マチをママにする程度の能力 (まだ名前はありません)
しおりを挟む

旧時代
国を滅亡させる程度の能力


『マチ』という名前と『ママ』という単語が非常によく似ているということに気づいたので初投稿です。


気がついたら、見覚えのないボロ小屋の中にいた。

 

しかも、身体が幼児サイズに縮んでいる。たぶん小学校にも入っていないくらい。

 

最初は何が起こったか分からず混乱してしまったが、周囲の様子を観察している内に現状を理解することができた。

 

 

 

間違いない。

これは日本の無形文化遺産である異世界転生ってやつだろう。

 

 

小屋にあった古新聞を見ると、まるでハンター文字のような未知の言語で書かれている。

地球のメジャーな文字にこんなものはない、と思う。たぶん宇宙人か異世界人の文字だろう。

つまり、地球とは別の場所に転生してしまったと考えるのが妥当だ。

 

 

 

そうと分かれば話ははやい。

 

早速、親に媚を売るとしよう。

 

 

 

常識的に考えて、この年齢の子供が一人で生きていくことは困難。

今まで俺の面倒をみていた親か保護者がいるはずだ。

 

 

ある程度まで体が成長するまでは、その人に頼らねばならない。

 

こんなボロボロの小屋に住んでいるような人物だ。

おそらく、あまり裕福ではないだろうし、生活にもそこまで余裕はないはずだ。

機嫌を損ねたりしたら、捨てられてしまうかもしれない。

そんなことにならないように、可能な限り媚びへつらっていこうと思う。

 

 

 

小屋の入り口付近に落ちていたガラス片を使って確認したところ、幸いにもこの新しい体の容姿は悪くないようだった。

黒色の髪と目は何となく日本人っぽい。

 

きっと母親は和風美人に違いない。というか、そうであってほしい。

 

小屋の中に女性ものの服や下着が置いてあったので、勝算は十分にあるだろう。

ただし、衣類のサイズが小さく下着とかのデザインとかも少し子供っぽい気がするので、もしかすると母ではなく姉かもしれない。

 

だが、それでも全然アリだ。

 

 

俺が着ている布の切れ端を縫い合わせて作られた半纏は、縫い目が非常に丁寧で、深い思いやりのようなものを感じる。

 

これらの情報から、俺の母か姉は、優しくて裁縫が得意な家庭的な女性だと推察できる。

 

 

勝ったな。

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。

 

少しワクワクしながら和風美女の帰宅を待っていると、突然轟音が響き、地面が大きく揺れ、ボロ小屋が吹き飛んだ。

 

 

 

俺の顔を掠めるようにして瓦礫が超スピード飛んでいく。

 

今のが直撃していたら間違いなく死んでいただろう。

 

 

何が起きたか分からないまま、俺はその場を逃げだした。

 

背後からは悲鳴や爆発音のようなものが聞こえてきたが、振り返ることなく体力が続く限り走り続ける。

 

 

 

 

離れた場所から、ボロ小屋のあった方向をそっと窺う。

周囲には、大勢の野次馬が集まってきていた。

彼らの話を盗み聞きしたところ、どうやら何とかという不良グループのような連中が争っているらしい。

 

 

この辺りはスラム街で、想像以上に治安が悪いようだ。

新しい人生がベリーハードモードだと判明し、泣きたい気分になった。

 

 

 

騒ぎが収まるまでにかかった時間は、体感で二十分か三十分くらい。

 

少し前まで俺の住んでいた小屋は跡形もなく消え去り、ただの瓦礫の山だけがそこにあった。

瓦礫を掘りおこせば服くらいは見つかるかもしれないが、争いの勝者と思われる不良グループのメンバーがまだウロウロしているので近づけない。

 

戦利品でも漁っているのだろうか。

 

 

 

 

 

彼らの戦利品漁りは、辺りが暗くなるまで続いた。

 

その間、少し離れた場所から気配を消して様子を窺っていたのだが、俺の保護者らしき人物が現れることはなかった。

 

危険な不良グループに近づくのを嫌ったか、あるいは争いに巻き込まれて死傷してしまったか。

理由は分からない。

 

 

その日はゴミ山の上で眠り、翌日は夜明けから太陽が高く昇るまで小屋のあった場所を見つめていたが、それらしき人物は現れなかった。

 

普通ならばちょっと様子を見に来るぐらいしても良いはずだ。

 

 

 

一度、小屋があったはずの場所に戻り、その場に座る。

 

 

そのまましばらく周囲を見渡してみたが、どこにも人影はなかった。

 

 

 

 

 

俺は瓦礫を積み上げて小さな山を作り、手を合わせた後、立ち上がり、全力で走った。

 

 

走るのに疲れたら少しだけゆっくりと歩き、また走った。

 

 

 

日が沈み、暗闇で何も見えなくなったので座って休む。

 

疲れていたせいか、いつの間にか眠ってしまったらしく、気づいたら夜が明けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、何か食べられる物を手に入れる必要がある。

 

幸運なことに、この辺りはリサイクル業が盛んであるらしい。

人の手は多いほど良い。

 

周囲の大人たちは、ゴミの中から使えそうなものを見つけ出して金に換えていた。

 

 

 

 

 

俺もそれをマネてみるが、なかなか上手くいかない。

 

慣れていないせいで手際が悪く、年齢のせいで身体能力も低いため作業スピードが非常に遅い。

そして、身体能力が低いということは、自衛能力が低いということと同義である。

 

 

「おい、そこのガキ。いいもの持ってるじぇねぇか。よこせ」

 

 

大人とは腕力が違い過ぎて、勝負にすらならない。

 

 

「ったく、トロいガキだな。さっさとしろよ!」

 

 

見るからに悪人っぽい男に殴られ、せっかく見つけた戦利品を奪われた。

 

 

 

力が弱いならば、それを数で補うという方法もある。

他の子供たちと手を組めば、大人にも対抗できるかもしれない。

 

しかし、住んでいた小屋を潰した不良グループの事を考えると、なんだかそんな気分にもならなかった。

 

 

 

 

働いて働いて奪われて。働いて働いて奪われて。

 

そんなことを続けている内に、いつしか俺はカモとして認識され、「トロいガキ」「トロいやつ」あるいは単に「トロイ」などと呼ばれるようになった。

 

 

俺は今世での名前を思い出せなかったので、開き直って『トロイ』と名乗ることにした。

 

別にトロくたって構わない。

 

 

 

『駑馬十駕』という言葉がある。

 

これは、足の遅い馬(駑馬)でも十日走れば足の速い馬が一日かけて走るのと同じくらい進むことができる、という意味だ。

 

能力で劣っていたとしても、コツコツと頑張れば追いつくことができる。

 

 

毎日、朝早くから暗くなるまで、休まずに体を動かし続ける。

 

お金も貯まるし、同時に体も鍛えることができる。まさに一石二鳥だ。

 

生き残りさえすれば、いつか必ず追いつける。

 

 

 

 

そんな生活をはじめてしばらく経った頃、不思議なことが起こるようになった。

 

 

 

その日、俺は全力で不良から逃げていた。

 

以前と比べて俺の体も一回り大きくなり、足が遅い大人からならば逃げ切ることができるくらいの身体能力を得ていた。

しかし、その日の追手は人間とは思えないほど足が速く、あっという間に捕まってしまった。

非常に運が悪い。

 

 

 

不良男に足蹴にされ、せっかく見つけたマニアに売れそうなお宝が奪われた。

 

それは、一本のビデオテープ。

 

 

 

パッケージとテープの中身が同じであるならば、犬とやっているやつのはずだ。

こんなものを欲しがるなんて、とんでもない変態野郎である。

せめて女と犬だったのならまだマシだった。

でもこれ男と犬だぞ。しかもデカいプードル。

救いようがない変態だ。

 

 

いったいどんな顔をしているのか見てやろうと思って顔を上げた瞬間、その変態は突然フラフラと体を揺らし、その場に座り込んだ。

 

その動きは、まるで酒にでも酔っているかのようだった。

 

 

アルコールを飲んだ後に運動をすると酔いが回りやすく危険である。

この変態はそんなことも知らなかったのか。

というか、酒が飲めるほど懐に余裕のあるやつが子供から物を奪うなよ。

 

最初はその程度の認識だった。

 

 

 

ところが、その後も同じようなことが何度も続けて起こった。

 

大人げない連中が俺から物を奪った後、フラフラと酒に酔ったような動きをして倒れるのだ。

 

 

 

俺は思った。

 

もしかして何か特殊な能力に目覚めてしまったんじゃないか、と。

 

年齢的に考えると中二病にかかるにはまだ数年は早いはずだが、この一連の出来事を単なる偶然だと考えるのも難しい。

たしか、ジョジョの敵キャラが使うスタンド能力に、手で触れたものを爆弾に変えることができるというヤツがあった。

それと同じように、触れた物体に何か影響を及ぼすスタンド能力的なものを使えるようになったのではないか。

 

 

そう思い色々と試してみた結果、俺は確かに特殊な能力に目覚めているようだった。

 

ただし、その能力は能動的に使えるものではなく、あくまでも受動的に発動するものだ。

発動条件は『誰かから何かを奪われる』こと。

自分の意志で相手に物を渡した場合は何も起きなかった。

 

能力が発動すると、俺から何かを奪った人間は強制的に酩酊したような状態となる。

 

そしてその効果は奪った物の価値に比例するらしい。

あのビデオテープを欲しがっていた変態の場合は、酔った後に倒れて頭を打ったくらいで済んだ。

意識を失ってはいたようだったが、普通に呼吸はしていた。

おそらく死ぬことはないだろう。

 

しかし、先ほど能力の検証中に俺が着ている服を脱がせた小児性愛者の場合は、急に全裸になりその場でぶっ倒れて完全に呼吸が停止した。

酔いが強すぎたのだろう。アルコールを摂りすぎると普通に死ぬからな。

 

まあ、当然の報いだと思う。

母か姉が作ってくれたであろうこの服は俺の命の次に大事なものだ。

許可なく触れただけでも万死に値する。

 

なぜ全裸になったかについてだけはよく分からなかったが、検証を続ける内に判明した。

 

俺の能力はただ簒奪者を酩酊させるだけではない。

奪われた物を奪還し、さらに相手の物を奪う能力も持つらしい。

 

たとえば小銭を数枚ほど巻き上げられた時は、明らかに盗られたよりも多い大量のコインや紙幣がその場に転がった。

ゴミ山から拾った雑誌を奪われた時は、大量の大人の本が現れて潰されそうになった。

 

 

ようするに、俺は何かを奪われると相手を酩酊させ、奪われた物および相手が持つ同じカテゴリの品を取り返すことができるのだと考えられる。

 

 

まるでギリシャ神話の『トロイの木馬』みたいだな、と思った。

 

かつてトロイという国の王子が、ギリシャにあるスパルタという国の王妃を奪い去った。

当然、それに怒ったスパルタ王たちギリシャ人は、王妃を奪還するためトロイに攻め込んだ。

 

戦いは何年も続いてなかなか決着がつかなかった。

そんな時、ギリシャ側の頭の良いやつがすごい作戦を思いつく。

大きな木馬を作りその中に兵士を隠れさせるというものだ。

 

ギリシャ軍が負けたふりをして撤退した後に木馬だけが残されているのを見たトロイの人々は、戦利品としてそれを持ち帰り戦勝の宴を開いた。

その夜、木馬に隠れていた兵士たちは、トロイの内部に味方を引き入れることに成功する。

酔い潰れた敵の兵士たちを倒し国を攻め滅ぼすことは簡単だった。

ギリシャ人たちは奪われた王妃を取り戻し、逆に敵側の王女などを戦利品として持ち帰ったのだという。

 

 

奪った相手を酔わせ、奪われたものを奪還し、逆に相手のものを奪う。

この流れが俺の能力と非常に似ている。

特殊能力には名前があった方が何となく格好いい気がするので、このスタンドっぽい能力を『トロイの木馬(トロイ・ホース)』と呼ぶことにした。

 

 

ちなみに、ギリシャ人の王妃が奪われた理由は、彼女が世界一の美女だったかららしい。

物語の王妃や女王などは大体美人であると相場が決まっている。

 

先ほど大量に降ってきた大人向けの本も、鞭を持った美人の女王様が表紙になっているものばかりだった。

変態ばかりだな、この街。引っ越そう。

流石に身の危険を感じる。

 

それに、俺の能力は少し目立つ。

 

突然、街中で人が全裸になったり大量の女王様の本がばら撒かれたりといった事件が連続して起きたら流石に不自然すぎるだろう。

 

しかも俺の能力は何かを盗られると強制的に発動してしまうのだ。

同じ場所に留まるのはどう考えても得策ではない。

勝手に俺の物を横取りし勝手に倒れた連中が報復しにくる可能性もある。

 

俺はすぐにこの変態の巣窟から立ち去ることに決めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うっかりA級賞金首を倒してしまう程度の能力

あれから、『トロイの木馬(トロイ・ホース)』のおかげで生活がかなり楽になった。

金を手に持って歩いているだけで、犯罪者が勝手に寄ってきては自爆し金をばら撒くのだ。

俺はそれを素早く拾い集めて逃げるだけ。

 

うっかり多めに拾ってしまうこともあるが、それは不可抗力というやつである。

悪気はなかったのだ。

俺は悪くない。

悪いのは俺から金を盗るやつらだ。

なにしろ悪いことをしなければ俺の能力は発動しないのだから。

これは天罰のようなものなのだ。悔い改めるがよい。

 

 

そんなわけで天罰を振りまきつつ金を稼いでいたのだが、だんだん地面に散らばった小銭を拾うのが面倒になってきた。

全部拾う前に他の人が来てしまうことも多い。

 

 

 

 

何か良い方法がないか考えながら、天罰を下す相手が寄ってくるのを待つ。

金ではなく持ち運びやすい金目の物を使うのはどうだろうか。

あまり価値の高いものにしてしまうと死人が出かねないので調整が難しい。

 

色々と考えている内に今日の収入源が見つかった。

背後から近づいてきたそいつは俺の頭を力いっぱい殴りつける。

あまりにも殴られ慣れたせいか、最近はいくら強く殴られても全く痛くない。

むしろ殴った側の方が痛がるほどである。

 

今回もダメージはほとんどなかったのだが、俺はわざとやられたフリをして地面に伏せる。

 

「このっ、石頭が!」

 

自分から殴ってきたくせに文句を言うクズ野郎が、俺の手から強引にお札を奪う。

すると、その罪人は顔を真っ赤にして悪態をつきながらフラフラと倒れこむ。

いつも通りの流れだ。

 

後は簡単。起き上がり、落ちている金を拾うだけ。

 

……のはずだったのだが、なぜか今日はそれが見当たらない。

 

もしやこの男は無一文だったのだろうか。

いや、その場合であっても俺が持っていたお札一枚は戻ってくるはずである。

まさか風で飛ばされてしまったのか。

 

急いで周囲を見渡すと、宙に浮いている馬のような生き物と目が合った。

 

正確に言うと、それは目ではないのかもしれない。

本来、目があるべき場所には穴が開いていて、その奥に光る玉のようなものが見える。

その光の玉が俺を見つめているように思えたのだ。

 

 

俺は走って逃げた。

 

だが馬っぽい謎の生き物は宙を滑るようにして追いかけてきた。

 

 

いくら速く走っても俺のすぐ後ろの位置をキープして離れない。

まるで背後霊のようだ。

 

というかこれ、実際に背後霊、スタンド的なものではないだろうか、と気づくまでにそう長い時間はかからなかった。

 

俺が足を止めると、馬も停止する。

襲いかかってくるような気配はない。

 

あらためてよく観察してみると、馬と木馬の中間みたいな見た目をしていて、少しかわいい。

 

試しに「消えろ」と念じてみると、空中に溶けるように消え去った。

次に「出てこい」と命じてみると、俺の体から煙のようなものが出てきてそれが馬の形となる。

 

どうやら本当にスタンド的なものが見えるようになってしまったらしい。

 

 

 

この木馬について色々と調べたところ、どうやらメスであるようだということが分かった。

お腹のところに観音開きの隠し扉がついていたのだ。

これは完全に女の子だろう。

そこを指でこじ開けてみると、中は空洞になっていて、自由にモノを出し入れできるようになっていた。

 

木馬ちゃんの穴に手を突っ込んで探ってみると、中からそこそこの金額の金が出てきた。

その中には俺がいつも餌に使っている一枚のお札があった。

いつも手に握りしめているので特徴的なシワがついているのだ。

 

おそらく『トロイの木馬(トロイ・ホース)』で奪った物や奪還した物は木馬ちゃんの中に転送できるのだろう。

 

もちろん、今まで通りに、木馬ちゃんを経由せずに出すこともできるはずだ。

 

これは素晴らしい能力だな。

今後は必死になって地面に落ちた小銭を拾わなくて良いのだから。

 

そして新しく仲間ができたというのも嬉しい。

今まではずっと一人だったが、これからは木馬ちゃんが一緒にいてくれると思うととても心強い。

 

この木馬ちゃんを出し入れする素晴らしい能力は『俺の木馬(トロイ・ホース)』と名付けることにしよう。

 

 

 

 

さて、木馬ちゃんのお腹についてだが、なんと貴重品を保管する金庫としても使えるということに気づいた。

能力のおかげで他人から奪われることはないのだが、うっかり落としてしまったり、持ち歩いている内に汚れたり傷がついたりすることはあり得る。

 

特に最初から身に着けていた半纏は、ここ数年の間にところどころ擦り切れてしまい体の大きさとも合わなくなっていた。

 

次に雨が降ったらなるべくキレイに洗って木馬ちゃんの中にしまっておくとしよう。

でもその前に新しい服を手に入れなければ。

まあそれに関しては次の犯罪者から没収すればいいだけだが。

 

 

 

 

 

 

丁寧に折りたたんだ大切な服を木馬ちゃんのお腹の中に入れる。

 

新しく身に着ける服は、店で購入した中古品の簡素な貫頭衣だ。

本当は犯罪者たちから貰おうと思ったが、あまりに不潔なのでやめた。

ストリートチルドレンより汚いとか逆にすごいと思う。

 

代わりに連中からは比較的キレイなパーカーをいただいておいた。

 

犯罪者たちは顔を隠すためにフードがついた服を好む傾向にあるため、入手は容易だった。

 

 

ついでにお金や他の荷物も木馬ちゃんにしまっておく。

手に持つのは、お札だけ。

 

こうしておけば、貴重品を奪われてうっかり誰かを死なせてしまい大きな騒ぎを起こすような危険もないだろう。

そんなふうに油断していた。

 

 

実際に二、三年は問題はなかったのだ。

何度も何度も狩場を変えたが、そのどこの場所でも俺は殺さなかった。えらい。

というか別に殺したところで何も得をしないのだ。

積極的に誰かを殺害しようなどと思うはずがない。

 

ところが俺が殺そうと思わなくても、むこうから勝手に殺されにくることがあるというのが、この能力の厄介なところだ。

 

 

今朝、目覚めて早々に一仕事してきた俺は、人目につかない路地の奥で戦利品を確認していた。

誰かに木馬ちゃんを見られたりしたら面倒なことになる。

空中に浮かぶ謎の生物が発見されたなんてニュースが流れたら、研究者とかが捕まえに来るかもしれないしな。

 

 

俺は木馬ちゃんに手を突っ込んでゴソゴソした後、「意外とたくさん入ってるな」と思いつつ上機嫌で蓋を閉じ、木馬ちゃんを消した。

それと同時に黒髪の男と目が合う。

木馬ちゃんの陰に隠れていてそれまでは男の姿が見えていなかったのだ。

 

「やあ、すごいね。それが君の能力かい?」

 

男はやたらとフレンドリーに話しかけてきた。

どうやら木馬ちゃんを見られてしまったようだ。

だが、スタンド的なものを目撃したにしてはあまり驚いている様子はない。

普通ならもっと動揺するのではないだろうか。

 

『スタンド使い同士は引かれあう』

 

そんな言葉が頭の中に響いた。

 

まさか、こいつもスタンド的な能力を持っているのか。

 

思わず男の顔を見つめると、俺の内心の疑問に答えるかのように彼は頷いた。

 

「実は僕も使えるんだ。よかったら少し話をしないかい?」

 

 

 

 

男に連れられてやってきたのは個室があるレストラン。

 

ここなら誰かに話を聞かれるようなこともないだろう。

 

本当は無視して逃げ出したかったが、相手のスタンドが不明である以上、軽率な行動はとりたくなかった。

それに、何となくついていった方が良いような気がしたのだ。

俺の勘は良く当たる。ゴミ山の中からピンポイントでお宝を発掘できたりするので重宝している。

 

 

「ここは奢るから、遠慮せず好きなものを注文してよ」

 

 

そう言われたので俺は迷わずステーキを注文する。

 

頼んだ料理が届くまでの間、俺は男といくつか話をした。

 

 

能力について聞かれたので、いつの間にか使えるようになったこと、詳しい能力は自分でも分からないこと、自由に出し入れ出来て金庫の代わりに使えることなどを話した。

正直に全てを教える必要はない。

あやしまれない程度に本当のことを混ぜて話した。

 

男は俺の話を聞くと、何度か頷いた後、手を差し出してくる。

 

「オレの能力を使えば、君の能力を調べることもできる。少し手を貸してくれないか?」

 

男はそう言って俺の手を掴むと、どこからか取り出した本に触れさせた。

 

 

そして、なんかわからんが男は死んだ。

 

 

 

 

床の上に倒れた男の呼吸は完全に停止している。

 

意味がわからん。

 

あまりにも意味不明なせいで頭が混乱してきたので、木馬ちゃんと相談してみる。

ちなみに木馬ちゃんは喋れないので返事がかえってくることはない。

しかし、代わりに木馬ちゃんのお腹から一冊の本が出てきた。

 

この本は……なんだか見覚えがあるな。

 

というか、多分これ『盗賊の極意(スキルハンター)』だ。

HUNTER×HUNTERに登場するA級賞金首が使う念能力で、相手の念能力を奪うことができるというやつだ。

 

 

 

ジョジョじゃなくてハンターだったか。

 

俺は無言のまま木馬ちゃんの中に本をしまった後、急いでここから逃げ出すことにした。




誤字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マチをミニスカポリスにする程度の能力(改)

盗賊の極意(スキルハンター)』は相手の念能力を奪うことができる能力だ。

 

おそらくこれで『俺の木馬(トロイ・ホース)』を奪った結果、『トロイの木馬(トロイ・ホース)』が発動して目の前の男、幻影旅団の団長であるクロロ・ルシルフルは死んだのだろう。

額を確認したらなんかマークがあったし多分間違いない。

馬で言うところの『星』みたいなやつだ。

 

 

能力者が死んだ以上、その念能力である『盗賊の極意(スキルハンター)』も消えそうなものだが、なんか死後に強まる念は残るとかいう設定もあった気がするしよくわからん。

心臓が止まっただけで実は生きているという可能性もある。

なんか心停止後に復活したピエロもいるし。

 

 

なんだろう。

現状をわかりやすく例えるなら、急にトラックが暴走して突っ込んできたと思ったら何故かトラックの方が爆散した、みたいな。

そんな感じだと思う。

 

 

とりあえず、俺は悪くない。

 

 

ちょうど逃げようとしたタイミングで料理を運んできたウェイトレスさんにそう説明しようと思ったのだが、残念なことに一般市民は念能力について知らないはずだ。

 

 

警察が来るのを待って、プロハンターを呼んでもらうしかないだろう。

 

相手が危険な犯罪者であることを説明し、詳しい説明はハンターにすると主張するしかない。

 

 

まだ俺の肉体年齢は十歳くらいのはずだし、そこまで酷い扱いは受けないはずだ、と思いたい。

 

そもそも一人死んだくらいで大騒ぎするとか、この辺りは治安が良すぎるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

クロロは心停止のまま病院へ、俺は警察署へと送られた。

 

フード付きのパーカーを着ていて良かった。

顔を隠せる。

別に知り合いとかはいないけど、お巡りさんと一緒にいるところを見られるのって何か嫌だからな。

 

 

 

警察署では取調室ではなさそうなちょっと豪華な部屋へ案内され、色々と調べたり上層部に確認したりするからしばらく待って欲しいと言われた。

 

 

三人掛けのソファの真ん中に座り、今後どうするか考える。

 

そもそも実際のところ、死因が何なのか、俺にもよく分かっていないのだ。

なんか顔が赤くなり酔っぱらったような動きをするのでアルコールだと勝手に思っているが、実は全く違う薬物とかの影響かもしれない。

 

その場合、俺が毒を盛ったと判断される可能性もある。

 

それはちょっと面倒くさい。

 

できればハンター、少なくとも念能力について知っている人が来れば俺の無罪は証明されると思うのだが。

 

 

 

 

そんな願いが神に届いたのか、俺の待機していた部屋に二人の婦警さんが入ってきた。

 

二人とも帽子を深くかぶっているせいでその表情を見ることはできないが、なんとなく彼女たちからは、ただならない雰囲気が感じられる。

きっと念能力者のオーラに違いない。

 

 

一人は金髪で背が高い女性。

胸元を大きく開けていて、思わず目が吸い寄せられそうになったが必死にこらえた。

最近、ようやく自分の体が大人に近づいてきたのでどうしても気になってしまう。

つまり、俺は悪くない。

 

もう一人の方はピンクっぽい髪の女性。

なんかスカートがちょっと短い。というか全体的に服がピッタリと肌に張り付いていて、まるで小さいサイズの制服を無理やり着たような印象を受ける。

いつも着ているはずの制服のサイズが合っていないなんて不自然なので、そういう着こなしなのだろう。

普段から彼女はミニスカポリスなのである。

ピンク髪は淫乱だと相場が決まっているので、この推測はおそらく正しい。

 

 

「事件現場に居合わせた子供ってあなたのこと?」

 

隣に座った金髪さんが尋ねてきたので、俺は頷き「はい。トロイと名乗っています」と返事をした。

 

俺のすぐ正面にはミニスカさんが立った。

彼女のスカートの丈は短い。俺は子供で身長が低いうえにソファに座っている。

この二つの要素が組み合わされば、何か未知の領域が見えてきそうな気配がするのだが、あと少しのところでダメだった。

 

というか、二人ともかなり俺との距離が近い。

逃亡しようとしたら、すぐ捕獲できるようにしているのもしれない。

一応、俺は容疑者だしな。

 

 

「原因について思い当たることはある? そもそもどうして、あなたはあそこにいたの?」

 

金髪さんが質問しながら、俺が着ているパーカーのフードの中に手を入れ、首筋に指を這わせる。

 

やはり距離が近すぎる。今、なぜ触れる必要があったのか。

まあ、女性に触られるのはそこまで嫌ではないから別にいい。

 

それよりも今は質問に答えなくては。

どう説明すれば俺が潔白であると理解してもらえるのか、頭の中で考える。

もしここで白ではなく黒だと判断されてしまったらお終いだ。

言葉は慎重に選ばなくてはならない。

 

うつむいたまま頭を必死に働かせ、ひとまず俺は潔白なのだと口にしようと顔を上げた瞬間、視界に眩しい純白の輝きが映り――

 

「白」

「黒ね」

 

 

俺と金髪さんの発言が重なった。

しかし、解せない。どう見ても黒じゃなくて白なのだが。

 

 

「団長は自動反撃型の能力にやられたみたい。それとこの子供は…………え、げん、さく、セカイをつくった、カミ? ……なに、これ?」

 

金髪さんがぐったりと俺にしなだれかかってきた。

彼女はちょうど俺の耳元で「(見た記憶が、思いだせない? なぜ?)」とつぶやいた。

 

その発言で俺は現状をほぼ正確に理解し、思わず震え上がった。

 

 

 

クロロが団長を務めている幻影旅団には女性の団員も何人かいる。

 

その内の一人がパクノダという金髪の女性で、触れた相手の記憶を読み取る念能力を持つ。

 

つまり、俺の隣で意識を朦朧とさせている女性はそのパクノダで、勝手に俺の記憶を盗み見た結果、酔っぱらってしまったのである。

 

映画館で勝手に映画を録画したりする行為を映画泥棒と言ったりする。

それを基準に考えれば、他人の記憶をコピーするというのも盗みの一種と判定されたのだろう。

 

その結果、彼女は酩酊し、盗み見た記憶を失った。

原作知識という俺にとって非常に重要なものを見てしまったとはいえ、あくまでもコピーしただけだから軽症で済んだ。ということに違いない。

 

 

そこまではいい。

彼女はほとんど意識がないようだし、いくら旅団のメンバーとはいえ、いまなら逃げることぐらいはできる。

問題は、なぜ彼女がここにいるのか、ということだ。

 

素直に考えると、団長が病院に運ばれたことを知り、何が起こったのか調べるために現場に居た子供の記憶を調べに来た、といったところだろう。

 

 

ということは、パクノダと一緒に来た人物も旅団の関係者だと考えるのが妥当だ。

ピンク髪のミニスカさんは淫乱なのではない。

ただ潜入する際にサイズが合う制服を見つけられなかっただけなのだ。

 

 

「テメェ、何しやがった」

 

ミニスカさんに襟首を掴まれ、立たされる。

 

俺が着ていた超安物の貫頭衣は、たったそれだけでビリッと破れ、服の前半分が分離した。

 

服の切れ端はミニスカさんの手の中。

当然、彼女に対しても『俺の木馬(トロイ・ホース)』が発動し、服の前半分を奪い去る。

 

ミニスカさんの顔が真っ赤に染まる。

彼女の目を見ると、顔が赤くなった原因は羞恥からくるものではなく、酩酊と怒りからくるものだとすぐに分かった。

あれは海王類がブチギレた時に見せる目だ。

 

殺される。

なんとなくそう思った。

そして残念なことに俺の勘は驚くほどよく当たる。

 

ミニスカさんは酔いと怒りのせいで判断力が鈍っているのだろう。

自動反撃型の能力と判明している俺に攻撃してくるなんて。

 

 

俺に残された勝ち筋は一つだけ。

 

先ほど手に入れたクロロの能力だ。

もし、あの本の中に何か一発逆転の能力が入っていれば……

さっきちらっと見た時は白紙のページばっかりだったような気がするのだが、俺が見落としているだけという可能性もある。

ついでに俺が未知の能力を所持していることを警戒してくれればさらにありがたいのだが。

 

 

俺の木馬(トロイ・ホース)』を発動し、扉を開ける。

 

その瞬間、俺の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。

 

先ほどパクノダは俺から『自分の知りたい情報』をコピーしていた。

順当に考えるならば、俺にとっての『自分の知りたい情報』をパクノダからコピーしたのだろう。

 

脳裏に流れ込んだ情報は、団員の能力や戦闘法に関するもの――が一切含まれてなかった。

 

俺が見たのは、旅団の女性メンバー、マチとパクノダが着替えたり水浴びをしたり夜に一人で遊んだりといった光景のみである。

 

あっ、シズクはいない。原作前っぽい。

 

 

 

コピーした情報の内、戦闘に役に立つものはほとんどなかった。

唯一の収穫は、俺を殺そうとしているミニスカさんがマチという名の旅団メンバーだと確定したぐらいである。

彼女は念糸を使う能力者で、切断された腕を縫って繋げることもできるほどの器用さを持つ。

ようするに、超テクニシャンなわけだ。

そして、意外と着痩せするタイプらしい。

 

これらの情報を得た対価として、俺の体は無意識の内に前かがみになっていく。

 

体が成長し大人へと近づくのも良いことばかりではない、ということだな。

まさに『塞翁が馬』というやつだ。

たしか塞翁さんの馬が逃げてしまい不幸だと思ったら、なんか友達の馬を連れて帰ってきたのでラッキーみたいな話だった。

幸運だと思ったことが不幸につながったり、不幸だと思ったことが思いがけない幸運につながったりするという意味の言葉である。

 

 

 

今回の場合はその前者のパターン。

とてつもなく幸せな光景を見たものの、そのせいで体が勝手に前かがみになるという不幸につながってしまったわけだ。

 

戦闘中に座り込んだりするなど、自殺行為以外の何ものでもない。

 

しかし、今回の場合は違ったようだ。

俺がかがむと同時に頭を掠めるように何かが通り過ぎる。

 

もしたたなければ、もとい座らなければ、やられていた。

 

これは『塞翁が馬』の『不幸だと思ったことが幸運につながる』方のパターンだな。

 

 

運が良かったおかげで、マチの初撃を避けることができた。

 

しかしながら、幸運が何度も続くとは思えない。

 

俺は一発逆転を狙って、木馬ちゃんのお腹に手を伸ばした。




たくさんの感想、評価等ありがとうございます。
頂戴した感想には全て目を通させていただいておりますが、返信が苦手なので、更新を優先しつつ余裕ができしだいというような形式でやらせていただきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マチをママにする程度の能力(改)

キリスト教には『父と子と聖霊は同一にして不可分』という教えがあると聞きました。
地球最大の宗教であるキリスト教が認めているのだから、民主主義的に考えれば『父と子が同一である』ことは人類の総意だと言っても過言ではないはず。


俺は彼女を少し甘く見ていたらしい。

 

グラビアアイドルのような肉体を持っていると知ってしまったせいで、彼女が戦闘のプロであるという事実を一瞬だけ忘れてしまっていた。

 

マチの攻撃が空振りした瞬間、俺は逃げるべきだった。

あの状況で本を手にする余裕など残されていなかったのだ。

 

あっという間に、俺の体はソファに念糸で固定されて、指一本動かせなくなってしまう。

 

このタイミングで即座に『俺の木馬(トロイ・ホース)』に攻撃させるなどすれば、なんとかなったかもしれない。

 

しかしながら、俺は躊躇してしまった。

俺は自分の能力について詳しく知らないせいで、使って良いのかどうか判断できなかったのだ。

 

原作キャラで言えば、ネオン=ノストラードの状況に近い。

念を覚える前に、いつの間にか発を作ってしまっていたわけだ。

 

当然、能力を発動するためにどんな制約があるかわからないのだ。

強い能力を作るためには、それに見合う厳しい制約と誓約が必要になる。

 

ルールを決めてそれを破ったら死ぬ等の条件を設けることで、念能力は強化することができるわけだ。

 

俺の能力には、ルールがあるのか、もしあったとしたらどんなルールが課されているのだろうか。

 

 

仮に何らかのルールがあったとすると、俺の能力はなんだか古代ギリシャっぽい感じなので、そのルールもそれに沿ったものである可能性が高い。

 

 

例えば、古代ギリシャにおいては泥棒のことを『壁を殴る者』と呼んでいた。

当時の家の外壁は薄かったので、泥棒は家の壁を殴って穴を空けて侵入していたからそうなったらしい。

したがって、俺が他人の家に許可なく侵入する場合、外壁を殴って空けた穴からしか入れない可能性がある。

 

もし暗殺者に用事があってゾルディック家を訪問する場合、普通の人は試しの門を開ければいいわけだ。

いくら扉の重さがニトンもあるとはいえ、念が使えればなんとかなるだろう。

ところが、俺の場合は、試しの門を殴って穴を空けなければならないかもしれないのだ。

普通に無理だ。

もしできたとしてもゾルディック家と戦争になるだろう。

 

 

また、古代のオリンピックの選手は全員が全裸で参加していた。

俺がもしスポーツをする場合、全裸にならなければいけない、みたいなルールがあるかもしれない。

その場合は、グリードアイランドというゲームをクリアするための必須カード『一坪の海岸線』を入手するのがほぼ不可能になる。

スポーツ勝負に勝たないとこのカードはゲットできないからだ。

服を着て出直せ、と言われてスポーツ勝負に参加させてもらえないだろうし、ゲームをクリアすることで得られる報酬も諦めねばなるまい。

 

 

そして、スパルタの兵士たちはいつも戦争の時にファランクスという陣形を使っていた。

これは、左手に大きな盾を持ち、その盾の右半分で自分の身を守り、残りの左半分で左隣の味方の身を守るという戦術だ。

もしかすると、俺が複数人で集団戦をする場合、必ず味方とファランクスを組まなければならないというルールがあるかもしれない。

 

原作の主人公たちが受けるハンター試験では、『多数決の道』という試練が存在する。

これは名前の通り、5人が多数決を行い、協力して困難な道を進むというものだ。

もしファランクスを組まなければ戦いに参加できないとなると、俺はこのルートを選択できなくなってしまう。

情報のない別ルートを選択しなければならず、難易度が上昇してしまう。

 

 

 

 

このように未来の知識という圧倒的なアドバンテージを捨てることで、俺は強力な能力を得ている可能性がある。

 

 

 

 

俺は木馬ちゃんのことを単なる能力というだけではなく、大切な仲間であり唯一の家族だと認識している。

彼女と一緒に戦う場合、大きな円形の盾をあと二枚用意しなければルール違反になる可能性もある。

 

 

一瞬、そんなことを考えてしまったせいで、判断が遅れてしまった。

 

 

 

動けない俺に対し、マチの一撃が振るわれる。

 

狙いは頸部。

 

かぶっていたフードごと首が切断され、宙を舞う。

 

 

 

首が胴体と離れてもほんの僅かな時間は意識を保つことができると聞いたことがある。

 

あれは本当だったようだ。

もしかすると念能力による強化が原因かもしれないが、もはやどうでもいいことだ。

 

 

俺の目に映っているのは、木馬ちゃんと首を失った俺の体、それに向かって落下していく本と母か姉から貰った宝物の服。

 

このままだと俺の宝物は血で汚れてしまうだろう。

そう思うとなんだか悲しくなった。

 

涙は出なかったが、代わりに首から何かが勢いよく噴き出た。

 

 

それは、光輝く翼を持つ馬であった。

 

 

かつて、ギリシャの英雄ペルセウスがメドゥーサを討伐した際、切り落とした首から血とともにペガサスが飛び出したという。

 

ペガサスというのは、翼がある馬のことで不死の象徴ともされる存在である。

 

 

おそらくあれが死後に強まる念とかいうやつなのかもしれない。

 

 

いけ! そのまま宝物を保護しろ!

 

俺の血と引き換えに宝を守れ!

 

俺の木馬(トロイ・ホース)! いや、俺の天馬(トロイ・ホース)

 

 

 

 

そう願ったものの、なぜか雷のような光を放つ天馬ちゃんは俺の宝物ではなくマチの方へ向かって突撃した。

 

もしかして、かたき討ち的なことをするつもりなのだろうか。

そういうのは求めていないんだが。

 

しかも、なんか全然効いていないっぽい。

それどころか、マチは背中から光の翼を発生させており、パワーアップしているようにすら見えてしまう。

 

まるで、彼女自身が天馬にでもなったかのようだ。

 

 

 

母か姉から貰った大切な服はそのまま地面に落下していった。

 

なぜだろう。

俺にとっては、あの服よりも、俺の首を落とした彼女の方が大切な存在だというのだろうか。

 

 

 

メドゥーサを打ち取ったペルセウスは、その首とペガサスを自分の武器にしたのだという。

だから、その力は彼女の戦利品だとでも言うのだろうか。

 

そういったデメリット的な能力をつけることで、自身の能力を強化しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

せめて、一太刀、彼女に突き入れなければ終われない。

 

そんな思いが頭の中に生まれた。

 

 

 

 

トロイの木馬とは、本来は、中に兵士を入れておくものだ。

 

その兵士が敵中に侵入し暴れまわる。

 

そういう存在のはずだ。

 

ならば、俺が木馬ちゃんの中に入るのが、正しい姿なのではないか。

 

そう思った瞬間、木馬ちゃんがバラバラに分離し、それぞれのパーツが、俺の体を包み込んでいく。

 

 

やれる。体の、首から下の感覚が戻っている。

全身の感度もかなり高まっている。

 

 

いまなら一太刀入れることも可能だ。

だが、長くは持たないだろうという感覚もある。

 

30秒くらいで、俺は果てて倒れ伏し、起き上がることはないだろう。

 

せめて肉体がもっと成長していれば、そんな後悔があった。

 

 

 

 

俺の顔を見たマチが、驚いた顔を浮かべる、まるで死人にでもあったかのように。

 

彼女の中では、俺は死んでいた存在なのだろう。

 

 

 

 

だから、迎撃が完全には間に合わなかった。

 

 

 

 

天馬と木馬が、叫び声を上げながら、激しく交わる。

 

 

俺の一突きが、彼女に突き刺さり、血をまき散らしながら暴れ狂い、そのまま俺は果てた。

 

 

 

 

この能力を『俺は種馬(トロイ・ホース)』とでも名付けておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、命を最後の一滴まで絞り出し、死んだ……かと思った。

 

 

 

 

 

 

だが、なんとか今も生きている。

 

 

より正確に言うならば、一度は完全に死んだのだ。

 

 

 

しかし、マチママに産み直してもらうことで復活したわけだ。

 

 

 

キメラアント編で同じようなことやっている連中はいっぱいいるし、きっとそこまで珍しい現象でもないと思われる。

 

 

 

 

彼女が俺の体を奪ったため、死後に強まった『俺の木馬(トロイ・ホース)』が発動したのだろうと俺は思っている。

 

 

 

なぜ俺の体を奪ったのか。

 

死体を埋めるためか。

 

人体収集家のように俺の死体が欲しかったためか。

 

それはわからない。

 

 

 

 

だが、結果として、体を奪われたことでその所有権を奪い返し、相手の持つ体を奪うことになったのではないだろうか。

 

もっとも、その場合、俺の体は完全に壊れていたので、魂が俺の体に入ってもすぐに死ぬだけ。

 

よって、相手の体を奪うことになると考えるのが自然だ。

 

 

 

 

つまり、本来は俺はマチの体を奪ってしまうところだったのだが、いくつもの偶然が重なって彼女は助かったのではないか。

 

 

 

 

俺は種馬(トロイ・ホース)』が発動した影響で、彼女の中にもう一つの新しい体が誕生しており、それを俺が奪ったのではないだろうか。

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。
助かりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マチをフルーツハンターにする程度の能力(改)(改)

俺はマチママに産み直されて、赤ん坊になり、また人生をやり直すことになってしまった。

 

 

 

 

基本的に赤ん坊というのは気楽なものである。

食事と睡眠だけしていれば良いのだから。

 

よってある程度成長するまでは気楽にすごせば良いだろう。

 

などという、そんな一般的な常識はこの世界や古代ギリシャ世界では通用しない。

 

 

例えば、スパルタという一時期古代ギリシャ世界の覇権を握っていたこともある国は、教育や軍事訓練が非常に厳しかったことで有名だ。

スパルタ教育という言葉もこの国の名前がもとになっている。

 

スパルタの市民は生まれた段階で最初の試練に直面する。

伝承によると、弱い赤ん坊は捨てられてしまい、そのまま死ぬことになるという。

 

 

そして、厳しさに関してはこの世界もスパルタと大差ない、あるいはもっと悪いかもしれない。

 

なにしろここは武力10道徳1みたいなステータスの人たちばかりなのだ。

仮に道徳心がスパルタ人と同じくらいであったとしても、念能力を持っていて戦闘力が高い分だけこちらの人間の方が危険度は高い。

 

 

何か問題が起きた時なども、たぶん話し合いとか無理なので、武力を使って力任せに解決することが多くなると思われる。

 

 

将来、何か困ったことが起こった時のために、今の内からできるだけ鍛えておいた方が良いだろう。

 

 

 

まずは纏、練、絶などの基礎からはじめれば良かったはずだ。

 

 

そして、ある程度まで成長したら、原作でビスケがゴンやキルアにやらせていたような応用技術の訓練をする。

 

老いたる馬は道を忘れず。

多くの経験を積んだ彼女の修行法は決して大きく間違ったものではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて、赤子が訓練を行うためには大量のエネルギーが必要になる。

単に訓練で消費したエネルギー分だけではなく、体の成長のためのエネルギーも必要になるからだ。

それらを食事で補わなければならない。

 

当然ながら、赤ん坊の食事というのはミルクのことを指す。

 

母親が食材を食べることで栄養が血液中に吸収され、その栄養たっぷりの血液から生成されたミルクを赤子が口にするのだ。

 

よって、体が小さくあまりたくさんの飲食ができない赤子が多くの訓練を行うためには、高い品質のミルクが必要になる。量よりも質が重要なのだ。

 

 

そして、ミルクの品質というのは、母体の状態と食材によって決定するといっても過言ではない。

 

 

より高品質なミルクを提供するためには、より高品質な食材が必要になる。

 

そういったものを手に入れるために、一番簡単な方法は、美食ハンターになって自分で探すことだ。

 

 

俺の勘では、マチママはそんな感じの考えでハンターライセンスを取得したと思われる。

 

 

俺が産み直された段階ではすでに試験に合格した後で、彼女は新しい食材を見つけるべく、毎日世界中を飛び回っては秘境を探索していた。

ターゲットは主にフルーツ。

フルーツから生成されたミルクは甘くて美味しいと誰でも知っている。

 

 

 

 

その探索の間俺がどうしていたかというと、もちろん家で留守番していたなどということはなく、念糸でマチママの体に固定されて一緒にあちこちを探検していた。

 

一般人ならば危険すぎて立ち入ることができないような場所へも普通に連れていかれてしまい、いくらマチママが守ってくれていたとはいえ、少し怖かった。

自分の意志では満足に体を動かせないため、できるのはオーラによる防御を維持することだけ。おかげで念の修行が捗った。

 

ひょっとすると彼女は最初からこれを狙っていたのかもしれない。

 

強制的に俺に訓練をさせつつ、同時に良質なエネルギー源を確保する。

一石二鳥の作戦だ。

 

 

獅子は我が子を千尋の谷に落とすという。

 

きっと彼女は、俺にわざと試練を受けさせることで成長を促しているのではないだろうか。

これは、きっと母の愛に違いない。

 

 

 

 

なぜこんな大変な思いをしなければならないだろう、と最初は思った。

 

 

しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。

 

そういった困難を乗り越えれなければ、大きな報酬を手に入れることはできないのだ。

 

 

身体を鍛えたり、肉体を強く成長させるための最高のフルーツ果汁やプレミアムミルクを得るためには、どうしても多少のリスクを負わねばならない。

 

 

 

 

実際、俺は強く成長し続けている。

 

 

手にオーラを纏わせて、立派なフルーツを包み込んでいる邪魔な部分を切り裂いた。

そして、まろびでたやわらかい禁断の果実を口に含む。

その甘い果汁が身体に染み渡っていくのを感じる。

最後の一滴まで絞りつくしても、しばらくは手放すことはしない。

 

棒アイスを食べ終わった後、その棒で遊んだり、かじったり、しばらく咥えたままでいたり、そんな感覚に近い。

 

普通は子供がそんなことをしていたら親は叱るものだが、マチママは優しく許してくれた。

 

流石に夜中を過ぎても遊んだりペロペロしていたら、無理やり寝かしつけられてしまうが。

 

 

 

 

そんな生活をしていた結果、俺はミルクこそが世界で一番の食物であると確信するに至った。

 

かつて女神ヘラから流れ出た母乳は天の川(ミルキーウェイ)になったという。

 

俺の頭の中で大量の星々が川のように流れていく。

 

 

これまで母の愛を知らずに生きてきた。

 

ずっと母を求めてきた。

 

だからこそ、俺は母の愛を知って、そんな愛の象徴たるミルクに対して、過剰に反応してしまっているのだろうか。

 

そんなことはないとは言い切れないが、決してそれだけが原因ではないはずだ。

 

美味しい食材を母体が摂取すれば、血液中に美味しい成分が溶け込むし、そこから生成されるミルクだって美味しくなる。

 

これは、世界でもトップクラスに美味しい食材を食べ続けた結果、従来のミルクではあり得ないくらいに、マチママのミルクが進化しているのではないかと思われる。

 

つまり、世界最高クラスの食材の旨さだけを濃縮した液体を俺は飲まされているのだ。

美味いに決まっている。

 

 

もし全ての人類がこの進化したミルクを常飲するようになったら、世界はおかしなことになってしまうかもしれない。

 

このミルクを求めて争いが起こるかもしれないし、反対に美味すぎて争うのがバカらしくなるかもしれない。

 

 

 

このような神の飲み物を世間に広めてしまって本当に良いのだろうか。

人類にはまだ少し早すぎるような気もする。

 

これは俺の口と腹の中に留めておくべきではないか。

 

 

 

 

そんな俺の心配をよそに、マチママはごく普通にこれまでの成果を発表してしまった。

 

 

 

 

育児業界に激震が走った。

 

 

 

一般的に世間で偉いと思われている人たちというのは子育てに熱心であることが多い。

 

子供というのは自分たちが頑張って奪った富を受け継ぐ存在だからだ。

 

そういったお金持ちの人たちの間で静かな美食ブームが起こった。

 

 

 

これにより、いくつかのコネとか資金とかを手に入れたマチママは、さらにすぐれた食材を探すべく、今日も冒険へと旅立つ。

 

 

 

 

「トロイ、いくよ」

 

そう言ってマチママに抱き上げられ、俺はコバンザメ状態となる。

 

産み直される前と名前が変わっていないが、マチママの死んだ弟がトロイと名乗っていたらしいのが原因だ。

まぁ、そういうことなら、理解できないこともない。

 

 

 

だがそれとは別に今の状況で一つだけおかしいことがある。

俺はそれを指摘せずにはいられない。

 

 

そう。外出する時は服を着るべきなのだ。

 

 

俺の能力である『トロイの木馬(トロイ・ホース)』の厄介なところは、強制的に能力が発動してしまうという点にある。

 

母親が赤ん坊の世話をする際、どうしても避けられないのが、おしめを変えるといった作業である。

 

 

もし誰かがこの作業を睡眠中の俺に適用してしまったらどうなるか。

 

当然、その人物は全裸になってしまうわけだ。

 

俺の着ていたものをとったと判定され、その人物は着衣を失ってしまうのである。

 

 

これを回避するためにはどうすれば良いか。

 

 

 

マチママがたどり着いた答えは、全裸だった。

 

最初から何も着ていなければ、ちょっと酔うだけで済むのだ。

 

 

このような理由からいつも家では身軽な恰好で過ごしているマチママだが、その状態に慣れすぎてしまっている。

その上、酔いも手伝って、服を着ないまま外出しようとしてしまうことが何回かあった。

 

 

もちろんその度に俺は全力で止めたのだが、何度もそういった赤子にしては賢すぎる行動を繰り返したせいで、俺のそこそこ高い知性がバレてしまった。

ギリシャの神々レベルの知能しかなさそうな俺でも、流石に普通の赤子よりは賢いのだ。

 

 

 

 

 

ある程度の高いレベルで意思疎通ができる赤子というのは、非常に便利な存在である。

 

なぜなら、人間の味覚というものは年を重ねる内に変化していくからだ。

 

子供は野菜などの苦い食べ物を嫌がったりする。

 

これは大人より子供の舌の方が苦味を感じやすいから起こる現象だ。

コーヒーとかも小さい子供の内はとても飲めない。

 

好き嫌いはダメ、などと大人の視点で語られても子供にとっては納得できないし、大人からしてもなぜその程度が我慢できないのか理解できない。

 

 

こういった味覚の違いをこれまでの人類は軽視しすぎていた。

 

 

だが、これからの人類は新しい視点を得た。

 

大人と子供で味覚が違うのならば、当然ながら大人と赤ん坊でも味覚は異なる。

つまり、大人にとって美味しいものと赤子にとって美味しいものも異なるのだ。

 

 

母親が食べてそこまで美味いと感じない食品でも、ミルクとして生成されると赤子にバカウケするような味になる可能性もあるのだ。

 

 

実際にミルクを試飲し、その評価を明確に下すことのできる俺という存在は、再び育児業界に大きな変革を起こした。

 

これまでマチママが発見したフルーツなどの食材たちは希少で高級なものが多かった。

当然ながら、値段も高くなってしまい、一般庶民には手の届かないものだったわけだ。

ところが、俺とマチママが協力して発見した食材は、比較的入手難易度が低く、育てるのも簡単である場合が多かった。

つまり、味では高級品にも匹敵し得るのに、値段が劇的に安いのである。

 

 

 

「ほら、夕飯の時間だよ」

 

 

大きくたわわに実ったフルーツを見ながら俺は思う。

 

やはりこのフルーツは最高だ、と。

 

世界には様々な食材があるが、甘いミルクを生成するためには、やはり甘いフルーツが適している。

 

 

 

 

ここ一、二年ほどの間にマチママと俺によって発見されたフルーツ等の食材は、裏社会の一部のマフィアたちから赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)などと勝手に呼ばれるようになった。

他の一部のマフィアたちはそんなやつらをバカにして争いが起こったりもした。

 

 

 

この何種類か存在する赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)の内のいずれかを一度でも味わった赤子は、もう二度と普通のミルクでは満足できない体になってしまうからだ。

 

もちろん麻薬成分などは一切入っていない。

あまりに美味すぎるせいで、そうなってしまうだけ。

 

猫がチュールとかいう謎物質を好きなのと同じ理論だ。

 

そして、世の母親たちは猫にチュールを与える感覚で、この赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)を買い求めるようになった。

 

 

 

 

 

マフィアたちの中で、この赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)にいち早く目をつけたのがノストラードファミリーとかいう連中らしい。

彼らは田舎の弱小マフィアだったのだが、最上級の赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)の売買で成り上がり、現在ではマフィアンコミュニティーの中でもある意味で注目されるようになりつつあるとのこと。

 

 

彼らが赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)に目をつけたのは、ボスの娘であるネオン=ノストラードが赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)の発見者であるハンターに弟子入りを頼んだことがきっかけだったそうだ。

 

天空闘技場で、まるで相手の未来の動きが見えているかのような華麗な戦い方をする彼女に憧れたのだという。

 

 

 

そういった内容の番組が真昼間から放送されている。

テレビでマフィアを取り扱うなんてかなり攻めてるなと思ったら、スポンサーがノストラードファミリーだった。

 

良いのか、これ?

 

ただし、赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)やマフィアを無条件に褒めたたえるのではなく、問題点も提示しているようなので比較的真っ当な番組だと判断できる。

 

光があれば闇もあるのは当然だ。

それを意図的に隠すのは悪いことだ。

 

 

 

赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)は急速に世界中に広まりつつある。

最近、悪質な業者から偽物が混じった劣悪な赤子の麻薬(ベビー・ドラッグ)を売られたせいで、辺境の少数民族の間で集団食中毒事件が発生したと番組のナレーターが話している。

死人こそ出なかったものの、大勢の人が入院する事態になったそうだ。

 

 

その民族の女の子がインタビューを受けている映像が流れる。

 

「治療のために各地の病院に入院したり、治療費を稼ぐために出稼ぎにいったりして、一族は離散してしまった。絶対に許せない」

 

その女の子は、目を真っ赤に染め、涙を流しながらそう訴えていた。




感想、評価等ありがとうございます。
今後の参考とさせていただきます。


誤字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

家族を増やす程度の能力(改)

1993年、3歳になった。

 

 

最近、俺には二つほど悩みがある。

 

一つ目は、時々思考が動物っぽくなってしまうことだ。特に家にいる時。

 

かつて女神アルテミスの水浴びを見た男は、動物に変えられてしまったという。

 

たぶん、俺にもそんな感じのルールがあるに違いない。

女神のように美しい裸体を見ると、興奮して理性が低下し、思考が猿とか野生動物的になってしまうというルールが。

 

つまり家でマチママと一緒にいる時は本能に忠実になってしまうわけだ。

 

人間の三大欲求の一つが反応し、ついその美しくも優雅な曲線を見てしまうと、ミルクが欲しくなってしまうわけだ。

 

 

この問題に関してはマチママが服を着れば良いだけなので簡単に解決できる。

もうおしめなんて使っていないので、「脱ぐ必要ないよ」と教えてあげれば良いだけだ。

 

だが、それを指摘してしまうと、遠回しに「お前の裸は見苦しいんだよ」と言っていることと同義になってしまうと言えないこともないこともないこともないかもしれない。多分。

 

そんな酷いことを敬愛するママに言えるわけがないので、この問題は永遠に解決することはないだろう。

 

 

 

 

二つ目の悩みは、なんだかマチママが過保護すぎるのである。

 

なぜそんなに親切なのか。

 

 

 

かつて、鬼子母神という女性がいた。

 

彼女は1万人も子供がいたらしく、他人の子供を食うことで生活していた。

 

ところが、そこへお釈迦さまが現れて、彼女の子供の内の1人を隠してしまう。

 

すると鬼子母神は大いに嘆き悲しんだという。

 

そんな悲しむ彼女へお釈迦さまは言った。

 

「大勢子供がいるお前でさえ1人子供を失っただけでそれほどまでに悲しいのだ」

 

「子供が1人しかいない母親が子供を失ったらもっと悲しいだろう」と。

 

それを聞いた鬼子母神は、それまでの行為を改めて、子供の守護神になったのだそうだ。

 

 

 

この話から、なぜマチママが俺を過保護にするかという答えが見えてくる。

 

子供が減ったら母親は悲しい。

じゃあ、子供が増えたら嬉しいのではないか。

 

 

 

それに、住めば都という言葉もある。

住み慣れればどんな場所でも都のように良いように見えるわけだ。

同様にどんな子供でも、育てていればお釈迦さまのようにありがたいものに見えるのかもしれない。

 

 

 

 

実際に俺は過保護にされているし、これは疑いようがない。

ママとはそういうものなのだ。

 

 

 

強い者が勝つのではない勝った者が強いのだ理論を適用すると、これは明らかだ。

 

ママが息子を可愛がるのではない、息子を可愛がるのがママなのだ。

 

 

よって、性別が女性であるならば、全ての人類がママになれる可能性を持つわけだ。

 

新人類である赤い大佐は、自分より年下の高校生くらいの年齢の少女を自分のママになれるかもしれない女性と表現した。

 

昔、俺はそれを『何言ってんだこいつ』と思ったものだが、今はその理論が正しかったと理解できる。

 

 

人類が持つ無限の可能性を見た結果、俺は頭から背中にかけて何か稲妻のようなものが走るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、俺はマチママに過保護にされているのだが、本来なら色々と世話をしてもらえることは嬉しいことである。

 

 

だが、過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉もある。

 

あまりにも過保護にされると逆につらく感じてしまうこともある。

 

昨日、俺が食べた食事はというと、朝食にミルク、十時のおやつにフルーツ果汁、昼食にミルク、三時のおやつにミルク、夕食にミルク、そして夜食にもミルクなのである。

 

離乳食すら未だに味わったことがない。

 

 

とっくの昔に歯だって生えてきているのに、使う機会が訪れる気配は全くない。いわゆる、歯童貞だな。

 

処女と童貞の守護神である女神アルテミスには好かれるかもしれないが、愛の女神であるアフロディーテには嫌われるような気もするので、それに関しては実質プラスマイナスゼロである。

 

 

 

 

 

いくらミルクが全ての食物の頂点であるとはいえ、たまには違うものを食べたい気分になる時もある。

 

これが反抗期というものなのだろうか。

 

テレビとかでお菓子の広告を見たりすると、どうしても気になってしまう。

 

ミルクさえあれば十分だと理性では理解しているのだが、ストリートチルドレン時代に膨れ上がってしまった物欲が今でも消えてくれない。

 

人間、他人が持っているものというのはどうしても気になってしまうものなのだ。

これは俺が母親を強く求める理由でもある。

理性では抑えられない。

 

 

 

俺は一度、マチママに提案してみた。

もう子供じゃないし、家の外で食事をする時くらいはミルクじゃないものにしないか、と。

誰かが見ているかもしれない状況で俺ぐらいに成長した子供がミルクを吸うのは少し恥ずかしい、と。

そのように訴える作戦だった。

 

その結果、マチママは研究者などと協力して天の川銀花(ギャラクシーフラワー)という植物を開発してしまった。

 

これを食べると、幼女から老婆まで胸から天の川銀河してしまうのだ。

 

 

権力者たちの一部は、この植物が大好きになり、自分の女秘書などに食べさせるようになった。

彼らいわく、忙しい時に手軽に栄養補給できる点が素晴らしいらしく、他意は一切ないそうだ。

 

そんな権力者の犬である国民たちが飼い主である権力者をバカにした発言などできようはずもない。

赤子以外がミルクを飲んでいても、眉を顰める者はいるが、大声でバカにする者などいなくなった。

 

俺の計画は失敗したわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなふうに挫折を味わった俺のもとに、果汁やミルクといった液体以外のものを口にするチャンスが訪れた。

 

 

 

俺は基本的にずっとマチママと一緒にいるのだが、いくつか例外もある。

 

その例外の一つが、天空闘技場である。

 

マチママが天空闘技場で試合をする間、俺は彼女と離れることになる。

 

 

かつて俺が一歳くらいだった頃、テレビに天空競技場の試合が映った時、思わず夢中になって観戦してしまったことがあった。

別に格闘戦が好きなわけではないが、原作に出ていた場所だと思うと興味をひかれたのだ。

 

その様子を見ていたマチママが子供に玩具を買い与える感覚で、天空闘技場に参加しはじめた。

 

 

とはいえ、流石に試合の場に俺を連れていくわけにはいかない。

二対一は普通にルール違反だ。

仮に小学生未満は無料理論を使うとしても、マチママも俺もファランクスを組むための盾を持っていないから難しい。

 

 

そういった訳で、試合の間だけ俺はベビーシッターさんに預けられることになる。

 

そのベビーシッターさんの名前を俺は心の中でマチオルタさんと呼んでいる。

これはマチ・オルタナティブの略だ。

 

青っぽい髪色の女性で、マチママの2pカラーみたいな容姿をしている。

 

 

劇場版に登場する人物の中にオモカゲという男がいる。

この男はたしか幻影旅団の元メンバーでヒソカの前任者だったはずなのだが、なぜかまだ現役らしい。ピエロはどこにいった。別にいなくても良いけど。あいつはママにはなれないし。

 

 

 

オモカゲの能力は、実在する人間のコピー人形を作るというもの。

そのコピー人形はもとになった人物と遜色ない能力・性格・記憶を持つのだという。

ただし、人形を作った時点では目が入っておらず、丁度良い目を他の人間から調達しないといけないのだそうだ。

 

これらの能力に関する情報はマチママのコピーであるマチオルタが教えてくれた。

彼女はマチママと入れ替わりで旅団に入って色んな悪いことをしているため、少し怖い雰囲気があるのだが、意外と親切なところもあるのだ。

 

とはいうものの、マチママとマチオルタでは性格とか普通に違っているので、この情報の精度はあまり高くないかもしれない。

 

 

そんなマチオルタはまだ丁度良い目が見つかっておらず、キルアのママがつけていたようなスコープ的なものを装備している。

 

本来、簡単にフロアマスターになれるくらいの実力があるマチママが未だにそこまで到達できていないのは、マチオルタが目を探すのに忙しくてなかなかベビーシッターをする時間がとれないからだ。

 

そう言えば、キルアのママって不思議なことにあまり人気という印象がない。

ママであるという一点だけで、他のあらゆるキャラの人気を超越しても良さそうに感じるのだが。

もしかすると、スコープで顔の上半分を隠しているのが悪いのかもしれない。

 

マスクで顔の下半分を隠していると誰でも美人に見える理論というのを誰かが提唱していた。

サンビカ=ノートンだって顔がほとんど見えないけどかわいく見えるし、この理論は正しいかもしれない。

 

その逆理論で顔の上半分を見えなくしてしまうと、人気投票で不利になるのではないか。

 

つまりただでさえ美人なマチオルタがスコープを外したらマチママに匹敵し得る。

 

 

 

はやくマチオルタにも、よく似合うカッコイイ感じの目が見つかると良いのだが。

個人的には髪色に似合う黒い目がピッタリなんじゃないかと、なんとなく思った。

 

 

 

 

そんなマチオルタに俺は頼み事をしてみた。

 

売店でお菓子を買ってちょうだい、と。

 

まさか3歳にもなって未だに卒乳していないとは流石のマチオルタも想像できなったのだろう。

少し面倒くさそうな顔をしつつも何も言わずに売店でチョコロボ君を買ってくれた。

 

俺は感激した。

なにしろ今世ではじめてミルク以外の食べ物を手に入れたのだから。

しかも原作に出てくるあのチョコロボ君だ。

これで嬉しくないわけがない。

 

 

日本の子供たちは、小さい頃からアニメを見て『正義とは何か』を学ぶ。

アニメに登場するヒーローは、泣いている子供を救うため、自分の顔を引きちぎり子供に食べさせる。

美味しいアンパンを食べた子供は笑顔になる。

 

そう。これこそが正義だ。

正義とは腹が減っている者に食べ物を与えること。

作者さんもそう言っていた。

 

つまり、子供に自分の血肉を削って作ったミルクを与えるママは絶対正義なのだ。

ついでに、お菓子を買ってくれたマチオルタも正義だ。

 

 

「それ、食べないの?」

 

「うん、あとで」

 

「ふーん」

 

本当はすぐにでもチョコロボ君を美味しくいただいてしまいたいと思った。

だが、もし今これを食べてしまったら、次はいつ入手できるか分からない。

 

ひょっとすると二度と手に入らないかもしれない。

あまりにももったいなくて、どうしても食べることができなかった。

 

美味しいものをいただくのを我慢するくらい、あの変態ピエロでもできたのだ。

あれにできて俺にできないなんて認めたくなかった。

 

俺は必死に使ったこともない歯を食いしばり、欲望に耐えた。

 

 

せめて次のマチママの試合まで我慢すれば、もう一度マチオルタにチョコロボ君を買ってもらえるかもしれない。

食べるのはそれからでも遅くない。

それまで我慢だ。

 

 

 

 

そう決心してから、三か月近く経過し、マチママがフロアマスターへと挑戦する日が来た。

まあ順当に勝つだろう。

 

 

前回の試合の日から俺はいつもチョコロボ君と一緒にいた。

 

寝るときも、念の訓練をする時も、ミルクを吸う時もいつも一緒だった。

マチママに見つからないように普段はポケットの中にこっそりと隠しておき、暇な時には取り出して臭いを嗅いだり、上下に振って中のお菓子の音を楽しんだりもした

 

長い時間、ともに過ごしたせいで愛着までわいてきてしまった。

 

そんな彼とも今日でお別れになるかと思ったら、なんだか寂しい感じもするが、これ以上の我慢は良くない。

もしメモリーに空きがあったら、チョコロボ君を具現化してしまうかもしれない。

それは流石にマズイ。

 

大丈夫だ。仮にチョコロボ君の中身がなくなったとしても箱は残る。

てんどんまん理論を適用すると、チョコロボ君の本体は箱であり、中身は補充できる消耗品にすぎないはずだ。

 

 

 

俺は一度深呼吸をした後、マチオルタにお願いをした。

 

「チョコロボ君ほしい」

 

「姉さんがダメだってさ。夕飯食べれなくなるから」

 

 

 

俺は一生チョコロボ君と一緒に暮らすと決めた。

 

今日からお前と俺は3歳差の兄弟だ。

お互い仲良くしような。

 

かつての三国志の時代、劉備、関羽、張飛という男たちは桃園、すなわち桃の畑で兄弟の契りを結んだそうだ。

 

それと同じように、俺とチョコロボはマチオルタのモモの上で兄弟となった。

 

いや、もしかすると兄妹かもしれない。

『君』というワードから勝手にチョコロボが男だと勘違いしていたが、女でも王子と呼ばれたりする国もあるし、呼び方だけでは判断がつかない。

 

何か良い判別方法はないだろうか。

 

 

 

 

そんなふうに考え事をしていたのがよくなかったのかもしれない。

 

モモ上の誓いから数十分後、俺はチョコロボと離れ離れになってしまった。

 

いったいどこに行ってしまったんだ……チョコロボ。

 

 

マチオルタに頼んで闘技場の迷子係のお姉さんのところに連れて行ってもらい、そこでチョコロボを見かけなかったか尋ねてみたのだが、お姉さんはただ首を傾げるばかりだった。

 

どうやら彼女のところにも目撃情報は届いていないらしい。

 

こうなると俺がどこかで手を離してしまった後、偶然そこを通りがかった誰かに連れ去られてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

俺は失意のまま、迎えに来たマチママに捕獲された。

 

「アンタ、今日泊ってく?」

 

「うーん。用事あるし、やめとく」

 

 

 

マチママとともに帰宅した俺は木馬ちゃんを相手に相談することにした。

 

今朝までずっと一緒にいたチョコロボが急にいなくなってしまい、木馬ちゃんも悲しいに違いない。

きっと真摯に相談にのってくれるだろう。

 

 

 

早速『俺の木馬(トロイ・ホース)』を発動する。

 

 

 

 

その瞬間、俺は銀髪の幼女と目が合った。木馬ちゃん……ではない。

彼女はいつも通り宙にプカプカと浮いている。

 

 

ではいったい彼女は誰なのだろうか。

 

 

年齢はたぶん俺とそう変わらないと思う。3歳くらいだ。

 

女物の和服を着ておかっぱ頭にしているので、それだけ見ると日本人っぽい印象なのだが、銀髪が何とも言えないエキゾチックな雰囲気を醸し出している。

 

「えっと、俺はトロイ。君は、誰?」

 

「トルテ」

 

彼女は無表情のまま呟くように答えた。

 

トルテ。それが彼女の名前なのだろう。

すごく美味しそうな名前だ。

たしか焼き菓子とかを意味するドイツ語だったと思う。こっちの世界でどうなるかは知らん。

ドイツ語なんてほとんど知らないが、ザッハトルテとかいう美味しそうなチョコレート菓子を見たことがあるので覚えていた。

 

 

 

さて、彼女の名前までは分かったが、彼女が何者なのか、なぜここに来たのかは不明なままだ。

 

 

だが、俺には大体の予想がついていた。

 

 

突然、家の中に現れる幼女。和服。おかっぱ。

そして、彼女と一緒に現れた、迷子のチョコロボ。

 

ヒントはたくさん転がっていた。

 

これらから導き出される答えは――――

 

 

 

仮説1、彼女の正体は座敷童。

 

家に住み着き、その家に住む者に幸運をもたらすという伝説の妖怪である。

 

以前、マチママに連れられて冒険にいった際、俺は忍者っぽい生物を目撃したことがある。

忍者がいるのだから座敷童がいたって不思議ではない。

 

 

仮説2、チョコロボを誘拐した犯人の妹。

 

妹が盗られたから盗り返した説。

 

なくもないが、流石に一人の人間の能力としてはちょっと強すぎる気もする。

複数人の人間が協力する相互協力型の能力ならば、ありえそうなのだが。

もし、盗むのが得意な見えない誰か、姿が見えなくなるハデスの兜を装備した盗神ヘルメスあたりが俺に手を貸していたりしたら可能性はあるだろう。

しかし、そんなものがいる確率は低そうだ。

 

 

 

そうなると、有力なのは1番。

 

彼女は座敷童。

 

 

「チョコロボを見つけてくれてありがとう」

 

「……?」

 

 

俺は、『チョコロボが見つかる』という幸運をもたらしてくれたトルテに感謝の気持ちを伝えたのだが、迷子係のお姉さんと同じように、ただ首を傾げるだけだった。

 

どうやら彼女は無口でおとなしい性格のようだ。




誤字報告ありがとうございます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幼女を育成する程度の能力(改)

マチママいわく、どうやらトルテは迷子であるらしい。

 

彼女の家が見つかって迎えが来るまでの間、うちで預かることになった。

 

 

彼女と一緒に暮らすことによって、俺は新たな恩恵を得ることができた。

 

 

そう。料理である。

 

流石によそのお子さんに毎食ミルクを提供するのは躊躇われたのだと思われる。

 

昼食には、ミルクを使った固形物が出るようになった。

 

 

 

料理とは複数の美味しい食材を合わせて、さらに美味しい食物を作ること。

 

美味しいミルクと、ミルクほどではないがそこそこ美味しい別の食材を組み合わせることで、ミルクに勝るとも劣らない食品を作ることが可能となるわけだ。

 

キメラアントが人間と別の動物をまぜまぜして、もっと強い生物を作るのと同じ理論である。

 

 

 

俺は今まで何も分かっていなかった。

ミルクには無限の可能性がある。

 

すなわち『ミルク=∞』という数式が成り立つわけだ。

 

∞+1=∞、∞+2=∞、そして∞+3=∞と続いていく。

 

ミルクの素晴らしさは新しい要素を足し合わせても劣化することはない。

決して色あせない輝きがある。

ダイパリメイクとは違うのだ。

 

 

 

 

トルテのおかげで、俺は料理という新しい概念を得たわけだが、その他にも大きな恩恵があった。

 

 

それは、対人戦の訓練ができるようになったことだ。

 

俺は年齢の関係で身体が小さいので、同じ体格の相手というのが存在しなかった。

幼児の念能力者というのは非常に少ないらしい。

ちなみにトルテは普通に使えた。

 

 

マチママは最近弟子をとることにしたらしく、その弟子と俺を戦わせようとしたこともあったそうだが、変な癖がつくと良くないのでやめたそうだ。

 

まあ、普通に考えて自分よりずっと大きい人型生物と戦う機会なんてあまりないだろうし、その判断は妥当だと思われる。

 

 

 

 

 

 

俺はトルテと正面から対峙する。

 

ルールは簡単。なんでもありの格闘戦。

ただし目潰しと噛みつきは禁止とした。

古代ギリシャのパンクラチオンと言えば、誰もが理解できるだろう。

 

 

両手の拳を軽く握る。

 

拳を強く握るのは相手に攻撃が当たる瞬間だけでいい。

当身をした瞬間、小指側の屈筋を利用して素早く腕を引き戻すことで、攻撃後の隙を小さくする。

 

 

俺とトルテとの間の距離は約5メートルほど。

普通の武術家からは遠間と表現される間合いだが、念能力者にとっては十分に近間である。

 

 

下半身に攻撃が来たら、蹴りで迎撃する。

 

足に体重が乗りすぎていると蹴りが遅くなるので、蹴る場合は右足と決め、体重は左足に七割、右足に三割ほどかかるように調整した。

 

 

腰を落として重心を下げると同時にわずかに右足の踵を床から離し、いつでも蹴りを放てるように準備する。

 

 

上半身に攻撃が来ても良いように、右の拳を顔の前に掲げ、左の拳は顎の下あたりの位置におくことで守りを固めた。

 

 

 

 

そのままの状態で一切動かず俺は相手の攻撃を待つ。

 

 

自分からは動かない。

 

ファランクスのようにまずは鉄壁の守りを施し、隙をついて反撃する。

 

後の先というやつだ。

 

 

 

戦いに勝つということと戦いに負けないということは、似ているようで全く違う。

 

 

俺が願うのは勝利ではない。ただ奪われるのが嫌なのだ。

 

そのためには負けなければ良い。

 

負けない力が。誰からも奪われない力が欲しい。

 

 

 

 

 

 

ここは家の中、つまり互いに全裸なのだ。

 

普段より防御が薄い分、慎重に動く必要がある。

 

 

 

 

 

トルテと対峙してから、一体どのくらいの時間が経過しただろうか。

 

一分か、それ以上か。

時間の感覚が分からない。

 

 

 

彼女は特に構えもせず、自然体のままのように思える。

 

お互いに初見の相手であるため、向こうも俺の出方を窺っているのだろう。

 

 

俺は焦れたフリをして、体を少しだけ動かした。

3歳の子供なのだ、普通ならこの程度で集中力が途切れても不思議はない。

 

 

左拳を下におろし、右拳を少しだけ外側にずらすことで、上半身のガードを緩め、そこへの攻撃を誘う。

 

マチママも攻撃するなら首か頭と言っていた。

果たしてトルテは俺の誘惑に耐えられるだろうか。

 

 

相手の攻撃してくる位置がある程度限定されていれば、一気に対処がしやすくなる。

 

彼女の攻撃を一度完全に潰し、必殺の反撃を叩きこむ。

 

 

 

来い、トルテ。

 

はやく来い。

 

 

 

 

俺の思惑を知ってか知らずか、トルテは動いた。

 

しかし、彼女の動きは俺にとって完全に予想外のものだった。

 

 

今まで見たこともないような独特の歩法で近づいてくる。

 

あっという間に間合いを盗まれた。

 

 

 

 

 

その瞬間、はらわたが煮えくり返った。

 

 

たとえ全裸幼女であろうと俺から何かを奪うものは許さない。

 

 

 

トルテは攻撃を空振りし、わずかに体勢を崩したことで反撃の隙が生まれた。

 

 

それを見逃さず、俺は全力で幼女のぷにぷにのおなかを突き上げた。

 

 

 

 

 

トルテは鳩尾を押さえながら、床の上に崩れ落ちていく。

 

 

 

俺は負けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうして笑っているの?」

 

 

トルテに質問されて、ようやく気が付いた。

 

 

 

どうやら俺は笑みを浮かべていたらしい。

 

 

 

修行の成果を実感できたからか。

 

それとも、内なる欲望を解放できたからか。

 

 

 

笑ってしまった理由は自分でも分からない。

 

 

俺はなんて悪い男なのだろう。

 

幼女を殴り倒しておいて、心配もせずに笑うだなんて。

 

 

「そうか。わかった」

 

 

立ち上がったトルテが俺の手をとり、ギュッと握りしめる。

 

 

 

「トロイは女の子に痛い思いをさせるのが好きなんだね」

 

 

 

幼女の青い瞳が至近距離から俺の顔をじって見つめてくる。

 

 

 

「いままで毒とか拷問とか、いっぱい痛い思いをさせられてきたけど、そんなことをしながら笑っている人を見るのは初めて。誰も褒めてくれなかったし、何のために我慢しているかもわからなかった。でも、あなたは喜んでくれる」

 

 

 

いままでずっと無表情だった幼女が、この時、はじめて笑顔を見せた。

 

 

「これまでの我慢は全部トロイを喜ばせるための練習だったんだね。やっとわかったよ」

 




第1回人気投票 結果発表 

第1位 マチ「みんなありがとう」
第2位 マチ「フン」
第3位 マチ「神に感謝」
第4位 マチ「くっ、マチに負けた」
第5位 マチ「順当な順位ですね」


※この投票はフィクションです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 トルテの慧眼 (改)

トルテ視点です。


トルテは賢い。

 

乳飲み子の頃から暗殺者としての英才教育を受けているのだから当然だ。

 

 

3歳だというのに、既に大人しか知らないような情報をいくつかは知っていた。

その中には、身体が小さいせいで今はまだ使えない知識もあるが、あと5年くらい経てばある程度は使えるようになってくるだろう。

 

 

賢いトルテにはその程度の未来は簡単に予測できた。

 

 

 

 

 

そんな賢いトルテにとって、全く理解できない存在と出会うのはそれがはじめてだった。

 

怪物ならまたくさん見てきたので知っている。

トルテの身近な場所に何人もいる。

彼らは表情を一切変えずにどんな残虐なことだってやってのける。

 

だが、トロイという怪物の存在だけは完全に未知であった。

 

他の怪物たちがは、トルテが苦しむのを見ても嬉しそうに笑うことはない。

微笑みながら褒めてくれることもない。

 

トロイだけだ。彼だけが特別だ。

 

 

 

 

 

 

 

トルテから見て、たしかにトロイは強かったが、瞬殺されるほどの力の差はないはずだった。

 

念の習得率に関しては、相手の方が上だった。

おそらく、かなり小さい頃から訓練したのだろう。

だが、それでもせいぜい3年ほど。

今はまだそこまで大きな差はない。

 

 

次に肉体を比べてみる。

互いに全裸なので、比較するのは容易だ。

 

トルテは繰り返し拷問などを受けることで、耐久力を向上させてきた。

体にはちょっと自信があったし、将来はナイスバディーになることを確信していた。

そんなトルテからして、トロイという男の肉体の強度は未知のものと言える。

 

一部の部位を除いて、特別に体が大きいとか何かの長さが長いといったことはない。

形状は同じなのに、強度が格段に高くなっているように思えた。

 

人体を壊す専門家であるトルテには分かった。

 

生まれた時から、ロイヤルゼリーを与えられる特別な蜂は女王蜂になることができ、肉体、寿命、繁殖能力などの様々な能力が他の蜂を上回るという。

もしかすると、彼もそんな存在なのかもしれない。

 

強く育成するためだけに、貴重な食材ばかりを大量に与えられてきたかのような。

 

 

 

 

とはいえ、技術に関してはトルテの方が上だった。

それは間違いない。

きっとトロイはこれまで基礎的な修行を多くしてきたのだろう。

 

 

トルテには確信があった。

勝てなかったとしても負けることはないと。

 

 

だが、気づいた時にはトルテは地面に倒れこむ最中だった。

 

下腹部に強い衝撃が走り、心臓の鼓動が上昇し、体温も一気に上がる。

 

 

 

一つだけ負けたことに対して言い訳をするならば、場所がトルテにとって不利だったのだ。

 

もし戦う場所が食卓のある居間ではなく、屋外であったのなら、もう少し長く戦えたはずだ。

はじめてみるトロピカルフルーツが気になって集中力が削がれることがなかっただろうから。

 

 

 

 

そんなわけで、他人を傷つけて笑う怪物をはじめて目撃し、自分が彼を喜ばせるために訓練してきたことをトルテは悟った。

今まで自分を傷つけてきた者たちの中に喜んでいる者など一人もいなかった。

でもトロイだけは違うのだ。

 

 

どうしても気になったトルテは、その彼について調べてみることにした。

 

 

 

将を射んとする者はまず馬を射よ。

トルテはまず、マチという女に接近してみることにした。

 

 

この女は普段、服を着ていない。

トルテは賢いのでその理由をすぐに理解した。

 

雌は好みの雄と接触すると下着を洗濯しなければならなくなると、兄の部屋の本によりトルテは知っていた。

おそらくトロイに食事を与える度に下着を洗濯するのが面倒なのだろう。

 

 

 

「ねぇ、あなたトロイとはどういう関係なの? 本当にただの親子?」

 

マチは少し考えるような表情を浮かべた後、簡潔に答えた。

 

「弟ってことになってるよ。母子だったら結婚できないでしょ」

 

兄妹は結婚できるのか。

それは良いことを知った。トルテとトロイも結婚できる。

 

トルテはまた一つ学び、少し賢くなった。

そしてなぜかわからないが、なんとなくこの女が将来、敵対者になるであろうという雰囲気を感じ取った。

 

 

 

 

トルテはトロイの能力の弱点について、いくつか予想を立てていた。

その内の一つが『交換』だ。

トロイから何かを奪うことはできないが、もしかすると交換ならば成立するのではないか。

 

たとえば、トロイの血管に針を刺し血液を抜き取ることで弱らせようと考えたとする。

だがそれをやると、奪われたことに怒ったトロイに反撃され、血液を大量に奪い返されてしまう。

 

しかし、血液と価値が釣り合う別のものをトロイに与えたらどうなるだろうか。

 

店で何かを買いものをする場合、商品と金を交換する。

その価値が釣り合っている限り、この行為を奪ったと表現することはないだろう。

 

つまり、マチという女がトロイにミルクを与え続けているのは、いつかトロイからミルクに類似する体液を抜き取るためではないか、そんな推察ができる。

 

 

トロイから体液を搾り取る際に、自分が別種の体液を流せば、奪い返されることはない。

あの女はそのことにどこかのタイミングで気づいたのだろう。

 

 

 

 

トロイは男だ。

トルテは賢いので、男からはミルクが出ないということを知っている。

これまでトルテは人間の男が切り刻まれる光景を何度か見たことがあるが、ミルクのような白い液体が男の体から出てくることは一度もなかったと記憶している。

 

 

となると、一番可能性が高いのは血液だろう。

ミルクは血液から生成されるのだから。

 

『授乳採血』

 

そんな単語がトルテの頭に浮かんだ。

 

ミルクをトロイに与えつつ、それと同量の血液を抜き取っていく。

 

 

普通ならば、抵抗するだろう。

口を閉じてしまえば、ミルクを無理やり飲ませることなどできない。

 

 

だが、そのミルクが中毒のような症状になるほど美味しかったら?

 

 

近年、流行し始めた赤子の麻薬(ベビードラッグ)という植物がある。

 

最近では複数の赤子の麻薬(ベビードラッグ)を組み合わせることで、より大きな効果を得られるという事も明らかになってきている。

 

赤子の麻薬(ベビードラッグ)は今もどんどん進化し続けているのだ。

 

 

そして、あの女はその植物たちの発見者であり、研究の第一人者なのである。

 

 

 

あまりにも状況証拠が揃いすぎている。

 

 

 

間違いない。あの女、ヤる気だ。

 

トロイから無理やり体液を搾り取るために、長い時間をかけてひっそりと準備を続けているのだ。

 

 

このまま赤子の麻薬(ベビードラッグ)の効果が上昇し続けた場合、トロイはその魅力に抗えるだろうか。

 

 

トロイに普段からミルクを常飲させることで、ミルクに対する抵抗感を薄め、同時に依存度を強制的に高めている。

 

赤子の麻薬(ベビードラッグ)なんてものばかり飲んでいたら、その内まともな判断などできなくなるかもしれない。

 

いずれ、魂を売ってでも快楽を得たいと思うようになるかもしれない。

 

 

そしてその時にトロイは対価となるミルクを与えられながら、逃げることも許されぬまま、ついには命の元となる液体を自ら相手に差し出し、昇天することになる。

 

 

それは、まさに『快楽と命の等価交換』だ。

 

 

 

トルテにはマチの姿が、息子に狂気を与える女神のように見えた。

 

 




誤字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新人類に覚醒する程度の能力(改)

トルテの家が見つかって、迎えが来るまでの間、俺たちは寝食をともにし、まるで本当の兄妹のように仲良くなった。

 

 

もちろん一緒に遊んだりするだけでなく、修行もたくさんやった。

トルテは足音の殺し方など様々な技を知っており、幼女なのに驚くほどテクニシャンだった。

その技の内いくつかを教えてもらったが、十分に使いこなすにはもっと練習が必要だろう。

もっとも教えてくれたのは効率的な拷問のやり方とかだけで、足音の殺し方とかはダメと言われた。

たぶんそれらは門外不出の技術なのだと思われる。

 

 

 

別れ際に彼女は「トロイのハードな責めにも耐えられるように、がんばって鍛えてくる」と言い残してから帰っていった。

 

彼女は、最初に戦った時の印象のせいで、俺が他人を痛めつけるのが好きだと勘違いをしている。

なんとか誤解を解こうとしたのだが「大丈夫。わたしには隠さなくてもいいから」と言われ、とりあってもらえなかった。

というか、よく考えてみると拷問の技術ばかり教えようとしてきたのもそれが理由かもしれない。

 

しかし、まさか最新の拷問に天の川銀花(ギャラクシーフラワー)が使われているとは知らなかった。

だがよく考えてみれば当たり前かもしれない。

天の川銀花(ギャラクシーフラワー)というのは摂取すると、血を強制的にミルクへと変換する植物なわけだ。

大量に摂取させられてギャラクシーしまくったら、いつ失血死するか怖くなってしまうだろう。

 

 

流石に俺も幼女にギャラクシーさせるのはダメじゃないかと思ったのだが、「お世話になるんだし食費くらいは負担させてよ」という提案を拒否できなかった。

 

もし断ったら、お前のギャラクシーに価値なんてない、と言っているようなものだからだ。

 

 

 

「うん、いいよ。トロイ、すごく上手」

 

俺には拷問の才能があったらしくトルテには褒められたが、おやつを食べ過ぎてご飯が食べられなくなったりしてマチママにはちょっと叱られた。

 

 

 

 

 

その後も、トルテとは電話やメールを介してやりとりを続けている。

 

定期的に荷物が届いたりもする。

多分、お歳暮的なものなのだろう。

 

荷物の中には、その時によって違うものが入っているが、特に気に入っているのがトルテの家で開発されたという蛍光色の栄養ドリンクだ。

遊戯王とかのパックを買うと必ず一枚光るカードが入っているが、それと同じようにトルテからの荷物にも必ずこの蛍光色のドリンクが入っている。

 

眠くて朦朧としている時でもこれを一本飲むだけで一気に頭がスッキリするので重宝している。

これがあるだけで、修行の効率がかなり上がる。

 

 

 

 

 

電話でトルテの話を聞く限り、彼女の修行はかなり順調らしかった。

同い年の女の子に置いて行かれるというのも悔しいと思うので、俺も色々と頑張ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 

強くなるためにはどうすれば良いか、俺は頭を悩ませた。

その結果、とりあえず武器を用意するのが手っ取り早いのではないだろうかという結論に至った。

 

結局のところ、なんだかんだ言っても丸腰でいるより武器を持っていた方が強い気がするのだ。

念能力者であっても銃弾程度の威力があれば十分に脅威となり得るわけだ。

 

たとえば銃を持った悪いやつに襲われた時、咄嗟に身を隠すための盾が使えたりしたらきっと心強いだろう。

 

攻撃する武器に関しては槍が良いのではないだろうか。

槍は剣の三倍強いという話をどこかで聞いたことがあるし、投げ槍として使えば遠距離への攻撃手段にもなる。

 

右側に槍、左側に盾。そんな感じにするとバランスが良いのではないだろうか。

 

単純に強さだけを求めるなら銃を持てば良いのだろうが、銃は俺をいじめる不良の武器という印象が脳に根付いているせいか、なんとなく嫌悪感があるのだ。

 

 

 

 

「――というわけで、ママ、武器を売っている場所に連れてってくれない?」

 

「外ではアタシのことは姉さんて呼びな。アンタは死んで生まれ変わったアタシの弟。そういうことになってる」

 

「はい」

 

そんなやり取りをした後、姉さんと手をつなぎ多目的トイレを後にする。

 

武器ぐらいならネットでも売っているのだが、やはり実際に武器屋に行って実物を見てみないと細かいところがわからないからな。

 

 

 

 

 

 

姉さんに手を引かれながら走ること数時間。

 

俺たち二人は軍の秘密基地っぽい場所の前にいた。

 

 

 

途中からなんかおかしいとは思っていたのだ。

進めば進むほど人の気配が少なくなっていったから。

 

 

「ねぇ、姉さん。ここ明らかに武器屋さんじゃなくない?」

 

「ここは横流しをしてるからね。安上りなんだよ」

 

姉さんはサラッとそんな暴露をしつつ、身長の3倍以上ある壁を飛び越えて施設の中へと入っていく。

 

俺はどうするか少し悩んだ後、気合を入れて壁を殴りつけた。

横流しは悪。悪には天罰。

 

 

ちょうど壁に穴を空けたタイミングで何かの警報のようなものが鳴り出したので、ミルクの香りを辿って急いで姉さんのもとへと向かう。

 

 

姉さんは武器庫っぽいところで、管理担当者らしき人と話していた。

 

「あの、その、どうやら急に何者かが小型ミサイルかなにかを撃ち込んできたらしく、外壁に穴が……」

 

「あ、その犯人、もうそこには居ないから大丈夫ですよ」

 

俺が話しかけると担当者の人がぎょっとした顔で振り向いた。

 

「えっと、どちら様でしょう?」

 

「アタシの弟」

 

「こう見えて、鍛えてるのでちょっと強いんです」

 

近くに置いてあったバズーカっぽい武器を片手でひょいと持ち上げてみせると、担当者の人は「なるほど?」と分かったような分からないような微妙な顔をして頷いた。

 

 

「ところでさ、この子が槍と盾が欲しいとか言ってるんだけど、そういうのある?」

 

担当者の人は「盾はこちらにありますが……槍?」と首を傾げた後、「ちょっと確認して参ります」と言って走り去った。

 

数分後、戻ってきた担当者の人は両手で重そうな箱を抱えていた。

 

彼は箱を開けながら、中に入っているものの説明をする。

 

「以前に極少数のみ生産された短槍銃です。装弾数は2発だけですが、威力は十分にあります」

 

 

円形の盾っぽいものから二本の杭のようなものが生えている。

たぶん、あの杭の部分を発射するのだろう。

 

盾であり同時に槍でもある。

 

これを左右両方に装備したら最強なのでは?

 

そう思い、予備も含めて何個か購入してもらうことにした。

 

 

 

 

 

「どうかな、木馬ちゃん」

 

両肩に新武装を装備してペガサス級強襲揚陸艦のような見た目となった木馬ちゃんは、無言のまま俺の周りをぐるぐると回る。さながらメリーゴーランドのようだ。

 

彼女が何を伝えたかったかは不明だが、なんとなく喜んでいるような気がした。

 

これまで、同い年のトルテがどんどん強くなるのに、自分だけずっと変化がないことを彼女は気にしていたに違いない。

 

これはただの外付けパーツなので、残念ながら『トロイ』のブランド名を与えることはできない。

 

俺はこの新しい追加武装の部分を勝手に『連邦の木馬(ホワイトベース)』と呼ぶことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伝説の男になる程度の能力(改)

木馬ちゃんの新装備についてトルテにメールしたところ、2秒後にメールの受信通知が来た。

 

差出人の名は、トルテ=コマチネ。

明らかな偽名である。

 

ファミリーネームは? と何度尋ねても「コマチネ」としか答えないので俺は諦めた。

 

暗殺者の家系とのことなので、原作に出てくるゾルディック家の関係者である可能性も高いが、変に探って正体を確定させることはしない。

 

日本の昔話に出てくる、鶴やら雪女やらは正体がバレると消え去ってしまう。

よって、座敷童っぽい容姿の彼女の正体も、なんとなくまだ確定させない方がよい気がしたので放置中なのである。

 

ちなみに、彼女からのメールの内容は「近くで見てみたい」の一言だけ。

 

俺は「いつでも好きなときにおいで」と返しておいた。

 

 

 

 

その数分後、突然トルテがやってきた。

 

たしかに「好きなときに」とは言ったが、もうちょっと常識的に考えて欲しかった。

 

 

織姫と彦星は天の川により分断されており、愛し合っているのに会うことができないらしい。

俺はかわいそうな彼女たちを救うべく天の川の水かさを急速に減少させながら、彼女の話を聞いた。

 

「わたしのせいじゃないよ。悪いのは他の人」

 

どうやら外出したいというトルテの主張はにべもなく断られてしまったらしい。

 

その結果に納得できず暴走したところ、拘束され、気づいたらここにいたそうだ。

 

「まあ、本当はわざと暴れたんだけどね。トロイの能力を使えたら、自力で抜け出すよりも簡単かなと思って」

 

 

トルテいわく、彼女は俺の所有物であるという認識らしい。

 

そして、俺は彼女のことを彼女の生まれた家で放し飼いにしているだけ。

 

ようするに、俺が「帰っておいで」といったのにそれを邪魔した結果、他人のポケモンをとったら泥棒理論に抵触したらしい。

 

人間を所有物と表現するなんて、と思ったが古代ギリシャでは普通のことだし、倫理観がそれと大差ないこの世界でもOKなのだろう。人体収集家とかもいるし。

 

問題はいつ俺の所有物判定になったか、だ。

 

トルテが嘘をついていない限り、彼女単体では能動的に俺の家へと転移することはできないことになる。

 

ということは、彼女とはじめて会った日、彼女は俺の能力により移動してきたのだ。

あの日、俺はチョコロボと一度はぐれてしまっている。

 

ここで一つの仮説ができあがる。

 

もしトルテの家族の兄姉の内の誰かが、俺の3歳年下の弟妹であるチョコロボを誘拐していたら?

 

こう考えるとトルテが移動してきた理由が一応は説明できなくもない。

 

そして、ここでさらに、トルテがゾルディック家の関係者であると仮定すると、重要な情報が浮かび上がる。

 

チョコロボの誘拐を企てた人物としてもっとも可能性が高いのはキルア=ゾルディックである。

 

彼はお菓子が大好きなのだ。

 

彼はたしか6歳の時に天空闘技場を訪れ、2年間ほど滞在していたはず。

 

そして彼は原作開始時に12歳で、ハンター試験を受験していた。

 

よって、彼が闘技場にいた期間は原作の6年前から原作の4年前まで。

 

つまり、俺がトルテと出会ったあの日から数えて4年以上6年以内に原作がはじまるというわけだ。

 

 

ただし、この推論は仮説を積み重ねたものなので、確証は全く無い。

 

それに人間を奪う能力など死後の念でもなければ、明らかに強すぎるように感じもする。

本当に、不可視化する兜をかぶった泥棒の神ヘルメスのようなものが俺を守護していたりするのだろうか。

 

 

 

 

とはいえ、原作の時期が分かったとしても、積極的に関わる必要はないわけだが。

原作に干渉しようとすると幻影旅団とかいうやつらに接触する必要があるため、危険だし、やめた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

そんな結論にいたってから、しばらく経った日。

 

 

マチオルタが訪ねてきた。

 

「準備ができた。報酬をもらうよ」

 

マチオルタのスコープに怪しい光が灯る。

 

 

いままでなぜマチオルタが俺の面倒を見てくれていたのか。

 

もちろん彼女の優しさというのも理由の一つだろう。

 

だが、一番の理由はマチママと結んでいる契約にあった。

 

マチオルタは、マチママのかわりに時々俺の面倒をみる。

そしてマチママと俺は、マチオルタが団員の一人であるオモカゲという男を狩る時に手伝いをする。

 

「というわけで、アンタの目を渡すことになるけど、いいだろ?」

 

マチオルタたちコピー人形は作られた時点では目が入っていないため、コピー元の人間の目か相性の良い目がないと調子が良くないらしい。

 

そしてなぜか俺の目とマチオルタの相性はかなり良いようだ。

 

「はぁ、そのぐらいならいいですけど」

 

「ま、保険もかけてあるし、あんたが拒否しても貰う予定だったんだけどね」

 

 

マチママが冷凍保存していた前世の俺の死体に、マチオルタが馬乗りになり、顔を合わせる。

コピー人形は至近距離で目があった人物から目を奪うことができるらしい。

 

ただし、今回の場合は俺が差し出す形になるので厳密には奪っているのとは違いそうだが。

 

特に使う予定もないし、別に構わないのだが、どうにも釈然としない。

 

 

例えるなら、親が勝手に奨学金を借りていてなぜか自分がそれを返さなければならなくなった時のような気分である。

 

「いいね。しっくりくる。まるで半身が戻ってきたような気分だ」

 

マチオルタは随分と機嫌が良さそうに見える。

彼女は、俺のことを死んだ弟の生まれ変わりだと本気で信じているのだ。

 

木馬ちゃんのことを見れば、俺=前世の俺という図式が成り立つのは自然だ。

だが、前世の俺=自分の弟となるのは理解できない。

そんなに顔が似ているのだろうか。

 

 

 

「目が完全に馴染んで、全ての準備ができたらまた来る」

 

そう言って、マチオルタは帰っていった。

 

 

この前、幻影旅団にはなるべく接触しないと決めたばかりなのに、早速前言撤回をしなければならなくなってしまった。

 

 

 

それから、いつマチオルタの準備とやらが整うのか、ただ待つだけの日々が続いた。

 

気分はまるで死刑囚。いつ刑が執行されるのか、当日まで知る事ができないので、気を休める暇もない。

 

 

 

そして、9歳になってから少し経った頃、狩りのお誘いのメールが送られてきた。

 

 

 

送り主は、実家に帰省中だったらしいトルテ。

 

メールの内容は「一緒にファランクス組もうぜ」的なものだった。

 

なんでも自分の兄を名乗る男が家出をしてハンター試験を受けようとしているらしく、それを狩りに行くので手伝ってほしいという依頼だった。

 

 

俺とトルテは現在9歳。初めて会ったのが3歳の時なので、その4~6年以内に原作が始まるという推論は間違っていなかった可能性もある。

 

 

今はそんな気分にはなれないので「ごめんね。本当は行きたかったけどママがダメだって言いそうだから」というニュアンスのメールを返信しておいた。

 

 

 

「トルテから連絡来てたよ。ハンター試験いくんだって? がんばりなさい」

 

そして、なぜかマチママからゴーサインが出てしまった。

 

あれだけ過保護だった彼女が、子供だけで危険なハンター試験に挑戦させるなんて、どういうつもりなのか。

 

 

 

 

その理由は翌朝に判明した。

 

マチママが髪を青っぽく染めていたのだ。

 

「マチ=オルタナティブって名乗るから。呼び名は『マチ』で」

 

どうやら変装してついてくるつもりらしい。

 

普通は髪を染めたくらいではすぐにバレてしまうはずだが、実際にマチオルタという人物も存在するせいで、色々とややこしい。

 

もし変装であることが見破られてしまったら、一体どうするつもりなのだろうか。

 

そんなことになったら、俺は史上初めてママ同伴でハンター試験に挑んだ男として伝説になってしまうかもしれない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空想科学閑話 蟻の王の脅威 (改)

【木馬ちゃん用の投槍銃を購入した日のこと】

 

 

 

 

 

 

人間、権力や武力を手に入れてしまうと、それを使わずにはいられなくなる。

 

 

そんなわけで、俺も木馬ちゃんも新装備を試してみたくなったのだが、試し撃ちするのにちょうど良い場所がない。

 

そういった相談をマチママにしたところ、ただ一言「撃ってみな」と言われた。

 

 

 

流石はお金持ち。

壁とか壊れても修理費用ぐらいなんてことはないんだなと思いながら、遠慮せず槍を放ってみた。木馬ちゃんが。

 

その結果、発射された槍は普通にマチママの念糸で絡み取られてしまった。

 

「えっ」

 

「スピードはクロスボウくらいか。悪くないね」

 

 

原作において女神マチは突然味方から発せられた音波攻撃を耳を塞いで回避したという逸話がある。

 

音の速さは秒速340メートルほど。

 

クロスボウの速さは時速400キロメートルくらいは出ることもあるらしい。

俺はパソコンの電卓機能を起動し、ちょっと計算してみることにした。

木馬ちゃんが俺の肩越しに画面をのぞき込む。

 

 

電卓を叩いてクロスボウの速さを秒速に変換してみたところ、結果は秒速約111メートル。

音速の3分の1程度のスピードである。

 

音の速さにすら対応してみせたマチママならクロスボウくらいは余裕なのかもしれない。

 

 

 

クロスボウと言えば、キメラアントの師団長にヂートゥというチーター顔の男がいて、こいつがクロスボウを具現化していた。

その際に、自分の脚よりも遅いものを能力にしてどうするんだ的な指摘をされていた。

 

つまり彼は時速400キロよりも速く走れると推測できる。

さらに言うと、時速400キロの速さのものを明確に遅いと表現しているあたり、実際は時速500キロくらいは出ていると考えるのが妥当ではないだろうか。

 

個人的には彼に対してあまり強そうなイメージを持っていなかったが、実はかなりの潜在能力を誇っていたようだ。

 

運動エネルギーは速さの2乗に比例するので、速いというのはそれだけで強いのだ。

 

 

 

 

 

 

そんな出来事があった日の夜、俺は夢を見た。

 

 

昼間に遊戯王とかいう単語を思い出したのが悪かったのだろうか。

あまりにも意味不明で酷い夢だった。

 

 

遊戯王にはモクバというキャラが登場する。

木馬ちゃんと同じ名前だ。

 

 

そして、そのモクバには瀬人(せと)という名の兄がいる。

彼は古代エジプトの(ファラオ)のライバルであり、何度も死闘を繰り広げるのだ。

 

そのモクバの兄のモデルになったのは、名前から考えて、エジプト神話のセト神であると思われる。

セト神は動物の頭と人間の体を持つ神であり、叔父と甥の関係にあるホルス神と王の座を巡り争った。

 

 

そういった様々な記憶が混ざったせいだろう。

俺が頭に三角の耳をつけた状態で、叔父と甥っぽい関係にある蟻の王と王位を争うという夢を見たのだ。

 

しかも瀬人の嫁が青目白髪の女だったせいか、俺の横ではトルテまで戦っていた。

さらには、その瀬人の嫁がドラゴンのモンスターっぽいやつを操ることができたせいか、トルテはオーラをドラゴンっぽい形に変化させていたというオマケつきだ。

 

 

 

 

蟻の王がいくら強いとはいえ、生物であることには変わりがない。

 

爆弾などの現代兵器を多数投入すれば倒せるのではないか。

最悪の場合でも、原作で蟻の王を倒した貧者の薔薇の毒とかを使えば何とかなるのではないか。

 

そんな考えを抱いていた。

 

 

しかし、夢で見た蟻の王は恐ろしく強かった。

 

あれは果たして本当に倒せるものなのだろうか。

 

 

 

キメラアントは上から順に、王、直属護衛軍、師団長、兵隊長、戦闘兵といったように続く。

 

その真ん中の師団長でさえ、速いものであれば時速500キロほどで走れる。

 

これを秒速に変換してみると、秒速約140メートルとなる。

 

 

 

 

さて、これと比較して爆弾の爆風はどの程度の速さがあるのだろうか。

 

かつて鬼畜と呼ばれた国が作った爆弾は、爆発してから10秒で約4キロメートルほど先まで爆風が到達したとされる。

試しにこれを一つの基準として考えてみる。

この爆風の速度を秒速で表現すると、秒速約400メートルとなる。

この情報を何かで見た時、音速=秒速約340メートルよりも少し速い程度なのか、という感想を持ったのを覚えている。

 

 

つまり、秒速約400メートル以上の速さで移動することができるならば、目の前で爆弾が爆発してもその影響を避けられるわけだ。

 

これは師団長クラスの2.8倍のスピードとなる。

 

よって、王や護衛軍が師団長の約3倍のスピードで、爆弾の爆風の最大範囲から出るまで移動し続けることができれば、爆弾は効かないということにもなり得る。

 

王の圧倒的な強さを考えれば、その程度のことはできても不思議ではない。

 

 

 

例えば、王はハンター協会の会長であるネテロと戦って一応は勝利したとも言える。

 

 

このネテロという男は、山に籠り、一日一万回の正拳突きを行ったことで有名だ。

 

最初は一万回の正拳突きを行うのに約18時間はかかっていたが、最終的に山を降りる頃には1時間以内に終わるようにまでなった。

 

1時間で10000回の正拳突き、この山を降りた時の速度は「音を置き去りにした」とあるので音速=マッハ1は超えているだろう。

 

 

そして、このネテロは王と戦った際にはさらにパワーアップしており、1分にも満たぬ時間で1000以上の拳のやりとりをしたとされている。

1分で1000回ということは、60分=1時間で60000発の拳を放てることになる。

 

ネテロが山を降りたばかりの、1時間あたり10000回の正拳突きの時点で既に音速=マッハ1を超えているのだ。

 

その時と、一連の所作のそれぞれに必要な時間の比率が同じままであると仮定すると、1時間あたり60000回というのは、その6倍、すなわちマッハ6を超える拳を放てることになる。

 

 

爆弾の爆風が秒速400メートル=マッハ1.18であることを考えると、マッハ6という数字はあまりにも大きい。

 

 

そんな速さの拳に対応し、打ち破ってみせた王が、たかがマッハ1ちょっとの爆風を躱せないと考えるのは逆に難しいのではないだろうか。

 

 

薔薇には毒という追加効果もあるものの、原作でその毒について説明しているコマに複数の化学構造式が描かれていることから、その正体が何らかの化学物質であると仮定すると、爆風範囲から事前に逃げることができるならば、その毒からも逃れ得ると推測できる。

 

 

 

つまり、王が結果的に負けた原因はネテロが上手く油断を誘えたからだと考えるのが妥当だ。

 

 

逆に言うと、ネテロの作戦が少しでも上手くいかなかったりしたら失敗していたわけだ。

 

その場合、蟻の王はさらに力を強くし続け、人類は敗北していた可能性がある。

 

 

というか、現時点では未来の話なので、人類は現在進行形でやばいのかもしれない。

 

 

 

でも夢でよかった。

 

 




誤字報告ありがとうございます。
一部考察を追加。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神の時代~復活のQ~
復活する程度の能力


完全に理解です。
ショタをいじめて、スタンド使わせとけばいいのか。


さて、ハンター試験というのは毎年大勢の死者が出る危険な試験である。

 

しかしながら、それはあくまでも念能力を知らない一般人の話であり、実際はそんなに苦労せずに受かるのではないか。

 

一応、念能力は秘匿事項だし、目立たないように気をつけよう。

 

俺自身、そんな考えがあったことは否めない。

 

 

 

「勝負だよ。狩りのターゲットはお互い。試験の成績で、アンタが勝ったらアタシは母親。アタシが勝ったらアンタは弟。」

 

最初は何を言われているか一切わからなかった。

 

「アタシのせいで死んで、生まれ変わった弟。それがアンタの正体だ。そうに違いない。次は死なせない。守る。何もかも全て管理する。そのために強くなるよう育てもした」

 

 

彼女は「今までは内と外で公平にわけてきたけど、今日で終わりだ」と素っ気なく呟いた。

 

 

「餞別に良いことを教えておいてやるよ。ヒントは『交換』あるいは『循環』だ。その体にじっくりと刻み込むといい」

 

循環。

 

それはリサイクル。

発生したいらないゴミを外へとはき出し、代わりに新しいものを得ること。

 

あるいはウロボロス。

二匹のヘビがお互いの尻尾の先端を貪り合う姿。

脱皮して成長した尻尾の先端をパクリと丸のみにする。

これにより、血を意味する心臓(ハート)型の循環の輪が成立する。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、思い知っただろう。姉に勝てる弟なんていないってね。ああ、ついでに、この力は返しておいてやるよ」

 

そう言ったマチの体から翼を持つ馬のようなオーラが飛び出し、ミイラのようになって死にそうな俺の体に吸い込まれる。

 

 

「結果が出るまで、アンタとは母子でも姉弟でもない。もしアンタが誰にも殺されないくらい強いって証明できたなら、その時はアタシがママになってやるよ」

 

彼女はそう告げた直後、寝台に倒れ伏した俺の方を振り向きもせずに去っていく。

 

先ほどハンター試験中は自分のことを「マチと呼べ」と言った彼女の真意を遅ればせながら知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良いだろう。やってやる。

 

 

一人になった子供は様々な飢えを味わう。

 

俺自身が散々経験したことだ。

 

満腹が正義であるならば、飢えは悪だろう。

 

 

悪は許さない。

天罰を下す。

 

 

もし俺の力がいつの間にか神々によって与えられたものならば、その力を振るわれたものは神からの罰を受けたことと同義である。

 

 

これは俺のエゴではない。

 

神から与えられる正当な裁きだ。

 

 

ハンター試験?

そんなものは知るか。

全部ぶっ壊す。

 

ネズミ一匹狩るために銀河破壊爆弾を使うのが日本人クオリティなのだ。

 

人を一人狩るためならば、世界そのものが終わってもいい。

 

 

 

 

俺の力で、否、神の力がこの世界の不信心ものどもに罰をもたらす。

 

かつてトロイ戦争が起こり多くの人間が死んだことの背景には、主神ゼウスの思惑があったとされる。

彼は人間どもに罰を与えたのだ。

 

その立役者となったトロイの木馬は、人間が生み出したものでありながら、実質的には神の代行者であったのだ。

つまり、トロイの木馬の正体は、ゼウスによって天に召し上げられて『雷』を運ぶ役目を与えられた翼持つ雷馬(ペガサス)なのだ。

 

 

 

これまで俺は誰かから何かを奪うことを忌諱してきた。

 

自分がやられたら嫌なことは、他人にしてはいけない。

そんな今となっては理解できない理屈を信じてきた。

 

そうじゃないだろう。

奪われる前に奪え。

攻撃こそが最大の防御だ。

 

 

俺が奪うのではない。神が奪うのだ。

 

つまり俺は悪くない。

悪いのは神の怒りに触れた地上に蔓延る堕落せし人間たちだ。

 

俺の中の天馬と木馬(2つの力)が混ざり合うのを感じる。

 

これが俺の新しい力……否、神に与えられし真の姿。

 

 

神の天馬(トロイ・ホース)

 

翼を持つ神々しくもどこか人工物のような印象の美しいペガサスが天を舞う。

 

そして、俺はそのペガサスによって運ばれる『裁きの雷』。

 

 

 

 

 

 

 

マチは守ると言った。

だがそんなものは幻想だ。

 

 

諸行無常。この世界のものは神も含めて全てがいつかは壊されるものなのだ。

 

 

 

 

これからはじまるのは原作ではない、神の時代だ。

 

原作を守ったりはしない。

全てのものは壊される運命にあるのだから。

 

奪われ壊されるくらいなら、先に相手を壊す。

 

 

インドの聖人もそう勧めている。

 

インドとは最強の新人類であるララァ・スンの生まれた地。

すなわち、新しい時代を生きる人間の起源の一つとなり得る。

 

そこで聖人として崇められるガンジーという男は言った。

 

臆病者になるぐらいならば、暴力を振るう側になれ、と。

 

非暴力主義で知られた男でさえ、『奪う』か『奪われる』か、どちらか一つしか選べないなら『奪う』方を選べといったのだ。

 

新しい神の時代に適応した新人類にとって『奪う』ことこそが正しい行いなのだ。

 

この世の全てを奪い、全てを一つにする。そうすれば何も奪われない。

 

 

 

「力が欲しいか」

 

そんな声が聞こえた。

 

この場には今は俺しかいない。

 

 

わかっている。幻聴だ。

 

だが、欲しいのだ。俺はただ欲しかった。

 

「欲しい。全てを奪う力が」

 

 

 

 

「俺は信じてたんだよね。霊魂はあるって」

 

どこか見覚えのある男の姿が現れた。

幻聴だけでなく、幻覚まで見えてきてしまった。

 

だが、それでもいい。

 

北欧神話のように、神から力を得る代わりに、狂戦士(バーサーカー)となってしまっても構わない。

 

全てを奪えるならば。

 

 

 

「君が(奪うこと)を認めたことで、ようやく再会できた。もっともオレの方からはずっと見えていたんだけどね」

 

額に十字を持つ男は笑う。

 

 

「不思議に思ったことはなかったか? 自分の力が少し強すぎると感じたことは? オレでは君を奪えないから、代わりにイタズラしながら君を観察していた。まるで保護者とか父親のようにね」

 

 

 

黒づくめの男は言った「I am your father」と。

 

 

 

死と再生、不死の象徴である天馬が嘶く。

 

 

 

十字架に磔にされ、断罪された聖人は後に再誕したという。

 

その男は罪人でもあり、聖人でもある。

 

黒と白。すなわち混沌(カオス)

 

 

 

それはギリシャ神話における全てのはじまりである原初の神『虚空(カオス)』を暗示する。

 

 

 

父と子と聖霊は同一にして不可分。

 

その聖人は神の子であり、裁きを与える神自身でもあったのだ。

 

 

 

混沌の神(カオス)

 

 

「派手にやるぞ」

 

 

 

 

なんかよくわからない間に、俺は再びスタンドに目覚めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

団長をパパにする程度の能力

「オレはさ、奪うのは好きだけど奪われるのは嫌いなんだよね。君と同じでさ」

 

幻覚の男はあまりにもリアルだ。

まるで本当の人間であるかのように。

 

「だからさ、せっかく集めたコレクションを奪われるのなんて、絶対に嫌だった。盗られるくらいなら自分で消費しちゃえ、って思った」

 

コレクション。

それは男にとっと相当に大事なものらしい。

 

 

 

「俺の本のページ、全部白紙になってたろ? 何もなくて不思議に思ったよね? あれさ、オレが使わせてもらったんだよ。この体を作るために」

 

念能力者にとって『発』というものは切り札(ジョーカー)だ。

その『発』の情報を誰かに知られるだけで命取りになるほどに重要とされている。

にもかかわらず、『発』そのものを奪われてしまうというのは、命を奪われるということに限りなく近い。

 

ただでさえ、念能力者という存在は希少なのだ。

 

そんな選ばれた才能ある人間の命とほぼ等価なものものを一体何人分、あるいは何十人分集めたのだろうか。

 

強い死後の念が、この世に一つしかないそれらの貴重品たちを全て、混ぜて雑ぜて交ぜる。

 

そうして、一つの人の形をしたものが作り出された。

 

 

一つの頭と十二本の脚を持つ蜘蛛は、十字教における救世主とその弟子である十二使徒を暗示しているという。

 

頭が救世主であり、脚が使徒たちだ。

 

 

 

十字教において救世主は神と同一視される。

 

そして、その救世主は断罪されて一度殺された後、再誕したのだという。

 

 

様々なものを混ぜて混沌を作り出し、そこから再臨した救世主。

 

 

それは『混沌の神』に他ならない。

 

 

 

 

 

「それがあなただと?」

 

「そう、俺はクロロ……だった男、クロロ=ゴーストとでも名乗ろうか。よろしく」

 

男が手を差し出し、握手を求めてくる。

 

 

「わかりました。ですが長いので団長と呼ばせてもらっても?」

 

俺がそう提案すると、男は好きにしろとばかりに肩を竦めた。

 

とりあえず、彼について色々と聞こうと思ったのだが、それを手で制された。

 

 

「残念だが今は時間がない。飛ぶぞ、その馬の翼が消える前に」

 

 

団長の推察によると、俺には『自身に血などの体液を流させた相手に対しその液体量に比例した時間だけ飛行能力を与えてしまう』能力があるのではないか、ということだった。

 

時間経過により天馬ちゃんの翼が消えて木馬ちゃんに戻った時、その効果は消滅する。

それが団長の推測だった。

 

もし本当にそうだとすると、敵に切られて出血した(ダメージを受けた)ら敵がパワーアップするのかもしれない。

クソゲーである。

 

まぁ、だとしても関係ないか。

 

もう誰にも何も奪わせなければいいだけだからな。

 

 

 

「それよりも、急ごうよ。君、身分証もってないでしょ? どうやって試験会場までいくつもりなの?」

 

そう言われた瞬間、俺は背筋が冷やりとするのを感じた。

 

やばい。いままで俺はマチのハンターライセンスの力に頼ってきた。

たしかに、このままでは飛行船にすら乗れはしない。

 

当然、試験会場にもいけない。

不戦敗となってしまう。

 

 

「いこう。目的地はヨークシンだ」

 

 

団長に促されるまま、一緒に天馬ちゃんに騎乗してベランダから空へと舞い上がった。

 

 

 

「あ、本は消さないでね。オレの姿も消えちゃうから。オレからは見えるけど、言葉が通じないと不便でしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

到着したのは廃墟だった。

 

「団長、ここが試験会場なの?」

 

どう見ても、ただの廃ビルであり、参加者らしき人影は全くない。

それどころか、見るからに治安が悪そうな場所なのに、粛清すべき不良の影すら見当たらない。

つまらない場所だ。

 

「はぁ? オレが試験会場なんか知ってるわけないじゃん」

 

俺は無言のまま、そこそこの念を込め団長の足を蹴ったのだが、逆に俺の方が痛みで転げまわるはめになった。

 

 

 

 

「バカだなぁ。オレが受けたダメージは本体である君にも還元される。ちょっと考えればわかるだろう?」

 

俺にコレクションを奪われるのは嫌だから、自分の新しい体を作るのに使った。

ただし、その結果、その存在自体が俺のもの、守護霊的なものとなった。

 

守護霊がダメージを受ければ、それは本体にも還元される。

そういう仕組みのようだ。

 

俺は団長への報復を諦め、どうしてこんなところに来たのかを尋ねた。

 

「ここにはコレクションが隠してあるんだよ。君に貸してあげようと思って」

 

彼が壁に蹴りを入れて穴を空けると、その中に金庫のようなものがあるのが見えた。

 

俺は次からは蹴らずに殴るように注意した後、その金庫の中身を見せてもらうことにする。

 

 

「ほら、いいナイフでしょ。こっちのベルトも貸すから、持っておきなよ」

 

俺は言われた通りに、ベルトを腰に巻きつけ、そこにやたらとスタイリッシュなデザインのナイフを2本ほど差し込んでおいた。

 

 

「あとは……ほら、予備の身分証! これがあれば俺は船に乗ったりとか色々とできる」

 

「いや、背後霊だけ飛行船に乗っても意味ないだろ。本体の俺はどうしたらいいんだよ」

 

「どうしてもっていうなら、一時的に俺の事をパパって呼んでもいいよ」

 

 

 

どうせ増えるなら、パパよりもママが良い。

 

俺はそんなふうに感じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神の存在を証明する程度の能力

感想、評価、アンケート等いつもありがとうございます。
もしよろしければ、今回もよろしくお願いします。


人生というのは、なかなか上手くいかないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

金庫には多少の現金も入っていた。

 

それを使って試験会場まで行けるようにチケットとかを買ってきてほしい。

 

俺は守護霊的な男にそう頼んだ。

 

 

彼は俺と一定距離以上には離れられないとのことなので、一緒にチケットが売っていると思われる店まで向かい、俺は入り口の前で待機する。

 

 

 

 

先ほど借りたナイフは良い釣り餌になると思った。

 

 

 

わずかにオーラが込められたナイフ。

原作にも似たようなものが登場していたし、そこそこ高い値段がついていたはずだ。

 

 

子供がそんな高いものを持っていたら、当然ながら奪いたくなるのが人間という生き物のはずである。

 

そして、そんなやつらは神によるお仕置きを受けるのだ。

運が良ければナイフが増える。

 

ついでに、金もズボンの後ろポケットにわかるように入れておき、小遣い稼ぎを企む。

 

ハンター試験を受けるにあたり、準備は可能な限り整えておきたい。

武器、食料、暇つぶしのゲームや本、新鮮な寿司ネタとクーラーボックス、そしてロッククライミングの道具とかもあればなお良い。

それらを準備するための金は、多ければ多いほど良い。

 

 

作戦の成功率を高めるために、木馬ちゃんにも手伝ってもらう。

彼女は地面の上に自立していれば、なんだか変わった馬のようにみえないこともない。

 

この世界には、頭が複数ある動物とか不思議な生命体が多くいるので、なんだか木馬っぽい馬がいてもそこまで不思議ではない、はず。

 

 

俺は木馬ちゃんの世話に夢中になっているフリをして、狩りの獲物が近づいてくるのを待った。

 

もちろんオーラは一般人のように偽装しておく。

これで、俺は単なる子供。カモにしか見えないはず。

さあ、来い。そして、俺に新鮮な寿司ネタを買わせてくれ。

 

 

 

 

 

 

来ない。

 

誰も来ない。

寂しい。

 

誰でも良いから俺のところに来てくれ。

 

 

 

 

何がいけなかったのだろう。

 

ナイフが釣り餌として適していなかった?

たしかに一般人からするとデザインがちょっと斬新なだけで、あまり魅力的には見えなかったのかもしれない。

 

それとも木馬ちゃんに手伝ってもらうという判断が間違っていたのか?

一応は近くまで寄ってくる者も何人かはいたのだ。

だが、彼らは立ち止まり離れていった。

俺からすれば普通にかわいい木馬ちゃんでも、彼らからすれば不気味な雰囲気の何かに見えるのかもしれない。

 

あるいは、ここの治安が良すぎるのだろうか?

彼らは品行方正で、下劣な行為が受け入れられない善人たちなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

とにかく俺の作戦は何もかも上手くいかなかった。

 

 

チケットを買うように頼んだはずなのに、守護霊は年代物っぽい本を買ってきやがった。

 

「は? ここどう見たって古書店じゃん。それに、オレの金をどう使おうがオレの勝手だろ。チケットが欲しいなら自分で金を稼ぎなよ」

 

 

俺はダメージの反射を受けるのを覚悟で、男の腹を蹴り飛ばした。

 

あまりの痛みにその場にうずくまることになったが、男も少し顔をしかめていたので痛み分けと言える。

 

 

俺はこの男を二度と信用しないことに決めた。

 

本を消すことで、男の姿を消失させる。

しばらくは顔も見たくない。

 

 

 

「彼、瞬間移動まで使えたんだ♥」

 

背筋がゾクリとした。

 

「彼はオルタって名前のすごい使い手なんだよ♠ そんな彼に一撃入れるなんて、どんな手品を使ったのかな♥」

 

振り向くとそこには道化師のような男がいた。

 

 

ピエロはホラー映画やホラーゲームの常連。

 

そう、ピエロというのは殺した相手の指を切り落とし、チュパチュパした後、ポケットにしまい込みながらゲッヘッヘと笑うような男たちなのだ。

 

まともに相手をしてはいけない。

 

ピエロは危険。

 

そうでなければ欧米でピエロ恐怖症などという病気が流行したりはしないはずだ。

 

ヨーロッパやアメリカの子供たちはホラー映画などの影響により、ピエロを怖がる傾向がある。

 

さらに、アメリカでは、フラットアーサーズなんて連中も非常に流行っていると聞いた。

 

フラットは平坦、アースは母なる惑星を意味する。

 

つまり、彼らは地球が平坦であると考えている連中なわけだ。

 

地球が丸いというアイデアは、NASAによる陰謀だと本気で考えている。

 

彼らの裏には母性の象徴が丸いことを受け入れられないヒンニュー教の過激派がいるに違いないと俺は考えているのだが、証拠は全くないので、今のところは俺の妄想である。

とはいえ、真実は分からない。

 

宗教という存在は本当にやばいな。

 

 

 

 

おっと危ない。

俺は追い詰められると色々と考えすぎて変な想像ばかりしてしまう嫌いがある。

 

今ははやく逃げなければ。

 

 

 

俺は木馬ちゃんに乗って走りに走った。

 

 

それでも振り切れず、最終的には諦めて、チョコロボに装備させたナイフを自分に突き立てた。

 

天馬ちゃんに翼が発生し、チョコロボは宙に飛んでいきそうになり、俺はそれを必死で掴む。

 

 

 

俺の血を対価に、天馬ちゃんへと変身した木馬ちゃんのおかげで何とか逃げ切ることに成功する。

 

 

 

だが、その代償として、俺は再び追い詰められていた。

 

血を失い、腹も減った、ミルクを買う金もない。

 

 

 

俺はスラムの端で座り込んだ。

 

体力の消耗を抑えるために木馬ちゃんも消しておく。

 

 

 

 

 

「ゲッへッへ」

 

そんな声が聞こえ、まさかピエロが来た時のかと思い顔を上げると、見るからにスラムの住人という感じの男が立っていた。

 

髪はぼさぼさで目は血走っており、なんとなく薬にでもハマってそうな男だなと思った。

 

 

こいつは強盗に違いない。

 

男は俺の目の前まで寄ってくると、俺がもたれかかっている建物の壁を殴ったのだ。

 

しかし、壁が壊れることはなかった。

 

かわりに、「はーい」という高い声が聞こえて、建物の窓が開いた。

 

窓からは小さな子供の手だけが突き出され、その手に男が金と半透明な空の瓶を渡す。

 

手は一度建物の中に引っ込み、十秒くらい経ってから、何かの液体が詰められたビンとともに再び現れた。

 

 

男はビンを受け取ると、「ゲッヘッヘ」と笑いながら去っていった。

 

 

どうやら、この建物は何かの液体を売っている店らしい。

 

なんとなく不気味な色をしていたように思えたが、腹が減っている今なら俺でも飲めるような気もした。

 

 

空腹を再度実感したせいで、俺の腹が音をたてる。

 

 

 

「ねぇ、あなた。おなかがすいているの?」

 

聞こえてきた声に反応し、建物の窓の方を見ると、クリクリとした丸い二つの目がこちらを見つめていた。

 

俺は無言のまま頷く。

声を出すのも面倒になっていた。

 

「じゃあ、案内してあげる。炊き出ししているところがあるの」

 

 

声をかけてきた幼女についていくと、古い修道院のような場所についた。

 

信者らしき連中が列を作り、施しを受けている。

 

 

 

 

「ほら、いこう? ごはんをもらうには信者にならなきゃいけないんだよ」

 

 

 

幼女まで宗教勧誘してくるなんて、この世界はレベルが高い。

 

 

というか、世界がどうのというよりも、宗教自体が悪いのかもしれない。

 

 

そんなことを思いつつ、俺は幼女に手を引かれて修道院の入り口までやってきた。

 

入り口の両脇には、なぜか陶器製の犬の置物が置かれていた。

狛犬のつもりだろうか。

 

 

「新しい信者さん、つれてきましたー」

 

幼女が元気な声で告げると、修道院の中からシスター服を着た女性が現れる。

 

そのシスターは幼女の頭を軽く撫で、数枚の小銭を手渡した後、俺の方を見た。

 

 

「入信するためには、シスター・マリアによる洗礼が必要なの。案内するから、ついて来て」

 

 

とりあえずメシを貰ってから逃げよう。

腹が減っては戦もできん。

 

そう考えて、そのシスターの後を追う。

 

案内された部屋の扉は最初から開いていて、入口付近に二人の男が立っているのが見える。

 

 

 

俺がちょうど部屋の目の前についたのと、その立っていた二人の内の片方の頭が、金髪巨乳ロングヘアシスターが持つ拳銃によって吹き飛ばされたのはほぼ同時だった。

 

 

 

「なにか言いたいことはある?」と金髪シスターは告げた。

 

 

「えっと、その、あのガキが薬屋で暴れたせいで、売り上げが……でも、ガキは捕まえて牢に放り込んだので、来月は必ず、必ず……」

 

「言い訳は不要よ。結果で示せなきゃ意味ないの。次に失敗したら殺す」

 

二人目の男は頭が吹き飛ばされることは回避したものの、真っ青な顔をして部屋を飛び出していった。

 

 

 

金髪シスターはそれをつまらなそうに見つめた後、こちらに目を向けた。

 

「入信者ね。洗礼の部屋に案内するわ。シスター・シズク、ゴミを片付けておいて」

 

 

俺は銃を突きつけられた状態で廊下を歩かされる。

 

 

「私の名はマリア。私はね、かつて神を見たはずなの。それなのにその記憶を忘れてしまった。でも、たしかに神の存在を知ったような気がしてならないのよ」

 

女はやばいことを話しはじめる。

 

神に仕えている連中は薬をやっていることが多い。

 

薬を飲んで、頭がおかしくなり、幻覚を神だと誤認するのだ。

 

そもそも、この世界を作った神は眼鏡をかけた犬だろうが。

入口の犬の像にも眼鏡かけとけよ。

 

 

そう思いつつも俺は黙ったまま、反撃する機会をうかがう。

 

「私は探しているの。神のことを知っている人間を。前の人は死んでしまったから」

 

女に連れてこられた場所は、簡素なベッドが一つ置かれただけの、狭い部屋だった。

 

入口の鍵をかけた後、彼女は俺の方を向き、首筋に触れてきた。

 

 

 

「ねぇ、教えて。あなたは神を知っている? 誰でもいい。私に神の存在を感じさせて!」

 

女はそう叫んだ後、まるで酒にでも酔ったかのように、ふらふらとベッドへ倒れ込んだ。

 

 

 

あ、これ前に進研ゼミでやったやつだ。

 

 

 

そう思って、俺は『トロイの木馬(トロイ・ホース)』を発動する。

 

木馬ちゃんを出せるほどこの部屋は広くはないが、もともと俺の能力は木馬ちゃんを経由せずとも使えるので大丈夫である。

 

 

 

俺の頭に記憶が流れ込む。

 

 

 

 

俺は戦慄した。

 

 

 

 

金髪と黒髪の女性。

彼女たちがシスター服を着て働いていたり、私服で出かけたり、着替えたり、風呂に入ったり、ソロプレイで遊んでばかりなので多分彼氏ナシだったり。

 

やっぱり、パクノダさんじゃん、ちわっす。と思ったところで違和感に気づいたのだ。

 

 

不審な点は二つ。

 

一つ目は、得られた情報の中にマチの姿がほとんどないこと。

 

二つ目は、シスター服は露出が少なくても素晴らしいということ。

 

 

 

一つ目に関しては、ある程度は推測ができる。

それは『俺が欲しい情報』には、俺が既に持っているものは含まれないのではないか、ということだ。

マチの情報は、以前にゲットしてもう持っているから奪えなかった。そう考えるのが妥当だ。

 

 

では、二つ目はどうなるだろうか。

俺は服を着ていない人間にしか興味がないような変態ではないので、服を着ている映像も欲しい。

 

そして、実際に今回はそういった映像も多数手に入れた。

 

だが変なのだ。

前回は今回よりも着衣の割合が少なかった。

 

 

 

おかしい。

なぜか。

 

その答えとなり得るのが、一つ目の疑問点だ。

既に持っている記憶は奪う対象として認識されないのではないか。

 

 

そう。

 

俺は最初から持っていたのではないか。

単に忘れていただけで。

着衣のマチやパクノダを普段から見ていたのではないか。

 

そして、結果的に見る機会が少なかった着替えやらの情報の割合が増えたのではないか。

 

 

マチは俺の姉だった……?

 

 

いや、そんなはずはない。

 

 

俺はパクノダが倒れたせいで、メシがもらえなくなり、空腹で目を回しているだけなのだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マジカルする程度の能力

いつもありがとうございます。
感想、評価、アンケート、誤字報告等いつも助かってます。
前回のアンケートについては長くなりそうなので後書きで。


『マジカルバナナ構文』というものをご存じだろうか?

 

たったいま俺が考えた。

 

 

 

マジカルバナナというのは、『バナナといったら黄色』『黄色といったらヒヨコ』というように、誰もが極めて容易に連想・理解できる二つの事柄をつなげていく、という連想ゲームだ。

 

 

この『誰もが容易に理解できる文章』というものは時々問題を引き起こすことがある。

 

 

例えば、とある研究者がスライドを使用して、専門家にしか理解できないような難しい研究の発表をしていたとする。

そこには無数の見たこともない数式が書かれており、普通の人は全く理解できない。

しかし、それらの数式の中に『F=ma』『円周率=3.14』『2n+1は奇数』などのような、よく見知った式が紛れ込んでいたとする。

 

すると、研究の内容については1ミリも理解できていないのに、なぜか「あぁ、なんかちょっとだけならわかるわ」という気分になってしまう。

 

 

 

このように、取り立てて言葉にするまでもなく誰でも知っている当たり前の内容を、わざわざ文章として提示された結果、過剰に理解した気分になってしまう現象のことを『過剰理解効果』と俺は勝手に呼ぶことにした。

 

 

マジカルバナナという連想ゲームは、この過剰理解効果をひたすら積み上げていくものなのだ。

 

そう、やっかいなことに、この過剰理解効果は重複するのである。

 

 

 

 

バナナといったら黄色。

 

黄色といったらヒヨコ。

 

ヒヨコといったら幼体。

 

幼体といったら子供。

 

子供といったら幼女。

 

幼女といったらバナナ。

 

 

このように、『誰もが容易に理解できる簡潔な文章』を何度も繰り返すことで、過剰理解効果が積み重なり高まっていく。

そして最後にそれまでに使われた単語を利用した、全く理解できない文章が置かれたとしても、脳が勝手に積み上げた過剰理解の余韻により、わかるけどわからないでもちょっとだけわかる状態、略してwww状態になってしまうのである。

 

この現象のことを『マジカル』効果、あるいは『マジカルバナナ』効果といま勝手に名付けた。

そして、この現象を利用した構文を『マジカル』構文、あるいは『マジカルバナナ』構文とでも呼ぼうかなと思ったりした。

 

 

 

ある意味でこれは、トリカブトとフグのようなものだ。

 

この両者には人を殺せる強力な毒がある。

 

トリカブト毒は神経細胞にナトリウムが入りやすくする効果があり、フグ毒にはそれと逆に入らなくする効果がある。

 

よって、トリカブト毒とフグ毒を同時に摂取した場合、効果を弱め合うという不思議な現象が起こる。

 

 

それと同じように『マジカルバナナ構文』は、過剰に理解できてしまう効果が理解できない状態を弱めてしまうわけだ。

 

 

 

 

そして、これは硬くて丈夫な刀のようなものだと考えることもできる。

 

日本刀は、炭素を含む鉄である鋼を使って作られる。

この鋼という金属を、熱して高温の状態にした後に急冷することで、硬度が上昇するという現象が起こる。

これを意図的に起こすことを、焼き入れという。

 

焼き入れを行う場合は、温度を上下させるのと同じくらいに、鋼に含まれる炭素の量が重要となる。

 

この鋼に含有される炭素の大小によって、焼き入れの効果も良くなったり悪くなったりし得るのだ。

 

つまり、鋼の個体差によって、焼き入れの効果が大きくなることも小さくなることもあるというわけだ。

 

 

 

これと似たようなことが『マジカルバナナ構文』でも発生し得る。

 

人間の脳の個体差によって、『マジカルバナナ効果』も大きくなったり小さくなったりする可能性があるわけだ。

 

 

さらに、いまの俺のように相手の話をあえて所々聞き飛ばし、中途半端に聞くことによって、過剰理解を意図的に抑えることもできる。

 

これにより、圧倒的に積み上げられた過剰理解の暴力による『理解不能さ』への攻撃を弱めることだって可能なわけだ。

 

 

 

 

そんなわけで、俺は、なぜか言葉巧みに誘惑してくるマセた幼女とバナナを連想することもなかったし、俺の刀が硬くなることもなかった。

 

すなわち、俺の完全勝利だ。

 

 

 

「くっ、私の話術(マジカル)が通じないとは……ますます欲しくなったぞ、少年」

 

魔法少女っぽい恰好をした金髪幼女が悔し気な表情を浮かべる。

 

「私は諦めないぞ! 一族を復興するため、強い男が必要なのだ。絶対にお前を手に入れてみせる」

 

なぜ俺がこの変なやつに狙われなければならないのか。

 

 

 

その全ての原因は、マリアなどという偽名を名乗っているパクノダという女にある。

 

 

夜中を過ぎてようやく目を覚ました彼女に、俺はこの世界の作者が眼鏡をかけた犬(トガシ神)であることを教えてやり、入り口の犬の像にも眼鏡をかけるように言った。

 

すると、彼女は大いに喜び、俺のことを先生と呼ぶようになった。

 

なんとなく彼女の雰囲気から、何でも言う事を聞いてくれるような気がしたので、色々とお願いしてみたところ、実際に何でも言う事を聞いてくれた。

 

腹が減ったこと。

 

ハンター試験を受けたいこと。

 

そのための準備もしたいということ、等々。

 

彼女はそういった俺の願いを快く引き受けてくれた。

 

俺はそんなあまりにも親切な彼女に対し、思わず『交通安全』『商売繁盛』『病気平癒』『出産安産』などが訪れるよう祈ってしまった。

 

 

 

そんなパクノダに俺が連れてこられたのは地下牢。

 

そこには、まるで魔法少女のようなコスプレをした十二歳くらいの幼女が捕らえられていた。

 

「私の名はクララだ」

 

幼女は鎖でつながれているというのに、やけに自信満々で自己紹介をしたのが印象的だった。

 

 

 

その幼女は過去に身内が毒で酷い目にあったらしく、この世から人体に有害となるあらゆる物質を消滅させることを目論んでいるそうだ。

いや絶対に無理だろ、それ。

 

 

 

 

彼女はパクノダが商売に使っている聖水を勝手に毒と判定して襲ってくるため、物凄く迷惑しているとのこと。

 

きっとこの幼女を自由にしておいたら、フグやトリカブトは絶滅してしまうに違いない。

 

 

 

そんな危険な幼女と俺を引き合わせて、一体どうするつもりなのか。

 

そう尋ねると、パクノダは簡潔に答えた。

 

 

「この娘は、ミルクしか飲まないのよ」

 

 

なるほど。

 

ミルクは血液から作られる。

 

つまり、健康な母体から生成されたミルクであれば、致命的な毒が含まれている可能性は低いというように考えることもできるわけだ。

 

パクノダは、彼女からミルクをわけてもらえと言いたいのだろう。

 

 

「それに、狩りをするなら、相棒も必要でしょう?」

 

「強いの?」

 

「私が手を焼くくらいには」

 

 

このようにして便利な仲間を手に入れた俺は、早速ハンター試験の会場へ向かうことにした。

 

 

 

 




前回アンケートに関して。

理解できる・理解できないの両方の意見があったり、ハンバーガーを若干甘く見るような発言をした翌日にハンバーガーを食べたら胃が荒れるという不吉な事が起こったりしたので、更新を最優先にしつつ、改変をしていくという作戦をひとまずは採用したいと思います。

そして、この作戦により理解不能度がどのように変化したか、再度アンケートを行い、その結果によっては、このまま続けたり、作者の頭をアンパンマンしたり、初期設定のみを共有した理解しやすさ特化の別ルートを同時に書いてみたり等の対応を考えたいと思います。

お手数をおかけしますが、ご協力よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来を決める程度の能力

マグダラのマリアと呼ばれる女がいた。

 

彼女は十字教の救世主が磔にされて罰せられるところを見た人物であり、同時に救世主が復活したことを最初に目撃したともされる人物である。

 

シスター・マリアと名乗る女は、救世主を暗示する男が死に、そして蘇ったことを知る人物となった。

 

マグダラのマリアとシスター・マリア、彼女たちは二人ともが救世主の死と復活を遂げたことの証人なのである。

 

 

 

また、マグダラのマリアは、時に罪深い女とされ、娼婦であったとされることもある。

 

だが、愛の多い女を罪と呼ぶのはいささか強引だろう。

 

 

愛の女神であり、多くの男を愛したアフロディーテがそんな言葉を聞いたら、きっと怒るに違いない。

 

 

 

 

そんな、罪深い女や愛の女神を暗示するような存在である、シスター・マリアは現在本当に罪を犯していた。

 

 

密航の手助けをしたのである。

 

 

 

 

 

 

敵がゆったりした服を着てたら 何かを隠してると思うのは常識。

 

 

フェイタンという男は、このような意味合いの発言をしたことがある。

 

 

 

 

だが、誰もが彼のように優れた洞察力を持っているわけではない。

 

乗船する客をチェックする担当者は油断していた。

 

 

シスター・マリアを名乗る女の修道服の中に隠れていた俺を見つけることはできなかったのだ。

 

 

どうやら空を飛ぶ飛行船よりは、海上を行く帆船の方がチェックが緩いらしい。

 

 

一度、港へ行き、そこで新鮮な海産物を入手し、それから船に乗ったわけだ。

 

 

 

もちろん、この方法も完璧ではない。

 

 

声を出して相談をすることができないので、ジェスチャーなどを使うしかない。

 

 

シスターはジスチャーで俺に意見を伝える。

たとえば、尻をわずかに動かしたりすることで尻文字を書くようなことをすれば、時間はかかるものの自分の考えを伝えられるということは容易に予想できる。

 

俺の方は指で彼女の肌に文字を書いたりするわけだが、紙以外に文字を書くというのは想像以上に難しい。

 

 

そもそも、服の中はかなり暗い。

 

たとえば、蛍光塗料を塗って目印をつけるなどして動きを見やすくしたところで、至近距離からその動きを完全に理解することはかなり難しい。

 

 

オーラを使って文字を空中に書くという方法もできなくはないが、自分は能力者ですと知らせるようなものなので、少し危険だ。

 

よって安全だが時間がかかるやり取りをしていたのが裏目に出た。

 

彼女は、危険を知らせる合図である右足で床を3回叩くというジェスチャーをしようとしたのだろう。

 

だが、危険を俺に伝える前に、敵の方から襲ってきたのだ。

 

 

 

 

「トロイ、その女は誰?」

 

トルテの底冷えするような声が港についたばかりの船に響いた。

 

シスター・マリアがアフロディーテを暗示するというならば、トルテという女が暗示するのは知恵の女神アテナだろう。

彼女と一緒にいた時は、不思議と頭がキレたり、良いアイデアが思い浮かぶことが多かった。

 

そんな女神アテナは、戦神としても知られている、美しく恐ろしい女性である。

 

まさに彼女にピッタリだ。

 

 

 

 

 

かつて、アテナの神殿でメドゥーサが、性的行為を行った結果、アテナに罰を下されたという。

 

メドゥーサは首を斬られて、ペガサスを生み出した存在。

 

俺も似たような経験をしたことがある。

 

つまり、俺とメドゥーサはよく似た存在。

 

俺という存在はメドゥーサを暗示しているのかもしれない。

 

 

 

 

だとすると、俺は彼女に断罪されてしまうのだろうか?

 

 

 

突然、兄のような男が知らない女を連れてきたらどう思うか。

視点を少し変えてみる。

 

ある日、母が知らない男を連れてきたら……当然、許せないだろう。

 

 

 

 

かつて、トロイという国の王子パリスは選択を迫られた。

 

目の前に現れた、3柱の女神の中で誰がもっとも美しいのか選べ、と。

 

『もっとも美しいと判定された女神は黄金の果実を受け取ることができる』という勝負の審判役に選ばれたのだ。

 

 

この果実がなんだったのかは、現在では不明である。

色しか分からず、形状がどうだったかすらわからないのだ。

もしかすると、バナナだったかもしれないし、さくらんぼ(チェリー)だったかもしれない。

 

 

 

候補となった3柱の内、1番目の候補はヘラ。

実の兄弟であるゼウスと結婚した女神である。

義息子に狂気を与えたことで悪い意味で有名な存在でもある。

 

黄金の果実がなんだったのかは不明であるが、もし黄金のチェリーだった場合は、この女がゲットするのが相応しいのではないかと俺は考えている。

 

理由はなんとなくだ。

俺が姉かもしれない人物にチェリーを差し出すことになった経験があるからかもしれない。

 

 

2番目の候補はアフロディーテ。

愛の多い女神である。

 

もし黄金の果実がバナナであったのならば、彼女がゲットするのもおかしくはない。

彼女を暗示する女であるシスター・マリアはバナナがかなり好きなようだったからだ。

 

 

3番目の候補は、知恵の女神アテナ。

 

 

もしトルテがアテナを暗示する存在であるならば、俺は彼女に黄金の果実を差し出すべきだろうか?

 

つまり、この動物のように愛くるしい容姿の9歳児に勝手にフルーツを与えて良いのかという問題が、俺の前に立ち塞がったのだ。

 

餌を与えないでください。動物園でよく見かける看板が俺の脳裏に浮かんだ。

 

 

 

パリスという男は、選択する女神を間違った結果、自分の国を滅ぼした。

 

 

果たして、彼女に俺のフルーツをプレゼントすべきなのか。

 

 

選択の時が来た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

答えを知る程度の能力

黄金の果実を差し出すか、否か。

 

選択を決して間違えてはならない。

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

 

 

俺は愚者か、それとも賢者か。

わからない。

だが、不思議と賢者という単語の方が身近で、なんとなく馴染むような気がした。

 

 

 

 

 

ならば、歴史に学ぼう。

 

 

過去の歴史でパリスは選択を間違えた。

ゆえに、破滅することとなってしまった。

 

 

俺も間違えれば、そこで終わってしまうかもしれない。

 

 

 

 

どちらを選べば良いか。究極の2択だ。

 

 

そんな時、どうしたらいいか。

 

 

思い出せ、これを突破する方法を、俺は一度だけ見たことがあるはずだ。

 

 

原作知識という名の、最強の武器を使う時がきた。

 

 

原作のちょうど今と同じ時間軸の時に、それは発生していたように思う。

 

 

 

 

 

 

『ドキドキ2択クイズ』

 

 

母親と恋人が悪党に捕まり、一人しか助けられない。

 

どうするか?

 

 

ハンター試験の会場への案内役であるナビゲーターを探す際の試練の途中で、そんなクイズが出題されるのだ。

 

 

なぜ出題者は、母親と恋人が別人であることが普通であるかのような前提で話をしているのか。

しかもこの出題に対し、母親、と答えた人物は酷い目に合わされた。解せぬ。

 

 

そういった細かい部分は不明だが、ともかく、この出題に対する答えを俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

そのクイズの答えは『沈黙』。

 

選ぶことなどできはしないのだ。

 

 

 

選べないなら、選ばなければいいのだ。

 

差し出すのではない。差し出さないのでもない。

 

 

 

 

無言のまま、相手の果実を自分のものにすればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作主人公のゴンは言った。

 

 

 

『俺の母親はミトさんだ』と。

 

 

だが、ミトはゴンの父親の従妹、つまりゴンからすると従伯母であるのだ。

 

よって、ゴンの母親は彼女とは別に存在するはずである。

 

しかし、ゴンは彼女のことを母親と呼んだ。

 

 

 

つまり、従伯母でもママになれるのである。

しかも、本来のママも存在するわけだ。

 

ようするに、ママが二人。

 

 

ママが一人でなければならないなどというルールはこの世界には存在しない。

 

 

複数のママを持つことは、世界の作り手が認めた法則なのだ。

 

 

念能力とは違い、新しくママを作るために、メモリーなどというものを消費する必要はないのだ。

 

ママ≧念能力。この宇宙の法則が、俺に勝利をもたらす。

 

 

 

 

 

 

人間というものは、自分が持たないものを欲しがる。

だから、俺は欲しい。

母親が。

 

 

 

「トルテ、俺の母親になってくれないか?」

 

「え? 母子じゃ結婚できないんだよ。兄妹の方がよくない?」

 

 

トルテは、まるで兄妹なら結婚できるかのような謎の発言をする。

 

まだトルテは幼女で知識が不足している。

 

いくらアテナの如き知恵があろうと、それでは宝の持ち腐れというやつだ。

 

 

しかも、従伯母でさえ母親になれるのだ。

なぜ、妹が母親になれないと思ったのか。

とにかく、言葉で説得するのは難しいかもしれない。

 

 

 

 

 

俺は腰のナイフを引き抜いた。

 

このナイフの名前は既に考えておいた。

 

『ミルクオリゴ(とう)』だ。

 

脳内で「勝手に変な名前をつけるな」という声が響いた気がしたが、戦闘中なので気にしている余裕はない。

 

 

 

それを見たトルテは、わずかに顔をこわばらせる。

 

これが普通のナイフではないと気づいたのだろう。

 

 

 

「交渉決裂だな。ならば戦って決めよう。俺が勝てば、お前はママだ」

 

 

俺はトルテに向けて、ナイフを投擲した。

 

当然、彼女はそれを回避する。

 

まぁ、その程度は予想済み。

こんな正面から投げて当たるはずもない。

 

 

 

続けて俺は、片手に本を取り出し、信用できない守護霊を呼び出す。

 

こいつが俺の思惑通りに働いてくれるとは思えない。

 

 

でも、自分のコレクションが海に落ちそうだったら?

 

黙って見ていられるか?

 

 

 

 

「ちっ!」

 

やはり、見捨てられるはずもない。

 

男は全力でナイフのもとへと向かう。

 

 

 

そして、その男の実力は、戦神のようなトルテであっても無視する気にはならないだろう。

 

 

なぁ、ママ。凶器を持った自分に勝るとも劣らない実力者に背後を脅かされながら、満足に戦えるか?

 

 

「しまった!?」

 

いきなり想定外の強敵が現れて、彼女は混乱している。

 

それは甘さだった。

若輩であるせいか、俺が相手だからか。

とにかく、そこに油断があったことは否めない。

 

 

 

俺はその一瞬の隙をつき、彼女の両肩を掴んだ。

 

 

 

 

「82時間28分28秒」

 

「へ?」

 

トルテが少し間抜けな声を出す。

 

 

 

 

「俺が口の吸引力だけで、誰かにしがみついていられる時間だ。バブーチュパチュパと覚えておけ」

 

木星は自転を1回するまでにかかる時間が10時間に満たない。

それは、1日の時間が10時間未満であることを意味する。

 

 

すなわち、俺は木星を基準にして考えると、8日間以上もの間、口だけで相手に吸い付いていることができるわけだ。

 

もし木星が地球と同様の週休二日制を採用していると仮定すると、限界時間はさらに2日間は伸びることになる。

 

 

 

今までの人生において固形物をほとんど食べずに、液体だけを吸い続けることで鍛え上げた必殺の吸引力。

ずっと液体だけを吸っていたせいでもはやほとんど固形物が食えなくなった代償として、俺はこの力を得たのだ。

 

 

この圧倒的な吸引力の前では、たとえ十二単(じゅうにひとえ)を着ていたとしても無力。

 

相手の身に着けているもの全てを貫通して、ミルクを吸い取ることができるのだ。

 

味が落ちるので普段は絶対にやらないがな。

 

 

「っ!」

 

トルテはもう逃げられまい。

 

 

大地の子たる人間たちは、どれだけ高く跳び上がろうとも、母なる惑星の引力からは逃れられない。

 

つまり、母と子はその間で働く引き合う力により、絶対に離れられない運命にあるのだ。

 

科学がいくら発達しようとも、重力井戸の底で争いに明け暮れ、隣の惑星で生活することすらできていない。

 

このまま、母の揺り籠たる青い惑星の上で滅びるまでの時間を無為に消費し続けることだろう。

 

外宇宙の厳しさも知らぬまま、最後の瞬間までぬくぬくと過ごすのだ。

 

それは、ある意味で幸せなことなのかもしれない。

 

母を失うよりはよほど良いだろうから。

 

 

 

 

 

 

マチは去り際に行った。

 

ヒントは循環だと。

 

 

あれは、俺の吸引力が武器として有効だと暗に言っていたと判断できないこともない。

 

 

俺のこの強力な吸引力だけで、おそらくマチは2カップ以上大きくなったはずだ。

 

つまり、マチは俺が育てたと言っても過言ではない。

 

マチが俺を育て、俺がマチを育てた。

 

これは終わらない循環を意味する。

 

 

 

 

 

まだ幼く決して濃密ではないものの、若木の活力を感じさせるような爽快さとチョコのような若干の甘さ。

それが彼女の持ち味だった。

 

 

 

 

その甘さに感謝しながら、俺は捕らえた彼女を引き倒し、勝利を味わった。

 

 




感想、評価、アンケート等いつもありがとうございます。
たぶん比率的にはこれで合ってるような気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドキドキする程度の能力

決着はついた。

 

勝利のためとはいえミルクオリゴを投げたせいか団長が何か言いたげな顔をしているが、鬼札を晒し続けるのは得策ではないので非実体化させておく。

 

 

団長が持っていたミルクオリゴが大地の引力に引かれて落下し、カランカランと大きな音を立てた。

 

 

引力とは、二つの物体の間に働く力のことであり、それらの物体の質量に比例する。

 

当然ながら、惑星が重ければ重いほど、大きければ大きいほど、大地と人間との間の引力はデカくなる。

 

 

この惑星は、とてつもなく大きい。

 

人間が住む土地の外に広大な暗黒大陸などと呼ばれる大地が広がっているのだから。

 

この惑星は、少なくとも木星と同じくらいの大きさはあるかもしれない。

 

太陽系において大きさ質量ともに最大の惑星である木星は、直径が地球の12倍、質量が地球の300倍はあるとされる。

 

おそらく地球の表面積とそう変わらない広さの土地が、メビウス湖という名の一つの湖の中に入ってしまうほどなのだ。

 

むしろ、そのくらいの大きさはあると考えた方が妥当だ。

 

 

そうであった場合、当然、重力も地球より遥かに大きくなければならないし、その大きな力から逃れることは地球の場合よりも困難である。

 

 

つまり、そんな重力にも負けない俺の吸引力はすごい。そういうことだ。

 

 

 

 

シスターがナイフを拾ってきてくれたので、礼を言ってから受けとる。

 

彼女は何ともいえない表情を浮かべている。

 

俺とトルテの勝負が衝撃的すぎたのかもしれない。

 

 

 

だが、あれは必要なことだった。

 

頭に血が昇るという言葉があるように、人間は頭部に血が集中しすぎると冷静ではいられないのだ。

 

 

だから、血を抜いて体全体の血液量を減少させた。

 

そして、地面に引き倒して座らせたのは、重力の作用を強めるためだ。

 

物体間に働く引力というものは、その間の距離の2乗と反比例する。

 

つまり、地表との距離が近ければ近いほど重力は大きくなる。

 

地面に座らせることで、惑星とトルテの脳の間の物理的な距離を縮め、脳内の血液が体側へ流れやすくしたわけだ。

 

 

俺の行動は常に極めて合理的なものばかりなのである。

 

そんな説明をしようとしたのだが、シスターはさっさといけというジェスチャーをする。

 

 

 

 

今回の狩りのターゲットはマチ。

 

当然ながらシスターの顔は知られてしまっているので、一緒にいるより、顔を隠して別行動とした方が都合がいい。

 

こちらの戦力を少なく誤認させることができるからだ。

 

 

とはいえ、守りを薄くするのも悪手である。

 

そこで登場するのがクララだかクーラーボックスだかという名前の冷気を操る魔法少女だ。

あらゆる危険な植物を枯れさせたりして、世界から毒を消滅させようと企む危険なやつだが、護衛の戦力としては十分使えるはず。

 

問題は俺が使いこなせるかどうかという点だ。

 

正直、これについてはあまり自信はない。

 

メインの護衛とするのは不安だが、トルテの補助をさせる程度ならば大きな問題はないはずだ。

 

 

その点に関しては、わざわざトルテが迎えに来てくれて助かったとも言える。

 

 

 

「で、問題なのはクララの方だ」

 

シスターたちと一度別れた後、トルテと荷物を背負い、勝手に先に船を降りたらしいクララを追いかけた。

 

 

 

 

 

「いい情報を手に入れてきたぞ。先ほど知り合いと会ったのだが、やつは一本杉という場所に向かうと言っていた。きっと近道があるんだ」

 

金髪幼女は、大きな木のある山を指さしながら言った。

 

一応、彼女はそれなり以上に優秀なようだ。

 

彼女がどこからか持ってきた情報は間違っていない。

 

 

原作でも主人公たちは、いま彼女が言った『一本杉』へと向かい、最終的には試験会場へ連れて行ってくれるナビゲーターと出会うことになる。

 

 

シスターたちにある程度調べてもらっているので、試験会場も判明しており、俺たちは直接そこに行くこともできる。

今回の場合、別にナビゲーターの場所へなど行かなくてもいいのだ。

 

だが、俺には一つだけどうしても気になることがあった。

 

 

だから一本杉に、というよりもその道中にある場所に向かうことにした。

 

 

「ドキドキ2択クイ~~~ズ!」

 

 

クララに荷物を渡して俺はトルテを担いだまま道を歩いていると、突然現れた謎の老婆が試験の開始を告げる。

 

本日、二度目となるドキドキ2択クイズである。

 

 

 

先へ進みたければクイズに挑め、1問のクイズが出題され、考える時間は5秒。

そういった意味合いの内容を老婆から伝えられ、早速クイズが出題された。

 

 

 

「母と姉のどちらかしか助けられない。①母②姉、どちらを助ける?」

 

 

 

この問題の解答は既に知っている。

 

①と②のどちらを選んでもいけない。

 

 

ただ『沈黙』しているのが答えなのである。

 

それを知っている俺からすれば、ただ黙っていればいいだけの簡単なクイズだ。

 

 

「……もし、①と②が同一人物かもしれないとしたら、どうすればいいと思いますか?」

 

 

だが、どうしても気になってしまい俺は出題者の彼女にそう尋ねてしまった。

 

 

 

「少し、話をしようか。ついてきな」

 

彼女の後をついていくと、一台の乗用車を停めてある車庫へたどり着いた。

 

 

「ドライブでもしながら話そう」

 

俺は助手席に座るよう促され、運転席のハンドルはどこからか取り出したサングラスをかけた出題者の女性が握る。

クララが荷物をトランクに入れ、トルテと一緒に後部座席に乗り込むのを待ってから、車は走り出した。

 

彼女は運転中、これまで自身が経験したことなど色々な話をしてくれた。

 

俺はほとんど話を聞くばかりであったが、車が停車するまでの間、会話が途切れることはなかった。

 

 

到着した場所は、一軒の特に珍しさも感じられないような食堂。

ここの店員に合言葉を伝えれば、試験会場へのエレベーターに乗せてくれるらしい。

 

 

「坊や、強く生きな」

 

そんな言葉を残し、女性は元の場所へと帰っていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新人狩りする程度の能力

俺が組んでいるチームのメンバーは、俺以外にトルテ、クララ、木馬ちゃん、チョコロボ。

 

 

サポートチームの、シスター・マリア、シスター・シズクも最終的には合流することになるが、それまでは今の4人とともに戦う必要がある。

 

 

 

 

今回の俺の目的は、ハンター試験に合格すること、そしてその際にマチより成績が上でなくてはならない。

 

勝つ方法は2つある。

1つ目は原作をぶっ壊す方法。

試験がどうなっても構わないくらいの思いで暴れ回り、マチを潰して不合格にする。

 

俺かマチ、どちらかのみが合格しもう一方のみが不合格となるなどすれば、結果は明確に決まるだろう。

 

だが、あまり現実的ではない。

なにもしなければマチは普通に合格するだろう。

ということは、意図的に妨害して彼女を不合格にしなければならなくなり、難易度が急上昇する。

 

 

2つ目の方法は、原作をある程度守るやり方。

両者が合格するのを前提とした上で、相手より良い成績を取れば良いのだ。

 

具体的には『速さ』である。

相手より先に合格してしまえば、これは『好成績』であると考えることもできる。

 

 

そのために狙うべきは、最終試験だ。

ここでライバル(マチ)に差をつける。

 

 

俺は今回、原作知識をフル活用することに決めた。

 

もし原作通りの展開で進むとすれば、最終試験は『負け上がりのトーナメント』になるはずだ。

 

 

これは、1対1で戦うトーナメントを行うのだが、1回戦を勝った方はその時点で合格決定。負けた方は2回戦に進むというような変則的な進行となる。

2回戦でも勝った方は合格、負けた方は3回戦へと進む。

これを繰り返していき、最終的には1回も勝てなかった1人のみが不合格となるわけである。

 

 

つまり、同時に合格者が決まることはありえず、勝った者から順番に一人ずつ合格となっていくわけだ。

 

ということは、マチが1回目の試合をする前に、俺が試合を行ってそれに勝ってしまえば、俺の勝利となるわけだ。

 

 

俺の記憶が正しければ、それまでの試験の評価が高かったものほど、試合が早く行われる傾向があったように思う。

 

 

よって、最終試験まで最高成績を維持できれば、俺の勝ちは揺るがない。

 

 

これは試験内容を知らないはずのマチには不可能な、俺だけが立案できる作戦である。

 

 

 

 

 

名付けるならば『ネズミさん作戦』だ。

 

かつて神は言った「元旦の朝に挨拶に来たやつを先着順で十二匹まで出世させてやる」的なことを。

 

その話を聞いたウシさんは思った、夜の内に出発しておけば、ゆっくり進んでも最初にゴールできるんじゃないかと。

俺はなんだかこの考え方が好きだ。ゆっくりでも少しずつ進めばいつかは目的地へとたどり着ける。

 

しかし、そんなウシさんを利用する者もいた。

ネズミさんだ。

彼はウシさんの背中に乗っていき、ゴールの瞬間だけ、ウシさんから飛び降りて1着となった。

他人の力を利用して、自分は全く消耗せぬまま、最後のラストスパートで勝利を掴んだわけだ。

 

 

 

 

 

今回俺は、木馬ちゃん、チョコロボ、トルテ、クララ、マリア、シズクに全力でサポートしてもらう。

 

 

頼りになる相棒たちと4人の能力者による密かな後押しを受け続ければ、最高の評価を受けることも決して不可能ではない。

 

その上で、最終試験まで体力を温存し、勝利する。

 

原作でも、この試験には念能力者が複数参加しているので、体力の温存は絶対条件だ。

 

完璧に勝つ。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中でそんな作戦を考えていると、乗っていたエレベーターが地下の試験会場へと到着する。

 

 

まず、せっかちなクララが飛び出し、意外と面倒見が良いトルテが追いかけ、最後に木馬ちゃんを連れた俺が続く。

チョコロボは懐の中だ。

 

 

試験会場へ入ると、受験番号が書かれたプレートを渡された。

クララが298番。語呂合わせで298(にくや)だな。

 

たしか第4次試験あたりで、受験者同士がプレートを奪い合う展開があるので、他人のプレートの番号を覚えておいて損はない。

まぁ、クララは今回、荷物の中の海産物を冷凍しておくという役割があるので、肉屋というよりも魚屋が近いのだが。

 

トルテの番号は299番だった。299(ニクキュー)である。

肉球という言葉には様々な意味合いがあるが、一番印象深いのは猫の手のやわらかいやつだろうか。

トルテもたまに猫っぽい表情や仕草をするので似合っている気もする。

 

そんな猫っぽいトルテのやわらかな肉球をぷにぷにさせられつつ、俺は300番のプレートを受け取った。

 

 

そして、俺たちの後からやってきたのが、受験番号301番、ギタラクル。

このギタラクルという名は偽名で、本名はイルミ=ゾルディック。

ゾルディック家の長男であり、念能力者だ。

顔に針を突き刺すことで変装するという能力を使っているので、顔が針だらけという少々不気味な見た目をしている。

 

おそらくトルテの兄にあたる人物だと思うのだが、未だに明確な証拠はない。

とはいえ、その可能性は非常に高いので、俺は急いでトルテの肉球から手を離した。

 

油断していたな。たしか原作でも彼は301番だった。

 

 

少し冷や汗をかくと同時に、安心もする。

 

どうやら原作からそこまでは離れていないのかもしれない。

 

 

そう考えた直後、次の受験者が現れた。

受験番号302番、ギタラクル。

 

 

 

 

なん、だと?

 

あまりにも意味が不明な展開に思考が停止し、無意識の内に再びトルテの肉球へと手を伸ばした。

トルテはその手を掴みにぎにぎしてくる。

 

 

なぜギタラクルが2人もいるんだ?

 

 

 

顔は2人とも完全に一緒、まぁ変装しているからだろうが。

身長は301番のギタラクルの方が高い。

こちらを大ギタラクルと呼ぶことにする。

 

302番の方は小ギタラクル。

 

一体、どっちが本物のギタラクルなのか。

 

というか、原作大丈夫なのか。

 

 

 

 

不安になってきたところで、少し離れたところから「俺の腕がぁ――っ!」という叫び声が聞こえてきた。

 

 

よし、これは原作通り。

 

 

 

 

 

たしか原作の試験開始前に、念能力者である受験番号44番の奇術師によって、モブキャラの腕が切り落とされてしまうシーンがあるのだ。

 

ということは、今回の試験にも奇術師がいるのか、注意しなければならないな。

 

そう思い、叫び声が聞こえた方向を見ると、加害者は44番ではなく298番だった。

 

「他人に毒の入った飲み物を渡そうとするなど、悪い手があったものだ。これはお仕置きしなければな」

 

 

受験番号16番、新人潰しのトンパという男が、毒物絶対許さないウーマンであるクララに両腕を凍らされていた。

 

この男は新人を潰すのが趣味で、試験会場にやってきた初めて試験を受けるルーキーたちに、毒の入ったジュースを配ったりするのだ。

 

その行為がクララの逆鱗に触れたのだろう。

 

腕がどうなるのかは知らないが、今回の試験はリタイアだろう。

 

このトンパという男には、原作でとある役割があった。

ルーキーである主人公たちに親切なフリをして近づき、試験について教えたりするという役割が。

 

さらには第3次試験で、主人公たちと一緒に塔を攻略したり、第4次試験で主人公たちと敵対したりもする。

 

 

 

 

 

原作さん、もうダメかもしれないな。

 

 

 

 

 

だが、希望はまだある。

 

ギタラクルが1人増えて、トンパが1人減ったのならば、実質的にプラスマイナスゼロなのでは?

 

 

 

問題はギタラクルでは、トンパのように親切なフリをして主人公たちに接近して飲み物を与えたりといった行為ができないことだ。

 

 

そこは誰かが代わりにやるしかない。

 

 

 

クララには無理だ。

今も「毒を塗ってある矢など、この世界には必要ないだろう?」などという声が聞こえてきた。

どうやら毒を狩るのに忙しいらしい。

 

 

トルテも同様にダメそうだ。

なんかさっき「美味しそうな、青い果実……♥」とか呟きながら近づいてきた変態に対し、「トロイの未成熟なトロピカルフルーツはわたしのだ!」などと言い争っている。

 

 

 

二人がダメだとすると、動けるのは俺しかいない。

 

 

そう、俺がトンパになるしかないのだ。

 

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲良くなる程度の能力

いつもありがとうございます。


原作において、主人公であるゴンは、クラピカ、レオリオという2人の仲間とともに試験会場へとやってくる。

 

 

そんな彼らの前に現れて、受験者の情報などを教えることがトンパという男に与えられた最初の役割である。

 

つまり、俺は受験番号44番ヒソカや大ギタラクル、小ギタラクルたちなどの危険な男について注意を促したりすればいいわけだ。

 

これは思ったよりも簡単かもしれない。

 

 

現時点でゴンたちは念能力を使えないはずなので、念能力者との接触は控えめにさせた方がよいだろう。

能力者と戦えば負けてしまう。

 

 

 

そして、トンパには情報を伝える以外にも、下剤の入ったジュースをゴンたちに渡すという役割もある。

 

これにより、わずかではあるが試験中は他人を完全に信用してはいけないという意識を彼らの心の中に芽生えさせるわけだ。

 

 

 

受験番号403番レオリオ、404番クラピカ、405番ゴン。

 

俺やトルテが参加しているせいで受験者が原作よりも増える可能性を考えたが、クララの手により番号が書かれたプレートを受け取る前にリタイアする者もおり、最終的には原作と同じくらいの人数となった。

 

 

 

 

試験会場を訪れたゴンたち3人に対して、俺は笑顔で近づいていく。

 

 

「やあ、俺はトロイ。こっちは俺の相棒の木馬ちゃんと腕が氷でできている謎の種族の男トンパ。10歳のころから何十回もハンター試験を受けているベテランなんだ」

 

俺の後ろには、意識があるんだかないんだか不明なトンパの襟首を口に咥えた木馬ちゃんが控えていた。

 

この作戦は若干無理やりすぎるようにも思えたが、今はこれしかない。

 

 

俺のような年下の子供からアドバイスを受けたところで、彼らも納得できないだろう。

 

そこでトンパを使う必要が出てくる。

 

 

先ほどのような巧みな話術(マジカル)により、彼らの解釈の仕方によっては俺まで試験のベテランであるかのように誤認させられるかもしれない。

 

 

俺は、木馬ちゃんが相棒であること。

それとトンパがハンター試験のベテランであることしか言っていない。

 

嘘は全く言っていないのだ。

 

だが、解釈によってはトンパも俺の相棒であり、俺とトンパがハンター試験のベテランであるかのように捉えることも不可能ではない、はず。

 

 

 

案の定、ゴンはよくわかってなさそうな雰囲気を感じさせつつも、少しだけ興味をいだいたようだ。

 

「オレはゴン、よろしく!」

 

作戦にかかったゴンに手を差し出し、握手をすることで親睦を深める。

 

 

「いやいや、待てよゴン。見るからにこいつら怪しいじゃねーか。こっちのやつは明らかにガキだぞ」

 

「私も同意見だ。腕が氷の種族など聞いたことがない」

 

 

しかし、十二歳の純粋なショタは騙せても、残りの二人はわずかに違和感を抱いたようだ。

もしこいつらもショタだったら、作戦は完璧に成功したはずなのに。

 

 

 

ふと、『魔女の若返り薬』という単語が頭の中に浮かんだ。

 

ゴンの父親であるジン=フリークスは、グリードアイランドというゲームを作った。

 

それは念能力者だけが遊べるゲームであり、これをクリアすると、ゲーム中に登場する便利なアイテムを最大3つまで現実に持ち出して使うことができる。

 

 

そして、このグリードアイランドというゲームに登場する便利アイテムの中に、存在するのだ。

魔女の若返り薬というアイテムが。

 

これを使えば、2人をショタリオとショタピカに変えることで、作戦を成功させられるかもしれない。

もしかすると実はショタピカではなく、ロリピカであるという可能性もあるが、それは作戦の成否には関わらないので問題ない。

 

 

もし一つだけ問題があるとすれば、俺がその魔女の若返り薬を持っていないということだ。

 

とはいえ、今のアイデアが全く何の役にも立たないものであったかというと、必ずしもそうとは言えない。

 

 

魔女の若返り薬。

その存在を知っていることが重要なのだ。

 

俺が若返る手段を知っているということを相手に伝えれば、聞かされた相手はどうしても考えることになるだろう。

俺が、その手段を使って若返っているのではないか、という可能性を。

 

そうなれば、こちらの作戦勝ちだ。

 

 

俺がトンパと同じようなハンター試験のベテランである可能性を否定できなくなってしまうわけである。

 

 

俺のことをガキだと指摘してきた賢いレオリオ。

おそらく骨格や体形などから判断したのかもしれないな。

だとすれば相当人体に詳しい。

 

原作の世界線では彼は医者を目指していたが、こちらでももしかするとそうなのかもしれない。

 

 

そんな賢い彼であっても、次の俺が放つ罠にはかかってしまう可能性がある。

ゲームにはそこまで詳しくなさそうだからな。

 

 

「いいか、君たち。ジン=フリークスというハンターが作ったグリードアイランドというゲームの中に――」

 

俺はそのような語り口で、彼らにゲームや魔女の若返り薬についての情報を教えてみた。

 

 

反応は激的だった。

 

ゴンは俺が知っている情報について、もっと知りたがった。

どちらかというと、ハンター試験の情報よりも彼の父親であるジンやグリードアイランドに関する質問が多かったように思うが、なんとなくトンパしている気分になれたので問題ない。

 

しかしながら、レオリオとクラピカからは、あまり大きな反応は得られなかった。

あるいは信憑性が薄いと判断したのかもしれない。

念能力を知らない人にとっては、グリードアイランドなどというものは眉唾ものだろうから仕方がない。

 

 

レオリオとクラピカの2人には少しだけ怪しまれてはいるが、まだ大丈夫だ。

ゴンについてはトンパすることができたので、作戦の3分の1は既に成功している。

 

 

残りは3分の2だけ。確実にトンパしてやる。

 

 

グリードアイランドについて、レオリオとクラピカはあまり興味を示さなかった。

あるいはショタに興味がないという可能性もあったが、ショタであるゴンと一緒にいることから全くの無関心とも思えない。

 

彼ら2人が興味を抱く内容とは何か。

やはりそれは、ハンター試験だろう。受験しにきているわけだからな。

ここで本来の目的に戻る。

 

受験者についての情報を教えれば良いのだ。

 

 

「少し脱線してしまったが、ハンター試験の話をしよう。まず、あの44番のピエロには気をつけろ。やつは危険だ」

 

俺は44番がいかに危険かを彼らに伝えた。

ピエロというのは、切り取った指をチュパチュパしてコレクションする生物だ。

やつもそうに違いない。俺はホラーゲームでそう勉強したんだ。

などと解説したあたりで、彼らの顔がこわばるのを感じた。

 

ピエロの危険度は十分に伝わったような気がしたので、次はギタラクルについて教える。

 

 

「それから、301番と302番のギタラクルたちにも気をつけろ。絶対に近づくな」

 

俺は大ギタラクルと小ギタラクルを指さしながら言った。

2人のギタラクルの内、どちらか片方はイルミ=ゾルディックである可能性が高い。

 

このイルミという男は、原作で「ゴンを殺そう」などという発言をしたのだ。

弟のキルアがゴンと仲良しになったのがなんか気に入らなかったのかもしれない。

 

こいつとゴンを接触させるのは、かなりリスクが高い。

接触はなるべく回避させた方がよいだろう。

 

と、思ったところで、もしトルテが本当にイルミの妹だったらどうなるか、という疑問が頭に浮かんだ。

イルミはトルテと仲良くしている俺のことも気に入らないかもしれない。

 

彼女は俺と結婚したい等と発言するほどに、親しい関係であるのだ。

もしかすると、俺はゴンより危ない状況にあるのかもしれない。

 

イルミという男は相当に強いはずなので、できれば相手にしたくない。

しかも、血も涙もない暗殺者である。

 

いくら妹の結婚相手、すなわち義理の弟が相手であっても彼は手を抜くようなことはないだろう。

 

 

額から冷や汗が垂れてくるのを感じた。

 

 

 

 

「たしかに普通ではなさそうな外見をしているが、それほど危険な連中なのか?」

 

「ああ、俺の義兄(にい)さんかもしれないんだ。これまで実際に会ったことはなかったんだがな」

 

「兄だと!? それって、お前……」

 

(そうか! 生き別れか……)

 

もし本当に、トルテがイルミの妹だったなら。つまりイルミが俺の義兄であったならば、俺はかなりのピンチなのだ。

 

やつは危険だ。

 

 

あえて言葉にせずとも俺の立たされている深刻な状況を雰囲気から察したのだろう、レオリオとクラピカは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「まあ、なんだ、がんばれよ。色々と情報を教えてくれてありがとうな」

 

「私からも感謝を。もしできることがあれば手伝おう」

 

このように俺は、注意すべき受験生の情報を伝えた結果、ゴン以外の残りの2人についてもトンパすることに成功した。

 

なんとなく、こちらを気づかうような融和的な雰囲気を彼らから感じるようになった。

作戦は大成功だ。

 

 

最後の締めとして、俺は木馬ちゃんに持ってもらっていたクーラーボックスを取り出した。

 

原作の世界線で、トンパはゴンたちにジュースを配る。

 

俺もそれと同じことをすれば、ひとまずはトンパをやり終えたということになるだろう。

第3次試験や第4次試験でトンパするかどうかは、臨機応変に考えれば良い。

 

 

だが、普通にジュースを配ろうにも、トンパが持っていたジュースは下剤入りである。

これを配ってしまったら、俺は毒物を嫌うクララと戦うことになってしまう。

 

それは流石に面倒だし、体力の消耗も考えると悪手だ。

イルミという潜在的な敵を抱えた状態では危険すぎる。

 

だから、ジュースとは違うものをゴンたちに渡さなければならない。

 

本当はここであまり消費したくはなかったのだが、3人分程度ならば、渡してしまっても問題はないだろう。

港でたくさん買い込んできたので、多少の余裕はある。

 

 

「そうだ。お近づきの印として、これを受け取ってくれ」

 

ゴン、レオリオ、クラピカの3人に、俺はクーラーボックスから取り出した新鮮な海産物をプレゼントした。

 

それを持っていれば、第2次試験の『寿司作り』の課題で大いに役立つはずだ。

 

 

今はわからないかもしれないが、もう少し時間がたって第2次試験がはじまれば、彼らは俺に感謝することになるだろう。

 




一部修正しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜂を操る程度の能力

ゴンたちと話をしていると、第1次試験の開始を告げるベルが鳴り響いた。

 

原作において、この最初の試験では、持久力などが試される。

 

試験内容は試験官の移動速度についていくこと。マラソンである。

 

 

俺は、この試験は木馬ちゃんに乗って移動すれば楽勝だな、などと楽に考えていた。

 

 

予想外の事態になったものの、なんとか原作世界線に近くなるように修正をすることができた。と安心していた。

 

 

だが、そんな俺の努力を無にするような事件が起こった。

 

 

 

 

 

なんと偽物の試験官が現れたのだ。

 

 

「これから第1次試験をはじめる。全員、あたしについてきな。遅いやつは失格だよ」

 

 

試験官は、マチ=コマチネと名乗った。

 

マチ=コマチネと言えば、プロのフルーツハンターとして有名である。

 

ハンター試験の試験官は、プロハンターが務めることになるので、本来ならばおかしなことではない。

 

 

だが、俺は知っている。

 

マチ=コマチネという女が、マチ=オルタナティブという名前で試験に参加していることを。

 

 

つまり、たったいま試験官として現れた女はマチであるはずがない。

 

 

 

それに、原作の世界線では、この第1次試験の試験官はサトツという男だったのだ。

 

 

 

これらの情報を合わせて考えると、マチと名乗っているマチの影武者が、本物の試験官を倒すなり買収するなりして試験官になりすましていると推測できる。

 

もし本来の試験官がサトツという男であった場合、買収されたという可能性は低いと考えられる。

彼はどちらかというと真面目そうな雰囲気の男性なので、そういった提案をマチがしても断るのではないだろうか。

 

 

 

そうなってくると、一番確率が高そうなのは『マチの偽物がサトツを仕留めて試験官の座を乗っ取った』である。

 

試験官であるプロのハンターは念能力者だ。

 

それを倒せるほどの実力があって、マチに成りすますこともできる。

そんな人物の候補はそう多くはない。

 

十中八九、偽マチの正体は、マチオルタだろう。

 

 

 

俺は今更ながら、周囲を見渡し受験者たちの顔を確認していく。

 

受験者たちの中に、マチ顔の人物がいれば、俺のマチオルタ偽試験官説を後押しする証拠となる。

 

反対に、マチ顔の受験者がいなければ、試験官は本物のマチであり俺の想像もできないような陰謀を企んでいる可能性が出てくる。

 

 

いない。

 

いない。

 

 

受験者の中からマチ顔の人物を見つけることはできなかった。

とはいえ、全員の顔をしっかりと確認できたわけでもない。

 

ローブのようなもので全身をすっぽりと隠している受験者が何人かいたのだ。

 

 

現時点までに得られた情報を合わせると、偽試験官はマチオルタであり、ローブの人物たちの内の誰か一人がマチであると考えるのが妥当だと思われる。

 

 

 

 

この状況で俺はどうするべきか。

 

偽試験官はおそらくマチと協力関係にあるか、少なくとも敵対はしていないと判断して良さそうだ。

 

ということは、偽試験官に近づいたりしたら危険かもしれない。

 

 

攻撃してきたり、罠に嵌めようとしてきたりするかもしれない。

 

 

本来であれば、俺は木馬ちゃんに乗った状態で、試験官のすぐ後ろを走っていく予定であった。

 

目的地にゴールした時の順位がはやい方が高評価を得られると考えていたためだ。

 

 

だが、罠が設置してある可能性を考えると先頭付近を走るのは危険すぎる。

 

ひとまずは他の受験生たちを先に行かせて、罠の有無を確認した方が賢明だろう。

 

その結果、特にそういったものがなさそうならば、ゴール付近で追い抜いてトップになれば良い。

 

 

 

 

俺はそういった作戦を伝えるべく、トルテとクララを近くに呼び寄せ、シスターたちには作戦変更のハンドサインを送った。

 

 

他の受験者たちがどんどん去っていくことに焦る気持ちもあるが、その気になればすぐに追いつけるのできっと大丈夫だろう。

 

 

俺は近づいてきた幼女たちの腰に手を回し、引き寄せる。

 

二人は「わっ」という驚きの声を出しつつも抵抗することはなかった。

 

こうすることで、俺はただ幼女とイチャイチャしているだけのショタにしか見えないはずだ。

 

まさか試験を攻略するための秘密の作戦会議をしているとは思わないだろう。

 

 

 

 

しかしながら、そんな俺の完璧な計画は、突然現れた一匹の乱入者により破られてしまった。

 

 

「毒っ!」

 

クララが叫び声をあげながら、氷で作られた爪を振るう。

 

 

その一撃は、俺たちに向かって飛んできていた一匹の蜂を叩きつぶした。

 

 

 

念による攻撃だ。今の蜂は襲い掛かってくる瞬間にオーラを纏ったので間違いない。

 

 

襲撃者の特定は容易だった。

 

 

 

今の段階で、この場に残っている受験生は、4人。

ちなみに、木馬ちゃんとチョコロボは受験生ではない。

 

よって、俺とトルテとクララ、その他にもう一人ローブで全身を隠した人物がいるだけ。

 

 

その人物が誰か、俺はある程度予測ができている。

 

原作世界線のハンター試験において、ポンズという蜂を操る美人さんが登場するのだ。

 

状況的に考えれば、ローブの人物はポンズであると思われる。

襲ってきた理由は不明だが、俺の勘だと、ロリを二人も侍らせる男に天罰を与えたかったとか、そんな感じだろう。

 

 

 

 

そんな俺の予測はほぼ当たっていたようだ。

 

 

襲撃者がローブを脱ぎ棄てると、俺の予想通りに、緑色の髪の可憐な女性であるポンズがウェディングドレスを着た状態で現れた。

 

 

「はじめましてね、旦那様。あなたの婚約者候補としてマチ師匠に選ばれた、ポンズよ。よろしくね」

 

 

なんか誤解を招く表現をされたせいか、両隣の二人から尻をつねられた。

だが、ほぼ嫁であるトルテはともかく、クララにそんなことをされる筋合いはないので、反対につねり返してやった。

 

そもそも婚約者などという話は聞いたことがないので、俺は悪くない。

俺の能力は奪われた時に発動するものであって、勝手に何かを与えられたりしても反応しないのだ。

 

 

「マチ師匠はね、旦那様の食事から繁殖まで、あらゆることを管理したいの。その方が安全だから。お願い、師匠を安心させてあげて」

 

そう言って彼女は、自分の胸のあたりをゴソゴソし、宝石がついた指輪を取り出すと、それを俺に差し出してきた。

 

 

なるほどな。

つまりはこういうことだろう。

 

まず、ポンズはマチの弟子なのだ。

なんか弟子をとる的な話を前に聞いたこともあったような気がするし。

 

数々の実績を残したハンターであり、天空闘技場でも華々しい活躍をするマチは同じ女性からも人気があった。

尊敬してお姉さまと呼ぶ女性ファンもいたほどだ。

 

そして、ポンズもそんなファンの一人で、マチに弟子入りをしたのではないだろうか。

 

その結果、優秀な成績を残したポンズをマチは俺の結婚相手の候補として選んだのだ。

 

ただし、それにあたり、一つだけ条件を出したのだと思われる。

ハンター試験で、俺を狩り、自分のものにしろと。

 

これにより、マチは俺に勝利できて嬉しいし、ポンズはマチの妹になれて嬉しい。

まさに、ウィンウィンの関係というやつだな。

 

「私は蜂を操れるから、高品質なハチミツも作っているの。最近はずっとハチミツばかり食べているわ。美味しいハチミツミルク、毎日飲みたくない?」

 

やっかいな相手だな。

 

俺はそう思った。

自分の利益を正直に話し、その上でこちらにも十分な利益を提供してくる。

 

かなり交渉に慣れている。

 

そして、彼女が準備してきた交渉条件も優秀であった。

 

 

ハチミツミルク。

実際に、彼女の特別なそれを堪能させてもらったが、強い甘さを感じさせる素晴らしいものだった。

 

 

美人でミルクをするのも上手な嫁。

たしかに最高だ。

 

だが、彼女の言葉で一つだけ受け入れられないことがあった。

 

 

「師匠にとって、親というのは子供を捨てる悪人でしかないの。そんなものにはなりたくないって、わかるでしょう? だから大人しく弟になってあげて」

 

母親とは、子供を愛し甘やかす存在である。

 

存分に甘やかすことさえできるのなら、未婚女性でも幼女でも高齢でも、どんな人でも母親になれる。

さらに言えばそれさえできるなら、漫画やアニメやゲームの中の人でも、フィギュアでもぬいぐるみでもポスターでも、声が出せなくても音声データのみでも人工知能でも、皆が母親となれる可能性を秘めているのだ。

 

 

 

逆に言えば、それができないやつは母親ではない。

そんな悪人を母親と一緒にした、母親というものを侮辱したこの女は俺にとって敵だった。

 

 

俺は彼女の襟を正した後、少し距離をとり、武器をかまえた。

 

 

いいだろう。

俺がお前に本当のママを教えてやる。

 

 

 

 

「トルテ、クララ、ファランクスだ!」

 

 

俺の指示に反応し、クララは氷の槍と盾を作り出した。

 

 

トルテは、左手首に巻いていた腕時計のようなものを操作し、小さな金属の円盾へと変形させる。

右手には銀色のペンのような形状のものが握られており、トルテがスイッチを入れると、その両端が伸びて短い槍になった。

 

俺もトルテと同じ装備を取り出す。

これらはトルテの兄が開発したものらしく、この前の誕生日に送られてきたのだ。

 

 

 

「俺は決して諦めない。そこをどいてもらおうか、ポンズ。結婚は受け入れるから、それで満足だろう?」

 

この世界では、複数の母親を持つことが許されている。

当然、一夫多妻も認められていると考えるのが妥当だ。

だから結婚自体は問題ないのだ。

 

 

発言の直後、俺の背中に二発の蹴りが同時に炸裂した。

その勢いを利用して、俺は走り出す。

 

 

「不束者ですがよろしくね、旦那様。でも口先だけじゃ信用できないのよね」

 

ポンズがウエディングドレスのスカートをめくると、中から何匹もの蜂が現れた。

 

ハチミツを集める働き蜂は雌なのだという。

彼女たちは、幼虫を育てるために頑張って花の蜜などを集めるのだ。

 

俺は母親になれるかもしれない存在に武器を向けることを悲しみつつ、決意を込めて相手を見つめた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポンズをママにする程度の能力

ウェディングドレスを身に纏った女性は、タキシードを着た男性とキスをして永遠の愛を誓い合う。

 

死が二人を分かつまで、と。

 

 

 

人間が死ぬ理由は様々だが、一般的には、病や怪我が原因となることが多いと考えられがちだ。

 

しかし、世界でもトップのサブカル大国においては、四十歳未満の最大の死因は自殺であった。

 

彼ら彼女らはきっと、リアルタイムで見ていたアニメが終わったり、連載を追っていた漫画や小説が完結や未完となったり、心血を注いだオンラインゲームがサービス終了となったり、長く続いた様々なシリーズが俺たちの戦いはこれからだとなったり等の理由により、自身の世界が終焉を迎えた結果、自ら死を選ぶと考えられる。

 

仮に似たようなアニメやら漫画やら新しい世界が次々と用意されるとしても、彼らは前の世界の終焉と共に自死を迎えるのだ。

 

 

 

 

 

このように、本来の死因が知られておらず、勘違いされているという事象は良く発生し得る。

 

 

たとえば、蜂は寒さに弱く冬の冷気によって凍死するのだとずっと考えられていたが、かの有名なファーブルという男はこれが間違いだと証明した。

 

彼は冬でも夏のように温かい部屋を用意し、そこで蜂たちを過ごさせてみた。

しかし、いくら夏のように温かい世界を用意しても、夏が過ぎ去り秋が終わると同時に、蜂たちは弱り死んでいったのだ。

 

 

蜂たちは、寒さによって殺されるのではなく、前の季節の終焉とともに自分たちの遺伝子にプログラムされた寿命によって自死を迎えるのだ。

 

 

 

 

そんなわけで、大量の冷気による範囲攻撃で蜂を撃退するというクララの作戦は失敗した。

 

蜂たちは、寒さによる影響を受けてはいたものの、戦闘不能になるほどでもなかった。

 

一体ずつ狙うのならばともかく、攻撃範囲を広くしすぎた結果、念により強化されたハチを倒すほどの威力は得られなかったのだと思われる。

 

 

 

それに、もしクララの作戦が成功して蜂を何匹か倒すことができたとしても、あまり意味はなかったかもしれない。

 

おそらく、ポンズが一度に操ることができる蜂は最大でも十匹前後であると考えられる。

今のところ最大八匹までしか、同時に展開していない。

 

数を制限するかわりに、強化率を高めているのだろう。

 

仮に多少の蜂を倒せたとしても、すぐに新しい個体を補充されてしまったりしたら意味がない。

 

 

ということは、本体であるポンズを叩かなければならないのだが、彼女は接近戦が不得意なのか、こちらから近づいてもすぐに逃げてしまう。

 

いまは相手の攻撃を耐えつつ、反撃の機会を狙うのが得策だ。

 

 

「毒っ! 毒っ! 毒っ!」

 

とはいえ、そんな理屈を説明してもクララが納得することはないだろう。

 

彼女にとって毒とは絶対に許容できないものなのだ。

 

なにしろ、毒というものは、かつて彼女が過ごしていた大切な世界を奪っていった、憎い存在なのだから。

 

 

俺にもよくわかる。

 

奪われる苦しみが。

 

思わずアニオタやソシャゲ廃人のように叫びだしたくなる、圧倒的な狂おしさが。

 

 

奪われる苦しみを、奪う存在をゆるすことなどできるはずがない。

 

 

たとえ、その終焉が神により定められたものであったとしても。

彼女は復讐のためならば、神殺しすらも成し遂げるだろう。

 

 

「毒はゆるさないっ!」

 

クララの体から広範囲に冷気が溢れだし、ポンズや蜂たちを襲うが、その勢いを弱める程度しか効果はなく、仕留めるには至らなかった。

 

俺は右腕側の盾も展開し、トルテとともにクララを守る。

隣の戦友を守るのはファランクスの常識だ。

 

 

「あなた毒が怖いの? 安心して。この娘たちが使う毒は、私が調合した特別なやつよ。ちょっと痺れるだけで、後遺症が残ることもないわ」

 

原作世界線において、ポンズは薬品の扱いが得意であった。

 

それを考えると、たぶん蜂たちの尻の針から様々な薬品を注入できる能力なのだと思われる。

 

 

「毒の種類など関係ない! この世の毒は全て消え去れっ!」

 

クララは激昂する。

 

それに対して、ポンズは冷静だ。

 

 

 

「あら、そんなに毒が嫌いじゃ結婚はできないわね。精液だって、お尻に入れたらお腹が痛くなる毒なのよ」

 

 

「なん……だって?」

 

クララは冷や水を浴びせられ、急に動きを止めた。

 

彼女には二つの目的がある。

 

一つは、自身の過去の生活を、大切な世界を壊した毒物という存在に復讐すること。

もう一つは、繁殖をがんばって新たに一族を増やすこと。

 

前者の目的を満たすには、精液も消し去る必要がある。

後者を達成するためには、精液を消してはならない。

 

彼女は岐路に立たされたのだ。

 

既に滅びた過去の世界の栄光を諦めずに足掻き続けるか。

世界の滅亡を受け入れて新たな世界へと進むことにするのか。

 

精液を受け入れるか、否か。

 

まだ十二歳ぐらいの子供の彼女に対して、その厳しい大いなる選択を突きつけるのは酷だろう。

 

 

彼女はふらふらと俺の前までやってきて、俺の服をつかみ、そのままズルズルという音とともに崩れ落ちるようにして座り込んだ。

 

彼女の瞳には迷いこそあるものの、絶望はない。

受け入れるか否か、突きつけられた大きなそれに向き合いながら、必死に答えを出そうとしている。

 

過去に区切りをつけて、新たなものを掴むのか、掴むのを諦めるのか。

彼女は、宙に手をさ迷わせながら、思考を巡らせているようだ。

 

ポンズとトルテは、そんな俺たちの様子を興味津々といった様子で凝視していた。

 

俺は、クララの冷気などによる寒さにがんばって耐えていた。

 

 

「私は、選べない。わからない」

 

果たして、クララは答えを出すことができなかった。

 

俺はそんな彼女の頭に手を置く。

 

「未来のことはいい。今は目の前の問題をなんとかする必要がある。手伝ってくれないか?」

 

「目の前の?」

 

クララは顔を上げた。

眼前にそびえ立つ巨大な存在を何とかしなければならないと気づいたのだろう。

 

「私は、どうすればいい?」

 

クララの問いに対し、俺はポンズを指さして答えた。

 

「一緒に力を合わせて、あいつをヤる」

 

「わかった。お手並み拝見といこうか。この能力を使うのは初めてだから、加減はできないぞ! 『白雪姫(スノーホワイト)』!」

 

クララの体が白いドレスで包まれると同時に、これまでよりも格段に強い、バナナもカチカチになるような冷気がポンズと蜂たちを襲った。

 

 

「くっ、これは近くで浴びたらつらいわね。でも、いまの距離なら耐えられる!」

 

防御に徹するポンズに対し、トルテが「えいっ」と最大まで伸ばした槍を投げつけた。

 

槍の先端の形状から、毒が仕込んであることを察知したのだろう。

 

ポンズは回避を選択した。

 

 

 

 

そして、足を滑らせて、その場にひっくり返った。

 

「かかった!」

 

クララの本当の狙いは、地面を凍結させることにあったのだ。

 

 

ポンズは背中を地面に強打し、長いスカートの前面が顔にかかったことで、視界を塞がれる。

これにより、一瞬だけ動きが止まった。

 

その隙を見逃したくはなかったのだが、彼女が下着を装備していないことに驚き、俺も一瞬動けなくなる。

 

 

 

そんな俺の背中を、二人と一匹の足が蹴り上げることで、宙へと舞い上がった。

 

 

俺は咄嗟に空中で体勢を整え、落下と同時に槍を突き入れる準備をする。

 

 

だが、そこでポンズは笑みを浮かべた。

 

 

「罠にかかったのは、旦那様のほうよ。残念だったわね」

 

その時、俺は彼女の足の間から細長いものが飛び出していることに気づき、思わずギョッとした。

 

 

 

 

 

 

「蜂のように体から針を出す能力よ。特にお尻から出すと強くなるわ。接近戦に弱いと思わせたのはブラフってわけ」

 

鋭い針が俺の落下地点で待ち受けている。

 

このままの角度では、あの小さな槍のような尻針により、俺の尻の穴が増えたり広がったりしてしまうかもしれない。

 

そんな恐怖を覚えつつも、俺は伸ばした槍を必死で突き出す。

 

 

 

 

「俺のほうが、長かった!」

 

俺の槍の先端部が彼女に突き刺さり、わずかに血が流れた。

 

 

左手で彼女の細い腰をガッチリと掴み、右手に持った槍を彼女の首元に突きつける。

 

ここまでしっかりと拘束すれば、彼女は動けまい。

 

 

 

「さあ、選べ。ここで俺にヤられるか。このまま大人しく俺に道をまっすぐ進ませて俺のもの(ママ)になるか」

 

彼女は「選択肢になってないじゃない」と不満をこぼしつつも、肩を竦め、犬が降参するようなポーズをしつつ「そのまま奥に進んでいいわよ、旦那様(パパ)」と答えた。

 

 

 

その答えに満足し、俺は彼女の体を自由にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、婚約同意書なるものにサインをすることになったのだが、トルテとクララが文句を言いだした。

 

俺は「もっと大きくなってからな」と諫めようとし、クララが「見てみろ、私はもう大きい」とロリ巨乳であることが判明し混乱させられたタイミングで、そのロリ巨乳少女が「あ、そうだ、キス……」と呟き倒れてしまった。

 

 

おそらく、『白雪姫(スノーホワイト)』の副作用だと思われる。

 

離れた位置の敵にまで到達する強い冷気による攻撃。

何のリスクもないと考える方が不自然だ。

 

クララは瞼を閉じた状態で死んだように眠ってしまっている。

 

 

 

だが、どういうデメリットかは彼女の発言から大体想像がつく。

 

白雪姫は毒リンゴを食べさせられた後、キスにより目覚めたという伝承がある。

 

それを再現すれば、彼女は目覚めるのだろう。

 

あるいは、のどに詰まっていた毒リンゴを噴き出して助かったという伝承もあるが、こちらのパターンではなさそうに思う。

 

 

 

 

 

 

と、思ったのだが、俺の想像通りには進まなかった。

 

ロリ巨乳はなかなか目覚めなかったのだ。

 

というか、十二歳ぐらいだとこの程度の体は異常ではないのかもしれないので、この呼び方は良くないかもしれない。

 

俺は十二歳の裸体について詳しくないし、そもそもクララの正確な年齢を知らない。

この世界には、ビスケという偽ロリもいるので、判断は非常に難しい。

 

とにかく、俺はがんばったのだがクララは目覚めることもなければ、毒リンゴを吐き出すこともなかった。

出てきたのはミルクだけ。

 

 

 

そこで賢い純正ロリが「普通は口じゃない?」と気づかなければ、俺たちはタイムアップで試験に不合格になっていたかもしれなかった。

 

 

賢者のごとき俺より賢いとは、やはりトルテは知恵の女神アテナのように聡明だった。

 

 




一部修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試験を突破する程度の能力

ポンズを屈服させた俺たちは、急いでこの地下道を進むことに決めた。

はやくこの道の先にあるヌメーレ湿原という場所まで行かないと、試験に失格となってしまうかもしれないからだ。

 

 

 

「あぁ、それに関しては心配しなくていいわよ」

 

ところが、ポンズは特に焦る必要はないと主張する。

 

 

 

「ほら。もういらないし、これあげるわ。『試験官のサトツ』よ」

 

彼女が差し出してきたのは、原作世界線において第1次試験の試験官を務めていたサトツというハンターであった。

 

 

「実はこのサトツっていう男が本当の試験官だったのよ。どう? 驚いた?」

 

ポンズはイタズラが成功した子供のような表情を浮かべるが、残念ながら俺はその程度は既に想定済みである。

 

反対に、トルテとクララは非常にびっくりしていた。

 

 

 

「ええっ!? あの女、もしかしてトロイを監視するためだけに、試験官ボコって入れ替わったってこと? 過保護すぎない?」

 

「プロのハンターを仕留めたというのか。そのマチという女、油断できないな」

 

トルテは、偽マチの目的が俺の保護にあると考えて驚いたようだ。

 

俺はいまいち偽マチのやりたいことが分かっていないのだが、たしかにトルテの言うような可能性も否定できない。

 

普段から過保護だったマチが、危険なハンター試験を受けさせるのに、何も保険をかけていないというのは考えにくかった。

 

 

 

そして、クララはプロハンターである試験官を倒すことができたこと自体に驚愕したようだ。

 

実際、念能力者であるサトツを打倒するのは簡単ではなかっただろうし、彼女が驚くことにも無理はない。

 

 

 

「別に難しいことじゃないわよ。プロの美食ハンター、しかも同じ試験官から毒を盛られるなんて普通は思わないでしょう?」

 

 

ポンズの口から出た『美食ハンター』、そして『同じ試験官』という言葉。

 

原作においては、第2次試験の試験官をメンチという女と、ブハラという男が務める。

 

つまりポンズの発言が正しいとすると、メンチかブハラがマチの協力者でありサトツに毒を盛った確率が高いと思われる。

 

マチはフルーツに特化した美食ハンターとして有名であり、同僚であるメンチやブハラと何らかのつながりがあってもおかしくはない。

 

 

よって、現時点において俺の敵になり得る人物は、マチ本人を除くと、偽マチ、メンチ、ブハラの3人が候補となる。

 

 

あらためて考えてみると、試験官が敵の可能性があるという今の状況は非常に厳しい。

 

マチも自分に有利だからこそ、わざわざハンター試験で決着をつけようとしているのかもしれない。

 

 

だが、いくら俺に不利かもしれないとはいえ、既に勝負がはじまってしまった以上、勝つしか道は残されていない。

 

 

 

「とりあえずは毒をなんとかしないとな。シスター!」

 

 

俺は保険として少し離れた場所で待機してもらっていたシスターたちを呼ぶ。

 

シスター・シズクは、『相手の念能力と自分が生物と認識しているもの以外を何でも吸い込む』という強力な能力を持つ。

 

相手の体に傷があれば、そこから血液を吸い取ることだってできてしまう。

最高の避妊具としても使えるなど非常に応用の幅が広い。

 

 

彼女の能力を使えば、サトツ試験官の体内の毒を抜くことだって簡単なはずだ。

 

 

 

シズクに処置をお願いしている間に、シスター・マリアにはポンズの記憶を探ってもらった。

 

いくら協力的に見えるとはいえ、一度は敵対した相手を簡単には信用できない。

 

その結果、マリアからは「この娘はただのショタ好きよ」という、有難いのか有難くないのかよく分からないお墨付きをいただいた。

 

ついでに彼女は「ウチではじめた新しい宗教は、ショタもロリも重婚も何でもオーケーなの。入信しない?」などと勧誘を行っていた。

 

 

 

 

 

 

新しい信者が増えて結婚式の予約も入れてもらったことで喜ぶシスターたちを先行させた後、俺たちは移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

到着した場所はヌメーレ湿原。

 

ここは別名『詐欺師の塒』とも呼ばれ、人間を騙して捕食する生物が多数生息している危険な場所だ。

 

そんな生物たちの中でも、原作世界線で最初に登場するのが、人面猿である。

 

この猿たちは、人間によく似た顔をしており、人の言葉を使うことができる。

 

そこで、試験官に成りすまし、受験生を罠に嵌めようと企んだのだ。

 

 

 

 

「そいつは偽物だ。本物の試験官はオレだ!」

 

「たしかに彼女は1次試験の試験官ではありません。本当の試験官は私です」

 

「あたしは1次試験の担当者が消えたってことで正式に代役を頼まれたんだ。偽物じゃないよ」

 

3人の試験官が自分を本物だと主張する。

 

 

 

原作では試験官と、それを偽物と呼ぶ人面猿という構図だった。

どちらかが本物でもう一方が偽物。

ランダムに選んでも、正解する確率は2分の1だ。

 

しかし、今回の場合は、そこへさらに1人追加されて、正解する確率は3分の1である。

 

確率2分の1の時でさえ、レオリオなど騙されそうになっていた者がいたのに、さらに難易度が高くなってしまった。

 

 

そして、混乱しているのは受験生だけではないようだった。

 

 

 

猿も混乱していた。

せっかく事前にがんばって偵察を行い、顔が試験官(サトツ)に似ている仲間を連れてきたと思ったら、全然違うやつ(マチ)が試験官になっていた。

ふざけんなと言いたくなるだろう。

しかも、後から最初に試験官だと思ったやつ(サトツ)まで現れて、自分が本物だと主張している。

何が起こっているのか、全く理解できていないはずだ。

 

 

そして、マチを名乗る女も同じように疑問を感じている。

しばらくは目が覚めないくらい大量の毒を与えられたはずなのに、なぜサトツは動けているのか。

念能力で解毒した可能性や毒を盛ったことがバレた可能性も想定し、行動や発言は慎重に行わなければならないと考えているはずだ。

 

 

もちろん、サトツだって現状を完璧には理解できていない。

いつの間にか気を失い、気づいたら知らないショタに背負われていた上に、大切な仕事を寝坊ですっぽかしていた。

しかも、なぜかロリから新鮮な海産物を勧められる始末。

目覚めたばかりで、試験官の人事変更についての連絡も聞いていなかったので、まさに寝耳に水といったところであろう。

 

 

この場にいる人間のほとんどが、何が何やらわからない状態であった。

 

 

受験生が混乱している中、少し冷静になった試験官同士が話し合いを行い、サトツがメインとなり、マチがその補佐として受験生の引率を行うことになった。

 

ちなみに猿は2人に無視されたせいか、項垂れて帰っていった。

原作では彼はピエロに殺されるので、少しだけ幸せになったともいえる。

 

 

 

 

 

それから、俺たちは湿地の中を進み、何事もなく無事に第2次試験の会場へと到達した。

 

原作の世界線だと、ピエロが試験官ごっこをして他の受験生を殺しまくるのだが、今回は引率がいたおかげか比較的平和だった。

 

 

ピエロは原作だと幻影旅団のメンバーということになっているのだが、こちらの世界線でもそうなのかもしれない。

 

もしマチ=コマチネを名乗る女の正体がマチオルタだとしたら、自分の同僚ということになる。

あまり面倒ごとを起こすな、とでも言われれば従う可能性もなくはない。

 

 

 

俺の中で、偽マチ=マチオルタ説が有力になってきた。

 

 

とはいえ、1次試験が終わった以上、彼女が何者であろうと大きな障害にはなりえないはずだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最高の仲間と過ごす程度の能力

原作世界線における第2次試験では、ブハラという男とメンチという女が試験官として登場する。

 

二人は美食ハンター。

よって、試験課題は料理となる。

 

まずは、二人の内、ブハラという男の方が「『豚の丸焼き』が食べたい」というような発言をする。

 

受験生たちは豚を捕獲し、それを調理しなければならない。

 

2次試験の会場である『ビスカ森林公園』にいる豚ならばどの種類でも良いという条件が出されるわけだが、この森には世界一凶暴な豚と呼ばれる『グレイトスタンプ』しか生息していない。

 

すなわち、実質的には、この危険な豚を狩猟することが試験に合格する条件なわけだ。

 

 

 

 

ブハラの試験をクリアした者には、メンチという女から新たな課題が出される。

 

 

 

その内容は、美味しい『ニギリズシ』を作る事。

 

調理場に用意された道具類などの情報から、『ニギリズシ』がどんな料理であるのか推測するということが求められる。

 

原作世界線において、この課題は難易度が非常に高いものとなっていた。

 

合格者が出る前に「おなかいっぱいになっちった」と試験が打ち切られ、一度は合格者がゼロ人となってしまったほどだ。

もっとも、その後にハンター協会会長により救済措置の提案がなされるわけだが。

 

 

 

とはいえ、確実に試験に合格しておくためには、やはりこの『ニギリズシ』の課題を突破しておくのが無難だろう。

本当に、原作世界線のような救済措置があるかどうか現時点ではわからないのだから。

 

 

 

俺は、この試験のために、新鮮な海産物を用意してきた。

 

鮮度が落ちないように、それをクララに冷やしてもらったりもした。

 

 

道具と材料さえあるのならば、後は腕の問題。

 

これでも俺は、プロの美食ハンターの仕事を何年も間近で見てきたのだ。

 

それなりに料理の知識には自信がある。

 

 

 

 

 

第1次試験が終わったことで、『偽マチ=コマチネ』という不安要素も消えた。

 

 

結局、彼女が何をシたかったのか、最後まで俺にはわからなかった。

 

単純に俺の監視や保護をしつつ、試験の流れをコントロールしたかったのか。

 

それとも、俺を無理やり不合格にするつもりだったが、サトツ試験官の復活により諦めたのか。

 

 

様々な可能性が考えられるが、もう終わったことなので真相は謎のママだ。

 

マチと協力関係にある確率が高かった偽マチが、特に波乱を起こすこともなく盤面上から消えたことは、俺にとって僥倖だったと言える。

 

 

 

 

この幸運に感謝しつつ、気を引き締めて次の試験に挑もう。

 

 

 

そんな決意をしたところで、ちょうど時刻は正午となり、第2次試験が開始される。

 

 

 

二人の美食ハンターが試験官として、俺たち受験生の前に姿を現す。

 

 

一人は、黒ビキニホットパンツの美女、メンチ。

 

もう一人は、和服スパッツの美女、マチ。

 

 

 

「そんなわけで2次試験の課題は料理よ。美食ハンターであるあたしと先輩を満足させるような、果物を使ったスイーツを作ってちょうだい」

 

 

 

 

俺は、第1次試験の試験官が原作世界線と同じサトツという男だったことで、第2次試験以降も同じになるのではないかと思ってしまっていた。

 

 

 

わからない。

 

なぜこうなったのか。

 

 

サトツ試験官が毒を盛られて意識を失っていたのと同じように、ブハラ試験官も無理やりリタイアさせられたのか。

 

あるいは、この世界線では最初からマチ=コマチネというフルーツハンターが試験官として選ばれていたのか。

 

 

 

現状で一つだけわかることとしては、『偽マチ』という俺の脅威となり得る存在が、まだ盤面の上に残ったままであるということだ。

 

 

試験官として現れたマチの中身が誰であろうが問題ないと思っていたが、こうなるとその正体が重要となってくる。

 

場合によっては、俺がどんな料理を用意しても、彼女がひとこと「不合格」と告げさえすれば、俺は敗北してしまうかもしれないのだ。

彼女が明確に俺と敵対する立場であるのならば、現在の状況は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 

 

 

そして地味につらいのが、原作世界線と課題の料理が違っていることだ。

 

こちらの世界線で要求されている料理は『果物を使ったスイーツ』である。

 

 

おそらく、フルーツハンターであるマチが試験官の一人であることから、このような課題が選ばれたのではないだろうか。

 

 

 

ここで問題となるのは、一般的には『スイーツには新鮮な海産物は必要ない』ということである。

 

ようするに、このままでは原作主人公のゴンたちから、生の海産物を押し付けてくる変なヤツと認識されかねないというわけだ。

 

 

 

まぁ、百歩ゆずって、それはいいとしよう。

 

現状で真っ先に問題となるのは、材料となる食材が全く用意できていない、ということだ。

 

課題の料理が『フルーツを使用したスイーツ』である以上、どこかで何らかのフルーツを入手してくる必要がある。

 

 

 

原作世界線において危険な豚を狩猟することが合格の条件だったように、こちらの世界線では美味しい食用の果実を入手することが求められるのだろう。

 

 

どちらかというと調理そのものよりも、材料の入手手段なども含めた複合的な能力を要求されているように感じる。

 

 

食用可能で同時にスイーツの材料として適した果実を選ぶ知識や判断力、それを手に入れるための経験や身体能力。

こういったものが重要視されるのではないだろうか。

 

逆に言えば、出来上がった料理の完成度はそれなりであっても、それを作るまでの過程が評価されれば、合格となるのかもしれない。

 

事前に想定していたよりも、課題そのものの難易度は高くなさそうだ。

 

トルテなどは「わたし花嫁修業がんばってたし、こんなのよゆーだよ」と喜んでいるほどだ。

 

 

 

 

だが、そんな簡単に話が進むのは普通の受験生の場合だけだ。

 

 

俺の場合、二人の試験官の内の一人である偽マチが、大きな障害となり得る。

彼女が俺を無理やり不合格にしようと考えた場合、その判断を覆せるのはもう一人の試験官であるメンチだけだ。

 

 

偽マチが厳しい評価をしたとしても、それを上回るくらいの高評価をメンチから得れば、合格できるのではないだろうか。

 

いまは、そんな可能性に賭けるしかない。

 

 

俺は、一切手を抜かずに、俺に可能なあらゆる手段を使って、世界最高のスイーツを完成させることを決意した。

 

それこそ、プロの美食ハンターである本物のマチにすら勝てるような、究極のスイーツを。

 

 

 

 

「そのためには、この場にいる全員の協力が必要だ。みんなの手を、そして体を貸してくれ」

 

俺は仲間たちを見渡しながら、そう頼み込んだ。

 

 

 

 

 

まず必要となるのは、課題の条件である果実(フルーツ)

俺に用意できるものの中で、最高のものを用意しなければ、本物のマチに勝つなど到底不可能だろう。

 

そして、そんな果実に大きく負けないような深い味わいを持った別の食材も揃えなければならない。

 

 

そう、万能食材であるミルクの出番である。

 

幼い頃からほぼミルクや果汁などの液体だけを飲み続けた結果、固形物を体が受け付けにくくなり、ミルクがなければ生きられない体となってしまった。

ある意味、ミルクのスペシャリストである俺。

 

 

そんな俺が料理をするのならば、やはり材料はミルク以外にあり得ない。

 

果実とミルク。

この二つの組み合わせで行くことに決め、その材料の用意を手伝ってもらうことにした。

 

 

 

とりあえず、クララに頼んで、森の中に氷の壁で囲われたスペースを作ってもらった。

 

これで外から中の作業の様子は見えないし、冷気により素材の鮮度を保つこともできる。

 

 

 

 

 

最初は、ウェディングドレスからエプロンに着替えたポンズ。

 

彼女が胸に抱えているフルーツからハチミツのように甘い果汁を搾り取る。

 

 

「よいしょっ。旦那様、こんな感じかしら」

 

俺とポンズがそれを一つずつ持って、金属製のボウルの上で、ぎゅうぎゅうと果実を締め付けた。

 

 

 

「次は、私たちの番ね」

 

シスター服からエプロン姿へと着替えたシスターたちは、大人っぽさを感じさせる。

 

甘さたっぷりの液体へ、ちょっぴり大人なほろ苦さを加えるのだ。

 

シスターたちが両手で抱えた巨大な果実から、俺は両手を使って大人の味の果汁を絞る。

 

果実の根もとの部分から、先端の部分に向けてしごくように手を動かす。

 

 

「じゃあ、今度はわたしたち」

 

そして、トルテとクララが続く。

若々しい果実から爽やかさな味わいを生み出すのだ。

 

 

 

 

こうして完成したのは、ねっとりとした甘さと大人のほろ苦さを持ち、それでいて爽やかな飲みやすい液体。

 

 

 

 

 

それを俺はゴクゴクと飲み干し、ほぼ空っぽとなったボウルを床の上に置く。

 

 

 

「うまい」

 

俺はそう一言だけ感想を口にした。

 

 

 

お腹がいっぱいになったことで、少しだけ勇気が湧いてきた。

 

これまでの人生に区切りをつける、そんな勇気が。

 

 

 

 

 

これまで、彼女とは何年も一緒に過ごしてきた。

 

 

いまでも最初に出会った時の感動をよく覚えている。

 

 

一目で気に入ったものの、なかなか手に入れることができず、かなり苦労した記憶がある。

 

運よく簡単に手に入れている他の人たちを目にして、嫉妬したことも一度や二度ではない。

 

いつか必ず入手してやるのだ、と何度も自分に言い聞かせながら、必死に拳を握りしめて悔しさをこらえたりしたこともあった。

 

 

だけど、だからこそ、最初に彼女を自分のものにしたとき、すごく感動したことを覚えている。

 

言葉では表現できないような、うれしさや達成感のようなものを味わった。

 

他の人も同じものを持っているはずなのに、まるで彼女が俺だけの特別な存在であるかのような気持ちになった。

 

多くの人たちに自慢したい、見せびらかしたいと思ったりもした。

 

それほどまでに、彼女は俺にとって特別で、最高で、素晴らしかった。

 

 

 

それから、俺と彼女はずっと一緒に過ごしてきた。

 

大切な存在だった。

 

時折、他のことに興味をひかれることもあったが、一日の内で彼女との時間が無くなることは一度もなかった。

 

 

 

毎日、夜に寝る前には彼女と話すのがルーチンワークとなっていたし、目が覚めたときにも必ず一番に彼女の姿を確認した。

 

 

彼女という存在は、俺の人生の一部となっていたのだ。

 

 

いつか、わかれるときがくるかもしれない、そんなことは俺も心の中のどこかでは理解していたと思う。

 

 

だが、それはもっと先のことだと考えていたし、こんな突然に最後のときを迎えることになるとは、流石に想像できなかった。

 

 

目からは涙があふれてくる。

 

何度手で拭いてもおさまらない。

 

 

 

理解してはいるのだ。

 

この世界には永遠などないと。

 

 

 

どんな優れたものであっても、いつかは必ず終わってしまう。

 

それが、早いか、遅いか。

先延ばしにできるか、できないか。

その程度の違いしかないのだ。

 

 

今回は、想定よりも早くその瞬間がきただけ。

 

 

頭では理解しているのだが、やっぱりつらいし、涙は止まらない。

 

 

これからも一緒に過ごすことができる他の人たちを妬ましく思ってしまうが、その感情は何の解決にもならない。

 

 

今は、これまでのことに感謝をして、これからは一人きりで先の見えない道を歩き続ける覚悟を持たなくてならないのだ。

 

 

本当は笑顔を見せるべきかもしれないのに、そんな気持ちにはなれない。

 

 

 

 

俺は涙を流したまま、彼女と向き合った。

 

 

 

「いままでありがとうな、チョコロボ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メンチを買収する程度の能力

『チョコロボ』という名前の『チョコ』という部分は、チョコレートという食べ物に由来している。

 

このチョコレートを作るためには、ギリシャ語で『神の食べ物』とも呼ばれるカカオという植物の果実が必要となる。

 

カカオ豆、すなわちカカオの実の中にある種子を発酵・焙煎させた後、砂糖やミルクを加えるなどの工程を経て、チョコレートは完成するのだ。

 

 

 

つまり、チョコレートを使った甘い料理であるならば、第2次試験の課題である『果物を使ったスイーツ』という条件を満たすことができるだろう。

 

 

俺は、負けるわけにはいかない。

 

どうしても、俺は母が欲しいのだ。

 

 

チョコロボ、俺に力を貸してくれ。

 

 

 

 

 

俺は、他の受験生たちが料理するのを見ながら、手の上に乗せたチョコロボの体を振ってみる。

 

最初にチョコロボと出会った頃、この中にどんな素晴らしいチョコレートが入っているのか、俺は気になって仕方がなかった。

 

しかしながら、一度開封してしまったら、すぐに食べないと悪くなってしまう。

 

 

かといって、次にお菓子を買ってもらえるのがいつになるか、わからない。

もしかすると、もう二度と買ってもらえないかもしれない。

 

 

そう思うと、ただのお菓子でさえ食べるのがもったいなく感じてしまった。

 

そこで俺は、食べることなく中のお菓子を実感するために、時々だが箱を振るようになった。

 

箱の中でお菓子が音を立てるのを聞くだけで、少しだけ心が満たされるような気持ちになった。

 

俺はお菓子を持っているんだ、そんな満足感が味わえるだけで嬉しかったのだ。

 

 

 

 

前世のストレートチルドレン時代には、お菓子など一度も食べる機会はなかった。

 

そして、今世ではミルクばかりの生活を送っていた。

 

 

初めて手に入れたお菓子。

もう二度と手に入らないかもしれない特別なもの。

 

他の人にとっては取るに足らないただの安菓子かもしれないが、俺にとっては大切な宝物だった。

 

 

だが、そんな宝物も不変ではない。

 

毎日、箱を振って音を確かめて幸福を感じていたところ、ある日いつの間にか音が鳴らなくなってしまった。

 

おそらく俺の手の熱などで箱の中のチョコレートが溶けてしまい、それが冷えて固まって、一つの大きな塊になってしまったのだと思われる。

 

 

箱の中に入っているお菓子であっても、外部からの影響により変質する可能性があるわけだ。

 

 

たまに手のひらから伝わる熱だけで、それほどの変化があるのだ。

 

であれば、もし念能力者によって大量のオーラを注がれ続けたら、どのような変化が起こるのだろうか。

 

朝に目覚めてすぐオーラを注ぎ、昼間も修行を一緒に行う気分でオーラを纏わせ、夜に寝る前にもうっかり箱を潰さぬようにオーラで強化する。

 

 

俺が3歳の時にマチオルタに買ってもらってから、現在9歳に成長するまでの約6年間、ずっと俺のオーラに触れてきたチョコロボ。

 

彼女は、もともと市販品のチョコレートであったわけだが、現在でも本当に『ただのチョコレート』と呼べるのだろうか。

 

 

俺は、試験の推移を見守りながら、チョコロボとの最後の時を過ごす。

 

何度チョコロボの体を振っても、あの懐かしいお菓子の音を聞くことはできなかった。

 

だが、そのかわりに『いままでありがとう』という誰かの声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

多くの受験生たちが、果物を手に入れて調理場へと戻ってきている。

 

彼らは思い思いに、それらを調理し、自分なりのスイーツを作っている。

 

 

いまも一人の受験生が、『カットフルーツの盛り合わせ』を作って試験官の二人のもとへと運んで行った。

 

 

「うーん。果物の選択は悪くないんだけど、もうちょっと料理に工夫が欲しいわ。流石に適当に切っただけじゃね。ということで、やり直し」

 

試験官であるメンチを満足させのは、なかなか難しいらしく、まだ合格者は出ていない。

 

そんなメンチの評価を聞いた後、偽マチは無言のママ『×』というマークが描かれた札を提示する。

 

残念ながら、今の受験生は料理を作り直さなければならないようだ。

 

 

 

 

 

そこへ、今度はトルテが料理を持って行った。

 

「名付けて、『トルテのスペシャルフルーツパフェ』。絶対においしいよ!」

 

花嫁修業として料理をがんばっていたらしいトルテ。

 

そんな彼女が作り上げた豪華なパフェは、とても美味しそうな見た目をしていた。

 

様々なビビッドカラーの果物により飾り付けられた色鮮やかなそのスイーツは、外見だけならば百点に近いだろう。

 

 

「こんなもん食えるかっ!? これ全部、毒だろうがっ!」

 

「はぁ? 別に毒くらい食べれるでしょ。むしろピリッとして、アクセントになるはずだもん」

 

「そんなわけあるか!」

 

 

残念なことに毒を普段から摂取しているトルテとは違い、一般人はあまり毒による味付けを好まない。

 

とはいえ、料理の腕は確かなようなので、もう一度、毒のない果物を使えば、次は合格できるだろう。

 

もっとも、氷の部屋を作るために能力を使った反動により俺の隣で眠ってしまっているクララが目覚めれば、毒のある果物など使えはしないだろうが。

 

 

 

 

そして今度は、ローブで身を包んだ受験生が、巨大なケーキを運んできた。

 

それは、まるで天空闘技場のように高く積み重ねられたケーキを、たっぷりの白いクリームでデコレーションした、ウェディングケーキだった。

 

 

 

基本的に、クリームというのは、生乳から作られる。

 

この場所で、あれほど大量の生乳を用意することができる人物など限られている。

 

しかも、あの料理の完成度。

一目見ただけで只者ではないと理解できる。

 

彼女はおそらく、俺の母になるかもしれない女性に違いない。

 

 

 

 

会場の他の受験生たちも皆、自分の作業の手を止めて、審査の様子を窺いはじめた。

 

もしかすると最初の合格者が出るかもしれない、そんな期待や不安が彼らからは感じられるような気がした。

 

 

 

 

 

「この料理は……! ねぇ、よかったら、そのフードとってみてくれない?」

 

メンチのそんな提案に対し、ローブ姿の受験生は素直に応じた。

 

その顔は、料理の審査員の一人として座っているマチ=コマチネを名乗る女とそっくりであった。

 

 

 

ここで、ようやく俺にも確信が持てた。

 

一応、ほんの少しだけ、試験官のマチが本物だという可能性も俺は追っていたのだ。

 

ミルクの香りが感じられないことから、ほぼ偽物だという感覚はあったのだが、俺の嗅覚を誤魔化す方法がないわけでもない。

 

 

 

しかしながら、あそこまでマチと顔が似ている人物など、マチオルタ以外にはいないだろう。

 

 

よって、試験官を務めているマチがマチオルタで、受験生として参加しているマチ顔の女が本当のマチ=コマチネなのだろう。

 

料理の腕前から考えてもこのような内訳である確率が高そうに思える。

 

 

 

「あら、あなたって、もしかして……」

 

「そこの試験官の女とは、姉妹ってことになってるよ」

 

「やっぱり! 先輩には弟さんがいるって聞いてたけど、妹さんもいたのね」

 

 

メンチが、受験生の顔を見て期待の表情を浮かべた。

 

なにしろ、プロの美食ハンターの妹なのだ。

 

きっと腕が立つ料理人に違いないと考えるのは、そうおかしなことではないだろう。

 

 

 

 

実際、いま運ばれてきたケーキは、見た目という一点だけでも、他の受験生たちのものとはレベルが一段階以上違っているように見えた。

 

 

 

 

あの試験官の前に置かれたウェディングケーキという料理は、本来ならば結婚式で提供される料理である。

 

俺を倒すための刺客にウェディングドレスを身に着けさせたり、課題の料理にウェディングケーキを選んだり、やたらと彼女は結婚関係のものにこだわっているように感じる。

 

 

まるで、結婚を司る女神であるヘラのようだなとも思い、少し背筋が震えた。

 

ヘラといえば、兄弟であるゼウスと結婚した女神であり、義理の息子であるヘラクレスに狂気を与えた恐ろしい神でもある。

なんとなくだが、俺とは相性がよくないような気もした。

 

 

 

 

そんな女神のような美しい受験生が作り上げたウェディングケーキは、白一色であった。

 

普通は、イチゴなどの果物や花の形の飾りなどを使ってもっと華やかにすると思うのだが、そういった類のものは見受けられない。

 

特に今回の課題は『果物を使ったスイーツ』である。

 

果物を材料として使わなければならない以上、見た目をよくする意味も含めてケーキの上に飾り付けた方がいいような気がする。

 

 

 

 

見える位置に果物が無い以上、ケーキの中に入っていると考えるのが自然だ。

 

ケーキを切った時に見える断面から彼女がどんな果物を使ったのかわかるだろう。

 

 

そう思っていたのだが、切り分けられたケーキを見ても、フルーツらしき形状のものは見えなかった。

 

 

 

確認のために、こっそり近づいて俺もケーキを切ってみたのだが、やはり断面にフルーツは見られない。

 

このケーキはどうやらスポンジとクリームだけで作られているらしい。

 

 

 

「あらら、果物は使ってないの?」

 

試験官であるメンチも俺と似たような感想を持ったらしい。

 

そんな疑問に対して受験生のマチは「食べてみればわかるよ」とだけ答えた。

 

 

メンチは「それもそうね」と言った後、フォークを使ってケーキを一口サイズに切り、口へと運んだ。

 

 

 

 

 

「ふあぁぁぁんっ!」

 

 

その瞬間、彼女は甘ったるい声をあげて、自分の肩を抱きながら、恍惚とした表情を浮かべた。

 

 

 

「入ってくる! トロピカルフルーツがあたしの中にっ! 入ってきちゃうぅぅ!」

 

 

 

 

そんな喘ぎ声を聞いた瞬間、俺は会場を見渡した。

 

 

 

すると、ほぼ全員がメンチを凝視している中、調理場の端の方でローブ姿の受験生が数人倒れているのが見えた。

 

 

俺はその受験生たちに近づくと、その内の一人のローブの内側に素早く入り込んだ。

 

俺の体が子供サイズだからこそできる技である。

 

 

 

ローブを着ていた人物は、驚くべきことに、闘技場の受付のお姉さんだった。

 

彼女の豊満な胸に顔を埋めて嗅覚を働かせると、まるで南国のフルーツであるバナナのような香りが漂ってきた。

 

 

 

間違いない。

 

マチは、フルーツ味のミルクを料理に使ったのだ。

 

自分の弟子や関係者にフルーツを大量に摂取させ、濃厚なフルーツ味のミルクを用意したわけだ。

 

 

 

とはいえ、たった数人でウエディングケーキのクリームを用意するなど非常に困難。

 

ローブ姿の彼女たちは、疲労困憊となり、ここで倒れていたのだ。

 

実際にお姉さんたちの生乳を確かめてみたのだが、彼女たち全員を合わせても数滴ほどしか残されていなかった。

 

 

 

このように味方の戦力を使い捨てにしてまで得られた究極のケーキ。

 

 

そんなものを口にしてしまったメンチは、一旦、お色直しをするために控室へと戻っていった。

 

 

俺はお姉さんの生乳を舌の上で転がしながら、無意識の内に身体がこわばり硬くなっていくのを感じた。

 

 

 

流石はマチ。

相手にとって不足なし。

 

 

お色直しをしているメンチの姿を録画しながら、俺はビクビクと武者震いをした。

 

プロハンターがこんな至近距離から撮影されても気づかないとは、よほどあのケーキによる衝撃が強かったらしい。

 

 

 

だが、最悪の場合でも、この映像を使えばメンチの票を回収し、試験通過くらいは勝ち取れるだろう。

 

 

後は全力で挑むだけだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合格する程度の能力

チョコロボの体は小さかった。

 

 

思い返してみると、チョコロボをはじめて手にしたのは、いまから6年前。

 

俺がまだ3歳のときだったのだ。

 

その頃は俺の体も小さかったので、相対的にチョコロボも大きく見えていたのだろう。

 

あんなに大きくて頼もしかったチョコロボが、すっかり小さくなってしまったように思えて、寂寥感に襲われた。

 

 

だが、そこで『がんばれ』という励ますような声が聞こえた気がした。

 

この応援のおかげで、俺は最後の勇気を振り絞ることができた。

 

 

 

 

俺は小さなチョコロボを、弱火で温めたミルクの上にそっと浮かべる。

 

 

チョコロボは、ゆっくりとしたスピードで熱いミルクに沈んでいく。

 

思わず俺は、未来から来たアンドロイドが溶鉱炉へと消えていく光景を幻視した。

 

なぜか俺には、チョコロボが親指をサムズアップしているかのように思えた。

 

 

 

 

出来上がったのは、少量のチョコレートミルク。

 

これに、何種類かのフルーツの果汁を加えて、味を調整する。

 

 

 

料理はこれだけで完成だ。

 

あまり材料や工程を増やして最高の食材(チョコロボ)の邪魔をしてはいけない。

 

 

余計なことをせずとも、きっと俺のチョコロボは勝てる。

 

一口味見をした瞬間、そんな自信があふれてきた。

 

 

 

 

 

お色直しを終えて、再び会場へと現れたメンチ。

 

危険を察知して、ケーキを食べなかった偽マチ。

 

 

そんな二人のもとへ、俺は完成した料理を運んでいく。

 

 

 

 

 

「ねぇ、もしかして……」

 

俺の姿を目にしたメンチは、何か言いたそうな表情で偽マチのほうを見た。

 

ある意味当然ではあるのだが、俺の容姿はマチに似ているわけだ。

 

彼女はそれが気になったのだろう。

 

 

 

「あたしの弟」

 

偽マチがそう答えると、メンチは「着替えもうないんだけど」と困ったような顔をした。

 

 

審査員が料理を試食するたびに服を交換する必要があるというのは、料理漫画では常識である。

 

だがここは料理漫画の世界ではないので、困ったことに彼女はその準備を忘れてしまったようだ。

 

 

そんなメンチの様子を見て、気の毒に思ったのだろう。

 

偽マチはどこからかウエディングドレスを取り出し、メンチへと手渡した。

 

着替えが必要になったときにはそれを使え、ということだと思われる。

 

 

 

 

この瞬間、偽マチが俺の敵であることがほぼ確定した。

 

きっと本物のマチは、俺への刺客にウエディングドレスを着るよう指示しているのだと思われる。

 

 

メンチが受け取ったドレスのデザインからは、ポンズが身に着けていたものと同じような雰囲気が感じられた。

 

おそらく、ドレスの作者は同一人物。

 

 

 

つまり、偽マチは俺を敗北させるためにマチが用意した刺客に違いない。

 

そう簡単には「合格」という言葉は出てこないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、だ。

今更そんなことが判明しても、やることは何も変わらない。

 

 

「ホットチョコロボです。1993年に生産されたヴィンテージチョコロボ君を贅沢に使っております」

 

 

おちょこのように小さいグラスを二つ用意し、熱々のホットチョコロボを注いで、彼女たちの前に置いた。

 

それと同時に会場がどよめく。

 

 

 

先ほど一人目の合格者となった俺の姉を名乗る女が、巨大で豪華なケーキを披露した直後なのだ。

 

 

弟のほうは一体どんな凄い料理を作ったのかと気になって見てみれば、なぜか小さな市販の菓子を持って現れたわけだ。

 

同じ姉弟であるはずなのに、ギャップがありすぎて驚いているのだろう。

 

 

 

「どうぞご賞味ください」

 

 

 

俺はチョコロボの箱を見せながら、冷めないうちに味を確かめるよう促す。

 

二人はグラスを間近で眺めて、

 

 

「まさか、あの時に買ったやつをずっと大事にもってたわけ? ……あたしのこと好きすぎだろ」

 

 

ピンク髪の試験官がそう呟いた。

 

 

彼女はマチオルタだ。

 

いまの発言により、偽マチの正体は、マチオルタだと明らかになった。

 

俺にチョコロボを買ってくれたのは、後にも先にもマチオルタだけだから間違いない。

 

 

彼女のことが好きかどうかと言われれば、もちろん大好きである。

なにしろ、彼女は俺にチョコロボを買い与えてくれたのだから。

どう考えても、嫌いになるはずがない。

 

 

 

「チョコロボ君? これが、量産品のチョコレート? それは流石にありえない」

 

メンチは少し呆然とした様子で、ホットチョコロボを観察している。

 

どうやら彼女はチョコロボについてあまり詳しくないようだ。

 

 

そこで俺は、いかにチョコロボが素晴らしいのかを、一緒に過ごした経験を例に出しながら説明してあげた。

 

 

 

「6年……人生の約10分の1の時間を、ただの市販のお菓子の熟成に費やしたわけ? あなた、正気なの?」

 

しかしながら、俺の説明を聞いても、彼女はチョコロボの偉大さを全く理解できなかったようだ。

 

彼女には啓蒙が不足している。

 

 

仕方がないので、俺は彼女たちにつべこべ言わずにさっさと食べるように言った。

 

 

理屈なんてどうでもいい。

食べれば全てがわかるのだから。

 

 

マチオルタとメンチは、少し冷めてちょうど飲み頃になったホットチョコロボを口にする。

 

 

その直後、マチオルタは深く息を飲んで身を震わせ、メンチは二度目のお色直しへと向かった。

 

 

 

「料理には愛情が重要だと聞いたことがあるけど、あたしへの愛だけでこんな味になるなんて……どれだけあたしのこと好きなんだよ。こんなのもう夫婦だろ」

 

マチオルタは、あまりのホットチョコロボの美味しさで脳が混乱している。

 

 

そして、混乱しているのはマチオルタだけではないようだ。

 

 

再びお色直しから帰還したウエディングドレス姿のメンチは、大声で宣言した。

 

 

 

「なんていう愛情なの……文句なく合格っ! あたしの婿として合格よ! ドレスもケーキも親族も揃ってるし、さっさと式を挙げましょう!」

 

 

 

 

こうして無事に合格を勝ち取った俺は、会場の隅に座り、箱だけになってしまったチョコロボと向かい合った。

 

 

中身が空っぽになってしまった彼女に対して何を言えばいいのか色々と悩んでしまい、何も言葉が出てこない。

 

 

無言で見つめ合う俺たちのもとへ、誰かが近づいてくるのを感じた。

 

 

振り向くと、そこには俺より少し年上に見える銀髪の少年がいた。

 

 

「あんたのチョコロボ君への熱意、マジでスゲェよ」

 

彼はそんな言葉を告げると、調理場の方へと戻っていった。

 

 

もしかすると、今の少年はお菓子やチョコロボ君が大好きなキルア=ゾルディック君ではなかろうか。

 

俺のほぼ嫁であるトルテの兄であるかもしれない人物だ。

 

 

ようするに、彼は俺の義理の兄になるかもしれないわけだ。

 

仮にそうだとすると、俺は非常に賢く話が通じる義兄を得られることになる。

 

 

 

少しだけ嬉しい気持ちになった俺のところへ、今度は二人ほど気配が近づいてくるの察した。

 

 

それは、話が全く通じそうにない義兄たちであった。

 

 

 

 

何をしに来やがった、こいつら。

 

何でもいいから言葉を話せ。怖いんだよ。

 

 

 

 

大ギタラクルと小ギタラクル。

 

とっても怖い殺し屋、イルミ=ゾルディックの能力により顔を変えている正体不明の連中である。

 

 

俺は大きい方のギタラクルがおそらくイルミ本人だろうという程度までしか推測できていない。

 

小さい方のギタラクルは、イルミの弟たちか、あるいはゾルディック家の執事か。

 

 

もしイルミの弟たちだとすると、候補となるのはミルキ、キルア、アルカ、カルト。

 

キルア君っぽい人物は先ほど見かけたばかりなので、ミルキ、アルカ、カルトの内の誰か。

 

たしか原作世界線では、ミルキはあまり外出しないという話だったはず。

 

それにアルカは体内にガス生命体アイとかいう人類滅亡レベルのヤバいものを飼っているため、行動範囲は限られるのではないだろうか。

 

 

となると……?

 

 

 

 

必死に頭を回転させている俺の前で、二人のギタラクルが変装のために顔に刺していた針を引き抜いていく。

 

 

少し不気味なギタラクルの顔がビキビキと音を立てて変形していき、驚くほど美形な顔が現れた。

 

 

 

 

その美形の二人は、アルカとカルトと名乗った。

 

 

 

大ギタラクル、俺がイルミ=ゾルディックだと思っていた人物はアルカという名前らしい。

 

彼女とは話をするだけで命をとられかねないので、俺は小ギタラクルの方を注視することにした。

 

 

 

 

先ほどまで小ギタラクルだった人物は、いまは2Pカラーのトルテになっていた。

 

この性別不明の人物の名前はカルトという名前らしい。

 

トルテの髪や瞳の色を黒くしたら、このカルトとそっくりになることだろう。

 

 

 

そんなトルテによく似た容姿のカルトは、俺に一枚の紙を差し出してきた。

 

 

俺は思わず身構える。

 

 

原作世界線において、カルトは紙を操る念能力を持っていた。

 

つまり、これは何らかの攻撃かもしれない。

 

 

 

 

そう思ったのだが、その紙に書かれていた内容を読んで、危険は低そうだと理解した。

 

 

そこに書かれていたことは非常に簡単。

 

責任をとってトルテと結婚するように、あと子供とかも責任を持って育てて、こちらの必要に応じて派遣してくれ、というものだった。

 

俺がサインを書く欄もしっかりとついていた。

 

 

 

 

なるほどな。

 

完全に理解した。

 

どうやら、アルカとカルトは俺へのメッセンジャーとして送られてきたらしい。

 

目的は、暗殺者の才能があるかもしれない次代の子供の確保をすること。

 

 

 

最初はギタラクルたちが何を考えているか不明で怖かったが、相手の意図がわかると一気に安心できた。

 

 

 

 

ところが、突然、カルトが書類に書かれた『トルテ』という部分に横線を引き、その上に『カルト』と書き直してしまった。

 

意味がわからない。

 

 

 

「夫婦になったら財布は一緒って聞いたことがある。結婚したら、それも僕のものになるんでしょう?」

 

カルトは、空っぽになったチョコロボを指さしながら言った。

 

チョコロボの器は、紙製である。

しかも、俺が何年もオーラで強化し続けていたので、普通の紙とは比べものにならないくらい強靭だ。

 

もしかすると、カルトは自分の能力で操るための強力な紙製のものが欲しいのではないだろうか。

 

 

 

どう返事をすれば良いのか。

 

空っぽになってしまったとはいえ、チョコロボを渡すというのは受け入れがたいし、かといって告白を断るというのも失礼かもしれない。

 

悩む俺に助け舟を出してくれたのは、アルカだった。

 

 

懐から取り出した別の書類を俺に手渡してきたのだ。

 

 

きっとあれは予備に違いない。

 

そう判断した俺は素早くサインをする。

 

 

 

それを見届けたアルカは満足そうな表情で、カルトを引きずりながら会場に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

この場には、俺とチョコロボの二人だけが残される。

 

 

彼女と何を話すべきなのか、俺はまだわからないままだった。

 

 

だから、咄嗟に俺はアンパンマンというヒーローアニメに登場する『てんどんまん』の話をした。

 

 

てんどんまんは、頭が天丼で出来ている謎の生物である。

 

天丼とは、どんぶりの中に天ぷらが乗ったご飯を入れた料理のことだ。

 

よって、てんどんまんは頭のどんぶりに入っている天ぷらやご飯を食べられると、弱ってしまうわけだ。

 

 

でも、新しい天ぷらやご飯を詰め替えれば、彼は復活する。

 

 

 

チョコロボもそれと同じに違いない。

 

箱の中に新しいチョコを入れれば元気になるさ。

 

この際、チョコじゃなくてもチョコっぽいものとか、最悪の場合は黒っぽければ何でも良いかもしれない。

 

 

とにかく、なにかを入れておけば上手くいくだろう。

 

 

そんなふうにチョコロボを励ました。

 

 

いまはチョコロボの中を覗いても真っ暗闇で何も見えないが、ここに色々と入れてみれば、元気になるさ。

 

 

そんな俺の呼びかけに応えるように元気な『あい』という返事が聞こえた気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マチオルタをママにする程度の能力

いつもありがとうございます。


俺がマチに続いて2番目の合格者となった後、次の合格者はなかなか現れなかった。

 

 

 

プロのハンターであるマチが受験生として参加していたせいで、試験官の受験生に対するハードルが上がっていたのかもしれない。

 

あるいは、ホットチョコロボというヤバい食べ物を口にしたせいで、試験官たちの味覚に何かしらの影響が出てしまったという可能性もある。

 

 

 

 

それでも料理上手なトルテあたりなら合格できそうな気がしていたのだが、彼女はクララとの争いに忙しかった。

 

 

毒のあるフルーツが美味い派のトルテと、毒なしフルーツしか認めない派のクララの戦いは熾烈を極め、いままさに決着が着こうとしている。

 

 

 

トルテの手札は、たったの一枚。

 

ハートのクイーンだけだ。

 

 

それに対して、クララは二枚。

 

クローバーのクイーンと、ジョーカーがそれぞれ一枚ずつ。

 

 

トルテは「むむむ」と言いながら、クララが持つ二枚の札の内、どちらを引くべきか頭を悩ませている。

 

 

 

 

案ずるより産むが易し、という言葉がある。

 

案ずるというのは、心配するということを意味する言葉。

 

つまり、『女性が出産する前は色々と心配になってしまうが、やってみると意外とそこまで難しいことでもない』ということである。

 

悩むよりもさっさと出産してしまえ、というアドバイスなわけだ。

 

 

 

こういった出来事というのは、出産以外でも頻繁に発生する。

 

色々と悩んだりしてどうしたらいいか不安になることもあるが、実際にやってみたら思いのほか簡単だったりすることもある。

 

 

だから、深く悩まずにとりあえず思いついたらやってみる、くらいの気持ちでいた方が良いのかもしれない。

 

 

 

トルテもそんなに考えずに、適当に選んでしまえば良いのに。

 

 

 

俺がそう思ったタイミングで、トルテは「えい!」と言いつつ、クララが持っていた右側の方のカードを引いた。

 

それは、クローバーのクイーン。

 

 

 

これでトルテはあがり、クララの手にはジョーカーのみが残された。

 

ババぬき勝負はトルテの勝利となったわけだ。

 

 

 

やっぱりな。

 

色々と考えるよりも、さっさとやってしまった方が良いのかもしれない。

 

今後、俺に何かしら決断すべき時が訪れたら、悩まずにさっさとやってしまおう、という気持ちになった。

 

 

 

クララに勝利したことで、無事に毒のあるフルーツを使用できることになったトルテは、ものすごく美味しそうなケーキを作ったものの再びメンチからNGを出された。

 

毒が入っている時点でダメだということが理解できていないのはなぜなのだろう。

 

やはり、少しくらいは頭を使った方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

そんなわけで、3人目の合格者が出ないまま時間が経過していく。

 

 

ちょうどクララがどこかで買ってきたチョコロボをそのまま出してNGにされたところで、試験官であるメンチは「(ワリ)、お腹いっぱいになっちった」と、これ以上の試験の継続は困難と判断した。

 

 

第2次試験の合格者は2名。

 

というのは流石に厳しいというマチオルタの判断により、救済措置がとられることとなった。

 

 

再度別の試験を行い、それに合格すれば2次試験に合格となる。

 

 

既に合格判定を受けていた俺とマチについては追加の試験は免除される。

 

 

そんなふうに決まった。

 

 

 

他の受験生たちが再試験を受けている間、俺とマチは個室を与えられ、そこで待機していることになる。

 

 

 

 

 

 

もしマチが仕掛けてくるならばこのタイミングだろうな、と思った。

 

俺が仲間を連れてきていること、ポンズが俺にNTRれたこと。

 

それらを既にマチは気づいているはずだ。

 

 

よって、確実に俺を倒したければ、仲間がいない今を狙うのが最適なはず。

 

 

 

もし逆の立場だったら俺だってそうする。

 

タイマンで相手に勝つ自信があるならば、他の受験生が介入できず、試験官による監視もない今のタイミングがベストだ。

 

 

だからこそ、あえて俺は迎え撃つという選択をとろうと思う。

 

 

 

当初、俺はマチとの勝負を判定勝ちに持ち込むつもりだった。

 

最終試験までの評価でマチを上回ることで、マチより先に負け上がりトーナメントに出て、彼女より先に合格する。

 

 

一見、完璧に思えるこの作戦だが、本当に成功するかどうか不安になってきたのだ。

 

現時点において、俺は試験官からの評価が明確にマチより上であると断言することができなかった。

 

 

仮にマチの評価の方が上だった場合、最終試験でマチが俺より先に合格を決めてしまうかもしれない。

 

あるいは俺とマチの評価がほぼ同じだった場合、俺の対戦相手としてマチが選ばれるという可能性だってある。

 

 

 

 

何も準備をしていない状態で、マチとタイマンをして勝てるかと言われると、正直あまり自信がない。

 

大人と子供では基本的な身体能力が違いすぎて流石に不利だ。

 

それに俺の能力はあくまでも受動的に発動するものであり、どうしても相手の行動に依存してしまう。

 

 

彼女と一対一で戦って勝利するためには、最低でも何らかの罠を仕掛けておきたい。

 

 

例えば、着ている服を脱いでタオル一枚だけを身に着けるというのはどうだろうか。

 

うっかり彼女が指を引っ掛けたりして俺からタオルを剥ぎ取れば、同時に彼女の身に着けているものを奪い返し、強制的に全裸にすることができる。

 

いきなり全裸になって動揺しない人間などいないだろう。

 

精神的に優位に立った状態で戦えば、俺にも勝ち目があるかもしれない。

 

最終試験で使うのは難しい作戦だが、この個室ならば存分に実行できる。

 

 

 

 

 

というか、よく考えてみると、これまで原作世界線通りに最終試験において負け上がりのトーナメントが行われる前提で作戦を立てていたが、こちらの世界線では違う試験内容となるかもしれない。

 

 

第1次試験の段階で原作世界線とは展開が少し変わっており、第2次試験の段階では試験官と課題の両方が原作とは異なっていた。

 

もしかすると、最終試験は原作とは全然違うものとなる可能性もある。

 

そうなった場合、マチに確実に勝つ方法などなくなってしまう。

 

 

 

やはり、ここでマチを返り討ちにした方が良いかもしれない。

 

案ずるより産むが易し。

 

 

俺は悩むよりも、ヤることに決めた。

 

 

 

 

とはいえ、無理はしない。

 

最悪の場合は逃げることにしよう。

 

たとえマチに勝つことができなくても、致命傷を避けながら時間稼ぎをするくらいはらば出来ると思う。

 

追加試験が終わるまで逃げ切れば、トルテたちの力を借りて、逆に相手を追い詰めることが可能なはず。

 

 

 

 

とりあえず作戦はこんな感じでいいだろう。

 

 

 

 

俺は服を脱ぎ、タオルを腰に巻いた状態で待機する。

 

 

 

 

 

 

その後、しばらく待っていたものの、マチが襲ってくる気配はない。

 

 

少々待ちくたびれたため、俺はベッドの上に寝転んで休む。

 

 

これはきっとマチの宮本武蔵作戦なのだ。

 

 

あえて決闘に遅刻することで、相手を精神的に揺さぶる。

 

そういった策略に違いない。

 

 

 

これに引っかからないようにするためには、まず平常心を保つことが重要だ。

 

いつ相手が来るのだろうと考え続けて精神を消耗しては相手の思うツボだ。

 

可能な限りリラックスしておかねばならない。

 

 

さらに、こうやってベッドに寝転ぶなどして余裕のあるフリをして見せることで、お前の作戦など全然効いてませんよ的なアピールを行い、逆に相手の精神にダメージを与えることができる。

 

 

そう、これは一見ただ寝ているだけのように見えて、実際はマチの精神攻撃に対するカウンターとなっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

マチに対する精神的カウンターをはじめて数分が経過した。

 

 

ここでようやく待ち人が現れる。

 

入口の扉の鍵が外側から開けられ、和服ピンク髪スパッツ女が部屋に入ってきた。

 

 

 

 

マチだ。

 

 

いや、マチオルタかもしれない。

 

 

マチとマチオルタは変装して互いに入れ替わっているので、マチに見えるということはマチオルタのはず。

 

しかし、相手を襲撃する時にまで変装をしたままなのかという疑問もある。

試験官も受験生もいないなら変装は不要だし、自然体の状態の方が、戦いに集中しやすいはずだ。

 

 

というか、こうやって俺に悩ませるのが作戦なのかもしれない。

 

 

俺はそんな敵の作戦を打破すべく、彼女がマチなのかどうか確かめることにした。

 

 

まずは彼女の前に立ち、じっくりと観察してみたところ、なんとなくマチオルタっぽい気がした。

 

次にミルクの有無を確認してみる。

 

 

 

出ない。

ということはマチオルタだ。

 

 

俺は確証を得るために時間をかけて入念にチェックした。

 

どうやら本当にマチオルタであるらしい。

 

 

 

俺からチェックを受けていた彼女は額に手を当てながら、深いため息をついた。

 

彼女は「そんなに母親がほしいのか」と呟いた。

 

親なんて無責任でロクなものじゃない。

だから、弟として管理される方が幸せだ。

 

マチオルタはそんな感じの説得をしてきた。

 

 

俺はチェックを行いつつ、一応は彼女の話を聞いておく。

 

だが、もとから母親を諦めるなどという選択肢はない。

 

 

 

マチオルタは再びため息をつく。

 

 

「姉さんと戦うなら、気をつけな。本当に殺されるよ」

 

 

 

彼女はマチの恐るべき計画について話してくれた。

 

マチは状況によっては、本気で俺をヤるつもりであるらしい。

 

 

ヤって俺の体を自分のものにする。

すると、魂の器である体を奪われた俺は強制的に相手の体を奪いその中に魂を入れることになるだろう、という作戦らしい。

 

 

相手のお腹の中にある新しい体を奪い、俺は再びハッピーバースデー。

 

赤ん坊になって再教育を施されるのだという。

 

 

ある程度の年齢まで成長した段階で俺が言う事を聞かなかったら、再びヤられて、赤ん坊になる。

この繰り返しだ。

 

 

かつてマチが言っていた『循環』という言葉はこれを意味するのかもしれない。

 

 

 

 

『魔女の若返り薬』や『長寿食ニトロ米』という単語が頭に浮かんだ。

 

肉体を若く保つ手段がある以上、俺はこの無限ループから逃げられない。

 

 

 

原作世界線において主人公のゴンは、自身の肉体を相手に勝てる年齢までレベルアップさせることで勝利するという荒業を使った。

 

 

 

マチのこの作戦もある意味でそれと似ている。

 

俺がマチに勝ち得る年齢まで成長する前に、強制的にレベルダウンさせて、保護管理下に置き続けるわけだ。

 

 

 

 

 

 

「それを回避する方法も一つだけあるよ。あたしがあんたの体を回収すればいい」

 

マチオルタが俺の体を回収すれば、たしかにマチの産み直し無限ループに嵌ることはないだろう。

 

だが、そうすると魂を入れる器がマチオルタの体になってしまうのではないか。

 

マチオルタを乗っ取ることになるのか、あるいは二つの魂が一つの体に同居することになるのか。

 

 

 

やったことはないので不明だが、これが成功したとしても、一つ問題が出てくる。

 

それは、マチをママにできないという点だ。

 

 

マチオルタはマチの妹。

 

妹になるくらいなら、まだ弟の方がマシではなかろうか。

 

 

 

「そうじゃないよ。あたしも姉さんと同じことをすればいいんだ」

 

マチオルタは、俺のタオルを手に取りながら、そんなことを言った。

 

 

 

 

原作主人公のゴンは、父親の従妹であるミトさんをママにしていた。

 

つまり、親の従妹はママにできる。

 

であるならば、親の姉もママにできると考えるのが自然なのでは?

 

 

 

マチオルタをママにしつつ、マチもママにできる。

 

これって最強なのでは?

 

 

「あんたの料理を食べて『慈愛』というもんが少しわかった気がしたよ。親っていうのも実は案外悪くないのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

案ずるより産むが易し、という言葉がある。

 

これは、色々と悩んだり計画を立てるよりさっさと出産してもらった方が簡単だ、という意味だったような気がする。たぶん。

 

 

 

 

 

ゆさゆさゆさと大きく体を揺さぶられる。

 

 

 

 

 

 

意識が浮上し、目を開けると、既にマチオルタはいなかった。

 

 

では眠っていた俺を起こしてくれたのは誰だろうか。

 

ここに木馬ちゃんはいない。

 

となると……?

 

 

 

俺の隣にはチョコロボが寝ている。

 

 

 

その姿を見た瞬間、俺は気づいてしまった。

 

 

 

 

 

俺を起こしたのは、チョコロボだ。

 

 

 

 

昨日、サインした書類。

よく思い返してみると、一枚目の書類よりもほんのわずかに重かった気がする。

 

その重さの違いは、なにか、だ。

 

 

きっと、一枚目の書類に何文字か書き足してあったのだろう。

そのせいで数文字分のインクの重量が書類の重量に追加されていたわけだ。

 

書き足されていた文字はおそらく『カルト』ではなかろうか。

 

 

俺はトルテだけでなくカルトとの婚姻にも同意した扱いとなり、チョコロボの所有権がカルトと共有された。

 

その結果、カルトは紙を操る能力でチョコロボを操作できるようになったのではないだろうか。

 

 

カルトがこの部屋を監視していて、チョコロボを操作することで俺を起こした、という仮説だ。

 

 

 

それを裏付ける証拠もある。

 

集中して感覚を研ぎ澄ましてみると、なにかから見られているような気配を感じたのだ。

 

俺の勘はよく当たる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲間を見つける程度の能力

無事に第2次試験を突破したトルテたちを回収した俺は、次の試験会場へと移動するために用意された飛行船へと乗り込んだ。

 

 

そして到着した場所は、高い塔の頂上部。

 

 

 

原作世界線と同様に、この『トリックタワー』を攻略することが第3次試験を通過するための条件であるようだ。

 

 

 

 

現在俺たちがいる頂上から、塔の下まで生きた状態で到達することが出来れば合格。

 

制限時間は72時間。

 

 

そういった内容の説明が、スピーカーからの音声で受験生たちに伝えられた。

 

 

 

 

 

 

正直、俺にとって地上に降りるだけという条件はそれほど難しくはない。

 

わざわざ罠が仕掛けてあると知っている塔の内部を進まずとも、外側をショートカットして進めるからだ。

 

 

 

 

流石に飛び降りるのは危なくてイヤだが、木馬ちゃんの力を借りれば、安全に下まで到達できるだろう。

 

 

ただし、それをやると試験官からの評価が悪くなるかもしれないという問題が出てくる。

 

 

 

 

先ほどの追加試験の間、仕事をメンチに丸投げしたマチオルタが俺の部屋にいたせいか、マチは俺を襲撃してくることはなかった。

 

 

ポンズのようにマチオルタも離反した可能性を考慮したのだと思われる。

 

仮にマチオルタが俺の味方となっていた場合、流石のマチも苦戦は免れないだろうからな。

 

 

 

 

これにより、直接対決でマチを倒してリタイアさせる絶好の機会が失われてしまったわけだ。

 

 

 

 

 

となると、当初の予定通りに試験官からの評価でマチを上回ることを目指すべきだろう。

 

その上で、チャンスが訪れればマチが不合格となるように妨害する。

 

そんな感じが良いのではないかと思う。

 

 

 

行き当たりばったりとなってしまったが、とりあえず、いまはこれで行くしかない。

 

 

 

 

そうなると重要となってくるのは、第3次試験の試験官であるリッポーという男からの評価である。

 

彼は受験生たちと遊ぶために色々な仕掛けをこのトリックタワー内に用意しているのだ。

 

それらを全て無視して、塔の中を通らずに地上まで降りたりしたら、彼はきっとガッカリするに違いない。

 

 

当然、試験官である彼からの心象も悪くなるだろう。

 

 

それが試験の評価に関係するかどうかは不明だが、少なくともプラスの影響を与えることはなさそうだ。

 

 

 

 

正規ルートであるトリックタワーの内部を通りつつ他の受験生よりも先に地上へと辿り着く。

 

試験官から高評価を得るためには、このやり方がベストなのではないだろうか。

 

少なくともマチより先にクリアできれば、最終試験において彼女より優位に立てるはず。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、早速俺はトリックタワーへの侵入を試みる。

 

 

いま受験生たちがいるこの塔の頂上部の床には、いくつもの隠し扉がしかけられているのだ。

 

その扉を通過することで、塔の内部へと入ることができる。

 

 

この時に選ぶ扉によって、塔内部のどのルートを攻略するかが決まってしまう。

 

 

 

原作世界線の主人公たちのように『多数決の道』とかになったりしたら厄介だ。

 

トルテたち以外では、ファランクスを組むための盾を持ってきているやつなどほぼいない。

 

そんなやつらと共闘する必要がある多数決の道は、俺にはあまり適していないだろう。

 

 

最速で塔を攻略するためにも、最適な扉を選択しなければならない。

 

 

 

 

 

そんなわけで、俺は勘でなんとなくよさそうな扉を一つ選んだ。

 

 

この塔への入口である隠し扉は小さく、通れるのは一人だけ。

 

木馬ちゃんは通れそうにないので、飛行船を降りる前に消しておいた。

 

塔の中にある部屋や通路が十分に広ければ再び呼ぶことができるはずだが、それは流石に厳しいかもしれない。

 

 

 

 

 

俺は床の仕掛けを起動させて、塔の内部へと進む。

 

 

 

隠し扉の下にあった部屋は、床の形状が三角形っぽくなっており、その三つの頂点の部分にそれぞれ一つずつドアが設置してある。

 

つまり、この部屋には三つの出口があるわけだ。

 

 

 

 

 

頭上で、ガコンという音がして、俺が入るのに使った隠し扉が閉じる。

 

 

その直後、説明のための音声が聞こえてきた。

 

 

 

音声の人物いわく、俺が挑むことになるのは『天国と地獄』という名の試練であるらしい。

 

詳しい試験の内容は、部屋の中央に説明書を置いてあるのでよく読んでおくようにとのことだった。

 

 

 

 

 

その説明書によると、俺はこれから、この部屋にある三つのドアの内の一つだけを選んで先に進まなければならないようだ。

 

 

 

三つあるルートの内、一つだけは当たりの『天国』ルートとなっている。

 

難易度が比較的低めに設定されており、ある程度の実力者ならば5時間程度、実力が低めなルーキーでも12時間程度あればクリアできる。

 

制限時間が72時間であることを考えれば、かなり余裕を持って地上まで到着できるだろう。

 

 

しかしながら、この『天国』ルート以外の残りの二つは『地獄』ルートであり、無事に生きてゴールに着ける確率は非常に低いとのことだ。

 

 

 

 

では、三つあるドアの中のどれが『天国』で、どれが『地獄』なのか。

 

 

 

そのヒントとなるのが、それぞれのドアのすぐ隣に設置された台座の上に置かれているフルーツだ。

 

 

バナナ、メロン、マンゴー。

それぞれの台座の上に異なる種類のフルーツが乗せられている。

 

 

これら三種類のフルーツの内、一つは普通に美味しく食べることができる品種であり、残りの二つには食べると体が痺れる毒が含まれている。

 

安全なフルーツが一つ、弱い毒があるフルーツが一つ、強い毒があるフルーツが一つという内訳のようだ。

 

 

美味しいフルーツが置かれているドアが『天国』ルートにつながっており、毒入りフルーツがあるドアは両方とも『地獄』ルートへと続いている。

 

 

 

 

 

完全にランダムに進む道を選んだ場合は当たりを引く確率はわずか3分の1だが、前回の試験で真面目に勉強していれば、その確率を高めることができるわけだ。

 

もしかすると、そういった学習意欲のようなものを確認する意図もあるのかもしれない。

 

 

とはいえ、学習しなかったものにチャンスがないのかというと、そんなこともないようだ。

 

 

この部屋には、『当たり』のフルーツを見つけるために役立ちそうなものが色々と置かれている。

 

 

 

たとえば、壁際にはたくさんの資料が入っている本棚が並んでいる。

 

おそらくあの資料の中のどれかに正解を見極めるための情報が書かれているのだろう。

 

知力や分析力が高い者ならば、それを見つけ出すことができるかもしれない。

 

 

だが、あれほど多くの資料を全て確認するのは一日や二日では難しいような気もする。

 

制限時間に追われながら作業をしなければならず、冷静さや精神力なども必要となるはずだ。

 

 

 

あるいは、部屋の隅に置かれている食料なども、正解へたどり着くための道標となるかもしれない。

 

一見、資料を調べるために受験生が長時間この部屋に滞在することを想定して、親切に試験官が準備してくれただけのようにも思える。

 

それ自体は十分にありえる話なので問題ない。

 

しかし、用意されている食料はパンやお菓子などであり、なぜかそれらと一緒に置いてあるナイフとスプーンという存在に違和感を感じる。

 

 

仮にパンを切るためにナイフの方は必要になるとしても、このオタマジャクシのような形をした食器はいらないだろう。

 

 

では、この白いプラスチック製のスプーンは、どういった意図で置かれているのか。

 

 

 

これはあくまでも俺の推測にすぎないが、もしかすると試験官からの『フルーツを一つ食べてみろ』というメッセージではないだろうか。

 

メロンやマンゴーを食べるならば、スプーンがあった方が便利だろうからな。

 

 

 

試験の説明書によると、強毒のフルーツは一口食べてしまっただけで数日ほど全身が痺れたママとなるようだが、弱毒のフルーツの場合は一日ほどで体から痺れがとれるらしい。

 

 

つまり、弱毒の方ならば間違って食べてしまってもリカバリーできる。

 

 

 

三つのフルーツの中の一つを食べた場合、3分の1の確率で強毒のものを引いてしまい、ほぼ確実に制限時間をオーバーしてしまう。

 

だが、逆に言えば、3分の2の確率で即リタイアとなることはないわけだ。

 

 

3分の1の確率で美味しいフルーツに当たり、『天国』ルートに進むことができる。

 

もし弱毒のフルーツを食べてしまった場合でも、外れの『地獄』ルートが一つ見つかったことになり、残りの二つのルートの内のどちらか片方が『天国』でもう一方が『地獄』だと判明する。

すなわち、2分の1の確率で『天国』ルートを選べるわけだ。

 

 

よって、どれか一つのフルーツを食べることで、『3分の1(美味しいフルーツ)』の確率+『3分の1(弱毒のフルーツ)』の確率×『2分の1』=『2分の1』となり、50パーセントの確率で『天国』ルートへ進めるのだ。

 

 

何も考えずに進む道を選んだ場合は33パーセントでしか正解できないが、少し冷静に考えるだけで一気に正解する確率が50パーセントまで上昇する。

 

 

 

 

さらに言えば、強毒のフルーツにのみターゲットを絞って資料を調べれば、より短時間で情報を精査することができるわけだ。

 

強毒のものがどれか判明しさえすれば、残りの二つの内の片方を食べることで、確実に『天国』へのドアを見つけることができる。

 

もし弱毒のフルーツを食べてしまった場合でも、体の痺れがなくなるまでに24時間、『天国』ルートを踏破するのに12時間、合計36時間ほど残っていれば十分。

 

つまり、制限時間72時間の内の半分である36時間以内に強毒フルーツを特定し、残りの36時間でゴールまで進めばいいわけだ。

 

 

このやり方ならば運に頼る必要が全くなくなる。

 

仮に情報精査が苦手で調べるのを諦めたとしても、冷静な判断力さえあれば、フルーツを一つだけ食べることにより50パーセントの確率で試験に合格できる。

 

 

強毒のフルーツを食べてしまった場合でも、タイムオーバーで失格となるだけであり、危険な『地獄』ルートに進んで死ぬよりはマシだ。

 

生きていれば来年以降に再挑戦すればいい。

 

 

 

きっと試験官は、そういった判断力を受験生に求めているのではないだろうか。

 

 

 

この仮説をもとに、さらに推測を重ねていく。

 

 

 

 

三種類のフルーツの中で、オタマジャクシ型の食器を使って食べるのはメロンとマンゴーだ。

 

バナナとオタマジャクシには何の関係もない。

 

 

どれか一つを食べるとするならば、メロンかマンゴーにすべきなのだろうか。

 

 

だが、それは流石に安直すぎる気がするし、試験官が仕掛けた罠かもしれない。

 

資料を使った証拠集めなどの検証を一切行わずに、安易な手段を選ぼうとする怠惰な受験生をハメようとしている可能性も絶対にないとは言い切れない。

 

 

 

 

他にも何かヒントはないだろうかと、白いスプーンを持って部屋全体を見渡してみる内に、俺はもう一つの重大な事実に気づいてしまった。

 

 

 

 

 

どうやら、この試験を考えたやつは、相当にママが好きらしい。

 

 

まず注目すべきは、この部屋の形だ。

 

三角形のそれぞれの頂点から、一本ずつ道が続いている形状。

 

 

これは、母体にある生命の揺り籠に酷似している。

その揺り籠には卵巣へとつながる卵管が二本、誰もが一度は通る道が一本の合計三本がつながっている。

 

前者の二本を進むオタマジャクシは、そのほとんどが死滅し、せいぜい一匹程度しかゴールまで到達できない。

最初は数億だったものが、最終的には一匹を残して消え去ってしまうという厳しい試練。

これはまさに『地獄』だと言っても過言ではない。

 

そして後者の道は、厳しい試練を乗り越えた者だけが進むことが許される。

ここを通ることで、自身の母親と出会うことができるのだ。

このような幸福を味わえるのは、まさに『天国』に他ならない。

誰もが一度は通ることになる道は、天国への道なのだ。

一度以上経験がある者なら5時間前後、初産の者なら12時間前後という時間も、ほぼこれと一致している。

 

 

 

 

 

 

間違いない。

 

この試験はママを暗示していたのだ。

 

まさか、こんなところで仲間に出会うことになるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

試験官の恐ろしい智謀に思わず背筋を震わせていると、頭上から気配を感じた。

 

 

 

 

オーラを纏った拳により、隠し扉が破壊され、空いた穴からローブを着た人物が飛び降りてきた。

 

 

 

 

壁を殴る者。

 

すなわち強盗に違いない。

 

 

 

そう思った俺は素早く槍を取り出して構える。

 

 

 

 

警戒する俺に対し、その強盗らしき人物は、ローブのフードをとりながら話しかけてきた。

 

 

 

 

「あたしは、ネオン=ノストラード。よろしくね」

 

 

 

強盗じゃなくて、マフィアだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予言する程度の能力

原作世界線において、ネオン=ノストラードという少女は、ノストラードファミリーというマフィアのボスの娘であった。

 

といっても、彼女自身がマフィアっぽい危険な仕事をしていた様子はなく、特別ヤバい女というわけではなかったように思う。

 

人体収集という少し特殊な趣味があるだけの普通の女の子で、珍しい眼球を買ってもらって喜んだりするなど、かわいらしいところもあった。

 

 

 

たしか、彼女は未来を予知できる念能力を持っていたため、占い師のような仕事をしていたはずだ。

 

よく当たる占いが評判となり、裏社会のトップに位置する者まで顧客となっていたようなので、その実力は折り紙付きである。

 

 

その占いによって様々なコネクションを得た彼女の父親は、たった一代で自らの組織を田舎の弱小マフィアから、裏世界でも一目置かれる存在にまで成長させることができた。

 

それほどまでに彼女の占いは優れていたわけだ。

 

 

きっと彼女は、古代ギリシャにおいて予言の神とされたアポロン神の加護を受けていたに違いない。

 

 

 

 

アポロンが力を与えた予言者として有名な人物の一人に、トロイの王女であったカッサンドラという巫女がいる。

 

 

カッサンドラは、トロイが滅亡することを予言したのだが、それを誰にも信じてもらえなかった。

 

その結果、彼女の警告を無視した人々によって、兵士を満載した木馬がトロイの内部に運び込まれることになってしまったわけだ。

 

あとは誰もがよくご存じの通り、トロイという国は滅んでしまう。

 

 

 

亡国の王女となったカッサンドラは戦利品として敵国へと送られ、その国の王の奴隷妻にされた。

 

しかも、王妃の手により王と一緒に殺されてしまうというオマケつき。

 

ギリシャの神々と関わるとロクなことが起こらないという典型的な例である。

 

 

 

 

 

それにしても、縁起が悪い。

 

俺と同じ名前の国が、予言者を信じなかったことで敵国に落とされているわけだ。

 

もしかすると、俺もネオンと名乗るこの少女の予言を無視したりしたら、陥落させられてしまうかもしれない。

 

 

 

 

彼女が余計な発言をする前に、口を塞いでしまおうか。

 

ちょうどここには、お口に突っ込むのに最適なフルーツランキング堂々の第1位であるバナナがある。

 

 

とりあえず、これを彼女に咥えさせよう。

 

 

 

普通ならば、初対面の女性にバナナを無理やり咥えさせることは悪いことだ。

 

 

 

しかしながら、彼女はローブを身に着けている。

 

 

 

 

 

このパターンは前にも見た。

 

 

帰納法で考えると、彼女はマチが用意した刺客の一人であるに違いない。

 

きっとローブの下にはウエディングドレス的なものを装備しているのだろう、というところまで予想ができてしまう。

 

 

 

 

 

第1次試験における刺客は、ウエディングドレスを着た蜂使いのポンズ。

 

第2次試験における刺客は、ウエディングドレスを着るよう言われたのに着なかった挙句、自主的に寝返ったワルい女マチオルタ。

 

そして、第3次試験における刺客が、ウエディングドレスを着た予言者であるネオンなのだろう。

 

 

 

 

つまり、彼女は俺の敵だ。

 

 

初対面の女性であっても、それが明確な敵であるならば、例外としてお口にバナナを突っ込んでも良いはずだ。

 

 

 

 

大義名分を得た俺は早速バナナの準備をする。

 

 

 

なぜか俺は行動を読まれにくいことに定評があるので、おそらく彼女もこの行動には対応できないだろう。

 

 

そう思った次の瞬間、ネオンが俺のすぐ目の前にまで移動し、こちらを見下ろしていた。

 

子供の俺では、おねえさんのネオンに身長で勝つことはできないようだ。

 

 

 

 

「ざんねーん。あたしの予知は必ず当たるの。『百発百中のネオン』とか『一撃必中のネオン』とか呼んでもいいよ」

 

 

変な二つ名を希望するネオンにより、バナナが掴まれてしまった。

 

 

 

「あたしの『発』は、少し先の自分の未来を見れるの。つまり一緒にいる相手の行動も、ぜーんぶ、おみとおし! ついでに弱点とかもわかっちゃう」

 

 

彼女はウインクをしながら、的確に俺の弱点へと攻撃をしてきた。

 

 

年齢のせいもあって俺の体は耐久力に難がある。

本当に弱点を知られているとしたら、少しマズい。

 

しかし、人間の弱点などというものは共通していることが多いので、単にカマをかけようとしているだけかもしれない。

 

俺は全然効いていないフリ作戦をして、相手の精神へカウンター攻撃を与えつつ、可能な限り自分の情報を渡さないようにする。

 

 

 

 

たしか、原作世界線における彼女の念能力は『天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)』というものだった。

 

占う対象の顔、名前、生年月日、血液型を知ることでその月に対象者に起こることを予知することができる、といったような感じの能力だったと思う。

 

 

ところが、彼女はいま『自分の未来を見る』と言っていた。

 

もしかすると、こちらの世界線では別の能力を持っているのかもしれない。

 

 

たとえば、能力の対象を自分だけに限定することで効力を高めている、とか。

 

もしも他人のことを占えるならば、俺の未来を見れば良いはずなのだ。

 

 

 

生年月日や血液型などの情報も、雇い主であるマチから聞けばすぐに判明するのだから。

 

それをしていないということは、やらないのではなく出来ないと考えた方が妥当ではないだろうか。

 

 

 

とはいえ、彼女の能力が厄介なものであることに変わりはない。

 

 

 

未来が見える相手と戦うなんて面倒だし、やってられない。

 

 

さっさと逃げさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

逃げ込む先は、もちろん『天国』ルートだ。

 

そもそも、俺はプロのフルーツハンターであるマチの仕事を何年も間近で見てきたのだ。

 

どのフルーツに毒があり、どのフルーツが美味しいのかなど、最初から知っていた。

 

 

 

ただ単純に、推理して答えを見つけた感じを装ったほうがなんだかカッコイイ気がするし、なんとなく試験官からも高評価を得られそうだから考察しているフリをしただけなのである。

 

 

この部屋の様子を観察するためにカメラやマイクが仕掛けてあるだろうし、とりあえず考えて結論を出したような雰囲気を出しておくか、という程度の作戦だったのだ。

 

 

現在のような襲撃者がいるという状況で、身の安全よりも優先して実行すべきものではない。

 

 

 

俺は素早く身を翻し、『天国』の扉に向かって走る。

 

 

 

 

 

そんな俺の行動を妨害するかのように、頭上からウエディングドレスを着た二人の刺客が降ってくる。

 

 

 

 

前方には刺客たち、後方にはネオン。

 

 

俺はネオンと新たな二人の襲撃者に挟まれてしまった形だ。

 

 

しかも、これにより数的有利が消失してしまった。

 

相手は三人、こちらは俺と木馬ちゃんとチョコロボの三人。

 

 

 

部屋の狭さのせいで木馬ちゃんが満足に戦えず、チョコロボは自力では動けない。

 

状況はかなり悪いようだ。

 

 

 

それを相手も理解しているのだろう。

 

彼女たちは全員が笑みを浮かべている、ような気がする。

 

 

後からきた二人は、ウエディングドレスにはつきものである白いベールによって顔が隠されているので、その表情はハッキリとは見えない。

 

 

だが、薄いベールの上からでもわかることはある。

 

 

いくら顔を隠していても、彼女たちの正体など俺にはおみとおしだ。

 

なにしろ、ベールの下には、非常に見覚えがある顔が見えたのだから。

 

 

 

 

ウエディングドレス姿の襲撃者たちはトルテとクララだ。

 

 

「トロピカルフルーツを味わえる、またとないチャンスだとその女に言われてね。君が悪いんだよ、私になかなか食べさせてくれないから」

 

 

「ごめんね、トロイ。こうやって悪いことしたらトロイにスッゴイおしおきをしてもらえるって、その女が言うんだもん。だから、トロイのフルーツ、もらっちゃうね」

 

 

飼い犬に手を嚙まれるという言葉があるが、まさに今のような状況のことを言うのだろう。

 

手だけではなく別のところまでパクリとされそうな気配もするので、現状はそれよりもさらに悪いかもしれない。

 

「ずるいと思っていたのだよ。君は会ったばかりの女に、『チ』ではじまる三文字のアレをご馳走していただろう? 本当は私だって欲しかったのに、君はくれなかったじゃないか」

 

「そのとおり! わたしだって、トロイから『コ』で終わるアレを食べさせてもらったことなんて、まだ一度もないのに! あのウエディングドレスの女、ずるいよ!」

 

 

 

『チ』ではじまり『コ』で終わる三文字の食べられるものとはナニか。

 

そんなものは『チョコ』に決まっている。

それ以外に条件を満たすものは存在しないだろう。

 

 

では、トルテが言う『ウエディングドレスの女』というのはダレなのか。

 

候補となるのは二人しかいない。

第1次試験で結婚を申し込んできたポンズ。

第2次試験の試験官であったメンチ。

 

そして、俺は試験中にチョコロボをメンチに食べさせている。

 

 

つまり、トルテとクララは、俺がメンチにチョコを食べさせたことを怒っているのだと思われる。

 

親しいはずの自分たちが味わったことがないものを、ぽっと出の女が簡単に与えられたことに腹を立てたわけだ。

 

 

その感情をネオンによって煽られた結果、彼女たちは刺客となってこの場に現れたのだろう。

 

ここで俺のフルーツを食べることでトルテとクララもその女と同じ立場になれる。そんな感じのことをネオンは吹き込んだのではなかろうか

 

 

 

 

もしかするとチョコ以外にも条件を満たすモノが存在し、それを俺がポンズだけに食べさせたことを不満に思っているという可能性もある。

ただし、そんなモノは今のところ思いつかないので、これは考えなくてもいいだろう。

 

 

 

「まずは邪魔が入らないようにしようか。白雪姫(スノーホワイト)!」

 

 

クララから放たれた吹雪により、頭上に空いていた穴が塞がり、部屋全体が凍りつく。

 

 

バナナが釘を打てるくらいカチカチに凍るような寒さが、部屋を真っ白に染め上げた。

 

 

これでは監視のためのカメラやマイクも機能しないだろう。

 

試験官に推理力をアピールするためのチャンスが失われてしまった。

 

 

もはや、こんな寒くて真っ白いだけの部屋に用はなくなった。

 

さっさと『天国』の扉へといきたい。

 

 

だが、そのためには、まるで壁のように立ち塞がる邪魔な幼女たちを何とかしなければならない。

 

 

 

 

 

真っ白い床の上を、真っ白いウエディングドレスを着た、真っ白い氷まみれの幼女たちが歩いてくる。

 

彼女たちの壁を突破しなければ、『天国』ルートに入ることは不可能。

 

 

 

「じゃあ、さっそくカチカチになったトロイのバナナ、たべちゃうね」

 

「まったく。ちゃんと私の分も残しておいてくれるのだろうな?」

 

 

どうやら彼女たちは二人がかりならば、俺に勝てると思っているようだ。

 

 

油断大敵。ある程度の実戦経験があれば、勝てそうだからといって気を抜くなど絶対にしない。

 

この状況で勝利を確信するなど、彼女たちが大人の世界を知らないロリだからこそ出てくる発想だろう。

 

未だ何ものにも染められていない真っ白な幼女たちが俺へと迫ってくる。

 

 

 

そんな俺たちをネオンは何もせず静かに見つめている。

 

ネオンとトルテたちは完全に利害が一致しているわけではない。

 

あくまでもトルテたちはイタズラしに来た程度の気分であるはずだ。

 

 

 

今の状況で俺をヤろうとしても、流石にトルテたちが邪魔をする。

 

そうなればネオンに勝ち目はない。

 

 

彼女は、事前に幼女用のウエディングドレスを用意できるぐらい予知が得意なのだ。

 

その程度のことは既に予見しているに違いない。

 

 

だからこそネオンは待っているのだろう。

俺とトルテたちがぶつかり合って体力を消耗するのを。

 

 

ゆえに今はトルテとクララにのみ集中すればいい。

 

ネオンが様子見をしている内に、俺は幼女たちの壁を乗り越えて、先へと進むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

俺は幼女たちの壁を突破して、『天国』へと辿り着いた。

 

 

とはいえ、暴力的なことは一切行っておらず、ある種の交渉をしただけだ。

 

 

 

俺はトロピカルフルーツが欲しいと騒ぐ彼女たちに、望み通り好きなだけ食べさせてやったわけだ。

 

彼女たちは、おなかをパンパンに膨らませ、白くなった床の上で寝転がり、氷などで全身が白く染まってしまっている。

 

着ていたウエディングドレスのスカート部分も滴り落ちた複数の種類の果汁により汚れてしまっているので、シャワーを浴びて着替えなければならないだろう。

 

 

まぁ、氷を融かして水でも作れば良いのではないだろうか。

 

 

 

 

戦わずして勝つのが最善である。

 

孫子もそう言っている。

 

つまり、俺は最善の行動をとったわけだ。

 

 

 

後はさっさと試験をクリアしてしまえばいい。

 

 

 

俺は『天国』のドアの取っ手を掴んだ。

 

 

 

 

 

その瞬間、背後から敵意を感じた。

 

 

ようやくネオンがその気になったらしい。

 

 

いつ彼女が来るのかずっと注意を払っていたおかげですぐに対応できる。

 

 

 

俺は即座にその場を跳び退いて、巫女さんと対峙した。

 

 

 

 

 

 

…………巫女さん?

 

 

 

「ウエディングドレスばっかりだと飽きるでしょ?」

 

 

原作世界線において、ネオンの侍女たちは和風の着物を着ていた。

 

ネオンはある程度は和風文化についても詳しいと思われる。

 

 

「どう? 本格的でしょ?」

 

 

白い衣。緋色の袴。

そして洋風の下着ではなく、ふんどしのような薄布を身に着けている。

 

間違いなく巫女さんだ。

 

 

 

 

予言者であり、同時に巫女でもある。

 

 

まさに俺の天敵のような存在が現れた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝利を呼ぶ程度の能力

 

 

少し先の未来を見ることができるとしたら、一体どうなるだろうか。

 

どのように相手が攻めてくるかわかるので、身体の位置をずらして受けるダメージを軽減できる。

 

どのように相手を攻めればどんな反応をするかわかるので、的確に相手を追い詰めることができる。

 

 

 

 

普通に強い。

 

 

何の対策もしなければ、一方的にダメージを受け続け、限界まで削りきられてしまうだろう。

 

あっという間に天国行きだ。

 

 

 

正直に言って、万全な状態でもあまり戦いたくない相手だ。

 

なんだかんだと騒ぐトルテたちを静かにさせるために僅かながら体力を消耗してしまった以上、なおさら彼女と戦うのは避けたい。

 

 

 

まだ巫女さんと組み合って数十秒しか経っていないが、状況はかなり厳しい。

 

 

 

こちらの攻撃は、予知能力により察知されてしまっているのだと思われる。

 

彼女は攻撃の当たる位置を調整することで、上手く衝撃を逃がしているようだ。

 

ダメージを与えられている感覚があまりない。

 

彼女が浮かべている余裕のある笑みからも、俺の推測が事実だろうということがわかる。

 

 

 

 

そしてそれとは反対に、俺が受けたダメージは決して少なくない。

 

どこに攻撃を受けるとダメージが大きくなるのか、彼女は予知により事前に知っているのだ。

 

 

まだ俺がダウンしていないのは、彼女の未熟さによる影響が大きいだろう。

 

彼女の動作には、時々ぎこちなさが混じる。

 

おそらく、これは実戦経験の圧倒的な不足によるものだ。

 

 

予知により『どう動けば良いか』がわかっていても、それを実行する際にどうしても不慣れさが現れてしまうわけだ。

 

 

もしも彼女が百戦錬磨の達人であったならば、一方的にやられていたかもしれない。

 

 

 

 

そんな彼女の唯一の弱点である経験不足も、俺との実戦を通してどんどん補っていっているわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

ここで意地を張る必要はない。

 

こんな茶番などすぐに終わらせてしまおう。

 

 

 

 

何を考えて彼女が襲ってきたかは不明だが、それに俺が付き合ってやる義理もないだろう。

 

俺は彼女の思惑など無視して、『天国』へと向かうことにした。

 

 

相手に『勝つこと』と『負けないこと』は決して同じではない。

 

彼女は俺に勝つ気まんまんらしいが、そもそも俺はここでの勝敗などどうでも良いのだ。

 

自分が『天国』まで到達できさえすればそれで満足であり、彼女に勝利宣言をされても全く悔しくない。

 

 

 

 

「ざんねんでした、あたしからは逃げられないよ」

 

 

もうすぐ『天国』に辿り着くというところで、ネオンによってガッシリと掴まれてしまった。

 

 

予知能力で、俺の考えを先読みしていたのだろう。

 

それに加えて、足元の状態の悪さも影響した。

 

俺はうっかり足を滑らせたりしないよう体勢の維持に集中しなければならなかったのだ。

 

本気で突っ込めば『天国』へと到着していたかもしれないが、確実さを求めて失敗してしまった。

 

 

 

「さあ。もう一回、最初からだね」

 

せっかく『天国』の扉へと近づいていたのに、再び最初の位置関係に戻されてしまった。

 

 

彼女は一体、なにがしたいのか。

 

俺が戦略的撤退をすれば、彼女は勝利を宣言できるだろうに。

 

 

もしかすると、時間稼ぎが目的なのだろうか。

 

俺をこの場に釘付けにすることで、タイムオーバーを狙っている可能性がある。

 

それをやれば彼女自身も不合格となるが、マチは問題なく試験を通過し、俺とマチの勝負はマチの勝利となる。

 

そんな計画を企んでいるのかもしれない。

 

 

 

だとしたら、なおさら時間を無駄にしたくない。

 

彼女との戦いはなるべく早く終わらせなくては。

 

 

俺は彼女の攻めの勢いを利用したり、こちらから攻撃を放った時の反動を上手く使ったりして、もう一度『天国』の付近へとやってきた。

 

 

 

「ちょっと待った! そこでストップ!」

 

しかしまたしても、あと少しという状況で足止めされてしまった。

 

どうやら彼女は俺の戦略的撤退を認めないつもりらしい。

 

 

 

「どうしてこんなヒドイことするの、おねえちゃん! って顔してるわね。理由、知りたい?」

 

ネオンはまるで俺の思考を読んだかのような発言をする。

 

俺に嫌がられている自覚はあったらしい。

 

なんてイジワルなおねえちゃんなのだろうか。

 

 

 

「あたしには未来が見える、って言っても誰も信じてくれないんだもん。『手品みたいに仕掛けがあるんだろう』とか『そうなるように誘導しているんだろう』ってね。だからあなたに信じてもらうために、能力を実演してみることにしたの」

 

 

俺は彼女が未来予知に関する能力を持っているだろうということを事前に知っていた。

 

だが、俺以外の人間からすれば、いきなり現れた少女が「私には未来が見えます」と言ったとしても本物の予言者だとは思わないだろう。

 

そういった自称予言者というのは、基本的に全員が偽物であるからだ。

 

 

それに、『彼女が予言した内容が必ずしも起こるとは限らない』というのも信憑性を低くしてしまう。

 

もしこの後『悪いことが起こる』と言われれば、半信半疑であってもそうならないように注意するだろうし、その結果として悪いことを未然に回避できるかもしれない。

 

それとは逆に『良いことが起こる』と言われれば、状況を楽観して本来なら成功することに失敗するかもしれない。

 

 

彼女が未来を見て、それを誰かに伝えた瞬間、その未来が訪れなくなってしまう可能性があるわけだ。

 

 

 

 

これは電化製品と非常によく似ている。

 

たとえば、プリンターなどの電化製品が故障して動かなくなったとする。

 

このプリンターという機械には、印刷しようとしている書類の重要度が高いほど故障しやすくなるという機能がついている。

 

よって、故障した場合はすぐに対策が必要となる。

 

 

そこで、それをどうにかしてもらおうと他から人を呼んでくると、なぜかその途端、プリンターは何も問題が無かったかのように動き出すわけだ。

 

この時、再び動き出す確率は、呼び集めた人数に比例するということがよく知られている。

 

 

 

問題を解決すべく集まった人々の前で、やっぱり大丈夫でしたと頭を下げて解散してもらわなければならない。

 

 

正直に見た通りのことを言っただけなのに、なぜかつらい思いをすることになる。

 

 

 

 

 

 

彼女の予言もそれと同じだ。

 

他人に見た未来のことを知らせた瞬間、それまでと状況が一変する可能性がある。

 

しかも、大勢の人に教えるほどに変化する確率が大きくなってしまう。

 

 

そして、予言したことが起こらないことで不満げな顔をする人々から、何か嫌なことを言われることもあったかもしれない。

 

 

 

 

それに、仮に予言が的中したとしても問題の解決とはならない。

 

俺の予想になるが、彼女は『自分の周囲』の未来しか見えないと思われる。

 

そうなると彼女が予言できるのは『自分の周囲で発生すること』のみだ。

 

 

自分とは全く関係ない場所で起こることを予言すれば、未来が見える証拠となるかもしれない。

 

ところが、身近な場所のことばかりだと、単なる偶然だとかヒマを持て余した金持ちの娘のイタズラだと思われてしまう確率が高くなる。

 

 

 

現状の俺とネオンの勝負を客観的に見たとしても、達人のおねえさんによって子供が手玉に取られているようにしか見えないのではないだろうか。

 

 

 

 

 

彼女はまさにカッサンドラだ。

 

予言をしても信じてくれる人がほぼいないことに苦しんでいる巫女さんなのだ。

 

 

俺の天敵。

 

彼女の予言を無視したら、大変なことになってしまうかもしれない。

 

あるいは、俺自身が無意識の内にそんな制約をつけてしまっている可能性もある。

 

 

 

 

俺は『天国』の手前と最初の状態を十往復ぐらいしながら、そんな推測をした。

 

 

 

 

とはいえ、彼女を突破することが出来ないというわけではない。

 

彼女にも少なからず弱点は存在する。

 

 

一つ目の弱点は、見える範囲が狭いことだ。

 

彼女自身の「自分の未来が見える」という発言が本当ならば、自分から遠く離れた場所のことは予測できないことになる。

 

遠くで起きること、見えない場所で起こることに彼女は対応できない。

 

 

 

 

二つ目の弱点は、彼女はあまり先の未来までは見えないのではないか、ということだ。

 

俺は彼女が予知系統の能力に適正があることを最初から知っている。

 

 

にもかかわらず彼女は、俺が他の人間たちと同じように予知能力のことを簡単には信じないと思い込んでいる。

 

 

もしも彼女がある程度まで先の未来を見ることができるなら、俺とのやり取りの様子などから、俺が彼女の予言者としての能力を疑わないと気づくはずだ。

よほど彼女の察しが悪くない限り。

 

 

 

つまり、彼女はせいぜい数秒から数分単位の直近の未来しか見ることができないのではないだろうか。

 

あるいは遠い未来は見づらくて、近い未来の方が見やすいとか。

 

 

 

 

 

トルテとクララが着ているような子供用のウエディングドレスが事前に用意してあったことから、俺はネオンがかなり遠い未来まで自在に見ることができると考えてしまっていた。

 

 

 

だが、マチはトルテが試験を受けることをもともと知っていたのだ。

 

よって、最初からトルテを花嫁に勧誘するつもりで、ドレスを複数種類準備していたのではないだろうか。

 

 

トルテは成長期だ。

 

その成長がかなり早かった場合を想定して、クララの着ているような大きいサイズのドレスが用意されていたという可能性は十分にある。

 

試験官であるマチオルタが協力すれば、試験会場に複数のドレスを運びこんでおくことも不可能ではないはずだ。

 

 

 

そう考えると、ネオンは『遠い未来までは見えない』か『見るのが苦手』という仮説が有力となってくる。

 

 

であるならば、『自分が敗北する未来を見たが、その時には既に全てが手遅れ』という状況を作れれば良い。

 

敗北することを知って、すぐにそれを回避しようとしたとしても、絶対に対策が間に合わない『詰み』の状態。

 

それを用意できれば俺の勝ちだ。

 

 

 

 

さらに十回ほど『天国』の直前まで迫ったり戻ったりしながら、俺は色々と作戦を考えた。

 

 

 

 

「どう、信じる気になった? ……あれ? あたしの声、聞こえてる? もしかして、おねえさんにイジワルされて泣いちゃった?」

 

 

俺は無心で彼女の容赦のない攻撃に耐えていた。

 

あとちょっとで『天国』というところまで何度も到達したのに、彼女の妨害によってそれらの希望は全て絶望へと変わった。

 

 

俺は『天国』へ向かうことを諦めていないフリをして、このやり取りをひたすら繰り返す。

 

 

彼女は俺に逆転の策が存在しないと勘違いしている。

 

 

 

そのまま、勝負が決まる瞬間まで油断していてくれ。

 

 

 

 

俺は勝機が生まれるのをひたすら待ち続けている。

 

早く、早く生まれてくれ。

 

 

 

神様仏様木馬様チョコロボ様、俺に逆転するための、勝つためのチャンスを。

 

 

 

(早く生まれろ!)(来い、逆転のチャンス……勝利の女神様!)

 

 

 

 

 

そんな俺の願いが通じたのか、突然、ネオンが天を仰いだ。

 

 

 

 

 

「あぁ、見える! うそっ! 球体の中に白いオタマジャクシが入って……!」

 

 

 

ネオンは敗北の未来を見て、どうにかしようと考えているのかもしれないが、もう回避することは不可能だ。

 

 

オロオロしているネオンの後ろには、いつの間にかアルカとトルテが立っていた。

 

流石は暗殺者、気配を隠すのが上手い。

 

 

アルカたちの手には半分に切られたメロンが乗っており、白いプラスチック製のスプーンがそこへ突き刺さるところだった。

 

そのメロンには強い毒があって危険なのだが、暗殺者にとっては美味しいスパイスのようなものなのかもしれない。

 

 

 

なぜ、アルカとトルテがここに現れたのか。

 

 

それは、俺の懐にいるチョコロボが呼んでくれたためだと思われる。

 

 

原作世界線において、カルトは『対象者に自身の操る紙をくっつけることで、その周囲の音を拾う』というような能力を使っていた。

 

 

きっと俺とカルトの共有物である紙製のチョコロボが『カルトの操る紙』と判定され、聞こえてくる音によって、カルトはこの場の状況を知っていたのだろう。

 

 

あるいは、ナニカが原因でチョコロボが人間を召喚する能力を使えるようになったという可能性もあるが、それは少し突拍子もないアイデアな気がする。

 

よって、アルカとカルトがチョコロボを通して音を聞いており、救援に来たと考えるのが妥当だろう。

 

 

 

なんのことはない。

 

 

チョコロボを最初に排除しなかった段階で、ネオンは敗北していたのだ。

 

 

 

 

 

アルカは俺の顔を見て一度頷くと、ネオンのことを指さして言った。

 

 

 

「キャラ被り、だめっ」

 

 

 

そう言われてみると、アルカの服は和風で、どこか巫女さんっぽい感じもする。

 

 

第2次試験の時は別の服を着ていたので気づかなかったが、たしかに彼女たちの服装は少し似ているような気もする。

 

 

 

 

もしかすると、アルカは救援に来てくれたのではなく、キャラが被っているのが許せなかっただけかもしれない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

啓蒙を高める程度の能力

 

援軍の到着により、万全の状態が整った。

 

 

形勢が逆転したことに動揺して動きが鈍ったネオンに対し、俺は反撃を開始する。

 

この状態の彼女ならば、俺だけでも簡単に勝ててしまうだろう。

 

少し未来の光景を見れたとしても、それに的確に対応するためには冷静な判断力が必要になる。

 

 

 

 

 

彼女の判断能力の低下したこのタイミングで苛烈に攻め立てれば、対応が間に合わなくなって、押し切ることができるはず。

 

 

俺はいままで温存していた体力を使い切るつもりで攻め、彼女はそれを必死で防いでいく。

 

 

だが、攻防がある程度続いた後、攻めが中断してちょうど俺がふぅと一息ついたタイミングで、突然彼女からの抵抗がなくなった。

 

 

 

 

 

もしかすると、自分が逆転できないという未来を見たのかもしれない。

 

足掻いたところで敗北するなら、必死にがんばってもムダだ。

 

そんな考えに至ってもおかしくはない。

 

 

努力というのは、いずれ報われるかもしれないからこそ出来るものだ。

 

いくらがんばっても、それに対する報酬があまり大きくないと知ったら、誰も努力などしなくなるだろう。

 

 

苦労した人間と苦労していない人間、前者と後者が得られる報酬が大差なかったら?

 

それどころか、ただ幸運を持っていただけの後者が前者を圧倒的に上回ることが常だったら?

 

努力などせずに、幸運が転がり込んでくることを願う人間ばかりとなるに違いない。

 

 

 

 

 

 

がんばった良い子にはご褒美を。

 

イタズラする悪い子にはおしおきを。

 

 

近くで温かく見守り、努力したらたくさん褒めてくれる。

そして、ただ甘いだけではなく、道を明確に間違えたら正しい方向を示してくれる。

 

 

信賞必罰という概念を具現化した存在でもある『母親』はやはり偉大であるのだと実感する。

 

 

 

施設を破壊したり、いきなり襲撃してきたり、悪いことばかりしていたネオン。

 

そんな彼女におしおきをしてやった俺は、ある意味でママ的な行いをしたことになる。

 

 

 

 

 

 

そこで、ふと俺は思った。

 

 

俺は母親という存在を追い求めている。

 

他の人類の誰よりも。

 

 

 

ならば、俺は母親について他の人類の誰よりも深く理解していると言えるのではないだろうか。

 

 

 

怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物にならないように気をつけなくてはならない。

 

深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。

 

 

 

 

もしかすると、ママを求める者は、自然とママに詳しくなり、最終的にママになってしまうのかもしれない。

 

 

 

コンピュータに詳しいものは誰か?

 

それはもちろん、コンピュータ自身、ではない。

 

 

コンピュータという機械について学んだ者。

 

あるいは、コンピュータが好きで朝から晩まで張り付いている者だ。

 

 

 

 

野生動物を最も知る者は誰か?

 

その答えは、野生動物自身、ではなく、もっと詳しい者たちがいる。

 

 

野生動物を研究している学者や野生動物の保護をしている者たちだ。

 

動物は自分自身の経験しか知らないが、学者たちは何百何千もの個体を知っている。

さらには、どのように進化してきたか等の歴史やDNA等の科学的な知識まで持っている。

 

 

 

ある特定の人間のことを一番理解しているものは誰か?

 

それは、その人間自身、ではない。

 

 

 

医者は、その人間の健康状態を本人以上に詳細に計測してしまえる。

 

心理学者は、その人間が自覚していない心の奥底の感情を分析できる。

 

 

 

 

コンピュータはコンピュータを知らず、野生動物は野生動物を知らず、人間は人間を知らない。

 

誰もが自分自身のことを知り得ない。

 

 

 

 

 

かつて『人間はヤギになることで悩みから解放される』と考えたイギリス人がいた。

 

人間であることに疲れたその21世紀人は、しばらく人間であることを休むために、研究者たちの助力を得つつ最新技術を駆使してヤギになることにしたのだ。

 

そのためには、なりたい対象であるヤギについて詳しく調査することからはじめなければならなかったという。

 

 

 

 

ヤギについて学ぶことで、ヤギになることができる。

 

 

だとすると、ママを探求し続けた者は、ママになることができるのではなかろうか?

 

 

 

 

 

 

母親のことを最も深く理解しているものは誰か?

 

それは、最も母親に対する好奇心を持ち、最も母親を探求している者だろう。

 

 

 

つまり、俺自身だ。

 

 

誰もが自分自身のことを知り得ない。

 

 

俺もいままで俺自身のことを知らなかった。

 

まさか、俺がママに適性を持っているだなんて。

 

 

 

 

だが、思い返してみると思い当たることがいくつかある。

 

 

 

家業の影響で歪な家族関係を持っていたトルテたち。

 

幼少期に毒によって一度家庭を破壊されたクララ。

 

家庭環境にあまり恵まれていなかったと思われるシスターたち。

 

 

その皆が、心のどこかではママという名のすべてを包み込む愛情を求めているはずだ。

 

 

 

ママを求めて深淵を覗き過ぎた結果、俺自身がママを連想する何かを放出するようになり、誘蛾灯のように彼女たちを引き寄せてしまったのではないだろうか。

 

 

 

 

俺は全人類の中で最もママを求めていると自負している。

 

ならば、最もママを知り、最もママを理解している俺は、全人類のママにすらなれてしまうかもしれない。

 

 

 

母なる大地という揺り籠の上で、母の愛情を受けた子供たちは、ぐっすりと安らかに眠れるだろう。

 

 

きっと平和で温かい時代が訪れる。

 

 

 

 

だが、その場合は一つだけ問題がある。

 

 

俺が全人類のママになったとして、じゃあ誰が俺のママになってくれるというのだ?

 

 

人類は誰もが頼れるリーダーを、優秀な指導者を、優しく守ってくれる庇護者を求め続けている。

 

 

 

人間という生き物は、多かれ少なかれ心のどこかでは誰かに甘えて生きていきたいと思っているものなのだ。

 

 

誰もが指導者や庇護者や救世主を求めている。

 

 

 

それはある意味で自分勝手な感情だ。

 

 

 

たとえば、俺が全人類の母親になり彼らを守り導いたとして、いったい誰が俺を保護してくれるのか。

 

誰もいない。

 

 

誰も彼もが一方的な救済ばかり求めて、俺に手を差し伸べてはくれないだろう。

 

 

 

 

 

マチの気持ちが、いま理解できた。

 

 

ついでに、自分たちより圧倒的に多い高齢者を背負わねばならない若者の気持ちや、老いたり病気になったりした家族の世話をしなければならない人たちの思いも。

 

 

 

 

頼られるというのは辛いのだ。

 

 

自分を頼りにする者を見捨てることはできないし、かといって自分を助けてくれたりアドバイスをくれたりする存在もいない。

 

 

 

なぜマチは俺に栄養溢れる食事を与え続けて、強靭な肉体を与えたのか。

 

理由は複数あるだろうが、一番は俺に強くなってほしかったからではないだろうか。

 

 

 

彼女は言った。

 

自分に勝て、と。

 

 

きっと彼女は求めているのだ。

 

自分を頼ってくる存在よりも、自分より強くて自分を助け導いてくれる存在を。

 

 

 

それは即ち、ママに他ならない。

 

 

誰もが自分自身を知り得ない。

 

彼女は、口では親など不要と言いながらも、心の奥底ではママを求めていたのだ。

 

 

なんといじらしいのだろうか。

 

 

 

 

お腹が空いている者にパンを与える行為を正義と呼ぶ。

 

 

ならば、ママを求めている者のママになってやることも正義に違いない。

 

 

 

俺はマチをママにするつもりでここに来た。

 

しかし、俺がマチのママになる方が正義なのではないだろうか。

 

 

 

欲求と正義感の間で心が揺れる。

 

 

「俺が、俺がマチのママに……」

 

「ちょっと待った!」

 

 

俺が振り子のように心を揺らしていると、ネオンが突然カットインしてきた。

 

 

「あたしがここに来たのは、予知した危険から人類を救うためなの!」

 

 

人類を救う? 何言ってんだこいつ? と思いつつも、とりあえず彼女の話を聞いてみる。

 

 

彼女いわく、俺がマチと戦って勝利した場合、どっかの国が滅びたりして大変らしい。

 

遠い未来を見ようとするほどぼやけてしまうため具体的な原因は不明なようだが、とにかくそうなってしまう光景を見たらしい。

 

 

普通は未来を見たなどといっても信じてもらえないため、それを証明しようと思った結果、俺を襲撃して結婚するという結論にいたったのだという。

 

 

実家がマフィアとか、家庭環境複雑で母親を求めていそうなので、もしかすると誘蛾灯になってしまったのかもしれない。

 

 

「だから、どっかの国が滅びないように、あたしと駆け落ちしましょう。師匠からしばらく離れるべきよ」

 

 

国の滅亡を予言するとか、やはり彼女はカッサンドラのようだ。

 

 

ちなみに、マチが勝った場合でも、そのどこかの国は滅亡する可能性があるらしい。

 

だから、そもそも戦わないのが一番だそうだ。

 

 

 

 

彼女の予言を無視して、俺がマチと戦って勝利したらどうなるか。

 

俺はママを手に入れる。

マチはママを手に入れられない。

どっかの国が滅亡する。

 

 

 

では、俺がマチに勝利するのを諦めたらどうなるか。

 

俺はママが手に入らない。

マチはママを手に入れられるかもしれない。

どっかの国が滅亡を免れる。

 

 

 

 

もし国が滅んだりしたらどうなるか。

 

おそらく多くの子供が親を失うだろう。

 

 

 

 

 

 

俺の耳に、母親に助けを求めるたくさんの声が聞こえる。

 

その声の中には、マチの声があったような気もする。

 

ネオンによる二人で駆け落ちすれば世界は平和になるという提案は聞こえなかったことにした。

 

 

 

 

 

正義をなすべきか。

 

信念を貫くべきか。

 

 

俺は色々と悩みながら、『天国』の扉を通り、ゴールへと到達することに成功した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プレートを奪う程度の能力

 

俺たちがゴールへと到達した段階で、既に一人、ローブの人物が試験をクリアしていた。

 

 

俺の勘では、こいつがマチだと思われる。

 

ネオンに多少の邪魔をされたとはいえ、ここまでは簡単な『天国』ルートを通ってきたため、それなりに早いタイムでゴールできたはずなのだ。

 

そんな俺たちより先に到着している以上、かなりの実力者であると思われる。

 

 

そうなってくると候補として考えられるのは、マチ、ヒソカ、ギタラクルぐらい。

 

 

だが、二人のギタラクルは俺と一緒にここまで来たし、ヒソカは俺たちのすぐ後にクリアしていた。

 

よって、この人物はマチである確率が高い。

 

 

 

 

 

 

 

その後の第3次試験の結果は、原作世界線にそれなりに近い形へと収束したように思う。

 

通過人数がちょっと多すぎるような気もするが、数十人程度であれば多分誤差の範囲だろう。細かいことは気にしない。

 

 

 

原作世界線において、危険人物であるヒソカが試験官ごっこと称して受験生の殺戮を行っていた。

こちらの世界線ではこれが発生しなかったことで第1次試験での受験生の脱落が少なかったが、そのかわりにクララが試験前に毒物狩りをして受験生をそこそこ減らしていた。

 

 

新人潰しの異名を持つトンパという男もこの被害にあってしまったが、ギタラクルがもともと一人多かったおかげで、人数的にはプラスマイナスゼロ。

 

こういったことが重なり、それなりにバランスがとれたのではないだろうか。

 

 

 

 

 

主人公とその仲間たちも無事に合格していた。

 

原作では、トンパが色々と妨害したせいで苦戦していたのだが、トンパはクララに狩られていたおかげで比較的時間に余裕を持って試験をクリアしていた。

 

 

 

この結果は、そこまで悪くないものに思える。

 

第3次試験が原作世界線に近い形で収束した以上、今後もそうなるという確率は決して低くはないだろう。

 

 

もし原作世界線に沿うような形でこの後も試験が進むのであれば、次の第4次試験は受験生同士でのプレートの奪い合いになる。

 

俺にとって非常に有利なルールだ。

 

 

この試験で高評価を獲得することでマチに差をつけて、最終試験でマチと戦うことなく真っ先に合格する。

 

 

こうすれば、俺とマチは戦わないので国が滅亡することはないだろうし、大きな被害は出ないはずだ。

 

 

逆に、マチとあまり評価に差がない場合、最終試験で俺とマチが戦う可能性も出てくる。

 

 

 

そう考えると、この第4次試験が運命の分かれ道となるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

原作世界線では、第4次試験はゼビル島という場所で行われていた。

 

この島に受験生たちは一週間滞在し、その間に受験番号が書かれたプレートを奪い合うわけだ。

 

 

プレートにはそれぞれ得点が設定されており、一週間後の時点で合計6点分のプレートを保持していれば合格となる。

 

自分のプレートは3点、クジで決められたターゲットのプレートが3点、それ以外のプレートはすべて1点。

 

 

他の受験生からプレートを守りつつターゲットを狩れれば合格。

 

あるいはターゲットに拘らずに、適当に三人の受験生を狩ってもいい。

 

 

 

とはいえ、やはりターゲット一人だけを狩る方が簡単であることは明らかだ。

 

 

 

 

もしこちらの世界線でも同じような試験となるのならば、なるべく狩りやすいターゲットだといいのだが。

 

 

俺の想像になるが、しっかりとターゲットのプレートを手に入れた方が試験官からの評価が高くなるような気がする。

 

それに、プレートを6点分集めるまでの時間も、少ない時間で集めた方がより高評価を得られるだろう。

 

 

 

よって、俺にとって最も理想的な展開は、第4次試験がプレートの争奪戦となり、同時にターゲットが狩りやすい人物となること。

 

 

 

 

 

プレート争奪戦と簡単なターゲット。

 

 

俺が望んだこの二つの内、前者は希望通りとなったが、後者に関しては絶望的な結果となった。

 

 

 

 

 

 

第3次試験終了後、受験生たちは試験を通過した順に箱の中からカードを一枚引かされた。

 

そのカードに書かれた受験番号の相手がターゲットとなるわけだ。

 

 

 

俺が引いたカードに書かれていた番号は44番。

 

 

ピエロとかいう種類の危険生物である。

 

 

 

 

 

 

 

これはダメだな。

 

相手が人類であるならば何かしらやりようがあったかもしれないが、念能力を使う殺戮ピエロなど俺にはどうしようもない。

 

 

 

君子危うきに近寄らず。

ここは無難に1点のプレートを集めていった方が良いかもしれない。

 

 

 

 

殺し合いではなく奪い合いである以上俺に有利な面もあるし、大勢でファランクスを組めばなんとかなるかもしれないが、そこまで頑張るメリットもなさそうだ。

 

たしか原作世界線では、ハンゾーという男が『4次試験の間は受験生全員を試験官が尾行していた』という話をしていたはず。

 

大人数でファランクスを組んでターゲットを狩ったとしても、俺個人としての評価はそこまで高くならないだろう。

 

骨折り損のくたびれ儲けというやつだ。

 

 

 

 

そんなわけで、プレート集めは自分でやろうと思う。

 

とりあえずパーティーメンバーは木馬ちゃんとチョコロボだけ。

 

トルテたちと合流するのは6点分のプレートを集めた後だ。

 

 

 

 

 

試験を行う島へは、トリックタワーを攻略した順番で入ることになる。

 

はやく攻略した者ほど多くの準備時間が与えられ、有利に試験を進めることが出来るわけだ。

 

 

 

俺はローブの人物に続き、二番目に出発する。

 

 

 

ローブの人物の正体は、きっとマチであるに違いない。

 

 

三番目に出発予定であるトルテが島に足を踏み入れるまで少し時間がある。

 

この間、向こうがやる気ならば俺とマチの一対一の戦いが発生し得る。

 

 

 

俺は時間稼ぎをするだけで援軍を得ることができるので一見有利であるように思えるが、マチ側には迎撃の準備を整えることができるというアドバンデージがある。

 

罠に注意を払いながら戦うのは面倒だ。

 

あまり歓迎できる展開とは言えない。

 

それに加えて、俺とマチがぶつかるとどこかの国が危ないという予言も気にかかる。

 

できれば、いまは戦いたくない。

 

 

 

少し緊張しつつも、俺は木馬ちゃんに乗った状態で試験会場である島へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

襲撃はなかった。

 

 

 

 

マチは俺が最終試験での判定勝ちを狙っていることなど知らない。

 

それどころか、最終試験の内容すら知らないだろう。

 

だとすれば、俺とトルテたちがすぐに合流すると推測するのが自然。

 

 

ならば、いまの瞬間が一番のチャンスだったはず。

 

とりあえず一度襲撃を仕掛け、援軍が来たらすぐに撤退するという選択肢だってあった。

 

 

 

 

ここで襲ってこないということは、彼女はこの4次試験中に俺を直接仕留めるつもりはないのかもしれない。

 

 

となると、マチはまた刺客を差し向けてくるつもりだろう。

 

これまでに戦った刺客はポンズ、マチオルタ、ネオン、トルテ、クララ。

 

次は誰だ?

 

俺を狙ってくる以上、最低でも念能力者であずはず。

 

 

 

最悪の場合、俺の受験番号『300番』のプレートを狙う受験生とマチが放った刺客の両方を同時に相手にしなければならない。

 

三人目の刺客であるネオンがトルテとクララを引き連れていた以上、襲撃者が一人であるという保証もない。

 

 

そうなると、木馬ちゃんとチョコロボと一緒にファランクスを組んで迎撃したとしても、数的に不利な状況に陥りかねない。

 

 

 

できれば襲撃者の人数は、数的有利をとれる二人以下、最悪でも三人であってほしい。

 

数が互角であるならば、あとは実力での勝負。

 

 

こちらの布陣は盤石。

一人目、ルール的に強い俺。

二人目、いつも静かに見守ってくれている木馬ちゃん。

三人目、いつの間にか動けるようになったチョコロボ。

 

チョコロボは紙を操る念能力を持っているカルトによって操作されているはずだが、遠隔操作型なのか自動型なのかは未だに不明なままだ。

 

とはいえ、自力で動けないという弱点が解消されたことで大幅に戦力を増加させている。

 

 

 

このバランスの良いパーティーならば、ピエロとかの例外を除き、同数以下の相手に対してそこまで不利にならずに戦えるはず。

 

 

 

相手が三人以下ならば。

 

三人なら負けない。

 

 

 

 

 

俺は太い幹を持つ大木の根もとに座って襲撃を待った。

 

 

もちろん罠も仕掛けてある。

 

木の上には木馬ちゃんが控えているのだ。

 

 

頭上から馬。

 

 

普通の馬では絶対に不可能な挙動。

 

この予想外の攻撃により敵はきっと混乱するはず。

 

 

 

 

 

 

 

手ぐすねを引いて待っていた俺の前に、三つの人影が現れた。

 

 

 

受験番号197、198、199。

 

アモリ三兄弟と呼ばれる男たちだ。

 

 

ハンター試験のベテランであるトンパからも『絶妙のコンビプレイ』と称えられるほどのチームワークを誇る。

 

しかも、アモリ人といえば、古代メソポタミアで暴れ回って当時の王朝の滅亡の原因ともなった恐ろしい部族だったはず。

 

そんな名前を名乗っているやつらが弱いはずがない。

 

ここまで試験を通過してきていることから考えても、受験生全体の中で見れば比較的上位の実力を持つと思われる。

 

 

 

 

古代ギリシャVS古代メソポタミアか。

 

 

まさかここで世界四大文明の一角が現れるとは。

 

相手にとって不足なし。

 

 

 

 

俺は立ち上がり、アモリ三兄弟と対峙した。

 

彼らは「さっさとプレートを渡せ」などと発言しており、こちらを明確に下に見ているようだ。

 

木馬ちゃんという伏兵の存在には全く気付いていない。

 

 

どうやら俺のプレートがターゲットだったわけではなく、たまたま弱そうな受験生を見つけたから狩りにきたということのようだ。

 

十二歳のキルアですら彼らには良い獲物としか認識されなかったのだから、それより年下の俺などボーナスのようにしか見えないのだろう。

 

 

 

俺は自分の胸につけていたプレートを外し、番号がよく見えるように手を突き出した。

 

 

 

「ほら、俺は300番。ターゲットの番号じゃないと1点にしかならないよ。やめておいたほうがいいんじゃない?」

 

 

実際、彼らは本当に合格したいならば、俺以外を狙うべきなのだ。

 

その方がまだ合格する確率は高い。

 

 

 

 

ところが、彼らはそんな俺の忠告を聞かなかった。

 

 

 

イモリと呼ばれていた男が俺からプレートを奪い取る。

 

 

そして『トロイの木馬(トロイ・ホース)』は、奪うという行為を決してゆるさない。

 

彼は酩酊状態となってその場に崩れ落ちた。

 

 

 

それを見た残りの二人が咄嗟にフォーメーションを組もうとする。

 

 

 

だが、遅い。

 

こちらは既に盾と槍を構えている。

 

 

彼らのフォーメーションが完成するよりも、俺たちのファランクスの方が早かった。

 

 

 

 

俺は木馬ちゃんの襲撃に驚いた二人を倒し、彼らからプレートを回収した。

 

これで2点。

 

 

そして、奪い返した自分のプレートとイモリのプレートを取り出す。

 

 

全部のプレートを合わせれば6点が揃ったことになる。

 

 

 

無事にこの試験を通過するための条件をクリアした。

 

最速タイムかどうかまでは分からないが、全体で見てもかなり良い時間でのクリアとなったはずだ。

 

試験官からの評価は悪くないだろう。

 

 

 

ターゲットのプレートをゲットすれば、より高評価だったかもしれないが、結果的に見ればこれで良かったのかもしれない。

 

 

原作世界線において、受験番号44番のヒソカはゴンのターゲットであり、そのプレートを奪うためにゴンが修行的なことをするという展開がある。

 

彼は修行の成果を発揮して無事に目的のプレートをゲットするのだが、その直後に別の受験生に襲撃され倒れてしまう。

これもある意味で良い経験となったことだろう。

 

 

俺が44番のプレートをゲットするということは、これらの成長の機会が失われるということでもある。

 

 

できれば彼にはなるべく強く成長してもらいたい。

危険な蟻の駆除とかで活躍してほしいからな。

 

それにあまり原作世界線から離れすぎない方が俺にも都合が良い。

 

 

 

 

 

そう考えたところで俺は気づいた。

 

ゴンがヒソカを狙ったのは、ヒソカが彼自身のターゲットだったからだ。

 

 

ピエロの印象が強すぎて今まで忘れていたが、この試験においてはターゲットが重複することはない。

 

 

俺のターゲットがヒソカである以上、ゴンのターゲットはヒソカではない。

 

 

 

 

じゃあ、彼のターゲットはいったい誰だ?

 

 

 

 

 

頭の中が思考で埋め尽くされた瞬間、俺は茂みに潜んでいた野生動物に襲われた。

 

 

正確に言えば、野生動物としか思えない気配の少年に、だ。

 

 

 

 

 

 

突然の主人公との遭遇。

 

どうするべきか悩んだ瞬間、釣り針によって俺の手にあった198番のプレートが奪い取られ、宙を舞う。

 

 

そして、釣り竿を操っていた少年が、その手でプレートをしっかりと掴む。

 

 

 

彼はそのまま走って逃げようとして、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

この流れは、ある意味で原作世界線に近いと言えなくもない。

 

 

 

じゃあ別にいいか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取り引きする程度の能力

 

色々と考えたが、やっぱりちょっと良くないかもしれない。

 

 

そう思った理由は二つ。

 

 

一つ目は、試験が開始してからまだそれほど時間が経っていないということ。

 

本来ならば、主人公は釣り竿を使ってプレートを奪う練習を何千回も繰り返して集中力などを鍛えるはずなのだ。

 

現在の時刻から考えると、彼はどう考えてもこの訓練を行っていない。

 

しかもヒソカという恐ろしい敵に挑むことで胆力を鍛えるという機会まで失ってしまっている。

俺のような子供が相手では明らかに迫力が不足しており、殺戮ピエロの代役など務まるはずがない。

 

 

つまり、このままだと彼がこの島で得るはずだった貴重な経験値が無くなってしまうわけだ。

 

この経験不足の影響がどれほどあるかは不明だが、彼には危険動物を駆除する役割があることを考えると、できれば何らかの形で補っておいた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

そして、現状が良くない二つ目の理由は、今後の展開が分からなくなることだ。

 

正直に言って、これはそこまで重要でもない気はする。

この4次試験さえクリアしてしまえば、あとは最終試験だけである確率が高い。

 

その最終試験まで辿り着くことが俺の当初の目標であったため、基本的にはそれ以降がどうなろうと構わない。

 

 

とはいえ、最終試験が負け上がりのトーナメントになるという保証はどこにもないのだ。

 

なんとなくだが、原作世界線に近い状態にしておいた方が、そうなる確率が高くなるような気もする。

 

具体的には、4次試験を通過するルーキーを多めにするのが良いと思う。

 

 

ハンター協会会長によると、何年もルーキーが合格しない年が続くと原作の試験の時のように有望なルーキーが多く集まる年が訪れるのだそうだ。

 

 

最終試験の内容は会長が思いつきで決めているような感じがするので、この『良いルーキーが多い年』という印象を会長に与えることで原作世界線と同じような試験内容になる確率が高まるのではないだろうか。

 

 

少しでも作戦の成功確率を上げられるならば、やってみる価値はある。

 

 

そのためには、目の前の少年に405番のプレートを返してあげるべきだろう。

 

試験のルールでは、自分のプレートは3点となる。

あとは適当に三人からプレートを奪えば合格できるわけだ。

 

自分のプレートを失ってしまって六人倒さなければならないという状況よりはずっとマシなはず。

 

 

 

そんなわけで、俺は「もう6点分あるし、これは返すよ」と言ったのだが、少年は倒れたまま拒絶するかのように首を振った。

 

すぐに立ち上がれない程度には酔いが回っているらしい。

 

まぁ、短時間で合格することで試験官からの高評価を得ることを狙っていたわけだし、それを達成するためのアイテムというのは俺にとってそこそこ貴重だ。

 

酔いの効果もそれなりに強いと思われる。

 

 

 

 

「じゃあ、ここに置いておくね。その毒の効果はしばらく経てば消えるから安心していいよ」

 

とりあえず、倒れている彼の前に405番のプレートを放置して立ち去ることにする。

 

 

酔っているとはいえ意識はあるし、一応は尾行している試験官もいる。

 

ここに少年を残していってもたぶん大丈夫だろう。

 

 

 

残念ながら、彼のために長い時間を消費するような余裕は俺にはない。

 

刺客がいつ襲ってくるか分からないのだ。

 

プレートを自力で入手することで試験官に対して一定の実力は示せたはずなので、後はトルテやクララと合流してしまっても問題はない。

 

 

安全を確保するためにも、さっそく彼女たちを探そう。

 

 

 

 

そう思ったところで、少年がゆっくりと立ち上がりはじめた。

 

彼は無言でこちらを見つめながら、俺が返したプレートを突き返してくる。

 

どうやら、彼は「いらない」と言いたいらしい。

 

 

もしかして自分より年下のショタから施しを受けるのを嫌ったのだろうか。

 

たしかに俺の肉体年齢は彼よりも下なので、そう思ってしまうのも仕方がないことだ。

 

 

でも俺の感覚からすると彼の方が年下だし、いくら強制発動とはいえ、念能力による反撃を念を使えない子供に叩き込んでしまったことに関しては少しだけ罪悪感がある。

 

子供から何かを奪うのは、過去の経験的にあまり好きではない。

 

だから彼の分のプレートぐらいは返しておきたいのだ。

 

 

 

「そのプレートは無くても合格できるんだ。お兄ちゃんが使ってよ」

 

俺はそう提案してみたのだが、彼は首を振ってそれを断る。

 

 

 

 

これと似たやり取りは原作世界線にもあった。

 

ヒソカが不要になった自身のプレートをご褒美としてゴンにプレゼントしようとしたのだが、ゴンは「借りなんかまっぴら」とそれを拒絶する。

 

そこでヒソカは、頑固なゴンを殴り飛ばし、「自分の顔に一発ぶち込めたらプレートを受け取る」といったことを宣言して去っていくわけだ。

 

 

 

この例に倣うならば、俺も彼を殴って同じような発言をすれば良いのだろうか。

 

 

しかしながら、それをやると『一発ぶち込もうとしてくるショタにずっと追い回される』という恐ろしい状況となってしまう。

 

 

したがって、この案はダメだ。

何か別の方法を考えなくてはならない。

 

 

 

彼が『借り』を作るのを嫌がっていると仮定して、作戦を考えてみる。

 

 

ようするに『借り』ではなく『交換』ならば彼も受け入れやすいのではないだろうか。

 

彼に何かをもらい、その対価として俺は405番のプレートを彼に渡すわけだ。

 

 

とはいえ、価値が釣り合うようなもの同士の交換でなければ彼も納得しないだろう。

 

価値がプレートに比べて低すぎるものだと、『借り』を作ったのとあまり変わらない状況となってしまう。

 

そんな高価なものを彼は持っているだろうか?

ちょっと思いつかない。

 

 

 

 

では、品物をもらうのではなく、何かしらの仕事をしてもらうというのはどうだろう。

 

 

たとえば、トルテやクララを捜索してもらうとかが良いかもしれない。

 

彼女たちを探すくらいなら自分でやっても良いのだが、刺客がいることを考えれば、誰かにやってもらった方が安全であることは間違いない。

 

獣並みの視力を持つ彼ならば、高い木の上から周囲を見渡すことで広範囲の探索ができるはずだ。

 

 

これだけだとプレートの対価として少し簡単すぎる気もするので、ついでにヒソカやマチの場所も調べてもらっても良いかもしれない。

 

マチの方は分からないが、ヒソカに関してはその周囲を探るだけでも命の危険が伴う。

プレートの対価としては悪くないと思われる。

 

 

 

トルテたちは仲間なので合流したい。

 

ヒソカは俺のターゲットであり、そのプレートがあった方が試験官からの評価が良さそうなので、可能ならば狩りたいと思っている。

 

ローブの人物は、少し因縁がある存在で注意が必要なので居場所を把握しておきたい。

 

 

 

そんな感じに説明をしながら、俺は交換条件を提示してみる。

 

 

 

 

彼は無言でしばらく考えるような仕草をした後、こちらに右手を差し出してきた。

 

 

俺は迷わずその手を掴みしっかりと握る。

 

 

握手。なんとか交渉は成立したようだ。

 

 

 

とりあえず彼には適当に捜索してもらって、得られた情報がどんなものであっても対価としてプレートを押し付ける。

 

短い付き合いになるだろうが、よろしくな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、周囲を探索していたゴンが戻ってくる。

 

 

「トロイが探している人たちのうち、二人は見つけた」

 

 

俺がゴンに捜索を頼んだのは四人。

 

トルテ、クララ、マチ、ヒソカだ。

 

その全員が念能力者であり、気配を隠す達人たちであるにもかかわらず、この短時間で二人も発見できるとは。

 

一体どんな方法を使ったのだろうか。

 

 

 

「一人目は、クララっていう女の子。レオリオとクラピカが一緒にいて、何か揉めてるみたい」

 

どうやら、クララがまた何か問題を起こしたようだ。

 

いくら念能力者とはいえ、言い争いをしている最中は気配を消したりはしないだろう。

 

しかも、クララのことだから大声で喚いていると思うので、見つけるのは容易だったはずだ。

 

 

ゴンも仲間のことが気になるだろうし、ここはクララを回収しに行くのが最優先だな。

 

 

 

 

 

 

 

「二人目は、ヒソカ。こっちは真っ白いタキシードを着てたから、遠くからでもすぐに見つけられたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

マチのやつ、やりやがった!

 

 

 

もしヒソカが旅団の団員だとすると、マチオルタを通じて接触することは容易なはずだ。

 

 

報酬さえ用意できれば、刺客として雇うことだって難しくはないだろう。

 

 

 

普通のタキシードならばともかく、真っ白なタキシード。

 

そんなもの、新郎であるとしか考えられない。

 

 

 

 

 

間違いない、ヒソカはマチが雇った刺客だ!

 

いままでは花嫁を送り込んできていたが、今度は花婿を用意してきたようだ。

 

 

 

 

原作世界線ではゴンが顔面に一発ぶち込まれていたが、色々とイレギュラーが重なった結果、なぜか俺がヒソカに一発ぶち込まれそうになっている。

 

 

 

 

 

 

ふざけるなよ、マチ。

 

やって良いことと悪いことがあるってママから教わらなかったのか?

 

 

 

たぶん教わらなかったんだろうな。

 

なんとなくそんな気がする。

 

 

 

だったら、代わりに俺が教えてやるしかない。

 

そして、悪い子にはお仕置きをしてやらねばならない。

 

 

 

 

俺がお前のママになって、お尻ペンペンの刑を執行してやろう。

 

 

 

 

 

しかし、いまは自分の身を守ることが最優先だ。

 

 

タキシードピエロとかいう特大の危険物に対処しなくてはならない。

 

 

 

 

向こうは間違いなくこちらを狙っている。

 

 

逃げ回るか、こちらから仕掛けるか。

 

 

どうするのが正解なのだろうか。

 

 

脳を全力で働かせるために、俺は水筒に入っていたクララのミルクを飲んで糖分を補給した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

危険を回避する程度の能力

殺戮タキシードピエロには、どう対処するのが正解なのか。

 

 

 

戦うのか、逃げるのか。

 

危険を回避するためには、どちらを選ぶべきなのだろうか。

 

 

 

まず、逃げ回るという選択肢について色々と考えてみたが、この選択をした場合は少しマズいことになるかもしれない。

 

 

 

今回の4次試験は期間が一週間もあり、その間は島から出ることができないのだ。

 

 

既に6点分のプレートを持っている以上、試験終了時間までずっと隠れていることも一応はできる。

 

相手がピエロだけならば逃げ切れる可能性もあるだろう。

 

 

だが、俺とピエロが鬼ごっこやかくれんぼをしている間、マチがずっと大人しくしているとは限らない。

 

 

何日も鬼から逃げ回って体力を消耗した挙句、二人の鬼に挟み撃ちにされる、なんていう展開になることもあり得るわけだ。

 

 

マチとピエロ、そのどちらか片方を相手にするだけでも厳しいのに、二人同時に襲いかかってきたりしたら勝つことは困難。

 

 

 

それに、補給の問題もある。

 

俺はトルテやクララから食料を受け取らねばならない。

 

二、三日程度ならばともかく、試験終了日まで一週間も絶食するなんてことになったら、流石に疲れが出てしまう。

 

 

最終試験には万全の状態で臨みたいので、栄養は十分に摂取しておきたいし、そのためにも定期的に彼女たちと接触する必要がある。

 

 

そして、そのことをマチも把握している以上、トルテとクララを監視することで俺の居場所を突き止めることができるわけだ。

 

 

 

トルテたちにプレート収集を諦めさせて一緒に隠れるという手段もある。

 

だが、それをやってしまうと6点分のプレートが集まらずに彼女たちが最終試験に到達できなくなる可能性が出てくる。

 

最終試験の内容が不確定である以上、もしも複数人で協力できる試験となった場合を考えると、ここで彼女たちを失うわけにはいかない。

 

 

 

逃げるのが難しいならば、戦うという選択肢はどうだろう。

 

トルテとクララと一緒にヒソカを迎撃し、果たして勝利できるのか。

 

 

正直に言って、かなり厳しい。

 

 

最終試験のことを考えると、こんなところで怪我をするわけにはいかないのだ。

 

いくら三人がかりとはいえ、あの危険なピエロに無傷で勝利するのは非常に困難。

 

 

 

逃避と戦闘、どちらを選択しても苦しい。

 

非常に厳しい状況だ。

 

 

 

頭をさらに働かせるために、俺は水筒を傾けてミルクを飲む。

 

これで水筒の中の残りは半分ほど。

 

予備のものがもう一本あるとはいえ、余裕のあるうちに補給を受けるべきかもしれない。

 

 

 

 

とりあえずクララのところへ行ってみよう。

 

何か問題も起きているようだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴンに案内してもらい、クララが居るという場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

クララは「がうー」と唸り声を上げながら、レオリオを威嚇している。

 

彼女は毒を目にすると、あんな感じに怒り状態となってしまう。

 

レオリオが持つカバンが半分ほど氷で覆われていることを考えると、何らかの薬品が彼女の気に障ったのかもしれない。

 

医者を志望しているレオリオならば、医薬品を持ち歩いていても不思議ではない。

 

 

 

 

そして、そんな怒った少女を止めようとしているのがクラピカ。

 

クララの前に立ち塞がって、落ち着くように説得している。

 

どうやらクラピカとクララは以前から面識があったらしく、クララの危険性をしっかりと把握しているようだ。

 

なるべく彼女を刺激しないように注意している。

 

 

とはいえ、もしクララが本気であれば、レオリオもクラピカも既に氷像となっているだろう。

 

彼らが念能力を覚えた後ならば勝敗がどうなるかは分からないが、現在の段階では流石にクララに勝つことは難しい。

 

 

 

つまり、クララは怒っているものの、なんとか我慢できるレベルということのようだ。

 

これならばギリギリで話が通じるかもしれない。

 

 

 

 

ひとまず俺はクララを回収して、二人で少し離れた場所へと移動する。

 

 

頭を回転させるために、よく冷えたミルクを飲みつつ彼女の話を聞いてみると、やはりレオリオのカバンの中身がトラブルの原因らしい。

 

薬も多すぎれば毒となり毒も適量ならば薬となり得る。

 

シスターたちが聖水という名をつけて売っていた密造酒ですら、クララには毒と判定されていたのだ。

 

消毒用のアルコールとかが毒物と認識される可能性だってゼロとは言えない。

 

 

 

 

俺は対面する形で膝の上に座らせたクララの話を良く聞いてやりながら、頭に血がのぼっていた彼女をどうにか落ち着かせていく。

 

 

薬品ですら毒と認識するとなると、麻薬とかでもそうなると考えるのが妥当だろう。

 

彼女を放って置いたら、そのうち原作世界線でキメラアント事件が起こったNGLとかに突撃していきそうだ。

 

あそこは自然保護の国と名乗ってはいるが、実際はそれを隠れ蓑に合成麻薬を製造しているという危険な場所なのだ。

 

もっとも、それは一般人には知られていないはずだし、現時点では気にしなくても良いだろう。

 

クララがプロハンターになって情報収集能力が上昇した場合は真実が露呈してしまう可能性もあるが、そんな先のことまで考えている余裕は今の俺にはない。

 

 

とにかく今はあのタキシードの男に対処しなければならないのだ。

 

 

そのためにも無駄なことに時間を使っていないで、早くプレートを集めてきて欲しい。

 

クララが4次試験を突破する条件を満たしたら、後は一緒に隠れていることだってできるのだ。

 

 

俺はそういった内容をアイコンタクトで伝えようとしたのだが、クララはこちらを見下ろしながら首を傾げている。

 

 

 

 

どうやらメッセージは上手く伝わらなかったらしい。

 

 

仕方がないので、口頭で説明を行うことにした。

 

俺の陥った状況について話ながら、飲みきれなかった分は水筒に注いでいく。

 

 

 

 

「なるほど。事情は理解した」

 

クララは腕を組みながら重々しく頷いた。

 

しばらく時間をおいたことで、ようやく冷静さを取り戻したようだ。

 

 

 

「心配する必要はない。そのタキシードの者は私が仕留めよう。私より先に式を挙げようと企むなど、万死に値する」

 

やっぱり、あまり冷静ではないようだ。

 

俺は先とか後とかそういう次元のことを問題にしているのではないし、そもそもあのピエロに単独で戦いを挑むなど正気の沙汰ではない。

 

 

絶対にこちらからは仕掛けるな。

 

タキシードの男とローブの女に出会ったらすぐに逃げろ。

 

俺はそんなふうに注意を促した後、彼女をプレート集めへと送り出した。

 

 

彼女はまだ落ち着きを取り戻したとは言えない状態だし、このままレオリオたちのところへ連れ帰ってもロクなことにはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

俺は木馬ちゃんに乗ってゴンたちと別れた場所へと向かう。

 

 

調べてもらった情報の対価として405番のプレートをゴンへと渡してしまおう。

 

さっさと彼らとはサヨナラしたいのだ。

 

たしか原作世界線では、クラピカとレオリオの二人が協力関係を結んだ後、不運にもピエロに遭遇してしまうという展開があったはず。

 

彼らと一緒にいるとピエロと遭遇する確率が上がりそうでなんだか怖い。

 

 

俺はクララがプレートを集めてくるまで、一人で大人しくしていよう。

 

 

 

 

 

そう考えていたのだが、なかなか自分の思った通りに物事は進まないものだ。

 

 

 

 

「話は聞かせてもらった。その44番を狩るという計画に私たちも加えてほしい」

 

 

俺がゴンたちと再度合流した直後、クラピカがそんなことを言い出した。

 

その手には、197という数字が書かれたカードが握られている。

 

 

「何か良い作戦があるんだろ? 一枚噛ませてくれよ」

 

焚火でカバンを炙っていたレオリオも、こちらに199と書かれたカードを見せながら作戦へと参加する意思を表明する。

 

 

 

なるほど、彼らは作戦に参加したいらしい。

 

 

 

で、その作戦って何なんだ?

 

 

俺はゴンに事情を説明してもらおうと視線を向ける。

 

 

すると、彼は『分かっている』と言わんばかりに大きく頷いた。

 

 

 

 

「みんなで力を合わせれば、絶対にヒソカからプレートを盗れる!」

 

 

彼はただ一言そう言って、何かを期待するかのようにこちらを見つめてくる。

 

 

 

 

 

さっぱり事情がわからないので、彼らの発言をヒントに自分で予想をしてみることにした。

 

 

カードに書かれた数字から推測すると、クラピカは197番、レオリオは199番がターゲットなのだろう。

 

 

しかし、この二つの番号のプレートは既に俺が持っている。

 

よって、彼らが合格するためには、ターゲット以外のプレートを三枚集めるか、俺からプレートを手に入れるしかないわけだ。

 

 

俺は6点分しかプレートを持っていないので、彼らにプレートを渡すわけにはいかないし、そんなことは彼らも理解しているだろう。

 

 

だが、もしもここで44番のプレートを手に入れることが出来たとしたら?

 

 

俺は自分のプレートと44番のプレートで6点分となり合格できる。

 

そして、あまった三枚のプレートをゴン、レオリオ、クラピカに渡しても問題なくなる。

 

 

その三枚のプレートは、それぞれが彼らのターゲットとなっているので、彼らも6点分集めることができて試験を突破可能となる。

 

 

ようするに、ヒソカを4人がかりで狩るだけで、ここにいる全員が合格できるわけだ。

 

 

 

たしかに俺は言った。

 

試験官からの評価を上げるために可能ならばヒソカを狩りたい、と。

 

あくまでも『可能ならば』という話をしたはず。

 

 

それがなぜか、既に狩ることが決定しているかのような話となってしまっている。

 

 

 

 

 

これが伝言ゲーム効果か。

 

俺からゴンに、ゴンからクラピカとレオリオに伝わる際に微妙にニュアンスが変わっていったのか。

 

 

 

 

厄介なことになってしまった。

 

俺以外の三人はやる気十分といった様子。

 

ここで「やっぱり中止します」とか言ったら最高に空気が読めないやつになってしまう。

 

 

かといって念能力を使えない三人を引き連れてヒソカに挑むのもキツい。

 

 

そもそも、ヒソカを狙うのではなくて、四人がかりで適当な受験生を三人狩る方が遥かに簡単だろう。

 

そういう結論にならなかったのは、俺に対する試験官からの評価という部分を気にしたのかもしれない。

 

 

 

 

この四人で本当にヒソカをヤれるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

いや。よく考えてみれば、勝つ必要はないのか。

 

 

ヒソカが胸につけているプレートを奪えれば良いだけ。

 

 

原作世界線では、ゴンが単独でそれを成し遂げている。

 

ヒソカが獲物の受験生を仕留める瞬間の隙を狙って、釣り竿によってプレートを奪っていた。

 

 

 

俺、クラピカ、レオリオの三人でヒソカに隙をつくり、そこをゴンに狙わせる。

 

 

あまりやりたくはない作戦だが、意外と悪くはなさそうだ。

 

 

 

 

単純に作戦の成功率もそこまで低くなさそうだし、もしこれが成功すれば俺の身の安全が確保できるかもしれない。

 

 

 

 

原作世界線において、ヒソカはゴンを非常に気に入っていた。

 

4次試験で自分のプレートを奪われたことで、ゴンの将来性に気づいたのだろう。

 

 

この世界戦でも、ゴンにプレートを奪わせることで、ヒソカの興味をゴンに向けさせることができるのではないだろうか。

 

ヒソカがゴンに夢中になれば、その分だけ俺は安全になれる。

 

 

かわいそうだが、ゴンには人柱となってもらおう。

 

 

 

逃避も戦闘も困難であるならば、どちらも選らばなければいい。

 

 

 

第三の選択肢、敵の注意を別なものに向ける。

 

 

これが正解に一番近いのかもしれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠れる程度の能力

俺、レオリオ、クラピカでヒソカを襲撃し、ゴンがプレートを奪うための隙を作り出すという作戦。

 

 

ここで問題となるのはヒソカと対峙する三人側の戦力だ。

 

いくら攪乱が目的とはいえ、俺を援護してくれるのがレオリオとクラピカだけというのは流石に心もとないような気もする。

 

 

 

 

トルテやクララたちを作戦に加えるべきだろうか?

 

 

だが、クララはレオリオとの相性が良くないし、トルテやシスターたちは今どこにいるか分からない。

 

 

 

それにトルテたちの行動をマチは注視しているはず。

 

合流すればマチがこちらの思惑に気づくかもしれない。

 

 

いくらこちらの戦力が上昇したとしても、ヒソカとマチの二人が揃ってしまったら作戦の成功率が激減してしまう。

 

 

あえてこのまま彼女たちと合流しないことでマチを引き付けていてもらうというのもアリな気がする。

 

 

 

 

だが、そうなると最初の問題へと戻ってしまう。

 

 

レオリオもクラピカも一般人とは比べものにならないほどのポテンシャルを持つが、念能力者であるヒソカの相手をするのは流石に厳しい。

 

彼らが怪我をしたりピンチになったりしたときに、ゴンが黙って見ているとは思えない。

 

作戦を破棄してでも彼らを救おうとするだろう。

 

 

彼らではヒソカの攻撃を受けきれない以上、俺が矢面に立って二人に攻撃がいかないように戦わねばならない。

 

多少の無理をすれば可能かもしれないが、それほど長い時間つづけるのは厳しい。

 

 

そうなれば撤退するしかなくなるが、果たしてヒソカが見逃してくれるのか。

 

 

 

 

 

 

最悪の場合は、生き残るために彼らを囮にしてでも逃げなければならない。

 

 

そのためには、最低でもヒソカが餌として認識する程度の能力が欲しいが、現状ではどうだろうか。

 

 

俺はクラピカとレオリオを見ながら考える。

 

 

 

 

 

そんな俺の様子を見て、俺が彼らを心配していると勘違いしたのか、レオリオが話しかけてきた。

 

 

 

「オレは絶対にハンターになってやる。このくらいの危険は覚悟の上だ」

 

彼は医者になりたいという自身の夢を語り、そのためならば殺戮者にすら立ち向かうと宣言までした。

 

 

 

「私は賞金首ハンターになりたい。同胞たちのため、幻影旅団から奪われた眼を取り戻す」

 

彼の一族は、激しい感情がトリガーとなり眼が綺麗な緋色に染まる。

 

クララと一緒だな。

 

そんな綺麗な眼を狙っている危険な男が、幻影旅団という犯罪組織に所属しているらしい。

 

これまでに何人もの仲間がその男から眼を奪われ、非常に苦労しているそうだ。

 

 

 

俺の知識から推測すると、その犯人は多分、オモカゲという男だと思われる。

 

彼は念能力により、コピー人形を作ることができるのだが、眼だけは実際の人間から奪わなくてはならない。

 

おそらく世界七大美色の一つとされる緋の目を自身の人形に使うために集めているのだろう。

 

 

 

 

 

なるほどな。

 

これはもしかしてチャンスなのでは?

 

 

 

マチオルタとの契約により、俺はオモカゲを狩る手伝いをしなければならない。

 

正直に言えば、あまりやりたくない仕事だ。

 

ターゲットであるオモカゲという男は『コピーもとの人物と遜色ない能力を持つコピー人形を何体も作り出すことができる』という非常に強い能力を持つ。

 

しかも、この人形は顔を合わせた相手から目を奪うことが可能。

 

さらには、人形をオモカゲ自身が取り込むことでその能力が使えるようになったりもする。

 

 

 

こんな明らかに強いやつと戦うなんて、あまり気分が乗らない。

 

 

 

 

だが、この戦いにクラピカを巻き込めるとなると話が変わってくる。

 

 

原作世界線において、クラピカは同胞を皆殺しにされた怒りから、旅団相手にしか使えない強力な能力を持つ旅団絶対殺すマンとなった。

 

 

この世界線でも同じようにオモカゲ絶対殺すマンとなってくれたら、比較的安全にターゲットを狩れるかもしれない。

 

 

ヒソカとオモカゲという二つの危険物を同時に処理できる、まさに一石二鳥の作戦を思いついた。

 

 

 

 

「お兄ちゃんたちの覚悟はわかったよ。でもヒソカと戦って生き残るためには、とある技術が絶対に必要になる」

 

 

念能力は秘匿技術?

 

クララがあれだけ好き勝手しまくっているというのに今更だろう。

 

 

 

「期限は四日。それまでに全員が最低限の技術を身に着けられなかったら、作戦は中止。それでも良いなら、手を組もう」

 

 

 

 

はっきり言って、四日という期限はかなり短い。

 

最も基本的な『纏』を覚えることすら困難だと思われる。

 

 

 

しかし、水筒が二本だけという物資の少なさを考えると、それ以上待つのは苦しくなってくる。

 

 

 

そもそも俺は既に合格の条件を満たしているのでこの作戦を実行できなくても良いし、彼らも残りの三日でプレート集めをがんばれば試験を突破できる可能性が残る。

 

 

 

 

もし四日目の段階で彼らが『纏』を習得できなかったら、諦めて潜伏を続けよう。

 

 

今日から四日間は囮となり得る存在が三人もいるため、仮に見つかっても逃げ切れるチャンスが多くなるはずだし、それ以降はプレートを揃えたクララたちと合流して守りを固めれば良い。

 

 

 

 

絶食状態で潜伏し続けたら体力をそこそこ消耗してしまうだろうが、最終試験の会場まで移動する間に多少は回復できるはず。

 

 

 

ピエロの脅威を排除し、オモカゲ絶対殺すマンを降臨させるためならば、この程度のリスクは許容しなければならないだろう。

 

これは会長に良いルーキーが多いと印象付けたり、俺が試験官からの高評価を得たりできるチャンスでもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

もしも全員が習得できたら、潜伏をやめて襲撃を行い、ピエロの注目をゴンへと押し付ける。

 

 

最低限の能力を持ち囮にもなれる存在が三人もいるならば、作戦が失敗しても俺が生還できる確率はそれなりに高いだろう。

 

 

 

 

ようするに、彼らが習得に成功しようが失敗しようが、どちらに転んでも俺の危険はある程度少なくできる。

 

 

 

 

 

 

それに、俺にはまだ切り札だって残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行中の三人から十分に離れた場所で、俺はチョコロボに向かって話しかけた。

 

 

 

 

「カルト、依頼がしたい。ターゲットはピエロが一人だ」

 

 

もし作戦が失敗して最悪の状況になりそうなら、チョコロボを通してこちらの音を聞いているだろうカルトたちの手を貸りる。

 

 

暗殺者であるアルカとカルトならば、奇襲や不意打ちは得意だろうし、ピエロを仕留めるのは無理だとしても足止めくらいはできるだろう。

 

 

そんなわけで通信装置となったチョコロボを通して仕事を頼もうと思ったわけだが、何も返事がない。

 

 

 

 

 

「……あの。もしもし、カルトさん?」

 

しばらく待ってみたが何の反応もなかったので、もう一度話しかけてみた。

 

 

 

だが、残念なことに何も起こる気配がない。

 

 

まだ時刻は夕方だし、もう寝ているということはないと思う。

 

 

 

 

「えっと、聞こえてますか? もし俺がピンチになったら、ちょっとだけ手を貸してほしいんですけど」

 

 

 

しばらく時間をおいた後にもう一度話しかけてみたのだが、チョコロボが「あい」と短い返事をしてくれただけで、それ以上カルトたちからの返答は得られなかった。

 

 

この返事は『了解』を意味すると考えても良いのだろうか。

 

判断に困る。

 

 

もし依頼を受けてくれたのだとしたら、もう少し何か分かりやすい反応があっても良いとおもうのだが。

 

 

ひょっとして、カルトさんたちはお忙しいのかもしれない。

 

それとも、実は受験中は依頼を受けつけていないとか。

 

だとすると、別の作戦を考えなければならない。

 

 

 

 

 

そんなふうに頭を悩ませている俺のもとに、一枚の小さな紙片が飛んでくる。

 

その紙を調べてみると『冷気を操る能力者に襲われていて忙しい』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

またか!

 

 

俺は無意識に足元の小石を全力で蹴り上げた。

 

その石は、木の上に隠れていたらしい忍者に勢いよくぶつかって墜落させる。

 

 

 

 

たしかに俺はクララに『タキシードとローブを襲うな』と指示しただけで、『暗殺者を襲うな』などとは言わなかった。

 

だが、わざわざ言わなくてもそのくらいわかるだろう。

 

いきなり暗殺者さんを襲ったりしたら、向こうも迷惑だろうに。

 

 

 

 

仕方がないので、まともにクララの相手をせず可能な限り怪我をさせないでくれとカルトたちに依頼をした。

 

 

まさかシスター・マリアからもらった貴重なお小遣いをこんなことで消費するはめになるとは。

 

 

依頼料はいくらになるのか。

 

そして残ったお小遣いで、ピエロに関する依頼を受けてもらえるのか。

 

 

 

前途は多難だ。

 

 

 

 

 

 

ゴンたちの様子を見に行こうとした俺の前に、先ほど俺が撃墜した忍者が立ち塞がった。

 

 

 

 

「たしかにアタシはアンタに『忍者を襲うな』と教えたことはないよ。でも普通は言わなくてもわかるだろう?」

 

 

忍者が頭部を覆っていた布をとって、その場に投げ捨てる。

 

その行動からは、かなりの怒りが感じられた。

 

俺から不意打ちを受けてしまったことが許せないのだと思われる。

 

 

 

「いきなり襲われたら忍者だって迷惑だろうが。少しは考えて行動しな」

 

忍者装束を身に着けたマチは、こちらに強い眼差しを向けてきた。

 

 

なぜそのような格好をしているのか。

 

その答えは容易に想像できる。

 

忍者の仕事の一つには『暗殺』がある。

 

標的の近くに忍び寄り、刀や手裏剣、毒や忍術など様々な技を使って仕留めるわけだ。

 

 

 

つまり、白タキシードは囮であり、彼女は忍者装束の特性で夜の闇に隠れて、俺を襲おうとしていたのではないだろうか。

 

 

 

 

まさかここで夜襲を仕掛けてくるなんて全く想定していなかった。

 

 

たまたま俺の蹴った石が彼女に命中したから気づくことができたが、もしそうでなければ確実にヤられていただろう。

 

 

とはいえ、最悪の事態を回避したというだけで、まだ助かったわけではない。

 

 

 

マチはくノ一装束を着ていることから、いつでも夜戦を行える状態だと思われる。

 

それに対し、こちらは夜戦のための準備や心構えなどは一切できていない。

 

 

万事休すだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依頼する程度の能力

勝敗が決まるのはもっと先だと思っていた。

 

まさか、こんなタイミングで決着をつけることになるなんて想定外すぎる。

 

 

 

 

喉の中が急速に渇いていき、背中には嫌な汗がにじむ。

 

 

一体なにをしにここに来た。

そんな言葉を投げかけようとしたのだが、口が渇き過ぎて言葉がでない。

 

 

ダメだ。

動揺していては、勝てる勝負にも勝てなくなってしまう。

 

 

 

まずは落ち着いて冷静に状況を分析しなくては。

 

 

そうだ、ミルクのことを考えればいい。

 

美味しいミルクを想像するだけで、大量のよだれがあふれてくる。

 

口の渇きをこれで相殺すれば、会話も可能となるだろうし、こちらが緊張していることを隠すことも可能だ。

 

 

 

 

「本当はアンタが寝るまで待つつもりだったんだけど、気づかれたなら仕方がない」

 

 

 

俺の口の中が完全に潤う前に、向こうから仕掛けてきた。

 

マチと俺の周囲が大量の糸により覆われていく。

 

一瞬どう対応するか悩んだせいで、逃走するタイミングを失ってしまった。

 

 

 

このまま逃げ出そうとしても、糸の壁を破壊する間にマチに捕まってしまう。

 

現状で一番生き残る確率が高いのは、一撃入れた後に全力で逃げるという作戦だろう。

 

 

殺すなら頭か首。彼女からはそう教わった。

 

つまり、頭と首への攻撃は警戒されているはずであり、他の場所を狙った方が上手くいくかもしれない。

 

 

そんな俺の予想は当たった。

 

胸を狙った俺の攻撃は防がれることなく無事に通った。

 

しかし、肝心のダメージを与えてひるませるという作戦は失敗に終わる。

 

当身した瞬間、ミルクのことが頭に浮かんで力が抜けてしまったのだ。

ここは腹を狙うべきだった。

 

 

 

 

「捕まえた!」

 

俺の放った一撃は受け止められ、そのまま彼女に抱きしめられる形となってしまう。

 

これでは逃げられない。

というよりも、逃げようという気分にならない。

ずっとこのままでもいいと思ってしまう。

 

 

俺が大人しくなったことで、マチは勝利を確信したのだろう。

これまでの経緯を饒舌に話しはじめた。

 

 

「お腹を空かせたまま死ぬのはかわいそうだろう? だから、寝ている間に最後の晩餐をあげようと思ったのさ。でも、まぁ起きていても問題はないか」

 

あふれ出てくるミルクを舐めながら、俺は静かに彼女の話を聞く。

 

 

 

「少し危ないやつらにアンタたちの情報を流した。もし勝負を諦めるなら今が最後のチャンスだよ」

 

 

マチの発言を聞く限りでは、マチオルタの警告は本当だったと思われる。

 

俺を死と再生の無限ループ状態にすることで自身の管理下に置くことがマチの目的なのだろう。

 

 

一方的に頼られる庇護者の立場よりも、姉という管理者の立場となって弟を管理することを彼女は望んでいる。

期待され一方的に評価を受ける立場より、管理し評価を行う立場の方が楽であることに疑いようはない。

 

 

もし人々から頼られて彼らを導かねばならない存在となったりしたら責任感などから大きな不安を感じるだろう。

だが、人類を管理する立場になったと考えれば少しだけ気持ちが楽になる。

 

 

どれほど偉大で崇高な政治家だって必ず堕落し、人間を単なる家畜か何かだと考えるようになる。

それはある意味当然で、そもそも人間には一定数以上の人間の期待を背負うほどの強靭な精神など備わっていないのだ。

 

 

これが人間の限界だ。

人を管理するだけの数字として置き換えなければ、プレッシャーに押し潰される。

だから、堕落した政治家か最初から堕落している政治家しか残らない。

人間には人間を管理することはできても、人間を庇護することなどできはしない。

 

唯一、母親という存在を除いて。

 

ようするに、どれだけ偉大な指導者でも押し潰されるような重責にすら負けないママはさらに偉大であるわけだ。

 

 

 

 

「いやだ。諦めない」

 

そんな大いなる存在を諦めるには、まだ早すぎる。

俺が人間である限り、自分から手放すことなどできはしない。

 

 

「強情だね。死ぬことになるよ」

 

真剣な表情でマチが忠告してくる。

 

これは単なる脅しではないだろう。

やはり危険人物を上手く誘導して、そいつに俺を仕留めさせようとしているのだと思われる。

 

そして、その人物の正体はヒソカに違いない。

俺の予想は当たっていたようだ。

 

だが、俺はやつの注意をそらす方法を一応は思いついている。

流石のマチでも、これは予想外だろう。

 

彼女が勝利を確信して油断している隙に、最終試験で最速合格を決めてやる。

 

 

「俺は死なない。絶対に勝つ」

 

「あっそ。……少しは頼もしくなったみたいだね」

 

 

 

 

 

夕闇に溶けるようにしてマチが去っていく。

 

 

俺は地面に寝そべっている木馬ちゃんの隣に座り込み、作戦の成功率を高めるにはどうすれば良いか必死で頭を働かせる。

 

あそこまで言った以上、できるならば作戦を成功させて、彼女を驚かせてやりたい。

 

 

 

 

しかしながら、何も良いアイデアが思いつかず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

何の成果も得られない状況に飽き、だんだんとまぶたが重くなってくる。

 

 

 

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

いつの間にか俺は眠ってしまっていたらしい。

周囲は既に真っ暗だ。

 

少しずつ意識がはっきりとしてくる。

 

 

 

寝ている間に、なんだか変な夢を見た。

 

 

 

 

その夢の中では、ハンター試験に合格するために忍者がオモカゲと戦っていた。

 

 

ハンター試験の課題としてA級賞金首と戦うなどとは荒唐無稽な話だが、おそらく寝る前に考えていた内容が混ざり合ってしまったのだと思われる。

 

 

忍者は忍術で分身を生み出すことで二人に増えたり、その分身を吸収して一人になったりしていた。

 

それに対してオモカゲは、人形を自分に取り込んでパワーアップすることで忍者を圧倒していた。

 

 

そこへ援軍として夢の中の俺が現れ、なぜか団長を吸収してパワーアップするという謎の技を披露する。

 

残念ながら団長にはそんな便利な機能はないと思うのだが、所詮は夢の話なので深く考えるだけ無駄だろう。

 

 

 

 

あと三日と少々。

 

それまでにゴンたちは『纏』を習得できるのか。

 

たぶん厳しいだろうと思う。

 

間に合わなかった場合は作戦を実行する際の危険度が高くなってしまうが、マチに大見得を切った以上、諦めるという選択はしたくない。

 

 

 

 

様子をうかがうために三人のもとへと戻ると、案の定彼らの修行は上手くいっていなかった。

 

オーラを体の周囲にとどめる技術である『纏』。

これを行うときの感覚は人によって異なるので言葉で伝えることは不可能。

 

つまり、言葉ではなく本人の経験を思い出させれば良い。

 

 

 

俺は「小さかった頃の気持ちを思い出してみるといいよ」とだけ言った。

 

イメージは胎児とそれを保護する羊水。

あるいは大地に住む人類とそれを抱える水の星。

 

一度感覚がつかめてしまえば、もう忘れることはない。

あとは練度を高めていくだけだ。

 

もっとも今回はそれほど長い時間はないわけだが。

 

 

 

 

 

 

ミルクしか飲めない俺は三人からの晩ご飯の誘いを丁寧に断り、彼らのもとから離れる。

 

カルトたちと連絡を取るためにポケットからチョコロボを取り出して、やっぱりやめてもう一度しまった。

 

夜に連絡したら迷惑かもしれないし、明日の昼まで待とう。

 

 

 

俺は川で軽く水浴びをした後、木馬ちゃんの隣で眠る。

 

マチが夜襲を仕掛けてくるつもりなら、先ほど寝ているときがチャンスだったはず。

 

やはり今回は直接手を下す気はないらしい。

 

ピエロに対する恐怖感も薄れた。

これは俺が狩られるだけの立場ではなく、相手を狩る側になったことによる影響が大きいだろう。

狩る場合も狩られる場合も、ピエロと戦うということ自体は一緒なのだが、なんとなく狩る側でいる方が気持ちが楽になる。

 

一方的に頼られる存在がつらいのと同じように、一方的に狩られる存在であるのも精神的にキツいのだ。

 

 

 

水浴びをしてさっぱりし、緊張から解放されて少し安心したせいか、また眠くなってくる。

 

木馬ちゃんに寄りかかって目を閉じると、どんどん意識が薄れていく。

 

普段、家で寝るときには服など着ないため若干の違和感を感じるものの、それ以上に眠気が強い。

 

 

 

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

寒さで目が覚める。

なぜかわからないが、俺は全裸になっていた。

 

 

寝る前に余計なことを考えたせいで、睡眠中に脱いでしまったのだろうか。

あまりの寒さに思わず俺は抱き枕を抱えこむ。

 

 

周囲はまだ暗く、月も隠れている。

暗殺者でもなければ、何も見えないだろう。

 

 

すぐ隣で何かが動くのを感じる。

同時に甘いミルクの香りが俺の鼻をくすぐる。

いつの間にかクララが帰ってきていたらしい。

 

血の匂いは感じられないため、大きな怪我はしていないと思われる。

 

 

アルカとカルトは上手くやってくれたようだ。

 

そう言えば、依頼料はいくらくらいになるのだろう。

しっかりと払わないといけないな。

 

 

そう考えたところで、俺が抱えていた抱き枕がもぞもぞと動きだした。

 

 

よく思い出してみると、俺は抱き枕など試験に持ってきていなかったような気がする。

 

だとすると、この抱き枕は一体何なのだろうか。

 

俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

 

 

「ねぇ、服かえしてよ」

 

真っ暗闇の中から、そんなアルカさんの声が聞こえてきた。

 

 

まさか暗殺者を抱き枕と勘違いしてしまうなんて。

 

俺はクララに怪我をさせないように頼んだだけだったのだが、おそらくサービスとしてクララを俺のもとまで連れてきてくれたのだろう。

 

しかし、到着したときに既に俺は眠っていた。

 

依頼料の回収ができなくなったことで、代わりに俺の身ぐるみを剝がそうとし、『トロイの木馬(トロイ・ホース)』による反撃を受けた。

 

俺が寝ている間に、きっとこんな感じのことがあったのではないだろうか。

 

 

 

とりあえず、奪ってしまったものを返却し、依頼料を渡さなくてはならない。

俺が持っているお小遣いで足りると良いのだが。

 

 

普通に考えて、代金を払わない依頼人からの仕事など受けようとは思わないだろう。

このままだとピエロから逃げる際の手伝いを受けてもらえなくなってしまう。

 

 

「えっと、いくらくらいお支払いすればいいでしょうか?」

 

「養育費のこと? いらないよ? それよりも服かえして」

 

なんだかよくわからないが、今回は無料サービスにしてくれるらしい。

依頼料のかわりに服を返すだけでいいようだ。

 

ラッキーだな。

 

 

今回の依頼料が浮いたことで、だいぶ余裕ができた。

これで次の仕事も頼むことができる。

 

 

「実は、もう一つお願いしたい仕事がありまして……」

 

俺が依頼の概要を説明すると、アルカさんからはOKの返事をもらえた。

 

 

「夫婦割引で特別に安くしておいてあげる」

 

初回無料サービスに続いて、なんかよくわからない割引までしてもらえた。

 

たぶんトルテのおかげだろうし、彼女には感謝しなければならないな。

 

 

 

 

 

 

これで、作戦が失敗しても、逃げることくらいはできる。

 

後顧の憂いはなくなった。

 

あとは時を待ち、ピエロに挑むだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。