魔法少女リリカルなのはBlack (黒崎ハルナ)
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外章
外章 01Copy.


所謂息抜き。
作者の息抜きなので面白さは別問題で書いています。すみません。
蛇足的ななにかと思っていただければ。
では外章スタートです。


ーードッペルゲンガーっているじゃん?

 

ーー世界には自分にクリソツな奴が三人はいるってやつか。

 

ーーそー、そー、何かそのソックリに合うと大変なんでしょ。

 

ーー俺の居た世界だとドッペルゲンガーに合うと死ぬっていうな。

 

ーーへ〜、でもそれってどっちが死ぬんだろ?

 

ーーそりゃあ、あれだろ。本物が死ぬんだろ。

 

ーーじゃあさ、本物ってどっち?

 

ーーあ〜、どっちだ?

 

ある日のレヴィとコクトーの会話。

 

 

外章 01 Copy.

 

「ん?」

ふいに後ろ髪を引っ張られる感覚がした。

「どうかしました」

気になり後ろを振り返ると窓際で本を読むシュテルと目が合う。

「いや、なんでもない」

「そうですか」

気のせいか。

「シュテル、すまぬが買い出しを手伝ってはくれぬか」

事務所の簡易キッチンからディアーチェが顔を出す。

シュテルは読みかけの本を閉じる。

「わかりました。今支度をしますので少し待ってください」

「あ、ならボクも行く」

ソファーでテレビを見ていたレヴィが反動を付けて起き上がる。

隣りに座っていたユーリがその衝撃でバランスを崩す。

あ、頭から落ちた。

「いたた……」

「大丈夫か?」

鼻を摩りながらユーリは起き上がる。

涙目のユーリにむらむらしたので誤魔化す為にレヴィの頭を一発叩く。

横でレヴィがギャーギャー言うが無視だ。無視。

「大丈夫です……コクトーは何か買う物はありますか?」

どうやらユーリも行くらしい。

追加で買う物があるか聞いてきたので考える。

懐を探るとタバコが切れていた事に気づく。

「なら…タバコを頼む」

「はい‼何時ものでいいですよね」

タバコの空き箱を受け取ったユーリがソファーから立ち上がる。

「…おい、コクトー。貴様も偶には荷物持ちくらいしたらどうだ」

「面倒」

そう答えたらキッチンから無言でナイフが飛んできたので躱す。

躱したナイフが壁に刺さる。

「駄目ですよディアーチェ。コクトーには大事なお仕事があるんですから」

殺気立つディアーチェをシュテルが宥める。

ディアーチェの場合ネタに走れないから困る。少しはジョークをわかって欲しい。

「お仕事って?」

レヴィが聞いてくるのでシュテルは細い人差し指をピンと立てた。

「良い子はお家でお留守番。ですよ」

……おいマテ。

真面目な顔でそんなネタに走るから不意打ちに耐えきれなかったレヴィとディアーチェが笑いを堪えていた。

「そ、そうだな。確かに、留守は必要だな…くっくく」

「じゃあコクトー、良い子でお留守番してるんだよ。……ぷっ」

ーイラっ。

「さっさと行けや!」

ムカついたのでソファーにあったクッションを投げるが、扉を素早く閉められたので不発に終わる。

ぽすん。と扉に当たりクッションは地面に落ちた。

「ったく……」

 

 

普段は賑やかな事務所内も俺しかいないと静かなものだ。

帰りを待っている間、何と無く手持ち無沙汰になった俺はテーブルにあった新聞を広げる。

「不屈のエース・オブ・エースの子供時代を描いた映画から4年。次回作に伝説の部隊を率いた八神はやての子供時代を映画化……大丈夫か管理局」

記事の一面を読み上げて管理局の自由っぷりと知り合いが映画に出てた事に驚く。

そのまま本人である八神はやてのインタビューページを読み進める。

さっきユーリに淹れてもらったコーヒーを啜りながら時間を潰す。

時計の針の音が響く中で俺はもう一杯コーヒーを飲もうとカップに手を伸ばした。

その時だ。

ガウン‼

「ッつ‼」

何かがカップに当たりカップが割れる。

それから続けて銃撃音が事務所内に響いた。

 

 

 

場所が変わり、ディアーチェたちは買い物の為に街を歩いていた。

「あっ」

「どうかしましたか?レヴィ」

レヴィが何かに気付いて足を止める。

「あっちに屋台がある!」

「先生〜、欠食女子が勝手な行動してまーす」

「誰が先生だ」

シュテルのネタにディアーチェがすぐさまツッコミを入れる。

「でもディアーチェ。せっかくですから軽く食べませんか?」

「む、まあユーリが言うなら構わないが…」

ユーリの提案にレヴィがすぐさま乗っかる。

「そうだよ。どうせコクトーの事だから一人でコーヒーでも飲んでるよ。少しくらい遅くても大丈夫でしょ」

「それもそうか」

「わーい!ほら、早く‼」

そうと決まれば屋台のある場所にー

ガスッ!

レヴィの行く道を塞ぐように炎でできた大剣が地面に刺さる。

それは見慣れた大剣で、魔力を使い作るユーリのセイバーだった。

「…な、何すんだよユーリ‼危ないじゃないか‼」

「え、え〜と」

「…レヴィ、それは天然ですか?」

後ろを振り返り文句を口にするレヴィに後ろにいたユーリは返答に困った。

どうやったら後ろからレヴィの正面に大剣を投げれるのだろうか。

少なくともユーリはそんな芸達者ではない。

「あれ?ユーリじゃない。……ってことは」

再度大剣が刺さった正面を全員で見る。

そこにはこれまた見知った顔がいた。

シュテルにレヴィ、ディアーチェにユーリ。

自分たちと寸分変わらない姿の四人組。

「えっ?えっ?シュテルんに王様にユーリに…ボク?」

「うわあ……」

「何処の馬鹿だ。こんなつまらん遊戯を始めたのは」

「来ましたね……お約束!」

 

 

 

 

銃撃音が止むのを確認してから俺は銃を抜いた。

咄嗟にテーブルを倒して盾にした俺はテーブルの脇から様子を伺う。

(ー敵か?気配を感じなかった。相手も銃だ。4…いや5発か。全弾撃ち込んだって処か)

何処の誰かは知らないが、どうやら腕はいいらしい。

(……次はどう来る?いや、まず何処にいる。窓の外か、それともー)

ゆらりと外の影が動いた。

それに合わせて俺も飛び出す。

互いの弾が室内で飛び交う。

「そこだ!」

弾丸の種類から俺と同じタイプの銃を使っていると踏んだ俺はタイミングをわざとズラして相手の足下を狙う。

足には当たらなかったが動きを止めることには成功する。

「さて、手前の顔を見せてもらおう……か?」

思わず俺は動きを止めてしまった。

懐かしい黒のコートを着て手の平サイズの小型拳銃を構える相手はー

「俺?」

他でもない自分自身だった。

 

 

「何、コイツら!?」

レヴィが自分にそっくりな相手を指差す。

「ニセ物登場はセオリーでしょう。……まあ、ひとつだけ確かなのはー」

一人顔色を変えないシュテル。

「今までで一番美形の敵だって事ですね」

「案外余裕だな貴様」

ディアーチェが呆れた眼で臣下を見る。

その中でユーリが、

「何者かはともかく…私たちのファンではないのは間違いないですね」

と、現状を纏めた。

 

 

「てええいいりゃあぁ!」

バルニフィカスを力任せに振る。

それだけの動作で目の前のレヴィは地面を割った。

「くそー!ボクだってそれくらいできるぞ!」

「張り合わないでくださいレヴィ」

こちらのレヴィがムキになりバルニフィカスを起動させた。

「これは、闇の欠片?」

ムキになっているレヴィとは別にシュテルは冷静に状況を分析する。

その分析の中で一番あり得そうな事例“闇の欠片”を上げたが、すぐさまそれを否定した。

あの現象はもう二度と理論上でできない。

「しかし、これは」

「シュテル!」

ディアーチェの声で思考の中に落ちていたシュテルの意識を現実に戻す。

「っツ‼ルシフェリオン!」

眼下に迫る炎をシュテルは切り裂く。

切り裂いた先にはやはり自分と同じ顔の相手。

「ていやあああぁ!」

「うおおぉ!」

同じ声の叫び声が上から聞こえた。

見上げれば屋根を足場に二人のレヴィがバルニフィカスを全力で振るっている。

ガキッン‼と金属音がぶつかり、互いに吹き飛び着地。

「なんか、すっごいやり辛いんだけど!」

「ユーリ!大丈夫か!?ゆ……」」

一番戦闘経験の浅いユーリをディアーチェは心配した。

レヴィと二人でユーリを探し、見つける。

「…………」

「…………」

無言、無表情で牽制するユーリたち。

『怖ッ!!』

その光景に思わず二人は後ずさった。

割り込んだら色々な意味でヤバい。

「……どうやら、ただの見掛け倒しではないみたいですね」

冷や汗をかいたユーリが呟く。

「そうみたいですね」

「ああ…認めたくはないが、こやつら戦闘パターンも実力もおそらくは我らとほぼ互角だな」

「似てないのは寡黙な点くらいですね……まったく、トークが立たないとキャラも立たないというのに」

「ホント余裕だな、お主」

原理や理屈はわからないが魔力量も同じくらいありそうだ。

唯一ユーリだけは無限の魔力を再現出来なかったのか、ディアーチェ並の魔力を持つだけみたいだが、厄介な事に変わりはない。

「あッ‼」

ふとレヴィが何かに気づいて叫ぶ。

「ボクらのトコにニセモノが現れたってことは、ひょっとしてコクトーの方にも」

「コクトーの……」

「あやつのニセモノが……」

愛しい彼の紛い物。

そんなのは彼女たちには耐えられない。

怒りに身を震わせー

 

『ブっとばしてみたい‼』

 

ーというわけでもなかった。

「コクトーが危ない」

「心配ですね」

「こうしてはおれん」

ぱっと見では仲間を案じているように見えるが、中身は割りと腐っている三人。

「急ぐぞ!」

『おお‼』

 

 

「みんな顔が笑ってますよ…」

あきれ顔が一人と意気揚々な三人は急いでコクトーの元へと向かった。

 

 

 

「俺?」

目の前にいる自分とソックリな人物は誰だ?

抹消者時代に着ていたのによく似た黒のコートに銀の銃。

誰の趣向かは知らないが、俺の苛立ちは強まる。

「あっ!待て!」

硬直していた隙を利用されてニセモノは窓から外に飛び出す。

俺も後を追う為に窓から飛び降りる。

互いの銃弾が飛び交う中で俺たちは近づく。

そして、互いの距離が零になり互いの眉間に銃口を当てる。

鏡合わせのような動きは間違いなく自分の動きだ。

「誰だ、お前は」

「黒道リクト」

ニセモノの返答に苛立つ。

声帯まで同じときたか。

 

「おーい!コクトー‼」

 

俺の名前を呼ぶレヴィの声にニセモノが反応した。

そいつを見逃すほど俺は優しくはない。

自分のニセモノの右腕を撃つ。

ギリギリで躱したらしく、掠めるだけになったが、ニセモノは距離を取った。

「おい、こいつは一体どういうこと……だッ」

レヴィに説明を求めようと振り向いて、俺は絶句した。

「うわ‼ホントにコクトーも二人いるよ」

「どっちが本物だ?」

ぞろぞろと自分のソックリを引き連れて四人はこちらに来る。

「手前らなぁ!余計なモンまで連れて来るなよ‼」

「あ、こっちみたいですね。本物」

苛立ちが限界だったので叫ぶと、シュテルが本物だと確認した。

おかげでこっちも本物を見分けれた。

「よーし!ここはボクにまかせーろッ!?」

意気揚々と向かって行くレヴィを足を引っ掛けて止める。

バランスを崩したレヴィはそのまま頭から落ちた。

「なにすんだよ!ボクは敵を倒そうとー」

「いくらニセモノでもお前みたいなバカに倒されるのは我慢ならねぇ。……なんとなく」

というよりも俺が俺以外にヤられるのが我慢ならん。

「ーさて、お遊びはその辺にしましょうか。あちらはまだまだ本気みたいですし」

シュテルが向こうの五人を見る。

全員が武器を構えて臨戦体制な状況に俺は鼻を鳴らした。

「ーややこしいのは御免だな」

「ですね」

「ならどうやって白黒つける」

「んー、じゃあこうしよう」

何時ものように一番槍を務める為にバルニフィカスをレヴィは振るう。

「生き残った方が本物ッ!」

「はは、いいな。わかりやすい」

レヴィに続くように俺も飛び出す。

そこからは乱闘だ。

先ずレヴィ同士がバルニフィカスとバルニフィカスもどきで鍔迫り合いになる。

そこにユーリのニセモノが翼を腕に変えて割り込む。

「うわ‼」

間一髪で躱したレヴィ後ろに下がったのでレヴィのニセモノに俺が銃を撃つが、ニセモノでもレヴィなのか、曲芸のように身体を捻らせて弾丸を避ける。

「……ッ!あの翼ズルいよね?範囲広いし応用効くし」

「ふえっ!?そんなこと言われても」

レヴィの言う通りユーリの魔法は威力を重視していながらも接近から遠距離まで攻撃範囲はかなり広い。

とは言え俺からすればー

「それならディアーチェなんてモロ反則の塊だろ。あいつ一人でいくつ魔法持ってんだよ」

正確にはディアーチェの所有する魔導書の能力なのだが、まあ魔法の種類が極端に少ない俺には反則だと思う。

「ぬわッ!?」

いきなり後ろから魔力のナイフが飛んできて俺を掠める。

犯人はディアーチェだ。

「すまんな。間違えた」

「嘘つけ‼絶対わざとだろ今の!?」

しれっと言うディアーチェ。

「もしかしたら私たちの仲違いが狙いなんでしょうか」

「そこまで考えちゃいねぇだろ。さすがに」

それが狙いなら随分と賢い奴だ。趣味の良し悪しは別だが。

「ええい!面倒だ。おい!そこにいるのだろう。隠れてないで顔を見せぃ」

ディアーチェが物陰に向かって叫ぶと隠れるつもりがないのか、一人の小柄な男が姿を見せた。

「ククク、どうだ。俺様の作ったアンドロイドの性能は」

「アンドロイド?ってことはやっぱりニセモノかよ!」

「素敵に悪趣味です」

男の話しを聞き流しながらディアーチェのニセモノに先ほどの腹いせにブチ込む。……あ、あのやろう俺のニセモノを盾にしやがった。

「そいつらはこの二ヶ月間の貴様らの戦闘データを元に昨日ようやく完成した俺様の最高傑作よ!積年の恨み!いまこそ晴らす‼」

高笑いをしながら言う男に俺たちは呆れた。

てか誰だよこいつ。

まあ、この小者の言葉が本物ならー

「そうですか。……なら、問題ではないですね」

「えっ?」

シュテルが自分のニセモノの砲撃を自分の砲撃で呑み込み、そのままニセモノを爆破する。

「なっ!……」

「そおおぁい!」

先ほどまで鍔迫り合いで互角だったレヴィだが、それがどうしたと強く踏み込みニセモノの武器ごとニセモノを切り伏せる。

「ふんっ」

ディアーチェはニセモノが詠唱や発動をさせる暇を与えないように魔法をひたすら数に任せて撃ち込みニセモノを破壊した。

鬼畜ゲー過ぎだろ王様。

「そッ……」

ユーリは翼の腕でニセモノの腕を無理矢理引きちぎり、そのまま上から叩き潰す。

俺も近距離まで詰めてからニセモノのこめかみに弾丸を撃つ。

「そんな馬鹿な‼」

五体分の爆発音が鳴り響く。

ニセモノはあっさり全滅した。

その事実に男はあり得ないと叫ぶ。

「負けるわけがない!今までの戦闘パターンを完璧に再現したんだぞ!それなのに、どうして!」

「それがどうした」

自分との戦いなんて十年以上前に経験してる。

対処方法なんて簡単だ。

親切な俺は教えてやる。

「ー今までの戦闘データ?パターン?……はっ!?それってようは」

 

 

 

 

『昨日の俺(私、ボク、私たち、我)だろ?』

 

 

 

「そ……そんなの…屁理屈だー‼」

 

 

 

いや、だって、ねぇ?

同意を求めて後ろをみれば全員がうんうんと頷く。

「まあ、ようは気持ちの問題ですよね。こういうのは」

「そもそも日々成長するボクが昨日の自分に負けるとかないし」

「さて……せっかくだ。やはり一度は本物ってやつを味わって貰おうか」

じりじりと俺、レヴィ、シュテル、ディアーチェが囲むように近づく。

「はは…いや……それは…ちょっと…」

男は腰を抜かしながらケツを後ろに引きずるが、何か壁のようなものに当たり動きが止まる。

恐る恐る振り返るとー

「どこに行くんですか?」

ーーー笑顔なユーリがいた。

もう一度言おう。笑顔なユーリがいた。

 

「ぎゃああああぁ‼」

 

ある日の昼のロアナプラに一人の男の悲鳴が響いた。

後日、ロアナプラの管理局支部の入り口に全裸の中年男性が簀巻きで転がっているのを早朝出勤の局員が発見。

簀巻きの男性は管理局が追いかけていた次元犯罪者だとわかり、本局に護送された。

護送中、男性はうわ言のように「ごめんなさい……ごめんなさい……」と呟いていたそうだが、真相は謎のままである。

 

 

 

 

「あ〜かったりぃな」

事務所内の散乱した家具やガラスの破片をホウキで履きながら文句を言う。

「結局なんだったんだ?アレ」

「さあ?でもそこそこの暇つぶしにはなりましたよ」

「シュテルよ、そうは言うがちと二番煎じだった気もするぞ」

割れたガラスの窓を新しいガラスに張り替えるシュテルとディアーチェ。

「どうしましたレヴィ?そんな考えて」

一人サボってソファーに座り考え込むレヴィにユーリが声をかける。

「うん。いやさ……」

「むっ?なんだレヴィ」

ジッとレヴィがディアーチェを凝視する。

正確にはディアーチェの乳房。胸を見てー

「うん!やっぱりあのニセモノの王様の方がおっぱい大きかった」

ピキッ!

レヴィの言葉にディアーチェが石化の槍を受けたみたいに固まった。

固まったディアーチェの胸に俺、ユーリ、シュテルの視線が集まる。

そして最近ディアーチェの裸を見た俺がその謎に気づき、ポンと手を叩く。

「あ、今日はパット入れてないのか。だからレヴィが違和感覚えたのな」

「そ、そ、それを言うなあああああ‼」

顔を真っ赤にして叫ぶディアーチェ。

そんなディアーチェをウチの巨乳コンビがトドメを刺した。

「ねえユーリ。パットってなに?」

「さあ?私も知りませんね」

グサッ!

目が疲れたのかねぇ。ディアーチェに言葉のナイフが刺さったように見えた。

ゆっくりと重いパンチを受けたボクサーのように膝から倒れるディアーチェ。

「大丈夫ですよディアーチェ」

そこに女神のような顔のシュテルが手を差し伸ばす。

「ディアーチェの胸と身長が7年前から止まっているのは私が一番知ってますから。大丈夫です。最初(ハナ)から王がそんな私たちみたいなナイスボディになる未来なんてないんですよ」

優しく、子供に言い聞かせるような穏やかな口調でシュテルは自分の王様の最後の希望を打ち砕いた。

パリーんと砕けた音がしてディアーチェは床に倒れた。

可哀想に。助けないけど。

俺はユーリに買って貰ったタバコに火を付けてふと後ろを見る。

視線はもう感じなかった。

 

「元気だしてくださいディアーチェ!」

「そうだよ王様!胸なんてあっても邪魔なだけだよ?ブラのサイズ探すのも大変だし肩も凝るし」

目の前で天然コンビが無意識、無自覚な死体蹴りをしているのを見ながら煙を吐き出す。

「……今日も平和だな」

 




今回だけのキャラ紹介。
コザッキー。
コクトーたちそっくりなアンドロイドを作った天才技術者で、以前にその技術を悪用して管理局に追われてロアナプラに流れ着く。
とあるマフィア組織に拾われて研究を続けていたが、依頼された仕事中のコクトーたちの被害にあって組織は研究室と研究データもろとも壊滅してしまい、以後復讐に燃える。……が、本人たちには忘れられている。
実は技術だけならあのスカリエッティやグランツ博士にも負けないのだが、如何せん小者くさい残念な人。
管理局に連行された後はとある白い悪魔の協力で厚生し、現在は無限書庫のお手伝いロボを開発中らしい。
ちなみに年齢32歳 童貞。


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#0 プロローグ
プロローグ


リメイク版プロローグスタートです。


 悪徳の都ーー

 その港湾都市(まち)はロアナプラと呼ばれていた。ミッドチルダ南方の最果てにある小さな街。元々は片田舎にある開拓地として存在した港町であり、現在は犯罪都市などと呼ばれている場所だ。

 今から50年ほど昔まではただの寂れた港町でしかなかったこの場所にマフィアやギャングといった犯罪者連中が住み着いたのはかれこれ20年ほど前になる。正確な年数は住人たちも知らないので、30年以上前だと言う連中もいるが、少なくともただの港町が犯罪都市などと呼ばれるようになったのは20年ほど前に起きた盛大なカーニバル(マフィア同士の全面抗争)が原因だ。

 連中は自分の領域(テリトリー)部外者(他所のマフィア)がいるのがなによりも気に入らない人種である。そんな連中が何をトチ狂ってこんな片田舎に集まったのかは未だに謎ではあるが、20年ほど前のロアナプラはそれは酷いものだったらしい。

 夜だというのに炎の所為で昼間みたいに明るかったり、昨日まであった筈の建物が翌日には瓦礫の山になっていたりなんて当たり前。夜中に銃声で叩き起こされるのなんて日常茶飯事。終いには便乗して次元指名手配されている犯罪者連中まで集まる始末。

 当時の時空管理局が丸投げしたのも納得できるというものだ。

 

 

 

 そして現在。

 ロアナプラはいくつものマフィアやギャング、次元指名手配されている犯罪者、果ては違法な武器商人や時空管理局の連中までもがのさばり、暴力に対して暴力を持っての武力均衡が保たれる中で複数の犯罪組織が共同支配する「悪徳の都」として繁栄していた。

 

 

 

 頭上に浮かぶ月が街を照らす。時刻はすでに真夜中に近く、日付けが変わろうというのにロアナプラの酒場では騒ぎ、笑いながら、彼らは他愛ない会話を楽しんでいる。

 酒の肴にする程度の退屈を紛らすだけの意味のない話題。何処かの馬鹿がギャングのボスをブチ切れさせただの、娼婦の誰かがマフィアの女になっただの、この街ではありふれた話。

 その中で一際話題に持ち上げられる話がある。ロアナプラで知らないやつなど1人もいない有名な運び屋の話。

 

 

 屈強な身体の男が自慢気に言う。彼らはただの荷を運ぶ運び屋ではない。どんなにヤバい組織だろうが連中に喧嘩を売ったら最期、手練れの魔導師だろうが、選りすぐりの武器を用意した百戦錬磨の部隊だろうが意に介さず、彼らの暴れた後にはチリ一つ残らない。

 時空管理局すら恐怖するほどの圧倒的な戦力を有しながらも何処の組織にも属さず、何処の組織だろうが報酬が見合えばどんな仕事も引き受け、必ず仕事を完遂する一流の運び屋。

 噂では凄腕の殺し屋が率いているらしく、たった7人であの時空管理局すら落とすことのできるほどの化け物の集まりだと。

 

 ーーそれで?

 

 退屈そうに話を聞いていた娼婦の女が言う。

 犯罪都市ロアナプラ。この街で化け物や人外なんて珍しくもない。

 

 たとえそれが伝説の暗殺者だとしても、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月になったばかりの夜、事前に連絡もなく彼女ーーユーリ・エーベルヴァインがやってきた。

 

「こんばんは。コクトー」

 

 突然の来訪者は玄関口に立って、思わず見惚れてしまいそうな綺麗な笑顔で挨拶をする。

 

「ワインをお裾分けで貰ったのでよかったら一緒にと思って。ーーあ、これディアーチェからです」

 

 ブーツの紐をほどきながら、手に持っていたビニール袋を渡してきたのでそれを無言で受け取る。中身は王様手製の生ハムやチーズ、あとは日持ちのするパンなどが詰められていた。ユーリ曰く、面倒くさがりの俺の事を考えてのチョイスらしい。

 俺が緩慢な動きでビニール袋の中身を確認している隙に、ユーリは靴を脱ぎ終えて室内に上がっていた。

 ロアナプラのそこそこ治安の悪い場所にある安いボロ部屋が俺の家だ。

 ちなみに、ミッドチルダでは珍しい靴を脱いで部屋に上がる習慣は、俺が地球にいた頃の名残りのようなものである。

 玄関から1メートルもない廊下の先、寝室と居間を兼用した部屋に辿り着く。昔と違って遠慮が無くなったなァ、とさっさと部屋へと歩いていくユーリの後ろ姿を目で追いかけながら、俺も自室へ移動した。

 

「コクトー」

 

 部屋に戻るなり、部屋の隅にある小型冷蔵庫を開けたユーリから声が出た。

 ユーリは俺にも見えるように冷蔵庫の扉を全開にする。

 

「冷蔵庫の中、水とお酒しかないじゃないですか。駄目ですよ、ちゃんと食べないと」

 

「心配しなくても、メシならちゃんと食ってる」

 

「酒場のツマミを食事とは言わせませんからね」

 

「へいへい……」

 

 何時の間に読心術を体得したのだろうか、しかも自前のではなく酒場のツマミであることまでお見通しときた。

 俺の予想通りな態度になんとも言えない微妙な表情を見せたユーリは、持ってきた食料を空っぽの冷蔵庫にブチ込み始める。手持ち無沙汰になった俺は部屋の窓際に陣取る簡易ベッドに腰を落とし、タバコを口に咥えたまま体を横に倒した。

 なんとなく俺はそのまま、小柄な体の彼女を観察する。

 彼女、ユーリ・エーベルヴァインとの付き合いはかれこれ10年以上になるが、未だにどうして俺みたいなロクデナシの側にいるのか不思議でならない。

 ユーリは盗みや暴力行為を極端に嫌う、この犯罪都市では珍しい善人に位置するやつだ。

 暗闇でも目立つ金色の髪は絹のように細く、ふんわりとかかった天然のウェーブはその魅力を更に引き立てる。

 飾り物もしないし、男漁りもしない。身長は150に届くかどうかの小柄な体躯と童顔。だが、それに相応しくない女性を強調する2つの果実は、男なら一度はむしゃぶりつきたくなるだろう。

 きちんと服や化粧を見立てれば、それだけでミッドチルダ首都クラナガンのトップモデルやアイドルをごぼう抜きしてしまうかもしれない。少なくとも俺はそう確信している。

 

「…………あ」

 

「コクトー、ベッドの上でタバコは危ないから止めてくださいね」

 

「別に吸うつもりねェよ。口寂しさに咥えてただけだ」

 

「それでもです」

 

 咥えていたタバコをユーリが奪う。ベッドに横になっていたので、必然ユーリがしゃがみ込む形になり、髪色と同じ金色の瞳が俺を写した。

 どうでもいいが、シャツから見える谷間はかなりの絶景である。

 

「……あー、わーったよ」

 

 ユーリからタバコを奪い返し、もそりと体を起き上がらせる。赤マルの箱にタバコを戻すと、ユーリは何が嬉しいのかにこにこと笑みを浮かべていた。

 

「んだよ?」

 

「いえ、なにも」

 

「あっそ」

 

 ベッドから離れて、彼女が持ってきたワインを取る。視界に入ったので、ワインの銘柄を見たが学のない身ではそれがどんなワインかなんてわからなかった。

 そこでふと、大事な事を思い出す。そうだ、ウチにはコルクの栓を開ける道具がない。

 

「あッ⁉︎」

 

 ユーリが声を上げる。たぶん俺と同じ事を考えていたのだろう。申し訳なさそうにこちらを見てきたので、たぶん素で忘れていたのだ。

 まあ、それは仕方ない。普段からワインやシャンパンを飲む王様たちと一緒にいるユーリからしたら、そんな物は常備しているのが当たり前だ。彼女は悪くない。

 

「ごめんなさい」

 

 シュン、と耳の垂れた仔犬のようになるユーリに「大丈夫だ」と声をかける。

 冷んやりと冷えたワインを右手に持ち直し、俺は左手に力を込めた。

 側から見たら馬鹿丸出しな行為。素手でコルクの栓を開けるなんて格闘家でも難しい。

 だが、俺はできる。格闘家ではないが、できる。

 何故なら俺は紛いなりにも魔法が使えるから。

 左手に魔力を通す。

 コルクを摘む親指と人指し指に鈍い銀色の魔力光が滲む。

 そしてーー

 

「ふんッ!」

 

 力強くコルクを引き抜いた。

 キュポン、と心地よい音が狭い室内に響き渡り、その後にユーリから拍手が飛んだ。

 

「ほら、飲むからグラス出してくれよ」

 

 そう言ってワインの開け口をユーリに向けると、ユーリは元気よく。

 

「わかりました」

 

 と、笑った。

 

 

 

 

 

 初めて魔法を知ったのは9歳の時。

 きっかけはお節介で、世話焼きで、困っている人をほっとけない幼馴染みの少女がたまたま首を突っ込んだ魔法関連の事件に何故か半ば無理矢理に関わることになったから、とか。

 そんな感じで。

 世の中には自分の意思ではどうしようもないこと、所謂成り行きのようなものがあるわけで、自分の意思とは関係なくその物語に関係することもある。ジュエルシード事件と呼ばれたそれは、間違いなくその類いのものだった。

 はっきり言って、かなり迷惑な話である。

 

 それから色々あって、その事件は一応のハッピーエンドを迎え、これで魔法に関わることもないだろうと思っていた12月。

 

 今度は何故か魔法関連の連中に幼馴染みが襲われた。

 どうやら幼馴染みはトラブルを引き寄せる天才らしい。

 理由も脈絡もなくいきなり襲われた幼馴染みを助ける為に、前の事件で知り合った友人たちと俺はまた魔法関連の事件に関わることになりーー

 

 その過程で誰かを助ける為に犠牲になるなんて寝言を言った銀髪をちょっとした気紛れで助けた。決してその銀髪のナイスなボディに惑わされたのではない。……絶対だ。

 あの時の幼馴染みがこちらをゴミを見るような目で見てきたのは忘れられない。

 ともあれ、これで今度こそ終わったと思っていた。そう、思っていたのだ。

 

 

 だが、俺の受難はそこで終わらなかった。

 

 事件も無事に解決したというのに、何故か俺はその後も幼馴染みやその友人たちと一緒に魔法に関わっていくことになったのだ。

 

 ほんと、どうしてこうなったんだか。

 

 

 そして俺は彼女たちに出会った。

 今後の長い人生を付き合うことになる彼女たちと。

 

 

 初めて魔法を知ったのは9歳の時。

 きっかけは幼馴染みの手伝い。

 あれから14年。

 23歳になった俺は魔法世界ミッドチルダの隅っこ、犯罪者の楽園ロアナプラで小さな運び屋をしながら生きている。

 黒道リクト。渾名はコクトー。

 酒とタバコと女が好きで、自由を愛する運び屋だ。




ここまで読んで頂きありがとうございます。
誤字がないことを祈る作者です。


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1章 運び屋の日常編
Act.0 It is their every day.それが彼らの日常


リメイク版第1章開始です。



 8年。日数に直せばおよそ2920日。

 その決して短くない時間をどう感じるかは人それぞれだろう。たとえば俺ーー黒道リクトにとっては、自分が8年もの間1つの街に、しかもあの犯罪都市に住み着いていると考えると中々に感情深いものがある。

 

「……売り切れ? マジで?」

 

「マジ。さっきあんたが来る数分前に最後の1個が売れた」

 

 木製のカウンターに肘をつけたまま、俺は目の前の女に近づく。僅かに香るオイルと鉄とタバコの匂いが鼻についた。

 

「どうする?なんなら他の銘柄ならあるけど」

 

「…………いや、止めとく。俺がこれしか吸わないのは知ってるだろ?」

 

 カウンター奥から様々な地球産のタバコを出してくる彼女を手で制し、懐から空っぽになった愛用の赤いタバコの箱を見せる。

 

「あんたも物好きよね。なんでわざわざ手に入り難い地球産のタバコなんて吸ってるんだか」

 

「それゃあ、アレだ。昔から言うだろ?こだわりのある男はかっこいいってさ」

 

 問われた俺はにやりと深みのある笑みを浮かべる。

 彼女は呆れ顔でこちらを見た。

 

「面倒くさいの間違いでしょ?」

 

「手厳しいな、ウェンリーは」

 

 カウンターに肘を預けた俺を見て、彼女ーーウェンリー・テンドリックはおどけて笑いかける。俺の真っ黒な黒髪に相反するようなきめ細かなブロンドの髪が肩口で踊るように揺れた。

 

「事実でしょうが。こだわりなんて持ってる男なんて、ロクデナシか面倒くさいかの2択って相場が決まってるわ」

 

「ウェンリー、そいつは違う。それゃ偏見に基づく誤解ってもんだ」

 

「あら、そうなの?」

 

 肘をカウンターから離して、背筋を伸ばす。どうやら彼女は変な誤解をしているらしい。

 俺は1度身なりを軽く整えて、

 

「そうとも。男ってのは生まれてから死ぬまで、こだわりと浪漫無くしては生きられない生き物なのさ。今も昔もこれからもな」

 

 大げさに、芝居がかかったようにまくし立てながら腕を振るとウェンリーはけらけらと笑った。

 

「なるほどね。どうりでウチみたいな寂れたタバコ屋が今でも潰れないわけだ」

 

 パチンと彼女の手にある俺の相棒のリボルバーが鳴る。そのままウェンリーはリボルバーをカチャンカチャンと数回出し入れして、異常が無いかを確かめるとカウンターに相棒を置く。

 

「はい。メンテ終了」

 

「相変わらず仕事が早いな」

 

「まあね」

 

 ふふん。と自慢気に鼻を鳴らしたウェンリーが豊満な形の良い胸を反らす。ジーンズのパンツにヘソ出しの短いタンクトップというラフな格好の彼女はその服装もあってか、その仕草が良く似合う。

 

「いくつかガタがきてたからサービスで変えといたわよ。感謝してよね」

 

「もちろん感謝してるさ。タバコも買えて、銃の手入れもしてくれる。おまけに店主は美人ときてるんだ。こんないい店、次元世界中探してもここだけだよ」

 

「どうだか」

 

「嘘は言ってないぜ?」

 

「知ってる」

 

 ロアナプラには今どき珍しい古風な昔ながらのタバコ屋が存在する。

 今代で3代目になるこの店は、大変ありがたいことに俺の故郷のタバコを取り扱っていることで有名だ。

 赤マル、セッタ、アメスピと中々に品揃えが良く、俺のように地球産のタバコが好きな物好きがよく集まる。

 無論、それだけではないが。

 カウンターに置かれた愛銃を腰にかけたホルスターに仕舞う。

 若き3代目店主ウェンリー・テンドリックはタバコ屋の他にこうして副業でガンスミスを営んでいて、その腕は確かなものである。

 現在のこの店の集客はタバコ目当てが5割、銃のメンテが4割、そして彼女目当てが1割と言ったとこだろう。

 

「ま、今回は出直すよ。整備あんがとさん」

 

「…………あ、ちょっと待って!」

 

 ウェンリーが何かを思い出したようにカウンターの下を漁り始める。タバコが無いなら出直すつもりだった俺の足が止まり、彼女に視線を戻す。

 

「はいこれ」

 

 カウンターから出てきたのは小さな茶紙に包まれた箱だった。手のひらに乗る程の大きさしかないそれをウェンリーは手渡しする。

 

「なんだこれ? 俺への婚約指輪か?」

 

「……普通、そういうのは男が贈るんじゃないの」

 

「俺は常識に囚われないのさ」

 

「そんなんだから、毎回ディアーチェに怒られるんでしょうが」

 

 彼女の忠告に肩を揺するだけで応じ、小さな箱をジャケットの胸ポケットに仕舞う。こんな冗談が通じて、しかも律儀に返してくれるのはロアナプラではウェンリーだけだ。

 他の、それこそ身内連中なんかに同じことを言った日には王様からの求愛(物理)を頂戴する羽目になる。

 

「この後、ディアーチェと会うんでしょ? それ、ディアーチェに渡しといて。頼まれてた魔力カートリッジだから」

 

「カートリッジ? よくそんなの手に入ったな」

 

 カートリッジシステムはベルカ式にはなくてはならない貴重なシステムだが、そのシステムの根底にある魔力カートリッジは入手がかなり難しい。特にこの街の場合は余計にだ。

 

「聖王教会からの払い下げ品。偶然安く手に入ったのよ」

 

「そういうわけですかい」

 

「そういうわけよ、ちゃんと届けてよね“運び屋”さん」

 

「……整備代金の代わりってか」

 

「不満?」

 

 ウェンリーはカウンターに身を預けながら聞いてくる。ユーリ程ではないが、大きな胸を見せびらかすような体制に思わずクラっとした。

 

「まさか、むしろお釣りが出るよ」

 

「あら?…なら、お釣りを貰ってもいいかしら」

 

 口元を不敵に上げると、ウェンリーはカウンターから身を乗り出した。

 

「は?それってーー」

 

 不意打ちに、いきなり、彼女の薄い桃色の唇が俺の頬に当たる。チュッと小さな水音が鳴った。

 

「…………じゃ、ディアーチェによろしくね」

 

 悪戯に成功した子供のように不敵に笑う彼女に俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェンリーのいるタバコ屋がある裏路地を抜けて、メインストリートに出るとすぐさま殺人的な日差しが俺を襲う。

 本当に今は4月なのだろうか?そんな錯覚が生まれてくるくらいに、今日もロアナプラの気温は暑かった。

 南方の最果てに位置し、海に面したロアナプラは暖流の影響からか気候はとても穏やかな反面、平均気温は真冬だろうが20度を軽く超える。おまけに高温多湿な所為で温度計の数値以上に体感気温が高い。

 誰かが冗談混じりに言った。

 この街は常夏の街だと。

 上手いことを言うもんだ。

 

「あっつ……」

 

 額に流れる汗を手の甲で拭う。

 海面から運ばれる温かい風は春の息吹きなどとロマンチックなことをほざけないレベルである。まだ砂漠の熱風の方がマシかもしれない。

 目的地の場所までは其れ程の距離は無いのだが、いかんせん暑い。だが、金も無いので水は買えない。ロアナプラの水の相場は市場より少し高いのだ。

 そんな地獄のような日差しの中を歩き続けること数分。

 

 偶然にも、それが耳に入った。

 

「ふざけんなよ! ごらァ⁉︎」

 

 メインストリートから離れた裏路地から若い男の怒声が聞こえた俺は、思わずその足を止めてしまった。

 何事か?と首をその怒声がした方に向けると、そこには数人の男が何かを取り囲むように立ち並んでいる。

 どうやら怒声の主はあの連中らしい。

 

「あらら……可哀想に」

 

 取り囲む男たちに俺は見覚えがあった。最近になってデカイ態度を取るようになったチンピラ集団だ。

 いちゃもん付けて弱いやつをボコるなんて当たり前で、噂では黄金夜会の許可なく麻薬を売り捌いたりもしてるとか。

 とは言え、だ。

 このロアナプラではそんな集団は大して珍しくもなんともない。

 関わるだけ無駄な事。余計な事に好奇心で首を突っ込むとろくな事にならないのは14年も昔に経験済みだ。

 見なかった事にしよう。そう決めた俺は再びその足を進もうとして、

 

「聞いてんのか! この(アマ)

 

 ピタっと、女という言葉に再度足を止めた。

 なるほど、それならそうと早く言え。

 余計な事に好奇心で首を突っ込みはしない。

 ただし、女が絡む場合は例外だ。ただし美人に限定で。

 止めた足を動かす。目的地は連中のいる裏路地だ。

 未だこちらに気がつかない連中のところにゆっくりと近づくと、そこには倒れた若い女がいた。

 年はまだ10代半ば、15から16といったところか。

 赤と茶が混じったような髪に雪のような白い肌。ボサボサに好き勝手に伸びた髪の所為で顔は見えないが、たぶん美人。こういう直感は生まれてこのかた1度も外れた事がないので間違いない。

 なんとなく知り合いの乱射魔を思い出させる容姿だが、こんな場所にあの馬鹿女がいるわけないと切り替えてから、俺は軽く喉を鳴らした。

 

「ーーやれやれ、なってないな」

 

 ワザとらしく大きな声で背後から声をかけると、声に反応した男たちはこちらに振り向き、直ぐに睨みを利かせてきた。

 

「あん? なんだ手前は。怪我したくないならさっさと失せな」

 

「ご忠告どうも。いや、なに、面白そうだから首を突っ込みにきたのさ。それよりも、ほら」

 

 指を倒れている女に刺すと、連中の視線も自然と女に集まった。

 

「女の扱いがなってないぜ。女には優しく、騙されたって笑って許せ。ママにそう教わらなかったかい?」

 

 肩をすくめてそう言うと、男たちは盛大に笑い出す。

 それもそうだ。わざわざ昔の漫画よろしくカッコつけた馬鹿がいきなり現れたんだから彼らの態度は当たり前である。

 

「馬鹿か手前。この街でそんな間抜け言ってるやつなんて死にたがりの馬鹿か、薬でラリったやつだけだぜ」

 

「なら試してみるか? どっちが死にたがりの馬鹿なのか」

 

「へッ…上等だ!」

 

 先手必勝と言わんばかりに連中の1人がいきなり胸ぐらを掴んで来た。動きを封じようとする手際は中々場慣れしているようだ。

 そのまま掴んだ左腕を力強く自分の元に引き寄せて、反対に右腕を思いっきり前に出してくる。まともに受けたらたぶん痛い。

 

「いいね、わかりやすいのは好みだ」

 

 なので首を軽く横にズラして躱す。空を切った右腕を横目で見ながら右足で相手の下半身の重心を乱す。バランスを崩した男はがくりと倒れ出したので、1度体を反転させて相手の右腕を掴み、

 

「そおぉい!」

 

 そのまま力任せにぶん投げた。

 柔道の一本背負いのようにくるりと宙に舞った男はそのまま硬いコンクリートの地面に背中から叩きつけられて意識を手放す。

 

「手前…ッ!」

 

 勢いよく掴みかかる2人目を闘牛士みたいにヒラりと避けて、そのまま右肘を首筋に落とす。膝の力を抜くことで体重を預け、自由落下に逆らわずに体を落とした一撃は相手を気絶させるには十分過ぎたようで、男はカエルが潰れたような声を漏らしながら倒れた。

 

「…………で、まだやるか?」

 

 質問と言うよりは確認。

 今ので実力差がわかる物分りの良いタイプなら良し。

 今ので実力差がわからない物分りの悪いタイプなら更に良し。

 

「こ、このやろう!」

 

 どうやら後者だったようだ。

 声を張り上げて自らを鼓舞しながら連中は一斉に飛びかかってくる。

 その光景に思わず口角が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、覚えてろよ。俺らに喧嘩売ってどうなるか…こ、後悔させてやるからな」

 

 顔を2倍くらいに腫らした男がお約束な捨て台詞を吐く。

 しかもご丁寧に仲間2人に肩を預けながらだ。

 

「ああ、覚えてたらな」

 

 ぱんぱん、と手の汚れを落とす仕草で答えると、連中は苦虫を潰した顔でそそくさと逃げて行った。

 たぶんだが、もう2度と会うことはないだろう。あのタイプは頭を低くして生きていけるタイプだ。

 

「………………さて、と」

 

 乱れた衣服を軽く整えて、ついでにジャケットについた埃を払う。

 何が楽しくてこんな炎天下の中で正義の味方ごっこなんてしたのだと聞かれれば、それ相応の見返りを期待しているからである。

 

「怪我はないか? お嬢さーーーー、?」

 

 頭でなにか考えるよりも早く微笑み、振り返って手を差し伸べた所で、俺は声を詰まらせた。

 やましい気持ちは確かにある。華麗に助けた後はお茶でも飲みながら、見るからに訳ありな彼女の身の上話を聞いて仲良くなろうと考えていた。……できたらそのままベッドインもなんて思っていたりいなかったり。

 認めよう。やましい気持ちは確かにあった。

 だけどーー

 

「…………何も言わずに去るのはどうなんだろ」

 

 彼女がいた場所には既に誰もいなかった。

 有り体に言えば逃げたのだ。おそらくは乱闘に乗じて。

 誰もいない裏路地で1人虚しく手を差し伸べている自分にものすごく悲しくなった。

 

 ゴーン!と、昼を知らせる鐘の音がメインストリートから聞こえる。

 

「…………あッ!」

 

 ディアーチェとの約束の時間は12時丁度。

 鐘の音が鳴るのも12時丁度だ。

 つまりは遅刻。

 胸を駆ける冷たく悲しい風に涙が出そうになるのを必死に堪えながら、

 

「不幸だ……」

 

 と、何処かの不幸学生の台詞をため息と一緒に吐き出した。

 




ウェンリーのイメージCVは林原めぐみさんや沢城みゆきさん辺りをイメージして書いてます。まあ、特に深い意味はないですが。

戦闘シーンが難しい。もうちょい上手く書けないものか……


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Act.1 A trouble is always come with a promise.トラブルはお約束と共にやってくる

ここからリメイク前と大きく変わっていく予定。


「馬鹿か? いや、馬鹿だったな貴様は、しかも取り返しのつかないレベルの馬鹿だったな」

 

 中央道路から外れた横町、チャルクワンの市場を抜けた先、サータナム・ストリートにある小さな酒場に駆け足で行くと、早速の毒舌で迎えられた。案の定だ、木製の丸テーブルに小さな体で陣取るように座っていた人物ーーディアーチェ・K・クローディアはお怒りの形相でこちらを睨んだ。

 ディアーチェとの出会いはーーぶっちゃけ当時の事はある理由からよく覚えていないのだがーー9歳の時で、その付き合いはかなり長い。付き合いの長さではユーリと同じか、下手したらそれ以上であり、縁は深いと言えるだろう。尊大で無駄に偉そうな口調とは裏腹に昔から世話焼きで意外と乙女な思考をしている彼女を親しい友人は「王様」なんて冗談混じりに言う。ちなみに俺も偶に言う。俺の魔力色を連想させるような銀色の髪と宝石と勘違いしそうな翡翠の瞳。小柄ではあるが、ユーリとは違って可愛いよりも美しいという印象が強く、第一印象はデキる大人な女なイメージを他人に与える彼女だが、騙されてはいけない。ディアーチェは見た目とは真逆にへっぽこなのだ。もちろんそれを本人に言ったら俺が酷い目に合うのは確定的なので、口が裂けても言わないが。

 ともあれ、今の俺がいるのは間違いないなくディアーチェのおかげであり、世話焼きな彼女に自分が何度も助けられている為、俺は総じて今でもディアーチェに頭が上がらない。

 そして、そんなディアーチェは俺やユーリが所属する運び屋エルトリア商会の所長だったりする。

 

「馬鹿とは酷いな。それはレヴィのアイデンティティーだぞ。せめてアホと言え」

 

「おいアホ」

 

「やばい。真正面から言われると結構傷つくわ、それ」

 

 俺はディアーチェが陣取る丸テーブルに向かい合うように座った。既に頼んでいたのか、ディアーチェの手元には透明な液体の入ったグラスが置かれていたので、それに習うように近くを通りかかった従業員らしき男性を引き止める。

 

「ウイスキーをロックで」

 

 ロアナプラでは昼からでも酒を飲む素晴らしい風習がある。その為か、昼間でも大抵の酒場は開いているし、客入りもそこそこ良い。

 

「昼間から随分と強いのを頼むな」

 

「そうか? 普通だろ」

 

 ちなみに余談だが、ロアナプラの住人の大半はビールとミネラルウォーターの区別がつかない人種ばかりで、早い話が酒豪が多い。ミルクの代わりにビールを飲んで育てられた、なんて冗談はロアナプラ住人の小粋なジョークの定番だ。

 

「まあいい。…………それで、遅刻の言い訳はなんだ」

 

「ナンパしてたら遅れた。ちなみに失敗」

 

「死ね」

 

「容赦ねェな、おい」

 

 相変わらずウチのボスは手厳しい。

 基本的に身内には甘々な彼女だが、昔から俺にだけはセメントな態度を取ってくる。以前、本人に聞いたら「なんとなく気に食わない」だそうだ。解せない。それでもこちらが困ってたら無条件で助けてくれるし、今みたいに2人だけで出掛けたりもするので嫌われてはいない筈である。……たぶん。

 

「ふん。金も稼がずに女の尻ばかり追いかけているやつを優しくする道理はない」

 

「仰る通りで」

 

 酒場には自分たちを含めて5人に満たない数の客がいた。4月頭のど昼間から呑気に酒を飲むなんて、良い時代になったもんだとしみじみ思う。……実際は単純に仕事が無くて暇を持て余しているだけだが、気にしてはいけない。

 

 ーーカラン。

 

 注文したウイスキーがテーブルに置かれたのと、ほぼ同時のタイミングで来客を告げるドアの鐘が鳴った。音に釣られてドアに視線を向けた俺は驚く。なんてことだ。見覚えがある。とんでもない、なんと先ほどナンパに失敗した女だ。

 向こうも俺の存在に気がついたのかこちらと目が合うと、驚いたような申し訳ないような表情を浮かべた。

 

「知り合いか?」

 

 と、ディアーチェが訪ねて来たので、

 

「今話したナンパしようとした女」

 

「可哀想に…」

 

 まて。それはどういう意味だ。

 今直ぐに反論したかったが、それどころではない。俺は再び視線を戻す。

 女は一度頭を下げてから、カウンター席に歩いて行った。

 

 ーー隣にいる男と一緒に。

 

 俺はがくんとテーブルに項垂れた。

 

「男連れだったのね……」」

 

 俺は心底落ち込んだ。どんなに良い女でも男がいたら手を出さないのを信条にしている俺にとって、ショックな事実である。夢なら覚めて欲しいものだと切に願う。

 

「…………あ?」

 

「どうかしたか?」

 

 もう一度だけ女がいるカウンターを見る。2人は何か話している所為で顔は見えず、背中しか見えない。

 恋人にしては華やかさが感じられないが、人前で所構わずイチャつくよりはマシだと無理矢理に納得する。

 

 …………気のせいか。

 

「いや、なんでもない。後で傷ついたハートをユーリに慰めて貰おうと思ってな」

 

「貴様、いつか刺されるぞ」

 

「俺的には刺されるよりも挿す方が好みなんだが」

 

「一度本気でユーリに刺されろ」

 

「大丈夫だ。既に一回刺されてる」

 

「駄目だこいつ。我が思っていた以上に重症だった」

 

 その時の事はあまり覚えてはいないけどな。と付け加え、俺はウイスキーに口をつけた。

 軽蔑の眼差しを向けるディアーチェを横目に、何か面白い事でも起きないかな。とか、考えていた時ーー

 

 急ブレーキをかける複数の車の音が店外から聞こえた。

 

「あらら……」

 

 窓から見えた車からは複数の男が見慣れたヤバい物を抱えて降りる姿があった。それだけでこれから何が起きるのかが簡単に予想がついた俺は、手元にあるウイスキーの入ったグラスを持ってテーブルの下に潜り込んだ。

 

「お、おい⁉︎」

 

 ディアーチェが驚いたような声を上げる。そういえば今日の彼女はスカートだった。なるほど、薄いピンクか。慌てて足を閉じたので一瞬しか見えなかったのが残念だ。

 

 刹那、窓ガラスが割れる音と鉛玉が飛ぶ銃声が昼間の酒場に木霊した。

 

「なッ!」

 

 ディアーチェが素早くテーブルの下に潜る。2人もいたら流石に狭い。

 荒れ狂うように舞う木屑とガラスの破片と銃弾。

 どうやら外にいる連中はマシンガンの類いを持ち込んでいるらしく、規則正しい連射音が狭い店内に響く。

 

「昼間っから派手なことで」

 

 飛び交う弾丸をBGMにグラスに口をつける。銃撃が中々止まないあたり、複数人が交代で連射しているのだろう。俺の故郷の歴史的偉人に似たような軍略をした人がいた気がする。名前は忘れたけど。

 

「おい」

 

「ん? なんだよ」

 

 くいくいとディアーチェに服裾を引かれたので向き合う。翡翠色の瞳がこちらを睨んでいた。

 

「貴様、また何か仕出かしただろ」

 

「してねェよ。誤解だ」

 

 小さく小声で「……たぶん」と付け加える。考えられるのは先ほどナンパの際にフルボッコにしたチンピラ連中からの報復だが、果たして報復一つにここまで派手に動くだろうか?答えはNOだ。ましてやこの近くには黄金夜会が一角、ホテル・モスクワの事務所があるのだから、少しオツムが良いやつならそれが賢くない行動だと理解するはずである。

 

「怪しいな」

 

「部下で仲間で幼馴染みの言葉を信じてあげて」

 

「……この前同じことを言ってたやつを素直に信じた結果、ヴェロッキオのトコと揉めたんだが。誰か知ってるか?」

 

「なんだと⁉︎ 酷いやつもいたもんだな。そいつはきっと嘘を吐くと碌な人間にならないって近所の牧師に習わなかったんだろ」

 

「今凄い勢いで自爆したぞこいつ」

 

 ジト目でこちらを見るディアーチェに変な興奮を覚え始めた頃にようやく銃撃が止んだ。

 しんと静まり返った酒場にはアルコールとタバコの煙の代わりに血生臭い血の臭いと、木屑によってできた粉塵が舞っていた。どうやら生き残ったのは自分たちを含めて5人ほどみたいだ。運悪く鉛玉を頂戴したバーテンや従業員、客の連中に同情する。

 

「……いたか?」

 

 昼間の酒場を惨劇な血風呂にした連中がズカズカと店内に入って来た。その手にはゴツい銃を握り、センスの悪いサングラスが光る。

 

「駄目ですね。ハズレみたいです」

 

「……ッち!」

 

 部下らしき男の報告を聞いた男が舌打ちを打った。

 どうやら連中、誰かを探しているらしい。しかもタチの悪いことに死体でも構わないときてる。

 

「仕方ない。一旦引くぞ」

 

 よしよし。いいぞ。そのまま帰ってくれ。そしてできれば二度とエンカウントしないでくれ。

 心の中でそう願っていたら、久しぶりに天に願いが通じたのか、連中は素直に引いていく。

 と、その時だった、

 

「なにしてる、さっさとズラかる……ぞ?」

 

 部下の1人の首が突然勢いよく宙に舞った。

 昔のパーティゲームに使う黒ひげの人形みたいに男の首が飛ぶ。直後、噴水のように血が飛び散り、首が無くなった体が床に倒れる。

 

「いっ……いたぞ! こいつだ!」

 

 首を跳ねられた男の後ろには、太刀に間違いそうなくらいに巨大なナイフを持った男ーーあの女のツレーーがいた。

 連中は叫び、銃を構える。が、見た目通りなゴツいエモノは見た目通りに構えるアクションが遅い。

 1人が銃をスライドさせるよりも速く、2人の首が飛んだ。

 その光景にビビるやつに男は一気に近づき、

 

「ひいぃ‼︎」

 

 躊躇無く首を跳ねた。

 

「おー、怖ッ。まるで切り裂きジャックだな。殺しに躊躇いがない」

 

「たしかに手慣れてるな……いや、というよりは慣れてしまった、が正解か」

 

 男の一方的な殺戮を見たディアーチェがそんな評価を下す。首ばかり狙っている、というよりは一撃必殺を追求したらこうなってしまったと言わんばかりの殺し方。驚くべきは人の首を固定せずに力任せに両断できる怪力。

 だが、その動きには若干の素人臭さが残っていた。まるで短期間の間に休む間もなく命の奪い合いをしてきたような動き。そして、その推測はおそらくは正しい。

 

「難儀だねェ。きっと苦労してんぜ、あいつ。ま、自分で撒いた種みたいだし、このまま頑張って追っ払ってもらおうぜ」

 

 グラスの酒はもう残り少ない。散乱したボトルの中に無事なのが無いのかを探してはみたが、残念なことにボトルは全部割れてしまっていた。

 

「なにを呑気な」

 

「いや、だってそうでしょ。あの殺られてる連中、街の流儀を知らない余所者だ。下手に首突っ込んでも碌なことにならないだろ」

 

「…………」

 

「そんな目で見んなよ。だいたい、誰を助ければいいんだ?リンチしようとして、逆にリンチされてるあいつら?それとも、どう見ても助けのいらなそうなあの男?どっちに味方してもヤバそうだぜ」

 

「…………そうだな」

 

 眉間に皺を寄せたままディアーチェはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ」

 

 血生臭い部屋の中で男は息を切らしながら最後の1人の胸にナイフを突き刺した。刺されたやつは痛みから体をジタバタと数回バウンドしたが、やがて力尽きたのか、陸に上げられた魚の様に動かなくなる。それが戦闘の終わりを意味していた。

 約10人余り。銃器で武装した男10人をたった1人で全滅させた男は、肩で呼吸しながらも生きていた。

 

「はぁ……はぁ……うッ!」

 

 男は突如襲う酷い嘔吐感に口を押さえながらその場にしゃがみ込む。胃を逆流する不快感を必死に押さえる。

 

「クルツ!」

 

 カウンター奥から女が男の元に駆け寄った。心底心配しているのが表情から容易にわかる。

 

「……終わったみたいだな」

 

「だな」

 

 ようやく狭いテーブル下から出られたことに俺は喜んだ。長い時間しゃがんでいたので、さっきから背中と腰が痛い。軽く伸ばすと、パキパキと骨が鳴った。首をついでに数回鳴らし、改めて問題の2人を見る。男の方は意識を保つのもやっとみたいだった。

 

「で、どうするんだ?」

 

 ディアーチェがそう尋ねてくる。どうするも何も、俺は最初から関わるつもりなんて微塵もないのだ。さっさとこのまま帰りたい。

 

「クルツ! しっかりして! クルツ!」

 

 ドサリ、とクルツとかいう男が意識を失い倒れた。

 何度も女が心配そうに体を揺するが、荒い息を吐くだけで、反応がない。たぶん極度の緊張感からくる疲労が限界に達したのだと思う。

 

「で、どうするんだ?」

 

 再度のディアーチェからの問い。否、最早問いではなく確認に近い。彼女は俺がどうするのか初めからわかっていたのだ。

 面倒くさい女。初めから答えもやり方も先んじて知っているくせに、ワザと教えないで同じ答えに行き着くのを黙って待っていやがる。本当に面倒くさい女だ。少しは他の女を見習ってーー

 

 ーー冷静に考えたら俺の周りの女って大なり小なり面倒くさい女しかいなかった。

 

 改めて再確認した事実にため息が出る。

 

 なによりーー

 

 

「何かお困りですか?お嬢さん」

 

 少々芝居クサく手を伸ばしながら件の2人に近づく俺も相当面倒くさいやつなんだよな。

 

 

 




最後の方が若干駆け足プラス無理矢理になった気がする。
更新遅れたのは、なのセンのVSデュエルの所為。
感想、アドバイスお待ちしてます。


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Act.2 Even if there is no justice, it turns around the world. 正義は無くても世界は回る

ほぼオリキャラオンリー回。


 ロアナプラに住み着いて10年、大概、さまざまな騒ぎを見てきたと思っている。マフィアの処刑や、抗争。売春婦のいざこざに街に住む女と男の揉め事。賞金首と賞金稼ぎのチキンレース。その他etc……上げたらキリがない。

 犯罪都市に居る者の宿命だと言ってしまえばそれまでだが……8年前にコクトーこと、黒道リクトと出会ってから、自分がトラブルに出くわす頻度は年々右肩上がりに急増している。運び屋なんて危ない橋を何度も渡る商売をしている彼の銃を整備し、彼が愛喫しているタバコを売るだけの関係の筈の自分の元に、毎回のように彼が飽きることなくトラブルを持ち込んで来るのは何故だろうか。かくまってくれと仲間の女から逃げ込んで来る彼を自宅兼工房として使っている店の二階にある自室に隠したり、簀巻きにして火炙りにしてやると血眼になりながら縄を持って怒鳴り込んできた街の男たちをなだめて追い返した回数は、もはやウェンリー本人さえ忘れてしまったほどだ。

 それでも見捨てられないのは、彼が数少ない心許せる友人だからなのかーーそれとも死んだ2代目店主の爺さんが気に入っていた男だからなのか、もしくは別に理由があるのか。8年経った今でもそれは未だに分からない。分からないなら、分からないままで良いとウェンリーはそう思っている。

 ーーとはいえ。

 

「悪い。ベッド貸してくれ」

 

 夕暮れ時になろうとする時間に、意識を失ったボロボロな成人男性を引きずり、おまけに年若い女を引き連れて現れた男を見捨てられない理由となると、さすがに少々考える必要があるとは思う。

 昼間の暑さからシャワーを浴びた下着姿のまま、ウェンリーは頭をかいた。

 

「……コクトー。ウチを病院と勘違いしてるなら、一度眼科と精神科を紹介するけど」

 

「いらんわ! ていうか、仕方なかったんだよ⁉︎ 事務所は遠いし、マオ先生んトコは電話出ないしで、ここしか当てがなかったんだ」

 

 肩で息を切らしながら玄関先で地団駄を踏むコクトーに、ウェンリーは軽く首をすくめて見せる。

 

「はいはい、わかったから。とりあえず居間に運んで。私、着替えてくるから」

 

「ああ、助かる。今回ばかりは本当に助かった」

 

 勝手知ったる他人の家ーー慣れた足取りで家の中を迷わず歩いていくコクトーの後ろ姿を見て、ウェンリーはぼやく。

 

「私、毎回ウチにあんたが転がり込んでくるたびにその台詞を聞いてる気がするんだけど、気のせいかしら」

 

「いやまあ、気のせいって事にしてくれると嬉しいかな」

 

 背中を向けているので表情は分からないが、きっと苦笑いを浮かべているに違いない。その証拠にひくひくと肩が揺れている。

 

「……それで、その2人は誰なのよ。見るからに厄介そうだけど」

 

「ああ、これ?……別に、ただの指名手配犯とそれに誘拐された人質だよ」

 

 小首を傾げるウェンリーに、コクトーはさも当たり前な口調でトンデモ発言をかました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血生臭い室内に、場違いに明るい声が響いていた。

 

「あなたは……」

 

「どうも、さっきぶりだな」

 

 唖然とする彼女の前で、俺はできるだけ余裕を持って声をかける。警戒心が1段階高くなる彼女を前に軽く手を振り、こちらに敵意が無いことを示す。

 

「ああ、心配しなさんな。別にあんたらの事情に興味はないから」

 

 ポケットからタバコを取り出そうとして、そういえば切らしていたことを思い出す。あまりにも格好がつかないので、そのままポケットに手を入れたまま会話を続ける。

 

「………ならなんで」

 

「特に理由は無いさ。強いて言うなら……なんか困ってそうだから、少しばかりおせっかいをと思ってね。こう見えて、ロアナプラで数少ない中立の人間なんだよ、俺」

 

 ギュっと気絶した男を抱く手が強くなった。警戒心はまだ溶けないらしい。それも冷静に考えれば当たり前である。ピンチの状況にそう都合よく正義の味方は現れない。それをわかっているだけでも彼女に対する評価は俺の中で高くなっていく。

 俺は小さく鼻を鳴らした。

 

「だから別にあんたのツレが現在大ブレイク中の次元指名手配犯だろうが俺は気にしないから安心しな」

 

「つッ⁉︎」

 

 女が息を呑む。薄っすらと冷や汗もかいていた。その反応で、見間違いなどでは無いという確信が取れたことをたぶん目の前の女は気がついていない。可愛いものだ。

 

「3週間前、第16管理世界にある管理局お抱えの研究所が何者かによって襲撃。犯人は研究所から実験サンプル及び施設内に居た民間協力者1名を連れて逃亡中」

 

 小馬鹿にしたような、それでいて見透かしたような笑顔を浮かべながら、俺は出来る限りふてぶてしく口元を歪める。

 

「目撃証言から犯人は第3管理世界出身の人物、クルツ・マートンと断定。生け捕りにして管理局に出したら賞金まで出る。そんなやつを親切心で助ける物好きなんて、次元世界探しても俺くらいだと思うがね」

 

 後ろから「嘘つけ、小悪党が」と戯言を言ってくるやつを無視し、そっとスマートに手を差し伸べる。

 

「先ずは安全な場所に案内してやるよ。ベッドくらいは用意するぜ」

 

「そこが安全である保証はあるの?」

 

「それは勿論」

 

 こともなげに言ってやると、女は眉を内に寄せた。

 

「こう見えても、俺はこの街で長いこと運び屋を営んでいてな。仕事柄、荒事専門の連中が手を出せない中立地域や安全エリアなんかを知ってるのさ」

 

「信用できない」

 

 俺の言葉を遮るように女は声を上げる。俺は、あくまで泰然とした態度のまま微笑み返す。

 

「さっきからあなたの話し全てが信用できない」

 

「その理由を聞いても?」

 

「……タイミングが良すぎる。こちらの事情を知って、それでも助けてくれる人が現れた。しかもこの状況下で、そう都合よく私は解釈はできない」

 

「なるほど……」

 

 口元に手を当て、さも意味有りげな仕草をわざと見せる。さて、ここからが腕の、否、口の見せ所だ。そう気合いを入れる。

 

「確かにそうだな。タイミングは自分でもびっくりするくらいに良すぎるよ。聖王信者じゃない俺が、天にいる聖王殿下に感謝したいくらいにな」

 

「白々しい」

 

「はは、あんた意外と気が強いんだな。益々気に入ったよ」

 

 俺は喉を鳴らす。もともとこの程度の返しは想定していた。ちょっと困ったように苦笑して見せる。

 

「まあ、タイミングが良いのは本当に偶然だ。信じられないってなら、それまでだがーー」

 

 ちらりと自然な動作で窓の外に視線を向ければ、外からは喧しいくらいに煩いサイレンの音が鳴り響いていた。

 

「今のあんたに選択の余地があるのかな?」

 

「……やっぱり信用できない」

 

 あの弱々しい見た目からは想像もできないキツい視線で睨まれる。だが、先ほどまでの緊張感溢れる視線ではない。少しだけ、申し訳程度に信頼を覗かせる瞳が俺を写す。

 

 

「でもーーあなたは信用できないけど……今はそれしか選択肢が無い。だから、信じてみることにする。とりあえず今は、あなたの言う安全な場所に彼を運びたいから」

 

「正直なことで」

 

「嘘で取り付くろうよりはマシ。それで、私たちを助けてくれるの?」

 

「勿論だ。全てを貴女の望みのままに」

 

 優雅に腰を折ると、後ろにいたディアーチェと目の前の女から同時に軽蔑の眼差しを向けられた。何故だ?

 

「……で、茶番は終わったか、コクトー」

 

「人がせっかくカッコよく決めたのに、茶番呼ばわりとか酷くね?これでも俺なりの誠意なんだが」

 

「辞書で誠意の意味を調べてから出直せ、たわけが。もしくはミドルスクールからやり直して来い、中退者」

 

「王様がセメント過ぎて辛い」

 

「黙れ色情魔。そんなことより、移動するならいい加減にここを離れた方が良いぞ」

 

「あら? もう来たのか」

 

 サイレンの音がかなり近い。たぶんもう店の直ぐ近くにまで来ているのだろう。

 パンパンと服に付いた埃を落とす。

 

「んじゃ、行きましょうかお嬢さん」

 

 裏路地に直結している出口の方に倒れた青年を担いで歩き出す。意識を失っている所為でやたら重いが、そこは我慢しよう。

 

「…………アーシャ」

 

「うん?」

 

「アーシャ・シュトロゼック。私の名前」

 

 不貞腐れた子供のようにそっぽを向いたまま、彼女ーーアーシャは自らの名前を口にする。

 

「アーシャ、ね。可愛い名前だな」

 

「馬鹿にしてるでしょ」

 

 ようやく見えたアーシャの本当の顔。少しだけ子供っぽい仕草に自然と笑みが浮かぶ。

 

 ーーこれで男連れじゃなかったらなァ……

 

「俺はコクトー。しがない運び屋をやってる。で、こっちがウチのボスの」

 

「ディアーチェ・K・クローディアだ」

 

 硝煙の臭いと余熱が残る生暖かい空気に吐息を溶かしてーー2人に気づかれないように小さく俺は、計画の順調な滑り出しにほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた馬鹿でしょ」

 

 ことの次第を聞いたウェンリーの第一声は、予想通りの罵倒だった。ディアーチェといい、こいつといい、ロアナプラでは俺を罵倒するのが流行っているのだろうか。地味にメンタルを抉るので止めて貰いたい。

 

「いやァ、美人の女が困ってたら見捨てられなくてなァ」

 

「……節操無しもそこまでいけば美徳かしらね」

 

 浅く息をつき、ウェンリーはそれでも呆れ顔で笑ってくれた。一階から薬箱を持ってくると、小さな椅子をベッドの横に置いて腰掛ける。

 

「そういえばディアーチェは?」

 

 薬箱から薬品とガーゼと包帯を取り出しながらウェンリーは呟く。

 

「一度事務所に戻るって」

 

「そう。ディアーチェも苦労してるわね」

 

「おいマテ、それどういう意味だ」

 

「さあ? どういう意味かしらね」

 

 首を可愛いらしく傾げるウェンリー。

 

「でも変ね。なんで指名手配されてるやつがこの街に来たのかしら」

 

「は? 変……って、なにがだよ。この街には管理局に中指立てるのが一般常識だと勘違いしてるやつなんていくらでもいるだろ。別に驚くような話じゃ、」

 

「そこじゃないわよ馬鹿。なんで、賞金ぶら下げてるやつが1人でわざわざ管理局のあるミッドチルダに来たのか、って話よ」

 

「あ」

 

 確かにそうだ。忘れがちだが、ロアナプラは第1管理世界ミッドチルダの南方にある。それはつまり、ミッドチルダに本局を構えている時空管理局のお膝元にいる事を意味している。

 考えてみれば、この街の指名手配されてるやつは一部を除いて、何処かしらの組織に飼われているやつだ。だが、この2人はーー正確にはクルツ・マートンにはそういった空気は感じられなかった。

 さらに気に入らない点がもう一つあるのだが、

 

「ま、その辺の事情は正直どうでもいいんだけどな」

 

「あんたね……」

 

「いや、本当だって。こっちとしては善意でやってるんだし、やましい気持ちなんてこれっぽっちもーー」

 

「嘘ね」

 

 ばっさりとウェンリーは俺の言葉を切り捨てた。相変わらず人の嘘を見抜くのが上手い。

 

「どうせあんたの事だから何かしら見返りがあるんでしょ?」

 

 的確なウェンリーの言葉を聞いたアーシャがベッドの反対側から睨んで来る。

 ウェンリー、それは本人の前では言っちゃ駄目なやつだろ。慌てて取り繕うとしたらアーシャは、

 

「別に、知ってたから」

 

 と返した。

 その返しにウェンリーは感心したような表情を見せる。

 

「へェ……意外と肝が据わってるのね」

 

「それほどでも。それよりも一つ聞きたいことが」

 

「なにかしら?」

 

「ここは本当に安全なの?」

 

「安全よ」

 

 アーシャの問いにウェンリーは首をすくめた後、はっきりと言い切った。

 ロアナプラは犯罪都市なんて呼ばれてはいるが、別に修羅の国でもなければ世紀末な場所でもない。一見すると無法地帯な印象を受けるこの街にも、独自のルールや決まり事はある。

 

「ここはね、ロアナプラを牛耳る4大組織が決めた数少ない中立地域なのよ。だから少なくとも、街の連中はここでは滅多に銃を抜かないわ」

 

「じゃあ、住人以外がここを襲う可能性は?」

 

「無くは無いわね。まあ、そうなったらそこにいる節操無しに頑張ってもらうから安心して」

 

 直後、アーシャがこちらをジト目で見てきた。そこまで信用無いのか。

 

「随分嫌われてるみたいね」

 

「シャイなんだよ。たぶん」

 

「そのシャイな娘にもの凄い勢いで殺気紛いの視線向けられてるの気付いてる?」

 

 いよいよ呆れた口調で呻いて、ウェンリーは詰んだ包帯の端を噛み千切った。ミイラ男になり果てた青年を見下ろしたウェンリーはしかめ面で言う。

 

「とりあえずの応急処置はしたわ。後はマオ先生のとこに運んでーー」

 

「………その必要はない」

 

 とーーウェンリーの言葉を遮るように、滑り込む声が聞こえた。

 驚き、振り向くと、しかめ面の青年が身を起こしている。包帯を巻かれた腕で身体を支え、隣にいるアーシャが心底心配そうな表情で手を貸して、やっと上体を起こしている有り様だが、警戒に細めた瞳は刃のように鋭い。

 

「クルツ、無茶しちゃだめ」

 

「アーシャ……ここは……?」

 

 慌てて肩を支えるアーシャを見た後、青年は目線だけで部屋の中を見回していた。

 ぎらつく眼光が、警戒しまくっているのをわからせる。

 

「大丈夫、ここは安心な場所だから。そこにいる人が手当てもしてくれたんだよ」

 

「そうか……」

 

 アーシャの言葉を青年ーークルツは一つずつ確認して、理解しようとしているようだった。しばしして、大きく安堵の息をつく。

 

「……なんとか、逃げれたのか」

 

「うん」

 

「アーシャは怪我してないか?」

 

「大丈夫。クルツが守ってくれたから」

 

「そうか……よかった」

 

 なにやら良さげなムードに入っていく2人に無性に腹が立ってきた。人前でイチャつくなと声を大にして叫びたい。

 

「よし。ウェンリー、ここは負けじと俺たちもイチャつこーーふが⁉︎」

 

 肩を抱いた瞬間、半眼のウェンリーが口の中に余った包帯を突っ込んできた。思わず変な声が上がる。

 不審げに顔をしかめる2人を視界に収めたまま、彼女は口を尖らせた。

 

「コクトー、今から大事な話をするんでしょ?馬鹿やってないの」

 

「いや……だってなァ」

 

「いいから静かにしてなさい」

 

「はい」

 

「……一つ聞きたいんだが」

 

 一言で切り捨てるウェンリーとうなだれる俺のショートコントに困惑しながら、クルツは呻いた。手足に巻かれた包帯を見下ろした後にウェンリーに視線を向ける。

 

「これは、あなたが?」

 

「ええ。消毒して、市販の傷薬塗って包帯巻いたくらいだけどね」

 

「いや、十分です。助かりました」

 

 クルツは痛む身体で、ベッドの上で正座に座り直してから深々と頭を下げた。後ろにいたアーシャも長い赤茶色の髪を水のように肩に滑らし、感謝の意を示す。

 その様子にウェンリーは目を丸くし、困ったように頭をかく。

 

「……この街に長いこといる所為かしらね。こんなに礼儀正しくお礼を言われたのなんていつ以来かしら。なんだか背中が痒いわ」

 

「通理を通したまでです。どんな相手でも、礼を失くす無様な真似はできないので」

 

 そう言って持ち上げた顔には、最大限に研ぎ澄ました緊張が張っている。その顔つきはまさしく通理を通しただけという態度だ。

 だが、ウェンリーに怯えた様子はない。むしろにこりと柔らかい笑みを浮かべるほどである。

 

「気にしないでちょうだい。私はそこの馬鹿に頼まれただけだから」

 

「そこでナチュラルに罵倒するのを忘れないあたり、流石だよなァ」

 

 すっと、身を乗り出すことで会話の矛先をこちらに向けさせる。

 

「先ずは自己紹介からかな。俺はコクトー、運び屋だ。一応はあんたらの命の恩人だから感謝してくれ」

 

「恩着せがましいわね……」

 

 ウェンリーがこっそり呟いているが、無視しておく。

 

「……クルツ・マートンだ。一応聞きたいんだが、もしかしてあの酒場にいたか?」

 

「まあな。悪いとは思うが、いらないお節介を焼かせてもらった」

 

「いや、本当に助かった。ありがとう」

 

 先ほどのウェンリーにしたように深々と頭を下げるクルツに、生真面目な奴なんだな。と返す。

 

「ーーで、だ。さっそくだが、本題に入るぜ。あんたら、この街になにしにきた?」

 

「………」

 

「黙んまりか」

 

「……すまない」

 

 俯き、口を固く閉ざす2人を見て、今この場で話すのは不可能だと結論付ける。

 

 ーーとなれば、やることは一つしかない。

 

「ーーーーよし、飲もう」

 

『………………へ?』

 

 仲良くアーシャとクルツの間の抜けた声が室内に木霊する。

 

「ロアナプラでは傷を治すのによく冷えた酒がいいって言われてんだ。こうして会ったのも何かの縁。酒くらいは奢ってやるよ」

 

 置いてけぼりな2人を見て、にやりと俺は笑った。




ちょっとリアルが忙しかったので更新が遅れました。ちなみに理由は新居に引越し。


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Act.2.5 Material. 星と雷と王様と

マテリアル回。


「えええええええええええッ⁉︎」

 

 驚愕でもなく。感嘆でもなく。

 やたら煩く、語尾の上がったそれは、純然たる抗議の声であった。

 

「嘘ぉ⁉︎ なんで⁉︎ 王様のバカーー‼︎ ひんにゅーー‼︎ チビ‼︎」

 

 ーーしばき倒してやろうか。この駄目家臣。

 

 そう突っ込みそうになった言葉を呑み込み、代わりにディアーチェは青筋を立てながら、眉をひくひくと動かした。

 

 ーーあと、ひんにゅーとか言うな。貴様らがデカいだけで、我は普通だ。少なくともオリジナルである小鴉よりは身長も胸の大きさも勝っている。

 

「ボクのことばっかり除け者にして。だから白髪が増えるんだよォ!」

 

「…………言いたいことはそれだけか?」

 

 率直過ぎるその言葉にいい加減にディアーチェのナニカがプチッと音と共に切れた。

 そんなディアーチェの様子を見て、ようやく彼女は自分の失言に気づいた様だ。ぶんぶんと大きく首を振るのに合わせて、後頭部でツインテールに纏めた長い水色の髪が揺れる。

 

「ーーあ。もちろんそんなのは嘘で、王様は優しいし、スタイル良いし、かっこいいよ。本当だよ、本当!」

 

 大慌てで両手まで振り回し始める。その速度たるや、頭と腕ーー共に残像が残るかと思うくらいの勢いだ。多数の顔に多数の手。中々に摩訶不思議な光景である。昔、コクトーの故郷で神仏の類いに、似た様な木彫りを見た記憶があるが、目の前のソレはなんとなくソレを連想させた。

 

「でもボクに内緒でコクトー独占して、デートに行くのはちょっと反則って言うか、ズルいって言うか、あ、でも、それで王様の事を嫌いになるとかそう言うのじゃなくてーー」

 

「……もうよい」

 

 片手を挙げてディアーチェは眼前の女性を制した。

 さもなくば彼女は延々と言い訳だか何だかわからないナニカを喋り続けたに違いない。

 感情表現が他人よりも豊かな分、時折自らのそれにひきづられて暴走しがちなところがこの水色の髪の女性には在る。年不相応に幼く、一途で可愛らしいところが彼女の魅力でも在るのだが。

 

「わかったから、少し落ちつけレヴィ」

 

 昼過ぎーー酒場の騒動の後、ディアーチェは一旦自分が構える事務所へと帰って来た。

 一度、自分の部下たちに事の全容を報告する為にだ。

 コクトーが件の2人をどうするかはわからないが、少なくとも何かしらこちらの手を必要とする事態になるのは間違いない。それは長年の付き合いから容易に想像ができた。

 そんな訳でーー正式に仕事として依頼される可能性も考慮したディアーチェは、その事を丁度仕事から戻って来た部下兼臣下の2人に告げたのだが、途端その片方が前述の様に騒ぎ始めたのである。

 水色の髪の女性の名はレヴィ・ラッセルという。

 彼女もまたユーリやディアーチェ同様、コクトーとは彼が小さい頃からの付き合いになる。

 子供のままの心で大人になったを体現したような彼女は、子供のころから変わらず現在までコクトーにべったりと懐いていた。お互いがまだ年端もいかない幼子からーー運び屋として、大人として相応の年齢や体格になってもだ。正直、ディアーチェとしては未だにあの男の何処にそこまで惚れ込んでいるのか不思議でならないが、それでも自分の臣下でもあるレヴィが実に幸せそうに充実した顔を見せているので、とりあえずはそれで良いと思っている。

 

「ぶうぅ……。せっかくお仕事早く終わらせて帰ってきたのになァ」

 

 思いっきり溜め息をついて、レヴィは事務所の来客用兼レヴィ、コクトー専用のベッドとして使っているソファにボスんと深く腰を落とした。誰が見てもわかりやすいくらいに落ち込んでいる。

 

「残念でしたねレヴィ」

 

「ねー」

 

「まあ、私は3日前に一緒に出かけましたけどね」

 

「裏切り者ーー⁉︎」

 

 気の毒そうに眉を寄せ、しかし口元には苦笑を浮かべ、おまけにきっちりトドメを刺したのは、領収書の束をさばいているもう1人の女性であった。

 シュテル・スタークス。

 レヴィとは対照的に寡黙で物静かな印象が強い女性だ。

 下ろすと膝下まである長い髪のレヴィとは真逆に、ディアーチェ同様肩口あたりで流している茶色の髪。一見すれば無表情な表情と瞳。知的な印象を強調するような赤いフレームの眼鏡。レヴィとは色々な意味で正反対である。

 右脳と左脳。感覚派と知能派。2人を初見で見た人はそんな感想が自然と出るくらいにとにかく対照的な2人なのだ。

 …………ただし、この2人。スタイルの良さだけは互いに負けず劣らずである。身長やバストサイズなど総じて2人に負けていたりするディアーチェなんかは、密かに妬んでいたりするくらいに良い。

 

「せっかく今日は大きな依頼も無いし、ラッキー、とか思ってたのに……」

 

 ゴロンとジーンズタイプのミニスカートが捲れるのを気にせずに、レヴィはソファに寝転がる。

 女である事を自覚していない、その無防備過ぎる態度にディアーチェとシュテルは声には出さずに内心で呆れた。これで身長やスリーサイズのバランスなんかが自分たち3人の中でトップなのが地味に腹が立つ。しかもふざけた事に栄養バランスや適度な運動など、影ながら努力しているシュテルとは違い、このド天然は一切その辺りのことをしていないらしい。以前にレヴィが真顔で「ダイエット?何それ食べ物?」とうっかり口を滑らした時に見た他の商会メンバーたちの般若の様な顔は記憶に新しい出来事である。

 

「こうなったらこの悲しみを忘れる為にも、帰りにケーキワンホール一気食いでもしよう!」

 

 拳を力強く握り締め、聞いてるだけで胸焼けが起きそうな事を言うレヴィ。

 一応、形としては落胆しているはずなのだが、それでも妙にテンションが高い。これがまあ、良くも悪くもレヴィ・ラッセルという人物の特徴であった。

 

 対してーー

 

「太りますよ……」

 

 茶色の髪の女性はやはり静かに柔らかい声をかける。

 静かな声音と諭す様な口調がじつによく似合う。

 

「あ、大丈夫。ボクいくら食べても太らないし」

 

「……レヴィ。ちょっと話し合いませんか? 久しぶりにキレちまいましたので。ああ、大丈夫ですよ。レヴィはちょっとバインドされながらルシフェリオン・ブレイカー喰らうだけですから、時間は取らせません」

 

「なんで⁉︎」

 

 レヴィが走ってシュテルが舵をとる。ついでにアクセルを踏む抜いて突っ走っていく。これが彼女等の基本形。

 ブレーキを次元断層に投げ捨ててきたと公言する迷コンビは今日も絶好調に遠慮と地雷を踏み抜いて行く。

 

 ちなみにだが……

 

 レヴィ、シュテル、そしてディアーチェの3人は『マテリアル』と呼ばれる少々他人とは違う存在であり、シュテルの事を『理のマテリアル』レヴィを『力のマテリアル』と呼ばれたりもする。

 一応は2人を統率する王であるディアーチェを含む三機のマテリアルを束ねるのが、ここにはいない『紫天の盟主』ことユーリ・エーベルヴァインになるのだが、本人たち全員に盟主だ、なんだ、と言った意識はあんまり無いし、その事について深く考えてもいない。

 それこそ、少し昔はそこそこハードな人生も経験してきたが、現在は「ああ、そんな事もあったなァ……」くらいである。

 

「ところで王。先ほどから端末が鳴っていますが?」

 

 とテーブルを指差して声をかけてくる。

 言うまでもなくこういった細かいところに気がつくのはシュテルの方。

 

「む……すまぬな。気がつかなかった」

 

 プライベート用の連絡端末は仕事中はマナーモードに設定してある。その所為で端末が鳴っていたのにディアーチェは気がつかなかったようだ。

 デバイスを使えばこういった不便さは解消されるのだが、ディアーチェは敢えてこの不便さを利用している。

 本人曰くーー「便利さを感じるのは良いが、それに頼り過ぎるのは良くはない」との事らしい。

 ともあれ。

 端末を開き、中身を確認すれば予想どおりの人物からのメールだった。ディアーチェは内容を確認する。

 

「ーーなんだ。何故そうなった?」

 

 メールを読んだディアーチェが率直な疑問を声に出した。その顔には呆れと困惑が混じったような表情が浮かんでいる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……コクトーからなんだが」

 

 ディアーチェは頬を掻きながら言う。

 

「例の2人組の片割れが意識を取り戻したので、話をしたらしいのだが……何故か、これから酒を飲むから金を貸してくれと連絡が来てな」

 

「交渉の為なのでは?」

 

 尋ねるシュテル。

 ディアーチェの視界の端っこでーー気になる音でも耳にした猫の様な仕草で、ひょいとレヴィが顔を挙げた。

 

「いや、彼奴の事だから案外、自分が飲みたいだけと言う話の可能性もありそうなのだが」

 

「先ずはお酒で相手の警戒心を解くと考えては……ないですね。間違いなく」

 

「はいッ、はいッ‼︎」

 

 突然ーー開会式などで行う宣誓でもするかの様な勢いでソファから飛び上がったのはレヴィだ。何をそんなに意気込んでいるのか不思議だが、右手を真っ直ぐに垂直に掲げ、指先まで全部きちんと揃えている。

 

「なら今からみんなで行こうよ! ちょうどボクら今日はもう仕事無いんだし」

 

「いや、行くと言ってもなァ……」

 

 突然の提案に、流石のディアーチェも困惑の表情で応じる。

 

「そもそも、そこまで金に余裕があるわけでもないし」

 

「ありますよ?」

 

「ーーは?」

 

 シュテルからの予想外な一言に、ディアーチェの口から珍しく間の抜けた声が漏れた。

 いつの間にやらーーである。

 

「あるって、いったい何処にそんな」

 

「ディアーチェ。見くびって貰っては困りますよ」

 

 にやりーーと笑うシュテルがディアーチェに歩み寄りながら、手元にある1枚の紙を取り出した。

 

「先日レヴィと飛び込みで引き受けた仕事の経費がかなり残っていまして。これを使ったらどうですか?」

 

 報告書の一部であろう経費の記載された紙には、とんでもない額が書かれていた。

 

「2万ドル⁉︎」

 

「はい」

 

 してやったりーーといった様子で笑みを深めるシュテル。

 

「これ、丸々か?」

 

「はい」

 

 更ににんまり。

 

「飛び込み、速達の仕事でしてたので、少し多めに経費を依頼金に組み込んだんですがーーなにぶんウチには飛び切り速い便がありますので」

 

 シュテルからの説明に胸を張り、自慢気にレヴィが鼻を鳴らした。

 ムフー、と荒い鼻息にドヤ顔。中々にムカついたディアーチェだったが、今はそんな事はどうでもいい。

 

「端的に言うと少々ちょろまかしたんですよ」

 

「…………」

 

 なんとまあ。

 恐れ入った。

 

「ーーそうか。なら、ありがたく使わせて貰おうか」

 

 久しぶりに自分の臣下の手腕に舌を巻いたディアーチェはテーブルにあった書類一式を纏め、引き出しにふち込んだ。

 

「よーし! なら早く行こう! 王様! シュテるん!」

 

 善は急げと言わんばかりにレヴィがソファから勢いよく飛び跳ねる。

 

「ええ」

 

「いや………………まて、まて、おい!まだシュテルと我は色々やり残した仕事が在ーー…………」

 

 最後まで言う前にさっさと臣下2人は事務所を出て行ってしまいーーディアーチェ・K・クローディアの短いため息と事務所の扉が閉じられらる音が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、我を置いて行くなーー!」

 

 数秒経って、ようやく自分が置いて行かれた事を理解したディアーチェは慌てて事務所を飛び出して行った。

 




所謂その頃王様たちは回。


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Act.3 Yellow flag. 世界一危険な酒場

なのイベが悪いんだ。二週続けてなんて聞いてないぞ。
あ、今回はブラクラ要素強め?です。


 ロアナプラはよく無法地帯だと言われたりするが、それは大きな間違いだ。

 時空管理局が定めた管理局にとって都合の良い法律という点に関してだけ言えば、ロアナプラは間違いなく満場一致で無法だが、ロアナプラにも悪党なりのルールや法は確かに存在する。そうでなければ、ロアナプラは悪徳の都などと呼ばれるくらいに繁栄はしていないし、そうでなければ今頃ロアナプラは世紀末になっていただろう。どんな場所にも相応のルールと抑止力は確実に在るのだ。

 その中の一つに「中立地域では“極力”銃を抜くな」というものがある。

 極力、という激しくグレーゾーンな言い回しではあるが、少なくともロアナプラではこの中立地域を除いて安全と言えるような場所は黄金夜会の各事務所か聖王教会くらいだろう。ちなみに、巷ではウチのユーリがいる場所が一番安全だとか冗談で言われている。本人は大層不満らしいが、あの見た目で彼女はオーバーSSすら軽く超える魔力を保有しているので一概に否定もできないそうだ。

 ともあれ、今現在俺たちがいるこの場所ーーロアナプラ屈指の大衆酒場イエローフラッグもそんな数少ない中立地域の一つである。

 

「ひどい」

 

 そう溢したのは、本日晴れてロアナプラでのデビューを決めた期待の新人こと、クルツ・マートンだった。

 右手に持つグラスには未だ口を付けず、頭痛を訴えるかの様にバーカウンターに突っ伏している。その後ろでは、身体に刺青を入れた男2人が殴り合いの喧嘩をしていた。喧嘩の原因は知らないが、たぶんくだらない理由だろう。この場所ではさして珍しい話ではない。

 気持ち良いくらいに綺麗に入った右ストレートに回りにいる客から歓声が上がる。

 

「ひど過ぎるぞこの酒場は。まるで地の果てだ」

 

 ーー西部劇に出てくる酒場じゃあるまいし、もう少しまともな場所はなかったのか。

 次いでクルツから出た言葉に俺は笑いを堪える仕草で肯定する。

 

「地の果てね。上手い喩えだ。ここはもともとロアナプラに流れ着いた敗残兵たちが始めた店なんだがーー訳ありの連中を何度も匿ったりしていくうちに、気が付きゃ悪の吹き溜まりに早変わりさ」

 

 バーカウンターの後ろにある丸テーブルの上には財布やカードと一緒に黒く光る銃がさも当たり前に置いてあり、座る客たちも明らかに堅気な人物ではない。

 娼婦、ヤク中、傭兵、殺し屋。そんなどうしようもない無法者たちが唯一、羽とハメを外せる場所。それがここイエローフラッグである。

 

「ロクでもないな。この街は」

 

 店に入った当初は、顔バレしないかと警戒心を強くしながら俯き気味だったクルツとアーシャだったが、店の雰囲気に慣れたのか、はたまた開き直ったのか今は堂々と顔を上げていた。

 

「まあ、そう言うなよ。こんな場所でも住めばなんとやらってな。慣れたらそこそこ快適だぜ?」

 

 ロックスタイルのウイスキーを傾けながら戯けて見せる。

 

「慣れたくない」

 

 キッパリとクルツが言い切るのと同時にグラスに入っていた酒が空になった。追加の酒を注ごうとするバーテンを手で制して、1人席から立ち上がる。なんてことはない。ちょいと野暮用ができたのだ。

 

「そういう顔だ。シュテル。俺はちょっとトイレに行って来るから後頼んだ」

 

 後ろの丸テーブルで1人静かに淡々とバカルディをロックでもなくストレートで飲んでいたシュテルに一言告げ、ひらひらと手を振って俺は煩い店内を抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わからない。

 それが今のクルツ・マートンの素直な感想だった。

 悪党が我が物顔ではびこり、時空管理局すら迂闊に手を出せない正真正銘の悪の巣窟。この街に来る前に何度となく聞いたこの街の噂は寸分違わないものであった。

 この酒場ーーイエローフラッグがその良い例だ。

 クルツは改めて店内を見渡す。どう見てもカタギには見えない連中が、当たり前な顔で酒を飲んでいる。

 店内に設置された丸テーブルに座る連中はどれも刺青やらピアスやらをした強面に加え、その隣に座る女連中も一般人にはとうてい見えない派手で露出の高い服を着ていた。テーブルの上にはグラスやカード、財布といったものと一緒に平然と管理局が禁止にしている質量兵器の代表たる銃が置かれているのにも関わらず、誰もそれを咎めたりしない。この街ではそれが当たり前だ。そう言っているような気さえしてくる。

 だと言うのに、自分たちを助けた男はそういった悪党特有の空気をまったくと言っていいほど感じさせない。ヘラヘラと笑いながら複数の女を連れているところは如何にもこの街の住人らしいが、そんな遊び人のようなやつはミッドチルダ首都クラナガンでも大勢いる。

 彼は何者なのだろうか。

 何故自分たちの素性を知りながらもここまで献身的にかつ協力的なのか。

 クルツの疑問は尽きない。

 

「気になりますか?」

 

「あ、えっと」

 

「シュテル・スタークス。彼の愛人希望第1号で一応は仕事仲間です」

 

 無表情で淡々と度数の強い酒を飲んでいた女性ーーシュテルがグラスを静かに丸テーブルに置く。さりげなく今さらっと、とんでもない事を言っていたのは気のせいだろうか。

 コクトーと名乗る怪しい青年や、その雇い主らしいディアーチェとはまた違った、独特な空気を纏ったシュテルに一瞬クルツは言葉を詰まらせる。

 

「君も長いのか? その……この街は」

 

「長いですよ。もうかれこれ8年目になりますかね」

 

 少し遠い目をして話す。

 正確な年齢をクルツはわからないが、その容姿はどう見ても20代そこそこ。そんな彼女が何故8年前にーーおそらくはまだ10代前半から半ば程度の年齢からこんな犯罪都市に住み着くようになったのか。

 酔いもあってか、クルツはとくに躊躇う事もなく言葉を滑らす。

 

「……どうしてこの街に?」

 

「彼をーーコクトーを追いかけてきたんですよ。彼、ちょとした事情で管理局から追放されちゃってまして、本人曰く戸籍上では既に死亡扱いだそうです」

 

 なんでもないように話すシュテルだが、クルツは思わず座っていた椅子から転げ落ちそうになった。

 自分だって訳あって時空管理局から追われている身だし、望む望まないは別にして人を殺めたこともあるが、そんな自分の境遇と照らし合わせても彼の境遇は異常だ。一体何をしたらあの時空管理局に社会的にも法律的にも抹消されるようなことになるのか。

 

「死人の自分が生者のいる場所には居られないと、彼がロアナプラに流れ着いたのを知って、私たちも彼を追いかけてこの街に」

 

「私たち?」

 

「ええ。私とディアーチェとレヴィ。それとこの場には居ませんが、仲間の3人が彼を追いかけてロアナプラに来たんです」

 

 ちらりとクルツはコクトーが去った後を目で追った。見れば先ほど店に入る前に自己紹介された女性ーーレヴィ・ラッセルが派手に殴り合いをしている連中の輪の中で呑気にカレーを食べている。信じられないが、彼女もその1人らしい。

 出会ってまだ数時間程度だが、アーシャの話からは彼が此れ程多くの人間に慕われるような人物には見えなかった。どこか他人を小馬鹿にしたようなやつ。それがクルツがコクトーに抱く正直な印象だ。

 

「あれでも昔は将来有望な魔導師だったんですよ、彼」

 

「え? 魔導師なのか、あいつ」

 

 さらに明かされる衝撃の真実にクルツは声を上げる。

 

「昔の話ですけどね。魔術師ランクもとっくの昔に剥奪されてますし、本人も魔術師見習い程度の出来損ないだってよく言ってます」

 

 それがどうなってあんなチャラ男になったのか激しく疑問だが、たぶん彼にも色々とあったのだろう。

 もう少し詳しく話を聞いてみたくなったその時ーー

 

「シュテル。あまり他人の過去を本人の許可無しにペラペラと喋るでない」

 

 とそこでアーシャの隣にいたディアーチェから制止の声がかかった。怒っているとまではいかないが、コクトーの過去を喋り続けるシュテルを咎めるような口調と態度である。

 シュテルは一度頭を下げた。

 

「失礼しました。駄目ですね、お酒が入るとつい口が軽くなって」

 

「顔色一つ変えないでそんな度数の高い酒を1人で数分持たずに空にしてるやつが言っても説得力が無いぞ」

 

 そう言ってディアーチェはウォッカの入っているグラスに口を付ける。アルコール度数はそれなりに高い筈なのに、ディアーチェもシュテル同様水でも飲むかのように飲み干してみせた。どっちもどっちである。

 どうやらこの酒場にはカクテルやソーダと言った気の利いたものはないらしく、基本ストレートかロックしかない。例外的にあるとすればビールか、今現在未成年のアーシャが飲んでいるコーラくらいである。

 

「まあいい。それよりもクルツ・マートン……だったか?一つ、この街に居るにあたり教えなければいけない話がある」

 

 視線をシュテルの座る丸テーブルから再びバーカウンターに戻すと、バーテンから新しいボトルが置かれた。それを手慣れた手つきで開けつつ、ディアーチェは静かに口を開いた。

 

「汝等が何かしらの目的があってこの街に来ているのはコクトーから聞いてはいる。我らもそれに関してはとりあえずは追求はするつもりもない。……だが」

 

 注がれた新しい酒を口に含んでからディアーチェはピンと細い人差し指を立てる。

 

「この街には絶対に厳守すべきルールがある。それだけはきっちりと守ってもらいたいのだ」

 

「ルール?」

 

「なに、難しく言ってはいるが、ようは怒らせてはいけない人間たちがいるという話だ」

 

「それは、この街を支配してるやつがいるという事か?」

 

「近からず遠からずと言ったとこだな」

 

 ディアーチェの立てられた指が人差し指に加え、中指と薬指が立てられて3本になる。

 これが意味するところは、その人物たちは大きく纏めて3組いると言うことだろう。

 

「一つ目はこのロアナプラを実施的に管理、統率している四大マフィア。通称黄金夜会。この街の収益全てに黄金夜会が関わっている故、迂闊に人前で暴れたり殺したりすれば直ぐさまやつらの耳に入る」

 

 それは暗に昼間の出来事に釘を刺している事を意味していた。

 ディアーチェの薬指が静かに折られる。

 

「二つ目、聖王教会」

 

「聖王教会⁉︎ この街にもベルカ聖王教会があるのか?」

 

「名前だけの教会だがな。とは言え、本当に聖王教会なのか怪しいところではある。なにせ、あそこはこの街で唯一表立って武器の販売が許されている場所だからな」

 

 武器。そう聞いて、おそらくは一般的な武器である魔法演算サポートのデバイスではなく、時空管理局が禁止にしている質量兵器ーー銃器の類いで間違いないだろう。

 教会という神聖な場所で、堂々と聖王に喧嘩を売る行為にクルツは驚きを隠せない。既にこの数十分足らずで彼の常識は崩壊していた。

 

「後は……そうだな。怒らせるという意味合いでは違うが、手を出すなという意味合いでならこの街で唯一の医者であるマオ先生の居る診療所や、汝等も世話になったウェンリーのタバコ屋もあるが……、まあこの辺りはロアナプラでは常識中の常識だ」

 

 そこでディアーチェはグラスに注がれた酒の残りを一気に呷って、一度言葉を切った。

 中指が折られ、最初と同じように人差し指がピンと立っている。

 

「最後に一つ。最悪これだけは守ればいい」

 

 並々ならないディアーチェの迫力にクルツは思わず息を呑んだ。

 今話された二つだけでも相当なレベルで危険なのはよく理解できた。

 この街に来てまだ日が浅いクルツだったが、それでもこの街が常識外れな危険な場所だとは理解できる。

 そんな場所に長年、8年もの間過ごしてきたディアーチェが最悪、と頭を付けてまで怒らせてはいけない人物。

 

「たった1人。あいつを怒らせなければ、とりあえずはロアナプラで生きていける筈だ」

 

 重苦し空気の中、ディアーチェが口を開く。

 

「ーーーーコクトー。我の部下にして、このロアナプラでただ1人、黄金夜会も聖王教会も危険視している人物だ」

 

「えっ……あの男が?」

 

 クルツの間の抜けた声が騒がしい店内の騒音に消える。

 ディアーチェの言葉を流石のクルツも直ぐには信じられなかった。確かに先ほどのシュテルとの会話から、彼が普通ではない経歴の持ち主だとは理解できたが、それを差し引いても彼がこの街の支配者たちから一目置かれた存在だとは信じられない。

 

「信じられないか? まあ、無理もない。大抵新参者にこの話をしても鼻で笑うか、タチの悪い冗談程度にしか受け取らんからな」

 

 そう言って苦笑を浮かべるディアーチェ。

 いつの間にやら話を聞いていたアーシャも首を傾げている。

 

「その……そんなに危険なやつなのか?」

 

「あやつがか? それは無い。断定して無い」

 

 はっきりとそう答えたディアーチェに、クルツとアーシャはますます首を傾げた。

 周りを見渡せば、人の1人や2人は殺っていそうな強面の連中。そんな男たちが畏怖の念を抱く男。

 だというのにその事を話すディアーチェは彼が危険な思考の持ち主ではないと言う。

 

「じゃあどうしてーーーー」

 

 クルツの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 突然、乱暴にイエローフラッグの入り口の扉が開かれ、複数人の軍服を着た男たちが銃を構えて現れたからだ。

 

「イェア! 楽しく飲んでるかクソ共? 俺からの素敵なプレゼントだ」

 

 軍服の中でただ1人ーーおそらくはリーダー格のサングラスをかけた男の声が店中に響き、店にいた客の視線が一気に男に集まる。

 男の手には丸い玉のような物が握られていた。細いピンのようなのを男は引き抜く。その姿には見覚えがある。

 とんでもない。あれはーー

 

「受け取れ」

 

 丸い玉が二つ。男の手から離れて店に投げ込まれ、それが手榴弾だと店内ににいた客が気がついた時ーー

 

 

 イエローフラッグは閃光と爆炎に包まれた。

 




聖王教会はブラクラでいう暴力教会になります。
しかし本編あんまり進んでないなぁ……


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Act.4 Encounter. And extermination. 遭遇。そして殲滅

 たった数分。たった数分で賑やかだった酒場は血生臭い戦場へと変化した。

 

「野郎ども! パーティタイムだ! 誰1人として生かすんじゃねェぞ‼︎」

 

 否、戦場などと言った互いが対等の場ではない。一方的に、圧倒的に相手を蹂躙し尽くす光景が目の前に広がっていた。

 鼓膜が破れるような耳を劈く爆発音の後、複数の男たちがイエローフラッグにいた客たち全員に向けて銃撃を開始する。規則正しく、容赦なく撃ち込まれる鉛の雨は近くにいた不運なやつから順番に命を奪っていく。

 

「ここに居る連中は揃いも揃ってクズばかりだ! くたばったとこで誰も困りゃしねェ! かっちり殺して死人しか残すな‼︎」

 

「ま、間違ってはないな」

 

 運が良いのか悪いのか。偶々トイレの為に席を外していた俺は、店内の惨劇をトイレの扉越しに見つめながら1人呟いた。さっきから、ちょくちょく流れ弾が扉を貫通して来るので安全とは言えないが、少なくともあのドンパチの最中に居るよりはマシだろう。

 

「どうすっかなァ……」

 

 襲撃が来るのはある程度予想はしていた事だし、昼間の一件から連中がロアナプラ処女であることや手段が少々過激であるのもわかってはいた。

 しかし、それにしても早い。

 予想ではもう少し遅いと踏んでいたのだが、半日足らずでこちらの場所を特定するあたり、連中のバックは予想どおり大きそうだ。

 そう思考していた中で通信が入る。直ぐに画面を開くと、額に青筋を走らせたイエローフラッグ店主バオの姿があった。

 

『やいコクトー! またてめーらか! 何度ウチをぶっ壊せば気がすむんだよ!』

 

「あー、4回目だっけか?」

 

『7回目だよクソったれ! さっさとあの煩いのと一緒に出てけ! どうせてめーらの客絡みだろ! 余所でやれ余所で!』

 

「え? だってここくらいしかぶっ壊しても大丈夫そうな場所無いし」

 

『確信犯かよ! お前ら後で修理費請求すッからな⁉︎』

 

「あいよー」

 

『軽い! 全く善意を感じねェぞ! オイ⁉︎』

 

 バオの叫び声が銃声の中に消える。時折画面から離れているので、たぶんカウンターをバリケードにして応戦してるのだろう。

 

「心配しなくてもちゃんと片付けるって」

 

 バオからの文句を軽くあしらい、腰のベルトに付けたホルスターから今朝メンテしたばかりの愛銃を引き抜く。

 全身が銀一色に染められた小型拳銃S&W M_36を改造したカスタムモデル品。

 

 テンドリック・スペシャルモデル。通称 銀翼。

 

 同型機の一つM_60を彷彿とさせるグリップから銃身まで銀に染められたカラーリングに加えて、使用者の魔力を通せる材質を使用することで擬似デバイスとしても運用が可能な優れものである。……もっとも、肝心の使用者である俺の魔法の才能が絶望的なので後半部分は完全に宝の持ち腐れ状態なのが惜しいとこだ。

 元となったS&W M_36は俺の故郷ーー地球では小型リボルバーの代名詞とも言うべき存在であり、その最大の特徴は本来は装弾数6発が一般的なリボルバーをあえて5発にしていることだろう。これによって、他の6連装リボルバーと比較しても圧倒的に小型化されたこの銃は携帯するのに非常に便利な代物となっている。

 とはいえ、現在ロアナプラで普及されている銃の多くは自動式と呼ばれるもので、リボルバーの倍以上の装弾数を有している他、専用のマガジンさえ在ればある程度の連射も可能な上に反動も少なく、弾丸の交換も非常に簡単に行えるなどリボルバーと比べて美点が多い。正直な話、この街で銃を携帯するなら間違いなく自動式をお勧めする。

 

 では何故わざわざそんな使い辛いリボルバーを、しかも装弾数の少ないコイツを使っているのかと問われたら、もの凄く単純な理由で、初めて使った拳銃がコイツだったのだ。12のガキだった時に初めて人に向けて撃った銃がこの銀翼であり、以来11年間使い続けているというだけの話である。

 そういった経歴から俺の愛銃となっているウェンリー・スペシャルモデルこと銀翼。

 右の手に銀のリボルバーを握り、弾数を確認する。

 鉄火場に立つとユーリが嫌な顔をするので、あまりドンパチはしたくはないが、今回は仕方ない。

 

「てか、シュテルかレヴィはどうしたよ? あの2人ならあんな雑魚連中一瞬で片付けれるだろ」

 

『ふざけんなチクショーが! あの2人が暴れたらクレーターしか残らないだろうが! 手前が俺の店を隕石でも落ちた場所みたいにでもしたいって言うなら話は別だがな‼︎』

 

「はは、ひでぇ言われよう」

 

『お前らが本気で暴れたらデカいクレーターしか残らないってのは、この街じゃ一般常識なんだよ!』

 

 バオの小粋な冗談に笑って答え、ようやく止まった銃声に俺は重い腰を上げた。

 視線の先には照明が銃弾で割れた所為で真っ暗になった店内が映る。

 

 ……人数は10…いや、12ってとこか。

 

 暗闇の中、暗視スコープを付けた集団を確認した俺は集団に向けてゆっくりとリボルバーを構える。

 

「さあ、始めようか」

 

 開始のゴング代わりに隠れていたトイレの扉を勢いよく蹴破り、俺は武装する集団の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーハリがねェな。

 

 突撃部隊の指揮を任された男は欠伸を噛み殺しながら内心でこの仕事を引き受けた事を少々後悔していた。

 仕事に退屈を感じるようになったのは何時からだったか。

 元々男にとって殺しはゲームと同じであり、命の奪い合いができるからと傭兵として戦地を己が住まいにしたのはごく自然な事だった。

 だが、ここ最近ーー特に4年前に起きたJs事件後からは目に見えて仕事に退屈を感じ始めるようになった。理由ははっきりとわかる。

 ハリがないのだ。

 どうせ奪う命ならもっと生きの良い、それこそうっかりしてたらこちらが喰われてしまうような相手。

 男が求めるのはそんな相手と仕事だった。

 

「制圧完了です大尉」

 

「チェックしろ。まだ生きてるやつがいるかもしれねェ。俺は生きてるやつが大嫌いなんだ」

 

 部下からの報告を聞いて男は誰にも気づかれずに眉をひそめる。このボンクラは何を聞いてたんだか?制圧完了?まだ生きてるやつの声が聞こえるじゃねェか。

 内心のイライラをサングラスで隠して、部下たちと暗い店内を暗視スコープ越しに見渡す。

 静寂と言っていいほど静かな室内。確かに一見すれば制圧完了だ。

 だが、長年の経験からわかる。まだ生きているやつは多い。

 部下たちに指摘する意味も込めて、瀕死の近くにいたやつの頭に撃ち込む。血を流して動かなくなった死体を見てため息を吐く。

 

 その時だった。

 

 勢いよく扉を蹴り破って突撃してくる黒い影を視界に収めたのは。

 数は1人。

 やけくそに突っ込んで来た自殺志願者か。

 そう思っていた男の考えは僅か数秒で覆された。

 

「ーーーーーーッ⁉︎」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけだが影がいきなり視界から消える。どこに消えた?と困惑する暇もなく、再び視界に影を収めた時には一発の銃声と共に部下の1人が眉間に風通しの良い穴を空けて力無く倒れていた。

 自分たちは間違いなくこの道のプロだ。自覚もあるし、死線と呼ばれるソレも経験してきた。

 今だって不用意に離れるような真似はせず、奇襲に対応できるように固まって集団を1つの個として周囲を警戒していたのだ。

 ーーそれなのに。

 そこまでしたプロの自分たちがあっさり殺られた。

 その事実に男は驚愕しーー

 

「いいねェ。いいじゃねェか! オイ⁉︎」

 

 ようやく出会えたハリのある相手に歓喜で口元を上げた。

 直後、男は手にした銃の引き金を引く。しかし、影は死体となった元部下をこちらに放り投げることで射線から離れる。

 

「ちッ」

 

 死体から血が飛び散るのを見て男は舌打ちを1つ落とす。部下を盾にされた事にではなく、死んでも尚自分の邪魔になった部下に対しての舌打ちだった。

 

「おらッ! 生き残りがいたんだ! 手前らも働けやァ⁉︎」

 

 何時迄も指示待ちをする自分の部下たちに怒り混じりに指示を飛ばす。

 男の激に、集団は1つの個として息の合った射撃を開始するが、それで影が止まる事はなかった。

 乱射される弾丸の雨を抜けて、影はカウンターに隠れる。

 無数の弾痕が無造作に刻まれていくが、防弾性能でもあるのか弾丸はカウンターを貫通させるまでに至らない。

 それでも撃ち続ける自分の部下たちに、影は片腕だけを出して発砲する。

 デタラメな撃ち方な筈なのにこちらが見えているかのごとく近くにいたやつから順番に影の放った銃弾の餌食となっていく。

 気がつけば個は再び集団に戻されていた。

 隊列を崩された隙を見逃すことなく、再び影がカウンターから飛び出す。

 そこでようやく男は影の招待をその目に収めた。

 見た目からしてまだ20代そこそこの男。

 暗闇の所為で暗視スコープ越しだが、相当の手練れである事はわかる。

 的確に、それでいて素早く人を殺す手際は正直な話で見事なものだと男は思った。

 

「いいねェ」

 

 頭の先からケツの先まで沸騰する感情を隠すことなく、歓喜に表情を染める。

 

「頃合いだ! ずらかるぞ!」

 

 影が叫ぶ。

 どうやら逃げるらしい。冗談ではない。ようやく出会えたのにふざけるな。男の笑みが深くなった。

 

「ルシフェリオン!」

 

「バルニフィカス!」

 

 逃すまいと手にしてる銃を男が構えるよりも先に新たな2つの影ーーおそらくは仲間ーーが手に魔導師の証たるデバイスを握り現れる。

 驚くことに現れた2人は女だった。どちらも若い。

 髪の短い女は炎を。長い女は電気の塊を魔法で生み出すと、それを室内のど真ん中でぶつけ合った。

 結果、起きたのは自分が最初に投げた手榴弾とは比較にもならない大爆発。

 半壊したイエローフラッグにトドメをさすかのごとく、容赦ない真紅の業火が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適当に暴れて、隙を見てドロン。

 手筈としてはそんな感じであった。

 暴れる役に俺。隙を見つけ、注意を引き付けるのはシュテルとレヴィ。逃げる足を確保するのはディアーチェ。

 事前に打ち合わせをしたわけではないが、そこはこの街に来て8年来の付き合い。言葉にせずとも互いの意図はなんとなくわかる。

 そのおかけでなんとかその場から逃げるのは上手くいった。

 そう、上手くいったのだが…………

 

「…………やり過ぎだろ」

 

 ディアーチェが運転する車の中でちらりと後ろを振り返れば、焚き火のように燃え上がるイエローフラッグが見える。

 確かに逃げる為に注意を引けとは言ったが、何もここまでしろとは言っていない。と、言うかあそこにはまだバオがいるんだが。

 

「あッ! 追っ手だ!」

 

「駄目ですよレヴィ。追っ手ならデストロイしないと」

 

「りょーかーい!」

 

 あ、うん。そうだった。ウチの戦闘員たちはそうだった。

 後部座席の窓から身を乗り出して、楽しそうにパイロシューターと電刃衝ーー高速射撃が可能な魔力弾ーーを乱射して追っ手の車を爆破している2人を見てため息を吐く。

 

「して、これからどうする?」

 

 隣の席ーー運転席でハンドルを握るディアーチェの問いに少しだけ悩む。

 正直なところ、かなり行き当たりバッタリな成り行き任せのプランだったのだが、今回の襲撃で更にアドリブを追加されてしまったのだ。

 となると否が応でも慎重になるしかない。

 俺は後ろをーー現在進行形で追っ手の車をジェノサイドしている馬鹿2人に挟まるように座るクルツとアーシャに声をかける。

 

「酒でも飲んでゆっくりと、なんて最初は考えてたんだが、状況が変わっちまった。単刀直入に言うが、あんたらの目的はなんだ?」

 

 とたん、クルツはこちらを強く睨み、アーシャは力無く俯く。

 わかりやすい態度だことで。

 

「そう睨みなさんなって。さっきも言ったかもだが、俺はぶっちゃけあんたらの理由には興味はない」

 

「だったら……」

 

「ただし、目的の方には興味がある」

 

「……どういう意味だ?」

 

 首を傾げたクルツの問いに内心で「食いついた」と笑う。

 

「なーに。知っての通り俺たちはしがない運送屋でな。金さえ払ってくれたらどんなヤバいブツでも運ぶんだ。それが違法な武器や薬や、はたまた“人”でもな」

 

 ここまで言ってわからないような2人ではない。クルツという青年もアーシャという少女も、頭の回転は他人よりも良い。

 数秒の思考の後に、絞り出すような声でクルツが言う。

 

「つまり、俺たちを運ぶと?」

 

「ご明察。ただし、その分報酬は貰うけどな」

 

 何せその為に助けたんだからな。と付け足す。

 側から見たら非常に恩着せがましい事この上ないが、実際にこうして2度に渡り俺に助けられている2人には効果テキメンだろう。

 特にクルツはウェンリーのトコでの一件でもそうだったが、義理堅く誠実な性格の持ち主だ。とても犯罪者には見えないが、今回はそんなのはどうでもいい。

 

「どうしてそこまで回りくどい事をする。こう言ってはアレだが、俺を管理局に引き渡せばそれなりの金になるぞ?」

 

 いや、まあ、そうなんだけどね。

 クルツが言っている様に賞金首を管理局に持っていけば、それだけで金になる。というか、ぶっちゃけその方が早い。

 ただ、俺の場合は少し事情が違う。

 なにせ法律上では俺は何年も前に死んでいる事になっているのだ。そんなやつが身分を証明できるわけがない。一回限りのパスポートなんかの身分証明書くらいなら無理すれば作れるが、流石に時空管理局に直接となるとそれも難しい。

 その意をどう上手く説明するか悩み、濁すように言葉を出す。

 

「こんな場所に長い間いるんだ。こう見えて、管理局にバレたら面倒な事も結構あるのよ、俺たち」

 

「だからこんな手の込んだ真似を?」

 

「まあ、ね」

 

「そうか……」

 

 かなり無理がある誤魔化し方だったが、それでも多少の信憑性があったのか、クルツは1人納得してくれた。

 それから、唾を飲むほどの間の後、クルツはゆっくりとその目的を話しはじめた。

 

「……3週間前の話だ。俺は偶然だが、ある研究機関に迷い込んだんだ。

 元々俺は……、いや、気持ち的には今もだが、時空管理局の末端局員だった。末端だったから、そこまで優秀なやつではなかったのは自覚していたし、その研究機関にも研究に関する資料データを渡す為に派遣されただけだった」

 

「それは大したものだ。あの365日フル出勤、サービス残業当たり前。就職率98パーセントのブラック企業にいたなんて」

 

「否定したいのに否定できないのが悲しいな」

 

 万年人手不足に悩まされている時空管理局。部署によっては本当にそんなブラック企業も真っ青な職場もあるとか。

 

「それで? そんなブラック社員がどうしてブラック企業に追われるようになったんだよ」

 

「派遣された研究所で運悪く迷った俺は、偶々その研究をまとめてある資料室に入った。そこで見たのは、その研究所が非合法な、それも人体実験を行っていたというデータと彼女がその研究のモルモットにされていたという事情だ」

 

 そこまで話してから、クルツはアーシャと視線を合わせた。

 予想通りと言えば予想通りの内容。それは2人の関係を見ればよくわかった。情報ではクルツはアーシャを人質にして研究データを盗んだ容疑で窃盗と誘拐の罪にかけられている。しかし、この2人はどう見ても誘拐犯と人質の関係ではない。

 まるで、そう。囚われの姫を救う騎士のようなーー

 

「なるほど、それでモルモットにされてた姫君を悪の手から攫ったわけだ」

 

「ああ。ただ、そこまでだった。後に待っていたのは管理局から存在を抹消された上での追いかけっこ。この3週間は文字通り気の休まらない日々だったよ」

 

 自虐気味な笑みを浮かべるクルツ。それだけで3週間という決して短くない時間の中で彼が精神的にかなり追い詰められていたのがわかる。

 殺りたくない殺しを何度もした。

 重ねたくない罪を重ねた。

 そんな中でも正気を保てたのは、きっとクルツ自身がそれを正しいと信じているからだろう。

 

「それでも俺は間違った事をしたとは今でも思ってはいない。だから俺はミッドチルダに戻って来たんだ」

 

 まさか、わざわざ自分から出頭する為に来たとは言わないだろうな。それなら今すぐこの2人を車から叩き出そう。そう考えていた俺だったが、クルツは予想とは少し違う提案をしてきた。

 

「2日後、ミッドチルダ首都クラナガンで聖王教会の関係者たち、それも重役の人たちが集まる会合がある。俺はそこに行ってアーシャを聖王教会に保護してもらうつもりだ」

 

「…………聖王教会か。確かに悪くはない」

 

 今まで沈黙を貫いていたディアーチェが口を開く。

 見れば追っ手は撒いたようだ。

 

「元々聖王教会はミッドチルダ北部にベルカ自治領を構え、時空管理局とも友好関係ではあるが、管理局が迂闊に手を出せない様に独自の政治を行っている。時空管理局の不始末なら管理局に言ったとこでもみ消されるのは明らか。ならベルカの聖王教会に、と言ったところか」

 

 クルツはこくりと頷く。

 

「他人任せと言われたらそれまでだが、俺はコレに賭けるしかない」

 

「なるほど。つまり俺たちは、あんたら2人をその会合とやらの現場に運べばいいんだな?」

 

「無理だろ? 会合には管理局の警備だっている。そんな中……」

 

「んだよ。そんな事でいいのか」

 

「……は?」

 

 ぽかんとするクルツに俺は人差し指を突きつける。

 

「引き受けるぜ。その仕事。無事にあんたらを聖王教会のお偉方に会わせてやる」

 

「しかし……」

 

「しかしもかかしもねェよ。はっきり言えば、そんな簡単な仕事で驚いてるくらいだしよ」

 

 にッと笑うと、やがてクルツは情けなく顔をくしゃげて頭を下げた。

 

「すまない。報酬は幾らでも払う。だから……君たちを雇わせてくれ」

 

「任された。今からあんたは俺らの依頼主様だ。運び屋エルトリアは確実にあんたらの荷を届けることを約束するぜ」

 

 契約成立。しかも依頼料はお任せ。

 その事実にガッツポーズをしたくなる衝動に駆られたが、そこはプロとしてグッと我慢する。

 

「ディアーチェ、ルート変更だ」

 

 忙しくなる。

 アドリブだらけの台本に、ようやく道標が出来た事に俺は笑う。隣に座るディアーチェは「悪党が」と言い、後ろに座るレヴィは「お仕事だ!」とテンションを上げ、シュテルは1人静かに「久しぶりに稼げますね」と笑った。




クリニーング代3000ドル。
お店の修理費5万ドル。
死体処理代1万ドル。
店主バオさんの胃薬プライスです。
バオは正直キレていいと思う。絶対に反省はしないだろうけど


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Reflection
Act. 00 Reflection.弾は再び込められた


皆さまお久しぶりです。黒崎ハルナです。
Detonationを観たら久しぶりに原点回帰したくなったので、書いちゃいました。


 黒道(こくとう)リクトと高町なのはが魔導師になって、もうすぐ二年半が過ぎようとしていた。それはつまり、俺が魔法というよくわからないものと付き合うようになって、二年半の月日が過ぎたということになる。

 魔法は俺たちの身の回りのことを大きく変えた。

 自分たちのいる地球とは異なる世界の存在。

 魔法技術や時空世界を管理する組織の時空管理局。

 ミッドチルダに古代ベルカ。

 失われた世界の遺産であるロストロギア。

 そして――魔法とロストロギアを巡る様々な事件。

 新しい出会いや経験をたくさんしたし、それと同じくらいに痛い思いと悲しい別れも繰り返した。

 フェイトと出会い。はやてと出会い。俺たちは少しずつ世の中の不条理や理不尽を知った。

 現実はお伽話とは違う。悲しい物語は悲しいまま終わる。助けて欲しい時に都合よく現れる正義の味方なんて何処にもいない。誰もが笑って終わるハッピーエンドは存在しないという世界の真理。

 そんな理不尽な現実を知って、それでも俺たちはそれが気に入らなかったからそんな世界と戦う道を選んだ。

 人はそれを成長と呼ぶのかもしれないし、現実を知らない子供だと笑うかもしれない。或いは、世界を知って大人になったと言ったりするのだろうか。

 だが、それらは全部まとめてこう言うのが適切だ。

 こいつら真性の馬鹿だ、と。

 とはいえ、魔導師になったからといって、なのはの性格が大きく変わったりするようなことはなかった。むしろ魔法に関わり出してから、彼女の意地っ張りな部分や、やたらとお人好しな部分が更に強調されたような気がしてならない。 その性格が原因で、何度か大怪我をしたりもしたのだが、それでも彼女は決して折れたりはしなかった。不屈の心、とでも言えば良いのだろうか。彼女は顔も知らない誰かを守ることに妥協も挫折もしない。その在り方は正しく英雄だ。

 そもそもな話で、高町なのはには魔導師としての才能があった。ある意味で魔導師は彼女にとっての天職なのかもしれないと、最近では思い始めている。

 反対に俺の平穏は確実に離れていく。魔導師の事件に二回ほど巻き込まれ、毎度のように死にかけて、なぜか最後には大事な場面には俺がいて。その度にまた死にかけるまでが一種のテンプレと化していた。

 要するに非才の身なのだ。俺は。

 客観的に見ても愛らしかった少女はこの二年ですっかり逞しくなり、それでいて、元々の可愛さは磨きがかかっている。後数年もしたら、それこそアイドルなんて目じゃないくらいの美人になると思う。

 そんな彼女と常日頃から一緒に居ることは幸福かと問われたら、そうだとも言えたし、反対にそうでないとも言えた。

 たしかになのはは可愛いらしい。そんな彼女がいつも側にいて、何かと身の回りの世話とかをしてくれたり、つい最近まで一緒に登下校をしていたのは嬉しいことだ。

 その一方で、なのはと俺とでは魔導師としての実力が天と地ほどの差があるのも事実で、ある意味ではそれはもの凄く不幸なことかもしれない。

 射撃魔法は完敗で、魔法の威力も完敗で、最近では唯一勝っていたはずの接近戦や精密射撃すら危うかったりして。そういう自分となのはとの、所謂格の違いというやつを常日頃から間近で見せつけられる状況というのは、ぶっちゃけて言えばかなり辛い。なのは本人に悪意が一切無いのが余計に辛い。

 しかもなのはの才能は未だに伸び代が見えないらしく、模擬戦を重ねるごとに強くなっているそうだ。本職の魔導師たち(クロノやユーノ)曰く、十年に一人の逸材らしい。

 そもそもなんで俺は未だに魔導師なんてやっているのだろう。当時は俺を含めて海鳴に二人しかいなかった魔導師が、この二年で何倍にも増えた。俺が魔導師を辞めようが、代わりどころか俺以上の素質の魔導師は沢山いる。

 元々は昔から見ていた夢が原因で魔導師となった俺だが、最近ではその夢すら見なくなって、益々魔導師に対する熱は冷めていく。

 根を正せば、その夢の中に出てくる女の子に会いたくて魔導師となったわけだが、よくよく考えてみれば、夢の中の女の子自体が俺の作り出した妄想という解釈だってある。事実、この二年半の間に夢の中の女の子と現実で出会えたことはない。例外的に、一度だけ夢以外で出会えたことがあったが、あれは例外中の例外だろう。

 もしかしたら、夢の中の女の子は実在しないのではないだろうか。

 そうなってくると、俺が魔導師を続ける理由はない。

 さりとて今すぐに魔導師を辞める理由もないし、もしかしたらの可能性だってある。結果、中途半端な立ち位置のまま、気がついたら二年半が過ぎていた。

 結局のところ、あの夢の中の女の子は誰なんだろうか?

 以前、気まぐれでなのはにそんな話をしたことがある。

 

「うーん、わかんない。というか、夢の中の女の子って誰? どんな子なの? なのはにも教えて!」

 

 そう言ってなのはは瞳を輝かせて、その女の子の話をしつこく聞いてきた。実にウザいし、鬱陶しい。歳上を敬え、小学生。

 

「――でも、リクト君が居るって信じてるなら、それでいいと思うよ?」

 

 そんなんでいいのだろうか。納得できない。そもそもこの歳下の友人は魔導師としての才能が天蓋突破しているのだから、凡人の俺の悩みなどわからないのだろう。それでなくても最近はやたらと女の子の知り合いが増えた所為で、同い年の男子から冷やかしや嫉妬の念を飛ばされているのだ。このままでは中等部を卒業するころには闇討ちの一つでも起きそうな気がしてならない。以前、クラスの男子たちから、夜道に気をつけろよ、とか真顔で言われたことがある。真面目に命の危機だ。男の友達がフェレット擬きと、犬と、肩に棘がついた執務官しかいない。求む、同性の常識人。

 まあ、それはそれとしてだ。

 仮に夢の中の女の子が本当に実在するとして、ちゃんと出会う為にはやはり魔法が絡んでくるのだろうとは思う。そろそろ姿を見せて欲しいと切に願うばかりだ。そうしてくれないと、先に俺が魔導師の道を挫折しそうだ。

 そんなことを考えていた。

 今夜――()()()()と出会うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、特別な物語というわけじゃない。

 

 滅びゆく故郷を救いたいとか。大好きな父親の為に奮闘する少女の力になりたかったとか。人様に誇れるような――英雄的な物語ではない。

 これはもっと単純な、クソみたいな欲望にまみれた物語だ。

 何かを救うのにはそれなりな理由と相応の見返りが必要で、自分に関係のない他人が不幸になることなんて知ったことかと鼻で笑う。そういう物語。

 だが、人が紡ぐ物語は本来そう有るべきだ。少なくとも、俺はそう思う。

 困っている人の前に颯爽と現れて、見返りも求めずに命がけで誰かを救う英雄。そんなやつは例外なく()()()()()()

 もしも本気でそんな考えを持っているやつがいるのなら、そいつは間違いなく頭がイかれてる。気持ち悪いなんてもんじゃない。

 そういうやつはどんな酷い目に遭っても、最後は人好きのする笑みを浮かべて去っていく。自分の信じた矜持を胸に、見返りも求めずに、だ。

 もしも現実にそんなやつがいるのなら、俺は絶対に仲良くはなりたくない。折り紙付きで、そいつはどこかおかしい。

 そんな頭のイかれた馬鹿の最期は決まってる。誰にも理解されず、誰も知らない場所で、一人勝手にくたばるんだ。

 

 俺はそんなものにはなりたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、これから起きる事件は断じて英雄的な物語じゃない。

 沢山の人が傷ついて、流さなくてもいい涙を流した。

 見えない悪意。信じていた者の裏切り。裏でコソコソ暗躍するクソ野郎。そして明かされる一つの真実。

 

「悲しい物語は悲しいまま終わる? ハッ! 笑わせんな。そんなのはなァ、現実から逃げた奴が作った都合の良い言い訳だろ」

 

 もう一度だけ言おう。これは、決して英雄的な物語じゃない。

 惚れた女の為に、自分の信念の為に、信じる生き方の為に、遠い昔に誓った約束の為に、命をチップにするのも躊躇わない俺たちは英雄には程遠い。

 そう、これは――

 

「ロビンフッドがいねぇなら、ロビンフッドになればいい。泣き寝入りして文句たれて生きてるよりゃ、よっぽどマシな生き方だ!」

 

 最低最悪のバッドエンドをどうにかしようとした、頭のイかれた馬鹿たちの物語だ。




「魔法少女リリカルなのはBLACK The Reflection」近日公開予定。

それは、誰かではなく自分の為の物語。























     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

なのはの劇場版を観る。BLACKlagoonの新刊を読む。書きたい衝動に駆られる。けど別サイトの小説大会用にオリジナルを書いてるから時間がない!
そんな熱を一回鎮火したいが為に書いた嘘予告風味の短編。
ちなみに作中内のコクトーの年齢は設定を色々弄った為になのはたちよりも歳上な十三歳。つまりは中二病一歩手前。


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