もしも、アズールレーン学園に入学したら (白だし茶漬け)
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入学の初めはメイドから

どうも皆さんこんにちは、白だし茶漬けです。

今回はこの小説を見て頂きありがとうございます。

さて、この小説なのですが、私が執筆している他のアズレン小説のifを書いたものです。

もしもこんなのならば、こんな世界だったら主人公はこんな風に人生を送っていただろうという事を想像をして書きました。

本編がシリアスな部分が多い分、こっちでほのぼの日常を書こうと思いますので、何卒お付き合いのほどよろしくお願いします!


これは、あったかもしれない物語。

 

戦いもなく、誰もが平和に暮らす、そんな普通で平凡で、少しの奇跡のお話_

 

 

 

桜が咲き誇り、暖かい日向が窓を通って俺の部屋に差し込み、その陽射しで俺は重い瞼を開く。目やにを取るために目を擦り、寝ていた体を起こして1つ欠伸をあげる。暖かい布団から出たくないと2度寝をしようとしたが、そんな事をすれば学校に遅刻してしまう。

流石に始業式に遅刻は良くない、何とか布団の魔力というブラックホールから抜け出し、まだ眠い身体を起こす為に1度洗面所に向かう。

 

「ふわぁ……長い休みで生活習慣が何だか狂ったかな〜 」

 

俺の名前は天城優海(あまぎゆう)。一部を除いたらどこにでもいる普通の男性だ。この日を境に、『アズールレーン学園』に入学する事になった高校一年生だ。

 

『アズールレーン学園』とは4つの大陣営である『ユニオン』『ロイヤル』『鉄血』『重桜』が作った学園であり、初等部から高等部まで存在している。その学園の生徒は『KAN-SEN』と呼ばれてあり、将来世界の平和を守る為に日々努力しているらしい。

 

初等部から高等部まであることから、その為かなりの生徒が在籍している。しかも驚くことなかれ、なんと全ての生徒が女性なのだ。

 

なんで男である俺がそんな学園に編入する事になったのか、それはある推薦に合格したからだ。

 

その推薦とは『指揮官推薦』というものだ。『指揮官推薦』とは、『KAN-SEN』達を指揮する為の『指揮官』になりうる人材を発掘する為の推薦であり、かなりの待遇がある推薦だ。その為倍率がかなり高く、俺は周りの力を借りて推薦を貰い、見事『アズールレーン学園』に編入出来るようになったのだ。

 

「それにしても……俺以外皆女子か……馴染めるかな…… 」

 

「大丈夫よ、なんなら私以外の女なんて仲良くしなきゃ良いのよ 」

 

「おわぁぁぁ!?!?」

 

背後から抱きつかれながら耳元で囁かれ、俺はその一瞬で眠気が覚まされた。あまりの驚きで朝一番で大声を上げながら抱きつかれた手を振り払って壁元まで走り、後ろに振り返った。

 

朝日の光で照らされた人物は、長い黒髪に頭の上には狐の耳が生えており、腰の方にも大きな黒色の尻尾が9尾生えている。

 

彼女の名前は『赤城』。俺の姉さんだ。俺の事を1番に気遣っており、俺が小さい頃良く隣にいてくれた人だ。

だけど……それがかなりエスカレートであるのが玉に瑕だ。

 

例えば、執拗以上に俺のことを監視したり、他の女の人との接触を異様に嫌がるのだ。少し束縛が厳しいけど、根は優しい姉の赤城姉さんが、朝から後ろから抱きついてくるから心臓に悪い……

 

「も、もぅ……赤城姉さん驚かさないでよ…… 」

 

「ふふ、貴方が私と同じ学園に編入するから、少し舞い上がってるのかもしれないわね 」

 

赤城姉さんはこれ以上無いほどの嬉しさを思わせるほどの笑顔見せた。

 

そう、赤城姉さんは『アズールレーン学園』に在籍している『KAN-SEN』だ。昔は『戦艦クラス』だったらしいけど、訳あって今は『空母クラス』にいると言う。

 

学園には初等部、中等部、高等部の他にクラスというものが存在する。クラス大きくわけて6つあり、『駆逐艦』『軽巡』『重巡』『戦艦』『空母』『潜水艦』に分類される。これよりも更に詳しいクラス分けがされているらしいけど、今の俺はまだ知らない。

 

それに、『指揮官』である俺はどのクラスに入るのかさえ分からないのだ。目の前にいる赤城姉さんは昨日からずっと「優海は空母クラスに行くべき」とずっと言っており、最早呪詛のようだった。

 

「と、とりあえず朝ごはん食べようよ。きっと加賀姉さんと、天城母さんが居るはずだから…… 」

 

「それもそうね、それじゃ一緒に行きましょう。昔みたいにまた私が全部食べさせてあげるわ〜! 」

 

「それはいいから! 」

 

こんな何の変哲もない会話を続けながら、俺と赤城姉さんは居間へと歩いた。

 

 

 

 

 

居間の扉を開けると、机の上にはもう出来上がった朝食が並べられ、椅子には2人の女性が座っていた。

 

「ん、起きたか優海、姉様と一緒にいたのか 」

 

「うん、おはよう加賀姉さん 」

 

赤城姉さんとは対照的に、白い短髪に白い獣耳と尻尾を生やしている彼女は『加賀』姉さんだ。いわゆるクールビューティな加賀姉さんは女性でありながら女性から人気があり、密かにファンクラブもあるらしけど、本人はかなり迷惑しているらしい……

 

「優海、少し寝癖が付いてるぞ。こっちに来い。直してやる 」

 

「え、いいよ別に……それくらい自分でやるよ 」

 

「私がやった方が速い。早く来い 」

 

「……はーい 」

 

俺の寝癖を直している人は『土佐』姉さん。加賀姉さんの妹で、この中では四女だ。

シルバーグレーの髪で赤城姉さんと加賀姉さんと違って少し耳が垂れていて、毛先が青い尻尾を持っている。

加賀姉さんと同じように、少し目付きが細くて怖いと思うけどそんな事は無い。小さい頃から世話になっているし、何かと気にかけてくれている。

 

実はかなり絵が上手くて、学園では美術部に通ってるらしい。そんな土佐姉さんは俺の寝癖を押さえ、寝癖を直してくれた。

 

「……よし、これで良いだろう。今日は学園の始業式だからな、身なりはしっかりしていけ 」

 

「そっか……もう高校生かぁ〜 」

 

もう俺が生まれて17年も経っているのか……自分でもあっという間で、未だにもう高校生なのが実感出来なかった。そんな事を考えていると、台所に繋ぐ扉が開けられ、俺の母さんが出てきた。

 

「あら優海、起きていたのですね。おはようございます 」

 

「おはよう、母さん 」

 

栗色の長髪に姉さん達と同じ狐の耳と尻尾を持ったのは、俺の母さんの『天城』。

俺の苗字と同じ名前なのは少し訳がある。

 

俺は……母さんや姉さん達と血は繋がっていない。現に俺には姉さん達のような耳と尻尾がなく、頭の耳のような物だって癖毛だ。

 

俺を産んでくれた母さんは俺が10の時に病気で亡くなり、俺の父さんも事故で……そんな時、俺を拾ってくれたのが天城母さん達だ。

両親がいなくなって塞ぎ込んでいた俺を接し、傍にいてくれた。

 

小さい頃は結構皆に迷惑かけたなと自負している。話はしないや我儘は言うわ、挙句の果てには本当のお母さんでも無いくせにと言い放ったこともあった。

その時ばかりはなんであんな事言ったんだと過去の俺に言って怒鳴り散らしてやりたい。

 

でも、天城母さんはそんな俺の事を今日まで育ててくれ、あのアズールレーン学園にも入る事が出来た。もう感謝してもしきれないぐらいだ。

 

「さぁ、ご飯はもう出来てますので、早く食べて下さいね。出ないと遅刻してしまいますよ?貴方確か、入学式で新入生代表として出席するのでしょう? 」

 

「あぁそうだった!」

 

遅刻してしまうかもしれない焦りから眠気が直ぐに吹き飛ばし、急いで食卓の椅子に座る。目の前には鮭と目玉焼きにほうれん草の浸しに白米と味噌汁とごくごく普通で理想的な朝食だ。

 

「いただきます〜! 」

 

出来たての白米を食べ、出汁がよく聞いている味噌汁をすすり、ほうれん草は苦味も無く丁寧な味付けをされていた。これは胡麻のドレッシングを使っているのだろうか?

 

半熟の目玉焼きは醤油をかけて、食べた後に白米を食べると卵かけご飯見たいな感じでこれまた美味しくなる。

鮭も小骨も全部取り出しているおかげで食べやすく、皮までパリパリに焼いていて美味しく食べる事ができ、これも白米によく合うんだなこれが。

 

「優海、そんなにがっつくのはお行儀が悪いですよ。ほら、口元にご飯粒がついてますよ 」

遅刻する焦りで少しばかりがっつくようにご飯を食べてたせいで、母さんの言う通り口元には米粒がついていた。しかしそれに気づいた時には俺の口元に母さんの指が俺の口元に触れ、米粒を取っていた。

 

「全く、普段から心にゆとりを持ち、余裕を持って行動しなければ対局は見すえられませんよ? 」

 

「分かってるよ。モグッ……ふぅ、ご馳走様!じゃあ着替えたらすぐに家を出るから! 」

 

米粒一粒も残さず全て完食仕切った俺は急いで自分の部屋に戻り、部屋にあるハンガーにかけられた制服からハンガーを抜き、寝巻きを脱いでそれに着替えた。

 

普通、高校生と言えば黒いブレザーが多いけど、アズールレーン学園の制服の色は白だ。俺の体に合わせるように採寸されたこの制服は言わば世界にたった一つの制服であり、それだけで特別感が増した。シャムに着替え、ズボンも履き、ネクタイを結んだ後最後に白いブレザーを着込む。

 

「よし!じゃあ行くぞ!」

 

鏡越しの自分を見つめ、気持ちを切り替えるように頬を両手で叩き、登校の準備を始める。

 

カバンを持ち、部屋から出て玄関まで歩くと母さんが先に出迎えるように待っていた。

 

「優海、忘れ物はありませんか?ハンカチは?筆記用具は?代表の送辞の紙は? 」

 

「全部持ってるよ!昨日確認したから大丈夫だよ! 」

 

「ならよろしい。ですが……知らない人にはついて行ってはダメですよ? 」

 

「ああもう!過保護だな母さんは!大丈夫だよ!俺はもう17歳なんだから! 」

 

昔と変わらず過保護な態度は俺の思春期のプライドに触れ、少しばかり反発した。でも事実忘れ物は無いし、そんな知らない人や怪しい人について行く事なんて絶対にしない。それくらい自分1人でも出来るし判断出るのにと心の中で呟いた。

 

「そうですか、なら……ちょっと失礼しますね 」

 

そうして母さんは俺のネクタイを解き、また結び直した。

 

「ネクタイが少し曲がってましたよ?ちゃんと結ばないとダメですよ? 」

 

「え!?ちゃんと結んだと思ったのに…… 」

 

「きちんと最後まで確認は怠らずですよ。……はい、これで大丈夫 」

 

きちんと結ばれ、それでも息苦しく無い結びに感心しながらも、俺はどこか意地になっていた自分に羞恥心を抱いた。やっぱり、母さんには敵わないなぁ……

 

「あ……ありがとう。じゃ、行ってくるね 」

 

「はい、行ってらっしゃい。優海 」

 

母さんは笑顔で俺を見送り、その笑顔に押されるように俺は外へ出ていった。

 

扉を開けた瞬間心地よい風が俺の体を通り、桜がまるで俺の初登校を祝うように咲き乱れていた。

 

逸る気持ちを抑えられず、石畳の道をそのまま風のように走って登校する。息も切れず、桜が生い茂る風景の中走ると、近所の人達が俺を見つけては手を振って俺の登校を祝っていた。

 

「あら優海君、おはよう。今日が入学式だったわね。頑張ってね! 」

 

「ありがとう鳳翔さん!帰ったらお団子食べるからね! 」

 

「お、優海じゃないか!学校でもしっかりとやるんだぞ 」

 

「おはよう三笠さん!分かってるよ! 」

 

小さい頃、母さん達以外でもお世話になった人達に挨拶をしながら俺は走り続け、この島の沿岸部に到着した。

 

アズールレーン学園はこの島には無く、ある島を丸ごと開拓して作り上げ、そこに作ったらしい。なので学園に行く為には饅頭というひよこのような生物が運転する船に乗らなければならない。

と言っても、船はかなりの性能でどの陣営の島から出ても長くても30分程で着くという。

 

船に乗る為には電車と同じような切符、乗船券が必要だけど、俺のような学生の場合は通学定期がある。これさえあれば、好きなように乗れるし、他の陣営に行く事も可能だ。

 

俺は改札口にいる饅頭に定期券を見せると、饅頭は確認した後に改札口を開けて俺を船の中へと案内した。

船と言ってもそんなに大層なものでは無く、遊覧船みたいな構造をしていた。

 

階層は2階までで、一階には売店なんかある。移動時間を有意義に過ごす為に各座席にはテレビなんかあるし、中々凄い船だ。こんなのが電車やバスみたいになサイクルで来るのだから中々にヤバい。

 

時刻表を見るにまだ出発時間はあるので、適当な椅子に座り、カバンの中から学園の案内パンフレットを見る。

 

合格通知を受け取ったと同時に貰ったやつで何回か確認したけど、再度もう1回確認しておこう。

 

パンフレットには、学園の規則や学園の見取り図等が書かれていた。流石島1つを開拓して学園にしたというだけであって、かなりの規模の学園だ。

 

まず、学園には本館、別館、体育館、プールは勿論、テニスコートやサッカー場や野球場まである。これだけでかなりの広さなのに施設はまだあるのだから、侮れない。

 

これだけでも凄いのにまだ施設がある。特に、ここには商業施設らしきものがある。施設……というよりかは、学園の少し離れた先にそういうものがある。

パンフレットには百貨店や専門店など揃えてるとは書いてあるが、実情は分からない。こればかりは自分の目で見るしか無い。

 

大まかな場所や全体図についてはこれくらいにして、次に規則だ。学園に欠かせない物の1つとして校則があり、校則自体に変わった物は無い。至って普通の所と変わらない。

 

『まもなく、船が出発します。船の揺れが大きい為、座席に座るか手すりを持って下さい 』

 

パンフレットを読んでる間に出航時間となり、船はゆっくりと進んだ。 海を進み、波を超え、船はゆらゆらと揺れながら学園へと進んで行った。

 

「すまない、前の席良いかな? 」

 

ぼんやり窓の外を見ていると、急に男の人の声が聞こえた。廊下側に振り返ると俺の席の隣には人がたっていた。

 

髪は青く、目はまるで海を思わせるかのような綺麗な青色の瞳はどことなく俺に似ているような気がした。

いや、というより……顔がだいぶん似ている。その事に驚きつつも、俺は返事を返した。

 

「ど、どうぞ! 」

 

「ありがとう。……うん?何だか俺達の顔って似ているね 」

 

「そ、そうですかね? 」

 

「うん、凄く似ている。もしかして生き別れた兄弟だったりしてね 」

 

冗談混じりで男の人は笑い、そのまま俺の前の席へと座った。確かに生き別れの兄弟のように顔が似ており、俺はついまじまじとその人の顔を見てしまった。

 

「ん?何かな? 」

 

「あぁいえ!やっぱり似てるな〜って 」

 

「あはは、この世には同じ顔の人が3人いるらしいから、あと1人いるのかもね 」

 

もしそんな人がいたら会ってみたい気もする。

 

「あの、ところで貴方は重桜の人……【かごなし】ですかね……? 」

 

重桜の人達は決まって獣のような耳や尻尾、鬼が持っているような角が生えたりしている人もいるけど、その中で稀に俺のような尻尾も耳も角も無い人が出てくる。

その事を重桜では【かごなし】と呼ばれている。

 

重桜では、神様の加護を受けた物には耳や角が生えると言われており、その為それが無いものは神様から見放されて加護が受けられないとされている。

神の加護が受けられないものだから、【かごなし】と言われ、その為【かごなし】はあまり良い目では見られなかったらしいけど、最近その認識は改められ、迫害とかされる事は無かった。

 

「ん?俺は重桜の人じゃないよ。俺はロイヤル出身だ 」

 

「え、ロイヤルですか?顔つきが少し重桜寄りだからてっきり…… 」

 

「あはは、まぁ俺の御先祖が重桜の人と結婚してたらしいからね。多分そのせいでもあるんじゃないかな 」

 

「じゃあ重桜には観光で来たんですか? 」

 

「うん、他にも色んな所に行ってるよ 」

 

そう言いながらその人は持っていたカバンからアルバムらしきものを取り出して俺に渡した。

 

「見てみて、俺が旅してた記念品や写真が入ってるんだ 」

 

俺はアルバムの表紙をめくると、1ページから凄い量の写真と、それがどこで撮られたかのメモがびっしりと書かれていた。しかもメモにはその人が何を思い、何を感じたかも書かれており、一つ一つの風景に思入れが込められるのを感じた。

ページをめくる手が止まらず、次はどんな風景があるのだろうと好奇心が止まらなかった。

 

「わぁ……凄い! 」

 

「でしょ?特にこことか凄くてね…… 」

 

『次は、竜宮島ですお降りの際はご注意ください 』

 

「あ……すまん、俺はここで降りるよ 」

 

「あ、そうなんですね。アルバムありがとうございます 」

 

俺はアルバムを返し、その人は笑顔で快く挨拶を返してくれた。

 

「じゃあね。またどこかで会おう 」

 

「はい、またどこかで 」

 

笑顔で小さく手を振りながら彼は船から降り、窓からその人が見えると思いながら窓の外から船降りばを見ても彼の姿は見えなかった。それでも出航ギリギリまで探すものの見つからず、船は出航時間になるとゆっくりと加速して竜宮島から離れていく。

 

「……何だか他人な気がしなかったなぁ 」

 

今日初めてあった人にも関わらずそんな気がし、俺はそのままぼんやりと窓の外の海を眺めた。またいつか会える。それを願って……

 

 

 

 

 

_アズールレーン学園島にて

 

『次は終点、アズールレーン学園島です 』

 

「ん、もう着いたの? 」

 

船の静かな揺れのせいなのかいつの間にか眠っていたらしい。座席から立ち上がって外を見ると、一際目立っている建物がまず目に映った。建物の天辺部分に時計がある事から、あそこがアズールレーン学園と思っていいだろう。

 

船から降り、ついにアズールレーン学園島に足を踏み入れた。学園への道なのか石畳の道が綺麗にされており、桜も満遍なく咲き誇っていた。

 

「……えーと、これこのまま進んでも良いのかな 」

 

いざ目の前に学園へと続く道があるんだけど、登校の時間が早すぎたのかまだ周りに人がいなかった。

一気に不安が積もり積もって本当にここ通っても良いのかという気持ちにもなってしまう。

 

あまりの緊張に足が動かなくなり、その辺をウロウロしていたその時、学園の通学路から足音が聞こえた。コツコツと靴と地面が叩き合い足音が近づき、向こうから誰か出てきた。

 

絹のように精細な白髪と、凛としていながらどこか柔和さと、艶やかさを兼ね備えた瞳は他人を惹きつけそうだ。そして極めつけは……着ている服装だ。なんか胸の上部分が顕になってて見ているこっちが少し恥ずかしいけど……間違いなくあれはメイド服だ。

 

「お待ちしておりました。ご主人様 」

 

「……え? 」

 

桜が風で散り、今この瞬間から俺の高校生活が今、メイドから始まろうとしていた。




・アズールレーン学園とは?

4大陣営と言われているユニオン、ロイヤル、鉄血、重桜が設立した私立学園であり、セイレーンと戦う為のKAN-SEN達が学ぶ所。

・アズールレーン学園のクラス分けについて

クラスは大きく分けて6つ

【戦艦】【空母】【軽巡】【重巡】【駆逐】【潜水艦】に別れており、さらに細かく分かれている。

指揮官である優海はこの5つのクラス全体に在籍しており、日によって授業カリキュラムが違っている。


指揮官とは?
KAN-SEN達を指揮する人の事。指揮官になるにはまず、アズールレーン学園の指揮官入試に合格しなければならず、合格出来るものは1人。その中で合格出来たのが優海である。
指揮官はアズールレーン学園に入学でき、指揮官として学ぶ。
指揮官は5つのクラス全てに在籍している状態であり、一日一日授業のカリキュラムが変わる。


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入学式は桜とメイドと共に

こんにちは、この小説が1話目にしてUA(閲覧数)が1000を超えており、驚きと嬉しさが前回な白だし茶漬けです!

さて、私自身はまだ専門学生なのですが、皆さんは学生時代はどうだったでしょうか、私は私立で、何とiPadを支給されてびっくりしました。

時代はここまで来たかと、おっさんくさい事を思いながら授業に望み、ある物はそのiPadを使ってネットサーフィンしていた者もいましたw

さて、そんな私ですが、優海君は今正に入学式の最中!どうなるか!?


俺は今、人生最大級に驚いている。高校生活でいきなり初めに言われた言葉が【ご主人様】だからだ。

 

現に俺の目の前にはそれはそれは綺麗な顔立ちの持ったメイド服を着た女性が初対面である俺の事をご主人様と呼んだ。

 

あまりの第一声に時が止まったかのように俺の体は動かず、思考すらも止まっていた。そんな俺に彼女は表情一つ変えずにただ妖しげに微笑んでいた。まるで俺の反応を少し楽しんでいるようでもあった。

 

「え、ええと……俺とは初対面……ですよね? 」

 

「左様です。ですが、貴方様の事は存じております。天城優海様でいらっしゃいますね? 」

 

間違いなく彼女は俺の名前を言った。という事は……この人は学園の関係者という事で間違い無いだろう。

 

「えーと、貴方は一体…… 」

 

「申し遅れました。私の名前はベルファスト。ロイヤル出身、ロイヤルメイド隊所属のメイド長でございます 」

 

「ん?んん?ろ、ロイヤルメイド隊?メイド長……? 」

 

何だが初めて聞く単語が耳に入ったせいか少し混乱してしまったけど、彼女がロイヤル出身というのは理解した。しかし、未だに彼女がメイド服でいるのかはまだ知らずにいた。

 

というよりなんでメイド服何だろう……制服……って訳では無いし……

 

「詳しくは歩きながらご説明させていただきます。どうぞこちらへご案内します 」

 

そう言ってベルファストさんはそのまま通学路を歩き、俺も後について行った。

 

「あの……俺の事をご主人様って言ってたけど……どういう事ですか? 」

 

「敬語は必要ありません 」

 

「そうは言っても、俺はここの新入生ですから、流石に先輩に敬語はダメだとは思いますけど 」

 

「ですが私はメイドでございます。どうぞ自然体で接してください 」

 

とは言っているけど、見た感じ間違いなく先輩だ。メイドとか初めて見たし、もう情報量が多すぎてパンクしそうだ。自然体と言われても出来る気がしない。

 

「ええと……というか、さっきから【ロイヤルメイド隊】って言ってますけど……それって何ですか? 」

 

「それについては、まず学園の【部隊】という物を説明しなければなりません 」

 

「【部隊】……? 」

 

「はい、普通の学園で言えば、サークルや部活の様なものです。出身陣営関係なく同じ目的を持ったKAN-SEN達がグループを組み、学園に認めて正式に活動する事を【部隊】と言います。例えば私が所属する【ロイヤルメイド隊】は、誠心誠意人々に最高の御奉仕を与えるという事を目的にして活動しております 」

 

なるほど、つまりベルファストさんがメイド服を来ているのは、部隊のユニフォームみたいな物だろうか?

 

「その部隊って俺でも入れるのですか? 」

 

「可能でございます。よろしければご主人様もロイヤルメイド隊に入られますか? 」

 

「いや……遠慮しときます…… 」

 

「あら、もし入ってくだされば可愛らしいメイド服を着させてじっくりと指導したのに 」

 

「いやそこは執事服でしょ!?なんか黒いフォーマルスーツみたいな感じの! 」

 

いきなり変な事を言うベルファストに戸惑い、俺の焦った反応をみたベルファストは小さく笑っていた。

なんだか手のひらで踊らされているような感じがして妙に悔しい。

 

「ふふ、どうですか?少し緊張がほぐれましたか? 」

 

「え? 」

 

「ご主人様を見た瞬間、少し体の強ばりが見えたので、少しばかり緊張をほぐすために少々談笑に力を入れました。いかがでしょうか? 」

 

確かに、固まっていた体がほぐれたかのように動くし、先程こびりついていた不安感もなくなっていた。

まさか……俺の事をあんじて?

 

「ふふ、……話している間に到着しましたよ。改めましてご主人様、ようこそ、アズールレーン学園へ 」

 

そうこう話しているうちに通学路の道が終わりに近づき、俺の目の前にはそびえ立つ校門と校舎が建ち並んでいた。

 

校門は既に開かれており、まず出迎えるのは金の錨の形をしたモニュメントが置かれた噴水だった。ここからでも透き通って見える水の透明さが新鮮な気持ちになり、清々しい朝を迎えてくれるようでもあった。

 

「わぁ……広いな…… 」

 

パンフレットでも十分に見た広さだけど、やはり実物を見ると圧巻される。想像の2、3倍は広く、ここがどれだけの時間と労力が使われたのか伺える。

 

「ではご主人様、入学式までお時間がありますので、早速ですが学校長と理事長にご挨拶しましょう。御二方は本校舎で待っております 」

 

「い、いきなり挨拶か……ふぅ、緊張するな…… 」

 

いつかは挨拶しなきゃとはおもったけど、まだ少し心の準備が出来ていない。冷や汗が垂れ、心臓の鼓動が少し早まった。急ぎ足の鼓動を落ち着かせるように深く息を吸い、深く息を吐いた。

 

2回、3回と頭の考えをまとめながら深呼吸し、ようやく決心がついた。

 

「よし!行こう! 」

 

意気込みと共に本校舎へと行くと、その意気込みが崩れ去るような驚く光景が次々と出てきた。

 

本校舎の扉をくぐるとまず出迎えたのはあまりの広さの廊下だった。在校生がかなりいるのか、靴を置かれた下駄箱が非常に多く、しかも下駄箱というよりロッカーと言った方が正しいぐらいの大きさだった。

 

「ここは主に、戦艦クラスと空母クラスが使う校舎でございます。因みにご主人様が使う場所はこちらとなっています 」

 

「え?どこどこ? 」

 

俺のロッカーの場所は結構真ん中の位置に置かれていた。ロッカーを開けると勿論そこには何も無く、あるのはロッカーの扉の裏の鏡とハンガーとかかけるための棒があるだけだ。その他には特にめぼしい物は無かった。

 

(……隣のロッカーは誰かな? )

 

興味本位で隣のロッカーにある名前欄をちらりと見ると、そこには【エンタープライズ】と書かれた名札が飾られていた。

俺の隣だから、俺と同じ新入生だろうか?しかし、俺の考えとは裏腹のことを、ベルファストは口にした。

 

「そちらのロッカーはエンタープライズ様のですね。確か……ユニオン出身で2学年の方ですね 」

 

「えぇ!?じゃあ先輩!? 」

 

「私がどうかしたのか? 」

 

突然廊下の扉の方から声が聞こえ、俺たちは振り返った。太陽の逆光で輝く銀色の長髪をなびかせ、凛々しい深海のような紫の瞳はこちらをじっと見つめていた。

何か他の人とは違う存在感が感じられ、俺は無意識に姿勢を伸ばした。

 

「……?見ない顔だな。新入生か?いや、見た感じ人間だから……まさか、貴方が指揮官か? 」

 

「え、あぁ、はい!今日ここに入学する事になった天城優海です!よろしくお願いします! 」

 

「そんなにかしこまらないでくれ。私が言うのも何だが、ようこそ、アズールレーン学園へ。私はユニオンのエンタープライズだ。よろしく頼む 」

 

エンタープライズさんは右手を差し出して握手を求め、俺は緊張しながらも右手を伸ばしてエンタープライズさんの手を握った。

 

「おはようございます。エンタープライズ様 」

 

「ベルファストか、相変わらずその格好なんだな 」

 

エンタープライズさんは俺の隣にいたベルファストと目を合わせると、驚く事もせず見慣れた様に小さく笑った。

反応を見るにどうやらベルファストさんのこの衣装は学園でも見慣れたものらしい。

 

……その割にはなんか胸の上半分がさらけ出してるのはどうかと思うけど……目のやり場に困るし……

 

「しかし、入学式にはまだ時間があるはずだ。少し早すぎるんじゃないか? 」

 

「その前にご主人様は学園長との挨拶をする手筈でございます 」

 

「ちょっと待て。ご主人様……?指揮官では無いのか? 」

 

「ご主人様はご主人様でございます。以後、指揮官様の事を私達はご主人様と呼ぶので悪しからず 」

 

「待って、私達ってどういう事ですか!? 」

 

「私達【ロイヤルメイド隊】は勿論複数人います。今後はご主人様と統一させますので、どうか慣れてください 」

 

いやいや……入学早々それは無茶があるといいますかなんと言うか……。指揮官って呼ばれるのもまだ慣れてないし、ましてやご主人様って呼ばれるのも少し抵抗というか慣れなさがある。

 

「エンタープライズ様はどうしてこの時間に? 」

 

「自主練だ。何事も積み重ねが重要だからな。では指揮官、また会おう 」

 

エンタープライズ先輩は銀色の髪をなびかせて一旦別れた。

 

「ではご主人様、理事長室へご案内致します。こちらへ 」

 

大理石で作られた廊下を歩き、理事長室は最上階の5階にありと言われてエレベーターに乗った。

 

エレベーターは直ぐに開かれ、俺たち3人はエレベーターの中へと入っていった。

 

「わぁ……学校にエレベーターがあるなんて凄い……。わ!後ろがガラス越しで学園の背景が見える! 」

 

エレベーター側から上に昇るにつれて徐々に学園全体が見渡せるようになっていき、俺はガラスに手を着いてまじまじと見た。

 

やはりかなりの広さであり、パッと見でかなりの施設がある。

 

「ベルファスト先輩、あそこにある建物は…… 」

 

「ベルファスト、でございますよ。ご主人様 」

 

「……ベルファスト……さんで許してください 」

 

「ふふ、及第点でございますね。あちらの施設は…… 」

 

年上に対してタメ口が言いづらく、結局俺はさん付けで許して貰った。ベルファストさんに目に映った施設の説明を受けていると、あっという間に最上階に辿り着き、エレベーターの扉には廊下が繋がっ……てはおらず、赤い絨毯が敷かれた1つの部屋が広がっていた。

 

部屋の奥には、高級そうな長机に、学園長が座っているの黒い革作りの椅子の背もたれの向こうに誰か座っていた。

 

「こちらが理事長室でございます。陛下、ご主人様を連れてまいりました 」

 

陛下という言葉に反応して椅子が回転され、理事長の姿が表れた。厳格な顔つきかと想像したけど、それは大いに打ち砕かれた。

 

長い金髪に翠色の目に、肩が露出しているドレスと二の腕まで届いている長手袋に、極めつけは頭の上には小さな王冠がつけていた女性だった。

 

「良く来たわね指揮官。この狭き門をくぐった事を、まずは褒めてあげるわ! 」

 

「え?あ、ありがとうございます 」

 

この人が理事長……?何だが背丈とか俺より小さいし、本当に理事長かどうかさえ怪しいけど……

それでも俺は深々と頭を下げて挨拶をした。

 

「……何だが随分と弱々しい態度ね。そんなんでこの先やって行けるのかしら 」

 

理事長の何気ない一言が俺の胸に突き刺さり、その重い一撃に膝を曲げるぐらいのショックをうけそうだった。

 

「ですが陛下、ご主人様の成績は他の方の一線を超えています。点数はほぼ満点であり、更に戦術学も完璧でございます。これ以上ない逸材だと上層部も評価しておりました 」

 

「へぇ……?戦術学が……ね、誰から教えて貰ったのかしら? 」

 

「は、はい!戦術は母さんから教えてもらいました 」

 

「母?じゃあ、母は軍事関係の人かしら? 」

「あ、いえ、母さんもKAN-SENでして……それで 」

 

「……ん、ちょっと待って。KAN-SENの……母親?ちょっと待って、私の聞き間違いかしら? 」

 

あれ、知ってるかなって思ったけど、理事長は何だが理解が追いつけないようで、俺の事を初めて話した人と同じような反応をしていた。それを見たベルファストさんは1つの資料を取り出して、理事長の元に行って手渡した。

 

「陛下、こちらの資料は目を通しましたか?ご主人様の母方は……天城様でございます」

 

「天城!?ちょっと見せなさい! 」

 

母さんの名前を聞いた瞬間に理事長は顔色を変え、急いで資料に目を通した。

 

「そう、あの天城の子ね……血は繋がってないとなると、保護されたのかしら? 」

 

「俺の産み親はセイレーンの襲撃で……その後、運良く赤城姉さんに保護されたんです。それでその後、天城母さんが俺を育ててくれたんです。あの、母さんの事知ってるんですか? 」

 

「知ってるも何も、天城は名の知れた軍師よ。体こそ弱くて前線にはあまり出られなかったけど、その余りある戦術でセイレーンとの戦いに何度も勝利を導いたとんでもない奴よ 」

 

そ、そんな凄い人に育てられたのか俺は……凄すぎて嘘かと思うくらい驚いたけど、確かに納得できる所はあった。やけに戦術に詳しい所とか、軍事関係の所とかかなり深い所まで教えて貰ったから、理事長が言っている事は本当だろう。

「自分の事を言い出さない天城もそうだけど、それに気づかない貴方も相当鈍感ね 」

 

「ご、ごめんなさい…… 」

 

「別に謝る事じゃないわよ。ん……もうそろそろ入学式の時間ね。ベルファスト、準備の方は大丈夫かしら? 」

 

「はい、あとは手筈通りに 」

 

「流石ベルファストね、仕事が早いわ。貴方も来なさい。入学生代表なんだから、きっちりとやりなさいよ! 」

 

「が、頑張ります! 」

 

理事長は椅子から離れると、俺の腰ぐらいしか無い身長でも、威厳ある態度でエレベーターの前に立った。

 

「ほら、ボーッとしてないで来なさい。この女王陛下を待たせるつもりかしら? 」

 

「は、はい。今すぐに! 」

 

開かれたエレベーターに急いで乗り込み、最上階から地上の一階のボタンをベルファストが押すと扉が閉められ、エレベーターはゆっくりと下に降りていった。

 

上から地上を眺めてみると、制服を着たKAN-SEN達が次々と登校していた。1目見ただけでも女性しかおらず、その中で紅一点の男の俺は、何だが窮屈は感覚に見舞われた。

 

話題についていけるか、仲良く出来るか、不安だらけの気持ちの沈みようは、まるでこの降りていくエレベーターのようだった。

 

「……俺なんかで本当に良いのかな 」

 

ふと逃げ出すようにこんな事を言ってしまった。俺よりももっと出来る人がいるのでは無いかとか、今更ながらそんな風に考えてしまった。

 

冷や汗の冷たさが全身に走り、気のせいか少し息苦しい。頭が締め付けられるような鈍い痛みで吐き気も少しする。そんな時だった。

 

「大丈夫ですよご主人様 」

 

「え……? 」

 

突然ベルファストから声をかけられ、俺を安心させるようにか深く微笑んでくれた。

 

「貴方は狭き門をくぐり抜けた指揮官でございます。その努力、熱意、そして意思の結果が今でございます 」

 

「ベルファストさん…… 」

 

「そして、貴方はやり遂げ無ければなりません。門をくぐり抜けられなかった人の為にも…… 」

 

くぐり抜けられなかった人……指揮官になれなかった人達の事だ。指揮官になれるのは一人だけ。

俺がここにいる時点で、もう他の人達が指揮官になれるチャンスなんて無い。言い様によっては、俺はその人達を蹴り落としてここにいるという事になる。

 

……言葉にしてみれば酷い。勿論勝負事ではこういうことが付き物だって分かってる。だけど、その人達の事を考えると、どうしてもやるせない気持ちになってしまう。

 

「だから顔を上げ、そして胸を張って堂々としなさい。私たちを指揮する人が、そんな下を向いてどうなるって言うのよ 」

 

下を向いていた俺を睨むように、理事長が俺の顔を下から覗いていた。こうして見ると、理事長は本当に小さい、だけど、俺よりも立派だった。堂々と顔を上げ、胸を張り、その高らかな態度を決して崩さない態度は正に女王だった。

 

「……今私の事ちんちくりんだなって思ったでしょ 」

 

「え!?いやいやいや滅相もない! 」

 

「ふん!どうだか! 」

 

そうこうしているうちにエレベーターは止まり、1階にたどり着いた。扉が開くと理事長は真っ先にエレベーターが降り、続いてベルファストも降りていった。

 

「さぁ、早く来なさい指揮官。大きく1歩を踏み出したら堂々と歩きなさい!これは理事長命令よ! 」

 

「大きく1歩を踏み出す…… 」

 

その言葉はどこかで聞いた事ある言葉……いや、忘れられない言葉だった。

 

 

_優海、小さくても良いのです。1歩ずつ歩くのですよ。止まっては行けません。1歩ずつ前に歩けば、必ず貴方が行きたい場所に行けますよ。

 

 

 

「……母さん 」

 

送られた言葉を胸と共に顔を上げ、姿勢を但し、俺は右足を大きく出し、次に左足と大きく歩いた。

 

「やっと指揮官らしくなったわね 」

 

「誇らしいですよ、ご主人様 」

 

「あはは……そうなるように努力するよ 」

 

少なくとも、今は顔を上げている。

 

「それじゃ、そろそろ入学式の時間よ。体育館に案内するから、貴方も来なさい 」

 

もうそんな時間なのか、廊下の下駄箱にも沢山のKAN-SEN達がおり、皆各自の教室に荷物を置いてから体育館に移動するのだろう。俺を見るやいなやあの人が指揮官なのかなとひそひそと話ており、興味津々な様子だった。

 

(うぅ……なんか緊張する )

 

これまでこんなに注目を浴びた事なんて無いから余計に緊張する。そのせいか妙に暑くなって汗をかいてしまい、逃げるように理事長とベルファストさん達の後についていこうとしたその時、急に足がなにかに引っかかったように動かなくなり、俺はバランスを崩した。

崩れた目線でふと靴の方を見ると、靴紐が解けていた。どうやら解けた靴紐を踏んでしまい、そのままバランスを崩したようだった。

 

このまま大理石の廊下にぶつかろうと思い、反射的に目をつぶったが、頭に伝わるのはポヨンとした擬音が聞こえてきそうな柔らかで弾力のあるものだった。しかも、頭の左右に感じるからそのなにかに挟まられているようだ。

 

まさかとは思い、恐る恐るその何かから顔を離れると、目の前には白い布に綺麗な色白の肌、そして少し目線を上げると、少し顔を赤くさせたベルファストがいた。

 

「な……なななななな! 」

 

さっきの柔らかな物って……べ、ベルファストさんの……!!む……!いや、これ以上言うのはダメだ……なんか言ったら言ったで意識してしまう……!

 

「……ご、ご主人様、今回は不可抗力ですが、今後はこのような行いはしないように…… 」

 

「こ、これは違うんですベルファストさん!ホントにホント! 」

 

「あ、貴方……入学早々何してるのよぉぉ!! 」

 

理事長が突然どこからかハリセンを出し、そのまま俺の頭に思い切り振りかざした。

 

 

 

 

_数時間後 入学式 体育館

 

「……本っ当にごめんなさい……いや、本当に…… 」

 

「いえ、不可抗力なのですがお気になさらず 」

 

あの時の事がまだ鮮明に思い出してしまい、柔らかかったとか、花のようないい匂いがしてたとかそんな事まで思い返してしまい、消し去るように頭を振り、手でその煩悩を振り払うように頭をかいた。

 

「うぅ……しかもKAN-SEN達に見られたから第一印象が最悪に違いない……! 」

 

「それは私共から説明致しますので、ご心配なく 」

 

「すみません、迷惑かけっぱなしで…… 」

 

「良いのですよ。私はメイド、ご主人様の為に御奉仕する事が生きがいなのですから 」

 

「生きがい……か 」

 

「……で、あるからKAN-SEN達は日々の鍛錬と学習を怠らず…… 」

 

理事長もとい、【クイーン・エリザベス】さんの言葉が終わったら、次はいよいよ俺の出番という事だ。指揮官という事で入学生代表として何か一言、いわば送辞みたいな事を言うんだけど……

 

「……なんか長くない?もうかれこれ30分ぐらいは経ってるよ? 」

 

いくらなんでも理事長の言葉が長すぎる。小学校とか中学校とかの校長先生の言葉も長かったけど、今回かなり長くない?多分だけど寝てる人は1人は絶対いるに違いない。

 

「恐らく、ご主人様の心の準備の時間を取っているのでしょう 」

 

「え?俺の? 」

 

「陛下はああは言いましたが、とても心優しい方なのですよ。ご主人様の心が整ったら、終わることでしょう 」

 

「……そう言えば、陛下って言っていけるけど、どういう事ですか? 」

 

ベルファストさんは理事長の事を陛下と言っている。そこが少し引っかかってしまい、ついこのタイミングで言ってしまった。それでもベルファストさんは俺の質問に応えてくれた。

 

「あの方はロイヤルの女王陛下、【クイーン・エリザベス】様でございます。この学園の理事長の他にロイヤルの統辞も行っており、今日もこの時の為にお時間を作ったのでございます 」

 

「え、じゃあ……いつもはロイヤルの方に? 」

 

「左様です 」

 

じゃああの人……とんでもない人じゃないか。一体あの小柄な体で、どんな大きな責務を果たしてるんだ?

そんな事を考えたって、想像なんて出来ないし、想像したってもっと大きな事かもしれない。

 

「……辛くないのかな 」

 

「それは本人しか分かりません。ですが、それが自分の役割だと、果たすべき責務だと陛下は仰っていました。私は女王として振る舞い、優雅に振る舞うと 」

 

「すごいな……やっぱり 」

 

俺も、指揮官なればあんな風になるのだろうか、指揮官になれば、人類の為にセイレーンと戦う事になる。

直接的に戦うのはKAN-SEN達だけど、俺はそのKAN-SEN達を勝利に導く義務があり、それは同時に命を借りるという事になる。

 

KAN-SEN達の命や、人類の未来を俺は背負わなければならない未来が時間が経つにつれて近づき、俺はその責任を背負えるのが自信が無かった。

 

でも、それでも俺はこうしてここにいるんだ。

 

「……よし! 」

 

自分に大丈夫と言い聞かせるように手を握って震えを止めさせ、俺は立ち上がった。それを横目で見た理事長は話を終わらせ、俺に順を回した。

 

「これで、私からの話は終わりよ。次は入学生の代表として、指揮官からの挨拶に移るわ。一同、拍手! 」

 

理事長の挨拶が終わると同時に体育館には拍手の嵐が鳴り、理事長はステージ裏まで歩いた。

 

「お疲れ様でした、陛下 」

 

「ありがとう、ベル。さぁ、次は貴方よ!頑張りなさい! 」

 

「はい!じゃあ、行ってきます 」

 

ライトに照らされた体育館のステージに歩くと、横目には目に見える程のKAN-SEN達がずらりと座っていた。

 

「あれが指揮官? 」

 

「どんな人なんだろ…… 」

 

「耳とかあるから……重桜の人?あ、でもあれは髪かな……? 」

 

小さいが俺の第一印象を隣同士でコソコソ話すKAN-SEN達が多いが、俺は気にせずに壇上まで歩く。

用意された壇上まで歩き、マイクの調子が悪くない無いかと触れると、触れた音がマイクからスピーカーに通り、体育館に少し響いた。

 

(よし、大丈夫そうだな…… )

 

一呼吸を置き、俺はいよいよこの学園での初仕事を務める。

 

「この度、アズールレーンの指揮官になりました。重桜出身の天城優海です。本当はこのような立派な入学式を行っていただき、ありがとうございました 」

 

ここまでは順調だ。感謝の意を込めて一礼し、次の話をしようとしたその時、不意に俺は姉さん達が座っていた席を見つけた。 姉さん達は真剣にこちらを見ており、この挨拶を見守っていた。赤城姉さんはちょっと心配しているのか、少し浮かない顔をしていた。

 

その顔を見た俺は、姉さんを安心させる為に、これから言う事を書いていた紙を壇上に置き、ここにいるKAN-SEN達全員の顔が見えるようにした。

 

「……僕には姉がいます。それもKAN-SENのです 」

 

この事を言った瞬間、姉さん達以外のKAN-SEN達はざわつき初めた。当然だ、なんせ人間にKAN-SENの兄妹なんて出来るわけが無いからだ。

 

「勿論血の繋がりなんて無い。けれども、僕にとっては家族当然なんです。僕を救って、僕を育ててくれた事に感謝してもしきれない。だからこそ、僕は指揮官になると決めたんです。

 

……KAN-SENは、将来セイレーンと戦うって知った時、僕はショックを受けました。もしかしたら帰って来ないかもしれいない。その意味を知った時には、泣きだしました。だけど……そんなのは嫌だ。だから、周りの力を借りて、必死に勉強しました。

 

分からない軍事関係の学習や、戦術予報……本当に分かんなくて、何度か挫折しかけたこともあります。

 

けど、僕は姉さん達を……いや、海の上で君達KAN-SEN達を守りたい!そんな思いで俺は指揮官になると決めました!俺の考えで、俺の知恵で、俺の戦術で助けになりたい。だから……俺は最高の指揮官になります!先生方や、先輩方には、何卒ご指導の程、よろしくお願いします! 」

 

頭の中で考えた即興の式辞を終え、あたりはしんと静まり返った。失敗したかと恐る恐る顔をあげると、KAN-SEN達はこっちを見てるだけだった。

 

無反応の静けさに俺は重りのような不安がのしかかり、やっぱり即興は不味かったと後悔したその時、前から小さな拍手が聞こえ始めた。

 

前を向き直し、拍手をしていたのは姉さん達だった。その拍手を聞いたKAN-SEN達はまた1人、また1人と拍手をし、やがてここにいる全員が大きな拍手を上げた。

 

皆は期待や信頼の目を向けながら手を叩き、この瞬間、俺はこの信頼に満ちた目に応えようと誓った。

壇上から1歩離れ、一礼してから俺はステージ裏へと戻っていく。

 

ステージ裏に着き、席に着いているKAN-SEN達には見えない所までたどり着くと、俺は溜めていた息を思い切り吐き出し、心臓の鼓動がクラウンチングスタートしたかのようにバクバクと加速した。

 

「あぁ〜!良かったぁ〜!無事に出来て良かったぁ〜!」

 

「お疲れ様ですご主人様。とても感服致しました 」

 

「ま、良いんじゃない?私には及ばないけどね! 」

 

2人にお礼をし、俺は鼓動が早いままその場にあった余り物の小さい階段に座り込み、未だに緊張感や興奮が収まらなかった。

 

一番の大仕事を終えた今、後は教科書とかなにやらを担当の先生から貰えば良いはずだ。

 

「じゃ、私はこれで失礼するわね。この後の財務とかまだまだ残ってるしね 」

 

「え、じゃあわざわざこの時のために……? 」

 

「当たり前よ。私の学園……という訳では無いけど、私は理事長よ。こんな大事な日に来ないなんて理事長失格よ 」

 

「理事長…… 」

 

「じゃ、迎えが来たらしいからこれで失礼するわ。指揮官、ヘマしたら極刑だから覚悟しなさい! 」

 

「が……頑張ります! 」

 

「ふふ、それじゃあね 」

 

理事長は優雅に手を振ってそのまま振り返る事無くこの場から去った。体は小さくても、心は偉大。そんな感じの人だった。

 

「ではご主人様、この後のご予定ですが…… 」

 

「よし!ばっちこい! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_数時間後

 

「ん〜終わった〜!ふぅ、何だが長い1日だったなぁ 」

 

「お疲れ様ですご主人様、こちらをどうぞ 」

 

長い一日を感じた俺を労うようにベルファストさんは飲み物を差し出した。容器のデザインがやけに豪華で高そうな感じだっけど、疲れに支配された俺はそんな事を気にせずに快くその飲み物を受け取り、キャップを開いてはそのまま勢いよく飲み干した。

 

口に入れた瞬間オレンジジュースだと分かったが、それは今まで飲んだ事が無いほど美味だった。

 

酸味と甘味のとてつもないバランスのおかげなのか、オレンジジュースなのに濃厚かつ飲みやすく、スッキリとした甘さだ。

 

「わっ……美味しい! 」

 

「それは良かったです。ご主人様の為に用意したかいがありました 」

 

「これ……飲んだことないほど美味しいけど、どこで売ってるんですか? 」

 

「それは最高級のオレンジを果汁の中でも、上質なものだけを抽出したものとなっています。一本で10000はなるでしょう 」

 

「ここここれが1万!? 」

 

飲み物で1万……しかもジュースでそれってとんでもない。流石ロイヤル……貴族の陣営と呼ばれるだけある。

 

1万の物をがぶがぶと飲んだ無知な自分を恐ろしく感じ、残り半分のジュースは大事に飲もうと誓った。

 

「あら、もうよろしいのですか? 」

 

「だ……大丈夫です…… 」

 

「では、これにて本日のお務めは終了です。私ともここでお別れですね 」

 

「あ、ありがとうございました。最後まで付き合ってくれて 」

 

「とんでもありません。私はメイド、これくらいの事は当然でございます 」

 

しかし今日は本当にベルファストさんにお世話になりっぱなしだった。学園の事とか、生徒の事とか、分かりやすく丁寧に教えてくれたり、正に完璧の言葉が相応しい人だ。

 

「じゃ、俺はもう帰りますね 」

 

「では正門まで案内を…… 」

 

「いえいえ大丈夫ですよ!流石にそこまでは付き合わせられませんし、それに覚えたので大丈夫です 」

 

実際、この本館の構造は大体覚えたから、あとはその内慣れるだろうと未来の自分に託した。

教科書とかで重くなった鞄を背負い、ベルファストさんに挨拶をしてから扉のドアノブに触れる。

 

「じゃあベルファストさん、また会いましょう。さよなら! 」

 

「はい、行ってらっしゃいませ、ご主人様 」

 

「……? 」

 

行ってらっしゃいませ……?あぁ、なんかメイドさんとか別れの挨拶をする時そう言うんだっけ?

あまりよく分からないけど、ベルファストさんは笑顔でお辞儀をして俺を見送ってくれた。夕焼けを背にし、夕日の逆光を窓ガラス越しで照らされたベルファストさんは、とても綺麗に感じた。

 

 

自分のロッカーがある所まで歩き、靴はそのままで良かったのでロッカーは開かずそのまま正門まで歩くと、まるで出迎えるように3人のKAN-SENがいた。

 

制服を着こなし、俺の姿を見えると手を大きく振った人もいれば、やっと来たかと呆れている人もいた。

 

長い黒髪に、短い白髪と銀髪の姿は間違いない、姉さん達だった。

 

「優海〜!こっちよ〜! 」

 

赤城姉さんは大きく手を振りながら声を上げ、その姿を見た俺はそのまま正門まで走った。

 

「赤城姉さん!それに加賀姉さんと土佐姉さんも!わざわざ待っててくれたの? 」

 

「当然よ。それよりも入学式頑張ったわね!もう姉さんは感動で涙が出たわ〜 」

 

そう言いながら赤城姉さんは俺を抱き、そのまま離さないように結構力強く握った。まるでマーキングするかのように頬を擦り寄らせてきたり、耳と尻尾が物凄い勢いでブンブン振っていた。

 

「…………? 」

 

すると赤城姉さんの動きが止まり、何だが怪しい雰囲気になった。目を細め、俺の首元に鼻を近づけて何かを確認すると、更に腕の力を強めた。

 

「ねぇ……優海、貴方から知らないオンナの匂いがするけど……何かしらこれ 」

 

「え?あ〜ベルファストさんかな?あれ、でもベルファストさんとそんなに密着してなか…………あ 」

 

俺とベルファストさんが密着した瞬間は……あるにはあった。しかも、俺のドジで招いた事で、しかも俺の頭にベルファストさんのアレが挟まれて……

 

「ああああああ!!! 」

 

ようやく意識から離れてたのにまた思い出してしまい、俺は大きな声をあげて赤城姉さんを押しのけ、そのまま鞄の重さが忘れるぐらい必死に学園から逃げるようにそのまま走り去った。

 

「あ!こら待ちなさい優海!どういうことか説明して貰うわよっ!! 」

 

赤城姉さんも物凄い形相で俺を追いかけ、それを見た加賀姉さんと土佐姉さんは呆れてため息をついた。

 

「はぁ……姉様の溺愛にも困ったものだな 」

 

「どうしますか、姉上…… 」

 

「無論、追いかけて落ち着かせるぞ 」

 

加賀姉さんと土佐姉さんもこっちを追いかけるように走り、兄妹での初めての下校は、夕日を背負って鬼ごっこのようなはちゃめちゃな下校となった……



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眠気から縮まる距離

「さぁ、ご主人様……遠慮なくどうぞ 」

 

「だ……ダメですよ!俺達まだ学生で…… 」

 

そんな俺の主張を強引に止めさせるように、ベルファストさんは俺を床に押し倒し、馬乗りで俺の両肩を掴んだ。

KAN-SENだからなのか、妙に力が強く、俺はもがいてもその場で固定されたかのように動けなかった。

 

俺を見下すベルファストさんは目を妖艶に細め、顔を俺の耳元まで近づけた。それと同時に胸も俺の体に当たり、しっとりとした弾力が俺の思考を更に熱くさせ、停止させようとする。

 

「ご主人様、私はメイドなのです。ご主人様のしたいことは何でも、な・ん・で・も……受け入れますよ……? 」

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 」

 

陽気で暖たかな春のあけぼのの中、俺はベットから転げ落ち、その衝撃の痛みで意識が覚醒した。頭を必死にさすって痛みを無くさせ、ようやく痛みが引いたと同時に体をゆっくりと起こす。見慣れた机、見慣れた天井、見慣れたベット、そして見慣れた本棚……間違いないここは俺の部屋だ。

 

重桜特有の和風の部屋からは想像もつかないような現代的で普通の部屋に戻ってきたと安心し、ほっと息を吐いた。

 

(……凄い夢を見たような気がする )

 

というより事実凄い夢だった。いきなり教室らしき場所でベルファストさんと2人きりになって、ベルファストさんがそのまま俺を襲うように押し倒したのだ。

というか会ってから1日ぐらいしか経ってないのになんであんな夢を見るんだよ……意識とかしちゃってるのかなぁ……。

 

多分昨日の入学式に起きたあのアクシデントが原因で俺はあの夢を見てしまったのだろう。良かったような、何だが惜しいことをしたような感じが入り交じる思いの中、とりあえず俺は制服に着替え、下の階に降りる。

 

1階におり、いつもは洗面台で顔を洗って眠気を覚まそうとするけど、今回はベットから落ちて起きたせいなのか眠気は吹き飛んだ。洗面台を通り過ぎ、いつもの居間まで近づくと、何か小麦の良い香りがしてきた。

 

なるほど、今日はパンかな?そう思って今の扉を開けると思った通り、既にトースターで表面をカリッと焼いていたトーストとハムエッグが机の上に置かれていた。

 

「おはようございます優海。何だが凄い物音がしたけど大丈夫? 」

 

「だ、大丈夫だよ母さん!今日も美味しそうなご飯だね!いただきまーす! 」

 

煩悩丸出しの夢を見て転げ落ちたなんて言える訳も無く、俺は下手に誤魔化しながら椅子に座った。母さんが心配そうにこちらに見ており、俺は大丈夫だと言わんばかりに笑ってパンを頬張った。

 

「……それなら良いけど、パンにジャムとか付けなくて大丈夫? 」

 

「あ、付ける付ける〜苺のはある? 」

 

母さんは机の上にある苺ジャムの瓶を俺に渡し、スプーン一杯すくって食べかけのトーストの上に満遍なく塗った。地味に端っこにジャムがかかってないと勿体なく感じてしまい、ギリギリまで伸ばそうとしたが僅かに届かず、もうちょっとだけジャムを塗ろうとした途端、母さんにジャムの瓶を取られてしまった。

 

「かけすぎです 」

 

「ええ〜!いいじゃんちょっとぐらい!あと端っこのここだけ!ここだから! 」

 

「ダメです。さっきのジャムの量を見ましたが一杯を超えています。これ以上はダメです 」

 

「うっ…… 」

 

わざと多めに取っていたことバレてた……そこまで見透かされているなら言い訳も弁論も無駄と悟り、俺はそのままトーストをかじり、牛乳で喉の乾きを潤した。

 

「……あれ、そう言えば姉さん達は? 」

 

「赤城達は部活の朝練でもう行きましたよ。そう言えば、優海はもう部活は何をするか決まったのですか? 」

 

「部活か…… 」

 

今の所、入りたい部活は無い。入学式の時、部員の人達が入学生を熱烈に歓迎し、そこに俺は例外無く声をかけられたけど……

 

女性しかいない部活の中で男の俺が入っても何だが肩身が狭い。

 

別に部活に入らないと行けないと言う事は無く、なんなら帰宅部も結構いると言う。だけどかと言ってすぐ家に帰ってもなんだかなとは思ったりもしてるから、どっちもどっちの立ち位置だ。

 

それに、ベルファストさんが入っているロイヤルメイド隊のように、『部隊』というのもある。

まぁ、まだまだ入学して2日目だし、様子を見てから決めるつもりだ。

 

「もぐっ……ふぅ、ご馳走様!じゃあ行ってくるね! 」

 

「待ちなさい優海、お弁当忘れてますよ 」

 

 

そう言って、母さんは鞄に履いきらないような大きな弁当を俺に差し出した。

「……いつも思うんだけど、母さんっていつも弁当の量多いよね……」

 

俺に差し出してきた弁当……というより、お節並の大きさをしている。しかもこれが中学の時からなので慣れてはいるが、年に重ねるに連れて大きくなってるから流石に限界だ。中学のときも結構苦労して食べた思い出が今になって蘇ってきた……

 

「母さん……俺こんなに食べられないよ 」

 

「ダメです。特に優海は男の子で育ち盛りなのですから、一杯食べないとダメですよ 」

 

「いやだからといってこの量は流石に多すぎるよ!これじゃあお節じゃん! 」

 

しかも食べきれない以前に一段一段がかなり大きく鞄に入りきれない。母さん本人からすれば俺の体を考えての事だろうけど、過保護にも程がありすぎる。

 

小さい頃俺が怪我した時には母さんと赤城姉さんは目を血走らせて俺の事を治療したなぁ……ちょっと転んだだけのかすり傷だったのに……

更には病院にまで行かせようとしてたし、やっぱり姉妹なんだなと感じた一面でもあった。その時は加賀姉さんと土佐姉さんとで何とか包帯をまく程度にはなった。

……まぁ、それだけでも大袈裟だったけど。

「とにかく!もう少し量を減らしてよ!このままじゃカバンにも入らないよ 」

 

「……では、一段目を渡します。これなら大丈夫でしょう 」

 

なんか不服そうな表情を浮かべながら母さんは弁当箱の1段目を別の勉強箱に移し、俺に再度手渡した。

普通より多いけど、これなら大丈夫だろう。

 

「うん、じゃあそろそろ時間だし……行ってくるよ 」

 

「はい、行ってらっしゃい優海。怪我をしないようにね 」

 

「分かってるよ 」

 

残りのトーストと牛乳を全て平らげ、渡された弁当を鞄に入れたら準備は完了。

一応忘れ物が無いかのチェックをしてと……よし、大丈夫。初日の授業から忘れ物があって恥をかくなんて事は無い!ホッと一安心しながら玄関を歩き、ピカピカな靴の紐を結んだら後は扉を開く。

 

朝日の太陽が眩しく輝き、一瞬夏のような日差しにも思えてきた。 いつも通り変わらない道を歩き、変わらない景色を通り過ぎ、最後にはいつもとは違う道に進んで、学園に行く船へと足を運ぶ。時間通りに船は停泊しており、俺は定期券を饅頭に見せ、急ぐこと無く船へと乗り飲む。

 

「……今日は結構混んでるかな 」

 

この船は学園がある島に行くと行っても、そこが1つの通行港であってあくまでもこの船は公共の物だ。勿論KAN-SEN以外の人もいるし、なんなら重桜の観光客だっている。……まぁ、俺が住んでる島には観光名所なんて無いんだけどね。

 

船に空いている席がない以上、今日は立って学園に着くまで待つしかない。そう言えばここには小さいながらも売店があるし、そこで何か買うのもありかもしれない。

早速売店に行こうとしたその時、誰かから声をかけられた。

 

「あら?もしかして優海君じゃない? 」

 

名前を呼ばれて振り返ると、これまた随分と顔なじみの人がいた。黒髪ロングに白のセーラ服に黒いスカート、足にストッキングを履いていた彼女の頭には犬のような耳があった。

 

「あ!愛宕さん!お久しぶりです 」

 

「覚えていてくれたのね!お姉さん嬉しいわぁ! 」

 

再開の喜びなのか愛宕さんは朝から大胆に俺に抱きついてきた。迫り来る二つの胸部が俺の顔に近づいた時には遅く、俺はそれに挟まれてしまった。

 

「優海君がアズレン学園に来てくれてお姉さんとっても嬉しい!入学式の時もカッコよかったし、お姉さん感動しちゃった!」

 

むー!むむむ!!(愛宕さん!苦しい!)

 

愛宕さんの背中を強く叩いても愛宕さんは抱く力を弱めず、寧ろ強さを増していた。

まずい、これはまずすぎる。早くしないと柔らかさで窒息するという前代未聞のあの世行きになってしまう。

男の夢とかどうのこうのとか言われそうだけど、本気でやばい。

 

「あ……愛宕姉様、そろそろ離さないと優海君が…… 」

 

「へ?あ……ゆ、優海君!?大丈夫!?優海君ーー!? 」

 

「な……何とか大丈夫…… 」

 

一瞬生死の境をさ迷って、綺麗なお花畑と三途の川が見えたような気がした。ゆっくりと息を整え、何とか意識を取り戻す。

 

愛宕さん変わってないなぁ、昔から俺の事こんな風に扱う……というか甘やかすって表現が正しいと思う。

出会い頭に何かお菓子とかくれたり、何回か愛宕さんの所に泊まった時なんていつも夜には俺を抱いて寝るんだこの人……

 

「とりあえず、席が1つ空いてるから座って。摩耶、良いわよね? 」

 

「……別に 」

 

「もう、相変わらずツンツンしてるわね。優海君は気にしなくて良いからね 」

 

昔から一匹狼的な性格な摩耶の隣に座り、摩耶は隣に座った後そっぽを向くように窓の外の景色に顔を向けた。

 

『まもなく、船が発進致します。揺れが大きくなる恐れがありますので、立っている方は手すりを持って下さい 』

 

アナウンスが鳴った後直ぐに汽笛がなり、船は大きな揺れを起こして出発していく。ゆらりゆらりと船に揺らされながら、俺と摩耶の間には未だに沈黙が続いた。

 

せっかく久しぶりに会ったんだ、摩耶には無くても俺の方は積もる話もある。俺は少しの勇気を持って摩耶に話しかけた。

 

「ひ、久しぶり摩耶。俺が中学を卒業して以来かな 」

 

「……そうだな 」

 

窓の方に顔を向けながら、摩耶はこちらに顔を顔を向けようとしなかった。

やっぱり俺嫌われているのかな……初対面でも怖い顔付きで睨んでいたし、家に遊びに来た時だって俺とも関わりあおうともしなかった。

 

話しかけようにも聞く耳は持たないだろうし、俺と摩耶の間には気まずい空気しかながれなかった。

 

「もう、摩耶は相変わらずね。本当は会えて嬉しい癖に 」

 

「な……僕は別に……! 」

 

「あら?じゃあどうして愛宕姉さんが優海君の名前を言った時からそわそわしているのですか? 」

 

「それは……」

 

摩耶の妹である鳥海がその質問をした時、摩耶は言葉を詰まらせた。言葉の歯切れも悪く、最早何を言っているか分からない状態が続き、バツが悪いと思ったのか摩耶はそのまま立ち上がって席を離れた。

 

「あ、ちょっと摩耶どこに行くの? 」

 

「少し外の空気に当たる! 」

 

大きな足音を立てながら摩耶は行ってしまい、追いかけようにも多分ついてくるなと怒鳴られるから俺はその場に動けなかった。

 

「もう、素直じゃないんだから 」

 

「俺……もしかして変な事したかな 」

 

「ううん、摩耶が勝手に照れてるだけよ。ところで優海君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い? 」

 

突然愛宕さんから質問をされた。勿論断る理由もなく、俺は無言で首を縦に振った。

 

「摩耶の事、どう思ってる?摩耶は感情表現があまり得意じゃないから、周りに遠ざけられてるから…… 」

 

確かに、摩耶は友好的な性格ではなく、少し棘のある性格だ。まるで刀のように近寄り難く、触れられない様な女の子だけど……

 

「摩耶は良い人ですよ?俺が小さい頃迷子になった時、最後まで俺の手を繋いで家まで送って貰ったし、寒い時にはマフラーを俺にくれたり、あと虐めに会った時は俺を守ってくれたり…… 」

 

「虐め?……それって誰かしら?覚えてる?気づかなかったわ、やっぱり私が傍にいた方が良かったのかしら…… 」

 

「あ……愛宕さん? 」

 

急にブツブツ言って凄く怖い目をしており、愛宕さんからどす黒い怖いオーラが見えたような気がした。

 

「愛宕姉さん落ち着いてください!多分優海君は気にして無いですから! 」

 

「そ、そうそう!結構昔だし俺が『かごなし』だった話だから! 」

 

「……それならいいけど。あまり気にしないでね?『かごなし』なんて昔からある言葉でただの伝承なんだから 」

 

「分かってますよ 」

 

重桜には古い言い伝えで、『かごなし』はいつしか呪いが降りかかる。あるいは呪いを纏ったから神の加護が受けないと言われている。その為、昔『かごなし』は相当酷い扱いをされていたらしい。俺も本でしか聞いた事は無いけど、小さな子供であろうと虐殺したこともあったらしい。この時代に生まれたことは奇跡と言うべきだろう。もし俺が本で見た時代に生まれたら……考えただけでも寒気がする。

 

『まもなく、アズールレーン学園島に到着します。お降りの際はご注意下さい 』

 

アナウンスが鳴り、窓の外を見ると学園がある島が近づいてきた。

 

「あら、優海君と話していたらあっという間ね。じゃあ降りましょうか 」

 

愛宕さんと鳥海さんは荷物を持って立ち上がり、俺もそれについて行くように立ち上がった。

 

「あれ、摩耶はどこだろう…… 」

 

結構摩耶は最後まで戻ってこず、荷物が座席に残したままだった。戻ってくるかも知れないが、俺は摩耶の重い荷物を持ち、摩耶の帰りを待った。

 

「大丈夫なのかな…… 」

 

「大丈夫ですよ優海君、多分……向こうの壁の奥にいるはずですよ 」

 

鳥海が船の出口近くの壁に指を指すと、見てきてくださいと言わんばかりに小さく笑った鳥海はまるでこの後の展開を予想しているようだった。とにかくそこに行くと、曲がり角の所で摩耶が座り込んでいた。

 

「摩耶!座り込んでどうしたの? 」

 

「べ、別に何でも無い……! 」

 

「いやでももし体調が悪かったりでもしたら…… 」

 

「僕に近寄るな!あと荷物を返せ! 」

 

様子を見ようとするも、摩耶は近づくなと言って俺を跳ね除け、そのまま俺が持っていた摩耶の荷物を強く取り、そのまま一人で学園に行ってしまった。

摩耶の顔を見たけど、顔全体が赤かったし、もしかしたら風邪の可能性もあるかもしれないから心配だ……

 

「……本当に大丈夫かな 」

 

「あれは大丈夫よ。ふふふ 」

 

愛宕さんは妙に不敵に笑い、それも気になりながらも通学路を歩いていく。島の中央まで歩くと学園の正門が見え、その正門を通って自分のロッカーに向かう。

 

「じゃあ優海君、私たちは向こうだから……勉強頑張ってね! 」

 

愛宕さんと鳥海は向こうに行ってしまい、俺は本館にある自分のロッカーに向かう。

ええと、今日の一限は駆逐艦クラスだったかな。週ごとに授業が違うから随一チェックしないと大変だけど、いつかは慣れるだろうと未来の自分に託して教室まで移動した。

 

駆逐艦クラスの教室は2階だ。すれ違うKAN-SEN達の視線を少し気になるものの階段を上がり、廊下の隅にあった駆逐艦クラスのドアの前に立つ。

 

「……入っていいん……だよねこれ? 」

 

クラスは間違えて無いかとか、緊張でそんな事が頭の中で1杯になり、ついにはドアの前にうろうろと動いてしまう。

 

しかしそんな事している間に授業の時間は刻一刻と迫っており、あと10分程度で始まってしまう。ええいままよ!吹っ切れてドアの手すりに触れ、思い切りドアを左にスライドし、ドアを開けて教師に入る。

 

ドアが開かれたことによって教室にいたKAN-SEN達は俺の方に視線向け、あまりの視線の多さに俺はたじろぐ。やはり俺以外全員女子だから少しこの視線は緊張する。

 

「え……えーと……おはようございます……? 」

 

「あ!貴方もしかして指揮官さんですか? 」

 

元気よく机から立ち上がり、紫色の髪のポニテールをしている活発そうなKAN-SENが俺の前にぐいぐいと迫ってきた。エメラルドグリーンの瞳で俺の目をじっと見ており、思わず目を逸らそうにも、ジャベリンは体を動かしてる俺の目を見ようとする。

 

「な……何かな?それに君は……? 」

 

「あ!私、駆逐艦の【ジャベリン】と言います!まさか授業初日から指揮官と一緒に授業が受けられるなんて感激です! 」

 

「そ、そう? 」

 

そう言われると何だか悪い気はしない。寧ろそんな事言われた事ないからついつい嬉しくなって顔がにやけてしまう。

 

「あ!指揮官の席はあそこですよ。私の隣です 」

 

6列の内、真ん中で1番後ろの席にジャベリンは指を指すと、ジャベリンに俺の机の案内をされた。

机には確かに指揮官席と書かれており、それ以外はほかの机と差程変わらない。

 

両隣が空席であり、ひとつはジャベリンの席だとさっき知ったが、もう1つは誰のだろうか?鞄とか置かれていないから、まだ来ては居ないのだろう。しかしもうすぐで1限目の授業が開始されるのに……

 

その後、結局右隣の席は空いたまま1限目の授業が始まるチャイムがなってしまい、それと同時に扉は開かれた。

 

「はーい、皆席に座ってください 」

 

恐らくここの教師であろうKAN-SENが教室に入ってきた。

短髪のブロンドで紫色の瞳に眼鏡をかけており、服は飾緒付きの白衣は大きく、何とミニスカートとストッキングを履いており教師にしては随分と攻めた衣装だ。

それに極めつけは……体型だ。身長が差程大きくはなく寧ろ小さいけど、胸部が平均の人間よりかなり大きい。

 

KAN-SENは発育が人間と全然違うって言うけど、あれを見た感じ嘘では無いだろう。

 

「ほらそこ!ちゃんと座りなさい!私は駆逐艦クラス担当の【Z23】です。これから貴方達をしっかりと指導するので、よろしくお願いします 」

 

随分ときっちりとした姿勢と言葉使いでここにいる生徒は座り、俺も意識が背筋を伸ばしたような気持ちになった。

 

「ではまずは出欠を取ります。えーと……【綾波】さん 」

 

先生が【綾波】という名前を呼ぶが、返事が帰ってこなかった。もう一度先生が綾波と呼ぶがやはり返事は無く、しーんとした空気だけが帰ってくる。

 

多分、俺の左隣の席に綾波と言う子が来るのだろうが、まさかの授業初日で遅刻とは……

 

何かあったのだろうかと心配していると、遅れて扉が開かれた。

白髪のポニーテールは少しぼさついており、何だか眠そうな感じに目を細めている。

 

「あ、綾波さん!授業初日から遅刻ですか!? 」

「すみませんです。ちょっと昨日徹夜してたら遅れたのです……ふぁ…… 」

 

「全く……貴方の席は指揮官の隣ですから、座ってください 」

 

小さく欠伸をした綾波は瞼を擦りながら自分の席に座り、鞄を横にかけたら直ぐに机に突っ伏せてしまった。

「ねぇ……君、大丈夫?もしも具合とか悪かったら保険室に…… 」

 

「大丈夫なのです。ちょっと遅くまでゲームしてたので……ふぁぁ…… 」

 

「げ、ゲーム? 」

 

まさかの遅刻した理由が徹夜でのゲームとは……これは言い訳が出来ない。半ば呆れた俺は大丈夫かなと綾波を心配し、俺の名前が呼ばれるまで名前を呼ばれたKAN-SENの顔を覚えるようにした。

 

流石にこの出欠で全員の名前を覚えることは出来ないけど、クラスのKAN-SENは全員個性的な容姿をしているので覚えるのにはそこまで苦では無いはずだ。

 

「では最後に……指揮官、天城優海さん 」

 

「はい 」

 

30余人の出欠が終わり、遅刻は入れど全員揃っていた。

先生は出席簿を閉じ、小さく咳払いした。

 

「よし、全員揃ってますね。では授業を始めようと思いますが、この時間はHRですが、まずは自己紹介をしましょう。まずは綾波さんから……って、寝てます? 」

 

隣の綾波を見ると突っ伏せていて分からないけど、耳を澄ますと微かに寝息が聞こえる。

 

……ちょっと待って。よく見ると1番窓際の席、つまり綾波の隣の席の子も寝ているのではないか?

 

少し腰を浮かせて奥の席を覗くと、綾波よりも白い髪のツインテールで、頭に兎の耳のカチューシャをしており、制服の上に少し大きいピンクの上着を着ていた。

 

「あの先生……向こうのKAN-SENも寝てるのですが…… 」

 

「えぇ!?ちょっとラフィーさん!綾波さん!起きてください! 」

 

まさかの2人も初っ端から寝るというとんでもない事が起こり、俺やって行けるのか不安になってきた……

とにかく俺は隣の綾波の体を揺すって綾波を起こすと、綾波は眠そうにしながらも体を起こし、向こうのラフィーというKAN-SENも眠そうながらも顔を上げた。

 

「むにゃ……ラフィー……寝てない……んむぅ 」

 

「ああ言ってる側から!……もう、仕方ないのでこのまま自己紹介に行きましょう 」

 

言った途端に直ぐに寝る体勢のラフィーだけど、このままじゃ埒が明かないと先生は思ったのか、おおきなため息を吐いて半ば強引に自己紹介の時間を設けた。

 

……俺、本当にやって行けるのかな。

 

 

_数分後

 

「では、最後に指揮官、天城優海さん。自己紹介をお願いします 」

 

数分の時間が流れ、全てのKAN-SEN達の自己紹介は終え、残りは俺だけとなった。椅子から立ち、こちらに注目したKAN-SENたちの目を見渡し、俺は自己紹介を始めた。

 

「初めまして。俺は【天城優海】です。優しい海って書いて優海だから、そこは間違えないように。趣味は……将棋……かな、これから指揮官として頑張っていきたいと思うから、これからよろしくお願いします! 」

 

ふぅ……緊張した。心の中にいる俺は肩の力を抜いて椅子に座ったが、直ぐにはそうは行かない。先生から質問タイムを設けられ、KAN-SEN達は次々と手を挙げた。

 

「ええと……じゃあ、1番早かった君から 」

 

「はい!ありがとうございます! 」

 

俺が1番に指名したのは1番手があげるのが早かったジャベリンだ。ジャベリンは嬉しそうに椅子から立ち上がると、早々に質問してきた。

 

「えーと、指揮官はお姉さんがいると始業式言っていましたが、どんな方なんですか? 」

 

「姉さんは3人いて、赤城姉さん、加賀姉さん、土佐姉さんって言うんだ。確か2年だったはず 」

 

「まぁ!赤城と加賀と土佐だったのね 」

 

この回答に1番驚いたのは意外にもZ23先生だった。反応を見る限り、どうやら姉さん達は学校では有名人らしい。

 

「姉さん達がどうかしたんですか? 」

 

「赤城と加賀はこの学校の弓道部に入っていて、一航戦って呼ばれているエースよ。土佐は剣道部のエースでありながら、美術部にも入っているから、もう有名よ 」

 

「へぇ〜!指揮官のお姉さん達って、凄い人なんですね! 」

 

「お、俺も今知ったよ…… 」

 

そうか、そんなに凄いのか姉さん達……そういえば、俺が中学の頃姉さん達の試合を見に行った時があったような気がする。あの時は規模とか対して気に止めて無かったけど、今考えれば観客とか多かったし、会場も大きかった。

 

それに母さんも凄い人そうだし、俺って凄い人達の所にいるんだなぁ……

 

「さて、他に質問したい人はいますか? 」

 

「はい!指揮官の好物はなんですか!? 」

 

「指揮官は休日はいつも何してますか? 」

 

「指揮官は……」

 

「あああ!手を挙げてから質問して!! 」

 

俺の番だけ妙に質問の量が多く、結局朝のHRは俺の質問攻めが殆どで終わってしまった。

 

「はい皆さん!HRが終わりましたのでこれから通常授業ですよ。1限目は数学で、担当は引き続き私が担当します。早く準備しなさい 」

 

カバンから数学の教科書と数学用のノートを取って机の上に置き、これで準備は完了だ。

……なんだけど、隣の席の綾波の様子がおかしい。カバンをゴソゴソと手を入れたり、何かを探すようにしてカバンの中を覗き込んでいた。そして、諦めるようにノートだけを取り出し、教科書は机の上にはなかった。

 

「……ねぇ、もしかして教科書忘れちゃった? 」

 

綾波は喋らず小さく頷いた。

 

「だったら一緒に見よう。机をそっちに近づけるね 」

 

俺は自分の机と綾波の机を引っつけ、教科書を机の上でまたぐように置いた。

 

「ありがとうなのです…… 」

 

「全然良いよ。さぁ、授業始まるよ 」

 

1限目が始まるチャイムが鳴り響き、いよいよ本格的な授業が始まった。先生の号令と共に起立、礼をして着席した。

 

「では、教科書7ページを開けてください。今日はこの数式を習いますので、しっかりと聞いててください 」

 

教科書の7ページを開き、先生が教科書の内容を噛み砕きながら喋って行く所を板書し、板書された内容を俺はノートに書き写し、ノートも後の自分が見やすいように綺麗にまとめる。

 

赤ペンで重要な所に線で引いたり、先生のちょっとした話も重要そうだなと感じたなら直ぐに書き留める。こうしておくと、授業で分からなかった所とか考え方とかも後から見直せるから注意しておくようにと母さんから教えられた。

 

ふと隣の綾波を気にかけてチラッと見ると、綾波はうつらうつらと瞼を閉じて寝てしまっていた。

 

「ちょ、ちょっと綾波!起きないと二ーミ先生に怒られるよ? 」

 

肩を少し優しく叩いて綾波を起こしたのは起こしたけど、まだ綾波は眠そうで瞼の重りは消えていないようにまた目が閉じてしまいそうだった。大きな声を出して起こしたら皆がびっくりするし、かと言ってこのまま寝かして二ーミ先生に怒られたりしたらこっちも何だか悪い事をしたような気がするし……

 

悩みに悩み、ふと俺は綾波が遅刻した理由を思い出した。確か、夜更かしでゲームをした事が遅刻した理由だったっけ。それを上手く使えば……!

 

「ねぇ綾波、さっきゲームで遅刻したって言ってたけど、どんなゲームしてたの? 」

 

「んあ……?ええと、綾波がやっているゲームは『クリーチャーハンター』というゲームで、クリーチャーを狩るゲームなのです…… 」

 

よし、話に食い付いてきた。夜更かしするまでゲームをするんだからよっぽどのゲームの事が好きだと予想していたけど、それは大当たりのようだ。

誰しも好きな物の話題を聞かれた時はついつい話したくなるものだ。この調子で眠気から遠ざければ、目が覚めてくれるはずだ。

 

「へ〜、面白いの? 」

 

「超絶面白いのです。クリーチャーは小さいものから大きい奴がいて、巨大な敵を倒す爽快感は勿論、アクションも軽快な物から重厚な物から幅広いのです 」

 

「ふむふむ、どんなクリーチャー?が居るの? 」

 

「恐竜見たいな物とか、ドラゴンとかいるのです 」

 

「へー!後で休み時間とかどんなのか見せてよ 」

 

「勿論なのです! 」

 

よし、綾波の目から眠気が消えこれで授業に集中出来る事だろう。だけど声が少し多かったのか二ーミ先生にも聞こえてしまい、二ーミ先生は静かに注意するように咳払いをした。

 

「コホン、綾波さん、指揮官?授業中なのですから静かにして下さい! 」

 

「ご……ごめんなさい…… 」

 

「なのです…… 」

 

「そんなに喋っているのならこの問題はわかっているという事ですよね?では綾波さん、この公式を答えて下さい 」

 

「わ、分かりました……なのです 」

 

不味いな……綾波はついさっきまで眠気と戦っていた(ほぼ負けていたけど)からさっきの授業の話は少しも聞いてはいないだろう。綾波は席に立ち、頭の中で答えを考えていたがいつまで経っても多分答えは出てこない。

こうなったのは俺の責任でもある。俺は先生にバレないように急いで数式を計算し、答えをノートの端に描き、綾波の腕をちょんとつついて答えが書いているノートを見せた。

 

「え、えーと、3x+5yです 」

 

「はい、正解です。座って下さい 」

 

正解した綾波と合っていた答えを渡すのに成功した俺はホット息をはいた。

 

「指揮官、ありがとうなのです。助かったのです 」

 

「いや、俺もごめんね。ついつい話し込んじゃって 」

 

「いえ……そもそも綾波が寝かけたのが悪いのです…… 」

 

「でも、夜更かしする程面白いゲームなんだよね?その……なんだって、モンスターハンt 」

 

「クリーチャーハンターなのです。何故かその言葉は言っては行けないような気がするのです 」

 

「ほ、そう……? 」

 

綾波が焦って間違ったタイトルを言い直し、また先生に怒られないように今度は2人ともちゃんと授業を聞いた。黙々と先生の授業を聞いたり、問題を解いたりして50分。授業の終わりのチャイムがなった。

 

「はい、今日はここまでです。ちゃんと復習をするように! 」

 

二ーミ先生は次の授業の為に他のクラスに行き、50分という長い時間の授業を終えた皆は思い切り羽を伸ばしていた。

 

「ん〜!50分って長いね、綾波 」

 

「はいなのです。でも、指揮官のおかげで乗り越えられたのです 」

 

「そう?あ、そうだ。ねぇねぇ綾波がやってたゲーム見せてよ 」

 

「ここには無いのです。でもそのゲームのPVは携帯で見れるからそれを見せるのです 」

 

綾波はカバンから携帯を取り出し、綾波がやっているゲームの映像を俺に見せてくれた。

携帯の映像は数々のクリーチャーがハンターであるプレイヤーに襲いかかり、プレイヤーがそれに立ち向かっていた。クリーチャーを切った時、血しぶきが結構出ていてリアリティがあり、それとは別に幻想的な地形が広がっており、それ程血は気にはしなかった。

 

ハンターも人間離れした動きでクリーチャーに立ち向かい、見ているこっちがハラハラする気持ちになった。

 

「凄いねこれ、面白そう! 」

 

「本当ですか?なら是非一緒にやるのです。このゲームは協力プレイもあるから、家に帰ったら連絡して一緒にやるです! 」

 

「え、いや……俺このゲーム持ってないんだけど…… 」

 

「あ……そういえば指揮官、このゲーム名前を知らなかったのです。うーん、じゃあ綾波の家に来ます? 」

 

「……………………え"?」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の時は少しだけ止まり休み時間を終えるチャイムが鳴った。

そしてこの日、俺は2限目の授業の大半を放心状態で聞いてしまい、授業の内容を殆ど忘れてしまった。

 



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鬼神の隣に

 

時はお昼。学生の皆は待ちに待った昼休みの時間だ。

ここアズールレーン学園には食堂が備わっており、その食堂の広さはかなり大きい。その辺のショッピングモールのフードコーナーぐらいの大きさぐらいはあり、提供する料理も各陣営から取り揃えているから多種多様だ。

 

そんな中、俺は天城母さんに作ってもらった弁当を放心状態で姉さん達と一緒に食べていた。

 

「ゆ、優海?大丈夫?何だか心ここに在らずって顔してるわよ? 」

 

隣にいる赤城姉さんから声をかけらて初めて俺は意識を取り戻し、固まっていた時が動き出した。

 

「はっ!いや〜ちょっと初日から色々あって…… 」

 

「ほう、どんな事があったんだ? 」

 

食い気味な加賀姉さんに続いて赤城姉さんも土佐姉さんも気になり初め、有耶無耶に出来る状況じゃ無くなってしまった。

俺は観念して最初の授業で知り合った綾波の事について話し、放課後彼女の家に行くと伝えると、姉さん達は呆気に取られた様な顔をして固まった。

 

特に赤城姉さんの顔が笑顔なのにむちゃくちゃ怖い雰囲気出してるのが恐ろしい。正直これを話したのを後悔している。

 

「……お、お、お……女の部屋に遊びに行くですって!?しかも初日!?わ、私はあなたをそんなふしだらに育てた覚えは無いわよ!?!? 」

 

予想通り赤城姉さんは九尾の尻尾を逆立てながら思い切り机を叩き、叩いた所にクレーターが出来ると背後に怒りの炎が見えるぐらいに赤城姉さんは怒っていた。

 

「いや俺の大半を育てたの母さんだと思うけど…… 」

 

「お黙り!!綾波って言ったわね?今すぐその子にあってキツく言っておこうかしら……! 」

 

やばいこの人本気だ……本気で綾波の事をどうこうしようとしている。もしこの状態で綾波と出会えば綾波に何されるか分からない、暑い訳でも無いのに身体中から汗が止めどなく溢れ、何か良い言い訳がないか模索したけど、今の赤城姉さんにはどんな言い訳も通用しないどころか、下手して変な事を言えば逆にこっちがやられる可能性だってある。

 

助けてと訴える目で加賀姉さんと土佐姉さんを見つめると、その目に気づいた2人はやれやれと言っているような顔をしながら赤城姉さんを宥めた。

 

「姉様、優海も同世代の友達が出来てはしゃいでいるのですよ。優海の境遇も考えて下さい 」

 

「加賀の言う通りだ。それに、こいつが一線を超えるような事はしないだろう 」

 

「そもそも私は優海が他の女狐の部屋に行くこと自体が納得行かないのよ!こうなったら放課後優海と一緒にその女の部屋に行くわ。そして実力行使で分からせてあげるわ……優海が私たち家族の物だって……うふふふふ 」

 

ダメだ、2人がどう言っても赤城姉さんは主張を崩さず、話は平行線のままだ。このままじゃ放課後本気で俺についていくことになる。それは……なんかヤダなぁ……ううん、どうしよう……

 

「優海、もうアレを使うしか無いんじゃないか? 」

 

土佐姉さんがお手上げの状態でアレを使えと行ってきた。

 

「アレねぇ……でも、俺もアレ使うの嫌なんだけど…… 」

 

「赤城の暴走はもう私達の手には負えない。諦めろ

 

確かに……今の赤城姉さんは俺に近づく人達を全て手にかけようとするぐらい暴走している。乗り気はしないけど仕方なく最終手段を使う事にした。

 

まず赤城姉さんと話をしないといけないので赤城姉さんの肩をトンと叩くと、赤城姉さんは嬉しそうに直ぐにこっちに顔を向けてくれた。

 

「どうしたの優海?ひょっとして他の雌の所に行くのを止めるとか?それなら良いのy 」

 

「赤城姉さん、いい加減そんな態度取ってると俺赤城姉さんの事嫌いになるよ 」

 

これが最終手段。赤城姉さん大嫌い作戦だ。勿論これは本気で思っている訳では無く、赤城姉さんの暴走を止める為の手段だ。

 

事の発端は土佐姉さんであり、土佐姉さんが昔さっきみたいに赤城姉さんの暴走を止める為に俺に言わせたのが発端であり、こういうと赤城姉さんは頭の上にツァーリ・ボンバでも落ちたかのような衝撃で体が固まり、一旦暴走は止まる。

 

だけどこれをやるのは正直気が引ける。嘘をつくのは嫌だし、それに赤城姉さんを悲しませてしまうのが何より嫌だった。現に、今目の前にいる赤城姉さんの体が白黒になっており、さっきまでの態度が嘘のように静かになった。

 

「う……嘘よね優海?嫌いだなんて嘘よね? 」

 

信じられないと顔で訴えるように赤城姉さんは涙目で俺の肩を掴んできた。掴まれた肩が心做しかミシミシと鈍い音してるしなんだか肩が凄く痛くなり、俺の心の痛みを表しているようでもあった。

 

涙目で向けてくる視線はとてつもなく悲痛でもう耐えられ無い物であり、今すぐにでも嘘と言いたい程だ。ここはもう早い事済ませようか……

 

「じ、じゃあさ、今日綾波の家に行っても……良いかな?その代わり!家に帰った時赤城姉さんの言うこと一つ聞くから! 」

 

「おい、それは自分自身の首を絞めている事になるぞ!?大丈夫なのか? 」

 

「仕方ないよ土佐姉さん……こうしないと赤城姉さん立ち直れないし…… 」

 

「はぁ……姉様は厄介な性格だが、お前もお前でお人好しがすぎるぞ 」

 

加賀姉さんと土佐姉さんからどうなっても知らないぞと言ってるかのようにため息をはき、俺の言葉を聞いた赤城姉さんは九尾の尻尾をぶんぶん振り回し、顔を見なくても分かるほど上機嫌になった。

 

「何でも……?何でもって言ったわね?言ったわね!なら今回は特別に許可するわ!何でも……何でも……!優海に何でも……うふふふ……うふふふふ!! 」

 

何故か赤城姉さんは口から涎を少し垂らし、捕食者の目で俺を見ているような……気の所為だよね?

 

「……はぁ、今回は助けないぞ 」

 

「自分の言葉は自分で責任を持て 」

 

「はは……はぁ 」

 

とにかくこれで今日の綾波との約束は果たせそうだ。……家に帰った時、かなりヤバいけど。

 

「しかし綾波か……意外な奴と接点がついたな 」

 

「え、土佐姉さん綾波の事を知ってるの? 」

 

「あぁ、中等部では少々有名らしいぞ。何とも、【鬼神】と呼ばれたKAN-SENで、剣を持てば敵無しと言った所だ。そうだな、私よりも高雄辺りが詳しいかもしれないな 」

 

鬼神ねぇ……そんな感じには見えない感じだったけどな。人は見かけによらないと言った感じか。

後で高雄さんに会って話してみようかな。

 

その後、赤城姉さんから伝わる痛い視線を受けながら、母さんが作ったボリューム満点の昼食を何とか食べ終えた。

 

 

 

 

_そして放課後にて……

 

キーンコーンカーンコーン……

 

今日の授業の終わりと同時に放課後を知らせるチャイムが鳴り、これで今日の授業は全て終わった。

伸びをするKAN-SENも入れば、せっせと黒板に残っている板書をノートに写しているKAN-SENもおり、それぞれ放課後の予定を立てていた。

 

「指揮官さん!良かったら一緒に帰りませんか!? 」

 

「あ、ずるいよジャベリン!私も一緒にどうですか!? 」

 

指揮官という珍しい人見たさなのか放課後一緒に帰ろうと誘ってくるKAN-SENも多く、もし今日予定が無ければこの場でアワアワと慌てふためいた所だろう。

 

「あぁ、ごめん。今日は予定があるんだ 」

チラリと隣の席の綾波に目線を配ると、それを見た綾波は肩を少し上げた後せっせと教科書をカバンに詰め込み、目にも止まらぬ速さで椅子から立ち上がり、教室から出て行ってしまった。

 

あ、あれ?今日綾波と一緒に遊ぶ約束だよ……ね?忘れちゃったのかな。と思っていたら、携帯の着信音が鳴り、綾波からのメッセージが画面に表示されていた。

 

「先に寮で待っているのです。」

 

先に帰って準備でもしてるのかな?とにかく忘れていないようでホッとした俺はすぐ様席を立ち、皆に一つ断りながら教室から出ていこうとした。

 

「あ、待ってください!良ければ連絡先の交換と私達のクラスのグループに入りませんか? 」

 

「え?でも……俺明日はここじゃなくて別のクラスだよ?大丈夫? 」

 

指揮官である俺は、その日によって受ける授業も違ければクラスも違う。

学園長のエリザベスさん曰く、指揮官たるものより多くのKAN-SEN達に触れ、様々な知識を吸収する為と言っていたけど、1日したら皆と離れ離れに授業受けるなんてちょっと寂しい気持ちにもなる。

 

「良いですよ!それに、またこのクラスに来ますよね? 」

 

「まぁ……じゃあ、よろしく 」

 

だけど、こんな風に連絡先をくれるならそんな気持ちも和らいでくれる。ここは素直に連絡先を交換し、このクラスの殆どのKAN-SENの連絡先を手に入れた。

 

(……これ赤城姉さんが見たら怒るだろうな )

 

と、俺はこの時思った。

 

さて、連絡先も交換し終わったから教室から出ていき、廊下を歩いて靴を履き替え、いざ綾波がいる寮へ出発だ。と言いたい所だけど、実は寮と言っても陣営事に種類があり、更に艦種事に別れている。

 

例えば今行く綾波の場合なら、重桜寮の駆逐艦寮にある部屋という事になる。因みに寮はそれぞれに自室があり、全てのKAN-SEN達が入れる程の大きさを持っている。

 

そんな寮に行くんだけど、まだ時間はあるから高雄さんに会って綾波のことについてか少し聞いてみようと思い、高雄さんが所属している部隊の剣道部にお邪魔してみる事になった。

 

だけどこの学園……滅茶苦茶広い。野球をするドームや武道館等数十個はくだらない島丸々一つ使ってるから本当に移動が大変だ。そこで活躍するのが饅頭と呼ばれるひよこ見たいな生物が乗っている車だ。

 

アズールレーン学園アプリから車はタクシー感覚で呼ぶことが可能であり、予め利用する時間も決めておく事も出来る優れものだ。他にもアプリには使える機能があるからもはや学園がやる域を超えているような気がするけど便利だから良しとしよう。

 

「さて、そろそろ来るはずだけど…… 」

 

車を待つこと数秒。意外と早く到着した。車は結構小型で運転席が1つに3人ほど座れる席があるだけだ。運転席にいる饅頭が車の扉を開け、俺はそのまま車に座った。

 

「どこまで行くピョ? 」

 

「えっ、喋れるの!? 」

 

あまりの驚きに車の天井に頭をぶつけるほど体が動き、思い切り頭をぶつけてしまった。結構痛い……頭にたんこぶ出来なきゃ良いけど……

 

「意思疎通をする為には当然ピョ。さて、どこに行くピョか? 」

 

「ってて……えーと、じゃあ……剣道部の部室まで行ける? 」

 

「了解ピョ 」

 

饅頭は直ぐに車を走らせ、剣道部の方まで車を走らせた。本当は自分の足で学園の周りを探検してみたかったけど、こうして車で流れるように学園の光景を見るのも良いかもしれない。そびえ立つ学園に、KAN-SEN達の声がそこら中に聞こえる。今は部活の勧誘でもしているのだろうか、様々なユニフォームを来たKAN-SEN達が、新入生のKAN-SENに声をかけていた。

 

漫画で見るような光景に感動を覚え、車が見せる光景をじっと見つめた。

 

「着いたピョ。剣道部には直接入れないから、ここからは歩いて中に入るピヨ 」

 

「中って……言われても…… 」

 

車が着いた先にあったのは……重桜で見かけるような屋敷だった。え?俺が言ったのは剣道部だっけど……

 

「あの……ここって何ですか? 」

 

「ここは剣道部の部室兼修練場ピヨ。剣道部はここで活動したり、ここで練習試合をするピヨ 」

 

「えぇ……これが部室……? 」

 

どう見ても生活出来る程のスペースがある屋敷だ。流石アズールレーン学園。スケールが違いすぎる。

 

「とにかく、ここまでありがとうございます 」

 

「何かあれば僕達饅頭がサポートするピョ。それじゃあまたピヨ〜 」

 

饅頭の車はそのままUターンして来た道を戻って行った。さて、部室の前に来た訳だけど……スケールの大きい部室のせいで凄く緊張する。

 

これ、入って良いの?部活に入るわけでも無ければ体験入部する訳でも無い。ただ顔馴染みの人に会うという気軽な理由で入って良いのかと俺の中の俺が疑問を投げつけ、部活の扉に手を触れず、そのまま部室の前でぐるぐると回る不審者見たいな行動をしてしまう。

 

こんなの人に見られたら絶対に変に思われるのに、恥ずかしさを無くすためにやらざる負えなかった。

 

「うわぁぁ……どうしよう…… 」

 

「何をしてるんだお前は…… 」

 

「うぉぉおおおお!? まままま摩耶!? 」

 

後ろから急に出てきた摩耶に驚き、いきなり後ろにきゅうりを置かれた猫の様に摩耶から直ぐに離れ、剣道部の部室の壁に背中を貼り付けた。

 

「どど、どうして摩耶がここに!? 」

 

「何だって……僕はこの剣道部に入部するつもりで着たんだ。お前は違うのか?」

 

「いや……俺は他に行く所があって、その前に高雄さん達を一目で見ておこうかなーって 」

 

「だったら何でそんな挙動不審になってるんだ 」

 

「は、入っても良いのかなって思って…… 」

 

「……はぁ、昔からお前は小心者の所があるな 」

 

「な、何も言えない……! 」

 

せっかく指揮官になるんだからこういう所を直そうとしてはいるんだけど中々上手くいかない自分が恨めしい。

 

そんな俺を摩耶はため息をつき、摩耶は剣道部の扉を開けた。

 

「とにかく僕は入るぞ。お前も入るなら早く入れ 」

 

「あ、行く!行きます! 」

 

何でか敬語になった俺はそのまま摩耶の後ろについて行くように剣道部に入った。

入った瞬間、木造の臭いが入り、竹刀のぶつかり合う音と力強い踏み込みの音と大きな掛け声が耳に入った。

 

「どうやら奥の方が修練場の様だな。行くぞ 」

 

「う、うん 」

 

玄関で靴を脱いで廊下に立ち、綺麗に靴を並び終えて廊下を歩き、奥にある大扉を摩耶は開けた。開けた瞬間、綺麗な木の床の上で剣道着を来たKAN-SEN達が竹刀を素振りしたり、中には試合をしているKAN-SENもいた。

 

大扉を開けたのにも関わらず練習を中断せず、皆が皆この活動に集中しているかつ熱中していた。そして、奥にはそれを見守り、時には後輩を教え導いている高雄さんの姿があった。

 

「む?優海と摩耶じゃないか。どうしたんだ? 」

 

「えっ!?優海君!? 」

 

最初に気づいたのは高雄さんだったけど、俺の名前に反応した愛宕さんは剣道部の面を脱ぎ、竹刀を置いてはそのまま飛び込む勢いでこっちに近づいてそのまま俺の頭を抱えるように抱きしめた。

 

「優海君〜!どうしたの?あ、もしかして入部しに来たの!?だったら私が昔見たいに優しくじっくり教えてあげるからね!?もうずーーっと2人きりで教えてあげるから〜! 」

 

「むー!むむむむむ!!(愛宕さん離して! )」

 

むせ返るような汗の匂いと、愛宕さんの柔らかい胸が顔を覆って息が苦しい。愛宕さんと身長差があるから離そうにも思わず力が入らず、ここにいる他のKAN-SEN達に愛宕さんになすがままにされる現状だ。

 

「ゆ、優海から離れろ!愛宕 」

 

近くにいた摩耶が間に入り込むようにして愛宕さんから俺を離し、密閉された空間から解放されて苦しかった息を思い切り吸った。

 

「ぶはぁ!もう何するんだよ愛宕さん! 」

 

「ごめんね〜優海君がここに来たのが嬉しくってつい 」

 

「何がついだこの馬鹿! 」

 

ここに来た高雄さんは愛宕さんの頭に思い切りチョップし、かなりの力で叩いたのか愛宕さんは頭を抑えてその場でうずくまった。

 

「全く……ところで、愛宕の言う通り優海と摩耶は剣道部に入部しに来たのか?愛宕の言う通り、昔見たいにまたしごいてやるぞ? 」

 

「む、昔って結構キツかった様な気がするけど…… 」

 

「お前をこの学園に入学する為にやった事だ 」

 

高雄さんが言っているのは、この学園の入学条件の1つ、体力テストの事だ。

 

指揮官というのはKAN-SEN達の状況を瞬時に判断し、数々の戦法を用いて勝利を導く存在だ。だけど、だからと言って頭が良いだけじゃ指揮官にはなれない。

 

指揮官を決めるテストには、ペーパーテストの他に体力テストもある。体力テストの内容は【トライアスロン】の他に、【総合格闘技】があった。

 

入学テストの時は体力テストがあると言うことは知っていたから、高雄さんや愛宕さん、他にも色んな人に協力してもらったけど、その中で高雄さんにはみっちりとしごかれた記憶がまだ新しい。

 

 

_ではまずは準備運動からだ。軽く10kmランニングするぞ

 

_それって軽くって言えるの?

_その次はスクワット1000回だ

 

_だからそれ軽くないって

 

_つべこべ言うな!そんな事では指揮官にはなれないぞ!ほら、行くぞ!

 

_ひぇぇ…!

 

懐かしいな〜めちゃくちゃキツかったな〜。あれ?何か心做しか涙出てきた。高雄さんとの特訓を思い出す度に何か泣きそうになるからこれを思い出すのはもうよそう。回想の中の俺もめちゃくちゃ泣いてるし。

 

「え……遠慮しときます。それに俺、この後用がありますし 」

 

「そうか……それは残念だ。ところで用というのは何だ?誰かと会うのか? 」

 

「はい、綾波っていう子と少し約束で…… 」

 

「綾波だと? 」

 

隣にいた摩耶が最初に反応したけど、愛宕さんと高雄さんも綾波の名前を聞いて知っているかのように反応した。

 

「知っているの? 」

 

「あぁ、重桜では結構有名な奴だ。重桜の駆逐艦の中で一二を争う実力を持ち、圧倒的な力の前に誰も彼女の前に立つ事は出来ない事から、綾波は鬼神と呼ばれている 」

 

「私もその話は聞いている。そう言えば綾波も来るとは思っていたんだが今日は来ないんだな……良ければこの部に入って貰いたんだが…… 」

 

「そ、そんなに凄い奴なのか綾波は…… 」

 

教室で会った時はそんな感じはしなかったのに……どちらかと言えばゲームが好きな女子って感じだったけど。

 

「とにかく僕は行くよ。……って、そう言えば鳥海さんはどうしたの?ここには居ないの? 」

 

「あの子は料理部よ。優海君に美味しい物食べさせたいからって張り切ってるわよ 」

 

「へぇ〜料理部ってどこにあるの? 」

 

「ここから反対方向の所だから行くのは時間がかかるぞ 」

 

「え、そうなのか……じゃあまた後日顔を合わせようかな。重桜寮に行くし 」

 

その時、愛宕さんが笑顔で石のように固まった様な気がした。

 

「……優海君?今なんて言ったのかしら? 」

 

「え?重桜寮に行くって言ったけど……綾波に会いに行くから 」

 

瞬間、愛宕さんは血相を変えながら俺の両肩を掴んだ。掴んだ手から物凄い力が加えられて肩から何か嫌な音がする。ちょっと痛い。

 

「ダメよお姉さん以外の女の子のお部屋に入っちゃ!寮とは言え女の子の部屋に!?しかもまだ入学して2日目なのに……お姉さんはそんな子に育てた覚えは無いわよー!? 」

 

悲しみながら俺を前後に揺すっては離さないように肩を掴む力は緩めず、ここから出さない勢いだった。まるで赤城姉さんの様だ……

 

「そこまでだ愛宕 」

 

「そうだ愛宕。それに、愛宕が思ってる様な事はこいつはしないだろう 」

 

「え?なんの事? 」

 

「ほらな? 」

 

「うぅ……優海君!絶ッ対に変な事はしちゃダメよ? 」

 

「いやだからなんの事? 」

 

ともかく愛宕さんは俺から離れてくれた。

 

「と、とにかく俺はもう行くよ? 」

 

「あぁ。気をつけて行くんだぞ。それと、何時でも入部を待っているぞ 」

 

「か、考えておくよ。それじゃあまた! 」

 

顔合わせの目的を終えた俺は剣道部から外へ出ていき、ようやく重桜寮に向かった。

 

剣道は重桜由来の競技だからかたまたまこの近くに重桜寮があった。重桜寮は外装がまさに重桜と思わせる様な屋敷になっており、まるでホテルのような大きさだ。それ故に窓からして部屋数もとんでもなくあり、入学者全員入ってもまだ余りそうな大きさだ。

 

この部屋のどこかに綾波がいるはずだけど、綾波の部屋番号は知らない。どこかに書いてないかと辺りを回すと、寮の管理人なのか寮のフロントの受付場に饅頭がいた。丁度いいからあそこに綾波の部屋の場所を聞きに行こう。

 

「すみません、綾波の部屋ってどこにあるんですか? 」

 

「ん?あんさん指揮官かい?悪いけど指揮官であってもどの寮でも男子は立ち入り禁止なんだ。悪いね 」

 

「えぇぇ!? 」

 

可愛らしい見た目の饅頭から考えつかない渋い声と寮に入れない驚きが合わさって思わず声を上げながら驚いてしまった。

 

「い、いやでも俺綾波と会う約束していて……ええと、ほら!綾波から寮に来てくれって連絡もあるんですけど……だ、ダメですか? 」

 

「どんな理由があっても男子は立ち入り禁止だよ。寮に入ってあーんなことやこーんなことされて、ゆうべはお楽しみでしたねされても困るからね〜色々と 」

 

「そ、そんな〜 」

 

なら仕方ないか……とにかく綾波に寮には入れないと連絡して反応を見ようとしたけど、綾波からの連絡は一向に帰って来なかった。既読もついてないし、寝てるのかなと思ったけたど相手から待っているって言ったのに寝てるのはちょっと考えられないし……トイレでも行ってるのかな?

 

だけどこのまま帰るのもちょっと綾波に悪いし……どうしようかと悩んでいた。

 

その時だった、コツコツとブーツと石畳の音がぶつかる音が近づき、誰か来たのかと後ろに振り返ると、懐かしい人がそこにいた。茶髪で角が生えているKAN-SEN、三笠さんだった。

 

「あ、三笠おばぁちゃん!……あっ 」

 

「誰がおばぁちゃんか!全く、我はまだピチピチだぞ。それにここでは三笠さんと呼べ! 」

 

「ご、ごめんなさい 」

 

目の前にいるのは三笠というKAN-SENで、戦場で凄い戦果を上げ続けている人だ。重桜では皆から尊敬され、その意を込めて皆は三笠先輩とか、大先輩とか言われている。俺も小さい頃から三笠さんに良くして貰った。

 

小さい頃からそうしたせいなのか、俺はその時から三笠さんの事をおばぁちゃんと言ってしまい、今もその呼び方が中々抜けず、こうしてよく怒られる。

 

「入学式のお前の姿を見たぞ。思わず感動で涙が止まらなかったぞ。うんうん、大きくなって我は嬉しいぞ 」

 

「ありがとう。と言うより……何で三笠おば……三笠さんがここに? 」

 

「私はここの古株だからな。数々の顧問を受け持ちつつ、この重桜寮の管理人だ。あの饅頭は我がここに居ない時に代わりに管理人をしてもらっている。所で、優海はここに何の用だ?指揮官であっても、男性は寮に出入り禁止だぞ? 」

 

「それなんだけど……実は綾波って子に会う約束をしていたんだよ。まさか男性が入れないってのが知らなくて…… 」

 

「なるほど……しかし規則は規則だから優海にだけ特別扱いする訳にも行かないしな……ううむ 」

心の中でそわそわしながら三笠おばぁちゃんの答えを待ち、入ってももいいと言われる事を期待している自分がいた。だけど知り合いと言ってもそんなに甘いものではなかった。

 

「残念だがやはり規則は規則だ。すまないが寮には…… 」

 

「そ、そうだよね……うん、規則だから仕方ないよね 」

 

くせ毛の獣耳を模した髪も俺の気分を移すかのようにヘタレてしまい、諦めて綾波に来れないという連絡をしようとした。

 

「うぐっ……し、仕方ないな!今日だけ特別だぞ? 」

 

「え、良いの!? 」

 

「二言は無い!あ、だけど節度は持つんだぞ?その……み、淫らな行為とから絶対にダメだぞ!? 」

 

三笠おばぁちゃんが顔を赤くしてそう言ったけど……みだらな行為って何だろか?

 

「……あ、わかった!大丈夫だって、だらしない所は見せないよ! 」

 

みだらって、乱れた行為はダメという事か。例えば、ものを散らかしたり、人前で欠伸をしたりとかすると指揮官なのにだらしないって思われるからダメだって母さん言ってたし、きっと三笠おばぁちゃんもそう思って言ってくれたのだろう。

 

「そ、そうか……?なら良いんだが 」

 

「うん、それじゃあ寮に入るね。ありがとう三笠おばぁちゃん!すみません、綾波の部屋ってどこにありますか? 」

 

饅頭に綾波の部屋を聞くと、饅頭はさっきの話を聞いたのか綾波の部屋の所を教えてくれた。早速寮へと入り、急いで綾波の部屋へと俺は移動した。

 

「だから三笠さんと……って、もう行ってしまったか 」

 

「随分な元気なお孫さんですな 」

 

「まぁな……自慢の孫だよ 」

 

寮の玄関は広く、本当にホテルの様な内装だった。1階の奥には食堂があるし、近くにあった内装の地図を見る限り大浴場や露天風呂も付いている。

 

2階からはKAN-SEN達の個室になっていて、綾波の部屋は2階の端の方の部屋だ。近くにあった階段を登り、建物の隅の部屋を辿り、1番角の所に綾波という名前の標識があった。

 

「ここか、綾波ー来たよー 」

 

インターホンを鳴らして綾波が出でくるのを待ったけど……一向に綾波が出てくる気配が無かった。どうしたものかともう一度インターホンを鳴らすと、携帯から着信音がなり、携帯を開くと綾波からのメッセージが届いた。

 

「鍵は開けているので入ってくださいです」

 

(何で直接出ないんだろう )

 

そんな疑問を浮かべてながらとにかくドアノブに押し、そっとドアを開いた。開いた先には積み上げられたダンボールの箱があちこちにあり、肩が丸出しの白い薄着の服を来た綾波がテレビに向かって座りながら何かをしていた。

 

「あ、綾波〜?遊びに来たけど…… 」

 

「ちょっと待ってくださいです。このボスを倒したら終わりますので……部屋に入ってくださいです 」

 

どうやらお取り込み中のようだ。とにかく言われた通り靴を脱ぎ、綾波の革靴だろうが雑に置かれたのでそれも並べて部屋に入ると、部屋にはベッドと机、そして大きなテレビと冷蔵庫等最低限の家具しか無く、良くも悪くも女の子ぽくない部屋だった。

 

机は横に広くてL字型になっており、何かの機械やモニターが2画面あって、教科書やノートはそのまま積まれている形になっていた。

 

「おぉ……なんかすごいな 」

 

綾波の先にあるテレビの画面には、巨大な化け物のが空を飛んだり炎を吐いたりしており、それを大きな武器を持っていた小さな人が身軽な動きで攻撃を交わし、化け物の足を大剣で足を攻撃した。

 

すると化け物は足を攻撃されたことによって転倒し、綾波はその隙を逃さなように頭を攻撃し、化け物は倒れ、討伐完了という文字が出できた。

 

「……よし、ボスを倒したのです 」

 

「おー、何したか分からないけど凄いね 」

 

「普通にクリーチャーを転倒させて頭を攻撃しただけです。じゃあ指揮官、一緒にやるのです 」

 

「え、でも俺やった事無いんだけど…… 」

 

「綾波が1から教えるから大丈夫です。ほら、早くやるです。このクッションに座るといいです」

 

綾波から白色のコントローラーを渡され、綾波の言っていた空いているクッションに座った。ふわふわで体を包むほどあるクッションは俺の体を包み、思わずここに住みたいと思ってしまった。だけどその誘惑から逃れ、クッションに包まれながらゲームを始めた。

 

「まずは操作方法からマスターするのです。右のスティックで移動出来るから前に倒してキャラを進ませるです 」

 

「えーと……これか 」

 

右のスティックを前に倒すと画面の中のキャラクターが前に走った。自分で思い通りに動く感覚に驚き、試しに右や左、更には後ろに倒すと、キャラクターはまるで現実と全く同じような動きで体の向きを変えて倒した方向に走り、まるで本物の人間が動いているようだった。

 

それによく見るとキャラクターが装備している物もかなり精巧に作られており、鉄の質感や何かの皮のだろうか?その質感もよりリアルに作られている。まるで映画でも見ているようだ。

 

「じゃあこのままクエストに言ってみるです。あの受付の人に話してクエストを受けるです。受けるクエストは綾波が決めるです。まずは受け付けの場所までいって……近づいたら〇ボタンです」

 

「受付まで行って……〇ボタン! 」

 

受付の人に近づくと画面に【話す】という文字が浮かび、〇ボタンを押すと会話の文字が流れ、更にボタンが押すとレベルと書かれた文字がズラリと並べれた。

レベル1〜8の所には全て【CLEAR】という文字がある事から、この辺りのクエストはクリアしたという事なのだろうか?

 

「じゃあ指揮官、レベル3のどれでも良いのでクエストを受けて見てください 」

 

「えっ、レベル3!?こういうのは1とかじゃなくて……? 」

 

「1と2は地味なクエストしかないのでつまらないです。だから指揮官を楽しむ為に、3が丁度いいです。大丈夫です、やられても大丈夫です 」

 

「じゃ、じゃあ……やるよ? 」

 

とにかくレベル3の適当なクエストを受けると、鈴のような音がなり、画面が変わり、右上に出発準備という文字が出て中央には最初に操作していたキャラが出ていた。

 

「ここは好きな武器や防具を選ぶ画面です。武器は大剣や二刀流、レイピアや銃などあるです。指揮官はどんな武器がいいです? 」

 

「うーん、刀は無いの?」

 

「あるです。じゃあマイセットの8番を選んで下さいです。そこに刀の武器があるです 」

 

綾波の言う通りの装備に変え、いよいよゲームスタートだ。開幕から本物と変わらない木々や空が広がり、現実と変わらない風景に驚きつつもスティックを倒し、フィールドを移動した。

 

フィールドには川もあり、これもまたリアルだ。水面の反射や川の流れ、せせらぎも心地よく近くにいた不思議な動物も毛並みがフサフサで細部まで作り込まれていた。最近のゲームって凄いんだなぁ……

 

「指揮官、次のエリアに目標のクリーチャーがいるです。ボコボコにするです 」

 

「よーし、やるぞ…… 」

 

ドキドキさながら目標の敵がいるエリアに行くと、さっきまで小動物系のクリーチャーだけだったのに、いきなりクマのような化け物が表れた。

 

どうやらこれが目的の敵なようだ。音楽も緊張感が走るものに変わり、いよいよ本番といったところだ。

 

「指揮官、あの敵は背後のおしりが弱点です。まずは相手の攻撃を避けてバランスを崩し、一気に勝負を決めるです。あ、でも指揮官の武器は刀なのでカウンターをとることも出来るのでそれも狙ってみるのも…… 」

 

「ちょちょっと待って!一変に話したら分かんなくなるから! 」

 

洪水のようなアドバイスに戸惑っていると大熊は飛びかかって攻撃し、反応が遅れてしまって最初から手痛いダメージを受けてしまった。体力ゲージの2割ぐらい減ったからまだ回復は大丈夫かな?

とにかく攻撃を避けて、攻撃すればチャンスは生まれる。

 

大熊は左右の腕を振り回しながら近づき、横に回避して1度攻撃をする。攻撃を当てるとダメージ数値なのか数字が飛び出し、更に攻撃を当てようとするとひるまない大熊に反撃を貰った。

 

「あぁ〜! 」

 

「落ち着くのです。……そこなのです!そこで攻撃です!おぉ、カウンターなのです。指揮官、センスあるです 」

 

叫び、驚き、アドバイスをし、綾波の色とりどりの反応を横目で見ながら目的の大熊を見事倒した。ファンファーレのような明るい音楽がなり、CLEARという文字が画面いっぱいに表示された。

 

「やっっっっったぁぁぁ!ありがとう綾波! 」

 

「グッジョブなのです。指揮官、センスあるです。ゲームの才能あるです 」

 

「え〜そうかな? 」

 

「指揮官は反応速度が良いです。初めてなのにカウンターを多く決めれたし、教えた事を守ってくれたです。指揮官なら対戦ゲームも得意そうなのです 」

 

すると綾波は四つん這いで山積みされているゲームソフトを探そうとすると、綾波の下半身がチラリと見えてしまった。

 

ダボダボで白くて大きなシャツの下には何も着ておらず、綺麗な肌色の太ももと下に履いてるものが目に映ってしまった。白く程よくついた太ももにダボダボなシャツは太もも所が綾波の少し膨らんだ胸部さえも遮る気が無いかのように目を通せられた。というか下着着けてないのかよ綾波は……!

 

思わず綾波から体ごと反対方向に振り向き、綾波の事を見ないようにしていた。

 

「指揮官、これとかやってみて欲しいです……ん?指揮官、何で後ろ向いているのです? 」

 

「え!?い、いや〜あ、そういえば綾波って鬼神って呼ばれてたらしいから何なのかな〜って思って 」

 

俺は一体何言ってるんだ……。いくら言い訳でももうちょっと上手い言い方とかあるだろうに。内心自分を責めながら泣きそうになり、綾波に変に思われると覚悟していると、綾波の様子が変わり、少し暗い感じになった。

 

「……誰から聞いたのです? 」

 

「え。えーと、高雄さんって知ってる?俺が小さい頃にお世話になった……じゃないや、えーと……剣道部のKAN-SEN。わかる? 」

 

「高雄……知ってるです。私も少し剣道をやっていたから分かるです 」

 

「え、じゃあ……今、剣道ってやってるの? 」

 

「もうやめたのです。指揮官が話して欲しいなら話しますけど…… 」

 

綾波の顔が一瞬だけ寂しそうな顔を浮かべ、無意識に顔を下に向けていた。

 

「いや、良いよ 」

 

俺はあっさりとその話を捨てると、綾波は意外と思っているかのようにぽかんとしていた。

 

「知りたくないのですか? 」

 

「んー確かにちょっとは知りたいよ?鬼神ってカッコイイ呼ばれた方してるんだし。だけど綾波の顔を見たら多分そんなに良い話じゃないでしょ?だったら良い 」

 

誰しも嫌な思い出は話したくない物だ。それを無理やりほじくるようにして話してもこっちも良い気分にはならない。

 

「あ、でも話したくなったらいつでも言っていいよ?綾波の事もっと知りたいし 」

 

「……ふふ、やっぱり指揮官って変な人なのです 」

 

綾波はこの時初めて俺に笑顔を見せてくれた。小さくクスリとだけど、学校であった無表情な顔とは見違える程いい笑顔だった。

 

まるで小さいながらも可憐な一輪の花のようで、ちょっと得した気分になった。

 

「なんだ、そんな風に笑えるじゃん 」

 

「むっ、綾波も笑う時は笑うです 」

 

「え〜?だって教室の時こんな風にムスッてしてるんだけどなぁ 」

 

「そんな事ないです。綾波はそんな仏頂面じゃないです 」

 

今度は頬を膨らませて怒った顔を見せてくれた。教室では表情が変わらず、有り体に言えばクールな子だと思っていたけど、こうしてゲームをしたり話をしてみると少しわかりやすい性格だ。

 

「もう怒ったです。この対戦ゲームで指揮官をボコボコにするです 」

 

「えぇ!?やった事無いんだから手加減してよー! 」

 

「指揮官の癖に情けないのです。ほら、覚悟するです。鬼神の力を嫌という程見せてやるです 」

 

こうして、俺は綾波の腕にボコボコにされた。何か知らないけど攻撃は全部避けられるわ当てられないわ何も出来ないわでほぼ半泣き状態になった。

 

流石の綾波もやりすぎと感じたのか、温情で後々細かな操作方法とか教えてくれた。

 

叫んだり、笑ったり、ゲームで色んな感情が飛び交っているともう外は夕日の茜色から夜の黒に染まりつつあり、最終下校を知らせるチャイムが島を覆うように鳴った。

 

このチャイムが鳴ったら学園から出ないといけなく、寮に住んでいるKAN-SENはこの時間を境に寮に戻らなくてはいけない。

 

「もうこんな時間か。じゃあ俺は帰るよ 」

 

「分かったのです。今日は付き合ってくれてありがとうございますです 」

 

「ううん、俺も綾波と一緒に遊べて良かったよ。また一緒にゲームしようね 」

 

荷物を持ち、綾波に見送られながら玄関まで行き、靴を履いて扉に手をかけ、もう一度綾波と顔を合わせる。

 

「指揮官、次はいつ遊べるです?今度はもっと面白いゲームをするです 」

 

「うーん……どうかな。実は俺、三笠おば……三笠さんに特別に許可を貰ってここにいるから。流石に何度もこの部屋に入るのは無理かな 」

 

そう言うと綾波は分かりやすくしょんぼりしてしまった。それはそうだ、指揮官である俺は次の授業は綾波のいる駆逐艦クラスでは無く別のクラスの授業になっており、しばらくの間恐らく会えなくなる。

 

このまま帰ってしまっては後々気まずくなる。どうしようかなと思った矢先、ポケットにある携帯が目に入るとある考えを口に出した。

 

「で、でも連絡は取れるし、もし良かったら明日の昼一緒に食べる? 」

 

「本当ですか?約束です! 」

 

「うん、じゃあもう行くね 」

 

「はい、また明日です 」

 

また明日と手を振り、寮のドアを開けて廊下へと出る。ここから見る空が少し暗くなりつつあり、事前に連絡はしているけどそろそろ帰らないと母さんも心配してしまう。

 

ここから近い船着場を検索し、丁度この辺りにあった船着場があり、そこまで走っていく。息を少し切らしながらその船着場にたどり着くと、丁度出発寸前だった船に乗り、結構空いていた。

空いている所は無いかと席を探すと、俺は覚えのある人に出会った。男の人は俺の存在に気づくと顔を上げると、これまた奇遇と言っているような表情を浮かべた。

 

「あ、君は確か昨日会った子かな? 」

 

「は、はい。まさかまた会えるなんて思いませんでした 」

 

「ははは。良かったら前に座っていいよ」

 

お言葉に甘えて男の人の前の席に座り、座ったと同時に船の汽笛がなって出航を始めた。

 

「学校帰りかな?お疲れ様 」

 

「ありがとうございます。えーと……貴方は重桜の観光ですか? 」

 

「そう。竜宮島に行ったけど凄いなあそこ。四方八方滝の中央に大きな屋敷があって、それが水の上に浮いてるんだから。俺の所ではまず見れないね 」

 

竜宮城……重桜の観光地の1つの場所だ。そこは比較的海がとにかく綺麗な場所であり、竜宮城という水族館兼テーマパークが何より有名なところだ。

 

テーマパークとしても、観光場としても非常に人気な所であり、他の陣営の人も一目見たいに言う人は多い。

 

目の前の人もその1人であり、膝の上に広げられている本……いや、日記だろうが?今日撮ったであろう写真やメモ書きが書かれていた。

 

「旅行好きなんですか? 」

 

「ん?まぁそうだな。俺は世界を見るのが好きなんだ。どんな場所があって、どんな人がいるのか。それを目で見るのが好きなだけさ。良かったら見るかい? 」

 

すると日記を俺に渡し、まずは1ページ目を広げ、ロイヤルの観光地の写真が目に映った。そうして俺は、日記を通して世界を渡っているかのようにも思うようにのめり込んだ。この人のメモ書きや感じた事は事細かく書かれており、まるで今その場所にいるかのようにも思えた。

 

「へぇ、こんな所もあるんですね。わ!何だこれ?パイに……魚? 」

 

なんかパイに魚の頭が丸々刺された料理があって思わず目を疑ってしまい、それを見た男の人は苦笑いをした。

 

「あぁ……うん、驚くよなそれ。俺の陣営の伝統料理だけどなんでこれがあるのか分からない 」

 

「味はどうなんですか? 」

 

「いやそれが当たり外れが多くて判断出来ないんだよ。美味しいのは魚の下処理がよく出来ていて、不味いのは出来ていない感じだから……まぁ、パーティー用に面白おかしく食べる場合もあるな 」

 

苦笑いしながら面白おかしく話している様子がらしてどうやらあまり美味しくない食べ物らしい。まぁ重桜も似たような物があるからあまり強くは言えないんだけど。

 

それはともかく旅日記のページを読み進め、男の人の解説も相まって大分充実な帰宅時間になった。

 

『次は、重桜諸島〜 』

 

いつの間にかもう俺の家があるところにたどり着き、ほぼ読み終えた俺は日記を男の人に返した。

 

「読ませて貰ってありがとうございます 」

 

「どういたしまして。って重桜では言うのかな?また会えたら新しいのを読ませるよ 」

 

「また会えますかね? 」

 

「どうだろう。だけど君とはまた会えそうな気がするよ 」

 

この人の直感は謎か不思議にも俺もそう思えた。顔がほぼ似ているのもそうだけど、この人とは何か深い繋がりがあるような気がする。いや流石に生き別れの兄弟とかそんなんじゃなくて、何かもっと……遠い昔、それも俺が触れる事も見る事も無いような遠い遠い所で俺とこの人は深い縁がある。そんな気がした。

 

「じゃあ僕は船をおりますね。えーと……すみません、名前言ってましたっけ?俺は天城優海って言います 」

 

「ゆう? 」

 

「優しい海って書いて優海って呼ぶんです 」

 

「へぇ、良い名前だな 」

 

「珍しい当て字で一々説明するのがめんどくさいですけどね 」

 

少し冗談交じりの笑いで談笑し、今度は男の人が名前を言ってきた。

 

「しかし優しい海……ね、まさか名前まで同じ何てな 」

 

「え?もしかして貴方も優海って名前なんですか? 」

 

「いや違う。だけど俺も名前の意味は優しい海って言うんだ。俺の名前は……」

 

船が止まり、この一瞬だけ海の波打ちが強くなって外の波音が大きくなった。まるで、この事実に驚くかのように。

 

「俺はマーレ・テネリタスだ。また会おう。優海君 」

 

 

 

 

 

船から降りた俺は真っ直ぐ家へと帰り、もう空は暗い雲のカーテンがかけられて真っ暗だ。そんな中でも月は空に浮かんで夜を照らし、街灯も光って道を見せてくれる。

 

何だかちょっとだけ悪い事してるみたいで背徳感が生まれ、不思議とその背徳感で少し大人になれたような気がした。まぁ夜遅いと言ってもまだ20時ぐらいだ。連絡もしたし母さんもそこまで怒っていないだろう。

 

家の庭に辿り着いて鍵を開け、ただいまと返事を上げて帰ろうとして家の扉を開けると……玄関には待っていたと言わんばかりの赤き姉さんが白い部屋着を来て待っていた。

 

そしてとんでもなく裏がある笑顔で赤城姉さんはいつものようにニコリと笑った。

 

「おかえりなさい優海。少し遅かったわね? 」

 

「う、うん。綾波とちょっとゲームで遊んでてすっかり遅くなって…… 」

 

「まぁそんな事どうでもいいわ。それよりも優海、お昼の言ったこと忘れてないわよね? 」

 

「お昼のこと? 」

 

昼に何か言ったかなと思いながら昼頃の記憶を思い出す。頭の上には今日の昼に姉さん達と一緒に食堂でご飯を食べていた光景が浮かび、そこでの会話を思い出した。

 

「…………あ 」

 

俺はこの時、とんでもない爆弾発言をした事をすっかり抜け落ちていた事を思い出した。過去の浅ましい自分を叱りたい気持ちは消え、これから起こる事に恐怖と焦りが混ざった冷や汗をかき、そろりと逃げようと家の扉に触れようとしたが、赤城姉さんの式神が俺の手に触れ、逃がさないようにしていた。

 

「優海〜?貴方言ったわよね?家に帰ったら私の言うことなんでも1つ聞くって。だから私は他の女の所に行くことを許したの。それじゃ、早速言う事を聞いてもらうわよ〜優海♡ 」

 

「……〜〜〜!!!!! 」

 

声に出せない叫びを出した俺に対してゆっくりと着実に俺に近づく赤城姉さんの姿は、映画に出てくる巨大怪獣のような圧があった。その圧に腰を抜かしてその場でへたりこみ、何故か分からないけど口から少し涎を垂らして舌なめずりしている姉さんはゆっくりと俺の顔に触れ、そのまま尻尾も使って俺を抱きしめた。

 

「今日はずっと私から離れないでね。優海。勿論、夜も一緒に……ね? 」

 

こうして俺は、この夜赤城姉さんから離れられない夜を過ごした。



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騎士の卵達

 

どんなことをしても朝は来る。姉に一日中抱きしめられたり頭の匂いを嗅がれたり頬を少し舐められたとしても、眠って目が覚めれば太陽が登って朝になる。

 

だが俺の気分は曇りの様に疲れた様だった。心情は食欲にまでも影響し、食卓に並べられている朝ご飯に手をつけられずにいた。そんな俺をみた天城母さんは声をかけてくれた。

 

「あら、どうしたの? 優海」

 

「いや、ちょっと昨日赤城姉さんが俺から離れなくて……なんか俺の首元で匂いとか嗅いでくるし、しかも少しだけほっぺた舐めてきたんだよ?だからちょっと眠れなくて…… 」

 

それにちょっとだけ赤城姉さんの柔らかい所とか色んな所が当たってドキドキしたのもある。いくら血が繋がって無いからって家族をそんな風に意識するのはダメだろ……そんな自分に嫌気がさすのもあってなのか、今日は朝から少し落ち込んでいる。

 

「全く赤城ったら……どこで育て方を間違えたのかしら。でも貴方も貴方よ?そんな簡単に何でも言う事を聞くなんて言ってはいけません 」

 

「だってそうでもしなきゃ赤城姉さんを説得出来なかったんだもん 」

 

愚痴を言うかのようにそう言葉を吐き出し、俺は暖かい味噌汁をズズっと音を立てて飲んだ。

 

「いいですか優海。貴方は指揮官なんです。軽々しく自分の身を差し出してはいけないのですよ?言葉で身を守り、相手に対して優位に立つ能力も指揮官には必要なのです 」

 

「言葉って言われてもちょっと分からないよ…… 」

 

「良いですか?その場の空気に呑まれては行けません。指揮官たるもの、断固とした態度で…… 」

 

「ごホッ!えぐほっ!味噌汁のネギが喉に突っかかった……! 」

 

喉に突っかかったネギを吐き出すように咳をしまくり、天城母さんが何か話したようだけど残念ながら聞こえなかった。母さんはそんな俺を見て心配するように頬杖をしながらひとつのため息をはいた。

 

「……心配ですね。悪い人に言い寄られなければ良いんですが 」

 

「ん?何か言った? 」

 

「いいえ、なんでもありません。とにかく早く済ませて学校に行かないと遅刻しますよ? 」

 

「はーい 」

 

母さんの言う通りパパッと準備を済ませ、いつものように荷物を持って学校へと行く。まだまだ桜は満開で、春風の爽やかさもあって晴れ晴れとした気持ちで船へと乗った。

 

船に乗っているとまたあの人に、マーレさんに会えないかとすこし期待してしまう。だけどマーレさんと出会う事は無かった。

まぁ、マーレさんはあの後鉄血の方に行くと行って別れたからこの重桜で会うことは無い。もしまた会うことになったら、鉄血か他の陣営に行った時にまた会える事だろう。波に揺れる船の中で今日の授業がどこのクラスでやるのか確認すると、次に行うのは軽巡クラスだ。

 

軽巡は巡洋艦という括りの1つであり、駆逐艦を拡張して更に高い火力と耐久を持ち、それぞれの特徴の差が大きい艦種らしい。

 

例えば重巡波に防御が強いタイプや、対空が強いタイプ等いる。このように傾向の差が激しいので適材適所の編成が必要だと母さんは言っていた。

 

「軽巡か……どんな人がいるんだろう 」

 

俺の中で知っている軽巡と言えば……川内さんと神通さんがいる。どちらも小さい頃からお世話になっているKAN-SENで、指揮官適正テストの対策に協力してくれた人達だ。どっちも学園のOBらしく、今はアズールレーンの任務で頑張っているらしい。今は元気にしているのかなぁ……

 

『まもなく〜アズールレーン学園島〜お降りの方はドアまでお待ちください〜 』

 

「ん、もう着いたんだ 」

 

タブレットを鞄にしまって船から降り、桜が落ちる道で今日もKAN-SEN達は元気に登校していた。

 

「あ、指揮官〜!おはようございます! 」

 

後ろから指揮官と呼ばれて振り返ると、そこにはジャベリンと綾波、そして眠そうなラフィーが3人仲良く登校していた。

 

「おはようジャベリン。それに綾波とラフィーもおはよう 」

 

「おはようなのです指揮官 」

 

「すぴー……すぴー…… 」

 

「ラフィーは相変わらず眠そうだね…… 」

 

しかもラフィーは立ったまま寝ていた。器用と言うべきなのか、このまま倒れてしまう事は無さそうだ。

 

「聞きましたよ指揮官。昨日は綾波ちゃんと一緒に遊んだそうですね!私も指揮官と遊びたかったのに〜 」

 

「え〜じゃあ今度の休みとか何処か行く? 」

 

「え!?良いんですか?え〜どこにしようかな〜!私の陣営のロイヤルを案内するのも良いし、指揮官の重桜も捨て難い〜! 」

 

腕を組みながらむむむと悩むジャベリンは結局思いつかないのか、頭を振り子のように振ったり綾波に相談したりしていた。

 

「ジャベリン、悩むのもいいですが早くしないと遅刻するです 」

 

「あっ!そうだね。じゃあ指揮官、また後でお話しましょうね! ほらラフィーちゃんも目を開けて行こ! 」

 

「むにゃ〜まだ寝たい…… 」

 

3人は一足先に学校に行ってしまい、俺も今日のクラスに行くことにした。軽巡クラスは駆逐艦クラスの隣の校舎らしく、割と直ぐに目的の教室まで辿り着いた。

 

ゆっくりと教室の扉を開けて中の様子を見ると、机の上に座って喋ったり飴を舐めたり風船ガムを膨らませながら喋っているKAN-SEN達がいた。あまりの光景に思わずクラスを間違えたかと一旦外に出てクラスが書かれている表札を見ると、やっぱり今日授業するクラスで間違い無かった。

 

(な、ななな何なんだ今の光景は!? )

 

机の上に乗ったりもうすぐ授業なのにお菓子とか食べてるKAN-SENを見て動揺し、何かの見間違いと思ってもう一度ドアを開けて教室を見ると、さっきと同じような光景が目に映った。

 

流石の2回目で中にいるKAN-SEN達は俺の存在に気づき、興味津々でこっちに来た。

 

「おぉ?もしかして噂の指揮官じゃん〜!なんでそんな所にいるの? 」

 

「ほらほら〜早く来てきて! 」

 

いきなりベージュの髪色をしたKAN-SENに腕を掴まれ、教室の真ん中の席に連れていかれた。その机にはお菓子が積まれ、ほとんど食べている途中の状態だった。

 

昨日入った駆逐艦クラスと空気やら何もかも違っており、俺の頭はもうパンク寸前だった。

 

「そういえば今日指揮官が来るって言ってたね〜 」

 

「うんうん、昨日は確か駆逐艦クラスだったよね?駆逐艦の子達ってどうだった?可愛かった? 」

 

「そういえば昨日重桜寮に入ったって噂を耳にしたけどどうなの? 」

 

「あ……あの……えと…… 」

 

いきなり質問攻めされてどこから答えれば良いか分からず、呂律が回らず答える事が出来ずにチャイムが鳴り、ガラリとドアが開いて軽巡担当であろう灰色の髪にメガネをかけた先生が来た。

 

「皆さん、予鈴がなったので早く準備を……ってまた貴方達はそうやって節度の無い態度を取って……早く準備しなさい! 」

 

「は〜い、ケルン 」

 

「ケルン先生です! 」

 

周りの子達は机の上に置いた自分のお菓子を自分の机まで持ち帰り、そのまま素早く食べ終えたりカバンに残したりしていた。嵐の様な出来事に呆然としてしまい、そのまま立ち尽くしている所をケルンと呼ばれた先生の目に留まり、声をかけられた。

 

「おや?貴方は指揮官ですね。貴方の席はちょうどそこなので座ってください 」

 

「いやここさっき大量のお菓子があった所じゃないか!! 」

 

「いや〜空席だったからついつい 」

 

金髪のツインテールで猫耳のヘッドホンを被っているKAN-SENが悪びれなく笑いながら謝っていた。どうやら大半の物は彼女の物だったらしい。

 

「もう!酷いよ! 」

 

「え〜良いじゃん別に 」

 

「良くない! 」

 

ここで本鈴のチャイムが鳴り、先生が手を大きく叩いて場の空気を変えさせた。

 

「はい、そこまでです。そろそろ本鈴のチャイムがなったので授業を始めます。今回のお題は対空防御による兵装とその運用方法についてです。では教科書の27Pを開けてください 」

 

クラスの子達とは対象的にケルン先生は真面目そうな人だった。

 

(それよりもこのクラスのKAN-SENは何なんだろう……結構派手だし、制服のスカートがちょっと短いような気がする…… )

 

いくら軽巡の特色の振れ幅が大きいからってここまで変わる物なのか?今日1日馴染めるのが不安で仕方ない。板書を取る手も少しおぼつかずに何だか少し授業に集中できそうにない。

 

気持ちを切り替えるように両手で頬を叩き、授業に集中した。

 

「であり、対空砲と空母との位置関係により…… 」

 

『キーンコーンカーンコーン…… 』

 

「おや時間ですね。では1限目の授業は終わります。次は体力測定なので早めに着替えるように。……あ、因みに指揮官はちゃんと男子更衣室を使ってください。わかりましたね? 」

 

「は、はい 」

 

言われなくてもそうするつもりだけどなぁ……

 

「じゃあ指揮官、体育館で待ってるね〜 」

 

女性であるKAN-SEN達とは一旦別れ、体操服とジャージを持って男子更衣室へと足を運んだ。男子更衣室は体育館の近くにあり、中に入ると結構広々な空間だった。

 

というか男子って今の所俺1人なのにこんなに広い必要あるのか?と疑問に思いつつ、中に何かあるのかと少しばかり探索しても特に目立った物は無く、至って普通の更衣室だ。

 

「んー、こんな広いところで1人で着替えるのはちょっと寂しいな…… 」

 

いつかここに男子が来る事あるんだろうか……

 

そう思いながら制服から白い体操服の上に白いジャージという何とも汚れが目立ちそうな服に着替え、体育館シューズに履き替えていよいよ体育館へと入る。

 

体育館もこれまた広い空間であり、バスケコートとバレーコートが分かれている程だ。しかも、今ここを使うのは軽巡クラスのみだから尚更広く感じる。

 

その軽巡クラスのKAN-SENはとっくに着替え終えて全員集合していた。

 

白い体操服に青い短いズボンに、青色のジャージをちゃんと着替えずにチャックを開けたまま羽織る様に来ている子もいれば、中途半端に来ている子もいた。

 

「あ、指揮官だ!こっちこっち〜 」

 

教室で会ったKAN-SENに声をかけられてそこに足を運び、授業前なのに風船ガム膨らませていた。ええと……このKAN-SENは確か……そうそう、コロンビアだっけ?

 

「ねぇコロンビア……だっけ?授業前なのにガム噛んでいいの? 」

 

「んー?今は休み時間だからいいんじゃない〜? 」

 

コロンビアは呑気に風船ガムを膨らませては破裂させて萎ませ、それを休み時間ギリギリまで繰り返していた。

 

「あはは、でもコロンビアは授業中は真面目だから大丈夫だよ指揮官 」

 

今度は銀髪のKAN-SEN、確かこの子はデンバーだっけ?デンバーは宥めるように両肩を後ろから抱き、笑顔で話してきた。

 

「挨拶が遅れたけど今日はよろしくね!今日は海上の騎士を目指す私の実力を見せてあげるから見ててね! 」

 

「海上の騎士?何それ 」

 

「あぁ、指揮官はまだ知らないんだっけ。私とコロンビア、そして奥にいるモントピリア。後2人いるんだけどまだ学園には入学してないけど、私達は姉妹なんだ!そして、私たちの1番上の姉貴のクリープランド姉貴は、数々の活躍を残しており、この学園で海上の騎士って呼ばれてるんだ! 」

 

「へぇ……そういえば、赤城姉さんと加賀姉さんも一航戦なんて呼ばれていた様な…… 」

 

この学園では活躍に応じて2つ名というか別名みたいな物が付くのだろうか?もし俺がこの学園で功績を残したらカッコイイ2つ名が付けられるのだろうか。

 

でも、俺はもう指揮官って呼ばれてるしなぁ……だとすれば○○の指揮官みたいな感じになるのかな。うーん、ちょっと楽しみかも。

 

「海上の騎士ね……会ってみたいなぁ 」

 

「じゃあお昼休み会いに行く?きっと歓迎してくれるよ! 」

 

「おーいいね、じゃあこれ終わったら姉貴に連絡を…… 」

 

「ダメだ 」

 

和気あいあいと話をする中で強い言葉が走り、横から足音を大きく鳴らしながら近づいてきた。その子はデンバーと同じような髪色のライトグレーに、俺と同じ様な癖毛をしており、デンバーが言っていたモントピリアだった。

 

モントピリアはがんを飛ばす鋭い目で俺とデンバーを引き離し、デンバーの前に立って威嚇するように睨んできた。

 

「お前が姉貴に会うなんて百年早い。お前の様なやつに合わせる訳には行かない 」

 

「え?えーと、そうなの……? 」

 

半ば困惑しながらコロンビアに質問すると、コロンビアは手を横に振って否定してくれた。

 

「いやいや大丈夫大丈夫。モントピリアが勝手に言ってるだけだから。この子ちょーっと気難しいだけだから 」

 

「そうそう。モントピリアもほら! 」

 

「嫌だ。大体こんな気弱そうな奴、指揮官と認めてなんかいない。将来こいつの下で偉そうに命令されるのは癪だ 」

 

「き、気弱…… 」

 

「それになよなよしているのも気に入らない 」

 

「ぐふっ! 」

 

結構自分も気にしている所をズケズケと言われ、心に槍が刺さったかのようなショックを受け、漫画で言うと目を丸くさせてしくしくと涙を流してしまい、そのまま地面に膝と手をつけて悲しい気持ちに押しつぶされた。

 

「うぅ……確かにちょっと気弱な所があるけど。結構頑張ってここに入ったこと自体は自信あるよ! 」

 

「そう思って貰わないと困る 」

 

「うぐっ! 」

 

追い打ちをかけられて地面に溶けるように落ち込み、モントピリアはそのまま俺から離れていった。

 

「あ〜……ま、まぁ気にしないで良いよ!ちょっと照れてるだけだから! 」

 

「そうそう、指揮官って確かキツい体力テストも合格しないとためだから体力には自信あるでしょ? 」

 

「まぁ一応 」

 

高雄さんや他多数の地獄の訓練で嫌でもそれは身についたしね……

 

「はーい皆ー!そろそろ授業始まるから整列整列〜! 」

 

やけにテンション高めの声が体育館の壇上から聞こえると、ケルン先生と似た顔の教師KAN-SENがジャージ姿で胸をどんと張って立っていた。

張りすぎて胸がはち切れないばかりになっていて少し目のやり場に困るけど……

 

「初めまして〜!体育は私カールスルーエが務めるよ!早速だけど今日は体力テストだよ〜!シャトルランに立ち幅跳び。キツいのが多いから覚悟しといてね? 」

 

皆がえぇ〜っとブーイングしており、確かにキツいと言われれば少し気が滅入るばかりだ。でも……キツい事なら昔から慣れている。

 

「……よし!頑張るか! 」

 

気合いを入れたと同時にチャイムが鳴り、いよいよ体力テストが始まった。まず最初にやったのは立ち幅跳びだ。

 

尻もちを着いたり後ろに手を置いたらその付いた位置の記録が取られるから好成績にはならない。

先にやっているKAN-SEN達も尻餅を付いてちょっとだけ記録を下げられたり、運動は嫌いと文句を垂れながらも取り組んだ。

 

それにしてもKAN-SEN達全員の体型は全体的に見ても綺麗にまとまっていた。

抜群なプロポーションと言うのか、引き締まった体や足、そして驚異的な身体能力には目を見張る物がある。自分の番が来るまでじっとKAN-SENの方を見つめていると、先程ヘッドホンをしていたKAN-SEN、コンコードがチラリと見ている俺を見て笑った。

 

「指揮官〜?あんまりじろじろ女の子の体見ちゃダメだからね〜? 」

 

「え!?あ、ごめん!嫌だった? 」

 

「ううん、指揮官も男の人だなって 」

「??? 」

 

「次、指揮官の優海! 」

 

「は、はい! 」

 

名前を呼ばれて直ぐに立ち上がり、所定の位置にてスタンバイを行った。指揮官だからなのか、それとも普通の人間なのか分からないけどKAN-SENの皆はじっと俺の事を見つめていた。見られている意識からプレッシャーが凄まじく、下手に変な所は見せられなくなった。

 

緊張でまた体が固くなり、屈伸で何とか足を柔らかくして立ち幅跳びの準備をする。

 

「指揮官〜頑張ってー! 」

 

「期待してるよ〜! 」

 

(うぅ……なんかプレッシャー感じる )

 

特にモントピリアの視線が痛い。どうせ大したことないと思っているのか、俺と視線を合わせるとそっぽを向いてしまい、逆にコロンビアやデンバーからは手を振って応援してくれてりしている。そんな混雑している感情の中で深呼吸で心を落ち着かせ、ふと俺は高雄さんとの訓練を思い出した。

 

_良いか優海、体は特に足腰が大事だ。刀を振る時や体術の時にも使うし、更には体勢を崩しにくくするにも役立つ。そういう事でしばらくは足腰を鍛える為に走り込みと立ち幅跳びをする!

 

_えーと、因みにそれってどのくらいやるの?

 

_走り込は2……いや、3kmにしておこう。あと立ち幅跳びは200回!

 

_帰る!!

 

大変だっなぁ……でもそのおかげで結構体力とか身体能力は鍛えられてここにいる。小刻みで飛んで飛ぶタイミングと体の余分な力を抜き、先生がホイッスルを鳴らした瞬間足を思い切り曲げ、目線を遠くし、腕も大きく振って……

 

「飛ぶっ!」

 

手応えはある。数秒間飛んだ後見事体勢を崩さずに着地し、自分からは記録が見えないので近くのKAN-SENがメーターを持って測り、俺の靴のところまで測ってくれた。、

 

「えっと……3m10cmです! 」

 

「おぉ〜!結構良い記録じゃん!指揮官やるね〜 」

 

カールスルーエ先生がぱちぱちと拍手をしてくれて少し嬉しい気持ちになり、照れながらも次の測定場所に向かった。

 

「やっぱり指揮官って凄いね!私なんて2m60cmだったのに 」

 

ちょうど終わったデンバーが声をかけ、俺を労ってくれた。

 

「ありがとう。でも、確かKAN-SENって艤装を付けてないと普通の人と身体能力ってあんまり変わらないんでしょ?艤装つければ俺の記録なんて屁でもないんじゃないの? 」

 

「ん〜確かに艤装を付ければそうかもね。でも無くても運動できる人よりちょっと良いぐらいだよ。まぁそれでも運動のプロの人とかには負けるかな? 」

 

聞いた限りKAN-SENの身体能力には個体差があるようだ。その辺は普通の人間と変わらないのだと少し安心した。

 

「ねぇ、次から私達と一緒に測定しない?」

「私達? 」

 

「そう、コロンビアとモントピリアと一緒にね 」

 

「モントピリアか……あの子、俺の事嫌っているから迷惑だと思うけど…… 」

 

「大丈夫大丈夫。何かあったら私から言うから!ね? 」

 

「うーん、じゃあお願いするね 」

 

「そう来なくちゃ!ほら、こっちこっち! 」

 

テンバーに手を引かれてコロンビアがいる方に連れていかれ、コロンビアと目が合うと手を振って場所を教えてくれたが、モントピリアに至っては目を逸らした。

 

「何でアイツを連れていくんだ…… 」

 

「えぇ〜良いじゃん。モントピリアも指揮官の力量を見れるし 」

 

「……邪魔だけはするなよ 」

 

モントピリアはさっさと次の測定に行ってしまった。

 

「あはは、相変わらずだね〜気にしないで行こ? 」

 

コロンビアはそう言うがやはりああいう風に言われると心に来るものがある。

 

結局この後もモントピリアと目を合わせる度にそっぽを向かれ、ついには最後の測定のシャトルランまで一言も話さずに迎えた。

 

このシャトルランはこの授業にいる全員の同時参加であり、聞いたところによると最も嫌な種目らしい。

 

音楽がなる終わるまでに向こうにあるテープの所とこっちにいるテープの位置大体20mを往復していき、向こう側まで到着したら音楽の速度は早まっていき、音楽がなり終わるまでにこのテープについていけなかった人から脱落していく種目だ。

 

ちなみにこのシャトルランは最大が決まっており、確か247回。つまり247回テープを越えれば最高記録達成という訳だ。因みになんでこれなのかは知らない。

 

「よーし、海上の騎士になる為にこれを乗り越えるぞ! 」

 

「私はぼちぼちで良いかな〜 」

 

「よーし、頑張るぞ…… 」

 

少しの準備運動を終え、先生がホイッスルを鳴らすと同時に音楽が鳴り、みんな一斉にスタートした。最初の音楽のテンポはそれ程早くないので余裕を持って往復して行った。

 

だがだいたい100越えた辺りから少しずつ脱落者が増えていき、最初の頃と比べ物にならない程テンポも早くなってきた。ほぼ全速力で走らないとテープまでたどり着きそうに無く、休憩も無しで往復するのがとんでもなくキツイ。息が血の味がしてきた所で150回目。テンバーやコロンビアが脱落していき、残るはモントピリアと俺だけになった。

 

「ぜぇぜぇ……!コレ結構きついな! 」

 

「はぁ……はぁ……これしきの事…… 」

 

モントピリアも息荒らげており、151回目のテープを越えるとモントピリアは一瞬だけバランスを崩して体をふらつかせた。大丈夫と声をかけようにも直ぐに音楽が鳴り、モントピリアは走って俺も後を追った。

 

「姉貴のように……強く、なるんだ……! 」

 

152回目の途中でモントピリアの口からそう聞こえた。汗だくのモントピリアの目は目標に向かって真っ直ぐ見つめている目だが、その目は疲れのせいで虚ろになっており、モントピリアは足をくじらせて体のバランスを崩してしまった。

 

「危ない! 」

 

咄嗟にモントピリアの腕を掴み、こっちに腕を引いて迫り来るモントピリアの体をしっかりと受け止めた。

 

体の重みと引いた時の力が合わさって俺は尻もちをつきながらもモントピリアが地面が地面にぶつけないように守り、同時に音楽が終わった。

 

慌てて先生やコロンビア達が倒れた俺達に向かっていき、焦った顔が周りに溢れた。

 

「大丈夫指揮官、モントピリア!? 」

 

「怪我とかしてない!? 」

 

「うん、俺は大丈夫だけどモントピリアが…… 」

 

「い、いつまで僕に触れているんだ!離れろ……っ 」

 

モントピリアは痛んだ足を抑えて苦い顔を浮かべた。やはりさっき無理をして足を挫いてしまったようだ。モントピリアは俺を突き放そうにもさっきのシャトルランで体力は無く、痛みでそれどころじゃ無いだろう。

 

「カールスルーエ先生、とりあえずモントピリアを保健室に連れていきますね。何階でしたっけ? 」

 

「保健室はね、本館の1階だよ。でもひとりじゃ不安だから、姉妹艦のコロンビアちゃんとデンバーちゃんもついて行こっか! 」

 

「その二人がいるなら指揮官はいらない……! 」

 

「駄目だ、足に触れたら悪化するかも知れないよ。俺と一緒にいるのは嫌かもしれないけど、ちょっとだけ我慢して欲しいな 」

 

モントピリアを横抱き、所謂お姫様抱っこの状態でモントピリアを抱き上げると、周りのKAN-SEN達が小さく声を上げてヒューヒューと言っていた。何かの合図なのだろうか?俺はキョトンとしていた。

 

「とにかく行こっか 」

 

「くっ……屈辱だ 」

 

「え?な、なんで!? 」

 

「ほらほら指揮官、そんな事より早く保健室行こ 」

 

「一応案内するね!こっちだよ 」

 

デンバーの道案内を後について行って体育館を後にし、体育館を出ていって本館の扉を潜り、本館へと辿り着いた。ここに保健室があるって言うけど……

 

「保健室は向こうの方かな? 」

 

「結構端の方だなぁ〜 」

 

遠目でよく見ると保健室と建てられている表札があり、俺達はそこに向かった。

 

「それにしても指揮官ナイス反応だったね。モントピリアを助けてくれてありがとう 」

 

「別に僕は頼んでない 」

 

「そんな事言って、本当はありがとうって思ってる癖に〜 」

 

「だからそんな事思ってないし迷惑だ!僕は姉貴みたいに強くなって、誰よりも負けないKAN-SENになる。誰かに守ってもらう必要なんて無い 」

 

「守って貰う必要の無い人なんていない 」

 

少しだけ強く、退く態度を取らない声を無意識に放つと、コロンビアやテンバー、そしてモントピリアは一瞬俺が誰だが分からない様な驚いた顔を見せた。お姫様抱っこで歩きながらモントピリアの目を真っ直ぐと見ながら、テンバー達にも聞かせるように言葉を続けた。

 

「自分の背中は自分じゃ守れない。母さんが言っていたんだ。盾は使う人と1人しか守れないけど、二人入ればそれより多く守れる。3つ、4つとどんどん協力すればそれは大きな砦にもなるって 」

 

「……何が言いたいんだ 」

 

「自分の為にも、姉妹や他の仲間達の為にも守って貰う必要は無いなんてもう言わないで欲しいんだ 」

 

ガラス張りの窓から昼時の太陽の光が俺達を包むと、モントピリアはハッとしながら目の光が増えたような気がした。

 

「そうそう、指揮官いい事言うじゃーん 」

 

「うんうん、指揮官の言う通りだよモントピリア。私達は姉貴と一緒に、最高の海上の騎士になるんだから! 」

 

「ん……覚えては置く 」

 

「ありがとう 」

 

照れくさそうにモントピリアは目を逸らし、授業が終わったチャイムが鳴りつつも、俺たちは保健室へと向かった。

 



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憧れの先には

本編がバリバリのシリアス路線でほのぼのがねぇぜ!というか主人公の優海君が全く出てないんだぜ!

ここではシリアス路線はなしの方向性で行こうと思ってるのでよろしくお願いします。
また、あとがきで校則の設定みたいなものを書こうと思ってるので、よろしければそちらの方もどうぞ|´-`)


 

時はお昼。今日も今日とて姉さん達と一緒にご飯を食べる時間……では無く、今日はモントピリア達に1番上のお姉先輩。クリーブランドという人に合わせて貰う約束をしていた。

 

体育の時間でモントピリアが足をくじき、それを介抱した事がコロンビアからクリーブランドに伝わり、そのお礼が言いたいと今日の昼、学園の広場にて落ち合うことにしていた。

 

(クリーブランド先輩か……どんな人なんだろ )

 

モントピリアが言うには、カッコよくて、騎士という名に相応しいく、頼りがいのある姉貴だと言っていた。

 

やっぱり高身長?男の人に負けないぐらいのイケメンなんだろうか?数々浮かび上がる妄想を浮かべて待っていると、こっちに近づく人が数人いた。

 

 

その中にはコロンビア、デンバー、モントピリアとあと一人、ブロンドのロングヘアにサイドテールをしていた人もいた。あれがクリーブランドだろうか?

 

「あ、いたいた。姉貴、あの人が指揮官だよ 」

 

「うん、始業式の時顔を見てたから覚えているよ。でもこうして会うのは初めてだね。指揮官、私は2年のクリーブランドだ。よろしく! 」

 

クリーブランドと思わしきKAN-SENは俺の想像とは随分と違った人だった。身長は俺よりも低く、女性らしい華奢な手足だった。クリーブランドはフレンドリーに俺と握手を交わし、じっと顔を見ている俺に声をかけた。

 

「ん?どうしたんだ指揮官。私の顔に何か付いてる? 」

 

「いや……なんか、思ったより可愛いなって 」

 

「えっ……!?か、かわ……かわっいい!?」

 

クリーブランドは林檎のように顔を真っ赤にしながら広場の茂みまで後ろ向きまで下がり、隠れるようにその茂みに飛び込んだ。

 

あまりの行動に空いた口が塞がらず、その隙をつくようにモントピリアは俺の脇腹に裏拳を繰り出し、脇腹からの鈍い痛みに襲われてその場でうずくまった。

 

「訂正しろ。姉貴はカッコイイんだ。誰よりも頼りになり、誰よりも強い人だ! 」

 

「いや……でも俺クリーブランド先輩の事よく知らないし…… 」

 

蹲りながらモントピリアに言い返すと、モントピリアは俺の目元に近づき、ある事を言い放った。

 

「だったら放課後、姉貴の勇姿を見せてやる!放課後バスケ部に来い! 」

 

「え……えぇ……? 」

 

こうして、俺は半ば無理やり放課後の予定を確定した。この日の授業はモントピリアの圧を感じながらの授業となってしまい、あまり授業の内容を覚えていなかった。

 

そしてその授業が終わり、放課後を知らせるチャイムがなった瞬間モントピリアから腕を掴まれ、強引にバスケ部の方に引きずられた。助けを求める暇も無く、モントピリアと俺、そして後からデンバーとコロンビアも面白がりながら後を着いて行った。

 

教室から出て、外に振り回されて着いた所は体育館……では無く、学園の敷地内にあるバスケットコートだった。

 

バスケットコートは外に設置してあり、開放的にバスケ部のKAN-SEN達は開放的に活動していた。そしてそしてその隣にはまたもう1つ体育館の様な大きさの館があり、そこもバスケットコートのようだ。どうやら、雨天時等に使うとか何とか。

 

やはりアズレン学園の部活は規模が大きい事に動揺を隠せないが、そんな事をモントピリアは気にも止めずに外のバスケットコートまで連れてこられた。

 

「姉貴! 」

 

「うおっ!?モントピリア?どうしたの? 」

 

突然の登場に汗だくのクリーブランドは驚いてバスケボールを落とし、こっちに向かって走ってきた。

 

汗だくのクリーブランドは顔から流れた汗をバスケウェアの襟部分で拭い、汗が太陽の日差しを反射しているせいか少しばかり輝いて見えて様になっている姿は、汗の臭いなんて気にならない程だった。

 

そんなカッコイイ姿にモントピリアは憧れかつ尊敬しながらも、俺を連れてきた理由を告げた。

 

「今日の昼、姉貴に対してコイツは失言しました。だから、今日は姉貴の凄くてカッコイイ所を見せてやってください 」

 

「え?失言?俺、クリーブランド先輩に何か悪い事言いました……か? 」

 

全く身に覚えのない事だが、もしかしたら無意識に嫌な事を言った事を考えると体から血の気が無くなり、急に寒くなった体でクリーブランド先輩に尋ねた。

 

「あぁ〜多分あれかな〜うーん、別に良いんだけどなぁ〜 」

 

どうやらクリーブランド先輩本人は思い当たる節がある様子だった。だが俺自身そんなこと思いつく訳も無く、クリーブランド先輩に額を擦り付け、土下座の体勢で最大限の謝罪を顕にした。

 

「ご、ごめんなさい!俺、貴方に酷い事言ったようで……! 」

 

「いやいやいや大丈夫だって!それに、ちょっと嬉しかったって思ってるし…… 」

 

「え?最後、なんて言いましたかね? 」

 

「あー、何でもない。それよりもさ、折角来たんだからやってみない?バスケ! 」

 

クリーブランド先輩は手を挙げてボールを要求し、上手くバスケットボールを両手でキャッチし、俺に渡すようにボールを前に出すと、太陽の様な輝く笑顔を向けてくれた。

 

「ちょっとだけ!良いでしょ? 」

 

「じゃ、じゃあ……お願いします 」

 

「そう来なくちゃ!あ、バスケのルール分かる? 」

 

俺はその問いに首を横に振った。

 

___

__

_

 

クリーブランド先輩からバスケのやり方を教わり、意外と重たいバスケットボールにも何とか慣れてきだした。

 

「おぉ、指揮官飲み込み早いね。良かったらバスケ部に入らない? 」

 

「そ、そうですか?えへへ…… 」

 

身内以外に褒められて思わず頬を緩めてしまい、心の中で天狗になってしまったが、天城母先輩の言葉を思い出して直ぐに我に帰る。

 

慢心は己を滅ぼす。天狗にならずに高みを目指せと母先輩は言っていた。……だけどやっぱり褒められると嬉しい。ついつい嬉しさ余って教えられた通りのシュートを撃つが、僅かに軌道がそれでゴールの縁に当たり、そのままボールは跳ね返って俺の頭へとぶつかってしまい、思わず情けない声を出した。

 

「ぐぇっ! 」

 

「お前、バカなのか? 」

 

「何も言い返せない…… 」

 

「あはは、ドンマイドンマイ!さて……そろそろかな? 」

 

自業自得とはこの事。情けなさで涙を流している所をクリーブランド先輩に背中を叩かれて慰められているその時、奥の方の扉が開かれた。

 

開かれたドアの先には茶髪のショートヘアに、右側だけ少し三つ編みしているのが特徴の人がかなり大きなカバンを持って現れた。

 

「あ、ボルチモア!いきなり呼んでごめんな 」

 

「いや、こっちもちょうどバスケがしたいと思ってたところだから気にしないでくれ。おや?そこにいるのは……噂の指揮官君かい? 」

 

扉を開けたKAN-SENがこっちに近づき、グイッと顔を近づけた。

 

春の暖かさと運動した直後の熱さでボルチモアと呼ばれた彼女の制服は汗ばんみで透けており、中にある下着が透けてしまっている。思わず顔ごと目を逸らすとボルチモア先輩は直ぐに逸らした方向に回り込んで無理やり目を合わせた。

 

「ん?どうしたんだ?いきなり顔を逸らすなんて 」

 

「いや……その……えと 」

 

下着見えてますよと言える訳が無く、口ごもって言おうにも言えない状況が続いてしまったが、ボルチモア先輩は自分の服の状態を見て悟ってくれた。

 

「あぁなるほど。指揮官君も年頃の男の子って訳か 」

 

ボルチモア先輩はクスリと笑い、シャツの1番上と2番目のボタンを留めた後、制服の上着を羽織って透けていた下着を隠すようにし、俺は安堵しながらも女性の胸元を意識していた事がバレてしまって恥ずかしい気持ちが込み上げた。

 

「自己紹介が遅れたな。私はボルチモア。2年生だ。よろしく、指揮官君 」

 

やはり年上の先輩だった。ぎこちない握手を交わした後にボルチモア先輩はクリーブランド先輩の方に足を運び、要件を伝えた。

 

「それで?私が呼び出しだ理由は何だ?助っ人……は、クリーブランドがいるから無いと思うけど 」

 

「そうそう、実はさ……ミニゲームやろうと思うんだ。3対3で!でも1人足りないからボルチモアを読んだわけ だ。そっちも指揮官を一目見たいと思って読んだ訳だけど? 」

 

「こっちは構わないが、チームはどうするんだ? 」

 

「えーとね…… 」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 」

 

いきなりチーム戦をする流れでついていけず、思わずクリーブランド先輩とボルチモア先輩の間に割って入り、クリーブランド先輩の話をとめた。

 

「ち、チーム戦ってどういう事ですか?俺バスケやったの初めてなんですけど!? 」

 

「まぁまぁ、ミニゲーム感覚だから良いじゃん良いじゃん〜。それに指揮官センスあるから意外といけるかもよ? 」

 

コロンビアが呑気に風船ガムを膨らませながらそう言い、他の皆もうんうんと頷いていた。

 

いやこっちとしては不安でたまらない。多分他のみんなはバスケ経験者だし、センスがあると言われてもまだ全然バスケの事知らないからそこで不安が募ってしまう。

 

「なに、心配するな。初心者の君には、クリーブランドと私が入る。安心してくれ 」

 

「そういう事、ちゃんと指揮官のサポートはするよ 」

 

男勝りのかっこいいウィンクをしたクリーブランドとボルチモアを見た周りのKAN-SENは黄色い声援を上げ、俺に対して羨ましいとの声も上がっていた。

 

そしてその羨みはモントピリアに対しても感じられ、モントピリアに対してはその圧がとてつもなく怖く、獲物を狙うライオンのように鋭い目だった。

 

「よし、それじゃあやろうか!あ、指揮官は服はどうする?制服の上着を脱ぐだけじゃ動きずらいならバスケウェア貸すけど。KAN-SEN用だけど 」

 

「……いえ、制服でやります 」

 

もはやバスケをやらない選択肢は無いと悟り、制服の上着を脱いで外のバスケコートに移動した。

___

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春の日差しは少し強いせいか、それとも緊張と不安のせいなのか俺の首元や頭に汗が流れ、心臓も飛び出す程早くなっていく。

 

「じゃあ、試合時間は5分ぐらいで良いかな。ルールは普通のバスケと同じ、OK? 」

 

「問題ないよ姉貴! 」

 

「よーし、じゃあやりますかね〜 」

 

「よし……やるか 」

 

相手チームであるテンバー、コロンビア、モントピリアはバスケウェアに着替え、同じチームのクリーブランド先輩とボルチモア先輩もバスケウェアに着替えている中、俺だけ制服って浮いてないか?

 

でもKAN-SEN用ってつまり女子用って事だろ?それ着るのもなぁ……まぁこれに関しては仕方がない。

 

「ねぇねぇ、あれ指揮官じゃない? 」

 

「え!?嘘!しかもボルチモア先輩がいるじゃん。指揮官ってバスケ部に入るの? 」

 

コートを囲む外網の向こうに放課後で暇を持て余したKAN-SEN達が集結しつつあり、間もなくギャラリーも集まってしまった。しかもそこにはこの前出会った軽巡の面子も目に入り、ますます緊張しすぎて吐きそうになる。

 

(こ……これは下手な事出来ない……! )

 

「リラックスだ指揮官。ほら、深呼吸深呼吸 」

 

ボルチモア先輩から背中を叩かれ、言われた通り深呼吸をした。

 

「何度も言うが私が君をサポートする。安心してくれ 」

 

「は、はい! 」

 

「それじゃあ、始めようか。そっちボールで良いよ 」

 

クリーブランド先輩はデンバーにボールを渡し、あっち側からスタートする様だ。

 

「よし、それじゃあ……初め! 」

 

クリーブランド先輩が合図を送ると試合開始のブザーが鳴り、モントピリア達はいきなりこっちに攻めてきた。それはそうだ。攻めないと点数は取れないのだから。

 

「デンバーこっち! 」

 

「了解! 」

 

デンバーからコロンビアからボールが渡され、コロンビアは真っ直ぐ俺の方向にドリブルしてきた。バウントするボール目掛けて腕を伸ばしてボールを取ろうとしたが、コロンビアは体を回転させて俺を突破し、そのままゴールに向かった。

 

「指揮官素直すぎるよ〜? 」

 

去り際にコロンビアはそう言いながらシュートの体制に入り、早くも1点……いや、バスケって確か2点と3点しか無かったから、2点入るかと思われたが、コロンビアがシュートをした瞬間ボルチモア先輩は凄まじいスピードでシュートしたボールを掴み、先制点を防いだ。

 

「ふふ、そう簡単には取らせないよ 」

 

「ヒュー、やっぱりやりますな〜 」

 

『一気に攻めるよ!指揮官君上がって! 』

 

「は、はい! 」

 

言われて相手コートまで走り、それを見たボルチモア先輩は思い切りボールを俺に向けて投げてきた。

 

迫ってきたボールに気づいて咄嗟にボールを掴み、バスケボールの大きさと重さでついつい手を離してしまいそうになるもしっかりとボールを掴み、相手ゴールまでドリブルをしようとした矢先には、モントピリアがゴール下を守っていた。

 

「通さない 」

 

「うっ…… 」

 

まずい、突破する技術がない今1体1は確実に負ける。ボルチモア先輩はまだ近くにいないし、クリーブランド先輩はマークされている。

 

「やるしかない……! 」

 

下手なりのドリブルで突破しようとしたが、モントピリアはすぐ様俺のボールを奪い去った。

 

「そんな動きで突破出来ると思うな 」

 

「ですよね……! 」

 

「ドンマイ指揮官!切り替えていこ! 」

 

「くっ……! 」

 

がむしゃらにモントピリアを追いかけてボールを奪おうとしてもモントピリアのドリブルに追いつけずにボールはデンバーに渡され、そのまま流れるようにシュートするとボールはゴールの中に吸い込まれるように入り、先制点はモントピリアのチームに入った。

 

「流石クリーブランドの妹達だ。良い動きをする 」

 

「えへへ、相手にするとちょっと手強いね 」

 

確かに一人一人の動きは良いし、何よりも姉妹特有の凄まじいコンビネーションが凄い。こっちの即席チームには無いものだ。

 

「……すみません、何も出来なくて 」

 

圧倒的な腕の前に無力感が生まれてしまったが、クリーブランド先輩達はそれを慰めてくれた。

 

「ドンマイドンマイ!これからだよ! 」

 

「あぁ、諦めたらそこで試合終了だ。諦めずに行こう 」

 

「……はい! 」

 

そうだ、将棋も途中で諦めたらその時点で投了するのと同じであり、それは対戦相手に失礼だ。このバスケ……いや、スポーツだってそうだ。諦めながら戦ったら相手にも、自分にも失礼だ。弱気な自分を叩き、改めてこの試合に望んだ。

「よし!行きましょう! 」

 

シュートされたボールを拾い、ドリブルで相手陣地に侵入すると今度はデンバーが立ちはだかる。

 

「通さないよー! 」

 

「クリーブランド先輩! 」

 

1体1だと無理だ。だからそこは避けてとにかくボールを2人に渡すことに専念しよう。幸いクリーブランド先輩はフリーだったからボールを渡し、クリーブランド先輩は颯爽とドリブルでゴールに近づいた。

 

「ナイス指揮官! 」

 

「姉貴でもここは通さない! 」

 

クリーブランドに立ちはだかったのはモントピリアだった。

 

「悪いけど、通させて貰うよ! 」

 

クリーブランド先輩はジグザグにドリブルをして進行方向を読ませない動きをし、モントピリアはそれに翻弄されつつもしっかりクリーブランドの動きについて行った。

 

ドライブという動きをクリーブランド先輩はしてもモントピリア先輩は食いつくようについて行き、中々引き離せなずにいたが、モントピリアは失速し、クリーブランド先輩はゴール下で綺麗なフォームでボールを投げ、見事ゴールを決めた。

 

(ん?今のモントピリア、わざと失速したような……? )

 

足の捻挫がまだ響いているのかと声をかけようとしたが、バスケの試合は止まらずに再開してしまい、声をかける暇さえ無かった。

 

攻撃と防御が入れ替わり、ハーフタイムを告げるブザーが鳴り響き、前半が終わった。

 

止まっている暇が無い試合に疲れに疲れ、ベンチに全体重を預けるように座った。

 

試合の結果は30対26で若干こっちが負けている状態だ。

 

「づ、疲れた…… 」

 

「まぁ、制服だからそれもそうだろう。お疲れ、指揮官君 」

 

汗だくのボルチモア先輩からスポーツドリンクを貰い、お腹が冷えそうだけど思わずごくごくとカブのみしてしまう。

 

「ぷはぁ、すみません足でまといになってしまって 」

 

「そんな事ないと思う。指揮官君はパスが上手いから周りを見ている証拠だ。流石と行ったところだ 」

 

「うんうん、パスをやる度にどんどん上手くなっていってるから足でまといなんかじゃ無いさ! 」

 

み、身に染みる言葉で涙が出そうになる……!じーんとした感動を噛み締めていると、クリーブランド先輩はある提案をした。

 

「そうだ、後半から指揮官が戦術立ててよ! 」

 

「へ? 」

 

「それは良い。それで?後半はどんな風にやるのかな? 」

 

「いや、いきなりそう言われても…… 」

 

無理だと言える雰囲気では無く、2人は期待の眼差しでじっと見つめていた。こうなってしまえば引くには引けず、恐れながらも後半の攻めの考えを提示した。

 

「じゃあ……こんなのはどうですか? 」

 

俺は考えた戦術をノートに記し、2人に見せると驚きの顔を見せてくれた。

 

「わお、指揮官君本気かい? 」

 

「おぉ……面白そうだけどちゃんと反応できるかな〜? 」

 

「なるべく合図は出します。あと、クリーブランド先輩。ちょっとお願いしたいことがあるんです 」

 

「え? 」

 

俺はクリーブランド先輩にある事を話し、その後の作戦を練ると後半開始の合図が鳴った。後半のボールはこっち側からのスタートであり、最初にボールを持つのは俺だ。

 

「よーし!後半もガンガン行くぞー!」

 

「ちょっと待って?指揮官……センターにいない? 」

 

そう、コロンビアの言う通り俺がいる位置はクリーブランド先輩とボルチモア先輩を挟む位置、いわゆるセンターポジションにいる。

 

バスケにおけるセンターポジションは主に点数を奪う為のポジションな為、バスケの技量や経験の無い俺がまず絶対に居ては行けない場所なんだけど、敢えて俺はここにいる。

 

別に目立ちたい訳でも点数を取りたい訳では無い。ただ無い知識を絞ってこれが最適と考えた。

 

「どう考えてるかわかんないけど……ボールは取らせて貰うよ! 」

 

デンバーが真っ先にこっちに近づき、ボールを奪おうとするのを見た瞬間、ボールをボルチモア先輩の方向にパスをした。ボールは誰もいない方向に飛んでおり、パスミスと誰もが思っていた。

 

しかし、ボルチモア先輩の俊敏な動きによりボールは見事ボルチモア先輩に抱かれ、そのままのスピードでボルチモア先輩はシュートを決めた。

 

「よし、いいパスだ指揮官君 」

 

「よーし!このままドンドン行こう! 」

 

時間と共にドンドン点差は縮まっていき、終盤だけど味方2人の動きもわかってきた。いきなりされるパスにも慣れ始め、キャッチミスも殆ど起きなかった……が、流石にまだ1体1に勝てるほど甘くはない。

 

「指揮官! 」

 

クリーブランド先輩からパスを渡された瞬間にデンバーがボールを取ろうと襲いかかり、すかさずもう一度クリーブランド先輩にパスを渡す。その際フェイントをかけるようにボルチモア先輩に目線を向けながらした為か、デンバーは見事俺の目線に引っかかった。

 

「うぇっ!?そっち!? 」

 

これでボールはクリーブランド先輩に渡され、モントピリアとの1対1になった。

 

「よーし!勝負だ! 」

 

「……! 」

 

モントピリアは通さないとブロックしたが、クリーブランドは軽々とモントピリアを突破し、シュートを決めた。その一連の流れを見た俺は、最初に感じた違和感が確信に変わった。

 

「あの、タイムって……バスケありますか? 」

 

「タイムアウトの事かい?作戦変更? 」

 

「いえ、ちょっとモントピリアに聞きたい事があって 」

 

「モントピリアに?じゃぁ、呼んでくるね。おーい、モントピリアー!指揮官が呼んでるよ! 」

 

クリーブランドに呼ばれたモントピリアはこっちに走り、何か用と言うように少し険しい目付きを見せた。

 

「ちょっと2人は離れててくれませんか?2人で話したいんです 」

 

「分かった。でも、スパイ行為はダメがらね? 」

 

「分かってますよ 」

 

2人は快く席を外し、向こうのベンチに座って俺を待った。

 

「……それで、僕に何の用だ 」

 

「ねぇモントピリア。もしかして……手を抜いてる? 」

 

「なに……? 」

 

するとモントピリアは刃物の様な鋭い眼光を向け、その後直ぐに目を逸らした。手を抜いてると言っても、俺やボルチモア先輩に対しては手を抜いてない。ただ、クリーブランドに対しては明らかに動きが鈍っていた。

 

「大して知らない奴が僕の何が分かるんだ 」

 

「少なくとも動きは分かると思うよ。指揮官だからよく観察しろって母先輩から言われたから、ここだけはちょっとだけ自信あるんだ 」

 

試合を通して出来る限り見てきたかつモントピリアの態度から間違いない。そしてその理由は多分……

 

「憧れが無意識に動きを鈍らせてるのかな。そんな感じがしたんだ。だから…… 」

 

「それを言ってお前は僕に何をさせたいんだ。それに僕は全力で姉貴に対抗している 」

 

「本当に?目を合わせてないけど、その言葉をもう一度目を見て言えるの? 」

 

「っ……、何なんだ!指揮官だからってなんでもかんでも命令を聞くと思うな! 」

 

「命令じゃないよ。……高雄先輩に言われたけど、どんな理由があろうと相手に対して手を抜くのは侮辱と同じって言ってた。モントピリアは今、憧れのクリーブランド先輩を侮辱しているのと同じなんだよ 」

 

「侮辱……?僕が姉貴を侮辱する訳が…… 」

 

「だったら本気でやって。憧れは崇拝とは違う。それとも、モントピリアの憧れの人は手心を加えないと輝けないの? 」

 

「それは…… 」

 

「これ以上は何も言わないよ。じゃ、残り時間精一杯頑張ろうね! 」

 

ちょっと説教ぽかったような気がするけど、言わずにはいられなかった。ちょっと状況が違うけど、昔俺は高雄先輩との鍛錬中、どうせ負けるからと手を緩めた時があった。

 

そして、それを直ぐに見抜いた高雄先輩からの喝をくらい、さっきと同じような説教……というか、何時間も正座させられたのは良い思い出だ。

 

だからモントピリアの事を昔の自分に重ねていたからこう言ったかもしれないし、何よりも放っておけなかった。でも勿論モントピリアは俺なんかじゃない。答えはきっと、次のプレイで分かる筈だ。

 

残り時間も10秒程、点数は同点。試合再開のホイッスルが鳴り響き、ボールはモントピリアの手に渡った。

 

「よし…… 」

 

「通さないよ!モントピリア 」

 

直ぐにクリーブランド先輩がモントピリアに仕掛け、俺とボルチモア先輩はデンバーとコロンビアにマークされて動けない。完全にモントピリアとクリーブランド先輩の一騎打ちの形になり、このプレイで勝敗が左右する状況だ。

 

「姉貴……! 」

 

ジリジリとモントピリアは詰められ、パスする手段も無い。ここで勝ちたければモントピリアはクリーブランド先輩を突破さぜるおえない。

 

僅か数秒後、クリーブランド先輩が仕掛けて先に手をボールに伸ばし、モントピリアはそれに反応してボールを後ろに回した。しかし突破はせずに立ち位置は変わらず、モントピリアは逃げの体制でクリーブランド先輩から離れようとも、クリーブランド先輩はしっかりと追いついてきた。

 

「逃がさないよ! 」

 

「くっ…… 」

 

パスはさせない。むしろそのようにしたからだ。パスを出させては俺がモントピリアに言ったことが無駄になる。さぁどうする……モントピリア。

 

(僕は姉貴の事を尊敬してる。姉貴の言う事は正しいし、誰にも負けないぐらい強いと思ってる )

 

モントピリアの足が止まり、クリーブランドはすかさずボールに手を伸ばした。

 

(誰かに負ける姉貴は見たくない。……だけど )

 

モントピリアは咄嗟に左手でバウントしていたボールを右手に向けてバウンドさせ、電光石火の如くクリーブランドを突破した。

 

「僕が憧れている姉貴は、全力で戦って、誰よりも輝かしい海上の騎士の姉貴だから……! 」

 

「動きが変わった!?やるね、モントピリア! 」

 

モントピリアの顔がなにか吹っ切れた様な顔だった。どうやらもう心配する必要は無さそうだ。

 

クリーブランド先輩を突破したモントピリアはそのままゴールに向かうが、クリーブランド先輩も猛スピードでモントピリアに追いつき、またもや目の前に立ちはだかる。

 

「通さないよ! 」

 

「勝負です。姉貴! 」

 

数秒の間に激しい攻守が行われ、その中でもモントピリアはボールを離さないながらもしっかりとクリーブランド先輩の動きを目で追っていた。

 

残り10秒。1秒が1分にも感じる中でついに決着は訪れた。左から右にモントピリアはドライブどクリーブランド先輩を突破し、すかさずそのままゴールに向けてボールを投げた。

 

放物線軌道のボールはそのままバスケのゴールの縁に当たるものの、その縁の上でボールが回り……そして、ボールはネットの内側に入った。そして俺は、その瞬間ボールに向かって走った。

 

ゴールが決まった瞬間ギャラリーは大盛り上がりになり、モントピリアもデンバーもコロンビアも安堵の表情を浮かべ、一瞬だが勝ちを確信していた。それはそうだ、残り時間もあと3秒。もはやボールを持ってゴールの所まで走れる時間じゃない。だけど、バスケのルールには試合終了のホイッスルがなってもボールが空中にあり、それがゴールに入れば得点になるブザービーターというのがある。

 

地面の少ない摩擦でズサーと地面と靴が擦れる音を出しながらボールを拾い、この時点で残り2秒。あとはこの少し重たいボールをあのゴールまで投げるだけだ。

 

「指揮官君!? 」

 

「最後まで諦めないのが俺なんでね! 」

 

右足を踏み出し、腰を回し、体を回して腰に思い切り力を入れ、最後に右腕を振り下ろした。

 

初めてのバスケで無理をしたのか少し右腕に痛みが走ったけどボールは無事ゴールに向かって飛んでいき、上手く行けば得点になる。

 

(頼む、入ってくれ……! )

 

だがその願いは届かず、ボールはゴールの縁にちょうど当たってしまい、ボールがゴールに入ることは無かった。終わったと諦めたその時、茶髪のKAN-SEN、つまりボルチモア先輩が太陽を背に弾かれたボールに向けて高く飛び、流れでた汗が煌めいて絵になる構図だった。

 

「ナイストライだ。指揮官君 」

 

高く飛んでボールを持ったボルモア先輩はそのままボールをゴールに叩きつけ、力強いダンクシュートが決まった。この数秒の時間であまりの出来事が起きすぎてボルチモア先輩以外は全員呆然とし、ギャラリーのKAN-SEN達もそうだった。

 

そしてその瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響き、得点は……60対61。つまり、俺達の勝ちが決まった。

 

「か、勝った……?」

 

勝った事を認識したギャラリーは黄色い声援をボルチモア先輩に向け、ボルチモア先輩は慣れた表情でギャラリー達に笑顔を振りまいていた。

 

「す、凄いや……ボルチモア先輩は 」

 

「いや、指揮官君のあのシュートが無ければこうはならなかったさ。ありがとう、指揮官君 」

 

ボルチモア先輩はバスケの疲れで座り込んだ俺に手を差し伸べ、俺はその手を握って立ち上がった。

 

「いや〜お疲れ様2人とも!ミニバスケだったけどいい試合だったよ。指揮官には是非ともバスケ部に入って欲しいぐらい! 」

 

「えっ?あ、ありがとうございます……でも俺、男ですけど、大丈夫なんですかね? 」

 

「いや、私達の学園はちょっと特別でね。指揮官君が入っても問題ないさ 」

 

「へ、へぇ……まぁ、考えておきますね 」

 

「ふふ、楽しみしてる! 」

 

クリーブランド先輩は笑顔で握手の手を伸ばし、俺もその手を握った。だがその直後、モントピリアが間に入ると、俺とクリーブランド先輩を引き離した。

 

「姉貴に気安く触るな! 」

 

「うぉ、モントピリア。最後の動き良かったよ。俺の話を聞いてくれてありがとう 」

 

「……ん、別にお前を認めた訳じゃ無い 」

 

「じゃあ認めて貰えるように頑張らないとね 」

 

「ふん…… 」

 

「あれ?モントピリアと指揮官っていつの間に仲良くなったの? 」

 

「で、デンバー……!別に僕と指揮官は仲良くなってなんか…… 」

 

「んんー?でも顔が赤いぞ〜? 」

 

「えっ?本当に? 」

 

コロンビアの言う通り、モントピリアの顔は少し赤く、熱があるのかとモントピリアの額に触れた。

 

「ちょっと熱いね。熱があるんじゃ…… 」

 

その行動に何故かギャラリーの人達はキャーと恥ずかしがりながら声を上げ、コロンビアもヒューと言いながら風船ガムを膨らませた。

 

「え?なになに?一体何が…… 」

 

「ぼ、僕に触れるなぁぁぁぁぁ!! 」

 

「ぐぇぇぇ!?何でぇ!? 」

 

何がなんだか分からずにモントピリアの右ストレートが俺の顔面に炸裂し、そのまま俺は吹き飛ばされた。思ったより力があって殴られた頬が痛く、思うように立ち上がれなかった。

 

「はぁはぁ……!お、お前なんか……認めるもんかー! 」

 

「ちょっとモントピリア!?指揮官に謝らないとダメだってー! 」

 

「あ、姉貴ー!待って下さいよ! 」

 

「あちゃ〜これはついて行かないとダメかなー。あ、ボルチモア先輩、指揮官頼めますか? 」

 

「あぁ、任せてくれ 」

 

モントピリアを追いかけるクリーブランド先輩達を目にし、俺はそのまま気を失った。

 

___

__

_

 

「ん……んんー……あれ、ここは? 」

 

起きたら白い天井が目に入り、周りには白いカーテンが外の風景を遮断し、俺は白いベットの上で寝転がっていた。

 

「おや、起きたようだね。指揮官君 」

 

反対方向に目を向けるとボルチモア先輩が寝ている俺を見ていた。

 

「ボルチモア……先輩?ここは…… 」

 

「保健室さ。君はモントピリアに殴られて気を失ったんだ。まぁ、俺は指揮官君がちょっと悪い部分もあるけどね 」

 

「えーと……俺、何かモントピリアにしましたかね……? 」

 

「あぁ〜……そうか、指揮官君はそういうタイプか。いや、悪くは無いけどね。うん 」

 

「???? 」

 

ボルチモアさんは何かを察した様な顔をしていたが、俺は何が何だか分からずに頭に疑問の『?』マークで埋もれた。

 

「さて、荷物や上着は私が預かっている。ほら 」

 

「ありがとうございます。って、もうこんな時間なんですね。そろそろ帰らないと…… 」

 

「そうだね。なら、私も一緒に行こう。ちょうどユニオンの寮も近いしね 」

 

「分かりました。じゃあ少しだけよろしくお願いします 」

 

こうして俺はボルチモアさんから上着や荷物を返して貰い、保健室のヴェスタル先生に挨拶をしてから帰りの船に向かった。

 

「そういえばボルチモアさんって、何か部隊に入ってるんですか? 」

 

「私かい?私は入ってはいないな。ただ、助っ人として活動しているだけさ 」

 

「へぇ〜でも大変なんじゃありませんか?バスケとかサッカーとか色々 」

 

「そうでも無いさ。私がやりたくてしてる事だからな 」

 

「凄いですね、ボルチモア先輩。俺もそんな風に頼りになる指揮官になれるように頑張らないと! 」

 

「はは、その時が来るのを楽しみにしているよ 」

 

そんな談笑を交わしながら歩いていき、帰りの船乗り場にたどり着いた。ちょうど船も来る時間となっており、ボルチモア先輩とはここでお別れという時になった時、ボルチモア先輩から少し切羽詰まった様な顔をして俺に一言言ってきた。

 

「なぁ、指揮官君。帰る前に少しだけ頼み事を聞いてくれないか? 」

 

「ん?なんですか? 」

 

ボルチモア先輩は少し引け目になりながらも、声を上げ、この時の波は俺の心情を表すかのように一際大きかった。

 

「少し私の親友を助けて貰いたいんだ。男である指揮官君にね 」




校則設定

・部隊(部活)の指揮官制度について
アズールレーン学園の部隊は人類の部活と同じように活動し、例と特例して一般の大会にも出場出来る。また、指揮官はどの部隊にも所属が可能であり、その活動内容に伴って活動する事も可能。
つまり、監督になる事も、選手になる事も可能である。


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デート大作戦

何気ない一言で突然関係に亀裂が走ることがある。

 

自分にとっては悪意がなくとも、それが誰かにとっての悪意であり、それで関係が壊れる事や、喧嘩する事もある。

 

本当に何気ない一言だった。母さんや姉さんたちに心配させまいと、今日は用事がある事だけ伝えようとしたその休みの朝だった。

 

「ねぇねぇ母さん。今日は帰り遅くなるかもしれないんだ 」

 

「あら?それはどうして? 」

 

「うん、デートするんだ 」

 

この言葉を口にした瞬間、天城母さんは箸の動きを止め、赤城姉さんは持っていた箸を片手でへし折り、加賀姉さんは持っていた湯呑みを片手で粉々にさせ、土佐姉さんは飲んでいた味噌汁を吹き出した。

 

「「「「で、デート!?!? 」」」」

 

4人とも見た事無いほどおどろき驚き、一斉に俺に詰め寄ってきた。特に赤城姉さんに至ってはとんでもないほどの血相をして迫り、その姿はまさに鬼のようだった。

 

「で、でで……デートですって!?一体どこのあばずれなの!?騙されてない!?まさか……愛宕だったら承知しないわよ! 」

 

いつも通り激しい形相で迫る赤城姉さんである。

 

「ゆ、優海。お前にまだ色恋を知るのは早いと思う……いや、もう優海も16......むしろ遅いぐらいなのか。いやしかし…… 」

 

なにかブツブツ言っている加賀姉さん。何だからしくない。

 

「お、おおお前……!私に話もせずにそんな……そんな…… 」

 

そして何故か半泣きになっている土佐姉さんであった。3人は休みの朝から慌てふためいており、それを見兼ねた天城母さんは静かに箸を置いた。

 

「3人共落ち着きなさい 」

 

天城母さんが手を叩くと、姉さん達は母さんの圧に屈するように静かになり、俺もその圧に巻き込まれてしんと静まった。そんな怖くて圧が凄い笑顔のまま母さんは俺に訪ねた。

 

「優海、そのデートする人って誰ですか? 」

 

「え、えーと……ブレマートン先輩って人。ユニオンの重巡の人で2年生。この人だよ 」

 

俺は携帯にあるブレマートンさんの写真を母さん達に見せた。ブレマートンさんは桃色のツインテールに少し青色のメッシュをしているのが特徴なKAN-SENだ。それを見せると、母さん達は更に戸惑いながらも俺に迫った。

 

「な、なんて淫らな服装をしているのこのメス猫は……!こんな肌色の多い服を着ている女とデートするのは認めないわよ! 」

 

「いやいや赤城姉さん、その人テニス少しやってるらしいからそれはテニスウェアだよ……」

 

「優海、やはり考え直せ。こいつからは嫌な臭いが気がしてならない 」

 

「私も姉上と同意見だ。いますぐこの女との縁を切れ 」

 

「うーん、でも約束したから…… 」

 

「だったら私がその女を燃やしてあげるわ!重巡如き私の航空攻撃で直ぐに焼け野原に…… 」

 

「止めなさい赤城 」

 

暴走寸前の赤城姉さんを天城母さんは頭に拳を叩きつけ、赤城姉さんは頭に煙を登らせながら白目で机に顔を突っ伏せ、そのまま気絶した。

 

「ねぇ優海?その人とはいつどこで知り合ったのですか? 」

 

「ひぇ……!ぶ、ブレマートン先輩とは今日で初めて会うよ。ただちょっと、ボルチモア先輩っていう人から頼まれたんだよ 」

 

「頼まれたと言いますと? 」

 

「実は…… 」

 

 

 

 

 

昨日の放課後にて……

 

「デートの……ふり、ですか? 」

 

「あぁ。私と同じクラスで親友のブレマートンっていう奴がいるんだが。どうやらその子がストーカーされているようでね。困っているらしい 」

 

「ストーカーって……この学園、俺やKAN-SEN、関係者しか入れませんよね? 」

 

「確かにそうだ。だが、ブレマートンはこの外によく遊びに行くし、モデルの掲載もちょくちょくされている。それに目をつけた人間の男1人にストーキングさら、ネットでも迷惑メッセージが後を絶えないらしい 」

 

「やっぱり、そういう人っているんですね…… 」

 

俺が住んでいた島はKAN-SENが多かったから、俺自身そこまで同じ人類とは交流が無い。テレビとかでそういうニュースは聞いているけど、実際改めて直接聞くと少し残念な気持ちになる。

 

今はセイレーンの危機に瀕してるっていうのに、どうしてそのKAN-SENに迷惑をかけるような事をするんだろう……

 

「まぁとにかく、暇な時間があればブレマートンに連絡して欲しい。今そっちの携帯にブレマートンのIDと写真を送る……おっと、その前に私との連絡先の交換だね。携帯を見せてくれ 」

 

俺はボルチモアさんに携帯を渡し、画面にボルチモアさんの連絡先が追加されたと同時に別の連絡先とブレマートンさんの写真が送られてきた。

 

桃色の髪に少し暗い青色のメッシュが特徴的で、着ているのはテニスウェアだろうか?だけどブレマートンさんの大きな胸がそのテニスウェアを押し上げるようにしてしまい、腹部の方が顕になっている。

 

「なんか……凄い人ですね。色々 」

 

「だろ?まぁそのせいでストーキングされてるから、よろしく頼むよ。指揮官君 」

 

 

 

 

 

そして現在に至り……

 

「なるほど、そういう事でしたか 」

 

「そうかそうかフリか……良かった…… 」

 

「ん?土佐姉さん、どうしてホッとしてるの? 」

 

「な、なんでも無い!で、どこまで行くんだ? 」

 

「ユニオンだよ。もうそろそろ行こうかなって思ってるよ。……ご馳走様。じゃあ着替えて行ってくるね 」

 

食器を片付けて直ぐに部屋に戻り、昔愛宕さんに買ってもらった少しオシャレな服装を着てデートに望む。ブレマートンさんから思いっきりおめかししてねと言われたので、ちょっと気合いを入れる。

 

それにしても、身内以外とのお出かけでしかも陣営の中で大きい部類のユニオン……!少し楽しみで今からでもワクワクが止まらない。早く行きたいなぁ……

 

「……赤城、加賀、土佐。私達も支度しますよ 」

 

「え、何故ですか? 」

 

「決まっています。優海の後を着いていきます。少し心配ですからね 」

 

「しかし天城さん。デートと言っても振り何ですよ?しかも相手は初対面……それほど気にするような事では 」

 

「ふふ、勘違いしないで下さい土佐。私はただ、優海が見知らぬ人と見知らぬ場所で危険に晒されないか見るだけです。決して優海がデートする方と万が一にでも一線を超えないか心配で見る訳ではありません 」

 

「……天城さんが1番気にしているのでは 」

 

「お黙りなさい 」

 

 

 

 

そうして時は流れ、いよいよデートの時間となった。

船に乗ってユニオンに到着し、船着乗り場でブレマートンさんが待ち合わせしている筈だけど……

 

「お、いたいた!おーい、指揮官〜! 」

 

大きく手を振った桃色の髪の人を見つけ、写真を見比べると確かにブレマートン先輩だった。

 

服装は黒い上着を気崩し、その中にあるノースリーブの黒セーターを見せつけるように着ていた。そのせいか、胸の上部分が際どく顕になっていた。

 

「いや〜ごめんね?今日は彼氏役お願いね! 」

 

「は、はい。と言っても……どうすれば? 」

 

「私と一緒に居れば良いからさ!それにしても、指揮官ってオシャレだね〜。白の和風カーディガンタイプ……意外とファッションには詳しいとか?」

 

「あぁ、これは愛宕さんから入学祝いに貰った物で…… 」

 

「あ!デート中に他の女の子の名前出したらダメだぞ〜? 」

 

ブレマートン先輩は俺の唇に人差し指を押し付け、優しく叱るように片目を閉じて笑った。

 

「す、すみません 」

 

「えへへ、じゃあ、行こっか! 」

 

ブレマートンさんから手を掴まれ、いよいよユニオンのお出かけが始まった。新たな新天地……ワクワクする!

すると、何故か視線が感じる。チラリと後ろを見ると、春のあけぼので暖かいのに、少し厚いコートを着ている人が4人並んでいた。……寒がりなのかな。

 

 

 

「ふむふむ、あれがブレマートンさんですか…… 」

 

「見るからに尻軽そうな女ね。あんな女に優海は渡せないわ! 」

 

「姉様、一応振りなので本気で付き合うとは言ってません 」

 

「わ、私もあんな風な衣装を着たら優海の事…… 」

 

「土佐、お前は何を言っているんだ…… 」

 

「とにかく、早く優海の後を追いますよ。気づかれないようにね 」

 

 

 

 

「わぁ……!高いビルや人がいっぱいだ! 」

 

重桜とは違い絵に書いたような都会の街並みに興奮した俺は、その場をぐるりと回ってユニオンの街並みを見渡した。

 

そびえ立つ高層ビル、車の駆動音、そして溢れんばかりの人混みで新鮮な気持ちが溢れ出し、初めて見る物には飛びつくように見てしまった。

 

「ちょっと指揮官ー?女の子を放っておくのはどうなのー!? 」

 

「ご、ごめんなさい。初めて見るものばかりだから少し舞い上がっちゃって 」

 

「ん?指揮官ってユニオン来るのは初めてなの? 」

 

「はい。俺、重桜から出たこと一度も無いんです 」

 

「そっか。じゃあ私がユニオンの良いところたくさん連れて行くから楽しみにしててね! 」

 

「本当ですか!?楽しみです! 」

 

「じゃあまずはこっちにレッツゴー! 」

 

ブレマートン先輩に腕を抱かれ、まるで本物のカップル見たいに俺達はユニオンの街へと歩いた。

 

 

 

「絶対燃やす必ず燃やす灰も残さず燃やす燃やす燃やす……! 」

 

「ね、姉様落ち着いて下さい!あれはフリ!フリですから 」

 

「あれのどこかフリなのよ!あんなに胸が潰れるぐらいに優海に密着して……きぃぃ!もう我慢出来ないわ!今すぐあの桃色淫乱娘を焼いてやるわぁ! 」

 

「赤城〜?いい加減にしないと怒りますよ? 」

 

「は、はい……すみませんでした…… 」

 

「ですが……こういった所であのような事をするのは……んん〜、どうなのでしょうか?最近の方々はあれが普通なのでしょうか? 」

 

「まぁとにかく、私達も追いかけましょう 」

 

 

 

 

ガタガタとベルトコンベアの上の乗り物に乗せられ、早くも俺は帰りたい気持ちが溢れて泣きそうでもあった。

 

高度何メートルだろうか?上へ上へと登るにつれて心臓の鼓動が早くなって吐き気もする。そんな俺に対してブレマートン先輩は今から早く下りないかとワクワクしている。

 

「あ、あの〜ブレマートン先輩。これ本当に大丈夫何ですか? 」

 

「大丈夫だって!安全ベルトもあるし、これよりも安全な乗り物なんて無いよ? 」

 

「いやいやいやいやだって凄く登っているんですよ!? こんなジェットコースター怖くてもう乗れないです! 」

 

1番危険そうに見えて実は1番安全な乗り物、ジェットコースター。緻密な計算や技術で作られたコースや乗り物、そしてスピードが慎重に行われているから、事故等は滅多に起こらないらしいが、その話は今の状況では嘘なんじゃないかって疑ってしまう。

 

拝啓天城母さん、赤城姉さん、加賀姉さん、土佐姉さん。俺はもしかしたら今日死んでしまうかもしれません。今までありがとうございました。何て文字も頭の中で流れてきていよいよ大変な事になってしまった。ついにジェットコースターはレールの頂上まで行き……天辺を過ぎると猛スピードでレールの上を走っていった。

 

「いえーーーーい!! 」

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!! 」

 

「きゃぁぁぁぁ!! 」

 

「うぉぉぉぉ!?!? 」

 

隣ではブレマートンさんが楽しく叫び、後ろの方から何故か赤城姉さんと土佐姉さんの声と似ていた叫びが聞こえたような気がするが、時速100kmを超えたスピードを全身で感じ、螺旋状に回ったり一回転したりと周りの事なんて気にしている余裕が無い。

 

右え左へと力が加えられ、怒涛のスピードの世界はわずか数分で終わり、ジェットコースターも元の位置に戻るにつれて減速していき、分かってはいた事なんだけど無事に戻れた。

 

「いや〜やっぱりジェットコースターって面白いね!って……指揮官大丈夫? 」

 

「な、何とか〜…… 」

 

産まれたての子鹿みたいな足取りでフラフラしながら何とかアトラクションの出口に戻り、戻った瞬間足がもつれてしまい、何も無い所で躓いてしまった。

 

しかも体が倒れた先にはブレマートンさんが居た為、俺はブレマートンさんに持たれかけるようにぶつかってしまい、頭が胸に当たってしまった。

 

ムニッと頭の両側から柔らかくも弾力のある感触に包まれ、体の震えも忘れて俺は直ぐにブレマートンさんの胸から離れた。

 

「あ……ご、ごめんなさい! 」

 

「良いの良いの。気にしないで!そ れ で〜どうだった?私の胸 」

 

「へ?ど、どうって言われても…… 」

 

どう答えれば良いんだろうか……?感想としてはお餅のように柔らかくてふわふわしていた。としか言えない。だけどそれを口にするのはどうかと思うし、あわあわとしながら口をごもらせてしまい、それを見たブレマートン先輩は楽しむように笑った。

 

「あはは!冗談だよ!さっ、次はちょっとだけゆっくりしたアトラクションに行くよ! 」

 

またも腕を引っ張られ、次は船の上に乗ってクルーの人が船を漕ぎ、決められたルートを渡っていくゆったりとしたアトラクション……何て物は無かった。

 

船を漕いでる途中でサメに出くわしてそのままサメに追いかけられ、サメから逃げるアトラクションになったりとこれまた大きく叫んでしまった。

 

サメの次は恐竜に襲われたり、やれ上下左右に高く激しく動く乗り物になったり、やれ次は一回転し続けるアトラクションに乗ったり、やれトロッコで激しいジグザグ道を通ったりと……叫びに叫んでそんなに動いてないのにお腹が空いてしまった。ついでに喉が……喉が砂漠のように渇いて思わずその場にあるベンチに体を溶かすように座った。

 

も、もう無理……!

 

「あはは……指揮官があまりにも可愛い反応するからついついやりすぎちゃった……ほら、あそこにレストランあるから、一緒に食べよ! 」

 

ふらつく足取りの俺を気遣ってブレマートンさんはゆっくりと俺の隣を歩き、昼頃で少し混雑している園内のレストランに入った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……何なんだあのジェットコースター……乗る奴を殺す気か……? 」

 

「私と赤城姉様は艦載機を操作する都合上慣れてはいるが……戦艦の土佐には刺激が強すぎたな 」

 

「その赤城も何やら叫んでいたようだが? 」

 

「貴方よりはマシよ。それよりも、天城姉様の様子が……ちょっと 」

 

「わ、私は……大丈夫……です……うぷっ 」

 

「きゃぁぁあ!もう無理して乗るから!! 」

 

 

 

 

 

 

驚きだらけ……と言うよりかは絶叫だらけの遊園地だが、レストランの中でも絶句していた。ユニオンの料理は他と比べてかなり大きく作られていると聞いた事がある。

 

重桜の料理もそこそこ量が大きい方だから大差ないと思っていたが……目の前にある俺の顔ぐらい大きいハンバーガーと山盛りの見て自分のちっぽけな考えを悔いた。

 

ハンバーガーのバンス(パン)の間には大喜利の座布団のように多く積まれた肉に、野菜はトマトとレタスをちょこんと挟んだ程度だ。個人的にもう少し野菜が欲しい所だけど、それを補うようにフライドポテトがある。

 

「え?こ、これ食べるんですか?1人で? 」

 

「私の奢りだから気にしなくて良いよ 」

 

いやそういう事じゃないんですけどね。これ、食べれるのかなぁ……ブレマートンさんも同じくらいのハンバーガーを惜しみなく食べ始め、それにつられて俺もハンバーガーを頬張る。

 

噛んだ瞬間肉汁が溢れ、間に挟んでいる少し濃いめのソースが口についたような気がするが、それが気にならないぐらいの旨みが口の中に広がり、噛めば噛むほどその旨みが滝のように流れ出た。

 

「美味しい! 」

 

フライドポテトも外はカリッと中はホクホクであり、塩加減も良い感じだ。どんどん食べられてしまう。

 

「でしょ?あ、指揮官口元にソース付いてるじゃん 」

 

ブレマートン先輩は俺の口元についたソースを親指でなぞる様に取り、そのまま小さく舌を出して舐めた。

 

「あぁ、ありがとうございます 」

 

「指揮官って何だか子供ぽいよね〜。なんて言うか、まだ小さな子供って言うかなんというか 」

 

「うん。こっちに来て周りにあるもの全部にキラキラ反応したりはしゃいだりして、そんなに珍しい? 」

 

「そう……ですね。俺にとっては、重桜以外で見るもの全部が珍しいですよ。いや、もしかしたら重桜でもこんな反応するかもしれません 」

 

ブレマートン先輩が疑問に思っている顔を見た俺は一旦ハンバーガーを皿に置き、その事を話した。

 

「俺が住んでる所って、重桜の中でも結構田舎見たいな所なんです。ここみたいに大きな建物がある訳じゃ無いし、ゲームも無い。あるのは緑豊か自然と、蒼く透き通る海だけです。俺はそこで、もう6年ぐらい母さん達と住んでます 」

 

「へ〜良いところそうじゃん 」

 

「はい。良かったら案内しますよ 」

 

「じゃあしてもらおうかなー? 」

 

そんな談笑を交わし、そろそろお昼も終わるその時だった。あまりの量にお腹が膨れ、腹痛を起こした俺はブレマートン先輩を残してそのまま御手洗に行った。

 

食べ物を残すのはダメな事だと母さんにはいつも言われてるから、お腹が膨れても何とか食べるようにはしている。だが、今回のは流石に強敵だった。

 

トイレで出すものを出し、ちゃんと手を洗って元の場所に戻ると、ブレマートンさんの傍にフードを被った少し肥満型の人が立っていた。

 

風貌からしてKAN-SENでは無く、人間だ。少し小刻みで歩きを早め、会話が聞こえる距離まで近づくと、男はブレマートンさんに突っかかり、強引に腕を触れた。

 

「はぁ……はぁ、ぶ、ブレマートンちゃん。僕と一緒に…… 」

 

「あぁ〜ちょっとごめん。私、今日人と来てるか、一緒には無理……あ、指揮官! 」

 

ブレマートンさんは俺を見つけると直ぐに席から離れ、俺の背中に隠れるように後ろについた。

 

「指揮官、アイツだよ。ストーカー 」

 

「あの人が? 」

 

ストーカーの男のもう一度見ると、男の呼吸は荒くなっており、眼鏡をかけていた。服は少しボロボロで髪も乱れており、清潔感とはちょっと離れた印象を持った。

 

「お、お前は誰だっ!ブレマートンちゃんから離れろ! 」

 

「え、いやブレマートンさんから来たから離れる訳には……」

 

「指揮官!話合わせて合わせて 」

 

後ろからブレマートン先輩に耳打ちされ、ブレマートン先輩は後ろから見せつけるように抱きついた。

 

「この人、私の彼氏なの。今デート中だから邪魔はしないで貰えるかな? 」

 

「で、デデデデで……デート……だとっ!? 」

 

ストーカーの人は驚きで挙動不審になっており、嘘だと言ってくれと思うような目をしていた。

 

まぁ、確かに彼氏じゃないし嘘ではあるんだが、ブレマートン先輩の言う通り、ここは話を合わせよう。

 

「そ、そうだ。俺の彼女に何か用ですか? 」

 

するとすぐ近くのテーブルからガラスのコップが粉々に砕け散った音が聞こえたが、ストーカーの男はそれを気にせず問い詰めて来た。

 

「う、嘘だ!ブレマートンちゃんは僕と一緒にいるべき人なんだ!あの時僕だけに笑顔を振りまいてくれたり、親切にしてくれたりしたんだ! 」

 

「あの時……? 」

 

「覚えて無いの!?モデルの仕事をしていた時、僕の方を見て笑って、更には僕が落とした物を拾ったり…… 」

 

「あぁ!あの時……って、あの時はスタッフから目線をこっちに向けてって言われただけだし、落し物を拾うのは当然の事だからっ! 」

 

という事は……この人の勘違いという訳か。真実を知ったストーカーは体を震えさせ、何かブツブツと言っていた。

 

「う、嘘だ。そんな訳無い!こ、この男に何か弱味を握られてそう言わされているだけなんだよね! 」

 

「だーかーらただの誤解だから!もういい加減にしてよ!ほら、ダーリンからもなにか言って! 」

 

「えぇ!?そ、そんな事急に言われても…… 」

 

「こ、この……クソビッチがぁぁ!」

 

「ブレマートン先輩危ないっ! 」

 

男は近くのテーブルからナイフを取り出し、逆上してブレマートン先輩にナイフを突き刺そうとしていた。

それに気づいた俺はブレマートン先輩を後ろに下がらせ、迫り来るナイフを右手の親指から中指を使ってナイフを挟むようにして掴み、ナイフの進行を止めた。

 

ナイフの白刃取りに戸惑った男はナイフを押したり引いたりしようとしたが、ナイフはビクともしなかった。

 

「流石に……それはダメなんじゃないですか?1歩間違えればブレマートン先輩が危ない目に遭った所なんですよ 」

 

「黙れ!僕がブレマートンちゃんの事を1番よく知っているんだ!それなのに……お前のような男にホイホイつられて……! 」

 

「じゃあブレマートン先輩の気持ちを理解出来る筈だ。いつも貴方に見られ、メッセージを延々と送られ、挙句の果てにはナイフで刺そうとした。貴方のブレマートン先輩に対する気持ちは、一方的で自分勝手なエゴに過ぎない 」

 

「う、うるさい!じゃあお前はブレマートンちゃんの何を知っているって言うんだ! 」

 

「まだ全然分かりませんよ 」

 

「だ、だったらお前も同じじゃないか!偉そうに言いやがって! 」

 

「だけどこれから少しづつ分かっていくつもりです。互いの事を少しづつ理解していく事で、初めて関係は生まれる物ですから 」

 

後ろのブレマートン先輩に目を向け、男からナイフを取り上げた俺は、すかさずナイフを捨てて男の服の裾を掴み、背負い投げをした。

 

受身を取れなかった男は地面との衝突の衝撃で気絶し、しばらくして誰かが通報したのか、警察の人がこのレストランに足を踏み入れた。

 

「ここに暴れている男がいるとの事だが!誰だ! 」

 

「あ、この人です! 」

 

俺は警察の人に伸びている男を指差し、他の客の証言もあってか誤解なく男は無事警察に捕まった。

 

ストーカーに殺人未遂。結構重い罪に問われるかも知れないが、自業自得というやつだ。罪を償って、今度は正しく人の気持ちを理解出来れば良いんだけど、それは本人次第だろう。

 

「大丈夫ですか?ブレマートン先輩 」

 

「う、うん。こっちは大丈夫。それにしても指揮官、無茶するね。本来指揮官を守るのは私達KAN-SENの役目だよ? 」

 

「あはは……でも、フリでも今は彼氏ですから。彼氏は彼女を守らないとって、漫画とか書いていましたし。あ、でもストーカーの人は捕まったからもうフリは終わりなのかな 」

 

「ううん、あともう少しだけ付き合って欲しいな 」

 

「それは良いですけど、次はどこに行くんですか? 」

 

「それはね……観覧車! 」

 

どうやら、最後に行く所は観覧車らしいけど、当初は行くつもりは無かったらしい。それにしても観覧車か……初めて乗るから楽しみだ。

 

歩いて数分、時間も遅くなって空が少し暗くなりつつあるが、人気の場所なのかかなり混んでいた。最後尾から観覧車に乗る時間は40分と書かれており、仮に乗るとしたら相当な時間を食ってしまう。

 

「うわぁ〜混んでますね。どうします? 」

 

「ここまで来たから乗るべきだね。それに、指揮官と雑談したらすぐだって! 」

 

「40分喋り続けられるかなぁ 」

 

そんなこんなで観覧車の列に並び、俺とブレマートン先輩は互いの事を知るように会話を弾ませた。互いの趣味や特技、今ハマっている物とか、休みの日は普段何をしているのか、互いの事を知り尽くし、その中で気になる物を深掘りした。

 

「へぇ、KAN-SEN達の悩みを聞いたりするんですね 」

 

「そそ、指揮官ももし悩みがあったら書き込んでね。あ、書き込むのが面倒だったら今直接言っても良いよ 」

 

「悩みか〜。うーん、今の所はないですね。普段どんな風な悩みを聞いたりするんですか? 」

 

「最近だと……恋の相談とか? 」

 

ブレマートンさんは何故か俺の方を見て笑い、俺はキョトンと首を傾げた。

 

「まぁ気にしなくて良いってこと。あ、もうすぐで観覧車乗れそう! 」

 

ブレマートン先輩の言う通り、あと数人が乗れば俺達の番が来そうだ。40分経った今、時間も遅くなってしまったがようやく観覧車に乗り、俺とブレマートン先輩は互いを見合うように座り、観覧車はゆっくりと高度をあげた。

 

「ここから1番上に行くとユニオンの街並みが見れるから気に入ってるの。指揮官もきっと気に入ると思うよ 」

 

「それは楽しみです 」

 

徐々に上へと登る観覧車の中、外の景色を見ている俺にブレマートン先輩は会話を続けた。

 

「私ね、指揮官の事正直頼りにならなさそ〜って思ってたんだよね〜 」

 

「い、いきなりなんて事言うんですか…… 」

 

「だってなんかほわほわしてるし、ボルチモアからの話を聞いた限りなーんかなよなよしてそうだし、本当に指揮官で大丈夫なのかなって思っちゃったよ 」

 

うーん、否定出来ないのが辛い。穴があったら入りたいぐらいだが、ブレマートン先輩はただ悪口を言うためにこんな事を言った訳じゃなかった。

 

「でもレストランの時の指揮官みてそんな考えは間違ってたって思い知ったよ。あの時の指揮官、すっごくかっこよかったよ。本当にありがとうね 」

 

「い、いや〜俺の方もブレマートン先輩を守れて良かったですよ。えへへ…… 」

 

身内以外からかっこいいって言われた事無いからついつい頬が緩み、また情けない顔をしているかも知れない。

 

だけどブレマートン先輩はそれを見て情けないと言わず、むしろ笑っていた。

 

「ねぇ指揮官、もし良かったらさ……私と」

 

「あ!見て下さいブレマートン先輩!ユニオンの夜景が見えてきましたよ!」

 

朝に見たユニオンの街並みが街頭や電気でライトアップされ、朝とは違った風景でついつい魅入ってしまう。

 

「ところで、ブレマートン先輩。何か言いましたか? 」

 

「べっつに〜?何でもないですよーだ 」

 

何故かブレマートン先輩はふくれっ面で目をそむから、明らか不機嫌になった。俺、何かしたのかな。だけど全く心当たりが無く、気まずいながらもユニオンの夜景をもう一度見た。

 

「ねぇ指揮官、指揮官って好きな人とかいるの? 」

 

「え?いや、いませんけど 」

 

「じゃあ好みのタイプとかは? 」

 

「好み?好みって言われてもなぁ…… 」

 

正直あまりピンと来ないし、外見至上って訳じゃ無い。少し悩んだ結果、頭の中で真っ先に思い浮かんだ事を話した。

 

「うーん、強いて言えば一緒にいて楽しい人……ですかね 」

 

「お、結構ありきたりだね 」

 

「でも大切な事でしょう? 」

 

「確かにね。私も一緒にいて楽しい人が好きかな。指揮官みたいな人とね 」

 

するとブレマートン先輩は俺の隣に座り、グイッと顔を近づけさせた。

 

「だからさ指揮官、またデートしようね! 」

 

「はい。彼氏役なら何時でも 」

 

「そういう訳じゃないんだけどなぁ…… 」

 

ブレマートン先輩は少し離れ、観覧車は1周して観覧車から降り、あたりはすっかり暗くなってしまった。だけどこれなら急げば寮の門限ギリギリ間に合うはず。

 

「じゃあ指揮官、今日はありがとう!今度テニス部にも来てよ!その時は教えてあげるから 」

 

「はい、必ず 」

 

ブレマートン先輩はそのまま駆け足で帰り、俺も帰ろうとしたが……少しばかり気になった事がある。確証は少しばかりあるだけだが、思い切って後ろに振り返り、近くにあるベンチに座っている4人に向かっていき、声をかけた。

 

「……母さん、姉さん。そんな所でなにをしてるの? 」

 

声をかけられた4人は肩を上がらせてビクッと反応し、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

 

「ゆ、優海……気づいていたのね 」

 

「まぁ、ジェットコースター辺りから薄々はね 」

 

やっぱり母さん達4人であり、赤城姉さんはバツが悪そうな笑顔で返事をしてくれた。

 

「それにしても、どうしてみんなここにいるの? 」

 

「いや、これはだな 」

 

「……さしずめ、俺の事を心配して来たって事?でも心配しなくても俺はもう16歳だよ。心配しないでよ 」

 

「では大の16歳がだらしなく食べカスを落としたり口元にソースがついている物なのですか? 」

 

「うぐっ……あ、あれはあんなハンバーガー食べるのは初めてなだけで…… 」

 

「優海、確かに貴方は成長しました。ですが私から見れば貴方はまだ大人になろうと背伸びしている子供なのです。自分はもう大人だから何でも1人で出来る。という人が1番危ない事が分からない物なのですよ? 」

 

ごもっともな意見に縮こまって聞くしか無く、母さんの言うことにコクリと頷いた。

 

「だが優海、天城さんはお前とあの桃髪女が一線を超えないか心配でここに」

 

「お黙りなさい 」

 

何故だろうか、突然天城母さんが土佐姉さんの首筋を目にも止まらない手刀で打ち、土佐姉さんは白目を剥いて気絶してしまった。

 

恐ろしく早い手刀……高雄さん達との訓練が無ければ見逃していた。

 

「お、おい土佐!しっかりしろ! 」

 

「がっ……さ、さすが天城……さんだ 」

 

そう言って土佐姉さんが意識を無くし、加賀姉さんは仕方なく土佐姉さんをおぶった。

 

「さぁ、とにかく帰りましょう。お昼を結構食べたので夜は少し軽めにしましょうか 」

 

「は、はーい…… 」

 

母さんにはいつまで経っても敵わない様な気がするのは気のせいでは無いはずだ。

 

そうした帰り道、天城母さんと赤城姉さんが今日の出来事を話して欲しいと笑顔で言ったが、この帰り道の2人の笑顔は今まで過ごしてした中で1番怖かった……

 




アズレン学園校則

KAN-SENは学園外のどこでも外出が可能。
しかし門限の時間が過ぎると安全性の為、いかなる理由があろうと寮には入れない。

またその際、外泊許可書を端末から申請する事で一定の金額内の宿泊費用の一部を学園側が負担する。



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かごなし

前書きのネタが思いつかないのでもうこのまま行っちゃうぜ!


 

差別というのは、人々に不安という物がある限り無くなりはしない物だろう。

 

例えば、肌の色が違うだけでその人の事を異端視し、その人の事を知ろうともせずに迫害したりする歴史があった。

 

きっかけはほんの小さくて、些細な不安だったのだろう。自分とは違う、普通とは違う、周りから違う。それだけで人々の不安は駆られ、その結果起きるのは迫害であり、その収縮されたのが……いじめだ。

 

_かごなしが!お前なんか仲間じゃない!

 

_髪で耳を作るなんて……出来ないように切っちゃえ!

 

_耳が無いやつは悪い奴なんだ、皆でやっつけちゃえ!

 

痛い、辛い、怖い……助けて欲しい。

 

もう学校なんて……行きたくない。

 

どうして僕は他とは違うの?

 

他と違うだけで……何でこんなに痛いの?

 

……助けてよ、誰か

 

___

__

_

 

「……っ! 」

 

汗をかきながら布団から飛びだすように起き上がる。

 

激しい運動をした後のように呼吸が荒く、汗も身体中に出て寝巻きが少し濡れており、気持ち悪い目覚めになってしまった。

 

「……昔を思い出しちゃったな 」

小さい頃、俺が天城母さんに会う前の頃の事だ。最近は思い返せずにいたが、こうして急に夢に出てくるとなると心の中では気にしているんだろう。

 

重桜では、獣の耳や鬼の様な角が生えて生まれくる人が多く、それが重桜の人と認識される印となっていた。だから、頭の上に何かが生えている=重桜の人が世界の認識だ。

 

だけど、たまに重桜には頭に耳や角が生えてこずに産まれる物もいる。それが【かごなし】と言われている。

 

そんな俺もその1人だ。頭の上に垂れ耳の様な物があるのは髪であり、昔からのくせ毛見たいな物だ。このくせ毛を弄りながら体を起こし、窓の外の太陽の光を浴びて今日も一日が始まる。

 

「優海ー?ご飯が出来ましたよ〜 」

 

「今行くー! 」

 

さて、今日のご飯はなんだろうか?

 

 

 

 

今日のご飯は目玉焼きにウィンナーと少し軽めだった。まぁいつも多いからこのくらいがちょうどいいかも知れない。

 

皮はパリッと中はジューシーなウィンナーを噛むと肉汁が溢れ出し、朝からいくらでも食べれそうだった。

 

「優海が入学してから2週間が経ったのですね。最初は心配で心配でしたが、慣れて来た感じですね 」

 

「うん。皆良い人だし、顔見知りも多いから安心したよ 」

 

「本当に成長しましたね。 小さい頃は人との付き合いを断っていたのに…… 」

 

「……うん、そうだね 」

 

セイレーンに元いた場所を壊されて居場所を失って、そうして出会ったのが天城母さん達だけど、それだけじゃない。

 

他に出会ったのは……迫害だった。

 

耳が無いからと新しい学校では虐めを受けられ、俺はまともに友達が出来ずにいた。何とか小学校は卒業したけど、中学校からはほぼ学校には行けなくなった。

 

次はどんな事されるか分からない恐怖で身体も震え、外に出ることすら出来なくなった時期もあった。

 

……いや、この話はもうしないでおこう。朝から辛気臭い気分にはなりたく無いし、話していても楽しい事じゃない。

 

「ご馳走様。じゃあ行ってくるね 」

 

いつも通り鞄を背負い、いつも通り学校に行く。今日の授業は空母クラスでの授業だ。空母クラスって他と違って航空戦術とかあるか結構大変なんだよなぁ……

 

 

 

 

 

「……で、あるので空から攻める際は3次元的に空間を把握する必要があります。下からの対空砲や、同高度での機銃を同時に対処するのは難しいので、まずは爆撃機を使っての掃討を…… 」

 

ユニコン空母であるレンジャー先生の授業を聞き、ノートに書き込んでいると授業終わりのチャイムが鳴った。丁度キリが良かったのかレンジャー先生も丁度授業を終え、挨拶を済ませた。

 

「あら、もう時間なのね。では今日はここまで。ちゃんと復習するのよ 」

 

「あ、待って下さいレンジャー先生。ちょっとこの辺り質問なんですけど…… 」

 

俺はノートを持ってレンジャー先生に分からなかった所をの質問をすると、レンジャー先生は口頭だけではなくノートの端に分かりやすい図式を使ったアドバイスもしてくれた。

 

「この場合は……この隊列を使って攻めた方が空母も動きやすいと思うわ 」

 

「ふむふむ……なるほど、ありがとうございます。レンジャー先生 」

 

「確かこの前の授業もこうして質問してくたわよね?前の学校でもそんな感じだったのかしら 」

 

「うっ…… 」

 

レンジャー先生の言葉に後ろめたさが溢れてしまい、思わずレンジャー先生から目を逸らした。

 

「すみません、俺中学あんまり行ってなくて…… 」

 

「え?それはどうして……あっ 」

 

レンジャー先生は何かに気づいたのか、申し訳無さそうにしていた。多分だけど、指揮官だからそれなりに俺の経歴を記載されている書類とか目を通しており、そこに書かれていた事を思い出したのだろう。

 

「ご、ごめんなさい。貴方って…… 」

 

「いいんです。昔みたいにはなってないし、俺自身もうそんなに気にしてませんから。じゃあ、帰ります。質問、ありがとうございました 」

 

こうは言ったがやはり心に引っかかりが残ってしまい、上っ面の笑顔で教室から出ていった。

 

気分も心なしか重くなり、それが足取りを重くさせた鉛の様に俺の足を引きづらせた。

 

「はぁ……朝から変な夢も見るし、気分転換にあの人のお店にでも行こうかな 」

 

昔ながらの店に顔を出す為に早く帰りの船に乗ってそのまま家がある所とは違う島まで乗ることとなった。

 

揺れ動く船の中の手持ち無沙汰は変わらず、折角だからノートを開いて今日の授業の復習をする。レンジャー先生の教えもあって今日はかなり捗りそうだ。

 

船の揺れもこうして集中すれば案外いい物だ。海の潮の香りも集中力を持続させているし、船の中の勉強も悪くなかった。

 

「……ねぇ、あの人って 」

 

「あの制服……噂の指揮官じゃない?何でかごなしが指揮官になれたんだろ 」

 

「他の陣営を退いて指揮官になれたのは良いけど……何でかごなしなんでしょうね。カミの加護を得れてない呪われた存在なのに…… 」

 

(聞こえてるんだけどな…… )

 

反対側の席から重桜陣営らしき人達の小さな声が聞こえ、かごなしである俺が指揮官になった事の不満について語っていた。

 

もしかしたら聞こえるように言ってるかも知れない。思わず目を合わせるとその人達はまるで汚いゴミを見たかの様に嫌悪の目を浮かばせ、その席から移動してしまった。

 

「……はぁ 」

 

少しずつだけど重桜は変わって来ている。新しい神子が変わった2年前、かごなしに対する偏見は間違っていると宣言してくれたあの日から、昔のようにかごなしが迫害される事は無くなった。

 

だが、こんな風に小さな迫害は無くならずにいた。それはそうだ。こんな偏見は間違っている。するべきでは無いと偉い人が言っても一人一人の感性までは変えられない。

 

昔からずっとあるこの偏見や迫害は思っている以上に人々の心に根強いているのだから、これを取り除くとなれば、相当な時間をかけるか或いは……

 

『次のニュースです。重桜の神子様である長門様が迎桜(けいおう)の儀の準備が完了したとの事、今カメラにはその会場が映し出されております 』

 

「まぁ、もうそんな時期なのね 」

 

「今代の神子様はどの様にして迎春の儀をするのか楽しみだわ〜 」

 

迎桜の儀式……重桜に古くから伝わる伝統行事の1つであり、大体的に行事の1つだ。

 

重桜は他の陣営と違い、桜が年中枯れず咲いてるいるのが特徴の1つであり、最初にそれがカミの恵みだとされており、重桜にとって桜は身近でありながら象徴的な物の1つとされている。

 

重桜ではカミという絶対的な信仰の対象が存在し、それを崇める為の儀式の1つが迎桜の儀だ。

 

迎桜の儀は主にその桜の加護に感謝……言わば、最初に恵みをくれた事に感謝し、今後ともその恵みが続きますようにと願う儀だ。

 

夏には海の恵みに感謝して願う迎海の儀、秋は豊作を願う迎豊の儀、冬は雪と共に今年の恵みに感謝し来年の恵みを祈る迎祈の儀と年内で4つある。

 

それを代表してカミに祈りを捧げるのがカミの声を聞けるという神子様……今は変わったから長門という子になっている。

 

ちなみに……彼女もKAN-SENだ。KAN-SENが神子になるのは初めであり、皆も注目している。

 

「……頑張ってるな、長門 」

 

テレビには巫女服を来た少女が映り、彼女が長門だ。……また会える日が来るかな。

 

「あれー?指揮官じゃん、こんな所で奇遇だね 」

 

船の奥から女性から声をかけられ、振り向くと見知ったグループが目に映った。

 

「あ、コンコード。それに……マーブルヘッドと熊野もいるんだ 」

 

「やっほー指揮官、お久しぶりでーす 」

 

「ちーす 」

 

「ち、ちーす? 」

 

「お、指揮官ノリが良いですね〜 」

 

マーブルヘッドの挨拶にぎこちないにしろ合わせ、コンコード達は俺の周りの空いてる席へと座り、熊野が俺の隣に座った。

 

「熊野はいいとして……コンコードとマーブルヘッドって確かユニオンの出身だよね?重桜に何か用なの? 」

 

「熊野の話で〜重桜にすっごく美味しい和菓子がある店があるからって気になったんですよ〜 」

 

「そうそう、だから一緒に連れてきたってわけ! 」

 

「そのお店って、鳳翔さんがいるお店? 」

 

「そうそう……って指揮官知ってんの!? 」

 

「うん、しかも常連だよ 」

 

誇らしげに言うと熊野は食いつくように羨ましがってくれた。

 

「えー!?じゃあ常連さんの裏メニューとかある訳でしょ?熊野最近知ったからまだ頼め無いんだよね〜チラッ? 」

 

熊野だけじゃ無く、コンコードとマーブルヘッドも両手を握って上目遣いで目を輝かせ、俺に裏メニューの提供を願っていた。

 

「ねぇ指揮官〜?お ね が い♡ 」

 

「ダメだよ、ちゃんとお店のルールは守らないと 」

 

「指揮官ってやっぱり真面目だねー 」

 

「指揮官だからね 」

 

『まもなく〜重桜 ーー島〜 』

 

「ん、着いた見たいだね。それじゃあ折角だから一緒に行く? 」

 

「さんせー! 」

 

後から合流したが、目的が一緒だから折角なので熊野達と一緒に鳳翔さんのお店へと足に出向く。

 

何だかこういうの漫画見た青春の1ページ見たいで何だかニヤニヤしてしまう。友達と一緒に放課後どこかに遊びに行く……こういうのは初めてだから心がウキウキしてしまう。

 

笑みを零しながら船を降り、そのまま商店街の方まで行くと、辺りはかなり盛況していた。

 

「おお〜なんか盛り上がってるね〜 」

 

「多分だけど迎桜の儀の影響だと思うよ。この時期はかなり盛況になるし、重桜も5日間休みになるしね 」

 

「5日も!?……って、じゃあ学園はどうなるの? 」

 

「授業の遅れに差が出るから休みだよ。ほら、学園アプリにも書いてある 」

 

「おお〜本当だ!これは重桜様々だね 」

 

「それにしても5日間も休みだなんて、そんなに大掛かりにするんだねー 」

 

「5日かけてやるからね 」

 

迎春の儀は一日では終わらない。というより、準備中含組めて5日やるのだ。

 

まずカミに祈りを捧げる為の準備に1日。これはカミを迎え入れる準備の意味合いを兼ねているらしい。

 

次にカミを迎える時のおもてなしの為の祭り。カミが飽きない様にする為に皆で最後の日まで盛り上がる。これで2日目。

 

次にカミの声を聞き、その声を神子が伝えるのが3日目。

 

次にカミに感謝の気持ちを抱きながら、カミを労う祭りをするのが4日目。

 

そして最後に……神子が神木【重桜】に祈りを捧げ、カミを見送り、魂の安らぎを与えるのが最終日だ。

 

大分大雑把に迎春の儀を説明し、あまりの大行事にマーブルヘッドとコンコードは関心を超えて驚愕していた。

 

「へぇ〜凄いね、重桜。あれ?なんか重桜って言葉が出てきたけど、重桜って陣営の名前じゃないの? 」

 

「確かに重桜は陣営の意味もあるけど、俺達にとっては、あの大きな桜の木が重桜なんだ 」

 

ここから見え程巨大な桜の木に指を指した。指の方向にある桜の木は天を貫く程大きく、重桜の陣営内ならどこでも必ず見える程大きな木だ。

 

あれが神木【重桜】。重桜の中心にあり、決して枯れることも無く、花びらがちっても直ぐに花びらが再生する不思議の木だ。一説によると、あそこにカミが住んでるらしい。

 

「わぁ……おっきい 」

 

「枯れない木……気になりますね! 」

 

「不思議な木でしょ?どんなに研究されても原因不明だから、ちょっと怖い気もするけどね 」

 

「そんな事より早くお店行こうよ! 」

 

「それもそうだね。じゃあ付いてきて 」

 

商店街を案内しながら熊野達を案内し、これから和菓子を食べると言うのに、熊野はその辺の店から団子やら八つ橋を買っては食べ、コンコード達も同じ様な事をしていた。

 

「全く、お腹いっぱいになっても知らないよ? 」

 

「指揮官〜知ってる?デザートは別腹って事!んー美味しい〜! 」

 

「もう、気をつけ…… 」

 

後ろに振り返った瞬間、前に歩いてきた男性と肩がぶつかってしまった。

 

「あぁ!ごめんなさい! 」

 

「ちっ、気をつけろよな……かごなしが 」

 

男性は吐き捨てる様に言うと俺を睨み、謝りもせずに去っていった。この光景を見た熊野達はぶつかって来た男に対して嫌悪に満ちた目で睨んだ。

 

「なにアイツ、感じわるー 」

 

「指揮官、あまり気にしない方が良いよ。あんなヤツの頭が硬いだけだから 」

 

「いや、大丈夫だよ熊野。慣れてるから 」

 

「慣れてるって…… 」

 

「……ちょっとね。ささ!もうすぐで鳳翔さんの所だよ! 」

 

胸に針が刺さり続ける痛みを堪え、商店街の坂道を登った所に1軒のお店が目に入った。あそこが鳳翔さんのお店だ。

 

知る人ぞ知る風貌を漂わせており、茶屋にしてはとんでも無いほど美味しく、料理の腕は天城母さんにも引けを取らない腕前だ。

 

久しぶりに入る店の扉を開けようとすると、脇道の方に何か不穏な気配を感じた。

 

「ちょっと……離してよ! 」

 

脇道の茂みに目線を向けると、何やら数十人規模で2人の女性を囲んでいた。その状態を維持するようにそのまま森の奥まで移動し、ますます不穏な空気が流れ出た。

 

「ん?指揮官、どうしたの? 」

 

「ごめん、先に店に入ってて 」

 

熊野に荷物の全てを預け、茂みの奥に足を踏み入れ、薄暗い森の中を静かに進む。結構深い森のせいで視界も悪く、しかも夕暮れだから周りをよく見ないと迷いそうだ。

 

(何だか懐かしいなぁ……昔こんな風に探検して迷子になって、それから…… )

 

あの子と出会ったんだ。でも今はそんな風に考えている余裕は無い。森を探ると不自然に枝が折られている木を発見した。その木を観察すると、意図的に手で折ったのでは無く、不意に体に当たって折れた痕跡だった。折られた枝が風化してない事から、かなり近い筈だ。

 

「この……離して! 」

 

「……!かなり近い 」

 

女性の叫び声の方向を頼りに森に進み、少し開けた所に女性2人を囲んだ多くの男性がいた。数はざっと12人……どうやら仲良く遊ぶという雰囲気では無さそうだ。

 

男性達に囲まれているのは……白髪の長髪の女性に茶髪のポニーテールの女性……いや待て。あの2人、見た事あるぞ。確か名前は……そう、翔鶴と瑞鶴だ。

 

重桜の空母であり、同じ一年だけど姉妹って聞いた事がある。同じ重桜出身で話な事もあり、それなりに仲は良い……とは思う。そんな彼女達が一体どうしてここに……

 

「貴方達、こんな所に連れ込んで、ナニかする気何ですか? 」

 

「ご想像通りだよ。あんたらKAN-SENなんだろ?KAN-SENはいい女が多いって聞くけど本当だなおい 」

 

「わぁ、最低ですね。いい加減そのくっさい口を閉じて下さいよ 」

 

こんな状況なのに翔鶴の毒舌は止まらず、それに怒りを覚えた男性の1人が翔鶴の顔を右手で殴った。

 

その光景の一部始終を見た俺は、ある光景を思い出すと同時に、胸の奥から怒りの火が込み上げつつあった。

 

「翔鶴姉!あんた達、翔鶴姉に何するの! 」

 

「その女が減らず口を叩くからだ!何だ?それとも抵抗すんのか?KAN-SENが善良な一般人に危害を加える気か?あぁ? 」

 

「くっ…… 」

 

(なるほど、そういう事か…… )

 

翔鶴達は、あの男達に無理矢理連れてこられたんだ。KAN-SENは一般市民に危害を加えてはならない。これはKAN-SENが守るべき規律でもあり、制約見たいな物だ。

 

もしもKAN-SENが一般市民に危害を加えたら、その艤装は解体され、中にあるメンタルキューブの因子を取り除かれてしまい、学園を退学させられてしまう。

 

勿論、こんな風に正当防衛や明らかにあっち側が悪い状況なら抵抗が許されるけど、ここでは証拠が無い。

 

携帯で現場を撮って証拠として残す事をしようとしたが、ポケットの中に携帯が無い。

 

……そういえば、熊野に携帯も荷物も全部預けたんだった……!俺の馬鹿っ!

 

「そ れ に、かごなしに抵抗の権利があると思ってんのー?大人しく俺達に身を預けなよ 」

 

「……何それ、頭の上に耳が無くて、尻尾が無いからって他とは違う何かに扱っても良いって訳!?冗談じゃないよ!私達も同じ重桜で生きてるの!」

 

「はぁ〜めんどくさ、かごなしの癖に偉そうにしちゃって。おい、口とか塞げ 」

 

「ちょ……いや!離し…… 」

 

「やめなさい!瑞鶴は……んつ 」

 

「かごなしの癖に!お前らなんか誰も助けねぇよ 」

 

「いや、いるよ。ここに 」

 

「っ!誰だっ!? 」

 

男性全員が俺の方に顔を向け、俺は木の影から姿を見せた。今、俺の顔はどうなっているんだろう。分かることと言えば……凄く、いや……物凄く怒っていると言うことだ。

 

「んー!んんん! 」

 

「あぁ?お前誰だよ 」

 

「待ってくれ。あの男の制服……アズレン学園の、ということはアイツまさか 」

 

「そう、その子達の指揮官だ 」

 

指揮官と名乗ると男性達はざわめき始めた。今の世界にとって、指揮官という存在は大きくもなければ小さくも無い。

 

だが、いずれはKAN-SEN達を率いてセイレーンを倒す中心人物になるから、それなりに影響力はある。言うなれば世界を背負う卵みたいな物だ。

 

それなりのサポートは手厚く受けられるし、かなり優遇されてると言えばされる。その為、指揮官というステータス目当てでなる人間は少なからずいた。

 

「くく、まさかお前の方から出向くなんてな 」

 

すると奥から何やら風貌が少し違う男が出てきた。このグループのリーダーだろうか……?その割には随分と身なりが良すぎる様な気がするけど。

 

「久しぶりだな 」

 

「……ごめん、誰だっけ? 」

 

「ぐっ……貴様と同じ指揮官選抜に出てたんだ!この顔を見ろ! 」

 

と言われてもな……あの時指揮官になる為がむしゃらだったからほとんど顔を覚えてないのが現状だ。しかも、あの時は重桜以外にも全ての陣営の人が集まってたから、いちいち顔なんて気にする暇も無かった。

 

「……ごめん、本当に覚えてない。それよりも、君がこの人達をまとめてるの?だったら瑞鶴達を離してほしいんだけど 」

 

「かごなし如き、僕に指図するな。だが、当初の目的の手間が省けてなによりだ 」

 

男達は数人で俺を囲い、残りの数人は瑞鶴と翔鶴の傍に残った。

 

「最初はこいつらを餌にしてお前の事を釣ろうと思ったが、まさかお前がここにいるとは好都合だよ 」

 

「目的が俺なら2人を離しても良いんじゃないの 」

 

「いや、あのかごなしKAN-SENには使い道がある 」

 

リーダー格の男が指を鳴らすと、奥の男達は瑞鶴と翔鶴の顔に瑞鶴が持っていた竹刀を奪い、それの先を瑞鶴の頬に向けた。

 

「こいつらは人質見たいな物だ。抵抗すればこいつらがどうなるかな〜?まぁ、かごなしのこいつらはどうなってもいいが」

 

「っ……!そこまでして、俺に一体何をさせたいんだ……! 」

 

ここまでくると怒りが抑えられない。握った拳に血管が浮き出し初め、眉間にはかなりのシワが寄っているのだろう。自分でも驚くぐらい体が震え、今なら痛みさえあまり感じられない程頭に血が上っているのが分かる。

 

そんな俺を見てリーダー格の人は少し気圧されつつも、傲慢な態度を示してある事を言ってきた。

 

「決まってるだろ。お前から指揮官の椅子を下ろさせる為さ。おい、やれ 」

 

リーダーが合図すると竹刀を持った男が瑞鶴の腹に突きをすると、瑞鶴は声にならない叫びを上げた。

 

「〜〜!!! 」

 

「お前っ……!! 」

 

「おっと、俺達は何もしてないぞ?やるならアイツにしてくれよ。まぁ、行きたいのならこの場にいる全員を倒さないとな〜?何もしてない奴を倒したらどうなるかなー? 」

 

リーダーの奴は携帯を向けており、どうやらこの様子を録画しているのだろう。男の狙いは俺を指揮官から下ろさせるという事から、暴力沙汰をさせたいのだろう。

 

指揮官が何もしていない一般市民に暴力をさせた……という体で言えば、証拠が無い今俺に弁明の余地は難しい。

 

それにリーダーの風貌からして重桜でもまぁまぁ上の立場の人間……発言を握りつぶすのは容易だろう。

 

つまり状況はこうだ。瑞鶴と翔鶴を助けたければ、この人達を倒せという事だが、もしそうなったらあっちの言い分で俺は指揮官から下ろされる。

 

指揮官のままで居たいならば、ここの人達に気の済むまで殴られ続けろ……という事だ。

 

「ははは!かごなし風情が指揮官になるのは間違っているんだよ!かごなしは黙って日陰にでもいろってんだよ! 」

 

「……黙れ 」

 

「ふん、負け犬の遠吠えだな。あぁ、でも耳がないからそれ以下か。……やれ 」

 

俺を囲む男達は徐々にその円を狭めるように笑いながら近づいてきた。……どうやら、この人達もかごなしに対しては何とも思ってないのだろう。

 

「へへ、かごなしだからいくら殴ってもいいのはスカッとするぜ。最近嫌な事ばかりだからな……ストレス発散させろや! 」

 

「……ごめんだけど、殴られるつもりは無いよ 」

 

後ろから殴り掛かる男の右ストレートをノールックで交わし、横に通った腕を掴み、そのまま背負い投げで男を地面に叩きつけた。

 

地面に叩きつけられた男はろくな受け身を取れずに凹凸な地面に背中から脳に向かって衝撃が受け止めきれず、気絶した。

 

「なっ、お前……!し、指揮官を……その地位を捨てるのか!? 」

 

「捨てる 」

 

たった3文字の言葉で周りの人達はギョッと驚き、動きを止めた。

 

「ば、馬鹿な……指揮官だぞ!?将来全ての陣営のKAN-SENを支配し、英雄になれるかも知れないんだぞ!?それを……捨てるだと!?」

 

「俺は瑞鶴と翔鶴を守りたい。それだけだ。指揮官を捨てるだけで助けられるなら、いくらだって捨てるよ! 」

 

瑞鶴と翔鶴達に向かって俺は走り、その進路上にいる男の股をすり抜けるように股下をスライディングし、そのまま一気に竹刀を持った男に向かって飛びかかる。

 

「くそっ……なんだコイツの動きは! 」

 

竹刀を持った男はダメ元で振り回していたが、そんな雑で遅い攻撃を当たる通りは無い。竹刀を振り下ろした瞬間を見極め、竹刀を蹴り上げると竹刀は回転しながら森の奥へと行き、武器を失った男は混乱した。

 

その隙に男の顎に拳を突き上げ、男は下からの攻撃に踏ん張りきれずに宙に浮き、一発で気絶した。

 

「2人共大丈夫!?」

 

急いで瑞鶴と昇格の縛った縄を解き、同時に口に突っ込まれた布を取り出し、瑞鶴と翔鶴は自由となった。

 

「ケホケホ……し、指揮官、どうして?私達、貴方とあまり話した事無いのに…… 」

 

「関係ないよ。助けられる人を助けないと、俺は俺を許せないから 。かごなしだろうと、他の陣営だろうとそれは関係ないから 」

 

「指揮官…… 」

 

「早く逃げて! 」

 

「でも…… 」

 

「良いから!俺、結構強い……と思うから 」

 

「逃がすと思ってるのか? 」

 

いつの間にか男達が俺たちを囲み、逃げ場を完全に失ってしまった状態になった。

 

「あーあ、これは行けないな〜指揮官が善良な市民に暴力を振った動画が取れたな。これをアズールレーン上層部に報告すれば……お前は終わりだな 」

 

携帯には俺が男を背負い投げしたり、瑞鶴の近くにいた男を殴り飛ばした動画が映し出されていた。

 

「そんな嘘の動画、直ぐにバレるに決まっている! 」

 

「いーやどうかな。僕の父さんは結構良い立場にいるんだ。きっと分かってくれるさ 」

 

「あらあら〜パパがいないとなーんにも出来ないなんて、指揮官になれないのは当然ですねー 」

 

「この女っ……!」

 

図星をつかれた彼は激情に駆られるように怒りを顕にした。

 

「指揮官、瑞鶴と一緒に逃げてください。この人達はそれ程強く無いので、私だけで行けますよ 」

 

「そんな!翔鶴姉、私も…… 」

 

「貴方がKAN-SENを捨ててまで出る必要は無いわ。指揮官も、赤城先輩や他のKAN-SENと仲が良いですから、きっと弁明はできます。だから早く! 」

 

「翔鶴姉っ! 」

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて 」

 

心配させまいと翔鶴を笑顔を浮かべたその時、奥の方から男の悲鳴が聞こえた。

 

「な、なんだコイツ!? 」

 

「この野郎……ぐぁっ!」

 

突然奥の方の男が吹き飛ばされ、誰しもが異変が起きた方向に顔を向けると、奥の方からゆっくりと歩く人影が現れ、その人影の左手にはさっき蹴り飛ばした瑞鶴の木刀を持ち、顔を隠すような狐の面を被った黒コートの男が歩いてきた。

 

「だ、誰だっ!? 」

 

たじろぐ男に顔を向けると、木刀を構え、狐の面を被った男はこういった。

 

「通りすがりの狐さん……かな? 」

 

狐の面の裏の口の口角が上がり、男の人は優しく笑っていた。




アズールレーン学園設定事項

・かごなし

重桜には頭の上に耳や角が生えて産まれて来るのが一般的だが、稀に耳や角が生えてこずに生まれる者がいた。

人々はそれが重桜の加護を受けられず、呪われた存在だと畏怖し、呼ばれた蔑称が【かごなし】と言う。

長い事かごなしは迫害を受けてきたが、最近になってその認識が改められた。

しかし重桜ではまだ根強くかごなしに対しての否定的な見方が少なからずいるのが現状。



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キツネの助言

 

「通りすがりの狐さんかな 」

 

森の奥深くでそう名乗る男がいた。彼は狐のお面を被って顔を隠しながらも、その隠しきれない強者の風格を漂わせていた。

 

「流石に3人に対してその大人数は無いだろ 」

 

「だ、誰だお前! 」

 

「そっちは名乗ってないのに名前を言う義理は無いね 」

 

狐の面の男は俺達を守るように前に立つと、ポンと俺の肩を叩いた。

 

「もう大丈夫。ちょっと見てたけど、君はやっぱり凄いね。指揮官を捨てるなんてそうそう出来る事じゃ無いよ 」

 

「え……あぁ…… 」

 

「だけど指揮官を捨てる必要は無い。ここから先は、俺一人で充分だ。あ、そうそう、この剣借りてるけど良いよな? 」

 

狐の面の彼は瑞鶴に向かって竹刀を今更ながら借りようとしており、瑞鶴は戸惑いつつも首を縦に振った。

 

「うん、ありがとう 」

 

「何ごちゃごちゃ言ってんだ!! 」

 

「危ない!後ろ! 」

 

「大丈夫 」

 

狐の面の男の背後に石を持った男が両手を持って振り下ろしたが、狐の男はそれを振り返りもせず交わし、左手に持っていた竹刀を叩きつけるように振り回し、男の顔面に直撃した。

 

「よっと 」

 

軽々とした態度で竹刀を振り、易々と男を吹き飛ばした狐の男は竹刀の使い心地を確かめるように回した。

 

「おぉ、これ意外と使いやすな。そんじゃ、行くか 」

 

颯爽と男達の集団に狐は走り、軽やかな動きで男達の攻撃を交わし、次々と竹刀を振っては一撃で男たちを倒し、気絶させた。

 

「この……やろっ! 」

 

掴みかかってくる男を飛び越えて踏み台にして高くジャンプし、落下の勢いを使って狐はかかと落としを繰り出した。

 

野生の動物の様な軽やかな動きは、本当に狐が人の形をしたかの様に思えた。……まさか、本当にキツネさん?

 

「凄い……無傷であの数を軽々と…… 」

 

何十人いたのか分からなかったのに、あの男……なんて戦闘能力だ。間違いなく普通の人類の中では最強の部類に入るだろうし、艤装を展開してないKAN-SENにも引けを取らないレベルだ。一体何者だ……?

 

「お、お前ら!囲め!囲んだら流石に手が出せないはずだ! 」

 

男たちは狐を囲み、じりじりと距離を詰めて行った。あれでは1人ずつ倒してもキリがない。

 

すると狐の人は竹刀を力強く両手で握り、腰を落として竹刀を肩に乗せるようにして構えた。

 

「今だ!一斉にやれ! 」

 

リーダー格の男の指示で男達は全員狐の人に向かって飛び交ったその時、狐の人は腕を伸ばし、竹刀を力強く体ごと振り回した。

 

自身を軸として振り回した勢いは凄まじく、竹刀を振った所に男達が吹き飛ぶ程の風圧が生まれ、囲んでいた男達は全員吹き飛び、その風圧は俺たちがいる所まで届いた。

 

「凄い…… 」

 

その強さを間近で見たせいか、リーダー格の男は冷や汗をかき、腰が引けていた。

 

狐は竹刀を身体の一部の様に使いこなし、あれだけいた男達は全員倒れ、残りはリーダー格の男だけとなった。

 

「あとはお前だけだな。そんな安全な所でふんぞり返って無いで、お前も戦って見せろよ 」

 

「ふ、ふざけるな!指揮官がそんな前線に出るもんかよ! 」

 

「来ないならこっちから行くぞ 」

 

岩の上にいたリーダー格の男を追い詰める為、岩肌の僅かの足場を見つけては躊躇無く飛ぶと、その僅かな足場を滑らせること無くトランポリンの様にリズム良く飛び、リーダー格の男の前に立った。

 

「よっと、さて……どうしようかな 」

 

「ひ、ひぃ!なんだお前は! 」

 

「そんなに驚くな。ただお前にはちょっと行くとこ行ってもらうだけだ 」

 

狐の男はリーダー格の男に携帯を見せると、そこには俺が見てない一部始終の映像が映し出された。

 

瑞鶴と翔鶴が連れ去られ、殴られた映像を見たリーダー格の男はついに腰が抜けるように倒れ込んだ。

 

「KAN-SENを連れ去り、更には暴力と……これはダメだな 」

 

「ぼ、僕は知らない!僕はたまたま見ただけだ! 」

 

「まぁ別にそれならそれでいいんだが 」

 

「こ、こんな所にいられるか! 」

 

リーダー格の男はものすごい逃げ足でこの森から去り、狐の男は疲れたのか大きなため息を吐いて俺たちの元まで軽々と飛んだ。

 

「やぁ、大丈夫かい。優海君 」

 

「は、はい。……って、なんで俺の名前を……!?」

 

「そりゃあ、君の事を知ってるからさ 」

 

そう言って男は狐の面を外すと、そこには海のような髪と目をした男……マーレさんがいた。

 

「ま、マーレさん!? 」

 

「やぁ、優海君。久しぶりだね 」

 

「指揮官、知ってる人? 」

 

「うん、ちょっとね。だけど鉄血に行くって言ってたのに…… 」

 

「いや〜ちょっと野暮用というかなんというか 」

 

すると突然誰かのお腹の虫が大きく鳴り、鳴らした張本人が照れ隠しをするように笑った。

 

「あ……あはは、ごめん俺だ。あぁ〜この近くに食べられる所ってある 」

 

「えぇ。まぁ……一応。そうだ、瑞鶴と翔鶴もおいでよ。傷の治療とかも出来るところだし 」

 

「……うん、わかった 」

 

「断る理由はありませんね 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまーっ!やっぱり重桜のご飯は美味しいな。ウチのロイヤルとは大違いだ。あ、この白だし茶漬けってやつおかわり! 」

 

(さりげなく自分の陣営の料理の悪口言ってないか…… ? )

 

「良く食べるわね〜優海君と同じ顔だから最初に見た時は驚いたけど、いい食べっぷりで作りがいがありますね 」

 

「ほ、鳳翔さん!私何か手伝いましょうか? 」

 

「大丈夫ですよ〜貴方達はお客様なんですから 」

 

瑞鶴が手伝いを名乗り上げたが、鳳翔さんは笑って断り、テキパキと食べ終えた皿を取り下げ、新しい白だし茶漬けを作った。

 

「まさか鳳翔さんのお店があるなんて……知らなかった 」

 

「……えーと、鳳翔さんってそんなに有名な人なの? 」

 

「指揮官知らないの!?鳳翔さんは初の空母KAN-SEN何だよ! 」

 

「俺が小さい頃から結構お世話になったけど……知らなかった 」

 

「えぇぇ!? 」

 

瑞鶴は机に乗り出す勢いで俺に鳳翔さんの凄さを延々と聞かされた。

 

「それにしてもかごなしですか〜古臭い人種差別ですね 」

 

「ホントそれ。角が無いなら私達も呪われた存在って訳でしょ?大きなお世話だってーの 」

 

コンコードが抹茶パフェを食べ続け、ここにはいないかごなしに対して批判している人に向けてそう叫んだ。

 

「最近では長門ちゃ……長門様がかごなしに対する偏見が間違っていると言ってから風当たりはマシになったけど…… 」

 

さっきみたいに差別をしている人はやっぱりしており、かごなしに対しての嫌悪はまだまだ拭い切れてなかった。

 

現に、かごなしの癖に指揮官になっているのはおこがましい。って言われたばっかだし……

 

「指揮官、どんな事言われても熊野達が守ってみせるから!KAN-SENは指揮官を守るのも大事な事だし 」

 

「そうっすよ指揮官、私達にドーンと任せて下さいよ〜

 

「そうそう。あ、抹茶パフェおかわり〜 」

 

「……うん、ありがとう 」

 

まだ2週間程度の学園生活でここまで言っくれるのは本当にありがたい。心なしか涙まで溢れ出そうだった。

 

「ささ、瑞鶴と翔鶴も食べてみてよ。ここの団子は美味しんだよ 」

 

「ではそうしましょうかね。瑞鶴は何食べる? 」

 

「じゃあ……この魚雷天ぷら大盛りで! 」

 

瑞鶴と翔鶴も徐々に元気を取り戻しつつあった。色んな注文に鳳翔さんは涼しい顔で注文を聞きつけ、テキパキとパフェや団子、そして天ぷらが次々とテーブルに並べられた。

 

……何で魚雷の周りに天ぷらがあるんだろう。明らかにKAN-SEN様だけどこれ……食べれるの?

 

「おぉ〜美味しそう!いっただきまーす! 」

 

瑞鶴が揚げたての魚雷天ぷらを一口食べると、ここからでも衣のサクサクという食感が聞こえ、美味しそうに食べていた。

 

……うん?あれって中身魚雷……だよね?え?食べた?中はどうなってるんだ?様々な疑問が浮かび上がり、もしかしたら人間でも食べれるのでは無いかという飛躍した考えに至ってしまい、俺は魚雷天ぷらについて考えるのを止めた。

 

「白だし茶漬けおかわり!あと釜飯と……ん?カレーうどん?カレーにうどんってどういう事だ?それも追加で! 」

 

「マーレさんよく食べますね……というか、鉄血に行くって言ってたのに、なんで重桜に? 」

 

「ん?あぁ、もうすぐ迎桜の儀があるだろ?それを見に来たって訳だ。去年は見れなかったから、今年こそはと思ってな 」

 

「それで重桜に……じゃあ、さっきの仮面は? 」

 

「あぁ〜それは…… 」

 

「ロイヤルのマーレ……もしかして、マーレ・テネリタスじゃないすか? 」

 

「え、よく分かったねマーブルヘッド。そうそう、この人のフルネームはマーレ・テネリタスで…… 」

 

「その人……もしかしたら、ロイヤルの中でも結構偉い方だと思いますよ 」

 

「……えっ? 」

 

「はーい、白だしと釜飯とカレーうどんお待ちどうさま〜 」

 

マーブルヘッドがとんでもない事を口走ってもマーレさんは食べる手を止めなかった。

 

「おっ、来たきた。頂きまーす 」

 

偉い人と言われた人が今呑気にカレーうどんをフォークとスプーンで食べてるんだけど……

 

「ん?どうしたんだい皆? 」

 

「マーレ・テネリタス……その人、ロイヤルの英雄の家系ですね 」

 

「ふぉ〜ほふひっへるなー(おぉ、よく知ってるなー )」

 

「食べながら喋るのやめませんか? 」

 

そう指摘するとマーレさんは慌てて麺をすする事をせず、一旦麺を噛みちぎって口の中にある麺を飲み込んだ。

 

そう言えば重桜意外の人って、麺をすするという事はあまりしないんだっけ。

 

「……ゴクン。あぁ、まぁ一応その英雄の末裔だけど 」

 

「そんな人がなんでカレーうどんを食べてるんですか…… 」

 

「まぁまぁ、良いじゃないか。細かいこと気にするの 」

 

細かい事って……まぁ、今は気にする事じゃないか。

 

「狐の面は記念に買っておいたもので、その後そこの瑞鶴の叫び声が聞こえて追いかけたら……集団で虐められると来たものだ。助けようと思ったその時…… 」

 

「俺が出てきたと 」

 

「そ、俺達は別人だけど顔は同じだ。もし俺が突っかかって動画を取られ、俺が君に成り代わられてあれやこれやと言われたら君に迷惑をかける。そこで出たのが、通りすがりの狐の面の人って訳だ 」

 

ようはマーレさんが暴力沙汰を起こしたら、同じ顔の俺に飛び火がかかる事を防いだ訳だ。もしそうなっていたら、あの男のように俺は見覚えのない罪で指揮官から下ろされていた事だろう。

 

「それにしても、貴方凄いね。相手の動きを全部避けたり、囲まれた時にはもう全員剣の風圧だけで吹き飛ばすなんて 」

 

「人間の俺が出来るんだ。KAN-SENだったら楽勝だろ 」

 

「人間にしては、随分と次元が違う動きでしたけどね 」

 

「テネリタスってロイヤルの伝説らしいですからね。一人で戦争を終わらせたり、誰にも死なせずに戦争を終わらせたとか 」

 

「凄いの次元を超えてような気がするけど……本当なの?マーブルヘッド 」

 

「さぁ、私も本で見ただけっすからー 」

 

そのなりで本を見ると言われると違和感が凄いな……マーブルベッド。

 

だけど、マーレさんの動きを見たからかその話はすんなり信じられる様な気がする。人間の筈なのに、それを超えた動きのマーレさんは颯爽と敵を倒し、危なげなく勝ち、まるで本当に出てくるおとぎはなしの王子様のようだった。

 

「それにしても、かごなしって古臭い人種差別で見てるこっちが嫌になりますよ 」

 

「そうそう、なーんでこんな事になってるんだろうね 」

 

「簡単さ、偉い人がそう言ったからさ 」

 

マーブルベッドと熊野の答えにあっさり答えたマーレさんはうどんを完食し、食べる手を止めた。

 

「そもそも差別自体は他の陣営でもやってきた事だ。ユニオンは肌の違いを、ロイヤルは貧富の差の立場で、鉄血は戦いに負けた場所の産まれだけで差別を行ってきた。そして、それは指導者が不安を駆られ、民衆にその思考を強要させたからだ 」

 

マーレさんの言葉に皆は手を止めて耳を傾かせ、静かにマーレさんの言葉を聞いた。

 

「人は偉い人の立場の言う事は正しいって思い込んでしまう生き物なんだ。この人がそうだから、そうに違いないとか、この人は有名だからこの情報が正しいって、人だけで判別してしまう。根拠より人って感じだね 」

 

「でも、間違いは間違いだって気づくはず! 」

 

「その通り、実際ユニオンでも肌の人種差別は小さな積み重ねで人権を勝ち取ったし、ロイヤルと鉄血ではまぁ……革命見たいな感じだけど自由を勝ち取ったしね 」

 

「じゃあ、重桜も力を合わせたら…… 」

 

「いや……それはちょっと難しいかもしれない 」

 

「え、ど……どうして 」

 

「他陣営から見ての意見だが、この差別ははっきりいって異常だ。俺もかごなしの事について質問した事があるが、その人はなんて言ったと思う? 」

 

マーレさんは湯呑みにある茶を飲むと、こう言った。

 

「前の神子様がそう言っていた。つまり、カミがそう言っていたから従うだけだって 」

 

「何それ。てことは神様の言うことは絶対ってこと?」

 

「その風潮がここ重桜ではかなり大きい。だけど、そこにこのかごなしに対する偏見が無くなるかもしれない 」

 

「どういう事? 」

 

「もうすぐで迎桜の儀が始まる。そこで今の神子様がかごなしに対する差別を無くす事を言えば、急には無理だと思うが、風当たりはマシになるはずだ 」

 

確かに……迎桜の儀という重桜全体でやる大規模の場所なら皆の耳にも届きやすい。

 

「でも問題は、その神子さんがそれをしてくれるかどうか…… 」

 

「言ってくれますよ。あの子なら 」

 

「ん?随分と確信めいた事言うね。神子さんと知り合いかい? 」

 

「え。あ……いや!そんなわけ無いじゃ無いですか!

 

俺は笑って誤魔化しながら慌てて三色団子を食べ進め、この話から逃げた。

 

「まぁ、つまりは迎桜の儀で全てが決まる……って感じかな。……ふぅ、うどんおかわり!」

 

この人まだ食べるのか……結局マーレさんはその後茶碗30杯とうどん10杯。団子に至っては40本ぐらいをペロリと平らげ、俺達はマーレさんの胃袋に若干ドン引きした。

 

それを見たせいなのか分からないけど、俺達も程々に満腹になり、店から出ようと勘定をしたが、マーレさんが全てのお金を払ってくれた。

 

流石英雄と言われる家系なのか、マーレさんの財布の中身には、溢れるばかりのお札が大量にあった……しかも万札……この人、色んな所で凄いな。

 

「ん〜美味しかった!マーレ、奢ってくれてありがとう!」

 

熊野やマーブルヘッド達がマーレさんにお礼を言うと、マーレさんは気にしない素振りで熊野達に笑った。

 

「いいよいいよ。俺も美味しもの食べれて良かったし、皆はもう帰るのかい?」

 

「俺は家に帰りますけど、皆は学園の寮かな?」

 

「私と翔鶴姉は家があるからそこだよ」

 

「私達は寮だから……船で別れそうだね」

 

「マーレさんはこの後どうするんですか?」

 

「とりあえず適当なホテル……いや、旅館に泊まるかな〜」

 

どうやら全員バラバラの様だ。陽も傾きつつあって、寮の帰宅時間も迫っている今、熊野達は急いで帰らないとまずそうだ。

 

その事に気づいたのか、普段余裕そうな態度を持ったコンコードもこればかりは焦っていた。

 

「ヤバっ!もう帰らないと!じゃあね指揮官〜!」

 

他の2人もコンコードを追いかけるように走っていってしまった。あの速さなら多分船に間に合うだろうし、心配する事は無いだろう。

 

「それじゃあ、俺はこの辺で失礼するよ」

 

「はい。今日は本当にありがとうございました」

 

「気にしないでくれ。じゃあ、俺はこれにてドロン!なんちて」

 

忍者のような口寄せをしつつも陽気にマーレさんは重桜の街へと消えていき、最後の最後まで海のようにおおらかな人だったなぁ……

 

「じゃあ俺達も帰ろうか。家はどの辺なの?」

 

「ここから少し歩く所だよ。指揮官は?」

 

「うーん、ちょっと遠いぐらい。まぁでも歩ける距離だよ。そこまで一緒に帰ろ」

 

「わーお、指揮官って見かけによらず大胆なんですね〜」

 

翔鶴がニヤニヤしながらそう言っていたけど、俺には何が何だか分からなかった。

 

「え……もしかして指揮官、下心とかそんなの無い感じですか?」

 

「下心……?俺は2人と帰りたいから誘っているだけだよ?」

 

当然のことを言うと翔鶴が頭を抱え、ふらついた足取りで瑞鶴の肩を持った。

 

「ねぇ瑞鶴、私あの人が赤城先輩の弟なの信じらないわ……」

 

「それは流石に言い過ぎだよ翔鶴姉……」

 

「だって!あの愛が重くて周りの人達全て焼こうとしている赤城先輩の弟がこんな純粋無垢な訳ないでしょ!」

 

「ん?赤城姉さんの事知ってるの?」

 

「それは当然ですよ〜あの人の悪名は私達空母の間では有名ですから」

 

「えぇ……」

 

「何やってるんだ赤城姉さんは……」

 

いや、でも何となくわかる気がする。赤城姉さんは思い込みが激しい所もあってすぐ行動に移すから、結構そんな想像が出来るのが怖い。

 

「まぁ、でもそれが赤城姉さんだから仕方ないかもね」

 

「達観してるね指揮官」

 

「家族だからかもね。それに赤城姉さん、根は良い人だからそれなりの理由があるのが大半だし」

 

まぁ、それで被害が出てるって言うのは本末転倒みたいだけどね……

 

「だけどあれでも凄い空母だからね!私も負けないように強くなって、今度は私が指揮官と翔鶴姉を守ってみせるよ!」

 

「うん、頼りにしてる」

 

「そうこうしてる内に家に着いてしまいましたね。では指揮官、私達はこれで失礼します」

 

瑞鶴と翔鶴の家らしき和式の家に辿り着き、ここで2人とはお別れだ。何かの縁だと瑞鶴と翔鶴から連絡先を交換し、俺も帰路へと歩く。

 

帰り道を歩いていると、小さな子供達が空き地で少人数でのサッカーをしており、その中の1人がかごなしだった。

 

今日の事があったからか気になってしまい、サッカーの行く末を見届けたが、虐めとかそんな雰囲気はなかった。むしろ、皆笑っており、楽しくサッカーのボールを蹴っていた。

 

「よーし行くぞー!」

 

かごなしの男の子がボールを蹴ると、ボールは後から書かれた跡がある白線の内側に当たり、見事ゴールを決めた。

 

「おぉ〜すげー!」

 

体が成長した俺にとってはそれほど強いシュートではなかったけど、小さな子供達にとってはプロのサッカー選手の様なシュートに見えたのか、みんなかごなしの子を囲んでシュートの撃ち方をせびていた。

 

一瞬、あの囲みは俺が体を蹴られたり殴られたりする集団リンチの光景と重なってしまったが、今の光景はそんな事は一切無かった。

 

普通に遊んで、普通に隣にいる。そんな当たり前の光景は俺には眩しく見え、羨ましくも思った。俺も、あんな風に友達と遊べたら、今頃同年代の友達が出来たのかなと思ってしまった。

 

そんな事を思っていると、ボールが足元に転がってきた。どうやら誰かひとりがシュートに失敗してこっちに飛んできた様だ。

 

「すみませんー!ボールこっちに蹴ってくださーい!」

 

「分かったー!」

 

ボールを蹴ろうとした瞬間、小さい頃1人でリフティンをしたり、壁当てで遊んでいたのを思い出した。今でもリフティング出来るかなと試しに蹴る前にボールを足で浮かし、落ちてくるボールを足だけじゃなくて太ももを使って落とさないようにリフティングを続けた。

 

(おぉ、意外と続く)

 

その光景を見た子供達はおぉと歓声を上げ、満足した所で大きく手を振った子供にボールを渡した。

 

「ありがとうお兄ちゃんー!」

 

「うん、皆仲良くね」

 

俺の言うことに子供達は元気よく返事をし、仲良くボールをけったり、俺のようにリフティングしたりもした。本当に仲睦まじくて何よりだ、願わくばこんな光景が当たり前だと願いながら、夕陽で茜色にそまる空の下の帰路を歩いた。

 

 




アズールレーン学園設定事項
・迎桜の義について

重桜では毎年決まった時間に大掛かりの儀式が4つあり、そのうち春にやるのが迎桜の義である。

迎桜の義は5日間でやる儀式であり、年中枯れない桜はカミの賜物だという風習から、それに感謝する事を目的としている。

最終日に関しては、神子がカミから聞いた言葉を民に告げる事になっているため、今年がどうなるか左右する重大な出来事となっている。


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図書室の妖精さん

も、もう2月……!?時の進みが早すぎてキング・クリムゾンかメイド・イン・ヘブンを喰らってる様な感じがする白だし茶漬けです。

今回は1話ぶりのあのお二方が登場です。今回は特に用語とかは無いので、後書きには何も書いていません。




 

 学園たるもの、先輩後輩という関係というものがある。

 

 先輩という存在は憧れの存在にもなるけど、時には目指すべき目標にもなり得る存在だ。

 

 知っている人だと、モントピリアがクリーブランドに対して抱いている感情と同じような物だろう。

 だけど今日この日、空母クラスに置いてその先輩後輩という関係という形が様々なものがあると思い知った。

 

 今日は空母クラスでの授業であり、少し特別な授業でもあった。全てのクラスには実際に艤装を使って模擬訓練する授業があり、それ自体は特別では無い。

 

 だけど、稀に2年生または3年生と授業が被る事があるから、1年生のKAN-SENは先輩のKAN-SENの技術をこの目で見れるという訳だ。

 

 因みに指揮官である俺はKAN-SEN達の指揮が授業目的だ。実際にKAN-SEN達を指揮し、より完璧な指揮を目指していく。……の筈だったけど。

 

「優海〜! お姉ちゃんの勇姿をしっかりとみていくのよー! 」

 

「良いから早く動いてよ赤城姉さんー! 先生にも怒られちゃうよ! 」

 

 学園の海上で赤城姉さんが笑顔で大きく手を振り、授業が中々進まずにいた。そう、今日は空母クラスの授業であり、2年生の授業と被っており、その被ったクラスには赤城姉さんと加賀姉さんのクラスだったのだ。

 

 因みに土佐姉さんは戦艦クラスだから被る事は無い。……少し寂しいけど、仕方ない。

 

 赤城姉さんが意気込んで赤い式神を飛ばし、式神は赤い炎を纏って艦載機となると、艦載機は空を舞って訓練用の艦載機を撃ち落とした。

 更に赤城姉さんの周りに赤い炎を纏った矢も無数に訓練用の量産型セイレーンの船に直撃し、見事赤城姉さんは訓練を終えた。

 

「へぇ、姉さんあんな風な戦い方をするんだ…… 」

 

 他のKAN-SENと比べると独特な戦い方だ。忘れずに特徴をメモしたり動画を取ったりして記録し、これからの指揮の役に立とう。

 

「優海ー! 見てくれたー!? 」

 

「うん! 良かったよ姉さんー!! 」

 

「当然よ〜! 貴方の姉だからこれぐらいはとうぜ」

 

「はーい赤城先輩〜次は私の番なので変わって下さーい 」

 

 意気揚々と手を振った赤城姉さんを白い長髪を持ったKAN-SENが笑顔で押し倒し、赤城姉さんは顔面から海に顔をぶつけた。

 

「あ〜ごめんなさい赤城先輩〜! つい力が入っちゃいました〜♪ 」

 

 わざとらしく笑顔で謝罪し、さっき赤城姉さんを押し倒した……というか吹き飛ばしたKAN-SENは確か翔鶴というKAN-SENだ。

 

 重桜の1年生で同じ授業を受けた事があり、交流もそこそこにある部類だ。

 

 翔鶴は……なんて言うべきなんだろう。赤城姉さんの事を尊敬しているのか、貶しているのか……よく分かんないKAN-SENだ。赤城姉さんにちょっかいは出すと思いきや、赤城姉さんの良いところとかちゃんと見ている側面もあり、まるで天邪鬼の様な子だというのが俺の中の印象だ。

 

 翔鶴について考えていると赤城姉さんは物凄い勢いで体を起こし、ずぶ濡れのまま鬼のような形相で翔鶴に迫った。

 

「翔鶴〜? 後ろから倒すなんていい度胸してるじゃない……本気で燃やすわよ 」

 

「きゃー赤城先輩こわぁい。指揮官〜助けて下さい 」

 

 翔鶴は一目散に俺の後ろに隠れ、翔鶴を追いかけた赤城姉さんは俺を前にして顔を近づけた。

 

「どきなさい優海、今すぐその雛鶴を灰と化すから 」

 

「お、落ち着いて赤城姉さん……! 」

 

「どうして邪魔をするの!? 貴方……翔鶴とどういう関係なの? 」

 

「どんな関係って……ただのクラスメイト! 友達だから 」

 

「えっ……指揮官酷いです! 私の事は遊びだったんですか? 」

 

「え、何言ってるの翔鶴? 遊びってどういう…… 」

 

「だって指揮官、私と連絡先交換しましたよね? そして夜な夜な秘密の連絡をしたり……」

 

「まぁ確かに夜に連絡とかしてるけど秘密って訳じゃ」

 

 瞬間、赤城姉さんの背後に灼熱の炎が浮かび上がり、目に見えて赤城姉さんの怒りが爆発していた。何が何だか分からずに戸惑い、鬼も恐れる顔へとなり、俺の目から涙が溢れそうになった。

 

「あ、赤城姉さん……? 」

 

「うふ、うふふふふ。優海ったら私をこんなに悲しませるなんて……お仕置が必要かしら〜? 」

 

「ね、姉さん!? 落ち着……」

 

 しかし言葉は届かず、赤城姉さんは不気味な高笑いのままありったけの火力を俺にぶつけた。この後から意識は無くなり、この後の事は覚えていなかった。

 

 

 

 

 

「……はっ! 」

 

 目が覚めると俺は白いベットの上に寝ており、意識を失った直前の赤城姉さんの姿が目に浮かぶと思わず体を起こし、額に冷や汗を浮かべた。

 

 お、恐ろしかった……あんな姉さん見たのは初めて……では無いな。昔もあんな風に暴走したのを見たような気がする。

 

 その時は天城母さんのゲンコツで何とかなったけど、今回は誰が止めたのだろうか……いや、止められる人がいるかさえ怪しいぐらいだ。

 

 急いで赤城姉さんを止めようとしたが、体が痛くて思うように動けず、そんな中ベットの周りに掛けられたカーテンが開かれた。

 

「む、指揮官。目が覚めたのか 」

 

「あ、えーと……確か、エンタープライズ先輩……でしたよね? 」

 

「覚えていてくれたのか。1回しか会ってないのに、記憶力が良いんだな 」

 

 銀色の長髪に白いカッターシャツの上に黒の制服を羽織る様に着ていたKAN-SEN、エンタープライズ先輩が俺の前に現れた。

 

 確かにエンタープライズ先輩とは始業式の時にしか会ってないし、話をした事は無いけど、何だかほかとは雰囲気が違ったからよく覚えていた。

 

「……エンタープライズ先輩がここまで? 」

 

「あぁ。暴走した赤城を止めた後な。幸い怪我は軽い、昼まで休めば元通りになるとヴェスタル先生は言っていた 」

 

「そうですか……というか赤城姉さんをよく止めれましたね 」

 

「加賀も手伝ってくれたからな。私だけじゃ止めれなかっただろう 」

 

「姉さん達は今……どうなったんですか? 」

 

「赤城は今三笠さんにこっぴどく叱られているだろうな 」

 

「あぁ…… 」

 

 何となくそんな光景が簡単に思い浮かべられるような気がする。三笠さんも小さい頃お世話になったし、俺もしょっちゅう怒られたりもした。三笠さんのゲンコツ結構痛いんだよなぁ……それが容赦なく受けるとなると……考えたくもなかった。

 

「ともかく、暫くは安静だ。ゆっくり休んでいくといい 」

 

 エンタープライズ先輩は起き上がった俺の体をベッドで寝かし、布団までかけてくれた。

 

「はぁ……折角2年生の先輩達と話せるチャンスだったんだけどなぁ 」

 

 授業中で先輩達と話せる機会は滅多に無いし、色んな事が聞けるのはこの授業ぐらいしかない。折角のチャンスを棒に振ってしまった感が否めず、俺はふて寝気味でベッドにくるまった。

 

「上級生と話したいのか? だったらそれ程気に病む事はないと思うな 」

 

「え? 」

 

「この時期には学年同士で交流会がある。恐らく連絡が来るだろうから、待っていると良い 」

 

「へぇ……じゃあ、エンタープライズ先輩もそこに? 」

 

「いや……私は居ない 」

 

「ど、どうしてですか? 」

 

「私はKAN-SENであり、兵器だ。セイレーンと戦って勝利を掴む為に、日々鍛錬は怠らない。そうする暇があるなら、私は自身のスキルを磨くだけだ 」

 

「そんな……一応学生なのに 」

 

「人とKAN-SENは違う。……さて、体調は良さそうだし、私はこれで失礼する 」

 

「あぁ、ちょっと…… 」

 

 引き止める間もなくエンタープライズ先輩は保健室から出ていってしまった。

 

「何だか寂しい人だったな 」

 

 KAN-SEN、それはセイレーンと戦う事を宿命づけられた存在。

 

 メンタルキューブから生まれた存在であり、ヒトとは違うという人は確かにいるけど、それと同じぐらい人間と大差なく扱っている人だっている。その人がいるからこそ、このアズールレーン学園がある筈なのに……

 

「……KAN-SENはただの兵器じゃないのに 」

 

 ボソリとそう呟いたと同時に授業が終わるチャイムが鳴った。それと同時にヴェスタル先生が戻ってきてくれて体を診察して貰い、大きな怪我は無く次の授業には出られた。

 

 

 数時間が経ち、もうすぐで今日の授業が終わる時にある事を耳にした。

 

「ねぇねぇ知ってる? 図書室の妖精の話 」

 

「あぁ〜知ってる知ってる。なんか放課後の図書室には妖精が出るって話だよね 」

 

(妖精……? )

 

 近くにいたKAN-SENがそんな噂話を面白がって話、俺も興味深くなって思わず盗み聞きした。

 

「でね、その妖精に会うと……呪われるらしいよ? 」

 

「えぇマジ? まぁでも図書室なんてそうそう行かないし関係ないよね〜 」

 

「だよねー」

 

 簡単に纏めると放課後の図書室には妖精がいて、その妖精を見ると呪われるとか言われているらしい。

 ……それ妖精じゃなくて妖怪の類の様な気がするけど。

 

 だが困ったことに、それを聞いてしまった俺は好奇心が抑えきれず、いつの間にか図書室に立ち寄ってしまった。

 

 放課後に本を読む事が無いのか、外から見ると確かに図書室には人の姿が1つも無かった。

 

「鍵は……開いてるな。お邪魔します〜 」

 

 扉を開けて図書室に入ると、中はとてつもなく広かった。本のジャンルも様々な物が入っており、漫画から参考書、古事記、はたまた戦術本まであった。

 

「へぇ……結構揃ってるんだなぁ。お、これ気になってた本だ 」

 

 気になっていた本を立ち読みし、誰もいない静かな図書室だったおかげなのかすらすらと読めた。本来の目的を忘れて黙々と本を読み続けた。

 

 そんな時、静かに扉が開かれた音が耳に入り、足音が微かながら大きくなっていた。

 

「ん? 誰?」

 

 後ろに振り返るとそこには誰もおらず、入口付近にも誰もいなかった。

 

「まさか……図書室の妖精? 」

 

 読んでいた本を棚に戻し、辺りを警戒して背後を取られないように本棚を背にする。もう一度周りを警戒し、微かに近づく足音を頼りに目線を向ける。

 

 妖精さん? も俺の位置が分かっているのか、確実に足音は近づいている。

 

(……来る )

 

 足音が急に止まり、途端に足音の感覚が狭くなった。この狭い図書室で走っているのだ。その為足音が大きくなったけど……足音が何故か上から聞こえる。もしやと思い本棚の上の方に目を向けると、上から何か長い物を持った人影が俺に向かって振り下ろそうとしていた。

 

「う、上からっ!? 」

 

「貰った! 妖精討ち取ったり! 」

 

「俺は妖精じゃ……無いよ! 」

 

 振り下ろされる棒に向けて両手で挟み込む、これぞ真剣白刃取り。小さい頃時代劇を見て高雄さん相手にこれを出来るまでやったからその経験がまさに今この瞬間活きた。

 

 両手の平から伝わるこの滑らかで何本も細い物で束ねている様な感じ、この感触は……竹刀だろうか? ようやく姿がはっきり見え初め、この竹刀を危なく振った人の姿を見ると……茶髪のポニーテールをしたKAN-SENであり、俺が知っているKAN-SENでもあった。

 

「ず、瑞鶴!? 」

 

「し、指揮官!? 」

 

 お互い顔見知りだったせいで瑞鶴は力を抜け、そのまま俺を押し倒す形となって地面に派手に倒れてしまった。

 幸い本棚に頭とかはぶつけておらず、無傷で済んだのが幸い……何だけど、俺の手に何かもちもちしたものが掴まれた。

 

(なにこれ? 柔らかくて弾力があって……それに何か硬い物もあるような…… )

 

 気になってもう一度掴むように力を入れた。

 

「ひゃう! 」

 

 すると耳元から裏声らしき高い声が耳に入ると、目の前には顔を真っ赤にし、そんな顔を隠すように口元を右手で抑えて目を逸らした瑞鶴がいた。

 

「し、指揮官……こういうのはその……もうちょっとそういう関係になってからの方が良いんじゃ無いかな 」

 

「……えーと、俺が触ってたのってつまり 」

 

 柔らかくも弾力があり、一部がコリッとしている硬さを持つ水風船の様な膨らみがあり、目の前には瑞鶴……答えは1つだった。

 

「ご……ごごごご、ごめん! 本っ当にごめん! 直ぐ離すから! 」

 

 そう、瑞鶴の胸だった。急いで瑞鶴の胸から手を離し、そのまま離れようとしたが、瑞鶴が俺を押し倒している体勢になっているから俺の方からでは離れられずにいた。

 

「ず、瑞鶴……! ちょっと退いてくれるとありがたいな? 」

 

「ちょ、それって私が重いって事? 一応気にしてるんだからね!? 」

 

「なんの話!? とにかく離れ…… 」

 

「んん? 誰かいるの……? 」

 

 瑞鶴と揉めていると突然隣の本棚の向こうから地面が軋む音が聞こえた。俺と瑞鶴は謎の緊張感に襲われて声を殺してしまい、足音はゆっくりと確実にこっちに近づいてきた。すると何故か電気が急に消えてしまい、瑞鶴は不意に俺の体に密着した。

 

「ずず、瑞鶴……!? ちょっとぐるじい…… 」

 

「我慢してよ! ちょっと怖いんだから……! 」

 

「そんな事言われても…… 」

 

 というか胸が潰れるほど抱きしめられているから動きたくても動けず、先程触ってしまった胸の感触が体で伝わり、不意に体が熱くなってしまう。

 

 だがそんな事はどうでもいい、電気が消えた中でも足音が大きくなり続け、やがて本棚から白い手がぬっと姿を表し……

 

 

?」

 

 

 そこには長く白い髪に……目が白く輝いた人型の物がぬらりと現れた。

 

「「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!! 」」

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? 」

 

 三者三様の叫び声が上がると謎の人型は向こうの机の奥に隠れ、その後図書室の電気が再度付けられ、目の前にいる何かの姿が顕になった。

 

 机の奥に隠れた人物は頭隠して尻隠さずならぬ尻隠して頭隠さずを体現するように顔を見せて隠れていた。

 

 長い白髪に三つ編みを下げており、頭の上にはリボンを結んだカチューシャにこの学園の制服……この事からKAN-SENである事は間違い無いだろう。

 

「あ……あの〜お2人ともそういう事するのなら然るべき場所でやって欲しいんだけど〜…… 」

 

「「へ? 」」

 

 俺と瑞鶴はいつの間にか互いの腕を互いの背中に回して抱きしめており、ようやくそれに気づいた瑞鶴は顔を赤くして俺を突き放した。

 

「指揮官! 近いよ! 」

 

「何だよ! 先に襲ってきたのはそっちの癖に! 」

 

「それは……だってちょっと怖かったもん。というか、それよりも貴方誰なの? 」

 

「まさか……図書室の妖精さんとか? 」

 

 瑞鶴は転げた竹刀を拾い、白髪のKAN-SENに剣先を向けた。

 

「わ、私は怪しい物じゃ無いよ!? 私は軽巡クラス2年ロイヤルのエディンバラです! 」

 

「に、2年? てことは……先輩? 」

 

「ん? 良く見れば貴方……指揮官ですか? 」

 

「は、はい。指揮官の天城優海……です 」

 

「わ、私は空母クラス1年、重桜の瑞鶴……です 」

 

「…… 」

 

「…… 」

 

「と、とにかく椅子に座りましょう! あ、紅茶やクッキーもあるから良かったら是非! 」

 

 気まずい自己紹介を終え、エディンバラ先輩が眼鏡を拭いて深呼吸していた。どうやら最初に目が光っていたというのは、眼鏡の反射の光だったようだ……暗かったとは言え、変な早とちりをしてしまった。

 

 エディンバラ先輩は紅茶とクッキーを机の上に置き、俺は一声かけてからクッキーを1つ頬張る。

 

「あ、このクッキー美味しいですね」

 

「ふっふーん、お菓子作りとかは結構自信あるんだな〜私」

 

「えっ、これ自分で作ったんですか!? 凄いですね」

 

「確かに……翔鶴姉でもここまで作れないかも」

 

「ふぅ、いや〜ここってたまに電気が消えるから困るんですよね〜。早く修理すればいいのに 」

 

「あの、エディンバラ先輩が噂の図書館の妖精何ですか? 」

 

「図書館の妖精……? あ〜なんか噂になっていると思えば……うーん、多分そうかも。でも何もしてないですよ? ただ図書室になんの用ですか〜とか、訪ねてるだけです 」

 

((多分それが原因かも……))

 

 俺と瑞鶴は同じことを思った。

 

 急に消える電気に本棚の影から出てきたらまぁ怖いし逃げる。俺だって怖くて逃げそうになったもん。

 

 だけど実際はエディンバラさんがただ話を聞こうとしただけという、最初に出会った人はとんだ早とちりのKAN-SENだったようだ。

 

 それにしてもこのエディンバラってKAN-SEN、どこかで見た事ある様な顔をしている。じっと顔を観察し、誰か似ているKAN-SENを思い出していると、エディンバラ先輩が頬を赤らめて眼鏡を少し上げて話した。

 

「え、えーと……私の顔に何か付いてる?」

 

「あ、ごめんなさい。何だか見た事ある様な顔してなって。誰だっけなぁ……」

 

 記憶を辿って似ている人を探し続ける。白髪で、髪が長くて、瞳は青くて、ロイヤルのKAN-SEN……なんか居たような気がする。もう一度エディンバラ先輩の顔を見て、記憶を辿り、頭の中でパッと電気のようにある1人のKAN-SENが思い浮かべた。

 

「そうだ、ベルファスト先輩だ! 何だかエディンバラ先輩ってベルファスト先輩に似てますよね? もしかして姉妹ですか?」

 

「そ、そうなの! 私はベルファストの……い、妹……だったり?」

 

「だったり……? どういう……」

 

 言葉の意味を聞こうとすると、図書室のドアが開き初め、俺達3人は入口に目を向けた。

 

 目を向けた先には、エディンバラ先輩と同じ絹のように白くて長い髪に、メイド服を来ていない制服姿のベルファスト先輩がここに来た。

 

「べ……ベル!? なんでここにいるの……?」

 

「本日の部隊は諸事情があっておやすみですからね。それよりも……ご主人様と瑞鶴様が何故ここに居るのかが疑問ですが」

 

「え? 私の事知ってるの?」

 

「はい、この春入学した全ての方の名前と顔は覚えていますので」

 

 化け物かこの人……? 俺でも日に日にクラスが変わるからKAN-SENの名前を覚えるのは大変なのに、ベルファスト先輩は涼しい顔でそう言ってきた。これで2年生何だからまだ伸び代があるのが恐ろしい。

 

「えーと、私達は図書室の妖精を一目見ようとここに来て、そしたら正体がこの人だったと……」

 

「図書館の妖精? 随分と可愛らしい別名を付けられましたね、姉さん」

 

「「姉さん?」」

 

 さっきベルファスト先輩の事を姉と言っていたエディンバラ先輩に顔を向けると、エディンバラ先輩は冷や汗と苦笑いを浮かべて目を逸らした。

 

「えーと、ベルファスト先輩。エディンバラ先輩はベルファスト先輩の妹……なんですよね?」

 

「いいえ違います。私はエディンバラ姉さんの妹でございます」

 

「って、本人言ってるんですけど……エディンバラ先輩」

 

「さ、さーて! 家に帰ってクッキーでも焼こうかな〜!」

 

「ちょちょちょっと待ってください! 嘘つかれてこのまま逃がすわけ無いでしょうが!」

 

 逃げようとしているエディンバラ先輩を瑞鶴は押さえつけて止め、エディンバラ先輩はそれでも逃げようと手足をばたつかせた。

 

「だってこんな目に会ったら逃げるしかないでしょ〜! 逃げるは恥だが役に立つって言うでしょ〜!?」

 

「なんかその言葉言っちゃいけないような気がするんですけど!?」

 

「まぁ二人とも落ち着いて下さい。図書室ではお静かに、ですよ」

 

 ベルファスト先輩は瑞鶴とエディンバラ先輩を仲裁し、わずか1分足らずでこの場を収めた。

 

 ベルファスト先輩がいれた紅茶は重桜の緑茶と違う上品な香りと渋みがあり、エディンバラ先輩の甘いクッキーととても合う。まるで、このクッキーの為に作られた紅茶みたいだった。

 

 図書室が小さなお茶会となり、一時の休息を堪能すると、エディンバラ先輩がベルファスト先輩に声をかけた。

 

「それよりもベル、どうしてここに来たの?」

 

「先程言いましたが、本日の部隊はお休みであり、折角だから姉さんと帰ろうかと思いまして」

 

「なーんだ、それなら一言連絡すれば良いのに」

 

「姉さんは連絡しても返事が遅いですから」

 

「うぐっ、ともかく一緒に帰れるなら帰るけど……」

 

「……なんか、あれだね。姉と妹、逆みたいだね」

 

 瑞鶴の何気ない一言がエディンバラ先輩に刺さり、エディンバラ先輩は眼鏡のレンズが割れるようなショックを受けた。

 

「うぐ……ま、まぁたしかにちょっと頼りない姉だけど、ベルファストまでとは行かなくても、私だって結構やれるんですよ?」

 

「でしたら、その実力を見せてはどうでしょうか?」

 

「ふぇ?」

 

「ご主人様、明日お時間はありますでしょうか?」

 

「ん? うん、暇だけど……どうしたの?」

 

「ロイヤルメイド隊は、メイドとしてご主人様を優雅で最高級のご奉仕をする事を目標としています。そこで1つ、ご主人様にはこの方針に協力して欲しいのです。いわゆる、実技という物ですね」

 

 ベルファストがロイヤルメイド隊の方針やら話してくれたが、それと俺の時間に何の関係があるんだろうか? 分からずじまいで首を傾げると、その後ベルファストはとんでもない事を言い出した。

 

「ご主人様には、明日1日、エディ姉さんの奉仕を受けて貰いたいと思います」

 

「…………はい?」

 

「…………ふぇ?」

 

 俺とエディンバラ先輩が鳩が豆鉄砲を喰らったかの様な顔をすると、ベルファスト先輩は何を企んでいるのか分からない笑みを浮かべたのだった。

 

 ……これ、姉さん達にどう説明しようかな。



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例え完璧じゃなくても

超絶久しぶりの投稿でございます……!

言い訳ではありませんが、やはり複数の小説を書いているとこうなる事はありますね……ううむ。
ですが、存在そのものを忘れた訳ではありません!!信じてください!



 

 布団か程よく温いとまるで冬場のコタツの魔力の様に抜け出しくない気持ちになるのは俺だけだろうか。

 程よい温さはじんわりと体を縛り、ふかふかの布団が意識を奪っていく。こんなものはセイレーンだって抗えないだろう。

 

 そうだ、いっその事羽毛布団をセイレーンに投げつけてこの恐ろしい魔力の布団で寝て貰えれば勝てるのでは? という、寝息にしてもとんでもない飛躍した理屈を頭の中で思い浮かべると、布団の上で欠伸をしながら体を起こした。

 

 今日は土曜日で学校は休みだ。今日は特にやる事も無ければ課題も無い。それに昨日の夜はある出来事によって疲れがまだ抜けていないから、このまま禁断の2度寝をした。

 

 すやすやと暖かい暗闇の中に意識を落とすと、ガチャりと扉が開かれた。白髪が見えたから加賀姉さんかな? 

 

 でもなーんか加賀姉さんにしては髪が長いような……ダメだ、眠くて目が開けられない。

 

「お、おーい……しきか……じゃなった。ご主人様〜起きて下さい〜」

 

「むにゃむにゃ……今日お休みだからもうちょっと寝かせて……むにゃ」

 

「え、えぇ……? 確かに休みの日はそうしたいけど、それじゃあメイドとしての立場がないんですよ! ほら、起きて下さい〜!」

 

 体を揺すられて寝たくても寝られず、思わず目を開けた。朝日を背にして映し出されたのは、白の三つ編みが特徴的な長髪であり、メイド服を来たメガネの女の子だった。

 

「……エディンバラさん?」

 

 見た事あるKAN-SENの名前を呟いたと同時に、驚いた猫のように布団から体が飛び上がり、目玉が飛び出る程の衝撃を受けながら、俺は叫んだ。

 

「エディンバラさん!?!?」

 

 叫んだ驚きでエディンバラさんも同様に驚き、朝から家が震えていた。

 

「優海ー!? 声が大きいですが、何かあったのですか?」

 

 1階から心配した母さんの叫び声がここまで聞こえ、エディンバラさんが大丈夫だと大きな声で返事をし、エディンバラは慌てながらクローゼットの中にいる俺の私服を取り出した。

 

「さ、さぁご主人様! まずは着替えましょう! いつまでもパジャマじゃやる気が出ないと言いますし!」

 

「え? 今?」

 

 何を慌ててるのか、エディンバラさんが無理やりにでも服を着せようとしていた。

 

「ちょちょちょ! 着替えぐらい1人で出来るから!」

 

 何とかエディンバラさんを宥めさせ、俺は朝からドタバタしながら着替えを済ませた。

 

 

 

「そういえば……昨日ベルファストさん言ってたな〜エディンバラさんを今日一日俺の家に居させるって」

 

 確か理由は、エディンバラさんの実力を見せるとか言ってた様な気がする。だけどその原因を作ったのはエディンバラさん本人だ。

 

 まぁ詳しい事はさておき、今日はエディンバラさんがこの家に過ごすという事で認識しても大丈夫だろう。

 

 いやぁ……大変だった。姉さん達に訳を話すのは。

 極度に他の人、特に女性との関わりを持つ事に反対している赤城姉さんにこの話をすると、怒る所か顔色ひとつ変えずにエディンバラさんをどうにかしようとしていたから本当に怖かった。

 

 もし赤城姉さんが今日部活の遠征でここにいなかったらこの家所かこの辺一帯が火の海になっていただろう。

 この時ばかりは神様に感謝したいぐらいだ。

 

「では、私は近々ある迎春の儀*1に関して呼ばれているので、留守を頼みます」

 

「はーい、でも気をつけてね? 母さん体弱いんだから」

 

「三笠さんや他の方がいますから大丈夫です。では、行ってきますね」

 

 母さんはそう言って出かけてしまい、これで家は俺とエディンバラさんの二人になった。

 そういえば今エディンバラさんは何をしているのだろうか、見送りを終えて居間にいるエディンバラさんを見つけると、エディンバラさんは皿洗いをしていた。

 

「手伝いましょうか?」

 

「大丈夫ですよ〜もうすぐ終わるので」

 

 エディンバラさんは手際よく皿洗いを終え、洗われた皿はいつにも増して綺麗になっていた。流石ロイヤルメイドという事だろうか。

 まぁ、ロイヤルメイド自体どういうものなのかよく分かんないけど。

 

「そうだ、聞きたいことがあったんだった。ロイヤルメイドってなんなんですか? 学園の部隊……というのは何となく分かるんですけど」

 

 説明しておくと、アズールレーン学園には部隊というものがある。まぁ言ってしまえば部活みたいな物だ。

 バスケ部や剣道部、普通があれば、ロイヤルメイドの様に変わった物もある。その中でもロイヤルメイドはメイド服に俺の事をご主人様って言うものだから、気にならない訳が無い。

 

「えー、でも今の私ロイヤルメイドじゃないし……」

 

「それでも前はそうだったんですよね。その時の事でも良いので教えてください」

 

「うーん、指揮官は学園の理事長のエリザベス様の事は知ってますよね?」

 

 エリザベス……学園の理事長のクイーン・エリザベスさんの事だろう。学園の理事長でありながらも、ロイヤルという陣営の代表的存在……というか、女王様らしい。

 

 その為、ロイヤルの政治にかかりっぱなしだから学園にもあまり姿を見せず、大変な毎日を過ごしているらしい。

 

「ロイヤルメイドはその女王様と指揮官に最高で最上の奉仕をする為に日々励んでいる部隊なんですよ」

 

「奉仕って言うと……例えば?」

 

「へ!? そ、その……なんというか……よ、夜の……お世話とか……」

 

「え? 何で? 聞こえないんですけど……」

 

 あまりにも口ごもったてたからエディンバラさんに近づき、耳をすませた。

 だけどエディンバラ先輩は顔を真っ赤にし、メガネを外してメガネ拭きでメガネを拭いた。

 

「ねぇ、奉仕って何の事ですか?」

 

「な、何でも無いですよ!! とにかく、今日は指揮官の身の回りのお世話をしますからね!」

 

「……って、言われてもなぁ」

 

 正直、やって欲しい事は無かった。

 

 特にして欲しいことは思い浮かばずにいると、エディンバラ先輩は困った顔をしてじっと俺を見ていた。

 悪い事なんてしてないのに何故か悪いことをしている罪悪感が込み上げ、必死に頭を悩ませた。

 数分悩み、洗濯カゴを持って外に出ている母さんを見つけると、俺は閃いた。

 

「そうだ。母さんの家事を手伝ってくれないかな? 母さん、身体弱いから」

 

「はい。どんと任せてください!」

 

 エディンバラ先輩は胸を張って早速母さんの元に行き、家事の手伝いを開始した。

 

「天城さん、手伝いますよ」

 

「あら、エディンバラさん。良いんですよ、お客様の手を煩わせる訳にはいけませんし」

 

「いえいえ、これでも私はロイヤルメイドですから。むしろ手を煩わせてくださいよ」

 

 母さんは少し考えた後、快く手伝いを受け入れ、エディンバラ先輩は早速洗濯取り掛かった。流石はメイドさんと言うべきか、手際良く濡れた服を物干し竿にかけ、カゴに入っている洗濯物がどんどん無くなっていく。

 

 凄いなと思ったのも束の間、エディンバラ先輩が布団カバーをかけようとした瞬間、どこからともなく風が一瞬破天荒になり、布団カバーがエディンバラ先輩を覆った。

 

 覆われたエディンバラ先輩は視界を奪われてしまい、何も見えなくなってしまい、物干し竿を支えている棒に頭をぶつけ、物干し竿は支えを失い、竿にあった洗濯物全てが地面に落ちてしまった。

 

「うおっ!? 大丈夫? 2人とも」

 

「私は大丈夫です。そちらは大丈夫ですか? エディンバラさん」

 

 母さんはこんな状態でも驚きはせず、落ち着いてエディンバラさんをおおっている白い布団カバーを取り、目を回しているエディンバラ先輩の姿を現した。

 

「う……うぅ、はっ! 洗濯物が! ご、ごめんなさい! 直ぐにお洗濯しなおしますから!」

 

 失敗を取り戻そうとエディンバラ先輩は地面に落ちた洗濯物を全て取り込み、急いで洗濯機がある部屋まで持ち込もうとした。

 

「あっ、気をつけて! そこに段差が……」

 

 しかし母さんの注意は虚しく、山のように積まれた洗濯物で前が見えないエディンバラ先輩はすぐ側にある段差に気が付かず、その段差に足をつまづかせ、エディンバラ先輩は盛大に転けてしまった。

 

「うっ……どうしてこんな目に〜」

 

「大丈夫ですよ。洗濯はまたすればいいのですから。とにかく怪我の治療をしましょう。優海、救急箱を」

 

「うん、待ってて下さいね、先輩」

 

 縁側から台所まで数分と経たずに往復し、母さんに救急箱を渡し、母さんはエディンバラ先輩が怪我をした膝を治療した。

 

「うぅ、ごめんなさい。1日だけとは言え、メイドなのに……」

 

「いえいえ、失敗は誰にでもある事ですよ」

 

「でも、アイツなら絶対に失敗しないから……」

 

「アイツ……?」

 

「多分、ベルファスト先輩の事ですよね」

 

 エディンバラ先輩は小さく頷き、スカートを小さく握りしめた。

 

「ベルならこんな失敗はしないし、迷惑だってかけない。はぁ、姉なのにどうしてこんな……」

 

 エディンバラ先輩から、目に見えてベルファスト先輩に対するコンプレックスが感じられた。

 確かに、姉なのにそれよりも完璧な妹がいるという劣等感は、末っ子である俺には多分永遠に分からない気持ちだ。

 

 どう声をかければいいかも分からず、どうしたらいいと母さんに目配りで伝えた。

 

 俺の目配りに気づいた母さんは少し悩み、少しすると何かを思いついたのか、エディンバラ先輩に1つのお願い事をした。

 

「そうだ、エディンバラさん。優海と一緒に買い物に行ってくれませんか?」

 

「へ? い、良いですけど……どうして指揮官と一緒に?」

 

「優海だけだと他の事に目移りしそうで心配なので」

 

「えぇ〜? そんな事ないよ」

 

「昔お釣りを騙して勝手に木刀を買ったのは誰ですか?」

 

 母さんは何年か前の事を笑顔で告げ、俺は覚えてないと誤魔化すように下手な口笛を吹いた。

 下手な口笛を圧のある笑顔で見続けた母さんに負け、その笑顔は今度はお釣りをねこばばしないで下さいという意味だった。

 

「それに、エディンバラさんも重桜は初めてで気になる所もあるでしょう。案外がてらにどうでしょう?」

 

 エディンバラ先輩は少し悩み、母さんの提案を受け入れ、早速汚れたメイド服から赤城姉さんの古着である赤と黒の和服に着替えた。

 少し丈が長いが、和服の裾は元々長いからそこまで気にはならなかった。初めての和服を着たエディンバラ先輩は慣れない衣服に戸惑いながらも、重桜独特の服を着られて嬉しそうな顔を少しだけ浮かべた。

 

「わぁ……でも、ベルならもっと似合うんだろうな」

 

 エディンバラさんはそう呟くと、また微笑みを浮かべた。

 

「では、お使いお願いしますね。優海、エディンバラさん」

 

 そう言って母さんは携帯端末からお使いリストのメモを転送した。

 メモのリストはバターや砂糖、薄力粉、卵とココアパウダーだった。これは何かの食材だろうか。

 

「じゃあ行きましょうか、エディンバラさん。ちょっと遠出になりますけど」

 

「はい。荷物持ちは任せてください」

 

「あはは。じゃあ、行ってきます」

 

 家の扉を開け、エディンバラ先輩と一緒に市場へと歩いていった。

 

 石畳の坂道をくだり、ちょっとの森の道を抜け、いつも通りの道を進んでいく。いつもと違うのはエディンバラ先輩と一緒と言う事だ。

 エディンバラ先輩は慣れない道と服で上手く歩けなくなってしまい、思うように動かなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫で……」

 

 そう言った瞬間エディンバラ先輩は坂道の所で躓いてしまい、急いで倒れるエディンバラ先輩を受け止めた。受け止めたのは良いけどその後反動でエディンバラ先輩のメガネがずり落ちてしまったが、エディンバラ先輩自身がメガネを上手いこと空中でキャッチし、事なきを得た。

 

「ふぅ、危なかった」

 

「ご、ごめんなさい指揮官」

 

「これぐらい大丈夫ですよ。ささ、もうすぐ市場ですよ」

 

 少し緩やかな石畳の坂道を上がると、海の地平線が見える市場に到着した。今日は一段と賑わっており、活気が溢れかえっていた。

 辺りはお客を呼び止める為に大きな声でアピールしている人や、どれを買うか悩んでいる人、忙しなく働いている饅頭やのんびりしている饅頭もいて大盛況だ。

 

「わぁ……! 大盛り上がりですね」

 

「大きなお祭りみたいなものが近いですから、そのせいかもしれませんがね。さぁ、買い物をすませましょうか」

 

 顔を振り返ると、そこにはエディンバラ先輩の姿は無く、あるのは人混みだけだった。

 エディンバラ先輩の姿が見えなくなった数秒、今の状況を理解した俺は冷や汗をかき、周りを見てエディンバラ先輩を探したが、人混みだらけで見当たらなかった。

 

 まだそれほど遠くまで行っては無い筈だと近くをうろつくと、俺を呼ぶ声が微かだが聞こえた。

 

「しきかーん〜!! 助けて下さい〜!!」

 

 人混みの中で手を挙げているのがエディンバラ先輩だろうか、なんということだろうかかなり奥の方に巻き込まれていた。

 

 急いで人混みを掻き分けながらエディンバラ先輩の所に追いつこうとしても、重桜の人たちは獣の尻尾が生えている人が多いから思うように動けないし、めちゃくちゃ暑いし視線も遮られてエディンバラ先輩を見失ってしまう。

 

 こうなったらやっちゃいけない方法だけどアレをやるしかない。適当な所へと人混みを抜け、屋根が登れそうな店を見つける。

 丁度いいところにハシゴがかけられている店を見つけ、見つからないように登り、屋根へと飛び乗り、上からエディンバラ先輩を見つける。

 

「ええと……あ、いたいた。白髪はやっぱり目立つな〜」

 

 重桜には白髪の人はあまり居ないからエディンバラ先輩はすぐ見つけられた。相変わらず人混みを抜けれずに流されているエディンバラ先輩を見失わ無いように別の店の屋根へと飛び移り、エディンバラ先輩を追いかける。

 

「瓦の屋根って走りずらいな……」

 

「こらぁぁ! うちの店の屋根に乗ってるのは誰だ!?」

 

 店の男の人が俺に向かって怒鳴り、ビクッと肩を上げた。恐る恐る店の人の顔を見ると、それは顔見知りの男性であり、あっちも俺の事を見ると怒るのを止め、逆に驚いた顔を見せた。

 

「んん? おぉ、天城さんちの坊やじゃないか! そんな所だと危ないぞ?」

 

「いや〜実は俺の友達……? 先輩がこの人混みに飲まれちゃって……見逃してくれませんかね? 今度そっちの商品買いますから!」

 

「なるほどな〜。そんな事なら仕方ねぇ、でも、うちの店で問題は起こすなよ〜?」

 

「ここだけじゃなくて、他の店でも問題は起こしませんよ。それじゃ!」

 

 雑談を終えて屋根を走るけど、斜面もあるから上手く走りずらい……それでも真ん中を走れば良いのだが、幅が狭い。気をつけないと屋根から落っこちてしまう。

 

 さて、そんな事よりエディンバラ先輩をどう助け出すかが問題だ。場所を見つけたけど救い出さなければ意味が無い。かといってこんな人混みの中で飛び降りてエディンバラ先輩を助け出す訳にも行かない。

 

 走りながら悩んでいると、誰も通っていない行き止まりの脇道があった。丁度数分後にエディンバラ先輩がそこを通るので、少し急いで屋根を飛び移り、その脇道に飛び降りてエディンバラ先輩を待つ。

 

 脇道からエディンバラ先輩が通りかかるのを待ち、白髪にメガネをかけた赤と黒の服を着た女性。間違いない、エディンバラ先輩だ。

 エディンバラ先輩を見つけ、すかさず手を伸ばしてエディンバラ先輩の腕を掴み、こっちに引き寄せた。

 

「よしっ! 捕まえ……」

 

「きゃぁぁ!! だ、誰ですかー!?」

 

「へっ?」

 

 何が何だか分からないパニック状態のエディンバラ先輩は俺の頬に全力ビンタをした。

 KAN-SENの全力ビンタだから痛いというものを通り越した形容できない鋭さが頬から首にかけて全身に渡り、体を回転させながら行き止まりの壁へと激突した。

 

 ハッと我に帰ったエディンバラ先輩はようやく人を殴ったのか理解し、理解した頃にはもう俺は壁にめり込み、それを気合いで抜け出した俺がいた。

 

「はっ! つい人間を殴っちゃった……って、ええ!? 指揮官!? どどど、どうして指揮官が倒れてるのー!?」

 

「やばい……首やったかも……」

 

「だ、大丈夫ですか!? ま、まさか私が殴ったのって……ご、ごめんなさい指揮官!」

 

「い、いえいえ……無理矢理こっちに引っ張ったこっちも悪いので……」

 

 流石にこれは強引過ぎたと反省しながら首を労り、エディンバラ先輩は何度も謝った。

 

「うぅ……」

 

「まぁまぁ、とにかく行きましょう。今度は離れないようにしましょう」

 

 そうしてエディンバラ先輩と今度こそ離れないように距離を維持し、人混みの中でようやく目当ての店にたどり着いた。その店は重桜でも珍しいパン屋であり、小麦粉の変わりに米粉を使ったパンが人気の店だ。

 伝統を重んじる重桜では、他陣営発祥であるパンは少し向かい風気味だったが、美味しさや目新しさで日に日に客足が増えているらしいとか。

 

 そんなパン屋に入ると、獣耳をピンと立て、俺の来客を歓迎した店員が大きな声でいらっしゃいませと言ってくれた。するとその店員さんは顔見知りであり、俺の顔を見るとカウンターから乗り出す様な勢いで俺の来店を歓迎した。

 

「あ、優海君じゃない! 買い物?」

 

「こんにちは。これありますか?」

 

 俺は母さんのメモを見せると、定員さんはすぐに店の裏に行って材料を取ってきてくれた。俺がここの店の人と知り合いな事に興味を持ったのか、エディンバラ先輩は肩を叩いてそのことを聞いた。

 

「ここの人とお知り合いなのですか?」

 

「昔から母さんのお使いでここに来るんですよ。ここだけじゃなくて、ここの市場の店の人も、多少は顔見知りですよ」

 

 伊達にこの島に住んでる訳では無い。ちゃんと市場の人も俺の事を覚えていてくれているから、俺も覚えないと失礼というか、皆良い人たちだから嫌でも覚えてしまう。

 

 本当に、良い人達ばかりだ。耳がない【かごなし】の俺にここまで良くしてくれているし、指揮官になった日にはもう市場の人達から多くの差し入れを貰った。

 

 それに、重桜は他の陣営と比べて他陣営の人には少し敏感な所がある。伝統を重んじ、神様に対して信仰心が強い重桜の人達にとっては、カミの加護がない他の陣営の人達にとっては、それは【かごなし】と同じ扱いをしている。

 それが故に昔、【鎖国】という他陣営との一切の貿易や交流を断ち切った物があったと言うが、セイレーンが出現した頃にはそれは無くなったらしい。

 

 少し皮肉だけど、セイレーンが出てきたおかげで今の重桜があり、【かごなし】の偏見が少なったと考えればいいものだろう。

 

「おーい優海君、メモの材料を用意したわよー」

 

「お、ありがとうございます。ええとお金お金……あった」

 

 店員にちょうどのお金を私、紙袋にある材料を確かめると、そこには材料以外に丸いパンが2つあった。

 パンは触るともちもちしており、中にはずっしりとした何かが入っていた。

 

「あれ? 俺これ頼んでませんよ?」

 

「サービスよサービス。優海君が彼女を連れてきたお祝いよ」

 

「彼女?」

 

 俺とエディンバラ先輩は互いに顔を見合わせると、エディンバラ先輩は彼女と間違われて顔を赤くし、ぐるぐる目になりながら店員さんに間違いを正した。

 

「い、いえいえいえ!! 私と指揮官はそんな、こ、恋人関係じゃありません! ええとええと……しゅ、主従関係……と言いますかええと……」

 

「主従関係……? え、優海君、どゆこと?」

 

「話せば長くなりますけど……まぁ、後輩と先輩という事で。とにかく、俺はこれで! おまけのパン、ありがとうございます!」

 

 これ以上長くなると状況が悪くなると悟り、おまけのお礼をしながら店を出ていき、少し陽が傾いた帰路を歩いた。

 

 時間は14時過ぎとなり、小腹が空く頃合だ。店員さんから貰ったおまけのパンを1つを手に取り、エディンバラ先輩に渡した。

 

「はい、どうぞ先輩」

 

「い、いいんですか?」

 

「2つありますから。それじゃ、いただきまーす」

 

 もちもちふわふわのパンを頬張ると、中に入っていたのはこしあんだった。滑らかな餡子は豆の風味と甘みが広がり、おまけには勿体ないぐらいの出来栄えだった。

 

 エディンバラ先輩もあんぱんを1口食べると、あまりの美味しさであんぱんをあっという間に食べ終えると、少し物足りなさそうにしていた。

 

 俺は食べかけのあんぱんを半分……には出来ず、小さい方と少し大きい方にあんぱんをちぎり、大きい方にちぎったあんぱんをエディンバラ先輩に渡した。

 

「良いんですか?」

 

「はい、一緒に食べた方が、美味しいですから」

 

「ですが、一応主人の物を食べるなんて……」

 

「じゃあご主人様のお願いという事で」

 

 メイドであるエディンバラ先輩には返しようが無い言葉でエディンバラ先輩に大きいあんぱんを渡し、後で交換してと言えない様に小さくちぎれたあんぱんを一口で食べ、飲み込んだ。

 

 しかし、いきなり飲み込んだせいで小さいあんぱんでも喉に詰まってしまい、息が出来なくなる。

 胸を叩いてあんぱんを飲み込もうとしても上手く飲み込めないところ、エディンバラ先輩が慌てながらも水筒を渡してくれたおかげで事なきを得た。

 

 ここぞという時にすかさず行動してくれたエディンバラ先輩の姿が、顔が似ている姉妹だからかベルファスト先輩と姿が重ねて見え、思わず口の口角が上がって笑ってしまった。

 

「な、何で笑ってるんですか?」

 

「いや、やっぱり姉妹なんだな〜って」

 

「ん、んんー?」

 

 エディンバラ先輩は訳を聞こうとしたが、多分言ったらそんな事無いと否定するだろう。だけど、否定させたく無い気持ちがあった俺は何も言わず、ただ笑ってエディンバラ先輩を誤魔化しながら家へと帰った。

 

 家へと戻り、母さんに頼まれた物を渡すとどうやら無事買えた様だ。すると母さんはエディンバラ先輩呼び、買ってきた物で何か作る様だ。

 

 あの材料なら恐らく重桜では余りみないが、あの焼き菓子を作るのだろう。母さんとエディンバラ先輩がいるなら俺の出番は無さそうだ。

 

 このキッチンから離れ、居間の方でダラりと身体をのばし、畳の上で寝転がる。うーん、この少し冷んやりとした畳の感触がとても良い。重桜に住んでる人ならではの感覚だ。

 

 猫のように畳の上に寝転がっていると、携帯から着信音が鳴り、携帯を手に取って画面を見る。

 液晶画面には番号しか書かれておらず、知らない人からの電話だと知る。

 

 悪徳業者? と一瞬思ったけど、この番号は個人の番号だ。悪徳業者とかそういうものは無いと考え、電話に出ることにした。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、ご主人様ですか?』

 

「ん? ベルファスト先輩ですか?」

 

『はい。ベルファストでございます』

 

 まさかの電話してきたのはベルファスト先輩だった。意外な人がかけてきたのという驚きの前に、何で電話番号を知っているのかが気になり、ベルファストさんに問い詰めた。

 

「どうして俺の電話番号を?」

 

『ご主人様の願書に書かれていましたので、利用させて貰いました』

 

 あれぇ……たしかそれって個人情報とかも満載な筈じゃ……まぁ、いっか。ベルファスト先輩なら変な事はしないだろうし。

 

「ところで、何の用ですか?」

 

『……姉さんはどうしてるかなと思いまして』

 

「あぁ、心配要りませんよ。今母さんとお菓子を作ってる最中だと思います」

 

 様子を見るために居間からキッチンに戻ると、キッチンに近づく度にいい匂いがしてくる。

 キッチンに戻ると、2人はオーブンを見つめながら話をしているようだった。

 

「エディンバラさんはお菓子作りが上手なのですね。参考になります」

 

「い、いえいえ。私よりもベルの方が上手ですよ。何もかも、ベルの方が上だし、ベルの方が……姉っぽいし」

 

 エディンバラ先輩の言葉がつまり、目に見えて落ち込んでいた。

 

 多分、ベルファスト先輩へのコンプレックスが原因だろう。末っ子である俺は、エディンバラ先輩の気持ちを汲み取るのは難しく、声をかけようにもかけられない状態だ。そんな中、母さんはそっとエディンバラ先輩の肩に手を置き、エディンバラ先輩は母さんの顔を見た。

 

「……赤城は1番上の姉ですが、周りを見ずに暴走する癖があります。艦歴で言えば私が姉ですが、この家にとっては長女です。もう少し自覚を持って欲しいです」

 

 すると母さんはいきなり赤城姉さんの愚痴をエディンバラ先輩に聞かせた。まぁ、俺もちょっとはそう思っていたから同意はする。

 

「加賀は少し我が強いです。もう少し丸くなって、他の人と仲良くして欲しいです。土佐は剣と美術、どちらも出来る文武両道……などと言われてますが、それ以外は駄目ですね」

 

 まさかの姉さん達の愚痴を笑いながら話したが、エディンバラ先輩は反応に困っていた。それはそうだ。いきなり他人の姉の愚痴を聞かされたら誰だってそんな反応をしてしまう物だ。

 

 どうしてこんな事を言ったんだろうか……その理由はすぐに分かった。

 

「どうですか? 皆は優海の姉なのに随分と欠点だらけです。ですが、堂々としています」

 

「……私もそうしろと? 無理です……私なんか」

 

「いいえ、そんなことありません。貴方はメイドとして充分すぎるぐらいに優秀だと思いますよ。朝の洗濯では貴方は怪我こそはしましたが洗濯物を汚れないように動き、寝起きの優海の為に朝食は軽めのものをしていましたよね。他人を優先するその姿、流石ロイヤルメイドです」

 

(凄いな母さん……よくエディンバラ先輩の事を見てる)

 

 更には俺が気づかなった所をピタリと当て、エディンバラ先輩はそんな事無いと言い返した。それでも母さんはそれを上から押しつぶすようにエディンバラ先輩の良い事を何度も何度も言い続け、遂にエディンバラ先輩は折れて顔を赤く染めた。

 

「自分の良い所は、案外自分では気づかない物ですよ。そうですよね、優海?」

 

「え"、バレてた?」

 

「バレバレですよ。盗み聞きしてないで、貴方も来なさい」

 

「はーい。……じゃ、ベルファスト先輩。また後で」

 

 バレていた事に気づかず、エディンバラ先輩にバレないようにベルファスト先輩の電話を切った。

 

「し、指揮官!? 聞いていたんですか?」

 

「あはは……ごめんね。でも、母さんの言う通りですよ。エディンバラ先輩には、先輩にしかない良い所があるんですから」

 

「うっうぅ……そんな風に真っ直ぐ言われると照れちゃいます……」

 

 ついにエディンバラ先輩は羞恥心が満タンになってしまい、膝を曲げて頭を隠すように蹲ってしまった。褒めるにしてもやりすぎだと目だけで母さんに視線を送ると、母さんは笑ってその視線を受け流した。

 

「そういえば、クッキーってやつを作ってるの? 重桜じゃあんまり無いものだよね?」

 

「ええ。折角ロイヤルの方がいるので手伝って貰って作ろうかと思いまして。……エディンバラさん、私は他陣営の料理に疎いので分かりませんが、そろそろオーブンを止めなければ不味いのでは?」

 

「ふぇ?」

 

「……ん? なんか焦げ臭くない?」

 

 鼻が曲がるほどでは無いが嫌な予感がする臭いだ。まさかとは思いエディンバラ先輩と俺はオーブンを見ると、オーブンから少しだけ黒い煙のような物が中から出てきた。

 

 黒い煙を見たエディンバラ先輩は慌ててオーブンの火を止め、オーブンのドアを開いて中のクッキーを助け出した。

 

 無事クッキーは綺麗な焼き色になっているが、少し黒く焦げていた。

 

「す、すみません! 目を離した隙に……」

 

「ん? 別にこのぐらい大丈夫じゃないですか?」

 

 試しに俺は手前にある丸い形のクッキーを手に取り、そのまま1口食べた。

 

「あぁ! 食べちゃ……」

 

 エディンバラ先輩が止めようとしたが既に遅く、少し焦げたクッキーは俺の口の中に入っていった。

 

 重桜では味わえないであろう牛乳と砂糖が溶け合った甘さと、サクサクとした食感。そしてその甘さを引き立たているのは焦げだ。この苦味が甘さを更に引き立たせ、一つ一つが小さいからどんどん食べる手が止まらない。

 

 そんな美味しそうに食べている俺を見たエディンバラ先輩は、不思議そうな顔をしていた。

 

「し、指揮官。それ、焦げてるので無理しないで食べなくても……」

 

「ふふ、エディンバラさん。重桜には【焦がし醤油】という焦げを使った調理法があるのです。焦げだけではありません。世の中、失敗から何かが作れる物ですよ」

 

「失敗から……?」

 

「そうです。何も失敗を恥じることはありません。失敗を失敗として受け入れずに、そのままにする行為自体が恥じなのです。でも貴方は違う。失敗を受け入れ、次に進む。その姿勢が貴方にはあり、魅力というものかもしれません」

 

「……み、魅力ですか? えへへ……」

 

「ふふ、あ。こら優海。そんなに食べると晩御飯が通らなくなりますよ」

 

 母さんに弱めの手刀を頭に叩かれてしまい、エディンバラ先輩が作ったクッキーの食べる手を止めた。

 

「いや〜つい美味しくて。ずっと食べてたいぐらいですよ」

 

「ず、ずっとですか……えへへ」

 

「……優海、今後はその言葉はあまり多くの人に言ってはダメですよ」

 

「え? 何で?」

 

「何でもです」

 

 呆れたかのように母さんはため息をつき、それに気にもとめずにクッキーに手を伸ばそうとすると、母さんはペチンと叩き、クッキーを食べさせるのを止めた。

 

 母さんの隙をついてもう一度伸ばそうとしても母さんは見逃さずにもう一度手を叩き、癖毛の獣耳も落ち込むぐらいの気持ちで諦めた。

 

「しゅん……」

 

「ご飯が食べられなくなっても良いんですか? 晩御飯の支度をしますから待ってなさい」

 

「あ、私もお手伝いしますよ。重桜の料理も気になるので!」

 

「はい。今度はこちらが教える番ですね」

 

 どうやら長いは無用なようで手伝える事も無く、そのまま居間へと戻っていき、晩御飯が出来るまで着信履歴からベルファスト先輩に連絡をすると、ワンコール以内にベルファスト先輩は直ぐに出てきてくれた。

 

「もしもし?」

 

『はい。ベルファストです。……姉様はどうですか?』

 

「将来、絶対にいいメイドさんになりますよ」

 

『ふふ。ええ、だって姉様は優秀なメイドですから』

 

 晩御飯が出来るまで、俺とベルファスト先輩は互いにたわいのない話をした。

 

 やがて台所からいい匂いが立ち上り、丁度いいタイミングで姉さん達も帰ってきた。どうやら今日は、より賑やかな食卓になりそうだった。

*1
オリジナル設定:重桜でカミに感謝をするため、祈りや祭りをする儀式の事。5日に分けて儀は行われ、神子がカミの声を聞ける大事な日でもある



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いつかではなく

 

 暖かい日差しの中、いつも通り桜が散る空の下で長い長い石畳の道を俺達家族は歩き続ける。

 

 道はまだまだ続き、小橋がいくつもあり、その先には長い石階段。そしてその頂上にはこの重桜の中で1番大きな屋敷がそびえ立っていた。

 

 この道を歩いているのは俺達だけでは無く、他の人達も屋敷に向かって歩いていた。

 

 皆それぞれかなり高価な着物や装飾品を身につけており、見た感じかなり上の立場にいる人達ばかりだ。

 そして、周りの人達は俺の事を端目で見ており、珍しい物を見るような目、嫌悪している目がそこら中から突き刺さっていた。

 

「ねぇ、あの子……耳がないわよ」

 

「でもあの服装……指揮官よ」

 

「かごなしが指揮官ねぇ……」

 

(うぅ、視線が痛い……)

 

 かごなしと言うのは、重桜では獣の耳や尻尾が無い人の事を指している。それが無い人達は神様のご加護を受けられていない呪われた人とも言われてるけど……それは大昔の迷信だ。

 

 だけど、信仰が強い重桜ではその言い伝えが根付いている。……今日でそれが払拭出来れば良いんだけど。

 

 思わず気が重くなり、頭も下げて俯いている状態になると、背中から急に強い衝撃に与えられた。

 あまりにも強いから思わず転びそうになり、衝撃の出処を見る為に後ろに振り返ると、そこには狼の耳がある男が立っていた。

 

 高級品漂う装飾品と服、そして屋敷に呼び出されたのを見れば、重桜でも上の立場と言うのは明らかだった。

 

「邪魔なんだよ、かごなしが」

 

 そう言って男は笑いながら悪びれもなく嘲笑いながら先に言ってしまった。ここで問題を起こすのは良くないと思い、小さい頃でもこういう嫌がらせはされてきたので気にもとめず制服に付いた埃を払った。

 

 だが、隣にいた赤城姉さんはそれを良しとせず、目に見えない小さな式神をさっきの男に投げつけた。

 式神が男の背中に触れた瞬間、男の服から服が燃え上がった。

 

「うわぁぁ!? 何だ!? あっっつ!! 熱いい!」

 

 いきなり燃えた背中に男は混乱し、近くにあった池に飛び込んだ。火は何とか鎮火出来たが、服はずぶ濡れで周りの目からは不思議そうな目をしていた。男は呆気に取られ、それを見た赤城姉さんはさっきの男に見られないように笑った。

 

「ふふふ、優海に害を加えた罰よ。なんならその小さな池ごと燃やして……」

 

「赤城っ!」

 

 赤城姉さんが袖元の式神を取り出した瞬間、母さんが聞いた事ない怒鳴り声を上げ、その場の空気を凍りつかせ、赤城姉さんも怯えるような顔をしていた。

 

 赤城姉さんだけじゃない、加賀姉さんも土佐姉さんも見た事無いほど怯えており、耳や尻尾を震わせていた。それ程までに母さんの目は、鬼のように怖く、刀のように触れると斬られそうなほど鋭い目をしていた。

 

「KAN-SENが一般人に力を振るうことはあってはならない事。こればかりは許しません」

 

「うっ……だ、だけどあの男が優海をわざt」

 

「黙りなさい。赤城、貴方の式神を渡しなさい。全部です」

 

「は、はい……」

 

 天城母さんの圧に負け、赤城姉さんは全ての式神を渡した。袖の下、着物の胸元、髪の中……待って? どんだけあるの? 

 結果、渡された式神は天城母さんの手に溢れる程になっており、これには天城母さんも少し引いていた。

 

「こ、これは優海を助ける為です! 優海に近づく害虫や悪女を近づけなくすれば、優海は私の事を……」

 

「少し黙りなさい」

 

 天城母さんの怒りは頂点に達し、笑顔では無い笑顔で天城姉さんの口を閉じらせた。こうなってはもう、赤城姉さんは天城母さんの許しを得るまでは喋る事は無いだろう。

 

 母さんは赤城姉さんの式神を破り捨てると同時に炎で式神を燃やした。

 

「優海、あまり気にするな。所詮は視野が狭いただの一般人だ」

 

「分かってるよ加賀姉さん。……分かってるから」

 

 気にするだけ無駄ってわかってはいる。だけど、微かに聞こえる声は、はっきり言う事よりも心に来た。

 

 

 あの子が指揮官? 

 有り得ないだろ……かごなしだぞ

 

 しかもなんでKAN-SENと一緒に……? 

 

 相応しく無いだろ……

 

(俺が指揮官なのって……間違ってるのか?)

 

 目指した事自体が間違っていたとしたら、今までの俺は……何だったんだ? そんな自己嫌悪に陥ると、母さんが俺の頭に手を置き、優しく頭を撫でてくれた。

 

「今日は【迎春の儀】3日目……つまり、神子様である長門様がカミの声を聞き、それを民に伝える日です。アズールレーンが設立された今、この行事には他の陣営の方もいます。無礼は無いようにしませんと……ね?」

 

 母さんは笑顔を向けてくれた。その笑顔は大丈夫と、言ってくれているようで、さっきの自己嫌悪は少しづつ薄れて行った。

 

「本来はあの男の様な上の立場しか行けない屋敷だが、今回は招待を受けたという訳だ。まぁ、優海が指揮官になったおかげでもあるな」

 

 土佐姉さんの言う通り、本来長門ちゃ……長門様の屋敷に入れるにはそれなりの理由と立場が必要になる。

 それ程、神子と言うのは重要であり、大切な存在だ。その為、こうして大勢で屋敷に行くのはこれぐらいの行事しか無いという訳だ。

 

「しかし、他の陣営が来るのは初の試みだな。上層部どういう意図があるんだ?」

 

「存外、重桜の威厳やらを示そうとしているんじゃないのか? 古臭い考え方だ」

 

 土佐姉さんの疑問に、加賀姉さんの推測混じりで答えてくれた。まぁ……重桜の上層部は結構頭が固いとは思う。

 鎖国なんて大昔にやったぐらいだし、相当外部と関わりたくないのだろう。そう考えれば、こうやって他陣営を招待するのは奇跡に近いだろう。

 

 考え事をしていると屋敷の扉の前にたどり着き、護衛の人達がボディチェックをすると、問題なく屋敷に入る事が出来た。

 

 屋敷は綺麗に清掃された大きな空間、開放的にさせる為に開けられた扉には大きな行けと、天にも届きそうな程そびえ立つ桜の木【重桜】が見えていた。

 

「……懐かしいなぁ」

 

「ん? 優海、何か言ったか?」

 

「な、何でもない!」

 

 加賀姉さんが声をかけ、慌てて俺はなんでもないと言った。

 

 言える訳が無い。子供の頃ちょくちょく屋敷に侵入して長門ちゃんと遊んでいたなんて口が裂けても言えない。

 

 神子は決して他人と長く一緒になってはならないというしきたりがある。もしも、それがバレたらどうなるか……怒られるで済めば御の字だろう。

 だけど屋敷を見れば懐かしさが込み上げて来て、思いふけながら屋敷の中を案内の人を通じて歩いていくと、案内の人が歩くのを止めた。

 

「では、お客様はこちらでお待ちしてください」

 

 どうやら部屋に付いたみたいだ。他の人について行く様に大部屋に行こうとすると、案内人の人に止められた。

 

「あ、お待ち下さい。天城様御一行様はこちらではなく、奥の謁見の間でお待ち下さい」

 

「謁見の間と言うと……直接長門様にお会い出来る所ですよね?」

 

 謁見の間と言う言葉に天城母さんは少し驚いたが、それ以上に周りの人がざわめき出した。

 

「えぇ? あの人たち……KAN-SENでしょ? 何で……」

 

「ほら、あのかごなしが指揮官でしょ? あの制服……間違いないわよ」

 

「何で私達では無くあの庶民が……」

 

 聞こえているざわめきの声がこっちの耳にも届いている。しかも、一部がわざとらしい感じがして嫌な感じだ。これには加賀姉さんと土佐姉さん。そして黙っていた赤城姉さんも我慢の限界だった。

 

「貴様ら……言いたいことがあるならさっさと……」

 

「騒がしいぞ。ここが神子様の屋敷と知っての事か」

 

 加賀姉さんが手を出そうとしたその時、奥の方から加賀姉さんでは無い声が聞こえた。

 そしてその声は懐かしい声でもあった。女性としては少し低く、男性と聞き間違えそう程では無い声の主はキリッとした細い碧眼の目に銀髪の髪、そしてが着物のようになったセーラー服を着ていた。

 

「か、江風さん!」

 

 案内の人が彼女の名前を呼ぶと、江風さんは俺に1目向けると直ぐに目線を他の人達に向けた。

 

「この人達は大事な客だ。丁重にもてなすのは当然だ」

 

「で、ですけどかごなしが……」

 

「耳がなくとも優秀な人材はいる。それに……そんな迷信を信じているとは、幼稚すぎはしないか?」

 

「なっ……にぃ!?」

 

 あまりの強い言葉に1人の男性が江風さんにムカッ腹を立てたが、江風さんの鋭い目に男はしり込みした。

 

「とにかく、これは神子さまの願いだ。私は神子様の守り人、言うことを聞くのは当然だ。……そろそろ行こう。付いてきてくれ」

 

 言葉だけで男達を黙らせると、江風さんは謁見の間までの廊下を歩き、俺達は少しだけスッキリした気持ちで江風さんについて行った。

 

「ありがとうございます江風。おかげで助かりました」

 

「いえ、天城さんを困らせる訳には行きませんでしたので」

 

 天城姉さんがお礼を言うと、江風さんは謙遜していた。

 

「え、母さんって江風さんと知り合いなの?」

 

「えぇ。ちょっとした縁があります。それにしても、私は優海が何故江風【さん】と言うのが気になりますね。まるで交流があるかのような言い方ですね」

 

「あっ、やば……」

 

「馬鹿者が……」

 

 江風さんは呆れ、天城母さんと加賀姉さん、土佐姉さんは興味津々だが、赤城姉さんは違った。今は天城母さんに喋らないように言われてるが、赤城姉さんから強い圧が駄々漏れだ。今日の夜は長くなりそうだなぁ……

 

「べ、別に何も無いよ」

 

「嘘を隠すのが下手すぎるぞ優海……」

 

 土佐姉さんに突っ込まれながらも、俺は口笛を拭いて誤魔化した。それを見て呆れたのか、むしろ子供っぽいと思ったのか、母さんは笑って何も言わなかった。

 

 言える訳が無い。長門……もとい長門ちゃんとは結構昔からの付き合いだと言うことを……

 

 色々あったが、昔から長門ちゃんとはよく遊ぶ関係になっていた。日記を交換したり、お土産を出したりと、母さんの目を盗んではちょくちょく遊びに行っていた。

 

 長門ちゃんも立場が立場だからあまり外には行けず、一人の者と対等に接する事がバレたら後々が面倒なので、こうしてお忍びの関係になって行った。それが今日、どうどうと会う日が来るなんて思わなかった。

 

「話している所悪いが、謁見の間だ。……一応言っておくが、粗相をしないようにな」

 

 江風さんは主に俺を見て話した。済ました顔をしているが、その内心は絶対に子供扱いしていた。

 ふくれっ面になりながらも、もうすぐ謁見の間だから怒りたくても怒れなかった。

 

 江風さんが謁見の間に続く大扉を開け、扉の先には幻想的な光景が広がった。吹き抜けの壁で外の世界に繋がり、重桜の良い天気が見える。

 

 部屋の奥には少しだけ淡い桜色の光を出している桜があり、その手前には小さな部屋の様なものがあり、それが絹のように薄く、透明感のある布が掛けられていた。

 その布の後ろには、かなり大きな艤装を背負ったKAN-SENがいた。

 

 ……あれが長門ちゃんだ。きっと、俺達以外ここにいる人達以外のお客様は驚くだろう。

 

 そしてこの謁見の間には既に俺達以外に招待された者が複数人おり、その中には顔見知りがいた。

 

 まず目に入ったのは金髪で頭に王冠を被った少女、ロイヤルのクイーン・エリザベスさんがいた。

 

 エリザベスさんと目が合うと、俺は軽く頭を下げて挨拶をしたけど、エリザベスさんは何も言わずにそっぽを向いた。

 

 地味にショックを受けながらここにいるKAN-SEN達に顔を向けた。黒い服を来た金髪の人や、まるでお姫様の様な出で立ちの人、クールで男勝りな人がいる中で目に止まったのは、黒いコートを来た白髪の女性だった。

 

 あの黒コートのKAN-SENって……確かビスマルクって言ってたっけ。学園に在籍していると思うけど、見た事は無い。まぁ学年が違うからというのもあるけど……

 

 最後に気になるのはあの長い白髪のKAN-SENだ。他のKAN-SEN達と比べるとあまり突出した雰囲気は感じられなかったけど、誰かに似ているような気がした。多分学園で出会った誰かの姉妹艦だろうか。

 

「さて、これで全員だな。優海達の席はあそこだ」

 

 江風さんが空いている5つの席に案内し、俺が真ん中になるように母さん達も席に座った。

 江風さんが全員と言ったから、これでここに招待する人は揃った訳だ。

 

「陣営の代表者、そして指揮官に選ばれた者よ。今日はこの【迎春の儀】に足を運び感謝する」

 

 部屋の向こうにいる長門が声を発し、ここにいる全員が長門の姿に注目した。そして、長門の姿を隠した布がゆっくりと上げられると、長門の幼い姿と巨大な艤装が姿を現した。

 

「余は重桜の長門。今回この儀式に他陣営の代表者を招いたのは、陣営同士の交流を深める為だ。セイレーンの脅威が大きくなる中で、陣営同士の協力は不可欠だ。そのため、ここに呼んだ限りだ」

 

 確かに、ニュースでもセイレーンの話題は持ちきりだ。セイレーンの活動は日に日に活発化していたりと、1つの陣営の力ではセイレーンには勝てない。長門の言う通り、ここにいる全陣営の協力の為に交流を深めるのは良い考えだと思うけど……

 

「はっ、下らねぇ。オレは先に帰らせて貰うぞ」

 

 女性というにはあまりにも男気勝りのポニーテールのKAN-SENが席を離れると、その隣にいたKAN-SENが彼女の足を止めるように手を掴んだ。

 

「待ちなさいジャン・バール。私達は招かれた身です。少しは謹んでください」

 

「……チッ、分かったよ」

 

 ジャン・バールと呼ばれたKAN-SENは不本意ながらも席に座り直し、長門が1つ咳き込んで話を戻した。

 

「コホン……勿論交流の為でもあるが、今日余はカミの啓示を聞き、伝える日でもある。皆には重桜がどういうものか見てもらう為にも来てもらった。重桜は他陣営との接点が少ないからな」

 

「たしかに……協力する上で不明点があるとなると少し気になるわね……良い考えですね」

 

「確かに良い考えだわ。秘密だらけだと逆に怪しいもの」

 

 白髪のKAN-SENとエリザベスさんは長門の意見に賛同的な事を発端で良い空気になりは……しなかった。

 

「わざわざ他の伝統文化を見せつける為に呼んだのなら私はここで失礼する」

 

「オレもだ。他のやつの行事なんて興味は無い」

 

 金髪で黒い軍服を来たKAN-SENが呆れるようなため息を付きながら席を立ち、ここから離れようとしていた。

 そんな2人を止める為に、俺の体は無意識に彼女達の前に立ちはだかった。

 

「待ってください!」

 

「お前、指揮官か? なんだ、オレ達に命令するのか?」

 

「そんなつもりは……」

 

「だったらどいてくれ。私達にも、やるべき事があるから」

 

 ごもっともな言い分だ。だけどそれでも、ここで帰らせる訳には行かない。長門の心意気を無駄にしない為にも、俺は深々と2人に頭を下げた。

 

「お願いします! どうか、少しだけでもこの儀を見てください!」

 

 指揮官が、部下的な立場であるKAN-SENを前に頭を下げるこの光景は、ここにいるKAN-SEN達をざわつかせた。将来はここにいる全員を指揮し、勝利を導く存在が、今は頭を下げているのだ。

 

 言うなれば、国のトップの人が国民に頭を下げているのと同意義だ。だけど、今の俺にはそんな事実はどうでも良く、ただ2人にこの重桜を、長門がこうして呼んだ意味を分かって欲しい一心だった。

 

「この迎春の義は、重桜の皆が待ち望んだ大事な日でもあり、長門ちゃんが重桜の皆と顔を合わせられる日でもある。だから知って欲しい! 長門ちゃんが知らない重桜の人達に対してどんな気持ちを抱いているのか知って欲しい! だから……帰らせる訳には行かない!」

 

 ありったけの思いをぶつけ、2人の歩みは止まった。2人は顔を見合わせ、小さな息をした後、体を振り返って元の席に戻ってくれた。

 

「……つまらん物だったら許さねぇぞ」

 

「同感だ。迎春の義を見物させて貰う」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 今度はお礼に頭を下げ、江風さんのアイコンタクトで座れと言われたので俺も急いで元の席に座った。

 

 席に座った後、代表者2人に対して意見を貫き通したという事実がようやく飲み込み、上の空で木の天井を見上げた。

 

(あ、あっぶなー! めちゃくちゃドキドキした〜!)

 

 冷や汗が身体中から流れ出て心臓もバクバク言って多分提供された料理を全部を食べれそうに無かった。持ち帰る事って出来ないかなぁ……。

 

「……うむ、ではこれより迎春の義 宣託を始める。カミの声を聞き、その言葉を民に伝えるのが余の役目だ。そして民はその言葉と共に生きていく大事な日だ。ここに招いたのは、我ら重桜がどのように生き、どのように歩んで行ったのか見てもらいたいのじゃ。……指揮官が先に言っていたがな」

 

「あはは……すみません」

 

「過ぎた事じゃ。……それを見て、共に歩むか、縁を切るを判断しても良い。じゃがこれだけは知って欲しい。余は、重桜の民の事を、我が身の様に大事にしておるとな」

 

 長門ちゃんは薄い羽衣を脱ぐと、近くにある大きな桜の木に向かって祈りを捧げた。

 すると目の前の桜の木が淡い桃色の光に覆われ、この部屋もまるで水面のような煌めきに満ちた。

 

 化学とかでは説明出来ない現象に皆は驚きつつも長門ちゃんを見守り、桜の花びらが1枚長門ちゃんの手に舞い降り、その瞬間大きな光が長門ちゃんを包み込んだ。

 

「……神託は届いた。江風、頼む」

 

「はっ」

 

 江風さんが刀を地面に2回叩くと、いきなりこの部屋が大きく揺れ、長門ちゃんがいる空間の壁が開かれ、外が見える様になった。

 

 外の景色は海の地平線と巨大な重桜が見え、この屋敷の下には大勢の重桜の民が長門ちゃんの姿を見ると大きな歓声をあげた。

 

「長門様が姿を現したぞ!!」

 

「おぉ、なんとも雄々しくも美しい姿だ!」

 

「……随分と慕われてるのね」

 

「ふん、私だってこれぐらいのカリスマはあるわよ」

 

 エリザベスさんが対抗心を燃やしているが、長門ちゃんのこの信仰を認めてはいた。そして、皆は長門ちゃん……正確にはカミの言葉を待っていた。

 

 少し強い風が吹き、桜が多く散ったその瞬間、長門ちゃんは息を吸って声を出した。

 

「余は長門! 重桜の長門じゃ!」

 

 長門の声は重桜の民に届き、一際の歓声の後に静寂が訪れた。神の言葉を聞く為に、そして長門ちゃんの声を聞く為に、重桜の民は耳をすませた。

 

「……この地には、呪いとも言える言い伝えがある。カミに与えられし獣の写し身を宿さん者は、災いの象徴であると」

 

 その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。長門ちゃんが言ったことは【かごなし】の事だ。

 

 獣の耳と尻尾が無い人は災いの象徴であり、カミの加護を持たない物、それ故に今まで迫害されてきた。同じ重桜の民だと言うのに、耳が無いからといって差別されてきた。

 

 

 俺も例外じゃなかった。小さい頃は色んな人に虐められた事を思い出し、無意識に体が震えていた。

 

 今回その事に付いて話していると言う事は、【かごなし】に対する神託なのは間違い無かった。もしも、これよりも酷い差別を煽る様な神託だと考えたら、嫌でも震えてしまう。

 

 そんな心配や不安が積もっていくと、一瞬長門ちゃんが俺の方を見たような気がした。

 

「心配するな……」

 

 小さく長門ちゃんがそう言うと、直ぐに前を向いた。

 

「じゃが、今日を持ってそれと決別する!」

 

 その瞬間重桜の民は一斉にざわめき、俺の心は曇り空を一気に晴れさすような風を受けた衝撃を受けた。

 長門ちゃんはざわめきを消すかのように、さらに声をあげた。

 

「カミは見ていた! 獣の加護がなくとも抗い、前に進む者や、それを支える者達を! 故に我らは、今ここに【かごなし】と共に歩む事をしなければならぬ!」

 

 

「かごなしを同等に接するだと?」

 

「では今まで俺たちがした事は間違いなのか?」

 

「しかしカミが間違いを犯すのか?」

 

 

 今までの事を否定する様な言葉に、民のざわめきは消えなかった。だが長門ちゃんの言葉でそのざわめきは消えた。

 

「この重桜に、かごなしであるのにも関わらず指揮官になった! そして我々はセイレーンに対抗する為に、他の陣営にも協力する。そしてその陣営の者達は我々でいうかごなしだ。故に、共に歩まねばならぬ! これがカミの思し召しなのだ!」

 

 その後、長門ちゃんの言葉に民は何も言わず、静かにこの神託を受け取り、その後長門ちゃんを讃える歓声があがった。

 

「良かったわね、優海」

 

「うん。ありがとう、赤城姉さん」

 

「……なるほど、ただの飾りでは無い訳だな」

 

 神託を伝え終えたと同時に、ビスマルクは席をたち、この場から離れようとした。

 

「もう行くんですか?」

 

 ビスマルクさんを呼び止めるが、ビスマルクさんは顔を振り返っただけで足を止めなかったが、言葉は返してくれた。

 

「長門がどれほど重桜と民の事を思っているのはよく分かった。……尚更、負けてられない」

 

 ビスマルクさんは長門ちゃんの方を一瞬目を向けてこの部屋から去っていった。どうやら、長門ちゃんが重桜に対する思いが伝わった様だ。

 

 ビスマルクさんだけじゃなく、さっきの態度や国民の声を聞いたおかげでここにいるKAN-SEN達も、分かってくれた様だった。

 

 大仕事を終えた長門ちゃんが部屋に戻ると、変形した部屋は元の形に戻り、KAN-SEN達は労うように拍手をした。

 

「お疲れ様です神子様」

 

「うむ。……これにて、迎春3日目の行事は終わりじゃ。少しは重桜の事を分かってくれると幸いだ」

 

「とても素晴らしい物でした」

 

「アイリスとはまた随分違った信仰ですが、それでも民の思う心は変わりませんね」

 

 どうやら良い印象を持ってくれたようで、その後の交流もわかだまり無く円満に終わった。丁度日が沈む時を境に、各陣営のKAN-SEN達は元の陣営に戻り、俺達もここでお開きという形になった。

 

 江風さんが先頭になってKAN-SEN達を案内しようとしたその時、江風さんが俺に近づいてある事を言った。

 

「お前は少し残ってくれ」

 

 耳打ちするような小声で江風さんは他のKAN-SEN達に屋敷を案内し、そのまま外へと出ていった。

 まぁ、残れと言わたら残るしかない。母さんと姉さん達に事情を伝えると、赤城姉さんも残ると言い出したけど、母さんの圧でそれは叶わなかった。

 

「では、家で待ってますよ」

 

 母さん達と江風さんももこの謁見の間から出ていき、ここには俺と長門ちゃんだけになった。

 

「ふぅ……やっぱりこの時期は忙しいのぅ」

 

「俺以外誰もいないからそんな堅苦しい言い方はしなくてもいいよ」

 

「そ、そう? で、でも余は長門だから口調はこのまま!」

 

「もう既に口調がごちゃごちゃだよ?」

 

「あっ……こ、細かいことは気にするでない!」

 

 長門ちゃんは頬を膨らませながら怒り、素の感じになっていった。

 長門ちゃんは本来は見た目相応の口調が素だけど、立場の都合上、威厳を保つ為にあえて強い口調にしていた。素を見せても何とか威厳を保とうとする必死な長門ちゃんを見て思わず頬が緩み、そんな俺を見た長門ちゃんはまた更に頬を膨らませながらこっちに向かってポカポカと胸を叩いて来た。

 

 やがて叩き疲れたのか、長門ちゃんは叩くのを止めて俺の胸にうずくまった。

 

「……疲れた」

 

「うん。お疲れ様。それとありがとう。かごなしの事、言ってくれて」

 

「これで優海は……もう誰にも虐められることは無い……よね?」

 

「分からない。でも、必ずその風潮は消えるよ。だってこんな事しなくても俺を支えてくれた人達がいたもん。絶対に……かごなしの呪いは消えるよ」

 

 俺の事を見放さないでくれた家族がいた。友達がいた。支えてくれた人たちもいた。

 

 そして、今勇気を貰った人がここにいる。

 

「長門ちゃん。俺、君のおかげで勇気を貰ったんだ」

 

「勇気?」

 

「そう。……ここに来る前は、俺の事指揮官に相応しく無いとか、そんな感じの陰口を言われてさ。指揮官としての自信がなくなったんだ。けど、もう俺はそんな事言わない」

 

 今まで分からなかったけど、長門ちゃんの小さな背中には大きな期待と責任がのしかかっていた。民の為に務め、自分を震え立たせ、堂々としているあの姿はまさに重桜を導く神子として相応しかった。

 

 KAN-SENだからとか、産まれ持った運命とかそんな物は関係ない、長門ちゃん自身の立ち振る舞いに、勇気を貰った。

 

「……俺は、指揮官としてもっと立派になる。誰もが認める指揮官に」

 

 そう決意を込めるように言い、長門ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。

 

「なれるよ。優海なら」

 

「ありがとう。じゃあ、もう遅いし俺はそろそろ帰るよ」

 

「ま……待って!」

 

 長門ちゃんがいきなり俺を引き止める様に背中まで腕を回し、ギュッと力を入れた。

 

「もう少し……ここにいて」

 

「え? う、うん。分かった」

 

「良かった……」

 

「…………長門ちゃん?」

 

 長門ちゃんは俺に抱きしめながら目を閉じ、規則正しい寝息を立てて寝てしまった。

 

 起こす……訳には行かないし、大事な役目を終えて緊張感がどっとのしかかって疲れたんだろう。どうすれば良いか分からず、とにかく俺は長門ちゃんを起こさないようにそのまま座ったまま動かないようにした。

 

 こうして長門ちゃんを近くで見るのは初めてで、ついまじまじと見てしまう。

 

 艶やかな黒髪に、まだ幼い体でモチモチの肌はついつい触りたくなる。好奇心で思わず柔らかい頬を人差し指でつつくと、長門ちゃんは声を漏らし、更に強く俺を抱きしめた。

 

 起こしてしまった……? いや、寝息はそのままだから寝ており、ホッとしたのも束の間、隣に誰かいる気配がして思わず左に顔を向けると、そこには鬼の形相で俺を睨んでいた江風さんが現れ、驚きで顔をあげようとした所を江風さんは両手で俺の口を塞ぎ、大声を止めた。

 

「黙っていろ。……それにしても、貴様神子様に何をするつもりだ……!」

 

「べ、別に何もするつもりありませんよ!」

 

 小声で江風さんの言うことを否定し、江風さんは納得いかない顔を浮かべた。

 

「……本当か?」

 

「本当です!」

 

「そうか……しかし、神子様がこうなってしまえば当分は起きん。今日はここに泊まれ。布団も寝間着も用意する」

 

「はっ? いきなりそう言われても……」

 

「安心しろ。天城さん達には連絡しておく」

 

「いやそういう意味じゃなくて」

 

「では神子様を部屋に送るのは頼むぞ。昔と場所は変わってないからな。……粗相はするなよ。もししたら……責任を取ってもらうぞ」

 

 そう言って江風さんは颯爽と部屋から出ていき、嫌という場面では無くなかった。

 

 こうなってしまえば、今日はここに泊まるしかないだろう。とにかく寝ている長門ちゃんを抱き上げ、昔行った事のある長門ちゃんの部屋へと静かに足音を出さずに連れていく。

 

 もう夕日が沈み、今頃母さん達は江風さんの知らせを受けて家に帰っているのだろうか。

 

 何だか心做しか遠くの方で赤城姉さんの叫び声が聞こえてくる。

 

 そんな事を考えていると、長門ちゃんの部屋の前にたどり着き、襖を開けて中に入る。

 

 部屋はだいたい8畳ぐらいの広さでありながら、何も無かった。

 

 いや、なにも無いわけでは無かった。長机に布団、本棚に飾り刀を飾る為の棚とかはあるけど、それ以外の物は何も無かった。

 

 遊び道具も、部屋を彩る娯楽品や装飾品も何もかも無く、寂しさを感じる部屋だった。

 

「本当に変わってない……」

 

 昔遊びに行った時もこんな部屋だった。何も無いこの部屋は当時の俺は灰色にも見え、長門ちゃんの心境を表しているようにも思えた。

 

 それを見かねて俺は、色んなものを長門ちゃんに渡した記憶がある。

 

 祭りの景品で貰ったビー玉やぬいぐるみ、秋に拾った松ぼっくりやどんぐり、絵等色々だ。だけどそれは見当たらず、江風さん……いや、それ以外の側近の人達から捨てられたと考える方が自然だろうか。

 

 おおかた、神子たるものがこんな俗物に触れる事は許されないって言われたのが容易に想像出来る。

 

 とにかく長門ちゃんをゆっくりと布団に寝かせると、窓の外から風が中に入り、何か紙のような物が地面に落ちた音がした。

 

 音がした所は小さな座卓の隙間であり、気になって座卓の隙間を見るとそこには少し古い紙があり、広げて見ると紙には絵が描かれてあった。

 

 クレパスで書かれた絵はまさに子供が描いたような幼稚な絵だった。顔は大きく、体は手足が描かれていてもバランスが悪い人の絵が2人で描かれ、片方は俺、もう片方は長門ちゃんであり、一緒に手を繋いでいる絵だった。

 

 しかもこれ俺が昔描いた絵で昔長門ちゃんに渡した物だった。

 

 拙さで恥ずかしいという気持ちより、まだ持っていた事に喜びを感じ、恐らくだが座卓の裏にテープか何かで張り付けていたんだろう。

 

 流石に座卓の裏までは調べられて無い故に、俺が渡した物は唯一これだけだろう。なにかの手違いで見つからないように元の場所に戻し、剥がれかけのテープの代わりに過保護な母さんから貰った絆創膏を付けようと紙の裏面を見ると、追加で書かれた文字があった。

 

 ﹁いつかこの絵のように2人でこの国を歩きたい﹂

 

 紙の裏にはそう書かれていた。

 

 この文字を見て初めて長門ちゃんの本心が聞けたようにも思えた。

 

 誰よりも普通に憧れて、誰よりも寂しがり屋で、誰よりも純粋だけど、決して弱みを見せない。何故なら、重桜の長門なのだから。

 

 その長門の唯一見せた本心に応えるように、俺は座卓にあるペンを使い、紙の裏に一言書き足した。こうして見ると、昔やった交換日記を思い出しながら、この言葉に対しての返事を書き記した。

 

 

 ﹁いつかじゃなくて、絶対に﹂

 

 




ちょっと一言
迎春の儀の元ネタは、ゴールデンウィーク。



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退学の危機……?

お久しぶりです。

直近で就活に追われ、中々小説が投稿する事が出来ず、ながらか更新が出来ずに休載的な事になってしまって申し訳ございません。

最近ようやく就活が終わった為、少しづつですが投稿のペースを元に戻そうと努力いたしますので、どうか皆さんこれからのご愛読の方、よろしくお願いいたします。


 

 今日は学園の終業式、つまり夏休みの始まりだ。

 

『初めて』の夏休みだからワクワクが止まらず、夏休みはどんな事をしようかと頭の中ではもう予定が立てていた。

 

 学園長の言葉も終わり、後は家に帰れば夏休みの始まりだ。今日は特に学園に用とかも無いから早めに帰ろうと荷物をまとめようとしている最中、携帯が振動した。

 

 授業中は必ず携帯はマナーモードにするという決まりがあるから、着信音は鳴らずに振動が通知音代わりだった。

 

 だがその振動が止まらず、まるで携帯が意志を持っているかのように振動は途切れることを知らなかった。

 

 原因はKAN-SEN達からの連絡だった。

 

 指揮官という珍しさや、これまで交流してきたKAN-SEN達が、俺の事を話しているそうで、学園で俺の事は知らない域まであるせいで、早速KAN-SEN達からの夏休み中のお誘いが来たのだ。

 

『ねぇねぇ指揮官ーユニオンに遊びに行く予定あるー? 夏休み海行こーよ』

 

『ご主人様、ベルファストでございます。夏期休暇中お暇でしたら、付き合って欲しいことが……』

 

『優海くん〜夏休みは、お姉さんと一緒に海に行かない? 昔みたいにね♡♡』

 

『指揮官、夏休みは新作ゲームの耐久を……』

 

 いや多い。多すぎる。通知数が10を超えて一気に50までに増えそうな勢いになり、これは返信だけで1日が潰れてしまいそうだ。

 

 とにかく、日時が決められている所を見て被らないように予定を組まないとダメかなぁ……これは。

 

 そんな鳴り止まないマナーモードの通知に隣の席に居たジャベリンが興味深そうにして眺めていた。

 

「わぁ! 指揮官やっぱりモテモテですねー。うーん、これならお誘いは遠慮しようかな〜」

 

「ん? いやいや、別に大丈夫だよ。何とかして予定を組むか……ら……ううん……」

 

 送られてきたメッセージを見る度どんどん予定が埋まっていき、奇跡的に日時や場所が被っている所は無かった。

 

 が、問題は場所だった。ユニオンにロイヤル、はたまた鉄血にアイリス等、これまで交流してきたKAN-SEN達の陣営にお邪魔する形が多かった。

 

 だけど、移動には勿論お金がいる。陣営間の移動は主に船や飛行機を使う事が多く、そのどちらもそれ程お金をかけなくても良い。だけどそれを繰り返していけば勿論使うお金は多くなり、あんまりお金が持っていない俺にとってこれは死活問題だった。

 

 それに時間もそうだ。仮にまずロイヤルの予定を済んで、次にユニオンでの予定を済ます事になれば、最低でも4時間ぐらいはかかる。

 予定もキッチリだから、心身ともにしんどくなるのは目に見えてはいた。

 

「うーん、どうしようかな……」

 

 なるべく予定をキャンセルはしたくない。だけど時間やお金がそれを許してはくれなかった。現実的な問題を考えれば考えるほど、全ての予定を受け入れるのは到底不可能だと悟り、しぶしぶ断る予定を決めようと携帯を見たその時、校内のスピーカーからアナウンスが流れた。

 

『連絡です。指揮官、天城優海。至急、理事長室に来てください。繰り返します。指揮官の天城優海は、至急理事長室に来てください』

 

「え、俺?」

 

 突然の呼び出し、しかも理事長室にって言った。

 

 職員室なら分かるけど理事長室って一体何なんだろうか。珍しいアナウンスで教室に残っていたKAN-SEN達も俺の方に顔を向かせ、心当たりが無いか聞いてきた。

 

「指揮官、何かやったとかー?」

 

 その問いに俺は首を横に振った。校則違反とかしてないし、学校外でも問題をした覚えもない。

 逆にそれが怖くなり、もしかしたら知らず知らずの内にやらかしたと考えると、胸の奥が冷たくなり、冷や汗をかいた。

 

「えっ、どどどどどうしよう……」

 

「と、とにかく理事長室に行きましょう! 私もついていきますから!」

 

 焦りながらもとにかく急いで理事長室へと足を運んだ。

 

 道中でアナウンスを聞いたKAN-SEN達に何かあったと言われたりもして、俺は何度も心当たりが無いと答え、そうするうちにエレベーターの前に立った。

 

 エレベーターと理事長室は繋がっており、このエレベーターで最上階に行けばそこが理事長だ。

 恐る恐るボタンを押すと、直ぐにエレベーターの扉は開かれ、ゆっくりと中に入った。

 

 理事長室には一部の人しか入れず、ジャベリンとはここでお別れになってしまう。心配そうに見つめていた。

 

「指揮官、ジャベリンはここで待っていますね」

 

「うん。じゃあ行ってくる」

 

 まるでどこか遠いところに見送る様な感覚でジャベリンと別れ、エレベーターは最上階を目指していく。

 

 上昇していくエレベーターの窓には、学園の全体像の景色が広がっており、懐かしい気持ちになった。

 

 そういえば、この学園に始めてきた時もこうして学園をここで見下ろしていた。あの時はどこかどうなっているか分からなかったけど、今となってはすぐに分かる。

 

 向こうに見えるのが重桜の寮でその近くには剣道場。

 

 テニスコートの近くにはプールサイドやちょっとレアな飲み物がある自販機があるなど、自分の庭のようにどこに何があるのか鮮明に言える。

 

 やがてエレベーターは止まり、最上階へと辿り着くと扉は開かれ、目の前に赤い絨毯が敷かれた高級感溢れる部屋が広がった。

 

「し、失礼します」

 

 一礼をして部屋に入ると、目の前にいるクイーン・エリザベス理事長が長い回転式の黒椅子を回し、俺の方に体を向けた。

 

「来たわね。貴方に渡したい物があったから呼び出したわ」

 

「わ、渡したい物……?」

 

「それがこれよ。こっちに来なさい」

 

 そうしてエリザベス理事長が手に取って机の上に置いたのは、白い手帳……いや、パスポートだった。

 

 パスポートにはアズールレーンのマークが描かれており、外見的には大きな特徴と言えば白色なぐらいだ。

 

 エリザベス理事長に一声かけてから俺は白いパスポートを手に取り、中を見てみると中は普通と変わらなかった。最後を除いては。

 

 パスポートの最後のページを開いてみると、ある文章が記載されていた。

 

 ﹁この者を学園在中の指揮官として証明する﹂

 

 その下にはサインをサイン欄が4つあり、その欄にはユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血と書かれており、その欄には何も書かれていなかった。

 

「えーと、これは……?」

 

「見れば分かるでしょ。パスポートよ。以後、陣営間の移動はそれを使う事で、船や飛行機の費用は無料になるわ」

 

「む、無料!?」

 

 あまりにも破格な事に俺はつい驚いて大声を出してしまった。だけどエリザベス理事長はその事を予見していたかのように笑い、更に得意気に話した。

 

「しかも、ホテル等の滞在費用も一部免除されるわ。それがあれば、好きなだけ色んな所に行けるわ」

 

 まさかの滞在費用までも一部免除という、誰もが喉から手が出る程の物を持っているという事実を理解してしまい、心做しかパスポートが物凄く重くなった様な気がした。

 

 そのぐらいこのパスポートには価値があるのだ。その辺の宝石よりもずっと。

 

「指揮官ってだけで、こんなに手厚い援助が受けられるんですか?」

 

「そうよ。その分貴方に期待しているって事だから」

 

「期待……ですか?」

 

「貴方、指揮官試験を受けた人がどれぐらいいたか覚えてる?」

 

 そう言われ、俺は試験会場の光景を思い出した。

 

 面接の時、筆記試験の時、体力試験の時……それぞれの記憶を思い返してみると、同じ人に出会った覚えは無い。会場は複数ある事と、全ての陣営でこれが開催されたという事を考えると……

 

「50万人ぐらいですかね……?」

 

「ハズレ。3000万人よ」

 

「さ……!?」

 

 予想と60倍違った数に驚きを隠せなかった。

 

「私達も馬鹿じゃない。3000万人の中から当てずっぽうで貴方を選んだ訳じゃ無い。数多くの人間の中から、貴方が最も指揮官としての才があった。だから選ばれたのよ」

 

 改めてそう言わされると、自分が……指揮官とは如何にして重大な役割なのか身に染みた。勿論、重大な役目とは思っていた。だけど如何に考えが小さかったのか思い知らされた。

 

「その様子だと、まだまだ指揮官としての認識が甘いみたいね。そこで、貴方には夏休みの課題を出すわ」

 

「課題?」

 

「最後のページにある空欄のサインは見たでしょう?」

 

 確かに理事長の言う通り、空欄のサイン欄が4つあり、よく見る4大陣営のシンボルが掲載されていた。

 

「貴方の課題はこの夏季休暇中、ユニオン、ロイヤル、鉄血、重桜の各陣営の代表者に、指揮官として認めたサインを貰うことよ」

 

「は、はぁ……?」

 

 要は夏休み中に4人のサインを貰えば良いのかな……? なんか課題と言うには簡単というか、拍子抜けというか……。意図が分からなかった。

 

「ピンと来ていない顔ね。そのサインは、貴方が正式に指揮官として認める為の書類見たいなものなのよ」

 

「え? て事は俺、まだ指揮官として認められて……」

 

「ないわよ」

 

「……えーと、理事長って確かロイヤルの代表者でしたよね? ここにサインが無いって事は」

 

「認めてないわよ」

 

 たった4文字と7文字の言葉が俺の胸を突き刺さった瞬間だった。まさかの事実に膝が崩れ落ち、両手を床に置いてそのまま四つん這いで惨めに泣いてしまった。あとめちゃくちゃ悲しい。ガーンという効果音が俺の頭に叩きつけられたような衝撃だった。

 

「仕方ないでしょう。多くの人間から選ばれたと言っても、たった2,3ヶ月で指揮官と認められる訳ないじゃない」

 

 ぐうの音も出ない最もな発言だった。確かに自分達の命を預ける立場の人をそう簡単に認める訳にも行かないからなぁ……俺が逆の立場だったらそうしたかもしれないし。反論する気は無かった。

 

 むしろそれを受け入れようとする姿勢になった。今認められていないなら、今後認められるようにすれば良いのだから。

 

「でも、認められるって具体的に何をすれば……?」

 

「簡単よ。各陣営の代表者が貴方に課題を出すの。その課題を出せばクリアってわけ。そういう事だから、早速貴方には課題を出すわ!」

 

 エリザベス理事長は杖を回して先を俺に突き付け、いきなり課題を出そうとしていた。

 

 ちょっと待ってとも言えず、心の準備すらさせて貰えない強引な事に、女王みたいな我儘さを覚えた。

 

 だけど断れる立場でも無い。生唾を飲み込んで課題を聞く姿勢になると、エリザベス理事長は口を開けた。

 

「ロイヤルは常に優雅さが求められるもの。そしてロイヤルで1番優雅なのは……分かるわよね?」

 

「いや、知りませんけど」

 

 優雅さとか言われてもいまいちピンと来なかった。言葉の意味は分かるんだけど……実態と言うか、どういうのが優雅なのかは分からなかった。

 

「あ、ても1番優雅って言葉が似合いそうなのはベルファスト先輩かなぁ……」

 

 出会ってきたロイヤルKAN-SENの中で最も優雅という言葉が似合うのはやはりベルファスト先輩だった。

 一つ一つの動きが洗練されていて手を動かしているだけでも思わず見入ってしまった。

 

 そんなベルファスト先輩を思い返している最中でエリザベス理事長が思い切り机を叩きつけ、俺は肩を上がらせて驚いてしまい、目を丸くさせた所にエリザベス理事長は王冠の付いた杖を俺に向けると、顔を真っ赤にさせて怒っていた。

 

「この馬鹿! 何でベルファストを選ぶのよ!」

 

「え? だって俺が出会ってきた中で一番優雅そうなのがベルファスト先輩ってだけで……」

 

 しかしエリザベス理事長は俺の言葉を聞かずに思い切り杖で頭をぶん殴ってきた。本物の金で出来た杖だからか頭の上に星が浮かぶ程の衝撃で目が回ってしまい、それでもエリザベス理事長は話を続けた。

 

「もう頭に来たわ! 今日から貴方は下僕よ下僕! ロイヤルの中で誰が1番優雅なのかみっちりと教えこんでやるんだから!」

 

「げ、下僕〜?」

 

 ふらつきながらも何とか聞き取れた言葉を繰り返すと、エリザベス理事長は頷きはせずに俺を見下ろすように顎をあげた。

 

「そうよ、下僕よ。げ ぼ く! 明日、ロイヤルに来なさい! これは女王命令よ!」

 

「明日って……そんなの急に言われても……」

 

「何? 下僕の癖に女王様の命令を聞けないって言うのかしら?」

 

 あまりの高圧的な態度に思わずムッとしてしまい、理事長だろうとなんだろうと反抗心が沸いた。

 

「下僕下僕って……そんな風に上から人にとやかく言うのはダメなんですよ!」

 

「なっ、私に向かって意見するなんてとんだ無礼者ね! とにかくロイヤルに来る事は決定事項よ! それに、代表者のサインを貰わないと、指揮官権限は剥奪されてアンタは退学になるから、注意しなさい!」

 

「…………ん? 今なんて?」

 

「ロイヤルに来る事は決定事項よ!」

 

「違います! もっと後の方です! サインとかどうのこうのってところです!」

 

「代表者のサインを全員貰えないとアンタは退学よ」

 

「……えっ?」

 

 聞き間違いと信じたかったけど、エリザベス理事長の顔を見る限り嘘では無さそうだ。

 

 冷や汗が止まらず、急いで代表者の事について思い返そうとしても、そもそも俺はユニオンと鉄血の代表者にそれ程あった事ない。というか、重桜で行われた迎春の儀で一目会ったぐらいだ。

 

 これがもしアイリスとかの全陣営を含んでいたら、キツかったというか間違いなく全員にサインを貰うのは不可能だったかもしれない。

 

「やっと自分の立場を分かったようね。アンタは最初にロイヤルの代表者……すなわちこのクイーン・エリザベスのサインを貰わないと、この学園から退学になるって事。素直に私の言う事を聞くのが吉じゃなくて?」

 

「なんかやり方がこざかしくて優雅じゃない!」

 

「はぁー!? 最初に道を示そうとしているんだから感謝しなさいよ!」

 

「それは有難いけど嬉しく無いです!」

 

「なによ! とにかく、明日ロイヤルで私の城に来なさいよね! 出ないとアンタを死刑にするんだから!」

 

 エリザベス理事長は長椅子に座って椅子を回転させ、俺に背を向けた。

 

 少し理不尽と思いながらも、サインを貰わなければこの学園から退学となり、指揮官の権限が剥奪されるという事は、二度と指揮官にはなれないという意味で間違いない。

 

 仕方ないと思いつつも、俺はエリザベス理事長に一礼し、エレベーターに乗って1階へと戻っていく。

 

 ゆっくりと降りるエレベーターの中で膝を崩し、どうした物かと悩みに悩んだ。

 

 さっきも言ったけど、俺はユニオンと鉄血の代表者とは一目しかあった事ない。サインを貰うにしても、まずはその代表者に認められなければサインは貰えないし……そもそも会う方法を考えなければならない。

 

 というかそれ以前に……まずはエリザベス理事長にどう認めて貰うかが重要だ。

 

 夏休みは40日……1つの陣営で使える時間は10日程だ。それまでに4大陣営の代表者にサインを貰える方法を考えなくちゃならない。

 

「初っ端からの夏休みから大変な事になりそうだなぁ……」

 

 そう呟くと同時にエレベーターが1階に辿り着き、扉が開かれると、ジャベリンが前に立って待っていてくれた。

 

「おかえりなさい指揮官! どうでしたか? 何か言われましたか?」

 

「言われたというかなんというか……ちょっと大変な事になったかも」

 

「えぇ!? 何か、ジャベリンに出来ることがあれば言ってくださいね!」

 

 ジャベリンの献身的な優しさが身に染みる。思わず泣いてしまいそうだ。

 

 ……そういえばジャベリンってロイヤルのKAN-SENだったけ。なら、早速出来ることがあるかもしれない。

 

「ねぇ、ジャベリン。帰りながらロイヤルの事について教えてくれないかな。明日ロイヤルに行く事になって……」

 

「い、いいい一緒に帰るですか!?」

 

 ジャベリンは頭からボンッと湯気が飛び出す程顔を赤く染め、アワアワと手足を動かして挙動不審になっていた。

 

 俺、変な事言ったっけ……? とにかく落ち着くようにとジャベリンを宥め、ジャベリンは深呼吸して落ち着いてくれた。

 

「ふぅ……ぜ、是非一緒に帰りましょう!」

 

「良かった。じゃあ帰ろうか」

 

「は、はい!」

 

 何故かジャベリンの顔は赤くなったままだったけど、帰り道を一緒に歩き、ロイヤルの事について話してくれた。

 

 明日から気を引き締めないといけないなぁ……。



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お茶会は優雅に

 

 _4大陣営の代表者のサイン全員貰わないと、アンタ退学だから

 

 昨日、学園の理事長にそう言われ、途方に暮れていた。

 

 そのせいで前後の記憶が思い出せず、気がついたらここ、ロイヤルにいた。結構急ぎめに来たけどもう空は暗くなり、夜になっていた。

 

 街ゆく人々は皆高そうなドレスとスーツを身にまとい、男の人は黒いシルクハットに片眼鏡がよく似合っている人が多く、女の人はやたらとつばが大きい羽が刺している帽子を被り、如何にもお金持ち。というオーラが否が応でも溢れ出していた。

 

 街並みも重桜とは全然違う。前にユニオンに少し行ったけど、それと同じでやたらと高い建物が多いが、乱雑に建てられているのではなく道に沿うようにして建てられいた。

 

 しかも地面が全て石で出来ており、地面は絵になるような丸石が綺麗に置かれていた。

 

 どれもこれも重桜とは違う雰囲気が醸し出しており、新鮮な気持ちと同時に、少し周りの人の視線を感じた。

 

「何かしらあの子……あんなに周りを見て」

 

「この辺りの者では無いな。服がエレガントでは無いな」

 

(めちゃくちゃ浮いてるよなぁ……)

 

 急いでロイヤルに来たから俺は仕方なく、指揮官用の学生服でここに来たけど、周りの人は俺を見てヒソヒソと何かを喋っていた。

 

 十中八九、俺の事だろう。だって俺の事を見て話してるし。

 別に俺だって時間があれば私服で来たし等と、反論はせずに心の中でブツブツと呟いていた。

 

 ロイヤルに着いたらこの辺で迎えが来る筈だから早く来て欲しいと思っていると、1台の車がこちらにやってきた。

 

 車はかなり縦長く、黒塗りの高級車だった。リムジンと言うのだろうか。車体の先端には、金で出来ていた小さな王冠が取り付けられており、誰が寄越した車なのか容易に想像できた。

 

 車が俺の前に止まると、運転席の窓が開いた。そこに居たのは、眼鏡をかけた栗色の女性だった。

 

「失礼します。指揮官の天城優海閣下でしょうか?」

 

「か……閣下? でも、名前はそうです」

 

「迎えが遅れてしまい申し訳ございません。私はロンドン級重巡1号艦、ロンドンです。エリザベス女王陛下の命により、お迎えに参りました。どうぞ、最後尾の席で度の疲れを癒してください」

 

「は、はい」

 

 ロンドンさんの言う通り、俺は最後尾のリムジンの扉を開けた。すると、そこには車内と言うにはあまりにも生活感がある部屋が待っていた。

 

 外の暑さを忘れる程の空調が効いた高級感ある漆黒の部屋に、長いソファーに数々の飲み物がズラリの並んだショーケース。

 

 なんだここは。俺はいつの間にかどこ〇もドアをくぐって誰かの部屋に入ったのだろうか。あまりにも非現実な車内に俺はつい扉を閉め、もう一度車内を見ると、やはりさっき見た車内が目に映った。

 

「おやおや、無闇に扉を開け閉めするのは些か礼儀が悪いですよ」

 

 リムジン車内の奥から、今度はメイド服の来た女の人がやってきた。

 

 髪はさっき見たロンドンさんと同じ様な色だけど髪は長く、胸元空いた黒と白のクラシックなメイド服を着ていた。

 

 というかなんで胸元空けてるの? そのせいでメイドさんの胸が零れてしまいそうな程の上半球を見てしまい、思わず一瞬目を背けた。

 

 そういえばベルファスト先輩も胸元が空いたメイド服を着ていたような気がする……メイドさんってあの衣装が普通なのだろうか。

 

 よくよく考えてみると、赤城姉さんや加賀姉さんも同じ様に胸元を空けていたような気がするし……これが普通なのだろうか。2人曰く、胸が大きすぎて苦しくなると言っていたけど……彼女もそんな理由なのだろうか。

 

「え、ええと……あなたは?」

 

 胸を見ずにしっかりと目を見て話、彼女の事を聞くと、彼女はリムジンのソファーに座りながらも、丁寧に頭を下げた。

 

「私はタウン級軽巡洋艦のサブクラス、サウザプトン級のニューカッスルと申します。貴方様に会えて光栄です」

 

「ど、どうも。アズールレーン指揮官で重桜出身、天城優海です。本日はよろしくお願いします」

 

 こちらも深々とお辞儀をすると、ニューカッスルさんは少し驚いた様子だった。

 

「まっ、指揮官なのにそんなに頭を下げられるなんて」

 

「いやぁ……お世話になるんだし、こうでもしないと失礼かなって……ダメ、でしたか?」

 

「いいえ。寧ろ、ふんぞり返って来る事を予想していましたが……ふふ、やはりベルファストの言う通り、素晴らしい指揮官ですね」

 

「ベルファスト先輩の事知っているんですか?」

 

 知っている人の名前を聞き、思わずベルファスト先輩との関係に迫った。

 

「ベルファストは後輩ですよ。一応私、ロイヤルメイド隊の隊長ですから」

 

 そう言ってニューカッスルさん……いや、先輩は3年生の学生証を持って見せてくれた。

 

「3年!? じゃあ先輩じゃないですか!」

 

「ですけど今は客とメイドの関係です。さぁ、こちらにお座りください。お飲み物に冷たいジュースは如何でしょうか」

 

 ニューカッスル先輩はリムジンに招待し、ふかふかのソファーに案内すると、冷たいオレンジジュースをくれた。

 

 ソファーに座り、ニューカッスル先輩が傍にあった壁電話を取って、ロンドンさんの名前を出すとリムジンは動き出した。

 

 これだけ大きい車なのに、車内は揺れすら起きず、ロンドンさんの技量が目に見えるようだった。

 リムジンの大きな窓からロイヤルの街並みが通り、子供のように窓にしがみついてロイヤルの街並みを見た。

 

 どこを通っても建物が繋がっているように続き、まるで小説やアニメで見る中世のファンタジーの世界観の様だ。

 

 重桜はここまで建物が連なっておらず、重桜と違って自然は少ない印象を持ったが、しばらくして交差点に入り、角を曲がると街並みは変わっていき、大きな川が見えた。

 

「わぁ、大きな川だな……」

 

「あれはセーヌラ川ですね。ユニオンでは有名な川です」

 

「あ、聞いた事あるかも……」

 

 ニューカッスルさんから川の名前を教えて貰い、さらによく見てみると川の傍には緑が生え、そこの木の陰で休んでいる人や絵を描いている人、はたまた日向ぼっこしている犬までいた。

 

 自然が見えないって思っていたけど、こういう風な小さな自然というのも、風情があっていい気持ちになる。

 

 しばらくすると、今度は大きな塔の上に壁時計があった。あれも教科書で見た事ある。確か……グリッジ塔だったっけ。

 

 確かあの時計を基準に各陣営の時計が設定され、時差等も計算もあれを基準にしている筈だ。そんな時計が俺の目に映っているんだから、まるで自分は今正しい時間の中に居るんだなという不思議な感覚になる。

 

 確か、ロイヤルと重桜では時間は8時間も差があり、今ロイヤルは夜だから……重桜では夜明け前ぐらいだろうか。

 

 母さんと姉さん達は今どうしているんだろうか。心配は無いだろうけど、初めての1人長旅で不安に駆られ、心細さで思わず家族のグループメッセージにリムジンの車内やロイヤルの街並みを移した写真を添付したメッセージを送った。

 

「今、ロイヤルに……着きましたっと……」

 

 メッセージの送信ボタンを押し、もう一度窓の外を見ると、連なった建物の風景から一変して広い場所へと入っていった。周りには広大な広場が広がり、窓の向こうには、何やら大きな城が建っていた。

 

「貴方様、そろそろ目的地のエリザベス女王陛下の城に到着します。下車のご準備を」

 

「え、城って……アレですか?」

 

 俺は窓に見える巨大な白い城を指を指し、ニューカッスルは笑顔で頷いた。

 

「マジですか……」

 

 驚愕していると車は城の傍で一旦止まると、大きな門が開かれ、城の中へと入っていった。

 

 そうして城の中に入り、リムジンを降りた俺の前に現れたのは、綺麗に整列したメイドのお出迎えだった。

 

「ようこそいらっしゃいました。指揮官様」

 

 一字一句メイド一人一人が同時にそう発し、同時にカーテシーと言われる一礼をした。あまりにも統率された光景に圧巻され、ぽかんと口を開けそうになるのを我慢した。

 

「こ、これはご丁寧に……? 今日は皆さんよろしくお願いします」

 

 俺も出迎えてくれたメイド達1人1人に挨拶していると、ニューカッスルさんが呼び止めた。

 

「貴方様、そろそろしないと女王陛下が怒ってしまいますよ?」

 

「あぁそうか……じゃああと1人!」

 

 俺はリムジンの後部座席では無く、運転席にいるロンドンさんの元に行き、挨拶を済ませた。

 こっちに来るとは思っていなかったのか、ロンドンさんはぽかんとしていたけど、時間が無いから手短に済ませる。

 

「ここまで運転してくれてありがとうございます! じゃ、また!」

 

「は、はい……」

 

 お礼を言えてスッキリした俺は、ニューカッスルさんの後を追って城の中へと入った。

 

「……運転しただけなのにお礼とは。ふふ、変な人ですね」

 

 

 

 城の大扉を開いた先には、広大な広場が待っていた。

 

 白い大理石で出来た壁と床、道順に添えるように敷いている赤いカーペット。そして極めつけは、二階上がる枝分かれした階段の壁に、大きな理事長の自画像がそびえ立っていた。

 

 だけど、自画像には少し違和感があった。顔は理事長そのものだし、衣装も女王様が着そうな服だ。

 違和感の正体を探ると、俺はある事に気づいた。

 

「なんか……胸が大きすぎるような気が」

 

 よく見ると肖像画に描かれたエリザベス理事長の胸がすこし……いや、かなり盛られているように見えた。

 

「あの、これ誰ですか?」

 

「クイーン・エリザベス女王陛下でございます」

 

「母親……とかじゃなくて?」

 

「KAN-SENに親はいませんよ」

 

「だってなんか違う所が……」

 

 恐る恐る指で胸の辺りを指そうとすると、ニューカッスルさんはゆっくりと上げた手を上から押し戻し、圧が強めの笑みを浮かべた。

 

「世の中知ってはいけない事や、見て見ぬふりする事も大事ですよ?」

 

「は、はぃぃ……」

 

 これ以上首を突っ込むのは止めようと、心の中で誓った後、ニューカッスルさんは2階に上がって大扉を開き、待っていたのは豪華食事が並んだテーブルがあった大広間だった。

 

 そこには爵位が高そうな出で立ちをしたKAN-SENが紅茶を嗜みながら待っており、テーブルに座っているKAN-SEN達は全員こちらに目を向け、俺に興味を示すように見つめていた。

 

 指揮官という立場上人から見られる事は多いけど、やっぱり見られるのは慣れていないし、少し緊張して体がそわそわしてしまう。

 

 今更身だなしが乱れてないか服やズボンが緩んでいる所を少しだけ直したり背筋を伸ばしたりもして心の姿勢も正していき、改めてテーブルの方に目を向けると、そこにはKAN-SENだけじゃなく、人間の人も何人か座っており、その中には知っている人もいた。

 

「お、来たね優海君」

 

「マーレさん?」

 

 厳格な空気の中で、助け舟的な存在感を出していたマーレさんとまさかの場所で出会った。思わず出そうな程安心感が身体を駆け巡り、折角正した姿勢も直ぐにヘロヘロになった。

 

「どうしてこんな所に?」

 

「奥の椅子にふんぞり返る予定の暴君女王に呼ばれてね。優海君が来るって言わなかったら誘いには乗らなかったよ」

 

「今自分の出身陣営の代表を暴君とか言いませんでした?」

 

「事実だからね」

 

 だからといってこの場で暴君とか言うか普通……? そのせいで向かいに座っていたKAN-SEN達がマーレさんに少し鋭い目線を向け、少し空気が冷たくなった。

 

「マーレ様、今はそのような発言は遠慮してはいかがでしょうか?」

 

 唾の大きい白い帽子で、服も白いドレスの白髪のKAN-SENが口火を切った。

 

「アンタもアンタだイラストリアス。有力貴族の1人でありながら、そのマイペースな振る舞いは如何なものかな」

 

 マーレさんは決して引くこと無く、逆に啖呵を切る様にして口を出した。

 物腰が柔らかいと思っていたけど、マーレさんって以外とそうでも無いのか? 明らかに空気が悪くなりつつあり、熱が出るように口喧嘩が勃発した。

 

 まるで言葉が飛び交う砲弾の様に強く、激しくなり、各々の主張だけが強くなって行った。

 

 ここでの俺は単なる部外者であり、強く言える立場では無い。

 

 でも、だからといって何も言えない言い訳にはならない。KAN-SENがいるのなら、俺は指揮官として今ここでやらなければ行けない事があると思い、勇気を出して前に出て食卓に並べられたテーブルを叩き、目線をこちらに向けた。

 

「み、皆さん! 少し落ち着きましょう! 皆同じ陣営の仲間……見たいなものなんですから!」

 

 部外者である俺がいきなり口を割った事で、全員の意識がこちらに向けてくれた。ヒートアップした言い合いでの中断だから見られている目線が痛く、鋭かった。

 

 言い表せない圧に潰されながらも、こうして割り込んだ事の責任を持って、声をあげ……ようとしたが、何を言い出せば良いのか分からなかった。

 

 見切り発車で割り込んだから騒動を鎮静する言葉とか道具とか持っている訳が無い。冷や汗を垂らしながら必死にこの後に続く言葉を探し続けようにも、頭がパニックになって言葉の発し方さえ忘れ、口をごもり続けるとマーレさんは呆れたのか席を立ってしまった。

 

「確かに、同じ陣営の仲間なのにこうもなるのは馬鹿馬鹿しい。俺は外に出ていく」

 

「ま、待ってくだs」

 

 マーレさんを引き留めようとしたその時、奥の玉座から何か硬いものを叩きつける様な金属音が鳴り響き、俺やマーレさん、そしてこの場にいる全員が一斉に玉座へと目を向けた。

 

 玉座には赤いマントと黄金の王冠を頭に被った金髪の少女……いや、女王のクイーン・エリザベスさんがいつの間にかここに来ていた。

 

 エリザベスさんの他にも側近か何かのKAN-SENもいた。

 エリザベスさんと同じ金髪で紫色の瞳を持っており、金髪の一部が犬の耳の様な形をしていた。

 

 どことなくエリザベスさんに似てはいるが、驚くべき所は服装だ。

 

 金色の大きなボタンのついた前掛けに、灰色の衣装の上に紫がかった艶のある黒いチョッキ状の軍服を羽織り、首には白いマフラーを巻かれていたが……下は何も履いてなかった。

 

 スカートとかズボンとか、そういう物が一切なく、肌色を顕にしていた。

 

(しかも服の裾の隙間から何か黒い紐が見えているけど……まさかアレって)

 

 言葉にする事さえ恐ろしくなった俺は、この事を深く考えず、エリザベスさんに意識を向けるようにした。

 

 エリザベスさんはさっきの口喧嘩の様子を見たのか、ここから出ていこうとするマーレさんを見ながら肩をすかし、気だるげそうに玉座に腰を下ろした。

 

「これはなんの騒ぎかしら?」

 

「アンタの事を話していただけさ。悪いが俺は外に出ている」

 

「そんな勝手な事、女王の前で許されると思って?」

 

 エリザベスの側近のKAN-SENが巨大な剣を構え、今にでもマーレさんに切りかかろうとしていた。

 玉座からマーレさんの距離はおおよそ数メートルあるが、KAN-SENならばそんな距離はひとっ飛びに違いない。

 

 KAN-SENは艤装を付けなければ一般の人間と身体能力は大きく変わらないが、艤装を展開すれば話は別だ。

 海の上では無くともKAN-SENの身体能力そのものは別格に上げられ、人間には到底敵わない力となる。

 

 それを理解しているのか、マーレさんは油断ならない目付きで側近を睨みつけ、二人の間には見えない火花が飛び散っていた。

 

 先に側近のKAN-SENが先手を打とうとして地面を蹴ろうと腰を落とした時、エリザベスさんが手を叩いて側近の集中を削いだ。

 

「やめなさいウォースパイト。一応客がいるのよ」

 

「……申し訳ございません。女王陛下」

 

「来ないなら俺は外に出るぞ」

 

「好きにしなさい。貴方が居ても空気が悪くなるだけだから」

 

「そのようで。……じゃあ優海君、何かあればそこのKAN-SEN達が力になってくれるさ」

 

 マーレさんは俺に対してだけ笑顔で別れてこの部屋から出て行ってしまった。

 

「気にしなくて良いわよ。あの子は貴族とかそういうの嫌いだから」

 

「どういう事ですか?」

 

 マーレさんの身なりと、ここに呼ばれたという事から、マーレさんもかなり上の立場の人だと思うけど……。

 

 そういえば、マーレさんが重桜にきた時、マーブルヘッドが何か言ってたっけ……確か、ロイヤル英雄の家系の末裔……だったっけ。そんな人がどうしてエリザベスさんを目の敵にしているのだろうか。

 

 頭の中でまーレさんとエリザベスの間柄について考えていると、エリザベスさんがまた杖を地面に叩き、意識をこっちに向けさせた。

 

「何そこで立っているのよ下僕! アンタの席を用意しているからそこに座りなさい!」

 

「は、はい!」

 

「ご主人様、こちらでございます」

 

 聞いた事ある声に目を向けると、空いている席の椅子を引いていたのはベルファスト先輩だった。

 

「あ……ベルファスト先輩!」

 

「お久しぶりでございます。ですが、ここではベルファストとお呼び下さいませ」

 

「よ、呼び捨てはちょっと……」

 

「ふふ。とりあえずお座りになってください。まずは長旅の疲れを癒す為、我がロイヤルの料理を堪能してください」

 

 ベルファスト先輩が椅子を引き、軽く会釈した後にゆっくり座ると、即座にテーブルに料理が運ばれた。

 

 運ばれてきた料理はスープ、肉料理、魚料理と豪勢な物であり、盛り付けでこの料理を作った腕の高さが見込められる。

 目で既に美味しいと頭で伝わってきたせいでお腹の虫がなり、早くこの料理を食べたいと手がテーブルの上のナイフとフォークを欲しがっていた。

 

「では皆の者、まずは下僕がロイヤルに来た事を祝福するパーティーを始めるわ。存分に堪能しなさい!」

 

 エリザベス理事長の掛け声と共に、それぞれ美しい所作で料理を食べ進めた。

 

「さぁ、ご主人様もどうぞご堪能ください」

 

 ベルファスト先輩はナイフとフォークに手を向け、食器に手をつける前に、俺はまず手を合わせた。

 

「じゃあ……いただきます!」

 

 早速焼き色が完璧なステーキから食べようとナイフとフォークを持ち、前もって勉強していたテーブルマナーを思い出してステーキを食べるけど……緊張して味が分からない。

 

 その理由はKAN-SEN達の目線がこっちに集中しているからだ。食べ方が汚かったのか、それともマナーが間違っていたのか、KAN-SEN達は興味深そうに見ていた。

 

「え、ええと……何でしょうか?」

 

「いえ、重桜の食前の挨拶を間近で見ましたが、いただきますとは何をいただくのかなと思いまして」

 

「あぁ……」

 

 イラストリアスさんが皆の疑問に答えてくれた。そういえば『いただきます』って重桜独自の文化だったっけ。

 

 それなら珍しく感じるのは無理もない。

 

 ただこっちもそれ程深い意味を持ってないで会釈しているからどうしても言われても上手く説明はできないかもしれないけど、教えられた事と自分の考えを合わせて説明した。

 

「ちょっと食欲が失せるかもしれないですけど、このお肉やお魚はこの前まで生きていたんですよね。その、重桜は命を取って命を得るっていう考えがあって、その責任や感謝の意を込めて、食材に対してこう言うんですよ。いただきますって」

 

 命を食べて、それを糧として生きる。人間も動物もそれは変わらない。だけど、人は感謝をしながら食べる唯一の種族だ。

 

 だからこそ、こうして挨拶は大事だし、残す事は許されない。それが人として、命を食べるという事だから。

 

「まぁ、それは素晴らしい考えですわ。伝統を重んじる重桜ならではの文化ですわ」

 

 イラストリアスさんは感激して拍手を上げ、他のKAN-SEN達も拍手をしてくれた。そんな大したことは言ってないのに恥ずかしくて頬を赤く染め、あまり目を向けられないまま食事をしてしまう。

 

 おかげで美味しいステーキの味が分からなくて勿体ないことをした。料理を食べ進め、ようやく全部を食べ終えた所でエリザベス理事長が杖を叩き、こちらに視線を向けさせた。

 

「さて、食事も済んだ所で下僕にはやって貰いたいことがあるわ」

 

「やって貰いたいこと?」

 

「実は……」

 

 エリザベス理事長が何かを言おうとしたその直後、突然この部屋の明かりが消えて、この部屋が暗闇に包まれた。

 

「な、何事ですの!?」

 

「皆様、落ち着いてください。ここは私達メイド隊が対処を……」

 

「駆逐艦の妹達よぉぉ! このアーク・ロイヤルがいる限り大丈夫だ! さぁこの声の下に集まって来い!!」

 

 突然の停電にパニックを起こし、辺りは大騒ぎだ。指揮官としてここはこの場を収めようと声を上げるが、それが逆に引き金となって更にパニックを起こしてしまった。

 

 何をどうすれば良いのかも分からず、暗闇であわあわする事しか出来ない自分が情けなく思っていると、直ぐに明かりが付けられ、部屋が元の空間に戻った。

 

 食事が置かれたテーブルが少しごちゃごちゃしてはいるが、KAN-SENは他の人には怪我は無く、ホッと胸を撫で下ろした所、エリザベス理事長が自分の頭を触って絶句していた。

 

「な……無い! 無い! 王冠が無いわ!」

 

 エリザベス理事長は頭に被っていた王冠が無いと叫び、その辺に落ちてないか探しても見つからなかった。そう言えば結構豪華な王冠被っていたなと思い返しながらこっちにも落ちてないかと探したが、この辺りには落ちてなかった。

 

 王冠を無くしたと耳にすると、みんなはざわめき始め、そのざわめきをかき消すかのような高らかな笑い声が部屋中に響き渡った。声はこの部屋の上に聞こえ、上と言っても2階は無く、上にあるのは天井に描かれた絵画とシャンデリアだけだ。

 

 とにかく上に宙吊りされているガラスのシャンデリアに目を向けると、シャンデリアに僅かな人影があり、人影は光によってゆっくりとその姿を照らした。

 

 白くて長いトレンチコートにマントを羽織り、素顔隠す白い仮面に白いシルクハットに白いステッキを手に持ち、もう片方の手には様々な宝石が光り輝く王冠……エリザベス理事長が被っていた物があった。

 

「ははははは!! 御機嫌ようKAN-SENの皆様とロイヤルの英雄よ!」

 

 仮面の男……いや、声からして女性……? あまりにも声が中性的すぎて男か女のかすらも分からず戸惑い、白い仮面の人は俺に目を向けていた。

 

「あれは……怪盗アールセヌ!!」

 

 イラストリアスさんが恐らくシャンデリアの上にいる人物の名前を挙げた。

 

「アールセヌ……? 何ですかそれ」

 

「今ロイヤルを騒がせている怪盗ですわ。まさかこの目で見るとは思いませんでしたが……」

 

「怪盗!?」

 

「予告通り、今宵月の様に輝くこの王家の王冠を頂戴しました。それでは、私はこれにて……」

 

 するとアールセヌから煙が巻かれ、いつの間にかシャンデリアから姿を消してしまい、足場も何も無い所で消えた事を目の当たりにして不思議に思いつつも、どこに行ったのか皆は部屋中をくまなく探した。

 

 いや、それよりも……扉の方を守らないとダメだ。この部屋の出入口はあの大きな扉のみ。あそこに誰かを通らせてはダメだと頭で直ぐに理解した。

 

 急いで扉の方に目を向けたが、遅かった。もう既に大扉が開かれており、逃げ出した事は明白だった。

 

「今すぐ城の中全員に警告よ! この白の門を閉じ、ここから誰一人として外に出さないで!」

 

 エリザベス理事長の号令の元、城全体にサイレンが鳴り響き、窓にはシャッターが下げられ、完全に中から外部には出られなくなってしまった。

 

「一体全体……何がどうなっているんだ?」

 

 だが1つ言えることがあった。このロイヤルでの旅行は……どうやら旅行どころでは無さそうなのは間違いなかった。



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名探偵シャーロック・優海

久しぶりの執筆であり、新社会人となった白だし茶漬けです。

この小説は外伝というよりかはifの小説なので、本編よりかは優先順位が低い為、先送りみたいな事と、一部推理小説みたいな事になったので、かなーり長くなりましたのでこれ程長くなりました。

引き続き、応援してくれると嬉しいです





 

 怪盗、それは自分の美学に誇りを持った泥棒と言われており、小説や物語の中では華やかなものとして描かれているフィクションみたいな存在だと思っていた。

 

 このロイヤルが誇る城のダンスホールの中で、煌びやかなシャンデリアの上に乗った黒いコートで身を包み、黒いマスクで姿を隠した怪盗が、俺の目に映っていた。

 

 あまりにも突然の出来事に俺は見ている事しか出来ず、ここにいる皆も唖然としていた。

 

 怪盗は地面から高く離れているシャンデリアの上に乗っているのにも関わらずバランスを崩さず、ただ高らかに笑いながら手に持っている黄金の王冠をこれみよがしに見せつけていた。

 

「こんばんは、人間とKAN-SENの皆々様。予告通り、この黄昏の王冠は貰っていきます」

 

「わ、私の王冠! 返しなさい! この泥棒!」

 

 エリザベスさんが地団駄を踏みながら怒っているのに対し、怪盗はエリザベスさんを見ようとはせず、多くの人に視線を向けるような体勢を維持していた。

 

(エリザベスさんは眼中に無い……? それにしてはちょっと違和感が……)

 

 いやそんな事考えている暇は無い。とにかく今は怪盗を捕まえて盗まれた王冠を取り戻す事が先決だ。

 

 だが、怪盗はジャンプしても届かないシャンデリアの上に乗っており、何も出来ない俺達を馬鹿にするかのような笑い声を上げた怪盗は、シャンデリアに煙玉を叩きつけ、煙で自分の姿を消した。

 

「しまった……!」

 

「今すぐ大扉を閉めなさい!」

 

 エリザベスさんの指示に近くにいたメイド達は急いで扉を閉め、怪盗を倒そうと剣を構えたが、怪盗が扉に来る気配は無く、シャンデリアの上の煙が晴れるとそこには怪盗の姿は無かった。

 

「逃げた……? 嘘だろ?」

 

 出入口は完全に封鎖した。あそこに意外にここから出れる場所も無い。

 

「どうやって逃げたんだ……?」

 

「ウォースパイト! 今すぐ城内に警報! 出入り口を封鎖なさい!」

 

「はっ!」

 

 エリザベスさんの号令の下で城内に警報が鳴り響き、しばらくの間廊下や庭、城の至る所が警報とKAN-SEN達が走る音で埋めつくされた……

 

 

 

 

 _1時間後

 

「ウォースパイト、怪しい奴は?」

 

「いえ……残念ながら、アールセヌと思わしき人物は居ません。ですが、城外に繋ぐ橋はあげたので逃走は不可能かと……」

 

 怪盗アールセヌ。ロイヤルの方ではかなり有名な怪盗であり、予告状を出してはそのお宝を必ず盗むという、まさに怪盗の何相応しい人物だと言う。

 

 そんな怪盗が今日この夜、エリザベス理事長……いや、女王がいる城へと入り、エリザベス女王がいつも被っている王冠を盗んでしまったのだ。

 

 盗まれたエリザベス女王は焦りながらもこの城に警報をならし、警備を強化してこの城から誰一人として外に出す事を許さなかった。

 

 幼い姿でも、女王は女王という事だろうか。王冠を盗まれたとしても冷静な対応していた。

 

 城から街に出るための大橋も上げてしまっており、ここから外に出るのは不可能だ。何故なら、あの大橋こそが外に出る為の道なのだから。

 

 城内の廊下には警備の饅頭やKAN-SEN達が血眼になって怪盗アールセヌを探しているが、事件から一時間経っても見つからなかった。

 

 まさかただの旅行……いや、エリザベス女王に無理矢理ロイヤルに行かされたんだけど、こんな事になるとは思わなかった。

 

 今は警戒体制で事件現場……つまり、パーティーを行っていた部屋に残されていた。勿論俺だけじゃなく、その時間その場にいた人全員ここに集まされていた。

 

 そこには勿論、食事前に部屋を抜けたある1人の男も呼び出されていて、全員その男の人に疑いの目を向けていた。

 

「……んで、俺がいない間に怪盗が出てきたと」

 

「貴方がそうじゃないのかしら、マーレ」

 

 被害者であるクイーン・エリザベスさんがなんの疑いも無くマーレさんに対して、つき倒す様な強い言葉でマーレさんに疑いの眼差しを睨みつけていた。

 

 今回、盗まれたのはエリザベスさんがいつも被っている王冠だ。

 

 話によると、あの王冠はロイヤルの貴重な宝石や金銀で装飾された物であり、ロイヤルの中で最も価値のある宝石だと言われているらしい。その為、セキュリティはエリザベスさん直々に決めた物を使い、エリザベスさん自信が管理していたらしいが……まさかこのパーティー中に盗まれるとは、本人さえも考えてなかった事だろう。

 

「んな馬鹿な」

 

 呆れた口調でマーレさんは疑いの言葉を跳ね除け、そのまま空いているテーブル席に座った。弁明も何も無く、ただ傍若に否定する立ち振る舞いに疑いの目を持っていた人達は、次々とマーレさんを問い詰めていった。

 

「マーレさん、勘づいていると思いますが貴方が怪盗だと疑われているのです。ここはどうか弁明の1つでもして下さい」

 

 全体的に少し暗い青色のドレスコートに赤と白のラインが入った肩掛けを着こなした金髪の淑女、フッドというKAN-SENが疑いを持ちながらも弁明させたい気持ちが伝わってくる。

 

「だったら弁明するが、俺にはアリバイがある。丁度そこにアリバイを裏付ける片目が隠れているメイドが証人だ」

 

 マーレさんは扉の近くにいた片目が隠れているメイドさんに指を指し、特徴を言われたそのメイドはこちらに振り返った。

 

「あれはシェフィールドね、ちょっと来なさい!」

 

 エリザベスさんがシェフィールドというメイドを呼び、走る事はせずマイペースかつ丁寧な立ち姿で優雅に歩いていくと、エリザベスさんに頭をさげ、メイド服のドレスを両手で少し摘みながらたくし上げながら片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をした。

 

 ロイヤル特有の挨拶を見た俺はまじまじとシェフィールドを見ると、視線に気づいたシェフィールドはこちらに目を向けた途端、眉をひそめて嫌悪の視線を向けた。

 

「何か用でしょうか、害虫様」

 

「がッ……!? え? 俺害虫って言われた?」

 

 いきなり見ず知らずの人に害虫って言われた思わず泣きそうになり、頭の中では? マークで埋め尽くされ、何が何だか分からなくなってきた。

 

「失礼しました、今のは冗談です害虫様」

 

「ほ、本当に……?」

 

 感情や声に抑揚があまりない事から本当に冗談には聞こえず、繰り返し問いかけようにもシェフィールドさんは何も言わず無視を貫き通した。

 

「それよりもシェフィ、マーレのアリバイを裏付けられるって本当?」

 

「はい。あの方はパーティー開始時の午後18:00から停電が起きた19:30頃までは近くの広場で確認しており、その後警報がなった19:40分頃から今に至っても同じです」

 

「つまり、俺が怪盗っていうのは、有り得ないって訳だ」

 

 確かに、停電が起きた時点でマーレさんとシェフィさんが一緒に居たのなら、そのどちらもが玉座に戻るのは不可能だ。

 

 つまりマーレさんが容疑者から外されたという事になる。

 

「俺から言わせて貰えば、優海くん以外の奴ら全員怪しいけどな」

 

「何ですって?」

 

「え、俺以外?」

 

 俺からしてみればありがたい言葉だけど、マーレさんはこの場いる全員を敵に回す程の爆弾発言により、玉座はザワついた。

 

「私達が怪しいってどういう事かしら?」

 

 一番に反応したのは、エリザベスさんの隣にいたKAN-SEN、ウォースパイトさんだ。確かエリザベスさんとは姉妹艦だが、その関係は学友だ。

 

 側近としていつでもエリザベスさんの隣に経ち、彼女を守る騎士なんだけど……何故かスカートを履いてないのは何故だろうか。

 

 そのせいで下着が見え隠れしていて目のやり場に困ってしまうが、本人は差程気にしてはいなかった。

 

 そんなウォースパイトさんはマーレさんの言葉を気にかけ、その真意をマーレさんは答えた。

 

「怪盗アールセヌは変装の名人だ。前もってこの中にいる誰かに変装していてもおかしくないだろ」

 

 マーレさんの言い分に皆は納得してしまい、互いに疑いの眼差しを向けていた。

 

 明らかに空気が更に重くなってしまい、居心地の悪い空気にさせた本人に駆け寄った。

 

「い、良いんですかマーレさん。そんなこと言って……皆少しピリピリしてますよ」

 

「良いんだよ。寧ろ互いに警戒心を持てばそれだけ細かい所に気がつけてかえって怪盗は動きづらい。これで下手な動きはしないだろう」

 

「な、なるほど……」

 

「まぁもしかしたら変装してないかもしれないけど」

 

「いやどっちなんですが!?」

 

「けど、優海君には変装出来ないのは確かだ。いくら姿形や声を真似たとしても、動きや口調までは誤魔化せない筈だ。正直、この屋敷の中で一番信頼していい人物と言えるな」

 

 確かに俺はここに来たばかりで予定では本来俺はここに居ないから筋は通る言い分で説得力がある。

 

 だけど、俺から貰える情報量はかなり少なすぎる。怪盗に関しても、事件当時に関しても俺は何も知らぬ、何も出来なかったのだから。

 

「という事は……よし、決めたわ! ベル!」

 

「はい、陛下。ご主人様、こちらをお召下さい」

 

 エリザベスさんが指を鳴らすと同時にベルファストさんが綺麗に畳まれた茶色の服を俺に渡してきた。

 

 恐る恐る服を広げてみると、首から体だけを羽織る様な上着に、ベレー帽の様な帽子と……パイプ……いわゆるタバコの様な物があった。

 

 まるで探偵服のよう……というか、明らかにそれだった。

 

「これを着てって事ですかね?」

 

 ベルファスト先輩は笑顔で頷き、軽く頭を下げながら上着を羽織り、帽子を被ってパイプの作り物を加え、虫眼鏡を持った新米探偵がここに誕生した。

 

 これが漫画やアニメだったら『テッテレー』とか、『ババーン』見たいな効果音が鳴るんだろうなと考えながら思わずカッコつけてポーズを取った。

 

「似合ってないわね」

 

 エリザベスさんからの第一声がそれで思わず転げ落ちてしまった。

 

「そっちが用意したんでしょう!? で、何で探偵服着させるんですか? これじゃあまるで……俺が探偵として怪盗を捕まえる見たいな……」

 

「みたいじゃ無くて、実際そうするのよ」

 

 言葉の理解するのに数秒かかり、その数秒の間頭が働かず、動き出さのに数秒かかった俺が出たのは、冷や汗と苦笑いだった。

 

「えーと……どうして俺なんですか?」

 

「そこの礼儀知らずが言った通り、この屋敷の中でアンタが1番信用出来るからよ。アールセヌは変装の名人、誰に変わっているか分からない今、貴方がやった方が良いのよ」

 

「で、でも……」

 

「でもじゃない! やるのよ! これは女王命令! 私の言うことは絶対なんだからねっっ!!」

 

 杖を叩き、それほど王冠を取り戻したいのかエリザベスさんは無理やり俺を探偵に仕立てあげ、最早やるしかない雰囲気となってしまった。

 

 いやいや、謎解きとかしたことない俺が現実の謎を解ける訳が無いけど……メイドさんや他の人達からは期待の眼差しが向けられ、逃げる訳にも行かなかった。

 

「うっ……分かりました。とにかく、頑張ってみます! ええと……み、三笠おばあちゃんの名にかけて!」

 

 なんかどこかの漫画でこんな台詞があった筈……勝手に名前を借りてごめんなさい、三笠おばあちゃん……。

 

 

 

「へくちっ! ううむ、夏風邪か? それにしても、ロイヤルにいる優海は元気にしているのだろうか……帰ったら、スイカでもご馳走しないとな」

 

 

 

 

 

 

 多分どこかで三笠おばあちゃんがくしゃみをしたと頭を過ぎったけど、早速調査を開始する事にした。まずはここ、事件現場の玉座を詳しく調査した。

 

 まずは状況を整理してみよう。

 

 まず、盗まれた物はエリザベスさんが被っていた王冠。

 

 この玉座の広間でパーティーをしていた時、突然明かりが消えて停電となってしまい、全員がパニックになったその時、明かりがついた直後にエリザベスさんの王冠が盗まれ、その後シャンデリアの上から怪盗が現れ、そのまま煙に紛れて姿を消したのだ。

 

 この場にいた全員の持ち物を検査した所、暗視ゴーグルや暗闇の中で光る目印は無い。

 

 つまり、本当に何も見えない暗闇の中で王冠は盗まれたのだ。

 

 一連の流れから1番気になったのは……あのシャンデリアの上にいた怪盗の存在だった。

 

 そもそも、怪盗アールセヌはどうやってシャンデリアの上に立つ事が出来たのだろうか? 

 

 怪盗が乗っていたシャンデリアはここから高さ20m以上はあり、どう考えてもジャンプしても届かない。

 

 しかもここには上へ続く階段も無く、天井から通れる通路も何も無い。つまり、上に行く手段は無く、シャンデリアの上に乗ろうとすれば、何か道具を使わないといけない。

 

 だけど道具と言っても、ここはパーティーで使った長いテーブルとかあるし、シャンデリアの上に乗ろうとした人なんて居ない。

 

 しかも、ここにいる全員のボディチェックはすましており、ワイヤーの様なものを持っている人は誰一人としていなかった。

 

 うーん……分からない。頭を悩みに悩ませた所を、マーレさんが気にかけてくれるように肩を置いた。

 

「あのシャンデリアが気になるのか?」

 

「はい。怪盗は停電の後にあの大きなシャンデリアに居たので、どうやってあそこに行けたのかなって……」

 

 それにどうやって降りたのかも知りたい。

 

 怪盗は煙を出した途端に消え、出入口の扉が開かれていたから多分直ぐにここから逃げ出したと思う。そう考えたから、今は警備の人やKAN-SEN達がくまなく屋敷の中を探しているけど、未だに見つかってはいない。

 

 それに、怪盗が居たところを調べれば何か分かる筈だと俺は考えたけど、乗れないのなら仕方ないと肩を落としていると、マーレさんは肩を回し、何かの準備をしていた。

 

「よし優海君、俺が手で飛び台を作って君を持ち上げるから、それと同時に飛んでくれ。君の身体能力なら、あのシャンデリアに届くだろ」

 

「それならマーレさんの方が良いんじゃ……」

 

 身体能力だけならマーレさんの方が高いから、その方がいいと考えたが、マーレさんは手を横に振った。

 

「俺だと証拠隠滅で怪しまれるだろ。だから、君が行くべきだ」

 

「そこまで言うなら……」

 

 激しく動く前に準備運動を軽くし、マーレさんも準備が出来たのか腰を落として両手で飛び台を作り、俺はマーレさんに向かって全力で走り、マーレさんの手に足を乗せ、同時にマーレさんは思い切り俺を投げ飛ばす様にしてシャンデリアに吹き飛ばした。

 

 他の人達が少し小さな悲鳴をあげると同時にシャンデリアに向かった飛んだ俺は見事シャンデリアにしがみつき、何とかシャンデリアの上に乗る事ができた。

 

 シャンデリアの上に乗っても意外と揺れる事が無く、相当しっかり固定されていると分かり、早速シャンデリアを細かく調べると、シャンデリアのような綺麗な物とは無縁な物が見つかった。

 

 それは親指と人差し指でつまめる程黒くて小さな物であり、ガラス張りのレンズがあり、知っているもので例えるとカメラのレンズの様ものだった。

 

「なんだろうこれ……」

 

 何か操作しようとしてもうんともすんとも言わず、言ってしまえばガラクタみたいだった。だけどこれだけ綺麗に、しかも玉座で使われるシャンデリアでこんなガラクタ自体あるのがおかしい。

 

 他にも何か無いかと探していると、中央部分にも何か見つけた。そっとハンカチを介して物に触れてみると、物は何かのスティックであり、丁度何かボタンがある。

 

 ここで何か分からないボタンを押すのは怖いので、下に降りた時に使ってみよう。

 

 他には……もう1つあった。何故かシャンデリアに不自然な傷があった。

 

 細い糸で擦られたような傷が一直線に引かれており、ちょうどエリザベスさんが居た辺りから扉の方に向かっている。

 

 しかもこのキズは1つでは無く結構沢山あった。どれも何度も擦られているような形跡だ……シャンデリアをあげる時に、うっかり傷をつけた……なんて考えにくい。

 

 そもそも、こんなふうにシャンデリアを横断するような傷、故意じゃないとそうそうつけられ無い。一応写真に残しておこう。

 

 他にこれといった物が見当たら無いので、シャンデリアの調査を終え、降りますと一声かけてから俺は地面へと降り立った。

 

 幸い地面は赤い絨毯に敷かれて居たため、着地の衝撃はそれ程無かった。

 

「なにか見つけたのか?」

 

「こんなのがありましたけど……」

 

 早速俺はマーレさんにシャンデリアで見つけた何かの機械を渡すと、マーレさんは何か思い当たる節があったのか、その機械が何なのか答えた。

 

「ホログラム装置か。これがシャンデリアにあるって事は……」

 

「俺達が見た怪盗はホログラム……?」

 

「恐らくな。それに煙もそうだろう。現に煙幕の後に発生する粉もテーブルや料理についてないしな」

 

 でも、なんの為にホログラムを使ったんだ? そもそもどうやってこんな高い所に装置を置いたのだろうか。

 

 どこから調べていこうか悩んだ結果、まずはどうやって装置を置いたのかを調べる事にした。

 

 あのシャンデリアを設置する為には、それなりの設備が必要な筈だ。多分、業者とかそうでも無い限りは。

 

「あの、誰かこのシャンデリアを最近触った人とか分かる人居ますか……ね?」

 

 恐る恐る分かったら手を上げるようにと示すように右手を上げると、俺に合わせて手を挙げてくれた人がいた。

 

 手を挙げたのはベルファスト先輩であり、コツコツと背筋を伸ばし、優雅にこっちに来てくれた。

 

「その事でしたら、昨日の昼過ぎ程に業者の方々がシャンデリアの点検にまいられました」

 

 となると、装置を設置したのはその時だろうか。これが何を意味するか分からないけど、怪盗は前日ここに来た事がある事はこれで明白だ。

 

 恐らく業者の1人に紛れこみ、屋敷の内装やお宝のありかを確認するために。

 

 だとしても、これがどうやって何も見えない暗闇で王冠を盗み出した証拠にはならない。

 

 それに、何故わざわざホログラムを用意した理由が分からない。

 

 姿を見せつけたかった……? 皆が視線をホログラムに向けられたその隙を狙って王冠を盗んだ……いや、これは違う。

 

 だって怪盗のホログラムが見えたのは()()()()()。つまり、()()()()()()()()だ。

 

 それなのにわざわざ姿を見せたのは、それ程気を逸らす為に必要な何かがあの瞬間にあったから……? 

 

 もう少しで何かが掴めそうな気がする……けど……

 

「うぅ〜頭がこんがらがるー!」

 

 酷く荒い深呼吸をして考えを纏めようにも、思ったように上手くいかず、焦りばかりが生まれた所をベルファスト先輩がそっと俺に紅茶を渡してくれた。

 

「ご主人様、焦るのは分かりますが一旦落ち着きましょう。私も微力ながらご協力致します」

 

「ベルファスト先輩……ありがとうございます」

 

 渡された紅茶を1口飲むと、頭がスッキリするような爽やかな味わいだった。重桜では飲めない紅茶に感動しながらも、ベルファスト先輩は行き詰まっている所を纏めてくれた。

 

「ご主人様、差し支え無ければ1つ考えがございます」

 

「提案?」

 

「ええ。……怪盗アールセヌは本当にこの部屋から出たのでしょうか?」

 

「え? どういう……」

 

「シャンデリアの上にいたアールセヌはホログラムだと言うことは……」

 

 ベルファストさんは パーティ内にいる皆さんに目を向け、俺に耳打ちした。

 

「まだアールセヌはこの中にいるかもしれません」

 

「えぇ!?」

 

 俺もこの部屋にいる全ての人に目を向け、疑心暗鬼が体の内側から少しづつ溢れ出した。

 

「だったら王冠も……?」

 

「それはまだ分かりません。ですが、下手に動いてアールセヌを刺激して行動を取らせる訳には行きません。今は緊張状態であちらも動けない筈……頼みます、名探偵様」

 

「と言われてもなぁ……」

 

 消えた王冠の行方とその窃盗方法、ホログラムの怪盗……そして、怪盗の正体。

 

 この3つの謎が解明すれば、全てが分かる。1つずつ解きほぐしていこう。

 

「でも気になるのはアレだよなぁ……」

 

 俺はもう一度シャンデリアを眺めながら、写真に残しておいたシャンデリアの傷を見た。

 

 なんでこんなものがあるんだろうか? 見た所かなりの数がありけどほぼ同じ位置に傷が付いており、しかも意図的だ。

 

 位置関係からして、エリザベスさんとウォースパイトさんがいる場所から部屋の大扉へと一直線に何かを繋いだような感じだ。

 

 ……まさか、シャンデリアに細い紐を引っ掛けるようにして、王冠を盗んだ……? 

 

 いや、無理だ。そう盗む為にはまず王冠を王冠に糸を通さなければならないし、紐を通すルートの直線上には俺がいる。

 

 これをしたとしても、紐を使って王冠を宙ずりにして犯人の手元に行く前に、俺に王冠がぶつかってしまう。

 

 暗闇の中で何かにぶつかった様子は無い。それに紐を使ったとしても、暗闇の中で王冠に紐をつける事が出来るのは……あの人しか居ない。

 

 けどあの人は王冠を持っていないし、この場にいる全員も同じだ。だとしたらどこかに隠した……けどどこに? 

 

「……ちょっと部屋の外に出ようかな」

 

 もしかしたら手かがりが掴めるかもしれないと思い、扉を開けて周りを見渡し、調査を行った。

 

 壁や床に傷とかは無く、よく清掃されていた。ロイヤルメイド隊の腕が素人でもよく分かる仕事だった。

 

「ちょっとシリアス! また貴方は……」

 

「もうしわけありません……」

 

「ん?」

 

 隣の部屋から誰かの怒鳴り声が聞こえ、隣の部屋に足を運ぶと、中には2人のメイドさんがいた。

 

 1人は白髪のショートヘアーに、もう1人は少しだけ薄い青色のロングヘアーに、白髪のメイドさんを型どった様なぬいぐるみを腰につけており、2人とも自分の背丈程の大きな剣があった。

 

 2人は俺の存在に気づくと、小さく頭を下げて挨拶をした。

 

「ご、ご主人様! お初にお目にかかります!」

 

「こんばんは誇らしいご主人様」

 

「う、うん……えーと……」

 

「申し遅れました。私は1学年、軽巡・シリアスと申します。ロイヤルメイド隊でございます」

 

「はじめましてご主人様、2学年、軽巡・ダイドーと申します。ロイヤルメイドとして御身にご奉仕させてくださいませ」

 

「1年のシリアスに2年のダイドー先輩か。よろしくお願いします」

 

「先輩だなんて……私の事はダイドーと申し下さい、ご主人様」

 

「と言ってもなぁ……」

 

 ご主人様と言われる様な人じゃないし、一応先輩なんだからその辺りはきっちりしたい。

 

「あの、何か叫んでいたけどどうしたんですか?」

 

「あぁ、実は……」

 

 ダイドー先輩が部屋の奥にある化粧台の方に目を向けた。

 

 化粧台には口紅などが揃っており、多分ここは控え室的な部屋なのは間違いない。

 

 だが、化粧台にあるべきものが無くなっていた。

 

 それは鏡だ。

 

 鏡があったであろう四角い窪みが存在感があり、俺でも何が無くしたのか分かるぐらいだった。

 

「すみません、パーティが始まる前にあったここの鏡が紛失してしまい……それでシリアスと揉めて……」

 

「鏡が……?」

 

「はい、ですから私がこの大鏡を代用しようと……」

 

 シリアスさんは自分の背丈と同じ大きさの鏡を持った。

 

「だからそれは大きすぎるのよ!! これと同じぐらいの大きさでいいのよ!」

 

 なるほど、揉めていた理由はそれか。

 

「……鏡?」

 

 この1文字が何か引っかかり、頭の中で推理の糸が繋がり始める。

 

「……シャンデリアの傷」

 

 まさかと思い、急いでパーティー会場の扉のドアノブを調べた。

 

 そして予感が当たった。確かに内側のドアノブにそれがあった。間違いない、犯人はあの人だ。

 

 だが証拠が無い。

 

 やり方がかなりシンプルな分、証拠を残す手段でも無い。あの人を犯人と指摘しても、しらばっくれて終わりだ。

 

「証拠……証拠は……」

 

「どうしたんだ?」

 

「マーレさん……」

 

 マーレさんが気にかけるように俺の元へ歩いた。

 

「その様子じゃ、犯人が分かったようだな」

 

「はい。でも証拠が無くて……」

 

「証拠か……そうだな……重桜にはこういう言葉があるだろ? えーと……なんだっけ? はっさく?」

 

「ハッタリですかね? それは蜜柑の種類です」

 

「そうか。でもハッタリで案外何とかなるんじゃないのか。相手が『本当のアールセヌ』なら、自白するはずだ」

 

「本当の……?」

 

「あぁ。多分君の推理は間違ってない。あとは気負いするな」

 

 マーレさんは俺の肩をポンと叩き、パーティー会場の部屋へと入った。

 

「皆! 優海くんが犯人分かったって言ってるぞー」

 

「ちょっとぉぉ!?」

 

 マーレさんの言葉に全員がざわめき、慌ててマーレさんの口を閉ざさせた。

 

「ななな何言ってるんですか貴方っ!?」

 

「え、だって分かったんだろ? 犯人」

 

「本当なの!?」

 

 エリザベスさんが玉座から降り、ものすごい形相で俺に近づていた。

 

 期待に満ちながらも、責任を求める力強い目。

 

 生唾を飲み込み、自分に置かれた責任や重圧が今になってようやくはっきりと感じた。

 

 エリザベスさんからだけじゃない、皆からも同じ様な目を向けられた事にようやく気づいた。

 

 この目は犯人以外、最初からみんなに向けられていた。この茶色い探偵服を着たその時から、皆。

 

 その責任を飲み込むように深呼吸をする。この空気に味があるとすれば、珈琲のように苦いだろう。

 

 けど飲み込む。飲み込まないとダメなんだ。いきなり探偵……その紛い物でも、任されたんだ。探偵は探偵であり、おれはその役目を自分の意志で受け止めた。

 

「じゃあ、言います。俺の考えを。けどその前にベルファストさん。ちょっと頼みたいことがあります」

 

「はい、何なりと」

 

 ベルファストさんにある物と事を頼み込むと、ベルファストさんは快く了承し、直ぐに物資の調達をしてくれた。

 

「それよりも犯人は誰なの?」

 

 エリザベスさんは待ち焦がれるように言いながら、玉座へと戻っていった。

 

 まだ確証も無ければ証拠も無いが、俺の考えでは犯人はあの人で間違いない。

 

 全員に目を向け、ひとつ咳き込んでから人差し指をその人に向けた。

 

「犯人は……貴方です、ウォースパイトさん」

 



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ハッタリの解明

 

「犯人は……貴方です、ウォースパイトさん」

 

 張り詰めた空気の中で言った言葉を引き金に、空気が凍りついた。

 

 俺の指先に指されたKAN-SENに誰もが注目する中、金髪の騎士はわなわなと怒りで体を震わせていた。

 

「私が……犯人? デタラメを言わないで貰える?」

 

「そうよ! ウォースパイトが犯人な訳ないじゃない!」

 

 ウォースパイトさん以上に、エリザベスさんが怒っていた。無理もない、姉妹艦を犯人と疑われているんだ。

 

 逆の立場だったら俺だって怒るし、無実だって言う。だけど、引く訳には行かない。エリザベスさんを払い除けてでも、俺は責任を持ってウォースパイトさんに問い詰めた。

 

「俺だって、誰かを疑いたくなんかありません。けど……」

 

「なら、それ相応の証拠がある訳よね?」

 

 ウォースパイトさんが啖呵を切ってそう言ってきた。自分が疑われているんだ、こんな風に怒るのも無理は無い。けど、それしか考えられなかった。

 

 しかし、証拠と言われて出せる物は無く、ベルファストさんの到着を待つしか無かった今となっては、歯切れの悪い言葉しか出てこず、ウォースパイトさんは重い溜息をついた。

 

「当てずっぽうも大概にしなさい、指揮官。全く……」

 

「失礼します」

 

 ウォースパイトさんが呆れていた所に、ベルファスト先輩がちょうどよくこの部屋へとたどり着き、ベルファスト先輩の手には、ピアノ線が握られていた。

 

「ご主人様、頼まれた物と……言われた通りの物を調査が終わりました」

 

「あ、ありがとうございます。ベルファスト先輩」

 

 ちょうどいいタイミングだ。流石ベルファスト先輩……狙ったんじゃないかと思うほどだ。

 

 ベルファスト先輩からピアノ線を貰った後、全員ベルファスト先輩が言っていた『調査』という言葉を気にかけており、その様子を察したベルファスト先輩は、皆に聞こえるように調査報告をしてくれた。

 

「ご主人様の考え通り、倉庫にあったこのピアノ線を誰かが持ち出した形跡があり、使用されていました」

 

「ピアノ線を……? じゃあ、誰かが持ち出したと言うことですか?」

 

 イラストリアスさんの質問にベルファスト先輩は頷いた。

 

「ええ。ですがピアノを修理した報告はありません。つまり、別の意図で使われたと言うこと……ですよね、ご主人様」

 

「はい。そして使い方が……これです!」

 

 ベルファスト先輩に渡されたピアノ線を思い切り引くと同時に、この部屋の大扉が勢いよく開かれ、誰も触れていないのにも関わらず扉が開けられた事に全員肩を上がる程驚いていた。

 

「ええ!? どうして勝手に扉が開いたんですか?」

 

 ジャベリンが扉に何かあるのかと扉に近づき、ドアノブに手を付けようとしたその時、ベルファスト先輩がジャベリンの腕を掴み、ドアノブに触れないようにしていた。

 

「申し訳ございません。ですが闇雲に触れては怪我をしてしまうので」

 

「怪我……?」

 

「そこの扉のドアノブには、さっきベルファスト先輩が持ってきたピアノ線を巻きついているんだ」

 

 L字のドアノブに巻かれたピアノ線を外す為、俺の手に巻きついているピアノ線を引っ張る。

 

 すると、ドアノブの巻き付かれたピアノ線は俺が持つ糸の先端と直線に繋ぐような形になり、俺が糸を引っ張るにつれて徐々に緩み始め、ピアノ線はドアノブに離れて行く。

 

「このドアノブはL字になっているから、こんな風にドアが開いたら、後は引っ張るだけで簡単に回収できるんだ。これがドアが暗闇の中で開けられた理由……かな」

 

「なら、そのトリックを使ってどうやってウォースパイトが扉を開く事が出来るのよ! ウォースパイトは私と奥のステージに居たのよ。直線に引いたら、直線上の貴方に当たるじゃない!」

 

 エリザベスさんの言う通り、このトリックを使ってただピアノ線を直線に引いたとしても、その直線上に俺が座っていた。でもだからって、使えない理由にはならない。

 

「いいえ、関係ありません。だってシャンデリアを経由すれば、問題なくピアノ線を引くことが出来ますし、俺にも当たりません。その証拠に、シャンデリアを調べた時、細い糸を擦ったような傷もありました」

 

 それに、ドアノブの方にも多数の傷があった。多分、このトリックを成立させる為にどの糸が適切であるとか、長さを調整する為に犯人は何度も試行錯誤をしたのだろう。

 

「……まさか、扉を開けたトリックを推理しただけで私を犯人に仕立て上げるのかしら? 指揮官、私達が目下で解決すべきなのは、王冠がどこにあるかよ。目的を見失わないでくれる?」

 

 ウォースパイトさんの言う通り、確かに俺たちの最終目標は王冠がどこにあるのかを探し出す事だ。

 

 だからこそ、今警備の人やKAN-SEN達が血眼になって王冠を屋敷中に探しているが、収穫が無いのが現状だ。

 

「こんな事してる場合なら早く王冠を見つける為に外に……」

 

「そうやってこの部屋の中にある王冠を外に持ち出そうとしているんですか?」

 

 空気がざわめき、ウォースパイトさんは表情を浮かばせないが、一瞬手足を強ばらせた態度をとった。多分、この中に王冠があるのは確定だ。

 

 しかし、この部屋には王冠を隠せられる場所も無ければ、全員ボディチェックを受けて誰も王冠を持っていないのは確認済みだ。

 

 なら一体どこか……答えは簡単。探しきれてない所にある。それがこの部屋だ。

 

「そもそも、なんでわざわざ扉を開けたのかは、犯人が王冠を持って外に逃げ出した事を刷り込ませる為だ。現に、俺たち全員はある人に言われるまで全員外に出て探そうとしたでしょ?」

 

「じゃあ、王冠はこの中に? でも隠せる場所なんて……」

 

 確かにここに隠せる場所は無い。だが、暗闇の中で身動きが取れない以上、隠せる場所は限られてくる。

 

 俺はウォースパイトさんがいたステージへと足を運び、皆が王冠を見つけてくれるという期待の目に晒されながらも、このステージにある筈の王冠を探す。

 

 ここの床は……大理石で作られたタイルを敷き詰めて出来ているのか。

 

 取り外しは……出来そうにない。計算し尽くされ、完璧に密着しているのは、良い建築技術だと関心するが、それでは俺の推理が成立しない。

 

 口元を手で覆いながら視線を落とすと、ふと何かが反射したような光が目に当たった。

 

「何だ?」

 

 床に何かあるのかと床を凝視すると、よく見ると1タイルおかしな模様がある。模様というか……大理石の歪み方が少しおかしい。

 

 左右反転していて、まるで鏡の様だ。

 

 今の所隠し扉というものは無い。……いや、そういえば隣の部屋には鏡が無かった。

 

「鏡か……」

 

 そういえば三笠おばあちゃんが鏡の面白い話をした事を思い出した。あの話をした事を利用すれば……

 

 もしかしたらと思い、左右反転した大理石の床にコンコンと拳を当て、続いてその隣の大理石のタイルを叩くとと、さっきと違う音が聞こえた。

 

「……! これだ!」

 

 大理石のタイルに模した何かは無理矢理はめ込んだせいか他とは違い大きさが違う。

 

 その為、少しのぐらつきがあってすぐに外すことが出来た。俺はタイル……いや、鏡を外すと、そこには色取りの宝石が埋め込まれた黄金に輝く王冠が姿を現した。

 

「見つけました! 王冠!」

 

 ようやく探し出した王冠を見て、上がったのは喜びの歓声では無く、それによって浮き出た事実に対しての悲壮感だった。

 

「そこって……ウォースパイトが居た場所……よね」

 

「……」

 

 ウォースパイトは口を閉ざし、全員ウォースパイトさんから距離を置き、ロイヤルメイド隊の各々は警戒の目を向けた。

 

「ウォースパイトさん……いや、アールセヌはこの位置の大理石をくり抜き、ガラスの反射を使ってカモフラージュをしたんですね」

 

 三笠おばあちゃんから聞いた、手品でよくある手法らしく、小さい頃、鏡の反射を利用してそこにあった物が急に消えるマジックをやってくれた事を思い出し、これもそれと同じ理屈だったのだ。

 

 多分、シャンデリアの点検をした日に細工をしたんだろう。シャンデリアにホログラム装置を設置したのも同じ日のはずだ。

 

「けど、アールセヌは本来こんな隠しトリックをする算段じゃなかったと思います」

 

「え? 何でですか?」

 

 ジャベリンの質問には、他の誰もが頷き、俺の答えを待った。

 

「えーと……まず、最初からこれを使うんだったら、隣の部屋の鏡じゃなくて、予め加工しておいた鏡を使う筈です」

 

 鏡が無くなった事をしれたおかげで、俺もこの隠しトリックに気づいた訳だし。

 

「じゃあ、アールセヌは本来どうやって王冠を盗もうとしたんですか?」

 

「それは……うーん、多分だけど。ドアを開けたトリックと同じ様に、シャンデリアを経由して王冠を盗んだと思う」

 

 もう片方のドアノブに糸を巻き付けせ、そこから暗闇の中で王冠を盗んだ後、糸に王冠を引っかける。そうすれば後は力いっぱい王冠を投げれば、王冠は糸を伝って目的の場所まで辿り着けるという訳だが……これを利用する為には、間違いなく1人では無理だ。

 

「そして……犯人は2人居ると思います」

 

「ふ……2人!? アールセヌはこれまで単独で宝石や宝を盗んだのよ!?」

 

「けど今回、2人いないと成立しないんですよね……」

 

 まず、犯人が2人だと思った理由の一つが本来想定していたであろうトリックだ。

 

 まず、暗闇になってパニックが起きた中で、王冠を奪わえる事が出来たのは、エリザベスさんの隣にいたウォースパイトさんで間違いない。だが問題はその後だ。

 

 例え奪ったとしても、王冠を持ち出さなければ意味が無い。そこで、暗闇の中でも確実に目的の場所に行けるよう、予めシャンデリアを経由して糸を設置し、王冠にそれを通す事で、王冠を移動させる事が出来る……。

 

 ここまでは、シャンデリアに付いていた傷やドアノブの傷から合っているはずだ。そしてこのトリックを使う為には、協力者……もとい、王冠を受け取る人間が必ず存在する筈だ。

 

 そうでなければ、王冠はドアにぶつかってしまい、持ち出すことが出来ないからだ。

 

 残念ながら、そのもう1人の犯人が誰かまでは分からない……が、姿を見せないという事は恐らく、今は逃走手段の確保に当たっているのは間違いない。だったら、こっちはこの王冠を守り、ウォースパイトさんを逃がさないようにするしかない。

 

「ウォースパイトさん。貴方は本来、この糸を使って王冠を協力者に渡そうとしたんじゃないんですか?」

 

「……証拠は?」

 

「それは……無いです。けど、貴方が実行したであろう証拠はあります」

 

「それは何?」

 

「……手を見せてください」

 

「手?」

 

「はい。いくら細くても、扉を開ける為には相当な力を入れないとダメですし、糸を回収する為に巻尺のような装置も必要です。つまり、貴方がしている手袋にある筈です。糸の跡がね」

 

 ウォースパイトは頑なに手を見せようとせず、近くにいたベルファスト先輩が失礼をしてウォースパイトさんの右手を掴み、手を開かせると……白い手袋にはうっすらとだが、黒い汚れがあり、糸の細さと一致していた。

 

 周りの人達はざわめき、エリザベスさんは信じられない目をウォースパイトさんに向け、体を震わせた。

 

「待ちなさい。この汚れだけで犯人と決めつけるのは早計よ。もっと確信的な証拠を見せないと、説得力が無いわよ」

 

 ごもっともな意見だ。あんな汚れはどうとでも説明が出来る。だが、これで確信した。

 

 あれは……ウォースパイトさんの姿をした怪盗アールセヌだ。それが分かった今だからこそ、突きつけられる証拠がある。

 

 俺が来るという、怪盗にとってのアクシデントという証拠が。

 

「じゃあ、俺がこのロイヤルに来た理由を説明してください」

 

「……は?」

 

 初めてウォースパイト……いや、怪盗が焦った様な顔を浮かべ、勝利を確信しつつも、顎を引いて怪盗に目を向ける。

 

「俺がロイヤルに来たのはある理由があるからです。学園でエリザベスさんにそれを聞いた時、理事長には貴方がいました。だったら……その時俺が言われた事……分かりますよね?」

 

「それは……ごめんなさい、怪盗騒ぎで忘れてしまったわ」

 

「昨日の話ですよ。それに、貴方は自分の姉妹艦……友人の言った大切な事を忘れるんですか?」

 

「ウォースパイト……」

 

 エリザベスさんの反応からして、本物のウォースパイトさんなら決して忘れないと、物語っていた。

 

 口を閉ざした怪盗は体をよろめかせ、負けを認めるように顔を見あげると、シャンデリアの輝きで目を潰させないように目を手で覆い隠した後、大きな高笑いをあげた。

 

「何がおかしいんだ」

 

「いや……素晴らしいと思っただけよ。そして、勝った気でいる貴方を哀れんでいると同時にね!」

 

 ついに化けの皮が外れた怪盗は目を隠しながら地面に小さなボールを勢いよく叩きつけるように投げると、嫌な予感を感じた俺は直ぐに目を閉じたその刹那、地面が急に眩く光り輝き、あまりの光量に目が潰れてしまう。

 

 閃光玉で目を潰され、目を閉じながらも王冠を守ろうと王冠を抱き抱えたが、目が見えない状態で怪盗の攻撃を受け切るのは難しく、背後から殴打を喰らって力が抜け、その隙に怪盗が王冠を盗んでこの部屋から出たのか、足音が遠くなっていく。

 

「くっ! 王冠が……!」

 

 先に目を閉じたおかげで閃光玉の影響を少なく済んだ俺はゆっくりと目を開き、視界を確保する。しかし既に怪盗の姿は無く、脱ぎ捨てられたウォースパイトさんの衣装と金色のウィッグかあるだけだった。

 

「くそっ! どこに……」

 

 廊下を見渡すと、窓ガラスからプロペラのような音が聞こえ始めた。

 

 まさかと思い、窓を開けて夜空を見上げると、黒いヘリコプターが白の屋上へと近づいており、どうやらあのヘリコプターを使って逃げるようだ。

 

 というかやっぱり仲間がいたのか……! このまま追いかけても間に合わないと諦めかけると、屋上の方から一発の銃声が夜空に鳴り響いた。

 

「銃声!? 誰が打ったんだ?」

 

 仲間割れ……か? とにかく確かめる為に近くの階段を使って屋上に行くしかない。丸腰だと流石に無防備な為、廊下に飾られていた誰も居ない甲冑が持っている剣を拝借した。

 

「ん……やっぱり刀よりちょっと重いかな」

 

 けど想像よりも軽く、片手で振り回す程度なら問題ない。自衛手段も確保し、階段を息を切らしながら駆け抜ける。

 

 赤い絨毯が敷かれた階段を駆け上がり、ようやく屋上への扉が目に移り、扉を蹴破る様にして開けた瞬間、ヘリコプターの風圧に髪が激しくなびき、視界が霞む中1人の男の姿が移った。

 

 白い服に、俺と似ている顔……あれは、マーレさんだった。

 

「ま、マーレさん!?」

 

「ん、優海くん? なんでこんな所に……」

 

「それはこっちのセリフです! 姿が見ないと思ったらこんな所で何を……」

 

 マーレさんがなぜここにいる理由を尋ねる中、プロペラの音に混じる様に1発の銃声が鳴り響いた。

 

 銃声が聞こえたのはマーレさんからではなく、ヘリコプター側から鳴り、頭で考えるよりも早く階段に隠れると同島に、撃ち出された弾丸が地面はと当たり、階段に隠れたおかげで事なきを得た。

 

「大丈夫か優海くん」

 

「はい、なんとか。撃ったのはアールセヌですか?」

 

 風圧で中々目が開けられず、姿ははっきりと見えないが、3人居ることは確かだ。そして銃を撃ったのはまだヘリに乗っていない人物であり……左手には王冠が持っていた。

 

「いや、アールセヌでは無いが、王冠を奪った犯人ではあるな」

 

「……どういう事ですか?」

 

「アールセヌを語った模倣犯って事さ。語る割には、随分と現実的な逃走で笑えるけどな」

 

「ほざけ! そもそも盗みに美学は邪魔なんだよ!」

 

 鼻で笑うマーレさんに対し、高圧的な女性の声が耳に入る。

 

 犯人は女性と意外に思いつつも、相手は銃を持っているのなら迂闊に顔を出せない。よく見るとマーレさんも拳銃を手に持ち、マーレさんは相手に向けて銃を構えて牽制しているが、それは相手も同じだった。

 

 仲間はヘリの操縦に集中しているのか、銃を打つ様子が無い。

 

「……ん? あと一人はどこだ?」

 

「それなら俺が先に肩を撃って制圧した。利き腕じゃなければ銃は扱えないさ」

 

 なら実質2対2の状態か……けど、このままじゃヘリに乗られるのは時間の問題だ。そうなってしまえばもう追いかけられない。

 

 だけどこの風圧ではまともに動く事も出来ないし、相手が銃を持っても迂闊には動けない。

 

 ヘリコプターのプロペラの回転が遅くなり、風圧が弱まった事で犯人とヘリの距離が近づきつつある。悠長に考えたら、間違い無くヘリに移動されて逃げられる。

 

 どうすれば良い、考えろ……自分は指揮官なんだと己に言い聞かせる中、稲妻の様に閃きつつも馬鹿げた作戦だと自傷する様な作戦が浮かび上がった。

 

「どうやら、何か浮かんだようだな指揮官」

 

「と言っても……あまりいい物じゃないですよ」

 

「この状況自体いい物じゃ無いし、なんとか出来るなら良いも悪いも無いだろ」

 

「……じゃあ、作戦を伝えます」

 

 考えついた作戦をマーレさんに伝えると、マーレさんは鼻で笑い、なるほどなと呟いた。

 

「うーん、それなら行けそうだが……君は大丈夫なのか?」

 

「高雄さん達から結構鍛えられてますから、反射神経なら自信あります」

 

「……分かった。けど無理はするな」

 

 俺は首を縦に振って頷き、大きく深呼吸をすると同時に剣を強く握りしめ、タイミングを待った。

 

 そして、プロペラの回転が少しづつ弱まり……女がヘリコプターの足に掴んだ。

 

「……今っ!」

 

 俺が最善だと思ったタイミングで飛び出し、弱まったプロペラの風圧の中を走り抜ける。

 

「なっ!? 馬鹿なのあの指揮官!!」

 

 驚きながらも、真正面に向かっていく俺に向けて哀れみの笑みを浮かべながら拳銃向け、躊躇いなく俺を撃った。

 

 それと同時に剣を振り、刀身が硬い何かにぶつかり、金属同士がぶつかり合う鈍い音が鳴ると同時に、無事に斬った感触が手から伝わった。

 

「嘘……銃弾を斬った!?」

 

「バケモンかよあいつ!!」

 

 続いてヘリコプターの中にいる男も銃を撃ち、後から撃ち出された弾丸も何とか斬ったが、流石に2発同時に撃たれたら足を止めてしまう。

 

 だが、それが狙いだ。一瞬でも俺に気を取られたその僅かな隙を、マーレさんは逃さなかった。

 

「ナイスだ、優海くん」

 

 まず一発の銃声が鳴り、撃ち出された弾丸はヘリの中の男の肩へと直撃し、肩から吹き出る血がヘリの中を赤く汚した。

 

 そして最後の1発か撃ち出されようとしたその時、女は王冠を盾にするように前に出すと、マーレさんは銃の引き金を引くのを止めた。

 

 女は王冠を盾にして自分の身を守っているのだ。迂闊に攻撃が出来ず、女は価値を確信した笑みを浮かべてヘリコプターの中へと優雅に入った。

 

「あっははは……馬鹿な男達ね、兵器如きがこんな王冠を持つなんて有り得ないわ。やっぱり人間様が持ってないとね」

 

「兵器? ……エリザベスさんの事か」

 

「そうよ。そもそもあんな我儘な暴君が女王だなんて笑わせるわ」

 

「それに関しては俺も同じ意見だな」

 

「マーレさん!?」

 

「あっはは、優海くん。ナイスリアクションだ」

 

 こんな状況でマーレさんは陽気に笑い、泥棒達と意見を合わせる様子だ。

 

 ……けど、マーレさんのエリザベスさんに対する態度はかなり悪い。エリザベスさんの事を認めて無い……と言うより、王族の事を嫌っている印象を持った。

 

 分からなくは無い。俺も最初エリザベスさんを見た時はロイヤルの代表者なのかと疑った。

 

 性格は……子供っぽいという印象が持った。我儘で、傲慢で、人を振り回す事が目立っている。

 

 俺も探偵まがいな事をさせたのもエリザベスさんだ。今思えば本当に良くやったと自分でも思う。

 

「……まぁ、今はお前らの問題だ。時間稼ぎは済んだしな」

 

「時間稼ぎ?」

 

「こういう事です。ご主人様」

 

 突如聞こえるベルファストさんの声がヘリコプターから聞こえると、ヘリコプターのプロペラは完全に止まり、男2人がロープで縛られていた。

 

「なっ!? あんたいつの間に……」

 

「取ったわよ」

 

 ベルファストさんに振り向いた女は背後に迫り来るKAN-SENに気づかずにいた。

 

 そのKAN-SENは自分の背丈よりも大きな大剣を手に取り、その大剣の切っ先を喉元に向け、ほんの数センチ前に突き出せば、その喉を貫きそうか程だった。

 

「あれって……ウォースパイトさん!」

 

「久しぶりね指揮官。私が、本物のウォースパイトよ」

 

「アンタ……どうやって!? 物置部屋に鍵をかけたて見つからないようにしたのに!」

 

「KAN-SENの身体能力を甘くみたわね。あんなの、目を覚まさばこっちのものよ」

 

「くっ…… 」

 

「返して貰うわよ、陛下の王冠を」

 

 切っ先を喉に向けられた女はもう抵抗すら出来ず、悔しながらも王冠から手を離した。

 

「アンタ達KAN-SENでしょ!? 人間に手を出すなんて……」

 

「勘違いしないで。私達は、平和の為に戦っているの。たとえ人間でも、悪に手を染めれば手を下すわ」

 

「くっっ……!」

 

 観念したのを待っていたかのように、城の外からパトカーのサイレンがこっちに近づいてきた。ちょっと遅いと文句を一つ言いたくなるけど、いいタイミングだからよしとしよう。

 

「……終わったな、お疲れ探偵さん」

 

「いえ……実はまだ1つ分からない事があるんです」

 

「分からない事?」

 

 俺はマーレさんの真っ直ぐな目を向け、心の中に持っていた疑問を吐き出した。

 

「マーレさん、貴方は最初から犯人が分かってたんですよね」

 

「…………理由は?」

 

「誰もが犯人は外に出て王冠を持ち出したって思っていたのに、貴方だけは中に犯人がいる前提でこう言いました」

 

 _怪盗アールセヌは変装の名人だ。前もってこの中にいる誰かに変装していてもおかしくないだろ

 

「貴方は……『この中』って言いました。まるで最初から犯人があの中にいるのを確信したような感じでした」

 

「なるほど。で? そうなると俺はどうなんだ?」

 

 不敵な笑みが不気味さを増し続ける中、生唾を飲み込み、最後の霧を晴らす為に言葉を発した。

 

「貴方が……本当の怪盗アールセヌだから、偽物を見破られた……とか」

 

 夜風が強く俺とマーレさんの体を貫き、マーレさんは髪をかきあげ、さた後、小さく笑った。

 

「はは、面白いね。残念ながら俺はアールセヌじゃない。けど、俺がアールセヌだという証拠も無いし、そうじゃない証拠も無いだろ?」

 

「それはぁ……まぁ、そうですけど」

 

「だったらこの話は終わりだ。まぁ、王冠周りの事件は解決したから良いじゃないか」

 

「……です……よね」

 

 少しばかりモヤモヤする気持ちが残ってはいるけど、それでも事件は解決した。

 

「おい、指揮官。ちょっと良い?」

 

 突然ウォースパイトさんに捕まった女性が俺に対して怒号の質問をしてきた。

 

「アンタがこのロイヤルに来た理由って……何?」

 

「え? あ、あ〜……あれ、実は……俺も分からないんですよね」

 

「はァァ?」

 

「いやぁ〜俺も、いきなりロイヤルに来いって言われたから……なんか、ごめんなさい」

 

 何も言えない雰囲気になりつつあり、犯人が目を丸くさせてながらも、ウォースパイトさんは犯人を連れて警察に連行した。

 

「締まらないなー。優海くん」

 

「で、でも王冠も取り戻したし、犯人も捕まり、これにて一件落着。これでエリザベスさんに俺を指揮官と認めて貰うサインを貰ったら課題クリ……」

 

 

 

 

 

 

「え? サイン? まだに決まってるじゃない」

 

「ほぇ?」

 

 あれから翌日、事件が落ち着いた時間でエリザベスさんと話し合いをした。

 

 主に、俺の課題をついての事だったが王冠を取り戻すだけじゃエリザベスさんの納得は貰えなかった。

 

 一体これ以上何をどうしろって言うんだ……? ロイヤルの大事な王冠を守ってダメだったら……政治をしろ? 改革しろ? どれも一個人じゃ絶対に変えられない物ばかりだ。

 

 一体どんな無理強いをさせられるか今でも不安に思いながらも背筋を伸ばし、エリザベスさんからの指令を待った。

 

「まずは、王冠の件……ありがとうね。下僕が居なかったら、王冠もウォースパイトも無事じゃ無かったわ」

 

(あ、まだ下僕呼びなんだ)

 

「でも、私がロイヤルに貴方を呼び出した理由は、このロイヤルの素晴らしさを伝える為よ。ちょっと滞在したぐらいじゃ、ロイヤルがどんな所か分からないでしょ」

 

「まぁ……そうですね」

 

「だから、今日から2日間ロイヤルを見て周りなさい。1人だとどう行くか分からないだろうから付き人を連れていくわ」

 

「付き人?」

 

「入りなさい」

 

 エリザベスさんの指示を待っていたかのように扉が開くと、白いドレスに白い唾が大きい帽子、そして長い白髪と全て白を貴重で統一された貴婦人が、ゆっくりとこの部屋に入ってきた。

 

「あれ、あの人ってパーティー会場にもいた……」

 

「そうよ。イラストリアス。今後は彼女と一緒に行動しなさい」

 

「よろしくお願いしますね、指揮官さま」

 

 イラストリアスさんは天使のような暖かな笑みを浮かばせると、不意に胸がドキッとなってしまった。

 

 重桜では見られない美貌に心做しかドキドキしているのだろうか……エリザベスさんの前とは違う緊張感が体を走りつつも、まずは会話の基本である挨拶を交わした。

 

「よろしくお願いします。イラストリアス……さんでいいですよね?」

 

「確かに私は2学年ですが、私の事は呼び捨てでも構いませんわ」

 

「いやそれは……」

 

「ふふ、ではその時が来るのを楽しみにしてますわ」

 

 俺の両手を包むような握手を交わしたイラストリアスさんは微笑み、何だかイラストリアスさんのマイペースにのまれてしまう。ただ、こっちはロイヤルの事については分かってないから、ペースに付いていけるのは有難い事だった。

 

「2日間、ロイヤルを観光したらレポートに纏めて私に提出しなさい。それで私が満足したら、課題は完了よ」

 

「レポート用紙の制限とかは?」

 

「無しよ。私が満足させられるかどうかが問題よ」

 

 無制限……自由と言えば聞こえはいいけど、枚数制限が無い分、レポート用紙が少なくて課題がクリア出来ないのは避けたい。少なくとも10……いや15ぐらいは書く事を覚悟した俺は、これからの大変さに軽い溜息をついてしまう。

 

「それじゃあ早速行ってきなさい! 私のロイヤルの凄さを存分に堪能するがいいわ!」

 

「では行きましょう指揮官さま。イラストリアスがなーんでも教えてあげますわ」

 

 イラストリアスさんに手を引っ張られ、俺とイラストリアスさんのロイヤル観光がこうして始まった。

 

 ……そして、あんな風な出来事が起こるなんて、この時は夢にも思わなかった。

 



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