どけ! 私はお姉ちゃんだぞ! (サイリウム(夕宙リウム))
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あの列車と同じ列車で

 

日が昇り、そろそろ昼時だとお腹が教えてくる時間。季節は桜が散り始める頃と暖かくやさしい時期。都内をめぐる交通網と言ってもこの時間の車内は人が少なく、よくテレビで見るような通勤通学ラッシュの映像と比べると同じ都内だとは思えない。

 

 

「ふぁあ、ねむ。……ま、地元はこの時間だっと一人乗ってりゃいい方かな?」

 

 

地元の北の大地、それも農地や牧場だらけの田舎から流行の最先端である東京。移動にもかなりの時間と体力を使うが全く知らない場所、しかも都会のジャングルである駅の迷路を抜けてきたせいか疲労が溜まっている。そこに春の心地よい気温に適度な振動。眠くなってしまうのも無理のないことだろう。

 

 

「お? どうしたお嬢ちゃん? 私の耳が珍しいのかい?」

 

 

同じ車内の同じ列の席、少し離れた場所に座っている母親とベビーカーに乗る幼子。彼女にとっては初めてウマ娘なのだろうか? 自身の持つ耳や尻尾に興味津々のようで柔らかい手をこちらに伸ばしている。

 

 

「すいませんお母さん。彼女と握手させてもらっても?」

 

「ええ、どうぞ。」

 

 

そっと人指し指を差しだし、彼女が不思議を握ろうとする手に触れる。地元に置いてきた、と言えば聞こえが悪いが私が中央に進学したせいで離ればなれになった妹のことを思い出す。

 

 

「慣れていらっしゃいますね。妹さんでも?」

 

「えぇ。ちょいとばかし食い意地の張った奴が。」

 

 

実際は妹との歳の差はそこまで離れていないので彼女が赤ん坊だったころの記憶は私にないが、こういった小さい子との触れ合いは地元にいたときに何度か経験した。そのおかげで“慣れてる”と言われたのだろう。

 

 

「ごめんなさいね、この子初めてウマ娘さんを見て気になったようでして……。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。私も可愛らしい子とお友達になれてうれしい限りです。」

 

「ふふ、よかったわね。かわいいだって~。……そういえばトレセン学校の生徒さんですか?」

 

「えぇ。運よくこちらで走れるようになりまして……。」

 

 

そうだ。元々はまだ私がいないと不機嫌になる妹もいたし、牧場・農場の管理やその妹の鋼鉄がごとき胃袋を満足させるのに四苦八苦している母もいた。それをほっておけるはずもなく、少し遠いが何とか家から通える地元のトレセンに通おうと思っていた。

 

それが何の因果か私も中央のエリート集団行き。『いつまでも自分の子供に支えられるほど軟じゃないよ!』と母親に背中を押され、『お"姉"ち"ゃ"ん"!!!』ともうそろそろ高学年になるって言うのに泣きじゃくる妹に見送られながら上京。本当に人生何があるか解らないよね。

 

 

……うん、ホントに。

 

 

『次は~、東府中~。東府中です。電車とホームの間に~。』

 

 

そんなことを考えながら赤ちゃんを連れるお母さんと、頂いた消毒シートで拭いた私の指を甘噛みするお嬢様を眺めながら談笑していると目的地が近づくアナウンス。

 

 

「おっと、そろそろか。すいません、お母さん。楽しい時間をありがとうございました。あとおチビちゃん、私の指はおいしかったかな?」

 

「あう!」

 

「おっと、そりゃよかった。」

 

「すみません、ほんとに……。トレセン学園での生活、頑張ってくださいね。」

 

 

そのありがたい言葉に感謝しながら降車するために棚に上げてあった荷物を降ろし、キャリーの持ち手部分を伸ばす。はてさて、幼子とそのお母さんのおかげでいつの間にか“都会”というもの自体に緊張していた私は消え失せている。さぁ、中央もろとも楽しみましょうか。

 

 

「あ! そういえば、お名前はなんていうんですか、ウマ娘さん!」

 

 

ドアの前まで移動し、ゆっくりと速度を落とすことで発生する慣性に抗いながら、そう問われる。

 

一度は燃え尽きた名前、しかしながら私の魂を、肉体を表す名前は一つだけ。私は、どう頑張っても特別なものには成れはしない。だから、せめて、家族が微笑んでくれるような“甘さ”を持てるように。

 

 

「……、キャンディ。オースミキャンディだよ。走ってるとこ、見てくれるとありがたいかな?」

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

と、まぁ母親と幼子っていういきなり故郷を思い出してしまう出会いがあったおかげで若干にゃセンチメンタル。まぁあの親子が私の第一号ファンとして考えれば無茶苦茶ありがたい出会いだったわけであるけども。

 

 

「え~っと? 切符で通れるのは……、うわ端っこしかないじゃん。進んでるなぁ……。」

 

 

ずらっと並ぶ東府中の改札。その多くがICカード専用になってて共用なのは少ない。地元の最寄り駅は切符だけなのを考えるとやっぱ都会はすごいねぇ。う~む。家でやると手続きが面倒なのとどうせ寮生活になるから空港近くからここまでは切符でいいだろうと思ってたけど……、こりゃ作っといた方が良かったかも。たしかsuikaだっけ? それともmeronか?

 

 

「ま、どっかのお上りさんみたいにタッチし忘れるとか切符忘れるとかはないんですけどね。」

 

 

田舎出身だがさすがにそこまで遅れてるわけじゃない。する~、と改札を通りましてこの辺りのマップを柱に備え付けられている地図で確認を行う。年齢的には“今どきの子”だが生憎文明の利器であるスマホなんてハイテクなものは持ち合わせていないのでね。この付近のマップ叩き込まないと都会で野垂れ死にする羽目になってしまうのよね……。

 

 

「ふむふむ、なるほど……。あ、トレセンの最寄り一個後ろの駅かぁ。どっかで検索ミスったのか? まぁしゃあない。あとは……、お。近くにレース場あるのね。」

 

 

私の相棒で今はキャリーケースの中で眠るPCくんで検索した時はトレセンの最寄りは東府中だったんだがどこかで失敗したのだろう。まぁしゃあない、間違うこともある。にしても最寄りにレース場か……、TVの向こう側でしか見たこともない中央のレベルを見に行くのも一つの手だ。

 

 

「でもま、確か案内の駿川さん? いくら17時までならいつでも大丈夫って言われてるとしても待たせてるわけだからね。こちらも昼過ぎぐらいに伺うって言ってるわけだから遅れるのはマズいだろう。」

 

 

そう言いながら目の前にある地図を頭に叩き込んだ彼女。後ろから地図の前でずっとにらめっこしていたせいか人のよさそうな駅員さんが様子を見に来てくれたが、もう大丈夫なので軽くお礼の会釈をしてその場から立ち去る。

 

 

 ぐぅ~~~!!!!!

 

 

その瞬間鳴り響く凶悪な腹の音。あまり人がいなかったことがまだ救いだが、一斉にこちらを向く無数の目線。こちらに寄ってきていた駅員さんも目をぱちくり。これにはお姉ちゃんも赤面しかない。

 

 

「えっと、量が多めのごはん屋さん紹介した方がいいかい?」

 

「オ、オネガイシマス。」

 

 

苦笑いしながらも、おいしくて量が多い学生のウマ娘にありがたいお店を紹介してくれた駅員さんに感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将! ご馳走様ー!」

 

 

いや~、食べた食べた。いやはや、上京という一大イベントに緊張して、その後あの親子との出会いがあって、んで間違えたけど一応トレセン付近についたせいで安心した結果……、公衆の面前で馬鹿でかい腹の音を響かせてしまうとは……。

 

 

「恥ずかしい、っすねぇ……。」

 

 

ま、お勧めしてもらったごはん屋さんはおいしかったし、並みのウマ娘よりはよく食べる私にありがたい値段設定と量。しかもご飯味噌汁おかわり自由なのも最高だったし、大満足ですね。学園に無料で使える食堂が無かったら毎日通ってしまうぐらい。

 

 

「いつか妹もこっちに来るだろうし、いつか一緒に……、いや店が潰れるな。さすがに申し訳なさすぎるから却下だ。うん。」

 

 

よく食べる我が胃袋は親愛なる母曰く『際限なく吸い込む掃除機』なのに対して、同じく親愛なる我が妹の胃袋は『ただのブラックホール』である。そんなもの申し訳なくてお店に連れて行けねぇ……。まぁその胃袋をいつも埋めてたのは私とお母ちゃんなんだけどね……。

 

 

「食事作るの大変過ぎて倒れるとか笑い事じゃないからな、お母ちゃん……。」

 

 

さすがにお母ちゃんだけにあの子の食事全部作らせるのは過労死一直線が見えてくるので、二つ目の冷蔵庫一杯に作り置きとネットの海に転がってたお手軽で量があるレシピを色々置いてきたし、『そろそろ自分で食べるのは自分で作れるようにな?』と言うことで簡単なもの叩き込んできたけど、不安だなぁ。

 

 

「まぁ東京にいる私ができるのは電話するぐらいかな? ……っし! 腹ごなしに駆け足でトレセン向かいますか! たぶん待たせてるだろうしね!」

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

あれからちょっと走って十数分。地元と違って人が多いし、建物も多いから死角もおおいからあんまりスピード出さないようにしてたけどあんまりそこらへん気にしなくてもいいのかな? なんだかトレセンのお膝元のせいか走ってる私を見る目が凄い微笑ましいものを見る感じですし、歩く人もあちらから邪魔にならないようにスッて避けてくれる。ありがたいことですじゃ。

 

あと休日で私服、キャリーとか片手に持ち上げて走ってるのもあって新規転入生、みたいな感じで見られてたのかな? どっちかと言うと私新入生の枠組みでこっち来るのが週単位で遅れた不良生徒みたいな感じなんですが……、傍から見たら何も変わらないから仕方ないか。

 

おっと、ちなみにわたくしの私服は黒パンツで白シャツ黒上着の私服オシャレスーツみたいなの着てます。うちスカートとかひらひらしたの恥ずかしゅうて苦手やねん。最近は妹に矛先が向いたからいいけど母にかわいい服とか色々進められてねぇ。嫌いではないけどクールな方が好きなんですわ。

 

まぁ私の私服なんてどうでもいい話。ちょっと景色の方に意識を集中させると区画の雰囲気が変わっている。学園や寮らしき建物も見えてきたし、そろそろ到着ですかね?

 

 

 

景色も彼女のいうように町中から学園の敷地へ、雰囲気も人込みも変わっていく。なんだか世界が変わるような感覚に面白さを覚える。そして自分がその世界の一部、口では『地方で十分、中央なんてエリート様の世界でしょ』なんて見上げるだけだった存在になれると考えると気分も上がり、それと共に速度も上がる。

 

 

「お、前方の校門らしき場所に人はっけ~ん! 緑のスーツ姿だからメールもらった案内役の駿川さんかな?」

 

 

こちらが緑の人を気づいたように、あちらさんもこちらが走ってやってくるのを見つけたようだ。近くに車や他の人が来ていないかを確認するためか軽く左右を見渡しながら手を振ってくれている。

 

 

「よい、しょっと! お待たせして申し訳ない! 本日よりお世話になるオースミキャンディです!」

 

 

昔地元の奴らとふざけて練習してた重心移動でキャリーケースの重さを利用した急ブレーキで緑スーツの女性の前で止まってご挨拶。

の女性の前で止まってご挨拶。

 

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。お昼ご飯でも食べてました? 頬におべんとついてますよ?」

 

 

頬に手を当てると、言われたように複数の白い粒。……顔が熱くなってくるのを感じる。あ~、なるほど。微笑ましいものを見る目はこれが理由でしたか、とほほ……。

 

 

「すいません、つい空腹で食べてきちゃいました。」

 

「いえいえ、オースミキャンディさんも育ち盛りでしょうから大丈夫ですよ。たくさん食べてたくさん走ればパーフェクトです。あ、申し遅れました。今回の案内をさせていただく駿川たづなと申します。普段は理事長秘書をやらせていもらってます。たづな、と言ってもらって大丈夫ですよ?」

 

「これはご丁寧に……」

 

 

頬から手のひらに移動したご飯粒を口に放り込み、ご挨拶。あとはたづなさんに連れられて学園案内。今日は休日なんで明日からお世話になる教室や、共用のターフ、トレーニング器具などが置いてある部屋などの説明。食堂の説明が終わると購買の案内etc……、う~ん。広い! 地方よりくっそ広いじゃんか! やっぱかかってる金の額が違うぜ……。

 

 

「……と、後は寮への案内だけですね。寮の方はそちらの寮長が案内を担当します。それとかなり長い間の案内でしたが大丈夫でしたが?」

 

「あ~、いえいえ。大丈夫です。地元のトレセンと比べるとかなり広くて驚きましたがある程度は頭たたき込めたのでいけると思います。今日はわざわざありがとうございました。」

 

「いえいえ、仕事ですので。他の皆さんより少し遅いスタートで色々と大変だと思いますが、頑張ってくださいね。何かあればいつでもお力になりますから。」

 

「ありがとうございます。……まぁ遅れたのは地元の奴らとなんやかんやあって、大部分自分のせいですので……。ま、なにかあれば頼らせていただきます。」

 

「はい~。あ、見えてきましたね。あちらがオースミキャンディさんが生活する栗東寮ですよ。」

 

 

色々と他愛もない雑談をしながら、話の流れで自分が新入生の癖に一週間ほど遅れてこっちに来ることになった理由である地元の地方トレセンでの同期たちを思い出す。色々あって三年以上の腐れ縁の奴ら、ちょっと目を閉じるだけであいつらの今と成長した二年後の顔がすぐに浮かぶ。

 

そんな奴らと違うトレセンに進むわけだから色々と思うことが無いと言わない。でも私があそこにいることが“アレ”を引き起こす要因、って言われてしまったら、ねぇ。事故なんて二度も起きる必要ないでしょ? おっと、もう寮についたんだったね。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぃ~~~、ここが私の部屋かぁ~~。」

 

 

あのあとたづなさんに連れられて栗東寮の寮長さんとご挨拶。そこから簡単な寮の説明と自信の部屋のカギを頂いた。中央の寮長、と言えばもっとバブみが強くて量のみんなにお弁当作ってあげるような人や、初対面の人にマジック披露するような人かと思ってたけど別になんてこともない普通の人だった。まぁ中央にいる以上エリート様なんだけどね。……ん? もしかして変な電波拾った?

 

 

「それにしても1人部屋とは……、あっちでは普通に二人だったけど……。普通入学したばっかり中一を一人部屋に当てるか?」

 

 

まぁそう愚痴を言いながらも理由はすでに説明されているので意味のないもの。なんでも元々ここには高一の先輩が住んでいたそうだが、ほんの数日前に自主退学なされたらしい。行先は関西の方の地方トレセンだそうだ。

 

 

「ま、中央だからこその実力主義社会。私が過ごしたあの二年間みたいに、持ってる物の上で胡坐をかいてたら、名の知らぬ先輩と同じ道辿りそうだよなぁ。」

 

 

せっかくこっち来るの一週間も遅らせて地元の奴らと祝復活&決起集会して、『お前らの代わりにてっぺんとってきてやるわ!』な~んてふざけた手前ボロボロになって帰ってくるのは駄目ですね。

 

荷物の整理もそこそこにベットに寝転がり天井を見つめる私。

 

 

「ま、それよりももっと大事な理由があるんだけどね。そうでしょ、スぺ?」

 

 

私じゃなくて、彼女に託された思い。そこに、何か思うことはない。どう考えても秘めている才能の差は格段にスぺの方が上。どう考えても託されるべきはスぺだった。

 

あの時、私の生みの母が私を見ていたかどうかは知らない。まだ幼い私の意識がそこまでしっかりしていると思わなかったのか、母がスぺしか見ていなかったのを私がどう思うか、スぺを産んで、生きるか死ぬかのギリギリの状態で紡がれた約束。そこに私が入っていないことをまだ三つになったばかりの私にどれだけ衝撃を与えるとかあの極限状態に考えられなかったのだろう。

 

ただ、産みの母のそれまで最大限注いでくれていた愛情が、私に注がれた分だけスぺに注がれるように、残してしまう彼女に何か残せるように紡いだ言葉。『日本一のウマ娘』、“成れる”が“成る”に切り替わった時、いったい何が起こるんだろうね……。

 

ま、私は両方の母に愛してもらったし、妹は目の中に入れても痛くないほどにかわいい。世界全てと三人を天秤にかけられたら迷わず家族を選ぶくらいに愛してもらったし、こっちも愛してる。

 

 

 

私が危惧してるのはスぺの夢であり、産みの母との約束である『日本一のウマ娘になること』が彼女にとっての呪いとなること。今の私はまだ公式で走っていないが、前は地方トレセンで学園一の才能の持ち主、とかもてはやされた。でも負けるときは結構負けた。地方で天狗になっていた私が地方で負けるんだ。地方よりもエリートが集まる中央でも才媛と呼ばれた奴が何もなせずに終わることなんてざらにあると聞く。

 

私より底知れない才を持つスぺ。私が彼女と同じ年齢の時、彼女のように才能の光を醸し出していただろうか、いや条件さえ整えれば私より速いし、スタミナがある。彼女の名前、スペシャルに恥じない才能、そして夢に向かって走ることができる能力。私よりも何倍もすごい。

 

でも、そんな才能がある奴でもこけるときはこける。失敗するときは失敗する。そして才能がある奴ほど一回の失敗が重荷になる。それまで積み重ねたものが大きければ大きいほどその挫折は厳しいモノになる。

 

私は道の小石でこけてしまい、それが原因で結果が残せないようになって“約束”が“呪い”に変わる、そんなのは見たくない。

 

 

「“アレ”を起こさずにスぺがこっちを気ままに楽しく、そして結果を残せるように。私は舗装しにきた。すんばらしい計画だよね。……あとお母ちゃんが苦労しないように牧場&農地の維持費用+改築とかもできるように稼がねば。スぺの食費も忘れちゃならんし。」

 

 

 

スぺとお母ちゃんには悪いけど嘘をついている。

 

育てのお母ちゃんが私を傷つけないように“二人で”『日本一のウマ娘』なるように、と言い始めてくれた時から私はそれに乗り続けている。スぺはそれに何も疑問を感じずに二人で日本一になろうと頑張っている。母もそれを応援してくれている。私も、母のやさしさを感じながらそれに乗っている。

 

家を出るときも『じゃあスぺ、お姉ちゃん先に日本一なってくるからね。スぺも私に負けないよう頑張るんだよ?』と言ってきた。

 

 

 

当然だが私にそんなことができる力も才能もない。重賞レースに出走できるのがせいせいだろう。もしかしたらそれ以下で一つも勝ち星を拾えないかもしれない。過去、私の場合は一度目の時は地方重賞で勝ち星を積み重ねたが、中央はそんなに簡単じゃない。

 

もしかしたらGⅠに出て、勝てるかも。という風に夢を見れるほど私は馬鹿じゃない。いかに緩い地方で戦っていた私でも勝負の世界が厳しいことは解ってる。思い通りになることなんて一つもない、それがレース。

 

なんども私が言っているようにここはエリートしかいない魔境、蟲毒と言ってもいい。中央にいるだけでみんながみんな化け物だ。地方と中央の交流戦、中央からやってきた未勝利の奴に全く歯が立たなかったことが思い出される。この身で中央の恐ろしさは理解している。

 

 

そうだ、私はどうせ“そこ”どまりになる。日本一に挑む資格すらもらえない。

 

 

 

でもスぺは違う。スペシャルウィークは違う。あの目がくらむほどの原石は絶対に違う。

 

産みの母がつい託してしまうように、育ての母が夢を重ねるように、そして私がすべてを任せてしまうぐらいに彼女の才能は高い。恐ろしいほどに高いんだ。

 

 

スぺが走るならダービー、いやそれ以上。クラシック三冠や天皇賞連覇もあり得る。本当にそう感じられる。

 

 

 

 

だから私は彼女のためにすべてを使う。スぺが中央で走りやすい環境を彼女が入学するまでに用意する、彼女が私以外にも頼れる先輩を探す、彼女がお腹を空かせないように稼ぐ。

 

あのダイヤモンドが道端の小石で傷がつかないように全力で守らないといけない。彼女を研磨するのはここのトレーナーに任せる。私は彼女に降りかかる障害を全力で蹴り飛ばす。

 

 

 

私が『日本一』になれないのなら、せめてスぺがそれを……。

 

 

 

「それに、一度焼け死んだ身だから……、死人が現世に必要以上に迷惑かけるのわ、ね。おっと。そういえばこっち着いたら連絡するって約束してた。スぺ~、お姉ちゃんが今から電話するよ~。」

 

 

そんなことを言いながら、ベットから飛び上がる。まったく中央はお金かかってていけないね。ベットの質が良くてすぐに寝てしまいそうになるよ。

 

 

 

「そういや公衆電話どこだ……?」

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「お"姉"ち"ゃ"ん"!!!」

 

『おーおースぺ。どうどう。とりあえずお母ちゃんに代わりな? その間に落ち着いといで。』

 

 

スぺが笑いながらボロボロ涙をこぼして走ってきたかと思えばキャンディから電話がかかってきたようだ。まぁ唯一の血の繋がった家族だし、滅茶苦茶仲良かった上にお姉ちゃん子だからねぇ、スぺ。キャンディが中央に行くって決めたときは長い間離れ離れになると理解した瞬間ボロボロ涙をこぼしてそのまま一晩中泣き出したから大変だったよ。……まぁ泣きながらいつも通り大量にご飯食べてたのは少し笑っちゃたけどね。お~い、スぺ。お姉ちゃんにも言われてんだからちょっと顔洗って落ち着いてきなさいな。

 

 

「……はい、変わりました。ってまぁキャンディだよな。どうだい、東京は?」

 

『はは、まだ初日だよお母ちゃん。ま、人は多いし発展してる。退屈しなさそうなのはいいよね。けどスぺとお母ちゃんと会えないのは寂しいし、アイツらと遊べないのもね~。』

 

「そっか……。でもそっちでも友達出来るだろうしそこまで心配しなくてもいいんじゃない? なんてったって私が知らないうちにあんなに友達出来てるんだもの。まったくいつの間にあれだけの友達作ったんだい?」

 

『あはは~、まぁ前々から色々ね。二、三年ぐらいの付き合いだったけど話すタイミング逃して、そのままズルズルと……。』

 

 

雑談やちゃんとご飯は食べたか、寮はどんなところなのか、そんなことを話していると顔を洗ってきたスぺがこっちに戻ってきた。溢れた感情も落ち着いてきてるみたいだし、変わっても大丈夫かな?

 

 

「じゃあ、キャンディ。スぺに代わるよ。……スぺ。お姉ちゃんとの話が終わったらまた私に代わってね。」

 

「うん!」

 

 

 

 

「お姉ちゃん! あのねあのね…………。」

 

 

 

 





オースミキャンディ

スペシャルウィークのお姉ちゃんで史実馬です。かなりドラマがございますので調べてみてはいかがでしょうか? この手の話ではよくあることですが私は神を呪いました。

容姿はスぺを少々大人にしまして、髪色を栗毛寄りの長髪にした感じ。年齢にしてはかなりしっかりしており、妹と家族のためなら本当に何でもする家族思いの子。田舎生まれの田舎育ちだがアニメスぺのように都会に対応できない訳ではない。まぁどこか抜けているところもあるが……。なお服装と言動、すでに本格化が済んでいるため年齢より上の世代と勘違いされやすい。


ちなみにですが拙作の『アルスぺ』の設定の一部を受け継いでます。何とかあっちを書けないかと四苦八苦している時にリハビリの一環として書き上げた物でございます。





ネタバレ

お姉ちゃんは史実通り火災で亡くなっております。史実では厩舎でしたが、こちらでは地方トレセンの寮が焼失し、彼女も巻き込まれました。アニメやアプリでスぺが『近くにウマ娘がいなかった』という発言をしています。彼女の学力、身体能力的に地方のトレセンに入るぐらいは簡単なはずですが、何故入学していなかったのか。そして母親がウマ娘でおそらくキャンペンガールであるのに姉の姉の存在が示されていないのか……。

おそらく中央で勝利しているキャンディが地方に入れば敵なしだったでしょう。そしてスぺの性格と似ていると仮定すれば仲間もたくさんできたでしょう。そこに唯一の血縁であるスぺを遊びにやってこさせるぐらいは普通にするでしょう。ならばスぺは他のウマ娘を見たことがあったはずです。しかも身近に姉がいればそんな発言はしないはずです。

憶測になりますが寮で火事が起こり、すべてが燃えてなくなったと考えれば……。やさしい彼女にとってとても大きな傷になってしまったことは想像に難くありません。

その傷を忘れるために、治すために掛かった時間によって入学が遅れ転入生となってしまい、傷つき壊れてしまうぐらいならばいっそ最初からなかったことにすれば、という心を守るために致し方なく記憶の忘却、それからくる『近くにウマ娘がいなかった』という発言。


ま、全部嘘なんですけどね。


この作品ではお姉ちゃんがなくなる直前で三女神様が出動。悲劇の一番の起点となっているキャンディお姉ちゃんが地方に入学したという事実を中央に入学したというモノに変えることで最悪の事態を回避した世界線になります。しかしながら神様の仕事はいつもどこか抜けているのがお約束。案の定火事の被害者の記憶のリセットを忘れていたのでキャンディの同級生とか後輩とか全部覚えてるんですよね……。

んで女神様方が巻き戻した地点はキャンディの中央入学一月前、キャンディの同級生たちは復活したことに驚きながらももう一度やり直せるならといきこんで地方に入学してみればあの地方オグリ時代みたいに勝ちまくってたキャンディがいない! もしや何かあったのでは! と自分たち火事の被害者みんなが記憶を保持したまま巻き戻ってることに疑問を思わず大パニック。

キャンディ自宅の電話番号を覚えていた有能ネキが電話をかけてみるとキャンディも過去の記憶を覚えてて、しかも中央に入学することになってるじゃないかと大騒ぎ。まだ入学していない小学生の6年、5年(彼女たちも地方に入学しのち被害にあう、キャンディのこと慕ってた)を急いで呼び集めて送別会&復活祭を敢行。キャンディも昔の仲間と一緒に騒げるし、みんな元気にしてるから大喜びで参加。

んで気が付いたら中央の入学式から一週間過ぎてるやんけ……、で冒頭に行きます。

でもまぁお姉ちゃんの気持ち的に自分をもう終わった人間としてるんで、それまで持ってたスぺに為に、という思いが若干暴走してるんですけど……。トレセンという病院で何とかなりませんか? 救いは、あります!


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飴みたいに甘くない現実

史実では93年生まれでグルーヴと同じ世代になります。しかしながらあの世界は出生年代がマジでどうなってるのか解らないのでごっちゃになっています。出来る限り合わせようとしますんでガバしても許してね!


 

 

 

「おはようございます! オースミキャンディさん! 昨日はよく眠れましたか?」

 

「あぁ、おはようございます。いえ、田舎から出てきたもんでこんなにWi-Fiが早いのでついつい……。」

 

「あ! 解ります解ります! 私も最近“すまほ”なるものを理事長から頂きまして、最初は難しかったんですけど慣れたら何でもすぐ調べられるようになりました! 辞め時を忘れちゃいますよねアレ!」

 

「……え?」

 

「え?」

 

 

固まる空気。さっきまで自分の手に入れた情報を楽しそうに話していたたづなさんの目が泳ぐ。冷や汗もかいているみたいだ。まぁ私も似たようなもんだと思うが。なんだか話し方とか節々の動きから丁寧、というか古めかしさが見えていたけどたづなさんってそういう……。

 

 

「あ~。……すみません、昨日に続いて色々やってもらって。にしてもお仕事の方は大丈夫なんですか? 私なんかを教室に案内していただかなくてもある程度頭に叩き込んだんで大丈夫ですけど。」

 

「い、いえいえ! 学園の皆さんをサポートするのが私の仕事ですので! 何かあったらいつでも相談してくださいね!」

 

 

何とか会話を違う方向に捻じ曲げ雰囲気を強制的に戻す。ふぅ、何とかなったぜ……。これからお世話になるだろうたづな氏とのミスコミュニケーションは学園での生活に支障をきたす! ここでうまく会話できたのは+ですぜ姉貴! まぁ私が姉貴だけどね。

 

 

「はい、着きました! ここがキャンディさんが通う教室になります。では、私はこれで失礼しますね。」

 

「ありがとうございました、たづなさん。」

 

 

 

 

 

さて、目の前にはぴったりと閉められた引き戸。中の雰囲気と時間を鑑みると今は朝礼前の自由時間。普通の学校なら転入生とかが来た場合先生の紹介の後に教室に入ってくる……、とかありそうだがトレセンではそうではないらしい。ま、そういうもんなんでしょう。それに私一週間休んでた新入生であって、転校生じゃないのよね。

 

にしてもどうやって入ったものか。意気込みだけが良くても、何も考えなしに突撃するのは黒歴史になりそう。ここはインパクトがありながらもすぐに友情の輪に入れそうな登場がよろしい。

 

 

一瞬目を閉じて数秒経過した後に目を勢いよく開ける。そして目を開けた時のように扉も……、というわけでもなく普通に開ける。イヤに大きい音を出して視線を集めるのは駄目なのだ。

 

 

「こんにちわ。」

 

 

そう、“おはようございます”でも“はじめまして”でもなく“こんにちわ”でいいのだ。最初の挨拶は“こんにちわ”で十分。ここで若干ポンコツ臭を出すために“は”ではなく“わ”を選んだりしてるところもポイント高いですねぇ。ま、別にそれが何かに繋がるわけじゃないんですけど。

 

 

やっぱりスぺの姉なのでテンパりながら教室に入るキャンディ。しかしお姉ちゃんパワーで千鳥足ムーブは耐える。そして黒板横の掲示板を確認し、このクラスの席順表みたいなのを探す。

 

 

「……ないですね。」

 

「あの! もしかしてオースミキャンディさんですか!」

 

 

求めていた席順が書かれた表を発見できず、『さりげなく入室と挨拶を終わらせ、速攻自身の席を把握してすぐに座ることで周りに溶け込む』作戦が志半ばで失敗し、キャンディちゃんの顔面が絶望で縦長に伸びそう、と思った瞬間。後ろから聞こえる声。振り返ると明るい髪色をして、特徴的なお目目をしたウマ娘がいた。

 

 

「あ、はい。そうですが……。」

 

「やっぱり! シラオキ様のおっしゃる通りでした! 今日の運勢は大吉でしたし、新しいお友達も増えましてハッピーです!」

 

 

振り返り、外行き用の笑顔を張り付けるキャンディ。しかしながら目の前の目がしいたけ、の圧倒的戦闘力には敵わず、仮面にヒビが入ってしまいました。ほらそこ、中央は強い分癖が凄いとか言わない。

 

 

「あ! 申し遅れました! 私はマチカネフクキタルって言います! よろしくお願いしますね!」

 

「こ、こちらこそどうも……、オースミキャンディといます、長いんでキャンディでいいですよ。……あ、すみませんけど私の席どこか知ってます? ちょっと家の用事で一週間ほど遅れまして。」

 

「ご案内します!」

 

 

マチカネフクキタルのシラオキ様パワーに押されながらもなんとか受け答えするキャンディ。彼女に連れられて、自身の席を教えてもらいました。すると彼女の友人らしき何人かがこっちに寄ってきて挨拶してくれます。

 

 

 

「メジロドーベルよ、よろしくね。」

 

「サイレンススズカと言います。よろしくお願いしますね、キャンディさん。」

 

 

こんな風に、ですね。にしてもスペシャルウィークもこの先ウララちゃんのおかげで友達がたくさんできますが、お姉ちゃんであるキャンディもフクキタルの導きでお友達ができるんですね。ウララが大天使とすれば……、フクキタルは大明神?

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

「へー、キャンディは北海道から来たんだ。昔私も行ったけど寒かったの覚えてるよ。……あ、私はドーベルでいいよ。」

 

 

午前授業終わりのお昼時、お昼ご飯は食堂で。ということでキャンディは新しくできた友人たちに連れられ昼食に来ていた。ちなみにキャンディはかつ丼と親子丼と野菜炒めとニンジンジュースがお昼ご飯である。もちろん大盛り×3+1Lである。フクキタルに「マッ!!!」、スズカに「噓でしょ……」と言われ、ドーベルが自分の目がおかしくなったかと擦ったが、キャンディにとっては普通である。しかも『ちょっと少ないかも』ってレベルである。

 

ま、妹のスぺちゃんはお姉ちゃんが食べた物を3~5回ほどおかわりしますし、まだ見ぬオグリ先輩も同じくらいおかわりします。お姉ちゃんからすればそこまで多くないんですよね……。

 

 

「あはは、まぁ北海道って言ったら寒いが最初に来るよね。昔行ったのってスキーとか?」

 

「そうそう、家のみんなと行ったの。」

 

「私は行ったことないです! あとスキーもしたことないです!」

 

「雪原……、白い……、キレイ? 走ったら楽しそう。」

 

 

かつ丼のどんぶりを空にして、親子丼の方に手を付けながら答えるキャンディ。『よく食べれるなぁ』と思いながら答えるドーベル。目の輝きを三倍ぐらい増しながら行ったことが無いことを主張するフクキタル。雪原を走ったらどんな気持ちなんだろうと想像して笑うスズカ。

 

うん、たのしいね!

 

 

「フゥニャア! 忘れてました! 聞いていいのか解らないですけどなんでキャンディさん来るの遅れたんですか!」

 

「何その声……、あぁ。別にそれは大丈夫。ちょっと地元のトレセンの奴らと色々あってね。同学年と一つ下と二つ下の奴ら全員集めて私の送別会やってくれるって言うから残ってた感じ。こっち来たらなかなか会えないもんね。」

 

「おぉ~! それはすごいですね!!!」

 

「え、それ普通出発する時期とかもっと早めるんじゃ?」

 

「いや~、伝えるの忘れてて。あとあっちも知らなかったみたいで。色々と……。」

 

「雪景色……、キレイ……。」

 

 

まぁ正確には私が我慢できなくなって、地方トレセンの入学式に突撃したら全員昔のこと覚えてて、そっから来年再来年に入ってくる予定の後輩たち急いで集めてみんなで再開パーティーしたら一週間遅れたんですけどね。

 

 

「あ、そういえばみんな選抜レースとか出るの? さっき担任の先生に教えてもらったんだけど明日の放課後にあるんだって? 私自分の実力調べにでも走ろうかと思ってるんだけど。」

 

「おぉ!!! いいですね! この私、マチカネフクキタルも芝の2000で出走するんです!」

 

「あ~、私はそれパスするよ。家の方である程度予定組んでもらってるからそれに乗る感じ。」

 

「真っ白、スピードの先、キレイな世界……。」

 

 

恍惚の表情を浮かべながら想像の世界で走り回るスズカ。向かいに座っているスズカから目をそらしながら隣に座るドーベルの耳に口を寄せるキャンディ。

 

 

(ね、ねぇドーベル? スズカっていつもあんな感じなの?)

 

(うん。たまにあぁなる。)

 

 

「な、なるほど。フクキタルは2000か。一応私は1600のマイルで行こうかなって思ってる。えっと、それでスズカは?」

 

「スピード、向こう側……」

 

「お、お~い。スズカさ~ん?」

 

 

 

「あ! あぁ、ごめんなさい。えっと、何でしたっけ?」

 

 

やっと自分の世界から返ってくるサイレンススズカ。若干天然さんなんだなぁと思うキャンディ。フクキタルがシュパシュパ動くので、“動”で不思議ちゃんのフクキタル、“静”で天然のスズカ。あと、まともなドーベルという感じ。退屈しなさそうなメンバーでいいですね。

 

 

「選抜レースの話でどの距離で出るのかなぁ、って話。確か1200、1600、2000の芝・ダートで分かれてるんでしょ。」

 

「あ、うん。私は芝の1600で出る予定なの。」

 

「そうだったんだ、じゃあキャンディと被るかもね。確か結構な人数出るはずだから同じ距離でも何レースかやるはずだったし。」

 

 

そうニンジンのソテーを口に運びながら話すドーベル。なるほど、地方と比べて人も多い中央は何レースもするのか……、地方でやってた時は全部同じ距離で走るとかざらだったしなぁ。それに1200でも長い方だったし。

 

 

え? なんでキャンディちゃんが1600で走るかだって? あ~、確かに。地方だったら1200でも長いって言ってたのに1600長すぎじゃないぁい? とか、スペシャルウィークのお姉ちゃんなら2000行けるスタミナあるでしょ、おら、走れよ。と思っても仕方ないかもしれませんね。

 

彼女のために弁解しておきますと、一応彼女1200をハイペースで走り抜けるスタミナはあります。でも2000となると走れるけどちょっとスタミナ足りないかなぁ、という感覚も持ってるんですね。あと彼女の系統が牝馬なので、彼女が出走するレースは短い距離が多くなります。それを考えての1600なんですね。

 

 

「お、なら被ったときは勝負だね。スズカ。スズカ強そうだから被って欲しくないんだけど。」

 

「うん、頑張りましょ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、それがフラグだったんでしょうね。

 

 

 

『一番人気に推されましたのはサイレンススズカ、今日までの練習からそのスピードが評価されました! なんでも逃げを得意とするウマ娘のようでどんなレースを見せてくれるか楽しみですね!』

 

 

 

 

見た感じスズカが速そうな感じしたんで、出来たら同じレースに被らないでほしかったんですよね。だって速ければ速いほどスカウトされるようになりますし、スカウトされるってことはその分だけレースに出るタイミングが早くなるんですよね。

 

スぺが走りやすい環境を整える、という目標のためにはとりあえず私の活躍が必要になる。

 

例えば私がある程度活躍していれば、『おぉ、彼女はあのキャンディの妹か。チェックしておいて損はないな。』という感じでスカウトされる可能性が上がるだろう。それにもしここのトレーナーたちの目が節穴、もしくはスぺが緊張などでうまく走れなかったときに、ある程度の実力があるチームに私が所属していればスぺの面倒を一緒に見てくれることもお願いできるかもしれない。

 

言ってみれば私はここにいる他の奴らと同じように死ぬ気でいいところからのスカウトを勝ち取らないといけない。まぁ中央のライセンス持ってる時点で私が知ってる地方のトレーナーよりは基礎スペック高いんだろう。下を見て来た私に上の見極めなんてできるか解らんから、スカウトされてもそれがいい相手か解らんけど。

 

 

『さぁ、最後に8番人気のオースミキャンディです。彼女は昨日学園についたばかりの生徒で、情報が全くありません。ダークホースになりうるか!』

 

 

ま、そんなこと考える前にこのレースで実力示さんとね。せめて表彰台レベルに入らないとお話になりませんわ!

 

 

 

 

さぁ、心を燃やせ。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

『さぁ、今スタートです!』

 

 

 

ゲートが開く。まぁ中央というエリートの中でもゲートが苦手な奴は一定数いるようで8人中何人かは遅れる。だけど別に遅れてもいいい後方から勝負を仕掛ける奴は遅れても問題ない。私みたいに先行策をとるタイプは特に大事。

 

1600と上を見上げれば比較的短い距離になるこのレースにおいて先行での位置取りは本気で挑まないとズルズルと順位が下がる。

 

8人という少ない人数でもそれは同じで逃げが一人、先行が私含めて四人、差しか追い込みが残りの三人という形。私は四人の中からグットポジションを手に入れる必要がある。

 

 

(スズカは実況の放送でも言ってたけど逃げか……、かなり速度出てる上に距離も遠い。あれは掛かってる? いやたぶんあれで最後までいけるのか。……最悪2着狙いで行きますか。さぁ、名も知らぬ皆様。私が過去三年弱で手に入れた小手先の技、とくとご覧あれ。ずるいって言っても勝負だから許せよ。)

 

 

 

スキル発動:【先行けん制】

スキル発動:【差しけん制】

スキル発動:【追込けん制】

 

スキル発動:【先行駆け引き】

スキル発動:【差し駆け引き】

スキル発動:【追込駆け引き】

 

 

 

(キャンディちゃん特製プレッシャー方位の陣! ……ま、ちょっとプレッシャー掛ける距離がスズカまで伸ばそうとすると他に掛ける効果下がっちゃうからなしだけど。隣の君とか走りにくい感じできついんじゃなぁい? にしし。)

 

 

急に性格が変わるキャンディ。え、昨日までのいいお姉ちゃんはどこに行ったの……? どこ? ここ? ほんとに?

 

 

(ま、余裕がある序盤にしか使えない小手先の技だけどねぇ。……実力的差があんまりないのでこういうのは許してくれよな! 今後も選抜レースあるんだしそこで輝いてね! 今日は私の番ですので

!)

 

 

先頭を突き進むサイレンススズカはキャンディのプレッシャーの範囲外のため悠々と逃げを堪能しておられるがそれ以外の方々はプレッシャーのせいで変に走りにくい。しかも掛かったそばから強めのプレッシャーを掛けられて沈められる。何じゃこのレース。

 

さぁそうこうしている間にもうそろそろ最終コーナー、スズカが直線でもう一度加速するために少し速度を緩めます。対してキャンディは駆け引きで後続のスタミナをある程度削ったおかげか現在2位。しかしながら先頭の差は5バ身程。これからどう動くべきか。

 

 

(うし、変に技術がついちゃった体重移動で速度そのまま逆に加速!)

 

 

 

スキル発動:【弧線のプロフェッサー】

 

 

 

脚に負担がかかりそうな速度で重心移動、そのまま速度を落とさずに走りぬく!

 

 

(私コーナーは大得意なんだよ! 勝負だ! スズカ!)

 

 

 

『さぁ、依然先頭はサイレンススズカ! サイレンススズカです! そして後ろから驚異的なカーブで速度を落とさすそのまま邁進! オースミキャンディです! オースミキャンディが上がってきた! 先頭との差はいまだ4バ身程!』

 

 

 

(まだまだ! こっちは身体能力で負けてても引き出しの多さだけはまだ負けない! 最後の切り札! 使うしかないでしょ!)

 

 

 

 

 

 

 

―領域展開

 

 

 

 

 

精神世界、思い浮べるは火にまみれた燃え盛る焦土。

 

 

残響する悲鳴、怒号、そして後悔。

 

 

あぁ、こんなものはいらない。

 

 

彼女のために私が残すのはこんな救いのない世界じゃない。

 

 

もっと希望に満ちて、キラキラしていて、やさしさに満ち溢れた世界。

 

 

満点の星空、見上げるのは彼女だけでいい。私は背を押してあげるだけ。

 

 

 

 

 

発動 【決して焼けない真っ赤なサルビア】>Lv.1

 

 

 

 

 

『オースミキャンディ! 加速します! 差がどんどん縮まっているぞ!』

 

 

「ッ! 来た!」

 

 

「追いつき! 追い越す!」

 

 

「……譲らない! 先頭の景色は私だけのもの!」

 

 

『依然先頭はサイレンススズカ! しかし外から外からオースミキャンディ! オースミキャンディ上がってきた! 上がってきた! 逃げるサイレンススズカ! 追うキャンディ! しかし届くか! 届かない! 未だ差は1バ身程! そのままサイレンススズカ、逃げ切ってゴール!』

 

 

 

 

 

 

 

「く~~~~~~!!! 負けたぁ!!!!!」

 

 

走り切り、少しずつ速度を落としていくサイレンススズカを横目にそう叫びながら速度を落とさずターフに沈むキャンディ。ちょっとふざけて走り切った速度をそのままにターフを転がる。

 

 

「ハァ……、ハァ……。ふぅ、何とか最後まで逃げれた。」

 

「あぁもうスズカ回復してるの? はやいんだけど……、しかもあんなにキレイに逃げられるとなんかもうスッキリするのが頂けないんですけど。」

 

「そう? キャンディも速かったし、私はスッキリしたけど。」

 

 

若干自虐的な口調でスズカに話しかけるキャンディであったが、いつもの天然ムーブでスルーするスズカ。あまりそういった相手と話した経験がないせいかちょっとどう付き合うかつかみかねてますね、お姉ちゃん。

 

 

「あ~、もう。あっちじゃちょっとギラギラしたやつかお祭り女ぐらいしかいなかったから調子狂う……、ふぅ。ま、スズカ、次はちゃんと私の背中見してあげるから。覚悟しといてよね!」

 

「? 背中ならさっき転がってる時に見たけど?」

 

 

 

 

…………うん! そうだね!(諦め)

 

 

 

 

 





シラオキ様のお告げ(意訳)

フクちゃん! 今日はフクちゃんのクラスに新しいお友達(候補)が来ちゃうからご挨拶頑張ってするのよ! 初対面は結構大事だから元気よくハキハキ行きましょうね! それにその子はフクちゃんと同じ私の血筋だし、絶対仲良くできると思うわよ! 頑張れ、フクちゃん!



サイレンススズカ(中学一年生)

まだ小学生上がりだけどすでに先頭民族。逃げ馬のパワーは伊達じゃない。でもアニメと違ってまだ幼いのでよく旋回しているし、自分の世界に入り込む回数が多い。ゲートの下の景色が急に気になって下から脱出するぐらいの天然さん

マチカネフクキタル(中学一年生)

トレーナーさんともまだ会えていないのでシラオキ様を心の支えにしているフクキタル。傍から見れば不思議ちゃん。キャンディとはなんだか親近感が湧きます。はっ! もしかしてキャンディさんもシラオキ様を信仰しているのでは!

メジロドーベル(中学一年生)

キャンディに普通認定された子。でも席の関係上キャンディの席からはドーベルの背中しか見えない。なので男性教師が教鞭をとっている時ドーベルがどんな顔してるかも知らない。彼女が男性と話しているところも見たことない。



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うまい話にゃ裏がある

 

「ぬ~~、どうしたもんかなぁ?」

 

「あれ、キャンディ。どうしたのそんなに紙とにらめっこして?」

 

 

放課後。うんうん悩みながら何かとにらめっこしているキャンディにメジロドーベルが話しかけてきた。ドーベルのジャージという服装と今の時間を考えるに今からどこかで練習しようとしたところ何か忘れ物に気が付き、教室に取りに帰ってきたというところであろうか。

 

 

「ん? あぁドーベルか。いやこの前の選抜レースでスカウトもらえたのはいいんだけどどこがいいかなぁって悩んでた。」

 

 

キャンディの手元、彼女の机を見ると学園が配布しているチーム及びトレーナーの情報が書かれた冊子と彼女が受けたスカウト先の勧誘チラシのようなものが広げられている。

 

それを見て『ふ~ん』と言いながら許可をもらってそのチラシを見るドーベル。表面はよくある売り文句が書かれており、印刷されたものだが裏返してみると各チームのトレーナーが走り書きしたキャンディ用の目標だとかトレーニングメニューが書かれている。

 

 

「いやさ、聖徳太子でもないんだし一気に言われても解らんから『お手数ですけど何か紙に書いていただけないでしょうか? ほら、ご自身のチームの勧誘用にチラシとかありますよね。その裏か余白にでも書いていただければ』って言ったら皆さん余白びっしりに書いてくるもんだからおねえ……、キャンディちゃんびっくり。」

 

「なるほど、人気者はつらいわね。……あ、こことここ。所謂ハズレだからやめといたほうがいいよ。」

 

「ホント! 感謝感謝……。ん? もしかしてドーベルってそこらへん情報通?」

 

 

ふざけて救世主!みたいなノリで乗っかってみたら恥ずかしそうに『違う違う!』と否定するドーベル。なんでもメジロ家の方でそういうハズレのチームだったり関わらない方がよさそうなトレーナーについて教えてもらったらしい。なんでも近いうちにお家の圧力で自主退職なさるそうで……、キャンディちゃんヒェ!ってなりました。

 

 

「あ、そういえばキャンディってあんまりチームとか知らなかった感じなんだ。ん~、そんなに時間かからないだろうしよかったら教えようか?」

 

「ぜひ!」

 

 

メジロ家お嬢様のドーベルお嬢様によるとなんでも今の中央は“リギル”一強時代。強そうな奴は大体リギルとかいうとんでもないチームらしい。田舎で引き籠ってた私でも知ってるシンボリルドルフ、ナリタブライアン、マルゼンスキーがそのチームらしい。……何その厨パ。

 

 

「……厨パ? まぁ確かにすごい人ばっかりだよね。」

 

 

ちなみに本来ならリギルだけ入部テスト的な選抜レースがあるらしいがそのレースはもう少し先の話らしい。

 

 

「ん? もしかしてあの後スズカがスカウトされてたチームって……!?」

 

「うん。あの厳しそうな女のトレーナーさんがチームリギルを受け持つトレーナーさん。東条ハナさんね。」

 

「あ~、道理で騒がしかったわけだ。普通自チームで開くレースでスカウトするような強豪チームがわざわざスカウトしに来てたら周り騒ぐよね。」

 

 

あの選抜レースが終わった後、私の倍ぐらいのトレーナーさんたちがスズカの方にスカウトしに行ってたけど、途中で急に静かになってその後さっきよりもすごく騒いでたから何かと思えばそんなことがあったんですねぇ。ちなみに観客席の方から見ていたドーベルとスズカ本人からの話を総合すると『たくさんのスカウトの人たちに囲まれてあわあわしてたスズカの元に颯爽と現れる東条氏、登場に驚き静かになる他トレーナー。静かになって落ち着くスズカ。そこで東条氏のスカウト! 周り何も言えない! スズカは「他の人何故かやめちゃったし、スカウトしてくれるのなら……」』という感じだったらしい。

 

 

「うん、そんなに付き合い長くないけどスズカらしい気がする。」

 

「だよねぇ。」

 

「あ、ちなみにドーベルは何か決まってるの? この前選抜レース出ないって言ってたけど。」

 

「あ~、実は家の方でちょっと紹介してもらって。……恥ずかしいんだけど私、男の人がちょっと苦手で。お婆様が安心できる女性トレーナー紹介してもらったからそこでお世話になる予定なの。」

 

「なるほどなぁ。……メジロ家ってやっぱすごいや。」

 

 

お金持ちのお家はいろんなことできるんやなぁ。『ここのチームはマイルが得意』『ここは中距離が得意な所』『あれ? ここダート専門のチームだった気がするけどなんで?』などとかなり親身になって私のチーム選びに付き合ってくれるドーベル。

 

私の思惑的にチームはできるだけいいところでなおかつ、スぺにとって一番いい指導をしてくれるところ。そこに私が先に入っておくことでスぺを受け入れやすい状態にしておくのが目標。まぁ私の気遣いが杞憂で自分で好きな所選んで入ってくれるのなら問題はない。でもやっぱり一つ受け入れてくれるところあったら安心の度合い強いと思うから……、まぁそんなわけで私の距離適性とかそういうの二の次でスぺのためのチームを選びたい。

 

スぺの適性は多分中距離か長距離あたり、彼女の夢が『日本一のウマ娘になる』だからそれを証明するのに一番適切なレースは……、クラシック級なら日本ダービー。シニア級なら天皇賞あたりがそれに当たると思う。世界一となってくるとジャパンカップとかも入れたいだろうけどまずはこの三つを必ず取らせるレースとして考えよう。

 

ま、今挙げたレース中長距離なんでそれが得意なトレーナーさんのところにお世話になればいいんだけどね! と、いうわけでなんかよさそうな所知ってる、ドーベル?

 

 

「う~ん。私ティアラ路線に行こうと思ってたから長いところが得意なチームはあんまり知らないんだけど……、この中にあるのだったら確かココとココ。あとココが強かった気がする。ごめんね。」

 

「いやいや、全然情報持ってなかったから教えてくれてほんと助かる! ありがとね、ドーベル。」

 

「ふふ、どういたしまして。……そういえば中長距離って言うぐらいだからキャンディもクラシック路線で行くの? 確かフクキタルとスズカもそうだったと思うけど。」

 

「私? 私は……、今のところどんなに頑張っても通用するのが1800ぐらいだから今年来年あたりはどうだろ、もしかしたらドーベルといっしょのティアラ路線に行くかもしれない。でも“目標”は長いのだから追々、ね。」

 

「そっか。ならぶつかったときは勝負ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、そんな会話があったんですよね。あのあとドーベルが忘れ物もって練習に戻り、私はスカウトを頂いたチームのところに見学にでも行こうかと自身の教室から出ていた。にしてもお金持ちのメジロ家令嬢、メジロドーベルちゃんには大変お世話になり申した。

 

自分の練習あるのにかなり長い間親身になって色々考えてくれたのはマジでありがたい。最後には『あ、ヤバイ! もうこんな時間だ!』ってなるまで一緒にやってくれたもんなぁ。……今度何か甘いものでも奢ってお詫びしないとね。

 

 

「さぁ~て。結構いい時間だけど練習見れるんですかねぇ……、ん?」

 

 

 

『いしや~きラーメン。いしやきラーメン~。』

 

 

 

 

校内に謎の屋台が出現した。

 

 

 

 

『安いよ、安いよ~。今なら値引きセール中だよ~。お買い得デスワヨ~。』

 

 

 

 

葦毛で高身長のウマ娘が『石焼き拉麺』と書かれた暖簾が印象的の謎の屋台を引きながら校内を闊歩している。一瞬『これが都会、こんな意味不明な現象が起こるなんて都会は怖いところだべ』みたいな考えが頭の中に過るが、都会でも田舎でも頭おかしい奴はおかしい。たぶんこれもそうなんだろう。

 

にしても制服を着てるから生徒なんだろうけど校内で屋台引きながらラーメン売るとはなんとまぁ……、中央はかなり自由なんだねぇ。しかもメガホン大音量で客引きとは色々とすごい。騒音でやめさせられたりとかしないんだ。

 

 

「お~う。そこの姉ちゃん。ちょっと寄ってかね? 今なら一杯食べるともう一杯ついてくるぞ!」

 

 

ポカン、と口を開けながら放心しているのか考え込んでいるのかよく解らない時間を過ごしているとあちらの方から声をかけられた。葦毛の彼女以外に店員らしき人物がいるように見えないし、彼女が店長なのだろう。食べていかないかと言うことだが……、そういえば小腹が空いている。おやつにラーメンも乙なものだろう。石焼きラーメンが何なのかは全く想像ができないが気になる。

 

 

「あ、じゃあお言葉に甘えていただきます。この……石焼きラーメン? って奴を一つ。」

 

「あいよぉ!」

 

 

目にもとまらぬスピードでそれまで引いていた屋台を止め、私が座れるように丸椅子が展開される。私が席に座る頃にはすでにテーブルはきれいに拭かれ、店主の女性は麺を茹で始めていた。

 

 

(この店……、出来る!)

 

 

屋台を引いていた時は制服だったが、いつの間にかに黒いTシャツとエプロン。それに白い鉢巻きを装着している店長。長い葦毛を後ろにまとめている彼女は何もしていなければどこかの令嬢のような美しさだが今は料理人。それも鼻に届いてくる香りは素晴らしくいいものだということから考えて腕のいい料理人だ。

 

 

「へい、お待ち!」

 

 

その声と共に私の前に現れる白い器。伝統的なラーメン用の器。その中身は……

 

 

「注文の冷やし中華だ!」

 

 

冷やし中華だった。

 

 

思わず顔を上げる。とても気持ちのいい笑顔を浮かべる店長。そして視線を戻す。最近は見なくなったサクランボが乗せられている冷やし中華。もう一度顔を上げる。いい笑顔を店長が汲んだ水をこちらにおいてくれる。もう一度視線をを下げる。

 

冷やし中華だ。

 

キレイな黄色のちぢれ麵にキュウリ、ハム、タマゴを細長く刻まれたものが乗せられている。少し顔を近づけてにおいを嗅ぐと先ほど店内にあふれていたラーメンの鶏がらのニオイではなく、少し鼻につくさっぱりめのスープの香り。普通においしそう、うん、おいしそうなんだが……。

 

 

「あ、あの~。店主? 私ラーメン頼んだんだけど……?」

 

「も、もしかして冷やし中華駄目でしたか! そうとは知らず、私、私……。」

 

 

頭に浮かんだ疑問点をそのまま口にして店主に文句を言おうとしたが……、その前に頭に巻かれたタオルの鉢巻きを外し、両手に持ちながら若干涙ぐんでいる葦毛の彼女。えぇ……。

 

 

「ま、まぁお腹自体空いてますんで……、とりあえずいただきます。」

 

 

何故か泣かしてしまったし、出されたものを下げてもらうのも悪いので食べることにする。きれいに積まれているキュウリやハムを崩すのは申し訳ないが、おいしく食べるためにすべてを崩し一通りかき混ぜる。そしてすべての具材を一口サイズに纏め、そのまま放り込む。

 

 

「…………、普通にうまい。」

 

「だろぅ?」

 

 

さっきニオイを嗅いでいたスープの味がしっかりと出ているがそれでもしつこ過ぎない味わい。キュウリとハムもいい素材を使っているのが解る。そしてタマゴ。よく冷やし中華の卵はスープを吸い過ぎて味が濃くなりすぎることがよくあるが……、これはそれがない。卵の香りがちゃんと残っているし、食感もいい。なおかつスープがキツすぎないように調整されているおかげでうまい。

 

 

「いや頼んだのラーメンだったのに冷やし中華だったんだけど!」

 

「にゃはは、うまかったならいいじゃねぇか! んでお前さん名前なんて言うんだ?」

 

 

いやうまかったからいいとかそういう話ではない気がするんだけどなぁ? 元々石焼き拉麺とかいう謎の食べ物求めて入ったわけだし……、まぁ確かにこの冷やし中華そんなこと気にならないぐらいにうまいっちゃうまいが! なんか調子狂うなぁ……。

 

 

「……オースミキャンディ。店主さんは? 見た感じ先輩みたいだけど。」

 

「あたいはゴールドシップって言うんだ。べ~つにそういう先輩後輩気にしなくていいぞ? 堅っ苦しいの嫌いだし。よろしくなキャンディ!」

 

「りょーかい。こちらこそよろしく。……マジでうまいな、おい。」

 

 

ゴールドシップ、ゴールドシップねぇ。あいにく情報が来るスピードが遅い田舎にいて、そこまで中央のレース結果とかを確認するなら趣味の時間に使いたかった口だからあんまり知らないんだが……、たぶんコイツGⅠぐらいとっててもおかしくなさそうだな。身のこなしが伊達じゃない、過去に敗戦した中央から来た奴の何倍ぐらいだろうか。まぁとりあえず今の私じゃ勝ち筋はない。

 

 

「なぁ、キャンディさぁ。持ってる書類勝手に読んだけどチーム探ししてんの? 長い距離得意なところ。」

 

 

目の前にいる先輩の強さを考えながら冷やし中華を口に運ぶうちに、食べる方に意識が集中し始めたころ、いつの間にかドーベルに書いてもらった資料を勝手に読んでるゴールドシップがいた。

 

 

「……なんで勝手に見てんの? まぁそうだけど。あとおかわり。」

 

「あいよ! ……いや~、気になっちゃってさぁ。ついつい見ちゃったぜ! わりぃな! はい、お待ち!」

 

「絶対悪いって思ってないでしょ……。」

 

 

そう言いながら新しく来た冷やし中華を混ぜて口に運ぶ。

 

 

「んで、たまたまあった縁だけどいい話があるんだ! ちょうどあたしが所属してるチームに空きがあるんだけど来るか? これでもゴルシちゃんダービー落したけど二冠ウマ娘だぜ? ウチのトレーナー悪癖あるけど悪いところじゃねぇし、お勧めだけど。」

 

「ふ~ん、なるほどねぇ…………、って二冠バ!」

 

 

は? いや、は? ……いや確かにあり得ない話でもないのか?

 

 

「あ、信じてねぇな~ぁ? ……ほい。これ私の記事。」

 

 

そう言いながら手渡される新聞記事。皐月賞、菊花賞を制覇したゴールドシップがこの後春の天皇賞に挑むという記事が書かれている。いや、マジか。というかこの記事どっから出した?

 

この先輩のいう通りならかなり私にとっていい話だ。この先輩がスぺが入学するまでいるかどうかわからないが、この記事の書き方からして去年はクラシック級。なら普通に彼女は在籍しているだろう。それに彼女を育て上げたトレーナーの能力は非常に私にとって都合がいい。この先輩を育てられるってことはいくらこの先輩の才能が高かったとしてもそれを磨き上げる才があるってこと。担当の才能だけに頼ってるだけじゃ普通はGⅠ取れない。取らせてるってことは磨き上げる才能がこの先輩のトレーナーにあると言うこと。

 

……アリだな。というかこれに乗らない理由がない。

 

 

「ねぇ、先輩。先輩のチーム入りたいんだけど。」

 

「(にちゃぁあ)待ってましたぁ。んじゃ、この書類書いちゃって? 実はトレーナーからよさそうな奴スカウトする権利もらっててな。この前の選抜レース見た時からお前さんに目ぇつけてたんだよ。」

 

「へぇ……。それはありがたい話だね。……ほら、書けたよ。」

 

「……よし。ちゃんと書けてるな。んじゃ、新人さんいらっしゃ~い。『スピカ』にようこそ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何日か後。夜、寮にて。

 

 

『? どうしたのお姉ちゃん? すごい疲れたお声してるよ?』

 

「……すぺ。おいしい話にはなにか裏があるんだよ。気を付けなさい。」

 

『? うん、わかった!』

 

 

 

 

 





ゴールドシップ

トレーナーから(勝手に)よさそうな奴(もしくは面白そうな奴)スカウトする権利をもらっている。春の天皇賞が近いのにラーメン屋台で遊んでいた彼女。キャンディが帰った後にエアグルーヴに発見されて追いかけられた。なお、2013年春天。

え? この時期に彼女が一回目の春天走ってるのアニメと時間軸合わないって? うん、ならなんでテイオーより先にスぺがデビューしてるのかな? 私わかんない! この世界の時間に関して深く考え始めると頭が爆発するので考えないでください。



とりあえずストックはこれでおしまいです。続きは感想とか評価とか頂けたら書きます。


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