしもう決めたから。もっと広い世界を見に行きたいんだ。あたしは大丈夫だから、もう心配しないで」

 

「お前、本気なのか?」

 

「ねぇね、行っちゃうの?」

 

 父と弟も不安げなまなざしを向ける。にっこりした笑顔で力強く頷くルイーズ。

 

「大丈夫、きっと強く、賢くなって戻ってくるから。女でもパパのお仕事をちゃんと手伝えるようになって戻ってくるから」

 

 

 それ以降は特に家族からの反対もなく都市内部の小学校への転入手続きが完了したのはその一週間後だった。寄宿舎へ入居する際は家族全員が付き添って見送った。

 

「頑張って、ねぇね!」

 

「たまには電話なり手紙なりよこして元気な声を聴かせておくれよ」

 

「うん、ありがとう! パパも体に気を付けて! ジョセフ、パパとママをお願いね」

 

「最後に渡すものがあるわ。これを持っていきなさい」

「なに、ママ?」

 

 そう言って夫人が取り出したのは一家が信仰している教会の銀色のロザリオだ。

 

「だけどそれ、ヒカガクテキじゃないの?」

 

 全ての神秘や奇蹟を真っ向から否定する覚えたての言葉。

 

「非科学的だろうが何だろうが構うもんですか。これを持っていれば主のご加護があるはずよ。どんな苦しいときも、つらいときも」

 

ルイーズの首にやさしくかける。続いて額に軽くキスをして言った。

 

「何かあったらすぐに戻ってきなさいね。アンタの身体が何より一番大事なんだから……」

 

「うん! ありがとう!」

 

「フフッ、いい子だね。愛してるわ」

 

「父さんも愛してるぞ」

 

「ぼくも!」

 

「みんな大好き!」

 

 別れの間際の、家族全員での抱擁。ここまでが、彼女の憶えている限りアカデミック・シティに関する最古の記憶である。

 

 

 果たして能力開発を受けた結果、彼女は残念なことにL0の無能力者(アンカパシテ)であり成長の見込みなしと見なされた。無能力者とは能力がごく微細にしか発現しないか全く発現しない、一般人とほぼ変わらない階級であり都市内の学生の全人口の6割強を占める。つまり彼女はとるに足らない凡人、あるいは出来損ないの烙印を押されてしまったのだ。

 しかし彼女は悲観しない。彼女はいくつもの学区にまたがって運営されている学生新聞『ザラスシュトラ』紙の駆け出し記者として活躍する傍ら、休日は学区内のソフトボールクラブチームで打者を務めている。またその社交的かつ明朗快活天真爛漫な人となりのため少なからぬ友人にも恵まれている。その一人が風紀委員オペレーターのクローナ=チョーチュンである。

 

 

以上がウォール・リバー共学校7年生の、つややかな長い黒髪の美少女であるルイーズ=サトゥルノについての概略である。

 

 

 

 

「ところで、お二人ともお困りだそうですね」

 

 

「あら、全部筒抜けでしたの? 全く油断も隙もありませんわね貴方。どこまで聞いておりましたの?」

 

 

「いや、ちらりと耳に入ってきただけなんだけど何やら容疑者の記録上の強さと事件の規模が噛み合わないとか」

 

 

「殆どではありませんの。そこまでお聞きになったのなら仕方ありませんわね。風紀委員担当記者として、そして友人としてもそれなりの付き合いである貴方だけに特別にお話しいたしますが……」

 

 

 

 

「『幻想御手(ニベル・スペリオール)』の噂って聞いたことありません?」

 

 

 

「いえ……それは初耳です」

 

 

「なんですのそれは?」

 

 

「あたしもちょいと小耳に挟んだだけなんだけどね、あたし達弱い能力者達の能力の強さ(レベル)を簡単に引き上げてくれる道具があるんだってさ。もう少し調べて裏が取れたら記事にするつもり」

 

 

「馬鹿馬鹿しい。なぜ貴方達はこぞってそんな与太話ばかり追いかけるんですの?もう少し地に足をつけた報道をなさいな」

 

 

「そうですよ!くれぐれも騙されたり変なもの掴まされたりしないようにしてくださいね。第一そんな美味しい話が都合良く転がってくるわけないじゃないですか」

 

 

「いやー流石エリート候補生の御二方、なかなか手厳しいなぁ……まあ、そうだよね。そんなのあったら苦労しないもんね」

 

 

 明るい声色とは裏腹に落胆した様子で少しうなだれるルイーズ。

 

 

ここで、超能力発現の仕組みについてごく簡単に述べさせていただく。

あなたは、何の気無しに『もしも手から火が出せたら』『他人の心が読めたら』と考えたことはないだろうか。

 そのような夢想、一見突拍子もない思い込みが超能力の鍵となる。それらの思い込みを現実とは少しズレた法則が支配する世界として観測し、量子力学的にミクロな世界を操る。それが主な超能力の原理である。

 超能力の源泉となるそれらの思い込みの力は今日Personal Reality(自分だけの現実、以下PR)と呼ばれる。

 非常識な現象を現実として理解・把握し、不可能を可能にできると信じ込むためには強い自我と並々ならぬ精神力、そしてPRの蓋然性と能力の精度を高めるための高い演算能力が求められるのだ。

 単なる思い込みをPRにまで高めるためには脳に宿る力を開発し引き出すしかない。薬物や電極などを用いて開発手術を行うのはそのためだ。当然失敗することも少なくない。スプーン一つ曲げられぬ無能力はまだいい方、回復不能の障がいを負うことや命を落とすことすら珍しくはない。能力者になるということはそれだけ困難なことなのだ。

 

 

「とはいえ、能力の強さを引き上げるなんらかの道具……妙ですわね。もし彼が犯人だった場合、そのようなものを用いた可能性も」

 

 

「クロエさん、くだらない与太話です、真に受けてはいけません。というかご自分でおっしゃったじゃないですか」

 

 

「しかし捜査においてはありとあらゆる可能性も考慮しなくてはならないんですの。犯人が重力子を操る能力者であると言う仮説と同様に」

 

 

「おお、私の提言も採用してくれますか! ありがとうございます記者冥利に尽きると言うものです」

 

 

「全面的に、というわけではございませんこと。あくまでも参考として、ですわ。お間違えなく」

 

 

 列車が次の駅に差し掛かった。何気なく車窓に目を移したチョーチュンが何かを見つけた。否、誰かというべきか。

 

 

「あそこ、人が倒れてます」

 

 

「「何ですって?」」

 

 二人も一緒に窓の外を見やる。見るとプラットフォームの端の方で白い服に身を包んだ誰かがぐったりとうつ伏せに伸びている。服装は丈の長いチュニックに頭巾(ウィンプル)といった組み合わせで修道服そのものであった。

 

 

「白装束の修道女(シスター)…?妙ですわね……普通修道服とは黒ではありませんの?」

 

 

「とにかく只事ではなさそうです。行ってみましょう」

 

 

 

停車すると、三人は列車を降り倒れている謎の修道女の元へ駆け寄った。

 

 

駅構内は大人数でごった返しているというわけではなく、まばらではあるもののそこそこ人はいた。ホームの反対側の軌道で点検作業を行なっている作業員、子連れの女性、登下校中の学生たち……。その誰もが彼女に見向きもしていない。気付いていないだけかもしれないが。

 

 

とはいえ、なぜ誰も関わり合おうとしたがらないかは彼女の格好を見れば一目瞭然だ。白い修道服の至る所に金糸の刺繍が施されており、金メッキを施された白磁のティーカップを想起させる。頭巾からは銀色の長い髪が垂れ下がっている。明らかに只者ではない。科学至上主義で宗教アレルギーの強いこの街では誰でもお近づきになりたいとは思わないだろう。

 

クロエが抱えて抱き起す。目を閉じた修道女は良く整った愛らしい顔をしていた。身長も年頃の少女のそれで、年齢は三人とさほど変わらないように見受けられた。

 

 

「しっかりなさいまし! 一体何が起こったんですの!」

 

 修道女はうっすらと緑色の瞳をした目を開き、そしてやや乾いた小さな唇をゆっくりと開いた。

 

 

「……お腹減った」

 

 

 それを聞いて拍子抜けし、思わず全身の力が抜けてしまいそうになる一同。

 

 

 とはいえ困った人を見捨てておくわけにはいかない。少女の身柄は一旦ルイーズに預け、風紀委員の二人はホームの中程にある売店へ向かった。

 

 受付に向かい、男性店員に向かって(ちょうど喉が渇いていたので)缶のコーク4人分とクラブハウスサンド一人前を注文する。

眼鏡をかけたその男性店員の顔を垣間見たとき、クロエの脳裏にちらりとある疑問が浮かんだ。

 

(この店員さん……どこかでお見かけしたような)

 

 しかし店員は何ら怪しげな素振りを見せることなくそのまま店の奥に引っ込んでいった。

 ただの思い過ごし、根詰めて考えすぎだ。そう考え直すことにし、二人で手分けして飲食物を持って行った。

 

 

「おかげさまで命拾いしたんだよ。あなた達には感謝してもしきれないんだよ」

 

 

「いえいえ、お役に立てたのであれば何よりでございますの」

 

 四人は手ごろなベンチに腰かけ、コークを飲んで一息ついている。よほどの飢餓状態だったのか、シスター姿の少女はあっという間にサンドイッチを平らげてしまっていた。

 

 

 「さて、ある程度落ち着いたところで、いったい何があったのかお話していただけませんか?」

 

 チョーチュンが口火を切った。

いつまでもダラダラと休んではいられまい。何しろ聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

 

「別に大したことじゃないんだよ。時々善意の施しを受けながら布教活動を行っていて行き倒れになりかけたってだけなんだよ」

 

シスターの少女はニコニコ顔で答える。

 

 

「布教活動?この世俗主義を極めたような街で?」

 

続いてクロエが尋ねる。

 

 

「何かおかしいのかな?」

 

 

「確かに神学専門の学区はございますが、あくまでも学問として、科学としての研究のみが許されており布教活動は固く禁じられていた筈。それに、見たところ貴方この街の方ではなさそうでございますわね」

 

 

先ほどまで屈託のない笑みを浮かべていた少女の表情が変わった。明らかに動揺した様子。

 

 

「そこまで驚かれなくても。貴女の話す言葉がイギリス式のアクセントだったからそう思ったというだけでしてよ。わたくしたちは御覧の通りこの街の治安維持に携わる者たち。困っている人を見捨てることはポリシーに反しますの。あそこで飢餓状態で倒れていたとは並々ならぬ事情があったはず。本当のことをお話していただけませんか?」

 

 

 少女はため息をつくと、苦笑しながら答えた。

 

 

「この街の人たちはとても賢いとは聞いていたけど、話し方で外から来たと見抜くなんてさすがなんだよ。そこまでばれているなら隠し立てしてもしょうがないかも。分かった、白状するんだよ。私は、イギリス清教(English Puritan Church)に属するシスターなんだよ。私の名前は……」

 

 

 

その時、ある声が一同の耳に入った。

 

 

「クソ、なんてこった、また重力計が狂っちまった」

 

 

声のした方に目を向ける。声の主は点検作業中の検査員であった。

 

 

「おいおい、昨日に引き続き今日もかよ。そんなことってあるか?」

 

 

「ここまで来ると何か呪いめいたものを信じたくなるぜ……」

 

 

(重力計、ですって……?)

 

 

 クロエが訝ったその時、少し離れたところに置かれていた彼らの飲みかけと思われるアルミ缶が相次いで小さく爆発した。

 

 

 構内にいた全員の目がそこに向けられる。たちまち駅構内は蜂の巣を突いたような騒乱の巷と化した。

 

 

「何事!?」

 

 

「誰かが爆発物を仕掛けたんだ!」

 

 

「例の爆弾魔の仕業か!?」

 

 

(アルミ缶……アルミを基点に重力子放出……そして見覚えのあるあの店員……)

 

 

 全ての推理をその明晰な頭脳で瞬時に終えたクロエは持っていた缶を出来る限り上空へテレポートさせてから叫ぶ。

 

 

「チョーチュン、サトゥルノさんにシスター様! 今すぐその缶を捨ててくださいまし!」

 

 言われるがまま飲みかけの缶を放り捨てる三人。数秒後相次いで爆発したのを見て慌てて立ち上がり後退りする。

 

 

 混沌の坩堝と化した構内。我先にホームの外へと逃げ出す人々。

女性の悲鳴が聞こえた。

 

「うちの子が!」

 

 

 見ると例の売店のそばで蹲っている幼い少年の姿が。足を擦りむいたか挫いたか、いずれにせよ怪我で痛みのあまり動けないらしい。

 

 

「これらの缶は恐らくいずれもあの店で購入したものの筈!となると……」

 

 

「店諸共ドッカーン、とか!?」

 

 

「大いにありえますの! あの男の子が危険ですの!」

 

 

「任せて欲しいんだよ!」

 

 

「なりませんの!見ず知らずの民間人を危険な目に遭わせるなど……」

 

 

 クロエの静止も虚しく、白いシスターが飛び出していった。彼女はそのまま少年に駆け寄ると抱き抱えてこちらへ向かって走り出す。

 

 

その時、店が大爆発した。

 

 

 

 

「……で、怪我人はなし、ね」

 

 駅の外。たまたま現場に居合わせた風紀委員二人と新聞記者に事情聴取を行っているカーキ色の軍服に身を包んだ長身の女性は、サートン校で武道を教える傍ら警備員(コントラ・カパシダ)にも志願しているアイヴィー=スティクス(黄泉川愛穂) 。隣で一心不乱に調書を取っている眼鏡の女性はアムステルダム大学から教育実習に来た後輩で現在第73支隊で見習いをしているツェツィーリア=テソー(鉄装綴里)だ。

 

 

 犯人は爆発に乗じて駅から逃走したものと思われた。駅側は犯人について単なるアルバイトと考えており素性や経歴の確認などは全く行っていなかったとのこと。

「今後は従業員の把握と管理を徹底いたします」とは駅長の弁。

 

 

「ええ、そのシスター様のおかげですの」

 

 

――――

 

 爆煙がはれた時、一同の目に映ったのは蹲る少年を上から覆い被さるように抱きしめ爆風や飛んでくる瓦礫や破片から守り抜いた白いシスターの姿だった。少年とシスター、幸二人とも無傷のようで皆が危惧していたような事態はついぞ起こらず、白いシスターは何事もなかったかのように悠然と立ち上がったのだった。

一同は唖然とした。服にすら傷一つついていない。

 

「あなた……爆発が至近距離でありながら……無傷ですの?」

 

 

「私の着てるこの服はネ、どんな攻撃も寄せ付けないんだよ。『歩く教会』って言って、『神の子』の聖骸布を元に……おっと材質については企業秘密なんだよ 」

 

 

「チョーチュン、どう思う?」

 

 

「新素材を試験的に運用しているのかもしれませんね」

 

 

「あたしもそう思う。これはなかなか調べがいがありそうだよ」

 

――――

 

 

 

「とはいえ、話が本当なら彼女のおかげで被害を最小限にできたってことじゃん。お礼を言わなくては。ただ、姿が見当たらないようだけど?」

 

 

「それが……」

 

 

 通報を受けた警備員達が到着する頃にはどこにもいなくなっていた。人ごみに紛れてどこかへ去って行ってしまったらしい。証拠の類は何一つ残っていなかったため証明は困難だ。

 

 しかし、警備員の方でも少女たちが嘘をついているとは考えられなかった。当時ホームにいたすべての人が口をそろえて「白いシスターが幼い男の子を救った」と証言していたのだ。

 

 

「分かった。アンタ達三人とも正直だし信じるじゃん。今日はもう疲れただろうし、後は大人に任せて帰ってゆっくり休みなさい。そのシスターさんについてはこっちでも捜索するよ、何か知っているかもしれないし」

 

 

「ええ、ぜひともよろしくお願いいたします」

 

 

それがまさか二日と経たぬうちに意外な所で再会することとなるとは夢にも思わぬクロエであった。

 

 

 

 

 

 

 

現在、風紀委員第1団7隊7班支部・警備員学区支部――

 

 

 

「つまり、貴女のお名前は『禁書目録』ということに?」

 

 

「うん。 Index Librorum Prohibitorum(インデックス・ライブロラム・プロヒビットラム)」

 

 半日前に港のふ頭で行き倒れになっていたところを保護された、金糸の刺繍が施されている白い修道服を纏った銀色の長い髪と緑色の瞳の少女は、差し入れられたライムパイを頬張りながら屈託のない笑顔で言った。

 

 

「へぇーなかなか変わったお名前なんですねぇ」

 

 

「変わってるも何も、16世紀にローマ正教(Roman Orthodox Church)が作成した有害図書リストの名前ではありませんの。名付け親の顔が見てみたいものですわ」

 

 

 

 警備員本部で保護された正体不明の迷子の少女が急遽そちらへ移されることになったので警護任務を引き継いでもらいたい――との指令を本部より受け急遽馳せ参じたクロエ。門限と寮則に大変厳しい鬼の寮監殿からも外泊許可を取り付け自慢のテレポート能力で駆け付けたところで目にした光景に驚きを隠せなかった。

 

 チョーチュンがお茶を少女に出しながら楽し気に談笑していた件の迷子とはいつぞやの修道女に他ならなかったのだ。

 

 

室外では集められたほかの風紀委員達がひそひそと小声で囁き合っている。

 

 

「ちょっと、今来たのだけどどういうこと!? とても私たちの手におえそうな件とは思えないわよ! 第一本来なら風紀委員本部か中央詰所であの娘を預かってもらうべきじゃないの?」

 

 

「仕方ありませんよ、その本部が両方とも二人の正体不明の能力者に襲撃されて危ないからここへ移ってもらったんですから」

 

 

「うち一人は炎系能力者だそうですが、もしや例の爆弾魔と何か関係があるのでは!?」

 

 

 皆想定外の事態と未知のクライアントを前に動揺と恐れを隠さない。それに対して眼鏡の班長、ミリー=コノルス(固法美偉)が手をたたきながら解散するよう促した。 

 

 

「御心配には及びません。先ほど本部へ指示を仰いだところ、彼女には一晩我々の班で過ごしていただくことに相成りました。というわけで、彼女は我々7班が保護いたします。皆さんは安心して、引き続き普段通りの業務に戻るなり帰宅するなりしていただければ」

 

 

全員去ったのを見届けてからミリーは不安げにつぶやく。

 

 

「まあ、誰だって未知の事象は怖いものね……」

 

 

 この少女、都市のIDもパスポートも持っておらず素性もどこから来たのかも全く不明だという。『禁書目録』と名乗っている以外はどうせ言っても信じないからと自分に関する事を話すのを頑なに拒み続けているらしい。話し方のアクセントからイギリス人だと伺えるということ程しか分かっておらず、今のところ確かなのは……

 

「ちょっと、一体いくら食べる気なんですか!もうピザ3枚目ですよ!また注文しないと!」

 

 

「だってお腹が空いて仕方がないんだよ。まともな食事ができるのは久しぶりかも」

 

 

「チョーチュン、諸々の費用は上から出るらしいので気にしなくても大丈夫とのことですの」

 

 

「そうじゃなくて、この人さっきから食べる量が異常なんですよ!」

 

 

 

「……よく食べるだけの元気は有り余ってるってことくらいね」

 

 

 実際、テーブルの上では既に空の皿が何枚も積み重ねられている。不服そうに口を尖らせて抗議する少女。

 

 

「それは私が大食いって言いたいのかな?ご馳走してくれるのはありがたいけど、その言い方はレディに対してあまりにも失礼がすぎるかも!」

 

 

 それを聞いて思わず顔を見合わせて微笑むクロエとミリー。一時は衰弱していることも危惧されたがここまで元気ならまず心配はいらないだろう。

 

 

 

「とはいえ、油断は禁物ね。聞いたでしょう、謎の能力者の襲撃。今の風紀委員において彼女を襲撃者から護衛するだけの力を持っているのは大能力者で実戦経験も少なくないあなたくらいしかいない。だからこそのご指名よ。あなたにしかできない任務」

 

 

「ええ、それは十分に理解しておりますの」

 

 

「よろしい。引き続き責務を全うされたし」

 

 

ミリーは事務机の前に腰掛けながらチョーチュンと謎の少女を見やって呟く。

 

 

「それにしても、いったい誰なのかしら……」

 

 

 

「お花飾りの貴方もその能力者なの?」

 

 

「ええ。但し私はいつも変わらずL1の定温保存(マン・テルミック)です。本来なら触れている物の温度を自由自在に操れる能力なんですが、私はせいぜい手で包める小さなコップの温度を一定に保つので精一杯……」宅配のスパゲティを皿に取り分けながらチョーチュンは答える。

 

 

「だから届いた料理を温かいままにできたんだね。素敵な力なんだよ」

 屈託のない笑みでそう言ったシスターに対しチョーチュンは顔を赤らめ照れと動揺を隠せない。

 

 

「わ、私はそんなつもりで……どうもありがとうございます」

 

 

 

「それにしても、こんな良い子を狙うなんて信じられないわね」

 

 

「同感ですの。どんな悪人でも躊躇いそうなものですが……例の爆弾魔との共犯の可能性もあるとのことですが、あれだけの凶悪事件を何度も悪意を持って引き起こせるような能力者の仲間ならさもありなんですの」

 

 

「能力者、だって……?」突然『禁書目録』と名乗る少女のフォークが止まった。

 

 少女のほうを見やるクロエ。

「何かおかしいことがありまして?」

 

 

「あの人達は『能力者』なんかじゃないんだよ。もっと別の力を使ってるの」

 

 

「一体何をおっしゃいますの?」

 

 

「御馳走してもらっておいていうのもあれだけど、巻き込みたくないからもう行くね。お世話になりました」やにわに立ち上がり部屋の外へ歩き出そうとする『禁書目録』。慌てて制止する三人。

 

 

「いけません! 少なくとも一晩はここで過ごしてください! 外は危険です!」

 

 

「私がここにいた方が危険なんだよ! あなた達を巻き込んでしまうかも! 」

 

 

「一人で抱え込まないでください! そのための私たちじゃないですか!」

 

 

「わたくしが何のために召集を受けたとお思いで? 貴方の護衛のためですのよ!」

 

 

「そうですよ! まだ悪い能力者たちが捕まってないんですから! すぐそこにいるかもしれないんですよ!」

 

 

「だから今言ったようにあの人達は『能力者』じゃないし恐らくあなた達がかなう相手じゃないんだよ。でも、お花の人は少しだけ正解……」

 

 

 

 

「も う す ぐ そ ば ま で 来 て い る」

 

 

 

 

 

 

 

 上階の部屋で白シスターが7班の面々と押し問答している時、ロビーでは来客があった。

 

 受付で応対したのは普段は大学講師をしている男性警備員。彼はやってきた男の風体に思わず目を見張った。

 

 10代の少年そのものな若々しい顔立ちと不釣り合いな7ft(フィート)近い長身の聖職者——恐らく神父だろう。しかし、それは真っ黒な司祭平服(カソック)の上からローブを羽織っている事からかろうじて窺えるだけである。耳にはピアス、両手指には銀の指輪がはめられており、ひどく目立つ。中でも一番目を引くのが毒々しいほどにまで赤く染められた長髪であり、それが肩まで伸びている。右目下まぶたには縦縞の刺青が彫られているし、口には火の着いた紙巻きタバコを咥えている。

 

 

「どなたです?」

 

 

「見ての通りイギリス清教(English Puritan Church)の者ですが、迷子の身柄を保護者として引き取りに参りました。こちらでお世話になっていると伺いまして」

 

 

「なるほど、神父様が修道女を迎えに来たと。そしてあなたが神父様なら私はエルヴィス=プレスリーだ」

 

 

「何ですって?」

 

 

「そんな成りした神父様がいるもんか。アンタどうせ最近十字教にはまったヒッピーだろ? それに、誰であろうと依頼者との面会は謝絶してるところなんだ。悪いが明日にしてくれ」

 

 

「いいや待てない。それに、この格好を侮辱された以上黙って引き下がるわけにはいかない……」

 

 

 

 

火山の噴火にも似た轟音が建物中に鳴り響いた。それはクロエたちの耳にも入った。

 続いて断続的な銃声と爆発音に木材が焼ける臭い。建物全体も小刻みに振動し、きしみ始めた。

 

 

「何事なの!?」辺りを見回しながらミリーが叫ぶ。

 

 

「どうやら一回の方ですね」とチョーチュン。

 

 

「参りましょう。さ、皆さまおつかまりになって」とクロエが手を差し出す。残りの三人が手を持った瞬間にテレポートを発動させた。行先は一階ロビー。

 

 

  一階ロビーに降りてみると、辺りはさながら戦場の様相を呈していた。そこかしこで炎が燃え盛り、消火器やバケツを手に持った風紀委員達が走り回り消火活動に勤しんでいる。机や椅子や戸棚で築かれたバリケードで通路は閉鎖され、その陰から警備員がしきりに銃撃し何者かと応戦している。炎が激しく燃え盛っているためか、それとも壁やバリケードに阻まれているせいか誰と戦っているかまではわからない。

 

「これは、いったい何事ですの!?」熱せられた空気と火災のばい煙を直接吸い込まぬようハンカチで口元を抑えながらクロエが叫ぶ。

 

 

「任せて頂戴」ミリーはそう言いながら眼鏡をはずし目を閉じた。彼女の能力はL3相当の透視能力(クレアボヤンス)であり、障害物や距離にかかわらず、また眼球を使わず物を見通すことができる。

見通したところ、炎の中心にいるのは長髪で黒装束の大男だ。炎は男の手から際限なく生み出されているようだ。それで銃弾をすべてかき消しているらしい。

 

 

「恐らく相手はL4以上の炎系能力者ね。多分『禁書目録』さんが言っていたのはあの人のことね」

 

 

「私が行くんだよ! これ以上迷惑をかけられない!」白いシスターは悲痛な声で叫ぶ。

 

 

「何をおっしゃいますの! 貴方はわたくし達がお守りいたしますの。ですからここで待っていてくださいな」

 

 

「無理はしないでくださいね、クロエさん」

 

 

「心配ご無用。誰であろうとすぐに制圧いたしますわ」笑顔でサムズアップしてみせるや否や虚空に消えた。

 

 

 

 

「お待ちなさいな! どなたか存じませんが、放火は重罪、決して見過ごせませんの」

 

 長髪の大男は凛とした声に呼び止められそちらの方向を振り向いた。恐らくこの街の治安維持組織の一員と思われる少女だ。身長こそこちらの方が勝っているものの年齢はさほど変わらぬように見受けられる。

 

 

「やれやれ、援軍のご到着か。別に事を荒立てる気はないよ。僕はただ彼女を引き渡してほしいだけさ」

 

 

 男は苦笑しながら言った。

 

 

「例の襲撃者とは貴方のことですわね。一体どうしてあの方を執拗に付け回すんですの?」

 

 

「答える義理はないね」

 

 

「理由をお聞かせ願えないのであれば、力ずくで止めるほかございませんの」

 

 

 少女の姿が消えた。次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じ、そのまま前のめりに倒れる。背後を取られそのまま蹴り飛ばされたのだと気づき態勢を整えようとしたときには床にうつ伏せに倒れたまま動けなくなっていた。首を動かして両手の袖を見ると鉄製の小さな矢が貫いているのが見えた。床に縫い付けられたのだ。

 

 再び少女が目の前に現れる。

 

 

「なるほど、これが『能力』とやらか。なかなか興味深いね」

 

 

「貴方もあのシスター様同様変わったことをおっしゃいますのね」

 

 

「そりゃそうさ。どうせ信じないから詳しく答える気はないが、とりあえずこの世には君たちのとは別系統の力もあるということを知っておいた方がいいな」

 

 男が何か唱えると、鉄矢は一瞬で溶けてなくなった。否、『蒸発』した。立ち上がって態勢を整えた男は再び炎の剣を作り出し大きく薙ぐ。少女は再びテレポートし、今度はロビーの隅にあった自動販売機の上に降り立った。

 

 

「やれやれ、本当は怪我をさせたくないんだがね」

 

 

男の手の炎剣が自動販売機を大きく薙ぐと、中の飲み物が瞬時に沸騰したのか水蒸気爆発が起こり、少女の体が跳ね飛ばされた。少女はそのまま床にたたきつけられると気を失ったのか動かなくなった。

 

 

「クロエさん!」いつの間にか物陰から飛び出してきた能力者の仲間と思しき二人の少女が叫ぶ。

 

 

「ふむ、なかなかやるじゃないか。手ごたえがあったよ。で、次は君たちのお相手をすればいいのかな?」

 

 

 その時、少女たちの後ろから白い人影が歩いてくるのが見えた。見覚えのある姿だった。

 

 

「お願い!もうやめて!」

 

 

「ダメです! 貴方は下がっていないと!」

 

 

 

 チョーチュンの制止もむなしく、『禁書目録』は侵入者の前まで歩いていくと立ちはだかるように両手を広げて悲痛な声で叫ぶ。

 

「お願いだから……私ならどこへも行くし何でもするから……だから」

 

 

「この人たちを傷つけないで」

 

 

男はしばらく逡巡している様子だったが、やがて納得したのか手の炎を消し、いつの間にか壁に空いた穴から走り去っていった。何やら、悔しさや悲しさが混じり合ったような複雑な表情をしていたようにチョーチュンは感じた。

 

 

 後を追うように走り去る白いシスター。呼び止めようと思ったが、なぜかできなかった。これ以上は恐らく自分たちの手に負える問題ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしてすみません。次回から本格的に原作一巻の内容に入り、また美琴達と上条当麻とで視点を分けて展開させてまいります。


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中間章 学園都市略史 その1(ルイーズ=サトゥルノ著『都市と教会 学園都市秘史』より)

 今回は本SSにおける学園都市の歴史的背景についてごく大まかに説明させていただきます。



 大戦末期の1944年冬。戦前から各国で蓄積されていた超心理学の研究成果やスパイやドイツ軍捕虜、暗号解読などから得た情報を基に、ロサンゼルス郊外の学芸都市にて、米国・英国・フランスの三カ国の合同実験が秘密裏に行われた。約半年後のマンハッタン計画に比肩する極秘プロジェクトである。

それが、我が国における本格的な能力開発研究の第一歩となった。翌年1月、能力開発を受けた最初の兵士二小隊がそれぞれバルジの戦いとイタリア戦線のゴシックライン突破戦に投入された。実際の戦果そのものより国家機密として厳重に秘匿されていた技術が敵国に漏洩しあまつさえ自分達以上に安定して使いこなされているという精神的な衝撃の方が大きかったという。

 現在のアカデミック・シティの起源の一つはこの頃英国内や米国内の保養地に相次いで建設された、未熟な能力開発技術や戦闘により負傷したり障害を負った兵士軍属の療養施設にある。中でもマイアミ近郊にあったものが最大規模で設備も充実していた――(中略)人間個人の思い込みの力で物理法則を捻じ曲げ、思い通りに操る超能力の出現は原子爆弾の発明とともに人間の理性と英知がついに自然を完全に征服するに至ったことの紛れもない証左であったが、同時に人類の科学力がついに人類自身をも滅ぼせる段階に到達したことをも意味していた。大戦後、来るべき最終戦争に備えて各戦勝国は競って旧枢軸国の技術や研究成果を奪い合った。超能力開発技術を戦勝国が共同で管理する暗黙の協定が反故にされるのも自然な成り行きであった。

 

 一方、国際社会でも旧来の科学文明の有り方を見直す時期に入っていた。直接の契機となったのは1945年秋の、アルバート=アインシュタイン、バートランド=ラッセル、フレデリック=キュリーなど先の大戦がもたらした惨禍に心を痛めた世界各国の科学者たちの提言である。彼らの構想とは、先端技術産業を中心とした産・学・住一体の街づくりを通じて人類社会の理想的な在り方を追求し、科学技術や学問を人類共通の幸福や世界平和実現に役立てる、といったものであり、その舞台となる新しい街はいかなる国家や政治的勢力・企業にも属さない「完全独立教育研究機関」でなければならなかったのだ。

 

 この動きは、当時ソ連や英仏同様旧ナチス・ドイツから超能力開発のノウハウを引き継いだばかりで、歴史が浅くオカルト₍₁₎への免疫が低い祖国の防衛に生かせないものかと暗中模索していたアメリカの国益とも合致するものであった。アメリカ上院はその年の暮れ、計画への資金援助を議決した。翌1946年3月、提言に賛同する科学者や実業家たちはアメリカからの多大な支援を受けて後の統括理事会の前身となる組織を結成し、超能力開発研究計画のアドバイザーを務めた科学者にして実業家の――そして英国情報機関のエージェントでもあった――エドワード=クロウリーの呼び掛けの元に「学園都市創設準備基金」を設立して世界各国の政府機関や企業から資金を募り始めた。アメリカからの出資が最も大きかったといわれており、そのためこれらの組織は当初アメリカのシンクタンクという形で設立された。

 

1947年10月7日、大統領令で始まったVeterans' Emergency Housing Program(復員軍人緊急住宅供給計画)が同年1月に資金不足で中止を余儀なくされたことで再開発がひと段落ついたフロリダ州ハイアリア市ほかいくつかの町が第三学園都市に指定され、それと同時にロサンゼルス郊外の学芸都市は第一学園都市に改称、アラスカ州にあった経済に関する実験都市で通称「ショッピングセンター」が第二学園都市に改称した。ハイアリア市には前述の療養施設があった。当初の都市開発の動きは同市周辺に限られたごく小規模なものであったものの人口が瞬く間に急増したことに伴い活発化、2年後には都市更新プログラムに基づき連邦政府の支援が大規模化したこともあってすぐに隣のマイアミ市にまで波及、さらには西の湿地帯にも広がり最終的にはマイアミ・デイド郡全域を飲み込むほどにまでなるがそれについては後述する。1947年12月1日に発起人にして最高責任者であったクロウリーが英国の片田舎で急死した₍₂₎ことにより存続が危ぶまれたが、むしろ彼の遺志を汲むかのように流れが加速した。同じような学園都市は英国、フランス、ソ連においても建設された。

 

 

(₁)超常の力を操る一連の技術をここではそう呼称する。魔術という呼称もあるが筆者には区別がつきかねるのであえてこのようにした。

(₂)一説によると「ただの人間が自由自在に奇跡を起こせるようになった」と宗教関係者から恨みを買い暗殺されたといわれるが真偽は不明

 




 60~70年代の洋画や洋書の翻訳のような言い回しや地の文を再現しようと努力しておりますがなかなか難しいですね。もうしばらくお待ちください。


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