『金』の棋譜 (Fiery)
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本編
ご都合主義です、イイネ?


書きたくなって書いた(と言うような供述をしており

将棋の知識はあまりないです。


 パチリ、と室内に軽快な音が響く。音の発生源は、炬燵の天板の上に置かれた折り畳み式の将棋盤。そこに駒が置かれた音。

 盤を挟んで向かい合うのは、どちらも女性だ。片方は明るい茶色がかった金髪を一纏めにして垂らしたおっとり目の女性。もう一人は長い黒髪をポニーテールにした切れ長の目が、怜悧な印象を与える女性。

 

 黒髪の女性が駒を打ち、金髪の女性が『うーん』と唸る。

 

「……かなちゃん、これ詰んでるよね?」

「後五手で詰みですね。という事で、明日のデザートは桂香持ちで」

「くっ……お手柔らかにお願いしますぅ……!」

「ランチ自体は私持ちなんですから、そこまで悲壮感たっぷりに言わなくても……」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら『かなちゃん』と呼ばれた黒髪の女性は盤上の駒を動かして、初期の配置に並べ直す。そして、互いの手を再現していき、少しして手を止めた。

 

「最初に躓いたのはこの場面ですね」

「えー、マズかった?」

「桂香の性格を考えるとこう指すのはわかりますが、選択肢を広げたいならこっちですね」

 

 『かなちゃん』が意見を述べながら駒を動かし、『桂香』と呼ばれた女性は真剣にそれを聞いている。趣味や遊び……と言うには熱が入っているそれは、二人からすれば当然の事である。

 

 桂香……清滝 桂香(きよたき けいか)は、女流()()を持つ女流棋士。

 かなちゃん……水鏡 金美(みかがみ かなみ)は、()()()()……史上初の、女性のプロ棋士である。

 

 要は、将棋と言う戦いで糧を得ている人種だ。故にその事で手を抜いたりはせず、こうして日常的に指している。ただ、二人は小さい頃からの馴染みであり、戯れにご飯代をかけて指したりもしている事から、その関係性は非常に気安いものだ。

 何せ、金美は桂香の父親である清滝 鋼介(きよたき こうすけ)九段の弟子であり、付き合いからすれば十五年以上になる。二人は同い年であり、通う学校は違ったが週に何度も顔を合わせていた。

 初期のコミュニケーション手段はもっぱら将棋であり、思春期を迎えた辺りで異性の事や化粧の事など、色々な話をした事を桂香は覚えている。自身の母親が亡くなった時は、金美が何も言わずに傍に居てくれ、互いに黙ってただ駒を動かすだけの将棋を指していた事も。

 

「んー、飛車落ちのかなちゃんにはまだ勝てないかなぁ?」

「私の二枚落ちではそっちの勝率が高くなってきましたし、指してればその内勝つようになってくると思いますよ」

「その内って?」

「……毎日私と十局指して、最短で二年くらい?」

「わたし、かなちゃんみたいに脳内に将棋盤浮かばないからね?」

「私を変態みたいに言わないでください。三段リーグで狂ってた時の後遺症みたいなもんですよこれ」

「うん……突破直前のかなちゃん、ふとした拍子に人殺してもおかしくない目付きだったもんね。大学受験失敗しなかったのが不思議なくらいだったけど」

「この将棋盤が浮かぶのを、受験にも応用できなければ失敗してましたね……」

 

 二度と味わいたくない、とうんざりしたように金美は溜息を吐いた。桂香としても、当時は余り思い出したくはない。ストレスによる睡眠不足な上に、プロ棋士となる四段への昇段がかかった三段リーグの事と、高校三年時の受験勉強の事が重なって地獄だったのだ。

 桂香も自身の受験の事があり、サポートらしいサポートは出来なかったが、それでも勉強の合間を縫って金美の事を気に掛けていたし、何なら愚痴にも付き合っている。そんな時に相談されたのが、『頭の中に将棋盤が出てきてオートで指してる』という、奇々怪々なものだった。

 

 当初桂香は救急車を呼ぼうとした。親友が壊れたと思ったから。

 金美は『後にも先にも、あの時ほど焦った事はない』と思うほどの勢いで彼女を止め、結局妹弟子と弟弟子を呼ばれて、何やらカウンセリング紛いの事をされる始末であった。

 その結果、『焦ってもいい事ないですよ!』と弟弟子が正論を叩き付け、『一緒にどこか行きましょう!』と妹弟子が人見知りなのに提案してくれて、不覚にも号泣した。爆睡して遊んでリフレッシュしても将棋盤は消えなかったが、それをどう利用するか考えられるようにはなり、結果は第一志望の大学合格と三段リーグ突破という二兎を仕留める偉業。

 

 師匠である清滝九段が『今夜はすき焼きだ!』と、お高い所に金美と桂香と妹弟子と弟弟子も連れて行ってお祝いした。それから大学生とプロ棋士の二足の草鞋もそこそこに忙しかったのだが、あの地獄に比べたら生温いわーと言わんばかりに精力的に過ごし、きっちり四年で卒業して『人間辞めてませんか水鏡さん……』と弟弟子からは畏怖の目で見られた。

 

「それが今やA級棋士だもんね」

「A級で勝ったり負けたりで、未だ名人挑戦とは行きませんけどね」

「大学で勉強しながら毎年昇段していったのは、控えめに言って狂ってる」

「運が良かったのと、脳内で将棋盤が浮かんでくるのが悪い」

「毎日それで十局以上指してるって話だっけ。頭おかしいよね」

「大学で脳波計ったらやばかったみたいです。何か普段使わない所まで真っ赤だったって」

 

 他愛もない雑談をしつつ、桂香は時計を見た。時間としてはそろそろ夕飯の準備があるが、視線で金美にどうするかを問う。

 

「手伝いますよ。おそらく二人も来るのでしょう?」

「だねー。というか銀子ちゃんは、かなちゃんと暮らしてるよね?」

「暮らしてるというより、奨励会の対局前とかに私と研究会する気で来るというか……結果的に一年の大半を家で過ごしているので、暮らしてるで合ってる……?」

「そこで迷わないで?」

「流石に進路相談はご両親が呼び出されていたので……いや、一度『来てくれ』と言われましたが……」

「わたしそれ初耳ですけどぉっ!?」

 

 人見知りが激しい妹弟子にそこまで懐かれている事に、桂香は戦慄を禁じ得ない。彼女の後に父親に弟子入りした二人……妹弟子の空 銀子(そら ぎんこ)と弟弟子の九頭竜 八一(くずりゅう やいち)との最初の出会いは、あまり良い物ではなかった。

 というのも、最初に来た時に師匠のご指名で金美が二人と将棋を指し、二人をボッコボコにしている。当時八一が六歳、銀子が四歳。金美は十五歳であり、清滝九段の下で修業して五年ほど経ち奨励会でも鎬を削っていた頃だ。

 圧倒的な実力差で打ちのめしてしまったために、最初は二人から避けられていたのである。金美は影でガチへこみし、桂香は父親を〆た。ただ、それから二人は毎日のように金美に対局を挑み、金美もそれに応えて暇を見ては駒落ちから始め、二年ほどで二人とも平手で指すようになった。金美は二人同時に相手をする二面指しだった為だが、それでも二人の才能に感心し、恐ろしさも感じ、嬉しさも感じていた。

 

 私生活の面では桂香が二人の面倒を見て、懐かれるのも桂香の方が早かったが、事将棋に関しては金美へと相談が集中する。鋼介はそれを見て『こっちが師匠なのに……』とへこんでいた。その頃に家によく居たのは彼女の方なので然もありなん、と言った所ではあるのだが。

 

「まぁ、最近は(いか)と将棋で殴り合っているようで、私と指す事はあまりないんですけど」

「あー、大学生の時に拾ったお弟子さん?」

「弟子であり、私が後見人になってしまったというか……まぁ、少し複雑な事情の子ですよ。今日はゴキゲンの湯で揉まれてくるよう言ってます」

「その子も呼ぶ? 皆で食べれるように鍋にしよっか」

「買ってくるものがあれば、LINEで知らせてください。車で雷を拾ってきます」

「師匠は大変だねぇー」

 

 立ち上がる金美に対して桂香が揶揄うような声音で言えば、彼女は怜悧な表情を崩して笑った。

 

「大変ですけど、中々楽しいものですよ」

 

 

 

 

 

 

 私、祭神 雷(さいのかみ いか)には、この世で唯一尊敬する先生がいる。孤独だった私を拾い、ネグレクトをしていた親から引き離して引き取り、住む所を与えてくれ、私が生きる為の事も教えてくれた人だ。

 実の親から『ウリ』を強要され、逃げた先で出会った先生は優しく手を差し伸べてくれた。怯えて、心を開かなかった私に根気よく付き合い、事情を聞けば自分の事のように怒ってくれ、各方面に頭を下げてまで、見ず知らずの私の為に動いてくれた。

 

 何故そこまでしてくれたのか。私でも知っている()()()である先生に聞いた。先生が少し考えた後で述べたのは『貴女のネット将棋を見たので』という言葉。疑問符を浮かべると、私がネット将棋をしている時に見た棋譜が、先生の価値観に与えた衝撃が凄かったからという事のようだった。

 

『貴女の将棋の才は、誤解を恐れずに言うなら歪です。ただ、どんな花を咲かせるか誰にも予想できない程の才能である事も確かだと、私は考えます』

 

 そして、『貴女次第ですが』と前置きをした後で、道を示してくれた。親から引き離し、先生が後見に入るのは既定路線で、その上で示された道は二つ。

 一つは、普通に暮らす道。学校は先生の地元に転校して、先生の住む家から通って、やりたい事を見つける道。でも、私が選んだのはもう一つの……先生が言いにくそうにしていた道だ。

 

 すなわち、史上初の女性プロ棋士である先生の弟子になり、プロ棋士を目指す道。先生はその道の困難さを良く知っているから、当然止めた。

 

『困難な道です。皆が其処を目指し、命を削る戦場です。出来れば、『私の後を追う』という理由では入ってほしくない。将棋が好きで、そこに命を注ぎ込みたいというのなら……止めはしませんが』

 

 そんな話を、将棋を指しながら話しても説得力が無いと思った。まぁ先生にとっては既に将棋を指すと言う事はコミュニケーションの一つになっているから、仕方ない面もある。

 先生は、私の才能を惜しいと思ってくれている。私の独特の才能が良くも悪くも、将棋界に波紋を起こす事をこの時から読んでいたのだろう。先生自身が、初の女性棋士という将棋界に一石を投じた存在だから。

 

 生きていいと教えてくれた先生に恩を返すなら、これしかないと思った。私はそう思ったら曲げないエゴイストだ……それに初めて気付いたのは、この時。

 弟子になる事を伝えれば、先生は『やれやれ』と言った表情をした後にその美貌を冷たく研ぎ澄ます。

 

『私は厳しいですよ。プロになるその時まで、きちんと付いてきなさい』

『はいっ!』

 

 先生の指導はまぁ、うん。『自分が感じた地獄よりは温い』って言ってたけど、厳しかった。学校に行く様に厳命され、最低でも高校卒業と言う課題が課され、その中で指導対局から先生の師である清滝九段の内弟子……先生の妹弟子、弟弟子との対局。

 先生の方針はとにかく対局をメインにして、数をこなす。早指しを主にして思考の深さよりも速さを重視し、まずは自分の得意戦法を一つ定めさせる。それに一年費やした後は、幅を広げる方向に舵を切り、様々な戦法を私に体験させた。

 

 それは、先生の真骨頂を見せると言う事。"千変万輝(せんぺんばんき)"と称されるほどに多彩な戦法を操るオールラウンダーである先生は、対局ごとに性格すら変わっているのではないかと思えるほどに、まったく違う戦法を披露し、全てを使いこなしている。

 だからこそ、この時の始めは様々な戦法を披露する先生との対局がメインだった。その中で私はプロ棋士という存在の強さをその身に、脳に刻んでいく。

 

『……先生と指すだけで、経験値が凄い貯まるんじゃ?』

『人をボーナスステージや、どこかのメタルスライムみたいに言わない。それに、何処まで行っても私の呼吸と言う物は消せませんから、これはあくまで戦法を学ぶだけのものです。色んな人と指して、色んな呼吸を知りなさい。ネット将棋は、そう言う意味ならとても手軽ですね』

 

 時間が足りないという感覚は、その頃からついて回った。学校に行って、勉強して、部活はせずに先生の家に帰り先生と指すか、清滝九段の家に行ってその弟子たちと指す。特に白髪は私が行く度に突っかかってくるからその度に対局で殴り合いだ。

 もう一人の弟子である八一は私と同い年だったが、中学三年の時に史上四人目の中学生棋士としてプロデビューを果たした。その事で白髪が焦っていたようだから、対局漬けで余計な事を考えないようにしてやった。おかげでその翌日は私も寝不足だったが、先生が抱きしめて頭を撫でてくれた事が嬉しかった事を覚えている。

 

『……何でそこまでした』

『ウザかったからに決まってんだろ』

 

 次の日、いい気分だったところで白髪が先生の家に来た。時間がただでさえ足りないのに突っかかってくる白髪に私は迷惑していたが、邪険に扱って先生に迷惑がかかるのは私が自分を許せない。

 その頃、私と白髪は女流棋士の大会にも出るようになっている。互いの戦績は一進一退で、世間から見ればライバルだ。才能としては私が上だが、白髪は先生の指導を受けた期間が長い分、将棋の懐が深い。総合で互角なのは先生も認める所であり、口惜しいが今の私にとって最強の敵であり最高の練習相手でもある。

 

『……あんたにとって、カナ姉さんは何?』

 

 白髪は先生の事を『カナ姉さん』と呼ぶ。姉のように慕っているからだとかは正直どうでもいいが、私より先生に近いんだと言っているようで、それは気に入らない。

 

『今は、命の恩人で先生で、後見人』

『今は?』

『将来は、先生と同じ場所で、横に並ぶ。同じプロとして』

『……あんたも()()か』

『アん?』

『姉さんは、一人だから』

 

 言葉は全く足りないが、白髪の言いたい事は何となくわかる。史上初の女性棋士であり、A級棋士でもある先生は、同性と公式で将棋を指す機会が極端に少ない。女流棋士との実力差は圧倒的の一言で、女流棋士のタイトルホルダー達相手に多面指しをした時などは、全員に勝ってしまったというのだからその実力差はわかるだろう。

 そして、多くの強敵が集う順位戦での最高位に居続ける事から、全棋士の中でもトップクラスの実力がある事に疑いはない。タイトル戦も行った事があるから、その実力は完全に証明されている。だからこそ、先生は孤独だ。

 

『先生の次になるのは、私だ』

『そこについては、恨みっこなしでやり合いましょうか』

『上等……!』

 

 そんな事を言い合ったが、その後は結局対局だ。その棋譜を先生に見られて、『何か喧嘩でもしましたか?』と聞かれて、私と白髪は沈黙を選ぶしかなかった。

 

 

 

 私の先生は、今はまだ遠い。でも必ず追いついて、必ず命の恩を返す。

 これが、今の私のエゴだ。

 

 

 

 

 

 

「水鏡さんって、人気ありますよね」

「唐突ですね……」

 

 清滝家で鍋を突いていれば、九頭竜八一が唐突にそんな事を言い出した。金美が怪訝そうな視線を向ければ、彼は少し慌てたように取り皿を置く。

 

「いえ、まぁ……ちょっと色々とありまして」

「ネットで炎上でもしましたか?」

「はぐぉ」

「八一……エゴサは止めなさいってカナ姉さんも言ってるでしょ」

「水鏡さんに教えてもらわなければ、ネットも将棋用語と誤解していた姉弟子に言われたくないです」

「ぶちころすぞ」

「銀子ちゃん、物騒な事言わないようにね?」

 

 桂香に窘められて、銀子は自分の分を食べる作業に戻った。そんな彼女を見て雷が笑いをこらえていると、射殺さんばかりに睨みつけている。

 

「まぁ人気はあるとは思います。月光(つきみつ)会長からも、私が出る将棋解説は明確に数字が変わると聞いているので」

「人気の理由って、何だと思います?」

「かなちゃん美人だし」

「先生強いし」

「姉さん人当たり良いし」

「……いや、あの、いきなり言われるとどう反応して良いのかわからないんですが」

 

 理由を親友と愛弟子と妹弟子から言われてしまい、それが予想外の誉め言葉だったので金美は顔を真っ赤にして撃沈した。頭のてっぺんから首まで真っ赤になり、ぷるぷると小刻みに震えている。身内が本心でそう思っているのが伝わってくるからこそ、金美の心にクリーンヒットするのだ。外で言われる他人の美辞麗句は、金美の心に一切届かないので特に気にした事はない。

 

「何や、まだ褒められ慣れとらんのかお前」

「うるさいアゴの部分だけヒゲを抜きますよヒゲ師匠」

「地味に陰湿な事はやめろォッ馬鹿弟子ィッ!?」

 

 清滝九段が揶揄ってみたら、そこそこ陰湿でガチ目な罵倒が返ってきた。『ひえぇぇ』と恐れ戦く姿は師匠の威厳もないが、この師弟の関係は大体こんなものである為にこの場に居る人間は誰も気にしない。

 

「……俺の将棋って、つまらないでしょうか?」

「あぁ――…竜王獲得からの、連敗の件ですか」

 

 この弟弟子が何を言いたいか、金美は何となく察した。

 九頭竜八一……史上最年少で、将棋の八大タイトルの一つである竜王を獲得した、掛け値なしの天才棋士であり、金美の弟弟子。中学三年の時に史上四人目の中学生棋士になり、そこから一年ほどで竜王を取った早さは異常の一言だ。

 竜王と、『名人』の称号は将棋界でも特別なものであり、保持者は別格の扱いを受ける。ただ、今現在の竜王である彼は現在公式戦十連敗……散々たる結果だ。ネット上では心無い言葉が飛び交ったりしている事は、金美の知る所でもあった。

 

「貴方の棋譜は確認していますが――…というかこういうのは私より、師匠が言うべきなんじゃないですか? ヒゲ」

「お前、わしに対する言葉遣いがなってないから二人にうつったと自覚した方がいいぞ? しかし……この馬鹿弟子もそうだが、わしもタイトル獲得経験は無いしなぁ……正直、そう言う重圧はわからんやろ」

「このヒゲ使えませんね」

「じゃあお前が何か言うてみろ馬鹿弟子。師匠命令」

「横暴すぎません? だから半裸で走って会場から摘まみだされるんですよ。あの時、関係各所に頭下げたの、私と桂香ですよ?」

「あの時は本当に、親子の縁を切りたいと思ったのよね……」

「それは本当にすまんかった……あの、金美さん。わしの代わりに何かアドバイスして?」

 

 娘と弟子達からの絶対零度の視線に耐え切れなくなった師匠、渾身の土下座である。それを見て溜息を一つ付いた後、金美は八一に視線をやった。

 

「あくまで私の印象と感想ですが、竜王になったからと言って『それに相応しい棋譜を残そう』とか『相応しい将棋をしよう』なんて事は考えなくていいと思います」

 

 『え?』という弟弟子の声に、金美は鍋から具材を取り出しながら思った言葉を続ける。

 

「私自身、ネット上では好意的な意見も多いですが、悪口なども当然あります。『戦法が変わり過ぎて気持ち悪い』など、将棋に関する事で否定的な意見ならばまだいいですよ? 『体を使ってプロ棋士になった』なんてのもありました」

「「「「「は?」」」」」

「既に終わった事ですよ?」

 

 殺気立つ師匠他四人を宥めるジェスチャーをしながら、金美は溜息を一つ。この件については、彼女自身が動く前に日本将棋連盟が動いており、彼女が関わったのは『史上初の女性棋士にそんなイメージを付けられては堪ったものではない』と、その書き込みをした人物に対して裁判まで起こす準備が全て整ってからだ。

 『裁判しますか? しましょうか? しますよね?』と月光会長が笑顔で聞いてきた時、金美には頷くしか選択肢はなかったが。

 

「まぁこの話は良いんですよ」

「かなちゃん、後で詳しく聞かせてね?」

「月光会長の方が詳しいと思います……で、私が言いたいのは、別に竜王らしくなどと殊勝な事を考えても、何かを言う輩は必ず出ます。そんな、面と向かって言ってくる事もない人間の言葉に振り回されるのは、馬鹿らしいですよね」

「裁判を起こすまでは行きませんから……」

「それと、貴方の将棋が竜王らしくない、などと誰かに言われたわけでもないでしょう?」

「……そう、ですね」

「貴方は良くも悪くも気にし過ぎです。タイトルを取った棋士の数だけ、そのタイトルの将棋が存在する――…『九頭竜八一の将棋はこうだ』と押し通しても、文句は言われるかもしれませんが、少なくとも貴方自身は天に恥じる事なく胸を張れるでしょう?」

 

 タイトル保持者に相応の振る舞いが求められるのは良くある話ではあるが、それは対外的な話だ。言ってしまえば、公の場での言葉遣いや振る舞いに限った話で、将棋を指す事においてまでタイトル保持者としての振る舞いなどは求められていない。

 八一が得意とするのは、定石から外れた力戦調の将棋。純粋な己の力だけで戦う、実戦派とも呼ばれるものだ。時に華麗でも何でもなく、泥臭くても勝つという執念すら垣間見せるそれ。

 

 竜王のタイトルを取った時、最後の一手を指す前に緊張で吐いたというが、それでも九頭竜八一は勝って見せたのだ。ならば、それが九頭竜八一の将棋である。そう胸を張れと、姉弟子は弟弟子に告げた。

 

「……言うようになったのぉ」

「タイトル持ってない私と師匠じゃ、説得力が無いと思いますがね」

「一言余計やぞ馬鹿弟子」

 

 はっはと笑う清滝九段と、口元を緩めて笑う金美。桂香はにこにこと笑いながらそれを眺めている。内弟子になってから何度も見た温かい光景に、八一は思わず頭を下げる。

 

「……俺、頑張ります。自分、らしく……!」

「せやな、それでえぇ。プロになっても、竜王になっても、お前はお前やぞ、八一」

「はい……!」

 

 優しい眼差しを向ける師匠と、頭を下げて涙を隠す弟子。感動的な場面だと思うが、それだけではこの一門は終わらない。

 

「それと、スランプから抜け出すには環境も変えてみた方がいいと言う話ですが……」

「環境……ですか?」

「まぁ思い切った事を提案してみようと思います。八一、銀子と一つ屋根の下で暮らしなさい。姉弟子権限で」

「「……は?」」

 

 名前を呼ばれた二人がまったく同じ表情で聞き返す様子に、とうとう耐え切れなくなった雷が爆笑した。

 

 

 

 




ぶん投げたまま終わりダオラァッ!


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居るだけで死亡フラグを折るって言うと、悪魔の像的な何かに見える

ぶん投げたらブーメラン返ってきたぞコラァッ!


 

 金美がプロ棋士になり、雷を引き取った頃。

 順位戦で、師匠である清滝九段の居るB級2組を超えてB級1組に上がった彼女は、夜にその師匠と酒を酌み交わしていた。

 

「とりあえず奇行に走らなかったようで何よりです」

「お前、わしを何や思とるんじゃ」

「――…言って良いんですか?」

「……止めとこか」

 

 表情が無になった弟子を見て、師匠は早々とこの話題を切り上げた。

 こんな風にぐだぐだと飲んでいても良いのだが、今日無理にでもこの席を設けたのには理由がある。清滝は自分のコップに一升瓶の中身を注ぎ、金美の前のコップにもなみなみと注ぎ入れた。

 

「とりあえず、昇級おめでとさん。師匠を超えた気分はどうや?」

「現時点の師匠を超えた事については、一つの区切りだとは思っていますよ」

 

 互いに示し合わせたわけでもなく、同時にコップを煽る。

 金美が彼に弟子入りして十数年。こういう機会が来る事を最初は想像しても居なかったが、そう悪いものではないと清滝は思っている。実の娘の桂香は酒に弱く、飲み交わす事が難しい。ただ、この()()()()()()は、中々に飲める口だ。

 

「棋士として、お前は何処に行く気や」

 

 要領を得ない師の問いだったが、弟子はそれを気にする事はない。

 

「最初は、本当に将棋が楽しいだけでした」

「……お前の祖父さんが将棋好きやった縁で、わしらが出会えた」

「はい。そして次に……私を突き動かす衝動になりました」

「わしの妻が死んで……何とか持ち直した後に、あの祖父さんも逝ってもうた」

 

 ちょうど、清滝が銀子や八一を弟子に取る半年くらい前だ。金美の育ての親とも言うべき祖父が亡くなり、彼女が消沈していた時期があった。祖母も既に亡く、両親はそもそも生まれてすぐの金美を祖父に預けて海外にいる。

 両親が何をしているのかなど、金美には興味が無い。緊急の連絡先も渡されてはいたが、祖父が亡くなったと一度きりだけ連絡したのが最後である。葬式と火葬を済ませた後に家に来た見知らぬ男性と女性の事など、もう彼女の記憶には存在しない。

 

「爺ちゃんと婆ちゃんの墓前に勝ち星を供えたい……これは、今も変わらない」

「そりゃあ、ずっとか?」

「そうですね……二人の歳を合わせた数の勝ち星を供えるくらいまでですかね」

 

 金美のコップが空になり、清滝がまた注ぐ。一升瓶を受け取り、今度は金美が清滝のコップへと酒を注いだ。

 

「お前の勝率やと、割とすぐやな」

「上はもっと厳しいですから、先の事はわかりません。負けるつもりはありませんが」

「……で、供えた後はどないするんや?」

「あー……」

 

 一口煽った後、金美は辺りをきょろきょろと見渡した。その様子に清滝は疑問符を浮かべるが、彼女が何か言ってくるのを待つ事にする。

 

「……内密な話でお願いします」

「何や、珍しいな」

「単純に知られるのが恥ずかしいんですよ。本当なら、師匠にも言いたくないんですが」

「ひょっとして、男か?」

「出来ると思います? 言ってはあれですけど私、稼ぎだけなら同い年のサラリーマンなんか目じゃないですよ?」

「自分で言うなや」

 

 互いに溜息を吐いて、ぐいっと煽る。その後少しだけ金美は言い辛そうにしたが、意を決したように口を開いた。

 

「……『恩返し』です。師匠への」

「ほう?」

 

 金美の言葉から、将棋界で言う恩返し……弟子が師匠に勝つ事、というニュアンスではない事は読み取れたが、清滝にとってそれは少し意外だった。彼女の性格からして、嬉々としてそれを狙うことはないと言い切れる。しかし、彼女が何を恩返しに考えているかは読み取れない。

 

「何を返してくれるんや?」

「……順位戦、その先に何がありますか?」

「……本気なんか?」

 

 娘の言わんとする所に、清滝は思い当たる。だからこそ、問わずにはいられなかった。

 

「本気ですよ」

 

 真剣な表情で、金美は()を見た。

 

「お父さんの獲れなかった名人を、私が獲る。それが私の考える、貴方への『恩返し』です」

 

 

 

 

 

 

 鍋の件から少し経ち、姉弟子命令で八一のマンションに銀子を叩き込んだ。銀子の両親の説得は金美が行ったが、何故か諸手を挙げての歓迎ムードだったので何故かと聞けば、家では大体八一の話が多いという。

 

「あの白髪、ツンデレとか今時流行らねーぞ……」

「あの子のアレは十年ものですからね。でも、素直になった方ですよ」

「アレでですか!?」

 

 金美の運転する車が高速道路を走る中、助手席に乗る雷は驚いたように声を上げた。八一と銀子の関係性については、清滝一門と顔を合わせた時に金美から軽く聞いている。その後は間近でそれを見続けて、『こいつらマジでやってんのか……』とスレていると自覚のある雷でさえ視線が温くなった。

 それが昔は今よりもツンツンしており、師匠である清滝鋼介に弟子入りしたのも『指導対局で負けたから』という反骨心の塊でもあった。それが弟子入り直後に金美にフルボッコにされ、復讐の矛先が金美に代わった。それからは一緒に負けた八一を巻き込んで将棋を指し、負けて桂香に泣きつき、二人が桂香に懐いて、彼女から金美の話を聞いて懐いて……その中で師匠だけがハブられていた。

 

「それはそうと、一年目の高校生活はどうでしたか? 雷」

「んー……正直、可もなく不可もなく、です。クラスの中では話をする子も居るけど、将棋の話題とかはあんまりしないし……」

「話す時の話題は?」

「色々ですよ。どこそこのスイーツが美味しかったとか、どこそこのリップが流行りだとか」

「……そう言う話題、今度銀子にしてくれませんか?」

 

 金美のお願いに、雷は真意を察した。

 多少マシになったという桂香の話も聞いているが、基本的に銀子は将棋漬けの生活を送っている。一門の中の誰か(主に八一)を捕まえてはVS(一対一の練習対局)をし、金美のスケジュールに合わせて家に来ては研究会をしていく。

 そう言うのも全て八一とやれ、と雷は思っているが、金美も金美で苦笑しながらも『仕方ない』と引き受けるものだから何も言えない。その時は雷も呼ばれて三人で研究会をして、途端に金美が実戦形式で二人を相手にするハメになった。

 

 気が付けば、銀子は姉弟子である金美よりも低い年齢で奨励会を駆け上がっている。金美の入会が小学五年生で、銀子の入会が小学校三年生である事を考えれば、それはある意味当然なのだが、そうは思わない輩も存在する。

 そんな輩が書いた、『水鏡金美を超える才能』などという見出しで銀子が紹介された記事を雷が見た時、衝動的に銀子へと詰め寄った事がある。それに対して、雷を超える剣幕で銀子が怒り狂い、その出版元へと突撃していき、一周回って冷静になった雷が止める事があった。

 

『姉さんがどれだけ苦しんで棋士になったか知らないのか!? それで、その為の研究内容をどれだけ私に惜しみなく教えてくれたのか、こいつらはわかってないッ!!』

 

 普段のクールさを盛大に放り投げて怒り狂う彼女から話を聞いて、清滝一門が出動しそうになって、『お土産買って来たよー』とバウムクーヘンを片手に現れた金美が、殺気立つ師匠と親友と妹弟子を弟弟子と一緒に止める事態になった。

 親友は妹弟子に負けず劣らず、ドスの効いた関西弁を発して完全にキレていた。彼女だって幼い頃から金美と将棋を指して、駆けあがる彼女に時に嫉妬しながらも、自分に対して真っ直ぐ向かい合ってくれる親友を誇りに思っていたのだ。それをこき下ろされたらキレるに決まっていた。

 

 後日、ノコノコと大会の取材に来たその記者は、銀子と雷の悪夢のタッグによって精神的に死んだ。八一は恐れ戦いて、金美は頭痛を堪えるように頭を抱えていたのは、必要な犠牲である。

 

 話が盛大に逸れたが、要は銀子に将棋以外の世界を見て、そこからインスピレーションを得る機会を増やしてほしいと言う事だ。プロ棋士と言えど、将棋だけを指して生きていくことはできない。今現在将棋界に君臨する名人であっても、テレビCMなどに出たりもしている。それは将棋の普及の意味もあるし、将棋界を支援してくれるスポンサーやパトロンへの配慮もある。

 銀子は今、女流棋士のタイトルである『女王』と『女流玉将』の二冠を持っているのでインタビューやメディアへの露出は当然存在する。これは雷も同様で、彼女は『女流玉座』の一つだけであるが、女流棋戦で銀子に黒星を付けたのが雷ただ一人である為に、注目度は高い。

 

「まぁ基本的に聞かれるのが将棋の事や、それに付随する事柄だけとはいえ、最初にネットって将棋用語ですかと聞かれたら怖くもなります」

「あー……はい。友達にも色々聞いて、知識仕入れときます」

 

 そう言う情報もキャッチできるようにしておこう、と雷は決意した。金美もその辺りはきちんと気を使っており、銀子にも基本的な化粧のやり方などは教えたりしているが、十一も年の差があるので流行については少し怪しい。

 桂香についても同上であり、八一は高校には行かずにプロ一本だ。故に頼れるのが、金美の伝手の中では雷だけである。

 

「それで先生。神戸方面に向かってるみたいですけど……」

「友人のお子さんに少し指導を、との話で。その友人の家に向かっています」

「私も行って良いんです?」

「でないと連れてきませんよ。友人の父上は関西棋界のスポンサーもしてくれていますし、顔を通じておいて損はないでしょう。本人はアマチュア名人ですし」

「あれ? それって所謂VIP的な相手では……? 何処で知り合ったんです……?」

 

 確かに目の前の師匠はプロ棋士であり、A級棋士ではあるが、アマチュア名人と友人であるというのが、雷にはピンと来ない。これが月光会長などの紹介で向かうというのであれば納得も出来たが、そう言う事ではなさそうなのだ。

 

「んー、いや、私が特別何かをしたと言う事ではないのですが……」

 

 数秒、金美は言いにくそうに口ごもったが、適切な表現が見つからなかったのか溜息交じりに口を開いた。

 

「その友人の言葉を借りるなら、私は命の恩人らしいです。本当に、何もしてはいないんですがね……」

 

 

 

 

 

 

 高速道路を降りて、辿り着いたのは神戸の一等地。そこにあるのは、広大な敷地を持った日本家屋の屋敷。そして、そのどでかい門から姿を見せた黒服の女性に二人は出迎えられた。

 

「ようこそいらっしゃいました、水鏡先生。こちらは?」

「ご苦労様です池田さん。私の弟子ですよ」

 

 池田と呼ばれた女性から滲み出る雰囲気が、完全に堅気ではない。屋敷の雰囲気も相まって、雷は『ここヤの付く自由業の事務所……』と腰が引けていた。

 

(大丈夫ですよ。今は真っ当な実業家です)

(今は!? 今はって言いました先生!?)

(まぁ、友人……夜叉神 天祐(やしゃじん たかひろ)さんは、本当に真っ当な実業家です。怪しいのは、彼の父上の夜叉神 弘天(やしゃじん こうてん)氏ですね)

(怪しいんじゃないですかヤダー)

(私達は呼ばれて来たので、別に普通にしてれば問題ありませんよ)

 

 『こちらへどうぞ』と門を潜り、屋敷へと案内される。その途中にはやっぱり黒服……しかもサングラス装備の強面の方々が並び、二人に礼を取っている。雷も、金美に出会う前は尖っていた自覚はあるが、視界に入る黒服はそんなものがお遊戯に見えるほどに『本物』にしか見えなかった。

 

(あ、あの腰にある黒い塊は……お、おもちゃだよな? いきなり抜かれて何か出てこないよな!?)

 

 そんな割と生きた心地がしない……少なくとも、ここでトイレは借りれないと理解した雷の気配を察して、金美は苦笑する。彼女はその前歴が怪しい弘天氏とも会ってはいるが、孫が絡むとキャラが壊れるだけの好々爺然とした人物である。

 そんな事を考えていると、ある一室の前で先導していた池田が立ち止まった。

 

「旦那様、先生がいらっしゃいました」

『あぁ、晶さん。入ってもらってください』

 

 襖の奥から男性の声が聞こえ、それに応えるように池田がそっと開く。『失礼します』と礼をして金美が入るのに続き、雷も礼をして中へと入る。

 

「よく来てくださいました、水鏡先生」

 

 部屋の中に居たのは三人。一人は眼鏡をかけた優しそうな面立ちの……ヤの付く自由業とは全く関係なさそうな男性。もう一人はこちらも優しそうな顔立ちの、いかにも家庭的な雰囲気を纏った女性であり、隣にいる幼い少女と手を繋いで、金美へと頭を下げた。

 

「お元気そうで何よりです、夜叉神さん。奥様もお変わり無さそうで……その子が?」

 

 その少女へと、金美が視線を向けた。

 少しだけ赤みがかった長い黒髪に、勝気そうな赤い目が真っ直ぐ金美へと向けられている。

 

「えぇ、娘です。ささ、天衣(あい)

「や、夜叉神 天衣です。よろしくおねがいします!」

 

 母親の手を離し、勢い良く頭を下げる姿が微笑ましい。金美は口元を緩めて膝をつき、少女と視線を合わせた。

 

「水鏡 金美です。こっちの彼女が、弟子の祭神 雷です」

「よ、よろしくお願いします」

「彼女が『捌きの迅雷(イカヅチ)』ですか……」

「あ、はい。何かそう呼ばれてます……」

 

 ふむふむと感心する天祐と、それに困惑しながらも雷は返事をした。そんな二人を余所に、金美はいくつか天衣と言葉を交わして、縁側に用意されていた将棋盤を挟んで座る。

 

「何枚落ちですか?」

「お好きに指してもらうので、平手で結構ですよ」

 

 互いに駒を並べた後、『よろしくお願いします』と礼をし、まずは天衣が一手動かした。

 

「あの……」

「祭神さんはこちらに。お茶を用意しますから」

「アッハイ」

 

 奥さんに促されて、雷は室内にある黒檀の座卓に用意されていた座布団の上へと正座する。対面には天祐が座り、程なくして奥さんが用意したお茶が前に置かれた。

 

「あの……先生をここに呼んだ理由って、あの子の指導だけですか?」

「それもあるけれど……水鏡先生から、私達の事は聞いているかな?」

「えっと、ご友人で……何もしてないけど命の恩人と呼ばれていると。後、旦那さんの方がアマチュア名人という事だけです」

 

 素直に答えた雷の言葉に天祐は苦笑して、奥さんは困ったように笑った。何か悪かったかな? と雷が考えた瞬間、天祐が口を開いた。

 

「私達は数年前、交通事故に遭いそうになった所を先生に救われているんだ」

「事故、ですか」

「とは言っても、先生は本当にその場に居合わせただけで、先生を見かけた私達が声を掛けようと先生の方に駆けていった直後に、さっきまで私達が居た所を暴走車が通っていっただけなんだけどね」

 

 なるほど、と雷は思った。それなら確かに金美の困惑した理由が分かる。本当に何もしていないけど、彼女が命の恩人になるという状況が完璧に完成していた。そして、その時の縁があり、アマチュア名人にもなるほどに将棋が出来る天祐やその奥さんと交流して、今回の訪問に繋がったと言う事らしい。

 

「……彼女を、先生の弟子に?」

「正直に言えば、それも考えたんだけど……()()が居てね」

「先約?」

「八一ですよ、雷。夜叉神さんはこの子を、竜王の弟子にしたいんです」

 

 疑問に答えたのは、天衣と対局中の金美だ。どういう事かと雷は金美に視線を送るが、彼女は盤に視線を戻して駒を指した。雷が盤を見れば、それが雄弁な答えを指し示している。

 

「一手損角換わり……」

 

 九頭竜八一が得意とする戦法。他には日本将棋連盟の会長である月光聖一もこの戦法を得意としており、『月光流』と称される物にすらしている。

 本来ならば一手損をするだけのものが、敵を倒しうる武器になるというミステリー。それを、()()()()()()()()()()()()

 

「月光会長ですか? 棋譜の出所は」

「先生にはバレますか……えぇ、そうです」

 

 ふと違和感を覚えて、金美は天衣のそれにあえて乗った。そこから紡ぎ出されたものは、金美もかつて見た事がある『九頭竜八一の将棋』だ。ただ、それは奨励会の中での一局でしかなく、奨励会に入っていない天祐が知る事のできる類のものではない。ならば、それを知らせた人物が少なくとも奨励会……もっと言えば、プロ棋士の中に居る可能性もある。

 それに以前、金美は天祐から自身と月光と八一の邂逅を聞いていた。だからこそ、色々と納得できた。

 

「私は……『九頭竜君の弟子』に、なれますか?」

 

 真っ直ぐに金美を見つめてくる少女の目は、真剣そのものだ。水鏡金美が九頭竜八一の姉弟子である事を知っていて、彼女はあえてこれを仕掛けてきたのだろう。

 その気質は、色々と清滝一門(じぶんたち)に通じるものがあると笑うしかない。弟子でもないのに、弟弟子の影響を受けに受けた少女がいるのは、それほどに可笑しいものだと思った。

 

「まだまだですよ。弟弟子の将棋ではない、()()()()()を見せてもらいます」

 

 そう言って笑い、現役A級棋士・水鏡金美の目が本気になった。

 

 

 

 

 

 

 最初の平手の後、金美の四枚落ちで二度指し、全部で負けた天衣は悔しそうにしていた。『いや、悔しそうにできるだけ立派だよ』と雷が思わず零すと、天祐が親馬鹿を発揮して奥さんにしばかれていた。御淑やかで家庭的に見えても、やはり母は強いのだろう。

 それに、雷の評価はお世辞でも何でもない。圧倒的な実力差を見せつけられても悔しそうにできるのは、その心が折れていないからだ。不屈の精神力というものをその歳で持っているのは、生来の気質が非常に大きいのだろう。水鏡金美相手にそうできるのは、あまり詳しくないと言う事を加味しても凄いと、雷は思う。

 

(ポッキリ逝った奴らと比べりゃ、雲泥の差だわこりゃ)

 

 雷は、金美と対局して折れた人間を何人も見ている。それは順位戦で当たったプロ棋士だったり、エキシビジョンで戦った女流棋士のタイトルホルダーだったりだ。特に女流棋士の方は、金美への反応が真っ二つに分かれている。

 

 史上初の女性棋士である彼女を見て奮起するか、諦めるか、だ。

 

 銀子や雷、桂香などは奮起する側だ。銀子と雷は彼女を目標としてプロへの道を目指しているし、桂香は親友である彼女と日々将棋を指して今は女流一級。今も棋力を上げて女流タイトルにも手を伸ばしている。

 数少ない女性奨励会員の中にも、金美に勇気づけられて燻ぶっていた自分に活を入れて殻を破った人が存在する。岳滅鬼 翼(がくめき つばさ)と言う、女性奨励会員で唯一三段リーグを戦っている、史上二人目の女性棋士に最も近い女性が居るが、彼女は二級で壁を感じていた頃にプロに成り立ての金美と会って奮起した。

 

 反対に、諦めてしまった側は徹底して彼女を避ける傾向にある。さながら、太陽から隠れて生きるように、その輝きから目を逸らすのだ。嫉妬もあるし悔しくも思う。でも、それよりも前に『勝てない』と諦めるのだ。

 そう言う意味では、天衣は将来有望と言える。

 

「先生、天衣はどうですか?」

 

 奥さんが別室で天衣を慰めている間、天祐が真剣な表情で切り出した。金美は一口茶を啜り、少しだけ考えた後に口を開く。

 

清滝一門(うち)の九頭竜の棋譜から学んだとはいえ、あそこまで指せると言う事は『受け将棋』の適性は非常に高いですね。才能としては、現時点で私に見えるのは女流棋士入りについては問題無いとだけ」

「プロは、どうでしょう?」

「なれないとは言いませんが、あまりにも不確定です。仮定の話ですが、九頭竜の弟子になったとして棋力は確かに伸びるでしょう。彼も様々な伝手を使って弟子を育成しようとしますから。ただ、どれくらいの伸び率かはやらせてみない事にはわかりません」

 

 普通なら言い辛い事ではあるが、金美はあえて言い放つ。天祐も、前日に『厳しい事を言う事になるかもしれません』と告げられていたのもあるし、そうだと勘付いていたのもあって腕を組んで黙り込んだ。

 親馬鹿ではあっても、その辺りを間違える事が無いのは流石アマチュア名人と言った所だ。

 

「祭神さんは、プロを目指されているのですよね?」

「あ、はい。今は奨励会二段ですけど」

「それはやはり、『史上初の女性棋士』の弟子となったからですか?」

「えっと、理由の一つ……ではあります。でも、一番大きい理由は……そこに先生が居るから、ですかね」

「ほう?」

 

 雷の言葉に天祐は興味深そうな視線を向けた。金美は『流石に本人の居る前でする話じゃないのでは?』と思いながら、お茶菓子として出された大福を食べている。

 

「詳細は話せないんですけど、ちょっと複雑な事情がありまして……先生には本当に良くしてもらいました。その恩返し……と言うか、力になれるかなと思いまして。勿論将棋が好きというのもありますけど、プロを目指す理由とすればそれが大きいです」

「なるほど……良いお弟子さんを持たれたようだ」

「夜叉神さん、お子さんを容赦なく負かした私への報復というならそう言ってもらっていいですよ?」

「いえいえ、そんな事は三割ほどしかないですよ」

「三割あるんじゃないですか」

 

 流石に恥ずかしくなってきた金美が口を挟めば、爽やかな笑いで返された。微妙な割合が彼の親馬鹿具合を示しているが、金美の羞恥心を刺激するだけでそれ以外の実害はない。必要経費かと金美が溜息を吐いたと同時、襖が勢いよく開いた。

 

「うちの孫を泣かせた奴は誰じゃぁぁぁぁぁッ!!」

 

 『マジモンが来て、あの時は死ぬと思いました』と、雷が真顔になるほどにキレた孫馬鹿が顔を出して、その孫に『騒ぐおじいちゃんはキライ!』と沈められるまで、天祐と金美は必死に宥めた。

 

 

 

 




イカちゃん:原作の魔物ではなく、キッチリ躾けられた狂獣。才能ない奴は見下すが、その『才能』の判定範囲は広い。躾けられたせいで常識人枠に収まっている。

天衣ちゃん:多分やるだろと思われた両親生存ルートをブチ上げて、将棋好きのお嬢様になっている。勝気なのは変わらないが、高飛車ではない。

銀子ちゃん:姉弟子が構築した、育成メソッドの実験体になっている。イカちゃんはその才能を純粋に磨くだけだが、彼女は才能を改造されている。

桂香さん:幼馴染兼親友と小さい頃からバチバチやっていたので、棋力は原作より上方修正。二十歳の自分に宛てた手紙の通りに、女流棋士になった。親友がプロ棋士になって、本人よりも喜んだ。彼女が女流棋士になった時は、親友が彼女より喜んだ。


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よくよく考えたら師匠もロリを弟子に取っていたから、これも伝統

評価とかがめっちゃ伸びてて、ランキングとか何度も見直してしまいました。
日間載っちゃってるのどういう事……


 

 

《水鏡金美インタビュー》

 

 ――史上初、女性としての四段昇段おめでとうございます。

 

『有難うございます』

 

 ――昇段が決まった事を、まず誰に伝えましたか?

 

『伝えた、というより伝えたい人間が皆控室にスタンバってました。師匠に、親友に、妹弟子と弟弟子。その日は他の関西棋士の方も来て大騒ぎでしたが……後日、家族の墓前に報告させて頂きました』

 

 ――関西棋士の間では可愛がられていたのですか?

 

『そうですね……何だかんだ、色んな方に厳しく指導してもらったと思います。師匠に、その兄弟子の月光会長もそうですが、生石さんに振り飛車を教えてもらいましたね』

 

 ――三段リーグでの棋譜を見る限り、居飛車も振り飛車も指していますね。

 

『戦型にこだわりはあまり持っていませんので、その時やれそうな方を指すようにしています。ただ、どちらも未だ途上だと思っているので、中途半端にならないように精進していきたいと思います』

 

 ――それが、プロ棋士となった秘訣ですか?

 

『秘訣、というほどのものではありません。自分に居飛車が合っていれば居飛車党になっていたと思いますし、振り飛車ならそっちに寄っていたと思います。どっちにもしっくり来る時と来なかった時があるので、私がこうなったのはそう言う適性的な話かなと』

 

 ――水鏡新四段が考える、プロ棋士に必要なものとは何ですか?

 

『何でしょうね。才能やらなんやらと言えばいいのか……ただ、私が昇段できたのは、そう言うものを育んでくれた環境のおかげだと思います。私の場合は師匠が居て、その繋がりでA級棋士の方々と指す機会もあって、下から突き上げてくる妹も弟も居て、とにかく周りに恵まれたおかげかなと。まぁ一番大きいのは……変わらない関係で、初心に戻って将棋を指せる親友でしょうか』

 

 ――なるほど。今後の目標などはありますか?

 

『目下の目標は、なったばかりなので実感を掴む事ですかね。まだ三段リーグで負ける夢とか見るので、それが無くなるのと、一戦一戦を大事にしていきたいと思います』

 

 ――三段リーグの最後の方は鬼気迫る、という顔だったというお話でしたね

 

『親友に『一歩間違えたら誰か殺しそう』って言われました。そんな凶悪な顔してたんですかね……追い詰められていた自覚はありますけど、そう言えば刃物とかも遠ざけられてた記憶があるんですが、ちょっと後で聞かないと』

 

 ―― 一門の事についてお聞きしますが、お話を聞く限りとても仲が良いのですね。

 

『うちの一門は家族みたいなものですからね。私は師匠の家の近くに住んでて、妹弟子と弟弟子が内弟子として師匠の家に住んで、親友は師匠の娘ですし。ただ、最初からそうだったわけではありませんし、私自身師匠や親友とは何度も喧嘩しました。後、妹弟子と弟弟子ともバチバチにやり合いもしましたが……まぁだからこそ、家族になれたんだと思います』

 

 ――昇段した後、どんな事を話されましたか?

 

『そうですね……師匠とはプロになってからのあれこれや、タイトル戦に出た時に着る和服の手配するための店とか教えては貰いました。気が早過ぎるというかなんというか……まぁ、困らないので有り難く聞かせて頂きました。他は……何でか親友、妹弟子、弟弟子の三人相手に三面将棋指してました』

 

 ――そ、それはどう言った理由で?

 

『何というか、色々感じたものを口で説明するより指してる方が伝わりやすいというか……まぁそんな感じです。こう見えて、一門の中の誰かと毎日指してはいるんですよ。で、今回のリーグ中はちょっとご無沙汰だったので、私が感じたものとか色々と教える為にですね』

 

 ――伝える事は出来ましたか?

 

『妹弟子が奨励会に入る決意をしてしまったので、伝わってはいるかと』

 

 ――次なる女性棋士の誕生を期待してもいいと?

 

『何とも言えませんが……そうですね。妹弟子が望んで、プロになる事を目指してくれれば嬉しいとは思います。ただ、厳しさも知っているだけに、手放しでは喜べませんが』

 

 ――弟子を取るご予定は?

 

『当分は自分の事で手一杯になりますから、考えてはいません。落ち着いた時にそういうご縁があれば、考えてもいいとは思っています』

 

 ――師匠の清滝九段のように、内弟子として育てたいと思いますか?

 

『んー、迷い所ですね。同性ならばいいんですけど異性だと色々言われそうなので、基本は家庭教師みたいな感じの方がいいかなと思います。それに内弟子という制度が、今の社会システム的には受け入れづらいものである事は否定できませんし、ネットで音声通話しながら指す事だって出来る。そう言う意味では遠方の弟子を取る事も可能なわけですから、内弟子という形にこだわる必要はないと思います。ただ……憧れみたいなものは確かにあります』

 

 ――それでは最後に一言、お願いします。

 

『史上初の女性棋士という事ですが、それだけの棋士にならないよう精進していきたいと思います』

 

 

 

 

 

 

 水鏡金美は忙しい。

 

 突発的な仕事というのは殆どないが、外せないスケジュールが数カ月先まで詰まっていると言う事はザラである。『史上初の女性棋士』という肩書を背負って七年経つが、最初の二年は大学生活と取材と対局に解説など睡眠時間が足りないくらいの生活をしていた。

 それから二十歳になって雷の後見人になり、弟子の育成も加わった。『これあかん死ぬ』と思い、月光会長と相談して解説の仕事は減らしてもらい、大学にも掛け合ってカリキュラムの見直しとレポートによる単位を認めてもらった。その分自主学習に手を抜けなくなったが、新幹線などの移動時間に学習ができる為、時間を効率よく使えるようになった。

 

 おかげで大学はちゃんと四年で卒業でき、目の回る忙しさからは解き放たれてプロ棋士の仕事に集中できるようになった。大学では経営を学び、将来的には会社を……奨励会などで夢破れた人間の受け皿を作る事を目標として、今は片手間で経営の事にもアンテナを立てながら、今日も仕事である。

 

 そのスケジュールをこなしながら五年でA級棋士になった時は、A級棋士全員から化け物を見る目で見られた。月光会長は目が見えないがそんな雰囲気だった。

 

「本当に、何時寝ているのだという仕事量だったろうに」

 

 大阪を離れ、対局の為に東京に来た金美はある女性から呼び出しを受けていた。原宿にある、まるで西洋の館のような佇まいのブティック。扱っているブランドは《Schneewittchen(シュネーヴィットヒェン)》というもので、その経営者でもある女性。

 

「三段リーグでの追い込まれ具合よりはマシだと思ってますよ。少なくとも、ストレスで眠れないと言う事はなかったので」

「それが、君の棋士としての強さの根源と?」

「強さの理由は一つではありませんよ。釈迦堂(しゃかんど)会長」

 

 出された紅茶に口を付けながら、金美は答えた。

 目の前に座る女性……釈迦堂 里奈は、日本の女流棋士のトップだ。女流六段で女流棋士会会長であり、現役の女流名跡。そして四つの女流タイトルの永世位を持った《永遠の女王(エターナル・クイーン)》とも呼ばれる伝説。不自然に若い見た目であり、金美と並んでも年齢差は全く感じさせない……初めて会った時など、金美は彼女の年齢を三度聞き直して怒られたくらいである。

 

「それで、御用と伺いましたが」

「あぁ、女性にして現役A級棋士である水鏡金美八段に、少し聞きたい事がある」

「とりあえず伺いましょう」

 

 カップをソーサーの上に置いて、金美は目の前の女傑と視線を交えた。

 

「君は今の女流棋士について、どう思う?」

「全体の話で言うなら、()()()()()()と言わざるを得ません。女流二冠の銀子はまだプロでない奨励会二段で、彼女に黒星をつけられたのがうちの雷だけ。彼女もまだ二段です。釈迦堂会長の弟子である岳滅鬼さんが女流になるというならまた話は変わるでしょうが……彼女は今三段リーグで頑張っています。少なくとも、昇段か年齢制限まで女流になる事はあり得ない」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、釈迦堂は『そうか』と呟くだけだった。

 将棋界の、『女は弱い』と言われていた理を覆した存在。そして、釈迦堂から見ても棋士の魔窟と言えるA級において、現在()()()()を誇る目の前の存在から見れば、そう言われても仕方ないと理解している。

 

「女流棋士の中で見込みがある者は?」

「私が何と答えるかは、会長も分かっているでしょう……かつてエキシビジョン、私が六面で戦った女流タイトル保持者六名。その中で私に十分以上時間を使わせたのは、会長だけです。今なら銀子と雷が居るので簡単には勝てないでしょうし、機会があるなら是非やってみたいですが、それは二人とエキシビジョンとは言え公式でやってみたいからですよ」

 

 女流タイトルは女王、女流玉座、女流玉将、女流帝位、女流名跡、山城桜花の六つあり、かつての金美は釈迦堂を含めた六人を相手に六面指しで勝っている。それだけ『女性棋士』と『女流棋士』に差が存在すると証明してしまったその対局は、ある意味で女流棋士のレベルを格付けてしまった。

 

「――…女性棋士(水鏡金美)から見て、今の女流棋士は弱い、か」

「強さだけが全て、とは言いません。しかし、強くなければ夢破れるのが将棋界です。そんな中で今の女流棋士界は()()()()()()()()()()()()と思います」

「というと?」

「ただの持論なんですがね……肉体的に言っても、男女で同じトレーニングをしようが同じ筋肉量を搭載する事は難しいですよね? 頭脳競技である将棋にも同じ事が言えて、男性が将棋で強くなる方法は長い歴史の中で確立していても、女性はそれが無い。または浅い」

 

 なら、それがあれば強くなれる。

 とても単純な事であり、同時にとても難しい事だ。釈迦堂であってもそんな方法があったら聞きたいくらいのものであり……だからこそ、目の前の相手への視線を強めた。

 

「それを君は知っていると、解釈するが?」

「自分が必死になって考えた鍛え方を幅広く教えるなんてしませんよ。自分以外に合ってるかどうかも分からない代物ですし」

「しかし、それを知りたがる輩は多いだろう。余も興味がある……女性棋士の修練法はな」

「だから教えませんよ。さっきも理由言いましたよね?」

「ケチー」

「ケチでいいですー。というか、棋帝戦トーナメントの合間に呼び出した内容はそれですか?」

 

 金美がすっかり冷めた紅茶を飲み干せば、ツーンと口を尖らせた釈迦堂が表情を元に戻す。

 

「いや、別件だ」

「本題に入るまでの話題も本気すぎた気がしますが……」

「いい加減、余のブランドのモデルになる事を了承してくれ」

「オツカレッシター、ホテルニカエリヤース」

 

 荷物を抱えて、金美は一目散に逃げだした。

 釈迦堂のブランドの服は、言ってしまえばゴシック系だったり中世の貴族のドレスのようなものだったりと、独自色が強い。銀子のような美少女が着ればこの上なく似合うだろうが、金美はどちらかというと引き締まった身体で、女性にしては高身長。タイトル戦は和服だが、普段の対局はパンツスーツなのだ。

 

 フリフリのドレスを着せられても絶望的に似合わない。王子様系? 一度着た事はあるが、もう二度と着ないと心に決めている。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで対局を終えて大阪に帰れば。

 

「弟弟子が小学生を連れてきた件について……あぁ、うちの師匠も当時四歳の女の子連れてきたし、それに比べればはるかにマシですか」

「言い方ァッ!?」

 

 清滝の家ではちょっとした修羅場であった。

 帰ってきた足で勝手知ったる師匠の家に入り、目当ての部屋の襖を開ければ上座に師匠が座り、その横には桂香。襖側には銀子と雷が座り、奥には八一。彼の横には唯一、この中で金美と面識のない幼い少女が座っている。

 『とりあえずお土産です』と金美は桂香に大きな紙袋を渡す。中身は東京バナナに風月堂のゴーフレットに他様々なお菓子だ。ただ、この内の半分は金美が食べるので自分用とも言えなくもない。

 

「連盟からの連絡は、師匠にも来ているようですね」

「あぁ。その様子やとお前も聞いとるようやな」

男鹿(おが)さんから連絡が」

 

 お土産の中身には茶菓子になるものもあるので、桂香が早速用意するのと入れ違いに金美が部屋に入って座った。

 

「どこまで?」

「とりあえず、八一の横に()るのが雛鶴(ひなつる)あいちゃん。八一の弟子になりたいと石川県から飛び出してきた。んで、八一の家に突撃した所を銀子とばったり」

「だからあんなに睨んでるんですか」

「姉さん!?」

 

 頬を赤く染めて声を上げた銀子をスルーして、金美はあいに視線を向ける。それに反応してかびくり、と彼女は身体を震わせて八一に掴まってその身体の影に隠れた。

 

「雛鶴さん」

「は、はい」

「あ、私はその九頭竜八一の姉弟子の水鏡金美です。何故、八一の弟子になりたいと?」

 

 その問いに、あいはたどたどしくもはっきりと答えた。

 彼女の家は『ひな鶴』という老舗の旅館であり、八一が竜王となった竜王戦で会場になった場所だ。彼女はそこの一人娘であり、竜王戦最終局で八一がプレッシャーで倒れていた所に水を差し入れたのが縁。

 その時も、そして対局中も、彼女にとって九頭竜八一は格好良かったらしい。単純に言えば憧れて、小学三年生が一人で大阪までやってくる行動力には笑いしか出てこないが、両親に黙って出てきたというのがこの場合大問題ではあるが、師弟は揃って懐かしいと思った。

 

「……これも因果ですかねぇ」

「お前も気付いたか」

 

 やってる事は多方面に迷惑をかけているが、その根源である憧れはかつて、あいが弟子入りしたいと言った八一が、清滝に弟子入りした理由と同じだ。

 十年前にこの家に来た少年がプロになり、竜王となり、憧れた弟子までやってきた。もうそんなに経ったのかと、清滝もそうだが金美も思わずにはいられない。

 

「でもこの小童は、超の付くほどの初心者です」

「まぁ、私の名前を聞いても何の反応もしなかった所でそうかなとは思いましたが、どれくらいなんです?」

「正味三カ月らしく……将棋図巧を全部解いたと」

「……普段なら『ナイスジョーク』とか言いたい所ですが、小学生がそもそもそんな物の名前を口に出すなんてあり得ませんからね」

 

 『全問解けばプロになれる』等とも言われるほどの『超』難問揃いの詰将棋集の名前が出てきて、流石に金美も頭痛がしてきた。更に聞けば銀子と八一はあいと一局指したらしく、その際に才能の片鱗は見せた様子だ。序盤と中盤は素人丸出しだったが、終盤は将棋図巧を解いたという言葉が真実だと確信できる程のものだったと、八一は勿論だが銀子も認める物だったという。

 

「んで、ここまで聞いた()()の結論はどんなもんや?」

 

 にぃ、と笑う師匠(父親)の顔には、もう既に弟子()が何と答えるかはわかっている様子だ。それに反発しても特に意味はないので素直に答えてもいいが、一つだけ気掛かりな事があった。

 

「八一。夜叉神さんのお子さんを弟子にする話は受けたと聞きましたが、彼女も弟子にすると考えているので?」

「その……考えというか、案というか、お願いがあるんですけど」

 

 お願い? と聞き返せば、八一は姿勢を正し、師匠と姉弟子に向かって畳に額をつけるほどに頭を下げた。

 

「二人とも弟子にしたいので、協力をお願いします……!」

「「まぁ、そんな事だろうと思ったわ(思いました)」」

 

 師匠と姉弟子の重なった声に、一世一代の決意で頭を下げたはずの八一がずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 結局、あいは清滝家の方に住む事となった。

 八一は今現在銀子と同棲中であり、その邪魔をするのは流石に憚れるためだ。ただ、あいがまったく納得せず説明する度にハイライトが消えていく為、仕方ないので通いで家事はOKした。八一も銀子も、一通りは出来るが一度VSや研究を始めるとその辺りが疎かになる。

 もう一人、天衣への指導も開始して、それぞれの適性を見極めながら、八一は悩みながらもどう指導するか、何を糧にするかを考えていく。どうしても答えが出ない時は、師匠や弟子を持ってる方の姉弟子に意見を求めながら、瞬く間に時間は経っていく。

 

「相談ですか?」

「はい。弟子の事で」

 

 二カ月飛んで五月。

 関西将棋会館の一階にあるレストランで、金美は八一に相談を持ち掛けられた。

 

「女流棋士の話なら桂香の方が詳しいでしょう?」

 

 あいと天衣の目指す方向については、既に二人の両親も含めて話は詰めてある。天衣の方は非常にスムーズに話は進んだが、問題はあいだ。

 彼女は石川県から家出同然で大阪まで来たために、両親との話し合いは最初から難航した。最後にはあいの弟子入りには同意したものの、その条件として『中学卒業までに女流棋士タイトルを獲得する事』『出来なければ女流棋士になっていても引退して将棋を止め、女将としての教育を再開する事』『その時に八一が婿入りして、あいを助ける事』を提示して来た。

 

 金美がその場に居れば最後の条件は意地でも撤回させたが、生憎彼女は棋帝戦の決勝トーナメントの対局があって不在だった。

 

 話は逸れたが、女流棋士になる事が二人の第一目標だ。

 女流棋士になる為の最短距離――…それは、女流将棋界最大の棋戦である『マイナビ女子オープン』で勝ち抜き、本選で勝つ事。この大会の本選で一勝すれば……正確にはベスト8に入る事なのだが、本選出場人数はシード枠を含めて十六名。故に一度でも勝てばベスト8に入る為、女流棋士になる権利を得る事が出来る。

 ちなみに桂香は研修会から女流棋士になったが、一級に上がったのはこのマイナビ女子オープンで本選入りしたからだ。そう言う意味では清滝一門にとって、思い入れのある大会と言える。

 

「二人と対局をお願いしたいんです」

「名人に負けて暇が出来たのでいいですが、私に頼む理由は?」

「姉弟子と、祭神対策です」

「――…なるほど、良い度胸ですね」

 

 ギシリ、と空気が固まったような錯覚を、八一は感じた。それほどまでに濃密な威圧感を放っているのが、普段は冷静で自分達のまとめ役になってくれている姉弟子だ。怒っているわけでは無く、それが意味する事を問うている……つまり、自分の妹弟子と愛弟子を倒せる敵を自分で鍛えてほしい、と言うようなものだ。

 

 水鏡金美は身内には甘い。清滝一門は彼女にとって家族も同然であるし、雷は年の近い娘のようにも感じている。その輪に最近加わった、弟の愛弟子に手助けするのも吝かではない。

 

 しかしそれが、公式での身内同士の戦いとなれば話は別である。銀子と雷が争った公式戦であるこのマイナビオープン、女流玉座戦、女流玉将戦について彼女はどちらにも等しく手を貸さなかった。雷に対して師匠としての務めは最低限果たし、家族として応援はしたがそれだけだ。銀子にも家族としての応援だけに留めている。

 実力差を考えれば、手を貸したところで問題にはならない。それだけの実力差が銀子と雷、あいと天衣の間にはある。金美があいと天衣に数回指導対局した所で、覆しようの無いものが。

 

「実力差を埋める、というわけじゃないんです。今はまだ、あの二人にあいと天衣は勝てないでしょう。それでも、出来る事をやってやりたい……そこで考えたのが」

「私と対局して、間接的に二人の実力を……もっと言えば纏う空気を体感させたいと」

「はい」

 

 真っ直ぐ金美の目を見つめ返す八一に、彼女は出していた威圧感を引っ込めた。トップ棋士に研修会生の相手をさせ、剰え()()()()()()()()()()と言ってくるのは狂気さえ感じる。やられた方は絶望するかもしれないほどの賭けだ。

 

「まぁ対局の件は了解しました。一週間ほどは取材程度しか仕事が入ってないので、その中でお願いします」

「ありがとうございます!」

「……マイナビのチャレンジマッチの出場資格に女性棋士の項目があれば出たんですがね」

「水鏡さんが出たら姉弟子が不憫すぎるので本当に止めてくださいよ!?」

「あの子なら嬉々として戦ってくれそうですけどねぇ」

「それと勝ち負けは別じゃないですか……」

 

 そんな会話をしている頃、銀子・雷・桂香は同時に悪寒を感じ、あいと天衣は目の前を黒猫が横切ったり、様々な不吉の予兆に遭遇したという。

 

 

 

 




ちなみに清滝一門の弟子入りの順番は原作とは違ってます。
具体的には桂香が辞めてないので

師匠:清滝鋼介 九段

一番弟子:水鏡金美 八段(史上初の女性棋士)
二番弟子:清滝桂香 女流一級
三番弟子:空銀子 女流二冠(女王、女流玉将)
四番弟子:九頭竜八一 竜王(史上最年少竜王)

孫弟子:祭神雷 女流玉座(水鏡一門)
孫弟子:雛鶴あい(九頭竜一門)
孫弟子:夜叉神天衣(九頭竜一門)


金美と桂香は同時に弟子入りしているので、本当は差はない。
ただ、何だかんだとまとめ役をするのが金美の方なのでこの順番になった。


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一生の親友は一生のライバル……どっちも満たすのって稀では?

日間ランキングの順位変動が激しいので初投稿です。
一時は短編で一位だったのビビってたんですけど……


 

 

 

 思えば、俺は本当の意味で姉さんと戦った事はなかった。今、俺の二人の弟子と相対して本気の――…現役A級棋士・水鏡金美としての顔をしているこの人を見ると、どうしようもなくそう思う。

 

 俺の頼みで姉さん……プロになってからは水鏡さん呼びに変えたけど、心の中では大体昔のまま呼んでいる……は、あいと天衣に対する対局を了承してくれた。この対局の意図するところは、来たるマイナビ女子オープンに向けて戦う事になる可能性の高い、姉さんの弟子である祭神と、勝ち残った先で当たる姉弟子対策だ。

 対策、と言っても戦法を学ぶだとか研究するだとかではなく……言い方は悪いけど、尋常な女流棋士では持ち得ない空気を体感させるためのもの。俺や師匠、現役のプロ棋士の中では姉さんだけがその条件を満たす――…今の二人より遥か格上の同性が持つ空気を体感させる。

 知っていれば、少なくとも本選で当たれば本気で戦ってくる二人の空気には呑まれない。研修会試験で二人目当てに顔を出した姉弟子と祭神と指したけど、駒落ちで二人の才能を推し量るのが目的だったという意味では、姉弟子も祭神も本気じゃなかった。姉弟子は少なくとも手加減なく潰す気だったけど、得意戦法は見せずに天衣の攻めを涼しい顔で受け流していたし、祭神は終盤のあいの攻めをほぼノータイムで捌き切っていた。

 

 姉弟子と祭神には負けてしまったが試験には合格して、あいのご両親も説得……説得できたのだろうか……特大のカタに嵌められた気がするけど……まぁ、条件は出されたものの、弟子入りに関しては認められた。

 そこから、二人の才能に期待する形にはなってしまうけれど、最短で目下の目標である『女流棋士』になる為に女流将棋界最大の棋戦である女子オープンへの出場を決めた。予選の予選であるチャレンジマッチまでに、姉さんと対局を組む機会に恵まれたのは幸運ではあった。

 棋帝戦の解説を頼まれたそうで、関東まで来てくれた姉さんと将棋会館に向かい、そこで始まった対局は姉さんの二面指し。

 

「こう……こうこう……こう……」

「くっ、うぅ……」

 

 姉さんは、俺のお願い以上に二人に対して真剣に相対してくれた。決して油断せず、ともすれば順位戦に臨むような心持ちで二人の前に座る姉さんの発する『気』は、俺も感じた事が無いほどに鋭く、力強く、荒々しい。

 運が良いのか悪いのか、俺は今まで姉さんと公式戦で相対した事が無い。順位戦はクラスが違うし、タイトル戦も俺と姉さんでは予選リーグが違ったりするから。だから、俺が相対してるわけでは無いけど、あいと天衣の後ろに控えて、本気の姉さんを正面に見据えるのは初めてだ。

 

 二人は既に疲弊している……姉さんと指し始めてから一時間も経っていないが、もう既に何時間も戦ったように、汗が額だけでなく全身からも出ている。理由は姉さんの威圧感だけじゃなく、盤外戦術の一つ……二人の呼吸のタイミングを狙って指し、軽い過呼吸の症状を引き起こす技を使っているために、二人の疲労は加速度的に増している。

 ……これから向かう戦いは、並の女流棋士は問題じゃない。問題なのは、女流棋士になるのがギリギリの手合い。そう言う人間が盤外戦術を使ってくる事だってあるから、姉さんがやっているのはまだ優しい方だ。

 

「我が麗しの戦女神(アテナ)が居ると聞き及び駆け付けたが――…なるほど、竜王の弟子と相対していたか」

 

 借りている対局室に入ってきたのは、マントをなびかせた見覚えのある顔。

 

「……よく来てるってわかったな、歩夢」

「麗しの女神が座すところに、聖騎士(シュヴァリエ)たる我が現れぬ道理はない」

(いつもだとテンション高く喋るのに、姉さんが対局中だと声をちゃんと潜めるんだよな……)

 

 俺と同期の、神鍋歩夢六段が隣りに並び、指す盤を眺める。いつもは芝居がかった口調……というか中二病的な言い回しをハイテンションで言うが、姉さんが居ると割と大人しい。まぁ対局中は大人しくするものだし、同じ部屋に居るのだからそれが普通なんだけど……

 

「我が好敵手よ。女神に拝謁する栄誉はわかるが、これはあまりにも酷ではないか?」

 

 戦況は既にあいも天衣も、その陣形の傷を大きく広げられてボロボロだ。姉さんも最短で詰ませには行っておらず、傍から見ればなぶり殺しにも見えない事はない。それでも、姉さんは棋士の矜持を持って、二人を棋士と認めて全力だ。そして、全力で殺しに来ているからこそ、俺の頼みを全力で果たしてくれていると分かる。

 

「マイナビ女子オープンに、二人は出る」

「白雪姫と雷帝が狙い、という事か?」

「今はまだ、勝つのが難しいと思う。でも、やる前から呑まれたら、難しいが絶対に無理になる」

「故に洗礼を賜るか」

「そんな所だ」

 

 一際、駒を指す音が大きく響く。それは天衣の前にある盤に指した音であり、疲労困憊と言った体でありながらも悔しそうに顔を歪めた彼女が『負けました』と頭を下げる。『有難うございました』と姉さんは礼をした後にすぐ、あいの方へも指した。直後に彼女も『負けました』と頭を下げて……むしろ同時に投了させるために盤面を操ってたのか。いくつの作業を並行でやってたんだこの人は……

 

「やはり美しいな……」

 

 そんな姉さんに熱視線を送る歩夢は無視して、俺も頭を下げる。

 

「有難うございます、水鏡さん」

「感想戦は師匠である貴方からの方がいいでしょう。どちらも覚えていますね?」

「大丈夫です」

「ではお願いします……何で神鍋六段がいるんです?」

 

 姉さんが歩夢に気付いて、ほんの僅か顔を引き攣らせた。あぁ、姉さんは歩夢の中二……独特な言い回しと世界観が苦手だったっけ。

 

「ゴッドコルドレンさん……」

「何でゴッドコルドレンがここに……」

「我は関東所属の聖騎士(シュヴァリエ)故に、ここに居る事に不思議はなかろう」

 

 ドヤる歩夢を横目に、ギギギとさび付いた機械のようにゆっくりと姉さんが俺の方を見て、歩夢を指さす。

 

「八一、貴方の弟子が洗脳されてますけど良いんです?」

「そんな!? 我が麗しの戦女神(アテナ)よッ! 我が名はゴッドコルドレン・アユムである! それを洗脳と!」

「神鍋六段。すみませんが標準語(リントの言葉)で話してください」

 

 あいと天衣、研修会の申し込みに行った時に歩夢と会ってから、呼び方がそれで固定なんですよね……何かすみません、姉さん。

 

 

 

 

 

 

『多かれ少なかれ、現名人と対局すると相手の棋士は調子を崩す』

 

 そんな話が、プロ棋士の間では存在する。それは『神』とも称される彼との対局の中に、自分にはさせないであろう『神の一手』を見て、それが眩しすぎる光となって自身を焼くとも、毒となって蝕んでしまうとも言われているが、正確な事は誰にも分らない。

 しかし、何事にも例外は存在する。現役A級棋士の山刀伐 尽(なたぎり じん)八段は現名人の研究パートナーになった事で、トップ棋士の一人にまで上り詰めた。その為、三年前の帝位戦で名人相手に一勝も出来なかったというオチがあるが、それでも彼の評価が揺らぐ事はないだろう。名人と研究をして示されるであろう一手を見ても、それを貪欲に吸収していく本物の『将棋指し』の一人と言う物は。

 

 そして、その例外がもう一人。

 二年前、現名人がタイトルを保持する玉座戦で戦った金美は、五番勝負のうち最初の二戦を連敗した。しかし三局目を千日手とし、指し直しから二連勝した後で今度は持将棋となり、最後は三百手を超える死闘を持って名人の勝ちとなった。

 その後の金美と言えば、翌年……去年の順位戦では序列を大きく上げ、他のタイトル戦の予選や本選でも好成績を残すという、不調とは無縁の状況。名人と対局経験のある他の棋士が首をかしげる状況だったのは間違いない。

 

「水鏡先生。ここまでの進行をどうお考えになられますか?」

「ここまでは定跡通りの展開、と言えるでしょうね」

 

 ニコ生の解説で、隣に立つ鹿路庭 珠代(ろくろば たまよ)女流二段の質問に答えながら、金美は今行われている棋帝戦の盤面を見やる。結局、金美を下した名人がそのまま挑戦者に決まって、彼女は今回の棋帝戦第三局の解説をする事になった。どうせなら立会人が良かったなー、とも思わなくもないが、段位や年齢の関係で金美が立会人をするのは難しい。

 

 金美も、別に解説役が嫌なわけでは無いが、相方となる女流棋士によっては映ってない時などに敵意バリバリの視線で見られたりするので遠慮したいというのが本音である。桂香なら同門であり親友なので、仕事をする分にも非常に気が楽。ただ桂香は、状況が接戦になると研究家気質な所が顔を出すので黙りがちになるのが玉に瑕ではある。

 その点、今回の相方である鹿路庭女流二段は聞き手も上手い。金美に対しても頭を下げてまで研究会を願い出るくらいには、将棋に対して真摯に向き合える人物なので今この場に居る二人の相性は悪くない。

 

 鹿路庭女流二段の別名に『研究会クラッシャー』と言う物があるが、その実態としては相手の男が勘違いしまくっているからという事実もある。恵まれた容姿で、将棋が強くなりたいという思いから距離感を無視して金美を除くプロ棋士に向かっていけば、大体の男は勘違いするだろう。

 その事を一度金美が言えば『え? 本当ですか?』と珠代が真顔になっていた。どうやら天然だった模様なので、胸部装甲が同等な桂香も呼んで清楚な服装を勧めた経緯もある。そんなこんなで、忙しくなければ週に一回はネット上で一時間ほど研究会をする程度には交流はある。そこに三段リーグで戦っている岳滅鬼や、金美の家に住んでいる雷、やってくる桂香や銀子などを加えれば、彼女達が一応は水鏡金美主催の研究会のメインメンバーになるだろうか。

 

篠窪太志(しのくぼたいし)棋帝は現在二十三歳。去年この棋帝戦で初タイトルを獲得し、関東将棋界の中で一躍トップに躍り出ました」

「慶応大学を首席で卒業して、ニュースのコメンテーター等もされていると言う事で……言っては悪いんですけど、棋士以外でも普通に食べて行けそうな人ですよね。才能が二つ三つあるという感じで」

「ファンも多く、『王太子』と呼ばれていますね」

「コメントにも流れてますけど、容姿もイケメンですから言いたい事は何となくわかります」

「水鏡先生とは年齢も近いですけど、交流などはあるんですか?」

「関東と関西であまり交流はありませんね。テレビに呼ばれて会った時は挨拶と雑談をするくらいですし、一般棋戦で一度か二度戦った事があるだけです」

「なるほど」

 

 現棋帝とは、少なくともタイトル戦の予選や本選で当たった記憶は金美には無い。というか、将棋はあまり関係ない場で会う仕事が多いというのも、何気に奇妙な話であるが。

 

「棋帝と対する名人とは、二年前の玉座戦で棋界の歴史に残ると言われるほどの死闘をされましたが」

「初めてのタイトル戦を名人と戦えたのは良い経験だったと思います――…と、戦局が動きましたね」

 

 後手番の篠窪棋帝が指すが、長考の後の一手にしては有利になる印象はない。指した後も額に汗を浮かべ、自問自答しているような表情は、見ている人間には明らかに棋帝が不利だと思わせるものだ。

 

「水鏡先生、いかがでしょうか?」

「追い詰められて焦った――…というよりも、そこしかないと言う事ですかね。戦局は名人が優勢になりました」

「次の名人の一手は同歩、でしょうか?」

「4八玉から寄せて終わりになると思いますよ」

 

 事も無げに告げられた内容に珠代はぽかんとして、ニコ生のコメントも『どういうこと?』や『そんな事ある?』と懐疑的なものが流れていく。そんな中で、名人が4八玉を指した。

 

「先生の言った通りの手です……!」

「ここから名人は寄せてくるでしょう。対して篠窪棋帝は時間が迫っていますね」

 

 名人の優勢は何も盤面の中だけではない。持ち時間の残りも、精神的なものも、棋帝は減らし過ぎた。金美もそれを察しているからこそ、もうこの戦いの結果が見えている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()……私の勝手な感想で想像ですけど)

 

 金美が予想した最善の寄せよりも少し悪い名人の寄せを確認し、ふと画面に映った名人の表情に不愉快そうな雰囲気が見えて、金美は苦笑しながら解説へと意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ先生が解説出ると、プレミアムでも入りづらくなるなー」

「今回は鹿路庭女流二段(だにく)も出るから、そのせいもあるでしょうね」

「お前もお前でホント口悪いよな……」

 

 マイナビ女子オープンのチャレンジマッチにあいや天衣、桂香が出た翌日。大阪に居る銀子と雷は金美の家でパソコンを立ち上げて、その家主が出ている生放送を見ていた。

 この二人、そろそろ行われるマイナビ女子オープン五番勝負で戦うのだが、去年の五番勝負も同じ対戦カードである為、二人とも気負った様子は一切ない。普段から奨励会で鎬を削っている相手であり、日常的にもほぼ毎日顔を合わせる相手に気負えというのが無理な話ではある。

 

 ちなみに主催者やスポンサーにとっては、同じ女王に同じ挑戦者というのは悲鳴を上げたい事態である。同じ展開が去年はこのマイナビ女子オープン、女流玉将戦、女流玉座戦で起こっているのは、そのまま銀子と雷の実力が女流の枠に収まらないという証明だ。

 女流タイトル戦の他三つをこの二人で分け合っていないのは、そもそも出場資格が無いから。二人は女性奨励会員であって女流棋士ではない。それでも参加可能な女流棋戦に出ているのは、俗にいえば賞金の話と、公式戦で横に居るいけ好かない相手(ライバル)と白黒つけたいという、ごく個人的な欲望でしかない。

 

「……なァ」

 

 ふと、雷が視線を上げて銀子を見る。何が聞きたいのか、同じ物を見ていたのだから簡単に理解できた。

 

「あんたは読めた? 私は同歩だと思ってた」

「4八玉は読めてねぇ。でも同歩とも思ってなかった」

「……カナ姉さんは読んだんだと思う?」

「普通なら『先生スゲー』で済むんだけど、言い出すまでの時間が短すぎる。だったらあの手を知ってたって事だが……」

「そうでなかった場合、読みが速くて深い……脳内将棋盤でそんな事が出来る?」

「無理だな。アンタは今二面出来て、私は三面。でもそんな風にすぐ読めるなんて事はねーよ。例え十面あっても無理だろーな」

 

 研究をしていれば、この答えの速度はあり得るだろう。ただ、二人が見ている中でこの盤面の研究はなかったし、研究の成果であるならば金美にとっても虎の子であるはずだ。それをわざわざこの生放送の場で言う事はあり得ない。

 

「なァ、白髪」

「何よ」

「お前、前に先生の脳内将棋盤は()()()()()()()()っつってたよな」

「えぇ。カナ姉さんから実際にそう聞いた……あれ?」

「今更だけどさぁ、私らの脳内盤は()()()()()()()()()()。自分で動かしてるってか、その盤面の駒が動くように意識するよな」

「……姉さん以外の別の意識で、駒が動いてる……?」

「か、今は脳内将棋盤ですらないのかもな」

「将棋盤で無いなら、一体……」

 

 棋士にとって、脳内に浮かぶ将棋盤は必ずと言って良いほど存在する。感性の違いはあれど、そうして思い浮かべる事が多いからだ。違うものを浮かべる棋士が存在する可能性もあるが、銀子の周りでは居なかったと記憶している。そしてそれは雷も同様で、ならば棋譜かと考えを巡らせるが、将棋盤に慣れ親しんでいる自分にとっては余計に時間がかかりそうだった。

 

「聞いたら教えてくれっかな、先生……」

「教えてはくれるでしょう。私達が理解できるかが問題なだけで」

「だよなぁ」

 

 コメントでも、二人の心境を代弁するような『読めてたのマジあり得ねぇ』や『今の男でも読める奴いないだろwwww』などと言ったものが流れていく。

 

『水鏡先生、コメントでもありますがアレは読めていたんですか?』

『一応は。後の寄せは少し違っていましたんで、完全とは行かなかったんですけど』

 

 そう言って、画面の中の金美が自身の予想したという手順を示していく。それは確かに名人の指した手とは違った、最善の寄せ。結果論で言えば幾らでも言えるだろう――…いや、()()()()()()()()()()と、結果が出てからでも気付けるのが、プロ棋士の中でもどれだけ居るだろうか。

 それに、あの時の読みで到達していたとするなら。

 

『名人の寄せだと、ここを突かれた場合に』

『……あっ、逃げる事が出来てる』

「いやこれ、後で元棋帝が聞いたらへし折れねぇ?」

「この場合、聞いてきた駄肉が悪い」

 

 当然、対局している者にしかわからない空気もあっただろう。第三者として見たから辿り着けたというコメントもあるが、それは他多数のコメントに潰されていた。

 第三者の目で見ていた大多数が読めなかったのだ。銀子と雷も……金美の薫陶を受けている二人ですら、金美自身の領域に未だ辿り着けていない。

 

「……指すわよ」

「負けた方が買い出しな。寝落ちるまでやんぞ」

 

 それが無性に悔しかったから、とりあえず手近な相手にそれをぶつける事にした。

 

 

 

 

 

 

 最近、若い子が家に集まるようになって大変よろしいと、清滝鋼介は考える。マイナビ女子オープンのチャレンジマッチが終わり、あいと天衣と桂香は予選トーナメントに駒を進めることが出来た。それのお祝いとして今日はあいと天衣の友達も呼んでいるのだ。

 

「若い子って言っても小学生で、雛鶴さん繋がりですけどね。後それを見てニコニコしてる師匠が純粋にキモいです」

「だから言い方ァッ!?」

「取り繕っても、意味は変わらないんですが」

「受け取り方は変わるやろ」

「孫弟子とその友達を見てお爺ちゃん面しているのはどうかと思います」

「……それは確かにそうやけどな」

 

 あいと天衣を含めた五人……元気いっぱいのショートヘアの少女・水越 澪(みずこし みお)、眼鏡をかけたお嬢様風の少女・貞任 綾乃(さだとう あやの)、金髪碧眼の人形のような少女・シャルロット・イゾアール。『JS研』と名付けられた……その名前を清滝から聞いた時、金美は反射的に『1・1・0』と緊急通報しそうになったが、桂香から説明を受けて何とか止める事が出来た……五人の研究会は、定期的に開かれているものらしい。

 あいと天衣が居るのでこの研究会の師範は八一が務めているが、たまに互いとのVSに飽きた銀子と雷がふらっと現れて蹂躙したり、顔が蕩けた清滝が五人に教えようとして桂香に小遣いを減らされたりしているようだが、概ね平和なようだ。何だかんだで身内の友達が来るのだから、この一門はそう言う相手は邪険には扱わないので彼女達も居心地は悪くない様子だった。

 

「み、み、みみみみみみみ」

「澪ちゃんがすっごい震えてる!?」

「み、水鏡八段が何故ここに……!?」

「そりゃ、あの師匠の姉弟子なんだから居るでしょ」

 

 研修会員であり、金美と初めて会う澪と綾乃がガッチガチに緊張していた。澪に至っては緊張のし過ぎで壊れたラジオみたいになっているが。

 シャルロットは最年少の六才であり、日本の将棋界の事もあまりわかっていないようで、金美に対しても『しゃうおっと・ぃずぁーうだよ』と舌っ足らずに自己紹介していた。確かに可愛いが、それを聞いた隣りの清滝のリアクションが奇妙過ぎて金美は素になっていた。

 

「ビビられとりまっせ、水鏡八段」

「久しぶりに指しますか清滝九段。ボッコボコにしてやりますよ? 皆の前で」

「お、ええやろ。やったろうやないけ」

 

 唐突にメンチを切り合う師弟に澪と綾乃、あいと天衣もアワアワし始めた所で、救い主が現れる。

 

「はいはい二人ともやめなさーい。お昼無しにしますよー」

「……今日は勘弁したろう。桂香に免じてな」

「……命拾いしましたね。桂香に感謝する事です」

「本当に昼抜いたろかお前ら」

 

 注意してもメンチの切り合いを止めない二人に対する、ドスの効いた桂香の最後通告に師弟は速攻で投了した。こういう時の彼女には勝てない事が分かりきっているので、二人の行動は迅速であった。

 温度差に置いてけぼりを喰らうJS研の面々には、桂香が『たまにある事』と笑顔で説明する。事実、八一や銀子が来た頃には頻度こそ減ったがこの師弟のじゃれ合いのような諍いはあった。金美がプロになってからは彼女が忙しい事もあって殆どなかったが、時間が出来るようになって清滝家に顔を出す頻度が戻ってくればこうもなるのは、道理なのかもしれない。

 

「……水鏡八段はもっとこうクールで、掴み所のない印象がありました」

「まぁ、そうですね」

 

 ほぼ素のキャラクターではあるが、金美はそう言う部分を意識して出すようにはしている。一種のアイドルのようなものであり、『史上初の女性棋士』というキャラクターを守る為の行動だ。何事も初めての存在は色々と気苦労も多く、その癖やる事は手探りな為、金美も苦労した。

 

「で、こっちに来た用事は何や?」

「せっかくなんで、こっちで女子オープンの五番勝負を見ようと思っただけですよ」

「そう言えば第一局が今日だったかー」

 

 出るのが銀子と雷である為、一人で見るのも味気ないとこっちに来たのが金美の来訪理由である。まぁ普段から特に意味もなく清滝家に来る事もあるので、理由の有無は今更だ。

 あいと天衣が居るのも都合がいい、と早速居間のテレビで解説付きのネット中継が見れるように設定し、チャンネルを合わせた。

 

「……すごい」

 

 JS研の誰が呟いたかはわからないが、この場に居る誰もがその感想に納得する。

 画面の向こうに居るのは、いつもとは全く雰囲気の違う二人。銀子は淡い青色の振袖に濃紺色の袴。いつぞやに八一からプレゼントされた雪の結晶をモチーフにした髪飾りをいつも通りにつけて、盤を睨み付けている。

 対する雷は黒と紅をあしらった振袖に、カラシ色の袴。いつものツーサイドアップの髪ではなく、金美と同じように後ろで一つにまとめたポニーテールをしている。着物については金美が二人に贈ったもので、細々とした小物は桂香や清滝からの贈り物もある。

 

 そんな二人の纏う雰囲気は、普段の生活では決して見せないほどにピリピリとしたものだ。ほとんど毎日顔を合わせ、盤を挟んで向かい合っていても、今回のような雰囲気には決してならない。

 

「これが棋戦……それも、タイトルを賭けたタイトル戦の雰囲気です。銀子と雷は、普段から私の家やここ、それに関西将棋会館でもやり合っていますが、公式戦というのはまた違う意味を持ちます」

「状況は……どっちも馬鹿弟子、お前を意識しとるようやな」

 

 はっは、と笑う清滝の言う通り、序盤の立ち上がりを終えた盤面はそれぞれ、二人が最も得意としている陣形を組み終えた所だった。それは、金美が二人に合ってるんじゃないかと思って提案し、集中的に鍛えさせた得意な……もっと言えば、二人にとってのエース戦型と言うべきものだ。そして、二人のそれがぶつかり合うと言う事がどういうことなのか、教えた張本人は理解するまでもなく知っていた。

 

「これ、確定で定跡をぶっ飛ばす力戦ですよ……去年は別にそんな事しなかったのにここでやりますか」

 

 間違いなく荒れる。普段でもエース戦型のぶつかり合いはやった事はあるにしても、この女王戦第一局に持ってくるとは思わなかった。

 

「どういう事……なんですか?」

「銀子の方は、馬鹿弟子が昔毎日のように銀子とやっとった時に教えたもんや。こいつは今でこそ色々と指すオールラウンダーやけど、最初は金開きばっか指してたしな。名前繋がりで」

「一言多いですよヒゲ師匠。雷の方は、私に弟子入りした時に何度か対局して決めた得意戦型です。尤も、二人とも教えた当時の物からは別物に進化していますが……だからこそ、荒れます」

 

 天衣の問いかけに清滝と金美が答えている間に、展開を完了した二人がどちらからともなく口火を切った。剣の達人同士が踏み込み、鞘に納めた刀を抜き放ち、斬り合うように。少なくともあいと天衣は、画面の中の二人が()()()()を始めたと直感した。

 

「こ、怖い……」

「それだけ目の前の相手に勝ちたいと思っているから、あれほどになります。全身全霊を出し切ってでも、目の前の相手には負けられない――…だからこそ、二人はここまで強くなりました」

 

 感慨深く、早指しによって目まぐるしく変わる盤面を金美は見ている。時折挟まる長考はおそらく、それぞれが研究し、目の前の相手を想定した戦局の確認だ。相手の研究を自分の研究が上回るか、もしくはその場で相手を超えなければいけない。定跡から外れれば、自分の培ったものと持っているものでしか戦えない。

 

 それはまるで激しく殺し合いながらも、自分の何もかもを相手に曝け出す対話のようだと、金美は考える。

 銀子と雷は互いを好敵手だとは思っていないだろう。いけ好かない奴だと思っているだろうし、現時点の最強の敵だとも思っている。敵意が先立ってはいるものの、普段の生活においては互いの呼吸を合わせるように上手く回している。それは、こうして将棋で本気でぶつかり合って、無意識の中でもお互いを理解しているからだ。

 

 いがみ合いながらも高め合う、そういう強さを携えて、二人はいずれ金美の前に現れてくれるだろう。ひょっとしたらそこに、金美と同じように一人で歯を食いしばって、三段リーグを勝ち抜いた岳滅鬼も居るかもしれない。

 

「雛鶴さん、夜叉神さん」

「は、はいっ!?」

「な、なに……ですか?」

「お二人は同じ師を持つ姉妹弟子ですが、同時に最も近いライバルです。願うなら、あの二人のように互いが互いに全力でぶつかり合える相手になってください」

 

 『もちろん、JS研の皆さんもそうなればいいですね』と、いつの間にか自分の膝に乗ってきたシャルロットの頭を優しくなでながら、金美は未来において自分と同じ場所に来てくれないかと、淡い期待を込めた。

 

 やがて、画面の中の妹弟子と愛弟子が互いに頭を下げる。

 どちらも汗だくになりながら、片や悔しそうに次への意欲を滾らせて、片や次も勝つと言わんばかりに。

 

 

 

 お互いが、笑っていた。

 

 

 

 




歩夢きゅんの言語が難しいねん。
厨二回路がさび付いて久しい。


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(現実を)全て……振り切るぜ……!

フィクションだからという名の身勝手の極意。


 

 

 

 大阪府にある金美の自宅は、自身の祖父から相続した古い、割と大きめの一軒家だ。それを稼いだ対局料などで改修し、和モダン住宅にした。部屋数は雷との二人暮らしなら多いくらいで、何なら住んではいないはずの銀子用の部屋もある。

 祖父と住んでいた時には問題なかったし、金美一人ならそのまま住み続けていただろうが、雷を家に呼ぶにあたって改修は必須だなと一念発起。リフォーム完了までの間は清滝家に住まわしてもらうという荒業を行使して完成した家は、中々に評判がいい。基本は女二人で、下手すれば雷が一人で居る事もあるのでセキュリティも万全だからか、未成年組の親にも安心して預けられると言われた時は、金美はたまり場になる未来しか見えなかったが。

 

 そんな家に来客を知らせるインターホンが鳴り、手が離せない金美の代わりに雷がモニタを見る。映っているのは八一で、その横には銀子の姿もある。よく見る二人ではあるが、どちらも少し深刻そうな表情を浮かべていて、それが少し嫌な予感がする。

 

「先生、八一と白髪が来たんですけど」

「とりあえず入れてあげてください」

 

 金美は台所で昼食の片づけ中だ。祖父と暮らしていた時も家事は大体が金美の仕事であった。桂香を手伝う事もあったし、家事スキルは人並みにあると彼女は語る。その辺りも含めて雷に色々教えているのだから、雷にとって金美は師匠であり母親にも近い。

 

 『開けんぞー』とロック操作して玄関ドアの鍵を開ける。『お邪魔します』と、勝手知ったる様子で二人が入ってくる。『座ってちょっと待ってろ』と居間で待たせ、ついでにお茶を淹れて茶菓子も出せば八一は驚いた顔を見せた。

 

「ンだよ」

「いや……意外とちゃんとしてるんだなと」

「意外は余計だっての。先生は将棋以外もこう言う事は厳しいんだよ」

 

 まったく、とぶつくさ言いながら雷はその場を離れた。聞かれたくないのだろうと察しているのだ。そんな彼女の背に向かって頭を下げ、出されたお茶に口をつける。

 意外と美味い……そんな事を呟けば銀子に脇腹を肘で突かれ、台所の方に消えたはずの雷が凄い目で見てきている。今度は違う意味で頭を下げる事になった八一はやはり、女性の扱いが壊滅的にド下手であった。

 

「お待たせしました」

「いえ、突然来てすみませんでした」

 

 金美が居間に現れれば、八一と銀子は立ち上がって礼をする。その動作は完全に夫婦の息の合い方だったが、表情を見て茶化せる雰囲気ではないと着席を促し、金美自身は二人の対面のソファに座った。

 

「そのような顔でうちに来る辺り、直接聞きたい事があるようですね」

「はい、水鏡さんに直接聞きたい事が……」

「名人の事でしょう?」

 

 家族の悩み事について妙に鋭く、それでいて核心を突くのが昔から巧い姉弟子は、この時も寸分違わずに言い当てた。それに驚きながらも、思った以上に言い当てられた事への衝撃は少ない。『この姉弟子なら仕方ない』と長い付き合いの中で悟っているのも大きいだろう。

 金美の方も、この間の竜王戦挑戦者決定戦の結果は把握している。神鍋歩夢六段と名人の対決は、名人に軍配が上がった。故に、彼が持つ記録であるタイトル通算100期と史上初の永世七冠を賭けたタイトル戦が、八一が保持する竜王に決まったのだ。だからこそ、この時期に金美に聞いてくる事はわかりきっている。

 

 清滝一門の中で最も現名人と戦った経験が豊富なのが金美だ。玉座戦を皮切りに、その後もトーナメントなどで何度も相対している。彼女の対名人戦の勝率は高いとは言えないが、棋帝戦の解説で名人の手をあっさりと読み切った実績が彼女にはある。八一にとって、名人の事を知るのに最善の相手である事は間違いなかった。

 

「お昼は食べてきましたか?」

「……やっぱり指すんですね」

「その方が私達にとっては手っ取り早いですし、あの感覚は言葉では伝わりませんよ」

「昼食は済ませてます。早速お願いできますか」

 

 八一への答えの代わりに、金美は二人を隣の和室に案内する。そこには既に駒が並べられた将棋盤が置いてあり、すぐにでも指せるようになっていた。

 

「今日は私も休みですし、久しぶりに丸一日と行きましょうか……雷」

「はい」

「夕食はいつもの時間に。出前を取るならそれで結構ですし、私達の分もお任せします。お金についてはいつもの場所においてますから」

「私も……私と、白髪も見学していいですか?」

「えぇ、存分に。貴女達にとっても、良い経験になるでしょうから」

 

 金美の許可を得て、雷は自分と銀子の分の座椅子を用意する。銀子は自分達に出されたお茶を運び、追加で金美と雷の分のお茶を淹れ始めるのを横目に、金美と八一は盤を挟んで向かい合った。

 

「最初に言っておきますが、これから示すのはあくまでも私が感じた名人である事を覚えておいてください。防衛戦で貴方が名人に対して抱く印象とは違うかもしれません」

「それは、どういう……」

「戦法に関しては、対策するだけ無駄です。名人は攻守ともに優れた居飛車党ですが、振り飛車も高いレベルで指せます。そして急戦と持久戦どちらも隙は無い。ただ一つだけ、私の勝手な想像ではありますが、名人が重視しているものがあります」

「……持ち時間の長い将棋では、盤上真理を追究しようとするという話ですか?」

「それよりも一歩踏み込んだ話です。一人だけでは、盤上真理は追究できません。棋力等しい相手か、何か一点でも自分を上回る相手。もしくは自分に無い要素を持つ相手が必要になります」

 

 話しながら、金美は指し始める。姉弟子の意図が掴めないままだが、八一もそれに倣って自陣にて陣形を形作る。

 

「そう言う相手と対話しながら、盤上に現れるであろう真理を追究していく。棋士にとっての勝敗と同等に名人が重視しているのはそれだと、私は考えています」

「対話……ですか?」

 

 八一の疑問に、金美が答える事を止めた。途端に現れるのは、A級棋士・水鏡金美……()()()()

 

「……うそ、だろ」

 

 驚愕する。流石にその光景は、付き合いの長い八一であっても予想など出来るものではない。いや、それを予想できる者など、誰も存在しないだろうと断言できる。

 

「ここからは指して語りましょう。ちゃんと付いてきなさい、()()()()()

 

 姉弟子の姿に、防衛戦で戦うはずの《神》が、ダブって見えた。

 

 

 

 

 

 

『私が伝えられるのはここまでです。後は貴方が掴みなさい』

 

 あの後丸一日、寝る間も惜しんで語ってくれた姉弟子の最後の言葉を、八一は思い出していた。

 

「……なるほど。彼女が君を推した理由が分かったよ」

 

 九頭竜八一は初防衛と史上最年少の九段昇段を。名人は前人未到の大記録を賭けた竜王戦の第一局。その対局の中で、八一は姉弟子が自分に本当に伝えたかった()()に、辿り着いていた。

 

「彼女というのは、姉さんですか?」

「君の姉弟子の、水鏡金美八段だね。ここまで辿り着いたのは彼女が初めてだった」

 

 何もない白い空間に、将棋盤と駒だけがある世界。真理を追究する、名人らしい世界。そこにある盤を挟んで、名人と八一が相対している。

 名人が欲しているのは対話だと、彼女は言った。それは、確かにそうだ。しかし、その言葉にはさらに先がある事を、八一は現在進行形で思い知り、理解し、納得した。

 

『棋は対話なり』

 

 将棋界ではそんな言葉がある。将棋を指していれば、相手の指した意図が分かり、それに対して自分がどう答えるのか。言葉にせずとも意図を汲みあい、対話すると言う事がある。それは対局全てに通じる基礎であり、極めるには果てしない奥義。

 

『闇の中では光を探しなさい。その光とは、貴方に今まで将棋を通じて色々な物を与えてくれた人たち。そこには師匠も居ます。私も、桂香も、当然銀子も。貴方の弟子になった雛鶴さんも夜叉神さんも、きっと居るでしょう』

 

 名人との対話は、特段の才能を持つ八一であっても恐怖だった。名人の読みがあまりにも深すぎて、最初にあるのは毒としか思えない闇の中。それを、遠くに見える僅かな光を見失わないように読み、歩いていく綱渡り。その先にある光を掴んでも、相対しているはずの名人は顔のない化物のようにしか見えなかった。

 

『名人も人です。ミスをするとかそう言う事ではなく、どう足掻こうが人でしかない。誰よりも真理を追究し、誰よりも先を歩いているから見えないだけ』

 

 自分の方に向かって指しているはずの化け物の向こうへと、八一は道を読みながら歩いていく。その途端に現れたのがこの世界で、将棋盤の前に座っている等身大の名人の姿を見つけた。

 

「あの玉座戦は、不謹慎だけど楽しかった。勝敗など関係なく、僕に無い彼女の……これは差別と取られてしまうのかもしれないけど、女性としての感性を持って指す将棋。棋力にしても、覚醒したかのようにあの二連敗で追いついてきて、三局目の千日手でここまで辿り着いた」

「そんな事になってたんですか」

 

 話をしながら、二人は互いに指していく。史上初の女性棋士であるというだけでも規格外だと思っていたが、プロになって六年ほどで、しかも初タイトル戦で、相手が名人であり、そこで覚醒までしたとか姉弟子も十分化け物ではないかと、八一は苦笑する。

 

『そこから先は、名人だけの世界です。私の物とも、八一の物とも違う世界です。どんな世界かは、貴方が実際に感じてください』

 

「……名人は、やっぱり将棋が好きなんですね」

「そうだね。将棋は楽しいものだ。だから、もっと指していたくなる」

 

 八一が辿り着いた場所で感じるのは、将棋への愛と感謝だ。名人は将棋が好きで好きで、どうしようもなく好きで、この場所に居る。初めて将棋を教えてくれた人にも、通った道場の座主にも……自分の将棋人生を支えてくれた全てに感謝している。

 ただそれは、八一も同じだ。自分を師匠の内弟子として送り出してくれた両親に。憧れの背中を見せてくれた師匠に。厳しくもちゃんと見守ってくれた金美に。親元を離れて寂しくしていた自分に優しくしてくれた桂香に。こんな自分と一緒に歩いてくれる銀子に。切磋琢磨し、高め合って来た歩夢に。昔の自分のように、自分に憧れてくれた弟子達に。自分と正面から向き合って指してくれた全ての棋士達に、感謝している。

 

『貴方と名人は、とても相性が良いと思いますよ』

 

「はい……俺も、もっと貴方と指していたいです」

 

 喉が渇いても、頭が痛くても、全身に汗をかき、呼吸が苦しくなったとしても、もっとこの世界で指していたい。せっかく辿り着いた世界で、こんなにも将棋を愛している名人と。自分もこんなに将棋が好きなんだと言って。

 

「さぁ、続けようか」

「よろしくお願いします!」

 

 二人は今、存分に語り合う。第一局、第二局、第三局……最終局まで、この時が終わるなと思いながら。

 

 

 

「もしもし、せっかくの最終局に順位戦で行けなくてすみません。速報の通知も切ってたので、結果は知りませんよ。先に私ですか? 今のところ全勝ですよ、三月まで順位戦は負けるつもりはありませんし。それで? ――…そうですか、存分に楽しんできたようですね。八一」

 

 

 

 竜王戦。全七局の平均対局時間、約()()()()()

 

 

 

「防衛おめでとう。九段昇段は先越されたなぁ」

 

 

 

 九頭竜八一、四勝三敗で竜王初防衛に成功。史上最年少で九段への昇段を果たした弟に、姉は笑いながら称賛を贈った。

 

 

 

 

 

 

 竜王戦が終われば、新年を迎える。

 関西将棋会館で行われる指し初め式を終えて、新年の挨拶回りに新年会。関西のそれが終われば関東の方にも行かねばならないのは、東西合わせて唯一の女性棋士であるが故だ。毎年交互に東西の指し初め式に出るが、新年会と挨拶回りは毎年どちらも出るという、割と地獄のスケジュールである。正月とは一体なんだったのか、プロになってから毎年疑問に思っているが答えは出ない。

 

「ど、どうも……水鏡先生……」

「ネットで毎週研究会してて緊張するの止めませんか? 岳滅鬼さん」

 

 そんな関東での新年会を終え、金美は東京の和菓子を出すカフェで、女性で唯一三段リーグを戦っている岳滅鬼に会っていた。そもそも関東の新年会に出る事が、岳滅鬼と会う為のついで扱いだ。奨励会を駆け上がる妹弟子と愛弟子を除けば、水鏡金美は岳滅鬼翼に最も目を掛けていると言って良い。

 二人が出会ったのは、金美がプロになってから。関東の奨励会で『第二の水鏡金美』と騒がれている少女の噂を聞いて、少しだけ興味を持ったから。そしてその将棋を見て、()()()()()()と思って声を掛けてからの付き合いだ。

 

「そそ、そういうわけには……色々お世話になりっぱなしですし」

「それは、プロになって棋界に返してください。調子も良いようですから」

 

 遠慮がちな彼女に対して、金美は笑みをこぼす。雷を弟子に取ってからも、関東に来る機会があれば相談に乗ったり、何ならネットでの研究会用にパソコンを買ったりしている()()だ。環境を整える事で強くなるならそうすべきだし、弟子ではないにしても目を掛けた相手が潰れるのは、金美としても望む所ではない。

 そんな話を岳滅鬼は本人から聞いたし、感謝もしている。しかし当時最新のノートパソコンを『ポン』と買い与えられた衝撃は、何年経っても中々抜けない。なお、妹弟子や愛弟子に対して、ノートパソコンより高いタイトル戦用の着物を買い与えたプロ棋士がいるらしい。

 

 そんな岳滅鬼翼の三段リーグでの成績は、前期成績四位。次点を逃してしまったが、現在の三段リーグでの成績は好調……勝ち進めれば、プロに届くかもしれないと考えられる実力を彼女は持っている。

 

「調子がいいのは、水鏡先生もですよね……A級順位戦、全勝ですし」

「弟弟子が名人相手に勝ちましたからね。姉である私が情けない所は見せられません」

「……清滝一門は、今や凄い事になってますね。水鏡先生がプロになったのを皮切りに、女流棋士も出して、私に続いて奨励会の段位を得た女流タイトルホルダーに、最後は名人にも勝った竜王まで……」

「そう言われると、どこか違う一門の話に思えてくるのが不思議ですね」

 

 大福を二口で放り込みながらどこか他人事のように金美は言うが、彼女の顔に笑みが浮かんでいる事を岳滅鬼は指摘しない。数年来の付き合いともなれば、相手の為人(ひととなり)くらいは理解できる。

 水鏡金美は一門の人間を家族として愛している。自分が得た知見を余すことなく教え込めるくらいには、入れ込んでいると言って良い。本人としては『自分の知見が本当に通用するのかどうかの実験』と言っているし、岳滅鬼に対しても多少はそのフィードバックがある。

 そのおかげで、というのは何だか認めたくないと岳滅鬼は思っているが、限界が見えていたはずの自分の将棋が広がり、こうしてプロを目前とした場所まで来ているのだ。三段リーグは地獄の戦場で、今女性は岳滅鬼しかいないが、一人ではないと信じられる。

 

 その道をたった一人で切り拓いた女性棋士が、こうして機会があれば声を掛けてくれるのだから。

 

「……水鏡先生には、釈迦堂先生もよろしくと言ってました」

「気が向けば店にも顔を出しておきますが、モデルは絶対にしないと伝えておいてください」

「……似合ってましたよ?」

「似合っていようが着た私が羞恥心で耐えきれないんですよ。だから絶対着ません。仕事で依頼されても断ります」

 

 岳滅鬼は釈迦堂女流名跡の門下だ。彼女の弟子には八一の親友でありライバルの神鍋歩夢六段が居るが、彼も女性でここまで上がってきた岳滅鬼に対して多少は気を使っている。自身の研究会に招いて、色々と言い回しは独特だが分かりやすい指導をしているらしい。

 その中で岳滅鬼も、釈迦堂のブランドのモデルにされたようだが、普段の髪を無造作に伸ばした根暗な外見から驚くべき変化で、一端のモデルのようになったらしい。岳滅鬼がその写真を見せてくれないので金美は知らないが、釈迦堂が言っていた。写真を見たら自分もやらされる気がして見ていないと言うのもある。

 

「……水鏡先生。私は空二段と、祭神二段と比べて、どうですか?」

 

 岳滅鬼はコーヒーの入ったカップを両手で持ちながら、対面に座っている金美を見る。研究会では、岳滅鬼も銀子や雷と指す事はある。直接会って指した事は少ないが、ネット上でなら割と指している。

 ただ、それだと正確に実力を測れない。ネットの方が強いのか、実際に指す方が強いのか――…同性の、競い合う相手だからこそ、気になって仕方ない。

 

「そうですね。ちょっと読めません」

「読めない……?」

「その三人の中でなら、才能は雷。総合力は銀子。執念は貴女です。どれも馬鹿に出来ませんし、ぶつかり合った時にどうなるのかはまったくわかりません」

 

 だからこそ、と金美は言葉を挟んで続ける。

 

「私は三人ともを、プロの世界で待っています。地獄を超えてきた貴女達と指す事を、楽しみにしていますよ」

 

 

 

 この邂逅の二カ月後、あるニュースが日本中を駆け巡った。

 

 

 

 水鏡金美がA級順位戦を全勝し、名人に挑むというニュースが。

 

 

 

 

 

 

 将棋界のタイトル戦の中で最も長い歴史を持つものが、名人戦である。そのタイトル戦に史上初の女性棋士が挑むというニュースは、瞬く間に日本中を駆け巡った。将棋界も上から下に大激震が走り、マスコミ各社からの問い合わせを捌くのはいつもの事ではあるがその数が尋常ではない。

 

「ここまでとは……久々に堪えたわ」

 

 そうしたものの連日の対応を経て迎えた、名人戦第一局の前夜。清滝はそれが行われるホテルで弟子と会った後、同じホテルのラウンジで誰ともなく呟いた。

 

「隣り、よろしいですか?」

 

 感慨に耽っていた所に、知っている声が聞こえた。その方に彼が向けばやはりというか、そこにいるのは知っている人物だ。

 

「月光さん。まぁわしだけの席ではないですから」

「では遠慮なく」

 

 秘書の男鹿を伴った月光会長が、清滝の隣の席に座る。それから男鹿に外すように言えば、彼女は会話は聞こえないが目の届く範囲の席に移動していった。

 

「どうでしたか。彼女は」

「タイトル戦も初めてやないですし、緊張も楽しんどるようでした。ただ、マスコミの対応に少し疲れとりましたけど」

「なるほど」

「そう言う話を、聞きに来たわけやないでしょう?」

「バレますか」

「そりゃ、月光さんの弟弟子ですから」

 

 自分で言っててむず痒い言葉だが、清滝はそれでいいと思った。自分と違って才能に恵まれた月光に対する感情は色々と複雑なものがあったが、自分の弟子(子供)達を見ている内に整理がついた。

 そんな彼の言葉に少しだけ意外そうな顔をする兄弟子を見れたから、清滝は笑う。つられて月光も笑った所で、本題を切り出した。

 

「あの子がここまでくると、私は思っていなかった。それどころか、プロになるとも」

「……そう、ですな。わしもプロになるとは夢にも思いませんでした。娘のように思っとったあの子が、せめて将棋が嫌いにならんようにと思っとったくらいです」

 

 弟子入りした時の二人の予想を、水鏡金美は覆し続けていった。当時女子が極端に少ない奨励会に入り、女流棋戦に出る事もなく、たった一人で戦い抜いていった。級を、段位を上げる度に『もしかしたら』と言う思いはあったが、三段リーグを二期抜けられなかった時、『やっぱり無理か』とも思った。

 それを超え、三期目にして四段昇段を成してプロになった。女性で初めて初段を獲得しただけでも驚愕だったのに、史上初の女性棋士になった。

 

「貴方が私の所に『弟子に稽古をつけてほしい』と願い出てきた時は驚きました。そこまでする才能に、私には映らなかった」

「同じ関西の生石(おいし)玉将にも言われましたわ。『行っても一級じゃねーんですかね』と……女子でそこまで行ければ破格だと、思っとった」

 

 その頃はそう思っていた。弟子の才能を、師匠が信じていなかった。彼女にとってそれがどう映っていただろうか、清滝には想像する事が出来ない。それは月光も同じであり、『女性だから』とどこか偏見を持っていた事は否定できなかった。自分の『月光流』を嬉々として学び、自分なりに飲み下して昇華していく彼女を知っても、だ。

 

「それがさっき、『ありがとう、お父さん』って言いよるんです……娘の事を信じてやれなかった、こんなダメな親父に……ありがとうと……!」

 

 信じてなかった師を、弟子はそれでも見放さなかった。彼女はかつて『名人を獲る事が恩返し』だと言ったが、清滝にとっては違う。

 恩を返してもらうほどに、自分は出来た師匠ではなかった。違うのだ――…自分が、弟子に恩を貰っていたのだと、清滝は声を殺して涙を流す。そんな出来た、自慢の娘が、将棋界の最高峰に挑む。なら、今度は彼女が打ち勝ち、名人になる事を信じる。そうでなければ、年の離れた友であった彼女の祖父にも、彼女本人にも顔向けが出来そうにない。

 

「何を泣いているのだ。清滝九段」

「これは……釈迦堂女流名跡」

 

 そんな二人の所にやってきたのは、女流棋士の重鎮。弟子である神鍋歩夢を伴っての登場だが、彼女は清滝を挟んで月光の反対側の椅子に座り、彼に離れるように言った。歩夢は仰々しく礼をして、男鹿が居る方に歩いていく……どうやら会話が聞こえずとも視線が届くポイントはそこしかないらしい。

 

「明日の大盤解説はお願いします」

「弟子共々、任されよう。それで、関西棋士二人が並んで座っている理由は?」

「少し、明日の主役の片割れの事で昔話を」

「なるほど。だから清滝九段は泣いておるわけか」

 

 月光の説明で、釈迦堂は色々と納得した。関東に拠点を置く釈迦堂と、関西に拠点を置く月光はそこまで親しいわけでは無いが、仕事上付き合いは長い。その中で女性で初めて段位に上がった金美の情報も得ていたが、三段リーグで関東に来るまで接触する機会が無かった。

 

「にしても、水鏡八段が三段リーグに居る内に、プロになれば女流棋士にもなれる話を付けておくべきだった」

「彼女はそれでも、なりそうにはありませんよ?」

「何なら、名人になった時には名誉女流名人でも作るか」

「貴女を超える段位を作ったとして、受け取りそうにも無いですがね」

 

 両腕を交差させて大きく×をつくる彼女がありありと想像できて、釈迦堂は苦笑した。下手に女流棋士の資格を与えたら、嫌がらせで六大タイトルを永世位まで独占されそうだなと思ったのもある。

 

「……釈迦堂女流名跡は、彼女が勝つと信じているのですね」

「いや、名人も彼女も既に、余が量れる領域を超えておる。信じる信じない……そんな次元ではもう無い」

「そうですか……ではこの名人戦、どうなって欲しいと思っていますか?」

「水鏡金美に勝ってほしいと思っている。名人のタイトル通算100期も大記録ではあるが……あの戦女神がどこまで行けるか、余が死ぬまで見届けたいな」

「――…ふむ」

 

 釈迦堂の言葉を聞いた月光が、ふと何かを考えこんだ。その様子に釈迦堂は疑問符を浮かべ、清滝は相変わらず泣いている。

 

「どうした?」

「いえ、彼女が名人戦に勝ったのなら、それに相応しい呼び名が無いかと思いまして。貴女の『戦女神』という単語を聞いて少し」

「なるほど、そう言う事であれば余も知恵を絞ってみようか」

 

 どこぞの愉悦部のような笑みを二人は浮かべた。

 

「……流石に、変な名前は付けんでくださいよ?」

 

 泣いて顔の状態が酷い清滝に言われ、二人は顔を背けた。

 

 

 

 

 

 

 白一色の世界で、再び名人と金美は対峙した。

 

『お久しぶりです』

『楽しみにしていたよ。さぁ、張り切って指そうか』

 

 パチリ、と駒を指す音が響く。

 

『弟はどうでしたか?』

『十七であれは凄い。将来が楽しみだよ』

『気が合ったようですね』

 

 ただただ、駒を指す音だけが響き、対話は続いていく。

 

『君の将棋は、月光さんの光に生石君の捌き、清滝さんの執念……色んな物を背負っている』

『色んな人に貰いましたから。それがあって今の私があります』

『将棋を楽しいと思って、それに付随する責任などもちゃんと背負う覚悟をしている。それは何故だい?』

『覚悟というかまぁ……自分が歩んだ道を歩いてくる後輩に、下手な姿は見せられないって言う見栄ですかね』

 

 白一色だった場所が変わっていく。

 辺りは闇に覆われ、遠くに星が瞬く。全方位が星空になった場所は、金美が今まで見た輝くモノをちりばめた世界。その星空に架かる、金色に光る道の上に将棋盤が置かれ、名人と金美は将棋を指している。

 

『……これが、君の棋譜(人生)か』

『はい。将棋と共にあった、水鏡金美の棋譜(人生)です』

 

 和やかな対話とは裏腹に、盤面の状況は熾烈を極めていく。どちらが勝っているのか、最早読めるのは対局している二人にしかわからない。

 

『将棋は好きかい?』

 

 名人が飛車を指す。

 

『全人類で一番好きじゃないですか?』

 

 金美が金将を指す。それが唐突に輝き、盤上に一瞬だけ道を示した。

 

『ははっ、大きく出たね』

『それくらいは見栄を張りませんと』

 

 その光を見た名人は満足そうに微笑み、姿勢を正す。

 

『負けました』

『有難うございました』

『次は私の方が将棋を好きになって、君に挑もう』

『お待ちしております。誰かがここに来るまで、負けるつもりはありませんけど』

 

 

 

 対局室を出る。第一局から、今回の最終局まで、一局一局に全身全霊を賭けた名人戦が今、全て終わった。

 立って対局室を出れたのが奇跡で、戸を閉めてすぐの廊下で倒れる。精も根も尽き果てた身体は、すぐに動いてくれそうにないと金美は苦笑する。

 

「……よぉやったな、金美」

 

 そんな体に、涙声と共に自身の師が肩を貸してくれた。肩を借りて立ち上がれば、集まってくれた家族が勢ぞろいで自分を見ている事にようやく気付けた。

 

「……私、やったよ。お父さん。みんな」

 

 そう言って笑えば、皆が金美に抱きついてきた。師匠(父親)は号泣して顔を摺り寄せてくる。ヒゲが痛い。親友も、父親と反対側に顔を摺り寄せてくる。腕に豊満な胸が当たってちょっとイラっとする。

 妹と愛弟子が腰に抱きつき、弟が背中から、その弟の弟子はどうしたらいいかわかっていないが、両足に抱きついてきた。

 

 そんな風にもみくちゃにされながら、金美は笑った。

 

 

 

 

 

 

 名人戦。弟弟子の竜王戦と同じようにフルセットを戦い、四勝三敗で水鏡金美の勝利。

 

 

 

 

 

 

 史上初の、女性名人がここに誕生した。

 

 

 

 




短編なので次で完結。


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エピローグを書こうとして雑多に情報がばら撒かれてしまう。どうしたらえぇねん

とりあえずこれで終わり。
短編だから駆け足でもしょうがないよね……(泳ぎ目


 そのニュースは、オレが身を置く将棋界の大事件の話なのに、どこか遠い国の事のように思えていた。

 

『史上初の女性名人誕生』

 

 名人。あのクズが持ってる竜王に並ぶ、将棋界の最高位。その位に、初めて女性が座った。棋界の歴史に永遠に刻まれるだろう大偉業を成し遂げたのは、これもまた『史上初の女性棋士』だ。

 水鏡金美。あのクズの姉弟子であり、オレが降級して諦めた奨励会を突破して、話しか知らない三段リーグという地獄を超えてプロ棋士になった女。プロになり立ての頃はまぐれだの、身体を使って骨抜きにしただの言われていたが、順位戦を勝ち抜いて毎年昇段し、タイトル戦の予選においても勝ち抜き、とうとうタイトル戦にまで到達する頃にはそんな声も無くなっていた。

 

 あの女は、オレたち女流棋士にとっては死神と同じだ。あの女が現れてから、女流棋士の地位みたいなもんが全て自動的に一段下がった。女流棋士の枠の中でいくらタイトルを獲ろうが、あの女が活躍する度に何か言われているような気がしてくる。

 

『――…有難うございました』

 

 一度だけ、エキシビジョンという形でだが、あの女が女流タイトルホルダーと対局した事がある。あの女が六大タイトルホルダーを同時に相手をするというふざけた内容で、勝てなくても一矢報いれると、当時はタイトルも持って無かったオレは思った。

 結果は、釈迦堂女流名跡以外はあの女の持ち時間を十分以上削れずに惨敗。その時に礼をしたあの女の声には、落胆の色が濃く出ていた。だからかもしれない……その後でタイトルを持っていた女流棋士が引退を発表して、女流棋士ではなくなったのは。

 その後で、空位になったタイトルにオレや万智(まち)の奴が座ったが、座り心地なんてものは良くねぇ。しかも、女流棋士でなくとも出られる女子オープンや女流玉座戦にはあの女の妹弟子の空銀子と、弟子に取ったって言う祭神雷がやってきて、女流棋士になる事なくタイトルを獲っていった。そして、女流タイトルホルダーなら女流棋士でなくても出れる女流玉将戦は、その二人が白黒つけ合う為の場となっていた。

 

 プロ棋士であるあの女であれば、こうなっても納得できたかもしれない。胸糞が悪くて、腸が煮えくり返るかもしれないが、女流棋士が束になってもあの女に勝つ事は不可能だと納得は出来る。でも、やってきたのはあの女とは違う女で、しかもそいつらは奨励会の段位持ち……プロじゃねぇ。それに勝てない、オレたちの存在意義って、一体なんなんだ?

 

「そうやって腐っとるんどすか? お(りょう)

 

 関東の将棋会館の一室に居れば、そんな風に声を掛けられる。顔なんざ見なくても分かってるから、オレは振り向く事なく無視した。

 

「翼さん、女流棋士になるみたいやで」

「……何?」

 

 無視できない名前が聞こえて、振り返る。そこには想像した通りの、してやったりという顔をした供御飯(くぐい) 万智が居る。女流棋士であり山城桜花のタイトルホルダーで、観戦記者もしているこいつは、オレよりも様々な事情に詳しい。

 

「あの人、プロになれたんじゃねーのか?」

「『女性の奨励会員が四段に昇段した時に女流棋士の資格を付与する』言うて、緊急の棋士総会で決めはったみたいやねぇ」

「……釈迦堂会長か」

「せやろね。流石に逃がした一匹目が大きすぎたの、気にしてはるやろしなぁ」

 

 あの人が動いたのであれば、既定路線だったのだろう。同じ女性が、決して行けないと思っていた遥か天空を飛ぶ姿を見れば、あの会長ならそう動くし根回しも万全だろう。

 

 ()()()()()()()

 

 強さだけが求められるわけではないから、そうなってしまうのもある程度仕方ないと、釈迦堂会長はおそらく諦めていた。でも、その言い訳を許さない存在が現れた。プロになり、実績を積み重ね、段位を上げ、とうとう名人にすらなった女が、弱さを理由に逃げる事を許さない。

 

 一年だけ、オレも奨励会に居たからほんの少しだけわかる。あそこを突破するのに、どれだけの事に耐えなければならないのか。ましてや女一人で立ち向かえる場所なのかと聞かれれば、オレは違うというしかない。事実、あの女もインタビューでは『厳しいから余り勧めたくはない』という旨の話をしている。男ですら八割が夢破れる世界を間近で見て、勝ち抜いた女の言葉には、誰もが納得せざるを得ない。

 

 そんな地獄を生き抜いて、栄光を掴んだ存在がオレ達と同じ女流棋士として参戦してくる……しかも、来るのはあのいけ好かない二人じゃなくて、女子で初めて小学生名人となって奨励会に入った、オレも憧れたあの岳滅鬼翼さんだ。……あの女には憧れない。あの女は死神で、翼さんとは違う。

 

「……てめぇはどうなんだ、万智」

「――…そやねぇ。お燎には悪いけど……名人戦の棋譜を見て、あれはあかんと思うた。()()()()()()()

 

 どういうことだ? と視線を向ければ、万智の奴は対面の椅子に腰かける。

 

「全七局、全てに新定跡と新手が組み込まれとる。それは竜王サンの独創的な将棋にも似とるけど……まぁそこは姉弟子やから、お互いに影響があったんやねぇで済む。名人との対局で強なりはった話を考えればまだ、わかる」

 

 でもな、と言葉を切った万智が、どこか陶酔した表情に変わった。

 

「最後の七局目の終盤……()()()はあの時、名人すら導いとった」

「……おい」

「神とまで称されていたあの名人相手に、もっと上があると言って()()()()()()()()()

 

 万智の眼に狂気的な色を感じ取って、オレは思わず椅子から立ち上がって距離を取った。それが視界に入っていないのか、どんどんとこいつの言葉が溢れ出していく。

 

「あぁ、一度だけでもええから対局出来まへんやろか……あの方に導いてもらえれば、こなたたちはもっと、もっと強うなれる……もっと、もっと」

「おい、万智。おい!」

「強うなれれば、隣に居られるんや……やから、やから……」

 

 怖い。

 何が怖いのかわからないのが怖い。万智の奴の変貌の理由に、あの女の影は見える。ただ、あの女が万智の奴に接触する理由なんてない。弟弟子のクズの取り巻きとして認知してるくらいで、話す事も殆どないと聞いていた。

 それが何で、棋譜を見ただけでこんな狂信者みたいな事になる? 恐怖の感情が抑えられず、オレは部屋を飛び出した。

 

 

 

 やはり、あの女は死神だ。女流棋士界を本人の意志に関わらず無理やり変えるだけの力を得た、災厄だ。

 

 

 

 

 

 

 名人戦より一カ月後、名人戦第一局の会場になったホテルで行われた名人就位式。清滝一門も総出で出席し、新名人である金美の謝辞が述べられれば清滝が大号泣して会場から連れ出されたり、妹弟子と弟弟子からの記念品授与であったり、愛弟子からの祝いの言葉だったりがあり、極めつけは女流棋士会会長として出席した釈迦堂会長から《新時代の戦女神(アテナ・レボリューシヨン)》なる称号を贈られそうになったりした。

 最後の分は丁寧だが『絶対に嫌だ』と言うオーラバリバリで謝絶したが、色々な媒体で生中継されていたのでしばらくは弄られる事が確定し、金美は後で会長を将棋で泣かす事を決めた。後日、プライベートで怒りの全駒をやって涙目にはさせた。

 

「あてっ、あてなっ、れぼ……ゲホッゴホッ」

「盤並べーや。弄った奴ら片っ端からぶっ飛ばしたるわ!」

 

 就位式の二日後、大阪に戻った金美は祖父母の墓前に参った後で、一門主催の祝賀会に連行された。東京には来なかった関西棋士達が勢ぞろいした祝賀会では主に、あの称号の事で弄られたために弄った人間相手に新名人、滅多に出ない関西弁からの怒りの多面指しである。

 そこに現役タイトルホルダー達も、女流タイトルホルダー達も乱入し、無駄に面子が豪華で騒がしい祝賀会は四次会まで続いたらしい。

 

「強くなったなぁ。水鏡名人」

「それ将棋の話ですよね? 代わる代わる飲ませてくる酒の話じゃないですよね?」

「どっちもだな」

「せめてどっちかに絞って欲しかったんですけどねぇ!?」

 

 ちなみに主役は逃げられなかった。ただ、肝臓の強さも名人級になったのか、飲ませてきた相手を全員正面から叩き潰しての大勝利である。日本将棋連盟関西本部総裁が最も手強かったが、一手差で勝利したためにそっちの意味でも恐れられるようになった。

 

 

 そんな頃に、銀子と雷は三段リーグへと上がった。二人が上がる前に岳滅鬼が一位抜けしたため、ここで三人が激突すると言う事は無かったのだが、この期で上がればすぐに戦う事になると気合を入れ直し、二人は三段リーグの地獄へと足を踏み入れる。

 同じ時期に三段に上がった椚 創多(くぬぎ そうた)という天才小学生も含めた三段リーグの恐ろしさを肌で感じながらも、自身の将棋を曲げる事無く二人は見事に一期でリーグを抜け、史上三人目と四人目の女性棋士となる。

 

 

 一足先にリーグを抜けた岳滅鬼は、釈迦堂から『女性奨励会員が四段になった時、女流棋士としての資格を付与する』制度の説明を受けて、門下である事もあり申請する事にした。これにより岳滅鬼は初のプロ棋士でありながら女流四段の女流棋士となり、他の女流棋士達の高い壁になる。

 というか早速、女子オープンや女流帝位戦の予選は阿鼻叫喚の地獄になった。序盤から少し進んだ程度の村に、ゲームクリア後レベルのプレイヤーが乱入したらそりゃそうよとしか言いようがないが、釈迦堂もこうして地獄になる事は見越して、女流棋士の意識改革とレベルアップの為に踏み切ったのだ。当然それを岳滅鬼も理解して、心を鬼にして予選を勝ち進んだ。

 

 

 桂香は女流初段となり、色々と結果も残せるようになってからのプロ棋士の女流参入を聞き、喜んだ奇特な人間の一人である。反対に八一の弟子であるあいと天衣は、女子オープン戦で女流棋士の資格を得て活動を始めた頃にそれを聞いて頬を引き攣らせた。

 彼女は自身の親友と同じように、三段リーグに一人しかいない女性として突破した岳滅鬼に、一方的な親近感を持っている。ネットでの研究会も割と積極的に意見交換をしていた仲で、関係性としては良い方だ。早速、プロ棋士であり女流棋士である岳滅鬼に研究会を持ちかけて、関西に来る事があれば会いに行く事も多い。

 時間がある時は女性名人が引きずり込まれ、その過程で妹弟子や愛弟子、予定が合えば弟弟子とその弟子まで乱入してくる、女流棋士にとってはオーバーキルな伝説の研究会が発足する事になるのだが、当人たちは和気藹々と将棋を指していただけである。大事な対局前などは真剣になるが、普段は『負けた奴が次の日の昼を奢る』などゆるーい理由で指している。

 

 

 師匠の清滝は、そんな弟子の影響で同じプロ棋士は元より、奨励会員やアマチュア、女流棋士にJS研までも幅広く集めた研究会『清滝道場』を開いた。元々自分の棋力の衰えを感じていた彼だが、弟子の金美に『頭が固い』と説教を喰らい、自分を省みた結果として至ったものがこの道場だ。パソコンについては触りを金美に聞いて、ソフトの研究も始めたという。

 齢五十を超えて尚、『俺の全盛期は明日』との揮毫通りに錬磨を重ね、自身の物の横には金美が名人となって初めて揮毫した『百錬成鋼』を並べた。

 

 

 あいと天衣は、難易度の上がり始めた女流棋戦に苦戦しながらも順調に勝利を重ね、天衣は銀子が未だ居る女王へ、あいは雷が座る女流玉座への道を進む。入会試験で受けた敗北を返さなければ気が済まないと言わんばかりに壁に挑む二人に、師匠である八一は思わず苦笑した。

 

 

 

 そして、月日は流れていく。

 

 

 

「ほんっと、長かったわ」

「いや、十分短いですよ姉弟子。プロになって三年目でここに来るって」

 

 将棋盤を挟んで対話するのは、銀子と八一。ここは、八一が連続五期で永世竜王になるかどうかの大一番――…竜王戦だ。

 

「長いわよ。あんたが私を追いぬいた時からずっと、追いかけてきたんだから」

「……銀子ちゃん」

「ここで、あんたに勝つ。勝ったら、言いたい事があるから」

「――…いや、負けられないさ。俺も勝って、言いたい事があるし」

 

 パチリ、パチリ、と、言葉を交わす事無く、二人は話し出す。

 

「祭神は結局、順位戦を勝ち抜いて姉さん狙いですか」

「神鍋の奴が今回の名人挑戦を決めそうだから、ちょっと焦ってるのかもね」

「あぁ……『戦女神に挑み、勝ったら戦女神をもらい受ける!』って言っちゃったアレ……」

「それで負ける姉さんには見えないけど、まぁほぼ同い年を『お義父さん』と呼びたくないのは正直分かる。私もあれを兄呼びする気はないし」

「歩夢……強く生きろ……」

「何? 八一は兄呼びしたいの?」

「いやー、キツイっす」

 

 実際には喋らなくても、指していればそんな風な会話になっている。何時の頃からか、名人との防衛戦の時に見たあの場所に八一も居るようになった。自分一人だけで将棋を指しているようで味気なくて、だからこそあの人は誰かを探し求めていたんだと、今ならわかる。

 実際、前名人は陥落して尚A級に居る。その棋力は衰えを見せず、実際に翌年には名人挑戦を為している。金美と対話をする為にA級に居るようなもんだなと八一は思うが、彼は以前よりも生き生きと将棋を指し、他のタイトル戦も『のりこめー^^』とやってくる。というか去年も竜王戦にやってきた。止めてください身体が持ちません、と八一は泣きそうになった。

 そんな名人に、順位戦限定とは言えバチバチ互角な神鍋歩夢というプロが居るらしい。愛の力ってしゅごい。

 

「桂香さん、女流名跡良い所まで行ってますね」

「岳滅鬼さんに勝った時は思わずガッツポーズしたわ。あの人、私と竜王戦の挑決したせいで負けたみたいな事言われてるけど……」

「弱っていた所にって奴ですか? でも、その道を選んだのは岳滅鬼さん自身ですし、全部自己責任です。それに、弱っていたとは言え並の女流棋士じゃ仕留められないですよ、あの人」

「調子の良し悪しが勝敗に影響するほどの棋力の差になったのは喜びたいけど」

「銀子ちゃんも危なくなるって事だもんね。今の所、三人は互角に近い成績だから」

 

 銀子達女性棋士は、十局に一局は本気の現名人相手にも勝てるようにはなってきた。ただ、タイトル戦の挑決やタイトル戦本番には、流石の経験値で調子を合わせてくるために未だに難攻不落である。

 そしてこの事実は裏を返せば、それだけの相手に対して調子の良し悪しで勝敗を覆せるほど、桂香の棋力が上がっていると言う事だ。

 

「八一は、名人を獲りに行かないの?」

「A級までもうすぐだし……なったら、獲りに行くかな。いい加減、姉さんには相手を見つける時間を取ってもらわないと」

「釈迦堂会長の例もあるから、別にいいとも思うけど」

「姉さんの子供に、俺らで将棋を教えたら楽しそうだよね」

「……姉さんのタイトル、名人以外だと玉座と棋帝だったわね。みんなと相談しましょう」

 

 やる気を出した銀子が指した手に、八一が少し考える。強くなった……竜王になったばかりの頃の自分なら負けていたと、八一は素直に称賛する。

 

「でもこういうのは、男から言わないと格好付かないんだよ、ね!」

 

 妙手を切って返すカウンターに、今度は銀子が顔をしかめた。

 

「素直にやられてなさいよ、馬鹿八一」

「いやいや、なんせ俺竜王ですし?」

「頓死しろ」

「笑いごとに聞こえなぁい!?」

 

 ぶつくさ言いながら盤面を読む銀子を見て、彼は微笑んだ。ここまで来るのに、本当に色々あった。楽しい事ばかりではもちろんなかったし、何なら将棋が嫌いになりそうになった事だってある。

 でも、今こうして大事な人が自分と同じ場所にいるのは、将棋のおかげでもあるのだ。

 

「くっ……負けました」

「有難うございました」

「……第二局は勝つ」

「ストレートで勝ちまぁーす」

「姉さんに『結婚相手見つけてくださいよー』って八一が言ってたって言うわ」

「その盤外戦術は卑怯じゃないですかねぇっ!?」

 

 結局この竜王戦、銀子が一矢報いたものの四勝一敗で八一が防衛。連続五期獲得した為、永世竜王となった。その就位式でこの竜王が『空七段、俺と結婚してください!』と言い、銀子が『喜んで』と答え、式に参加していた清滝と金美が超反応して『エンダァァァァァァ!』と言えば、色んな所から『イヤァァァァァァァァァッ!?』と悲鳴が上がり、伝説になった。

 

 後で月光会長にしこたま怒られたが、受けは良かったらしい。

 

 

 

「ありましたね、そんな事も」

「あはは……お恥ずかしいです」

「それで、銀子へのプレゼントに名人位ですか?」

「まぁこれも、一つの姉孝行という事で」

「本当に良い度胸ですね、この愚弟。まぁ良いでしょう」

 

 バッ、と金美が扇子を開いた。そこには、彼女が師に贈った『百錬成鋼』の揮毫。彼女の今までの棋譜(人生)を示す言葉。折れそうに、挫けそうになった心身を何度も奮い立たせて、女性棋士という道を一人で切り拓いてきた女性の生き様。

 

「棋士なら奪ってみなさい。九頭竜竜王」

「全力で獲りに行きます。水鏡名人」

 

 彼女の金色に輝く棋譜(人生)は、まだ続いていく。

 

 

 

 




ぶっちゃけ、エンダァァァァイヤァァァァァがやりたくなった。



というのは置いといて、最後はやっぱり姉(ラスボス)VS弟(主人公)かなと思ったり思わなかったり。


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完結後
完結したと言ったな? その後でネタが出てくる病もあるんだよ!


インタビュー的な話


 

 

『将棋界のニューヒロイン・女性新四段対談』

 

 

 ――本日はよろしくお願いします。最初に軽く自己紹介を頂ければ……まずは岳滅鬼さんから。

 

岳滅鬼新四段(以下:岳)「わ、私ですか?」

空新四段(以下:空)  「棋士番号で言えばそうなるでしょ」

祭神新四段(以下:祭) 「ならその次はしら……空新四段で、最後私か」

 

岳「え、えっと……岳滅鬼翼新四段です。師匠は女流棋士の釈迦堂先生です」

空「空銀子新四段。師匠は清滝鋼介九段です」

祭「祭神雷新四段。師匠は水鏡金美名人でーす」

空「チッ」

祭「いや、ここで舌打ちとか止めろよ。流石に大師匠かわいそうだろ」

 

 ――お三方は面識があるのでしょうか?

 

岳「あ、あります、よ? 水鏡名人繋がりで」

祭「私と空新四段が叔母弟子、姪弟子関係で、岳滅鬼新四段は先生の研究会仲間でーす」

空「岳滅鬼さんが関東で私と祭神が関西だから、基本的にはネットでだけど」

 

 ――名人の研究会ですか。

 

岳「け、研究会と言っても、基本的には早指ししたり、勝った対局と負けた対局を分析したりですね」

空「一回、水鏡名人が岳滅鬼さんに旅費を出して関西に呼んだりもしたわ」

祭「その時は対局して気晴らしの観光してまた対局して、先生の指導が入って、清滝女流初段も入ってきたりしたな」

岳「な、何だかんだで、楽しかったです……」

 

 ――目標はありますか?

 

岳「まずは、一勝……それから、コツコツと」

空「……あるプロ棋士と戦う事」

祭「先生への恩返し。と言っても勝つ事じゃなくて棋界への貢献って意味で」

 

 ――三者三様ですが、空新四段は何方と?

 

空「それ、聞く必要ある?」

祭「某竜王の話だから、棋士なら大体皆知ってる」

空「……えっ?」

岳「……私でも、知ってますよ?」

空「えっ?」

 

 ――え、知らないと思ってたんですか?

 

空「ど、どう言う事」

祭「はい次行ってみよう」

岳「……いってみよー」

 

 ――お三方の仲は良さそうですが、研究会以外で交流も?

 

岳「たま、に?」

祭「たまにで合ってる。三段リーグは一期ズレたんだけど、関東に行った時は泊まらせてもらったり」

岳「私が関西に行く時、は……水鏡名人の家に泊めていただく事もあります」

空「……岳滅鬼さんは今、資金的に結構大変なのよね」

岳「釈迦堂先生からモデルの仕事を貰って、食べては行けました……後は、水鏡名人も気に掛けてくださり、関東に来る度に色々と良くしていただきました」

祭「プロにならないと将棋で食べていく事は難しいからねぇ……」

 

 ――棋士を志した理由は?

 

岳「元々親の影響で将棋が好きで、そこから小学生名人になって……と言う感じです」

空「私は……最初師匠に弟子入りした理由が、指導対局で負けたから。プロになりたいと思ったのは、姉弟子の名人がプロになったからと、戦いたい奴とプロとして戦う為」

祭「いつ聞いてもアンタの理由がぶっ飛んでるわ」

空「そっちは水鏡名人に恩を返したいからでしょ」

祭「お前が言うんじゃねぇよ!?」

 

 ――恩とは……聞いても良い内容でしょうか?

 

祭「あー、まぁ要約すると、昔先生に助けられてそのまま引き取られたんです。その時に私の将棋を褒めてくれて……色々としんどいし厳しいぞって言われたんですけど、同じ世界に入って恩返ししたいなって思って」

 

 ――なるほど、そうだったんですか。

 

空「引き取られた後の最初の顔見せの時は、水鏡名人以外には警戒心丸出しだったわ」

祭「お前には言われたくねぇ」

 

 ――お三方の棋風についてうかがいます。祭神さんは攻め、空さんは受け寄りのバランス、岳滅鬼さんは攻め寄りのバランスと言う事ですが、この棋風になったきっかけなどは?

 

岳「わ、私はその、恥ずかしながら奨励会に入った後で一度大きく変えちゃって」

祭「奨励会の壁って奴かー」

岳「そ、そう……それで、例会で指してる時に、関東に来た水鏡名人……当時は六段だったかな、が『ちょっと勿体ないですね』って声を掛けてくださって、指導を受けました」

空「私は師匠の内弟子になって、当時は奨励会員だった水鏡名人や清滝女流初段、弟弟子の九頭竜竜王と指してる内に自然と」

祭「私は先生に生石玉将の所に叩き込まれてそうなった感じ? 元々振り飛車党で、気質が攻めだからそのまま指してなさいって。まぁ後はしら……空新四段とか身近にいた相手と指してたなー」

 

 ――祭神さんは名人の指導はあまり受けていないのですか?

 

祭「得意な事を最初に磨かせるってのが先生の指導だったんで、それで得意な事磨いて、それから応用編って感じ。そこからはマンツーマン指導と、色んな人が居る将棋アプリのネット対局。で、しばらくして妙に強いのが現れるから何事かと思ったら、岳滅鬼さんとそいつ(銀子)が先生に勧められて同じのやってたって言う」

空「あのアプリ、たまに水鏡名人や九頭竜竜王も現れるわよ。しばらくやってると、ソフト使用疑惑で弾かれるらしいけど」

祭「野生の名人や竜王が現れるアプリとか怖くてもうやってらんねーよ!? え、それで思ったけどまさか」

空「竜王の弟子二人も、ネット対局するのにアレ使ってるわ。パソコンとスマホ両方に対応してるし」

岳「実は野生のプロ棋士も奨励会員も現れる……初段以上の元奨もかな」

祭「魔窟アプリェ……」

 

 ――後でそのアプリ教えてください。それで、岳滅鬼さんが受けた指導というのは?

 

岳「私の棋譜を確認して、少し指してもらって、適性を見てもらいました。適性としては攻め向きなんですけど、奨励会で指してた棋風も生かして、バランス寄りにした感じです。後はおすすめの戦法を教えてもらい、そのアプリのネット対局で……」

空「水鏡名人はテーマを持って指させる事が多いから」

 

 ――テーマ、ですか?

 

空「内容的には研究の分類だけど、自身の棋風にあった戦法を選んで、どう動かすのが自分に合っているかを探らせる。相手の棋風によっても変わるから、対局は数をこなす。高段まで行く必要はあるけど、そう言う意味ではネット将棋は便利だった」

祭「私の場合はそれが振り飛車で、基礎を固めるのに都合のいい場所があったからそこで修行して、そこから探りを先生とやってたかな」

空「指導方法についてはいつも悩んでたわ。でも、そう言うノウハウを蓄積するのが今後の将棋界には重要だからって、悩みながらも楽しそうにはしてたけど」

 

 ――水鏡名人の指導方法ですか。広まれば凄そうですね。

 

祭「今仕事を増やすと先生マジで死ぬ。ただでさえ名人になってから色々取材やイベント入ってんのに……私の事が手から離れれば休む時間増えるだろーから、まずは休ませて」

岳「そ、そんなに?」

祭「移動時間が睡眠時間、みたいな事は言ってた」

空「九頭竜竜王との仕事の量の差が激しくない?」

祭「どっちも将棋界最高位だけど、美女と普通の高校生くらいの男、来てほしいのどっちよ」

岳「……」

空「……」

祭「その沈黙が答え言ってんだよ」

 

 ――こほん。どうも皆さん、水鏡名人の影響を受けているようですが……

 

祭「私は弟子だしそりゃそうよって言いたいけど、先生の影響は先生がプロになった時から出てると思うぜー?」

岳「ま、まぁ……あの時も凄いニュースになったし……」

空「ニュースもそうだけど、『女性のプロ棋士が出た時に女流棋士の資格を与える』『奨励会を退会した女性が希望すれば、退会時の段級位に応じた女流棋士の段級位で資格を与える』なんてのは名人が居なければ作られなかったはずだから、そう言う意味では影響大よ」

 

 ――史上初の女性棋士にして女性名人は、そこまでの影響力があると。

 

祭「少なくとも、制度の成立に関しては確実に早くなったと思うぜ?」

空「退会時の編入制度は名人が奨励会三段の時に出来たけど、女性棋士への資格付与については岳滅鬼さんや私達みたいな続く女性が現れたから、とも言えるわ」

 

 ――その制度を利用して、女流棋士の資格も得たのは岳滅鬼さんだけのようですが。

 

岳「私はその、師匠が女流棋士なので……そちらのお手伝いも出来ればなと」

祭「女流棋戦の難易度上がるわぁ……」

空「元々私とあんたで難易度上げてた感じはあるけど」

祭「女流棋士以外が出れる奴だけじゃん。ガッキーが女流棋士やると、残り完全にカバーするぞ?」

 

 ――が、ガッキー?

 

祭「……この面子で話すと猫被りが続かねーな」

空「あんただけでしょ」

岳「……空さんも、だね。あ、ガッキーは、研究会の時から呼ばれてるんで……」

 

 ――そ、そうですか……岳滅鬼さんは今後、女流棋戦にも出ると言う事ですか?

 

岳「スケジュールと体力次第で探り探り、ですが……」

祭「私と銀子はタイトル返上するかなって所」

空「持っておくと、こっちの方の生活に影響が出るから」

 

 ――これ、凄いニュースですね。

 

祭「流石に学業とプロ棋士と女流棋戦の三足は無理」

空「同じく」

岳「高校生活懐かしい……」

 

 ――お二人はまだ高校生でしたね。

 

祭「最初は、先生から『高校は出とけ』って言われてるから通ってる感じだったけど、プロ棋士も色々とアンテナ張ってないといけない仕事だなってのは先生を見て知ったから、そう言う意味では女子高生って便利な立場だな」

空「水鏡名人が通ってた高校だから、将棋界の事にも理解のある学校だし」

祭「先生と大師匠が理解させたっつー方が正しいかもしれねーけどな……」

 

 ――そのお話が気になりますが、そろそろ最後の話題……恋愛観についてお聞きしたいのですが。

 

祭「銀子には聞く必要ねーよな?」

 

 ――アッハイ。祭神さんと岳滅鬼さんだけで結構です。

 

空「何故」

祭「お前とお相手、ネットで既にどう呼ばれてるか後でちょっと調べろ」

 

 ――まずは年上と年下ならどちらが良いですか?

 

空「年上の弟」

祭「お前に聞いてねぇ謎かけみたいな答え言うな座ってろ。んー、まぁ私も上の方がいいか。今の年で下はちょっとなぁ」

岳「わ、私も年上かな……」

 

 ――将棋を知っている人と知らない人ではどちらが良いですか?

 

空「し(祭神新四段に口を塞がれる)」

祭「将棋が私より強いと嬉しーかなァ」

岳「し、知ってる人で……」

 

 ――家庭的な男性か、外でバリバリ働くような男性。どちらが良いですか?

 

祭「どっちでもいい。でもヒモみてーな奴はゴメンだ」

岳「い、いざと言う時支えてくれる人なら……」

 

 ――今現在、これはって人居ますか?

 

祭「……先生が男だったらヤバかった」

岳「い、雷ちゃんの理想、それっぽいね……」

祭「そう言うガッキーも居そうだよなァ?」

岳「の、ノーコメントでお願いします!」

 

 ――なるほど、昇段に続いて違う春も来そうだと言う事ですね。

 

岳「い、いや、あの人はそんなんじゃっ」

祭「後で女子会。対談はここまでな」

 

 ――ふふふ、たっぷり聞かせてもらいますなぁ?

 

 

 

 




一番原作と変わった点:イカちゃんがツッコみ役

この時点では
岳滅鬼さん:21歳
イカちゃん:18歳(高三)
銀子ちゃん:16歳(高一)

かなーと妄想しながら、こんな話が浮かんできた。


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書きたいものを書けばいい……そう、完結していてもね!

またインタビュー。書きやすいって言うか、楽(ぉぃ


 

 史上初の女性棋士であり、史上初の女性名人である水鏡金美名人。

 師匠は二度の名人挑戦経験を持つ、関西将棋界の重鎮である清滝鋼介九段。

 妹弟子には、父娘で棋士となった清滝桂香女流初段と、女流二冠を持つ『浪速の白雪姫』空銀子新四段。

 そして、弟弟子に史上最年少竜王である九頭竜八一竜王。

 

 そんな一門が一堂に集い、今回インタビューをする事が出来た。

 

 

 

 ――皆さん、今回はよろしくお願いします。

 

清滝九段(以下:清)「よろしく頼みます」

水鏡名人(以下:水)「よろしくお願いします」

清滝女流初段(以下:桂)「よろしくお願いします」

空女流二冠(以下:空)「よろしく」

九頭竜竜王(以下:九)「よろしくお願いします」

 

水「五人揃ってのインタビューとか、初めてじゃないですか?」

清「せやな。大体は単独か、対談形式やろ。うちの一門はそこまで多くないとはいえなぁ」

桂「おと……んんっ、師匠。弟子が四人は充分多いと思うんだけど……」

九「奨励会への推薦の為だけの師弟関係も無くは無いですからね。人数だけで言うならもっと多い人はいますよ」

空「四人中三人は内弟子……女流初段は実の娘だから一緒に住むのはある意味当然だけど、そう言う意味では今だとトップクラスに多いんじゃないかしら?」

水「例外の私も、師匠の家と自宅は歩いて十分程度の距離ですしね」

 

 ――家族のような一門だと、将棋界では有名ですね。

 

清「まぁ、そうですな」

水「私と女流初段は幼馴染ですからね」

桂「何年来だろ……二十年以上だよね?」

水「そうそう。小学校入学前から知ってますし、小学校は学区が違ったんで別でしたが、二人揃って師匠に弟子入りした後はほぼ毎日顔を突き合わせて対局したり、研究したり」

桂「師匠の順位戦の時とかは会館まで見に行って、蔵王九段が飴をくれたりしました」

水「その前に『子供が夜遅くまで居るんじゃないっ』と二人して怒られてましたがね」

 

清「そんで、二人が十五の頃に女流二冠と竜王を弟子にしたわけですな」

九「俺が空女流二冠より二週間遅く弟子入りしたんで、一門の中じゃ一番下ですけど」

空「竜王が来て次の日くらいに、当時奨励会二段だった名人に二面指しでボッコボコにされました」

九「この姉弟子容赦ねぇ、と当時は思いました」

水「諸事情で余裕のない時だったので、それについては大変反省してます」

桂「奨励会に入った後もそうだけど、入品(にゅうぼん)した後はより余裕が無かったというか……色々重なってた時期でもあるし」

水「そんな私やら、ギスギスする弟子たちを見かねて、師匠が『サッカー観に行くぞ!』と言ってくれたんでしたか」

清「そんな事もあったなぁ……元々後援会の方からチケットを頂いて、とりあえず連れて行きましたわ」(笑

 

 ――サッカー観戦が仲良くなるきっかけだと?

 

清「そうですな。すぐに仲良く、というわけやないんですが……皆で一緒にスタジアムに行って一緒に応援する言うんは楽しかったんですわ。そんな一体感みたいなもんが共有できたから、間違いなくきっかけではあると思います」

水「それから、一門の共通の趣味がサッカー観戦になりましたからね」

桂「師匠やわたし、竜王は声を出して応援するタイプなんですけど、名人と女流二冠はちょっと楽しみ方が変わってるというか」

 

 ――変わった楽しみ方?

 

水「選手を駒に見立てて、『あ、このプレーの効きは歩だな』とか考えながら観てます。あんまり、どっちを応援とかはしてませんね」

空「私は監督の指示や、チームメイトがどんな声を互いに掛け合っているか。サポーターの声がどんな影響を与えるか、という部分に注目してます」

 

 ――本当に変わってますね。

 

水「二人とも一般的ではないと思います(笑) でも、サッカーもそうですが他のプロスポーツから、将棋でも使えそうなものを探すというのは普通にあります。スポーツ観戦でインスピレーションを受けて生み出された戦法というのも存在しますから」

空「私の場合は、メンタル的な面ですね。試合中にどんな指示……『声』が選手に与える影響は何かを注視しています」

清「その横で騒ぐと二人とも睨んで来よるんですよ」

九「師匠は声が大きいですからね」

水「二人共、騒がしさで言えば同等です。女流初段が一番空気読んでくれてました」

清・九「ひどい!?」

 

 ――喧嘩などは多かったのですか?

 

清「名人とは割としましたな」

水「言い合いからの将棋で決着が多かったです。一番揉めたのは……私の奨励会入りですね」

桂「あの時かぁ……」

 

 ――ど、どういう事ですか?

 

清「恥ずかしながら、奨励会入りは反対やったんです。女子も極端に少なく、やるなら女流棋士やろと、研修会を勧めました」

水「それが嫌だったんで、本当にもう言い合いですよ。で、師匠が『平手で勝ったら認めてやる』って将棋盤を持ち出して来て」

空「当時何歳だったんです……?」

水「十一で、三級受験を目指してました」

九「今でこそ『良いじゃないですか』って言えますけど、当時は……」

清「当時、万が一受かったとしても、降級すんのがオチやと思っとったしな」

 

 ――結果は、どうなったんですか?

 

水「『死んでも負けたくない将棋』を、あの時初めて指しましたね」

清「手数を数えるのも億劫になるくらい、粘り強い将棋を指しよったんです。わしが根負けして『好きにしたらえぇ』と言ったら、『まだ勝ってない!』って意地を張りよる」

桂「あの時はかなちゃん泣いてるし、指す時に力が入り過ぎて爪も割れて……でも、絶対入りたいからって勝とうとしてました」

清「……そんな弟子の姿に、自分の将棋を再確認させられました。だから、わしは最後までやって、詰ましたんです。弟子を一人前の棋士と認めたから、全力で」

桂「泣きながら『負けました』って頭を下げたかなちゃんの姿は、本当に忘れられないなぁ。これが人生を懸けた勝負だった……彼女にとっては本当にそれを懸けて、負けた勝負だったのが心で理解出来ましたから」

清「まぁ結局、奨励会入りは許可しました。プロ棋士相手に平手で、三百手以上粘りおったし……先に根負けっちゅう負けを認めたのは、わしの方でしたから」

 

 ――壮絶な勝負だったと。

 

清「わしが今まで指した対局の中で、五指に入るもんですわ。下手な順位戦やトーナメントよりも色々とクる戦いやった」

水「そう聞くと、私が中々に問題児のようなんですが」

清「娘と変わらん歳の女子が泣きながら、わしを睨み付けて将棋指すんやぞ。心を鬼にしていたとは言え、流石にキツイもんがあるやろ」

水「……その節は大変ご迷惑をおかけしました」(深々と頭を下げる

清「何、もう色んなもんで返してもろたわ」

 

 ――他の方にも、その様な話が?

 

桂「無いです無いです。わたしの場合は研修会から女流棋士になるつもりだったし、師匠もそれに反対しませんでした」

空「私と竜王は小学生名人を獲ってから奨励会入りしたけど、反対はなかった」

九「その前に名人と大揉めしてたからなんですかね?」

清「それもあるし、将棋界の女性を侮る空気を名人がだいぶ払拭しよったからな。止めるほど悪い空気にはなってないと思ったのもあるんや。二冠は身体が弱いし、そう言うもんが体調に影響する可能性も高いと、お医者さまも言うとったから少しは心配しとったが」

空「確かに……女だから、と言われる事はそんなになかった気がする」

水「二冠が入った頃は私、プロに成りたてですけど……そういう風になっていたのなら、良かったですね」

 

 ――清滝一門は家族のように結束が固いですが、だからこその序列等はありますか?

 

水「一般的な意味の序列的には、私と女流初段は弟子入りが同時期ですが、誕生日の早さで私が一番弟子、女流初段が二番弟子になりますね。女流二冠が三番弟子で、竜王が四番弟子という形になります」

九「家族で言うなら師匠という親が居て、長女次女三女と末っ子長男って奴ですね。女性が多いので割と肩身が狭かった……」

清「長女がしっかり者でまとめ役。次女は家事を預かって、三女と長男は上二人に懐いて、たまに取り合ったりしとりましたな」

空「昔の話ですっ!」

九「いや、今でも割と研究会だのなんだので家に」

空「ぶちころすぞわれぇっ!?」

水「銀子」

空「……はい」

 

 ――女流二冠が一瞬で大人しくなりましたね。

 

桂「うちの一門の頂点はかなちゃんだったりします。皆頭が上がりません」(笑

水「まるで私が乗っ取ったみたいに言わないでくれません?」

清「事実やないけ。家での生活の面倒は次女が見てくれましたが、将棋面でわしに時間が無い時は長女が皆を見てくれとった。意外と世話焼きなんです」

水「今ここで言わないでください……そういうのは本当に、プライベートな時で良いじゃないですか……」

 

 ――名人の一面が垣間見えますね。

 

九「うちの一門は皆家族思いですけど、水鏡さんが一番家族思いですからね」

空「そうね。私達の入会試験の時も、合間の時間で見に来てくれたし。事ある毎に気にしてくれました」

九「当時大学生と棋士の二足の草鞋で忙しいのは間近で見てたんですけど、時間をひねり出すか予定こじ開けて、イベント事には必ず来ましたし」

桂「東京や他の地方に行った時は必ずお土産買ってくるんで、助かったりもしてます」

清「基本的に菓子を大量に買ってきて、半分は自分で食うとりますけどね」

 

 ――お菓子好きなんですか?

 

水「好きですよ? 和か洋で言うなら和菓子が好きですね。タイトル戦のおやつは大体大福を頼みますし」

桂「あんこが好きなんだよね。ただ、歯にくっ付きやすい最中とかはあんまり食べないけど」

清「最近はあいちゃん(雛鶴女流二級)や天ちゃん(夜叉神女流初段)、JS研の皆もうちに来ますんで、お菓子の消費量は多いから助かってはいますわ」(笑

九「俺や師匠も食べる事は食べますけど、あの子達の食べる量と比べると少ないですよね」

空「小学生だから、お菓子には目が無いって事でしょ?」

九「水鏡さんの次によく食べるの、空新四段なんですが」

空「余計な事言うなや」

桂「あらあら」

 

 ――皆さんは一門揃って研究会などはされるんですか?

 

九「研究会というか……コミュニケーション手段の一つが将棋なので、必然的に指す機会は多かったですね。昔は食事の後とかいきなり師匠と水鏡さんが指し始めて、いつの間にかリレー方式で指したりするし」

水「上手下手関係なく持ち回りで指していくんで、自分の手で発展した手を自分で咎めたりしましたねぇ」

空「自分の構想と違う手を指されたりすると途端に言い合いしたり、逆に何でそう指したか考えたら自分の手よりも良い手だったなんて事もありました」

清「後で棋譜を確認しても混沌としとるから、五人が五人とも『何やこれ』って言うたりな」(笑

桂「今やると、あいちゃん達も入ってもっと混沌としそうね」

水「大人数でやると楽しいでしょうけど、収拾つきますかねぇ……」(笑

 

 ――関西の指し初め式方式ですか。

 

水「あれと違うのは、全員で上手も下手も指すんですよね。勝とうとすると、本当に収拾つかなくなるんです」

九「棋風もぐっちゃぐちゃですからね。試しにその棋譜を神鍋七段に見せたら『この混沌(ケイオス)を具現化したような棋譜は何だ……!?』って言うくらい、訳が分からない」(笑

空「でも、自分にはない発想を取り入れるっていう意味ならとても面白いです。どう足掻いても自分だけじゃできない盤面になるんで、発想を取り入れて読む力がつくというか」

清「『この手ってどういう意図なんや?』と普通に聞きますし、説明もせにゃならんので自分の考えを言語化する力もつくんですわ。そう考えると色々と有意義な鍛錬ではあるんやけど」

桂「まともな将棋の鍛錬かって言われると……ねぇ?」(笑

水「完全に遊びですよね。将棋の息抜きすら将棋っていう、訳の分からない状態ですけど」

九「清滝一門(うち)らしいと言えば、らしいんですよね」

 

 ――何というか、本当に珍しい一門ですね。

 

清「普通ではないでしょうが、まぁ家族やからこそですわ。全員将棋を生業にしとるから対局や研究は真剣にやります。でも、将棋が楽しいもんや言う事も忘れん為に、それを楽しむ事にも全力やっちゅう感じですね」

 

 ――珍しいと言えば、清滝九段と清滝女流初段は父と娘の親子棋士です。他に例がない事ですが、この事についてはどのようにお考えでしょう?

 

清「そりゃあ、素直に嬉しい。自分の道を一番見てくれてた子供が、自分と同じ道を歩いてくれる……同じ方向を向いていられる言うんは、有り難い事です」

桂「……でも多分、わたしだけだとその道を途中で諦めてたと思います」

清「桂香……」

桂「将棋の時の父はやっぱり厳しかった。それは将棋で糧を得て、将棋の世界の厳しさを知っていたからです。わたしだけだったら、その厳しさにきっと耐えられなかった。耐えられたのは、誰よりも将棋が好きで、その厳しさに歯を食いしばって耐えた親友が隣に居たからだと思ってます」

 

 ――だそうですが、水鏡名人。

 

水「あー……いや、すみません。ここで話振らないでください」(ハンカチを取り出して目元を押さえている

桂「わたしが将棋を好きになったのは父のおかげです。でも、その道を今こうして歩けているのは、かなちゃんのおかげだよ」

水「今ここでそう言う事言わない……!?」

清「なんや金美。桂香に礼言われてるんやぞ」(大号泣

水「……師匠が私の分まで泣いて、涙が引っ込んだんですけど?」

桂「締まらないなぁ、お父さん……」

 

 ――清滝九段は女性棋士二名に女流棋士、そして竜王まで育てた名伯楽と言われています。その育て方の秘訣などは、あるのでしょうか?

 

清「そんなもん、ありはしませんよ。それにわしは、名伯楽なんかやありません。さっきも言うたように、金美の奨励会入りを最初は反対しとった。ホンモノやったら、止めはせんかったでしょう」

水「師匠……」

清「有り難い事に、皆プロになってくれた。金美と八一に至っては、名人と竜王や。桂香も銀子もちゃんと、目指した夢を叶えてくれた。それは決して、わしの力だけで叶えさせたもんやないんです。家族皆で勝ち取ったもんや。誰かが挫けそうなら、他の皆で支える……そんな家族に、皆がなってくれたからこそやと思ってます」

 

 ――家族の絆、ですか。

 

清「もちろん、わしが何もしてないと言う事はありません。わしも自分の兄弟子(月光九段)に頭を下げて、金美に指導対局をしてほしいと言うた事もあります。自分が師匠としてやるべきやと思った事はやってきたつもりですが、それでも本人の努力と周りの支えが一番のもんやと思います」

 

 ――皆様はどう思われますか?

 

水「弟子に努力させるのも、師匠の仕事です。そういう意味では、私は自分の師が清滝鋼介九段で良かったと、心の底から思っています」

清「金美……」

水「奨励会入りを賭けた将棋の時に、私を認めて全力で戦ってくれました。月光会長や生石玉将に頭を下げてまで、私にトップの人と指す機会を与えてくれました。私がプロになる為に辛い事も耐えられたのは、清滝鋼介という棋士の背中を見ていたからです」

九「俺は、地方への普及活動で行った将棋教室で師匠と指してもらって、師匠に憧れて福井から大阪まで来ました。内弟子として師匠の家で生活させてもらって、叱られた事もたくさんありましたけど……俺も、棋士・清滝鋼介が師匠で良かったと、心の底から思ってます」

桂「そもそもわたしはお父さんの娘で、棋士であるお父さんの背中を見て将棋を好きになった。ここまでこれたのはかなちゃんや銀子ちゃん、八一くんが居たからっていうのも否定しないけど、始まりはお父さんが居たからだった」

空「……私は最初、師匠に負けた事が悔しくて押しかけて、でも師匠はそんな私を弟子にしてくれました。寝ても覚めても将棋の事ばかり考えて……皆と一緒に将棋を指す事がいつの間にか楽しくなって……そんな私達をいつも見守ってくれていたのは、師匠でした。今は、感謝してます」

清「お、お前ら……」(大号泣

水「ここで取材に支障が出るほど泣かないでくださいね? 頼みますね? ほら師匠、鼻かんで! ちーんって!」

 

 ――まるで父親の介護をする娘ですね。

 

桂「お父さんも既に『うちの娘だ』って認めちゃってますからね。かなちゃんもたまに『お父さん』って呼ぶんで」(笑

九「名人戦の後の謝辞でも、師匠の事をお父さん呼びでしたからね」(笑

空「カナ姉さんがもし結婚相手を連れてきたら、師匠が『うちの娘はやらん』ってするのかしら……」

九「師匠なら絶対やりそう……桂香さんの時もやりそう」

 

 ――そういうお話はまだないのですか?

 

桂「残念ながらないですねー。かなちゃん、将棋が一番好きなので」

空「周りが男性だらけの世界なんで、きっちり一線を引いてるとは言ってました」

九「昔からの知り合いが多い関西棋士の集まりだと、結構フレンドリーですよ。でもまぁ皆さん、水鏡さんの事は娘とか孫とか思ってる人ばかりです。関東の若手に、水鏡さんに惚れてる奴がいるのは知ってるけど……」

空「……奴か」

桂「彼かー……」

 

 ――どなたですか?

 

九「流石に言えないです」

空「少なくとも、私は認めないわ」

桂「かなちゃんも苦手にしてるしね……」

 

 ――清滝女流初段は?

 

桂「聞かれると思ったけど、まだですねぇ。わたしも今は将棋が一番好きなので」

空「桂香さんが連れてきたらまず私と将棋を指してもらわないと」

九「じゃあその次は俺が指しましょう。多分師匠と水鏡さんも指すでしょうから、全員突破できる人でないと」

桂「それだとわたし、一生結婚出来ないんだけど……」

 

 ――好みの男性のタイプなどあるんですか?

 

桂「あー……かなちゃんが男性だったらまさしく理想だったかも」

九「水鏡さん級が相手だと俺ら全員突破されますよ銀子ちゃん!?」

空「そいつが二枚落ちで指させましょう」

桂「意地でも結婚させない気だ……わたしの事を良く知っていて、家族思いだし甲斐性は言うまでもない。将棋界の事も理解していて……文句のつけようがない」

九「その条件なら俺とか当てはまりませんか?」(迫真

空「おい」

桂「八一くんは弟としか見れないから……そもそも対象外かな。かなちゃんは同い年だし、もし男性だったら真面目に狙ってたかも……」

九「世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ……」

空「馬鹿八一……」

 

 ――インタビューでイチャつくの止めてくれませんやろか?(素

 

九「今ちょっと傷心中なんで……」

空「そもそもイチャついてないし」

桂「そう言えば二人はどこまで進んだの? 教えてよー」

水「人が師匠宥めてる間にどんな話してるんですか……」

 

 ――水鏡名人の好みの男性のタイプは?

 

水「この流れで言うなら、桂香が男性だったら真面目に狙っていたと思います」

桂「へ?」

水「私の事情も仕事も将棋界の事も知っていて、家事は万能。理想的でしょう?」

 

 ――名人は相手に家庭に入って欲しいタイプですか?

 

水「時間があれば私も家事はしますが、今は忙しく全国を回っています。一段落すればまた変わると思いますが、この仕事をしているとどうしても、という感じですね」

桂「あー、確かに。いやそれでも、ちゃんと帰って家事とかするのは凄いよね」

水「雷(祭神新四段)の師匠で、親代わりですから。ちゃんと親らしい事もしませんと」

桂「うーん……やっぱかなちゃん、お父さんの娘で長女だよ」

水「いきなり何です?」

空「ですね。私達のお姉ちゃんです」

九「これからも皆をお願いします、水鏡姉さん」

水「八一にそう呼ばれるのは久しぶりですが、一体どうしたんです?」

清「金美、男が出来たらまずうちに連れてこい。わしの《オッサン流》でまず試したる」

桂「じゃあその次はわたしで!」

空「わかってるわね? 八一」

九「最後の砦は任されましたよ。存分にやってください」

水「その試練、私が全部ぶち抜いてもええんやぞおのれら」

 

 

 

 清滝一門の仲の良さが伝わるインタビューであったが、彼らがここまで来るまでに様々な問題や困難があった。それを乗り越えてきたのは偏に、将棋という盤上遊戯で繋がった絆。皆がお互いを想いあう、血を超えた家族としての繋がり。

 気がつけば、この家には娘や息子だけでなく孫まで生まれていた。そうやって、将棋という絆で繋がった家族が生まれていく――…そんな将棋の可能性を、この一門(かぞく)写真が示してくれている。

 

 

 

 満面の笑みの五人の家族が写る、一枚の写真が。

 

 

 

 




最初はかしこまってたのに、皆いつの間にか普段の話し方になるインタビュー。


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wikiと掲示板のようなものを書いてみた(実験

実験です。
掲示板書き込んだ事ないんで……


水鏡金美


 出典:某フリー百科事典

 

 水鏡 金美(みかがみ かなみ、1991年7月18日 - )は、日本の女性将棋棋士。清滝鋼介九段門下。大阪府出身。

 

 

棋歴


 

 史上初の女性棋士である。

 

 プロ入りまで

 物心つく前から祖父の指していた将棋に触れ、3歳で駒の動かし方を覚える。

 祖父の友人であった、後に師匠となる清滝鋼介九段とはこの頃出会い、7歳で弟子入り。師が経営する野田将棋センターで客などを相手に修行を積み、11歳で関西奨励会に三級で入会。

 3年後に女性初の入品(初段昇段)を、その2年後に女性初の三段リーグ入りを果たす。

 翌年の一期目の三段リーグの成績は9勝9敗。二期目は8勝10敗だったが、三期目を16勝2敗の成績で一位通過。18歳2ヶ月で史上初の女性棋士となった。

 

 プロ入り後

 プロ入り後はA級までノンストップで順位戦を駆け上がり、2014年度にA級昇格を果たした為、八段へ昇段。

 2015年には玉座戦の五番勝負に初挑戦し、当時の名人を相手取りフルセットに及んだ接戦の末に2勝3敗で敗れるも、第三局が同年の名局賞に選ばれた。

 2018年3月、A級順位戦にて全勝を飾り名人戦の挑戦者として名乗りを上げ、その後4月から6月の間に行われた名人戦七番勝負において、フルセットを戦い抜いて4勝3敗で初の名人位を獲得。史上初の女性名人となり、名人一期獲得の規定により九段に上り詰めた。彼女の昇段は全て、順位戦昇段規定による物である。

 

 女流棋士との関係

 水鏡金美は女流棋士ではなく、女性棋士である。世間においては混同されがちではあるが、男女の区別のない通常のプロ棋士と女性のみがなれる女流棋士は違う制度である。水鏡が属するのは男女の区別のないプロ棋士であり、彼女は女流棋士の資格を所持していない。(プロ棋士と女流棋士の資格両方持っているのは、二人目の女性棋士である岳滅鬼翼である)

 水鏡が奨励会三段であった時に『女性の奨励会退会者の編入制度』が作られたが、この制度は結局彼女がプロ棋士になったため行使される事はなかった。その後、彼女に続く女性棋士が現れるのを見越して『女性棋士への女流棋士資格付与制度』が作られた。

 水鏡が六段になった頃にエキシビジョンマッチで、当時の女流タイトルホルダー六名と対局を行うイベントがあったが彼女はその時六面差しで全員を降している。その際に対局した半数が引退をしているのは将棋界では有名な話であり、女流棋士にとって水鏡は死神とも災厄とも言えるかもしれない。

 ただ一方で、水鏡の親友であり妹弟子である清滝桂香が女流棋士なので、女流棋士の活動に対して特に否定的な意見を出した事はない。鹿路庭珠代のSNSではたまに一緒に食事をしている写真がアップされたりもしている為、親友以外の女流棋士との交流もある。

 水鏡と清滝、そして鹿路庭はネット上で研究会をしていると言う事が弟子である祭神雷のツイッターで話されており、水鏡自身は特に女流棋士を拒んでいる様子はない事が伺える。

 女流棋士会会長であり、女流六段の釈迦堂里奈とも交流を持っており、会長との対談があった時は将棋界の未来について語り合っている。

 

 

棋風


 師匠である清滝九段の話に依れば、『弟子入りしたての頃は基本的に居飛車の金開きを好んで指した』『振り飛車は禁止していたが、覚えてからはたまに振り飛車で金美濃を指した』らしく、自分の名前である『金』の字が入った戦法を好んでいたそうだ。

 プロ入り後は序盤、中盤、終盤と隙の無いオールラウンドプレイヤーになっており、数多の戦法を指しこなす姿からつけられた二つ名は『千変万輝(せんぺんばんき)』。本人曰く『どちらかというと急戦が好み』との事だが、二度のタイトル戦の平均手数は二百以上と持久戦も苦にしていない。

 二度目のタイトル戦である名人戦七番勝負では、全局で新手と新定跡を繰り出す人間離れした神業を披露した。その一月後に生中継された就位式の際に、釈迦堂会長が名付けた『新時代の戦女神(アテナ・レボリューション)』という二つ名でインターネット上では呼ばれる事が多い。

 早期にソフト研究にも力を入れており、序盤に時間を使わずに終盤に時間を残す戦いが多い。尤もこれは、ソフト研究前から早指しを得意としていた事もある。

 

 

人物・エピソード


 ・女性としては高身長(自称169cm)であり、その見た目から将棋と関係ないメディア(ファッション誌等)への露出も少ないながらある。

 ・趣味は音楽鑑賞とスイーツの食べ歩きとスポーツ観戦。

  音楽については『落ち着けるので』とクラシックを好んで聞く。好きなスイーツは和菓子で、全国和菓子協会の名誉大使を拝命するほど。タイトル戦のおやつは大福。スポーツ観戦については一門共通の趣味である。

 ・最終学歴は棋士としては珍しく大卒で、近畿大学の経営学部卒業。大学進学を決めた理由は『奨励会を見た中で思う事があった』との事で、四年で必要な単位を取得して卒業した。

 ・プロ入り後の二年は大学生活や取材やテレビへの露出、将棋解説などをこなしながら一般棋戦などにも参加し、その年の新人王戦においては優勝もしている。

 ・六段の時に当時中学生の祭神雷四段を引き取り、内弟子にして同居。大学のカリキュラムと棋士としての仕事を調整して、なるべく家に帰り弟子との時間を取っていたという。それでも毎年順位戦は全勝でA級にノンストップで昇りつめた為、他のA級棋士からは『超人』や『女ターミネーター』などと呼ばれた事も。

 ・ファンから呼ばれる愛称は『かなみん』などがあるが、親友と公言している清滝女流初段からは『かなちゃん』と呼ばれている。また、名字の水鏡と三國志の司馬徽(しばき)の号を交え、『水鏡(すいきょう)先生』と呼ぶ人もいる。

 ・師匠曰く『意外と世話焼き』な性格で、史上二人目の女性棋士である岳滅鬼四段には関東に顔を出した時、当時奨励会二級の岳滅鬼四段に声を掛けてたまに指導していた。その後三段リーグの遠征や関西に顔を出す機会がある時に、自身の自宅を宿として提供したりしている。

 ・同門の空銀子四段と九頭竜八一竜王に対しても、何くれとなく世話を焼いたという。

 ・囲碁の名人位である『本因坊』のタイトルを二十代で、しかも女性で初めて獲得した本因坊秀埋(ほんいんぼうしゅうまい)とは、囲碁と将棋の違いはあれど共通点が多い。ただ当人は、その事に言及された時に『交流はありますよ?』と苦い顔をした。

 ・『名人のタイトルに最初からこだわっていた』と就位式で話し、その理由を『恩返し』と話している。

 ・SNS等での様々な誹謗中傷に対し裁判を起こし、全てにおいて和解または勝訴している。詳細は日本将棋連盟のHPにて報告されている。

 ・清滝鋼介門下の一番弟子であり、同門に清滝桂香・空銀子・九頭竜八一が居る。

 ・自身のSNSは公開されていないが、弟子のSNSに頻繁に登場する。

 

 

 

 

 

 

【史上初】水鏡金美八段を応援するスレ 第918局【女性名人なるか】

 

 

1:名無しの棋士

水鏡金美八段を応援するスレです。

アンチは別スレで。

 

公式プロフィール

https://〇〇〇……

 

データサイト

http://〇〇〇……

 

レーティング

http://〇〇〇……

 

ランキング

https://〇〇〇……

 

前スレ

【僕に】水鏡金美八段を応援するスレ 第917局【お弟子さんをください】

https://〇〇〇……

 

2:名無しの棋士

立て乙

思えば遠くに来たもんだ

 

3:名無しの棋士

立て乙

 

4:名無しの棋士

立て乙

最初は荒れまくってたのが今やこれよ

 

5:名無しの棋士

女流棋士タイトル保持者六人相手にほぼ時間使わず勝ったヤべー女

 

6:名無しの棋士

その内半数を引退に追い込んだのは有名な話

 

7:名無しの棋士

事実なだけに何も言えねぇ

その内一人は観戦記者にジョブチェンジして、元気に引退原因を追っかけてるの笑うわ

 

8:名無しの棋士

後二人は?

 

9:名無しの棋士

>>8

どっちも引退して一年以内にプロ棋士と結婚した

 

10:名無しの棋士

実は縁結びの神なのでは?

 

11:名無しの棋士

何なら戦っても引退してない元タイトルホルダーも結婚したからな

 

12:名無しの棋士

おっきいお腹で女流棋戦に出てきた時はマジビビった(小並感

 

13:名無しの棋士

戦って引退してない後の二人は……

 

14:名無しの棋士

>>13

お前は知ってはいけない事を知った

 

15:名無しの棋士

>>13

聖騎士が殺しに来るから待っているように

 

16:名無しの棋士

>>13

女流棋士会会長敵に回しちゃダメでしょ!?

 

17:名無しの棋士

>>16

貴様もな

 

18:名無しの棋士

アーッ!?

 

19:名無しの棋士

悪は滅んだ

 

20:名無しの棋士

近々行われる名人戦の事について語るか

 

21:名無しの棋士

玉座戦から度々当たるようになった名人との七番勝負か

 

22:名無しの棋士

あの玉座戦からまた急激にヤベー奴になったとの噂

 

23:名無しの棋士

名人と対局した後だと殆どの棋士がほかの対局で連敗するのに、ふつーに勝ってたからな

 

24:名無しの棋士

玉座戦後の対局勝率八割とかいかんでしょ

 

25:名無しの棋士

なお、その翌年は年間勝率七割強の模様

 

26:名無しの棋士

弟弟子がデビューしくじったけど姉は好調だったのか

 

27:名無しの棋士

その弟も一年で竜王獲ってるヤベー奴だったけどな

 

28:名無しの棋士

清滝一門は大体ヤベー奴って言われてるから

 

29:名無しの棋士

一門(五名)の内三名ヤバけりゃ大体ヤベーで合ってんのか

 

30:名無しの棋士

本人の弟子と竜王の弟子も含めると八名中六名ヤバい奴になるゾ

 

31:名無しの棋士

なお、清滝親子

 

32:名無しの棋士

師匠とその娘はむしろ、ヤベー奴等のストッパーをしてくれてるまである

 

33:名無しの棋士

将棋界は清滝親子によって守られていた……?

 

34:名無しの棋士

清滝九段「わしが守護らねばならぬ」

 

35:名無しの棋士

つよそう(こなみかん

 

36:名無しの棋士

いや、実際つえーよ

順位戦で全勝してた神鍋七段に勝ってんだべ

 

37:名無しの棋士

降級しちゃったけどな

 

38:名無しの棋士

まぁそれは前までが悪すぎる

 

39:名無しの棋士

その分弟子が奮闘していると考えると、師匠はストッパーというよりか起爆剤なのでは?

 

40:名無しの棋士

清滝女流一級「わたしが守護らねば……」

 

41:名無しの棋士

親友でそれだと死亡フラグにしか見えない

 

42:名無しの棋士

メガンテしても生きてそうなのが相手だからね。仕方ないね

 

43:名無しの棋士

妹弟子が闇堕ちしちゃーう

 

44:名無しの棋士

将棋の話のはずなのにバトル漫画が始まってんぞ

 

45:名無しの棋士

師匠:アバン先生

一番弟子:バーン様

二番弟子:マァム

三番弟子:ポップ

四番弟子:ダイ

 

こうか?

 

46:名無しの棋士

アバンの使徒にさらっと混じるラスボスに草不可避

後、出番取られたヒュンケルェ……

 

47:名無しの棋士

四番弟子の方がラスボスなのでは?

 

48:名無しの棋士

名人に勝った実績があるのが竜王だしな

 

49:名無しの棋士

真バーン様に見せかけた老バーン様の可能性が微レ存?

 

50:名無しの棋士

名人戦でもし勝ったら、名実ともにラスボスよ

 

51:名無しの棋士

ラスボスを二人も抱える清滝一門になるのか

 

52:名無しの棋士

控えめに言って魔境では?

 

53:名無しの棋士

親友は捕えられたレオナ姫だった?

 

54:名無しの棋士

姫:26歳

 

55:名無しの棋士

>>54

やめてさしあげろ

 

56:名無しの棋士

良い頃合いでは?

ドストライクですよ!

 

57:名無しの棋士

なお、バーン様も同い年の模様

 

58:名無しの棋士

百合百合なレイアース……?

 

59:名無しの棋士

それだと親友が真のラスボスになっちゃうぅぅぅぅ

 

60:名無しの棋士

将棋を語れ

 

61:名無しの棋士

せやかて工藤。居飛車振り飛車、急戦持久戦なんでも出来る奴の何を語れと

 

62:名無しの棋士

自分の名前の字が入った戦法を多用してた話は好き

 

63:名無しの棋士

師匠が振り飛車禁止を言い渡してもたまに振り飛車指してたのはどうなん?

 

64:名無しの棋士

>>63

奨励会入会後に師匠も許可出して解禁してるゾ

 

65:名無しの棋士

振り飛車党総裁の所まで行って師匠と一緒に頭下げて教えを請うた話か

 

66:名無しの棋士

せやせや

総裁もその時の女子がラスボスに迫るほど成長すると思ってなかったんやろうな

 

67:名無しの棋士

名人の事ラスボスって言うの止めなさい

かなみんが勝ったらそのラスボスが解き放たれて、最低でも同格のラスボスが増えるんやぞ

 

68:名無しの棋士

ラスボスが多すぎる将棋界

 

69:名無しの棋士

姉弟子と弟弟子で大記録をブロックする可能性があるのもすげーな

 

70:名無しの棋士

そもそも姉弟子が名人戦ってワードが一昔前まで有り得なかった罠

 

71:名無しの棋士

でも最近二人目出たよな

 

72:名無しの棋士

出たな

 

73:名無しの棋士

名字が初見で読めなかった人      ノ

 

74:名無しの棋士

 

75:名無しの棋士

ノ  辞書登録せざるを得なかった岳滅鬼ちゃん

 

76:名無しの棋士

がくめき なのよね

ガッキーやな

 

77:名無しの棋士

ちょろっとでた大分訛りが萌えポイント

 

78:名無しの棋士

かなみんと違うのは、女子で初めて小学生名人になったところかな

 

79:名無しの棋士

その後を追う妹弟子も小学生名人だったな

やっぱ小学生名人になってた方が強いん?

 

80:名無しの棋士

奨励会入会の一次試験が免除されるだけだからそれほどでも?

どの道伸びなきゃ、奨励会で落とされるし

 

81:名無しの棋士

プロも皆が皆小学生、中学生名人であるわけでもねーし

 

82:名無しの棋士

入る時の目安程度なのか

 

83:名無しの棋士

でも小学生・中学生名人になって入会してプロ棋士ってのは、ある意味王道よ

 

84:名無しの棋士

話題性は充分よな

 

85:名無しの棋士

空銀子と祭神雷の二人がリーグ来る前に抜けれたのはラッキーだったな

 

86:名無しの棋士

女流棋戦ではお互い以外無敗。この圧倒的ライバル感よ……

 

87:名無しの棋士

前の女流玉座戦はガチの殴り合いって感じがして怖かったわ

 

88:名無しの棋士

剥き出しの拳でノーガードの殴り合い。蛮族かな?

 

89:名無しの棋士

結果は愛弟子が玉座を防衛した模様

 

90:名無しの棋士

千日手とかも容赦なくやったマジモンの殴り合いに良く勝ったな

女王戦も似たようなもんだったけど

 

91:名無しの棋士

なお、かなみんが『二人ともよく頑張った』と労って高級焼肉に一門総出で行った

【祭神雷のツイッターリンク】

 

92:名無しの棋士

かなみんに肉焼いてもらってめっちゃ恐縮してるあいちゃんと天ちゃんが印象的でした(こなみ

 

93:名無しの棋士

なお、まったく遠慮しない清滝一門。そういうところやぞ

 

94:名無しの棋士

雷ちゃんのツイッターで出てくる一門の写真、普通に家族団らんにしか見えない罠

 

>>93

桂香さんは色々気配りしてるから……

 

95:名無しの棋士

ラスボスと一緒に食べ歩きしてる自撮り、完全に母娘なんだよなぁ

 

96:名無しの棋士

最初は引き取るだけという話だったのが、闇深要素感あるよね……

 

97:名無しの棋士

それが超笑顔で師匠に抱きついてる姿よ

 

98:名無しの棋士

尊みが深い

 

99:名無しの棋士

弟子って師匠の記録係とかできるんやろか?

出来るなら今度の名人戦全部記録係したいんやろうな

 

100:名無しの棋士

>>99

流石に三段リーグに集中しろって怒られそう

 

101:名無しの棋士

実際問題、かなみんは名人に勝てるのか否か

 

102:名無しの棋士

棋帝戦の解説であっさり名人の手読んでたし、マジでわからんな

 

103:名無しの棋士

実力としては、目に見える差が無いって感じか

 

104:名無しの棋士

A級全勝で挑戦はヤバいやろ

現時点で文句のつけようのない最強の挑戦者って事だぞ

 

105:名無しの棋士

そもそも女性としては最強の棋士なのよな

 

106:名無しの棋士

女性棋士と女流棋士の括りなら間違いないな

唯一可能性があるのがガッキー新四段

 

107:名無しの棋士

ちゃんと名前で呼んで差し上げろ

その可能性も何十局とやって一局勝てるかどうかやろうけど

 

108:名無しの棋士

年齢的にかなみんはこれから指し盛りに入る気がするけど、男女的な差はある?

 

109:名無しの棋士

ここまで来た女性が水鏡八段しか居ないんだから、圧倒的にデータが足りんわ

 

110:名無しの棋士

女流で考えると、釈迦堂女流名跡みたくずっとタイトル持ってる人も居るからなぁ

 

111:名無しの棋士

同じと考えたら、今より明日の方が強くなるって事になるが

それが大体名人と目に見えるほど棋力の差が無い

ということは……

 

112:名無しの棋士

やはりラスボスじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

【女性初の】水鏡金美八段を応援するスレ 第1145局【ラスボス誕生】

 

 

634:名無しの棋士

時間経って落ち着いた?

 

635:名無しの棋士

実況スレはまだ祭りだゾ

 

636:名無しの棋士

勝っちゃったもんなー……

 

637:名無しの棋士

やべーとしか言えん内容だった……

 

638:名無しの棋士

全七局全部に新定跡と新手が出てくるとか人外だろ……

 

639:名無しの棋士

研究内容が爆発したというわけでは無い

 

640:名無しの棋士

どっちの手番でも盤面覗きこんで顔真っ赤にして読んでたのヤバイ

 

641:名無しの棋士

第七局の分析はまだ終わってないけど、第六局まで限定合駒が何回出て来とんねん

 

642:名無しの棋士

しかもどっちも当たり前のようにそれを凌ぐとかヤバ過ぎィ

 

643:名無しの棋士

将棋で覚醒合戦を見るとは思いませんでした

 

644:名無しの棋士

第一局:名人〇 八段●

第二局:名人● 八段〇

第三局:名人〇 八段●

第四局:名人● 八段〇

第五局:名人〇 八段●

第六局:名人● 八段〇

第七局:名人● 八段〇

 

なお、先手番が勝ったのは最終局のみ

 

645:名無しの棋士

千日手と持将棋が無かったからまだ(時間的には弟弟子の奴より)マシ

 

646:名無しの棋士

>>645

あれしか比較対象に出せない時点でヤバいわ

 

647:名無しの棋士

四局目で後手番一手損角換わりで殴られて、五局目で後手番一手損角換わりで殴り返した名人マジ名人

 

648:名無しの棋士

二局目は名人が振り飛車して八段が振り飛車で殴り返すという、総裁大歓喜の勝負だったゾ

 

649:名無しの棋士

メイジン「将棋は自由だ!」

 

650:名無しの棋士

ガンプラみたいに言うなし

いや、名人戦に相応しく高度な勝負なのに本人たち超自由だったけど!

 

651:名無しの棋士

振り飛車党総裁が大盤解説してたのマジで奇跡だったわあの第二局

 

652:名無しの棋士

その場で研究し始めて聞き手のたまよんが不憫だった放送事故回

 

653:名無しの棋士

声を掛けたらガチギレは流石にいかんでしょ

 

654:名無しの棋士

記録係のあいちゃんの付き添いで来てた竜王に急遽バトンタッチしてましたねぇ

 

655:名無しの棋士

なお、総裁はそこそこガチ目に怒られた模様

 

656:名無しの棋士

第三局の解説始まる前に謝罪映像とか前代未聞なんですけど

 

657:名無しの棋士

今回記録係、女流多かったな

 

658:名無しの棋士

記録係不足……は名人戦が不人気って事は無さそうだから、何でだろうな

 

659:名無しの棋士

むしろ女流に『これが将棋を指す女性の頂点だぞ間近で見てこい』って事かも

 

660:名無しの棋士

それはあるかも。記録係になったの女の子や女性ばっかだったし

 

661:名無しの棋士

一局目は奨励会員の子だったな

 

662:名無しの棋士

健康的な美少女でしたねぇ……

 

663:名無しの棋士

割とマジで雷ちゃんや空銀子が記録係で出るのかと期待した。出なかったけど

 

664:名無しの棋士

絵文字も写真も無く、『自分の昇段と棋戦に集中しろって怒られました』ってツイッター呟いてたでしょ!

 

665:名無しの棋士

そらそうよ。あと空銀子は同門だからどの道無理でしょ

 

666:名無しの棋士

そんな女性棋士が出る名人戦のせいで女王戦の注目度が例年より低かった罠

 

667:名無しの棋士

そら対戦カードが三年間変わってなかったからね。仕方ないね

 

668:名無しの棋士

序盤と中盤は流してたのに終盤に入って途端にガチる銀雷コンビ

 

669:名無しの棋士

序盤「早く終わらせれば名人戦ワンチャン……」

中盤「相手も流してるしワンチャン……」

終盤「う る せ ぇ 〇 ね」

 

670:名無しの棋士

突然豹変するの止めろ

 

671:名無しの棋士

ホントに将棋の内容も豹変したから困る

 

672:名無しの棋士

結局フルセットにもつれ込むライバルイイゾー

 

673:名無しの棋士

ライバルじゃないと言いながら互いに意識し合ってる関係好き

 

674:名無しの棋士

百合かな?

 

675:名無しの棋士

そこにかなみんも入れよう(提案

 

676:名無しの棋士

銀雷コンビが獲り合うのか、かなみんが二人とも手籠めにするのか、それが問題だ

 

677:名無しの棋士

妹弟子と愛弟子から逆レされるで!

 

678:名無しの棋士

将棋の話をするんだ

 

679:名無しの棋士

第一局は普通の相居飛車でした。最初は

 

680:名無しの棋士

そう見えただけで第一局から新手に新定跡が盛り沢山なんだよなぁ

 

681:名無しの棋士

第二局はお互いに振り飛車で革命起こして総裁がテクノブレイクするし

 

682:名無しの棋士

>>681

総裁生きてるでしょ!

 

683:名無しの棋士

>>682

(放送事故的な意味で)タヒんでるでしょ!

 

684:名無しの棋士

第三局は力戦。弟子に負けず劣らずの殴り合い・蛮族

 

685:名無しの棋士

こっちも違う意味で大盤解説が放送事故だったわ

 

686:名無しの棋士

篠窪七段が解説しようとすると手が進んで、考えてる時にはその手の意味を理解するのに時間かかって話進まないっていうね

 

687:名無しの棋士

「えぇ……」じゃないんだよ解説しろよ

 

688:名無しの棋士

ソフトの評価値も終盤まで誤差程度しか振れないからこっちもアテにならないんだよ!

 

689:名無しの棋士

第四局と第五局は一手損角換わりによる殴り合い

 

690:名無しの棋士

連盟会長とか竜王が大興奮しそうな内容でしたね

 

691:名無しの棋士

実際、竜王の方が「あれ、俺も見た事ないんですけど……」って言ってたらしいな

 

692:名無しの棋士

>>691

何処情報よそれ

 

693:名無しの棋士

>>692

我らが雷ちゃんのツイッター

 

694:名無しの棋士

スペシャリストすら見た事ないとかやべーな

 

695:名無しの棋士

第六局は名人が居飛車でかなみんが振り飛車からの金美濃

 

696:名無しの棋士

総裁「名誉振り飛車党員にしてやろう」

 

697:名無しの棋士

かなみん「いや、別にいいです」

 

698:名無しの棋士

※対局後の大盤解説への顔出し時に実際にあった会話です

 

699:名無しの棋士

疲れ切った顔でも切れ味鋭い言葉で総裁ぶった切ったの笑ったわ

 

700:名無しの棋士

名人相手に振り飛車が二回も勝ったから総裁のテンション高かったのも分からんではない

 

701:名無しの棋士

で、運命の最終第七局ですが

 

702:名無しの棋士

ここで子供の頃から指してるという金開き持ってきたのマジエンターテイナーだわ

 

703:名無しの棋士

これで勝つという絶対の決意だったよな

 

704:名無しの棋士

最終的に四百手越えの死闘やぞ。良く勝ったなと思ったし

 

705:名無しの棋士

礼をして退室する時にどっちもフラフラだったんだよなぁ……

 

706:名無しの棋士

そろそろ命に関わるくらい痩せそう

 

707:名無しの棋士

タイトル戦一局毎に3~4キロ痩せてしまうとかこえーよ

 

708:名無しの棋士

焼肉と大福で戻すのはもっと怖いけどな

 

709:名無しの棋士

高たんぱく高カロリーな食べ物補給しないと体が持たないのか

 

710:名無しの棋士

いかに脳みその消費エネルギーがヤバいかわかるな

 

711:名無しの棋士

かなみんは師匠に肩貸してもらって大盤解説に顔出して、名人は少し休憩して顔出し

 

712:名無しの棋士

第一局から最終まで顔出ししてたけど、最終はどっちも椅子に凭れ掛かって感想言ってたな

 

713:名無しの棋士

なお、最終局の感想はどちらも「楽しかった。またやりたい」

 

714:名無しの棋士

最終局の解説、名人の研究パートナーの山刀伐八段だったけどドン引きしてたぞ

 

715:名無しの棋士

誰だってドン引きするわ

ガチの命のやり取りした後でまた戦おうって普通は言わんぞ

 

716:名無しの棋士

修羅勢過ぎる

 

717:名無しの棋士

だからこそラスボスになったとも言えそう

 

718:名無しの棋士

名人も新名人もヤベー奴なのは証明されてしまったな

 

719:名無しの棋士

しかし、史上初の女性名人誕生か

 

720:名無しの棋士

女流棋士息してる? 大丈夫?

 

721:名無しの棋士

親友は既に染まってるんだよなぁ……

 

722:名無しの棋士

間近で女性棋士を見続けた女流棋士。メンタルヤバそう(こなみかん

 

723:名無しの棋士

どんな女流棋士と当たっても絶望し無さそう……

 

724:名無しの棋士

光の奴隷(将棋)

 

725:名無しの棋士

むしろ将棋の殉教者では

 

726:名無しの棋士

字面が既にヤバイ

 

727:名無しの棋士

それを超えるのが将棋の修羅

 

728:名無しの棋士

ソフトの評価値が結局、全七局とも終盤までプラマイゼロ付近をフラフラするだけだった

 

729:名無しの棋士

評価値が急激に変化したら投了するんだよな……

 

730:名無しの棋士

悪手って言うより、そこでようやくソフトが読める盤面に収束した感じか

 

731:名無しの棋士

ミックスアップなのかどうか、それが問題だ

 

732:名無しの棋士

全七局ソフト越えしてるのは事実やろ……

 

733:名無しの棋士

史上初もそうだけど、普通に対局としても歴史に残るわ

 

 

 

 

 



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こういう流れはあるだろうと思って書いた。後悔はしていない

にしゅうめを書いておきながらいっしゅうめも書く。

かきたいんだもの さくしゃ


 

 

 

 第76期名人戦七番勝負観戦記

 

 

『伝説を刻む者達』

 

 

執筆者 綸

 


 

 あらゆる競技の中にあって、伝説と言う物は存在する。

 誰にも破られないであろう連勝記録や、タイトルの獲得記録。不名誉な物であっても、突き抜ければ皆に愛される伝説になる物だってある。

 

 そんな中で今、将棋界は伝説の中にあって新たな伝説が刻まれている。

 

 『永世七冠』

 『タイトル獲得百期』

 

 神話のような大記録を阻んだ、新たな伝説。

 『神』とそれ以外の棋士の物語だと思われていた今の将棋界に投じられた、二つの新星。史上最年少で竜王となった九頭竜八一と、史上初めて女性でプロ棋士となった水鏡金美。

 

 九頭竜八一は竜王戦にて『永世七冠』を阻んだ。

 そして、水鏡金美は女性として初めて、神へと挑んだ。

 

 行われた名人戦七番勝負。第一局は振り駒により挑戦者の先手で始まった。静かな立ち上がりに見えたが、既にここから第七局まで続く死闘の合図は鳴らされていた。

 新手の応酬で紡がれる、新定跡。今後見れるかどうかわからない伝説の七番勝負の始まりは、奇跡としか言えないものから始まった。目まぐるしく攻め手が変わり、最終盤までソフトすら優劣をつけられない戦いは、名人に軍配が上がった。

 

 第二局は、第一局から全く様相が変わった。オールラウンダーである挑戦者はともかくとして、居飛車党である名人も振り飛車を選択した相振り飛車になったのだから。大盤解説に居た振り飛車党の筆頭である生石玉将も、詰めかけた記者達や将棋ファンも、これには驚きを隠せなかった。

 これもまた序盤から定跡を外れ……いや、新しい定跡を生み出すが如く互いの指す手は止まらなかった。長考を挟んで、しかし二人はまるで盤の上で踊るかのように棋譜を刻み……勝ったのは挑戦者。

 

 第三局。お互いの意地と意地がぶつかり合ったかのような力戦は、プロでも解説が困難な混沌とした物だった。

 第四局と第五局。第四局で挑戦者が後手番一手損角換わりで勝利すれば、第五局で名人が同じ戦い方で勝利をもぎ取る。子供じみた……と言うには、高度に過ぎる将棋の内容。しかし、第五局の大盤解説への顔出しで名人が『やられて悔しかったのでやり返そうと思いました』と発言し、挑戦者以外の皆を驚かせた。

 第六局。名人が居飛車を選択し、対する挑戦者が振り飛車の対抗型となった。ここで挑戦者が指したのは、自身の名前が入った金美濃。それを使って名人の攻めを捌き、鋼鉄の如く耐え、一瞬の隙をついた光速の寄せで挑戦者が詰め切った。

 

 そして、運命の第七局。

 

 振り駒で挑戦者が先手となった最終局は、居飛車同士の相掛かりとなった。この時に挑戦者が選んだのは、『自身が初めて将棋を指した時に使った』という金開き。戦法にこだわらないと言っている挑戦者の、唯一のこだわりとも言えるそれに込められていたのは、絶対に勝つという思いだ。事実、最後の大盤解説へ顔出しをした時には、『最終局ではどんな形だろうとこれを指すと決めていた。これで、絶対勝ちたかったから』と発言している。

 最終局は最長手数記録を更新する四百五十手となり、終盤名人の手は震え続けていた。しかし、七番勝負最大最後の死闘の果てに勝利したのは――…挑戦者、水鏡金美。

 

 『タイトル獲得百期』という伝説を、『史上初の女性名人』という伝説が塗り替えた瞬間だった。

 

 数秒の間、大盤解説に立っていた神鍋七段も、聞き手の釈迦堂女流名跡も、会場に集まった記者も将棋ファンの誰もが、声を発する事が無かった。

 間違いなく、将棋と言う物がある限り語り継がれ続ける伝説の一ページを、皆が目撃した。

 

 伝説が終わったわけでは無い。しかし、これから刻まれる伝説はただ一人の棋士のものではなくなった。

 

 神と呼ばれる棋士と、竜の化身と呼べる棋士と、新たに棋界を照らす太陽となった棋士。

 

 

 伝説を刻む者達が居る限り、伝説は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 恋地 綸(こいじ りん)は元女流三段である。

 かつての女流タイトルホルダーでもあり、現名人・水鏡金美とかつて対局して破れ引退した一人だ。当時高校生だった彼女は女流棋士を引退した後、その足で伝手のあった出版社へと赴き、当時の編集長に土下座してまでそこで観戦記者のバイトを始めた。

 それからは学業と観戦記者のバイトをこなしながら、金美を追い続けた。初めてインタビューをした時に、彼女が自分を覚えていた事に驚いた事は印象深い。それが縁で、記事には出来ない話も少しだけ知っているのは、綸の秘かな自慢だ。

 

 恋地 綸が水鏡金美を追う理由は、引退を決意させた対局にある。

 実力差に絶望したとか、そんな事が世間では言われていたが全くの的外れだ。彼女はその対局で見た輝きを一生忘れない。

 

 それは、太陽の輝き。遥か天空から盤を照らし出す光を、彼女は見た。その光は水鏡金美が持つ将棋に対する真摯さも、向き合う中で苦しみ抜いた事も、雄弁に伝えてくれた。金美対女流タイトルホルダー六人による六面指しと言う、女流棋士にとっては屈辱の対局。

 だからこそ、金美は全ての対局に誠実に向き合っていた。それは盤を挟んだ相手にしかわからない事である。事実として、あの時戦った六人は金美と友好的な関係を築いている。当時女王だった花立 薊(はなだち あざみ)は、自身の結婚式に金美を招待するくらいだ。

 

 あの対局を通じて、綸は水鏡金美のファンになった。なったからこそ、彼女を追える位置に……観戦記者になった。女流棋士であった頃よりも遥かに充実していると、綸は思っている。少なくとも、大会で負ける度に怒鳴りつけてきた父親に対して怒鳴り返した後に家を出て、ストレスフリーなのは間違いない。母親とは電話したり会ったりしているが、父親は今でも完全スルーである。

 

「えー……水鏡先生。うち、ここに居ていいんですか……?」

 

 そんな綸は今、関西将棋会館の三階事務所にある会議室に居る。横には金美が座り、更には月光会長が居て、秘書の男鹿が控え、そして机を挟んで向かい合うように座っている一人の男性。

 

「居てもらって結構ですよ。是非報道していただきたい内容ですから」

 

 金美が男性……夜叉神天祐へと視線を向ける。天祐が金美の言葉に同意するように頷くのを見て、綸は肩の力を抜いて部屋の隅に椅子を持って行って座った。

 

「では改めて」

 

 それを察した月光が口を開く。

 

「日本将棋連盟は、東西の将棋会館の建て替え事業を御社に依頼する。そして御社は女流棋界の発展の為、長期的なパートナーシップを締結していただく」

「はい。その際には一つ、水鏡金美名人に聞いてもらいたい話があります」

 

 天祐が鞄から資料を取り出して、男鹿と金美に手渡した。その話は聞いていなかったため、金美の頭上に疑問符が浮かび……資料を読み込んで半眼になった。

 

「女流棋界の発展の為に、女性名人である貴女の協力が必要不可欠だと判断しました。故に我々がスポンサーとなる新たな女流タイトル戦……女流順位戦に貴女の名から一文字頂いて、『金烏(きんう)戦』と名付けさせて頂きたい」

 

 大真面目な顔でそう言い切る天祐の姿に、金美は天を仰いだ。名人になった事で色々と将棋界に対する貢献を考えてはいたが、こう来るとは思わなかったのだ。綸はテンション爆上げで、叫ばなかった事が奇跡レベルで早速メモに情報を書き込んでいる。

 渡された資料の中にある内容……女流順位戦の話は聞いていた。ただ、この名前の事は知らなかった。そして、自分の名前の中にある『金』の文字が使われる事も。

 

「……将棋界発展の為なら否と言いませんが、理由をお聞きしても?」

「まずは順位戦の意味ですが、プロ棋士の方々はフリークラス以外なら年間通して二十局程度は保証されています。これは順位戦によって大半が確保されているのが大きい。対して女流棋士は、予選はほぼトーナメントのみで最低対局数が六局程度と大きな開きがあります」

「プロよりも女流棋士の方が強くなる経験を積めない、と言う意味なら確かに」

「はい。だからこそ女流棋界発展の為に一番いいのは、最低対局数の確保だと我々は結論付けました」

 

 そこまでの理屈は、金美にとっても大いに納得できる。以前釈迦堂に言った『強くなるための道が少ない』という考えの一端に触れる話だ。がむしゃらに対局を重ねるだけでは強くなれないが、対局をしなければ強さへの取っ掛かりも掴めない。

 順位戦であれば、実力の近しい者との対局が最低数保証されるのだから、強くなる道としては決して悪くないものだ。そしてその先にタイトルを持ってくるという話も、名人戦を考えれば棋士にとって普通の話である。

 

「それに私の名前を使いたいと言う事の繋がりが見えないのですが……」

「水鏡名人、今の貴女は世間から見れば将棋界最強の棋士の一人なのです。それと同時に、女性名人として将棋を志す女性や少女達にとって憧れであり象徴だ。()()()()()()()()()()()()であるものに、貴女の名以上に相応しい物はないと思います」

「……流石に、私の名前からとったとは言わないで頂きたいのですが……」

 

 恥ずかしいというレベルではないのでそう言えば、天祐も苦笑して『それは大丈夫ですよ』と答える。

 

「金烏と言う言葉は太陽の異称でもあります。この女流順位戦……金烏戦が、女流棋士にとって新たな夜明けとならん事を願って付けさせていただきました。それに、そちらの観戦記者の方が貴女を太陽と表現したことに感銘を受けましたので」

 

 金美が視線を綸へと向ければ、彼女は二重の意味で恐縮した。まさか自分の記事で新設タイトル戦の名前が決定されるなど思いもよらない事であり、金美からは『余計な事を……』というニュアンスの視線を受けてしまったからだ。

 まぁ金美のものは完全に八つ当たりであるし、本人も自覚があるので視線を向けるだけで済ませるのだが。

 

「あぁそれと、夜叉神グループの名前は出さない方向でお願いしたいのです」

「と、仰いますと?」

 

 天祐の申し出に月光は聞き返すが、金美は逆に『でしょうね』と呟く。そんな彼女に月光の関心が向く気配がしたので、金美は口を開いた。

 

「ご息女が女流棋士ですから、タイトルを親が用意したなんて知られれば反発は必至でしょう。結構勝気な彼女であればなおさら、と言った所ですし」

「そう言う事です」

 

 親馬鹿な表情を覗かせて笑う天祐に、部屋にいた全員もつられて笑った。

 

 

 

 

 

 

 女流棋士の新タイトル創設に、女流棋士達はにわかに活気づく。何せプロ棋士達の順位戦と同じ方式のものが、新タイトルには適応されるのだ。それはすなわち……女流棋士にとっての名人戦と同義だと、皆が皆考える。

 

「どうすんだ?」

「興味がない。これからはプロの順位戦に参加できるし」

 

 そんな記事が載せられた、免状に署名している金美が表紙を飾る月刊誌『将棋世界』を読んだ雷の問いに、銀子は本当に興味なさげに答えた。三段リーグの最終局……全勝同士であるお互いが戦う事になる対局を控えながらも、普段通りの態度で二人は話している。

 何せ全勝は二人のみで、後は軒並み二敗以上をマークしている為、二人のプロ入りは決まりきっている。ならば後はどちらが上になるかを決めるだけであり、二人にとってそれは()()()()()でしかない。

 ちなみに新名人になった金美は、表紙の通り申請が倍増した免状の署名に追われて、今日も会館に缶詰である。対局の為に関東に行っても、免状の署名からは逃げられないらしい。

 

「私らが女流の順位戦を戦った所で、って話だよな」

「それにプロと女流の二足の草鞋は体力的に厳しいし、どの道女流棋戦は無理ね」

「それだけどさァ。釈迦堂会長の話はどうすんだ?」

「……今持ってる女流タイトルを返上するのは待ってくれって話?」

 

 『そーそー』と雷が頷いた。

 先月、関東に遠征した際に二人は釈迦堂の招きを受けて、彼女の店に顔を出している。その時に彼女のブランドの服を着せられたりしながら、ついでのように研究会も行い、その話をされたのだ。

 理由としては、スポンサーの意向だ。それぞれタイプの違う美少女である二人は、他の女流棋士とは隔絶した実力を持っている。それに片や女王、片や女流玉座。そして女流玉将を争うライバル関係。話題性に事欠かない二人を手放す理由がない。

 

 女流棋士にならない事は既に先方にも伝わっている。表立って否定しづらい理由……銀子は高校生活があり、雷は短大に行く予定を組んでいる……があって、ならば次善の案として提示されたのが、タイトル返上の延期だ。

 女流棋士ではなく、女性奨励会員でもなくなるため、それが出場資格の女流棋戦は予選及び本選に出る事は出来ない。ただ、女流玉座戦と女流玉将戦は女流タイトル保持者に本選トーナメントへのシード権が与えられるため出場はできる。後、女子オープンに関しては前回の番勝負挑戦者は雷であったため、本選へのシード権がある。

 

 色んな意味で異常事態と言うか、制度の穴を突いた理論で、以前から二人が出ていた女流棋戦には出てほしいというのがスポンサーの意向だ。将棋で生きていこうとすれば、それを無視するのはなかなか難しい。それがたとえ名人であっても、だ。

 

「そこはまぁ、不用意に女流棋戦に出た私達の自業自得ね。そういう意味だと、カナ姉さんや岳滅鬼さんの判断は正しかった……まぁ岳滅鬼さんの方は女流棋士になったし、順当にいけば勝ち上がってくれるでしょう」

「まぁガッキーなら、私らがマジでやっても負ける可能性があるしな。ガッキー来るまでの我慢って事にしとくか……後は八一ん所の弟子も上ってくりゃいいんだけどよ」

「期待しているの?」

「おめぇ以外の女流タイトルホルダーよりは、な。夜叉神は女子オープン決勝で私相手に千日手に持ってったし、雛鶴は終盤がバケモンだ」

 

 雷の話は、銀子としても納得せざるを得ないものだ。

 女流棋戦ではお互い以外に無敗だった記録に、天衣が雷に灰色の星を付けた。それは女流棋士達にとっては快挙と言えるものであり、大いに盛り上がった……のだが。

 後手番になり、ギアを一つ上げた雷は自分の師が名人戦でも見せた戦法であり、天衣にとっても思い入れの強い戦法である一手損角換わりを繰り出して見せ、何時も見せる超攻撃的な将棋ではない、祭神雷が最も憧れる棋士のようなそつのない将棋で完封。格の違いを見せつけて終わった。

 

「……まぁどこかで白黒は付けないといけない相手、か」

「そういうこった。夜叉神は研修会試験でお前に負けたの、相当根に持ってるから今後も女王はマジで狙いに来る。雛鶴は雛鶴で違う理由でお前を殺しに来そうだけどな」

「それなら、どっちも迎え撃つまでよ。当然、お前もね」

 

 ネット将棋を指していたスマホから顔を上げた銀子が、雷を見据えた。その瞳の奥には、煌々とした蒼炎が見えたような気がした。

 

「ハッ! わりぃがプロになったら私の目標はたった一つだけだ。女流棋戦は調整に使わせてもらうさ」

「それ、カナ姉さんにチクるわよ」

「そういうの止めろよマジで! 先生に聞かれたら先生が思いつめるんだからな!? アレ怒られるより心にクるんだよ!?」

「いやお前、何度かバレてんの?」

 

 

 

 

 

 

 神鍋歩夢は、自身の師を前にしてたじろいだ。

 彼女から発されるオーラとでも言うべきものが、弟子でありいつも傍に控える自分でも見た事の無いものであると感じたからだ。

 

「ゴッドコルドレン」

「どうされましたか、我が師(マスター)

 

 淹れた紅茶にも手を付けず、師である釈迦堂が歩夢を呼ぶ。その視線はある雑誌の記事に固定されたまま。

 歩夢はその内容を知っている……自身にはあまり関係のない話だが、釈迦堂にとっては大事件と言うべき内容だから、彼も頭に入っている。

 

「金烏戦。余は必ず勝ちたい」

 

 そんな言葉が彼女の口から出た事は、歩夢の知る限り初めて。彼が弟子になった頃から、こうして彼女自身の勝敗に執着する姿は見た覚えがない。ただそれも仕方がないと、歩夢は考える。

 今度新設される金烏戦は、女流()()()だ。プロの順位戦のように、頂点に『金烏』のタイトルが君臨する……歩夢は、自身の師が順位戦のクラスを重視して指導していた事を知っている。だからこそ、女流棋士にもそれが導入されれば闘志を燃やすのは明らか。

 

「お前の見立てはどうだ?」

「マスターならば、可能性はあるかと」

 

 歩夢の言葉に嘘はない。将棋に絶対は無いからこそ、釈迦堂里奈が初代金烏になる可能性はある。彼女は今現在の女流名跡タイトルホルダーであり、女流棋士の中では強者の部類に入る事に疑いはない。銀子や雷を相手にしても蹂躙されるのではなく、渡り合う事が出来るだけのものはあるのだから。

 

「……この第一期は現在六十四名の女流棋士を八人ずつ、八つのリーグに分けて総当たりし、リーグ毎の同順位をトーナメントで割り振り、順位を決定していく。初代金烏になるには、全てに勝たねばならんが……」

 

 自分の方へと振り返った師の目に、煮えたぎる溶岩のような熱を歩夢は見た。

 

「それを踏まえて尚、可能であると考えるか?」

「出来ると思わねば、まず成す事が出来ぬと考えます。戦女神(アテナ)がそうしたように」

 

 絶対は無い。しかし、不可能は可能にできる。

 それを証明した存在――…史上初の女性棋士にして女性名人。眩いばかりの可能性と、暗く重い現実を女流棋士達に突き付けた存在。彼女が居るからこそ、歩夢は師に『諦めない事』を説いた。目の前の師が日頃から説く、『心の強さ』こそが大事なのだと。

 

「――…余としては、もうこれ以上の棋力の向上は見込めぬだろう」

「マスター」

 

 聞きたくない、と拒否するかのように歩夢が師を制止した。それは自覚していようと、言ってはいけない事だ。

 

「無論、順位戦でお前に黒星をつけた清滝九段のように幅広く教えを請い、衰えを感じて尚、上を目指す選択肢もある」

 

 歩夢の心情を理解しながらも、釈迦堂は言葉を続ける。

 

「その選択をさせたのは、九段の弟子達だ。女性名人が説教し、若き竜王が涙を流して叱りつけたらしい。娘と銀子も、その場に居たそうだ」

「何と……」

 

 それまで全勝で駆け上っていた順位戦で初めて付けられた黒星の裏側にそんな事があったのかと、歩夢は素直に驚いた。勝てると思っていた対局……油断も慢心も無かったと思っていたが、自身の心の綻びを突かれた苦い記憶だ。

 しかし相手にはそれだけの支えがあって、それを気迫に変える度量もあった。知らずに心に綻びを抱えていた者と、その心に様々な想いを充実させた者であるならば……あの勝敗はむしろ必然だったかと、歩夢は考える。

 

「美しき師弟……いや、彼らの場合は家族か。娘に、息子に怒られ、それを受け入れて奮起する父親。そんな父を見て、またあの子供達も奮起するのであろう。そしてそれは孫弟子達にも伝わっていく」

 

 そこまで言われて、釈迦堂の真意が分からないほど歩夢は愚鈍ではない。ただ、二人の師弟関係は清滝たちとは違う、まさしく正しい師匠と弟子なのだから。

 

「指しましょう。マスター」

 

 だから叱りつけるなんて事は出来ない。説教など以ての外だ。しかしそれでも、出来る事がある。自分も、師匠も、将棋を生業とする者。制度で分けられたとしても、その根幹に流れるものは『棋士』であると言う事。

 

「ゴッドコルドレン……」

「我には、アテナのようには出来ません。ドラゲキンのようにも出来ぬでしょう……しかし、貴女とこうして指す事が出来るのはきっと、弟子である我だけです」

 

 真っ直ぐ釈迦堂を見つめる歩夢の眼差しに、弟子として迎え入れた日の事を思い出す。あの時もこうして真っ直ぐな眼をして、余と向き合っていたな……そんな懐かしい感覚に、自然と釈迦堂の表情にあった険が消えていく。

 

「ご指導ご鞭撻、よろしく頼みます。神鍋歩夢七段」

「ま、マスター!? 我は弟子としてですね……」

 

 強くなっても揶揄い甲斐のある弟子の姿に、久しぶりに釈迦堂は声を出して笑った。

 

 

 

 




乗るしかない。女性名人という波に!

とかそんな感じで、出来る人ならやっちゃいそうな新タイトル創設の話。


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それは強くなるために必要なもの

仕事の合間とか色々やってる合間にちょこちょこと。
メインに据えないと執筆しない事もあってなかなか進まない。


 

 

 

 私には、目標が二つある。

 一つは、弟弟子とプロの舞台で戦う事。

 師匠への弟子入りは私の方が早くて、その頃は私の方が強かった。でもあっという間に私を追いぬいて、私より先に奨励会に入って、私が入品する頃にはプロになったあいつ。史上四人目の中学生棋士になったあいつは、私に『置いてかないよ』って言った事も忘れ、私を置いて一足飛びに強くなっていった。

 

 史上最年少で竜王になって、初の防衛戦では神と呼ばれた棋士と戦って勝ち、史上最年少で九段昇段。

 

 あいつの才能は、今までの棋士の中でも五指に入るだろう。最初から、私なんかとは将棋に対して見えているものが違う。圧倒的なまでに輝く才能は、得た称号の通りに『竜』と言って良いものだ。

 巨大な翼を広げ、将棋という無限に広がる世界を我が物顔で羽ばたき、その爪で獲物を……敵を狩る。

 そんなあいつの圧倒的な才能に気付いた時、私は誰もいない部屋で一人で泣いた。追いつけないと思ったから。置いていかないと言った彼が来てくれると、そう思ったから。

 でもそんな事は無くて、私はどうしたらいいかわからなくなって、ふらりと師匠の家から出た。

 

『こんな時間にどうしました?』

 

 そんな私を見つけたのは、カナ姉さんだった。

 あいつじゃなかった事に少しだけ失望した私を、姉さんは『仕方ないですね』と言いながら自宅に引っ張っていった。お風呂に入れてくれて、その間に師匠と桂香さんに連絡を入れて、その日は姉さんがずっとついてくれた。

 

『置いていかれるのは、悔しいですね』

 

 私の心を見透かしたように、姉さんが話しかけてきたのは眠る前だ。同じ布団に入って、反応しない私に苦笑しながら姉さんは話し続けた。

 

『銀子は何故、八一に置いていかれるのが嫌なんですか?』

『……おいてかないよって、いった』

『なるほど?』

 

 今思えば、何とも要領を得ない話をしていたと思う。でもそんな私の話を、姉さんは真剣に根気強く聞いてくれていた。

 

『銀子は、八一の事が大好きなんですね』

 

 姉さんの結論を、私は真っ赤になって否定した。でも姉さんは私の稚拙な反論を一個一個丁寧に潰してきて、結局私は私の心と向き合うしかなくなった。否が応にも自覚させられて、恨みがましい視線を姉さんに向ければ、姉さんはニコニコと笑顔を向けてくる。

 

『そうやって自覚する事は、強くなる事への第一歩ですよ』

『自覚が、強くなる第一歩……?』

『将棋界では、勝たねば強くなる切欠は掴めません。勝つ人間が、より強い相手と戦える。強い人間から研究会なども誘ってもらえる。ただ、負けなければ、自分を一切省みる事はありません』

『……どういうこと?』

『感想戦なんかで、負けた原因を探すでしょう? でも、何故勝ったか。勝った原因を探る事は少ない……何故でしょう?』

 

 それは、姉さんの構築し始めた持論だった。

 勝たないと強くなれない。それは事実であって、間違いじゃない。でも、闇雲に勝つだけでは意味がない。それはただ、土台のしっかりしていないまま高く積み上げられた塔のようなもの。もし負ければ、全て崩れ去ってしまうかもしれない危うい強さ。

 強くなることに直結する事は少ないけれど、大事なのは自分を省みる事。負けた時に初めて、人は己を省みる。棋士で言えばその対局で何が悪かったのか、何処に悪手があったのか……それを検討するのは、負けた時だけだ。勝った時の棋譜を並べて、何故勝てたかを考える棋士はほとんどいない。

 

『自覚とは、自らを(さと)る事です。自分は今どうなっているか、何故あの時にそういう判断をしたのか。何故自分はこの手を指す事が多いのか……覚らねばならない事は数多くあり、でもいつも覚れるわけじゃない。将棋で強くなると言う事は、一生を懸ける求道のようなものかもしれません』

『……姉さんは、何を自覚したの?』

 

 この時の姉さんは、三段リーグの三期目。開幕で二連敗を喫した後で、連勝を積み重ねている途中だった。それはまるで、一足飛びで強くなっていく八一のように……明らかに進化したと表現する他ない、姉さんが『将棋星人』の領域に至ったと言う事の証明だった。

 

『私はあの時、以前の自分と今の自分がどのように変わったかを自覚しました。寝ても覚めても頭の中から消えない脳内将棋盤があって、明らかに読める範囲が広がって、深くなった……何故そうなったか、今もずっと考えています』

『……私も、そこまで行ける?』

『銀子の才能は私以上ですから、必ず行けます。そうですね……今期の三段リーグが終わる頃までに私も、自分の何故をある程度解消して、こうなった原因を突き止めておきます。拙いやり方でも良ければ、一緒に鍛えてみましょう』

 

 そう笑いかけて、姉さんは私の頭を撫でてくれた。

 その後姉さんは三段リーグで十六連勝を記録。三度目の正直と言わんばかりの成績一位で、史上初の女性棋士となった。取材も殺到したけど、時間を作って私や八一、桂香さんの将棋を見てくれた。その中で色々と変わった事もやった。

 今思えば、それは脳開発的な何かだとは思う。姉さんも詳しい理屈はわかっていない……何せ被験者が自分だけであり、機械なんかで正確に測ったデータも無く、感覚だけを頼りにした手探りの実験。それでも私は姉さんと一緒にその変わった特訓をやった。

 

 ある時、今まで読めなかった先を読めるようになった。たった一手だけ、今までよりも先が読めるようになって、また世界が変わっていく。

 ぼやけた輪郭の脳内将棋盤が鮮明に()()()ようになれば、目で追う事なく駒の利きが見えるようになった。

 姉さんの薫陶が、私の将棋を大きく広げてくれたのは間違いない。本当なら誰にも言わず黙っているか、本にでもして大々的に広めるような、女性に対しての将棋の上達方法。史上初の女性棋士だからこそ構築する事が出来たそれを、姉さんは私に最初に教えた。実験のつもりだから気にしなくていいとは言うけれど、それが無ければ私はどこかに無理を抱えながらこの道を走っていたはずだ。

 

『私の方で引き取る事にした、祭神雷です。最初は引き取るだけでしたが……弟子にする事にしました』

 

 そうして二年ほど経った頃、姉さんが祭神雷を連れてきた。女性棋士最初の弟子となったあいつの最初の印象は、あまり良くない。その第一印象は姉さん以外には一切心を許さない、野生の中に居た手負いの獣。

 次に感じたのは、私以上の将棋の才能。明らかに()()()()()()()()()……試しに指して、全くの互角という結果。特に鍛錬を積んだわけでもない女が、姉さんに教えられてようやく見えた私よりも才能を持っているという、この上ない証。

 

『――…気に入らない』

『――…気に入らねぇ』

 

 それがお互いに気に入らないという見解の一致を見せて、初めての邂逅は終わる。

 この時に私とあいつの関係性は確定した。ライバルでは決してない……お互いがお互いを敵と見做した。これから続くであろう将棋人生の中で何度でも潰し合う相手との因縁がこの時結ばれた、と言ってもいい。

 顔を合わせれば、十秒将棋か脳内将棋かの違いはあれどだいたいVS。諸事情で姉さんと奴が師匠の家に住んでいた頃は、それが日常だった。八一とも指していたけど、あいつは『なるほどなァ』と返して大人しく指すだけ。

 

 才能がある棋士は、他の才能がある棋士に敏感だ。この場合はあいつの才能が八一の才能に反応したのだろう。だから八一とばかり指すのかと思えば、私と指す方が圧倒的に多かった。

 

『何でよ』

『なぁに、さっさと白黒つけた方がお互いの為だろうが』

『それもそうね……潰す』

『こっちの台詞だよ馬鹿が』

 

 どちらが上かをハッキリさせるため……それが、私とあいつの対局数が多い理由だ。

 この戦いは、奨励会以外の対局の空気を経験する意味で出た女子オープンにも飛び火し、挑戦者決定戦では私が勝って、その後の女王挑戦は失礼な言い方になるが私にとっては消化試合だった。

 次にあいつとやったのは女流玉座戦。その前にあった女流玉将戦は、奨励会員であって女流棋士ではない私は、たとえタイトルホルダーでも当時は出場は出来なかったから無視。こっちは予選であいつと当たって負けた。

 それでそのままあいつが女流玉座になって、翌年から女性奨励会員であってもタイトルホルダーなら出場可能になった女流玉将戦も含めた三つの女流棋戦で、私とあいつは鎬を削り続けた。

 女王と女流玉座、互いが獲ったタイトルの番勝負は取りこぼさなかったが、女流玉将については勝ったり負けたり。私が二冠の時があれば、あいつが二冠の時もある。戦績が本当に五分と五分で、だからこそ絶対に負けたくない相手となった。

 

 私のもう一つの目標。

 それは祭神雷と、プロの舞台で雌雄を決する事。

 

 ひょっとしたら、あいつは八一とは違う意味で私の運命の相手かも知れない。

 将棋で生きる人間……棋士として在る限り、絶対に負けられないと思うのはあいつだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 水鏡金美。史上初の女性棋士にして、女性名人。

 私を含めた女流棋士にとって、常に比較され続ける存在。言い方を変えれば、女流棋士にとってのラスボス。

 

 空銀子と、祭神雷。

 この二人は女流棋戦においてはお互い以外には負けなし……祭神雷は私が一度だけ千日手をもぎ取ったが、その後は人が変わったように戦法が変わって負けた……この二人であっても、水鏡金美の方が遥かに格上だと思われている。

 その事について思う所が無いわけじゃないけど、そうなる事は納得せざるを得ない。理由は単純で、全く反論の余地のない実績があるから。プロ相手に勝つ可能性のある女流棋士は居ないわけじゃないけれど、勝ち越せる女流棋士は居ないだろう。

 ひょっとしたら可能な人もいるかもしれないけれど、現役タイトルホルダーを含んだA級順位戦を全勝して、名人に勝てる女流棋士は居ないと断言できる。それを成し遂げた女性棋士と比較すれば、たとえ女流棋士相手に無双した実績があった所で意味が無い。

 

 そんな棋士とは、姉妹弟子と一緒に空銀子と祭神雷と戦う予行演習として指した。

 

 何とも贅沢な話ではあったが、その二人を超える女性という条件を満たす棋士は水鏡金美しか存在しない。『暇になったから』と言っていたけれど、指導対局を受けようと思えば何カ月待たされるかわかったものじゃないほど、水鏡金美は人気のある棋士だ。

 始まった指導対局で本気のトッププロが持つ威圧感というか、オーラのようなものを容赦なく叩きつけられて、私もあいもその時点で勝てるビジョンが思い浮かばなかった。

 呑まれていたと言ってもいい。研修会の試験で空銀子には全然立ち向かえたのに、盤を挟んで礼をして顔を上げた瞬間に、私は負けた。

 駒を取った後でも、何を何処に指しても勝てる気がしなかった。深い森……迷い込んだら出られないと言われている樹海に迷い込んでしまったような、そんな絶望感。そんなものを抱えてしまったら、どう読んでも悪いものしか浮かばない。

 

『それが、女性の中では間違いなく最強の棋士が持つ格だ。二人にとっては次元が違うように感じたかもしれないけれど、近づこうと必死に努力しているのが姉弟子と祭神で……あの二人は、水鏡さんを前にしてもちゃんと戦う事が出来る』

 

 短手数で終わってしまった予行演習の後、感想戦で師匠がそんな事を言った。『それと勝敗は別だけどな』とも言っていたけれど、それはあの二人でも水鏡金美には勝てないと言う事。それくらいに強い棋士と比べて……私たちの師匠で、現竜王である九頭竜八一とどちらが強いのか、ほんの少しの好奇心を持って聞いた。

 

『わからない。師匠に弟子入りしてからずっとお世話になってきた人だし、普段は頭が上がらないけど……負けると思って戦う棋士は居ない。それは水鏡さんにも、姉弟子にも祭神にも言える』

 

 だから、始めから負けると思ったお前達はまだ、棋士にもなれていないひよっこだ。

 そう言われても怒りは無かった。あったのは悔しさだけで、それは覆しようのない事実を理解してしまったから。あいも私と同じだったのか、悔しそうに俯くだけで何も言えない。

 

 お父様が呼んでくれて指した時とは何もかも違う、『勝負師』としての棋士・水鏡金美。

 今の私たちじゃ、その強さの片鱗に触れる事すら出来なかったけれど、私たちが今立っている位置を教えてもらった。それは、私たちが挑もうとしている空銀子と祭神雷が居る位置も間接的に教えてくれた。

 この対局で強くなったわけでは決してないけど、強くなるために必要なものを貰ったように、今となっては思う。

 

 その時は悔しすぎて気付かなかった。

 でも、その圧を受けていなければ、私は女子オープンの挑決で祭神雷相手に千日手を掴む事すら出来なかっただろう。それに、千日手を掴む切欠になったのがその時の棋譜だ。

 水鏡金美の将棋は、何のこだわりも無い変幻自在のもの。押し寄せる津波のように攻撃的になる事もあれば、恐ろしく硬い城壁のように守備的になる事もある。縦横無尽に相手を崩し、時には人間には理解しづらい方向からの奇襲すらやってのける。

 定跡を知りながら、定跡に縛られない。それは将棋が強くなるほどに難しい……定跡とは、長い年月をかけて培われた最善手だ。それを崩す事は『相手の研究を崩す』というメリット以上に、『自分の研究すら無に帰す可能性がある』というデメリットを抱えている。

 

 そんな常識を、水鏡金美はあの名人との対局で打ち破った。

 私が記録係になったのは第四局。あいは第二局で記録係だったけれど、感想を聞けば『凄かった』としか言えてなかった。もっとちゃんと言えとその時は思ったけれど、あれを間近で見たらそうとしか言えない。

 例えばその熱量。お互いが将棋盤を凝視して、盤面に現れる世界に潜っていく時に放たれるそれは、私が感じた事も無いくらいに熱かった。自分が指しているわけでもないのに、目が離せなくなる。

 でもそれ以上に、対局をしている二人は楽しそうだった。後手番一手損角換わりを繰り出した水鏡金美は悪戯が成功した少女のように、それを受けた名人は『こなくそ』と少年のように笑っていた。何処までも真剣に……殺し合いをしながら笑っていた。

 

 その関係を表す言葉を、私は一つしか知らない。

 

 

好敵手(ライバル)

 

 

 あの名人を相手にしてそう呼べる領域に……神の位階に、水鏡金美は達している。

 女性が、今まで有り得なかった事を覆し続けた存在が、現将棋界の頂の前へと登り詰めている。

 

 そこまで考えて、気が付いた。

 強くなるために、そういう存在は絶対必要だ。『こいつだけには負けたくない』と思える相手がいるといないとでは、成長の速度が大きく変わってくる。

 

 では、水鏡金美がそう思っている相手は、誰だ。

 

 この問いには多分、本人以外誰も答えられないと思う。でも、そういう因縁が結ばれる事はよくあって、最終的にそういう相手がライバルだのと呼ばれる事がある。

 

 

 九頭竜八一には、神鍋歩夢。

 空銀子には、祭神雷。

 私……夜叉神天衣には、雛鶴あい。

 水鏡金美に、そう言った因縁の相手はいない。

 

 

 史上初の女性棋士――…同性に並ぶ者無し。かつて、プロ棋士にすら勝利していた釈迦堂女流名跡も、彼女に十分を少し超える時間を使わせる事で精いっぱいだった。

 男性しかいないプロ棋士の中に入った、ただ一人の女性である水鏡金美は本当の意味で同等の相手に巡り合わないままにここまで来た。それはどれだけの苦行だったのだろうか――…私には想像すらできない。

 対する名人には、かつてライバルは居ただろう。しかし、強くなり過ぎた事によって今は一人になって……でも、こうして目の前に現れた。性別の違い、将棋に対するスタンスの違いなどがあっても、この名人戦において二人は同等になった。

 

 指す手が読めない。何を意図しているのか、狙いは何処にあるのか、第一局と比べてもそれを理解する難易度は上がっている。この二人の対局が、将棋というものの時間を大きく進めていく。

 今この時に現れた、神の位階に至った棋士二人によって、ソフトよりも早く進化していく。どちらが優勢なのか、ソフトですら読めないのは三局までに証明されている。二人が潜っている深さ、もしくは飛んでいる高さはそれほどのものだ。

 

 そんな場所で紡がれる将棋は、凄く綺麗だった。

 

 お父様とお母様と私を繋ぐ絆である将棋が、こんなにも綺麗なものを生み出す事を初めて知った。記録係としての仕事をほとんど無意識に行いながら、私は神域の将棋に魅せられていた。

 私が最善と思った手が悉く盤面で否定され、何故と考えて答えを探れば、数手先ではそれが悪手どころか死路であったことを思い知らされる。凡百の対局に勝る経験をこの時に積んでいると実感できる。

 でもそれは、この七番勝負の記録係を務めた全員に言える事かもしれなかった。少なくともあいは、元々あった終盤力の高さに磨きがかかっている。その終盤力を最大限に発揮する、追い詰められた時の大逆転……相手の一瞬の隙を突いてのカウンター型の将棋。

 

 水鏡金美が名人を相手にやってみせたカウンターが、あいの将棋に明確なイメージを持たせた。位階を引き上げられた、と言っても良いかも知れない。それほどまでに濃密な経験が目の前で展開されていた……これで引き上げられない奴には才能が無いと断言できるほどの光景。

 

「――…あぁ、そうか」

 

 世界が広がって行く。

 導かれるように私が指した一手に、対面に居る()()が目を見開いたのを感じる。実際に指した私だって、今の一手に対して驚いていた。

 

 新たに創設された女流タイトル戦。女流棋士にとっての順位戦である『金烏戦』。このタイトル戦に女流棋界は活気づいたと言えるだろう。単純に最低対局数がほぼ倍になるから、俗な面で言えば()()()()()()()()()()()()()()だ。他の面で言うなら、実力的に同格であろう相手と戦える回数が増える事から、常に鎬を削り合う戦いの中で成長機会が増える面もある。

 普段当たる機会の少ない相手とも戦える機会が増えるかもしれない……そう言うのは、己の成長にとってプラスだ。ただ、それよりも私が思うのは、ここではライバルが見つけやすいと言う事。強ければ、さっさと上に行く。弱ければ下のまま……でもその中で負けたくない相手を見つければ、それが上に行く為の原動力になり得る。

 

 今までの女流棋戦では、そんな相手が見つけ難かったと思う。女流棋士でライバル関係と言われている月夜見坂燎と供御飯万智の出会いは小学生名人戦で、女流棋戦とは何の関係も無い。あの二人が女流棋士上位の実力を持っている事に疑いはないが、その理由の一つとしてはライバルに出会えた事があるだろうと私は思う。

 だから私は、今目の前にいる好敵手(姉妹弟子)に出会えた事は酷く幸運なものだと考えている。負けられない、負けたくない。将棋でも、その他でも何でも。そう思える相手がいるからこそ、自分自身を真剣に磨く事が出来る。

 ただ将棋に関しては、これから順風満帆に行くとは思わない。この初代金烏を決める為の第一段階であるリーグ戦では歯牙にもかけなかった相手がライバルを見つけて、実力を伸ばしてくるかもしれない。

 普段当たらないはずの相手と戦った女流棋士が、私があの対局の記録係になって今道が啓けたように、覚醒して進化するかもしれない。

 

「天、ちゃん……」

「あんたも、あれから強くなった」

 

 でも今この時に進化したのは私であり、先に進化したであろう好敵手(あい)に一歩先んじた。

 

「でも、先に上で待ってるのは、私」

「……うん。絶対、追い抜くから」

 

 小学生女流棋士同士の初の公式戦。勝ったのは私、夜叉神天衣。紙一重どころじゃないくらいにギリギリの勝利だったけれど、このリーグ戦では何よりも貴重な初戦の勝利をもぎ取れた。

 

 

 

 

 

 

 関西と関東の将棋会館の棋士室にはバレンタインデーになると必ず大量に、様々な種類のチョコ菓子が並ぶ。これは金美がプロになってからやってる事であり、ぶっちゃけて言えば『チョコください』攻勢を躱すための策である。

 将棋界は基本的に男社会である為、女性の数は少ない。プロならば女流棋士との結婚が多いのではないかと思うが、他業種の女性との結婚も当然ある。後は囲碁棋士には女性も割といるので、そちらの縁で結婚すると言う事もあるらしい。

 

 まぁそんな将棋棋士の中で、長らく唯一の女性という立場だった金美は、イベント事の贈り物というものには割と気を使う。バレンタインに限らず、手作りのものを贈るのは極力避けるのは当然として、そこまで高価なものも贈らない。TPOは弁えるが、相手にとって特別にならないという点では一貫していたりする。

 

「故に竜王(ドラゲキン)。貴様、女神(アテナ)から直接チョコレートを賜ってはいないだろうな?」

「対局並みにマジな顔して聞いてくるの止めない?」

 

 関東で対局が入っていた八一は、訪れた将棋会館で早速親友でありライバルの歩夢に絡まれる。この時期はいつもこうだよ……と思っても顔に出さない程度には、八一もこの彼には慣れた。

 

「貰ってないから。水鏡さんは今年も東西の棋士室に送っただけだから。ついでにお前にって預かってもいないから」

「そうか……」

 

 詰め寄った時の鬼気迫る表情から、一気に消沈したものに歩夢の顔が切り替わる。そういう機微に疎い八一ですらわかる親友の心情に、彼としては苦笑するしかない。

 

 歩夢がこうなったのは、八一の記憶にある最も古いものであれば八一が奨励会に入って一年経ったくらいからだ。奨励会時代に二人はネットでほぼ毎日VSや研究会を行っており、それに気分を急降下させる銀子を宥める為に桂香が八一をパソコンから引っぺがし、代わりに指していたのが当時三段リーグを戦っていた金美であった。

 そんな事が何度かあって、何時の頃からか『……今日は、女神はいないのか?』と聞いてくるようになれば、今振り返ればそうだったなとわかるのだ。当時の八一は普通に返事をしていて、一切気が付いていなかったが。

 

「毎年よくやるなぁお前……連盟に来るチョコの数、お前宛がかなり多いって聞いたぞ?」

「それは聞いているが……贈られて来たという報告だけで、我の元に物は来ない。というより、何が入っているか判らぬ故に一律で処分されると聞いたぞ」

「あぁ、髪の毛やら爪やら入ってたって話か……で、実際は誰から貰ったんだ?」

「マスターと、《不滅の翼(イモータル・ウィング)》と、愚妹だ」

「イモータル、イズ、誰?」

「岳滅鬼四段だ」

「あぁ、確か釈迦堂さんの門下だったな」

 

 その繋がりかと聞けば、歩夢は肯定する。ちなみに八一は銀子を始めとして、弟子二人とJS研の三人、万智と燎からも貰っている。金美と桂香については『皆でどうぞ』と、高級チョコの詰め合わせが清滝家の茶の間に置かれるのが毎年の事だ。

 金美については、プロになる前はそれこそ手作りの菓子を作ってくれた事もある。親友二人の合作チョコケーキは今思い出しても美味しかった……銀子が無言で二切れ目を要求して自分と揉めたんだったと、懐かしい思い出もある。

 

「というか歩夢。お前、わざわざそれを聞きに来たのか?」

「我は今日オフだからな。それも予定の一つではある」

「これを予定と言って良いのか……」

 

 予定が済んだにしては歩夢が帰らない為、八一は視線で続きを促す。

 

「何、マスターの女流順位戦だ」

「あぁ、今日は第一期のリーグ戦もやってるんだったな……どうなんだ? 釈迦堂さんの調子は」

「リーグ戦については、入ったリーグがマスターと同格が居ないものだった為にほぼ問題ない。心配するならばこちらより……」

「あいと天衣……もっと言えば桂香さんもなぁ」

 

 十一月から始まった、第一期女流順位戦。A~Hに分けられたリーグの人数は各リーグ八名だが、あいと天衣は同じリーグに入ってしまった。釈迦堂はまた別のリーグであり、最も過酷なのは桂香が入ったリーグだろう。

 

「選りにも選って、月夜見坂さん(女流帝位)供御飯さん(山城桜花)が居るリーグになっちゃったからなぁ……」

「《不滅の翼(イモータル・ウィング)》が居ないだけマシだろう。彼女の居るリーグは既に、リーグ二位を争う場となっているからな」

「言っちゃ悪いけど……そこらの女流棋士とはモノが違うからな」

 

 プロでありながら女流棋士の資格も持つ岳滅鬼翼。その実力は当然と言っては何だが、他の女流棋士とは一線を画している。今の銀子と雷の二人であっても、全力で戦って勝敗の分からない相手というだけでそのレベルは推して知るべしだろう。

 現女流棋士で可能性があるとすれば、雷相手に千日手を決めた天衣か、八一が『プロでも食える』と判断した終盤力を持つあい、そして彼女の師でもある釈迦堂くらいしかいない。その三人であっても、可能性はそこまで高くはないだろう。

 

「だからと言って、勝てぬと決めつける者を我は好かんがな。諦めなかった極地にこそ、我が女神が居るのだから」

「女流棋士全員に水鏡さん級の諦めない心を要求するのはヤバいぞ……」

「同じ事をしろ、同じ場所を目指せ、というわけではない。女神は男性棋士と比較しても、才能があると言わざるを得ん。順位戦をノンストップで駆けあがり、二十代で名人獲得は並のプロ棋士でも比較にならんからな……しかし」

「それはあの人が諦めなかったからこそ、か」

 

 確かにそうだろうとは思うが、八一はそんな姉弟子が泣いている姿を一度だけ見た事がある。自分達に決して見せる事のない、水鏡金美という棋士の中にある闇を見た事がある。

 

 三段リーグの二期目を逃し、三期目の始めに二連敗した。

 清滝家に帰ってきた彼女は八一達の手前気丈に振る舞っていたが、自宅に戻る際に心配になって桂香と銀子と一緒に後を付けた。普段であれば金美はそれに気付けただろうが、その時ばかりはまったく気付く事なく自宅まで辿り着き……その姿を見た。

 

 祖父母を祀る仏壇の前で、祖父と将棋を指した盤を抱きかかえ、金美は泣いていた。

 『爺ちゃん、婆ちゃん』と漏らしながら、殺しきれぬ声を嗚咽に変えて泣いていた。

 

 その姿を見て、声を掛けようとした銀子と八一を止めたのは桂香だ。親友であるからこそ、彼女は踏み込むべきラインというものを弁えている。そして、棋士の父親が勝った時、負けた時の心構えを常日頃から金美にも桂香にも説いていたから、彼女は二人を止めてそのまま家へと連れて戻った。

 

『負けて帰ってきた勝負師に対する優しさは、傷口に塗り込む塩みたいなもんや』

 

 事実、師匠である清滝も負けて帰ってきた金美を特に叱責する事も、優しく慰める事もしなかった。負けた対局の棋譜を並べ、その時の自分と向き合わせて、『何故』を突き付けていくだけだったが、それが清滝の考える負けた勝負師……弟子への接し方。

 弟子が目指して、生きようとする世界はそういうものなのだと、不器用な師匠から弟子へのメッセージ。

 それを正しく受け止めたからこそ、金美は誰も居ない自宅で泣く事を選んだ。そんな親友の選択を桂香は尊重した……彼女が二人と一緒だったのは、夜に出歩く事にした二人を心配した以外の何物でもない。

 まぁその翌日に、『頭の中から将棋盤が消えない』だの『オートで指してる』だのを言い出したので違う意味で心配したのも良い思い出だ。

 

「それが女神を含めた女性棋士と、大半の女流棋士との大きな違いだと我は考える。諦めないという心の強さは誰もが最初は持っているものではあるが、それを持ち続けられる者は多くない」

「プロになる為に奨励会を戦う中で、誰も彼も何かの壁に突き当たる。姉弟子や祭神は比較的壁は少なかった部類だけど……身近に壁が居るようなもの、とも言えるか」

「で、あろうな。白雪姫の三段リーグ全勝は我も度肝を抜かれたが、『史上初の女性名人の妹弟子』というプレッシャーは、我ら男では想像がつかぬものであろうよ」

「それを言えば祭神は水鏡さんの愛弟子だしな……『プロになって当然』と思われてもおかしくない」

「おかしくないと言うより、その期待が大勢を占めていただろう。弟子に対してもそうだが、それを指導する師匠に対しても、な」

 

 その期待を自分に置き換えて考えただけで、八一は吐き気が込み上げて胃が痛くなりそうだった。考えてみれば史上初の女性棋士の弟子……しかも同性だ。八一だって『プロになるのかな?』と漠然と考える程度に、そういう目で見ていた。

 当然ながら、男性のプロ棋士の弟子であってもプロになれる保証など無い。弟子の大半が奨励会を去った棋士だっているはずで、あいと天衣だってプロではなく女流棋士になった。八一は師匠として二人の先を考えてはいるが、それだって今はまだしっかりとした形になっていない。

 なのに金美と、その弟子である雷に対しては『女性棋士の弟子だから女性棋士になるのだろう』と見ていたのだ。

 

 師弟であり母娘である二人が、そんな周囲の期待を知らなかったはずはない。向けられている本人なのだから。

 特に金美にとって、その期待は棋士になってから常に付いて回っていたものだ。史上初の女性棋士になった……ならば次は何を目指すのか。

 順位戦を勝ち上がっての昇段はした。女流棋士との違いは見せた。なら次は本人のタイトルか、次の女性棋士の育成――…そんな風に考える者は実際に居た。それを知っていたからこそ金美は最初、雷を弟子に取る事を躊躇したのだ。

 

「結果として女神は名人になり、弟子の雷帝は棋士になった。最初の女性棋士として最高の結果を出し、全部黙らせたと言えるだろう」

「改めて聞くと凄いよなぁ……」

「あぁ。偉業と言えるであろうが、だからこそ今後現れる棋士達にとっても高い壁となった。特に女流棋士にとってはな」

「女流棋士にとって?」

「女性棋士が増えれば、女流棋士制度の存在自体が疑問視されるであろう?」

 

 歩夢の言葉は疑問形でありながら、確信の響きを帯びている。

 八一だって考えなかったわけでは無い。女流棋士制度は女性への将棋普及を目的として設立された制度であり、女流棋士以外にそれを担える存在……女性棋士が増えればその存在意義を失ってしまう。

 女流棋士と交友はあるがそこまで詳しくない八一と違って、歩夢は女流棋士会の会長を師匠に持っている。事情やら何やらに精通していてもおかしくないし、危機感というものも持っているだろう。何せ、師匠がその肩書を無くしてしまう可能性がある話だから。

 

「ただ、今すぐってわけじゃないだろ。今の女性棋士は四人。奨励会でも女子は増えたみたいだけど、今の所関西じゃ段位持ちはいなかったし」

「関東では一人、先日二段になった者が居る。うちの愚妹も駆けあがってくるかもしれんが、これはまだ先だろう」

「あぁ、あの子な……」

 

 神鍋歩夢の妹、神鍋馬莉愛(まりあ)は去年の小学生名人戦の優勝者であり、その肩書を引っ提げて大阪の金美の自宅に突撃して来た。弟子入りの直談判に来たと言う事だったが、金美は名人就任直後と言う事もあって忙しく、代わりに応対したのは弟子の雷。

 その雷がキレ気味に歩夢に電話をしてきて所業が発覚し、更に八一に連絡して清滝家に叩き込み、銀子の耳にも入って一悶着あったが、幸い怪我人が出る事無く彼女は兄に連れられて東京へと帰ってい(強制帰還を喰ら)った。

 

「でも、奨励会に入ってるって事は師匠が見つかったんだろ?」

「マスターが引き受けてくださったが、その前に女神の手を煩わせることになった……」

 

 色々とお叱りを受けた馬莉愛だが、それでもへこたれないので釈迦堂が仕方なく金美に連絡を取ったと、歩夢は溜息を吐いた。何を言ったか八一も気になる所であるが、弟子取りに関しては妥協も忖度もしないであろう女性名人である。抉り込むような言葉を言ったのは、八一の想像に難くない。

 

「もしかして泣かせたか?」

「二日ほど部屋から出てこなかった」

 

 斜め上に吹っ飛んでたー!? と内心で驚愕した八一であるが、努めて口にも顔にも出さない。

 

「……不必要に厳しい事を言う人じゃないのは確かだし、その子の事もちゃんと気遣っての言葉だと気付いてくれればいいけどな」

「その辺りはマスターが抜かりなく話してくれた。今は日々鍛錬に励んでいる……ひょっとしたら、我らの想像を超えてくるかもしれんと思うくらいにはな」

 

 そう言う歩夢の表情は穏やかなものであり、愚妹と言いながらもその実力は認めていると雄弁に物語っていた。

 

「何処まで行ける?」

 

 八一がそう問えば、歩夢は口の端を歪めて笑った。

 

「何処までも。諦めなければ、それこそ名人にでも届くだろう」

「俺やお前、水鏡さんが相手でもか?」

「……それを言ってはおしまいだろう」

 

 

 

 




と言うかこれ書くと、タイトル決定まで書く必要があるのではないだろうかと思う。

自分で自分の墓穴掘ってるじゃねーか!?


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にしゅうめ!
強くてニューゲームとは、ラスボスの誕生に他ならない


ただ筆が滑っただけで、書きたい物しか書いてません。
続かねぇよ!


 

 

 

 水鏡金美。

 史上初の女性棋士。そして史上初の女性名人であり、十九世名人の永世称号を獲得した女傑も人の子であった。

 享年六十五歳。平均寿命から見れば早すぎる死は関係者たちを騒然とさせ、時の将棋連盟会長を務める神鍋歩夢九段は、執務中にその話を聞いて涙を流したという。

 彼女の最期を看取ったのは、天涯孤独の身の上だった彼女の唯一の身内であり、最初で最後の弟子である祭神雷だった。師に呼ばれて自宅に顔を出した雷は、突然の昔話に少しだけ困惑したがそれでも楽しく話をし、勝手知ったる台所でお茶を淹れ直して戻った時には既に、彼女はこと切れていた。

 

 奇しくもそれは、その最愛の弟子が自身も保持した名人初獲得の最年長記録を打ち出した翌日の事。

 

「……間に合って良かったと思ったんですが、ここは?」

 

 現世の大騒ぎを死した本人は知る由もなく、唐突に開けた視界と場所に困惑していた。

 そこはまるで将棋の道場のような場所だった。いくつもの将棋盤が並び、盤を挟んで指す誰かが居て、皆が皆将棋を指している。

 

『何や、随分落ち着いとるやないけ』

 

 横から唐突に声を掛けられる。

 知っている声……忘れられる筈のない声に、金美は慌ててそちらに視線を向けた。

 

「……嘘、でしょう?」

『嘘も何も、お前もこっちに来たっちゅうことやろがい』

「それは、そうなんですが」

 

 そこに居たのは、金美よりも十数年前にこの世を去った師匠である清滝鋼介。ただ、その姿は指し盛りの頃の三十代の容姿で、快活に笑っている。その姿を見て『あぁ、やっぱり死んだのか』と金美は自身の死を完全に理解した。

 

『ま、ここに来たんならまずはわしと指してけ。十九世名人』

「……他に知ってる顔がいるんです?」

『お前より前の歴代永世名人も揃い踏みやぞ。わしもさっきまで月光さんにボッコボコにされとったわ』

「死んでまで将棋指してるんですか。控えめに言って馬鹿ですよね? 将棋馬鹿師匠」

『お前もここに来たっちゅうことは同類やぞ、将棋馬鹿弟子』

 

 違いない、と金美は笑う。死後の世界にも色々あるものか……自分が天国行きか地獄行きかはわからないが、それが決まるまで師匠や生前どう足掻いても指す事の出来なかった誰かと指すのもいい。

 

「では、ここに来たての弟子にご指導お願いします。師匠」

『よっしゃ、早速やろか』

 

 頭を下げる弟子に、師匠はニカッと明るく笑う。ここが死後の世界だろうが、死の間際に見た夢であってもどうでもいい。敬愛する師匠ともう一度指せるというのは、そんな事よりも重大だから。

 盤を挟み、駒を並べ、互いに礼をする。定跡も何も考えず、金美は自分の指し運に任せるがままに駒を動かしていく。

 

『わしが死んでからも、相当揉まれたんか?』

「雷や銀子、八一達も相当頑張りましたから」

 

 だから強くなったと笑う。自分の知るままの一番弟子に師匠も笑って、駒を動かす。その手はまだ形すら作れていないのに、とても重いもののように感じられた。

 ここでの研鑽が宿った一手。自分の知る最も強かった時の清滝鋼介よりも遥かに強い。今の自分よりも強い師匠がここにいる。

 

『……お前は変わらんな』

「そうですか?」

『わしの将棋を見て、受け止めて、()()()()

 

 その指摘に、金美はいっそう笑みを深めた。大事な所は何も変わっていなかったと、誰でもない師匠に言ってもらえたことが嬉しかった。

 

 死後の世界。将棋だけを指す場所。ここで姿形が変わらないのは将棋盤と駒だけ。三十代の清滝鋼介と盤を挟んで向かい合うのは幼い……清滝鋼介に弟子入りした頃の水鏡金美の姿。

 

 もっともっとと、将棋を学ぶ事を強請っていたあの頃の師弟の姿。

 

『ここなら時間は関係ない。じっくりやろうや』

「もちろん!」

 

 没頭していく。肉体にも、時間にも縛られない魂だけの世界で、親子の語り合いはまだまだ続いていく。

 

『結局結婚せんかったよなお前……桂香は嫁にやったのに』

「ご祝儀奮発してだいぶ怒られたのは良い思い出です……私の事情は知ってますよね?」

『わしもお前が、自分を産んだ両親を()()()()()()()()()()()やと思っとるのは知っとるわ。わしかてあいつらがお前の親や名乗り出たら、顔の形が変わるまでどついたろ思うとったしな』

「そんな、血の繋がった相手を捨てられる血筋を残す気はありませんよ」

『……そこも変わらんな。もし生まれ変わったら、良い親の所やとええな』

「そうですね。そうだと良いかも知れません」

『気の無い返事やなぁ』

「今でさえ、雷に対して良い師匠(母親)だったか、自信が持てませんから。そんな私が良い親の元に生まれるかどうなんてわかりませんよ」

 

 雑談を交えながら指す。

 時間の感覚は既に曖昧であり、タイトル戦の番勝負以上の時間を掛けて指している気もするが、この場所では意味がない。疲れもせず、ただ頭が冴えていく感覚があり、無限に指し続けられる場所。

 生前の事を肴に将棋を指し、輪廻転生の話を肴に将棋を指す。いずれ、自分の知る棋士達も来るのだろうかとふと思うが、清滝の話ではそう言う事でもないらしい。来る人と来ない人の違いはよくわからないが、気にしてもしょうがないと彼は笑った。

 

『次は私と指そうか』

 

 一万ほど清滝と指した頃、今度は金美にとって最も因縁があると言って良い棋士が声を掛けてきた。

 

「喜んで」

『君と指すのを、ここでも楽しみにしていたよ』

 

 水鏡金美が名人位に挑戦した時に、その座にいた人。神とも呼ばれた伝説の棋士。

 金美が名人在位時の挑戦者の半数は彼だというのは、将棋界にとっては笑いの種だ。それほどまでに彼が強かったという証明でもあるが、終わった後はどちらも楽しかったと笑うそんな将棋を指していた。

 

「将棋はまだまだ好きですか?」

『勿論。君も以前より遥かに、だろう?』

「当然ですね」

 

 将棋馬鹿としての会話は楽しい。余計な柵も何もなく、将棋の事を考えて指す。目指すのはいつか盤上に現れるだろう真理の一端。それを感じても尚まだ、将棋は深い。

 

『そうか。ここはこれか』

「でしたら……こう行けますね」

 

 生前、彼と金美が研究会を行う事は終ぞなかった。二人にとっては公式戦が研究会のようなものであり、名人戦がその最たるものであったから。

 死んでから初めて行うというのもおかしな話で、死んだ後に新鮮と感じるなどよりおかしな話。それでも今目の前の事と比べれば些末な事であるので、金美は捨て置いた。

 

 それから何万も、何億も、何兆も……那由多の果てまで、そこに居る色々な誰かと金美は指した。歴代永世称号の保持者もいれば、遠い過去の棋士も。昔のルールもやったし、遊び将棋も幾つも指した。

 

『お主、素質があるな』

 

 唐突に来た後光を背負う女性に唐突に声を掛けられ、唐突に輪廻の輪に還されるまでは。

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()。病室で少女は自分の運命を変える少女と出会う。

 

「……だれ?」

()()()()です。父から聞いて来ました、空銀子……ちゃん?」

 

 五歳とは思えないほどに流暢に話す少女に、病室の主である三歳の少女は目を丸くする。出てきた名字は彼女の主治医のものであり、ならば以前言っていた『娘に会わせる』という話を実行したのかと思った。

 

「将棋、やりましょうか」

「ん」

 

 彼女も将棋を指すのか、と病室の主である銀子は了解した。

 折り畳みの将棋盤を簡易テーブルにおいて、駒を並べていく手つきに迷いはない。相当に慣れていると理解できる所作に、金美と名乗った少女の熟練度が伺える。

 そして指してみれば、良いように操られる。まるで指す場所が分かっているかのように、金美の手に迷いはない。銀子が悩んで指せば、笑みを深めてノータイムで指し返してくる。そうやって気がつけば、自分の玉が詰んでいる。

 

「もういっかい!」

「えぇ、何度でも」

 

 それが悔しくて何度も、銀子は金美に対局を強請った。嫌な顔一つせずに金美はそれに応えて、銀子の指す手がみるみる変わっていく。

 変化で無く、進化と言えるようなそれをもし、将棋を知る人間が見ていたら驚愕と共に眺めていたかもしれない。対局を重ねる度に、明らかに棋力が上がるなどと言うオカルト……それに銀子が気がつかなかったのは、ある意味幸運だった。

 

「もういっか……ッ」

 

 何度目かわからない『もう一回』の時に、銀子が胸を抑えて蹲る。それを見た金美は迅速に動き、落ち着かせるように冷静に対処。ナースコールを押して状況を伝えて、銀子をベッドへと寝かせる。

 

「無理をさせ過ぎました」

 

 病室に来た主治医、金美の父でもある明石 圭(あかし きよし)に対する金美の説明は『自分が悪い』と言うものであり、彼も苦笑しながら注意。最後に金美が頭を下げてその日は終わった。

 

 それから暇があれば、金美は銀子の病室に顔を出して将棋の事も話した。何が今は流行りだとか、そんな将棋に全く関係なさそうな事も色々話した。銀子が本が好きだと言えば、色々な本を渡してくれた。将棋の本もあれば、時の作家が書いた純文学や大衆文学。ライトノベルなんかもある。

 これどうしたの? と聞けば、父に話したとの事。だから大量に……と銀子は思い、それ以上は何も言わず本を読む。

 

「そろそろ退院だと聞きました」

 

 銀子が四歳になる頃、金美が言った事に銀子は頷いた。

 一年ほどの交流の中で、銀子はこの奇妙な年上の少女に対して姉のような感覚を抱いている。優しくも厳しい、年も近いのにそんな事は全く感じない……六歳児に対して言う事ではない、老成したような雰囲気。そして、自分に対する真っ直ぐで純粋に向けられる愛情に、最初に抱いていた警戒心などもう無い。銀子にとって金美は、将棋が強いお姉さんになっていた。

 

「これを、貴女にあげます。気が向いたら読んでください」

 

 そう言って渡されたのは、分厚い紙の束。A4のコピー用紙には文字がびっしり書かれた……製本を行う前の原稿用紙のような束。

 

「これは?」

「パソコンに書き溜めてた、私の将棋に関する持論です。今は何を言ってるかわからない部分もあると思いますから、わかる所だけ読んだら感想をください」

「わかった」

 

 素直に銀子は頷いた。この一年で、将棋の事に関して金美を疑う事は無くなったから。

 

「……もう、会えない?」

「どうでしょう? 将棋会館で会うかもしれませんし、貴女が呼んでくれるなら、清滝先生の所にお伺いする事も出来るでしょう」

 

 そこまで知っているのかと、銀子は納得する。

 圭の手回しで、退院後にはプロ棋士の清滝鋼介九段の家で内弟子として生活する事が決まっていた。娘であり自分と交流のある金美がそれを知っていても不思議はないし、その道に進むという彼女の決意を知って、金美がこれを持たせてくれたのだと理解した。

 

「頑張ってください。私も頑張りますから」

 

 ぽんぽんと、軽く頭に手を乗せられる。その感触に悪い気はしないと、銀子は笑みを浮かべた。

 

 

 

 内弟子として生活し、外の情報が手に入るようになった時。

 そのお姉さんが小学一年生でアマチュア竜王戦を優勝し、プロ棋士が居る竜王戦に挑むと聞いて『驚きで口から心臓が出ると思った』と、後に銀子は金美に言ったという。

 

 

 

 

 

 

 今生、明石金美となった彼女の将棋の経験値は、今現在の人類は到底到達不可能である。ソフトであっても、彼女の人生数回分の年数では届かないレベルの積み重ねをあの世で重ね、現世に持ち越した彼女はまさしく、今この世界で将棋においては最強であると断言できる。

 そしてそれは、前世において初の名人戦で花開いた彼女の将棋……『導き』にも同じ事が言える。

 莫大な経験値から、彼女には相手の棋力の成長においてどうすればいいのかが見え、それを適切に示す事が出来る。限界自体は本人に超えさせねばならないが、それでも限界を超える為の扉の前まで導き、開けさせる所まで一つの対局で可能になった。

 前世では長い時間を掛ける必要があったものだが、それだけ今と昔では経験値の桁が違う。

 

「参り、ました……」

「有難うございました」

 

 アマチュア出場枠で出場した竜王戦。第六組の金美は全ての対局で時間を使わずに勝ち進んだ。

 今居る世界と、金美が元々いた世界の差異。彼女が調べた範囲においてはそれこそ『()()金美がいるかいないか』の違いだけだ。ただ、そのせいかどうかは不明だが、清滝桂香が銀子の妹弟子になっていたりする。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、第六組決勝の相手に礼をして一声掛ける。しかし相手は小学生に負けたという事実に打ちのめされているようで、感想戦も出来ない。当然、導きも不発の様だ。

 

(気付いてくれればいいんですが)

 

 金美と指せば強くなれる。前世で一時流れた噂は、ある意味事実だ。

 ただそれは色々と条件があり、まずそれを受けられるだけの力量があるかなどの制限がある。故に闇雲に出来るものでも無かったが、あの世の経験値を得た今であれば諸々の制限は大分緩和されている。相手の気付きが必要なのは絶対条件の為、そこは変わらなかったが。

 

 対局室を出れば、詰めかけたマスコミのフラッシュに出迎えられる。前世で既に慣れた光景に気にする事無く、一礼をして迎えに来た母の車で家へと帰る。

 今生の両親は良い両親だと言えるだろう。終ぞ金美が前世で知る事の無かった一般家庭の温もりに戸惑う事もあるが、父や母と呼ぶ事に躊躇いはない。それでも金美にとって父は違っているので、『こういう時前世の記憶は不便だな』と苦笑いするしかない。

 

 『アマチュア小学生、史上最年少で竜王戦決勝トーナメント進出!』

 

 そんな見出しが翌日の新聞に載るだろう。去年、竜王戦の決勝トーナメントの制度が変わった事にも言及して、彼女を竜王にさせないためなどなんだのと騒がれている。

 金美以外そんな事になる等想定も想像も出来ないのだから、その意見は全くの的外れだ。小学二年生が竜王戦に出ますなんて、前世の金美でも鼻で笑っていただろう自信がある。本人だし。

 

 それでもこんな事をしている理由は、偏にプロ棋士になる為。

 奨励会を駆け上がってもいいが、それでは時間がかかる。さっさとプロに行って指したい相手が山ほどいるのだ。躊躇う理由は無かった。

 竜王戦で十分すぎるほどの存在感を示した金美には既に、三段リーグに編入しないかと言う話が来ている。前世では2007年に創設された制度だが、金美に来た話では無試験での編入だ。そこで勝ち抜けばプロになれる。ただ、竜王戦は辞退になるし、編入されるリーグも先の話。

 『決勝トーナメントに行ったらプロにしてください』と言ってみたが、それには流石に難色を示された。そりゃ、中身が別の世界線で名人にもなった女性だと、本人以外誰も知らないので当然である。なのでランキング戦で負けたらその話を受けますと言った。

 

 ぶっちゃけて言えば、負ける事は簡単だ。

 相手に悟られないような負けを演出するのが、勝つ事よりも難しいというだけ。ただ、そんな事をすれば相手にもそうだが将棋に対する侮辱であるとも考える為、金美はそんな事はしない。

 現在の棋力設定は、前世の金美と同じくらいだ。それも永世称号である十九世名人を得たくらいの……この時点でアマチュアにとっては無理ゲーであるし、第六組に居る棋士にとっても難易度ルナティックである。三段リーグも恐らく楽勝だろう。

 決勝トーナメントで当たる相手を考えれば確実とは言えないが、その時は見極めて上げるだけだ。だって竜王獲った事ないから獲りたいんだもの、と金美は思う。

 

(まぁ、どんな提案をしてくるかですねぇ)

 

 小学生がプロ棋戦に出るだけで大騒ぎなのに、もし獲ってしまった場合どれほどになるか金美には想像がついている。それはおそらく連盟の方も同じで、だからこそ獲れると感じさせる金美をプロにする為に動くだろう。

 

 

 

「明石金美さん。プロ棋士への編入試験を受けてみませんか?」

 

 棋士総会が行われた日の後、自宅に現れた十七世名人の資格を持ち、その総会で会長就任が決まった月光九段にそう告げられて、金美の返事は決まっていた。

 

「竜王を獲ったら受けます。それまでに負けたら三段編入でお願いします」

 

 

 

 

 

 

 竜王戦第六組を制した少女が小学生であると、月光聖市はどうしても信じられない。

 二十代の時に大病を患い、月光は視力を失った。故に他の感覚が研ぎ澄まされ、目の見える人間とは違うものが見える事がある。

 プロ編入試験の話を持って行った時、月光はそれを強く感じた。

 

(天才? いや、才能ではない。彼女の真価はその経験値……七歳か八歳の少女が積めるはずのない途方もないものである事を除けば、ですが)

 

 才能がある事も疑いはないが、それはおまけだ。将棋のあらゆる局面を知り尽くした、仙人のような人物のイメージが月光の脳内には浮かんでいる。

 実際に会った印象はそれなのに、聞こえてくる声は間違いなく幼い少女のもの。しかし流暢な喋り方からその言い回しまで、少女のものとは思えない。チグハグが過ぎて、少女のまま成長が止まった老女と言われても信じてしまいそうになる。

 

 彼女であれば三段リーグと言えど、時間の無駄。それだけの強さ、経験値を既に持っている。

 今すぐに特例を用いてプロにした所で問題ないくらいだ。竜王戦のランキング戦をアマチュアで優勝した事で既にそれは証明されている。編入試験の話も、対外的な説得力を持たせるためでしかない。

 ただ、それを蹴られるとは思わなかった。剰え『竜王になったらプロになります』と言い切られるとは思わなかった。

 

「何を言うのかと、普通なら思いますが……」

 

 ()()()()()()()()()、少女の発する気の趣きが変わった。

 竜王戦決勝トーナメントの決勝戦……要するに竜王戦挑戦者決定戦に、金美は辿り着いていた。制度改定によって、六組優勝者は最も多く勝たなければ竜王に挑戦できない。その中にはA級棋士やタイトルホルダーも交ざる事があり、この時の準決勝の相手……竜王戦第一組の優勝者はあの名人だ。

 ここで天才少女の快進撃は終わりだと誰もが思い……それは裏切られた。

 名人の手が震え、彼は対局中だというのに涙を流していた。感極まって泣きながら、『名人戦で待っている』と言って投了したのは、余りにも衝撃的な出来事だった。そんな相手と、第一組二位だった月光は今対局している。

 

 脳裏に浮かぶ姿は、天高く浮かぶ太陽。既に人ではない……あえて当て嵌めるなら、日本の神である天照大神だろうか。

 棋力自体、自分よりも上だと月光は感じている。だがそれ以上に、人類では到達不可能であろう広大無辺な将棋観を有している。何を指しても彼女にとっては既知であり、自分を更なる高みへと導いている節すらある。

 

「明石さん」

「……何か?」

「相手がいないと、退屈ですか?」

「相手はいますし、退屈もしていませんよ」

 

 何の気負いもなく言われた言葉に、何の偽りもない事に月光は驚いた。

 彼女と戦える人間は、今の将棋界には存在し得ないだろう。ならば何を持って退屈でないと彼女は断言するのか、月光にはわからない。

 こうして導いて、自分の領域に来る誰かを待っているのか……そんな事を考えても、不可能だと断言できる。将棋に絶対は無いとしても、人間の寿命に限界はある。人生を数回繰り返し、全ての記憶を持ちこして、全部将棋に捧げても辿り着けそうにない境地。

 彼女の導きがあっても、そこに辿り着ける人間など、月光には考えられなかった。

 

「神と呼ばれた棋士は居ますが、将棋の神が現れるとは思いませんでした」

 

 月光の言葉に、一際高く響いた駒音が答えた。

 

「それは、私への侮辱ですか?」

 

 金美の平坦な声に、煮え滾る怒りが込められている。()()()()()()()()()()()と、彼女が将棋で積み上げたものへの自負が伺える。才能を持ち、その才能を作り変え、経験値を積み上げ、そして将棋を愛している。

 やろうと思えば誰だって出来る事だと、金美は本気で思っている。他人がやろうとしない事にとやかく言うつもりはないが、自分がやってきた事をそう言われるのは不愉快だった。

 

「……その様なつもりはありませんでした。申し訳ない」

「私も過敏でした」

 

 その一手は月光の陣の急所だった。それから光速で寄せられ、月光は投了。金美は史上最年少かつ、史上初のアマチュアでの竜王挑戦者となる。

 

 

 

 この年の十一月。自分で自分の記録を塗り替える、史上最年少と二つの史上初を達成した竜王が誕生する。

 

 史上最年少、八歳四か月。女子小学生であり、アマチュア参加枠からの竜王誕生。

 今後誰にも塗り替えられる事のない伝説がここにその姿を現した。

 

 

 

 




名人になった → 色々しつつも生涯将棋を研鑽した → 死 → あの世で一億年ボタン連打したみたいな膨大な期間を将棋ばっか指して経験値を得る → 位階的にやべー神に目を付けられる → 転生して今度は八一と同い年になる → アマチュアで竜王獲る? できらぁ! しちゃった。


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ナナメ四十五度に向かってかっとぶ

やっちまうなぁ……!(予告


 

 アマチュアで竜王になった明石金美だが、年を越して一月にプロ棋士への編入試験を受ける事になる。金美の知る歴史ではこれがきちんとした制度になるのはもっと後の事だが、今回は彼女用に急遽間に合わせたのだろう。

 棋士編入試験の受験資格は、金美が知る物はアマチュアや女流棋士が、出場枠のあるプロの棋戦において所定の成績を収める事と、プロ棋士の推薦だ。所定の成績は例えば竜王戦であれば、ランキング戦優勝がある。プロ棋士の推薦は言わずもがなであり、師匠を決めろと言う事だ。

 試験官は、基本的に棋士番号が大きい順で選ばれる。要するに最近四段になった棋士相手になり、五局中三局勝てば順位戦に参加できないフリークラスではあるがプロになれる。

 

「月光会長……」

 

 試験の為に訪れた関西将棋会館で、金美は居住まいを正して月光へと向き直った。

 

「どうしましたか? 明石さん」

「試験ですよね?」

「はい」

「試験官らしき人が皆、タイトルホルダーかA級棋士の方々なのですが」

 

 試験会場に居るのは、五人の棋士。

 記憶では申請して二カ月後くらいに一局行い、一カ月に一局という話だったのだが、五人勢揃い。全員が全員、()()のタイトルホルダーかA級棋士。

 

「何だ金美。俺が相手じゃ不満か?」

「不満というか、こんな試験に出てきていい人じゃないでしょ生石八段。飛鳥さんは元気ですか?」

「お前の竜王戦の中継見て、『研修会に入りたい』ってうるせーくらいだよ。まぁちょくちょく遊びに来てた奴がこんな風になっちまったら、そうなるのも分かるがな……」

 

 溜息を吐いて頭を掻くのは、A級棋士の生石 充。まだA級の中では新参であるが、この頃から既に『振り飛車党総裁』や『捌きの巨匠』と呼ばれている。

 生石は金美の父の明石圭と元々奨励会で同期で、圭が辞めてしまった後でも交流があった。それから同い年の娘が居ると言う事で、金美もちょくちょく彼と会って顔見知りだ。

 その横には関東所属のはずなのにいる於鬼頭 曜(おきと よう)八段……これまたA級棋士であり、帝位のタイトルホルダー。そのまた横には、同じく関東所属のはずなのにいる山刀伐 尽八段。当たり前のようにA級棋士……生石の後にA級入りしたために新参ではある。

 

「そして私も試験官です」

「えぇ、プロ棋士が会長含めて五人ですからね。五局やってもらうって聞いた後でこれですから……いや、それも問題ですが一番の問題があります」

「ほう、何かありますか?」

「……皆さん。ここから私、言葉遣いが酷くなるんで流してください」

 

 そう断る金美に、どういう事か唯一知っている生石が『やれやれ』と肩を竦めた。それを無視して、疑問符を浮かべる四人を尻目に金美は深呼吸を一つ。

 

「名人が! おるの! おかしいやろ!?」

 

 そして吼えた。頭を掻きむしってオーバーリアクションで吼えた。何でいるんだと声を大にして言わねばならない。普通の編入試験だったらオーバーキルどころではない布陣に、ダメ押しが過ぎるだろうと吼えた。

 

「金美お前、自分が竜王なの忘れんなよ。竜王がプロでないってのも将棋の歴史の中でお前だけなんだから、試験官として名人がここにいるのもおかしくない」

「そうですよ明石さん。自分が蒔いた種ですよ」

「ザッケンナコラーッ!? やっていい事と悪い事があるのを教えるのが大人の役目でしょ!? これ明らかにやったら悪い事でしょ常識的に考えて!?」

「女子小学生竜王が一番非常識だというのに、常識を説かれるとは」

「非常識に非常識ぶつけたら収拾つかないでしょ!? 非常識(マイナス)同士ぶつけたらダメなんです!? 常識(プラス)ぶつけてください!!」

「明石クンのお父さんに近づくチャンスだと思ったんだよね。ボク」

「止めてくださいようちの家庭巻き込むの!? 大人と言えどそのドタマカチ割んぞ!?」

「時間が勿体ない。早く指そう」

「あっはい」

 

 名人の鶴の一声に、金美の大暴れは一瞬で鎮火した。『そんな事はどうでもいい。早く指そう』という名人(将棋馬鹿)の言葉の前には、金美(将棋馬鹿)も『じゃあ仕方ない』となってしまうのだ。

 大人しく名人と盤を挟んだ金美を見て、残りの四人は苦笑を禁じ得ない……月光は見えていないが雰囲気で察した。

 

「お願いがあるんだが」

 

 そのまま名人が金美へと真っ直ぐ視線を向ける。金美も背筋を伸ばし、真っ直ぐにその目を見た。

 

「どれだけ短手数になっても構わない。全力で指してほしい」

 

 名人の言葉を受け止め、目を閉じる。次に開かれた時、棋士としての意識に切り替わり……その眼に、名前の通りの金の光を宿らせる。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 竜王戦決勝トーナメントに続いて実現した二人の対局を、生石は一生忘れられないだろう。

 目の見えない月光に気を使って、二人とも自分の指し手を読み上げているが、本当はそれすら煩わしいと思うくらいに集中している。

 持ち時間は三時間……長いとは言えないそれが、名人の物だけ溶けていく。導かれる手を指し、検討し、理解していく。長考は、自身の限界点にまで導かれた証明であり、それを打ち破る為に急速に時間が溶けていくのだ。

 

「鍵は、これです」

 

 名人が指し、ノータイムで金美が指す。そこから、名人の世界が広がっていく。将棋の世界がこんなにも広く、深いのだと知れることに感動する。それを見せてくれた少女に感謝する。もっと先へと進もうと、名人は駒を指していく。

 

「名人」

「……三時間じゃ、とてもじゃないけど足りないな」

 

 苦々しい呟きと共に、名人が頭を下げた。見ているのは立ち会った四人と金美だけだが、名人の持ち時間は既に尽きている。時間切れの、反則負け。神と呼ばれた棋士が、手を伸ばし足掻いても届かない領域を見せつけられた対局は、五十手ほどで決着した。

 

「……生石クン、彼女本当に小学生かい?」

 

 山刀伐は金美の竜王戦を見ていたが、今回見せた将棋はそれとは次元が違う。竜王戦の時の序盤はまだ理解が出来た。何度も棋譜を確認し、咀嚼できる程度には。

 たが今回の物は違う。竜王戦の時が多少でも視界の利く霧の中を歩くようなものならば、今回のは一寸先すら見えない深淵だ。手探りで歩こうにも、()()()()()()()()()()()闇の中を歩くようなもの。そんな将棋を、自分の半分も生きていない小学生が指す事が信じられない。

 

「まぁ、ガワは小学生さ。中身は違うがな」

 

 呆然とした山刀伐の言葉にそっけなく返す。

 三歳の頃から金美を知る生石にとっても驚愕の対局だが、それでも以前から知っているだけショックからの立ち直りも早い。

 何せ彼の経営している銭湯『ゴキゲンの湯』の二階にある将棋道場……そこで金美は、生石の娘である飛鳥だけでなく、通っている客相手に()()()()()()()()のだ。三歳児が二十倍の年の差のある大人を将棋で良いように転がす光景を、生石は最初信じられなかった。

 最初はその客だって加減しようとした。しかしその考えを見抜かれて一瞬で詰まされた。本気でやっても詰まされた。剰え、客のプライドを懸けて振り飛車で殴り掛かってくるのを、振り飛車でぐうの音も出ない程に殴り返すのだ。

 そこからはもう、客は金美の将棋に魅せられて教えを乞うている。今では道場で金美と生石を抜けば一番強いのがその、最初に金美にボコられた客だ。

 

「中身は?」

「将棋。あいつの親に聞いたが、あいつ寝言でも将棋の話をしてるらしいんだよ。しかもよくよく聞いたら、指し手を読み上げてんだと」

「それは……」

 

 筋金入りというのも生温い、と山刀伐は思う。自分だって四六時中将棋の事を考えているという自負はあっても、眠っていても指し手を読み上げる……要は夢の中でも対局していると言う事だ。そんな事をしているとは言えない。

 

「生まれた時から将棋を知っているような奴だ。中に将棋が詰まってるって言われても驚かねぇよ」

 

 そう言って、生石は口の端を吊り上げた。

 

「ってそうだ金美」

「何か?」

「お前、師匠は決めたのか?」

「『決める前に試験受けてね』と会長に言われたのでまだですが……」

 

 その時点で前代未聞ではあるが、納得できない話ではないと生石は思う。

 アマチュアでありながら、圧倒的な強さを見せつけて竜王になった女子小学生など、核兵器級の爆弾も同然だ。生半可なプロ棋士ではその存在感に食われてしまうし、弟子にしてしまったら『囲い込み』等とも言われかねない。

 彼女を弟子にしてもそういう話を封殺できる『格』ともいえるものが、師匠となる棋士には必要だ。

 

「最低でもA級。もしくはタイトルホルダーでなければ、周りは納得しませんからね」

 

 月光の言葉には一理ある。だからこそ彼は試験官としてこのメンバーを選んだ。この底知れぬ少女棋士の師匠候補として。

 その意図は全員に伝わったようで、プロ棋士は全員考え込む。金美は『えぇー……』と頬を引き攣らせて半眼になったが。

 

「選択肢、関西棋士のお二人のどちらかしかないですよ? 私も学校がありますし」

「お前弟子にすると、飛鳥が絶対研修会に入るって聞かねぇだろうしなぁ……パスして良いか?」

「私にも選ぶ権利はあるんで大丈夫です。生石さんだと弟子になった時、『居飛車禁止な!』って言いそうなので……」

「生石クンなら言うだろうねぇ。振り飛車一筋だから」

「二人ともぶっ飛ばすぞ」

 

 青筋を浮かべた生石に、山刀伐と金美はさっさと頭を下げた。

 

「所属を変えたくはないと」

「えぇまぁ。両親の説得なんかもありますし、私立の小学校に行かせてもらってますから……転校はちょっと」

 

 於鬼頭の質問に答えれば、また彼は考え込んだ。余程の事が無い限り、小学生を引き取ってというのは難しい。前世で金美が、唯一の弟子である雷を引き取ったのはその家庭環境の劣悪さがあったからだ。そう言うものが無い限り、社会倫理的にもあまり推奨されない。

 

「明石さんは他に師匠の希望でも?」

 

 月光の問いかけに言うべきか悩む。

 可能であれば前世と同じく清滝が良いとは思うが、関係性は大きく変わってしまう。だったらいっその事、今回は違う師匠の下でという選択肢はアリだ。それに銀子とは繋がりがある為に、清滝の家に行く事はたまにあり、その繋がりで既に桂香や八一とは面識がある。

 近づき過ぎれば今の清滝一門の関係を壊してしまいそうだから、今回異物になるだろう自分は居なくていいだろうと、そう思った。

 

「……いえ、特には」

「なら、私が立候補してもいいかな?」

 

 名乗りを上げた人物に、彼以外の全員が驚愕する。

 

「……よろしいのですか? 名人」

 

 弟子を取らないはずの神が、そう言ったのだから。

 

 

 

 この後、三月までに行われた残りの四局、金美は全てに勝利を収めてプロ編入を決めた。

 八歳九か月。史上最年少、史上初の小学生で女性のプロ棋士。そしてその肩書にもう一つ、『神の弟子』が加わった。

 

 

 

 

 

 

 規則に則りながらも、全てが異例であり特例尽くしの明石金美のプロ入りは、その後も特例のようなものが存在している。正確には『金美の存在が規則を変えさせた』というようなものであるが、それは『中学生以下のプロ棋士の棋戦エントリー制の導入』だ。

 金美がプロ棋士を始めるのは小学三年生から……義務教育は中学三年生の卒業までであり、七年間はプロ棋士としての活動と被る。全ての棋戦に参加しようと思えば、授業を休んで平日に参加しなければならない事も、東京の将棋会館へと出向かなければならない事もあるだろう。

 学校などへの説明で、金美本人の事はまだマシかもしれないが、それに付かないといけない両親の労力は馬鹿にできない。父親は医者であり、母親も父親より融通は利くとは言え医療関係者だ。どちらも忙しい時は忙しい。

 そう言う事で金美の提案を受けた月光が制度を考え、総会にて承認されエントリー制が導入された。

 

「順位戦と竜王の防衛戦以外は欠場、ですか」

「はい」

 

 そのエントリーを提出しに、学校帰りに金美は将棋会館に来ていた。私立小学校の制服は大変に目立ち、それを着ているのがテレビでも盛大に取り上げられた女子小学生棋士で竜王であれば、会館は大騒ぎだ。

 何をしに来たんだと気にする人には会長秘書が部屋の外で説明を行っている。『そう言えばまだ男鹿さんが秘書じゃないんでした』とどうでもいい事を考えて、金美は月光を見る。

 

「理由をお聞きしても?」

「まず学業との兼ね合いが一点目。竜王である事によって、免状の署名に時間が取られるであろう事が二点目。三点目は小学生なので、単独での県外移動は両親がほぼ許してくれません。なので基本的に東西の会館で行われる順位戦ならと話して、それは許可を貰いました」

「防衛戦は時期が決まっていますから、ご両親としても休みが取りやすいと。ではこれで受理しておきましょう。ただ……」

「長期休暇に関しては最大限、イベント等に協力させていただきます。ただ、保護者代理の方について頂く必要はありますが」

「その辺りはスタッフの方を手配する事で対応しましょう。しかし、それだけの事をよく考えましたね?」

 

 月光の問いかけに『普通の事です』と、金美は特に誇る事もない。ランドセルを背負った少女の態度としては強烈に違和感のある光景だが、月光も気にした様子はない。目が見えないからこそ、彼はその雰囲気や心理状態で相手を判断する。どんな容姿であるか見えないからこそ、どんな相手にも一定の対応が可能であるのが強みとなっていた。

 

「順位戦。本来なら編入組はフリークラスですが、貴女は竜王なので特例でC級2組です。順位は一番下ですが……」

「既にここまで色々と特別扱いしていただいてますから、あとは実力で示します」

「女流棋士でもなく、奨励会すら入会せずにプロになったのは貴女だけですから、特別扱いになるのは仕方ありませんよ。ご自身の事はよくわかっているようなので、私からはこれ以上言う事は無さそうだ」

「落ち着くまでご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げる雰囲気が伝わり、月光は苦笑を浮かべる。本当にアンバランスであると思ってしまう。姿を見れば微笑ましくはあるのだろうが、対応は既に場数を踏んだ熟達者のそれ。長年将棋界に居る月光よりも慣れているかもしれないと思わせるのは、彼の中の少女の姿をした老女(ロリババア)説をより強固にしていく。間違っちゃいないのが最も恐ろしい所だった。

 

「免状の申請状況ってどうなってます?」

「貴女のプロ入りが発表されて、例年の倍ほどに増えているようです。担当に悲鳴交じりで言われましたよ」

「私、各方面に土下座行脚しないといけない気がするんですが……」

「下世話な話ですが、連盟としては収入が増えるのでそこまで言う事ではありませんよ。それに、貴女の登場で将棋に興味を持つ方も増えてきたと報告は上がっていますから、嬉しい悲鳴という奴です」

「反発などは?」

「それこそ、将棋の世界は実力主義です。勝った貴女が悪いのではなく、負けた我々に責任があります。その苦労を今後、貴女に背負わせてしまうのは心苦しいですが」

 

 あれだけ派手にやらかした彼女の注目度は、今までのどの棋士がデビューした時よりも高い。現役の棋士と比較しても、名人より注目されている節すらある。

 

「それが私の選んだ道です。奨励会を選ばず、女流棋士でもなく、アマチュアのまま竜王になる事を選んだ、馬鹿な私の責務です」

 

 それを真っ正面から、彼女は受け止める。自分の選んだ道から逃げる事だけは絶対にしないと、小学生が纏うようなものではない気を纏わせて、そう言い切った。

 

 眩しい。目の見えない月光はそう思う。

 確かに彼女は馬鹿だ。今居るどの棋士よりも、ひょっとしたら今まで居たどの棋士よりも、将棋馬鹿だ。将棋が好きすぎて、こうして自分は色々と便宜を図る羽目になっているが、将棋の為なら仕方ない……そんな事を思って、でも責任としてちゃんと受け止めて。

 

「――…今を壊すのが、貴女で良かったかもしれない」

 

 ぽつり、と呟かれた言葉に、金美は疑問符を浮かべる。

 

「名人が、今の将棋界で何と呼ばれているか知っていますね?」

「えぇ。弟子になった私にも、それを含んだものが付けられましたね」

「私が彼に負け、最後の一冠を奪われた夜から、彼は孤独になりました。友人を持たず、プライベートを明かさず……何を聞かれても笑顔の仮面で隠してしまうようになった」

 

 月光の言葉は、どこか懺悔の様だった。

 

「彼を孤独にしてしまった。絶大な影響力を厭うように、連盟の運営からも距離を置き、弟子を取る自由も無い。剰え唯一自由になる盤上ですら、強すぎる彼に私も、誰も追いつけなかった」

 

 月光が席を立つ。そして、金美の前に立って頭を下げた。

 

「彼の事を、どうか頼みます。貴女だけが、彼を導いてくれると信じています」

「お約束はできません。しかし……弟子となったからには、師に恩を返す必要があります」

 

 それに、と金美は微笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「私が言うのもあれですが、若い芽は確かに芽吹いていますよ。月光会長」

「明石竜王、貴女は本当に小学生ですか?」

「疑問に思ってもそう言う事言わないでくださいよ。ちゃんと戸籍謄本やら確認されてますからね?」

 

 

 

 

 

 

 2009年の5月。

 世間ではゴールデンウィークと言われる時期にあるのは、小学生名人戦の準決勝と決勝である。各道府県予選大会を勝ち残った四十六名と東京区内一名、東京多摩地区一名を加えた四十八名でリーグ戦を行い、勝ち残った半数でトーナメント。そこで勝ち残った四人による準決勝と決勝は公共放送によって収録され、テレビ放映される。

 

「さて、幼き竜王よ。準決勝第一局……京都代表と東京多摩地区代表の一戦だが、どう見る?」

 

 その大盤解説が、対局を除けば金美のプロ棋士としての初仕事である。それは良いのだが、聞き手が癖があるというレベルではない相手だった。

 この組み合わせにした奴誰だよと内心で悪態をつきながら、極自然な笑み(営業スマイル)を浮かべて対応する。

 

「私の名前は明石金美です、釈迦堂女流四冠……どちらも小学五年生で、京都代表は供御飯万智さん。東京多摩地区代表は月夜見坂燎さん。小学生名人戦に勝ち残っているのですから、相性等があっても棋力的にはほとんど差はないと感じますが」

 

 戦況は序盤を終えた所。ここから激突が始まるのだが、どちらも攻撃的な戦型を選んでいる。将棋の出来る小学生が指す手にしては勇気がある決断と言えるだろう。

 

「自分の詰み筋を読めない方が負けるでしょうね」

「頓死で決着だと?」

「プロ棋戦と比較するのもあれですが、持ち時間十分で切れれば三十秒将棋は恐ろしく短い。故に必要なのは、自身の致死をかぎ分ける嗅覚とも言うべきものでしょう。それはそのまま、相手の致死を見抜く力に直結します」

「将棋における危機回避能力……自身の玉に迫る死を回避する力。それを知る者は故に相手をどう殺す事が出来るかを知る。犯罪者が犯罪の手口に一番詳しいというようなものか」

「公共放送でその表現って良いんですか? ……セーフ? なら良いです」

 

 スタッフに確認して大丈夫だったので、金美はそのまま続行に入る。中盤に入り、駒の動きが激しくなっていくが、これでもまだ定跡から逸脱しているわけでは無い。スムーズに解説し、身長が足りない場合は台を利用して大盤の駒を動かしていく。

 

「ここで多摩地区代表が外してきたな」

「そのまま行けば彼女が負ける定跡なので外す事は既定路線ですが、ここから五手ほどで読めているかどうかが分かりますね」

「読めて……どういう事だ?」

「五手先に大きな分岐点があり、そこでの指し手によって形勢は大きく変わります。手を間違えればそのまま、京都代表の供御飯さんが負けます」

「……もしや、限定合駒か?」

「それよりは全然広くて丈夫なものです。蜘蛛の糸がロープに変わった程度ですが」

 

 驚きに目を見開く釈迦堂を余所に、金美が大盤で予測として手を進めていく。五手先に示されたそれに、金美の言う解答を当てはめて二人の棋風に則り指していけば、十手先で十二手詰めが完成。供御飯の勝ちとなるが。

 

「違う場合は、勝ち筋が遥か彼方に行きますね。その後の対応次第で、死路に早変わりです」

 

 その解説の答えは、それから数分で現れた。

 

「――…これは」

「終わりました。これだけ読めているならまず逃さないでしょう。十三手で京都代表が詰みです」

 

 淡々と詰みまでを解説して行く金美を、釈迦堂は興味深そうに眺める。果たして小学生名人戦準決勝第一局は、金美の解説通りの盤面で決着した。投了のタイミングすらも見切って、金美は次の対戦カードに話を持って行く。

 その姿は、この小学生名人戦で戦う四人と同年代とは思えないほどに堂々としたもので、貫禄すら漂わせていた。

 

「釈迦堂女流四冠は、どちらに注目されていますか?」

「っ……そうだな。余が注目しているのは……やはり区内代表だな」

「私は地元の代表と言う事で、大阪代表ですかね」

「確か同い年……同い年? なのだな」

「同じ小学三年生です。誕生日は私の方が早いですが、まぁあまり変わりません」

「知り合いなのか?」

「少し」

 

 具体的な話は伏せて、場を繋げていく。

 話術の方も前世でそれなりに、大盤解説などに出て鍛えられたのだ。それに彼女がコミュ力強者と認める鹿路庭珠代の会話術……実はその関係で鹿路庭は本も出したのだが、彼女直伝のそれでともかく話は途切れない。

 

「……大阪代表はいきなり定跡を外してきたな」

「対する区内代表は、超の付く正統派スタイルで矢倉ですか。中々面白い二人ですね」

 

 そして始まった大阪代表……金美も知る九頭竜八一と、区内代表の神鍋歩夢の対局が始まる。前世では名人戦でも見た組み合わせに、思わず込み上げてくるものがあった。ただ、歩夢が名人になった時に求婚されたのを思い出して、込み上げてきた物は消えていった。

 四十手前で求婚されても困る上に、金美自身結婚する気などなかった。彼自身に何か欠陥……中二病気質は三十に迫って落ち着いた……があるわけでもなく、ただ結婚する気が無かったので断っていた。しかし、彼はめげずに金美をデートに誘い、何かと気に掛けてくれた。

 絆されてゴールインでもすれば美談だったのだろうが、絆されるようなら師匠もあの世で嘆きはしない。きっちりと話し合って袖にして、二人の関係は棋士という共通項を持つ仲間のままで終わったのだ。

 

 それがあるので、転生してもなお微妙な苦手意識が金美の中にある。八一が居た時点で半ば想定していたが、それでも『あっちゃぁー……』と思ってしまう。

 

「型破りと正統派か……どちらも、輝くモノはありそうだな」

「ちょっと解説放置して見るのは……ダメですか。わかりました……」

 

 がっくりと肩を落とした金美が仕事に戻る。テンションを落としながらも、解説は冴えに冴えわたる。八一の突飛な手を、その効果や繋がりを明確にして解説していき、歩夢の堅実な手に隠された意図を詳らかにしていく。

 それが全て現実として盤上に現れてくる様はまさに『予言』だ。ここまで来れば彼女を小学生と侮る空気は掻き消え、同時にその見識に違うものが見えてくる。

 

 『神の弟子』……それはまさに、次代の神だと、誰かが思った。

 

「決勝は大阪対東京になりました……個人的には是非大阪に勝ってもらいたいです。地元ですし」

「余はどちらも違うからな……」

「女流四冠はどちらのご出身でしょう?」

「神奈川の鎌倉だ。神奈川代表はトーナメントまで勝ち残ってくれたが及ばずだった」

「鎌倉ですか。色々と銘菓も美味しい所ですね」

「定番菓子もあれば、他にも色々ある。明石竜王はお菓子が好きなのか?」

「甘い物は好きですよ。家に居ると母に量を制限されるので、果物以外あまり食べれてませんが」

「今はお菓子よりもちゃんと食べて育つ事が肝心であろうしな。母君には感謝するのだぞ」

「それは勿論。ただ、帰りに東京のお菓子は買って帰ります。自分用に」

「そこは黙っていた方が良かったのではないか……?」

 

 本日付き添いの金美の母が『後でお説教』と態度で示せば、わかりやすく金美が恐れ戦いた。そこは歳相応なのか……と釈迦堂が金美についての評価に困っていると、小学生名人戦決勝が始まる。

 

「おや」

 

 そんな声を金美が上げる程度に、決勝の将棋は独特だ。

 

「準決勝に続いて、大阪代表は独特だな」

「独特ですが……指し回しはかなり形になっていますね。まさに自由で柔軟な発想、という所ですか」

 

 定跡無視の力戦将棋を指す八一の表情は明るい。指す事が楽しくて仕方ないと言ったものであり、金美も知っている将棋馬鹿の表情だ。

 解説が難しそうですね、と言いながら鋭い眼差しで一分程度思考。大盤の駒を動かしながら、金美は決勝を戦う九頭竜八一と月夜見坂燎の考えとそれに伴う戦術。そして目的を述べていく。

 

「……まさに預言者よな。明石竜王が述べた通りの盤面か」

 

 ()()()()()()()()()通りの終局を迎え、決勝は終了した。小学生名人に輝いたのは大阪代表の九頭竜八一。小学三年生での小学生名人は史上最年少記録。

 それに伴って主催者が気を利かせたのか、表彰式でトロフィーを授与する役が金美に回ってくる。解説で大阪が地元と言った事もそうだが、史上最年少同士という事も考えたのだろう。それは快く引き受けたのだが。

 

「おめでとう」

「あ、有難うございまヒュッ」

 

 弟子の大盤解説をお忍びで見ていた師匠が突然現れ、三位二人と準優勝者へのトロフィー授与を行う事に決まった。『何がどうなっているんだ……』と弟子は思うが、『終わった後にうちにご飯食べに来なさい。案内するから』と事前に言われていたため、会場に居る事自体に疑問は持っていなかったりする。

 サプライズにもほどがある演出……現名人と現竜王揃い踏みでトロフィーが授与され、憐れ四人は程度の差はあれど対局より緊張している。特に歩夢は礼もガッチガチで言葉も噛んだし、名人が登場するまで泣いていた万智はあまりの驚きで泣き止み、燎は勝った八一を睨み付けていたのが嘘のように大人しい。

 

「おめでとうございます、九頭竜君」

「あ、有難うございます……な、何で二人が?」

「私は解説の仕事ですが、師匠は何故でしょうねぇ……?」

 

 唯一、金美からトロフィーを授与された八一が何とか疑問をひねり出せた。そんな彼に『自分もよくわからん』と金美は笑いかけ、握手を交わした後で離れていく。

 

「何か言わないのかい?」

「言わなくても、いずれもっと大きい場所で戦う事になりそうですから」

「男の子二人かな?」

「可能性が高いのは。女子二人は、何かの拍子で化けてくれればいいんですが」

 

 表彰式の後、名人と竜王に月光会長、そして主催者に挟まれて、四人は集合写真を撮る。目の前に現れた神の効果かわからないが、四人全員が終始大人しかった。

 

 この後の食事会では、名人とその奥さんと娘さん二人が集合しており、娘さん二人に猫かわいがりされる竜王が居たとか居ないとか。

 

 

 

 




いっしゅうめの主人公の容姿イメージはアイマスの白瀬咲耶。
にしゅうめのイメージは高垣楓だったりする。


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前世の因縁なんかは色々と形を変えてやってくるんだZE

筆が乗っちゃったZE


 

 前世とほとんど変わらない世界において、リリースされている将棋アプリも特に変わらない。だったら、と金美が始めたのは前世でも雷や銀子、岳滅鬼にも勧めたものだ。プレイヤーネームに『Kanami.Mikagami』と入力して、初期で選択できる最高段位からスタート。ソフト使用に引っかからないように指し回しながら、連勝を積み上げていく。

 

 彼女が気にしているのは、唯一の弟子であり愛する娘でもあった祭神雷の事。竜王戦の賞金が入った直後、親には秘密で月光会長経由で探偵に依頼を出してもらった。『岩手県奥州市で、祭神雷という少女が居るかどうか』というものを、会長は訝し気にしながらも『わかりました』と探偵に依頼してくれ、一月後に結果が来た。

 

 結果は、該当者無し。

 

 居ないのであれば、それはそれで諦めもつく。しかし居た場合、元気かどうかだけでも知っておきたいと思っている。自身が前世とは違う時期に生まれた為に彼女も生まれた年代がずれているという可能性は、当然ある。もっと言えば、生まれた場所が違う可能性だってあって、名前だって違うかもしれない。

 少なくとも、今回の調査結果は水鏡金美が弟子として、娘として引き取った祭神雷は存在しない……という事を証明するものだ。ならばもう、自分から動けるとしたら思い出があるこのアプリを使い、自分以外誰も知らないはずの前世の名前を入れてリアクションを待つというくらい。

 まぁそれは別としても、このアプリは前世と変わらず魔窟アプリと化している。奨励会に熱心なプレイヤーでも居るのか、奨励会員は元より関東の方ではプロも登録しているらしい。オンライン対戦だけでなく、ソフトと対戦も出来るのでその辺りが受けている理由かもしれない。

 

 この時期のソフトはまだ、そこまで強くない。

 素人や少し将棋を齧っただけの相手なら勝てないだろうが、奨励会員やプロならまぁ普段と違う実験などで慣れない場合以外は負けないだろう。女流棋士であっても勝ち越せるレベルであるが、これが数年後にはプロを食うまでに成長するのだから侮れない。

 

「それで、私に何か用ですか?」

 

 関西将棋会館一階にあるレストラン『トゥエルブ』。そこのテーブル席に座っていた金美がスマホから視線を上げれば、対面には清滝鋼介を除いた清滝一門の姿がある。

 小学生名人戦の後、八月にあった奨励会の入会試験をパスして六級で入会した八一と、未だ奨励会には入っていない銀子。そして、未だ研修会で燻ぶっている、清滝桂香。

 

「貴女の書かれた物だと聞きました」

 

 桂香が鞄から取り出してテーブルに置いたのは、銀子に渡したコピー紙の束。金美が構築した()()()()()()()へ向けた心構えや修練法。自己分析の方法などが書かれている……この時点でもし出版されれば、今後将棋を指す女性たちの中でスタンダードになるほどの完成度を持ったそれだ。桂香が食いつくのも道理だろう。

 

「それが何か? あぁ、感想なら有難く聞かせて頂きますよ」

「貴女はこれで、そこまで強くなったのですか? 明石竜王」

「いいえ? それで強くなったのは途中までです。それ以降はまだ理論の構築中ですから」

「銀子ちゃんに渡したのは、何故?」

「退院祝いですよ。私なりの理論と修練法、そして銀子向けの体力づくりの方法なんかを書いてるのはその為です。父は彼女の心身に良いのは将棋だと判断して教えましたし、それで強くなりたいと思っている事は知っています。だからそれが適当だと考えました」

 

 ただ、それが聞きたいのではないだろうと、金美はスマホをしまって真っ直ぐに桂香を見た。記憶を辿れば恐らく高校三年くらいだろう姿をした彼女は、前世では金美と同じ共学に通っていたが、今生では女子高らしい。

 それと、前は既にこの時点で女流棋士にもなっていたが今は違う……将棋を止めていた時期があるために、遅れに遅れている。

 

「……私に、将棋を教えていただけm」

「良いですよ。ついでに銀子がどれだけになっているか見ましょうか」

「ふぁっ!?」

 

 桂香の頼みをノータイムで引き受け、ついでに銀子を巻き込む竜王。さらっと畜生の所業に晒された銀子は驚愕の声を上げるが、それでも『お姉さん』と指せると聞いて気を取り直した。

 

「やる」

「では免状の署名が一段落したら道場で良いですか? 時間としては三時頃だと思いますが」

「え、えぇ……いや、いいの? わたしとしても唐突で図々しいお願いだと思ってたんだけど……」

「これ、清滝さんも読まれたんでしょう?」

 

 テーブルに置かれた紙束を銀子に渡しながら問えば、桂香は頷いた。

 

「恐らく書かれた修練法を試して、()()()()()()()。今現在自分の将棋を見失いそうになっている、という所ですか」

「どうして……」

 

 わかるのか、と呟いたのは八一だ。銀子からの縁でしか繋がっていないのに、見てきたかのように語る金美。どんな超能力を持っているのかと聞きたくなるが、対する金美の反応は淡白だ。

 

()()()眼は良いんです。観察眼とかそう言ったものは」

 

 『導き』の将棋は、相手を見抜く事から始まる。それが出来なければ如何に金美とて、相手を将棋で導くなど不可能なのだから。『照魔鏡』とも『浄玻璃鏡』とも呼ばれたその観察眼は、彼女の前世の生い立ちによって人を良く見ていたからこそ身に付いた。それが無ければ、金美の将棋はもっと別なものになっていただろう。

 

「後、お節介ながら一つだけ言わせて頂きますが」

「はい」

「ご自身の立脚点を見つめ直す事をお勧めしておきます。()()()()()()()()()を見つめ直す事で、見失っていたものの取っ掛かりは見つかるはずですから」

 

 

 それから今日の免状ノルマを終えて、告げていた時間通りに金美が会館二階の道場に顔を出せば俄かに騒がしくなる。それを気にせず、目的の二人が座る盤にまで移動して金美は腰かけた。

 

「九頭竜君は何故?」

「いや、二人がやるなら僕もと思って……」

「まぁいいでしょう。皆さん自身が一番得意だと思う戦法でどうぞ」

「「「よろしくお願いします」」」

「よろしくお願いします」

 

 礼をした後、三人に先手を譲り金美はそれぞれに応対していく。

 彼らの師匠の清滝は、前世では戦型に対してそれなりに柔軟な棋士だったが、今生では居飛車党だ。水鏡金美がいない事で振り飛車に対する意識改革を行う人間が居なかったのだろう……三人とも居飛車なので、金美の選択は決まった。

 

「っ、三面とも違う形……!?」

 

 桂香相手には5筋の歩を突いて中央に飛車を振り、銀子相手には相掛かりの攻め将棋。八一相手には()()()()()()()からの超急戦を仕掛ける。普通ならどこかでミスをしてもおかしくない……三人相手に全部違う戦型など、脳の処理がおかしくなってしまう。

 だが、前世で名人だった彼女の最たる才能……自分自身に常に施していた脳への修練は、その脳内将棋盤と符号の読み上げの数に裏打ちされた並列処理能力だ。前世の最盛期では二十の脳内将棋盤と二百の脳内符号処理で戦局を読み、勝率九割を上げた事もある。

 

 その生涯を懸けて練り上げた修練法を、ゼロ歳児の頃から行った今の金美の並列処理能力は脳内将棋盤の数で()()。符号処理に至っては()()。身体的に成長しきっていないままで前世の十倍から二十倍。成長すればさらに増やす事が出来るのは明らかであり、それは金美も織り込み済み。

 ただ、全開で使えばすぐに倒れてしまうので普段は当然セーブしている。故に限度はどちらも半分程度の数であるが、それすらも破格の性能だと言えた。

 

「凄い……」

 

 そんな頭の中であると他の誰も知る由はないが、紡がれる将棋はその圧倒的な読みの深さと修練の密度を雄弁に伝えてくる。八一が思わず呟いた言葉には、桂香も銀子も同意せざるを得ない。

 

(小学三年生? これが? 何をどうしたらこんなに将棋が強くなれるの……!?)

 

 銀子も八一も、その歳で破格の才能を持っていると、桂香は思っていた。自分には届き得ないものだと嫉妬して、そんな時に銀子と八一に割り当てた部屋の中で、金美の書いたこの紙束を見つけた。

 最初はちょっとした好奇心で読んだだけ。しかし読み込んでいけば、そこに書かれていたのは桂香が現状で最も欲していたもの……女流棋士になる為に強くなれる道程。今までの清滝桂香の将棋観を破壊して、再構築するだけの威力を持ったものの数々。それを書いたのが誰かと言えば、この小学生にしてプロになった竜王……ついでに言えば、プロ棋士なら誰もが最初に名乗る段位である四段すら名乗らなかった存在。

 

「……状態は理解しました。しっかりと踏ん張ってください」

 

 そんな竜王の呟きに反応する間もなく、各々の盤の厳しい所に手が指される。

 

「現状の限界点です。その限界の向こう……一歩でも、何なら半歩でも構いません。踏み出してください」

 

 声音は優しい。心の底から限界を超えてほしいと願う、まるで自分が彼女達の師であるかのような言葉だ。厳密には違うが、こうして教えを乞うている時点であながち間違いではない。

 銀子も、八一も、桂香も歯を食いしばって読みを入れる。見えた手を指そうとして、踏みとどまって三人が利き手を強く握り込む。三人の師匠と同じ仕草に、金美は笑みを零す。やはり間近で見てきただけあってもう、三人には清滝鋼介の将棋が根付いているのだと嬉しくなった。

 

 読め、読め、読め、読め、読め、読め!

 

 目を見開いて、顔を赤く染めて、桂香は示された闇の中を歩く。一歩間違えれば奈落の底に……目指す光である夢が遠のいてしまうと本能的に感じているから、一切手を抜かない。

 試されている事に怒りは覚えない。目の前の竜王が自分達に対して真摯に、そして誠実に応対している事が理解できているから。あれだけの理論を構築できる人間が今こうして自分を指導しているというのは、宝くじに当たるような確率だ。

 

「……あ」

 

 闇の中で、光を見つけた。そこに指すと、真っ直ぐに光の道が出来ていく。

 

「おめでとうございます」

 

 そう言って金美は、あらかじめ買っておいたスポーツドリンクのペットボトルを桂香の方に置いた。有り難くそれを貰って半分ほど飲み干した後、桂香の頭の中に先ほど見たビジョンが鮮烈に蘇る。

 

「いまの……」

「道が見えたでしょう? 貴女が望んだ貴女だけの道です。踏み外しそうになったら、家族に支えてもらってください」

 

 慈愛に満ちた微笑みを桂香に向けて、金美はまず八一を詰ませに行った。『えげつないっ』と彼が叫ぶのも気にせずに指された奇手の連発は、今後確実に彼の糧になるだろう。

 

「これはいつもの詰ましに来るお姉ちゃん……!」

「はいはい。いつも銀子を詰ましに行く怖い将棋のお姉ちゃんですよー」

 

 言った銀子もそうだが、笑って言い返す金美も金美である。相掛かりであり、純粋な力比べとなった銀子の盤面は既に劣勢というよりも敗色濃厚だ。それでも最後まで指す……見えた詰めろから脱し、もっと指す為に。

 

「はいドーン」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 棋戦では絶対に言わないような擬音を口にして金美が指せば、銀子が崩れ落ちた。『お姉ちゃん酷い』と抗議する彼女に、金美は苦笑する。

 

「強くなってますね。それに身体の方も、これくらいの読みにはついてこれるようになりましたか」

「うぅぅ……最近八一にも勝てないのに……」

「あぁ、都道府県予選で負けたんですか。だから九頭竜君が出てきたんですね」

「も、もう一回お願いします!」

「今回の趣旨は清滝さんですからね? 負けた二人で指しといてください」

 

 もう一回と強請る八一に銀子を嗾け、金美は桂香へと向き直る。彼女だけまだ詰んでいないから、本腰を入れるのだ。

 

「清滝さんは、女流棋士になりたいんですか?」

「え? そう、だけど……」

「なってから何がしたい、という目標は?」

「……それは」

「無いなら無いで良いんです。そういうのはなってから決めても良い物ですから」

 

 会話をしながらパチリ、と金美が一手進める。

 

「女流棋士になりたいという夢の、出発点は?」

 

 同じ事を問いかける。

 前世と同じであるならばという前提だが、桂香の夢の始まりを金美は知っている。彼女が挫けそうになった時、金美は同じ事を問いかけた。

 生きていく中で、上手くいかない時は必ずある。金美だって、史上初の女性棋士だのなんだの言われても順風満帆な人生だったわけでは無い。それでも挫けずにやってこれたのは、自分の出発点をちゃんと覚えていたから。

 

「夢の、出発点……」

「貴女の夢の、貴女だけの出発点――…それを忘れないならきっと、その道は光り続けます」

 

 導かれていく。桂香の中にあった出発点から、夢へと続く道が示され、確かな形を帯びていく。

 

「忘れないでください。夢を叶えたら、またこうして指しましょう」

 

 いつの間にか、盤の上では桂香は詰んでいた。しかしその胸の裡に溢れ出してくるのは、もっともっと将棋を好きになりたいという情熱だ。

 将棋を指す中で、こんなにも自分と向き合った記憶が桂香にはない。銀子と八一が内弟子として家に来て、その無垢な情熱に中てられて再び夢へと走り始めた自分。そんな自分の中にまだこれだけのものが眠っていた事に、彼女は気付かされた。

 

 席を立って道場を出る金美の背中に向かって、桂香は深々と頭を下げる。

 

「ありがとう、ございました……っ」

 

 目から零れ落ちた雫には、確かな熱が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 色んな物を完全に無視してプロ入りした金美に、奨励会の知り合いなどほとんどいない。だからと言って誰も金美の事を知らないのかと言えばそんな事はないし、会えば挨拶を交わす程度に交流もある。

 

 そんな彼女の、将棋会館にある棋士室へのデビューは、誰よりも早く来ての掃除からスタートした。

 

 女子小学生であるが、現役の竜王である彼女が新入りのようにせっせと掃除する様は奨励会員の胃に深刻なダメージを齎す(残当

 奨励会員たちにとってプロ棋士は殿上人にも匹敵する。特に竜王は棋戦としては序列一位であるし、タイトルの権威は名人と同列に扱われる最高位。そんな人間が額に汗して、数十年放置されてきた棋士室の頑固な汚れなどを清掃している。如何に棋士室では将棋が最も尊ばれると言えど、土日に最も早く来て掃除をする彼女を放って将棋を指せる人間はほとんどいない。

 

「申し訳ありません。将棋を指したいでしょうに、こんな事させてしまって」

「いえいえ! 竜王だけに掃除をさせてる方が恐ろしいですから!」

 

 そんな彼女を手伝ってくれているのが、金美も知る関西奨励会で最もお人好しな鏡州 飛馬(かがみず ひうま)である。現在二十歳の奨励会三段で、棋力もあれど絶妙な所で運を逃す人だ。

 金美が頭を下げれば、鏡州は恐縮したように両手を振る。彼の協力もあり、予定より遥かに早く清掃……もはや大掃除ではあったが、それは完了した。壁や床に染みついたタバコのヤニや棋士の血と汗は綺麗さっぱり落ちて、ピカピカに輝いている。

 

「盤駒の修繕は『天辻碁盤店』に連絡しましたし、とりあえずはこれで。有難うございました」

「あはは……この部屋がこうなるとは思いませんでしたよ。しかし何故掃除を?」

「私なりの奨励会の方々への敬意と、奨励会にも入らずにプロになった私がここを使わせてもらう為の代償行為という奴ですかね」

「……竜王である君がこの棋士室に来る事を拒める人はいないと思うけど」

「じゃあ私が気持ち良く使いたいからという事にしておいてください。陰気な部屋だと、文字通り陰の気を呼び込んで将棋に悪いものも呼びそうですから」

 

 くすりと笑う金美につられ、鏡州も笑みを浮かべる。

 こうして話すまで接点のなかった相手ではあるが、将棋に対する真摯さには好感が持てると彼は思う。アマから直接プロになった天才だから一体どんな変人かと思えば、中々どうして常識を弁えているのも驚きだ。

 

「失礼な事考えましたか?」

「いえそんなとんでもない」

「まったく……手伝って頂いたお礼に、研究会でもしましょうか。鏡州さん」

「良いんですか!?」

「それくらいしかお礼になりそうなものがありませんし」

 

 小学生が大人に御飯を奢ってもマズいだろう、と金美は考える。だったら将棋で返すのが一番角が立たない。曲がりなりにも竜王である金美と研究会が出来るとなれば、奨励会員で飛びつかない人間はほとんどいないだろう。

 早速、修繕に出す予定ではない盤と駒を用意して並べていく。

 

「竜王は居飛車党……ではないんでしたか」

「どちらも指しますからね。鏡州さんは居飛車党で?」

「一応振り飛車党ですけど、居飛車も指せます」

「なるほど。とりあえず十秒将棋で何局か指してから研究会をしましょうか」

 

 平手で先手を鏡州に渡し、彼の将棋を俯瞰する。

 鏡州の将棋は元は振り飛車だが、一手損角換わりや相掛かりの居飛車も指してくる。オールラウンダーである分どちらも粗が見えるが、実力としては流石三段リーグとも言える物は持っていた。

 

「まずは振り飛車から行きましょうか」

 

 三局指して粗方を把握した金美は、鏡州との研究会へと思考をシフトする。

 飛車を振り、攻撃的なゴキゲン中飛車から通常の守備型。一手損角換わりを指せるならばと、その感覚に近い形の角交換向かい飛車や、どちらも指せるからこその奇襲・二手損居飛車など、鏡州だけでは出てこなかった発想の手が彼の将棋観を粉砕していく。

 

「こんな、手が……」

「形を示しただけで鏡州さん用にカスタムしていく必要はあるでしょうが、こんな振り飛車もあると言う事で」

「ほーぅ。俺を差し置いてこんなん隠してやがったのか、竜王サンよぉ」

 

 集中していたせいか気付かなかったと、金美は観念したように溜息を一つ。鏡州もびっくりしたように肩を震わせて声の主を見る。

 というより、いつの間にか多数のギャラリーに囲まれているのに、二人は今更ながら気が付いた。

 

「生石八段……!」

「聞かれなかったんで隠してたわけでは無いですよ? という事は聞かなかった生石八段が悪いのです」

「まだ隠してんだろ? ほら、とっとと振り飛車出せ」

「我竜王ぞ?」

 

 ぎゃいぎゃい言い合う大人と子供に、周りの空気が弛緩する。思った以上に張りつめていたのかと、鏡州も息を一つ吐けば肌着がじっとりと濡れて重くなっていた。

 

「はっ、俺に敬語使わせたきゃ棋戦で勝ってみるんだな」

「お、言いましたね? じゃあそれでいいので、とりあえず一個出しましょう。でもこれ生石八段に使えるかなー! どうだろうなー!?」

「その挑戦受けてやろうじゃねぇかコラァッ!? 飛馬!」

「あっはい」

 

 大人棋士と子供棋士の言い合いではなく、ガキとガキの言い合いに退化したそれは十秒将棋での戦いに変わるらしい。鏡州が退いて代わりに生石が座り、『よろしくお願いします』と互いに礼をする。こういう所は二人ともキッチリしていて、ギャラリーの笑いを誘った。

 

「くっそ!? 何だこの気持ち悪い振り飛車はぁっ!?」

「あれれー? 受けないんですかぁー? 振り飛車ですよぉ?」

「金美テメェ後でうちの銭湯の風呂掃除させっからなぁ!?」

「母へ連絡してくれたらいいですよー」

「そこで普通に引き受けんじゃねぇよ」

「普通に銭湯好きですし。飛鳥さんとも久しぶりに指したいですから」

 

 一匹狼気質の生石の新たな一面が見れた事で、今生の金美の棋士室デビューは良い意味で奨励会員の印象に残ったという。

 ちなみにこの日生石が棋士室に顔を出したのは、父親の圭から『今日娘が棋士室に行くから様子見て』と頼まれたからだった。こういう所で面倒見が良いのは、同年代の娘を持っているからだろう。

 

 

 

 

 

 

 女流棋戦は、2009年の段階では四つしかない。

 女流名跡に女流帝位、女流玉将と山城桜花だ。女王と女流玉座は知っている流れで行けば、2011年から始まる。その四つあるタイトルを全て手にしているのが、今金美の前に座っている釈迦堂里奈だ。

 時は夏休み。金美は順位戦対局と、数日のイベントをこなす為に東京に来ていた。その際の保護者を買って出たのが彼女。ちなみに師匠は金美に触発されて、地方への将棋普及活動に出て行っている。

 

「小学生名人戦ではお世話になりました。これ、母からです」

「ご丁寧に済まない。母君には釈迦堂が礼を言っていたと伝えてくれ」

「わかりました……のは良いんですが、ここは?」

「余の城だ」

 

 違うそうじゃない、と金美は突っ込みかけたが堪える。

 新幹線に乗り、東京駅で合流した二人はタクシーでそのまま原宿にある建物へとやってきた。重厚な石造りの外観を持った、おとぎ話に出てくるような建物の正体を金美も前世で知っているが、今生では知らない事になっている。故に迂闊に口を開くわけにもいかないが、言わねば進まない。

 

「何かお店でもされてるので? 住居にしては……」

「広すぎる、か? まぁそれはその通り。流石の洞察力よな明石竜王」

「多少考えれば洞察力抜きでもわかる気がしますが……」

「ここは住居兼店舗だ。結婚式場やスタジオにも使えるスペースを持ち、余のデザインした服も売るセレクトショップもある」

 

 明石金美、ここで猛烈に嫌な予感がしている。しかし今現在は小学生の身体であり、逃げだせば親へと通報待ったなしだ。それは各方面にとってよろしくない為、逃げ出すのを我慢しながら、それが墓場への道だと知りつつも口を開く。

 

「……どのような服を?」

「君をイメージしてデザインしたらいい案が幾つも出来てな。今回、ここに泊める代価として着てもらいたいのだよ。要はモデルだな」

 

 やっぱりかよぉっ!? と叫ばなかった事を、金美は後に大絶賛するだろう。自画自賛だが、彼女にとっては竜王獲得並みの快挙である。だが目の前の現実はそれでは変わらない。棋力が上がろうと、ソフトでも到底追いつけない経験を有していようと、今この状況の明石金美竜王は無力な小学三年生だ。

 容姿も決して悪くない……というより普通にアイドルも出来るほどに美少女であり、物静かで捉えどころのない不思議な魅力を持っていると評価されている。捉えどころのない点は前世と大差ないが、容姿は王子様系から可愛い系へと変わっているので、本人の意識とはズレた服を用意されている事が多い。普段着も、年齢などの兼ね合いでそれ系ばかりだ。

 

 ずらり、と用意された衣装は数着。ドレスのようなものが大半だが、和風の物や天使をモチーフにした物まである。それだけ釈迦堂の興が乗ったと言う証拠を突き付けられて、金美の退路がどんどん無くなっていく。

 

「……これらを着ろと」

「ついでにイベントにもこれで出て、宣伝してくれると滞在の間のご飯のグレードが上がる。お菓子も付けよう」

「尊敬すべき方の顔にグーパン叩き込みたいと思ったのは初めてですよ……!」

 

 食事とおやつを盾にされれば、選択肢は一つだけ。それに自分が着てイベントに出れば、それだけイベントも盛り上がるだろう事はわかる。釈迦堂も将棋界発展のために尽力してきた人物の一人であり、多分に個人的趣味が含まれようとその目的を外す事はない。

 だったらこれは将棋界の為に必要な事なのだと、自己暗示をかける。前世では断っていたのに何の因果で今生は着ないといけないんだと言いたくなるが、将棋界の為と頭の中で念仏の如く連呼する。この時ばかりは脳内将棋盤も符号処理も解除だ。

 

「それは『新緑の淑女』だな」

「すみません、私のサイズ何時測ったんです?」

「母君と以前連絡先は交換していた。その時にな」

「身内に裏切られた……ッ!?」

 

「次は『甘美なる姫君』」

「天使の羽根つきとか、これ絶対普段着じゃないですよね」

「天使の羽根は、撮影などでの貸衣装で幼い子に人気があるぞ」

 

「『幸福のひととき』。まぁウェイトレスだな」

「さっきのよりマシだと思ってしまう自分が怖い」

「気に入ってくれれば余としても嬉しいがな」

 

「『聖夜の祝宴』はクリスマスをモチーフにした」

「今夏休みですよ? 先走り過ぎでは?」

「何、冬休みでは必ずクリスマス関係のイベントには呼ばれるさ」

「嫌な未来予測有難うございます」

 

「和をモチーフにしたドレス、『優艶の花尽し』だ」

「ただの露出度の高いドレスなのでは? 肩丸出し……」

「十二単のような重なった感じは少し苦労した」

 

「花の妖精のイメージの『芳声の花姫』はどうだ?」

「確かにそれっぽい……はっ、今普通に受け入れてた!?」

「フフフ、順調に染まってきたようで何より」

 

「『心映す瞳』は、まるで先を見通す氷で出来た鏡の眼をイメージした」

「だから所々に氷っぽい飾りと冷色が使われてるんですか……とすると、腰のは氷の薔薇?」

「分かってきてくれて嬉しいよ」

「わかりたくないのにわかってしまった時のダメージが酷い」

 

「『誘惑の招宴』はまぁ、そのままだ」

「猫耳に尻尾とか狙い過ぎじゃないですか? コスプレ?」

「君は猫というより、竜王だけに竜だがな」

「まったく上手くないです」

 

「さて、名残惜しいが最後だ」

「や、やっと終わる……」

 

 金美が着替え、釈迦堂が衣装について解説しながら、ポーズをとる金美を見て撮影し、紅茶を飲むというよくわからない光景が繰り広げられて二時間ほど。ようやく最後の一着にこぎ着けた。

 

「名付けて『神秘の女神』。余の会心作だよ」

 

 白を基調にしたドレスで、ふんだんにレースをあしらった胸元とその下には大き目の花飾り。首に巻かれたレースからはヴェールが背に向かって垂れ、頭には同じヴェールの髪飾りが付けられていた。

 

「……ウェディングドレス?」

「まぁそうとも言えるな。イメージとしては捕らわれの姫君……王子様が必須であろう?」

「言わんとする事はわかりますが、私まだ小学三年生ですよ?」

「姫には憧れんか?」

「小学生なのに自分で竜王獲りに行った馬鹿が、大人しく助けられるの待つと思います?」

「それもそうか。一本取られたな」

 

 愉快そうに笑う釈迦堂に対して、複雑そうに金美は溜息を吐いた。この手の相手には口で勝てる気が一切しない。月光会長もそうだが、師匠である名人もそこそこイイ性格をしていると最近知った。

 

「し、失礼しますせんせ……じゃなくてマス、ター……」

 

 そんな所に入ってきたのは、小学生名人戦後に釈迦堂が声を掛けて弟子に取った神鍋歩夢だ。何か用事かと思い、金美が疑問符を浮かべて彼を見るが、彼は金美を見たまま動かない。

 

「どうした、ゴッドコルドレン」

 

 あ、この時期から既にそれなんですね、と今度は釈迦堂に視線を送る。

 

「弟子になった者には洗礼名を与えるのが余の流儀だ」

「独特過ぎません?」

「よく言われるよ。まぁ拒否したらそのままで呼ぶがな」

「まさかの選択制だった……!?」

 

 軽口を叩いても、歩夢が再起動しない。

 流石にどうしたのかと疑問に思い、金美は彼に歩み寄る。

 

「あの、神鍋さん?」

「……きれい、だ」

「……んんっ?」

 

 何かがおかしい。いや、前世よりヤバいと感じて、金美が一歩後退った。

 

「その麗しさ、まさに女神……」

「釈迦堂さーん! お弟子さん止めてー! 暴走してるー!?」

「流石ゴッドコルドレン。余の弟子なだけの事はある」

「この人全く止める気ないなァァッ!?」

 

 跪いて完璧な騎士の礼をする歩夢を説得するのにさらに一時間かかった。

 

 

 

 なお、対局は普通に小学校の制服で出たが、イベントは釈迦堂の用意した衣装で出た。かなり評判が良かったらしく、月光からは『この調子でお願いします』と言われ、釈迦堂も『売り上げ上がったぞ』とお礼の品が贈られ、師匠からは『君は苦労するねぇ……』と労いの言葉を貰った。

 全国ニュースでもイベントの映像が流れて両親の知る所になり、『これからもっとオシャレしないとね!』と言われた。

 

 家に帰ったら着た衣装が郵送されていて、金美は初めてベッドで泣いた。

 

 

 




衣装についてはデレマスの高垣楓のカードの事を調べただけ。



まぁロリにショタが一目惚れするのは仕方ないかもしれん(などと供述しており


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まずは自分で自分を信じろ。話はそれからだ。

死んでません。
でもいったんテンションが下火になると持ち直すのに時間かかるんですよね……


 

 

 

 棋士室は、金美にとって居心地のいい空間である。

 何せ、この部屋に来るのは将棋を第一に置いている人間が殆どである為に、小学生が交じっていようとほとんど気にされない。まぁこの小学生竜王の存在は異質である為、居れば声を掛けられる事は多いが特に気になるものでも無い。

 

「夏休みの宿題かぁ。何もかもが懐かしい気がするねぇ」

 

 ただ、平日の昼間からここに来てノートと教科書を広げている小学生はあまりいない。そこに関東所属のプロ棋士が来てその小学生に声を掛ける事は、もっとないだろう。今後、見慣れた光景になるだろう事を知らぬ奨励会員や関西棋士達はそう思った。

 

「山刀伐八段は高校を出たんでしたか」

「うん、そうだね。実家のある山形の高校だよ。指す相手が少ないからその分、自分一人で研究か、やらなきゃ将棋に影響出るから宿題したのを思い出すよ」

 

 よどみなく会話をしながらも金美の手は止まらず、話しかけている山刀伐はそれに感心するしかない。いくつもの作業を同時にこなせる並列思考が抜群に巧いという、彼女の強さの一端を垣間見ることができるものだからだ。

 山刀伐は自身にそこまで将棋の才能が無いと考えている。だからこそ事前研究に手を抜かず、あらゆる相手と研究会を開いて知識をぶつけあい、新しい発想を見つけて咀嚼する。そうして身に付けたものを自身の血肉として、今は金美の師匠となった名人の研究パートナーにまでなった。

 そんなパートナーが自身の弟子にと望んだ存在。山刀伐もそうだが、将棋界に属する者達が今一番注目している金美と研究会をしたいと思う棋士は実は多い。鏡州が一度だけとはいえ、金美相手に研究会をした事は関西ではあっと言う間に広まって、彼は奨励会員から質問攻めにあっていたりする。

 

「竜王は、将棋の才能って何だと思う?」

 

 す、と山刀伐が聞きたい事を切り出す。この幼い竜王の将棋観というものにとても興味があったから。編入試験で対局もしたが、その年齢では絶対にありえない重厚な研究密度が彼にとっては印象的だった。

 才気だけに依らず研鑽し、想像を絶する何かによって人智を超えた理外へと辿り着いてしまった存在。山刀伐尽という棋士が遥か年下の棋士に深い敬意を抱くのは、そんな彼女の一端に触れたいという現金な理由も当然あるし、心の底からその研究の密度に感服したと言う事もある。

 だからこそ、何かしらでも良いからその哲学を知りたいと思ったのだ。

 

「誰もが持ち合わせる能力を如何にして将棋に適応、または応用するか」

 

 だから、そんな端的な言葉が返ってきて、思わず返答に困った。

 

「……どういう事だい?」

「例えば、すっごい勉強の出来る人が居るとします。東大……何ならハーバードとかでもいいですが、首席で入学して飛び級して首席で卒業できるような人が。その人が将棋を始めたら、強くなりそうですよね?」

「まぁ……一概には言えないけど、強くなりそうな印象は確かにあるね」

「何故でしょう?」

「ふむ……勉強がそれだけ出来ると言う事は、記憶力や計算力、思考力や理解力も高いと考えられる。つまり将棋に必要だと言われている能力が高い事が想定される……そう言う事か」

 

 そんな人物が居れば確かに、将棋のルールを覚え、定跡を学び、経験を積んでいけばメキメキと棋力を上げていくだろうと想像する事が出来る。しかしその逆……棋士が勉強を出来るかと言えば、出来るかもしれないが()()()()()()()()。純粋に将棋で培った能力を応用できるのならば、ひょっとしたらとも思える程度だ。

 山刀伐の理解を察して、金美は更に説明を続ける。

 

「私が思うに、将棋の天才と言われている方々はその能力を将棋に適応させやすかったのではないかな、と思うんです。『好きこそ物の上手なれ』という言葉もありますので、将棋が好きなら多少の無理はあっても適応させてしまう……逆に勉強となると嫌いな人は多そうですから、適応させやすくてもしなかったりするかもしれません」

「君のお父さん……明石クンは元奨(もとしょう)で、三段リーグに上がった直後に辞めてしまったと聞いたけれど」

「元々頭が良かったかは聞いていませんが、将棋でそういう能力が培われ、勉強に対して適応か応用できたからこそ、今お医者様をしている……のかもしれませんね」

 

 そこで説明を切り上げ、ノートを閉じる。今日の分が終わったようで、鞄にノートと教科書をしまって代わりに取り出すのはシリアルバーである。

 

「それは?」

「脳への栄養補給です。父と母に話をしたらこれの携帯許可を貰いました」

「勉強にそこまで頭を使ってたように見えないけど」

「勉強しながら、頭の中で研究会してますから。並列思考は得意なので」

 

 何でも無いように言われて山刀伐は流しそうになったが、とんでもない事を言っている事は理解できた。要するに日常生活の中、頭の片隅にある将棋盤を使って彼女はずっと独りで指し続けているのだ。休まず、弛まず、延々と独りで手を検討し、あらゆる局面を並べ、将棋という深淵の中へと潜り続けている。

 

「……それ、ずっとかい?」

「生まれた時から頭の中に将棋盤があるので」

「これは本当に、生石クンの言った通りだねぇ……」

「どうせ小学生の形をした将棋マンだとかなんとか言ってたんでしょう……後で奥さんにチクッときます」

 

 ぶっすー、とした表情でシリアルバーを齧る彼女の姿が何とも年相応に見えて、山刀伐は笑った。

 このちぐはぐな所が、まだ彼女が人間だと思える所だ。これも無くなって超然とした雰囲気……あの竜王戦の時のような雰囲気を纏い続けていたら、最早本当に神にしか見えない。

 東京でのイベントで天使の羽根が付いた衣装で登場した時も、普通なら微笑ましいはずの姿に会場は魅せられていた。その容姿と纏う雰囲気に、奇跡的に衣装が合ってしまい会場の人間全てが彼女に呑まれていた。

 あの場に居た男の子達は多分大変だろうなと、彼は思う。無垢な少年の初恋を奪うのに、彼女の容姿は充分に過ぎる。何ならオーバーキルだと言っても過言ではない。もしあの中に棋士を志す子が居るとすれば、理由はほぼほぼ金美に相違ないと思えるほどに。

 

「さっきの話だけど、結論は?」

「能力を将棋に適応させると言う事は、舗装を行う前の道路に似ていると考えます。地均しや路盤改良などが能力を適応させるという行為に似ていて」

「経験はその上に敷くアスファルト、か」

「はい。そして、道路というのは使っても使わなくても朽ちます。舗装が古くなったり、地面の方が動いたりして。経験や能力の変化に合わせて一旦壊して練り直していく……それを将棋という分野でやりやすい人が、いわゆる将棋の才能がある人、ですね。まぁそれを一生していけるかはまた別の話ですが」

「考えるだけで気が遠くなりそうだねぇ……」

 

 『それが楽しいんじゃないですか』と、金美は笑った。何の迷いもなくそう言い切る彼女はやはり、将棋が人の形をして生まれてきたのだと思える。少なくとも、山刀伐は彼女の歳で将棋自体が楽しかったという記憶はあるが、将棋観を壊して再構築する事を楽しいと思ってはいなかった。

 

「君とも是非、交わってみたいねぇ」

 

 つい口に出た彼の口癖を聞いて、金美はノータイムで携帯を取り出す。素早く『110』と入力した後にその画面を山刀伐へと向けた。

 

「あと一押しで警察に通報できますけど、言動には注意しましょうね?」

「……うん、これは自分でも最悪だと思った。今まで通りにはいかないねぇ」

 

 

 

 

 

 

 夏休みが終われば、竜王戦が近づいてくる。

 例年、挑戦者決定戦は九月に行われ、十月からが竜王戦になる。金美にとっては初の竜王防衛戦となるが、彼女はその生活リズムを大きく変える事はない。前世にて、こういう時はマイペースが一番だと言う事は身をもって学んだため、それが染みついている。

 ただ、彼女が変えなくても向こうからやってくる変化もある。

 

「ご無沙汰でしたな、明石竜王」

「ご無沙汰しております、加悦奥(かやおく)七段。今日は取材予定は入っていなかったと思いますが……」

 

 関西将棋会館で彼女に声を掛けてきたのは、将棋連盟が発行する雑誌や書籍の編集を一手に担う書籍部の発行責任者……自身も編集の実務を担い、プロ棋士でもあった加悦奥大成七段。『将棋世界』に金美のインタビューが載った時にインタビュアーだったのも彼だ。

 

「あぁ、今日は取材じゃないんや」

「なら用事は、連れて来られた彼女の事ですか?」

「供御飯万智、です」

 

 加悦奥の後ろには、金美も知っている少女が居る。何せその少女は、金美が解説した小学生名人戦の出場者……惜しくも三位となった供御飯万智だから。

 金美が万智に会釈をすれば、彼女も返してくる。そうして挨拶を終えた後、金美は加悦奥に視線を送った。

 

「竜王にちょいと、こいつを揉んでほしいんだわ。恥ずかしながら、俺が胸張って教えられるのは書籍関係だけでね」

「ご謙遜を。引退されてなければ是非、公式戦でお相手願いたかったのですが」

「最強の最年少棋士にそう言われるのはむず痒い……まぁそっちはいいとして、竜王の強さって奴を体験させてやってほしい」

 

 今の俺でも取材できない事だから、と言いながら、加悦奥は万智に視線を移す。金美もその眼で、供御飯万智という人間を見通すように視線を向けた。

 今生で小学生名人戦で指す彼女の姿は確かに、前世で見た女流棋士・供御飯万智に通じるものがある。そして今、今生の供御飯万智の目を見て、同じように()()()()()()()()()()()()()()()()()事を金美は確信した。

 

「……加悦奥七段。申し訳ありませんが今の彼女と指す気は、私にはありません」

「な、なんで」

 

 万智が口を開きかけた所を、加悦奥が手で制した。

 

「理由を聞いても大丈夫か?」

「早々に自分自身に見切りをつけた人と指す気はありません。伸びしろしかないはずの今の段階で自分の才能の上限を決めつけるような、将棋指し未満とは」

 

 その言葉に、万智は呼吸を忘れた。目の前の棋士に自分がどう見えているのか、それだけで理解したからだ。

 ともすれば生意気にも取れる物言いではあるが、万智の師匠である加悦奥も金美の言葉に反論できない。目の前の棋士の観察眼は異常と言えるレベルである事を、加悦奥は知っている。彼女が解説に立った小学生名人戦には、加悦奥も取材で現場に居た。

 

 解説を聞くだけで鳥肌が立ったのは後にも先にもこの時だけだと、後に弟子に語るほどに戦慄した。

 

 未来が見えているのかというほどの読みもそうだが、それと同じくらいに対局者の心情を把握し、その呼吸を理解していた。交流があるという、小学生名人になった九頭竜八一相手ならあり得るだろうが、他の三人は全くの初対面であったのは調べが付いている。

 その三人の呼吸すら完璧に読み切って、投了のタイミングすら予言して見せた。相対しているわけでもないのにそんな事が出来る棋士を、少なくとも加悦奥は知らない。

 

 そんな彼女が言った『才能の上限を決めつける』という言葉。

 自分に弟子入りして来た少女に当てはまっていると、加悦奥も理解している。強くなりたいのならもっと違うプロ棋士の所に行けばいい。小学生名人戦で三位ではあったが、実力は小学生であれば申し分なく、伸びしろだってないはずがない。

 しかし万智は、プロ棋士ではあるが取材や編集に力を入れているような変わり者であると自覚のある加悦奥の元に来た。取材で人を見る目については多少の自負がある加悦奥が、その理由に気付かないはずはない。

 

「七段が私に頼む理由はその辺りでしょうけれど、ご本人にその意志が無ければ私と指したとしても動く事は無いですから」

 

 それはあまりにも勿体ないと思った。

 こじ開けられそうな棋士が居なければ諦めていたかもしれないが、今この時に特大の爆弾……『神の弟子』『史上最年少竜王』『史上初の女子小学生棋士』という様な前代未聞の肩書を幾つも持つ棋士が居てしまった。

 その棋士に自分自身ですら思い至っていた理由で否と言われてしまえば、加悦奥も引き下がるしかない。

 

「……こなたは、強うなれますやろか?」

 

 どうしたものか、と考え始めた時、万智が口を開いた。

 俯いた状態である為にその表情は窺い知れないが、その声に先ほどまでと違う熱が宿っている。

 

「なれるかなれないか。それは、その道を歩かなければわかりません。歩く気すらなければ、なれる可能性はゼロです。そして、歩いたとしても報われるかどうかなど誰にも分らない」

「なら……」

「ですが、棋士という人種はそういう生き方をしてきた方々です。プロ棋士になれるかどうかも分からない。しかし、()()()()()()()()()()()()()()『なれる』と戦い抜いてきた人種です。小学生名人戦という舞台で負けた事は確かに、貴女にとって挫折だったのかもしれませんが、この後の人生全てに勝ち続ける保証などありはしない。公の舞台で一回敗北したなど、才能の上限を決める物になりはしないんですよ。その戦いに『今後の人生全てを賭けた』程度の気概があったのならわかりますが、違うでしょう?」

 

 どんなに悔しくても、どれだけ惨めに負けても、棋士であり続けるならば這い上がらなければならない。

 前世で、ソフトに初めてプロ棋士として敗北して、一度は命すら本当に投げ出そうとした男を金美は知っている。彼はそれでも、再びプロとして将棋界に帰ってきた。多大な犠牲を払って尚、棋士として生きる為に。

 

 それ以外にも、一世一代の勝負を仕掛けてきた勝負師達を知っているのだ。それくらいの気概があの時の供御飯万智にあったと、金美には到底思えない。

 確かに、まだ十年程度しか生きていない中で大舞台に上がって負けた……しかも自分の詰みを見逃して、だ。それは悔しいだろう。何故だと叫んで泣くほどであっただろう。

 

 ()()()()()()()

 

 二度と将棋が指せない程に失墜したわけでもない。何なら、自分の命を絶つほどに追い込まれたわけでもない。己を省みて、何をどうすればいいのか。何が足りず、何を伸ばし、何を糧にすればいいのか、考える事も実践する事も出来るはずだ。

 

「敢えて酷い言葉を投げかけますが……半端な貴女程度が見切れるほど将棋は安くない。小娘風情が、将棋を無礼(なめ)るなよ」

 

 ぎしり、と空気が音を立てて軋んだように、万智も加悦奥も感じた。

 目の前の少女がちらりと怒気を見せただけで、まるで空間が悲鳴を上げたように感じたのだ。加悦奥の背には冷たい汗が流れ、万智は呼吸の仕方を忘れてしまったかのように空気を取り込めない。それほどまでに三人の中で最も年下のはずの少女が、その場を支配していた。

 

「お姉ちゃん」

 

 そんな場に、何でもないように現れたのは金美よりも更に幼い白髪の少女……銀子だった。

 

「おや、銀子。どうしましたか?」

「指すのに探しに来た」

 

 そんな事を堂々と言ってのける彼女に、金美は微笑みを浮かべてその頭に手を乗せる。いつの間にか空気は弛緩して、万智はようやく呼吸を再開できたが、既に金美は彼女に気を向けていなかった。

 

「そうですね、この後は少し会長と話がありますから……清滝先生にお家にお邪魔してもいいか聞いてもらえますか? よろしければ伺いますよ」

「師匠は今日は後援会の人と飲み会で居ない」

「なら娘さんの方に聞いてください。勝手に伺うと失礼ですからね」

「わかった」

「あぁそれと」

「何?」

「銀子は、プロになりたいんでしたよね?」

 

 唐突な質問だったが、銀子は気にした様子もなく頷いた。

 

「それは何故です?」

「八一がなるって言うから。それと……」

 

 空銀子はその眼に蒼い炎を湛えて、真っ直ぐに金美を見つめた。

 

「お姉ちゃんと同じ所に立って、参ったって言わせる為」

「――…そうでしたね」

 

 優しく笑い、頭を撫でながらも金美はその眼に『棋士としての己』を宿して銀子を見返す。

 

「楽しみにしています空銀子。貴女がそうなって、私の前に立ってくれる事を」

 

 そのやり取りで、万智は目の前の竜王が何を求めていたのかを理解した。

 無垢な……いっそ狂気にも近いと言えるほどに、そうなるのだという情熱。大人になれば……いや、少しでも賢しければすぐに失ってしまうようなものだが、その道を走り出す為には絶対に必要なそれを持っていれば、相手がたとえ将棋を始めたばかりの素人であっても、金美は喜んで指導対局でも研究会でも、何なら全力での対局すらするだろう。

 憧れと同じ場所に立てないと諦めた少女と、憧れを超えんと欲する少女。目の前の棋士がどちらに時間を割くかなど明白で、そこに才能の有無は一切関係ない。

 

 将棋というものに一番情熱を傾けている者に、理外に棲む棋士は応えてくれる。

 

 万智も、銀子から熱いくらいの熱量を感じた。青白い、高まり過ぎた炎のような情熱は金美の御眼鏡に適ったのだろう。二人の関係性を良く知らなくても、あれほどの情熱を持っている相手ならば教えていて楽しい事は想像できる。

 

「ッ……」

 

 それ以上に、銀子の口から出た名前が万智の心を揺さぶった。

 小学生名人戦で、負けて泣いていた自分に声を掛けてくれた男の子。大切に心の内に仕舞っていた思い出の彼の名前。それが年下の少女の口から出た事もそうだが、自分が諦めたものにこの少女が手を伸ばしているから。

 

「……なれると、思てはるん?」

 

 だからこそ、聞かずにはいられない。

 明石金美という規格外を除けば、女性がプロ棋士になった事例は皆無。その金美も正規の手段である奨励会を勝ち進んだわけでは無く、それに限定すれば女性がプロになった事例は存在しない。

 今現在、関東にいる女性奨励会員の最高が五級……万智や月夜見坂燎の一つ上の岳滅鬼翼が居るが、彼女は去年の小学生名人であり、初の女子小学生名人。しかしそれでも順風満帆とは行っていない。

 それを考えれば、銀子の夢は妄想だ。理外に棲む棋士が助力したとしても、優れた棋士がイコール優れた指導者ではない事を万智は知っている。なれるはずがないと、思っている。

 

 そんな万智に、銀子は目を向けた。大海原のように青く、底知れなさを内包した深い深い青い瞳を。

 

 

 なんて、眼。

 

 

 息が詰まりそうになる。

 一瞬だけだったが、それでも供御飯万智は空銀子の眼を……その深蒼の根源を垣間見て、確かに呑まれた。小学生になったばかりだろう少女に年上の自分が呑まれたのだと、自覚した。

 

「……あんさん、名前は?」

「……空銀子。師匠は清滝鋼介」

「八一くんと同門……」

「彼の姉弟子ですよ。さて銀子、私は会長との話があるのでどこかで時間を潰しておいてください。大体三十分くらいで終わると聞いてますから」

「わかった」

「加悦奥七段」

「……これはそういう流れになんのか?」

「えぇ。ですので、お時間があれば保護者をお願いしたいのです」

「竜王に頼まれれば仕方ねぇか」

 

 『この竜王が目を掛ける相手も気になる』という言葉は飲み込んで、加悦奥が睨みあう二人に視線を向けた。

 万智は強い。小学生名人戦三位は伊達ではなく、小学生の中であればトップクラスなのは間違いない。しかしそんな彼女と真っ向から睨みあって退かない少女……あの名人すら降した最強の棋士が目を掛ける少女に、強く興味をひかれている。

 

「……彼女、強いのかい?」

「そうですねぇ……」

 

 何処か弾むような金美の声は、銀子との年齢差も相まって妹を自慢する姉そのもので。

 

「現時点で言うなら、今回の小学生名人戦で打ち立てられた史上最年少。来年には塗り替えるかもしれない、という程度でしょうか」

 

 普通なら贔屓目120%に取られそうな言葉を、半ば予言のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

「え、万智ちゃんと指したの? 銀子ちゃん」

 

 清滝家に伺って夕食をご馳走になった後、万智と会った話をすれば八一はそんな声を上げた。『万智ちゃん』呼びで機嫌を一気に下降させる銀子に対して、金美は苦笑を禁じ得ない。

 

「まぁ、話の流れですね。最初は加悦奥七段が私と指させようと連れてきたのですが」

「さ、指したの? じゃなくて、指したんですか? 竜王」

「いいえ、今の彼女と指したいと思わないのでお断りしました……読みが乱れてますよ、銀子」

 

 咎めるように歩が銀子の陣へと斬り込む。『ぐっ』と唸った銀子は必死に盤面を覗き込み、読むために思考の海へと没入していく。

 せっかくだから、と八一と桂香も加えた三面指し……いつぞやのように金美は一人で三面を捌いていく。あの時と違うのは、桂香が振り飛車を繰り出してきたという点だ。

 居飛車党である三人の師匠が許可を出した事もそうだが、桂香は研究家の気質でありその対象は何も居飛車の戦法だけに留まらない。振り飛車を指す女流棋士も多いので、それを研究する事は何も間違ってはいないから。

 

「どうして指さなかったの?」

「万智ちゃんだって強いのに……いや、師匠達みたいなプロみたいに強いって言う気はないけど」

「強さはまったく関係ありません。彼女は中途半端なんですよ」

 

 『中途半端?』と聞き返してきた八一に対して、また奇手を持って斬り込む。考え込んだ銀子と八一を余所に、金美は再び口を開いた。

 

「彼女の師は加悦奥七段ですが、それは明らかに観戦記者としての修行の為でしょう。その上でどうやら、女流棋士にもなるつもりのようですが」

「あー……そう言えば研修会で見たような」

「別にそれを責める意図はありません。どちらを選ぶのも彼女の道であれば、部外者である私が口を出すのは筋が通りません」

 

 しかし、と前置きしながら、今度は桂香に対する盤の駒を動かす。

 

「彼女は既に自分に見切りを付けていました。絶対にそれ以上にはなれないと諦め、観戦記者や女流棋士は目的の為の手段であると割り切った。将棋が好きである事もその情熱も認めますが、既に諦めた相手に教える事は何もありません」

「……例え話だけど、明石竜王なら万智ちゃんを鍛えるとしたらどんな指導をするの……でしょうか?」

 

 思い出したように敬語に直した八一に対して、呆れた笑いを浮かべる。

 

「敬語、自然に出るように頑張りましょうね。例え話程度で良いなら、私がやらせるのは詰将棋でしょうか。ただし、実際に発生した終盤の盤面を引用した物ですが」

「詰将棋問題集に載ってるようなものではなく?」

「えぇ。そして大体二十から三十手詰めの問題を多数用意して、こう付け加えます。『()()()()()()()()()()()()』と」

 

 は? と三人が疑問の声を上げる。

 詰将棋と言えば、どれだけ長手数であろうと詰むという前提が無ければ成り立たない。その前提がなければ、解かせる意味が無いのだから。

 故に金美が言う詰将棋は厳密に言えば詰将棋ではなく、主に言えば終盤力と詰む詰まないを瞬時に見切る感覚を鍛える為のものであると、少し考えて三人は気が付いた。

 

「他に付け加えるルールとしては、一問五分制限で十問くらいですか。それを一日の指導を終えた後に毎回行い、たまに短手数や詰まない問題を交ぜ、間違えればペナルティ」

「……どんなペナルティを?」

「間違えた問題数に十掛けした回数のスクワットか腕立てか腹筋くらいにしときましょうか」

「肉体派……ッ!?」

 

 嫌なら間違えなければいいし、一問程度なら間違えても万智くらいならばあまり苦にならないレベルのペナルティ。ただ、本当にやるとなれば金美がそんな『温い』問題を出すはずがないと銀子だけは直感している。

 

「どんな問題を……」

「そうですねぇ……では九頭竜君。貴方の盤面の詰みが私にはもう見えていますが、何手詰めですか?」

「えっ!?」

 

 ぎょっとした八一が床に両拳を突いて盤面を覗き込んだ。目を見開いて読みを入れる彼の姿を見て、銀子と桂香もその盤面を覗き込むが本当に詰むのかどうかすらも分からない。唯一金美だけが、涼しい顔をしてそんな三人を眺めている。

 

「……二十五手先に詰みがある……?」

「それは貴方が一手受け損ねた場合ですね。全て受け切った場合は三十三手先に、二手損ねれば十一手で詰みです。五分以内に読んだにしてはまぁまぁの精度でしょう」

「お姉ちゃんは何時から……」

「供御飯さんの話を始めたくらいにはもうわかってましたよ」

 

 この人やっぱ化物だ。

 三人の心が一致した。

 

 

 

 

 

 

 今生初の防衛戦となる竜王戦。この棋戦は第一局が海外で行われる事もある。

 前年度はフランスで行われる予定だったが、挑戦者である金美のパスポート発行が間に合わないという理由と、流石に連盟も小学二年生の女子が挑戦者になると思っておらず、その辺りの手続きの関係もあって流れた。

 故に今回はかなり念を入れての海外開催となり、場所こそ前年度に予定していたフランスのパリではあるが、会場等のグレードは上がっている。

 しかもタイトル保持者が見目麗しく幼い少女である事も相まって、現地での注目度も上がっていた。

 当然地元のメディアからの取材の申し込みもあり、通訳もついていたのだが。

 

「僕の弟子が恐ろしく優秀だった件について」

 

 玉座タイトルの防衛戦の真っただ中である筈の師匠が弟子のインタビューを見て思わず、そんなラノベタイトルかスレのタイトルのような事を呟くくらいに、この竜王はそつが無かった。

 

『フランス語は何処で?』

『母が語学の勉強をする際に耳にしていたら自然と。後は師匠の影響でしょうか』

 

 本当は前世で語学にも手を出していただけだが、母親が語学の勉強をしている事も嘘ではない。幼い頃から英語やフランス語のラーニングCDを流していたし、それを聞いて学び直したのだから。

 故に現地の人間相手に通訳なしで会話ができる。それに師匠もチェスの世界大会に出る為に英語を勉強したので英語なら出来る。前世でも同じで、金美は彼に影響を受けて語学の勉強をしていた。

 

『FIDEマスターの……では君もチェスは?』

『お遊び程度に師匠とやる程度です。本業は将棋ですので』

 

「へぇ、そうなんですか? 名人」

「確かにやるね。彼女、そっちも中々に強くていい刺激を受ける」

 

 弟子のインタビュー映像を見ながら名人が話しているのは、研究パートナーの山刀伐。彼も画面に映る竜王に、名人を通してだが影響を受けている棋士の一人だ

 

「ルールを教えて、何度か練習した後にやってみたんだけど、最初から本気を出す羽目になったよ」

「チェスでも国内屈指の名人を追い詰める素人ですか……」

「『気分転換には良いですね』と言ってそれっきりだけどね。まぁ彼女には将棋がその性分に合っているんだろうさ」

 

 研究会をしている最中に、部屋にあるテレビが映像を映す事はない。しかし今日は名人が自分から進んでテレビをつけて、チャンネルを弟子のインタビューを報じている局のものにした。こんな世間話など以ての外だったのに、ただそれだけの事で幼き竜王が名人に与えた影響というものが分かる。

 

「竜王戦、惜しかったですか?」

「惜しかったと思っているけれど、皆にとって彼女と指す事は良い事だと思っているんだ」

「……あの『導き』の将棋の事ですね」

 

 山刀伐の言葉に、名人は頷いた。

 明石金美の特異な将棋。盤を挟み、彼女と相対して指す事で一つ上の次元へと導かれるような感覚を、編入試験の対局の際に山刀伐も感じ取っている。何が足りないかを気付かされ、どうすればいいかと問えばまたそれにも気づかされる。

 それは目の前の名人と似たようなものだ。彼も感想戦で別の手順を詳らかにする事があり、棋士全体のレベルアップを願っている節が多々見受けられる。

 

 言ってしまえば、運命だろうか。将棋に対してよく似たスタンスを取る二人が師弟になったのは。

 

「本音を言えば全棋戦に出てほしいけれど、そうすると彼女の学業に良くないからね」

「仮にこの竜王戦に勝てば最年少防衛記録と共に、最年少での九段昇段。棋戦だけじゃなく取材などで多忙を極める事になりそうで、それも影響しそうですけど」

「そこはマスコミの理性に期待、かな。あまり良くない所には連盟から……僕の名前を使ってでも苦情を言わないとね」

 

 そんな事を彼を見て、山刀伐は変わったと思う。

 悪く言えば、盤上真理以外に興味を持たなかった棋士。プライベートにおいては結婚して、二児の父でもあるのだからその人間性については他の人と変わる所は無いのだろう。しかし棋士としての彼は、自身の発言の影響力がありすぎる事を忌避し、連盟からも遠ざかりただ独りだった。

 こうして誰かと研究会をする事はあっても、本質的には孤独でしかなかった。誰も、本当の意味で彼と盤を挟む事は無くなっていたから。神とまで呼ばれてしまっていたから、そこでしかいずれ盤を挟んでくれる誰かを探せなかったから。

 

 しかし今は、良い意味で地に足がついている印象を山刀伐は感じている。

 広がった視界の中で現実すら見据えて、弟子の行く末を案じている彼は『師の表情』をとって盤から目を離し、唯一の弟子が映る画面を見た。

 

「娘達も……特に下の娘は、妹が出来たみたいだと喜んでいたよ。『次はいつ家に来るんだ』とか、『関東に移籍する時はウチに住めばいい』とか言って困ったもんさ」

「その割に、移籍すればいいなって表情ですね」

「まぁ唯一の弟子だし、手元に置いておきたい気持ちもあるさ。関東に来てウチに住むなら、四六時中指す事だって出来る」

「そして娘さん達に怒られると」

「妻も一緒にやってきたらもう、僕は勝てないよ」

 

 ははは、と二人が笑う。

 

「そろそろ、向こうで対局が始まる頃かな」

 

 時計を見た名人がそう呟くと、テレビの映像が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、ホテルの中に設けられた対局場。『対局開始10分前』という表示がある画面に映ったのは挑戦者。酷く緊張した面持ちで侮りなどの色は一切無くとも、その異様な雰囲気には呑まれているように見える。

 何せこれから相対するのは弱冠九歳の史上最年少竜王……彗星のごとく現れた異端の棋士。今対局室に集まったメディアが注目している存在だ。部屋の雰囲気もそうだが、何から何まで異質なのだろうなと名人は考える。

 

『失礼します』

 

 その声が聞こえた時、記者達がカメラを一斉に構える。挑戦者も思わず、といった感じで背筋を伸ばした。

 

『おぉ……』

 

 ドアが開き、その姿を現すと今度は感嘆とも溜息とも取れるような声が漏れた。

 水引で軽く結った髪に、金飾りの簪。纏うのは白の振袖と緋袴。白の羽織を纏った姿……日本人に聞けばほぼ全員が『巫女さん?』と呟くような色合いの和服姿で、竜王は現れた。

 それだけなら、目の肥えた記者達が呆けるはずもない。現れた彼女が纏う超然とした雰囲気が、その出で立ちを色物ではなくまさに『神域より現れた神』のような存在感を発揮させているのだ。

 

「これは……」

「現地に居たら、僕も冷静ではいられそうになかったな……」

 

 行かなくて正解だったと名人が苦笑した。

 去年の竜王戦決勝トーナメントで戦った時よりも遥かに、その雰囲気が人間離れしているのを感じ取ったからだ。

 今あの場に居る彼女が将棋そのものだと言われても、この姿を見た棋士は全員信じてしまうだろう。それほどまでに圧倒的な存在感を持って、金美はこの会場を支配してしまった。

 

「少なくともこの局はもう決まりだね」

 

 名人の呟きは確信の響きを内包している。

 事実として、この後の対局で挑戦者はみるみる時間を溶かしていった。竜王も慎重を期してか、持ち時間を三時間ほど使って指した勝負は二日目の昼前には終了。速報で竜王の勝利が伝えられた。

 

 そしてその後、師匠である名人は玉座を防衛。

 弟子である竜王もそれに続くように、四連勝で防衛。段位を名乗る事なく、史上最年少で九段に到達した。

 

 

 

 




竜王戦の竜王の衣装監修:釈迦堂里奈

と書くと途端に愉悦部の陰謀に早変わり。


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