ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい (へぶん99)
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キャラクター紹介・支援絵置き場

素晴らしい支援絵を頂いたので無理矢理作りました。ほぼ支援絵置き場です。
一応ネタバレあります
支援絵だけを見に来た方は上手いことリンクだけ踏んでいって下さい…


【オリジナルキャラ紹介】

・アポロレインボウ

本編主人公。最強のステイヤーが夢。

スペシャルウィーク達と同世代。

身長155センチ、ピンク気味の芦毛をボブカットにしている。

ウマ耳は特大で、尻尾は丁寧に切り揃えられている。

アメジスト色の瞳で、肌は雪のように白い。

B78 W55 H82

ただし、中身は20代中盤の男……だったのだが、なんやかんやあって元人格と融合しつつある。

 

 

【挿絵表示】

 

うみへび 様から素晴らしい絵を頂きました!

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

うみへび 様に頂いた走るアポロレインボウの絵です!

47話で挿絵として使わせていただきました。

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

寝娘 様から勝負服の絵を頂きました!

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

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寝娘 様から、アポロレインボウが『俺』から『私』になる印象の違いをイメージして描いてくださった絵を頂きました!

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

寝娘 様にクラシック級→シニア級のアポロレインボウの絵を頂きました!

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

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【挿絵表示】

 

はるきK 様から素晴らしい絵を頂きました!

該当話にも掲載させていただきました!

ありがとうございます!

 

 

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はるきK 様、寝娘 様に素晴らしい絵をいただきました!

ありがとうございます!

 

 

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☆元祖柿の種☆ 様から真正面勝負服の絵を頂きました!

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

☆元祖柿の種☆ 様からぱかプチ風アポロレインボウの絵をいただきました!

ありがとうございます!

 

 

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みこと 様から素晴らしい絵を頂きました!

女の子らしからぬ泣き顔、非常に可愛らしいですね。

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

Tiruoka0088 様から素晴らしい絵を頂きました!

56話の水着アポロレインボウの絵です。該当話にも掲載させていただきました。

ありがとうございます!

 

 

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適当にもほどがある 様から素晴らしい絵を頂きました!

泥に汚れても美しいアポロちゃんです。

ありがとうございます!

 

 

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適当にもほどがある 様から素晴らしい絵を頂きました!

とみおとデートしているアポロレインボウです。

ありがとうございます!

 

 

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高橋名人 様から素晴らしい絵を頂きました!

雨風の中、ゴールに向かって必死に手を伸ばすアポロちゃんです。

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

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harulu 様から素晴らしい絵を頂きました!

なんとAIと加筆の合わせ技で作られた絵だそうです。

ありがとうございます!

 

 

【挿絵表示】

 

ルルイブ・ロキソリン 様から素晴らしい絵を頂きました!

AIで出力したそうです、正直AI凄すぎて人力と区別が付きません。

ありがとうございます!

 

 

・グリーンティターン

通称グリ子。アポロの良き親友。

芝適性があり、距離適性は短め。

身長162センチ、鹿毛をポニーテールにしている。

目の色は翡翠。可愛いというよりは美しいタイプの顔。

B85 W59 H82

 

 

・桃沢とみお

アポロレインボウと出会うことになる新人トレーナー。

身長175センチ、20代前半。

夢は最強のステイヤーを育てること。

ステイヤー狂いで、メジロ家のファンにしてマックイーンの元サブトレーナーである。

 

・芹沢裕也

グリ子の所属するチーム『カストル』のトレーナー。身長190センチで筋骨隆々、常ににこやかな笑みを携えている。

 

・天海ひかり

メジロマックイーンのトレーナー

 

 

【おまけ・設定集】

 

・レース格付けについて

本トゥインクル・シリーズのレースでは、下のレベルから順に

未勝利クラス(メイクデビュー敗退者限定)

(メイクデビュー戦)

1勝クラス(ジュニア級〜シニア級に存在)

2勝クラス(クラシック級〜シニア級に存在)

3勝クラス(クラシック級〜シニア級に存在)

オープン戦

G3

G2

G1

という格付がされております。ほとんど現実準拠です(リステッドをオープン戦として扱っています)。オープンウマ娘になれば1・2・3勝クラスの戦いに出走できません。

 

JPNⅢ、JPNⅡ、JPNⅠ、GⅢ、GⅡ、GⅠなどの表記ゆれは、全てG+(半角数字)に統一しています。(G3、G2、G1のみ使用)

 

 

・賞金について

収得賞金はメイクデビュー戦勝ちでも未勝利戦勝ちでも同じ400万円になります。2着以下は加算されません。

オープン戦を勝つか、1勝クラスを勝つか、あるいはG3で2着以上を取るか等で収得賞金に加算される額が変わりますが、その合計額が高い順に優先してレースに出られるようになります。

 

 

・その他本編に関係の無い設定

メジロパーマーが登場するにあたり、「競馬の障害競走≌ウマ娘のハードル走」という独自設定をふんわりと使いました。本編には関わりのないことなので、気にする必要はありません。

 

以下、アポロレインボウ(架空馬)の血統表

アポロレインボウ/Apollo Rainbow

父 レインボウクエスト/Rainbow Quest(ブラッシンググルーム系)

母 サティスフィード(架空馬)

母父 ルモス/Le Moss(トウルビヨン系)

母母 ドラマ(架空馬)

母母父 バステッド/Busted(ブランドフォード系)



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開幕!ジュニア級!
1話:ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になった


 

「あ〜あ……ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になって、冴えない男を勘違いさせて〜わ…………」

 

 思えば、こういうオタク特有の妄想が始まりだったのかもしれない。

 

 ――ウマ娘。現実の競走馬が擬人化して可愛い女の子になるという、言葉尻だけ見れば意味不明なフィクションの存在。

 詳細は割愛するが、そんなウマ娘ひとりひとりの物語中では、様々な経験を通して『トレーナー』と呼ばれるパートナーとの信頼関係を深めていくという流れが汲まれている。

 

 普通に社会人をしていた俺は、そんなフィクションの存在に憧れを抱いていた。ついでに、ウマ娘になって男を勘違いさせたいムーブをしたいと思っていた。

 控えめに言って気持ち悪いTS(性転換)願望である。でも仕方がない。可愛い女の子になって美貌で男を勘違いさせたいという願いは、全人類が持ち合わせる夢なのだから。

 

『ガチで可愛いウマ娘になってトレーナーを誑かしてぇ〜』

 

 俺はSNSにそう呟いてから、スマホをぶん投げて部屋の明かりを消す。よくあるオタク特有の意味不明な拗らせた妄言だ。辛い現実を嘆き、現実から目を逸らすための発言でしかない。というか、こういう発言をしてる人なんてごまんといる。

 

 ――だから。

 俺はこの妄言が実現するなんて思っちゃいなかったんだ。

 

 俺は先程の呟きのことなんか忘れて、心地よい微睡みの中、暗闇に意識を溶かしていった。

 

 

 

 

 

 

 目覚めると、知らない天井が広がっていた。

 酒癖が祟って、友人の家に泊まってしまったのだろうか。肌寒い外気に触れないように、布団の中に潜り込む。手だけ外に出してスマートフォンを探るが、どこにもない。

 

「……?」

 

 俺の寝起きはネットサーフィンとウマ娘プリティーダービーから始まるのだ。その朝のルーティーンができないとなると、ちょっと不機嫌になってしまう。ムスッとしながら俺は布団を捲った。

 

 そこで俺は違和感に気づく。

 

(……あれ? 白髪が生えてる)

 

 視界の端にチラついた白い髪。手に取ってみると、サラサラとして肌触りが良い……じゃなくて、しっかりと根付いている。間違いなく俺の髪の毛だ。と言うか、クッソ長い。白髪の量多すぎだろ。え、待って。もしかして髪の毛全部白髪になっちゃった!?

 

 マジかよ、まだ20代半ばだってのに……あはは、もう俺もオジサンになったか……。

 

 果てしないショックを受けて、俺はベッドに逆戻りする。はぁ、マジでお布団の温もりだけが癒しってワケ。

 

 …………。

 

 布団を被ろうとした際に気づいた。

 あれ、俺の手なんかおかしくなかった? ちっちゃくなかった?

 

 俺は布団から顔を出しながら、自分の手を睨んだ。……とてもじゃないが、男のものとは思えないほど白かった。透き通るような美肌? って感じ。それに、骨ばってないし、柔らかい。丸みがある。……何か、女の子の手みたい。爪もこじんまりとしてるし。

 

 ……ちょっと、おかしすぎないか? 一日で白髪が生え揃うわけが無いし、手が小さくなるはずもない。この部屋に来るまでの記憶もぼんやりしてるし、控えめに言ってマジでヤバい。

 

 脳が異常事態を察すると、眠気がぶっ飛んだ。布団を蹴り飛ばし、ベッドから転げ落ちる。

 

「いて!」

 

 自分から発せられる声が女の子のものだし、何より自分が着てるパジャマが女物だし、部屋の向かい側で知らない女の子が寝てるし……ガチで脳がバグりそう。

 

 しっちゃかめっちゃかになりながら、俺は部屋の中を這いずった。ふと、机の上に置かれていた手鏡が目に入る。

 

 ――非常に。今世紀最大級に、とてつもなく嫌な予感がした。

 

 恐る恐るそれを手に取り、己の姿を見る。

 

「――!?」

 

 そこにいたのは、驚愕に目を見開く美少女()()()。彼女――いや……俺は、ボブカットにしたゆるふわ芦毛を蓄え、アメジスト色の瞳をしている。鼻は小さく、桜色の唇はぷるんとしていて――

 

 いや俺可愛すぎか!?

 

 ビックリしている顔が死ぬほど可愛い。え、何これ。俺ってこんなに可愛いの? 可愛いってこんなにエグいんだ。つーか、自分のモノではあるけどウマ耳ってどうなってんの。俺は(多分)ライスシャワー並にでかいウマ耳に触れてみる。

 

「なるほどね……?」

 

 猫とか兎の耳に感触は似ていた。唯一違うのは、俺の頭から生えてるものだから、くすぐったさを感じること。芦毛の体毛らしきものがもふもふする。おぉ、軟骨もあるのね……。

 

「やべ〜」

 

 こういう時の俺の適応能力は異常だ。自分の美しさに見惚れていた俺は、気づいた時には手鏡を手に様々な表情を繰り出していた。

 

 怒った顔、笑った顔、真顔、泣き顔。まあ、涙はそんな急に出せないけど……とにかく俺ってば可愛すぎ。

 

 しかもスタイルがイイ!! ……多分。

 

 え、あるよね? このサイズって結構ある方だよね?

 

「もう、アポロちゃん……何やってるの?」

「!?」

 

 自分の身体を確かめていたところ、部屋の向こうで寝ていた女の子が俺に声をかけてきていた。あなた誰? あと、アポロちゃんって誰のこと?

 

 とにかくヤバい。つーか、この状況がわけわかんねぇ!

 

「おれ――じゃなくて、私、えと、学校の身支度をしてて! あ、あはは!」

 

 勢いで誤魔化すが、ベッドの上で目を擦っている鹿毛のウマ娘が首を捻った。

 

「アポロちゃん、今日は土曜日だよ? 授業も何も無いけど」

 

 あぁ……第一声で墓穴を掘っちまった。そもそも、俺が誰なのか、ここはどこなのか、適当にかましたけど学校とか授業って何なのか、全部が全部分からない。

 

 ……ここは素直に白状した方がいい気がする。いつか誤魔化しが利かなくなるくらいなら、いっそのこと言ってしまった方が楽だ。

 

「……その、ごめんなさい。お……私、今までの記憶が無くなっちゃって」

「き、記憶が?」

「……うん」

「本当に言ってる? 怪しい針師に針でもぶっ刺されたの?」

「それもよく覚えてない……」

 

 意識して女の子っぽい口調を心がけつつ、俺は洗いざらいを話した。

 

 

「ふーん……なるほどねぇ」

 

 同室のウマ娘――グリーンティターンは顎に手を当てた。

 

「つまり、ガチの記憶喪失で……超・困ってるってことだね」

「うん……まあ、そういうこと」

「今ひと通り説明したけど、大丈夫そ?」

「とりあえずは、何とか。本当にごめんね」

「全然いいよ!」

 

 俺の名前はアポロレインボウ。この場所は『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』、通称トレセン。そして、この子と俺は中等部。あと、今は4月で入学式が終わってすぐ後らしい。……全く覚えていないので申し訳ない。

 

 過去のアポロレインボウこと俺は、グリーンティターンによると『最強のステイヤーになる』ことを目標にトレセン学園に入ってきたらしい。過去の自分を信用するなら、俺にはステイヤーの才能があるということだ。ひとまずの俺の目標は『最強ステイヤーになる!』でいいだろう。

 

 もちろん、こんな可愛いウマ娘になったんだから、トレーナーをからかって勘違いさせたくはあるんだけどね。

 

 とにかく、そろそろアレだ。選抜レースってのが行われる時期。まぁ、俺は中央トレセン学園に入れるほどのウマ娘だ。競馬で言えば、中央デビューできる馬って、生産馬に対して数パーセントにも満たないらしいじゃん。なら、俺ことアポロレインボウは結構なエリートってことだ。あはは、何とかなるでしょ。

 

 

 ――なんて考えていた時期もありました。俺がバカでした。大バカでした。

 

『ゴール!! 1着はスペシャルウィーク!! 2着以下を大きく引き離し、選抜レースで勝利を上げました!』

 

 はい。選抜レースでスペちゃんと当たっちゃいました。というか、最強と名高いあの世代と同世代でした。今の生活に慣れるのに精一杯で、同世代のこととか考えてませんでした。

 

 スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイロー……短距離から長距離まで、ついでにダートまでクソ強ぇメンツが揃う中に放り込まれたわけです。

 

「ぐふっ、おえぇ……みんな速すぎ……」

 

 俺はターフの上に大の字になりながら、滝のような汗を拭った。ちなみに俺は、さっきのレースじゃドンケツの最下位。俺が憑依(?)してからウマ娘の闘争心をぽっかり忘れている上、そもそも走り方を知らないから、当然といえば当然だが……トレーナーに囲まれているスペシャルウィークを見ると、何だかもやもやした。

 

 くそ。俺だって、強ぇウマ娘になって勝って、トレーナーにちやほやされたかったよ。そんで、男トレーナーを勘違いさせたかったよ。――でも、選抜レースで上位を取らなければ、そもそもトレーナーがつくことさえありえない。つまり、メイクデビュー出走すら叶わないのだ。トレセン学園がそんな当たり前の競争社会であることを、俺は大敗するまで忘れていた。

 

 ゲーム内じゃ勝って当たり前だったし……何より本気にならなくてもよかったのだ。指先でポチポチやってるだけでクソ強いウマ娘がポンポン出来てたから、周りのウマ娘から溢れ出す熱気と闘志を肌で感じていなければ、俺は勘違いしたままだっただろう。

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ、はぁ――っ……」

 

 スペシャルウィークは言うまでもないが、2着、3着になったウマ娘にもスカウトの手が伸びていた。もちろんスペシャルウィークに比べると人数は少ないが……彼女に食らいついていたこの2人の能力が評価されたのだろう。

 

 ……羨ましいと思った。本当なら、トレーナーが争奪合戦を繰り広げるくらいぶっちぎってやりたかった。でも、それは叶わなかった……。

 

「これが、俺の全力……なのか……?」

 

 いや、これが全力のはずがない。俺はもっと伸びる……はずだ。

 

 そもそも、前提からして不利だったのだ。男の身体からウマ娘の身体に憑依して、全力疾走できますかという話だ。言い訳はしたくないが、あまりにもぶっつけ本番すぎたのは間違いない。

 

 ただ――こんな俺にも有利な点はある。未来の結果・彼女達の得意脚質が全て俺の頭の中に入っていることだ。皐月賞、ダービー、菊花賞、それからシニア級に至るまで……彼女達の着順やレース展開は全て覚えている。インターネット様様だ。

 

 純粋な能力で劣るなら、頭脳で何とかするしかない。それこそ、セイウンスカイみたいに。まあ、ここで問題なのは、恐らく俺がセイウンスカイよりも才能に乏しいことなんだよね。

 

 セイウンスカイは確か「自分には周りの子ほど才能がない」なんて言っていたはずだ。いやいや、俺の方がないんですけど。セイちゃんと比べたら、アポロレインボウなんてメイクデビューで蹴散らされるモブ以下よ。

 

 今になってG1に出走していたモブウマ娘に敬意を抱いてしまう。元の世界の歴史には存在しないウマ娘だ。その強さは保証されたものではない。……きっと、滅茶苦茶頑張ったんだろうな。

 

「スペシャルウィークさん、私と一緒に日本ダービーを取ってみませんか!!」

「俺と一緒に最強のウマ娘に!!」

「僕と――」

「私が――」

 

 スペちゃんの周りにいるトレーナーが、早くも()()()()()()()()()()()()()を熱弁している。あぁ……そうか。この人達にとっては、メイクデビューはもちろん、選抜レースさえ()()でしかないんだ。

 

「……っ」

 

 ――必ず、俺を見せつけてやる。

 

 唇を噛み締める。心の底に、熱く燃え上がる闘志が宿った。

 

 ウマ娘プリティーダービーをやっている時、育成ウマ娘がメイクデビューを負けることに腹が立った。そんな時は速攻でデータを消去したし、何なら敗北のひとつにさえ苛立っていた。

 

 ストーリーはもちろんスキップ。ファン数を稼ぐため、コンディションも得意脚質も、彼女達の夢も無視してレースに出させまくった。俺の求める『結果』は上振れだけ。そのために何人のウマ娘が消えていったのだろう。

 

 出てくる言葉は汚いものばかり。モブブロックやめろ。クビ差ハナ差で負けるな。因子が。ファン数が。下振れが。上振れが――

 

 違う。ここにあるのは現実だ。やり直しなんて出来ないリアルだけが広がっている。

 

 アプリのことなんて忘れろ。この世界に目覚まし時計なんて存在しねぇ。過去は覆らないんだ。

 

 胸が熱く、苦しくなる。その熱は身体全体を包み込み、抑えようのない衝動となった。

 

 このまま負けていいのか? いや、それは俺のプライドが許さねぇ。何より、憑依したこの子――アポロレインボウちゃんに申し訳が立たない。この子は最強のステイヤーを目指してトレセンに入ってきたんだ。せめて長距離重賞のひとつでも取らないと、アポロちゃんも浮かばれねぇ。

 

 俺の中の意識が変わっていく。全力が出せなかったとはいえ、本気で臨んだ。それでぶっちぎりの最下位を取った。スペシャルウィークがいたとはいえ、それ以外にも完敗した。

 

 これが悔しくなくて何だ。

 

 ――やってやる。二度とスペちゃんには負けてやらねぇ! ウマ娘に備わる闘争心がない? 全力疾走が怖い? うるせぇ!! 全部乗り越えてやるよ!! 俺のなけなしのプライドをへし折った罰を与えてやるから、覚悟しとけよスペシャルウィーク!!

 

「スペシャルウィーク――っ」

 

 スペシャルウィーク、日本総大将。あの欧州最強馬モンジュー……ウマ娘ではブロワイエに勝っただけあるぜ。だが、目標ができた。俺はスペシャルウィークを超えた最強のステイヤーになる。絶対になってみせる!!

 

 俺は拳を握り締めて、歯軋りした。常日頃から努力を重ねている彼女達の上を行くため、更なる努力を重ねなければならない。トレーナーがつかないウマ娘の多くは、夢を諦めてトレセン学園を去ると聞く。この世界では、レースが全てなのだ。勝たなければ。いや、勝つ。

 

 努力は嫌いだが、この身を焦がすような悔しさと情けなさを味わったら、否が応でも努力しなくちゃいけないって流石の俺でもわかる。……もしかして、これがウマ娘の勝ちたいという本能的な欲求なのだろうか。

 

「……帰るか」

 

 俺は寮に帰りながらウマホに目を落とす。カレンダーアプリを立ち上げ、次回の選抜レースの予定を確認する。

 

「……あと、3回か」

 

 2週間刻みで選抜レースが行われ、その後にメイクデビューとなる。つまり、残り2ヶ月もしないうちにある程度の実力をつけなければ、そもそもトレーナーがつかずにトレセン学園から退学しなければならないのだ。

 

 ……厳しい。指導者も誰もいないこの状態で何ができるのか。自分の脚質も分からないのに、どうしてレースで勝てるのだろうか。

 

 実力に差がありすぎるスペシャルウィークやグラスワンダーあたりのウマ娘と当たらないように祈りつつ、モブ・フルゲートの時の選抜レースで勝ちを拾っていくしかないわけか。

 

「先は長いし、真っ暗だなぁ……」

 

 俺の逆襲が叶うとしたら、まだまだ先のことになる。ステイヤーってのは晩成型が多いから――クラシック級の夏を超えた辺りから俺は本格化するだろう。まずは選抜レースで勝ちを拾い、トレーナーをつける。そこから何とかオープンウマ娘になり、スペちゃん含めたこの世代に勝負をかける……しかない。考えれば考えるほど、取らぬ狸の皮算用って感じでげんなりしちゃう。

 

 だけど、俺は諦める気はない。長く苦しい戦いになるだろうけど……アポロレインボウちゃんの夢と、トレーナーをからかって勘違いさせるって夢のために、俺はやるぜ!!

 

 気合を入れるため、俺は頬を叩いた。

 

 思ったより力が強くて、後になってほっぺが手型に腫れた。

 



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2話:トレーナーに見つけてもらうために頑張るぞ!

 ――ウマ娘の最高速度は、時速70~80キロを誇る。そうでなくても、レース中ならスパート時以外でも50~60キロを出していなければ話にならない。

 

 つまり、ウマ娘としてありのままに生きるなら、絶対的な速度に慣れなければならないわけで。

 

 それが元人間の俺に対する第一の試練だった。

 

「――ふ、風圧が強すぎる!!」

 

 誰もいないトラックコースの上で、俺は柵に手をついて息を切らしていた。

 

 そう、走った時に受ける風圧がマジで強いのだ。ご自慢の髪の毛はクソ乱れるわ、目を開くのも辛いわ、舞い上がった芝が飛んできてビビるわで、かなりヤバい。しかも、走ってる時に聞こえてくるのは「ボボボボ」って風切り音だけ。ウマ娘って耳がいいから、この風の音を拾いすぎて集中できないのだ。

 

 何とか耳を動かす練習を並行して行っているが、ぴくぴくと動くだけで後ろに絞ったりはできない。トレセンに入ってくるような子は、小さい頃からレース教室とかでこういう小技をみっちり教えこまれたんだろうな〜。

 

 正直、全力疾走の前に心が折れそう。

 

 ……そんな時はウマホを使って自分の顔を見る。

 

 あ〜〜〜〜顔がイイ!!

 

 芦毛! 優しげなタレ目! もちもちのほっぺ! 小柄な体躯! スレンダーな身体! これ無敵だろ。マ〜ジで可愛くて笑っちゃうわ。まさにオタク特攻って感じで最強。うほほ、笑った顔もクソかわ。昔の俺だったらニチャァって音がしただろうな。

 

 めっちゃ元気出た。この世のものとは思えないほど美しいよ俺。最高。やる気出てきた。無限に出るよこんなの。絶対トレーナー引っかけて勘違いさせてやるから見てろよ。

 

「っし、続きやるか……!」

 

 俺はスポーツドリンクを含んだ後、再びターフに戻った。

 

 兎にも角にも、全力疾走できるような身体にしないといけない。恐怖を拭うのだ。

 

「――ふっ!」

 

 ターフの上を走り出して、徐々にスピードを上げていく。下手なコーナリングをしてから、直線に入ったことを確認して――俺は一気にギアを上げた。

 

 トレーニングシューズに付属する蹄鉄がターフを噛む。ぐぐぐ、と上半身が後ろに引っ張られる感覚がしたのを合図に、身体を無理矢理前傾姿勢にする。

 

「――っ!!」

 

 一歩目を踏み出した時点で、「あ、これ無理だ」って人間の頃の本能が身体にブレーキをかける。実際、気が狂いそうなほど速いし、目を閉じて速度を緩めてしまいそうになる。

 

「や、やっぱり、俺には……」

 

 恐怖に負けて、俺は全力疾走に移行する寸前で速度を緩めた。

 

 そのままゆっくりの速度でコースを1周して、さっきの位置まで戻ってくる。一歩一歩を小さくして、スポーツドリンクを置いた場所で俺は立ち止まった。

 

「く、くそ……」

 

 変われない自分にイライラする。次の選抜レースまで1週間もないのに……こんな所で躓いてどうする、俺!

 

 今日でこの流れは何日目だろうか。前回の選抜レースからずっとこの調子だから……8日もうじうじしていることになる。ガキじゃないんだから、やるしかねぇもんはやるしかねぇんだ。そうやって自らを鼓舞しても、速度に対する恐怖は一向に拭えない。

 

 足がすくんでしまうのだ。一定の速度を超えようとすると、脳が危険信号を鳴らして勝手に運動を止めてしまう。ジェットコースターのように安全は保証されていないし、車のように外装もない。

 

 薄い服一枚を着て時速80キロで走ってください、ただし安全はありませんみたいなことを言われて、やれる人間がいるだろうか? いや、いない。やっぱり()()()()()()()()()()()()()難しい。

 

「…………」

 

 ウマホ内の自撮りを見てやる気を出しつつ、俺はもう一度走る準備を整える。もう一回だ、もう一回。当たって砕けろの精神で何度もやって、この壁を乗り越えるしかない。

 

 俺は汗を拭うと、再び走り出す。ある程度まで速度を上げて、最終コーナーを曲がる。

 

 そのままスパートをかけようとした瞬間、強烈な風切り音の中に人の声を聞いた。スパートをかけようとしていたが、そちらに意識が向いてしまう。これは……スペちゃんの声か?

 

「スズカさん、このスイーツ美味しいですよ! ひとくちどうですか?」

「え、えと……体重管理しなきゃだから、遠慮しておくわ……」

「んむぅ、美味しいのに……」

 

 聞き覚えのある、活気に溢れた声。それと、艶やかで落ち着いた声。スペシャルウィークとサイレンススズカが近くを歩いているのだろうか。

 

 しかし――スイーツだと? トレーナーのいるスペちゃんは先輩と一緒にお出かけですか。

 

 彼女達の会話を聞いていると、心の底がザワついた。スペシャルウィークにはトレーナーがいて、もう選抜レースに出る意味は無い。後はメイクデビューの日までトレーニングを重ねるだけだ。

 

 つまり、スペシャルウィークは俺達モブと比べたら1歩――いや、2、3歩ほどリードしている状態ということ。そこから来る余裕なのかトレーニングの息抜きなのかは分からないが……俺の耳には、彼女の声が妙に不愉快なものとして聞こえた。

 

 別にスペちゃんが嫌いなわけではない。ただ、何と言うか――イライラする。選抜レースで味わった情けなさとはまた別のモヤモヤがわだかまっている。

 

 これは、怒りか? 俺はスペシャルウィークの声を聞いて憤慨しているのか?

 きっとそうだ。情けないが、俺はスペちゃんに対して嫉妬さえしている。

 

 ブチ切れそうな想いが恐怖を上塗りして、脚元に力が入る。躊躇いが生まれる余地はない。恐怖は激情によってどこかに行ってしまった。風を切り、ターフを蹴り飛ばし、ぐんぐんと加速し――遂に俺はラストスパートの速度に達した。

 

「……!!」

 

 全力疾走の世界は、キラキラと輝いていた。視界が明滅し、えもいえぬ達成感と開放感が俺を襲う。何も聞こえない。何も感じない。

 

 なんて気持ちいいのだろう。誰もいない緑色の芝を駆け抜けるこの快感。サイレンススズカが先頭の景色に拘っていた理由が今わかった。この快楽は、ターフを駆ける者にしか分からないだろう。

 

 身体の真ん中をとんでもない快感が突き抜けたかと思うと、俺はいつの間にかゴール板前の直線を駆け抜けていた。

 

 ゆっくりと速度を落とし、俺は空を見上げて棒立ちになる。

 

「や、やった……」

 

 掴んだ。これがラストスパートの感覚。恐怖を塗り潰すほどの熱中度と、湧き上がる喜びがあった。それに……もしかすると、俺は逃げが合っているのかもしれない。バ群に揉まれる勇気はまだないからな……。

 

 視界が上下している。しかし息苦しさはない。興奮と高揚感だけが俺を支配している。

 

 間違いなく壁を越えた……! 俺はやったんだ!

 

「やった、やった――!」

 

 喜びのあまり、俺は再び走り出す。全力で走り、スパート時の快感を噛み締めるように、何度も全力疾走した。

 

 次の日、筋肉痛になったのは言うまでもない。

 

 

 

 後日、走ることへの恐怖を拭うことに成功した俺は、新たなる自主トレーニングに手を出すことにした。

 

 その自主トレは、選抜レースでの勝利を第一に考えたものだ。基礎トレとかの前に、まずコースを走ることに慣れなければならない。

 

 まずはスタート。敷地内に放置されていたゲート枠を勝手に持ってきて、そこから飛び出す練習をしている。

 

 スタートに関しては何の問題もない。むしろ得意な方だ。ウマ娘はゲートが苦手な子がいるって話だけど、ここは元人間の良さが出た。俺はすんなりとゲートから走り出すことが出来る。やはり俺は逃げウマ娘としての適性が高いようだ。

 

 次に考えなければならないのはコーナーリングだ。俺が走る選抜レースは2000メートル。4回コーナーを曲がる必要がある。スピードを落とさずに、かつ最短距離の内ラチを通らなければならない。

 

 内ラチというのはコース最内の柵のことだ。より短い距離を走ってロスを無くすためには、この柵に接近して走らなければならない。もちろん肉薄しすぎれば内ラチにぶつかって大怪我をするから、塩梅が大事なわけだが……。

 

 コーナーリング、ガチでムズい。

 

 速度を出してコーナーを曲がろうとすると、当然だが外に膨らんでしまう。速度を緩めれば実際のレースでは抜かれてしまうだろうし、かと言ってスピードを出しつつ身体を傾けて遠心力を殺そうとすると、膝に負担がかかりすぎる。何と言うか逃げ場がない。

 

 そこそこのスピードで最内を通るべきなんだろうな。うん、末脚を残すためにそうすべきだ。

 

「こんな感じかな……」

 

 そこそこの速さでコーナーリングをできるようになったが、問題は最終コーナーだ。選抜レースの時のスペちゃんは、若干膨らみながらも最終コーナーをトップスピードで駆け抜けていた。スピードを取るか最短距離を取るかは難しいところではある。

 

 レースの緊張感と全力で走る中の酸欠状態で、果たしてそこまで考えていられるだろうか、というのが素直な感想だ。選抜レースで勝つためにはそこら辺を突き詰めておきたいのだが、なにぶん併走相手がいない。

 

 俺が併走を頼めるような相手――というか友達はグリ子だけだ。しょうがないじゃん、年頃の女の子の趣味なんて分かんないんだし。俺は心の中で勝手にスペちゃんとかセイちゃんって愛称で呼んでるけど、向こうからしたらきっしょいだろうな〜。

 

 あ、でも、マルゼンちゃんとはよく話すわ。この前偶然マルゼンスキーと話す機会があったんだけど、そこで変に意気投合しちゃったんだよね。

 

 俺が「見てよグリ子、マルゼン先輩だ! やっぱマブいわ!」って言ったら、向こうから寄ってきて死語トークに花を咲かせることとなったのだ。まぁ、この人強すぎるから併走なんて頼めたもんじゃないけどね。

 

「とりあえず、グリ子呼んで併走頼むか〜」

 

 俺はウマホを使ってグリ子を呼び出すことにした。

 

 しばらくすると、トレセン学園特有のクソダサジャージを着たグリ子がやってきた。アポロちゃん人使い荒くない? とか文句を垂れているが、俺の夢のために頑張って欲しい。

 

 というか、どんなウマ娘でも一緒に走るのと走らないのでは雰囲気も得るものも違う。多分、グリ子のためにもなるでしょ。

 

「で、私はアポロちゃんと併走すればいいんだよね?」

「うん。本当にありがとね、今度はちみー奢るからさ」

「……しょ、しょうがないなぁ」

 

 言葉はツンケンしてるけど、グリ子の尻尾と耳は正直だ。耳はめっちゃぴこぴこしてるし、尻尾はばさばさ揺れている。うわー、隠そうとしてもこんなに感情ってただ漏れちゃうんだ。意識してないけど俺もそうなってるのかなぁ。

 

「あ、後ででいいんだけどさ」

「?」

「併走もいいけど……1回ガチでやってみない?」

「どういうこと?」

 

 グリ子が変なことを言い出す。俺は首を捻った。

 

「そのまんまの意味。2000メートルのマッチレース、私とやろうよ」

「えっ」

 

 突然出てきたマッチレースという言葉にぎょっとする。確かに実戦形式の練習に飢えてはいたけど、いきなりですか。もしマッチレースを行うとしたら、グリ子は差しウマだから俺が必然的に逃げる形になる。そういう意味では、先頭を走ってペース配分を考える練習になるかもしれないな。うん、やってみますか。

 

「――私、グリ子には負けないよ」

「おっ、その言葉が聞きたかったんだよね〜」

「言うじゃんこの」

「うひゃ、やめてよくすぐったい! あはは!」

 

 グリ子の脇腹をくすぐる。目の前で揺れる160センチの鹿毛ウマ娘。良い匂いがする。もっとちょっかいをかけたくなるが、あんまりやるのは中身が男なだけに申し訳ないので控えめにしておいた。

 

 というか、脇腹をこちょこちょして気づいたことがある。

 

「…………」

 

 グリ子のやつ、ド派手に鍛えてやがる……!

 

 柔らかい肌の中に感じる確かな硬さ、間違いなくお腹の筋肉だ。しかもかなりの密度を誇っていた。よく見たら太ももは筋が入ってるし、細い腕の中に奥ゆかしい筋肉が隠れている。

 

 俺は知らなかったけど、中央のウマ娘ってみんなこんな感じなんだろうか。だったら、俺の身体は貧弱そのものだ。毎日シャワーで目の当たりにしてるけど、身体全体がグリ子と比べても細すぎる。

 

 スペちゃん並に食べてるし、みっちりトレーニングしてるはずなんだけどなぁ……筋肉の付き方や体格の大きさも才能ってやつなのだろうか。

 

 俺はグリ子の実力にワクワクしながら併走トレーニングを行った。

 

 小一時間ほどの併走が終わり、身体が温まってきたところで、どちらともなく目を合わせる。そろそろマッチレースと行こうじゃない。少なくともグリ子の目はそう言っていた。俺もそうなっているだろうけど。

 

「それじゃ、位置について〜」

 

 仮設置されたゴール板……というか木の枝の横に立って、スタンディングスタートの構えを取る。俺が内側、グリ子が外側。

 

「この石が落ちた瞬間、スタートだからね」

 

 グリ子は握り拳ほどの石ころを持って、天高く放り投げた。柵の内側に墜落するような軌道を描いて、石は放物線を描く。

 

 同室の好とはいえ、グリ子には絶対に負けてやらねぇ。俺はグリコよりもブルボンの方が好きなんだよ!

 

「「!!」」

 

 どすん、と音がした。俺は考えるよりも早く一歩目を踏み出していた。スタート直後の位置争いは起きず、逃げる俺の後ろにグリ子がすんなりつく展開になる。

 

 だいたい前半1000メートルの通過タイムは1分を超えないくらいが丁度いいと聞く。俺はウマホで見まくった逃げウマのレース映像を脳内で再生し、ペース配分を心がける。

 

 コーナーを利用して時折後ろをチラチラ見てやると、グリ子はコーナーリングに手間取っているようだった。多分それはスピードの出しすぎだ。俺は若干スピードを緩めて内ラチ寄りに走っているから、ロスも少ない。

 

 こんなもんでいいのかな……? なんて思いながら、体内時計的にはジャスト1分で前半1000メートルを通過する。グリ子との距離は4バ身くらい。これってどうなんだろう。標準? 詰められすぎ? スローペースだからオッケー? 正直わからん。つーか息が苦しい。

 

 コーナーリングを意識しながら最終コーナーへ。そろそろラストスパートかけるべき? 頭が回らん。ええい、もう知るか!

 

 俺は最終コーナーを膨らみながら全力の末脚を使った。タイミング的には、セイちゃんの固有スキルの辺りだ。あらん限りの末脚を使い、我武者羅にスパートをかける。後ろを見る暇はない。そもそも2分間近く全力疾走しろなんて頭おかしい……疲れるに決まってるじゃん!

 

「うぁぁああああああああああああっっ!!」

 

 絶叫しながら走って、残り200メートルを通過する。風切り音に混じって、強烈な足音が近付いてくるのがわかる。ヤバい、逃げウマってこんなプレッシャーと戦わないといけないのかよ……!

 

 だ、大丈夫、俺はステイヤーだ! キレるスピードとパワーは無くても、スタミナだけならきっと誰にも負けねえ!!

 

 懸命に前を向いて、首を必死に伸ばす。伸ばして、伸ばして、胸を逸らして。

 

「ご、ゴールッッ!!」

 

 ――グリ子が、1着でゴールインした。2人にだけは分かるハナ差の決着だった。グリ子が歓喜の声を上げて、拳を突き上げる。

 

「――っ」

 

 身体中の力が抜けた。グリ子は選抜レースで勝利を収め、チームに所属するウマ娘で……一定の実力者とはいえ、負けるのは悔しかった。いや、悔しいなんてもんじゃない。

 

 グリーンティターンは随分と年下の女の子だ。対する俺は、肉体年齢的には子供だが、精神的には大の大人。全力を出した上で少女に負けるなんて、もう……言葉にならねえ。

 

「う゛ぅ゛……く゛や゛し゛い゛っ!!」

「ちょ、アポロちゃん!?」

「く゛や゛し゛い゛!! 次は絶対負けないから!!」

 

 涙が出てくる。ウイニングチケットじゃないが、感情が溢れて止まらなくなってしまった。自分では落ち着きある大人だと思ってたんだけど……いつの間にか()()()()()()()()()()()()()()いたみたいだ。

 

 勝ちたい欲求って、こういうことだったんだ。

 

「そ、そんな本気だったんだね……」

「当たり前じゃん……!」

「……今日のところは、終わりにしよっか」

 

 グリ子が翡翠の瞳を微妙そうにひそめてそう言った。いつまでも泣いているわけにはいかない。彼女にはわざわざ足を運んでもらった上、併走と実戦形式のレースに付き合ってもらったのだ。悔しさを表に出すのは悪いことではないが、彼女に申し訳なく思ってもらっては困る。

 

 俺は涙を拭って、気丈に笑顔を作った。

 

「グリ子とはいつか、でっかいレースで戦いたいな」

「あはは、いいねそれ」

「その時はぶちのめすから覚悟しといてね」

「何か燃えてきた」

 

 グリ子は切り替えが早い。というか、俺の気持ちを汲み取ってくれたっぽくて、肩を組んできた。俺も良い友達を持ったなぁ……。

 

 俺達は夕焼け空を背に、帰路についた。選抜レースまであと少し。こうして俺を支えてくれる友達兼ライバルがいて、練習場もありったけの闘志もある。俺は何もかもに恵まれているのだ。

 

 次の選抜レース、勝つしかない。俺の2つの夢のために。

 

 ……この悔しさは、選抜にぶつけてみせる!!

 

 




次回、選抜レースの予定


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3話:選抜レース、勝つしかないよね!

日刊新作ランキング8位ありがとうございます!
評価や感想などを貰って、本当に嬉しい限りです。
ぼちぼちの速さで上げていきます。


 グリ子とのマッチレースに敗北し、悔しさを噛み締めて枕を濡らしていた俺。そんな俺にも、遂に鬱憤を晴らす機会――選抜レースの日がやってきた。

 

 枠番と枠順は当日の朝に発表される。早速俺とグリ子は掲示板前にやってきて、張り出された出走表を探した。……人が多すぎて何も見えねえ! こういう時、身長がちっちゃいと不便だなぁ。

 

「アポロちゃん、内枠! 内枠だよ! やったね!」

「え、本当!?」

「嘘つくわけないじゃん!」

 

 俺は運良く内枠を引き当てたらしい。グリ子がウマホを掲げて写真を撮ってくれたので、人混みの中から足早に退散する。

 

 俺達はその足でカフェテリアに向かう。白ご飯とお味噌汁とベーコンエッグを頼んで、2人で適当な席についた。

 

「内枠も内枠……最内枠とは。私もツイてるね」

「それだけじゃないよ。エルコンドルパサーさんは1600メートルに、キングヘイローさんは調整の関係で次回の2000メートルに出るんだって。つまり、有力ウマ娘がゼロってこと! アポロちゃん持ってるね〜」

 

 ここに名前の出ていないグラスワンダーは、前回のマイル路線の選抜レースで勝ちを収めている。トレーナーもついたらしい。……セイウンスカイは、どこかで昼寝でもしているのだろうか。彼女の性格を考えれば、最後の選抜レースにふらっと出走してあっさり1位を取っていきそうなものである。

 

 ただ、有力なウマ娘がいないからと言って油断はできない。俺はグリ子に負けたのだ。コーナーリングの上手さを差し置いても、潜在的なスピードの差で追い抜かれてしまった。

 

 俺自身は自分のスパートが結構速いと思っていたんだが……グリ子にスパートをかけられたら普通にかわされちゃったし、あんまり速くないんだろう。これが結構ショックで、不安材料のひとつだ。出走してくるウマ娘がみんな弱ければ何とかなるはずなんだけどね……。

 

「あ、そうだアポロちゃん。いいこと教えてあげる」

「?」

「今回のレースに逃げウマはいないからさ、思いっきり走ってみなよ!」

「逃げウマがいない?」

 

 おいグリ子、何でお前はそんなことまで知ってるんだ? 有名ウマ娘ってわけじゃないから、データを集めるのは難しいだろうに。……データ収集が趣味だったりするのだろうか。

 

 まあそれはそれとして、逃げウマがいないのは大きな情報だ。

 

「じゃあ、この前やったマッチレースみたいに自由に走っていいってこと?」

「うん! 多分!」

 

 えへん、と胸を張るグリ子。可愛いことするじゃん。頼もしいぜ。

 

 ……逃げウマがいない、か。いいのか悪いのかは分からんけど、この前みたいな感覚でやれるなら中々悪くないんじゃないの? スローペースにするかハイペースにするかは考えものだけど。

 

「……正直な話、このメンツだったらアポロちゃんは絶対負けないよ。余程下手こいても絶対3着には入ると思う」

 

 山盛りすぎてタワーみたいになっている白米を頬張っていると、グリ子が真剣な口調でいきなりそんなことを口走る。え、なになに。めっちゃ褒めてくるじゃん嬉し。

 

「でも――()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

「……??」

 

 褒めて……くれてはいるみたいけど、他に何か言いたいことがあるみたい。でも、残念ながら俺は天才じゃないので、グリ子の言わんとすることがよく分からない。選抜レースに勝ったら――場合によっては勝てなくても上位に入れば――トレーナーさんがスカウトしてくれるものなんじゃないの?

 

「あのね、これ言ったら角が立ちまくるけど……アポロちゃんが1番人気なの。これって結構ヤバいことだよ」

「どうヤバいの?」

 

 俺がご飯を飲み込みながら問いかけると、向かいに座っていたグリ子が急にそわそわして周りを確認し始めた。そして、お膳を横に避けてこっちに身を乗り出してきた。

 

 うわ、前かがみになると分かるけどでっか……じゃねえ。え、何? 耳を貸せって?

 

 俺もグリ子に倣ってテーブルの上に身を乗り出してみる。これまでにないほどグリ子の顔が近づいて――

 

 グリ子お前クソ美形やんけ!

 

 まつ毛なっが! 肌のハリが良すぎるだろ。おめめパッチリで吸い込まれそうな翡翠色してますわ。これで「グリ子は美形」なんて声を聞かないんだから、ウマ娘の世界ってやべーわ。

 

 あー、で、何を言いたいわけ?

 最近ウマ耳の動かし方を習得したので、大げさに動かしてグリ子の方に傾ける。グリ子は目を逸らしながら、ぼそっと呟いた。

 

「……他の出走ウマ娘がアポロちゃんに比べると弱すぎるってこと」

「え、まだ入学して1ヶ月も経ってないんだから、そんな差はないはずでしょ。それとも、そんなにやばいの? 運悪く弱い子が固まっちゃったとか」

「…………」

 

 弱い子が偶然集まったにしろ、それはそれで何の問題もないと思うんだけど。逆になんでグリ子はこんなに不安そうにしてるんだろ。だって、勝ったらトレーナーがスカウトしてくれるっぽいじゃん?

 

 俺が耳打ちされてもきょとんとしていたからか、グリ子の表情がより真剣味を帯びる。

 

「……あのね、アポロちゃん。確かにこれまで選抜レースを勝った子は、ほとんど全員がスカウトされてるよ。でもね……レースに勝ってもスカウトされなかった子が昔にいたの」

「えっ」

 

 グリ子の発言に俺は思考が停止してしまう。勝ってもスカウトされないなんてウソでしょ……? トレーナーに見つけてもらうために頑張ってきたのに。

 

 まさか、俺はこの選抜レースで最善の結果を残したところで――スカウトしてもらえないってことなのか!?

 

「ちょちょちょ、冗談でしょ!?」

 

 俺はグリ子の頬を両手で挟み、説明を求める。カフェテリアで朝食を取っていたウマ娘達の注目を集めたが、すぐに彼女達は自分達の食事を再開している。

 

「じょ、冗談じゃないのよこれ。このレースはレベルが低かったよね〜って見なされて、1位の子がスカウトされなかったことがあったんだって」

「そ、それっていつ起きたの……?」

「20年以上は前。まぁ、アポロちゃんのレベルが低いなんてことはないと思うし、まともなトレーナーなら絶対スカウトしてくれるだろうから……杞憂なんだろうけど。ま、一応忠告だけね?」

 

 グリ子はそう言って、元の席に腰を据えた。俺も力が抜けたように、元の位置にぺたんと座った。

 

 ちゃんとやればトレーナーは俺のことを見つけてくれる。グリ子はそう言った。でも、万が一誰もスカウトしてくれなかったら。

 

 そしたら、今の俺じゃ絶対に敵わないキングヘイローやセイウンスカイに挑まなければならない。つまり、この選抜レースを逃したらかなりまずい。

 

 ……杞憂だよね? 勝てばスカウトされるよね? 本気でやれば、問題ないよね?

 

 そんな一抹の不安材料を抱えながら、いよいよ選抜レースが始まった。

 

 

 心地よい春の陽気に混じって、天高くファンファーレが鳴り響く。荘厳な音楽は、俺達ウマ娘の闘志を燃え上がらせるには十分な演奏だった。

 

『いよいよ始まります、2000メートル部門選抜レース。未来の優駿の卵達が今、ゲートに入っていきます』

 

 芝2000メートル、良バ場。トレセン学園第1トラックコースにて。

 フルゲート18人で行われる選抜レースは、春の太陽が照りつける昼下がりに行われようとしていた。

 

『1枠1番、1番人気のアポロレインボウが今ゲートに向かいます』

『私イチオシの子です。どんなレースを展開してくれるのか期待できますよ』

 

 選抜レースはトレセン学園内で行われる独自のレースだ。しかし、本当のレースの雰囲気を味わって欲しいという秋川理事長の希望もあって、実況と解説の方にわざわざ来ていただいているらしい。ファンファーレを吹く演奏隊だっていた。学園付きの演奏隊で、ガチのやつ。

 

「……すぅ、はぁ。大丈夫、何とかなる。少なくとも1人くらいはスカウトしに来るはずだ……」

 

 体操服を身に纏い、ゼッケンを指先で伸ばしつつ、俺はゲートの前に立つ。どうせ乱れるけど――前髪をチェックし、ボブカットを手のひらで押し上げて整える。運命のトレーナーに見つけてもらうため、なるべく見てくれを良くしたい……なんて気持ちの現れだ。

 

 大外の柵の向こうには、グリ子を含めた多くのウマ娘がいる。目が合ったのでウインクすると、グリ子は呆れたように肩を竦めた。……ん? 何かジェスチャーしてる。「集中しろ」――って言ってるみたいだ。そんなこと分かってるよ。

 

 でも、ありがとな、グリ子。お前のおかげで悔しさを知れた。絶対に誰にも負けたくないって気持ちを持つことが出来た。マッチレースに勝っていたら、天狗になってトレーニングなんてしてこなかっただろう。思い出す度に悔しくて胸が苦しくなるけど、グリ子には本当に感謝してる。

 

 今日のためにしっかり準備してきたんだ、グリ子。未来のライバルであるアポロレインボウちゃんの走りを見せつけてやるぜ。俺はグッと拳を突き出し、ゲートに向かって歩き出した。グリ子は頭を抱えていた。

 

 視界の端に映るのは、シンボリルドルフやマルゼンスキーなどの大物。彼女達の周りだけ人口密度が低くなっていている。オーラでも出ているのだろうか。少なくともマルゼンちゃんにはオーラは感じなかったけどな〜。

 

「おっ」

 

 そんなマルゼンちゃんは俺を見て手を振ってくれた。首だけでお辞儀をして、レースに対する集中力を高めていく。視界の隅ではマルゼンスキーとシンボリルドルフがこちらの方を見て話をしているが、集中力が高くなってきて気にならなくなった。

 

 やはり選抜レースというのは一大行事なのだ。シンボリルドルフ生徒会長直々に見に来るってことは、多分そういうこと。

 

 きっとトレーナーにスカウトされないなんて珍事は起きないはず。だって、柵に張り付くみたいにトレーナーがたくさんいるし。100人はくだらないその全員からスルーされるとなると、間違いなく心が折れる。

 

 ゲートに収まると、何も聞こえなくなる。この異常なまでの集中を受けて、俺も()()()()()()()()()()()()()()、なんて思った。いつの間にかウマ娘のレースに対する本能を思い出してきている。勝ちたいという闘争心が湧いてからは、レースに対して異様な集中力を発揮できるようになるまでがあっという間の出来事だった。

 

『全てのウマ娘がゲートに収まりました。いよいよスタートです』

 

 ゲートインを嫌がったり、躊躇ったりしながら、18人のウマ娘がゲートに入り切った。実況の声を最後に、トラックコース全体が静寂に包まれる。

 

「――――」

 

 俺の周りの空気が、ぴりぴりとしていた。ウマ娘達の勝ちたいという欲望が空間を圧倒している。だけど、1番勝ちたいと思ってるのは俺だ。何せ、最強ステイヤーになるってことと、男トレーナーを誑かすっていう2つの夢があるからな。夢の分だけ、思いは2倍ってこった。

 

 視界の中央には、閉じたゲートとその先のターフが見える。まだゲートは開かないのか。まだか、まだなのか。少し苛立ちを覚える。ゲートが苦手って、こういうことなんだろうか。

 

「――すぅぅぅぅ」

 

 ウマ娘の聴力ならどんな音でも聞き漏らさない。俺は腰を地面に沈めて、薄く開いた口から空気を取り入れる。そのまま息を止めて、ゲートが開く僅かな音がした瞬間――俺はロケットスタートを決めた。

 

『――スタートしました! おっと、数名出遅れた! バラバラのスタートとなりました』

『初めてのレースですからねぇ。この緊張感の中では仕方ないと思いますよ』

 

 地面を蹴り飛ばして、ある程度の速度まで一気に加速する。

 

『先頭に立ったのはアポロレインボウ。素晴らしいスタートでぐんぐん後続を引き離していきます』

『少しかかっているかもしれません。落ち着きを取り戻せるといいのですが』

 

 実況が何か言っているが、俺はスタミナが自慢なだけで他には何の取り柄もないバカウマ娘だ。スタミナにものを言わせて、爆逃げを敢行して後続を黙らせる! どうだ、メジロパーマー並の大逃げだぜ!! ははは、これで勝ったらトレーナーも注目してくれるだろ!!

 

『おっと……第2コーナーから向正面に入って、1番手のアポロレインボウは2番手を6バ身以上も引き離した!』

『これは大逃げでしょうか? 選抜レースで随分と思い切ったレースをしますね、やはり私のイチオシウマ娘なだけはありますよ』

 

 コーナーを曲がる時以外は全力疾走。コーナーを曲がる時も8割の全力疾走で、後続を突き放す。レース中で燃え盛る思考回路は、ペース配分とか足の負担なんて度外視して「死ぬ気で走れ」とだけ命令してくる。

 

 あぁ、この感覚。この衝動。最高の感触のまま――俺は先頭を駆け抜けている。誰にも1着は譲りたくない。もっともっと速く、速く走りたい!!

 

『前半1000メートルを通過して、タイムはなんと58秒台! ジュニア級にしてとんでもないタイムを叩き出してくれますね!』

『しかし、これでは後半のスタミナが持ちませんよ。緊張して先走りすぎたようです』

 

 第3コーナーを抜けて、第4コーナーへ。唯一無二の才能であるスタミナはまだまだ底をつかない。背後を見ても、あの時のグリ子のようにコーナーリングに手間取っている子ばかり。脅威にさえ感じない。

 

 俺は最終コーナーを抜けて、独走態勢に入った。

 

『の、残り400メートルを通過して――先頭は依然としてアポロレインボウ! スタミナは尽きないのか!? まだまだ先頭で頑張っているぞ!!』

『これは驚きました。ハイペースの大逃げをした上で、最終コーナーまで前目に()()()スタミナと根性を持ち合わせているとは思いませんでしたよ』

 

 肺が張り裂けそうになり、喉がからからになって酸っぱくなってくる。それでも、グリ子のような強烈な足音は近づいてこない。

 

 最終直線に入ると、背後を確認する余裕はない。スタミナと根性には自信アリだが、疲れるものは疲れるし、しんどいものはしんどい。死ぬほど苦しい。喉が干上がっている。舌の根が乾ききっている。

 

 辛い。苦しい。速く終わってしまいたい。

 

 それでも、初勝利へと。

 夢への第一歩を踏み出すんだ!!

 

「はああぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

『残り200メートル! 後続はまだ後ろ! これは決まりか!』

 

 飛び跳ねるように、楽しむように。

 俺は――間違いなく1着でゴール板を駆け抜けた。

 

『ご、ゴール!! タイムが気になるところですが――おや? タイムは2分7秒と、良バ場にしては遅めのタイムになりましたね』

『知らず知らずのうちに、アポロレインボウのスピードが落ちていたんですね。後続の子達は初めてのフルゲートに加えて大逃げがいたわけですから……展開とタイムを読み切れずに、末脚を余らせてしまった子が多いように思えますよ。後で上がりタイムを見ておきましょうかね』

 

「あ、あれ……? タイムめちゃくちゃ遅いじゃん……あはは……」

 

 俺は疲労困憊になりながらゆっくり速度を緩め、柵に手を付いてえずいた。はしたないが、余裕を取り繕うことさえ出来ない。マジで死ぬ。楽しいけど、こんなん何回もやってられんわ。ごめんな、アプリでは3回連続で出走させまくって……反省してます。

 

 しばらくの間、客席ではざわつきが広がっていたが――突然、ワッと湧き上がるような歓声が巻き起こった。

 

 俺はと言うと、電柱に手を付いてゲロってるリーマンみたいになっていた。ビックリして顔を上げると、みんなの視線の先には電光掲示板があって、俺の1着を示す順位と『確定』のランプが点っていた。

 

 なるほどそういうことか。選抜レースでも盛り上がるものなんだなぁ。先輩達は昔を懐かしんで、俺の同級生は友達の頑張りを見て、トレーナーはウマ娘の走りを見て声を上げたって感じか。

 

 あ、なんかパフォーマンスとかいるかな? そんなん考えてなかったけど。……手でも上げとくか。こう、軽くね。

 

 ホームストレートに向かって歩きながら、俺は軽く手を上げた。歓声がいっそう大きくなって、膨大な疲労感の中、俺は歓喜に包まれた。

 




オリジナル要素を詰めすぎて申し訳ない。次回はトレーナーと出会います。


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4話:あなたが運命のトレーナー?

日刊総合ランキング2位、二次創作日刊ランキング1位ありがとうございます。本当に驚いています。
誤字報告も本当に助かります。これは心臓が止まりました。


 選抜レースが終わって、数日が経過した。レースが終わった直後は色んなトレーナーがスカウトしにやってきた。グリ子や俺の不安が考えすぎだったようで良かったのだが、誰も俺の長距離適正を見抜いてくれなかった。そんな人達と契約を結んだって、元人格のアポロレインボウちゃんの夢である「最強ステイヤーになる!」が達成できない可能性が高い。

 

 メジロ家のウマ娘のように、「クラシックの大目標は菊花賞!」「天皇賞絶対取る!」って感じで公言してるわけじゃないから、そこは仕方ないけどね。

 

 それに、あの場で「この人と契約する!」って勢いに任せて1人を選ぶのは、ちょっと角が立つよな〜って思って、全員丁重にお断りさせていただいた。ただ、自主トレをしてる最中に声をかけてくるトレーナーは一定数いるので、合いそうな人がいたらトレーナーになってもらう予定だ。

 

 てっきりグリ子は「どうしてあの場でトレーナーさんを見繕わなかったの?」って言ってくるかな〜なんて思ってたんだけど、実際に言われたのは「アポロちゃんが冷静な判断をしたからびっくりしたよ」という罵倒に近い言葉だった。なんでやねん。

 

 まぁ、今日も今日とて自主トレをしよう。やっぱりウマ娘と言ったら脚だ。上半身の筋肉は大事だけど、やっぱ脚を鍛えてなかったらダメだ。脚を徹底的に虐めるトレーニングをしたい。

 

 ……と思ってたんだが。

 

「あちゃ〜……予約で埋まっちゃってる感じだったか……」

 

 トレーニング場所が全部、予約済みだった。目の前では、トレーナーとそのチームらしきウマ娘達が和気あいあいと走り込みをしていた。

 

 トレーナーのついていないウマ娘は、屋内プールを使うことが出来ない。ウッドチップコースはもちろん無理だし、坂路も無理。その前提からして、そもそも俺のようなウマ娘がトレーニングを行える場所は限られてしまう。

 

 ……唯一フリーのウマ娘でも使えたのが、今まで使っていたトラックコースだったというわけだ。ま、それも予約されちゃったから使えないんですけどね。

 

 結構あの場所がオキニだったからショックだけど、コースを予約されちゃったらまぁ仕方ない。トレーナーのいるウマ娘が増えてきたということだろう。

 

 今日はいい感じに晴れだったから走りたかったけど、トレーニングできそうな場所はないな〜。ウマ娘専用道路を走るのもいいけど、ここら辺の地理が分からんから今は怖い。

 

 ……ま、最近詰め気味だったし、図書館に行ってトレーニング方法の研究でもしますか。こういう時は見えない疲れが溜まってるかもしれないし。狭い場所でもできる効果的なトレーニングについて記された本があればいいな〜。

 

 俺は学内を歩き、図書館にやって来た。カウンターにゼンノロブロイちゃんがいたので、トレーニング本を探しに来たと伝えてみる。彼女は眼鏡の位置を両手で直してから、「ついてきてください」と歩き始めた。

 

 やば、この子も超かわいいな。眼鏡地味っ子図書委員、三倍満。でもこんな子が秋シニア三冠を取っちゃうんだから、ウマ娘ってのは分からないぜ。闘争心とか実はめっちゃ秘めてるんだろう。

 

「ロブロイちゃん、ありがとね!」

「……?」

 

 トレーニング本の辺りまで案内してもらったので、俺はロブロイちゃんにお礼を言ったのだが……やべ、「なんでお前私の名前知ってるの?」って顔してる。そうですよね。気持ち悪い、ですよね。ごめんなさい!! 逃げます!!

 

「あっ!」

 

 俺は本棚の間を縫ってロブロイちゃんの視界から消えた。

 

 ロブロイちゃんが追いかけてくることはなかったため、俺は落ち着いてトレーニング本を漁り始める。

 

 お、なにこれ。『明日からこれだけやれ! 必勝トレーニング法!』だって? はは、過激なタイトルで注目されたい系ね。ウマ娘の世界でもこういう本があるのね、なんかほっこりしちゃった。ま、欲しい本はもっとしっかりしたやつだ。他の探そ。

 

 …………。

 

 うーん、しっくりくる本がないなぁ。ガチ系のトレーニング本が欲しいんだよね。

 

 残念ながらこの本棚には何も無かったな。次の所探そ。

 

「ん?」

 

 新しい本棚を探っていると、遂にそれらしき本を見つけた。タイトルは平凡だが、発行機関がURAだ。この時点で間違いがない。恐らく、歴代トレーナーのデータや正しいトレーニング方法、逆に悪いトレーニング方法も載っていそうだ。

 

 俺はその本に向かって手を伸ばす。しかし、本の背を掴んだ俺の白い手の上には――妙にごつごつした手があった。

 

「え?」

「お?」

 

 手が生えている方向を見ると、俺より身長が20センチは高かろう若い男が俺の方を見ていた。かなり困惑した様子だが、俺も困惑している。だって、図書館で偶然同じ本を手に取ろうとする――だなんて、少女マンガで言う運命の出会いみたいじゃん!

 

 俺はその男の顔をじっと見る。多分トレーナーだ。年齢は20代前半だろうか? 細かいことは分からないが、男だった頃の俺よりは歳下に見える。顔はイケメンとは言い難いが、ブサメンというわけでもない。なんかこう……本当に何処にでもいそうなフツメン。味わいのある顔だ。

 

 無言で顔を見すぎたせいか、男がしかめっ面になる。ヤンキーで言うところの『ガンを飛ばす』ってのはこういうことなんだろうな。

 

「……どうしたの?」

 

 彼は微妙そうな表情をして、腰を曲げて俺の目線に合わせてくる。子供扱いされてるようで腹立たしいが、今の俺は中等部。今日のところは俺の優しさに免じて許してやろう。それにしてもこの人、絶対に本を手放そうとしないのな。

 

「どうしたもこうしたも、この本見つけたの私なんですけど」

 

 ぐぐぐ、と力を入れて本を引き寄せる。男は下手くそな笑顔を取り繕いながら、一歩も引き下がらず俺に対抗してくる。

 

 へえ、ウマ娘の俺に抵抗しようっての? 理解できませんね。ウマ娘に人間が勝てるわけがないのに。

 

 ちょっと本気でやってみるか――と思ったところ、俺はあることに気づいて力を弱めた。この男、小脇にステイヤーに関する本を山ほど抱えていたのである。

 

 ドキッとして、俺は本から手を引っ込めた。この男、もしかしたら――

 

「あ、あの。……あなた、トレーナーですか?」

「そうだよ。ま、新人トレーナーだから誰も相手にしちゃくれないんだけどね。あはは……はぁ」

 

 新人トレーナー。誰も相手にしてくれない。そりゃそうだ、積み上げた実績もないし、技術もデータもゼロなのだから。普通は実績を出しているトレーナーの所に行って育ててもらいたいというのが世の常だ。

 

 しかし、彼が放ったその言葉に、俺の心臓は高鳴った。見たところ、ステイヤーに関して興味があるようだし――俺の夢を叶えるためのトレーナーとしてはドンピシャなのではないか。出会い方も少女マンガ的な意味で満点だったし。

 

 あと個人的な感想だけど、この人は「友達としてはいいけど恋人としては……」っていうタイプに見える。こういう男は、得てして女の子からのアプローチにドギマギしちゃうのよね! アポロ分かってるんだから!

 

 ……よし決めた! 俺、この人の担当ウマ娘になるぜ!! ここまで運命の出会いを果たしたからには、もう逃さねぇからな。

 

「あの、私、アポロレインボウって言います」

「知ってるよ。この前の選抜レースで大逃げしてた子だよね」

 

 そうか、俺のことをご存知なら話は早い。早速アピールして契約を――

 

「はぁ……君みたいな才能がある子は、もうトレーナーがいるんだろうなぁ」

 

 彼がそんなことをぼそりと呟いたので、勢いが削がれる。いやいや、そんなことないよ? 俺には才能なんてないし、何ならトレーナーもいないよ? おい、なんで本を持って立ち去ろうとしてるの? ちょっと待てや! 本置いてけ!

 

「ま、待ってください! 私と契約してくれませんか!?」

 

 俺は男のスーツを掴んで、叫んだ。図書館内では静かにしなければならないのだが、今は許して欲しい。この機会を逃せば、俺に合うトレーナーは見つからないと思ったのだ。

 

 男はこちらを振り向いて、驚愕の表情を浮かべる。

 

「え、君、トレーナーいないの?」

「はい、いません! 今のところ全員保留させていただいてます!」

「……俺と、契約してくれるの?」

「そのつもりで言ったんですけど、ダメですか?」

「……ほんとにいいの?」

「いいんです! お願いします! 私を最強のステイヤーにしてください!!」

 

 俺が手を伸ばすと、彼はすっかり固まってしまった。ばさばさ、と彼の抱えていた本が落ちる。そんなに驚きだったのだろうか。それとも、そんな悪いことを言っただろうか。

 

 ビクビクしながら返事を待っていると、彼は俺の手を取って両手で包み込んできた。

 

「もちろん、もちろんだとも!! 是非とも俺に協力させてくれ!!」

 

 彼の笑顔が弾けた。右手をぎゅっと強く握られ、思わず胸がときめいてしまう。

 

 トゥンク……

 

 この人の手、あったかくて大きい……。それに、男性らしくごつごつしている。俺の手と比べるととんでもなくサイズが違う。なんかキュンときた。

 

 あれ、俺ってホモなのかな?

 

「俺の名前は桃沢とみお。ああ、ありがとうアポロレインボウさん。本当に嬉しいよ。こうしちゃいられねぇ。契約用紙を用意しなきゃ!」

 

 桃沢とみお。……いいね、とみお。可愛い名前じゃん。名前聞いただけで、アポロ分かっちゃった。この人となら上手くやっていけそうって。

 

 舞い上がるとみお。ホッとしつつ何故かキュンとする俺。そんな2人の元に、冷たい声が割り込んでくる。

 

「――図書館内ではお静かに」

 

 声の主はロブロイちゃんだった。あんまりにもどす黒いオーラと怒りを醸し出してるもんだから、俺ととみおは引きつった笑い声しか出なくなってしまう。周囲を見渡すと、俺ととみおに迷惑そうな視線を向けてくるウマ娘達がいた。マジで申し訳ねぇ。

 

 結局、ロブロイちゃんに冷たい笑顔で諭されたので、俺ととみおは図書館から足早に退散した。本はしっかり借りた。

 

 

 

 後日、俺ととみおはトレーナー室で再び対面していた。まあトレーナー室と言っても、新人トレーナーに与えられる部屋なんてクソ狭いし辺境の棟にあるわけだが。

 

 コホンと咳払いして、とみおは人当たりの良い笑顔を浮かべた。

 

「それじゃあ、2回目になるけど挨拶しとこうか。俺の名前は桃沢とみお、サブトレーナーをちょっとしてた程度の新人トレーナーだ。君みたいなステイヤーの才能を持った子をいつか育てたいと思ってた。これからもよろしくな」

 

 桃沢とみお。かつてメジロマックイーンのトレーナーの補佐、つまりサブトレーナーを勤め上げた実績を持つ。正直俺にしてみれば、春の天皇賞連覇を成し遂げたステイヤーのサブトレーナーってだけでかなり上玉だ。

 

 サブトレーナーを勤めた後、メジロマックイーンがドリームトロフィーリーグに挑戦すると同時に独立したらしい。ここで言うドリームトロフィーリーグってのは、トゥインクル・シリーズとはまた違う舞台のことだ。

 

 トゥインクル・シリーズで好成績を残したウマ娘は、ドリームリーグに上がることができる。そのドリームリーグ内には、夏開催のサマードリームトロフィーリーグと、冬開催のウィンタードリームトロフィーリーグがあるらしい。そんでもって、ドリームリーグに行ったらトゥインクル・シリーズには戻れない。

 

 つまりアレだ。俺達がいるトゥインクル・シリーズは甲子園で、ドリームリーグはプロ野球とか社会人野球みたいな感じ。まぁ、今のところドリームリーグのことは考えなくていいだろ。閑話休題。

 

「えと、アポロレインボウです! 最強ステイヤーになることと、トレーナーを私の魅力でかんちが――ウホン! 最強ステイヤーが夢です! よろしくお願いします!!」

 

 余計なことを口走りかけたが、咳払いで何とか誤魔化す。とみおはキョトンとしていたが、何でもなかったようにニコニコし始めた。

 

 今日は挨拶が中心でトレーニングは軽めにこなす程度の日だ。上手く行けばこれから3年以上の長い付き合いになるから、こうやってお話する時間も大事なわけ。お互いのことを知っておかないと、色々と軋轢が生まれることもあるだろう。

 

 自己紹介の後、雑談を交えつつ会話が盛り上がった。そりゃ、元の年齢で言えばほとんど同じわけだし……若干素の俺を隠すのに苦労するが、久々の感覚で楽しい。いつの間にかタメ口になっちゃってるけど、まあいいでしょ。

 

 そして、会話は理想のステイヤーについて遷移していく。

 

「とみおはやっぱ、マックちゃんみたいなステイヤーが理想なの?」

「と、とみおって……まあいいけど。う〜ん、マックイーンは滅茶苦茶強かったなぁ……ほんと、俺がサブトレーナーだったのが嘘みたいだ。話を戻すけど、マックイーンは理想のステイヤーのひとりさ。ライスやパーマーなんかも凄くいいステイヤーだ」

 

 そりゃそうだ。マックやライスは歴代で見ても指折りのステイヤーだからな。パーマーだって、宝塚記念と有記念を制覇したグランプリウマ娘。長距離も走れる大逃げウマ娘なんて彼女くらいだ。

 

 ま、そもそもG1を勝てる時点でバケモンなんだよね。アプリをやってる俺達は忘れがちだけど。うんうん言いながらとみおの話に頷いていると、彼はとんでもないことを話し始めた。

 

「でも、俺の理想のステイヤーは4()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いてぎょっとした。こいつマジかよって思った。

 

 日本最長のレースは3600メートルのG2・ステイヤーズステークスだ。G1であれば3200メートルの天皇賞・春。はるか昔には4000メートルの『日本最長距離ステークス』なんてものが開催されていたみたいだが、今はやってないはず。

 

 そもそも4000メートルを走れるウマ娘なんているのかよ? 春天から800メートルも延長してるんだぜ? 流石のマックやライスもキツイんじゃないか。

 

 俺達日本のウマ娘が仮に4000メートルを走るとしたら、海を渡らないといけない。今ある4000メートルレースって言ったら……ヨーロッパのゴールドカップとカドラン賞だけだからな。2つともG1で、ヨーロッパが誇る歴史あるレースだ。古くは最強馬決定戦として位置付けられていたと聞く。

 

 あれか、とみおは昔気質のトレーナーなのか。長距離を走るステイヤーこそ至高って感じの。俺もステイヤーは好きだけどよ、流石に4000メートルはヤバくないか? なぁ、とみお?

 

 チラッととみおを見ると、彼はキラキラと目を輝かせて俺のことを見てきた。

 

 ……ダメだ。この人、多分俺を4000メートル走れるレベルまで育てる気だ。マックイーンのノウハウを流用して最強のステイヤーにされちまう。2000メートルでバテバテなのに、その倍って……できる気がせんわ。

 

「アポロレインボウはどう? 4000メートル走ってみたくない?」

 

 そんなクソ長ぇ距離を走りたいやつはあんまりいないんじゃないかな……。ただ、4000メートルG1を勝ちました! って実績があったら死ぬほどかっこいい。正直憧れる。だが、もし海外に行くなら――国内の長距離重賞を勝たないと無謀な挑戦とこき下ろされるだろうな。

 

「う〜ん……理想としては挑戦したい気持ちはあるけど、まずは国内の重賞勝たないとって感じかな〜」

「確かに……まずアポロレインボウはオープンウマ娘にならないといけないよな」

 

 ……今気づいたけど、マックイーンとかライスは呼び捨てにするくせに、俺はフルネームなんだね。ふーん。誰がとみおの担当ウマ娘か……分からせてやりますか。

 

「とみお、私のことはアポロって呼んでくれない? いちいち長いでしょ?」

「……そうだな。よし、そうするか! よしアポロ、お喋りはこの辺にして、早速君の走りを見せてくれ!」

 

 からかおうと思ったのだが、普通に空振りに終わった。まぁ、いいか。

 

 

 更衣室で着替えを終えると、俺達はとみおが予約しておいたトラックコースにやってきた。とみおは妙にヨレたジャージに着替えて来た。普通のウマ娘なら「こいつ大丈夫かよ」なんて思っただろうが、俺はそんなとみおを微笑ましく見ていた。

 

 あぁ……元人格のアポロレインボウちゃん、そして俺。よかったなぁ、よかったよぉ。ついにトレーナーがついたんだ。後はとみおを誑かして最強ステイヤーになって、夢まで一直線だぜ。

 

「アポロ、何笑ってるの?」

「いや、別に? トレーナーが出来て嬉しかっただけ」

 

 俺はニカッと歯を見せる。すると、とみおは感じるものがあったのか口元を押さえてしまった。とみおも専属ウマ娘が出来て嬉しかったのかな?

 

 ――あ。

 もしかして俺に惚れちゃった? それだったらウケるわ。

 

「で、私はどうすればいいの? とみお」

「あ、うん。そうだなぁ……とりあえずこのコースを1周、本番だと思って走ってくれる? 最終直線はスパートをかけてもらえるとデータを取りやすくて助かるよ」

「は〜い」

 

 とみおはトレーナーらしくバインダーとかストップウォッチを持っている。こうやって見るとベテランに見えなくもない……のは古びたジャージのせいだな。

 

 十分なストレッチを済ませた後、俺はスタートラインの前に立ち、スタートの構えを取る。とみおはバインダーを片腕に据えながら、ストップウォッチを掲げた。彼が息を吸い込む音が聞こえる。ざり、と芝を踏み締めて息を吸い込む。

 

「位置について――よ〜いスタート!」

 

 俺は思いっきりスタートを決めた。完璧なロケットスタートだ。選抜レースを思い出すようにぐんぐんスピードを上げ、俺は溢れ出る衝動に任せてコースを走り切った。

 

「はぁ――っ、はぁ――っ、ど、どうだった……?」

「うん、全部分かった。ちょっと言いたいことがあるから、今日はトレーニングを中止するね」

「えっ」

 

 とみおは真剣味を帯びた表情でバインダーに挟んだ紙にペンを走らせている。……とみお、怒ってる? うそ。……俺、何かやっちゃったのかな。

 

 眉根をひそめ、ウマホで記録した映像を見返しているとみお。ただならぬ雰囲気だ。

 

「と、とみお……どうしたの?」

「……後で行く。ストレッチした後、トレーナー室に戻ってて」

「あ、うん……分かった」

 

 俺はとみおに言われるがまま、しゅんとしながらストレッチを行った。その間はお互いに無言のままで、気まずい沈黙が流れている。ストレッチを終えてから、俺は顔色の悪いとみおを置いてトレーナー室に向かって歩き出した。

 




ノリで過ごしている主人公。果たして大丈夫なのでしょうか。いつかとみお視点の話も書きます。周りの目から見えるアポロちゃんも書きたいので。


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5話:俺の距離適性がおかしいって……長すぎるって意味だよな?

若干説明回。
※注意※レースの格付についてオリジナル要素があります。あまり気にしなくて良いですから、スルーしたい方は読み飛ばしてください。
本トゥインクル・シリーズのレースでは、下のレベルから順に
未勝利戦(メイクデビュー敗退者限定)
1勝クラス(ジュニア級〜シニア級に存在)
2勝クラス(クラシック級〜シニア級に存在)
3勝クラス(クラシック級〜シニア級に存在)
オープン戦
G3、G2、G1
という格付がされております。ほとんど現実準拠……というかウイニングポスト準拠です(リステッドをオープン戦として扱っています)。オープンウマ娘になれば1・2・3勝クラスの戦いに出走できません。


 手狭なトレーナー室に戻ってきた俺は、資料が山積みになったとみおのデスクを一瞥してから、ソファにちょこんと腰かけた。

 

 ……とみお、理由は分からないけど、俺の走りを見ておかしくなっちゃった。怒ってた感じではなかったんだが、何と言うかこう……俺が仕事で深刻なミスを起こした時の上司の雰囲気に似てた。とみおの仕草は、マジでヤバい時の人間の反応とそっくりだった。

 

 もしかしたら、俺……契約破棄されちゃうのかな?

 

 一度そう思い込むと、どんどんネガティブな思考が生まれてくる。とみおが俺の走りを見て失望した、とみおが俺の身体に起きている異常を発見した、などなど……多少ぶっ飛んだことまで不安に思えてくる。

 

「う、うぅ……とみおぉ……」

 

 いつの間にか、俺は暗いトレーナー室で泣いてしまっていた。

 

 自分ってこんなに泣きっぽかったっけ。段々女の子になっていってる気がする。自分自身を冷静に客観視する俺に変な感覚を覚えながら、手首で溢れ出てくる涙を拭う。

 

「遅れてごめん――って、どうしたの!?」

「ひぐ、えぐっ」

「どこか怪我したのか!? 保健室行くか!?」

 

 とみおはあたふたしながら俺の前を右往左往している。ティッシュを差し出してくれたので、ぐちゃぐちゃになった涙と鼻水を拭いて一旦落ち着く。

 

「……ごめん、落ち着いたからもう大丈夫」

「お、おう……」

「……ん。で、話したいことって?」

「き、切り替えが早いな。まぁそれのことなんだけど――」

 

 彼は部屋の隅からホワイトボードを引っ張ってきた。それと、デスクの下に積まれた本を何冊か選んで持ってくる。

 

「アポロの走り方でちょっと気になったことがあってね」

「走り方……?」

 

 俺は契約破棄とか言われなくてほっとしたが、同時に少し心配になる。俺の走り方に癖でもあるのだろうか? 片足に体重が寄ってるとか。

 

「何て言うのかな、()()()()()()()()って言うか――男っぽい走り方って言うか。とにかく、フォームが合ってない。今のままじゃ違和感を溜め込んで、近いうちに大怪我するよ」

 

 男と女の身体では骨格が違う。骨盤の広さとか関節の動き方とか、その他諸々。俺の走り方は女の子の身体に合ってない走りということなのだろう、気にしたこともなかった。

 

 とみおはウマホで撮影したランニングフォームを指で示したり一時停止しながら、ホワイトボードに細かい指摘と説明を書き上げる。

 

「――ってな感じで、これからはしばらくフォーム矯正をしたいと思うんだけど、どう?」

「……分かった」

 

 どうって聞かれても、俺は従うしかない。骨盤がどうとか、肩甲骨がどうとか……言われても正直分からんのだ。にしても、とみおの目の優れていることよ。一回見ただけでフォームの狂いが分かっちゃうんだもんな。

 

「それと、君の適正距離についてなんだけど」

「何か問題が?」

2()0()0()0()()()()()()()()()()()みたいだ。少なくとも2400メートルからじゃないとアポロの本当の良さは出てこない。だから選抜レースやさっきの試走で滅茶苦茶なタイムが出たんだ。こいつを見てみろ」

 

 とみおはバインダーに殴り書きした400メートル毎の走破タイムを見せてくれた。なるほど、確かに破茶滅茶なタイムだ。最初の400メートルは速くて、次の400メートルは遅い。次は普通で、最後の区間はかなり遅くなってる。末脚を余らせたとか、そういう問題じゃない。()()()()()()()()()()()()

 

 ……つまり俺の距離適性は、ウマ娘で言うところの「中距離B」――いや、「中距離C」って感じだな。アプリでのあるあるだが、中長距離で無敵の強さを誇るシンボリルドルフでさえ、1600メートルマイル戦のサウジアラビア・ロイヤルカップでは負けちゃうもんな……。言われてみれば納得できる。

 

 ――得意な距離以外を走れないのには様々な理由がある。まずスプリンターやステイヤーという適性の差が出る理由は、体型、走法、気性、筋肉の質などから生まれる。俺はグリ子に比べれば相当に貧弱な筋肉をしているが、グリ子は短めの距離が得意で俺は長めの距離が得意。走り方も全然違う。つまり、そもそも根本から身体の作りが違うのだ。

 

 もっと言えば、長く走ると末脚を無くすのがスプリンターで、 速く走ると末脚を無くすのがステイヤーである……と何かの本に書いてあったはずだ。

 

「2000メートルが短いって、それって結構ヤバくない? ジュニア級には2001メートル以上のレースなんて無いし……」

「……そうなんだよ。俺達はジュニア級が一番苦しいんだ。クラシック級までに一定の成績を残していれば、ある程度長めのレースが出てくるから何とかなるけど……」

 

 2001メートル以上のレースが開催されるのは、最短でもクラシック級1月1週――中京レース場の2200メートル未勝利戦である。そして2400メートル以上のレースが解放されるのが、クラシック級2月1週の1勝クラス・梅花賞。続いて2月2週の1勝クラス・ゆりかもめ賞。両レース共に2400メートル。

 

 2401メートル以上のレースが解放――つまり俺の本領が発揮されるであろうレースは、何とクラシック級7月2週目以降にしか存在しない。しかも、2600メートルの距離を誇るが、いかんせん未勝利限定戦……。

 

 もしオープンウマ娘になったとしても、ステイヤーの才能が発揮されるのは8月2週のOP戦(2600メートル、札幌日経オープン)までズレ込むことになる。

 

 つまり、2401メートル以上のレースなんてそうそう無いってこと。長距離適正に拘りすぎるあまり出走するレースを絞った結果、負けが込んだり抽選で除外されたりして、俺やとみおの首が涼しくなる恐れもある。

 

 ミホノブルボンは徹底的なスパルタで距離適性を伸ばしたと言うが、ならその逆――距離適性を縮めるのってどうすりゃいいんだよ?

 

 そんな方法、存在するなんて聞いたことがない。あまりにも俺達が行こうとしている道はイバラの道だ。

 

「ど、どうしようとみお……私心配になってきた」

「なに、大丈夫。君が負けたら全てトレーナーの責任なんだから、大船に乗った気持ちでやればいい」

 

 きっと心配で堪らないくせに、彼は気丈に笑ってくれた。

 

 トレーナー業は完全に出来高払制の給与システムだ。ウマ娘が勝ちまくる有能トレーナーであればガッポガッポだし、無能トレーナーであれば給与は雀の涙ほど。と言っても、中央のトレーナーはエリートばかりなので、最低給料が高いのだが……。

 

 無能も過ぎれば、いつか首を切られる。俺が結果を残さなければ、専属契約しているとみおが無能と見なされてしまう。新人トレーナーだからしばらく様子見はされるだろうが……とみおが無能の烙印を押されることだけは絶対に阻止したい。とみおは俺のトレーナーなんだから。

 

「ま、暗い話はここまで! 明日のトレーニングからはフォーム矯正を中心にしてやっていくからな!」

「は、はいっ! よろしくお願いします!!」

 

 

 

 それからのトレーニングは、下半身の筋トレを中心としたフォーム矯正の繰り返しだった。そう遠くないメイクデビューに向けて調整し、身体を虐め抜く日々。

 

 フォーム矯正が何とか完了すると、俺は芝コースとダートコースを走らされまくった。短い距離に対応できるだけのスピードとパワーをつけるため、ゲロを吐きそうになりながら死に物狂いでトレーニングをする日々。

 

 あまりにも辛くて、トレーニング後の夕食と風呂をすっぽかして寝落ちしそうになった。そんな時はグリ子が助けてくれて、一緒にお風呂に入ったりご飯を食べさせてくれた。マックイーンの元サブトレーナーたるとみおの手腕に痺れつつ、グリ子に対する感謝の念はオフの日に勉強を教えることでお返ししていく。

 

 泥のように眠り、朝起きても筋肉痛でダウンしながら――俺はめきめきとスピードとパワーを身につけていった。たとえ距離適性が合っていなくとも、張り合えるくらいには。

 

 とみおのスパルタ指導の中で何より驚きだったのは――俺が3000メートルを全力で走っても、2000メートルの時よりも疲れなかったこと。俺は勘違いしていたのだ。俺には2000メートルを走り切るスタミナが無いのではなく――やはり2000メートルを走る適性が無いのだと。

 

 早く長距離レースを走りたい。爆逃げしたい。そんな思いを膨らませながら――時は流れて6月。メイクデビューを控えたある日、俺は誰もが踊る曲である『Make debut!!』のダンス練習をすることになった。

 

 と言っても、基礎的な振り付けの練習自体はダンスの授業でやっているから、俺達がやろうとしているのはより本番に寄せたリハーサルだ。とみお曰く、本番の雰囲気を感じてもらいたいらしい。

 

 ここで問題なのは、どこまで本番に寄せるか――である。とみおは事前メッセージでリハーサルの詳細を知らせてくれなかったので、屋外ステージでするのか室内ステージでやるのか、はたまたトレーナー室でやるのかも分からない。体操服でやるのか、例のへそ出し汎用衣装でやるかも不明だ。

 

 そう――へそ出し汎用衣装。こいつが俺の頭の中に引っかかっていた。

 

「……へそ出しはしたくないんだよなぁ」

 

 正直なところ、例のへそ出し汎用衣装は着たくない。つーか絶対に着たくない。だってよ、女子学生の生へそをお天道様の下に晒すだなんてよ……えっちすぎんか? えっちだよね。そもそも女の子の素肌っちゅうのは、そう易々と見せていいものじゃねぇんだ。

 

 露出する側に回ろうとしてるから分かるけど、これガチで恥ずかしいからな? 学園側――もとい、アプリ制作陣には間違いなくへそフェチがいる。実際、へそのモデリングが妙に艶かしいし。

 

 とにかく、とみおに聞いてみよう。授業はへそ出しのことばっか考えてて何も頭に入らなかった。

 昼休みになったので、俺はメッセージアプリを開く。

 

 ……そう言えば、とみおにメッセージを貰うばかりで、この1ヶ月間、俺から連絡を送ったことはなかったな。どんな感じでやればいいんだろ?

 

「……う〜ん、これでいいかな?」

 

 完成したメッセージ文は以下のようになった。

 

『桃沢とみおトレーナー様

 いつもお世話になっております。

 アポロレインボウです。』

 

 ……以下略。

 これは社会人だった頃の癖が抜けてなさすぎるな……でも、目上の人間の失礼に当たらないように、丁寧すぎて悪いことはないはずだ。ライン風のメッセージアプリだから滑稽さが浮き出ているが、まぁ……及第点だろ。

 

 もっと子供っぽく振る舞うことも必要なのかなぁ。時々グリ子に指摘されるが、俺はたまに()()()()()()()らしい。マヤノトップガンみたいに、マセているとはまた違うのだろうか。

 

「う〜ん……」

 

 考えてもしょうがないか、送信!

 ポチッ!

 

 …………。

 

 はるか遠くから、とみおの笑い声が聞こえたような気がした。

 

 すぐに返信がやってくる。

 

『汎用衣装を着て、屋内ステージで踊ってもらう。観客はいないけど、俺のことをそれだと思って本気で踊ってみてくれ』

 

 ――だ、そうです。はい。へそ出し確定ね。クソが。アポロちゃんのおへそ、ガチで綺麗だから誰にも見せたくなかったんだけどなぁ。は〜クッソ恥ずかしいわ。男の頃で言ったら、ケツ丸出しにするくらい恥ずかしい。

 

「……大丈夫だよね?」

 

 俺は制服を捲って自分のお腹を確認する。同じクラスの子が怪訝な顔をしてこちらを見ていたが、スペシャルウィークがよく満腹のお腹を出しながら授業をしているせいか、何事も無かったかのような雰囲気になった。

 

 うっすら膨らんだ胸の下に見えるへそ。毎日綺麗にしてるしゴミもついてないはずだ。流石の俺も、女の子になったからにはケアを欠かしたことはねぇ。真っ白でハリのある美肌や髪を保つため、学園内で偶然会ったゴールドシチーちゃんに頼み込んで貰ったケアセットを毎日使っているし、寝る前のストレッチもサボったことがない。

 

 可愛いアポロレインボウちゃんを保つため、俺は細心の努力をしているのだ。髪の毛ボサボサで肌カサカサなんて、元人格のアポロレインボウちゃんに怒られちまうからな。それに、俺自身が可愛すぎて無限のモチベーションが湧いてくるのだ。

 

 そうやって保ってきたうら若き乙女の素肌――しかもへそを出せだなんて!! ふざけんな!! バーカ!! 片手で隠しながら歌って踊ってやるからな!!

 

 こうして俺は、複雑な気持ちを抱きつつ放課後を迎えることになった。

 

 授業が終わると、足取り重く辺境のトレーナー室に向かう。立て付けの悪そうな扉の前に立って、内側から明かりが漏れている曇りガラスを確認する。

 

 ……とみお、どんな顔して俺のへそを見ようってんだろうな。この変態が。

 

 俺は力任せに扉をノックして、返事を待たずに入室した。

 

「お、アポロ。丁度いいところに」

「こんにちは、アポロレインボウさん」

 

 手狭なトレーナー室内にいたのは、とみおだけではなかった。とみおの隣にいたのは――駿川たづなだ。明るい緑色のスーツを着た、ちょっと底知れなくて怖い女の人である。

 

 2人の足元には段ボール箱があり、中から見覚えのある色合いの衣装が覗いている。……こいつが、汎用衣装か。

 

「こちらが貴女のライブ衣装となります。くれぐれも丁重に扱ってくださいね?」

 

 ニコニコ顔のとみおが、たづなさんの発言と同時に汎用衣装を手渡してくる。かつて星2のウマ娘なんかはこの衣装でレースを走っていたわけだから、撥水・防汚加工がバッチリなされた素材で作られている。

 

 ……軽っ! 絶対良い素材だわ。あと、確実に高いだろうな。たづなさんの「大事にしてね」発言にはそういう裏があるのだろう。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

「ええ、ありがとうございました駿川さん」

 

 俺が汎用衣装をまじまじと見つめているのを受けて、とみおは何を勘違いしたのか、「アポロ、早く着たくて我慢ができないんだろ」と意味不明な発言をしてきた。こいつマジでぶっ飛ばしてやろうかな。

 

 ギロリととみおを睨むが、彼は意に介さない。俺の目が輝いているように見えたんだろうな、鈍感め。

 

「それじゃあアポロ、その衣装を持って屋内ステージに行こうか」

「……うん」

 

 不承不承頷いて、俺は衣装を小脇に抱えて歩き出す。トレセン学園の屋内ステージに到着すると、俺は早速更衣室に入った。

 

「…………」

 

 衣装の肩の部分を摘んで掲げる。……もうちょっと、お腹の部分が長ければなぁ。溜め息を吐きながら、俺は意を決して制服を脱ぎ去った。あまり待たせていられないので、さっさと着替えを始める。

 

「ガーターベルトってどうなってんだよ……こうか? あれ、分かんないぞ……」

 

 ガーターベルトの付け方なんて習ったことないが? しょうがない、とみおにつけてもらうか。俺は更衣室の扉を少しだけ開いて、ひょこっと顔だけ出す。

 

「ねえ、とみお!」

「どうかしたか?」

「ガーターベルト付けてくれない?」

「ぶっ! そんなこと出来るわけないだろ!」

「あ、そっか。ごめんとみお!」

「バカ野郎が……」

 

 やべぇ、よく考えたら俺下着姿だったわ。ブラとパンイチのワイルドスタイル。へそ見られるどころの騒ぎじゃねぇ。俺はさっと扉を閉めて、ガーターベルトを何とか装着した。残念ながら俺はガーターベルトフェチだったわけじゃないから、これの何がいいのか分からん。女の子の魅力がアップするんだろうか。

 

 何とか汎用衣装に着替えた俺は、姿見の前でくるくると回ってみる。こんなもんでいいのか? チャックの閉め忘れとかないよな? へそのことはもう知らね。

 

「……よし、行くか」

 

 着替えにかかった時間は10分。女の子って大変だね。

 俺は小走りでとみおの元に向かう。

 

「ごめんとみお! 遅れた!」

「いや、いいよ。それじゃあ早速やっていくから、準備して〜」

 

 言われるがまま、ステージ上に向かい、所定の位置に着く。バチンと照明が落ち、闇の中でとみおの声が響く。

 

「今から音楽かけるから、めいいっぱいの笑顔で可愛さをアピールしてやってみてくれ! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 その言葉に、がちりと俺の中のスイッチが入った。とみおを惚れさせるくらいの笑顔で踊れだと? お前、面白いこと言うじゃねえか! やってやろうじゃねえかこの野郎! アポロレインボウちゃんにガチ恋しても文句言うなよとみお!

 

 しんと静まり返った孤独なステージ上、俺は意識を切り変える。俺が好きなウマ娘達は、アプリじゃどうしてた? 現実じゃどうしてる? みんな死ぬほど可愛いをアピールしている。あの仏頂面ばかりしているナリタブライアンでさえ、気難しいエアグルーヴやシンボリルドルフでさえ、観客には笑顔を振りまいているのだ。俺もやらなければ一流には程遠い。

 

 ピンマイクの位置を整え、目の奥に力を込める。

 ――大丈夫、俺は可愛い。毎朝鏡を見てやる気を上げられるくらい美少女ウマ娘なのだ。その事実を誇れ。芸術品の如きその造形を威張れ。大衆に、トレーナーに向けて、アポロレインボウめいいっぱいの魅力を知らしめてやれ。

 

 ステージ上に明かりが灯った瞬間、俺は今できる最高の笑顔をトレーナーに見せつけた。そして、歌詞を紡ぎ始める。

 

 ――とみお。

 俺と出会ってくれて、ありがとう。

 メイクデビュー、絶対に勝つから――見ててくれ。

 

 俺がとみおの担当ウマ娘だ。




次回、メイクデビュー?


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6話:大波乱、メイクデビュー!

たくさんの評価と感想ありがとうございます!励みになってます!
感想の返信は余裕があればやっていきます。


 

『アポロ、綺麗だったよ』

 

 1曲踊り切った俺に放たれた感想は、そんなとみおの言葉だった。彼はステージ上で踊っていた俺を見て、ちょっとびっくりしたような、照れたような表情で。あぁ……今思い出すだけで変な気持ちになってくる。

 

「〜〜〜〜っ」

 

 可愛いとかカッコイイとかじゃなく、綺麗って!

 枕に顔を突っ込み、ベッドの上でジタバタしてしまう。

 

「アポロちゃん、うるさいよ」

「ご、ごめん……」

 

 俺はグリ子に謝りながら当時を回想する。とみおが急に変なことを言い出したから、その時の俺は暴言混じりの照れ隠しをしてしまったのだ。

 

『ば、バカ!! きっしょ!! マジでセクハラなんだけど!!』

『ええ!? 褒めたのに酷い!』

 

 ……後でメッセージで謝っておいたが、やっぱりあれは言いすぎたなと思う。お詫びの品を用意しておこう。

 

 ……そもそも俺、精神的には全然男の気分なんだよな。別に男から褒められたって、嬉しいだけでトゥンクなんてしたりしない。何なら女の子に褒められた方が嬉しい……はずなのに。

 

 とみおに綺麗と言われた瞬間の俺は、天に舞い上がりそうなほど喜んでしまった。磨いてきた容姿を褒められて、一生懸命アピールしたダンスや歌を評価されて、不覚とはいえドキッとしてしまったのだ。

 

 ウマ娘になってから早2ヶ月。段々俺自身がおかしくなってる気がする……。

 

 ……今は、メイクデビューに集中しないとな。

 

 

 

 メイクデビュー戦まで残り1日。最終調整を終えた俺は、トレーナー室でミーティングを行っていた。

 

 俺のメイクデビューは、東京レース場の芝2000メートルで行われる。細かく言うと、8人立ての左回り。大回りのコースからスタートして、坂の上り下りを何回か行った後、最終直線に入る。最後に高低差2メートルの坂を駆け上ればゴールとなる。

 

 だいたいどのレース場にも言えることだが、坂というのは逃げウマに取って大きな関門だ。特に最終直線の坂は逃げウマの脚を大きく鈍らせる。逃げウマというのは最後に切れる脚を持ち合わせていないから、坂を迎えるとスピードがとんでもなく鈍るのである。

 

 ただ、()()()()()ことが出来れば話は別だ。唯一それができたとされるサイレンススズカの逃げは、バカのひとつ覚えのように爆逃げしか出来ない俺からすれば――完全無欠としか言いようがないものだ。

 

 競走馬のサイレンススズカは、怪我で命を落とすまで破竹の6連勝を飾り、当時の日本最強と呼ばれるまでに至った。彼女のように逃げて差すレースをすれば、先行も差しも追込も間違いなく敵わない。サイレンススズカのような、ペースを落とさない狂気の高速逃げは完璧で無敵の作戦なのだ。

 

 誰もが彼女のような到達点に憧れて、届かなかった。と言うか、俺の爆逃げはスズカを意識していなくもないんだが……何でこうも差が出ちゃうのかね。才能の差ってやつかなぁ。

 

「アポロ……アポロ? 聞いてるのか?」

「聞いてるよ〜」

「そうか? 考えごとしてたように見えたけど……まぁいいか」

 

 コースの確認が終わると、とみおは印刷した出走表を手渡してくれた。

 

「――というわけで、アポロ。君は大外枠からの出走になった」

「……うん」

「君はよく知ってるだろうが、大外の逃げはかなり厳しいぞ」

 

 逃げウマにとって、大外枠のスタートはかなりの不利を強いられる。しかも、東京レース場の2000メートルはスタートしてすぐにコーナーがある。スタート直後にスピードを付けすぎるとコーナーを曲がりきれないし、かと言ってダッシュが付かなければ集団に埋もれて逃げることができなくなる。

 

 その辺の調整が難しいことは、枠番が決まってからやった大外枠から飛び出すトレーニングで嫌という程味わった。とにかくやりにくい。自分のペースに持っていきづらい。……まぁ、とみおと練習したことを思い出して本番を迎えるのみだ。

 

 また、懸念がもうひとつ。俺と同じ逃げの子が内枠にいること。

 

「内枠2番のジャラジャラ……序盤はこの子と先頭争いになると思う。この場合、行った行ったのハイペースになることが予想されるんだが……その場合はアポロが有利だ」

「爆逃げに慣れてるから、だよね」

「そう。君のスタミナと根性はジュニア級にして完成しているんだ。存分にハイペースにして競り合うといい」

 

 慣れない中距離戦とはいえ、スタミナ勝負になれば俺に理があるのは間違いない。兎にも角にも、ロケットスタートをミスしないこと。逃げウマは出遅れが致命傷になる。

 

 明日のメイクデビュー戦のことを考えれば考えるほど、期待と不安が胸の中でせめぎ合う。だが、ほんの少しだけ――期待の感情が上回っている。

 

 ――勝ちたい。このトレーナーに初めての勝ちをプレゼントしたい。いや、する。しなきゃいけない。そんな気持ちが俺を支配していく。心地よい心臓の高鳴りがアポロレインボウを埋めていく。

 

 無論、その感情以外にも勝たねばならない理由はある。メイクデビューに勝って賞金を稼いでおかないと、どんなレースに出場しようにも除外の恐れが出てくるからだ。1番嫌なのは、メイクデビュー戦に敗北し、未勝利戦を抽選で除外されまくって走れないことだ。とにかく勝ちが欲しい。勝ってアポロレインボウの獲得賞金を増やさねばならない。

 

 ――トゥインクル・シリーズは、純然たるスポーツにして()()である。金が絡んでくるのだ。()()()()()()()()()ファン数なんて言い方がされていて、一定のファン数がいないとG1に出場できなかったりするが――このファン数は、俺のいるウマ娘世界では()()と表されている。

 

 ウマ娘のレースにおいて、着順により賞金が支払われるのは1〜5着に入着した場合。この「本賞金」に加え――更に、レースごとに支払われる出走手当などの「付加賞金」。これら2つの賞金……つまり、1つのレースに出走したことで得た賞金全ての合計額である「獲得賞金」を積み上げなければ、重賞に出ることは叶わない。

 

 単純に言えば、勝てば問題ないってことなんだけど……それが簡単にできないから俺達は足掻いているのだ。

 

「ミーティングは以上だ。今日はゆっくり休んで明日に備えること!」

「は〜い!」

 

 とみおがホワイトボードを片付け始めたのを見て、俺はトレーナー室を後にしようとした。

 

「……あ!」

 

 そうだった。俺、言いたいことがあるんだった。扉に向かった脚を止めて、俺は振り返った。

 

「ねぇ、()()()()()

 

 俺は握り拳を上げて、彼に向かって突き出した。

 

「明日、絶対勝つからね」

 

 薄らと微笑みながら、俺は宣言する。自らを奮い立たせるという意味もあったが、彼にどうしても言ってみたかったのだ。

 

 とみおが何を思ったのかは分からない。しかし、彼もまたにやりと笑って、俺と拳を突き合わせてきた。

 

「――おう。思いっきりやろうぜ、アポロ」

 

 さぁ――明日はメイクデビュー戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――東京レース場、第4レース。天候は雲ひとつない晴れ、発表は良バ場。当初の予定通り、8人立てでメイクデビュー戦が行われるようだ。

 

 体操服とゼッケンを身につけた俺は、とみおと最終チェックを行っていた。

 

「蹄鉄良し、毛ヅヤ良し、トモの張りも良し、ストレッチもした。俺から見たコンディションは完璧だ」

 

 昔の俺だったら、トモの張りとか言われたらセクハラだって騒ぎ立てていたかもしれない。だが、今は違う。そんなことはどうでもいいくらい()()()()

 

 いや――倒したい。俺達を邪魔するウマ娘達を蹴散らして、相手を敗北させたい。あまりにも執念深い勝利への欲求だと自分でも理解できるくらい、俺は醜くも完璧に仕上がっていた。

 

 控え室の鏡を見てやると、そこにはギラついた双眸を携えた芦毛のウマ娘がいる。怖いくらい、コンディションが良い。集中もできている。これなら、得意とは言えない中距離のレースでも1着が期待できる。

 

 俺は昂る感情を抑えつけるように、自らの身体を抱いた。震えている。緊張しているのか? 分からない。武者震いってやつかもしれない。どちらにせよ、俺は練習してきたことをこなすだけだ。

 

「アポロ――アポロ。大丈夫か? さっきから震えてるぞ」

 

 とみおの声がしたかと思うと、彼の手が俺の肩に添えられる。

 

「トレーナー……――私は大丈夫だよ」

 

 震えは止まっていた。まるで、彼とその感覚を分かちあったかのように。

 

 そうだ……俺はひとりじゃない。この人がついている。トレーナーは俺に寄り添ってくれる。

 

 何の心配もないのだ。俺なら――俺達ならやれる。

 

 俺は彼の手を取って、ぎゅっと握り締めた。

 視線を通わせる。俺達にはもはや、言葉などいらなかった。

 

 

 とみおと別れた俺は、地下道を通ってパドックのお披露目に向かうことにした。係員に言われたまま道を進んでいると、レース場に出る道に着いた。

 

「…………」

 

 俺は妙に落ち着いていた。一歩一歩、ゆったり堂々と歩を進める。そのままパドックに到着すると、俺は余所行きの笑顔を貼り付けて観客に向けて手を振った。

 

『8枠8番、アポロレインボウ。3番人気です』

『彼女に関しての情報はあまりありませんが、大逃げのステイヤーだと聞いていますよ。私イチオシの子です』

 

 観客は疎らだ。いや、幾千回と行われるメイクデビュー戦にしては多い方なのだろう。熱心なウマ娘ファンは最前線の柵に張り付いて、俺を含めたウマ娘を見ている。そんな中、俺の耳が彼ら観客の言葉を拾った。

 

「アポロレインボウ――俺はこの子が間違いなく来ると思うぜ」

「どうした急に」

「見ろ。あのトモの仕上がり、毛ヅヤのよさ。尻尾は好調そうに揺れているし、何より本人が初レースとは思えないほど落ち着いている」

「ううむ……確かに言われてみればその通りだな――あ、今思い出した。ある筋の知人から聞いたんだが、彼女のトレーナーはメジロマックイーンの元サブトレーナーらしいぜ」

「それは本当か!? 結果が期待できるウマ娘とトレーナーだぜ……!」

 

 俺はその言葉を聞き流して、鋼鉄のゲートに向かって歩いた。目の前には7人のライバルがいる。危険視すべきは1番人気の逃げウマ娘・ジャラジャラ。そして、2番人気の差しウマ娘・アゲインストゲイル。

 

 お互いに睨みを効かせながら、ゲートの前で火花を散らす。ジャラジャラとアゲインストゲイルの視線がこちらに向いたかと思えば、その2人の双眸に戦意が灯る。なるほど、1番人気と2番人気なだけはある。とみおが警戒しておけと言っただけあって、この2人は他の子達とはレベルが違うように思える。

 

 ――だが。そんなものは関係ない。俺は犬歯を剥き出しにして、闘志を前面に出してやった。

 

 ――お前ら全員、ぶっちぎってやる。邪魔立てはするなよ――と心の中で毒づいて、俺は踵を返した。

 

 春の終わり。深い青空の下、ファンファーレが鳴り響く。

 

『上空には青い空が広がる東京レース場。天候は快晴、良バ場の発表です』

『メイクデビューに相応しい、清々しい天気ですね』

 

 俺は靴の爪先を何回かターフに叩きつけ、具合を確かめる。……まぁ、コンディションは最高潮だと分かりきっているから、この行動は一種のルーティーンのようなものだ。

 

 俺の前にいたウマ娘達が続々とゲートに入っていく。さすがに選抜レースの時とは違い、全員がゲートにすんなりと収まった。なるほど、ゲート試験は易々とパスしたウマ娘が多いらしい。

 

 7人目がゲートに収まったのを確認して、俺はゲート内の空間に身を投じた。

 

『大外枠、3番人気のアポロレインボウ。ゲートに収まります』

『気合十分! いい顔してますね!』

 

 ゲートに入ると、視界が著しく狭まる。己の拍動の音だけが聞こえてくる。異常なまでの集中。心地よい緊張感。胸が高鳴っている。早く走りたい――そんな気持ちが溢れ出し、閉じたゲート内で暴れそうになる。

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました。いよいよスタートです――』

 

 実況のその声を最後に、俺は無音の世界に突入した。

 

 選抜レースでは運良く勝てたが、ここは選抜レースよりも更に上の舞台である。あの時よりも強者揃いなのは間違いない。本来、俺のような凡ウマ娘からすれば、()()()()()()()()()()()()()()()相当に高いのだ。

 

 勝つことが当たり前などありえない。名だたるウマ娘なら勝って当然のこの舞台だが、俺は歴史による能力の裏付けがない。

 

 だから、命を削る覚悟で勝ちを取る。そうでもしなければ、モブウマ娘の俺が、歴史的名馬の背中に追いつけようはずもない。

 

 しんと静まり返ったレース場。微かに聞こえた金属の軋みの音を合図に、俺は地面を渾身の力で蹴り放った。

 

『今スタートしました! 大外枠のアポロレインボウ、素晴らしいスタート!』

『大きな出遅れはありませんでしたねえ。誰が先頭に行くか注目ですよ』

 

 ガシャコンという音を置き去りに、俺はロケットスタートを成功させる。ほんの一瞬だが、他のウマ娘との間に1〜2バ身程度の差が生まれる。

 

 このチャンスを逃す手はない。斜行で降格を食らわない程度に内側に切れ込んで、先頭の座をキープする。例の逃げウマのジャラジャラは、完全に俺の後ろについた。これで先行争いはある程度決着した。俺は内ラチに張り付きながらコーナーリングする。

 

『さぁウマ娘達がコーナーを曲がっていきます。先頭に立ったのは8番のアポロレインボウ! 後続とぐんぐん差を広げていきます』

『これは大逃げでしょうか? 少しかかっているかもしれませんね』

 

 最初から飛ばしに飛ばして後続のペースをぶち壊し、そのまま逃げ切ってしまう――それが俺のスタイルだ。第2コーナーを曲がって、2番手ジャラジャラとの差は4バ身。

 

 しかし、これではまずいと思ったのか――ジャラジャラがペースを大きく上げた。俺を潰してハナに立つつもりだ。

 

『向正面に入りまして、第4レースはここまでかなりのハイペースで進行しています! 前の2人は大丈夫でしょうか?』

 

 ジャラジャラが脚を使って俺に並びかけてくる。恐らく、最終直線の坂に残しておくべき末脚を使っているのだろう。その顔に余裕はない。もちろん、俺にも余裕などない。

 

 外から俺を抜き去りにかかるジャラジャラを、ど根性で凌いで差し返す。それを見たジャラジャラがペースを上げるから、俺も負けじとペースを上げる。それの繰り返しで、流石の俺のスタミナも黄色信号を示している。

 

 そして第3コーナーを曲がる際、俺は上がったスピードを殺し切れずにコーナーを少し膨らんでしまった。それと同時、俺は外側に見ていたはずのジャラジャラの気配を見失っていた。

 

「――!?」

 

 消えた――と思った次の瞬間、膨らんだ俺と内ラチの間を抜けてくるウマ娘がいた。

 

 ――ジャラジャラだ。

 

『おーっと、ここで先頭が入れ替わったぞ! インサイドぎりぎりを攻めて、ジャラジャラが先頭を奪い返した!!』

『凄い争いですね。メイクデビュー戦からこんないいものを見られるとは……来年のクラシックが本当に楽しみですよ』

 

 俺の隙を突いて、内枠を強引に抜け出すジャラジャラ。そして先頭が代わる際――彼女が振った腕が、俺の鼻を直撃した。

 

「!?」

 

 ボコ、と嫌な音がした。刹那、鋭い痛みが顔の前面に走った。前傾させていた姿勢が仰け反って崩れ、スピードが大きく落ちる。口から言葉にならない悲鳴が漏れ、異常を察知したレース場の観客が騒然とする。

 

『あっと、アポロレインボウ顔を押さえて減速! これはアクシデントでしょうか!? 審議のランプが灯るかもしれません!』

 

 コンマ数秒視界を失い、自分がどこにいるのか分からなくなる。訳の分からぬまま目を開くと、俺は最終コーナーの大外を回っていた。3バ身程前にはジャラジャラがいる。驚いたように目を見開いて、彼女がこちらを見ていた。視界が赤い。鼻が熱い。もしかして、鼻血? 息が苦しい。目がちかちかする。

 

「かっ、ひゅ――」

 

 鼻腔に溢れ出した熱い液体を啜って呑み下そうとすると、喉に粘っこくて熱い何かが引っかかった。慌てて口をぱくぱくさせて酸素を取り込もうとするが、高速で走行する中、咳き込むことさえ叶わない。

 

 そんな俺の下に、多数の足音が近付いてくる。

 

 そして、あまりにも無慈悲に、呆気なく――バ群に呑み込まれた。

 誰かの悲鳴が聞こえる。

 

 苦しい。何が起きているのか分からない。

 

『最終コーナー回って最後の直線! アポロレインボウ沈んだ! ジャラジャラも捕まった! バ群を縫って、アゲインストゲイル伸びてくる!! ローズブーケトスも2番手をうかがう勢い!!』

 

 何もかもが聞こえなくなっていく。足元の感覚が消えていく。四肢が動かない。惰性で走ることしか出来ない。

 

『ゴール!! 大接戦を制したのはアゲインストゲイル!! 2番手にはローズブーケトス!! 見事メイクデビューを制しました、アゲインストゲイル――見事――す――』

 

 真っ赤な視界の中、俺は最後まで倒れなかった。

 

 だが、最下位でゴール板を駆け抜けたのを認識したと同時、俺は支えを失ったようにターフに倒れ込んだ。

 

 視界いっぱいに芝の緑が広がったかと思えば、どさりと音がして――俺は意識を失った。

 

 




今回でチュートリアルとプロローグはおしまい。
6月中に2000メートルの新馬戦(メイクデビュー)は存在しないはずですが、そこは目をつぶっていただきたい。


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7話:どん底を経験して

 目が覚めると、知らない天井が広がっていた。視界の端には見慣れたトレーナーの顔が映っている。

 

「あ、アポロ! 気がついたか……! あぁ、良かった……一時はどうなるかと」

「……ここは、どこ?」

 

 身体を起こそうとすると、心配そうに表情を歪めている彼の手が制してきた。そのまま優しくベッドに押し戻される。

 

「……ここは病院だ」

「病院……?」

 

 確かに、部屋の中は不気味なほど白が多い。しかし、病院とは……そんな所に運ばれることをしたっけ――と思考して、俺は重要なことに思い至る。そうだ、俺はメイクデビューを戦っていたではないか……と。

 

「と、とみお! 今何時!?」

「……17時だ」

 

 俺のメイクデビュー、第4レースが行われたのは11時だ。と言うことは、俺はレースで気を失ってから6時間も寝ていたことになる。だが、どうにも結果が思い出せない。顔に痛みが走って、そこから呼吸ができなくなって……それからどうなったのだろう。ただ、とみおの晴れない表情を見れば何となく結果は分かってしまっていた。

 

「私のレースは――結果はどうなったの?」

 

 俺は震える唇で言葉を紡ぐ。とみおは目を伏せて苦しそうに呻いた。

 

「……俺達は負けたよ」

 

 ぎり、と拳を握る音が聞こえる。俺はその言葉を聞いて、脱力することしかできなかった。

 

 ――敗北。その二文字が強烈なインパクトをもって俺の根底を揺るがした。胸の真ん中を強く押されたような衝撃が身体を襲い、上体を起こせなくなる。

 

「……そう気にすることはないよアポロ。不慮の事故が無ければ君は絶対に逃げ切って勝ってたんだから。次の未勝利戦、絶対に勝とうな」

 

 とみおはそう言って力なく笑った。

 

 不慮の事故――あぁ、思い出してくる。ジャラジャラとの接触のことだ。あの子が俺の邪魔をしたのだ。しかし――彼女には間違いなく悪意など存在しなかった。展開のアヤと言うやつで俺は怪我をした。()()()()()()()()()からこそ、悔やんでも悔やみきれない。

 

 あの最高潮のコンディションは返ってこないのである。あの走りも、展開も、決意も、全部過去に消えた。

 

 ()()()()()()って何だよ。ふざけんなよ……俺はこのメイクデビューに勝つために死ぬ気で頑張ってきたんだ。

 

 それなのに……こんな事故で出鼻を挫かれるって、ありえないだろ。本当に腹が立つ。神様が俺のことを嫌いだとしか思えない。

 

 俺は視線を落とし、掛けられた布団を握り締める。病室には痛いほどの静寂が流れ、互いに視線さえ交わされない。ふと目に付いた俺の体操服は……かなりの量の血で汚れており、鼻出血の凄惨さを物語っていた。

 

 ――ウマ娘の鼻出血というのは、人の鼻血と違ってシャレにならない症状だ。その鼻出血には「外傷性」、「カビによる真菌性」、「肺出血」と、大きく分けて3つの要因がある。俺は外傷性の鼻出血だったため、こうしてすぐに血は止まったわけだが……かの女傑ウオッカの引退理由は肺出血(鼻出血)によるものだ。

 

 足の怪我がウマ娘や馬に付き物であると同時に、鼻出血もまた身近なものなのである。マチカネタンホイザなんかはギャグに昇華できているが、あれはまた特殊な例だ。

 

「あぁ……」

 

 俺は深く重い溜め息を吐く。

 

 あのメイクデビュー、運命が俺を殺しに来ていた。抽選によって選ばれた大外枠。内枠にいた有力な逃げウマ。コーナーリングの下手さが災いして起きた事故。相手が本気で勝ちたいと思っていたからこそ起きた悲劇。

 

 一番最悪なのは――彼女の腕がよりによって呼吸を司る鼻に当たったこと。なぁ、三女神様……あんたはアポロレインボウのことが嫌いなのか? ジャラジャラの腕が俺の頬骨にでも当たっていれば、腫れはしただろうけどいい勝負が出来たはずだ。

 

 ――あぁ、クソ……。ごめんなトレーナー、俺が弱いウマ娘で。

 

 敗北を今更になって自覚すると同時、鼻の痛みがじわじわと湧いてくる。ずきずきと痛む。だが、これは単純な痛みではない。もっと重い……敗北の痛みだ。

 

「……とみお、私の鼻って折れてる?」

「いや、折れてはいないよ。かなり強く打ちつけたから心配だったけど、腫れてるだけだってさ」

 

 鼻呼吸するのが辛い。乾いた血糊が鼻腔の内側に溜まっていて、どうにも不快だ。後で鼻をかもうかな……いや、それじゃまた血が出るかもしれない。はぁ。本当に嫌な気分だ。

 

 俺はとみおに「少し休む」と言って、彼に背を向けて布団を被った。だが、目を閉じれば後悔が燻る。雑念が渦巻く。しばらくは寝れそうにないな……。

 

 そう思っていると、病室に来訪者がやってきた。

 扉のノックの音が部屋の中に響き渡る。

 

「誰だ……?」

 

 とみおが怪訝そうにして扉の方向を見る。ゆっくりと扉を開きながら現れたのは――

 

「あ、あの……アポロレインボウさん、いますか」

 

 少し汚れた体操服を着た件のウマ娘・ジャラジャラだった。顔色は見るからに真っ青で、その両手は不安そうに胸の前で組まれている。

 

「――どうしたの」

 

 表面上は笑顔を取り繕って応対するとみお。彼とて複雑な心境だろう。ある意味担当ウマ娘のメイクデビューの勝利をぶち壊した子なのだから。実際、俺だってあまり顔を合わせたいわけじゃない。

 

「わた、私、アポロさんに謝りたくてっ……本当にごめんなさい!!」

 

 ジャラジャラはそう言って勢いよく頭を下げてきた。いい子だな、というのが率直な感想である。そう、ジャラジャラに非は無いのだ。彼女も俺も本気で勝ちに行って、お互いに潰れた。ただそれだけ。

 

 加えて、ジュニア級の慣れないレースでは――こういうことがたまに起きるらしいではないか。誰のせいでもない。そういうものだ。

 

「……ジャラジャラちゃん。その右腕、大丈夫?」

「え?」

「私にぶつけたところでしょ。痛くない?」

「あ、うん。全然痛くないけど……」

 

 ジャラジャラの曝け出された右腕の一部にはアザが出来ている。そこはまさに俺と激突した箇所だった。彼女とて痛かっただろう。驚いただろう。俺を怪我させて、心苦しかっただろう。

 

 その大きすぎる自責の念は、彼女の血の気のない顔と震える身体から嫌という程伝わってくる。これ以上自分を責めるよう仕向ければ、彼女は潰れてしまうだろう。ここは、精神的に大人である俺が許してやるべき場面なのではないか。ジャラジャラという未来あるウマ娘のために。

 

「痛くないなら良かった」

「…………」

「私は……怒ってはいないよ。レーン分けされたレースじゃない以上、こういうこともあるよねって覚悟はしてた。だから、この事故についてうじうじ言うのはお互いに無しってことで……どう?」

 

 現実として、ジャラジャラは出走停止処分という罰を受けることになるだろう。彼女は俺からの私刑を求めるかもしれないが、それは行き過ぎというもの。この事故に対する引っ掛かりと燻る後悔が俺達を成長させてくれるはずだ。

 

 ジャラジャラは壊れそうな程に拳を握り固め、己を殴るのではないかというくらいの気迫を噴出させた後、ぐっと唇を結んだ。……そんなに私刑をお望みか。なら仕方ないな。俺はジャラジャラを手招きする。

 

「ジャラジャラちゃん。こっちおいで。今からぶん殴ってあげるから」

 

 両手をぶらぶらと揺らし、俺はジャラジャラの瞳を見つめた。とみおが割り込んでこようとするが、目配せで黙らせる。

 

 意を決したようにジャラジャラがこっちにやって来る。ぎゅっと目を閉じたジャラジャラちゃんも可愛いなぁ。

 

「歯、食いしばってね」

 

 そう言うと、彼女の身体に更に力が篭る。……そうやって、罰を受けようとしてくれたその姿勢だけで満足だ。

 

 ベッドから身を乗り出して、ジャラジャラに近づく。そして、ぺち、と頬に手を当てて、俺の私刑は終了した。

 

「はい、おしまい」

「えっ?」

 

 何が起こったのか分からないのか、ジャラジャラが目を見開いて俺を見てくる。いやいや、ウマ娘の超絶パワーで思いっきりぶん殴ったら普通に死んじゃうでしょ……。

 

 次第に俺の意図を理解したのか、ジャラジャラの顔がくしゃくしゃに歪んでいく。彼女は涙ながらに「ごめん」「ありがとう」と何度も繰り返した後、病室を去っていった。

 

 ジャラジャラが退室し、再び病室内を静けさが支配する。とみおは優しげな瞳で俺を見ていた。我慢できなくなって、俺は彼を呼び寄せた。

 

「とみお。こっち来て」

「どうした?」

「ちょっと胸貸して」

 

 そう言って、とみおの胸ぐらを掴んで思いっきり引き寄せる。そのまま彼の胸板に額を押し付けて、彼の温もりに身体を預けた。

 

「我慢してるなら早く言え、この野郎」

 

 とみおはそう言って俺の頭を撫でてくる。

 彼の優しさに触れて、思わず溢れ出した涙を止める術は無かった。

 

 

 

 後日、ジャラジャラに2ヶ月間の出走停止処分が下され、そのトレーナーに厳重注意の上罰金が課されたことを耳にした。まぁ、そんなことはどうでもいい――いや全然どうでもよくないが――という気概のもと、俺は次なる出走レースの未勝利戦に向けてトレーニングをしている。

 

 鼻出血の後遺症はほとんどゼロと言って良い。3日間は鼻が腫れて口呼吸せざるを得なかったが、そこからは快調の一途を辿って完治に至った。

 

 メイクデビューから1週間。トレーニングを再開して思ったのは――怪我をしないことが何より重要だということ。怪我をして停滞している間に、他のライバル達はめきめきと実力を付けるのだ。

 

 アニメ2期のトウカイテイオーがそうだったように、めちゃくちゃ焦った。とみおに軽いランニングをさせてくれと頼み込んでしまうくらい、ライバルの成長が恐ろしかった。

 

 怪我をせずにじわじわと力を付けることの大切さがよく分かる。無事是名馬という言葉があるように、怪我をしないこともまた才能だ。俺の身体が頑丈かどうかは分からないが、二度と怪我のないようにトゥインクル・シリーズを走りたいものである。

 

 次走は2週間後の未勝利戦。舞台は同じ東京レース場の芝2000メートル。恐らく抽選によって選ばれなければ出走できないだろう。その辺は祈るしかないのが辛いところだ。

 

「アポロ、その辺で今日は終わっておこうか」

「はぁっ……はぁっ……お、お疲れ様です……」

 

 復帰後最初のトレーニングはランニングマシンだった。とにかく漕いで漕いで漕ぎまくって、スピードとパワーをつける。下半身を鍛える効果があり、これを続ければ走行フォームがどっしりとした安定感を得ることができるだろう。

 

 今の俺が鍛えるべきは、やはりスピードとパワーだ。サイレンススズカの高速逃げのレベルまで――とは言わないが、メジロパーマーの爆逃げレベルにはいつかなりたい。

 

 最後まで持つスタミナは持っているから、メイクデビューのような事故を起こさないために、()()()()()()()()()()()()()()()スピードと、他のウマ娘を押さえつけるパワーが必要だ。

 

 とみおもそれを理解しているからこそ、これまでのメニューで徹底してスピードとパワーを鍛えてくれている。

 

 とみおの用意したトレーニングをこなしていく充実感と、目に見えるデータで現れる成長。メイクデビューの時ほどの絶好調とまではいかないが、かなりの好調を維持したまま、俺は6月後半の未勝利戦に臨むことになった。

 

 ――だが、俺は気づいていなかった。あのメイクデビューの事故によって、俺が致命的な弱点を抱えてしまったということに。

 

 

 

 

 東京レース場で行われる未勝利戦は、未曾有の豪雨によって一旦中止に追い込まれそうなほど荒れた天候の中で開催されることになった。タクシーに乗って会場入りしたが、叩きつけるような豪雨でタクシーが壊れるんじゃないかと思ったくらいだ。

 

 少し天候が回復し、小雨の降る中で未勝利戦のファンファーレが鳴り響く。言うまでもないが、ターフは泥のような重バ場だ。ゲート入りまでに体操服がびしょ濡れになって、前髪が額にくっついている。

 

『1番人気のアポロレインボウ、今ゲートに入ります』

 

 8人立ての中、俺は真ん中の枠からのスタートになった。この重バ場にあっても、スタートに不安はない。それほどまでに得意だから。

 

『全員ゲートに収まりました。いよいよスタートです』

 

 しかし、今日は違った。ゲートが開く瞬間、理由の分からない恐怖がチラつき――僅かにだが()()()。何とか姿勢を立て直してスピードを上げるが、他のウマ娘にブロックされて前に行けなくなってしまう。

 

 3番手で進めるレースは初めてだった。前のウマ娘が邪魔で、はやる気持ちが俺を焦らせる。大逃げしている時よりもスタミナ消費が激しい。先行すら合わない脚質なのか。

 

 今すぐにでもハナを奪い返さねば。そう考えて大外から前の2人を抜こうとするが、まだ他の子達を抜けるようなスピードが足りないのか……順位は変わらない。

 

 そして、3番手のままレースは進み、最終コーナーへ。

 

 そこで俺は――顔面に振りかざされる腕を幻視した。

 

「!!」

 

 急に闘志が萎んでいき、前傾させていた身体が持ち上がる。勝手に脚が大外に向かい、大幅なロスを強いられる。

 

『どうだ!? アポロレインボウ届かないか! ここで2番人気のアングータが突っ込んでくる! 逃げ切りを測ったコインシデンスが僅かに躱されて――今ゴール!! 3着争いはアポロレインボウとクレセントエース!』

 

 スパートをかけられず、流してのゴール。全力の闘志はどこかに吹き飛んでいた。萎えきって冷たい身体を動かして、俺は反射的に電光掲示板を見た。すぐに確定のランプが灯り、着順が示される。

 

 1着は7番のアングータ。2着が1番のコインシデンス。そして――3着、4番アポロレインボウ。

 

 悔しさよりも戸惑いが勝った。あの幻視はいったい……?

 

 俺は顔を振ってトレーナーを探す。彼は最前列にいた。雨合羽を着て、無念の感情を表すかのように曇天の空を見上げている。彼の気持ちを全て推し量ることは叶わなかったが、少なくとも気持ちの良いそれではないと分かる。

 

 俺は呆然としながら控室に続く道を行く。とみおと顔を合わせたくなかった。訳の分からない負け方だ。突然減速して、まるで無気力試合のように映ったかもしれない。

 

 控室の扉を開くと、髪に付着した雨粒さえ拭かないで、とみおが座っていた。扉の開閉音を聞いて、彼は俺の元に近づいてくる。

 

「……アポロ」

 

 びく、と俺の身体が震える。とみおは俺よりも身長が高い。もしかしたら、ぶたれるかもしれない。きゅっと目を閉じて、あの時のジャラジャラのように痛みに備える。

 

 しかし、衝撃は訪れない。俺はとみおに力強く抱き締められていた。

 

「え……?」

 

 訳が分からなかった。幻覚に惑わされて、後悔することすら恥ずかしい負け方をしたというのに。とみおは俺を叱りつけるどころか優しく抱擁したのだ。

 

「と、とみお……どうして……?」

「……俺のせいだ。俺が精神ケアをしっかりしてなかったから……」

 

 理解の及ばぬ言葉を呟いて抱き締める力を強めるとみお。しばらくの抱擁が終わると、彼はスーツの胸ポケットからハンカチを取り出して俺の顔についた汚れと水滴を拭ってくれた。割れ物でも扱うかの如く丁寧に、慈しむような手つきだった。彼は俺の肩を叩いて、優しく微笑んでくれる。

 

「……これから初めてのライブだな。そこで着替えてから、ステージに行ってくれ。場所は分かるな?」

「あ……うん」

「俺は先にステージに行ってるよ」

 

 そう言い残して、とみおは控室から出て行った。その背中が酷く寂しいものに見えたのは気のせいだろうか。

 

「とにかく着替えなきゃ」

 

 例のへそ出し汎用衣装に着替えた後、俺は東京レース場内にあるライブステージに向かった。

 

 初めてのライブは3着で躍るライブとなった。どこか現実味のないふわふわ感の中、ステージ上の明かりが灯る。即座にイントロが流れ始め、俺は意識した笑顔を貼り付けて歌とダンスに備えた。

 

 初めてのライブはつつがなく進行していく。天候こそ悪いが、そこそこのお客さんが入っている。そんな中、ステージ上からとみおの姿を見つけた俺は、一瞬ダンスと歌の歌詞が吹っ飛んだ。

 

「――――」

 

 とみおが泣いていた。

 

 いい歳をした大人が、周りの目なんて気にせず涙を流していた。惨めったらしく顔を歪めて、嗚咽がステージまで聞こえてきそうだ。

 

 心臓が締め付けられる。呼吸が上手く出来なくなり、練習してきたステップを忘れそうになったが、何とか持ちこたえる。

 

 彼を泣かせてしまったのは俺だ。その事実が身体と精神を縛り付ける。正真正銘の敗北の味は、身を削るほどに痛かった。

 



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8話:最終コーナーの幻影

理想は完結まで毎日投稿です。感想と評価がモチベになってます、ありがとう。


 ――メイクデビューの事故を無意識に恐れて、第4コーナーで大きく膨らみながら減速してしまう。それがとみおから俺に告げられた弱点だった。何らかの精神的影響によって、特定の運動が出来なくなってしまう――詰まるところ、俺はイップスのような症状にかかってしまったのだ。

 

 怪我やトラウマを恐れて思うような走りが出来なくなった馬の例として挙げられるのは、ナリタブライアンだ。真偽は不明だが、怪我をしてからのブライアンは無意識にブレーキをかけるようになり、全力を出せなくなってしまったらしい。

 

 実際、ブライアンの3歳時は無敵の強さだったと聞く。それが、怪我をして古馬になってからは惨敗続き。マヤノトップガンとの伝説のマッチレースである阪神大賞典も、見方によっては「ブライアンが弱くなったから競り合いが生まれた」とも取れる。

 

 とにかく、俺は致命的な爆弾を抱えてしまった。最終コーナーでの競り合いに弱くなってしまう――というか出来ないとなると、これはレースどころの話ではない。

 

 とみおは何度も俺に謝ってきたが……俺はとみおの謝る姿が見たくて走ってるわけじゃない。喜ぶ姿を見たくて走ってるんだ。

 

 そうと決まれば、俺の行動は早かった。

 

 まず、「これってバッドステータスなんじゃね?」と思った俺は、近所の神社に突撃した。保健室じゃ治せない類の症状なのは分かりきっていたから、小銭を叩いておみくじを引く。すると、育成中に出るとそこそこ嬉しい中吉が飛び出してきた。

 

 うおおおおお、これでバッドステータスが消えたぜ! そう思ってトレセンのコースを走ってみたら、最終コーナーで例の幻覚を見て見事に減速してしまった。

 

「おぉ……もう……」

 

 ……神社でバステ解消作戦、失敗。

 

 次に俺は親友のグリ子を頼ってみようと思った。早速グリ子の暇な日を探して、朝イチから土下座で頼んでみる。

 

「はぁ? 『大外から私を押さえ込んで欲しい』……って、どゆこと??」

「お願いグリ子! はちみー3杯奢るから、私のために時間をちょうだい!! ください!! 何卒!!」

「別に、はちみー奢ってくれるなら全然いいんだけど……何かあったの?」

「……ちょっとね」

 

 俺がグリ子に伝えた内容は、逃げる俺を第4コーナーの大外から差し切りつつ、バ体を俺に合わせてみてほしいというものだ。正直難しい注文だとは思うが……大外に膨らむ癖を矯正しつつ、あのトラウマを乗り切るにはこれしかないと思う。

 

 俺のような逃げウマは、ぴったりとバ体を合わせられると、負けん気が生まれて前に前に行きたがってしまうものだ。そこら辺の性質を利用しつつ、走りたいという本能でトラウマを封殺する! う〜ん、できたらいいなぁ。

 

 何も知らないグリ子にしてみれば意味不明なトレーニングだが、これがきっかけであっさりトラウマが解消されるかもしれないわけだから、試してみる価値は大いにある。

 

 俺達は人がいない時間を見計らってトラックコース内に入った。軽くストレッチをし、ランニングで体を温める。この矯正は質より数で行った方がいいだろう。早速俺達は第2コーナー地点まで歩いてきて、スタートの構えを取った。

 

「それじゃグリ子、最終コーナーでよろしく」

「おっけ〜」

「さっきも言ったけど……危険だと思ったら迷わず回避してね」

「……大外に逸れる癖ができちゃったんだっけ? まぁ、垂れウマ回避は上手いから任せといてよ」

「それを聞いて安心したわ。じゃ、行くよ……よーいドン!」

 

 自分でスタートの合図をかけたこともあって、相変わらずのロケットスタートが決まる。すいすいと前に出て、グリ子と2バ身まで差を広げた。第3コーナーに向かう直線まではベストパフォーマンスができた。では、第3コーナー自体はどうだ?

 

 俺は内ラチに沿って身体を傾ける。速度は緩めない。姿勢を低く保ち、蹄鉄を地面に引っ掛けて、遠心力を推進力に変えるのだ。()()()()()()()()()()()加速するというトンデモ技術――弧線のプロフェッサーと曲線のソムリエを模した俺のスキル。これはとみおとのトレーニングで得た技術だ。

 

 コーナーリングで一切の妥協をせず、後続との差を突き放す。逆に速度を落とした2番手のグリ子との差は5バ身。

 

「……!?」

 

 背後のグリ子が僅かに戸惑っている。恐らく――いや、ほぼ確実に「こいつ最終コーナーがどうとか言ってたけど普通に走れてるじゃん!」って思ってるな。

 

 ……それが違うんだよグリ子。仮に今が圧倒的だとしても、最終コーナーからの俺は本当に弱いんだ。今に分かるさ……。

 

 第3コーナーを抜けて第4コーナーに入る。

 

 ここまではいい。やはり、最終直線に入る寸前のカーブ――俺がジャラジャラに肘打ちを受けてしまった場所に問題が潜んでいるのだ。そこまでは身体も動くし、何の心配もなく走りに集中することができる。とみおとのトレーニングの成果も出ている。

 

 逆に、例のトラウマが俺の身体を縛り付けてしまう理由こそ分からない。それ程までに、俺の身体には痛みが深く刻まれてしまったということか……。

 

 例の違和感は突然やってきた。最終コーナーが終わりかけの時――視界に最終直線が入ってこようかという時に()()は起きる。

 

 突然、俺と内ラチの間を縫って誰かが現れた。ジャラジャラのような髪色をしているウマ娘。明確な悪意を持って彼女は腕を横振りに払い、俺の顔面に向けて叩きつけてきた。

 

 間違いない、これは脳が作り出した幻想だ。だってジャラジャラはこんなことをする子じゃないから。あれは悪意のない事故だったというのに、随分と脳内では脚色されたものである。そんなことは分かっていたが、あの時の激痛がフラッシュバックする。

 

「っ」

 

 俺は顔をぶん殴られたかのように怯んでしまう。スピードが落ち、大外に脚が向かう。ああ、またダメだった――と脚が止まりかける寸前、背後から親友の声が飛んできた。

 

「アポロちゃんっ!!」

「――ッ!」

 

 斜めに大きく膨れた俺の更に大外を通って、グリ子が身体を併せてくる。肩がぶつかりそうなほどに身体が接近し、これ以上身体が大外に行かなくなる。

 

 逆にグリ子の併せウマによって押し戻されるように俺の身体が内側に向かっていき――ど根性が発動した。

 

 メイクデビュー以来、最終直線で行う久々の競り合い。

 

 しかし、一旦落としたスピードを挽回するのは難しく――勝負の軍配はグリ子に上がった。ゴール板を駆け抜けて、その差は半バ身。ゆっくりとスピードを緩めながら、グリ子が俺に話しかけてくる。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

「……アポロちゃん、本当にどうしちゃったの? 最終コーナーまでは全く追いつける気がしなかったのに。この前併走した時はそんな癖なかったよね?」

 

 グリ子は不思議そうに、かつ心配そうに俺の脚を見てくる。一方の俺は、僅かに見えた光明に震えていた。あと一歩、もう少しで解決できる。そんな予感がした。

 

 正直言って、俺自身はあの事故を恐れていない……つもりだ。最終コーナーに差し掛かっても普通に走ろうとしている。どちらかと言うと、この身体自身が恐れているというか――俺が乗り移る前のアポロレインボウちゃんが怖がっているというか。本気で走る際、ひょっこりと顔を出してくる彼女の無意識が、俺の邪魔をしてくるような感覚だ。

 

 確かにぶん殴られるのは怖いけど、全力の走りを中断するほどの脅威じゃないだろ? 俺自身はそう思ってるんだけど、如何せんウマ娘の本能ってやつなのかな……。この辺のことは、ウマ娘の生態が分からん俺からすると未知の領域か。

 

 ……ううむ、ひとりで解決するには限界があるか。

 

「グリ子、もう一回行ける?」

「え? あぁ、うん。無理しちゃダメだよ? アポロちゃん」

「分かってるって――」

 

 グリ子はそう言ったが、今の俺は無理をすべき時だ。こうしてしばらく特殊な併走を行っていたが、最終コーナーの幻影は消えなかった。

 

 

 

 時は流れて、7月中盤。梅雨が終わり、夏がやってくる。朝起きればムシムシした暑さにげんなりし、ミンミンうるさい蝉に辟易とする、そんな季節。

 

 世間一般の学生は夏休みというビッグイベントが迫ってきているだろうが、ウマ娘には――細かく言えばトレセン学生に夏休みはない。そこにあるのはトレーニング漬けの毎日だ。有望なウマ娘はジュニア級でも夏合宿に行って1ヶ月以上トレーニング漬けの日々を送るし、合宿に行かない子達もトレセン学園で汗を流す。

 

 本音を言えば合宿に行きたかったらしいが、とみおは新人トレーナー。金がないため行けないという。経費で落ちる金額にも限度があるし、そこら辺はしょうがない。

 

 チームを設立でもしない限りは合宿を行うことは難しいとか。加えて、余程実績を残したウマ娘じゃないと一人での合宿なんて絶対に無理らしい。環境を変えて練習したいな〜なんて思っていたから、ちょっと残念だ。

 

 まぁ、そんなことよりも……まだ例のトラウマを克服できないことが問題だ。

 

 今まで色々と試してきたけどダメだった。

 目の前ににんじんをぶらさげながら走ったり(にんじんは好きだけどあんまり釣られなくて効果がなかった)――

 何故かとみおと一緒に走ったり(言うまでもなく効果はなかった。とみおが遅すぎて逆に楽しかったけど)。

 

 何回か克服のきっかけを掴みかけた。しかし、そのことごとくが手から零れ落ちていった。結局、精神の異常なんてのは本人の問題なのだ。何か大きなきっかけがあれば、あの幻影は消えるはずなのだが……。

 

「そのきっかけが掴めない、か……」

 

 半袖のシャツを着て、第2ボタンまで開けたとみおが呟いた。仕事用デスクの上で排熱を出しているパソコンが熱いのだろう。未勝利戦での敗北を経てから、とみおはずっとパソコンと睨めっこしている。

 

 あまり良くないことだと知りながらも画面を覗いてみると、そこには俺の身体に関するデータがびっしりと並べられていた。身長、体重、スリーサイズ、脚の筋肉の付き方、両足にかける体重バランス、腕の振り方――彼はこれら全ての変化を追っているらしい。

 

 こうして見ると、アポロレインボウがかなりの成長を示していると分かる。身体の完成度だけで言えば、ジュニア級の重賞ウマ娘に勝るとも劣らない。

 

 これは自慢なのだが、腹筋がうっすら割れた。くびれもできた。世間様に晒しても恥ずかしくないお腹になったのだ。トモは出会った頃よりも2回りほど大きくなったし、腕を振るための筋肉や踏ん張るための背筋もついた。

 

 俺はあんまり知らなかったけど、女の子が腹筋を割れさせるには相当鍛えてないといけないらしい。それがいつの間にか割れていたのは、とみおの指導が死ぬほどスパルタだからなぁ?

 

 そう言えば、グリ子にトレーニング内容を言ったらドン引きされたんだった。俺達が半日でこなしている内容が、通常では3日かけてやっていく内容だったらしい。道理で、最初の方は死ぬほど辛かったわけだ。

 

 最近は慣れて余裕が出てきてるんだけどね、ってガハハ笑いしたら、グリ子に「それ続けてたら死ぬよ」って真顔で言われたのが今も頭に残っている。

 

「…………」

 

 とみおがウマホで記録していた俺のフォームを見ていたので、俺は彼の肩に顎を乗せて「何してるの?」と聞いた。

 

「あ〜、今何やってるかって? 一番初めの頃のフォームと、メイクデビュー戦寸前のフォームと、今のフォームを見比べてるんだ」

 

 とみおがパソコンに目を移し、キーボードを打ち込む。すると、彼の言った3つのフォームの映像が比較されるように映された。

 

「左が最初のフォーム。真ん中がメイクデビュー前のやつで……右が今のフォーム。どうだ、これ見たら最初の方は酷いもんだろ?」

「ほんとだね。きったないフォーム」

 

 ウマホに記録されていた初期のフォームを見ると、よくもまぁこんなフォームで走れてたなってくらいバランスが悪いし、ぎくしゃくしていた。

 

 じゃ、今はどうなのって? そりゃ、トレーナーのお陰で完璧なフォームだよ。ウマ娘には「ピッチ走法」と「大跳び」、「それ以外」の走り方があるんだけど、俺は「ピッチ走法」気味の走り方が合っているらしく、言われるがままそれを身に付けた。

 

「う〜ん……でも、真ん中と右のフォームはあんまり変わらないんだよなぁ。大きく変わってしまうのは、最終コーナーの終わりかけだけだし……」

 

 とみおがぶつぶつと呟いている。

 

 俺は正しいフォーム以外にも、コーナー加速の方法を身に付けたり、スタートに手間取った時のためにバ群の抜け方を学んだり、内ラチいっぱいを走る勇気を得ることができた。その成果が先日のグリ子との特殊併走で出ていたのだが……。

 

 ……そうだな。トレーナーが言うように、後は心の問題だけか。

 

 でも、心の問題は俺が解決するべきだと思うんだ。とみおは俺の身体を究極的に鍛えてくれている。それで充分じゃないか。他人の心の中なんて分からないものだし、とみおは俺の身体に集中してくれればそれでいい。

 

 何もかもに手を出しすぎて、とみおは疲れている。最近休んでいなかったし、お互いリフレッシュのためにお出かけするのも手じゃないか?

 

 そう思った俺は、とみおの背中に抱きついて無理矢理デスクから引き剥がした。

 

「うおっ!? あ、アポロ! いきなり何すんだこの野郎!」

「とみお、いい加減詰めすぎだって! リフレッシュにお出かけでもしようよ! ね〜ね〜いいでしょ〜?」

 

 媚びるような声を出して、とみおの背中に頬擦りする。……こ、これならどうだ? 可愛いよな? お仕事止めてくれるよね?

 マジでとみお最近頑張りすぎなんだよ。隙あらばウマ娘の医学に関する本を読んでるし、たづなさんに聞いたら夜中まで部屋に残ってるらしいし。

 

 俺の声を受けて、とみおの動きが止まる。しばし彼は顎に手を当てた後、俺の拘束を優しく解いた。

 

「……ありがとな、アポロ。うん、ちょっと頑張りすぎてたみたいだ」

 

 とみおは優しく笑って俺の頭を撫でてくる。俺は耳を横に倒して、とみおの撫でられる面積を増やす。彼のごわごわした手が頭の上を滑ると、何だかくすぐったかった。

 

「うへへぇ」

 

 変な声が出てしまったが、お出かけはどこに行こう? 神社はこの前行ったし、商店街にでもデートしに行くか!

 

「とみお、商店街に行こうよ! パフェとか食べたい!」

「おう、いいぜ」

 

 そう言うと、とみおは財布を持って立ち上がった。そのまま勢いよくトレーナー室から出ていこうとしたので慌てて引き止める。

 

「ちょ、とみお! 待って待って!」

「ん? どうした?」

「ボタン外れてるよ」

 

 俺はちょっと背伸びして、とみおのボタンに手をかける。ぷちぷちと第2・第1ボタンを付けて、終わりを告げるように彼の胸板を叩いた。

 もう、俺がいないとだらしないなぁとみおは。

 

「ほら、行くよトレーナー!」

「お、おう……」

 

 とみおは少しの間ぽかんとした後、俺の後に続いてトレーナー室を後にした。

 

 

 雑談をしながら河原を歩き、商店街に着いた俺達は、早速名物のパフェを食べることにした。

 

「ほら、とみお! パフェが来たよパフェが!」

「お、お〜……デカすぎんだろコレ……」

 

 ドン引きするくらいデカいパフェ。俺の顔より高くそびえ立つフルーティなパフェだ。……ん? そんなに俺の方を見てどうしたんだとみお。ははーん、俺のパフェが欲しいんだな? とんだ欲張りさんだなぁ。

 

「もう。そんなに欲しかったらひと口食べる?」

 

 俺はスプーンでパフェを掬って、一番美味いところを彼の前に差し出す。とみおは瞠目して俺とパフェを交互に見た。

 

「……あ、アポロはそういうの気にしないの? 俺みたいな男が口つけるの、嫌じゃないのか?」

「え? 何が?」

「…………。あ〜、じゃあ、貰おうかな……」

「うん。ほら口開けて? あ〜ん!」

 

 微妙そうな表情をしたまま、とみおは大きく口を開けてスプーンを口に含んだ。俺がスプーンをゆっくり引き抜くと、妙に赤い顔をしたまま彼はパフェを咀嚼していた。どこか焦っているように見えるが、アレルギーでもあったのだろうか? いや、それなら先に言うよな……。

 

「その辺りがめちゃくちゃ美味しいんだよね。とみおもそう思わない?」

「お、おう……美味しいよ」

「……?」

 

 

 その後も俺達は楽しく商店街を回った。俺の私服を買ったり、とみおのコーディネートを見繕ってあげたり、小物を買ったり……。

 

 いつの間にか日は落ちていて、夕焼けも終わりかけだ。

 ベンチに座って、俺達はしばらくの間ぼーっとしていた。

 

「……今日は楽しかったよ、トレーナー」

「おう。それなら良かった」

「リフレッシュできた?」

「……あぁ、大分楽になった。ウマ娘に心配されちまうなんて、トレーナー失格だな」

「それは違うって! トレーナーが私のために凄く頑張ってくれてるの、よく知ってるもん」

 

 マックイーンとそのトレーナーは、『人バ一体』というスローガンを掲げている。トレーナーとウマ娘が一体となり、2人で1つになったかのように連携することの意である。

 

 そのスローガンには、どちらの立場が上だとか下だとか……そういう意味は含まれていない。互いのために努力するパートナーを支え合い、目標に向かって歩み続けるという純粋な関係があるだけだ。

 

 俺は――それになりたい。トレーナーと肩を並べ、共に歩みたい。共に高みを目指したい。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

 ゆったりとした黄昏を過ごしながら、俺は彼の瞳を見た。

 

「私を8月の未勝利戦に出して」

「……! アポロ、それは――」

「分かってる。でも、今は無茶を通してでも限界を超えるしかない……そんな時なんだと思う」

 

 この精神的な問題を解決するきっかけは自分から掴むべきだ。何故だかは分からないが、そう確信していた。

 

 これまでのトレーニングで掴めなかったのなら、実戦の中で探し出すしかない。このまま永久に平行線でいるより、荒波に揉まれて全部ぶち壊すくらいの勢いじゃないと、スペちゃん達には絶対に勝てない。

 

 荒療治。ウマ娘達の全力に触れて、あの甘えた幻影を吹き飛ばすのだ。本番のレースでしか感じられないことだってあるはずだ。

 

「……お願い、トレーナー。私、絶対に勝つから」

 

 俺はゆっくりと頭を下げた。とみおは俺の気持ちに感じ入ったかのように表情を変えると、その願いを受け入れてくれた。

 

「――分かった」

 

 彼は頭を抱えて、己の髪の毛をぐしゃりと握り締める。

 

「……アポロ。俺は酷いトレーナーだ。ベストコンディションにない担当ウマ娘をレースに出そうだなんて……トレーナー失格って言われてもおかしくないよ」

「そう? とみおは私のことを鍛えてくれる有能トレーナーだと思うけど」

「…………」

「……無茶言ってごめんね。でも、ありがと」

 

 もし次の未勝利戦に負ければ、俺ではなくトレーナーが学園側から何らかの罰を受けることになるだろう。精神的な問題を抱えたウマ娘を出走させるなど、本来言語道断なことだからだ。

 

 だからこそ、俺はこの状況に自分を追い込んだ。悪いことだとは思う。しかし、追い詰められたトレーナーの立場さえも利用して、絶対に勝たなければならない状況を作る。そして、結果を出さなければならない状況を利用し、限界を超えた力を引き出す。そうでもしないと、俺の傷は治らない。

 

 心の奥底に、真っ赤な炎が宿る。

 ここまで頼み込めば、トレーナーは8月の未勝利戦に俺を出走させてくれるだろう。後戻りできないところまで俺はやってきた。

 

 ともすれば――ウマ娘の俺は、全力で走るだけ。

 

 俺は忘れていない。

 敗北によって流れた彼の涙を。

 

 もう二度と、涙は流させない。

 次に流れるのは、歓喜の涙だ。




次回、2度目の未勝利戦に挑む。


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9話:未勝利戦の結末

 徹底的なトレーニングを行いつつ迎えた8月1週目の週末。

 

 東京レース場、第3レース。2000メートルの左回りで行われる2度目の未勝利戦は、ギラつく太陽の下で行われることになった。前日に雨が降っていた影響か、湿度の高い嫌な快晴である。

 

 気温は今年初の30度越え。良バ場の発表となった。

 

 この舞台において、ゲートに入るのは8人。当然ではあるが、1着を取れるのは8人の中でただ1人だ。メイクデビューにせよ未勝利戦にせよ、俺達は最低1回でも勝たないと1勝クラスに昇格することはできない。

 

 ジュニア級においては、未勝利クラスの次に1勝クラスがあり、そして1勝クラスのレースで勝てばオープンウマ娘になることができる。オープンクラスまで上り詰めれば、獲得賞金の関係で除外されない限りは全てのレースに出走可能になる。

 

 ウマ娘はより多くの勝利を上げることが大事だ。敗北が積み重なれば様々な障害が出てくる。ライバルに差をつけられる焦り、勝ち方を知らないために起きる僅差の敗北、やる気の低下、などなど……。

 

 あまりにも敗北が積み重なると、()()()()()()()()子もいる。ナイスネイチャ……はちょっと違うかな? あの子は未勝利クラスで燻る程度の才能じゃないし……。

 

 どんなレベルにせよ敗北というのは辛いものだ。自分ひとりだけで戦っているならいいが、俺達には背中を押してくれる家族や、親身になって支えてくれるトレーナーがいる。

 

 自分を支える者の重圧に耐え切れず、ウマ娘の中にはデビュー戦の敗北ひとつでトレセン学園を去る者もいると聞く。まぁ、メイクデビューで掲示板外だった場合、余程のことが無ければ重賞で勝つなんて出来ないだろうから……気持ちはわからなくもない。

 

 今日負けたら、俺はどうなってしまうのだろう。ほとんど賭けに近い暴挙を押し通してしまった。トレーナーのためにも敗北は許されない。

 

 会場入りした俺達は、早速控室に向かった。とみおは先程からそわそわしていて、何度もウマホの電源を付けては消して、ポケットに出し入れしている。3度目のレースとはいえ、今回は重みが違うのだ。彼もまた緊張しているのだろう。

 

 俺は鏡の前に立ち、緊張を解すためにぺちぺちと両頬を叩いた。

 

 大丈夫、俺達は7月を全てトレーニングとレース研究に注ぎ込んできた。身体を極限まで徹底的に虐め抜き、筋肉を休ませている間は穴が空くほどレース映像を見まくった。

 

 トレーニングの内容は言うまでもなく、トレーナーのスパルタ指導。筋トレに次ぐ筋トレ。ランニングマシンにフィットネスバイク。タイヤ引きに水泳。筋肉を過剰に虐めると逆に筋肉が萎んでいってしまうため、メリハリを付けるために毎週きっちりオフの日を作ってくれた。ただ、夏休み中は午前の授業が無いため、一日中トレーニング漬けの毎日だった。

 

 その結果、中等部にして腹筋がもう6つに割れかけている。本気を出したらボコッてなりそうなくらい筋肉がついた。女の子っぽい身体じゃなくなっちゃうから、正直これ以上お腹が割れるのは勘弁なんだが……ともかく、俺は大きく成長している。メイクデビューや1回目の未勝利戦の時とは大違いだ。

 

 無論、ライバル達がただ指を咥えているはずはない。勝手にライバル認定したスペちゃん達も大きく成長しているだろう。

 

 問題は、俺達が見続けたレースの映像である。俺達は「逃げウマ娘かくあるべし」というような、逃げた子が後続を完封して勝利するレース映像を拾ってきて観察してきた。

 

 マルゼンスキー圧巻のオープン戦。メジロパーマーの度肝を抜く爆逃げ春秋グランプリレース。ツインターボの七夕賞にオールカマー。アイネスフウジンの、大歓声の中逃げ切りを収めた日本ダービー。二冠ウマ娘ミホノブルボンの力強い逃げ足。

 

 その全てを吸収した――とまでは言えないが、俺は彼女達から多くを学んだ。特にメジロパーマーとツインターボ。この2人は俺の師匠だ。ツインターボは大逃げにおける野性的な息の入れ方の勘が素晴らしい。メジロパーマーはレース終盤のど根性がバケモノレベルだ。この2人の(レース映像で分かる限りの)長所を真似してみようというのが今の俺のプチ目標である。

 

 たかが未勝利戦、されど未勝利戦。全力全開を披露してひとつの勝ちを拾いにいく。彼女達逃げウマ娘の極意を利用して勝ちを取る。それが俺に出来る最善の選択だ。

 

「トレーナー、作戦はいつも通りの爆逃げでいいんだよね?」

「……あぁ。今回は内枠だし、思いっ切り行っていいぞ」

 

 トレーナーの言葉は歯切れが悪い。1番という絶好の枠を引き当てたにも関わらず、だ。

 

 ……理由は分かっている。今日の今日まで最終コーナーのトラウマが拭えていないからだ。手立ても後ろ盾もなくこの場所までやって来てしまった。とみおが心配なのも無理はないだろう。

 

「最終コーナー、大丈夫か?」

「う〜ん……自信があるかどうかさえ分かんないや。でも、最終コーナーにいてくれたら()()()かも」

 

 俺は肩を竦める。とみおは微妙そうな顔をして腕を組むばかりだった。

 

 着替えのためにとみおと別れ、パドックのお披露目に向かう。パドックからは疎らながらも観客が見えた。メイクデビューで会ったような会ってないような男性2人組もいる。

 

『1番人気、1番のアポロレインボウです』

『う〜ん、素晴らしい仕上がりですね。これまで不運に見舞われていましたが、ここでの初勝利を期待したいところです』

 

 観客席に手を振りながら思考を巡らせる。俺は1番人気なのだが、これには理由が2つある。

 

 1つ目は、メイクデビューのアクシデントや未勝利戦での失速が無ければ、そのままアポロレインボウが押し切り勝ちを収めていたと考えた者が多いからだ。それ程までに俺は期待のできる走りをしており、不運さえなければ一定の実力が発揮できると判断されたのだろう。次こその幸運と、勝利への期待を込めての1番人気。

 

 2つ目は、不運で燻っている俺に比べると()()()()()()()()()こと。メイクデビューからもう2ヶ月も経ち……俺は2戦0勝だが、出走表の中にはもう5戦以上戦っているような子さえいるのだ。つまり、言い方は悪いが才能も伸び代もない子がいる。

 

 未勝利戦クラスに残り続ける子は0勝でないといけない。だから、時期が進めば進むほどこのクラスに残っている子は弱くなっていくのだ。俺のような不運があって勝てない子も中には存在するかもしれないが、大体は弱い。

 

 加えて、そんな彼女達のトレーナーも暇ではない。勝てるウマ娘と勝てないウマ娘、どちらの育成に力を入れるかと言われれば――余程の変態でもない限りは勝てるウマ娘を選ぶ。では、勝てないウマ娘はどうなるか?

 

 答えは簡単だ。その子の育成は放棄され、担当は辞めないまでも――ほとんど『名義貸し』だけしている状態になる。弱いウマ娘はトレーナーの指導を受けられず、過度な自主練や意味の無いトレーニングをして更に弱くなっていく。

 

 その悪影響が出始めるのが、まさにこの時期だとか。俺からすると如何ともし難い事実だが、トレーナーはウマ娘の能力を無限に伸ばすことのできる神様ではない。芽の出ないウマ娘の扱いが悪くなるのも仕方の無いことだ。

 

 夏休みが終われば、トレセン学園を去る者が出てくるだろう。レースを諦めて学業に専念したり、せめて勝利の美酒を味わいたいと地方に移籍したり、レース中の事故で走れなくなった結果だったり……厳しい世界だ。

 

 正直言って、とみおのように、未勝利クラスでうろちょろしているウマ娘の育成を頑張るトレーナーなんてほとんどいない。俺のトラウマだって、他のトレーナーだったら、治らない障害として受け取られて育成を諦められてしまったかもしれない。

 

 だから、とみおには本当に感謝している。

 

 ――全てのウマ娘のお披露目が終わろうかと言う時、俺は空席の目立つ観客席にトレーナーの姿を見た。小さく手を振って、リラックスしていることを示す。それを受けて、彼は大きく頷いた。

 

「この未勝利戦、アポロレインボウにとっては明暗を分かつレースになるだろうな」

「どうした急に」

「アポロちゃんはメイクデビューで怪我をしてから、次の未勝利戦で不可解な失速を起こしている。しかも、その場所は俺の記憶によると()()()()()()()()()()()()()――」

「――っ! つまり、アポロちゃんは最終コーナーを走る時、あの事故を恐れて失速してしまう……ってことか」

「そうだ。そして、そんなことは陣営も理解しているはず。しかし、その筋の情報によるとアポロちゃんのトラウマは治っていないそうじゃないか」

「何……!? もしかするとアポロちゃん達、トラウマを乗り越えなきゃこのレースが最後になるかもしれないってことか……!?」

「…………」

「マジかよ……そんなの、応援するしかないじゃないか……!」

 

 8人のウマ娘達の脚質はこうだ。逃げウマが1人。これはアポロレインボウ――つまり俺だ。先行が1人、そして何と差しが6人。これがどう出るか……。

 

 最終コーナーから直線にかけて俺を抜こうとするはずだ。そこで上手く併せウマの形になれば、グリ子とのトレーニングのようにど根性が発動できるだろうが……そこは天運に賭けるのみだ。

 

 天高くファンファーレが鳴り響き、疎らな拍手の中、いよいよレースが始まる。

 

『燦々と照りつける太陽の下、東京レース場第3レースの未勝利戦が開幕します』

『くれぐれも熱中症にならないよう細心の注意を払ってもらいたいものです』

『1枠1番、アポロレインボウ。締まった表情でゲートイン。2番人気を大きく引き離して、ぶっちぎりの1番人気です』

『これまでの鬱憤を晴らすような快勝を期待したいですね。個人的にも、彼女がここで終わるとは思えないんですよ』

『観客席からは応援の声と期待の眼差しが向けられています。果たして勝利を掴むことができるのか。続いては2枠2番のサンセットグルームが――』

 

 いち早くゲートインした俺は、周囲の音を完全に閉め出して己の世界に入る。

 

『ゲートインが完了しました。いよいよレースが始まります』

 

 鋼鉄のゲート内で息を吸い込む。間もなくゲートが開くだろう。ぐぐぐ、と足の裏に力を集め、ロケットスタートの用意を始める。

 

 ガコン――と両開きの扉が開くと同時、俺は弾かれたように地面を蹴った。

 

『――スタートしました! やはり前に行くぞ、1枠1番アポロレインボウ! そしてこちらも前目につけた、先行が得意のトーチアンドブック!』

 

 3戦目ともなれば、スタートは手馴れたものだ。スタート直後にぐんぐんと後続を引き離す。更にコーナー加速を利用して、向正面に入るまでに2番手とは7バ身の差をつけた。

 

『第2コーナーを抜けて直線に入ります。大逃げに打って出たアポロレインボウが一人旅! これは彼女の脚質に合っているでしょうか?』

『う〜ん、彼女の脚質は大逃げです。掛かっているかの判断は付きかねますね』

 

 後続が慌てて俺を捕まえようとするが、スタートダッシュの時点で開いていた差を今更縮めることなど不可能だ。2番手に1秒の差を開けて、ただ1人だけが第3コーナーに入っていく。

 

 ここまでは順調の一言。問題はここから――

 

『さぁアポロレインボウが第4コーナーに入っていく! 彼女にとって試練の最終コーナー! 果たして大丈夫なのでしょうか!?』

 

 第4コーナーに入り、俺は長く末脚を使って加速し始める。このまま行けば大差で勝ちを収められるだろう、そんな差がついている。だが、実況や俺に余裕はない。全力全開でコーナーを駆けていく。

 

 そして――最終直線に差し掛かる寸前、それは起きた。

 

「っ!!」

 

 最内枠を通っていた俺の()()()()。絶対に通ることのできないその隙間から、ジャラジャラの幻影が現れた。

 

「そん――なっ……!」

 

 ぐにゃり――視界が歪んだ。ここまでやっても、まだ俺を縛るのか。

 

 とみおを泣かせたくない。あの胸が押し潰されそうな責任感と、悲しさに似た虚無感は二度と味わいたくない。負けられない。どけ。俺の行く道だ、幻影は消えろ。

 

 俺は歯を食い縛って、内ラチに思いっ切り躙り寄る。しかし、半透明のジャラジャラが潰れる気配はない。

 

 やばい、()()

 

『あっと、アポロレインボウ()()()()()()()()()()!?』

 

 反射的に身体が怯む。大外に向かって身体が走りかける。そして、体勢が崩れた俺を追撃するように、ジャラジャラの腕が振るわれる――その寸前だった。

 

「アポロちゃん、頑張れええええええええっ!!」

「アポロ、いっけぇぇぇえええええ!!」

 

 最終コーナー付近の()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけではない。トレーナーの声がする。視界の斜め前方に彼らがいた。

 

 ――あそこにジャラジャラちゃんがいる。

 それもそのはず。こいつは幻影だ。

 本物のジャラジャラちゃんが俺の隣にいるはずがないではないか。

 

「――!!」

 

 それを自覚した瞬間、大外に向かって働いていた遠心力のような力が消える。

 

 トレーナーとジャラジャラちゃんだけではない。俺に向かって多くの声が飛んできていた。

 

「アポロちゃん、がんばれがんばれっ!!」

「勝てぇ――っ!! 行けるぞぉ――っ!!」

 

 メイクデビューから見てくれていた男性2人組の声。

 その他の観客からもはっきりと聞き取れる、俺の背中を押してくれる声援。

 

 こんなに多くの人に、俺は支えられていたのか――

 

「っ!?」

 

 それを自覚した瞬間、ジャラジャラの幻覚は黒い靄となって掻き消えていた。身体を縛る鎖が断ち切られ、大外に向かっていた身体が真っ直ぐ前を向く。

 

 訳が分からない。しかし、()()()()()ことは確かだった。

 

 そうと決まれば、初勝利に向かって全力で走るだけだ。

 

「う――あぁぁぁあああああああああっっ!!!」

 

 俺は足の裏にターフを叩きつけ、全力で駆け抜けた。懸命に腕を振り、吹き付ける風に負けないように身体を前傾させる。

 呼吸が途切れそうなほどに酸素を消費してしまう。それも仕方がない。およそ2ヶ月ぶりに行う実戦のラストスパートだ。

 

 忘れていた感覚が蘇る。初めて全速力で走れたあの歓喜が再燃する。

 

『アポロレインボウ持ち堪えた!! もう大外にはヨレないぞ!!』

 

 地を這うようなフォームで芝を蹴り飛ばし、残り200メートルまで辿り着く。

 

『残り200メートルを通過して、先頭はアポロレインボウ!! 初勝利まであと少し!! がんばれアポロレインボウ!! がんばれアポロレインボウ!! ゴールまであと少しだ!!』

 

 数々の悪運と事故によって勝利を阻まれたメイクデビュー戦。

 事故の影響が明らかになり、トラウマに苦しめられて初の敗北を喫した6月後半の未勝利戦。

 

 そこにはトレーナーの涙があった。情けなくて堪らなかった。なんて無力なんだろうと悔しくなり、眠れない日もあった。

 

 それでも、トレーナーがいてくれたから。

 あなたが支えてくれたから――

 

 俺は彼に視線を送る。

 

 トレーナー……――あなたの気持ちはちゃんと届いているよ。

 

 だから見てて。()がゴールするところ。

 

 

『ゴールッ!! 遂に――遂にやったぞアポロレインボウ!! 苦難を乗り越え、見事初勝利を掴んだぁっ!!』

 

 

 巻き起こる歓声。

 万感の思いを胸に、拳を突き上げる。

 

「〜〜〜〜っ、よっしゃあああっ!」

 

 溢れ出す激情。視界が歪んで上手く走ることが出来ない。目元を拭うと、透明な液体が流れて止まらないのが分かった。

 

 ゴールを駆け抜けて徐々に減速しながら、俺は電光掲示板に振り向いた。

 

 ――1着、1番アポロレインボウ。

 

 レースの着順が点灯し、着差や勝ちタイムが表示される。しばらくすると『確定』の文字が表れ、レースの結果が確定した。

 

 これは現実なのだ。嬉しい。早く伝えないと。

 

「トレーナー! 勝てた――私、初めて勝てたよ!!」

 

 大慌てで俺は客席に向かい、柵を隔ててトレーナーと向かい合う形になる。

 

「よく乗り越えてくれたっ……アポロぉ……っ!」

 

 とみおは泣いていた。

 悔しさや情けなさからではなく、際限なく溢れ出す喜びによって。

 

「とみお、ぐちゃぐちゃじゃん!」

「アポロだって泣いてるだろ!」

 

 泣き笑いのとみおが涙を拭きながら近付いてくる。

 

 すると、とみおは柵越しに優しく抱擁してくれた。

 ふわりと香水の匂いが舞い上がったかと思えば、俺は彼の大きな身体に包まれる。両腕で抱擁されると、俺の小さな身体はすっぽりと収まってしまう。

 

 達成感と疲労感もひとしおな身体に、その温もりはゆっくりと浸透してきた。汗まみれな俺をしっかりと抱き留めてくれるトレーナー。心臓の鼓動が溶け合い、ひとつになっていく。

 

「怪我はしてないよな?」

「う、うん……」

 

 急激に、俺の中のトレーナーの存在感が増した気がした。心臓が胸の中で大きく跳ねている。激しい運動による拍動とはまた違って、心地よく飛び跳ねる心臓。

 

 怪我をしていないと聞いたとみおのハグする力が強まったからか、高鳴る胸の鼓動に加えて息苦しさまで出てきやがった。

 

「あぁ……本当に……っ、良かった……」

「……トレーナーのお陰だよ。あそこでとみおが私の名前を呼んでくれなかったら、私はきっと乗り越えられなかった。それに――」

 

 俺はとみおの抱擁から抜け出し、隣に控えていたジャラジャラに向き直る。

 

「ジャラジャラちゃんも、本当にありがとう……」

「……私は、何も。……でも、本当に良かった。私のせいでアポロちゃんが走れなくなったらって、ずっと心配だった。だから、1着になれて、うぐ、ほんとに、良かった――」

 

 ジャラジャラちゃんの瞳に涙が溜まり、決壊した。俺は涙ながらに彼女と抱きしめ合った。あぁ、そうだ。ジャラジャラちゃんもこの2ヶ月ずっと辛かっただろう。罪の意識でずっと苦しんできたはずだ。

 

 俺はしばしの間の抱擁を終えた後、彼女に囁いた。

 

「ジャラジャラちゃん。今度はさ、どこか大きい舞台で走ろうよ」

「大きい舞台、って――」

「……その時さ。どっちが強いか、勝負しよ?」

 

 俺は涙を拭くジャラちゃんに向かってウインクする。俺の意図を理解した彼女の涙腺は再び決壊した。

 

「っ……、うん――うん……っ! 約束だから……絶対、絶対、また戦おうね――アポロちゃんっ!」

 

 

 こうして涙の未勝利戦は劇的な形で幕を下ろし――待ちに待ったライブがやって来る。ここからはスポーツではなく興行的な領域の話だ。

 

 ただ、ウマ娘の中にはこのウイニングライブのセンターになるためにレースを走る――つまり、勝利への欲求ではなくライブへの欲求が勝っている子もいる。

 

 俺は普通にレースで勝ちたい欲が強く、正直ウイニングライブなんてどうでもいいじゃん――という側の人間だった。

 

 しかし、それは今までの話。

 

 未勝利戦とはいえ、初めてのセンターライブ――俺はみんなに自分の姿を見て欲しくて堪らなかった。とみおが育ててくれたウマ娘。みんなのおかげでこのレースに勝てたんだ。そのめいいっぱいの誇りと感謝を込めてライブをしたくてうずうずしていた。

 

 深紅のベストにショートパンツを着込み、白と青を基調にしたジャケットを羽織い、特殊な形状をしたスカートを履く。ブーツと靴下に脚を通し、つま先をトントンと床に押し付ける。

 

 間もなくウイニングライブが幕を開ける。

 緊張はない。誇らしさだけが俺を支配している。

 

 幕裏にやってきた俺は、静かに息を吸い込んだ。

 いよいよウイニングライブが始まる。

 

 幕の向こうからざわめきが漏れてきていたが、イントロが始まると同時に物音ひとつしなくなる。

 

 舞台の幕がサッと引かれ、ステージ上に熱いくらいの照明が照りつけられる。

 

 俺は身体に覚えさせたダンスと歌詞を紡ぎながら、客席に佇むトレーナーの姿を捉えた。

 

 ――桃沢とみお。アポロレインボウのトレーナー。

 

 視線が通う。彼の熱い視線が向けられている。俺は笑顔を振り撒きながら、彼に対してだけウインクを行った。

 

「――――」

 

 トレーナーの白い歯が零れる。「ウインクしてんじゃねぇよ、この野郎」と言っているのが口の動きで分かる。

 

 彼の笑顔を見て、俺は胸の高鳴りを覚えた。

 

 彼とはたった数ヶ月程度の関わりしかない。それでも、彼の存在は俺の中で大きくなり続けている。

 だって、ずっと傍で支えてくれた。俺と一心同体になってトレーニングをしてくれた。誰よりも俺のことを考えてくれた。

 

 そんな人を特別に思わないなんて、どうかしてる。

 俺だけを見て欲しい。いや、見させるんだ。

 

 そう思った時、俺はとあることに気づいた。

 

 あぁ、俺は――

 この人の特別になりたかったんだ。

 

 

 初めてその感情を理解した時、俺の顔は真っ赤に燃え上がった。

 でもきっと、それはライブによる熱気のせいだ。そう考えることにした。

 

 




これにてひと段落。
次回はトレーナー視点の話?をします。
あと、掲示板形式をいつかやってみたいのでタグ付けしてみました。


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未勝利戦を観戦するスレ

息抜き回。すまぬ


164:ターフの名無しさん ID:Rtx7hrvR3

今日も未勝利戦が始まるわね

 

165:ターフの名無しさん ID:gjk/s+W//

やっとアポロちゃんが走ってくれるのかぁ

勝ってくれるといいんだけど、今回はどうだろう

 

166:ターフの名無しさん ID:BCB2sk1HE

>>165 マ?

アポロレインボウちゃんって今日の未勝利戦に出るん?

 

167:ターフの名無しさん ID:gjk/s+W//

>>167 そだよ〜

東京第3レースの2000メートルね

前回のリベンジができるといいんだけど

 

168:ターフの名無しさん ID:rv8qmbqPv

あ〜

アポロちゃんってアレか……この前の未勝利戦で不自然な減速してたあの子

 

169:ターフの名無しさん ID:eHYHjlDCb

未勝利戦を観戦するスレとかいうアポロレインボウ応援スレ

 

170:ターフの名無しさん ID:6Alvzb/T8

スマソ、漏れアポロレインボウって誰か知らんのだけど……そんな有名な子なん?

 

171:ターフの名無しさん ID:06MphK4Y4

そらそうよ

 

172:ターフの名無しさん ID:kED5Tau8u

>>170 未勝利クラスのアイドルやで

めちゃくちゃ可愛い

 

173:ターフの名無しさん ID:8KB4txSAy

アイドル……かは分からんけど、可愛いのはガチ

 

174:ターフの名無しさん ID:6Alvzb/T8

ちな人気の秘訣とかあるん?

 

175:ターフの名無しさん ID:gjk/s+W//

人気というか判官贔屓というか

 

176:ターフの名無しさん ID:qrO6VxMUF

メイクデビューで逃げウマの肘打ち食らって負けてた

次のレースでも派手に負けてたし、話題には事欠かないわね

 

177:ターフの名無しさん ID:8KB4txSAy

メイクデビューで事故に巻き込まれる

そのトラウマ?のせいで、前回の未勝利戦でとんでもなく派手な失速をする

未勝利スレ民の目に留まってプチ人気←イマココ

 

178:ターフの名無しさん ID:XIrboig3w

マックイーンの元サブトレーナーが育ててる期待のルーキーなんやけど、事故の影響が大きそうだね……

 

179:ターフの名無しさん ID:ys+Dt3RZ1

メイクデビューの映像と未勝利戦の映像ですわ〜

https://u.umatube.com/watch?v=TgaupGJw45

https://u.umatube.com/watch?v=TToa9tOt39w

 

180:ターフの名無しさん ID:6Alvzb/T8

>>179 映像みますた

メイクデビューの映像やばすぎひん

 

181:ターフの名無しさん ID:lUbcG67xq

現地勢だけど事故の瞬間ガチでやばかったよ

 

182:ターフの名無しさん ID:BoMoF786O

>>181 現地勢!?

どんな感じの事故だったか詳しく教えてくれ!!

 

183:ターフの名無しさん ID:lUbcG67xq

ぼんやりとしか覚えてないけど書くわ

アポロちゃんが急に顔押さえて減速したと思ったら、めっちゃ鼻血出して顔真っ青になる

若干泡吹いてたように見えたし、呼吸止まってたんじゃないかな?

レース中の鼻血とかガチで生死に関わるし、この子死ぬかもしれねぇって思ったんだけど、そのままアポロちゃんはゴール板まで走り切っちゃったのよ。ど根性に度肝抜かれたわ

で、ここからうまつべの映像にはないけど、アポロちゃんのトレーナー?っぽい人が大慌てで出てきて、アポロちゃんを介抱してたな。指にガーゼみたいなのを巻いて、喉に指を突っ込んでたのよね

多分つっかえてた血を掻き出してたんだと思う

そのまま男に抱き抱えられて救急車で運ばれていってた

終わり、駄文スマソ

 

184:ターフの名無しさん ID:Eeg+wAUkF

いや、呼吸止まってたとか泡吹いてたとか聞いてないぞ

よく生きてたな

 

185:ターフの名無しさん ID:3Y7P9iDwa

本当に生きててよかったよアポロちゃん

 

186:ターフの名無しさん ID:d1QOvQLzk

普通あのレベルの事故起こしたら二度と走れなくてもおかしくないんやけどな

 

187:ターフの名無しさん ID:UzzGdVdzy

それがこのスレのアイドルたる所以よ

 

188:ターフの名無しさん ID:hOFJykeHR

めちゃくちゃ頑張ってる感伝わってくるよな

上のクラスでも見たいわ

 

189:ターフの名無しさん ID:FtGVJnV7o

上のクラスに行ったらこのスレじゃ語れなくなっちゃう……

 

190:ターフの名無しさん ID:gjk/s+W//

今日はガチで勝って欲しい

 

191:ターフの名無しさん ID:6Alvzb/T8

結局、アポロちゃんの謎人気ってこういう認識で合ってる?

メイクデビューで事故る

怪我から復帰して未勝利戦に出たけど負ける

応援しなきゃ(使命感)

 

192:ターフの名無しさん ID:Wc5lA16ej

謎人気じゃなくて順当な人気だよ。

怪我や事故に対する恐怖で二度とターフに立てなくなるウマ娘がいる中、怯まずに出走して勝ちを取りに行くのは本当に凄い事。ウマッターでもたまにアポロレインボウの名を目にすることがあるし、彼女が出走する事で勇気を貰える人もいるんじゃないかな。

今回の未勝利戦、第4コーナーで事故を思い出して(?)減速しなければいいんだけど。

 

193:ターフの名無しさん ID:KY17Qwnff

外見がピンク気味の芦毛で、脚質も大逃げとか

人気にならないわけがないんだよなぁ

 

194:ターフの名無しさん ID:LyYV4vLdZ

東京第3レースまだか!

はよアポロちゃん見させろ!!

 

195:ターフの名無しさん ID:j+VUCUbIJ

うーん……この前の未勝利の大減速が強烈すぎてなぁ

勝利を期待してはいるけど、今回はだめなんじゃないか

 

196:ターフの名無しさん ID:LVgy2xZtV

ダメなんかじゃねえよ

俺達が応援するんだよ

 

197:ターフの名無しさん ID:pjQp+9y/f

>>196 イケメソ

 

198:ターフの名無しさん ID:yhyOUksNb

現地着きますた

 

199:ターフの名無しさん ID:KYwDZabUm

>>198 裏山

 

200:ターフの名無しさん ID:yhyOUksNb

まだ時間あるから東京レース場のグルメレポでもするべ

 

201:ターフの名無しさん ID:3gfrFt4MM

飯テロやめろ

 

202:ターフの名無しさん ID:w6y0D6rkx

アポロちゃんの未勝利戦まであと2時間か〜

 

203:ターフの名無しさん ID:rEbaEuhcW

それまでは解散ですね

 

204:ターフの名無しさん ID:6WcSMspV3

せやな

 

205:ターフの名無しさん ID:OlibIAlrl

飯テロさん……

 

 

 

 

 

 

570:ターフの名無しさん ID:fH3CBpFmV

そろそろ始まるザマスよ〜

 

571:ターフの名無しさん ID:q9WfmbYRT

行くでガンス!

 

572:ターフの名無しさん ID:dcuBPH5EU

ふっる

 

573:ターフの名無しさん ID:TFNKmyCJl

真面目にやりなさいよ!

 

574:ターフの名無しさん ID:9x9IqbmB1

いよいよ

アポロちゃんの未勝利戦が始まるわね

 

575:ターフの名無しさん ID:gjk/s+W//

内枠だから不利はないぞ

 

576:ターフの名無しさん ID:HqUQT5BrE

ワクワク

 

577:ターフの名無しさん ID:82/scgSZv

やべぇ

緊張して夜しか眠れんかったわ

 

578:ターフの名無しさん ID:eXRTDgOXI

>>577 十分定期

 

579:ターフの名無しさん ID:c5sFsoIZn

ウワーーーーー

アポロちゃんが俺に向けて手を振ってる!!!

可愛い!!!!!!!!!

 

580:ターフの名無しさん ID:DuPlw/1ib

やっぱり可愛いなワイのアポロちゃんは

 

581:ターフの名無しさん ID:MtpAa0nHP

は? ワイのだが

 

582:ターフの名無しさん ID:G8dn/14WU

スレ民全員のアイドルだから……

 

583:ターフの名無しさん ID:qyTBTbI7l

パドックで見ただけでも分かるわ

すげー気合い入ってんな

 

584:ターフの名無しさん ID:1OMjd/Y5N

そら未勝利戦で負けすぎるとトレセン学園去らにゃいかんからな

 

585:ターフの名無しさん ID:61DzAkk5P

ほんま厳しい世界よ

 

586:ターフの名無しさん ID:bq5yBAMOK

ほんとアポロちゃん可愛いな

嫁にしたい

 

587:ターフの名無しさん ID:fXnTJ/BvZ

もうトレーナー(とみお)っていうパートナーがいるんだよなあ

 

588:ターフの名無しさん ID:xzHmkzK1O

とみおwwwwwww

 

589:ターフの名無しさん ID:epiB3jtj7

知らんかったん?

アポロちゃんのトレーナー、桃沢とみおって名前やで

 

590:ターフの名無しさん ID:/mStUJttm

すげー日本人っぽくていいね

 

591:ターフの名無しさん ID:xzHmkzK1O

ウケるわとみおwwwww

 

592:ターフの名無しさん ID:KzxZih5bv

分からんでもないw

 

593:ターフの名無しさん ID:ch5lIgfIF

あ、とみお映った

 

594:ターフの名無しさん ID:MWGLEjfPE

おう、好青年

 

595:ターフの名無しさん ID:xzHmkzK1O

中年のオッサンだと勝手に思ってたけど、

よく考えたらとみお新人トレーナーだったわ

 

596:ターフの名無しさん ID:OuCb00kEO

がんばえ〜

 

597:ターフの名無しさん ID:TzQzsaGuI

ふむ、能力だけで言ったらアポロちゃんに敵いそうな子はいないな

 

598:ターフの名無しさん ID:Kp67beSSI

まぁ、この時期になってくると未勝利戦はレベルが……段々と、ね……うん……

 

599:ターフの名無しさん ID:OnbGRylFj

ファンファーレだ〜

 

600:ターフの名無しさん ID:ZTRyLS9Ti

未勝利戦のファンファーレをこんなドキドキした気持ちで聞くのは初めてだわ

 

601:ターフの名無しさん ID:774D5TRTP

わかる

 

602:ターフの名無しさん ID:oLMWz5e30

こえぇ

 

603:ターフの名無しさん ID:bTwsXG2D8

スタートダッシュミスるなよ

 

604:ターフの名無しさん ID:SrZDOaDIy

実況解説も若干アポロちゃん贔屓?

まぁしゃーないわな、可哀想な負け方続いてるし

 

605:ターフの名無しさん ID:6OBx4ZYTy

現地です。気温30度超え。。。

死ぬ。

でも、ターフの上はもっと暑いんだろうな。。。

 

606:ターフの名無しさん ID:1EIqIMbuL

>>604 実況解説の人達、めちゃめちゃ長いことトゥインクル・シリーズを見てるだろうから、何か響くものがあるんだろうね

 

607:ターフの名無しさん ID:C3A0B6nm2

みんな汗ダラダラやん

 

608:ターフの名無しさん ID:89hLYODhs

クソ暑そう

 

609:ターフの名無しさん ID:4wYA4xD+6

そりゃつれぇでしょ

 

610:ターフの名無しさん ID:hma5pZB2z

暑すぎて向正面が歪んで見えるんだが

 

611:ターフの名無しさん ID:VLrivd6qs

ゲートに触ったら火傷しそう

 

612:ターフの名無しさん ID:AzYV3Ha2b

はじまる

 

613:ターフの名無しさん ID:Ce6GKeoI/

来るぞ

 

614:ターフの名無しさん ID:SLEWDBl/R

こっわ

 

615:ターフの名無しさん ID:oLNSldFoL

ハジマタ!

 

616:ターフの名無しさん ID:Vd06Z9HZ1

すげースタートダッシュ

 

617:ターフの名無しさん ID:z3yvkOLlY

ガチでスタートダッシュ上手いな

G1クラス

 

618:ターフの名無しさん ID:priR0wYVG

はえ〜w

 

619:ターフの名無しさん ID:CKsehywxf

メジロパーマーとかツインターボみたいだな

 

620:ターフの名無しさん ID:T5DwEn0IQ

フォーム綺麗になった?

体幹がブレてねぇ

 

621:ターフの名無しさん ID:PMj9zE0NC

こんな飛ばして大丈夫?

 

622:ターフの名無しさん ID:OKwO2ba6g

第4コーナーで不自然な減速がなければなんとか

 

623:ターフの名無しさん ID:36+nGxHZi

いける

 

624:ターフの名無しさん ID:Wz9HAaVus

一人旅やん

 

625:ターフの名無しさん ID:GPUrSf/hK

さあ第4コーナー!!!!!!!!!

行け!!!!!

 

626:ターフの名無しさん ID:KTqiy7vcx

頑張れ!!!れ!!!!れれ!れれ!

 

627:ターフの名無しさん ID:vPpZXYHTz

あれ?

メイクデビューで事故った子が観客席に

 

628:ターフの名無しさん ID:vPdEDksJi

行けーーーーー

 

629:ターフの名無しさん ID:au1lNrdmp

うおおおおおおおおおおお

 

630:ターフの名無しさん ID:m9BroG47z

減速しない!?

 

631:ターフの名無しさん ID:50TNSw5kQ

!!!!!

 

632:ターフの名無しさん ID:5Y8570JtW

きたあああああああああ

 

633:ターフの名無しさん ID:IY7K9Du/L

うおおおおおおおおおおおおおお

 

634:ターフの名無しさん ID:1FeJz2gri

最終直線!!!

ぶっちぎってる!!!

 

635:ターフの名無しさん ID:RdkWpQ8VK

やっべぇ

これ伝説になるんじゃ

 

636:ターフの名無しさん ID:VY2zgc0Ym

ひゃっほおおおおおおおおおおお!!!

 

637:ターフの名無しさん ID:KkIWBa47B

ああああああああああああ

 

638:ターフの名無しさん ID:o5KWt+Wde

いやったあああああああああああ

 

639:ターフの名無しさん ID:uhRN2sFw7

オリャーーー!!

 

640:ターフの名無しさん ID:DYembOcSQ

ゴーーーーーーーーーーール!!!!!

ゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴーーーーール!!!

 

641:ターフの名無しさん ID:VK79YlmzF

やっと勝てたあぁああああ!!!

 

642:ターフの名無しさん ID:z5kBjc66X

やべぇ

感動した

 

643:ターフの名無しさん ID:nxgjv0TXU

遂にワイらのアイドルが羽ばたいていくんやなって……

 

644:ターフの名無しさん ID:VvdSIHter

アポロちゃん泣いてる

 

645:ターフの名無しさん ID:hQ/ObHGOF

やべ

もらい泣きしそう

 

646:ターフの名無しさん ID:yid7QjQSm

;;

 

647:ターフの名無しさん ID:0kv2pAAMg

現地、人少ないけど大歓声

みんなこの子の勝利を願っとったんや

 

648:ターフの名無しさん ID:gQ4Z9V9ih

よう頑張ったなぁ

 

649:ターフの名無しさん ID:jB+E9dinS

自分の事のように嬉しいわ

 

650:ターフの名無しさん ID:rkvAvLIzl

アポロちゃん……良かったなぁ;;

 

651:ターフの名無しさん ID:AzNepE4O1

最終コーナーのトラウマを……乗り越えられたんやなって……

 

652:ターフの名無しさん ID:tm8wUgnsw

とみおも泣いてるw

2人で頑張ってきたんだなぁ;;

 

653:ターフの名無しさん ID:L58Qso/Ah

とみお;;

 

654:ターフの名無しさん ID:YumeS1b41

バカ野郎が…

 

655:ターフの名無しさん ID:WlScvlGH4

 

656:ターフの名無しさん ID:2M/Qw+toh

 

657:ターフの名無しさん ID:7aTj347UB

なに抱きしめてんだよとみお

俺のアポロちゃんなんだが

 

658:ターフの名無しさん ID:NJX8Io658

>>657 心狭すぎ……

 

659:ターフの名無しさん ID:H3zNnJ+By

あれ、やっぱりジャラジャラがいる

 

660:ターフの名無しさん ID:pvobHqkp1

メイクデビューで事故ってた子だ

 

661:ターフの名無しさん ID:jaJrcJ15o

ジャラちゃんも泣いちゃった;;

 

662:ターフの名無しさん ID:h4L2t9L2T

俺も歳かな

涙が止まんねぇや

 

663:ターフの名無しさん ID:0d/JTWclB

抱きしめ合う2人、美しいな

 

664:ターフの名無しさん ID:QVCOKPRJo

勝ててよかったガチで

 

665:ターフの名無しさん ID:4Q7013V4X

現地だけど泣き笑いのアポロちゃんが輝きすぎて直視できん。

 

666:ターフの名無しさん ID:1NO8YR2Cm

大団円やな

 

 

 

840:ターフの名無しさん ID:pqefuF0if

ウイニングライブきたあああああああああ

 

841:ターフの名無しさん ID:uq2zNsRrG

うおおおおおおおおおおおお!!!

へそ!へそ!

 

842:ターフの名無しさん ID:G0+86W3C6

アポロちゃんのへそを見せろ委員会です

 

843:ターフの名無しさん ID:ywYvTyiOi

ムホホ♥

 

844:ターフの名無しさん ID:f6OdFa/ZE

>>843 通報した

 

845:ターフの名無しさん ID:gFDNZQcLU

おへそを見せろアポロレインボウ定期

 

846:ターフの名無しさん ID:53Ka8bhnB

みんなアポロちゃんのへそ好きすぎでしょ

 

847:ターフの名無しさん ID:gpiqz6s9V

アポロちゃんのへそは芸術品だからね

つーか腹筋鍛えすぎて縦に割れとるやないかい

 

848:ターフの名無しさん ID:6OWcpwopt

また仕上がってねこの子

 

849:ターフの名無しさん ID:7s1OFCarV

すげ〜

 

850:ターフの名無しさん ID:llxHSzX+M

イントロ!

 

851:ターフの名無しさん ID:h3i4dJtBK

かわいいいいいいいいいい

 

852:ターフの名無しさん ID:8My3ITMqs

あぁ^〜

 

853:ターフの名無しさん ID:mJ6Zo3wc3

マジで可愛いわ

 

854:ターフの名無しさん ID:Tch8Itync

へそ!

 

855:ターフの名無しさん ID:Ya5OkSzvS

歌うま

 

856:ターフの名無しさん ID:OxcEROxD1

ダンスも行けるやんな

 

857:ターフの名無しさん ID:56ORMBLLb

あ、俺にウインクした

 

858:ターフの名無しさん ID:uebJ5fUm8

な訳ねーだろバカ

 

859:ターフの名無しさん ID:ugragKcDj

お父さんになった気分だわ

涙で直視できへん

 

860:ターフの名無しさん ID:Yf8qbG/3g

もうライブ終わっちゃった

 

861:ターフの名無しさん ID:7srdjytve

やっぱり1曲だけなのは短いよな

 

862:ターフの名無しさん ID:fG1JC3GOx

物足りなさも逆にいい

 

863:ターフの名無しさん ID:m5oHFlHDe

今日は大満足でした

 

864:ターフの名無しさん ID:0emAEVUam

いつかアポロちゃんがG1で勝つところも見たいな

 

 



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10話:アポロレインボウのトレーナー

今回はトレーナー視点っぽい三人称視点です。
また、《ウマ娘の障害競走≌ハードル走》という(恐らく)独自設定をふわっと扱いました。これ以降はこの設定も恐らく出てこないのでふんわりとね。


 桃沢とみおトレーナーは生粋のステイヤーを探していた。しかし、メジロマックイーンのトレーナーに「お前は出来る奴なんだから、いい加減独立したらどうだ」と言われてサブトレーナーを辞めたものの、どうにもメジロマックイーンの幻影が振り払えない。

 

 彼女はあまりにも偉大だった。菊花賞を制し、春の天皇賞を連覇。その他にも宝塚記念などの中長距離重賞を制し、名門メジロ家の威厳を支えるには充分な実績を残したのだから、それも当然だ。

 

 ステイヤー狂の桃沢トレーナーにとって、マックイーン以上の才能を持ったウマ娘などそう易々と見つかるはずもなかった。

 

 彼女程ではないものの、ステイヤーの才能を秘めたウマ娘に声をかけては断られる日々。50人以上に声をかけてみたが、答えは渋いものばかりだ。メジロマックイーンの()()()トレーナー……響きだけは一丁前だが、その実は素人同然の新人トレーナーなのだから、彼の依頼を断ったウマ娘の嗅覚が優れていたということか。

 

 スカウトでダメだった桃沢トレーナーが選抜レースの勝ちウマに見向きされるはずもなく……いっそのことマックイーンのサブトレーナーに戻ってやろうか――なんて思っていた時。

 

 出会いは図書館だった。

 

 とりあえずステイヤーのトレーニング方法についての研究でもするか、と図書館に寄ったトレーナー。そこで色々な本を漁っていたところ、自分と同じ本を取ろうとしていたウマ娘に出会ったのだ。

 

(この子は……先日の選抜レースで大逃げを決めたアポロレインボウじゃないか。しかも、ステイヤーの才能がありそうなんだよなぁ……はぁ。いいなぁ、大逃げでほとんど理想形のステイヤー……俺の好みどストライクなんだけど、もうスカウトされてるよなぁ……)

 

 眉毛の下に切りそろえられた前髪、首元まで伸びたストレートのボブカット。ピンクに近い芦毛を生やした小さなウマ娘。その目はアメジストの輝きを帯びており、強い意志を秘めているように見える。

 

 体躯はあまり大きい方ではないが、長い距離を走るには小さな身体の方が燃費は良い。トモの作り、身体の筋肉、ありとあらゆる要素がステイヤー向きの身体をしているのが分かって、トレーナーは歯噛みした。

 

 そりゃ、選抜レースを勝利している上、ここまでの才能を秘めていれば引く手数多だろう。

 

(担当、してみたかったなぁ……)

 

 微妙な気持ちになりながら、トレーナーはアポロレインボウと世間話をすることにした。しかし、その会話の中でアポロがトレーナーと契約を結んでいないことが明らかになって、彼は戸惑いを隠せなかった。しかも、あろうことか彼女の方からトレーナーになってくれと頼み込んできたのである。

 

 トレーナーは喜びながらも、とんだ原石を手にしてしまったものだ――とプレッシャーを感じることになった。

 

 そしてその予感は的中することになる。トレーナーとアポロレインボウが契約を結んでから数週間が経ったが、彼はアポロの才能をひしひしと感じていた。

 

 まずは脚質について。様々な脚質でのラップタイム計測や模擬レースを行ってみたところ、彼女の適性は「大逃げ」のみに存在することが分かった。「先行」は言うまでもなく、「逃げ」ですら若干合わない。「差し」や「追込」はボロボロだった。

 

 だからこそ、アポロには才能があると思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正直な話、桃沢トレーナーはそんなウマ娘を見たことがなかった。思うような結果が出ず、賭けに近い大逃げを打った結果成功を収めました……というウマ娘ならいるのだが。ツインターボとかメジロパーマーとか。

 

 パーマーもターボも、己の大逃げ適性に気付くのには時間がかかった。それは戦績を見れば明らかだ。それほどまでに大逃げ適性を知ることは難しい。

 

 ツインターボが大逃げらしい大逃げを披露したのは、シニア級で迎えたG3・七夕賞が初めてだ。それまでは負け続きの()()()()()()()だった。それが何を思ったか超ハイペースの大逃げをした結果、七夕賞やオールカマーに勝ってしまったのだから、レースも人生も分からないものである。

 

 メジロパーマーだって、1度は障害競走に転向した苦労人だ。しかし、転向した障害競走では核心と言えるハードル飛びが下手くそすぎて、毎回ボロボロになって帰ってきたらしい。そのため、トレーナーは数戦を戦ったのみで障害競走に見切りをつけた。

 

 だが、パーマーの障害転向は無駄にはならなかった。一説によると、障害練習を行ったことにより、下半身の筋肉とスタミナが強化されたという話もある。そして平地の競走に帰ってきたパーマーは思い切った大逃げを打ち、その年の新潟大賞典と春秋グランプリ制覇を果たした。

 

 この時点で、大逃げの適性に早々と気づけたことのメリットが分かるだろう。ただ、大逃げはその性質上ムラのある成績になりやすい。ハマれば強いが、レース中の少しのミスで全てが無駄になる。その点は個性として受け取りつつ、上手く育てていくしかないだろう。

 

 次にスタミナについて。彼女の走りや蓄積されたデータを見たところ、アポロのスタミナは既に完成の域にある。そのスタミナ量はジュニア級――いや、それどころかシニア級に比肩する。しかも、まだまだ成長限界が見えないのだから恐ろしい。

 

 彼女の無尽蔵のスタミナが判明して、距離適性も判明した。1800〜2399メートルも走れなくはないが――2400〜4000メートル。それが彼女のベストな距離だった。

 

 距離適性に3000メートル後半までを含んでいる子はトレーナーも見たことがある。しかし、4000メートルを走れるような子は日本で見たことがない。

 

 日本で収まる器ではない……それが桃沢の感想だった。

 

(この子を育てきれないとなると、明らかに俺の実力不足になるな)

 

 アポロレインボウは重バ場を得意とする。ダートDくらいの適性もある。重バ場もダートも走り慣れてこそいないが、()()に適性があるのなら欧州の重い芝も難なく走ることが出来るだろう。

 

 いや、寧ろ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 持ち前のど根性だけで日本の芝に適応しているのではないか。

 そう思わせる程のデータが、トレーナーの手元に揃い始めていた。

 

 トレーナーのスパルタに耐えてくれるおかげで、アポロレインボウはとんでもない成長速度を示している。この調子で行けば、来年の大目標である菊花賞だけではなく、天皇賞・春、海外の名だたる長距離G1にも手が届くだろう。

 

「間違いねぇ。この子は俺が追い求めていたステイヤーその人だ! 上手く行けば、世界最強のステイヤーになれるぞ……!」

 

 桃沢トレーナーは、薄暗いトレーナー室で独りほくそ笑んだ。最強ステイヤーを育て、最高の栄誉を手中に収める……その夢が現実となりつつあるのだ。

 

 ここが深夜のトレーナー棟でもなければ高笑いしたい気分だったが、彼にはもうひとつ心の底から笑えない理由があった。

 

 ……アポロレインボウの距離感が近すぎるのだ。トレーニング中、何かにつけてボディタッチしてくるし、()()()()()()()()()()()()接してくる。しかも本人がそれを意識している素振りがないのだから、トレーナーもお手上げ状態である。

 

 アポロレインボウの致命的なフォームのズレを直していた時期、それは特に顕著であった。フォームを直すのだから、どうしてもトレーナーは彼女の手や脚に触れないといけないのだが――その際アポロは必ずと言っていいほど胸を押し付けてくる。

 

 流石に思うことのあった桃沢トレーナーはアポロの行為に突っ込もうとしたが、アポロレインボウには桃沢を()()()()()()()()()()()()()()()――そんな邪な気持ちは全くないようであった。

 

 バランスを崩してちょっとトレーナーに寄りかかった結果、偶然胸が当たったり、ボディタッチしてしまったり。アポロレインボウは、トレーナーを色々な意味でドキリとさせる星の下に生まれてしまったようである。

 

 直させたいが、直させることができない。嬉しいような、嬉しくないような。直させるべきなのだろうが、絶妙に言い出しづらい。微妙な気持ちを抱えたまま、トレーナーの夜の時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 桃沢とみおには同僚トレーナーがいる。その名を桐生院葵と言う。彼女はトレーナーの名家の出自であり、桃沢トレーナーと同じくハッピーミークという専属契約したウマ娘がいた。

 

 桃沢にしてみれば桐生院は遥か高みの存在。同僚とはいえ、話しかけることは躊躇われるような女性だ。言うなれば、平民が貴族に話しかけることを躊躇ってしまうような……そんな遠慮がある。

 

 だが、桐生院は何故か桃沢トレーナーとの距離を縮めたがっているようだった。断りきれない性格の桃沢は、桐生院となし崩し的に連絡先を交換することになり――アポロレインボウのメイクデビューを控えたある日、2人は慰労とストレス発散を兼ねて飲み会に行くことになった。

 

「「かんぱーい!」」

 

 既に桐生院の担当ウマ娘――ハッピーミークはメイクデビュー戦で勝利を収めている。桃沢トレーナーは、初のメイクデビューをあっさり勝ち上がらせた際のコツや、トレーニング方法の共有を裏目的としてこの飲み会を開いた。マックイーンのトレーナーから吸収できるものは大方学んでおいたが、同僚トレーナーからもまた新たな情報を得ておかねばなるまい。腹の探り合いをしながらどれだけ情報を引き出せるか。

 

(桐生院さんも俺のそういう下心には気づいてるはず……だよな? う〜ん、この人純粋すぎて分かってないかも……)

 

 桐生院は両手でジョッキを持って、ちびちびとお酒を飲んでいる。一応同世代のウマ娘を持つライバルなのだから、桃沢トレーナーにしてみれば、もっとこう警戒心を持って欲しいものである。

 

 世間話をして段々と酔いが回ってくると、桐生院の無防備レベルは突然段違いに上がった。何故かシャツの第一ボタンを外し始めるし、ちょっと他の人に見せられないような表情をするし。

 

 急に桃沢の肩に寄りかかってきたと思えば、彼女はすやすやと寝息を立てていた。

 

「えぇ……」

 

 本題に入る前に桐生院葵は酔い潰れてしまった。酔う前の会話の中で僅かばかり得られた情報もあるが……これは……。

 

「…………」

 

 箱入り娘というか、大切に育てられてきたんだなぁ……と思いつつ、桃沢は会計を済ませる。わざわざ酒の席に引っ張ってこなくても、彼女なら欲しい情報を教えてくれるだろう。彼女を悪意に引っ掛けるのはやめておこう。その時は自分からも何かの情報を渡した方がいいかもしれないな。

 

 飲み会自体は楽しいものだったが、彼女の純粋さを利用しようとした己の意地汚さが少し嫌になった。桃沢は彼女を背中に担ぎ、近くのホテルに桐生院葵を連れ込んだ。

 

 どれだけ揺すって声をかけても起きないので、仕方あるまいとシャワーを浴びて、桃沢はソファで横になった。

 

 

「――ええええええええええっ!!?」

 

 後日、桃沢を起こしたのは桐生院葵の絶叫だった。ソファから転げ落ち、何事かとホテル内のベッドに駆け寄る。

 

「どうされました桐生院さん」

「あ、あのっ、桃沢トレーナーっ」

「はいはい、何かありましたか?」

「いや、えと、私、昨日――何が――」

 

 桐生院は慌てた様子で自分の身体を確認している。寝ている間に乱れたのか外したのかは不明だが、第二ボタンまでが外れているので目を逸らす。

 

 桃沢トレーナーは、「あぁそういうことか」と合点する。桐生院は何かを勘違いしているらしい。誤解を解くためにトレーナーは口を開いた。

 

「昨日は凄かったですね」

「――!?!?」

 

 桐生院の顔から湯気が出てくる。彼女は自らの身体を抱き締め、耳まで真っ赤にしてしまった。やべ、とトレーナーは口を閉じた。

 

(また悪い癖が出てしまった。酔い方が凄かったですねって言おうとしたんだが……何とか軌道修正しないと)

 

 桃沢は生来口下手な人間だ。思ってもみない解釈をされたり、冗談のつもりで言った「バカ野郎が……」などの暴言もネタにされがちである。トレーナーは倒れてしまいそうな桐生院の身体を揺すり、目を突き合わせて誤解を解きにかかる。

 

「何も覚えてないんですか? 桐生院さんが潰れちゃったから、俺がここに運んできたんですよ。仕方なく泊まっただけで、何もしてないですからね」

 

 何故だろう。何もしてない、ということを強調すると逆効果な気がする。トレーナーは頭を抱えたくなったが、桐生院が案外素直に信じてくれたので、ほっとしながら彼はソファに腰掛けた。

 

「……桐生院さん、帰りましょうか」

「……ご迷惑をおかけしました」

「あ〜、いえ。全然大丈夫です。ただ、こんなにお酒が弱いとは思わなくて……そこは申し訳ない。もしよろしければ、また飲みましょう」

「……! は、はいっ!」

 

 こうして飲み会兼情報交換を終えた桃沢は、トレーナー室に向かった。

 

 

 帰り道のタクシー内で桐生院から得た情報を元に、アポロレインボウの最終調整の予定を組む。

 

(俺のトレーニングはスパルタだ……というか、スパルタしか知らねぇ。桐生院さんとトレーニング方法を共有できてよかったぜ)

 

 桃沢がスパルタトレーニングの内容を明らかにすると、桐生院も嬉々として調整の仕方やトレーニング内容を教えてくれた。無論、それらの詳しい内容は所謂『秘伝』なので、表面をなぞる程度のものだったが……点と点を繋ぐようにそこからアレンジを加えればいい話だ。

 

 桐生院に感謝しながら桃沢は最終調整を作り上げた。スパルタトレーニングに慣れきったアポロレインボウからすると、「え? こんなんでいいの?」というツッコミが飛んできそうだ。

 

「ふふ……」

 

 桃沢は口元を緩ませた。

 いよいよメイクデビューがやってくる。ずっと頑張ってきたアポロが遂に報われるのだ。最近はずっと、アポロレインボウが1番にゴールを駆け抜ける情景を想起している。

 

(なるほど、教え子がデビューするのはこんなにも緊張するものなのか……。マックイーンのサブトレーナーしてた時もドキドキが止まらなかったけど、ここまでじゃなかったな)

 

 緊張、期待、不安、様々な感情が入り乱れている。

 だが、そんなぐちゃぐちゃの感情に曝される中で――桃沢はアポロレインボウの勝利を確信していた。

 

(遂に()()()()()()()()()()()()()()()のかぁ……楽しみだぜ)

 

 何故なら、彼女はトレーナーのしごきに耐え続けていたから。最初の頃は体力の限界を迎えて毎日のように倒れていたそうだが、今は体力が底上げされて潰れることも無くなった。その実力は元より、単純なトレーニング量では同世代の誰にも負けるはずがない。そう考えてやまなかった。

 

 

 しかし――アポロレインボウのメイクデビューで、事故は起きた。

 

「――っ!!」

 

 第4コーナーの終わりかけ、内枠から強引なオーバーテイクを試みたジャラジャラの腕がアポロレインボウにぶつかった。顔を押さえて大外に後退していくアポロ。黒がかった血液がゼッケンと体操服を汚していく。

 

 周囲の観客が立ち上がって悲鳴を上げる。アポロレインボウは一瞬喉を押さえる動きを見せた後、ふらふらと走行を再開した。

 

「や、やめろ――もう走るな――」

 

 大量の鼻血を零し、両目の焦点が合っていないアポロ。脳震盪でも起こしているのか。顔も真っ青だ。口の端から泡が漏れている。

 

 それでもアポロは走っていた。持ち前のど根性が発揮されたのか、無意識なのかは分からないが――彼女は競走を中止することなく、2000メートルを走り切ってしまった。

 

 ゴールと同時に前のめりに倒れるアポロ。トレーナーは柵を乗り越えて彼女の下に向かう。バッグにしまっていた救急箱からガーゼを取り出しながら、桃沢はアポロに向けて大声を出す。

 

「アポロ! おいアポロ! 聞こえるか!?」

 

 返事はない。気絶している。少し痙攣しているようにも見える。

 

(あの時一瞬喉を押さえていた。血が喉に詰まったに違いねぇ!)

 

 トレーナーはアポロを抱き上げ、口を開けさせる。ごめん、と謝ってから、ガーゼを巻いた指先をアポロの喉奥に突っ込む。ビクリ、とアポロの身体が跳ねる。トレーナーは己の痛みを堪えるように顔を顰めた。そのまま喉を探る。生温かくてドロリとした感触があったので、喉の内側を傷つけないように塊を掻き出した。

 

 指を引っ張り出すと、彼女の細い喉に入るには大きすぎる血の塊が乗っていた。大きく咳き込んだアポロの呼吸が戻る。舌打ちしながら、ガーゼに包んでビニール袋に放り込む。

 

「くっ――」

 

 涙が出そうだった。こんなに頑張ってきたアポロを虐めるようなこと……しなくていいじゃねえかよ。そう思って、トレーナーはアポロを抱き締めた。

 

 誰かが呼んでくれた救急車がやってくる。トレーナーとアポロはその救急車に運び込まれる。耳うるさいサイレンが鳴り響く中、観客は騒然としながら救急車を見送った。

 

 ――病院に向かう中、目を閉じたアポロが呟いた言葉が忘れられない。

 

「ごめん……トレーナー……」

 

 彼女の頬には透明な雫が流れていた。その言葉を聞いて、トレーナーは己の胸の内に湧き上がる無念の感情を抑えることが出来なかった。

 

 

 

 メイクデビューの敗戦の後、トレーナーは更なるスパルタトレーニングで絶対的なスピードを付けようと考えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、彼はそのトレーニングに夢中になるあまり、大切なことを見落としていたことに気付く。

 

 ――気付いたのは、未勝利戦の後だった。

 

 確かに、アポロレインボウのスピードは前よりも高まった。しかし、トレーナーはアポロレインボウを見ていなかったのだ。彼女を理想のステイヤーに仕立て上げることしか考えていなかった。

 

 何よりも大切な彼女の精神状態を鑑みずにレースに出した結果、彼女は第4コーナーで失速した。

 

 明らかにメイクデビューの事故の影響だった。トレーナーである桃沢自身の責任だ。余計な敗北だ。彼女の戦績に傷をつけてしまった。

 

 トレーナーは曇天の中、空を見上げた。無念を感じることさえ烏滸がましい。己の無能さ加減に腸が煮えくり返る思いだった。

 

 敗北に呆然とするアポロに言葉少なく声をかけて、初めてのライブに送り出す。

 

 ぼーっとする気分の中、ライブが始まった。アポロは懸命に笑顔を振り撒いて、可愛らしくダンスをしていた。

 

 だけど、()()()()()()()()()。センターは他の子に取られてしまった。その事実に胸が詰まり、視界が歪んだ。

 

「――っ、ぐっ……くそぉ……!」

 

 涙が溢れていた。いい歳をした大人が、周りの目なんて気にせず涙を流してしまった。際限なく胸を締め付ける悔しさと怒り。止めようと思えば思うほど涙は量を増やし、嗚咽も大きくなってしまう。

 

 大音響が鳴り響いているから、誰にも聞こえるはずがない。だから、トレーナーは大声で泣いた。泣き喚いた。己の力不足を嘆いた。それで許されるはずもない。ネクタイをぐしゃりと握り締め、地面に膝をつく。

 

(――俺は、この子を見ていなかった……)

 

 ライブが盛り上がりを見せる中、トレーナーの心の内側が冷酷さを帯びる。

 

(そうだ。俺はこの子の何を見ていたんだ? この子は俺の脳内にあるような無敵のステイヤーじゃない。俺の言うことを聞くだけの人形じゃない。トレーニングをすれば勝手に育ってくれる無敵のウマ娘じゃない。長所も短所もあって、確固たる意志を持った、アポロレインボウという個性あるウマ娘なんだ……。俺が間違っていた。脳内で作り出した理想のステイヤーの幻影を追って、君の何たるかを考えていなかった)

 

 ステージ上で踊るアポロレインボウを涙ながらに見るトレーナー。

 

(許してくれアポロ……今からでも遅くないかな? 本当の意味で『アポロレインボウのトレーナー』になるのは)

 

 ひとしきり涙を流した彼の瞳には、炎が宿っていた。

 後悔と、自責と、無念と、罪悪感と、苦悩。

 それら全てを受け止め、未来の糧にすると誓って。

 

 ――ここに『アポロレインボウのトレーナー』が誕生した。

 

 

 ――そんな彼らの努力が実って、初勝利を収めるのは……少し未来の話。

 



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11話:この気持ちって、もしかして……?

貯め回(?)
獲得賞金などの設定に間違いや矛盾があればご一報ください。正直、完璧に理解しているわけではないので。
【追記】
優しい方が教えてくださいました。以下コピペ
『収得賞金は新馬戦勝ちでも未勝利戦勝ちでも同じ400万円になります。2着以下は加算されません。
次にオープンを勝つか、1勝クラスを勝つか、あるいはG3で2着以上を取るか等で収得賞金に加算される額が変わりますが、その合計額が高い順に優先してレースに出られるようになります。』
とのことです。修正しておきました。


 未勝利戦が終わり、わた……俺は晴れてオープンウマ娘になった。まぁ、9月後半になれば賞金の関係で1勝クラスになる運命だが……とにかく俺は勝ち切った。

 

 トラウマを乗り越えての完全勝利。たかが未勝利戦の勝利だが、俺達にとっては非常に大きな一勝だ。競走馬的なことで言っても、オープン馬になれる馬ってのはエリートらしいし、ウマ娘世界でオープンクラスになったら喜んでもいいでしょ。

 

 次なる舞台は、10月3週の1勝クラス・紫菊賞。芝2000メートルの右回りである。京都レース場への遠征が必要にはなるが、これもまた経験だ。いつか重賞を戦うにあたって、遠征に慣れておく必要もあるだろうからな。今は出られるレースにどんどん出るべきなのだ。

 

 ……ここで「芙蓉ステークスに出ろよ! 10月1週、2000メートルのオープン戦じゃん! 勝った時に貰える賞金も多いぞ!」とツッコミが入るかもしれない。しかしそれは絶対にダメだ。未勝利戦で良い気になって格上のクラスに挑戦すれば、あっさりと叩き潰されるのがオチだからな。

 

 と言うか、賞金の高さはレベルの高さ・敵の強さとイコールの関係だ。ゲームじゃあるまいしポンポン勝てるようなところじゃない。感覚が麻痺しているけど、重賞ひとつ勝てるだけで名馬・名ウマ娘なのだ。それに、どれだけ実力があろうと運や事故ひとつで勝てなくなってしまうことさえある。夢のG1を勝った途端燃え尽きてしまう子もいる。とにかく、勝負の世界は恐ろしいことこの上ないのだ。

 

 それに、わた……俺は賞金をあまり積み上げていないから、除外を食らう恐れだってある。メイクデビューの1着賞金は700万円で、未勝利戦の1着は510万円。まぁ、実際に収得賞金として加算されるのは共に400万円だけど。

 

 この時点で、もし芙蓉ステークスに俺の獲得賞金を上回る子がフルゲートの16人分集まれば、軽く除外を食らって調整も予定もパーになるわけだ。

 

 ……仮に1レースに出走申込するウマ娘がフルゲートを超えた場合、「出走できるウマ娘」、「非当選ウマ娘」、「非抽選ウマ娘」が決定される。「出走できるウマ娘」の選定方法はレースによって異なるが、その多くはレース出走届出の締切前日までの「獲得賞金」、「競走成績」、「出走間隔」等の選定基準によって決定される。

 

 なお、選定基準を満たさず、「出走できるウマ娘」とならなかったために除外されたウマ娘を「非抽選ウマ娘」といい、選定基準を満たしたが、同一順位が多数のため抽選によって除外されたウマ娘を「非当選ウマ娘」という。

 

 大体の場合、レースから弾かれた場合まとめて一言に「除外」なんて言うが、非当選ウマ娘になって除外されていたら悔やんでも悔やみきれない。ダービーで非当選になった子もきっといるだろうし、確実に出られるレースで着実に堅実に賞金を増やすことは物凄く大事なのである。

 

 だからこそ、じっくりとした育成を兼ねての10月3週・紫菊賞。それに向けて俺達はこれまでのようにトレーニングをしようという話になった。

 

 なった……はずなんだが……。

 

 未勝利戦から、わた……俺はおかしくなっちまった。何故かは分からないが、トレーナーの顔が直視できないのだ。

 

 詳しく言うと、ライブが終わってから俺の身体が変になった。とみおの特別になりたかった――と自覚した瞬間からだ。

 

 それからのトレーニングは微妙に身が入らず、とみおに心配されてしまう始末。「どうしたんだアポロ」と毎日のように心配されるのが非常に申し訳なくて、グリ子に相談を持ちかけることにした。

 

「それって恋だよアポロちゃん」

「……はぁ?」

 

 事情を話すと、グリ子は速攻で断言してきた。

 

「あはは、ないない! トレーナーのために頑張りたいとは思うけど、恋とかちょっと無いわ〜」

「いやいや、恋だって。トレーナーさんの顔を見ようとすると恥ずかしくなっちゃうんでしょ? 特別な気持ちに気付いて顔真っ赤になったんでしょ?」

「……まぁ……はい」

 

 ……自覚が無いわけではなかった。

 

 未勝利戦のゴールの瞬間、明らかに俺は()()()になっていた。何て言うんだろうか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの時から、たまに自分の女の子の部分が顔を出すようになっている。きっと、わた……俺の気持ちがおかしくなったのはそのせいだ。とみおの好感度は高かったが、シラフで恋するほど俺は女の子じゃなかったはずなのに。

 

 ……でも正直、最近は「俺」だと思うことが難しくなっていたのは事実。だから今グリ子に相談して気付いた。もう()()()になっていたんだって。未勝利戦の日から私はちょっとずつ侵食されて、女の子になっていたのだ。

 

 実際、あの日から胡座をかいて座ることはなくなったし、スカート丈を物凄く気にするようになった。鏡の中の自分を可愛いと思えることは変わっていないが、()()()()()()()()()()()()()を考えるようになった。

 

 他にも沢山女の子らしい行動が日常生活に露呈している。実のところ、私が男だった頃の名残なんて、荒っぽい考え方が残滓として僅かに存在しているだけだ。

 

 認めたくない……本気で認めたくないが。

 ()はもう女の子になっている。なってしまったのだ。

 

「……うぅ」

 

 ほら、こうやって悲しむ姿だって滅茶苦茶女の子になっちゃってる。ちょっと前まではワイルドな感じだったのにさ。

 

「……グリ子、私……どうしたらいいと思う?」

「何が?」

「いや、ほら……トレーナーとの関係をさ、……ね?」

「そんなのアポロがどうしたいかじゃない?」

「うぐぐ」

 

 私がトレーナーとどうしたいかなんて分からない。だから聞いているというのに……グリ子は意地悪だ。そんな彼女は、頭を悩ませる私の姿を見てにやにやと笑っていた。

 

「なんかアポロちゃん、未勝利戦を勝ってから変わったよね」

「変わった? どんな風に?」

「何て言うのかな。こう――女の子っぽくなったって言うかさ。ガサツさはまだ残ってるけど」

「…………」

 

 ……やっぱり、グリ子でさえメス落ちしたのが分かっていたようだ。あんまり嬉しくねぇ。げんなりして溜め息を吐くと、グリ子がベッドから飛び跳ねるようにして起き上がった。

 

「あ、そうだ。アポロちゃんのトレーナーさんって桃沢って名前の人だよね?」

「そうだけど……」

 

 うちのトレーナーの名前を他の子に呼ばれると、なんか胸がむかむかするな。

 

「その人、なんか桐生院って女の人と凄く仲良さそうにしてたよ」

「!」

 

 私はその言葉にはっとした。

 そうだ、とみおの周りには可愛い女の子がいっぱいいるではないか。併走トレーニングをする時に出会ったハッピーミークのトレーナー、桐生院葵。彼女とはよく飲み会に行ったり情報交換をする仲らしい。その他にも、何やかんや2人で話しているところを頻繁に目撃する駿川たづなさんや、生徒である私達ウマ娘も山ほど存在する。

 

 私がうかうかしている間にとみおが取られてしまうかもしれない――そんな不安が脳裏を過ぎった。そんなの嫌だ、と反射的に身体が反応する。

 

「素直になれないのはしょうがないけどさ、桃沢トレーナーって結構人気ある方だし……迷ってるうちに掠め取られちゃうかもよ?」

「そ、それは――」

「当たって砕けろ、の精神でアピールしてみたら? やらないで後悔するよりやって後悔しようよ」

 

 グリ子の言葉に私は歯噛みする。もはや、元男としての気持ちがどうとかは無い。単純に、女の子としての自分に自信がなかったのだ。

 

 自分で言うのも何だが、アポロレインボウは可愛い。ウマ娘の中でも結構上の顔面偏差値を誇る……と思う。それでも、他の女の子達に決定的に敵わない部分がある。

 

 それは、ふとした時に滲み出す()()()()()()だ。色々と女の子らしいことを考えるようになったはいいが、男だった頃の余韻が完全に消えたわけではない。普段の振る舞い自体は9割女の子になったものの、びっくりした時に出る声が男らしい悲鳴だったりする。そういうところでトレーナーに幻滅されているのではないか。

 

 これは早急な対策が必要だ。

 私は立ち上がって、グリ子の両頬を挟み込んだ。

 

「グリ子。前々からさ、私って結構男っぽいところがあるって話はしたよね?」

「してたけど、いきなりどしたん?」

「私、心の底からクソかわのウマ娘になるわ」

「……はぁ?」

 

 ――オペレーション【クソかわウマ娘に大変身作戦】、開始します。

 

 

 

 後日。とみおにオフの日を作ってもらった私は、身体の芯から女の子になるため、マルゼンちゃんと一緒にお出かけすることになった。以下一部始終。

 

『マルゼンスキー様

 いつもお世話になっております。

 チョベリグでナウい女性になる方法を伝授していただきたく、ご予定の空いている日に私をデートに連れて行ってくれませんか?

 ご一考、よろしくお願い致します。

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園中等部

 アポロレインボウ

 ご連絡先:ApolloRainbow@umamail.com

 tell:〇〇〇-☆☆☆-####』

 

『モチのロンよ!

 可愛い後輩の頼み事、このマルゼンスキーパイセンにお任せだっちゅ〜の♥

 8月中なら大体OK牧場だから、また連絡ちょうだいね?

 じゃ、ばいなら〜♥』

 

 親世代でも分からないような死語がポンポン飛ぶメールのやり取りだったが、こうして連絡を取った私はマルゼンスキーとのデートを取り付けた。それをグリ子やとみおに言ったところ、「マルゼンスキーに直接連絡を取るとは、怖いもの知らずだな」「あのマルゼンさんとお出かけって……アポロちゃんって結構ヤバいよね」と中々いい反応を貰った。

 

 さすがにシンボリルドルフとかナリタブライアンには物怖じするだろうけど、マルゼンちゃんは普通に接しやすいと思うんだけどな。実績はエグいけど、可愛いし、優しいし。

 

 当日、マルゼンちゃんのスーパーカーがトレセン学園前に迎えに来てくれた。開く窓の中から手を振ってくれたので、私は頭を下げて先輩に挨拶した。

 

「おそようございます! マルゼン先輩!」

「あら、おそよう♪ うふふ、アポロちゃんはイマドキの流行語が分かってるわね〜♪ さ、乗って乗って♪」

「失礼します!」

 

 上機嫌のマルゼンスキーに迎えられて、私は助手席に乗り込む。社会人だった頃、一度試乗したっきり二度と乗ることのなかった真っ赤なスーパーカーに乗っている。いつになってもスーパーカーというのは良いものだ。ふかふかの座席の感覚に軽く感動すら覚えてしまう。

 

「シートベルト締めました! 今日はよろしくお願いします!!」

「準備はいい? それじゃ、でっぱ〜つ!」

「でっぱつ……?」

 

 そう言ったマルゼンちゃんは、分かりやすいくらいアクセルを踏み込んだ。噂通りやべ〜なと思った瞬間、ぐいん、と身体が後ろに持っていかれ、座席に身体が押し付けられる。スーパーカーはあっという間にトレセン学園を飛び出し、道路を走り出していた。

 

 

 私達がやってきたのは、バブリーランドだった。

 お立ち台に扇子にボディコン。マルゼンスキーによると、女の魅力がバッチグーになる夢の舞台らしいが……。

 

「……????」

 

 さすがの私も理解不能だった。あちこちがビカビカ光り、重低音の利いた音楽がやかましく鳴り響いている。連れてきてくれたマルゼンスキー含めた入場者は、水着になって踊り狂っている。

 

「ほら、アポロちゃんも踊るわよ〜!」

「えっ……あ、はい!」

 

 学校指定のスクール水着を着て、私はマルゼンさんに倣ってくねくねと奇怪な踊りを始めた。このまま踊り狂えば、私もチョベリグでナウい女の子になれるのだろうか? 本気で言ってるのかマルゼンちゃん?

 

 私は音楽に合わせて扇子を振り回していたが、強烈に周囲の視線が気になった。うぅ、絶対に注目されてるよ……とてもじゃないけどやってられないって……!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 踊りを止めようとすると、マルゼンスキーの声がすかさず飛んでくる。私が彼女に頼み込んだ手前、断ることは出来ない。

 

(……うぅっ、もうどうにでもなれ!)

 

 結局、私は羞恥に晒されながら踊りまくった。後半はノリに乗って、訳の分からないブレイクダンスを決めたりした。今考えたらマジで意味が分からないのだが、バブリーランドにはそうさせる魔力があった。

 

「どう? ()()()()()()()()()踊って、気持ちよかった?」

「は、はい……結構楽しかったです」

「うふふ、それは良かった」

 

 バブリーランドの帰り道、夕暮れ時の海岸に止まったスーパーカーから降りた私達は軽く散歩することにした。黄昏時に映えるスーパーカーを置いて、ふんわりとした砂浜に繰り出す。

 

 しばらく無言で歩いていると、マルゼンスキーが唐突にしゃがみ込む。何をしているんだろう、と背中に近づいてみると、彼女は貝殻を拾い上げていた。

 

「何ですか、それ」

「さぁね? 多分、普通の貝殻よ」

 

 マルゼンスキーが拾い上げたのは、お世辞にも綺麗とは言えない――むしろ歪な形と色をした灰色の貝殻だった。何故それを拾ったのだろうか。私はそう考えて、綺麗な貝殻を探すことにした。

 

「マルゼンさん、こっちにならもっと綺麗な貝殻があると思いますよ!」

「あら、そう? でも、私はこの貝がいいかしら」

「……?」

 

 貝殻を探しに行こうとした身体を止め、私はマルゼンスキーに向き直る。彼女はうっとりとした顔で貝殻を夕陽に翳し、目を細めていた。

 

 不可解だった。だって、探せばあるではないか。もっと綺麗な貝殻が。

 何故その歪な貝殻に拘るのか、それが分からない。

 

 疑問を感じた私は、思い切ってその質問をぶつけることにした。

 

「……マルゼンさん。その貝殻が気に入ったんですか? もっと形のいいものがあるのに」

「……()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけよ♪ ちょっと形は汚いし、風化してあちこちに穴が空いてるけど、何となく気に入っちゃったの!」

 

 夕陽を背に、マルゼンスキーは微笑んだ。「この貝殻は今日の思い出の品ね!」と呟き、彼女はその貝殻をポーチにしまい込む。

 

 ぽかんとした。よく分からなかった。言ってしまえば、かなり不細工で汚らしい貝殻だ。どこに気に入る要素があったのだろう。

 

 私の顔があまりにも唖然としていたのか、それとも私がそういう不躾な視線を投げかけてしまったのかは分からないが――マルゼンスキーは私に向けてこう言った。

 

「完璧な存在なんていないのよ、アポロちゃん。人を好きになるって、その人の欠点とか悪いところも全部受け止めるってことだと私は思うわ」

「……!」

「私がこの貝殻を拾ったのは、()()()()()()()も可愛いって思ったからよ♪」

 

 飄々と、楽しそうに言い放つ『スーパーカー』。

 私は彼女の言葉に胸を打たれた気分だった。

 

 私は女の子らしさが足りないことを危惧していた。でも、案外考えすぎだったのかもしれない。実際、私とトレーナーは今のところ上手くやれているし……もしかして、独りよがりの悩みだったのかな?

 

「欠点さえ個性にしていきなさい? ほら、くよくよ悩まずドーンと生きる! お姉さんとの約束よ?」

「……マルゼンさんっ!」

 

 ――魅力的な女の子とは何だろう。それを考えた時、私は完璧な女の子になることばかりを求めていた。しかし、マルゼンスキーの言葉を聞いて、一字一句が胸にすっと溶け込むような感覚がした。

 

 

 でも、バブリーランドに行って踊る必要はあったのかな? と思った。雰囲気が壊れるので、それは言わないでおいた。

 

 ……あぁ。私は、周りの人に恵まれているなぁ。

 マルゼンさん、ありがとうございました。

 



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12話:さぁ、エンジンをかけ直して

 暑い夏はまだまだ続く。8月3週目のとある早朝。とみおと私――とハッピーミークと桐生院葵は、5日間の夏合宿に赴くことになった。

 

 本来ならば予算や実績の関係で合宿を行うことは出来なかったはずなのだが、桐生院ちゃんが幅を利かせてくれたおかげで私達もお零れにあずかることができたのだ。まぁ、幅を利かせたと言うか、ハッピーミークが7月後半に行われた函館ジュニアステークス(G3)を勝っていたため、その実績あって合宿の許可が出たのだろうが。

 

 ……ハッピーミークと桐生院葵。この2人、スペちゃんやグラスちゃん達有力ウマ娘が仕上がり切る前に、重賞を勝って賞金を積み上げておこうという魂胆だろうな。そんでもって、来年のクラシックに出走できるようにしておく……敵ながら良い作戦だ。余程仕上げに自信の無い限り、最速で行われるジュニア級重賞に出ようだなんてトレーナーはいない。そこら辺の戦略はさすが名門の出なだけあって、強かというか()()()

 

 ハッピーミーク陣営の戦略は当たっている。実際に、1997年、最強世代のほとんどは年が明けるまで出てこなかった。グラスワンダーとキングヘイロー以外は2歳の重賞に出走すらしていないのだ。セイウンスカイやエルコンドルパサー、スペシャルウィークは上がりの遅い馬だったと言える。

 

 ただ、それがこの世界でどう響くか。後者の3人はゆっくりと仕上げてくるはずだが、目標レースや収得賞金の関係で、ジュニア級重賞にはほぼ間違いなく出てくるだろう。

 

 エルちゃんは阪神ジュベナイルフィリーズか朝日杯フューチュリティステークスをジュニア級の目標にしているだろう。スペちゃんは、やはりホープフルステークスが大目標か。セイちゃんは……自分の手の内を見せることを嫌って、年明けまでは条件戦やオープン戦しか戦わないかもしれないな。

 

 史実とは違って、メイクデビューの時期が一律なため――今の時期はどのレースに誰が出るか分からない。もしかしたら、変な条件戦でスペちゃん達とひょっこり顔合わせするかもしれない。逆に、重賞に出たのに最強世代の誰とも当たらないかもしれない。ここら辺はとみおの嗅覚と情報頼りになるな。

 

「とみお、オーライオーライ! そろそろストップ!」

 

 色々と考えながら、私はトレセン学園所有のバンに向けて両手を上げた。運転席の窓から顔を出しながら、とみおは車をバックさせて私の前まで車を持ってくる。

 

「手伝ってもらって悪いな。本当は俺の役目なのに」

「全然いいって。ほら、荷物入れよ?」

「おう」

 

 今の私達は、合宿に向けて準備をしている真っ最中だ。古びた倉庫兼トレーニング資材置き場に向かってバンのお尻を突っ込み、今から荷物を積みこもうとしている。

 

 とみおが車から降りてきて、バックドアを開く。その際、袖を捲った彼の太く日に焼けた腕が目に入って、少しどきりとする。私の腕のふた周りは大きい。茹だるような暑さで張り付いたシャツが妙に艶かしい。……つーか、正直えっ――

 

「……アポロ? どうした、蚊でもついてるか?」

「っ! あ、いや! 別になんでもない! あは、あはは」

「……? まあいいや。じゃ、荷物運ぶからな〜」

 

 私はウホンと咳払いして、とみおの背中を追って古びた倉庫に押し入った。倉庫内は小蝿のような虫が飛んでおり、蒸し暑い。使い込まれた器材から漂う土と埃の臭いが強烈だった。目が痒くなってくるな……早いところ退散しよう。

 

 私達は筋トレ用の器材をさっさと運び出し、バンの後ろにぶち込んだ。ガチの器材なだけあって、ウマ娘の私でも重いと感じたくらいである。私は助手席に乗り込んで、体操服の胸の辺りを摘んでばさばさと扇いだ。

 

「……? どしたん、とみお。早く桐生院さん達のところに行こうよ」

「え? あ、ああ……そうだな」

 

 私はシートベルトを装着して、その窮屈さに喘ぎながら服を扇ぎ続けた。うーん……器材を運んでからトレーナーの視線が泳いでるというか……私を見てくれないというか。あれ? 見てくれてはいるな。私の胸の辺り。何かついてるのかな――

 

「っ!」

 

 そう思って自分の胸の辺りを見下ろしたところ、かなりの汗をかいていたため下着が透けていた。ちょっと大人っぽいソレが、肌に張り付いた体操服の下にありありと露呈している。

 

 しまった! 今日に限って目立つ色を着ちゃったみたい。私は両腕をクロスさせて胸を隠し、前傾姿勢になる。エンジンをかけようとしていたとみおがビクッと反応した。

 

「と、とみお! ……見た?」

「……見てねえよ、この野郎」

「威圧したってダメ。ほんとは見たんでしょ?」

「…………」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするとみお。この反応じゃ、さっきからチラチラ見てたに違いない。私の下着を。

 

 鋭く睨み続けていると、彼は観念したように首を縦に振った。

 その瞬間、私の頬はかあっと燃え上がるように熱くなった。

 

「――っ、この――ヘンタイ……っ」

「ご、ごめんっ! 本当にごめんって! 偶然目に入ったんだ! その、見るつもりは無くてっ!!」

 

 あたふたしながら身を仰け反らせるトレーナー。嬉しいような、恥ずかしいような、腹立たしいような。……いや、かなりムカつく。

 

 普段のトレーニングでは透けてもいいように地味目のスポーツタイプを着用するのが私達ウマ娘の常識だ。それが目に入るのはまあしょうがないと我慢できる。だけど、これを見られたのは普通に恥ずかしい。私はギリギリと歯を鳴らしながら怒りを沈めた。

 

「……今回は私の広い心に免じて許してあげるけど、次はないからね」

「お、おう。分かってる……分かってます。はい……」

 

 こうして敷地内を車が走る間、車内は無言が続いた。車内に取り付けられた日光避けのミラーを見ると、私の耳は後ろに思いっきり絞られていた。

 

 

 タオルで上半身を隠しながら帰寮した私は、シャワーと着替えを済ませるついでにハッピーミークちゃんを呼んでくることにした。とみおは桐生院ちゃんに連絡を取って、先に合流しておくらしい。

 

「お〜い、ミークちゃん!」

 

 マルゼンスキーに貰ったナウいゆるふわ私服に着替えた私は、ミークちゃんの寮室の前に立って扉を数回ノックした。返事はない。

 

「ミークちゃん?」

 

 いつまで経っても返事がないので、扉を開こうとすると――

 

 ぬっ……と現れた大きな影が私を呑み込んだ。

 

「わあっ!?」

 

 狼狽しながら振り向くと、そこには白毛のぼーっとしたウマ娘がいた。ハッピーミークだ。彼女は私より10センチはデカい。そりゃ、照明の関係で影に呑み込まれるわけだ。

 

「み、ミークちゃん……驚かせないでよほんと……」

「……ごめん。用事があって、今戻ってきた」

 

 ――ハッピーミーク。とみおの同期である桐生院ちゃんの担当ウマ娘、のんびり、ぼんやり、不思議ちゃんな子だ。口数も少ないし、何を考えているか察しづらい。

 

 だが、その実力は折り紙付きだ。この世代における最初の重賞ウマ娘と言えば、その強さが分かるだろう。私より遥かに強い。加えて、1000メートルから4000メートル、芝とダートを能力の減衰無く走ることの出来る適性お化けだ。

 

 その適性の広さもあって、彼女とは併走トレーニングや模擬レースをよくやっている。(ほとんど私が一方的にだけど)顔を合わせる度によく話す友達だ。

 

「ミークちゃん、そろそろ出発するってさ〜」

「……分かった」

 

 ミークちゃんは部屋の中から大きめのリュックを引っ張り出してくると、扉につっかえながら廊下に引きずり出した。確かに私の荷物も多いけど、こんなに持ってくる必要ってあるのかな……?

 

「い、行こっか。みんな下で待ってるからさ」

「……うん」

 

 私達は荷物を持って寮の外に出た。近くに見えたバン付近では、とみおと桐生院が語り合っていた。私達の姿を見て、とみおが「こっちこっち!」と手を振ってくる。

 

「おはようございます、桐生院さん」

「アポロさん、こんにちは。今日からよろしくお願いします!」

 

 私は桐生院に挨拶を済ませる。……うん、こうして見ると桐生院ちゃんはかなり美人さんだ。顔はかなり整っているし、誰にでも好かれそうな明るさを持っている。プロポーションも……私よりいい。ただ、彼女には疑惑を抱かざるを得ない。

 

 何て言うんだろう。自分の無知さ・危うさを自覚していないフリして、うちのトレーナーに近付こうとしている気がするんだよね。

 

 まあ、そういう感情は置いておいて、桐生院ちゃんには本当に感謝している。彼女に誘ってもらわなければ、貴重な合宿という機会を得ることは無かったからね。無論、私達だけを誘った理由には疑問が残るけど。

 ……なんで同期の連中を誘わなかったの? 桐生院ちゃん。あなた絶対とみお狙ってるでしょ。2人っきりの時間を作りたかったんでしょ。

 

 表面上は笑顔を取り繕いつつ、私は最後の荷物を車に詰め込んだ。大きなバンを借りてきたはいいが、資材や着替えなどを乗せた結果車内は早くも手狭になっている。ぎゅうぎゅう詰めにはなるが、何とか4人分のスペースはある。

 

 ハッピーミークは何も言わずに後部座席に乗り込んだが、どう見ても窮屈だ。真顔でぼーっとしているミークちゃんがシュールで可愛い。狭いのはやだし、とみおの隣に座りたいし、前に行くか〜。

 

 無言で助手席のドアに手をかけようとすると、桐生院さんがスススと近づいてくる。

 

「――アポロさん。桃沢トレーナーのナビをしなくちゃいけないので……助手席には私が乗りますよ」

 

 ――なるほどね。そういう体裁での牽制ですか。でも私には効きませんよ。その昔、車に乗ったことがあるのでね。

 

「いや、私が案内するので大丈夫です」

「えっ」

「とみおのナビは私がするので、桐生院さんは後ろに乗ってください」

「いや、しかし……」

 

 私は桐生院を黙らせるようにドアを開き、助手席に乗り込んだ。ガハハ、勝ったな!

 

 そうしてニヤリと口元を歪ませた私の下に、とみおの手が伸びてくる。

 

「いやアポロ。さすがに桐生院さんに譲ろうよ」

「えっ」

「桐生院さん、ささ……どうぞ」

「あ、失礼します!」

 

 とみおに首根っこを掴まれて外に持ち出され、空いた助手席に桐生院が滑り込む。そのまま私はとみおの手で後部座席に放り込まれた。ぽかんとする私の肩に、何かを察したようにハッピーミークの手が置かれた。

 

「…………」

 

 ちょっと虚しくなったが、これもまた経験か……と納得することにした。

 

 

 

 さて、こうして昼前に私達がやって来たのは、トレセン学園と深い関係のある宿屋である。都会の喧騒から離れた静かな田舎にあるその宿屋には、よくウマ娘が合宿に来るらしい。

 

 宿泊施設の周りには、ウマ娘が自由に走ることが可能な私道――なんと10キロ以上の距離を誇る――や、ちょっと古びてはいるものの整備されたトラックコース、数年前に建て替えられたという田舎には似合わない大きなトレーニング施設、自然を活かしたトレーニングができそうな低山がある。

 

 実質的にこの宿泊施設はURA傘下の施設と言っていいだろう。このレベルの設備は、巨大な組織のバックアップが無ければ維持費や管理費に莫大な費用を持っていかれる。

 

「こんにちは〜!」

 

 宿屋のおばちゃんに挨拶して、私達は5日間寝泊まりする部屋に入った。部屋割りはアポロレインボウとハッピーミークが一緒の部屋。桃沢とみおと桐生院葵は一緒の部屋だってさ。

 

 何でやねん! 桐生院、お前はバカなのか?

 

 桐生院に問い詰めたところ、「予約が2部屋しか取れなかったみたいで……」とのこと。違うだろ。2部屋しか取れなくても部屋割りのやり方ってものがあるだろうがよ。私ととみおが一緒の部屋になるべきなのは自明の理だ。そうでなければ、女3人が1部屋に泊まるべきではないのだろうか。私の感覚って間違ってるかな?

 

 さすがに我慢が出来なくなって、夕方のトレーニングが始まる前に私は桐生院をお手洗いの前に呼び出した。何を相談されるのだろうと身構える桐生院。いや、あなたが悪いんですからね。うちのトレーナーに唾をつけるようなことをして……。

 

「ねえ、桐生院さん。あなたこの前から私のトレーナーと距離が近すぎるんじゃないですか?」

「ふぇ?」

「ふぇ、じゃないですよ」

 

 桐生院は私の剣呑な雰囲気を感じ取って、一歩後退した。その先は壁だ。彼女の華奢な背中が木造の壁に追い詰められる。その怯えた瞳の中に映る自分は、とてつもない威圧感を噴出して耳を絞っている。ふと視線を落とすと、私の尻尾はマイナス感情を表すかのようにばさばさと揺れていた。

 

(……あれ? 何で私はこんなに怒ってるんだろう?)

 

 自分でも分からないくらい、アポロレインボウは怒り狂っている。ともすれば、桐生院を食い殺してしまおうかという殺意が漏れている。

 

 トレーナーを取られたくない、桐生院がトレーナーの隣にいる、そんなモヤモヤが心の底に漂っていただけ。ちょっと質問をしたかっただけ。そのはずだったのに、いつの間にか状況は悪化していた。

 

「桐生院さん? どうして目を逸らすんですか?」

 

 自分でも驚くくらい、冷たく低い声が出る。桐生院はすっかり怯え切って、その場に尻もちを着いてしまった。

 

 まずい――これ以上()()()()に身を任せたら、私は止まれなくなる。どうしてこの身体は言うことを聞いてくれないのだ。桐生院がとみおのことをどう思っているか、ちょっと聞いてみたかっただけではないか。

 

 私の狂気的な歩みは止まらない。思考がどす黒い何かに塗り潰されて、まともではなくなってしまった。

 

「答えてください。どうして私のトレーナーに近づくんですか?」

 

 桐生院の脇の下に手を入れ、無理矢理立ち上がらせる。間髪入れず、彼女の耳元で囁く。桐生院はびくりと身体を震わせた後、少しきょとんとした表情で私の方を見てきた。

 

 これが()()()()()()()――いや、()()()()()()()()()なのか? 少なくとも男だった頃には味わったことの無い、理性を塗り潰すほどの狂気。まさか、ウマ娘の爆発的な原動力の正体はこいつなのか?

 

 妙に冷静な思考と、先走る己の身体。暴走していた私の身体を止めたのは、他ならぬ桐生院の言葉だった。

 

「何でって――私が桃沢トレーナーに憧れているからですよ……?」

「……え?」

 

 私は目をぱちくりとさせて、非常に、何と言うか……きょとんとした。あまりにも拍子抜けな返答だった。脳幹に冷水をぶっかけられた気分である。身体の主導権が理性に戻ってきて、レース前のように振り撒かれていた威圧感が引っ込む。

 

 桐生院の瞳に嘘の色はない。と言うか、ウマ娘の規格外のパワーを知る桐生院が下手な嘘をついて私を刺激する必要も無い。

 

 桐生院はとみおに好意を持ってはいたが、それは同じトレーナーとしての憧れであり――異性に対する恋心ではなかったのだ。

 

 肩透かしを食らった気分だった。同時に反省する。完全にかかっていた。視野が狭くなっていた。勝ちたい、彼の1番になりたいという気持ちが大きくなりすぎて、私はどうかしていた。狂っていたのだ。

 

 ……初めて知った。ウマ娘の何かに対する執着心がここまで強いなんて思わなかった。勝利への執着心が他の何かに向かうと、ここまで異質なものに変容してしまうとは。……ウマ娘の本能をバカにしていた。闘争心溢れるこの種族を見くびっていた。大反省が必要である。

 

 それに、私はウマ娘の本分を忘れていた。私の使命は何だ?

 走ることだ。最強のステイヤーになることだ。

 

 忘れるな。私は雑魚だ。大逃げで運良く勝ち上がれてこそいるが、成績を見れば有象無象の中のひとり。3戦1勝、主な勝ち鞍は未勝利戦のみという――言わばごみかすのようなウマ娘だ。とみおを振り向かせるには、もっともっと結果を残さなければならない。

 

 強くなることが、全ての夢に通ずるのだ。

 

 ――現実を見ろ。うつつを抜かすなアポロレインボウ。思い上がるな。本能を向ける矛先を間違えるな。道を踏み外すな。()()()にかまけているな。走ることに集中しろ。

 

 今、お前は嫉妬の炎を燃やしている場合ではない。何のための夏合宿だ? 何故とみおと桐生院はお前をこの場所に連れてきてくれた? 強くなるためだ。自分の恋路がどうとか、気持ちがどうとか、桐生院がどうとか……そんなの合宿を計画してくれた2人に対する最悪の無礼ではないか。

 

 お前はこの貴重な時間を()()()()()()()に振り回されて無駄な合宿にしたいのか?

 

 違うだろ。これは勝つための合宿。

 アポロレインボウというウマ娘が、周囲の人間に恵まれていることを忘れるな。

 

「ご――ごめんなさいっ! 私、とんでもない早とちりを……!」

 

 私は桐生院に頭を下げた。本当に……私がバカだった。しょうもない気持ちひとつで、真剣に物事を考えてくれていた桐生院やとみおをバカにするようなことをしてしまった。

 

 恥ずかしさで涙が出そうになる。しかし、そんな私に桐生院は優しく声をかけてくれた。

 

「あ、あはは……別に気にしてませんよ。偶然とはいえ、そう見られてもおかしくないことが起きたのは事実です。同部屋にしたのはウマ娘のトレーニング論について語り合うため……だなんて信じてもらえなくて当然ですし」

「で、でもっ……」

「いえいえ、それ以上に()()()()()が分かったので――それでチャラということにしましょう」

「っ」

 

 桐生院は私の反応を見てにやりとしてから、ケロリとした表情で宿泊部屋に向かって行った。

 

 くそう……私のこの感情、マルゼンさんにも桐生院さんにもバレバレじゃん……。

 

「はぁ……私、本当に何をやってるんだか……」

 

 私はその場にへたりこんで、反省会を始めた。アポロレインボウは周囲の人間に恵まれている。恵まれすぎている。()()()()私のバカな行動を水に流してくれる桐生院さん、優しすぎる。

 

 ……そして、私が未熟すぎる。ウマ娘の身体になって4ヶ月が経過しようとしているが、こうしてウマ娘の獰猛な本能に触れたのは初めてだった。本来なら生まれてからの長い時間で、この激情との折り合いをつけていけるのだろうが……。

 

 私にはその時間がなかった。急ピッチでこの感情との付き合い方を知らなければならない。ただ、折り合いをつけるには、次の模擬レースや紫菊賞への時間が足りない。本能を押さえつけるのではなく、どこか別の領域に受け流すことしかできそうにないな――

 

「……そうか」

 

 そこまで思い至り、とあるアイデアが頭に浮かんだ。

 

 あの狂おしいほどの独占欲――激情のうねりの矛先を、()()()()()()()()()()()()。それが出来れば私はもっともっと強くなれるはずだ……と。

 

 あぁ――今後の目標が出来た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――そっくりそのまま()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを可能にして、やっとハッピーミークを含めた()()()()()と同じ土壌に立てる。オープンクラスはもちろん、1勝クラスは厳しい世界だ。

 

 余裕なんてない。トレーナーとの関係にドキドキしている暇なんてない。その惚けていた1秒をトレーニングに費やすのだ。積み重ねた1秒間が、他のウマ娘との差を埋めてくれる。

 

 忘れるな。私は弱い。

 夏合宿で大きな成長を見込めなければ、十中八九アポロレインボウの夢は潰える。

 

「……()()()()

 

 私は己の両頬を叩いた。

 ()()()――という言葉を、本来の意味で初めて使った瞬間だった。

 




はやる気持ちを抑え、顧みて反省し、着実に成長しつつあるアポロレインボウ。でもこの子重くない?
次回は灼熱のトレーニング回です。


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13話:しゃあっ 灼熱・夏合宿!

 合宿1日目の夕方。私とハッピーミークは、宿泊施設にほど近い場所にある神社前にやって来ていた。トレーナーに指示された通り、私はミークちゃんとペアになって柔軟運動をこなす。そんな私達の隣では、2人のトレーナーが神社の方を見て何やら話していた。

 

「桃沢トレーナー、神社で何をするんです?」

「あぁ、桐生院さん……2人にそこの階段を走って昇り降りしてもらうんですよ」

「……そ、その石段をですか?」

「はい。都合、400段あるそうです」

 

 桐生院が、とみおの指さした先を見る。そこには山の斜面に沿って続く400段もの石段が存在した。上の方は木の影響で見えなくなっているが、遥か先に神社があるのだろう。

 

「夜になったら冷えますから、それまでずっと階段ダッシュをしてもらいます。2人の足腰と根性を磨いていきましょう」

「えぇ……」

 

 少し遠いが……桐生院の表情を見るに、彼女はとみおの発言にドン引きしているようだった。それも仕方ない。今から日没までは4時間ほど時間がある。休憩こそ挟むだろうが、その長い時間をずっと地獄の階段ダッシュに当てさせようと言うのだ……鬼畜と言われても仕方がない。

 

 私は慣れたけど、とみおの超絶スパルタはほとんど暴力とか虐待に近いと思う。そこには確かな信頼と愛情があるし、しっかりアイシングとか水分補給とかのケアをしてくれているから全然許せるのだが……その内容が尋常ではないのだ。

 

 例を挙げてみよう。

 アポロレインボウの直近1週間のスケジュールはこうだった。

 

 月曜日、夏休みなので、丸一日かけて下半身を虐め抜く。狂ったようにスクワット。合間にレッグレイズ。ヒップスラスト。ピストルスクワット。そしてスクワット。とみおのトレーニングには慣れたつもりだったが、一連のトレーニングが終わった時、本気で腰が砕けて立てなくなった思い出がある。

 

 火曜日、心肺機能を鍛える。狂ったようにプールトレーニング。クロール、背泳ぎ、バタフライ。休憩代わりに平泳ぎ。仕上げに自由形20キロ。プールから上がる時、息も絶え絶えで私は土左衛門になっていた。

 

 水曜日、上半身を鍛える。まずは狂ったように腹筋。クランチ。世間様に見せることになる腹筋だ。とみおはその辺の仕上げに抜かりがなかった。へそフェチなのかな? ついでに、腕や体幹、背中の筋肉――というか、全ての筋肉を過不足なく刺激するトレーニングメニューを用意してくれたので、私は無事死亡した。

 

 木曜日、休養を兼ねた賢さトレーニング。狂ったように勉強する。と言っても私は元々社会人だったので、レース限定の勉強である。とみおが借りてきた本を読んだり、ライバルのレースを観察したり、データを処理して次なるトレーニングの予定を立てたり、やることは様々だ。結局脳が疲れるので、身体が休まった気はしない。

 

 金曜日、持ち前の根性を鍛えにかかる。とにかく苦しいトレーニングをやりまくる。心臓破り・高低差2メートルの坂路。うさぎ跳び。コサックダンスやアイドルステップのダンスレッスン。重機のタイヤ引き。とみおの檄が飛ぶ。この日が一番イライラが溜まる。

 

 土曜日、パワーや瞬発力を鍛えにかかる。まず狂ったようにダートコースを走る。ついでにボクシング。ジャブでワンツー。6日連続トレーニングともなればストレスが溜まっているので、殺意を込めて本気で殴る。ストレス発散ができる最高のトレーニングだ。あと、正直意味がわからないけど、瓦割もした。でも一番効果を感じたからわけが分からなかった。

 

 日曜日はオフ。泥のように眠って、失った体力を回復するだけで一日が終わる。学校の宿題をやる体力は気力で補うのみだ。

 

 ――これが私の夏休みの1週間である。

 逆効果になる寸前を見極めた最大効率のトレーニング。とみおが編み出した超絶鬼畜スパルタ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()。環境を変えてトレーニング効率を更に上げないと敵わない相手が同世代にいる。

 

 ――世代の筆頭ウマ娘、スペシャルウィーク。セイウンスカイ。エルコンドルパサー。グラスワンダー。キングヘイロー。この5人の優駿は皆化け物だ。

 

 生半可な磨き方では、彼女達の輝きには届かない。これまでの併走でハッピーミークに勝てたことすら数えるほどしかないと言うのに……来年の目標である菊花賞が不安で仕方がない。

 

 でも。それでも私は、トレーナーを信じることしか出来ない。目標を持って狂信的にトレーニングに励むことが今の私の正解だ。だからこうして合宿に参加しているし、地獄の階段ダッシュに身を投じようとしている。

 

 それに……私はこの特別な気持ちを捧げてでもレースに勝つと決めた。今の私は誰にも負けていられない。体力の限界など乗り越えて、この最凶のトレーニングに噛み付いていくだけだ。

 

 身体を暖め終わった私とハッピーミークは、2人のトレーナーが待つ石段前に歩いていく。バインダーとペンを手に持ち、ストップウォッチを首に提げたとみおが爽やかな笑顔を浮かべて待っていた。

 

「2人とも、これからいよいよミニ合宿が始まる。この通り新鮮なトレーニングを届けていく予定だから、楽しみにしていてくれ」

 

 明日からは前半が桐生院、後半はとみおがトレーニングを担当する。合宿1日目だけは時間がなかったから、うちのトレーナーだけが担当している。

 

「柔軟も終わったことだし、早速君達にはこの石段を走ってもらう。最終直線の坂を駆け上がっていると思って、思いっきりやってみてほしい」

 

 私とハッピーミークは、誰に言われるでもなく石段の一段目に足の裏を乗せた。硬さ、段の感覚や高さを確かめているのだ。なるほど、トレーナーの狙いとしては、「ターフを掴んで蹴り飛ばす」感覚を得てほしいのだろう。優秀なミークもそれに気付いたらしく、私達は視線を通わせて頷き合った。

 

「……それじゃ、先に行くね」

「どうぞどうぞ。あ、最初はゆっくり行こうよ。転んだら危ないし」

「あ〜……そうだな。最初の往復は()()で行こう。1往復目はゆっくり感覚を掴むために使おうか。そこから本番だな」

「行ってらっしゃ〜い」

 

 桐生院がひらひらと手を振る。ミークちゃんがすかさず飛び出したのを見て、私も追いつかない程度の間隔を空けて階段に足をかけた。

 

「あ! 2人とも、下りは急だから絶対に慌てないこと! いいな!」

 

 背後からとみおの声が飛んでくる。それに尻尾だけで反応しながら、階段を登っていく。

 

 まずは非常にゆっくり、一段ずつ確かめるように登る。無論、石段を一段ずつ登るのではスピードが遅くて効率が悪い。こんなままじゃトレーニングにはならない。私は、次第に2段、3段、4段……と飛び越す階段の数を増やしていった。

 

 200段を過ぎるとやっと感覚が掴めてきた。私の歩幅に合った飛ばしの数は8段だ。10メートル以上先を行くミークちゃんも感覚を掴んだのか、スピードに乗ったまま10段飛ばしで石段を駆け上がっていく。

 

「はっ、はっ」

 

 ものの数分で400段を登り切った私達は、すぐさま階段を引き返した。上りと下りでは、使う筋肉や走り方を変えないといけない。実際のレースでもそうだ。下り坂ではスピードが出すぎてしまうから、私達はスピードを少し抑えないといけないのだ。この階段を下る時もまた、全身の筋肉を使って己の速度を調整する。

 

 上りは心肺機能に負担がかかるけど、下りは下半身に負担がかかっている。これを何時間も続けたら足腰が立たなくなるだろう。相変わらず良いトレーニングを考えるものだ。

 

 400段の石段をゆっくりと下って、私達は元の位置に戻ってきた。これから数時間かけてここを全力疾走するのかぁ……いつも通りキツそうだ。スタートラインに立ち、ハッピーミークに先頭を譲る形で2番手の位置に控える。足首を回し、胸に手を当てて深呼吸した。

 

 とみおが咳払いすると、私とミークがゾーンに入る。ここから先は本気のトレーニング。やってやろうではないか。

 

「2人とも、準備はいいか? それじゃ1本目――スタート!」

 

 とみおが腕を上げると同時、ミークちゃんは石畳を砕く勢いで地面を蹴りつけた。私も数秒遅れて後を追う。ものの二、三歩でトップスピードまで加速したミークと私は階段を駆け上がり始めた。

 

 東京レース場の最終直線は、およそ500メートルで2.7メートルの坂を上る。だが、目の前の傾斜はどうだ。100メートルもない距離の間に数十メートルを駆け上がっているではないか。これを全力疾走しろだなんて――きつくないはずがない。しかも段差があるため、ももや膝を上げなければ躓いて転倒してしまう。

 

 いつも以上に脚を上げて走るため、体力がゴリゴリ削られていく。しかし、私の前を走るハッピーミークは随分と余裕そうだ。

 

 ――まさか、上手い駆け上がり方があるのか?

 私はずきずきと痛む肺に喘ぎながら、ハッピーミークの走り方を注視した。

 

「……♪」

 

(は、鼻歌を唄ってる……!?)

 

 ハッピーミークの走り方は、観察した限りでは軽やかなステップを踏むような走法であった。そう、まさに()()()()()()階段を上っていくのだ。たん、たん、とリズムを刻んでスキップしているかのよう。

 

 対する私は、リズムもへったくれもない。がちゃがちゃした走りだ。まだまだ上のレベルと競り合えるほどのパワーがないのだろう。ミークちゃんのパワーには遥か及ばない。

 

 その証拠に、ハッピーミークが石段に踏み込む際、一瞬だが彼女の脚の筋肉が浮き上がったのが見えた。真っ白に透き通り、柔肌に見えたその肌に――ぼこり、と。少女のそれではなく、獣の筋肉が露呈するのだ。

 

 明らかに「剛」の筋肉をした凹凸。短中距離の一線級で戦うための、大きく膨らんだ筋肉だ。ステイヤーの靱やかな筋肉しか蓄えていない私にはどこまでも届かない領域――()()()()()()()()()()()が露見した形になる。

 

「っ……!」

 

 上手い坂の駆け上がり方を観察することは出来た。確かにそれは僥倖だった。それでも、圧倒的な格差を見せつけられている。私の方がスタミナでは勝っているはずなのに、根性では勝っているはずなのに、どんどん差をつけられる。

 

 400段を登り切った頃には、最初の数秒の差は、十数秒の大差となっていた。私は珠粒のような汗をかいているのに、ミークちゃんは顔色ひとつ変えていない。

 

「……下りようか」

「あ、うん……」

 

 石段の下り方も上手かった。足裏を叩きつけるようにして速度を抑え、それでいてトップスピードを維持し続けている。

 

 ハッピーミークは優駿なのだ。アプリゲームではネタにされがちだったが、優駿達の祭典「URAファイナルズ」の決勝に出てくるだけはある。

 

 差をつけられて石段を下り終わった私は、とみおに迎えられてスポーツドリンクを渡された。

 

「どうだアポロ。得たものはあったか?」

「……! う、うん。でも……私だけが学ぶばっかりで、ミークちゃんはいいのかな……」

「……いや。向こうさんも学ぶことはあるだろうよ」

「……?」

「5分休憩した後、もう1セットやるぞ。しっかり休んでおけよ」

 

 とみおの言葉の真意を理解することなく、私達はみっちり4時間の石段トレーニングを終えた。さすがに最後の1時間はハッピーミークのスタミナが切れたようで、私1人が石段を走らされることになった。

 

 

 こうして1日目のトレーニングが終わり、宿に帰ってきた私は大量のご飯を食べてお風呂に入った。風呂から上がって部屋に戻ろうとすると、トレーナー2人が泊まる部屋から話し声が聞こえてきた。何となしに扉に近づき、ウマ耳をぴとりとくっつける。

 

『……アポロさんとミーク、お互いに良き相手として意識しあっているようですね』

『ええ……アポロは足りないスピードとパワーを、ミークは長距離を走るにはまだ不安の残るスタミナと負けん気を、それぞれ非常に強く意識しています。この調子でトレーニングを続ければ更なる飛躍が――』

『では、ここをこうすべきでは――』

『なるほど、確かに――』

 

 2人は途切れることなくトレーニング論や私達のことについて熱論を交わしていた。なるほど、桐生院はこうしてとみおと夜通し語らうために同部屋を選んだのだろう。ちょっと引っかかることがないでもないが、聞こえてくる熱意のある声には邪な気持ちひとつない。

 

「……これ以上聞くのは悪い、か」

 

 私は耳を澄ませるのをやめて、自分の部屋に戻って布団を被った。そのままうつ伏せになって、図書館から借りてきた運動論やステイヤー育成論についての本に目を通すことにする。夏休みの宿題などは余裕で終わっているから、こうした隙間時間に知識を溜め込むこともまた必要なトレーニングだ。

 

 そうして30分は経っただろうか。ミークが長風呂から帰ってきた。

 

「おかえり〜」

「……アポロ。柔軟運動手伝ってくれない?」

「いいよ〜」

 

 私は本にしおりを挟んで、敷布団にミークを呼び寄せた。

 

「ついでにマッサージもしてあげる!」

「できるの?」

「うん! とみおに毎日してもらってるから分かるよ!」

「…………」

 

 ミークが若干驚いたような、引いたような視線を投げかけてくる。そんなことは気にせず、私は前屈運動をしようとする彼女の背中に覆いかぶさった。

 

「……!」

 

 ぐにゃり、と彼女の肢体が()()()。距離適性の広さで薄々気付いてはいたけど、ミークの身体はとんでもなく柔らかかった。前屈している彼女の背中は押せば押すほど前に倒れていく。まるで猫のような軟体だ。ひょっとしたら液体になるのではないかと思えるほどである。

 

「ん……重いよアポロ」

「あ、ごめんごめん」

 

 いかんいかん、ミークちゃんの身体に夢中になっていた。でも、開脚しながらの前屈でお腹までべったり床につく人なんて初めて見たよ。

 

 ミークのストレッチが終わったので、私は彼女を布団に押し倒す。ウマ乗りになって、足先からマッサージを始める。

 

「お〜、凝ってるねミークちゃん」

「んっ……今日はかなりきつい……あっ、トレーニングだったから……」

 

 トレーナーにしてもらっていたように、彼女の素足を取ってツボを刺激していく。足の裏を丁寧に揉んで、リンパ(?)を上手いこと刺激する。まあ、こういうのって揉まれるだけでも気持ちいいんだよね〜。

 

 今日いじめ抜いたふくらはぎや太ももの裏、腰や背中を優しく揉み込む。ついでと言っては何だが、ミークちゃんの筋肉について調べさせてもらうことにした。体重をかけつつ、手のひらや指先で彼女の全身の筋肉をまさぐる。肩、背中、脇、お腹、太もも、ふくらはぎ。ちょっと大胆にやり過ぎな気もするけど、本人はうとうとし始めているので行けるところまで行く。

 

「……!」

 

 彼女の身体を隅々まで触った感想は――「素晴らしい」。その一言でしか形容できなかった。

 

 まず驚いたのは身体のバランスの良さ。普通、右半身と左半身の間には多少なり癖やバランスの歪みが出るものなのだが……ミークちゃんに関してはその辺の乱れが一切存在しなかった。

 

 しかも、筋肉の付き方が完璧である。全体的に過不足なく、まるで一種の芸術品の如き筋肉の輝きを帯びている。芝とダート、短距離から長距離を走ることのできる身体というのは、こんなにも完成されたものなのか。

 

 悔しいが……やはり私の実力はまだまだ上のレベルじゃないってことなんだろう。肉体と精神が完成した上で、更に才能と努力の積み重ねがあって重賞を勝てるのだ。

 

 ……これが、重賞ウマ娘。私の超えるべき壁。

 

「……終わったよ、ミークちゃん。って、寝ちゃってるか」

 

 私のマッサージによってハッピーミークは既に眠りに落ちていた。穏やかな寝顔を見て、私は笑う。

 

「今日はお疲れ。また明日、頑張ろうね……ミークちゃん」

 

 私はそっと彼女の身体に布団をかけ、隣の布団に入った。

 

 一緒にトレーニングしてくれるライバルがいるから、私はずっと上を見て努力を積み重ねることが出来る。グリ子にミークちゃん。そして、スペちゃん含む最強の5人……。

 

(……本当に、周囲の人間と恵まれた環境に感謝しなきゃね)

 

 私も疲れたし、さっさと寝てしまおうか。部屋の明かりを消し、目を閉じる。すると、トレーニングの疲れもあってか、私の意識はすぐに闇に溶けていった。

 



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14話:恋する乙女のパワーはルールで禁止スよね

 死ぬほど厳しい夏合宿はつつがなく進み、遂に5日目に突入した。桐生院の丁寧な指導ととみおの鬼畜なスパルタが合わさって、トレーニングの効率が最強に思える。

 

 実際、2人の対極的なトレーニング論がミックスされた結果、私とハッピーミークは著しい成長を見せていた。

 

 ハッピーミークの長所は、短距離重賞を取れるほどの優れたスピードとパワー。短所は、適性があるのに長い距離を走るには不安なスタミナと、競りかけられると負けがちになってしまう貧弱な根性。

 対して、アポロレインボウの長所は4000メートルを軽く走破する無尽蔵のスタミナと、大逃げをしても()()()()超絶的など根性。短所は、中距離を走るには圧倒的に足りないスピードとパワー。

 

 ……言わずとも明らかだが、私はミークちゃんのスピードとパワーに憧れを抱き、逆にミークちゃんは私のスタミナとど根性を羨んでいるのである。その結果、2人の間に強烈な相乗効果が生まれた。

 

 互いが互いの長所に目を向け、背中を追う。きっと将来は別々の道を走ることになるだろうが――互いに負けたくないと思っていた。そこに最高のライバル関係が完成していたのだ。

 

 これまでの5日で、私達はとみおや桐生院が舌を巻くほどの成長を見せた。ミークちゃんのスタミナは平均以上になり、私のスピードとパワーも短所ではなくなる程度に成長した。

 

 成長を得られたのはいいことだ。しかし、そこで終わりではない。夏合宿5日目の終わり際、私達は2人だけの模擬レースを行うことになった。

 

 芝の左回り、距離は2400メートル。世界各国のビッグレース――クラシック・ディスタンスの根幹を担う距離だ。この距離で開催されるビッグレースは、各国のダービーやオークス、ドバイシーマクラシック、ジャパンカップ、香港ヴァーズ、BCターフ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、そして凱旋門賞など……。

 

 この2400メートルという距離は、とりあえず適性があるなら損がない。2400メートルのレースは開催数が多いし、何より高い賞金も栄誉もある。

 

 まあ、話が逸れたので戻すと――2400メートルはミークのスタミナが足りるギリギリであり、私の距離適性の下限に届こうかという距離なのだ。色々と理由付けしてみたけど、とみおと桐生院がこの距離にしたのはそういうことだ。

 

 マッチレースの形になるとはいえ、この模擬レースは合宿の集大成。お互いに本気でレースに挑むことになる。

 

 ハッピーミークの作戦はこれまでの傾向からして、先行か差し。少し未来の話になるが、もしも「鋼の意志」に準ずる技術を手に入れたなら、彼女が選ぶ作戦は差しになるだろう。最内枠にでもならない限りね。

 

 それでは、このマッチレースではどの脚質を選ぶだろう。分かりきった大逃げをするアポロレインボウを早めに捕まえるため、前目の仕掛けをする先行? それとも、大逃げで私を自由に走らせておいて、温存していたスタミナと末脚で最後に賭ける差し?

 

「とみお、ミークはどっちで来ると思う?」

 

 灼熱の炎天下が鳴りを潜めた昼下がり。合宿所の付近にあったコース上で、私はストレッチをしながらとみおに尋ねた。少し離れた場所には、同じようにして作戦会議をするハッピーミークと桐生院の姿が見える。

 

「う〜ん……ミークのスタミナが劇的に成長したとはいえ、まだ2400メートルは中々きついんじゃないかな……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()2()4()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそもジュニア級で4000メートルを走ろうとしている方があたおかなのであって、ミークのように2400メートルがギリギリキツいのは全然普通だ。

 

「なら、スタミナを温存気味にしてくる差しで来るってこと?」

「うん。大逃げと差しのマッチレースとか初めて見るけど……恐らくはそうなるだろうな」

「わけわかんないレースになりそうだね」

「大勝ちも大負けも有り得るな。俺達以外にウマ娘がいればよかったんだが……」

 

 大逃げウマ娘のいるレースは、その多くが非常に荒れると言われている。理由は様々だが――今は私とミークちゃんのマッチレースだから、逃げウマがいない場合を考えてみようか。

 

 逃げウマがおらず、大逃げウマのみがレースを引っ張る展開となれば、2番手である先行のウマ娘が実質的にバ群のペースメーカーとなる。しかし、先行ウマ娘は逃げほどペースメイクに秀でているとは言い難い。好位置につけて、垂れてきた逃げウマを差し切る……それが先行の持ち味にして勝ちパターンだからだ。その時点で、ラップタイムやレース展開はかなり乱れる。

 

 そして、ウマ娘達は大逃げのウマ娘をいつ捕まえるか迷うだろう。他のウマ娘に「大逃げのアイツを捕まえにいけよ」「アンタが行きなさいよ」「私は嫌だ、お前が」と目配せして牽制し合っているうちに、ほぼ間違いなくレース中盤まで大逃げウマ娘を自由に走らせることになる。逃げが存在しないレースにおいて、敗北覚悟で大逃げを捕まえにいけるウマ娘がどれほどいるだろうか。

 

 そう、いないのだ。この場合、大逃げウマがとんでもなく垂れたりしない限りは、後続が足を余して伸びきらず、大逃げウマが1着でゴールインしてしまうことが多いのである。

 

 いずれの場合にせよ、大逃げウマ娘がいるせいで、ペースメーカーは自分のペースが速いのか遅いのかの判断がつきづらくなる。ハイペースであれば差しと追込が有利になり、スローペースであれば大逃げや逃げ・先行が有利だ。

 

 これから始まるマッチレースは、スタート直後からぐんぐん差が開いて――中盤辺りには恐らく大差がつくだろう。

 

 ここで狙うべきは、大逃げをしたと見せかけてスローペースに持ち込んで、そのままゴールインすること。もしくは、サイレンススズカのように永遠に加速し続けてゴールすることだ。

 

 今までの私であれば前者を選びつつがむしゃらに走っていただろう。しかし、これは本番ではないのだ。実戦形式の、ただの練習。

 

 本番の走りに活かすため、様々なことを試す良い機会だ。今から取る作戦が合わないなら、スローペースに持ち込む作戦を取ればいい。少し考えた後、私は大逃げ――いや、爆逃げを選択することにした。

 

 とみおにそれを伝えると、「好きにするといい」と口元を歪めていた。「ただし、怪我しそうになったらすぐに止まること」という文言を付け足してくるのも彼らしい。

 

 周囲を見ると、遠くにいるハッピーミークがスタートラインに向かっていた。どうやら用意ができたらしい。私もそろそろ行くとするか。

 

 足がミークの下に向かおうとしたが、すんでのところで停止する。大事なことを忘れていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレを試さない手はない。

 

「そうだトレーナー、ちょっといい?」

「ん? どうかしたか?」

 

 胸の内に燻るこの感情を利用し、闘争心に転換する――その予行練習をするべきだ。私はとみおの手を両の手のひらで包み込んだ。

 

「な、何を……」

 

 彼の手のひらの感触を確かめるように、親指でにぎにぎしてみる。トレーナーが手を引っ込めようとするのが分かったけど、腕をぐいっと引くと抵抗はなくなった。

 

 ……温かい。私の手を合わせると、全部包み込まれてしまいそうなくらい大きい。やっぱり、とみおの手に触れていると落ち着くな。

 

 心臓がどきどきしている。トレーナーの顔は少し不安そうだが、私を信頼してくれているから、ずっとされるがままだ。

 

 ……ごめんねとみお。その信頼、ちょっと裏切ることになるかも。

 

 私は彼の手を取り、そのまま自分の胸に押し当てた。

 

「ちょっ!?」

 

 とみおが思いっきり仰け反って右腕を引く。あまり強い力をかけて拘束していなかったので、彼の腕はあっさりとすり抜けた。

 

「何で引っ込めたの?」

「何でって、てめぇこの野郎……!」

 

 とみおは顔を真っ赤にしながら右手を押さえている。そっか、とみおもドキドキしちゃったんだ。私も結構緊張してたけど、何か変なの。

 

 ぼーっとした私の様子をどう受けとったのか、とみおは優しく説教してくる。

 

「あ、あのな。女の子が軽率にそういうことはしちゃいけないんだ」

「…………」

「……アポロ、模擬レース前だぞ。集中を乱してるんじゃないか?」

「乱してないよ」

「…………」

 

 私の即答にとみおは言葉を噤んだ。そう、今の私はこれ以上ないほどの集中状態を維持している。だからこそ彼は困っているのだろう。いきなり担当ウマ娘に胸を触らされた、なんて困惑することこの上ない。

 

 私は更なる一歩を踏み出す。

 

「トレーナー」

「どうした?」

「もっと触って」

「は!? ちょ、アポロ――」

 

 トレーナーに近づいて、その手を掴む。驚くとみおの双眸を覗き込んで、つま先立ちになる。ぐっと近づく2人の距離。その唇が触れ合いそうな程に肉薄する。彼は動かない。いや、動けないのか。

 

 瞬きひとつしないまま、私は彼の耳元で囁いた。

 

「お願い、私を見てよ、とみお。()()()()()()()()()()()()

「……!?」

 

 息を飲む彼を尻目に、私はその手に頬を擦り寄せた。

 

 ――この独占欲に塗れた恋心を()()()()()、ウマ娘の本能たる闘争心を手に入れるのだ。

 

 そうだ、もっと()()()。入れ込め。恋に狂え、アポロレインボウ。その全てを燃やして、闘争心を呼び覚ませ。

 

 緩やかでぽかぽかとした感情に支配されていた心を入れ替える。淡い恋心と期待を全て火に焚べて、燃焼させる。

 

 どくん、と心臓が跳ね上がった。視界が著しく狭窄し、世界の時間経過が緩やかになっていく。

 

 この甘えた感情を全て燃焼させるのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼の特別になるためには、まず勝たなければならないから。

 

 恋心を燃料として、心の底に火柱が立つ。そこに、鋭く研ぎ澄まされた闘争心という刃を曝す。この恋心が燃え盛れば燃え盛るほど、炎に炙られた刃は鋭さを増す。

 

 激情に熱されて、赤められた闘争心の塊。それを理性で整えていく。心は熱く、思考は冷静に。未完成で荒削りではあるが――ひと振りの刃が完成する。闘争心という名の刃。新たに手に入れたこの武器で、いざハッピーミークを打ち砕かん。

 

 ――よし、準備ができた。間違いない、これこそウマ娘の本能による極限の集中力だ。視界がクリアで、周りのものもよく見える。

 

「――ありがと、トレーナー。それじゃ行ってくるから」

「あ、あぁ……」

 

 私は困惑するトレーナーを尻目に、さっと踵を返してスタートラインに向かった。

 

 スタートライン上では、ハッピーミークがこちらを見て微妙そうな表情をしていた。

 

「……人が待ってるのに、何してるの」

「勝つための準備……ってやつかな」

「……?」

「絶対に負けないからね、ミークちゃん」

 

 私は犬歯を剥き出しにして笑った後、スタートの構えを取った。準備ができたのを見て、桐生院がスターターピストルを上に構える。設備の揃った合宿施設とはいえ、ゲートが無かったらしく……あのピストルはゲートの代用である。

 

 隣に立つハッピーミークが私の先程の行為を訝しみながらも、腰を沈めた。桐生院がとみおと見つめ合って、頷いた。耳を塞いだ桐生院の両肩に力が篭もる。

 

「位置について! 用意――」

 

 パン、と乾いた音が響くと同時、私はターフを蹴りつけてロケットスタートを決めた。少し遅れてハッピーミークが追随してくる。

 

 このレースは本気で()()()をする場だ。私は大逃げのその先――爆逃げを披露すると決めた。だから、この2400メートルは息を入れずに走り切る。速度は一切緩めず、無限に加速し続けてやる。

 

「――!?」

 

 私は身体を前傾させ、ぐんぐんと加速した。第2コーナーを曲がりながらトップスピードに乗り、ドリフトするかの如く内ラチいっぱいを攻める。驚いていたハッピーミークを置き去りにして、私だけが向正面の直線を走る。

 

 レースの前半800メートル程度が終わり、その差は14バ身。これが同一のレースだと言うのだから――勝負は面白い。しかも、私が負ける可能性の方が高いと見える。こんなの、()()()()()()()()()()()()

 

「ははっ――!」

 

 思わず零れてくる笑み。この笑いは狂気的に見えるだろうか。でも、己を試しているこの瞬間が堪らなく楽しいのだ、許して欲しい。

 

 この合宿で鍛え抜かれた脳内時計が、1000メートル走破タイムを告げる。

 

 ――57秒9。

 

 ダメだ、まだ足りない。マッチレースでこの程度だなんて――サイレンススズカやメジロパーマーの背中は遥かに遠い。同世代のトリックスター、セイウンスカイにも敵わないだろう。

 

 ここまで200メートル毎のラップタイムは12.7-12.0-11.0-11.0-11.0秒と来たから――もっともっと速く走り抜けないと。

 

 底のない闘争心と成長した身体は更なる速度を求めている。

 しかし――脚が持たない。これ以上走れば壊れてしまう。

 

「っ、はあっ、はあっ!」

 

 2400メートルはアポロレインボウの脚に()()()()()()()()。短すぎるのだ。本能が無理矢理距離を合わせようとして、無駄に体力を使っている。

 

 アプリにおいて、シンボリルドルフやライスシャワーがマイル戦で事故るように――私もまた噛み合わない歯車のまま走らされている。それでも相手はこちらの事情などお構い無しにぶつかってくる。

 

 大差をつけられていたはずのハッピーミークは、7バ身まで差を詰めてきている。……いや、私が無意識のうちに減速してしまっているのか。

 

 第4コーナーを抜けて、最終直線に入る。ラップタイムは最早ぐちゃぐちゃだ。それでもハイペースと言える時計だが――体力が持つかどうか。

 

 ――いや、体力が持つかどうかではない。

 

 ()()()()

 

「うあああぁぁぁああああああっ!!」

 

 底を尽きていた体力を、気力と根性と勝利への独占欲で補う。とうに使い果たしたはずの末脚を復活させ、肺を空っぽにしながら最終直線を駆け抜ける。

 

 ここからは東京レース場を模した高低差2メートルの坂がある。肺に鋭い痛みが走る中、私はど根性で坂を駆け上がる。

 

 そして、残り200メートルを切ろうかという時。

 背中に悪寒が走った。

 

(き、来た――っ! ハッピーミーク!!)

 

 ズン、ズン、と鳴り響く足音。重賞ウマ娘が背後に迫ってきている。

 

 後ろに振り向く暇なんてない。追い抜かれる恐怖に脅えながら、私は再び絶叫した。

 

「負けて、たまるかああぁぁぁあああああ!!」

 

 刹那、真後ろにあった気配が横にズレる。

 

(スリップストリームを抜けて、追い抜きに来る!?)

 

 瞬間的に判断して、私はめいいっぱい胸を反らしてゴール板に向かう。ミークに抜かれると思うと同時、速度を一瞬だけ上げて、追い抜きの邪魔をする。転倒寸前の超前傾にして、自殺行為に近いゴール板への飛び込み。

 

 負けられないのだ。私は絶対に勝たなければならない。

 自分の夢と、トレーナーのために。

 

「――っ!」

 

 ハッピーミークが息を飲む音が微かに聞こえて――私は1着でゴール板を駆け抜けた。

 

 いや、駆け抜けたと言うよりド派手に転んだのだけど。

 

「――ひゅっ、ぜっ、はあっ……!」

 

 上手く受身を取りながら、私は大の字になってターフに横たわる。極限の集中力と、最後の跳躍をもってして、やっと得ることのできた意味のある勝利。私は天に拳を突き上げて、からからと笑った。

 

「あは、あはは。何だよ……何とかなるじゃん」

 

 ほとんど奇跡に近いが、私はハッピーミークの猛追を凌ぎ切った。体力はゼロ。末脚も根性も使い切ってしまった。

 

 身体に痛みが無いことを確認して立ち上がろうとするけど、膝も腕も棒のようになってしまって動かない。こりゃ、全力を出しすぎたね……たはは……。

 

 胸を上下させて、口をめいいっぱい開けて、酸欠になった身体に酸素を取り込む。そんな無様な勝者のもとに、ハッピーミークがやってくる。

 

「……アポロ、大丈夫?」

「う、うん……ギリギリ、なんとか、ね……」

 

 額から滝の如く流れる汗を拭って、私はミークに向けてVサインを作る。普段から滅多に表情を崩さないミークが唇を結んでいた。

 

「……最後の200メートル、勝ったと思ったんだけど……アポロの根性には驚かされてばかり」

「どちらかというと、はぁはぁ……私はミークちゃんの末脚にびっくりしたけどね……」

「……怪我、してない?」

「ちょっと擦りむいたかも」

 

 ミークが私に肩を貸してくれる。彼女の体操服はびっしょりと重くなるほど汗を含んでおり、全力の疾走だったことが窺えた。私が後先考えない跳躍をしなければ、負けていたのは私だっただろう。

 

 ふらふらと歩く私達に向かって、桐生院ととみおが駆けてくる。

 

「アポロ、大丈夫か!?」

「あー、ちょっと無理しすぎた。ごめん」

「ミーク、アポロを下ろしてくれ」

 

 ミークはとみおに言われた通り、肩の補助をやめた。支えを失った私は前のめりに倒れ込む。そんな私をトレーナーは優しく抱き止めて、お姫様抱っこをしてくれた。

 

「桐生院さん、申し訳ない! 医務室に行ってるので、反省会はまた今度ということで!」

「分かりました!」

 

 そのまま、ウマ娘には到底及ばないけど――全力疾走と分かるそれで、トレーナーは私を宿泊施設の医務室に連れていってくれた。

 

 心地よい彼の温もりに抱かれながら、私は走る彼の顔を眺める。あぁ、中々良い勝利の褒美ではないか。お姫様抱っこに、真剣な彼の表情。これなら頑張った甲斐があったというもの。役得、役得。

 

「アポロ、下ろすからな!」

 

 足で豪快に医務室の扉を開けたトレーナーは、私をベッドの上に下ろしてくれた。それにしても、ここまで全力で走ったのは初めてかもしれない。本当に立ち上がることができない。ウマ娘の本能を上手く利用すれば、全ての力を出し切ることができてしまうのか。妙に納得しながら、私は医療キットを探すトレーナーに視線を送った。

 

「軽く擦りむいただけだよ」

「激しい運動直後だから、痛みを感じてないだけだ」

「そんなことないのに」

 

 私は自分の頑丈さを知っている。ヒヤリとはしたものの、この程度の無茶で怪我をすることはない。

 

 とみおが私の膝元に手を伸ばす。消毒液を染み込ませた綿を押し付けられ、痛みで身体が動く。

 

「いてて」

 

 受身を取る時に膝を擦りむいたらしい。自動車と同程度の速度で走ってこの程度の怪我で済んだのだから、幸運と頑丈さもいいところだ。

 

 苦笑いしながら痛みを主張していると、とみおが唇を結んでいた。何か言いたげな視線。私は茶化した表情をやめて、「どうしたの」と彼に語りかける。彼の言葉は不思議なものだった。

 

「どうして君は……そんなにも全力でいられるんだ?」

 

「どうして、って……そんなの決まってんじゃん」

 

 私は白い歯を見せて、あっけらかんと笑った。

 

「自分のためだよ」

 

 

 

 ――模擬レース、走破タイムは2分25秒00。

 大いなる成長と、新たなる大逃げの境地と可能性を垣間見て――私達の合宿は終了した。



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15話:爆逃げ☆シスターズ!?

 夏休みが終わり、9月を迎えたトレセン学園。夏合宿をしていたクラスメイトの多くは、一皮剥けたと言っていいほど雰囲気が変わっていた。やけに目つきが鋭くなっている子がいたり、筋肉の付き方がエグいことになっていたり。

 

 私は日焼け止めを塗りまくっていたからあんまり日に焼けてないけど、みんな健康的な小麦色の肌になっている。中には、海辺で夏合宿を行っていたため、水着の形にくっきりと焼け痕が残ってしまった子もいるらしい。

 

 世間一般で言うような温い「夏休み」を過ごしたウマ娘は多くない。みんな、狂気的なまでに自分磨きに勤しんでいたはずだ。昔は「どうしてそこまで自分を追い込むことができるのか」と不思議に思っていたのだが、今なら彼女達の気持ちがよく分かる。誰もが強い理由や目的を持っているからだ。ウマ娘の勝ちに対する異様なまでの欲求は、感情と強く結びついてその効力を増す。私だって例外ではない。入学したての頃より、心も身体も遥かに成長した。

 

 次なる目標は10月3週の1勝クラス・紫菊賞。京都で開催されるレースで、芝2000メートルの右回り。それを勝てばいよいよオープン戦か重賞に挑戦、といったところである。

 

 始業式を終えたオフの日、トレセン学園内をウロウロしていると、中庭の方面をメジロパーマーとダイタクヘリオスが歩いていた。

 

「ほんとにウェイって言うんだ……」

 

 2人は仲睦まじく会話をしながら私の前を通り過ぎていく。オタクに優しいガチ陽キャのヘリオスちゃんは何を言っているかよく分からないが、パーマーちゃんの口調は比較的常識人っぽい。

 

 まあ、若者らしくきゃいきゃいと戯れてはいるものの、2人ともG1を勝った名ウマ娘だ。制服の下に隠された肉体は鋼じみているし、脚は言うまでもなく鍛え抜かれている。

 

(やっぱ、G1級にはまだまだ敵わない……か)

 

 あの人達の脚に比べたら、私の脚なんて木の棒みたいなものだ。羨望の眼差しを向けて、私は2人を見送る。

 

 そんな中、彼女達が通った道にハンカチが落ちているのに気づいた。

 

「ん……?」

 

 可愛らしい花柄のハンカチだ。土を払いながらそれを拾い上げ、持ち主を探して辺りを見回す。これ、パーマーちゃんかヘリオスちゃんのやつだよね? 早く届けてあげなきゃ。

 

 でも、話しかけるのはさすがに緊張するなぁ……。爆逃げの大先輩だもんね。しない方がおかしいというものだ。でも、私ってば既にマルゼンさんと仲がいいし、大物に話しかけるなんて今更だな。

 

「あ、あの――すみませんっ!」

 

 私は小走りでパーマー・ヘリオスのギャルコンビの背中を追った。ほとんど同時に2人の耳がこちらを向き、怪訝そうな視線が私に浴びせられる。まあ、友達といる時に見知らぬ他人に呼び止められてモヤッとしない人はいないだろう。それにしてはちょっと怖いけど。

 

「お、落し物……です」

 

 どちらかと言えば話の通じそうなメジロパーマーに涙目で縋りながら、おずおずとハンカチを差し出す。2人は顔を見合わせてから、それぞれのポケットを探り始めた。

 

 あっ、という声を上げたのはダイタクヘリオスだった。照れくさそうに頬を搔いて、彼女はぺろりと舌を出した。

 

「ごめ、それウチのやつだ☆」

「もう……ヘリオスはうっかり屋さんだなぁ」

「あはは! マジ気づかなかった!」

 

 ダイタクヘリオスがけたけたと笑い、メジロパーマーが嬉しそうに溜め息をつく。一応落し物を届けたのは私なんだけど、彼女達の雰囲気が強すぎて、2人の間だけで話が進んでいるみたいだ。何故か私だけが置いてきぼりにされてる感覚。

 

 ちょっと居心地が悪いので、私はヘリオスちゃんにハンカチを渡すと、そそくさと2人から距離を取った。

 

「それじゃ、私はこれで――」

 

 そのまま背を向けて寮に走ろうとした、その瞬間だった。

 

「待った」

 

 メジロパーマーの声が私の背中に飛んでくる。

 

「あなた――アポロレインボウちゃんだよね」

「えっ」

 

 理外の一言だった。思わず振り向いてパーマーちゃんを見る。どうして私の名前を知ってるんだ? まさか、目をつけられていた? なんで? グランプリウマ娘のパーマーちゃんに?

 

 恐ろしくなってその場からびたりとも動けなくなる。メジロパーマー魅惑のタレ目が私を睨む。ぬるりと肉薄してきたパーマーは、私の首に腕を巻き付けてきた。

 

 ひょえ、という情けない声が私の口から漏れる。

 や、やば……! パーマーちゃん近くで見るとクソ可愛いし美しい……! あと凄くいい匂いがする……さすがメジロ家のお嬢様だぁ。

 

 びくびくと身体が震える。春秋グランプリ連覇の爆逃げウマ娘に触れてもらえるとかどんなご褒美だよ。しかも、パーマーちゃんは私の耳元でこんなことを囁いてくる。

 

「ハンカチのお礼させてよ、アポロレインボウちゃん。あなたのことずっと気になってて、いつか話したいと思ってたんだ」

 

 その瞬間、白目を剥いて痙攣しなかっただけ私は偉いと思う。爆逃げの先輩と話したかったのはむしろ私の方だ。私は高速で首を縦に振って、メジロパーマーの顔をガン見した。やばい、メジロパーマーちゃん好きすぎる。

 

「なになに!? パーマーこの子と知り合いだったん!?」

 

 私達の様子を見て、物凄い勢いでヘリオスちゃんが私とパーマーちゃんに抱き着いてくる。爆逃げギャルにサンドイッチされる形になって、私は今度こそ悲鳴を上げそうになった。図らずも百合の間に挟まる男になった気分だ。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。

 

「この子めちゃくちゃいい爆逃げするんだよ? ヘリオスもアポロちゃんのレースを見たらきっとファンになると思うよ」

「マジ!? ちょー気になるんですけど!」

「あわわ……」

 

 こうして私はギャル2人組に挟まれたまま、どこか遠くに連れ去られてしまうのだった。

 

 

 彼女達に連れられてやって来たのは、ウマスタグラムで人気のスポットである「ウマーバックスコーヒー」だ。とりあえずここで買ったコーヒーだのエスプレッソだのをウマスタに上げれば陽キャアピールが出来るらしい。グリ子談。

 

 ……さて。

 私は今、陽キャ特有のゴリゴリした距離の詰め方に困惑しています。先程からほっぺたをふにふにしてくるヘリオスちゃんにされるがまま、私はウマーバックス店内のテーブル席に座っていた。

 

 ありがたいことに、私はカプチーノを奢ってもらった。パーマーちゃんはホットチョコレートを、ヘリオスちゃんはモカを頼んでいた。商品を並べてパーマーちゃんがウマホでパシャリ。ヘリオスちゃんは内側にカメラを向けて、3人の顔を画面内に収めてからシャッターを切った。

 

「アポロちゃん。この写真、ウマスタに上げてもいい?」

「あ、はい! 全然いいですよ!」

「ウチも上げていいかな? 顔写っちゃってるけど」

「オッケーです! ……後でその写真くれませんか?」

「もち! じゃ、アプリで友達になっとこ!」

「あ、私も登録よろ〜」

「分かりました!」

 

 ウマスタのフォローを交換し、メッセージアプリで友達登録を行う。しばらく待っていると、ヘリオスちゃんとパーマーちゃんのウマスタが更新される。メジロパーマーのウマスタに上げられた写真は、3つのコーヒーカップが寄り添うような写真。四隅には僅かなデコレーションがされており、こういう細かい編集にもギャルっぽさが垣間見える。パーマーちゃんの写真に添えられた一言は『期待の後輩とウマーバックスなう!』。どうして私のことを知っているのか後で聞くとしよう。

 

 対して、ダイタクヘリオスのウマスタに上げられた写真は、とびきりの笑顔を披露するギャル組と――2人に挟まれて引きつった表情のアポロレインボウが写ったものだった。写真に添えられた『ウェイ!』の一言が男らしい(?)。

 

 つーか、上手いこと加工して違和感のないように仕上がっているけど、私の場違いな素人ですよ感が半端ない。

 

 やっぱりG1ウマ娘ともなると、モデルの仕事やテレビの取材をしたこともあるんだろう。写真の写り方がめちゃくちゃ上手い。この辺もいつかは覚えるべき時が来るんだろうか……。

 

 私も一応友達付き合いの中でウマスタアカウントを作っている。ちなみに、写真は一切上げていない。だって、重賞を取ってから活動しないと生意気に思われそうだからさ……。今も特に、呟きをするとか、写真を上げたりするとかはしない。

 

 しかし、ギャル組の写真がアップロードされた数分後から、私のウマホの通知が止まらなくなった。フォロワー爆増のお知らせである。いや、まだ私何も呟いてないんですけど……。

 

 ……流石は若者に超人気のギャルウマ娘。フォロワー50万人越えは伊達じゃない。

 

 ひやひやしながら私はウマホをしまった。そして、正面にいる2人の爆逃げウマ娘に視線を投げかける。

 

「……で、パーマー先輩。どうして私のことを知ってるんです? ジュニア級でメイクデビューをしたばかり、重賞に掠りもしてないただのウマ娘を」

 

 私の質問に、メジロパーマーはにこにこと柔和な表情を崩さない。上品な仕草でホットチョコレートを啜ると、彼女は考え込むような素振りを見せた。

 

「……マックイーンの元サブトレーナーの人、桃沢トレーナーだっけ」

「とみおがどうかしたんですか?」

「マックイーンがさ。『独り立ちしたサブトレーナーと担当ウマ娘が立派に成長するまで、私達がしっかり見守ってあげませんと』……みたいなことを頻繁に言っててね、ずっと心配そうにしてたんだ」

 

 ……驚いた。マックイーンちゃんがサブトレーナーだったとみお(とその担当ウマ娘である私)を心配していたとは。

 

「マックイーンがあんまりにも心配そうにしてるもんだから、私もすっかり気になっちゃってさ。アポロちゃんのこと、マックイーン以上にずっと追いかけてたんだ。……と言っても、レース結果だけなんだけどね」

 

 頬を人差し指で掻くメジロパーマー。ダイタクヘリオスはうまつべから私のレース動画を探して視聴しているらしく、ウマホをずっと注視している。

 

「メイクデビューと1回目の未勝利戦、凄く苦しかったと思う。……でも、2回目の未勝利戦でアポロちゃんは不安とか心配を全部ぶっ壊してくれた! 動画を見て、アポロちゃんの逃げには間違いなく人を惹きつける力があるって確信したよ!」

 

 キラキラと目を輝かせながら私に熱く語りかけてくるパーマーちゃん。レース動画を見終わったのか、ヘリオスちゃんも叫び出しそうな勢いで机に身を乗り出してくる。

 

「アポロちゃんはもっと上に行ける。でも、それにはちょっと足りないことがあるかな」

「足りないこと?」

 

 待ってましたと言わんばかりにヘリオスちゃんが私の後ろに回り、あすなろ抱きしてくる。

 

「アポロっち、ちょっと走り方を変えるだけで、マジパないウマ娘になれると思うよ! 今の走り方じゃキュークツじゃない?」

「わ、私の走り方に欠点があるんですか?」

「欠点というか、何と言うか。爆逃げに慣れてる私達には分かるんだ。ちょっと違和感があるって。でも、それには()()()()()()()()()()()()()()()意味がないのかも」

「……?」

「負けてから見直すのでも悪くはないと思うよ。もちろん、私達のこの指摘が間違ってるかもしれないから……桃沢トレーナーとよく話し合ってくれると嬉しいな」

 

 そう言って、パーマーちゃんはホットチョコレートに口をつけた。洗練されたその動作に見惚れていると、彼女はすっと席を立った。

 

「お節介なことしてごめんね。余計なことを言っちゃったかも……まあ、世話焼きな先輩が応援してるよってことでここはひとつ」

 

 何か予定があったのだろうか。メジロパーマーは席を立って、申し訳なさそうにしながらその場を後にした。

 

「爆逃げ最高! 応援してるよアポロっち! ウェーイ!」

 

 ダイタクヘリオスもそんな彼女に続いて店内から姿を消した。

 

「…………」

 

 残された私はぽかんとしながら、パーマーの残してくれた金言を思い出した。

 

 ……私の爆逃げには、何か形容しがたい弱点があるようだ。もちろん私自身、この爆逃げが完璧だなんて思ったことは一度たりともない。それでも、その道の先輩が明言してくれるのとしてくれないのでは、かなりの差がある。

 

 『私自身が気づいて直すべき』、『敗北してから見直しても遅くはない』――か。

 

「一体、()()()()()()()()()()()私の弱点って何なんだろう」

 

 私は温くなったカプチーノを啜った。

 

 

 

 

 そして――時は過ぎて、10月中旬。

 迎えた紫菊賞、私は驚くべきレースを経験することになる。



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16話:京都にて舞う

 まだまだ夏の残滓が猛威を振るう10月3週目。夏と冬の間の季節、秋が無くなってきている……なんて言われ始めたのはいつ頃からなのだろうか。紅葉の存在しない10月というのは視覚的に些か寂しいものとなった。

 

 私達が降り立ったのは千年の都、京都。関東にあるトレセン学園からは新幹線を使っての遠征になった。大事を取って2日前から現地入りした私達は、手狭なホテルに泊まることにした。

 

 そしてレース前日、私達は京都レース場の下見に来ていた。ホテルから電車に乗って、淀駅で下りる。すると、淀駅のあちこちに『月刊トゥインクル』の交通広告がビッシリ。未だに会ったことはないが、乙名史記者の担当する雑誌である。中々雰囲気があるなぁ、さすがにレース場の最寄り駅だなぁ、なんて思いながら私達は僅かな人の流れに沿って歩いた。

 

 屋根付きの通路を通って、あっという間に見えてきた京都レース場。レース場に渦巻く熱気はどこへやら、京都レース場は遠くから聞こえてきそうな川のせせらぎに囲まれて沈黙していた。

 

「うわ〜、初めて来たよ……ここが京都レース場かぁ!」

「京都レース場……菊花賞と天皇賞・春が行われるレース場だ。アポロと俺にとっちゃ、東京とか中山よりも馴染みのあるレース場になるかもしれないな」

 

 基本的に土曜日と日曜日以外にはレースの行われないトゥインクル・シリーズ。しかし、レース場の多くは平日や祝日にも入場可能だ。人はあんまりいないけどお店はちゃんとやっているし、スタンド周辺の公園などには家族連れの姿も見えた。平日はレース場と言うよりテーマパークとしての側面が強いのだろうか。

 

 私達はスタンド裏手から京都レース場に入場し、そのまま高くそびえ立つスタンド内に入った。目指すはレース場を斜め上から展望できる、スタンド5階の屋外席である。

 

 私達は京都レース場の一種のシンボルとも言える細長いスタンドを上り、5階までやってきた。さすがは一大エンターテインメント、客席の広さが半端じゃない。

 

 土日の間は有料の指定席とされているらしい室内空間を抜け、私はとみおの背中を追い抜いて屋外席にかじりついた。

 

「わぁ……!」

 

 地上からかなりの高さがある屋外席は、清涼な風の吹き抜ける開放的な空間だった。1階席からでは見えなかったであろう向正面まで肉眼で捉えることができる。より熱心なファンは、こうして人混みのない席からウマ娘達を応援するのだ。空が近い。いい眺望ではないか。

 

「はしゃぎ過ぎて落ちるなよ」

「あんまりバカにしないで」

 

 後ろから私を追ってきたとみおが、からかうように笑った。私はむっと頬を膨らませて、持ってきた双眼鏡を取り出す。トレーナーもバッグから双眼鏡を取り出して、人差し指でくるくると回転させた。

 

「太陽は絶対に見るなよ〜」

「とみおじゃないんだから、そんなことしないもん」

「おいおい」

 

 冗談を言い合いながら、私達はコースの下見を開始する。

 

 様々な写真やマップ、3Dデータで京都レース場を観察する機会はいくらでもある。しかし、肉眼で実物を見るのと見ないのでは天と地の差がある。2日前に現地入りして、レース前日を全てコース観察に費やそうとしているのもそういう意図があった。

 

 ――さて。京都レース場はよく「淀の坂」とか「淀のナントカ」なんて言われるが、実際は宇治川の傍にある。向正面の更に向こう、地平線と交わりそうなところにキラキラとした水面が僅かばかり覗いている。これが宇治川。

 

 ちなみに、「淀」というのは地名だ。川名ではない。淀川自体は、宇治川と桂川と木津川と合流したその先にある。まあ、細かいことはどうでもいい。オタクの悪いところだ。淀という地名からこの愛称が出来たらしい、と言うことを何となく知っておけばいい。

 

 で、京都レース場と言えば――内バ場に大きな池があることで有名だ。かつて存在した三日月湖を利用して作った池らしい。私も最近まで知らなかったけど、京都レース場は大外に芝のコースがあり、その内側にダートコース、そして最内に障害レース用のコースが存在する。つまり、障害コースの内柵の更に内側、楕円になっている部分の多くが水で満たされているというわけだ。

 

 京都レース場のシンボルは、その池に飼われているらしい白鳥(スワン)。私達がいるスタンドも「ビッグスワン」だの「グランドスワン」だの、特殊な呼び方があるらしい。

 

 京都レース場のコース以外の部分を充分に堪能した私は、双眼鏡を使って本命のコースをなぞるように観察し始めた。

 

「やっぱりあの坂ヤバくない? ここから見てもすごい盛り上がってるじゃん」

「……う〜ん。そこ以外が平坦だから、あの山場でバランスを取っているんじゃないかな。スピード・スタミナ・根性・レース勘の良さ……これら全てを競い合うのがトゥインクル・シリーズだからね。レース場による違いはあるけども」

 

 私ととみおが注目したのは、向正面の終わり際から第4コーナーの始まりまで続く大きな上り坂と下り坂だ。そこには、私のような逃げウマ娘を潰すためだけに用意されたかのような、高低差4メートルの丘が控えている。急な上り坂と急な下り坂は、常に全力疾走せざるを得ない私のスタミナと脚を根こそぎ持っていくだろう。それ程までに、高低差4メートルというのは強烈だ。

 

 まあ、逆に言えば――それ以外はほとんど平坦なコースである。そこさえ大崩れせずに越えられたなら、私の勝利は確約されると言ってもいい。それが出来れば苦労なんてしないけど。

 

 かなりの時間集中しながら双眼鏡を介してコースを見ていたため、目の奥がずきずきとした疲れを訴えてくる。双眼鏡を下ろして、人差し指と親指で目頭を押さえた。遠くをずっと見てると何で疲れるんだろうなぁ……。

 

 ぐしぐしと目を擦り、再びコース観察に精を出そうとすると、ふと隣のとみおの真剣な姿が目についた。双眼鏡に目を当てて、ぶつぶつと独り言を呟いている彼。ウマ娘程ではないが、人間にしてはかなりの量の闘志が溢れ出している。

 

 私のために、本気になってくれているんだ。うず、と身体が震える。尻尾が揺れる。彼に触れたくなってしまう。独り占めしたくなってしまう。あぁ、こんなにも湧き上がる衝動を抑えきれないなんて。

 

 だけど――まだだ。この想いを解放するのはずっとずっと先のことになるだろう。その時までは我慢。溜め込んで溜め込んで、闘争心に置換していかなければならない。

 

「ね、トレーナー。そろそろお昼にしない?」

 

 私は頭を振って、トレーナーの袖を引いた。私の手の感触に気づいた彼は、双眼鏡を引っ込めて私の方を見てくる。

 

「そうするか。このレース場のグルメも知っておきたいしな〜」

 

 こうしてコース観察を終えた後、私達はスタンド内にある飲食店を見て回ることにした。

 

 

 昼食を食べて帰路に着く際、レストランブースに『名ウマ娘の殿堂』と銘打たれた小規模なコーナーがあった。そこにいたのは、怪我に苦しんだ三冠ウマ娘のナリタブライアンと、世間に芦毛旋風を巻き起こしたオグリキャップの等身大パネル。

 

 レースを勝ちまくれば、私もいつか彼女達の隣に並び立つことが出来るのだろうか。そんなことを思いながらホテルに帰った私達は、長いミーティングを終えた後、明日に備えて早々と身体を休めることにした。

 

 

 

 そして迎えた10月第3土曜日、京都レース場第8レース紫菊賞。13時過ぎの発走になる紫菊賞だが、私は集中力を高めるために10時に現地入り。熱気渦巻くレース場の雰囲気に当てられて、テンションを高めつつレース場周りを軽くランニングしていた。

 

 今日から日本の空は低気圧に覆われ、秋相応の気温へと落ち着いていくらしい。今日の最高気温は24度と落ち着いている。風は無く、発表は良バ場。走るにはうってつけのコンディションだ。

 

 グリ子やジャラジャラちゃんは食堂のテレビで私のレースを見てくれるらしい。マルゼンちゃんからは「自宅から見てるわよ〜」とのメッセージを、パーマーちゃんとヘリオスちゃんからは「爆逃げしか勝たん」とのコメントを賜った。ギャル2人はちょっと何を言っているか分からないけど、とにかくありがたい限りである。

 

 軽いゼリー飲料を胃に入れて、遂に発走時間の30分前を迎える。控え室で体操服に着替え、とみおと軽く話した後、私は地下道を通ってパドックのお披露目に向かった。

 

 パドックには、何故か多くの観客が訪れていた。とみおが「心配はしていないけど、当てられるなよ」と漏らす。それ程までに観客の入りが多く、私は困惑した。

 

 京都レース場の第10レースとして、ダートスプリントのオープン戦「太秦(うずまさ)ステークス」があるのだけど……そのレースのおかげで賑わっているわけではなさそうだ。

 

 耳を澄ませてみると、なるほど東京レース場第10レースとして「アイルランドトロフィー府中ウマ娘ステークス」が行われるらしい。エリザベス女王杯のステップレースにして、1800メートルのマイルG2。京都レース場周辺に住む人は、パブリックビューイングのためにここに訪れたのだろう。

 

 まだ第10レースまでは時間がある。ならば、それまでの時間潰しとしてこの紫菊賞を見に来ても何ら違和感はない。来年のクラシックに挑むウマ娘は有望株が多い。早いうちに唾をつけておいて、後から「俺、〇〇ちゃんのレースは条件戦からずっと見てたぜ!」とマウントを取りたいという人は結構いるからね。

 

「アポロレインボウしか勝たん」

「どうした急に」

「見ろよあの足回り。前回の未勝利戦から更に鍛えてきてるのがよく分かる。目測2センチは太ももが太くなっているだろう?」

「確かに……二の腕も筋が浮いて見えるぞ」

「何より、爆逃げの脚質はシニア級の子達でさえ慣れている子が少ない。デビュー戦のトラウマを乗り越えたという精神的アドバンテージもある」

「そういうことか! 1番人気の理由が分かった気がしたぞ……!」

 

 観客の声を聞き流しつつ、パドックでとみおと最終確認。今日の作戦はいつも通りの大逃げだ。一切の手を抜かずにぶっちぎっていいらしい。これから来たるであろう重賞の予行練習でもあるのだが……私、他のウマ娘をちぎれるほど強くはないと思うんだけど。

 

『1番人気はこの子、アポロレインボウ』

『落ち着いていますね。断然この子の実力は抜きん出ていますよ。ここを順当に勝ち上がれば、ホープフルステークス並びに重賞が見えてくるところです』

 

 ホープフルステークス……ジュニア級G1のひとつ。スピーカーから飛んでくる耳触りの良い声はそんなことを言っているが、どうにも実感が湧かない。私がハッピーミークやスペシャルウィークをライバル視し、己の実力のなさを嘆いているからだろうか。

 

「アポロ。脚に違和感を感じたらすぐに止まること。チャンスは何度だってあるんだからな」

「うん、分かってる。それよりさ、手出して」

「……また()()か? 勘弁して欲しいんだが」

 

 私はとみおに迫る。パドックで目立つ位置にいるため、とみおは周囲を見渡して引きつった笑いを浮かべている。

 

「大丈夫。手を握るだけだから」

「そ、そうか。それならまぁ」

 

 おずおずと差し出された手を取って、私は両手で包み込む。

 

 とくん、とくん、と心臓の鼓動が高まっていく。

 

 すかさず、その温かみを手放して――冷酷に燃え盛る闘争心に変換させる。ぎゅぅと彼の手を握り締め、私はとみおに笑いかけた。

 

「――行ってくる」

「おう、待ってるからな」

 

 すぐに本バ場入場が始まり、ファンファーレが鳴り響く。これまでは8人がフルゲートだったため小ぢんまりとしていたゲートも、今日はより大きい。

 

 私は胸に秘めた闘争心を糧に、ひゅぅと息を吸い込んだ。

 

 ――行ける。

 心は熱く、思考は冷静そのものだ。

 

 ゲートに入り、ライバルには目もくれずに真っ直ぐ前だけを見る。

 

『京都レース場、第8レース。ジュニア級1勝クラスの紫菊賞がこれより発走します』

『来年のクラシックを占う大事な条件戦です! 頑張って欲しいですね!』

『1番人気のアポロレインボウは4枠7番のゲートに入りました。落ち着いた表情です』

『私イチオシのウマ娘です! 見る者を魅了する大逃げに期待がかかります!』

 

 紫菊賞はフルゲートに満たない15人で行われることになった。私は中央内枠気味のゲートに入って頬を叩く。そもそも10人以上のレースは初めてだが、序盤の紛れさえなければバ群に沈む恐れはない。

 

 必死に練習してきた。想いの力もある。何の心配もないのだ。胸を張って、とみおが育ててくれたアポロレインボウを見せつけるだけである。

 

 全てのウマ娘がゲートインし、しんと静まり返る観客席。数万の観客が入っているそうだが、マナーの良さに驚くばかりである。

 

『さぁ、紫菊賞がスタートしました!』

 

 静寂を破ったのは、私のロケットスタートだった。地面に沈み込むような姿勢で、早くも2番手を置き去りにする。

 

 ここからは2000メートルの一人旅。淀の坂で潰れるかどうか――つまり自分との戦いになる。

 

 私はぐんぐんと速度を上げて独走態勢に入った。第2コーナーを抜けて向正面。2番手との距離は……大差がついていてよく分からない。

 

 でも、あの合宿のハッピーミークはどうだった? 距離は2400メートルだったものの、あっという間に追い詰められてクビ差まで迫られた。かの優駿達はここからどうする? スペシャルウィークは? エルコンドルパサーは? グラスワンダーは? 全員が全員、間違いなく私の横を抜けていくだろう。

 

 レースとは、一番速い者が勝つのではない。一番強い者が勝つのではない。一番()()者が勝つのだ。

 

 どれだけ遅かろうと弱かろうと関係ない。トリックでも()()でも何でも使って、ゴール板を最初に駆け抜ければいいのだ。

 

 だからこそ、私の爆逃げはフィジカル・ギフテッドを持つ者達には効かない。何かしらの未熟さを抱えていなければ、このハイペース戦術は何の効果も持たないのである。例えば精神力の弱さ。「あんなに離れていて追いつけるだろうか」という焦りを期待してのこの爆逃げは、過剰なまでの自信と実力を持つ者に対してはかなり弱い。

 

 極端な話、最終コーナーまで()()()()()()()()()()()()で進まれて、そこから溜め込んだ末脚を爆発させられたら、私はあっけなく負ける。ハッピーミークの時もそうなりかけた。

 

 相手の不安に期待する脆弱な作戦。私の爆逃げは相手のミスに期待したものでしかないのだ。もしかすると、メジロパーマーやダイタクヘリオスは、この()()()()()()()に苦言を呈していたのかもしれない。

 

 迫り来る淀の坂。酸欠状態のためなのか――脳が作り出した優駿達の幻影が私の背後を走り始める。ぎょっとするのも束の間、セイウンスカイが()()をしてくる。グラスワンダーが私を睨んで()()()くる。スペシャルウィークが真っ直ぐこちらを目指して加速してくる。キングヘイローが最後方で私を窺っている。エルコンドルパサーが完璧な先行策で抜け出さんと迫ってくる。

 

 どいつもこいつも、めちゃくちゃなスペックだ。面白いくらい、そのスタミナを使って()()()()()。とことんまで才能の差を叩きつけてくる。バカにしやがって――トレーナーと私を舐めるなよ。

 

 淀の坂を根性で上りきり、緩やかに下っていく。セイウンスカイが仕掛けてくる。エルコンドルパサーが上がってくる。まずい、と思ったのも束の間、セイウンスカイが舌を出しながら私を抜き去った。

 

 完璧な爆逃げ、後続を潰す高速逃げだったはずだ。

 しかし、指折りの才能達は私を嘲笑うかのように先を行く。

 

 セイウンスカイに抜かれた瞬間、エルコンドルパサーとスペシャルウィークが私の横を抜けていく。第4コーナーに入って、グラスワンダーやキングヘイローにも抜かれた。

 

 何で、どうして。叫びたくなる気持ちを抑えつけて走る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は敗北感に苛まれながら、1着で見事ゴール板を駆け抜けた。

 

 

 しかし――優駿達の幻影とは大差の6着。

 私はまだ、最強世代には遠く敵わない。

 

 



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17話:反省と恋心と

『ご、ゴール! アポロレインボウが1着でゴールイン! これは――2着のファイフリズムに大差をつけての勝利となりました!』

『これは驚きましたね……1番人気とはいえ、ここまで完璧なレースをするとは』

 

 ざわざわと止まない喧騒。全力を出し切って疲弊した身体だったが、精神は萎え切っていた。敗北感と苦痛に満ちた心が身体を回復させ、すぐに歩けるまでになる。

 

 ゆっくりとホームストレートに戻りながら、電光掲示板に目を移す。すぐに『確定』の文字が点灯し、1着と2着の間には『大差』の表示がされた。幻影に取り憑かれていた私には、どれくらいの差がついていたのかは分からない。大差だから10バ身以上か。後でとみおにレース映像を見せてもらおう。

 

 そして、電光掲示板への興味を失おうとした時――タイム表示の上に見慣れぬ4文字のカタカナが存在感を示していているのに気づいた。

 

『れ、レコード!? レコードです! アポロレインボウ、ジュニア級のレコードを更新しました!』

『い、1分58秒5ですか……彼女のポテンシャルは歴代でも屈指ですよ』

 

 1:58:5。それが私の2000メートル走破タイムだった。実況解説が電光掲示板のタイムに驚愕すると同時、更に大きなざわめきが観客席に広がった。ある者は顔を見合わせ、ある者はウマホで歴代記録を確認し、ある者は「いいものを見た」とほくそ笑む。

 

 だけど、レコードを出したところで私の感情は全くもって揺れ動かなかった。盛り上がる実況と観客に苛立ちさえ覚えてしまう。

 

 だって、私はあのライバル達にあっさりと抜き去られたのだから。あいつらは、私なんか顧みず5人で勝手に争っていた。レコードを出そうが、あの優駿達は私の前を行っていた。

 

 ギリッと奥歯を噛み砕き、観客にその表情を悟られないように拳を突き上げる。お腹の底が痺れるような大歓声が私を包む。とみおも私に対して満面の笑みを向けてくれた。

 

 しばしの間観客に向けて勝鬨を上げた後、ウィナーズサークルでのインタビューもそこそこに、さっと踵を返して地下道に引っ込んだ。

 

 控室では両手を広げてとみおが私を出迎えてくれた。いつもムスッとした表情をしているけど、今日ばかりは何の曇りもない笑顔を私に向けてくれる。私は力なく微笑んで、とみおの胸に顔を押し付けた。

 

 冗談のつもりだったのだろうか。まさか本当に飛び込んでくるとは思っていなかったようで、とみおはあたふたし始める。

 

「あ、アポロ……どうした?」

「……ごめん。今はちょっとだけ、こうさせて」

 

 トレーナーの胸に顔を押し付けて、ぐっとシャツを握り締める。私の様子がおかしいことに気づいたのか、喜びの表情を引っ込めたとみおが背中を撫でてくる。

 

「怪我したわけじゃ……なさそうだな。何かあったのか? 嫌なことを言われたとか」

「……そういうのは、別にされてない」

「う〜ん、そっか」

 

 私はとみおの目の前にあるウマ耳を横に倒し、暗に「頭を撫でろ」と示した。その意図を察したとみおが私の頭に優しく触れ、毛並みに沿って手を動かしてくる。背筋にぞくりとした背徳感が押し寄せた。時々敏感なウマ耳に彼の手が当たって、うなじの辺りにぴりぴりと電撃が走る。

 

 恋に溺れ、幻影に打ちのめされ、今の私は普通ではない。次々に口から弱音が漏れ出して止まらなくなってしまう。

 

「とみお」

「うん?」

「……私、弱いよ」

「はは、レコードを出してこんなに凹む子は初めて見た」

「レコードなんて関係ない。このままじゃ、スペシャルウィークやセイウンスカイには敵わない」

「どうしてその2人の名前が出てくるんだ? 確かにその2人は世代の代表格だけど」

「――2人だけじゃないもん!! グラスワンダー、エルコンドルパサー、キングヘイロー……こんな爆逃げじゃ、みんなに勝てない!! とみお、私をもっと強くしてよ!!」

「――――」

 

 トレーナーに縋り付きながら、その胸を叩く。控室に痛いほどの静寂が訪れた。私は焦っていた。あの幻影達に大差を着けられて、余裕をもって土をつけられたことに。レースに勝って文句を垂れるとは迷惑もいいところだ。未熟で無様なウマ娘。それでも、不安が溢れ出して止まらない。

 

 いつの間にか、私が顔を押し付けていた彼のシャツはびっしょりと濡れていた。自覚のないまま、私は泣いてしまっていたらしい。あぁ、情けない。自分が嫌になる……。

 

 きっと酷い顔をしている。彼の顔なんて見られない。私はいっそう強く彼の胸板に身体を預けて、背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。

 

 身体が、心が、壊れてしまいそうだ。勝利の余韻を感じていたいのに、強力なライバルの存在に目が行って、目の前の勝利ひとつ喜べない。本当はもっと喜びたい。思いっ切り飛び跳ねて、とびきりの笑顔でとみおに抱き着きたかった。

 

 だけど、目に見えている私の弱点、距離適性、最強世代の5人に対するスピード・パワー不足が脳裏にチラつく。あの幻影達はそんな私の不安の現れだったのだろうか。

 

 文句も言わず慈しむように私の頭を撫でていたとみおは、軽く私の耳に触れた。

 

「……アポロ。今日のレースに出てたウマ娘の名前を覚えているか?」

「……え?」

 

 意図の分からぬ質問だった。私は素っ頓狂な声を出して、恐らく涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔を彼に向けた。とみおは苦笑いしつつ、胸ポケットからハンカチを取り出す。

 

「2着はファイフリズム。差し先行が得意だけど、ちょっとパワー不足だから成績にムラがある。3着のラブリーシルエットは、地方出身。中距離専門の距離適性。4着のロイアルマリーンはパフェが好き。太り気味はパワーのトレーニングで治したらしい。5着だったヤムヤムパルフェは、アポロを意識してか逃げをつかまえるトレーニングをしていたそうだ」

「……何が、言いたいの?」

 

 左手で私の頬に手を添えて、右手に持ったハンカチで私の涙と鼻水を拭うトレーナー。私の肌を傷つけないよう、丁寧で繊細な手つきを意識しているのが分かる。

 

「今日のレースに出ていたライバルは――正直、強くは無かった。でも、全員が全員、()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そ、んなこと……あるわけないじゃん」

「でも、可能性がゼロなわけじゃない。勝つためなら()()()()()()――俺達はそういう世界にいるんだ。そうなる未来があったかもしれないんだ。その場合、スペシャルウィークとかエルコンドルパサーとか、ここにいないライバルの名前を上げている場合じゃなくなるのは分かるよね? ……目の前のライバルを見ず、他の子に意識を割かれるだなんて。今のアポロは、他の子達に対して失礼だよ」

「っ……」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。優駿たちの幻影ばかりに目が行って、私は実際のレースの相手を見ていなかった。今日は何とかなったが、そんな状態でレースを重ねていたら、いつか足を掬われていたに違いない。

 

 急に悪寒がした。私、なんてことをしてしまったのだろう。アニメ1期で、スズカのことしか見ていなかったスペちゃんに激怒していたグラスちゃんの怒りが身に染みて分かった。私は下を向いて、情けなさのあまり瞳を閉じて拳を握り締めた。

 

「ごめんなさい……」

「反省できるのは君の良いところだ。これから気をつけような」

 

 そう言って、とみおは私の頭を撫でてくる。

 ……こいつ、本当にこういう所だ。どんどん私の心に入り込んでくる。

 

「アポロ。これから一緒に、強くなろうな」

「……うん」

「誰にも負けないくらい強くなって、最強のウマ娘になってやろうぜ」

「うん」

「これからもビシバシ行くからな」

「うふふ」

 

 もちろん強くなるために理想を追い求めるのは必要だと思うけれど、目の前の現実をこなしてから理想を見るべきだ。私はとみおの大きな身体に抱かれて、最後の涙を拭う。

 

「ほら、次はウイニングライブだろ? 京都のお客さんにアポロレインボウを見せつけていこうぜ」

「……あ。ねえとみお、私の目、腫れてない? 無様に泣いちゃって赤くなってたら最悪なんだけど」

「ぶ、無様って……泣いてるアポロも可愛かったと思うけど、どれどれ」

 

 またこの男は女の子を落とすようなセリフを吐きやがった。

 とみおが屈んで私の目をじっと見てくる。綺麗な漆黒の双眸。……とみお、やっぱり今日もカッコイイ。私だけのトレーナー……じゃなくて、何か急に照れくさくなってきた。頬から耳までが熱くなるのが分かる。そんなに見られたら普通に恥ずかしい。

 

「うーん。ちょっと腫れてるけど、遠くからなら分からないんじゃないかな? ……おい、アポロ? 顔が赤いぞ? やっぱりどこか怪我したんじゃ――」

「っ、うるさ! あっち行け! マジ最悪なんだけど!」

「え、えぇ……」

 

 私はトレーナーを軽く突き飛ばして、フンと鼻を鳴らした。頭をポリポリと掻いて苦笑するとみお。「これから着替えるんだから、外行ってて! ヘンタイ!」と控室からとみおを追い出し、扉をパタンと閉めた。

 

 だが、感謝自体は伝えないことには意味がない。照れくささのあまり暴言を吐いてしまったが、私はとみおに本当に感謝している。

 

「……本当にありがとう、とみお」

『……俺は君のトレーナーだからな。ウイニングライブ、楽しみにしてるよ』

「うん……それじゃ、また」

 

 私はとみおの気配が消えたことを確認して、扉と背中合わせになる。そのままズルズルと床にへたりこみ、真っ赤になった己の顔を覆った。

 

「マジでヤバい……私、とみおのこと好きすぎるでしょ……」

 

 今更すぎる気付きであった。

 

 

 

 ウイニングライブが終わり、その日のうちに関東へ帰ることにした私達。月曜からは普通に学校があるから、あまり長居はできないのだ。本当は観光とかしたかったんだけど、また今度にしよう。

 

 京都レース場からホテルに帰り、荷物を纏めて新幹線に飛び乗った。控えめに言って、お互いに疲労困憊である。

 

 私はレース直前まで精神を研ぎ澄ませていたし、肉体的にもこのレースに向けて調整したり何なりで死ぬほど疲れてる。とみおだって日々トレーナー室に閉じこもって色んな仕事をしていたし、私よりも寧ろ疲れているだろう。

 

 何より、「待つだけの立場」というのは意外にキツい。自分は何も出来ないというもどかしさ、負けた時の「自分がもっと何とかしてやれなかったのか」という無力感……ストレスの溜まる仕事であろう。

 

 そしてその証拠に――とみおは帰りの新幹線内で爆睡してしまった。

 ぐおお、という漫画みたいないびきをかいて鼻ちょうちんをぶら下げている。何なんだろうこの人は。

 

「……とみお」

 

 隣で寝るトレーナーの肩に寄りかかる。ウマ耳を彼の皮膚に寄り添わせて、接地面積を増やす。温かくて、大きな身体。触れているだけで心がぽかぽかする。

 

「……えへ」

 

 投げ出された彼の左腕が目に入ったので、つつ、と指先でなぞる。腕から肘へ、肘から手首へ、手首から手の甲へと指の腹を滑らせる。彼の手の甲に浮いた血管を、ぷにぷにと押し潰してみる。懐かしいような、可愛らしいような、不思議な感覚だった。

 

 かつて、男だった頃……自分の手はどんなだったか。もう忘れてしまった。何なら、この人の手の方が自分のそれよりも印象深い。

 

 浮いた血管で遊んだ後は、指先を弄る。大きな爪。節のある細長い指。躊躇いなく彼の左手に私の右手を絡める。俗に言う恋人繋ぎと言うやつ。彼の肩に体重をかけている上、無意識に伸びた尻尾がとみおの太ももに絡みついているから……傍から見たらとんでもなくイチャついている。まあ、乗客が絶妙に少ないし、誰も私達のことなんか見ちゃいない。公然でありながら2人だけの空間。それが不思議に心地よくて、ほぅ、と息を吐いて欠伸をした。

 

 こうして彼と手を繋いだのは初めてだけど、案外どきどきはしなかった。こんなもんか、とさえ思った。ただ、心地よい心臓の高鳴りが彼の吐息と混じり合っていた。

 

「……ん」

 

 とみおの温もりで眠気が襲ってきた頃、彼が身を捩って微かに息を漏らした。

 

「あ、起きちゃった? ごめんとみお――」

「……ぐぉ……」

「……寝てる、か」

「……んぅ…………ぽろ…………あぽろ……」

「!」

 

 左手のウマホに目を落とそうとした瞬間、私は彼の寝言に驚いて画面から目を離した。まさかこの人、私の夢を見てる? 不意に心臓が跳ね、彼の唇に釘付けになってしまう。

 

「……あぽろ…………かつぞ……」

「――っ」

「がん……ばるぞ…………あぽろ………………」

 

 彼の寝言に、感情が爆発しそうになった。

 

 私はとみおに対して恋愛感情を抱いている。でも、それ以上に親愛や尊敬の念も持ち合わせている。だから、彼の寝言に涙が溢れそうになった。

 

「――当たり前じゃん。絶対、勝つから」

 

 控室でしばらく分の涙は流したと思っていたのだが――再び流れてきた涙は留まることを知らなかった。

 

 

 こうしてオープンクラスに昇格したアポロレインボウ。

 ――次なるレースはホープフルステークス

 

 そこにあるのは、希望か絶望か。

 ジュニア級G1が、来る。



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アポロレインボウを応援するスレ

16:ターフの名無しさん ID:qTOQrnBX7

はい

 

17:ターフの名無しさん ID:PTu+PhJVF

はいじゃないが

 

18:ターフの名無しさん ID:oqN9K+ZCu

URA公式Webの発表によると、アポロレインボウちゃんは今度の紫菊賞に出るらしいよ!!

 

19:ターフの名無しさん ID:rrdUgT6+2

紫菊賞?

 

20:ターフの名無しさん ID:ciQow9zp1

聞いたことねーわ

 

21:ターフの名無しさん ID:oqN9K+ZCu

紫菊賞・・・ジュニア級限定の1勝クラス戦。

1着の賞金は1010万円、2着は404万円、3着は253万円

舞台は京都レース場、右回り2000メートルだとさ(ウマペディアから引っ張ってきた)

 

22:ターフの名無しさん ID:I4nQNhaFz

はえ〜

 

23:ターフの名無しさん ID:2wMfcFpj7

もし勝てば400万円+1010万円でオープンクラスに昇格やな

来年から最低でも3勝クラスから始動できるんちゃうか?たぶん

 

24:ターフの名無しさん ID:zYpe0BYTz

n勝クラスってなに?

 

25:ターフの名無しさん ID:LCkm48AZT

>>24 簡単に言えば

メイクデビュー勝ったで! 1勝クラス行くわ!

1勝クラス勝ったわ! 2勝クラス行くわ!

2勝クラス勝ったわ! 3勝クラス行くわ!

3勝クラス勝ったわ! オープン戦とか重賞行くわ!

って感じ(伝わるかな?)

 

26:ターフの名無しさん ID:zYpe0BYTz

>>25 かんぜんにりかいした

 

27:ターフの名無しさん ID:dRlG3ntNv

金色のあの人とかいう例外がいるんだよなぁ…

 

28:ターフの名無しさん ID:bqDy9b09u

例外中の例外を出すのはNG

 

29:ターフの名無しさん ID:PTnL2GNYp

ま、勝ってお金稼げば上のレベルのレースに出られる資格をゲットしやすくなるってことよ

 

30:ターフの名無しさん ID:IejNY6Q3Y

ふんわり知っておけばいいわよ

トゥインクルシリーズの賞金関係は覚えるのがムズすぎるし

 

31:ターフの名無しさん ID:zYpe0BYTz

みんなありがとう!

とにかくワイはアポロちゃん応援するわ

 

32:ターフの名無しさん ID:vIORGxqVD

せやな

 

33:ターフの名無しさん ID:kjncht7d7

シギク賞っていつ?

 

34:ターフの名無しさん ID:lJF3/6V2S

10月の第3土曜日どす

 

35:ターフの名無しさん ID:f0yoQcd7J

はんなりで草

 

36:ターフの名無しさん ID:gsulDjrKR

メンバーの予想というか出走表って出た?

 

37:ターフの名無しさん ID:dUDYODen3

出たよ〜♨︎

 

38:ターフの名無しさん ID:Zkvv1Be6M

貼るわ ちょいまち

 

39:ターフの名無しさん ID:bvXWS8PWZ

さんくす38

 

40:ターフの名無しさん ID:Zkvv1Be6M

↓↓↓以下出走表↓↓↓

1枠1番5人気ロイアルマリーン

2枠2番3人気ラブリーシルエット

2枠3番6人気エフェメロン

3枠4番11人気サードパーティー

3枠5番8人気イズカリ

4枠6番7人気デザートベイビー

4枠7番1人気アポロレインボウ

5枠8番10人気ティッピングタップ

5枠9番12人気ホットダイナマイト

6枠10番2人気ファイフリズム

6枠11番14人気ホエロア

7枠12番9人気ワンイチオブラブ

7枠13番13人気ルンバステップ

8枠14番15人気レベレント

8枠15番4人気ヤムヤムパルフェ

↑↑↑ここまで↑↑↑

人気は暫定だからそのうち変わるかも、スマソ

 

41:ターフの名無しさん ID:X9aK1On2V

>>40 ガチでナイス

 

42:ターフの名無しさん ID:C6d8+n9gW

>>40 サンキューヨンジュ

 

43:ターフの名無しさん ID:+vC56tV4P

フルゲートは18人だけど、今回は15人のレースかぁ

 

44:ターフの名無しさん ID:v7unFUyjk

サイト見てきたけど、アポロちゃんぶっちぎり1番人気やん

なんで?

 

45:ターフの名無しさん ID:PDHjSZOr+

たし蟹

 

46:ターフの名無しさん ID:KvcFqP1hO

言われてみれば人気の理由が分からんな

 

47:ターフの名無しさん ID:sUbgaOG5C

普通に実力が抜きん出てるからじゃない?

レース間隔も良いし、身体が仕上がってるとの噂もある

 

48:ターフの名無しさん ID:hgkwmec6A

実力…?

n番人気って単純な人気の現れじゃないの?

 

49:ターフの名無しさん ID:rlXLlnAxy

え?

 

50:ターフの名無しさん ID:dqqn0OXJ6

ワイは「誰が勝つか」の予想やと思っとったわ

 

51:ターフの名無しさん ID:x09iKOn88

あれ?

 

52:ターフの名無しさん ID:LqzaObmgG

ん?

 

53:ターフの名無しさん ID:EznGMq7Jg

この話はこれ以上しない方がいい気がするな

 

54:ターフの名無しさん ID:Xgu+bdrBf

せやな

 

55:ターフの名無しさん ID:oiOIDrYIo

紫菊賞が待ちきれないよ! 早く出してくれ!

 

 

 

 

246:ターフの名無しさん ID:EJUmLvZqG

なんかメジロパーマーちゃん&ダイタクヘリオスちゃんのウマスタにアポロちゃんの写真上がってたんだけど

 

247:ターフの名無しさん ID:NWWe3pwz9

 

248:ターフの名無しさん ID:h5HzkzpG3

嘘乙

 

249:ターフの名無しさん ID:tJGw9OKhl

なわけwww

 

250:ターフの名無しさん ID:5cvWhqoLV

方や超有名ギャル組、方や(掲示板の)アイドルやぞ

有り得ん話じゃない()

 

251:ターフの名無しさん ID:3JfQUGupe

いやマジじゃん

 

252:ターフの名無しさん ID:JIGhmIwgk

ソースはよ

 

253:ターフの名無しさん ID:MchHJUOHP

(醤´∀`ゆ)つhttps://umastagram.com/mejiropalmer0321

(醤´∀`ゆ)つhttps://umastagram.com/heliosbakunige0410

 

254:ターフの名無しさん ID:vi8i+svux

うわマジじゃん

 

255:ターフの名無しさん ID:Pd6C2yjMU

かっわ

 

256:ターフの名無しさん ID:OqkwotBU1

くそかわいい

 

257:ターフの名無しさん ID:BJV5Zitci

ギャル2人に比べると笑い方がぎこちないなw

それが可愛いんだけど

 

258:ターフの名無しさん ID:BCoU4EHU/

かわョ

 

259:ターフの名無しさん ID:KMfTrFDbA

神はいる。そう思った

 

260:ターフの名無しさん ID:G4iantoba

ワイもこの2人に挟まりてぇ〜w

 

261:ターフの名無しさん ID:UMXjRMkds

>>260 ガッ…………ガイアッッッ

 

262:ターフの名無しさん ID:F/pgBEphr

ビジュアルはG1クラス定期

 

263:ターフの名無しさん ID:IHpl00T2k

イイ…………!

 

264:ターフの名無しさん ID:BBjlsbEKk

このゆるふわな雰囲気が堪らないわね

 

265:ターフの名無しさん ID:fBlmD+4Rs

ピンク気味の芦毛

ぱっつんボブカット

青い瞳

クソかわいい

ちっちゃくてかわいい

声もかわいい

役満です

 

266:ターフの名無しさん ID:FMFEQIsk2

え? 声って聞けるん? 歌声以外で

 

267:ターフの名無しさん ID:YzpAKfNXI

>>266 勝利者インタビューの動画で聞けるお(^ω^)

https://m.umatube.com/watch?v=LhfI3vgAtz8

 

268:ターフの名無しさん ID:ioA21/HeA

この3人で爆逃げシスターズとして売りに出さないか?

 

269:ターフの名無しさん ID:sjKfdNDj5

アポロちゃんカプチーノ飲むんだね

ワイとお揃いだぁ(ニチャァ)

 

270:ターフの名無しさん ID:K1m+msj7T

>>269 きっしょwwww

 

271:ターフの名無しさん ID:pV9eyivG/

はぁ ワイもウマ娘に生まれたかった

合法百合したいお……

 

272:ターフの名無しさん ID:1v1tT6YH/

>>271 こいつがウマ娘に生まれないで本当に良かった

 

273:ターフの名無しさん ID:FMFEQIsk2

>>267 インタビュー動画見てきますた

声良すぎな? 鈴の音のような声ってこんなのを言うんだね

 

274:ターフの名無しさん ID:jXTJOcJnd

アポロちゃんの目覚まし音声欲しい

 

275:ターフの名無しさん ID:LNCdX//B6

アポロちゃんの歌が指定時間になったら流れるプログラム作ったわ

ワイは毎朝聞いとるで^^

 

276:ターフの名無しさん ID:yrdmYEBU0

ウソでしょ……

 

277:ターフの名無しさん ID:P9tkNGtiP

あれ、アポロレインボウはウマスタグラム稼働してないんだ

彼女のアカウント見つけたけど、まだ投稿0じゃん

 

278:ターフの名無しさん ID:osFHfwwHK

なおフォロワーは7万人の模様

 

279:ターフの名無しさん ID:JNjfmvug6

!?

 

280:ターフの名無しさん ID:ihuhtNJlv

7万……?

アポロちゃんはワイらだけのアイドルじゃなかったんか……?

 

281:ターフの名無しさん ID:ygbjrZ1vd

7万人の掲示板民がいるんでしょ

 

282:ターフの名無しさん ID:qrbY8mbOx

投稿0でフォロワー7万人って普通に事件でしょ

 

283:ターフの名無しさん ID:NOnEdzLlX

同世代じゃ人気はぶっちぎりよね

 

284:ターフの名無しさん ID:hxZ9ND0KL

せやなぁ

 

285:ターフの名無しさん ID:oQ5MChrGO

早くアポロちゃんウマスタに何かしら投稿してくれ!

 

 

 

 

471:ターフの名無しさん ID:2W/ax+RzL

みんな起きてるな!!

今日はアポロちゃんが出る紫菊賞だぞ!!

 

472:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

この日のために仕事休んで現地観戦するお(^ω^)

 

473:ターフの名無しさん ID:aaYfaYpDL

現地民いいな〜

 

474:ターフの名無しさん ID:BwMDCcRVd

アイルランドT府中ウマ娘Sのパブリックビューイングもできちまうんだ! みんなも京都に来い!

 

475:ターフの名無しさん ID:oHNFmWQ96

京都第8レース紫菊賞は13:45分の発走です

それまでは寝てていいよ

 

476:ターフの名無しさん ID:14TwE8D6m

いや眠れね〜よ

 

477:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

現地民です

とみおとアポロちゃんを発見しました

手を振ったらアポロちゃんが振り返してくれたので心臓発作により無事死にました

 

478:ターフの名無しさん ID:VTtV9M0Wd

>>477 ずるい

 

479:ターフの名無しさん ID:UtW/qvMhI

>>477 羨ましすぎるんだが

おまえ前世でどんだけ徳積んだわけ?

 

480:ターフの名無しさん ID:iPLAVy+Ap

>>477 やっぱ可愛かった?

 

481:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

>>480 控えめに言ってお人形さんみたいでこの世の存在とは思えんかった

あと髪の毛めちゃくちゃ綺麗だったしまつ毛がエグい長かった

肌まっしろで雪の妖精さんみたいなんだ

ウマ耳は思ってたよりデカかった、すげー立派

ちなみに、とみおは好青年だけど威圧感がすごい。何でかは分かんないけど

 

482:ターフの名無しさん ID:Ul5JQzf6z

いいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

483:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

写真でもかわいいけど実物はやっぱ更にかわいかったね

オーラって言うかふわふわした雰囲気がある

 

484:ターフの名無しさん ID:7vPIjSOai

ずるい!!!!!!れれ!!!

 

485:ターフの名無しさん ID:32mDlsXQn

一生分の運使ったな

 

486:ターフの名無しさん ID:MW7O597

写真とか撮ってないよね?

というかレース前だから邪魔できないか……

 

487:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

写真とか映像は撮ってないよ

つーかスマホ向けることすらストレスになるウマ娘もいるわけだから、そういうのはやめといた。本当は撮りたかったけど、脳に焼き付けたから問題ないわ

みんなもスマホ向けられたら嫌だろ? ガチでやめような? 負けた時の責任とか俺達が取れるわけないんだから

 

488:ターフの名無しさん ID:DoZMI32B1

現地民が常識人でよかった

 

489:ターフの名無しさん ID:oKdMP4uce

エアグルーヴさんもこれにはニッコリ

 

490:ターフの名無しさん ID:RIshwqVa7

最近は掲示板民も民度が高くてイイね

 

491:ターフの名無しさん ID:Q/2EMhWso

羨ましいいいいい

 

492:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

ちなみに今もドキドキしてる

恋に落ちたかもしれへん

 

493:ターフの名無しさん ID:dxOfmGRG9

 

494:ターフの名無しさん ID:BYnoB3vRj

ざっこ♡

 

495:ターフの名無しさん ID:6lze6omyZ

ピュア現地民で草

 

496:ターフの名無しさん ID:OXdsQN1mk

よっわ♡ クソザコ現地民♡

 

497:ターフの名無しさん ID:ULkrMiQdr

 

498:ターフの名無しさん ID:o9B3ilI0x

まあ映像で見ただけのファンがこんなにいるわけだから、実物みたらそりゃ堕ちるでしょって言うね

 

499:ターフの名無しさん ID:o8z8WJ8h4

それはそう

 

500:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

いやさお前ら

あの綺麗な青い目で見られてみ? 成仏するから

 

501:ターフの名無しさん ID:nUmYHtAYt

現地民死んでたのか……

 

502:ターフの名無しさん ID:Y6SqsrChe

あーあ

またひとり気づいちまったか

アポロちゃんの魅力に

 

503:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

ガチでお姫様だったンゴ

二度と忘れられないねぇ

 

504:ターフの名無しさん ID:HRI114e23

こいつは重症だな

 

505:ターフの名無しさん ID:LsKY+u0xH

過大評価が過ぎるだろ

よくいる100年に1人の美少女ウマ娘程度だろ

 

506:ターフの名無しさん ID:KaWJQvEiU

>>505 充分定期

 

507:ターフの名無しさん ID:jjmvXo/2y

>>505 新種のツンデレ完堕ち民現る

 

508:ターフの名無しさん ID:JxcBs4ot3

柵の前でクネクネしとるきしょい男おったらワイやで

現地民おったら話しかけてきてくれてよな

 

509:ターフの名無しさん ID:TReeyq4x0

ガチめのきしょい奴で草

 

510:ターフの名無しさん ID:OwJmwCWEo

ニートだったけどアポロちゃん見たさに家から出た

3年振りくらいに太陽の光浴びたわ

 

511:ターフの名無しさん ID:9WKIacKKu

マジかよ>>510

まだ間に合うから頑張れ

 

512:ターフの名無しさん ID:OwJmwCWEo

とりあえず淀駅目指すわ

 

513:ターフの名無しさん ID:X9TdComlq

みんな行く流れかよ

ワシも行こうかな

 

514:ターフの名無しさん ID:RMCY0sg7q

京都は今日重賞レースがない

人が少ない(はず)

パドックのアポロちゃんを間近で見るチャンスかも

 

515:ターフの名無しさん ID:O1EpneyH+

 

516:ターフの名無しさん ID:5SbR1xjae

かしこい

 

517:ターフの名無しさん ID:vRKGRSczM

今決めたわ

行きます

 

518:ターフの名無しさん ID:3E5en5rlM

パブリックビューイングも楽しいぜ?

アポロちゃん見たあとは府中ウマ娘ステークスや!

 

519:ターフの名無しさん ID:RMCY0sg7q

京都のパドックって真円だから、たぶん他の所よりも見やすいよ

 

520:ターフの名無しさん ID:mU5QKn3/8

うおおおおおおおお

 

521:ターフの名無しさん ID:Df5HAZogK

もしウマ娘を撮る時は、フラッシュだけは絶対に焚くなよ

マナー悪いやつがいたらパドックのお披露目自体が無くなっちゃうかもしれないからな

 

522:ターフの名無しさん ID:Vm3H67+W6

おk

 

523:ターフの名無しさん ID:tW+CqSLXA

行きま〜す

 

524:ターフの名無しさん ID:4szP+tWuh

今着いたけど何か人多くね

まさかみんなアポロちゃん目当て?

 

525:ターフの名無しさん ID:ybNbvF99D

そんなわけないだろ……ないよな?

普通に府中ウマ娘Sのパブリックビューイング目当てだよな?

 

526:ターフの名無しさん ID:Dddq5fvkg

どうやろなぁ

ウマスタフォロワー8万人は伊達じゃないで〜

 

527:ターフの名無しさん ID:WD3+ntdmV

フォロワー増えてて草

 

528:ターフの名無しさん ID:VfSS7Emkp

ヤバスギでしょ

 

529:ターフの名無しさん ID:cQj/nTIHY

やっぱメイクデビューの事故→未勝利戦の勝利で心打たれた人が多かったんだろうな〜

 

530:ターフの名無しさん ID:Yv/iKmk2B

あと3時間か

 

 

 

 

699:ターフの名無しさん ID:3+YYMDvFI

おい起きろ! そろそろ始まるぞ!!

 

700:ターフの名無しさん ID:CNbTpgga/

きちゃあああああああああああ

 

701:ターフの名無しさん ID:2rhRUh5XU

うおおおおおおおおお

 

702:ターフの名無しさん ID:JLd4qfdVx

現地民おりゅ?

 

703:ターフの名無しさん ID:TwhSYsCf1

今お披露目だろ?

恐らくアポロちゃんに見惚れてて誰も反応しないよ

 

704:ターフの名無しさん ID:C3o7XCSxU

世界が平和すぎる

 

705:ターフの名無しさん ID:7YwAxQRC8

お、パドックの映像来たね

 

706:ターフの名無しさん ID:kb0IXVtbE

おお〜

 

707:ターフの名無しさん ID:oBP6stU1w

なんか脚がたくましくなったね

 

708:ターフの名無しさん ID:/szQYjy1V

太もも!

 

709:ターフの名無しさん ID:/xVIpUFpT

スリスリしたい

 

710:ターフの名無しさん ID:Mp2yUYq7E

>>709 おいやめろバカ

早くもこのスレは終了ですね

 

711:ターフの名無しさん ID:EvsKxzfPr

トモのハリがすごいね

ミホノブルボンもびっくりじゃん?

 

712:ターフの名無しさん ID:l/3ShWwoC

これガチでジュニア級?

なんかダービー前くらい仕上がってるんだけど

 

713:ターフの名無しさん ID:1GmfBRMbX

かわいい

 

714:ターフの名無しさん ID:YD1c2F8h6

カメラに向けて手振ってくれた!?!?!?

 

715:ターフの名無しさん ID:BTZHju/oj

ウッ

 

716:ターフの名無しさん ID:7knzNzqMK

 

717:ターフの名無しさん ID:DSHrZKEog

心臓こわれる

 

718:ターフの名無しさん ID:WtM/M3+Am

みんな死んどるやん

 

719:ターフの名無しさん ID:RiJCl8Bln

その笑顔は反則なんだよね

 

720:ターフの名無しさん ID:ZdnKfwTMZ

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

721:ターフの名無しさん ID:BBBorx2WX

このスレ限界民多すぎやろ

 

722:ターフの名無しさん ID:h9g/GJMai

うぅ……現地に行けばよかった

 

723:ターフの名無しさん ID:s3x+G96wF

 

724:ターフの名無しさん ID:wJmItSv2D

は?

 

725:ターフの名無しさん ID:Snzy3uczs

おい何やってんだ

 

726:ターフの名無しさん ID:xaGSR3V0v

アポロ……とみおの手を取って……嘘だよな……?

 

727:ターフの名無しさん ID:bIxACMHwr

完全に恋する乙女の顔してない? 大丈夫?

 

728:ターフの名無しさん ID:frKzpMha8

気のせいだろ……気のせいだよな?

 

729:ターフの名無しさん ID:7sfAUvT5c

あ、キリッとした顔になった

 

730:ターフの名無しさん ID:cHx3rvAxG

イケメソだけどかわいい

 

731:ターフの名無しさん ID:xvvUl4ec+

魅力が多すぎる

 

732:ターフの名無しさん ID:x0AGhoiDR

ひえ〜もう始まるんか〜

 

733:ターフの名無しさん ID:QVTVtU773

他の子はちょっと見劣りするかなぁ

 

734:ターフの名無しさん ID:4VI2V2Zy9

ファンファーレや!

 

735:ターフの名無しさん ID:Er6S1BlsS

いいねぇ

 

736:ターフの名無しさん ID:nmMBEJvvm

アガるわ

 

737:ターフの名無しさん ID:x/uKC4SxQ

ゲートイン!

 

738:ターフの名無しさん ID:g48a1ckSu

アポロちゃんもすんなりいったね

 

739:ターフの名無しさん ID:fct0uYWsn

他の子も行きまして

 

740:ターフの名無しさん ID:aFkR+lJzj

スタート!!

 

741:ターフの名無しさん ID:EtDOnHzbY

いつものロケットスタート

 

742:ターフの名無しさん ID:qeyHVQxlm

はっや

 

743:ターフの名無しさん ID:eFVv1Co8R

こいついっつも第1コーナーで差をつけてるな

 

744:ターフの名無しさん ID:aCmU9f0UI

飛ばしすぎじゃね

 

745:ターフの名無しさん ID:D4rBKFXYY

レコードペースじゃん

 

746:ターフの名無しさん ID:S4eNaLgnb

観客多くてかかったか?

 

747:ターフの名無しさん ID:sU5C2Fzor

ん?

 

748:ターフの名無しさん ID:U0nlAP2WZ

お?

 

749:ターフの名無しさん ID:8QoQ7bTeV

いや全然ペース落ちてこないが

 

750:ターフの名無しさん ID:vw+FuDFu/

まだ淀の坂がある

わからん

 

751:ターフの名無しさん ID:85EXNjOc7

いやこの子全然垂れないけど

 

752:ターフの名無しさん ID:Rx4/YTNjk

淀の坂を登りきった!

 

753:ターフの名無しさん ID:QiNgV75Cn

ペース全然緩んでない

 

754:ターフの名無しさん ID:GT/ni1dx7

え、やば

 

755:ターフの名無しさん ID:ZjwkaEn/e

速すぎる

 

756:ターフの名無しさん ID:j3JWj9hlp

すげー辛そうな表情

 

757:ターフの名無しさん ID:Vy9LUHvBm

がんばれ!

 

758:ターフの名無しさん ID:KJMCf9ODe

後続はまだ後ろ!

 

759:ターフの名無しさん ID:ec4iHVjOz

いけえええええええええ

 

760:ターフの名無しさん ID:WwAuvaew3

うおおおおおおおおおおおおおおお

 

761:ターフの名無しさん ID:ITbgVytvI

スタミナお化けや

 

762:ターフの名無しさん ID:x+9orU8rh

最終直線一人旅!

 

763:ターフの名無しさん ID:aCazkJNdi

勝ったな

 

764:ターフの名無しさん ID:e9qsy7apy

アポロちゃん1着でゴールイン!!!

 

765:ターフの名無しさん ID:MYeswONe+

うおおおおおおおおおおおお

 

766:ターフの名無しさん ID:f++qgb9dM

オリャーーーーーーー!!!

 

767:ターフの名無しさん ID:SWvdEYLGl

2連勝!!!

 

768:ターフの名無しさん ID:3bDfbrV0o

タイムやばない?

くそ早かったけど

 

769:ターフの名無しさん ID:HfuA7Qx/u

大差勝ち……ってコト?

 

770:ターフの名無しさん ID:Mlp8VB6np

ワ……!

 

771:ターフの名無しさん ID:pZqv1ZZvd

すっご

 

772:ターフの名無しさん ID:MIHNcG3N5

ごめんカッコよすぎる

 

773:ターフの名無しさん ID:MctFYuePw

なんか晴れない表情だな

 

774:ターフの名無しさん ID:3+8uy1pYB

 

775:ターフの名無しさん ID:0MOnZrq5I

レコード!?

 

776:ターフの名無しさん ID:5vDuu8YKQ

1:58:5

 

777:ターフの名無しさん ID:xnxgKeco9

バケモンかよ

 

778:ターフの名無しさん ID:Mr8TT/p1B

ジュニア級の時計じゃない

 

779:ターフの名無しさん ID:njQJceug0

惚れた

 

780:ターフの名無しさん ID:qDnB0MNNI

うおおお拳を上げろ!

勝鬨の時間じゃ!

 

781:ターフの名無しさん ID:UPiHFsoNX

なんで微妙に嬉しそうじゃないんだ?

怪我でもした?

 

782:ターフの名無しさん ID:Q3r6zUpSp

そんなことなくね

 

783:ターフの名無しさん ID:UPiHFsoNX

でもこの前に比べたら笑顔が少ないって言うか

まあ気のせいか

 

784:ターフの名無しさん ID:fROadAVhP

レコード出して大差勝ちして嬉しくないウマ娘はいないでしょw

 

785:ターフの名無しさん ID:MInUlcPKf

とみおニコニコでワロタ

 

786:ターフの名無しさん ID:4gBPBRB2y

いいねぇ! アポロちゃんセンターのウイニングライブや!

 

787:ターフの名無しさん ID:fBiwvEsjd

勝利者インタビューだ

 

788:ターフの名無しさん ID:g+p9CGFfR

声かわいいな

 

789:ターフの名無しさん ID:TA58S1cb8

簡素すぎて草

 

790:ターフの名無しさん ID:XhWmRCoHe

まあジュニア級だしこんなもんやろ

 

791:ターフの名無しさん ID:BXYIT8gm9

ウイニングライブ楽しみ^〜

 

792:ターフの名無しさん ID:Jc17KL9sz

どれだけ腹筋鍛えられてるかな

 

793:ターフの名無しさん ID:v4rGaUSZx

はやくへそを見せろ

 

794:ターフの名無しさん ID:L4OKRbwIc

おへそを見せろアポロレインボウ

 

 

 

 

863:ターフの名無しさん ID:hfDGrbGT1

ウイニングライブきちゃあああああああああああ

 

864:ターフの名無しさん ID:hRVY2oJ4Q

うおおおおおおおおおおおおおおお

 

865:ターフの名無しさん ID:m25Cg9wF6

へそ!へそ!prprprpr

 

866:ターフの名無しさん ID:WxUGH30+C

>>865 通報したガチで

 

867:ターフの名無しさん ID:/iSJCmWND

魅惑のお腹

やわらかそう

 

868:ターフの名無しさん ID:aJm1zm6lS

実際触ったら多分バキバキだよ

 

869:ターフの名無しさん ID:mtqbuZlJG

それはそれで……なんでもない

 

870:ターフの名無しさん ID:1g5xF+qDj

ダンス上手くなった!

 

871:ターフの名無しさん ID:1Be+FRhaC

歌上手くね? カラオケ行ったりすんのかな

 

872:ターフの名無しさん ID:XoPDwpJAp

かわいいいいいいいいいい

 

873:ターフの名無しさん ID:rA52zIWUQ

こっち見たアポロちゃん

 

874:ターフの名無しさん ID:1SxbV4O0L

ああああああああ

 

875:ターフの名無しさん ID:rrhnzP7qO

0(:3 )〜 _('、3」 ∠ )_

 

876:ターフの名無しさん ID:5bmOIssCa

さっきとは打って変わって明るい表情やな

 

877:ターフの名無しさん ID:KL3LuY4rB

マジでかわいい

 

878:ターフの名無しさん ID:nPFRezIJ3

目腫れてね?

 

879:ターフの名無しさん ID:FaIHCm+rt

気のせいやろ

 

880:ターフの名無しさん ID:0qP2iOsTr

いや、目腫れてるわ

なんか赤いし

 

881:ターフの名無しさん ID:4OAoXhvGh

とみおが泣かせた?

 

882:ターフの名無しさん ID:QFKEjWsi/

ありえる

 

883:ターフの名無しさん ID:HjwZapR3p

とみおさぁ……

 

884:ターフの名無しさん ID:IZ/1YJfB+

とみおアンチになるわ

 

885:ターフの名無しさん ID:Bs79rDKkC

たし蟹泣き痕みたいなのあるわ

 

886:ターフの名無しさん ID:c5kYWN7vC

よく気づくなおまえら

 

887:ターフの名無しさん ID:oqbhQn9XH

普通に考えて喜びの涙でしょ

 

888:ターフの名無しさん ID:El7qmv+Jp

まあね

 

889:ターフの名無しさん ID:QcmcAvxeX

うわ

そんな表情で俺を見ないでくれ

本当に死んでしまう

 

890:ターフの名無しさん ID:B2ZRM/DlK

かっわ

 

891:ターフの名無しさん ID:eP5c00Too

最高の笑顔

 

892:ターフの名無しさん ID:uPRhYuXDv

録画しといて良かったわぁ♡

 

893:ターフの名無しさん ID:bRLwU4v+r

現地民もこれにはだんまり

 

894:ターフの名無しさん ID:Q8l/lsXhi

ありがとおおおおお

 

895:ターフの名無しさん ID:dAljz6QKe

いや〜強いレースだったな

次はホープフルかな? これは期待できそうよな

 

896:ターフの名無しさん ID:70bF7OhdQ

3連勝あるで

 

897:ターフの名無しさん ID:pDqybBBNg

もうアポロちゃんもG1ウマ娘かぁ

 

898:ターフの名無しさん ID:c2j6l6EBC

>>897 気が早すぎるわ!

 

899:ターフの名無しさん ID:X2PaN5PsJ

ウイニングライブよかった

 

900:ターフの名無しさん ID:XxeYhr7vF

次はまぁ十中八九ホープフルステークスだろうね

 

901:ターフの名無しさん ID:SYxvGtoZF

ジュニア級のG1?

 

902:ターフの名無しさん ID:CZ2X+KmMR

うn

 

903:ターフの名無しさん ID:m7b1HmBpB

ならアポロちゃんの勝負服も見れるってこと?

 

904:ターフの名無しさん ID:CYocfJHAa

 

905:ターフの名無しさん ID:/7wm5ow5y

そっか

それはヤバいな

 

906:ターフの名無しさん ID:lqTQQ3VZf

どんな服になるんだろ

 

907:ターフの名無しさん ID:Y0TbOzxev

へそ出し勝負服なら俺が死ぬけど

 

908:ターフの名無しさん ID:QLZ0yQVhz

和服がいいな

 

909:ターフの名無しさん ID:gkUeF/mP1

いやドレスっぽいやつだろ

 

910:ターフの名無しさん ID:mHdAnSX5M

別に私服スタイルでもいいが?

 

911:ターフの名無しさん ID:b8mMH4KCi

アポロちゃんに似合ってれば何でもいいよ

 

912:ターフの名無しさん ID:BC/jq63/G

マジでアポロちゃんの今後が楽しみだわ

 

 



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18話:異変

 次なる目標レースは中距離ジュニア級G1・ホープフルステークス。それに挑戦するにあたって――私達には勝負服のデザインに関する問題が浮上した。

 

 ある日のオフ、私は持参したスケッチブックを片手にトレーナー室に入った。今日はその勝負服のデザインを決める日なのだ。

 

「よう、今日は早いな」

「あったりまえじゃん! 私の勝負服のデザインを決める日なんだから」

 

 ――勝負服。それは、ウマ娘に与えられる特別な服。G1のみで着用を許可されており、その意匠は千差万別である。

 

 オープンクラスに昇格し、次走にG1競走を控えているウマ娘にはもれなく勝負服が与えられるのだが、そのデザインはウマ娘と担当トレーナーの要望が反映されることが多い。URA年度代表ウマ娘になるなどの栄誉を受けると、基本の勝負服とはまた違った特別な勝負服が授与されることもあるらしい。トウカイテイオーとか、メジロマックイーンとか、その他諸々。

 

 どの程度まで意見が通るかは未知数であるものの、一生に一度しかない晴れ衣装だ。ゴリゴリに自分の好みを推していく所存である。

 

「じゃ、早速考えますか!」

「おう。それぞれアイデアを出していくか」

 

 24色の色鉛筆をカバンから引っ張り出して、自画像を描きつつ服のデザインを考えていく。デザイン素人の私だから、勝負服の造形に関して先人に倣うべきだろう。

 

 例えばシンボリルドルフの荘厳な勝負服を取り上げよう。シンボリルドルフの勝負服は軍服の如き色合いの服だ。服の上には7つの勲章が付いており、彼女が残したG1・7勝の偉業を示している。

 

 この勝負服のデザインは、「全てのウマ娘が幸福になる理想の世界」を作りたいというシンボリルドルフの願いの結晶でもある。彼女はその理想を実現するため、世界の支配者たる皇帝然としたデザインを依頼したらしい。道理で、あの勝負服を纏うと彼女の風格も5割増なわけだ。

 

 ただ、聞いた話だと、あの勲章は最初から7つあったわけではないようだ。昔の写真を見れば分かるが、皐月賞を制する前は煌びやかな勲章の無い地味な勝負服だった。日本ダービーを無敗で制した頃から勲章を付け始め、最終的に7つになったとか何とか。

 

 そう、彼女のように確固たる目標や理想があれば、それに沿ったデザインを頼めばいいのだが……私の夢は「最強ステイヤー」である。最強ステイヤーっぽい勝負服のデザインって何だ? 強そうなステイヤーっぽい勝負服にして下さい! って依頼をされても、デザイナーは首を捻るばかりだろう。

 

 なら、単純な私の趣味嗜好から勝負服のデザインを絞っていくか。

 

「うーん……」

 

 最初にひとつ言えることは、なるべく肌を見せたくないということだろうか。……谷間やらへそやら太ももやらを衆目に晒して走るなんて、私にはできない。ちょっと恥ずかしすぎる。

 

 ナリタブライアンみたいな勝負服はちょっと恥ずかしい。ブライアンちゃんは刺々しい威圧感でバランスを取っているが、普通にあの格好は露出が多いと思う。タイキシャトルもそうだが、ああいう勝負服を着るにはスタイルの良さと堂々とした態度が必要だろう。フジキセキみたいなのもどうなんだろう。私には似合わない。

 

 私の希望としては――そうだなぁ。サイレンススズカのように、露出を控えつつ魅力を感じさせられる勝負服が良いかも。

 

 今はまだ作られてないんだろうけど、最強世代の5人の勝負服は特に完成されたデザインだよなぁ……。あの5人の中では、キングちゃんの緑の勝負服が一番好きだ。彼女の気高さを表しつつ、泥に汚れた姿も栄えるように設計されていて、非常にセンスに溢れている。スペちゃんやグラスちゃんもいい。白と青の衣装というのはシンプルにして最高の色合わせなのかもしれない。あ、でも、エルちゃんの真紅もいいなぁ。そんなこと言ったら、セイちゃんのふわふわモコモコな勝負服も似合いすぎてずるい。

 

 うんうん唸って、私はスケッチブックに色鉛筆を走らせる。

 

 …………。

 ぜんっぜん決まらないや。みんなの勝負服のキメラみたいになって、まとまりのないデザインになってしまう。

 

 私にはモチーフになった馬やその勝負服なんて無いし、「アポロレインボウと言えば〇〇色の勝負服!」って言って引っ張って来れないのよ。というかみんなの勝負服のデザインが良すぎるのが悪い。私にもちゃんといい感じの勝負服を見繕ってくれるんだろうか。

 

 スケッチブックに描きかけた服を消して、とみおが向かい合うパソコンの画面に視線をやる。ペイントアプリを使っているのだろうか。……うわ、マウスで描いてるからヘッタクソだなぁ。

 

 ……いや、絵が下手くそでもデザイン自体はしっかりとしている。白を基調としたドレスみたいな服だ。へえ、とみおってそういうのセンスあるんだ。

 

 良かった。アポロなだけに宇宙服! とか言い出したら本気で首を絞めてたよ。

 

「とみお、絵は下手だけどデザイナーの仕事もできるんじゃない?」

「はは、どうかな」

 

 こうしてとみおのアイデアを見ていると、なんかもうこれでいいんじゃないかって気がしてくる。いそいそとマウスを動かすとみおの肩に顎を乗せて、私は画面内の白いドレスを見つめた。

 

「アポロは描けたの?」

「んにゃ、全然」

「まあそういうもんだよな……いざアイデアを出してくれって言われても、そうポンポン出てくるものじゃないし」

「私、とみおのアイデアがしっくり来てるかも」

「え、これ?」

「うん。この白いドレス、着てみたい」

「……! そ、そうか。ふふ、何だか嬉しいぞ」

 

 とみおは口角を上げ、マウスを忙しなく操作し始める。線はぐちゃぐちゃで、色塗りも穴が空きまくっていたが、どんどんアイデアが固まっていく。たまに「ここはこうしたらいいんじゃない」と口を出して、私達の勝負服が完成していく。

 

 ……そうか。この勝負服は私だけのものじゃない。私を支えてくれる大切な人の物でもあるんだ。完成した勝負服案を見て、私はそんなことに思い至った。

 

 ――純白の生地に、水色の星が散りばめられたドレス。

 簡単なものだったが、こうしてアポロレインボウの勝負服案は固まったのだった。

 

 トレーナーの理想を纏って走る、何て心躍ることなんだろうか。私はその日、眠れぬ夜を過ごした。

 

 

 

 後日、そのアイデアを清書しつつURAに送り届けたという旨の連絡を受け、私は教室でひとりニンマリと頬を緩めた。ウマホを見てだらしない表情をする私を見てか、グリ子が話しかけてくる。

 

「アポロちゃん、どうしてにやついてるのさ」

「んえ? あぁ、良いことがあったからね〜」

「良いこと? ……あぁ、トレーナーさんとの仲が進展したってこと?」

「ぶっ! ちが、違うから!」

 

 私はデバイスを放り出してグリ子を締め上げる。もっとも、身長が低いから全然効いていないけど。グリ子は意地の悪い笑みを浮かべて、締められながらもまだ冗談を言うつもりのようだ。

 

「え〜本当に? アポロちゃんさ、紫菊賞の時めちゃくちゃトレーナーさんとベタベタしてたよね」

「えっ」

 

 しかし、グリ子が冗談では済まないような発言をしたので、思わずチョークスリーパーする腕の力が緩んだ。

 

「ほらほら、パドックの時だよ〜。私には分かるよ、あれは恋する乙女の顔だったよねぇ」

「っ……マジでグリ子、あんたって奴は……!」

「いたたたたたた!」

 

 その時を思い出して赤面してしまう。違うのだ。あれはレースに勝つために必要な儀式のようなものだから、ノーカンというか何と言うか。とにかく、そこには触れて欲しくなかった!

 

 私はギリギリとグリ子を(冗談の範疇で済むレベルの)本気でシメた後、一旦落ち着いて席に着いた。グリ子は息を切らして、乱れた服を整えていた。ふとその表情を真剣なものにして、彼女は私の隣の席に腰を下ろす。

 

「……アポロちゃん。次に出るレースって、ホープフルステークスだよね?」

「まぁ、怪我とかしない限りはそこに出ることになるかな〜」

「…………」

 

 ホープフルステークス――最強世代の当時で言えば、ラジオたんぱ杯に当たるレース。このレースには最強世代の一角を担うキングヘイローが出走しており、ロードアックスという馬の2着に付けている。

 

 当時、3連勝でラジオたんぱ杯に挑んだキングヘイローを完璧に下したロードアックス。その豪脚は凄まじいの一言で、怪我が悔やまれる名馬だ。

 

 しかし、私はこのロードアックスという馬について疑問というか懸念があって。この学園にそのような名前のウマ娘が在籍していると聞いたことがないのである。

 

 かつて彼が制した「葉牡丹賞」というジュニア級1勝クラスの競走があるのだが、その出走表に「ロードアックス」というウマ娘の名は存在しなかった。不気味な事実というか、何と言うか。

 

 ロードアックスの不在。それがどういうことを意味するのかはまだ分からないが……もしかすると、あの歴史とは違った結果が紡がれるということもありえる。つまり、ホープフルステークスでキングヘイローが勝っちゃうとか、逆に訳の分からないウマ娘が掻っ攫っちゃうとか。

 

 ちなみに、私はキングちゃんと戦う覚悟は出来ている。彼女が見せる爆発的な末脚は怖くて堪らないけど、彼女の距離適性の広さ的に、いつかはぶつかる運命だ。キングちゃんは来年のクラシック戦線のG1(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)に皆勤してくるだろうからな。敗北は怖いが、彼女に胸を借りるつもりで全力を尽くす所存である。

 

「で、ホープフルステークスがどうかしたの?」

「……まずはオープンクラスに昇格おめでとう、アポロちゃん。賞金的に除外も喰らわないだろうし、ホープフルステークスを予定に据えたなら間違いなく出走できると思うよ」

「……?」

 

 おめでとうと言う割には、グリ子の顔色は優れない。首を傾げると、「やっぱりまだ知らないんだ」と微妙な表情をするグリ子。ホープフルステークスに何かあるのだろうか?

 

「――ホープフルステークス、スペシャルウィークが出走してくるってさ」

「――!」

 

 その言葉に、私は脳髄を引っこ抜かれたみたいな衝撃を受けた。そんなことが起きるのか、ウソだろ……と悲鳴にならない言葉が漏れる。

 

 競走馬としてのスペシャルウィークの新馬戦は11月後半だった。そこから年が明け、1月の1勝クラス競走である白梅賞、2月のG3きさらぎ賞、3月のG2弥生賞、そして皐月賞――という風なローテーションを組んでいたはずだ。

 

 ウマ娘の世界では()()()()()()()()()()()6()()()()()()()。その関係でここまでズレが生じてしまうなんて。

 

 考えてみれば、ありえない話ではない。メイクデビューが6月にあったなら、怪我や余程の事情でも無い限り多くのウマ娘は()()()()()()()()()()()()。そして、スペシャルウィークは条件戦だろうとオープン戦だろうと重賞だろうと勝ちを収められる才能の持ち主なのだ。当然、オープンクラスに上がっていてもおかしくない。

 

 史実では上がりの遅かったセイウンスカイやエルコンドルパサーも、ほぼ間違いなくオープンクラスに上がっているはずだ。グリ子の言及が無かったと言うことは、この2人は他の重賞に挑むのだろうか。

 

「す、スペちゃんが……ホープフルステークスに来るの?」

「うん。本人がそう言ってたし、そろそろ公示されるはずだよ」

「エルちゃんやセイちゃんは?」

「その2人はどうだっけ……ちょっと分かんないけど、エルちゃんはシンザン記念に、セイちゃんは京成杯に出るんじゃないかなぁ」

 

 やはり、()()()()()。エルコンドルパサーもセイウンスカイも1月の重賞には出ていないはずなのに。

 

 ウマ娘がいる世界では、あの歴史にある程度沿いつつオリジナルな展開を迎える傾向があるのだろうか? 詳しいことは分からないが、とにかくスペちゃんがホープフルステークスに出てくることが確定した。来年のクラシック戦線を待たずしての激突。キングちゃんの警戒で手一杯だったのに、スペちゃんもやって来るとなると――これは相当にキツい。

 

「グリ子、ちょっと用事が出来た。私行くね」

「うん。ホープフルステークス……応援してるから。頑張ってね」

「……ありがと」

 

 早くトレーナーに伝えないと。

 

 

 

「――スペシャルウィークがホープフルステークスに?」

「うん。友達がそう言ってた。スペちゃんもその子も嘘つくような子じゃないし、可能性は高いと思う……」

「そう、か……厄介なことになったな……」

 

 午前中の授業休みを利用してトレーナー室を訪れた私。いつもなら絶対に来訪しない時間だというのに私を迎えてくれたトレーナーは、私の報告を聞いて顎を撫でた。

 

「スペシャルウィークねぇ……中長距離のスペシャリスト。マイルを走れないことはないし、大きな欠点もない。とんでもなく強いウマ娘だぞ」

「キングちゃんとどっちを警戒した方がいいかな?」

「う〜ん……キングヘイローのベストな距離は短距離からマイルなんじゃないか? ただ、アポロ含めてみんな発展途上だし、どっちを警戒すべきってのは明言できないな」

 

 スペシャルウィークの距離適性はだいたい1800~3200メートルくらいだろう。キングヘイローは1200~1600あたりの短い距離がベストだろうが、とんでもない才能と私並みの根性を持っているものだから、3000メートルなどの長距離を走れなくもない激ヤバウマ娘だ。

 

 例の5人とは普通に友達だし、メッセージのやり取りをするくらいの仲ではあるものの、グリ子のように併走を頼めるほどではない。それ故に、どれだけ育っているかが分からない。まさかダービー前くらいの状態に仕上がったりはしてないだろうけど、その未熟さは才能でカバーしてくるだろう。

 

「……私はスペちゃんを警戒すべきだと思う」

「どうして?」

 

 私は「史実のキングヘイローが2着になったから」「ロードアックスの空いた1着の座にスペシャルウィークが滑り込む可能性が高いから」と言うつもりは無かった。そもそもこの考えは理解してもらえないだろうしね。

 

 では、私は何故スペシャルウィークを恐れているのか? 理由は簡単で、既に戦ったことがあるからだ。私は彼女のことを恐れている。未熟も未熟、走りのど素人だった頃だけど――選抜レースでぶっちぎられたことを思い出さない日はない。

 

「1回スペちゃんと戦ったことがあるんだけど、あの末脚が忘れられないの」

「……選抜レースの時か。もう半年も経ったのか、懐かしいな」

()()()()()()()()

「?」

「半年前のことだって言うのに、スペちゃんのあの足が忘れられない……って、相当ヤバいことじゃない?」

 

 最終直線で爆発するあの末脚。選抜レースで先行策を取った私を易々とぶち抜いていった怪物の脚。普段は全く無害そうな丸い顔をして可愛らしく振る舞っているが、その実――スペシャルウィークは化け物なのだ。

 

 考えてみてほしい。スペちゃんはG1に9回出走して4回勝利した上、負けたG1レースは全て3着以内。日本総大将の名前は伊達じゃないのである。

 

「そうか……スペシャルウィークの走りが半年間も心に残り続けたってことだもんな。よし分かった――キングヘイローも怖い相手だが、これからはスペシャルウィーク対策・大逃げの先鋭化を主軸にトレーニングしていくぞ」

 

 元々ホープフルステークスに出走濃厚とされたキングヘイロー対策をしていたが、これからはスペシャルウィーク対策をする必要があるな。作戦は……同じ差し先行型だし、転用できないこともないはずだ。

 

「一応データは取ってある。今日はトレーニングを軽めにして、彼女が勝ってきたレースの映像を見る時間を作ろう」

「うん!」

「……授業、大丈夫か?」

「あっ」

 

 時計を見ると、ガッツリ授業が始まっていた。とんでもない大遅刻。これでは優等生アポロレインボウのイメージが崩れてしまうではないか。

 

 私はさっと荷物をまとめ、トレーナー室の扉に手をかけた。

 

「ごめんトレーナー! また後で!」

「慌てずに行けよ〜」

 

 彼の声を背中に受けながら、私はラストスパートばりの全力疾走で教室に向かった。

 

 なお、グリ子が「体調不良でトイレに閉じこもっている」と嘘をついてくれたので、説教は免れることができた。



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19話:ホープフルステークスに向けて/キングヘイロー

 ホープフルステークスに向けてスペシャルウィーク対策をしよう……なんてとみおは簡単に言うが、実際は死ぬほど難しい。スペちゃんやキングちゃん達の理不尽レベルの末脚を凌ぐためには、彼女達に劣らないような実力と根性と運が必要なのだ。

 

 まず私が根本的に修正しなければならないのは、メジロパーマーやダイタクヘリオスに指摘された()()()()()()()。とみおにそのことを話し、私達は対策を考えることにした。

 

 導き出された結果は――パワー不足。瞬発力がないため、逃げるだけで終わってしまう。スピードと根性は足りているが……実のところ、逃げウマというのは総合力の高さを要求されるので、このパワー不足は後々響いてくるだろう。理想の爆逃げウマ娘になるためには、逃げた後に()()()()()()()()()()()()

 

 無論、それが出来れば私はあっという間に長距離を走るサイレンススズカになれる。逃げて差すのは最終目標とはいえ、逃げて先行する……くらいの末脚は蓄えておきたいものだ。

 

 始めにことわっておくが、()()()()()ことは難しい。天賦のスピードとパワーが必要なのだ。大逃げはスタート直後からハイペースで加速し逃げ続けるため、私のように力のないウマは最後の直線でバテてしまうことがほとんど。得意ではない2400メートル以下ということも相まって、G1級ともなれば後方のバ群に吸い込まれるように失速し、大敗を喫することになるだろう。

 

 実際、最強世代の幻影とレースをした紫菊賞では、最終直線で垂れ気味になってしまっていた。私の伸び足はほとんど無く、レコードで後続をちぎったとはいえ、惰性だけでゴール板までを走り抜いた。

 

 末脚の弱さ――これが爆逃げギャル組に指摘された私の違和感にして弱点。走りの窮屈さとは恐らく中距離適性の低さに言及したものだと考えられる。

 

 スピードはある程度身についてきた――じゃないと流石にレコードなんて出せない――ので、私達はホープフルステークスまでパワーを中心に鍛えることにした。

 

「アポロ、もう一本行けるな?」

「はぁ、はぁ……っ、まだ、行けるに決まってんじゃん……」

「当然だ。こんなのはまだまだオードブルだからな……」

 

 今日も今日とてスパルタトレーニング。周囲のウマ娘がトレーナーの皮を被った鬼にドン引きしながら、私に心配そうな視線を向けてくる。

 

 それも無理はない。これでダートコース全力ダッシュを100本近くやっているからだ。良バ場のダートコースは()()、足腰を鍛えるのに持ってこいなため、口では強がりを言ったものの膝が笑っている。トレーナーお得意、オーバーワーク寸前のスパルタである。

 

 しかし、無尽蔵のスタミナと超絶的など根性とはよく言ったもので、5分も休憩するとある程度動けるまでに回復した。休憩中、トレーナーが脚のマッサージをしてくれていたからかもしれない。

 

 下半身を虐め終わったら、次は上半身を扱きまくる。75キロのダンベルをそれぞれの手に持たされて、リフティングをやりまくる。乙女がしてはいけないような表情をして、細い腕や背中の筋肉を刺激する。腕を強く振ってラストスパートをするために必要な筋肉だ。「走るためには下半身だけを鍛えればいい」だなんて、とんでもない。

 

 とみおが借りてきた本曰く、「上半身のブレは1000メートルで1秒の差を生む」らしい。つまり、上半身の筋肉のバランスが悪かったり貧弱だったりすると、走りに悪影響が出るということ。

 

 とみおと出会った当初、私の上半身の歪みは酷いものだった。走る際に肩や上腕が力んでいたり、腹筋や腹斜筋や背筋といった体幹の筋力不足が顕著であったり、そもそも猫背であったり……。半年くらい前の私は上半身がブレブレで、タイムも遅かった。

 

 私達は1000メートル2000メートルなどの長距離――人間では考えられないような距離を数分で駆け抜けてしまうから忘れがちだが、ウマ娘は人間よりフォームの狂いの影響を受けやすいのである。フォームに狂いがあると、走った分だけロスが出る。人間のように100メートル200メートルの争いではなく、数千メートルが争いの舞台だからだ。1歩毎に無駄なエネルギーを使う走り方をすれば、100歩分走った時に大きな影響となって自分に返ってくるのは自明の理だ。

 

 今の私は完璧なフォームをしているわけではない。メジロマックイーン、ライスシャワー、トウカイテイオーなど歴代指折りの優駿達は、フォームに個性こそあるものの完璧なフォームをしている。上半身に全くブレがなく、全身の力を遺憾無く使って伸び伸びと走っている。

 完璧な爆逃げのために必要な完璧なフォーム。完璧なフォームのために必要な完璧な肉体。基礎の積み重ねがあって私達は強くなれる。「基礎のできない奴が発展を出来るわけがない」と著名なスポーツ選手が言ったそうだが、今になってこの言葉の重みを知った。

 

 己の短所を無くしつつ長所を伸ばす……そんな単純な行為が、こんなにも苦しくて辛いなんて。私はウマ娘になるまでこんな努力をしたことがなかった。理想に近づくために自分を磨くことは、シンプルにして苦痛が伴う。戦う相手こそいるが、結局は怠惰で脆弱な自分との戦いだ。

 

 己を高めることをせずダラダラとウマホを見ていた1時間が積み重なって、その間に努力を重ねていた者との差が1週間、1ヶ月、1年と開いていくとしたら――才能を持たない私は周りの人間に追いつけない。才能を持った上で努力をするスピード狂の優駿達の背中を拝むことすら許されない。だから私は狂気的なスパルタ訓練をした上で、生活の全てをトレーニングとレース研究に費やしているのだ。

 

 しかし、過酷な毎日はあまりにも容易く私の精神を削っていく。いっそのこと逃げ出してしまいたい。トレセンとかレースとか2つの夢とか、全部放り出してどこか遠くで自堕落な生活を送りたい。本当は今だって、ダンベルをぶん投げてトレーニング室から飛び出して、布団にくるまって眠ってしまいたいと言うのに。

 

 でも、私自身の心に根付いた狂気的な意志がそうさせてくれない。もっとやれるだろ、死ぬまで止まるなよと、もうひとりの自分が私に向かって凄んでくる。勝手なことを喋るもうひとりの自分に苛立ちを募らせながら、何くそと根性を発揮してトレーニングに身を落とす。私は、この苦痛なトレーニングに満ちた日々を精神力の強さだけで()()()()()()

 

「――っ、あぁっ! くそぉ!」

「……これで1000回。よくやったアポロ、ストレッチをしてからトレーナー室に来ること」

 

 私は己を叱咤激励する意味で暴言を吐きながら、今日も鬼スパルタトレーニングを耐え切った。ダンベルを所定の位置に戻す際、とみおの顔が僅かばかり苦痛に歪んでいたのが分かった。

 

「……?」

 

 ちょっと疑問に思ったけど、私は黙って彼の背中を見送り、1人でストレッチを行うことにした。

 

 びりびりと痛む全身の筋肉を解すように、ゆっくりとストレッチ。

 

「いてて……」

 

 ホープフルステークスにスペシャルウィークが出ると決まってから、最近はずっと筋肉痛が酷い。うわぁ、痛すぎて前屈が出来ないや……あはは……。

 

 そんな最中、私の背中にそっと誰かの手が添えられた。ビクッとして後ろを振り向くと、そこには先程からフィットネスバイクを漕いでいたキングヘイローがいた。優しげな瞳で、顎をしゃくってくる。片手にはスポーツドリンクを持っており、どうやら休憩がてらに私の柔軟を手伝ってくれるみたいだ。

 

「キングちゃん、ありがと」

「……アポロさん。アナタ、最近頑張りすぎじゃない? クラシック級に行くまでに潰れちゃうわよ」

「あはは……そうなったらそこまでのウマ娘だったってことかな。私にはスタミナと根性くらいしか取り柄がないし、人一倍頑張らなきゃ」

 

 キングちゃんが微妙な表情で私の背中を押してくる。「あいててて」と声を漏らしながら、何とか胸が床に付くまで前屈する。身体の硬さというより筋肉痛のせいで痛い。

 

「――凄いわね。この前まで床に胸が付かなかったはずじゃ」

「えへへ、鍛えてますから! いてて……」

 

 私はキングちゃんに向けて、前屈しながら器用にサムアップしてみせる。こういう何気ない会話のおかげで、辛い毎日を耐えられているのかもしれない。

 

 キングちゃんは遠くを見つめた後、ぼそりと何かを呟いた。

 

「――――らなきゃ」

「今なんて?」

「いえ、何でもないわ」

「ふ〜ん」

 

 私は不思議に思いつつ姿勢を変える。キングちゃんはまだストレッチの補助をしてくれるみたいだ。本当にありがたいし、キングちゃんのこういうところが好きだ。

 

 しばしの間、無言。だが、居心地の良い静寂と言うか、何も言わないでも何となく分かりあっているような、そんな静けさだった。

 

 その無音を破ったのは、キングちゃんの消え入りそうな声だった。

 

「……アポロさんは、どうしてそんなに頑張れるの? 辛くないの? 投げ出したりしたくならないの? 結果が出ないかもしれないのに」

「え?」

「……ごめんなさい。今のは忘れてくれないかしら」

 

 キングちゃんは珍しくその尻尾を垂れさせて、桜色の唇をきゅっと結んだ。頑張る私の姿に思うところがあるんだろうか。

 

 ……キングヘイローは一流の家の出身だ。これまで破竹の3連勝で重賞勝利(勝ち鞍は1800メートルG2・東京スポーツ杯ジュニア級ステークス)まで漕ぎ着けているが、これから挑戦する初のG1で緊張しているのかもしれない。

 

 キングちゃんに対してなまじ「偉大なウマ娘の子」という評価があるせいで、そのプレッシャーは私の比じゃないのだろう。不安に押し潰されそうで、頑張る理由さえ見失おうとしているのかもしれない。先の発言は、トレーナーにさえ話すことの出来ない、心から漏れ出た悲鳴だったのかもしれない。

 

 だったら、私がキングちゃんの心を救うだけだ。その実力と才能に嫉妬しなかった日はないが、どうせ戦うなら何の憂いもない状態でぶつかりたい。私はキングちゃんの手を取って、ぎゅっと握り締めた。

 

「……一流のウマ娘ってのは、最後まで絶対に諦めなかった者のことを言う――らしいよ」

「――――」

「頑張る理由は人それぞれ。結果は出ないかもしれないけど、だったら結果が出るまで歯を食いしばって更に努力するだけ。大事なのは諦めないかどうか……だと思う。……励まし方、今ので合ってるよね? んん……何か締まらないなぁ。ごめんねキングちゃん」

 

 うへへ、と抜けた感じの笑いで誤魔化す私。キングちゃんは目を見開いた後、ぷっと噴き出して笑った。

 

「何それ、うふふ」

「あ、あはは……」

「ありがとうアポロさん……アナタのお陰で悩みが吹き飛んだわ」

「ほんと?」

「えぇ、そうよ。私は一流のウマ娘。どんな苦境が待ち受けていようと、たとえこの先敗北を重ねようが、絶対に首を下げてやるものですか。その矜恃だけは絶対に折られない――単純なことを見落としていたわ」

「――キングちゃん?」

「なんでもないわ。自分の中の考えが纏まった――それだけよ」

「……そっか。なら良かった!」

 

 キングちゃんの瞳には強い光が宿っていた。美しい翡翠色の意志。それを見る者にすら力を伝播させてしまいそうな、そんな双眸に変わっていた。先程までのちょっと弱ったような雰囲気は吹き飛んでいた。

 

 キングちゃんと私は、案外似ているところがあるのかもしれないな。持ち前のど根性だったり、ちょっと視野が狭くなってしまうところだったり。

 

 私は彼女に握り拳を向ける。キングちゃんは少し呆然とした後、白い歯を見せて私の拳に拳骨を付き合わせてきた。パワフルで、力のこもった一撃だった。

 

「ホープフルステークス、出るのよね」

「うん。キングちゃんも?」

「えぇ――アポロさん。私、絶対に負けるつもりはないわ。このキングが、ホープフルステークスの1着を取るんだから」

「当然、私だってキングちゃんに先頭を譲るつもりは無いよ。()()()()()()()()()()()()()――スペちゃんもキングちゃんも全力全開で叩き潰す!」

 

 宝石は泥に塗れても宝石だ。キングちゃんはどれだけ追い込まれようと、きっと何度だって立ち上がれる。そんなウマ娘だ。その根性が羨ましい。彼女の精神力が羨ましい。あぁ、そんなキングちゃんと同世代であれてよかった。案外ノリも良いしね。

 

 お互いに薄く微笑んだまま見つめあって気が済んだ後、私は荷物を抱えて更衣室に向かった。

 

「じゃ、私は先に上がっちゃうから! じゃーねキングちゃん!」

「えぇ。また会いましょう、アポロさん」

 

 強力なライバルの存在を再び認識し、私はその心に情熱の炎を燃やした。

 

 

 

 シャワーを浴びて着替えてきた私は、トレーナー室に入る。室内ではとみおがパソコンの画面に目を落としていた。扉が開閉する音を聞いて、彼が椅子を回転させてこちらを向く。

 

「トレーナー、マッサージよろ〜」

 

 私は部屋の隅にある仮眠用ベッドにうつ伏せになり、いつものように彼を待った。すぐに彼がやって来て、「触るぞ」という言葉の後に私の脚に触れた。

 

「あ゛あ゛〜気持ちい゛い゛〜」

「あんまりそういう声を出すな」

 

 疲れ切った脚が揉まれ始めると、私の口からオッサンみたいな声が漏れてしまう。声を我慢しろと言われても、これは湯船に浸かる時に「あぁ〜」って言っちゃうくらい仕方のないことなのだ。

 

「とみおマジでマッサージ上手すぎるよ〜」

「……嬉しいような嬉しくないような、はぁ……。アポロ、脚に違和感はないか? どこか腫れてるとか、触られたところが痛むとか」

「特にないよ〜」

 

 トレーニング後のマッサージは、単純な疲労回復を狙ったものであると同時に、脚の違和感や隠された怪我を探すためにある。所謂触診というやつであろうか。

 

 こうしてマッサージしてもらったのは、いつが始まりだったのだろう。確か、トレーニングして1ヶ月経った頃、とみおがこう言ったのだ。「頼む、脚を触らせてくれ!」と。

 

 とんでもない爆弾発言に私はドン引きしたが、詳しく聞いてみると色々な理由があった。マッサージは無論、先に挙げた触診、筋肉の付き方のデータ取得など。それを聞いた私は、将来のために役立つのならと二つ返事で頷いた。

 

 ウマ娘の中には、信頼しているトレーナーと言えどその脚に触れられることを嫌う子もいる。だから、とみおは私が気安く脚を差し出したことに驚いた様子であった。

 

 そりゃ、ウマ娘の脚と言ったら命と同等かそれ以上の価値を持つものだからね。走るに当たって無くてはならない身体の組織。高速で走る故にウマ娘の脚は故障が付き纏う。時速70~80キロの負担に耐えるには、私達の脚は些か細すぎるのだ。だから、意識の高いウマ娘は階段や地面の凸凹に神経を尖らせているし、他人に触れられることを非常に嫌がる。

 

 人間以上に繊細で、ガラスの脚と揶揄されることもある頼りない部位。それでいて、競走するためには心臓よりも大切な器官。それを今、トレーナーが手のひらを滑らせて、指先で揉み込んで、丁寧な指使いで接してくれている。どうしようもなく気持ちよくて、どこか背徳的だ。快楽に蕩けて、スライムになってしまいそうな気分。

 

「そろそろ仕上げだ……」

 

 そう言って、とみおが全身のツボを押して無事終了。サブトレーナー時代にあん摩マッサージ指圧師の免許を取ったらしく、その効果は折り紙付きだ。このマッサージがないと筋疲労が抜け切らず、毎日の過酷なトレーニングによって怪我をする恐れもある。身体のあちこちを触られる拒否感がないことはないが、必要なことだと思って受け止めている。

 

 まあ、この人のことだし邪な気持ち無く私にマッサージしてくれているのだろう。悲しいけど。

 

「ありがと」

「ん、お疲れ」

「これからスペちゃん対策する?」

「そうだな。門限まで余裕が無いわけじゃないし……ちょっと待ってろよ」

 

 トレーナーがデスクに戻りながら、マウスを操作する。すぐにモニターにスペちゃんのレース映像が表示され、続いて音声も流れてきた。

 

 キングちゃんの代わりに始めた『スペシャルウィーク対策』。それは、とにかく彼女のレースを見まくって彼女の癖を掴むことを目的としていた。出遅れ癖は無いか。コーナーリングの上手さはどの程度か。プレッシャーに対して()()()か否か。ペースメーカーの()()で自分のペースを見失わないか。どこら辺から末脚を使うか。上がりのタイムはどの程度か――などなど。

 

『スペシャルウィーク上がってきた、ここから捲れるのか!? 残り400メートルを通過して――』

 

 今見ているのは、鮮烈な末脚を見せたスペシャルウィークの最新レース。しかし、彼女の末脚を焼き付けなければならないと言うのに――うつらうつら、と私の意識が揺らぎ始めた。

 

 流石に疲れが溜まってしまっていたのか、映像を見ている途中、私の意識は何度も途切れかける。隣にいるトレーナーの肩に何度も頭をぶつけ、その度に目を擦って何とか耐え忍ぶ。

 

(……やば、眠い……)

 

「…………」

 

 すると、とみおが突然レースの映像を止めた。びっくりして彼の顔を見上げると、トレーナーは苦しそうな表情で瞼を落としていた。

 

「……ごめんアポロ。俺が不甲斐ないトレーナーで」

「……え? そんなことないと思うけど」

 

 突然意味不明なことを告げるトレーナー。反射的に否定する。だって私は、とみおがいなかったらここまで上がってこれなかった。スパルタは本気でキツいけど、これがあったから私は成長しているのだ。

 

 私がそんな内容の言葉を伝えると、彼は首を横に振った。

 

「俺のトレーニングはどう考えても()()()()()んだ。本来なら、もっと効率よく君を鍛えることが出来るはずなのに……俺のトレーニング理論構築が未熟なせいで、アポロを必要以上に苦しめてしまっている。今だって、体力が限界だから居眠りしかけたんだろう」

「う〜ん……それはそうだけどさ、とみおのスパルタのお陰で得られたことも多いと思うんだよね。私のど根性はトレーナーのおかげで育ったんだよ? 無駄だったことなんてひとつもないって」

「…………」

「むしろ私からお願い。もっともっと厳しく私を育てて、トレーナー。最強ステイヤーへの道が生温いわけがないんだから」

「――!」

 

 トレーナーがはっと目を見開く。()()()()()()()とは何だろう。そう考えた時、まず超えなければならない壁としてメジロマックイーンやライスシャワーなどの壁がある。彼女達を()()()には、限界を突き詰めた狂気に身を落とさないとダメなのだ。

 

 だから、私と彼がどれだけ辛かろうと、このスパルタは止めるべきではない。とみおもそれに気がついたのか、ぐっと拳を握り締めた。

 

「……分かったよアポロ。ただ、強度は今が限界だ。そこは留意しておいてくれ」

「は〜い」

「今日は終わりにしよう。それじゃ……おやすみ」

「お疲れとみお! じゃーね!」

 

 

 スパルタトレーニングをして苦しいのは私だけではない。それを初めて知った日だった。



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20話:クリスマスと勝負服

JPNⅢ、JPNⅡ、JPNⅠ、GⅢ、GⅡ、GⅠなどの表記ゆれは、全てG+半角数字に統一しています。(G3、G2、G1のみ使用)


 11月が過ぎ去り、12月も終わり際に差し掛かった。12月の後半はクリスマスだの年末だの、とにかく色んなイベントがある。忙しくて、何だか寂しくて……私の好きな季節だ。

 

 そんな12月だが、芝にダートにG1が目白押しである。年末のグランプリ有記念はもちろん、ダートG1東京大賞典、チャンピオンズカップ、ジュニア級G1の全日本ジュニア級優駿、阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス、ホープフルステークス……合計7つものG1がある。

 

 既に終わったジュニア級G1としては、先々週に行われた「全日本ジュニア級優駿」と、先週に行われた「阪神ジュベナイルフィリーズ」の2つ。

 

 川崎レース場で行われたダート1600メートルG1・全日本ジュニア級優駿の覇者はハッピーミーク。差し切っての見事な勝利であった。どうやら彼女は来年ティアラ路線とダート路線に進むらしい。彼女の万能適性に世間が驚く日は遠くない。

 

 阪神レース場で行われた芝1600メートルG1・阪神ジュベナイルフィリーズの覇者はグリーンティターン。そう、何とびっくりグリ子である。豪脚一閃、見事な追込のクビ差勝利。本人は「ミークちゃんとアポロちゃんと例の5人がいなかったから何とか勝てたね〜」とヘラヘラしていたが、とんでもない。

 

 グリ子は短距離・マイル路線に進むらしい。来年のローテーションは桜花賞→NHKマイルカップ→スプリンターズステークス→マイルチャンピオンシップ……のようになるのだろうか。ミークちゃんやエルちゃん辺りと被りまくる気がするけど、頑張って欲しいものだ。

 

 ――さて。眼前のモニターでは、G1「朝日杯フューチュリティステークス」が行われている。カフェテリアには他多数のウマ娘がいて、いずれも設置された画面に食いつくようにしてレースを見ていた。

 

 朝日杯に出場したのは、最強世代の一角グラスワンダー。正直、私が一番苦手な子だ。嫌いというわけじゃなくて、何と言うか()()のである。冗談ひとつ言っただけで睨まれそうな雰囲気があるからなのかな。

 

 そんなグラスちゃんのレースは圧巻の一言。2番手に差をつけ、ぐんぐん加速。その小さな身体を弾ませ、レコードで後続をぶっちぎってしまったのだ。

 

 カフェテリア内にざわめきが広がる。やはり、彼女の実力は()()()()()。詳しく言及するなら、あの5人の実力が同世代ではずば抜けて高い。隣のグリ子がはちみーに口をつけながら呻いた。

 

「うぅ……グラスちゃん強すぎるよ……来年、当たりたくないなぁ」

「グラスちゃんは無敗の4連勝か……マイル中距離路線に進むっぽいから、たまにぶつかるかもね」

「怖いなぁ〜……」

 

 グリ子はモニターを見ながら項垂れている。私からすれば、グリ子の勝ち方も相当強かったんだけど……そこはまぁ、本人にしか分からない実力の差があるのだろう。私だって「ホープフルステークス、絶対勝てるって!」と言われることはあるけど、今の状態じゃスペちゃん達に勝つのは厳しいって分かってるから、そういうことなんだろうな。

 

 ……そのスペちゃんだが、カフェテリアの奥の席で先程からぼーっとしている。私はグリ子に言ってスペちゃんの机に歩き出した。

 

「スペちゃん」

「あ……アポロちゃん」

「どしたん、ぼーっとして。話聞こか?」

 

 スペちゃんの隣に座り、どこかしゅんとした様子の彼女に話しかける。耳は元気が無さそうに垂れていて、尻尾の動きも弱い。何かあったのだろうか。

 

 グラスワンダーの勝利インタビューに視線を彷徨わせながら、言いづらそうにスカートを握るスペちゃん。これは相当辛いことがあったに違いない。私は身構えて耳を傾けた。スペちゃんは今にも泣きそうな顔で、やっと口を開いた。

 

「しょ、勝負服が届いたんだけど……その、スカートのチャックが締まらなくて」

「は?」

「……トレーナーさんに太り気味って言われちゃった」

「…………」

 

 ずっこけそうになるのを我慢して、私はスペちゃんに苦笑いを作る。

 スペシャルウィークは生来大食いである。同時に、ちょっと太りやすいというか、体重管理が難しいという性質を抱えている。それは付いた脂肪を筋肉に変えやすいという長所でもあるのだが、どうやら今回は悪い方の結果になってしまったらしい。……うん、そういうこともあるよ。

 

「あ、あはは……体質的にしょうがないって。まだホープフルステークスまで1週間あるんだし、体重を絞るのは全然間に合うよ」

「そうかなぁ……そうだよね。うぅ、トレーニング頑張らなきゃ……」

「それにしても、スペちゃんは勝負服届くの早いね」

「実は3日前に届いたんだ! すっごくカッコよくて、早くレースしたくてうずうずしてる!」

 

 ぱあっと表情を明るくして語るスペシャルウィーク。どこまでも真っ直ぐで、ライバルの私すら応援したくなってしまうほど健気な女の子。それがスペシャルウィークだ。ただ、そのレースぶりはある意味残酷で、人畜無害そうな顔から繰り出される鬼の如き末脚で何人ものウマ娘を屠ってきた。

 

 彼女の勝負服は白と紫を基調とした服。まさに主人公という感じの堂々とした色合いとデザインだ。スペちゃんと言ったらこれ! という勝負服で……超かっこいいし可愛い。

 

 私の勝負服も早く届かないかなぁ。白いドレスの勝負服。

 

「アポロちゃんの勝負服は届いたの?」

「いや、全然。URAから連絡が来ないし、体操服とかライブ衣装でホープフルステークスに出ることになったらどうしよ〜……なんて」

「ええっ!?」

「あはは、冗談冗談。……多分」

「た、多分って……怖いこと言わないでよぉ」

 

 私の勝負服は未だ届かず。デザイン案をURAにぶち上げて1ヶ月以上経過しようとしているが、向こうから音沙汰はない。スペちゃんに聞いたところ「私はだいたい2週間で届いたよ〜」と言っていたから、私だけ逆贔屓されてるのかもしれない。

 

 その後、スイーツを制限されて嘆くスペちゃんと別れ、私とグリ子は寮の部屋に帰った。グラスちゃんのライブ可愛かったね〜なんて雑談しながら、話題はクリスマスのことに変移していった。

 

「そういえばさ、アポロちゃんはクリスマスイブにトレーナーさんとお出かけする予定とかないの?」

 

 ――12月24日、クリスマスイブ。ここ日本では本来の意味から離れ、「サンタさんが来る日」とか「恋人達がイチャイチャする日」とか言われたりしている。

 

 このトレセン学園では、特に後者の意味に捉えられることが多い。色恋沙汰の好きな学生らしく、クリスマス付近になると恋バナに花を咲かせることが多くなるのだ。男トレーナーの担当ウマ娘なんて格好の餌である。

 

 そして、トレーナー好きが(同学年の子のほとんどに)バレバレな私は、友達にハチャメチャに弄られる。グリ子はそのひとりで、何かにつけて「トレーナーとの仲は進展したか」「早くしないとあんな優良物件取られちゃうよ」とお節介な近所のおばちゃんの如く急かしてくる。

 

「…………ナイデスヨ」

「嘘つかないで良いって! ほんとはお出かけするんでしょ?」

「いや、別に……」

「目ぇ逸らさないで、私にだけ言ってよ! 絶対誰にも喋らないからさ!」

「…………」

「お願い! 一生のお願い!」

「…………まぁ、トレーナーとは……お出かけ、するけど。でもデートとかじゃないし。大したことはないよ」

 

 グリ子の質問攻めに屈して、私は真実を口にした。そう、私はクリスマスイブの日、トレーナーとお出かけするのである。まぁ、普通に蹄鉄を買ったりするだけなんだけど……。

 

 ……それでも、脳の片隅に特別なイベントを期待しないでもない乙女な自分がいる。もっと仲良くなれたらいいな〜とか、もしかしたらプレゼントをくれるのかな〜とか。ちなみに私はお小遣いを叩いて買ったネクタイをプレゼントする予定である。

 

 頬を染めて髪の毛を弄りながら歯切れ悪く言った私に、グリ子は気色の悪いニヤけを更に増幅させた。

 

「うわ、なにそのガチな乙女の反応。あんた、どんだけトレーナーさんのこと好きなん?」

「っ」

 

 グリ子の核心を突く言葉、マジでイラッとする。ええそうですけど? 私はトレーナーのことが大大大好きですけど何か悪いですか!? クソ! 弄るだけ弄ってあんたは高みの見物ですか!!

 

 弄られっぱなしは性に合わない。グリ子の攻勢に反旗を翻すべく、私は手札を切る。

 

「う、うるさ! そっちこそどうなの? グリ子のところも男トレーナーじゃん!」

「っ……べ、べっつにぃ? アイツのことは何とも思ってないしぃ? と言うか、アイツは私以外にも担当してるウマ娘がいるし……チームのトレーナーだし……あ、いや、何でもない。私はトレーナーのことなんて興味ないかな〜」

 

 グリ子に担当トレーナーさんのことを聞くと、彼女の声は突然裏返った。目を忙しなく泳がせ、手で頬の辺りをぱたぱたと扇ぎながら、聞いてもいない言い訳を並べ立ててきた。ついでに失言もしつつ、フンと腕を組んで私に視線を投げかけてくる。

 

 …………ほ〜ん。

 

 みぃつけた、グリ子の弱点♠

 

「ちょっとグリ子〜! あんたも結構乙女なところあるじゃ〜ん!」

「な、何よ急に……」

「芹沢さんだっけ? 確かにかっこいいもんね〜!」

「あ、アイツなんて全然かっこよくないし……」

 

 芹沢裕也。グリ子の所属するチーム『カストル』のトレーナーである。身長190センチで筋骨隆々、常ににこやかな笑みを携えている優男。初めて会った時は色々とデカすぎてビビった。

 

「そっかぁ、グリ子は芹沢トレーナーのことが気になってるんだぁ。散々私のこと弄ってたくせにね〜」

「…………」

 

 グリ子は耳を畳んで押し黙ってしまった。ベッドに寝転んで向かい合っているのだが、彼女の頬が真っ赤なのが窺える。かわいいヤツめ。

 

 羞恥が限界に達したのか、布団を被ってしまうグリ子。彼女は茹で上がった耳だけを出して、私にこんなことを提案してきた。

 

「……アポロちゃん。協定を結ばない?」

「きょうてい?」

「そう。……女同士の取り決め、どうやったらトレーナーに意識してもらえるかをアドバイスし合いたいの。そのために、お互いからかい合うのはやめようっていう協定。……どう?」

 

 グリ子は不安げに耳を横に倒して、ぴこぴこと揺らめかせている。私は二つ返事で彼女の言葉に頷いた。

 

「いいよ〜」

「ほんと!? じゃあ早速アドバイスが欲しいんだけど、どうやってトレーナーをクリスマスデートに誘えばいいかな!?」

「うわ、すごい食いつき……ピラニアかな? と言うか、私は別にとみおとデートするわけじゃないよ」

「デートじゃなくても、とにかくクリスマスにトレーナーとお出かけしたいの! どうにか口実を作って、トレーナーを引っ張り出したい!」

「それならさ――」

「でも――」

「関係ないって!」

「そうかなぁ……」

 

 こうして私とグリ子は意見を出し合い、お互いのトレーナーとのクリスマスの過ごし方に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 有記念が終わり、クリスマスイブがやって来た。商店街は12月に入った頃からクリスマス一色であったが、イブともなればイルミネーションも賑わいも段違いである。

 

 私ととみおは予定通り、蹄鉄やスポーツドリンクなどのトレーニングで消費する物を買いに来た。クリスマスの雰囲気もへったくれもないが、私は彼と一緒に居られるだけで嬉しいと思っている。

 

 商店街で売られているテレビには、先日行われた有記念の覇者であるマーベラスサンデーが大きく映されている。ゴール板を駆け抜けた直後の映像だ。弾けんばかりの笑顔で、両腕がちぎれるんじゃないかというくらいぶんぶん腕を振っている。パッと画面が切り替わったかと思うと、マーベラスサンデー、エアグルーヴ、メジロドーベルのウイニングライブが始まった。

 

 人通りの多い中、僅かに流れ出すライブの音楽と歌声。有記念……いつか出てみたいなぁ。

 

 立ち止まってテレビに釘付けになっていた私の横に、両手に荷物を提げたとみおがやってくる。ベンチに座り、肩を並べてテレビを見る。

 

「有、凄かったな」

「うん。いつか一緒に行こうね」

「……当然だバカ野郎。でもまずはホープフルステークスだ」

「…………」

 

 ホープフルステークスまであと数日。勝負服はまだ届いていない。でもそれ以上に、キングヘイローとスペシャルウィークと激突することに不安がある。

 

 紫菊賞から2ヶ月間、ずっとパワーを鍛えてきた。逃げて差すという極致に辿り着けたわけじゃないけど、逃げて先行気味に末脚を使うくらいの体力を身につけることが出来た。磨いてきた根性とスタミナを見つめ直し、更なる先鋭化にも成功した。

 

 でも。それでも。果たして2000メートルでスペシャルウィークとキングヘイローに勝てるのか――という不安は一向に拭えない。ぶるり、と私は身震いした。武者震いか、それとも外気温の低さによるものか。

 

 かちかちと歯の根が合わない中、視界に黒い影がかかる。それはまつ毛に引っかかって停滞していた。何だろうと思って指先でそれを掬うと、冷たく白い塊が肌に灼かれて透明な雫に変わっていった。

 

 雪だ。反射的に空を見上げると、曇り空から牡丹雪が降ってきていた。

 

「……お、雪だ。珍しいな」

「ホワイトクリスマスだね」

 

 マフラーの下に鼻を埋め、隣のトレーナーに少しだけ接近する。商店街の中央にそびえ立つクリスマスツリーに白い装飾がふり積もっていく。お互い声も出さず、しばらく周囲の風景を眺めていた。

 

 テレビに映るニュースの映像。雪が降ってきたためか、小走りで駆けていく人。或いは、肩を寄せ合って寒さに耐え忍ぶカップル。牡丹雪に喜びの声を上げる子供と、明日の通勤を心配するその親。紙袋を両手に持ち、せっせと歩いていく人。

 

 走る人達を危なっかしく、子供やカップル達を微笑ましく思いながら、私達はしばしの間ベンチで街ゆく人を見つめていた。

 

 そのままどれくらい経っただろうか。私達の他には人っ子一人おらず、商店街の喧騒はどこかに行ってしまった。雪が強くなり始めたからだろう、みんな建物の中に籠ってしまった。

 

「雪が積もる前に俺達も帰ろうか」

「ん」

 

 とみおが立ち上がり、荷物を持つ。蹄鉄や重い荷物は私が持ちつつ、それに続いてよっこらせと立ち上がる。隣の彼を見ると、私の頭の方に視線が向いていた。首を傾げていると、彼の大きな手が私の髪の上に積もった雪を払った。

 

「アポロは雪が似合うな」

「そう?」

「あぁ。桃色の髪に雪が良く映えるって言うか、美味しそうって言うか」

「うふ、何それ」

 

 耳を横に向けて彼の手の感触を楽しんでいると、「触るぞ」と声がかかる。どうやらウマ耳の上に乗った雪も払ってくれるようだ。

 

「ちょっと、くすぐったいよ」

「ごめんごめん。でも、寒そうだったからさ」

 

 ウマ耳には厚い毛が生えている。毛の下にはちゃんと皮膚があるけど、軽い雪が多少積もっていても案外分からないものだ。トレーナーが私の大きなウマ耳にわしゃわしゃと触れ、雪を落としてくれる。指先がウマ耳の溝をなぞってきてくすぐったいけど、彼に触れられて悪い気はしない。

 

 しかし、ウマ耳というのは非常に繊細だ。外気にずっと触れたままというのは風邪の原因になってしまうかもしれない。

 

「私もネイチャ先輩みたいなイヤーキャップ買おうかな〜」

 

 そう言いながら歩き出そうとすると、とみおの歩みが硬直する。何度か迷ったような素振りを見せた後、彼はこう言った。

 

「……先に言うことになっちゃうけど。アポロのクリスマスプレゼントにイヤーキャップを選んだんだ。トレーナー室に行ったら渡すよ」

「え、ほんと!? 私、凄く嬉しいっ!」

 

 とみおは私の言葉に対し、照れたように笑った。まさか、彼からしっかりとしたプレゼントを貰えるとは思っていなかった。しかも、長く使えそうなイヤーキャップをプレゼントしてくれるなんて。……この男、できる。

 

「何でイヤーキャップにしようと思ったの?」

「う〜ん。アポロの耳ってかなり大きめだろ? 何もつけずにトレーニングしてるのを見てたら、寒そうだな〜って思ってさ」

「へぇぇ……」

 

 私のこと、よく見てくれてるんだな〜。あ、担当ウマ娘がひとりしかいないから当然か。

 

 ちょっと照れ臭くなって、私は首に巻いたマフラーに頬までを沈める。気分が高揚してきて、テイオーステップみたいな足取りで歩き出したくなる。

 

 そんな私の気配を耳と尻尾で察したのか、彼が私の手を掴んできた。手袋越しに固く手が繋がれ、ぎゅむっと握られる。真剣な眼差しのとみおが、困惑する私にこう言った。

 

「雪が薄く積もってる。転ぶといけないからな」

「〜〜っ、わ、分かった……」

 

 地面を見ると、アスファルトの上に半透明の層が出来ていた。微かに積もった雪が溶けたのか、水と混じってぐしょぐしょに濡れた数センチの層を作り出している。

 

「……確かに、危ないもんね……」

 

 彼の耳にその言葉が届いたかは分からない。しかし、その発言を言い訳に、私は彼の手を強く握り締めた。

 

 お互いに荷物を持って、黄昏に染まりつつある商店街を歩く。時々立ち止まって、荷物を持って痺れていた手をほぐして、お互いに積もった雪を払い除けて。明日は積もりそうだな、なんて声をかけ合って。固く繋がれた手は違和感が無くなるくらいまで溶け合って、ひとつになっていた。

 

 お出かけの内容はロマンチックと程遠いものだったけど、こういうのが私達らしいのかもしれないなぁ。白い息を吐いて、私は頬を緩める。こんな穏やかな時間がずっと続けば嬉しいな、と思った。

 

 すっかり空が暗くなった頃、私達はトレーナー室に帰ってきた。12月後半はとにかく日没が早い。冬の本番にはまだ早いが、冬至の日が近いからだろう。

 

 トレーナー室の扉を開き、数度の点滅の後に明かりが点灯すると、私達はいつもの雰囲気に戻った。

 

「ふぃ〜、寒すぎる! 暖房暖房!」

「とみお、コーヒー入れてくるね」

「お、サンキュー」

 

 とみおがエアコンのリモコンに手を伸ばし、私はキッチンに向かってお湯を沸かす。とみおはブラックにミルク、私は微糖にミルクを加えて完成だ。コーヒーカップを持っていくついでに、私はキッチンに隠しておいたプレゼントを取り出した。

 

(……喜んでくれるかな)

 

 トレーナーに渡すクリスマスプレゼント。水色のネクタイに、ネクタイピン。ひょっとしなくても私、重い女だよね……。もう後には引けないけど、レース前くらい緊張する。

 

 私はコーヒーカップをデスクに置きに行ってから、プレゼントを後ろ手に隠して彼の前に立った。

 

「うぅ、コーヒーうま。暖房効くのが遅いなぁ。……ん、どうかしたかアポロ?」

「あ、あの。えっとね。私、トレーナーにプレゼントを用意したんだ……」

「えっ」

 

 椅子に座ったとみおが驚きに目を丸くする。私は彼にパンチする勢いで、プレゼントの入った紙袋を突き出した。

 

「こ、これ! ネクタイとネクタイピン! トレーナーのネクタイ、ちょっと糸が解れてるように見えたからさ。……どうかな?」

 

 割れ物に触れるように、優しく紙袋を受け取るとみお。私と紙袋を交互に見る彼の目はきらきらと輝いていた。

 

「ありがとうアポロ! 丁度ネクタイを買い直したいと思ってたところだったんだ! めちゃくちゃ嬉しいよ!」

「っ……」

 

 満面の笑みで「ありがとう」と言うとみお。そんな笑顔で言われたら、もっと好きになっちゃうじゃん……。

 

「早速確認していいか?」

「うん、いいよ」

「おお――水色のネクタイか! 可愛くていいな!」

「トレーナーには案外明るい色が似合うかなって思ってさ」

 

 やばい、静まれ私の尻尾。こら、揺れるな。

 

「……でさ、トレーナー。急かすようで悪いけど……イヤーキャップって――」

「あ、そうだ。忘れないうちに渡しておくか。ちょっと待ってろ、そこに置いておいたから――って、あれ? 何だこのダンボール」

「?」

 

 とみおがガサゴソと部屋の隅を漁り始めたかと思うと、そこには大きなダンボールが鎮座していた。疑問の声を上げるとみおの背中に近付いてその箱を見ると、差出人が「URA」と書いてあるのが分かった。

 

 その瞬間はピンと来なかったが、次第に「もしかして」と思い始める。これって、まさか。

 

「とみお、これって――」

「――勝負服」

 

 2人の時が止まる。待ちわびた勝負服が届いたのだ。嬉しさと同時、緊張感が走る。お互いに顔を見合わせて、頷き合う。ガムテープをゆっくりと剥がし、梱包を取り除いていく。そして現れた勝負服は――

 

「わぁ――」

 

 ――純白のドレスだった。

 

 純白の上等な生地に、一定間隔で水色のポイントとなる刺繍が刻まれており、まるでウエディングドレスのような印象を受ける。

 

 上半身はオフショルダーに半透明のフリルがついており、ウエストの部分できゅっと締まっている。下半身は膝丈のスカートで、非常に上品で清楚な雰囲気を醸し出している。

 

「――これが、私の勝負服」

「っ……あぁ。ついに……G1に出られるんだ、俺達っ……」

 

 とみおは涙ぐんで肩を震わせている。彼がくれると言うイヤーキャップは嬉しいが、それ以上に勝負服が嬉しすぎて感情が追いつかない。こんな綺麗な服を、私なんかが着ても良いのだろうか。

 

 鼻水を啜ったトレーナーが、勝負服を私に渡してくる。そして、こう言い放った。

 

「アポロ。勝負服とイヤーキャップ、今ここで着てくれないか」

 

 私は幾度か躊躇いながら、ゆっくりと頷いた。そのまま更衣室に行き、私服を脱ぎ捨てる。

 

「こ、こんなの……私には綺麗すぎるよ……」

 

 私は勝負服の美しさに何度も狼狽しつつ、その服に袖を通していく。すると、身体中にフィットする感覚がした。上等な絹の感触が私の肌を包み、心の内に燃え上がるような闘志が湧いてきた。

 

 続いて私は、彼がくれたイヤーキャップを取り出した。明らかに高級そうな箱の中にそれは沈黙していた。私の耳が大きいからか、既存のサイズではないオーダーメイド品だと分かる。

 

 私はおずおずと水色のイヤーキャップを摘む。両側にピンク色の目立つ刺繍が施されており、私の毛色を意識してくれたことが分かる逸品。手触りも良く、試しに耳にはめてみたところ、違和感なくフィットしてくれた。

 

 イヤーキャップと勝負服を着た私は姿見の前に立つ。

 私は絶句した。

 

「――――」

 

 そこにいたのは、涙が出そうなくらい美しいウマ娘だった。

 

 白いドレスに身を包み、可愛らしいスカートを揺らめかせて。白い手袋に、白いタイツに、白と黒のハイヒールを履いて。誰だか分からなくなるくらい綺麗な女の子。私は口元を手で覆い隠して、歓喜の波に打ち震えた。

 

 更衣室から出て、私の方を指さしてくるウマ娘の間を抜けながらトレーナー室に向かう。

 

 コンコン、と扉をノックして、彼の返事を待つ。

 

『……着替えてきたのか?』

「う、うん。でも……似合ってるかどうか分からないよ」

『大丈夫。絶対似合ってるから、恥ずかしがらずに入っておいで』

「……入るよ? 笑わないでね?」

 

 私は一度、深呼吸をして、扉を開いた。

 

 扉の向こうにいた彼が笑顔で迎え入れてくれる。すぐに彼の表情は驚愕の一色に変容し、思わず漏れた――といった風な言葉が彼の口をついて出た。

 

「――綺麗だ」

 

 心臓が、どくんと跳ね上がった。スカートを握り締めて、次なる言葉を待つ。いや、次の言葉なんて無いのかもしれない。それでも、「綺麗だ」なんて言葉で終わるのは、もったいない気がした。もちろん最高の褒め言葉で、天に昇りそうなほど嬉しいのだけど。

 私は強欲だ。もっと言葉を求める。

 

「……それだけ?」

「え?」

「……勝負服を着た私は、綺麗なだけ?」

「――――」

 

 とみおが椅子から立ち上がる。私に一歩、二歩と近付いてきて、目を擦って私の姿を確かめる。その目は歓喜と感動で潤んでおり、もしかすると私の姿が分かっていないのかもしれない。

 

 それでも彼は、何度も大きく頷いて、満面の笑みを浮かべていた。

 

「綺麗なだけじゃない。凄く可愛いよ。イヤーキャップも君によく似合ってる。本当に、この世のものとは思えないくらい……神秘的で、綺麗で。……ごめん、涙でよく見えないや」

「……もう。バカ……」

 

 私はティッシュを持ってきて、彼の双眸から決壊した涙を拭ってあげた。あぁ、なんて愛おしい人なんだろう。彼のためならどんな苦境にだって挑みたくなる。やっぱり、私はひとりじゃ成長できなかったんだ。この勝負服も貰えなかった。本当に、本当に、ありがとう、トレーナー。

 

 でも、勝負はここからだ。まだ私は泣いてやるものか。この服を着て涙を流すのは、勝利の歓喜によって、だ――

 

「……ありがと、トレーナー」

「っ、うぐっ、それは卑怯だってアポロ……」

「ホープフルステークス、絶対に勝つから。勝って、ウイニングライブのセンターで踊ってみせるから。だから見てて――私のこと」

「あぁ――あぁ! 見てる。きっと、いや絶対、目を離したりなんかしないからな、アポロ……!」

 

 酷い泣き顔だ。雰囲気もへったくれもない。でも、こんな彼が大好きなんだ。

 私はしばらく彼の涙と鼻水を拭い、彼の嗚咽が収まってからは、お互いに顔を見合わせて、ぷっと噴き出し合ったりした。

 

 

 こうして私達のクリスマスイブは終わりを迎えた。

 私達らしい、最高のクリスマスイブ。

 

 ……でも、ひとつだけ文句があるとしたら。

 

「……この勝負服、何でお腹の部分が透けてるんだろうね」

「……俺はそんなアイデア出してないぞ」

「そうなの?」

「う〜ん……デザイナーに君の腹筋フェチがいたんだろうか……」

 

 何だか締まらないなぁ、と思いながら、私達の聖夜は過ぎていった。




次回、決戦のホープフルステークス。


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21話:熱戦!ホープフルステークス!

※日付変更ギリギリに投稿されると、後になって加筆されたりします


 年内最後のG1――ホープフルステークス。舞台は中山レース場、芝2000メートルの右回り。

 

 ジュニア級とはいえG1なので、現地の中山レース場はレース3時間前だと言うのに早くも大盛況を迎えていた。新聞やメディアの煽りが効いたのだろうか。有マ記念が終わってからは、インターネット・テレビのニュースがずっと「来年のクラシックを占う大事な一戦! 早くも“三強”が中山の地に集結!」みたいなことを言っていた。

 

 スペシャルウィークは『未来の日本代表ウマ娘』『大地を揺るがす豪脚』なんて言われており、メディアの評価が最も高かった。実力で言えば彼女が一番飛び抜けているのは間違いない。

 

 キングヘイローは『連勝街道を突き進むお嬢様』『世代屈指の末脚』と言われ、私と2番手争いをしていた。メディアの評価はまちまちで、その多くが2着止まりの予想である。中には彼女が1着を取ると太鼓判を押した雑誌やサイトもあったらしい。

 

 私――アポロレインボウは『ジュニア級2000メートルレコード保持者』『狂気の爆逃げウマ娘』『世代人気NO.1ウマ娘』なんてぶち上げられていた。1着になると予想されていたり、最下位になると予想されていたり。まぁ爆逃げってのはムラがあるから予測がつかなくて当然だ。

 

 メディア的には、スペシャルウィークがやや優勢の評価か。しかし三強ムードは既に決定的なようで、どこを見てもスペちゃん、キングちゃん、アポロレインボウの3つの名前が並んでいる。恐れ多い。

 

 年末だと言うのに陽炎が立ち昇りそうな熱気の中、私達はタクシーを下りて中山レース場の控室に向かう。スタッフの方々が私達を取り囲んで、人混みから守ってくれたから良かったが……とんでもない人口密度である。

 

 私とトレーナーは顔を見合わせて、「電車で行かなくてよかった」と胸を撫で下ろした。中山レース場近くの駅――東中山駅や船橋法典駅からここまでの道はきっと阿鼻叫喚になっているはずだ。満員電車もビックリな人混み。その中にG1出走ウマ娘の私が紛れていたらと思うと、ぞっとする。人の波に押し潰されて、冗談じゃなく死んでしまうかもしれない。

 

 こうして私は初めて中山レース場内に足を踏み入れた。その際、すれ違う人々が「アポロちゃ〜ん!」「応援してるぞ!」と応援してくれたので、私は笑顔で手を振って応えた。大体の人は「はうっ」とか「可愛すぎる」とか言っていたのだが、中には私が手を振っただけで卒倒し始めた人がいてびっくりした。……とみお曰く、私はSNSでの人気がカルト的に高いらしい。

 

 物好きな人もいるものだなぁ、と思いながら控室に入った私達は、いよいよ緊張感の高まりを感じた。

 

「やっぱり緊張するね……」

「ま、初めてのG1だからな。俺も心臓バクバクだよ」

 

 ホープフルステークス――第9レースまで3時間もあるのだが、この人混みではレース場の外周コースを走ることもままならない。仕方が無いので、彼にことわって勝負服に着替えることにする。

 

「お手伝いしますよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 トレーナーが呼んだのか、ウマ娘のスタッフが駆け付けてきた。彼の姿は既に無く、目の前には純白の勝負服が置かれていた。

 

 私は制服を脱ぎ、勝負服に手をかける。相変わらず慣れないドレスだ。私には綺麗すぎる。

 

 スタッフに手伝ってもらいつつ勝負服を身に纏うと、スタッフから「お綺麗ですよ」とお褒めの言葉がかかる。やはり、綺麗と褒められるのは嬉しいが、どうにもくすぐったい。ありがとうございますと言いつつ、ハイヒールの具合などを確かめる。

 

 ――うん、バッチリだ。全身にフィットするし、力もみなぎってくる。今の私は絶好調だ。

 

 そして、姿見に映る自分と視線を突き合わせて気づいた。

 ……お腹、結構ガッツリ透けるんだね。トレーナー室で着た時は部屋全体が薄暗かったから気づかなかった。

 

 私の勝負服の胴部が透ける素材から作られているのは知っていたが、こうして明るい場所で見ると腹部の素肌が丸見えだ。透けている分、ちょっと艶かしい。縦に少し割れ、美しい曲線美を描く自慢の腹筋。やっぱりURAにはへそフェチがいるな。

 

 まさか、私の勝負服の郵送が遅れた理由って、この機能を付け加えたから? ……いや、考えすぎか。

 

 お腹の辺りをぺたぺたと触っていると、スタッフの人がお化粧道具を持って私に近付いてくる。

 

「お化粧もするんですか?」

「はい。G1レースですから」

 

 聞いてみたところ、レース前に軽いお化粧を、ウイニングライブ前にもう一度崩れた化粧を整えるらしい。ウイニングライブに出る前は自分でやってね、という旨の発言を頂いたので脳死で頷く。

 

 軽いお化粧が終わると、スタッフと入れ替わりにとみおが入って来た。彼は私の姿を一瞥して、固まっていたその表情をだらしなく緩めた。

 

「アポロ、やっぱり綺麗だよ」

「っ……う、うるさっ」

 

 この男、歯の浮くようなセリフをぬけぬけと……。私はスカートをぎゅっと握りながらトレーナーを睨んだ。

 

「あんまりそういうこと言って女の子を勘違いさせちゃダメだよ」

「……? 俺はアポロにしか言わないけど」

 

 …………。

 

 はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜………………キュンと来た自分が嫌だ。

 

 私ってチョロい女だなぁ……。

 

 気を取り直して、私はウマホから出走表を確認する。

 

 1枠1番、1番人気スペシャルウィーク。

 1枠2番、4番人気ウィキッドレディ。

 2枠3番、17番人気ライムシュシュ。

 2枠4番、10番人気ノーティカルツール。

 3枠5番、14番人気コンテストライバル。

 3枠6番、2番人気アポロレインボウ。

 4枠7番、15番人気ツウカア。

 4枠8番、5番人気ウイストクラフト。

 5枠9番、16番人気ルミナスエクスード。

 5枠10番、8番人気クラシックコメディ。

 6枠11番、9番人気クラリネットリズム。

 6枠12番、13番人気ムシャムシャ。

 7枠13番、3番人気キングヘイロー。

 7枠14番、12番人気ムーンポップ。

 7枠15番、18番人気ルーラルレジャー。

 8枠16番、6番人気オーバードレイン。

 8枠17番、11番人気ノワールグリモア。

 8枠18番、7番人気オーボエリズム。

 

 初のフルゲート、18人での発走になる。1、2、3番人気の私達は、4番人気以下を大きく引き離している。何度も言うが、このレースはスペシャルウィーク、キングヘイロー、アポロレインボウの三強と言われている。

 

 私がマークするのはスペシャルウィーク。彼女に加えてキングヘイローもマーク出来るほど私は器用ではない。今日一番の敵がスペシャルウィークだと決め打ちして、キングヘイローは捨て置くしかない。レースに勝つには実力と運が必要なのだ。

 

 とみおと話し合って、そこら辺は抜かりない。スペシャルウィークの末脚、差しの作戦、スパートをかけるタイミング、癖――その全てを頭に叩き込んだ。後は後悔のないよう、全力全開でターフを駆け抜けるだけだ。

 

 ホープフルステークス開幕まであと数時間。

 私は息を整え、集中力を高め続けた。

 

 

 

 いよいよ始まるホープフルステークス。レース開始40分前、私達は中山レース場のパドックにやって来ていた。数万人の大観衆が見守る中山のパドックに、ジュニア級の中距離G1を虎視眈々と狙う18人が立つ。ウマ娘達がパドックに集まってくると、鋭く研ぎ澄まされた闘志に当てられて観客達が静まり返る。これがジュニア級の覇気なのか、という声がどこからか聞こえた気がした。

 

(……ジュニア級とか、クラシック級とか、関係ない。私達は目の前の勝利をもぎ取るためにここにいるんだ)

 

 全国で誕生したウマ娘の中で実力を認められ、選りすぐられたトレセン学園生。その才能の奔流に呑まれてなお折れなかったジュニア級の精鋭達だけが、この舞台に立っている。

 

 ――たった18人。ここに立つのを許されたのは、それだけのウマ娘なのだ。数字にして、何千・何万分の1。実力と運で苛烈な競走社会を勝ち抜いてきた強者達――こうして対峙するだけで肌がひりつく。

 

 そして、その中でもひときわ目立つ2人のウマ娘がいる。その2人から目を離せないし、離さない。ほとんど睨みつけるように私は彼女達を威圧し続ける。

 

 上着を着て勝負服を隠した状態で、そのうちの1人――スペシャルウィークがお披露目台の上に立った。重賞以上の競走では、アニメでやっていたように上着をバッと放り投げるのだ。誰がやり出したのかは不明だが、今はパフォーマンスの一環として定着している。

 

『1枠1番、スペシャルウィークです』

『この子が1番人気ですか。それに相応しい爆発的な末脚を持っていますよ』

 

 実況を受けて、スペシャルウィークが上着を上空に放り投げ――るのではなく、地面に叩き付けた。えっ、という実況の困惑が響き渡る。後続に控えていた私達17人は思いっ切りずっこけた。

 

『し、失礼致しました。……スペシャルウィークの状態は良さそうですね』

『えぇ。毛艶が良く、身体つきもしっかりとしていますね。見るからに絶好調という感じです。彼女は私イチオシのウマ娘ですよ』

 

 スペちゃんが照れ笑いしながら観客に手を振っている。紫と白色を基本にした、主人公然とした勝負服が見える。こうして目の前にすると、彼女の純粋な強さが怖い。ああやって抜けた雰囲気を演出して、私達を油断させようとしているんじゃ……なんて思ってしまう。まぁ、彼女に限ってその心配はないけど。

 

『続いては1枠2番、ウィキッドレディ――』

 

 しばらくして横に流れて行ったスペシャルウィークは、トレーナーらしき飴を咥えた男性に頭をチョップされていた。レースに出るウマ娘の一般常識として知られているから、あのパフォーマンスについてトレーナーがわざわざ教えることもなかったのだろう。

 

『3枠6番、アポロレインボウ。2番人気です』

『彼女のレースにも期待がかかります! 何せ、ジュニア級2000メートルのレコード保持者ですからね!』

 

 私の名前が呼ばれたので、一歩踏み出す。パドックに設置された台に乗り、注目を浴びる形になる。私は前の子がやっていたように、肩に乗せられただけの上着に手をかけ――思いっ切り投げ出した。

 

 刹那、パドックを囲む僅かな喧騒が完全に消え去った。私の周りの視線が驚愕に見開かれ、瞬きさえ忘れているようだった。

 

(えっ、何この反応……私、やらかしちゃった?)

 

 実況解説さえ沈黙し、不気味な静寂が中山レース場を包む。数瞬の後、ざわざわとした騒がしさが戻ってくる。実況も自我を取り戻したかのように喋り始める。

 

『失礼致しました……アポロレインボウの勝負服に見とれてしまいました』

『う〜ん、素晴らしい勝負服ですねぇ……意匠に目を惹かれてしまいますよ』

 

 ……どうやら、みんなが私の勝負服に驚いてしまったようだ。まぁ、こんなウエディングドレスみたいな勝負服じゃ驚くよね。あはは……。

 

「こんなに見惚れてしまったウマ娘はアポロちゃんが初めてだ」

「どうした急に」

「前回のレースから更なる成長をしていることに加え、あの闘志、あの勝負服。言葉もない。俺の1番人気はアポロレインボウひとりだ」

「本当にどうしちまったんだ」

 

 パドックでのお披露目が終わると、すぐに本バ場入場が始まる。コースの外柵に行こうとしたとみおを引き止め、その手を握る。これがレース前最後の会話になるからだ。

 

 彼の温もりに触れ、恋心を闘争心に変えていく。心が冷え切っていき、恐ろしいまでの冷静さが流れ込んでくる。

 

「……トレーナー、行ってくる」

「あぁ。作戦は話した通りだ。……でっかく行け。後悔のないようにな」

 

 とみおの言葉に背中を押され、私は遂にターフに足を踏み入れた。

 

 小走りで駆けていくと、既に本バ場入場をしたウマ娘達が返しウマを行っていた。返しウマとは、簡単に言えばウォームアップだ。バ場状態を確かめると共に、自分の調子を知る重要な行為。

 

 私は颯爽とギアを全開にし、返しウマだと言うのにホームストレートを全速力で駆け抜けた。観客と実況が沸き立ち、歓声が大きくなる。走りたがりのツインターボちゃんの真似をした……という訳ではなく、戦略的行為だ。

 

『おぉっと、アポロレインボウ全力疾走! 観客が大いに沸き立っております!』

 

 私に2000メートルは()()()()。だから、出来るだけ己のスタミナを削っておいて、実質2500メートルを走るような感覚にしておくのだ。言わば()()。脳や身体を勘違いさせようという足掻き。しかし、私がベストな状態で彼女達と戦うにはこれしかない。トレーナーの提案にして最終手段、ここで使わずしていつ使う。

 

 返しウマが終わると、私達ウマ娘は所定の位置に連れて行かれる。すぐさまG1専用ファンファーレが流れ出し、割れんばかりの大歓声が中山レース場を包み込む。地響きに似たそれが収まると、実況がはきはきとした喋りで語り始めた。

 

『暮れの中山レース場、何と集まった観客は10万人! 有マ記念に全く引けを取らない人数がジュニア級G1に詰めかけました!』

 

 次々とゲートインするウマ娘達。スペシャルウィーク、キングヘイロー、そして私。

 

 あぁ……もう時間になってしまった。本当に始まってしまうのか、G1が。

 

『3枠6番、アポロレインボウがゲートに収まります』

『彼女の大逃げがこのレースの鍵です! そういう意味では最も注目すべきウマ娘でしょう!』

 

 芝を踏み締めて、捏ねる。ぎゅっという音がして、足の裏に良好な感覚が伝わってくる。……うん、トレーナーの調整のおかげで絶好調そのものだ。

 

 数回深呼吸して、眉間に力を込める。観客席の喧騒がどこか遠くに遮断されたかのような感覚に陥る。思考が澄み切っている。緊張感は吹き飛んで、闘争心だけが心を焦がしている。

 

『さぁ、全てのウマ娘のゲートインが完了しました。ジュニア級チャンピオンに輝くのは誰か! 中山レース場、芝2000メートル――ホープフルステークス! いよいよ発走です!』

 

 ターフが静寂に包まれる。いよいよ激闘の2分間が幕を開ける。18人の中で1番になれるのは1人だけ。王座につくのは、たった1人。他は要らない。2着以下は不要なのだ。

 

 私が1着になる。他のウマ娘に先頭を譲るものか。ギリリ、と奥歯を噛み締め、怒りに似た闘志に火を焚べた。

 

 ターフが静寂に包まれる。現在気温5度。先日の雪の影響で、芝は重バ場。身体の芯まで凍ってしまいそうな風が吹く中――

 

 ――ガシャコン、とゲートが開いた。

 

『さぁ、各ウマ娘一斉にスタート! 綺麗な出だしです! ポンと飛び出したのはやはりアポロレインボウ、大逃げでレースを引っ張ります!』

『予想通りの展開ですね! 彼女のことですから、ハイペースの展開になるでしょう!』

 

 運命のレースが始まったのだ。反射的にスタートを切り、背中を弾かれるように前傾姿勢になって加速する。私は風を切って第1コーナーに向かい、周囲を確認する。

 

 ――誰もいない。どうやら序盤から私を潰しに来る子はいないらしい。そりゃそうだ、私に競りかけるということは即ち敗北を意味する。高速で逃げる大逃げウマと競り合って体力を無くす――そんなことは誰もしたくないからだ。

 

 末脚や体力を使いたくないから、全員が譲るように大逃げウマに先を行かせる。そう仕向けるのが、私達陣営の狙う展開のひとつである。

 

 前走で大逃げによるレコードを記録したのが効いたのかは定かじゃないけど――図らずも、私の大逃げという脚質は予想以上にみんなの脳に焼き付いているらしい。道連れ覚悟で潰してやる、なんて子はいない。ここまでは狙い通りだ。

 私は前を向いて第2コーナーに向かう。

 

 マークの付いてない大逃げウマは楽に逃げられる。いや、楽なんてことは無いが――マークが付くよりは大分余裕を持って走れる。向正面に入った私は、スペシャルウィークの位置を確認すべく少しだけ視線を後ろにやった。

 

 ――勝つのは私だ。

 そんな双眸をしたスペシャルウィークが、()()()()()()()()()()

 

 ぞっとした。混乱した。まさか、私のペースが緩んでいる? いや、そんなはずはない。ずっと全力全開で脚を使って逃げている。何故スペシャルウィークがここにいる?

 

『第2コーナーを抜けて向正面に入りました! なんとなんと、2番手はこれまで後ろ気味の作戦を得意としていたはずのスペシャルウィーク! アポロレインボウが慌てた様子でペースを上げ始めた!』

『大逃げが得意なアポロレインボウとはいえ、これは明らかにオーバーペースです。これは……そうですね。スペシャルウィークがアポロレインボウを()()に来ていますよ』

 

 そこまで思考して気付く。――このレースには逃げウマが私以外にいなかった。つまり、スペシャルウィークは逃げ気味の先行作戦を取り、私にプレッシャーをかけに来たのだ。

 

 盲点だった。スペシャルウィークの作戦は()()だとばかり思っていた。くそ、1枠1番の利点をここで活かしてくるとは。お互いにマークする展開になるとは考えてもみなかったぞ――

 

 私は彼女に追いつかれないようペースをぐっと上げ、限界寸前の脚を回転させて彼女を引き離しにかかった。しかし、スペシャルウィークは歯を食いしばって食らいついてくる。

 

「――ぐうっ!!」

 

(スペシャルウィーク――っ、邪魔をするな!!)

(いやだ!! 私は日本一のウマ娘になるんだ!!)

 

 意地の張り合いか、それともスペシャルウィークの作戦か。とんでもない闘志と熱量が私の背中に突きつけられる。まるで刃だ。()()()()()()()()()()――と思ってしまうほどの威圧感。初めて味わう()()の恐ろしさに、私の歩幅は崩れていく。

 

 ――マークすることに慣れていても、マークされることに慣れていない。それも、世代トップクラスのウマ娘からのプレッシャーなど味わったことがなかった。私の走りの乱れは至極当然の理由からやって来ていた。

 

『ぜ、前半1000メートルを超えて――タイムは56.1秒!? 先頭で競り合っている2人は持たないぞ!!』

『タイムがどうこう、と言うよりも――怪我をしてしまうのではないかと心配になりますよ!』

 

 展開はオーバーペースもオーバーペース、前半1000メートルを超えて56秒台を刻んだ。応援の声とは違ったどよめきが観客席から聞こえてくる。

 

 ――だけど。

 タイムがどうした。そんなもの知らない。関係ない。先にゴール板を駆け抜けた者が1着だ――なんて思ってしまうのは、かかってしまっているからなのだろうか。

 

 スペシャルウィークと競り合ったまま、第4コーナーを曲がっていく。2人の意地の張り合い。泥臭さに塗れた死闘。心臓破りのペースを維持したまま私達は最終直線に差し掛かる。

 

『最終コーナーを抜けて直線に入ります!! 後続は3バ身の差がついている!! これは2人だけの勝負になるか!?』

 

 スペシャルウィークは、私に競りかけてきながらも、しっかりと空気抵抗を受けないように姿勢を低くしている。私の背後に回り、スリップストリームに入っているのだ。憎たらしいほど巧い。

 

 だが、それがどうした。私の根性を舐めるなよ――!

 

(どけ!! 沈め!! 私が1番だ!!)

(いやだいやだ!! 私が1着に!!)

 

『残り400メートルを切って、先頭の2人が並んだ!! スペシャルウィークとアポロレインボウ、横一直線!! スペシャルウィーク躱すか!? アポロレインボウ粘っている!! とんでもない粘り腰!! スペシャルウィーク躱せない!! むしろ突き放されるぞ!?』

 

 スペシャルウィークがスリップストリームから抜け出し、私を抜かしにかかる。しかし、そのタイミングを見計らって限界の速度を一段階引き上げる。スペシャルウィークの表情が苦痛に歪む。嘘だろ、という口の動き。

 

 抜かそうとした瞬間に速度を上げられれば、()()()()()気分になって気持ちに焦りが生まれる。再び息を入れる瞬間を狙ってほんの僅かに減速し、また抜かそうかというタイミングで速度を引き上げる。それが私の技巧と根性。

 

 脚が壊れてしまいそうだ。肺が破裂してしまいそうだ。でも、負けることの悔しさに比べたらこんな苦痛など屁でもない。

 

(どうだ、見たかスペシャルウィーク!! これが私の根性だ!!)

(まだだ――まだ諦めない!!)

(しつこいな、もう――!!)

 

『残り200メートルを通過して、アポロレインボウ僅かに前!! しかしスペシャルウィーク懸命の末脚!! 先行気味だったからか、疲れも見えるがどうか!?』

 

(スペシャルウィーク、私は二度とあなたに負けないと心に決めていたんだ!! 今日は私が勝つ!!)

(――っ)

 

 真横のスペシャルウィークと睨み合う。彼女の呼吸が限界を迎えようとしている。対する私はほんの僅かに余裕がある。

 

 ――しかし。

 

「う、あああぁぁぁあああああああっっ!!!」

 

 スペシャルウィークの気迫が耳をつんざいた。グンと速度を上げるスペシャルウィーク。驚愕する暇などない。スペシャルウィークが息を吹き返した。吹き返しやがった。これが優駿の意地か……!

 

「ぐ――ぉ、あああああぁぁあああっっ!!!」

 

 涎を垂らし、汗を垂れ流し。何も取り繕わず、私は少し前に出たスペシャルウィークに追いすがった。スペシャルウィークもまた驚愕に目を見開く。

 

『残り100メートル!! 並んだ並んだ!! スペシャルウィークとアポロレインボウ!! これは首の上げ下げで決まるか!?』

 

 お互い、全身全霊のラストスパート。胸をいっぱいに反らし、或いは倒れそうなほど前傾姿勢になる。

 

 歓喜の瞬間が訪れる。どちらに栄光が渡るのか。

 

 誰もが息を呑んだその瞬間だった。

 

『あっ、後ろから誰か来ます! あれは――』

 

 

 

「諦めないわ――絶対に!!」

 

 ――刹那。

 (キング)の煌めきが一閃。

 

 全力で競り合っていた私とスペシャルウィークの内ラチ側。ギリギリいっぱいの隙間を縫うようにして、彼女がその末脚を爆発させたのだ。

 

 ――翡翠の電撃。

 誰もが唖然とした。その位置から届くのか、と。だって、残り200メートル地点で3バ身は離れていたでは無いか、と。

 

 だが、そんな疑問すら関係ないと切り捨てる。撫で切る。それが彼女の末脚だった。

 

『き、キングヘイロー!? キングヘイローがすっ飛んできたっ!? スペシャルウィーク、アポロレインボウ、キングヘイローッ!! 最後の競り合いはこの3人だけの世界――!!』

 

 アポロレインボウとスペシャルウィークと競り合う新たな優駿、キングヘイロー。トップスピードの乗りは、後方でずっと我慢していたキングヘイローに軍配が上がる。

 

 競り合い、競り合い、競り合っていたはずが――

 

 ――ほんの数センチ。キングヘイローの闘志が、前に出た。

 

 不可能を可能にするのが彼女――キングヘイローだった。

 

『――ゴールッッ!! お見事!! 年内最後のレースを勝利したのは――キングヘイロー!! 三強対決を制し、ジュニア級チャンピオンに輝いたのは――キングヘイローだっ!!』

 



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22話:来年に向けて

『――ゴールッッ!! お見事!! 年内最後のレースを勝利したのは――キングヘイロー!! 三強対決を制し、ジュニア級チャンピオンに輝いたのは――キングヘイローだっ!!』

 

 ――ハナ差。私がキングヘイローに付けられた差は、悔やんでも悔やみきれないそれだけの差だった。

 

 数ヶ月、いやそれ以上の月日をこのレースに費やしてきた。努力して努力して、それこそ血反吐を吐きそうなほど苦しみ抜いて。それが――たった数センチ差の結末。

 

 悔しさは湧いてこなかった。ただただ呆然と、現実を理解できずにいた。

 

 速度を緩め、膝から崩れ落ちそうになりながら内柵に寄りかかる。大歓声が中山レース場に響き渡る中、電光掲示板が点灯した。

 

 タイムは2:00:8。

 1着はキングヘイロー。

 2着はスペシャルウィーク。

 3着はアポロレインボウ。

 

 全てがハナ差の表示であった。愕然と身体中から力が抜ける感覚がした。

 ――スペシャルウィークにも負けたのか、私は。()()()()()と思っていたのに。これが彼女の底力なのか。

 

 息が切れ、酸欠に陥りそうになる。そのまま地面に倒れ伏しそうになった時、私の肩を支える手があった。緑の勝負服――キングヘイローだ。

 

「……キングちゃん」

「アポロさん、大丈夫?」

「うん、何とかね……」

 

 雪混じりの重バ場を走った影響で、彼女の勝負服は汗と泥まみれだった。彼女の艶やかな髪は額や頬に張り付き、端正な顔が土に汚れている。

 

 私達が飛ばしてしまった泥や土を顔に受け、それでも真正面から食らいついてきたのだ。その根性には天晴れと言うしかあるまい。

 

「1着おめでとうキングちゃん。まさかあんな所から届くとは思いもしなかったよ……」

 

 肩を支えられながら、私はキングちゃんに向けて力の抜けた笑みを浮かべる。今日は完敗だ。きっとキングちゃんをマークしていても結果は変わらなかった。私をマークしに来ていたスペちゃんにかけられて、今日と似たような展開になっていただろう。

 

 彼女と話したことで、爛れるような悔しさと全力を尽くした結果の爽快感が胸をすかした。屈辱、無念、後悔、その上に「もう一度やりたい」という清々しいまでの期待が膨れ上がる。

 

 そうだ、また戦いたい。キングちゃんやスペちゃんがいれば、私はもっともっと強くなれる。私はキングちゃんの顔に付着した汚れを手で払い、髪の毛を整えてあげた。くすぐったそうにしながら、キングちゃんは私に熱の篭った視線を投げかけてくる。

 

「……私が勝てたのはアナタのおかげよ」

「え……私?」

「どんな苦境が待ち受けていようと、前だけを見続ける。自分を貫き続ける。それを徹底したから、このタフなレースを勝つことが出来たのよ」

 

 スペちゃんが私達の下に駆け寄ってくる。微かに悔しさの浮かぶ表情だが、私と同じく清々しい余韻が勝っているようだった。

 

「キングちゃん、おめでとう!」

「スペシャルウィークさん。……まさか、アポロさんにつけて前目の展開に持ち込むなんて驚いたわよ」

「私だってキングちゃんの末脚にはビックリしたんだから! むぅ、もっとトレーニングしなきゃなぁ……」

「キングちゃん、そろそろウィナーズサークルでインタビューが始まるんじゃない? みんなが待ってるよ!」

「い、いっけない! ごめんなさい2人共、またウイニングライブで!」

 

 キングちゃんは私を解放してスペちゃんに任せた後、ウィナーズサークルに向かって走り出した。

 

 スペちゃんと向かい合う。ギラギラと枯れない闘志を秘めた双眸が私を捉えている。

 

「キングちゃん、強かったね」

「……お互いマークして潰し合っちゃって、キングちゃんの末脚を忘れてたねぇ……」

 

 軽口を叩き合うように、短い会話を交わす。私はスペちゃんの肩から離れ、1人で歩けるよと示してみせる。私達もそろそろ控室に向かってウイニングライブの準備をしなければならない。

 

 ウィナーズサークルの方角に目をやると、キングちゃんの言葉に反応したのか、ワッと歓声が広がっていた。スペちゃんも釣られてウィナーズサークルに視線を彷徨わせると、バ道の方角に向かって歩き出した。

 

「アポロちゃん、()()()()()()

「……あったりまえじゃん。キングちゃんにもスペちゃんにも、絶対負けないから」

 

 私はスペちゃんの背中を見送った後、少し間を開けて控室に向かった。膝が笑っていて上手く歩けない。しかし、怪我をしたとか骨折したとか、そういう異常は見られない。まずは怪我なくG1を走りきれたことを誇るべきだろう。

 

 しかし――私は3着。マークしていたスペシャルウィークにさえ前を行かれ、仕方なくマーク対象から切り捨てざるを得なかったキングヘイローには1着をかっ攫われた。

 

 悔しいが、もう決まったことだ。相手が強かったと唇を噛み締めるしかあるまい。ただ、レース中の失敗は真正面から受け止め、来年のクラシックに活かすのだ。ジュニア級レースは全て終わった。もう私達のクラシック級は始まっているのである。

 

 まずは()()やプレッシャーへの対策を考えるべきか。スペシャルウィークに強烈なマークをされた結果、私はペースを大きく乱して2000メートルを走るには破滅的なタイムで暴走してしまった。

 

 こんなのじゃ、来年成長してくるであろうみんなに太刀打ちできない。早急にトレーナーに話をして、そこら辺の対応も考えておかねばなるまい。

 

 そんなことを考えているうちに、私は控室の前にやって来ていた。中にトレーナーの気配がする。

 

 私は特に躊躇もなく扉を開いた。向こう向きの背中が見えた。とみおだ。

 

「……トレーナー、ごめん。私、負けちゃった」

「アポロ……」

 

 私は肩を竦めて彼に言った。敗北の報告などしたくはなかった。とみおがゆっくりと私に近付いてくる。

 

 とみおのことだから、私を見損なう――なんてことはないだろう。でも、間違いなく()()使()()()()()()()だろう……という事実が身を抉るように辛い。私は彼が目の前まで迫ったのを確認して、きゅっと目を閉じた。

 

「――良く、無事に帰ってきてくれた……アポロ」

 

 スーツの彼は汗と泥に汚れた私をしかと抱き締めていた。そうだ、彼はどんな結果だろうと優しく受け止めてくれる。だからこそダメなのだ。この優しさに触れ続けたら、私は弱くなる。甘えていたらダメなんだ。

 

 私は彼の抱擁から抜け出そうとするが、想像以上の力が加わっていて抜け出すことは叶わなかった。背中に手を回されて窮屈な状態のまま、抗議するように彼の顔を見上げる。

 

「――っ」

 

 彼は泣いていた。上を向き、涙を零すまいと肩を震わせていた。

 

 何故泣いているのか分からないわけではない。しかし、私自身よりも悲しんでいるのを見て、微妙な気持ちになった。私達は悲しんでばかりいるわけにはいかないのだ。さっきのレースで得られたことを元に、更にトレーニングを重ねないと。

 

 そう言おうとすると、彼の涙声が私の頭上から飛んでくる。

 

()()()()()()()()()()。無茶なペースの中、良く前に残ってくれた。あんなハイペースのレースで怪我をしなかっただけで、俺は……俺は……」

 

 何を言っているかはよく分からなかった。でも、私が思っているよりも深刻な心配があったようである。先程頭の中に思い描いていた言葉を失って、私は無抵抗で彼の腕の中で力を抜いた。

 

 しばらくすると、気が済んだ彼が私を解放してくれた。ちょっと寂しかったが、私はコホンと咳払いして至って普通の表情を取り繕った。

 

「もう、息が苦しかったんですけど」

「ご、ごめん……」

 

 私から離れた彼のスーツが汚れているのが分かる。ふと鏡に映る自分が目に入った。純白の勝負服は泥に塗れ、先程のレースがどれだけの激戦であったかを物語っていた。

 

 ……そう、むしろ私は誇るべきだ。超ハイペースに持ち込んでなお3着に粘り込めた。不得意な2000メートルのG1で掲示板内に入ることが出来た。()()それで充分ではないか。

 

「……とみお。来年、絶対勝とうね」

「あぁ」

 

 センターをキングちゃんに譲り、3番手で踊るウイニングライブ。「ENDLESS DREAM!!!」の歌詞を紡ぎ、振り付けを踊りながら、私は大盛況の客席に向かって心からの笑顔を振り撒いた。

 

 勝負の楽しさと、敗北の悔しさ。このホープフルステークスで、私はその両側面を知ることになった。

 

 アポロレインボウのジュニア級は5戦2勝。主な勝ち鞍は1勝クラス紫菊賞。

 

 最強ステイヤーにはまだまだ程遠い。

 しかし、その兆しが見えないわけではない。

 私はトレーナーと走り続けるだけだ。

 

 ウイニングライブを笑顔で終えて、私は未来への期待に心を膨らませた。

 

 

 

 

 ホープフルステークスが開幕して早々、桃沢トレーナーは悲鳴を上げそうになった。

 

 アポロレインボウが刻むペースが速すぎたのだ。柵に手を付き、前のめりになってレースに齧り付く。

 

 原因は明らかだ。アポロレインボウをマークしに来たスペシャルウィーク。お互いにマークし合う形になって、暴走気味にペースが上がっている。

 

 実況が驚愕しながら読み上げたタイムは、前半1000メートルで56.1秒。頭のおかしくなりそうなタイムだ。まるでスプリント戦の時計ではないか。

 

 こうなると、トレーナーの脳裏には「競走中止」の文字がチラついた。元々行きたがりのアポロレインボウが作り出した破滅的ペース。全員がそれに付いて行けば、その内の誰かが潰れて怪我をしてしまうかもしれない。それが最も気がかりだ。

 

「た、頼む――誰かの怪我だけは止めてくれ、神様……!」

 

 ペースが上がる、それ即ち脚部への負担が増すということ。ウマ娘がレース中に自分を客観視するのは難しい。燃え盛る闘志と勝利への欲求が爆発し、「脚が壊れてでも勝ちたい」と短絡的な思考に結びつくことも考えられる。

 

 アポロ、違和感を感じたら止まるんだぞ――トレーナーは片手でメガホンを作ってそう言おうとした。しかし、それ以上に「この狂気の時計が刻むレースを最後まで見届けたい」という狂人じみた考えもまた湧いてきていた。

 

 一瞬でもその思考がチラついた己に嫌気がさす。ただ、レースに携わる職業である以上、限界のその先を見たいという考えもまた普遍的なのかもしれない。

 

 ぐっと拳を握って、桃沢は相反する2つの感情を抱える。トレーナーとして持つべきはアポロレインボウの無事を祈る気持ちだ。だが、どうしても彼女の作るレースを見届けたい。桃沢の気持ちはぐしゃぐしゃだった。

 

 トレーナーは祈るようにアポロレインボウを見つめる。彼女は明らかに無理している。先頭であのペースを作っている彼女は、いつ脚を怪我してもおかしくない。ゴール前の攻防とはまた違った、ハラハラした恐怖が桃沢トレーナーを襲う。

 

 しかし、第3コーナーを抜けて第4コーナーに向かう彼女を見て、桃沢は更なる異常性に気付くことになる。

 

「ど、どうして――」

 

 ――どうして、ペースが落ちないんだ。桃沢トレーナーはがたがたと震えながら、手元に置いたストップウォッチを見た。1600メートル時点で、1分31秒。狂気の時計だ。1600メートルのレコードタイムに肉薄している。いや、もしかしたら超えていたかも。桃沢トレーナーの震えは止まらない。最終コーナーに向かってなお加速する彼女の姿を見て、アポロレインボウへの恐怖は増していく。

 

 だって、今日は泥のような重バ場だぞ? 足元が悪いのは言うまでもない。内ラチ側はバ場が荒れていて、もはやダートに近い。アポロ達は何も言わずにそれを避けて走っているのだから、当然()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 それなのに、2000メートルレコードに迫らんばかりの時計。こんなの、異常を超えて恐怖を感じざるを得ない。トレーナーだからこそ分かる――いや、レースを知る者なら誰にでも理解出来るアポロレインボウの異常性。

 

「頑張れアポロちゃーん!!」

「スペシャルウィーク、差してくれぇっ!!」

 

 様々な声援を背後に、桃沢はレースの行方を見失った。彼はてっきり、アポロレインボウが「最強のステイヤー」になる才能のみを秘めていると思っていた。しかし、これを見てその考えは180度変わった。アポロレインボウは「最強ステイヤー」のみならず、「最強ウマ娘」になる才能を秘めている。そう確信した。

 

 最終直線まで()()()()()アポロレインボウを見て、その考えはより強固に変容していく。もはや勝敗などどうでも良い。いや、細かく言えばどうでも良くはないが――とにかく彼女が無事に帰って来れば、それだけで大きな収穫だった。

 

『――ゴールッッ!! お見事!! 年内最後のレースを勝利したのは――キングヘイロー!! 三強対決を制し、ジュニア級チャンピオンに輝いたのは――キングヘイローだっ!!』

 

 ただ、かち合う同世代のウマ娘が悪かったと言わざるを得ない。超ハイペースに付き合い続けてアポロレインボウを差し切って2着につけたスペシャルウィーク。ペースメーカー不在の大荒れペースの中我慢し続けて、先頭2人を差し切ってしまったキングヘイロー。彼女達もまた「最強ウマ娘」になる才能を秘めた超絶的な優駿達だ。

 

 しかもこの世代には、底知れない芦毛の逃げウマ娘・セイウンスカイや――マルゼンスキーの再来と評される栗毛の怪物・グラスワンダーがいて――世界へ羽ばたくことを目標に据え、それに相応しい実力と才能を秘めた怪鳥・エルコンドルパサーもいるではないか。

 

 あまり戦うことはないだろうが、短距離の雄・グリーンティターン、超万能ウマ娘のハッピーミークもいる。

 

 アポロレインボウは彼女達を目標に据え、戦うことで成長している。あぁ、生まれた世代が良かったのか悪かったのかとことん分からなくなる。

 

 トレーナーはストップウォッチをポケットに押し込んで、青く澄んだ空を見上げた。



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アポロレインボウの勝負服を安価で決めるスレ+‪α‬

1:ターフの名無しさん ID:ZEFOpKEGh

前スレの通り安価でアポロレインボウの勝負服を考えるスレになります

まずは基本の色から>>15

 

2:ターフの名無しさん ID:xEHBYHMLc

いいね

 

3:ターフの名無しさん ID:wG673wFn8

ピンク!!

 

4:ターフの名無しさん ID:Aq7zyEV1o

神です

透明

 

5:ターフの名無しさん ID:nYJ9DeEuO

透明はダメだろアホ!ボケ!

赤!

 

6:ターフの名無しさん ID:fuXb3Y29O

 

7:ターフの名無しさん ID:K2ME2ZJEo

白かなぁ

 

8:ターフの名無しさん ID:PxhDwPAC6

明るい青っぽいの

 

9:ターフの名無しさん ID:lb9z9cXr8

あえての黒!

 

10:ターフの名無しさん ID:3ucgM53q1

黒がいい頼む

 

11:ターフの名無しさん ID:+rAn78Mr4

白だろjk

 

12:ターフの名無しさん ID:BHDKSrQ9t

アポロちゃんはjcだぞ

黄色

 

13:ターフの名無しさん ID:HPY58kp3B

レインボウだから虹色はだめ?

まとまりがなくなるか?

 

14:ターフの名無しさん ID:kyVJ/Iq1y

黒!

 

15:ターフの名無しさん ID:ELQoz5/3J

白です

 

16:ターフの名無しさん ID:5+eFxMKvS

 

17:ターフの名無しさん ID:fNNNVk6E0

水色

 

18:ターフの名無しさん ID:IpalIZKq/

 

19:ターフの名無しさん ID:jjOoD2cZ+

いいね〜

 

20:ターフの名無しさん ID:khuQOcYOM

>>15 分かっとるやんけ!

 

21:ターフの名無しさん ID:cWTSyCGxC

安定だけどやっぱ白は似合うよな〜

 

22:ターフの名無しさん ID:ZEFOpKEGh

センスあるやんけ

おk基本カラーは白な

じゃあ次は全体のデザイン>>40

 

23:ターフの名無しさん ID:aygFNAf7F

デザインって私服スタイルとかそういうことよね?

 

24:ターフの名無しさん ID:Y5HpugTXj

そうだな

 

25:ターフの名無しさん ID:XwhDL3yUk

ワイはへそ出しなら何でも…()

 

26:ターフの名無しさん ID:DUdtXk9dF

へそ

 

27:ターフの名無しさん ID:W8Fd/OLGh

へそ単体は意味不明すぎるだろww

 

28:ターフの名無しさん ID:cw2Uyfjzo

パーマーちゃんみたいなやつ(名前が思い浮かばない)

 

29:ターフの名無しさん ID:mAErl6MGw

ドレス!

 

30:ターフの名無しさん ID:Aoffv2uqG

制服というのはどうだろう

 

31:ターフの名無しさん ID:lvJWMFZyP

こう、お姫様みたいなドレスがいいな

 

32:ターフの名無しさん ID:2b6K7qExs

び、ビキニアーマー……

 

33:ターフの名無しさん ID:1AB8hHWc+

オグリキャップちゃんとかサイレンススズカちゃんみたいな制服っぽいやつ(伝わるかな?)

主人公みたいな格好

 

34:ターフの名無しさん ID:JqIquly7T

ドレスぅ……

 

35:ターフの名無しさん ID:SVKnvR3YG

私服…がいいけど基本カラーが白だからなぁ

 

36:ターフの名無しさん ID:aK8pPf4G4

王族みたいに荘厳な雰囲気出しつつマント羽織ってほちい

 

37:ターフの名無しさん ID:gR+s9aEfX

>>36これいいな

乗った

 

38:ターフの名無しさん ID:Tfilue1Si

制服!

 

39:ターフの名無しさん ID:6Flsq6j8Y

ドレス

 

40:ターフの名無しさん ID:eU+yOC0yC

おまいら基本カラーが白やぞ?

ウエディングドレス風に決まっとろうが

 

41:ターフの名無しさん ID:Ha0W+TGYh

水着

 

42:ターフの名無しさん ID:dlZsgLAQ/

 

43:ターフの名無しさん ID:rMKZ5VfDw

水着こっわ

 

44:ターフの名無しさん ID:teR+TGUm+

ウエディングドレス風wwww

いいね

 

45:ターフの名無しさん ID:ZEFOpKEGh

やるやん

白のウエディングドレス風勝負服な

次は小物というか好みの要素>>55 >>65 >>70

 

46:ターフの名無しさん ID:nAm8CDgrI

短剣

 

47:ターフの名無しさん ID:FxPJSNir0

短剣はライスシャワーじゃねーか!

 

48:ターフの名無しさん ID:xFYMvng/n

白いカチューシャ

 

49:ターフの名無しさん ID:4+L9YyENz

ゲームコントローラー持ってる

 

50:ターフの名無しさん ID:wedbaY+dY

49謎すぎて草

 

51:ターフの名無しさん ID:InFMvViyh

背中がガン見え

 

52:ターフの名無しさん ID:SoJtfT3j1

へそが見える

 

53:ターフの名無しさん ID:CnbRy7xTz

かんざし

 

54:ターフの名無しさん ID:JDaq/uIb5

花束を持ってる

 

55:ターフの名無しさん ID:DgU0rkxHz

白いウエディングドレスやろ?

ピンクっぽい芦毛やろ?

水色のワンポイントや!

 

56:ターフの名無しさん ID:QX/5R2jNW

金色の刺繍

 

57:ターフの名無しさん ID:k1UXwoehu

毛皮(?)

 

58:ターフの名無しさん ID:EjH2h51lt

ティアラだろ

 

59:ターフの名無しさん ID:sZhCrf8jr

ティアラはティアラでも花のティアラがいいと思う

妖精みたいじゃろ?

 

60:ターフの名無しさん ID:fCUJznSoV

花の冠いいなー

 

61:ターフの名無しさん ID:AXXJsqD9O

乗った、花の冠!

 

62:ターフの名無しさん ID:pzEw9Cpnc

肩パッド

 

63:ターフの名無しさん ID:CaFvrhlZy

世紀末www

 

64:ターフの名無しさん ID:flKSYaubk

スマホ

 

65:ターフの名無しさん ID:Tel2oOGpA

左右白黒のハイヒール

 

66:ターフの名無しさん ID:gOAydiAr0

あ〜靴もありか

賢いな

 

67:ターフの名無しさん ID:mQwfdjQBi

 

68:ターフの名無しさん ID:uCwOByRKM

カチューシャ

 

69:ターフの名無しさん ID:Y0/NpX5/B

 

70:ターフの名無しさん ID:MKEAjmzF2

へそ透け

 

71:ターフの名無しさん ID:9m/IUYde+

は?

 

72:ターフの名無しさん ID:KbsUb+p/m

おい

 

73:ターフの名無しさん ID:UNC4CYq92

wwwwwww

 

74:ターフの名無しさん ID:h7g0vbnJq

なんだよへそ透けってwwwwwww

 

75:ターフの名無しさん ID:WzzKl5mzi

へそフェチ多すぎワロタwwwww

 

76:ターフの名無しさん ID:0k0qzEwLE

ウエディングドレス風へそ透け勝負服ってなんだよ

 

77:ターフの名無しさん ID:ZEFOpKEGh

白いウエディングドレス風へそ透け勝負服????

これ次の安価必要???

 

78:ターフの名無しさん ID:cHFiPDN5p

クソワロタ

 

79:ターフの名無しさん ID:B9OkX88OJ

ホープフルステークスのお披露目まであと1ヶ月やぞ

さすがにもう勝負服できとるやろ

 

80:ターフの名無しさん ID:sErjhhfEt

へそ出しウエディングドレスとかフェチの塊すぎるンゴ

 

81:ターフの名無しさん ID:dL8/O3n6j

まあこの安価妄想だしいいでしょ

 

82:ターフの名無しさん ID:Vb9nGSK+F

これで絵描いてくるわ

 

83:ターフの名無しさん ID:ZsjdvHiWz

絵師もいてワロタ

 

84:ターフの名無しさん ID:6NM/Zl12r

ウエディングドレス着られたらおじさん泣いちゃうよ

 

85:ターフの名無しさん ID:yqcBX0JIp

とみおもビビるだろウエディングドレス届いたら

 

86:ターフの名無しさん ID:5CLYoyj2m

はよ結婚しろってことか

 

87:ターフの名無しさん ID:Vb9nGSK+F

アポロちゃん勝負服案です

https://imaguma.com/hGzfGwgpja

 

88:ターフの名無しさん ID:aXUNX+JST

>>87 割とアリで草

 

89:ターフの名無しさん ID:QLCnch9/X

>>87 ええやん

 

90:ターフの名無しさん ID:aHzaWNftk

>>87 えー、神です

 

91:ターフの名無しさん ID:WYyBOJhdE

>>87 くそ可愛いやんけ

 

92:ターフの名無しさん ID:2HQG7y6/7

>>87 これアポロちゃん着て走るのか…

意外と似合ってるな?

 

93:ターフの名無しさん ID:WZJENM6ow

元々の素材が良すぎるからな…

 

94:ターフの名無しさん ID:1DZHznv2l

なんかライスシャワーちゃんの青薔薇衣装と対になってるかんじ〜

 

95:ターフの名無しさん ID:ZP7pPE2v8

>>94 言い得て妙だな

ライスちゃんはへそ出てないけど

 

96:ターフの名無しさん ID:62HQn7xIJ

ライスシャワーと対になってるって考えたら中々いい衣装じゃん

アポロちゃんって来年どの路線に行くんだろ

皐月賞は行くとして

 

97:ターフの名無しさん ID:SHH69c1GJ

どうなんだろ

2000~2400しか走れない不器用タイプなんじゃない?

 

98:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

アマで解説囓ってる俺が来ましたよ。

確かに2000mでアポロレインボウはレコードを出したけど

距離が4000mくらいあれば間違いなく世界レコード出してるよ彼女

 

99:ターフの名無しさん ID:UZTrZTShv

なにいってだこいつ

 

100:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

まあ素人さんにわかりやすく言えば、

ウマ娘の走り方には2つあって

スプリント戦などの短い距離に向いた走り方と

3000mなどの長い距離に向いた走り方があるんだが

彼女、完全に後者の走り方に固めたみたいだ

で、彼女の過去4戦の走破タイムを見れば一目瞭然なんだけど

明らかにステイヤー傾向のタイムを出してるわけ、ぜんぜん距離が足りてない

ライスシャワーと同じ傾向だな

 

101:ターフの名無しさん ID:Cu0faPBOO

ちょっとよく分かんないかな

 

102:ターフの名無しさん ID:YUJAGkFSm

2000メートルレコード保持者がステイヤー!?!?!?wwww

 

103:ターフの名無しさん ID:OZhwQuHju

またとんでもないのが現れたねぇ

 

104:ターフの名無しさん ID:tliPNvE2e

勝負服の話題流れてて草

 

105:ターフの名無しさん ID:cpFERxqOp

あーあ、せっかく神絵師が降臨してたのに

でも来年どこを走るかは気になってんだよな

 

106:ターフの名無しさん ID:a1yP7ChA+

えー2000メートルが距離適性の上限なんじゃないの?

大逃げで3000は厳しいって……

 

107:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

まあウマ娘自体物理法則を無視してる側面もあるから

素人さんは混乱してもしゃーないか

ホープフルステークスは勝ち負けするだろうけどちょっと厳しいだろうね

でも、菊花賞、アポロレインボウが1着で駆け抜ける姿が目に浮かぶわ

ノシ

 

108:ターフの名無しさん ID:oRHQW2xPx

は?

 

109:ターフの名無しさん ID:OW7rR6msJ

あ、逃げた

 

110:ターフの名無しさん ID:EtZrohfFY

www

 

111:ターフの名無しさん ID:/REB6E8c5

何だったんやコイツ……

 

112:ターフの名無しさん ID:hkawd1JX5

まぁトゥインクル・シリーズにはこういう人もいますと

 

113:ターフの名無しさん ID:SATJXB9jG

アポロレインボウ厄介おじさん

 

114:ターフの名無しさん ID:2L0S+kvXE

話題流れちゃったね…

 

115:ターフの名無しさん ID:0snimxJV/

ホープフルステークス早くみたいな〜

 

 

 

 

511:ターフの名無しさん ID:Hcv7wIlqn

ホープフルステークスが始まるよ!!!!!

 

512:ターフの名無しさん ID:HNGcyz/nc

うおおおおおおおおおおおおお

 

513:ターフの名無しさん ID:WTuu7buV5

↓↓↓出走表↓↓↓

1枠1番1番人気スペシャルウィーク

1枠2番4番人気ウィキッドレディ

2枠3番17番人気ライムシュシュ

2枠4番10番人気ノーティカルツール

3枠5番14番人気コンテストライバル

3枠6番2番人気アポロレインボウ

4枠7番15番人気ツウカア

4枠8番5番人気ウイストクラフト

5枠9番16番人気ルミナスエクスード

5枠10番8番人気クラシックコメディ

6枠11番9番人気クラリネットリズム

6枠12番13番人気ムシャムシャ

7枠13番3番人気キングヘイロー

7枠14番12番人気ムーンポップ

7枠15番18番人気ルーラルレジャー

8枠16番6番人気オーバードレイン

8枠17番11番人気ノワールグリモア

8枠18番7番人気オーボエリズム

↑↑↑出走表↑↑↑

 

514:ターフの名無しさん ID:ItzYDf6NV

あああああ緊張するううううう

 

515:ターフの名無しさん ID:3HhVbu4AK

勝負服見たいお…

 

516:ターフの名無しさん ID:D04Xjr6+4

パドックはまだですか?

 

517:ターフの名無しさん ID:lH/1BJmUm

もうすぐや

 

518:ターフの名無しさん ID:rYOPKGYvs

うおおおおおおおおおおおお

 

519:ターフの名無しさん ID:kFeb7yMYh

現地勢いる〜?

 

520:ターフの名無しさん ID:TFJjFzr2U

>>519 はい

より人いてやべーんだわ

というか駅から中山まで普通に地獄

 

521:ターフの名無しさん ID:r8FRolcb9

ホープフルステークスに何万人入るんだよ

 

522:ターフの名無しさん ID:mDexQM/xd

現地だけど人多すぎtえ押しつぶさえrそうでs

 

523:ターフの名無しさん ID:T1ELj8aa4

真夏とまでは言わんけど春先くらいのあったかさだよ

人口密度のせいでね

 

524:ターフの名無しさん ID:oREEIO1db

スタンドの中もパンパン。予約しといてよかったわ

 

525:ターフの名無しさん ID:F6zX+FuzQ

屋外は地獄やな

 

526:ターフの名無しさん ID:k4tYSTjgB

中山レース場で飯食おうとしてるやつはやめたほうがいい

レース始まるまでレストラン入れんぞこれ

 

527:ターフの名無しさん ID:S3j5OYRhW

これみんなグランプリと間違えてないか?

 

528:ターフの名無しさん ID:FgRKiQKDc

現地行きたかったけど行かなくてよかったのかもな…

 

529:ターフの名無しさん ID:pZZeiaZzL

晴れて良かったけど逆にさみぃ

 

530:ターフの名無しさん ID:1PtFQ3+1/

>>528 アポロちゃんに手振ってもらったぞ

現地来てよかったわ

死ぬかと思ったわ

 

531:ターフの名無しさん ID:Btovksn4X

現在気温5度、発表は重バ場です

 

532:ターフの名無しさん ID:iEs4uUNsw

お披露目パドック始まるよ〜

 

533:ターフの名無しさん ID:fIoMA6yP5

きちゃああああああああ

 

534:ターフの名無しさん ID:RTAda2Rlu

まずは1枠1番のスペちゃん!

 

535:ターフの名無しさん ID:RmlWRPA8c

かわい〜

 

536:ターフの名無しさん ID:2zmJHMofJ

上着を叩きつけるなw

 

537:ターフの名無しさん ID:OYG61sR8v

ワロタwwでも勝負服自体は真っ当でかっこいいデザイン

どこぞの安価とは違うねぇ

 

538:ターフの名無しさん ID:CI597JQ7I

似合ってるな〜スペちゃん

 

539:ターフの名無しさん ID:myjZIRwtM

1番人気か

 

540:ターフの名無しさん ID:NzCldFFoC

おぉ〜みんな似合ってるな!

デザイナーも凄いわ

 

541:ターフの名無しさん ID:kE2Nk3Fdv

いよいよお次はアポロちゃんです

 

542:ターフの名無しさん ID:hwVUHyy7i

ちょっと見えるけどなんか白いね

 

543:ターフの名無しさん ID:4mnNgw6Y5

既に安価そっくりでワロタ

 

544:ターフの名無しさん ID:I0zwlDfHm

お披露目!

 

545:ターフの名無しさん ID:lIDE9v/P9

 

546:ターフの名無しさん ID:57WMJCsau

は、

 

547:ターフの名無しさん ID:no3wkPrXb

!?

 

548:ターフの名無しさん ID:w22SSMJ5o

えっ

 

549:ターフの名無しさん ID:Vow7uF/AJ

デザイナーがスレ民じゃねーか!!!!!!!!!

 

550:ターフの名無しさん ID:21CGMhHjn

いかんでしょ

 

551:ターフの名無しさん ID:iybh9Nc6z

wwwwwwww

 

552:ターフの名無しさん ID:+MCeTEGgK

似合ってるけどクソワロタ

 

553:ターフの名無しさん ID:2Bdp1QaN0

かわいいいいいいい

 

554:ターフの名無しさん ID:dQn9tbiXM

待って待って可愛すぎてしんどいしんどい

 

555:ターフの名無しさん ID:Io9TYkRq6

ごめん惚れた

 

556:ターフの名無しさん ID:fMptdP1fQ

あぁ

 

557:ターフの名無しさん ID:XV1+YE9vg

現地勢だんまり

 

558:ターフの名無しさん ID:wGss7qbIY

みんな見とれとるやん

 

559:ターフの名無しさん ID:Y3S6s1si6

実況解説もアポロちゃんにメロメロww

 

560:ターフの名無しさん ID:JFFxC9w90

しゃーないやろクソかわいいんだから

 

561:ターフの名無しさん ID:F47N3vyme

まじで綺麗

 

562:ターフの名無しさん ID:iQWtCwNdw

なんか勝負服の気合いの入り方違くね?

 

563:ターフの名無しさん ID:LlzqFCuTF

かわい〜♡

 

564:ターフの名無しさん ID:wnPOi4h3R

こんなんファン増えちまうだろ…

 

565:ターフの名無しさん ID:PvSpiJvEX

ウマスタフォロワー爆増不回避

 

566:ターフの名無しさん ID:fUBo5ZoaW

すでにフォロワー10万人いるけど更に増えるんか

 

567:ターフの名無しさん ID:2w23u2wFu

あ、お披露目もう終わっちゃった

 

568:ターフの名無しさん ID:VrYNqBkgp

見とれててあっという間だったわ

 

569:ターフの名無しさん ID:CBcDxTil0

へそ

 

 

 

 

 

581:ターフの名無しさん ID:Tpy7/doeA

本バ場入場よ〜

 

582:ターフの名無しさん ID:/maajyByw

返しウマ始まったね

 

583:ターフの名無しさん ID:6Epa0s0mz

アポロちゃんはっやwwww

 

584:ターフの名無しさん ID:7t2RiS3h7

なんでそんなぶっ飛ばしとんねん!!!

 

585:ターフの名無しさん ID:o5WXWMReQ

ツインターボを思い出すわね

 

586:ターフの名無しさん ID:6uzXDFPbX

全力の返しウマは爆逃げウマ娘の特権

 

587:ターフの名無しさん ID:2D5EbXaVn

スペちゃんもキングちゃんも調子良さそうなんよな〜

 

588:ターフの名無しさん ID:eRbYQ2Z+4

誰も言わんけどキングちゃんの勝負服も可愛いよね

 

589:ターフの名無しさん ID:kSsSFGhAu

うわーーーもう始まるんかーーー

 

590:ターフの名無しさん ID:G9OuG19rQ

ファンファーレ!

 

591:ターフの名無しさん ID:T8M3ueu96

やっぱこれがないと始まんないわ

 

592:ターフの名無しさん ID:AdcvCSzOY

10万人も中山に!?

 

593:ターフの名無しさん ID:6Nz7NBlLj

やんけ

 

594:ターフの名無しさん ID:hnRrzvqgN

未勝利戦のアイドルが遂にG1に;;

 

595:ターフの名無しさん ID:k6GRqBQ12

スタートや!

 

596:ターフの名無しさん ID:LC0fi9dPW

はっや

 

597:ターフの名無しさん ID:38SH5Vgv7

いつもの

 

598:ターフの名無しさん ID:U1Pxyl1lX

G1級ロケットスタート定期

 

599:ターフの名無しさん ID:CKhRMpnZm

やっぱこうなるのか〜

 

600:ターフの名無しさん ID:tjtDJXCYY

あれ? スペシャルウィークかかってね

 

601:ターフの名無しさん ID:Ho1SY1AEc

ん?

 

602:ターフの名無しさん ID:Z3f5oYgor

ほんとや

 

603:ターフの名無しさん ID:T8gc/AnAW

スペシャルウィーク、アポロちゃんマークかい?

 

604:ターフの名無しさん ID:SPOKEqZ/M

キングヘイローは最後方に控えたけど、これはどうなるか…

 

605:ターフの名無しさん ID:BakqKLhHG

かかってる

 

606:ターフの名無しさん ID:rpzrF6jjC

ペースが速すぎ、これは無理や

 

607:ターフの名無しさん ID:q+u5YVsEy

あちゃー

 

608:ターフの名無しさん ID:33iPwN1M+

スペシャルウィークの強烈なマークでペースが壊れてる

 

609:ターフの名無しさん ID:g/a+tksxV

スペちゃん許してくれ!!!

 

610:ターフの名無しさん ID:BoSSfgEs0

1000メートル56秒台!?!?!?

 

611:ターフの名無しさん ID:OkC+N04R2

死ぬぞ

 

612:ターフの名無しさん ID:6Pe/HPgqQ

まずい

 

613:ターフの名無しさん ID:PdgXTGhhd

これ前の2人大丈夫かよ

 

614:ターフの名無しさん ID:g73n/2jsm

アポロちゃんスペちゃん怪我だけはやめろよ!!!!

 

615:ターフの名無しさん ID:PQhFpSHJ0

いやいやいやこんなレースに付き合ってたら怪我人でるぞ

 

616:ターフの名無しさん ID:m+mpBnRhu

え、前の2人全然垂れないけど

 

617:ターフの名無しさん ID:nCX7DUV3k

嘘やろコイツら

 

618:ターフの名無しさん ID:F0T8qfkNm

バケモンか?

 

619:ターフの名無しさん ID:CuqoGZq4f

超ハイペースで前残し!?

 

620:ターフの名無しさん ID:icyHYttzA

最終コーナー曲がった!!!!いけ!!!!!!

 

621:ターフの名無しさん ID:AaLnA8Vuy

残せ!!!!!

 

622:ターフの名無しさん ID:EaO14DWs9

ヤバすぎる

 

623:ターフの名無しさん ID:DQD79HH40

はっや

 

624:ターフの名無しさん ID:mgq//Zg8q

いけえええええええええええええ

 

625:ターフの名無しさん ID:HkGUdwd5m

オリャーーーーーーーー!!!!

 

626:ターフの名無しさん ID:MzMyQSoP9

歓声デカすぎ

 

627:ターフの名無しさん ID:qq8b8TNve

!?

 

628:ターフの名無しさん ID:uPijA5n7I

キングヘイロー!!??

 

629:ターフの名無しさん ID:5xgnmRbTJ

ワープした

 

630:ターフの名無しさん ID:GhNfIJWo1

何だこの3人

 

631:ターフの名無しさん ID:SV0ejUIEq

ぎゃあああああああああああ

 

632:ターフの名無しさん ID:5OERKTVhA

!!!!!

 

633:ターフの名無しさん ID:7/ecgElKz

うわ、差されたくさい

 

634:ターフの名無しさん ID:Pjr+jSx2/

むしろ何でここまで頑張れるんだよ……根性おばけだろ……

 

635:ターフの名無しさん ID:YovRTgCw7

みんな泥だらけだ

 

636:ターフの名無しさん ID:99bn6c4ml

 

637:ターフの名無しさん ID:P7O4U1iQP

ぐわぁああああ!!

 

638:ターフの名無しさん ID:2shskBWbU

アポロちゃん3着……

 

639:ターフの名無しさん ID:PUC1VR30C

クソ悔しい

 

640:ターフの名無しさん ID:HlMWO8VjJ

マジかよ

 

641:ターフの名無しさん ID:azuUPJAbT

;;

 

642:ターフの名無しさん ID:1GbKNSlip

いや、これは3着に残せたことを誇るべき

あのペースでこれはまじで強いよ

 

643:ターフの名無しさん ID:1Nl5K+juI

まぁ…せやな

 

644:ターフの名無しさん ID:0fAtq+V8/

でも1着のライブ見たかったなぁ〜〜

 

645:ターフの名無しさん ID:PLwTvo8Ag

2:00:8

重バ場のタイムじゃないんだよね

キチレコ

 

646:ターフの名無しさん ID:1yb8IfitR

キングちゃんのファンになりそう

 

647:ターフの名無しさん ID:J+WenV078

この3人やべーわ

来年楽しみすぎる

 

648:ターフの名無しさん ID:mFwySicSR

熱い戦いだった

 

649:ターフの名無しさん ID:Y8wH/p+Y+

アポロちゃん…怪我してないよね?

 

650:ターフの名無しさん ID:ejTP9rHOL

まじでお疲れアポロちゃん

強いレースだったよ

 

651:ターフの名無しさん ID:Hh1d8giYy

みんな無事そうね

あの殺人的ペースでよく怪我しなかったな

 

652:ターフの名無しさん ID:5+LclRwBc

みんな清々しい顔してていいね

 

653:ターフの名無しさん ID:ivFY92/2x

悔しいわ

でもこれはキングちゃん褒めるしかないね

 

654:ターフの名無しさん ID:zbtf+bVde

キングちゃんがアポロちゃんの肩支えてる…

やさしいせかい

 

655:ターフの名無しさん ID:WKgcqA44o

いいねぇ

 

656:ターフの名無しさん ID:3B6ksdkq/

お、キングヘイローのインタビュー始まるわ

 

657:ターフの名無しさん ID:i5MmPZtep

あらかわいい

 

658:ターフの名無しさん ID:yHITcL4vQ

いいね

 

659:ターフの名無しさん ID:zwoIkQnsS

この子も推せるな?

 

660:ターフの名無しさん ID:RO9F6J8c0

生きる理由がまた増えた

 

661:ターフの名無しさん ID:M9ZJCosKD

ウイニングライブが待ちきれないよ!

早く出してくれ!

 

 

 

 

 

683:ターフの名無しさん ID:gYPGoMgmr

エンドレスドリーム!!

 

684:ターフの名無しさん ID:JJGyWb39D

ウイニングライブうおおおおおおおおおおおお

 

685:ターフの名無しさん ID:UNEFjoU7C

現地勢生きてるか!!!

 

686:ターフの名無しさん ID:gZRt8ihZi

あ゛あ゛みんな可愛いよお゛お゛

 

687:ターフの名無しさん ID:nkDbi3n5O

こうして見るとアポロちゃんのへそ透けやばいな

 

688:ターフの名無しさん ID:J1Y6AQafX

元々やばいぞ

 

689:ターフの名無しさん ID:meQmJVRow

その…フフ……下品なんですが……

 

690:ターフの名無しさん ID:v0tmIpdF7

むしろモロ出しよりも際どい

いかに安価が優れていたか分かるな

 

691:ターフの名無しさん ID:bLIZxpopz

清楚と妖艶が入り交じって脳がバグる!

 

692:ターフの名無しさん ID:Gn2V0pK+h

イイ…

 

693:ターフの名無しさん ID:cAhHJRdwQ

デザイナー有能だけどスレを参考にしたらいかんでしょ

 

694:ターフの名無しさん ID:1D17f8pJG

いや、奇跡的に好みが被っただけやろ(精一杯のフォロー)

 

695:ターフの名無しさん ID:bjGXD5AIq

スカートひらひらでかわョ

 

696:ターフの名無しさん ID:tAY3qaohP

全てがかわいい

 

697:ターフの名無しさん ID:V5/YILY+h

(結婚しよ)

 

698:ターフの名無しさん ID:Z8+iHv5JN

アポロちゃんはとみおのものなんだよなぁ…

 

699:ターフの名無しさん ID:yLI2jb32O

無事に終わってよかった!!

来年頑張ろうぜ!!!!

 

700:ターフの名無しさん ID:brf6xpBXe

サイコーーーー!!

 

 



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23話:芦毛の爆逃げウマ娘について/スペシャルウィーク

スペシャルウィークから見たアポロレインボウってどうなんだろう? という話です。ちょっと過去に遡ったりします。こういう回を時々挟みます。


 ――ジュニア級10月下旬。スペシャルウィークは驚愕した。

 

「トレーナーさん、これって……」

「あぁ。一風変わった大逃げのウマ娘が出てきたな……」

 

 スペシャルウィークのトレーナー……沖野トレーナーは棒付きキャンディーを噛み砕きながら、刈り上げた頭皮を人差し指で掻いている。困ったような声を出しながらも、彼の視線はテレビ画面に釘付けだった。

 

 ――京都レース場で行われた条件戦・紫菊賞。2人が見ていたのはそのレースを勝利したアポロレインボウというウマ娘である。

 

 紫菊賞を勝利する前の段階でも彼女はある意味有名だった。その実力ゆえではなく、悲劇性が話題になっていたのである。

 

 メイクデビュー戦で鼻血を出したアポロレインボウは、あわや競走中止というところまで追い込まれて大敗を喫した。その後の未勝利戦では、最終コーナーで不可解な失速をして敗走。明らかにデビュー戦の記憶がフラッシュバックしての敗北に、彼女を応援しようというファンがSNS上で多く見受けられたのだ。

 

 そして8月の未勝利戦にて、一瞬だけ躊躇う素振りを見せたものの、彼女は最終コーナーの幻影を振り払って見事に勝利した。たかが未勝利戦、されど未勝利戦の一勝に、少なくないアポロのファンが沸き立ったと言う。

 

 ――ここまではいい。だが、それからのアポロレインボウの()()()がスペシャルウィーク陣営にとっては問題だった。

 

 その成長が最も見られたのは、眼前のテレビに映る紫菊賞である。沖野トレーナーとて、かなり筋のいい大逃げを打つアポロレインボウの存在は認識していた。しかし、彼は紫菊賞を目の当たりにしてその意識を180度転換させられることになる。

 

 まず、そのスタートの巧さ。ゲートが開くと同時に飛び出す驚異的な反応速度。スタートダッシュの思い切りが非常に良い。内枠は言うまでもなく、大外枠からのスタートでも掴まえるのは難しそうだ。

 

 次に、容赦の無い加速。()()()()()()()()()()()狂気の思考から繰り出されるペース配分。沖野はこう考える。アポロレインボウの躊躇のない加速は、自らが持つ無尽蔵のスタミナへの信頼の裏返しである、と。そうでなければ、殺人的ペースで2000メートルを走り抜こうだなんて考えはそもそも浮かばない。()()()()()というのは、どれだけスローに持ち込んで最終直線で楽をするかというものなのだ。

 

 そして、第1コーナーでトップスピードに乗ってなお最短距離を走ることの出来るコーナリング……沖野トレーナーが最も驚いたのはこれだ。アポロレインボウは内柵ギリギリに身体を寄せ、めいいっぱい上体を傾けさせ、足裏の蹄鉄の角をターフに食い込ませて遠心力を全力で殺している。その技巧も然ることながら、その勇気と勝利への熱量に沖野は舌を巻く。

 

 アポロレインボウはレース中の事故で、一度はトラウマがフラッシュバックするレベルになっていたはずだ。それが、内ラチいっぱいを攻められるまでの強靭なメンタルを持ち合わせるまでになった。

 

 肉体的な成長はもちろんのこと、この精神的成長が何より恐ろしい。肉体の怪我はすぐに治るが、精神的なものは治癒に時間がかかることが多い。この短期間でメンタル的な問題を完璧に治してきたとなると、それはアポロレインボウのメンタルが相当に優れていることの証左に他ならない。

 

 沖野トレーナーが思考を巡らせる中――度重なる視聴のせいで、沖野はタイミングさえ覚えてしまっていたのだが――アポロレインボウが向正面に入った。

 

 アポロレインボウは第2コーナーまで加速し続けていた。そしてそれは向正面に入っても変わらない。コーナーの角度を利用して僅かに後ろを確認した後、彼女は更に加速していく。

 

 他の誰もがアポロレインボウの影を踏むことすら出来ず――最高速度に到達した彼女だけが第3コーナーに入っていく。彼女の表情が歪む。淀の坂を上っているのだ。しかしその表情の辛さとは裏腹に、全くもって許容範囲内の僅かな減速のみを受けてアポロレインボウが坂を上り切る。

 

 天晴れな根性と心肺機能の強さ。並びに、ここぞという場面で恐れずに()()使()()()野性的なレース勘。すかさず淀の坂を下りながら再加速し始める隙の無さ。沖野トレーナーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と思った。

 

 映像の中のアポロレインボウがゴール板を駆け抜ける。ぶっちぎり大差での決着。そうしてレコードを叩き出した彼女だが、納得のいかなそうな顔がまた沖野トレーナーの興味を引いた。向上心の塊である。油断も隙もない厄介なウマ娘だ。

 

 沖野トレーナーは目頭を押さえて映像を止めた。隣のスペシャルウィークが表情を固くしていた。

 

「……アポロちゃん、凄く強いです……」

「あぁ、嫌になるくらいな」

 

 紫菊賞が終わってから何度も見返した映像だが、ジュニア級にしては完成度の高すぎる走りに沖野は対策を考えかねていた。

 

「スペはアポロレインボウについてどう思う?」

「う〜ん……スズカさんの目指している大逃げとはちょっと違うかもしれませんけど、似た雰囲気を感じます」

 

 ――大逃げ。一般的には、見る者を魅了するものの賭けに近い作戦だ。だが、沖野トレーナーはサイレンススズカの担当をしているからこそ分かることがある。それは、完成された大逃げは最強の作戦だということ。

 

 サイレンススズカは完全覚醒に至っていないが、このままトレーニングを積めば近しい時に覚醒し、来年のシニア級から爆発的な活躍を見せてくれるはずだ。その時の彼女は大逃げの境地に至っていると言ってもいい。時間こそかかったが、完成されたスズカの走りを止められるものはいないだろう。

 

 ……今鍛えているサイレンススズカの大逃げは、彼女の才能の上に積み重ねられた努力によって開花しようとしている。その肉体・精神の成熟によってやっと花開こうとしているその大逃げの極致に――アポロレインボウはジュニア級で至ろうとしているのだ。

 

 沖野がサイレンススズカと共に作り出そうとしている()()()()()()()・大逃げ。完成形こそ違うものの、アポロレインボウはサイレンススズカに似た逃げの極致の卵だ。突き放し、逃げて差すのがサイレンススズカなら――高速で逃げて逃げて()()()()のがアポロレインボウの行き着く先だろうか。逃げて差すよりはそちら向きの脚質だと沖野は考えた。

 

 不可避なスタミナ勝負を強いてくる、恐怖の大逃げウマ娘。突然現れた厄介な壁。話によれば、ホープフルステークスに出走してくると言うではないか。敵がキングヘイローだけだと思っていた沖野とスペシャルウィークにとっては寝耳に水も同然であった。

 

「トレーナーは……マックんとこの天海さん……の弟子の桃沢トレーナーか。はぁ……嫌になっちゃうなぁ。テイオーの時だけじゃなく、今も天海さんの教え子が立ち塞がってくるとは……」

 

 恐らくアポロレインボウはとんでもなく丈夫な身体をしている。それを理解した上で、桃沢トレーナーは彼女をスパルタトレーニング漬けにして鍛え抜いているのだろう。新人トレーナーにして、何とも合理的で隙のない方針を考えるではないか。

 

(……天海さんは『人バ一体』をスローガンにしてたんだよな。桃沢トレーナーはその人の下で育ったんだし……アポロレインボウとの連携もバッチリなんだろうなぁ)

 

 天海ひかり。桃沢とみおの教育係にして、メジロマックイーンを育て上げた敏腕トレーナー。彼女はメジロマックイーンに誰よりも近く寄り添い、まさに人バ一体で成長してきた。その結果が菊花賞宝塚記念制覇・春天連覇の偉業である。

 

 トウカイテイオーのライバルとして立ち塞がったメジロマックイーンのサブトレーナーが、マックイーンに似たような子を連れてきやがったか――沖野トレーナーは思わぬウマ娘の登場に胸の高鳴りを抑えられなかった。テレビの映像を巻き戻しながら、沖野トレーナーはスペシャルウィークにこう言った。

 

「……スペ、予定変更だ。ホープフルステークスはアポロレインボウをマークしよう」

 

 元々の予定では、同じくホープフルステークスを目指してくるであろうキングヘイローに狙いを定めていた。だが、レコードを引っさげてホープフルステークスに挑んでくるウマ娘がいるなら話は別だ。

 

 キングヘイローのマークを出来ないというのは苦しいが、アポロレインボウをノーマークで自由に走らせる方がよっぽど怖い。スペシャルウィークは沖野トレーナーの考えに同調するが、あまりにも早い決定に首を傾げている。

 

「ホープフルステークスまで1ヶ月以上ありますよ? もうそんなことまで決めちゃって良いんですか?」

()()じゃない。遅すぎるくらいだ。今から対策を立てないと、この子の成長速度に追いつけないぞ……」

 

 半年前、スペシャルウィークが勝利した選抜レースにアポロレインボウが出走していた。確か、才能の片鱗すら見えないような惨敗をしていたはずだ。それがたった半年で世代を代表するウマ娘になりつつある。スペシャルウィークが産まれ持った才能を、()()()()()()()()()()()()()()

 

 異常だ。何がアポロレインボウをそこまで突き動かしているのか、沖野トレーナーには分からない。だが、分からなくても戦わなければならない。

 

 同じレースに出れば不可避なスタミナ勝負を仕掛けてくる、厄介極まりない爆逃げウマ娘。スペシャルウィークと沖野トレーナーは、大きな障害に立ち向かおうとしていた。

 

 

 こうして密かに始まった『対アポロレインボウ』トレーニングだが、スペシャルウィーク陣営は早速障害にぶち当たった。

 

「……練習相手がいねぇ」

 

 スペシャルウィークと併走してくれるウマ娘自体はありがたいことに存在するのだが、その中に大逃げ脚質のウマ娘がいないのである。サイレンススズカの大逃げはまだ発展途上なため無理はさせられないし、メジロパーマーやダイタクヘリオスやツインターボを頼ろうにも彼女達は超がつく程の人気ウマ娘。多忙の彼女達をいちトレーニングのために引っ張り出すのは不可能に近いのである。

 

 沖野はなるべく逃げウマ娘との併走や模擬レースを行うことにしたのだが、逃げと大逃げは別物なのだ。思うような成果が得られないまま時間だけが過ぎていく。

 

「スペ、今日は上がろう。雨が降ってきそうだ」

「分かりました!」

 

 ウッドコースを走っていたスペシャルウィークに言って、沖野はトレーナー室に引っ込んだ。アポロレインボウ対策は全く進んでいない。しかし、アポロ陣営はきっと対スペシャルウィークや対キングヘイローを着々と積み重ねているだろう。

 

 レースまで残り3週間。沖野は焦り始めていた。大逃げというのはとにかくずるいのだ。対策を講じなければ絶対に潰される。その癖、向こうは自由に走りやがる。あまりにも圧倒的で一方的ではないか。

 

 サイレンススズカの完成まであと少しだ。彼女の逃げが大逃げになった時、やっとアポロレインボウの背中が見える。サイレンススズカを使ったアポロレインボウ対策ができる。今はまだ耐える時だ。沖野トレーナーは紫菊賞の映像を見つめたまま、しばらく腕を組んでいた。

 

 

 ――12月。サイレンススズカの大逃げが()()()()()()()()()()()()()()。時間こそかかってしまったが、遂にスズカが自分だけの景色を見つけたのだ。

 

 スペシャルウィークはとにかく喜んだ。憧れの先輩の覚醒だ、嬉しくないはずが無かった。食い意地はあったが、田舎の母から贈られてきたにんじんをプレゼントしたりして、嬉しさをめいいっぱい伝えた。

 

 それを受けたサイレンススズカが頬を染めて控えめに「スペちゃんありがとう」なんて言うものだから、スペシャルウィークは天にも昇る心地だった。喜びはそれだけではない。やっと『大逃げ』の対策が出来るようになったのだ。

 

 スペシャルウィークに頼まれるまでもなく、沖野トレーナーは2人の併走トレーニングを用意していた。ホープフルステークスまで時間がない。早速3人はスペシャルウィークの大逃げ対策に打って出ることにした。

 

 ある日、本番を見据えた2000メートルで2人の一騎打ちが行われることになった。沖野トレーナーは「思いっきり走って、まずは気持ちよく負けてこい」とスペシャルウィークの背中を押す。

 

 彼が言うように、強い大逃げを初見で攻略することはほとんど不可能に近い。それ故の発言だ。スペシャルウィークはその意図を理解した上で大きく頷いて、颯爽とスタートラインに立った。

 

「スズカさん、よろしくお願いしますっ!」

「よろしくねスペちゃん」

 

 柔らかく微笑むサイレンススズカ。しかし、その挨拶が終わると――彼女の表情は冷たく引き締まった。スペシャルウィークの背筋にぞくりとしたものが走る。もうスズカのレースは始まっているのだ。スペシャルウィークも頬を叩いて集中した。

 

 トレーナーがすぐ側にやって来て、ストップウォッチを携える。彼が息を吸い込むのを確認して、2人は足元に力を入れた。

 

「それじゃ行くぞ。用意――スタート!」

 

 レース開始の合図と共に飛び出したのはサイレンススズカだった。スペシャルウィークのスタートダッシュが下手という訳ではないのだが、如何せんスズカは上手すぎる。すぐに差をつけられて第1コーナーを曲がり始める。

 

(こ、これが『大逃げ』……!? 逃げとは全然違う……!)

 

 大逃げに定まらなかった頃のスズカと併走したことはあるが、覚醒してからのスズカと走るのは初めてだ。だから、スペシャルウィークは完成された大逃げの容赦の無さを肌で感じていた。

 

(全然ペースが緩まない! こんなの、どうやって追いつけばいいの!?)

 

 序盤ということを意に介せず飛ばしに飛ばしていくサイレンススズカ。向正面に入るまでに早くも5バ身の差がついており、焦りが生まれてくる。

 

 スペシャルウィークがスズカを見たところ――彼女は涼しい顔をしていた。後ろで懸命に追走するスペシャルウィークを気にかける様子もない。ただ己の道を行き、()()()()()()()()()()などという無茶苦茶な才能の暴力が叩きつけられる。

 

(最終コーナーから捲れば追いつけるはず! アポロちゃんにもスズカさんにも負けたくないっ!)

 

 サイレンススズカが作り出すハイペースに釣られているのに気づかないまま、1秒ほど遅れて最終コーナーに入っていくスペシャルウィーク。眼前まで迫ってくる憧れの人の背中。

 

(よしっ、捕まえた!!)

 

 サイレンススズカに並びかける。さすがの大逃げと言えど、やはり最後は()()()ではないか。そう思った瞬間だった。

 

「え――」

 

 一度捉えたはずのサイレンススズカが、再度加速した。スペシャルウィークの末脚と同じ速度――いや、それ以上の加速でスズカが最終直線を走り出した。

 

 スペシャルウィークが必死に追い縋るも、その差は縮まらない。結局4バ身の差をつけられてスペシャルウィークは敗北した。

 

「スペ、どうだ? 性質は多少異なるかもしれないが……これがお前が戦わなければならない大逃げってやつだ」

「っ……」

 

 膝に手をついて息を切らすスペシャルウィークに沖野トレーナーが語りかける。スペシャルウィークは歯噛みして何も答えない。敗北の悔しさの中で、彼女はどうやって大逃げの牙城を崩すか思考をフル回転させていた。

 

 だが、一度走った程度ではその答えは見つからない。汗を拭った後、スペシャルウィークはトレーナーとスズカに頭を下げた。

 

「……トレーナーさん、スズカさん、もう一回お願いします! この大逃げを攻略してみたいです!!」

「……だそうだ。スズカ、行けるか?」

「はい。私は大丈夫ですよ」

 

 微笑するサイレンススズカ。彼女は汗ひとつかいておらず、その事実がスペシャルウィークを敗北感に浸らせる。

 

(スズカさん……絶対に負けないから!)

 

 スペシャルウィークの回復を待って、すぐさま2本目のマッチレースが行われた。今度は作戦を変え、逃げ気味の先行で早めにスズカを捕まえる作戦に出る。

 

 だが、スペシャルウィークの得意脚質の性質上、どうしても終盤に向けて末脚を残さなければ勝つことは出来ない。向正面で無理をして先頭に立ったが、そこで限界。レース後半につれて見事にバテて、最終コーナーで再び先頭を譲り渡すと――大差で敗北した。

 

「はぁ――っ、はぁ――っ……! もう一回、お願いしますっ!!」

「……いいわよ。もう一回走りましょう、スペちゃん♪」

 

 3度目のレース。今度は追込気味の差しに打って出る。

 だが――サイレンススズカの逃げて差す末脚に追いつけない。スペシャルウィークはまたも敗北を喫した。

 

「――っ」

 

 ――理不尽。サイレンススズカの大逃げはその一言で形容された。

 

 大逃げするスズカに鈴をつけにいかねば、あっさりと逃げ切られる。それを嫌って道中で捕まえに行っても、自分が潰される。これはチームレースでもない限り自殺行為。ただ、直線一気を狙っても、それまでに付いていた差が埋まらずに逃げ切られる。

 

(こんなの、どうすれば……!)

 

 結局、サイレンススズカは十度のレースの中で一度も先頭の景色を譲らなかった。スペシャルウィークは完成された大逃げの理不尽な強さをこれでもかと味わう羽目になってしまった。

 

 だが――スペシャルウィークの心は折れていない。どうすれば大逃げを崩せるか。スズカに似たレースを作るアポロレインボウにどうやって勝つか。様々な作戦を試しては敗北し、試行錯誤を重ねていく。

 

 そもそもジュニア級とクラシック級のウマ娘では完成度が違う上、レース勘や技巧も比較にならないのだ。それを考慮すれば、サイレンススズカに敗北しようとスペシャルウィークの価値が下がることは無い。むしろ、スズカに食らいついて行けたことが素晴らしいのである。

 

 沖野トレーナーはにやりと笑い、まだ立ち上がろうとするスペシャルウィークを見た。やはりスペシャルウィークはとてつもない才能の持ち主だ。折れない心、諦めない姿勢は尊敬に値する。棒付きキャンディーを舐め終わった彼は、2人にトレーニングの終わりを告げる。

 

「今日はこの辺で終了だな。2人ともお疲れさん。スペにはこの後話したいことがあるから、トレーナー室に来ること。いいな?」

「……はいっ! 今日もお疲れ様でした!」

「お疲れ様でした。スペちゃん、また後で」

「はい! スズカさん、ありがとうございました!」

 

 小走りで帰っていくサイレンススズカを見届けた後、2人はトレーナー室に赴いた。スペシャルウィークはトレーナー室に行く道中も「どうやって大逃げを攻略しようか」と頭を捻っている。そんな彼女に感心しつつ、トレーナーは紫菊賞の映像をつけた。

 

「スペ。今のお前なら分かるんじゃないか? スズカとアポロの大逃げの決定的な違いが」

 

 スペシャルウィークの視線がアポロレインボウに吸い寄せられる。瞬間、彼女の脳内でアポロレインボウとサイレンススズカが走り始めた。2人の大逃げ。全く異なる性質を持った異質な2人。それぞれの長所や癖、一致しない部分がスペシャルウィークの脳裏に導き出される。

 

 アポロレインボウとサイレンススズカの大きな違い。それは――

 

「アポロちゃんはスズカさんと違って()()()()()()()()……?」

「……そう。今のところ、()()がアポロレインボウにある僅かな隙だ」

 

 サイレンススズカの場合、ゴール板を駆け抜けるまで背後を気にかける素振りさえ見せなかった。しかし、映像の中のアポロレインボウは背後の様子を随時確認しているではないか。

 

 いや、逃げウマが後ろを確認するのは普通のことか――と考えて、スペシャルウィークは先のトレーナーの発言を思い出す。後ろを気にすることが隙ってどういうことだろう?

 

「…………」

 

 よく見てみると、アポロレインボウは後方確認の頻度がやや多いように見受けられる。その姿は、潜在的に誰かの追い上げを恐れているように見えなくもない。あぁそうか――マークされる経験に乏しいから、未知の展開を本能的に避けようとして確認の回数が増えているのだ。

 

「トレーナーさん、アポロちゃんの攻略法……もしかしたら分かったかもしれません」

「おう。奇遇だな……俺もその可能性に賭けてみるつもりだ」

「……でも、どうやってアポロちゃんをマークしましょう?」

「アポロの最高速度はかなりのものだが、スズカ程じゃない。彼女には第2コーナー付近で一瞬息を入れつつ後ろを確認する癖があるから、そこを一点読みして食らいつく! そこでアポロがプレッシャーを感じてかかれば勝機が見えるってわけよ」

 

 その言葉に頷くスペシャルウィーク。こうして2人はサイレンススズカの力を借りながら、先行気味のマーク作戦を身につけた。

 

 そして迎えたホープフルステークス本番――スペシャルウィークに予想外の出来事が起こった。

 

 まず1つ目は、マーク作戦自体は成功したものの、アポロレインボウのスタミナが2()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 2つ目は、スペシャルウィーク自身もアポロレインボウに釣られてかかってしまったこと。

 

 最後の3つ目は――レース終盤、恐ろしいほどの末脚でキングヘイローが飛んできたこと。

 

 栄光を手にしたのはアポロレインボウでもスペシャルウィークでもなくキングヘイローだった。

 

 全員がハイペースに釣られる中、最後方で粘り強く我慢して耐え続け。()()()()()()という場面で末脚を解放し、力尽きかけた前方の2人をハナ差で躱したキングヘイロー。

 

 スペシャルウィークの作戦は8割成功していた。しかし、レースには運が大きく関わってくるものだ。誰が勝ってもおかしくなかったが、今回勝利を収めたのはキングヘイローだった。ただ、それだけのこと。

 

 意識外からの一閃に驚き、スペシャルウィークはレース後ひとりになってから悔しさで泣いた。切り株の中に向かって思いっきり泣き叫んだ後、スペシャルウィークはその敗戦を真正面から受け止め――二度と負けないために立ち上がること決意した。

 




これにてジュニア級編完結。
死闘のクラシック級編が始まります。


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激闘!クラシック級!
24話:あけましておめでとう!


 12月31日の午後21時。

 初G1・ホープフルステークスの余韻冷めやらぬ中、私達はトレーナー室で肉じゃがを頬張っていた。

 

「んん……中々美味しいでしょ、私の肉じゃが」

「すげぇ美味しいよ。まさかアポロにこんな特技があるとはな」

「んふふ、もっと褒めてくれていいんだよ」

 

 年末だと言うのにトレーナー室に閉じこもって仕事をしていたとみお。カップラーメンやコンビニ弁当の容器がゴミ箱に溜まっていくのを心配した私は、せめてこの休みくらいは手作り料理を振舞ってあげようとこのトレーナー室に突撃してきた。

 

 外泊届を寮長のヒシアマゾンちゃんに提出して、スーパーに行って素材を買い込んで。19時にトレーナー室に到着したら、丁度トレーナーがカップラーメンに手を伸ばしていた。

 

 私はとみおの手からカップラーメンを取り上げ、「せめて今日はご飯を作ってあげるから、とみおは休んでて」と言ってソファに座らせた。彼はずっときょとんとしていたが、しばらくすると私の意図を理解して仮眠を取り始めた。

 

 ……別に、とみおの寝顔を見てたから21時の完成になってしまったわけじゃない。断じて違う。下準備に手間取っただけだから。ちょっとキスしたくなったとか、案外イケメンじゃん私って見る目あるわ〜とか、全然そんなこと考えてないから。

 

 とにかく、私はとみおに初の手料理を振舞ったわけだ。グリ子と一緒に密かに練習していたので、不味いということはないだろうが……美味しいと言ってくれて本当に良かった。グリ子もトレーナーさんに料理を振る舞えているのだろうか。今度聞いてみよう。

 

「アポロ、ご馳走様。本当に美味しかったよ、ありがとう」

「トレーナーに倒れられたら私が困るんだもん。これくらい当然ってことよ」

 

 軽口を叩きながら、私は食器を流し台に片付ける。とみおも私の背中を追って食器を持ってくる。

 

「あ、私がやるよ。とみおは休んでて!」

「いや、さすがにこれは譲れないよ。せめて洗い物くらいはさせてくれ」

「私はとみおに休んでもらいたかったんだけど……まぁ、いいか」

 

 私は流し台の端に寄り、スペースを作る。トレーナーは私の横に立って食器をいそいそと洗い始めた。

 

「あ、俺がスポンジやるよ」

「ありがと〜」

 

 ……こうして肩を並べると、新婚夫婦の共同作業みたいではないか――なんて思ったのは秘密だ。

 

 ちょっと肩がぶつかる瞬間が堪らなく愛おしい。ふと彼の足元を見ると、私のピンクっぽい尻尾が彼の太ももに絡みついていた。ぎょっとしてそれを引っ込めたが、尻尾の感触というのは案外しっかりしているから多分バレている。

 

 恥ずかしくなって、食器を洗う手が早くなった。

 ……そういえば、私の好意ってどこまで伝わっているんだろう。口にして「好き」と伝えたことはないけど、こうやって行動でなんとな〜く示してきたつもりではいる。彼とて好意のない人間がこんなにベタベタしてくるとは思ってもいないだろう。

 

 だが、好意が伝わっているとしても――それを聞くことはまた別問題。「私の気持ち、伝わってる?」みたいなことを聞いたらそれはもう「好き」と言っているのと同義だ。自爆も甚だしい。

 

 もどかしいが、踏み込めない。私がこの均衡を崩すべきなのだろうか。それとも、彼からアクションを起こさせるように行動すべきなのだろうか。恋愛強者じゃないから分からないのが悔しい。

 

「アポロ?」

「え、どうしたの?」

「食器、洗い終わってるぞ」

 

 ぼーっとしていて気づかなかったが、手元の食器を全て洗い終わっていたようだ。私は両手を宙にさまよわせて固まっていた。とみおは手を洗って私に目を向けてくる。

 

「考えごとか?」

「……まあ、ちょっとね」

 

 私は目を逸らして口ごもった。彼は少し訝しむような素振りを見せた後、チェアに戻っていく。私は手を拭いてから彼の背中を追った。どうやら彼はまだ仕事をしたいらしい。

 

 いい加減私は頭にきて、彼をデスクから引き離す。

 

「トレーナー。年末年始くらいお休みしようよ。ね、無理のしすぎは良くないよ」

「…………」

 

 彼の袖を引いてアピールする。年末年始の(学生の身分からすれば)大型連休まで休んでいないとなると、遠からず蓄積した疲労が祟って倒れてしまうかもしれない。それがクラシックの大事な時期に重なりでもしたらおしまいだ。

 

 キャスター付きの椅子を仮眠用ベッドに向かって引っ張りながら、私は彼にアピールを続ける。

 

 トレーナーあってのアポロレインボウだ。あなたに倒れられては前に進めない。私のためを思って行動してくれているのは分かるが、限度を知ってくれ。そんなことを言いながら、遂に彼を椅子から引き剥がし、仮眠用ベッドに横たえることに成功した。

 

「……さっき、仮眠を取ったばかりなんだけど?」

「1時間も寝てないじゃん。とみお知ってる? 数十分の仮眠って、睡眠不足を解消するには不十分どころか全く効果がないんだってさ」

「知らなかった」

「分かったなら……ほら、毛布被って目を閉じて」

 

 私は脇に置いてあった毛布をバサッと広げ、横たわった彼の身体に満遍なく被せてやった。とみおはもぞもぞと身体を動かした後、観念したように瞳を閉じた。

 

 それを見届けた私は、部屋の明かりを1段階落とす。そのまま目を閉じたトレーナーの髪の毛に手をやって、くしゃりと撫で付けた。彼が目を開いて抗議の視線を向けてくる。

 

「何してるの」

「いいから」

 

 怒ったように睨みつけると、トレーナーは微妙な表情をして目を閉じた。私はとみおが座っていた椅子に腰掛け、椅子を前に引く。睡眠に至ろうとしている彼の眠そうな顔をじっと見て、右手でそっと触れた。

 

 黒髪を撫でる。そっと指先で弄んだ。見た目に艶はあるが、ウマ娘や女の子の髪とは違ってどこか硬い。人差し指、中指、親指で挟んで、擦る。ちりちりと音がして、黒髪が気持ちよく捻れた。

 

 くすぐったそうに身を捩るトレーナー。翻った顔の横についた耳が目に入ったので、次はそこを触ることにした。

 

 かつて私の頭部についていた耳。今じゃすっかりウマの耳に慣れてしまって、人間の耳の感触など忘れてしまっているから……こうして触るのは随分と久々に感じる。

 

 指の腹で、つつ、と耳の縁をなぞってみる。少し温かい。薄暗くなった部屋に存在した僅かばかりの光が、彼の耳に生えた白い産毛を光らせている。くす、と笑って耳元でそれを指摘すると、彼の耳は真っ赤に燃え上がった。

 

 なんだ、まだ寝てないのか。そう思いながら私はまだヒトの耳を弄った。軟骨を揉み、溝を爪でカリカリと掻く。こんなに柔らかかったっけ、とぽんやり感じつつ、耳たぶも捏ねくり回す。仕上げに耳を折り曲げて、シュウマイや餃子を作って遊んだ。

 

「ぎょうざ〜」

「っ……あ、アポロ。寝かせてくれよ……」

 

 夢中になっていて気付かなかったが、とみおはうなじまで赤くして、苦しそうに蠢いていた。かわいいな〜と頬をつんつんすると、彼は毛布に潜り込んで顔を隠してしまった。

 

 やっぱり、ある程度は眠たいらしい。これ以上弄るのは申し訳ない、大人しく寝かしてあげよう。私は苦笑して、椅子から仮眠用ベッドに腰を移した。彼の顔の近くにお尻を定めて、身体を捻るようにして毛布にくるまったとみおを見据える。ぎしり、とベッドが沈む。安物のベッドだから、2人分の重量でさえ悲鳴を上げているのだろう。妙に耳に残る音だ。

 

 私は盛り上がった毛布の上に手を這わせて、とみおの背中を探り当てる。彼の身体はもう反応しない。相当眠いみたいだ。

 

「……おやすみ、トレーナー」

「……ん」

 

 掠れた声が返ってくる。意識はほとんど落ちかけているのだろうか。私は彼の背中に当てた手を動かす。かつて母親にされていたように、一定のリズムでぽん、ぽんと彼の身体を叩いた。手首を使って、手のひらで慈しむように彼に触れる。

 

 すぐに安らかな息遣いが部屋に響き始める。彼が隠された毛布がゆっくりと上下して、とみおが眠りについたのが理解できた。

 

「…………」

 

 あ〜あ、こんなに疲れを溜めちゃってさ。いくら何でも頑張りすぎだって。私のために頑張ってくれてるのは分かるけど、ワーカホリックが過ぎるんだよ、とみおは。

 

 この年末年始はとみおと私の身体を休ませ、お互いの身体の芯に溜まった疲労を抜き切ること――それが来年最初の目標である。

 

 頑張りすぎたら潰れるのはレースでも同じ。私がトレーナーに似たのか、トレーナーが私に似たのかは分からないけど……私達は()()()()()ことを知らないのだ。わざとらしいくらいのブレーキをかけないと、壊れるまで突っ走ってしまう。

 

「今年はありがと、トレーナー。来年もよろしくね」

 

 毛布をめくり、安らかな寝顔のトレーナーに言う。多分聞こえてないけど、それでいい。気持ちというのは素晴らしいもので、その性質上他人に渡しても減ることがない。だから、とみおが寝ていようと起きていようと、どれだけ感謝してもこの気持ちが衰えていくことはないのだ。

 

 トレーナーにはどれだけ感謝してもし足りない。ありがとう。この言葉を100回言ったとしても、全然まだまだ言い足りない。

 

「…………きだよ」

 

 ――この気持ちだって、私は言い足りないんだから。

 

「……なんてね。あ、あはは……」

 

 薄闇に支配された部屋の中、私は顔を真っ赤にしながら頬を扇いだ。まあ、誤魔化したところでこの親愛の感情は収まらないのだけど。

 

 とみおの寝顔を見つめながらテンションのおかしい自分を落ち着けていると、彼が寝心地悪そうに寝返りを打った。腕を首の下に差し込み、何とか安定姿勢を探そうとしている。そういえば、枕が無いのか。とみおは枕が無いと寝られない人なのかな。

 

 きょろきょろとトレーナー室を見回すが、枕はおろかクッションもない。いや、クッションはあるのだが……どうも枕には向いていない形状だ。尻に敷く専門みたいな感じの薄さだから、持ってきても無駄に終わりそうである。

 

「…………」

 

 枕が無いんだったらしょうがないよね。こんなに寝苦しそうにされたら……ほら、さ。そういうことだよ。

 

 自分を適当な言い訳で納得させ、私はとある行動を実行することにした。どうか起きませんようにと祈りながら彼の頭を持ち上げ、仮眠用ベッドと彼の頭部の間に空いた隙間に身体を滑り込ませる。そのまま上手く身体を落ち着かせ、彼の頭を――私の太ももの上に置いてみた。

 

 ――所謂、膝枕。一度やってみたかったんだよね。えへへ……。

 

「っ……」

 

 いや、ちょっと待て。これは思ったより恥ずかしいぞ。しかし、やめようにもやめられない。もう一回頭を持ち上げたらさすがに起きてしまう。

 

 あわわ、どうしよう。これはいかん、脱出不可能な罠にハマってしまった。とみお、中々やるね。あえて無防備に寝ることで私を膝枕させようって魂胆だったんだ。策士じゃん。

 

 太ももの上でもぞもぞするトレーナーの髪の毛がくすぐったい。でも、心地良い。確かな重みが、彼の存在の確かさを教えてくれる。羞恥の感情の奥から湧き出してくる愛おしさが止まらない。

 

 おずおずと手を差し伸べて、私は完全に無防備な想い人の頭を撫でる。髪を梳いて、つまんで、好き勝手に遊ぶ。一度触れてしまえば次の段階に行くのは容易かった。

 

 続いて、トレーナー室にいる時、いっつも深いシワを刻んでいる額に触れる。ちょっと脂ぎった汗がつくが、それさえ愛おしい。人もウマ娘も汗をかくものだし、トレーニング中にお互い汗をかきまくっているし、今更気になるなんてことはない。

 

 額に滑らせていた手が下りて、しっかり整えられた眉毛に触れる。情熱的でいて、それでいて優しさを感じさせるような、一直線の眉毛だ。私がからかうと「ハ」の字になってかわいいことを知っている。

 

 次は柔らかく閉じられた目の付近を触る。彼は一重……いや、奥二重の目をしている。長いまつ毛の下にある漆黒の瞳は――今は見えないが、見飽きるほどに見つめてきた。私が大好きな瞳。私を見つけてくれた瞳だ。薄いまぶたに一瞬だけ触れて、私は少しだけ微笑んだ。

 

 鼻をつんと突いて、ひげの剃り跡が残った口元に触れる。彼は笑う時にえくぼが出る。その瞬間が大好きで堪らない。彼の笑顔のために頑張っていると言っても過言ではない。

 

「じょりじょりしてる」

 

 最後に顎に触れた後、私はトレーナーが寝ているのを確認して、ふぅと息を吐いた。

 

 私がとみおの顔に触れる時、その手つきは自分でもわかるくらい優しくて、隠しきれないくらい愛に溢れていて。それでいて、母が子を撫でつけるような、家族愛に似た何かを感じさせるような手つきだった。

 

 私の中にあった恋心が膨らみ続け、形を変え始めているのだろうか。さっきはメロドラマの如く「好き」なんて呟いてしまったが、私の胸に巡っているこの感情はもっと大きな何かで。愛情、尊敬、親愛、友情――その全てが混じり合って、恋なんて言葉じゃ表せないくらい大きな感情になっている。

 

「……来年もよろしくね、トレーナー」

 

 返事など期待していなかったが、私は彼にそう言った。

 ……いや、起きたらまた同じ言葉を言おう。言いっぱなしで伝わらないのは寂しい。言えるうちに何でもかんでも言いまくってやろう。彼を困らせるくらい感謝の言葉を伝えよう。これからも止まらずに頑張っていくために……。

 

 色々なことを考えながら、私は意識が途切れるまで彼の頭を撫でていた。

 

 

 

 ――いつの間にか寝てしまったと気付いたのは、膝の上にあった重みが無くなった瞬間だった。

 

「ふぁぁ……とみお、起きたんだ」

 

 私は座ったまま寝ていたようで、ほとんど倒れかけの状態で覚醒した。眠い目を擦って欠伸をして、大きく背伸びする。薄暗い部屋の壁に掛けられた時計が1月1日の4時を示していた。何だかんだで5時間近く寝ていたらしい。二度寝に丁度いい時間帯だ。

 

 彼は仮眠用ベッドから立ち上がって、寝癖を整えながら私に話しかけてくる。

 

「アポロ、君が膝枕してくれたのか」

「ん」

「道理で寝心地がいいと思ったよ、ありがとう」

「セクハラ」

「ええっ!? アポロがやったんじゃないか……」

「冗談だって! あははっ」

 

 いつものやり取りを交わしつつ、明らかになってきた意識がとあることを主張し始めた。言うまでもなく、新年の挨拶である。私は乱れていたジャージを整えて立ち上がり、ビシッと気をつけの姿勢になった。

 

「トレーナー、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」

「おぉ、もう新年だもんな。俺も挨拶しとくか……ウホン。あけましておめでとう、アポロ。今年もビシバシ行くからよろしくな」

 

 様子の変わった私に苦笑しながらトレーナーも挨拶を返してくれる。彼はバキボキと背骨を鳴らして伸びをして、部屋の明かりをつけた。急に明るくなって目が痛い。

 

「二度寝しないの?」

「はは、ちょっとやりたいことがあって」

「また仕事? 三が日が終わるまではぜっったいダメだからね?」

 

 私が耳を倒して不満を明らかにすると、とみおは快活に笑って否定した。

 

「いや、丁度いい時間だから初日の出を見に行きたくなってさ。アポロも来るか?」

「え、行く行く!! わーい、私初日の出見るの初めて!」

「よし、決まりだな。俺はいつでも車を出せるけど、アポロは準備とか必要か?」

「全然! すぐに行こ!」

 

 私はぴょんぴょん飛び跳ねて、すぐにでも行けるということを示す。彼はデスクから車の鍵を引っ張り出して、コートを着込んだ。私も一応持ってきておいた可愛いもこもこの上着を着て、モコモコレインボウに変身する。

 

「ふふ。アポロのその上着、小動物みたいで好きだな」

「……小動物みたいは余計だけど」

「ごめんごめん。じゃ、初日の出――行くか!」

「おー!」

 

 こうして始まったクラシック級。代わり映えのしない会話から始まって、世界がいきなり大きく変わったなんてことはないけど――今年は何かが起きる、そんな予感がした。



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25話:初詣

 初日の出を見るために外に出たはいいものの、私達は身体を芯まで凍らせてしまいそうな夜風を浴びて早速尻込みした。

 

「さっっっむ……!」

「やばばすぎるるる! とととみお、はやくエンジンかけて!」

 

 歯がカチカチと鳴り、首元から吹き込んでくる冷たい空気に私達は絶叫した。すぐさま車に乗り込むが、車内もまた冷え込んでいる。白い息が私達の口元を隠し、冷え切ったシートが私達を歓迎してくれた。エアコンが効いてくるまで地獄のような寒さは続くだろう。

 

 夜明け前というのは最も気温が低くなる時間帯だ。しかも、天気が良すぎるせいで放射冷却が発生し、相乗効果によって強烈な低気温になっているようである。

 

 トレーナーが寒さを誤魔化すようにキーを差し込み、エンジンをかける。あっという間に車が発進して、夜の空気を切り裂くようにトレセン学園の裏門に向かっていった。

 

「おぉさむ……そうだアポロ。裏門を通る時、守衛さんから見えないように隠れてくれないか?」

「え、何で?」

「そりゃ、君……正月とはいえトレーナーとウマ娘が夜中にこんなことしてちゃまずいかもしれないだろ」

「あー……それもそっか」

 

 言われてみればそうだ。夜中にトレーナーと教え子が車で出かけるなんて教育上よろしくない。禁断の関係が疑われるわけではなく、単純に未成年が夜中に外出するのは健全とは言い難いからだろう。でも、保護者兼トレーナーがついてればいいんじゃないの? とみおの考え過ぎだと思うけどね〜。

 

「そろそろ裏門だ。隠れてくれ」

「はいは〜い」

 

 私は助手席側のダッシュボード下に身体を滑り込ませた。車がゆっくりと速度を落とし、停止する。とみおが窓を開けて守衛さんと何かを話した後、車はあっさりと通行を許可された。

 

 いい加減姿勢もキツかったので、私はさっさと助手席に座り直してシートベルトを締める。エアコンから吹き出す暖かい風によって車内は快適な温度になっており、上着のボタンを外して少し楽をすることも出来るようになった。もこもこの上着を擦りながら、私はハンドルを握る彼に質問する。

 

「何話してたの?」

「あぁ、こんな時間にどこ行くの〜って。コンビニに飯を買い込みに行くって言ったら通してくれたよ」

「ふ〜ん。……コンビニでご飯、ねぇ」

「な、何だよ……」

「別に、何も無いけど」

 

 先程の守衛さんとの会話。よく聞こえなかったけど、とみおは守衛さんとある程度顔なじみの様子だった。彼の夜中の外出には慣れた声色だったし……もしかしてトレーナーは、かなりの頻度でコンビニに飯を買い込みに行っているのではなかろうか。だから「あぁ、いつものね」という感じで守衛さんを誤魔化せたのかもしれない。

 

 ……とみおは私の生活習慣にはケチつけるくせに、自分の身体は顧みないのか。そんなの不公平じゃない? 文句こそ言わなかったが、私は思いっきり口を尖らせた。車内は暗く、間隔を空けて存在する街灯でたまに照らされる程度だから、とみおは私の不機嫌に気付かない。

 

 今はとみおが若いからいいけど、夜中までお仕事したりコンビニ弁当やカップラーメンに頼ったりする生活が続けば、遠からず限界が来るに決まっている。レースに連続出走し続けると、競走寿命を大きく削ってしまうのと一緒だ。過酷な環境に身を投じていると、精神的にハイになる。だから競走寿命にしろ寿命にしろ、大事なものを削られていることに気付かないし気付けないのだ。

 

「はぁ……」

 

 思ったよりもとみおの不養生は酷いのかもしれない。なら、せめて私が彼の食生活だけでも改善してあげるべきだろう。担当ウマ娘として、彼を心配するひとりの人間として。

 

「無理しちゃダメだよ、本当に」

「ん、何か言ったか?」

「……別に」

 

 私は彼の肩をこつんと小突いた。でも、湿っぽい嫌な話はこれまで。今は大好きな人と過ごせるお正月なんだから、めいいっぱい楽しまなきゃ損だよね。

 

「ところでさ、私達って今どこに向かってるの?」

「おう、穴場の高台だ。……と言っても、トレセン学園付近は都会だから、本当の穴場なんてそうそう無いんだけどな」

「あはは。じゃあ、私達が行くのは人がいっぱいいるダメな方の穴場?」

「いや。俺しか知らない本当の穴場だ」

 

 ちょっと、ドキッとした。彼だけが知る場所。彼は私をそこに連れていってくれるつもりなのだ。秘密の共有という単純な行為がどうしようもなく嬉しかった。

 

 深夜の道路は信号がほとんどフリーパス状態である。年末とはいえ私達以外は誰もおらず、とみおは法定速度以下を守ってその場所に向かって車を飛ばす。走る道は段々と寂しさを増していった。

 

 車内は多少のエンジン音以外しない。私はダッシュボードに積んであった古めかしいCD集を手に取って、無造作に選んだ一枚を備え付けのCDプレイヤーに差し込んだ。

 

 ウィーンガチャという分かりやすい効果音を吐き出してから、ちょっとの間を空けて音楽が流れ始める。流行りのウマ娘バンドの曲だったら私にも分かったのだが、その音楽は聞き馴染みのないものだった。

 

「……なんて名前の曲?」

「“頂点”って曲。俺が子供の頃、親が車で流しててさ」

「あ〜、あるよねそういうの。と言うか、自分の好きな曲って大体親が聞いてた曲に似てくるんだよね〜」

「はは、分かる。習い事の送り迎えの時に流れてた音楽とかさ、妙に頭に残るんだよな。曲名は覚えてないけど、メロディーは覚えてるような曲ばっかりだ」

 

 小気味よい曲調が転調し、激しさを増していく。されど優しく、胸を打つような透き通った歌声と共に歌詞が紡がれていく。

 

「……いい曲だね、これ」

「この曲が出た年はトゥインクル・シリーズが盛り上がってたらしくてさ。ライバル同士の争いにインスピレーションを受けて作ったらしい」

 

 彼の言葉通り、歌詞は「夢を諦めない」とか「憧れに向かって」とか、痛いくらいの青春ソングの様相である。とみおが子供の頃――つまり私が産まれていない頃から、人はウマ娘のレースを見ていたんだなぁ。当たり前のことだけど、しみじみしてしまう。

 

 ……あ、そうだ。とみおは帰省の予定とかないんだろうか。私は「少なくともシニア級になるまでは実家に帰らない」宣言を過去にしていたらしく、母さんや父さんとはメッセージをやり取りするに留めている。……ま、まぁ、あれだ。私が実家に帰る時は、とみおも連れていこうかな……な〜んて。

 

「んんっ、とみおは実家に帰る予定とかないの?」

「え? あぁ……しばらくは無いかなぁ。アポロの担当期間が終了するまで、帰るにも帰れないだろうし」

 

 ――担当期間。それは、私達の「最初の3年間」にあたる期間である。シニア級2年目になった時点で一旦契約は解除され、そこから再び契約を結ぶか破棄するかを選択できるのだ。私はとみおを手放す気は毛頭ないけれど、中にはあっさりサヨウナラをする子もいるみたい。

 

「私、とみおの実家にお邪魔してみたいな」

「何でだよ」

「何でって、いっつもお世話になってるからね」

「……トレーナーとして当然のことをしてるまでさ」

 

 トレーナーは車のライトを消すと、エンジンを止めた。どうやら目的の場所に到着したようだ。同時に車から降りて、人気のない駐車場を見回した。持ってきた懐中電灯で足元を照らすと、至る所のコンクリートがボロボロになっていて、ひび割れた隙間から苔や植物が覗いている。

 

「……本当に人っ子ひとりいないね」

「まあそういう場所だからな」

 

 近郊の忘れ去られた高台は、ボロボロになった駐車場と、ぽつんと1つ設置されたベンチだけが沈黙していた。何のために作られたのか誰も知らない場所。

 

 ここに繋がる道が分かりにくい上に狭いから、みんな入ることを躊躇っているのだろうか。とにかく、私とトレーナーの懐中電灯の明かりしか存在しない空間だ。街の灯りも遠く、頭上を見上げれば星空が広がっていた。

 

「わぁ――」

「時々、辛くなったらここに来てたんだ。そこら辺に寝っ転がって、ぼーっと星を眺めてさ。……前に来たのは2年以上前だから、結構久々だな」

 

 とみおは慣れた様子で、丘の上にあるベンチに向かって歩き出す。結構足元が悪いんだけど、とみおは糸を引かれるようにすいすいとベンチまで辿り着いてしまった。

 

 私も細心の注意を払いながらとみおの背中を追う。夜明けが近いのか、遠くの空が僅かに白んで星空を押し退け始めている。一度侵攻が始まると呆気ないもので、どんどん果ての空から太陽が昇ってきた。

 

 丁度朝日の一端が見え始めると同時に、私は彼の隣に腰掛けた。お互いに黙って初日の出を見届ける。

 

 年間に365回も日の出は起きているのに、どうして初日の出だけは特別綺麗に見えるのだろうか。1年の始まりの象徴だから? 私達が生来持ち合わせる感性だから? それとも、彼と見ているから? よく分からない。

 

 次第に大きさを増していく太陽に私は目を細めた。横目で彼の様子を窺おうとすると、ほっぺたに硬い感覚が当たる。何だろうと思ってそれを見ると、とみおがコーヒー缶を密かに持ってきていたらしく。

 

「ごめん、存在を忘れてたから温くなっちゃってるけど」

「ううん、ありがと」

 

 私の好きな微糖コーヒー(ミルク入り)が近くに差し出されていた。ありがたく受けとって、新年初コーヒーを啜る。ずずず、と舌先から苦々しい風味が忍び込んできた。この口の中に残る苦味……やはり新年になっても変わらないものは変わらないなぁ。

 

「綺麗だね」

「そうだな」

 

 とみおと私はコーヒーを啜りながら、昇っていく太陽を言葉少なく見守り続けた。

 

 「日の出」とは言い難いくらい太陽が位置を上げて、ありがたみも薄れてきた頃。ふと思い出したように私はウマホを掲げて写真を撮った。まずは見下ろす風景と朝日を映したものを一枚、インカメにしてトレーナーの肩に頬を擦り寄せたものを一枚。

 

 後者の写真は後々個人的に楽しむとして、前者の写真を私はウマスタグラムにアップロードしようと考えたのだ。私のウマスタアカウントは1ヶ月前の最後に更新を停止していた。

 

 更新停止……なんて言っても、私はそもそも見る専門だった。1ヶ月前まで、パーマーちゃんやヘリオスちゃんやツインターボちゃんの投稿に「ウマいね!」をしていた程度のゴミ垢である。

 

 何となく写真を投稿しようと考えたのは、まぁ新年になって何かを始めたくなったことが理由の1つ。理由の2つ目は、この写真と共に新しい目標を宣言して自分を追い込むためだった。

 

 人生に1度っきりのクラシック級。あまりにも重く厳しい憧れの舞台で私が戦うためには、自分を肉体的にも精神的にも追い込まねばならない。そのために(居ればの話だけど)私のファンを利用するのだ。ファンに認知されればされるほど、私の宣言が重みを増して自分に返ってくるというわけ。

 

「とみお、こっちの写真をネットに上げてもいい?」

「……いいよ。ネットの使い方は心得てるな?」

「もちろん!」

「よろしい」

 

 私はとみおに日の出の写真を確認してもらい、「今年も頑張るぞ!」の一文と共に写真を投稿した。すると、10秒もしないうちに「100ウマいね!」されて、滝のようなコメントが通知欄に押し寄せた。

 

 何だ何だハッキングか? いや通知がバグったのか? 想定外の事態に驚きつつホーム画面に戻ると、「120フォロー」の横の「147511フォロワー」の表示に目玉が飛び出した。

 

「え゛」

「ど、どうした? 誹謗中傷でもされたのか? 心無いDMでも送られたとか――」

「ち、違くて……ウマスタのフォロワー、何もしてないのに14万人になってた……」

「…………??」

「わ、私……何かしちゃったのかな……」

 

 フォロワーが微増し始めたのは、パーマーちゃんヘリオスちゃんとの3ショットがウマスタに上げられてからだ。それからは通知がウザくなって切っていたから、フォロワーが何人かなんて気にしていなかった。まさか、見る専モブウマ娘のアカウントをフォローする物好きが14万人もいたなんて。

 

 最後にフォロワーを確認したのが1000人くらいの時。なんで半年もしないうちに140倍になってるのさ。

 

 慌てた様子で自分のウマホを見るとみお。彼はしばらく画面をタップした後――白い息を吐きながらウマホをポケットに押し込んだ。その表情は柔らかく、コーヒーの苦味で隠そうとしても、こみ上げたような嬉しさが滲み出ていた。

 

「君の頑張りに心打たれた人が沢山いたみたいだ。……そのフォロワーはアポロの頑張りを応援してくれる人だから、大切にするんだよ」

「……?」

「そろそろ車に戻って、帰り道のついでに初詣をして行こうか」

「あ、うん」

 

 私達は古ぼけたベンチから立ち上がって、車に乗り込んだ。またこの場所に来ることがあるのだろうか。シートベルトを締めると車が発進し、彼の秘密の場所は遠ざかっていった。

 

 

 

 最寄りの神社に行く頃にはすっかり朝日も昇り、初詣に来る客が辺りを賑わせていた。お賽銭箱までは長蛇の列が出来ており、定期的にガランガランという音が響いてくる。

 

「アポロは何をお願いするんだ?」

「こういうのって他の人に言ったら意味ないんじゃないの?」

「確かに」

「まあ、公然の目標としては『菊花賞ウマ娘になる』ことかな!」

「はは、俺も『アポロを菊花賞ウマ娘にする』のが今年の目標だよ」

 

 会話を楽しみながらすれ違う人々に目をやる。着物を着ている女の子が沢山いて、みんなキラキラと輝いて見える。今度は私も可愛い和服を着てみようかな。

 

 私達の番が来たので、五円を投げ入れて両手をパンパンと合わせる。流れでガラガラも揺らしてお願いごとを神様に祈る。

 やってから気付いたが、作法ってこれで合ってるっけ。まぁ日本はそういうところに疎いから神様も許してくれるかなぁ。

 

 私は菊花賞ウマ娘になること、そして良き人とのご縁がありますようにとお願いした。とみおはどんなことをお願いしたんだろう。

 

「……じゃ、帰ろっか」

「そうだな」

 

 初詣と言っても特にやることも無く、私達はトレーナー室に帰った。そしてとみおと一緒におせちを食べたりしながら三が日を終えた。

 

 こうして安らかな日々は終わり、トレーニング漬けの日常が戻ってくる。そんな最中飛び込んできたのは――セイウンスカイとエルコンドルパサーが重賞を勝ったというニュースだった。




うみへび 様にアポロレインボウちゃんのとんでもなく可愛い絵を頂きました。

【挿絵表示】

本当にありがとうございます!
こんな子に好かれるなんてトレーナーへの嫉妬が止まりません。


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26話:遂に始まったクラシック級

 正月休みが終わり、1月も中旬になった。学校の授業が再開し、年始特有のドタバタ感が抜けていくと、ちらほらレースに関する噂が耳に入ってくるようになった。そう、クラシック級はもう開幕してしまったのだ。

 

「失礼します!!」

「うおお!? な、何だアポロか……驚かせるなよ」

「とみお、京成杯の映像見せて!!」

「はいはい、ちょっと待ってろよ」

 

 放課後。トレーナー室の扉をぶち破る勢いで入室した私は、彼に思いっきり食ってかかった。その理由は単純で、セイウンスカイが昨日行われたG3・京成杯を鮮やかな逃げで勝利したらしいからだ。シンザン記念を制したエルコンドルパサーに続いた形になる。

 

 本人に問い詰めたところ、けらけらと笑って「いやいや、セイちゃんは運良く勝っちゃっただけですって〜」みたいなことを言って誤魔化された。最強世代における二冠馬が弱いはずないだろう、と言いかけた口を何とか閉じて、「またまたご冗談を〜」とか言って話の雰囲気を合わせたのを覚えている。

 

 史実で皐月賞を制したのはセイウンスカイだ。スペシャルウィークやキングヘイローを捩じ伏せての逃げ切り勝ち。順調にいけば私も出走することになるであろう皐月賞、最も警戒しておかなければならないのは間違いなく彼女だ。性格的に見ても、彼女は何をしてくるか一番予想がつかない。ゴルシちゃんとはまた別の意味でね。

 

 お前は大逃げだから、セイウンスカイの逃げを上から潰せるだろって? 違うんだな、これが。前までは私もそう思ってたけど、レースはそんなに単純じゃない。逃げの中には()()()()()()()()()()で、1番手を無視したレース作りが出来る子もいるのだ。

 

 私はソファに座り、モニターに流れ始めた京成杯の映像を食い入るように観察し始めた。

 

 ――1月3週に行われた芝2000メートルG3・京成杯。良バ場の中山レース場で行われ、ゲート入りしたのは15人。セイウンスカイは1枠1番のゲートだ。とみおが私の隣に座り、恐らく何度も見返したであろうレース映像を一緒に見てくれる。

 

 さて、映像はまずパドックから始まった。何だかぼんやりした様子のセイウンスカイ。頭の後ろで両手を組んで、時々気の抜けた笑顔を添えて手を振っている。人気は6番人気。

 

 この6番人気は私からすればありえない。スペちゃんやキングちゃん達からしても同意見だろうが、上手いこと猫を被っているのだろう。実際、目に見えるトリック(?)として……わざと髪の毛や尻尾をボサボサにしてみたり、暗い表情を装っているのが見えた。人気を落としてマークを回避する――彼女の考えそうなことだ。

 

 ワザとらしすぎて観客のざわめきが聞こえてくるが、彼女とそのトレーナーは全く気にしていない。精神的にタフというかなんと言うか。

 

 パドックの映像が終わると、本バ場入場が始まった。続々と返しウマするウマ娘達。セイウンスカイはのろのろとした走りで、最低限のウォームアップを済ませていた。

 

 ファンファーレが鳴り響き、ゲートインが進んでいく。逃げにとっては絶好の最内枠に入ったセイウンスカイの眼差しに、ぎらりと光る闘志が宿った。これは来るぞ、と考えたのも束の間、レースが始まった。

 

 全員が横一線のスタート。3人いた逃げウマ娘がすいすいと前に押し出して、ハナを奪い合う。その中にセイウンスカイも混じっていたが、彼女は先頭に立つことなく2番手追走の形になった。

 

 ――そう、セイウンスカイはハナに立たなくても力を発揮できるウマ娘なのだ。私やサイレンススズカなんかは先頭にいないと気が済まない逃げウマで、中団に控えてしまえば実力を発揮できない。だけど、セイウンスカイはある程度融通が利く逃げなのだ。それは私のような大逃げがいても、あまり動じずに自分のレースをできるということで。

 

『最終コーナーを曲がって、セイウンスカイ抜け出した! ぐんぐん加速して後続を引き離していきます!』

 

 ふらふらとペースを変えながら最終直線で先頭に立ったセイウンスカイは、2番手に3/4バ身差を付けての勝利を収めた。

 

『ゴール! セイウンスカイが僅かに前! 春に迫る皐月賞に名乗りを上げたのはセイウンスカイだっ!』

 

 レース映像を見て思ったのは――計算尽くの逃げだな、ということ。ペースを緩めたかと思えば急激に加速して、周りのウマ娘を戸惑わせているのだ。あえて2番手に控えたことで、先頭のウマ娘をかけてワザとペースアップさせたり、後続のウマ娘――特に『差し』作戦のウマ娘――を意識して()()たり、その布石やトリックが数多に仕掛けられている。

 

 ……ん?

 ()()()()()の1番手に、脚を溜めて虎視眈々と上位を狙う差しウマ……何か身に覚えがあるような。

 

 ……もしかして。

 セイちゃんは京成杯を使って本番の予行練習をしているのか?

 

「とみお、セイちゃんのレース運びで気になったことがあるんだよね」

「ほう?」

「セイちゃんのこの……なんて言うんだろう。必要以上にペース配分を乱してる感じがさ、私とスペちゃん、キングちゃんを意識してるように見えるんだよね」

 

 先頭の逃げウマを私――アポロレインボウに、セイウンスカイが乱した差しの子達をスペシャルウィークとキングヘイローに見立ててレースをしていたのなら、絶好の最内枠にも関わらず彼女がハナに立たなかった理由が理解できる。

 

 ――仮に、今のところ賞金的な不安のある私が皐月賞に出られるようになったとして。アポロレインボウ、スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイが出る皐月賞をこの京成杯と重ねて考えてみよう。

 

 内枠だろうが外枠だろうがロケットスタートを決め、とにかく序盤からアクセル全開でハナを奪うアポロレインボウ。私の背中を追う形でセイウンスカイが2番手になるだろう。後ろに控えたスペシャルウィークとキングヘイローのスタミナ配分を狂わせて末脚を削りつつ、爆走するアポロレインボウのペースを意に介さず最終コーナーへ。そのままアポロレインボウと入れ替わるように先頭を攫い、キングヘイローとスペシャルウィークの追走を凌ぎ切って逃げ切り勝ちをする――のが、セイウンスカイにとっては理想の展開だろうか。

 

 見れば見るほど、セイウンスカイは私達を意識したレース運びをしているではないか。先頭の子のペースを異常に上げ、あえて前が厳しい展開にしている時点で気づくべきだったか。

 

「……やっぱりアポロもそう思うか」

「でしょ? 明らかにそれっぽいよね!」

 

 とみおも腕を組みつつ頷いてくれる。やはり、セイウンスカイは皐月賞を意識してレースしていたのだ。

 

「それにしても……セイちゃんってば、こんなにペースを上げたり下げたりして大丈夫なものなのかな? 私がこんなことやったら、ペースを見失っちゃいそうだけどなぁ」

 

 ウマ娘が相手を()()()時、対象にマークしてプレッシャーをかけることがほとんどだ。しかし、セイウンスカイのように自らが大きく動いて周囲のウマ娘を乱す者もいる。

 

 それは、言わば諸刃の剣。確かに自分のペースを変えれば多くのウマ娘を惑わすことが可能だが、当然自分自身のスタミナ消費や位置取りも大きく変わってしまう。下手をすれば自滅まで有り得てしまう、ハイリスクハイリターンの賭けなのだ。

 

 私はそういうことをレース中に考える脳がないから、最初から最後まで全力の爆逃げをしている。私のようなレース脳の無い子がトリックを発動しようとしても、間違いなく失敗に終わって負けてしまうだろう。

 

「これを見てくれ」

 

 とみおがデスクから紙切れを持ってきて私に見せてくる。何だろうと思ってそれを見ると、『2:04:1―――26.0―24.4―26.0―24.4―23.3』という殴り書きの数字の羅列だけが書かれていた。

 

「……これは?」

「セイウンスカイの出した2000メートルのタイムと、400メートル毎のラップタイムだ。この子は相当体内時計が優れてるよ」

 

 その言葉にぎょっとして、もう一度紙に目を落とした。片手に紙を、片手にリモコンを持って京成杯のレースを見直すことにする。

 

 最初の400メートルはスローペースで1番手を自由にさせ、次の400メートルではペースを大きく上げて前後にプレッシャーをかけている。きっと401〜800メートル地点において、先頭の子はハナを奪い返されると思ってペースを上げたのだろう。焦った先頭のウマ娘はオーバーペース気味になっている。

 

 しかし、801〜1200メートル区間では再びのスローダウン。先頭の子は混乱する。だがペースを戻すこともできず、どんどん前に行く。セイウンスカイの後ろに付けていた子は、彼女が垂れてきたことにより「先頭は暴走気味だ」と判断してペースを落とす。だが、タイム自体は平均的なものだ。

 

 セイウンスカイの仕掛けた罠にハマっていることにも気付かず、1201〜1600メートル区間に入る。先頭の子はセイウンスカイによる再三のプレッシャーによりスタミナを大きく消費しており、最終コーナーで力尽きかけていた。それを見逃さず、セイウンスカイはペースを上げて1番手に躍り出る。後続は判断が遅れた。「暴走していた先頭を追い抜いた」「これはオーバーペースなのでは」「慌てずとも末脚勝負で抜ける」と多くが考えたのだろう。セイウンスカイが差をつけて最後の400メートルに入る。

 

 ゴール板が近づいてきて、後ろの子達は判断ミスに気づく。ゴール板までの距離が想像以上に短く、セイウンスカイを差し切るには足りないのだ。

 

 結局、トップスピードに乗ったセイウンスカイはゴール板を真っ先に駆け抜けた。上位人気の差しウマ達は脚を余し、セイウンスカイの背中を抜き去ることは叶わず。

 

 ……なるほど。

 とんでもないトリックスターではないか、セイウンスカイは。

 

「セイウンスカイは次走に弥生賞を選んだらしい。キングヘイローも次は弥生賞。スペシャルウィークはきさらぎ賞に出てから弥生賞かな」

「ひえ〜……トライアルから過酷だね……」

「あぁ。とんでもないメンバーだよ」

 

 ちなみに今年のアポロレインボウの始動は、今週末のオープン戦・若駒ステークス。京都レース場で行われる右回りの芝2000メートルだ。ここを勝たなければ、セイちゃん達と争えるはずもない。あと、賞金的な意味でも勝たないとヤバめである。

 

 理想の予定は「若駒ステークス→弥生賞→皐月賞→日本ダービー→神戸新聞杯→菊花賞」。若駒ステークスに負けると、ワンチャン弥生賞で除外を食らうかもしれないのだ。色んな意味で負けられない戦いである。

 

 ところで、1月2週目のシンザン記念に勝利したエルコンドルパサーの予定は、「シンザン記念→ニュージーランドトロフィー(G2・4月2週目)→NHKマイルカップ」となっているらしい。少なくとも弥生賞や皐月賞には出走してこないみたいだ。

 

 そして、昨年の朝日杯フューチュリティステークスの覇者グラスワンダーについてなのだが……彼女は先日、定期検査に引っかかって骨折が判明した。足に小さな亀裂が入っていたらしい。復帰時期までは知らないが、皐月賞には間に合わないだろうとのことだ。

 

「……さて。そろそろトレーニングに行くぞ。セイウンスカイ対策はまず若駒ステークスを勝ってから考えること」

「は〜い。じゃ、着替えてくるね! 先に体育館で待ってて!」

「おう」

 

 私は着替えを持って廊下に飛び出した。体育館近くの更衣室に走り、中に入る。すると、顔面に柔らかい感覚がして跳ね飛ばされた。

 

「ぶぇ!」

「ケ!?」

 

 尻もちをついて鼻を押さえる。鼻血は出ていない。多分人にぶつかったんだろう、謝らなきゃ。涙目になりながら顔を上げると、目の前に手が差し伸べられていた。

 

「アポロ、大丈夫デスか?」

「エルちゃん」

「怪我はありませんか? 痛くなかったデスか?」

「全然大丈夫、ありがと」

 

 私はエルちゃんの手を取って立ち上がった。前傾姿勢で更衣室に突入したから、幸か不幸かエルちゃんの胸に顔面を跳ね返される形になったのだ。お互いに怪我はしていないっぽい。

 

 私はスカートについた埃を払って、その流れで着替えをしつつエルコンドルパサーと世間話をすることにした。

 

 ――現在絶好調のエルコンドルパサー。いっつもマスクを付けていて分かりにくいが、結構……いやかなりの美形だ。元気で明るくて優しくて、ちょっと調子に乗ってグラスちゃんに怒られることもあるけど……とにかく良い子だ。骨折して落ち込んでいたグラスちゃんを慰めていたし、本当に気遣いの出来る子なのだ。

 

 彼女とは話が合う。プロレスについての知識は全くないんだけど、お互いに「いつか海外重賞を取りたい」という目標があるからだ。エルちゃんは凱旋門賞制覇が最大の目標で、私が取りたい海外重賞はゴールドカップかカドラン賞。どちらとも4000メートルの超ロングディスタンスを誇るG1であり、最強ステイヤーを名乗るならば是非とも勝っておきたい海外重賞である。

 

 もちろん、お互いに当面の目標は「国内G1の制覇」。エルちゃんはNHKマイルカップを本命に、私は菊花賞を本命に――もちろん皐月賞や日本ダービーも絶対に勝ちたい――据えているから、海外に挑戦するのはシニア級以降になるだろうけど。

 

「この前のシンザン記念見たよ! おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「完璧なレース運びだったねぇ、惚れ惚れしちゃった」

「むふふ、鼻高々デス!」

 

 エルコンドルパサーが出走した1600メートルG3・日刊スポーツ賞シンザン記念は、見事の一言で総括されるものだった。逃げた2人のウマ娘の後ろ――4番手の好位置に付けたエルコンドルパサーは、誰にも邪魔されることの無い王道のレースを展開した。

 

 目を見張るべくは、第4コーナー終わり際からの超加速。いっぱいになった逃げウマ2人を抜き去り、疾風の如き末脚であっという間に後続を置き去りにした。的確なレース勘から生まれる、漸進するような展開力。一切の無駄を削ぎ落としたコース取りと、レースの王道たる先行押し切りでエルコンドルパサーは1着を掴み取った。

 

 レース後の勝利者インタビューでは、彼女の口癖(?)である「世界最強は? そう、エルコンドルパサー!」という言葉が飛び出した。これから彼女の代名詞として扱われそうな大言である。まぁ、それに見合うだけの実力を持っているから文句の付けようがない。もしあれほどの自信家になれたら、見える景色は今と違ってくるのだろうか。

 

「ですが、まだまだクラシック級は始まったばかり! 今日も鍛錬あるのみデェス! それじゃあアポロ、また会いましょう!」

「うん、またね!」

 

 ズバッと両手を空に掲げ、高笑いしながらエルちゃんは更衣室から出て行った。ハイテンションな彼女がいなくなると、更衣室の静けさがやけに際立った。……私も、エルちゃんくらい明るく素直になりたいなぁ。

 

 私は着替えを終えてジャージを着ると、体育館に向かって駆け出した。

 

 今日のトレーニングは、室内で反復横跳びや筋トレを行うことになっている。ただ、室内トレーニングの場合、その前にやることがある。受身の練習である。

 

 私はとみおの前で、数セットに渡って受身の練習を行った。これは彼が良しと言うまでしばらく続く。無論、私も本気で受身をする。

 

 別にふざけて受身の練習をしているわけではない。ウマ娘はまず第一に受身を完璧にさせられるのだ。何故なら、高速で走るウマ娘は()()()()で危険だから。レース中に転んだ時に受身が取れないと、それこそ致命的な怪我を負ってしまうかもしれない。過去には、受身が身についていないまま出走したレース中に転倒し、怪我による引退に追い込まれたウマ娘の事例もあるほどだ。

 

 筋肉のバランス・健康状態を完璧に保って怪我のリスクを最低限に抑えつつ、最悪の状況を想定して受身を練習しておく。私とトレーナーが本腰を入れて話し合うまでもなく「やろう」という結論に達するほど、その重要度は高い。

 

 私はありとあらゆる最低の状況を想像して、何度も受身を取った。スタート直後の転倒に対して。トップスピードに乗った状態でコーナーを曲がり切れず、遠心力で吹き飛ばされてしまった場合に対して。最終直線の競り合いで、私の前の子が急に意識を失ってしまって追突が避けられない場合に対して。

 

 転ばぬ先の杖になればいいのだけど――私は受身の練習をしている際、ずっとこう思っている。転んで怪我などしたくはない。私以外の子にも怪我なんてしてほしくない。練習だけで済めばいいのに。

 

 しかしそう願っても、毎年1人はレース中の怪我負傷によって夢を断ち切られていく。怪我とウマ娘は切っても切り離せない関係だ。たとえ受身が完璧でも、超絶的な速度の競走に身を投じる以上はリスクを覚悟せねばならない。

 

 ウマ娘とはそういう生き物なのだ。

 一見強いように見えて、とても脆く危うい。

 だから私達にはトレーナーがついている。

 

 怪我管理において私のトレーナーはとても几帳面で、私の身体を隅々まで知っている。体重から筋肉量から、何から何まで。スパルタトレーニングで変な噂が立ちかけているけど、絶対に一線を超えたりはしないし、怪我をするようなトレーニングを課したりもしない。

 

 彼の管理は絶対で、彼に従ってリスク管理を怠らなければ大丈夫だと――心の底の底で僅かな油断があったのかもしれない。

 

 

 若駒ステークス当日。

 私は右脚に微かな違和感を感じた。





【挿絵表示】

寝娘 様からアポロレインボウちゃんの勝負服の絵を頂きました!
イメージピッタリの勝負服、最高です。


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27話:若駒の不穏

 1月4週、京都レース場。レース前日に現場入りをした私達はホテルに泊まり、しっかりと睡眠・休養を取って若駒ステークスに備えた。そして今日、いよいよ新年初のレースが始まろうとしている。

 

 若駒ステークスをたかがオープン戦と侮るなかれ、このレースを制して大成した競走馬は数知れない。トウカイテイオー、ハクタイセイ、ディープインパクトなど名馬がズラリ。言わば栄光への過程であり、己の状態とクラシック戦線で通用するかを占う大事な一戦となる。

 

 第9レース、昼下がりから始まる若駒ステークス。私は午前中に控室にやって来て、さっさと体操服に着替えて体を冷やさないようにジャージを着る。1月下旬で冬真っ盛り、外はめちゃくちゃ寒いからね。身体を温めるつもりで軽い柔軟をこなし、いつでも動けるようにしておく。

 

 若駒ステークスのフルゲートは16人だが、今回は7人での発走となる。寂しいレースだなぁと思うかもしれないが、このレースが10人以上で行われたことはほとんどないらしい。つまり、人数について気にすることはない。以下、出走表である。

 

 1枠1番、ブラウンモンブラン。2番人気。

 2枠2番、パワーチャージャー。3番人気。

 3枠3番、アジャイルタレント。7番人気。

 4枠4番、エンチュフラ。6番人気。

 5枠5番、ジュエルネフライト。5番人気。

 6枠6番、アポロレインボウ。1番人気。

 7枠7番、ディスティネイト。4番人気。

 

 全員の作戦と特徴は頭に入っている。最も警戒しなければならないのは、これまでの4戦を1着2回、2着2回と好走している2番人気のブラウンモンブラン。作戦は先行、距離適性はマイルから中距離。気になったこととしては、彼女のウマスタが「妥当アポロレインボウ!!」(誤字してる)という呟きが多かったことだ。かなりの対策を練ってきているに違いない。

 

 次に警戒すべきは、1着か最下位しか取ったことのない4番人気のディスティネイト。勝つか負けるか、0か1か。末脚が上手くぶっ刺さるか空振りするかの漢らしいスタイルで、早くもコアなファンを獲得しているウマ娘だ。5戦2勝、作戦は追込、距離適性は恐らく中距離と長距離。勝った未勝利戦・1勝クラスのレースは全て5バ身以上の着差をつけてぶっちぎっているが、マイル以下の距離や仕掛けどころをミスったレースでは例外なく最下位に沈んでいる。こういう極端なタイプは誰しも苦手とするところだろう。

 

 軽いゼリー食をお腹に入れて、お茶で喉を潤す。そろそろスタッフが迎えに来てくれる時間だ。私は何回かジャンプをして、その場で旋回を始めた。

 

「そろそろパドックのお披露目が始まるね」

「そうだな。もうスタッフの方も――ほら来た」

 

 彼が言及すると同時、控室のドアがノックされる。私達は京都レース場のパドックに向かった。

 

 京都レース場はそこそこの混雑模様で、ざっと見渡してホープフルステークスの半分くらいの観客が集まっていた。今日は中山レース場でG2・アメリカジョッキークラブカップがある日だ。ライブビューイングに訪れた客も多いのだろう。例によって、私達の走る若駒ステークスはついで程度に見に来たのだろうが――

 

 とにかく。私は目の前の状況に全力で挑むべく、パドックに足を踏み入れたのだった。

 

『1枠1番のブラウンモンブラン、2番人気です』

『好位置から前を捉えるレースで、ここまで全て2着以内の好走を見せています。この世代でもブラウンモンブランほどの安定感を持つウマ娘は他にいないでしょう』

 

 クリーム色の栗毛をショートカットに蓄えたウマ娘――ブラウンモンブランが柔らかく微笑んでいる。ウマスタではかなり強気の発言の目立つ彼女だが、見た目は温和そのものだ。

 

 尻尾や髪のツヤは太陽光を反射するほどに輝きを帯びていて、笑顔の下に見える闘志は熱く燃えている。時々私に視線を送ってきては、お嬢様のようにお淑やかな動作で手を振ってくる。どんだけ意識して欲しいんだ、と思いつつ私は手を振り返した。

 

 そして、私の番が来た。京都レース場の特徴的な真円のパドックに入り、お披露目を行う。にこやかな笑顔を添えて手を振って、私は調子の良さを観客にアピールした。自分でも驚くくらい身体が軽い。ちょっと無理をしても応えてくれそうな、そんな予感がする。

 

『6枠6番のアポロレインボウ、1番人気です』

『気合いが入ってますねぇ。彼女はホープフルステークス3着の実績がありますから、納得の1番人気ですよ』

 

 お披露目を終えて、私はスキップを踏むようにとみおの傍に駆け寄る。トレーナーははにかんで、「調整が上手くいって良かったよ」と胸を撫で下ろしている。

 

 G1・ホープフルステークスというジュニア級の大目標に向けて長期に渡る調整をしていたから、とみおは私の調子が下り坂なことを気にかけていたのだ。彼が上手く調子を上向かせてくれて、見事若駒ステークスにピークをぶつけることができた。

 

 私はとみおにブイサインを作って、他の子のお披露目を待った。

 

『7枠7番のディスティネイト、4番人気です』

『圧勝か最下位か……その極端なレースぶりが人気を博しているウマ娘です。今年は個性派に実力派に賑やかな世代ですねぇ』

 

 黒鹿毛ロング、勝気な雰囲気のウマ娘が拳をぐるぐるとぶん回して観客を盛り上げている。ディスティネイト――ムラっけの塊のようなウマ娘。トレーナーの制止を無視して柵に乗り上げ、何かを叫びながら観客を煽っている。

 

 色んなウマ娘がいるのだなぁと思いながら、パドック内を歩き回ることにする。トレーナーとパドック内のウマ娘の様子を確認して、マークするウマ娘の変更がないかを小声で話し合う。大まかな変更はない。1番にマークするのはブラウンモンブラン。不穏な動きを見せ、上位に食い込む動きを見せた場合はマークをディスティネイトに変える。

 

「いいか。爆発した時に怖いのはディスティネイトだ。勝手に自滅してくれれば嬉しいんだが、データが足りなくて細かい判断がつかん。だから、第4コーナーに入って上がってきそうだったらマークを変えるんだ」

「分かっ――」

 

 そして会話の途中。突然、かくん――と、右脚の力が抜けた。

 

「アポロ!?」

 

 とみおが叫ぶ。右膝が地面につく寸前、彼が腰を支えてくれた。とみおの叫び声に、レースに出場するウマ娘とそのトレーナーがこちらを向く。観客もちょっとした騒ぎに気付き、視線が集まる。

 

「どうした!? どこか怪我したのか!?」

「け、怪我っていうか、何か変なの――」

 

 右のふくらはぎが痙攣している。確かに、今日は己の脚にほんの僅かな違和感があった。しかし、それは喉に米粒が一瞬引っかかった程度のもので。10秒もしないうちにその変な感じは消えたし、その後も特に何も無かったはずだ。

 

 その程度の違和感をとみおに言い出すのには勇気が必要だった。親に怒られることを何より嫌がる子供のような心境。だが、今はどうだ。未知の不安と自分を襲う異常に恐れおののいている。彼に違和感を伝えなかったことを酷く後悔した。だが――言えない理由もまたあった。

 

 右脚の感覚が遠い。圧迫感に似たモヤつきと、痺れるような不快感が右のふくらはぎに絡みついてきている。私は彼の袖を引き、ひとりでに震える右脚を見せつけた。

 

「な、なにこれ、どうしよう、私――」

「――触るぞ」

 

 観衆が見守る中、とみおの触診が始まる。この時には既に、この場にいた全員が私を見ていた。ある者は単純な疑問の目を、そして勘の鋭い者やウマ娘は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()視線を向けていた。

 

『おっと――アポロレインボウ、異常発生か? 何やら騒ぎになっています』

『大事でなければ良いのですが』

 

 ウマ娘用の医学書を読んでいた私には、この症状の心当たりがいくつかあった。ただ、知っているのと味わうのでは違うのだ。致命的な異常なのか、大したことがないのか、皆目見当もつかない。

 

「おいおい……アポロちゃん、大丈夫か?」

「まさかとは思いますが、アポロちゃん……あなた――」

 

 パドックの一角に腰を下ろした私に近づいてくるディスティネイトとブラウンモンブラン。私はその2人に「分からない」と短く言って俯いた。

 

「桃沢トレーナー、少しよろしいですか?」

 

 私の靴と靴下を脱がせてくれているとみおの横、前髪をかき上げながらブラウンモンブランが腰を下ろした。とみおは私の右脚から目を離さず、ブラウンちゃんと短い会話を交わす。

 

「何か用か、今は見ての通り一刻を争う状況なんだが」

「私、親の影響でスポーツ医学に多少精通しておりまして。アポロちゃんの()()の理由が分かるかもしれません」

「本当か」

「私がこの場で嘘を言う必要はありませんよ。無論、桃沢トレーナーより知識は劣るやもしれませんが――」

「いや、構わない。知識はあればあるだけいいからな……よし、ブラウンモンブランさん、君もこっちに来てくれ」

「承知致しました。私のトレーナーにも様子を診させますので」

「……助かる」

 

 素足になった私の周りを、とみお、心配そうに眉根を寄せたディスティネイトとそのトレーナー、ブラウンモンブランとそのトレーナーが取り囲んだ。ディスティネイトが混乱する私の肩に手を置いて、「大したことねぇから大丈夫だって」と励ましてくれる。

 

 何だか、当人を置いて事態が大きくなり始めていた。パドックの周囲のざわめきは非常に大きく、そして何故か遥か遠くに聞こえる。若駒ステークスの出走取消――いや、ひょっとしたら、二度とレースを駆けることが叶わなくなってしまうかもしれない。

 

 瞼の裏に湧いてくる最悪の状況。訳の分からないくらいの激情が溢れ出して来て、叫び出しそうになる。ネガティブが加速し、視界が大きく歪み、涙が止まらなくなる。

 

 そんな中でも私を取り囲む人達は冷静そのものだった。その手で触診を行ったとみお、並びにブラウンモンブランとそのトレーナーが顔を見合わせて何らかの討論を展開している。

 

 私が聞き取れた単語は「骨折ではない」「屈腱炎でもない」とかその程度だ。最悪中の最悪――というわけではないようで、ほんの少しだけ安心する。

 

 でも、指圧されると右のふくらはぎが痛むのだ。泣きながらそれを伝えると、彼らは顔を見合わせて更なる議論を交わし始めた。松尾トレーナーと呼ばれた男性――ブラウンちゃんのトレーナーだ――は糸目を開いて私の右脚を間近でずっと見てくる。

 

 しばしの観察が終わると、松尾トレーナーはとみおとモンブランちゃんと言葉を交わし、私に向かってこう言った。

 

「桃沢さん、アポロさん。これ、コズミじゃないですか」

 

 ――コズミ。所謂、ウマ娘における筋炎や筋肉痛の俗称である。軽症の場合は指で圧すると痛みが出る程度だが、重症の場合は歩行が乱れたり走行フォームに狂いが生じてしまう。動きがスムーズでなくなり、歩行がぎこちなくなったのはこのせいだったのか?

 

「ええ、間違いないと思います……」

 

 とみおが歯を食いしばって頷く。私は胸を撫で下ろした。コズミというのは、軽度であれば通常はレース前のウォーミングアップで改善されるのだ。だが、松尾トレーナーは誰もが感じていた疑問を口にした。

 

「しかし、少し怖いですね。突然脚が痙攣して立てなくなるだなんて。寒さのせいだとしても、あのレベルの痙攣はちょっとおかしいですよ」

 

 そう――コズミの症状とは思えない現象が私の右脚に起こったのだ。大まかな症状はコズミに共通するものだが、それだけが心配である。私は涙目でみんなを見上げる。ディスティネイトとブラウンモンブランが私の背中をさすってくれているので、大分落ち着いてきた。

 

 松尾トレーナーが顎に手を当てて、とみおにぼそりと呟いた。

 

「桃沢さん、あなたのトレーニングは厳しいものらしいですね」

「……ええ、アポロには強度の高いトレーニングを課しています」

「休養は……取らせていますよね。ええ。あなたはウマ娘の安全を第一に考えていますから。失礼……何でもありません、忘れてください」

 

 松尾トレーナーの言っていることは分からなかったが、2人のトレーナー間では話が通じているらしく――とみおは苦しそうな表情で首を振り、松尾トレーナーに絞り出すような声で言った。

 

「……いえ。ウマ娘の身体はまだ完全に解明されたわけではないですから……俺のトレーニングの疲れがオフで抜けきっていなかったんでしょう。長期疲労がここに来て呈出してしまったんだ」

「…………」

「……アポロ。このレースは出走取消にしよう」

「えっ」

 

 ディスティネイトが素っ頓狂な声を上げる。「そ、そんなぁ! アタシ、アポロちゃんに勝つために対策練ってきたのにぃ!」というディスティネイトの口を、彼女のトレーナーが慌てて塞いだ。

 

 ブラウンモンブランは俯いている。『仕方ない』という感情と、『非常に残念だ』という無念さの混ざった――如何とも形容しがたい、難しい表情をしていた。

 

 私も納得がいく部分といかない部分があった。

 

「ま、待ってよ! これがコズミなんだったら、ちょっとストレッチとウォーミングアップをしたら治るって!」

 

 そう――コズミとは、言わば筋肉痛のことだ。従って、レース前の準備運動で身体を動かしてしまえば、その多くは解消されるはずなのである。しかし、とみおは一歩も引かない。

 

「いや、許可できない。君の身体が一番なんだ。コズミに加えて、俺達の知らない症状も出たとなると……今レースに出るのは得策とは言えない」

「でも、若駒ステークスを取消したらっ」

 

 ――若駒ステークスを出走取消になれば、弥生賞に出られる可能性がぐっと低くなる。賞金額的にこの若駒ステークスを好走ないし勝利しなければ、弥生賞を除外されてしまうかもしれないのだ。つまり、弥生賞――そして皐月賞や日本ダービーのためには、この若駒ステークスを実質的に回避できないのである。

 

 精神的にも絶好調をキープした今以上の力を出せるかと言えば難しいし、正直な話をすれば無理をしてでも走りたい。そして、この燃えるような闘志と激情に身を任せて、脚を壊してでも1着を取りたいのだ。

 

 とみおの双眸を見つめる。彼の漆黒の瞳が私を見つめている。微かな逡巡の後、眉間に皺を寄せ、涙を零してしまいそうなほど苦痛に顔を歪め、とみおは私の肩を両手で掴んだ。

 

「――君は最強のステイヤーになる逸材なんだ! 今は無理をする場面じゃない……!」

「っ……でも、こんなに頑張ってきたのにレースを走れないなんて……」

 

 私は背中を支えてくれるディスティネイトとブラウンモンブランの顔を見る。ディスティネイトは涙目で、ブラウンモンブランは瞳を閉じて辛そうに天を仰いでいた。

 

 誰もが微妙な反応をしている辺り、違和感を押してレースに出るか――異常を重く見てレースを回避するかは難しい問題なのだろう。

 

「じゃあさ、こうしようよ。返しウマで軽いランニングをして、まだ違和感があるようだったら走らない。違和感が()()()()()()無くなってたら、全力で走る。……どうかな?」

「…………」

 

 とみおは私をほとんど睨むような視線を送ってくる。彼とて心配してくれているのだ。その気持ちは分かるけど、それ以上に若駒ステークスに備えてきた時間と努力を無駄にしたくないというか――私のために頑張ってくれていたとみおに、1着を取る私を見てもらいたいという気持ちがあった。

 

 私がおかしいのだろうか。それとも、彼が正しいのだろうか。

 しばらくの間、私達は敵同士のように睨み合っていた。

 

 すると、彼が諦めたように視線を逸らした。

 

「……松尾さん。最悪の事態に備えて、URAの職員の方々に事情を話しておいていただけないでしょうか。担架と医療班の準備はこちらがしておきます」

「いいですよ。では、奥田さんはレース遅延についての説明をお願いします」

「あ、ウス。向こうさんも困ってるでしょうしね、早めに言っときましょう」

 

 ディスティネイトのトレーナー……奥田トレーナーが頷くと、松尾トレーナーと奥田トレーナーはパドック奥のスタッフ専用スペースに駆けて行った。

 

 とみおが私の肩を強く掴み、ぐっと力を込める。

 

「……アポロ。ごめん……」

「何で謝るの……無理を言って走ろうとしてる私が悪いんだから」

「…………」

「……絶対、大丈夫だから。あなたが育ててくれたアポロレインボウだもん――絶対、無事に帰ってくるよ」

 

 とみおは俯いたまま、遂に私の顔を見つめ返してはくれなかった。





【挿絵表示】

前回頂いた寝娘 様の絵、なんと未完成のものだったらしく……カラーつきのものが送られてきました!
色がついたことで解像度が更に上がりましたね。額縁に入れて飾りたいです。


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28話:上手くいかないことばかり

 パドックで一悶着あり、普段の予定より10分遅れで若駒ステークスの本バ場入場が行われた。右脚の不快感は未だに抜け切らず、レース前の高揚感とごちゃ混ぜになって私の中の感覚が()()()()()感じがあった。

 

 アドレナリンが出ているから、痛みをあまり感じていないだけかもしれない。結局のところ、本人が痛いと言わなければ黙殺できてしまうものなのだ。とみおへの申し訳なさと、賞金を稼いでおかなければならないという欲と、慢心なのか過度な不安なのか判断できぬ感情が、脳内で激しくうねっている。

 

『アクシデントはありましたが、いよいよ返しウマが始まります!』

『アポロレインボウはちょっと元気が無くなったように見えますが、果たして大丈夫でしょうか』

 

 ――彼は、これから始まる返しウマで異常がなければレースに出て良し、と言った。そして、私と戦う子のトレーナーさん方も不測の事態に備えて準備をしてくれている。

 

 でも、それでいいんだろうか。不慮の事故というのは、こういう慢心の上に起きてしまうのではないのだろうか。前兆のある状態で突っ込んで怪我をしました、しかもそれが命に関わるものでした――だなんて笑えない。絶好調のウマ娘でさえ、レース中に起きた原因不明の事故でターフを去ってしまうことがあるというのに……。

 

 私はほとんど歩くように返しウマを行う。脚がほんの少し温まると、締め付けるような違和感がすっと抜けていく。近くを走っていたディスティネイトとブラウンモンブランがひっきりなしに声をかけてくる。

 

「アタシ、アポロちゃんと戦うの楽しみにしてたんだ!」

 

 これはディスティネイトの言葉だ。軽いランニングを始めた私に、満面の笑みで話しかけてきたのである。ただ、快調に向かう右脚とは裏腹に、私の心には暗雲が立ちこめていった。

 

 ――これは、運命が私を試しているのではないだろうか。悪魔が私を引っ掛けようとしているのではないか。そんな思考が頭をもたげる。

 

 立ち止まった私にブラウンモンブランがこう言った。

 

「……私は打倒アポロちゃんを掲げてこのレースに挑むつもりでした。しかし、脚部不安がある以上……ぐっと堪えてレースを回避するのが一番賢いのかもしれません。先程とは打って変わった二枚舌で、本当にごめんなさい」

 

 いや、彼女の意見は正しいだろう。いくら私の身体が丈夫だからって、怪我をしない保証などどこにもない。

 

 痙攣は収まり、違和感も引いた。私の気持ちとしてはレースの流れに身を任せてしまいたい。理想を追求するなら若駒ステークスを勝たなければならないし、弥生賞にも出たい。

 

 だが――それは私の立場の話。私がとみおの立場であれば、たとえ違和感と痙攣が無くなったとしても、担当ウマ娘をそんな状態で走らせることなどしないだろう。

 

 どちらが正しいのだろうか。むしろ、違和感が残り続けてくれたらよかったのに。それなら問答無用で回避の選択を取れた。なまじ違和感が消えたから、欲が出そうになっている。

 

 レース直前になって、観客達の熱が高まっている。溢れ出す想いの欠片が私にも伝わってくる。走りたいという気持ちが私の背中を押そうとする。

 

 私はとみおの元に向かい、己の状態を伝えることにした。

 

「……とみお。ごめん、痛みも違和感も無くなっちゃった」

「……嘘はつくわけない……よな。そうか、違和感……消えちゃったのか」

「うん」

 

 柵に手をついて、拳を固めるトレーナー。彼とて約束を忘れたわけではあるまい。本当に行ってしまうのか――という縋るような視線を浴びて、私の気持ちは揺らぐ。

 

 こんな状態で出走していいのか。レースとは、トレーナーが胸を張ってウマ娘を送り出すものではないのか。だが調子はかなり良い。いつものような爆逃げをすれば、再び京都レース場でレコードを出せる予感がある。

 

 私には、ウマソウルで約束された運命の裏付けが存在しない。呆気なくアポロレインボウの旅路は終わるかもしれないし、案外栄光の道をひた走ることになるのかもしれない。二者択一。欲を出すか、リスクを嫌うか。

 

「とみお。私、分かんなくなってきちゃった」

「…………」

「走りたいのに、走りたくないの」

 

 燃え盛る感情と闘志。私を応援してくれる観客のため、私の大好きなトレーナーのため、全力で走りたいという気持ち。翻って、不安の塊を無視できない後ろ向きな気持ち。これらがせめぎ合って、私の決意をどっちつかずにさせていた。

 

「優柔不断なウマ娘でごめん。最後はとみおに決めて欲しい」

「!」

 

 返しウマで違和感が消えれば走る……と自分で言ったのに、随分と優柔不断なウマ娘だ。ほとほと自分のことが嫌いになりそうである。

 

 とみおはその言葉に目を見張った。口を開きかけては、閉じ、何も言わずに唇を結ぶ。それを繰り返すこと数回、とみおは私の手を取った。

 

「……アポロ。やっぱり俺は……ここで君を見送ってしまったらいけない気がするんだ。……レースは回避しよう」

 

 苦渋の決断だったのだろう。とみおは見ているだけで辛くなるような表情をしていた。柵の上に置かれた拳に、壊れそうなほど力が込められている。

 

 だけど、本気で考えてくれた上での選択なら、私は絶対彼を責めたりなんてしない。ある意味、どちらでも良かった。彼が送り出してくれるのなら全力で走っただろうし、こうして止められたなら私は受け止めるつもりでいた。

 

 私は少し下を向いて、右脚を睨んだ。とみおも私の視線を追う。

 

「――もし君をレースに出したとして。その選択が未来の俺に誇れるかって考えた時……やっぱりダメだった。君が怪我するのは二度と見たくないよ」

 

 彼の言葉にはっとした。メイクデビュー戦、私は何の憂いもない状態で出走した。しかし、理外の事故により怪我をしてしまった。そうだ……何も、事故というのは一人が起こすものとは限らないではないか。私が原因となって他人を巻き込む事故を起こしてしまうかもしれない。

 ……そういう意味でも、回避は妥当なのだろう。

 

「……うん、分かった。パドックでは無理言ってごめんね」

「いや、いい。アポロはターフで待っててくれ。そのうちスタッフの方が来るだろうから」

 

 とみおは観客を掻き分けてどこかに消えた。奥田トレーナーや松尾トレーナーがスタッフの方々に事情を説明し、ゲート入りの時間を更に遅らせてくれているのだ。とみおは私がレースを走らないことをスタッフに伝えに行ったのだろう。

 

 ターフに戻った私の下に、ディスティネイトが駆け寄ってくる。その後ろにブラウンモンブランがやってきた。ブラウンちゃんは私の顔色を見て何となく事の顛末を察した様子だったため、1歩引いた場所から私とディスティネイトを窺っている。

 

 黒鹿毛のウマ娘が、おずおずと私に声をかけてくる。

 

「アポロちゃん、どうだった? 行けそうなのか?」

 

 足元と私の顔を交互に見てくるディスティネイト。だが、私がわざとらしく右脚を浮かせているのを前にして――ウマ娘の彼女が察していないはずがない。もはやこの行為は答えを言っているようなものだった。

 

「……レース、回避することになっちゃった」

「そ……そうか。仕方ない、よな……」

 

 ディスティネイトのウマ耳がしゅんとして、その表情が暗くなる。ブラウンモンブランも「やはりか」と目を伏せた。この右脚は痛みを訴えているわけではなく、一応大事をとって浮かせているだけだ。まぁ、ここまで不安に思うなら、そもそもレースに出ようなんて思うなよって話だ。

 

 レースに集中できないような身体の状態で、ベストな走りを発揮できるはずがない。最悪なのは、不安を押してレースに出て、怪我をした上で敗北すること。ディスティネイトもブラウンモンブランもそれを分かっている。納得できるかどうかが別問題なだけだ。

 

 私の対策をしてきた2人は、自分の想像以上にこの回避を残念に思っているのだろうか。もしも先月のホープフルステークスにスペシャルウィークやキングヘイローが出てこなかったら、私はやるせなさでいっぱいになっていたたろう。それと同じことか起きている……のかもしれない。

 

「ごめんね」

 

 思わず、謝罪の言葉が口をついて出た。しかしディスティネイトは首を強く振る。

 

「どうしてアポロちゃんが謝るんだ? こういうことって、案外ウマ娘にはつきものだし……あんまり気にすんなよ」

 

 彼女は私に向かって拳を突き出して、白い歯を見せてきた。

 

「――今度こそ、ベストな状態で戦おうぜ! じゃあな!」

「……アポロちゃん、それではまた次の機会に戦いましょう」

 

 2人と入れ替わりにスタッフがやってきて、私は地下道に案内される。とみおと合流すると、背中に大きなざわめきを浴びた。

 

『6枠6番のアポロレインボウは出走除外となりました』

 

 そんな実況の声と観客のどよめきを最後に、私はタクシーに乗って病院に向かうことになった。

 

 松尾トレーナーと奥田トレーナーには後で感謝しておかないといけない。とみおが「大学病院まで」と言うと、タクシーが京都レース場から走り出した。

 

 私はウマホの画面をつけて、ライブ配信されている若駒ステークスの様子を視聴することにした。画面を通してでも伝わってくる会場の喧騒は、「アポロレインボウがレースの出走を取り消した」という事実の衝撃を物語っていた。

 

 レースが始まると、逃げウマ不在のためブラウンモンブランが先頭に躍り出る。多少混乱した様子だったが、最後方に控えたディスティネイトをマークするような動きでレースは進む。

 

 明らかなスローペースのレース。行きたがらない先行勢と、先行勢のペースを元に相対的なペースを決める差し・追込集団。これは前方集団が有利か。

 

 レースというのは、観察する側に回ればあっという間に終わるものだ。たかが数分間、されど数分間の戦い。その中に身を投じた者だけが感じる、時速65キロ超えの刹那。

 

 最終コーナーに入り、ブラウンモンブランが2番手を引き離しにかかる。ディスティネイトは早くもヘロヘロで、末脚は不発に終わったようだ。

 

 大勢は決した。ブラウンモンブランが圧巻の走りでゴール板を1着で駆け抜けた。ただ、その表情は晴れない。私も同じく複雑な気持ちだ。みんなの走りを間近で感じたかった。全力の戦いに身を委ねたかった。またいつか戦う日が来ればいいな。私はウマホをポケットに押し込み、とみおの横顔を見つめた。

 

 ずっと厳しい顔をしているトレーナー。窓の外を眺めてぼーっとしている。私も反対側の窓から、移りゆく風景を眺めてみた。あんまり面白くなかったので、溜め息をついて目を閉じる。

 

 それから10分ほど経って――揺れるタクシー内、とみおがぼそりと呟いた。

 

「自分の未熟さが嫌になる」

 

 眠っていたわけではなかったので、目を開けて横目にとみおを捉える。彼は窓の外を見つめたままだった。

 

「パドックでさ、一回許可を出しちゃっただろ。その時考えてたのは、『アポロにはトライアルの弥生賞を経験して、皐月賞や日本ダービーに挑んでほしい』ってことなんだ」

「…………」

 

 ……レースに出ようとしていた私と似たような思考だ。私は耳を澄ませて、彼の独白を聞いた。

 

「でも、本当の本当は――未熟な若造の欲があった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()G1を勝ったっていう実績を求める気持ちが()()()勝ってしまったんだ」

 

 タクシーに乗ってから、初めて目が合う。彼は潤んだ瞳を私に向けていた。ずっと大人だと思っていたとみおが、少しだけ少年のように見えた。

 

「俺はダメなトレーナーだ、アポロ。君の全てを尊重し、本当に大切にしているのなら――パドックの時点で回避を表明するべきだったんだ。本当にごめん……アポロ」

 

 ――20代は大人と言えるのだろうか。世間一般的に言えば大人に間違いないが、20代に入ろうと間違いや失敗を犯すことはある。私達学生の立場からすれば頼るべき大人だが、その大人だって人間だ。間違え、立ち止まり、踏み外すことはある。

 

「……ううん、お互い生きてるんだもん。間違えることもあるって」

 

 悔しさと虚しさとやるせなさをぐっと堪えて飲み込み……私はそっと彼の手を取った。

 

「トレーナー、私のことを本気で考えてくれてありがとう。これからも2人で頑張っていこうね」

「……あぁ。ありがとう、アポロ」

 

 目指すは3月の若葉ステークスになるだろうか。

 私達は間違えながらも、ゆっくりと前に進んでいく。



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アポロレインボウの若駒ステークスを観戦するスレ+α

47:ターフの名無しさん ID:1r/jdSPOp

1月1日0時になりました

 

48:ターフの名無しさん ID:PFP5baNBL

あけおめ〜

 

49:ターフの名無しさん ID:ELcL6v8D0

あけおめです

 

50:ターフの名無しさん ID:UvCsbUvhV

去年は何もできませんでした!w

 

51:ターフの名無しさん ID:biAxB7zu6

最近時の流れがはやいんご……

まだ9月くらいの気分なんだよなぁ

 

52:ターフの名無しさん ID:454tOMcqH

今年の目標は三冠王アポロレインボウです!

 

53:ターフの名無しさん ID:sP50Uu4Xd

今年はいっぱいアポロちゃんの勝負服見たいわね

 

54:ターフの名無しさん ID:x8GOMiKXr

正月の夜中からウマ娘の話をするスレ民さん……

 

55:ターフの名無しさん ID:J2ytNIuIZ

アポロさんは次どこ走るん?

 

56:ターフの名無しさん ID:qaK2qPYpp

若駒ステークスかすみれステークスか弥生賞でしょ

 

57:ターフの名無しさん ID:2M29aiAsB

弥生賞っていけそうなん?

賞金的にちょい微妙なんじゃない、知らんけど

 

58:ターフの名無しさん ID:X6QZlND4n

次は若駒ステークスかすみれステークスじゃない?

ただ、すみれステークスだと皐月賞のトライアルへの日程がキツキツになるわね

 

59:ターフの名無しさん ID:yj4I72RwB

じゃあ若駒ステークスか

 

60:ターフの名無しさん ID:Jg8MMeqYb

すみれステークス→スプリングステークスとかないの?

 

61:ターフの名無しさん ID:vP8wTy34x

それじゃすみれS(2200メートル)→スプリングS(1800メートル)で400メートルもギャップあるからキツイじゃろ

マイルの条件戦→スプリングS→皐月賞なら単純に距離延長だけで済むけど

 

62:ターフの名無しさん ID:GSG7pbMi5

忘れな草賞→皐月賞

いかがかな

 

63:ターフの名無しさん ID:eI9b+ly5g

>>62 いかがかな、じゃないが

 

64:ターフの名無しさん ID:0hahk4Yyb

>>62 連闘はNG

 

65:ターフの名無しさん ID:JVATErcDx

忘れな草賞って皐月賞の前週のレースやんけ!

 

66:ターフの名無しさん ID:XetJq9UiZ

レース日程キツキツすぎるだろ……

 

67:ターフの名無しさん ID:1CNYgxVmR

マイルチャンピオンシップ→ジャパンカップの連闘をこなしたオグリンって神なのでは?

 

68:ターフの名無しさん ID:/L748uOv+

オグリキャップは丈夫さが異常レベル

なんか脚のやべー病気も食って寝て温泉入ってたら治ったらしいし

 

69:ターフの名無しさん ID:/QlQP0bMN

繋靭帯炎かな

 

70:ターフの名無しさん ID:YjsDXIB27

繋靭帯炎により引退に至ったウマ娘たち

シンボリルドルフ、メジロマックイーン

なお全員復活した模様

 

71:ターフの名無しさん ID:+BGnx2zll

繋靭帯炎って不治の病じゃなかったんか?

 

72:ターフの名無しさん ID:p6j2eA5Dd

なんかメジロ家の主治医がすごいらしい

 

73:ターフの名無しさん ID:lFyF4z9YG

おい!!! アポロちゃんのウマスタ動いたぞ!!!!!!

 

74:ターフの名無しさん ID:vLObpxBHJ

!?

 

75:ターフの名無しさん ID:QEmRFjtUX

釣り乙

 

76:ターフの名無しさん ID:IyJ+03+aI

うそじゃねーよ

こっから確認しろやハゲ

https://www.umastagram.com/apollorainbow1234

 

77:ターフの名無しさん ID:oN5w1UoVi

ファーwwwwwww

 

78:ターフの名無しさん ID:n20jHQV4W

初日の出!?

 

79:ターフの名無しさん ID:BMjyU+u7j

これはウマいね!ですわ

 

80:ターフの名無しさん ID:i+T0BT07O

結婚の匂わせかな?

 

81:ターフの名無しさん ID:dCogY1xrX

ここどこやねん

 

82:ターフの名無しさん ID:zxV5Sq2/n

分かんね

 

83:ターフの名無しさん ID:YQyJyud6t

もう1000ウマいね!行ってるんだが……

 

84:ターフの名無しさん ID:ZquJN3U30

人気ヤバスギでしょww

 

85:ターフの名無しさん ID:2p3VmV0ZG

コメントめっちゃついてるけど、この空間あったかすぎないか?

 

86:ターフの名無しさん ID:h498v6c5G

わかる

 

87:ターフの名無しさん ID:lYT2Vhp0z

今年も頑張るぞ!

だってよ。頑張りすぎて怪我とかしてほしくないけどなぁ。怪我なく無事に走りきってくれれば俺は満足だし、怪我で苦しむウマ娘の姿なんて見たくないわ。とにかくアポロレインボウ含む全てのウマ娘が無事でありますように(-人-)

 

88:ターフの名無しさん ID:Gr781X41/

「アポロちゃんの走りに勇気づけられました! これからもずっと応援しています!!」

「あなたの頑張る姿が大好きです! 無理しすぎないでください!」

「デビュー戦から見てます」

↑これウマスタについたコメントだけど、みんな素晴らしいファンすぎて泣いちゃった

 

89:ターフの名無しさん ID:HXO5RCLZS

アポロ、お前はこの世代の柱になれ

 

90:ターフの名無しさん ID:oamA1h9ec

;;

 

91:ターフの名無しさん ID:8SxyAWWcF

アポロちゃんに密着したドキュメンタリー欲しいわ

 

92:ターフの名無しさん ID:GkIxtXWlN

アポロちゃんの凄い所は、他のトレセン学園生のアカウントでも全く悪い噂を聞かないことだね

キングちゃんとかスペちゃんとか、世代の代表格とも仲良いみたいだし

 

93:ターフの名無しさん ID:FH+FCwURs

ガチでみんなと仲良いよな

見てて微笑ましいわ

エルちゃんとの畜生プロレスツーショットほんとすこ、壁紙にしてる

 

94:ターフの名無しさん ID:EreQsnRrh

エルコンドルパサーとのツーショットなんてあるのかよ……

 

95:ターフの名無しさん ID:GdVnOxaZn

>>94 あるよ

https://imaguma.com/hmTAm9gp

 

96:ターフの名無しさん ID:V26jW05MQ

>>95 いつ見ても吹く

 

97:ターフの名無しさん ID:PYX2oR/om

>>95 これほんとすき

 

98:ターフの名無しさん ID:q/W0iqTd1

>>95 何でアポロちゃんがエルちゃんに筋肉バスターかけられてるんですかね……というか誰がこれ撮影してるんだ

 

99:ターフの名無しさん ID:hrCUHR2Rx

>>98 アポロちゃんがエルちゃんの激辛ソース(?)をチョコソースに変えようとしたら、普通にエルちゃんにバレてブチ切れられたらしい

ソースはスペちゃんのウマスタ談(激ウマギャグ)

撮影はスペちゃんじゃない? 写真の端の方にクソ笑ってるキングちゃんとセイちゃん写ってるし、グラスちゃんは何となくニコニコするだけで写真は撮らなさそうだし

 

100:ターフの名無しさん ID:jFeH2Zr+t

>>95 この後グラスちゃんにやり過ぎだってシメられたんだよね……

 

101:ターフの名無しさん ID:nVw2mXet2

>>95 技かけられてるアポロちゃんもニコニコでほんと笑う

>>99 確かアポロちゃんがスペちゃんに「写真撮ってwww」って言ったらしいし、元画像はスペちゃんのウマスタに上がってたよ

アポロちゃんはかわいいけど割と畜生ってのが通説

 

102:ターフの名無しさん ID:PDCA48OVO

案外これ知らん人おるんかw

この世代を応援するスレでよく上がってるぞ

 

103:ターフの名無しさん ID:fuuc4hJkJ

本人はウマスタ更新せんけど、スペちゃん、キングちゃん、エルちゃん、グラスちゃん、グリーンティターンちゃんのウマスタによく顔出してるよ

ヘリオスちゃんパーマーちゃんのウマスタにも時々出てくるし、マルゼンスキーのブログにも出てくる

 

104:ターフの名無しさん ID:NcfmKZmPe

ウマスタといえば、セイウンスカイもあんま更新せんわなぁ

 

105:ターフの名無しさん ID:VtKvPqYwF

でもセイちゃんはニシノちゃんのとこ含めて結構顔出してるよ

 

106:ターフの名無しさん ID:owScGwacm

スペキングエルグラスセイウンアポロ

この6人(とグリーンティターンとハッピーミーク)、クソ仲良いけどライバル関係ってのが最高なんだよな。きっとクラシック級のG1で何度も名レースを見せてくれるぞ

 

107:ターフの名無しさん ID:QA0bztvJA

>>106 わかる

いつかどっかで全員が同じレースにぶつからんかなぁ

 

108:ターフの名無しさん ID:tsyGmQBJL

その6人はワンチャンどこかで一緒に戦う機会あるだろうけど、グリーンちゃんは距離適正が短めっぽいからなあ

ミークちゃんもよく分からんし

 

109:ターフの名無しさん ID:yQFMsT0XM

続々ウマスタ更新されてるわね。年開けちゃったんだな〜

 

110:ターフの名無しさん ID:s/426m5r+

【朗報】マチカネフクキタルさん、おみくじで無事大吉を引く

https://www.umastagram.com/matikanefukukitaru0522

 

111:ターフの名無しさん ID:RM0cLCC6/

ふんぎゃろ!

 

112:ターフの名無しさん ID:Tw3MzNcLy

あ゛あ゛あ゛お゜お゜~お゜お゛~お゛お゛~おお゜~お゛お゜~お゜お~お゛お~ 大吉

 

113:ターフの名無しさん ID:ctlNa/T6q

フクキタルかわョ

 

114:ターフの名無しさん ID:I2Dvi4IxB

クラシック級最初の重賞はフェアリーステークスとシンザン記念か〜

 

115:ターフの名無しさん ID:+DSL50+Pj

シンザン記念には件のエルコンドルパサーが出るらしいわね。

 

116:ターフの名無しさん ID:ae72pQS5/

まあエルコンドルパサーとセイウンスカイは確実に上がってくるよ

条件戦の勝ち方が強すぎた

他が目立ってるけど相当なイカレ具合

 

117:ターフの名無しさん ID:DkeLLwBaV

まだまだ先だけど、皐月賞日本ダービーあたりがほんと楽しみ

 

118:ターフの名無しさん ID:OwQwBVPzh

アポロちゃんウマスタで次のレース教えてくれんかなぁ!夜しか眠れんのよ!

 

119:ターフの名無しさん ID:0LRVWmBHq

いや〜若駒ステークスでほとんど決まりだと思うけどね〜

 

120:ターフの名無しさん ID:MRxhgOVS7

まずはエルコンドルパサーのシンザン記念や

応援しようぜ

 

121:ターフの名無しさん ID:sQn8N6yvh

せやな

 

122:ターフの名無しさん ID:l6AjIEJiQ

今年もよろしく!

 

 

 

 

711:ターフの名無しさん ID:qsAuTDfII

【速報】アポロレインボウ、若駒ステークスに出走表明!

 

712:ターフの名無しさん ID:0C38TWQdF

うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

713:ターフの名無しさん ID:mepyamr/a

テイオーちゃん出たところだよね

楽しみ〜

 

714:ターフの名無しさん ID:d7ZLfPbYA

何人立てのレースや?

 

715:ターフの名無しさん ID:f0qEqY1FD

まあ例年通り10人以下だな

 

716:ターフの名無しさん ID:aIZiyTb3E

よく分かんないけど毎回若駒ステークスって人少ないよね〜

トライアルの登竜門なのにさ

 

717:ターフの名無しさん ID:+chsVzvnd

出るウマ娘が確定したお(^ω^)

 

718:ターフの名無しさん ID:7oXACKkMO

↓↓↓出走表↓↓↓

1枠1番ブラウンモンブラン

2枠2番パワーチャージャー

3枠3番アジャイルタレント

4枠4番エンチュフラ

5枠5番ジュエルネフライト

6枠6番アポロレインボウ

7枠7番ディスティネイト

↑↑↑出走表↑↑↑

 

719:ターフの名無しさん ID:tUNTD6Cti

うお、ディスティネイトちゃんとブラウンモンブランちゃんいるわ

 

720:ターフの名無しさん ID:3aDqeIwsJ

おー

ディスティネイトって1位かドベしか取ってない子でしょ

楽しみやな

 

721:ターフの名無しさん ID:PeDTQV968

ブラウンちゃんは全レース2着以内の実力派

ここ勝ったらスプリングSか毎日杯行って皐月賞かな?

 

722:ターフの名無しさん ID:UPcVLOBZy

うわーーーー好きな子が集まっちまった…………

勝つのは1人なんだよね……きつ……

 

723:ターフの名無しさん ID:j4E1Lv/0Y

推しがぶつかるのヤだ!!!

みんなが1着じゃダメなんか!!!!

 

724:ターフの名無しさん ID:1Dh+iLc1d

つらいわね

 

725:ターフの名無しさん ID:KzNfPzDko

でもここはアポロちゃん応援スレだから……

ここではアポロちゃんを応援しような。ワイは全員のスレに潜って全員応援してるからさ

 

726:ターフの名無しさん ID:JrWTnNvJZ

全力で競い合うから美しいんやなって……

 

727:ターフの名無しさん ID:SB8Gr75e1

全員同着であってくれ……ここから俺が死ぬまで……

同年のダービーウマ娘が10人いてもいいだろうがよ……

 

728:ターフの名無しさん ID:IzZNvYxSd

ウケるけどまあ願望としては分かる

 

729:ターフの名無しさん ID:6Znv6GDBT

胃がキリキリする

 

 

 

 

870:ターフの名無しさん ID:L5c6gZ3x1

若駒ステークス来たお^〜

 

871:ターフの名無しさん ID:x49ySQGxc

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 

872:ターフの名無しさん ID:mF9YuCdbD

きちゃああああああああああああああ

 

873:ターフの名無しさん ID:uyL61Mz3a

京都レース場は晴れの良バ場でございます

 

874:ターフの名無しさん ID:JOOKfJfnE

現地勢もいます

 

875:ターフの名無しさん ID:kMYnuvhmH

人は少なめ!

 

876:ターフの名無しさん ID:8bRsDBtQT

オープン戦にしては中々の混雑具合〜

 

877:ターフの名無しさん ID:satmrrMOC

今日はスレの人少なめだね

 

878:ターフの名無しさん ID:y2S8NKrBe

まあG1でも重賞でもないしな

それはしゃーない

 

879:ターフの名無しさん ID:0sMPhbUzi

なーに、俺らがいない奴らの分まで声出して応援するだけよ

 

880:ターフの名無しさん ID:tUlSCi8lW

トゥンク…

 

881:ターフの名無しさん ID:BEeSZ7g+T

パドック始まるわよ

 

882:ターフの名無しさん ID:ej95e21eQ

ブラウンモンブラン!

 

883:ターフの名無しさん ID:IiDbGvkSE

「妥当」アポロレインボウの子

 

884:ターフの名無しさん ID:wi3oRau1D

ウマスタの強気な口調とは違ってよわそう

ネット弁慶か?

 

885:ターフの名無しさん ID:adkKjMxQo

>>884 お前よりは強いんだよなぁ

いや普通に世代でも上位の子だし

 

886:ターフの名無しさん ID:oyE0dwHRC

なんか調子よさそうやんアポロちゃん

 

887:ターフの名無しさん ID:LuTQYYOEa

いいね

 

888:ターフの名無しさん ID:6ItuF2SbJ

新年一発目ののアポロちゃんもかわいいわ〜

 

889:ターフの名無しさん ID:9NYo9N+1P

トモの張りが良い

 

890:ターフの名無しさん ID:NQArS7GkB

ん?

 

891:ターフの名無しさん ID:Ev8u8oWgm

おや?

 

892:ターフの名無しさん ID:Xfql5OYBs

!?

 

893:ターフの名無しさん ID:4wct6VToE

何か痙攣してるけど

 

894:ターフの名無しさん ID:q24Sswpq3

あっ

 

895:ターフの名無しさん ID:DhcQD7oWf

まずい

 

896:ターフの名無しさん ID:tv2jyuEcs

(アカン)

 

897:ターフの名無しさん ID:gMBVm64KQ

泣いとるやんやめて

 

898:ターフの名無しさん ID:p1B/Ly7Et

マジかレース無理そうだな

 

899:ターフの名無しさん ID:SVJ2y9oT9

ウソでしょ

 

900:ターフの名無しさん ID:jx92QCWUX

これは……

 

901:ターフの名無しさん ID:upyZsFHmZ

とみお触診中

 

902:ターフの名無しさん ID:zG3HckS91

ディスティネイトとブラウンモンブランのトレーナーもなんかしてるな

 

903:ターフの名無しさん ID:wl9xafPpI

あ、引っ込んだ

 

904:ターフの名無しさん ID:/xCBg5yED

こればっかりはなぁ……

 

905:ターフの名無しさん ID:BzyjKYqU7

返しウマには行かずに病院か

 

906:ターフの名無しさん ID:TsP8vQvcl

マジかーーーーーーーー

 

907:ターフの名無しさん ID:Lav6fQHYy

えっ

 

908:ターフの名無しさん ID:7ZOeme3A6

いや本バ場入場してきてるが

 

909:ターフの名無しさん ID:X/dQKRiBz

は!? とみお大丈夫なんか!?

 

910:ターフの名無しさん ID:Cu//ZJmH1

返しウマで歩いてる……と思ったら軽いランニング始めたぞ

最後まで様子見してるんか

 

911:ターフの名無しさん ID:t8D51d77M

いや、流石に無理して欲しくはないぞとみお

 

912:ターフの名無しさん ID:T7LU2wObg

レースで勝つ前に怪我して欲しくないけど、どうなるんやこれは

 

913:ターフの名無しさん ID:RX7GBt6wS

 

914:ターフの名無しさん ID:LYrKYXfoq

流石に除外か

 

915:ターフの名無しさん ID:+7NHZzpSL

良かったような良くなかったような……複雑

 

916:ターフの名無しさん ID:zawhzaNeK

除外ですか……とにかく無事を祈るのみ

 

917:ターフの名無しさん ID:5DWE0DRMa

やな感じ

 

918:ターフの名無しさん ID:Dy1Uqvz7a

病院直行だろうな

 

919:ターフの名無しさん ID:VK0euaNKc

アポロちゃんよりむしろとみおが落ち込んでたな

2人とも心配だわ

 

920:ターフの名無しさん ID:hEIy1SFAg

無事を祈る…

 

921:ターフの名無しさん ID:9etA/xAT0

まじで骨折とかはイヤよ

 

922:ターフの名無しさん ID:w9Og+dOmJ

コズミなんじゃないかなぁ

 

923:ターフの名無しさん ID:B4oPPPSCJ

レース始まっちゃった

 

924:ターフの名無しさん ID:oUT+ZDAck

うぅ……みんな怪我せず無事に走りきって……

 

925:ターフの名無しさん ID:FSu0xEksI

いざとなったら俺の脚あげるから重傷だけは許せ

 

926:ターフの名無しさん ID:zfCwPJmd6

ブラウンモンブラン1着おめでとう

ただ、今はアポロちゃんが心配だわね……

 

927:ターフの名無しさん ID:JVYNTk04h

妥当アポロレインボウしてた子だからなぁ

なんか晴れない表情

 

928:ターフの名無しさん ID:Dd1RiIkvE

ウイニングライブ中止?

 

929:ターフの名無しさん ID:oj83Yf6fV

う〜ん

 

930:ターフの名無しさん ID:qkGuok/MH

不穏な幕開けだなぁ

 

931:ターフの名無しさん ID:yayv7fJKQ

無事であってくれアポロちゃん

 

 





【挿絵表示】

はるきK 様から絵を頂きました! 本当にありがとうございます。


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29話:私達のこれから

 大学病院に行った私は、早速右脚の精密検査を受けることにした。右脚の筋肉を最新鋭の機械によって確認し終わると、結果が出るまで待合室で待たされることになった。でっかい機械で右脚をウィンウィンされたのは色んな意味で怖くて、機械恐怖症もとい病院恐怖症になりそうである。

 

 違和感はすっきり抜けきったが、刺激を与えるとまずいかもしれないので、私は今車椅子に座らされている。トレーナーがゆっくりと車椅子を引いてくれているため、歩かないでいいし楽である。ただ、こんなに大事にされると何故か申し訳なさが出てきてしまうものだ。

 

 病院はとにかく嫌な感じがする。まず臭いが嫌だ。アルコールというか、薬の臭い……これがきつい。時々目眩がして意識が飛びそうになる。そもそも病院にいい思い出なんてないし、本気で絶不調まっしぐらなんだが。

 

 周りを見ると、私の他にも病院を訪れているウマ娘がいた。その多くが脚に包帯やギプスをつけており、見ていて痛々しい。この世に走るウマ娘がいる限り、怪我に泣くウマ娘がいるのだろうか。

 

「怪我なんてこの世から無くなればいいのにね」

「……そうだな」

 

 ここに来てからずっと歯切れの悪いとみおに言葉をかけるが、返ってくる声は弱々しい。多分、病院の雰囲気に当てられて後ろ向きになっているのだ。いい加減、いつもの調子に戻って欲しいなぁ……と言っても原因は私にあるし、何なら診断の結果によってはもっと落ち込むことになるかもしれないのが辛い。

 

 私は隣に座るトレーナーに適時声をかけながらアナウンスを待った。結局、検査から1時間後――私達はアナウンスによって呼び出された。

 

『アポロレインボウさん、1番の部屋にどうぞ』

「あ、はい!」

「アポロ、座ってなさい」

 

 思わず立ち上がろうとしたところをとみおに制される。危ない危ない……いつもの癖で立ちそうになっちゃった。

 

 車椅子を押されて指定の部屋に入ったところ、白髪のお医者さんがカルテを広げて向こう向きの状態で出迎えてくれる。看護師さんが扉を閉め、白い部屋の中は4人だけになった。

 

 お医者さんが椅子を回転させ、私ととみおの顔を交互に見る。私達はどきどきしながら彼の言葉を待った。

 

「アポロレインボウさんの右脚ですが――悪性寸前のコズミですね」

「っ……」

「アポロさん。最近過度なトレーニングをしたとか、無理をしたとか、そういうのはありますか」

「過度なトレーニング……まあ、結構な強度のトレーニングは去年の5月くらいからずっとやってます。あ、でも無理をしたとかじゃないんですよ!」

「…………」

 

 お医者さんはトレーナーの顔を見て、瞳で問う。とみおが無言で頷くと、お医者さんは紙に何かを書き込んでいく。

 

「桃沢さん、アポロさん。2月に入るまではランニングとかの激しい運動は禁止ね。あと、踏ん張るようなトレーニングもダメ。日常生活には車椅子は不要だけど、完全安静にしてくださいね。それと、今後についてしっかりと2人で話し合ってください」

 

 バインダーに挟んだ紙を看護師さんに渡し、パソコンに何かを打ち込むと、お医者さんは「お疲れ様でした」と言ってにこやかに微笑んだ。あまりにもあっさり終わったと言うか何と言うか。いや、大事であった方が良かったとかそんなのじゃないんだけど……まぁ、とにかく身構えた割には軽度の怪我で良かった。……これって軽度なのかな? よく分かんないけど、すぐに治りそうだし悪くはないか。

 

 車椅子が要らなくなったので、待合室に戻った私はすぐに車椅子から立ち上がった。とみおはさっきからずっと後ろに立って、私がいちいち動く度に手を伸ばしてくる。

 

「もう。運動しなければどうってことないんだし、そんなに心配しなくていいよ」

 

 怪我は軽〜中程度のものだ。今後1週間一切の運動が出来ないのは痛いが、その時間はレース研究に当てれば良い話。時間を無駄に使わなければ、スペちゃん達との実力差が開くことは無い……はず。

 

 ただ、ジュニア級からの半年間でここまでの筋疲労が溜まっているのは予想外だった。あのお医者さんの「今後について話し合え」という言葉には、そういう意味があるんだろうか。

 

 私達はタクシーに乗ってホテルに戻り、その足で新幹線に飛び乗った。トレセン学園に戻ってやらなければならないことは沢山ある。これから大変になるぞ。

 

 私は胸に荷物を抱え、眠りについた。

 

 

 

 後日、トレーナー室にて――

 私は意外な人物の来訪にぎくしゃくしていた。

 

「こんにちはアポロレインボウさん。あなたの噂はそこの桃沢君からよく聞いているわ」

「こ、こんにちは天海トレーナー……初めまして」

 

 天海ひかり。20代後半、黒髪をサイドアップにした、ちょっと気の抜けた雰囲気のある女の人。しかしその実、メジロマックイーンのトレーナーを勤め上げた現役トップレベルの人物である。

 

 放課後。いつもみたいに雑なノックでトレーナー室に入室したら、天海トレーナーがいたものだから……私はぶったまげた。だって、トレーナーの中でもトップクラスの御仁だもの。スペちゃん担当の沖野トレーナー、エルちゃんグラスちゃん担当の東条トレーナー辺りがトップティアーである。まあ結局はウマ娘当人の努力に依存するところがあるから、トレーナーの実力なんて一概には言えないけどね。相性とかもあるし……。

 

 さて、天海トレーナーと言えば、私のトレーナーこと桃沢とみおの師匠である。とみおがそんな彼女をトレーナー室に呼んだ理由が分からない。決して疑うとかじゃないが、どうしても警戒感が出てしまう。

 

「……ご、ごめんねアポロさん。別に偵察とかをしに来たわけじゃなくて……あなた達の今後について助言を欲しいって、桃沢君から頼まれたのよ」

 

 あたふたしながら両手を振って、とみおに話を振る天海トレーナー。控えめに言って彼女の雰囲気が頼りなさすぎて、失礼ながらこんな人がメジロマックイーンのトレーナーをやっているのか疑問に思えてしまう。

 

「とみおが天海トレーナーを呼んだの?」

「……あぁ。新人トレーナーの俺じゃ、色々と限界だったんだよ。天海さんの力を借りないと、また同じことが起きると思ってな……」

 

 とみおがコーヒーとお菓子を天海トレーナーに差し出す。彼女はぱっと目を輝かせてそのお菓子を食べ始めた。「桃沢君、私の好みを覚えてたんだ!」とか言い出したから、ちょっとムッとしてしまう。

 

「アポロ、そろそろ大事な話をするからそこら辺に座ってもらっ……おい、何で俺の隣に?」

「別にいいでしょ」

「……まぁ、いいけど。それじゃあ、始めようか」

 

 私は丸椅子をわざわざ持っていって、彼の隣に腰掛けた。尻尾をとみおの背中に巻き付けて所有権を主張しつつ、私達の「話し合い」が始まる。

 

「えー、まず俺達の今後で整理しておかなければならないのは、大まかに2つ……『次走について』『トレーニング強度と方法について』だ。特に後者については俺の知識と経験が不足していて、このまま突き進めば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑惑がある。だから天海さんをここに呼んだ。ここまでいいかな、アポロ」

「……うん」

「じゃあ、まずは次走について話し合おうと思う。今一度俺達の目標を確認するが――今年は『菊花賞』を大目標にしている。間違いないな、アポロ?」

「うん。私の夢は最強のステイヤー……菊花賞でそれを証明したい」

「良し……俺達の目標はブレてないな」

 

 私の目標は『最強ステイヤー』。そこは全くもってブレていないつもりだが、時間が経った結果二人の間の目標がズレていました、なんてことは案外容易に起こり得る。こうして口に出して確認するのは大事なことだ。

 

 なまじ2000〜2400メートルを走れるようになっていただけに、とみおの目標が『アポロレインボウを三冠ウマ娘にする』ことになっていてもおかしくはなかった。そこはブレないでいてくれて非常に助かった。実は私自身、調子に乗ってそうなりかけた日があったのは秘密だ。

 

 天海トレーナーは、チョコクッキーを頬張りながら私達の会話を黙って傍観している。何かを納得したように頷いて、コーヒーを啜ってニコニコしていた。ちょっと気持ち悪い。

 

 とみおがデスクから紙を引っ張ってきて、視線をその紙の上で彷徨わせる。ペンを唇に当て、数回叩くような動作を見せた後、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「……さて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()としたら――俺はこのローテーションを組みたい」

 

 そう言って、とみおはテーブルに紙を滑らせた。その紙の上には、汚い文字で『すみれステークス(2200m)→テレビ東京杯青葉賞(2400m)→日本ダービー(2400m)→神戸新聞杯(2400m)→菊花賞(3000m)』と書かれていた。

 

 これは私が苦手とする2400メートル以下の距離を極力絞った――と言うか皐月賞を完全に捨てるローテーションだろうか。私も色々なローテーションを脳内で考えていたのだが……これと一緒のローテーションが1番いいかな、と思っていたところだ。しかし、このローテーションではとあることが問題になってしまうのだ。

 

「でも、このローテーションだと――」

「……そう。これは予想でしかないが、出走レース的に()()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――私が絶対に対策しなければならないウマ娘は、5人。

 絶対的実力を秘めたウマ娘、スペシャルウィーク。

 世代屈指の末脚、キングヘイロー。

 予想のつかないトリックスター、セイウンスカイ。

 王道のレース運びで後続を封じる怪鳥、エルコンドルパサー。

 未知なる栗毛の怪物、グラスワンダー。

 

 そして菊花賞を目標に据えた時、ライバルとなって立ち塞がるであろうウマ娘は――スペシャルウィークとキングヘイローとセイウンスカイ。そう、セイウンスカイが1番の問題なのだ。

 

 ()()()()()5()()()()()()()()()()()()()()()()を完全に頭に入れておかなければ、実力差のある彼女達にG1という大レースで勝つことは不可能。最低でも2回は同レースで戦ってその傾向を読み取り、私の対策の対策をしておきたいところ。セイウンスカイとは一度も戦っていないから、大逃げのいるレースでどう動くかが分からない。

 

 だから、(今の予想では)彼女達と戦うのが『日本ダービー』だけでは足りないのだ。とみおはそういうことを言っている。実際、セイウンスカイは史実なら神戸新聞杯ではなく京都大賞典に行ったし……彼女の出走するであろう皐月賞もセイウンスカイ対策に費やしたいところ。

 

「次に、対策を積むという意味での理想のローテーションは……これだ」

 

 そう言って、とみおがもう1枚の紙を取り出した。『若葉ステークス(2000m)→皐月賞(2000m)→日本ダービー(2400m)→神戸新聞杯(2400m)→菊花賞(3000m)』と書かれたこの紙の内容は、ある意味もうひとつの理想ローテーションか。

 

 何度でも言おう。私達は、栄光のタイトルである皐月賞と日本ダービーを、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()のだ。別に手を抜くとかそういうつもりではない。私の距離適性の性質上、2400メートル以下はどうしてもキツいところがあるから、この2つのG1レースを全力で爆逃げしつつ――私の爆逃げにどう対応してくるか。欲しくて堪らないであろうG1タイトルをどうやってもぎ取りに来るか。その方法を探ろうと言うのだ。

 

 特にその2レースは全員が本気で走ってくるだろうから、私の爆逃げ対策もガチガチに固めてくるはず。つまり、データを取るには都合がいい。距離の違いはあるものの、私の爆逃げ対策の方法を少なくとも2回は集約できるわけだ。

 

 もちろん、データ収集――詰まるところ、ほとんど負け覚悟のような心持ちで走るのは正直嫌だ。負けた時の悔しさと虚しさは決して気持ちの良いものではない。皐月賞も日本ダービーも絶対に取りたい。負けるつもりなんて絶対にない。それでも、本気で勝ちに行くレースを絞らなければ、この世代で勝ち抜いていけない。生まれた世代が悪かったと割り切るしかないのが辛いところだ。

 

 エルコンドルパサーやグラスワンダーは3000メートルへの距離適性が無さそうなのだが、未来のことなんて分からない。今のところの敵はスペシャルウィークとキングヘイローとセイウンスカイ――史実で菊花賞に出た3人に絞られるが、エルコンドルパサーとグラスワンダーもマークしておいて損は無いだろう。

 

 結論を言うならば、次走については『すみれステークス』『若葉ステークス』の2択。つまるところ、皐月賞に出るか出ないかを選ぶことになる。今年の皐月賞は、ほとんど全員が重賞ウマ娘の出走だと予想されていて……勝っても優先出走権のない『すみれステークス』では賞金が足りなくなる恐れがあった。皐月賞に出るならば、2着までに皐月賞の優先出走権が与えられる『若葉ステークス』を選ばなければならないわけだ。

 

「……さぁ、どっちを選ぼうか」

「…………」

 

 とみおが問うてくる。非常に難しい問題だった。ゆったりとした調整で日本ダービーを経験しつつ、本番の菊花賞に無理なく挑む『すみれステークス・ローテーション』か。春先から激しい戦いに身を投じ、アポロ対策の対策を積むためにクラシック戦線を皆勤する『若葉ステークス・ローテーション』か。

 

 すぐに答えを出せるわけが無い。

 だって――()()()()()()()()()()()()()()

 

 残酷な現実。泣きたくなるくらい厳しい、()()()()()という枕詞。

 

 欲を言えば全部勝ちたいんだ。皐月賞も、日本ダービーも、菊花賞も、全部全部欲しい。もっと言えば、菊花賞だけだなんて小さく纏まらず――全てを根こそぎ勝ちまくってやりたい。だって、バク逃げの三冠ウマ娘なんてとてつもなくかっこいいではないか。きっと空前絶後のウマ娘になれる。自分のために、とみおのために、G1レースを何度でも勝ちたい。最強ステイヤーである前に最強のウマ娘になりたい。あぁ、理想を追い求めるとキリがない……。

 

 この選択が一生きりのクラシックの道標になる。決定には時間がかかりそうだ、と肩をすくめる。とみおは苦笑して「ゆっくり時間をかけていいぞ」と言った。天海トレーナーもニコニコしている。

 

「……うふふ。良い信頼関係ね、桃沢君」

「はは、恥ずかしながらアポロには毎回助けられてますけどね。頼りないトレーナーです……」

「いいじゃない。私だってマックイーンには毎度毎度助けられてたわ。時には支え合うのが“人バ一体”ってものよ」

「そんなもんですかね……」

 

 とみおは頭を掻いて謙遜した。天海さんが私の方に向き直り、真剣な眼差しを投げかけてくる。

 

「アポロさん、桃沢君はとても良いトレーナーよ。この通り、ちょっと扱いにくいところがあるけど……」

「誰が気性難ですか!」

「うふふ」

 

 とみおのツッコミが入って和らぐ雰囲気。天海トレーナーはコーヒーカップに口をつけると、答えを出しかねている私に助言を与えてくれた。

 

「アポロさん。桃沢君。先輩トレーナーとして助言するなら……あなた達は『若葉ステークス』に出るべきだわ」

「……理由を聞いてもいいですか?」

「……そうね。ちょっとした昔話になるけれど、いいかしら」

 

 私ととみおは顔を見合わせる。二人一緒に頷くと、天海トレーナーはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「ウマ娘は――……いえ、私達はね。ぶつかり合うライバルがいなければ、限界を超えた成長なんて出来ないのよ」

 

 天海さんの話は続く。

 

 曰く、メジロマックイーンはトウカイテイオーを初めとしたライバル――ライスシャワー、メジロパーマー、イクノディクタスなどのウマ娘がいなければ、歴史に名を残すウマ娘にはなれなかったと。

 

 曰く、ライスシャワーが天皇賞・春でメジロマックイーンを破り、トウカイテイオーが奇跡の復活を果たすという極限のパフォーマンスを可能にしたのは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 

 曰く、アポロレインボウの()()()()()()()()()()()()、今の走りの()()()に辿り着くためには、ライバル達との激闘が必要だと。

 

 ――つまり、天海トレーナーは『若葉ステークス・ローテーション』を推した。『すみれステークス・ローテーション』はぬるま湯に等しく、死闘の中に身を置かないと菊花賞を勝つことはできないと()()した。

 

「強き者と戦うのは辛くて苦しいでしょうけど、いつかは超えなければならない壁よ。栄光を求める優駿が集まるG1を勝つということは甘くないの。生まれた世代が悪かったなんてことはないわ。死ぬ気でぶつかって、がむしゃらに走って、対策を練って、挑み続けなさい。そうすれば、きっとあなたは見違えるように成長するわ」

 

「……そ、それが私の言いたかったことです……」と締めくくった天海さんは、誤魔化すようにクッキーを食べ始める。

 

 そこまで発破をかけられては、引き下がるわけにはいかなかった。

 

 考えに考え抜いた、一生に一度のクラシックの行先。私はとみおと顔を見合せて――『若葉ステークス・ローテーション』を選んだ。天海トレーナーに言われなくても、きっとこの選択をしていただろう。

 

 ……気になるのは、距離適性の限界だの、今の走りのその先という言葉か。どういう意味なんだろう?

 

「良し。今後の予定は決まったな。天海さん、ありがとうございます」

「いいのよ〜」

 

 とみおが立ち上がり、ホワイトボードに『若葉ステークス・ローテーション』の紙を貼り付けた。とみおがすたすたと元の位置に戻ってくると、次の話題に話が推移していく。

 

「さて、次は『トレーニング強度と方法について』なんだが……アポロ、よく聞いてくれ。2月初週からしばらくは、天海さんと一緒にトレーニングすることになる」

 

 反射的に天海さんの顔を見る。彼女はクッキーを齧りながら手を振った。

 

「……スパルタトレーニングをやめるってこと?」

「やめるというか、何と言うか。とにかく、天海さんと一緒に既存のスパルタくらい効率のいい普通のトレーニング方法を練り上げて、長期的な筋疲労が溜まらないようにしていく」

 

 ……とみおのトレーニングは、ミホノブルボンをも超える狂気のスパルタによって成り立っている。恐らくサブトレーナー時代に練り上げた独学の賜物なのだろうが、如何せん私の身体の限界に挑戦しすぎた。そのため、若駒ステークスに挑む寸前でガタが来てしまったのだ。

 

 しっかりオフの日を作ったり、毎日マッサージをしてくれたりしたけど、身体の芯に蓄積されていた疲労は抜けなかったらしい。丈夫さが取り柄な私の身体でさえこれだ。こんな密度のトレーニングでは、他のウマ娘に転用すらできないだろう。そういう意味でも、とみおのトレーニング方法を変える時が来たのだ。

 

 ただ、とみおは本当にスパルタトレーニングしか知らない……という内容の発言をしていた。そこで、彼の師匠たる天海さんの意見を借りたいということだろう。

 

「よろしくね〜」

「あ、よろしくお願いします」

 

 私はゆる〜く手を振る天海トレーナーに挨拶をした。とみおが「ま、今日はこの辺で終わりかな」と言って、何となく解散の流れになった。多分、私は帰ってもいいよということなのだろう。

 

「トレーニング理論については俺と天海さんで話し合っておくから、アポロは帰ってしっかりと休んでおくこと。いいな」

「え〜……でも、こんな早くから帰っても暇だよぉ。レース映像見て色々と研究したいからさ、ここにいちゃダメ?」

 

 とみおは天海トレーナーと顔を見合わせる。天海さんの表情が崩れ、にへら、とふやけた笑顔になる。「全然いいよ〜」とのことだった。

 

 こうして私はレース映像を見つつ、2人の会話に耳を澄ませるのだった。



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30話:名優の胸を借りて

 月日が流れ、2月になった。

 私のトレーニングには予告通り天海トレーナーが現れ――これは予想外だったのだが――なんと、彼女についてくるようにメジロマックイーンもやって来てしまったのである。

 

「まっ……マックイーンちゃん? とみお、何であの人がこんなところに」

「え、だって天海さんの担当ウマ娘だろ。そりゃ来るでしょ。言ってなかったっけ?」

「言ってないよ!! 来るなら来るって言ってよ!!」

 

 天海さんと仲睦まじく会話しているメジロマックイーン。彼女は天海トレーナーに相当懐いているようで、普段のテレビで見る硬派な表情はどこへやら、年相応の少女の笑顔を向けていた。3年間以上共に戦ってきたパートナーと一緒にいると、あんな感じになるのだろうか。

 

「はわわ……本物のマックイーンちゃんだ……」

 

 メジロマックイーン。艶やかな薄紫の芦毛が目を引く、美しいウマ娘だ。一挙一動から高貴さが溢れていて、私とは別次元の存在に思えてしまう。あの子が最強ステイヤーのひとりなんだ。本物が目の前にいる。ドキドキが止まらない。均整の取れた肉体、すらりと伸びた四肢、私の視線に気づいて細められる瞳。まつ毛なっが。うぅ、本気で美しすぎるよ……女性ファンが多いのも納得。

 

 やばい方のアグネスみたいに限界化していると、こちらに向かって歩いてくるマックイーンちゃん。ぎょっとして逃げようとするが、あっという間に距離を詰められて、両手を握り締められてしまった。

 

「貴女がアポロレインボウさんですのね。噂はトレーナーさんからかねがね聞いておりますわ。本日はよろしくお願いいたします」

「よ、よろしゅ、よろしくお願いしましゅ!」

 

 や、やば……本物のマックイーンちゃんと触れ合っちゃった。鼻血が出そう……。おてて柔らか――いや。かなりしっかりしてるな。柔肌の下に鍛え抜かれた肉体が隠されている。私はマックイーンちゃんの手を握り返し、指先で弄り始める。こういう触診チックなことをしてしまうのは、とみおに似たのかもしれない。

 

「あ、あの……アポロさん?」

「――あ。す、すみませんマックイーンさん!」

 

 私はさっと手を離して、誤魔化すように苦笑いした。

 

 今日の練習メニューの強度は軽めだ。どちらかというと精神的疲労が溜まるトレーニングかもしれない。

 

 その内容とは、マックイーンちゃんと併走の後、軽く模擬レースを行うというもの。模擬レースではしっかりとボコボコにしてもらいつつ私の弱点を見てもらう予定だ。そういう意味で精神的に疲れるだろうということ。

 

「ストレッチしたら、マックイーンと併走しておいてくれ。俺は天海さんと話してくる」

「あ、うん。分かった。また後でね!」

 

 私は天海さんの下に向かったとみおに手を振り、マックイーンちゃんに向き直った。

 

 ――この子が、天皇賞・春を連覇した優駿。凛とした雰囲気を漂わせつつも、天海さんにどこか似て抜けた雰囲気のある彼女が……私の目標であるステイヤーの完成形のひとりだ。

 

 正直言って、彼女の靴を舐めて能力が手に入るなら即・舐めている。マックイーンちゃんって中距離でも強いし、短所という短所が見つからないし。

 

 ……おっといけない。鼻息が荒くなってしまった。私は咳払いしてマックイーンちゃんを柔軟に誘う。「ンフ、マックイーンさぁん。背中押しますよぉ」って気持ち悪い感じになったが、もはや何も言うまい。

 

 ジャージ姿のマックイーンの背中を押す。猫のようにしなだれる上体。やはり柔軟性が高い。私もある程度は身体が柔らかくなったけど、まだまだ成長途中だ。彼女くらい身体が柔らかければ、中距離も走れるようになるのだろう。

 

 柔軟を交代し、私が前屈運動を開始する。うわぁ、マックイーンちゃんに触られてるよぉ……緊張する……。

 

「あら、柔らかいのですね。サブトレー……桃沢トレーナーには、相当柔軟性に欠けているという話を聞いたのですが」

「毎日やってるんで、前に比べたらめっちゃ柔らかくなってます!」

 

 ジュニア級の頃、私の柔軟性は目も当てられなかった。前屈しようとしても、膝までしか手が伸びないし……開脚しようとしたら120度くらいで痛くてギブアップしちゃうしで、とみおが頭を抱えていたのを覚えている。

 

 それから私は毎日、風呂終わりに柔軟運動を行ったのだ。目標のためにそれを欠かしたことは無い。……結果、同年代の平均よりも軟体になるまでになった。

 

 身体の柔軟性が高まるということは、距離適性が広がるということ。ただ、距離適性が丁度いい感じに短くなったわけではない。2600〜3800メートルだった適性距離が、2400〜4000になったようなものだ。せめてもう二段階柔軟性を上げて、2000メートルを走れるようになりたい……のだが。

 正直な話、私の柔軟性が今の状態で頭打ちになった疑惑がある。ジュニア級の早いうちに2400〜4000メートルを完璧に走れるようになったはいいが、そこからずっと私の距離適性の成長は停滞したままだ。

 

 ……天海トレーナーは、ライバルと戦うことで私の距離適性が限界を超えると言っていた。今はまだその言葉の真意が分からないけど、とにかく戦いに備えて準備を整えるしかないか。

 

 ストレッチが終わると、マックイーンちゃんとの併走が始まる。とみおと天海トレーナーが見守る中、私はマックイーンの走りを食い入るように見つめた。

 

 言わば、ステイヤーのお手本が目の前にいるのだ。吸収しないわけにはいかない。遠くからとみお達がトレーニング理論について議論する声が聞こえてくるが、なるべく気にかけないようにする。むしろシャットダウンしてやった。私の五感全てを用いて、マックイーンちゃんの普段の息遣い、腕の振り方、地面の()()()、速度を上げた時の呼吸法、脚の筋肉の稼働法、全てを吸収しにかかった。

 

「――すごっ」

 

 元々の才能もあっただろうが、メジロマックイーンの走りは芸術の域に達していた。映像で見るよりもずっと感じるものがある。一流の中の一流の走りに肌を焼かれる。嫉妬すら湧いてこないような、まさに完成されたフォーム。

 

 なんて綺麗なんだろう。これが最強ステイヤーの走り。ライスシャワー、トウカイテイオー、メジロパーマーらとしのぎを削ってきた脚なのか。

 

 久々のトレーニングだというのに、彼女と一緒に走っていると私の心に煮え滾るような闘志が湧いてきた。しばらくの併走が終わると、天海トレーナーが私達に向かってタオルを放り投げてきた。半歩後ろに立っているとみおは何だかやつれて見える。よっぽどトレーニング理論についてダメ出しされたんだろうか。

 

「アポロさん、マックイーン。しばらく休憩した後、タイムを計測しつつ2400メートルを走ってもらうわ」

 

 私は天海さんに、8割程度の全力で走ってくれと言われた。病み上がりだから無理してくれるなということだろう。で、天海さんはマックイーンちゃんに、5()()()()()アポロレインボウをちぎってこいと言っていた。

 

 超絶格上なのは分かっていたが、目の前でそんなことを言われちゃ黙っていられない。私の闘志を煽る天海さんの意図なんだろうけど、私は売られた喧嘩をガッツリ買い込むウマ娘だ。

 

 早速トラックコースのスタート位置について、呼吸を整える。憧れのステイヤーと戦える高揚感と、敗北前提のトレーニングみたいなこの雰囲気を吹き飛ばしてやる。心は熱く、思考はクールに。

 

 ……良し、落ち着いた。行ける。

 私は隣に立つマックイーンちゃんに声をかけた。

 

「……マックイーンさん、その胸お借りします! よろしくお願いします!!」

「ええ。アポロさん、(わたくし)も負けるつもりはありませんから」

 

 軽い会話が終わると、マックイーンちゃんの表情が氷の如く冷たさを帯びる。メジロ家のお嬢様ではなく、ひとりの勝負師の顔になった。ゾクッとして、私もひとりのファンであることを捨てる。勝ちへ手段を選ばぬ競技者へと変貌していく。

 

 そう、誰だって負けるつもりで戦うんじゃない。勝つために挑んでいるんだ。

 

「位置について! 用意――スタート!」

 

 天海トレーナーの叫び声を聞き流し、私達はスタートした。

 

 得意のロケットスタート。右脚の具合を確認しつつ、スピードをぐんぐん上げていく。マックイーンは私の後ろ、2バ身ほど差をつけて走っている。

 

 ……うん。右脚は完治したようだ。痛みも違和感も全然ない。全力は禁じられているから本当のトップスピードには持っていけないが、ある程度の速度を維持してコーナーに入っていく。これでも時速70キロを超えた高速だ。マックイーンは私のコーナーリングに驚いたように息を吐き出した。

 

 向正面に入って、マックイーンとの差は5バ身。彼女の代名詞たる超ロングスパートのすり潰しは、第3コーナーの入りから始まる。あまりにも有名で、知らないものはいない恐怖の末脚。

 

 それに対する私の作戦はこうだ。第3コーナー、マックイーンの超ロングスパートと同時、私も速度を更に引き上げ――()()5()()()()()()()()()()()()ゴール板を駆け抜ける。

 

 言うは易く行うは難し。出来れば苦労しない、いや……誰もがそうしようとして出来なかった作戦だ。だけど、私のバカみたいなスタミナならやれないことはない! やってやる、マックイーンちゃんをも超える超ロングスパートを!

 

「はぁぁぁぁああああああああっっ!!」

 

 第3コーナーの初め、私はマックイーンちゃんが動いた気配を察して長い末脚を使い始める。全力全開のスパートには及ばないが、それでもかなりの速度。並のウマ娘なら置き去りに出来るスパートだ。

 

 マックイーンはぴったりと私の5バ身後ろを追走している。彼女が前傾姿勢になり、スパートをかけているのが気配で分かる。差は縮んでいない。ずっと5バ身のまま。

 

 ――良し、作戦は成功している! これなら行ける! 天海トレーナーには申し訳ないが、1着になるのは私だ!

 

 

 ――と。

 希望が舞い降りたかに思えた。

 

 第4コーナーに差し掛かった瞬間、全てが変わった。

 

「――!?」

 

 私の尻尾と後ろ髪を黒い何かが侵食し始めたのだ。

 

 尻尾の毛先を、チリチリと――おぞましいモノが喰らっていく。抗えない。スパートをかけたはずの脚が止まりかける。身体の動きが拘束される。振り払おうとしても敵わない。懸命に腕を振ってソレを吹き飛ばそうとしても、更に深く纏わりついてくる。

 

(な、に――これ――!!)

 

 それは()の片鱗だった。

 私とはレベルの違う、桁違いの力そのもの。

 

 見せられる。魅せられる。メジロマックイーンの心象風景が脳内に流れ込んでくる。豪華絢爛な庭で、優雅にティーブレイクをするメジロマックイーン。メジロ家の誇りを抱き、決意した瞳の輝き。或いは、翼をもがれ、天空を落ちる中、再び羽ばたこうとする強い意志。

 

 あまりにも眩い輝き。力の塊に呑み込まれる。

 

 後続のマックイーンとの差は1バ身もない。

 

 私はこの悪寒に似た感覚をホープフルステークスで味わったことがあった。

 ――キングヘイロー。

 いや、彼女のそれよりももっと強い力だ。

 

 初めて()()と思った。

 

「あっ」

 

 あっという間に抜き去られ、最終直線に入る。差は5バ身。しかし、向こうの直線とは全く逆の位置関係。

 

 大逃げの私に末脚は残っていない。もうその差を縮めることは不可能だった。

 

「っ……!」

 

 メジロマックイーンに7バ身の差をつけられたところで、ゴール。

 

 私はゼェハァと息を切らし、ターフに涎を惨めったらしく垂らした。勝者たる芦毛の名優は、薄紫のロングヘアーをさらりと撫でている。

 

「く、そ――ぉ」

 

 ()()()()()()()()()()()。それが怖かった。全力全開でないはずなのに、あんなにちぎられた。あの怖気を出した瞬間は本気が見えたけど……スタートから第3コーナー、それから私を抜き去ってのラストスパート、全部流して走っていたじゃないか。

 

 なんてウマ娘だ、メジロマックイーン――これがある種の最強の完成形だと言うのか。

 

 地面に膝をついてしまい、敗北感も相まって立ち上がれない。脚がガクついている。どんどん姿勢が低くなってしまう。……マックイーンを自慢のスタミナでぶっちぎるどころか、彼女の代名詞であるロングスパートによって私のスタミナはすり潰されていたらしい。

 

 とみおとマックイーンが私の方に向かってきて、立ち上がらせてくれる。四肢が動かない。全力を出すなと言われていたが、いつの間にか負けたくない一心で本気を引き出されてしまったらしい。これは後で説教を食らっても文句は言えないな。

 

 とみおに汗まみれの顔を拭いてもらいながら、私はマックイーンに食ってかかる。その余裕綽々の表情がどうしても気に食わなかった。

 

「まっ……マックイーンさんっ……! 私、4000メートルなら絶対に負けませんから!!」

 

 マックイーンと天海トレーナーは顔を見合せて、きょとんとした。一瞬間を開けて、ぷっと2人は噴き出した。

 

 しまった、と思った。さすがに失礼に当たる行為だ。先輩にトレーニングを付き合わせておいて、この大口はかなりまずい。勝負事に熱くなりすぎてしまう私の悪い所がバッチリ出てしまった。

 

 しかし、天海トレーナーとマックイーンはにこにこ顔を崩さない。むしろ、闘争心溢れる私の態度を気に入ったようである。

 

「桃沢君、本当にアポロさんは良いウマ娘ね。普通、大先輩に遊ばれて、負けてなお食ってかかる子なんていないわよ。大体の子は心が折れちゃうもの」

「うふふ……アポロさん。(わたくし)は2000メートルでも4000メートルでも貴女に負ける気はありませんわよ?」

 

 すっかり頭も冷えて、私は天海・マックイーンコンビに対して首を縦に振ることしかできなくなった。

 

「さて、アポロさん。あなたの走り、クラシック級の初め――しかも病み上がりにしては素晴らしいものだったわ。弱点という弱点はほとんど無いに等しいし、正直……スタミナと根性を活かしたえげつないレースっぷりに、驚きを通り越して感心しているくらい。間違いなくG1タイトルに手が届く走りをしていると言えるでしょう」

 

 この模擬レースの目的は、マックイーンちゃんが間近で私の走りを見て、大きな弱点を探すことだった。だが、天海トレーナーは意外にも私を褒め称えるような言葉を並べた。マックイーンちゃんもうんうん頷いているし、これでは「アポロレインボウがメジロマックイーンに順当に負けた」という結果しか残らないではないか。

 

 思わず口を開こうとすると、天海トレーナーが私の口に人差し指を立てた。

 

「――でも、それは()()()()()()()()()()()。アポロさんの世代は化け物揃いだから……あなた程度の走りになら対応可能なウマ娘がほとんどよ。このままじゃ精々、クラシックG1に入着がいっぱいいっぱいかしら」

 

 私はうっと声を漏らした。私の走りに対応してくるウマ娘――例の『最強の5人』。スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー、グラスワンダー、エルコンドルパサーのことだ。敏腕トレーナーである天海さんに言われて、その事実が重く私の両肩にのしかかってくるのが分かった。

 

 私の走りに弱点がないと言ったくせに、G1レースを勝てないと? だったらどうすればいいのだ。私は歯噛みした。天海トレーナーはそんな私の様子を見て、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「ここでアポロさん、ひとつ質問をいいかしら」

「……質問?」

「あなた、()4()()()()()()()()()()()?」

「――!?」

 

 天海トレーナーの言葉に、私は脳髄をぶん殴られたような衝撃を受けた。最終コーナー序盤に見た、メジロマックイーンの幻覚。現実味のないあの光景は、誰もが見る共通の認識だったのか?

 

 私はマックイーンと天海トレーナーを交互に見た。マックイーンはスポーツドリンクで喉を潤わせていて、喋る役を天海さんに任せるつもりのようだ。

 

「アポロさん。ウマ娘というのは人々の想いを乗せて走るって、聞いたことはない?」

 

 ウマ娘の生体は科学によって解明されたわけではない。ただ、歴史的事実として『その想いの強さに呼応して強くなる』というものがある。それに追随するように、『ウマ娘は人々の想いを乗せて走る』なんて言われることもある。

 

「ありますけど……それが何か?」

「それを念頭に置いて、これから話すことを聞いて欲しいの」

 

 話が二転三転するから掴みどころがないが……困り眉になった私に、天海さんは数回咳払いしてこう続けた。

 

「……時代を作るウマ娘が必ず持ち合わせるものがあるわ。それは、ライバルと限界を超えた死闘を繰り広げた際に獲得できるとされる、()()()()()()()()()――()()()()()()。『領域(ゾーン)』と呼ばれる固有の技能(スキル)よ」

「……ゾーン……?」

「……実は、今日のトレーニングではそれを見せてあげたくてね。マックイーンも『領域(ゾーン)』を持ち合わせているから。マックイーンと戦った子は口を揃えてこう言うの。()4()()()()()()()()()()()()()()()()()……って。何か幻覚のようなものが見えた途端、雰囲気に呑み込まれて――抜き去られ、置き去りにされるって」

 

 にわかには信じ難い話だったが、信じるしかなかった。私が体感した第4コーナーの異常と共通するからだ。

 

「第4コーナーから襲い掛かる超速のロングスパート――これがマックイーンの『領域(ゾーン)』よ」

「…………」

「アポロさんの世代で言えば、キングヘイローさんがあと一歩のところで『領域(ゾーン)』に至ると私は見ているわ」

「……! キングちゃんが、やっぱり……」

「その様子だと心当たりがあるみたいね。ホープフルステークスで見せたあの末脚は、彼女特有の技能(スキル)が開花しかけたものだというのが私の見解。きっと、キングさんに()()()()()、スペシャルウィークさん、セイウンスカイさんもこれから開花していくでしょうね。……彼女達は、弥生賞で戦うことになるから」

「そ、そんな。それじゃあ、私は置いてきぼりじゃないですか!」

「……そう。あなたは置いてきぼりなの。ライバルとのレースを回避してたら、同世代の背中にスパルタトレーニングなんかじゃ追いつけなくなるわ」

「っ……」

「今日のトレーニングでは、あなたが目標に向かうためには単純な肉体の力だけではなく更なる力が必要――ということを伝えたかっただけ。スパルタトレーニングも悪いことじゃないけど、ウマ娘には()()()()がとても大切なのよ」

「…………」

 

 私がG1を勝つためには、『領域(ゾーン)』の開眼が必要。『領域(ゾーン)』の獲得のためには強力なライバルと戦うことが必要。

 その事実を突きつけられて、私は天を仰いだ。

 

 ……優駿への道は遠いみたいだ。





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寝娘 様から、2度目の支援絵を頂きました!
こちらはアポロレインボウが『俺』から『私』になる印象の違いをイメージして描いてくださった絵になります。
本当に言葉もありません。ありがとうございます。


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31話:バレンタインデー

 スパルタからの脱却と、『領域(ゾーン)』の獲得。それが私ととみおの早急の課題であった。もっとも、とみおは天海トレーナーに知恵を借りて普通のトレーニング方法を考案すれば、臨時的に問題は解決するのだけど……私の『領域(ゾーン)』についての問題が非常に厳しく立ち塞がってきた。

 

 開眼の方法が「ライバルとの戦い」と限定されすぎている上、ライバルと戦ったとしても確定で『領域(ゾーン)』を開眼できるわけではないのだ。もし確定でモノにできるなら、ホープフルステークスで間違いなく目覚めていただろう。

 

 ……2月の初旬に行われた1800メートルG3・きさらぎ賞にて、スペシャルウィークは圧巻のパフォーマンスを見せて勝利した。これで弥生賞に出走するウマ娘のほとんどが出揃ったことになる。あの5人の中から弥生賞に出走するのは――スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー。

 

 彼女達は弥生賞に出ることで、『領域(ゾーン)』に至る何かを掴んでしまうのだろうか。私を置いて、先に行ってしまうのだろうか。あまりにも歯痒い。

 

 私が出走する若葉ステークスに出てきそうな有力ウマ娘は……1着か最下位しか取ったことのないウマ娘、ディスティネイトだろうか。彼女は間違いなく重賞・G1級の実力を持つウマ娘だから、彼女と戦うことでもしかしたら何かを掴めるかもしれないが……私には引っかかることがある。

 

 ……『領域(ゾーン)』とは、恐らくゲームで言うところの固有スキルだろう。歴史に結果を裏打ちされた優駿のみが持ち合わせる、特有の個性。いや、固有スキルと言われるまでに()()()()()()とでも言うべきか。

 

 マックイーンが第4コーナーで見せた『領域(ゾーン)』は、ほとんどゲームのそれと変わらない幻覚と性能を見せた。ライバルと極限の死闘を繰り広げ、限界を超え。その結果作り上げた己だけの力。敵にさえ己の心象風景を見せてしまうほどの肉体・精神的強さ――それが『領域(ゾーン)』なのだ。

 

 この世界がある程度ゲーム内の設定を引き継いでいるなら、歴史に存在しなかった私やディスティネイト、グリ子なんかは固有スキルを持たない――もしくは持てないはず。

 

 天海トレーナーがそれを理解しているのかは不明だ。果たして彼女の言葉を鵜呑みにして大丈夫なのだろうか。非常に不安だ。それとも、そういった事情すら引っ括めて『限界を超える』ことができるのだろうか。

 

 それでも、私の存在を過大評価するとしたら――まだ希望はある。キングちゃんが『領域(ゾーン)』に目覚めたのは、スペシャルウィーク()()()()()()()()()との激闘の最中だからだ。ライバルを覚醒させることができたなら、私が覚醒できない道理はないとも考えられる。

 

 この理論で言うなら、モブウマ娘の私でも『領域(ゾーン)』を獲得することが可能だ。……多分、ネームドのウマ娘よりは厳しい道になるんだろうけど。

 

 私は明らかに軽くなったトレーニングをこなしながら、2月の寒空を見上げた。厳しい寒さと降り注ぐ雪は、生命にとっては絶望そのものだ。死の季節と言って‪も差し支えない。

 

 雪が積もった日には、白い雪の上で虫がひっくり返っていることがある。生きているか死んでいるかは分からないけど、まあ先は長くないなってのが分かる。

 

 モノの溢れた現代社会を生きるヒトやウマ娘においては、寒さや飢餓による死よりもむしろ火事による死の方が身近というのは皮肉であるが――それでも、遥か太古から苦しめられてきた『冬』という季節に、私達のこころが強く反応しているらしい。

 

 上手く言えないが――()()()()()()()()。ウマ娘の激しい本能が冬という季節に呼応して、精神が鋭く研ぎ澄まされている――気がするのだ。

 

 この本能の揺らぎにのっとって『領域(ゾーン)』覚醒のきっかけを掴むなら、リミットは春までだろうか? 過敏な時期に乗じて精神的な強さの起爆剤を獲得することができれば最高だ。

 

 世代のトップを争うに至り、私達の肉体にはほとんど差がない。違うのは技能と精神力だけ。私はもう、色んな人達の想いを背負って戦うフェーズに入っているのだ。

 

 

 さて、私達の課題が山積みであることには変わりないが――トレセン学園にバレンタインの季節がやってきた。2月13日は丁度オフの日にぶつかったので、思いっきりバレンタインの準備に勤しめるというわけだ。

 

 日本式のバレンタインデーは、いつの間にか、女の子が好きな男の子にチョコを渡すイベントになっていたわけだが、本来のバレンタインデーはもっと広義的だ。まず、贈り物がチョコである必要は無いし、渡す側の性別も関係ない。バレンタインデーとは、恋人や親しい人に花やケーキ、カードなど様々な贈り物を送る日なのだ。

 

 まぁ、ここまでうんちくを並べ立てたものの、結局のところ作ろうとしているのは手作りチョコだ。何だかんだ言っても、チョコを贈るのが一番思いが伝わりやすくて手っ取り早いからね。

 

 ……え? 義理か本命かって?

 そりゃ本命でしょ。ちょ、言わせないで欲しいんだけど。

 

 2月13日の朝、私は同室のグリ子を叩き起こした。

 

「グリ子! ほら起きて起きて!」

「んぅ……うるさい……」

「今日はトレーナーにチョコ作る日なんでしょ! 買い出し行くよ!」

「……! そ、そうだった! ごめんアポロちゃん、10秒待ってて! すぐ支度するから!」

 

 私の声にバッチリ目を覚ましたグリ子は、本当に10秒でパジャマから私服に着替えてしまった。果たして乙女がそれでいいんだろうか。

 

「そんなガサツなウマ娘じゃ、あんたのとこのトレーナーは靡かないでしょ」

「アポロちゃんが叩き起こしたんじゃん!」

「はぁ!? 10秒で支度するって言ったのはそっちじゃん!」

 

 お互いぎゃーぎゃー言いながら化粧を済ませ、買い出しのために近場のスーパーに向かう。ここでも買い込む板チョコの種類で喧嘩した。

 

 だって、グリ子が「ここはあえてホワイトチョコの方がいい!」とか言ったからしょうがないじゃん。普通のチョコで良いのにさ、奇をてらってホワイトチョコなんか選ぼうとするからトレーナーとの仲が進展しないんだよ。……まあ、この言葉はとみおとの仲が進展していない私にとってもブーメランだけど。

 

 揉めに揉めつつ、最終的に普通の板チョコをたんまり買った私達は、Webサイトを見ながらお菓子製作を始めた。私達が作るお菓子はアレだ。あの……ほら。アルミホイル容器に包まれたチョコケーキみたいなやつ。

 

 お菓子作りの過程は大幅に省略させてもらう。グダグダしまくりで目も当てられなかったからね。

 

 こうしてお菓子が完成間際になると、私はチョコにおまじないをかけ始めた。手作りのものに気持ちを込めると良いとか、そういう迷信じみたことを信じているわけじゃないけど……今だけは頼ってみようと思ったのだ。

 

 ありがとうの気持ちと、淡い恋心に気づいて欲しいという少しの期待をチョコに込める。手を添えて、ふんわり包み込んだ。言うまでもなく、照れくさくなって、すぐにやめた。

 

 完成したのは、ガトーショコラっぽいお菓子。見た目は不細工だが、味は及第点だった。既製品のチョコを砕いて作ったのだから、不味かったら料理下手なんてレベルじゃない。

 

 さて、次はこれをどうやって渡すかだけど……どんな感じで渡せばいいのだろうか。普通に「いつもありがと。今日はバレンタインデーだから」と言って、何の気負いもなく渡すべき? それとも、「これ本命ですっ!!」みたいな感じでやるべき?

 

 いや〜……今告白するのはナシかな〜……。とみおは私の好意に気付いてはいるだろうけど、ここまでラブなのは分かってないだろうし、とみおが私に好意を持ってたとしても娘に対する好意みたいなものだろうしね……。

 

 今の私は残念ながら子供だ。女性って感じじゃない。精神的には若干大人びているかもしれないけど、私の身体ってちんちくりんだし……。まぁ、とにかくナシだ。流れでいい感じに渡そう。

 

 グリ子はかかり気味になって「明日告白する!!」って言ったけど、何とか宥めてやった。グリ子のトレーナーさんはチームのトレーナーだから恋敵は多いけど、上手いこと頑張ってほしいものである。

 

 

 ――2月14日。放課後のチャイムが鳴ると、私は辺境のトレーナー室に向かった。毎度毎度本当に遠い道のりだが、今日ばかりは楽しかった。何故なら、ラッピングされたお菓子らしき物を持ったウマ娘がめちゃくちゃいたからだ。

 

 顔を真っ赤にして扉の前をうろついたり、ヤバい子になると廊下の壁に額を打ち付けて悶え苦しんでいる子もいた。……多分そういう子は、卒業を間近に控えたシニア級以降のウマ娘だ。玉砕覚悟のワンチャンスに賭けて、一世一代の告白をしようというのだろう。

 

 ……まぁ、3年以上も付き添ったかけがえのないパートナーだ。そりゃ好きにもなるよ……ってことで、私は声をかけずとも、扉の前で苦しむウマ娘達に心の中でエールを送った。卒業したウマ娘と結婚するトレーナーは多いし、学生の私達にもチャンスはある。精一杯気持ちを伝えてきな……と。

 

 ニヤニヤしながら、私はとみおのいる部屋の前に立つ。周りの部屋は物置倉庫だったり空き部屋だったりするので、私の周囲にウマ娘はいない。つまり、とみおを狙うウマ娘は私ひとり。とみおの恋のレースはアポロレインボウの独走状態というわけ。ガハハ勝ったな、と私は扉を開ける。

 

 ――そこには3つの包装された小箱を持ったトレーナーがいた。

 私の中の前提が崩れ去る。明らかに高級そうなお菓子も混じっているではないか。あれは間違いなく本命チョコ……! ……誰だ? 私のトレーナーを掠め取ろうとする不届き者は。

 

「授業おつかれ、アポロ。今日もトレーニングがんば――」

「――何? そのチョコ」

「え」

 

 私はバッグをソファに投げ捨てて、デスクにずいと詰め寄った。とみおがびっくりしたように身を引く。しかし、向こう側が壁のため逃げ場はない。もう一段階距離を詰める。とみおは戸惑いながらも私の質問に答えてくれた。

 

「あぁ……同僚に貰ったんだよ。今日、バレンタインだからさら」

「3つあるけど、誰に貰ったの」

 

 彼の顔に、デスクからすくい上げた3つのチョコを突きつける。左から、高級チョコ、高級クッキー、高級ゼリーの詰め合わせ。ふざけるな。めちゃめちゃ狙われてるじゃん、私のトレーナー。

 

 私はとみおの頬を挟み込む。「んぶ」と間抜けな声がした。ぐりくりと手のひらで頬をこね回し、「誰に貰ったの」ともう一度問いただした。

 

「アポロには関係」

「誰に貰ったの」

 

 何故か答えるのを躊躇っていたので、私は鋭く睨みをきかせた。すると、彼は観念したようにお菓子の贈り主を呟き始めた。

 

「……こ、これは桐生院さんに貰った義理のやつ。こっちも天海さんに貰った義理のやつ。で、こいつは……その。駿川さんに貰ったチョコです……」

「…………」

「な、なんでそんなに怒ってるんだよ……」

「……怒ってないけど?」

「いやいや、尻尾と耳で分かるんだよ……」

 

 高級クッキーは桐生院ちゃんに貰った()()()()()()らしい。桐生院ちゃんはでかい家の人らしいし、みんなに配る用のお菓子にお金をかけるのは容易に想像できる。そして、桐生院ちゃんはとみおにある種の憧れを抱いているが、恋心じゃないのは分かっているから……このお菓子に関しては良しとしよう。

 

 次、高級ゼリーの詰め合わせは天海トレーナーに貰った()()()()()()と言った。……天海さんはとみおの師匠に当たる人だ。あれ、天海さんって結婚指輪してたっけ……あちゃ〜覚えてないや……。でも、天海さんからとみおに対する感情は弟に向けるそれに似ているし、彼女はあまり嘘をつくような性格とも思えない。義理というのは信じてもいいだろう。高級ゼリーの詰め合わせというのは、スイーツ好きらしいマックイーンちゃんのセレクトなのだろうか。まあこのお菓子に関してもいいだろう。

 

 だけど。だけどさぁ。駿川たづな! 何ですかこの『ガチ』な高級チョコは!! ハートマーク型のチョコにぃ? 赤いリボン付けてさぁ!? 完全に本命チョコじゃん!! 「私はトレーナーさんのサポートに徹します」みたいな雰囲気醸し出しつつ、しっかりと私のトレーナーを狙ってるんですね!

 

「……駿川さんのチョコ、これ本命に見えるんだけど」

「う、うぅ……ごめん。こういう経験に乏しくて、どうもよく分からないんだ。たづなさんは『バレンタインですから』みたいなことしか言わなかったけど……」

「……()()()()()?」

「あ」

 

 私の言葉にとみおが凍りつく。……いや、凍りついたというのは私の主観か。どちらかと言うと、何かを思い出したかのような反応だった。彼は斜め上を見上げながら私に話し始める。

 

「……結構前のことなんだけど。2人でお出かけしつつトレーニング理論を語ってるうちに、いつの間にか朝になっちゃったことがあってな……その時にたづなさんが『駿川ではなくたづなとお呼びください』って言ってきて。それ以降、あの人のことはたづなさんって呼んでるんだ。他意はないよ」

 

 下の名前呼びをしたから驚いたが、そうか……う〜ん……。たづなさんに関してはミステリアス過ぎるし、何を考えているか分からないのが正直なところだ。ただ、あえて何かを匂わせるような行為をするイメージがある。とみおと絡んでいるところを見ることは稀だし、これは彼女が私に向けたイタズラ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろうか。いや、考えすぎか……?

 

「でもさアポロ、何でそんなに怒ってるんだ? 別に俺が誰にチョコを貰おうと関係ないだろ?」

「〜〜っ、う、うるさい! 関係あるの! こっちの都合で!!」

 

 とみおの思わぬ反撃に早口になりつつ、ソファに投げ捨てたバッグから包装された小包を取り出した。後ろ手にそれを隠して、上目遣いでチラチラとトレーナーを窺う。とみおは察し悪く首を傾げていた。

 

「……と、トレーナー。これ、手作りのガトーショコラ……」

「えっ」

「良かったら食べてよ。…………ぎ、義理だから!」

 

 私は彼の瞳を見られないまま、それを押し付けるようにして手渡した。フンと鼻を鳴らして、照れ隠しに腕を組んで後ろを向く。チラチラととみおの様子を見ると、彼は双眸を大きく見開いて歓喜に打ち震えていた。

 

「――嬉しいよ、アポロっ! あ、あはは……まさか手作りのお菓子を貰えるなんて。人生で初めてだ。なぁ、今、食べてもいいか?」

「え、いいけど……あっ……」

 

 とみおは丁寧に包装を解き始める。緩く糸で結んだ口を開いて、彼の指先が中に入っていたガトーショコラを探り当てた。ゆっくりと上ってくる私のお菓子。彼は宝石でも観察するように、ゆっくりとそれを天に掲げて回転させ始めた。

 

「……美味そうだな」

 

 とみおの喉仏が、ごくりという音を立てて動く。成人男性に送るにしては小さすぎたかもしれない。グリ子がチームメイトにあげる用に結構な量を持って行ってしまったから……後悔してももう遅いか。

 

 中に入っていた、使い捨ての小さなプラスチック・スプーンを取り出すとみお。スプーンの先が、しっとりとしたガトーショコラの表面を突き刺した。彼が軽く動かすと、ガトーショコラは綺麗な曲面を描いて抉れた。こうして見ると、上手い感じに柔らかく仕上がったみたいだ。私は内心ガッツポーズを決める。

 

 とみおの口に運ばれていくガトーショコラ。はむ、という音を立てて、私のチョコが彼の口に収まった。とみおは目を閉じて何度も咀嚼している。いつまで経っても感想を言わないものだから、美味しくなかったのかも、という最悪の可能性まで考えてしまう。

 

 数十秒経ってやっと彼が口を開く。トレーナーの口から出てきた言葉は、私が最も欲していた言葉だった。

 

「……ん。本当に美味しいよ、アポロ。手作りなんて大変だったろ? ありがとうな」

 

 そう言ってとみおは私の頭を撫でてくれた。心臓が飛び出しそうになって、尻尾がピンと上を向く。ごつごつした彼の手の感触を楽しみつつ、私はウマ耳を横に倒して「もっと撫でろ」と暗に示した。

 

 ――こころが、熱くなっていく。恋心が激しく燃焼して、こころの壁のあちこちにぶつかって、爆発しそうになる。

 

 厳しい冬の季節によって、過敏になっているせいなのだろうか。私のこころはこれまでにないくらい、大きく揺らがされていた。

 

 

 

 何かが爆発しそうな予兆を感じさせつつ、私達の2月は終わりを告げ。

 

 ――いよいよ3月がやってくる。



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32話:寒さの残滓、桜の開花

 3月と言えばすっかり春のイメージだが、寒い日は真冬の残滓を感じさせるほどに気温が低くなる。たまに雹が降る時もあるし、防寒具が手放せない日が続く――そんな季節が3月だ。

 

 3月の異称として『弥生』が使われることがあり、これは旧暦3月の旧称として用いられてきた。そして、その弥生の名を冠する競走が――G2・弥生賞。クラシック戦線に直結する重要な前哨戦として位置づけられており、本レースの1か月後に行われるG1・皐月賞のトライアルレースとして知られている。

 

 3月に行われる弥生賞はしっかり『弥生』賞なのに、4月に行われる皐月賞はどうして『皐月』賞なのか。どっちかと言うと卯月賞の方がしっくり来るのではないかというツッコミはともかく――

 

 3月2週目の日曜日、弥生賞がやってきた。

 私ととみおは中山レース場に、いち観客として入場した。テレビやネットニュースで『今年のクラシック級が熱い!』とぶち上げられていたらしく、観客の入りが凄まじい。私達が乗った電車はパンパンだったし、何なら船橋法典駅からここまでの道は蟻の行列みたいになっていた。トライアルレースで集まる観客の数じゃないってば……。

 

 こんなに客入りが多い理由は、昨年のホープフルステークスと各メディアの盛り上げによるものだろうか。昨年のホープフルステークスは重バ場にしてレコードタイムに迫る激戦だった。間違いなく暴走気味にレースを引っ張った私のせいなんだけど……観客は「あのホープフルステークスの熱戦をもう一度!」という気持ちで中山レース場に訪れてきたようだ。

 

「はぁ……マジ最悪なんですけど……」

 

 せっかくのお出かけだから、と髪の毛を整えてお化粧してきたのに、人波に揉まれて髪の毛がめちゃくちゃになってしまった。何とか顔はガードしたが、せっかくのゆるふわボブカットが台無しである。

 

 私はウマホの内カメラで髪の毛を直しつつ、事前にチケット購入していたというスタンド席に陣取った。とみおがバッグからお茶を取り出して、持ってきた紙コップに注いだ。ありがたくそれを受け取って、喉を潤す。

 

「アポロ、すごい髪跳ねてるよ」

「この混み具合じゃ仕方ないとはいえ、びっくりするくらい乱れちゃった」

「ちょっと触って直してもいい?」

「ん……いいよ」

 

 とみおが後頭部付近の跳ねた髪の毛を直してくれている間、私は公式サイトから弥生賞の出走表を見た。

 

 出走したウマ娘は、フルゲートの16人には及ばない13人。フルゲート割れのため、多分私の出走は可能だったんだけど……それはもう運が悪かったと割り切るしかない。弥生賞に出走濃厚とされていた、重賞ウマ娘達はどこに行ったのだろう。賞金的に弾かれることは無いはずだという考えから、皐月賞に直行したのだろうか。

 

 以下、出走表である。

 

 1枠1番、9番人気サーキットブレーカ。

 2枠2番、8番人気アクアレイン。

 3枠3番、1番人気キングヘイロー。

 4枠4番、12番人気リボンバラード。

 4枠5番、13番人気メイクユーガスプ。

 5枠6番、6番人気ビワタケヒデ。

 5枠7番、4番人気ブラウンモンブラン。

 6枠8番、5番人気ワークフェイスフル。

 6枠9番、7番人気デュアリングステラ。

 7枠10番、3番人気セイウンスカイ。

 7枠11番、10番人気セプテントリオン。

 8枠12番、11番人気チューターサポート。

 8枠13番、2番人気スペシャルウィーク。

 

 ――遂に、98年当時の三強が揃い踏みである。

 

 キングヘイローの1番人気は、去年のホープフルステークスを勝利した実績と実力を買われてのものだろう。残り200メートルから見せたあの衝撃的な末脚は、ファンの脳裏に強く焼き付いているはずだ。無論、間近でそれを見ていた私だって忘れられない。スペシャルウィークも驚いただろう。あの、泥塗れでダートのような重バ場を掻き分けて、私達を抜き去った()()()のような末脚には。パワフルで、泥臭くて、一生懸命で、あんまりにも美しい『領域(ゾーン)』の片鱗……今日も爆発するのだろうか。楽しみである。

 

 スペシャルウィークは大外枠からのスタートだ。先月のG3・きさらぎ賞を圧巻の走りで完封したことを評価され、キングヘイローと僅差の2番人気。大外枠の彼女は、十中八九差しの作戦を取るであろう。先行だと無駄に脚を使わされるからだ。差しの位置につけたスペシャルウィークは、きっと内枠スタートのキングヘイローをマークするはずだ。あの末脚をどうやって封じるか見ものである。

 

 3番人気のセイウンスカイは外枠からのスタートになる。得意脚質が逃げしかない彼女にとっては逆風の枠番だが、これがどう出るか。1月に行われたG3・京成杯では驚異的なラップタイムを刻み、見事な『作戦勝ち』を収めた彼女が、今日の弥生賞でどんなレースを見せてくれるのか……頭の回転が早い彼女がこの逆境に向かう様には要注目だ。

 

 そして、三強以外にも気になるウマ娘が2人いる。ビワタケヒデとブラウンモンブランだ。

 

 黒鹿毛をショートにしたウマ娘……あれがビワタケヒデだ。ビワタケヒデといえば、ナリタブライアン・ビワハヤヒデの兄弟で、福島で開催された重賞・ラジオたんぱ賞を制した馬だ。確か、父がブライアンズタイムで母がパシフィカス……つまりナリタブライアンの全弟にあたるのか。今になって思い出したが、なるほど……98年世代と同世代だったようだ。この子は若葉ステークスにも出てくるから、要注意だな。

 

 そして――ブラウンモンブラン。私が怪我によって出走を取り止めた若駒ステークスでの勝ちウマ娘。トライアルの登竜門たる若駒ステークスを制したのだから、やはり弥生賞に出てくるか。若駒ステークスでの圧巻の走りをここでも見せられたなら、十分な勝ち目はある。その期待は4番人気という数字にも現れている。頑張って欲しいものだ。

 

 真剣な目で画面の出走表に目を通していると、私の芦毛を触っていたとみおの手が止まった。ぽんぽんと肩を叩かれたので、私は彼の方に振り向く。

 

「はい、直ったよアポロ。俺にしては結構上手くできた方だと思うんけど、どう?」

 

 私はカメラを使って自分の後頭部付近を見る。2、3枚ほど写真を撮り、ボブカットのご機嫌を窺う。……うん、中々いいじゃん。これなら及第点を上げられる。

 

 私はとみおに向き直って、「ありがと」と微笑んだ。だが、彼はずっと私の頭から視線を離さない。少し不気味に思って、私はウマ耳やボブカットのふわふわを気にし始めた。

 

「……な、何かついてる? それとも、またどこか跳ねちゃってる?」

「あ、いや。別になんでもないんだ」

「ほんとに?」

「うん。髪の毛は全然乱れてないよ」

 

 とみおがそう言うので信じることにする。私はすっと両手を下ろし、ほっと胸を撫で下ろした。その様子をどう受け取ったのか、とみおは申し訳なさそうに頬を掻いた。

 

「ごめんね、不躾にじろじろ見ちゃって」

 

 ……とみおにはこういうところがあるのだ。変なところで遠慮して謝る癖が。私はとみおになら全然見られても構わないのにさ。いや、あまりにも注視されると恥ずかしいけど……ウホン。

 

「…………になら、別にいいよ」

「え? 何か言った?」

「や、や――何でもない!! ほら、お昼ご飯食べに行こ!!」

 

 私はサッと立ち上がり、とみおの背中を押した。各レース場のスタンド内にはフードコートがあり、お昼ご飯なんかが食べられるのだ。とにかく、先の失言よりも食事に意識を向けるべく、私は早歩きで彼の背中を押し続けた。

 

 

 中山レース場のスタンド内、地下一階フロアにて。私達が選んだお昼ご飯は、中山レース場を代表する売店のうどんとそばである。

 

 ここを選んだ理由は、金のかかる女だと思われたくなかったからじゃない。普通にそばを食べたい気分だったからだ。

 

 カウンター席に座った私達は、背後で渦巻く混雑具合にはらはらしながら、ほっとひと息ついた。ここの売店は、うどんとそばを売っている性質上、客の回転が早い。背後にずらりと並ぶお客さんに急かされる気持ちになるが、私はそばを、とみおはうどんを注文した。

 

 座れる時間はあんまり長くなさそうだ、と辟易していた時、とみおが急にこんなことを言い出した。

 

「アポロ、香水つけてる? 凄く良い匂いがするから、さっきから気になっててさ」

「え」

 

 彼の言葉に、どきりとした。そう言えば、先程髪の毛を気安く触らせていたんだった。そりゃ、あんなに髪をベタベタ触ったら、どれだけ鈍い人でも気付くのだろうけど……いざ面と向かって言われるとびっくりしたし、何より嬉しかった。

 

「つ、付けてるよ。とみおでも分かるものなんだね」

「あはは、返す言葉もないよ。でも俺、香水には疎くて。それ、何の匂いなんだ?」

「えっと……確か、桜の花、かな」

「桜……なるほどね」

 

 私がつけているのは、メジロパーマーちゃんに貰った流行の香水だ。私自身、香水はあんまり好きじゃないんだけど……パーマーちゃんにこう言われたのだ。

 

 ――もし好きな人とか気になる人がいるなら、「匂い」から印象づけていくといいよ――と。

 

 先輩に発破をかけられては引き下がれない。ということで、私もたまに香水をつけることにしたのだ。と言っても、トレーニングの日はこの香水をつけていない。とみおとのお出かけの日にしかつけたことが無いんだよね。

 

 匂いというのは案外頭に残る。パーマーちゃんは、微かに香る女性らしい柔らかな匂いを。ヘリオスちゃんは、その快活さを表すような爽やかな匂いを。マルゼンちゃんは、ナウいヤングにバカウケな匂いを。マックイーンちゃんは、気高さや気品の高さを窺わせるような淡い匂いを、それぞれほんの僅かに漂わせていた。

 

 匂いから印象づけるというのはこういうことなのだろう。街で似たような香りを嗅ぐと、私は彼女達の顔が頭に浮かぶのだ。もしこの心理を私のトレーナーにも転用できるなら、やらない手は無かった。

 

「やっぱ、春と言えば桜だもんね。俺の好きな匂いだ。まだ結構寒いから、本物の匂いを嗅ぐのはしばらく先になりそうなものだけど……」

 

 とみおに褒められて、私のウマ耳がぴくぴくと反応した。にやける口元を見せたくなくて、口元を抑えて俯く。想像以上に嬉しくて、ライバル達のレース前だと言うのに、脳みそが恋愛方面に吹っ飛んでいってしまっていた。

 

 私が纏った桜の香水は、甘酸っぱさや柔らかさを感じつつも、くどくない花の香りを漂わせるものだ。香水が苦手な私でも気軽に纏える初心者向けの香り。もちろんパーマーちゃんのような上級者が使うことも大いにあるけどね。

 

 香水を嫌う男性は案外多いらしいから、気に入ってくれて本当に良かった。でも、調子に乗ってあんまり強い香りにすると、とみおも引いちゃうかもしれないな……量が増えないように気をつけないと。

 

 パーマーちゃんにも釘を刺されたものだ。『ほのかに香る程度が一番だよ。近づいた時に、ほんの少しだけ分かるくらい。これがベスト!』……って。ちゃんとメモっといて良かった〜。

 

 私は脳死状態になりながら、今朝のニュースで聞いた桜についての話題を適当に口ずさんだ。

 

「こ、今年の桜、気温の関係で、咲くのが遅くなるんだってさ」

「へぇ〜。まぁ、今年はエルニーニョ現象が起きてたからな〜」

「え……エル? エルちゃんがどうかしたの?」

「あはは。エルコンドルパサーは関係ないよ。ま、気にしないで」

「何それ。とみおだけずるいよ。気になるから教えて?」

 

 とみおはくつくつと笑った後、私にうんちくを話し始めた。

 

「アポロ。桜と言うのはね、寒くならないと芽吹くのが遅くなるんだよ。つまり、今年みたいな暖冬だと開花が例年よりも遅れちゃうわけ」

「え、嘘。暖かい冬ならその分、春になるのも早いはずだから……桜が咲くのは早くなるはずじゃないの?」

「生命ってのは不思議なんだよ。桜が綺麗に咲き誇るためには、うんと寒い期間があって……エネルギーを溜め込まなきゃダメなんだ」

 

 とみおは料理がいつ来るのかを気にしつつ、つらつらと話を続ける。

 

 ――桜というのは、花が散った前年の夏から秋にかけて、来年花を咲かせるための蕾――『花芽(かが)』を作るのだという。その花芽は冬になると休眠に入り、成長を止める。その後、一定期間冬の低温に曝されると、低温によって花芽が休眠から目覚めるのだとか。

 

「……これが休眠打破っていう現象。ま、頭の片隅に置いておいてよ」

 

 彼は遠くを眺めるように瞳を細める。桜についての知識を語るトレーナーの姿が、何だかこれまでの彼とは違って見えた。

 

 ――休眠から目覚めた花芽は、気温の上昇に呼応して成長していくらしい。つまり、桜の開花は休眠打破の時期と休眠打破後の気温によって決まるのである。

 

 休眠打破が早く、その後の気温が高くなれば開花時期は早くなり……逆に休眠打破が遅く、その後の気温が低くなれば開花時期は遅くなってしまう。そう――桜の開花には、春の暖かさだけではなく、冬の厳しい寒さも必要なのだ。

 

 そして、先程とみおが言及していた『エルニーニョ現象』は、簡単に言えば暖冬冷夏になる現象のこと。つまり、桜の開花と合わせて考えると以下のようになる。

 

 エルニーニョ現象が起きて暖冬になってしまうと、休眠打破が鈍くなる。休眠打破が順調に進まないと、春に気温がいくら上がっても遅れが取り戻せず、開花の時期が遅れる――というわけだ。

 

「不思議だよね。厳しい寒さに曝されないと、目覚めが遅くなっちゃうだなんてさ」

 

 私はとみおの話に聞き入っていた。エルニーニョ現象も、桜の開花も、全て繋がっているのだ。それと、「うんと寒くならないと桜の開花が遅れてしまう」という言葉が、やけに鮮明に頭の中に残っていた。

 

 今の私は5戦2勝。この戦績以上に負けてきたし、失敗を重ねてきた。数々の選択を誤ってきた自覚もある。メイクデビューでは最終コーナー付近で遠心力を殺し切れず、僅かに外に膨らみ――ジャラジャラちゃんに付け入る隙を与えてしまった。その結果事故が起きた。事故のトラウマを治すために何ヶ月を要したのだろうか。あれさえなければ、私は順調に経験と賞金を積み上げることができたはずだ。しかし、そうはならなかった。ホープフルステークスに負け、若駒ステークスは溜まった疲労による怪我で回避せざるを得なかった。今日の弥生賞だって、フルゲート割れを予測できていれば――私はあの舞台に立っていたのだ。

 

 迷いに迷って、中途半端になって。トレーナーと一緒に苦しみもがいた結果、今の私がいる。

 

 でも、存外今の自分は気に入っていた。間違えまくって、失敗しまくって、それでも前に進めている自分。厳しい時期に耐えて、何とかやりくりできている自分。

 

 メイクデビューの事故がなかった世界の理想の私はどうだっただろう。どっちにしても、壁にぶつかっていた気がする。いや、むしろ成功を重ねていた分、ショックの大きさに耐えきれず、立ち上がれなくなっていたかもしれない。

 

 案外いるものだ。小さい頃からエリートだったウマ娘が()()()()()に打ちのめされ、折れてしまうなんてことは。

 

 まぁ、私はエリートでも何でもないから、そこら辺とは無縁のウマ娘だ。成功しなくてよかったとは思わないが、最近は失敗を重ねてきてよかったという心境になりつつある。

 

 今の私は、桜の開花に例えられそうだなぁ。襲いかかる逆境に耐え忍んできたからこそ、己の中に疼く開花の予感を感じることができている。

 

 やってやる。この弥生賞を見て、そして若葉ステークスを走って、私は――……!

 

「アポロ、料理が来たよ〜」

「え? あ、ほんとだ」

 

 とみおの言葉に現実に戻ってくると、いつの間にか私の注文したそばがテーブルに置かれていた。とみおは美味しそうにふーふー言いながら、うどんを啜っている。

 

 食べ比べするために、私も違ううどんを頼めば良かったかなぁ。そんなことを思いつつ、私は箸でそばを持ち上げた。なんてことのないそばだったけど、やけに美味しく感じた。



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33話:観戦!弥生賞!

 そばを食べ終わって、ちょっと足りなかったかなぁと思わなくもない昼下がり。いよいよ弥生賞のパドックが始まろうとしていた。

 

 中山レース場のパドックに押しかけた私達は、人垣を掻き分けて先頭に躍り出た。柵に寄りかかり、見知った顔に向けて手を振る。スペちゃん、キングちゃん、セイちゃん、ブラウンちゃんが私の存在に気付いて目を見開いた。

 

 今日初めて目にしたみんなの目は、轟轟と流れる瀑布の如く闘志に燃えていた。体操着を着ているはずなのに、その身に勝負服を纏っているのではないかと幻視してしまうほどだ。

 

『1枠1番、サーキットブレーカ。9番人気です』

『この評価は不満でしょうか。彼女の走りに期待したいところです』

 

 ゼッケンを着用したサーキットブレーカが、微笑みをたたえながら私達観客に手を振る。私は彼女のオーラにたじろいだ。思わず隣のとみおの袖を摘んで、不安を露わにする。

 

「……この子が9番人気って、嘘でしょ?」

「いや、本当だよ。彼女は重賞戦線で入着を繰り返してきた優秀なウマ娘だけど、この弥生賞においては一歩劣るって評価が妥当だね」

 

 13人中の9番人気。人気は決して高くない……いや、それどころか下から数えた方が良いくらいの人気だ。それなのに、サーキットブレーカの肉体は非常に高い完成度を誇っていた。一見しただけなら、G1ウマ娘と見紛うほどの均整の取れた身体。しかも、気合いのノリも良い。彼女の全身からはとんでもない熱気が噴出している。

 

 スペちゃんやキングちゃん達の実力をよく知っている私でも、もしかしたらサーキットブレーカが勝ってしまうのではないか――と思えてしまう。彼女よりも人気のあるウマ娘が8人もいるだなんて、この弥生賞はどうなっているんだ。私はお披露目台から去ったサーキットブレーカを見送って、次なるウマ娘を待った。

 

 続いてお披露目されたのは、8番人気のアクアレイン。先程のサーキットブレーカよりもひとつ人気が上だ。

 

『2枠2番、アクアレイン。8番人気です』

『前走では後続を最終コーナーで突き放す圧勝劇を見せてくれました。好位置から前を捕まえるレースぶりに期待しましょう』

 

 両手を大きく振って観客に仕上がりの良さをアピールするアクアレイン。彼女の周囲に漂う熱気もまた、G1ウマ娘級のそれだ。毛艶も素晴らしいし、トモの張りも良い。凹凸が僅かに見える脚の筋肉は、13人の中でも断トツで鍛え抜かれているのではなかろうか。

 

 この弥生賞、とんでもなくレベルが高い。最終直線での競り合いが楽しみだ。私はぶるる、と身震いした。

 

 とみおはそんな私を見て何を勘違いしたのか、私の緩まったマフラーを巻き直してくれた。変なところで気を遣うのは彼の良いところでもあり悪いところでもある。

 

 まぁ、気温は3月にしては非常に低い9度。曇りの良バ場とはいえ、いつ雪や雨が降り出すか分かったものではないし、私の身体を気にしてくれるのは嬉しい。

 

「ありがと」

「おう」

「……ねぇ、とみお。私がこの弥生賞に――……いや、何でもない。忘れて」

「…………」

 

 私がこの弥生賞に出ていたら、勝てていたのかな? そう聞こうとしたが、どう考えても無駄な質問でしかない。私は口を噤んで、次のお披露目の番に当たるキングちゃんを見た。

 

『3枠3番、キングヘイロー。1番人気です』

 

 顎の下に手を当て、高笑いするように背を反らすキングちゃん。観客に対するアピールが終わると、彼女の闊達な笑顔が私を捉えた。

 

 ――アポロさん、私を見ていなさい。そう言っているような表情だった。

 

『気合いは充分! 身体の仕上がりも申し分ありません。ホープフルステークスで見せてくれたあの豪脚がまた炸裂するのか? 私イチオシのウマ娘ですよ』

 

 ……()()()()。キングちゃんを見た瞬間から、私は桁違いの迫力に圧倒されていた。めらめらと燃え盛る闘志、体操服の上からでも分かる()()()()()。全てが高水準――いや、最高水準にある。後ろに控えているスペちゃんやセイちゃんですら、ここまでの仕上がりを保てているわけではない。あまりにも眩しい。キングちゃんの身体がきらきらと輝いて見えるほどだ。

 

 史実ではスペシャルウィークとセイウンスカイに敗北したはずだが、もはやそんなことは頭の中から吹っ飛んでいた。これが弥生賞最有力候補のウマ娘。1番人気の迫力なのだ。

 

 とみおに彼女に関しての分析をしてもらうべく、ねぇ、と声をかける。しかし、彼は私の目をしかと見て、一言こう言ったのだった。

 

「――あの中にアポロがいても、間違いなく勝っているさ」

「えっ」

 

 きょとんとして、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。初めは彼の言葉の意図が分からなかったが、すぐに理解した。数分前、私が口に出さなかった疑問に答えてくれているのだ。

 

「君が頑張ってる姿は誰よりも俺が知ってる。どんな敵が立ち塞がってきても、アポロレインボウが勝つ……俺はそう信じてる」

 

 彼の読みが外れていたら意味不明な言葉だっただろう。しかし、彼は私の心を寸分の狂いなく読み取ってくれた。まっすぐな双眸が私に向けられている。嬉しく思うと同時、尻尾の付け根の辺りがとてもくすぐったく感じた。

 

「……カッコつけすぎだっての」

「いいだろ、別に」

「……まあね」

「で、キングヘイローのことを聞きたいのか?」

「そうそう。やっぱ1番人気なだけあって、キングちゃんが勝つのかな?」

「う〜ん……」

 

 とみおはパドックに目をやる。

 

『5枠6番、6番人気のビワタケヒデです』

『彼女はこの春一番の上がりウマ娘ですよ。勢いに乗って、初の重賞制覇なるか。要注目です』

 

「……いや、キングヘイローの仕上がり自体は素晴らしいんだが、今年は一度もレースをしていないから……そこが大きな不安材料だな。休養明けでレース間隔が空きすぎているんだ」

「じゃあ、今年に入って重賞を勝ったセイウンスカイかスペシャルウィークが来るって言いたいんだ?」

「そうなるな。逃げの脚質がセイウンスカイしかいないのは、緻密なラップタイムを刻む彼女にとっては追い風だ。ただ、外枠のスタートだからそれがどう出るか……。あと、スペシャルウィークのマークする相手によって結果が変わってくるだろうな」

「マーク相手……?」

 

『5枠7番、ブラウンモンブラン。4番人気です』

『トライアルの登竜門、若駒ステークスの勝ちウマ娘です。あの時見せた好位先行の作戦を、この厳しいメンバーの中でも繰り出せるか? 充分に勝ち目のあるウマ娘ですよ』

 

 スペちゃんのマークする相手……考えられる選択肢としては、キングヘイローかセイウンスカイだ。単騎逃げを決め込むであろうセイウンスカイをマークすることは考えられるけど、スペちゃんは去年のホープフルステークスの敗北が頭に残っているはず。しかも大外枠のスタートだ。先行ではなく差しの作戦を取るのが、鉄則的に丸い。外枠から脚を使ってでもハナを取りに行くセイちゃんとは違って、スペちゃんはレース序盤に脚を温存するだろうから――スペちゃんがマークする敵はキングちゃんだろうか。

 

 では、内枠スタートのキングちゃんは誰をマークするのか? 先行策を取ってセイウンスカイを捕まえる? それとも、スペちゃんとお互いマークする形になる? いや、キングちゃんの武器は、マーク戦法でも先行策でもない。残り200メートルで爆発する超一流の切れ味だ。しかしこれは、己のペースを一度でも見失えば発動することのできない諸刃の剣でもある。

 

 私だったら、その武器を活かすためにはどうするか。導き出した答えは――『自分の走りに徹する』ことだ。キングちゃんは恐らく、誰もマークせずに自由に走る。スペちゃんや他の子にマークされようと、ずっと前だけを見て、最終直線の刹那に全てを賭けるだろう。

 

 自分の走りに徹するという意味では、セイウンスカイも同じか。一応スペちゃんキングちゃんを気にしつつ、自分のペースを刻んで後続を封じ込める。マークしても持ち味は充分に発揮できるだろうが、自分だけに集中するのが最も良さが出るだろうからね。

 

『7枠10番、3番人気のセイウンスカイです』

『1月のG3・京成杯を勝った無敗のウマ娘ですか。彼女お得意の逃げがこの外枠から炸裂するのか。見ものですねぇ』

 

 パドックを見ると、丁度セイウンスカイが手を振っていた。私と目が合う。彼女はふにゃふにゃした笑みを浮かべつつ、すぐに目を逸らした。

 

 ……私を意識しているのか、それとも……オープン戦すら勝っていない私には興味がないということか? いや、目の前のライバルに集中したいという気持ちの現れ――もしくは、そもそも目が合っていないか、そのどれかだろう。まぁ、いい。私が目に焼き付けるべきは、彼女の仕上がりとその走り。一筋縄ではいかないトリックスターの尻尾を掴まえるべく、今はどれだけでもデータが欲しい。

 

 三強が揃った舞台で見せる走りはまた格別なものになるだろう。絶対に、目を離してやるものか。

 

「セイちゃんはちょっと見劣りするね」

「う〜ん、珍しいな。彼女のトレーナーはそこら辺の調整が上手いはずなんだが……まさか、皐月賞にピークを合わせて来たな? 相変わらず計算ずくだぜ、全く……」

 

 真っ白で華奢な手を振るセイウンスカイは、元の体格もあるだろうが――キングちゃんや後ろのスペちゃんよりもいくらか()()見えた。こういうのを、バ体が寂しいと言うんだっけ。

 

 調子自体は悪くなさそうなのだが、身体の仕上がりがもう一歩……という印象だ。尻尾やウマ耳の動きは好調時そのものだし、やはり身体だけを絞っていない感じ。このトライアルにおいても、本当の実力を見せたくないのか、それとも……?

 

「あっ、もう行っちゃった」

 

 セイウンスカイは早々と後ろに引っ込み、トレーナーの下に駆け寄った。薄ら笑いを浮かべた彼女はトレーナーと何かを話しており、その視線の先には、緊張した面持ちのスペシャルウィークが小さなジャンプを繰り返している。

 

 ……セイウンスカイはスペシャルウィーク狙い……なのか? あ、いや、視線をキングちゃんに移した。いや、ブラウンちゃんを見てるのか……? 分からない。くそっ。レースに出るウマ娘には見られていなくても、こういうトリックは怠らないのか。可愛いけど、可愛くないやつめ……。

 

『8枠13番、スペシャルウィーク。2番人気です』

『昨年のG1・ホープフルステークスを2着。先月のG3・きさらぎ賞では圧巻の1着と、その安定感と強さは世代でもトップクラス。まさに大器を持ち合わせたウマ娘です。大外枠がどう響いてくるか、要注目です』

 

 スペちゃんが紹介されると、えいえいおーと言う感じで彼女は拳を振り上げた。まさに、まっすぐな可愛らしさと好調をアピールするスペちゃん。表情がころころ変化して、見てて楽しい。ファンが多いのも納得の可憐さにちょっと動揺しつつ……私は彼女の分析を始めた。

 

 スペシャルウィークの身体の状態は良さそうだ。私を見つけてニコニコし始めるくらいには余裕もある。時々繰り返すジャンプの際にはしっかり踵が上がっているし、動きも軽やかだ。身体の異常とか、疲れとか、そういうのとは無縁の動き。余程のことが無ければ、スペちゃんは間違いなく上位に食い込んでくるな……。

 

「私、誰が勝つのか分かんなくなってきちゃった」

「……そろそろ席に戻ろうか。本バ場入場が始まっちゃうから」

「ん、そうだね」

 

 パドック周りに溢れていた熱気で忘れていたけど、今日はハチャメチャに寒い。早いところ席について、温かいお茶を啜りたいものだ。

 

 こうして私達がスタンド席に戻ると同時、中山のスタンドが大きく揺れた。本バ場入場が行われたのだ。早くもウマ娘達がターフで返しウマを始めており、蹄鉄が芝を切り裂く重い音がこちらまで響いてくる。

 

 スペちゃん、キングちゃん、ブラウンちゃん達は軽いランニングを行っている。ただ、セイちゃんだけは第4コーナー付近でぐるぐると回っていて、時々座り込んで芝の具合を確かめているようだった。

 

「……何してるんだろ?」

「さぁ?」

 

 セイウンスカイの行動の意図は不明だったが、それはともかく――URAお付きの演奏隊がぞろぞろと外柵付近に行進してきて、指揮者の合図とともにピタリと静止した。制服を着込んだ集団というのは、どこか威圧感があるなぁ……。

 

 G2・弥生賞がいよいよ幕を開けようとしている。歓声が地を割り、中山レース場に詰めかけた観客が、今か今かとファンファーレを待ちわびていた。ほんの僅かに歓声が怯んだ瞬間、指揮者の白い手袋と細い杖が上を向く。

 

 一定のテンポで指揮者の両手が振られると、金管楽器やドラムを持ち合わせた演奏隊の身体に緊張が走る。観客も演奏の前触れを察して、一瞬だけ静まり返る。

 

 そして、指揮者の奏でるリズムと共に、荘厳なファンファーレが演奏され始めた。腹の底を震わせるような音色。誰もが胸高鳴る、たった数十秒の音楽。

 

 ファンファーレが終わりを告げると、割れんばかりの歓声が中山レース場を包み込んだ。私のテンションもぶち上がり、思わず大声を上げて弥生賞に出る13人を応援していた。

 

「うおおおおおお!! みんな頑張ってぇぇ!!」

 

 日本のトゥインクル・シリーズではバッチリ定着しているファンファーレだが、他国のレースにおいては馴染みが薄いらしい。一部の国ではファンファーレを演奏するところもあるそうだが……こんなに盛り上がるんだったら世界中でやればいいのに、と思わなくもない。

 

 観客としてレースを見るのも悪くないじゃないか。いや、めちゃくちゃ楽しい。こりゃあ熱心なファンもいるわけですわ。私は席から早くもお尻を浮かせながら、ターフを見下ろした。

 

 こうして見ると、ターフというのは物凄く大きい。2000メートルという距離も果てしなく長く感じる。逆に、みんなが収まっていくゲートは、かなり小ぢんまりとしている。言うまでもなく、ウマ娘ひとりひとりも凄く小さな存在に見える。

 

 ……あんなに小さく見えるのに、こんなに多くの人の心を動かしているんだ。

 

 早く、私も走りたい。クラシックの舞台でみんなと戦いたい!

 

 私は跳ね回る心臓を押さえつけながら、みんなのゲート入りを見守った。セイウンスカイが若干手間取っているようだが、すぐに全員がゲートに収まった。

 

『頭上に広がる曇天。灰色の空が広がる中山レース場――低気圧による影響で厳しい寒さの中、弥生賞が行われます。発表は曇りの良バ場となりました』

『天気、持ち堪えてくれるといいのですが』

『3番人気はこの子、7枠10番セイウンスカイ。2番人気は8枠13番、スペシャルウィーク』

 

 ゲート内のウマ娘達が手首を捏ねたり足首を回したり、思い思いの動きで準備している。多分私達のいるスタンドからのざわめきは、もう聞こえちゃいないだろう。私がそうだったように、集中の極限にあると何も聞こえなくなるものだ。

 

『さぁ、今日の主役はこのウマ娘を置いて他にいない! 1番人気、3枠3番キングヘイロー!』

『ジュニア級チャンピオンです! 気合いの乗ったいい顔をしてますね!』

『ゲートインが完了し、出走の準備が整いました』

 

 実況の声と同時に、辺りが静まり返る。私が唾を呑む音さえ響いてしまいそうな静寂の中――

 

『今、スタートが切られました!』

 

 ガシャコンという音と共に、重い蹄鉄の音が爆発した。

 

 弥生賞が始まったのだ。皐月賞に繋がる大事な一戦が――

 

『各ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました!』

『これは位置取り争いが熾烈になりそうですねぇ』

 

 ポンと飛び出したウマ娘も、妙に出遅れたウマ娘もいない、横一線のスタート。外枠のセイウンスカイがぐんぐんと脚を伸ばし、先頭に躍り出る。ちょっと脚を使い過ぎたか? という印象だ。

 

 このレースは、逃げ1人、先行5人、差し6人、追込1人という脚質構成から成されている。セイウンスカイの後ろにつけた先行集団は熾烈な2番手争いで体力を削り合っている。ここにはブラウンモンブランがおり、何とか2番手をキープしていた。

 

『1番手につけたのはやはりこの子、3番人気のセイウンスカイ! 2番手は早くも苦しそうだ、4番人気ブラウンモンブラン!』

『10番手には1番人気のキングヘイロー、11番手には2番人気のスペシャルウィークがつけましたよ! 早くもある程度の順番が確定しましたねえ』

 

「とみお、最初の400m! タイムはどう!?」

「……かなり早い。24.6秒ってところだ」

 

 京成杯でのセイウンスカイは驚異のラップタイムを刻んで完璧な作戦勝ちを収めた。この弥生賞でも同じことをしてくるつもりか?

 

『第2コーナーを抜けて向正面に入りました! 1番手は相変わらずセイウンスカイ、若干かかり気味か? 一人旅です。2番手とは3、4バ身の差をつけて逃げています』

『2番手以下の子はちょっと離され気味か? 大丈夫ですかねぇ。仕掛けどころに注目です』

 

 向正面に入ると、セイウンスカイがチラッと後ろを見た。何が来るな、と思ったのも束の間、明らかなペースダウンが行われる。セイウンスカイお得意のトリックだ。

 

 2番手につけていたブラウンモンブランが、セイウンスカイの背中に追いつきそうになる。ハイペース気味に逃げていたはずの先頭に追いつきそうになったのだから、普通は「自分がオーバーペースなんだ」と考えてしまうものだ。上体を持ち上げ、ブラウンちゃんがセイウンスカイに合わせてペースダウンする。それに応じて、3番手、4番手、そしてそれ以下のウマ娘もどんどんペースを落としていく。

 

 スペシャルウィークとキングヘイローも、やりにくそうに表情を歪めている。特にキングヘイローは、少し焦ったように周囲を見渡していた。内枠からの差しを敢行したため、前にも外にもウマ娘がいて、バ群に包まれた状態なのだ。しかも、セイウンスカイのペースダウンでバ群がギッチリと詰まって視界が更に悪くなったはず。

 

 そうか、セイウンスカイは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何というウマ娘だ。のほほんとした顔をしておいて周りを油断させつつ、えげつない作戦を考えやがって……。

 

「と、とみお……これって――」

「……400から800地点のタイムは26.5秒。超スローペースだ……これはやられたな。ブラウンモンブランはペースを見失っているし、キングヘイローもかかっている。スペシャルウィークは冷静だが……このまま行けばあっさり逃げ切られてしまうぞ」

 

 セイウンスカイがブラウンモンブランに1バ身の差をつけて、向正面の1000メートルの標識を通過する。ブラウンモンブランは未知の逃げで明らかに自分の走りを見失っている。顔に覇気がなく、位置取りも内に寄ったり外に膨らんだりで酷く拙い。残念だが、ブラウンちゃんはもう……。

 

 続いて私はキングヘイローに目をやった。バ群に包まれ、彼女もまた走りづらそうにしている。必死にウマ娘の隙間を探そうとして、自分のペース維持が二の次になってしまっているのだ。これでは、万全の準備を喫して発動する()()()()は封じられたも同然だ。

 

 結局、この戦いはセイウンスカイとスペシャルウィークの一騎打ちか――?

 

 セイウンスカイがその瞳をぎらつかせながら、第3コーナーの入口に入った。その瞬間、セイウンスカイの眼光が鋭さを増す。刹那、彼女は激しく息を入れ――スパートじみた速度で猛然と走り始めた。

 

「せ、セイちゃん!?」

「えっ!? な、何で――っ」

 

 とみおが驚きのあまり、ストップウォッチを放り出す。周りの観客からも悲鳴のような声が上がる。実況・解説も突然の出来事に唖然としていた。

 

『こ、これは――セイウンスカイが暴走か!? 明らかなオーバーペースで3、4コーナーに突入していく!』

『これは明らかにかかっています。ゴール板まで持ちませんよ!』

 

 オーバーペースからどん底のスローペースに持ち込んだなら、彼女がすべきはその緩いペースの維持だったはずだ。それがどうして暴走に繋がるのか、意味が分からない。

 

 セイウンスカイは人々の度肝を抜くためだけに走っているのか? いや、違う。度肝を抜くのは勝利への過程に過ぎず、彼女とて勝つために走っているはずだ。何故、早々と第3コーナーから仕掛けてしまうのだ。セイウンスカイの逃げの性質上、勝利の方程式は『なるべく敵のペースを乱しつつ、どれだけ最終コーナーまでスローペースに持ち込めるか』のはずではないか。

 

 逸ったか、セイウンスカイ……!

 

『さ、最終コーナーに入ってセイウンスカイが1番手! ぐんぐん速度を上げてくるスペシャルウィーク! 今、6番――いや、4番手に進出しようとしています! キングヘイローは進路を見失って仕掛けが遅れているぞ!』

 

 最終コーナーの中間辺りに来て、セイウンスカイが1番手。超ハイペースのせいで、その表情は苦痛に歪んで――――

 

 ――――いない。()()()()()

 

「――セイ、ちゃん――」

 

 その顔を見れば、このハイペースが何か大きな勝利のための布石であると理解できた。セイウンスカイは、あえて自分を追い込んでいるのだ。そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通の戦いでは得られない『領域(ゾーン)』という到達点に――。

 

 最終コーナーの終わり際、スペシャルウィークが2番手に進出してくる。セイウンスカイの笑顔が凄みを増す。苦しみの極限を嬉々として受け止め――この弥生賞という大舞台、集ったライバル達を利用して、セイウンスカイは己を覚醒させんと超絶的なハイペースに勇猛果敢に挑んでいる。

 

 だが、限界に挑むことは即ち苦痛を伴う。最終直線に差しかかる寸前、セイウンスカイが大きく内ラチ側に()()た。意識を取り戻したように、セイウンスカイが進路を立て直す。うわっ、と観客席から悲鳴が上がった。とみおも「どうしてそこまで――」と、呆然としていた。

 

 2番手を追走するスペシャルウィークは幾分も余裕がある。彼女が脚を伸ばすのを見て何を思ったのだろうか――それでも、セイウンスカイの口が『ついてこい』と動いたのを私は見逃さなかった。

 

 そして、セイウンスカイが大きく口を開けた――その瞬間だった。

 

「――っ!!」

 

 一瞬――あのホープフルステークスで味わったような悪寒がした。メジロマックイーンとの模擬レースで味わった、あの恐怖を予感させる「何か」の波が、確かに起こった。

 

 最終直線の入口を見つめていたはずの私の視界が、眩い光に覆われる。ぞくぞくとした怖気と、曇天を打ち払わんばかりの清涼で熱い風が、私の首元を吹き抜けた。

 

「――――」

 

 心象風景は見えなかった。しかし、これは明らかに『領域(ゾーン)』によるものだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 私は目を細めながら、最終直線に差し掛かったはずの2人の優駿を探した。実況が叫んでいる。

 

『逃げるセイウンスカイ!! 二の脚を使って後続を再び突き放しにかかるが、スペシャルウィークの末脚が爆発している!! キングヘイローは動きが鈍い!! まだ5、6番手でもがいている!!』

 

 ターフで輝いていた光が強さを失う。光が消えた場所では、セイウンスカイとスペシャルウィークがデッドヒートを繰り広げていた。セイウンスカイは、あの自滅とでも言うべきハイペースを物ともせず、二の足を使って逃げているではないか。だが、抜群の手応えで直線に入ってきたスペシャルウィークが、3バ身ほど後ろを懸命に追走している。

 

 両者共に、歴史に残る快走だ。しかし――絶対的なスペックと爆発力ではスペシャルウィークが勝っている。セイウンスカイとスペシャルウィークの差は徐々に縮まりつつあった。彼女達の懸命の叫び声が聞こえてきそうな中、私は両手を重ねて祈る。

 

 ――()()()()()()()()

 

 『領域(ゾーン)』に対する焦りはある。弥生賞に出られなかった後悔と、賞金額に対する不安もある。だがそれ以上に、あの2人のデッドヒートを永遠に見届けたくて――それでいて、死闘を繰り広げるセイウンスカイとスペシャルウィークの両方に勝って欲しい気持ちがあった。

 

 ライバルとの死闘で覚醒することのできる『領域(ゾーン)』。それは、ライバルさえ魅了してしまうほどの熱量と輝きを帯びていた。

 

 これがウマ娘。これが想いを背負って走るウマ娘の強さ。

 

 何と美しい――何と眩しいのだろう。

 

「――がん、ばれ――がんばれえええええっ!! 勝てぇぇぇぇぇぇぇぇええっっ!!」

 

 超歓声の中山レース場。盛り上がりは最高潮に達し、この場に居合わせた人全てが拳を突き上げている。見渡す限りのスタンディング・オベーション。トレーナーも「敵情観察」の命を忘れ、いちファンとしてのめり込んでいる。

 

 耳が張り裂けんばかりの大歓声の中、感極まった実況の声が流れてくる。

 

『セイウンスカイ粘る!! 懸命に追いすがるスペシャルウィーク!! セイウンか!! スペシャルか!! 3番手に上がってきたキングヘイロー、これはもう間に合わない!!』

 

 残り200メートルを通過して、スペシャルウィークが遂にセイウンスカイに並んだ。血を吐きそうなほどに絶叫するスペシャルウィーク。決して首を下げないセイウンスカイ。

 

『スペシャルウィーク抜き去った!! いや、セイウンスカイが差し返す!! さ、更にスペシャルウィークが首を伸ばして並びかけた!? セイウンスカイもまだまだ粘る!! とんでもない激闘!! どっちが勝ってもおかしくないっ!!』

 

 セイウンスカイがど根性で巻き返したかと思えば、スペシャルウィークが首を伸ばして抜き返す。2度、3度、先頭が入れ替わる。しかし、残り50メートルを迎えたその瞬間――セイウンスカイが力尽きた。

 

 大勢が決したその瞬間、観客のボルテージが限界を超えた。

 

『ゴォォォーールッッ!! きさらぎ、弥生で――皐月は見えたか!! ゴール板前の死闘を制したのは――スペシャルウィーク!! スペシャルウィークですっ!!』

 

 ――1/2バ身差で、スペシャルウィークの勝利。ここに誕生したG2・弥生賞の覇者は、日本一のウマ娘を目指す少女――スペシャルウィークだった。

 

 3番手に滑り込んだキングヘイローは、2番手のセイウンスカイと5バ身も差がついた。4番手はそのキングヘイローに3バ身差と、今回はセイウンスカイとスペシャルウィークが抜けていた。

 

 呆然と佇み、電光掲示板を眺めるスペシャルウィーク。彼女に駆け寄ってきたセイウンスカイは肩を竦めてみせると、からからと笑っていた。それでやっと己の1着を呑み込めたのか――スペシャルウィークの笑顔が弾けた。

 

 それにシンクロするように、観客席から爆発的な歓声が飛び交った。大きく両手を振るスペシャルウィーク、負けてなお強しのセイウンスカイを称える声が投げかけられる。

 

「おめでとう、スペシャルウィーク!!」

「セイウンスカイもかっこよかったぜ!!」

「皐月賞、楽しみにしてるからな〜!!」

 

 私は大歓声の中、その場からしばらく動けなかった。

 

 レースの余韻はもちろん、心に迫るものがあったからだ。

 

 ――やはり、『領域(ゾーン)』の獲得にはそれ相応の舞台が必要なのだ。これくらい相手と場が極まっていないと、そもそも掠りさえしない超絶的な極致――それが固有スキルという領域。

 

 私も――負けてられないよ。

 

 私は胸に手を当て、若葉ステークスの勝利と『領域(ゾーン)』の覚醒を誓った。

 

 





【挿絵表示】

☆元祖柿の種☆ 様から絵を頂きました! こちらはへそ出し勝負服を真正面から描いてくださったものになります。
本当にありがとうございます。


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34話:レッツゴー・若葉ステークス!

 スペシャルウィークとセイウンスカイ、どちらの『領域(ゾーン)』が覚醒したのかは分からぬまま、弥生賞のライブが終わった。

 

「ライブ、みんな可愛かったね!」

「ダンスも歌も上手かったなぁ。……そういえば、アポロは歌もダンスも完璧だけど、どこかで練習してたりするの?」

「ん〜、カラオケとかはよく行ってたけど」

「ふ〜ん」

「あ、そうだ。今度一緒にカラオケ行こうよ! 前々から行きたいと思ってたんだよね〜」

「え。いや、俺は下手だからいいよ……」

「ぶ〜ぶ〜! いいじゃんたまには! 私の歌ばっかり聞いてるのはずるいよ!」

「わ、分かったよ……でも本当に下手だからな……」

 

 トレーナーと会話をしながら、私達はトレーナー室に帰ってきた。

 

 来週にはサイレンススズカが出るというG2・金鯱賞、再来週には私の出るオープン戦・若葉ステークスが待っている。いつカラオケに行けるかは分からないが、そういう楽しみがないとやっていられない。

 

 さあ、弥生賞が終わってトレーナー室に帰ってきた私達がやるべきことと言ったらひとつ――録画しておいた弥生賞のレースを再度見ることだ。

 

 特に、最終コーナーで見えたあの光の正体を確認したい。セイウンスカイの『領域(ゾーン)』が覚醒したのか、それともスペシャルウィークのそれが目覚めたのか……今すぐにでも確かめなければ。

 

 とみおも私のやりたいことを分かっているのか、いそいそとモニターの準備を始めていた。私は彼の準備を待つ間にお湯を沸かし、インスタントコーヒーの包装を開け放つ。

 

「アポロ、こっちは準備できたよ」

「はいは〜い」

 

 キッチンからコーヒーカップを2つ持って、ソファに駆けつける。問題の向正面まで映像を流し見つつ、ストップウォッチを構えるとみおの手元を横目で見る。

 

 暴走が始まった1200メートル地点から1600メートル地点のタイムは、何と23秒台。よくもまぁ最終直線まで競り合えたものである。

 

 そして、映像が最終直線の入口に入りかけたセイウンスカイと、その後ろを走るスペシャルウィークを映した。ここだ。ここで眩い光が視界を覆い、『領域(ゾーン)』が展開されたはずなのだ。

 

 私は目を大きく開いて、その瞬間を見逃してやるものかと画面に張り付いた。「ちょ、邪魔」とトレーナーの手が伸びてきたが、ここだけはどうしても譲れない。多分カメラで捉えた映像は光らないのだろうけど、とにかく見ないといけないんだ。

 

 ――しかし。あの光が生まれたはずのタイミングで加速したのは、2()()()()()()()()()()()()

 

 セイウンスカイとスペシャルウィーク、その両者が不自然なまでの超加速をしていた。

 

「…………」

 

 そのまま、映像内のスペシャルウィークが競り合いを制して1着でゴール。後ろから「走破タイム自体は平均よりちょっと早い程度か」と呟く声がした。

 

 私は勘違いしていたのかもしれない。てっきり、あそこで『領域(ゾーン)』に覚醒したのは、セイウンスカイかスペシャルウィークの()()()()()()だと思い込んでいた。だがこの映像を見る限り、『領域(ゾーン)』を獲得したのはセイウンスカイとスペシャルウィークの両者。あろうことか、2人同時に覚醒してしまったのだ。

 

 とみおが何度もレース映像を巻き戻して観察を続ける中、私は複雑な気持ちに囚われていた。

 

 

 

 若葉ステークスを控えた前日。私はベッドの中でウマホを開き、何度も何度もレースの映像を見ていた。ライバル達が覚醒した弥生賞はもちろん、前週に行われた金鯱賞もいっぱい見返している。

 

 ……いや、ここ1週間に限るなら、サイレンススズカの出場した金鯱賞の方が見直した回数は多いかもしれない。それほど、サイレンススズカが見せた金鯱賞は衝撃的だった。

 

 3月3週の中京レース場で行われたG2・金鯱賞。大阪杯のトライアルとして行われた、シニア級限定の2000メートル戦。そこに集った優駿は、重賞2勝を含め5連勝中のミッドナイトベット、G3を難なく勝って昇り調子のトーヨーレインボー、G3レース2勝の実績・テイエムオオアラシ、大阪杯を見据え乗り込んできたタイキエルドラド、そして昨年の神戸新聞杯でサイレンススズカが苦杯を舐めさせられた最大のライバル・菊花賞ウマ娘マチカネフクキタルなどの――総勢9人。

 

 かなり少数での出走にはなったものの、強豪・古豪の揃った好メンバーの重賞となった。その実力は拮抗していると見られ、弥生賞が終わった頃から話題になっていた金鯱賞で――サイレンススズカは全員の予想通り、思い切った大逃げを打った。

 

 1000m通過タイム、58秒1。かなりハイペースのレース。『流石のサイレンススズカも、どこかで息を入れるだろう』――レースに出走していたウマ娘や見守る観客の誰もがそう思った。弥生賞のセイウンスカイがハイペースによる暴走で最後に捕まったように、()()()()()()()()()()()()()の粘り強さを求められるレースになるだろうと――そう考えられていた。

 

 しかし、第3コーナー、第4コーナーを曲がっても2番手との差は縮まらない。それどころか、最終直線に差し掛かると、サイレンススズカの上体は更に前傾姿勢になった。直線の半ばから後続を更に突き放すような圧巻の走り。決して弱くないはずのウマ娘達が、あっさりとちぎって捨てられる衝撃たるや――言葉もない。

 

 中継を見ていた私でも分かるくらい、スタンドがざわめいていた。実況の声が戸惑っていた。

 

 ――()()()()()

 

 誰もが理想とした完璧な走りだった。2番手との差は11バ身。左回り芝2000メートル、日本レコード。前週のG2・弥生賞を遥かに凌ぐ熱気が中京レース場を包んでいた。

 

 ゴールする前からサイレンススズカは拍手に包まれていた。ウィナーズサークルにスズカが現れると、中京レース場は熱狂と喝采の坩堝と化した。中継カメラが揺れるほどの興奮模様が伝わってきた結果、私も昂りを抑え切れなくなり、その場を旋回し始めてしまったのを覚えている。

 

 照れくさそうにしてインタビューを受ける彼女の愛おしい姿に、観客の心は更に鷲掴みにされた。そもそも観客の心を初めに動かしたのは、最終直線の凄まじいパフォーマンスだ。華奢な身体を前傾させ、綺麗な栗毛をたなびかせながら先頭を走り抜ける彼女は、まるで絵画のように美しく――見事に全ての人の注目を奪ってしまったのだった。

 

 中継を見ていた私は忘れられない。みんな、ウィナーズサークルの周りから去ろうとしなかったことを。誰もがサイレンススズカを讃えていたことを。ありがとう、という声さえ聞こえてきたのを覚えている。

 

 あの金鯱賞で、サイレンススズカは誰もが理想とする『逃げて差す』究極の走りに辿り着いたのだ。シンボリルドルフ、ミスターシービー、マルゼンスキーすら辿り着けなかった領域に足を踏み入れたのだ。あぁ――サイレンススズカは、()()()()()()になったのである。

 

 こんなに素晴らしいことがあるだろうか。マチカネフクキタルやミッドナイトベット達を応援していたはずの観客を取り込んでしまったのだ。

 

 『強くて人気があり、誰もが理想とする大逃げをこなすウマ娘になる』という偉業に、サイレンススズカは挑もうとしているのかもしれない。世間では連日サイレンススズカの報道がされていて、クラシック級の熱い戦いとはまた別に『サイレンススズカブーム』が巻き起ころうとしていた。

 

「…………」

 

 私はウマホを閉じて、布団の中で両脚を抱え込んだ。そのままぎゅむっと目を閉じて、深く息を吸い込む。

 

 いい加減サイレンススズカのことを思考から放り出して、明日の若葉ステークスに備えてさっさと寝ようとしているのだが……さっきから金鯱賞の映像を見返しすぎてどうにも寝つけなくなってしまった。生中継時の感動を思い出して、精神が興奮してしまっているんだろう。

 

 仕方ないので、ここは逆に思いっ切り金鯱賞――サイレンススズカのことを考えてから睡眠することにした。

 

「うぅん……サイレンススズカ……」

 

 サイレンススズカ、栗毛のウマ娘。私とはまた別の性質を持つ大逃げを得意としており、たまに学園で見かけると、「あ、スズカちゃんだ。ぼーっとしてるな〜」という印象を抱かせる子だ。

 

 私のライバルのスペシャルウィークが慕っている先輩で、スペちゃんと話すと漏れなくスズカの話題がついてくるくらいにはベッタリで。

 

 ……まぁ、そんな印象はともかく、気になるのは彼女の『領域(ゾーン)』のことについてだろうか。

 

 金鯱賞の最終直線。サイレンススズカは明らかに『領域(ゾーン)』を発揮した走りを見せたけれど――何と言うか、彼女のそれは他の人とは違うな、と感じた。

 

 サイレンススズカの小さな背中には、大切な人々の気持ちが乗っかっているのだろう。それでも、サイレンススズカのパフォーマンスは、誰かの想いを受けて練り上げた極致と言うよりは、彼女自身の突出した才能故に導き出された『領域(ゾーン)』に見えた。

 

 私の勘違いだろうか? テレビ越しに見た印象だから信用はできないけれど……仮に私の感覚が正しいとするなら、獲得した固有スキルが十人十色なように、『領域(ゾーン)』覚醒の経緯もまた違ってくるのだろうか? 一般的には激闘の中でゲットできるとされているけど、サイレンススズカのそれはどう考えても、()()()()()()()()()()()()()()()()もので――

 

 ……いや、これ以上は哲学的な問題だ。それに、ウマ娘の不思議に迫る内容になってしまう。マジで眠れなくなるから、考えるのはやめておくか。明日は早いし……。

 

 明かりの消えた室内、ベッドから手を伸ばしてウマホの画面をつける。表示された時刻は「23:16」。ギリギリ夜更かしだとトレーナーに怒られちゃうかもしれないな。

 

 丁度よく眠くなってきたので、私は布団の中にすっぽり収まって、大きくあくびをした。

 

 ……おやすみ。

 明日は頑張るぞ……。

 

 

 

 ――3月4週の土曜日、阪神レース場にて。

 前日が授業だったので当日の現地入りを果たした私達は、控え室で早速作戦の確認を始めた。

 

 阪神第10レース、若葉ステークスの出走表は以下のようになった。

 

 1枠1番、9番人気ヒロインアドベンツ。

 1枠2番、1番人気アポロレインボウ。

 2枠3番、10番人気バイプロダクション。

 2枠4番、7番人気ディスパッチャー。

 3枠5番、14番人気サマーボンファイア。

 3枠6番、15番人気シャープアトラクト。

 4枠7番、8番人気ビワタケヒデ。

 4枠8番、4番人気アウトスタンドギグ。

 5枠9番、5番人気グレイトハウス。

 5枠10番、2番人気グリーンプレゼンス。

 6枠11番、6番人気リボンスレノディ。

 6枠12番、16番人気リフレクター。

 7枠13番、12番人気ワイスマネージャー。

 7枠14番、13番人気デュアリングステラ。

 8枠15番、3番人気ディスティネイト。

 8枠16番、11番人気グリンタンニ。

 

 若葉ステークスはフルゲートの16人での発走になる。

 

 気になるのは、ビワタケヒデとグリーンプレゼンス。史実の血統面で見ると、ビワタケヒデは兄にビワハヤヒデとナリタブライアンが、グリーンプレゼンスは弟にナリタトップロードがいる。それに、確かグリーンプレゼンスはこの若葉ステークスの勝ち馬だったはずだ。

 

 そして、やはり来たか――ディスティネイト。1着か最下位しか取ったことのない、極端すぎるムラムラのウマ娘。こういうオープン戦で、こうも精鋭が揃ってしまうものなのか……この世代は。ちょっと嫌気が差す。まぁ、戦うライバルが強くないと燃えてこないんだけどね。

 

 さて、私が気にするのはもちろんディスティネイト――ではなく、グリーンプレゼンス。彼女は条件戦を勝ち上がってきたウマ娘で、その末脚の爆発力はディスティネイトをも凌ぐ。

 

 グリーンプレゼンスは差しの作戦なので、レース終盤まで競り合うことはないだろうけど……それでも、意識しておくように、ととみおに言われたので従うことにした。

 

 パドックのお披露目に向かうと、すっかり春の陽気となった阪神レース場に結構な数のお客さんが詰めかけていた。まぁ、今日は(開催レース場が違うとはいえ)G3・フラワーカップに加え、G3・中日スポーツ杯ファルコンステークスが開催されるから……そのライブビューイングに訪れた客も多いのだろう。

 

 この若葉ステークスに結構な有力ウマ娘が揃ったのもあるだろうが、観客の熱の入りようが弥生賞に匹敵するくらいだ。それとも、兵庫にある阪神レース場という土壌の成せる技なのだろうか。私に向かってヤジじみた応援の言葉がひっきりなしに飛んでくる。すっごい関西弁で、怒られてるみたいでビビる。

 

「あ、あはは……頑張ります……」

 

 地域によって雰囲気が変わるのも、トゥインクル・シリーズの醍醐味なのかなぁ。みんななりの応援なんだろうけど、お客さんのとんでもない勢いはちょっと苦手かも。

 

『1枠2番、アポロレインボウ。1番人気です』

『1月末の若駒ステークスでは不運に泣きました。およそ1ヶ月半の期間を空けて戻ってきた彼女が、果たして元気な大逃げを見せてくれるのか。サイレンススズカとはまた違った大逃げには要注目ですよ』

 

 実況解説に紹介されたので、私はゼッケンを伸ばしながら体操服を整え、余所行きの笑顔を振り撒いた。何やら『I♡アポロレインボウ』という団扇を掲げているファンがいたので、軽く手を振ってあげる。すると、彼はものの見事に卒倒して、すぐに駆けつけてきたURA職員に連れて行かれてしまった。

 

『アクシデントがあったようですが、次のウマ娘を紹介しましょう――』

 

 阪神レース場ではこれが日常茶飯事なのだろうか。ちょっと引きながら、私はとみおの下に走り寄った。

 

「グリーンプレゼンスちゃん、やっぱり調子良さそうだよ。逆に、ディスティネイトちゃんとビワタケヒデちゃんはあんまり来なさそうな感じ」

「だな。結果的にアポロの対抗ウマ娘はグリーンプレゼンスに絞られたわけか」

 

 鹿毛のポニーテールを揺らすウマ娘――グリーンプレゼンス。何だか耳も尻尾もしょんぼりしているディスティネイトちゃんとは違って、毛並みがシャキッとしている。あの小柄な体躯から繰り出される末脚には要注意だ。私よりも身体が小さいという見た目で侮るなかれ。格闘技ならともかく、ウマ娘は身体の大きさで強さが決まるわけではないからね。

 

「アポロレインボウ――今日はこの子がサイレンススズカじみたレースを見せてくれると思うぜ」

「どうした急に」

「彼女には弥生賞を走れなかった悔しさがあるはずだ。SNSでも弥生賞のスタンドで惚けた表情をするアポロちゃんが目撃されたという情報が多数ある。それに、前週行われた金鯱賞でのサイレンススズカの激走――アポロちゃんが金鯱賞を見ていたなら、あの歴史的勝利にも同じ爆逃げウマ娘として心動かされたはず。だからきっと、彼女はこの若葉ステークスで鬱憤を晴らすような爆走をしてくれると俺は予想するぜ!」

「なるほど……しかも、アポロちゃんのトレーナーの顔つきが、この前とは違って自信に満ち溢れているように見えるぞ。きっと、俺たちが見ていない間に、とんでもない成長をしているに違いない……!」

「あぁ。怪我するウマ娘が出ないように祈りつつ、アポロちゃんを応援しようぜ!」

 

『さぁ、阪神レース場第10レース、若葉ステークス! いよいよ返しウマが始まります!』

『元気のあるアポロレインボウにグリーンプレゼンス、元気のないディスティネイトとビワタケヒデ。何だか調子の具合が両極端ですねぇ』

 

 パドックが終わると、本バ場入場から返しウマが行われる。8割の全力疾走で身体を温めていると、内ラチ側を走っていたビワタケヒデとディスティネイトを追い抜いた。

 

 やはり、ビワタケヒデもディスティネイトも調子が悪いようだ。返しウマですら動きが鈍い。ウマ娘の体調管理というのは非常に繊細極まるものだから……トレーナーが調整に失敗したのだろうか?

 

 グリーンプレゼンスは第1コーナーの辺りをうろついていて、返しウマは軽いランニングに留めているようだ。

 

 かなりの速度でホームストレートに帰ってくると、ヤジの混じった大歓声が私を出迎えた。ワッと盛り上がる阪神レース場。うぅ、やっぱりやりにくいかも……。もしかしたら、ビワタケヒデちゃんもディスティネイトちゃんもこの雰囲気が苦手だったりするのかな?

 

 返しウマが終わると、コース上に設置されたゲートの前に16人のウマ娘が立った。全員、視線は合わせない。自分の世界に入って、集中力を高めているのだ。

 

 私も精神を高めるため、春の青空を見上げながら、胸に手を当てて深呼吸した。視界が狭窄し、頭に血が上る感覚がした。さっき、とみおの両手を握ったから、恋心を闘志に変換する作業は完了している。私の心にあるのは底冷えした激情だけだ。

 

 ――さぁ、1月の若駒ステークスで走れなかった鬱憤、全部晴らしてやろうか!

 

 私は犬歯を剥き出しにして、にやりと笑った。

 

 

 そしてこの若葉ステークスで、私は予想外の結果を目の当たりにすることとなる。





【挿絵表示】

☆元祖柿の種☆ 様から、カラーになったアポロちゃんが送られてきました。
へそ……ありがとうございます。


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35話:アンストッパブル・ガール

 阪神レース場第10レース、若葉ステークス。気温は20度、天候は雲ひとつない晴れ。発表は良バ場。当初の予定通り、16人立てのフルゲートでレースが行われるようだ。

 

 私達の準備が完了したのを尻目に、遠くの方からファンファーレが鳴り響いてきた。馴染み深い恒例の音楽が頭に入ってくると、背筋が伸びるような思いになる。

 

『上空には雲ひとつない青い空が広がる阪神レース場。天候は快晴、良バ場の発表です』

『若葉ステークスの名に相応しい、新芽が芽吹くような清々しい天候となりましたねぇ』

 

 私は爪先をターフに叩きつけ、そこを起点としてぐりぐりと足首を回した。脚に違和感はない。快調を示している。若駒ステークスのようにならないために、私達はとっくにスパルタトレーニングから脱却したのだ。それでも強度はやや高めらしいが、決して同じ轍は踏まないだろう。

 

 ゆっくりとゲートに収まっていくウマ娘を視界の両端に見て、私もゲート内に歩みを進める。

 

『1枠2番、アポロレインボウ。ゲートに収まりました』

『1番人気の彼女には期待が集まりますよ!』

 

 ゲート内に入ると、異常なまでに集中力が高まる。脳裏に弥生賞と金鯱賞の激闘が蘇る。あの熱量が肌を灼く。ゲートにいるライバル達の存在に胸が高鳴る。

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました。いよいよスタートです』

 

 早くゲートから飛び出したい。逸る気持ちを何とか抑えつけ、私はゲート解放の時を待った。さらさらと、風が芝を薙ぐ音が聞こえてくる。綺麗な音だ。しかし、その音に硬質な金属音が混じった時、私はスタートを決めなければならない。視覚と聴覚、スタートの瞬間まで緊張の糸を緩めてはいけないのだ。

 

 ……ただ、今回のスタートまでの時間は異様に長かった。何秒待たせるのか、と集中力が切れかけたその瞬間、ガシャコンとゲートが開かれた。

 

『スタートしました! 1人大きく飛び出したのは1番人気のアポロレインボウ。リードを広げにかかります』

 

 ギリギリ反応が遅れることは無く、いつものようにロケットスタートを決める。今回の脚質構成は、大逃げ1人、逃げ3人、先行5人、差し6人、追込1人。注目ウマ娘は――大逃げのアポロレインボウこと私は置いておいて――差しの作戦を取ったビワタケヒデとグリーンプレゼンスと、唯一の追込で後方に控えたディスティネイト。

 

 今回は私の大逃げ如何に関わらず、逃げが3人もいるためにハイペースが予想される展開だ。まあ、私はペースを緩めてあげる気なんてないけど、ハイペースのレースは後方有利という鉄則がある。後ろの方から末脚をすっ飛ばしてくるだろうこの3人には要注意だ。

 

 8割の全力疾走でかっ飛ばしながら、スタート直後の第1コーナーを曲がる。すると、私を必死に追走する影が視界の端に3つ見えた。今回の逃げウマ娘の3人――ディスパッチャー、サマーボンファイア、リフレクターだ。やはり、序盤から私を捕まえに来るか。

 

『第2コーナーの中間点、アポロレインボウが1番手。2番手を追走する7番人気ディスパッチャーとの差は1バ身ほど』

『早いペースでのレースになりそうですね。もっとも、アポロレインボウが出るレースでスローペースになったことはありませんから、見慣れた光景になりつつあります』

 

 第2コーナーを曲がりながら後ろを見ると、結構な速度で飛ばしているというのに、逃げウマ以外の後続集団も5バ身ほど後ろをついてきていた。私を捕まえるために高速で走っている逃げウマ3人のペースに釣られているのか、それとも全員が私を捕まえようとしているのか。多分前者だ。

 

 今回の若葉ステークスに出てきた逃げウマ娘3人は、全員『ハナに立たないと本来の力を発揮できない』タイプ。そのスタミナと脚を使ってでも私を潰したいらしい。内ラチにピッタリとくっついている私の外から、強引に足を伸ばして抜き去ろうとしてくる。

 

 でも……私を捕まえようとするなら、あの時のスペちゃんくらい本気で来ないとダメだよっ!

 

 私は直線に入った途端にギアを全開にして、トップスピードで駆け出した。後ろの逃げウマ娘達を置き去りにして、どんどん差をつけていく。

 

『おっと、バックストレートに入ったアポロレインボウが加速します! 金鯱賞のサイレンススズカの再現か!?』

『逃げの作戦を取った子達が追いかけようとしますが、2番手のディスパッチャー以外は諦めましたよ。3、4番のサマーボンファイアとリフレクターは前の2人を無いものとしてペースを作り直す模様です』

 

 残りは1100メートルほど。ここから超々ロングスパートをかけ、己の限界に挑む。そして、競り合ってきたウマ娘達と本気で磨り潰し合うのだ。さぁ――()()()()()

 

「はぁぁああああああっっ!!」

 

 向正面の直線を走り切り、第3コーナーを曲がっていく。追いすがってきたディスパッチャーが私の2、3バ身ほど後ろまで迫ってくる。そのまま思い切って外に持ち出し、追い抜きを試みたディスパッチャーだが――彼女はそこで限界を迎えた。

 

 ディスパッチャーが第3コーナーの終わり際で大きく上体を持ち上げ、減速していく。その顔は汗にまみれ、真っ青だった。明らかなスタミナ切れの兆候。彼女はそのままバ群に呑み込まれ、姿を消した。

 

『おおっと、アポロレインボウを捕まえにかかった2番手のディスパッチャーが沈んだ!! 速度を落として流すように走っていますが、非常に苦しそうです!!』

『あれは怪我ではなくスタミナ切れでしょうね。1000メートル通過ペースがサイレンススズカにはコンマ4秒ほど及ばないものの、それでも早すぎる58秒5の時計ですから……無理もありません。マイラー気味のディスパッチャーにはスタミナ的にも厳しい戦いだったのでしょう』

『ここまでハイペースを演出してきたアポロレインボウを捉える子は出てくるのか!? レースは終盤に入っていきます!!』

『アポロレインボウはここから更に加速しようという動きを見せていますよ。このままのハイペースで走られると、後続はノーチャンスですね』

 

 ぎょっとしたように、化け物でも見るように、潰されたディスパッチャー以外の14人の瞳が私を見ている。私は息を入れずに前半の1000メートルを駆けてきた。それが序の口と知っての驚愕か。関係ない。私は私の道を行く。

 

 第3コーナーで引き上げたギアを更に上げる。スペシャルウィークやキングヘイローのトップスピードを10としたら、私の全力疾走は8から9くらいの速度しかない。ただ、2000〜2400メートルは依然として苦手なため、今現在の私のトップスピードは『7〜8』と言ったところか。

 

 純粋な速度や爆発力ではみんなに及ばないけれど――長い時間を『7〜8』の速度でターフを駆け抜けたなら、きっと誰も追いつけない。私が敢行しようとしている走りはそれだ。

 

 無論、長い間全力疾走をするということは、単純に辛さや苦しさを伴う。全力全開の間、乾いた口内を潤すことはできないし、不快にうねる舌は邪魔で仕方がないけれど、どうにもできない。出てこない唾液を喘ぐように飲み込もうとしても、萎れた酸素だけが喉を通り、酸っぱくて不快な味が喉奥に広がっていく。

 

 3、4コーナーの中間点、偽りの直線(フォルスストレート)をひた走る。この区間はほとんど直線のようになっており、位置取りを変えるための小競り合いが起きやすい。

 

『3、4コーナーの中間に入って、先頭のアポロレインボウを捕まえようと先頭集団が一気に動き出した! これをどう見ますか?』

『これ以上好きにさせてたまるか、という集団意識がアポロレインボウを捕まえに走らせていますね。無論、このコーナーで捕まえておかないとまんまと逃げ切られてしまうでしょうから、この判断は正解ですよ』

 

 ここが勝負時と見たか、偽りの直線(フォルスストレート) に入った2人の逃げウマ娘と5人の先行ウマ娘が、末脚を使ってぐいぐいと位置取りを押し上げてきた。私ができるのは、この永遠とも思えるような長い末脚で、全員を黙らせることだ。気合いを入れ直して、止まりそうな呼吸の中で必死にもがき続ける。

 

 収縮されたレース中の精神時間――それこそ、スパート時の疾走が何時間にも思えるような状態で、背中を見せ続けられたらどうなるか。全力で追走しているはずなのに、その距離が縮まらなければどうなるか。答えは簡単だ。()()()()()()()()()()、気持ちがプツリと途切れる。きっと、私を追う逃げ・先行勢は、縮まらない4バ身の差に焦っているはずだ。その焦りが絶望に変わった時、私の勝利が見えてくる。

 

 前を向いて懸命に疾走していると、第4コーナーに入った途端、全ての逃げ・先行のウマ娘が上体を大きく持ち上げたのが分かった。スタミナ切れか、それとも諦めたのか。……いや、諦めてはいないようだ。単純なスタミナ切れ。私の走りはまだ、心を折るまでの強さではないのだろう。

 

『おっ――と!? 先頭のアポロレインボウに釣られてハイペースのレースを走ってきた逃げ・先行集団が一気にペースダウンした!! これはどうしたことでしょう!?』

『アポロレインボウの作るペースについていけず、ゴール前になってスタミナを使い切ってしまったようです。この大逃げはえげつないですよ……!』

『垂れていく逃げ・先行集団を追い抜く差し・追込集団!! 我々の前で今、異常事態が起ころうとしています!!』

 

 最終直線に入る前に潰えていく逃げと先行の競走者達。驚くべきことに、最終直線に入った時、差し・追込勢と、逃げ・先行勢の位置関係が逆転してしまっていた。こうなっては、逃げ・先行のウマ娘に勝ち目はない。ずるずると後退し、誰が最下位になるかの逆レースが始まる。

 

 そして、位置関係が逆転したとなると――当然やってくる差し・追込勢。

 

『さあ、好位置から飛び出してきたのは、2番人気のグリーンプレゼンスと3番人気のディスティネイト! 前傾姿勢になって大外から上がってくるぞ! 少し遅れてビワタケヒデもスパート体勢に入った!』

 

(来たっ、グリーンプレゼンス!! ビワタケヒデに、ディスティネイトっ!!)

 

 私が目をつけていた3人がぐんぐん速度を上げて、トップスピードに乗ろうとしている。私の爆逃げでどれだけペースが乱れ、スタミナを削られているかは分からない。しかし、彼女達の表情にもまた余裕はない。

 

 最終直線に入って、私が6バ身の差をつけて先頭。しかし、阪神レース場の直線は短いわけではない。この差を保ってゴール……なんて一筋縄には行かない設計になっているから、後続の巻き返しのチャンスは充分以上にある。その理由の一端を担うのは、阪神レース場最後の関門――最終直線に待つ心臓破りの坂。

 

 この上り坂は高低差こそ1.8メートルと低めなのだが、勾配が1.5%とかなりキツい。ここまで全力疾走で駆け抜けてきた脚と肺に、この勾配はボディブローの如く効いてくるのだ。

 

 残り300メートルを切って、先刻流し込んだ昼食を吐瀉しそうになりながら、歯を食いしばって爆走する。遂に最後の坂に差し掛かったその時、視界がぐにゃりと歪んだ。

 

「ぐ、ぉ――――」

 

 思いっ切り寒気がした。背中の辺りがぶるぶると震え、嘔吐寸前の兆候が現れる。胃が持ち上がり、食道にかけて搾られるような感覚がした。生理反応に闘志がきゅっと萎みそうになるが、絶叫に似た気迫で全てを黙らせる。最後の力と想いを振り絞って、私は坂を駆け登る。

 

「うぁあああああああああああっっっ!!!」

 

 ゴールまで残り僅かになって、私を射程圏内に収めた例の3人が末脚を爆発させている。阪神レース場4コーナーの下り坂を利用してトップスピードになった差し・追込ウマ娘が、容赦なく私の背中を刺そうとしている。嫌だ。この坂で1着争いから振り落とされるわけには行かない。死ぬ思いで腕を振って、棒になりそうな脚の回転を促す。

 

 鹿毛を揺らして、グリーンプレゼンスが2番手に追い上げてくる。靱やかな身体が沈み込み、末脚が発揮される。続いて3番手、黒鹿毛のバ体――ディスティネイトが、グリーンプレゼンスにピッタリ併せウマの形で突っ込んでくる。ビワタケヒデはちょっと立ち遅れたか、4番手を走っている。

 

『残り200メートル!! 先頭はまだまだ粘るぞアポロレインボウ!!2番手争いにはグリーンプレゼンスとディスティネイト!! 少し遅れてビワタケヒデ!! アポロレインボウ苦しそうだ、これは追いつかれるか!?』

 

 残り200メートル。坂を登らんと果敢に挑んだビワタケヒデの上体が大きく揺れた。……最後の直線に上り坂があるとどうなるか。スタミナが切れてきたウマ娘やパワーの無い馬が失速し、まっすぐ走れずヨレていくのだ。ビワタケヒデにはそれが起こった。

 

『おっと、ビワタケヒデが――ビワタケヒデがスタミナ切れです!! 逃げ先行だけではなく、差しのビワタケヒデもアポロレインボウのペースに呑み込まれたか!!』

 

 ビワタケヒデの鹿毛の上体が立ち上がり、急激に失速していく。――彼女は脱落した。

 

 残り150メートル。坂を何とか登り切ろうとするグリーンプレゼンスの末脚が()()()()()。目を見開き、驚いたように己の両脚を見つめるグリーンプレゼンス。その脚は限界を訴えるようにがくがくと震えていた。あぁ、この子もスタミナ切れか――

 

『これはもう3人だけの争い!! あ、いや――グリーンプレゼンスが!! グリーンプレゼンスがスタミナ切れだっ!! その上体が仰け反っているっ!!』

 

 グリーンプレゼンスの表情が苦痛に歪み、歩幅が小さく、弱々しくなっていく。綺麗な姿勢を保っていた上半身が、背骨に通っていた糸を失ったかのように項垂れた。懸命に振られていた両腕が勢いを失い、グリーンプレゼンスの身体が視界の後方に消えていく。

 

 ――彼女もまた、脱落した。

 

 残り100メートル。

 

 調子が悪そうに見えたディスティネイトが、ここに来て凄まじい切れ味を見せていた。末脚を使い果たして沈みゆくグリーンプレゼンスを躱し、どんどん縮まっていく私との差。3バ身、2バ身、1バ身。一歩一歩踏み締める毎に近づいてくる蹄鉄の轟音。もはや最後の気迫すら上げられない私の耳に、ディスティネイトの絶叫が聞こえてくる。

 

「ああぁぁぁあああああああっっっ!!!」

 

 彼女は元々長距離もこなせるステイヤーだ。スタミナには自信があったのだろうか――と片隅で思考しつつ、私は限界寸前の身体に鞭打つ。

 

 だが――あまりにもあっさりと、並ばれた。ディスティネイトが勝ち誇ったように白い歯を剥き出しにする。

 

「う、そ――っ」

 

 掠れた悲鳴が己の口から漏れ出た。

 

 あと一歩ではないか。残り100メートルもない。あと数歩で事足りるはずではないか。絶対に負けたくないのに、どうして動かないんだ、この両脚は。

 

 流石に1100メートルの超ロングスパートだなんて無理をしすぎたか。いや、無理も作戦の内。こうでもしなきゃ勝てない奴らがトゥインクル・シリーズにいるんだ。

 

 ――まだ、やれるだろ。

 この戦い、絶対に後悔したくないよっ!

 

「ぐ、あぁぁあああああああっっ!!!」

 

『残り100メートルを切った!! 残ったのは2人だけ!! この異常事態の中、全力で走れているのはアポロレインボウとディスティネイトの2人だけだ!!』

 

 残り50メートル。

 

 もう限界だ。横を見る余裕なんてない。多分、ディスティネイトにぴったり並ばれている。抜き返す気力はあっても、体力がない。心が折れそうになっている。

 

 限界に挑み、負けるのか。でも、若葉ステークスを2着なら、皐月賞の優先出走権が貰えるんだっけ。なら、このまま負けてしまってもいいか――

 

「――――」

 

 その時だった。飛びそうな意識の中、私を導く声が聞こえた。

 

「頑張れアポロぉっ!! ()()()()()()()っ!!」

 

 はっと目が覚めるような感覚がした。

 あの人の声だ。視線だけを一瞬、スタンドに彷徨わせて、彼を探す。

 

 ――いた。

 両手を振り上げて、喉が張り裂けんばかりに叫んでいるではないか。私を見て、応援して、信じてくれる人がいるではないか。

 

 彼は私の勝利を疑っていないのだ。

 あぁ、こんなに嬉しいことはない。

 

 それを知覚した瞬間、視界の四隅に電撃が走る。ばちばち、と故の分からぬ快感が脳髄に迸る。足元から得体の知れない力に持ち上げられる感覚がした。

 切れかけたスタミナが復活しようとしている。視界は真っ白に染まり、風を切る感触だけが肌を撫でていた。

 

「――これが――」

 

 その時、私は()()を見た。

 しかし、その寸前で――掴み損ねた。

 

 いや、運悪く邪魔された――と言うべきか。

 

 ディスティネイトの上体が思いっ切り持ち上がり、私の視界を掠めるように大きくヨレて減速していったのだ。展開されかけた『領域(ゾーン)』が閉じ、現実に戻される。

 

『――ディスティネイトがヨレた!? 苦しそうに顔を上げるディスティネイト!! これは大勢が決したかアポロレインボウ!!』

 

 意識外の出来事に度肝を抜かれたまま、私はゴール板を駆け抜けた。

 若葉ステークス、幕切れの時だった。

 

『ゴォォールッ!! アポロレインボウ完勝!! ハイペースに持ち込む走りで後続のスタミナを磨り潰し、見事な完封劇を披露しました!』

 

 訳の分からぬまま、ゆっくりと速度を落として後ろを振り返る。そこには、スタミナ切れを起こし、オープンクラスのレースとは思えぬ速度で次々にゴールしていくウマ娘がいた。彼女達は誰に言われるでもなく、ゴール板を駆け抜けると同時にターフに倒れ込んでいく。

 

 ……怪我した子がいないかは心配だったが、それよりも気になったことがあった。ゴール板寸前で私を襲った、科学ではとても証明できない現象の数々。

 

 ――あれか。あれが『領域(ゾーン)』なのか。惜しくも掴み損ねてしまったが――確かに限界の向こうは存在するんだ。私は確信と歓喜を覚えながら、拳を天に突き上げた。

 

 久々の勝鬨。ホープフルステークスの敗走、若駒ステークスの怪我を乗り越えて、私は帰ってきたんだ!! 喜びを爆発させて笑顔になると、それを見計らったかのようにスタンドの歓声が爆発した。

 

『アポロレインボウが右手を突き上げると同時、オープン戦とは思えない大歓声が阪神レース場に生まれました! いや〜、アポロレインボウは半年ぶりの勝利ですか。若駒ステークスでは不運がありましたから……こちらも感じるものがありますね』

『本当に素晴らしいウマ娘ですね。ここに来てベストなレースを見せてくれるとは……。サイレンススズカの“逃げて差す”大逃げとは違って、“逃げて更に逃げる”大逃げとでも言いましょうか。勝ちウマ娘以外がスタミナ切れを起こすレースなんて、初めてお目にかかりましたよ』

 

 実況・解説の声に、私はふと現実に戻る。

 ……いや、私の大逃げなんてまだまだだ。今のサイレンススズカは、彼女以外の全てのウマ娘が敵になろうと、先頭をキープして1着を走り抜く力がある。そもそも競りかけることすらできない速度で最初から最後まで突っ走るのだから、敵がどれだけ増えようと問題にならないのだ。

 

 でも、私にはそこまでの力はない。今回はそれぞれのウマ娘が()()()()()に徹してくれたから良かったものの、もし全てのウマ娘が徒党を組んで私を潰しにかかったら、間違いなく負けていた。レース序盤で逃げウマ娘全員にプレッシャーをかけられて()()()、そのままディスティネイトちゃん辺りにぶち抜かれていただろう。私の大逃げは発展途上だ。ある程度の完成形が見えたとはいえ、目指すべき景色は遠い。

 

『た、タイムは―― おおっ!? 1分57秒9! 先週、サイレンススズカが出した2000メートルのタイムに肉薄する時計です!!』

『彼女、まだクラシック級ですよ。末恐ろしいですね……』

 

 ――でも。それでも、今は喜ぶべきなのだろう。何せ、およそ半年ぶりの勝利だから。あの人に支えられての勝利だから。

 こんなの、嬉しくないはずがない。

 

 ちぎれんばかりに両手を振り、この場にいる全ての観客に感謝を告げながらホームストレートを駆ける。すると、2バ身差の2着につけたディスティネイトが話しかけてきた。

 

「よう、おめでとうアポロちゃん!」

「ディスティネイトちゃんっ」

「いや〜……今日は仕上がりが良すぎて、自分でもビビっちまうくらい調子が良かったんだけどなぁ。あんなえげつないレースされたら、そりゃ勝てないっつの」

 

 ディスティネイトの息はまだ絶え絶えだ。何とか誤魔化そうとしているが、脚は震えているし肩は大きく上下に揺れている。そんな彼女は私の肩をポンと叩くと、こう言い残してターフを去っていった。

 

「――皐月賞っ! ぜってぇ負けねぇから待ってろよ! それじゃ!」

 

 彼女を見送ると、ターフの上にいるウマ娘は私だけになった。ウィナーズサークルに向かう途中、私はゴール板付近にいたトレーナーと柵越しに目が合う。

 

「トレーナー……」

「アポロ……あぁ、本当に良かった……」

 

 ハンカチを握り締め、わざとらしいくらいに涙ぐむとみお。「ちょっと、泣きすぎだよ」「だって仕方ないだろ」と言い合いながら、柵越しに手を取り合う。彼は涙と鼻水で視界が覚束ないようなので、ハンカチを取り上げて顔を拭いてやる。

 

 情けなく泣く顔も可愛いな、なんて思いながら、私は彼の頭を撫でた。きっと、私の知らぬところで数々のプレッシャーに曝されてきたはずだ。1月末の若駒ステークスの怪我についても、非常に重く受け止めていて――と言うか重く受け止めすぎて、その落ち込みようは見ていられなかった。

 

 この勝利は、私だけではなく――彼の心を救う勝利でもあったのだ。普段から自分を過小評価しがちな私でも、今日の勝利は大々的に誇っていいだろう。

 

『おやおや、素晴らしい信頼関係ですね』

『見ていて胸が暖かくなりますねぇ』

 

 ……いつの間にか、とみおの周りの観客がひゅーひゅーと指笛を鳴らし始めたので、私は顔を真っ赤にしながらウィナーズサークルに向かった。やばい、いつものノリでベタベタするのはまずかったか。もし記者に質問されたら、言い訳も考えておかないと……。

 

 

 こうして私の若葉ステークスは見事な勝利で幕を下ろした。

 

 そして、クラシックの前奏たる3月が終わり――いよいよ4月がやってくる。



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3月のウマ娘達について語るスレ

1:ターフの名無しさん ID:c5jUQV5Wb

3月最後のレースが終わったんで立てました

クラシックとかシニアとか分け隔てなく語りたいンゴ

 

2:ターフの名無しさん ID:POV3ygsQU

ナイスイッチ♡

 

3:ターフの名無しさん ID:uiR5hOZno

んちゅ……

 

4:ターフの名無しさん ID:QfP28CQYI

いいね

 

5:ターフの名無しさん ID:xJJEUBoBo

今年のトゥインクルシリーズはなんかおかしい

レベルが高すぎるのよね

 

6:ターフの名無しさん ID:KuVPjPa48

シニア級には連勝中のサイレンススズカに、前年年度代表ウマ娘のエアグルーヴ、マイル王タイキシャトルにシーキングザパール、メジロドーベル、ほか多数

クラシック級には例の8人(8人だっけ?)

控えめに言ってヤバいです

 

7:ターフの名無しさん ID:vAdg+gsVD

トゥインクル見てたら仕事が手につかねぇよ……

 

8:ターフの名無しさん ID:kltSJSIyl

>>6 スペシャルウィークだろ? キングヘイローだろ? グラスワンダー(怪我してるけど)、セイウンスカイ、エルコンドルパサー、アポロレインボウ、グリーンティターン、ハッピーミーク

ちゃんと8人も有望株いたわ

豊作すぎてきっしょ

 

9:ターフの名無しさん ID:0srWdIApW

なんか地方ダートにもやべーやつ出てきたらしいよー

アブクマポーロとメイセイオペラって子

 

10:ターフの名無しさん ID:S2ZQuB7Ii

おいおい芝重賞→ダートG1のグルメフロンティアさんを忘れるなよ

 

11:ターフの名無しさん ID:PjHigp7q9

メジロブライトちゃん推しです

 

12:ターフの名無しさん ID:dXaus6QfV

ガチで最近眠れねー

こんなポジティブな意味で睡眠できないのは初めてだわー

 

13:ターフの名無しさん ID:IbnJr9JSX

弥生賞について語らん?

金鯱賞とは別の意味で内容がエグかったし

 

14:ターフの名無しさん ID:Ba/2ND5gS

いいね

 

15:ターフの名無しさん ID:KePlLON7W

内容のエグさでいったら若葉ステークスも大分だぞ

 

16:ターフの名無しさん ID:ks2TFyChr

まぁまずは弥生賞についてでええやろ

次は金鯱賞、その次はとりあえず若葉ステークスな

 

17:ターフの名無しさん ID:oZ79owKsH

弥生賞動画貼るわよ〜

https://m.umatube.com/watch?v=TCbG6BRKotP

 

18:ターフの名無しさん ID:I0LLJD1ra

この3レースは3月中でも特にすごかったな

すごすぎてキモかった(?)

 

19:ターフの名無しさん ID:2zxpFzCaj

例の8人のうちの3人、

スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイが出たレースやな

 

20:ターフの名無しさん ID:hkIMKtuXL

参考ついでに

・スペシャルウィーク(弥生賞までの戦績)

4戦3勝

2000mメイクデビュー1着

1800m1勝クラス1着

2000mホープフルステークス(G1)2着

1800mきさらぎ賞(G3)1着

 

→弥生賞1着(これで5戦4勝)

 

・キングヘイロー

4戦4勝

1600mメイクデビュー1着

1800m1勝クラス1着

1800m東京スポーツ杯ジュニア級ステークス(G2)1着

2000mホープフルステークス(G1)1勝

 

→弥生賞3着(これで5戦4勝)

 

・セイウンスカイ

3戦3勝

1600mメイクデビュー1着

2000m1勝クラス1着

2000m京成杯(G3)1着

 

→弥生賞2着(これで4戦3勝)

 

やばくね?

 

21:ターフの名無しさん ID:S9GpYoiMz

全員つよい(確信)

 

22:ターフの名無しさん ID:hgzS41ZEm

そりゃつえぇでしょ

 

23:ターフの名無しさん ID:gn3wo3yj7

戦績的には普通かもしれんけど、内容がみんなヤバいわ

スペちゃんキングちゃんは上がりが早すぎるし、セイちゃんはラップタイムがきもい(褒め言葉)

 

24:ターフの名無しさん ID:DjAuF6IoI

ラップタイムがきもい、だけで伝わる例の京成杯さん……

 

25:ターフの名無しさん ID:MfjHi5zC/

弥生賞では相手が強かったせいか、セイウンスカイは負けちゃったね〜

それでも僅差の2着だから本当に凄いよ

アポロレインボウと合わせて逃げの星だよ本当に

 

26:ターフの名無しさん ID:mx/hFgSGO

現地勢だったけど、弥生賞の盛り上がりがG1級だったわね

あと、最終コーナー終わり際になんかフラッシュ焚かれて目潰し(?)されたンゴ…

 

27:ターフの名無しさん ID:9AdyNVjQJ

>>26 なにいってだこいつ

 

28:ターフの名無しさん ID:mx/hFgSGO

いや、多分興奮しすぎて幻覚見たんだと思うわ

ワイ以外応援に夢中でな〜んも反応してなかったし

 

29:ターフの名無しさん ID:DHGo0POGB

弥生賞で思い出したわ

ワイはブラウンモンブラン応援してたんやけどなぁ

また鍛え直して帰ってきて欲しいンゴねぇ

 

30:ターフの名無しさん ID:UOQGJXi2E

弥生賞さ、レース前の返しウマあったやん?

あそこでセイウンスカイが第4コーナーの辺りの芝を弄っとった理由は解明できたんか?

 

31:ターフの名無しさん ID:xkZL93kGJ

>>30 今のところ全くわからん

あのあたりでセイウンスカイが加速したから、最後の仕掛け所の目印でも付けとったんじゃない?

 

32:ターフの名無しさん ID:bOr8tJMS3

セイウンスカイの逃げ、マジで凄かったなぁ

それを差し切るバケモンもいたけど

 

33:ターフの名無しさん ID:7HMEZ722U

最終コーナーで完全にバテたと思ったけど、謎に超加速したよな

あの2段ロケットはいったい……

 

34:ターフの名無しさん ID:Mi45rRE18

わかる

セイちゃん絶対力尽きかけてたし、普通だったら最終コーナー前後でスペちゃんに捕まえられてたよな

何であそこで息を吹き返したのか気になって眠れんわ

 

35:ターフの名無しさん ID:W/5olAYKP

あれはゾーンだよ

 

36:ターフの名無しさん ID:99qraun9+

>>35 なにいってだこいつ……と思ったけど、

スポーツで言うところのゾーンに入るってことかな?

 

37:ターフの名無しさん ID:FcOz0YJwU

ゾーンに入っただけで何で息を吹き返すんだよ

 

38:ターフの名無しさん ID:NzUznvqJN

それは確かに

 

39:ターフの名無しさん ID:NFCdW6wS8

う〜ん……

俺らの常識では分からんようなことが起きてたんかもなぁ

 

40:ターフの名無しさん ID:9Is2+n9Qn

そういえば、弥生賞の観客席に見覚えのあるピンクっぽい芦毛が映ってたのが話題になったよね

いったい何レインボウなんだ……

 

41:ターフの名無しさん ID:Z/Jylp19E

>>40 ウマッターにも上がってたな……

 

42:ターフの名無しさん ID:OE8yvBRI6

話題をさらっていくAさん……

ほんとかわいくてすこだ

 

43:ターフの名無しさん ID:dATLbfP45

何気にとみおもいたよね

デートかな?

 

44:ターフの名無しさん ID:sR2GkbVHe

ファンファーレに歓声を上げるアポロレインボウgif

https://umagur.com/trpndXL

最終直線でメガホンを作って声を張り上げるアポロレインボウと、その横で呆然とするトレーナー君gif

https://umagur.com/dwMgaQ

 

45:ターフの名無しさん ID:uGU93drLw

>>44 なんだこのニッチなgifは……

 

46:ターフの名無しさん ID:pVYYzAFfN

>>44 とみおほんとすき

 

47:ターフの名無しさん ID:FG0DXPXxw

てめぇこの野郎……

 

48:ターフの名無しさん ID:0OdR8bdy1

アポロちゃんと言えば、セイウンスカイとスペシャルウィークが最終コーナーを曲がった辺りで眩しそうに手をかざしてたらしいけど

謎のフラッシュで目潰しされたニキと関係あったりするんか?

 

49:ターフの名無しさん ID:hypF/cUwa

感動で涙出とったんやろ

目をこすってたのが眩しそうにする仕草に見えただけや

 

50:ターフの名無しさん ID:FRDyzfTzN

なるほどねぇ

 

 

 

 

74:ターフの名無しさん ID:si9KdFYXd

お次はサイレンススズカの金鯱賞よ〜

 

75:ターフの名無しさん ID:yeYAz0ClB

動画ね

https://m.umatube.com/watch?v=tEWYysSkkCk

 

76:ターフの名無しさん ID:xWK+NjPEe

これヤバかったなぁ

みんな置いてきぼりだもん

 

77:ターフの名無しさん ID:aGrV6gxHW

重賞で大差勝ちって初めて?

 

78:ターフの名無しさん ID:71H9zonXf

>>77 最近だとメジロブライトがステイヤーズステークス(3600m)で12バ身の大差勝ちしてるよ〜

2000mに限ったら結構前になるんじゃないかねぇ

 

79:ターフの名無しさん ID:JoEIHr0Tp

朝日杯フューチュリティステークスの1600メートルを大差勝ちしたスーパーカーさんもいますよ

 

80:ターフの名無しさん ID:MD691bpOn

マルゼンスキーとはまた違った強さだよねぇ

生で見れてほんと感動だわ

 

81:ターフの名無しさん ID:PbqLDSaD1

いやぁ、金鯱賞はメンバーがヤバかっただろ

ほとんど全員重賞・G1ウマ娘だぜ?

 

82:ターフの名無しさん ID:o9My8jmXH

マンノウォー「チワッスw」

セクレタリアト「呼んだ?w」

 

83:ターフの名無しさん ID:HUClSbWeq

>>82 チートウマ娘はNG

 

84:ターフの名無しさん ID:PCA5fTYGa

2着に31バ身差のセクレタリアトさん!?

と思ったら、マンノウォーさんは2着に100バ身差つけてるのね……

 

ウソでしょ?

 

85:ターフの名無しさん ID:IUqDT/xuL

その2人に並べられるレベルなのがもうおかしいのよサイレンススズカ

 

86:ターフの名無しさん ID:4r/9ISZC7

金鯱賞前からワイは目をつけてたけどねぇ

 

87:ターフの名無しさん ID:iJ0UTCq7m

いや金鯱賞前からも派手に強かっただろ

金鯱賞がおかしすぎただけ

 

88:ターフの名無しさん ID:xIbxg6EWP

実際どうやって勝てばええん? サイレンススズカには

ずーーーーっとハイペースで息も入れずに走られたら勝てないじゃん

 

89:ターフの名無しさん ID:dzKQAfDZG

1600〜2400……更にいえば1800〜2200くらいがベストな距離なんだろうけど、その距離ではもう災害みたいなもんなんじゃないかなぁ

サイレンススズカと出るレースが被らないようにお祈りするだけ

 

90:ターフの名無しさん ID:4k9OoIcp/

シンボリルドルフとかナリタブライアンの追込一気ならワンチャン

 

91:ターフの名無しさん ID:HYW7ONQlL

その2人とかマルゼンスキーくらいしか無理なんちゃう?

あんくらいパワーが違わないとそもそも相手にすらされねぇ

 

92:ターフの名無しさん ID:qJbWHU27w

末脚に定評のあるマチカネフクキタルちゃんも全くダメだったからな……

まぁ、1戦だけで格付け完了というわけではないだろうが、さすがにこの勝利は……ねぇ?

 

93:ターフの名無しさん ID:pje21s+k8

金鯱賞の前のレース、サイレンススズカに競りかけたウマ娘がいたんだけど、そもそもスタート後200メートルから全然追いつけてなかったわね

 

94:ターフの名無しさん ID:EIiqNjvsx

3月のウマ娘達について語るスレなのに、いつの間にかサイレンススズカを攻略するスレになってる……

 

95:ターフの名無しさん ID:r2ZzjPT2D

金鯱賞の勝ち方が強すぎたからなぁ

致し方なし

 

96:ターフの名無しさん ID:5AyNPQvtn

でも俺ら別にサイレンススズカが嫌いってわけじゃないぞ

仮に倒すとしたら、って話なだけでさ

むしろめっちゃ好きだしサイレンススズカ!

あの走りってさ、誰もが夢見た理想の走りだと思うんだよな。逃げて差す、とかカッコよすぎるぜ

 

97:ターフの名無しさん ID:pm1vedifD

ワオもサイレンススズカ好きやで

次レースが待ちきれへんもん

 

98:ターフの名無しさん ID:YUpNh5oPW

わかる〜

記念はちょっと長そうだから、宝塚記念に出て勝って欲しいんご……ファン投票1位を取らせてあげたいんご……

 

99:ターフの名無しさん ID:B39Tmceg0

めちゃくちゃ綺麗だもんなサイレンススズカの走り

なんて言うんだろうね、見てて楽しくなる

 

100:ターフの名無しさん ID:xnH2jYL/I

ほんとに夢をくれるよ。俺はこの子の応援に人生かけるつもりでいる。

 

101:ターフの名無しさん ID:ErYPGmg1K

金鯱賞、他陣営は悔しかっただろうけど……

サイレンススズカが強すぎただけだから、次のレースで頑張って欲しいねぇ

 

102:ターフの名無しさん ID:gXLmLgPcQ

金鯱賞逆に語ることがねーなw

 

103:ターフの名無しさん ID:JNeywHLq7

言っちゃえば完封劇だからね、しょうがない

 

104:ターフの名無しさん ID:MPa/3kYzU

しばらくスズカについて語ろうぜ

 

105:ターフの名無しさん ID:VUb0+giSe

スペシャルウィークと仲が良いらしいよ

というかウマスタでよく「スズカさんが!」とか言って呟いてる

いい先輩後輩なんやろうねぇ

 

106:ターフの名無しさん ID:LGgSJUmEj

微笑ましいねぇ^^

 

107:ターフの名無しさん ID:ewSfyjDQz

なんか泣けるわ

 

108:ターフの名無しさん ID:xvYeEbbEO

なんでやねん

 

 

 

 

154:ターフの名無しさん ID:W49Mub0OC

……そろそろ、若葉ステークスについて語ろうか

 

155:ターフの名無しさん ID:Hk2hogF7F

出たわね。

 

156:ターフの名無しさん ID:dNYyNSrT5

あらやだ

 

157:ターフの名無しさん ID:Ifyhjh+re

金鯱賞が3月で最も美しいレースだとしたら、

若葉ステークスは最もキモいレースだわ

あんな結末誰が予想できるっちゅうねん

 

158:ターフの名無しさん ID:n9F0Oe/u2

はい動画

https://m.umatube.com/watch?v=WlDgHKNVtBo

 

159:ターフの名無しさん ID:Br38INimD

サイレンススズカとはまた別次元の走りだわね……

 

160:ターフの名無しさん ID:/zVNaKTT9

全員スタミナ切れとかなんなん?

 

161:ターフの名無しさん ID:FhmvYHsAQ

ちょっと趣が違うけどターボの七夕賞思い出したわ

 

162:ターフの名無しさん ID:e5yAQgX6i

こいつもどうやって対策すればいいんだ……

 

163:ターフの名無しさん ID:JDmib47GI

【悲報】アポロレインボウ、可愛い顔して手がつけられない

 

164:ターフの名無しさん ID:RB53oRrAI

強い大逃げウマ娘なんてそうそう出てこないはずなんだけどねぇ

やっぱり今年は何かが起きるよ

 

165:ターフの名無しさん ID:NCN1e9THb

クラシック級の阪神で1:57:9はマジでヤバい

そりゃ全員スタミナも切れますわ

 

166:ターフの名無しさん ID:2NkYsA6HD

普通ならディスティネイトが勝ってたレースだけどねぇ

 

167:ターフの名無しさん ID:2Xy0gNH9O

サイレンススズカはスピードで後ろを黙らせて、

アポロレインボウはスタミナで後ろを磨り潰す感じやね

 

168:ターフの名無しさん ID:AAdCC/mFk

アポロちゃん顔は可愛いのにレースの内容が可愛くないよ……

 

169:ターフの名無しさん ID:y0mV1Dkrx

いやアポロレインボウにも弱点はあるやろ

各コーナーで後ろを確認して、そこで速度が(多分)緩まるところ

それでホープフルステークスはスペシャルウィークに追いつかれて、ペースを乱して負けた

あと、坂を上るパワーが若干無いっぽいのよね。ビワタケヒデ、グリーンプレゼンス、ディスティネイトに最終直線で追いつかれかけてたし

逃げウマだからそこはしゃーないけど、逃げて差せるサイレンススズカとはそこが違うわな

 

170:ターフの名無しさん ID:r0g6p9zJZ

なるほどなぁ

博識ニキたち助かるでぇ

 

171:ターフの名無しさん ID:r2EF/OwOr

じゃあ>>169 が正しいとしたら、もしかして最終直線に急坂がある皐月賞って厳しい?

 

172:ターフの名無しさん ID:VDjjyVZLz

あー

 

173:ターフの名無しさん ID:Q5dMNaRbT

あるなぁ

 

174:ターフの名無しさん ID:5+gSirT+4

阪神の坂よりも厳しいからなぁ

アポロちゃん割とディスティネイトちゃんと紙一重だったから、スペちゃんキングちゃんあたりにぶち抜かれるかもね

 

175:ターフの名無しさん ID:S5MkN/O7W

サイレンススズカに比べたら弱点があるけど、そこはまぁクラシックとシニアの経験の差かねぇ

 

176:ターフの名無しさん ID:QFrF6tz3R

弥生賞の3人とアポロが走る皐月賞楽しみすぎるぞ

 

177:ターフの名無しさん ID:o/f9Ner/0

ここは3月のウマ娘について語るスレですよ!

皐月賞は4月の話題だ!

 

178:ターフの名無しさん ID:35lTdhbo7

皐月なのに4月……妙だな……

 

179:ターフの名無しさん ID:Nz/pPqjLR

アポロレインボウの走り見て何故か思い出したカブラヤオー

あの子も強かったなぁ

何よりアポロちゃんとちょっとだけ逃げの質が似てる

 

180:ターフの名無しさん ID:Zv6WURh+z

カブラヤオーは強すぎるのでNG

 

181:ターフの名無しさん ID:RoFMqpoxs

サイレンススズカだけでなくアポロレインボウも歴代の優駿に肩を並べるウマ娘になりそうだなぁ

 

182:ターフの名無しさん ID:Qmyu4dB2l

アポロレインボウ、結構長めの距離も行けそう説ない?

 

183:ターフの名無しさん ID:BfwwZabGL

アポロレインボウの距離適性はまだ分からん

陣営が隠してる

 

184:ターフの名無しさん ID:VPctzpvPf

でもこれまでのレースは全部2000mに絞ってるし、長めの距離もいけるんじゃないの?

 

185:ターフの名無しさん ID:xNIjAfm1/

2000m専用機って可能性もあるからねぇ

 

186:ターフの名無しさん ID:5Da9w6heu

ほーん

 

187:ターフの名無しさん ID:KMef/+DpI

クラシック級のウマ娘なんて、まだまだ成長途中だからね

距離適性外のレースに挑んでボロクソに負けても優しく応援していこうな

 

188:ターフの名無しさん ID:vS+TB8h02

いいこと言うねぇ

 

189:ターフの名無しさん ID:XxffYoa94

#おへそを見せろアポロレインボウ

 

190:ターフの名無しさん ID:zxJwCVq7N

G1じゃないと確かにへそは見られんけど、脈絡なさすぎや!

 

191:ターフの名無しさん ID:OtO8G4cai

ここではあんまり語られてないけど、クラシック級の短距離路線とかティアラ路線もクソ熱いからみんな見てくれよな

 

192:ターフの名無しさん ID:Y3S65d7ZN

見てるよ〜

 

193:ターフの名無しさん ID:P66elS0VL

今年のOPクラス以上のレースは全チェックしてる

 

194:ターフの名無しさん ID:Q7KFhK9UB

それはやばいけどワイも見てるよ

 

195:ターフの名無しさん ID:wFLpMFnl0

はぁ! マジでこれから始まるG1ラッシュが楽しみすぎる!!

グッズにチケットに金がねぇよ!泣

 

196:ターフの名無しさん ID:aRb22hwAh

ほんとウマスレって民度高いな

誇らしいわ

 

197:ターフの名無しさん ID:iIfbk9It1

そりゃみんな父親みたいな気分で見てるからね

 

198:ターフの名無しさん ID:Ps0WZx9hw

ギクッ

 

199:ターフの名無しさん ID:qQ1QCTJ76

若葉ステークス後、専用スレでアポロレインボウととみおがイチャついてたことに嫉妬してたスレ民さん……w

 

200:ターフの名無しさん ID:M+PHO0hIQ

まぁ嫉妬するまでがテンプレみたいなもんやし

 

201:ターフの名無しさん ID:S9T3UszZR

言い訳をするな

 

202:ターフの名無しさん ID:+0uknmjjA

皐月賞が楽しみだなあ!!

 

203:ターフの名無しさん ID:MT7/KJK3Z

#走りを見せろアポロレインボウ

 

204:ターフの名無しさん ID:xqakeBauc

誤魔化されたなw

 

205:ターフの名無しさん ID:bi9Qt5fmX

実際楽しみだからね、しょうがないね

 

206:ターフの名無しさん ID:3MzGfpDq6

早く見てぇ^〜

 

207:ターフの名無しさん ID:mR6kqWkwB

それじゃあワイは寝るわ。

シニア級の戦いに戦力拮抗のクラシック世代、マジで全部楽しみ。

ほんとこの年のトゥインクル・シリーズの目撃者であれて満足ですわ。

これからも怪我なく全てのウマ娘達が走れますように……

 



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36話:春の息吹、目覚めるライバル達

 ――遂に4月がやってきた。4月と言えば、とにかく『始まり』の季節だ。学校への入学だったり、クラス替えだったり、はたまた会社に入社したり……関わる人々の変容という意味では、新しい風が吹き込んでくる季節だ。

 

 トレセン学園にも新しい顔ぶれが入ってきた。新入生はもちろん、新しく加わる教職員・トレーナーの面々。かつて男子学生だった頃は、怠くて長い行事だなぁと密かに睡眠を決め込んでいたものだが、今は引き締まった思いで入学式をこなすことができた。精神的に成熟したからなのか、それとも来年から敵になるであろう有力ウマ娘を見定めておこうという気持ちからなのか……いや、両方から来る集中力なのかもしれないな。

 

 今年の桜の開花は非常に遅い時期にずれ込み、丁度入学式と被る頃に開花が始まった。確か、とみおが言っていたエルコンドルパサー現象というやつだ。……合ってるよね? まあいいか。

 

 桜並木の下で記念撮影する新入生を見ながら、私は河原を歩いていた。寒さはすっかりどこかに行ったので、気分転換がてらの散歩である。こういうぽかぽか陽気の日にトレーニングするのもいいけど、河原の芝で寝転んでぼ〜っとするのも乙なものだ。

 

 今日がオフで良かった。一応汚れてもいいようにジャージを着てきたので、背中から思いっ切り芝に寝転んで両腕を後頭部でクロスさせる。はい、お昼寝準備完了っと。あ、ちょうちょだ。かわい〜。

 

「んぁ」

 

 目でモンシロチョウを追っていると、鼻先にぴったりとくっついて羽を休め始めた。そんなバカなことがあるのか……と思ったが、私はウマ娘だ。案外こういうことは頻繁に起こるのかもしれない。

 

 虫が苦手な子は卒倒するだろうな〜、と考えながら、私は目を閉じた。アリとかハエとかに(たか)られない限り、しばしの睡眠を決め込んじゃお。私は深く息を吸い込んで、その意識を闇に落として行った。

 

 夢心地のまま、閉じた瞼の上に太陽光の熱を感じる。冷たくもなく、暑くもない、丁度いい温度の風が肌を撫でている。ウマ耳が、清流の流れるさらさらという音を捉えている。その鼻が、桜や雑草の青くも淡い匂いを嗅ぎ取っている。あぁ、これだから春は堪らないのだ。五感全てが暖かくなって、自然に還る感じがさ。夢か現か判断がつかぬまま、私はずっと瞳を閉じて自然を感じていた。

 

 どれくらい経ったのだろうか。遥か遠くに誰かの笑い合う声がする中、明らかに私に接近してくる足音があった。薄目を開いてその足音の主を見ると、そこにいたのはトレセン学園の制服に身を包んだウマ娘――グラスワンダーだった。

 

 彼女はスカートの裾を押さえ、僅かな風に靡く栗色の髪を手で制している。上品で清楚な動作に見惚れてしまうが、彼女もまた私の顔をじっと見つめていた。

 

「……ん。グラスちゃん、どうしたの?」

「あら、起こしてしまいましたか?」

「ううん、別に寝てたわけじゃないし。……隣、座る?」

「はい。失礼しますね」

 

 大あくびを決めた私の隣に腰を落とすグラスちゃん。彼女の細い右脚には包帯が巻かれており、見ていて痛々しい。未だに癒え切らない怪我だ。しかし、聞いた話では近いうちに復帰戦が予定されているというではないか。

 

 ……ただ、いきなりそういう突っ込んだ話題に切り込むのは躊躇われたので、私は何を話すでもなく、太陽の光を反射して光る川を見つめていた。隣に座るグラスちゃんは包帯を撫でながら、私の耳元でぽつりと囁いた。

 

「……アポロちゃん、この脚のことが気になりますか?」

「うひ〜……視線、バレてたか」

「うふふ」

 

 やっぱりグラスちゃんはこういうところで鋭いなぁ。その勘の鋭さは人にはない長所だ。諦めたように笑うと、彼女もまた柔らかく微笑んでくれた。

 

「復帰戦、いつになるの?」

「さぁ……いつでしょうか。少なくとも皐月賞には出られませんが、実はもう走れる状態なんですよ」

「えっ、じゃあその包帯は……」

「念の為にしているだけです♪」

 

 グラスちゃんは口を隠しながら笑った。本来であれば春は全休し、秋の毎日王冠がクラシックの初戦だったはず。やはり、元の歴史とは色々な矛盾やズレが生じてきている。しかし、この世界の歴史が『偽』というわけではないだろう。ここに在る存在や熱い想いは全て本物で、疑いようがなくきらきらと輝いていて。きっと本物にも劣らないから。

 

 私の妄想になるが、グラスちゃんがもう走れる状態だと言うなら……彼女の復帰戦は5月になるのだろうか? 鉄砲になるが、エルコンドルパサーやグリーンティターンの出るG1・NHKマイルカップに出走するか。または、目標をダービーに定めた上でG2・青葉賞またはオープンクラス・プリンシパルステークスに出るか。

 

 ローテーション的に言えば、G2の始動になる『青葉賞→日本ダービー』ローテーションが最も好ましいだろう。青葉賞は2400メートルだが、プリンシパルステークスは2000メートルと、ダービーに向かうにあたって距離のギャップが生まれてしまうからね。

 

 ただし、実績で言えば彼女はジュニア級G1・朝日杯フューチュリティステークスを勝ったジュニア級マイルチャンピオン。NHKマイルカップという短めの距離に狙いを定めても全く違和感はない。両方とも調整次第にはなるけれど。

 

 私がグラスちゃんの瑠璃色の双眸を覗き込むと、彼女は薄く微笑んで私の顔を真正面から捉えた。

 

「私――青葉賞に出ます」

「!」

「そして青葉賞で勝って――ダービーで貴女やスペちゃん、セイちゃんに挑みます」

 

 春の陽気に似つかわしくない刺々しい闘気が、グラスワンダーの背中から溢れ出す。そうか……ダービーに出てくるのか。またライバルが増えちゃったなぁ、対策を考えないと。

 

「……その時はよろしくね、グラスちゃん」

 

 私はにかっと歯を見せた。グラスちゃんはうふふと含みのある笑いを見せてから、ふうと息を吐いた。

 

「私が貴女のことを意識してる理由、他にもあるんですよ。最近よくアポロちゃんの話題を耳にするからでしょうか」

「な、何で私の話題を? 怖いなぁ……」

「どうということはありませんよ? マルゼンさんが貴女のことを頻繁に口にするんです。『アポロちゃんの走りはチョベリグよ〜』って」

 

 グラスちゃんがマルゼンスキーの声と仕草を真似するものだから、私は笑いを堪えきれなくなった。グラスちゃんはこういうところで案外ノリがいい。しかも、存外似てるのが妙にツボだ。

 

 そうか、私だけじゃなくグラスちゃんもマルゼンスキーさんのお気に入りなのか。どことなくシンパシーを感じるなぁ。

 

 私も負けじとマルゼンスキーの真似をする。『バッチグー』と言う時の動作と声を真似すると、グラスちゃんは思いっ切り噴き出した。結構失礼なことをしているのだが……結構危ういところにも彼女のツボはあるらしい。

 

 しばらくの間、私達の会話に花が咲く。マルゼンスキーのこと、春のこと、新入生のこと、お互いのトレーナーのこと。そしてやはり――ウマ娘とは切っても離せないレースのこと。

 

 話題が弥生賞や若葉ステークスについてのことに変移していき、いよいよスペシャルウィークや私にグラスワンダーの矢印が向く。彼女はイレ込んだように力を込めて話し始めた。

 

「私、弥生賞や若葉ステークスで、みなさんと一緒に走れなくてとても悔しかったんです」

「…………」

「スペちゃんが勝った弥生賞、そしてアポロちゃんが勝った若葉ステークス……本当に、本当に――胸を打たれるような思いでした」

 

 そう言って、グラスワンダーは私の両手を絡め取った。蛇のような指先が私の手首と指先を上ってくる。思い詰めたかの如く、いや……追い詰められていることすら楽しむかの如く、覚悟を決めた彼女の表情が印象的だった。

 

 彼女が独白する中、私はその雰囲気に気圧されていた。グラスちゃんの圧が強すぎるのだ。だんだん近付いてくる彼女に押し倒されるようにして、私は芝に倒れ込んだ。すかさず、私の上にのしかかってくるグラスワンダー。マウントを取られ、暴れようにも暴れられない。

 

「あぁ、早く戦いたい」

「っ、グラスちゃん、ちょっと――」

「貴女と――本気で――」

 

 吸い込まれそうな青い双眸が、私の目と至近距離で突き合わされる。両手の拘束を解こうとしても、物凄い膂力によって引き離せない。

 

 まさに『怪物』だった。レース前のウマ娘の如く、グラスワンダーが闘志を剥き出しにして私を威嚇している。いや、本人には威嚇しているという意識なんて無いのだろう。戦いたいという気持ちが前に出すぎてかかっているのだ。

 

 何せ、グラスちゃんの得意戦法は『マーク屋』。気持ちを前に出すことに関しては、意識的にしろ無意識的にしろ得意なはずだから。

 

「グラスちゃんっ! マジでストォップ!!」

 

 私が彼女の耳元で思いっ切り叫ぶと、グラスちゃんは身を起こして大きく怯んだ。両手の拘束が無くなり、グラスちゃんは夢から覚めたように私のお腹の上から飛び退く。

 

「――ご、ごめんなさいっ! 私、わたし――なんということを」

 

 彼女の瞳や表情は、いつものような『穏やかなグラスワンダー』に戻っていた。自分がしてしまったことに怯えているのか、両手を口に当ててわなわなと震えている。

 

 全然いいよ、というジェスチャーをしてみたが、グラスワンダーの顔色はずっと真っ青のままだ。遂には頭を大きく垂れて、土下座の準備さえし始めてしまった。

 

「……申し訳が立ちません。腹を切って詫びます」

「いやいやいや! ほんとに大丈夫だからさ!」

「しかし……」

「私もそうやって()()()()()()()()があるからさ。お互い様ってことで」

 

 ……とみおを桐生院さんに取られるって勘違いした時とか、めちゃくちゃかかっちゃったしね。あ、あはは……思い出すだけで恥ずかしい……。

 

 あの時の私は、思考がどす黒い何かに塗り潰されて、まともではなくなってしまって……桐生院ちゃんに危うく酷いことをするところだった。今のグラスちゃんと同じだ。容易に我を失う程度には、ウマ娘の執着心――勝ちにこだわる闘争心というのは恐ろしい。少なくとも男だった頃には味わったことの無い、理性を塗り潰すほどの狂気である。小さい頃からウマ娘だった子さえ、時々暴走することはあるらしい。

 

 あれやこれやと言葉巧みにグラスちゃんを励まして、再び私は河原に寝転んだ。グラスちゃんはまだ申し訳なさそうにしつつ、お買い物のために商店街に向かうようだった。

 

「それじゃグラスちゃん、またね! おしゃべり楽しかったよ!」

「はい。アポロちゃん、先程は本当に――」

「もういいって! それ以上言ったら怒っちゃうからね! ほら、気にせず行った行った!」

「……ありがとうございます、アポロちゃん。それではまたの機会に」

 

 ゆったりとした動作で立ち上がってお尻の辺りを手で払うと、グラスちゃんは商店街に向かって歩き出した。何度か私の方に振り返って視線を向けてきたので、私は寝転びながら大きく手を振っていた。

 

 久々にグラスちゃんと話し込んじゃったなぁ。ちょっと引いちゃうくらい元気だったから、何だか嬉しいなぁ。

 

 私は小さくなったグラスちゃんの背中を見送った後、まだ高い太陽の光を浴びて背伸びをした。頭の中がグラスちゃんでいっぱいだ。彼女は言葉を並べ立てる方ではないのだけど、その洗練された動作で多くの印象を残してくる。何と言うか、動作の女性らしさというのだろうか。あの清楚さが染み付いた動きは、私にはできっこない。外国生まれらしいけど、私より大和撫子だもんなぁ。憧れちゃう。

 

 ……さて。

 

「グラスちゃん、やっぱり……『領域(ゾーン)』に目覚めてるよね?」

 

 私は恐怖に跳ね回っていた心臓を、服の上から押さえ込んだ。グラスちゃんが私に対してマウントを取った時、()()()()()()()()()()あの光を見た……ような気がするのだ。どちらにせよ、この言いようのない恐怖――もちろん単純な怖さとは違う――を感じている以上、あの時のグラスワンダーが『領域(ゾーン)』の片鱗を見せていたのは間違いない。……多分本人は気付いていないけど。

 

 ……朝日杯フューチュリティステークスは、そのスペックによるただの完封劇だった。しかし、今の彼女には確実に『領域(ゾーン)』と思しき何かが確かに根付いている。

 

 怪我でレースを走れない絶望と悔しさ、休養の間に結果を出していくライバル達に焦燥感を抱いていたのだろう。どれだけ苦しかったのかは予想すらできないが――とにかく、彼女の精神状態が極限を迎えた結果、私の知らない方法で『領域(ゾーン)』を練り上げようとしている。

 

「日本ダービー、とんでもないことになりそうだなぁ……」

 

 私は制服の乱れを直しながら立ち上がる。何となく、グラスワンダーに見られている気がして――もっと言うなら、喉元に抜き身の刃を突きつけられている気がして――足早にトレセン学園に戻るのだった。

 

 

 

 トレセン学園に戻ると、正門付近でばったりセイウンスカイに出会った。

 

「あっ」

「ん?」

 

 セイちゃんはコソコソと後ろ手に釣り道具を隠すと、何事も無かったかのように歩き始める。私はそんな彼女の肩を掴み、ぐいっと引き寄せた。

 

「セ〜イ〜ちゃ〜ん? またサボり?」

 

 セイウンスカイの身長は私と全く同じだ。体型もほとんど変わらない。彼女の身体をくるりと回転させて、釣り道具を取り上げる。

 私達の間で違うのは、耳の大きさと、尻尾の毛並みと、あと単純な毛色くらいか。いや、こうやって並べてみるとかなり違うな。

 

 とは言いつつも、私は彼女にひどく親近感を抱いているのだ。芦毛で逃げウマというだけで、正直なところシンパシーを感じまくりである。後は、本人との会話の中で度々耳にする「才能がない」という風に取れる言葉。やや引っかかる部分はあるけど、私は特にその部分に共感している。

 

 セイウンスカイはその頭脳とレース作りで勝ちを拾ってきた。私は鬼のようなスパルタトレーニングで、みんなに大きく劣る肉体を鍛え上げてきた。できることを振り絞ってみんなに対抗しようとするところに、勝手に肩入れしつつ内心応援しているのだ。

 

「セイちゃんのトレーナーさんが探してたよ? まぁ、半分諦めた様子だったけど……」

 

 そんな彼女と遂に激突する時が来る。再来週に迫ったクラシック戦線の序章、G1・皐月賞。私はこの時を密かに楽しみにしていたのだ。ジュニア級は言うまでもなく、クラシック級でも戦ったことは無いからね。もちろん彼女のペースメイキング力は怖いけれど、それよりもワクワクが勝っている。

 

「あれれ〜? 今日はトレーナーさんに、ちゃんとサボるからって言っておいたはずなんだけどなぁ……」

「ちゃんとサボるって……もうっ」

 

 嘘か本当か分からないことを言いながら、私の袖を引いてくるセイちゃん。釣り道具を返して欲しいらしい。でもダメだ。彼女のトレーナーさんが困っているからね。そうやって上目遣いで目をうるうるさせてもダメだぞ――クソッ、可愛いなてめぇこの野郎。

 

「そ、そんな可愛い顔してもダメだからね。この釣り道具はセイちゃんのトレーナーさんに預かってもらいますから。……って言っても、セイちゃんのトレーナーさんは甘いからなぁ……どうせすぐに返しちゃうんだろうなぁ……」

「……最近、アポロちゃんってばグラスちゃんに似てきたよね」

「ちょ、それってどういうこと?」

「別に〜?」

 

 私達は冗談を言い合いながら、トレーナー棟に向かった。セイウンスカイを専属のウマ娘に据えるトレーナーこと如月天翔(かける)トレーナーは、ぬぼーっとした感じの男の人だ。何を考えているかよく分からないけど、実はかなりの頭脳派だ。トレーナーと担当ウマ娘は似るものなんだなぁ。ど根性が取り柄のウマ娘と、スパルタトレーニングが取り柄のトレーナーとかね。

 

 そして、如月トレーナーのトレーナー室も、とみおの部屋と同じく辺境にあった。2人で雑談する分には丁度いい距離だが、普段使いするとなるとかなり遠い。如月トレーナーの場合は、実績も充分だと思うのだけれど……幾分扱いにくい性格だからだろうか? もしくは「セイウンスカイは静かな所が好きだから」とか言ってトレーナー室の移動を固辞していそうでもある。

 

 移動している間は暇なので、この前セイちゃんと一緒に行った釣りのトークに花を咲かせる。私は下手くそすぎて一匹も釣れなかったけれど、その隣でセイちゃんがバンバン大物を引き当てていくのだ。私は彼女が大物を釣り上げた時に弾ける笑顔を忘れられない。

 

「大人になったらさ、船を貸し切ってみんなで沖釣りしたいんだよね! もしもの話だけどさ、いつか行ってみたくない?」

「お、セイちゃんその意見に賛成かも。陸では釣れないような、でっかい大物が釣れそうだよね〜」

「クジラとか釣れるのかなぁ?」

「……アポロちゃん、それは天然ボケと言うやつですか? いやはや、敵いませんなぁ……」

「?」

 

 苦笑いするセイウンスカイ。窓越しに沈み始めた太陽を見つめたかと思うと、彼女はノスタルジックな雰囲気で呟いた。

 

「大物。大物ねぇ……」

 

 ――大物。その言葉がどこか違う意味を孕んでいる気がして、私はセイちゃんの顔を見つめた。彼女の表情はどこか凄味と自信に溢れていた。くるりと振り返ったセイウンスカイが、私に向けてこう言い放った。

 

「セイちゃんも、みんながビックリするような大物を釣り上げてみたいかも! キャハッ☆」

 

 果たして、これは宣言だったのだろうか。それとも、さっきの会話の流れを組んだ適当な言葉だったのだろうか。その真意は彼女にしか分からないけれど――セイウンスカイがぎらりと光る眼差しになったのを、私は見逃さなかった。

 

 いつものように、からからと笑うセイちゃん。しかし、溢れる闘志を隠せていないではないか。それを見た私は、雑談で溢れるような笑みとは質の違う笑顔を見せつけた。

 

「……セイちゃんに負けないようなでっかい大物、私も釣り上げてみせるから」

 

 ぎょっとしたように、或いは「はは〜ん」とでも言いたげに口元を緩めるセイウンスカイ。彼女の演技がかった仕草と言葉に熱意が宿る。

 

「アポロちゃんもやるねぇ」

「……そっちこそ。お互いに宣戦布告だね」

「あんまりそういう性格じゃないけど、熱くなってきたかも」

「私も今、めちゃくちゃ燃えてるよ」

 

 ――皐月賞、お前には負けないぞという互いに向けたメッセージだ。

 

 セイウンスカイ――私に立ち塞がる最大の敵のひとり。彼女は大切な友達でライバルだ。だからこそ、絶対に負けたくない。似たもの同士だから譲れないこともある。

 

 スペシャルウィークにも、キングヘイローにも、セイウンスカイにも――私は絶対に勝つ。どんな策を講じてこようが、一目散の爆逃げで磨り潰すだけだ。セイウンスカイがどれだけ調べ抜き、考え抜き、準備して用意して策を講じてありとあらゆる仕掛けを施そうと――勝利という大物は、私が手にするのだ。

 

 夕焼けで茜色に染まるトレセン学園の中、私達は密かに激闘を誓い合った。



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37話:桜花、咲き誇る

 皐月賞の2週間ほど前から、私ととみおは皐月賞前の特別トレーニングに臨んでいた。今日は丁度皐月賞の1週間前だが、これで都合10日間も特別トレーニングに勤しんでいることになる。

 

『アポロ、もっと太ももを上げるんだ! その程度でへたれてたら、中山の坂は登れないぞ!!』

「ぐっ――んなこと、分かってるっつの!」

 

 じゃあその特別トレーニングで何をしてるの? って話になるが、今日のところは初めから終わりまでずっと坂路を走らされている。

 

 そんなトレーニング漬けになっている原因は、半月前の若葉ステークスでの走りにあった。

 

 若葉ステークス当日、私は世間一般では「完璧」と称されるほどの大逃げをしてみせた。しかし、とみおは私のレースを完璧だと思わなかったらしい。特別トレーニングが始まったおよそ2週間前のこと、彼はこう言った。

 

『アポロ。若葉ステークスの最終直線……脚が止まったな?』

 

 私としては、最終直線も全開の速度で走り抜けた気でいた。確かにスタミナ切れ寸前の死にかけだったことは覚えているが、それでもディスティネイトの猛追をぎりぎり凌ぐ程度には速かったはずだ。

 

 だが、彼が記録したラスト200メートルのタイムや最終直線の映像を見ると、その甘い考えは覆った。タイムはお世辞にもトップを争うレベルではなかったし、阪神の坂道を上り始めた途端急ブレーキが掛かったようにスパートの速度が落ちていた。上半身が持ち上がりかけていたし、本当に気合いひとつで持ち堪えていたような状態。無論、トレーナーや鋭いウマ娘じゃないと分からないような微妙な変化とタイムだけれど……。

 

 この体たらくでは、最終直線に急坂が待ち構える中山レース場で満足に戦い抜くことは不可能だ。それに、皐月賞は出走メンバー自体の強さも段違いである。トライアルという一定のレベルが確保された環境からとはいえ、オープンクラスからG1に舞台を移すとはそういうこと。

 

 小さくともG1級では命取りになる弱点を洗い出され、私は彼の提案により生まれた『中山レース場攻略特別トレーニング』に身を投じることになった。

 

 よくよく考えれば、この坂道苦手とも言うべきパワー不足は、去年の中山レース場で行われたG1・ホープフルステークスの敗因の一端にもなったはずだ。あの時のスペシャルウィークと私は最後の坂を超える頃にはバテバテだったし、オーバーペースに加えて末脚を削られていたことがキングヘイローの逆襲を許した理由とも言える。

 

 何にせよ、ジュニア級からパワー不足や末脚の爆発力の無さを解決しかねていた私達に、とうとう苦手解消のきっかけが訪れたと喜ぶべきだろう。サイレンススズカのようにレース最終盤で()()くらいのパワーがあれば、この皐月賞は奪取できる。皐月賞にもしも勝てたなら、後は距離延長を残すのみ。コースの違いこそあるが、私にとって距離延長はプラス要素でしかない。2000メートルの初戦さえ何とかなったなら、まさかまさかの三冠ウマ娘まで見えてくる。

 

 事はそう単純には行かないのだろうけど、モチベーションのためにそう思うことにする。

 

 さて、中山レース場攻略トレーニングと銘打たれたこのトレーニング。今は坂路を繰り返しやっているが、さすがに四六時中坂道を走り抜いているわけではない。坂道克服が1番の課題なのは間違いないけれど、何も最終直線の坂だけが中山レース場じゃないからね。

 

 中山レース場の2000メートルは、内回りコースを走っての競走となる。直線入口からのスタートとなり、第1コーナーまでの距離が長いため位置取り争いが熾烈になりがちだ。また第1コーナーまでに一度坂を上らなけれならないため、これが後になって脚に効いてくるだろう。

 

 コーナーを曲がりつつ1690メートルを走り抜くと、いよいよ最終直線がやってくる。最後の直線は310メートルと短く、残り180メートルから70メートルにかけて例の急坂が待ち構えている。

 

 中山レース場の特徴は、小回りコーナーと短い直線、そして急坂だ。皐月賞2000メートルの舞台を走り切るには、十分なスピードはもちろん、最後まで走り抜くスタミナとパワーを必要とする。私が主に不足しているのはパワーのため、私達のトレーニングは、小回りコーナー練習1割、最終直線の走り方のトレーニングを2割、急坂対策を7割という配分で行っている。

 

 で、その坂道トレーニングが死ぬほどキツイという話だ。こんなに強度が高いトレーニングは久々に味わう。

 

 だが、その程度で挫けていられない。折れそうになる気持ちの対抗策として、トレーニング中にスペシャルウィークやセイウンスカイ、そしてキングヘイローの幻影を作り出して、私は死ぬ気で競い合うことにしていた。

 

「ほら、もう一本行くぞ。向こうから全力で駆けてこい。絶対に怯むんじゃないぞ」

「……っ、分かってる。そっちこそ、私がとんでもないタイムを出して怯まないでよね」

「言うじゃないか」

 

 厳しいトレーニングの最中、ウマ娘の中にはどうしても気が立ってしまう子がいる。所謂『気性難』と評されるウマ娘。私は一応それに該当しているが、夢に対する憧れとトレーナーの上手い操縦によって今のところは上手くいっている。

 

 ただ、今回ばかりは悪態というか口が悪くなってしまうことが増えた。だって許して欲しい、私はトレセン学園が誇る最大傾斜の坂路――全長1085メートル、高低差32メートル、上り勾配がスタートから300メートルまでは2.0%、続く570メートルは3.5%、次の100メートルは4.5%、最後115メートルで1.25%――を、この短期間で何百回何千回と走らされているのだから。

 

 0メートル地点、つまり最も低い所に戻ってきた私は、ウマ耳につけたピンマイク付きのイヤホンに声を吹き込んだ。これは、トレーナーとウマ娘が離れてしまうトレーニングでも十分な意思疎通が出来るように――と、秋川理事長が取り寄せたトレセン学園の備品である。何かとこの1085メートル坂路にお世話になることが多いので、私ととみおはこの機械をよく装着している。

 

「最初の位置に戻ったよ」

『ご苦労さま。それじゃ、用意してくれ』

「……ん」

『行くぞ。用意――スタート!』

 

 イヤホンから彼の声が聞こえた瞬間、私は長い長い標高32メートルの坂道を駆け上がり始めた。最初の一歩目から感じる重い傾斜角、2.0%もの急傾斜。こんな坂道がおよそ1.1キロずっと続いていて、しかも体力の持つ限り全力疾走しろと言われている。日によっては本気で100本走らされることもあるこの過酷なトレーニング、ストレスが溜まらない方がおかしかった。

 

 ――が。敗北への恐れと、勝利への渇望が私の脚を突き動かす。1生に1度のクラシックという事実の重みが、後悔のない方に私を走らせる。私の心は今までに無いくらい燃えていた。

 

「ふっ、ふっ――!」

 

 中山レース場のコース全体の高低差は何と5.3メートルにも及ぶ。つまり、皐月賞を走り切る間に私は建物2階建て分の高さを昇り降りしなければならないのだ。また、最終直線の最大勾配は2.24%。どのレース場と比べても最も過酷な高低差2.2メートルの坂は、今私が走っている坂路の何倍も厳しいものになるはず。坂路トレーニングと本番レースの坂は、全くもって都合が違うのだ。

 

「負ける、もんか――!」

 

 長い長い坂路を全力で駆けながら、歯を食いしばる。苦しいけれど、ワクワクするのだ。1998年という、競馬にとって伝説的な年に集った優駿達と対決できるというのは、例えようもないくらい胸を高鳴らせてくれている。本当に楽しみで楽しみで仕方がない。

 

 永遠に思えた過酷な坂路も、残り400メートルを切った。息切れして倒れ込みそうになったが、私は皐月賞の最終直線を思い描き――追い上げてくるライバル達を幻視した。視界がぎゅっと狭まる感覚。背後に現れる3つの影。後ろに誰かがいると思うと、闘志が燃え上がった。

 

 最も近いのは、ほとんど隣につけているセイウンスカイ。元の歴史の皐月賞馬にして、逃げ一本で二冠を取った最強のトリックスター。皐月賞本番は私からハナを奪い、スローペースに持ち込んでくるのだろうか。それとも、私を徹底マークして()()()()()のだろうか。しかし、後者に関してはお生憎様――時々グリ子やマックイーンちゃんに頼んでマーク戦法をしてもらうため、私はその弱点を克服しつつあるのだ。まだ完璧とは言わないし動揺自体はするけどね。

 

 さぁ、そのセイウンスカイや私をぶち抜く勢いで上がってくるのはスペシャルウィーク。この世代でたった一頭のダービー馬に輝いた、日本古来の名牝シラオキ系と大種牡馬サンデーサイレンスの血を継ぐ優駿。元の歴史の皐月賞では色々な不利があって3着になったわけだが……この世界ではどうだろうか。

 

 大外側から突っ込んでくるのはキングヘイローだ。現役競走馬時代、1200メートルから3000メートルまでを走って好成績を収めたとんでもない良血馬。この世界のキングヘイローは、2000メートル以上に対する苦手意識が無くなっている気がする。……ホープフルステークスで『領域(ゾーン)』に目覚めかけたからだろうか。詳しい理由は不明だが、彼女もマークからは外せない。

 

 彼女達の幻影と戦えば戦うほど、3()()()()1()()()()()()()()()()ように思える。実力が拮抗していて、誰が抜け出すか想像もつかない。そして、彼女達を抑え込まないと皐月賞を勝てないだろう私もまた、己の実力と彼女達の実力差を測りかねていた。

 

 だが、あの弥生賞を肌で感じた私なら分かる。自分は、スペシャルウィークやセイウンスカイ達にはあと一歩敵わないのだと――

 

 残り200メートル、坂路の終わりが見えてくる。鬼の如き3.5%の傾斜が私の脚を削る。幻影達が果敢に坂を上り、私を抜き去って1着争いを繰り広げる。何度も見た光景だ。3.5%の傾斜が1.25%に落ち着いても、その位置関係が変わることはなく――私は4着で坂路を走り切った。

 

「ぜっ、はっ――……!」

 

 ()()()。また負けてしまった。0勝1000敗ってとこか……?

 

 幻相手とはいえ、ここまで負けが込むと疑問を生じずにはいられない。私が生み出した幻影達が、本物に比べて速すぎるのだろうか? ……ううん、そんなはずはない。何百何千ものウマ娘の頂点を争うウマ娘は、私のようなモブウマ娘なんて軽く超えていかなければおかしいはずだ。

 

 ……むしろ、ここまで喰らいつけている私を褒めるべきなのか? 歴代屈指のウマ娘達の影を踏めている私を。

 

 仮にそうだとしても、私は勝利という結果が出るまで自分を褒めたくない。調子に乗ってしまうことだけは何よりも避けたいのだ。であれば、たとえこの幻影に負けようと勝とうと、黙々とトレーニングすることが正解なのだろうか。

 

 ……いや、今は幻影の正確さはどうでもいいな。ライバルの背中を見せつけられて、負けても負けても決して諦めず、ひたむきに努力し続ける――それで良い。私にお似合いだ。

 

「……うん、うん。よくやったアポロ。ここに来てベスト更新だ」

 

 大きく肩を上下させる私に向かって、パソコンを弄りつつバインダーに何かを書き込むとみおが上機嫌で言った。私はジャージの袖で額の汗を拭って、とみおに言ってみた。

 

「もう一本、はぁ、はぁ……行っていい?」

「え? あぁ、良いけど……15分休憩しようか。そこから再開だ」

「……は〜い」

 

 とみおに遠回しにストップをかけられたので、私はスポーツドリンクとタオルを取りに行った。すると、坂路コースの向こう側には私と同じく休憩時間らしいグリ子がいた。

 

「あれ、グリ子じゃん」

「その声はアポロちゃん。そっちも休憩中?」

「まあね」

 

 グリ子は今週末の桜花賞に挑む予定になっており、トレーニングメニューも軽くランニングして汗を流す程度に留めるらしい。

 

 彼女の春のローテーションは、G2・報知杯フィリーズレビュー→桜花賞→NHKマイルカップ。クラシック路線とティアラ路線を往復しながら短距離レースを皆勤するというものだ。3月に行われた1400メートルG2・フィリーズレビューでは見事3/4差をつけて1着に輝き、桜花賞の大本命として推されている。

 

 私は彼女の足先から髪の毛の先までを舐め回すように観察した。パッと見でも分かるくらい『良い』。なんかこうツヤツヤしてるし、ふくらはぎも絶妙なバランスに熟している。トレーナーさんの調整が上手いんだなってのがよく分かる。

 

「仕上がりめちゃくちゃいい感じじゃん」

「先輩とトレーナーのおかげかな。でも、これだけ調子が良くてもミークちゃんに勝てるかどうかは分かんないや……」

 

 ハッピーミークは昨年12月のダートG1・全日本ジュニア級優駿(1600メートル)を制した後、芝のG2・チューリップ賞(1600メートル)を大外差し切りによって勝利した。ダートG1→芝G2制覇の快挙に世間はどよめきを見せ、シニア級で芝G3・中山金杯とダートG1・フェブラリーステークスを立て続けに制したグルメフロンティアと共に脚光を浴びることになった。きっと、彼女達の存在は芝ダートの二刀流を切り開いていくことだろう。

 

 しかし、そんなハッピーミークに易々と芝G1を取らせるわけには行かない――というのが、ジュニア級短距離女王の意地だ。最近話したミークちゃんはあんまり気負っていないみたいだったけど、それは私の目に見えていないだけで、桐生院さんによるとかなり緊張している様子とのことだった。それも、グリ子を随分と意識しているらしく。

 

 お互いに戦ったことはないが、同じ路線に身を投じる者同士意識することがあるんだろう。前評判で言えばティアラ路線はグリ子とミークちゃんの2強だし、嫌でも意識に入ってくるだろうしね。

 

「桜花賞、明後日かぁ。早いねぇ」

「本当にね。阪神ジュベナイルフィリーズを勝った時、『あと3ヶ月ちょいあるから準備しよ!』とか思ってたのに……思ったより早く春が来ちゃった感じ」

 

 グリ子はどこか遠くを眺めた後、ふぅと溜め息を吐いた。ワクワクを抑え切れないが、不安もある様子だった。……グリ子もミークちゃんも友達だから両方勝ってくれだなんて、傲慢だろうか。どちらにも勝って欲しいと願うのは、競走者としては失格なのだろうか。

 

 現実はそうならないことの方が多いけれど、この気持ちは間違ってないはずだ。私はスポーツドリンクを飲むグリ子の背中を強く叩き、そのまま坂路に戻ることにした。大きくむせながらグリ子が何かを騒ぎ立てていたが、大きく手を振って誤魔化しておいた。

 

 ウッドチップコースのど真ん中に座り込んで、ノートパソコンを弄っているトレーナー。私は彼に近づいて、背中をとんとんと叩いた。

 

「とみお、帰ってきたよ」

「おう。それじゃ、また坂路トレーニングするか」

 

 ぬっと立ち上がるとみお。こうして私達はしばらくの間トレーニングに勤しみ、大量の汗を流すのであった。

 

 

 

 ――そして、迎えた4月2週のG1・桜花賞にて。

 

『残り200メートルを切ってグリーンティターン伸びてきた! ハッピーミークも追いすがる! しかしハッピーミーク僅かに届かないか!』

 

 キングヘイローとは一風変わった緑の勝負服に身を包んだグリ子が、桜花賞のゴール板を1着で駆け抜けた。

 

『ゴォォールッッ!! やったぞグリーンティターン!! トレーナーに初のクラシック級G1タイトルをプレゼントすると共に――重賞3連勝!! 残り300メートルから見事に先頭集団を差し切り、その力を証明しましたっ!! 2番人気のハッピーミークは届かず2着!』

 

 劇的な勝利だった。スタート直後からバ群に揉まれ、身体をぶつけ合いながら好位置につけたグリーンティターン。汗にまみれ、泥に汚れ、それでも己の末脚を信じ続けた彼女の脚が、曇りの重バ場を豪脚一閃切り裂いた。

 

 煌めく汗と緑の勝負服。はためいた深緑のマントが風を切り、ここに泥だらけの女王が誕生したのだ。私はテレビ越しにガッツポーズをかまし、食堂にいた周りの子達を驚かせてしまったが……それはそれとして。

 

『アポロちゃん、私……やったよっ!!』

 

 勝利者インタビューで涙ながらのブイサインを映したグリ子に貰い泣きしそうになりながら、私は皐月賞への強い想いをより一層深めていくのだった。

 

 そしてその時――私の心の底の底で、何かがハジける音がした。



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38話:いざ、中山の地へ

 G1。それは、トゥインクル・シリーズの最高の格付けに位置するレース。誰もが憧れる最高の栄誉だ。出場するだけで一生食い扶持にできるくらいには、その存在は大きい。

 

 そして、皐月賞はクラシック路線・G1の第1戦として行われ、最もスピードのある優秀なウマ娘を選定するためのチャンピオンレースとされている。

 

 しかし、そのグレード・ワンという最高格付けのレースに出場できるのは、1年を通してもたった100人程度。数千数万を超えるウマ娘達がその狭き門を通ってG1に出場するには、天性の才能と豪運と諦めない心が必要なのだ――

 

 

 

 ――4月3週目。いよいよ待ちに待った皐月賞がやってきた。舞台は中山レース場、芝2000メートルの右回り。去年のホープフルステークスと同じ条件での対戦になる。

 

 現地に朝一番から入場したところ、さすがに人は疎らだったのだが……10時を超える頃には人が溢れんばかりの大盛況。「お昼ご飯は中山レース場で食べてしまおう」ということなのだろうか。早くもスタンドには熱心なファンの姿が見え始め、空き席が分からないくらいの状況になりつつあった。

 

 その原因の一端を担うのは、先週行われた桜花賞であろう。グリーンティターンとハッピーミークの2強対決に世間が湧き、連日報道された結果、その余波が皐月賞にも及んでいるようだ。SNSでグリ子をエゴサーチしてみたところ、彼女の泥まみれの勝負服と地を這うようなフォームが、ファンを超えて一般にまで認知されるに至ったのだとか。彼女の美形な顔の写真写りが非常に良かったせいもあるだろうが、友人の人気が急上昇と聞いて嬉しい限りだ。

 

 所謂『流行』というのは、そのジャンル外の人間を取り込んだ結果巻き起こるものだ。時々爆発する漫画・アニメ作品は元より、フィットネスブーム然り、アイドルブーム然り。元々国民的エンターテインメントだったトゥインクル・シリーズだが、圧巻の金鯱賞や激戦の桜花賞を経て更に拡大を見せつつある。普段はそっぽを向いていた一般層が、ここに来てレース場に集まり始めたのだ。

 昨年の朝日杯FS、阪神JF、ホープフルステークス、そして今年に入ってのサイレンススズカの連勝、激闘の桜花賞――この1年でスターウマ娘が次々と誕生し、異常なくらいの盛り上がりを見せていたから、むしろ関係者からすれば「やっと爆発したか」くらいの気持ちなんだろうけど。

 

 ノリに乗ってウハウハなURAがバンバン広告を打ちまくるし、それに応えるように凄まじいレースが数々生まれるのだから、このブームはしばらく終わらないだろう。

 

 私は控え室まで響いてきそうな観客のざわめきに辟易としながら、インターネット上のニュースを見る。タップしたのは、月刊トゥインクルが配信しているWebの記事だった。

 

 ――『4強、中山の地に集う!』の見出しでデカデカとぶち上げられたその記事。一見すれば表面をなぞるような浅い内容しか書いていなさそうなものだが、『乙名史記者』が書いているので安心だった。この人の記事は見応えがある。

 

 記事の内容は、スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイ、アポロレインボウに注目したものだった。

 

 まずはスペシャルウィーク。圧倒的1番人気に推されているウマ娘だ。沖野トレーナーが「自信がありますよ」と記事内で答えているように、最もメディアに持ち上げられている。弥生賞の強い勝ち方や、専門家の言葉を吟味しての評価だ。

 体重はやや増。トレーニングで計測されたラップタイム、専門家のコメント、ついでに好きな食べ物(スペちゃんはにんじんが好き)を載せて、スペシャルウィークの欄は終わった。最後のいる?

 

 次にセイウンスカイ。弥生賞に敗北したとはいえ、その内容の良さを評価されての2番人気。京成杯で見せた綿密なラップタイムや、弥生賞での粘って前に残す力について触れられており、記者はレースをよく見ているんだなという印象だ。

 体重は不明(計測拒否)。ラップタイムも不明(計測拒否)。好きな食べ物はにんじん……って、何の役にも立たないな。

 

 3番人気に推されたのは私、アポロレインボウ。記事には、これまでの全レースを振り返っての評価と、知らぬ間にインタビューを受けていたらしいとみおのコメントが記されていた。

 曰く、『アポロレインボウが勝ちます』――と。うっと声が出そうになったが、後ろでソワソワしている本人に気付かれないように堪えた。ページをスクロールしていくと、『狂気の逃げウマ』『殺人ラップの刻み手』という物騒な異名が囁かれていて、嬉しいような嬉しくないような感じ。トラウマを克服してから掲示板を外したことがないし、もしかしなくても妥当な人気なのかもしれない。まだ実感は湧かないけどね。

 体重は増減なし。ラップタイムはいつも通りレコード級、好きな食べ物は甘いお菓子。……好きな食べ物欄は、ファンに向けてのものなのだろうか。

 

 4番人気はキングヘイロー。弥生賞では不発に終わったが、その末脚が世代ナンバーワンなのは誰もが認めるところ。4番人気とは思えない賛美の言葉が並ぶ。

 体重は増減なし(本人コメント「一流のプロポーションよ!」)。ラップタイムは上がりの時計が凄まじい。好きな食べ物はにんじんハンバーグ。ウマ娘は、好きな食べ物をにんじんと答えておけば安牌なところがあるな。

 

 そして、残りのメンバーをおさらいしたところで記事は終わった。特にめぼしい情報は得られなかったが、まぁメディアにそんな良い情報を漏らすわけがないから……良しとしよう。

 

 ふぅと息を吐くと、そわそわしているとみおが私に話しかけてきた。

 

「アポロ、今何時だ?」

「12時ってところかな」

「う、まだそんな時間か……そろそろご飯食べとくか? トイレとか大丈夫か? それとも、もう勝負服に着替えとくか?」

 

 一応G1に挑むのは2度目なのだが、子を初めての学校へ送り出そうとする親みたいにトレーナーはあたふたしていた。

 

「心配しすぎだって。あと4時間近くあるんだから」

「俺にとっては、開幕まであとたった4時間しかないんだよ……おえぇ、マジで吐きそうだ」

 

 とみおはネクタイを緩め、スーツのボタンを外し始めた。去年のクリスマス、私が贈った水色のネクタイが目に入る。彼はそのネクタイを随分丁寧に扱ってくれているため、シワひとつない。

 

 だけど、皐月賞だからと高いスーツに身を包んできたのに、それを着崩すのは元も子もない。私はジャケットを脱ごうとした手を取って、逆に着せつけ始めた。

 

「こら、ネクタイは緩めない。そろそろスタッフさんが入ってくるかもしれないでしょ」

「息苦しさで死にそうなんだよ……勘弁してくれ……」

「だ〜め。ほら、ネクタイ締めて。それとも私がやる?」

「い、いや……自分でやるよ」

 

 ネクタイも締めてあげたかったんだけどなぁ、と口の中でもごもごして、私はデバイスの画面に再び目を落とした。明るくなった画面が「12:06」と示した後、ふっと明かりを落とす。

 

 ――本当に、あと少しで皐月賞が始まってしまうのだ。彼の緊張が伝播したのか、私も背中に震えが上って来た。武者震いと言うやつだ。レース前特有の胃を刺すような緊張感と、燃え上がるような闘志がごちゃ混ぜになっている。早く走り出したくなって、その衝動を無理矢理抑え付けるように、私は控え室をぐるぐると旋回し始めた。

 

「……軽くランニングしたくなってきた。でも、この調子じゃ外には出られないよね」

「残念だが、そうなるね。返しウマが皐月賞前最後のランニングになるのかもしれないな」

 

 ネットを見ていると、早くも中山レース場は阿鼻叫喚の嵐になっているようだった。人が集まりすぎて、客席はともかく、通路やスタンド内、中山レース場から最寄り駅に至るまでの人口密度がえげつないとか何とか。しかもゴールドシップと思しきウマ娘が焼きそばを売りさばいているとかいう情報も入ってきた。いや、これはどうでもいいか……?

 

 例の破天荒ウマ娘に意識が持っていかれかけたが、今日は皐月賞本番なのだ。いつもならゲラゲラ笑っていたところだけど、数時間後に迫った本番に向けて気持ちを高めていかなければならない。私はウマホをカバンに押し込んで、邪念を払った。

 

「とみお。柔軟運動手伝ってくれない?」

「おぉ、いいぞ」

 

 昂る気持ちを誤魔化すように、私は柔軟運動を始めた。アキレス腱、手首足首を解した後、床に座って背中を押してもらう。手馴れた一連の動作。彼の両手の動きに合わせて、上半身を前方向に思いっきり倒す。床に胸がつくまで前傾しても、痛みは全くない。

 

「……柔らかくなったな」

「毎日やってるからね〜」

「……そうだよな。毎日――ずっと、頑張ってきたんだもんな」

「…………」

 

 私の背中に添えられた両手に力が込められたのが分かった。私は前屈をやめて、彼に向き直った。

 

「頑張ってきたのは私だけじゃないよ。トレーナーもずっと頑張ってきた。そうでしょ?」

「……俺は君のサポートに徹していただけだ」

 

 私は彼の頑張りを知っている。私の頭の中に叩き込まれたライバルウマ娘のデータは、彼の血と汗と涙から成り立っているのだ。そんな彼の頑張りに応えたくて、厳しいトレーニング漬けの日々に身を投じているとも言える。

 

「とみおがそうやって謙遜するのは知ってたけど、なんだかなぁ」

「努力を口に出すのは美学に反するだろ」

「あはは、言えてるかもね」

 

 くすくすと笑い合う私達。一息つくと、お互いの目には煮えるような闘志が宿っていた。『勝ちたい』という2人の想いが通じ合い、深く繋がっていく。

 

「……柔軟運動しながらでいいからさ、もう一回作戦の確認をしよっか」

「そうだな……そうするか」

 

 視線を切って、私は真横に大きく開脚する。両脚を180度開き、お腹側に上体を倒していく。これも毎日継続して努力して得た柔軟性だ。

 

「まずはスタートだ。アポロは8枠17番というかなり不利な枠になった」

「……うん」

「外側の芝はこれまでのレースで荒れ気味。それに比べて、内ラチ側の芝の状態はかなり良い。まずはスタートを絶対に出遅れるな。そして内ラチに張り付いて最短距離で駆け抜けるんだ。……ま、スタートに関して心配はしてないけどな」

「もちろん。逃げウマはスタートが命だもんね」

 

 拡げた両の爪先に向かってそれぞれ身体を倒しながら、私は彼の言葉に頷いた。ちなみに、皐月賞の出走表は以下のようになっている。

 

 1枠1番、11番人気シャドウストーカー。

 1枠2番、9番人気ギミーワンラブ。

 2枠3番、2番人気セイウンスカイ。

 2枠4番、14番人気ミニオーキッド。

 3枠5番、7番人気リトルトラットリア。

 3枠6番、12番人気トゥトゥヌイ。

 4枠7番、13番人気フリルドバナナ。

 4枠8番、8番人気ピンクシュシュ。

 5枠9番、16番人気カラフルパステル。

 5枠10番、15番人気ブラックディップド。

 6枠11番、10番人気ディスティネイト。

 6枠12番、4番人気キングヘイロー。

 7枠13番、17番人気コンテストライバル。

 7枠14番、5番人気ジュエルアズライト。

 7枠15番、6番人気チョコチョコ。

 8枠16番、18番人気フリルドグレープ。

 8枠17番、3番人気アポロレインボウ。

 8枠18番、1番人気スペシャルウィーク。

 

 私とスペシャルウィークが大外のゲートを運悪く引いてしまった形になる。逃げウマにとっては言うまでもなく不利な外枠だが、ここに『とある事情』が重なった結果、外枠スタートは更に不利なものへと変貌した。

 

 その事情とは何か。

 ――URAが芝の保護を目的として、内側の移動柵を3メートル外側にずらした上で、競走を施行していたのだ。ただし、皐月賞2日前に移動柵は内側に移動させられ、現在はホープフルステークスを走った時の感覚と同じように走ることが出来る。

 

 なお、とみおの情報では――コースの内側3メートル幅分に、芝生が生えそろった『グリーンベルト』が形成されているとのことだった。この『グリーンベルト』がどういう意味を持つかと言うと――まずは芝状態とウマ娘について話さなければならない。

 

 まず、場(芝の状態)と言っても様々だ。レース開幕週における芝の状態は、つまるところ誰にも荒らされていないから、クッションが効いて先行したウマ娘がバテにくくなる。つまり、先行したウマ娘が有利になるのだ。

 

 逆に、レースを重ねてボコボコに荒れた場はクッションが効きづらく、先行したウマ娘がバテやすくなる。無論、荒れた場が得意か苦手かどうかの適性もあるのだけれど……概ね差しや追込ウマ娘が有利になる。荒れた内場を避けて大外を回るのにもスタミナが要るし、展開のアヤも関係してくるけどね。

 

 これらを照らし合わせて考えると、今回の場はかなり特殊だ。大内――つまりウマ娘1.5人分のコースは綺麗な芝状態で、少し外に出ればボコボコに荒れた芝が待っている。更に大外に持ち出せば、距離の超大幅ロスはあるものの、再び綺麗な場が顔を覗かせる。

 内枠のウマ娘や逃げウマ娘に有利な反面、中途半端な先行策では荒れた場を走らされてスタミナロスは免れないという状況だ。

 

 つまりどういうことかと言うと――最初の直線でセイウンスカイを競り落としてハナに立たないと、荒れた場を走らされてしまうということだ。スタミナには自信があるとはいえ、今日の私は2001メートルできっかり体力を使い果たすような走り方を研究してきた。単純なスピードが足りないから、生来多く兼ね備えた燃料(スタミナ)を燃費悪く使いまくってやろうという走り方。少なくとも、大荒れのターフを余分に走るほどの体力は残せない。と言うか、そんな所を走らされては絶対に勝てない。

 

 言ってしまえば、この皐月賞はスタートで全てが決まる。最初の200メートルで、残りの1800メートルの展開が全て決定づけられてしまう。私はいつも以上に、ゲートからの飛び出しに気を遣わなければならないのだ。

 

 正直、URAをちょっと恨みたくなった。その理由は致し方ないものとはいえ、私にとっては強い強い向かい風となる障害だから。無論、しっかりと公式にアナウンスがなされていた情報だし、それを受けて作戦を考えるのも私達の役目なのだが……爆逃げすることしか能のない私には、この状況を有効利用するようなアイデアが思い浮かばなかった。

 

「俺達がマークするのは――同じく逃げの作戦を取ってくるであろうセイウンスカイだ。スペシャルウィークとかキングヘイロー、その他の子にぶっ差されたなら俺を恨んでくれ」

「恨まないよ。2人で話し合って決めたことじゃん」

「……そう、だな。それに、どうせアポロが勝つんだから負けた時のことを考えてもしょうがないか……」

「さすがに強気すぎない……?」

「ここまでやることはやって来た。これで勝てないのはおかしいってもんさ」

 

 そして、枠番が決まってから幾度のミーティングを経て、私がマークするのはセイウンスカイに決まった。これにはしっかりとした理由がある。

 

 まず、大外枠のスペシャルウィークは、わざわざ危険を犯してまで先行策に打って出る可能性が限りなく低いからだ。ホープフルステークスの時のように、逃げの有力ウマ娘が1人だけなら彼女も食いついてきたのだろうが……今回は内枠と外枠に人気上位の逃げウマがいる状態。ハイペースかスローペースになるかの予想がしづらく、わざわざリスクのある前目の策を選ぶとは思えない。よって、スペシャルウィークは大人しくバ群の後ろにつけてのレースをすると考えられたため、私の意識外に置いて良い存在だと結論付けた。加えて、今回は場状態の影響で差しウマでも大外枠に不利があるため、ある程度は脅威ではなくなるととみおは力説していた。

 

 次にキングヘイローだが……彼女は6枠12番。枠番に対して特筆することはないが、彼女の弥生賞のレースっぷりから言って、キングヘイローは枠番に応じて柔軟な策を取るとか――そういう気はさらさらないと見えた。つまり、彼女は今回も差しで来る。よって、逃げの私とはある程度離れた距離関係になると予想されたため、彼女もマーク対象から外れた。また、場の勝手が違う中山のコースで()()()()()()()()()()走り切るのは至難の業だとトレーナーが指摘していた。キングちゃんに対するマークもホープフルステークスとは段違いになるだろうから、むしろキングちゃんが()()()()()皐月賞を走り切ったなら、それはもう彼女が強かったと褒めるしかないのである。

 

 結局、私がマークするのはセイウンスカイ。逃げウマの相手は逃げウマなのだ。彼女はスタートがそこまで上手くないから、何とかハナを奪って――逃げて逃げて逃げまくってやる。セイちゃんが私のペースを乱そうというのなら、私は暴走気味に速度を上げてやろう。逆に()()()やるんだ。大丈夫だ……私は桜花賞ウマ娘のグリ子や、“名優”メジロマックイーンの()()をこの身で受けてきている。ちょっとやそっとのことじゃ動じないんだから。

 

 会議を兼ねた柔軟運動が終わると、控え室の扉がノックされた。「失礼します」と扉の向こうから顔を出したウマ娘のスタッフは、現在時刻がレース2時間前であることを告げた。とみおは着替えが始まるのだと察して、そそくさと控え室を後にする。

 

 それを確認して、ウマ娘のスタッフは薄く微笑んだ。

 

「アポロレインボウさん。勝負服に着替えた後、お化粧をしますので」

 

 ……いよいよだ。私は純白の勝負服を手に取り、ジャージを脱ぎ捨てた。



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39話:決戦!皐月賞!その1

 勝負服に着替えてお化粧を済ませて、私は姿見の前に立つ。この姿でレースを走るのは2度目になるが、ウエディングドレス風の勝負服は長年連れ添った相棒のように感じる。とにかく着心地が良いし、明らかに走りにくいはずなのに、関節の可動域は不思議なことに狭くならない。

 

 ウマソウル……というやつが勝負服に込められているのだろうか。私には分からないことだけど、この勝負服の存在は凄く心強かった。

 

 スタッフさんと入れ替わりにトレーナーが部屋に入ってきて、私の周りをぐるぐると回り始める。自信ありげに尻尾を振ってあげると、彼は何かを納得して大きく頷いた。

 

「うん。身体の仕上げは我ながら完璧だし、調子も良さそうだね。勝負服も似合ってるよ」

 

 気づけばパドックまで残り僅かとなっていた。一応トゥインクル・シリーズはスポーツと興行を兼ねているため、雑に勝負服を着るのはご法度だ。一生映像に残る上メディアによる生中継も盛んに行われているため、スタッフの手によって、髪のセット・お化粧・勝負服の着付けは特に念入りに行われる。

 

 で、この勝負服の着付けはかなり難しいらしく、スタッフさんはかなり手間取っていた。まぁ、時間をかけたお陰でトレーナーが褒めてくれたし、着付けの間「T」のポーズで立っているだけだったから精神統一に当てられたし、悪いことだけではなかった。

 

「……そろそろパドックだね」

「あぁ。第9レースの京葉ステークスはもう終わってるからな。そろそろ行かないと」

 

 皐月賞は中山レース場第10レースであり、そのひとつ前のレース――第9レースのオープンクラス・京葉ステークスは既に終わっている。京葉ステークスはダートのスプリント戦だから、芝の具合が極端に変わっていることもないだろう。『グリーンベルト』はそこにあるはずだ。

 

「アポロレインボウさん、そろそろ――」

 

 ノックされた扉の向こうからスタッフの声がしたので、私達は揃って立ち上がった。目と目を突き合わせて、頷き合う。そのまま言葉ひとつ交わさず、私達は中山のパドックに向かった。

 

 

 ――レース開始50分ほど前、10万人を超える大観衆が中山レース場のパドックに殺到していた。我こそは肉薄してウマ娘の姿を、とパドック付近の柵前に押し寄せている。ただ、パドック内に入り込むような無法者はいないのだから、ファンの意識の高さが窺える。

 

 パドックに控えるは、『最も速いウマ娘』という栄光を狙う18人。ライバルを注視してトレーナーと話し込むウマ娘や、瞳を閉じて集中力を高めているウマ娘、はたまたソワソワして落ち着かなさそうなウマ娘もいて――晴れ渡る空の下、多様な18人のウマ娘が心の赴くままに過ごしている。私はライバルを観察してトレーナーと話す側のウマ娘だ。セイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイローから1秒たりとも目を離せなかった。

 

 そうこうしていると、準備が整ったのか……スタッフに導かれた1枠1番のシャドウストーカーがお披露目台に立った。頭の上から聞き馴染んだ実況と解説の声が聞こえてくる。

 

『1枠1番、シャドウストーカー。11番人気です』

『人気は低いですが、実力のあるウマ娘です。意表を突く作戦による一発に期待しましょう』

 

 シャドウストーカーは緊張した面持ちでステージ上に進むと、思い切ったように上着を払い除けた。1番手だったからだろうか。大袈裟に脱ぎ捨てた上着がド派手に宙を舞い、ワッと歓声が上がった。早くも中山レース場のボルテージは最高潮に達しつつある。

 

『すごい歓声ですねぇ。レース開始前だというのに、最終直線の大歓声を聞いているみたいですよ』

『今日の中山レース場は超満員ですから……この歓声の多さも無理はないでしょう』

 

 順番が回り回って3番目のセイウンスカイになると、普段とは違って精悍な目付きをしたセイウンスカイがステージ上に姿を表した。これが本当の意味での初披露となる彼女の勝負服。私はどんな意匠か知っているからいいが、観客や他のウマ娘達はセイウンスカイの勝負服のデザインを全く知らない状態だ。セイウンスカイが肩にかかった上着に手をかけると、あちこちからごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

 普段は「堂々とする」という言葉とは無縁で、飄々とした態度を取っていたセイウンスカイが――覇気さえ発しながら威風堂々と上着を放り投げた。一瞬、飛び上がったその上着に目を取られる観客達。すぐに視線はセイウンスカイの勝負服へと戻っていき、あちこちから感嘆の声が漏れた。

 

 銀の輝きを帯びた芦毛が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。彼女の澄み切った蒼い瞳が、セイウンスカイの天邪鬼な性質さえ消し去ってしまいそうなほど美しく光る。彼女の身を包むのは、フリフリでふわふわの白い服に、緑と黄色のアクセントが付けられた勝負服。ショートパンツやイヤーキャップには雲の意匠が施され、セイウンスカイの名を表すような雰囲気だ。

 

 今日のような快晴の空を思わせる真っ直ぐなデザインはお客さん達の心を鷲掴みにしたようで、彼女が軽く手を振る度に、その方向にいた観客が沸き立った。

 

『――2枠3番、セイウンスカイ。2番人気です』

『素晴らしい仕上がりですねぇ……この皐月賞では何を仕掛けてくるのでしょうか。楽しみにしておきましょう』

 

 あぁ、本当に――嫌いになりそうなくらい、憎しみさえ生まれてしまいそうなくらい、セイウンスカイの調子は絶好調だった。それも、あのセイウンスカイが()()()()()()()()()()()()()()には。

 

 彼女のウマ耳は、観客が彼女の名を叫ぶ度にぴこぴこと元気よく跳ね、尻尾は目立ちすぎるくらいによく振れている。彼女のトレーナーである如月さんが肩を叩いて何かを耳打ちすると、セイウンスカイの顔色が更に良くなった。良くなってしまった。

 

 ……セイウンスカイのミスを待つようなレースは望めないな。スペシャルウィークとキングヘイロー、残りの2人の調子はどうだろうか? 私はパドックに下がっていくセイウンスカイを見届けて、次なるウマ娘達を観察した。そして、いよいよキングヘイローのお披露目の番になった。

 

『6枠12番、4番人気のキングヘイローです』

『彼女も元気そうですねぇ。上手いレース運びで見事好位置に付けることができるか? 彼女の末脚には要注目ですよ』

 

 前枠である6枠11番、ディスティネイトの好調な雰囲気を受けてのコメントだ。キングヘイローは精錬された動作で上着を払うと、いつものようにお嬢様然としたポーズになった。

 

 顎の下に手を当てて、眉をキリリとしながら微笑むキングちゃん。彼女の調子は確かに良さそうだ。ホープフルステークスの時までとは言わないが、彼女の黒がかった鹿毛は艶を帯びているし、トモのハリも非常に良い。弥生賞の時から更に調子を上げてきたようだ。

 

 彼女もまた侮れない。ベストな走りをした時、この場で最も強いのはキングヘイローかスペシャルウィークだ。特にキングヘイローに関しては、逃げウマの私からすると厄災みたいなもの。どうにか彼女がリズムを崩し、あの末脚が発動しないことを祈るだけと言うか……それくらい彼女の豪脚はえげつないのだ。あれが飛んできたらほぼ100%勝てない。

 

 キングヘイローが引っ込んでしばらくすると、いよいよ私の番だ。私はお披露目するためにステージに上がり、右手を振り払うようにして上着を投げ捨てた。

 

『8枠17番、アポロレインボウ。3番人気です』

『うぅ〜ん、彼女もまた素晴らしい仕上がりのようです。大外枠と逃げのウマ娘にとっては不利な条件が揃っていますが、果たしてファンが期待するようなレースを作り出せるのか? また、レコードを演出するかどうかも楽しみですね』

 

 私が勝負服を露わにした途端、ざわめきが少し止まる。正直、分からんでもない。やっぱりこのウエディングドレス風の勝負服は目立ちすぎる。水色の刺繍とか、左右非対称の白黒ハイヒールはともかく、白一色の勝負服というのがいかようにも目を引きすぎてしまうのだ。そうでなければ、へそに注目しているのだろうか。それは分からないけど。

 

「クラシック第1線の皐月賞――俺はアポロレインボウを推すぜ」

「どうした急に」

「お前には見えないのか、アポロレインボウから噴き出すあの青いオーラが。ライスシャワーが纏っていた威圧感と似た性質を感じるぜ」

「オーラは見えないけど……確かに不思議な感じがするな。でもこの変な感覚、セイウンスカイやキングヘイロー、スペシャルウィークからも感じるんだが……」

「あぁ……確かにあの4人は特にオーラが燃えている。正直な話、オーラの量だけで言えばセイウンスカイが上っ……! だけど、俺はずっとアポロレインボウを応援してきたんだ! 悲願のG1タイトル、今日こそ取ってくれるって俺は信じてる!」

「きっと、今までで最高の皐月賞になるな。全力で応援しようぜ!!」

 

 数秒か、それとも数分か。ステージ上で思う存分視線を集めた私は、さっと身を翻してトレーナーの元に向かった。次にお披露目されるのは、堂々の1番人気――スペシャルウィークだ。

 

 私とすれ違うように、黒鹿毛のボブカットと白い三つ編みが視界を横切る。お互い視線を交わすことは無かったが、意識はしているだろう。この皐月賞の舞台で戦うにあたって、私とスペシャルウィーク、キングヘイローやセイウンスカイは、互いを意識しなかったことがなかった。誰をマークするか考えに考え抜き、取捨選択を行い、データによる長所・短所の洗い出しによって対策を立て、万全の準備を喫してやっとこの舞台に立っている。4人がそれぞれを意識し合い、高め合ってしまっているのだ。相手は自分より強いと考え、余すところなく鍛え抜いた結果が今だ。

 

 スペシャルウィークとすれ違う際、以前の彼女には感じなかった何かを感じた。キングヘイローやセイウンスカイにも言えるが、クラシック級の冬や春先を経て、集めたデータには現れない成長を見せているのだろうか。私はパドック内で腕を組んで、彼女のお披露目を見守った。

 

 スペシャルウィークは「もう失敗しないぞ」という風に、何度か頷きながら上着を上に放り投げた。勢いが良すぎてスカートが捲れ上がりそうになったが何とか持ちこたえて、スペシャルウィークの勝負服が観客の目前に曝された。

 

『8枠18番、スペシャルウィーク。1番人気です』

『私イチオシのウマ娘です。軽快にジャンプして、調子も良さそうですね。弥生賞を制した豪脚が、不利な大外枠から繰り出せるか。彼女からは目が離せませんよ』

 

 白と紫と淡いピンクを合わせたような、アイドル風の勝負服を身に纏って手を振るスペシャルウィーク。パドックの隅から僅かに覗く彼女の後ろ姿を睨むと、その尻尾の様子だけで彼女の調子が良いのだと理解できた。

 

 私の隣に立つとみおが大きく息を吸い込んだ。迷わず耳を彼の口元に近づけると、彼はこう耳打ちしてきた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。調子の如何によっては作戦の大幅変更も考えていたが、変更はなし。話した通りだ」

「……了解」

 

 例の3人が全員調子良好となれば、作戦変更の意味はない。作戦を変えるような時は、セイウンスカイが今にも倒れそうなほど絶不調な場合くらいしか考えられなかったが……まぁ、転ばぬ先の杖である。

 

 こうしてお披露目が終わると、私達は専用の道を通って本場入場することになった。1枠1番の子から次々にターフへと駆けていき、スタンドを湧かせている。

 

 私も彼女達の後を追わなければいけないのだが、どうにもそれができなくて。私はとみおの手を強く握った。

 

「…………」

 

 気分は戦いの前で高揚している。早く戦いたいと心が疼いている。だが、パドックからターフに向かう道の先――歓声が溢れてくるターフを目の当たりにして、少し緊張してきてしまったようだ。

 

 いつもなら手を繋ぐという行為は、それこそ膨大な恋心を変換するための、甘美な行為として行っていたはずだ。しかし、ここは重い重いクラシック寸前の一幕。()()()()()()()という、どうしようもなく残酷で恐ろしい現実の寸前だ。

 

 少女の精神が色濃く出ている今の私は、ここにきて竦んでしまっていた。私の手の震えから何かを察したのか、とみおが繋いだ手とは逆の手で私の髪の毛を撫でてくる。

 

「大丈夫……大丈夫だアポロ。俺がついてるからさ」

「……本当?」

 

 私らしくもない弱音だと思った。だけど、止めようもないくらいに自分の言葉だった。私は彼と繋いだ手に力を込める。困ったように彼が苦笑したかと思うと――私は彼の腕の中にいた。

 

 ふわりと、温かくて、彼の匂いがした。緊張が解けていき、温もりの中で闘志と恋心が燃え盛った。

 

「俺はターフの上じゃ戦えない。君はこれからひとりで戦わないといけない。でも、俺はずっと走る君の隣にいる」

「……うん」

「信じてくれアポロ。自分と、自分のトレーナーを」

「――うんっ」

 

「――信じてるぞ。さぁ、行っておいで」

 

 彼の抱擁から解放されると、彼の言葉に背中を押され――私はターフへと駆け出した。

 



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40話:決戦!皐月賞!その2

 私は太陽の眩しさに目を細めつつ、遂にターフの上に降り立った。そこには想像もつかないくらいの観客がいて、遥か遠くまで続くスタンドを埋めつくしていた。

 

『大歓声がターフを包む中山レース場! 果たして誰がこの歓声を返しウマのものだと思うでしょうか!? さあ、その歓声を作った原因とも言える芦毛の爆逃げウマ娘――アポロレインボウがホームストレッチを爆走しています!』

『見慣れた光景とはいえ、些かシュールですねぇ……』

 

 本場入場が行われ、早々と返しウマが行われる。私はコースを軽く回るついでに例の『グリーンベルト』を主とした芝の状態を確かめるべく、視線を下に落としていた。

 

 うん……思った通り、走路の内側はめちゃくちゃ走りやすい芝のコースができている。だけど、少し外に持ち出せば足を取られかねないボコボコの悪い芝があって……更に大外には状態の良い芝が広がっている。

 

 それは遠くから見ても明らかだった。大内側3メートル分は青々とした緑の層になっていて、その外側の荒れたゾーンは若干土っぽくくすんだ色の層になっている。

 

 返しウマを行っているウマ娘全員がターフを睨んでおり、その『グリーンベルト』に気付かぬウマ娘など皆無という状態だ。あるウマ娘に至っては、『グリーンベルト』と『グリーンベルト外』を走り比べるという返しウマまで行っていた。

 

 返しウマ兼準備運動が終わると、G1専用のファンファーレが鳴り響く。ウマ娘に関わる者なら誰もが耳にしなかったことはない壮大なファンファーレ。胸が高鳴り、視界がより狭まっていく。戦時中に音楽を鳴らして士気を高める部隊がいたそうだが、今ならその気持ちが分かった。

 

『雲ひとつない快晴の下、中山レース場に集った世代を代表する精鋭18人。春の穏やかな空気に交じって、緊張感が辺りを包んでいます。10万人を超える観客に見守られる中、次々にゲートインが行われていきます』

 

 続々とゲートインが完了し、閉じられていく背後の柵。私も颯爽とゲートインし、胸に手を当てた。

 

『外枠のアポロレインボウもゲートイン。残ったのは、少しゲート入りを拒んでいるセイウンスカイです――が、今入りました。これで全員のゲートインが完了、いよいよ発走です』

 

 ――大丈夫。私にはトレーナーがついているんだ。

 黒い闘争心を剥き出しにして、ターフを踏み締める。苛立ちに似た激情に心が支配されているが――思考は冷静そのもの。周りも良く見えている。腰を沈め、遥かな沈黙の中、私はスタートの瞬間を待つ。

 

 今か。いや、次の瞬間か。それとも、その次の刹那か。

 ギリギリまで重心を落とし、力を溜めるように踵に力を入れ――

 

『世代で最も“はやい”ウマ娘を決める皐月賞が今――』

 

 ――ガシャコン、と音がした瞬間、私はゲートを飛び出した。

 

『――スタートしました!!』

 

 皐月賞が開幕した。ワッと歓声が上がり、熾烈な位置取り争いが始まる。

 

『ポンと飛び出したのはセイウンスカイ。アポロレインボウも負けじと好スタートです。2人が前に行き、ペースを作ります』

『後ろ気味の作戦の子はごちゃついたスタートになりましたね。これは後続の位置取り争いが激しくなりそうです』

 

 ロケットスタートを成功させた私はぐいぐいと前に持ち出し、足を使ってハナを奪取しに向かった。今回の脚質構成は、逃げ2人、先行7人、差し5人、追込4人。差しの位置にキングヘイローとスペシャルウィークがいるはずで、私と同じように先頭を取りに来るであろう“逃げ”のセイウンスカイは――

 

 ――いた! どうやら彼女も良いスタートを決めてきたらしい。内側のコースを走っている彼女と目が合った。私は大外枠のスタートだったため、スピードを上げて内ラチ目掛けて一直線に走った。ほとんど横並び――僅かにセイウンスカイが優位に立ちながら、ホームストレッチをひた走る。

 

『坂を上り、まだ先頭は決まらない。セイウンスカイとアポロレインボウが争っている。1番人気のスペシャルウィークは後ろの集団やや外めに取り付いたぞ! キングヘイローはスペシャルウィークの内側前目につけて周囲を窺っている!』

 

 坂路トレーニングの成果が出たのか、かなり楽な手応えで1度目の坂を上り切る。しかし、内ラチにいるセイウンスカイも全く譲らずに加速してきた。やはり()()()()()()()()()()。私は既にトップスピードに乗っているというのに、セイウンスカイはまだ余力を残したような表情でついてくる。それどころか、私を引き離すように速度を上げようとしているではないか。

 

(させるか――!)

 

 私はセイウンスカイに体をピッタリと寄せ、肩がぶつかる寸前まで肉薄する。そして、その瞳で『ハナは絶対に譲らない』と睨みを効かせる。無論、セイウンスカイがここまで競り合って来ると言うことは、彼女とて先頭を譲ってくれる気なんてないのだろうけど。

 

『ホームストレートを駆け抜ける18人。1番手は僅かに内側のセイウンスカイ。2番手は外を追うアポロレインボウ。3番手は3身離れてリトルトラットリア。先行した集団の先頭です。12番手にはキングヘイロー、13番手にスペシャルウィーク。最後尾はディスティネイトが行きます』

 

 時速70キロを超す高速で競り合う私とセイウンスカイ。彼女はペースメイクを放棄したのか、レコードペースで爆走する私に抜かれまいと前を行っている。

 

 第1コーナーの曲がり初めまであと少し。そろそろ『グリーンベルト』の外の荒れた場を走らされ続けるのはキツい……!

 

 横並びでハナを争っているこの状況を打破するため、私はコーナーリングを利用していよいよトップスピードに乗り、セイウンスカイを引き離しにかかろうとした。

 

 ――が、セイウンスカイは私の走りを横目で確認すると、更に加速してギアを上げてきた。ぎょっとしながら私は前傾姿勢になり、“いつものアポロレインボウのペース”で爆逃げを開始する。

 

 私の位置取りは外を回らされての2番手。しかし、目まぐるしく脚を回転させてかなりの高速にある。彼女が私を抑え込もうというつもりなら、私はどれだけでも反発してやる。だから、セイウンスカイの望むようなスローペース展開にはさせてやるまい。諦めることだ、セイウンスカイ。私はかなり根性があるんだから。さぁ、大人しく先頭を奪わせろ――!

 

『第1コーナー曲がってレースはいよいよ中盤。3番手以下の争いはある程度落ち着いてきましたが、先頭の2人がまだまだ激しくやり合っています。2番手のアポロレインボウに押されるように、セイウンスカイはどんどんペースを上げているぞ。これはかかっていますかね?』

『どうでしょうか。セイウンスカイの作戦と言ってしまえばそれまででしょうが……純粋なスタミナ勝負ならアポロレインボウに分があるでしょうね』

 

 第1コーナーを曲がって、1番手はアタマ差でセイウンスカイ。縮んでも抜かしきれない僅かな差。直線からずっとそうなのだが、一瞬ほんの少しだけなら抜かせてくれるのだが、私がセイウンスカイの前に入ろうとした途端に速度を上げてきて、どうにも完璧なハナを取れないのだ。内枠の有利を活かしたいやらしい技巧。

 

 私はまだ粘ってくるセイウンスカイに苛立ちと焦りを覚えていた。必死の形相で内枠を走るセイウンスカイ。スピードを上げても上げても、僅かばかり先頭を譲ってくれない。とうに『最初の200メートル』は終わりを告げ、レースは第2コーナーを抜けてバックストレートが見えてきた。

 

 ――まだ、抜かせてはくれない。全力全開で走っているのに、内枠で粘るセイウンスカイが粘りに粘る。しかも、コーナーの外側――しかも大きく荒れた芝を回らされているため、スタミナロスがいよいよバカにならなくなってくる。

 

「ぐっ――どうして――――!」

 

 ちかちかと光る視界の中、疑問が生まれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 彼女の得意分野は集団のペースを握り、前後のウマ娘にトリックをかけ、レースの時計を掌握することではないのか。セイウンスカイの実力なら、私にハナを奪わせて自由に走らせ、その上でトリックなり布石なりを仕掛けて勝利を奪いにきそうなものなのに――

 

 これでは作戦もクソもない。私達が組み立ててきた綿密な作戦は、ハナを取った上で成り立つものだったというのに――プレッシャー対策やその他の会議が水の泡だ。

 

 私は斜め前方を走るセイウンスカイを睨む。セイウンスカイは私を確認すると同時、チラチラと視線をターフの下に落としていた。

 

 そこで気づく。セイウンスカイが走っているコースが、内ラチやや外寄り――『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこは、ターフの大内コースではない。内側にはウマ娘ひとりが入れるか入れないかくらいの隙間が開いている。当然疑問が生じる。何故最短距離を走らない? と。

 

 私だったらもっと内ラチ側に詰めて最短距離を走る。ならば、セイウンスカイが内側の柵に激突することを恐れているとか。……いや、これは違う。彼女のレース映像を見る限り、セイウンスカイは内ラチに激突することなど恐れてはいない。なら、どうして――?

 

(まさか、このウマ娘――)

 

 ――ここまで思い至って、私の脳に激震が走った。

 

 あるではないか。あえて最短距離を走らず、グリーンベルトの外側に詰める理由が。

 

「――っ、セイウン――スカイ――っ!!」

 

 このウマ娘――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 中山レース場に作られた『グリーンベルト』は、幅3メートルの内ラチ沿い。つまるところ、ターフを走るウマ娘1.5人分の感覚しかない。セイウンスカイはあえて内ラチいっぱいを走らず()()()()()ことによって、私をグリーンベルト外に完全に押し出していたのだ。

 

 そうすることで、セイウンスカイは経済コースを通りつつ脚を比較的温存することができる。逆に、彼女がマークしているアポロレインボウは、同じコースを走っているというのに必要以上に脚へのダメージを受ける。彼女とて、ハイペースによってある程度のスタミナが削られるのは計算の内という訳だ。それ込みで、内枠と『グリーンベルト』の優位を取りに来た。

 

 私の焦燥に駆られた表情を見て、『やっと気づいたか』と意地悪くにやりと笑うセイウンスカイ。しかし、一瞬表情が歪んだかと思うと、顔を真っ青にしながら「かひゅ――」と鋭く息を吸い込んだ。私のペースが想像以上に速かったのか、彼女とてそこまでの余裕は無いらしい。

 

『第2コーナー曲がって向正面に入りました。前半の1000メートルを通過して――ペースはかなり早い57.8秒を計測しました! これは驚きです、やはりアポロレインボウのペースに付き合うのは危険だ!』

『セイウンスカイは言うまでもありませんが、アポロレインボウも苦しそうですね。荒れたターフのゾーンを走らされているからでしょうか。どちらにせよ、暴走じみたこのハイペース……前の2人はレース後半に後続に捕まるかもしれません』

 

 苦しげに呼吸を繰り返すセイウンスカイを見ながら、私の脳裏に2つの選択肢が過ぎる。

 

 ――1つ。このままグリーンベルト外を走らされ続けたら、途方もない体力消費によって最終直線の坂で力尽きてしまう恐れが大きい。だから――苦しい決断になるが、セイウンスカイにハナを譲る。2番手追走の形にして『グリーンベルト』を駆け抜けてスタミナを温存し、最後のチャンスに賭ける――これが1つ目の選択。

 

 ――2つ。私がハナを取れなかった場合の走りなど、ゴミ同然だ。逃げ以外の作戦を取った選抜レースは大敗に終わり、その他のトレーニングでも()()()()()レース展開には向かないことが明らかになっている。どうしても先頭は譲れない。だから、死ぬ気で速度を上げてセイウンスカイを磨り潰し、先頭を奪いにかかる――これが2つ目の選択。

 

 どちらの選択にも穴はある。1つ目の選択の脅威は、セイウンスカイが私をブロックしつつスローペース展開に持ち込むかもしれないということ。また、2番手になった途端に自分の走りを見失い、二度と先頭に上がれなくなるかもしれないこと。

 2つ目の選択については、言うまでもなくスタミナ切れによる失速が怖い。もしもセイウンスカイが意地を張って頑としてハナを譲らなければ、逃げウマ2人は仲良く自爆だ。上手く先頭に立ったとしても、セイウンスカイと争いすぎた結果、最終直線で争う体力がなくなる恐れもある。

 

 どちらを選んでも地獄。この状況にされたことがそもそも絶望的だ。セイウンスカイというトリックスターにしてやられ、私は追い詰められている。

 

 どっちだ。どっちにする。

 私は未だに譲らないセイウンスカイを見て、苦渋の判断を下した。

 

『おっと!? アポロレインボウがペースダウン!! 行った行ったの位置取り争いが遂に終わったのか!? 会場が大きくざわめいています!』

『これは――スタミナ温存のためでしょうか? 怪我をしたわけではなさそうです』

 

 私が選んだのは――2番手追走。何もかもが最悪な賭けだったけど、私はより勝利確率の高い方を選ぶことにした。例えこの先でセイウンスカイを競り落としたとしても、最終直線で競り合うスタミナが無ければ勝てないのだ。兎にも角にもスタミナ切れだけは何としてでも避けなければならない。

 

 私は大きく息を入れてペースを落とした。上体を起こして速度を緩めたと同時、セイウンスカイの鋭い視線が私の身体を射抜く。するとどういう訳か、セイウンスカイも私に合わせるようにペースを落としてきたではないか。いや――()()()()()()()()()()()()()()()()。これは一体――?

 

『んん!? セイウンスカイもペースダウン!? セイウンスカイ、アポロレインボウを目視した後、不可解な失速! 2人は並んだままだぞ!?』

 

 結局、速度を緩めたセイウンスカイと私は併走の形でバックストレッチを終えることになった。まだ彼女は私の内側を走っている。()()()()()()()()()()()()()、ずっと張りついてくる。第3コーナーを曲がりながら、私の頭は激しく混乱していた。

 

 もう私はハナを取ることを諦めたのだ。何故ピッタリとついてくる? それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嫌な予感がした。今世紀最大級の混乱と、ぞっとするような恐怖と、敵意と、苛立ちと、感嘆と――ぐしゃぐしゃになった激情が脳を支配していく。

 

 もしそうだとしたら――私はどうなる。セイウンスカイはどうなる。私は負ける。セイウンスカイが勝つ。勝ってしまう。そんなの嫌だ。まずい、非常にまずい――状況は最悪最低だ。どれだけ思い切った読みなのだ。この大一番で、どうしてそんなことができるのだ。

 

(セイウンスカイ、私の思考と展開をここまで読み切って――)

 

 これがトリックスター、セイウンスカイの本領だと言うのか。

 

(だけど――認めない!! 絶対に譲らないっ!! セイちゃんにもスペちゃんにもキングちゃんにも、他の子には絶対に負けたくないよ!! ――やれることを考えろアポロレインボウ!! 術中にハマったなら、ハマったなりにベストを尽くせ!!)

 

 だが、セイウンスカイに読み切られたとしても――絶対に諦めない。私は絶望と酸素不足を受けて限界寸前の脳を高速回転させ、この状況の打開策を探る。

 

 『グリーンベルト』内を走らせてくれないなら、私は必然的にスタミナ保持のためにペースを緩めざるを得ない。当然のように横並びになってくるセイウンスカイは、私が速度を落としたことによってスローペース展開を作り出した。セイウンスカイが息を入れる隙も生まれてしまい、皐月賞のペースは明らかにセイウンスカイの手中にある。

 アポロレインボウという暴走ウマ娘の存在があるため、殺人的ハイペースが鳴りを潜めるとは思ってもいないだろう後続のウマ娘達は、位置取りが下がってきた私とセイウンスカイを避けるようにペースを落としていく。私達は、彼女の逃げによって上手く転がされてしまったのだ。気付いた時にはもう手遅れな、彼女のトリック。アポロレインボウと『グリーンベルト』の存在を逆手に取った大胆な作戦。これらが実を結び、彼女は皐月賞というタイトルをぐっと引き寄せている。

 

 だが、やれることはまだ残っている。残り600メートル、後悔のないように動け、考えろ、勝利へと続く光を探し出せ! この最終コーナーで彼女を捕まえて、そして最後に引き離してやるのだ。

 

 ――そう思考し、第4コーナーに差し掛かった瞬間だった。

 

 うなじから背中にかけて、ばっさりと抉り取られた――そう感じてしまうほどのとてつもない怖気が私の背筋を襲った。誰かの『領域(ゾーン)』だと反射的に理解したが、時すでに遅し。その恐怖を司るウマ娘は――目前を走るセイウンスカイだった。

 

「――うぐッ!!」

 

 ――まずい。何かが来る。恐ろしい何か――抗いようのない強さの塊が。直感的に彼女の背中を捕まえにかかるが、全てが遅すぎた。目の前の光景が歪み始め、セイウンスカイの全身から生み出された黒い瘴気が私の四肢を呑み込み始める。途方もなく強いチカラ――激しい想いが私を侵食してくる。

 

 やがて闇の中から眩い光が差し込み、黒い瘴気を通して私の中に激情が流れ込んできた。見せられる。魅せられる。セイウンスカイの心象風景。水平線が広がる大海に、ぽつんと孤独に浮かぶいかだ。その上で瞳を閉じ、寝ているのか起きているのかは分からないが――釣竿をしかと握っているセイウンスカイ。間を開けずに竿を持ち上げた彼女は、見事に大物を釣り上げてみせた。

 

 その場にいる全員の意表を突き、胸をすかすような大勝利を掴みたいというセイウンスカイの強い意志が、私の瞼の裏に焼き付けられる。或いは、彼女が自覚する才能のなさから来る圧倒的な不安。絶望。その中で見出した希望、『祖父』との思い出。

 

 あまりにも眩い輝きに、私の身体は一瞬だけ動きを止めた。

 

 ――【アングリング×スキーミング】

 

「――――じいちゃん――――」

 

 刹那、何かを呟いたセイウンスカイが前傾姿勢になり、最終コーナー終わり際からラストスパートを開始した。ぎょっとして仕掛け遅れた私は、打開策の無いままに2番手を懸命に追走する。メジロマックイーンに全く引けを取らない『領域(ゾーン)』の輝きに呆気に取られてしまった。この立ち遅れが、後になって悔やんでも悔やみきれない差になるかもしれない。私は懸命の疾走で最終直線に入っていく。

 

『第4コーナー曲がって最後の直線に入ります!! 残り310メートル、中山の直線は短いぞ!! 先頭はセイウンスカイ!! 少し離れてアポロレインボウ、更に後ろにキングヘイロー!!』

 

 最終コーナーを曲がって、1番手は2身前を行くセイウンスカイ。2番手は私、3番手に上がってきたのは更に2身ほど開いてキングヘイロー。6番手にスペシャルウィークの姿も見える。

 

 私はここで初めてグリーンベルト内に足を踏み入れる。僅かな差だが、グリップが効いて確かに走りやすかった。これなら追いつけなくもないはず――と、私も全速力のスパートを開始した。幸運にも、先程のペースダウンでラストスパートをかけるくらいのスタミナくらいは残っていた。問題は坂だが――そこは持ち前の根性で乗り切るしかない。

 

 立ち塞がる急坂に挑んでいくセイウンスカイを視界の真ん中に、私は坂を上り始めた。今までのラストスパートとはペースも展開も違う。それでも皐月賞の栄光のため、私は走らなければならない。

 

――アポロ、もっと太ももを上げるんだ! その程度でへたれてたら、中山の坂は登れないぞ!!――

 

 トレーナーの言葉が脳裏に響く。残り180メートルから70メートル地点に待ち受ける、たったそれだけの坂。しかし、私はこの一瞬の距離を走るために長い時間をかけてきた。この坂道は何歩で走破できるのか? 10歩か、それとも20歩か? 綿密な計算とシミュレーションを行い、この坂を超えることは中山レース場を攻略することだと、そういう信念のもとトレーニングを行ってきた。

 

――俺はターフの上じゃ戦えない。君はこれからひとりで戦わないといけない。でも、俺はずっと走る君の隣にいる――

 

 坂を駆け登る。止まりそうになる身体を押す不思議な力があった。ひとりで走る私に寄り添う想いがある。私を信じてくれる人がいる。そう自覚すると、疲れ切っていた私の脚が再び回転を始め、驚異的な加速を始めた。

 

 セイウンスカイの背中は見えていた。ラストスパートに入った彼女に再び並ぶ準備はできている。後ろからキングヘイローが凄まじい脚を使って追い上げてくるが、ペースを乱したのか『領域(ゾーン)』は発動していない。それでも私やセイウンスカイを捉える圧倒的な速度だ。

 

『残り200メートルの標識を通過して、セイウンスカイ!! セイウンスカイがひた走る!! 芦毛のトリックスターが皐月賞の戴冠を目指して懸命に腕を振っている!! しかし、それを防ごうと走るのもまた芦毛!! アポロレインボウがここに来て再加速!! 先頭との距離を縮めている!! どちらが勝つのか全く分からない!!』

 

 ここで、セイウンスカイに予想外のペースダウンが起こった。彼女の上体がブレて、回転の早い脚の動きが止まりかけている。続いて、速度が目に見えるくらいに落ちた。

 

 そうだ、セイウンスカイとて、グリーンベルト外を走っていた私の超ハイペースに向正面まで付き合っていたのだ。であれば、彼女のスタミナは予想以上に削れているはず。彼女にも予知できないことがあったのか……!

 

 これまで完璧にセイウンスカイの手のひらの上で転がされ、少なくない絶望を感じていた私は、差し込んできた希望の光に縋りついた。大声を上げながら、加速した身体を思いっ切り沈み込ませる。彼女を追い抜くために外に持ち出し、荒れたターフの上に再び躍り出る。蹴りつけた土混じりのターフが踵で跳ね上げられて、遥か後方へと吹き飛んでいく。それに呼応するように、私の身体は前へと押し上げられていく。

 

「うああぁぁぁああああああああっっっ!!!」

 

 2身あったセイウンスカイとの差は1身――いや、1/2身。鋭く胸を刺す痛みに顔を顰めながら、私はセイウンスカイを横目に睨んだ。彼女は必死の形相で懸命に胸を反らし、息も絶え絶えに咆哮している。

 

 私もセイウンスカイも限界ギリギリ――いや、もう限界などとうに超えている。気を抜けば差される――または逃げ切られると、極限の緊張感の中走り続けている。そして、両者とも絶対に諦めてなどいない。ここから差し切る。前に残して粘り切ると――2つの激しい想いがぶつかり合っている。

 

 ただ、ボコボコのターフを走ったことで削られに削られた私の体力も空っぽだ。グリーンベルト外を実質1800メートルは走っていたのだ――残り100メートルを切って、私の脚は既に棒切れ同然になっている。

 

『セイウンスカイに迫るアポロレインボウ!! 中山レース場の青空に虹が掛かるか!? 2人の優駿が死闘を繰り広げている!! そして、更に大外からジュニア級チャンピオンが突っ込んでくる!! ターフの上で緑の勝負服が踊っている!! 王座は譲れないぞキングヘイロー!! 1番人気のスペシャルウィークは4番手でもがいている!!』

 

 気がつけば、背後にキングヘイローが突っ込んできていた。その差は1身。相も変わらずぶっ飛んだ末脚。しかし、残り100メートルもないこの距離――僅かに届かないはずだ。

 

 つまるところ、私とセイウンスカイとの一騎打ち。魔王の如き掌握力を潜めていたトリックスターと、逃げることしか能のないスタミナお化け。最初から最後まで意地の張り合いとなった皐月賞、私と彼女の差はアタマ差だった。

 

「絶対――負ける、もんかあぁぁあああああああっっっ!!!」

 

 死ぬ気で首を伸ばし、皐月賞のゴール板に近づいていく。栄光まで残り50メートル。喉が干上がってちぎれそうだ。膝が悲鳴を上げている。腕の先の感覚がない。汗が視界に入って邪魔だ。赤い。苦しい。でも、もっと速く――!!

 

『残り50メートル!! 先頭は2人並んだ!! 首の上げ下げ!! 首の上げ下げ!! 頑張れアポロレインボウ!! 頑張れセイウンスカイ!!』

 

 遂に真横に並んだセイウンスカイと睨み合う。彼女は息も絶え絶えで歯を食いしばり、虫の息だ。私に並ばれて、その表情は絶望に大きく歪んでいた。

 

 ――しかし。

 

「クラシックは――皐月賞は、私のモノだぁぁぁああああああっっっ!!!」

 

 ――セイウンスカイの悲鳴に似た絶叫が、彼女の背中を押した。『領域(ゾーン)』の残滓か、それとも彼女自身の底力か――或いは両方か。

 

 全身全霊のラストスパート。

 闘志を剥き出しにして、喉が枯れんばかりに叫んで。

 

 私達は縺れ合ったままゴール板を駆け抜けた。

 

『ゴォォールッッ!! 同時にゴール板を駆け抜けたのは、アポロレインボウとセイウンスカイ!! 僅かにセイウンスカイが体勢有利か!? これは写真判定です!!』



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41話:皐月賞の後で

 中山の芝2000メートルを走り切った私は、ゆっくりと速度を落としながらコースの外に膨らんでいく。そのまま速さを失って、私はターフに膝をついてしまった。

 

「っ……はぁっ――はぁっ――」

 

 同じくコース上で不格好にも倒れ込むセイウンスカイを見て、私はゴール寸前の一瞬を思い出す。

 

 ――負けた。差し返された。ハナ差すらない、ほんの数センチの攻防だったけれど……私には分かった。己の敗北を確信すらしていた。

 

 しかし、まだ確定したわけではない。あの電光掲示板に『確定』の2文字が点った時、私達の皐月賞は終わるのだ。

 

 私は何とか立ち上がり、身を投げ出してターフに仰向けになるセイウンスカイに近づく。彼女は大きく胸を上下させていて、私の接近に気づいてすらいないようだった。セイウンスカイに手を伸ばす。私の影になった彼女が薄く目を開き、ふにゃりとふやけた微笑みを携える。

 

「アポロちゃん、スタミナお化けすぎ……」

「そっちこそ、読みが大胆すぎ。ほら、立てる?」

「あはは……セイちゃん膝が笑ってて上手く立てないや……」

 

 体力も気力も使い果たしたのだろう、セイウンスカイは私の手に向かって手を伸ばすことすらできないようだった。仕方ないので、脇の下に手を突っ込んで無理矢理立たせる。猫のようにされるがままになって、私が肩を貸すことで何とか彼女は自立することができた。

 

 3着に突っ込んできたキングヘイローと4着になったスペシャルウィークも駆け寄ってきて、セイウンスカイを支える。そのままホームストレッチ前に帰ってきた私達は、写真判定の表示がされたまま止まった電光掲示板を見守った。

 

 レースが終わって数分経ったが、判定が下される気配はない。観客のざわめきが時間に比例するように大きくなり、レース終了から5分が経過した時――遂に電光掲示板が光った。

 

 ――1着、セイウンスカイ。ハナ差の2着にアポロレインボウ。

 

『長い長い判定の審議が終わり、皐月賞の着順が決定しました!! 1着はたった9センチ差でセイウンスカイ!! 2着には僅かに及ばずアポロレインボウ!! 3着はキングヘイロー!!』

 

 ワッと歓声が上がり、肩を支えるセイウンスカイの表情が晴れやかになった。対する私は――微かに抱いていた希望さえ打ち砕かれ、唇を噛み締めることしかできなかった。

 

「……おめでと、セイちゃん」

 

 絞り出した言葉は震えていて、あまりにも小さかった。敗北の現実を叩き付けられ、目の奥が熱くなってくる。セイウンスカイは疲労困憊の中に見える喜びを噛み締め、私に感謝の言葉を告げてきた。

 

「アポロちゃん、ありがとう……」

 

 その言葉を受けた途端、私は目から溢れ出す涙を抑えることができなくなった。友達の勝利を祝福したいのに、上手く笑えなくて。悔しさと情けなさがごちゃ混ぜになって、私は嗚咽しながら手首で涙を拭った。

 

「っ……ごめ、私……悔しくて……」

 

 勝者のセイウンスカイが私に声をかけてきたが、その言葉は耳に入ってこない。堪えようとすればするほど、押し寄せてくる涙の量が増えていく。嗚咽が喉から漏れて、私は大観衆の前でしゃくり上げていた。取り繕うこともできないくらいの泣き顔になって、化粧も落ちてしまっただろう。

 

 歪む視界の中、スペシャルウィーク、キングヘイローが悲痛な顔で私を見ていた。セイウンスカイは私をどんな顔で見ているのだろうか。……私、本当に最低だ。悔しい気持ちは誰しも持っているはずなのに、勝者にさえ気を遣わせてしまうなんて。

 

 セイウンスカイがウィナーズサークルに招かれると、私は一目散に控え室へと走り出した。ゴール板近くにいたはずのトレーナーは私を見ていたのだろうか。それは分からないけど、この泣き顔を彼には見られたくなかった。

 

 控え室に戻ると、誰もいなかった。私にとっては都合がいい。早く涙を乾かして、いつものアポロレインボウに戻らなければならないのだから。

 

 暗い部屋の中、姿見の前に立つ。何とか『それっぽい』笑顔になろうとするが、中々上手くいかない。どうしても引きつった顔になって、溢れ出す悲壮感が隠し切れない。震える手で頬を押し上げてみるが、瞳からは涙ばかりが溢れていた。

 

 私はどうすれば良かったんだろう。とみおは私を信じてくれた。私もとみおを信じていた。私の肉体と精神も最高潮にあった。これまでに無いくらい万全の状態で――もっとも大外枠の不利こそあったが――皐月賞に挑んだのだ。しかし、負けてしまえばそれまで。クラシックの初戦は負けの1番――2着に敗れてしまった。悔やんでも悔やみきれない数センチの差で。

 

「……っぐ、くぅ……くそぉ……ひぐっ、うぅ……」

 

 ……皐月賞の途中、私に『領域(ゾーン)』が発動してもおかしくはなかったはずだ。敗因のひとつに私が覚醒しなかったことが挙げられるくらいには――この戦いにおける『領域(ゾーン)』は明暗を分けた。

 私の『領域(ゾーン)』展開の条件が足りなかったのだろうか? ()()()()()()()()()()()――今は分からないが、もう皐月賞は終わってしまった。

 

 後悔すればするほど、自分の失敗が見えてきた。セイウンスカイにハナを明け渡そうとしてその考えを読まれたこと。最終コーナーで『領域(ゾーン)』に怯んで仕掛け遅れたこと。最終直線でもっと頑張ることができれば1着だったこと。全部全部、思い出すだけで全身の力が抜けるような感覚に襲われる。どうして自分は、どうして私はと自問自答して、巡り巡って精神が枯れていく。

 

 とみおと作戦会議をした床の辺りにへたりこんで、私はもう一度涙を流した。そして運悪く、そのタイミングでとみおが控え室に入室してきた。

 

「アポロ――」

 

 とみおの手からジャケットが落ちる音がした。すぐに駆け寄ってきた彼が、「怪我はしてないよな」と聞いてくる。私は涙を拭いながら首を縦に振ることしかできなかった。彼は安心したように私の手を取ると、ぎゅっと両手で包み込んできた。温かかったが、彼の手は震えていた。

 

「……皐月賞、惜しかったな」

「っ……」

「俺の作戦ミスだ。君は本当に強いレースをしていたのに……セイウンスカイ対策が足りなかった。何より、グリーンベルトとセイウンスカイを絡めた時に何が起こるか……予想できなかったのは全て俺が悪い。本当に本当に――ごめん、アポロ」

 

 とみおはとても静かな表情と穏やかな声で、私に頭を下げた。違う、と反論しようとしたが、彼の雰囲気がそうさせてくれなかった。

 

「俺は大外枠の不利とグリーンベルトとセイウンスカイを甘く見すぎた。君は俺の作戦の中でベストを尽くしたんだ……どうか自分を責めないでくれ」

 

 据わったような、それでいてとてつもない怒りを秘めた双眸。私に向けられた怒りではない。であれば、これはとみおが自分自身に感じている怒りなのか。

 

「俺が甘すぎた。もっと老獪さも兼ね備えるべきだった。セイウンスカイと競り合った時のことをもっと話し合っておくべきだった。それだけじゃない。もっと、もっと俺は――」

 

 ――似ている、と思った。私は彼に非があったとは微塵も感じていない。しかし、彼もまた私に一切の非がないと考えているのだ。あまりにもそっくりさん同士と言うか。敗北の悔しさはあったが、過去への後悔がすっと抜けていき、涙ながらの笑いが込み上げてきた。

 

「ぷっ……()()()()、私達」

「え……?」

「この皐月賞、私はとみおが悪かったなんて全然思ってない。自分がもっと頑張れば、皐月賞は勝てたはずだもん。だけど、とみおも私が悪かったとは思ってない。とみおがもっと作戦を練れば、皐月賞は勝てたはずだと考えてる。それが似てるな――って」

「…………」

「……だからさ。この皐月賞は()()の敗北だよ、トレーナー。お互いにまだまだ甘さがあって、詰め切れなかったからセイちゃんに負けちゃったんだ」

 

 私はやっとのことで涙を止めて、その場で立ち上がった。()()()()()()()()が頭の中に落とし込まれていく。上手くいったこと、上手くいかなかったことが全てインプットされ、客観的なデータとして記憶に焼き付けられていく。

 

 ――耐え難い屈辱を勝利の糧にする準備は整った。後は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今日は負けたけど――このギリギリの敗北が私達を強くさせてくれるはずだよ、とみお。だからさ、お互いに自分自身を責めることを止めて……これからはもっと“人一体”の二人三脚でやっていこ?」

 

 私の長所は何だ、言ってみろアポロレインボウ。底なしのスタミナと、絶対に諦めないど根性だろ。死ぬほど悔しくても、どれだけ現実に打ちのめされても、絶対に諦めちゃダメなんだ。

 

 昨年のホープフルステークスの前、キングヘイローに向かって偉そうな講釈を垂れたではないか。『一流のウマ娘というのは、絶対に諦めなかった者のことを言う』『結果は出ないかもしれないけど、だったら結果が出るまで歯を食いしばって更に努力するだけ。大事なのは諦めないかどうか』――と。

 

 私の大目標は『菊花賞』。目標を見失わず、この敗北すら糧にしろ――アポロレインボウ。過去の私と、大切な友人に嘘をつかないために。

 

 私はとみおと手を取り合い、2人静かに再起を誓った。

 

 ――私は、この皐月賞の悔しさを一生忘れない。

 

 

 

 

 皐月賞が終わった翌日。

 桃沢とみおは連日激しい後悔に見舞われていた。言うまでもなく、アポロレインボウが皐月賞に敗北したからである。しかも、その原因のほとんどが己にあったと理解して――彼は居ても立ってもいられなくなり、恩師であるメジロマックイーンのトレーナー・天海ひかりをトレーナー室に招いた。

 

 桃沢トレーナーは己の技量に限界を感じていた。育成面では秀でた面こそあるが、皐月賞の敗北によって実践面――つまりレースの作戦面についての弱点が露呈したのだ。これまで担当ウマ娘のアポロレインボウに頼り過ぎていたことは明らかで、彼は元々メイクデビューの事故やホープフルステークスの敗北を己の責任と受け止めていたのだが――皐月賞の敗北でいよいよまずいという考えに至り、天海ひかりとの会談に至った。

 

 アポロレインボウには『自分自身を責めることはやめよう』と言われたが、彼にも譲れない部分があった。だって、アポロレインボウは極限まで鍛え抜かれた身体で、様々な不利や不運を受けながらも決して折れずに戦ってきたのだから。彼女は絶対に責められない、やはり責められるべきは自分なのだという考えは拭えなかった。

 

 何故なら、桃沢とみおの考える作戦はアポロレインボウの肉体ほど()()()()()()()から。()()()の悪展開に備えた作戦、相手がアポロをどうマークするかの考察、場状態に応じた柔軟な作戦指示――これら全てが一流には全く及んでいないとトレーナーは考えている。これまでの戦績はアポロレインボウの成長のみによって形作られてきたに過ぎない、自分は彼女を育て上げることしか出来ていないではないか、と。彼は『自分自身を責めることを止める』時は、自分自身が一流になった時だと決めていた。

 

 そして、桃沢が天海ひかりをトレーナー室に呼んだのは――簡単に言えば、思いっ切り発破をかけて欲しかったという理由があった。弱点を洗いざらい見つけ出して、叱りつけて欲しかったのだ。

 

 天海トレーナーが部屋に入ってくると、桃沢トレーナーは単刀直入に話を切り出した。「天海さん、皐月賞をご覧になられましたか」と。天海はサイドアップにした髪を弄りながら、「見たわよ」と短く返答する。長い付き合いのある彼女は、彼の目配せや焦った仕草を見て、すぐに彼が求めるモノを理解した。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思った。

 

 天海はコーヒーを啜りながら考える。桃沢トレーナーの欠けている部分を挙げればキリがない。作戦案の非多様性、彼自身の未熟さ、想定外の事態に対する脆弱性。皐月賞のことと絡めてそれを指摘してやれば、この会合はさっさとお開きになるだろう。だが、天海トレーナーは桃沢トレーナーの将来性を鑑みて、少し意地悪をすることにした。少なくとも『ここをこうすれば勝てた』などという具体性を示してやるつもりはなかった。

 

「皐月賞、セイウンスカイさんをマークすると決めて徹底していたなら――アポロさんが99%勝ってたわ」

「っ……」

 

 好青年の表情がくしゃりと歪み、膝の上に乗せられた拳がぎゅっと固められる。天海とて理由のない意地悪はしない。弟のように可愛がってきた彼が苦しむ姿に、天海は身を切られるような思いだった。それでも怯まず、天海トレーナーは続けた。

 

「作戦面の具体的な弱さはあなた自身が見つけなさい。ヒントを少し与えるとするなら、他のウマ娘に対して感情移入してみることね。桃沢君はアポロさんを大事にするあまり、他の子からの視点が欠けているみたいだから」

「……はい」

 

 この言葉は大きなヒントだが、ヒントから最適解を探し出すだけでも大きな力になる。これまで出来なかったことをひとつ出来るようになるだけで、それは成長と言えるのだ。大きく間違えて、或いは間違いに気付いて、一歩ずつ一歩ずつ踏み締めるように成長していけばいい。

 

 天海は『皐月賞の正解』について多くを語らなかったが、桃沢に対しては先刻の一言で充分だと感じていた。

 

 桃沢とみおは聡い青年だ。未熟で若いところも多々見受けられるが、その熱意と真っ直ぐな精神は大器を予感させる。そして、この僅差の惜敗を喫した皐月賞は、アポロレインボウだけでなく桃沢とみおにとっても大きな糧になる――そう確信していたから。

 

 天海はクッキーを齧り、桃沢に優しい視線を投げかける。

 

「桃沢君、あなたはアポロさんに逆スカウトされる形でトレーナーになったのよね?」

「……はい、そうです」

「つまり、一目見たときからあなたを信じていたということよね?」

「…………」

 

 桃沢は無言で肯定する。彼の脳内には、図書館で出会った時に彼女が叫んだ言葉――「お願いします! 私を最強のステイヤーにしてください!」という一字一句が過ぎっていた。そうだ、アポロレインボウは出会った当初から自分を信頼してくれていたのだ。桃沢トレーナーは天海トレーナーの双眸を見つめ、会話の終着点を探る。

 

「確かにアポロは出会った頃からずっと俺を信じてくれてます。……でも、それがどうしたっていうんです?」

「桃沢君。あなたはもっと自分に自信を持つといいわ。サブトレーナーの頃からそうだったけど、障害にぶち当たると自信を無くしちゃう悪癖があるじゃない? あなたは優秀なのよ。私の言葉でも自分に自信を持てないなら、あなたがアポロさんを信じるように――()()()()()()()()()を信じなさい。人一体とは、そういうものよ。それじゃ桃沢君、私は行くわね」

 

 天海トレーナーはそう切り上げて、部屋を後にした。これはトレーナーという職業の先輩から贈られた、優しいエールだった。

 

 彼女が出て行った後の部屋で、桃沢はしばらくの間指を組んでいた。



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アポロレインボウの皐月賞を応援するスレ

1:ターフの名無しさん ID:gxv3oDF5Q

皐月賞1週間前ですが耐え切れませんでした

 

2:ターフの名無しさん ID:CdrXUFR62

いいよ

 

3:ターフの名無しさん ID:qoJ321wYV

そりゃ楽しみでしょ

 

4:ターフの名無しさん ID:YkKmaC7ec

大逃げの三冠ウマ娘出現に震えろ

 

5:ターフの名無しさん ID:hHDtrWuXN

>>4 この世代じゃ特にキツイだろ……

 

6:ターフの名無しさん ID:npqLgxacv

アポロちゃんのウマスタの話でもしようや

 

7:ターフの名無しさん ID:vtfu7cu42

最近よく動いてるよな

 

8:ターフの名無しさん ID:3KNSAlhMW

なんか年明けた途端そこそこの頻度で更新始めたわね

 

9:ターフの名無しさん ID:A0iIGi1T4

ウマッターのアカウンコしか持ってないから見れないンゴ

 

10:ターフの名無しさん ID:GiWN20o/A

>>9 ワイやん

 

11:ターフの名無しさん ID:HSuZVsD8R

>>9 実はワイも話題についていけてない

 

12:ターフの名無しさん ID:Iduol4cdW

何でや! ウマッターもウマスタもあんまり変わらんやろ!

 

13:ターフの名無しさん ID:A0iIGi1T4

ちゃうねん ウマスタはキラキラしすぎて見れんのや

 

14:ターフの名無しさん ID:8SY76zkwq

なんかワロタ

 

15:ターフの名無しさん ID:9zDe0Ogyg

ワイはウマ娘ちゃん達をフォローいいねするだけのROMアカウントとして使ってるけど

 

16:ターフの名無しさん ID:Uu2S5GSS1

スクショだけでニキ達は満足できるんか?

変なプライド捨ててアカウント作ればアポロちゃんスペちゃんキングちゃんその他色んなウマ娘ちゃんの投稿が自由に見られるんやぞ?

 

17:ターフの名無しさん ID:iB4MtH5xM

ごめんやっぱ作ってくるンゴ

 

18:ターフの名無しさん ID:hryJeDNEa

スクショに出回ってなくてもおもろい投稿とか可愛い投稿とかあるしな

 

19:ターフの名無しさん ID:GffveKcKZ

ワイも作ってくる

 

20:ターフの名無しさん ID:sSppVSF0V

アポロレインボウのウマスタURL⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎

https://www.umastagram.com/apollorainbow1234

 

21:ターフの名無しさん ID:oVxz5tAOs

ナイス

 

22:ターフの名無しさん ID:XgJ0MiVgl

フォロワー多すぎだろ

 

23:ターフの名無しさん ID:7bj88jQXK

こちらクラシック級にして20万フォロワーでございます

 

24:ターフの名無しさん ID:zlr9Zb61k

重賞勝ってるスペちゃんが14万人、G1勝ってるキングちゃんが15万人

なんで重賞未勝利ウマ娘のフォロワーが彼女達のフォロワーより多いんですかねぇ

 

25:ターフの名無しさん ID:ZKIr1b4EC

可愛いからね

しょうがないよ

 

26:ターフの名無しさん ID:9F+h3jjwF

勝負服のインパクト……ですかねぇ

 

27:ターフの名無しさん ID:BgAJpa9MK

デビュー戦から目立ちすぎたからでしょ

 

28:ターフの名無しさん ID:C5Ft5f+Bd

アイコンからして可愛すぎるからダメ

 

29:ターフの名無しさん ID:kzk0ZcTgC

本人が自分の可愛さに気づいてるのか気づいてないのか分からん

 

30:ターフの名無しさん ID:8k9z/M+RZ

新年になってからのアポロさんはそこそこの頻度で投稿してるからね、フォロワーも増えますわさ

 

31:ターフの名無しさん ID:Fo34AMj5r

1番の原因はここ最近のトゥインクルシリーズブームだろ

 

32:ターフの名無しさん ID:WLRxtEYQ4

昨年のジュニア級で有力ウマ娘集結

サイレンススズカ連勝、そして圧勝の金鯱賞

グリーンティターンが泥だらけで桜花賞を制覇(ここで一大ブームが起こる)

グリ子ちゃんが取材にインタビューに引っ張りだこ

グリ子ちゃんがテレビやウマスタでアポロレインボウの名を度々挙げる

普段はレースを見ない層がグリ子ちゃんとアポロちゃんの名前(この世代の子とシニア級の強い子)を覚える

元々ファンに注目されていたアポロレインボウが更に人気に←イマココ

…ってコト?

 

33:ターフの名無しさん ID:y8Y/lZIQl

あ〜グリ子ちゃんか〜

 

34:ターフの名無しさん ID:lNUbqOaAE

グリーンティターンも地味にフォロワー24万人だわね

 

35:ターフの名無しさん ID:U3l/kCgk+

マジ!?

 

36:ターフの名無しさん ID:EJUeO2Ppq

チームメンバーの子、ハッピーミーク、アポロレインボウ……色んな子と写真撮りまくってるよグリ子ちゃん

何気にアポロちゃんとのツーショット多いしこの子も応援したいからフォヨーしてる

 

37:ターフの名無しさん ID:kBC5QS8OK

アポロレインボウとグリーンティターンは寮の同室らしい

 

38:ターフの名無しさん ID:4xgvGTAlx

>>37 うそぉ!

 

39:ターフの名無しさん ID:6Wr8yv8Jv

>>37 とんでもないな

 

40:ターフの名無しさん ID:ngrvPEbg8

将来性的にとんでもない厨パ部屋になる可能性がある

 

41:ターフの名無しさん ID:BL5AwMGXi

(桜花賞後の投稿)

https://www.umastagram.com/p/CYJwMYvIky/

「桜花賞ウマ娘のグリーンティターン様とツーショット!! 私も頑張るぞ!!」2万ウマいね!

 

42:ターフの名無しさん ID:Btl+M50cp

2人の友情ほんと尊いわね

 

43:ターフの名無しさん ID:QDMu5YRmO

グリ子イケメンすぎるお……

 

44:ターフの名無しさん ID:PkzW9xivl

この世代の女性人気ナンバーワンらしい

 

45:ターフの名無しさん ID:GwPMo4t/l

左には鹿毛のイケメン、右には芦毛のかわい子ちゃん

2人合わさって最強に見える

 

46:ターフの名無しさん ID:0asra2mqD

眼福すぎるからもっと軽率に自撮りあげて欲しいわ

 

47:ターフの名無しさん ID:cCICV3R8z

皐月賞も頑張って欲しいな〜

 

48:ターフの名無しさん ID:Sp5smqBKf

心配しなくても皐月賞はアポロちゃんが勝つに決まってるだろ

 

49:ターフの名無しさん ID:T7b5Fx2hh

フラグかな?

 

50:ターフの名無しさん ID:pNbS3yZaV

なわけねーだろ

ガチで勝つから

 

 

 

 

1:ターフの名無しさん ID:rDpFa2E/q

前スレが終わったので立てますた

 

2:ターフの名無しさん ID:bT8wnMNKF

丁度枠番も発表されたわね

 

3:ターフの名無しさん ID:ZhIcfRLvU

スペシャルウィークと揃って大外に押し込まれたなーーー

早速キツイ状況

 

4:ターフの名無しさん ID:y/t5Sp2ro

↓↓↓出走表↓↓↓

1枠1番シャドウストーカー

1枠2番ギミーワンラブ

2枠3番セイウンスカイ

2枠4番ミニオーキッド

3枠5番リトルトラットリア

3枠6番トゥトゥヌイ

4枠7番フリルドバナナ

4枠8番ピンクシュシュ

5枠9番カラフルパステル

5枠10番ブラックディップド

6枠11番ディスティネイト

6枠12番キングヘイロー

7枠13番コンテストライバル

7枠14番ジュエルアズライト

7枠15番チョコチョコ

8枠16番フリルドグレープ

8枠17番アポロレインボウ

8枠18番スペシャルウィーク

↑↑↑出走表↑↑↑

 

5:ターフの名無しさん ID:b2KYV7XvD

これまでも大外枠の経験はあったけど、G1じゃ運も敗因になるからなぁ……

 

6:ターフの名無しさん ID:YF1W+8Oxp

ホームストレート長いから別に問題ないんじゃないの?

 

7:ターフの名無しさん ID:36LmvMpHV

>>6 そういう訳にはいかんのよ……

今回の中山レース場は内枠有利な状況だから

 

8:ターフの名無しさん ID:YF1W+8Oxp

>>7 そうなの?

 

9:ターフの名無しさん ID:QJdrk9HRy

以下URA公式発表の一部

中山レース場におきまして、芝の保護を目的として皐月賞まで内側の移動柵を3メートル外側にずらして競走を施行することをお知らせします。

ソース→https://ura.jp/news/ngmFjS5.html

 

10:ターフの名無しさん ID:tS5F4hRm2

つまり……どういうことなの?

 

11:ターフの名無しさん ID:/QlRh39j/

内枠3メートルの走路だけ芝の状態が良くなって、内枠のウマ娘か走りやすくなるってこと

 

12:ターフの名無しさん ID:6iAHTjf5I

なるほど……

アポロちゃんやばいじゃん

 

13:ターフの名無しさん ID:ATEHg9rFE

ヤバいから話題になってるんだろ!

 

14:ターフの名無しさん ID:BgnBAiZtx

内側→芝が生え揃っているので走りやすい

外側→レースで踏み荒らされた芝なので走りにくい

アポロちゃんは外枠スタート、セイウンスカイは内枠スタート

終わりやね

 

15:ターフの名無しさん ID:hdrtCq5QS

終゛わ゛っ゛て゛な゛い゛! ! !

 

16:ターフの名無しさん ID:1ScqBFaxs

実際どうなんよ、前評判的には

 

17:ターフの名無しさん ID:Av6Zu52xf

前評判は亀甲してます

 

18:ターフの名無しさん ID:/Q9/u0vsN

>>17 亀甲するな

 

19:ターフの名無しさん ID:HWXU3N7dS

弥生賞勝ったスペシャルウィークが1番人気になりそうだけど、う〜ん……

 

20:ターフの名無しさん ID:zRVDaoBvW

スペシャルウィークも大外枠だからね

展開によっては芝状態の悪い所走らされて沈むかもしれない

 

21:ターフの名無しさん ID:Q2hBSF4xw

キングヘイローは中々の枠だね

弥生賞みたいに集団の中に包まれなければいけるか?

 

22:ターフの名無しさん ID:+nsJb1PRd

絶好の枠を引いたセイウンスカイが憎い;;

勝負は時の運ってやつなのか;;

 

23:ターフの名無しさん ID:fYJzRywav

まだ負けたわけじゃないだろ!

 

24:ターフの名無しさん ID:eSGJA4Z3b

負けてはないけども……

もう既に厳しい戦いになることは見え見えなんだよなぁ……

 

25:ターフの名無しさん ID:Ka2MPl2yg

せめて内側にグリーンベルトが無ければな……

 

26:ターフの名無しさん ID:p6zOhfHI/

皐月賞前にお通夜でワロタww

ワロタ……

 

 

 

 

712:ターフの名無しさん ID:2yVm/oxvQ

皐月賞来たぞうおおおおおおおおおおおおおお

 

713:ターフの名無しさん ID:UMtFWIU3X

あと1時間!!!れ!!!!!れ!!

 

714:ターフの名無しさん ID:OfA0wq1Cw

パドックが始まるぞおおおおおおおおおおおお

現地だけど人が多すぎて死んじゃうンゴォォォォ

 

715:ターフの名無しさん ID:hATVtj/n7

再掲しとくね

↓↓↓出走表↓↓↓

1枠1番シャドウストーカー

1枠2番ギミーワンラブ

2枠3番セイウンスカイ

2枠4番ミニオーキッド

3枠5番リトルトラットリア

3枠6番トゥトゥヌイ

4枠7番フリルドバナナ

4枠8番ピンクシュシュ

5枠9番カラフルパステル

5枠10番ブラックディップド

6枠11番ディスティネイト

6枠12番キングヘイロー

7枠13番コンテストライバル

7枠14番ジュエルアズライト

7枠15番チョコチョコ

8枠16番フリルドグレープ

8枠17番アポロレインボウ

8枠18番スペシャルウィーク

↑↑↑出走表↑↑↑

 

716:ターフの名無しさん ID:YgzGb+y4v

ついでに四強の戦績も

 

・スペシャルウィーク(1番人気)

5戦4勝

2000mメイクデビュー1着

1800m1勝クラス1着

2000mホープフルステークス(G1)2着(キングヘイロー)

1800mきさらぎ賞(G3)1着

2000m弥生賞(G2)1着

 

・キングヘイロー(4番人気)

5戦4勝

1600mメイクデビュー1着

1800m1勝クラス1着

1800m東京スポーツ杯ジュニア級ステークス(G2)1着

2000mホープフルステークス(G1)1勝

2000m弥生賞(G2)3着(スペシャルウィーク)

 

・セイウンスカイ(2番人気)

4戦3勝

1600mメイクデビュー1着

2000m1勝クラス1着

2000m京成杯(G3)1着

2000m弥生賞(G2)2着(スペシャルウィーク)

 

・アポロレインボウ(3番人気)

6戦3勝

2000mメイクデビュー8着(アゲインストゲイル)

2000m未勝利戦3着(アングータ)

2000m未勝利戦1着

2000m1勝クラス1着

2000mホープフルステークス(G1)3着(キングヘイロー)

2000m若駒ステークス(OP)--着(ブラウンモンブラン)

2000m若葉ステークス(OP)1着

 

 

717:ターフの名無しさん ID:LmO6dZyaj

こうして見るとアポロちゃんはようやっとる

 

718:ターフの名無しさん ID:zpwFJJLhT

戦績で見ると一流じゃない(失礼)の泣けるわ

ほんとこれまであらゆる運に恵まれなかったからなぁ、実力なら世代トップクラスなのに

 

719:ターフの名無しさん ID:ktSn20lzs

主な勝ち鞍若葉ステークスか……

というかこうして見ると2000メートル専用機に見えるなw

 

720:ターフの名無しさん ID:ptFyE7kSL

ここまで来たら勝たせてやってくれよ三女神様!!

頼むよ!!

 

721:ターフの名無しさん ID:9Fr4PAYZs

パドック始まるぞ!!!

 

722:ターフの名無しさん ID:B/hsiiNEf

シャドウストーカーちゃん!!

 

723:ターフの名無しさん ID:EHaea5Gu+

景気よくぶっぱなしたなw

観客席に上着が飛んでいっちゃったよ

 

724:ターフの名無しさん ID:AaPmBsfu7

ちょっとワロタ

 

725:ターフの名無しさん ID:CSUZ5edL5

人が多すぎる

 

726:ターフの名無しさん ID:Pk3LiwzV3

セイウンスカイの勝負服お披露目って初?

 

727:ターフの名無しさん ID:irFcre25m

うん

 

728:ターフの名無しさん ID:Nh2/heKKU

来るぞ……

 

729:ターフの名無しさん ID:+xg7GBD0G

おぉ……!

 

730:ターフの名無しさん ID:sFnizcMBT

セイウンスカイの勝負服かわいい

 

731:ターフの名無しさん ID:2qofVH3rq

誰かさんに比べるとどうしても地味だな

 

732:ターフの名無しさん ID:V2AU0+quv

むしろAさんの衣装の意匠が凝りすぎや(激ウマギャグ)

 

733:ターフの名無しさん ID:OVvfJql49

セイウンスカイくそ調子良さそうじゃん

怖いな〜

 

734:ターフの名無しさん ID:1RCozWxdn

こんなに堂々としてたっけセイウンスカイ……

何か仕掛けてくるかもなぁ

 

735:ターフの名無しさん ID:p2j9fsH57

他の子も初勝負服お披露目だねぇ

 

736:ターフの名無しさん ID:U7SIsTmao

キングちゃんも可愛いねぇ……

 

737:ターフの名無しさん ID:EY7fF1lTQ

うーん、こっちも仕上がり良さげ……

 

738:ターフの名無しさん ID:HPjW7k+3P

キングちゃんの勝負服相変わらず可愛いなぁ

 

739:ターフの名無しさん ID:6imaLh41R

#そろそろおへそを見せろアポロレインボウ

 

740:ターフの名無しさん ID:25nHLt/ib

>>739 ステイ

 

741:ターフの名無しさん ID:iEFshlYTm

いよいよアポロちゃんの番か

仕上がりどんなもんかねぇ

 

742:ターフの名無しさん ID:qqI2UDi8+

#おへそを見せろアポロレインボウ

 

743:ターフの名無しさん ID:Xkj6O6d31

おっ

 

744:ターフの名無しさん ID:oaqFOnSlI

絶好調じゃね?

 

745:ターフの名無しさん ID:N1jSg7ace

中山のファンもこれにはだんまり

ホープフルステークスの時もみんな見とれてた気がするんだけど……なんなん?

 

746:ターフの名無しさん ID:PefigbPNm

みんなへそに見とれてるんでしょ

 

747:ターフの名無しさん ID:fVUw1H1cn

いや、かなり良さそうだぞアポロレインボウ

ワンチャンあるって

 

748:ターフの名無しさん ID:pRrjdVXHR

いつ見てもかわいいなぁ勝負服

 

749:ターフの名無しさん ID:qowrrRP6P

次のスペシャルウィークの調子は……

 

750:ターフの名無しさん ID:X+RNUJ15i

今度は上着叩きつけるなよ?

 

751:ターフの名無しさん ID:9fiUBzt7L

あっ

 

752:ターフの名無しさん ID:zQqLgRZgq

危ねぇ! スカートめくれる寸前だったな

 

753:ターフの名無しさん ID:PV2PW53bB

ドジっ子スペちゃん寿司だわ

 

754:ターフの名無しさん ID:DSeL0+xXp

何のために「ヨシ!」って頷いたんだこの子は

 

755:ターフの名無しさん ID:2ngOIUk3p

可愛いから許す

 

756:ターフの名無しさん ID:GaJwev9NP

調子は良さそうだね

 

757:ターフの名無しさん ID:7oXadg0v4

結局四強全員調子◎か

やっぱり枠順で結果が決まるんじゃ……

 

758:ターフの名無しさん ID:v68QvraP/

そろそろ返しウマよ〜

 

759:ターフの名無しさん ID:HnyNt8k+x

うわ、中継からでも分かるな。グリーンベルト。

 

760:ターフの名無しさん ID:znTWq1rmJ

バウムクーヘンみたいになっとるやん

 

761:ターフの名無しさん ID:FaO71BDrR

みんな入念にチェックしてるな

 

762:ターフの名無しさん ID:Mko3FpDhb

ドキドキする

 

763:ターフの名無しさん ID:jsb4Lyibw

ファンファーレだ

 

764:ターフの名無しさん ID:WV5pkUmbn

ああああああああぁぁぁ緊張するうううううう

 

765:ターフの名無しさん ID:VcqnOdLxq

オイオイ!

 

766:ターフの名無しさん ID:1X9NyqcFw

オイオイ民はNG

 

767:ターフの名無しさん ID:RtxJcCotW

心臓壊れちまうよ

 

768:ターフの名無しさん ID:Tmezc+PlA

ゲートイン完了……始まる!!

 

769:ターフの名無しさん ID:noGeMRXf2

ハジマタ

 

770:ターフの名無しさん ID:jWZbMg7hh

いいスタート!

でもセイウンスカイも好スタートだ……!

 

771:ターフの名無しさん ID:7nQvqXJHt

うわ〜〜〜〜〜〜

 

772:ターフの名無しさん ID:ccXHAeSpk

ん?

 

773:ターフの名無しさん ID:PHNfojrYB

これは……

 

774:ターフの名無しさん ID:9XJKepzm9

セイウンスカイ全く譲らんね

そりゃそうか……

 

775:ターフの名無しさん ID:TzoVryTrv

アポロちゃんは爆逃げしか知らんのや!

セイちゃん堪忍してくれ!

 

776:ターフの名無しさん ID:aVdgmJ+U9

というかこれセイウンスカイはグリーンベルト入ってるけどアポロレインボウは外回らされてね

 

777:ターフの名無しさん ID:ZpdgMvNq9

ほんとだ

 

778:ターフの名無しさん ID:PjW9KfJZt

やっば

 

779:ターフの名無しさん ID:cbadvK4rz

まずくない?

 

780:ターフの名無しさん ID:775IW6VO+

第1コーナー入ったけどアポロちゃん2番手……

 

781:ターフの名無しさん ID:eGj/aswjc

セイちゃん許して!!

 

782:ターフの名無しさん ID:eVxLqOOq9

きっつぅ……

 

783:ターフの名無しさん ID:9rQz73wcu

(アカン)

 

784:ターフの名無しさん ID:J4QDJxwm8

あ!?

 

785:ターフの名無しさん ID:C6YwoKZCz

向正面入ったけどアポロちゃんが沈んでいく

いや、ハナを譲るつもりか?

 

786:ターフの名無しさん ID:y2274vYP3

えっマジか

 

787:ターフの名無しさん ID:jTXhAgziW

セイちゃんもペースを落とした!?

 

788:ターフの名無しさん ID:T9B3Ru/5i

これまずくね?

 

789:ターフの名無しさん ID:LqLGwKsyj

アポロちゃんの思考読まれとるんちゃうん

 

790:ターフの名無しさん ID:E5/9LMBEV

エグすぎる

 

791:ターフの名無しさん ID:PvC8Oyf2b

セイウンスカイ加速した!

 

792:ターフの名無しさん ID:RqNYnENsn

弥生賞の2弾ロケットと同じだ

 

793:ターフの名無しさん ID:YmRtizabs

頑張ってえええええええ

 

794:ターフの名無しさん ID:S7py4v65k

残り310mしかない

 

795:ターフの名無しさん ID:QXe275g9r

セイウンスカイ強すぎる……

 

796:ターフの名無しさん ID:k5e9fhZZ7

何とか差し切れ!!

 

797:ターフの名無しさん ID:8b55mpLHs

うおお!?

 

798:ターフの名無しさん ID:429MMQ9th

大接戦のゴール!

 

799:ターフの名無しさん ID:BfzjpgwHF

びみょいな……

 

800:ターフの名無しさん ID:nSkQDbhkL

分からん

 

801:ターフの名無しさん ID:Mc2Y+8Zft

流石に勝ったよな?

三女神様?ね?

 

802:ターフの名無しさん ID:keEgKSTSz

どうかな……セイウンスカイが差し返したみたいに見えたけど

 

803:ターフの名無しさん ID:4TobCTq82

胃が痛い

 

 

 

 

861:ターフの名無しさん ID:XcxZ/QxxJ

着順確定

1着セイウンスカイ

2着アポロレインボウ

 

862:ターフの名無しさん ID:ONLO7HiLc

;;

 

863:ターフの名無しさん ID:nBAqHGhIz

泣いた

 

864:ターフの名無しさん ID:rouXuOnB8

嘘だろ……

 

865:ターフの名無しさん ID:2o3xbOBpk

同着でいいだろおおおおお

 

866:ターフの名無しさん ID:PSvwMjUgo

悔しすぎて拳を叩きつけてしまった

 

867:ターフの名無しさん ID:TaVlj0EZO

アポロちゃん泣いてるけど俺も泣いた

 

868:ターフの名無しさん ID:jiatUOKPE

G1勝てねぇ……

 

869:ターフの名無しさん ID:h9NVEpJXo

あぁ……

 

870:ターフの名無しさん ID:ArCv/n/tl

全身から力が抜けた

 

871:ターフの名無しさん ID:pz4iW/u1n

違うだろ!

俺達ファンができるのは落ち込んでるアポロちゃんを応援することだろ!

応援のメッセージ送るぞ!!!くそぉ!!!

 

872:ターフの名無しさん ID:BAAvIUUVz

イケメンすぎる……

立ち直ったらウマスタにメッセージ送ってみるわ……

今は寝るンゴ……

 

873:ターフの名無しさん ID:pz4iW/u1n

日本ダービー応援するぞお前ら!!

 

874:ターフの名無しさん ID:wogotLWph

871がイケメンすぎるファンの鑑や

今はセイウンスカイを祝福しような

 

875:ターフの名無しさん ID:6/U2qUQ2h

うん;;

 

876:ターフの名無しさん ID:3WWnbpBfy

セイウンスカイおめでとおおおおおおお!!!

 

877:ターフの名無しさん ID:0oW2AfW6X

くそぉぉぉぉ!!!!!!!!

セイウンスカイおめでとう!!!!

お前が最も『はやい』ウマ娘だ!!

 

878:ターフの名無しさん ID:2DTvyAnA/

アポロちゃん次は勝ってくれぇぇぇ!!

勝つまで応援し続けるからなぁ!!!

 





【挿絵表示】

みこと 様に素晴らしい絵を頂きました。本当にありがとうございます!


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42話:熱い想いを受け取って

 皐月賞が終わって数日が経った。僅か数センチの悔しさをバッサリ切り捨て、色々な感情を抜きにして皐月賞の映像を見るのには時間がかかったけど……私はもう『立ち直った』と言っても過言ではない精神状態まで回復していた。今はあれやこれやと日本ダービーに向けて準備をしている最中である。

 

 最近変わったことと言えば、セイウンスカイとそのトレーナーの如月さんが取材にインタビューに引っ張りだこになったと言うことだろうか。桜花賞後のグリ子とトレーナーさんみたいに、今後1週間くらいは忙しいのではなかろうか。グリ子曰く、『私の場合、桜花賞後のオフはインタビューとか撮影で潰れた。今は何とかNHKマイルカップに向けて調整してる。セイちゃんもダービーまでは忙しくなるんじゃないかなぁ』とのことであった。

 

 あ、後はとみおの雰囲気が少し変わったんだよね。何て言うんだろう……上手く言えないけど、とても頼りがいのある顔つきになった感じ。別にこれまでが頼りがいのないトレーナーだったとか、そういうんじゃないけどね。

 

 寮の部屋で、自分のウマホに落とし込んだ皐月賞の映像を見ていると、私はとあることを思い出した。

 

「ん、そういえば……」

 

 色々考えていた結果、ウマスタ更新をしていなかったんだった。桜花賞後に『桜花賞ウマ娘のグリーンティターン様とツーショット!! 私も頑張るぞ!!』という投稿をしたっきり、ウマスタさえ開いていなかった。私は何度か躊躇いながら、皐月賞の報告をすることにした。

 

『皐月賞、負けちゃいました……。セイちゃん、とっても強かったです。……だけど! 日本ダービーは1着を取れるように頑張ります!』

 

「……ま、こんなもんでしょ」

 

 正直なところ、心無いメッセージが届くのではないか……という気持ちが無いわけではなかった。それでも、私を応援してくれるファンのためにも、皐月賞の報告だけはしておかなければならないと思った。

 

 アンチコメントや怖いメッセージが届きませんように……と祈って、えいやっという気合と共に私はウマスタを更新した。インターネットの怖いところは、ボタンひとつで世界中に情報を発信できてしまうところだ。それはつまり、私のことを気に入らない人もこの投稿を見るかもしれないということで。

 

 ――「ウマいね!」や「メッセージが届きました」という大量の通知が押し寄せてきて、私は尻尾を跳ねさせて戦慄した。思わずウマホを投げ出して、お布団の中のやさしいせかいに隠れてしまうほどには。

 

 床に転がったウマホを恐る恐る取り上げて、画面が割れてないかを確認しつつ通知欄を開く。するとそこには、数々の「ウマいね!」と応援メッセージが届いていた。

 

『皐月賞お疲れ様でした! 手に汗握る展開で惜しくも2着になった時は、自分の事のように悔しかったです……しっかり休んでダービーに備えてください! 応援してます!!』

『あなたが一生懸命走る姿、本当に大好きです。日本ダービー、信じてます。』

『メイクデビューをたまたま目にしてから、ずっとアポロちゃんのファンです!! 決して諦めないアポロちゃんが大好きです!! 日本ダービー頑張って!!』

『ワイはアポロちゃんがダービーを勝つのを信じとるで!!』

 

 数分もしないうちに送られてきた、名も無きファン達からの熱いメッセージ。私は熱いものが込み上げてくるのをぐっと堪えて、ひとつひとつのメッセージを読み続けるのだった。

 

 

 

 ある日の夜、レース研究の休憩がてらウマスタを見ていると、メジロパーマーからメッセージが届いていることに気づいた。パーマーちゃんのアイコンをタッチしてDM(ダイレクトメッセージ)の画面に飛ぶと、彼女からこんな文章が送られていたのだった。

 

『次の木曜日、暇? 予定が空いてるなら連絡欲しいな!』

 

 数時間前に送られたメッセージだ。普段の私であれば、パーマーちゃんからのお誘いなんて死ぬ気で予定を空けて然るべきなのだが、日本ダービーが1ヶ月後に迫っているからあまり暇がないのが現状だ。

 

 とはいえ、その木曜日は丁度オフの日だった。私はウキウキしながらパーマーちゃんにメッセージを返す。

 

『その日はめちゃくちゃ空いてます! ちなみに何するんですか?』

 

 数時間前に届いたメッセージだ。さすがにパーマーちゃんの返信も時間がかかるだろう――と思っていたが、画面の左下に『入力中』の文字が踊り始めたのを見てぎょっとした。ギャル特有の早すぎる返信だな?

 

『空いてるんだ! 嬉しいよ! その日はヘリオスとマルゼンさんを呼んでアポロちゃんの激励会を開く予定なんだ〜』

 

「ひえ〜! …………いや待て、大丈夫かな?」

 

 普段からお世話になっている先輩方にここまでよろしくしていただけるなんて……と喜びそうになったものの、マルゼンスキー×ギャル組という空前絶後の組み合わせに私は早くも不安が出てきた。私でさえマルゼンちゃんやギャル組の言葉を完全に理解していないと言うのに、この3人が同じ空間にいる時どんな化学反応が起きてしまうのだろうか……。

 

 私はパーマーちゃんとメッセージのやり取りをしながら、『バッチグ〜』とにこやかな笑顔でサムズアップするマルゼンスキーを幻視するのであった。

 

 そして来たる木曜日、私はトレセン学園の正門前に立っていた。どんな格好で行けば良いか聞いたところ、『制服でいいよ〜』とのことだったので、授業が終わった後も私服に着替えたりせずに正門前に直行した。

 

 現在時刻は13:00。あの3人とはこれまで何度か一緒に遊ばせていただくことはあったけど、全く緊張しないわけじゃない。春秋グランプリ連覇ウマ娘に、マイルチャンピオンシップ連覇ウマ娘に、無敗のウマ娘。実績で言ったらもう雲の上のような御三方である。

 

 特にマルゼンちゃんに関しては、あの頃の私がなりふり構わなさすぎた。何でマルゼンスキーに直接メールを送ったのか、冷静になってみるとわけが分からない。……まあ、これも運命と言うやつなのだろうか。

 

 そういえば、パーマーちゃんとヘリオスちゃんと知り合ったのも偶然だったなぁ。トレセン学園内で偶然出会って、ヘリオスちゃんのハンカチを拾って。そしてパーマーちゃんがマックイーンちゃん繋がりで私のことを知っていて、何故か私のことを気に入ってくれて……。

 

「ほんと、恵まれてるなぁ……」

 

 ぼそりと呟くと同時、トレセン学園の正門前に一台のリムジンが止まった。ウマ娘の耳でも『小さいな』と思えるくらいのエンジン音。トレセン学園周りでは(主にメジロ家のおかげで)珍しくないので、露骨に私に寄ってきてやっと注目できた。一体何なんだろうか、と一歩引いてリムジンの様子を窺っていると、後部座席のドアが自動で開いた。中からダイタクヘリオスの弾ける笑顔が飛び出してきて、私を車内に招いてくる。

 

「ウェーイ! アポロっち、元気してた〜!?」

「ヘリオスさん! じゃあこのリムジンは……」

 

 私が言うまでもなく、ヘリオスちゃんの隣――ドアの隙間から「おっす」と手を振ってくるパーマーちゃん。やっぱりメジロ家のリムジンだったらしい。あっという間にリムジン内に引きずり込まれると、私を挟んだギャル組があれやこれやと話しかけてくる。

 

 やれ「ヘアオイル変えた?」だの「タピオカ飲んだ?」だの、目まぐるしく会話が二転三転。ヘリオスちゃんにボブカットをモフモフされながら質問に答えて談笑していたら、ものの数十分で車が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。まあ、私は『木曜日の13:00に正門前に来い』としか知らされてないから、ここがどこなのか分からないけ――ど――……?

 

「……パーマーさん、ここってもしかして?」

「うん、私の家だよ」

 

 リムジンが止まったのは、ちょっと信じられないレベルの大豪邸の前だった。あの名門メジロ家の豪邸である。というか、パーマーちゃんってメジロ家から家出したことがあるとか聞いたことあるんだけど、その辺はもう大丈夫なのかな……? いやでも、マックイーンちゃんやライアンちゃん達とは仲がいいみたいだし、もう不仲とか勘当の心配はないのかも。

 

 リムジンから恐る恐る降りると、その近くに見慣れた真っ赤なスーパーカーがあった。そして、その車に寄りかかったバブリーなお姉さんも。リムジンに気づいたマルゼンスキーが、手を小さく振りながら近づいてくる。

 

「みんな、元気してた? パーマーちゃん、今日は誘ってくれてありがとね〜!」

「いえいえ! ささ、上がってください!」

 

 メジロパーマーが人当たりの良い笑顔を浮かべながらマルゼンスキーを家の中に連れて行く。私はダイタクヘリオスに抱き締められながら彼女達についていくことにした。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま! 今日はお客さん連れてきたから、部屋借りるね。例のモノもよろしく!」

「かしこまりました」

 

 デカすぎて博物館みたいだ……なんて思っていると、広い広い客室に通された。本当に制服で良かったんだろうか? ドレスコードっぽい服で来た方が良かったんじゃないの。私は引きつった笑いを携えて棒立ちになってしまった。

 

「何ぼさっとしてんのアポロちゃん」

「こ、こんな大きな家に招かれるのは初めてで」

「ん〜、自分の家だと思ってくつろいでいいよ?」

「いや〜それはちょっと……」

「ウェイ! 早速パーティ始めちゃお!」

「いいわね〜、私も久々にテンションアゲアゲで行こうかしら♪」

 

 マルゼンスキーとダイタクヘリオスが、どこから取り出したのか、パーティ用のサングラスやつけ髭を装着しながら早速暴れ始めている。使用人やシェフがケーキやスイーツを持ってきて、ついでに謎のくす玉が部屋の中央に括り付けられた。

 

 私がポカンとする中、3人は顔を見合わせて「せ〜の」と言うと、くす玉を思いっ切りぶちまけた。中から虹色のヒラヒラが飛び出してくると同時、『日本ダービー頑張れアポロレインボウ!!』という達筆な文字が書かれた垂れ幕が登場する。

 

 間を開けず、傍に控えていた使用人さん達が懐から取り出したクラッカーを発射して、客室は大きな拍手と片付けが大変そうなキラキラに包まれた。

 

「ウェーイ! ピースピース!」

「使い捨てカメラ持ってる〜!?」

「使い捨てカメラ……?」

 

 ぶさいくなデカ鼻とつけ髭を装着したヘリオスちゃんと、使い捨てカメラに対して疑問を抱いたパーマーちゃん、そしてテンションが高すぎるマルゼンちゃんに囲まれて、写真をパシャリ。何がなにやら分からぬまま使用人達がゴミを片付けながら撤収していき、部屋には私達4人が残された。

 

「あ、あの……これは一体どういう……?」

「今日はアポロちゃんの激励会だって言ったでしょ? ちょっと早いけど、日本ダービー頑張ってよねってことで!」

「ほんとはウチら、皐月賞前にやろうよ〜って話してたんだけどね〜、予定が合わないし忙しくて。つまり今日しかなかったってワケ!」

「あんまりこう言うと良くないんだけど、皐月賞に僅差で負けたから……アポロちゃんを励ます会でもあったのよ? でもその必要はなかったみたいね、結構元気そうだから。お姉さん安心!」

 

 なるほどと納得しながら、私は一番美味しそうなスイーツを無遠慮に頂いた。他の3人も思い思いに席に着き、スイーツやらケーキやらを食べ始めている。

 

 絶品グルメに舌鼓を打ちつつ、私達は世間話に花を咲かせた。マルゼンちゃんの死語は(分かる限り)翻訳して噛み砕いてギャル組に伝え、ギャル組(主にヘリオスちゃん)の流行語も(分かる限り)翻訳してマルゼンちゃんに伝える役割になったけど、それを抜きにしてもめちゃくちゃ楽しい時間になった。

 

 中でも、マルゼンちゃんがクラッカーをぶっぱなしながら『あたり前田のクラッカー!』と言った時は流石に噴き出した。彼女のテンションのおかしさはもちろんだが、くだらなさすぎて笑ってしまったのだ。ちなみにパーマーちゃんとヘリオスちゃんにもバカウケして、『ナウなヤングにバカウケね!』とマルゼンスキーがニコニコしていたのが印象深かった。

 

 そして夕暮れが近づいてきた頃、用意してくれたお菓子類は全て食べ切って、門限のために私達学生は寮に戻らなくてはいけなくなった。激励会の終わりの言葉を務めるのはもちろんメジロパーマーだ。彼女はくす玉の垂れ幕の前に立って、私達3人を見回した。すうっ、と息が吸い込まれ、彼女の明るい声が部屋の中を満たした。

 

「みなさん、今日は集まってくれてありがとう! 何だか普通に遊んで騒いでただけかもしれないけど……まぁ、とにかく! アポロちゃんの勝利を祈りまして、マルゼンさんから熱いメッセージがあるそうです! アポロちゃんはしっかり聞いてよね!」

 

 びっくりしてマルゼンスキーを見ると、彼女の優しい瞳と目が合った。ずっと私を抱き締めていたダイタクヘリオスが無言でその場から離れていき、パーマーの下へと駆け寄っていく。空気を読んでくれたのだろうか。さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは違うから、私も生唾をごくりと呑み込んでしまう。

 

 マルゼンスキーは目を細めると、私の頭を撫でてきた。「わわっ」と声を上げてしまう。そんな私の仕草をどう思ったのだろうか。マルゼンスキーの笑顔は更に深まり、女神の如く慈愛に満ち溢れたものになった。

 

「……アポロちゃんは知ってるでしょうけど、私は日本ダービーどころかクラシックにも出られなかった。特にダービーは大外枠でもいいから出してくれって頼んだんだけど、当時の規定じゃ私に出場資格が無くてね――」

 

 マルゼンスキーは私の髪の毛を梳くように撫でながら、その心境をつらつらと語ってくれた。現役中のマルゼンスキーは当時の中央の厳しい規制のため、ダービーどころかクラシックの出走権がなかったこと。そして、これまでに走ったレースに後悔はないものの、もし仮に不利な大外枠でダービーに出走できていたならどうなっていたのかを想像してしまう寂しい心を。

 

 彼女はゆっくりと続ける。

 

「アポロちゃん、あなたは可愛い可愛い後輩よ。あなたひとりに肩入れしちゃうのは気が引けるけど……こんなに仲良くなった後輩だもの。あなたには私が取れなかったクラシック――日本ダービーを絶対に取って欲しいの」

 

 これまで見たことのなかったマルゼンスキーの内心と熱い気持ちが、彼女の手のひらを通して伝わってくる。『領域(ゾーン)』の欠片も流れ込んでくる。マルゼンスキーとて『領域(ゾーン)』を持つものだ、それに何ら驚きはないのだが――走るスーパーカーと比喩され、当時の最強ウマ娘の評価を欲しいままにした彼女の心象風景の中に――どうしても払うことのできない日本ダービーへの憧れがあった。

 

 数々の圧勝、そして名声を手にした彼女でも手にできなかった日本ダービーという栄光。『最も運の良いウマ娘』という称号。マルゼンスキーの煮え滾るようで少し悲しみも含んだ複雑なこころに共鳴した後、私は顔を上げた。

 

「日本ダービー、応援してるわよ」

 

 マルゼンスキーの手が私の頭から離れていく。顔を上げた時、彼女はもう『いつものお姉さん(マルゼンスキー)』に戻っていた。私は何も言わなかった。頭を撫でられていた間に見て感じたマルゼンスキーの心象風景は、もしかしたら幻かもしれない。もしも幻でなくても、言及するのは野暮だと感じた。

 

 マルゼンスキーは私を応援してくれている。そして私は彼女の想いを背中に受けて走る。それで充分だった。

 

「――はいっ! 日本ダービー、絶対勝ちます!!」

「……いい返事よ、アポロちゃん♪」

 

 マルゼンスキーがウインクすると、ダイタクヘリオスとメジロパーマーも会話に入ってくる。

 

「いや〜、私も条件戦をウロウロしたり障害レースに出たりして、クラシックにはカスリもしなかったからねぇ。アポロちゃんには同じ爆逃げウマ娘として、期待せざるを得ないわけですよ」

「ウチもクラシックは特にダメダメだったからね〜☆ マジ・アポロちゃん応援してます!!!」

 

 おちゃらけたように言う2人。メジロパーマーは非公式の野良レースや障害レースに出ており、数多の路線変更を経た個性派だ。彼女が覚醒したのはシニア級になって爆逃げを習得してからであり、クラシック級は怪我などもあってあまりレースには出場していない。ダイタクヘリオスも、距離適性が短めというのもあったが、覚醒したのがシニア級。彼女もまたクラシック級限定タイトルには手が届いていない。

 

 マルゼンスキー、メジロパーマー、ダイタクヘリオス――この3人にもそれぞれ思うところがあるのだろう。私みたいな後輩を呼びつけてパーティを開いてくれるくらいなんだから。

 

 夕陽の光が差し込む客室内で、私達は身を寄せ合った。

 

「じゃ、激励会の最後に気合入れてあげますか! アポロちゃん背中出して! 思いっ切り叩いて私達が入魂してあげるからさ!」

「え、いいんですか!」

「逆にいいの!? ウチ手加減せずに叩くよ!?」

「うふふ、フルスロットルで行くわよ? 後悔しないでよ?」

「構いません! お願いします!」

「あはは! じゃ、行くよ! せ〜の――」

 

「「「頑張れよ、アポロレインボウ!!」」」

 

 ――バシン、と。

 丸めた背中に、3人分の強い想いを乗せた衝撃が伝わってきた。

 

 憧れの先輩3人に背中を叩かれ、私は零れそうになった熱い気持ちを何とか堪えるのだった。

 

 ――日本ダービーまで残り1ヶ月。

 私の背中に、想いが紡がれていく。





【挿絵表示】

はるきK 様に支援絵を頂きました。ありがとうございます。

【挿絵表示】

はるきK 様の絵に、寝娘 様が色を塗ってくださりました。はるきK 様、寝娘 様、ありがとうございます。


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43話:集う優駿たち

 激動の4月が去り、5月になった。周囲の自然には緑黄が生い茂り、夏に先んじて早くもエネルギッシュな季節の訪れを私達に予感させるほどだった。気温も冗談みたいにどんどん上がり、そのうち30度を超えるんじゃないか……という声すら囁かれている今年度の5月である。

 

 さて、5月末と言えばクラシックの一大レース『日本ダービー』が行われる時期でもあるが(場合によっては6月初旬に行われたりする)、5月の初旬には日本ダービーのトライアルレースが行われることになっている。

 

 日本ダービーのトライアルレースの1つは、5月1週、G2・テレビ東京杯青葉賞。2着までにダービーの優先出走権が与えられ、日本ダービーと同じ2400メートル、場所も東京レース場と同舞台である。皐月賞に出られなかった・仕上がり切らなかったウマ娘や、2000メートルが短いというウマ娘が出場することの多い重賞だ。なお、『青葉賞の上がりウマ娘はダービーで勝てない』というジンクスがあるため、如何せんファンにとっては絶妙な立ち位置にあるレースかもしれない。

 

 ゼンノロブロイ、レオダーバン(ウマ娘ではリオナタール)、シンボリクリスエスなど……青葉賞を制した数々の名馬がダービーで敗れてしまったのだから無理もないところもあるけど、それは置いといて。

 

 日本ダービーの2つ目のトライアルレースは、オープンクラス・プリンシパルステークス。東京レース場の2000メートルで、1着にのみダービーの優先出走権が与えられる。

 

 他にも京都新聞杯やNHKマイルカップからダービーにやってくるウマ娘もいるし、もちろん皐月賞から直行してくるウマ娘もいる。日本ダービーに関しては皐月賞からそのまま出走するケースが多いので、個人的にはトライアルレースの影が薄いような気がしないでもないが……それはさておき、青葉賞に話を戻そうか。

 

 青葉賞には、右脚の骨折から復活したグラスワンダーが出る。3月の終わりから密かにトレーニングを続け、ずっと青葉賞に備えていたそう。グラスちゃんは『骨折しなければNHKマイルカップが本来の春の目標でしたが、日本ダービーを目指すのも悪くないと思いまして♪』と言っていた。ニコニコしながらも私に対する闘志が剥き出しでちょっと怖かったのは秘密。

 

 そんな彼女について気がかりなことは――青葉賞もダービーも左回りなことだろうか。左回りである以上、どうしても右脚に負担がかかりやすいという事実がある。高速で走る私達ウマ娘がコーナーをカーブする時、遠心力を殺すために外側の脚で思いっ切り踏ん張らないといけないからだ。この場合は左回りする際の外側、右脚に負担がかかることになる。

 

 怪我明けの右脚を庇って全力で走れるかと問われれば甚だ疑問だ。彼女の骨折した右脚が全く元に戻っているなら良いが……怪我前と感覚がズレて無意識に脚を庇ってしまう結果、()()()()()()()()()()()が苦手になることは多々見受けられるのである。

 

 ウマ娘は高速で走る以上、怪我とは切っても切り離せない。特にその脚はガラスの器官と揶揄されるほどには脆い。一度怪我をしてしまえば――ウマ娘によっては生来骨の形が歪んでおり全力で走れない者もいるが――最盛期の走りを取り戻せなくなる者も少なくない。例を挙げればキリのない、呪いのような運命。

 

 だからこそ、トウカイテイオーの復活が歴史と記憶に残る()()なのだ。一度の骨折でターフを去るウマ娘がいる中で、3回も骨折してなおG1を勝てるウマ娘が他にいるだろうか。しかも、メンバーの揃った暮れの祭典・有記念で。

 

 ……私はグラスちゃんの復活を願っている。だって、彼女はマルゼンスキーの再来と謳われたウマ娘で、ここで終わるような親友(ライバル)なわけがないはずだから――

 

 

 

 5月1週目の土曜日。私はトレーナー室に押しかけて、とみおと一緒にグラスちゃんの青葉賞を観戦することにした。既につけてあったモニターの画面には、大賑わいの東京レース場のスタンドとターフが映されている。

 

「コーヒーいれて来たよ〜」

「おう、サンキュ〜」

 

 最近のトレーナーの生活習慣はかなり乱れている気がする。部屋の隅には色んな本――に隠れて栄養ドリンクが積み重なっているし、とみお自身もちょっと痩せて見えるくらいだ。年末付近の超絶ブラックじみた生活リズムがやっと直ってきたと思ったのに、ダービーが近づくにつれてその生活習慣に戻っている気がする。私が手料理を食べさせて寝かしつけてあげないとダメだなこれは?

 

 私はソファでゆっくりしているとみおの隣に座り、お尻をきゅっと彼の方向に寄せた。第10レースの青葉賞が始まるまではまだまだ時間がある。パドックまで1時間くらいあるなぁ。さっきまで第9レースの3勝クラス条件戦・春光ステークスが行われていたものの……もうウイニングライブも終わってしまって、テレビ画面はずっと寂しいままだ。

 

 お昼ご飯を食べてきたのは失敗だったかなぁと思いながら、私はどんどん隣の彼の肩に寄りかかり始めた。一応レース研究のための本を開きつつ、彼の横顔をちらちらと窺う。

 

「……どうしたアポロ? さっきから耳と尻尾が当たってるけど」

「別にいいでしょ」

「え? まぁ……別にいいけど」

 

 私は露骨に彼の太ももの辺りを尻尾で叩きながら存在をアピールする。耳は興奮して勝手に暴れているだけで、特に意識はしていないのだけど。

 

 こうして彼にベッタリ甘えるのはいつぶりだろうか。4月……いや、正月ぶりくらいか。だったらいいじゃんね、ちょっと甘えるくらい。

 

 ダービーが迫っていなければ、本を投げ出して彼の膝枕でも堪能してしまいそうなくらいの気持ちだ。まあ、そこまで大胆になってトレーナーに迫れるほど計算高い女じゃありませんけどね。

 

 ――なんて思っていたのだが、私はいつの間にか片手で本を読み出していて、無理矢理空けた方の手で彼の腕を絡め取っていたのが分かった。

 

 ……ウマ娘になってから、人に対する好意や熱い闘志を抑えるのが苦手になってしまった。特に最近は、トレーナーに対する好意やライバルに対する闘志がダダ漏れだ。丁度、自分にも力がついてきたな〜と思い始めてからだろうか。精神が極限状態に至って初めて届く『領域(ゾーン)』に覚醒しかけている弊害なのかもしれない。

 

 内心そうやって言い訳していたら、遂に私の右手が彼の左手を探り当てた。私の手は容赦なく彼を絡め取って、ぎゅっと握り締める。さすがにびっくりしたのか、トレーナーの身体が動く。

 

 ――何だかじれったいな、と思った。ぼそりと呟く。

 

「トレーナー、私が日本ダービーを勝ったらさ――」

「……勝ったら?」

「…………」

 

 しかし、それ以上の言葉は続かなかった。「どうしたの?」と彼の顔が私を覗き込んでくる。そのリアクションのせいか、彼の存在に急接近していたことに今更ながら気づいて、紡ぎかけていた言葉は完全に吹き飛んだ。

 

 日本ダービーを勝ったら――何だ? 私は彼に何か見返りを求めているのだろうか。いや、見返りとか対価じゃなく、単純にご褒美が欲しかったからこそ溢れてきた言葉なのかもしれない。

 

 振り返ってみれば、今までおかしなくらい頑張り続けてきた。具体的な夢こそあったが、結果がついてくるかどうかも分からないまま突っ走ってきた。ジュニア級は鬼のようなスパルタで、平均以下だった身体をある程度の水準まで鍛え抜いた。その結果、溜まった疲れが1月にちょっとした怪我として呈出してしまったが……そのクラシック級だって、だいぶ落ち着いたとはいえ狂人の如くトレーニングに打ち込んできている。知識面に精神面に、暇さえあれば磨いて磨いて研ぎ澄ませてきた。まともに休んだ日なんて数えるくらいしかない。

 

 そりゃあこんな生活を続けていたら、知らず知らずのうちに心身共に疲れてしまっていてもおかしくない。さっきの言葉は私の身体から出てきた悲鳴でもあるのだろう。自分自身が気づかないうちに、心さえも疲れているのかもしれない。

 

「……日本ダービーが終わったらさ、2人でちょっと休もっか」

「アポロがそんなことを言うなんてな」

「失礼な。私だって休みたい時はあるよ」

「はは。まぁ……そうだね。俺達、頑張りすぎてるよな。ちょっとくらい休んでもバチは当たらないだろうし、ダービーが終わったら大きなオフを作ろうか」

「うん……」

「そうか……君と出会って、もう1年になるのか。変な感じだなあ。1年しか経ってない気もするし、1年も経ったっていう気持ちになる時もある」

「…………」

 

 私は本を閉じて、彼の肩にもたれかかった。私の右手と彼の左手は絡み合ったまま。とみおは嫌がる素振りは見せない。彼にしてみれば、子供の背伸びに見えているのだろうか。大人という立場を維持したまま、私のじゃれあいに付き合ってくれているだけなのだろうか。

 

 私はエスパーじゃないから、人の内心なんて読み取れない。もちろんトレーナーだって私の本心は分からないだろう。だからこそ、この気持ちを確かな言葉として人に伝えるのには、とてつもない勇気が必要だなと思った。

 

 ……日本ダービーも恋のダービーも、難しすぎるよ。

 

 私は目を閉じて、須臾の記憶に想いを巡らせる。

 

「いざ振り返ってみると、時間が過ぎるのなんてあっという間だね」

「時間の感じ方の不思議は永遠に解けない謎だな」

「こういうのって何て言うのかな? ……光陰矢の如し?」

「はは、難しい言葉はシンボリルドルフが詳しいだろうな」

「…………」

「いてっ、何で尻尾で叩くんだよ」

「……別に。何でそこで会長さんの名前が出るのかな〜って思っただけだし」

「え〜」

「え〜じゃないよ、もう」

 

 そこで会話は途切れた。どちらかが話すことを嫌がったとか、そういうわけじゃない。ただ単純に、何となく終わっただけ。お互いの手にそれぞれの温もりを感じたまま、時が過ぎていく。部屋の中には、2人の吐息と微かに混じったコーヒーの匂いだけが立ち昇っていた。

 

 私達が無言でしばらくの間を過ごしていると――トレーナー室のモニターが切り替わり、元気な実況の声が聞こえてきた。

 

 いよいよダービーのトライアル、青葉賞が始まるのだ。気持ちをしゃんと立ち上げて、私は彼の手を離した。少し手汗が出ていたのでぎょっとしたが、彼が気にしているような素振りはなかったので一安心。レース研究の本を隅に置いて、私は自分とトレーナーの分のコーヒーのおかわりを注ぎに向かった。

 

 キッチンからソファに戻ってくると、モニターの中には撮影スタジオに呼ばれたウマ娘好きの芸能人や元トレーナーの予想が流れていた。

 

 青葉賞の出走表は以下の通り。

 

 1枠1番、11番人気ジュエルガーネット。

 1枠2番、15番人気サマーボンファイア。

 2枠3番、16番人気メイデンチャーム。

 2枠4番、14番人気イレジスティブル。

 3枠5番、17番人気ホリデーハイク。

 3枠6番、12番人気マッキラ。

 4枠7番、13番人気プカプカ。

 4枠8番、3番人気プリスティンソング。

 5枠9番、9番人気ソワソワ。

 5枠10番、4番人気ジャラジャラ。

 6枠11番、10番人気ミュシャレディ。

 6枠12番、2番人気ミニジニア。

 7枠13番、1番人気グラスワンダー。

 7枠14番、5番人気コンフュージョン。

 7枠15番、6番人気ハートリーレター。

 8枠16番、7番人気モアザンエニシング。

 8枠17番、8番人気カイコウイチバン。

 8枠18番、18番人気ミニオーキッド。

 

 当然の如く、フルゲートでの開催だ。それもそのはず、トゥインクル・シリーズに携わる者なら一度は夢見る舞台『日本ダービー』への切符を賭けた戦いなのだから。青葉賞に勝ったウマ娘が負けるとかいうジンクスなんて関係なく、私達は日本ダービーに出場したいのである。

 

 さぁ、青葉賞は前年度ジュニア級短距離王者のグラスワンダーが1番人気。丁度テレビ画面の中で、彼女の距離適性に対する疑問や、怪我明け鉄砲となった出走への懸念が語られているため、ぶっちぎりの1番人気というわけではないが。

 

 2番人気は中距離の安定性に定評のあるミニジニア。これまでの重賞で好走を続けており、2400メートルへの距離延長はプラス要素とのことだった。

 

 そして私が気になったのは――4番人気、ジャラジャラ。私のメイクデビューで不運の衝突事故を起こしてしまったウマ娘だ。まさか、彼女もオープンクラスに上がってきているとは思わなかった。

 

 先程からとみおが微妙な表情をして、モニター中に映るジャラジャラと私を見比べている。別に私は気にしていないのだけど、彼は私がまだ根に持っていると思っているのかもしれない。そうでなくても、因縁の相手だから当然の反応なのかもしれないけどね。

 

 パドックが始まると、次々にお披露目が行われていく。私はとみおと「この子が来そう」「調子が良さそうだね」などと話し合いながら、18人のウマ娘達の様子を見守った。そして10人目にやってきたのは――4番人気のジャラジャラちゃん。

 

『続いては5枠10番、ジャラジャラ。4番人気です』

『クラシック級になって実力を伸ばしてきたウマ娘のひとりです。初の重賞挑戦になりますが、この高い人気は実力の裏付けですよ。緊張せず頑張って欲しいですね』

 

 一時は彼女の幻影に悩まされた。しかし、それはもう過去のことだ。むしろ一度深く関わったからか、彼女を応援する気持ちが強い。

 

 私は画面越しに彼女のトモや毛艶を確認する。私は何度か深く頷いて、隣のとみおの顔を見上げた。

 

「とみお。ジャラジャラちゃん、もしかしたら()()かもしれないね」

「うん。ジャラジャラは絶好調そのものだ。順調に行けば、上の順位に突っ込んでくるだろうな」

 

 あの事故以来、ジャラジャラちゃんは最終コーナーで大きく速度を落としてしまうイップスのような症状に陥ったと聞く。それがG2で4番人気を張るまでになったのだから、そのトラウマも克服されたのだろう。私は胸が熱くなるような想いに駆られた。

 

 続いて私が注目するウマ娘は、無論この人――グラスワンダー。故障期間中、己の中に練り上げた闘志のみで『領域(ゾーン)』に至ろうとしているとんでもないウマ娘だ。

 

 彼女は体操着姿で、観客に向かって控え目に手を振っている。パッと見でも調子は『普通』寄りの『好調』と言ったところか。本番までの期間で調子を上げ、ダービーにピークを持ってくる作戦なのだろう。そこら辺はトレーナー間で戦略の異なるところだ。

 

「ジャラジャラちゃん達に比べたら元気はないけど、()()()()って感じだね」

「あぁ。怪我明けとはいえ、やはりジュニア級短距離王者は格が違う。何せG1ウマ娘だからな……他のウマ娘は捻られるかもしれんぞ」

 

 グラスちゃんは栗毛の髪を靡かせながら身を翻すと、画面の端を通って消えていった。画面を通してでも伝わってきそうな、双眸に秘めた抜き身の刃のような威圧感。相変わらず闘志が強すぎるなぁ……東京レース場にいたら、私もブルってたかもしれない。何となく寒気を感じて、私はコーヒーのおかわりを取りにキッチンに向かった。

 

 パドックのお披露目が終わると、遂に本場入場である。18人のウマ娘達が一斉にターフを走り始め、場状態を足の裏で確かめている。

 

 今日の東京レース場は25度、曇の稍重の発表である。若干走りにくいターフの状態だが、『東京レース場の2400メートルを経験できる』というだけでも、皐月賞からダービーに向かうウマ娘達に対して相当のアドバンテージを付けることができる。そういう意味でも『東京レース場巧者』が明らかになるかもしれないため、特に見逃せないレースだ。

 

 返しウマが終わると、ファンファーレが鳴り始めた。画面を隔てていても緊張感と高揚感に襲われる。私はぶるると震えてから、一度深く深呼吸して、モニターに向き直った。

 

『曇の東京レース場。日本ダービーのトライアルレース、G2・青葉賞がいよいよ幕を開けます! 誰もが憧れるダービーへと希望を繋ぐのは一体誰になるのか!? ウマ娘のゲートインが完了し、いよいよ発走準備が整いました! いよいよスタートです!』

 

 現地にいないと、レースというのはあまりにも早々と展開される。青葉賞に出ている子……というよりは、観戦する私の心の準備ができないまま、私の耳にガシャコンという音が響いてきた。

 

『――スタートしました! 各ウマ娘バラついたスタート。上手いスタートを切ったジャラジャラが前に行きそうです! 1番人気のグラスワンダーは中段前の方につけました。今回は先行気味のレースになるのでしょうか? 注目しましょう』

 

 先陣を切ったのは、5枠10番のジャラジャラ。彼女は逃げウマだ。どんどん後続を引き離して、第1コーナーに差し掛かる頃には完全にハナを奪ってペースメーカーとなった。

 

 そんな彼女の2バ身後ろを行くのは――4番手に控えたグラスワンダー。第2コーナー曲がって、少し走りにくそうに足元を見ているが……やはり右脚の骨折が尾を引いているのか? 手に汗握りながら、私ととみおはモニターに食いついた。

 

『第2コーナー曲がって、ペースは標準的です。おっと、ここで先頭のジャラジャラが少しペースダウンしました。ここからスローペースに持ち込んで、前有利の展開を作るつもりでしょうね』

『そうなると、今の詰まった集団を抜け出すのは難しくなる差し・追込勢はちょっと厳しそうです。しかし、これ以上ジャラジャラを放っておく彼女達でもないでしょう。ここからレースが大きく動きますよ』

 

 第3コーナーの曲がり始め、実況解説の予想通りレースが動き始めた。先行集団5番手につけていた2番人気のミニジニアが、ここに来て仕掛け始めたのだ。スタミナ勝負に自信アリという前評判通り、大外を回って2番手まで躍り出る。そのまま3、4コーナー中間でジャラジャラと競り合い始めた。グラスワンダーはまだ動かない。

 

『第3コーナー曲がって、ミニジニアがジャラジャラと潰し合っています! ジャラジャラ苦しそうだ! ジャラジャラの先頭はここで終わるのか!?』

『後続が続々追い上げてきていますね。これはロングスパートの決着になりそうです』

『第4コーナー曲がって直線に入る! ここでジャラジャラと入れ替わるように先頭に上がってきたのはミニジニア! 1番人気のグラスワンダーは3番手! 東京レース場の直線は長いぞ! ここからどうなるか!?』

 

 最終コーナーから最終直線に入って、グラスワンダーがようやっと上体を前傾させて末脚を爆発させた。しかし、残り400メートルを切っても、思うような加速が来ない。朝日杯で見せたような圧巻のパフォーマンスが飛び出す気配がない。グラスワンダーの表情が苦しげに歪んでいる。

 

「と、とみお――これって……」

「…………」

 

 私は思わず彼の袖を引くが、彼からの返事は返ってこなかった。モニターから聞こえる実況だけが大きな声を張り上げている。

 

『残り200メートルを切って、先頭ミニジニア!! 1番人気のグラスワンダー2番手に上がってきた!! これは届くのか、届かないのか!?』

 

 残り200メートルを切って、ジャラジャラと入れ替わるように2番手まで躍り出たグラスワンダー。大歓声で聞こえないが、彼女の口は大きく開いて何かを叫んでいるようだった。

 

 そのままグラスワンダーが、アタマ差でミニジニアを躱したところで――ゴールイン。グラスワンダーの見事な復活勝利であった。

 

『ゴールッ!! グラスワンダーお見事!! 右脚の骨折をものともせず見事な復活勝利を上げ、ダービーに名乗りを上げました!!』

 

 ゴール板を駆け抜けたグラスワンダーが、観客席に向かって小さく手を振っている。私ととみおはそんな彼女のレースを観戦し終わって、顔を見合わせた。

 

「……思ったより、怪我の影響は大きそうだな」

「……うん」

 

 こうしてG2・青葉賞はグラスワンダーの勝利で幕を下ろした。

 

 

 ――そして、青葉賞から一週間後のG1・NHKマイルカップにて。

 私ととみおは衝撃的な宣言を耳にすることとなった。

 

『――私は、日本ダービーに参戦します!!』

 

 それは、グリーンティターンを破ってNHKマイルカップを優勝したエルコンドルパサーの口から飛び出した発言だった。

 

 こうして、日本ダービーは『6強』が揃い踏みすることになったのだった。





【挿絵表示】

はるきK 様から素晴らしい絵を頂きました。ありがとうございます。


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44話:ダービー前夜

 『日本ダービーに世代の“6強”が集結!』との見出しで各社からニュースが飛び交うようになったダービー前日のこと。私達は最後のトレーニングを軽いランニングで済ませ、早々とトレーナー室に引っ込んで最終チェックを行うことにした。

 

 出走表は以下の通り。前日時点での人気も出ている。

 

 1枠1番、1番人気アポロレインボウ。

 1枠2番、4番人気キングヘイロー。

 2枠3番、17番人気バイタルダイナモ。

 2枠4番、3番人気エルコンドルパサー。

 3枠5番、2番人気スペシャルウィーク。

 3枠6番、16番人気セプタゴンサモナー。

 4枠7番、12番人気コルネットリズム。

 4枠8番、13番人気タイドアンドフロウ。

 5枠9番、8番人気メジロランバート。

 5枠10番、5番人気グラスワンダー。

 6枠11番、14番人気ジュエルトパーズ。

 6枠12番、6番人気セイウンスカイ。

 7枠13番、15番人気キーカード。

 7枠14番、18番人気アテーメ。

 7枠15番、9番人気ディスティネイト。

 8枠16番、11番人気アルゴル。

 8枠17番、10番人気コインシデンス。

 8枠18番、7番人気ミニジニア。

 

 私の1番人気は恐らく皐月賞の結果と枠番を考慮してのものだ。前レースの皐月賞は、逃げの私に対して絶望的な不利がありながらもハナ差の2着に食い込めた。それが評価されたのだろう。それと、勝てそうで勝てない判官贔屓的な人気もあると思う。それが推されての1番人気。

 

 無論、どんな形にせよ1番人気は変わりない。一生に1度、夢の舞台の日本ダービーで――私は1枠1番1番人気という豪運に恵まれたのだ。やっと三女神様も私の背中を押してくれる気らしい。ここで勝たねばウマ娘が廃る。

 

 2番人気になったスペシャルウィークは、皐月賞こそ4着だったものの、あれは大外の不利と集団に囲まれていたための敗北だった。地力の高さなら間違いなくG1級と太鼓判を押され、私に次ぐ2番人気となった。

 

 3番人気のエルコンドルパサーは、ここまで無敗。しかし、『シンザン記念(G3・1月2週)→ニュージーランドトロフィー(G2・4月2週目)→NHKマイルカップ』までのローテーションは全て1600メートルの舞台で戦ってきている。それがいきなり800メートルの距離延長に加え、過酷な中1週での参戦。いくら無敗のウマ娘とはいえ、少し厳しいレースになるのではないかという評価だ。

 

 4番人気のキングヘイローは、ホープフルステークス1着、弥生賞3着、皐月賞3着の安定した成績を評価されてこの位置だ。エルコンドルパサーと同じく距離延長に対して疑問の声が上がっているものの、全てのレースで必ず掲示板に突っ込んでくること、加えて完全爆発した時の末脚を脅威とされていて、依然として高い人気だ。

 

 5番人気のグラスワンダーも、ここまで無敗。2400メートルの距離延長もG2・青葉賞で問題なしとされた。……だが、ファンや関係者が青葉賞の走りを見た際、少なくない人数が『グラスワンダーは左回りが苦手』だという印象を抱いたらしく、この人気に落ち着いた。

 

 皐月賞ウマ娘セイウンスカイの人気が6番になっているのは、皐月賞での勝利を『グリーンベルトと内枠有利が重なっただけ』とフロック視されたためだ。それと、撮影やインタビューによって調子が大きく狂ってしまったそうで、人気がここまで落ちるに至っている。とはいえ、7番人気とは大きく差を空けての6番人気なため、結局6強なことは変わりなさそうだ。

 

「――というわけで、明日はいよいよ日本ダービーだ。俺達の大目標は菊花賞とはいえ、負けるためにダービーに挑むわけじゃない。本気で勝ちに行く」

 

 ホワイトボードを持ってきたとみおが東京レース場のコースを描き始め、私に向き直る。今から行うのは、これまで何度も繰り返し確認してきた作戦のおさらいだ。

 

「作戦をおさらいする前に、『6強』のウマ娘がどんな風に動くかの予想をもう一度確認しておこう」

 

 そう言ってとみおは、2番人気のスペシャルウィークの顔写真をマグネットで貼り付けた。ホワイトボード上にある私とエルコンドルパサーとキングヘイローの顔写真も集まってくる。

 

「まず3枠5番のスペシャルウィークの立場になって考えると――右隣にエルコンドルパサーがいて、3つ隣にはキングヘイローがいる状態だ。そして最内枠のアポロがいて……とにかく選択肢が多い。差しの作戦で行くならキングヘイローをマークするだろうし、先行で行くならエルコンドルパサーかセイウンスカイかアポロをマークするかの択になる」

「……とみおの考えで言えば、スペちゃんは『先行』を選ぶだろうって話だよね? キングちゃんは内側スタートだから群に呑まれると読んだ上で、早めに好位置につけて私達を捕まえに来るって」

「その通り。だからスペシャルウィークは最も警戒すべきウマ娘のひとりだな」

 

 そう言って、とみおはスペちゃんの顔写真を手の甲で叩いた。

 スペちゃんに感情移入して考えるなら、400メートルの距離延長を鑑みてホープフルステークスの時みたく露骨に私を捕まえに行くことはしないだろうが、自分のベストな走りをしたいはずだ。であれば、内枠の有利を活かしつつレースを広く俯瞰できる前側待機が丸い。スペちゃんの作戦は先行、マーク対象はセイウンスカイかアポロレインボウかエルコンドルパサー。

 

 ……こう言うとアレだが、私は弱くない。それどころか、対策をしなければ易々と勝利されてしまうほどには強いのだ。客観的事実として、ホープフルステークスや皐月賞でセイちゃんスペちゃんのマークをガッツリ食らってなお、僅差の負けにまで持ち込めたわけだから……気づくのが遅かったと捉えるべきか、器用じゃない私が対策の対策を実行するのは難しかったと考えるべきか。

 

 とにかく、私もそこまでのウマ娘になったのだ。こうしてしらみ潰しに作戦を考えて、皐月賞のようなことがないようにしなければならない。

 

「次に2枠4番のエルコンドルパサーについて考えてみよう。絶好の内枠だから、彼女の作戦はまず先行で間違いない。問題はマーク対象だな。スペシャルウィークか、セイウンスカイか、それともアポロか。まあ、彼女は王道のレース運びを好む傾向にあるから、アポロみたいな殺人ラップを嫌うだろう」

 

 エルちゃんの顔写真が私の顔写真の上に重ねられる。とみおの予想で言うと、エルコンドルパサーは私をマークしに来ると決め打ちされている。

 

「ただ、向こうからしてみれば君の爆逃げは初めての経験だ。無論、かなりの対策を積んできてはいるだろうが、こっちだってプレッシャーやトリック対策はできている。ま、そういう意味では五分五分だな」

 

 とみおはエルコンドルパサーの顔写真を外すと、次はキングヘイローの顔写真をホワイトボードに貼り付けた。

 

「キングヘイローは1枠2番なんだが……彼女は迷いどころなんだよなぁ。内枠で臨んだ弥生賞は、群に呑まれたことが敗因のひとつだし……とはいえ、彼女からしても得意の差しのスタイルは崩したくないだろうからなぁ」

 

 キングヘイローの顔写真が、ホワイトボード上に描かれた東京レース場の上をうろちょろする。とみおが未だに彼女の動向を掴みかねているように、私がキングちゃんの立場に立って考えてみても『差し』か『先行』かを選ぶのは非常に難しかった。

 

 これまでのキングちゃんのスタイルは全て差し。弥生賞では群に包まれてペースを乱し、皐月賞では途中のスローペースによって()()()()敗北した。それでも全て3着以内に突っ込んできている。……どちらかというと、作戦と言うよりは()()()か否かが問題な気がする。不得手な先行を選べば()()()確率も高くなるため、やはり差しで来るのではないだろうか。

 

 それをとみおに伝えると、彼は「アポロもそう思うよな……」と言ってキングヘイローの顔写真を睨んで頬を掻いていた。

 

「キングヘイローに関しては、群に包まれること覚悟の『差し』かもな……」

 

 とみおは続いてグラスちゃんの顔写真を貼り付ける。

 

「5枠10番のグラスワンダー……青葉賞こそ勝って来たが、正直今の彼女は敵じゃない。左回りの悪癖が治らない限りはノーマークだ。それに、今の彼女じゃ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――日本ダービーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全力で走った上で技巧を駆使し、策略を仕込み、相手を追い込んで削らないと1着なんて取れやしない。今のグラスワンダーは、怪我によって狂った自分の走りを制御するのに手一杯ということだ。

 

 とみおはグラスワンダーを『差しウマ』の位置に持ってきて、キングヘイローと隣り合わせた。これで『先行ウマ』がスペシャルウィークとエルコンドルパサーの2人、『差しウマ』がキングヘイローとグラスワンダーの2人。残るは『逃げウマ』の領域だが……ここに入るのは言わずもがなセイウンスカイだ。

 

 外枠な上にかなりの不調とは聞くが、舐めてかかったらトリックの手中に嵌って食い殺される――セイウンスカイはそういうウマ娘だ。とみおは6番人気のセイウンスカイの顔写真を持ってきて、私の顔写真と向かい合わせた。

 

「……皐月賞のようにはいかせたくない相手だな」

 

 『逃げウマ』の枠に私とセイウンスカイの2人が収まり、これで6強の作戦予想は終わった。セイウンスカイがどのように動くかは最も予想しにくい。今回はハナに立とうとはしてこないのではないだろうか、2番手追走で色々と仕掛けてくるのではなかろうか、という考えで纏まっている。

 

 そして、私が彼女にできる対策は――絶対にハナを譲らないことだ。隣に並びかけられたら息を入れずにペースを上げ続けて磨り潰し、もし抜かされたら何百メートルを使ってでもいいから抜き返す。また、彼女の仕掛ける不穏な動きに何の反応も示さずに前を向き続けること。そんなめちゃくちゃな行為だけがセイウンスカイ潰しの光明だ。

 

 結局のところ、全員まとめて私の背中を追わせる形にしつつ、思いっ切り走ることが私の作戦である。私の脚質的に考えて、がむしゃらに走ることが最も強いのだ。それが難しいんだけど、とみおに「無我夢中で自分のペースを守り続けられるなら、アポロは間違いなくサイレンススズカ級の逃げウマ娘になれるよ」と発破をかけられた。間違いなく逃げウマ娘に対する最上級の賛辞である。そこまで言われたら、全力で無心の疾走に挑戦するしかなかった。

 

 日本ダービー、私は数多のマークを受けるだろうけど……私がマークする相手はいない。強いて言うなら、気にするのは自分自身だけ。

 

 そして、私の作戦は全力全開で先頭を突っ走って、悔いのない日本ダービーにすること。頭に入れておくことは沢山あるけど、私のような爆逃げウマは結局自分の弱さと戦い続けることになるのだ。厳しいマークを受け、激しいプレッシャーに曝されてもなお折れない強い心を持つことが私の作戦と言えた。

 

 こうしてダービー最後のミーティングが終わると、すっかり太陽は沈んでしまっていて、辺りが真っ暗になっていた。ふと、トレーナー室の開いた窓から流れ込んできた涼しい風に気づく。ほのかに香ってくる青い芝の匂いと、何か運命じみたモノを感じて、私の心はトラックコースを思い浮かべた。

 

「早めに寝るんだぞ」という忠告を受けながらトレーナーと別れると、私の足はターフに向かっていく。

 

 ――何故だろう。心臓が高鳴っている。誰も待っていないかもしれないのに、予感じみた私の第六感が『待ち人』の存在を告げている。早く行け、お前達の未来に必要な人だ――と、私の知らない私が言っている。

 

 早歩きになってトレセン学園内のトラックコースに着いたが、そこには誰もいなかった。照明に照らされたウッドチップコースや、手入れが行き届いて長さの揃った芝がただ沈黙している。月夜の夜風を受けてぶるると震えた私は、ぼそりと呟いた。

 

「……トラックコース、やっぱり誰もいない……よね。何だったんだろう」

 

 しかし、私の声が闇夜に溶けていったかと思うと、背後の闇から誰かが姿を現した。うわっと声を上げながら照明の照らす方へと逃げると、顔の見えないソイツが手を伸ばして来た。

 

「あの、あなた――アポロレインボウさんよね?」

「え――サイレンススズカ先輩……?」

 

 闇から光の中に飛び出してきたのは、柔らかい雰囲気を纏うウマ娘――サイレンススズカだった。私は驚いた。まさか、サイレンススズカに名前を覚えられていたとは。直接的な関わりは無かったはずだが、一体どこで……?

 

 私が疑問に思っていると、サイレンススズカはバツが悪そうにジャージの裾を握って目を逸らしていた。

 

「……えっとね、アポロさんに話しかけたのは……何か用があったとかそういう訳じゃなくて」

「……?」

「何て言えばいいのかしら……そのぅ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アポロさんがいたから話しかけたと言うか……」

 

 彼女のメンコをつけたウマ耳がバラバラに動いている。サイレンススズカが話している内容はちょっと分かりかねるが、彼女自身も何故か理解していないらしい。運命を感じたとか、誰かに導かれたとか……要領を得ない言葉ばかりだ。

 

 だが、ここに来た理由を答えられないのは私も同じ。得体の知れない何かに誘われてこの場所にやってきた。私は顎に手を当てて考え込むサイレンススズカに近づいて、その手を取った。何故そうしたのかは分からない。ただ、身体が動いていた。

 

「……アポロさん?」

「と、突然ごめんなさい。でも、()()()()()()()()()()()()()()

「……そうね。私もそんな気がしてた」

「…………」

 

 中身のないような、そうじゃないような、変な会話だった。彼女と話す私自身も分かったような分かってないような……気持ちがふわふわしていたけど、それでも心に浸透してくる温かいモノがあって。私は気の赴くままにサイレンススズカと触れ合った。彼女も不思議そうにしながら私の頬に触れてくる。

 

「……私達、初対面よね?」

「私が聞きたいくらいですよ」

「どうしてこんなに感じるものがあるのかしら」

「……さぁ?」

「私、多分この場所であなたに何かを伝えたかったんだと思うわ」

「何かって……何です?」

「――これだけは分かるわ。日本ダービーのことよ」

 

 サイレンススズカが日本ダービーという言葉を口にした途端、ざあっとつむじ風が起こった。彼女の美しい栗毛が舞い上がり、横に流れる。照明の光に当てられて眩く光るロングヘアー。至近距離で通じ合う視線と視線。私はじっとサイレンススズカを見つめたまま、次なる彼女の言葉を待った。

 

 サイレンススズカの視線が彷徨う。右に、左に――。しばしの迷いが終わると、彼女の眉が寄せられて、視線に力が籠った。恐る恐るといったように、その口から鈴の音のような声が紡がれる。

 

「アポロさんにしてみれば全然そうじゃないかもしれないけど……アポロさんは私に似ているような気がするの。本当に上手く言えないけど……運命じみたものを感じてしまうくらいよ。だから、日本ダービー……絶対に勝ってほしい――……。うん、やっぱり私は()()を伝えに来たんだわ」

 

 私はその言葉に正直ぎょっとした。理由は言うまでもない。スペシャルウィークの存在だ。てっきり――というか公然なのだが――サイレンススズカはスペシャルウィークを応援しているものだと思っていたから、驚愕もひとしおである。私の目がそう語っていたのか、スズカはくすりと笑った。

 

「スペちゃんに勝って欲しいのはもちろんだけど、何故かあなたも応援したくなったの。スペちゃんにも、あなたにも――両方、日本ダービーを勝ってほしいなって――」

「――……」

「――それだけよ。それじゃ、おやすみなさいアポロさん。日本ダービー、頑張ってね」

 

 サイレンススズカはそう言うと、にこりと微笑んで闇に消えて行った。光の中に取り残された私は、己の脚を見下ろした。

 

 

 ――日本ダービー開幕まで、残り24時間。





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はるきK 様から素晴らしい絵を頂きました。該当話にも掲載させていただきました。ありがとうございます!


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45話:最後のピース

 ――東京優駿、日本ダービー。URAが東京レース場で施行するトゥインクル・シリーズの重賞競走(G1)にして、その中核を担う大競走である。

 

 近年は距離適性による厳格な使い分けの影響で、カテゴリーごとのチャンピオンを選別する体系に遷移しつつある。それでも1年間のトゥインクル・シリーズを振り返る時に日本ダービーの優勝ウマ娘が挙げられる程度には、その特別性は保たれている。

 

 誰もが憧れる至高のレース、それがダービー。このレースを制することは、トゥインクル・シリーズに関わる全ての関係者が憧れる最高の栄誉の1つとされ――ダービーを優勝することは、一国の王になることよりも難しいとも言われている。

 

 

 運命の5月下旬、東京レース場に押し寄せた観客は17万人。朝一番から現地入りした私達が観客の数を目の当たりにして驚くのは、しばらく後のことになるが……これは従来の東京レース場の観客入場数レコードに肉薄する数字であった。

 

 これは桜花賞で爆発した『第3次トゥインクル・シリーズ・ブーム』によるものだろう。第1次ブームがハイセイコーによるブーム、第2次ブームがオグリキャップによるブームだとしたら、私達の世代を中心にして巻き起こっているのが第3次ブームである。

 

 先週に行われたティアラ路線の頂点――G1・オークスが盛り上がったことも要因のひとつだろう。オークスはハッピーミークが4身の勝利を上げ、グリ子以外には負けないぞと気を吐いたレースとなった。この圧勝劇に世間は更に盛り上がりを見せ、熱狂度は今までにないくらいおかしなことになっている。

 

 東京レース場の入場数レコードは196517人。これは、カサマツから中央に移籍してきたオグリキャップの登場――つまり第2次ブームによる恩恵が大きい。しかし、レースに出走したウマ娘の層も厚かった。かつてのアイドルウマ娘・ハイセイコーの意志を次ぐウマ娘――『白いハイセイコー』と呼ばれたハクタイセイ、メジロ家悲願の日本ダービー制覇に向けて勝利を目指す未完の大器・メジロライアン、名脇役・ホワイトストーン、ダービーの勝者となった逃げウマ・アイネスフウジンがいたのだ。これで盛り上がるなと言う方がおかしい。

 

 そんな当時のダービーのレコードに肉薄した今日の17万人という数字は、控えめに言って異常だ。アイネスフウジンの日本ダービーは、東京レース場に入場規制が行われていなかったからね。

 

 

 ――現在時刻は12時を過ぎた頃。昼食を食べ、お茶で軽く喉を潤した私達は、ゆっくりと身体を解すように柔軟運動を始めた。そんな中、カバンにしまっておいたウマホの着信音が鳴り響いた。誰だろうと思ってデバイスを取り出すと、画面に映っていたのは『グリ子』の文字だった。不可思議に感じながら受話器のマークをタップして、スピーカーをオンにする。

 

「もしもし。どしたんグリ子? 何かあったの?」

『何かあったの、じゃないよ! どうして朝イチで起こしてくれなかったの!? ダービー前に言いたいこと、いっぱいあったのに!』

 

 ウマホのスピーカーから漏れ出すグリ子のデカい声。私が起きた朝6時、グリ子は向かいのベッドでぐっすり寝てたから、起こすのも悪いかなと思って放置してきたのだ。言いたいことがあったとしても、トレーニングで疲れてるグリ子をわざわざ叩き起すのは申し訳なかったし……。

 

「だって、グリ子気持ちよさそうに寝てたじゃん。目覚まし鳴ってても起きなかったし、私が声掛けても意味なかったと思うよ」

『ぐ、ぐぅ……それは言わないでよアポロちゃん。……まぁいいや。これ以上時間取らせる訳には行かないから、今から手短に用件だけ伝えるね! よく聞いてよ!』

「ん。分かった」

『――日本ダービー、絶対に怪我しないこと! あとは、絶対に1着を取ること! 分かった!?』

「結構エグいこと言ってない?」

『それくらいの気持ちで行けってこと! あ、そうだ。エルちゃんには絶っっ対に負けないでよ? 特に怪我に関しては私との約束! いいよねアポロちゃん?』

「あはは、肝に銘じとく」

『……よし。ダービー前に話せてよかった。それじゃ、時間取らせてごめんね! 切るよ!』

「ううん、緊張が取れていい感じになったよ。ありがと、グリ子」

『いいっていいって。じゃーね!』

「うん、また後で……」

 

 私は赤い受話器のボタンを押して、ウマホをカバンに押し込んだ。グリ子は青葉賞の翌週に行われたG1・NHKマイルカップにて、エルコンドルパサーに2身の差をつけられての2着に敗れた。

 

 相当悔しかったらしく、グリ子が人目もはばからずに大泣きしていたのを昨日のように覚えている。寮に帰っても彼女の落ち込みようと言ったら痛々しいほどで、3日間は塞ぎ込んだままだった。4日目には気持ちを切り替えていつものグリ子に戻ったのだけど。……やはり、エルコンドルパサーのことがかなり気になっているらしい。グリ子のためにも、このダービーは負けられないよ。

 

 とみおに声をかけて再び柔軟運動を再開すると、彼の口から「良い友達を持ったな」と言われた。だから、「当たり前じゃん」と軽口で返してやった。だってグリ子だよ? 記憶喪失になったとか言ってる同室のウマ娘に優しくしてくれて、サッパリしていて頼りがいがあって。私が勝手に思っているだけかもしれないが――と言うか照れ臭くて本人には言えないけど――私とグリ子は姉妹のようなものだと思っている。それくらい彼女は大切な存在なのだ。

 

 またひとつ、私の背中に積み重なる想いが増えた。気持ちの高揚感は最高潮に達している。私は彼と言葉少なく会話を続けながら、脳内でダービーのシミュレーションを繰り返す。

 

 皐月賞ウマ娘、6番人気のセイウンスカイ。トライアルの青葉賞を制した5番人気のグラスワンダー。同じくトライアルのプリンシパルステークスを制した12番人気コルネットリズム。NHKマイルカップウマ娘・3番人気のエルコンドルパサー。5月2週のG2・京都新聞杯を制した10番人気のコインシデンス。これは前走が『勝ち』のウマ娘。いいイメージを持ったままダービーに向かってきていることは間違いない。

 

 レースにせよ何にせよ、『良い流れ』は確実に存在しうる。前のレースを勝って来たウマ娘――特に連勝中のエルコンドルパサーとグラスワンダーは警戒レベルを引き上げておかねばならないだろう。

 

 身体を解し終わると、ウマ娘のスタッフが入ってきた。勝負服を着付けてもらった後、お化粧をしてくれるのだ。私はとみおの背中を見送ってから、キャリーケース内に大切に保管された純白の勝負服を取り出した。

 

「……ん?」

 

 すると――幻覚だろうか。ウェディングドレス風の勝負服が、キラキラとした粒子を纏っているように見えた。何度か目を擦って、勝負服の生地を間近で凝視する。

 

 ……間違いなかった。細やかな水色の刺繍のあちこちから、雪の結晶のような何かが浮かんでは消えてを繰り返していた。唖然としながら勝負服を指さしてみるが、スタッフさんはにこやかに微笑みながら首を傾げるだけだった。

 

 私だけに見える幻? それとも、勝負服の隠された機能? 煌びやかに舞う結晶の原因は分からなかったが、時間に余裕があるわけではなかったので、私はジャージを脱ぎ捨てて勝負服をスタッフさんに手渡した。

 

 勝負服の着付けとお化粧が終わると、いつもより光を纏ったような風体の自分が鏡の中にいた。……まだ雪の結晶みたいな粒子が、私の勝負服の周りに浮かんでいる。心なしか、勝負服の肌触りがいつもよりひんやりしているように感じた。

 

 スタッフさんにお礼を言うと、彼女は満足そうな顔をして控え室から出ていった。入れ替わりにとみおが入ってくると、たちまち驚いたような表情に変化した。

 

「……アポロ、いつもと何か違うね?」

「え」

「何て言うんだろう。ホープフルステークスや皐月賞の時も君は輝いていたけど――それよりももっとキラキラしてるというか、オーラを纏ってるように見えるというか」

「…………」

 

 とみおが訝しみながら顔を近づけてきたので、私は目を逸らしながら鏡に視線を逃がした。彼の舐めるような視線が私のつま先から髪先まで移動する。かなり照れ臭いけど……この反応からして、トレーナーにも見えてるのかな? この雪の結晶みたいなキラキラ。

 

 私は彼に質問してみようと思ったけど、すんでのところで言葉を呑み込んだ。ダービー直前に訳の分からないことを話し合っても、何の意味もないと感じたからだ。緊張を紛らわせるための雑談としてちょっと話すならいいが、私の目にキラキラが見えている以上会話が長くなりそうだしね……。

 

「き、気のせいでしょ。……見すぎだって、もう」

「あ、ごめん」

 

 とみおが私のへそ付近を見ていたので、彼の頬を両手でぎゅっと挟みながら向こうを向かせる。グエッという声がしたが、まあ彼のことだし大丈夫だろう。

 

 気を取り直して時計を見ると、時刻は14:40を示していた。そろそろダービー前のレース――東京レース場第9レース、条件戦のむらさき賞が始まる頃だろうか。控え室の外から地響きのような唸り声が聞こえてくるから、丁度レースをやっている頃合なのだろうか。それは分からないが、パドックまではあと30分ほど。発走まではあと1時間ほどしかない。あの『日本ダービー』まで、残りたった60分もないのである。期待と不安でおかしくなりそうだ。

 

 よくよく考えてみれば、おかしな話だ。1年前の惨状からは考えられないほど実力をつけてきたとはいえ、日本ダービーに出られるだなんて。

 

 全国で誕生したウマ娘の中から選りすぐられたトレセン学園生。才能があることを前提にトレセン学園に入学してきた私は、数多の天才達と激しくぶつかって切磋琢磨してきた。それでも、アポロレインボウは日本ダービーという限られた出走枠に入れるほど出来たウマ娘なのか、と今でも思ってしまう自分がいる。

 

 だって、考えてみて欲しい。例えば『近所の牧場に日本ダービーに出た馬が来るらしいぞ!』と言われたらどう思うだろうか? ある程度競馬を知っている人なら、間違いなく一度は見に行こうとなるはずである。少しズレた例えかもしれないが、分かってほしい。今の私は、果たしてそこまで大きな存在なのだろうか――と、不安になってしまうのだ。

 

 自分がスペちゃん達と争えるくらい強いことは知っている。でも、未だにその実力に納得したことはない。まだG1に勝ったことがないからだろうか。トレーナーと一緒にがむしゃらに走ってきて、脳味噌まで筋肉になってしまったのだろうか。どこまでも根本的な自信がない。

 

 日本ダービーに出られるのは、砂漠の砂のひと握りのような存在だ。数字にして、何十万分の18。それを勝ち抜いてやってきた才能の暴力たちと戦えるのか、と自分を客観視した時にどうしようもない不安に襲われるのだ。

 

 日本ダービーの1番人気に推されてはいるけど、ここに来て本当に自分というウマ娘が分からなくなってきた。

 

 重い重い、一生に一度の日本ダービーというレース。これ以上考えたら、頭が爆発してしまいそうだった。

 

「――っ……」

 

 ぐちゃぐちゃになりそうな情緒に打ちのめされ、ぶるぶると震えていると――私の周りを漂っていた雪の結晶が勢い良く弾け、突然視界が眩い光に包まれた。

 

 反射的に顔を背け、目を閉じていると――隣のとみおの気配が掻き消えていた。思わず彼のいた方に振り向くと、彼の姿はなかった。それどころか、私が立っている場所が控え室では無くなっていた。

 

 そこは粉雪が降り注ぐ幻想的な雪原。しかし、頭上には満天の星が広がっており、何故か満月までもが見えていた。この時点で私は異常に気づく。雪が降っているのに雲ひとつない上、太陽に見紛う程の月明かりがあるのに一面の星空が展開されているし――とにかく、全てがおかしかった。

 

「え、ちょ――なにこれ……」

 

 私は半歩後退して、降り積もった雪を踵で踏み締めた。この感覚、この肌寒さ、地球上に存在するはずのない幻の風景。先程まで控え室にいたはずなのに、一体どうしたと言うのだ。私の頭がおかしくなってしまったのか? 私は周囲を見渡して、地平線まで続く雪原の中で途方に暮れた。

 

『――――』

 

 そんな最中、後ろの方角から誰かの声がした。聞いたことがある、温かみのある声。身を翻して声の方向に視線を投げかけると、そこにはマルゼンスキーやメジロパーマー、ダイタクヘリオス、グリーンティターン、サイレンススズカの姿があった。

 

『大丈夫よアポロちゃん。自信が無いって、そんな気持ちでダービーに臨んじゃダメダメ! お姉さんが太鼓判を押したんだから、思いっ切り楽しんでいきなさい! きっと全部上手くいくから――』

「マルゼンさん……」

『バッチグーよ!』

 

 雪の中に佇むマルゼンスキーが投げキッスを振り撒きながらウインクしてくる。最後に両手でサムズアップした彼女が半透明になったかと思うと、マルゼンスキーの残滓らしき光が私の勝負服に溶け込んで、すっと心の中まで浸透してきた。顔を上げると、マルゼンスキーの姿は消えていた。いや、消えたというよりは……この世界の彼女と一体化したと言うべきか。形容しがたい熱と想いが胸の中に込み上げてくる。

 

『私は確かな自信を持てるまで、周りの人に沢山迷惑をかけた。揺るぎない自信を持つのって、結構時間がかかることだと思うよ。だから、今のアポロちゃんがもし自信が持てないなら、私達が自信になってあげる』

『爆逃げしか勝たん! アポロっち、ハジけた日本ダービー期待してるからヨロ!』

『少し前にエールは送ったけど、もう1回応援するね。頑張ってねアポロちゃん! 胸張ってでっかく行こ!』

『ウェーイ!』

「パーマーさん、ヘリオスさん……」

 

 メジロパーマーとダイタクヘリオスがハイタッチしたかと思うと、彼女達の存在もまた光となって私の胸の中に飛び込んできた。胸に湧き上がった熱が身体中に広がっていき、強さを増していく。

 

『さっきの電話だけじゃ伝えられないこと、沢山あってさ。NHKマイルカップの時、アポロちゃんってばレース場に来て【頑張れグリ子 私達の星】って小っ恥ずかしい垂れ幕をぶち上げてくれたじゃん? あれ、泣きそうになるくらいすっごく嬉しくてさ。……結果は2着だったから、結局泣いちゃったんだけどね。ま、私もアポロちゃんにお返しがしたかったってことで』

「……グリ子」

『アポロちゃんの頑張りは桃沢トレーナーの次に知ってるつもりだよ。ずっと苦楽を共にしてきたルームメイトだしね? じゃ、頑張ってきなよ』

 

 白い歯を見せて笑ったグリ子が腕を組むと同時、彼女の存在が光の粒子に変換される。彼女の強い心と真っ直ぐな精神が、私の存在と重なっていく。降りしきる雪に負けない温かさが四肢の先にまで行き渡っていく。

 

 最後に残ったのは、サイレンススズカ。彼女もまた雪景色が似合うウマ娘だなと思っていると、彼女は一言だけを告げて淡い光になった。

 

『……運命を、変えて。アポロレインボウさん』

「スズカさん――」

 

 サイレンススズカの言葉は私の脳髄に膨大な衝撃を与え、激情を呼び覚ました。それは『自信』と呼んでも差し支えない自負だった。

 

 サイレンススズカの光が心の中に染み渡ると、私の身体と勝負服が眩い光を放ち始めた。余韻を感じながら目を閉じ――ふと目を開くと、そこは東京レース場の控え室だった。勝負服から雪の結晶は出ていないし、あの幻想的な雪景色も消えてしまった。しかし、私はあの幻の正体を探ろうとか、そういう気にはならなかった。

 

 ただ――乱れていた動悸はすっかり収まっていて、私の心が全くもって平静になったという事実だけで充分だった。私はにやりと笑って、隣に立つトレーナーに問いかけた。

 

「とみお。今日の日本ダービー、勝てる自信はある?」

「何だよ急に。そんなの、答えは決まってるじゃないか」

 

 とみおは私と同じく意地悪い笑みを浮かべて宣言した。

 

「俺のアポロが――いや、()()()()()()()()()

 

 

 

 多くのファン、マルゼンスキー、メジロパーマー、ダイタクヘリオス、グリーンティターン、サイレンススズカ、そしてトレーナー。数々の思いを受け取って、私はいよいよ日本ダービーに挑む。

 

 ――日本ダービー開幕まで、残り1時間。



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46話:死闘!日本ダービー!その1

 5月の最終日曜日、時刻は15:00。天候は曇り、発表は良場。上着を着た私達18人のウマ娘がパドックに姿を見せると、押し寄せた17万人の大観衆から声が上がる。パドック周りの柵が押し倒されてしまうのではないかという声量で、人口密度も満員電車に勝るとも劣らない。もしかすると、この周辺にいる観客はパドックから動けないままレースを終えることになるのではなかろうか。人の圧で怪我人が出ないことを祈ろう。

 

 地下道からパドックに広がっていく18人。これからパドックのお披露目が始まるのだ。私達はそれぞれのトレーナーを隣に引き連れて、相手のウマ娘を選別しにかかった。パッと見では前評判通り、調子の良さそうなウマ娘がほとんどだ。例外は明らかに血色の悪いセイウンスカイ辺りか。

 

『いよいよこの日がやって参りました。東京優駿――日本ダービー。集まったのは世代の競走を勝ち抜いてきた、たった18人のウマ娘。そんな彼女達のお披露目がこれより始まろうとしています』

『日本ダービーが今年もやって来ましたねぇ。私はこの季節が近付くと、どうも興奮して眠れなくなってしまうんですよ。今年は歴代最高と囁かれるほどメンバーが揃っていますから、お客さんの中にも眠れなかった人は居るんじゃないですかねぇ』

 

 実況と解説が軽い会話を交わしつつ、ダービーの始まりを演出していく。私は1枠1番だ。そろそろスタッフさんに呼ばれてお披露目する頃合だろう、と準備を始める。

 

『本日の東京レース場に詰めかけた観客の数は何と――17万7620人とのことです! これは伝説となったアイネスフウジンの日本ダービーに大きく迫る観客入場ですよ』

『いやぁ、懐かしいですねぇ。優勝したアイネスフウジンを讃えるコールは、昨日のことのように覚えていますよ』

『今日の日本ダービーではトゥインクル・シリーズに残る伝説が生まれるのか? ここに集った17万人の観客は歴史の証人となるのでしょうか? パドックの準備が整いました。いよいよお披露目のスタートです』

 

 私はスタッフに導かれて真っ先にステージ上に上がり、肩にかかった上着に手をかける。そのまま捲り上げるようにして上着を吹き飛ばして、私は勝負服を堂々と曝け出した。オオッ、と唸るような大歓声が鳴り響いて、多くの観客がタオルや新聞を振り回しているのが見えた。すごい盛り上がりように私は驚きを隠せない。やはり、日本ダービーはどのレースとも比べようがないくらいに格別なのだ。トゥインクル・シリーズの祭典で1番人気に推された喜びと誇りを胸に、私はみんなに向かって大きく手を振った。

 

『1枠1番、アポロレインボウ。1番人気です』

『未だに重賞を勝ったことはありませんが、地力の高さは誰もが知るところです。1枠1番1番人気――何か運命じみたものを感じますね。絶好調の彼女には、是非ダービーウマ娘という最高の栄誉を手にして欲しいものです。私イチオシのウマ娘ですよ』

 

 ウマスタで沢山の応援メッセージを貰った。顔も本名も知らない人達からではあったけど、全てのメッセージから溢れんばかりの熱い気持ちが伝わってきた。アンチコメントや意地悪なコメントは一切無く、本当に多くの人が私の勝利を望んでいるのだと思って涙しそうになったのを覚えている。

 

 全部に返信はできなかったけれど、1万件近くのメッセージ全てに目を通した。だから――みんなの気持ち、伝わってるからね。精一杯の笑顔を振り撒いて、私はお披露目を終了した。

 

「見ろよ、アポロレインボウの周り。何かキラキラしてないか?」

「どうした急に。彼女が可愛いから輝いて見えるってことなら、みんなそう思ってるぞ」

「違う違う。オーラを感じるのはもちろんなんだけど……雪の結晶みたいな粒子が見えるんだよ。お前、何か知ってるか?」

「……まぁ、俺にも見えるよ。幻覚だと思って黙ってたんだがな。何と言うか、鬼気迫ってた時のライスシャワーから漏れてた、あの青薔薇みたいなオーラに似てるような気がするな……」

「そう言われてみれば確かにそうだな。きっとライスちゃんと同じく、とてつもない努力でダービーに向けて仕上げてきたに違いねぇ。……今日こそアポロちゃんがG1を勝てるように、思いっ切り応戦しようぜ!」

「あぁ! アポロレインボウ、頑張れよ〜っ!」

「うぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 そのままお披露目台から降りようとしたところ、メイクデビューの時からずっと見てくれている男性客2人組と目が合った。他にも私を追ってくれている人はいるかもしれないけど、彼らはどこか特別に感じる。私は『ずっと応援してくれてありがとう』という意味を込めて2人に軽くウインクをしてから、とみおの傍に駆け戻るのだった。

 

「どうだアポロ、日本ダービーのパドックは緊張するか?」

「何だよぅ、偉そうに。どっちかと言えばとみおの方が足腰ガクブルじゃん」

「……か、カッコつけさせてくれよ」

「あなたには変なカッコつけなんて似合わないでしょ♪ トレーナーはありのままの方がいいよ!」

「はは、結構悲しいものがあるけど……その調子じゃ、本当に緊張してないみたいだな。良かった良かった」

 

 ちなみに、とみおの脚が産まれたての子鹿並にガクガクなのは本当だ。控え室では『俺達が絶対に勝つさ』とかドヤ顔キメてたくせに。そういう締まりきらないところが私の心をくすぐるのだ。

 

 さて、順番は巡って1枠2番のキングヘイローになった。彼女のハイヒールがステージを踏み締める音が微かに聞こえると、キングヘイローの雰囲気に気圧されて辺りが一瞬静まり返る。

 

 ばさり、とマントでも翻すように上着を脱ぎ捨てたキングヘイローは、艶やかな髪の毛を手で払って堂々たる佇まいを披露した。深い緑の勝負服が明らかになり、高貴な雰囲気と自信に満ちた表情が披露される。

 

『――1枠2番、4番人気のキングヘイローです』

『公式戦の勝利から遠ざかっている彼女ですが、ここで復活の勝利を上げることができるでしょうか。調子は良さそうですから、凄まじい切れ味を持つ彼女の末脚に期待しましょう』

 

 キングヘイローの調子は最高潮と言っても差し支えない。彼女が綺麗なのはいつものことだが、今日はいつにも増して美しく艶やかな印象を与えてくる。心身共に絶好調ということか。

 

 笑顔を振り撒くキングヘイロー。彼女の視線を浴びた女性客が喜びの悲鳴を上げているのが聞こえた。そして彼女の視線が私とぶつかると、キングヘイローの背中から膨大な熱量と細やかな光の粒子が噴き出したのに気付く。同時、私の周りに雪の結晶が舞い始めた。

 

(な、何だこれ――)

 

 意表を突かれたような気持ちになって瞠目すると、キングヘイローの背中に深い闇が拡がり始めた。その闇は彼女を完全に覆い隠していたが――やがて、汗粒のように光る雫が彼女の髪や瞳から溶け出してきて、彼女の姿を薄ぼんやりと明らかにしたのが分かった。

 

 決して煌びやかで派手なものではないが、彼女の強い精神力と努力を感じさせるオーラ。――間違いない。あれはキングヘイローの『領域(ゾーン)』の片鱗だ。彼女もダービー寸前に『領域(ゾーン)』を完成させたのか。

 

 しかし、キングヘイローの表情が少し驚いたようなそれになったことから、向こうも私の雪の結晶を目撃した――つまり、私の『領域(ゾーン)』の欠片に気付いた可能性が高い。でも、私は自分自身の『領域(ゾーン)』の正体を知らない。ただ漠然とその片鱗を感じているだけだ。

 

 ――『領域(ゾーン)』とは、自分さえ知らない豪脚――限界の先の先にあるモノだ。私はまだ、限界の先の先に至っていない。キングちゃんはホープフルステークスで己の『領域(ゾーン)』を練り上げ、そこから今日に至るまでずっと磨き研ぎ澄まし続けていたのだろう。残念ながら、私の『領域(ゾーン)』の扱いは、覚醒しているウマ娘の中で最も下手だと考えて問題ないはずだ。

 

 キングヘイローの視線が私から外れると、お互いの『領域(ゾーン)』が縮んでいく。そのまま何事も無かったかのようにすれ違った私達は、パドックのステージ上に視線を投げかけた。

 

 キングヘイローの次にパドックに立ったのはバイタルダイナモ。そして彼女の次はエルコンドルパサーだ。どこにいてもよく目立つ深紅の勝負服に奇抜なマスクを着用しているエルコンドルパサーは、大袈裟な動作と共に上着を薙ぎ払った。

 

『2枠4番、エルコンドルパサー。3番人気です』

『NHKマイルカップを制した無敗のマイル王ですよ。ローテーションの間隔は厳しいものになりますが、調子はまずまずと言ったところ。善戦が期待できそうです』

 

 さすがに『NHKマイルカップ→日本ダービー』という中1週のローテーションは厳しかったのか、NHKマイルカップよりは調子を落としているように見えるエルコンドルパサー。彼女は恐らく、間隔を空けて大事に使った方がベストを尽くせるタイプのウマ娘だ。調子の良さだけで言ったら、皐月賞から直行してきたウマ娘の方がよっぽどいい。

 

 それでも『好調』程度には気分の良さを保っているエルコンドルパサー。彼女の単純にして純粋に強い先行策には充分注意しておこう。……『領域(ゾーン)』の欠片は見えないが、レース中にエルコンドルパサーが突然覚醒する可能性だって無いわけじゃない。油断が許される敵ではないのだ。

 

 エルコンドルパサーのすぐ次にはスペシャルウィークが待っている。こうして考えると、『6強』のうちの4人が内枠寄りのスタートだ。私の爆逃げも相まって、やはり好位置から差す先行策が人気になりそうだなと考えられた。

 

 スペシャルウィークの番になると、周辺の雰囲気が一変した。私やキングヘイロー、エルコンドルパサーの時とは全く違った風が周囲に漂い始める。未完の大器――いや、日本総大将たるオーラを感じさせながら、彼女の足音だけが東京レース場のパドックを支配する。

 

 痛いほどの静寂と、17万の観衆の視線が一点に注がれるパドック上で、スペシャルウィークは肩にかけられた上着を頭上に投げ払った。これまでにあった初々しさやたどたどしさは全て消えていた。

 

『――3枠5番、スペシャルウィーク。2番人気です』

『あまりの仕上がりに、17万人を超える観客が静まりかえってしまいましたよ……これは驚きです。体重は微減とのコメントですから、身体を絞ってきたようですね。しかし身体に備わった筋肉が削ぎ落とされたようには見えませんし、見劣りどころか完成された身体に見えますよ』

 

 普段は人当たりの良い、ふにゃふにゃとした表情のスペシャルウィークが。今日ばかりは、静かな殺気に満ちていた。少し、怖かった。思わずとみおの陰に隠れると、私の動きを察知したスペシャルウィークと目が合う。すると、やはりと言うべきか――ぞわり、とした怖気が私を呑み込んだ。尻尾の先からおぞましい何かに侵食されるような――そう、メジロマックイーンや皐月賞の時のセイウンスカイのような『領域(ゾーン)』の力が襲いかかってきたのだ。

 

 ひっ、と小さく声を上げそうになったが、負けじと睨み返す。雪の結晶が私の周りから噴出し、スペシャルウィークを威圧する。対する彼女の背中側の空間に生み出されたのは、遥かなる星空と――流れ落ちる流星。

 

 あれだ。あれが弥生賞で覚醒していたであろうスペシャルウィークの『領域(ゾーン)』。私が目の当たりにするのは初めてだが、ここまでの密度と熱量を誇るだなんて。……皐月賞は体重の調整を少しミスっていたのだろうか。それとも、単純に『領域(ゾーン)』の発動条件を満たせなかっただけとか。細かいところは分からないけど、今のところはスペシャルウィークがヤバすぎた。身体も心も申し分ない絶好調。こんなの、意識しないわけにはいかないよ。

 

「……トレーナー。スペちゃん、ヤバい」

「あぁ……鈍い俺でも分かる。あれは()だよ。マックイーンを破った時のライスシャワーに及ぶ覇気……エルコンドルパサーやキングヘイローが見劣りして見えるほどだ」

 

 あまりにも静かな東京レース場は、お披露目台からスペシャルウィークが去ると、ざわめきが少しだけ戻った。だが、活気ある喧騒と言うよりはもっとこう……民衆が恐怖や威圧感を感じた結果出てくるような騒がしさだった。お祭り前とは思えない異質な雰囲気を漂わせたまま、パドックのお披露目は続いていく。

 

 しばらく間が空いて、5枠10番のグラスワンダーの番になった。半月以上前の青葉賞を制しての登場となる。彼女の静かな歩みは観客に固唾を呑ませるようで、ステージ上に上がっていく彼女から視線を離せなくなる。

 

 着物でも着ているかのように振る舞うグラスワンダーは、ゆったりとした動作で上着を脱ぎ捨てる。そのまま斜め後ろに上着を放り捨てた彼女は、ぎらりとした視線を観客に向けて振り撒いて、小さく手を振った。

 

『5枠10番、グラスワンダー。5番人気です』

『昨年のマイルG1・朝日杯フューチュリティステークスを制したウマ娘ですね。ですが、距離延長への疑問を一蹴するように2400メートルの青葉賞を快勝して、エルコンドルパサーと並んでここまで無敗。昨年のマイル王が世代の頂点に立つのでしょうか? 彼女の走りには要注目ですよ』

 

 グラスワンダー……彼女も『領域(ゾーン)』の片鱗を見せるウマ娘だ。結局、脚の調子によるとしか言えないが――左回りのぎこちなさを矯正できているかどうかが問題だろう。

 

 グラスワンダーと目が合うと、彼女の瑠璃色の瞳が細められた。何だか、しばらく前からずっとマークされていると言うか……嫌な感じだ。ねっとりと絡みついてくる上に、喉元に薙刀でも突きつけられているかのような感覚になる。ある意味一番怖いウマ娘である。

 

 次に『6強』の最後――6枠12番のセイウンスカイの番がやってきた。彼女はウマ耳を大きく垂れさせて、澄んだ蒼い瞳にも光がないような状態で。上着を着ている状態でも一見して分かってしまうほどに『絶不調』だった。

 

 セイウンスカイは、はっとしたように上着に手をかけて、勢い良く後方に投げ捨てた。ふわふわの勝負服が姿を表すと同時、自分の調子の悪さを誤魔化すように後頭部の辺りで両手をクロスさせ、苦笑いを浮かべるセイウンスカイ。観客や鈍いウマ娘はそれで誤魔化せたかもしれないが、少なくともトレーナーに対してはそんな付け焼き刃の演技は通じない。ウマ耳と尻尾に元気はないし、髪の毛の艶も皐月賞の時と比べればかなり落ちている。

 

『6枠12番、セイウンスカイ。6番人気です』

『う〜ん、皐月賞の時のような元気さがありませんねぇ。しかし、彼女は皐月賞ウマ娘。エルコンドルパサーと並んで、クラシック級G1を制した素晴らしいウマ娘です。6強のひとりとして頑張ってもらいたいものですね』

 

 自由気ままと言えば聞こえはいいが、詰まるところそれは気性難の言い換えである。そんな彼女に沢山のインタビューや取材のスケジュールが組み込まれれば――どうなるかは想像に難くないだろう。セイウンスカイのトレーナーも常日頃から「スカイの調子管理は難しいんだ」と呟いていたので、そういうことだ。スポーツであり興行たるトゥインクル・シリーズの側面に邪魔されたということか。

 

 私ととみおは目を合わせて頷き合う。『セイウンスカイは、ほとんど放置していいな』――と。ここまで調子が悪いとは2人とも知らなかったのだ。スペシャルウィークの仕上がりが予想外なこともあって、もしかするとセイウンスカイを気にしている暇はないかもしれない。

 

「日本ダービー、アポロちゃんが勝つと思うか?」

「どうした急に。勝つに決まってるだろ……と言いたいところだが、スペシャルウィークが怖いな」

「2番人気だからか? 実績で言えばエルコンドルパサーの方が怖くないか?」

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が舞ってるように見えてさ。キングちゃんやアポロちゃんよりももっと強い何かをこう……感じたんだよ。見えなかったのか?」

「すまん。アポロちゃんのへそを見てて分からなかった」

「…………」

 

 こうしてパドックが終わると、地下通路を通ってターフ内に移動することになる。トレーナーと話しながら、或いは言葉を交わさずに集中力を高めて地下道を歩いていくウマ娘達。私は前者であり、後者のウマ娘でもあった。トレーナーと軽口を叩き合いながら、それでいて集中力を高めていく。

 

 東京レース場の地下通路は長いようで短くて、すぐに終わってしまった。目の前に光の広がる通路出口が現れて、心地よい高揚感と安心感の混ざり合った会話の終わりを告げる。

 

「もう、ここまで来ちゃったね」

「……あぁ。始まるなぁ、日本ダービー」

「まだ実感が湧かない?」

「そりゃもちろん。でも、俺はアポロが勝つって知ってるからなぁ。逆に緊張は無くなったかな」

「ふふ、何それ。何回カッコつけてもちょっとダサいよ」

「はは、そうかい。……まぁいいや。後ろ、つかえてるから、そろそろ――」

「……ん」

 

 2人で向かい合って、視線を交わす。一生に一度の日本ダービー。様々な感情が込み上げてくるが――彼と交わす最後の言葉に、私はこの言葉を選んだ。

 

「行ってきます、トレーナー」

 

「うん。行ってらっしゃい、アポロ。ゴール板の向こうで待ってるよ」

 

 最後にトレーナーと軽い抱擁を交わしてから、私は光と歓声が包むターフへと駆け出した。

 

 ――日本ダービー開幕まで、残り0分。

 後悔も言い訳も通用しない戦いが今、始まる。



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47話:死闘!日本ダービー!その2

 曇り空が広がる東京レース場のターフ。天気のせいか、良場なのにどこか重さを感じる芝を踏み締めながら、私達は返しウマを行い始めた。

 

 東京レース場における2400メートルのレースは、覇を争うためにタフな起伏の構成で行われる。スタートを基準に追っていくと、スタート直後には長い直線が待ち受ける。次に1コーナーから第2コーナー、そして向正面半ばにかけて高低差1.9メートルの長い下り坂が続く。

 

 その直後、3コーナーの手前には高低差1.5メートルの上り坂が待ち受ける。 その最初の坂を上りきった後は、若干の平坦部分を走ってから下り勾配を走る。4コーナー手前からは再び長い上り勾配が顔を見せ、最終直線には残り460メートルから300メートルにかけて更なる上り坂が待ち受ける。

 

 中山レース場の急坂や阪神の坂と比べると勾配自体は緩やかだが、その高低差は2メートルにも及ぶ。坂を登り切った後は、平坦な300メートルの直線を走り切ってゴール。コースを1周する間に『2つの坂』を上り下りするレイアウトは福島レース場と同じだが、そのスケールは段違いである。

 

 また、東京レース場は小回りのコーナーではなく、ゆったりとした半径を取った緩やかなコーナーである。そのため、位置取り争いがゴチャつかない可能性が高い。コースの幅員も広く、4つのコースを使い分けることで芝の痛みも少なくなっている。少なくとも皐月賞のような『グリーンベルト』ができあがる可能性は低く(今日のダービーでグリーンベルトは確認されていない)、ウマ娘の能力がストレートに結果に反映されるコースと言える。

 

『返しウマにも関わらず、地響きのような大歓声が包む東京レース場! 夢のゆりかごが揺れております!』

『相変わらずアポロレインボウは元気ですねぇ……彼女は返しウマの常識を覆そうと画策しているのかもしれません』

 

 超満員のスタンドを横切るように、私は全力の返しウマを行う。目の前に広がるターフは整備が行き届いていて、非常に走りやすい。距離も2400メートルと、長距離の時の私には及ばないが、ほとんど全ての力を出し切ることが可能だろう。ターフを管理してくれる関係者の人達には感謝である。

 

 返しウマが終わろうかという頃、空模様が明らかに怪しくなり始め、スタートまでに天候が持つか心配になってきた。遥か遠くの空から、石臼を挽くかのような雷鳴が轟いてくる。雨の予感を感じさせながら、曇天の下で急かされるようにファンファーレが鳴り響いた。

 

 遠くに聞こえたファンファーレが終わると、目の前に設置されたゲートが壊れるんじゃないかというくらいの爆音――いや、大歓声が東京レース場に生まれた。重く沈み込んできそうな曇天を跡形もなく吹き飛ばしてしまいそうな声量である。

 

『頭上に広がる曇天。灰色の空が広がる東京レース場――いよいよ世代の頂点を決める戦いが今、始まります』

『天気、持ち堪えてくれるといいのですが』

 

 大歓声に驚いたウマ娘が多かったらしく、気を取り直してのゲートインが行われていく。1枠1番の私が真っ先にゲート入りし、すぅっと深く酸素を取り込んだ。

 

『1枠1番1番人気のアポロレインボウ、今ゲートに収まりました』

『気合十分! いい顔してますね!』

 

 鋼鉄のゲートに収まった途端、私の視界は著しく狭まった。遂に降り出した雨に当てられたが、湯気が噴き出しそうなほどの熱量で跳ね返す。己の拍動の音が高まる。異常なまでの集中と、心地よい高揚感が私を包んでいく。幸いなことに、燃え上がりそうな思考は雨の冷たさでクールダウンされている。

 

 早く走りたい――そんな気持ちが溢れ出し、閉じたゲート内で暴れそうになる中、次々とウマ娘のゲートインが完了していく。

 

『2番人気のスペシャルウィークが静かな表情でゲートに入ります』

『目の錯覚でしょうか、彼女の周りだけ雨が降っていないように見えますよ……』

 

 スペシャルウィーク。

 

『落ち着いた表情でキングヘイローがゲートインします』

『堂々としていますね。腰を据えたレース展開が期待できそうです』

 

 キングヘイロー。

 

『エルコンドルパサーがたった今、ゆっくりとゲート入りしました』

『風格がありますねぇ。NHKマイルカップのような圧勝を見せてくれるでしょうか?』

 

 エルコンドルパサー。

 

『青葉賞の勝ちウマ娘、グラスワンダーもゲートイン』

『彼女は誰よりも落ち着いていますねぇ』

 

 グラスワンダー。

 

『6強のひとり、セイウンスカイがゲート入りします』

『これで6強が全員ゲート入りしましたね。全員に凄まじい風格が漂っていて、シニア級と見紛うほどですよ』

 

 最後にセイウンスカイ……6強が全員ゲートに収まり、それぞれが前を向いて発走準備が完了した。

 

『さあ全てのウマ娘のゲートインが完了しました。雨が降りしきる中、いよいよ日本ダービーの開幕です!』

 

 場状態は辛うじて『良』で持ち堪えている。私は蹄鉄で芝を磨り潰すようにして具合を確かめ、スタートの構えを取った。

 

 ――かつての私の『ウマ娘プリティーダービー』は、勝つことが当たり前だった。負けなど許されるはずがなかった。距離適性さえあれば無敗のクラシック三冠を獲得し、目標レースの被りさえなければシニア級王道完全制覇を達成することが日常茶飯事で。何なら継承によって無理矢理距離適性を上げて、ダートの短距離から芝の長距離までを勝たせることが可能だった。

 

 そうやって生み出してきた物語が正しいかどうかは分からない。でも、少なくともあの頃の自分は、担当ウマ娘の負けひとつさえ許せない()()()()()だった。

 

 ――あぁ、そうやって紡いできた物語は、何と無機質なものだったことか。私は雨の匂いをめいいっぱい吸い込んで、その呼吸を止めた。ゲートの扉を目前に控え、今か今かとゲート・オープンの瞬間を待ちわびる。

 

 ――今の私は、とんでもなく不細工なウマ娘だ。負けて負けて、弱点が存在して、実力差に打ちのめされて、運命のイタズラに邪魔をされて、また負けて。それでも何とか勝ちを拾ってやっと掴んだダービーの舞台。今なお重賞の勝利が無いという時点で、私は最強のウマ娘には程遠い。

 

 でも、それでも。私はトレーナーと共に歩んできた今の自分が大好きだ。仮に天下無双で完全無欠の私が存在していたとしても、私は地を這いずり回って血反吐を吐いてきた今の自分の方が好きだと――そう答えられるくらいには自信に満ち溢れていた。

 

 最弱から目指す最強も面白いではないか。名だたるウマ娘には約束されているかもしれない大舞台での勝利をぶち壊し――歴史の裏付けのないモブウマ娘が、胸がすくような大勝利を収めるのだ。つまらないわけがない。敗北を支えてくれたトレーナーへ捧げるには、これ以上ない最高のプレゼントではないか。

 

 ――命を削る覚悟で勝ちを拾いにいく。これは、歴史に存在しなかったウマ娘の反逆だ。なけなしの矜恃が歴史的名馬達に叩きつける、一世一代の逆襲劇だ。

 

 しんと静まり返ったレース場。針で突けば破裂してしまうのではないか、そう感じるほどの張り詰めた静寂の中。運命のゲートが開いたと同時、私は地面を渾身の力で蹴り放った。

 

『――今! 日本ダービーがスタートしました! 各ウマ娘素晴らしいスタートです! セイウンスカイがちょっと出遅れたか!?』

『いえ、すぐに立て直しましたね。やはりポンと飛び出したアポロレインボウと、速度を上げていくセイウンスカイがハナを争うようです』

 

 爆発した歓声に背中を押されてロケットスタートを決める私。そのまま皐月賞では最後まで掴むことのできなかった先頭を奪い取り、殺人的ハイペースによるレースメイキングを始める。

 

 ――皐月賞、よくもやってくれたではないか。そんな恨み節を内心呟きながら、外の方から内側に切れ込んできたセイウンスカイを睨めつける。激情の赴くままに私は歯を食いしばり、トップスピードに乗る。セイウンスカイも慌ててギアを上げて追いすがってきた。私が内側でアタマ程度の差を取って、セイウンスカイが外側で追随する。

 

 これではまるで、皐月賞と逆の立場ではないか。しかし、枠の有利不利が逆転し、グリーンベルトも存在しないこの日本ダービー……ただでさえ調子の悪いセイウンスカイのトリックが発動する確率はほとんどゼロに近いだろう。皐月賞のトリックやペースダウンによる()()がそのまま通じるほど、6強は弱くないのだ。

 

(セイウンスカイ――あなたには絶対にハナを譲らないから!)

(ぐ、ぅ――……!)

(()()()()()!!)

(っ――……)

 

 私の闘志に気圧されたか、それとも競り合って序盤で磨り潰されることを嫌ったか。セイウンスカイが恨めしそうな表情をして、少しだけ位置取りを下げた。早くも第1コーナー手前でセイウンスカイを振り切って2番手に付けさせ、私が完全にハナを奪った形になる。

 

 日本ダービーの舞台となった東京レース場は、スタートから最初のコーナーまでの距離がおよそ400メートルと長い。また、2400メートルというクラシック・ディスタンスで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのため、位置取り争いは詰まったバ群の中で熾烈に行われる――つまり、私の後ろでスタミナを激しく削り合ってくれるはずだった。しかし、第1コーナー手前で後ろを確認して、その常識は早くも破壊されることになる。

 

 その理を無視したウマ娘が、何と私含めて6人いたのである。またの名を『黄金世代』の6強――スペシャルウィーク、セイウンスカイ、エルコンドルパサー、キングヘイロー、グラスワンダー。序盤から飛ばしに飛ばして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逃げとか、先行とか、差しとか、追込とか――そんな陳腐な作戦など関係ないと言うように、6()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

『ええっ!? だ、第1コーナーを曲がりながら、6強全員が前に上がっていきます!! これは一体どうしたことでしょう!?』

『わ、分かりません……分かりませんが。もしかすると、全員がアポロレインボウを止めなければいけないウマ娘だと考えて、無理をしてでも捕まえに行こうとしているのではないでしょうか。これは大変なことになりましたよ……』

 

 本来予想された脚質構成は、大逃げが1人、逃げが1人(セイウンスカイ)、先行6人(スペシャルウィーク、エルコンドルパサーはこのグループ)、差し7人(キングヘイロー、グラスワンダーはこのグループ)、追込が3人だったはずだ。

 

 それが、大逃げ1人、逃げ6人、中団以下に11人と、どう足掻いても大荒れ必至の脚質構成になってしまった。コーナーを曲がりながらスペシャルウィーク達の表情を確認すると、逃げを打ったお互いの顔を見て少し驚いたような顔をしていたが――それでも構わないという風に、私に向けて敵意のこもった鋭い視線を投げかけてきた。

 

 これもまた、運命による妨害か。それとも、今まで目立ちすぎたが故の必然の結果だったのか。私の与り知らぬ間に、アポロレインボウという爆逃げウマ娘がここまで大きな敵になってしまっていたとは。1枠1番1番人気の弊害だ……!

 

 私は背後を走る6強に怒りを含んだ視線を送る。が、返ってくるのもまた、怒りと激情に満ちた5対の眼光。あろうことか、6強のウマ娘達は1対5のレースを作ろうとしていた。

 

 流石にここまでの事態は予想外だ。多少なり動揺してしまう。それに、私がセイウンスカイなどから与えられるプレッシャー対策をして来たとはいえ、一度に5人分のプレッシャーを受けるとなると――対策の度合いとか完成度は一切関係なくなってしまった。絶対に動揺せざるを得ない。

 

『第2コーナー曲がって向正面に入ります! ここまでのペースは殺人的! アポロレインボウの表情が歪んでおります! これは雨に打たれる苦しみによるものだけではないでしょう!』

 

 第2コーナーを曲がってバックストレートに入ると、私の後ろの位置取りがある程度決まる。1番手はアポロレインボウ。2番手はスペシャルウィーク。3番手はスペシャルウィークのすぐ後ろのエルコンドルパサー。4番手はセイウンスカイ。そのほぼ真横に、キングヘイロー、グラスワンダーと走っている。

 

 6番手までは全くもって団子状態。7〜18番手のウマ娘達も唖然としながら団子を形成しているが、そっちに意識を回す暇はない。2〜6番手のウマ娘がとてつもないプレッシャーを放ちながら、私を喰い殺しに来ているのだ。

 

 これが、草食動物の魂を受け継いだ少女の姿なものか。こんなの、獲物を狩る肉食動物さながらではないか。5人分の威圧感は『領域(ゾーン)』の恐怖に引けを取らない。つまり、私は第1コーナーからずっとその圧に曝されていることになる。まだ前半1000メートルを走破しただけだと言うのに、早くもスタミナの底が見えてきやがった。

 

『前半1000メートルを通過して――えっ!? タ、タイムは57秒9!? 6強のウマ娘全員が57秒台で前半1000メートルを走破している!! 対して7番手以下のウマ娘は遥か後方に離されている!! その差は8――いや、10身はある!!』

 

 向正面が終わるとカーブがやってくる。しかし、既に私は疲労困憊だ。とてつもない威圧感に1分近く曝されて全速力を続けろだなんて無理な話だ。それでも、無理を通して――不可能を可能にしてこそG1を勝ち切ることができるのだ。

 

「ぐ、あぁぁぁあああああああああっっっ!!!」

 

 私は第3コーナーに入ると同時、更に全速力のギアを上げて走り始めた。ぎょっとしたように後ろの5人が目を剥くが、それでもなお食らいついてくる。

 

 最悪で最強のウマ娘共。憎たらしい。際限のない怒りさえ湧いてくるほどの優駿達。しかし、若干の外側を走らされていたグラスワンダーとキングヘイローの表情が歪み始めている。

 

 それも無理はない。このハイペースで外側を走らされるということは、他のウマ娘よりも長い距離をその速度で駆け抜けなければならないと言うことだから。単純計算で言うと、東京レース場の2400メートルにおいて、最内のウマ娘より3メートル外にいるだけで、1周走る時の距離の差は20メートルにも及ぶのだ。高速で走るウマ娘にとってはたった数歩の差だが、その差がどれほど重いものか知らない私ではない。僅かばかり見えてきた光明に私は縋り付く。やはり、純粋なスタミナ勝負では私の方が上なのである。このまま歯を食いしばり続けて押し切るしかない……!

 

『第3コーナー曲がって最終コーナーに入ります!! もはや7番手以下のウマ娘達は全員蚊帳の外!! 10――いや、15身以上の差をつけられています!! 先頭のアポロレインボウはずっと粘っている!! 2番手のスペシャルウィークとエルコンドルパサーが激しいプレッシャーを掛けているが、まだ垂れない!! まだ彼女の夢は潰えない!!』

 

 身体を思いっ切り前傾させ、内ラチのスレスレに倒し、ほとんどドリフトするように私は東京レース場の最短距離をひた走る。第4コーナーの終わりは近い。だが、背中に張り付いてくる6強もまた肉薄している。どれだけの根性があるのだろう、早くも全員が私を追い抜く姿勢に入っているではないか。

 

『最終コーナー曲がって、最後の直線500メートル!! 大外に持ち出したグラスワンダーが苦しみながら追い上げてくる!! エルコンドルパサーも外に持ち出して追い抜く姿勢だ!!』

 

 そして最終コーナーを回って最終直線に向いた途端――大外を回らされて苦しんでいたグラスワンダーから、怒気に似た炎が噴出した。私達は理解する。グラスワンダーの『領域(ゾーン)』だ。ほとんど同時に、軽やかなステップで外に位置取ったエルコンドルパサーからも深紅の『領域(ゾーン)』が溢れ出す。

 

 尻尾の先から、2人の煮え滾るような激情に灼かれていく。黒く染まった勝利への欲望に背中までを呑み込まれ、心臓を鷲掴みにされる。死さえ感じてしまうほどの絶望に曝される。見せられ、魅せられる。怪我で戦えないもどかしさ、休養中に火花を散らして戦うライバル達への焦り。或いは、世界に憧れる純粋な想いから紡がれる圧倒的な熱量。

 

 強さを等身以上の薙刀に変えて、想いを肉体技(プロレス)に変えて――グラスワンダーとエルコンドルパサーの末脚が爆発した。残り400メートル。最終直線の坂に差し掛かると同時――私は()()()()()2()()()()()()()()()。そして、セイウンスカイとキングヘイローも『領域(ゾーン)』など要らぬと言わんばかりに爆走して私を追い抜いていく。スペシャルウィークにも追い抜かれ、私は6番手まで落ちた。

 

 このダービーの舞台で、全員が限界を超えたのだ。超えてしまったのだ。スペシャルウィークも、キングヘイローも、エルコンドルパサーも、セイウンスカイも、グラスワンダーも――全員が全員、内に在った何か大きな壁を破壊したのだ。

 

 殺人ラップを刻んだことにより、彼女達に限界を越える術を与えてしまったのか。くそ――そんなことがあってたまるか。おかしいだろ。ありえないだろ。こんなに頑張ってきたのに、また私は負けるのかよ。

 

『残り300メートルを通過して、1番手はエルコンドルパサー!! 2番手にグラスワンダーとキングヘイロー、セイウンスカイ!! 少し後ろにスペシャルウィークとアポロレインボウ!! これはエルコンドルパサーとグラスワンダーの勝負になるか!?』

 

 絶望に打ちひしがれる私の前方。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。容赦の無さすぎる――絶望的なタイミングでの出来事だった。遂に気持ちが折れた私の瞳から涙が溢れ出す。――間違いない。あれは、スペシャルウィークの『領域(ゾーン)』だ――。嫌だ。もう二度と負けたくない。絶対に負けたくないのに。どうして、こんな、こんなことが――……。

 

 苦しみに喘ぐ私の目前、エルコンドルパサーとグラスワンダーの『領域(ゾーン)』とは比べ物にならないほどの闇が生まれる。それは私だけでなく、他の6強を呑み込んで全てを喰らっていく。恐ろしいまでの密度で練り上げられた『領域(ゾーン)』。抗いようのない強さの塊にして、優駿の証明たる絶対的な末脚。

 

 途方もなく強いチカラ――激しく燃焼される想いが私の四肢から脳髄に焼き付けられる。一瞬だけ視界が闇に覆われると、やがて闇の中から眩い光が差し込んできて、見せられる。魅せられる。スペシャルウィークの心象風景。

 

 ――田舎の原風景の中、満天の星を眺めるスペシャルウィーク。流星が流れ出したのを見上げて思わず立ち上がり、彼女は想いを募らせた。彼女の心の奥底に根付く存在――生みの親と育ての親。2人の『お母ちゃん』とみんなの想いを受けて、日本一のウマ娘になる憧れに向かって走り出す彼女。

 

 スペシャルウィークの根底には、()()()()()()()という強い想いがあるのだ。私は涙を流したまま、はっとなって現実に戻ってくる。そうだ――思い出した。何故私は結果が確定していないのに諦めようとしているのだ。あまつさえ、レース中にライバルに励まされるなど――

 

 一瞬の『領域(ゾーン)』で開かれた心象風景が消えると、スペシャルウィークが末脚を爆発させて一気に1番手まで躍り出た。遠くなっていく背中。残り200メートル程、先頭までの差は4身。逃げウマ娘がつけられるには余りにも絶望的な距離だ。

 

 でも。

 私は、()()()()と抗い続けなければならない。

 

 私を応援してくれるファンのために。

 私の背中を押してくれたマルゼンスキーやメジロパーマー、ダイタクヘリオス――彼女達が叶えられなかったクラシックG1優勝のために。

 運命に打ち勝て、と私を激励してくれたサイレンススズカのために。

 そして――私のトレーナー。ずっとずっと一緒に苦しんできたあの人のために。

 

 基礎の基礎――腕を強く振って、ターフを()()ように蹴りつけて。持ち上がりかけていた上体を限界近くまで倒して、爆発しそうな肺と心臓の苦しみを握り潰して噛み殺して。

 

 私は涙ながらに絶叫する。

 悲鳴ではない。

 これは、魂から絞り出した咆哮だった。

 

「絶対に――負ける、もんかあああぁぁああああっっっ!!」

 

 ――刹那。

 

 限界の先の先を迎え、超越的な何かを破壊した私の視界が、眩い光に包まれた。

 

 

晴れ渡る星空と 辺りを照らす月明かりと 遥かなる雪原の中 私は独り

いつからかは分からないけれど ずっと走り続けていた

 

誰も邪魔する者のいない刹那の永遠 先頭の景色

純白の雪と 美しい月と星空だけが覆う視界

頬を吹き抜ける鋭く冷涼な風

鼻を突く爽やかな雪の香り

雪を踏み締める柔らかな音

四肢は凍りつき

されど 滾る血流が燃え上がらせている

 

心地よい疾走の中で私は思っていた

 

――ああ ずっとこの景色を見ていたい――

 

この感覚も この景色も

全て すべて 私だけのモノ

 

でも やがて空が暗雲に覆い尽くされて 猛吹雪がやってくると 私の歩みは止まり始めた

 

視界を失い 星空は見えなくなり 月もどこかに消えてしまった 世界が白に染まっていく

 

身体の芯を凍らせる心の冬

冷酷で過酷で残酷な運命

走り続ける脚は猛吹雪に打ちのめされ

力尽きようとしていた

 

――誰か助けて――

 

止まりそうな私の身体

疲れ果て精根尽きて 限界を迎えたその時

遂に私は雪原に倒れ伏した

 

だが 地平線の向こうから私を呼ぶ声がする

私の背中を押す確かな音がする

 

それは見知らぬ者の声

私を応援する者の声

或いは唯一無二の好敵手達の声

憧憬の中にいる優駿達の声

そして――あなたの声

 

――頑張れ アポロレインボウ――

 

あぁ 行かなくちゃ

その声に魂を奮い立たせ 私は血を滾らせる

 

雪を掻き分け 猛吹雪に立ち向かって

私は月虹の向こうを目指す

 

【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

諦めるな――

絶対に諦めるな!!

 

私が――私達が見たい景色は 限界の先にあるのだから

 

 

 光の中の心象風景が消えると、私の視界は白と黒に断絶された。前を走るセイウンスカイの尻尾が跳ね上がり、視線が会合する。彼女の反応など関係なかった。

 

 強い想いに背中を押される。重い綿の中にあったはずの四肢は軽さを取り戻し、スタート直後のような感覚に復活している。雨粒を切り裂いて、抵抗する目前の空気をこじ開けて。私は全てを終わらせるために、全力全開でターフを蹴りつけた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『あ、アポロレインボウ!? アポロレインボウが差し返した!! 一度は躱され、6強に呑まれたはずのアポロレインボウが!! スペシャルウィークに再びハナを突き合わせる!!』

 

 一度は堕ちたはずの芦毛のウマ娘が、バ群を割って先頭に躍り出る。セイウンスカイを、キングヘイローを、グラスワンダーを、エルコンドルパサーを抜いて。興奮と絶叫の坩堝と化した東京レース場が割れんばかりに揺れ、17万の激情がとぐろを巻く。

 

 スペシャルウィークに並ぶ。残り100メートル。激しくぶつかり合い、睨み合い、削り合う。されど、死闘の中で戯れながら、微かに笑い合いながら、その魂と魂が激突する。

 

『残り100メートルを通過して! 雨雲を切り裂いて東京の空に虹をかけるかアポロレインボウ!! それとも流星の煌めきが勝るかスペシャルウィーク!! 両者ともに譲らない!! 1センチも1ミリも譲らない!! どっちだ!! どっちが前に出る!!』

 

「ああぁぁぁあああああああああっっっ!!」

 

 ――私だ。私を見ろ。世界中の人間は、アポロレインボウという存在をその目に焼き付けろ。これが私だ。どこまでいっても私だ。不細工でもかっこ悪くても前を向き続ける――これがアポロレインボウというウマ娘なんだ!!

 

 全身全霊、魂のラストスパート。

 全てを出し尽くして、ここで終わってもいいと叫んで。

 終わりなど来ないのではないか。いや、この激しくも心地よい気持ちが続いたらいいのにな、と思いながら。

 

 私とスペシャルウィークは、()()()()()ゴール板を駆け抜けた。

 

『ゴォォーールッッ!! アポロレインボウとスペシャルウィークが全く同時にゴールイン!! これは写真判定です!!』

 




【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】
レース最後半まで全力全開で先頭を走り続けて遂に力尽きようとする時、みんなの強い想いと絶対に諦めない心が背中を押し、ものすごく速度が上がる
領域覚醒:距離適性アップ
【中距離C→中距離B】
【2200~4000m】

うみへび 様に素晴らしい挿絵をいただきました。ありがとうございます。


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48話:ダービーウマ娘

 ゴール板を駆け抜けると同時、はち切れんばかりの大歓声が私達を包んでいた。視界に色が戻ってきて、私とスペシャルウィークの『領域(ゾーン)』が消えていく。

 

 本来であればガッツポーズのひとつでもしたい気分だったが、ゴールしたタイミングがタイミングだ。私の勘違いでなければ完全に同時のゴールイン。私は隣をゆっくりと走るスペちゃんに視線を送ると、彼女もまた歓喜と困惑の混じった表情をしていた。

 

 どっちだった、と視線で語りかけると、彼女は大きく首を振った。どうやら彼女にも分からないらしい。皐月賞の終幕は僅か9センチの差だったが、敗北を確信できるほど大きな差だった。あの時の感覚が正しいとすれば、皐月賞よりも僅差での決着ということになる。

 

 勝者がどちらかは分からなかったが、不思議と私は満足感に包まれていた。お互いによくやったではないか。かけがえのない楽しい時間だったよ。そういう意味を込めて、私はスペシャルウィークの背中に手を回した。

 

 それに気付いたスペちゃんは、闘志の抜け切ってふやけた笑顔になった。つい先程まで互いに本気で潰し合っていたと言うのに、余韻は形容しがたいほどに爽やかだった。

 

 全力の疾走から突然速度を落とすのは怪我の危険がある。私達はほとんど歩くようにゆっくりとコースを一周し、電光掲示板の前で立ち止まった。そこには他の6強――セイウンスカイ、キングヘイロー、エルコンドルパサー、グラスワンダーの姿があって。彼女達は全てを出し切ったと言わんばかりの清々しい表情をして、私達を拍手で出迎えてくれた。そのスポーツマンシップ溢れる姿に、観客席から拍手喝采が巻き起こる。

 

 光る電光掲示板、示された着順は『3着エルコンドルパサー』『4着グラスワンダー』『5着キングヘイロー』。6着にはセイウンスカイが入っただろうか。1、2着には『写真』の文字が踊っている。そして着順の下――タイム表示ゾーン付近にはレコードの赤い文字が輝いていた。

 

 ――2:22:5。それが私達の死闘が作り出した狂気の時計だった。レコードタイムを目の当たりにした観客から、喜びや驚愕と言うよりは――若干()()()ようなざわめきが起こっている。

 

「……スペちゃん。ダービー、終わっちゃったね」

「うん。最高に楽しくて、キラキラ輝いてて、全身全霊を出し切れた。着順が確定して……たとえアポロちゃんに負けたとしても、後悔はないよ」

「……そういえば、まだ判定は終わらないのかな? ずっとドキドキしっぱなしなんだよね。心臓に悪いよ……」

 

 レースが終わってもう10分は経っている。いい加減、神聖なターフの上で立ち話をしているのも居心地が悪い。というか生きた心地がしない。足元がずっとふわふわしている感じがするし、落ち着いてきたせいか疲れがどっと噴き出してきて、今にも座り込みそうになってしまう。ターフビジョンで繰り返し流されているレース映像は、そろそろ見飽きてしまう頃だ。ただ、ゴールの瞬間の映像は何度見ても同着にしか見えない。アングルによってはスペちゃんが前に出たように見えるが、また別のアングルでは私が1着に突っ込んでいるように見えなくもない。

 

「……長いね」

「……うん」

 

 いつの間にか、スペシャルウィークを支えていたはずの私が、支えられる形になってしまった。足元が覚束無い。怪我はしてないだろうか。一度は力尽きたにもかかわらず、残り100メートルで前方の4人をごぼう抜きして並んでゴールインだなんて……我ながら無理を通しすぎた。スペシャルウィークと並んで泥だらけの勝負服が激戦を物語っている。

 

 そして、ゴールから15分程度経過した時だろうか。突然、観客席の一部から歓声が上がった。「おおっ」とか、「ええっ」とか、その反応は懐疑と驚きに満ちていて。何だろうと思って客が指さす方向に見ると――

 

「――っ!」

 

 電光掲示板に『確定』の文字が点っていた。私に肩を貸してくれるスペちゃんの身体が硬直し、あっと声が上がる。勝負の行方は――

 

 ――『同着』。

 『Ⅰ』のローマ数字の横。1番と5番の文字が並んで、一定の感覚で明滅を繰り返していた。

 

 遂に私は愕然と力尽きて、ターフに膝をついた。あまりの出来事に、観客席から笑い声のような歓声さえ聞こえるではないか。

 

「あ、アポロちゃん! 同着! 同着だよっ!」

「――――」

 

 スペちゃんが私の袖を引いて訴えてくるが、私の脳内は見事にパンクしてしまった。何も反応することができない。

 

 ――ダービー、ウマ娘。

 私が……この私が、ダービーで勝ったのか? 何もかもダメだった1年前、選抜レースでスペシャルウィークに大差負けした私が……最強世代の優駿に肩を並べることのできる存在になれたのか?

 

「やった、やったぁ……! ダービーっ!! ダービーウマ娘になれたあっ!! やったよお母ちゃんっ!!」

 

 スペシャルウィークが脱力する私を抱き上げ、わんわんと大声を上げて泣き叫ぶ。彼女の胸に抱かれ、彼女の瞳から零れ落ちた大粒の涙が私の頬に伝う。

 

 そして、まだ現実を直視できていない私に――曇天を突き破って燦々と輝く太陽の光が降り注いだ。雲間から照らす美しいヤコブの梯子。夢のゆりかごに力強い陽光が差し込んでくる。同時、雨と泥に濡れて光る私達の勝負服。きらきらと光を反射するスペシャルウィークの涙。汗が伝って、ターフの上に流れ落ちる。視線を流すと、雨露に濡れてターフが一面の光に包まれてるのが分かった。

 

 雨が上がり、雲が散り、遥かな空の向こうに虹がかかり始める。光るターフの上で大きくアーチを広げた七色の橋は、私の勝利を祝福しているかのようだった。

 

「――あぁ――」

 

 あまりのショックで感情を失っていた心が、雄大な自然が作り出した奇跡を受けて再び動き出す。ふつふつと湧き上がる喜び。感謝。達成感。充足感。安堵。でも、一番大きかったのは――やはり感謝の念だった。

 

 ありがとう――全ての存在にありがとう、と。そう言って回りたいくらいの気持ちに囚われて、漏れてくる声を抑えきれなくなって。遂に涙が決壊し、私は感情に導かれるままに号泣した。

 

「う――うわあぁぁんっ! スペぢゃんっ! わだじ、やった――やったんだ――ダービーウマ娘になったんだぁっ!」

「うん――うんっ!! ()()()()()()()()()()()()()!!」

「ありがとう――みんな、ありがとうっ!! 嬉じぃ……うぅ、前が見えないよぉ……」

 

 一度堰を切って涙が溢れ始めると、もう止まらなかった。拭っても拭ってもどんどん溢れてくる。悔しさでもなく悲しさでもなく、喜びで涙が止まらないなんて――そんな経験は人生で初めてだった。私を支えてくれたみんなと、私に立ち塞がってくれたライバル達への感謝が、胸の中から湧いて溢れて止まらない。果てしない感謝と喜びの涙が、ひっきりなしに私の喉奥を突っついてくる。派手にえずいて、しゃくりあげて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、私はスペシャルウィークと強く抱擁し合った。

 

 そして、どちらからともなく――両手を取り合って、突き上げる。瞬間、大地を震わせるような大歓声が東京レース場で爆発した。それは、2人のダービーウマ娘が共に上げる勝鬨だった。互いの健闘を讃え合い、そして世界の全てに感謝を伝えるような、そんなパフォーマンスだった。

 

『――夢を掴んだスペシャルウィーク!! 夢のゆりかごに虹の橋を架けたアポロレインボウ!! ここに2人のダービーウマ娘が誕生し、17万人の拍手喝采が注がれています!! 素晴らしい戦いを見せてくれた2人に――いや、18人に惜しみない拍手を!!』

 

 実況が叫ぶと同時、また歓声が一段階大きくなり、観客が突き上げていた新聞紙やタオルが宙を舞った。紙吹雪のように見えた。スペシャルウィークとアポロレインボウの名前を叫ぶコールがどこからともなく始まって、大きくなっていく。スタンドの一角から始まったその声は、やがてスタンド中を埋めつくして。スペシャル、アポロ、ありがとう――と。見渡す限りのスタンドから注がれる声に、私達は再び涙を流すのだった。

 

 こうして、後に伝説の死闘として語り継がれることになる日本ダービーが幕を閉じた。6強の対決、劇的な幕切れ、着順確定後に架かった虹、2人のダービーウマ娘の名を叫ぶ17万人の観客。全てが奇跡に満ちた光景で、とめどなく溢れる涙が煌めき続けていた。

 

 観客のみんな、ファンのみんな、応援してくれてありがとう。マルゼンさん、ヘリオスさん、パーマーさん、スズカさん、親友にしてライバルである同世代のみんなにも――感謝を。私は独りでは強くなれなかった。だから、ありがとう。ありがとう――

 

 

 

 盛大な祝福を受けながら私はターフを後にした。しかし、まだやるべきことが残っていた。これから感謝を伝えないといけない人がいる。いっぱいいっぱい、ありがとうって言いたい人がいるのだ。

 

「トレーナー……!」

 

 早く会いたい。あの人に、報告しなきゃ。ダービー、頑張ったよって。夢の舞台で勝ったんだよって。あなたのおかげで勝てたんだよって言わなくちゃ。

 

 疲労困憊の身体を引きずって、私は地下道を小走りで進む。コンクリートを踏み付ける蹄鉄の乾いた音が、一定間隔のもと刻まれる。コツン、コツンとリズムを踏んで、数十メートル程度進んだ時。

 

 道の向こう側に、呆然と立ち尽くしている彼がいた。その姿を見て、少し笑いそうになった。スーツは乱れ、ネクタイはひん曲がり、髪は雨に濡れてぐしゃぐしゃで――その暴れる髪に負けないくらい、涙でめちゃくちゃになった表情をしたトレーナー。私の姿を見つけると同時、彼の表情は少年のように純粋なものに変わっていく。

 

「――アポロ!!」

 

 名前を呼ばれて、私の耳が大きく跳ねる。棒のようになっていたはずの脚が、「走れ」という命令を下す前に動き出す。私の身体はあっという間に彼へと近付いていった。トレーナーが両腕を広げたのを見て大きくジャンプすると――お互いに濡れて汚れた服のまま、私達は固く抱き合った。

 

 勢いを殺すためにトレーナーの脚を支点として回転しながら、私達はしばらくの間、互いの身体をしっかりと抱きとめる。勢いをつけすぎたかな、と思ったが、彼の上手いエスコートによって2人は見事に静止する。

 

 回転が止まったあとも、私達はしかと抱き締め合って離れなかった。彼から何か言葉を話し出す気配はない。私の言葉を待っているのだろうか。私は一旦身体を離して、至近距離で見つめ合った。彼は何も言わず、20センチほどの身長差を埋めるべくかがみ込んだ。そのまま瞳を閉じて、互いの額と額を触れ合わせて、私は彼が求めているであろう言葉を口ずさんだ。

 

「――ただいま、トレーナー。私、やっと勝てたよ――初めてG1ウマ娘になれたよ――」

「あぁ――あぁ。おかえりアポロ……本当に良くやった。俺はやっと、君の努力に報いることができたみたいだ……」

 

 お互いに涙を流して、それぞれ呟き合う。

 

「レース中にマークを受けるとは思ってたけど、あそこまで強烈だとは予想できなかった。あれは俺の落ち度だ。苦しいレースにさせちまって、本当にごめんな……」

「もう……こんな時まで謝らなくていいって。それとも、同着とはいえダービーを勝ったのに、お気に召さなかった?」

「いやいや、そんなことはないよ。しかし、あの位置にアポロが沈んだ時はもうダメかと思ったもんだが――諦めないで応援して良かった。アポロは俺の誇りだよ」

「二人三脚で頑張ってきたもん。とみおも私の誇りだよ」

「あぁ――本当に――うれしいなぁ。っ……うれしいなぁ……っ」

 

 とみおは何度も何度も繰り返して、その場で深く俯いて肩を震わせ始めてしまった。彼の足元に光る雫が流れ落ちていく。私も彼の涙に再びの嗚咽を誘われながら、漏れそうな声を何とか抑えて、とみおの顔を胸に抱き寄せた。

 

「……ありがとう――」

 

 彼がいなければ、私はここまで来れなかった。トレーナーは、私の弱点を克服するようなトレーニングメニューを組み、自身の日常(プライベート)さえ割いてライバルの研究に打ち込み、何より私というウマ娘に真摯に向き合ってくれた。この信頼関係に裏打ちされて実力を付けられたからよかったが、この強固な関係を築いていなかった世界の私の成長はどこで止まっていたのだろうか。まあ、間違いなくオープンクラスにすら上がれずに負け続け、トレセン学園を去ることになっていただろう。

 

 彼を信じて、彼に信じられて、何回も失敗し、たまに成功して、お互いに壁にぶち当たって、試行錯誤を繰り返して――やっと掴んだダービーウマ娘の称号。余韻に浸り、言葉だけでなく行動で感謝を示す。強く強く彼を抱き締めて、彼の震えを止めようとあれやこれやと画策する。そんな自分もはちゃめちゃに泣いているし、何より私が何をしてもトレーナーの嗚咽が強まるので……似たもの同士というか何と言うか。

 

 そうやって関係者用の通路で自分達だけの世界を作り出す傍ら、聞き馴染みのある声が私の背中に飛んできた。

 

「――アポロさん」

「え、天海トレーナー……?」

 

 彼をかき抱きながら振り向くと、そこにはメジロマックイーンのトレーナーである天海ひかりが立っていた。弟のように厳しくも優しく接してきたと言うとみおの姿を見て、彼女は私達に近づいてくる。接近してやっと分かったが、天海トレーナーの目は少し腫れていて。――ぐいっと引き寄せられたかと思ったら、私ととみおは天海トレーナーに抱き締められていた。力任せで不器用な抱擁。とみおは困惑したように顔を上げて、天海トレーナーを見ていた。

 

「――桃沢君。アポロさん。本当に、本当におめでとう……!」

「あ、天海さん……っ」

「あなたは紛うことなき一流トレーナーよ、桃沢君。このダービーの勝利を誇りなさい。そして、アポロさんと共に技術を磨き続けなさい」

「は、はいっ! 天海さん、本当にありがとうございます!」

「……そろそろウイニングライブの準備をすることね。それじゃ、ステージで待ってるわ」

 

 天海トレーナーは私達に薄い微笑みを向けた後、通路奥に消えて行った。私達は顔を見合わせて頷き合う。ダービー勝利に気を取られて、ウイニングライブのことをすっかり忘れていたではないか。慌てて控え室に戻って、勝負服の汚れを落としつつお化粧を済ませる。とみおの入念な汚れチェックの後、ドタバタしながら私達はウイニングライブのステージに向かった。

 

 観客席から見てるからなと言うトレーナーと別れて、私はステージ裏にやってくる。今回は1着が2人いるため、若干特別仕様のライブになる。と言っても、センターの振り付けをするのが私とスペちゃんになるだけだが。3着のエルコンドルパサーが2着用の振り付けを行い、4着のグラスワンダーが3着用の振り付けを行うのも、細かな差異と言えるかもしれない。

 

 歌唱曲は『winning the soul』。既にステージ上にはスチームパンクを思わせるセットが用意されており、スタッフさんがバタバタしているのが見て取れた。もうお客さんはライブ会場に集まり切っている。今か今かと待ちわびる声が裏の方まで聞こえてきそうだ。

 

 所定の位置で待っていると、スタッフさんの合図が出た。私はスペちゃん達とアイコンタクトを取り、大きく頷いた。いよいよライブが始まるのだ。幕が上がり、暑く感じるほどの照明がステージ上に照射される。

 

 そして激しいギターのイントロが鳴り響くと同時、過激なハードロックが会場を揺らした。歓声が上がり、ペンライトの海が目前に広がる。その中でゆっくりとペンライトを振るトレーナーを見つけて、私は軽くウインクをした後、スペシャルウィークと視線を合わせた。

 

 息を整え、歌声を重ね合わせて紡ぐウイニングライブ。4人の声が響き渡った会場では、アンコールの声が鳴り止まなかった。

 





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素晴らしい絵をいただきました。ライブ中のアポロレインボウと、42話のカラー絵です。はるきK 様、寝娘 様、ありがとうございます。


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5月のウマ娘を語るスレ

51:ターフの名無しさん ID:x2pJY12hK

昨日発売された月刊トゥインクルみんな買った!?

 

52:ターフの名無しさん ID:066vEzGpp

買ったわよ〜

 

53:ターフの名無しさん ID:YQfsWgyS0

当たり前だよなぁ?

 

54:ターフの名無しさん ID:cgrU8Ki9W

表紙に引かれたわね

 

55:ターフの名無しさん ID:YPUcTTbyE

本屋で表紙見て衝動買いしちゃったw

初めてこういう雑誌買ったンゴ、裏話とか載っててめちゃくちゃ面白いンゴねぇ

 

56:ターフの名無しさん ID:q1LS9jyGY

何回も読み直してるうちに次が出るから月刊トゥインクルは止められねぇんだ

 

57:ターフの名無しさん ID:TMPN1JmPS

https://magazine.jp.g-twinkle.com/book/

こちらからお買い求めできます

電子版もあるけどやっぱり紙媒体がオススメどす

 

58:ターフの名無しさん ID:sYftSR8Qa

ちな表紙

2人のダービーウマ娘が虹を背景に抱き合う写真ね

https://imaguma.com/hbmowjc

 

59:ターフの名無しさん ID:bmoMQQbO2

>>58 この写真ほんとA3くらいのサイズで印刷して飾りたいわ

 

60:ターフの名無しさん ID:Ppu0cam7N

綺麗だなぁ

 

61:ターフの名無しさん ID:34/WyCtWs

雨とか泥とか涙でぐっちゃぐちゃだけどそれが良い

 

62:ターフの名無しさん ID:FAl6f9KIB

この神がかった瞬間を撮れる写真家の腕よ

 

63:ターフの名無しさん ID:u3DAcXoq2

写真家になりたくなったわ

 

64:ターフの名無しさん ID:iXogyGHvB

あんまりにもキラキラしてて、つい先日に起こったこととは思えん

 

65:ターフの名無しさん ID:UJ4K8HCw+

ダービー現地勢おりゅ?

ワイは無理だった

 

66:ターフの名無しさん ID:cLvKMyqCP

レース場の外にいたよ

 

67:ターフの名無しさん ID:PLZ7nTJDi

中で押しつぶされてた

 

68:ターフの名無しさん ID:FD25svAAo

最前列にいたけど足が浮いてた

人の圧で死人と怪我人が出なかったのも奇跡だな

 

69:ターフの名無しさん ID:IQIICWVf7

仕事してたわ

本気で後悔してる

 

70:ターフの名無しさん ID:ma8c6OJ8r

今月号の月刊トゥインクルだけはガチで早めに買っとけ

街中走り回っても品切れ続出w

読もうと思っても読めんくなるぞ(紙媒体ならね)

 

71:ターフの名無しさん ID:Bn1yyvxS1

スレ民全員買っとるやろ……買っとるやろ?

 

72:ターフの名無しさん ID:lNjcAX+e8

そらそうよ

 

73:ターフの名無しさん ID:asT6gegDV

あの表紙で買わんやつはおらんわ

安いし今年に入ってから買ってる

 

74:ターフの名無しさん ID:TArhMbQFs

これには乙名史記者もニッコリ

 

75:ターフの名無しさん ID:cgC5kyTbz

ダービーウマ娘特集、オークスウマ娘特集の出来が非常に良かった

 

76:ターフの名無しさん ID:Ju9VTGGnz

>>75 わかる

 

77:ターフの名無しさん ID:Xn/f/RcGS

私服もダービー級にかわいいスペシャルウィークとアポロレインボウ

終始不思議ちゃん爆発のハッピーミーク

3人の間に挟まりてぇ〜w

 

78:ターフの名無しさん ID:vBoLolTPP

>>77 おう、トレーナー試験頑張れよ

 

79:ターフの名無しさん ID:A9nLwVpH5

>>78 草

 

80:ターフの名無しさん ID:AzOCedLYx

>>78 トレーナー試験(超絶難易度)定期

 

81:ターフの名無しさん ID:hlN2rNUVG

地方トレーナーになれるだけで一般サラリーマンくらいのお金は貰えるし上手く行けばかなり稼げるらしいぞ

知らんけど

 

82:ターフの名無しさん ID:tPuSdUIC9

トレーナーだろうがサブトレーナーだろうがウマ娘とのコミュニケーションが第一なのでワイにはキツいわ

 

83:ターフの名無しさん ID:gvqQnxbw8

ワイ男だけどダービーで走りたいンゴねぇ……

ちな100メートル14秒

 

84:ターフの名無しさん ID:SGAGLkTIt

2400メートル走るのに何分かかるんだよ

 

85:ターフの名無しさん ID:RKVpVkTWG

気持ちは分からんでもない

俺もダービー出れるもんなら出たいもん

 

86:ターフの名無しさん ID:JlZJfiqR0

同年代でたった18人しか出られない競争率の高さだぞ

控えめに言って修羅の道

スペシャルウィークとかアポロレインボウの脚よく見てみ? バキバキだから

並大抵の努力じゃそもそもオープンクラスにすら上がれんよ

 

でも俺もあんな大歓声を受けて走ってみたい!!!!!

俺にも本物の耳と尻尾をくれ!!!!

 

87:ターフの名無しさん ID:PDQqw8R3o

なんでこんなに惹かれちゃうんだろうなぁ

 

88:ターフの名無しさん ID:gcEsHu4Ah

ドラマがあるから?

いや、他のスポーツにもドラマはあるか

何か上手く言えんけど、やっぱりウマ娘が走る姿には特別なもんを感じざるを得ないね

 

89:ターフの名無しさん ID:5NnaeXPMu

そら(可愛い思春期真っ盛りの女の子達が)そう(一生懸命走ったら応援したくなる)よ

 

90:ターフの名無しさん ID:MqDY8cHO4

野球もサッカーも大好きだけど、G1が近づいてくるとトゥインクルシリーズのことしか考えられんようになってしまう

 

91:ターフの名無しさん ID:HIR7NpDWd

太古からの本能に刻まれとんねん

ウマ娘が走るとヒトは死ぬほど興奮する、ワイらはそういう星の元生まれてきとるんや

 

92:ターフの名無しさん ID:hV3kLh+vZ

太古の昔に滅びた恐竜、クソでかいロボットにロマンを感じない男はいないだろ

それと同じ

男子が恐竜とかロボットに憧れるように、ヒトはウマ娘に夢を乗せてるわけ

 

93:ターフの名無しさん ID:tjmX4di2k

全く関係ないけど、ウマ娘の力の秘密とかあの耳と尻尾の由来って明らかになってないよね

身近にいるからアレだけど、不思議な存在だよなぁ

 

94:ターフの名無しさん ID:p94ArEaHe

万能の科学で分からんならワイらが考えてもしゃーないやろ

というか月刊トゥインクルの話どこに行った?

 

95:ターフの名無しさん ID:mAZESceNo

スレ民はウマ娘が大好きだからな

ウマ娘に関係することならすぐに脱線するぞ♡

 

96:ターフの名無しさん ID:ouJUPLpDX

しかもたまに博識ニキが降臨するしな

ウマスレに来たなら脱線は止められんよ

 

97:ターフの名無しさん ID:17dyB3hVn

月刊トゥインクルなら俺の隣で寝てるよ

 

98:ターフの名無しさん ID:sbS26EjAt

枕の下に入れろ

 

99:ターフの名無しさん ID:my3QraYpE

いい夢見れそう

 

 

 

 

167:ターフの名無しさん ID:9Fu2DzZpl

そういえば、朝のニュース番組にアポロちゃん出てたぞ

 

168:ターフの名無しさん ID:Sos14OjF4

スペちゃんもミークちゃんもいたねぇ

エルちゃんグリ子ちゃんスズカちゃんタイキちゃんetc……

 

169:ターフの名無しさん ID:QavxOG+7b

みんなテレビに雑誌に引っ張りだこだね

 

170:ターフの名無しさん ID:iViUKXWEq

良くも悪くも、な

セイウンスカイはこれで調子崩したっぽいし

 

171:ターフの名無しさん ID:ofGLIZNx4

最近のウマ娘の露出えぐない?

こんなもんだっけ? それともやっぱりブームの影響?

 

172:ターフの名無しさん ID:AFZHV46Wk

ここまでのフィーバーはそう無いよ

強い子が出てくる度に露出はあったけど、こんなでかい波はオグリちゃん以来

 

173:ターフの名無しさん ID:qqGqLOawP

みんなつえ〜からな

クラシック世代もシニア世代も

 

174:ターフの名無しさん ID:U3hOetlBk

なんかタイキシャトルとかシーキングザパールが海外遠征を企画してるらしい ソースは風の噂(忘れたすまん)

 

175:ターフの名無しさん ID:61PVM6zQA

タイキシャトルは分かるけど……シーキングザパールも海外か! 2人ともクソ強いから楽しみだわ〜

 

176:ターフの名無しさん ID:YbJ/Bc3UV

世界レベル世界レベルって言われてたけど……遂にパールさんが本当に世界レベルになる時が来たってコト!?

 

177:ターフの名無しさん ID:ZWu+FZ8My

ワ……!

 

178:ターフの名無しさん ID:QVcDNloM+

タイキとパールすき

 

179:ターフの名無しさん ID:8gmZQSo9k

なんか知らんけどシーキングザパールの名前を見るとわろてまう

何でやろ

 

180:ターフの名無しさん ID:bOg4EYfhp

いつも踊ってるからね

 

181:ターフの名無しさん ID:htu4iMNe4

いつもではないだろ!

 

182:ターフの名無しさん ID:pqdJ0eLIP

シーキングザパールもテレビに出て欲しいなぁ

 

183:ターフの名無しさん ID:YxbG+BzRL

せやな

 

184:ターフの名無しさん ID:X7rm/K8+l

テレビと言えば、先日ダービーウマ娘2人とアナウンサーとの対談があったな

アポロちゃんスペちゃんが勝負服着てさ

なお、アナウンサーがアポロレインボウのへそをガン見しているのを全国放送されてしまった模様

 

185:ターフの名無しさん ID:OKE+xcYF3

 

186:ターフの名無しさん ID:o54bdgphC

むしろ公共の電波にアポロレインボウのへそを流してはいけないのは明白だろ

あれは劇物だよ

 

187:ターフの名無しさん ID:s7YcQ1P/J

映像あるかい?

 

188:ターフの名無しさん ID:CsNI4sZGu

あるよ

うまつべに上がってるはず

 

189:ターフの名無しさん ID:pf5ZatrFx

https://m.umatube.com/watch?v=gPxL6fIVb2I

 

190:ターフの名無しさん ID:MrOreJRWQ

このアナウンサーいかんでしょ

 

191:ターフの名無しさん ID:GmNSZ+q/m

手元の紙見てるだけだろ!

……だよね?

 

192:ターフの名無しさん ID:W7f0YQ+BB

#おへそを見せるなアポロレインボウ

 

193:ターフの名無しさん ID:02HFr9JEB

#おへそを見せろアポロレインボウ

 

194:ターフの名無しさん ID:AaDrbbCfy

トークはスペちゃんが目立ってたけど引きの絵でアポロちゃんが目立ちすぎる

 

195:ターフの名無しさん ID:KHA0xu7A1

最近テレビ離れとか言ってたけど何やかんや戻ってきちゃったねぇ

 

196:ターフの名無しさん ID:W47Tnz7hv

テレビ局はURAに頭上がらんな

 

197:ターフの名無しさん ID:iMVoQg/LB

結局バラエティの選択肢は多い方がいいよねっていう

 

198:ターフの名無しさん ID:P/Y2mdpnv

ダービー後のウマスタめっちゃ盛り上がってたね

 

199:ターフの名無しさん ID:ULO92UF8I

シンボリルドルフも笑ってたよ

 

200:ターフの名無しさん ID:CvZncBTfv

色々と衝撃的すぎてネットのチェックしてなかった

 

201:ターフの名無しさん ID:JU7e5WSok

次走予定とか上がってた?

 

202:ターフの名無しさん ID:griV2g11j

いや、特には

 

203:ターフの名無しさん ID:D8uaLxtrU

アポロレインボウ→天皇賞・秋(オールカマー?)

スペシャルウィーク→菊花賞(神戸新聞杯?)

エルコンドルパサー→天皇賞・秋(毎日王冠?)

グラスワンダー→天皇賞・秋(毎日王冠?)

キングヘイロー→菊花賞(神戸新聞杯?)

セイウンスカイ→菊花賞?

ハッピーミーク→ジャパンダートダービー?

グリーンティターン→スプリンターズS(7、8月の短距離重賞?)

こんなところでしょ

ちなみにシニア組は

サイレンススズカ→宝塚記念

タイキシャトル→安田記念

シーキングザパール→安田記念

 

204:ターフの名無しさん ID:hmd55gwKX

アポロレインボウは天皇賞・秋で確定なん?

 

205:ターフの名無しさん ID:uoUqTpXuI

2000メートル走りまくってたし距離適性が中距離寄りなんじゃない

 

206:ターフの名無しさん ID:s5q4QbcpK

ダービーがギリギリいっぱいっぽいよね

 

207:ターフの名無しさん ID:ttTSGrvWQ

それもそうか

あの爆逃げで長距離持つのはメジロパーマーくらいだなw

 

208:ターフの名無しさん ID:nwI4fsXS0

ライスシャワーとメジロマックイーンいなければ春の天皇賞勝ってたかもしれないレベルで長距離に強いからなパーマー(春秋グランプリ連覇は言わずもがな)

 

209:ターフの名無しさん ID:aU+EpSlyQ

え? 普通にアポロは菊花賞行くんちゃうん?

 

210:ターフの名無しさん ID:naltO+HuR

いや無理だろ

 

211:ターフの名無しさん ID:f64O2Ukw7

さすがにあの破滅逃げじゃ持たんよ

 

212:ターフの名無しさん ID:IBUjv+T9v

サイレンススズカも長い距離は無理そうじゃん?

アポロレインボウもそっち路線だよきっと

 

213:ターフの名無しさん ID:K0eiOe0QP

いや、陣営がマイル以下を嫌いすぎてないか? って話なんだが

長距離もそこそこいけるやろあの子

 

214:ターフの名無しさん ID:RsBTCIQjD

う〜ん……神のみぞ知る

いや、とみおのみぞ知る

 

215:ターフの名無しさん ID:cPooSLBi5

中距離専用の子でも強い子は沢山いるし、これから活躍してくれりゃどこで走ってもいいよ

 

216:ターフの名無しさん ID:N5jWXFFOV

せやな

とにかく怪我なくね

 



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49話:休息

今回はかなり短め


 ダービーが終わってからの数週間は、それはそれは多忙を極めたものになった。インタビューに次ぐインタビュー、よく分からないテレビの取材、雑誌に載せさせてほしいからと頼まれた写真撮影。元々休養を摂るためにトレーニング予定は空きがちだったが、その代わりにぶち込まれる予定が多すぎて結局疲労が抜けた感じはしなかった。トレーナーはトレーナーで、ギチギチになったスケジュールの確認や鳴り止まない電話対応でデスマーチ状態だった。

 

 色んな経験ができて楽しかったが、心配なのは連日深夜まで仕事をしていて死にそうになっていたトレーナーである。私がトレーナー室に行っても、マスコミからの電話に追われてばかりで、まともに会話ができない日があったくらいだ。あれだけダービー後に休もう、オフを取ろうと互いに言っていたのに、トレーナーはむしろダービー前よりも忙しさが増えてしまった感じがある。どうしようもないこととはいえ、正直酷い話だ。本気で早死する。トレセン学園は彼に長期休暇とたっぷりボーナスを与えて然るべきだろう。

 

 そしてダービーが終わって、更に安田記念もタイキシャトルの圧勝劇で幕を下ろし、6月3週目。ある程度落ち着きを取り戻した私達のもとに、差出人『URA』の大きなダンボール箱が5つほど届けられた。久々にゆっくり過ごしていた放課後、たづなさんが両手に抱えてそれを持ってきたのだ。

 

「たづなさん? そのダンボールはいったい……え? もう行っちゃうんですか?」

 

 応対するとみおを視界の端に捉えていると、扉の向こう側で「それでは失礼します」と頭を下げているたづなさんが目に入った。一応姿勢を正して会釈して、扉の前に置かれたダンボールのことを聞いてみる。しかし、彼女はにこにこしながら「開けてからのお楽しみですよ」なんてもったいぶって、すぐに去っていった。コーヒーとかお菓子を出そうかな、と思う隙すらなかった。残された私とトレーナーは顔を見合わせて、ゆっくりとマグカップを置いた。

 

「何だこれ?」

「何でとみおが知らないの?」

「ご、ごめん……」

「別に謝らせたかったわけじゃ……とにかく、ダンボール開けてみよ?」

「そうだな」

 

 トレーナーと私はそれぞれ行動を始めた。私がデスクからハサミをひったくってきてトレーナーに手渡すと、彼は爆弾でも扱うかのように慎重に包装を解いていく。

 

 ダンボールを閉じていたガムテープを切り裂き、とみおが中に手を突っ込んでそっと()()を持ち上げると――彼の手の中に現れたのは、かなり大きなぱかプチだった。それも、私――アポロレインボウのぱかプチである。

 

「え、私のぱかプチじゃん。もうできたんだ、早いなぁ……」

「そうだ。思い出した。アポロのグッズが出来たら届けてくれるんだったわ……たづなさんめ、サプライズ好きだなぁ」

 

 とみおはそれを見ると合点したように何度か頷いて、アポロレインボウのぱかプチを高々と持ち上げた。

 

 ――ぱかプチ。キャッチコピーは『ターフを駆け抜けたあのウマ娘が、2.5頭身になってあなたの隣にやってくる!?』――みたいな感じの、つまるところウマ娘の人形である。見た目は私達をかなり可愛いよりにデフォルメしたミニキャラで、2.5頭身のため顔がかなり大きく(ビワハヤヒデさんのことじゃないよ!)見える。

 

 とみおが高い高いしている私のぱかプチだけど、私の耳はこんなにデカくない。あと、鏡や写真で見る現実の私に比べると目もかなり大きくなっていて……相当なデフォルメの効きようである。それでも一目してアポロレインボウのぱかプチだと分かるんだから面白い。

 

 そしてこの『ぱかプチ』、見た目で侮るなかれ。超がつくほどの人気商品なのである。URAが公式に発売する商品は他にも様々あるが――例えば、スポーツ選手らしくカラー写真が印刷されたクリアファイルとか、ぱかプチ風のキーホルダーとか缶バッヂとか――その中でも群を抜いて売れているのがこの人形なのだ。

 

 一般流通するぱかプチ人形のサイズは、小(15センチ)、中(30センチ)、大(50センチ)、特大(1メートル)と多岐にわたる。とみおが持ち上げているのは特大サイズのぱかプチである。サイズが大きいほど値段は張るが、抱き心地がとても良いらしく……販売開始して一番最初に売り切れるのが特大サイズというのは有名な話だ。あと、特大サイズ入荷の時間になると公式販売サイトが落ちるというのも有名な話。

 

 オグリキャップとかハルウララのぱかプチなんか、今でも売れまくっているらしい。車の後部座席に乗せてる人とかよく見るわ。

 

 ……遂に私も、グッズを作られるまでになったか。感慨深さに涙腺が緩みそうになる。

 

「アポロのぱかプチはずっと前からファンの間で望まれてたらしくてな。ダービーを勝ってやっとゴーサインが出たんだとか」

 

 下賎な話になるが、普通ウマ娘のグッズというのは人気がなければ作られない。つまり、()()()()()()()()()()を勝たないとぱかプチなんて作られないのである。URAは採算が取れない商売をするような機関ではない。大抵のウマ娘はG1勝利後にグッズ製作が開始されているから、G1を勝つか否かがグッズ製作のボーダーラインというわけだ。

 

 G1を勝つようなウマ娘だから人気とも言えるし、G1を勝ってから人気が出るウマ娘もいる。とにかくG1を勝てば一定以上の客が見込めるらしい。ナイスネイチャやツインターボ、イクノディクタスやマチカネタンホイザなど、G1で善戦を繰り返したり派手なパフォーマンスを続けた結果、並のウマ娘よりも人気が出た子もいるけどね。

 

 …………。

 ……さて。

 

「ねぇ」

「ん?」

「ん? じゃないよ。何で私のぱかプチ抱き締めてるの?」

「いや、特大サイズのぱかプチがあったらみんなするだろ」

 

 私の視線の先、とみおは私の特大ぱかプチをぎゅっと抱き締めていた。私の背中にしっかりと手を回して、ぱかプチの後頭部の辺りをよしよしと撫でているではないか。

 

 それを見て、何故かイラッとした。モヤッとした。理由は上手く言えないけど、どうにも面白くなかった。とみおの腕を掴んでぱかプチを取り上げ、ソファに向かって放り投げる。あっ、とトレーナーが大きな声を上げたと同時、ボヨヨンと跳ねた人形が顔面着地を決める。床に落ちて汚れなかったことに安堵したのか、トレーナーはほっと息を吐いた。

 

「おいおい、乱暴に扱っちゃダメだろ。せっかくURAがくれたんだから、大切に扱わなきゃ」

「…………」

「急にどうしたんだ? ぱかプチの出来が気に入らなかったのか? それとも体調が悪くなった? エスパーじゃないから、言ってくれないと分からないよ」

「……なんでもない」

 

 彼の言う通り、せっかく貰った物を乱暴に扱うのは良くない。子供でも分かることだ。それに、突然機嫌が悪くなった面倒な女だと言うのも分かっている。

 

 でも――でもさぁ――目の前に本物がいるじゃん……! と思わざるを得なかった。私はぱかプチ人形に嫉妬していたのである。私はぐっと言葉を溜めて、とみおとぱかプチの間に割って入るように位置取った。もじもじと身体を揺らして、上目遣いになってみる。しかし、それが私に出来る限界ギリギリのアピールだった。

 

「……??」

 

 とみおは私の不可解な行動に首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべている。――そんなに抱き締めたいなら、私を抱き締めれば? ほら来てよトレーナー――とか言ってコイツを惑わせられるほど、私の恋愛偏差値は高くないのだ。黙り込んで目線でめいいっぱいのアピールをするのがマジで精いっぱいである。

 

 段々と理解できないものを見る目に変わったとみおは、「他のダンボールも開けてみようか」と言って踵を返してしまった。彼が向こうを向いた瞬間、私は膝から崩れ落ちる。あぁ……男だった頃の経験値を全くもって活かせていないクソザコウマ娘め。ダービー直後は照れもなく抱きしめ合ったくせに、意識した途端できなくなっちゃうんだよね……はぁ。人間って難しいね……。

 

 彼に愕然としているのがバレないように姿勢を正した私は、とみおの背中に近づいて未開封のダンボール箱の中を覗き込んだ。残りのダンボール箱に入っていたのは、先に挙げたような数々のアポロレインボウのグッズであった。

 

 とみおはグッズのひとつひとつを大切に扱いながら、いちいち嬉しそうに私に向かって見せつけてくる。いやいや、私の写真とかグッズだからわざわざ近くで見せなくても分かるっつーの……と思っていたが、あんまりにも彼が嬉しそうにしているものだから、ニヤニヤが堪え切れない私だった。

 

 全てのグッズの開封が終わると、特大ぱかプチを筆頭に大移動が図られる。移動先は――日本ダービーのトロフィーや表彰状、写真が飾ってある棚である。各サイズのぱかプチと、とみおが気に入ったと言うグッズが戸棚へ仲間入りである。

 

「ここも賑やかになったなぁ」

「ね」

「……こうして見ると、本当に俺達が日本ダービーを勝ったんだなって……しみじみするよ」

「……うん」

 

 結局、特大ぱかプチは棚に入り切らなかったためにソファが定位置になったが……改めて私のグッズやトロフィーを見ると、今までの道のりを思い出してしんみりした気持ちになってくる。

 

 一番隅っこに、去年の6月――ちょうどメイクデビュー前に2人で撮った写真があった。トラックコースに立つ体操服姿の私とスーツ姿のとみおが、ちょっとだけ距離を取って撮影された写真。初々しいトレーナーの姿と、まだ堕ちてない頃の私。顔つきはあんまり変わってないけど……お互いに()()()はよく変わったな、と思う。

 

 次は、未勝利戦を勝って、そのウイニングライブの後に撮った写真。汎用衣装を身に纏ってブイサインを作る私と、思いっ切りガッツポーズを決めるとみおが肩を並べて写っている。この頃にはもう、2人の関係性の基盤はできていたような気がするなぁ。

 

 その隣に、紫菊賞を勝った後の京都レース場で撮った写真があったり、ホープフルステークス前に撮った勝負服の私だけの写真、皐月賞に挑む前の写真があって――そして終着点には、日本ダービーを勝った後の写真があった。

 

 東京レース場のターフの上で、お互いに目を擦りながら撮ったんだっけ。泣きすぎて恥ずかしかったなぁ。そういえば、ダービーはもう1ヶ月くらい前なのか……なんて思いながら、写真の隣で鈍く輝く日本ダービーのトロフィーを見た。

 

 大きさの違うぱかプチに囲まれて居心地の悪そうな金の盃。レイアウトをミスったなぁとトレーナーが呟くと、私達はぷっと吹き出して笑い合った。ちょっと締まらないけど、これが私達らしいよね。そんな風に思いながら、しばらくの間緩やかな時間が続くのだった。

 

 

 宝塚記念まであと1週間。

 サイレンススズカの真なる覚醒まで――あと少し。





【挿絵表示】

元祖柿の種 様にいただいたぱかプチ風アポロレインボウの絵です。ありがとうございます。


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50話:踏み切り前

 宝塚記念を明日に控えた6月の末。トレーニングが終わって一足先にトレーナー室に戻ってきた私は、床にちらばっていた資料を見つけた。恐らくとみおのデスクから落ちたものだろう。勝手に見るのは悪いな――と思いつつ、私はそれを持ち上げて内容を流し見してしまった。

 

 その内容は『海外遠征』についてのものだった。タイキシャトル、シーキングザパールの名前に並んでアポロレインボウの名前があるではないか。遠征先はトゥインクル・シリーズの本場――欧州(ヨーロッパ)。対象レースには、モーリスドギース賞、ジャック・ル・マロワ賞など……海外のレース名がずらりと並んでいて。海外遠征とアポロレインボウという単語の掛け合わせにイメージが湧かなくて、何だこれ……と呟くと同時にトレーナーが戻ってきた。

 

「ん……その資料は」

「あ、ごめん。床に落ちてたから見ちゃった」

「いや、いいよ。たった今軽く話そうと思ってたところだから、そのまま座ってて。そんな大きな話じゃないから安心していいよ」

 

 とみおに促されるままソファに座ると、彼はデスクの前の椅子に腰掛けて詳細を話し始めた。

 

「タイキシャトルのトレーナーとシーキングザパールのトレーナーに、海外遠征の話を持ちかけられたんだよ」

「海外遠征……」

「まぁ、時期尚早だと思ったから断ったんだけどね。でも順調に行けばこういうプランを立てて海外に飛ぶことになるから、貰っておくのも悪くないと思って取っておいたんだ」

 

 彼に言われて、手元の紙に再度視線を落とす。タイキシャトルやシーキングザパールの次走が海外レースだと言うのは知っていたが、まさか私が誘われていたとは。

 

「少なくとも今年いっぱいは国内に専念するって言ったら、タイキシャトルとシーキングザパールのトレーナーは2人とも納得してくださった。無理強いをしてきたわけじゃなかったから、プランがこっちの意向にそぐわなければ直ぐにでも引いてくれるつもりだったみたい」

 

 海外遠征の計画はこうだ。海外の芝に慣れるため、7月中旬にヨーロッパに渡航。ゆっくり時間をかけて調整を行い、8月後半に行われる所謂『重賞ウィーク』に参戦するというもの。この時期にレースが盛んなレース場と言えば――この紙に記されているように、フランスのドーヴィルレース場が当てはまる。

 

 ドーヴィルレース場は、花の都パリからおよそ200キロメートル離れた海岸線にある。上流階級がバカンスを過ごすリゾート地として近代から発展してきたドーヴィル地方だが、何と100年以上前からレースが開催されていた歴史ある都市らしい。

 

 そうした街の特性が手伝って、ドーヴィルレース場は夏のヨーロッパ・トゥインクル・シリーズの代名詞と言うべき地位を確立したわけだ。もちろんレース自体は年間を通じて開催されているが、8月中は月の半分をレース開催日に充てたり、ドーヴィルレース場が舞台となって行われる5つのG1レースは全て8月に施行されることになっていたり……とにかくフランスの夏はドーヴィルが熱いのだ。

 

 かつての歴史では、1998年にシーキングザパールがモーリスドギース賞を、タイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞を優勝する歴史的快挙を達成している。

 

 プランの紙に書かれたタイキシャトルの目標レースは8月3週のG1・ジャック・ル・マロワ賞、シーキングザパールは8月3週のG1・モーリスドギース賞。そしてアポロレインボウの目標レースは、8月4週のG2・ギョームドルナーノ賞と記されていた。右回りの芝2000メートル……つまり、私があまり得意ではない中距離。8月4週にはG2・ケルゴルレイ賞(3000メートル)という長距離レースもあったが……どちらにせよトレーナーは、菊花賞優勝を果たしていない私が行くには敷居が高いと判断したのだろう。

 

 実際、ドーヴィル地方にあるトレセン学園はフランス最大の規模を誇ると聞く。カラレース場のあるアイルランドのキルデア、チャーチルダウンズレース場のあるアメリカ・ケンタッキー州のレキシントン――世界を代表する各都市のトレセン学園とも交換留学生制度を取っているらしいし、ドーヴィルのレースが相当なレベルの高さで行われることは間違いない。

 

 確かにタイキシャトル達に便乗する……と言ったら悪いが、一緒に海外に挑戦するというのも心惹かれる話だ。でもやっぱり海外はなぁ、というのが正直な気持ちである。

 

「もしかして、アポロもフランスに行きたかったか?」

「行きたくないわけじゃないけど……少なくとも今じゃないよ」

 

 私の目標は菊花賞だ。だから菊花賞の前に海外に行くのは何と言うか()()()()()気がした。まずは菊花賞を勝つ――そういう気持ちでトレーニングをやっていかねば、同じく菊花賞を目指してくるスペシャルウィークやセイウンスカイに差をつけられてしまうだろう。

 

 とみおは私の言葉に納得したような表情を浮かべて、デスク上に置かれたノートパソコンに手を伸ばした。海外遠征の話はここで終わりらしい。もっとも、私だってこの話題について更に深掘りする気は無かったけれども。

 

「さて、雑談はここまで。6月も終わることだし、今一度アポロの現状を確認しようか」

 

 とみおはエンターキーを押してからプリンターの傍に寄ると、そこからプリントされてきた数枚の紙を手渡してくれた。私はペンを取り出して、ミーティングの準備をする。とみおがノートパソコンの画面を見ながら話し始めたので、大事だと思ったことをメモしながら相槌を打った。

 

「俺達の次走は菊花賞。これは前に話した通りだ」

 

 私の次走は、およそ5ヶ月弱の間を開けての菊花賞。朝日杯セントライト記念や神戸新聞杯などのステップを踏まず、ぶっつけ本番での勝負だ。その理由は、敵陣営に私の次走の予想を『菊花賞か天皇賞・秋か』で迷わせておくことで、対アポロレインボウの対策を立てる時間を与えたくないことと、とみおが今秋のローテーションに『菊花賞→ステイヤーズステークス→有記念』という予定を展望しているからだ。

 

 前者については、多くの陣営が『アポロレインボウは2400メートルが距離適性の上限』『アポロレインボウは疲労が溜まっているから次走はぶっつけで来るかもしれない』『次のレースは恐らく天皇賞・秋を選ぶはずだ』と思っているらしいので、それを逆手に取って意地悪してやろうという嫌がらせに近い作戦から来たものである。

 

 まあ、どちらかと言えば後者の理由が大事だ。『菊花賞→ステイヤーズステークス→有記念』のローテーション――秋の長距離重賞に絞って出走するレースを選択する場合、どうしても過酷極まりない日程となってしまうのである。今秋中に3000、3600と走った後に2500メートルのグランプリを走れだなんて正気じゃない。特に、ステイヤーズステークスを終えてからの有記念というのが鬼畜極まりない。『ステイヤーズステークス→有記念』は同じ12月中にあるため、疲労の面から見ると相当ヤバいのである。そういう意味で、菊花賞前に1戦するのは怪我のリスクが高まってしまうとして――ぶっつけ本番で菊花賞に挑むことにしたのである。

 

 ただ、この過酷なローテーションをこなすことは来年の長距離戦線を渡り歩いての海外遠征に繋がってくるだろう……と、色々話し合った結果合意に至った。冗談交じりに『菊花賞→メルボルンカップ(オーストラリアのG1・3200メートル)→ステイヤーズステークス→有記念』はどう? とか聞いたら、トレーナーに真顔で却下された。そりゃ、菊花賞からメルボルンカップまで中1週だからね。無理に決まってるわ。

 

 それはそれとして、2401メートル以上の長距離を走るにあたって新たに浮上してきた問題がある。私は貰った資料に線を引いたりしながら、とみおの話に聞き入っていた。

 

「アポロが夏休みを通して重点的に鍛えなければならないのは――スタミナだ。菊花賞で勝つためには、3()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が必要なんだ」

 

 あれほどスタミナだけが取り柄だなんて言っていたが。ここに来て浮上したのは、そのスタミナが若干不足しているという事実であった。恐らくスピードとパワーが付いたおかげで、燃費が悪くなってスタミナ消費量が増えてしまったのだ。中距離をある程度上手く走れるようになったぶん、しわ寄せが来てしまったのだろう。

 

 そもそも私が2400メートル未満などの中距離を上手く走れなかった理由は単純で。2400メートル未満のレースになると、長距離を走る時に比べてコーナーリングの細かな技巧が疎かになってしまったり、判断が一瞬遅れてしまったり――とにかく()()()()()()()()()が多いのだ。先天的に中距離が下手くそな事実は言うまでもないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、結果的に下手くそでズブいレース運びになってしまうことも、私が中距離を不得意とする原因である。

 

 日本ダービーを勝てたのは、とみおのスパルタトレーニングである程度のスピードとパワーがついて、ダービーの最後の最後で『領域(ゾーン)』が覚醒して限界を超えられたからだ。最初から激しく磨り潰し合うというスタミナ勝負になったのも運が良かった。返しウマで身体を騙していたことも勝敗を分けたと言っていいだろう。

 

 ……つまるところ、今まではある程度燃費良く走れていたのだが、力が増したためにガソリン(スタミナ)の消費量が増えてしまった。そんでもって、クラシック級に入ってからはほとんどスタミナトレーニングをしていなかったため、自慢のスタミナ量が心もとなくなってしまった……そういう話だ。

 

 幸いにして、私のスタミナ成長速度は平均を大きく上回っているらしい。この調子なら、同世代ナンバーワンスタミナ量の称号を取り戻せるとのことである。それくらいスタミナが伸びやすいからスタミナトレーニングを放置されていたとも言えるのだが……まあいいだろう。

 

 私は紙をめくり、本日行ったトレーニング内容の確認を行う。私達はスタミナを鍛えるため、最近はプールトレーニングにお熱だ。しかも、トレーナーは泳ぎの中でも最も身体を激しく駆動させるバタフライばかりやらせてくるのだから、本当に鬼も良い所である。また、「浮力によって重力による負担が減ることから、陸上で行う運動に比べて膝や腰や足首など関節への負担が軽減される」という理由で、とみおのプール版スパルタトレーニングが復活しかけているのもエグい。おかげで身体にかかる負担の割には、どんどんスタミナが成長しているんだけど。

 

「――で、アポロのスタミナを含めた身体の成長過程はだいたいこんなもんだ。アバウトな指標もあるが、そこはまぁ許してくれ」

 

 ページをめくり、定期的にトレセン学園が行う体力測定に加えて、トレーナーが独自に行っている測定の結果を見る。私がスパートをかけた時の最高速度や、握力や脚力などの筋力測定結果、肺活量の数値が、折れ線グラフの推移を通して目に入ってくる。

 

 こうして見ると、肺活量は特に右肩上がりに上昇していた。ダービー後から大きく肺活量を伸ばして、同年代の平均を大きく上回っている。逆に、他の項目は平均よりちょっと秀でている程度。とみおが言うには、「たとえスタミナに不安がなくなっても、これからはスタミナトレーニング中心に行くからな。飛び抜けた長所がある方がこちらとしてもやりやすいし、一点特化型の方がよっぽど勝機が見込めるし」とのことだった。

 

 スタミナは心肺持久力や全身持久力とも呼ばれ、心臓や肺の機能により身体を長時間にわたり活動させることができる力のことだ。私達ステイヤーには欠かせない能力のひとつである。アホみたいなスタミナがあれば、たとえ遅かったとしても長く末脚を使えるようになるわけだし、彼の考えには賛成である。

 

「さて、明日の宝塚記念が終わったら……いよいよ夏休みだな。今年こそ大きな合宿を行うことを予定してるんだが、詳細はまだ決まってない。追って知らせるけど、スピードとパワーをそこそこやりつつ徹底的にスタミナを鍛えていく予定だから、そのつもりで。もちろん他の子と合同の合宿になるはずだから、楽しみにしててね」

 

 そう言って、とみおは『合同合宿トレーニング案(仮)』と書かれた紙を見るよう促してきた。その内容は――地獄そのものだった。以下、ギッチリ詰め込まれたとみお手書きの文字である。

 

 ――心肺持久力を高めるには、軽度の運動を長時間行う“有酸素運動”が効果的です。例を挙げれば、ウォーキングやジョギング、スイミングやサイクリングのように、全身を使用して一定時間運動する有酸素運動が最も効果的と言えるでしょう。

 最もムラなく安全な有酸素運動はスイミングです。スイミングは全身の筋肉をバランス良く使用する運動で、水圧による負荷によって呼吸筋が鍛えられ、水の抵抗によって全身の筋肉に軽度な負荷をかけることが可能です。

 スイミングをすることで何を鍛えられるか、脳死になってダラダラとトレーニングを行うのではなく、しっかり自分の頭で考えながらトレーニングを行いましょう。海を使ったトレーニングでは――以下略。ここから30行くらい細かい文字がギッチリ詰め込まれていたので、私は読むことを諦めた。

 

 …………というか、ちょっと怖かったくらいだ。でも、とみおがステイヤー狂なことを久々に思い出して、ちょっと懐かしくもある。嬉しくもあった。ダービーが終わるまであまり見かけなかったステイヤー育成論の本がトレーナー室の片隅で山積みになっているし、どうやら菊花賞で本領を発揮できるのは私だけではないみたいだ。

 

 ミーティングが終わり、明日の宝塚記念のことについてちょっとだけ話し合って。よし、と息を吐いたとみおがミーティングの終わりを告げた。

 

「――今日もお疲れ様、アポロ。これからも菊花賞に向かって頑張ろうな!」

「うん! それじゃ、おつかれ〜!」

 

 こうして私はトレーナー室から退出し、スキップしながら寮室に戻った。明日はサイレンススズカが出走する宝塚記念だ。私はベッドにダイブすると同時にウマホを開き、脚をバタバタさせながら公式サイトを覗いた。

 

 ――ファン投票1位、8枠13番サイレンススズカ。圧倒的な得票数を受けて、遂にサイレンススズカが初G1制覇に向けて大きな一歩を踏み出そうとしているのだ。しかし、この宝塚記念には年度代表ウマ娘のエアグルーヴや、メジロ家からメジロブライトとメジロドーベルが出走することになっている。この春のグランプリがどう転ぶかは見ものである。

 

 サイレンススズカの勝敗が気になるのは勿論だが――明日の宝塚記念、私はとみおと一緒に現地観戦を行うことになっているのだ。ちょっとしたデートみたいでワクワクしている自分がいて、今から「どんな私服を着ていこうかなぁ」なんて悩んでしまう。

 

 公式サイトからアプリを切り替えてサイレンススズカのウマスタに飛ぶと、短く『明日の宝塚記念に出ます。応援よろしくお願いします。』とメッセージが更新されており、数万の「ウマいね!」と応援メッセージが付与されていた。スペシャルウィークやマチカネフクキタルも「ウマいね!」を押しつつ、頑張ってくださいねスズカさんと熱い言葉を送っているではないか。

 

 私は速攻で「ウマいね!」を押し、ダービー前に背中を押してくれた感謝を込めるように、長文メッセージを送るのだった。



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51話:宝塚記念

 6月4週、日曜日。天候は晴れ。6月と言えば紫陽花(アジサイ)や梅雨の季節を連想するものだが、実際のところは6月の終わり頃から7月の中旬にかけて日本上空に停滞前線が現れる。最近の地球温暖化の影響だか何だか知らないが、梅雨の訪れがずれ込んでやって来たこの頃。

 

 目覚ましが鳴る前にウマホを叩き落とし、私は早朝に目を覚ました。今日はトレーナーと宝塚記念を見に行く日だ。早く準備しなければ。私は速攻で顔を洗ってパジャマを脱ぎ捨てた。

 

 お化粧もオシャレもしっかり準備して行かないと、トレーナーの気を引くことはできないだろう。もちろんサイレンススズカの走りを見に行って逃げのヒントを得ることがメインなのだが……いい加減トレーナーとの関係を少しは進展させたいしね。

 

 私はクローゼットにしまってある数少ない私服を引っ張り出して、姿見の前で自分の身体と重ね合わせる。フリフリの可愛いスカートを履いていくか、かっこいいパンツスタイルで決めていくか……上半身もそれに合わせたオシャレを考えないといけないなぁ。オシャレって難しい。

 

 男だった頃は、上は適当なパーカーや無地のシャツを着て、下に黒のスキニーを履いてスニーカーを着用して……自分のオシャレを見てほしいような子もいなかったから、適当な格好で過ごすことが多かった。しかし、今は気になるあの人に対して少しでも良く見てもらおうと必死である。お小遣いを叩いて流行の服を買ったり、お肌のケアをしたりして、昨日の自分より更に可愛くなるように絶賛努力中だ。

 

 ……何でそんなに気合いを入れるのって? そりゃ、理由は単純だ。最強ステイヤーを目指すと同時に、トレーナーが私のことをもっと好きになってもらわないと困るからねぇ。

 

 ウマ娘になってすぐの頃は、オタク特有の夢である「可愛い女の子になって男を勘違いさせるムーブしたいな〜」という中々に汚い行動理念が強く根付いていたが……しばらくすると、そういう欲望が変遷して「トレーナーを落としたい!」という目標に変わっていた。この身体に元々根付いていたアポロレインボウの少女性と、成人男性だった頃の精神が混じりあった結果だろう。

 

 あ〜あ、あんまり仲良くない頃にでも、トレーナーはどんな女の子が好みなのか聞いておけばよかった。せめてかっこいい系か可愛い系かの好みくらい把握しておきたかったよ。今聞いたら多分雰囲気が()()な感じになってしまうから、そういう気負いが生じない内に、色々と聞けるくらいの話術があればなぁ……!

 

 自分のベッドの上に私服を積み上げて、悩みに悩んで。結局選んだのは、いつも着ている普通の私服セットだった。明るい色のブラウスにデニムパンツを履いて、両足には流行り物のスニーカーを選んだもの。街中を歩けば、似たようなファッションの子が間違いなくいるだろうという感じだ。そのまま小物として細めの腕時計とハンドバッグを身につけて、鏡の前でくるくると回ってみる。

 

 ……悪くないけど、飛び抜けていい感じはしない。でも、右耳についてるリボンは結構目立つし、服はむしろこういう地味めの方がいいかもしれないなぁ。とみおも大人しそうな子が好きそうだし、これで行くか。

 

 そうして服を選び終わった時、既に起床から30分も経っていた。うわっと声を上げそうになった口を塞ぎながら、グリ子を起こさないように気を使って化粧を始める。と言っても、ボブカットをふわふわにセットしたり、リップを塗るくらいの簡単すぎるものだったけど。

 

 ウマ娘――というか女の子になってからは、化粧をするという行為にも慣れたものだ。男だった頃は、外出する際にいちいち化粧なんてしてこなかったからな。初めは何だよこれめんどくせぇなと思っていたのだが、今は軽くでも化粧しないと恥ずかしくて人前に出られないようになってしまった。環境の変化というのは恐ろしいものである。

 

 手鏡の角度を色々と変えながら、色素の薄い桜色の唇を観察する。正直言って、男だった頃の私なら化粧前と後の変化なんて分からないだろう。多分とみおも分からない。いや、間違いなくあの人は分からないはずだ。ちょっとした潤いの具合が変わるだけだし。

 

 でも、分かってもらえなくてもいい。今日は2人だけのお出かけだ。好きな人が自分だけを見てくれる――それ以上のことなんて求めようはずがなかった。

 

 ハンカチや財布、予備の着替え、裂きイカと麦チョコ(おやつ)、その他諸々の小物をハンドバッグにぶち込み、改めて持ち物や自分の格好を指差しで確認する。

 

「……髪型ヨシ! 襟と裾ヨシ! オシャレヨシ! 持ち物ヨシ! おやつヨシ! 準備完了!」

 

 忘れ物は無い。私服もそこそこ似合ってる。トレーナー室への集合時間まではギリギリ。これ以上この部屋で何もすることは無い。さぁ、宝塚記念にいざ行かん。

 

「……とと、大事な物を忘れるところだった」

 

 扉に手をかけようとして、私はあることを思い出す。暇潰しのための分厚い本こと『ステイヤー育成論』をハンドバッグに入れるのを忘れていたのである。隙ある時にこの本を読まなければ、私やとみおは禁断症状が出てしまうのだ。具体的には、ステイヤー育成論に触れて最強のステイヤーになりたい、早くステイヤーを育てたいという欲望が溢れ出して止まらなくなってしまうのである。どうしようもないくらいステイヤー狂の私達である。

 

 机の上に置かれた分厚い本をハンドバッグに入れると、一気にバッグが重くなった。まあいいか、と私はハンドバッグをぶん回しながら寮室のドアノブに手をかけた。

 

「それじゃあグリ子、私は行ってくるから。ちゃんと昼までには起きるんだよ!」

「……んぁ〜……」

「大丈夫かこのウマ娘……」

 

 後ろ手に扉を閉めて、私はトレーナー寮に向かって小走りで進み始める。今日現地観戦するらしいのは私やスペシャルウィーク、マチカネフクキタルや(何故か噂が流れていた)アグネスタキオンだ。タキオンちゃん以外はサイレンススズカに縁のあるウマ娘なのだが……そのタキオンちゃんが現地観戦に向かう理由は不明である。

 

 常日頃からトレーナーを使った人体実験を繰り返しているらしいアグネスタキオン。その野望や目的は公にされていないが、サイレンススズカやエアグルーヴ達に興味が移ったと考えて差し支えないだろう。今日の宝塚記念は何かが起こる予感がする。

 

 色んな意味でワクワクしながらトレーナー室に行くと、いつものスーツ姿とは違ったオシャレをしたトレーナーが出迎えてくれた。落ち着いた大人のジャケパンスタイル。やば、ほんとにデートみたいじゃん……なんて見惚れていると、とみおがコーヒーの入ったマグカップを洗面台に置きに行った。デスク上に置いてあったノートパソコンをバッグにしまい、部屋の電気を落とす。腕時計を確認する仕草を見る限り、あんまりゆっくりしている時間はないらしい。

 

「おはようアポロ。こっちの準備はもうできてるよ」

「あ、うん。おはようトレーナー。もう行く感じだよね?」

「おう」

「オッケー」

 

 エアコンの電源を落とし、窓の鍵を確認してカーテンを閉める。そのままトレーナー室に鍵をかけた私達は、最寄りの駅に向かいながら雑談を始めた。その中でとみおが「今日のアポロも可愛いよ」なんて歯の浮くような言葉をあっさり言ってのけたので、もしかするとトレーナーは恋愛強者なのでは? という疑惑が浮上したのはまた別の話。

 

 新幹線に乗り込んで席に着き、一息つく。早朝とはいえ、土日だからか客が多い。どちらともなく『ステイヤー育成論』をバッグから取り出して、発車までの時間を潰す。その間、他の乗客が私の方を指さしてコソコソ話しているのが分かった。それも、2、3人ではない。10、20人の人間が私について話していたのだ。

 

 断片的に聞き取れたのは、「ダービーウマ娘がいる」「やべぇアポロレインボウちゃんだ」「私服はへそ出しじゃないんだ」――という会話。なんか変なモノも混じっているが、概ねはこういう反応だった。盗撮してくるような輩がいなかったからいいものの、私ととみおは結構な数の視線に晒されることになってしまった。

 

 私とトレーナーは顔を見合わせ、居心地の悪い雰囲気に肩を竦めた。すると、彼が何かを思い出したかのようにバッグへ手を突っ込んだ。今更手遅れかもしれないけど、という枕詞と共に手渡されたのは、ウマ娘用に穴が空けられた黒いキャスケット帽だった。伊達メガネと思しき丸いメガネも付属している。

 

「今からでも変装しておいてくれ」

「うん、そうする」

 

 とみおがわざとらしく咳払いすると、こちらに向けられていた視線が散っていく。乗客のみなさんも、オフなので邪魔しないでくれという意思を察してくれたらしい。

 

 私は細いフレームの丸メガネをかけて、後頭部の辺りでしっかりと固定させる。ウマ娘にはヒトの耳がないので、メガネを引っ掛けておくようにヒモのようなものが設けられているのだ。それを利用して伊達メガネをかけた形になる。

 

 そして帽子を被ろうとした私に向かって、とみおがボソリと呟いた。

 

「帽子を被ってもらうことになるって、先に言っておけばよかったよな。せっかく綺麗な髪の毛が……いや、何でもない」

「…………」

 

 この男、誤魔化すのが下手だな? 本音か知らないけど、最後の方に色々と漏れちゃってるよ。確かにふわふわにセットした髪の毛を帽子で押さえ込んじゃうのは残念だけど、そんなこと言われたら許しちゃうっての。ほんと罪なヤツ。

 

 私は照れ顔を隠すようにキャスケット帽を深く被ると、目的地に着くまで寝たフリを敢行することにした。

 

 

 

 ――宝塚記念。舞台は阪神レース場、芝の2200メートルという条件を取った、春を締めくくるグランプリG1レース。ファン投票で出走ウマ娘を決め、上半期の締めくくりを飾る大競走としてトゥインクル・シリーズを華やかに盛り上げようとの趣旨で企画・創設された。「上半期の実力ナンバー1決定戦」として位置づけられており、名だたるウマ娘がファン投票によって出走権を与えられる層の厚いレースだ。

 

 宝塚記念といえば、春のグランプリG1ということで、シニア級からのみ参加できるというイメージが付きがちだ。だが、実はクラシック級のウマ娘も参加自体は可能なのである。今年は――というか例年――クラシック級からの参加はゼロ。無理もない。春になって更に一皮むけたシニア級と満足に戦えるクラシック級ウマ娘がどれだけいるのか、という話だ。

 

 宝塚記念はある時期を境に『ブリーダーズカップ・チャレンジ』の対象競走に指定され、優勝ウマ娘には当該年の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と遠征費用の一部負担の特権が付与されるらしい。またそれに追随するように、当競走の優勝ウマ娘には当該年のコックスプレートへの優先出走権が付与されることになった。世界的に見ても、日本のトゥインクル・シリーズのレベルが高いことの証左であろう。

 

 昼前に阪神レース場に到着した私達は、スタンド内で適当な昼食を詰め込んだ。レース場に来たならレースのこと以外考えるべきじゃないよね、という風に観客席の最前列に押しかけた私達は、双眼鏡や出走表を片手に裂きイカをクチャクチャと食べていた。

 

「やっぱりサイレンススズカ先輩が勝つよ」

「いやぁ、エアグルーヴやメジロブライト、メジロドーベルもいるんだぞ? サイレンススズカは外枠だし、さすがに厳しいんじゃないか」

「とみおは見る目がないね! スズカさんが勝つの!!」

「えぇ……」

 

 最前列の柵に齧り付いて、勝者の予想をする私ととみお。正直、2人の雰囲気とかムードとかへったくれもない。そんな私達の隣では「俺はサイレンススズカが勝つと思うぜ」「どうした急に」という声もする。みんなメインレースの宝塚記念の発走を今か今かと待ちわびているのだ。なればこそ、私がトレーナーとのムードを気にせずレース予想に夢中になるのも仕方がないと言えよう。

 

 ああでもない、こうでもないと言っていると、レース場が一段と騒がしくなり始める。時間的に、どうやらパドックが終わったらしい。本当なら私達もパドックを見に行きたかったが、阪神レース場に集まった観客の数が多すぎて身動きが取れなかったのだ。

 

 観客席はぎゅうぎゅう詰めである。来場者数は9万人を超えたとか何とかで、人の圧がヤバい。関東に比べると客入りが少ないと思うかもしれないが、阪神レース場は本来8万人までしか収容できないようになっているのだ。だから、実は十分おかしい客入りなのである。

 

 人のざわめきと悲鳴のような絶叫が鳴り止まない中、どこからともなく現れたウマ娘達が返しウマを始める。女帝エアグルーヴ、ティアラ路線の覇者メジロドーベル、長距離砲メジロブライト、金鯱賞2着の雪辱を晴らせるかミッドナイトベッド、そして――現役最強ウマ娘と名高い狂気の逃げウマ娘サイレンススズカ。

 

 うおお、スズカさん! と聞き慣れたスペシャルウィークらしきウマ娘の声がしたような気がしたが――それはともかく。私も大きな声で声援を送った。

 

「スズカさ〜ん! 頑張ってくださ〜いっ!!」

 

 多分、いや、絶対聞こえちゃいないんだろうけど、それでも声を出さずにはいられなかった。そして、ふとスズカの目がこちらに向けられる。

 

「!」

 

 その瞬間、私は『領域(ゾーン)』の光を見た――気がした。

 

『……もちろんです。トレーナーさんの“想い”、受け取りましたから』

 

「――!?」

 

『私は、必ず戻ってくると約束します』

 

 瞼の裏でサイレンススズカが語りかけてくる。幻か、それとも他の何かなのか。突然のことに理解が及ばぬまま、サイレンススズカがターフを走っていく。目が合ったのは気のせいではなかったのか。様々な思考が巡る中、宝塚記念の舞台にファンファーレが鳴り響いた。

 

 ――宝塚記念専用ファンファーレ。宝塚と言ったらやはりこれだ。先程の幻で若干思考が落ち着かないが、このファンファーレは私が個人的に一番好きなものだ。年に一度しか演奏されることの無い特別感と弾むようなリズムが演出する高揚感は、他のファンファーレとは一風変わった厳格さを感じさせる。

 

 そのままゲート入りが進み、喧騒の中で宝塚記念が開幕すると――

 

『最終コーナーを回って、最後の直線! 先頭はサイレンススズカ! しかし後続も迫っている!! 外からエアグルーヴ! エアグルーヴも差を詰めてきた!! ここで先頭入れ替わるか!?』

 

 圧倒的な力を見せたサイレンススズカが先頭を突っ走り続け。

 

『だが先頭は譲らない!! サイレンススズカ!! サイレンススズカだ!! 直線に入っても脚色は衰えない!!』

 

 その身体から強烈な光を発しながら、集った優駿達をねじ伏せ――

 

『サイレンススズカ、今――ゴールインッ!! “逃げて差す”走りで、見事グランプリの座を手にしましたっ!!』

 

 サイレンススズカが見事、宝塚記念を1着で優勝。念願のG1タイトルをグランプリ制覇という最高の形で奪取するのだった。



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Report:『2人の逃げウマ娘について』

 宝塚記念とそのウイニングライブが終わり、新幹線でトレセン学園に帰ってきた桃沢トレーナーとアポロレインボウ。日が暮れていたのでそのまま解散の流れになっていたはずなのだが――どういう訳か、桃沢トレーナーは誘拐されていた。

 

 桃沢は困惑していた。視界は全くの闇に囚われ、音しか聞こえない。瞬きすればまつ毛に何かが擦れる。どうやら頭から何かをすっぽりと被せられたようだ。脳裏にスペシャルウィークのトレーナーのことが思い浮かぶ。まさかゴールドシップか? いや、彼女と関わりを持っているわけではない。だったら、誰に誘拐されているんだ。

 

『えっほ、えっほ』

 

 トレーナー室の前でアポロと別れた直後の出来事だった。背後から何者かに襲われて、身動きを取れなくなったところを担がれて、どこかに運ばれてしまうハメになったのだ。

 

『えっほ、えっほ』

 

 ジタバタと暴れていると、桃沢のお尻に衝撃が伝わってくる。椅子か何かに座らされたようだ。しばらくして平衡感覚が戻ってくると、桃沢トレーナーに被せられていた袋が取り上げられた。

 

 そこは薄暗い部屋の中だった。薬品のものと思われる刺激臭が鼻をつき、閉じられた遮光性のカーテンが外界から断絶された空間だということを認識させる。目を凝らすと、薬品棚やガラス器具があちこちに散らばっているではないか。ここは……研究室なのか?

 

 辺りを見回すと、麻袋を足元に捨て去っているウマ娘――アグネスタキオンがいた。深い色合いの栗毛をショートヘアにして、その頭頂部からは特徴的かつ奔放すぎるアホ毛を突き立てていて、右耳には幾何学模様のイヤリングが揺れている。薄暗い部屋のせいか、ハイライトのない濁った瞳には言いようのない狂気が滲んでいる。

 

 アグネスタキオンがくるりと振り向くと、彼女は桃沢トレーナーの顔を見てどこか意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ようこそアポロレインボウ君のトレーナー。君と話がしたくて、ご同行願ったのだよ」

 

 ご同行とは? とツッコミを入れたくなるようなセリフだった。

 

「アグネスタキオン……人を招くならもうちょっと優しい手段を取れなかったのか?」

「多少手荒くしたことは認めるが、この際そんなことはどうでもいいんだ」

「どうでもよくはないだろ……」

 

 桃沢が白衣を着たアグネスタキオンに食ってかかるが、アグネスタキオンはトレーナーの言葉を無視しながら一方的に早口でまくし立てる。

 

「今日の宝塚記念を見て確信したんだ。今から話す内容を理解するのは、早ければ早いほどいいからね。今後の君達にも、私の指針にも役立つし……予想不可能性を孕んだ興味深くも恐ろしい事態さ。これはサイレンススズカ君とそのトレーナーにも話すつもりだ。早いところ話しておかなきゃならないことだからねぇ」

「……?」

 

 何を言っているんだ、と思った。一応拘束はされていないので自由に動けるが、どうもアグネスタキオンの話そうとしていることが気になってその場を離れられない。桃沢トレーナーがアグネスタキオンの次なる言葉を待っていると、突然彼女の瞳孔が怖いくらいに縮み上がった。

 

「……アポロレインボウ君。彼女は素晴らしいウマ娘だよねぇ」

 

 アグネスタキオンは狂気的な笑みを浮かべながら顎に手を当てた。そのまま何かを調べるように至近距離で顔を覗き込んでくる。桃沢は思わず端正な顔の作りに見惚れそうになったが、滲み出る狂気に気圧されて現実に戻ってきた。

 

「……アグネスタキオン。もったいぶらずに話してくれ」

「ふむ、そうだねぇ。アポロレインボウ君のトレーナー、勝手ではあるが話してもいいかな? ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「可能性……?」

 

 トレーナーが呟くと、アグネスタキオンが瞳孔をかっ開いた。

 

「そう、可能性だよトレーナー。類まれなスピードで終始レースを運ぶサイレンススズカ君の走りと、類まれなスタミナで終始相手を削り取るアポロレインボウ君の走り。君達の走りが完成すれば、それは我々ウマ娘の走りを次なるステージに押し上げるかもしれないのだ!」

 

 アグネスタキオンの口から次々に出てきた言葉に、桃沢は困惑する。アポロレインボウとサイレンススズカの共通点などあったか? と。アポロレインボウがサイレンススズカを慕っていることは知っているが、同じ逃げウマ娘ということ以外に通じ合うものがあったのだろうか? たまにアポロが「スズカさんとは運命じみたものを感じる」と言っていることがあるけど、それもまた関係してくるのかもしれないな。

 

「ある意味アポロレインボウ君とサイレンススズカ君は()()()()()()に向かっているんだよ。そこでアポロ君のトレーナー。君達が行っている準備について、是非とも内容を聞かせてもらいたい」

「……やってることは普通……とは言い難いけど、決して特別なトレーニングを課しているわけではないよ。ただ、質より量をこなすスパルタトレーニングをしているだけだ」

「ふぅン……もし良ければ、内容を聞かせてもらっても?」

「言える範囲でなら――」

 

 興味津々のアグネスタキオンに向かって、つらつらとトレーニング内容を並べていく桃沢トレーナー。元々自分がアポロに課しているトレーニング内容は隅々まで理解しているが、こうして並べてみると強度が高めなだけで何の変哲もないスタンダードなトレーニングだ。

 

 アグネスタキオンもそう思ったのか、拍子抜けしたように独り言を呟いている。

 

「超人的なフィジカルを鍛え上げたわけではない……? やはり、精神的な面から来る何かが肉体に作用し始めているのか……例えば『領域(ゾーン)』を覚醒させるような死闘を繰り広げて、その結果が今の2人の姿ということで……うむ、私の目論見が多少外れてしまったか……?」

「……なぁ、アグネスタキオン。結局のところ、『領域(ゾーン)』って一体なんなんだ? 極限状態になったウマ娘の精神が、現実に影響を及ぼした結果が『領域(ゾーン)』なのか?」

「……ウマ娘は幾多の“想い”を背負って走る生き物なのさ。私のような研究者がそういう非科学的なことを言うのはどうかと思うが……精神面のアプローチが肉体に影響を与えるというのは聞いたことがあるね。……いや、話が逸れてしまったかな。話を戻そうか」

 

 アグネスタキオンが視線を彷徨わせる。

 

「サイレンススズカ君に、アポロレインボウ君……君達はG1で覚醒し、会心の走りを見せた。だが――()()()()()()()()。アポロ君に限って言えば、恐らく長距離の舞台が初めて全力を出せる舞台だろうし……スズカ君は肉体のピークが今秋に来ると見ている。成長の余地があることが、破滅に繋がってしまうかもしれないんだ」

「え、どうして長距離が得意だって――」

「おや、誰にも話していないから安心してくれ。君達のことを調べるうちに()()()()知ってしまっただけさ。おっと、それは今重要なことじゃないから話を戻そうか。……アポロ君もスズカ君も発展途上のウマ娘。しかし、彼女達の走りはほとんど完成形だ。だから次なるレースで()()()()()()()()()()()()()()()()。その時、アポロ君やスズカ君の脚は……」

「……壊れる、とでも言いたいのか?」

「いいや、分からない。ウマ娘は未だに多くの謎を持つからねぇ。不安にさせてしまったことは謝ろう。ただ、私は期待しているよ。アポロ君とスズカ君がウマ娘の次なるステージを見せてくれることを」

 

 ひとり納得したように手を叩くアグネスタキオン。訳の分からぬまま桃沢は解放され、「突然すまなかったね、帰っていいよ」と促される。打ちのめされたまま自分のトレーナー室に帰ってきたトレーナーは、晴れぬ気分のままその場に突っ立っていた。

 

 

 

 アポロレインボウが壊れてしまうかもしれない――夏休み寸前のトレーニングをこなす中で、桃沢の脳内にはその言葉がぐるぐると回っていた。視線の先にはウッドチップコースを駆けるアポロの姿がある。

 

 アポロレインボウ。華奢なウマ娘だ。普段はのほほんとしていて、とてもじゃないがダービーを勝った時のような覇気とは無縁の生活をしている彼女。三女神は、その小さな背中にどれだけの業を背負わせようと言うのか。まるで、限界を超えることを運命に邪魔されているかのよう。

 

 これまで散々惜敗を繰り返してきたアポロがようやく掴んだ勝利の先に、抗い難い破滅をご丁寧に用意しやがって……そんなこと、許せるはずがない。桃沢トレーナーも黙っていられなかった。ひとりの少女が――サイレンススズカを含めると2人か――競技者としてもウマ娘としても成長できるように導いてやるのがトレーナーの役目なはずだ。限界の先に破滅が待ち受けていたとしても、アポロを信じて“最強ステイヤーの夢”へと二人三脚でひた走る。それが今できるトレーナーとしての最善。だから、破滅への対策は万全でなければならないのだ。

 

 トレーナーはトレーニングを終えたアポロの身体に対して、丁寧なマッサージを施し始めた。病的に白い細腕。掴めば折れてしまいそうな肩。桃沢の手にすっぽりと収まってしまいそうな腰。筋肉こそ発達しているが、まだまだ成長の余地を残している脚。屈強な太い男の身体を持つ桃沢からすれば、アポロレインボウの身体などガラス細工同然だった。

 

 ウマ娘より出力が劣る人間でさえ、己の力を制御できずに怪我してしまうことがある。火事場の鹿力という言葉を聞いたことがないだろうか。火事の時、自分にあるとは思えない大きな力を発揮して重い物を家の外に持ち出したりすることから出来た喩えだ。

 

 もともと人間やウマ娘には、脳で意識的にコントロールして使える力を抑制する安全装置(リミッター)がかけられていると言われている。そのため過度の緊張や危険が迫っている状況など、精神的に追いつめられる要素がない通常時は、どんなに頑張っても「心理的限界」と呼ばれる、自分の意識の中で限界だと思っているところまでしか力を発揮できないものだ。

 

 しかしリミッターが外れた時は、「心理的限界」を超えて普段は出せない筋肉本来の持っている力、「生理的限界」と呼ばれるところまで力を解き放つことができるのである。「生理的限界」のおよそ70%が「心理的限界」だと言われており、いかにリミッターを外せるかがハイパフォーマンスのカギとなる。

 

 極限の死闘でしか発動しない『領域(ゾーン)』は、火事場の鹿力と密接な関係を持つ。レース中に脳のリミッターを破壊することができれば、()()()()()()()()()()つまり『領域(ゾーン)』が発現するのである。

 

 当然脳が設けたリミッターを超えることは、怪我のリスクを高めることに繋がる。そもそもリミッターとは、筋肉や骨の損傷を防ぐために課された制限なのだ。上手く利用できるならいいが、出力が高すぎて大怪我をした……なんて話はよく耳にする。

 

 アグネスタキオンが言っていたのは、アポロレインボウが本来の力を発揮できる長距離で『領域(ゾーン)』を発動してしまったら、彼女の脚は持たないかもしれない――ということ。されど、それは元々覚悟していた危険のひとつに過ぎない。

 

 ウマ娘は怪我に悩まされる生き物だ。怪我なく引退できたウマ娘がどれだけいるだろうか。むしろ、怪我が原因で引退したウマ娘の方が多いくらいである。

 

 こればかりはサイレンススズカのトレーナーと協力して、怪我による破滅の未来を防ぐべきだろう。桃沢トレーナーは、すうすうと安らかな寝息を立てているアポロレインボウの髪を撫でた。指先で優しく撫でつけると、絹のような芦毛が指先を包み込む。甘い香りが立ち昇り、桃沢の鼻をついた。無防備な寝顔を晒す彼女に愛おしさが爆発する。

 

 あぁ、何と可愛らしい少女だろう。何と綺麗なウマ娘だろう。彼女を護りたい。二度と怪我なんてさせたくない。たとえ己の手を離れても、アポロには真っ直ぐ大きく育ってほしい。どれだけ大きな壁が立ち塞がってきても、絶対に彼女だけは傷つけさせやしないぞ。

 

 桃沢はアポロレインボウの大きな耳を触る。「んぅ……」と小さな声が漏れた。起きてしまっても構わない、と桃沢トレーナーは彼女のウマ耳を指先でなぞり始めた。

 

 アポロ本人は気づいていないかもしれないが、彼女が桃沢トレーナーの声を聞く度、いつもその耳を大きく跳ねさせるのだ。正直、触りたくて堪らなかった。桃沢が声をかければ、嬉しそうに耳をピンと逸らして、満面の笑みで桃沢に向かって振り向くアポロレインボウ。人懐っこく、屈託のない可愛らしい笑顔。桃沢は自分が思うよりもアポロレインボウに夢中だった。

 

 それが果たして恋愛感情によるものか、それとも妹に対するような家族愛に似たものなのかは分からない。しかし、名前をつける必要はないな、と思った。アポロレインボウを大切に思っている……その自覚だけで十分だった。

 

「君はトレーナーたらしの才能があるなぁ」

 

 瞳を閉じながら頬を緩めているアポロレインボウに、桃沢は独りごちる。すると彼女のウマ耳が横に倒れ、「もっと撫でろ」とアピールしてくる。

 

「寝てるんじゃないのか? 仕方ないな、全く……」

 

 アポロレインボウが心を許してくれている。桃沢はそれがたまらなく愛おしかった。彼は大きな手でアポロレインボウの髪を撫で続けた。優しく、慈悲深く。

 

 桃沢は心に誓う。

 もう一度クラシックの空に虹をかけよう、と。アポロレインボウが涙を流すことは、二度とあってはならないのだ。怪我を未然に防ぐためのアプローチを調べまくり、サイレンススズカのトレーナーと共有して乗り越えていこう。

 

 ウマ娘のレースは過酷を極める。レース中の事故で競争生命を絶たれるウマ娘だって少ないわけじゃない。もしも、目の前で眠る少女がターフを走れない身体になったら。そう考えるだけで胸が締め付けられるような感覚に陥る。

 

 桃沢トレーナーにとって、アポロレインボウは愛なのだ。二度と出会えないような、波長の合った最高のウマ娘なのだ。彼がアポロに賭ける夢や想いは、並大抵のものではない。だからこそ、アグネスタキオンが示した破滅の予感――菊花賞に待つ何かを乗り越える準備が必要だった。

 

 人事を尽くして天命を待つ。やるべきことをこの夏休みでやり切って、来たる菊花賞では運命に全てを任せる。桃沢自身が持つ想いの力を信じて、アポロレインボウの背中を押す。自分ができることなど、その程度でしかないのだ。トレーナーはウマ娘を支えることしかできない。桃沢は拳を握り締め、トレーナー室の天井を見上げた。

 

「アポロ……」

 

 君の背中にのしかかる何かを背負えたらいいのに。トレーナーはアポロレインボウの頭をさらりと撫でた後、デスク上にあるノートパソコンに向かった。菊花賞まで時間がない。アポロレインボウを完璧な状態に仕上げるために、どれだけ睡眠時間を削っても足りやしないのだ。

 

 彼は脳内で眠るアポロレインボウに謝りながら、冷蔵庫にしまってあった栄養ドリンクの蓋を開け放った。

 

 

 桃沢とアポロレインボウが次に抗わなければならないのは、距離適性などというチンケなものではない。アポロレインボウ自身と、運命によって定められた結果だ。皐月賞と日本ダービーでは完全に覆すことの出来なかった史実の運命を変えるため、2人は夏のトレーニングに臨む。



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52話:夏休み到来!

 7月。普通の学生なら「夏休みまでもうひと踏ん張り!」という時期であり、梅雨がまだまだ続いていてイメージ以上にどんよりした時期だ。今年もその例に漏れず、7月初旬はまだまだ梅雨に含まれてしまうらしい。

 

 トレセン学園は7月から夏休みが始まる。それと同時に多くの学生が夏合宿を行い、秋のトゥインクル・シリーズに備えて環境を変えたトレーニングの日々に身を投じるのが恒例だ。

 

 我々もその例に漏れず合宿を行うことになっている。しかも――スペちゃんのトレーナーさんとマックイーンちゃんのトレーナーさん――沖野トレーナーと天海トレーナーと合同合宿を行うことになったのである。沖野トレーナーが結成したチーム『スピカ』は、現在メンバーが6人。スペシャルウィーク、サイレンススズカ、ゴールドシップ、トウカイテイオー、ウオッカ、ダイワスカーレット。天海トレーナーはメジロマックイーンの専属なので、この合宿は私を含めて8人のウマ娘が参加することになった。何やらスペシャルゲストも呼んでいるらしく、早くもワクワクが止まらない。

 

 合宿場所はトレセン学園が所有するプライベートビーチのひとつ。例年スピカが遠征する先だと言う。プライベートビーチだなんて、何だか甘美な響きではないか。

 

 早速スペちゃんから「今度の休み、ショッピングモールに一緒に行こうよ! 合宿の準備も兼ねて!」とのメッセージが来たので、二つ返事で返答した。合同合宿を行う7人も一緒に来るらしい。はぁ……スズカちゃんにマックイーンちゃん、テイオーちゃん達とお出かけできるだなんて……夢みたいだぁ……!

 

「ふ、フひひ……ジュル……」

「キモいよアポロちゃん……」

「グリ子、なんか言った?」

「……いや、何も」

「よろしい。ンフ」

「キモ」

 

 こうして私はやばい方のアグネスみたいに限界化しながら、お出かけ当日まで眠れぬ日を過ごした。

 

 迎えたお出かけ当日。すっかり梅雨のどんより気配は吹き飛んで、晴れ晴れとした夏がやってきた。ウマ娘になって2度目の夏になるから分かるが、耳や尻尾が蒸れるからウマ娘にとっては非常に嫌な季節である。元々蝉がうるさいし蚊が気持ち悪いしで、あまり好きではなかったけど。

 

 集合場所にやってくると、この世界のチームスピカ+マックイーンちゃんという面々がそこにいた。早速、喋らなければ絶世の美女――ゴールドシップがお出迎えしてくる。その隣にいるのはメジロマックイーン。いつものボケとツッコミのコンビだ。

 

「おせーぞアポロ! あんまりちんたらしてっと置いてくぞ!」

「ひええ! すいません! でも集合時間10分前ですよね!?」

「そうだ!」

「理不尽すぎる!」

「ちょっとゴールドシップさん。アポロさんをいじめるのはお止めなさい」

「いじめてたわけじゃねーっての! ほら早く行くぞ! 太陽が沈んじまうぞ!」

「全く……困ったひとですわね」

 

 ゴールドシップとメジロマックイーンが慣れたようなやり取りを繰り広げながら、私はスピカの面々に揉まれていく。はわわ、テイオーちゃんが目の前にいる! スズカさんもいる! ウオッカちゃんもスカーレットちゃんも!! あうぅ、可愛すぎて死んじゃうよお。

 

 とにかく、テイオーちゃんは初対面の先輩だ。挨拶は欠かさずやらなければならない。私はテイオーちゃんの小さな手を握って頭を下げた。

 

「とっトウカイテイオーさん初めまして! アポロレインボウと申します! 趣味は筋トレと読書です! 隙あれば身体を虐め抜いてます! 今まで身に付けてきた知識を活かしつつ、新しいことにも挑戦したいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします」

「えぇ……何そのテンション。マックイーン、これってツッコミ待ち?」

「さ、さぁ……」

「やべーな。スピカ以外にもこんなおもしれーウマ娘がいたとは、ゴルシちゃん知らなかったぜ」

 

 ――やべぇ! 後半、染み付いたビジネススタイルの自己紹介になっちゃった! マルゼンちゃんにメールする時でも社会人スタイルが抜けないし、どうにもならないのかもしれんが……ええい、ままよ!

 

 私は「シャス!」と仕切り直すようにもう一度頭を下げて、力強く握手をして全てをごまかした。視界の端ではゴルシちゃんがニヤニヤしている。くそう、恥ずかしいぜこの野郎。

 

 テイオーちゃんはテンションのおかしいキモ娘(アポロレインボウ)をさして気にする様子もなく、爽やかな笑顔で挨拶を返してくれた。

 

「初めましてアポロちゃん! 今日と合宿ではよろしくね!」

「ウッ!」

 

 トウカイテイオーの王子様みたいな微笑みに射抜かれて、私は胸の辺りを押さえてその場にうずくまってしまう。今日の私、おかしいよ。いや、おかしいのはこの人達だ。憧れのウマ娘が寄って集って近づいてきて、平静でいられるウマ娘がいるだろうか。いや、いない。きっと彼女達は私を限界化させることで殺しに来ているのだ。

 

「ちょっとスペちゃん。この子友達なんでしょ? いつもこんな感じなの?」

「ご、ごめんなさいテイオーさん。アポロちゃんってば、スズカさんやマックイーンさんと会うと絶対こうなっちゃうんです」

「え〜……」

 

 ハァハァ、苦しい。キラキラウマ娘達のオーラを感じると、呼吸困難になってしまう。スペちゃん達同世代はライバル意識があるから全然そうならないけど、後輩や先輩方にはこうなっちゃうんだよぉ。仕方ないじゃんか。

 

「テイオーさん! ハァハァテイオーさん! 後で写真いいですか!? プリ撮りましょうよ!!」

「い、いいけど……キミ、押しが強すぎるね?」

「アポロちゃん、テイオーさん困ってるでしょ! ちょっとストップ!」

「あ、ごめんなさいっ!」

 

 スペちゃんにストップをかけられることになったが、それからも私達は比較的和やかに会話を続けることができた。会話相手が入り乱れる8人。そんな中、何だかぼーっとしているスズカちゃんと話すタイミングがやってきた。それを逃す私ではない。俊敏な動きでサイレンススズカの隣につけると、若干上擦った声になりながらも彼女に話しかけることに成功した。

 

「スズカさんスズカさん! 宝塚記念現地で見てました! おめでとうございます!! めちゃくちゃかっこよかったです!!」

「あら……アポロさん。うふふ、ありがとう。ウマスタでも応援メッセージをくれてありがとね。アポロさんの気持ち、よく伝わってきたわ」

「いえいえ! 元はと言えば、ダービー前にスズカさんが応援してくれたのが始まりですから!!」

 

 私がサイレンススズカのウマスタに送ったメッセージは、何故かネットの一部で話題になっていたらしい。何の変哲もない30行くらいの応援メッセージだったのだが、どこかおかしかったのだろうか?

 

 それはさておき、彼女が私のメッセージを好意的に受け取ってくれたことは何よりである。口下手な私の文章が、相手の表情を見られないネットを介して憧れのウマ娘に正しく伝わっていたとは、ちょっとした感動である。

 

 こうして見渡すと、テイオーちゃんにマックイーンちゃん、スズカちゃん、ゴルシちゃん……は何をやっているか分からないけど……雲の上の存在がいっぱいだ。これが厨パ……もといスピカか。思っていた以上に自由な雰囲気で、先輩後輩の関係こそあれどフレンドリーに接し合っている。ほんとにこの人達と夏合宿を一緒に過ごせるんだ。嬉しいなあ。

 

 ああ……チームって何だか温かいなぁ。でも、例えばとみおがチームを組んだとして、彼が私以外の子を見てたらちょっと許せないかもしれない。しかも、全員が全員とてつもない美貌を兼ね備えたウマ娘なのだ。許せる許せないとかじゃなくて、多分嫉妬で爆発する。もしもチームを結成するとか言ったら、断固反対しておこう。

 

 サイレンススズカと会話を繰り広げた後、続いて私の両脇に位置取ってきたのはウオッカちゃんとダイワスカーレットちゃん。彼女達は私の一個下の子の後輩で――うおお、近くで見るとやっぱり死ぬほど可愛い!

 

「アポロ先輩! こんちわっす!」

「ちょっとウオッカ、アポロ先輩にはアタシが最初に話そうとしてたんだけど」

「は〜? スカーレットはどっかに行ってろって。この前の日本ダービーについて聞きたいことがいっぱいあるんだからよ〜」

「何よその言い方! 元々アンタはね――」

「何だと!? 大体お前だってなぁ――」

「はぁ!?」

「おう、やるか!?」

 

 2人とも私の身長である155センチより大きいため、私が見上げる形になる。そんな身長165センチのウオッカちゃんと身長163センチのスカーレットちゃんが、スピカ名物となりつつある口喧嘩を繰り広げていた。内容はどっちが私に先に話しかけるかどうかという、正直クソしょうもないもの。私は微笑ましく思いながら、2人の間に甘んじて挟まることにした。

 

 そっかぁ。ウオッカちゃんもスカーレットちゃんも後輩なんだ。何だか“後輩”というだけで可愛く見えてくる。今日はトレーナーから合宿準備のためのお金を貰ったけど、この2人にパフェでも何でも奢りたくなっちゃうなぁ。私は口喧嘩する2人を抱きしめて、思いっきり頬擦りした。

 

「あ゛〜可愛いねぇ2人とも!! お姉さん散財したくなっちゃう!!」

「アポロ先輩急に何を!?」

「ねえ! ウオッカちゃんスカーレットちゃん! 喧嘩なんてやめてさぁ! 仲直りしようよぉ! 私のために争わないでぇ!」

「今日のアポロちゃん、本気でテンションおかしいべ……」

「コイツやべぇな……」

 

 ゴールドシップのぎょっとしたような視線を喰らいながら、私達はバスに乗った。バスの席はスズカちゃんのお隣がよかったのだが、スペちゃんに陣取られていたので諦めた。マックイーンちゃんやテイオーちゃんの隣は、彼女達がそれぞれの隣を埋めていたので断念。私は何故かゴルシちゃんに気に入られたらしく、首根っこを掴まれて彼女の隣に乗せられた。最後方の席に座ったので、左にはゴルシちゃん、右にはウオッカちゃんとスカーレットちゃんがいる形になる。そのウオッカとスカーレットコンビはまた口喧嘩をしていたので、私は背筋を伸ばして不動になっているゴールドシップを見た。

 

 ゴールドシップ。トレセン学園では有名な破天荒ウマ娘だ。G1や重賞、スピカのメンバーが出走するレースでは必ずと言っていいほど見かける。そこでは観客席で焼きそば(?)を売っている姿がよく目撃されるが、供給元などは一切不明である。

 

 正直言って、話しかけづらい。黙っていれば声をかけることすらはばかられるくらいの超絶美女、喋れば絶対に声をかけたくないような破天荒ウマ娘。どっちの状態でも関わりづらいのだ。しかし、このお出かけ及び合宿はゴルシちゃんを知ることの出来る良い機会かもしれない。私は思い切って彼女の肩を叩いてみた。ルービックキューブを分解しようとしていたゴルシちゃんがこちらを振り向く。すかさず私はウマホを見せつけた。

 

「ゴルシちゃん。ルドルフ会長とオグリちゃんがフィギュアスケートをしてる映像があるんだけど、良かったら一緒に見る?」

「!? その2人のフィギュアスケートって言ったらお前、トレセン学園七不思議のひとつじゃねえか! ちょっと見せてくれ!」

「いいよ〜。これ、とあるスジから仕入れたトップシークレットのブツだから、ここだけの秘密だからね?」

「合点承知之助」

 

 すぐにゴルシちゃんは私のネタに食いついてきた。そして、会話を重ねるうちに更にゴールドシップに気に入られたらしく、「今日のアタシの朝食はサバの味噌煮だぜ」という謎の情報を貰いつつ、彼女の連絡先をゲットすることに成功した。

 

 こうしてみんなと友好を深めつつ、私達はショッピングモールにやってきた。本日買いに来たのは水着……ではなく、普通にトレーニング用具やタオルなどの雑貨だ。女の子同士で買い物に来たのに何の色気もないが、これが私達の普通である。

 

 まあ、女の子である前にウマ娘だし。多種多様な性格をしている中で、私達は走りに対して真剣なのだ。あのゴルシちゃんでさえ、トレーニング用具を吟味している際はあまりふざけていなかった。もちろんちょっとはふざけていたけど。

 

「アポロ。この蹄鉄を頭に付けたらさ、アタシ鹿みたいになっちゃうんじゃないか?」

「シカ娘プリティーバンビー?」

「お前やっぱりおもしれーな! オラッ行こうぜアポロ! 一緒にシカ娘になって森に帰るんだ! あれ、鹿ってなんて鳴くんだっけ?」

「知りませんよ……」

 

 トレーニング用具やタオル、後はシャンプーや化粧水、延長コードなどを購入した私達は、昼食やスイーツを食べることにした。テイオーちゃんはパスタを食べた後に“はちみー”を頼んでいて、ほんとにはちみーを飲むんだ……とか思ったり思わなかったり。

 

 ご飯を食べ終わったので、あとは適当にお茶を濁して今日は終わりかなぁと考えていると、突然スカーレットちゃんが私にこんなことを聞いてきた。

 

「アポロ先輩、桃沢トレーナーとどこまで進んでるんですか?」

「ブッ! けっ、ケホケホ! す、スカーレットちゃん、今なにを……」

「ですから、アポロ先輩はトレーナーさんとどんな関係なのかな〜と」

「ちょ」

「あーそれ、正直私も気になってたんだよね……」

「スペちゃんまでそんなこと……いや、私は別に……とみおのことはそんな……普通にトレーナーとウマ娘の関係だし……というか、そこから踏み出す勇気が足りないと言いますか……あはは……

「聞こえないよ〜!」

(わたくし)も気になりますわ。アポロさんはサブト……桃沢トレーナーにべったりですものね」

「アテクシにもその話、お聞かせ願えるかしら?」

 

 スカーレットちゃん、スペちゃん、テイオーちゃん、マックイーンちゃん、ゴルシちゃんが――ウオッカちゃんは顔を真っ赤にして顔を背けていて、スズカちゃんはぼーっとしている――私を質問攻めする。やれ学園内で妙に距離の近い私達を目撃しただとか、やれ中継にイチャついてる(?)ところがバッチリ映ってただの、どんどん逃げ場が無くなるような発言ばかりしてくるではないか。

 

 私は遂に下を向いて黙り込んだ。答えは『黙』。下手に喋れば余計なことがポロポロ出てきそうで、トレーナーへの想いが溢れてしまいそうで。私はぐっと恥ずかしさを堪えて沈黙するしかなかった。

 

 ……沈黙するしかなかった……多分それしか選択肢はなかったはずなのだが、耳と尻尾に感情が漏れていたので普通に全部バレた。死ぬほど恥ずかしい。照れくさい。だってしょうがないじゃん。私がチョロいだけかもしれないけど、あんなに私のために頑張ってくれたら惚れるっきゃないって。テイオーちゃんに耳を弄られながら、私は相変わらず俯いたままでいた。今度は別の意味で顔が上げられない。

 

「にしし。黙ってても、おみみ真っ赤じゃんか〜ひゅ〜ひゅ〜」

「先輩も乙女ですね〜」

「この入れ込み様……こっちまで恥ずかしくなってきますわね」

みんな酷いよ……そんなにからかわなくたっていいじゃん。こっちだって、こんなに男の人を好きになったこととかなかったし。ずっとどうしたらいいか分かんなくて悩んでるんだもん……

「お嬢さん、そんなにトレーナー君のことが好きなのかい」

 

 ゴールドシップが茶化すように聞いてきたので、渋々頷く。すると彼女は快活に笑い飛ばして、こんなアドバイスを送ってきた。

 

「ふぉふぉふぉ。それならゴルシ様に良い考えがあるぞよ。この夏合宿に乗じて、トレーナーとの距離を急接近させるのじゃ。名付けて『ドキッ!? 真夏の恋恋(ラブラブ)結実大作戦(ポロリもあるよ!)』…………どうよ!?」

「ラブラブ大作戦、いいじゃないですか! もしやるんでしたら、お手伝いしますよ先輩!」

 

 クソみそにふざけた言葉だったが、この夏合宿でもどかしい距離感を解消できるのなら――そう考えると、あながち冗談だと一蹴することはできなかった。涙目になっていた顔を上げて、チラチラと周りの顔をうかがう。本当にトレーナーとの関係を進展できるようなお手伝いをしてくれるのだろうか。からかい半分なのか、私を貶めるための冗談なのか掴みかねていたが――彼女達はレースに青春を捧げるウマ娘と言えど、思春期真っ盛りでお年頃の女の子だ。他人の恋バナには首を突っ込みたがる性分らしく、全員の瞳がキラキラと純粋な光を帯びていた。

 

「……いいの?」

 

 上目遣いで聞くと、満面の笑みで頷いてくるスピカの面々。相変わらずウオッカ・サイレンススズカの両名は話に入ってこないが、それは置いておいて。

 ラブラブ大作戦(ポロリもあるよ!)の始動が決まれば、みんなの行動は早かった。私を両脇から立たせてきたスペちゃんとテイオーちゃんが足早に歩き出す。どこに行こうとしてるの、と問うと、予想外の答えが返ってくる。

 

「プライベートビーチで合宿なんでしょ〜? だったら水着のひとつでも買いに行かなきゃ!」

「えっ」

「えっ、じゃないよアポロちゃん! 多分桃沢さんってかなり鈍そうな人だから、アポロちゃんが押さないとダメな感じだべ! なんかこう……いい感じの水着、買いに行こ!」

「ノーサツできるやつをね!」

「ひえ〜!」

 

 合宿がプライベートビーチで行われるとはいえ、学校指定以外の水着を着ることは少ない。そもそも海辺には遊びじゃなくてトレーニングのために訪れるわけだし、ちょっとしたオフがあるとはいえその日のためだけに水着を持って行く人はほぼいないのだ。荷物がかさばるだけだし、何なら合宿のオフの日には宿題をしなければいけないし。夏合宿はある意味宿題合宿でもあるのだ。

 

 しかし、トレーナーは私の想像以上にモテるし、この機会を逃したらヤバい……そんな気がした。恋もレースも本気になってこそのウマ娘……なのかもしれない。こうして私はみんなに引きずられて、とある水着を買うのだった。

 

 

 あっという間に私達は夏合宿の時期を迎え、プライベートビーチへと赴くことになった。

 



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53話:熱い夏合宿・その1

 7月中旬、トレセン学園にて。スピカのみんなと集合した私は、とみおが運転するトレセン学園所有のマイクロバスに荷物を詰め込んだ。そもそもトレーナーが大型車の免許を持っていることに驚いたのだが、どうやら毎年夏合宿の時に大型車を運転しなければならない機会が多いため、大型免許を持っているトレーナーは多いらしい。

 

 とみおはメジロマックイーンのサブトレーナー時代に免許を取得し、合宿に役立てていたとか。もちろん沖野トレーナーも例年の夏合宿のために免許を持っている。今回はとみおと沖野さんが交代交代で運転して目的地に向かうらしい。長時間の運転は疲れるからねぇ。

 

 グミを頬張りながら座席に座った私は、早速ウマスタを覗くことにした。どこをスクロールしても「夏合宿なう」「水着の撮影です」「日焼けしちゃった!」と夏らしい投稿に溢れている。まぁ、日本は夏の間にG1が存在しないから、大体それくらいしか呟くことがないのだ。

 

 もちろん『サマー2000シリーズ』や『サマーマイルシリーズ』、『サマースプリントシリーズ』――所謂『サマーシリーズ』という夏季トゥインクル・シリーズを盛り上げるための距離別シリーズが行われていて、それも盛況ではあるのだが……どうしてもライト層や世間の注目はG1に向きがちだ。『サマーシリーズ』はG3やG2やオープン戦から構成されているため、同時期の海外G1に注目が奪われる……なんてのはよくある話だ。()()()G1という舞台に対してファンは目がないからね。

 

 今で言うと、フランスに飛んだタイキシャトルとシーキングザパールは日本中のファンの注目を集めている。海外G1に挑戦することが正式に発表されたからだ。

 

 私はフランスのビーチでサングラスをかけてツーショットを撮るタイキちゃんとパールちゃんの写真に「ウマいね!」を送った。とてもエクセレントな写真だ。背景にはドーヴィルレース場が映っていることから、最寄りのビーチで撮ったのだろう。海外で撮影した写真というだけで空模様が異質なものに見えてくるのは、やはり海外への憧れなのだろうか。

 

 そりゃ海外はどの分野でも憧れの舞台だよね〜なんて思いながら画面をスライドさせていると、12秒前に更新されたシンボリルドルフ会長の投稿が目に入った。どれどれ……。

 

『都会って汚いとか言って来た足湯で疲れを吹っ飛ばす』

 

 写真も何も無い文字だけの投稿。めちゃくちゃ有名なはずなのに、写真はアップしないしこういう地味な投稿ばかりだから、ルドルフ会長のウマスタには絶妙に「ウマいね!」が少ない。こういう堅物なところも好感が持てる。もしかしたら本人のアカウントだって気づかれてないのかもしれないなぁ。私はくすくす笑いながら渾身のダジャレで返信してみる。

 

『@SymboliRudolf よくできた内容ですが欲で汚いようです』

『@ApolloRainbow ねっとり容赦なくてネット利用者泣く』

 

 何なんだこのやり取りは。深夜テンションの時はたまにリプライさせていただくことがあったけど、よく考えたら傍から見てる人はこれかなり気味が悪いんじゃないか。いや、私達が楽しければいいのかもしれないが……。

 

 ニヤニヤした笑いを堪えながらウマホを見ていると、テイオーちゃんが私の隣に座ってきた。何だろうと彼女の方を見ると、ウマホの画面を見せつけてきながらぶーぶー言っている。

 

「アポロちゃん! なんでカイチョーと仲が良いんだよう! ボクには普通の返信しかしてくれないのにぃ!」

「えぇ……別に羨ましいと思われるようなことじゃないと思うんですけど……」

「ずるいよぉ! ボクも2人みたいな会話したいよぉ!」

 

 ……それはトウカイテイオーのイメージが崩れるから止めておいた方がいいだろう。そんな言葉をぐっと飲み込みつつ、私はテイオーちゃんにグミをあげて宥めることにした。そうこうしている間に沖野トレーナーと天海トレーナーがバスに乗り込んできて、声をかけられる。いよいよ出発だ。

 

「シートベルトは締めたか? それじゃあ出発するぞ!」

 

 沖野トレーナーがそう言うと、スピカの面々が喜びの声を上げる。運転手のとみおが頷くと同時、ちょっと排気ガス臭いバスが動き出し、私達はトレセン学園から合宿場所に向かって走り出した。

 

 都会を抜けて道路を突き進むバス。走れば走るほどにすれ違う車は少なくなっていき、建物の高さも低くなっていく。というか、緑。マジで緑しかなくなってきた。山とかトンネルとか、どれくらい越えたんだろう。

 

 いつの間にか車内は静かになっていて、さっきまでトランプだのゲームだので遊んでいたはずのみんなは眠っているようだった。昔行った修学旅行でも、新幹線の中で眠っちゃう人は多かったなぁ。行きも帰りも。

 

 何度かドライバーが交代して、ドライブ開始から数時間が経過した頃。いよいよ潮の香りが車内に漂ってきて、次々にみんなが目を覚まし始める。窓際の席に座っていたスペちゃんが、隣にいるスズカちゃんの肩を叩いて窓の外を指さす。

 

「わあ! 海ですよ海!」

 

 その声に釣られて外を見ると、茂みを切り裂いて、ガードレールの向こう側に深い青色の大海原が広がった。少し遠くに砂浜が見える。海水浴シーズンだというのに客がいないあたり、穴場と言って差し支えない。これなら砂浜を利用したトレーニングも可能だろう。

 

 どんどん海が近づいてくる。近くで見る海は青というよりは緑がかって見えた。波立った海面がギザギザして感じられる。窓を開けると、カモメかうみねこの甲高い鳴き声も聞こえてくる。ちょっときつい磯の香りがバス内に入ってきて、私は思わず窓を閉めた。

 

 テトラポットが並ぶ堤防付近を走り抜けて、いよいよバスが止まる。ぷし、というガスの抜ける音が聞こえると、私達は早々と荷物を下ろし始めた。目指すはこれからしばらくお世話になる古めかしい旅館。あれよあれよといううちに大部屋に荷物を移動させ、バスを適当な場所に引っ込めた後、私達は旅館のスタッフさん達に挨拶をした。

 

 これからお世話になります、よろしくお願いします……と頭を下げる。懐かしいなぁ、学生の頃に泊まった宿でも挨拶してたなぁなんて思いながら、私はスタッフさん達に失礼のないように過ごそうと密かに誓った。深夜にうるさくしたり、窓ガラスとか花瓶を割ることのないようにしよう。

 

 時刻は夕方。ウマ娘8人の大部屋とトレーナー3人それぞれの部屋で荷物を落ち着けてから、貴重品などを身につけて私達は旅館近くのトラックコースに集合した。元々私達はジャージでバスに乗っていたため、到着から20分ほどでトレーニングに移行することができた。この旅館に到着してから無駄に過ごす時間はほとんどない。全てトレーニングと勉強に当てられ、僅かなオフや自由時間にもレース鑑賞会やら何やらの予定が入っている始末。しかし、この厳しさこそ強さの所以だ。苦しく辛い合宿になるだろうが……恋もレースも抜かりなくやってやる。

 

 私はそう誓って、合宿最初のトレーニングをこなすのだった。

 

 

 

「……つ、疲れたべ……」

「桃沢トレーナーのトレーニング、キツすぎるよぉ……」

「あ、アポロ先輩は……はぁはぁ……毎回この量をやってるんですか?」

「え? うん。これくらいやらなきゃ勝てないからね〜」

「ふぅ、気持ちよかった」

「あ、ほら。スズカさんにはちょうど良かったみたいだよ」

「ウソぉ……」

 

 初日のトレーニングはウッドチップコースの走り込みに加え、腰を主軸として下半身の筋肉を鍛える1000メートルハードル走などを行った。旅館付近のトレーニング施設は非常に設備が揃っていて、さすがにトレセン学園には劣るものの合宿を行うには不便しない。それどころか、環境を変えたトレーニングのために普段よりも効果が見込めるという。

 

「腹減った〜! オレ、ここに着いてからずっとお腹ぺこぺこだったんだよな〜」

「アタシも倒れそう……」

「まだ初日だろ? このズッシリ来るような疲労感はかなりヤバいぜ」

「もっと走りたかった……」

「えぇ……スズカさん……」

 

 駄弁りながら旅館に帰って食堂に入り、汗だくのまま豪勢な海の幸を食す。腹を膨れさせた後は、今日の疲れを癒すためお風呂に向かった。パジャマや着替えを持って脱衣所に押しかけた私達は、ずっしり重くなった体操服を脱ぎ捨てて素っ裸になる。そのままシャワーで身体を洗って、足先からそっと湯船に浸かった。

 

「あ゛あ゛〜……」

 

 耳の間にタオルを乗せて、オッサンみたいなダミ声で大浴場の湯船を満喫する。これから数週間、「とみお→沖野さん→天海さん→とみお」というローテーションで考案されるトレーニングを行う予定だ。1週間のうち6日をトレーニングに費やすのである。余った日は勉強会兼オフ。スピカのみんなに聞く限り、最終日以外はまともなオフがないとか何とか。その日は毎年恒例の海水浴をするらしい。……そこで、私はとみおに水着を……。

 

 なんて思っていると、湯船に浸かって饅頭みたいになっているトウカイテイオーがこちらにやってきた。相変わらず線の細い、華奢なウマ娘である。身長は私より5センチも低い150センチメートル。そんな彼女には、体格に恵まれなくとも世代を代表する優秀なウマ娘になれるのだと、勝手に勇気を貰っている。無論、タッパが小さいなら小さいなりに、大きいなら大きいなりの長所短所があるだろうから、一概には言えないけど。

 

 テイオーちゃんは口を湯船に沈めてぶくぶくしている。確かに湯船に浸かっている時は手持ち無沙汰だが、如何せんその行為は子供っぽく見える。同じく近くに寄ってきたマックイーンちゃんに「はしたないですわよ」と窘められて、テイオーちゃんは顔を湯船から上げた。その代わりに私の手を取って、興味津々な視線を向けてきた。

 

「アポロちゃんお肌真っ白ですべすべだね〜」

「そ、そうですか? テイオーさんに褒められるなんて嬉しいです。でも、お肌でいったらマックイーンさんの方が綺麗だと思いますよ」

「あら。(わたくし)はメジロ家のウマ娘ですから、このくらいは当然ですわ」

「そりゃマックイーンはそうだよ」

「なんですの、その言い方は」

「別に〜?」

 

 ……濃厚な関係性の深さを見せられているような、見せられていないような。まあ、メジロマックイーンとトウカイテイオーは長年しのぎを削ってきたライバル同士だ。私の知らないようなことでも既知の関係なのだろう。

 

 マックイーンちゃんのジト目をやり過ごすテイオーちゃん。彼女は私の手を取った後、背中に手を伸ばしてきた。「アポロちゃんさ、背中も綺麗だよね。ほら、ニキビとか全然ないし」なんて言いながら肩甲骨から肩の辺りを触られる。思わず、うひぃ、なんて声を上げてしまう。

 

「そ、そりゃ、勝負服で露出する部分ですし……私も一応ちょっとしたケアはやってますよ。それはそれとして、くすぐったいですテイオーさん……」

「あ、ごめん」

 

 トレセン学園の教育の中には、『メディア露出』について語られる授業が組み込まれている。そこで『地上波・インターネットに姿を見せることはどういうことか』を死ぬほどじっくり教えこまれたのだ。家族や親戚、友人やファン、そして何より自分自身に恥のないよう――見た目でも最高の自分を準備することは非常に大切である。

 

 ダービー後の撮影ラッシュでは、それを特に思い知らされた。生来美貌を兼ね備えたウマ娘と言えど、最低限のケアやオシャレは必要不可欠なのだ。どの分野でも努力してこそ一流なのである。……恥ずかしながら、インタビューとか撮影は緊張してしまうので苦手の部類に入るのだが。

 

「……でも、私に限らず、トレセンにいる子ってみんなお肌も髪も綺麗ですよね。意識高いんだなって入学当時は思いましたよ」

「ボクはあんまりやってないけどね〜」

「そこは嘘でも話を合わせるものですわよ……」

 

 身体のケアにせよトレーニングにせよ、トレセン学園ではそういう努力は常識以前の問題だ。誰に言われるでもなくやらなければならない。厳しい競走の中で生き残れないから。そして、そういう意識の高いウマ娘がいることで周りのウマ娘の意識も高くなり、更にそれが伝搬して好循環が生まれる。他人に言われてやるようなウマ娘は(例外こそあれど)大成しないのだ。

 

 トウカイテイオーもメジロマックイーンも見た目は超絶美少女で苦労知らずに見えるが、彼女達は努力家にして激情家。見た目に出さないだけで相当な苦労もあったことだろう。そういう血の滲むような努力あっての実績と人気だ。私の目の前で無防備にお風呂に入っているのは、生きた手本なのである。この合宿では、トレーニング効果による肉体研磨はもちろん、彼女達の生き様すら学ぶ必要があるだろう。

 

 本当にありがたい――周りの人に恵まれたものだ。この恵みを受けて最強ステイヤーになれないなんて、不格好にも程がある。必ず菊花賞で花開かせてやる。

 

 ……ふぅ、何だか考え事してたら、頭がクラクラしてきたなぁ。身体に力が入りづらいし、私ってばどうしちゃったんだろう。テイオーちゃんの真似をしたつもりじゃないのに、水面でぶくぶくしちゃってる。ぶくぶく、ぶくぶく……。

 

「アポロちゃん……アポロちゃん!? 顔真っ赤だよ!?」

「の、のぼせてますわ! 早くお風呂から上げないと! 皆様手伝ってくださいまし!」

 

 こうして私はお風呂から引き上げられ、脱衣所で扇風機に当てられつつ数十分ダウンするのだった。

 

 

 

 スペちゃんとスズカちゃんに見守られて体調を取り戻した私は、火照った身体を鎮めるために外へ繰り出した。夏といえども夜は涼しい。海辺ともなれば潮の香りに満ちた風が吹き、ちょうど良い体感温度に感じられる。

 

 時刻は21:54。合宿所の周囲には田舎町があるだけで、明かりはほとんどない。月明かりが雲間から覗くだけで、海は真っ黒にうねっている。今後1週間は天気が安定しているから、波にさらわれるようなことはないだろうけど……警戒するに越したことはないので、私は波打ち際に近寄らないようにしながら砂浜を歩く。

 

 サンダルの隙間から細やかな砂が侵入してくる。足の指の隙間にこびりついてきて不快だ。ちょっと後悔した。またお風呂に入らないといけないなぁ。

 

「……ん?」

 

 そうして歩く傍ら、遠くの方にぼんやりした光が見えた。あれは……懐中電灯の光だろうか。誰かいるみたいだ。波打ち際で何かを探しているのかな? 沖野トレーナーか、天海トレーナーか、それともとみおか。はたまた、不審者か。真相を確かめるべく、私は謎の人物に向かってゆっくりと歩く。

 

「ん?」

 

 懐中電灯を持っていたのはとみおだった。顔はよく見えないけど、間違いない。雰囲気で分かる。迷わず声をかける。

 

「とみお、何してるの?」

「その声は……アポロ? 君こそ何をしてるんだ」

 

 とみおは懐中電灯で私の顔を照らすようなことはしなかった。本当に声だけで分かってくれたのだろう。不意に嬉しさが湧いてきて、尻尾の付け根がぶるると震えた。

 

「先に質問したのは私! 先に答えてよ」

「なに、大したことじゃないよ」

 

 とみおは明日の砂浜トレーニングのために、砂浜付近に落ちている危険物を拾っているとのことだった。明日のトレーニングは裸足で行われるから、確かに物を踏んだら怪我の原因になる。

 

 彼が軽く持ち上げたビニール袋を見ると、流れ着いていたのであろう瓶やプラスチックごみが入っていた。少量ではあるけれど、こんなに綺麗な海にもゴミが漂着しているとは驚きだ。その他には渚にあった流木や海藻を退かすなどして、砂浜付近の環境を整えていたそうで。私は迷わず彼に手を貸すことにした。

 

「私も手伝う!」

「えっ、宿題とか大丈夫なのか? 今の時間はみんな勉強してると思うけど――」

「もう全部終わらせたからいいの!」

「うそぉ!?」

「ほんとだもん! 元社会じ――ウホン、ダービーウマ娘を舐めないでよね」

「おみそれしました……」

 

 元社会人の私にかかれば、中等部の宿題などお茶の子さいさいである。無論、物量があるため時間自体はかかったが……今は空いた時間にレース研究やトレーニング論を勉強している。あとは、来年を見すえた外国語の勉強とか。

 

「まあ、暇なら手伝ってもらおうかな……」

「ん。じゃ、私はこっちやるから」

「おう」

 

 こうして私は、ウマホのライト機能を使いながら砂浜を歩き始める。やれ「ガラスには触るなよ、俺がやる」だの「クラゲとかも触るなよ」だのと注意を受けながら、私は流木を退かしたり小さなゴミを拾っていく。元々管理が行き届いているのか、ほぼ歩くだけだったけど。

 

 しばらく何も無かったので、無言で浜辺を歩く。彼が私の歩くスピードに合わせてくれる。そんな中、私は近くにあったペットボトルを見つけて手を伸ばす。すると、隣から伸びてきたとみおの手が、私の手と重なった。ぎょっとして隣を見る。その瞬間、この月夜において、初めてトレーナーの表情が見えた。それも、至近距離で。

 

 目を見開くとみおの表情が見える。顔色は分からない。赤いようにも見えるし、特に変化していないようにも見える。とにかく近い。そうか、同じタイミングでしゃがみこんだから。何も考えられない。目をそらすこともできない。心臓の音が胸を叩いている。

 

 何か、何か言わなければ。このドキドキを、どうにかして収めなければ。チャンスなんだ。スピカのみんなにも背中を押してもらったではないか。夏合宿でこの恋を実らせると。私はぱくぱくと口を開いて、衝動的に言葉を吐き出した。

 

「――あっ、とっ、とみお!」

「うっ、うん」

「つ、月!」

「……? 月が何か――?」

「………………め、めっちゃ綺麗じゃんね?」

「お、おお……確かに綺麗だな。夜の海と相まって幻想的だ。このペットボトルは俺が拾っておくよ」

「あ、うん……」

 

 とみおは私の言葉に頷いた後、普通にペットボトルを拾って歩き始めた。

 

 ――やっちまった。この下手くそ! 月が綺麗だとしても、もっとこう言い方ってもんがあっただろうに! どうして誤魔化して尻窄みになってしまったんだ……せめて普通に「月が綺麗ですね」って言えば良かったじゃんバカ野郎が!

 

「はぁ……」

 

 私は溜め息をつきながらとみおの後を追った。そのまま特に何のイベントもなくゴミ拾いが終わり、トレーナーと別れて旅館に戻った私は、足を洗いながらひとり呟くのだった。

 

「私のバカ。とみおのにぶちんトレーナー……」

 



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54話:熱い夏合宿・その2

 夜が明けて朝に目覚める。ただ、寝起きはどうにも動き出せるまで時間がかかる。天井の木目をぼーっと眺めながら、私は大の字になって覚醒の時を待った。いや、待っているというか……起きなければならない理由を探っているというべきか。

 

「もう食べられないよぉ……」

「アポロせんぱぃ……」

 

 スペちゃんに腰をしかと抱き締められている上、ウオッカちゃんにも腕を絡め取られているため、起きる気が全然湧いてこない。早朝の海辺は真夏でも涼しいのだ。スペちゃんとウオッカちゃんの確かな温もりが眠気を誘う。湯たんぽみたいにあったかぬくぬくな感触が、人をダメにさせてきやがる。はぁ、もう一回寝ようかなぁ。

 

 僅かばかり上体を起こすと、雑魚寝しているみんなはすやすやと寝息を立てていた。とてもレース中の覇気なんて感じられない。何となく修学旅行の早朝を思い出す。普段は見られない友達の寝顔に特別感と面白さを感じたのは私だけではないはずだ。

 

 私は空いた手でスペちゃんやウオッカちゃんの髪の毛をさらりと撫でた後、ちょっとした異変に気づいた。サイレンススズカの姿がないのだ。彼女が寝ていたはずの布団は既に畳まれており、大部屋の扉が微かに開いている。

 

 私はスペシャルウィークとウオッカ両名の拘束を何とか解くと、ジャージに着替えてサイレンススズカの後を追うことにした。まだ日が昇って時間は経っておらず、朝食は用意されていないし、まだ周りは薄暗い。多分ランニングに出かけているのだろうが、彼女の様子がとても気になったのだ。

 

 旅館から外に出ると、トラックコースにサイレンススズカの姿があった。延々とトラックコースを走るサイレンススズカ。それを黙って見守るのは、アロハシャツを着た沖野トレーナー。邪魔するのも悪いかな、と思って私は砂浜に進行方向を変えた。

 

 前日にごみ拾いを徹底したからか、砂浜は波打ち際から乾燥した砂の辺りまでごみひとつない。軽装に身を包んでいる天海トレーナーがいたので、私は声をかけることにした。

 

「天海トレーナー、何されてるんですか?」

「あら、アポロさん。あなたこそ何か用事?」

「スズカさんが早起きしてたので、何してるのかな〜と思って後を追ったんですけど……トレーナーさんと何かされてるみたいで、邪魔するのも悪いと思って砂浜に来ちゃいました。貝殻でも拾って暇潰ししようとしてましたね〜」

「うふふ」

 

 天海トレーナーが突然、握っていた左手をこちらに向けてくる。彼女はその手をくるっとひっくり返して五指を開いた。手のひらには形の良い貝殻がいくつも収まっており、濡れた海砂がきらきらと輝いている。わあ、と声を上げて食い入るように貝殻を見つめる。どの貝殻も形がハッキリしているため見とれてしまう。天海さんは誇らしげに胸を張ると、その貝殻達を小さな箱にしまった。

 

「天海トレーナーにもそういう可愛いところがあるんですね」

「マックイーンにもよく言われるわ。可愛い趣味ですわね、って。貝殻集めに関わらず、こういう趣味があるってそんなにおかしなことなのかしら」

「おかしい……ってことは無いと思いますよ。ちょっと子供っぽいかもしれませんが」

「あはは、そう言われると色々と感じるものがあるわね」

「?」

「子供の頃から勉強ばかりしてたから、大人になった今になって青春を取り戻しているというか……いえ、なんでもないわ。アポロさんはやりたいことを今のうちにやっておきなさいね? トレーニングや勉強はもちろん大事だけど、やっぱり心に従うことってとても重要なことだと思うわ。子供の頃にできなかったことって、結構根深く残るものだから」

「趣味とか嗜好の話で、ってことですか?」

「まぁ……そうね。お節介かもしれないけど、今しかできないことといったら……うん、桃沢君のこととか」

「え、ちょ、どういうことですか?」

「…………トレーナーがこういうことを言うのは良くないから、今のは忘れてちょうだい。それじゃ、朝食を食べに行きましょうか」

「えっ……えっ!? 今のってどういうことですか!? ちょっと!」

 

 こうして天海トレーナーと旅館に戻ると、大部屋からみんなが起床し始めていた。食堂には朝食が並び始めており、早くもスペちゃん達ががっついている。私はと言うと、さっきの天海さんの発言に気を取られてご飯に手がつかなかった。

 

 スピカのみんなだけじゃなくて、天海さんまで私ととみおの関係に口を出してくるのか。どれだけ気にされているのだろう、考えるだけで顔が熱くなる。そんなに私の好意がバレバレなら、逆にとみおは何で私の好きって気持ちに気付いてくれないんだよぉ。昨日の一件だってそうだ。本当に鈍い……ムカムカするくらいの、にぶちんトレーナー。レース前後くらいしか抱き締めてくれない、あほあほトレーナー。こんなに可愛いアポロちゃんがアピールしてるんだから、ちょっとくらいその気になってもいいじゃんか。

 

 こうなるとトレーナーを勘違いさせるとかそういう次元じゃなく、完全な『攻略』が必要だと言わざるを得ない。本人曰く青春は全てトレーナー試験の勉強に費やしてきたらしいから、異性の好意に疎いというのもあるかもしれないし、仕方のないところはあるかもしれないけど。

 

 う〜ん……水着を買ったは良いけど、よくよく考えたら私の水着姿程度じゃ悩殺できないのでは? ふ〜ん、可愛いね、くらいの反応で終わっちゃう気がする。やっぱり彼には……す、す、好き……とか言わないと伝わらないのかな……。でも面と向かってそんな告白なんて無理! 絶対死んじゃう!

 

「アポロ先輩?」

「ふぇっ!? ど、どうしたの!?」

「いえ、ご飯冷めちゃいますよ」

「え、あ! あはは、いただきます!!」

 

 ダイワスカーレットに指摘されて私はご飯を詰め込みながら、朝のトレーニングに向かった。

 

 今日は沖野トレーナーによるトレーニングだ。昨日ゴミ拾いをした波打ち際を駆け抜けるトレーニングをするらしい。旅館で学校指定の水着に着替えた後、私達はサンダルを履いて砂浜にやってきた。

 

「今日はみんな知っての通り、砂浜を使った粘り強さを鍛えるためのトレーニングだ! 知らない奴と忘れた奴のために言っておくと、波打ち際を2人1組で走ってもらう。相手に負けないよう全力で走れ! ちなみに、桃沢トレーナーが立ってる場所までが500メートルで、天海トレーナーがいる所まで行くと1000メートル! 行き帰りで2000メートル、これを休憩挟んで数セット行うからそのつもりで! 以上だ!」

 

 沖野トレーナーの指示を聞き、3人のトレーナーが見守る中で私達はサンダルを脱ぎ始めた。足裏のグリップ力を高めるために裸足で行う必要があるとか何とか。沖野トレーナーの用意ドンを合図に、サイレンススズカが1番に走り出すと、スペシャルウィークがすぐさま背中を追った。すぐにその姿が遠くなっていき、とみおがいる場所まで辿り着く。

 

 私のペアはゴールドシップ。ペロペロと舌を出しながら風を感じているのか、「塩味だな」などと言っている。ちょっとよく分からない。しばしの間隔を開けて、沖野トレーナーが突然合図を出した。瞬時にゴールドシップが走り出したので、私も負けじと砂浜を走り出した。

 

「オラオラオラーッ!」

 

 とてつもない爆発力でスタートするゴルシちゃん。私もスピードに乗って走ろうとしたが、地面は波打ち際。ダートコースのトレーニングとは全く勝手が違う。押し寄せる波、引く波に邪魔されて、バランスとフォームが大きく崩れてしまう。

 

 目の前を行くゴールドシップは、パワフルな走りで海水を切り裂いて走っていた。波に圧倒されるどころか真正面から蹴散らして、ざっぷんざっぷんと水飛沫を上げながらどんどん速度を上げている。私もそうしたいが、彼女に比べるとパワー不足なのか、水の抵抗力によって太ももが上がらない。

 

 考えてみて欲しい。お風呂に入っている時、湯船に沈めた四肢は普段通りに動くだろうか? 答えは否。全力を出しても、重い綿に包まれているように動きが鈍る。軌跡がぶれる。つまり、フォームが歪む。それと同じ現象が足元に起こっていた。

 

 しかも、足裏で踏んばろうとすると、渚の海砂は容易く沈み込む。更にバランスが危うくなる。無論、その頼りなさが原因で足への負担は減るのだから、憎いほど良くできたトレーニングではないか。

 

「はあぁぁぁあああああああっっ!!」

「おお!? このゴールドシップ様に食らいついてくるか!?」

「当たり前じゃん! 負けないからっ!」

「ゴルシちゃんお前に惚れちゃいそうだぜ!」

 

 身体を前傾させ、飛沫を上げる海を蹴りつける。重い。前に行こうとする足にかかる抵抗が尋常ではない。その瞬間だけ足枷をつけられているかのような、とてつもない不快感が襲い来る。

 

 ようやっと500メートル地点を通過すると、とみおの声が飛んできた。ここで鍛えられる粘り強さが、レース中の底力となって君達を助けてくれるだろう――必死すぎてあんまり聞き取れなかったが、多分そんな感じの激励。確かにそうだ。スタミナが切れかかって足が止まる時は、まさにこんな感じなのだ。本番とそっくりの状況を作り出すとは、恐るべし沖野さん。沖野トレーナーが積み上げたトレーニング技術と経験の深さをここに来て思い知ることになるとは。

 

 横を走るゴールドシップとハナを突き合わせて疾走し、勝負根性を発揮しながら波打ち際1000メートルを争う。それは皐月賞で味わったセイウンスカイとのデッドヒートを想起させるようで、身体も心も非常に強く刺激させられた。やはり、トレーニングだろうと何だろうと、争う者には前を行かれたくないのだ。

 

 最終的に天海さんの横を駆け抜け、私とゴールドシップは息を荒らげて互いを睨み合った。1000メートル終了。ほぼ同時のゴールだったが、僅かにゴールドシップの勝利だ。ニヤニヤと意地の悪い笑いを張り付けながら、彼女は軽くピースサインを掲げてきた。

 

 やるじゃない、と汗を拭う。帰りの1000メートルも勝負だ。帰りは波打ち際ではなく、乾燥した砂浜を駆け抜ける。こちらは水の抵抗と言うより、先程より沈み込む足元を気にしなければならない。こちらは若干ダートと似た感じがしたけど、整備されたコースではなく自然が作り出した砂だ。やはりダートの良バ場とは若干似て非なる。

 

 とにかくパワーと根性がいるのである。何と言うかもっさりしている。後ろ足で砂を蹴る感触がないから、前に進みにくいと言うべきか。歩幅の大きいゴールドシップは推進力を思うように得られないためか、波打ち際の時よりも大分苦戦しているようだった。

 

 これはチャンス、と私はピッチ走法気味にペースを上げて、そのまま折り返しの1000メートルを走り切った。今度は1バ身差で私の勝ち。ゴルシちゃんにチラリと視線を送ると、こんにゃろうと言いたげな彼女が見つめ返してきた。

 

「――よし、終わった奴らから5分休憩だ! そのままどんどん回していくからな!」

 

 こうして合宿2日目は海のトレーニングを中心に行われ、ゴルシちゃんと何度も競うことになった。海岸では次第にダウンしていく者が増えていき、最終的に生き残った者がサイレンススズカと私とゴールドシップになったところでトレーニングは終了した。そして、それは午前中のこと。

 

 午後になると『砂浜に穴を掘って埋める』という如何にもスピカらしい謎のトレーニングが開幕し、これまた下半身と腕を虐め抜いて合宿2日目が終わった。途中で沖野トレーナーが埋められかけるというアクシデント(?)はあったものの、怪我人は無し。早くも結構な疲労を溜め込んだ私達は、就寝時間になると泥のように眠るのだった。

 

 

 

 合宿3日目は天海トレーナー指導のもとで敢行されることになっている。トレーニング開始10分前に集合場所のトラックコースに到着した私達は、天海トレーナーに言われるがまま準備体操やウォーミングアップを始めた。しかし、そこから指示は出なかった。

 

 最初で最後の指示が出されたのが4時間前――朝の8時のこと。つまり、午前中はずっとウォーミングアップに当てさせられていたのである。ちょっとおかしいな、と思ったのは私だけではないらしい。天海さんの指示はメジロマックイーンでさえ疑問に思っているようだ。そりゃ、せっかくの夏合宿の半日をストレッチに費やすなんて、勿体ないなんて話じゃないからね。

 

 私達を見守っていたとみおや沖野トレーナーに逐一疑問をぶつけていたのだが、彼らからは「本番レース前の調整だと思って本気でやっておいてくれ」とだけ言われたのである。いくら何でももったいぶりすぎだ。午後もこのままだったらぶん殴ってやる、とゴールドシップが言うくらいにはやきもきしていた。

 

 そして軽く昼食を食べ、再び私達はトラックコースに集合した。そんな8人の下に、機嫌の良さそうな天海トレーナーがやってきた。彼女は「みんなごめんね、スペシャルゲストが渋滞で遅れてたみたいで! そろそろ着くらしいから、ごめんだけどウォーミングアップしてて!」と両手を合わせると、トラックコース前の駐車場に走って行った。

 

「スペシャルゲスト?」

「そういえば、トレーナーがそんなこと言ってたっけなぁ」

「誰か知ってる〜?」

「聞かされてないですわね」

「私達も駐車場に行ってみませんか?」

「そうしようかしら」

「いいですね! みんなで行きましょう!」

「さんせ〜い」

 

 口々に呟きながら、私達も天海トレーナーの後を追うことにした。いい加減身体は温まり切っている。スペシャルゲストが誰か、見に行ってやろうではないか。

 

 駐車場にやって来ると、そこには見覚えのある深紅のスポーツカーが止まっていた。丁度やって来て停車したところなのか、運転席のドアが訳の分からぬ方向に開く。高級車特有のウイング開き。ウオッカちゃんが瞠目しながら口を開ける。バイク好きでも分かる()()()があったのだろう。というか、素人でもあれはクソ高いって分かる。同時に、あの目立つスポーツカーに乗る人物も。

 

 深紅の高級車から出てきたのは、赤いジャージを着たウマ娘。腰まで伸びたウェービーな鹿毛を揺らし、特徴的で優しげなタレ目をした彼女は――

 

「ハァイ♪ アポロちゃんはナタデココ食べてるぅ〜? お姉さんからのアドバイス! 辛い時はイタ飯と合わせてバッチグーよ☆」

「マルゼンさん! どうしてここに!?」

 

 間違いない。私の憧れのウマ娘にして恩人、マルゼンスキーだ。彼女がスペシャルゲストだと言うのか。だとしたら、とんでもない大物だ。既に現役を退いた立場とはいえ、伝説として轟いたその走りは今なお一級品に違いない。沖野さんやとみおがストレッチやウォーミングアップを本番前同然に行えと言ったのは、彼女と走るからなのかもしれない。

 

 そんな中、天海トレーナーが私達の姿を見て何かを口走ろうとしたが、マルゼンスキーの人差し指に止められる。何だろう、と疑問視したのも束の間、スポーツカーの()()()が開いた。

 

 そこから姿を現したのは――途方もない威圧感を纏った鹿毛のウマ娘。特徴的な三日月の白い前髪を持つ彼女は、そう――無敗の三冠を成し遂げ、7つものG1を制覇した最強のウマ娘――シンボリルドルフだった。

 

「マルゼンスキーと私がゲストとして招待されている、という話は及んでいなかったかな? アポロレインボウ君」

「えっ――し、シンボリルドルフ会長!?」

 

 ――彼女の操るスーパーカーの助手席から現れたシンボリルドルフに、私達は動揺を隠せなかった。トウカイテイオーとゴールドシップを除いて。テイオーちゃんはすぐさまルドルフ会長の懐に飛び込んで、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

 ジャージ姿のシンボリルドルフを見るのは何度目だろうか。1度か2度なら見たことはあるが、こうして目の前にしたのは初めてだ。まさに『別格』。マルゼンスキーが纏う柔らかさを一切取り除いたような、鋼の如きオーラを振り撒いている。

 

 突然、ウマスタで無礼極まりない絡み方をしたことを酷く後悔した。多分、私は殺されるのだ。しかも、名前も覚えられている。終わりだ。あんなダジャレを言うんじゃなかった。うわぁ、天下のルドルフ様に渾身のダジャレを決めちゃったよ……ってニチャるんじゃなかった。最悪だ。おしまいだ。消えてなくなりたい。

 

「カイチョー! スペシャルゲストってカイチョーとマルゼンスキーのことだったんだぁ! ボク達とトレーニングしてくれるの!?」

「あぁ。今日は私達を相手取って、レースをしてもらうのさ」

「ルドルフ。予定が遅れちゃってるみたいだから、早いところウォーミングアップしちゃいましょ?」

「そうだな。という訳でテイオー、ちょっと離れてはくれないか」

「え〜! しょうがないなぁ……」

 

 シンボリルドルフの腰に巻きついていたトウカイテイオーが帰ってくる。……その間、私はルドルフ会長の視線をハチャメチャに感じていた。これは本気でヤバい。ウマスタ上では大人にリプライをしてくれるなどして振舞ってくださったけど、もしかして私のダジャレがクソつまんなかったからブチ切れてるとか――ないよね?

 

 私は遂にがたがたと震え始めた。歯の根が合わなくなり、ビクンビクンと痙攣が始まる。スズカさんが私の背後で引いたような声を出している。そして、シンボリルドルフが私の横をすり抜ける際――

 

「アポロ。君との勝負――楽しみにしているよ」

 

 ――と、にこやかな笑みを添えて呟かれて、私は無事撃沈した。

 

 やっぱり私、殺されるんだ。

 お母さんお父さん、ごめんなさい。



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55話:熱い夏合宿・その3

 マルゼンスキーとシンボリルドルフの襲来。そして、彼女達との対戦が待ち受けるとなって、私達は少なからず怯えていた。その中でも私は断トツでビクビクしていたと思う。

 

 マイル以下を主戦場とするウマ娘はマルゼンスキーと、中距離以上を主戦場とするウマ娘はシンボリルドルフと1対1で対戦すると決まり、私が対戦するのはルドルフ会長。舞台は2500mの右回り。有記念を意識した勝負らしい。本当は3000メートルで戦いたかったが、その距離で走ると「コイツ余裕で3000メートル走りやがる! 菊花賞出れるじゃん!」ってバレちゃうからね。2500メートルならまだ誤魔化しが効く。

 

 2500メートルという距離は私の得意な長距離ではあるが、長距離はルドルフ会長も得意な舞台である。戦々恐々の気持ちが止まらない。マルゼンちゃんもルドルフ会長も軽く流す程度で戦ってくれるんだろうけど……やっぱり怖い。

 

 ちなみに、ダイワスカーレット、ウオッカ、サイレンススズカはマルゼンスキーを相手取り、私ことアポロレインボウ、ゴールドシップ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、スペシャルウィークはシンボリルドルフを相手にする。こうして見るとスピカ組は中長距離偏重のメンツが揃っているなぁ。トレセン屈指の長距離巧者達が目白押しって感じ。

 

 先陣を切ってマルゼンスキーに挑んで行ったダイワスカーレットと、インターバルを開けて挑んだウオッカ両名は惜しくもマルゼンスキーに敗れ去った。むしろ私より年下なのだから、マルゼンスキーを前にして食ってかかっていけたことそのものが素晴らしい。それぞれ見せ場も作ったし、将来有望なこと請け合いだ。

 

 さて、対シンボリルドルフの1戦目は、あみだくじの結果私――アポロレインボウに決まっている。準備は万端、早速コース入りした私とシンボリルドルフはゲートに向かう。

 

 ガチガチに緊張しているので、会話をしに行こうという気持ちは湧かなかった。逆に話しかけないでくださいと思っているくらいだ。だって、クソくだらないギャグで逆鱗に触れた可能性が高いからね。そうじゃなきゃ、私のことを『アポロ』だなんて呼び捨てにしてくるわけがない。ルドルフ会長はゴリゴリに距離を詰めてくるギャルタイプではないだろうし、ここは最低限の挨拶で済まして終わらせよう。

 

「ルドルフ会長、今日はよろしくお願いします」

「そう固くならずに、楽にしてくれ。私まで緊張してしまいそうだよ、アポロ」

「ひゅっ」

 

 会長に砕けた呼び方をされるだけで肝が冷える。そんな私を見てなのか、シンボリルドルフの尻尾はご機嫌そうに揺れている。きっと、怯える私を見て喜んでるんだ。

 

「ところで君、私とマルゼンスキーはこの合宿所に着くまでに多くの山を越えてきたんだ」

「は、はあ……」

「険しい山は迫力マウンテン……君もそう思わないかい?」

「……ん?」

「はて、私の顔に何かついているかい?」

 

 私はそのダジャレを聞いて、思わず会長の顔を見た。彼女はにこにこ笑顔でこちらに視線を合わせてくる。まつ毛が長すぎる。美人すぎる。そんな彼女の屈託のない微笑みのせいか、シンボリルドルフの周りには柔和な雰囲気まで漂い始めている。

 

 そういえば、ルドルフ会長はこれまで直接的に私を威圧してきたことは無かった……ような気がするな。もしかして勘違いしてただけで、私ってば会長に気に入られてる?

 

 普通は自分の趣味(ダジャレ)に理解を示してくれる後輩がいたら、可愛がってやりたくなるものだ。私なんて、ウオッカちゃんやスカーレットちゃんと距離がちょっと縮んだだけで、早くも甘やかしモードに入っているくらいだし。私みたいにクソ可愛くて、(今考えれば)ルドルフ会長に物怖じしなかった後輩なんて、もしかしたら彼女にしてみれば嬉しくて仕方がないのではないか。

 

 若干過大評価な気もしたが、とにかくシンボリルドルフが私を嫌がっていないことは確かだった。急に会長が近しい存在になった気がして、私の口は調子に乗り始めた。まあ、後輩は多少生意気なくらいが可愛いって言うしね?

 

「こうして近くで話していても、遠く(トーク)に感じることってありますよね。会長、これ。マジで芋けんぴ付いてますよ」

 

「おや、すまない」そう言うシンボリルドルフの頭から芋けんぴを摘み上げる。くすぐったそうにしている会長に向けて私は軽口を叩いた。

 

「そろそろレースが始まりますけど、本気で来られたら私勝てないので……ルドルフ会長、手加減してくださいね?」

「今日の私は()調()だ。そうもいかないよ」

 

 シンボリルドルフがそう言ってゲートに収まる。私もそれに続いてゲートインした。芋けんぴを飲み込んで、私は深呼吸する。こうした実戦形式のレースは2ヶ月ぶり――日本ダービー以来だ。定期的にレースのピリついた雰囲気に触れなければ間違いなく(なま)ってしまう。2ヶ月近くの期間を空けた私の足はおかしくなっていないだろうか、限界を超えて『領域(ゾーン)』を発揮することができるだろうか。そんな一抹の不安が襲う。

 

 いや、大丈夫なはずだ。私には優秀なトレーナーがついているんだから。精神を正し、ゲート内で前を向く。天海トレーナーの声が飛び、準備完了の合図が上げられる。

 

 天候は快晴、芝は良場。気温30度を超える灼熱の中、いよいよ有記念を模した練習試合が始まった。

 

 ガシャ、と乾いた金属音が弾ける。外側に立っていたシンボリルドルフとほとんど同時にゲートから飛び出す。流石は皇帝、スタートも完璧だ。私のロケットスタートに並ばれたのには驚いたけど……私の武器はスタートだけじゃないもんね。

 

 意気揚々とスタート直後からぐんぐん速度を上げて、時速70キロを超す爆速の逃げが敢行される。無意識下に耳に入ってくる実況の声がないため、少しやりにくさはあるものの――レースに影響が出るほどではない。スタートから直線400メートルを通過してカーブに入ると、私達の位置取りは確定した。私が大逃げ、シンボリルドルフが3身後ろで()()気味の気配。差しではなく逃げ気味の先行と言うべきだろうか。

 

 元々シンボリルドルフの脚質は自在に近い多様性を持っている。好位抜け出しで圧倒する彼女の脚質がよく語られるが、実は重賞で逃げ切ったり、ダービーで差し切ったりと、シンボリルドルフは逃げから追込気味の差しまでやってのけるウマ娘なのだ。

 

 個人的には差しや追込で来て欲しかった。他者を支配して圧勝する時が多かった前目の策で来られる方がよっぽど嫌だったのだ。でも、やはり彼女は私を捕まえに来た。そりゃ、厄介だもんね。殺人的ペースで逃げ続けてワンチャン勝っちゃうようなウマ娘ってのは。

 

 勝負事というのは、自分のしたいことをするのも大切だが、相手の嫌がることをするのもまた大切なのだ。私はシンボリルドルフを睨みながら、第2コーナーを曲がって向正面に入った。実況の声もざわめきも聞こえない中、2人の荒い息遣いと風切り音だけがターフを包んでいる。

 

 ここまでは順調の一言。しかし不気味だ。シンボリルドルフは全く動かない。私に競りかけてくることもせず、プレッシャーを与えるでもない。そのための先行策ではなかったのか? 舐められたものだ。流石のシンボリルドルフと言えども、このままのハイペースで走っていれば末脚もスタミナも容易く消し飛ぶというのに。

 

 向正面の中間地点を過ぎ、残り1200メートルほど。爆速で逃げている上、私の得意とする長距離だ。いつもより足の回転が良いし、速度も出ている気がする。このラップをゴールまで刻んでいれば、きっとレコード更新の快挙を達成できる。非公式の記録ではあるものの、限界まで己を試してみたい。

 

 私は利き足で強くターフを踏み込んで、更なる加速を始めた。ダービー後から鍛えまくっていたスタミナを燃焼させ、シンボリルドルフを突き放しにかかる。

 

 残り1000メートル、早くも独走態勢。少し後ろを見る。シンボリルドルフとの差は6身。彼女は私の姿を静観するだけだ。

 

 あまりにも呆気ない。本当にルドルフは捕まえに来ないのか? このままだと、私が本当に逃げ切ってしまうぞ? 私の後にスピカのみんなとの対戦が控えているし、手を抜いているのだろうか?

 

 ――まあ、それならそれでいいか。私は皇帝に勝つ。

 

 そう意気込んで、ロングスパートをかけようとしたその時だった。

 

 遥か後方から、恐ろしい一言が聞こえた。

 

「さて、()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬思考が止まった。理解ができなかったのではない。恐ろしいプレッシャーが私を呑み込んで、四肢の動きを封じ始めたからだ。

 

「はっ、う、ぁ――!?」

 

 威圧感――なんて生易しいものじゃなかった。

 これは殺意だ。どす黒く練り固められた勝利への欲求と、戦略的な思惑が噛み合った最凶最悪の武器。絶対にレースを勝ちたい――そのためには敵を一人残らず殺してもいい――そんな覚悟と闘志の塊が私の全身にぶつけられている。

 

 勝利への独占欲とでも言うべきなのだろうか。プレッシャーをかけようと思って発揮される圧のレベルじゃないし、生来持ち合わせたモノなのだろうけど――

 

(こんな威圧感をレース中に食らったら、まともに走れないよ――!)

 

 シンボリルドルフが発する黒い瘴気が脚にまとわりついてきて、私の速度はがくんと落ちる。いつの間にか2身――いや、1身まで詰められているではないか。

 

 残り500メートル、最終コーナーを曲がる。迫り来る怪物の足音。大地を揺るがして、背中に近づいてくる轟音。一歩、また一歩――シンボリルドルフの闊歩によって震えるターフ。その度に心臓を鷲掴みにされるような冷たさを感じながら、ど根性で何とか踏ん張る。

 

 あぁ――そういえば、とみおが言っていたな。『シンボリルドルフは加速時のストライドがめちゃくちゃ大きいんだ』――って。他人事のようにトレーナーとの会話を思い出す。

 

 それと、こんなことも言っていたではないか。

 シンボリルドルフはコーナーの回り方が上手い――と。

 

 その言葉どおり、最終コーナーの終わり際、シンボリルドルフの鹿毛が私の隣に並び立った。最終コーナーで加速し、末脚を使いながら好位から抜け出すシンボリルドルフの常勝パターン。

 

 そもそも外に持ち出させないように進路を若干塞ぐのが正解だったか。いや、私はそこまで器用じゃないや。下手をすれば進路妨害を取られるし、怪我の危険もあった。ああ、まずい、余計な思考をするな。このままだと、皇帝が望んだとおりにぶっちぎられてしまう。こんなの、どうすれば。

 

 僅かな抵抗の後、私の横を抜けていくシンボリルドルフ。その須臾の時の中で、ぎらついた皇帝の目と視線が交わされる。

 

「君の本気はそんなものか?」

 

 轟音と舞い上がる芝を置き去りにして、シンボリルドルフがラストスパートに入った。大きなストライドを刻みながら加速し、私との差を突き放していく。前傾姿勢になった身体はみるみるうちに小さくなって、逆にゴール板は刻一刻と接近してくる。そんな中、私の心には激情が渦巻いていた。

 

「シンボリ、ルドルフ――っ」

 

 蔑んだような、失望したような――或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()小さな声。私を見損なったシンボリルドルフの横顔。私を試すような、ぎらついた獰猛な眼光。その言葉を受けて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()期待。

 

 怒りと屈辱と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に私の心は奮い立った。

 

 レースの終わりを知覚した瞬間、視界の四隅に火花が走り、身体中に電撃が走る。肉体の末端まで酸素が行き渡り、想像以上のプレッシャーで枯れ果てたスタミナが僅かばかり息を吹き返す。『領域(ゾーン)』の光が視界を覆い、シンボリルドルフの背中を呑み込む。気のせいか、シンボリルドルフの身体が硬直したように見えた。

 

 刹那、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。幻覚が瞼の裏に浮かぶ。猛吹雪に立ち向かい、月虹の向こうを目指す私。必死に腕を振って、そんなに苦しいならやめてしまえばいいのに、と思えるくらい苦痛に喘ぐ芦毛のウマ娘。それでも私は勝利のために突き進む。()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、ホワイトアウトした幻の中に何かが見えた。恐ろしいモノに見えた。愛らしい何かに見えた。目指すべき光景にも、破滅した未来にも見えた。でも、それが何かは分からなかった。全て猛吹雪に攫われて、レースの終焉が迫ると共に消えていった。

 

 シンボリルドルフと肩を並べる。驚いたような、喜びを感じているような皇帝の横顔が見えた。ゴール板が目の前に迫っている。私が差し返そうと速度を上げる度、彼女の唇は大きく歪んでいった。スタミナ切れによる苦しさなど放り投げて、彼女は笑っていた。

 

「――素晴らしい」

 

 そんな言葉を聞いたと同時、レースは幕を下ろした。

 

 結果は1/2身で――アポロレインボウの勝利。相手が完全な本気ではなかったにせよ、私が生きるレジェンドであるシンボリルドルフに土をつけ、模擬レースは終了した。

 

 

 

 スペシャルゲストによる模擬レースが終わったところで振り返ってみると、マルゼンスキー・シンボリルドルフ連合に勝てたのは私とサイレンススズカだけだった。サイレンススズカはマルゼンスキー相手にハナを譲らず、そのまま1身の押し切り勝ち。終わってしまえば、トゥインクル・シリーズを現役で走るウマ娘のみが勝利を収めたのだった。

 

 ちなみに、ドリームトロフィーリーグに移籍したトウカイテイオーとメジロマックイーン(と経歴不明のゴールドシップ)に対してシンボリルドルフは本気で戦っていた。メジロマックイーンは3000メートルの舞台で戦ってハナ差、トウカイテイオーは2400メートルの舞台で戦ってクビ差だったので、条件やタイミングが違っていれば勝敗が変わっていただろう。何故か今日のシンボリルドルフは絶好調だったし、メジロマックイーンとトウカイテイオーは良くて好調程度の調子だったからね。

 

 マッチレースが終わると、マルゼンスキー・シンボリルドルフ達からのアドバイスを受けたり、記録した映像を見てフォームの乱れを修正する時間になった。特にルドルフ会長と戦った中長距離を主戦場とするウマ娘達には厳しいチェックが入る。

 

 距離が長ければ長いほど、フォームに無駄があるとその分スタミナロスが生じるのだ。私がガチなのは3000メートルからなので、余計なスタミナ消費を無くすために、とみおのチェックはミリ単位に及んだ。

 

 ここで生じた敗因や弱点を矯正し、長所を伸ばすのがこの合宿の目的とも言える。

 

 こうして私達は試行錯誤を繰り返しながらトレーニングに励み――気がつけば8月中旬になっていた。その頃には私達の肌は黒々と焼けており、体つきも非常にしっかりしたものとなった。

 

 まだまだ夏合宿は終わらない。トレーニングは佳境に入り、いよいよ海外に飛んだタイキシャトルとシーキングザパールの戦いが始まろうとしていた。



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56話:真夏のラブラブ結実大作戦(ポロリもあるよ!)

 8月2週から8月3週にかけて、フランスのドーヴィルレース場で『重賞ウィーク』が開催された。ジュニア級限定重賞からシニア級限定重賞まで、多彩な重賞5レース以上が集中して行われる時期だ。

 

 その中でも目玉とされる2つのG1がある。ジャック・ル・マロワ賞と、モーリスドギース賞――それぞれフランスのマイル・短距離路線の最高峰競走として君臨する大レースだ。

 

 その舞台に勇猛果敢に挑んだのは、タイキシャトルとシーキングザパール。彼女達が日本代表としてのフランスの最高峰レースに殴り込みをかけ、そして私達が旅館のテレビで見守る中、彼女達は見事に優勝を果たした。両者共に歴史的な快挙である。

 

 ジャック・ル・マロワ賞やモーリスドギース賞の際、テレビの前はお祭り騒ぎだった。スピカのみんなはもちろん、トレーナー3人も大声を張り上げての観戦会である。日本とフランスでは時差があるから、真夜中まで起きる羽目になったけれど。

 

 URAはウマ娘をなるべく国内のレースに引き止めて価値を保ちたいみたいだけど、私は海外挑戦に賛成派だ。海外に挑む時、心情的に日本対海外の戦いになるから、普段は敵になるウマ娘でも本気で応援できて楽しいからね。

 

 何より、海外に挑戦する2人を見ている時の、みんなの一体感。これが形容し難いくらい好きなのだ。SNSでもタイキシャトルとシーキングザパールを応援する声が絶えなかった。何と言えばいいのか……日本のファン全員が彼女達を応援するような感じ。これが堪らないんだよね。

 

 さて、モーリスドギース賞とジャック・ル・マロワ賞が終わると、いよいよ夏合宿も終わりである。

 

 この夏合宿では見違えるくらい成長できた。夏合宿前に私が足りなかったのはパワーなのだが、合宿の1ヶ月を通してパワーはもちろん他の基礎能力も伸ばすことができたように思える。

 

 スピードに関しては、サイレンススズカの走りに何とか食らいつけるようになった。逃げの性質上どうしてもハナを奪うことはできないけど、それでも大きな成長だ。長距離の舞台で劣化版サイレンススズカみたいな走りが出来るだけで結構強いんじゃなかろうか。

 

 スタミナはメジロマックイーンに遜色ないレベルまで盛れた。合宿中は2500メートル以上の長距離を走ってないから詳しくは分からないけど、もしかしたら超えてるかも。感覚的には、4000メートルの重バ場をガチの全力疾走で駆け抜けてもギリギリ()()くらいにはなったかなぁ。本番になったら、プレッシャーとか威圧感があるから、そう上手くは行かないんだろうけどね。

 

 パワーに関しては、これまでが低すぎた故か結構伸びた。ゴールドシップやスペシャルウィークには敵わないし、バ群をこじ開けるような芸当はできないけど……皐月賞で苦しんだ中山レース場レベルの急坂でも苦にならなくなったのだ。

 

 砂浜トレーニングのおかげで足腰が鍛えられ、元々あった重バ場適性も上がったらしい。とみおは「これなら欧州の重い芝でも大丈夫だな」と満足そうにしていた。

 

 ……ただ、一向に良くならないのは頭の良さだ。あ、勘違いして欲しくないんだけど、レース中の柔軟な対応力とかそういう話だからね? 勉強の成績は優秀だし、いっつも満点取ってるから。今のところ賢さ不足で呈出した問題はあんまりないし、むしろ頭の悪い我武者羅さが勝利を引き寄せた時の方が多い。成長はタイムにしっかりと現れているし、大成功の夏合宿となった。

 

 こうして迎えた夏合宿最終日。この日はリフレッシュを兼ねて1日の完全なオフが与えられる。昼間は海水浴にバーベキューを楽しみ、夕方からバスに乗って帰宅するという予定になった。

 

 …………。

 

 あぁ、遂に海水浴が来た――いよいよである。あの時買った(買わされた)水着を着なければならない時が来たのだ。私はスーツケースの奥底にしまい込んだ水着を摘み上げ、ため息をついた。完全に自分の趣味じゃない水着である。

 

 白っぽいハイネックビキニと、腰に巻く空模様のパレオだなんて……嫌ってほどじゃないけど、やっぱり恥ずかしい。女の子同士の旅行で着ていくならまだしも、とみおに見せつけなきゃいけないんだよ? そんなのできっこないって……。

 

 しかし、男子学生じゃないんだから、下着一丁で海に飛び込むわけにもいかない。あぁいうのは一時のノリでやって後悔するものだしね。他に持ってきた水着は学校指定のものだけだから、イヤイヤ言っていた私も遂に覚悟を決めて水着に着替えることにした。

 

 初めて着るタイプの水着に四苦八苦しながら、何とか上下水着に着替えきる。学校指定の水着や勝負服では感じなかったレベルで背中がスースーする。というか、こんなの上半身裸みたいなもんじゃん。姿見の前でくるっと回って、ほとんど全面に渡って露出した背中を見つめる。

 

 ……よし、ニキビや出来物はないみたい。でも、日焼け痕がちょっと目立つなー……ちゃんと日焼け止め塗ってたんだけど、毎日何時間も外にいたらさすがに焼けちゃうよね。スク水型にうっすらと日焼けしているのは目立つが、まあ遠くから見たら分からないかな。

 

 私は腰につけたパレオの具合を確かめて、何回か頷いた。私、めっちゃお腹鍛えられてるじゃん。割れてる割れてる。6個にはなってないけど、すっごいスポーティな感じ。

 

 こうして水着を着てみると、お出かけする時以上に注意を払わなきゃいけないんだなって分かる。あと、男だった頃は海なんて泳ぐためだけに行くものだったけど、女の子はガッツリ泳ぐために行かないんだなって理解できた。パレオなんてしてたらクロールとかバタフライとかできないじゃんね。水中メガネもオシャレじゃないし。

 

「アポロちゃん、そろそろ行こっ!」

「あ、はい!」

 

 更衣室の扉からひょこっと顔を見せてきたトウカイテイオーに呼ばれて、私はサンダルを履いて旅館の外に出た。水着に躊躇って手間取っていたのは私だけらしく、既に砂浜にはパラソルを起点とした小拠点が完成していた。これまた買わされた麦わら帽子を深く被って、私は燃えそうなくらい暑い砂浜を歩く。

 

 向こうを見れば、沖野トレーナーと天海トレーナーが談笑しながら早々とバーベキューの用意に取りかかっていた。とみおはちょっと離れたところでクーラーボックスを弄っている。反射的に「見られたくない」と思った私は、テイオーちゃんの背中にさっと隠れてとみおの視線から逃れた。

 

「その水着、桃沢トレーナーのために買ったんでしょ? 見せなきゃもったいないじゃん」

「そ、そうなんですけど。ほんとに恥ずかしくて……」

「えぇ〜」

 

 私の言葉に、テイオーちゃんが肩を竦めて呆れた。「わけわかんないよぉ」とぼやきながらスピカのみんなの方に近づいていく。私も彼女の背中に続いて、とみおと一定の距離を保ちながらパラソルの下にやってきた。

 

「何やってんだアポロ。愛しのとみおチャンに早く見せてこいよ」

「そうですよ先輩。本当に似合ってますから、トレーナーさんも喜んでくれると思いますよ!」

 

 ゴルシちゃんやスカーレットちゃんが口々に言ってくるが、私は深く項垂れて首を横に振った。呆れ返ったようなため息があちこちから聞こえてくる。

 

「だ、だって、水着だよ? 恥ずかしいもん……」

「学校指定のモノと何が違うんだよ。諦めろよアポロ」

「往生際悪いですよ」

 

 私とスピカのみんなでは、何が違うのか。上手く言えないけど、みんなは自分の『カラー』を持っていて、それに合った水着を着ていることだろう。ゴルシちゃんやスカーレットちゃんの水着は長身モデルが着るような大胆極まりない朱の水着。堂々とした彼女の佇まいとスタイルが際立って、ゴールドシップやダイワスカーレットというカラーを作り出している。

 

 スペちゃんやテイオーちゃんは活発なパステルカラーの水着。これも彼女達のカラーだろう。でも、私はどうだ。可愛い水着を買ったはいいが、どうも水着に着られている気がする。似合ってないことはないんだけど、何かこう……アポロレインボウのカラーにそぐわないというか。自己評価が低いせいかもしれないけど、スピカのみんなと比べると浮いてるように感じるのだ。

 

 とみおは皆みたいに堂々とした女の子の方が好きなんじゃないか。私みたいな子はタイプじゃないかもしれない。そんなことを思っていると、水着に羽織物を着た(くだん)のトレーナーがやってきた。

 

「君達、アポロがどこにいるか知らないか? いつまで経っても姿が見えなくて心配なんだ」

 

 とみおはみんなに手当り次第に声をかけている。みんなはニヤニヤしながら「知らないよ〜」と言っていた。とみおは困ったなぁなんて呟きながら頬を掻いている。彼も海水浴を楽しみにしていたのか、サングラスなんか掛けちゃって。普段ならそのことを弄りに行くかもしれなかったが、今の私は身長の高いゴルシちゃんの陰に隠れることしかできなかった。

 

「アポロちゃんならここにいるぜ」

「えっ?」

 

 すると、突然ゴルシちゃんに手首を掴まれた。そのままとみおの前に引きずり出され、私は麦わら帽子のつばを握り締めて下を向いた。それを見てケラケラ笑っていたゴルシちゃんがメジロマックイーンに引き連れられて、天海トレーナーの方に向かっていく。空気を読んでくれたのか、それともバーベキューの準備が気になるのか、私以外のみんなは向こうに歩いていった。残されたのは私ととみおだけ。

 

「アポロ、探してたんだぞ」

「……っ」

「……アポロ? 調子でも悪いのか?」

 

 優しく声をかけられるが、私は顔を上げられなかった。幼児のように首を横に振って、とみおを困らせることしかできない。

 

「何かあったの? 言ってごらん」

「……や、何でもないから」

「って言ってもなぁ……う〜ん」

 

 私の視界には、分不相応の水着を着た己の身体と、とみおの素足が映っている。彼の足が一歩こちらに寄ってくると、私はぎょっとして身を引いた。その拍子に顔を上げてしまって、彼と目が合う。

 

 とみおの手が私の顔に向かって伸ばされる。私はぎゅっと目を閉じて身体を縮こませた。すると、深く被った麦わら帽子が軽く持ち上げられる感覚がした。同時、前髪をさらりと撫で上げられる。大きな手のひらが私のおでこに当てられて、心臓が跳ね上がった。

 

「熱は……無いみたいだね」

「っ、ちょ、何やって――!」

「あ、ごめん。熱でもあるのかなって思ってさ。ちょっと馴れ馴れしかったね」

「え」

「まぁ、アポロがここにいることが分かって良かった。俺は向こうにいるから、困ったことがあったらいつでも言ってくれよ」

「あ……」

 

 咄嗟に彼の手を払い除けてしまったためか、とみおは困ったような笑みを浮かべてから沖野トレーナー達の方へ戻ろうとしていた。私に拒絶されたのだから当然だ。慌てて彼の袖を掴んで引き止めると、彼は驚いたような表情で振り返ってきた。

 

「……どうかしたの?」

 

 拒絶したかと思ったら引き止めるなんて、私……とんでもなく面倒臭い女だ。でも、とみおに水着の感想を貰っていないではないか。ここで勇気を出さずして、関係性の進展など見込めるはずがない。私は上目遣いになって、彼と真正面に向き合う。

 

 ショッピングモールで水着を買った時、みんなに言われたのだ。まずは水着を着ている自分の感想をトレーナーに言わせ、脈がありそうかどうか確かめろ――と。恋愛感情の欠片が見えないことには告白しても玉砕するだけだ。確かにこれまで脈があるかどうかなんて確かめたこともなかったし――

 

 そ、そうだ……恋愛はレースなんだ。どれだけクソかわのウマ娘だろうと、選ばれる側にあるとは限らない。相手にその気が無かったり、その他色々な要因があったりして、どんな美女でも後塵を喫することは多々あるのである。

 

 とみお以上に私を理解してくれる男の人なんて、今後現れるかも分からない。この一瞬の恥を忍んで、恋を勝ち取るのだ。行けアポロ、何とでもなるはずだ。

 

 恐る恐る。或いは、期待を込めるように。

 私はちっぽけな勇気に後押しされて、言葉を紡いだ。

 

「あの……さ」

「うん」

「わ、わた、私の……」

「……わたしの?」

私の水着……似合ってる?

「……え? ごめん。もう一回言ってくれる?」

「……っ」

 

 この瞬間だけは、私はとみおを恨んだ。女の子が涙目上目遣いになって振り絞る言葉を聞き逃すんじゃないよ。まあ確かに、私の声量が小さかったのは問題だ。だから私は、とみおが羽織っていた服の襟首を引っ掴んで彼の身体を引き寄せた――引き寄せてしまった。

 

 引き寄せれば当然、お互いの顔がめちゃくちゃ接近することになる。驚いたように見開かれる彼の黒い双眸。よく八の字になる眉。唇を突き出せば、キ、キスできちゃうくらいには近いお互いの口。

 

 急に頭が真っ白になって、思考回路がオーバーヒートする。視界がぐるぐるになる。あ、あれ。なんで私ってばこんな大胆なことしちゃったの? もっと上手く話せなくなっちゃうじゃん。私のバカバカ、なにやってるの。

 

 とみおの顔も何だか赤い気がする。気のせいかな? 多分気のせいだ。とにかく、このままじゃ色々とまずい。会話。会話しなきゃ。何だっけ。あ、そうだ、アレ。水着の感想を貰うんだった。

 

「つ」

「――つ……?」

「ちゅぎは、聞き逃さないでよね」

「え?」

 

 ガッツリ甘噛みしたが、もう関係ない。私は声が小さくなっても聞き取れるように、とみおの耳元に口を近づける。彼が身を引いたような気がしたが、そこはウマ娘パワーでガッチリホールドして逃がさない。水着の感想を聞く以上の行為をしている気がするが、知ったことか。

 

「わ、私の水着……可愛いでしょ? 何か感想言ったらどう?」

 

 ――もっと私を見て、と彼の耳に言い放つ。

 

 精一杯の挑発というか、照れ隠しというか。耳まで真っ赤にして言ってみたが、効果は覿面だった。囁き声を聞いていたとみおの耳は真っ赤になり、彼は私とすぐさま距離を取る。

 

「あ、アポロ。急にそんなことをされると困るよ」

「……どう困るの?」

「…………」

 

 慌てふためくとみおの顔を見て、私は勝ち誇った気になって胸を張る。とみおは気まずそうに目を逸らすと、「凄く似合ってるよ」と言ってくれた。続け様にこんなことも呟いた。

 

「アポロはそういう水着が似合うね。すごい大人っぽいと言うか。それを着てビーチに行ったら、多分ナンパされまくるんじゃない」

 

 最後のは余計な一言だ。私はとみおに見せるためにこの水着を着てきたんだから。気持ちがちょっと不機嫌に傾きかけたけど、彼は口上手な方ではない。彼なりの褒め言葉なのだ。そう思って、私はふふんと彼に笑いかけた。彼からも笑みが溢れる。

 

「ね。私、可愛い?」

「はいはい。可愛い可愛い」

「ちょっと。ちゃんと心を込めて言ってよね」

「アポロは可愛いよ」

「もっと!」

「可愛いって言ってるじゃん。本当に可愛いって」

 

 とみおがムキになって強めの口調で言ってくる。それが何だかむず痒くて、背中から尻尾の辺りが堪らなく疼いてきた。無防備に曝された背中も相まって、謎の感覚はどんどん広がっていく。

 

「……あは、あはは! 何か暑くなってきちゃった! 私もう行くね!」

「え、うん」

 

 そして私は気づいた。この会話の中で、とみおが本当に照れていたことに。つまり――水着という衣装が手伝ったのかもしれないけど――脈が無いわけではない、かもしれない。恋愛弱者たる私でさえその結論に達して、舞い上がりそうな気持ちの中、私はスピカのみんなが待つ方向に向かって走り出した。沖野トレーナー以外は全てを察したような表情をしていたが、私の恋は確実に一歩前進したので、そんなことは気にならなかった。

 

 

 こうして夏合宿は終わりを迎え、秋のトゥインクル・シリーズが始まった。





【挿絵表示】

Tiruoka0088 様に素晴らしい絵を頂きました。水着アポロレインボウの絵です。ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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【?報】アポロレインボウが匂わせ投稿しすぎている件について【アポロファン集合】

1:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

話し合っていこうや

 

2:ターフの名無しさん ID:QnQBTRFR2

アポロレインボウのことあんまり知らんけど、ウマスタでそんなに匂わせ投稿をしてるんか?

 

3:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

>>2 アポロちゃんがウマスタで自分の色恋沙汰をクッソ匂わせてる

…ような気がして不安で夜も眠れん

アポロちゃんはワイのものなんや

 

4:ターフの名無しさん ID:qn4+WCv/R

ウマスタ見てるけどそんなに匂わせてたかなぁ…()

至って普通の投稿に見えたけど

 

5:ターフの名無しさん ID:oDR8N0gMx

(厄介ストーカーが)出たわね。

 

6:ターフの名無しさん ID:mPEt6DKLy

いやいやイッチは考えすぎやろ

トレセン学園って男ほとんどおらんし全寮制やし

それに、公私混同して担当と恋愛するような男やないでワイのとみおは

…………とみおはね

 

7:ターフの名無しさん ID:g7uR0LVTX

せやぞ

とみおならワイの隣で寝てるしな

アポロちゃんの気持ちは知らん()

 

8:ターフの名無しさん ID:3xUaRZU9B

匂わせも何も、とみおとアポロちゃんはもう……

おっとなんでもない

 

9:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

基本トレセンの子はネットリテラシーがしっかりしてるしな

唯一の男であるとみおトレーナーとの仲を匂わせるような投稿はワイの勘違いであって欲しいと願うばかりよ

 

10:ターフの名無しさん ID:mQsWgQToV

そんなにアレなら一緒にアポロちゃんのウマスタ投稿を見直していこうぜ

アポロちゃんは今恋愛してない()ってこと確認していこうや

 

11:ターフの名無しさん ID:03oAAy+eS

いいね

もうイッチの敗北は見えてるけど

 

12:ターフの名無しさん ID:XOz5aerXL

イッチよろしく

 

13:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

なんでワイがせなあかんねん

 

14:ターフの名無しさん ID:Y71yhFo18

>>13 は?

 

15:ターフの名無しさん ID:O3kpAtsJP

>>13 いいからやれ

 

16:ターフの名無しさん ID:pdXUlulrO

イッチが匂わせだと思った投稿のピックアップ普通に見たいンゴ

 

17:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

しゃーねーな

ちょっと待ってろよ

 

18:ターフの名無しさん ID:a7+j5QhCZ

↓ここからは匂わせを判定するスレになります↓

なお敗北は確定している模様

 

19:ターフの名無しさん ID:riD0AM5I9

イッチが貼っつけてくれるまでは雑談するか

 

20:ターフの名無しさん ID:93Dxua+yz

トレセンは相当ねっとりテラシー教育してるんだろうね

個人情報呟くような子がほとんど居ないのはマジで偉いと思うよ

 

21:ターフの名無しさん ID:QT9B1kb/Z

ワイがガキの頃、snsに個人情報晒しまくってる友達おったなぁ

大人になっても自制できないやつはできないからほんとに偉い

 

22:ターフの名無しさん ID:5huBIWT0Z

病み垢も(多分)ないしね、凄いよ

 

23:ターフの名無しさん ID:LuzAee8Pj

SNSに現を抜かす暇なんてないから逆に適当にやってる説はある

 

24:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

戻ってきた

リンクと写真貼っていけばいい?

 

25:ターフの名無しさん ID:Q9XcoIJ4L

 

26:ターフの名無しさん ID:jujCrd00O

せやな

 

27:ターフの名無しさん ID:b62KHxf2d

匂わせなんてイッチの思い込みだと思うけどなぁ()

 

28:ターフの名無しさん ID:dDzk7aDQ3

よろしくぅ!

 

29:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

じゃあはい一発目

宝塚記念を現地観戦したらしい時の写真や

これってどう?

 

宝塚記念、現地観戦です!!

スズカさんの走りを生で見られて感動!!

かっこよかったです!!

 

https://imaguma.com/wgoSjdG

 

30:ターフの名無しさん ID:ZyNNlO0Md

阪神レース場前で撮ったただの写真じゃん

これはマジでセーフだろ

 

31:ターフの名無しさん ID:5v+VbEZSl

あーなるほど、よく見たらとみおと来て写真を撮ってもらった感じなのか

でもとみおは保護者だからな、決してデートじゃないと思う

この写真に関してはセーフ

 

32:ターフの名無しさん ID:PtaT3neg7

>>31 気合い入ったネイルしてるけどそれはどうなん?

 

33:ターフの名無しさん ID:fOZIVW6Xl

そりゃ女の子だしオシャレくらいするでしょ

ダービーウマ娘だから知名度もあるし下手なファッションで外に出られない的なアレよ

 

34:ターフの名無しさん ID:dv7QaCCi9

やっぱりアポロちゃん可愛いンゴ……

 

35:ターフの名無しさん ID:GDZZCr+Uf

芦毛ってとびきり可愛く見えるよな

 

36:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

これはとみおへの嫉妬やないで

ワイがアポロちゃんを守ってやらなアカンねん

 

37:ターフの名無しさん ID:a85PkmXeh

ガチで厄介ファンすぎるだろイッチきもいわwww

 

38:ターフの名無しさん ID:o3rtDYVrn

これは匂わせじゃないよ

マジで普通の写真

これはね

 

39:ターフの名無しさん ID:8J9vklKvo

よくあるやつだよ

アポロちゃんが可愛くてオシャレなだけの写真

 

40:ターフの名無しさん ID:7gXt44Al+

(正直匂わせどころかガッツリトレーナーとイチャついてるウマ娘って結構いるよね……)

 

41:ターフの名無しさん ID:zgGcfaN7a

(結婚秒読みみたいなペアはおるなぁ……何とかレインボウさんと桃沢さんみたいなね)

 

42:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

そうだよな アポロちゃんが匂わせ投稿なんてするわけないよな

ニキ達これはどう見る?

ダービー後のやつなんだけど

 

日本ダービー1着!!!!

皆様の応援のおかげです!!!!。゚(゚´ω`゚)゚。

応援ありがとうございました!!これからも頑張ります!!

 

https://imaguma.com/uaJpwzp

https://imaguma.com/Husmlh

 

 

43:ターフの名無しさん ID:X9NJ3oCdu

>>42 2枚目エグい尊いな初めて見た

 

44:ターフの名無しさん ID:s0bYFlmbs

>>42 改めて見ると、とみおめっちゃいいスーツ着てるな

アポロちゃんウェディングドレス風勝負服だからガチ新郎新婦に見える

 

45:ターフの名無しさん ID:3DirW2W2c

>>42 これはもう匂わせとかそういうレベルじゃないんよ

画面の向こうからプンプン匂ってくる

 

46:ターフの名無しさん ID:uzVBYW+V9

1枚目はスペちゃんとのツーショット

2枚目はとみおと泣きながら肩を寄せ合うアポロちゃん

これもう夫婦だろ

匂わせうんぬんすっとばして結論が出たわね。

グッバイイッチ

 

47:ターフの名無しさん ID:yW8HCFAQ8

2枚目の破壊力が高すぎる

 

48:ターフの名無しさん ID:sF1Bu4SEd

イッチ、これアポロ×とみおの夫婦で運営してるウマスタやで…w

 

49:ターフの名無しさん ID:qzREG/PEr

イッチ諦めろ。とみおとアポロちゃんはマジのガチなんや…

 

50:ターフの名無しさん ID:bCKhJ434S

これが匂わせってマ?

濃厚すぎてターフの匂いが伝わってきそうだわ

 

51:ターフの名無しさん ID:zSDMvSfeF

ダービーウマ娘になるのって一国の王になるより難しいとか何とか言うじゃん

というか俺たち麻痺してるけどG1どころか重賞勝つことすらめちゃめちゃ凄いことなんだから、テンション上がってこういうことするのは逆に下心なく本気で指導してきたことの証明であり自然なことなのではないか?

つまりこれは……匂わせではない!!()

 

52:ターフの名無しさん ID:P9la8W+vU

かしこい

 

53:ターフの名無しさん ID:eHanBcSLW

街で1番足が速くてもオープンウマ娘になれない子もいるらしいからなぁ

一理あるわ

 

54:ターフの名無しさん ID:R3kzaHbth

そもそもクソほど頑張って結果出してるトレーナーとウマ娘なんて、恋愛感情とかその辺の一言で言い表せるような関係性じゃないだろ。とみおとアポロはもう家族みたいなもんだと思うよ

つまり仮にイッチとアポロちゃんが出会えたとしても、付け入る隙はないというわけや

 

55:ターフの名無しさん ID:EG5gjOANj

匂わせ……匂わせではないな

もう隠す必要がないもんね

 

56:ターフの名無しさん ID:HgapUE354

イッチかわいそう

 

57:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

まぁ一生に一度のダービー直後の写真やしな

ワイの部活でも盛り上がった時はこういう写真を撮ることくらいはあったしこれは匂わせ投稿ではないよな

そうだよな、正しい距離感だよな

 

58:ターフの名無しさん ID:WAPXoy2ay

現実逃避し始めたイッチ

 

59:ターフの名無しさん ID:cZ2PSw5/6

イッチ、とみおとアポロちゃんは既にデキてるんよ

中継見てたら分かるけど、とみおの近くにいる時だけ耳ピンピンだし尻尾ブンブンだし、なんかめっちゃ距離近いし

それになイッチ、ワイらが見とるのはアポロちゃんとトレーナーさんの生活の「一片」やねん

つまり、その「一片」にすら隠しきれず溢れ出してしまうほど二人の仲は強固ってことや

君がどれだけ現実逃避しようと終わりなんよ

 

60:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

>>59 だまれ

 

61:ターフの名無しさん ID:8u3FM2yly

>>60 草

 

62:ターフの名無しさん ID:bOTq/VYVI

ワロタwwwww

 

63:ターフの名無しさん ID:X93uucuLM

wwww

 

64:ターフの名無しさん ID:DiIpdQZwW

よっわ

 

65:ターフの名無しさん ID:yU8vtXQUR

イッチ壊れちゃった

 

66:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

ダービー後の投稿も匂わせじゃないということでね

アポロちゃんはフリーということでね

次行くぞ

 

67:ターフの名無しさん ID:IJQODE4r8

wwwwwwww

 

68:ターフの名無しさん ID:dHUeb03N/

アハ!このオモチャ壊れちゃった?

 

69:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

7月の投稿、これも判定してくれ

 

スピカのみんな+マックイーンさんと夏合宿です!!

これは集合写真!॑⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝⋆*

 

https://imaguma.com/Vkmrcdc

 

 

70:ターフの名無しさん ID:RbQUspq51

う〜ん……匂わせじゃない!w

 

71:ターフの名無しさん ID:DwY4KB1cQ

集合写真なのに目がとみおを追ってますねぇ……

まぁ追ってるだけだしセーフやろ

 

72:ターフの名無しさん ID:skPq/aIp2zvjm

>>71 ダメ〜

 

73:ターフの名無しさん ID:+Kpx17kbW

夏合宿って言ったらもっとエグいのあっただろ

テイオーちゃんがうpしてたやつ

 

74:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

>>73 なにそれ

 

75:ターフの名無しさん ID:YJvrGp0vg

それ貼るわ

これまでとはダンチで脳破壊されるかもしれないけど、イッチごめんな

 

アポロちゃんの水着、スペちゃんとボクが中心になって選んだんだ〜

照れてるけどめちゃくちゃかわいー!

 

https://imaguma.com/leUxUp

 

 

76:ターフの名無しさん ID:JL3dtzD6b

>>75 あ〜あ

 

77:ターフの名無しさん ID:erfCZnlW5

>>75 尊すぎてスレ民がみんな死んじゃった写真じゃん

 

78:ターフの名無しさん ID:e6aBpzT51

すごく苦しい写真ですが……ウッ

 

79:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

なに

怖くて見れんのやけど

 

80:ターフの名無しさん ID:LT3EQUz1P

>>79 水着姿のアポロちゃんがグラサンかけたとみおの背中に隠れようとしてる写真だよ

 

81:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

>>80 うそつくなアホ

 

82:ターフの名無しさん ID:HPZ2IjSr+

往生際が悪すぎるwww

目を覚ませ

 

83:ターフの名無しさん ID:dDN/iuf7a

とみおと一緒にいる時のアポロちゃんは恋する乙女の顔なんだって

彼女がいないワイでもわかる、もう夢中なのよ

諦めろイッチ

 

84:ターフの名無しさん ID:hhgsDwC3W

イッチ見ないなら詳細に説明してやろうか?

砂浜上に立てられたパラソルの下でな、白のハイネックビキニと水色のパレオを着たアポロちゃんが顔真っ赤にしてとみおの背中に隠れとるんよ デカい耳ペッタンコやし尻尾は萎れとるしガチ照れや ほんでとみおは笑顔でピースしとる ほんとムカつくわこの野郎アポロちゃんを近くで眺めやがって

遠くの方でバーベキューするスピカのトレーナー達がおって、まさにリア充って感じの写真やな

 

85:ターフの名無しさん ID:Ke1/Rek27

84からただならぬ殺意を感じてワロタ

 

86:ターフの名無しさん ID:bUcjzmImG

おいイッチ!本当はエルコンドルパサーとプロレスしてるアポロレインボウの写真やぞ!リンク踏め!

 

87:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

リンク踏んで写真見たわ

もう誰も信じられない

 

88:ターフの名無しさん ID:rpeW4Ht/u

wwwww

 

89:ターフの名無しさん ID:rkFBhIIpr

むしろ何で今まで現実逃避してこれたんだよ

去年のホープフルステークスの中継から騒がれとったやん、とみおとアポロがデキてるって

 

90:ターフの名無しさん ID:vQItMex0F

確かに……ネット断ちしてたんかな?

ウマ娘掲示板民は全員アポロちゃんの恋愛事情知ってるくらいだから

 

91:ターフの名無しさん ID:zFnweAED8

イッチコールドスリーパー説

 

92:ターフの名無しさん ID:y6DKiPPdS

こんな可愛いダービーウマ娘と付き合いたい気持ちはとてもよく分かるし、とみおに嫉妬する気持ちも分からんでもない

でもな、ここまで周りに好意がバレバレだったら逆に応援したくなるもんなのよ

 

93:ターフの名無しさん ID:G6WX7SD00

もういい

ねる

 

94:ターフの名無しさん ID:E6qbXi3y4

wwwwww

 

95:ターフの名無しさん ID:BeBTN8wRY

おやすみイッチwwwww

 

96:ターフの名無しさん ID:RXj2p3X8H

あ〜あ

 

97:ターフの名無しさん ID:NY8qKVmLT

このオモチャ動かなくなっちゃった

 

98:ターフの名無しさん ID:kEtJ++xof

 

99:ターフの名無しさん ID:CQnVVnjTq

【?報】謎の存在イッチ、ふて寝する

 

100:ターフの名無しさん ID:Khxl4N4U1

とみおに恋する乙女だからダービー勝てたんだよなぁ…

 

101:ターフの名無しさん ID:w8m2f4+4u

とみお本気でムカつくわ

俺と変わってくれんかな

 

102:ターフの名無しさん ID:KbHWpqF6E

>>101 トレーナー職ってクソきついからやめとけ

ちな地方トレーナー

 

103:ターフの名無しさん ID:6Qx+ahazT

とみお、何やかんや顔は悪くないし身長そこそこ高いしハイスペックだからな

お似合いカップルよ

 

104:ターフの名無しさん ID:7+bK9YK89

むしろアポロレインボウがずるいわ

とみおと付き合わせろよ

 

105:ターフの名無しさん ID:ppk4V/Mu0

!?

 

106:ターフの名無しさん ID:pDV/M8EeP

分かる

とみお独り占めするのずるいよな

 

107:ターフの名無しさん ID:UVVMeAAVi

えぇ…

何だこのスレ怖いわ

 

108:ターフの名無しさん ID:ivMg0PtgQ

俺もクソ可愛いウマ娘になってとみおと恋愛して〜

 

109:ターフの名無しさん ID:n/2UWkrTV

イッチだけじゃなくてスレ民も壊れちゃった?

 

110:ターフの名無しさん ID:bi2gU9p0t

ところで本当にイッチは寝たみたいだな

音沙汰がない

 

111:ターフの名無しさん ID:5gfj+hh8x

もう9月だけど、アポロちゃん次のレース何にするの?

はよ知りたいしレース場のチケット取りたいんやけど

 

112:ターフの名無しさん ID:mJ4eyZku+

うーん

>>111

秋の始動は不明やね

 

113:ターフの名無しさん ID:kZzEcX5fD

9月中のステップレースには出ないのかな?

 

114:ターフの名無しさん ID:Sddwe080F

出るんだったら発表あるから、出ないんじゃないかなぁ

それはそれとして、陣営は何か隠してるよね

 

115:ターフの名無しさん ID:m2RbF9MrE

えっ!?

秋華賞→天皇賞・秋→エリザベス女王杯→ジャパンカップ→香港カップ→有マ記念のローテーションを!?

 

116:ターフの名無しさん ID:kUJKaVRHY

>>115 できらぁ!

 

117:ターフの名無しさん ID:5vgtBVK0X

>>116 できねぇよ

 

118:ターフの名無しさん ID:DPxNQa5JG

秋華賞→天皇賞・秋(中1週)

天皇賞・秋→エリ女(中1週)

エリ女→JC(中1週)

JC→香港C(中1週)

香港C→有マ記念(中1週)

アポロちゃんが死ぬぅ!

 

119:ターフの名無しさん ID:Uxc3eFT6H

ゲームみたいな中1週連打はNG

 

120:ターフの名無しさん ID:hIxCtUGxc

割と秋華賞→秋天orエリ女は濃厚よね

 

121:ターフの名無しさん ID:o5TwJena6

逆に菊花賞でしょ

 

122:ターフの名無しさん ID:CMK+r8JWx

菊花賞だけは無いわ

メジロマックイーンとかライスシャワーでさえマイルの距離走ってるんやぞ

柔軟性がないから2000〜2400メートル前後のレースにしか出れんのや

 

123:ターフの名無しさん ID:vaUJ4UILH

それはそれとしてクラシック戦線には皆勤してほしいって話なんちゃう?

 

124:ターフの名無しさん ID:gReeHM3hY

距離適性が分かってるからあんだけ出るレースを絞ってるんじゃないの?やっぱりクラシック級限定戦の秋華賞がワンチャンかなぁ

 

125:ターフの名無しさん ID:pxLGbqi3M

JBCクラシックに出よう、アポロ!

 

126:ターフの名無しさん ID:bkFl8Mvut

ダート適性とか1番ないだろww

 

127:ターフの名無しさん ID:MTOO28zsv

いや、凱旋門に行こう

重バ場得意そうだし全然勝てる

 

128:ターフの名無しさん ID:26Xls/elU

デイラミ、スウェイン、レッジェーラ、タイガーヒル辺りがおるから無理や……

 

129:ターフの名無しさん ID:bPXbehyum

じゃあどこに行くんだよ……オーストラリアにでも行くか?それともアメリカのブリーダーズカップ?

早く陣営は次走を発表してくれよ……

 

130:ターフの名無しさん ID:JwIcz4kbb

とみおさぁ……

 

131:ターフの名無しさん ID:5HRSpNi80

ウマスタでも全く次走を匂わせないしな

とみおとのイチャラブは匂わせるのに

 

132:ターフの名無しさん ID:qiqY68Bj3

>>131 草

 

133:ターフの名無しさん ID:+gFlZ3h3d

もしかして怪我したから次走が決まらないとか、そんな感じかも

 

134:ターフの名無しさん ID:JTyrhSWkT

あー怪我か

その線は無かった

 

135:ターフの名無しさん ID:RRoyebhr0

なるほどね

 

136:ターフの名無しさん ID:k+Tqdwh8g

まぁ、10月になったらさすがに分かるさ

 

137:ターフの名無しさん ID:cU/UNrzEq

それまで何を楽しみに生きてればええんや……

 

138:ターフの名無しさん ID:vRoIuzuXH

トライアルレースとか海外レース見て新しい推し作っとけ

ちなみにワイの新しい推しは超長距離レースで活躍中のカイフタラちゃんとエンゼリーちゃん!ダブルトリガーちゃんもすこなんだ…w

 



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57話:キキセマル

 夏合宿を始めとしたトレーニング漬けだった8月が終わり、9月になった。学校の授業が再開し、合宿から帰ってきた多くのクラスメイト達の肌は黒々と焼け上がっていた。夏の間会えなかった友達と交わす会話といったら、やれ肘を曲げるとめっちゃ肌が黒く見えるだとか、夏の間にどんなトレーニングをしていただとか、実家に帰って家族と久々に会ってきたとか、そんな感じだ。

 

 そのような近況報告が終わって話題に上がってくるのは、タイキシャトルやシーキングザパールの海外レースだ。凄かったよね、かっこよかったよね、私達もいつか海外で戦いたいなぁ――なんて語らいながら夢うつつになって。長期休暇の気分が抜けきらないまま、絶妙に集中できない授業が始まるのだった。

 

 先生達も生徒が集中できない精神状態にあると分かっているのか、授業を早々と切り上げたりガイダンス的な内容にしたりして、9月最初の1週間は比較的楽な授業となった。

 

 その暇な期間と夏休み後半を利用して、私は空いた時間に英語やフランス語などの外国語の勉強を始めていた。超長距離レース――特に4000メートルG1であるゴールドカップとカドラン賞――の開催される国がイギリスとフランスだからである。今からやっておいて損はないだろうしね。

 

 英語は一応大学レベルまで修めていたので、問題となったのはフランス語である。ある程度なら聞き取りはできるようになったが、果たして現地の生きた言語を聞き取れるかどうかが些か不安だった。当然、海外遠征ができるくらいの実績を積むのが先決なのだけど。

 

 こうしてぬるりと始まった秋のクラシック戦線。ティアラ路線はG3紫苑ステークスから、クラシック路線はG2朝日杯セントライト記念からの始動である。

 

 私は「菊花賞→ステイヤーズステークス→有記念」というローテーションを、グリ子は「セントウルステークス→スプリンターズステークス→マイルチャンピオンシップ」のローテーションを予定している。

 

 菊花賞に出るであろうウマ娘――スペシャルウィークは「神戸新聞杯→菊花賞」、キングヘイローは「セントライト記念→菊花賞」、セイウンスカイは何とシニア級との混合レース「京都大賞典」を経て菊花賞にやってくるローテーションを選んだ。それぞれが別のステップレースを選択したため、本格的に激闘するのは菊花賞本番にずれ込んだ形になる。

 

 菊花賞は「俺」が混じる前のアポロレインボウが目標にしていたレースだ。今なお心の底に疼く最強ステイヤーの夢を叶えるため、絶対に負けられない戦いになる。

 

 そうして菊花賞に向けてトレーニングをしていた時のこと。絶好調をキープしていた私に、トレーナーが3000メートルのタイムを計測してみようという話を持ちかけてきた。

 

「――というわけだ。どうかなアポロ」

「うん、いいよ。もう菊花賞まで時間がないもんね」

 

 辺りには誰もいない、真っ暗闇の門限1時間前。ナイター照明だけがトラックコースを照らしており、冷たい風が吹いている。しかして、室内トレーニング場で温められた身体はその冷たさを心地よく感じていた。

 

 コース上に足を踏み入れると、しっとりと湿った芝の具合が確かめられた。場状態は稍重と言ったところか。トレーニングシューズの感覚をチェックしつつ、爪先でターフを弾く。小さな衝撃に呼応するようにふくらはぎの筋肉が揺れ、柔らかで靱やかな筋肉が育っているのだと実感できた。

 

 夏合宿が終わってもトレーニングによる身体の成長は止まらなかった。ただ、成長のしやすさに関係があるのか、大きく伸びたのはスタミナに限られていたが――集中的なスタミナトレーニングの結果、スタミナ量は同世代の平均を圧倒的に凌駕した。度重なるプールトレーニングによって肺活量も爆増し、もはやマラソン選手になった方がいいんじゃないかと思えるまでになっている。

 

 無論、これからの主戦場は長距離や超長距離。走る距離が伸びるのだから、未知の事柄も増えるだろう。そこに対する恐れはもちろんあったけど、どちらかと言えばワクワクの方が多くを占めていた。中距離を走る際に感じていた、どことない閉塞感というか窮屈感――恐らく距離適性の低さによるもの――これを気にせず走れると思うだけで嬉しくなってくる。

 

 軽い準備運動が終わると、早速スタート位置に立って頷いた。門限まで時間がないし、もし誰かに3000メートルを走っているのがバレると厄介だ。さっさと走ってさっさと終わらせるべきなのである。とみおはその合図を確認すると、大きく息を吸い込んだ。

 

「それじゃあ行くぞ。位置について、用意――」

 

 ドン、と叫ばれると同時、ストップウォッチの電子音が小さく響く。露を含んだ芝を蹴りつけてスタートした私は、ライバル達の幻影とレースを始めた。ナイターでのレースなんて地方やドバイでしか有り得ないし、ライバル達に予想だにしないレベルで実力差をつけられているかもしれないから、無駄な予行練習かもしれないけど。

 

 夜風を切り裂いて、私と3人の幻影がレースを始める。芦毛のトリックスター・セイウンスカイ、世代屈指の末脚を持つ不屈の王・キングヘイロー、圧倒的なスケールを持つダービーウマ娘・スペシャルウィークが確かな圧力を持って私を追随してくる。

 

 セイウンスカイの幻影が私に競りかけてくるが、やがて諦めたように2番手につく。3000メートルの道のりは長いのだ。彼女のスタミナが持つのは精々3200〜3400メートルなものだろう。4000メートル分のスタミナをフルに使って狂走し続ける私と争うのは得策ではない。

 

 たとえ幻影だろうとスタミナは無限でないから、その辺は分かっているのだろう。黒い霧に覆われたセイウンスカイは彼女自身のペースを刻み始めた。

 

 3000メートル――3キロメートルって言った方が長く感じるかもしれないけど――とにかくこの距離は半端じゃない。短距離が過酷じゃないと言いたいわけじゃないが、距離が長ければ長いほど全力疾走の時間も増える。競り合う時間も精神を磨り減らす時間も増える。かつてロング・ディスタンスのレースが重んじられ、長距離レースを制することが最強ウマ娘の証とされたのはそのような理由がある。

 

 私が――アポロレインボウが憧れた理由もそこにある。激しくて、厳しくて、孤独で、生物の限界に迫るような長距離の消耗戦。それを制するウマ娘のカッコ良さと言ったらない。極限の戦いの中に見出せる生命のエネルギー、躍動感、そして感動。私もレースを観戦するファンのみんなに、そんな感情を与えられるようなウマ娘になりたいのだ。

 

 第1コーナーを回って、セイウンスカイとの差は3身。しかしタイム計測レースはまだまだ序盤も序盤。未だに400メートルすら走っていない。残り2600メートル、日本ダービーの距離プラス200メートルも走らなければいけない。――あぁ、やっぱり長距離って最高だ。頭がおかしくなりそうなくらい。

 

 全力疾走し、限界の速度まで身体を躍動させる。スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイと差をどんどん広げていく。成長した肉体が破滅的なタイムを刻む。幻影ですら追いつかない、照明に照らされて伸びる影さえ踏ませない。

 

 1000メートルを通過して、経過は順調。タイムは早め。心臓が早鐘のように肋骨を打ち叩いている。ぴりぴりするように喉が痛んできて、酸素が少しずつ足りなくなってきた。心地よい疲れが纏わりついてきて、さながら持久走の序盤を走っているかのよう。

 

 1600メートルを通過したところで、後方にいたセイウンスカイの幻影が仕掛けてきた。彼女にありがちなペース乱し。ハイペースになって私の横に並びかけたかと思えば、急激にスローダウンして2番手に控える動きで私を錯乱してくる。幻影にしては中々の再現度ではないか。

 

 しかし、常に全力疾走をしていればペースが乱れることはない。私の逃げは決して息を入れず、一切ペースを緩めない爆逃げなのだ。長距離では決して己のペースを見誤らない。彼女のトリックが発動するのは私が苦手とする中距離まで。解像度高めなセイウンスカイの幻は、私の無反応を見て諦めたように体力温存に努め始めた。

 

 そして、()()()()()()()が私の爆逃げの狙いだったりする。長距離を走る(劣化版)サイレンススズカがいたらどうするか。ずっとソイツのペースで好き勝手にレースを作られて、あまつさえ逃げ切ってしまうウマ娘がいたらどうなるか。答えは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 競走馬サイレンススズカが特別視されていたのは、その高速逃げが難攻不落だったからだ。常にスパート同然の速度でぶっちぎって、終盤に追い込んでくる後続と同等のスピードで()()――机上の空論じみた走りを熟されたら、後ろのウマ娘はどうしようもない。バ群をコントロールする逃げではなく、ただ己を貫き通す逃げ――賢さの低い私が目指すべきはそういう逃げなのだ。

 

 2400メートルを通過して、残り600メートル。もうじき最後のコーナーが見えてくる。そろそろスペシャルウィーク達がロングスパートをかけ始める頃合だ。夜の引き締まった空気がざわめいて、私の背後から3つの威圧感が迫ってくる。

 

 だが、これまでの2400メートルで開いた差は限りなく遠い。逃げのセイウンスカイはともかく、差しの2人には大差がついている。()()()()()()()()()()()()()勝敗は決したと言っていい。残ったスタミナも600メートルを走り切るには十分すぎる。

 

 最終コーナーを走り抜けて、トレーナーの待つ最終直線を走る。タイムは2分後半といったところ。幻影達がギアを上げてラストスパートの速度に達するが、私の身体も最高速で躍動し始める。

 

 位置取りを押し上げてくる3人に対し、末脚を発揮することによってその距離を縮めさせない。開いた9身以上の差はビタリとも変わらない。これまでの鬱憤を晴らすような走りで3つの幻影に大差をつけ、私はゴール地点を駆け抜けた。

 

 ゆっくりと速度を落とし、ほとんど早歩きのようになりながらトレーナーが待つ場所へとUターンする。息は上がっていたが、プラスで1000メートルくらいなら全力疾走しても問題にならない程度だった。フィジカル面の成長を実感しながらトレーナーに向かって叫ぶ。

 

「タイムは!?」

 

 間違いなく渾身のタイムが出た。私は嬉々としてトレーナーの元に駆け寄る。しかし、彼の反応は想像と違ったものだった。

 

「アポロ、すぐに靴下を脱いで足を見せてくれないか」

「え……え? 何で?」

「いいから」

 

 とみおの顔面は蒼白だった。足の臭いが気になるとかそんな躊躇いが生まれないくらいには真剣な表情である。何が起きたんだろうか。特に怪我はしてないと思うんだけど。疑問に思いながら、私はお尻を地面に付けて靴を脱ぎ始めた。そんな最中、とみおが口をほとんど開かずに呟く。

 

「……タイムが3()()()()()()だった」

「えっ」

「非公式だが世界レコードだ。完璧じゃない今この状態でこのタイム……だからこそ――」

 

 靴下を脱ぎ終わると、ガラスでも扱うかのような優しい手つきでトレーナーが私の足に触れてきた。ふくらはぎの辺りを持ち、足裏をゆっくりと動かして痛みがないかを逐一確認してくる。痛みも違和感も全然なかったので、私だけが置いてきぼりを食らっているような感覚だった。

 

「ね、ほんとにどうしたの? 良いタイムが出たんだから、褒めて欲しかったところなんだけど」

「…………」

 

 とみおは溜め息を吐くと、どうしたものかとボヤいて顔色を曇らせていく。……あまりにも変な反応だ。担当ウマ娘が超絶レコードを叩き出して喜ばないトレーナーがいるなんて。何か隠し事があるに違いない。でなければ、彼が私の成長に喜ばないはずがないのだ。隠し事はやめてほしいなと私が念押ししてみると、とみおは観念したように理由を話し始めてくれた。

 

「――ということなんだ。隠しててごめん」

「……そう、だったんだ」

 

 ――向上していくフィジカル、長距離に適応した肉体。膨大な出力でもって爆逃げを行えば、脚や心肺機能が未知の領域に耐え切れず……その結果として生命に関わるレベルの致命的な怪我をしてしまうかもしれない……と。

 

 私は愕然とした。距離適性が合致することによって出てくる影響もあるのか。確かに思いっ切り走れることで怪我のリスクは高まってしまうかもしれないけど、まさか命の危険があるレベルの怪我だなんて……にわかにも信じ難い。

 

 しかし、私はレース中に事故が起きないわけではないことを思い出して、口を噤んだ。……そうか。レース中の事故は体調不良や脚部不安のみが原因となって起きるわけではないのだ。肉体の限界を超えるような走りをすることで起きる事故だって、きっと無いわけじゃない。

 

 ……とみおが危惧しているのが後者というわけか。唯一無二とも言える超長距離適性と、始めから終わりまで肉体を酷使する爆逃げが仇となって、私は危険に曝されているわけだ。

 

「夏合宿の間、沖野さんや天海さんと沢山話し合ったんだ。これまでの怪我の事例、ウマ娘のケア方法、色んな知識を教えてもらった。どうやらサイレンススズカも同じ状況にあるらしくて、沖野さんも悩んでいたよ」

「スズカさんも……」

 

 アグネスタキオンがとみおに言ったらしい「ウマ娘の未知」は、速度の果てにあるのだろうか。詳しくはよく分からないけど、どんな危険があろうと私には菊花賞を譲れない理由がある。最強ステイヤーの夢だ。恐らくサイレンススズカにも譲れない景色があるだろう。私を含めたウマ娘が怪我のリスクを知らないわけがない。ターフの上で生きる以上、そこら辺の危険は織り込み済みなのだ。

 

 そして、とみおが私にこの事を言い出せなかった理由も分かる。私や彼自身のステイヤーに対する憧れがあまりにも大きくて、今更引くに引けなかったというのもあるからだ。アグネスタキオンが示した脅威など、私達が認知している怪我のリスクの一種に過ぎない。 そんなリスクを示されたからといって、今まで膨らませてきた夢を諦めるわけにもいかないし。

 

 ただ、気持ちも身体も本番とは比べ物にならないくらい未熟な今の私が3000メートルの世界レコードを記録したことで、とみおの考えは変わった。このまま菊花賞本番に向けて身体を仕上げていったら、肉体の限界を超えた走りが私の身体を壊してしまうかもしれない――その畏怖が現実味を帯びてしまったのだ。

 

 触診が終わって一息ついたとみおは、改めて私の顔を見てくる。

 

「……アポロの走りを見て、アグネスタキオンが言っていた言葉の意味が再確認できた。君のトレーナーとして、このまま突き進んでいいのか止まるべきかの判断がつかなくなってきてる」

「…………」

「普通、レース前ほどの準備をしてないタイム計測でこんなタイムは出ないんだ。最近はレースの高速化が進んでると専らの声があるけど――それにしたって異常だよ。アポロがレースの時みたいに鬼気迫る全力疾走しているようには見えなかったし……」

 

 3000メートルのタイム計測は、「ならちょっと計測してみますか」という軽いノリで行われた。もちろん本気で走ったけど、3:00.0などという世界レコードを出すつもりで走ったわけではない。夏合宿を含めたトレーニングによる成長が、まさか大きな足枷となって襲ってくるとは。

 

「もちろんアポロが菊花賞でぶっちぎる姿は見たいよ。でもそれ以上に、アポロが怪我をするところなんて死んでも見たくないんだ。勝利はかけがえのないものだけど、君の無事はもっと大切なんだよ」

「……でも、今の走りで怪我をしたわけじゃないし。心配なのは分かるけど、案外本番も無事に走り切っちゃうかもしれないよ?」

「……あぁ。そういう期待もあるんだ。……でも……いや……くそ。本当にどうしたらいいか分からないんだ……」

 

 苦悩に満ち、歪むトレーナーの顔。夢の成就へ背中を押したいファンとしての憧れと期待、保護者として対象の身を案ずる感情――これらがごちゃ混ぜになって彼を板挟みにしている。

 

 彼からの答えは期待できないな、と思った。若駒ステークスによるトラウマがあるのかもしれない。あの時はスパルタトレーニングの疲労によって発生したものだったから対策も立てられたけど、今は状況がちょっと特殊だ。

 

 言わばオーバースペックによる自滅、成長すればするほど高まっていくリスクと私は戦わなけばならない。相手に勝つためには成長し続けなければならないというのに、トレーニングすればするほど破滅が濃厚になると来る。憎らしいほど、どうしようもない問題ではないか。

 

 私は唇をぎゅっと噛み締めた。とみおは私が「それでも挑戦したい」と言えば首を縦に振るだろう。「怖いからやめたい」と言っても納得するだろう。私の運命は私が決めるしかない。私が選択するのだ。リスクを承知で全力疾走するか、それとも菊花賞を諦めるか。

 

 破滅か、夢を諦めるか。

 

 焼き切れそうな思考の中、瞼の裏に映った憧憬は消えない。カッコよくて、眩しくて、逞しいステイヤー達。リスクなど知るか――そう一蹴して、夢への憧れに身を任せたい。しかし、若駒ステークスの後で涙していたトレーナーの顔と声が忘れられなかった。大切な人が流す涙。それを見る無力な私。はらわたが冷え切るような、心臓が氷漬けにされるようなあの感覚は二度と味わいたいものではない。

 

 そんな私の脳裏に、一筋の閃光が迸る。それは他愛のないトレーナーとの会話で。――確か3月に話したような、「桜の開花」についての話だった。

 

 ――アポロ。桜と言うのはね、寒くならないと芽吹くのが遅くなるんだよ。

 

 ――不思議だよね。厳しい寒さに曝されないと、目覚めが遅くなっちゃうだなんてさ。

 

 本当に何でもない、日常の会話だ。なぜ今このタイミングで思い出したのだろう。無意識が指し示した言葉の意図は分からないけど、多分魂が大事なことだと導いてくれた言葉なのだ。

 

 日本ダービーでは同着だった。菊花賞という長距離の舞台はきっと、派手に勝つか派手に負けるかの2択になる。失敗しなければ間違いなく1着を取れる自信があるのだ。つまり、ド派手に咲き誇るか、芯まで枯れるかのふたつにひとつ。

 

 ――今だ。私という桜が今度こそ咲き誇れるのは、この長距離の舞台しかありえない。これまでの私が、どれだけ苦しんできたと思っているのだ。逆にここで咲かないとおかしいくらい苦しんできた。この恐怖に似た寒さを前にしてあえて突き進むという選択肢を取ることで――私は満開に咲き誇れるはずなのだ。

 

 私は迷いに暮れるとみおの顔を覗き込んで、強く宣言する。

 

「トレーナー。私、それでも前に進むよ」

「……!」

「一緒に菊花賞に向けて戦おう、とみお。私は夢を絶対に諦めないし、どれだけ厳しい壁が立ち塞がってもぶっ壊すウマ娘だから」

「アポロ……」

「距離適性の壁も一緒にぶち壊してきたじゃん。タキオンさんが言う未知の領域もさ、一緒に乗り越えようよ。……二人で一緒なら、きっと出来るって」

「……そう、だな。アポロはそういうウマ娘だったな」

 

 とみおはゆっくりと立ち上がると、私の手を取って引き上げる。

 双眸を突き合わせて確認するように、鼓舞するように私達は言葉を交わす。

 

「一緒に行こう、アポロ。俺は君を信じる。菊花賞、絶対に勝つぞ」

「……うんっ!」

 

 こうして菊花賞に向けて改めて決意を固めた私達は、爽やかな夜風が吹く中で解散した。

 

 時は9月中旬。菊花賞トライアルレースがいよいよ始まる。





【挿絵表示】

Tiruoka0088 様に素晴らしい絵を頂きました。56話の水着アポロレインボウの絵です。該当話にも掲載させていただきました。


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58話:菊花賞トライアル

 菊花賞のトライアルレースは2つある。G2・セントライト記念とG2・神戸新聞杯。中央トレセン・地方トレセンを問わず、これらのトライアルレースで3着以内になれば、そのウマ娘は菊花賞への優先出走権を与えられる。

 

 なお、桜花賞・皐月賞・オークス・日本ダービーで1着になったウマ娘にも優先出走が認められている。そのため、菊花賞に出ようと思えば桜花賞ウマ娘のグリ子や、オークス(とジャパンダートダービー)を勝ったハッピーミークも出走可能だ。彼女達は短距離路線だったりティアラ路線を中心に走っているから、多分来ないんだろうけど……長距離もバッチリ走れるハッピーミークは一応警戒対象である。本当に一応程度だけどね。

 

 話を戻すと、菊花賞のトライアルレースには優先出走権を狙って夏の上がりウマ娘が多く出走してくる傾向にある。ここで言う夏の上がりウマ娘とは、夏季開催のレースで力をつけて下級条件レースからオープンクラスに勝ち上がってきたウマ娘のことだ。

 

 ある時期まで凡走を繰り返していても、突然変異の如く別人同然に変貌。今までが嘘のような好走を見せ、連戦連勝を飾ってスターダムをのし上がるウマ娘は意外と少なくない。

 

 夏の上がりウマ娘とされるウマ娘は3人。ジョイナス、ホットコマンドー、そしてリトルフラワー。以下、本人のウマスタや月刊トゥインクルから得た情報である。

 

 ジョイナスは6月末までに芝とダートで7戦0勝。地方移籍やトレセン学園退学も考えていたそうだが、7月2週の2600メートル未勝利戦で突如覚醒。その勝利を皮切りに、条件戦の阿寒湖特別(2600メートル)、オープン戦の丹頂ステークス(2600メートル)を勝って3連勝。長距離での潜在能力をアピールすると同時に次走を神戸新聞杯に据え、菊花賞への自信を窺わせている。

 

 ホットコマンドーは8戦0勝で挑んだ7月1週の2000メートル未勝利戦に勝利すると、7月3週の条件戦・伊達特別(2000メートル)、8月2週の条件戦・信濃川特別(2000メートル)、8月4週のG3・小倉記念(2000メートル)をタイトなスケジュールながら連勝。一気に秋の最有力候補となった。彼女は2000メートルを得意とするため、菊花賞こそ出走しないが秋の天皇賞に向けて準備しているらしい。次走は2200メートルG2・オールカマー。

 

 リトルフラワーはジュニア級を4戦2勝で終え、いよいよこれからという時期にトレーニング中の事故により骨折。春のクラシック戦線を棒に振った。夏の復帰戦として挑戦した2勝クラス木曽川特別(2000メートル)で勝利を上げると、オープン戦・巴賞(1800メートル)で2着後、オープン戦・関越ステークス(1800メートル)で快勝。G2・札幌記念はエアグルーヴの2着と後塵を喫することになったが、シニア級にも劣らない実力を示した。「怪我が完全に癒えた。距離延長も視野に」という陣営の言葉通り、彼女は次走にG2・セントライト記念に決めた。本命は菊花賞というわけだ。

 

 春のクラシック戦線で何度も戦ったディスティネイトも菊花賞を予定しているらしい。とみお曰く、夏の間は条件クラスで修行を積み、敗走と勝利を繰り返した後に大きく成長したとか。そんな彼女は神戸新聞杯に参戦するという。

 

 三者三様、十人十色の経歴を辿りつつ、9月中旬の朝日杯セントライト記念が始まる。有力な出走ウマ娘は夏の上がりウマ娘・リトルフラワーとキングヘイローの2人、出走人数はフルゲートの18人。

 

 テレビの前に陣取った私ととみおは、18人分の資料を両手に持って観戦を始めた。リトルフラワーとキングヘイロー……2人の単純なスペックを比較するならキングヘイローに分がある。しかしその時の瞬間最大風速というか、身にまとっている「勢い」というのはバカにできないものだ。

 

 実力や勢い、枠運を考慮した上で五分五分と言ったところだろう――とみおはそう言った。

 

「キングちゃんは菊花賞に出るんだねぇ」

「ん……どういうことだ?」

「いやさ、キングちゃんは中距離以下の方がいいと思うんだよね」

「まぁ……そうかもね。しかしどこでも走れる才能を持ってるんだから、勝つにせよ負けるによせよ……彼女の走りたいところを走るのがいいんじゃないかな」

 

 とみおが寝る間も惜しんでまとめ上げた紙の束を捲りながら、私達はパドックでのウマ娘の動きを注視する。

 

『1枠2番キングヘイロー、1番人気です』

『仕上がりはそこそこと言ったところでしょうか。しばらく勝利から遠ざかっている彼女ですが、ここで復活の勝利を上げたいですね』

 

 パドック上にいるキングヘイローが髪の毛を掻き上げている。いつ見ても綺麗な顔だなぁと思ったけど、普段見るキングちゃんと比べるとどこか表情は晴れない。形の整った眉毛がハの字になっていて、G1の時に見せてくれるような覇気が見当たらないのだ。ピークを1ヶ月後の菊花賞に持っていくために、今は調子が低くてもいいという彼女のトレーナーの方針なのだろう。

 

『7枠15番リトルフラワー、2番人気です』

『前走はエアグルーヴの2着という結果に終わりましたが、クラシック世代においてその実力は確かです。この勢いのまま勝利をもぎ取ることができるでしょうか』

 

 メガネをかけた栗毛のウマ娘が、人当たりの良い笑顔を浮かべながら手を振っている。彼女がリトルフラワー……ノリにノッているイケイケウマ娘。私は彼女のデータを眺めながら、モニターから聞こえてくる実況解説の声を聞いていた。

 

 ――リトルフラワー。身長167センチ、体重◾︎◾︎キログラム。B85、W60、H87――何でこんなことまで知る必要があるのか後で問い詰めよう――芝適性有り、ダート適性は無し。距離適性は1800〜3200メートル(暫定)。作戦は差し、スピードとパワーが世代トップクラスなどなど――つよつよステータスが目白押しだ。

 

 パドックが終わると画面が切り替わり、ターフの上に次々とウマ娘が送り出される。元気いっぱいなリトルフラワーが観客に笑顔を送っている。観客にアピールできるくらいには自信たっぷりといった風体だ。前年の年度代表ウマ娘・エアグルーヴとの対戦が彼女に自信を与えたというわけか。

 まぁ、強者との激闘はそのウマ娘に自信を与えてくれるものだ。私が初めてキングちゃんとスペちゃんと戦った時だって、結果こそ敗北だったけれど「頑張ればこの子達とも戦えるんだ!」って自信に繋がったもんね。

 

「とみおは誰が勝つと思う?」

「キングヘイローかリトルフラワー」

「2人挙げるのはずるじゃん!」

「同着かもしれないだろ」

「まぁ、実際分かんないからしょうがないけどね。はぁ、ドキドキするなぁ」

「もし未来視ができたとして、レースの結果とか未来の自分が分かっちゃったら……アポロは嬉しい?」

「え〜、私は嫌だな。つまんないよ」

「だよなぁ」

「未来のことが誰にも予想がつかないから、みんな死ぬ気で頑張ってるんでしょ。みんなサボり癖になっちゃうよ」

「いいこと言うね」

「でしょ」

 

 朝日杯セントライト記念は2200メートル。正直なところ、菊花賞が3000メートルなんだから2800メートルくらいのトライアルレースがあってもいいのに……なんて思わないでもない。まぁ私にはその辺の事情は分かんないけどね。

 

 資料からモニターに視線を移すと、丁度演奏隊が映し出されてファンファーレが鳴り響く。音楽が鳴り止むと、18人のウマ娘がゲートに収まっていく。天候は晴れの良場。絶好のコンディションの下、いよいよ全てのウマ娘のゲートインが完了した。

 

 一瞬の静寂。ゲート内にいるウマ娘が、ぐっと力を溜めるように身体を沈める。スタートは絶対に失敗できないため、ウマ娘達はとてつもなく緊張するものだ。位置取りの有利不利はおろか、下手をすれば勝敗に直結するものだからね。

 

 私が生唾を飲み込むと同時、乾いたゲート開放音が鳴り響いた。レースがスタートし、各ウマ娘が中山レース場を駆け抜けていく。歓声やウマ娘の足音が鳴り響いて、一気にモニター内が騒がしくなった。

 

 さて、レース序盤は逃げウマ娘のランツクネヒトが引っ張る展開。若干のスローペースによって群はぐっと密集し、先行勢(せんこうぜい)後方と差し(ぜい)前方は完全に囲まれている。差し勢前方・しかも内枠気味に位置しているキングヘイローは苛立った様子だ。内枠スタートも影響したか。対するリトルフラワーは外枠スタートのためか、余裕を持って周囲を俯瞰している。

 

「これは……」

 

 とみおが顎に手を当てながら呟く。彼はそれ以上の言葉を紡ぐことはなかったが、その先は何となく予想できる。『あれだけ囲まれたらキングヘイローは勝てないかも』――とかそんなセリフだろう。実際、マークを受けている上にスタートで手間取ったキングちゃんはガッツリ囲まれている。それ故か、画面の向こうから感じるキングちゃんの苛立ちは並大抵のものではなかった。

 

 何故だろう、()()()()()()()()()()()。多少の気性難のために群が嫌いな彼女とはいえ、中継映像に映るキングヘイローの苛立ちは常軌を逸していた。スタートに少し失敗したから? 想像以上の包囲網によって好位置を確保できなかったから? ……いや違う。彼女を囲むウマ娘に対しての怒りと言うよりは、まるで己自身に憤っているよう。

 

 現場に居合わせているわけではないのに、彼女の煮え滾るような想いが流れ込んでくる。ホープフルステークスを勝利してから弥生賞、皐月賞、日本ダービーと敗北が続いていて。ベストな走りができないもどかしさ、信じてくれるトレーナーに申し訳が立たないという焦りに似た気持ちが私の胸を焦がした。

 

『最終コーナー回っていよいよ最後の直線だ! 先頭はまだランツクネヒトが粘っている! おっとここでリトルフラワーが大外から一気に仕掛けてきた! 各ウマ娘、どんどん位置取りを上げていきます!!』

『スローペース展開の上、最終直線の短い中山レース場です。前につけたウマ娘が有利になりますよ』

 

 ウマ娘同士の隙間はギッチリ詰まっており、キングヘイローの前が開く気配はない。右に行けば内ラチが、左に行けばウマ娘が、前には先行ウマ娘の壁がある。一旦後ろに下がって大外に持ち出す暇もない。キングちゃんは首を大きく振って周囲の状況を確認しているが、その手詰まり感に大きく歯を食いしばっていた。

 

 そんなキングちゃんを横目に、リトルフラワーが猛ダッシュで他のウマ娘を抜き去っていく。コースの外は比較的進路が空いている。長距離までを走れるスタミナを武器に、リトルフラワーは大外をぶん回す。

 

 リトルフラワーが一瞬キングヘイローに目線を送ったかと思えば、コーナー旋回による遠心力で大きく外に膨らみながらラストスパートしていった。残り310メートルしかない。キングヘイローはまだ群の中だ。

 

『最終直線に入ってランクツネヒト粘る粘る! リトルフラワーが末脚を爆発させている! これは2人の争いになるか!? 1番人気のキングヘイローは来ないのか!? はるか後方で必死にもがいている!!』

 

 逃げウマ娘のランクツネヒトが大きく抜け出し、それを大外から捉えようと速度を上げるリトルフラワー。大きく離れた2人の距離を考えると、ランクツネヒトは勝負根性を使うことができないだろう。それ込みでリトルフラワーは大外から先頭を狙うつもりか。

 

 残り200メートルを切って、先頭はランクツネヒト。半身ほど離れてリトルフラワー。更に2身離れて集団が追い上げてきている。群に呑まれてキングヘイローの姿は見えない。内枠のごちゃつきに巻き込まれてしまったのだろうか。でも、あのキングちゃんがここで潰えるようなウマ娘ではないと私達はよく知っている。

 

『残り200メートルの標識を通過して、ランクツネヒト捕まった! リトルフラワーが大外から一気に抜き去った!! これは決まったか!!』

 

 実況が叫び、独走態勢に入ったリトルフラワーの顔が一瞬緩む。残り200メートルで、後続との差が2身。しかも、2番手は力尽きた逃げウマ娘。3番手は更に後方だ。多くの観客が「決まった」と確信した。だがその瞬間――群を切り裂くひとつの影が一瞬だけカメラに映った。

 

 ――キングヘイローだ。

 

『えっ!? キングヘイロー、キングヘイローが内ラチスレスレを通ってすっ飛んできたぞ!! 何という根性、何という勝利への執念だ!! リトルフラワーとの差を3――2身に縮めてきた!!』

 

 内ラチにその身体をぶつけながら、前方に立ち塞がっていたウマ娘の壁をこじ開けて侵攻するキングヘイロー。内ラチに絡んだ大事故一歩手前の暴挙だ。高速で走る中、内柵にぶつかる恐怖があったはずだ。内柵が壊れやすく柔らかめの設計をされているとはいえ、転倒は免れないだろう。それでもキングヘイローは大内コース突破を強行し、貪欲に勝利を狙っている。

 

『キングヘイロー頑張る!! リトルフラワー粘る!! しかし――キングヘイローの勢いは衰えない!! 残り150メートルを切った!! キングか! リトルか! まだ分からない!!』

 

 キングヘイローの体操服や白いゼッケンは酷く汚れていた。集団に揉まれる中でどこかを打ち付けたのか、それとも唇を噛み締めていたせいか――口の端からは深紅の血が垂れている。画面を隔てても伝わってくる闘志。口を大きく開いて咆哮し、懸命に腕を振ってリトルフラワーを追走するキングヘイロー。

 

 心を打たれた。彼女の執念を美しいと思った。私は拳を握り固め、思わず振り上げていた。

 

「行けキングちゃんっ、頑張れえっ!!」

「キングヘイロー……何てウマ娘だ」

 

 トレーナーが絶句するようなパワーで群をぶち抜き、『領域(ゾーン)』もないボロボロの身体で最速の末脚を見せるキングヘイロー。残り100メートル。リトルフラワーとの差をゼロに縮めたキングヘイローは、そのままの勢いで全てのウマ娘を()()()()()

 

 キングヘイローに抜かれたリトルフラワーが唖然としたような表情に変化したかと思えば、再び差し返しを試みる。しかし、そこが2200メートルの幕切れだった。

 

『ゴォォールッ!! 世代最強の末脚が炸裂、1着はキングヘイロー!! 最終コーナーで絶望的な位置にいたはずですが、何と内ラチのギリギリを通って進路を切り開きました!! 2着は惜しくもリトルフラワー!!』

『リトルフラワーは完璧なレースをしましたよ。これは勝ったキングヘイローを褒めるべきでしょう』

 

 群に埋もれて進路を塞がれていたはずの彼女が、その根性と度胸でおよそ9ヶ月ぶりの勝利をもぎ取ったのだ。中山レース場はG1レースにも劣らない大歓声に包まれ、劇的な勝利をもたらしたキングを賞賛する『キングコール』が響き渡った。私も一緒になってキングヘイローの名前を叫ぶ。

 

「キングちゃんかっこいい〜! キング! キング!」

「う〜ん……困ったな、キングヘイローのマークを強くしなきゃ……」

 

 トレーナーの言葉でちょっと冷静になった私は、アグネスタキオンの言っていた「未知の領域」だけではなく、夏の間に成長したウマ娘達も改めて警戒しなければならないなと我に返る。

 

 そしてその予想は、来たる神戸新聞杯と京都大賞典でより濃厚となるのだった。

 

 ――神戸新聞杯、スペシャルウィークが夏の上がりウマ娘・ジョイナスを含む後続に8身をつけて圧勝。そして京都大賞典にて、セイウンスカイが春の天皇賞ウマ娘・メジロブライトに5身の完勝。予想以上のライバル達の仕上がりように、私達が立ち向かわなければならないものは更に複雑かつ強大になっていくのだった。



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59話:最低最悪な夢

 神戸新聞杯はスペシャルウィークの独壇場だった。ディスティネイトは下位に沈み、ジョイナスは8バ身差の2着。ジョイナスは「末脚が不発に終わったし、2600メートル以上じゃなきゃやる気が出なかった」と不満げだったが、果たしてベストな状態でもスペシャルウィークに追いつけたかどうかは怪しい。

 

 クラシック世代とシニア世代の混合戦・京都大賞典はセイウンスカイのトリックが見事に発動し、メジロブライトに自分のレースをさせずに完封。圧倒的な逃げのセンスを爆発させた。

 

 時は10月3週、菊花賞1週間前。私達は未知の領域どうこうと言うより、夏休みが終わってからも成長を続けていたらしいキングヘイロー・スペシャルウィーク・セイウンスカイの対策を練りに練っていた。

 

 私達には油断があったのだ。『このまま順当に行けば菊花賞はぶっちぎって勝てる』――などという驕りがあった。しかし、菊花賞前のステップレースで見せた3人の活躍はどうだ。鬼神の如き覇気とパワフルさではないか。結果的に『菊花賞は余裕で勝てそうだ』という予想は違っていて、私達の想像を超える努力によって3人の実力は予想不可能領域にまで突入してしまっていたのである。

 

 私が菊花賞に出走すると発表しても、世間の驚きように対してあの3人は特に驚いた様子もなかったし……手の内はある程度バレてしまっていると読んでいいだろう。

 

 だが、長距離をレコードペースで走る私を追い抜くことができるウマ娘が存在するのだろうか。正直なところ、()()()()()()()。と言うか、逆にそんなウマ娘がいたら私はお手上げだ。でも……あの3人がそういうウマ娘なんじゃないかという予感もあるわけで。

 

 結局のところセントライト記念で会話したように、未来視のできない私達は必死で頑張るしかないのである。それを認識すると同時に、究極の仕上がりを見せているキングヘイロー・スペシャルウィーク・セイウンスカイに対抗するためには個人練習だけでは足りない――と、トレーナーが合同練習をセッティングしてくれた。

 

 その相手とは、グリ子とハッピーミークである。

 グリ子はチーム所属だったが、彼女のトレーナーの厚意により菊花賞まで私のトレーニングに付き合ってくれるらしい。次走は1ヶ月後のマイルチャンピオンシップだから、リフレッシュのために他トレーナーの下でトレーニングをするのも悪くないという判断だろう。ハッピーミークのトレーナーこと桐生院葵は、とみおが話を持ちかけた途端二つ返事で頷いてくれたらしい。

 

 ちなみに、グリ子はスプリンターズステークスで1着。謎の太り気味で本調子ではなかったタイキシャトルとシーキングザパールに食らいつけたのは国内でグリ子が唯一だ。次走はマイルチャンピオンシップ。そしてその次は香港スプリント。2人とも次走に3週間以上のインターバルがあるから手を貸してくれたのだろう。2人を含めた友達には助けられてばかりな気がするから、いつか恩を返せる日が来るといいな。

 

「ハッピーミーク、グリーンティターン、今日から3日間アポロのトレーニングに協力してくれることに感謝するよ」

「ぶいぶい」

「ぶ、ぶい……?」

 

 この2人と臨むトレーニングは本番を想定した模擬レース風併走だ。セイウンスカイの逃げと、スペシャルウィーク・キングヘイローの差しを模した仮想敵として2人とのトレーニングを予定している。

 

 短距離の切れ味ならグリ子は日本最高レベルの水準にあるため、グリ子を差しの仮想敵として。先行を得意戦法とするハッピーミークには無理をしてもらって逃げの仮想敵として活躍してもらう。

 

 菊花賞に出走すると公表したので、今はもう隠れてトレーニングする必要はない。グリ子やミークちゃん、ついでに私に対して声援が降り注ぐ中、私達はトラックコースを使った特殊併走を始めた。

 

「アポロ! 全力で走れ! 2400メートル地点からハッピーミークとグリーンティターンが加わるからな!」

「分かってるっつの!」

 

 この特殊併走は、3000メートルを1セット――つまり菊花賞の距離を1セットとして扱う。その内容とは、まず0〜2400メートルまでを私ひとりで全力疾走することから始まる。そして、2400メートル地点にはある程度加速したグリ子とミークちゃんが待ち受けているのだ。ここからが本番で、それまでの2400メートルを全力で走ってきた私に対して、前後で挟み込むようにミークちゃんとグリ子がスタートする。つまるところ、残りの600メートルでグリ子の差しとミークちゃんの逃げに競り勝つことがトレーニングの目的と言える。

 

 このトレーニング中、とみおが想定している場面は菊花賞の最終コーナーから最終直線だ。京都レース場の第4コーナーからゴール板まではおよそ600メートル。おおよそのウマ娘が仕掛け始めるタイミングであるという理由に加え、3000メートル全領域の併走に付き合っていたらグリ子のスタミナがあっという間に空になるからである。残りの600メートルだけを全力疾走すれば、グリ子の切れ味とスタミナはある程度持つ。

 

 そんなわけで探り探り始まったトレーニング。結果的に言えば、本番同様の感覚でトレーニングできたために、この模擬レース風併走は大成功だった。10度の併走中、セイウンスカイを模したハッピーミークに逃げ切られること3回、スペシャルウィーク・キングヘイローを模したグリ子に抜かれること2回。つまり5回勝って5回負けた。半々の確率で逃げ切ることができたのである。

 

 ただ、グリ子もハッピーミークも「3000メートルでこのパフォーマンスは無理」みたいなことを言っていた。グリ子はともかく、長距離も走れるミークちゃんが言うんだから、私のレーススタイルはかなりエグいらしい。

 

 特殊併走が終わってみれば、非常に実りあるトレーニングとなった。10回中5度重ねた敗因を研究できる上、彼女達の言葉から私自身の戦法への自信にも繋がったのだから申し分ない。これからも私は己の走りを磨いていくだけである。

 

「それじゃアポロ、君は先にトレーナー室に戻っててくれ。俺は桐生院さんと話してくるから」

「ん、それじゃ後でね」

 

 トレーニング終了後、一旦トレーナーと別れる。軽くシャワーを浴びて着替えた後トレーナー棟に向かい、合鍵を差し込んでくるっと捻る。すっかり秋になって肌寒く感じるトレーナー室。電気をつけてエアコンのリモコンを操作し、帰ってくるであろう彼と自分用にコーヒーを淹れておくため私はキッチンに向かった。

 

「ふんふんふ〜ん」

 

 彼はブラック。私は微糖。そして両者共にミルクを少々。あっという間に熱々のコーヒーができあがり。空っぽのデスクにマグカップを置いて、私はソファに座りつつコーヒーを啜る。いい加減疲れたので、このままボーッとしながらトレーナーを待つことにした。

 

「……おそ」

 

 ……5分経っても彼は来ない。桐生院さんと話し込んでいるのかもしれない。まあ、大人同士の事情に首を突っ込むわけにはいかないよね。コーヒーはすっかり飲み終わってしまったので、手持ち無沙汰だ。重力に引っ張られるようにズルズルとソファに横たわって、手すりの部分に頭を乗せる。

 

 ふぅ、と息を吐いて私は目を閉じた。とみおが来たら起こしてくれるでしょ。まさか寝顔を撮るようなおばかじゃないことを祈ろう。私ってば寝顔も可愛いけどね。

 

「ふぁ〜あ」

 

 

 

 意識はいつ途切れたのだろうか。

 気がつくと、そこは京都レース場のターフの上だった。どこかモノクロじみた風景。黒い霧が漂うスタンドは超満員で、私の周囲には17人のウマ娘がいた。理解の及ばぬまま、水の中に反響したような不協和音のファンファーレが鳴り響く。私は呆気に取られていたが、みんなはすんなりとゲートインしていく。

 

『■枠■番■■■■■■■、今ゲートインです』

 

 奇妙な体験だった。前提とか準備とか、そういうアレコレをすっ飛ばして私は京都レース場にいた。実況や歓声は遠く、集中力を発揮している時の聞こえ方とは違って非常に不愉快に聞こえる。囁き声のような……押し殺した笑いのような。明らかに周囲の全てが(マイナス)の雰囲気を纏っている。

 

 何なんだ、と思って首を振っていると、みんなが勝負服を着ていることに気付いた。京都レース場に勝負服……なるほど、ここは菊花賞の舞台なのか。ちょっと納得して、ぼんやり頷いた。

 

 ただ、もっと大事な何かに対して漫然と理解が追いつかない。アポロレインボウという己がふわふわと揺蕩(たゆた)って、どこを向いているのかも分からない。

 

 どうして私はここにいるのか。何故自分の足元を見下ろせないのか。四肢の感覚が鈍く、足元が覚束無いのは何故だ。その理由を必死に探らねばならないはずなのに、どうしても考えられない。筋書きをなぞるように、私は突っ立っているだけだ。

 

 ゲートインには非常に手こずった。思うように前に進まないのだ。数メートルを歩くだけで、体感時間的には1分くらいもがいていた感覚があった。

 

 これは現実なのか? それとも夢? 判断のつかぬまま、どこか他人事で冷めきった実況の声が響き渡った。

 

『世代で最も“強い”ウマ娘を決める菊花賞が今、スタートしました』

 

 ガシャコン――という音は聞こえなかった。いつもの(こな)れた感覚で行うスタートではなかったのだ。集中しなければいけなかったはずなのに、気がついたらゲートは完全に開き切っていた。致命的な出遅れだ。しかし、誰もスタートしようとしなかった。両隣――いや、全てのウマ娘が背筋を伸ばして突っ立ったままピクリともしない。

 

 セイウンスカイ――らしき勝負服を着た、顔にモヤがかかったウマ娘――はもちろん棒立ちだし、スペシャルウィークやキングヘイローらしき影も全く動かない。ゲート内に収まって、黒い霧を纏ったままじっとしている。

 

 ――おかしい。さすがの私も異常に気付いた。絶対におかしい。ありえないことだ。現実であるはずがない。レース第一なウマ娘がG1の舞台で棒立ちなどと……夢に決まっているではないか! 火を見るより明らかだ。それでも、私の身体が抗議の声や異議を唱えることはない。異常を感じた精神は悲鳴でも上げたい気分なのに、肉体はおろか精神の主導権すら何かに操られているような感じだった。何もできない。私はレールの上を進むだけ。

 

 誰もが黙ったまま、スローモーションのようになったレースが開幕する。歓声は悲鳴に変わっていた。ノロノロと宙に浮いたような足取りのまま、アポロレインボウの大逃げが始まる。

 

 2枠4番3番人気セイウンスカイ。

 3枠5番2番人気アポロレインボウ。

 5枠9番4番人気キングヘイロー。

 8枠17番1番人気スペシャルウィーク。

 

 誰かの靴が視界の端で飛んでいる。赤いリボンの耳飾りが千切れ飛ぶ。一体誰のものなんだ? ま、どうでもいいか。よく分かんないし。水を掻き分けるように、私の身体はぐるぐる走る。視界は何度もぼやけ、歪み、伸縮を繰り返している。懸命に腕を振っているけど、視界には手先すら映らない。

 

 そう言えば、自慢にしていた長いまつ毛と艶やかな芦毛が見えないな。視界にかすりもしていないというか。違和感を持ってふと足元を見ると、胴体も勝負服も脚もなかった。そこに存在すらしていなかった。

 

 あぁ、なるほどな、と思った。私は宙に浮いていたのだ。愉快ではないか。痛快ではないか。だって、夢であることが今確定したのだから。

 

 しかし、四肢の存在しない私は上手く走れているのだろうか。ずっとスローモーションのようになった世界のまま、私はぼんやりと思う。悲鳴が鳴り止まないことから鑑みるに、多分上手く走れてるんだろうな〜。

 

 ……ん? 何だろう。スタート直後の淀の坂に靴が落ちてる。さっき吹っ飛んできた、白と黒の――ハイヒール? それと赤いリボンが、また。……は? 近くに誰か倒れてるじゃん。真っ赤な勝負服、ウケる。あはは。……あれ? 何で笑ってるんだろ。みんな真剣なのに。レース中に転倒なんて一大事のはずなのに――

 

「   」

 

 あ〜そういうことね。スタート直後にあの子は転んじゃったのか。でも、あんなに靴もリボンも飛び散っちゃって……スタート直後ってそんなに勢いはついてないと思うんだけどなぁ。それに、赤い勝負服の子なんていたっけ? 何か引っかかるなぁ。

 

 そのまま1分か1時間か分からないくらいハチャメチャな体感時間を刻みながら、殺人ペースのアポロレインボウがレース後半の淀の坂越えに挑む。いつの間にか黒い霧が立ち込めていて走りにくかったけど、関係ない。レコードペースでぶっちぎってあげるもん。

 

『おっと、アポロレインボウの様子がおかしいぞ。これは故障です。故障発生です』

 

 第3コーナーの坂越えに挑もうとした途端、足元がぐらついた。何かがぽっきりと破壊される音がした。黒いモヤが濃くなった。『領域(ゾーン)』の前触れのようなどす黒いアレ。何回か視界が跳ねる。あ、()()()()()()()()してる。そう理解できた。

 

 かかとから伝わってくる衝撃で眼底が揺れる。スローモーションだったはずの視界が速度を取り戻していき、風圧が額を襲った。かつての加速感が背中を押し、大きく前につんのめる。

 

 そのままあっという間にバランスを崩して、視界が回転する。耳に付けていた――ような気がする――虹色のリボンが弾け飛び、靴が吹っ飛んだ。水の音がした。

 

「?」

 

 回転が収まると、身体は再び上手く動かなくなった。顔を上げることもできず、私は目玉だけを動かして辺りを確認する。何も見えなかった。赤い。いや、黒くて青い? きらきら光っている。光を反射して……水溜まり? 何だろう。

 

 水溜まりに反射して、初めて脚が見えた。腕が見えた。あぁ、どっちを向いているのだ。何てことを。誰がこんなことを。頼んでないのに。こんなの全然楽しくないよ。

 

『■枠■番■■■■■■■、今ゲートインです』

 

 気がつくと、私はまたゲート前に立っていた。

 

『世代で最も“強い”ウマ娘を決める菊花賞が今、スタートしました』

 

 また走らなければならない。そう考えながら反射的にスタートした直後、私は淀の坂に倒れた自分の姿を今度こそ目の当たりにした。

 

 

「――――いやあああああっ!!」

 

 一瞬闇が掛かった視界の中央を蹴り飛ばすように身体を跳ねさせると、世界は一変した。と言うか、そこはトレーナー室だった。ぶるぶると震える身体を抱き締めながら、私は胸に手を当てた。

 

「――夢……?」

 

 夢。即ち妄想。今見ていたものは全て嘘だ。己が過去に取った行動と現在の状況を照らし合わせて、私はそう時間をかけずに断定した。だが、妙に嫌な夢ではないか。菊花賞の舞台で――怪我をする私の夢だなんて。

 

 夢とは本来理解不能で然るべきなのだ。何故こんな不愉快極まりない夢を見せてくるのだ、私の脳は……。よりにもよって菊花賞1週間前に。脳の化学物質と電気信号が生み出した無意味な幻覚にしては、やけにリアルではないか。

 

「……うぅ」

 

 私は頭に手を当てて、しばし考え込む。夢を忘れてしまわないうちに。

 ……あの夢は、私の肉体の限界を示しているのだろうか。アグネスタキオンが言うところの「ウマ娘の未知の領域」に達した結果、壊れてしまった未来の私だとでも言うのか?

 

 言わば『暗示』――私が無意識的に恐れているモノの表れ、という訳か。こんちくしょう――

 

 だが、バカバカしい――と一蹴はできなかった。怖かった。どこまでも基盤の緩い自信と客観性の低さが手伝って、私はどんどん夢の内容が恐ろしくなってきた。

 

 息が荒くなる。胸が押し潰されるような感覚になり、ソファに倒れ込んだ。トレーナーを介して伝わってきたアグネスタキオンの言葉が脳裏を()ぎる。『アポロレインボウは菊花賞で壊れてしまうかもしれない』。その言葉が現実味を帯びてしまった。あの悪夢の残滓が私の心を掴んで離さない。

 

「うぅ……怖い……怖いよぉ……」

 

 私は毛布にくるまり、トレーナーが帰ってくるまでがたがたと震えていた。

 

 それから5分後。やっとトレーナーが帰ってきたのだが、私はほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

「ただいま〜……って、どうしたのアポロ?」

「こっち来て」

「え?」

 

 私はとみおの手を取り、強く握り締める。

 

 こんな言葉を聞いたことがないだろうか。『ウマ娘は人々の想いを背負って走る』――と。その言葉が意味するところは多岐に渡るが、強い想いが奇跡と呼ばれるモノを引き寄せた実例は多々ある。トウカイテイオーの復活、メジロマックイーンの怪我の完治などなど。

 ……だから、私は桃沢とみおの強い思いを信じ抜き、彼が信じてくれるアポロレインボウも信じることにした。

 

「コーヒー、少し冷めちゃったみたい。ごめんね」

「あ〜、ありがとう!」

 

 あの悪夢は最低最悪だった。だけど、いつまでも世界に振り回される私じゃない。運命よ、そんなに私が未知の領域へ踏み込むことは嫌か。笑わせてくれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は私の道を行く。

 

 原動力は私を信じてくれるトレーナーへの思いと――多少の怒り。私が未知の領域を超えるためには、もっともっと強い想いに()()、奇跡を引き出さねばならないのだ。

 

 私はトレーナーの手を取って、強く強く頬擦りした。



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60話:決意、そして……

 コーヒーを飲み終わったトレーナーとミーティングをする直前のこと。私はトレーナーの膝の上に腰掛け、両手を掴んで身体の前でクロスさせていた。

 

「あ……アポロ。どうかした?」

「…………」

 

 とみおの腕を掴み、ぐっと前に引き出させる。そのまま両手を取り、ゆっくりと重ね合わせた。指と指を絡みつかせ、密着面積を増やしていく。

 

 何故こんなことをするのか。答えは単純明快、私の内なる想いを燃焼させるためだ。ウマ娘は色んな人々の想いを背負って走る。誰かから想いを与えられるか、または自分自身の気持ちを高めることでウマ娘は奇跡さえ起こす。

 

 あの悪夢の中では孤独だった。しかし、私の隣には桃沢とみおがいる。グリ子やミークちゃん、スペちゃん、キングちゃん、セイちゃん、グラスちゃん、エルちゃん、マルゼンさん、パーマーさん、ヘリオスさん、ルドルフ会長、スピカのみんな、マックイーンさん、天海トレーナー、沖野トレーナー、たづなさん、桐生院さん、お父さんにお母さん……他にも頼れる大人や友達がいっぱいいる。

 

 私は孤独では無いのだ。なればこそ、彼らの想いを信じることさえできたならば――あの悪夢を超えられるかもしれない。私独りだけで想いを凝集するのには限界がある。だからこうして彼の手や口を借りることにしたのだ。

 

「トレーナーはさ、私のことどう思ってる?」

「どうって……そりゃ、大切に思ってるよ」

「もっと具体的に言ってくれる?」

「突然だな……」

「いいでしょ。ちょっと菊花賞前で不安になっちゃったからさ、メンタルケアもトレーナーの仕事ってことで」

「それもそうだな」

 

 トレーナーは私の手を優しく解いて、軽く頬をつねってくる。彼の手に触れられて、私自身のほっぺの柔らかさが伝わってくる。猫のお腹くらいには頼りない感覚だ。もちもち、ぷにぷに、時々引っ張られながら、私は彼の言葉を待っていた。

 

 焦らすように髪の毛を軽く撫でたり、顎の下を指先でカリカリしてきたり。ちょっといけない気持ちに傾きかけたが、彼の言葉を聞くことは結構マジに重要な事柄だ。私は唇を一文字に結んで、彼の攻撃に耐え忍ぶ。

 

「どういう言葉を言えばいいのかな?」

「ありのままの気持ちが欲しいと言いますか……菊花賞への不安を払拭してくれるような言葉が欲しい……です」

「そっか」

 

 とみおは私の頭頂部をぽんと叩くと、脇の下に手を入れて私を持ち上げてきた。「わわっ」と声が漏れる。軽々と持ち上げられた私はトレーナーの隣に座らせられて、向かい合う形になる。

 

()()はきっと、今のアポロにとって大事なことなんだね」

「……うん」

「分かった。何から話そうかな……」

 

 とみおの視線と私の視線が交差する。真剣極まりない双眸が私を貫く。どきどきした。彼の言葉に期待せざるを得ない。不安を払拭するようなありのままの気持ちが欲しい……などという私のあやふやな発言を汲み取ってくれた彼は、これまで歩んできた1年半の思いの丈を語り始めた。

 

「君を見つけたのは俺の人生最高の出来事だった。その次に天海さんとマックイーンに出会えたことが入るけど……今は置いといて。最初の出会いは……君がぶっちぎりで最下位を取った選抜レースだったかな」

「えっ……そこから見てたんだっけ」

「うん。ひっどい走り方をする子がいるなぁって見てたよ。あんまりにも素人同然だから目に付いたんだ」

「……うわ〜」

 

 トレセン学園に来てから最初にやったレースと言ったら、スペちゃんが勝って私がクソみそに負けた模擬レースだ。あの時はトレーナー達がスペちゃんに群がっていたけど、あの中にとみおがいたのかもしれない。

 

「2回目に見かけたのは君が勝った選抜レースの時。そこからは君の知っての通りだ……トレーニング面では色々と迷惑をかけたな」

「迷惑だなんて、そんな……」

 

 ウマ娘は走る。全ての動物は走る。走るということに技術はもちろん必要だが、より速く走るためには肉体の強さが不可欠だ。原始的で混ざりっけのない「走る」という運動行為。これを磨いて最速を目指すには、「トレーニング」という地獄のような努力を続けるしかない。

 

 努力はとてもつらい。己の肉体を彫刻刀で削るように、靱やかかつ強い筋肉を作り上げていくのはとても痛い。苦しくて苦しくて堪らない。身体だけではなく心さえ蝕んでいく。トレーニングという鍛錬で心を折られ、トゥインクル・シリーズのメイクデビューを前にして舞台を去るウマ娘もいる。

 

 とみおはそんな地獄を私に突きつけてきた。表舞台に跋扈(ばっこ)する狂気の天才達をぶちのめすには、彼女達が行ってきた以上の地獄に身を投じる他ない――と、私の身体を極限まで虐め抜いた。

 

 その結果、少女の身体はアスリートの身体へと変容し、柔な筋肉は剛な筋肉へと進化したのだ。才能のなかった凡庸な肉体が、やっとこさ優駿達と覇を争うまでの水準に至ったと言うべきか。

 

 無論、その無理なトレーニングのため起こった弊害もあった。少女と男の精神が濃密に混じり合ったアポロレインボウの精神が折れそうになった時があったのだ。

 

「ジュニア級の夏の日のこと、覚えてる? アポロを泣かせちゃった時のこと」

「あ、あ〜……覚えてるよ。あなたのトレーニングが厳しすぎて泣いちゃったやつね」

 

 ジュニア級の7月末。私の心は追い詰められていた。

 陽炎が立ち昇る炎天下で行うスパルタトレーニング。視界はぼやけ、手先の感覚は無い。脚は棒切れ同然になり、爆発しそうな心臓の音だけが鼓膜を刺激している。喉からは血の塊が進行してきて、すっかり乾き上がって鉄の味が咥内に定着してしまった。

 

 苦しみの極限を味わい、疲労と痛みで脳の命令を聞かない四肢で、それでも坂路を走り続ける。どれだけ苦しかろうと、パワーもスピードも圧倒的に不足しているのだから、まだまだトレーニングは続けなければならない。オーバートレーニングと「己の限界へ挑戦する」ことは表裏一体なのである。

 

 トレーナーに鼓舞される。夢を諦めていいのか、と。いいはずがない。絶対に嫌だ。夢を諦めたくない――アポロレインボウの心はそう言っていた。しかし、男だった頃の「俺」は、厳しすぎるトレーニングを前にして折れてしまったのだ。アポロレインボウは坂路から逃げるように飛び出し、寮室に閉じこもってしまった。

 

 毎日毎日、酷い筋肉痛が襲ってくる。毎日毎日、駿川たづな辺りに見せたら卒倒しそうな強度のトレーニングを行っている。苦しみを耐え抜いても「あと一歩踏み出せ」とトレーナーの檄が飛び、それを踏み越えれば更に「もう一歩」と。冗談ではない。終わりのない無間地獄だ。

 

 「己の限界へ挑戦する」ことは、言葉で言うなら非常に容易かった。しかし、俺は安売りされた言葉の本質を知らなさすぎた。悲鳴を上げる心に屈し、()()ステイヤーという楽ではない夢を目指す前段階の時点で潰れてしまったのだ。

 

 しかも、その頃と言えばメイクデビュー・未勝利戦と2連敗を喫していた時期。次こそ勝たなければならないというプレッシャーと戦い、自分を信じてくれるとみおの期待に応えなければならなかった時だ。そのとみおに恐ろしいほどのスパルタトレーニングを与えられ、自分の心はぐちゃぐちゃになってしまったのである。

 

 でも、最終的に私は立ち上がることができた。血反吐を吐き悪態をつきながらもトレーニングについて行くことができた。それは何故か。複雑に絡み合った私と俺が、心の中で話し合ったからだ。

 

 俺は言った。

 こんなに辛いことには耐えられない。最強ステイヤーって夢は、そこまでして目指すようなキラキラしたものなのか。適当にダラダラやって、このトレーナーとぼちぼち仲良くやるだけじゃダメなのか。夢ってそんなにイイもんなのかよ、と。

 

 私は言った。

 確かに私の夢は最強ステイヤーと言った。でも今は違う。最強ステイヤーは()()()()()()()()()()()()なんだ。確かに憧れや羨望こそあるが、現実に届くと信じているからこそ私は最強ステイヤーを狂信的に目指しているのだ、と。

 

 それを聞いて、俺はアポロレインボウの高潔な精神と恐るべき精神力に感嘆した。身体のコントロールを司る俺と私だが、心の深層では2人分の意思が眠っている。その片割れの()()()()()と言うか、魂の美しさに心を打たれたのである。

 

 だが、生来ウマ娘としての生活を送ってきた私にしてみれば、地獄のような努力に耐え忍ぶのは当然のことだった。トレセン学園に入るまでの道程(みちのり)だって、決して平坦じゃなかった。それまで頑張ってきた自分を裏切りたくないのだ。

 

 ヒトやウマ娘が夢や憧れを追いかける姿はとても美しい。夢に少しでも近づいたかなと思うと凄く嬉しいし、自分はもっとやれるんだと思うことがある。だが現実的な部分を見せられると、やはり叶わぬ夢だ、身の丈に合わない憧れでしかないのだと感じることもある。でも、その夢を叶えている人だって実際にはいるわけで。このもどかしさが、夢や憧れを断ち切らせてくれないのだ。

 

 夢や理想を持つから人は葛藤し、葛藤するから身悶えるような苦しみが生じる。そこから自己嫌悪や絶望が生まれ、挙げ句の果てに生きる希望さえ失ってしまう者もいる。しかし、諦めなければ夢は現実になる、絶対に諦めないと必死にもがき続けた者だけが、理想の自分を体現できるのだ。

 

 アポロレインボウは憧れを現実にするため、「憧れ」という変身願望のようなものを、届く範囲の「目標」へと昇華させた。目指すべき道程はトレーナーが厳しくも優しく用意してくれている。だからこそ、私は絶対に諦めるなと俺に言った。

 

「いや〜あの時のとみおのトレーニングはヤバかったね。ほんと、よく食らいついていけたなって今でも思うよ」

 

 結局、逃げ出した次の日に「俺」はトレーニングに復帰した。とみおに謝って、もっと厳しく鍛えてくれと逆に頼み込んだ。「私」に言いくるめられたからではない。男だった頃に何も成し得なかった俺ができることなど限られている。そんなちっぽけな男が、この苦しみを乗り越えて立ち上がれるわけがない――ただ、アポロレインボウの誇り高い魂を信じただけだ。現実に襲ってくるトレーニングの苦しみをヘラヘラ誤魔化し、悪態をつき、クソ野郎めと暴言を吐きながら我慢しただけだ。

 

 かつて、俺と私は一心同体ではなかった。時間を経た今は「私」となって完全に混じり合ったから、厳しいトレーニングにも耐えられるが……まぁ、ジュニア級の頃から「俺」はアポロレインボウの強い想いを信じているよという話だ。

 

「他にも君の行動で色々と気付かされることがあった。自分の未熟さは嫌というほど分かったけど、同時に人に頼ることを覚えられたのは収穫かな」

 

 とみおはそう言って肩を竦める。こう言うと角が立つかもしれないが、とみおは完璧なトレーナーではない。何せ、この世には完璧なトレーナーなど存在しないからだ。完璧に近いトレーナーこそ在れど、完全無欠はありえない。しかし、彼には彼しか持たない固有の長所がある。

 

 それは、他のトレーナーや人間に助けを求められる強さ。かつてはスパルタトレーニングしか知らなかった知識を大いに改め、新たな知識を吸収しようとする柔軟さだ。

 

 観察眼もある。ウマ娘に心の底から寄り添おうとする優しい心の持ち主でもある。お互いに沢山の失敗を重ねてきたが、桃沢とみおは()()()()()()完璧なトレーナーなのだ。私には彼しかいない。今すぐに想いを与えてくれる大切な人もまた、桃沢とみお、ただひとりだ。

 

「……今まで経験してきたレースは全部覚えてる。メイクデビュー。2回の未勝利戦。紫菊賞。初めてのG1だったホープフルステークス。怪我で取り止めた若駒ステークスに、若葉ステークス。セイウンスカイに負けた皐月賞、そして同着の日本ダービー……できることなら全部一緒に勝ちたかったけど、それは叶わなかったね。反省してるし、後悔もしてる。だけど、ここからのアポロは絶対に負けない。負けさせない」

 

 彼は私の手を取り、ぎゅっと握り締める。私もまた彼の手を握り返す。ゆっくりと紡がれる言葉の中で、2人はずっと見つめ合ったまま。水が沸き立つように、想いが高まっていく。私の中にあった願いと結びついて、トレーナーの熱く燃え滾る想いと、私の身を案じる優しさが流れ込んでくる。

 

「アポロが未知の領域に踏み込むのは確かに怖い。でも、アグネスタキオンが示した未知の領域は、何も破滅だけがあるわけじゃない。ウマ娘の次なるステージへの可能性も秘められているんだ。つまり――俺達の目指す()()()()()()()への道があると言ってもいい」

 

 そして、私は彼の言葉に意表を突かれた。今までの私は、未知の領域に対して破滅を呼ぶ厄災のようなイメージばかり持っていた。しかし、未知の領域は破滅のみを呼ぶ恐ろしいモノなのではなく、新たな光さえも呼び込む可能性のある純然たる『未知』なのだ。

 

 アグネスタキオンが示したのはあくまでデメリットだけ。そのデメリットの強烈さに目を惹かれていたが……彼のような考え方もあったのか。私はちょっと呆気に取られる。

 

「それでも……それでも一歩踏み出すのが怖かったら、君の隣に俺がいることを思い出してほしい。いいことも、わるいことも、俺は君と一緒に受け止めて行きたいんだ。君の背中にのしかかる重圧は一緒に背負うし、最悪な運命も受け入れよう。もちろん、いいことが起こったりして、2人で喜ぶのが一番だけど……」

 

 続く彼の言葉に耐え切れなくなって、私はトレーナーの胸に飛び込んだ。そんな言葉をぶつけられて視線をかち合わせていろだなんて、恥辱の極みだ。もはや拷問に近い。嬉しすぎて、くすぐったすぎて、どうにかなってしまいそうだ。

 

 この行動をどう受け取ったかは知らないが、とみおは私の背中に手を回して、小さな子供をあやすように髪の毛を撫でてきた。もしかしたら、私は泣いていたのかもしれない。

 

「アポロ……アポロ。最後はちょっと締まらなかったけど、不安は無くなった?」

「……ん」

 

 脳裏に染み付いていた悪夢のイメージは霧を払うように消え去り、私の脳内は暖かな光に満たされていた。胸の奥がぽかぽかしていて、尻尾の付け根がふわふわしている。よく分からないくらい心が満たされた気分になっていた。

 

 流れ込んできた彼の想いの濃さに酔ってしまったのだろうか。それは分からないが、私の身体はトレーナーの身体に吸い寄せられている。まるで引き合う磁石の如く、私はとみおの身体に自らを押し付けていた。その行動を、まだ不安が残っていると解釈したらしく……トレーナーは少し考え込んだように息を吐いた。

 

「……俺は君に何度も救われてきた。どの口が言ってるんだって感じだけど、厳しいトレーニングに耐え抜いて必死に走るアポロの姿に心を打たれたことが何度もあった。レース中、死にもの狂いで頑張る君には何度も涙を流した。それくらい、君は綺麗だったんだ」

「きっ、きれ――!?」

「アポロレインボウというウマ娘は、みんなに希望を与えることのできるウマ娘だ。もっと誇っていいし、堂々としていい。君の魅力を知ってる俺が証人だ」

 

 次々に破壊力のある言葉を耳元に叩き込まれて、脳味噌が沸騰しそうだった。成長した肉体の出力による自滅を防ぎ、菊花賞で未知の領域をモノにするという奇跡を起こすためのちゃんとした準備だったのだが――目的意識がどこかに吹っ飛んでいきそうだ。これ以上彼の想いが流れ込んでくると、感情がバグって本当に自爆しちゃいそう。

 

 ここが土俵際だ。これ以上の気持ちはマジで勘弁! そう思って顔を上げようとした途端、とみおの口からトドメの一言が飛び出してきた。

 

「俺は君に惚れてる。心の持ちよう、諦めずに頑張る姿、走る姿、もちろん見た目も、全部ぜんぶ綺麗で眩しくて堪らない。俺はアポロに憧れてるし、敬意も持ってる。ちょっとよく分からないくらい、四六時中君のことを考えているくらいには本当に惚れ込んでるんだよ。だから君の本領を発揮できる菊花賞で――俺をもっと惚れさせるような走りをしてほしいんだ」

「〜〜〜〜っ!」

「あ、ごめん。これは個人的な理由すぎたかな?」

 

 私は撃沈した。今度こそ身体の力が抜けて、彼の胸の中で呼吸するだけの生き物に成り下がってしまった。鼻腔を伝って脳髄まで彼の匂いに満たされ、私のウマ耳は無意識のうちに彼の心臓の音を探り当て、ただただ恍惚とするだけのだらしないウマ娘になってしまった。

 

 彼の心臓はかなりの早さで拍動を刻んでいた。もしかしたら緊張していたのかもしれない。でも、私の内側から聞こえてくる心臓の音はもっと早い。この音は、私を抱き締める彼にも聞こえてしまってはいないだろうか。尻尾は激しく喜ぶように動いていないだろうか。耳に感情は出ていないだろうか。様々なことを思考するが、多分全部ダダ漏れだから諦めた。

 

 心地よい微睡(まどろ)みの中、段々と力が戻ってくる。ゆっくりと彼の背中に手を回し、強く抱き締めた。温かく、力強く、大きな身体だった。

 

「……ありがとう」

「おう」

 

 彼には感謝してもし足りない。私の心はこれまでに無いほどの情熱と恋心と闘志――これらを引っ括めた激情に支配されており、地獄だろうが奇跡だろうが、どんと来いという心持ちだ。

 

 想いを燃焼し、奇跡を起こすための儀式は完遂された。

 そしてここからは私個人が行う我儘だ。

 

 私は少しだけ顔を上げ、彼の肩に顎を乗せた。身体と身体が非常に密着し、ほとんど心臓同士を重ね合わせるような姿勢――他人に見られたらどう足掻いても言い訳できないような体勢に持ち込む。

 

 さすがに密着しすぎだととみおが逃れようとするが、ウマ娘のパワーに勝てる人間はいない。私はにやりと意地悪く笑うと、彼の耳たぶを人差し指で弾いた。

 

「っ」

 

 彼が呻く。さっきの仕返しだ。そのまま私はトレーナーの耳元で囁く。

 

「……触ってくれる?」

「えっ……え? さ、触るって……どこを?」

「ん」

 

 私は彼の前に顔を持ってきて、分かりやすいように耳をぴこぴこと動かした。

 

「耳触って」

「でも、ここってデリケートな部位だから――」

「いいから。いっぱい触って、撫でて欲しい気分なの」

「ひ、必要なことなの?」

「――うん。とっても大切なことだから、たくさん触って?」

「う、アポロが必要って言うなら――」

 

 ……私ってこんなにめんどくさい性格だっけ。でも、必要か必要でないかと言われれば必要だ。彼への恋心が強まれば強まるほど、私の闘志は激しく燃え上がる。最強ステイヤーへの夢も、桃沢とみおを大切に思うことも、両方諦めない。私は欲深いウマ娘。どちらの夢も成し遂げるのだ。

 

 



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61話:未知の領域の予兆

 最初に彼の手が触れたのは私の耳だった。彼のごつごつした指に触れられると、私の耳は呼応するようにピンと反り立つ。先程までの押せ押せオーラはどこへやら、首元から額までが燃え上がるように熱い。彼に耳元を触られる度に身体が跳ね、彼の服を握る手に力が入る。

 

「……実はさ」

「あ、ん……な、なに?」

「ウマ娘の耳って触ったことないんだよね。知識としてしか知らないんだ」

「んっ……へ、へぇ〜……」

「だからもっと触っていい? これ、結構楽しいかも」

「っ……い、いいよ……」

「じゃ、遠慮なく」

 

 彼の指の腹が耳の溝をなぞる。彼の指が自在に動く度、脳天から後頭部にかけてとてつもない未知の快感が迸る。ぞわぞわするその感覚に対して、私の喉奥からは変な声が漏れ出てしまう。とみおは私の声なんて聞こえちゃいないのか、まるで子供が複雑怪奇な機械を弄くり回すように、ブツブツと小言を呟きながら指先を動かしてくる。

 

「前々から気になってたんだよね……アポロの耳って凄く大きいし、よく動くし。ライスシャワーの耳も大きいって言われてるけど、君は彼女よりももっと大きいんだね」

「ひゃぁんっ」

「芦毛の奥に皮膚があって……へぇ、凄いなぁ。ウマ娘の体温はヒトよりも高いって言うけど、本当に温かいぞ……」

 

 個人差こそあれど、ウマ娘の耳は竹を斜めに割ったような形をしている。その耳が開いている方向の音を選択的に聞き取れるようになっており、しかもクルクルとよく動く。よく目立つ上に動物的可愛さを備えたその器官に対して、フェチズムを抱く男性も少なくないらしい。

 

 スパークしそうな思考の中、「彼はウマ耳フェチなのだろうか」とどこか他人事のように考えてしまう。そんな中私の耳はぴょんぴょんと激しく動き、興味津々のトレーナーを喜ばせてしまう。

 

「おおっ、耳が見たことない動きをしているな。確かウマ娘の耳は10種類の筋肉に支えられていると記憶しているが……確かめてみるか」

「や、やんっ」

「あ、そろそろやめとこうか?」

「べ、別にどうってことないしっ」

「そう? なら続けようかな」

「んひっ」

 

 とみおの言う通り、ウマ娘の耳は10種類以上の筋肉に支えられている。対してヒトの耳の筋肉は「前耳介筋」「上耳介筋」「後耳介筋」の3つが認められるのみ。しかも神経の通い方が貧弱なため、耳だけを動かすことは非常に難しいのである。

 

 ウマ娘の耳付近には、ヒトのそこよりも神経が通っている。そのお陰で、前後左右と自由に耳の向きを変えることができるし、立体的に音を聞き取ることもできるわけだ。ただ、神経が通っているぶんヒトの耳の何倍も繊細で敏感だ。また、ウマ娘に特有の器官であるという事実も相まって、たとえ親しい仲だとしてもウマ娘の耳を触ることはほとんどタブーとされている。

 

 しかし、この男は研究者にでもなったように私の耳を好き勝手に触りまくってくるのだ。恥ずかしくって耐えられない。……が、やめてほしいとも言えなかった。彼にもっと触れて欲しいという欲望が、恥ずかしさと照れ臭さを押し切って私の思考を支配していた。

 

「……ヒトの耳よりもずっとしっかりしているし、溝も深い。ウマ娘にしかない組織――ううん、何か大事なことを見落としているような気がするぞ……」

「あっ、あっ」

 

 耳のふちを這わせるようにして、溝の内側を確かめてくるトレーナー。彼の「知りたい」という想いが手先の不躾な動きを通して伝わってくる。

 

「んにゃっ」

 

 指先で押され、表皮を擦られ、耳の中に生えた芦毛まで確かめられる。彼の吐息が肉薄し、意図せず耳の中に吹きかけられる。私は彼の胸板に顔を押し付けて、それでもなお耳をピンと反らして、永遠のような未知の感覚に耐え忍んだ。

 

 もしかしなくても、私達が及んでいる行為はとてつもなく淫猥なことなのではなかろうか。相手の身体を隅々まで知ろうとするなど、親密な間柄でも躊躇われることだ。それこそ恋人同士だって、こんなことはしないだろう。

 

 太ももの付け根にキスされるような――実際にされたことはないけど――こそばゆい感覚が止まらない。彼の手は綿密に私の耳を愛撫し、的確に弱い所を探り当ててくる。彼にしてみれば単純な探究行為なのだろうが、それを受ける私にとってはそう単純なものではない。恋する相手からの接触だ。

 

 人間というものは面白いもので、苦痛には耐えられても快楽には中々耐えられない。触れられ、愛でられ、大切にされる悦びを知ってしまうと戻れなくなるのだ。アポロレインボウに男の精神が混ざり合っていようが、彼と積み上げてきた時間からは逃れられない。私は彼に夢中になっている。

 

 彼の親指と人差し指が私の耳をつまみ上げ、尖端に向けてなぞり上げる。肩がビクンと跳ねてしまい、私は彼に向かって抗議の視線を投げかけた。一体、何をしているのだ。これまでは我慢していたが、その行為は探究心から来るものではなく意地悪から来るものではないか。私は涙目になりながら彼を睨み付ける。

 

「にゃ、にゃにをしゅるの!」

 

 さすがに見過ごせなくて、私は彼の胸を一発叩いた。しかし、彼は突然鋭く息を呑んだかと思うと、その手を私の肩に置いた。

 

「――っ、そうか……そうだ……! 何故今まで気が付かなかったんだ。ここにヒントがあるかもしれないじゃないか。今までは興味だけで触っていたけど――もしかしたらっ」

 

 彼の瞳はとてつもない衝撃に打ちひしがれたような色をしていた。一体どんないやらしいことを思いついたのかは知らないが、私は彼の手を振り払おうと暴れた。しかし、彼は頑として私の肩を離さない。

 

「す、ストップ! これ以上はまだダメだからっ!」

「いや、待ってくれ。これはちょっとした予想というか、上手く言えないんだけど……未知の領域の危険を回避することのできるヒントが、君の身体に眠っているかもしれないんだ」

「え――?」

 

 きょとんとして、彼と目を合わせる。とみおの視線は真剣そのものだった。先の発言を脳内で反芻する。私の身体に未知の領域のヒントが眠っている――だと? どういうことなのだ。私は視線で彼の言葉を急かした。とみおは頬を掻いて、言葉を選びながら話し始める。

 

「セクレタリアトというウマ娘を知っているかい?」

「もちろん知ってる、伝説のアメリカ三冠ウマ娘でしょ? ……でも、今の私が置かれている状況とセクレタリアトは関係ないでしょ?」

「いや、あるかもしれないんだ。彼女にはこんな逸話があってね――」

 

 とみおがつらつらと言葉を並べ立てる。アメリカ一冠目のケンタッキーダービー、二冠目のプリークネスステークスを制したセクレタリアトは、アメリカ三冠の期待が高まる中、胸に違和感を覚えたそうだ。三冠目のベルモントステークスの1週間前のことである。

 

 彼女はすぐさま大病院で検査を受けた。その結果、心臓の重さが通常のウマ娘の2倍以上であることが分かったそうだ。生まれつきそうなっていたわけではない。トレーニングやレースを重ねる中で著しく成長したのだ。病気による肥大でもないと判明し、当時は取り沙汰されることもなかったが――この異常なまでの心臓の大きさは、セクレタリアトの圧倒的な強さの原動力のひとつであると言われている。

 

 そして臨んだアメリカ三冠目のベルモントステークスにて、彼女は2着のウマ娘に3()1()()()もの大差をつけた。ダートの2400メートルで、タイムは2分24秒0。従来のレコードを2秒以上も縮める大レコードで、彼女がターフを去った今もなお彼女の記録を破った者はいない。

 

 確かにセクレタリアトほどのウマ娘なら、未知の領域へと至ったウマ娘だと言われても納得できる。しかし、私の身体を触ることと何の関係があるのだ。ツッコミを入れようとすると、手で制される。

 

「セクレタリアトの他にも、かのウマ娘エクリプスの心臓も非常に大きかったという記録があるんだ」

 

 Eclipse first, the rest nowhere(唯一抜きん出て並ぶ者なし)――シンボリルドルフ会長がたまに口にする言葉だ。エクリプスというウマ娘は、その言葉の祖になるほど強い無敵のウマ娘だった。

 

 諸説あるが、エクリプスは18戦18勝の成績に加え、2着のウマ娘に240ヤード――およそ220メートルもの大差をつけたことがあるという記録が残っている。220メートルは2.4メートルを1バ身とするならば、何と約92バ身にも及び……控え目に言って化け物だ。時代を超えてなおその名を轟かせる彼女もまた、未知の領域の向こう側へと至ったウマ娘としても間違いはないだろう。

 

 そんな彼女の心臓も大きいとは知らなかったが、セクレタリアトとエクリプスの共通点が分かったところで何があるのか。……そういえば、アイルランドダービー(アイリッシュダービー)を制した経歴を持つウマ娘・ヒンドスタンの心臓もかなりの大きさだったと聞くが――まさか。私は顎に手を当ててしばらく考え込んだ。

 

 段々と彼の言いたいことが分かってきた。未知の領域へと至る可能性のあるウマ娘は、心臓が大きくなっていると言いたいのだろう。逆説的に言えば、未知の領域へと到達することのできる身体に変化したから心臓が大きくなったとか――凡骨なウマ娘では至ることのできない領域だからこそ、心肺機能が異常に発達していると言うべきか。

 

「言いたいことは何となく分かったかも。ってことは、私の心臓も大きくなってるかもしれないってことだよね?」

「いや、トモが異常に発達していたミホノブルボンの例もある。トウカイテイオーの驚異的な柔軟性ももしかしたら……とにかく。心臓の変化が本命だけど、それこそ身体全体を確かめないと分からない」

 

 スプリンターであったはずのミホノブルボンは、スパルタトレーニングによって長距離を走ることが可能になった。そのミホノブルボンは非常にトモが発達していて、尋常じゃないレベルで筋肉がバキバキである。()()()()()()()()()()()、生粋のスプリンターがステイヤーの本領たる菊花賞を制する可能性があったという、()()()()()()()()()であったと……そうトレーナーは考えているのか。

 

 トウカイテイオーは普通のウマ娘とは違って、胸の辺りまで脚を跳ね上げられるほどの柔軟性を持っている。高すぎる柔軟性と独特のフォーム故に怪我が多かったが、そのフォームがあったからこそレース中に強さを発揮して奇跡の復活を遂げられた。あの柔軟性も未知の領域へと至った証拠かもしれないとトレーナーは口にする。

 

「……予想を言うとね、君の身体は無意識中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その身体の変化さえ分かれば、この状況から一歩前進できる。これをアグネスタキオンに話せば、サイレンススズカだってどうにかできるかもしれないぞ……!」

 

 未知を知るには、既知の領域から解像度を高めていく他ない。とみおはそう呟いて、私の身体を隅々まで眺め始めた。

 

 学校の定期検査があったのはダービー前。夏休み明けにも検診はあったが、普通の学校で行うようなごく簡単なものだった。心臓の検診は入学当初に行ったことがあったけど、ここ1年半は全くしていない。

 

「……明日の午前に病院に行くとして。今すぐにでも君の身体に起きていることを調べる必要がある。菊花賞まで時間が無いからね。多分研究室にいるであろうアグネスタキオンにも今夜報告したい。そして君の身体はトレーナーである俺がよく知っている。……アポロ、これは真剣な頼みなんだが――君の身体を調べさせてくれるかな?」

「うっ……」

 

 とみおが本気で申し訳なさそうな顔をして頭を下げてくる。私とて「はいはいさっさと調べてくださいね〜」と頷いてあげたい気分だったが、先程ウマ耳を執拗に弄くり回されたせいで今この瞬間も頭がおかしくなりそうなのだ。これ以上彼に触られては、恥ずかしさと気持ちよさによって本気でどうにかなってしまう。いけない気持ちに傾いて彼を襲ってしまうかもしれない。

 

 ただ、それ以上に菊花賞に向けて現実的な解決策が見えたかもしれないのは大収穫だ。どう足掻いても、お願いしますと言わざるを得ない。咥内に溜まっていた生唾を呑み込んで、心の中で呟く。『これは夢のため』。私とてウマ娘とトレーナーの関係は弁えているつもりだったが、今日ばかりは仕方のないことなのだ――私は決意したようにジャージを脱ぎ、体操服姿になった。

 

「……優しく触ってね」

「もちろんだ」

 

 トレーナーが追い詰められたような、ほっとしたような表情になる。だが、私を心配させないためか、すぐにその表情を戻す。

 

「じゃあ、触るぞ」

「……んっ」

 

 とみおが初めに触れたのは首筋だった。命の本流が流れる頸動脈付近。脈拍でも測っているのだろうか。彼は瞳を閉じて、指先に神経を集中させていた。眉間に皺を寄せる彼を見て、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。私のことを大切に思ってくれているのだとキュンとしてしまった。多分バレてない。

 

「…………」

 

 続いて彼は目を開き、首の表面を軽く圧した。

 

「……首の固定も変わらない……」

 

 トレーナーの視線が首筋を伝い、肩へ向かい、腕へと到達する。視線が会合し、触るぞ、と視線で合図される。私は小さく頷いて腕を差し出した。

 

 彼の大きな手のひらが、私の手のひらを拡げる。五指の一本一本を丹念に調べられ、爪の生え具合までチェックされる。指を目視した後は、手首に向けて視線が移る。

 

「ひゃ、ひゃっ」

「痛かった?」

「や、えと、違くて。あはは」

 

 その最中に手相をなぞられて、ちょっと声が出る。手のひらを触られると案外くすぐったいのだと、今日初めて知ることになった。

 

 手首や二の腕を触診され、その後は肘を曲げたり伸ばしたりさせられる。彼は首を横に振ると、私の腕から手を離した。腕には特筆するような変化はない、夏休みで筋肉が付いた程度の変化しか見受けられない、と。

 

「次は心臓なんだが……さすがに心臓の大きさは目視じゃ分からんから、明日検査してもらおう。じゃ、こっちに脚を向けてくれ」

「……ん」

 

 私は靴下を脱ぎ、足の裏をとみおの目の前に持っていった。彼はアキレス腱の辺りを片手で持つと、もう片方の手で足の筋肉を優しく探ってくる。脚を触られるのはウマ娘である以上慣れっこではあるが、()()()()()は初めてだった。

 

 病的に白い私の肌の上を、彼の節くれだった手が動く。頼りない新雪を踏み締めるように、彼の指は既知の領域を押し拡げていく。筋肉が非常に発達しているとはいえ、ウマ娘も女の子だ。力を入れなければ当然柔らかい。

 

 マシュマロのように、押し込めば弾力を持って跳ね返す私の柔肌。彼は私のような女の子の肌に触れても何も思わないのだろうか。真剣に私を慮ってくれるからこそ、そういう邪な気持ちはないんだろうけど……女心としては複雑である。

 

 彼の手はふくらはぎを調べ終わって膝まで達し、太ももへと侵攻しようとしていた。さすがにこれ以上上に行くと恥ずかしさが勝ってくる。そもそも今の状況は私が一方的に恥ずかしいのだから、勝つも負けるもないんだけど。

 

 すると突然、とみおの手が私の太ももの裏側――つまりトモに滑り込んだ。耳と同レベルのデリケートゾーンを触られて、私の喉奥からは自分も知らないような嬌声が漏れてきた。

 

「あんっ……後で絶対やり返す……

 

 しかし、彼の冷や汗をかいた表情を見ると、何かを見つけたらしい。

 

「こ、これだ……! ここがアポロにおける未知の領域の予兆だ、間違いない……!」

「見つかったの?」

「ああ、トモから足先にかけての()()()()()! 見た目じゃ何も分からないが、触ってみたら一目瞭然だ……今までのアポロじゃありえないくらい()()()()()()()()()()()()

 

 人間やウマ娘が走る時に地面を蹴る時に使う筋肉の部位はどこですか? そう聞かれた時の答えとして挙げられる筋肉は大体3つある。ハムストリングス(腿裏)、大腿四頭筋(前腿)、下腿三頭筋(ふくらはぎ)――つまりトモから足先にかけての筋肉である。

 ハムストリングスは膝を曲げるための筋肉で、走るときは地面を蹴って推進力を得る効果がある。走るための基礎筋肉、アクセル筋とも呼ばれている。下腿三頭筋はハムストリングスの動きをサポートする役割があり、ウマ娘でも陸上でもここを鍛えずしてどうするという筋肉の部位だ。

 

「今まで違和感は無かったのか? 痛かったとか、ハリがあるとか」

「う〜ん……全然無かったなぁ。お風呂で洗う時も分からなかったよ。多分、毎日少しずつ筋肉の密度が高まっていったからじゃないかな」

「なるほど……分かった。いや、これは大きな発見だ。アグネスタキオンにも報告しなければ」

 

 とみおはそう言って私の頭を撫でると、トレーナー室から出ていった。私は火照った身体でその場に項垂れ、しばらく休憩した後に寮室に戻ることにした。



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62話:いざ菊花賞へ

 後日。授業を休んで大きな病院にやってきた私達は、全身の精密検査のために午前中を全て費やした。その結果、私の心臓が非常に大きなサイズへと肥大していることが明らかになった。

 

 そのサイズは何と、同い歳のウマ娘の平均サイズの2倍に上った。もちろん生まれつきそうなっていたわけではないから、ダービー後から秋の間にかけて成長したということになる。

 

 ……もしかして、アレか。脚の違和感はともかく、胸の違和感に気づかなかったのは、毎日のようにドキドキしてたからか。誰かさんに毎日毎日キュンキュンしてやがったからか。多分そうだ。認めたくないけど絶対そうだ。ほんとありえない……恥ずかしい。

 

 結果が出た日のうちに私達はアグネスタキオンの研究室に行くことになり、こうしてタキオンや沖野トレーナー、サイレンススズカに天海トレーナーを交えて会談が行われることになった。

 

 夕刻。薄暗いアグネスタキオンの研究室に集まった6人は、そこら辺に散らばっていた丸椅子を立て直して円陣を作る。私の右隣には桃沢とみおが、左隣にはサイレンススズカが。サイレンススズカの隣には沖野トレーナーがいて、アグネスタキオンはとみおの隣に座った天海トレーナーと沖野トレーナーに挟まれる形だ。

 

 私には数日後に菊花賞が、サイレンススズカには1週間後に天皇賞・秋が控えている。こうして緊急で集会を開いたのは残された時間がないからだ。沖野トレーナーが青ざめた顔でアグネスタキオンに語りかけた。

 

「昨日聞いた通り、スズカを病院に連れて行った。その結果、股関節だの膝関節だの色々な箇所に――ええと……とにかく簡単に言うと、スズカの下半身の筋肉の柔軟性に異常な成長が見られた。桃沢トレーナーの言う通り……これが未知の領域の予兆だとするならば、俺達はどうすればいい」

 

 とみおは昨日散々私の身体を触った後、同じ状況下にあったサイレンススズカのトレーナーと師匠である天海トレーナーに連絡を取った。それを受けて沖野トレーナーはすぐさま行動を開始し、今日の午前中にサイレンススズカを病院に連れて行ったらしい。天海さんはアグネスタキオンのトレーナーと協力して資料を集め、タキオンが求めるデータを収集してくれたとか。

 

 沖野トレーナーは良識があるのでスズカさんの身体をベタベタ触るようなことはしなかったと聞く。誰かさんとは大違いだが――とにかく、スズカさんにも『未知の領域の予兆』とも言える肉体の変化が見られ、今こうしてアグネスタキオンの指示を仰いでいるのだ。

 

「ふぅン……私は君達のレースデータや走行データから何か分かるものだと思っていたけど、2人の身体自体に変化が出るとはねぇ。少し待っておくれよ、色々な過去の蓄積データに基づく対策の資料があるはずだから」

 

 アグネスタキオンは手元の資料を捲ると、抑揚のない声で話し始める。

 

「君達2人には未知の領域へと到達してほしい。これは私にとっても心からの願いさ。こうした裏付けのある中で進歩が見られれば、私個人としても非常に助かるからね。ただし、レースでは何が起こるか分からない。今から挙げる対策は、あくまで危険性を0に近づけるものであって、0にするものではないと知っておいてほしい」

「御託はいい。教えてくれ」

「はいはい分かったよ、しょうがないねぇ。手書きと活字が混じっていて悪いけど、この資料を見てくれたまえ」

 

 アグネスタキオンは印刷された資料を2人のトレーナーに手渡した。その資料には手書きのメモやペンの走り書きが加えられており、ちょっと見にくかった。しかし泣き言は言ってられない。私とスズカさんはトレーナーの手元の資料の内容を覗き込みながら、タキオンさんの筆跡と文章を辿った。目の下に隈を作った天海さんとタキオンさんがホワイトボードで説明を加えながら、どんどん話が進んでいく。

 

 ――未知の領域へと到達するためには、怪我を徹底的に予防した上で、精神・肉体共に最高のパフォーマンスを発揮することが必要なものと考えられる。

 

 エクリプスの無敗伝説。セクレタリアト不滅の大レコード。100身の衝撃・マンノウォー。フランス最強ウマ娘・シーバード。凱旋門で躍った最強の末脚・ダンシングブレーヴ。2年連続英国長距離三冠・ルモス――伝説を残したウマ娘は数々の修羅場を潜り抜け、自らの礎にしてきた。

 

「……っ」

 

 『彼女達を最も苦しめたのは、恐らく彼女達自身である』。紙にはそう殴り書きされていた。未知の領域に片足を突っ込むことで起きる破滅、つまり出力オーバーによる怪我とそれに対する恐怖だ。

 

 トモを含めた脚の負傷は、ウマ娘を最も多く悩ませる怪我である。高速で走るウマ娘の性質上、他の部位に比べるとトモ(ハムストリングの辺り)の怪我発生率は特に高い。普段ニュースになったりするのは骨折や繋靭帯炎などの派手な故障だが、ウマ娘の多くは案外そこら辺の怪我も経験しているものだ。

 

 そもそも怪我なく現役を終えられた競走馬が数える程しかいないという事実から私達は目を背けてはいけない。トウカイテイオーのように怪我が()になって再発する厄介なケースも多いのだ。

 

 それに、故障をすれば数週間、数ヶ月――はたまた数年に渡って怪我に苦しめられることになる。怪我をするのは一瞬のくせに、回復にかかる時間が尋常じゃないくらい長い。怪我が治らず引退するウマ娘もいる。

 

 怪我することは怖い。それが災いして走れなくなるのはもっと恐ろしい。生きる活力を失うと言っても過言ではない。我々ウマ娘にとって走ることとは命そのものなのだ。

 

 復帰したって、大きな怪我を一度経験すると心理的な不安が残りやすい。無意識のうちにパフォーマンスにブレーキをかけてしまい、怪我後はさっぱり勝てなくなってしまったという話もよく耳にする。

 

 つまり、私達が未知の領域へと踏み込む際の絶対条件は『怪我をしないこと』――これに尽きる。アグネスタキオンの紙片には太文字でそう記されていた。

 

 ナリタブライアン、シンボリルドルフ、ミスターシービー。日本の歴史上、彼女達の他にも未知の領域へと至る者がいたと考えられるが――まさか、彼女達は怪我によって完全なる開花には至らなかったのか? トウカイテイオーのような奇跡は例外中の例外で、それで――。

 

「…………」

 

 紙を流し読んでいくと、『致命的な怪我をすれば、一般的に未知の領域は全く閉ざされる』『しかし競争生命が最優先』――という文面を目の当たりにして、とみおと私は視線をかち合わせ、ごくりと唾を呑み込んだ。

 

「未知の領域を喪った者にも強さは宿る。それとは全く別物の強さだが……どうせなら怪我せずに見たいじゃないか。未知の領域とやらをさ。さて、今から対策を本格的に話していくよ」

 

 まず、彼女は「とにかくヤバいと思ったらレースを中止するように」と告げてきた。ただ、アグネスタキオンとてウマ娘だ――そう簡単に行くものではないと理解しているはず。ウマ娘の本能と結びついた勝利への欲求、そしてレース本番の展開によっては()()()()()()()()()()()()恐れがある。

 

 ……彼女の狂気的な瞳の色を見るに、()()()()()()()は各自に任せたと言ったところか。「さ、次のページを見てくれたまえ。そこに対策を示しておいたよ」という声に合わせて、とみおと沖野トレーナーが紙を捲る。

 

「一晩考えて出てきた対策はそれっぽっちだ。まぁ、その要点を押さえておいて、更に運が良ければ君達はウマ娘の次なるステージへと到達できるというわけさ……単純だろう? だけど、簡単に見えてそれを徹底するのは非常に難しいと思うよ」

 

 次のページに記されていた対策は、『()()()()()()()()()()()()()』『急ブレーキを絶対にかけない』という2箇条だった。

 

「君達の肉体は以前よりも遥かに成長し、いよいよピークに達しようとしている。病院の検査で明らかになったと思うが、以前までのレースとは比べ物にならない出力(パワー)が備わっているはずだ。そんな身体で()()()()()()()()()行動をしてみたまえ――ただでさえ脆いウマ娘(ガラス)の脚はいとも容易く砕け散るよ」

 

 知らぬ間に自分の身体にとてつもないパワーが備わっていたとしよう。そんな状態で、普段のフォームからかけ離れた行為をしたら……間違いなく身体のどこかが破壊されてしまうだろう。

 

 仮に伝説のウマ娘セクレタリアト並の出力が出せるようになったとして、その力が備わった身体で死ぬほど踏ん張るような瞬間があれば、私の細い脚は十中八九砕け散る。この脚が未知の領域へと至る準備を済ませているとはいえ、想いで補強できない現実的な強度の限界は必ずあるものだ。

 

 強烈な力を前にすれば、ウマ娘の脚などチョークのようなもの。私達ウマ娘の身体に刷り込まれた『正しいフォーム』とは、発揮される渾身の力をターフに正しく伝えるためのものである。

 

 これは例え話だが、真横から力を入れればチョークはあっさり折れるが、縦に押し潰すように力を加えればチョークは折れない。速く走るためにウマ娘はフォームを磨き上げていく必要があり、それに加えて自分の身体を守るためにも私達に正しいフォームは不可欠なのである。

 

「急ブレーキをかけない――は何とかなりそうですけど。フォームを乱さない……って、どの程度まで許されるんですか?」

「……これは確定事項ではないから参考程度に留めておいてほしいんだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて行為はなるべくやめておいてほしいねぇ。その点大逃げウマ娘の君達は比較的問題ないと言えるが……」

 

 私の質問に対してアグネスタキオンはゆっくりと答えた。タキオンさんの口ぶりから、言葉のひとつひとつを慎重に選んでいるのがよく伝わってくる。

 

 他のウマ娘と競り合うことで、知らず知らずのうちにフォームが崩れるのはありえない話ではない。それを防止するために模擬レースや併走を重ねて場数をこなすのだが、レース本番――それもG1の狂気的な熱気とプレッシャーに包まれた雰囲気で、寸分の狂いもなくフォームを維持するのは至難の業だ。誰もが練習と同じように本番を走れるなら苦労はしない。

 

 頭の悪い私なんかは、真っ向勝負をされたらムキになってしまうだろう。その結果、必要以上の力を使ってしまって怪我をする……というのも考えられる。言わずもがな、群に接近したり、集団の中に控えたりするのもやめた方がいい。他のウマ娘に接近すれば威圧感やトリックに曝され、()()()()しまうかもしれないからだ。

 

 セイウンスカイの2着に敗れた皐月賞なんかは最たる例だ。大外枠からスタートし、セイウンスカイと限界ギリギリの真っ向勝負を仕掛けられた上、数々のトリックに翻弄され、荒れた場にスタミナを削られて最後に伸び切れず敗北した。もしも今それと同じことをしたら――。そこまで考えて、私の脳内には悪夢の中の淀の坂が思い浮かんだ。

 

 ……最悪だ。確かに、あの悪夢が現実になる可能性はあるな。

 

「……()()()()()()()()()()()()()。そいつをしなけりゃ、俺達に明日はないってことね」

「そうなるねぇ。……さぁ、これ以上話しても仕方が無いし纏めようか! 君達は『競走中にフォームを乱さず』、『急ブレーキを絶対にかけな』ければいいのだよ! そうすることで未知の領域への扉は開かれるというわけだ! あぁ、楽しみだ、楽しみだ! アッハッハッハ!」

 

 アグネスタキオンの高笑いと共に会談は終了した。彼女の目に映る狂気と興奮の根源は、私には分からなかった。

 

 

 

 私達は菊花賞まで残った時間でグリ子とミークちゃんとの実戦トレーニングを積むと同時に、京都レース場やレース中に怪我しやすいポイントを追加で押さえておくことにした。

 

 奇跡を起こすためには準備が必要だ。漫然と受け入れる者には決して起こらない。努力を怠らず、周到な準備を重ね、それでも女神が微笑んでくれるかどうか――その瀬戸際に奇跡は宿る。

 

 何もトレーナーと私は菊花賞に無策で突っ込もうとしているわけではなかった。とみおの発見やアグネスタキオンの助言が無くても、ある程度の策は講じておく手筈だったのだ。想いの力は確かに重要ではあるが、それに加えて現実的な対策を行うことで、未知の領域に踏み込んだ際の危険を更に減らしてやろうという魂胆があった。

 

 まずは京都レース場に特有の怪我・事故多発ポイントを押さえておいた。京都レース場で怪我しやすいポイントと言ったら、やはり第3コーナーに待ち構える高低差4メートルの坂だ。上りは転倒が起こりやすく、下りで起きた事故は大規模な事故になりやすい。

 

 場所に限らず事故が起こりやすいシチュエーションのひとつとしては、芝の不良場。芝が水を含むと当然滑りやすくなり、荒れるためである。

 

 また、芝コースの開催終盤も怪我の原因のひとつだ。重賞及びG1は、〇〇レース場()1()0()()()()になるなどして終盤の開催になるため、 蹄跡(ていせき)――つまりそれまでのレース中にウマ娘がつけた足跡によって場が荒れているのである。ただし、荒れた部分を避けてコース取りするなら距離ロスこそあれど問題にはならない。

 

 次に高速場。ウマ娘の足は鋼鉄によって構成されているわけではなく、骨と肉という細胞によって作られている。そのため、足に負担のかかるレースになればなるほど怪我の危険性は高まるというわけだ。アグネスタキオンの対策に併せて、私にとってはこれが大きな問題になる。

 

 私はレース中にスピードを緩めることがほとんど出来ない。そこまで考える脳が無いおバカだからだ。と言うか、本能剥き出しのウマ娘を相手に手を抜いて走れなどとお願いをされても困る。できない願いだ。

 

 しかも、中途半端に速度を緩めようとするとURAの八百長に対する規則に引っかかってトゥインクル・シリーズから永久追放……なんてのも考えられる。仮に上手く誤魔化せたとしても、抜いたレースをすれば容赦なく襲ってくる3人の優駿から逃れる術はない。そこには敗北が待っている。

 

 未知の領域とはウマ娘のスペックの限界を超えた先にあるため、こればかりは対策の施しようがない。どうしようもなく()()にある臨界点だからだ。私はアグネスタキオンの対策を肝に銘じて、フォームを崩さずブレーキもかけずに突き抜けるだけである。

 

 これらをまとめると、菊花賞本番が晴れになることを願いつつ、荒れた場を避けて走り、京都の坂では気をつけて走り、フォームを崩さないように注意を払う……という対策をしなければならないことになる。ただ、これらの対策はごく一般的と言うか、誰もが気をつけていることだ。石橋は叩いて渡りすぎても問題ない。私達は更なる対策を積む。

 

 更なる自滅の予防に努めるため、私達は蹄鉄を打ち直し、普段はしない足元保護のためのテーピングを巻き、マックイーンちゃんを通して知ったプロマッサージ師の施術、秋川理事長を通じた京都レース場及び全レース場のターフの整備・点検、果てはスズカさんを通じてマチカネフクキタルによる悪霊退散の願掛けを行った。

 

『菊花賞当日の運勢は――おおっ!? 大吉ですよアポロさん!! 大吉!! 凄いです!!』

『救いはあるんですか〜?』

 

 『表はあっても占い』というフクキタルさんの占いテントで大吉を出したことだし、心配事はもはや無い。

 

 10月4週、淀の地にて。大盛況を誇る京都レース場にやって来た私は、一条の恐れも無い清々しい気持ちだった。

 



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63話:衝突!菊花賞!その1

 ――菊花賞。URAが京都レース場で施行する、クラシック三冠路線の最終戦として行われる長距離レースである。

 

 皐月賞は「最もはやいウマ娘が勝つ」、東京優駿(日本ダービー)は「最も運のあるウマ娘が勝つ」と呼ばれるのに対して、菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」と言われている。

 

 その理由として、菊花賞は2度の坂越えを含めた3000メートルという超長距離を走らなければならないことが挙げられる。ジュニア級からクラシック級10月まで――つまり菊花賞よりも早い時期に3000メートル以上の距離を走るレースは、日本のトゥインクル・シリーズには存在しない。

 

 3000メートルは未知の道のりなのだ。長丁場を乗り切るスピードとスタミナを兼ね備え、2回に渡って淀の坂を克服することが求められるため「最も強いウマ娘が勝つ」と称されている。

 

 こうしていよいよ迎えた10月4週の菊花賞当日。京都レース場に集まった観客数は12万人。京都レース場の観客動員数レコードは143606人だから、それに肉薄する相当数の観客が集まったことになる。

 

 この凄まじい観客入場数は、私達の世代を中心に巻き起こっている『第3次トゥインクル・シリーズ・ブーム』によるものだ。メディアも『G1ウマ娘4人が集結』『史上最高の菊花賞』『2人のダービーウマ娘が集う史上初の菊花賞』と調子の良い煽り……もとい宣伝を打ちまくっていて、世間の熱が盛り下がる様子はちょっと想像できない。

 

 1週間前くらいからウマスタのDMの通知が鳴り止まず、名も無きファンからお世話になった先輩や友達に沢山の応援メッセージを貰った。マルゼンさんだけは普通のメールを送ってきたので、社会人風な感謝の返信をしておいた。

 

 私を応援してくれる人の言葉が熱い想いとなって、背中を押してくれる。桃沢とみお、ファンのみんな、マルゼンさん、パーマーさん、ヘリオスさん、マックイーンさん、スズカさん、事情を知ったフクキタルさん、グリ子、ミークちゃん、桐生院トレーナー、沖野トレーナー、ルドルフ会長、タキオンさん、あと『Le Moss』っていう謎の人……色んな人の言霊が身体を包み込んで、運命から私を守ってくれる殻となった。

 

 フクキタルさんから貰ったミサンガもある。『このミサンガには勝負運と健康を向上させる効果がありまして!! ぜひぜひ左の足首に付けて走ってください!!』とのことだったので、勝負服を着ると同時に左足首に巻かせてもらうことにした。菊花賞を制した彼女のご利益に預かることとしよう。

 

 前日に京都に赴いた私達は、朝の9時に現地入りした。高鳴る心臓を落ち着かせ、私はストレッチに励む。最高のコンディションから繰り出される出力は予想がつかない。筋肉を解しておいて損は無いはずだ。

 

「…………」

「アポロは落ち着いてるな」

「まあね。心配しても、もはやどうにもならないかな〜って感じ」

「……君は強いなぁ」

「う〜ん。自分に起こってることを理解してないから、のほほんとしてられるのかも」

 

 不安はなかった。完全に消えたわけじゃないけど、ほとんどないと言っていい。だって、私達はやるべきことをキチンとこなしてきたのだ。対策に対策を重ね、神頼みにさえ縋り付いて、その結果私達は未知の領域を受け入れる準備が整っている。

 

 まさに、人事を尽くして天命を待つ。後は三女神様のご機嫌を窺うしかないわけだ。

 

 長きに渡ってストレッチをした後、私達は菊花賞の作戦を確認しておくことにした。ちなみに菊花賞の枠番はこうなっている。

 

 1枠1番9番人気ジュエルスフェーン。

 1枠2番8番人気オボロイブニング。

 2枠3番10番人気リボンヴィルレー。

 2枠4番3番人気セイウンスカイ。

 3枠5番2番人気アポロレインボウ。

 3枠6番12番人気コンテストライバル。

 4枠7番5番人気リトルフラワー。

 4枠8番11番人気ブリーズシャトル。

 5枠9番4番人気キングヘイロー。

 5枠10番13番人気シャープアトラクト。

 6枠11番7番人気ランクツネヒト。

 6枠12番6番人気ジョイナス。

 7枠13番15番人気オリジナルシャイン。

 7枠14番14番人気ディスティネイト。

 7枠15番16番人気イレジスティブル。

 8枠16番17番人気マッキラ。

 8枠17番1番人気スペシャルウィーク。

 8枠18番18番人気オーバードレイン。

 

 奇しくもあの悪夢と全く同じ枠番だが――運が味方したか、クラシック路線最後の舞台にふさわしい絶好の秋晴れだ。場は『良』の発表で、ダービーウマ娘のスペシャルウィークが1番人気。彼女は前走の神戸新聞杯で圧巻のパフォーマンスを見せて8バ身の大勝を収めた。順当な1番人気である。

 

 2番人気は私、アポロレインボウ。大衆からの妙な人気のせいでこの位置だ。ダービーウマ娘とはいえ、ステップレースを経ずに2番人気なのだから、どれだけ私が人気なのか窺える。無論、私は負けるつもりは毛頭ない。ぶっちぎって勝つ気満々だから、上位人気なのはありがたい限りだ。

 

 3番人気はセイウンスカイ。前走の京都大賞典にて、セイウンスカイはシニア級ウマ娘に対して強い勝ち方をしたのだが、彼女はゲート入りを嫌がった。そのため、ごく最近にゲート入り再審査を執り行うという珍事(?)が起きていた。普通なら1番人気になってもおかしくなかったが、ゲート難が厳しく評価されてこの人気になったというわけだ。

 

 4番人気はキングヘイロー。前走のセントライト記念で強烈な勝ち方をしたが、3000メートルという長距離を走れるのだろうかという疑問のため4番人気に落ち着いた。

 

 さて、私達の作戦は『一心不乱の爆逃げ』である。3枠5番という中々の枠番を引けたので、スタートからゴールまで全速力でフォームを乱さずに走り切る。それが作戦だ。

 

「何回か言ったことがあるけど、アポロには後ろを確認しすぎるきらいがある。長距離で君の逃げを破れる者なんてそうそういないんだから、無駄に後ろを向いてプレッシャーを感じるようなことは避けた方がいいと思うよ」

「う、うん……でも、確認が癖になっちゃってるみたいなの」

「そうだよなぁ……」

「コーナーを利用して後ろを確認するくらいは許してほしいな〜なんて」

「……まぁ、そうだね。コーナーでならフォームも大して崩れないだろうし……」

 

 サイレンススズカはレース中滅多に後ろを確認しない。ただただ自分の逃げを貫き、最終コーナーに入ったらラストスパートをかける――それだけで良いのだ。勝ててしまうから。

 

 だけど、私にはそこまで堂々とした戦法は取れない。あれは彼女に固有の戦法なのだ。菊花賞の相手はトレセン学園を代表する優駿であるという事実が、私を捕えて離してくれない。そういうわけで、小心者の私は後ろを振り返らずにはいられないのである。

 

「あ、もう12時だ」

「そろそろ飯でも食べるか?」

「そうしようかな」

 

 そろそろ昼食の時間になったので、私は持ってきたおにぎりを頬張り始めた。願掛けにカツでも食べたい気分だったが、さすがに胃もたれするかもしれないのでダメだ。私はウマホで枠番やニュースを覗きながら、早々とおにぎりを食べ終わった。口を動かす暇があるなら、脳を動かしてレースのことを考えていたいのだ。私はWeb版月刊トゥインクルなどを見て最後の時を過ごすことにした。

 

 そんな時、とみおが私の顔を見て笑った。唐突な笑い声で現実に戻ってきた私は、とみおの方を見て首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

「アポロ、ほっぺたにお米ついてるよ」

「えっ! ど、どこに?」

 

 彼に言われて急激に恥ずかしくなってくる。ウマホをぶん投げて、私は自分の頬をまさぐった。彼が言うには米粒が付いているらしいが……そんなことするのはスペちゃんとかオグリちゃんくらいなものだ。

 

 とみおが苦笑いしながら自分の頬を指さして「ここだよ」と指示してくるが、どこを触っても米粒の感触がない。いつまで経ってもお米が取れないからか、とみおが破顔しながら溜め息をついた。

 

「アポロ……君って子は、本当に……」

「どこ!? あ、いや! 恥ずかしいからやっぱこっち見ないで!」

「しょうがないな。俺が取ってあげるから、ほらこっち向いて」

「わっ、ちょっ」

 

 とみおが急に接近してくる。私の両手を振り解き、唇に向かって手を伸ばしてくる。私は悲鳴を上げそうになりながらぎゅっと目を閉じた。

 

「んむっ」

 

 暗闇の中で感じたのは、唇の端に押し付けられた柔らかな感覚だった。その感覚はすぐに私の肌から離れていき、何事かと目を開いた時、その正体が明らかになった。

 

 それはとみおの人差し指だった。しかも、あろうことか彼は私の口元についていた米粒を食べてしまったのである。

 

「あーーーー!!!」

「うるさいぞ。そろそろ勝負服に着替えなさい」

「変態! 最っ低! マジありえないんですけど!!」

「はいはい、ごめんよ」

「もーーーー!! 流さないでよ! こら!」

「あと数時間で菊花賞が始まるぞ、早く着替えた着替えた」

「ぐっ……後で覚えておいてよね……」

 

 全く誠意のない謝罪に頬を膨らませながら、私はとみおの手から勝負服を受け取った。この男……本当にデリカシーがない。女の子の口元についた米を普通に食べるとか、ほんとに何なの。相手が私だから許してあげるけど、私以外にやったら普通に刑務所行きじゃん。

 

 菊花賞前に余計なことしないでほしいよね、全く。……いや、余計なことではないかな? どっちかと言うとドキドキしたし、嬉しかっ……ウホン。とにかく今は勝負服に着替えよう。菊花賞に集中しなければ。

 

 私はとみおと入れ違いにやってきたスタッフさんに挨拶して、体操服を脱ぎ去った。

 

 

 勝負服を着せ付けてもらい、それと同時にお化粧が終わる。やっぱりプロの手でしてもらう化粧は、自分の手でやる化粧よりも上手い。いつもの3割増で自分の顔色が良く見えるし、まつ毛もいい感じになっている。

 

 こうして鏡で見ると、アポロレインボウは浮世離れした超絶美少女だ。芦毛のウマ娘が白い勝負服を着て、遠くから見たら妖精のようではないか。スタッフさんも――恐らくお世辞だろうが――とても可愛いですよ、なんて言ってくるものだから、G1の時は毎回調子に乗りそうになる。

 

 実際、とみおの調整が上手いおかげで、G1の時は肌のツヤも身体のキレも絶好調であるから、私の可愛さが1割増な所はあるだろうけどね。

 

 両手を広げて鏡の前でくるくると回る。そのまま軽くステップを踏んで己の身体の状態を確かめたところ、私は史上最高のコンディションにあることが分かった。勝負服を着た途端、足元からとてつもないパワーを感じたものだから、何となく予想はついていたが……。

 

 何と言うか、マジに空の果てまで飛んで行けそうな感じがする。気合いの乗りは最高だし、身体中から今にも力が溢れ出しそうだ。パドックの時間さえまだまだ先なのに、脳が沸騰してレースのことしか考えられなくなる。

 

 ヤバいと思ってその場で旋回して、何とか走りたい欲を押さえつけるが……ムズムズが全然止まらない。ターフの緑を思い浮かべた瞬間にも走り出してしまいそうだ。

 

 控え室に戻ってきたトレーナーも私の異常に気づいたらしく、慌てて傍に駆け寄ってくる。

 

「アポロ、大丈夫?」

「大丈夫……じゃないかも。ちょっとこっち来て」

 

 私はとみおの服の裾を引っ張って、彼の胸に思いっ切り鼻を押し付けた。彼の全身に力が入ったのが分かる。しかし彼も「いつもの甘え癖か」と思い出したのか、逆にこちらの頭を撫でてきた。

 

 彼の匂いを感じると、例えようのないくらい落ち着いた。彼が私の身体を包み込んで守ってくれているような気がして、全身の力が抜ける。トレーナーに撫でられることによって私は完全に落ち着きを取り戻し、溢れんばかりの闘争心を収めることができた。

 

「……落ち着いた?」

「うん。気合いが入りすぎて()()()()()けど、もう何ともないよ」

 

 ……慌てることはない。私は桃沢とみおという頼れるトレーナーに守られているのだ。ターフの上に立ったとしても、孤独ではない。桃沢とみおという確固たる大人に加え、数々のウマ娘やトレーナーが私のために動いてくれた。直接的な関わりがなくとも、みんなの想いが私に勇気と力を与えてくれる。

 

 私はとみおの胸から顔を離し、白い歯を見せた。彼もまた、満面の笑みを見せてくる。

 

「ちょっと早いけど、もう控え室から出ちゃおっか」

「いいのかな?」

「いいんじゃない? パドックの方に向かってれば、スタッフさんも気づくでしょ」

「え〜……適当だなぁ。ま、いっか」

 

 私達は手を取り合って、控え室から抜け出そうとして――そのまま止まった。2人で顔を見合わせて、ほとんど同時に口にする。

 

「アポロ。ミサンガ付けたっけ?」

「あ。忘れるところだった……フクキタルさんにせっかく頂いたんだから、ちゃんと付けていかないとね。えーと……左足首に付ければいいんだっけ」

「あ〜、俺がやるよ。アポロは座ってて」

「うん、そうさせてもらうね」

 

 私は近くの丸椅子を引き寄せて、ちょこんと腰掛ける。彼は床に跪いて、赤色と白色の編み込みがなされたミサンガを手に取った。彼の姿勢に合わせて私は左足をゆっくりと持ち上げる。

 

「きつくない?」

「ん、大丈夫」

 

 とみおは私の細い足首にミサンガを巻き付けると、走る際に邪魔にならないよう(くるぶし)よりも上の位置でしっかりと固定した。きつくならない程度にミサンガを結んでも、私の足は依然変わりなく動く。

 

 それどころか、フクキタルさんの念の力を纏ったように脚が軽くなった。プラシーボ効果による思い込みのせいかもしれなかったが、私達が当てにしているのは思い込みを含めた精神の力だ。仮に軽くなっていなくとも、そう感じられるだけで良かった。

 

「ありがと」

「結構目立たないな。そこら辺も上手くチョイスしてくれたんだろうか」

「……フクキタルさんには後でいっぱいお礼をしなくちゃ」

 

 私はどきどきしながら足を引いた。まるで、ガラスの靴を履かせてもらったシンデレラになった気分だった。私が履いているのはガラスの靴ではなくてハイヒールだし、何なら付けてもらったのはミサンガだし、全くシチュエーションは違うけれど……それっぽい行為をしただけで、私の心はいっぱいに満たされたのである。

 

 これまでで一番興奮しながら、されど温かな落ち着きを心の内に共有した私は、大切なトレーナーと共にパドックに向かった。

 

 

 

 

 

 

 ――無防備で、儚くて、喋ればちょっとおバカで、自らを顧みない頑張り屋で。いつ無理をしてぶっ倒れるか分かったもんじゃない、絶対に目を離せないウマ娘。これは、桃沢とみおがアポロレインボウに対して下した評価である。

 

 桃沢とみおはずっとアポロレインボウのことを見てきた。これまでの1年半、片時も目を離さなかった。離せなかった。トレーニングルームで、ダンスレッスンで、坂路の上で、ウッドチップコースの上で、レース場で――アポロレインボウというウマ娘にずっと目を奪われていたと言い換えても良かった。

 

 見た目が良いせいだろうか? いや、それは正確ではない。もちろん、アポロレインボウの類稀な可憐さに見惚れる時は少なからずあったが――どちらかと言えば、彼はアポロに根付いた強い精神(こころ)に興味を持っていたため、目を離せなかった。

 

 アポロレインボウは諦めの悪い性格だ。その瞬間は敗北や挫折に打ちのめされても、すぐに立ち直る。涙さえ流しながら必死に努力し、その壁を越えようと死に物狂いでトレーニングに食らいついてくる。しかも、桃沢が「ギリギリこなせないかもしれないな」というトレーニングメニューを持ち前の根性で必ず乗り切ってくる。

 

 その小さな身体にどれだけの想い(チカラ)を秘めているのだろうか。桃沢は怪我に細心の注意を払いながらアポロレインボウを鍛え抜いていった。めきめきと実力をつけていく彼女を見るのは痛快だったが、正直なところ、この大器を自分のような新人トレーナーが育てても良いものかと迷う時もあった。

 

 だが、そんな彼の迷いを打ち砕いたのは他ならぬアポロレインボウ自身である。ジュニア級のある時、桃沢が「君のトレーナーとして相応しくないかもしれない」と零してしまった時があったのだが……アポロは数回瞬きした後に「私のトレーナーはとみおしかいないもん」と当然のように言ってのけた。また、「あなたじゃないとここまでやってこれなかったよ」とまで発言したのである。アポロレインボウは、新人トレーナーで何の後ろ盾もない桃沢とみおを信じ切っていたのである。

 

 それと同時に理解した。アポロレインボウの強い精神力は、誰かを信じることによって育まれた意志なのだと。

 

 それからの桃沢とみおは、アポロレインボウの信頼に応えるために身を削って努力した。天海トレーナーや沖野トレーナーを頼り、彼女に相応しいトレーナーになりたいと必死に知識を取り込んだ。そして担当ウマ娘を信じることで桃沢自身にも強い自覚が芽生え、彼女を最強ステイヤーに育て上げるのだという意志は決して揺るがぬものへと育っていった。

 

 ……と、ここまでアポロレインボウの強い部分を挙げてきたが、彼女にも弱い部分はある。強い精神力を兼ね備えているが、その実アポロレインボウはとても寂しがり屋で甘えん坊なのだ。うっかり屋さんでもあるし、少し頭の回らないところもある。しかし、彼女のそういうギャップが人を惹き付けて止まないんだろうな、と桃沢はぼんやり思う。

 

 ただ、不意に密接なスキンシップを取ってくるのは非常に心臓に悪いからやめてほしい。桃沢はアポロレインボウの左足にミサンガを結びながら、ぼんやりと思った。

 

 

 アポロレインボウのパドックが始まると、京都レース場に集った観衆が一際大きく揺れた。上着を脱ぎ去った彼女に視線が集中する。その様子を後ろから見守る桃沢とみおもまた、アポロレインボウに穏やかな視線を送った。

 

 客席のあちこちから名前を呼ばれる度、アポロレインボウのピンクがかった繊細な芦毛が揺れる。その髪の毛の1本1本がカーテンのように棚引いて、きらきらと光り輝く。その優しげなアメジストの瞳がパドックに押し寄せた観客に向けられる。雪のように白く透き通った肌が、太陽の光を浴びて燃えるように閃く。純白の勝負服が煌めいて、元気の良い尻尾が大きく揺れる。

 

 『強くなったな』。アポロレインボウの悠然とした横顔を見て、桃沢とみおは不意に押し寄せてきた涙を何とか堪えた。

 

 アポロレインボウは大きくなった。1勝を上げられるかどうか……という時期を乗り越え、山あり谷ありでダービーを勝つまでに成長した。その経験で培った自信は桃沢が考えるよりもきっと確固たるものだ。

 

 堂々としたアポロレインボウの振る舞いを見れば分かる。彼女は自分が思うよりもずっと、ひとりのウマ娘として成長した。

 

 しかし……まだだ。まだ泣いてはいけないのだ。菊花賞を勝利で終えるまで泣いてはならない。それに、どちらかと言えば()()()()が本番である。

 

 担当ウマ娘が未知の領域へと挑もうとしているのだ。そのことを考えるだけで、心臓がきゅっと縮み上がる。

 

 トレーナーという職業に就いていようが、ウマ娘と共に走ることはできない。ターフの上で起こる何事にも後手の対応を強いられる。どれだけそのウマ娘のことを思っていようと、トレーナーは彼女達を信じることしかできないのだ。

 

 桃沢トレーナーはずっとアポロのことを信じてきた。信じられなかったのは己の手腕くらいなもので、いついかなる時も担当ウマ娘のことを信じていた。

 

 しかしパドックが終わり、菊花賞の本場入場を前にすると、初めてその決意が揺らぎかけた。このままアポロレインボウを送り出せば、二度と彼女を抱き締められないかもしれない。彼女を見る者に夢を与えるような、怒涛の走りを見せてくれなくなるかもしれない。

 

 アポロを信じていないわけではない。信じきれなくなっていたのだ。靄のかかった未来への不安がどんどん大きくなって、アポロレインボウにかける愛情も相まって、胸を張って彼女を送り出すことが段々難しくなっていた。

 

 ――だが。

 

 アポロレインボウ自身が、人を信じることを教えてくれた。

 見守る立場にあるトレーナーは、ウマ娘の背中を押すことしかできない。しかし、信じているからこそ彼女達の背中を押すことができるのだ。

 

 桃沢とみおは押し寄せてきた様々な感情をぐっと堪え、光に向けて駆け出す彼女の背中を押した。

 

「アポロ――行ってらっしゃい」





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はるきK 様からぱかプチ風アポロレインボウの絵を頂きました。ありがとうございます。


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64話:衝突!菊花賞!その2

 京都レース場第9レースである3勝クラスの桂川ステークスが終わり、いよいよメインレースたる第10レースの菊花賞が始まろうとしていた。

 

 昼下がりの淀の地に集結した優駿の数は18人。スタミナ自慢の伏兵や、トライアルを好走してきた上がりウマ娘に、世代を代表するG1ウマ娘など……錚々たる顔ぶれが並んでいる。

 

 そしてこの18人の中にはきっと、これまで走る舞台が限られて鬱憤が溜まっていたステイヤーも混じっているのではないだろうか。例えば6番人気のジョイナスは、2600メートル以上じゃなきゃやる気が出ないという生粋のステイヤーである。

 

 彼女は月刊トゥインクルなどのインタビューでこう答えていた。短距離・中距離競走はジュニア級から賑わっているのに、どうして本格的な長距離競走はクラシック級の暮れまでお預けを食らわなければいけないのか……と。これはステイヤーならではの赤裸々な悩みだ。

 

 確かにもっと早い時期から長距離を走りたいという気持ちは分かるが、ステイヤーというのは基本的に晩成型である。いくら長距離への適性が高くても、長い距離を走るための心臓を作るためには長期的かつ長時間のトレーニングを日々積み重ねていかなければいけないのだ。

 

 とみおはジュニア級の早い時期からインターバル形式の有酸素運動を施してくれた。その結果私の心肺機能は飛躍的に成長したが、やっぱりかなりの時間がかかった。

 

 また、自分がトレーナーだったとしよう。そんな時、担当するウマ娘が早くから沢山のレースを選択して走れる短距離〜中距離適性のある子と、ステイヤーとしての素質はあるが晩成型で大レースを勝つようになるまで慎重にレースを選んで何年も待たなければならない子なら、大体のトレーナーは前者を選ぶだろう。

 

 トレーナーとて人間だ。ウマ娘を育てる機械ではない。担当するウマ娘が活躍すればするほど、ボーナスとして入ってくる給料も増える。しかし長距離レースは数が少ない上、賞金もそこまで高くない。となれば、短距離から中距離を走るウマ娘を育てたいと思うのは当然のことだ。とみおのような『古き良き』という感じのトレーナーは例外中の例外なのである。

 

 だからこそ菊花賞のような長距離レースを走るにあたって、純正ステイヤーの間には共通した裏目標がある。それは長距離レースとステイヤーの地位向上。自分のレース人生を中心に考えた上で、それでも譲れないもうひとつの夢である。

 

 ファンの人気が高まることによって長距離レースやステイヤーの需要が増え、例えば新たなレースが創設されるようなことになれば、それはもう()()の勝利だ。ジョイナスや私はレース選択でかなりの苦しみを強いられてきた。今後生まれてくるステイヤーが苦しまないために戦うのも、ある意味私達の使命と言える。

 

「スゥ――……」

 

 この菊花賞は、今後の私達のためにも絶対に負けられない戦いになる。無論、負けてもいい戦いなどないが……ステイヤーの私がマイルや中距離で負けるのと、本命の長距離で負けるのとでは意味合いが違いすぎる。

 

 私の目標は『長距離無敗』。菊花賞を勝ち、ステイヤーズステークスを勝ち、そして暮れの有にも勝つ。長距離への注目度を上げるためにも、この要素は欠かせない。

 

 こうして考えると、勝たなければならないモノが多すぎるな。未知の領域とか、運命とか、菊花賞とか、セイウンスカイとか、スペシャルウィークとか、キングヘイローとか、その他諸々。

 

 あぁ、燃えるじゃないか。困難苦難が待ち構えているほど、怒りに似た闘志が噴出してくる。長い地下道を歩き、パドックに向かって一歩一歩踏み締める度に胸が熱くなる。先程からの興奮も相まって、()()()寸前のギリギリの所まで心が煮え立った。

 

 かつて未知の領域へと至ったウマ娘達も、こんな落ち着かない気分だったのだろうか。「早く走りたい」とトレーナーにぼやいて前掻きすると、「落ち着いて」と頭を撫でられて無理矢理落ち着かされる。逆に別の意味でドキドキもしたりするが――そんなことを繰り返して気持ちを乱高下させていると、いよいよパドックに18人のウマ娘が集結した。

 

 京都レース場のパドックは真円である。ただそれだけのことだけど、私はその形を非常に気に入っていた。そういう微妙なところまで好きになれるあたり、やっぱり淀の地は私に合っているのかもしれない。

 

 1枠1番のジュエルスフェーンがパドックに姿を現すと、観客が大いに沸き立つ。彼女は漆黒の勝負服を自慢げにアピールすると、両手を大きく振って大衆に向けてアピールし始めた。

 

『1枠1番ジュエルスフェーン、9番人気です』

『素晴らしい迫力ですね。人気はそこまでですが、条件戦を連勝してきた勢いのあるウマ娘ですよ。クラシック最後の舞台で一発に期待しましょう』

 

 順番が飛んで、続いてはクラシック6強の1人――セイウンスカイ。

 

『2枠4番、セイウンスカイ。3番人気です』

『前走ではシニア級のウマ娘を相手に圧勝劇を演じてくれましたが、ゲート再審査のため少し人気を落としてしまいました。クラシック二冠に向けて気合いは十分と言ったところでしょう』

 

 セイウンスカイは自由気ままだ。何にも縛られず、本心を隠し、飄々と振舞っている。それは菊花賞のパドックにおいても同じことであり、彼女の調子を断定することはできなかった。

 

 しかし、『大したことないですよ〜』的な雰囲気を漂わせている時のセイウンスカイは、決まって調子の良い時だ。明らかに調子の悪かった日本ダービー以外や、調子の良すぎた皐月賞以外はこんな感じ。

 

 メイクデビューや前走の京都大賞典はまさに()()だった。目の前に観客がいるというのに、アピールは控えめ。視界に入った小鳥を目で追ったり、のほほんと眠そうに瞳を細めたりして、パドックに殺到したファンやライバルに「こいつ大丈夫か……?」と思わせて注目度を落とすのが多分彼女の作戦だ。

 

 しかし、彼女は皐月賞を制したG1ウマ娘だ。実力は誰もが知るところなため、ライバル達からは邪推深い視線を受けている。そろそろその作戦も通用しなくなっているのではないか……?

 

 加えて、彼女は史実で菊花賞を世界レコードで制した二冠馬だ。調子も身体も完璧だったはずのスペシャルウィークを押さえ込んで、あっさり逃げ切り勝ちしたと私は記憶している。試走だったら私も3000メートルの世界レコードを記録できたが……彼女に競りかけられるであろうレース最後半にどうなるか。私の爆逃げが通用するかは、未知の領域次第といったところ。

 

 セイウンスカイの次は私、アポロレインボウの番だ。パドックのステージ上に上がって深呼吸し、上着を弾き捨てる。秋晴れの空に舞った上着はそのままトレーナーの手元に舞い降り、私はドヤ顔で鼻を鳴らした。

 

『3枠5番、アポロレインボウ。2番人気です』

『絶大な人気を誇るダービーウマ娘の登場です。休み明けでぶっつけ本番の菊花賞であることと、長距離を走れるか疑問なところがありますが……彼女なら歴史に残る史上初の“大逃げによる菊花賞制覇”を果たしてくれるかもしれませんね』

 

 私が手を振ると、その方向の観客が悲鳴のような絶叫を上げる。迫真すぎる様子にちょっとビビったが、人気の高さはありがたい限りだ。しかし、中には懐疑的な目線や心配そうな表情をした人も混じっていた。

 

 ただ、そういう態度を示す人とて私を応援していないわけではないのだろう。単純に私が勝てるかどうかに疑問を持っているとか、長距離適性がないんじゃないかと思っているのだ。

 

 ならば、その疑念さえ超えていくだけのこと。私は両腕を胸の前に組み、自信を示すように仁王立ちになった。『領域(ゾーン)』の片鱗を噴出させ、周囲のウマ娘と観客を威圧する。もっとも、それを感じられた観客は数少ないだろうが……それでも感じるものがあったのか、パドックの周りから声が上がる。

 

 セイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイローと目が合う。他のウマ娘の圧に呑まれ気味だった日本ダービーの時とは違う。私が敵を威圧している。情報戦でも距離適性でも優位に立てている。これまでのように相手を狙い撃ちする側ではなく、私は他のウマ娘から狙われる立場にあるのだ。大逃げのレースよろしく、『追ってこい』と言える。

 

 彼女達の背後からそれぞれ完成しきった『領域(ゾーン)』が顔を覗かせるが、私の雪の結晶は彼女達の雰囲気を容易く呑み込んだ。スペシャルウィークが少し怯えたような目線でこちらを見てくる。私はそのまま視線を切って威圧感を引っ込め、パドックのお披露目台から去った。

 

「アポロレインボウは調子が良さそうだが、菊花賞を走り切れるのかな」

「どうした急に」

「これまで彼女が選択していたレースはどれも2000から2400……それがトライアルも踏まずにぶっつけ本番じゃないか。日本ダービーから丸々5ヶ月にプラスして600メートルもの距離延長、不安に思わない方がおかしいと思うぜ」

「現実的なことを言うとその通りなんだが……彼女の自信を見ろよ。何も無策で挑むつもりではないようだけど」

「……まあ、それもそうなんだよな」

「とみおさんは6強の3人相手にも勝機があるから、この菊花賞に自信をもってアポロレインボウを出走させたんじゃないか。彼女の自信満々の表情には確実に裏があるぞ」

「菊花賞への参加表明もかなり遅らせたもんな。これはアポロレインボウが大本命になるか……?」

 

 私の後に続いて出てきたのは、前走で強烈な勝ち方をしたキングヘイロー。5枠9番の4番人気。調子を前走よりも上げてきて、絶頂にあると見える。

 

『5枠9番のキングヘイロー。4番人気です』

『彼女もトライアル競走からの参戦です。ジュニア級から王道のクラシック路線まで皆勤するその丈夫さには頭が上がりませんね。世代最強の末脚とパワーを果たして初の長距離で発揮できるでしょうか。彼女のスタミナには要注目です』

 

 前走・セントライト記念の勝ち方を自信にしたか、キングヘイローの顔色は非常に優れている。警戒対象として頭に入れておかざるを得ないが……後ろの方でやり合って消耗してくれるとありがたい。完璧なレース運びをされたなら、私の大逃げが決まったとしても差し切られる可能性がないでもないからね。

 

 最後は8枠17番という外枠のスペシャルウィーク。

 

『8枠17番、スペシャルウィーク。1番人気です』

『2人目のダービーウマ娘が堂々登場です。王道を行く彼女への期待の高さが窺えますね。圧倒的なフィジカルとスタミナから繰り出される自慢の末脚が炸裂するでしょうか。私イチオシのウマ娘ですよ』

 

 相変わらずスペシャルウィークの正統派な雰囲気には見惚れるものがあるが……彼女は神戸新聞杯で夏の上がりウマ娘ジョイナスを叩きのめしたウマ娘だ。可愛い顔して油断できないぞ。スペシャルウィークといいオグリキャップといい、この世界では大食いウマ娘は強いという法則でもあるのだろうか。

 

 スペシャルウィークは眉毛をキリッと吊り上げて、私の方を見てくる。本来であればダービーウマ娘という称号は彼女ひとりが占有するはずだった。それが同着まで持ち込まれたとあって、思うところがあるのだろう。多分私のことを一番に意識している。

 

「私達の作戦は後ろを気にせず思いっ切り爆逃げすることだけど……やっぱりスペちゃんキングちゃんセイちゃんは怖いね」

「……後ろを気にしすぎるなよ? 君は長距離のサイレンススズカになれる逸材なんだから、もっと調子に乗ってほしい」

「って言われてもなぁ……この性格が完璧に直ることはないかも」

「そっかぁ……まぁ、君の良いところのひとつと言えばそれまでだけど。今は未知の領域を超えることと、菊花賞を勝つことを考えよう」

 

 パドックが終わると、地下道を通ってターフに向かうことになる。このコンクリートで舗装された道が私達を京都レース場のターフに導いてくれる。そして、ここで交わす言葉がとみおとの最後の会話だ。

 

「……菊花賞、楽しみだね」

「…………」

「あれ、私変なこと言った?」

「……いや、アポロの口からそんな言葉が聞けるとは思ってもなくて」

「頼もしくなったでしょ、私。嘘は言ってないよ? ほんとに楽しみなんだ。これまでずっと頑張ってきたじゃん。ちょっと怖いこともあるけど、ワクワクが抑えられない感じがして、こう……うずうずしてる」

「そうか……強くなったな」

 

 とみおに頭を撫でられる。優しい手つきだった。唯一の不安である自滅もマチカネフクキタルによるミサンガが守ってくれるとあれば、恐れるものなどあんまりない。

 

 私達が地下道の出口前にやってくると、自然と互いに向き合う形になる。そのまま数秒間見つめ合った後、どちらともなくニヤリと白い歯を見せる。

 

 とみおも何だかんだ言って自信満々なんじゃないか。一瞬、私を心配するような表情が見えたけど……そもそもレースに出るということは怪我の危険に曝されるということだ。私の身を慮って表情が曇るのも、この菊花賞に限らず当然のこと。

 

「アポロ――行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

 

 彼の言葉に背中を押されて光の中に駆け出した私は、京都レース場の大歓声に包まれてターフの上に足を踏み入れた。

 

 光の正体は、からっとした秋晴れから来るものだった。10月も暮れになるというのに、気温は20度を超えている。ターフはバッチリ乾燥していて、サクサクと芝を踏み締める感覚からすると絶好の良場と言っても良い。

 

 そんな京都レース場のコースは、阪神レース場や中山レース場と同様に、内回り・外回りの大きな2つの周回から成る。この菊花賞の舞台では外回りしか使用されないから、今回は内回りについては無視して良い。

 

 京都芝コース最大の特徴は、高低差4.3メートルにもなる第3コーナー地点の坂。『淀の坂』と呼ばれるこの丘は長いレイアウトから構成されており、向正面半ばから第3コーナーにかけて上り、第4コーナーで下りが待ち受けている。逆に淀の坂以外は高低差のない平坦なコースとなっているので、結構特殊なコースと言えるかもしれない。

 

 菊花賞は向正面終わり・第3コーナー寸前からのスタートだ。スタート直後に淀の坂が待ち受けているので、ゲートから見える景色は緑一色で結構エグいことになっている。まさに壁が目前に聳え立っているような圧迫感を受けるのだ。高さ4.3メートルと言ったら、キリンとか二階建ての建物くらいデカいからね。

 

 スタートして1度目の坂越えをしたら、200メートル程度走れば第3コーナーがやってくる。つまりスピードがつき始めるくらいの頃合にカーブが存在するので、外枠のウマ娘はちょっと……いや、かなり苦戦を強いられるかもしれない。外を回らせられる上に、他のウマ娘よりもきつい角度でカーブを曲がらなければならないため、ロスが生まれやすいのだ。

 

 第4コーナーを回って1周目のホームストレッチにやってくると、全力で走る彼女達に興奮した観客が決まって大歓声を上げる。迫力とか盛り上がりを受けてファンの人がそうなっちゃうのは仕方ないけど、それが原因でかかっちゃうウマ娘もいるので注意しなければならない。気合いが入りすぎた子は8割引っかかってスタミナロスするから、耳栓でもしておこうかしら……。

 

 そのまま平坦なスタンド前、第1コーナー第2コーナーを通過すると、2度目の坂越えが待ち受けている。ここがクラシック級の私達に対して鬼門として立ち塞がってくるのだ。1度目はスタート直後ということもあって易々と越えられるが、レース終盤になって襲いかかってくる4メートル超えの坂というのは伊達じゃない。

 

 長距離適性の乏しい子はここで脚とスタミナを削られて末脚を発揮できないし、たとえ長距離巧者であっても容赦なく心肺の余裕を削ぎ落とされる。

 

 かつては『ゆっくり上ってゆっくり下る』のが鉄板とされた淀の坂だが、最近はレーススタイルの変化を受けて、ゆっくり上った後、坂の下りでつけた勢いそのままに最後の直線を走り抜ける戦法が定着している。ということで、坂の頂上付近である残り800メートル付近からペースを上げるウマ娘が多い。

 

 私は爆速で坂を上って超爆速で坂を下るつもりだが、あの悪夢がどこかチラつく。淀の坂はフォームと足元に注意して走ることにしよう。

 

 ……2度目の坂越えを経ると、最後の直線に入る。その長さは400メートル。3000メートルの長期戦において最終直線に入ると、ウマ娘の様子は極端に分かれる。スタミナ不足であったり力のないウマ娘は早々に1着争いから後退し、末脚を使うことなくレースを終える。ここで元気のあるウマ娘は、最終コーナーで好位につけて決着をつけにかかる。

 

 そもそも菊花賞は前目の作戦を取るウマ娘が不利とされ、標準レベルの場であれば末脚勝負になりやすいのだ。レース展開が高速であれば逃げ切り勝ちも有り得るが……。

 

 また、コースの幅員が最大38メートルとかなり広いことも見逃せない特徴だ。コース幅が広いことと、内回り・外回りの分散によって負担が分割されることもあり、場の痛みが他レース場と比べて進行しにくい。つまるところ、皐月賞のような極端な枠不利やグリーンベルトの生成が生まれにくいということである。

 

『京都レース場に集まった観客の数は12万9547人! 返しウマを始めるウマ娘達に拍手喝采が送られます!』

『おや、いつも爆走しているアポロレインボウですが……今回は元気がありませんね。全力疾走を抑えて控えめの軽いランニングです』

 

 今日の返しウマは控えめだ。ぶっちぎって走るのはレースが始まってから……今は準備運動の意味合いで走るだけでいい。それに、もう身体を騙す必要は無いからね。今から走るのは本来の適性である長距離だから。

 

 返しウマが終わると、向正面に用意されたゲート前にやってくる。ウマ娘が背筋を伸ばしたり軽くジャンプしたりする中、遠くからファンファーレが鳴り響いた。ファンファーレとちょっとズレた手拍子が聞こえたかと思うと、演奏の終わりと同時に沸き立つ大歓声が上がる。

 

『雲ひとつない秋晴れの空のもと、京都レース場で“最も強いウマ娘”を決める戦いが始まります』

『クラシック最後の舞台に相応しい晴れ模様となりましたね』

 

 向正面とあって歓声は遠くから聞こえたが、それでもターフが震えるくらいの大音量だ。私は鋭く呼吸しながらゲートインする。

 

『2番人気のアポロレインボウ、今ゲートイン』

『日本ダービー以上の自信が窺えます! 要注目ですよ』

 

 鋼鉄のゲート内から見える景色はいつも以上にクリアだ。胸の内に秘めた情熱はダービーの時以上に燃え盛っている。身体の状態も良い。足元がふわふわして軽い。もう何も怖くない。

 

『これで全てのウマ娘がゲートイン、発走準備が完了しました』

 

 ――いける。フォームを崩さずに走り切れば勝利は頂いたも同然だ。私は呼吸を止めてスタートの構えを取った。

 

『クラシック三冠目、菊花賞が今――スタートしました!』

 

 





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はるきK 様から素晴らしい絵をいただきました。ありがとうございます。


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65話:衝突!菊花賞!その3

 運命の菊花賞のゲートが開いた。冷たく呆気なく菊花賞は始まりを告げ、18人のウマ娘がゲートから飛び出した。

 

『各ウマ娘出遅れはありませんでした。アポロレインボウがポンと飛び出て前に行きそうです』

『3000メートルでも大逃げですか……2400メートルのダービーでは一度力尽きかけたことが頭に()ぎります。果たして大丈夫なんでしょうか』

 

 いつものぶっちぎったロケットスタートを決めると、普段とは違う感覚があった。ターフを蹴りつける度に細やかな振動が伝わってきて脊椎が揺れ動くのを感じる上、後頭部に第3の目が生まれたように視界が拡張し、()()()()()()()()()()()後方の様子が分かるようになったのだ。

 

 これが未知の領域の兆候のひとつなのか? 拡がった視界、強烈に漲ってくる力、背中に翼が生えたかのような身軽さ――しかも、私が渾身の力で踏み抜いた地面は見事な形に抉れ、足跡となってターフに残っているではないか。間違いない。このまま3000メートルを走り抜けば世界レコードを叩き出せるぞ。

 もしかするとサイレンススズカが後ろを確認しなかったのは、()()()()()()()()()に既に至っていたからなのか。

 

 変な納得感に包まれつつ、私達は1度目の淀の坂越えに挑む。スタート直後の淀の坂。スタート直後から200メートル程しか距離がないため、スピードは乗っていないし位置取り争いもゴチャついている。1番手は私だが、尻尾が掴まれそうな距離には逃げウマのセイウンスカイとランクツネヒトが追い縋ってきている。

 

『1番手はアポロレインボウ、2番手には半身ほど差を開けてセイウンスカイとランクツネヒト。更に後ろはスペシャルウィークやキングヘイローを中心にごちゃついているぞ』

『位置取り争いを続けながらの坂は知らぬ間に想像以上のスタミナを削られてしまうものです。強気にスタミナを使って好位置につけるか、温存してレースの()()によって挽回するか、好みが別れるところですね。どちらを取るにしても時の運。序盤でどう動くかがレース終盤になって後々堪えてきますよ』

 

 ランクツネヒトやセイウンスカイが必死の形相でハナを取ろうと食ってかかってくるが、決して譲らない。特にセイウンスカイのような人心掌握型の逃げにハナを譲った時どうなるか、皐月賞をもって嫌というほど知っているのだから。

 

 セイウンスカイとランクツネヒトとの熾烈な先頭争いが始まる。スピードが乗っていない状態で突入する坂道のコーナーであるため、いつものように後続を圧倒的に引き離すことができない。言われた通りの爆逃げで先頭を突っ走るが、想像以上の執着心でセイウンスカイが迫ってくる。

 

 心臓破りの坂をピッチ走法気味に駆け上がる。セイウンスカイはほとんど真横に並びかけてきた。なるべくフォームを崩さないように、そして何より目を合わせて動揺しないように私は大内に切れ込んで最短距離を走る。

 

 皐月賞のように先頭を渡した上で心理戦になれば勝ち目はない。それに、()()()()()()()()()()()なはず。第3・第4コーナーの緩やかなカーブを利用して速度に乗ることができれば、もう敵などいないはずなのだ。

 

(譲らない……!)

(どうにかして先頭を獲る!)

 

 逃げウマにとって初動は命だ。どんな距離のレースにせよ、ハナを奪えて悪いことなどない。そしてセイウンスカイはその鋭い勘のためか、私を捕えなければならないと直感している。私達の命運はここで決まると言ってもいい。

 

(アポロちゃん、そこをどいて!!)

(嫌だ!! それなら奪ってみせろ!!)

(言われなくても――!)

 

 前半200メートルを通過して、早くも逃げウマ娘のデッドヒートが始まる。坂道を使った後先考えない捨て身の競り合い。確かに大逃げを捕まえるにはスタート直後に競りかけるのが一番手っ取り早いが、スタミナ自慢な上にど根性・負けず嫌いの私相手にそれをするのは自殺行為だ。

 

 ただ、長距離という舞台においてスピード勝負を仕掛けようとするのはこちらとしても大助かりである。この距離なら私はラストスパート並の速度で全距離を駆け抜けることができるのだから。

 

『さぁアポロレインボウとセイウンスカイが激しい先頭争いだ! 坂道を上りながらスパート時のように全力疾走しています! 対して中団から後ろでは上り坂も影響したか、ギッチリ詰まったバ群の中で位置取り争いが進行しています!』

『先頭の2人とそれ以外で大きく作戦が分かれましたね。しかし、先頭を取るにしてもあれだけスパートをかけていては、かなりの量のスタミナ消耗は免れないでしょう。セイウンスカイとアポロレインボウがやや心配です』

『ですが、後ろの詰まった集団の中で競り合うのも相当に辛そうです。キングヘイローやスペシャルウィークは激しいマークを受けて苛立ちが隠せない様子ですね』

 

 坂の頂点付近に差し掛かると、セイウンスカイが肩をぶつけてくる勢いで大外から抜き去りにかかってきた。ランクツネヒトは先頭に立つことを完全に諦めてしまったようで、3番手を死守している。そして広い視界の中、セイウンスカイが鋭く息を吐いて私の真横に並んできた。

 

「ぐっ――」

 

 セイウンスカイと接触する。弾け飛ぶ大珠の汗。姿勢が崩れかかり、私の速度が一瞬落ちる。ダメだ。フォームを崩してはならない。あの悪夢のように転倒すれば、それこそ骨折では済まないのだ。今は身体中から力が溢れんばかりに漲っているから、ちょっとした乱れで私は終わる。

 

 今は何とか速度を緩めて助かったけど……。怒りを感じてセイウンスカイを睨むが、彼女はなりふり構わず速度を上げる。彼女とてこの菊花賞にかける強い思いがあるということか。

 

「――そっちこそ、どいてろッ!!」

 

 第3コーナーを曲がって下り坂。急なカーブを終えて3、4コーナーの緩やかなカーブに向くと、私はスタートから上げきれなかったギアを全開にする。次の瞬間、下り坂の勢いに乗って私は全力疾走を開始した。

 

 跳ねるように、或いは地を這うような超速で淀の坂を駆け下りる。2度目のスタートダッシュ。突然吹き抜けた一陣の風に背中を押されるように、畳み掛けるストライドによって加速する。

 さっきまで競り合っていたセイウンスカイを置き去りにして、私は後続にどんどん差をつけた。

 

「えっ!?」

 

 セイウンスカイの驚愕した声が耳に入ってきたが、無視して突き進む。全部ぶっ壊す。全部ぶっちぎって逃げ切ってやる。

 

 全ての人間・ウマ娘を畏怖させるような私の爆逃げを見せつけるチャンスが、1年半溜まりに溜まってきたステイヤーとしての鬱憤を晴らす瞬間が、私達の夢への第一歩を踏み出す時が来た。遂に私の舞台が来たんだ。

 

 もう――()()()()()()()()

 

『おっと!? アポロレインボウがセイウンスカイを突き放して爆逃げを始めた!! これぞアポロレインボウという走りが今日も炸裂だ!! これにはスタンドも沸き立ちます!!』

『逃げを離す更なる逃げ、大逃げですね。長距離の舞台でも変わらず打ってくるとは予想外ですが、このペースだと世界レコードを優に更新してしまう大暴走ですよ……果たしてこれは作戦なのか、気になるところですね』

 

 ギアを全開にした途端、私の自意識が拡大する。後方を俯瞰する視界は更に広くなり、高速回転する両脚がターフに蹄鉄の跡を刻みつける。

 

 燦々と照りつける太陽が生み出した影は1身の長さにも及ぶ。しかして、私と2番手セイウンスカイとの距離は5身。第4コーナーを通過して1度目のホームストレッチに差し掛かり、その差は7身と更に開く。早くも単騎の大逃げが濃厚となった菊花賞に、観客のボルテージは最高潮に達する。

 

 対する2番手以下のウマ娘の心境を想像すれば、盛り上がる観客以上に訳が分からない感覚だろう。2400メートルの逃げでもいっぱいいっぱいだったアポロレインボウが、3000メートルの舞台でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 アポロレインボウは放っておいても垂れるだろう。この逃げはサイレンススズカではなくツインターボだ。追ってしまえば自分諸共破滅は免れない――そう考えるウマ娘が多いせいか、追うか追わざるかどっちつかずになっているではないか。

 

 誰もが予想しなかった異常事態か、それとも必然のお祭り騒ぎか――悲鳴と怒号と声援が入り交じった京都レース場の中、私は爽快な感覚と共に直線を疾走する。

 

 中距離を走っていた時のような閉塞感はない。全てから解き放たれたような開放感だけが疾風と共に吹き荒んでいる。頭は氷水に浸されたように冷えていて、心肺や手足の先は燃えるように熱い。

 

 これが未知の領域なのか?

 ……いや。確かにレコードペースではあるが、これが未知の領域の力だとしてもどこか足りない。この現実離れした走りは()()()()()()()()ではなかろうか。この走りを最後まで保てたとしても、セクレタリアトやその他のウマ娘に並び立てる存在になったとは信じ難い。

 

 何か大きな変化があるはずだ。とても大きな、それこそハッキリと認識できるような。

 

 では、領域を超えた時に起こる確実な変化とはいったい……?

 

 ――あぁ、なるほど。

 私はウマ娘なんだから。

 走ってみなきゃ、分からないってことか。

 

『各ウマ娘ホームストレートを駆けていきます! 先頭は今日も大逃げアポロレインボウ! 2番手は大きく離れてセイウンスカイ! 2番手以下はアポロレインボウの存在を()()()()として扱うようです!』

『そうですね。大逃げを続けるアポロレインボウの足は終盤まで持たないと……そういう判断が無意識的に共有されているんでしょう。いつまでアポロレインボウの大逃げが続くかが、このレースの命運を分けることになりますよ』

 

 さすがのセイウンスカイも予想外だったか、私の様子を窺うように2番手でレース作りをしている。まるで私を無視したトリックや()()を行っているではないか。あなたの前にはスタミナ自慢のウマ娘が大差をつけて居座っていると言うのに。

 

 しかしなるほど、セイウンスカイを含めた全てのウマ娘が『見』に回るようだ。3()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が目の前にいるなんて思いもしないだろう。

 

 だが、17人が観察に回ったところで必然の罠が敷かれる。それは、どんどん離されていく私との差である。目に見える圧倒的な差は焦りを産む。どんどん離れていく距離を目の当たりにして、果たして追いつけるのかどうかという膨大な不安さえ産むだろう。

 

 心理戦においてさえ、爆逃げは()()()()()()()()ことで優位に立てる最強の作戦たりえる。どう足掻いても、この17人は私の暴走に付き合わなければいけないのだ。

 

 やっと直線に入ってきた2番手以下との差は8身。1秒2秒の差をつけてホームストレッチを駆け抜ける。

 

 スタンド前を走るウマ娘に浴びせられる歓声。そして先頭を走る私に投げかけられる人々の想いを受けて、私は更に加速する。その速度にして、時速80キロ。ウマ娘が出せる最高速度に達し、それでも加速をやめない。最速の世界に突入し、ウマ娘の限界へと近づいていく。

 

 フォームは決して崩さない。とみおに指導されたことを元に、足の回転数のみを上昇させていく。ぐちゃぐちゃだった走り方を矯正し、彼が与えてくれたフォームだ。走る度に彼と試行錯誤した日々を思い出す。

 

 鬼のようなスパルタトレーニングに疲れて泥のように眠る毎日。悪態をつきながら、それでも敗北の悔しさだけは味わいたくないと奮起した日々。時には勝利して歓喜し、時には敗北して涙した。どんな時も私の隣にはトレーナーの姿があった。

 

 思い返せば、彼の優しさに包まれた陽だまりのような日々だった。多分、これからもずっとそういう日常が続いていくんだろうな。ぼんやりと思って、少し頬が緩む。勝負の真っ最中に考えるべきでは無かったかもしれない。

 

 しかし、彼と共に歩んできた軌跡がフォームを更に堅固なものに変えていき、集中力を引き上げてくれる。()()()()()()()()()()()()

 

 視界の四隅が暗闇によって狭められていき、臨界点に迫った精神が五感を閉め出し始めた。初めに消えたのは色だ。青空は陰り、緑のターフは白銀の世界と化す。飛び散る芝は暴風に踊る牡丹雪の如く変化し、燦々と輝いていた太陽は満月のような色調へと変化した。

 

 『領域(ゾーン)』が現実に進出してきたかのような感覚ではないか。恐怖を感じる以上に、それを受け入れることが正解のように思った。

 

 第1コーナーに差し掛かって、私はコーナー内側に向かって思いっ切り身体を倒した。内枠スレスレの所まで身体を寄せて、髪の毛が柵に弾かれるような距離まで最短距離を追求する。

 

 元々私はカーブを曲がることがド下手だった。そのせいでメイクデビューの事故を起こしたようなもので――この度胸と技術はとみおに与えてもらったものだ。

 

 蹄鉄の角をターフに叩きつけて、引っ掛けるようにして遠心力を殺しながらコーナーを曲がる。一歩間違えれば転倒を免れない技だし、膝や腰に負担をかけてしまう恐れもある。しかし長きに渡るトレーニングの末、筋肉や関節の負担を極限まで減らしつつ、コーナーにおける最短距離を突き進む技術を会得した。

 

 こうして常識破りの速度でコーナーをぶっちぎれているのは、神がかった才能によるものではない。私とトレーナーの努力によるものなんだ。

 

 振り向かないまま後続に意識を移すと、第1コーナーの中間辺りで既に15身くらいの差がついていると分かった。2番手以下の集団は、私が蹴り抉った芝に隠れるようにして走っているため、まるで吹雪に呑まれて見えなくなるような感覚に苛まれる。

 

 京都レース場の12コーナーは、34コーナーに比べると角度が急で短い。他のウマ娘は速度を落として懸命に遠心力に抗っているが、対する私はトップスピードでコーナーを駆け抜ける。

 

『第2コーナーを真っ先に走り抜けたのはアポロレインボウ! 早くも向正面に差し掛かって爆走している! しかし他のウマ娘は未だに12コーナー中間辺りにいるぞ! その差は15身!! レースは早くも後半に入ろうとしています!!』

『観客席からもざわめきが漏れています。……まさか、このまま逃げ切り勝ちということもあるんでしょうか?』

 

 青い芝の匂いが消えた。嗅覚が遮断され、()()()()()()()()()切り捨てられる。エグ味のある酸素を呑み込んでいた味覚も消え失せ、幾らか呼吸が楽になる。

 

 それでいい。レースに色はいらない。何となく景色が分かればいい。味覚も嗅覚もレースには必要ない。レースは残り半分程度、そこまで極限の集中状態が続いたならば――私は勝てる。

 

 モノクロの京都レース場を走る。向正面に入って、そろそろ2度目の坂越えと言ったところか。喉が絞られるように呼吸は苦しいが、もはや心地良さすら覚える。

 

 背後で蠢く影がペースを上げる。セイウンスカイがトリックを使っているのだろう。そして、下位集団から進出を始めたスペシャルウィークの威圧感がすぐそこまで迫ってくる。実際には10身以上の差がついているのだから、自意識が膨張しすぎた結果身近に感じすぎているだけなのだろう。

 

 ……いける。まだセイウンスカイ達は()()()()()。アポロレインボウの大逃げが本物か否かを。本当にそれでいいのか? 私を放置して削り合う暇はあるのか? そうやってスタミナを消費する間に私は差を広げているんだぞ。それでいいのか。

 

 私は後ろのウマ娘に見えるように、微かに顔を回転させると――にやりと笑った。後続からは持ち上がった口角が見えているはずだ。これでいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際、動揺したかのようなウマ娘が数人現れて、ペースを上げて前へ前へと位置取りを押し上げ始めた。セイウンスカイのトリックとは無関係な()()()だったため、知らず知らずのうちにセイウンスカイもハイペースになっていく。

 

 淀の坂の手前で差が少し縮む。私と2番手の距離は12身。しかし、私が速度を緩めたわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()。セイウンスカイやキングヘイローはそれを察してウマ娘達を抑え込もうとするが、既に完成したハイペースな流れを止めることは不可能だ。

 

 今更気付いたところでもう遅い。そのまま流されるようにハイペースに呑まれるか、速度を落として末脚に賭けるか。どちらを選んでも12身の差を埋めることはできまい。そんなことをするスタミナは誰にも残っていないのだから。

 

『さぁアポロレインボウが一足先に淀の坂越えに挑みます! 後続も一気に速度を上げた! 勢い任せに坂を駆け上がるつもりでしょうか!?』

 

 そして、第3コーナー手前。

 いよいよ2度目の淀の坂だと意気込んだ瞬間――

 

「――!?」

 

 ぞくり。

 私の背後に凄まじい重圧がのしかかってきた。そして突如として左足に()()が付けられたかのように自由が効かなくなり、動きが妨げられる。世界が止まり、背中に冷たいものが伝った。

 

(――怪我じゃ、ない……? ……そうか。これだ……これが()()()()()()()なんだ! これを乗り越えなきゃ、私は――)

 

 目の前に闇が生まれる。それは強烈な密度で練り上げられた()()()()()()()()()()()領域(ゾーン)』だった。自分自身の世界に呑まれ、途方もないチカラを叩きつけられる。

 

 闇の中から眩い光が溶け込んで、見せられる。魅せられる。アポロレインボウの心象風景。

 

 今度こそ猛吹雪の吹く世界に放り出される。目先の景色さえ見えない白の領域だ。横殴りの雪が吹き荒ぶ異質な雪原。しかし、今はどこか雰囲気が違う。あまりにも雪模様が厳しい。しかも、左足が積雪の深みに(はま)って動かないではないか。

 

(何で……動かない!?)

 

 ふと、あの時見た悪夢が脳裏に浮かぶ。淀の坂で転倒し、めちゃくちゃ()()()()()私の姿が。

 まさか、このままじゃ左足が――

 

(何とかして脱出しないと!)

 

 身体の芯まで凍らせ、果てには心まで凍てつかせてしまう極寒が襲い来る。目も開けられない、息さえ詰まるような濃い雪の群れが身体中を蝕む。焦る心模様が雪を煽り立て、私の身体を所構わず叩きつけながら、のたうち回って暴れ狂った。

 

「くっ……!」

 

 左足は動かない。まるで何者かに引っ張られているような。渾身の力で身体を前傾させても、どうしても動かない。もがいている間にも雪が厚く降り積もり、左足どころか全身の自由が奪われていく。

 

 四肢の先から温もりが消えていき、そして身体の芯まで凍えていく。あっという間に吹雪への抵抗が鈍くなっていき、精々呻くことしかできなくなってしまった。

 

 あぁ、このままではまずいのに。この体たらくじゃ、未知の領域は超えられないというのに。

 どうして私の身体は動かないのだ。

 

 微かに見えていた月の光は、もはや極々小さい塵のようだった。必死に手を伸ばそうとするが、伸ばした己の手さえ横殴りの風雪に埋もれていく。

 

「…………!」

 

 遂に、月明かりが消える。月虹は見えない。

 領域の中は薄闇と吹雪に覆われ、閉ざされた。

 

 これが未知の領域へと至る試練であったなら。

 最強ステイヤーの夢を叶える唯一の道であったなら。

 

 

(……あぁ)

 

 

 私はゆっくりと瞳を閉じる。

 

 未来は閉ざされた。

 最強への道は甘くなかったと言うわけか。

 

 活動を停止し、全身の力を抜く。現実世界で坂を上る自分の左足が悲鳴を上げ始める。多分、骨が折れるか肉が切れるかして転倒するのだろう。私は極限まで高まった己の力を制御できなかったのだ。

 

 時も場所も分からぬほどの吹雪が舞う。私を含めた世界は音も光もない純白に埋ずもれた。

 

 

 

 遥かなる絶望に沈みゆく意識の中、ぼんやりとした光が目先を掠めた。

 何事かと薄目を開くと、その光は途方もなく重く濃い雪を打ち払い始めた。

 

「……誰?」

 

 ほんの小さな、ピンポン玉程度の小さな光の玉だった。その光は凍りついた私の心と身体に温もりを与え、微かに揺れる。潮騒の如く聞こえていた吹雪はすっかり止まっていた。

 

 この光が吹雪を吹き飛ばしてくれたのだろうか。両手で光球を包み込もうとすると、くすぐったそうに逃れていく。そのまま光は空中を漂って、微かに雪の積もった平原を進み始めた。

 

 星空と満月の光に照らされた不思議な世界を歩く。光は明確な目的地に向かって進んでいるようだった。

 

 そして光が案内してくれた先には――小高い丘があった。

 ()()()()()()()()()()()()に存在したのは、雪原に沈黙する一本桜だった。

 

「……あぁ」

 

 奥深くにあった記憶が刺激され、眠っていた熱が胎動し始める。胸を突き上げるかのような気持ちが目の奥を刺激し、闇雲に涙が溢れてくる。

 

 

 ――アポロ。桜と言うのはね、寒くならないと芽吹くのが遅くなるんだよ

 

 

「ずっと、待っててくれたんだ」

 

 

 桜が綺麗に咲き誇るためには、うんと寒い期間があって……エネルギーを溜め込まなきゃダメなんだ

 

 

「ずっと、信じてくれたんだ」

 

 

 ……俺はアポロのトレーナーだからな

 

 

「ありがとう――」

 

 

 大切な人の声がした。光の正体を推し量ることは叶わなかったが、その光は見守るように私の周囲を回ると、突然胸に飛び込んできた。私の勝負服はそれを受け入れ、あっさりと一体化する。

 まるで、元々一緒だったかのように、帰るべき場所に戻ってきたかのように、光の残滓は私に足りなかった想いと力をくれた。

 

 迷いに迷って、中途半端になって。間違えて、失敗して、時々勝って。トレーナーと一緒に苦しみもがいて、色んな人に助けられて、運命に振り回されて。

 厳しい冬に何とか耐え抜いてきた。

 

 折れそうになった今この瞬間も、みんなは私のことを信じてくれたんだね。

 

「トレーナー……みんな……」

 

 ウマ娘は幾多の“想い”を背負って走る生き物だ。想いが強ければ強いほど、不可能さえ可能にする奇跡を起こす。かつてのトウカイテイオーがそうだったように、私も――

 

「――行かなくちゃ」

 

 長くもどかしい休眠を終え、虹色の桜が咲き誇る。心象風景に堂々と咲き誇った異形の一本桜は、月虹と共に爛々と輝きを増す。

 清々しい朝焼けのような光が視界を包む。この光は私を支えてくれた全ての人から貰った大切な温もりだ。決して離しはしない。

 無数の光を胸にしまいこんで、顔を上げる。左足に絡みついた運命の鎖が断たれ、身体中に力が漲る。

 

 次の瞬間、私の視界は京都レース場の淀の坂の目前に戻ってきた。

 

 

 ぶち

 

 左足で何かがちぎれた感覚がした。ミサンガが弾け飛んだ音だった。

 

(護ってくれてありがとう、フクキタルさん――!)

 

 淀の坂を上り、下る。足は軽い。呼吸は興奮と疲弊で苦しくて堪らないが、最高の心地だった。

 

『アポロレインボウ、一瞬失速したかと思いましたがすぐに立て直す! あっという間に坂を登り切って下り坂へと入った!! 2番手との差がどんどん離れる!! 10身!! 15身!! 20身!! 果たしてこれは現実なのか!?』

『すごい歓声ですよ! 京都レース場が揺れています!』

 

 自分も知らない秘められた豪脚――『領域(ゾーン)』。

 時代を作るウマ娘は必ず持っているものだ。

 

 だが、()()()()()()()()()()()とされる、ウマ娘の更に奥の奥に秘められた豪脚がある。

 それが『未知の領域(ゾーン)』。

 限界の先の先、何人(なんびと)も抗うことのできない天災の如き末脚。技術と精神と肉体が極まった刹那の瞬間に神が宿る。

 

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 

 第4コーナーに差し掛かって、2番手は遥か後方。残り600メートル。私は容赦せず『未知の領域(ゾーン)』を噴出し、大差をつけた17人に圧倒的な心象風景を叩きつける。

 

 絶対に負けられない。ここからは私の往く道だ。白と黒に染まった世界の中、私は雪の結晶と桜吹雪を放ちながら豪脚を炸裂させた。

 

『おーっと!? アポロレインボウ更に突き放す!! 最終コーナー回って最終直線!! もはやどれだけの差がついているのか分からない!! とにかく大差をつけたまま()()()()()()()()!!』

『こ、こんなことがあっていいんですか……』

 

 伝説を残した優駿達に肉薄する。かつてのエクリプスには敵わないかもしれない。セクレタリアトには敵わないかもしれない。ダンシングブレーヴには敵わないかもしれない。

 

 でも、今この瞬間だけは。音の速ささえ超えて光の速さに到達しようとする私だけは、世界中の誰にも止められやしない。

 

 勢いがつきすぎて、僅かに体勢が崩れる。幾分か無駄な体力を持っていかれるが、もはやどうでもいい。身体中から溢れる力に心地良さすら感じる。極限まで身体のバネを駆使し、無限に加速する。

 

「ッッうああぁぁぁあああああああああああああああッッ!!!」

 

 渾身の絶叫。咆哮。慟哭。声帯がイカれたか。それとも、声なんて出ちゃいないのか。完全に(しわが)れて潰れてしまっているのか、乙女らしからぬ掠れ声が僅かに耳に届く。

 

 同時、小さな体躯を淀の芝に潜り込ませた。極限までの前傾姿勢。『未知の領域(ゾーン)』が生み出した超加速と重心を釣り合わせるため、地面に倒れ込みそうになるくらい姿勢をつんのめらせる。その重力を足の回転でもって無理やり加速力に変え、更に速度を上げる。

 

 視界が明滅している。視野の中央から景色が抜け落ちていく。懸命に振られる四肢の感覚が遠のき、スタンドから浴びせられる大歓声に揺られて不思議な気分に陥る。

 

 残り200メートル。心も身体もめちゃくちゃになって、後続との距離は分からない。あまりの極限状態に、私の思考回路が故障し始める。

 

 肺が苦しい。酸素を絶え間なく求めて喘いでいる。心臓が破裂しそうだ。胸の奥底が握り潰されそうな不快感の中にあって、上手く呼吸できない。

 

 無様で粘っこい涎が口の端から垂れる。無防備に開いた口に風が入り込み、無理矢理に酸素を取り込ませてくる。欲しくて欲しくて堪らなかった酸素。まだ足りない。早く、次なる酸素を。

 叫んでいるのか無呼吸なのか分からないまま、菊花賞の栄光まで残り数メートル――レースは終わりを迎えようとしていた。

 

 全身の感覚はとうに希薄し、不確かで夢うつつ。もはや苦しさはない。そこにあるのは快楽と恍惚だけ。ランナーズハイが心を満たしていた。

 

 あぁ――この瞬間が永遠に続けばいいのに。

 

 

『もう後続は誰も来ない!! アポロレインボウが先頭だ!!』

 

 

 メイクデビュー。不運か運命か、事故に巻き込まれた。結果は8着、1着はアゲインストレイル。結果を知ったのは私の目が覚めてからだ。あんまりな結果に私は運命を恨み、己の未熟さを知った。

 

 1度目の未勝利戦。最後のコーナーで大減速を起こし、3着に敗れる。1着はアングータ。走ることへの恐怖が鮮明になり、私達は大きく立ち止まった。

 

 そして2度目の未勝利戦。ジャラジャラやとみおの声援もあって私は幻影を打ち払い、やっとのことで初勝利をもぎ取った。初めて勝ち取ったこの勝利の味を忘れたことなど一度もない。

 

 

『アポロレインボウだ!!』

 

 

 1勝クラスの紫菊賞。

 始めてのG1にして悔しい敗北を喫したホープフルステークス。

 出走を取り止めた若駒ステークス。

 やっとのことで勝ち上がった若葉ステークス。

 

 絶対に忘れられないであろう屈辱的な惜敗をした皐月賞。

 やっとのことで同着に持ち込んだ渾身の日本ダービー。

 

 長い長い――本当に長い冬の季節を超えて。

 ようやっと、私という桜が淀の地に咲き誇る時が来た。

 

 

アポロレインボウだ!!

 

 

 どれだけ苦しくても。

 どれだけ打ちのめされても。

 私は絶対に――夢を諦めない。

 

 

『アポロレインボウが今、ゴールインッッ!!』

 

 



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66話:もうひとつの結末

『アポロレインボウが1着でゴオォォルッ!! 2着はセイウンスカイ、3着にスペシャルウィーク! なんとなんと3000メートルの菊花賞で逃げ切ってしまったぞアポロレインボウ!! トライアルレースを踏まずに挑んだ長距離という不安要素を吹き飛ばし!! その実力を遺憾なく発揮したっ!!』

 

 絶頂を迎えたまま、緩やかに菊花賞の幕が下りる。私の常識を覆すかのような激走に、観客からは絶え間ない拍手と地鳴りのような大歓声が送られてくる。

 

「アポロちゃ〜ん!! おめでとぉおお!!」

「この瞬間を見るためにここまで応援してきたんだ!! おめでとうアポロレインボウ!!」

「あぁ〜〜! あ〜〜〜! あぉ〜〜〜!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「おめでとうアポロレインボウ!!」

「頑張ったなぁアポロちゃん! お疲れ様!!」

 

 ゆっくりと速度を落として、絶え間ない声に応えるように大きく両手を上げる。超満員のスタンド前を横切りながら満面の笑みでひとりひとりに手を振り、何度もありがとうと口ずさんだ。

 

「ありがとう――みんな、ありがとうっ!」

 

 立ち止まって拳を突き上げると、唸るような拍手喝采が巻き起こった。ウマ娘には結構きつい爆音だけど、今はこの容赦のない刺激が心地良い。興奮の坩堝(るつぼ)と化した京都レース場、その注目を一身に集めることでようやく現実を実感できた。

 

 私は勝ったんだ。まだふわふわしていて足元が覚束ないけど、ようやく冷静になってきた思考がレース結果を受け止め始めた。

 

 細かい差は分からないが――25バ身ほどの大差勝ち。ダートの2400メートルで31馬身もの差をつけたセクレタリアトはどうなっているんだという話だが、とにかく勝った。菊花賞でここまでの差がついた決着というのは、過去の記録を振り返ってもちょっと思い浮かばないレベルだ。

 

 私は電光掲示板に振り向いて結果を待つ。まだ『確定』の文字は灯らない。審議のランプがついていないから、1位は揺るがないのだろうが――

 

『今情報が入ってきました!! 信じられません、そのタイムは2分58秒5!! 2分58秒5とのことです!!』

『世界レコードを5秒以上更新……しかも3000メートルを2分台で走ったと言うことですか? ちょっと意味が分からないですね……』

 

 電光掲示板に映された結果は、1着アポロレインボウの大差勝ちというものだった。レコードの文字が堂々と輝いて、2:58.5という紛うことなき結果が示されている。

 

 観客からは大きなどよめきが起こり、先程とは雰囲気の違う喧騒がスタンドを包んだ。私自身信じられない。確かに大差勝ちこそ達成したけど、まさか京都の3000メートルを2分台で走れてしまうとは。

 その場で呆然と佇むしかできない私の元に、セイウンスカイやスペシャルウィーク、キングヘイローが駆け寄ってくる。

 

「おめでとうアポロちゃん。強すぎてセイちゃんドン引き〜」

「3着のスペシャルウィークさんまでレコードですって。……ちょっと意味が分からないのだけど」

「次は絶対負けないからね!!」

「みんな……」

 

 3人は清々しい顔をしていた。それどころか、他の14人も「参ったなぁ」という苦笑いさえ浮かべていた。肩を叩いておめでとうと言ってきたり、あんな走りをして脚は大丈夫なのかと心配してくるウマ娘達。ひとりひとりの声に応えている間に、彼女達は静かにターフを去っていく。

 

「…………」

 

 残された私が辺りを見渡してみると、観客ひとりひとりの顔が見えた。歓声が轟きになって、京都レース場全体の空気が渦を巻くように上昇していく。

 私はふと空を見上げた。そして自然と湧き上がる感情のまま、スタンドに向かって深々と一礼する。そのまま巻き起こる喧騒を背に、私は控え室に向かった。

 

 地下道を通って軽快にステップを踏む私の足。コンクリートを踏み付ける蹄鉄の乾いた音が一定間隔のもと刻まれる。コツンコツンとリズムを踏んで、数十メートル程度進んだ時。腕を組んで腕時計を気にする彼の姿があった。

 

「トレーナー! ただいま!」

 

 薄暗い通路の中で呼びかけると、トレーナーが顔を上げる。私の姿を確かめると、彼は普段の落ち着きをどこかに吹き飛ばしてこちらに走り寄ってくる。

 

「アポロ! おかえり!」

 

 とみおが大きく両腕を広げ、私を力強く抱擁した。成人男性の体躯が思いっ切り私の身体にのしかかってきて、かなり息苦しい。背筋が反り返って姿勢も辛くなってくる。

 

「ちょ、くるし……!」

「アポロ……2周目の坂ではどうなるかと……」

 

 とみおの力がいっそう強まり、更に体勢がきつくなる。しかし子供のように震える彼の身体を肌に感じて、私は抵抗をやめた。腕の中にすっぽりと収まって動きを止め、彼の好きなようにさせてやる。

 

 日本ダービーと逆である。とみおから抱きついてきたあたり、相当精神的に追い詰められていたに違いない。むしろ私よりもストレスを溜めていたのではないか。

 彼の胸にかき抱かれながら、おずおずと彼の背中に手を伸ばす。一本の樹木の如く固く抱擁し合った私達は、しばらくお互いの温もりを感じていた。

 

「私のこと見てた?」

「うん」

「世界レコードだって」

「分かってるよ」

「あなたのおかげだよ? もっとこう、心配するだけじゃなくて嬉しそうにするとかさ……ないの?」

「そ、そんな。俺は喜んでるじゃないか」

「え〜……ま、いっか」

 

 抱きしめられながら顔だけを上げて、そのままの姿勢で会話する。ちょっと唇を突き出せばキスできるような――というかキスする寸前みたいな体勢だ。わざと転んで勢いのままちゅーしちゃおっかな……と思わないでもないが、さすがにやめておこう。

 

「……俺はアポロが無事に帰って来たことが一番嬉しいよ。勝利っていう結果も大事だけど、君には将来があるからね。……とにかく菊花賞おめでとう。頑張ってきた甲斐があったね」

「……ん、いっぱい頑張ってきた」

「うん。俺が一番知ってるよ。ずっと見てきたからね」

「っ……」

 

 とみおの優しい言葉に涙腺が刺激されたが、何とか堪えて彼の手から逃れる。

 

「……もう。ばか」

「えっ、何で?」

「いいから控え室行こ。ウイニングライブの準備しなきゃ」

「それもそうか。ライブ、楽しみにしてるよ」

「可愛いアポロちゃんから目を離さないでよね?」

「自分で言うなよ」

「いーじゃん減るもんじゃないし……」

 

 私達は鼻水を啜り上げて笑い合うと、お互いの歩く速さに合わせるようにして控え室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 アポロレインボウが菊花賞を制してから1週間後。

 東京レース場、G1――天皇賞・秋にて、サイレンススズカはターフへと続く道をトレーナーと共に歩いていた。

 

「スズカ……俺が何度も言ったように、()()()()()()。いつも通り2000メートルを全力で走るだけでいい。そうすりゃ、この不安の種からもおさらばだ」

「はい……」

 

 トレーナーの言葉を聞いてサイレンススズカは頷く。いや、どちらかと言うと頷くことしかできなかった。サイレンススズカは未知の領域とかフクキタルの占いだとか、そういうスピリチュアル的なことに疎かったのだ。ピンと来なかったと言ってもいい。

 

 ただ漠然と自分の身が危険にあることを何となく理解しているだけで、トレーナーやスズカ周りの人間が何故ここまで心配しているのだろう――と、トレーナーやアポロレインボウが聞いたらビックリするようなことまで考えていた。

 

 無論、何も備えてこなかったわけではない。トレーナーに言われたことはきちんと守ったし、これからも守るつもりでいる。「フォームを崩さず」に、「急ブレーキをかけず」、「誰とも競り合わない」ようにゴールまで走ればよいのだ、と。

 サイレンススズカは大レース寸前であることを思わせない堂々たる立ち振る舞いであった。……或いは、プレッシャーとは無縁な天然さから来るものか。もちろん、()()()()()()()()サイレンススズカを見るトレーナーは気が気ではない。

 

 沖野トレーナーは内心緊張と不安で胸が潰れそうな気分だった。彼は先週の菊花賞で見たアポロレインボウの走りを思い浮かべる。

 アポロレインボウがスズカと同じ壁にぶつかり、それを乗り越えて驚異的なレコードを出したことは記憶に新しい。それからアポロのトレーナーである桃沢と話す機会があったのだが、桃沢曰く「菊花賞はずっと生きた心地がしませんでした」とのこと。

 

 サイレンススズカの大逃げを見る時、沖野トレーナーはずっと幸せな気分だった。ウマ娘が理想とする走りそのものだ。沖野自身ずっと見ていたいと思ってやまない、最高にして唯一の走り――

 しかし、この天皇賞・秋だけは――どこか嫌な気分でスズカの走りを見守っていなければならないらしい。彼女を信じていないわけではないが、それはそれとして莫大な恐怖が奥底で蠢いている。

 

 サイレンススズカが怪我をしたらどうしよう。未知の領域へと至ることが叶わず、増幅した出力(パワー)によって骨折したら辛すぎる。沖野トレーナーの不安は拭えない。

 

 サイレンススズカは沖野トレーナーにとって特別なウマ娘だ。チームを持っている沖野は全てのウマ娘に厳しく優しく接し、ある程度自由奔放にさせてきたが……サイレンススズカだけは他のウマ娘と違い、どうも特別な感じがした。

 

 別に貴賎をつけたわけではない。目を離すとすぐに走り出して、そのまま永久に戻ってこないんじゃないか――スズカの儚い後ろ姿には、そう思わせる()()があったのだ。

 

「スズカ」

「はい?」

「……いや、呼んだだけだ」

「何ですか、それ」

 

 秋の天皇賞のパドックが終わり、いよいよ本バ場入場となる。少し前にいるウマ娘達は元気にターフへ飛び出していて、スズカに順番が回ってきそうだ。

 

 これがレース前に交わす最後の会話だ。沖野トレーナーは何を話そうか少し迷った後、棒付きキャンディーを口から取り除いて彼女に向き直った。

 

「スズカ。俺はお前と約束した“景色”を見たい」

「……!」

「対策は練った。アポロレインボウとそのトレーナーがやったように、俺達はとことんやった。……あと俺がやれることと言ったら、スズカの背中を押すことくらいだ」

 

 だから、と沖野トレーナーは前置きして息を吸い込む。サイレンススズカの優しげな瞳と視線が交わったのを確認して、トレーナーは拳を握り締めて喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「――思いっ切り走ってこい!!」

 

 最後の言葉は、サイレンススズカに向けての激励だった。その言葉に含まれた意味は、信頼と愛情。愛する教え子が迎えた晴れ舞台、送り出す存在であるトレーナーは彼女を信じて見ていることしかできないのだ。

 

 トレーナーは覚悟を決めていた。その覚悟が伝わったのか――サイレンススズカの目付きが変わった。緩やかに開かれた瞳が真剣味を帯び、眉がキリリと吊り上がる。

 

「――分かりました。思い切り、駆け抜けます」

 

 私もトレーナーさんを信じていますから――サイレンススズカはそう言い残して、東京レース場のターフへと駆け出そうとした。しかし、「やべ、言い忘れたことがあった!」という沖野トレーナーの声に尻尾を掴まれて、その足を止める。苦笑しながら再び目を合わせると、沖野トレーナーは両手を合わせて謝罪した。

 

「悪い。少し締まらないが、もうひとつ約束してくれ。……必ず俺の元に戻ってくるって」

「……もちろんです。トレーナーさんの“想い”、受け取りました。私は必ず1着であなたの元に戻ってきます――」

「待ってるぜ」

「それじゃ、行ってきます」

「……行ってらっしゃい」

 

 トレーナーの姿を一瞥すると、サイレンススズカの栗毛が揺れる。そのままいつものように走り出したサイレンススズカは、光の中に消えていった。残されたトレーナーはキャンディーを咥えてから微笑する。

 

「……待ってるからな」

 

 こうして幕を開けた天皇賞・秋だが、1枠1番1番人気のサイレンススズカは圧倒的な支持を受けており、早くも1強ムードが漂っていた。現地でエアグルーヴやマチカネフクキタル、アポロレインボウやスペシャルウィーク達が見守る中、サイレンススズカはスタートと同時に圧倒的な大逃げを開始する。

 

「うわ〜! スズカさんやっぱり凄いなぁ!」

「アポロの走りも大概だったけどね」

「小言はいいから、とみおもスズカさんに念を送るの! ほら早く!!」

「えぇ……」

 

 サイレンススズカの大逃げは東京レース場に押しかけたファンを魅了した。1000メートルの標識を通過した時点で後続に圧倒的な大差をつけている。そして、そのタイムが超ハイペースの57秒4ともなれば――観客のボルテージは更に爆発した。

 

 サイレンススズカの大逃げは速度を落とさない。なおかつ、最終コーナーを抜ければ2回目の加速を控えている。まさに()()()()()究極形のレース運びをするのだ。

 誰もがこう思う。『サイレンススズカは勝った』と。いったいどれだけの着差で、どれだけのタイムでゴールを通過するのか。サイレンススズカを応援する声が、怪物の唸りのように大きくけたたましくなっていく。

 

『先頭を走るサイレンススズカが今、大欅(おおケヤキ)に差し掛かります!!』

 

 東京レース場にいる者全員の想いを受け、先頭を突き進むサイレンススズカ。そんな彼女は、大欅の領域に足を踏み入れた途端――左足に強烈な違和感を覚えた。

 

「!?」

 

 瞬きした直後、サイレンススズカは闇の中にいた。フォームは崩していないし、急ブレーキをかけるようなこともしていない。いったいどうしたと言うのだ。サイレンススズカは闇の中で辺りを見回す。

 

 闇の中では“景色”を見られない。トレーナーと約束した景色を見せられないではないか。ふと目の前に輝いた閃光を追おうとするが、運命と強烈に結びついた左足がサイレンススズカの動きを封じ込める。

 

「なっ……!?」

 

 現実世界のサイレンススズカにも異変が起こる。左足に結び付けられたマチカネフクキタルのミサンガが弾け飛んだのである。

 

 サイレンススズカの脳裏に、やけに慕ってくる後輩のアポロレインボウの話が()ぎる。アポロはスズカにこう言っていた。

 

『私、菊花賞の第3コーナーで1回崩れかかっちゃったんですけど。その時……なんて言うかこう、上手く言えないんですけど……自分の心の中の風景が暴走? して左足が動かなくなって。でも、みんなの声がしたかと思ったらブアーッてなって。なんやかんやあって動けるようになりました!』

『そ、そう……』

 

 正直なところスズカにとってその話はよく分からなったのだが、今直面している状況は()()と似通っているぞと思い至った。サイレンススズカの精神は動揺し、その精神に呼応するように背後から襲ってくる闇が増幅する。

 

「っ……!」

 

 そして闇に呑まれる寸前、サイレンススズカはトレーナーの声を聞いた。必ず俺の元に戻ってこいと言った彼の顔が思い浮かぶ。彼との思い出さえ想起され、その想いがサイレンススズカを闇から救う光となっていく。

 

 沖野トレーナーの想いだけではない。エアグルーヴ、マチカネフクキタル、スペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオー、アポロレインボウ、アグネスタキオン、ファンの人々――色々な人の強い光が、サイレンススズカの左足に纒わり付く呪いを解き放っていく。

 

「――――」

 

 スズカ自身、完璧な理解をしていたわけではなかった。しかし、確かに湧き上がる温かな想いがあった。闇を振り払い、光に向かって進むサイレンススズカ。

 

「見に行かなくちゃ」

 

 沈黙の日曜日を超え、その先の“景色”へと彼女は走り続ける。

 

「トレーナーさんが……みんなが待っている景色を!」

 

 闇を超え、光を超え、大欅を超えたサイレンススズカはゴールに向かって疾走する。

 

『サイレンススズカ、大欅を超えて最終コーナー回って直線に入る!!』

 

 ――【先頭の景色は譲らない…!】

 

 サイレンススズカは()()()()()

 最終直線に入って、彼女を脅かす者は誰ひとりとしていない。影さえ踏ませぬ圧巻の走りが、東京レース場を夢の舞台へと昇華させていく。興奮がとぐろを巻き、誰もが栗毛のウマ娘に目を奪われる。

 

 誰もが思い浮かべる『レースの絶対』があった。

 それは圧倒的ペースで逃げた後、二の足を使って再加速すること――つまり、『逃げて差す』こと。

 これを実現するウマ娘がいたなら、きっと生涯無敵だろう。難攻不落だろう。あまりにも完璧で、どうやって勝てばいいのだろう。そうやってたまに議論されるくらいには、その作戦は絶対とされている。

 

 誰もが思い焦がれる夢があった。

 それは、例えばそんなウマ娘が現れて世界で輝いてくれること。

 

 

 そして、ここにいるみんなの夢がサイレンススズカというウマ娘だった。

 

 

 サイレンススズカは()()()()()

 誰もが夢見た最高の走りを、ターフという緑のキャンバスに(えが)き出していく。春のグランプリ(宝塚記念)で見せてくれた夢の続きがそこにあった。

 

『サイレンススズカが先頭!! サイレンススズカが先頭!! まさに逃げて差す!! 誰もが待ち望んだ最高の走りだ!!』

 

 そして、サイレンススズカ自身も夢を見る。

 わたがしのような雲と、遠く澄み渡る青い空の下――雪が溶け、緑生い茂った遥かなる草原を走る夢。

 ただただ楽しくて、夢中になって、疲れ果てるまで原っぱを駆けていた子供の頃の記憶だ。瞳に映る景色はどこまでも爽快で、果てしなく、永遠のように思えた。

 

(……あぁ)

 

 これが……私達の“景色”――

 

 サイレンススズカが『未知の領域(ゾーン)』を発現させる。それは彼女の心象風景にして、誰もが望んだ夢の景色だった。

 

『先頭はサイレンススズカ!! 後ろからは何にも来ない!! サイレンススズカ!! サイレンススズカだ!! 多くの人達の夢と想いを背に受け、サイレンススズカが先頭でゴーールッッ!!』

 

 空気が張り詰め、観客の大歓声によって切り裂かれる。誰もがサイレンススズカを祝福していた。

 サイレンススズカはゆっくりと速度を落としながら、今まで味わったことのない歓喜に打ち震える。

 

『栄光の日曜日の主役となったのはサイレンススズカ!! 第4コーナーの向こう側から見事盾の栄誉を勝ち取りましたっ!!』

 

 終わってみれば、サイレンススズカの大差勝ち。異次元の逃亡者が遂に『未知の領域(ゾーン)』へと到達し、奇しくもアポロレインボウと同じ第3コーナーで襲いかかって来た試練を乗り越え、2000メートルの天皇賞・秋を大差で勝利したのだ。

 

 サイレンススズカ自身、己の成長を感じると共に――自分を応援して支えてくれるファンやトレーナー、友人や後輩達の大切さを知ることとなった。

 ウマ娘というのは、背中に“想い”を背負って走る――今日のレースは間違いなく、()()()と一緒に走ったから勝てたのだと。サイレンススズカは涙ながらにそう思った。

 

「私が……私達が夢見た景色――」

 

 

 ありがとう――

 

 

 

 




【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】
最終コーナーまで全力全開で先頭を走り続けた時、みんなの強い想いと絶対に諦めない心が背中を押し、強烈な威圧感を振り撒きながら加速し続ける


【挿絵表示】

適当にもほどがある 様に素晴らしい絵を頂きました。泥に汚れても美しいアポロちゃんです。ありがとうございます。


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例の大逃げウマ娘2人について語るスレ

1:ターフの名無しさん ID:CzT+qXPZu

おかしいですよ……

 

2:ターフの名無しさん ID:Yd9Xlxr+E

サイレンススズカとアポロレインボウのせいで大逃げが簡単に見えちゃうんですけど、この作戦できるウマ娘って過去見てもほぼゼロでしたよね?

 

3:ターフの名無しさん ID:R7MPQDibL

バケモン

 

4:ターフの名無しさん ID:h/EEASSg+

待てよ……ワイも大逃げすればレコード連発して勝てるやん!

トゥインクルシリーズちょろいわ!

ガハハ勝ったな!

 

5:ターフの名無しさん ID:lJIogyHOA

簡単にできたら苦労しないんだよなぁ……

 

6:ターフの名無しさん ID:uQni/SUgt

サイレンススズカだけならまだしもアポロレインボウは何なん

あの子ステイヤーなんか?

 

7:ターフの名無しさん ID:rwSCQ6Eq+

サイレンススズカはマイル中距離だから、まだ実現可能性が高いし理解できる。

でもアポロレインボウは長距離が大得意らしい。3000メートルで逆噴射しないツインターボみたいな逃げができる意味がわからない。

 

8:ターフの名無しさん ID:KPeyddPwv

インタビューとか雑誌でアポロちゃんが『私ステイヤーなので!』って言ってるぞ

 

9:ターフの名無しさん ID:ErOuzYS0U

ライスシャワー並のステイヤーなんか

 

10:ターフの名無しさん ID:57U5CsiqS

ダービー勝つステイヤーってそれ普通にクラシックディスタンスに強いだけのウマ娘では

 

11:ターフの名無しさん ID:iPFJtpw9P

いや、とみおが「うちのウマ娘は4000メートルも走れるんですよ(恍惚で自慢げ)」って言ってたぞ

本質的にはやっぱステイヤーなんでしょ

 

12:ターフの名無しさん ID:3rHMMvocz

ヨーロッパの4000メートルG1を取るのが夢らしいが……

もし日本のウマ娘が欧州の長距離G1取れたら歴史に残るぞ(もう菊花賞レコードで歴史には名前を残してるだろうけど)

 

13:ターフの名無しさん ID:FBpIjGd/4

この2人に弱点ありますか?

 

14:ターフの名無しさん ID:BuAzdWFGD

なくはないでしょ

例えば泥みたいな重バ場で、なおかつ風が強い日だったらスピードは出にくいだろうからワンチャンが生まれる

 

15:ターフの名無しさん ID:H21F5ofH+

>>14 それ他のウマ娘も影響受けるだろ

 

16:ターフの名無しさん ID:BuAzdWFGD

>>15 じゃあ無理じゃん

 

17:ターフの名無しさん ID:xcf2U3UJn

攻略できそうにないからこんなことになってんだよなぁ

 

18:ターフの名無しさん ID:rLTJ+piel

サイレンススズカ1分55秒5

アポロレインボウ2分58秒5

日本の芝は高速バ場とは言うけど、これは歴史的に見ても傑出したウマ娘なんじゃないか

 

19:ターフの名無しさん ID:Hxf/iQIm9

サイレンススズカはアメリカでもある程度通用するだろう

だけど来年ヨーロッパに行きたいと言ったアポロレインボウはどうかな

欧州の重い芝で同じ走りはできないだろう

 

20:ターフの名無しさん ID:XrtJMbJR1

欧州で結果を残すウマ娘はダートも走れる子が多いよね

タイキシャトルとか

もちろんダート適性がなくても走れちゃう子はいるけど

 

21:ターフの名無しさん ID:EiRwXGsif

この2人に勝てなくても負けない方法はあるでしょ

短距離路線に逃げるんや

 

22:ターフの名無しさん ID:njEWCZC7B

>>21 短距離路線にはタイキシャトル、シーキングザパール、グリーンティターンがいます

ダートに逃げてもハッピーミークがいます

地方にはメイセイオペラとアブクマポーロがいます

 

23:ターフの名無しさん ID:tMUMMwNM6

>>22 日本のトゥインクルシリーズは終わりやね

 

24:ターフの名無しさん ID:Hp7f+WmIt

この世代に生まれた子は絶望してるだろうな

 

25:ターフの名無しさん ID:3sWsuR/ar

サイレンススズカとアポロレインボウから逃げてもスペシャルウィーク、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイロー、グラスワンダー……クラシック世代だけでこんだけいるぞ

 

26:ターフの名無しさん ID:XJSpK2ytp

うーん地獄

 

27:ターフの名無しさん ID:Qg+Et+IPp

何とかなるやろ(ヒト並感)

 

28:ターフの名無しさん ID:E2GnrD7Kb

記念、全員集合するの?

 

29:ターフの名無しさん ID:CoaIy+4K/

出れるウマ娘は全員来るんじゃない?

疲労とかローテーションの関係もあるから、実際はそこまで多くないかもしれないが

 

30:ターフの名無しさん ID:6aVc4fJDV

そもそも大逃げって何で希少なの?

みんなやればいいじゃんって思わなくはないんだけど、そこら辺詳しく教えてくれない?

 

31:ターフの名無しさん ID:q4QdtuzMB

地方トレーナーやってる俺でいいなら軽く説明するわ

 

32:ターフの名無しさん ID:BNp2YHRqM

ウマ娘に自信ニキ(本職)キター!

 

33:ターフの名無しさん ID:Nk+mIy1mV

何でスレ覗いてるんだ、暇なのか

 

34:ターフの名無しさん ID:q4QdtuzMB

>>33 今丁度暇なのよ まあそれはそれとして……

 

ウマ娘はヒトよりも身体機能が秀でてるんだけど、それでも全力疾走できる距離は限られてるわけ。長く末脚を使える子もいるけど、最高速度に到達して絶頂のまま走れるのは個人差があるけど精々400mとかそこら。

 

お前らだって学生の時2000メートル持久走しただろ?そん時、最初から最後まで全力疾走できた?正直無理だろ。めちゃくちゃ辛いし。

 

全力で走ろうとする(または速度が上がる)のは、『他の走者に影響される(追い抜かれるなどして動揺し、無理に速度を上げてしまう)』時がひとつ。(これはウマ娘で言うと『かかった』状態に近い)

 

で、もうひとつは『ゴールが見えた』時。あと少しでゴールだ!行ける!って思ったら、なけなしの体力を使って速度を上げちゃうあの現象だよ。それがウマ娘にもある程度共通して言えるわけ。だからウマ娘は全区間で全力疾走なんてできやしない。

 

そもそも体力的に、(たとえ短距離でも)サイレンススズカみたいな大逃げはかなり難しいって話なんだわ。

 

35:ターフの名無しさん ID:zSggVgUt+

はえ〜

 

36:ターフの名無しさん ID:dyapHfN9i

なるほどねぇ

 

37:ターフの名無しさん ID:jF0zx0+LU

詳しいわね、さすがトレーナー

 

38:ターフの名無しさん ID:JwxXJtpDj

確かに2000メートル持久走をガチの全力で走れてたやつなんておらんかったもんな

野球部も陸上部もサッカー部も速かったけど、8割の力の全力疾走?って感じだったし、さすがにペース自体は落ちてた記憶がある

 

39:ターフの名無しさん ID:q4QdtuzMB

脚質を決めるのはウマ娘の精神面と走行能力だよ。

 

精神面で見ると、他のウマ娘よりも負けん気が強いだとか、目立ちたがり屋だとか、最後まで諦めない粘り強さ、トレーナーの指示に対する従順さ、集団の中に呑まれても動じないか否かが判断材料。

 

フィジカルで見ると、足の速さとかスタートのうまさとか、レース終盤まで持たせられるスタミナ、最後の最後に瞬発力やパワーを発揮できるかどうかが判断材料になる。

 

で、大逃げのウマ娘の話だよな。大逃げになるくらいのレースをするなら、絶対的に秀でたスピードとかスタミナが必要になるな。そういう意味でもやっぱり大逃げは希少だね。

 

サイレンススズカは絶対的なスピード能力の高さによって結果的に大逃げになっているんだと俺は思うよ。アポロレインボウは本人が豪語してるように、相当なスタミナ量を駆使して全区間スパートに近い走りをしてるっぽい。

 

これは関係ないかもしれんが、あれだけ前に行きたがるんだったら、精神面で分析すると多分サイレンススズカもアポロレインボウもかなりの気性難なんじゃないかね。あ、走りに関してのね。

 

特にアポロレインボウは賢くないんだろうな。ずっと全力で走っていないとダメな性分で、なおかつそれをこなせてしまう精神力……とてつもない根性のおバカさんだよ。

あそこまで振り絞って走るのは相当きついと思うんだが、彼女を完成させた桃沢さんと一度話してみたいもんだ……

 

40:ターフの名無しさん ID:102AOVbtH

もしかしてアポロちゃん罵倒されてる?

 

41:ターフの名無しさん ID:2hQcQsN4U

 

42:ターフの名無しさん ID:5Eujw+mKd

つまり大逃げには突出した才能と特殊?な精神力が必要ってことね

 

43:ターフの名無しさん ID:3ImZjcqlY

まぁアポロちゃん結構あほあほフェイスするからね……

 

44:ターフの名無しさん ID:ZbIxhr6aV

>>43 ウマスタの写真とか何も考えてなさそうな笑顔だからな

ほんとかわいい

 

45:ターフの名無しさん ID:BtamNOtb/

お耳さわりたい

 

46:ターフの名無しさん ID:23FnAbTVx

>>45 逮捕

 

47:ターフの名無しさん ID:6Ot8/mHV7

とみおはアポロちゃんの耳触ったりしてんのかなぁ

 

48:ターフの名無しさん ID:A8Kwc7Dca

するわけないだろ

とみおはそんな男やない

 

49:ターフの名無しさん ID:5EQZ3+BAd

アポロレインボウとサイレンススズカはいつ海外に行くんだい?

 

50:ターフの名無しさん ID:eel2J+sqO

スズカちゃんは年末にアメリカって言ってたぞ

アメリカの芝路線は得意な2000メートル前後のG1が多いしいけそう

ワイの予想でしかないけどアポロちゃんはドバイ→春天→ヨーロッパだろうね

ドバイ日本ヨーロッパオーストラリアを飛び回って長距離G1総ナメや!

 

 

 

 

341:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

結局菊花賞ってどうやってアポロちゃんに勝てばよかったん?

もしもの話だし意味ないけど、考えてみたくてさ

 

342:ターフの名無しさん ID:lP/D8Pf5p

いや〜……

思いつかんね

 

343:ターフの名無しさん ID:DXfzRDtfU

サイレンススズカもアポロレインボウも1対17しなきゃ無理だよ。

大逃げしたスズカちゃんアポロちゃんを追いかけて潰す(もしくは前を塞いで包み込む)逃げ組と、足を温存し続けて何とか終盤差し切る追込組で役割分担しなきゃね。

 

344:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

ボス戦かな?

 

345:ターフの名無しさん ID:oCEPhoN38

弱点のないウマ娘はおらんはずやろ

 

346:ターフの名無しさん ID:QS4xp/a2k

>>345 でもたまに出てくるじゃんね?

セクレタリアトにエクリプス

日本ならシンボリルドルフとかタイキシャトルとか

こいつら弱点ねーぞ

 

347:ターフの名無しさん ID:E2Djx0ww/

>>346 伝説級のウマ娘やん

 

348:ターフの名無しさん ID:U+u0Xsfw2

アポロレインボウとかサイレンススズカが今後伝説級のウマ娘として扱われるかもしれんだろ

 

349:ターフの名無しさん ID:+bZyaNibR

そもそもアポロちゃんは頭が悪いせいで大逃げしかできないっていう弱点があるんだが(^^;

 

350:ターフの名無しさん ID:ZV6Sr3CiB

>>349 煽ってるのか褒めてるのか分からんコメントすき

 

351:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

>>343 でも1対17で倒せないウマ娘なんていないでしょ……

 

352:ターフの名無しさん ID:n5M23rELL

あの菊花賞でアポロレインボウに勝つのは無理。と言うか、クラシック初の長距離であそこまでやられたら普通は勝てん。

問題は「長距離の方が寧ろ走れる」って手の内がバレたここから。サイレンススズカは春で死ぬほど目立ったけど、秋になった今も圧勝したわけだし。

ダービーと菊花賞の二発屋で終わったらそこまでのウマ娘よ。(もちろん大逃げのクラシック二冠だからめちゃくちゃ凄い)

 

353:ターフの名無しさん ID:+oLy0tBG6

まぁアポロレインボウは2400メートルのダービーで1回潰れかけてるからな、3000メートルの菊花賞で大逃げするなんて思う奴はおらん

 

354:ターフの名無しさん ID:RnK76Wty0

ダービーん時は6強全員がアポロレインボウ捕まえに行ったからスタミナ不足起こしたんかね

 

355:ターフの名無しさん ID:P3b84n4kd

あの5人にケツ追いかけられてプレッシャー浴びまくったら普通はああなるよ

なお

 

356:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

やっぱり正解は1対17をすることなんかなぁ

でもそれって実質的に対策不可能ってことだよね

 

357:ターフの名無しさん ID:h7PcHhoPV

現実に現れるとは思ってなかったのもあって、全然研究が進んでないのかな

 

358:ターフの名無しさん ID:lroKc6aXC

>>357 でも大逃げを身につけたサイレンススズカが現れてから半年も経ったぜ?

中央のトレーナーはガチ優秀って聞くし、大逃げされたら本当にどうしようもないんじゃないか

 

359:ターフの名無しさん ID:YEDl6PHms

現実には1対17なんて出来るわけないからな。

自分の担当ウマ娘が勝てる機会を奪って、ただひとりのウマ娘を潰すために走らせるなんて立場的にも心情的にも不可能。

 

360:ターフの名無しさん ID:W8NM10btt

【悲報】大逃げ対策、祈ることしかない

 

361:ターフの名無しさん ID:ktr13anh7

ホントに祈るしかないのでは?

 

362:ターフの名無しさん ID:/Zrbw9gOs

サイレンススズカさん

・超得意なのは1800メートル〜2000メートル

・一応マイルから中距離まで走れます

・スタートが上手いです

・そもそものスピードが速すぎて道中追いつけません

・途中で捕まえようとすれば自分が潰れて負けるので捕まえられません

・↑こういう思考になって誰も行ってくれないのでサイレンススズカさんは自由に走ります

・最終コーナーで二の足を使います

・とても速いです

・2000メートル世界レコード保持者(1:55.5)

 

アポロレインボウさん

・4000メートル走れるステイヤーです(ダービー勝ちました(中距離は得意ではありません(本人談)))

・スタートがめちゃくちゃ上手いです

・スタミナがありすぎて終始スパートをかけたみたいな速度で走ります

・途中で捕まえようとすると自分が(以下略

・↑こういう思考になって誰も行ってくれないのでアポロレインボウさんは自由に走ります

・最終コーナーで二の足を使います

・とても速いです

・3000メートル世界レコード保持者(2:58.5)

 

はい

 

363:ターフの名無しさん ID:54cyiyTNd

>>362 終わりやね

 

364:ターフの名無しさん ID:Bo6BG1Hmv

>>362 うーんこの大逃げウマ娘達

 

365:ターフの名無しさん ID:ucNdWIqxS

>>362 4000メートル走れるステイヤーです(ダービー勝ちました)

ダ ー ビ ー 勝 ち ま し た

 

366:ターフの名無しさん ID:KWIEP0RH9

>>362 中距離は得意ではありません(本人談)

おかしいですよ

 

367:ターフの名無しさん ID:6DCRnDm/B

おかしいのはお前の距離適性だよ

 

368:ターフの名無しさん ID:zpKJsxFRW

>>362 どうしようかしらねこの子達

 

369:ターフの名無しさん ID:I4HG8Y+NU

>>368 終わりってこと

 

370:ターフの名無しさん ID:EeAsn0FMt

>>362 どうすんのこれ?

 

371:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

>>362 天災かな

マジで対策ないんか

 

372:ターフの名無しさん ID:IHh5ToZP9

上がり3ハロン30秒台叩き出したらいけるやろ!

ガハハ!追込最強や!

 

373:ターフの名無しさん ID:w7i5gkT3v

>>372 そんなん直線1000メートルの新潟レース場くらいしか無理じゃ……というか上がりがクソはえぇ新潟でも31秒台が限界なんじゃ……

 

374:ターフの名無しさん ID:NqF65eg6R

大逃げウマ娘の調子が悪い時なら詰めが甘くなってワンチャンは生まれるわね

でも調子が同じ時はきっと追いつけないね 困ったね

 

375:ターフの名無しさん ID:iIy3EOWrI

大逃げウマ娘を倒すには大逃げウマ娘になるしかない……ってコト?

 

376:ターフの名無しさん ID:tSc/luW5S

>>375 バケモンにはバケモンぶつけんだよ理論キタ

 

377:ターフの名無しさん ID:EfbqEuiIk

でも割とそれしかないだろ

 

378:ターフの名無しさん ID:ANnkaRd7F

思いつかんわ

さすがに理想の作戦と言われるだけある

 

379:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

サイレンススズカもアポロレインボウも強すぎ

ただ、レースに絶対は無いからね〜

調子次第でやっぱりワンチャン自体はあるか

 

380:ターフの名無しさん ID:5Ui2H9qtF

セイウンスカイみたいなスタミナ自慢の逃げウマ娘が大逃げウマ娘の後ろになんとか張り付いて、死ぬほどプレッシャーかけたりすれば或いは……

 

381:ターフの名無しさん ID:KjcXpzWcE

でもこの大逃げウマ娘相手にシンボリルドルフとかナリタブライアン辺りが戦ったら五分五分くらいには持っていけそうなんよな

ここの三冠ウマ娘達が負けてるところが想像できないってのもあるけど、なんやかんやで差し切っちゃいそうっていうね

 

382:ターフの名無しさん ID:G6mMl7Jmn

ウマ娘は不可能を可能にするからな

大逃げの世界レコードなんて不可能とされてきたけど成し遂げちゃったし、その大逃げウマ娘を倒すウマ娘が現れても不思議じゃないよ

 

383:ターフの名無しさん ID:Usn7XuA/F

なるほどなぁ

大逃げウマ娘を倒せない……って常識を覆すのもまたウマ娘ってことか

 



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67話:余波/アグネスタキオン//鬼宿し/グラスワンダー

 ――アポロレインボウの菊花賞が終わってしばらく経った頃。具体的に言えば、彼女の秋のローテーションが「菊花賞→ステイヤーズステークス→有記念」と発表されてから――アグネスタキオンは研究室に閉じこもって研究に没頭していた。

 

「……ふぅン」

 

 手元にあるのは、アポロレインボウとサイレンススズカの走行データ。それと菊花賞及び天皇賞・秋の映像。何度も何度も見返して、以前までの彼女達の走りとデータを脳に刷り込む。

 

 2人は未知の領域へと到達した。()()()()の走りとは一線を画す常軌を逸したレースが、アグネスタキオンの精神を刺激する。

 

(“果て”……か)

 

 ──私の脚は、いつ走れなくなってもおかしくない状態なんだよ。そんな言葉が栗毛の頭上を()ぎって、数回頭を振る。

 

 かつては自分自身の脚でウマ娘の限界――つまり未知の領域へと到達したいと考えていた。しかし、アグネスタキオンの肉体は脆かった。天性のスピードと硝子(ガラス)の如き繊細さを誇る、エンジンばかりが立派な機体――そう形容されるほどに、儚い光を纏った脚だった。

 

 本気で走れば壊れてしまう。その現実に対抗するために設けた「プラン」たち。アポロレインボウの菊花賞とサイレンススズカの天皇賞・秋は、願わずしてアグネスタキオンが用意していた「プランB」――すなわち他のウマ娘を“果て”へと到達させる研究が叶ったと言えた。

 

(サイレンススズカ君もアポロレインボウ君も十分すぎるほどの成果を上げた。きっとこれからも、伝説に残るような輝かしい成績を残してくれるだろう)

 

 ――では、「プランA」とは何か。答えは簡単、アグネスタキオン自身が限界に挑むこと――それが「プランA」である。

 だが、彼女は少し昔にプランAに見切りをつけていた。己の脚の弱さ故、そのプランには陰りがあったのだ。それほどまでに脆く頼りない身体が、どうやって速さの果てに到達できると言うのか。他のウマ娘に託す方が可能性は高いだろう。アグネスタキオンは案外あっさりプランAを諦めたのである。

 

 ただ、ここに来て。プランBを完遂した今この瞬間になって、少しだけ。

 アグネスタキオンは胸の中に形容しがたい疼きを感じている。

 

「熱狂」

 

 ぼそり、彼女は呟く。アポロレインボウの菊花賞、サイレンススズカの天皇賞・秋。そこには身が震えるほどの熱狂があった。ウマ娘の限界を超えた2人のパフォーマンスに対し、誰もが我を忘れて叫んでいた。タキオン自身もその熱狂に呑まれ、研究者としての自我を失うほどに魅入っていた。

 

「情熱」

 

 再び、独りごちる。菊花賞及び天皇賞・秋の最終コーナー、そこには破滅に立ち向かう2人の情熱があった。現場に居合わせていたアグネスタキオン自身、2人が作り出した『未知の領域(ゾーン)』に圧倒されて冷や汗すら掻いて、訳の分からぬ鳥肌を立てたものである。

 

 『熱狂』と『情熱』。

 アグネスタキオンは例えば『感情』のような科学から最も離れたものをあまり好んでいなかったが――過去を思い出すほど、感情のパワーを否定できなくなっていく。

 

 あの日、あの瞬間の京都と東京には、科学という絶対の摂理を超越した『想い』の力があった。精神面のコンディションが肉体的パフォーマンスを向上させるとかそういう次元じゃなく、剥き出しで真っ直ぐな『激情』がそこにあって、その想いに呼応するような奇跡が現実に起こったのである。

 

 あらゆるものがウマ娘の走りに干渉している。ただし干渉効果にとどまって決定打にはならない――アグネスタキオンはそう思っていた。

 しかし、アポロレインボウを見てもサイレンススズカを見ても言えることがあった。それは、彼女達を取り囲む数々の祝福が2人を鼓舞し、追い風のような存在になって後押ししたのではないか――という、科学理論を根拠に思考を組み立てる彼女らしからぬ答えだった。

 

(怪我の恐怖を振り切り、彼女達が結果を出せたこと。レースの出走自体を取り消すこともできただろうが、それをしなかったこと。それら全て、『感情』の後押しがあったからこそ()()なったのかもしれないねぇ)

 

 アグネスタキオンはしばし行動を止め、くたびれたソファにもたれかかる。

 ――プランは遂行された。ウマ娘の速さの果ての一端を見届けることが叶った。

 では、それからは?

 彼女達を見守るだけ? これまでのように研究を続け、たまにサポートするだけ?

 

 ……いや、違うだろう。

 『感情』は運命に抗おうとしている。

 

「……『感情』なんて、科学から最も離れたものだと思っていたが。意外や意外、表裏一体のようだ! ……侮れないものだね」

 

 アグネスタキオンは実験に取りかかる。

 『感情』を解明・分析するための実験である。

 プランBのその先。己の脚で果てを目指すため、アグネスタキオンは新たな研究に踏み出そうとしていた。

 

 狂気のマッドサイエンティスト。近づくとヤバい危険人物。色んなことを言われつつも、アグネスタキオンは身体の芯からウマ娘なのだ。

 ウマ娘の肉体に魅入られたアグネスタキオンは運命に抗うことを決め、感情の赴くままに突き進もうとしていた。

 

 そんな彼女すら知らない新たな運命が動き出すのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 ――日本ダービー、敗北。

 

 ちゃぷん。

 

 ――毎日王冠、敗北。

 

 ちゃぷん。

 

 ――アルゼンチン共和国杯、敗北。

 

 ちゃぷん。

 

 誰もが寝静まった丑三つ時。栗毛の怪物――グラスワンダーは眠れないでいた。

 既に消灯時間は過ぎており、日付が変わってしまっている。重く暗い廊下からは誰の気配もない。生きている者さえいないのではないかと思えるほど、寮は深く沈黙していた。

 

「――ふぅ」

 

 グラスワンダーは顔を上げる。酷い顔をした栗毛のウマ娘が目に入る。鏡に映った己の顔は寝不足であること以上にやつれて見えた。

 

「……酷い顔」

 

 蛇口から溢れる水を止めて、自嘲気味に呟く。己の感情露出を良しとしないグラスワンダーの性格もあって、彼女は内面に酷く重いものを抱え込んでいた。

 

 それは度重なる敗北と重圧である。ジュニア級の早い時期から活躍しただけに、グラスワンダーにかけられる視線やプレッシャーは並大抵のものではなかった。

 

 無敗で制した朝日杯フューチュリティステークスを絶頂にして、グラスワンダーのトゥインクル・シリーズは下り坂だ。新年明けての骨折判明、復帰するも本命のダービーには勝てず……秋のレースでは1度も勝利を上げられていない。厳しい自責の念と相まって、グラスワンダーは不完全燃焼を露わにしている。

 

 毎日王冠やアルゼンチン共和国杯は惜しいところまで追い込めたとはいえ、負けは負け。どれだけその差が僅かでも、ゴール板を真っ先に駆け抜けた者が勝つのだ。

 分かっている。その2レースにおいて『上がり3ハロン』が最速であったとしても、自分は負けた。グラスワンダーのトレーナーが慰めてくれたが、彼女の気持ちは全く晴れない。

 

 こと日本のトゥインクル・シリーズにおいては、『上がり3ハロン』――つまり最後の600メートルのタイムが重視される。グラスワンダーを含む多くのウマ娘はその『3ハロン』を意識してトレーニングすることが多い。

 だが、グラスワンダーは度重なる敗北とアポロレインボウ達大逃げウマ娘の出現によって、自信を根こそぎ失いつつあった。

 

 グラスワンダーの末脚は世代で見ても一級品だ。上がり3ハロンのタイムや、絶好調の時の切れ味がそれを物語っている。しかし結果がついてこないのでは、どんな言葉や数字を並べ立てようとそれは()()でしかない。

 

 精神的に思い詰めているグラスワンダー。最近は寝不足から来る夜更かし気味だ。目の下にくっきりと浮かんだ隈は、慣れない化粧で何とか誤魔化しているが……そろそろ限界かもしれない。

 

「…………」

 

 クラシック路線G1はおろか、ティアラ路線G1のひとつも取れなかった。恵まれた同世代との競走に勝ち抜き、己の最強を決定づける最高の機会だったと言うのに。自分は負けたのだ。負け続けたのだ。怪我を言い訳になどできない。身体の丈夫さも才能のうちだから。

 

 この前グラスワンダーはキングヘイローと話す機会があったのだが、目に見えて落ち込んでいたグラスワンダーに対してキングヘイローは大きく笑った。

 

『私はお母さまとは違った()()()()()()を目指すわ。クラシック三冠は負けちゃったけど、この勝利にかける執念だけは誰にも奪えない。……どんなどん底でも、勝利という希望を疑わない! それが私の掲げる一流よ!』

 

 キングヘイローはクラシック路線を皆勤したが、その(ことごと)くで敗退した。中長距離の適性がないことを内心理解していたにも関わらず挑み続けたのは、キングヘイローの目指す『一流』がクラシックを制するウマ娘だったからだ。

 

 菊花賞直後には、堪えていた涙がキングヘイローの頬を濡らした。

 挑戦したことが間違いだったのか? 母親の言う通りにしていればもっとマシだったのか? ダービー敗退の頃からチラついていた思考が頭をもたげた。

 

 だが、それでもキングヘイローは再び己の道を走ろうとしている。同じく敗北に打ちひしがれるグラスワンダーを励まし、己の敗北すら呑み込んで強くなろうとしている。

 激しい怒りに似た悔しさを感じようとも、どれだけの敗北を重ねても、たとえ母親を納得させられるようなレースができなくても――何度でも立ち上がってやる、と。彼女はグラスワンダーに対してそう言い切った。キングヘイローは菊花賞を終えて明らかに強くなっていたのだ。

 

 グラスワンダーは、キングヘイローの気持ちが分からなかった。

 いや、理解こそできたが()()()()()()()()と感じた。

 

 レース直前になれば、もちろん燃えるような闘志が身を焦がしてくれる。しかし、敗北直後の精神状態でそこまで大人になれるかと聞かれれば、答えはノーである。敗北をすることも時には必要だとは思うが、やはり彼女は勝利によって成長したいと考えるウマ娘の側だ。

 

「……私は」

 

 私は何なんだろう。グラスワンダーは真っ暗な洗面所で独り呟く。

 グラスワンダーはトレセン学園に自慢の友達がいる。その中でも特に、スペシャルウィークやエルコンドルパサー、アポロレインボウ達とは仲が良い親友にしてライバルと言えるだろう。だが、彼女達にはこの半年で大きく差をつけられてしまった。

 

 セイウンスカイは皐月賞を勝ち取り、スペシャルウィークは日本ダービーを勝った。アポロレインボウはダービーと大差勝ちの菊花賞。エルコンドルパサーはNHKマイルカップ。キングヘイローはG1勝ちこそないものの秋の重賞を1つ勝っている。

 

 対するグラスワンダーだが、今年の勝ちレースはG2・青葉賞のみ。戦績にして、4戦1勝。

 

 ――かつてのジュニア級チャンピオンが、この体たらくで胸を張って彼女達のライバルと言えるのか? 彼女達と対等と言えるのか?

 グラスワンダーが瞳を細めると、静寂が耳の奥に侵入してくる。キンという澄んだ音が鼓膜を侵略して、脳髄が不快感で満たされる。外光は全て遮断され、室内の明かりは全く消されている。持ってきた携帯端末から膨らむ靄の如き光が彼女の顔を照らすが、その少ない光がかえって暗闇を際立たせた。

 

「勝たなければ」

 

 グラスワンダーの次走は有記念。ファン投票にもよるが、出走できないことはないだろう。

 

 キングヘイローは菊花賞後のローテーションが不透明だ。もし有記念に彼女が出てきたとしても、距離適性的に負けることはない……と思いたいが、精神面では確実に差をつけられてしまった。有ではこちらが優位だとしても、きっと短い距離の大舞台で立ち塞がってくるだろう。

 

 スペシャルウィークは菊花賞の後にジャパンカップへと向かうそうだ。年内最後の戦いをジャパンカップに決めたらしい。グラスワンダーはローテーションの関係でジャパンカップ出場が厳しいため、次の勝負は大阪杯辺りになるか。

 

 エルコンドルパサーもジャパンカップ後は不明。香港に飛ぶとか、年内はそのまま休養だとか色々な声が聞かれるが……来年のヨーロッパに備えて彼女は休息を取るだろう。クラシック級での疲れを完全に抜くためにも、恐らく有は出られない。

 

 セイウンスカイはどうだろう。菊花賞の後から動きがない。しかし彼女のことだ、ファン投票が多ければ大物を釣り上げるためにしれっとグランプリに出走してくるはずだ。

 

 サイレンススズカは年末を休養に当てつつアメリカへと赴き、身体をアメリカの芝とレーススタイルに慣らしていくという。2500はベストな距離から少々長いだろうし、年末のグランプリには出てこないはず。

 エアグルーヴもマチカネフクキタルも恐らく有に出走してくる。だが、立ち塞がる最凶の敵は――

 

「アポロレインボウ」

 

 グラスワンダーの鋭い視線が暗闇に飛ぶ。瑠璃色の瞳にどす黒い炎が宿る。鏡の中の自分は、最近見た表情の中でも抜きん出て威圧感溢れる顔だ。

 

 アポロレインボウ。

 日本ダービーで――細かく言えば皐月賞の前――挑戦状を叩きつけたが、そのダービーでは戦いの舞台に上がることすらできずに完敗した。スペシャルウィークとアポロレインボウの死闘に隠れ、あっさりと敗北したのだ。

 怪我の影響がなかったわけではないが、怪我を含めた体調のコンディションもまた才能と努力の賜物。悔しさの残る日本ダービーとなった。

 

 ……運命が告げているのかもしれない。日本ダービーの借りはそこで返せ。有記念で雪辱を果たせ……と。

 

「――!」

 

 グラスワンダーの距離適性は1400メートルから2600メートルほど。2500メートルの有記念は射程圏内だ。中山レース場という舞台も、右回りという条件も得意な部類に入る。

 

 グラスワンダーは、萎み切った精神が()()()()()()のを感じた。ライバルがいるほど自分も強くなる――という親友(キングヘイロー)の言葉を思い出して少し笑みがこぼれてしまう。

 

 そうだ。やはり大舞台でないと燃えないというもの。どん底まで沈んだ精神だから見えた。自分は欲していたのだ。血が滾るような死闘を。全力で臨むライバルとの激闘を。

 日本が誇る年末の一大グランプリで、ライバル達とお互いに死力を尽くして削り合って、その上で勝利を遂げたいのだ。

 

 あぁ、その通り。なぜ忘れていたのだ。怪我の影響と敗北が重なって、自分を見失っていたのか。何ともったいない――(グラスワンダー)はこうでなくてはいけないと言うのに。

 

「思い出した……私が走る理由」

 

 怒りとも、闘志とも、静かな落ち着きともつかない鈍い塊のようなものが胸の奥底にわだかまる。

 

 アポロレインボウ。間違いなく今世紀最大級の敵だ。菊花賞を世界レコードでぶっちぎった怪物。されど、怪物は2人と要らない。怪物はこのグラスワンダー1人で充分なのだから。

 

「うふ」

 

 無抵抗で負けるわけにはいきませんね、と内心呟く。グラスワンダーは踵を返して暗闇を歩き出した。

 

 譲らないものは譲らないし、決めたことを変えるつもりもない。

 有記念はこのグラスワンダーが頂くのだ。そう、今決めた。しかし、この決意は固い。今まで道を見失っていた分の鬱憤を晴らせるだろうか。どうやってあの最強の大逃げを打ち破ってやろうか。

 菊花賞は何度も見直したが、どうやらアポロレインボウの大逃げは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。グラスワンダーは薄く微笑む。

 

 『我が物と思えば軽し笠の雪』という言葉を口の中で反芻する。この言葉の意味は、自分のためとあらば苦労も負担に感じないことのたとえである。

 どんなハードトレーニングも厳しい現実の試練も、自分自身のためになるということ。古人の教えをもって深い納得を得たグラスワンダーは、廊下を歩きながら更に合点した。

 

 ――なるほど。キングヘイローの言っていたことは、こういうことだったのか。

 

 栗毛の怪物からオーラが噴出する。

 その威圧感は本物か、贋物か。

 全ては年末のグランプリで分かること。

 

 グラスワンダーは携帯端末の電源を落とし、ぼそりと呟いた。

 

「お互い全力の真っ向勝負をしましょう、そして私が勝ちます」

 



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68話:何気ない会話の中で

 菊花賞が終わって少し経った。世間は11月の中旬に突入し、いよいよ秋の終わりに差し掛かったという雰囲気だ。以前にも増して冬の肌寒さが近づいてきた頃で――私はやっとこさ腰の据えた休息を取ることができた。

 

 菊花賞が終わってまず初めにしたことは、関係者達に囲まれての表彰や写真撮影だった。その後は山ほど飛び込んできたインタビューと取材の予定を組み、今後の予定や世界レコードを記録した感想を聞かれまくった。

 中にはプライベートの関係ないことまで聞いてくる悪質な記者がいたけど、そういう良くない人達はたづなさんがきっちり()()()()()をしてくれたので何ともなかった。

 

 菊花賞前から疲れが溜まっていたため、私はとみおに言われて軽い休息期間に入ることになっている。とは言え、勉強以外にやることがないのでトレーナー室に入り浸ってダラダラしているのだけど。

 

 ……トレーニングしてないと暇だ。もっと言うと、何かに追い立てられていないと不安で仕方がない。しっかり休めとの指示があったため、自主トレも禁止されているからガチで暇。本を読んだり宿題をやったりして暇を潰すしかないが、いつか飽きが来る。ウマホを触っているのも、目の疲れで限界がすぐに来る。

 

 私はソファで溶けそうになりながら、キーボードに指を滑らせているとみおに声をかけた。

 

「ねぇ」

「ん?」

「ひま」

「ふ〜ん」

「とみおは?」

「俺仕事」

 

 とみおはこっちを向かないまま生返事してくる。ちょっとムカッとして、私は姿勢を起こした。

 

「俺仕事、じゃないよ。可愛い担当ウマ娘のアポロちゃんが暇してるんですけど」

「自分で可愛いって言うなよ……まぁ可愛いのは否定しないけど

「かまって」

「いや、俺仕事中――」

「やだ! かまって!」

「はぁ!?」

「かまってよ! ね〜ね〜遊ぼうよ〜!」

「……はいはい、ちょっとだけだからな」

 

 とみおは大きな溜め息を吐くと、椅子を回転させてこちらを向く。何したいの、と視線を合わせてきて、私はちょっと頬が熱くなるのを感じながら目を逸らす。

 一緒に遊びたいのは本当だ。しかし正直なところ、ダル絡みしたかっただけでどうやって遊ぼうかなんて考えちゃいなかった。我ながら面倒くさすぎる性格である。

 

「…………」

「……え? 何も考えてなかったの?」

「あ、いや。占いとかどう? 相性占いとかやってなかったな〜って」

「占い?」

「そうそう」

 

 私はウマホで最近流行りの占いサイトに飛ぶ。学生間で『トレーナーとの相性占い』が大流行しており、今後の付き合い方の参考にするウマ娘が多いとか何とか。

 私は占いを信じていない系の女子だから結果がどう出ようと関係ないけど、一応参考程度には頭の中に入れておきたいからね。

 

「この占いには質問があって、それにどんどん答えていく形式なの」

「へ〜」

「結果によって私達の相性が分かるんだってさ」

 

 私は画面をタップして質問を投げかけていく。

 とみおは正直興味がなさそうな声色だが、これも女の子の勉強だと思って付き合ってもらおう。

 

「質問1、相手の家族構成を言えますか」

「イエス。アポロは一人っ子で、お父さんお母さんがいるんだったよな」

「そうそう。私もイエスかなぁ。とみおも私と同じ3人家族でしょ」

「正解だ。しかし、そのうち君のご両親にも挨拶しなきゃいけないな……」

「そのことなんだけどさ、ダービー勝った後から『トレーナーさんを連れてこい』ってお母さんがうるさくて……」

「あ〜」

 

 占いの質問をぶった切って会話してしまうが、実はお母さんからトレーナーを連れてこいとの催促が本当に激しいのだ。菊花賞を勝った時もめちゃくちゃ電話が掛かってきたし。

 久々に帰ってきなさい、アポロの顔が見たいわ、あのトレーナーさんも一緒に連れてきなさい……そんな言葉を何回聞いたことか。

 

 しかし、お母さんお父さんが何度も「寂しい」という電話を寄越してくると、一人娘である私もさすがに結構堪えるものだ。私もしばらく会えなくて寂しい思いをしているわけだし、ここは思い切ってトレーナーと口約束でもしておこうか。

 

「……とみおが迷惑じゃなかったらの話なんだけど。もし良ければ、お正月くらいに私の実家に来ない?」

「分かった」

「え、いいの?」

「丁度いい機会だし前向きに検討しておくよ」

「あ〜」

 

 社会人の前向きに検討するは信用ならない……むしろ厳粛な会議の結果お断りされそうなものだが、まぁ良しとしよう。次の質問に行こう。

 

「質問2、相手の休日の過ごし方は予想がつきますか」

「…………」

 

 とみおは腕を組む。対する私は簡単に察しがついた。多分この人は休日も私のトレーニングメニューを組んだり、ライバルウマ娘の研究をしたり、インタビューや撮影のスケジュール調整、加えてグッズ制作のアレコレにてんてこ舞いなのだ。

 休日まで私のことを考えてくれる――もとい考えざるを得ない――のは嬉しい話だが、いい加減理事長やたづなさんは彼に休みを与えて欲しいものである。

 

「私はイエスかな。とみお、休みの日も仕事してるんでしょ」

「……はい」

「ほんと、うまい具合に休んでよね」

「今はアポロに尽くせることが一番嬉しいんだ。さすがに休日は疲れたらすぐ休んでるし、あんまり心配しないでいいよ」

 

 ふ〜ん。やっぱり休みの日も仕事してるんだ。後でたづなさんに連絡しておこう。

 

「で、私は休日に何してるか想像できる?」

「できるよ。本を読み漁って、ネットサーフィンしてるんだろ」

「むっ」

 

 とみおの返答が正解だっただけに、私は軽く彼の方を睨んだ。お世辞でも女の子らしいことをしてるところを想像していて欲しかったものだ。

 ……まあいい。次の質問に取りかかることにしよう。

 

「質問3、言葉にしなくても、あ、相手の考えていることが分かりますか」

 

 あれ? 何か質問の内容が怪しくない? これってもしかして、カップル用の相性占いなんじゃないの。

 ふと向けた視線がかち合う。急に視線が熱く感じて、私は瞳を伏せる。もしかして、とみおは私の考えていることすら分かっちゃってる人なのかもしれない。だったら私の今の思考は全部ダダ漏れで――「はは、さすがに無理でしょ」

 ……ですよね〜。

 

「ま、こればっかりは私もノーかな。ある程度は推し量ることができたとしても、完全にわかるわけじゃないしね」

 

 人が完全に理解することができるのは、どこまで行っても『己』だけだ。哲学的な話になるかもしれないが、自分である以上他人にはなれないのは当たり前だし、他人の行動が見えて理解できてもその真意を知ることはできない。

 だから人は行動以上に言葉で気持ちを伝えてきたわけだ。

 

 ……とみおが人の気持ちの分かるエスパーだったら、私の気持ちはダダ漏れである。いつかはこの気持ちを言葉にして伝えなきゃいけないのかなぁ。いや、『トレーナーとウマ娘』などという普遍的な関係を覆して一歩先に進むためには、私から言葉にして今の関係を壊す必要があるだろう。

 いつになるかは分からないけど、その日がそこまで遠いわけでは無さそうだ。

 

 画面をスライドさせてみると、残りの質問は2問と表示されていた。トレーナーとウマ娘に対する質問ではないのでは? と思いながら次の質問を読み上げていく。

 

「質問4、お互いの夢を言えますか」

「俺達の夢なんて言うまでもないだろ。アポロと俺の夢は世界最強のステイヤーになることだ」

「うふふ、そうだね」

 

 私とトレーナーの夢は変わらない。出会った時からずっと、最強ステイヤーになるという憧れは私の根底に存在している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アポロレインボウに乗っかった俺の夢でもある。それでは、桃沢とみおの夢の原点はどこだろう? 彼が最強ステイヤーに(こだわ)る理由となったキッカケは何だろう?

 

「……そう言えば、とみおは何でそこまでステイヤーに(こだわ)るの?」

「好きだからって言ってなかったっけ? それとも、聞きたいことはもっと根本的なこと?」

「……うん」

「そっか……いいよ。どこから話そうかな」

 

 とみおは椅子から立ち上がって私の隣にやってくると、そのままゆったりと腰掛けた。ソファが沈み、私の座る位置が彼の方にずれる。

 

「子供の頃、俺は結構な数の習い事をしてたんだ。習字に水泳、あとサッカーにそろばんに塾……うわぁ、思い出すだけでも嫌になるな。……最初の方は何とかこなしてたんだけど、友達と遊びたかったのに習い事のせいで遊べなかったりするもんだから、俺もいい加減頭にきちゃって。ある日、親に反抗するために家出しちゃったんだよ」

「とみおも家出とかするんだ。何か可愛いね」

「……こ、子供の頃の話だからね」

 

 とみおは頬を掻く。まぁ習い事が多すぎて精神的にも肉体的にも疲れてしまったんだろう。習い事の内容は将来的に役立ってくることが多いけど、子供心には分からないものだ。気持ちは痛いくらい分かる。

 

「電車に乗って何駅も跨いで、これからどうしようかなって時……外は酷い雨になった。台風でも直撃したんじゃないかっていう暴風雨だったよ。傘は一瞬で捲れ上がりながら壊れて、でも引き返すわけには行かなくて。ホテルに泊まるような大金は持ってなかったから、途方に暮れながらそこら辺をうろちょろしてたその時……俺は見つけたんだ。雨音に負けないくらいの歓声が聞こえてくるレース場を――」

 

 懐かしむように、思い出すように、とみおはぽつりぽつりと過去を再現し始める。他の人もあまり知らないであろう彼の過去に踏み込んでいるという事実に、私は言葉にできない高揚感と優越感に浸った。

 

「雨の中でも大騒ぎが聞こえるものだから、俺は導かれるままに観客席に入った。するとどうだ、いいタイミングでレースが始まるところだったんだ」

「どんなレースだったの?」

「……名前は分からなかったけど、とにかく長距離のレースだ。めちゃくちゃ長かった記憶がある。……スタートと同時に客席から声が飛んで、みんなの視線の先に雨風に打たれながら一生懸命走るウマ娘がいたのに気づいて。俺は彼女達の表情に魅入ってしまったんだ」

 

 長距離レースで土砂降りになったら、どれだけきつい消耗戦になることか。私でさえ絶対に考えたくないレベルだ。子供だったとみおでさえ、雨の中で長距離を走るキツさがひしひしと伝わったに違いない。

 

「空気中の雨が波打って見えるくらいには豪雨が降り注いでて――それでも怯まずに走り続けるウマ娘の凄さといったらもう、言葉にできなかったよ。キラキラとか華やかさとは程遠い光景だったけど、俺はあの厳しい消耗戦の中に美しさを見出したんだと思う」

 

 ウマ娘に限らず、人が死力を尽くして戦う姿には魔力が宿る。その魔力は人を惹きつけてやまない。雨に打たれて泥まみれで戦う彼女達は、さぞ美しかっただろう。想像するだけでも涙が出そうなくらい辛い消耗戦。

 多分、私がその場所にいても同じような夢を持ったのではないだろうか。この人達のように強く戦いたい、長距離の舞台で残忍なまでの削り合いをやりたいと――本能的に感じていたはずだ。

 

「……で、その後はどうしたの?」

「ライブを見て普通に帰ったよ。雨も止んでたしね。家に帰ったら人生で一番こっぴどく叱られたけど、理由を知って親も凄く反省してたよ」

「ま、習い事なんて子供にとってはダルいものでしかないしね……」

「トレーナーになってステイヤーを育てたいって夢ができたから、そろばんと塾だけは続けることにしたんだけどね」

「偉すぎるでしょ……」

「あの家出も習い事も無駄じゃなかったさ。当時は辛かったけど、今から見てみれば辛い過去もちゃんとした糧になってるってことだ」

 

 とみおは胸を張って微笑む。難関とされる中央トレーナー試験をパスするくらいなのだから、彼には確固たる意思があったのだろう。高収入目当てでトレーナーを目指す人は勉強の辛さでドロップアウトしていくと聞くし、そのレースを走っていたウマ娘達は、とみおによっぽど強い残滓を残していったのだろう。

 ちょっと嫉妬しそう。

 

「子供の頃の記憶ってすごく印象に残るよね」

「本当に。アポロもそういうクチ?」

「うん。私も似たようなもの……だった気がする」

 

 人の夢は誰かに与えられるものだ。とみおの夢はウマ娘に感化されて生まれたものなのだと予想自体はついていた。それが今やっと聞けて私は信頼関係の深まりを感じている。

 では、私の夢の始まりはどこからだったか。記憶を掘り返してアポロレインボウの夢の原点を探る。

 

「私も全然覚えてないんだけどね――」

 

 それは、いつから私が私であったか――つまり、自我の始まりはいつからであったか、という質問に答える難しさと似ていた。

 「だいたいこんな状況だった」「何となくこんなことがあったような気がする」という抽象的でどうでもいい事柄は思い出せるが、決定的な何かは思い出せない。しかし、その日が私の原点だと知っているという何とも奇妙な感覚。

 

「多分、テレビ画面の向こうで走るウマ娘を見て――」

 

 そうだ。あの日、私は両親に挟まれてテレビを見ていたのだ。そこに映っていたのは恐らくトゥインクル・シリーズのレース映像で、きっと長距離戦だったはずである。

 瞼の裏に映像が浮かんできて、ノイズがかった記憶が呼び起こされる。テレビの中に流れる映像だけがやけに見えづらい。いったい、どこで誰が走っていたんだ。

 

 ――ダメだ。輪郭がハッキリしない。決定的に思い出せない。

 私は()()()()()()()()

 とても大事なことだった気がするのに。

 私の心の奥底にある、一度たりとも忘れたことのない大切な記憶だったはずなのに。心臓に直接氷水をぶちまけられたかのような感覚に陥り、視線を動かせなくなる。

 

「あなたみたいに凄く心を打たれたと思うんだけど――」

 

 ぐらり、と何かが揺れる。

 そこで過去の追憶は途切れた。

 

「――思い出せないや」

「……そっか」

「思い出したらまた言うね」

「うん」

「話が逸れたけど、これって占いだよね? まだ質問が残ってるのかな」

「あ、そうだった」

 

 とみおに言われてウマホの画面に目を戻す。先程まで何を考えていたのか分からなくなり、すっかり()()()()()()()()。これで良かったのかと思い返す暇もなく、記憶が混濁し闇に流されていく。

 

「じゃ、次の質問いくよ〜」

「はいはい」

 

 これで良かったんだよ。今はね。

 そんな声が響いた気がした。

 

「最後の質問! 相手の失敗を許せますか!」

「はは、考えるまでもなくイエスだね」

「私も〜! お、占いの結果は――『2人の相性は最高』だって!」

「ふ〜ん」

「ふ〜んじゃないよ! とみおは嬉しくないの?」

「男は占いとか興味無いもんなんだよ。そもそもダービーと菊花賞に勝てた俺達の相性が悪いわけないだろ」

「んにゅっ」

 

 占いから導き出された2人の相性は『最高』。

 いつものように会話して、いつものように彼の言葉にどぎまぎして。何もかも普段と変わらない日常だったはずなのに――どこか肌寒い。

 

「……もう」

「そろそろ、俺は仕事に戻るよ」

「……うん」

 

 私は溢れ出しそうな冷たい何かを胸の奥底にしまい込み、深く深く封じておくことにした。

 暖房が効いているはずなのに、薄ら寒い違和感は拭えなかった。

 

 ……ステイヤーズステークスまで、あと2週間。



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69話:欧州の2連砲

 次なるレースは12月初旬に行われるG2・ステイヤーズステークス。菊花賞や秋華賞、秋の天皇賞に出たウマ娘はほとんどジャパンカップやエリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップに向かったため、今回戦うウマ娘の多くは初対面である。

 もちろん11月中に休養して有記念や香港G1に向かうウマ娘もいるが、菊花賞からステイヤーズステークスに矢印を向けたウマ娘はアポロレインボウただひとり。つまるところ、クラシック級からの参戦は私ひとりということになった。

 

 ここで問題になるのは、ステイヤーズステークスが国際重賞競走ということ。地方のウマ娘に加え、外国からやってきたウマ娘も出走可能なのである。

 ――()()()()()()()()()()()()。それが今年のステイヤーズステークスの肝であった。

 

 出走予定を明らかにしている外国出身のウマ娘に、Double Trigger(ダブルトリガー)というアイルランドのウマ娘がいる。この子が大きな問題なのだ。

 

 ――Double Trigger(ダブルトリガー)

 身長171センチ、バスト90、ウエスト62、ヒップ89(公開情報より引用)という世界レベルの肉体を持った栗毛のウマ娘で、得意戦法は溜め逃げ。ついでにかなりの気性難で重場の鬼という個性の塊のようなキャラクターである。

 

 しかし、その実力は折り紙付き。3年前、英国(イギリス)G1・アスコットゴールドカップ、同国G1・グッドウッドカップ、同国G2・ドンカスターカップを制して英国長距離三冠を成し遂げ、今なお活躍を続けるヨーロッパが誇る名ステイヤーだ。

 

 競走生活にして6年間という長きに渡って活躍をしており、長距離重賞で12勝という輝かしい成績を残している。英国長距離三冠を達成した3年前には欧州最優秀ステイヤーに選ばれるほど。

 

 その勝ちレースにして、3000メートルG3・イタリアセントレジャー、3200メートルG3・サガロステークス(2回勝利)、3200メートルG3・ヘンリー2世ステークス(2回勝利)、4000メートルG1・アスコットゴールドカップ、3200メートルG1・グッドウッドカップ(3回勝利)、3600メートルG2・ドンカスターカップ(3回勝利)……29戦14勝、うちG1勝利数4という、勝った重賞は全て3000メートル以上という驚異的な成績である。

 

 ダブルトリガーは9月に行われたドンカスターカップからステイヤーズステークスに目標を定め、既に来日しているという。

 

「ダブルトリガーさん……かっこいいなぁ」

 

 私は彼女のレース映像を眺めながらそんな言葉を口にした。モニターの中で、4000メートルという狂気的な超長距離を駆け抜ける大柄な栗毛のウマ娘。私の速度に任せた大逃げと違って、スローペースに持ち込んで有利展開を作り出す溜め逃げではあるが――ひたすらに先頭を走り続けるダブルトリガー。何と美しいフォームなのだろう。

 

「3年前……全盛期ダブルトリガーのゴールドカップを見てるのか」

「うん。迫力が凄いね」

「そりゃ、当時は世界最強ステイヤーと言われてたウマ娘だからな」

「今は違うの?」

「今も間違いなく強いが……最強では無くなったかな。下の世代から更に強いウマ娘が生まれてきたんだ。所謂(いわゆる)世代交代ってやつだな」

「…………」

 

 とみおの言葉に口を(つぐ)む。何もそんな言い方をしなくてもいいじゃないか、と思わないでもない。

 

 3年前の映像に映るダブルトリガーは、トリッキーさを兼ね備えつつパワフルでもあった。大きなストライドと迫力溢れる闘気によって、彼女の肉体がより大きなものだと錯覚してしまうくらいには力強かった。

 対して今年の9月に行われたドンカスターカップを走る彼女の映像は、全盛期に比べると円熟味を増して老獪なものに変貌していた。フォームは更に洗練されており、確かにパワフルさこそ無くなったが超一流のレースをしている。

 

 こうなると、ダブルトリガーを脅かす()()()()のウマ娘が気になるところだ。

 

「ダブルトリガーさんよりも強いって言われてるウマ娘って誰なの?」

「……カイフタラ。アポロの1個上のウマ娘だ」

「カイフタラ……」

「ま、今はヨーロッパのカイフタラより日本にいるダブルトリガーだ。彼女に勝てなきゃヨーロッパを制することなんてできないからな」

「……分かった」

 

 ステイヤーの本場であるヨーロッパで物凄い活躍をしているウマ娘ではあるが、ダブルトリガーは既に6年目の競走生活に突入しているため肉体的なピークを過ぎている。その分技術や経験は世界最高レベルにあるだろうが……慣れない日本の芝を舞台にする戦いなのだから、彼女に勝てなければヨーロッパに挑めるレベルでは無い――とみおはそう言いたいのだろう。

 

 まぁ、どんな相手が来ようと私は全力で挑むだけだ。走る前から気持ちで負けていたらダメだろって話。相手が最強ウマ娘だろうと勝つ。欧州最強ステイヤーだろうが何だろうが、私の大逃げに対策ができるならやってみろ。そういう意気込みで臨まなければ、勝てるレースも勝てなくなってしまうからね。

 

「そうだ。ダブルトリガーの情報を纏めておいたから渡しておくよ」

「お、ありがと〜」

 

 大まかな情報は既に収集していたから、彼から手渡された紙切れにはどうでもいい情報しか載っていなかったけれど――何気ないところから相手の弱点が見つかることもあるということで、私はその紙を隅々まで観察することにした。

 

「へぇ、『ドンカスターカップを3勝したことを讃えられ、ドンカスターレース場に銅像が立った』――か。いいなぁ、私も銅像とか立ててもらいたいなぁ」

「はは、どうやったら立つんだろうな」

「とりあえず勝ちまくれば立つのかな?」

「それができれば苦労しないよ……」

 

 その紙にはダブルトリガーの銅像が立てられたことの他に、彼女が怪我がちなこと、妹にダブルエクリプスというウマ娘がいることが書かれていた。

 

「クラシック級の春、怪我のせいでダブルトリガーさんは大きく出遅れたって書いてあるけどさ。経歴を見ていくと、結構な頻度で怪我しちゃってるんだね」

「あぁ……そもそも向こうはレース自体がかなり苛烈だし、元々の体質もそこまで強くなかったらしいからな。最近は回復力も落ちて、ドンカスターカップの後のカドラン賞やロイヤルオーク賞に出られなかったそうだ。このステイヤーズステークスがラストランになるかもしれない、って本人も言ってるよ」

「…………」

 

 ダブルトリガーさんをよく知っているわけではないが、“ラストラン”という言葉を聞いて何だか寂しいなと思う。いつかは私も終わってしまうのだろうか。あんまり考えたくない。

 

「にしても、何で日本をラストランの舞台に選んだんだろうね。これまでヨーロッパ一筋でやってきたのに」

「ヨーロッパが10月いっぱいでシーズン終わりだからじゃない? それに、ステイヤーズステークスは前走のドンカスターカップと同じ距離だし」

 

 基本的にヨーロッパのトゥインクル・シリーズは4月〜10月の開催がメインだ。11月〜3月のG1レースは数える程しかない。そのため、ヨーロッパのウマ娘はこの期間、香港・日本・オーストラリア・ドバイ辺りのレースに出走することが多い。

 しかし、香港には長距離レースが存在しないし、オーストラリアもドバイも時期違い。結果、この時期に開催されている3000メートル級重賞であるステイヤーズステークスに白羽の矢が立ったのだろう。

 

 ……さて、ステイヤーズステークス開催まで残り僅か。4000メートルを逃げ切れる欧州最優秀ステイヤーが相手になるから、菊花賞の時以上に気合を入れて対策を立てていかなければならない。

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()菊花賞とは違うのだ。敵は3600メートルという舞台に自信のあるウマ娘ばかりで、特にダブルトリガーなんかは超長距離レースに慣れ切っていると考えられる。

 

「とみお。そろそろ良い時間だし、トレーニング始めよっか」

「おう。チャリ取ってくるから先に外出て待っててくれ」

「は〜い」

 

 うかうかしてられない。私達はすぐさまトレーニングに行こうと立ち上がった。

 

 

 今日のトレーニングは川岸の堤防上に造られた道を走るというシンプルなもの。とにかく持久力を伸ばし、ダブルトリガーに競り負けないよう心肺機能を鍛え抜くという明確な目標があった。

 ヨレたジャージを着たとみおは、軽くランニングする私の後方で自転車を漕いでいる。ちなみに、チャリに乗っているとみおの方が先にへばりやすいのは笑い話だ。堤防ランニングはむしろ、とみおに対するトレーニングになっているんじゃないかと毎回思う。

 

「えっほ、えっほ」

 

 赤と白のジャージに身を包み、肌寒い道を走る。数キロ走っているうちに身体が温まってきて、逆にジャージが暑苦しく感じるまでに火照りが生まれている。

 軽く背後を確認すると、数キロ走っただけだというのにトレーナーがひいひい息を切らしていた。くすくす笑いながら、私は見せつけるようにペースアップしてやる。毎回10キロは走っているから、最後まで付いて来られるのか……後が思いやられるなぁ。

 

「あっ、アポロぉ! 勘弁してくれぇ! そんなペースで走るんじゃない!」

「はいはい、喋る余裕があるんだったら脚を動かす」

「運動してない社会人にはキツいって……!」

「いい加減バイクなりスクーターなり買えばいいのに……変なところでケチなんだから」

 

 ウマ娘の優れたフィジカルでトレーナーのようなヒトを揶揄うのは結構面白い。庇護欲を煽られるというか、昔の自分はこうだったんだなぁと不思議に思ったりするのである。

 

 まぁ、おふざけはここまでにしてトレーニングに集中しよう。私はとみおの指定する速度までスピードを落とし、フォームをチェックしながら一糸乱れぬ走行を再開した。

 そこにトレーナーとの会話はない。彼から一方的に「フォームは指先から足の裏までを意識しろ」「鼻から吸って口から出せ。呼吸は乱すな」という言葉が飛んでくることはあるが、私から彼に投げかけられることはない。

 

 怪我や事故の原因は、生じるリスクの軽視や無視、はたまた油断から生まれるものだ。いつものトレーニングが一転して、レース生活の呆気ない幕切れに繋がることだって有り得ない話じゃない。

 そうなったら私は悔やんでも悔やみ切れないし、己を呪うことになるだろう。そうならないように細心の注意を払ってトレーニングする必要があるのだ。思わぬ油断が命取りになって怪我をした――そういう教訓じみた話を耳にしないことはない。授業やトレーナーに口酸っぱく言われることもしばしば。

 

 私達のような学生は、誰もが口を揃えて「気をつけろ」と言葉にする意味を忘れがちだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、保護者たる教師やトレーナーの気持ちも知らないで、私達はたまに後先考えずにおふざけをしたりする。

 まだ精神が未成熟な学生だから、たまのおふざけが起こってしまうのは仕方のないこと。だが、その()()()()()()()を起こさぬウマ娘だけが強くなっていけるのだ。

 

 物事を真剣に遂行するのは比較的容易い。しかし、物事を()()()()()()()()()()()()ことは非常に難しい。余程強い憧憬や信念を持っていなければ、精神(こころ)が簡単に楽な方向へと傾いていくからだ。

 ()()()()()()()()()に対して気を配り続け、初心を忘れず長い期間に渡って真剣さを忘れず努力した者だけが特別になれる。

 

 どれだけのフィジカル・ギフテッドを持ち合わせていようと、努力する者には敵わない。

 どれだけの努力を積み重ねても、フィジカル・ギフテッドを持つ者には敵わない。

 

 時代を作るウマ娘は、持って生まれた破格の才能と、狂気すら滲むような努力を積み重ねてきたのだ。それでやっと、他のウマ娘を圧倒できる。

 日常に潜む数々の誘惑を押し退け、強者蔓延(はびこ)るトゥインクル・シリーズを勝ち抜いていくには、たかが数分間のレースのために青春の全てを捧げる覚悟と努力が必要なのだ。

 

 ……まぁ、努力努力と大雑把に言っても、努力(それ)は言葉で表すには余りにも簡単である。実際は死ぬほど苦しくて辛くて凄絶だと言うのに。

 トレーニング開始から数時間が経ち、昼の明るさが夕闇に押され始める。言うまでもなく、私は走りっぱなしだ。たまにトレーナーのママチャリからスポーツドリンクをひったくって喉を潤したり、頬を伝っていく汗をタオルで拭ったりしたが、それ以外はずっと走り詰め。

 

 フォームを乱さずに走り続けるというのは、想像以上に精神力を使うし疲れが溜まる。呼吸の仕方、腕の振り方、左右のバランスの取り方、足の裏の接地方法、他にも色々なことを1歩1歩気にして走らなければならないのだ。正直なところ、まともな思考ができなくなってくる。

 

 所々完璧ではなくなってきているし、汗を吸い込んだ体操服のせいか寒くなってきた。鼻から酸素を取り込む余裕が無くなり、あんぐりと開けられた口から無造作に呼吸せざるを得なくなる。

 

「アポロ、背筋を伸ばすんだ! 背中を丸めちゃいけないぞ、酸素を取り込みにくくなるからな。いいか、苦しい時こそ胸を張れ!」

「はっ、はっ――!」

「脚を止めるな! ()()()()()()()()()()()!?」

「ぐっ――」

 

 息も絶え絶えなとみおの檄を受けて、私は歯を食い縛る。何故この男は私にこれ程までの苦痛を強いるのだという怒りを燃料に、何くそと腹の底に力を込める。

 そうだ。私は頑張らなければならない。

 あのテレビ画面に映っていたウマ娘。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に誇れるような、そんなウマ娘に私はなるんだ。

 

「――――あれ?」

 

 ――気合を入れ直そうと意気込んだ刹那、襲いかかってくる鋭い頭痛。痛みの奥深くから湧いてくる過去の記憶。砂嵐の吹き荒ぶ暗い記憶が呼び起こされ、微妙にエコーのかかった声と共に場面がフラッシュバックする。

 

 

 お母さん、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 

 すごいわね。

 

 うん、かっこいい! 私もなれるかな?

 

 ええ、きっとなれるわよ。

 

 私も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎みたいに、キラキラしたウマ娘になる!

 

 

 ぐらぐらと根底が揺れ、一瞬だけ意識が途切れる。そしていつの間にか、何もかも思い出せなくなっていく。鋭い痛みに顔を顰めてしまい、その結果崩れる視界。規則的な動きを続けていた走行フォームが乱れ、歩調が大きく狭まって動きを止めていく。

 

「っ……、ぁ……!」

「どうしたアポロ!?」

「――いや、なんでもない……」

「そんな。何でもないわけないだろ」

 

 とみおが自転車を投げ出して、その場に立ち止まった私の肩を抱く。ずきずきと鈍い痛みが頭に残っていたが、何故か大したことではないと予感じみたものを感じたため、とみおの手を解いて優しく笑いかけた。

 

「私は大丈夫だから」

 

 痛みが消えると、頭の中にあった違和感はすっかり消えていた。

 ――気のせいか。一体なんだったんだろう。何かを思い出したような気がしたのだけど。

 

「もしも疲れ以外の違和感があったなら、今すぐに救急車を――」

「や、そういうのじゃないから大丈夫……」

「…………そういうわけには」

「男の人には話せない悩みがあるのっ」

「そうなのか?」

「そうなの! ほら行くよ!」

「…………」

 

 心配そうな声色のとみおを振り切って、私は再びランニングを開始する。とみおとは「身体に違和感を感じたら、どれだけ些細なことでも報告すること」という約束事があったが、この痛みはそれに該当しない――そんな確信があった。だから私は走る。とみおを裏切ったつもりは全くない。

 

 だって、違和感は全部消えてしまったんだもの。身体の奥深くで疼く疲労の方がうるさいんだもの。()()()()()()()()()にかまけている暇はない。

 もっと走らなきゃ。もっと頑張らなきゃ。何かに駆り立てられるように私は走る。そんな時、夕暮れの川岸に耳障りな金属音が鳴り響いた。

 

「うお、いきなり止まるなよアポロ! このチャリ油がささってないからブレーキが利きにくいんだって……」

 

 その音の正体はとみおの自転車がブレーキをかけた音だった。そして、私がいきなり止まった理由は目の前に現れたウマ娘にあった。

 

「――えっ」

 

 とみおの素っ頓狂な声が飛ぶ。私達はその場に立ちすくんだまま動けない。

 ――そのウマ娘は、深い色の栗毛をロングヘアーにしていた。特徴的なグリーン・アイが輝かしい、堂々たる風貌のウマ娘だ。暮れる寸前の夕陽から照らされて、彼女の燃えるような栗毛が紅く煌めいている。運動着姿だからこそ分かる抑揚のついた肉体――並びに鋼並の硬度と密度が窺える筋肉が服の下に張り詰めていて、トモの発達具合が尋常ではないことが分かる。

 

 とみおが自転車から降り、私を守るために半歩前に出た。あまりにも鋭い眼光からは敵意が剥き出しである。値踏みするような冷酷な視線が私に向けられていて、底冷えするような寒さが背中を襲う。

 

「……ダブルトリガーさん……偶然ですね」

 

 欧州が誇る名ステイヤー、ダブルトリガーがそこにいた。

 

こんなところで会うとは奇遇じゃないか、アポロレインボウ。実際に会うと想像以上にちっちゃくて可愛いな、え?

 

 ……半分以上何を言ってるのか分からない。これは英語のリスニング力を鍛える必要があるな。あんまり好意的な接し方じゃないし、もしかしたら皮肉を言われてるのかも。

 

「……本当にお前がジャパン・セントレジャーを制したウマ娘なのか? ルモスさんが言うほどのウマ娘には見えないが」

 

 ジャパン・セントレジャーとは菊花賞のことだろう。それしか分からないが、彼女の表情から見るに私のことを疑問視しているようだ。

 翡翠の瞳がこちらを睨んでいる。どこか擦れ切ったような虹彩が気にかかった。

 

「何の用ですか……って、これ英語で言わないと伝わらないのかな」

「俺が話そう」

「できるの?」

「トレーナーだからな」

「えぇ」

「うちのアポロに何か用ですか?」

 

 わ、とみおって英語喋れるんだ。かっこいい。イケメン。

 

「もしかして今までの言葉はアポロに伝わってなかったのか。言語の違いは不便極まりないな……」

「先程からえらく挑発的ですね」

「この国のセントレジャーをレコードで制したと聞いたが、お前達は私に敵わない。ステイヤーの本場たる欧州の力を見せつけるために私はここにやって来たのだ」

 

 とみおが耳打ちで大体の翻訳を教えてくれる。即時翻訳ができるって相当な英語力だぞ……?

 にしても、相当私のことを煽ってくるな。こんな意地悪な人だったなんて、憧れを抱いていただけにちょっと複雑である。

 

「ルモスさんによれば、お前が日本最強のステイヤーらしいではないか。身体も小さい、覇気の欠片もないウマ娘が私に勝てると思うなよ。このステイヤーズステークスは私が貰う」

「……だってさ」

「…………」

 

 自信に裏付けされた宣戦布告。でも、私だって長距離の舞台で誰にも負けたくない。来年の海外遠征のためにもここでダブルトリガーさんを倒すくらいの勢いでなければ……私はきっとヨーロッパで戦っていけない。

 ダブルトリガーさんは慣れない日本の芝に加え、アウェーで戦うのだ。こうして強く気を張っていないとダメだと見える。ここはひとつ挑発返しということで、La victoire est à moi !!(調子に乗んな!)――なんて言ってみたさもあるが、あまり波風を立てたくはない。

 

 私はあえて正面から彼女に近づき、下手くそな英語でこう返した。

 

「ダブルトリガーさん、あなたの活躍は海を越えてここ日本にも伝わってますよ! こうして日本の舞台であなたのような歴史的名ステイヤーと戦えるなんて光栄です! サインください!」

「え、サイン?」

「サインください!」

「え、あぁ……分かったよ」

 

 私の言葉に(ほだ)されたのか、ダブルトリガーさんの雰囲気がかなり柔らかくなった。とみおのカバンに入っていた『ステイヤー育成論』という本を手渡すと、ダブルトリガーは照れくさそうにサインをし始めた。

 どうやら異国の地で気を張っていただけで、悪い人ではなさそうだ。

 

「英語、中々上手いじゃないか」

「ありがとうございます!」

「私も当日を楽しみにしているよ、アポロレインボウ」

 

 ダブルトリガーさんは静かな微笑みを湛えると、先程の嫌味を忘れさせるように握手を求めてきた。嬉々としてそれに応えると、彼女は更に喜んだような仕草を見せて、満足そうにこの場を走り去っていった。

 

「……変な人だったね」

「6年も走ってりゃ色々とあるんだろう。嫌味っぽくはあるが、悪い子じゃなさそうだ」

「暗くなってきたし、私達もそろそろ帰ろっか」

 

 夕闇に溶けていったダブルトリガーさんを見送って、私達は帰路につく。とみおが疲れ果てた私を見兼ねて、自転車の後ろ側の席――ママチャリだから席でもなんでもないが――を差し出してきた。

 

「アポロ、後ろに乗るか?」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

 後から知ることになったが、私が座った場所はドレスガードと言うらしい。とみおの腰に手を回し、横を向きながらドレスガードに腰かける。

 私が彼の背中に寄りかかったのを合図に、とみおのママチャリが発進する。さすがに少女ひとりを乗せた自転車は重いのか、右に左にハンドルを切りながらゆっくりと進んでいく。

 

「……遅くない?」

「アポロが重……いや、2人乗りだと上手くいかなくて」

「誤魔化せてないからね」

「ごめんなさい」

「……ま、いいよ。ムカつくけどね」

「反省します」

 

 成人男性に比べたら、ひとりの少女の体重なんて軽いものだ。しかし、重いものは重い。生きているんだから。

 ウマ娘が走る速度よりはずっと遅かったけど、彼と同じ速度で風を切る感覚は何物にも代えられない安らかな温もりを与えてくれた。

 



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70話:『夢』たち

 英国長距離三冠を達成したウマ娘は、長い歴史を誇る英国トゥインクル・シリーズにおいてもたった6人しか生まれていない。

 Isonomy(アイソノミー)Alycidon(アリシドン)Souepi(ソーピ)Le Moss(ルモス)(2年連続)、Longboat(ロングボート)、そしてDouble Trigger(ダブルトリガー)。長い歴史に名を残す伝説のウマ娘達だ。そんなウマ娘のひとりであるダブルトリガーさんに誘われ、私はとあるレストランにやって来ていた。

 

「先日は罵るような言葉を言って済まなかったね」

「いえ、そんなことは」

「今日は私の奢りだ。遠慮なく食べていってくれ」

「ありがとうございます」

 

 ダブルトリガーさんと会った日の夜、ワールドワイドに展開しているアプリ“ウマスタ”にDMが来たのだ。自動翻訳されたらしい特徴的な日本語で『今日の無礼をお詫びしたいです、2人で食事をしませんか?』という違和感丸出しの文面が送られてきたものだから、ちょっとウケると同時に二つ返事で了承した。その結果、ステイヤーズステークスの3日前にあったオフの日に彼女と食事をすることになった。

 

 最初は2人きりということでどうなるか分からなかったが、ダブルトリガーさんが意識してゆっくり喋ってくれるので会話に関してはあまり問題なさそうだった。

 もちろん、昨日の出会い(がしら)の如く、ダブルトリガーさんが敵意を丸出しにしてクソほどキレてきた! ってわけでもない。彼女も良識あるウマ娘なのである。

 

「先日の無礼があったのに、ミスター・モモザワはよく2人きりでの食事を許してくれたね」

「彼も理解がある人ですから」

「えっ、なんだいその“彼は分かってくれてます”感は。急に見せつけてくるね。ニホンゴで言うところのセイサイというやつかい? え?」

 

 先程からダブルトリガーさんはずっとこんな調子だ。終始笑顔で指を組んで、前傾姿勢になりながら私のことをじっと見つめてくる。会話の内容からしても、彼女は私や私に関連することを根掘り葉掘り聞いてくる。私のようなウマ娘とも本当に親睦を深めたいと思ってくれているらしい。

 しかし、私よりも成績優秀だったり家柄の良いウマ娘が他に居たんじゃないか。何故私にこんなに付きまとってくる(?)のだろうか。後で理由を聞いておこう。

 

「気になるなぁ、ミスター・モモザワとアポロの関係。どこまで行ってるんだい? ン?」

「…………普通のウマ娘とトレーナーです」

 

 しかし、ダブルトリガーさんってばゴリゴリに距離を詰めてこようとする人なんだな。これがヨーロッパ式の親睦の深め方と言うやつなのだろうか。それとも彼女の性格なだけ? どちらにせよ嬉しくはあるが、詰問の内容が私の弱点すぎる。

 テーブルを隔てて会話しているはずなのに、彼女の前傾姿勢のせいで妙に顔が近いし、とてもじゃないが落ち着かない。上手く誤魔化せているだろうか。私は緊張を隠すように水を飲んだ。すると、ダブルトリガーさんは納得したように手を叩く。

 

「おぉ、たった今確信に至った。アポロはトミオに恋してるんだな」

「ぶっ! ゲホゴホ、うぇっほ!」

「あぁ! ごめんごめん、これは本人には秘密にしときたいんだよな? えぇ、えぇ、分かってますとも」

「〜〜〜〜っ……何でこう、初対面同然なのにバレちゃうのかな……私の気持ちってそんなにダダ漏れなの?」

「日本語を聞き取れないわけじゃないから突っ込ませてもらうが、前会った時からバレバレだよ。耳の動き、目の動き、指の仕草、と言うか尻尾揺れすぎだし彼の脚に巻きついてるし。逆に気づかない人はいないだろ」

「あっあっ」

「とどめは自転車に乗っている時のお前の顔だ。あれは傑作だったな。遠くの方から見ていたが、どこからどう見ても恋する乙女の顔――」

「あーーーー! やめてください分かりましたから!」

「可愛い反応だ。もっと揶揄(からか)いたくなるよ」

 

 ……この人嫌な人だ。ここの代金はダブルトリガーさんの奢りってんなら、ちょっと高めのデザートとか頼んじゃお。

 

 ――と思っていたのだが、私の注文量に青い顔をしたダブルトリガーさんに申し訳なかったので(彼女も学生の身分だ)、デザートを頼むのはやめておいた。

 

「……さて。アポロのことばかり質問するのも悪いな。私に対しての質問があったら何なりと答えよう」

「いいんですか」

「いいとも」

「じゃ、トレーナーさんとかいらっしゃらないんですか? 先日も今日もそれらしき人が見あたりませんけど」

「あぁ、トレーナーはいないよ。少し前に契約解消したんだ」

 

 あっけらかんと言い放つダブルトリガーさん。私は脳内であちゃーと頭を抱えた。もしかして彼女の地雷だったかもしれない。微かにグリーン・アイが揺れているのが見えた。

 

「……悪いこと聞いちゃいましたかね」

「気にするな。昔を思い出していただけさ」

 

 彼女によると、英国長距離三冠を成し遂げた年、トレーナーさんがご高齢のために契約を解除したらしい。今でも交流したりお茶会を開く良い関係だとか。

 

「もう現役6年目――シニア級に入って4年目だ。トレーニング方法も己の身体も熟知しているから、今更新しいトレーナーを必要としないのさ」

「自分でレース調整もしてるってことですか。ひえ〜……真似できないや」

「ヨーロッパやアメリカではクラシック級で現役を退くウマ娘も多い。日本でのトレーナー契約期間は基本的に3年間と聞くが、こちらや向こう(アメリカ)の基本契約期間は2年間なのだよ」

 

 競馬的なことを言えば、特にヨーロッパの競馬はビジネス的な側面が大きい。ヨーロッパ競馬で最も重要視されているのは種牡馬の種付け――つまりシンジケートで動く莫大なお金である。ヨーロッパにおける重賞の賞金は安いが、生産ビジネスで儲けられるお金が日本の比ではない。そのため、3歳(クラシック級)までに勝ちまくった馬が怪我のリスクを冒してまで古馬(シニア級)以降のレースに出走することは稀である。

 逆に日本の競馬はレース主体で、重賞の賞金がヨーロッパに比べてかなり高い。だから5歳6歳になっても走る馬がいる。

 

 『生産』主体か、『レース』主体か。ヨーロッパと日本の違いはそこにある。向こうの世界の常識がウマ娘世界にも当てはめられた結果が、トレーナーの契約期間の違いなのだろう。

 

 しかし、ウマ娘世界では「よっしゃ種付けするぞ! シンジケート、ドン!」って風にはならない。早期に引退したウマ娘達は何をしているのだろうか。もしかしたら、経験を活かしてトレーナーになったり、ヨーロッパ独特の受け皿が用意されているのかもしれない。いっそのこと質問してみるか。

 

「日本では引退ウマ娘に対して“ドリームトロフィーリーグ”だったりテレビ出演だったり、色々なお仕事や受け皿があるんですけど。ヨーロッパでトゥインクル・シリーズを退いたウマ娘は何をされているんですか?」

「多くはトレーナー業や子供のコーチング教室をするよ。それも、かなり大規模のね。ドリームトロフィーリーグ出走やテレビ出演なんかもあるが、多くは地元に帰って後続のウマ娘を育てることになっている。URAから勝ち数に応じた補助金も出るから、まぁそこが基本線だな……」

 

 へぇぇ……そういうことなんだねぇ。というか、URAがワールドワイドな組織だったとか初めて聞いたかも。そりゃ、ヨーロッパ・アメリカ・香港・ドバイ・オーストラリア……並びにパート2国にもそういう組織があると想像は付くが、まさか同一の組織がトゥインクル・シリーズを仕切っているとは思わなかった。

 

「……しかしな、アポロ。それが問題なのだ。ウマ娘は()()()()()()()()()()()()を行う。これだ。これによって長距離の人気は下落する一方なんだよ」

「え?」

「日本でもヨーロッパでも、長距離レースで本格的に戦えるようになるのはシニア級からだ。短距離マイル中距離は時期に関係なくG1があっても、長距離はクラシック級まで待たされる。加えて重賞の数も少ないとあっては、冷遇ここに極まれりと言ったところだ。中距離以下にウマ娘が流れるのは当然さ」

「つまり、長距離における充分な知識を持った指導者(ウマ娘)が減っていき……その結果、ステイヤーの指導を受けるウマ娘もいなくなっていくということですか」

「そうだ」

 

 仕上がりが遅い、そしてその割に見返りやレース選択にも乏しい――そんな修羅の道を誰が望むだろうか。私やダブルトリガーさんのような数奇な者がいたとしても、選択肢が多い上に注目度も賞金も高い短距離〜中距離路線にウマ娘・ファン両者の人気が傾いていくのは火を見るより明らかだ。

 

「ステイヤーの指導者が減るということは、長距離レースの魅力を伝えられる者が減っていくということだ。ステイヤーの人気が落ちればテレビやインターネット中継も減るだろうし、とにかく悪いことづくめ。このままでは、私が愛した長距離の価値が本当にゼロになってしまう。それだけは何としても避けなければならない」

 

 会話が途切れた所で、注文した料理の数々がやってくる。しばしの沈黙が私達の間に流れ、ダブルトリガーさんに何と声をかけたものかと思案せざるを得ない。

 

 そんな気まずい静寂を破ったのは、視線を伏せたダブルトリガーだった。長い前髪が彼女の表情を隠し、その顔を窺い知ることはできない。だが、彼女の拳が震えていた。強く強く拳は握り固められ、息をすることも忘れるほどに強い『未知の領域(ゾーン)』が覗いていた。

 

「アポロ。お前には夢があるか? 私にはどうしても譲れない夢があった」

「……『あった』、ってどういうことですか?」

「かつて隆盛を極めた長距離というジャンルの復権――私は3年前までずっとそれを夢として掲げていた。しかし、それは無駄だったんだ。私が英国長距離三冠を成し遂げた時、誰も振り向いてはくれなかった。みんなの目が向けられていたのは、キングジョージや凱旋門、チャンピオンステークス、クイーンエリザベス2世ステークス。みんな長距離のレースなんて()()()()()()。長距離三冠の存在自体忘れられていた。私が勝ったグッドウッドやドンカスター、長距離三冠など、世間の連中にはこれっぽっちも響いちゃいなかったんだ」

「そんなことは……」

 

 ダブルトリガーというウマ娘の心象風景が私の脳内に満ちる。遥かなる大空の下、栄光を掴み取りつつも苦悩する少女の魂が咆哮していた。静かに根を張った無力感、過去の隆盛に対する狂おしいほどの憧れ、衰えていく己の身体への不安、いつ起こるか分からない怪我への恐怖。

 そんな負の感情から生まれた『未知の領域(ゾーン)』の世界がダブルトリガーさんの周りを取り巻いていた。きっと長距離の世界に身を投じるうちに薄々気が付き始め――長距離三冠に挑む際に歪な領域に目覚めたのだろう。記憶している限りでは、三冠を達成した年のゴールドカップで豪脚を披露していた。そこからずっと『未知の領域(ゾーン)』を練り上げ続け、今に至ったのだろうか。

 

 ……ダブルトリガーというウマ娘は確かにベテランと言われている。しかし、私アポロレインボウに対して()()()3()()()()()()()()()である。大人っぽい見た目をしているとはいえ普通に高等部の学生であるし、もっと広く見れば20歳にも満たない若造だ。

 ここまで()()()しまうなんて、彼女の苦しみはどれだけ深かったことだろう。私が想像する以上に、欧州の長距離というジャンルは衰退しているのかもしれない。

 

「……慰めは要らないよ。日本に来た時、誰も私のことを知らなかったのが答えさ。無論、私が衰えてしまった過去のウマ娘ということもあるだろうがね」

「ダブルトリガーさん……」

「…………」

 

 いたたまれなくなって、私は彼女の手を取る。どこか乾いたような栗毛の髪が動いて、隙間から緑の双眸が垣間見えた。ダブルトリガーさんは私の言葉に期待しているようだった。

 しかし――なんと言って良いか分からない。ぱくぱくと開いた口はいつしか噛み締められ、一文字の形で固まってしまう。

 

 「一緒に世界中の長距離復権を目指しましょうよ」「ダブルトリガーさんは衰えてませんって」――色々な言葉が脳裏を()ぎったが、どんな台詞も彼女に投げかけることができない。陳腐に聞こえてしまうだろうし、ダブルトリガーさんは私が想像できないくらいの絶望を感じている。どんな言葉も彼女の心には響かないだろう。

 

 それに、私は今――()()()()()()()()()()()()()()。夢の根幹にあたる何かを思い出せないのだ。最強ステイヤーになりたいと誓ったあの日の――ウマ娘の名前と、それに関係した()()()()()()()()

 記憶の欠落が疑問をもたらし、疑問が膨らんで不安に繋がり、『夢』というアポロレインボウという生物の芯を真っ直ぐ貫いていた1本の線を見事にぶち壊してしまったのだ。

 

 そんな私が、夢を打ち砕かれた誰かを立ち直らせるような熱い言葉をぶつけられるかと言えば……。

 ぐっと言葉を呑み込んだ私を見て、ダブルトリガーさんは薄く微笑む。そのまま前髪を掻き上げ、からっとした笑みを貼り付けながら私の手を握り返してきた。

 

「……そうだな、アポロ。お前にも夢があるんだろう? しんみりした空気を吹き飛ばすような夢を聞かせてくれないか?」

「……それ、は……」

「この厳しい世界に身を投じ、結果を出せるようなウマ娘は皆強い夢と精神(こころ)を持っているものさ。ルモスさんが目をつけるようなウマ娘が、行き当たりばったりなウマ娘であるはずがない」

「……私、最強ステイヤーになりたくて」

「おぉ! いいじゃないか」

「でも」

「……でも?」

「何故だか分からないんですけど、夢への自信を失ってしまったような気がして。菊花賞にも勝って、最強ステイヤーへの道を踏み出したばっかりだって言うのに、どこか不安で……怖いんです」

「おいおい。シリーズを走り続けて、私のように()()()わけでもないだろうに。一体どうしたと言うんだ?」

「……分からないんです」

「…………。私が言うのも何だが、アポロは思春期真っ只中だからね。悩むのも無理はないし、気にすることはない。誰だってそうさ。そのくらいの歳は、自分の夢や目標、生き方に対する疑問、色々な不安が出てきて苦しい時期なんだよ」

 

 思えば、この嫌な感覚は()()()()()()()()()に似ているかもしれなかった。かつて男でガキだった頃の「俺」は、野球選手だとかサッカー選手に憧れていた。しかし、今のように()()()()()()努力をしていたわけではない。世界中で目立ちまくっている僅かな成功者ばかりに気を取られ、「いつかそうなるんだろう」と子供心に何となく思っていただけで。そして世界的に有名なスーパースターになることを疑うことすらしなかった。

 しかし、現実に揉まれるうちに俺は夢を諦めて勉強し始めた。サッカー選手にはなれない。野球選手にはなれない。それどころか、「将来なりたい職業ランキング3位」に書いておいたゲーム制作者にすらなれそうにない。どうやってなればいいのか分からないまま、手から零れ落ちていく。軽い挫折のような、必然の理解のような。あの不思議な諦めをもっと重くしたような、不可解な感覚が私に襲いかかってきていた。

 

 最強ステイヤーの()()()に変わる瞬間はそう遠くないと言うのに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と心に誓って菊花賞を制したと言うのに――精神の揺らぎとは、かくも呆気なく私の世界を壊していく。

 

 凡人であった頃の自己意識と、ウマ娘である今の自己意識がぐちゃぐちゃに混じり合って、まるで悪影響を及ぼし合っているかのよう。これまでは()()()()()()も互いに上手く干渉し合って生活できていたのに、この瞬間ばかりは互いの悪影響しか感じられなかった。

 

「何と言うか、ウマ娘やヒトの(サガ)なのかね。死ぬほど苦しい悩みがあるってのは」

「いきなり不安が生まれてきたんですよ。最悪です」

「ふふ。分かるよ。ああ、最悪だとも」

 

 ダブルトリガーさんはケラケラと笑った後、すっかり冷め切っていたグラタンを頬張り始める。対面の私は注文した料理に手をつけようだなんて考えられなかった。すっかり食欲は収まって、消極的な食事になってしまいそうだと予想がついた。

 ダブルトリガーさんは慈悲深い瞳をこちらに向けながら、大人っぽい仕草で料理を楽しみ始める。私はスプーンに掬ったオムライスをじっと見ながら、彼女の言葉を脳内に刻みつける。

 

「不安だとか、怖いだとか、苦しいだとか。誰かに頼りたいなと思ったなら、ミスター・モモザワに話してみなさい。私達は、相手のことが好きで、大切に思うからこそ、その関係を大事にしがちだ。しかし、互いの心の奥深くまで打ち明けられる関係だというのに、宝物のように扱いすぎると――それは時に毒になる。失敗した私からのアドバイスになるが、()()()()()()()()()()()を避けずに敢えてぶつけることも大切だぞ。勇気を出してぶつかれば、きっと彼は大人として、大切なパートナーとして、真剣に耳を傾けてくれるはずだから」

 

 私は、この人みたいな優しい人になりたいなと思った。彼女の言葉をそっと胸にしまい、心の底から感謝の言葉を述べる。「ありがとう」という言葉は日本語のまま伝えた。ダブルトリガーさんは人の良い笑みを浮かべて、「日本のご飯は美味しいな」と口元に手を当てる。

 苦しいけれど、楽しい時間だった。同じステイヤーとしての悩みを吐露し、少しだけ楽になれた気がした。

 

 しかし、ステイヤーズステークスでは完膚無きまで叩き潰してやる――そう思った。



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71話:ステイヤーズステークス・その1

 ジャパンカップが終わってからというもの、有記念までの()()()話題を求めた報道機関がステイヤーズステークスのことを連日報道していた。“今話題の大逃げウマ娘”アポロレインボウの次走に注目が集まり、その結果がこれである。

 

 大逃げという希少性と個性、同じく大逃げのサイレンススズカと対になるような長距離適性、ついでにスズカさんが休養中というのもあって、今どきでは珍しいくらいステイヤー路線に注目が集まっている。

 

 ステイヤーズステークスに出走している中で特に注目されているウマ娘は2人。言うまでもなくアポロレインボウとダブルトリガーである。メディア的な評価は五分五分で、ダブルトリガー圧勝という品評もあればアポロレインボウ快勝という声もあり、戦ってみなければ分からないといった状況である。

 

 こうしていよいよ開幕するステイヤーズステークスだが、現存する日本の重賞では随一かつ唯一の3600メートルという超長距離を誇るレースだ。ローテーション的には厳しいものになるが、有記念を目指すウマ娘にとっても重要な前哨戦のひとつとなっている。

 

 そんなG2・ステイヤーズステークスの舞台に集ったウマ娘は16人。ステイヤーズステークスでフルゲートになるのは珍しいのだが、何でもシニア級のスタミナ自慢達が打倒アポロレインボウを掲げ、ついでに海外からやってきた最強ステイヤーもぶちのめしてやろうという気骨のあるウマ娘が集まってきたらしい。

 出走表は以下の通り。

 

 1枠1番3番人気ジュエルジルコン。

 1枠2番7番人気スターリープライド。

 2枠3番13番人気ジュエルネフライト。

 2枠4番2番人気ダブルトリガー。

 3枠5番12番人気ハイタイムスーン。

 3枠6番1番人気アポロレインボウ。

 4枠7番16番人気アーケードチャンプ。

 4枠8番14番人気ブラボーツヴァイ。

 5枠9番5番人気ブリーズグライダー。

 5枠10番8番人気オータムマウンテン。

 6枠11番15番人気マルシュアス。

 6枠12番6番人気ミコノスチョーク。

 7枠13番9番人気リボンハミング。

 7枠14番4番人気リボンフィナーレ。

 8枠15番11番人気ワークフェイスフル。

 8枠16番10番人気ルーラルレンジャー。

 

 

 ステイヤーズステークス当日。中山レース場にやってきた私達は、早速G2とは思えないような観客の波に呑まれることになった。冬の冷たい空気を塗り潰すかの如き人の密度。見渡す限りの人。薄ら寒い外気から身を守るためにみんな厚着でいるが、額には人の熱気による脂汗が浮かんでいた。

 かの伝説のG2――マヤノトップガンとナリタブライアンが戦った阪神大賞典に勝るとも劣らない数の観客が中山の地に押し寄せている。

 

「あわわ、通してください! すいません!」

「え、アポロちゃんじゃん」

「わぁ、本物だ! かわい〜!」

「ガチで可愛すぎてやばたにえん」

「応援してるからな! 頑張れよぉ!」

 

 とみおと私はレース1時間前に現地入りしたのだが、至る所に人がギュウギュウ詰めで身動きが取りにくすぎた。人を掻き分けて何とか控え室までやってきたが、レース前に無駄な体力を使った気がする。髪も乱れちゃったなぁ。

 私は髪の毛を指先でくるくると巻きながら、ダブルトリガーさんのことを思い浮かべる。数日前のお食事会で親交を深めたとはいえ、私達は決して交わることのないライバルだ。もちろん友達でもありたいと思うけど、それは後々やればいい。今は彼女をぶっ潰すことだけを考える。

 

 ぶつくさ言いながら、時間もないので制服から体操服に着替えてストレッチをする。今日は久々の『体操服+ゼッケン』スタイルでの出走だ。何だか初心を思い出す感じ。

 

 とみおにストレッチを手伝ってもらいながら、もはや標準装備となったフクキタルさんのミサンガをつける。ウマスタに「フクキタルさんのミサンガのおかげで菊花賞に勝てました!! サンキューシラオキ様!!」と呟いた結果、普段ならインチキ臭いと一蹴されるフクキタルさんの占いグッズの人気が格段に上がったとか。

 そういうわけで私はフクキタル様様状態で彼女を邪険にできなくなったが(もちろん良い先輩なのでするつもりはない)、スズカさんはいつも通り絡みに来たフクキタルさんに素っ気なく対応していると言う。

 

「アポロ。今回の敵はひとりだけ……ダブルトリガーだ。彼女だけを意識して走ってくれればいい」

「うん、分かってる」

「違和感を感じたらすぐに止まること。未知の領域の問題は解決したとはいえ、まだ心配だからな」

「それは心配しすぎだって。タキオンさんも言ってたでしょ? 『山場は越えた。後は存分に速さの果てを楽しむといい』……って」

「それはそうなんだけどな……」

「…………」

 

 ……今一番の問題は、私の内面だ。心の奥深くに巣食う夢への翳り――これが厄介極まりない。今のところはレースに若干の影響がある程度だが、()()()()()()()()()()()()()呆気なく傾いてしまいそうで恐ろしい。

 だから、考えないようにする。今はただ、目の前のレースに勝つ。夢のことは考えず、ひたすら我武者羅(がむしゃら)に気張り続けるのだ。精神的コンディションを「普通」未満に落とさなければ、私のパフォーマンスはダブルトリガーさんにだって負けないのだから。

 

 ただ――麻酔が必要だ。この濁った精神状態を完全に麻痺させ、レースに集中させてくれるような何かが。私は目の前にいるトレーナーを見て、ふと胸の内に疼く衝動に気付く。

 それば自分勝手な恋心で――とみおとキスしたいという衝動的な欲求だった。無論そんな邪念はすぐに打ち払って、彼の袖を摘む程度に留めておく。

 

「どうしたの?」

「ん……ちょっとね」

 

 しかし、彼の顔を見ていると不安や邪念はあっさりと消えていった。案外とみおクリニックはイケてるのかも。そう思った途端、私の思考を読み取ったかのようにとみおはこんな言葉を口にする。

 

「震えてるよ。何かあったの?」

「え、どうして」

「尻尾。ほら」

「あ……」

 

 とみおは腕に巻き付けられていた尻尾に優しく触れて、下から軽く持ち上げた。無意識中に彼の身体に尻尾を這わせていた上、心の乱れまで筒抜けになってしまうとは――

 頬に茹だるような熱が上るのを感じて、私は視線を逸らす。彼は椅子に座る私の前で膝をつき、視線を合わせてくる。彼の細められた双眸がこちらを見ていた。

 

「レース直前だけど、何でも話してごらん。俺にできることがあれば力になるよ」

「とみお……」

 

 『勇気を出してぶつかれば、きっと彼は大人として、大切なパートナーとして、真剣に耳を傾けてくれるはずだから』というダブルトリガーさんの言葉が脳内に響く。

 確かに人と話すことによって拭える不安もあるだろう。でも、今日はレースまで時間がない。底の見えない何かに立ち向かうには己と向き合う時間と勇気が必要だ。今は時間も勇気も足りない。今この瞬間に解決できるかどうかと言われれば厳しいだろう。

 

 ――しかし。とみおの慈愛に満ちた瞳がこの(もや)を晴らすことを期待して、ほんの少しだけ気持ちが揺れ動く。満杯の(さかずき)に衝撃を与えると水が溢れ出してしまうように、心の底からの言葉が絞り出される。

 

「……ちょっとだけ、分かんなくなっちゃって」

「うん」

「何でここにいるんだろう……とか、変なことばっかり考えてるようになって」

「……うん」

 

 一度気持ちが決壊すると、次々に言葉が飛び出してくる。あっちからもこっちからも、ぐしゃぐしゃで取り留めのないバラバラな台詞が浮かんで、視線の先の床にぶつかって弾け飛んだ。

 

「この前さ、占いで夢の話になったじゃん。その時からさ、夢を持つようになったきっかけが思い出せないことに気づいて。昔のこと、ずっと考えてるんだけど分かんなくて。別に悪いことじゃないはずなのに、根本からひっくり返されちゃったような感じになって、訳わかんなくなって――」

 

 胸が喘ぐように苦しくなる。語尾が上がり気味になり、声質が引き絞るようなものに変わっていく。

 涙を我慢しようとすればするほど、鼻の奥がつんとしてきた。情けないような気がして、泣くこと以上に相談すること自体が恥ずかしく思えた。この程度の悩みでくよくよする自分が矮小で惨めに見えて、膝を抱え込んで小さくなってしまいたい気分だった。

 

 誰よりも大好きな彼にこんなことを話したくはなかった。ずっとずっと、彼の目に映るアポロレインボウは可愛くて強い等身大の女の子でありたかったのに。

 でも、遂に最後の言葉が彼に向かって放たれる。

 

「……最強ステイヤーになるって夢、自信が持てなくなっちゃったかもしれないの」

 

 しん、と控え室内が静まり返る。時計の秒針が地虫の如く鳴って、1秒毎に耳障りな音を残して運んでいく。とみおの顔は歪んで見えなかった。

 ――とてつもないことを言ってしまった、と感じた。2人の関係に亀裂が入ってしまうかもしれない、とさえ思えた。だって、出会って一番最初に共有したものが「最強ステイヤー」という夢だったから。

 

 歯の隙間から声が漏れてきて、じーんと鼻の奥が痺れるほど熱い涙が溢れてくる。みっともない泣き顔なんて他人に見せたいものじゃない。手首で雫を拭って顔を隠そうとするが、どう考えても手遅れだった。

 そうして涙に震える私を見かねて、とみおはこちらに身体を寄せてきた。ふいに引っ張られる。優しく引き寄せられ、彼の胸に頬が当たった。太い腕が背中に回って、ゆっくりと抱き締めてくる。白いシャツを通して、私の肌に彼の体温と鼓動が伝わる。

 

 ……彼の身体はいつも温かい。夢のことなんてどうでもよくなるくらい、今この瞬間を衝動的に生きたくなる。彼の存在が眩い光となって、涙に溺れる私を救ってくれた。

 

「話してくれてありがとな」

「ごめんね、レース前にこんな……」

「ううん。今気づけて良かった」

「菊花賞に勝って、さぁここからって時に……私、ダメなウマ娘だ」

「そんなことないさ。視点を変えてみると良いんだよ」

「視点……?」

「そう。どんな苦しみも俺達の糧になる。今アポロが感じている苦しみは必ず将来、花が開く時の養分になってくれるって――そう考えることもできるだろ?」

「……うん」

「それにな、そういう苦しみから逃げたっていいんだ」

「えっ」

 

 私は顔を上げて、トレーナーの顔を見つめる。

 

「辛くて苦しくてたまらない時は、案外軽率に逃げてもいい。君みたいに根が真面目だと、ぶっ壊れるまで気づかない時だってあるしな」

「で、でも、それじゃ私……」

()()()()()()()()()()でいいんだ。今は原点に立ち返って、世界最強ステイヤーと勝負することを()()()()()()()()()()()! ……って感じで、どうかな?」

 

 心が洗われるような、ぱっと魅かれる笑顔だった。頼りないような、情けないような、抜けた笑み。でも、それがたまらなく心地よかった。

 やっぱり私の()り所はここしかない。そう思って深く彼を感じていると、今までの悩みが嘘だったかのように消え果てていく。

 

 問題が完全に解決したわけではない。後回しにしただけだ。しかし、別の視点を持つことによって柔軟な対応と冷静さを保つことが可能になった。少なくともステイヤーズステークスには集中できるだろう。

 あぁ、もう、どうしようもなくこの人が好きだ。私が欲しかった答えをくれる桃沢とみおが本当に好きだ。愛していると言っても過言ではない。

 

「……大好き」

「ん? 何か言った?」

「スッキリした。ありがと」

「そうか……ステイヤーズステークス、集中できそう?」

「バッチリ。絶好調だよ」

 

 やっとだ。やっと本腰を入れてダブルトリガーと戦える。容赦も躊躇もなく全てを出し切れる。全力で戦うことが、今日ラストランを迎えるダブルトリガーさんへの(はなむけ)だ。

 

 名残惜しく思いながら、トレーナーの身体から離れていく。心機一転とはまさにこのことだった。晴天の中山レース場の如く、視界がクリアになっている。脳内も最高潮だ。闘争心が膨れ上がって、どうやってダブルトリガーを打ち倒そうかと思考回路が高速回転している。

 力の入った私の目を見て気づくことがあったのか、とみおもニコニコと笑っている。目元が少し痛いけれど、不穏は涙と共に綺麗さっぱり洗い流すことができた。

 

 すると、手首で涙を拭き取ろうとした私の細腕がとみおによって阻まれた。視線で何をするのと訴えると、彼は胸ポケットから高そうなハンカチを取り出す。そのまま頬に布をぽんぽんと当ててきて、私は最後の一滴を拭き取られるまでされるがままになってしまう。

 

「最近のとみお、カッコつけすぎ」

「俺はアポロが笑ってる方が嬉しいな」

「っ……そ、そこまで行くと本気できもいんですけど。は〜あ、担当が私でほんとに良かったね。そうじゃなきゃ今頃ドン引きされてるよ」

「はは、俺はアポロ以外にこういうことはしないよ」

「〜〜〜〜っ」

 

 本当にキザで女たらしな男だ。思春期のウマ娘に猛毒すぎる。しかもこれを()でやっているんだからタチが悪すぎる。どういう教育を受けてきたのだろうと本気で疑問に思ってしまう。とみおがチームを持ったら他のウマ娘に背中を刺されるんじゃなかろうか。

 ハンカチは洗って返すから、という体で彼の手から布切れを強奪すると、私はそれをポケットに押し込んだ。パドックまで残り僅かだ。そろそろお披露目の準備をする必要があるな。

 

「目、腫れてない?」

「全然」

「そ。なら良かった」

 

 私は姿見でゆるふわボブカットを整え、耳に着けたリボンを結び直す。よし、と小さく呟くと、私達は観客のざわめきが鳴り止まないパドックに向かった。

 

 

 中山レース場のパドックに向かう足取りは軽やかで、少しの憂いも感じられない。天候は晴れ、気温は10度。ジャージを羽織りながら私達は中山レース場のパドックに足を踏み入れる。私は気合いが入っているからいいが、とみお含めたトレーナー陣は結構寒いんじゃないか。パドックということでコートを脱いでスーツ姿で臨んでいるわけだし。

 しかし数万人の観客に目をやると、異常なほどの熱気のせいか全員上着を脱いでいた。なるほど、人が集まりすぎるのも大変である。

 

 こうしてお披露目が始まると、人々の騒ぐ声が嵐のように広がった。ダブルトリガーの登場である。

 

『2枠4番、ダブルトリガー。2番人気です』

『ヨーロッパで一世を風靡したステイヤーです。英国長距離三冠を成し遂げた無尽蔵のスタミナは未だに健在。後続を引き付け、好位置でペースを巧みに操る逃げは長いレース経験を経て磨きがかかっています。4000メートル級G1を制したスタミナは、この異国の地でも輝きを放つのでしょうか』

 

 前髪を袈裟斬りにするような太い流星が輝いて、威風堂々欧州代表が上着を脱ぎ捨てる。かの舞台で輝いていた深紅と緑青の勝負服が見たかったけれど、逆に体操服というシンプルな衣装だからこそ彼女の身体の仕上がりが分かりやすかった。

 

 長い経験によってトレーナー要らずの調整方法を身につけている――ダブルトリガーがそう豪語していた通り、調子はかなり良さそうだ。素晴らしいトモの仕上がりと筋肉質な上半身が見える。

 

「やっぱりダブルトリガーさんマークだね」

「あぁ。ただ……他のウマ娘がダブルトリガーをマークしてくれるだろう。君は自由に大逃げしてくれ」

「りょ」

 

 他のウマ娘にしてみれば、この場で特に怖いのはダブルトリガーとアポロレインボウだ。群に捕まらない私はともかく、みんなはダブルトリガーにプレッシャーを与え続けるはずである。そういう意味では私がダブルトリガーをマークする必要性は薄いのかもしれないな。

 

『3枠6番、アポロレインボウ。1番人気です』

『クラシック級では頭ひとつ抜けたウマ娘ですね。菊花賞を2分台という大レコードで制したウマ娘で、陣営の発表によると長距離路線が得意なのでそこを基本軸にしていく、とのことです。3600メートルという前走に比べて600メートルの距離延長に加え、相手にはシニア級のウマ娘達やヨーロッパの優駿がいます。壁は高いですが、1番人気に応えることができるでしょうか』

 

 名前を呼ばれた私は肩にかけたジャージを鷲掴み、天高く放り投げる。日本代表を自称するつもりはないが、それくらいの意気で私はダブルトリガーに挑む。

 身体の仕上がりは最高だ。有記念まで間隔の短いローテーションのため、この最高潮を維持したままグランプリに挑みたいというトレーナーの狙いがある。精神的な盛り上がりも、熱された鉄よりずっと煮え滾っている。ダブルトリガーの背後に黒いオーラが見えるように、私の背中からも何かしらが噴出しているのではなかろうか。

 

「菊花賞では世界レコードを記録したアポロレインボウだけど、さすがに今回は相手が悪いんじゃないか」

「どうした急に。俺はそう思わないけど」

「3000メートルの菊花賞に勝てても、3200メートルの春天に勝てないウマ娘がどれだけいるって話だ。たとえ200メートルの距離延長であろうと、ウマ娘の身体には重くのしかかってくるんだよ。その距離を走れることと勝てることは別問題なんだ」

「つまりこういうことか? ただでさえ大逃げという不安定さを抱えているアポロレインボウは、600メートルもの距離延長をしたこの舞台では勝てないと」

「アポロちゃんには勝ってほしいよ。でも不安要素が大きすぎるんだ。相手は4000メートルG1の勝ちウマ娘だぜ? 全盛期は5身6身の勝利が普通だったって聞くし……アポロちゃんは厳しいかなぁ」

「う〜ん……」

「ダブルトリガーはどうかな?」

「俺はダブルトリガーにも頑張って欲しいかな。確かにアポロちゃんに勝って欲しい気持ちもあるけどさ、ダブルトリガーは6年間の長いレース生活を飾るラストランなわけじゃん。絶対日本には来ないようなすげぇウマ娘が、わざわざ日本をラストランの舞台に選んでくれたんだぜ? 有終の美を飾ってほしい気持ちもあるよ……」

「……どっちも勝ってくれねぇか。はあ、全員同着希望」

 

 パドックを去ると、すぐに本場入場が始まる。その際、ダブルトリガーがこちらに寄ってきて声をかけてくる。

 

「やぁ。戦う前にちょっと質問しておきたくてな」

「ダブルトリガーさん、何かありました?」

「いやね……単純に驚きなんだ。日本のステイヤーズステークスというのはG2だったよな?」

「そうですよ?」

「そうか……そうだよな。いやね、G1でもないのに、こんなに観客がいるものかと不思議に思ったんだ。日本の長距離路線というのはこんなに観客が入るものなのか?」

「え? あぁ、まぁ……今日みたいな日はあんまりないですけど、ファンの皆さんは長距離路線でも結構見てくれてると思います」

「……ふむ、変なことを聞いて悪かったな、レースではお互い死力を尽くして戦おう」

「もちろんです!」

「それじゃ、私は先に行くよ」

 

 踵を返してターフへと駆け出すダブルトリガー。何と言うか、彼女の背中に深紅のマントを幻視してしまう。これがレースの本場、ヨーロッパの一線で活躍し続けたウマ娘の威圧感――『格』と言うやつだろう。

 ――()()()()()。今はこの背中に追いつきたい。いや、彼女から逃げ切りたい。そう思い至って、今この瞬間、刹那的な夢ができる。

 

 それは、ダブルトリガーに勝つという夢。

 色んな問題は置いておき――今はただ、この偉大なウマ娘に勝ちたい。激情が膨れ上がり、こめかみに力が宿る。本能的な闘争心が剥き出しになり、獰猛な吐息が漏れる。

 

「それじゃトレーナー、行ってくる」

「おう。ウィナーズサークルで待ってるぜ」

 

 苛立ちの堰を切るように、私はターフへと走り出す。その時とみおが言った言葉は聞こえなかった。

 

「……俺も大好きだよ、アポロ」

 



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72話:ステイヤーズステークス・その2

 大歓声。そう言って差し支えない大音量の声たちがダブルトリガーに注がれていた。

 

「ダブルトリガー頑張れよ〜!!」

「アポロちゃん、ダブルトリガーに負けないで〜!!」

 

 その声の主達が応援するウマ娘は十人十色。その多くはアポロレインボウの活躍を期待しているようだが――

 

(何時ぶりにこんな大歓声を浴びた? しかも、ゴール直前のデッドヒートではなく返しウマでこの声量――日本のファンが熱心とは聞いていたが、これほどとは……)

 

 ダブルトリガーはスタンドから送られる数々の声に驚きと喜びを感じながら、ゆっくりと返しウマを行う。綿密なトレーニングとシミュレーションを重ねた結果、日本の芝にある程度適応することが可能になったダブルトリガーは、今この瞬間の自分の調子と照らし合わせながらコースを走った。

 

(芝には慣れないが、コース自体は分かりやすくて良いな……)

 

 日本の芝は欧州のものに比べて軽い。ヨーロッパの芝の長さは日本に比べて長めで、見た目以上に地下茎の密度が高くクッション性の高い場になっている。日本の芝がスカスカと言うわけではないが、ヨーロッパの場はタフでスタミナを要求される場である。

 そして、日本のレース場は欧州のものと比べてかなり整備された画一的な空間だ。ヨーロッパのレース場はまさに自然の中に切り開かれた草原を舞台にしているため、色々と大雑把な所が多い。しかし日本のレース場は、上空から見ればわかる通り幾何学的模様を描くような綺麗な円状をしている。

 

 そういう背景もあって、日本の場は世界屈指の高速場。足への負担が増すため、やはりこれまで戦ってきた環境との違いがダブルトリガーにとっての大きなネックだった。

 

 遥か前方を軽くランニングする、桃色がかった芦毛のウマ娘。アポロレインボウだ。彼女を見て、ダブルトリガーは不思議な縁があったものだと笑う。元々は憧れの先輩が注目しているウマ娘だから興味を持ったのだが、アポロレインボウはそれに値するだけの強い何かを持っているようだ。

 ヨーロッパにいるライバルとラストランを競うのも悪くなかったが、今の気分はアポロレインボウと戦うこと以外考えられなかった。

 

 異国から来た少女が耳を澄ませると、はきはきとした実況解説の声が流れてくる。日本語――特にレース専門用語――は聞き取れるようにしておいたため、彼女もスピーカーから聞こえる声が何を言っているかは大体分かった。

 

『おや、アポロレインボウは今日も抑え気味の返しウマですね』

『準備運動で全力を出したらレースのためのスタミナが無くなりますからね。当然のことです』

 

 ダブルトリガーはほとんど歩くようにして、いち早くゲート前に戻ってくる。アポロレインボウの一挙一動が気になって仕方がない。栗毛の少女はゲート付近に帰ってこようとする芦毛のウマ娘を睨んで思考を回転させる。

 

 これまでのレースぶりは満遍なく映像で確認したが、菊花賞の時も確か()()()()()軽めの返しウマだった。きっとアポロレインボウは生粋のステイヤーだから、中距離以下の時には返しウマで身体を騙していたのだろう。

 しかし、菊花賞の時以上に緩い返しウマのように見えるではないか。ここから導き出せる答えはひとつ、『アポロレインボウに3600メートルは少し長い』ということ。恐らく日本のステイヤーとしては破格のスタミナを持ち合わせているのだろうが、そもそも日本の最長G1は3200メートルの春の天皇賞、欧州の一線級とは比べるべくもない。ダブルトリガーはゲートに向き直り、呼吸を整えにかかったが――短絡的な己の思考が少し引っかかった。

 

(……いや、この推測は間違っている可能性がある。むしろ私の予想通りだったなら、ルモスさんほどのウマ娘が『運命じみた何かを感じる』などと言うはずがない……アポロレインボウは間違いなく3600の舞台でも強いはずだ。相手を歳下だからと言って舐めてかかるな――殺す気で戦わなければ、逆にやられるというもの。落ち着け、落ち着けよ……)

 

 (かぶり)を振り、しばしの深呼吸。異国の少女は少し狼狽えていた。だが、それも無理はないだろう。普段の環境とは何もかも違うからだ。言語、レース場、芝、観客の性質、ラストランという重圧――

 ダブルトリガーがいくら大人びているとはいえ、彼女の内面は少女そのものだ。たった独りで海を渡って、頼れる者が誰もいない中で普段通りの振る舞いをできるはずがない。

 

 異国の少女が顔を(しか)めながら精神を統一する中、芦毛ボブカットのウマ娘がたどたどしい英語で話しかけてきた。

 

「ダブルトリガーさん、大丈夫ですか?」

「……アポロ」

「顔色が優れないみたいですけど」

 

 いつの間にか返しウマを終え、アポロレインボウがゲート前にやってきていた。にへら、と人当たりの良い笑みを浮かべた芦毛の少女は、こんなことを口走る。

 

「訳わかんなくてぐちゃぐちゃ〜ってなってる時は、人と話すと結構楽になるもんですよ」

「……ふん」

 

 ダブルトリガーは鼻を鳴らしてゲートに向き直る。僅かな会話だったが、本当に気分が楽になったことに軽い衝撃を覚える。他人以上親友未満の関係だが、ある程度話せる者と声をかけ合うだけで落ち着きを取り戻せるのは新たな発見だった。

 まだまだ知らないことだらけだなと自嘲しながら、ダブルトリガーはアポロレインボウに軽口を叩く。

 

「確かに迷いは晴れた、助かったよ。……だが、お前はレース後に、敵に塩を送ったことを激しく後悔することになるだろうな」

「……いえ、後悔しませんよ。私、全力のダブルトリガーさんに勝ちたいですから!」

「ほお……」

 

 少女は少し驚いた。と言うのも、アポロレインボウがここまで闘争心溢れるウマ娘だとは思わなかったからだ。ダブルトリガーが3ヶ月ぶりに味わうどす黒い気迫は、非常に()()()ものだった。

 話せば話すほど好感が持てる少女ではないか。実直で優しく、本当に()()()ウマ娘。だからこそ潰しがいがある。真正面から向かってくるその精神力も好ましい。それでこそ憧れのウマ娘が見込んだ大器というもの。ダブルトリガーの感情が高まっていき、鳴り響くファンファーレと共に絶頂を迎えていく。

 

 その後は会話もなく、ファンファーレ後に響いた地鳴りのような歓声と共に16人のウマ娘達が鋼鉄のゲートに収まっていく。

 

『冬の冷たい空気が張り詰める中山レース場、3600メートルという日本最長距離を争うウマ娘は16人。集ったメンバーはシニア級の古豪からクラシック級の新星、何よりヨーロッパからやってきた長距離三冠ウマ娘とバラエティに富んでいます』

『昨今の状況からすれば、ステイヤーズステークスでフルゲートとは珍しいですよね。観客の入りも目を見張るほどです』

『全てのウマ娘がゲートに収まって、年末の長距離王者決定戦が今始まります!』

 

 ダブルトリガーは2枠4番のゲートに入り、左右に揺れながらゲート開放の時を待つ。アポロレインボウは3枠6番。逃げウマは内枠有利のため、芦毛の少女は外から膨らむようにハナを奪いに来るだろう。スタミナ量に自信のあるダブルトリガーにしてみれば、先行争いでアポロレインボウのスタミナを使わせたい所である。

 

 周囲が静かになったのを機に、16人のウマ娘が双眸をギラつかせながらスタートの姿勢を取った。その直後、一斉にゲート扉が開け放たれ――遂にステイヤーズステークスが開幕した。

 

『スタートしました! やはり行きます6番アポロレインボウ! ぐいぐい飛ばして早くも先頭を奪う勢いだ! そしてその内から競りかけるのは4番のダブルトリガー! 逃げを得意とする2人が早速やり合っているぞ!』

 

 スタート直後に高低差2.2メートルの急坂が待ち構えているため、アポロレインボウは完全なトップスピードに乗れない。しかし、ダブルトリガーは別だ。本番ヨーロッパのタフなコースで長年やり合っているため、単純なパワーで言えばこの場の誰よりも高い。

 そのため、ダブルトリガーは大逃げを打っているはずのアポロレインボウに容易く食らいつく。坂道を苦にせず、それどころか下り坂を走っているような異常なほどの加速を見せ、芦毛の少女の真横にぴったりと張り付いている。スタートから第1コーナーまで、アポロレインボウはダブルトリガーを完全に引き離すことができなかった。

 

「っ……!」

 

(お前のスタミナ……存分に削らせてもらうぞ)

 

 曰く、ダブルトリガーのマークは吐き気すら催してしまうほどの圧があると言う。鳥肌が立つのはもちろん、本気で殺されると思ってしまうため呼吸がままならなくなり、レースどころではなくなる……という悪辣極まりない本気のプレッシャーである。

 アポロレインボウが焦ったような表情を見せる。ダブルトリガーが体をぴったりと密着させ、とてつもない威圧感で芦毛の少女にプレッシャーをかける。

 

 これはダブルトリガーの作戦だ。最初にアポロレインボウを捕まえなければ、最後の最後まで絶対に追いつけないスピードで好き勝手に走り回られてしまう。そうなっては勝ち目がないため、スタート直後にどうしてもちょっかいをかけなければいけなかった。

 例えばそれは、今年の皐月賞。ダブルトリガーが考える限り、あの時セイウンスカイが行った作戦がアポロ対策として最も正しいように見えた。もっとも、成長したアポロレインボウを封じ込めるためには、皐月賞のセイウンスカイ以上の運に恵まれないといけないだろうが――泣き言は言っていられない。とにかく初動でどれだけアポロレインボウを削れるか。それが勝利の鍵だ。

 

 序盤から2人の優駿が激しい主導権争いを繰り広げる。猛烈なスピードとは言い難いが、そこには見た目以上の厳しい争いが生まれていた。

 

『各ウマ娘直線の坂を登り切って、先頭は1番人気のアポロレインボウ。ちょっと手間取りましたがハナを奪い返しました。対してダブルトリガーは2番手追走、先頭のアポロレインボウにプレッシャーをかけ続けています』

『3番手以下も先頭の2人を追っていますが、かなりぎゅっと詰まった展開ですね。さすがにスタミナが持たないのか、アポロレインボウのペースは控えめに見えますよ』

 

 執拗なマークと()()でアポロレインボウを狂わせていく。どういう行動を起こせばウマ娘のペースが乱れるか、スタミナを奪えるか、6年間の経験が身体に刻まれている。

 

(映像で見た限り、アポロはプレッシャーに曝された時かなり弱くなる。菊花賞はそれを気にする必要がないくらい後ろを引き離していたが――気にせざるを得ない状況を作り出せばいいだけの話)

 

 基本的にウマ娘の進路を塞ぐことは規約で禁止されている。斜め後方で大内を走るダブルトリガーがいるため、アポロレインボウは絶妙に最短経路を取れない。そして進路妨害を避けるためダブルトリガーの進路を気にする必要があるので、彼女が施すトリックや威圧感を感じやすくなってしまう。

 自由な逃げを行うアポロレインボウとは違って、ダブルトリガーは支配型の逃げだ。ペースを操り、有力ウマ娘のスタミナを削り、己の有利展開を作り出す。綿密に計算されたペース配分、他者を威圧し掻き乱すトリック、そして瞬間的なレース勘から繰り出される位置取り――これら全てが世界一と言っていい水準にあった。

 

 ダブルトリガーの斜め前方、芦毛のウマ娘の端正な顔が苦しげに歪んでいるのが見える。ただ、ダブルトリガーも想像以上のスタミナを消費してしまった。アポロレインボウの速度が予想よりも速かったからだ。

 

(勝負は第2コーナー中間から始まる下り坂まで。下り坂に入った途端、アポロは今度こそ後続を引き離す大逃げに移行するだろう……しかし、これ以上スタミナを持っていかれると私も厳しい)

 

 ダブルトリガーは予定を変更し、第1コーナーに差し掛かる寸前で外に進路を変更した。後方で前に行きたがっているウマ娘――3番手を追走するジュエルネフライトのためだ。ウマ娘ひとりが通れる絶妙なスペースが出現し、先頭への導道が完成する。

 当然、ジュエルネフライトがそれに気づいて怪訝そうな顔をする。

 

(な、進路を開けてくれた……!?)

(前に行きたいだろう。()()())

(……くっ。気は乗らないけど、あたしは逃げウマ! 行かない手はないっ!)

 

 ダブルトリガーが蓋をしていた3番のジュエルネフライトが、するすると前に上がっていく。そのままアポロレインボウの直後に取り付いて彼女を削りに行った。

 ダブルトリガーはほくそ笑む。()()()()()。この場で最も警戒しなければならないのはアポロレインボウだ。ベストなレース運びをされればひとたまりもない――そういう共通認識があることは理解していたから、ダブルトリガーはそれを利用した形になる。

 

『第1コーナー中間点、アポロレインボウが速度を上げていきます! 3番ジュエルネフライトが先頭集団に上がり、アポロレインボウに対して勇敢に食らいついていく! ダブルトリガーは余裕の表情で3番手を走っているぞ!』

『ダブルトリガーはジュエルネフライトの背中に張り付いて、風の抵抗から来るスタミナ消費を抑えています。こういうところが抜け目ないですね』

 

 第1コーナーに入って、アポロレインボウの速度が乗り始めた。最短経路を何とか確保した芦毛の少女は、得意とするコーナーリングで加速していく。ジュエルネフライトも釣られて速度を上げていくが、レース終盤のことも考えてアポロレインボウに追いつけるような速度で追走しているわけではなかった。

 そして、ダブルトリガーはそのジュエルネフライトの思考すら読んで、彼女を利用したスリップストリーム状態に入っている。

 

(3番はあまり長くは持たないだろうが……それまでは()()させてもらうぞ)

 

 第2コーナー中間の下り坂に入って、いよいよ位置取りが確定する。先頭は大逃げを開始したアポロレインボウ、後続との差は5身。2番手は逃げウマ娘のジュエルネフライト、3番手は直後にダブルトリガーとなった。

 

 レース最序盤アポロレインボウにプレッシャーを与え続け、終盤に苦しくなるよう仕向ける。それがダブルトリガーの作戦だったのだが――ある程度成功したと言っていい。ダブルトリガーとジュエルネフライトによってアポロレインボウのスタミナは大きく削れ、残存体力はそう多くないはずである。栗毛の少女はそう予想し、早くも向正面に入った芦毛の少女を観察する。

 

(……私のプレッシャーから抜け出せて、安心した顔をしているな。アポロのスタミナ量が化け物クラスであっても、さすがにこのレベルのプレッシャーを受けて最後まで無事に走れるはずがない)

 

 3600メートルという道のりは想像以上に長い。最序盤に仕掛けた鬼のような()()で削れたスタミナに加え、中山レース場名物の急坂を3回も越えなければならないのだ。普通なら2度の坂越えで吐き気を催すような苦痛と心肺機能の限界にぶち当たる。いくら自信があるとはいえ、菊花賞のようなレースぶりをすれば間違いなく潰れる――それがダブルトリガーの計算であった。

 希望的観測ではない、豊富なレース経験から来る予想。アポロレインボウは間違いなく垂れる――そう信じてやまなかった。

 

 

 しかし、向正面を超えて第3コーナーに入る時――2()()()()()()()1()2()()()()()()()()()()()()。さすがのダブルトリガーもその考えに疑いを持たざるを得ない。

 

『アポロレインボウ今日も快調に飛ばしています!! 序盤はごちゃつきましたが、第3コーナーに入って早くも大差がついております!! ゴールする頃にはいったいどれだけの差が広がっているのでしょう!!』

 

 遥か遠くに確認できるアポロレインボウの背中。ダブルトリガーはもちろん、ジュエルネフライトやその他のウマ娘も不気味に感じていた。

 

(な……何故だ? 序盤にあれだけスタミナを削られておいて、どうしてここまで飛ばしていられるんだ? バカな! 持つはずがない!!)

 

 後ろに控えたシニア級の面々は、ダブルトリガーやジュエルネフライトが凄まじく凶悪なスタミナ削りを行ったことを知っている。同時に、目の前で振り撒かれていた威圧感が桁外れのレベルだと理解していた。

 ジュエルネフライトのプレッシャーだけならともかく、欧州の雄ダブルトリガーが行ったスタミナ削りは化け物のそれだ。少女の後ろに控えていた歴戦のウマ娘達でさえ呼吸を乱し、心臓が早鐘を打って余計な体力を消費してしまうほど。

 

 肌で感じたからこそ、ダブルトリガーのスタミナ削りを直接受けたアポロレインボウは無事では済まないと認識していたのに。その()()()()を嘲笑うかのように、芦毛の少女は速度を上げ続けてスパートをかけている。

 

(あの調子でスタミナが持つわけない)

(虚勢に違いない)

(アポロレインボウはツインターボ(逆噴射装置)になる)

 

 次第に後続のウマ娘達はそう考えるようになる。

 いくら菊花賞を世界レコードで制したとはいえ、アレはノープレッシャーの中で生まれた記録だ。だから、あのレベルの威圧を受けて同じ走りを繰り出せるはずがない。だって、()()の恐怖と効果は身をもって知っているから。

 

 経験と過去の記録をしっかりと記憶している15人(歴戦のウマ娘)だからこそ、アポロレインボウの行動が理解できない。

 普通なら速度を落とすなりして、最終局面に向けてスタミナを温存しにかかると言うのに。

 

 この場にいるウマ娘の全てがシニア級以上と言うこともあって、ホームストレッチに到達してもまだまだ速度を緩めないアポロレインボウに対して疑念を超えた恐怖が生まれてくる。

 

(おかしいぞ)

(いや、そんなはずは)

(あの調子は長く続かない、落ち着け自分。足を溜めるんだ)

(まだ前半部分が終わっただけだ! 今に見てろ、アポロレインボウは垂れてくる!)

 

 アポロレインボウとの差と、拭い切れない大きな疑念が膨らんでいく。2番手ジュエルネフライトとの差は17身。レースは1800メートルを通過し、いよいよ後半部分に差し掛かった。

 

 ホームストレッチ前のターフビジョンには、超がつくほど縦長の展開が()()で映されている。ある者は手に汗握る興奮を覚え、ある者はツインターボのような逆噴射を心配する。

 アポロレインボウの大逃げが安定して結果を残しているとはいえ、観客からも確認できるほどのプレッシャーを受けた彼女がトップスピードのままゴールできるかは観客からしても疑問でしかなかった。

 

 ホームストレッチを駆け抜ける16人のウマ娘達に大歓声と拍手が送られ、各ウマ娘が知らず知らずのうちにペースアップする。スタミナ自慢のウマ娘が集うステイヤーズステークスだったからあまり問題にはならなかったが、今回ばかりはそのペースアップに身を任せてみようと考えるウマ娘も多い。

 何故なら、アポロレインボウが15人をホームストレッチに置いたまま第1コーナーを走り始めたからだ。レースは残り1600メートル、まだまだ先は長いとはいえ、時速70キロという極限の世界にいるウマ娘達が冷静な思考を欠こうとしているのは明らかだった。

 

『アポロレインボウが独走している!! 歓声と言うよりはどよめきが中山に生まれています!! これは後続のダブルトリガー含め、アポロレインボウに届くのでしょうか!?』

 

(アポロちゃん、全然ペースを緩めない……)

(それどころか、更に加速し始めたぞ)

(もしかして……)

(ありえない。早く垂れろ、垂れてくれ)

 

 アポロレインボウを追う15人の意識はいつしか団結し、その不安の拠り所を求め始める。第1コーナーを曲がって第2コーナーに突入し、先を行くアポロレインボウとの差が20身になった時、疑念は頂点を迎えようとしていた。

 

 "もしかして、アポロレインボウは垂れてこないんじゃないか"

 

 15人が全く同じ考えを持つ。序盤にダブルトリガーの攻撃を受けたアポロレインボウが垂れずに走り切ってしまうのではないか――と。

 

 その考えに至ることは危険だった。わざわざ()()()()()()()()を考えて焦燥に駆られ、スタミナを消費してしまうことが最も危険だからである。

 

 しかし、目の前では有り得ない可能性が起こってしまっている。考えざるを得ない。残り1200メートルを切って15人の身体が悲鳴を上げ始めていると言うのに、アポロレインボウは全くペースを緩めない。

 疑心暗鬼に陥って、勝手に()()()始めるウマ娘達。ダブルトリガーは己の実力を信じてペースを押さえ込もうとするが、残りの14人の体内時計は完全に狂ってしまった。

 

 前に行きたがるウマ娘達。ダブルトリガーは必死に深呼吸を繰り返し、思考を高速回転させる。

 常識的に考えて、絶対に、間違いなく、アポロレインボウは垂れてくる。残り1000メートルを切ったが、絶対に落ちてくるはずなんだ。ここで前に行くのは失策。最終コーナーから()()()()末脚を伸ばせば、必ず尻尾を捕まえることができるのだ。無視。無視しなければならない。落ちるウマ娘は視界から外し、ベストなペースで走ることが正解だ。

 

 そうしてダブルトリガーがアポロレインボウを今度こそ視界から外そうとした時、遥か彼方を走る少女と目が合った。

 

 アポロレインボウが一瞬だけ振り向いて、白い歯を見せる。それだけで充分だった。疑心暗鬼が極限に達し、焦りに焦った15人のウマ娘は滅茶苦茶な場所から末脚を使い始めた。ダブルトリガーは残り800メートルのロングスパートを敢行しにかかろうとする。

 間違いなく逃げ切られる。その焦燥感と20身という目に見える差が彼女達を駆り立てている。しかし、生粋のステイヤー達とはいえ800メートルもの超ロングスパートをして持つはずがない。

 

 されど、出来上がった流れは止められない。末脚を爆発させるのではなく、長くスパートをかけるようにウマ娘達が位置取りを押し上げ始めた。

 

 流れの渦中にあったダブルトリガーはふと我に返って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考える。後続の疑心暗鬼を引き起こすのなら、もっと速いタイミングでもよかったのではないか。残り1000メートル地点でも良かったし、何なら2周目の初めに振り向いても良かった。

 

 そう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 きっと、残り800メートルという微妙な距離で後続を焦らせる必要があって。それこそがアポロレインボウの狙い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()8()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『残り800メートルを通過して、後続が一気に仕掛けてきた!! アポロレインボウとの差が20身からどんどん縮まっていきます!!』

 

 それを察した時にはもう遅かった。ダブルトリガーを含めた15人のウマ娘はロングスパートの姿勢に入っており、末脚を長く使う意識に移ってしまっている。そこで15人は、アポロレインボウが虚勢を張っていたことに気付いた。

 残り400メートルを切ったアポロレインボウが明らかに速度を落としており、上体は完全に持ち上がってしまっているではないか。大きく口を開けて足取りは拙く、全身を汗まみれにして息も絶え絶え。一瞬だけ超絶的な『未知の領域(ゾーン)』による超加速が生まれたが、一歩進んだところで完全にブレーキがかかる。どうやらアポロレインボウは紛うことなきガス欠に陥っているようだった。

 

 ――アポロレインボウは決死の作戦を行ったのだ。失敗すれば大敗確実なこの場面で、あえて己の大逃げを貫いて後続を騙し抜いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなありもしなかった未来を考えて、15人は渾身のロングスパートで追い縋る。

 

『おっと!? アポロレインボウ上体を持ち上げた!! 真っ青な顔で懸命に腕を振っているが――これはスタミナ切れだぁっ!! ダブルトリガーからの強烈なプレッシャーに加え、3600メートルという超長距離が壁となったか!! 完全に速度が落ちて、真っ直ぐ走れていません!! ロングスパートをかけたウマ娘がどんどん差を縮めているが、届くかどうかは微妙だ!!』

 

 策を講じたはずが、手のひらの上で踊らされていたわけだ。ダブルトリガーは凄みのある笑みを浮かべると共に歯を食い縛り、姿勢を前傾させる。

 アポロレインボウは根性だけで最終直線を乗り切るつもりだ。確かに彼女ほどのウマ娘なら押し切り勝ちが可能だろう。しかし、ダブルトリガーには不可能を可能にする『未知の領域(ゾーン)』があった。

 

 最終直線に入ったダブルトリガーは芦毛の少女に照準を定める。既に失速気味のアポロレインボウ。その背中に合わせて狙い済ました引き金(トリガー)を引く。

 異国の少女の背中に『未知の領域(ゾーン)』が発現する。彼女の心象風景に魅せられ、15人の足がターフに釘付けになっていく。(おぞ)ましい力の波がうねって、夢破れた少女のボロボロになった『未知の領域(ゾーン)』が火を噴く。

 

「私には全盛期程の力は無い――それでも!! この国で好敵手に巡り会えたことに感謝を!! このラストラン、選手生命の全てをこの一瞬に捧げる!!」

 

 ダブルトリガーは己の心象風景を見ながら、末脚を爆発させた。

 絶頂(ピーク)を超えて風化していく己の身体。人気が凋落したヨーロッパのレース。月日を重ねるごとに希望さえ失って、深い夜の中に閉じ込められて。いつしか走ることさえ嫌になっていた。

 しかし、日本とアポロレインボウという熱狂が夢の景色に光を灯し、かつての彩りに満ちた風景が戻ってくる。狂気的な悦びが身を襲い、ダブルトリガーは更に加速していく。

 

『ダブルトリガー抜け出した!! 残り200メートルを切って、先頭のアポロレインボウ苦しい!! 猛追するダブルトリガーとの差がみるみるうちに縮まっていく!!』

 

 ダブルトリガーはこの状況を楽しんでいた。訳の分からないレース展開だ。しっちゃかめっちゃかで、セオリーなんて関係ないバカげたレース内容。ペースメイキングが重要視される欧州では考えられない異端な走り。全ての要素に堪らなく心が躍った。

 

 残り200メートル、差を詰めるダブルトリガー。アポロレインボウは完全にスタミナを切らし、殆ど早歩きのような速度でゴール板に向かっている。1歩1歩踏み締める度に、その差が10、9、8身と詰まっていく。

 

 圧勝劇の際とはまた違う、殺気立ったような大歓声が中山レース場を包んでいた。誰もが拳を振り上げ、頑張れアポロ、()()()()アポロレインボウと叫ぶ。或いは、ぶっ飛ばせダブルトリガー、と大声を張り上げて。

 

 奇妙なデッドヒートだ。完全に失速した大逃げと、超加速を見せてそれを差し切ってしまいそうな逃げが、ゴール板の直前で()()交じり会おうとしている。

 早歩きと全力疾走の勝負。その勝負の始まりは20 身もの差があったはずなのに、何とも絶妙なタイミングで勝敗が決しようとしている。

 

 これまでにつけた勢いのまま、ど根性だけで走るアポロレインボウ。口から泡でも吹いてしまいそうなほど顔を真っ青にして、ほぼ白目を剥きながらゴールを目指す芦毛の少女。酸欠状態で失神寸前だというのに首を必死に伸ばして、絶対に勝つんだという魂の叫びが伝わってくる。

 

 かつて失ったレースへの情熱を取り戻し、ゴールに向かってひた走るダブルトリガー。王者の余裕などかなぐり捨て、目前に迫る勝利へと貪欲に走る異国の少女。必死の形相だというのに微笑が滲んでいて、されど双眸には殺意に似た勝利への欲望が満ちている。

 

 見てくれなんてどうでもよかった。ダブルトリガーもアポロレインボウも、ただ目の前のライバルに勝ちたいと思っている。

 速度は違えど、その激情(おもい)は競り合って均衡したまま。遂に、3600メートルの長い旅路に終焉が訪れる。

 

『アポロレインボウ残すか!! ダブルトリガー差し切るか!! アポロレインボウ苦しい!! ダブルトリガー凄い勢いで末脚を伸ばす!! アポロレインボウ白目を剥いているが止まらない!! ダブルトリガー猛追!! しかし――しかし――アポロレインボウ僅かに前に出てゴールインッッ!!』

 

 ダブルトリガーがアポロレインボウに並びかける。しかし、アポロレインボウは止まらなかった。

 そのまま力尽きるように倒れた芦毛の少女は、微かに笑っていた。

 



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73話:王位継承

 ゴール直後、芦毛の少女が完全に白目を剥いて膝から崩れ落ちていく。そしてアポロレインボウがターフに激突する寸前、ダブルトリガーの腕が華奢な身体を抱き留めた。

 

「やるじゃないか」

 

 アタマ差で2着に敗れたが、後悔はなかった。むしろ清々しい疲れが身に染み渡っている。勝者らしからぬ醜態を晒すアポロレインボウをゆっくりと柵にもたれさせると、ダブルトリガーは彼女の乱れた前髪を整えた。

 

「……悔しいが、お前の勝ちだ。中々楽しかったよ」

 

 ――これがラストランだ。慣れない日本の芝を相手にした上、最終局面で無理な追い込みをしてしまったため、脚に相当な負担がかかってしまった。悲しいが、6年間走り続けてボロボロになった身体にトドメを刺してしまったのかもしれない。だが、これはアポロレインボウに対する敬意の現れだ。手を抜いて戦うなど考えられなかった。

 

 これまでも肉体の衰えを緩やかにするようなトレーニング方法に変えたが、いよいよ度重なる怪我や時間経過によって衰えが隠せなくなってきた。これ以上トゥインクル・シリーズで戦うのは限界だろう。

 本当なら引退したくなかった。夢への情熱を失ってしまったとはいえ、長距離というジャンルを盛り上げる夢を追い続けていたかった。

 

 しかし、もう自分は引退しても大丈夫だろうとダブルトリガーは思った。何故なら――

 

「ダブルトリガぁぁぁ!! 日本に来てくれてありがとぉぉぉ!!」

「かっこよかったぞぉぉぉ!!」

「6年間ありがとぉぉぉ!! お前の走りは忘れないぞぉぉ!!」

 

 観客の反応を見ろ。これがG2――それも長距離ジャンルにおける歓声の量か? 欧州のG1に比べても引けを取らない、それどころか凱旋門に及ぶような大歓声ではないか。アポロレインボウを中心にして、長距離という世界(カテゴリ)が変わろうとしている。

 ダブルトリガーというウマ娘の夢は敗れたが、この芦毛のウマ娘ならヨーロッパや日本――いや、全世界におけるステイヤーの地位向上を成し遂げられるかもしれない。

 

(アポロ。私はお前に夢を見たぞ。勝手極まるが、お前の背中に私の夢を託させてもらうことにするよ)

 

 英国長距離三冠を成し遂げたダブルトリガーは、今日をもって普通のウマ娘に戻る。だが、その夢は終わらない。

 

「君に祝福あれ」

 

 ダブルトリガーはアポロレインボウの前髪を掻き上げ、そっと口づけした。刹那、2人の周囲に『未知の領域(ゾーン)』の光が宿る。栗毛の少女の額から流れ出した眩い威光が、白目を剥くアポロレインボウに流れ込んでいく。

 

 ダブルトリガーの欠片が向かったのは、『未知の領域(ゾーン)』の中で咲き誇る一本桜が根差す大地。一本桜は光を宿した大地から養分を吸い上げて、()()()()()()()()()()()。アポロレインボウが雪の大地から得たのは、ダブルトリガーが長い時間をかけて練り上げた心象風景の片鱗。それは異国の少女が積み重ねてきた激情の一部に過ぎなかったが、一本桜に確かな変化を与えている。

 

 降りしきる雪の中で歪な形にひしゃげてしまった一本桜に不思議な力が宿り、ダブルトリガーの魂の支えによって歪みが正されていく。心通わせたライバルの夢が一本桜を成長させているのだ。

 ダブルトリガーの光を強く宿したのは、一本桜の()の部分。その光は桜を支える地盤との繋がりを強固にして、荒れ狂う吹雪にも負けないような強靭さをもたらした。

 

 こうしてアポロレインボウの知らぬ間に、ダブルトリガーの想いが継承された。しかし、異形の一本桜はまだまだ成長の余地を残しているようだった。

 月虹は微かにぼやけている。

 

 

 

 

 

 

 私が目を覚ました時、そこにはダブルトリガーさんの鎖骨とゼッケンがいっぱいに映っていた。レース途中から意識がぶつ切りになって、目覚めたら偉大な先輩の鎖骨が視界いっぱいにあって……正直訳が分からない。

 しかし、何で鎖骨が見えているんだ? 少し姿勢を変えると、柔らかいものが額に当たっているのが分かった。すると、私の脳は今の状況を鑑みてすぐに答えを導き出した。ダブルトリガーさんが私の額にキスしているのだ。

 

「おや、目覚めたかい」

「え、えぇ……」

 

 ダブルトリガーさんが顔を離して、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。そのままスタンドに向かって手を振った後、私の腕を取って持ち上げてきた。

 それを見たファンは大いに湧き、観客席からは鼓膜が張り裂けそうなほどの大歓声が襲ってくる。みんなその行動をダブルトリガーさんなりの勝者の称え方だと感じたのだろう、そしてそれは実際正しい。彼女は敬意をもって私に接してくれていることが仔細に伝わってくる。

 

 ただ、レース中に意識が消えてからゴール後に突然の覚醒だ。記憶がぼんやりしている。ダブルトリガーさんにガチのマジで「殺られる」ような感覚がしたのは覚えているが、そこからはどうも記憶に自信がない。

 

 確かスタート直後、ダブルトリガーさんに凄まじいマークを受けた。彼女が私の後ろに位置取った瞬間、怖気がしたのだ。脊椎のあたりから冷たい手を突っ込まれて、そのまま直接心臓を撫で回されるような。吐き気と動悸を抑えられなくなるようなダブルトリガーさんのプレッシャーに気が狂いそうになって、それで……。

 ……ああ、そうだ。ダブルトリガーさんのヤバすぎるスタミナ削りで()()()()()()()()()()()()()()、賭けに出たんだった。3200メートル前後で私のスタミナは尽きると予想を立て、それを知った上で大逃げを続行して――ステイヤー達にロングスパートをかけさせるため、絶妙な所で後続を挑発してやったのだ。

 

 挑発した数秒後には意識が飛んで、訳の分からぬまま前に進んでいた……はず。その結果、無意識のうちに勝利したと言うのか。死ぬほど苦しかったのは何となく覚えていても、自分のレースの結末さえ不覚のまま終えてしまうなんて……自分のスタミナ量が優れているだけに、ダブルトリガーさんのプレッシャーがどれだけ恐ろしいか今更になって理解できた。

 

「ところでアポロ。今お前に触れた瞬間、何だか不思議なことが起こったような気がするんだが。何か知らないか?」

「えっと……よく分からないです」

「そうか。なら良い」

 

 ダブルトリガーさんに倣って、私は歓声に応えるために大きく手を振る。電光掲示板には1着アポロレインボウ2着ダブルトリガーと表示されており、勝ちタイム3分44秒2という結果だった。

 

 私は額に残る微かな感触に触れながらターフを後にする。さっきのキスは海外特有の文化から来るものだろう。額にキスする意味は、確か『親愛』や『祝福』だったと思うのだが……ダブルトリガーさんに直接キスの意味を聞くのは躊躇われた。

 と言うか、多分聞く必要はないのだろう。胸に生まれた確かな温かさを知っていればそれでいい。そう思った。

 

 

 控え室に戻ると、とみおが笑顔と不安をごちゃ混ぜにしたような表情で迎えてくれる。彼はずっと私の周りをぐるぐる回って、私に触診(?)したそうに腕を組んだり手をかざそうとしてきた。

 12月には似合わないレベルの大汗を流していたため、「……私、汗臭いと思うから」と呟いて彼から距離を取る。とみおから離れたい理由のふたつ目に、白目を剥いて青白い顔をした私がターフビジョンに映されたため、かなり恥ずかしい思いをしたからというのもある。この不格好さも勲章ではあるものの……さすがに白目のゴールは必死の領域を超えてギャグの域である。あまり顔を合わせたくない気分だった。

 

「俺はアポロの臭いなんて気にしないよ」

「私が気にするんだけど……」

「いやまあ、そりゃそうだけどさ。あんなスタミナ切れを起こしておいて心配するなってのは無理な話だよ。この後のウイニングライブもあるし、体調を確かめて歌って踊れるかどうかも判断しなきゃいけないだろ」

「先にシャワー浴びてくるね」

「ん? あぁ、なるべくすぐに戻ってきてくれ」

「えっち」

「何で!?」

 

 とみおが口にしたことはないが、正直なところ彼は私の汗の臭いを知ってしまっているだろう。なんせ1年半ずっと一緒にやってきたのだから、特に夏場はどうしても……。それに、大きいレースの後は普通に抱き合ってたしね。

 まぁさすがに乙女の一線ということでシャワーを済ませた後、私はさっさと控え室に戻ってくる。丁度良かったのでライブ専用の衣装に着替えておき、軽くお化粧も済ませておいた。

 

「おかえ……って、ライブに出る気マンマンじゃないか。まったく……」

「いーじゃん! ダブルトリガーさんと歌って踊れる機会なんて一生巡ってこないって!」

「そりゃそうだが、君の顔色はまだ悪いぞ。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫!」

「う〜ん……そうなのか?」

「うん! この通り!」

 

 私は何回かジャンプしてから、ダンスの振り付けを軽く踊ってみる。とみおは私のやる気と行動に納得するしかなかったらしく、渋々矛を収めてくれた。

 

「そんなことより、有記念に向けて鍛え直したいところができたよ。私、みんなに捕まった時のプレッシャーに凄く弱いみたい」

「あぁ……それは後々言おうと思っていたところだ」

「やっぱり?」

「そりゃな。しかし、ダブルトリガーのトリックは世界一だ。あのレベルのプレッシャーはそうそう無いと思ってくれて構わない。次の有まで厳しいローテーションだし、ゆっくりと仕上げていけばいいさ」

 

 そう言うと、とみおは私の頭をぽんと撫でて控え室を出ていった。そろそろウイニングライブが始まる時間だ。

 そういえば、ダブルトリガーさんは日本語の歌詞を歌えるのだろうか。そもそも海外で流れる曲とは振り付けも歌詞も何もかも違うだろうし、よく考えたら海外遠征って超大変なんじゃ……。

 

 しかし、その考えはライブ本番であっさり打ち砕かれることとなる。

 ダブルトリガーさんは芯のある声で流暢な日本語を歌い、ヨーロッパにない曲の振り付けも完璧にこなしてしまったのだ。

 やはり超一流はどこに行っても超一流のままだった。

 

 そして後日、ダブルトリガー引退のニュースが流れ、最後まで格を落とさぬまま彼女はトゥインクル・シリーズを去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 カーテンが締め切られ、照明もつけられず、薄い闇に染まる部屋にて。グラスワンダーはモニターに流れるステイヤーズステークスの映像を食い入るように眺めていた。

 

「…………」

 

 何度も何度も、擦り切れるくらい見返す。目を血走らせ、されど表情は()()()()()()()()()()のまま、アポロレインボウの弱点を洗い出していく。

 

(やはり……アポロちゃんは生半可な覚悟では至れぬ境地へと到達しているようですね。スタミナ切れを起こしてなお勝利を諦めない根性、本当に素晴らしいとしか言いようがありません)

 

 何度目か分からない賞賛を心の中に浮かべては、グラスワンダーはアポロレインボウ対策の難しさを知ることとなる。

 まず、アポロレインボウを削る逃げウマ娘が複数――それも彼女より内枠側にいなければいけない。加えて、その逃げウマ達にアポロレインボウを捕まえるという意思がなければ、彼女を自由に走らせてしまうことになる。後者に関しては、自由に走らせた時の危険性故に心配することはないが……運絡みが過ぎることが問題なのだ。

 焼き直しになるが、アポロレインボウが例えば1枠1番に入った時はもう()()()である。易々と後続を引き離し、無限に近いスタミナから繰り出される永遠のスパートによって、彼女は世界レコード級の逃げ切りを達成するだろう。

 

 人事を尽くして天命を待つ、という言葉があるが、まさにその通りだなとグラスワンダーは考える。栗毛の少女は、あわよくばアポロレインボウの内枠に入ってプレッシャーをかけることがベストだと考えているが、あまりにもそれは()()()()()()()と思った。

 

 やはり(キー)となるのはスタート直後のごちゃついた展開か。有記念への出走を決めたセイウンスカイはきっとアポロレインボウをマークしてくれるはずだ。狙い通りの動きをしてくれるとは思えないが、それでもある程度アポロレインボウを削ってくれるだろう。

 天皇賞・春の覇者メジロブライトも有記念に出走する。彼女は前方のウマ娘を動揺させることのできる不思議な威圧感を持っているから、アポロレインボウは彼女の存在感に苦しむことになるだろう。

 メジロドーベルはレース終盤の追い上げ、並びにプレッシャーに定評がある。惜しむらくは、グラスワンダー自身も彼女の威圧感に曝されてしまうだろうことか。

 エアグルーヴもグラスワンダーにとっては厄介な敵だ。彼女は後方への圧が凄まじい。距離延長はメジロドーベルと同じく少し怪しくなるが、それでも油断はできない相手だ。

 マチカネフクキタル。長距離を得意とする彼女だが、有記念の舞台はその末脚を発揮するのに最高の舞台だろう。奇術師の名の通り、予想のつかないフクキタルには注目しておく必要がある。

 

(……タイミングさえ噛み合って、その上でアポロレインボウ対その他全員の雰囲気が出来上がれば。私にも勝機は十分にあります)

 

 有記念は一流のウマ娘が集う年末のグランプリだ。トゥインクル・シリーズに興味が無い一般人でも、ダービーと有記念なら知っているという知名度から窺えるとおり、年末の祭典にはとにかく人が集まる。ライトなファンでさえレース場に押しかけるのだから、逆説的にそこにいるウマ娘は超がつく優駿達というわけで。

 ……つまり、その一流のウマ娘達のマークを一身に受けるであろうアポロレインボウは、かなり苦しいレースになるだろうと言うことが容易に想像できた。

 

 勝ち続けると、すべてのウマ娘が敵になる。その言葉の表す通り、出走表が完成する前だと言うのに、各ウマ娘間では『対アポロレインボウ』の機運が高まりを見せているように思える。

 グラスワンダーは瞬きを忘れ、目の乾燥にさえ気付かないまま、画面の中のアポロレインボウを眺め続ける。口の端から透明な雫が伝い、床に垂れそうになったところで――何とか現実に戻ってきて、人差し指で涎を掬う。

 

 栗毛の怪物は無意識中に『領域(ゾーン)』を練り上げていた。勝利への独占欲が膨らみ、その威圧感が()()の雰囲気を纏っていく。

 瑠璃色の双眸に闘志が宿り、八方に与えられる視線が凶悪な威圧感を孕むのだ。それだけではない。睨まれた者は視界が狭窄し、あまつさえ体力を奪われるかのような感覚に襲われるだろう。

 

 ――“不退転”。グラスワンダーには決して生半可ではない、()()()()退()()が宿っている。

 グラスワンダーは微かにそれを自覚した後、モニターを消して内なる『領域(ゾーン)』を更に練り上げていくのだった。

 

 

 そして後日、トレセン学園の廊下にて――

 グラスワンダーは偶然にも芦毛のウマ娘を見かけ、声をかけることにした。

 

「アポロちゃん、おはようございます〜」

「あ、グラスちゃんおはよ〜!」

「先日のステイヤーズステークス、おめでとうございます。惚れ惚れしてしまうような走りでしたよ?」

「え、いや〜……白目剥いちゃって恥ずかしいな〜、あはは……」

「いえいえ。必死さの表れですから。かっこよかったですよ♪」

「うぇ? そ、そお? でへへ……ありがとグラスちゃん!」

 

 会話の最中、栗毛の少女は胸の中に疼きを覚えた。一旦それを感じ取ると、その疼きは際限なく膨らんでいく。否、疼きではない。それは渇きであり、激烈とした猛りなのだ。

 グラスワンダーは目を細めると、尻尾を振りながら駆けていく芦毛の少女を見送った。

 

 ――いつも冷静にと心がけていますが、抑えきれぬ猛りもあります。でも……本番までは隠しておきますね――

 

 アポロレインボウは気付かない。

 グラスワンダーの笑顔の下に、凄まじい激情が秘められていることを。

 



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ステイヤーズステークスについて語るスレ

1:ターフの名無しさん ID:Tv6sOwCH6

【?報】アポロレインボウさん、長距離三冠ウマ娘に勝利するも無事白目キメ顔を全世界配信へ……

 

2:ターフの名無しさん ID:PIDxRP3/u

かわいそう

 

3:ターフの名無しさん ID:doN2tiUSQ

かっこよかっただろ!

あんまりネタにしてやるなw

 

4:ターフの名無しさん ID:XIwEnIsy4

言うほど無事か?

 

5:ターフの名無しさん ID:yPUMlekpN

無事ではないな……(乙女の尊厳)

 

6:ターフの名無しさん ID:b4DqEwoRf

アポロレインボウさん、無事ネタキャラの道を一直線

 

7:ターフの名無しさん ID:M0OHrgNBO

隙がありすぎる

守護りたい

 

8:ターフの名無しさん ID:HoCc6BKAg

中央の二冠ウマ娘を無礼るなよ?

 

9:ターフの名無しさん ID:SFU8LQnKg

>>8 シンボリルドルフさん仕事してください

 

10:ターフの名無しさん ID:lIJhW02yn

最終直線の争いは興奮したけど、冷静になって見るとシュールギャグみたいだった

迫真のダブルトリガーと白目のアポロレインボウ……

 

11:ターフの名無しさん ID:TEGpZAkI6

ターボ師匠もヘロヘロになってたけど白目だけは剥かなかったのにな……

 

12:ターフの名無しさん ID:fxTNxq2RH

そりゃヨーロッパのつよつよウマ娘にマークされたら怖くて白目も剥くでしょ

 

13:ターフの名無しさん ID:rJ/SK77nj

スタミナ切れでも走り切ったことを褒めてあげて;;

 

14:ターフの名無しさん ID:BCDttJ/Zh

ワイもシャトルランの最後の方はアポロちゃんみたいになるで^^

 

15:ターフの名無しさん ID:V4BZI9gv0

>>14 お前そんなに可愛くないだろ

 

16:ターフの名無しさん ID:E/4du0G9h

でも実際このステイヤーズステークスは大金星だろ

タイキシャトルといいシーキングザパールといい、このアポロレインボウといい……日本のウマ娘も世界で通用するってことじゃんね

来年海外に行くアポロレインボウ、サイレンススズカ、エルコンドルパサー、グリーンティターン(予定)、めっちゃ楽しみだわ

 

17:ターフの名無しさん ID:incHB1KaV

>>16 んほぉ〜今年のクラシック世代たまんねぇ〜

 

18:ターフの名無しさん ID:4tOCTeuTn

アポロレインボウとサイレンススズカは集団に呑まれないから期待できそうだよな

 

19:ターフの名無しさん ID:BCDttJ/Zh

>>15 なんだと

 

20:ターフの名無しさん ID:1rarLn04Y

グリ子ちゃん次はドバイわよ!

 

21:ターフの名無しさん ID:d3w1NqCLb

海外遠征組全員ドバイちゃうの

 

22:ターフの名無しさん ID:mGZd+H8h8

スズカはアメリカでは?

まあドバイもアメリカもそうそう変わらんか

 

23:ターフの名無しさん ID:Konlmyi+U

アポロちゃんドバイなの?

 

24:ターフの名無しさん ID:iJOrAKdLb

>>23 ドバイ(ゴールドカップ)わよ!

 

25:ターフの名無しさん ID:aimLZf4U7

>>24 レッドシーターフハンデキャップかもしれないだろ!

 

26:ターフの名無しさん ID:uH2oquOf1

>>25 それドバイじゃなくてサウジや!

 

27:ターフの名無しさん ID:WgRgSuNd5

ドバイゴールドカップ(3200m)

レッドシーターフハンデキャップ(3000m)

3600メートルでバテたんだからドバイわよ安定だろ

 

28:ターフの名無しさん ID:Hx4vNEdhM

いやいやダブルトリガーの序盤マークでクソほどかかったからバテたんやろ

だったら賞金高いドバイゴールドカップ行けるはず

なんなら両方行けるで

 

29:ターフの名無しさん ID:odKFPgNu/

単純に距離適性が2000〜3200くらいだっただけでは?

 

30:ターフの名無しさん ID:pd9uGYpJ3

>>29 でも3600メートルで長距離三冠ウマ娘にギリギリ勝ってるが

 

31:ターフの名無しさん ID:odKFPgNu/

>>30 さすがに運

 

32:ターフの名無しさん ID:JzyX/CLB9

>>31 運でバケモンに勝てるかよ!

 

33:ターフの名無しさん ID:4iH9FnBRu

>>32 ヨーロッパのバケモンとちょっと可愛いバケモンが戦っただけなんだよなぁ……

 

34:ターフの名無しさん ID:u18l4uQOt

3000メートル世界レコードウマ娘なんだから多少の距離延長も楽勝ってわけ

 

35:ターフの名無しさん ID:j5sYFgNNX

現地勢だけどアポロちゃんは天使だったしダブルトリガーはめちゃくちゃかっこよかった!

というかダブルトリガーイケメンすぎて……もっと走ってるところ見たかったし、もっと早く彼女のことを知りたかった

なんで引退しちゃったんだ(><)

 

36:ターフの名無しさん ID:OIh8fchAD

6年間も走ったらそりゃ限界になるよ

悲しいけど次の舞台で頑張ってほしいね

 

37:ターフの名無しさん ID:ZTYNmGFxS

【引退】ダブルトリガーちゃんの戦績【お疲れ様でした】

日付→レース場→レース名→出走人数→枠番→人気→結果→レースの距離→芝状態→タイム→着差→1着ウマ娘(2着ウマ娘)

 

9.25 レッドカー 未勝利S 9人 3番 5人 1着 T9F 良 1.53.90 10身 (Golden Hello)

 

10.30 ニューマーケット ゼットランドS 条件戦 10人 5番 2人 1着 T10F 良 2.07.84 1 1/2身 (Barbaroja)

 

8.16 ヨーク グレートヴォルティジュールS G2 7人 3番 5人 5着 T11F195Y 堅良 ― 2 1/4身 Sacrament

 

9.10 ドンカスター 英セントレジャー G1 8人 4番 6人 3着 T14F132Y 良 ― 4 1/4身 Moonax

 

11.4 トリノ 伊セントレジャー G3 6人 (不明) (不明) 1着 T2900 不良 3.20.8 3 1/2身 (Michel Georges)

 

12.11 沙田 香港国際ヴァーズ 14人 7番 5人 7着 T2400 良 2.26.3 1.2秒 Red Bishop

 

5. 3 アスコット サガロS G3 9人 2番 1人 1着 T16F45Y 堅良 3.28.90 アタマ (Poltarf)

 

5.18 ヨーク ヨークシャーC G2 7人 4番 2人 4着 T13F194Y 良 ― 1 3/4身 Moonax

 

5.29 サンダウン ヘンリーⅡS G2 7人 5番 1人 1着 T16F78Y 良 3.33.01 6身 (Old Rouvel)

 

6.22 アスコット アスコット金杯(ゴールドカップ) G1 7人 6番 2人 1着 T20F 堅良 4.20.25 5身 (Moonax)

 

7.27 グッドウッド グッドウッドC G1 7人 7番 1人 1着 T16F 良 3.25.86 クビ (Double Eclipse)

 

9. 7 ドンカスター ドンカスターC G2 6人 6番 1人 1着 T18F 良 3.58.74 3身 (Further Flight)

 

9.30 ロンシャン カドラン賞 G1 6人 1番 1人 4着 T4000 重 ― 5 1/2身 Always Earnest

 

11. 7 フレミントン メルボルンC G1 22人 6番 1人 11着 T3200 不良 ― 大差 Doriemus

 

1996. 5. 1 アスコット サガロS G3 7人 2番 1人 1着 T16F45Y 堅良 3.27.64 アタマ (Grey Shot)

 

5.27 サンダウン ヘンリーⅡS G3 5人 4番 1人 1着 T16F78Y 稍重 3.41.15 7身 (Assessor)

 

6.20 アスコット アスコット金杯(ゴールドカップ) G1 7人 2番 1人 2着 T20F 堅良 ― 1 1/2身 Classic Cliche

 

9.12 ドンカスター ドンカスターC G2 6人 5番 1人 1着 T18F 堅良 3.53.00 2身 (Celeric)

 

10. 5 ロンシャン カドラン賞 G1 10人 2番 1人 5着 T4000 重 ― 8身 Nononito

 

4.30 アスコット サガロS G3 8人 2番 1人 8着 T16F45Y 堅良 ― 15身 Orchestra Stall

 

6.19 アスコット アスコット金杯(ゴールドカップ) G1 13人 7番 5人 8着 T20F 良 ― 23身 Celeric

 

7.31 グッドウッド グッドウッドC G1 10人 1番 7人 1着 T16F 堅良 3.24.81 1 1/2身 (Classic Cliche)

 

9.11 ドンカスター ドンカスターC G2 5人 2番 1人 4着 T18F 堅良 ― 7 1/2身 Canon Can

 

10. 4 ロンシャン カドラン賞 G1 7人 3番 3人 5着 T4000 良 ― 3 1/2身 Chief Contender

 

5. 1 ニューマーケット サガロS G3 10人 1番 7人 6着 T16F45Y 稍重 ― 16身 Persian Punch

 

5.25 サンダウン ヘンリーⅡS G3 11人 3番 6人 8着 T16F78Y 良 ― 18身 Persian Punch

 

6.18 アスコット アスコット金杯(ゴールドカップ) G1 16人 11番 12人 2着 T20F 良 ― クビ Kayf Tara

 

7.30 グッドウッド グッドウッドC G1 9人 4番 2人 1着 T16F 稍重 3.29.19 3/4身 (Canon Can)

 

9.10 ドンカスター ドンカスターC G2 6人 4番 1人 1着 T18F 良 3.55.92 1身 (Busy Flight)

 

12.5 中山 ステイヤーズS G2 16人 4番 2人 2着 T3600 良 3.44.2 アタマ アポロレインボウ

 

【最終戦績】

30戦14勝 [14-3-1-12]

【受賞歴】

英国長距離三冠ウマ娘

カルティエ賞最優秀ステイヤー(3年前)

【その他】

ドンカスターレース場に銅像が立った

 

 

38:ターフの名無しさん ID:OyckYj1IK

>>37 つっっよ

 

39:ターフの名無しさん ID:DuqobEzwE

>>37 神じゃん

 

40:ターフの名無しさん ID:sLQLn6neD

>>37 6年間お疲れ様でした(´;ω;`)

 

41:ターフの名無しさん ID:CWvgiM73U

>>37 G1なのに7人立てのところとかあるやん……

 

42:ターフの名無しさん ID:ZXUqileXL

>>41 ヨーロッパは強いウマ娘がいたらあっさり回避したりするから割とありがちなんだけどファンとしては寂しいよね……

 

43:ターフの名無しさん ID:nMi0/rRNV

>>41 ヤード・ポンド法はやめてクレメンス……

 

44:ターフの名無しさん ID:dRrtySPKu

ヤーポン法ほんときらい

 

45:ターフの名無しさん ID:pIxSspOtE

ダブルエクリプス(Double Eclipse)とのグッドウッドカップは凄かった。なんせ姉妹対決だったしな

 

46:ターフの名無しさん ID:a++OMFez/

>>45 ダブルトリガー姉妹おったんか!

 

47:ターフの名無しさん ID:TMhgKS17z

>>46 ダブルトリガーが姉、ダブルエクリプスが妹

そしてダブルエクリプスもG2ヴィコムテス・ヴィジェール賞を制したウマ娘だよ

 

48:ターフの名無しさん ID:Hg270kB+u

すげー姉妹だな

 

49:ターフの名無しさん ID:cbJ5oJ3+z

>>41 現最強ステイヤーのKayf Taraとも戦っとったんか

 

50:ターフの名無しさん ID:YRzHAFy3U

>>49 カイフタラとダブルトリガーは1勝1敗わよ

ゴールドカップはカイフタラが勝って、グッドウッドカップではダブルトリガーが勝ち(カイフタラ5着)

 

51:ターフの名無しさん ID:ziOSK39Ge

現最強ステイヤーに一勝一敗って全盛期のまま引退してるやん

 

52:ターフの名無しさん ID:nSQ9p+RvK

>>51 現役生活6年目やぞ

 

53:ターフの名無しさん ID:lKKTQ1ZJN

本人は怪我が増えて今まで通りの走りができなくなったって言ってるからねぇ

 

54:ターフの名無しさん ID:LekMXfFTu

        

        

        

ステイヤーズステークス後、ダブルトリガーとアポロレインボウのツーショット

 

55:ターフの名無しさん ID:rD0pqR6zx

>>54 ヮ……泣いちゃった!

 

56:ターフの名無しさん ID:rkSIMs6dc

>>54 左の芦毛の子かわいいですね、なんて名前ですか?

 

57:ターフの名無しさん ID:sc2os5G4t

>>54 ターフに映える栗毛だなぁ

 

58:ターフの名無しさん ID:H4cwK2tea

戦う女の子っていいよね

 

59:ターフの名無しさん ID:t/VtE/k/h

白目を剥いた白雪姫を目覚めさせた王子様やぞ

 

60:ターフの名無しさん ID:rhDCBj36W

日本でもダブルトリガーの勝負服見たかったな〜

秋シーズンにも超長距離G1欲しいよ〜

 

61:ターフの名無しさん ID:IOmfJpMT/

>>60 需要がね……

 

62:ターフの名無しさん ID:U0KMnCTqC

>>61 これから作っていくんだよ!

 

63:ターフの名無しさん ID:xgJy43MDU

レース高速化の影響で今更ステイヤー復権はきついやろ……

 

64:ターフの名無しさん ID:aSFDPx2IX

ハイセイコーとかオグリキャップの例もあるし、もっとデカいムーブメントになればワンチャンなくもないが……

 

65:ターフの名無しさん ID:iaMw3oMQq

ステイヤーズステークスG1昇格はワンチャンあるけどそれって相当凄いことだよ

 

66:ターフの名無しさん ID:ytCiUcrGD

アポロちゃんはもっと活躍してくれるとは思うけど、さすがにまだそういうレベルではなさそう

 

67:ターフの名無しさん ID:FgLIEhdrK

アポロちゃんウマスタでダブルトリガーちゃんとめっちゃイチャコラしてた

ずるい

 

68:ターフの名無しさん ID:mhvMdA+y3

ステイヤーの大先輩だからそりゃ甘えたくもなるよ

 

69:ターフの名無しさん ID:jq0DDEMlf

俺もアポロちゃんに甘えられて〜

 

 

 

 

522:ターフの名無しさん ID:XIeU4lkWS

記念ってどうなってますの?

 

523:ターフの名無しさん ID:8yzEpiVSf

>>522 すごいメンバーですわよ!

 

524:ターフの名無しさん ID:0+/2JCgNI

>>522 歴代最高メンバーとうたわれてますことよ

 

525:ターフの名無しさん ID:XIeU4lkWS

ヤバ!

 

526:ターフの名無しさん ID:G5mIIQikZ

はしたないですわ

 

527:ターフの名無しさん ID:X/HrLO8Q4

有力なメンバーですわ

アポロレインボウ

セイウンスカイ

エアグルーヴ

メジロドーベル

メジロブライト

マチカネフクキタル

 

528:ターフの名無しさん ID:tEMYYrytQ

>>527 G1ウマ娘ならグラスワンダー様を忘れていてよ

 

529:ターフの名無しさん ID:X/HrLO8Q4

あらやだ

 

530:ターフの名無しさん ID:JqAJ6GV5B

グラスワンダーは……う〜ん

 

531:ターフの名無しさん ID:2p2+npsvW

そこまで怖くはないな

アポロレインボウ、メジロブライト、セイウンスカイ、エアグルーヴが来ますよ〜

 

532:ターフの名無しさん ID:ObarhkN0/

さすがにアポロレインボウ一択

 

533:ターフの名無しさん ID:f0W2b4vzO

二冠ウマ娘様は強いぞ

 

534:ターフの名無しさん ID:MTQw90R83

まあ「本物」よな

 

535:ターフの名無しさん ID:P0x6urshT

2500ならスタミナ切れも心配なし!

 

536:ターフの名無しさん ID:PSrrue9qJ

日本ダービーみたいに訳分からん走りをすることも考えられるからな

まあアポロレインボウ1番人気か

 

537:ターフの名無しさん ID:DSx6YiqQw

僕はエアグルーヴ!

マジでつえーと思う

 

538:ターフの名無しさん ID:JvdpswBYN

マ、マチカネフクキタルゥ……

 

539:ターフの名無しさん ID:JiNMACS1U

>>538 割と展開が向いたらあるな

ただ、アポロレインボウがいるから展開が向くかどうかは……

 

540:ターフの名無しさん ID:hxDN25881

アポロちゃん他のウマ娘からしたら言い方悪いがクッソ邪魔だな

 

541:ターフの名無しさん ID:lSRTPbZj4

多分マジで邪魔ではあるよ

 

542:ターフの名無しさん ID:C078Os2YJ

そりゃ大逃げなんて誰でも嫌でしょ

レース展開が壊れるからね

 

543:ターフの名無しさん ID:DVACojZqH

ワイはグラスワンダー推しやねんけど、そんなグラスちゃん良くない……?

 

544:ターフの名無しさん ID:JAgCVaGpp

>>543 良くないってか、他が良すぎる

 

545:ターフの名無しさん ID:hoeZk2J2l

>>543 層の厚さがね……

 

546:ターフの名無しさん ID:DVACojZqH

そっか(´・ω・`)

でもワイはグラスちゃん応援し続けるで

 

547:ターフの名無しさん ID:L61yt8gpO

えらい

 

548:ターフの名無しさん ID:WYEA71jxi

ファンの鏡

 

549:ターフの名無しさん ID:5ehJ3ZV01

鑑、な

 

 



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74話:大義名分デート

 12月中旬。私はオフの日を利用してとみおと一緒にお出かけに来ていた。

 

 今日は気分転換という大義名分に加え、本屋に行ってトレーニング本を探したいという断れない理由を添えて、仕事漬けのトレーナーを外に連れ出した。

 友達がしているというネックレスを真似たり、流行のファッション誌を参考にしたりしてバッチリお洒落をして。とにかく彼に「可愛い」とたくさん言ってもらえるような格好をして臨んだお出かけ。オーバーサイズのセーターを着ていたので足元がちょっと寒かったが、お洒落は我慢という格言の通り寒さをぐっと堪えることにする。

 

 さて、今日の主目的は『本屋でトレーニング本を探す』ことだ。そしてその先の目的というのは、ダブルトリガーさんのような凶悪極まりないトリックを仕掛けてくるウマ娘への対抗策を企てることだった。

 ゲーム的に言えば『スタミナ回復スキルのヒントを知りたい』、並びに『スタミナ回復スキルを身につけたい』……と言ったところか。今まではそういった技術を知らずに素のスタミナだけで戦ってきたから、ステイヤーズステークスでいよいよ限界が来たと考えたのである。

 

 スタミナ狂のとみおによって私の体力は想像を絶するレベルまで盛られていたのだが、想定外はライバル達にも言えることだったわけだ。ライバルのスタミナ削りが上手すぎるのである。

 ダブルトリガーさんをはじめとして、セイウンスカイ(皐月賞)、スペシャルウィーク(ホープフルステークス)などなど……どうにも、スタミナ削りを得意とするウマ娘が増えているように思える。自惚れじゃないが、(アポロレインボウ)対策のために()()()()を仕上げてきている感じがあって嫌な感じだ。

 

「とみお、これなんてどう?」

「あぁ、それは持ってる」

「へぇぇ……じゃ、この本は?」

「それは持ってない。買っていこうか」

「ウェ〜イ」

「な、何だよ……」

 

 これまでの私達は肉体を鍛えることに重点を置いてきた。しかし、これからは特に技巧を磨いていかねば苦しい時期になるだろう。有り体に言えば私は勝利にあたって大きな邪魔者。そんな私も邪魔者なりの防衛策を考えないといけないわけだ。

 

 こうして本を買った後、私達は美味しいスイーツが売っているらしい小洒落た店に寄り道する。店の中にはプレーンカップケーキ、スイートカップケーキ、ロイヤルビタージュース、あと何故かBBQセットと美味しそうな猫缶などがズラリ。

 別に何かを買うために入店したわけではなかったが、私はスイートカップケーキとロイヤルビタージュース辺りがとても気になった。

 

「ねぇ、とみお……」

「ん?」

「これ買って一緒に食べよ?」

「あぁ、いいね。どれが欲しいの?」

「これとこれとこれ!」

「3つも食べたら太っちゃうよ。せめてどれかひとつに――」

「…………だめぇ?」

 

 私はガラスのショーケースに手を付きながら、(いつ身につけたのか覚えていない)必殺の涙目上目遣いでとみおを眺めた。彼はうっと声を上げたが、すぐに気を取り直して拒否の姿勢を示す。

 

「そ、そんな顔してもダメだぞ。甘いものの摂りすぎは禁止だ」

「そんなぁ! うるうる……私、明日のトレーニングはいつも以上に頑張るよ? それでもダメ?」

「ぐっ……アポロのやつ、最近になって俺のツボを……」

「とみお〜おねが〜い」

「お、おぉ……でもなぁ」

 

 とみおの袖を引っ張って、猫なで声でアピールしてみると……意外や意外。とみおは冗談交じりのアタックにたじろいでいるではないか。反応の薄い普段の彼とは違って、上目遣いだとか媚びるような声にいちいち反応を見せている。その反応がいつもとは違っていて、どこか恥ずかしそうというか、モジモジしているように思える。まるで想い人の前では素直になれない男の子のようではないか。

 ちょっと面白くてからかおうと思ったけど、私はすぐにその意味を深読みし始めてしまった。

 

 …………これって、もしかして――とみおが私のことを本当に意識してくれたってことなんじゃない?

 

 私の恋愛脳がフル回転を始め、とみおの行動の意味を探り始める。しかし、私の恋愛脳は控えめに言ってクソザコで未熟だ。よって、行き着く先はただひとつ。

 ――『とみおも私のことを好きになってくれたのではないか?』『もしかして両思いってこと?』『やばい』『この反応、絶対私のこと好きじゃん』――という先走りまくり()()()まくり、冷静に考えれば全くもって有り得ない結論。まんまと辿り着いてしまったその答えに嬉々として飛びついた私は、もはや思考停止同然になってしまう。

 

 声も出せないまま、とりあえず今この瞬間の状況を確認する。

 若者に人気そうなお菓子屋さんのショーケース前で会話する男女。私はしっかりとおめかししていて、彼も彼で大人の落ち着いた服装をしていて。たまに冗談を言って笑い合ったり、お互いを思いやるように荷物を持ち合ったり、私はもちろん彼だって意識してウマホを触らないし。ずっとお互いの顔を見て笑顔が絶えないような――

 

 ――これはもう好き合っているのでは?

 と言うか、彼の休日を独占している時点で実質恋人同士なのでは?

 

 迷うとみおを横目に、私はショーケースに両手をつく。ガラスに反射した己の顔は紅潮していて、呆然と口を開いて瞳が潤んでいる。少なくともとみおに見せられる顔ではない。思わず顔を伏せて下唇を軽く()んだ。

 

 とみおが私のことを好き――かもしれない。

 その事実は私の心に大きな揺らぎをもたらす。

 

 ずっと彼を好きだったんだ。この1年半、傍で支えてくれる彼に想いを積もらせてきた。そんな彼と両思いだなんて、まさに天にも昇りそうなほど気分である。

 私は背中に大汗を掻きながら、アタックを仕掛けるのはここしかないという気持ちの元とみおの腕に絡みつこうと考えた。レースの時以上に心臓がバクバク鳴り響いて、マジに喉の奥からゲロしそうなくらい焦る。

 

 しかし――致命的な一線を越えることは叶わない。()()()()()()()()()、その強烈な躊躇いが私を現実に引き戻す。

 ここで舞い上がって告白でもしてみろ。彼の優しい視線が冷たくなって、微妙な反応をされてしまうだろう。今の心地良い関係が終わり、上辺だけの空虚な関係になったら……私は死んでしまう。

 

 彼は私のことを大切に想ってくれてはいるだろう。しかし、やはりそれは親愛と家族愛に近いもので。とみおは私のことを好いてくれてはいるけれど、そこに恋愛感情は無いのだ。

 でも、私はとみおが好き。大好きだからこそ、この関係を進められない。この陽だまりのような日々を壊したくはない。

 

「……アポロ?」

「ん? どしたの?」

「いや、ずっと張り付いてるからそんなに欲しいのかな〜って」

「…………」

 

 とみおに声をかけられて、はっとする。私ってば、カップケーキの前で固まってたみたい。店員さんが困ったような嬉しいようなよく分からない笑みで私を見ていた。

 

「分かったよ。そんな顔で見られたら買わないわけにはいかないよな」

 

 とみおは髪を人差し指で掻くと、私の指定したスイーツ達を注文し始めた。私は勇気が出ない自分に無力感を感じながら、会計を済ませるトレーナーの背中を見つめているのだった。

 

 

 とみおと一緒にトレーナー室に帰ってくると、私達は早速スイートカップケーキ、ロイヤルビタージュース、いちご大福を机に並べる。スイートカップケーキは見るからに美味しそうで、いちご大福は何故かサイレンススズカの姿が脳裏に浮かぶ。ロイヤルビタージュースは……何なんだろう。

 ロイヤルな苦味のあるジュースってことだから、コーヒー系統の苦いジュースなんだろうな。カップケーキと一緒に売られてたのを見るに、甘みと苦味で上手いこと口の中をアレコレする感じだと予想できる。

 

「おいしそ〜! とみお、写真撮って!」

「はいはい」

 

 いちご大福とスイートカップケーキを両頬に当てるようにして、ウマスタに載せる用の写真を撮ってもらう。上手く笑えるか心配だったが、彼から「いい笑顔だ」と飛んでくるので問題なかったらしい。

 彼からウマホを受け取って、私はロイヤルビタージュース単体の写真も取っておいた。ロイヤルビタージュースを持つ手のネイルを見せびらかすようにして、所謂可愛いアピールも欠かさずに。こうすればフォロワーのみんなは可愛いと言ってくれるだろう。とみおは私のオシャレに対して何も言ってくれなかったけど。

 

 ……この服、とみおの好みじゃなかったのかなぁ。いつもだったら一言くらい言及してくれるのに、これじゃ頑張った甲斐が無いよ……。

 ずきりと胸が痛むのを感じながら、私は2枚の写真に『(ビックリマーク)』多めの文章を添えてウマスタにアップロードした。

 

「んじゃ、食べよっか。ロイヤルビタージュース持って乾杯しよ?」

「お、おぉ……。なぁ、アポロはロイヤルビタージュースがどんな物か知ってるのか?」

「ふぇ? 何かあるの?」

「……いや、何でもない」

 

 とみおは一瞬迷ったような表情になったが、無言でジュースの容器を持つ。険しい顔なのが妙に突っかかるが、まあいいだろう。

 咳払いの後、私はわざとらしく(かしこ)まったように話し始めた。

 

「私もとみおもステイヤーズステークスお疲れ様! あ〜でも“乾杯”だと“完敗”みたいになっちゃうから、次の有記念を見越して、“完勝”って音頭にしよっか!」

「お〜、洒落てるね」

「それじゃあトレーナー、かんぱ〜い!!」

「ブほッ!」

「あ、かんしょ〜う!! ウェ〜イ!!」

 

 私ととみおは慌ただしくコップをぶつけ合う。さすがに照れ隠しの意味もあった。

 よし、早速ビタージュースに口をつけてみることにしよう。味はどんなもんかな〜?

 

「う゛え゛え゛!! なにこれマッズ!!!」

「!?」

「コーヒーみたいなものかと思ったんですけど!! 青汁じゃん!!」

「ほんとに知らなかったのか……」

 

 とみおは頭を抱えながらカップケーキを食べ始めている。トレーナーは「ロイヤルビタージュースは疲労回復の効果がある。味は最悪だけど効き目は保証するから、しっかり飲み切れよ」と地味に鬼畜なことを言いながら例のブツを啜る。直後、面白いくらい深々と眉間に皺を刻むとみお。私は吹き出しながら口直しのためにカップケーキを頬張る。

 ロイヤルビタージュースの後だからか、スイートカップケーキがとんでもなく美味しく感じた。しかし……ロイヤルビタージュースの残りは8割以上。絶望でしかない。マジで無理な感じの不味さだから、このままじゃキラキラウマ娘になっちゃうよ……。

 

「とみお〜……まず〜い……」

「だから言ったのに」

「むり〜」

「ダメ。飲みなさい」

「やだ」

「ステイヤーズステークスの疲れを取るためだ。飲みなさい。どうせ後々飲ませる気でいたし、逃げても無駄だぞ」

「うぅ……」

 

 後味が残ると嫌なので、いちご大福とカップケーキを食べる前に処理してしまうことにする。

 ……喉の奥から全部戻しちゃいそうなくらいエグみがあってキツい。舌に苦味がこびり付いてくる感じだ。舌が腐る。

 

「んぅ……とみお、私の舌黒くなってない? 見てみて、れぇ〜」

 

 半分くらい涙目になりながら飲んだところで、とみおに舌の様子を確認してもらうことにする。かき氷を食べた後よろしく、舌に色が乗っていないだろうか。

 とみおは妙に強ばった顔で、私の舌をまじまじと眺めてくる。二度三度視線が左右に泳いだかと思えば、私の視線を窺ってからそこを見るのだ。とみおのせいで変なことをしているみたいじゃないか。

 

 自分から出したとはいえじっくり見られると何となく恥ずかしいので、私は舌を引っ込めて頬を膨らませた。

 

「そんな見ないでよ変態」

「な、何でだよ。アポロが見ろって言ったんだろ」

「で、どうだった?」

「何が?」

「ベロ」

「まあまあ黒くなってたよ。かき氷のシロップがついてるみたいだった」

「やっぱり?」

「…………」

「…………」

「ふっ」

「何で笑うの」

「別に」

「うふふ」

「君も笑ってるじゃないか」

「とみおの口元真っ黒でウケる」

「そっちだってクリームとか色々ついてるんだからな!」

 

 こうして私達は意味もなく笑い合う。

 束の間の休息を経て、私達は更なるトレーニングに身を投じるのだ。

 

 

 有記念が迫る平日のトレーニングにて。私は持久力(スタミナ)回復技術の会得を目的として、ランニングマシンの上で走り続けていた。

 斜め後ろの方からとみおの厳しい声が飛び、うるせぇよとまでは言っていないが――とにかく悪態をつきながら己を鼓舞し、限界ギリギリまで自分を追い込む。

 

 私にはとある悪癖がある。いや、あったと言うべきか。

 それは()()()()()()()()()()()ために背後を目視確認し過ぎてしまうことだ。菊花賞の激走によって悪癖は解消され、逆に後続のウマ娘に余裕の表情を見せつけることで、プレッシャーをかけるための武器にしていたのだが……今はかつての悪癖を利用して、スタミナ回復手段にしてやろうという狙いがあった。

 

 私の後続確認は、()()()()()()()()()疲れている時でもすんなり行うことができる。とみおは今一度その癖を復活させ、無意識中に減速しているそのタイミングでスタミナ回復を行わせようとしているのだ。

 後々は()()()()という手順を取り除き、若干の減速とスタミナ回復という行為のみをレースに取り入れる予定だ。減速せずにそのまま走り切るかどうかは私が判断していいというおまけ付きなので、この回復スキルを覚えておいて損は無いだろう。

 

 ……ここまで『回復スキル』『持久力(スタミナ)回復』と謳っているが、実際はそこまでスタミナ回復はしない。ただ、しばらくの間消費スタミナが減るだとか、そもそもプレッシャーによって減るスタミナ量が抑えられるようになるという話だ。

 だってウマ娘はレース中、ずっと全力疾走か超全力疾走しかしてないんだもん。持久力回復したらガチで永遠に走れることになるし、まあそういうこと。ただ、技術によって走れる距離が伸びればそれは『スタミナ回復』と実質同じなので、面倒なのでひとくくりにしているだけな感じもある。

 

 で、私が実践しようとしている技術(スキル)は案外簡単だ。

 

「アポロ、今だ!」

「!」

 

 ――ランニングマシンの速度が緩むと同時、私はとみおに向かって身体を捻る。速度が減衰し、()()()()()()に意識が集中する。その瞬間、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 全身に酸素が行き渡らなくなるから辛くなるのだ。その他にも要因はあるが、とにかく酸素。酸素があれば疲れないという暴論のもとトレーナーは指導してくれている。一応この前買った本の内容を受けての裏付けのある結論ではあるものの、割と雑じゃねってのが感想で――

 

 ――思ったより効果あるじゃんって事実にビビるのは、それから5分間くらいぶっ続けで全力疾走できた後の話。



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75話:有マの出走メンバー豪華すぎでしょ

 有記念に出走するウマ娘が出揃った。

 

 1枠1番、マチカネフクキタル。

 1枠2番、グラスワンダー。

 2枠3番、セイウンスカイ。

 2枠4番、エアグルーヴ。

 3枠5番、ジュエルジルコン。

 3枠6番、ハッピーミーク。

 4枠7番、リボンフィナーレ。

 4枠8番、メジロブライト。

 5枠9番、ブリーズエアシップ。

 5枠10番、リバイバルリリック。

 6枠11番、ラピッドビルダー。

 6枠12番、リトルフラワー。

 7枠13番、アポロレインボウ。

 7枠14番、メジロドーベル。

 8枠15番、ジョイナス。

 8枠16番、ディスティネイト。

 

 ここにいないエルコンドルパサーは来年のヨーロッパ遠征のために休養、サイレンススズカはアメリカ遠征のために休養。スペシャルウィークは神戸新聞杯→菊花賞→ジャパンカップと秋に3戦しているため彼女も休養。キングヘイローは短距離レースの身体作りをするために一旦休息を取り、トレーニングメニューの見直しをするとか。

 ハッピーミークはダート路線とティアラ路線を転々とした後、有に参戦である。東京大賞典との選択肢があったが、彼女はこちらを選んだらしい。

 グリ子はマイルチャンピオンシップの後グランプリに出ようとしたが、距離適性の問題で泣く泣く出走を取り止めた。ファン投票では上位に来ていたけど、まあ仕方ない。ベストな距離が短距離だから、マイラーのダイタクヘリオス先輩のようにはいかないだろうし。2500の中山はペースが緩みやすいため、マイラーや中距離のウマ娘でも持ったりするが、さすがにスプリンターが有出走は事故というか事件である。

 

 出走表が出揃ったところで、今日も今日とてトレーニング。併走相手にグリ子が名乗りを上げてくれたので、有難みを実感しつつ回復スキルを研究しながら走り込みを続ける。

 彼女を斜め後ろにつけて、気が済むまでスパートによる追い込みをかけてもらうのだ。その間グリ子はプレッシャーをかけてくれというトレーナーの指示があるので、常時デバフを受けた状態での併走である。

 

 成長したグリ子の威圧感を深呼吸で受け流しているのだが、やはり深呼吸中に速度が下がるのはどうなんだろうという想いが強い。グリ子がスプリンターなせいもあるが、深呼吸した途端彼女に前を行かれそうになるのはしょっちゅうだった。

 

 大体数日程度で私は深呼吸のコツを理解し、今は意図したタイミングで『減速→深呼吸』という行程をスムーズに行えるようになった。その瞬間は速度こそ緩むものの、後々に使うスタミナを温存できるため、実質全力疾走できる距離が伸びるのと同義である。ただ、有記念の2500メートルという距離で使用するかは正直微妙なところ。

 むしろスタミナは余るだろうから、この深呼吸のスキルは来年の海外遠征に向けた布石と言ったところか。

 

 2500メートルという微妙な距離のG1は、恐らく日本にしか存在しないだろう。気持ち的には日本ダービーと変わらないから、返しウマで全力疾走する必要があると思う。

 日本の区分で言えば「中長距離」もしくは「長距離」とされる年末のグランプリだが、私の得意距離は3000メートル以上の超長距離。2500メートルでも本来の実力を発揮して走れなくもないが、どちらかと言えばこの距離は無尽蔵のスタミナよりも後半の爆発力によって決着がつきやすいため不安も多い。

 

 それに、2500メートルの中山レース場というのはスタート直後にコーナーがあるために内枠有利だ。運悪く13番という外枠を引いたため苦戦が強いられるだろう。

 こればっかりは運なので仕方ないが、内枠にセイウンスカイやエアグルーヴがいるのはかなり嫌だ。特にエアグルーヴさん。彼女は“女帝”という異名の通り安定して成績を残し続けているウマ娘で、周囲にプレッシャーを撒き散らしてペースを操るタイプのレース作りをするのである。

 

 ……もしかしたら。あくまで仮の話だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、さすがの私と言えどスタミナ不足に陥って着外に沈むだろう。エアグルーヴさんの『幻惑の撹乱(かくらん)』、セイちゃんの『トリック』、フクキタルさんの『奇術師』、メジロドーベルさんの『八方睨み』、メジロブライトさんの『スタミナグリード』、ミークちゃんの『鋼の意思』(?)、グラスちゃんの『独占力』……に似た恐ろしい何か――これら全てが私に向かって飛んできたら、無事で済まないのは火を見るより明らかだ。

 

 もしもそうなれば、2500メートルという微妙な距離の上、発展途上ではあるけれど“深呼吸”に頼らないといけないかもしれないな。……後でとみおに相談してみよう。そうなった時どうすれば良いのかを。

 私はぶるると震えながらグリ子との併走トレーニングに励むのだった。

 

 

 

「はい、そこまで! 2人ともお疲れ様」

 

 とみおの声が飛ぶと、私は地面に身体を投げ出した。大きく口を開けて胸を上下させ、必死に酸素を取り込む。茜色に染まる空をぼーっと見上げて、地面の冷たさに項垂れる。仰臥するのに楽な姿勢を見つけたら、ただただ呼吸することしかできない。とんでもなく疲れている。そりゃそうだ、とみおのトレーニングだもん。

 横目でグリ子を見ると、スタミナのない彼女は滝のような汗をかいて私より酷く呻いていた。私の全力疾走に長いこと併走していたわけだから、本質がスプリンターのグリ子には地獄のような苦しみを伴うトレーニングだったはずだ。他のトレーナーのウマ娘が参加してもとみおは変わらず鬼である。

 

 グリ子のトレーナーには怒られないのかなぁ……と思いつつ、私は深呼吸してスタミナをちょっと回復しながら立ち上がった。スタミナ回復の概念がないグリ子はしばらく立てないだろうなぁ。

 

「どうだった?」

「既に深呼吸は完成したと言っても差し支えないな。良くやった」

「当然!」

「さて、有記念でマークするウマ娘だが……正直有力所が多すぎてお手上げだ。どうしようか?」

「う〜ん……やっぱり私は皐月賞が強烈に印象に残ってて。どうしてもセイちゃんを気にしちゃうかなぁ……」

「ふむ、そうだな。俺はエアグルーヴかハッピーミーク、メジロブライト辺りが怖いと思っていたんだが……内枠に入ったセイウンスカイには嫌な思い出があるからな」

 

 とみおは数回頷くと、ノートパソコンのキーボードに指を滑らせる。最後のトレーニングは対セイウンスカイについてのミーティングや想定練習が行われることになるだろう。

 セイウンスカイは頭が良い。思考を全て読み切られて負けた皐月賞は未だに夢に見るくらい嫌な記憶だ。とみおに彼女の対策を頼めば安心だが、メンバーがメンバーなだけに彼女以外のマークをしないのも怖いけれど……賭けに出ないで勝てる相手じゃない。ここは素直にセイウンスカイマークで行く。

 

「あ、そうだ。マークされた時はどうすればいい?」

「気にしなければいい」

「限度があるでしょ。私が言いたいのは、他のウマ娘全員にマークされた時の話だよ」

「……他のウマ娘全員に?」

「うん。私って一応、ダービー菊花賞の二冠ウマ娘だよ? ステイヤーズステークスもダブルトリガーさんに何とか勝って、警戒されないわけないと思うんだけど」

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()を見落としてた。そうだよな、アポロが一番の敵なんだから、そうなるよな。……しかし、グランプリに出るようなウマ娘のマークを沢山受けてしまったら、相当厳しい戦いになるよ」

 

 とみおはこっちに来いと手招きすると、ノーパソの画面でとあるレースの映像を見せてくれる。それは私が警戒していたウマ娘達のレース映像だった。

 

「例えばメジロ家の2人が君をマークしたとしよう」

 

 そう言ってメジロブライトとメジロドーベルのレース映像が大画面表示される。まずはドーベル先輩のエリザベス女王杯。レース後半、彼女の周囲にいるウマ娘が突然姿勢を持ち上げて周囲を見渡している様子が窺える。焦ったような顔、急に乱れていく呼吸。その後彼女達は下位に沈み、ゴール直後にスタミナ切れを起こしていた。

 

「これはメジロドーベルが得意とする“動揺”の技術。彼女の視線に曝されればウマ娘は(たちま)ち動揺し、スタミナを余分に消費してしまう。彼女の()()はちょっと特殊で、射程距離がとてつもなく長いんだ。俺も彼女に会ったことがあるんだけど、彼女の怖いくらいの視線は日常生活で養われているんだなと思ったよ」

 

 ……後半の情報はどうでもいいが、()()の距離が関係ないのはかなりまずいと思う。今までの私は大逃げすることによってプレッシャーから逃れていたから、ドーベル先輩の視線を貰ってしまうだけで動揺してしまうのは相当きつい。

 

「そして、どういう技術かは分からないが……メジロブライトも射程距離の長い“スタミナ削り”の技術を使ってくる。俺にその技術の詳細は分からないが、彼女は前のウマ娘の体力を奪って自分のスタミナにしているみたいなんだ」

 

 次にブライト先輩のレースを見る。彼女の得意とする距離はロングディスタンスで、ブライト先輩が出走したレースのほとんどで逃げウマが垂れているのが分かった。それは彼女がレース中盤で行うスタミナ吸収技術によるもので、前のウマ娘にとって存在感を発揮することは間違いないだろう。

 

「で、仮にメジロ家の2人が君をマークしたら……言いたいことは分かるな?」

「……うん。この2人だけでも相当厄介だね」

「そう。2()()()()()()

 

 メジロドーベルの八方睨みに加え、メジロブライトのスタミナグリードが私に向かって襲いかかってきたら。……あまり考えたいものではない。

 ここでやっと気付く。有記念の事前予想で1番人気を取ることの恐ろしさを。ライバル達が持つ()()の凶悪さを。

 

 返しウマを全力で走るわけにはいかない。彼女達のデバフは、彼女達を優駿たらしめている要因のひとつでもあるのだ。もっと彼女達のレース映像をよく見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を深く捉えなければならない。

 

「……そっか」

 

 ……ウマ娘には例えば「1600メートル〜2400メートル」という距離適性が存在するが、この距離適性を持つウマ娘だとしても、少なくとも2800メートルくらいまでは走れるものなのだ。勝ち負けが可能かは別として、「限界距離プラス400メートル」くらいのスタミナがないと()()()()()()に対応できないからである。

 

 しかし、メジロ家2人のプレッシャーを受けた途端、多くのウマ娘がゴール板を前にしてスタミナ切れを起こしてしまっている。これが意味するのは、彼女達ひとりひとりの威圧感によって()()()()()()()()4()0()0()()()()()()()()()()()()()ということ。

 ……であれば、私がメジロブライトとメジロドーベル両名にマークされた場合、私は2500+800……つまり実質3300メートルの距離を走る気で挑まないといけないのである。マイナス距離を500と見積もれば、3500メートル。ほぼステイヤーズステークスと同距離と考えなければならない。

 

 さすがにひとりひとりがダブルトリガーさん並のプレッシャーを持つわけではないが、最悪を想定した時、その恐ろしさはステイヤーズステークスを上回る。

 

 仮に15人のデバフを受けると仮定すれば、最悪中の最悪を想像して――2500+(500×15)=10000。つまり1万メートルを走る気概でやらなきゃいけない……って、いや無理でしょ。トライアスロンかな?

 とみおが「中国に8000メートルの平地レースがあるらしいぞ! メジロアルダンの親戚が勝ったんだって! アポロもいつか出たいよな!」って(無理矢理)スタミナを鍛えてくれたけど、それでも1500メートルほど距離が足らない。深呼吸しても間違いなく持たないだろう。

 

 ……まあ、全員が全員デバフ技術を持ち合わせているわけではないから、そこら辺は安心だ。先に挙げた6人――セイウンスカイ、エアグルーヴ、メジロブライト、メジロドーベル、グラスワンダー、マチカネフクキタル――の威圧感に曝されるのが現実的な線か。さすがに15人からマークされた上にデバフを受けるのは……ないと思う。

 

 それでも2500+(6×500)=5500、つまり5500メートルを走るつもりで有記念を走らなきゃいけないって、ふざけんなって叫びたい気分。当日が重場にならなければいいんだけど……。

 

「長距離ってヤバいんだねぇ」

 

 と、スタミナ切れから復活したグリ子が会話に入ってくる。その顔は興味津々と言った風で、しかし内心「そんなやばいレースは走りたくねぇな」と思っていそうな雰囲気が滲み出ていた。概ね同意である。

 

「でも、長距離ってめっちゃ楽しいんだよ。マーク受けた時は地獄の苦しみだけど」

「こっわ……短距離マイル路線は、プレッシャーかける暇があるなら自分に集中して加速しよう! って考えだから、色々と違うんだねぇ」

「私的にはむしろそっち(短い距離)の方がきつそうに思えるんだけど」

「私もそう思ってる。隣の芝さえ青く見えないって感じだわ」

 

 からからと笑い合っていると、とみおがうほんと咳払いしてきた。

 

「勝ち続ければ周りのウマ娘全てが敵になる。しかし、アポロが大逃げなおかげである程度は対抗が可能だ。明日の最終ミーティングでそれを説明するよ。今日のトレーニングはここまでにして、2人ともしっかりと身体を休めるように」

「は〜い」

「お疲れ様でした! アポロちゃん、一緒に帰ろ!」

「うん!」

 

 こうして私とグリ子は一緒に自室へと帰るのだった。

 

 トラックコースの外で、栗毛の怪物グラスワンダーが私を見ているのも知らないで。

 

 

 宿題を終え、グリ子と駄弁(だべ)って、ウマスタを確認して。そのまま横になってベッドの中で微睡んでいると、チャットアプリに通知が入った。

 バナーを反射的にタップしてそのアプリに飛ぶと、私の家族のグループチャットに未読文章が追加されていた。

 

『アポロ、有記念は私とお父さんも現地で観に行くからね』

 

 ――そんな母の言葉に、私はちょっと息が詰まるような感覚になった。実は以前から『ダービーだけは現地に観に行きたい』『せめて菊花賞は』と言っていたのだが、仕事のせいでそれは叶わなかったのである。寂しいなと思いつつ、本当に見に来られると恥ずかしいので微妙な気持ちになっていたのだけれど……。

 私はいきなり恥ずかしくなってきて、突き放すような言葉で返信をした。すぐに『既読2』がつく。

 

『テレビとか配信の方が綺麗に見えると思うよ』

『それはそうかもしれないけど、アポロが頑張ってるところをどうしてもこの目で見たいのよ』

『お父さん達、もう飛行機のチケット取ったから。楽しみだ(^^)』

『私のトレーナーに変なこと言わないでよ!!』

『分かってるわよ』

『(o´・ω-)b』

『顔文字きも』

『(´;ω;`)ぴえん』

『いちいち古い!』

 

 私はウマホをぶん投げて、枕に顔を押し付けた。通知が鳴り止まなかったので、電源ボタンを長押しして黙らせる。

 ……本当は嬉しかった。何せ、トレセンに来てから1度も実家に帰らずトレーニング三昧だったのだから。友達やトレーナーがいて退屈することは無かったが、ふと物思いに(ふけ)ることはあった。

 

 両親に甘えたい欲望がトレーナーにぶつけられていたのもあってホームシックにはなっていないが、いざ両親と再会できるとなると寂しさと期待が膨れ上がっていく。

 グループチャットで事ある毎に『寂しい』『家が静かだ』と伝えてくるのもあって、正直心に来ていたのだ。面と向かって言うのは照れくさいけど、お父さんもお母さんも大好きだから、その文言を見る度に辛かった。

 

 お母さんは変わっていないだろうか。お父さんは太っていないだろうか。色々と思いを巡らせるだけで、自然と笑みが零れてくる。

 ……お母さんはウマ娘だから大丈夫だろうけど、お父さんは私の勝負服を生で見ても大丈夫なんだろうか。俺の娘にへそ出しウェディングドレスとかいう勝負服を用意したのは誰だ、とか言って暴れないだろうか。

 

 ……あ、そう言えば。ホープフルステークスの前に勝負服を着た写真を家族チャットに送ったら、物凄く動揺していたんだった。地方トレーナーだからそういうのは大丈夫だと思ったんだけど、実の娘が攻めた服を着るのは嬉しくもあったが複雑だったらしい。

 

 くすくすと笑って、私は尻尾を揺らす。

 そうだ、とみおに頼んで中山レース場の特等席を用意してもらおう。有記念は日本で一番観客が集まるらしいレースだ、一般の席じゃレースはあまり見えないだろうから。

 

 そうして考えているうちに私は眠りについてしまい、意識が深い闇の中に溶けていった。

 

 いよいよ有記念の開幕だ。

 




メジロブライトはアプリ版ではスタミナイーター(ノーマルスキル)所持ですが、彼女だけ金デバフがないのは寂しいのでスタミナグリード(金スキル)に強化しました
ついでに独占力も都合よく長距離で発動してしまうようになりました


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76話:グランプリの前に

 有記念はグランプリである。まず出走条件のひとつに『ファン投票数上位10名』がある時点で特別感が窺える通り、普通のG1レースとはそもそもの形態が違う。

 ファンを巻き込んだ最高グレードのお祭りレースということで、注目度も桁違いに大きい。そのため、宝塚記念や有記念の前には必ずメディアによるインタビューが行われるのが恒例となっている。

 

 (ちまた)で歴代最高レベルの有記念と(うた)われているらしい今年は、そのインタビューが大々的に行われることになった。

 場所はトレセン学園の体育館。今年のグランプリの層が厚いこともあって、集まった記者の数は例年の倍の100名以上にも(のぼ)る。

 

 そりゃ、クラシック級シニア級問わずG1ウマ娘が8人もいたらメディアも食いつかないわけが無い。フルゲート16人に対してG1ウマ娘が8人、史上最高のグランプリと言われても全くおかしくない。

 

「かっ、かめっ、カメラ、やば……」

 

 6枠12番のリトルフラワーちゃんが、普段は見られないようなデカいカメラを見てアガっている。私が耳元で「ああいうカメラって1台ウン億円するらしいよ」と囁くと、彼女は白目を向いて後ろに倒れそうになった。近くにいたディスティネイトちゃんと一緒にリトルフラワーちゃんの身体を支えてやると、すぐに彼女は正気を取り戻す。

 

「どんだけあがり症なの……」

「ご、ごめぇん……」

 

 普通ならトレセン学園の会議室や応接室でインタビューを行うのだが、記者が多すぎたために体育館が舞台になり――体育館でインタビューをしていいなら、もっと多くの人員と良いカメラを持ってきても良いだろうということになり――このように、見事な大事になった。リトルフラワーちゃんの気持ちも分かる。

 ステージ上にいる私達には既に大量のカメラレンズが向けられており、来賓用に並べられたパイプ椅子群を埋めるように記者が鎮座しているのだ。まだインタビューが始まる前だと言うのに、メモ帳にペンを走らせている者もいるくらいである。

 

 この場で落ち着いているのは――こういうことに慣れてそうなエアグルーヴさん、いつも落ち着いているグラスちゃん、集中しているのかぼーっとしているのか分からないミークちゃんとメジロブライトさん、リトルフラワーちゃんの様子を見て逆に冷静な私とディスティネイトちゃん。セイちゃん……セイウンスカイは何とも言えないな。

 落ち着きがないのはマチカネフクキタルさんとリトルフラワーちゃんだ。フクキタルさんに至ってはいつも通りだから、こんなにアガってるウマ娘は実際リトルフラワーちゃんだけということか。

 

 ステージ側から見て左。メディア軍団の横にはシンボリルドルフ会長、ナリタブライアンさん、駿川たづなさんがマイクを持って立っている。理事長の姿も見える。多分司会進行をたづなさんとルドルフ会長で行い、補助役をブライアンさんが行うのではなかろうか。宝塚記念の時もそうだった気がする。

 

 ステージ側から見て右。そこには私のトレーナー及び有記念に出走するウマ娘のトレーナーに加え、彼らのチームに所属するウマ娘の席が用意されていた。私が軽く手を振ると、とみおは苦笑いして「集中しなさい」というジェスチャーを向けてくる。

 まだ始まってないのに、と思いながら私は勝負服を整える。

 

 基本的に今日のインタビューはそれぞれの勝負服を着用した状態で行われる。トゥインクル・シリーズはスポーツだが、同時にファン無しには行えない一大興行(エンターテインメント)でもある。こういったメディアとの連携は、ファンとの距離を近くするためにも必要不可欠なのだ。

 質素な体育館に似合わぬ勝負服を着たウマ娘達に加え、ステージ上に設置された『URA』のバックボード、さらに辺りに立ち並ぶ巨大な照明によって、体育館内には異様な緊張感が漂っている。記者陣やトレーナー陣がスーツなこともあって、まるでレース前のような張り詰めた雰囲気がある。

 

 そのような緊迫感を受けてか、インタビューを見に来た生徒達も騒ぐようなことはなく……静々とパイプ椅子に座って畏まった様子の子が多い。

 釣られてこっちもアガりそうだ。

 

 ステージ上で周囲を見渡していると、所定時間になったらしく一斉にカメラが動き出した。レンズ付近の赤いランプが灯り、これから始まるインタビューが放送されるんだと緊張が走る。

 宝塚記念や有記念のインタビューは基本的には録画・編集されたものが放送されがちなのだが、今日に至っては生放送。関係者席から緊張の顔色が見え隠れしていた。

 

 頭上に設置されたスピーカーから、マイクを通したたづなさんの声が響き、遂にインタビュー開始の発表がなされる。一斉に一眼レフカメラのフラッシュが焚かれ、私達は反射的に手を振ったり笑顔を振り撒いた。

 

(……フラッシュ眩しくない?)

(こら、喋るな!)

(先輩、カメラのフラッシュ大丈夫かな)

 

 私達は枠順に整列しているため、隣にはメジロドーベルさんとリトルフラワーちゃんがいる。でもって、ドーベルさんの言う『先輩』が女帝・エアグルーヴのことを指していると気付いてはっとした。

 エアグルーヴさんはティアラ路線の最後の冠である秋華賞に挑む際、パドック中のフラッシュ撮影に気が散ってしまったという有名な話があるのだ。本場入場後の返しウマでもかかり気味になって、レースは見せ場なく10着と惨敗。しかもその後右足の怪我が判明したとあって、かなりの騒ぎになったのである。

 それ以降は無事パドックでのフラッシュ撮影が禁止になったのだけど……エアグルーヴさんはフラッシュを焚かれることを嫌うようになった。それと結びつけて、彼女の前でカメラ撮影をする際は特に気をつけねばならないと(もっぱ)らだったのだが……。

 

 メジロドーベルさんの呟きを聞いていた私やリトルフラワーちゃん、ジョイナスちゃん。自然と4人の行動が一致し、フラッシュが少し控え目になったタイミングで恐る恐るエアグルーヴさんの方を見ることにした。

 生放送なので、バレない程度にチラッと、だ。

 

 ――そうして見えた女帝の顔は、凄まじく機械的な笑顔だった。彼女と交流がなくても、あぁこの人は不機嫌なんだなとひと目で分かるような――そんな表情。

 

 特に面識もなかったメジロドーベルさんと視線が合い、微妙な雰囲気になる。そして眉の動きだけで微かな会話が生まれた。

 

(これ大丈夫なんですか?)

(分からない)

(エアグルーヴさん、いきなりブチ切れたりしません?)

(先輩に限ってそんなことは――)

 

「アポロレインボウさん、メジロドーベルさん、視線お願いします!」

「あっ、はい!」「すいません!」

 

 慌てて視線をカメラの方に戻すと、記者陣からドッという笑いが起こる。視線の端でルドルフ会長が固まったような表情になっていて、ドーベルさんのトレーナーやとみおも頭を抱えていた。私とドーベルさんは照れ笑いで記者陣に応えながら、何とか撮影をやり過ごすのだった。

 

 撮影が終われば、ルドルフ会長から有記念に出走するウマ娘のひとりひとりを紹介。その際質問を受けたり意気込みを語ったりしていくという流れだと聞いている。

 

『それでは、これより第○○回有記念に出走するウマ娘達に意気込みを語ってもらいます。まずは1枠1番、マチカネフクキタル』

 

 シンボリルドルフの凛とした声が、1枠1番のマチカネフクキタルの名を呼ぶ。ハイッと元気よく返事をしたフクキタルさんは、セーラー服じみた勝負服を揺らしながらマイクスタンドの前まで歩いていく。ちなみに、背後からはデカすぎる招き猫しか見えない。

 マイクスタンド前に立ったフクキタルさんと、関係者席から大汗を流しながらその様子を見守る彼女のトレーナーさん。生放送でなければそんな顔はしないだろう。とにかくハラハラしているようだ。いつオカルトじみた話をするのか、彼女のトレーナーでさえ予想がつかないのだろうか。

 

「マチカネフクキタルです! よろしくお願いしますぅ!」

 

 相変わらず癖のある声でくねくねし始める先輩。緊張とは無縁なのか、本当にいつも通りのフクキタルさんである。

 

『それでは、マチカネフクキタルさんに質問のある方は挙手をお願いします』

 

 たづなさんの声が飛び、再びフラッシュが浴びせられる中、挙手をした記者から質問が投げかけられる。

 

『月刊ターフビジョンの細川です。有記念で目指すところはもちろん1着だと思うのですが……ずばりライバルとしてマークするのは誰でしょうか?』

「そうですねぇ……全員強敵だとは思いますが、やはりメジロブライトさんとアポロレインボウさんですかね! この2人には是が非でも負けられません!」

『週間ウマニュースの熊沢です。マチカネフクキタルさん、足の怪我は完治したのでしょうか?』

「完治しました! ……が、もしかしたら思うような走りはできないかもしれませんね。でも大丈夫! 私にはシラオキ様がついていますから!」

 

 メジロブライトとマチカネフクキタルは同期である。フクキタルさんがブライトさんの名前を挙げたのはそういう意図があるようだ。

 フクキタルさんがシニア級に入ってから怪我がちであることもまた見逃せない。ただこれに関しては、私やスズカさんがシラオキ様の加護(らしきもの)を受けたことがあるので、怪我の影響は本当に無いと見て良いだろう。

 

 フクキタルさんと記者のやり取りが数回行われると、たづなさんが終了の合図を出す。16人もウマ娘がいるのだから、1人に何分も時間を割いてはいられないのだろう。

 続いては1枠2番のグラスワンダー。元気いっぱいのマチカネフクキタルと比べると、より精錬された静かな動作で前に出てくる。グラスちゃんは後方からでも分かるくらい美しい所作で一礼した後、マイクスタンドに向かって一歩踏み出した。

 

「グラスワンダーです、よろしくお願いします〜」

『グラスワンダーさんに質問のある方は挙手をお願いします』

 

 これまた緊張とは無縁そうなグラスちゃん。カメラ撮影の後、手を挙げたマスコミ関係者から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 誰もが1着を取りたいことは分かっているので、記者は自然と「レースでの目標は?」「有記念1着の自信はありますか?」などのテンプレ的な質問を飛ばして核心に迫ったことを聞いてくる。

 

 あなたが思うライバルは誰か。怪我や不調はどうなのか。有記念に出走するにあたって、これまでのトレーニングで意識してきたことは何か。グラスちゃんはそれらの質問を受け取ってから、しばし考え込んでいた。

 頬に人差し指を当て、ゆっくりと。首を傾げるように微笑んだグラスちゃんは、ひとつひとつの質問に丁寧に答え始めた。

 

「私が有記念で()()()()()()()、セイウンスカイさんも捨てがたいですが……やっぱりアポロレインボウさんです♪ ()()()()()()()()()()()()。不調に関しては問題ありません、今までの迷いが晴れましたから。トレーニングで意識してきたことは、初めて走る距離なのでスタミナ管理を徹底することですね……」

 

 ざわり。私の心が揺れる。グラスちゃんは私の方を1秒たりとも見ていないのに、その背中が圧倒的な威圧感でもって語っている。お前を必ず倒す――と。

 ぶるりと震えた。事前予想でアポロレインボウが1番人気なことも影響したか――はたまたフクキタルさんが()()()()()私の名前を挙げたこともあってか――グラスちゃんが()()()()()()()()()()()()()()に誰も驚いていない。いや、気付いていないのか? 今聞かれたのは、1()()()()()()()()()()()()という質問のはずだ。

 

 ライバル視することと実際にマークすることは全くもって別だ。しかし、グラスワンダーほどの聡明なウマ娘が言い間違いをするとは信じ難い。

 何の感情も窺えないグラスワンダーの背中を睨みながら、私はその言葉の意味を探る。それでも、彼女のふわふわとした受け答えから真実を導き出すことは叶わなかった。

 

『内枠スタートとなりましたが、最近流行りの“逃げ”に打って出る――なんてことはありますか?』

「そうですね〜、有記念は内枠有利ですから。地の利を活かすために、()()()()()()()()()()()()()()()()()。うふ」

 

 ……やっぱりこの有記念、全員から厳しいマークを受けることになるのだろうか。グラスちゃんの発言を言い間違いでないとして、今のところフクキタルさんは私を()()()()()しているわけだが――いくら暫定の1番人気だからって、本当に全員からマークされるなんてことはあってほしくない。

 

 しかし、続いてのエアグルーヴさんの答えによって――私は全身に冷たい汗が滴るのを感じた。

 

「メジロドーベルとアポロレインボウをライバルと思っている」

 

 ――このように。エアグルーヴさんは比較的控えめなフラッシュの中であっけらかんと言い放った。

 ひしひしと嫌な予感が沸き立ち、もはや『ライバル視』と『マーク』の言い間違いなどどうでもよくなった。この流れを止められぬものかと必死に思考を回転させる。だが、私がこの世代において二冠を取った事実が揺るぎないように、みんなが私をライバル視する流れは止まらないようだった。

 

 最悪が現実になっていく。

 ミークちゃんは無言の時間が多すぎて放送事故寸前になっていたが、やはり「アポロレインボウがライバルだと思う」と発言し。

 メジロブライトさんは「アポロレインボウさんとグラスワンダーさん、マチカネフクキタルさんに注目していますわ」と口にした。

 

 そして、私の直前のリトルフラワーちゃん含めて「アポロレインボウさんをライバル視してます!」という言葉がテンプレになってしまったようで、全員が私の名を呼ぶ事態になってしまった。

 

『続いて7枠13番のアポロレインボウさんです』

 

 私は落ち着きを装って前に出る。その瞬間、横に並んでいたウマ娘はもちろん、記者陣から質の違う視線を向けられる。敵意、或いは注目。なるべくリラックスしてマイクスタンドの前に立ってみるが、どうにも空気が違うのだ。やりにくいったらありゃしない。とりあえず前の人に倣って一礼しとくか。

 

 そう思った瞬間、おでこにマイクがぶつかってキーンというけたたましい音が鳴り響いた。

 

「あぃたっ……あ、あ、アポロレインボウです! よろしくお願いします!」

 

 とみおは顔を真っ青にして頭を抱えていたが、逆にギャラリーや報道陣からは大きな笑いが巻き起こった。こんなところでドジっ子アピールしてる場合じゃない……ってか、私は別に天然属性とかそんなのじゃ無いのに。

 ……生放送でやらかした。恥ずかしいっ!

 耳を畳んで唇を結んでいると、ここがシャッターチャンスとばかりにカメラのフラッシュが光りまくる。明日のニュースを見るのが怖いわ……。

 

『……アポロレインボウさんに質問のある方は挙手をお願いします』

 

 たづなさんの声がかかると、先程の2倍くらいの数の手が上がった。壮年の男性がマイクを手にすると、渋い声の質問が投げかけられる。

 

『週間ゲートインの佐々木です。アポロレインボウさんが注目されているライバルを是非教えてください』

 

 とみおには「ファンはありのままの君を知りたがっている」と言われたので、放送的に問題ない範疇で好き勝手に喋るつもりだ。もちろん有記念本番での作戦を話す気はないし、表面をなぞる程度の受け答えを話す程度である。

 

「全員強敵だとは思いますが、有記念で一番ライバル視しているのはセイウンスカイさんです」

 

 これまでクラシック級で何度も戦ってきた相手だ。記者陣は納得したような、それで当然と言うような表情をしている。皐月賞のことに言及しようか迷ったが、余計な尾ひれがついて報道されそうだからやめておいた。

 続く記者が所属と名前を言って質問してくる。

 

『この有記念でファン投票数1位となった感想を聞かせてください!』

 

 トゥインクル・シリーズは、昔からの国民的エンターテインメントである。そして最近盛り上がりを見せていることが背中を押して、今年の有記念は歴代でも指折りの投票数を獲得した。全投票数は国民人口の5分の1あったとかなかったとか……。

 その中で、私は200万票ほどを得てファン投票1位に輝いたのだ。日本の娯楽でここまでの投票数が生まれたことに驚きが隠せないけど、トゥインクル・シリーズが盛り上がっていることの証左に変わりない。私の気持ちは素直に嬉しいの一言である。

 

「えっと、上手く言えないんですけど……現実感がまだ無くて、でもすっごく嬉しいです。沢山のファンの方に応援されているということなので、とにかく有記念では1着を取りたいと思います」

 

 不躾に向けられるカメラの数々。その向こうに何万人というファンが存在すると考えてしまうと……咄嗟に唾を飲み込んでしまう。多分お父さんお母さんも見ているはずだ。

 急に緊張してしまったので、私は無難な回答をマイクに吹き込んだ。

 

 喋り終えてマイクから離れると、再び多くの手が挙がる。その中から発言権を掴み取ったのは、かの月刊トゥインクルの記者であった。

 

『月刊トゥインクルの乙名史(おとなし)です。アポロレインボウさんはステイヤーズステークスから厳しいローテーションでの出走になりますが、自信のほどはありますでしょうか』

「ステイヤーズステークスの疲れは抜け切りましたし、ローテーションは関係ありません。ステイヤーズステークスと有記念を制したウマ娘は歴代を見ても存在しないらしいですが……その歴史も覆してみせますよ」

『……………………す――』

「……す?」

『――素晴らしいですっ!!』

「!?」

 

 乙名史と名乗った記者はパイプ椅子を蹴って立ち上がると、瞳孔をガン開きにしながらペンを走らせ始めた。マイクをどこかに放り投げたらしく、体育館内に甲高いハウリングの音が鳴り響く。

 んでもって、乙名史さんはマイクもないのに凄まじい声量を発しながら奇行を続ける。ちょっと、これ生放送ですよ……?

 

「これまで幾多のステイヤーが有記念に挑んできました! しかしスタミナとパワーが必要なステイヤーズステークスと違い、有記念はスピードがより重視される場……! “ステイヤーズステークスを制したウマ娘は有を勝てない”というジンクスがあって、アポロレインボウさんはそれを知った上で有記念に挑むのですね!! す――素っ晴らしい!! その精神力に、私は、私は――っ!!」

 

 こ、この人やばい。全国生中継なのにこんな奇行を曝すだなんて……ウマ娘界隈には変人しかいないのか?

 綺麗な二重の瞳をカッと見開く乙名史さん。目がぱっちりした美人なだけに、かなり怖い。そのままふるふると震えた彼女は、ひとつ深呼吸をすると唐突に正気に戻った。

 

「――失礼しました。アポロレインボウさん、ありがとうございました」

「……あ、はい……」

 

 月刊トゥインクルと言ったらかなり良い雑誌なのだが、こんな変人記者が代表なのか……。

 ナリタブライアンに強制退場させられる例の記者を見送りながら、私達の有記念前インタビューは終了したのであった。

 

 ――なお、メジロドーベルさんを含め、私の外枠のウマ娘達も「アポロレインボウをライバル視」しているらしく。

 厳しい戦いになるのは必至だな、と私は密かに汗を流した。

 



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77話:総決算!有マ記念!その1

 12月も終わりに近づいてきたトレセン学園。有記念とクリスマスがほとんど同時に行われるため、私達は簡素なクリスマスパーティーをしながら最後のミーティングに臨んでいた。

 

「俺達が挑む有記念、全員からマークされるという仮定をした上で話そうか」

 

 とみおはパーティメガネをつけた状態で真剣な話を進める。私は骨付きチキンをしゃぶりながら話を聞いていた。

 有記念に出走するウマ娘――特に内枠に入ったライバル――はルールの範囲内で進路を邪魔してくるだろう。スタート直後にコーナーがあるので速度が乗り切らないが、私のコーナー技術で加速しつつセイウンスカイ辺りを何とかオーバーテイクする必要がある。まずハナを奪うことが第1の関門。

 

 第2の関門は、ホームストレッチに入ってから。ハナを取れたとして、2番手と大きな差はついていないと考えられる。そこでメジロドーベルさん達にスタミナを削られまくって大逃げできないと、終盤の爆発力に欠けるため確実に競り負けてしまうだろう。

 だから、最終直線に入るまでに少なくとも5バ身くらいの差をつけていなければいけない。これが第2の関門。

 

 色々と話し合いたいことがあった。まず、どうやって私にかけられるマークを分散するか――については、もはや対策の施しようがないくらい厳しいものになりそうなので、どちらかと言うと()()()()()()()()()()()()()()に会話がシフトしていて――とにかく、今すぐに話し合うべきことはそれに加えてもうひとつ。グラスワンダーについての緊急チェックである。

 

 誰もがこの有記念には気を張って挑んでくるが、グラスちゃんに関してはそれが異常というか、いかにも大胆な作戦を打ってきそうな雰囲気があった。

 有記念前のインタビューにおいてそれは顕著だった。誰もがライバル視するウマ娘を挙げる中、彼女だけはアポロレインボウをマークすると言ってのけたのだから……嫌な予感しかしない。最近グラスちゃんに近寄り難いオーラが噴出しているのは、きっとグラスちゃんが何かしらの覚悟を決めたから。

 

 間違いなくグラスワンダーが脅威となる――そう言って差し支えないと私は考えていた。グラスワンダーをマークするウマ娘が居そうにないことも背中を押している。

 とみおはグラスワンダーを気にすることはないと言って聞かなかったが、ミーティングが進むにつれて考えを変えていく。

 

 多くのレース順位予想家達がアポロレインボウの独り舞台だと評したこの有記念。しかし、メンバーは間違いなく過去最高クラスで――エアグルーヴ、マチカネフクキタル、メジロドーベル、ハッピーミーク、セイウンスカイ、メジロブライト、グラスワンダーがいるのだ。まずアポロレインボウは()()()()()()()()の選択を迫られる。

 天皇賞・春の勝ちウマ娘・メジロブライトをマークする? それとも、最近調子を取り戻してきている菊花賞ウマ娘・マチカネフクキタル? 圧倒的な成績を安定して収め続けているエアグルーヴもいて。皐月賞で死闘を繰り広げた逃げのライバル・セイウンスカイに、ティアラ路線の女王メジロドーベル、芝&ダートの超万能ウマ娘ハッピーミークもいる中で――半年以上勝利が無い上に、前走から調子の悪いグラスワンダーをマークする余裕はない……そう考えるのが普通だ。

 そしてこの答えに辿り着いた時、最も大きな恩恵を受けるのがグラスワンダーそのひとなのである。

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、()()()()()()。グラスワンダーにかまって他のライバルのマークを緩め、挙句の果てに負けましたなど許されようはずもない。

 アポロレインボウはグラスワンダーをマークできない。そういう風になっている――とグラスワンダー陣営は考えるだろう。

 

 グラスワンダーの実力は間違いなく高い。無敗で朝日杯フューチュリティステークスを制する実力は伊達じゃない、のだが――どうしても()()()しているように見える。それがこの有記念の恐ろしいところなのだ。

 

 私はとみおの前で力説した。グラスワンダーは自らの敗北を逆手に取って、ノープレッシャーの中で好き勝手に走り回ることが出来る。ジュニア級4戦4勝の王者が障害なく走ることの恐ろしさなど、言わずもがな分かるだろう――と。

 

 2400メートルG2・青葉賞を勝ち、距離適性的にも問題ないことは証明されている。それに、グラスちゃんの勝負にかける気持ちは一線を画している。最近グラスちゃんのトレーニングを目撃したのだが、鬼気迫るとはまさにこの事で――彼女のオーラが阿修羅の幻影を作り出しているように見えたのだ。

 セイウンスカイはもちろん怖いが、インタビューからどうしても目を離せなくなったのはグラスワンダーである。

 

「……なるほどな」

「分かってくれた?」

「君がそこまで言うなら、セイウンスカイをマークするのは止めよう。グラスワンダーマークに変更だ」

「ほんと?」

「あぁ。君が怖いって言うんなら、きっとそうなんだろう。ウマ娘をデータでしか見てない俺には分からないことさ」

 

 とみおはケーキを食べながら呟き、キーボードに指を滑らせた。セイウンスカイを模した3Dポリゴンのウマ娘が消え、モニター上に小柄なウマ娘が生まれる。

 

「だけど、丁度良かったな。日本ダービー前に蓄えたデータと、ちょっとした出来心から調べておいたグラスワンダーのデータがある。セイウンスカイ対策に比べると急ピッチの仕上げになるが、グラスワンダー対策は任せてくれ。データを転用すればあと数十分で完成する」

「早くない?」

「二冠ウマ娘のトレーナーですから」

 

 有記念2日前、クリスマスパーティはこうして終わった。

 前年に比べると本気で忙しかったので、クリスマスプレゼントを渡し合う暇はなかった。

 

 

 

 みっちり会議をやり終えて迎えた有記念当日。早々とレース場に入場した私達は、両親の待つという控え室にやってきた。

 

 私には大切な両親が4人いる。「俺」だった頃の両親と、アポロレインボウの両親である。アポロの身体に憑依した当初は完全に「俺」が人格の全面に押し出されていたが、時間を経るごとに「俺」と元人格が混じり合ってしまったため、気持ち的にはどっちのお父さんお母さんも大好きなのだ。

 

 控え室の扉を開けると、割としっかりめの格好をしたお父さんお母さんがいた。まるで授業参観に来る時の親だ。本当だったらハグしに行きたかったが、とみおの前なので駆け寄る程度に留める。

 

「お父さん! お母さん! 道には迷わなかった?」

「ここにいるんだから迷ってないわよ。まぁ地下鉄には二度と乗りたくないけどね」

 

 とみおには『親にベッタリ』なんて思われたくないから、何とか尻尾の動きを抑えながら会話に努める。そうしてお母さんと話す横で、お父さんととみおがトレーナー同士で挨拶を交わしている。

 

「桃沢さん、初めまして。うちの娘がお世話になっております」

「初めまして、娘さんのトレーナーをさせていただいている桃沢とみおと申します」

 

 深々と頭を下げ合う2人はいかにも社会人という感じだったけど、色々な意味でひやひやした。とみおはしっかり屋さんだから大丈夫だけど、問題はお父さんだ。お父さんはとにかくお調子者で、家の中では冗談めかしたことばかり言っていたから。先日のグループチャットよろしく「ぴえん」なんて言い出さないか心配である。

 

「本日は中山レース場のスタンド席をご用意していただいて本当にありがとうございます」

「いえいえ、娘さんの晴れ舞台なので当然のことですよ」

 

 どんどん頭を下げて前屈姿勢みたいになっていく2人。ふと、お父さんの白髪が増えていることに気がつく。……1年半も会っていなかったから、当然っちゃ当然か。

 昔「お父さんもお母さんに似て芦毛になってきたよぉ」とか言って喜んでいたお父さんを思い出して吹き出しそうになったが、ギリギリのところで堪える。ヒトはそういう毛色の区分がないので単純な老化だ。

 

 とみおとお父さんがしばらく会話をした後、お父さんがお母さんを手招きして控え室の扉に手をかける。

 

「桃沢さん、ありがとうございました。私達は有記念前のレースを見てきますので、どうかうちの娘をよろしくお願いします」

「ええ、有記念は任せてください」

「何でとみ……トレーナーがそんな自信満々なのよ……」

「アポロ、有記念頑張ってね」

「お父さんも応援してるからな〜」

 

 こうして騒がしい2人組は控え室から退出した。当たり障りない会話を繰り広げたのみだったが、子供としてはハラハラするものだ。私はほっと胸を撫で下ろして、パイプ椅子に腰を落ち着ける。

 

「どっちかがいつ失言するかビクビクしてたよ……」

「え? ……まあいいや。アポロのお父様は地方でトレーナーをしてらっしゃると聞いたんだが、それ本当?」

「うん、そだよ」

「道理で風格があると思った」

 

 お父さんは地方トレーナーをしている。そこで初めて出会ったのがお母さんで、そこそこの成績を残して地方トレセン学園を卒業した後にゴールインしたらしい。

 何でも、一緒に過ごすうちに自然と好き合って恋人になったとか。初めて聞いた時はお父さんに「公私混同してるじゃん」と思ったものだが、今の私はとみおに恋愛感情を抱いているので両親の馴れ初めに対して強く言えなくなってしまった。むしろ私も……いや、何でもない。

 

 溜め息ひとつ、私は荷物から勝負服を取り出す。ノートパソコンを弄っていたとみおがぼそりと呟いた。

 

「……アポロのお母様、物凄くお綺麗だったな」

「え?」

「いや、単純な感想だよ。他意はない」

「ふ〜ん……」

「わ、忘れてくれ……」

「はいはい」

 

 お母さんが可愛いのは否定しない。もう若くはない年齢なのにプロポーションはバッチリだし、芦毛のツヤも学生同然だ。そもそも私の顔はお母さん似だし、こんな可愛かったらそりゃトレーナーしてたお父さんも惚れるよねって感じ。

 とみおに対してちょっと引っかかるところはあったけど、有記念まで後少し。私は気持ちを高めるために音楽を聞くことにした。

 

 有記念開幕まで残り1時間となり、勝負服に着替えた私達はスタッフさんに呼ばれてパドックに向かうことになる。これといった緊張感はなく、変わったことと言えば家族が現地観戦していることくらいか。

 つまるところ、いつも通り。ちょっと四面楚歌なこと以外はね。

 

 パドックに入場すると、奇妙なざわめきが周囲から聞こえていた。それはウマ娘達が作り出す熱気を受けた観客の反応だった。轟々とうねる陽炎が、ウマ娘の燃え盛る闘志を表しているかのよう。

 元々ウマ娘の体温が高いのもあって、私の頭の上からは湯気が出ている。別に走ったわけではないのに……風邪でもないのだからちょっとシュールだ。

 

「緊張してないか?」

「そこそこ……って、やだ、頭撫でないでよぅ……」

 

 公衆の面前で頭を撫でてくる色男。メジロドーベルさんが目をひん剥きながらこっちを見てくるが、撫で方が上手いのでどうにも拒否しきれなかった。

 続々とパドックにウマ娘が集まると、解説の声がスピーカーを震わせる。有記念なだけあって、微かな緊張と興奮が声色に窺える。

 

『いよいよこの日がやってきました。年末の祭典、有記念! 日本を代表する16人のウマ娘が、ファンの声援に応えるため――ここ中山の地に集いました! これより16人のウマ娘達のお披露目が始まります!』

『秋のグランプリが今年もやってきましたね。今年は例年以上に優駿揃いですから……私、2日前からずっと寝られませんでしたよ。いつも以上に気合いの入ったウマ娘も多いですから、パドックを見るだけでも相当に楽しみです』

 

 有記念の創設は、かつて年末の中山におけるビッグタイトルが中山大障害(障害G1)と呼ばれていた頃に遡る。『暮れの中山レース場で日本ダービーに匹敵する華やかな大レースを創設したい』と願った当時のURA理事長の有。先に挙げた中山大障害は日本ダービーなどに比べると華やかさに欠けていたため、有理事長は当時としては斬新な『ファン投票で出走ウマ娘を選別するレース』を考案した。そしてURAは中山レース場の新スタンド竣工を機に、“中山グランプリ”を創設したのだ。

 しかし第1回中山グランプリ直後、創設者の有が急逝。第2回からは有の功績を称えて“ 有記念”に改称し、現在のトゥインクル・シリーズを締めくくるレースとして定着した。

 

 最近、優勝賞金が3億円から4億円に増額された(ジャパンカップも同様に増額)。これは同時期に行われる香港国際競走や、ドバイ・サウジアラビアなどの高額賞金レースに対抗するためと言われている。

 

 そんな歴史深い有記念に集ったウマ娘達は16人。

 

 1枠1番5番人気マチカネフクキタル。

 1枠2番8番人気グラスワンダー。

 2枠3番2番人気セイウンスカイ。

 2枠4番3番人気エアグルーヴ。

 3枠5番9番人気ジュエルジルコン。

 3枠6番6番人気ハッピーミーク。

 4枠7番16番人気リボンフィナーレ。

 4枠8番4番人気メジロブライト。

 5枠9番15番人気ブリーズエアシップ。

 5枠10番13番人気リバイバルリリック。

 6枠11番14番人気ラピッドビルダー。

 6枠12番10番人気リトルフラワー。

 7枠13番1番人気アポロレインボウ。

 7枠14番7番人気メジロドーベル。

 8枠15番12番人気ジョイナス。

 8枠16番11番人気ディスティネイト。

 

 オグリキャップ伝説のラストランの際には17万人を超える観客が押し寄せたと言うが、今日の中山にもそれに近しい数の観客が訪れている。

 

『今日の中山も凄まじいことになってますよ! 何と観客入場数は確認できるだけで17万人!! これ、スタンド壊れませんかね?』

『さあ、いよいよ出てきました1枠1番5番人気のマチカネフクキタル! お披露目だけでこの歓声です!』

『これだけ人がいると、怪我人だけが心配ですよ……さて、マチカネフクキタルは菊花賞を制してから怪我による不調のため勝利はありません。しかし事前トレーニングでは好タイムを連発し、毛艶も他のウマ娘に全く見劣りしていませんよ。菊花賞で見せてくれたキレのある末脚が内枠から炸裂するでしょうか?』

『彼女の御守りがサイレンススズカやアポロレインボウに好評だったという情報もありますが……公私共に好調ということでしょうね』

 

 1枠1番のマチカネフクキタルがお披露目の舞台に姿を現すと、しいたけ型の瞳が爛々と輝いて――赤い上着が跳ね除けられた。全貌を曝すセーラー服じみた勝負服。

 マチカネフクキタルは両手で水晶を()ねるような動作をしつつ、尻尾や耳を忙しなく動かしている。ここがパドックでなければ、誰彼構わず話しかけていそうな雰囲気だ。

 

「フクキタルちゃ〜ん!! 頑張れ〜〜!!」

「可愛いよフクキタル〜〜ッ!!」

 

 喋らなければ間違いなく美人――いや喋っても愛嬌があって可愛いが――なマチカネフクキタルはかなりの集中状態にあるらしく、微笑を無言で振り撒きながら手を振っている。

 ……得体の知れなさで言ったらマチカネフクキタルはかなりの上位に来る。まず私は彼女の『領域(ゾーン)』を知らないし、戦ったこともないのだから。

 

 マチカネフクキタルがステージから去ると、次はグラスワンダーが顔を出した。ぎらつく瑠璃色の双眸が一瞬こちらに向けられて怯みかけたが、私は眉間に皺を寄せることで対抗する。グラスワンダーは私の様子を見て少し驚いたような顔をすると、すぐに真顔に戻った。

 

『1枠2番、グラスワンダー。8番人気です』

『ちょっと見劣りするでしょうか。調子はかなり良さそうなのですが、ダービー前の青葉賞から勝利がありません。しかし、人気がどれだけ低かろうと、勝利の女神は微笑みかけてくれるものです。好走に期待しましょう!』

 

 グラスワンダー。最高の内枠を引き、他のウマ娘からのマークは多分ない。実力を過小評価されてはいるが、私達の世代でも間違いなく上位のレースセンスと末脚を持っている。G1で勝つにはこれ以上ないチャンスだろう。

 だが、そうはさせない。インタビューで狂気的な闘争心を明らかにしてしまったこと……それが運の尽きだ。私はそのきっかけを経てグラスワンダーの尻尾を掴み、トレーナーの対策によって彼女の抑え込み方を知ったのだから。

 

 私の内心を知ってか知らずか、グラスワンダーはやけに澄ました表情だった。上着を突っぱねるように投げ出すと、栗毛の少女は胸に手を当てて桜色の唇を歪ませる。

 ――()()。彼女の周りの空気が歪んで見える。この世ならざる超越者の如き存在感。セーラータイプの清楚な勝負服とは違い、それを着るウマ娘が鬼の如き()()を放っている。

 

 ……『領域(ゾーン)』だ。これが彼女の真なる心象風景。全貌こそ掴めないが、グラスワンダーの力の源が目の前にある。

 周りにいたセイウンスカイを見ても、ここまでの力は感じられない。この場でグラスワンダーの存在感に気付いているのは、私……に加えて、メジロブライト陣営だけか。

 

 メジロブライトと目が合うと、彼女は小さく首を振る。どういう意味かは掴みかねたが、厄介に思っていそうなのは明らかだった。

 

 グラスワンダーが私の方に目を向けないままステージから降りると、2枠3番のセイウンスカイが軽やかなステップのもと姿を現した。

 

『2枠3番、セイウンスカイ。2番人気です』

『皐月賞ウマ娘の登場です。内枠の良い枠番に入りましたね。ダービー菊花賞と惜敗続きですが、2番人気という高い人気を受けて飛び立てるでしょうか。彼女らしいトリッキーな走りにも注目ですよ』

 

 セイウンスカイはいつも通りだった。G1レースにしてはそこそこといった風で、皐月賞の時には及ぶべくもない。彼女的には高い人気を得たのはあまり嬉しくないだろうが、彼女の実力がフロックでも何でもないというのは揺るがぬ事実。これまで通り気持ちよく走れることはないだろう。

 

 ……ハナだけは何としても死守しなければならない。横に並ぶような展開すら避けたい。レース的な賢さが低い私は、細やかな心理戦の敗北が積み重なって打ち負かされることが一番怖い。そもそも土俵に立たせずに黙らせるのが手っ取り早いはずだ。

 

 セイウンスカイ対策は、ロケットスタートからのコーナー加速。彼女も力の限り抵抗してくるだろうが、セイウンスカイの性質上、純粋な力比べになれば私に分がある。いつも通りやれば勝てなくはない敵だろう。

 

 セイウンスカイがそそくさと帰っていくと、女帝エアグルーヴが重々しい足音を鳴らしながら登場した。

 

『2枠4番、エアグルーヴ。3番人気です』

『圧倒的な実力と安定感を持つウマ娘ですね。これまで3着未満になったことはたった1度しかなく、そのレースも例の“カメラフラッシュ事件”の時ですから……彼女がどれほど秀でた競争者であるかは今更言うまでもありません』

 

 エアグルーヴ。先行を得意とするレース支配型のウマ娘だ。ある意味ダブルトリガーさんと似たところがあり、()()や広い視界で細かく情報を分析して、最後の展開を有利に持ち込むのが特徴である。

 18回戦って3着以内が17回、そしてその1回が例の秋華賞だけという安定感。普通にめちゃくちゃ強いとかいう嫌な相手だ。正直戦いたくない。

 

 続いては3枠6番6番人気ハッピーミーク。

 

『3枠6番、ハッピーミーク。6番人気です』

『ジュニア級はダート路線に行ったかと思えば、クラシック級はティアラ路線とダート路線を行ったり来たり。その後も地方ダートG1に顔を出したり、エリザベス女王杯に出走したりして、何と年末は中山のグランプリに出場です』

 

 ハッピーミークは何を考えているかよく分からない。ジュニア級の夏合宿で共に汗を流したり、トレーニングで併走したりする仲ではあるが……内心を窺い知れたことはあんまりない。桐生院トレーナーとは上手くやっているらしく、ウマスタや個人チャットで色々と教えてくれる。

 

 正直、彼女は評価に困るのだ。間違いなく強いが、この有記念を出走するにあたって確固たる強みがあるかと言えば……分からないと言うのが正直なところ。ここにいるのは芝・中長距離のスペシャリスト達だ。ハッピーミークはその超越した万能性が武器であり、長所が最も発揮されるのはレース選択の場面その時なのである。

 つまり、レース自体では()()()()()()()()()()()()()()()()――例えば切れる末脚や重機のような力強さ――がなければ勝ち負けするのも難しいということ。

 

 総合力の高い器用貧乏と言ったら失礼だが、ハッピーミークはそれに近い。ただ、桐生院トレーナー曰く彼女は晩成型。まだまだ成長の余地があるらしく、有記念は経験を積むために出走させたらしい。

 勝てばそれでいいし、負けることも良い経験にしてこいということだ。少し前まで頼りない人だなぁと思っていた桐生院葵だが、大局を見通す眼力とトレーナーとしてのセンスは抜群に高い。

 

 ハッピーミークが好位置につく展開にならなければ問題はないのだが……さすがに3、4番手で最終直線に向いたら彼女は止まらない。私との距離が近ければぶっちぎられるだろう。そこら辺はエアグルーヴ辺りの支配力に掛かっているか……。

 

『4枠8番、メジロブライト。4番人気です』

『長距離巧者の登場です。メジロブライトとアポロレインボウは特にステイヤーという感じがしますね。この有記念はスピードのあるウマ娘が有利とされていますが、果たして彼女は意地を見せてくれるのでしょうか』

 

 メジロブライト。底知れなさの塊というか、私以上にゆるふわな雰囲気のウマ娘だ。削り合いのタフな長距離レースには滅法強く、スピードのある展開には脆い。末脚は所謂『ズブい』と言われるロングスパートを得意としており、私が作り出す削り合い勝負に最も果敢に食らいついてきそうである。

 とにかく彼女も警戒が必要だ。私がいる以上、末脚勝負にならないことは確定しているようなものなので、ロングスパートを潰せるような策も講じておかねばならないだろう。

 

 しばらくして、スタッフに導かれるままにお披露目を行うことになる。ステージ上に上がり、肩にかかった上着に手をかけた。そのまま捲り上げるようにして上着を投げ飛ばし、私は純白の勝負服を堂々と見せつける。

 

『7枠13番、アポロレインボウ。1番人気です』

『日本ダービー、菊花賞、そしてステイヤーズステークスを3連勝した現役最強のウマ娘です。勝ったレースはどれも印象に残るものばかりで、ダービーの二枚腰と同着、菊花賞圧巻の大逃げ、ギリギリの破滅逃げとなったステイヤーズステークスと……特にステイヤーズステークスは欧州最強ステイヤーを蹴散らしての勝利ですから、ノリに乗っているウマ娘ですよ。私イチオシのウマ娘です』

 

 この勝負服にも慣れたものだ。初めてこのウェディングドレス風の服に袖を通したのは、12月のホープフルステークスだったか。今日と同じような肌寒い日で、へそが涼しかったのが印象に残っている。

 私は歓声を送ってくれるファンのみんなに大きく手を振りながら、最高の笑顔で自信を露わにする。両親を探そうと思ったが、雑念が入りそうなのでやめておいた。それに、見つけようと思って見つけられる人口密度ではない。

 

 そんな私の背後。やはり、濃厚な敵意を感じた。エアグルーヴ、セイウンスカイ、ハッピーミーク――いや、数えるだけ無駄だ。全員の威圧感が浴びせられている。特に強いのがグラスワンダーの殺意。

 あまりにも昂りすぎて、闘志が半ば暴走している。私が一瞬目をやると、にこやかな表情を取り繕う栗毛の少女。……もはや隠す意味などないと言うのに。

 

 私はステージを降りて、次の枠番となるメジロドーベルに後を譲った。

 

「なぁ、今日のレースは誰が勝つと思う?」

「どうした急に。俺は断然アポロちゃんだぜ」

「日本ダービー、菊花賞、ステイヤーズステークスを目の前で見てきて、俺も確信してるぜ。アポロレインボウが勝つってな」

「それフラグじゃないか?」

「そうか?」

 

 パドックが終わり、本場入場の時間になる。地下道を通り、いよいよトレーナーとお別れだというその時――

 

「アポロちゃん。ちょっといいですか」

 

 栗毛の怪物、グラスワンダーが私を呼び止めた。



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78話:総決算!有マ記念!その2

 地下道を共に歩く私とトレーナー。しかし、闇の中から姿を現したグラスワンダーが私に声をかけてきた。

 

「アポロちゃん。ちょっといいですか」

 

 照明の当たらない暗闇から溶け出すように出てきた栗毛の少女は、私達の進路を遮る。柔らかな言葉遣いの割に通す気は毛頭無いらしい。私はグラスワンダーに「ちょっと待って」と手のひらを向けて、トレーナーと軽い会話を交わしてから彼女と向き合うことにした。

 

「作戦通りに行こう。後は君の頑張り次第だ」

「うん。お父さんとお母さんによろしく」

 

 ささやかなグータッチをして彼と別れる。本来であればもっとお話をしたかったんだけど、そこまで時間が無い上にグラスワンダーが立ち塞がっているから仕方がない。作戦自体は半ば賭けではあるものの、グラスワンダーが勝つ唯一の線を潰すことのできるプランだ。乗らない手はなかった。

 グラスワンダー対策を悟らせないよう、唇をきゅっと結んで彼女に向き直る。私が不意に表情を波立たせたなら、聡いグラスワンダーはすぐに私の策略に思い至るだろう。

 

「グラスちゃん、何の用?」

「少しだけ、お話を――と思いまして」

「本番前だよ。あんまり話したい気分じゃないな」

「手短に済ませますよ」

 

 レース前のため気が立っている。耳を絞りながら答えたが、グラスワンダーは蹄鉄を鳴らしながら目と鼻の先まで接近してくる。グラスワンダーは私より少し小さい。多少見下ろす形になったが、何を思ったか彼女は背伸びして私の耳元に口を寄せてきた。

 

「アポロちゃん、私をマークしてください。最初から最後まで貴女と全力でぶつかりたいのです」

「……は、はぁ!?」

 

 ぎょっとしながら身を引き、グラスワンダーから距離を取る。何故わざわざ注目を集めるようなことを言うのだ。彼女は虎視眈々と息を潜め、レース中にやっと隠した爪を見せる手筈ではないのか。

 理解できない。元よりグラスワンダーをマークする予定ではあったが、さすがに予想外すぎる。本心で最初から最後までぶつかり合いたいと思っているわけではあるまいな。2500メートルとはいえ、私にベッタリくっついていたらスタミナ切れを起こす危険があるし……。

 

 思考を巡らせている私の目前で、グラスワンダーはにこやかに微笑む。そして矢継ぎ早に予想外の言葉を並べ立てていく。

 

「内枠のウマ娘のマークはある程度私が引き受けます。アポロちゃんはハナを奪うことだけを考えてください。スタート直後のホームストレッチからは本気で削り合いをしましょう」

「ちょ、ちょっとグラスちゃん、ほんとに何言ってんの……!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――!?」

「無論、私の言葉に従わなくても構いません。ですが、アポロちゃんは私をマークせざるを得ない状況になりますよ。きっと、ね。……そろそろ時間ですから、私はこれで失礼します」

「え、ちょ、ちょっとグラスちゃん――わわ、行っちゃった……」

 

 私の前提を覆して、めちゃくちゃに荒らしまくって好き勝手した挙句、彼女は颯爽と返しウマへと向かった。思考が追いつかない。マジで分からん。どういうことだ? 内枠のウマ娘――セイウンスカイやマチカネフクキタルのマークを担当してくれるのか? だったら嬉しい限りだが、そんな素直にライバルの言うことを受け入れていいのだろうか?

 いや、グラスワンダーは嘘をつく性格ではない――はず。ならば信じても良いのでは――あぁ、勝負事については人一倍敏感で負けず嫌いだった。この有記念というビッグタイトルを奪うために、盤外戦を仕掛けてきた可能性だってあるじゃないか。

 

 …………。

 ……結局、私はどうすればいいんだ?

 

「…………???」

 

 分かんないよぉ……。

 

 いや、気にする必要はないはず。

 私は変わらずグラスちゃんマークで爆逃げ! これでいい。

 

 よし、返しウマ行くか!!

 私は思考停止しながら中山のターフへと足を踏み入れた。

 

 

 12月4週、日曜日。天候は晴れ、先日から降り続いていた雨により、生憎の重場。少々コースの内側が荒れ気味だが、皐月賞ほどではない。レースにはあまり関係ない程度だ。

 雑誌や新聞を握り締めるファン達の声を受けながら、レース直前のターフを足裏で確かめる。道悪状態というのは厄介で、芝のレースでは場の状態が悪くなればなるほど地面が柔らかくなり支持力を失う。そのため、ウマ娘にとっては普段以上に力が必要なコースになってしまうのだ。

 

 コースの端っこ、絶対にウマ娘が走らない場所に立つ。スタートダッシュをかける時のように地面につま先を叩きつけると、いとも容易く地面に黒々とした土が覗いた。雨が降ってターフの水分含水量が増えた結果、路面の土が柔らかくなって芝の根が抜けやすくなっているのだ。

 こうなるとスタートダッシュをしにくいことはもちろん、そもそもの走行中に滑りやすくなるというデメリットが生じる。走る際にターフがウマ娘の足をホールドせず、ウマ娘の足を支えていた芝が抜け飛んでしまうからだ。いつも通りのスピードを出すのに普段以上のエネルギーを必要とするので、良場に比べて時間がかかりやすくなるし、転倒の危険が増してしまう。

 

 無論、私にとって良いこともある。場が悪くなると逃げウマ娘が前残りしやすいのだ。その理由として、先行・差しウマ娘が不良場にスタミナを奪われ、最後の直線で前を捉えるだけの足が残らないということが挙げられる。

 この事実から導き出されるのは、これから2500メートルの消耗戦が行われる――ということか。グラスワンダーの言葉の意味を確かめる必要もあるな。楽しみだ。

 

 返しウマもそこそこに、年末の中山レース場に鳴り響くファンファーレ。次々にウマ娘が収まっていき、私も急かされるようにゲートインした。

 グラスワンダーとは目を合わせなかった。いや、彼女も合わせようとはしなかった。内心では意識しているだろうが、必要以上の注目は視界を狭めるだけだ。レース最序盤の敵は――内枠の逃げウマ・セイウンスカイなのだから。

 

『師走の空気が冷たく鋭い年末の中山。しかし、そんな寒々しさを吹き飛ばすような熱気がここにあります。トゥインクル・シリーズ最大のグランプリ――有記念! 晴れ渡る空の元、16人のウマ娘が覇を争うべくゲートに入っていきます!』

『各ウマ娘、気合いが入ってますね。オーラが見えるような気がします』

『ただいま全てのウマ娘がゲートインしました、発走準備完了です』

 

 誰に言われるでもなく、ゲートに入った16人のウマ娘が姿勢を沈めた。内なる刃を露出して、今まで秘めていた武器(オーラ)を見せつけ合う。私の両隣のゲートからも濃密な闘志が噴出していた。中でも凄まじいのは、内枠に固まったG1ウマ娘達だ。外枠にいても威圧感が伝わってくる。早くもスタミナを削られそうだ――

 楽しくなってきたな、と思いながら私は犬歯を剥き出しにした。さあ、グランプリの開幕だ。

 

 ――ガシャコン、と音がした。瞬間、私は足裏を地面に叩きつける。一瞬滑りかけたが、渾身の力で蹄鉄を食い込ませる。脹脛(ふくらはぎ)に怪物じみた凹凸を生み出しながら、誰よりも前へ出る。

 

『スタートしました! スムーズなスタートを切ったのは外枠のアポロレインボウ、ぐんぐん内に切り込んできます! 続くのは内枠のセイウンスカイ、彼女としては何としてもアポロレインボウを捕まえたいぞ! 3番手はエアグルーヴ、ハッピーミークが争っている! 更にその後ろではグラスワンダー、マチカネフクキタル、メジロブライトがいて、外からじわりじわりとメジロドーベルが合流して外側に張り付きました!』

『有記念はスタート直後にコーナーがありますからね、差は付きにくいでしょう』

 

 有記念はスタートから最初のコーナーまで距離が短く、小回りなコース形態なので内枠が有利だ。その時点ではセイウンスカイ有利と取れるが、コーナー周りの技術は彼女より私の方が上だ。内枠有利のセイウンスカイと、コーナー巧者の私でトントンと言った感じ。それに加えて、セイウンスカイは道悪が得意ではない。私も得意ではないが、足腰の粘りには自信があるんだよねっ!

 

 地面を抉りながら、一歩一歩確かな加速を刻む私の肉体。加速したいウマ娘に立ち塞がる最序盤の3、4コーナーに怯まず、内柵に軽く肩をぶつけながら加速していく。セイウンスカイはこれで封じた。2番手追走の形だ。彼女は極悪な重場に手間取っているように見える。

 

「――ぐぅっ」

 

 出だしは順調、そう思った時だった。グラスワンダーの鋭い眼差しが飛んできた。いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 これは()()()()の技術。私が背後を確認しなくとも後方を見渡せるほど視界が広くなったことを逆手に取って、殺意に満ちた視線で私を牽制してくるのだ。

 

 ごっそりとスタミナを持っていかれて、私は口を開いて苦しみに喘いだ。しかも、セイウンスカイがハナを奪えなかった恨みとばかりに私の動きを鈍くしてくる。強烈な悪意。いや、勝利への執念――当然の戦略だ。セイウンスカイめ、()()()()()しようというつもりか。

 

 そして大外を回ってハナを奪おうとしたセイウンスカイの動きが――ピタリ、止まる。驚愕に目を見開く芦毛のトリックスター。その後ろでは、7番手を追走する栗毛の怪物が瑠璃色の双眸を携えていた。グラスワンダーが動きを止めたウマ娘はセイウンスカイだけではない。先行勢のエアグルーヴにハッピーミーク。本当に内枠のウマ娘のマークを一身に引き受けようとしているではないか。

 

(何をする、グラスワンダー! アポロレインボウを止めなければ私達は――)

(いいえ。貴女はアポロレインボウと共に沈むのです)

 

 強烈なプレッシャーを受けて姿勢を乱すエアグルーヴと、女帝の抵抗(差し牽制)を受けながらも怯まないグラスワンダー。しかし、栗毛の少女の額には早くも珠汗が流れ始めていた。

 他のウマ娘にしてみれば異常事態だ。自然と作り出した15人の『アポロレインボウ包囲網』が、たったひとりのウマ娘によって瓦解しようとしている。しかもグラスワンダーの威圧感は強烈で、エアグルーヴのそれにも引けを取らない。

 私だって、グラスワンダーがここまで大胆に集団を乱してくれるとは思わなかったが――先刻の宣言通り、彼女は本気で一騎打ちを望んでいるということか。

 

 メジロドーベルやエアグルーヴが抵抗するようにグラスワンダーを押さえ込みにかかる。しかしグラスワンダーは全く怯まない。コーナーを曲がりながら持久力を回復し、一心不乱に私以外のウマ娘を叩き潰そうと威圧感を振り撒いている。

 第4コーナーを曲がって、私も混乱に乗じて深呼吸を行ってスタミナを回復する。この有記念、間違いなくやばいことになるぞ……!

 

『第4コーナー曲がってホームストレッチに入ります! アポロレインボウはあまり逃げられません、強烈なマークを受けているぞ!?』

『好き勝手に逃げられては勝ち目がないですからね。アポロレインボウはやりにくそうにしていますし、動きも鈍いように見えます』

 

 第4コーナー曲がってホームストレートに入る。スタンドに詰めかけたファンが私達の異常事態を知らないまま、地が震えるほどの大歓声を上げる。呑気なものだ。今中山レース場では、年頃の女の子がやってはいけないような地獄の削り合いが開催中だというのに。

 

 2番手セイウンスカイとの差は1身もない。これでは普通の逃げだが、普段通りに行かないのは仕方のないこと。そういうレースだと割り切って挑んでるからね。

 他の15人の思惑はあったが、グラスワンダーのおかげで制限こそあるがある程度自由に走れている。寧ろ、後続集団の混乱がひしひしと伝わってきていた。ある意味『暴走』と取れるグラスワンダーを潰そうと、レース支配型のエアグルーヴやセイウンスカイが激しく止めにかかっているのだ。

 しかし、その度にグラスワンダーは()()()とばかりに呼吸を整え、彼女達の(おぞ)ましい攻撃を躱していく。逆に超絶的なプレッシャー(先行・逃げ・差し牽制)を押し付け、何事かを()()()、彼女達のスタミナを目に見えて奪っていた。

 

 まるで肉を切らせて骨を断つ――有記念のために相当の準備をしてきている。てっきりスタミナ不足になるかと思ったが、グラスワンダーはギリギリのところで踏ん張って、それどころかエアグルーヴらに手痛い反撃を食らわせているのだ。

 やはりグラスワンダー。このウマ娘はやばい。彼女をマークしていて正解だった。もちろん安心する間はない。第1コーナーに差し掛かった途端、雨嵐の如く威圧感が飛んできて、私の動きを重く縛り付ける。

 

 その主はディスティネイトを初めとした4人の下位人気のウマ娘達。()()()()。吐き気さえ催すようなスタミナ減少が襲ってきて、喘ぐように背中を反らしながら深呼吸に移行する。これでは回復が持たない。第2コーナーを曲がるまでに2000メートル相当のスタミナを持っていかれている。回復ありきでこの惨状はまずい。中盤から後半にかけてのデバフ・ラッシュを耐え切れるかどうか――

 

『第1コーナーから第2コーナーに入って、アポロレインボウが先頭! それにも関わらず、時計(タイム)は少し早い程度に収まっている! これは意表を突いた溜め逃げか? それともステイヤーズステークスの疲れによる失速なのか!?』

『おっと、セイウンスカイの歩調が乱れています。かかっているようですね』

 

 第2コーナー終盤、後ろのセイウンスカイが()()()()。マチカネフクキタルから飛んできた奇妙な()()()()によって余計なスタミナを消耗させられている。いや、それだけではない。鋼の意思を持つハッピーミークやスタミナに長けたステイヤーを例外として、普段マイルや中距離を主戦場とするウマ娘達の動きが鈍い。グラスワンダーの掻き乱しによってあちこちにプレッシャーが飛んで、スタミナ削りに備えていなかったウマ娘達が次々にペースダウンしているのだ。

 

 確かに後続はぐちゃぐちゃだ。そこそこ元気なのは、(動揺こそしているが)視界を広く保っているハッピーミークと、長距離レース巧者のメジロブライト、菊花賞ウマ娘のマチカネフクキタル、レースを大波乱に陥れた張本人たるグラスワンダー。逆にエアグルーヴやメジロドーベル、乱されまくって不本意な2番手を走るセイウンスカイはかなり苦しい。ジョイナスやディスティネイトはマーク薄なこともあってか、スタミナ管理を徹底しながら私に向けて次々にプレッシャーを飛ばしてくる。

 

 これがグラスワンダーの言う本気の削り合い。道悪かつ若干のハイペースなど差しウマにとっては地獄であろうに、敢えて彼女はそれを選んだのだ。しかも、こうなることを事前に伝えてきた。

 ()()()()()()()()。グラスワンダーは真剣の勝負事を心の底から欲し、楽しんでいる。その証拠に見ろ――笑っているではないか。

 

 確かに予想外が多すぎて、私も逆にテンションが高い。めちゃくちゃ楽しい。でも、いくら何でも面白すぎないか、グラスちゃん。

 それとも、更にペースを上げてみようか? ね、グラスちゃん。極悪不良の場なのに、もっと破滅的な爆逃げをやっちゃおうか? ここからレコードレベルの時計を刻むって、とっても素敵じゃない? 私も割とギリギリだけど……賭けに出ちゃおっかな。賭けをしないで勝てる相手じゃなさそうだし。

 

(とみお、レース最後半にグラスちゃんを封じる策略はしっかり覚えてるよ。その上で賭けに出るから、許してよっ!)

 

 向正面に入った瞬間。私は見通しの厳しいスタミナをふんだんに使って、菊花賞の如き爆逃げを開始した。第2コーナーを曲がり終えたウマ娘達が、速度を取り戻そうとしてプレッシャーを飛ばし損ねた隙を突いたのだ。

 背後のグラスワンダーが私の暴走を見て白い歯を見せた。彼女のオーラがもうもうと膨れ上がり、悦びに満ちた『領域(ゾーン)』の欠片が見え隠れする。間髪入れず、全てのウマ娘を絶望に叩き落とすために威圧感(逃げ・先行・差し焦り)を放ってきた。

 

(そうです。それでいいんです。私とやりましょう、アポロちゃん――!)

(ついてきなよ、グラスちゃん! ――ついてこれるもんなら!!)

 

 後ろ髪を引かれるように吐き気が襲ってきて減速するが、その瞬間に深呼吸して減速分のロスをカバーする。2番手・セイウンスカイとの差は3身。一瞬の隙を突いたにしては上々出来。だが、まだまだ足りない。

 私は更に足を伸ばして、第3コーナーに差し掛かるまでに5身の差をつけた。無理な加速が祟ってスタミナ量が半分を切りそうだが、後続のウマ娘達に冷静な思考力を持つ者はいない。――グラスワンダー以外。

 

(離せば離すだけ良いですよ。最終直線で邪魔者がいなくなりますから――ね)

 

 グラスワンダーは大きく息を入れて()()()()()()を行う。ぎょっとした。あれは私の深呼吸よりも遥かに効果の高い技術だ。それ相応に会得に時間がかかると聞いていたのだが、彼女はクラシック級にも関わらずそんなスキルを持っていたのか。

 驚きと同時、メジロブライトの()()()()()()()()が襲いかかる。

 

「う、ぁ――」

 

 メジロブライトのどす黒い闘気が足元を覆う。圧倒的な大局観に裏打ちされた不気味なまでの落ち着きようと、内に秘めた彼女の激情に呑み込まれる。慌てふためくセイウンスカイと私。そしてその様子を見て持久力を回復していくメジロブライト。そのスキルの原理は、パニックに陥る他人を見て落ち着きを取り戻すことに由来する。つまり、慌てれば慌てるだけまずい。

 何とか深呼吸して体勢を整えるが、セイウンスカイはダメだ。スタミナが尽きかけている。3000メートルの菊花賞を軽々と走り切るトリックスターが、早くも脱落寸前だ。何たる異常事態か。

 

 プレッシャーを放つには相応の精神力を使うと聞くのだが、慣れているのか彼女達に疲弊の様子はない。エアグルーヴ、メジロドーベルは相当消耗しているが、それでもまだ闘志は衰えていない。長距離には中距離以下と違った落ち着きが必要になるが、気持ちが萎えていないのは流石と言わざるを得ない。

 

『第3コーナーに入ったアポロレインボウ、時折(ときおり)息を入れながらハイペースを維持している! これが見たかったと言わんばかりに揺れる中山のスタンド!! アポロレインボウを出迎える準備はできているぞ!!』

『レース終盤、後続のウマ娘が仕掛けてきましたね。アポロレインボウに好き勝手されて終わるようなメンバーではありませんからね、ここからの()()()も十分に有り得ます』

 

 ――レース終盤。全員が第4コーナーに差し掛かった瞬間だった。『勝ちたい』と願うウマ娘達の最善の選択が最悪を巻き起こし、緑生い茂るターフを地獄へと変えた。

 

 ――まず、3番手のエアグルーヴが後続の息の根を止めるため、強烈なプレッシャー……()()()()()を振り撒いた。エアグルーヴの後ろにいたウマ娘達は強烈な視界狭窄に襲われ、進路を見失う。

 

 ほとんど同時に、メジロドーベルが()()()()()()()()。全てのウマ娘が激しく動揺し、特に後方のウマ娘は視界狭窄に加えてのダブルパンチだ。スタミナを大きく奪われ、闘志さえ根こそぎ奪われてしまった。

 

 逆に後方のマチカネフクキタルは、()()()の如きトリックによって前方の視界を奪った。私を含めた前方のウマ娘は動揺し、コーナーを曲がるのと同時だったため速度を大きく落とす。2番手以下の集団は視界狭窄に陥ったため進路を見失って密集し始める。

 

 滝のような汗を掻きながら、それでも笑っているグラスワンダー。7番手の彼女は前方に向かって()()()()()()()を撒き散らした。トドメを差されたエアグルーヴ、ハッピーミーク、セイウンスカイ、ブリーズエアシップがスタミナ切れを起こす。私も足元に震えを感じたが、決死の覚悟で歯を食いしばって、大きく減速した躰を足裏で突き飛ばした。

 

 しかし、スタミナ切れを起こして上体を起こしたウマ娘でさえ、勝利を諦めてはいない。ここに集ったウマ娘は、数千数万といるウマ娘の中から選ばれた16人の優駿だ。決して(こうべ)は垂れず、前だけを見据えている。

 

 ――だからだろうか。第4コーナー終盤、()()()()()()()凶悪なプレッシャーが降りかかった。

 ――それは、1()5()()()()()威圧感(逃げためらい)だった。

 

「――ぅ、お――」

 

 マチカネフクキタル。

 グラスワンダー。

 セイウンスカイ。

 エアグルーヴ。

 ジュエルジルコン。

 ハッピーミーク。

 リボンフィナーレ。

 メジロブライト。

 ブリーズエアシップ。

 リバイバルリリック。

 ラピッドビルダー。

 リトルフラワー。

 メジロドーベル。

 ジョイナス。

 ディスティネイト。

 

 ひとりひとりが練り上げた技術と、勝利への渇望が生んだ『アポロレインボウ殺し』。決して同一ではない威圧感が、彼女達の激情を乗せて私の脚を殺す。

 

「――ぁ、が――」

 

 鎖だ。地面から伸びてきた無骨な鎖が私の両脚を繋ぎ止めていた。塵も積もれば山となり、ただのプレッシャーは『領域(ゾーン)』じみた超越的な力を手にしてしまったのだ。

 

 背筋にぞわぞわという悪寒が走り、喉仏の寸前まで酸っぱいものがせり上がってくる。いや、少し漏れてしまった。最低最悪の酸味が咥内に広がって、それでも勝ちたいという意志は衰えなくて、私はどろどろした液体を無理矢理嚥下してから思いっ切り深呼吸した。

 15人分の想いを乗せた速度減衰をモロに食らって無事で済む者などいない。私のラストスパートは無慈悲にも圧殺され、僅かばかり残った(かす)のようなスタミナで多少の再加速をすることしか叶わない。

 

『第4コーナーに入って、アポロレインボウ大減速!! 怪我でもしたのかと思えるような減速でしたが――いや、走っている!! アポロレインボウはゴールを諦めていない!! しかしスタミナに余力のあるマチカネフクキタル、メジロブライト、グラスワンダーが一気に追い上げてくる!! 他のウマ娘はスタミナ切れだあっ!!』

 

 ラストスパートをかけてくるマチカネフクキタル、メジロブライト、グラスワンダー。生粋のステイヤー達と、グランプリに立ち塞がる最凶の敵。対して、スタート直後のような鈍間(のろま)な速度で走る私。予想などできない最悪の出来事だったとはいえ、極限まで追い詰められている。果たしてここまで敵同士の思惑が一致することなどあるのだろうか。

 

 ――『グランプリは2500mの長丁場だが、コーナーを6つ回ることから、途中にペースダウンするなど息を入れる余裕がある。そのため、マイルから中距離以下が得意なウマ娘でもスタミナが持つケースは多い。中山の急坂を前にした3コーナーからペースが上がる場合が多く、まくり気味の差し・追込が比較的決まる傾向にある』――

 

 これは有記念の傾向――『こうなることが多い』という通説である。だが今は異常事態が起こりまくっていて、通説など意味を成さない。ライバルのスタミナを先に枯渇させた者が勝つという常識外れの消耗戦へと変化している。

 

 先頭から7身の差を詰めてくるグラスワンダーは、私よりも圧倒的にスタミナが少ない。数値で言えば3分の1もない。それなのに、私にかけられるプレッシャーと同等の足枷を跳ね除け、その度に不屈の意思でスタミナを回復して私に食らいついてきていた。

 

 何という誉高い戦士だろう。スタミナ自慢の私に消耗戦の勝負を敢えて挑み、それを楽しむその姿勢。異常だ。試合(レース)にも勝負(アポロレインボウ)にも勝ちたいなどと、何とも常軌を逸した欲深いウマ娘ではないか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――う、ああぁぁぁあああああああああああああああッッ!!!」

 

 恐怖を振り払うように、己の『未知の領域(ゾーン)』を切り開く。

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 最終直線に向き、グラスワンダーに向けて心象風景を叩きつける。桜吹雪が舞い、中山のターフに霜が降りる。グラスワンダーの行く手を阻む異形の桜。されど、加速は乏しい。

 このままではグラスワンダーに追いつかれる――そう思って、私は一度『未知の領域(ゾーン)』を引っ込めた。

 

 ()()()()()()。誰かがそう言っている。

 そして思い出した。私ととみおのグラスワンダー対策を。

 

 私は勇気を出して減速し、一旦息を整える。そして酸素の回った脳で考える。残り310メートル、私とトレーナーが立てたグラスワンダー対策のミソはレース最後半にある。序盤・中盤はどうでもいいのだ。グラスワンダーが()()()()()()()()()()()()()中段に控えてレースすることは分かりきっていたから。

 

 後続集団に注目する。エアグルーヴ、ハッピーミーク、セイウンスカイ、ブリーズエアシップが垂れている。マチカネフクキタルやグラスワンダーの進路を塞ぐ形だ。メジロブライトは大外を回っているため関係ないが、距離ロスは免れない。

 

 距離ロスと言ったが――ことマチカネフクキタルにおいて、その考えは及ばない。マチカネフクキタルの『領域(ゾーン)』は少々特殊なのだ。とみおの推測曰く、彼女の『領域(ゾーン)』はレース終盤に前方が詰まると不思議な力で進路が開かれるというもので。

 

 現在状況を確認する。6番手のマチカネフクキタルは、前方に位置しているエアグルーヴ、ハッピーミーク、セイウンスカイ、ブリーズエアシップが壁になって最短進路を取れない。しかし――その『領域(ゾーン)』を使えば。

 

『おっと!? マチカネフクキタルの目の前に進路が開けたぞ!? 大内の最短経路に()()()()!! ウマ娘1.5人分のスペースが開いたあっ!!』

 

 ――()()()()()によって道が開けるのだ。

 エアグルーヴ、ハッピーミーク、セイウンスカイ、ブリーズエアシップが外に縺れ、()()の産物がマチカネフクキタルの勝利を導こうとしている。

 

 そして、()()()()()()()()

 

『マチカネフクキタルがその進路に飛び込――いやっ、栗毛のウマ娘が!! マチカネフクキタルがこじ開けた進路に、グラスワンダーが一足先に滑り込んだ!? 7番手を走っていたグラスワンダーが、一瞬の隙を突いて大内をぶち抜いたあっ!!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――だから。俺達は()()()()()()()()()()()()()()()()()、グラスワンダーの最短進路を塞ごう。

 

 ――それが桃沢とみおの作戦(賭け)だった。敵が優秀なことを信頼して、その行動を読み切って潰す。蜘蛛の糸ほども細い勝算を信じて、私達は全力を尽くしてきた。願いは通じ、グラスワンダーはこの道に飛び込んできた。

 マチカネフクキタルの背後につけ、『領域(ゾーン)』発動直後のフクキタルの隙を突いてオーバーテイク。そのまま最短経路を奪ってしまう。それが最終局面におけるグラスワンダーの作戦だったのである。

 

 スタミナ削りや大荒れの展開を作り出すことは、私を極限まで弱体化するための前フリに過ぎなかった。グラスワンダーの勝機はここにあったのだ。己を極限まで追い込み、ベストを尽くすであろうライバルを利用し、アポロレインボウというウマ娘との一騎打ちを仕掛けることによって勝負根性を発動し――それでやっと私と競り合える。そう考えていたのだ。

 そしてそれは正しかった。グラスワンダーの作戦に気づかなければ、私はスタミナロスを恐れ、この局面の内ラチいっぱいを走れなかっただろう。だが、スタミナがギリギリなのは栗毛の怪物とて同じこと。だからこそ最短距離を潰し、斜めに走らせることによって絶大な効果が見込めるのだ。

 

 擬似的なゴールドシップ・ワープ潰し。コーナーで作った最短距離のメリットは、最終直線で無に帰す。

 

『アポロレインボウは最内を走っている!! 丁度グラスワンダーの進路の先!! グラスワンダーは外に持ち出さなければならない!!』

 

 私は最終直線に向いた直後、内柵ギリギリに進路を変更した。その結果、荒れ気味の内場から泥が飛び跳ねまくるが――些細なこと。眼球に泥が弾けようとも構わない。グランプリウマ娘を渡すつもりはない。

 

 2番手のグラスワンダーは内ラチ側にいる私を避けるため、群を抜けてからは外に進路変更して距離ロスを覚悟しなければならない。初めて栗毛の怪物の顔が歪み、3身ほど後ろから猛烈な勢いで走ってきた彼女は外に進路を取った。

 

 そして、斜めに走る彼女を見届けると同時――『未知の領域(ゾーン)』を再び展開した。対抗するように、グラスワンダーが『領域(ゾーン)』を魅せつけてくる。

 濃度では全く劣らないグラスワンダーの心象世界が、私の生んだ世界と衝突した。

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 ――【精神一到何事か成らざらん】

 

 阿修羅の如き威圧感を纏いながら薙刀を振り回す少女と、異形の一本桜を背にした私が激しく衝突する。吹き荒ぶ猛吹雪。決して倒れない栗毛の怪物。一本桜が(たわ)み、軋む。悲鳴が上がる。

 領域発動時の初速が遅すぎたせいだ。『未知の領域(ゾーン)』の加速でも足りない。唇の端に泡を吹きながら、眼球が飛び出さんばかりにグラスワンダーを睨めつける。真横に並ばれている。距離ロスと不良場の不利を受けてなお、真っ直ぐに食らいついてくる。

 

(お父さんお母さんが見てるんだ!! 絶対負けられないっ!! あなたに勝つっ!! 勝つ勝つ勝つ、絶対かぁぁぁつっ!!!)

(アポロ、ちゃん――っ!!!)

 

『最終直線に入った!! 残り200メートル!! アポロレインボウとグラスワンダーが競り合っている!! 後続は大きく離れた!! グラスワンダーが抜き去るか!? アポロレインボウは苦しいぞ!!』

 

 最凶最悪の消耗戦。史上稀に見る足の引っ張り合い。後続は遥か後方。置き去りにしたのはウマ娘だけではない。中山に吹く風さえ置き去りにして、鋭く切り裂いていく。

 

 次第に足取りは軽く、飛ぶように、跳ねるように。限界を振り切って、超加速するグラスワンダーの身体に追い縋った。

 驚愕に瞠目する栗毛の怪物。視界が赤く染まり、涙が止まらない。辛くて辛くて、苦しくて痛くて――それでも絶対に諦めない。

 

 刹那、私の激情に『未知の領域(ゾーン)』内の一本桜が揺れ動いた。根の部分が肥大化し、硬質化していく。一瞬で分かった。これは、ダブルトリガーが長い時間をかけて練り上げた心象風景の片鱗なのだと。

 私の背後からダブルトリガーの幻影が姿を現す。だが、彼女に構う暇などない。一心不乱に前を向き、ゴールに向かって走り続ける。

 

 ――ヘイ、アポロ。相も変わらず醜い走りをしているな。

 

 ――うるさい。

 

 ――お前のそのひたむきな我武者羅(がむしゃら)さ、本当にかっこいいよ。ほら、もうちょっと頑張れ。

 

 刹那、ダブルトリガーの幻影が光になって、英国長距離三冠ウマ娘の『未知の領域(ゾーン)』が私の背中を押した。ステイヤーズステークスで見た退廃的な心象風景が脳内に拡がり、激情に火を灯す。

 ()()()よりも心象風景は暗かった。ヨーロッパの長距離レースは凋落し、日本のような熱狂はそこに存在せず。深い暗闇の中で何も見えないが、ダブルトリガーの大きな背中だけは感じることができて。深く長い夜の中に閉じ込められても、何故か希望だけは感じられて。

 ダブルトリガーが感じた『走ることの悦び』が胸を打ち、私の背中に翼を与えた。

 

 瞬間、グラスワンダーをあっという間に差し返した。

 

『いや、アポロレインボウ差し返した!! アポロレインボウ差し返した!! グラスワンダー必死に追い縋る!! しかしアポロレインボウ突き放す!! これが王者の走り!! これが王者の走りだ!!』

 

 忘れていた夢の欠片が煌めいて――根幹に関わる何かを思い出しかける。菊花賞を勝ってから、何故か自分の夢の根幹に揺らぎを感じてしまって。そして今、根底にあった不安が吹き飛んだ――ような気がした。

 夢への自信は完璧には回復していない。しかし、気が楽になった。単純な話だったんだ。

 

 ――楽しい。

 G()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今はこれでいい。きっと、私の夢はこれで正解なんだ。

 

『アポロレインボウとグラスワンダーの差は2身!! グラスワンダー咆哮するが縮まらない!! アポロレインボウは血の涙を流しながら全力疾走している!!』

 

 目から血液を垂れ流しにしながら、残り100メートルのターフを駆け抜ける。『未知の領域(ゾーン)』の重ね掛けによる超越的な疾走。それはウマ娘という生物の範疇を超え、神々の領域に至ろうとしていた。

 されど、()()()()()()()()()。誰かがそう言った気がした。

 

 ずきり、血に染まった右眼の痛みが私を現実に引き戻す。全力疾走が緩み、ランナーズ・ハイの絶頂が急激に冷却される。私の走行はいつの間にか緩んでいた。

 ――無意識にゴールを認知して、緩んでいた。

 

『アポロレインボウが1着でゴォォルッッ!! 一度はグラスワンダーに並びかけられましたが、とてつもない勝負根性を発揮してアポロレインボウが見事に差し返したぁっ!! 2着は2身でグラスワンダー!! 間違いなく年末のグランプリに相応しい熱戦となりました!!』

 

 



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79話:ウイニングライブにて

 ゴールを認識した瞬間、思いっ切り脱力して速度を緩めた。泥水だらけの靴を引きずって、膝に手をつく。一度止まってしまったら、二度と動き出せないような気がする。それくらい強烈な疲労が全身を迸っていた。

 

 身体中が悲鳴を上げている。純白のウェディングドレスは泥まみれで、撥水加工がされているとはいえ凄惨たる状態だった。汚れを払う気にもならない。髪の毛は乱れに乱れて、額や頬、口端に張り付いてしまっている。私は唇から垂れていた液体を拭って、喘ぐように深呼吸した。

 

 そうして立ち止まる私の後ろ。少し遅れてグラスワンダーが隣にやってくる。彼女に気付かぬまま額から流れる汗を拭おうとした途端、びくりと跳ねたグラスワンダーから蛇の如く手が伸びる。そのまま彼女の白い手が私の手首を掴んだ。

 

「アポロちゃん。恐らく右目に泥が入っていますから、擦ってはいけません。涙で洗い流すんです」

「……あぁ――」

 

 グラスワンダーは、私が目を擦るために手を上げたのだと勘違いしたのだろう。確かに右目は痛かったが、何故痛いのかを忘れていた。疲れすぎて。そういえばそうだった、と思いながら右の瞼を閉じて、軽く瞬きする。

 高速で走っていた最中、眼球にまともに泥を被ってしまった。怪我をするのは辛いが、眼球の怪我は特別嫌な感じがする。多分最も多くの情報を取り入れる器官だからだろう。

 

 私は血と泥を涙で洗い流しながら、頬を伝う液体を指先で拭った。純白の手袋が血と汗と泥に汚れる。手のひらに溜まった液体を握り潰して、そのままぐっと力を込めた。

 

 痛みの中に疼く確かな喜び。――嬉しい。予想外のグランプリとなったが、それでも何とか勝てた。とみおの予想がドンピシャ的中し、グラスワンダーに会心の一撃を与えられたのだ。

 私は駆けつけた救護班を手で制しながら、栗毛の少女に片目を向けた。グラスワンダーの流麗な栗毛は激しく乱れていて、あちこちに泥が付着している。集団の中央に控えていたため、勝負服の汚れも酷い。しかし、その顔は晴れ晴れとした笑顔をたたえていた。

 

「グラスちゃん、本気でぶつかってくれてありがとう」

「……いえ。負けはしましたが、とても楽しかったですから」

「私も楽しかった。二度とやりたくないけど」

「うふ」

 

 グラスワンダーはくすくすと微笑む。よく見たら、彼女の脚は震えていた。私も人のことは言えないけど、もう立っていることすら限界なのではないか。

 それを何となしに指摘しようとすると、彼女は私の言葉を遮った。

 

「アポロちゃん、あまりうかうかしていられませんよ。脅すつもりではありませんが、右目は早急に治療してもらった方がいいと思います」

「……そうだね。失明はしたくないし、そろそろ行くね」

「はい。それじゃ、また」

「うん」

 

 最後まで弱みを見せたくはなかったのかもしれない。私はグラスワンダーを一瞥してから踵を返す。そのままスタンドに向かって一礼すると、私は救護班と共に医務室に直行した。

 

 年末のグランプリ・有記念。二度と起こらないであろう波乱の中、刻まれた時計は2分31秒9。電光掲示板に示された着順は、1着アポロレインボウ。2着は2身差でグラスワンダー。3着は更に3身離れてメジロブライト。

 私が去った後も、スタンドからの歓声は鳴り止まなかった。

 

 

 

「アポロ、大丈夫か!?」

 

 医務室で右目の応急処置を受けている最中、とみおが大慌てで部屋の中に飛び込んでくる。大混雑の中で駆けつけたにしては相当早い。ひらひらと余裕な感じで手を振って応えてみたが、彼は私の周りをうろついて旋回を始めた。

 まるでサイレンススズカだ。怪我の具合が軽そうだったのでちょっと笑いそうになったが、彼のことを(おもんばか)るとなにぶん笑い事では済まない。

 

 とみおはソワソワしながら医師に声をかける。医師は抑揚のない声で答えた。

 

「あの、アポロの目は……」

「泥が入って少し眼球が傷ついています。失明の恐れは極めて低いですが、万が一のことを考えて病院に行った方がいいでしょう」

「そ、そうですか……」

 

 医師は処置を終えると回転イスを蹴ってどこかに消えていった。そして、医師と代わる代わるやって来たURAのスタッフが、私達におずおずと声をかけてきた。

 

「あの、ウイニングライブのことなんですが……そのぅ…………どうされます?」

 

 どうされます、と言うのはウイニングライブに出るか出ないか、ということだろう。それを聞いたトレーナーは頬を引き攣らせていたが、集まったファンの人数が人数だ。いつもなら大事を取って病院に直行していただろうが、興行的な面から見れば本日の主役抜きで行うウイニングライブは避けたいだろう。とみおは即答しかねていた。

 

 恐らくスタッフも心苦しく思っている。レース事情に精通している者なら、レース後の怪我治療の重要さなど言うまでもなく知り尽くしているからだ。本来であればウイニングライブ辞退を勧めるところだろう。

 

 スタッフが見つめる中、とみおは迷っていた。でも、返事はハナから決まっている。答えは「私を病院に連れていく」だ。この有記念に彼の思考時間を伸ばすだけの要素――歴史的な観客動員数と世間の注目度の高さ――があっただけのこと。

 彼は私を第一に考えてくれている。鬼のように厳しくて、それでいて優しくて。利益や世間体よりも担当ウマ娘を優先する。それが桃沢とみおというトレーナーなのである。

 

 でも、私は違った。口を開きかけたとみおを手で制して、彼の目をじっと見つめる。この有記念は特別だ。普段から忙しくしているお父さんとお母さんが中山レース場にいる。しかも私のレースを生で見て、勝利する瞬間さえ目撃してくれた。

 こんな瞬間、きっと二度は訪れないだろう。だから私は、躊躇わずに言った。

 

「とみお。私、ウイニングライブに出たい。お父さんとお母さんとファンのみんなのために、歌って踊りたいよ」

 

 お父さんお母さんだけではない。この有記念で初めてレース場を訪れる人、初めて私が勝つところを生で見た人、予約抽選を勝ち取ってライブを見に来てくれる人――()()()()()()()()()()()()()()がどれだけいるのだ、という話である。

 ここにいる全ての人達にありがとうを伝えたい。きっとファンのみんなだって、できることなら私のウイニングライブを見たいと思ってくれているはずだ。

 

 反対されても引き下がる気はなかった。この有記念においては強情でありたかった。無論、私がウイニングライブに出るか出ないか――その最終判断を下すのはトレーナーである桃沢とみおの役割だ。ライブに出られるかどうかは、私の言葉がどれだけ彼の心を揺るがせられるかに懸かっている。

 

 彼は私のささやかな願いを聞いて、悩みに悩む。腕を組んで、組み直して、眉間に皺を寄せて、口を一文字に結んで考え続ける。

 そしてやっぱり、とみおは「ウイニングライブは辞退しよう」と言うのだった。

 

「……アポロ、悪いけど許可できないよ。その右目じゃ、歌はともかく……ダンスは踊れないだろ」

 

 先程の応急処置によって目の中に入った砂泥や血は取り除かれたが、右の視界はまだ赤っぽく見える。奥行きが掴みにくくなっているため、ダンスは危険が伴うというのがとみおの言い分だ。

 が、そこにも付け入る隙はあった。有記念恒例のライブ曲である『NEXT FRONTIER』は、『本能スピード』や『うまぴょい伝説』などに比べるとそこまで激しいダンスを必要としない。ターンや左右ステップなどはあるが、機敏なフォーメーションチェンジや舞台を走り回る場面が存在しないため、ある意味自分の歌唱に集中できる歌なのだ。

 

 どっちかと言うと、問題はダンスよりも舞台装置にあるのではないかと思う。『NEXT FRONTIER』はライブ演出として炎の柱が立ちまくる。それはもう、やり過ぎじゃないかと言われるくらいド派手に燃え盛る。常に浴びせられる照明の影響もあって、一曲踊り終わったウマ娘が汗だくになるくらいステージ上は暑くなる。

 その熱気によって怪我が悪化することの方がよっぽど怖いくらいだ。

 

 私はとみおに食ってかかり、ライブに出ると言って譲らない。とみおもまた食い下がる。

 

「目隠ししてでも踊れるもん」

「そういう問題じゃなくて。右目の怪我が悪化したらどうするんだ」

「そんな酷い怪我じゃないよ」

「万が一ってこともある」

「……その万が一があってでもお願いしたいの。トレセン学園に送り出してくれた家族に、ここに来てくれたファンのみんなに、絶対ぜったい私の歌を届けたいって……そう思ってる。ダメ……かな?」

「…………」

 

 それでも。私が彼の手を握って心の底からお願いすると、とみおは喉元までせり上がっていた否定の言葉をぐっと呑み込んでくれた。そして彼は目を閉じた。

 僅かな逡巡。彼は私がライブを行える可能性を模索してくれているのだ。必死に探して、導き出してもらって、それでもダメだったら……その時は諦めるしかない。

 

 私は彼の手をぎゅっと握って、言葉を待つ。その手には想像もつかないくらいの力が込められていて、数瞬の間にどれほど彼が苦しんでいるかを理解してしまった。

 本当に申し訳なかった。でも、譲れないものはある。

 

 とみおが顔を上げる。私は彼の口が開かれるのを待った。その瞬間はすぐにやってきた。

 

「……分かった。ウイニングライブをやろう。この有記念は一生に一度しかないからな……。ただし、ダンスは簡略化するし、普段の派手な演出は控えてもらうからな」

「……! あ、ありがとうっ!」

 

 とみおは大きな大きな溜め息をつくと、固めた拳をゆっくりと解いた。そして私の右頬に触れて怪我の具合を確かめると、医務室の外で待つスタッフの元へと駆けていく。

 従来のライブより火の勢いを弱めるだとか、センターの振り付けを簡易的なものに変更するだとか、スタッフに色々な要求をしているのが聞こえる。スタッフも事情を汲み取ってくれたので、とみおの要望を何とか上に通してくれるらしかった。

 

「アポロさん、いいトレーナーを持ちましたね」と、お医者さんが声をかけてくる。「自慢のパートナーです」と答えると、彼は皺だらけの顔を柔和に歪ませた。

 

「目薬を渡しておきますから、本番前に()していってください」

「ありがとうございます!」

 

 私は目薬を受け取ると、彼に感謝しながら医務室を退室した。外に出ると、疲れ切った表情のトレーナーがスタッフを送り出していた。既に話はついたらしく、これから急ピッチでライブ会場への対応を行うそうだ。

 

「上手くやってくれそうなの?」

「あぁ……何とかなりそうだ」

「ありがたいね」

「……ちょっと遅れちゃったけど、1着おめでとう。目から血が出てるって気づいた時は本当に心臓が止まるかと思ったけど」

「とみおの作戦指示のおかげだよ」

「まあね」

「認められると逆に滑稽かも」

「何でだよ……はぁ」

「…………ほんと、無理言ってごめんね」

「まぁ……全部上手くいくさ」

 

 再度溜め息を吐くとみお。多分、彼が考えているのはウイニングライブ後のことだ。私を病院に連れていくことはもちろん、色々とやらなければいけないことがあるだろうから……そこは本当に申し訳ない。

 でも、私がウイニングライブを志願したのは、とみおのことを思ってでもある。もし私がライブを辞退したら、ファンからは盛大なブーイングが飛んでくることになるだろう。とみおにその矛先を向けさせたくはなかった。幸いなことにファンのみんなは良識のある人が多いから、傲慢な上に杞憂でしかないのかもしれないけど……。

 

 ……とにかく。用意してもらった以上、私に出来ることはウイニングライブを無難に終わらせること。そして、怪我を悪化させないこと。全てが上手く行けば、私が心配するようなことは起きないだろう。

 メイクを済ませ、勝負服の汚れを落とし、ステージ裏に立つ。事情を知るグラスワンダーとメジロブライトが私に声をかけてきた。怪我の具合はどうですか、視界の他にも問題はありますでしょうか――と、2人の丁寧な口調が妙にくすぐったかった。

 

「右目はこの通り見えにくくなっちゃってるんで、もしポカしたらカバーよろしくです」

「あらまあ……」

「分かりましたわ〜」

 

 右目は多少赤くなっているが、目薬をさしたおかげか遠目には分からないだろう。休憩時間でライブするだけのスタミナも回復したし、後は上手く踊れるかどうかにかかっている。

 スペシャルウィークはメイクデビュー戦のウイニングライブにて天を仰ぐ棒立ちをしたらしいが……もしダンスするのが厳しくなったら私もそうしようかな。

 

 視界の端々でスタッフが忙しなく動き回る中、遂にライブステージに薄明かりが灯る。壁を隔てて聞こえるざわめき。耳を澄ませば、「アポロレインボウはウイニングライブをしてくれるのか」「アポロちゃんの怪我は大丈夫なのか」という心配の声が聞こえる。

 

 私は両隣に控えたグラスワンダーとメジロブライトに視線を送る。彼女達はゆっくりと頷いて、手を差し出してくる。そっと2人の手を取ると、私達はステージ上に続く道を歩いていった。

 

 『NEXT FRONTIER』の物悲しいイントロが始まる。

 上昇していく足場。観客のボルテージが上がり、大歓声がライブ会場を包む。同時、私の姿を確認したファンからは驚愕の声が上がった。

 

 その声に耳を傾ける暇などない。ピンマイクに歌声を吹き込み、3人の『NEXT FRONTIER』を奏でていく。視界の両端に映るグラスワンダーとメジロブライトが優雅なダンスを刻み――対する私は、控えめな動きながらも一生懸命に全身を動かした。

 

 歌いながら踊るというのは、ある意味全力疾走することより難しい。ダンスに集中しすぎてしまえば音程が取れないし、歌に注力しすぎれば全身の動きが疎かになる。どちらも全力のパフォーマンスをして、絶妙なバランスを取ることが大事なのだ。

 そして、聡い観客はすぐに気づく。私の『歌』と『ダンス』のバランスが取れていないことに。

 

 正直、今の私のダンスはボロボロだった。たまにふらつくし、脚をもつれさせて――その度にグラスワンダーとメジロブライトに支えてもらって――いるし、躍動感の欠片もない。右目が想像以上に見えておらず、とりあえず踊るだけで精一杯だった。

 しかし、私の歌声は。腹の底から飛び出す声色は、誰にも引けを取らなかった。

 

 ――一生に一度きりの“今”を後悔したくない。

 

 伸びやかで力強い歌声が響く。珠汗を流しながら、歌詞を紡いでいく。

 ウイニングライブとは、レースに参加したウマ娘達が応援してくれたファンへ感謝の気持ちを表すライブである。ここにいる17万人に、今この瞬間しか伝えることのできない気持ちを歌声に乗せて伝えるのだ。

 

 応援してくれてありがとう、観に来てくれてありがとう、と。

 

 ――選ばれしこの道を、ひたすらに駆け抜けて。

 頂点に立つ、立ってみせる。

 

 暮れの中山、天候は晴れ。この場にいるファンや私の家族、そしてトレーナーに向けて、大いなる感謝を込めて私は歌う。

 これからも、この先も――力の限り、先へ。

 

 ウイニングライブは大盛況のまま幕を閉じた。最後はグラスワンダーやメジロブライトと抱き合って、涙を流した。『NEXT FRONTIER』のアウトロが完全に終わると、私達は観客席に向かって大きく手を振った。



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80話:クラシック級の終わりに

 ウイニングライブが終わった後、私達はすぐにタクシーに乗り込んで病院に向かった。URAと提携している御用達の病院だ。ここならレース中の怪我を迅速に治してくれるとウマ娘の間で有名な所で――タクシーに乗っている間に事情を伝えていたらしく、私の右目の治療及び精密検査はすぐに始まった。

 

 幸い怪我は軽傷に済んでいて、眼球を動かさないための眼帯と処方された目薬をつけていれば大丈夫とのことだ。廊下で待っていたとみおと両親に無事を伝えに行くと、3人はほっと息を吐いていた。

 

「1週間もすれば完治するってさ」

 

 お父さんとお母さんは、眼帯姿の私を見て明らかに動揺していた。お母さんなんか、尻尾と耳に表情が出過ぎてて笑っちゃいそうだ。とみおは「これくらいで済んで良かった」と「娘さんに怪我をさせてしまって申し訳ない」という気持ちが混じり合って物凄く微妙な表情である。

 申し訳なさが勝ったらしく、黙っているわけにはいかないと感じたっぽいトレーナーは両親に向かって頭を下げた。

 

「本当に申し訳ありません。内ラチいっぱいを走れと指示したのは私です、この怪我の責任は全て私にあります」

「……桃沢さん、頭を上げてください。ウマ娘に怪我が付き物なことはみんな知っていますから」

 

 お父さんとトレーナーが話す横で、私はお母さんにぎゅっと抱き締められた。とみおの前でそういうことをされるのは照れ臭かったので、必死に拒絶しようとする。が、お母さんもウマ娘なので、抵抗叶わずがっちりとホールドされてしまった。

 うちの両親は親バカのきらいがある。私のことを甘やかすし、成功すれば頭を撫でてくれて、失敗しても抱き締めてくれて。とにかく私を可愛がって止まないのだ。この1年半で変わったと思っていたが、あんまり変化していないようだ。

 

「アポロ……本当に良かった」

「そんなに心配しなくても」

「バカ言いなさい。アポロのレースは毎回毎回全力すぎて、見てるこっちは生きた心地がしないのよ。勝ちたいって気持ちは分かるけど、お願いだからもっと身体を労わって……」

「……お母さん」

 

 お母さんの苦しそうな声を聞いて、私は胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになった。ずっと私を育ててくれた親の身体が震えている。それだけで心にぐさりと刺さるような感覚に襲われる。

 ……確かに、勝利することは至上の喜びではあるけど、命を削るような走りで怪我をしたら元も子もない。当たり前の話だ。私だって、友達が怪我をしたら心配するし、怪我をしそうな走りをすることにだって微妙な気持ちを抱いてしまうものだ。それが家族――しかも我が子が怪我と隣合わせのレースをしているとなったら、むしろ今のお母さんみたいな反応の方が正常なのだろう。

 

 とみおが口酸っぱく「君に怪我だけはさせたくない」と言ってトレーニング後のケアをしてくれる理由を今更ながら実感できた。私はしゅんとしながらお母さんを抱き締め返す。自分と同じくらい小さな身体だけど、私にとってはとても大きな存在だ。本当はレースの勝利を祝って欲しかったけど、お母さんの気持ちを考えるとこればっかりは仕方ないなと思った。

 

 その後はお父さんにグランプリ勝利を労わってもらったり、実家にとみおを連れて帰ることを約束したりして、一旦解散の流れになった。両親はしばらく観光してから実家に帰るらしい。

 私達は怪我が軽微なため、門限に間に合うようにトレセン学園に帰ることなった。

 

 

 怪我の不便さが明らかになったのは翌日に目覚めてからのこと。右目が眼帯によって塞がれていたため、寝起きということもあってベッドから滑り落ちてしまった。

 鈍い音が響いたせいか同室のグリ子が起きるわ、どこかを強く打っていないか心配されるわで騒がしい朝だった。

 

 有記念が終わる頃、トレセン学園は丁度冬休み期間に入る。授業が無い代わりに宿題が多く出るが、文武両道を掲げるトレセン学園生徒は宿題をさっさと終わらせ、一日中暇なのを良いことにトレーニング漬けになる子達が結構な数に上る。

 また、年末年始は実家に帰って羽休めをするウマ娘もそこそこいる。私はそちら側のウマ娘なので、午前・午後は実家帰省のための軽い荷造りをすることにした。

 

 と言っても、そこまで多くない私服に加えて着替えのストックだとか、携帯用バッテリーに充電コードとか、図書館から借りてきたレース考察の本をキャリーケースに詰め込むだけだ。それでもケースはパンパンになったのだけど。

 

「アポロちゃんは実家に帰る系?」

「まあね。グリ子はどうなの?」

「う〜ん……去年は帰れなかったし、さすがに今年は顔見せとこっかな 〜って思ってるかな。アポロちゃんってどこら辺に家あんの?」

「北の方〜」

 

 午前・午後を使って荷造りをした後は、夕方からトレーナーと2人きりの祝勝会が行われる。私が怪我をしていることもあって、私への直接的なインタビューや撮影などは年明けまで持ち越しとなっているからである。

 その分年明けの時期は忙しくなること請け合いだが、そこら辺はたづなさん辺りが上手くやってくれるだろう。とみお含めた敏腕トレーナーの突出したブラックさは、トレセン学園が恒常的に抱える問題のひとつだからだ。

 

 購買で適当なおやつを買ってトレーナー室に歩く。チャットアプリで「そろそろ行く」と送信すると、10秒ほどで既読アイコンがついた。「待ってるよ」との返信に口元を綻ばせながら、私はレジ袋を胸に抱いた。

 2人きりのパーティ。その事実に得も言われぬ喜びに打ち震える。これまでも2人きりで色々とすることはあったが、やっぱりパーティとなるとテンションは青天井に上がってしまう。

 

 この祝勝会は実質クリパである。グランプリ前にやったミーティングは中途半端になりすぎたとのことで、とみおはケーキを買ってきてくれたし、何なら奮発して丸焼きの七面鳥まで取り寄せてくれたし、その他にも当日に渡せなかったというクリスマスプレゼントを用意してくれたらしい。

 いっぱいお話して、美味しいものを食べて、もしかしたら食べさせ合っちゃったり……なんてね。あはは……。

 

「あいた!」

 

 邪なことを考えていたせいか、道中でふらついたり変な場所におでこをぶつけたりしたけど、何とかトレーナー室に辿り着くことができた。ノックして室内に入ると、軽く装飾されたトレーナー室が視界に飛び込んでくる。

 後始末が大変そうなフワフワ――クリスマスツリーに巻かれている謎のアレ――があちこちから垂れ下がっていて、部屋に溢れていた書類と本は綺麗さっぱり消えていた。もう片付けようかと言っていた小さなクリスマスツリーはイルミネーションの輝きに包まれており、1年の中に生まれる僅かなアイデンティティを取り戻していた。テーブルの中央に沈黙する七面鳥がまた目を引く。

 

「やっほ!」

「おう、ようこそ」

「装飾、頑張ってんじゃん」

「まあな。仕事も終わらせたよ」

「マジ? めっちゃ偉い」

「ありがとう」

 

 とみおはソファに手をやる。導かれるままに、私は尻尾をぶんぶん振りながらテーブルの前に腰かけた。私の右目が気になるのか、とみおは若干視線を泳がせている。目の状態はお医者さんから説明を受けただろうに、過保護な人だ。

 お腹ぺこぺこだよ、と言いながら早速用意されていたフォークを手に取る。とみおは苦笑しながら七面鳥を取り分けたかと思うと、肉に飛びつこうとした私を手で制してきた。どうやら始まりの音頭を取るらしい。

 

「アポロ。ジュニア級に引き続いてクラシック級もよく走りきってくれた。本当に……本当にお疲れ様。今日は体重のことは気にせず、うんと食べて、うんと楽しんでいってほしい」

「……ありがと。でも体重のことは余計」

「仕方ないだろ、体重管理は仕事なんだから」

「セクハラ〜」

「はいはい。それじゃ始めようか。いただきます」

「いただきます」

 

 ……そうか。もう2年目のクラシック級は終わってしまったんだ。とみおと過ごせるのは残り1年と少ししかない。『最初の3年間』が終われば、トレーナーとは一旦契約解除となり――その上で契約延長かお別れかを選ぶことができる。

 もちろん彼を手放す気なんてないけど、それは私の都合。とみおはトレーナーという職業に励んでいて、私は仕事で関わるウマ娘のひとりに過ぎない。ずっとトレーナーを独占することは難しいというのが実情である。

 

 ふと、お母さんとお父さんの関係を思い浮かべる。トレーナーと担当ウマ娘。若くして地方トレーナーとなったお父さんと、地方トレセン学生としてレース生活に身を投じることになったお母さん。私ととみおの境遇と被らないでもない。

 ただ、両親と私達で決定的に違うのは、()()()そういう関係にはなれそうもないことか。私はヘタレだし、とみおは何やかんや大人としての振る舞いをしているし……3年目の終わりに何かしらのアタックを仕掛けないと、この関係は案外あっさりと終わってしまいそうな気がしている。

 

 私はお手頃サイズに切った七面鳥を頬張りながら、クリパにはあまり似合わない白飯を掻き込んだ。結局、美味いものを食べてしっかり睡眠すれば悩みなんて吹き飛ぶものだ。口の中に旨みが広がると共に、きっと上手くいくさというあやふやな希望が湧いてくる。

 とみおもニコニコ笑顔で七面鳥と白飯を交互に食べている。私は全然大丈夫だけど、とみおは食後のケーキを食べられるのか心配になるがっつき具合である。

 

「にしても、丸焼きの七面鳥なんて本当に存在したんだねぇ。漫画とかアニメでしか見ないから、割と感動……」

「実は俺も初めてなんだ。テンション上がって買っちゃった」

「たまにはいいんじゃない?」

「まあな。何せダービー・菊花賞・有記念を制したウマ娘のお疲れ様会なんだから……ちょっとくらい派手なものにしたって怒られないさ」

 

 日本ダービー、菊花賞、有記念を勝った――そう言われても、あまり実感がなかった。目の前のレースに勝つ、立ちはだかるライバルに負けたくない、その一心で我武者羅にやってきたのだ。勝利の中に(くすぶ)る己の未熟さは嫌というほど理解しているし、まだまだ成長の余地があることも知っている。自分はまだまだ弱いですよと言うつもりは無いが、最強には程遠いだろう。

 そういう余裕のない性格の私を知っているから、とみおはこういうパーティを開いてくれたのだと思う。とみおは厳しいトレーナーだが、褒めてくれる時はちゃんと褒めてくれる。常に張り詰めたままだと、きっといつか疲れてしまうから、彼のそういうアメには本当に助けられている。

 

 ……やっぱり、この人のことが大好きだ。比翼の鳥的な感じで、相性もバッチリじゃんね。私は頑張りすぎるトレーナーのストッパーになってるし、とみおは私の短所をカバーしてくれるように動いてくれるし。

 やば、マジで私達イケてるくさいじゃん。夫婦って言われてもおかしくないわ。めっちゃハグしたい。手繋ぎたい。

 

「……アポロ? やっぱり目が――」

「え? あ、や! 考え事してただけで何ともないよ」

「何かあったらすぐに言ってくれよ……」

「う、うん……」

 

 ぼーっとしてたら、とみおに顔を覗き込まれた。変なところだけは(さと)いよね、とみお。逆に私の好意に気づいてないのって有り得なくない? 私、結構好意を伝えてると思うんだけど……とみおがどんだけ朴念仁(ぼくねんじん)なんだって話だよ。

 でもそういうところが可愛いんだよね。はぁ、憂鬱。私は七面鳥を食べて気を紛らわせた。

 

「ところでさ。この七面鳥ってどこで見つけてきたの?」

「あぁ、これな。ちょっと前に近所で七面鳥の専門店を見つけてさ。ビックリして店内に入ったら、ほんとに七面鳥しか売ってなかったんだよ。インパクトがデカすぎて、クリスマスになったら絶対に買いに来ようって思ってたんだ」

「え、うそぉ。七面鳥専門店って……ケバブ専門店じゃないんだから。クリスマスシーズン以外で売れてるのかな……」

「それが、誕生日パーティのためにって買いに来るお客さんが結構いるらしい。特に見た目のインパクトが凄いから、ウマ娘には案外好まれているとか」

「ナリタブライアン先輩とか好きそ〜」

「はは、多分常連だろうな」

「『重厚な肉汁と歯ごたえが堪らない……』とか言ってそう」

「……間違っても本人の前では言うなよ」

 

 こうして夕食を食べ終わった後、私達はホールケーキを箱から取り出した。数日遅れのクリスマスケーキ。シーズンが終わり、母国に帰ったはずのサンタクロースがケーキの上に鎮座している。雪だるまも一緒だ。

 

「わ、可愛い!」

「ギリギリ残ってたやつを買ってきた。1番小さいサイズだけど……」

「2人だし丁度いいでしょ?」

「……ま、そうか。コーヒー淹れてくるわ」

「じゃあケーキ切り分けとくね〜」

「よろしく〜」

「ん」

 

 私は片目だけの視界の中、何とかケーキを切り分けた。砂糖菓子のサンタさんはとみおに似てたから、彼の皿に乗せてあげる。雪だるまの砂糖菓子は『未知の領域(ゾーン)』っぽいから、私の皿の隅っこに置いた。

 生地がゆるふわだったためナイフで切り分ける際に形が崩れてしまったが……まあ、胃の中に入れば一緒でしょ。と思いつつ、ガタガタになったケーキの欠片をとみおの皿に押し付けた。熱々のコーヒーが入ったマグカップを持ってきたとみおは、形の崩れたケーキを見て大笑いした。

 

「アポロ、下手に切った方を俺に押し付けただろ! 酷いなぁ」

「しょうがないじゃん右目見えないんだし! だったら次はとみおが切り分けてよね!」

「はいはい。じゃ、七面鳥に続いてケーキも頂こうかな」

「コーヒーありがと、いただきま〜す」

 

 いつもみたいに冗談めかした会話を繰り広げ、笑い合いながらケーキを食べる。大量の生クリームが乗ったケーキは、甘ったるくてしょうがなかった。

 

 その後はイチゴの分配で軽く揉めたり、見た目は可愛いけど砂糖菓子って正直美味しくないよねって会話をしながら、何とかケーキを食べ終わった。結果から言えば、2人でホールケーキは失敗だった。私がウマ娘とはいえ、七面鳥の後に食べていい量ではなかったようだ。

 2人でくたびれながら時計を見る。門限まで1時間。あまり時間が無いな、という寂しさと共に使命を思い出す。プレゼント交換である。

 

「あ、そうだ。プレゼント交換しようよ」

「あぶな……忘れるところだった」

 

 私が用意したプレゼントは高級家具屋から取り寄せたクッションだ。トレーナー室の隅に隠してあったダンボールから、リボンで結ばれた小袋をとみおに手渡しする。最近のとみおが腰痛に苦しんでいると言うので、優しい担当ウマ娘のアポロちゃんが店頭で発掘してきた逸品である。

 ちょっと高かったけど、レースで稼いだお金があるので全然お釣りが来る。とみおは覚えててくれたのか、と言いながら柔らかい表情になった。

 

「嬉しいよ……ありがとうアポロ」

「ふふん、どういたしまして!」

「俺からのプレゼントはこれ。はい、どうぞ」

 

 そう言って手渡されたのは、手に持てるサイズのプレゼント用の小包だった。何だろうと思って結びを解いてみると、中から出てきたのはブランド物のマフラーだった。丁度欲しかった可愛いやつ。

 

「やば、うれし……ありがとう」

「こちらこそ、どういたしまして」

「…………」

「……どうしたの?」

「いや、何かさ。去年は高いイヤーキャップ、今年はブランド物のマフラーまで貰っちゃって……急に申し訳なくなってきた」

「何言ってるんだよ。俺に初勝利をくれただけじゃなく、G1を3回もプレゼントしてくれたじゃないか。お返しとしては全然足りないくらいさ」

「……照れるっつの」

 

 あっけらかんと言い放つとみお。私は新品のマフラーに鼻を(うず)めて、ニヤつきを隠せない口元を隠した。どこか初々しいような、微笑ましいような雰囲気が漂う。自然と2人の視線は、トロフィーや写真立てが飾ってある棚に向かう。

 

 1番隅っこにある始まりの写真に目が行く。それは去年の6月のメイクデビュー戦前に2人で撮った写真だ。トラックコースに立つ体操服姿の私と、新品同然のスーツを着たとみおが、ちょっとだけ距離を取って四角の中に収まっている。

 

 その隣に、未勝利戦を勝ったウイニングライブの後に撮った写真があった。汎用ライブ衣装でピースをする私と、ネクタイから躍動感が伝わってくるようなガッツポーズをするとみおが、肩を並べて写っている。

 

 更に次には、条件戦の紫菊賞を勝った後の京都レース場で撮った写真があった。あまり晴れない表情の私と、そんな私に気づいて作り笑いを浮かべるとみお。

 思い出がフラッシュバックし、2人の間に心地よい沈黙が流れる。

 

 所狭しと置かれた私のぱかプチ。そして、ホープフルステークス前に撮った勝負服の私がいて。若駒ステークス前日に撮った写真や、若葉ステークス勝利後に撮影した一枚が続いている。ここからはクラシック級の写真とトロフィーが並んでいた。

 

 皐月賞前の引き締まった表情の私達の写真。そして、その後の写真には写されていない敗戦と涙。セイウンスカイの爆走と奮起。勝ちきれない悩みで苦しんでいたこの時期は、今の糧になっている。

 

 続く、運命の日本ダービー。2人のダービーウマ娘が虹を背景に抱き合う写真は、今でも広告や雑誌に使われていたりする。もうひとつダービーの写真があって、それは泣き笑いで肩を寄せ合う2人の姿が収められた1枚だった。泥まみれの私達と、鈍く輝く日本ダービーのトロフィー。初の重賞制覇にしてG1制覇の喜びを思い出さない日はない。

 

 日本ダービーのトロフィーの横には、菊花賞の写真とトロフィーが沈黙していた。試練を乗り越えて一皮剥けたような表情の私と、心の底からの安堵感が溢れるようなトレーナー。あのレコードをもう一度出せと言われても不可能だろう。それくらい会心の勝利だった。

 

 菊花賞のトロフィーの横には、ステイヤーズステークスで撮った写真とトロフィーが。その横にはダブルトリガーさんと撮ったツーショットもある。

 思い出の終着点には、有記念の写真とトロフィーが置かれていた。写真は後日撮影したもので、泥汚れのない勝負服を着た私ととみおが写っている。

 

 笑顔のぱかプチとトロフィーに囲まれて輝く思い出達。そんな激動のクラシック級が終わり、シニア級がやってくる。海外遠征を視野に入れているシニア級は、これまで以上に苦難の道のりになるだろう。

 だからこそ、夢に向かって進み続けよう。彼と一緒に勝利を重ねていこう。そう思うのであった。

 

 




次回のスレ回を挟んでクラシック級は終わりです。


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1年間を総括するスレ

1:ターフの名無しさん ID:VmN51X0Ai

この1年、こんなに楽しいとは思わんかったンゴ

 

2:ターフの名無しさん ID:aB4eFYj5m

結局今年1年はアポロレインボウの年だったねぇ

 

3:ターフの名無しさん ID:K7NMbncYR

記念まで勝つとか聞いてないが

 

4:ターフの名無しさん ID:fBlP244hC

クラシック二冠+有記念て普通にヤバすぎ

 

5:ターフの名無しさん ID:7j/T8Q4c9

逆に皐月賞取れなかったのが悔しすぎるだろ

僅差の2着て今考えたら惜しすぎるわ

 

6:ターフの名無しさん ID:gJyFFc6oX

何気にダービーウマ娘2人って珍事では?

 

7:ターフの名無しさん ID:e7xRpsJCl

スペシャルウィークも4着以下取ったことないしクソ強いよ

 

8:ターフの名無しさん ID:ZjAGL2P5/

誰かG1の結果纏めて〜

 

9:ターフの名無しさん ID:qqoS10D2x

中央G1のみ

2月 フェブラリーS グルメフロンティア

3月 高松宮記念 タイキシャトル

4月 大阪杯 エアグルーヴ

4月 桜花賞 グリーンティターン

4月 皐月賞 セイウンスカイ

5月 天皇賞(春) メジロブライト

5月 NHKマイルC エルコンドルパサー

5月 ヴィクトリアM エアグルーヴ

5月 オークス ハッピーミーク

5月 日本ダービー スペシャルウィーク、アポロレインボウ

6月 安田記念 タイキシャトル

6月 宝塚記念 サイレンススズカ

10月 スプリンターズS グリーンティターン

10月 秋華賞 ハッピーミーク

11月 天皇賞(秋)  サイレンススズカ

11月 菊花賞 アポロレインボウ

11月 エリザベス女王杯 メジロドーベル

11月 マイルCS タイキシャトル

11月 ジャパンC エルコンドルパサー

12月 チャンピオンズC アブクマポーロ

12月 阪神JF スティンガー

12月 朝日杯FS アドマイヤコジーン

12月 ホープフルステークス アドマイヤベガ

12月 有馬記念 アポロレインボウ

 

8月 モーリス・ド・ギース賞 シーキングザパール

8月 ジャック・ル・マロワ賞 タイキシャトル

12月 香港スプリント グリーンティターン

 

10:ターフの名無しさん ID:UxnWi8j56

>>9 これマジ?

同じ名前が多すぎるだろ……

 

11:ターフの名無しさん ID:uV25MkWEI

G1 4勝

タイキシャトル(高松宮記念、安田記念、ジャック・ル・マロワ賞、マイルチャンピオンシップ)

ハッピーミーク(オークス、ジャパンダートダービー、JBCレディスクラシック、秋華賞)

G1 3勝

アポロレインボウ(日本ダービー、菊花賞、有記念)

グリーンティターン(桜花賞、スプリンターズステークス、香港スプリント)

G1 2勝

エアグルーヴ(大阪杯、ヴィクトリアマイル)

サイレンススズカ(宝塚記念、天皇賞秋)

エルコンドルパサー(NHKマイルカップ、ジャパンカップ)

 

12:ターフの名無しさん ID:0gdk+b71O

うわ〜これ年度代表ウマ娘誰になるんや

 

13:ターフの名無しさん ID:J95iSawOb

>>12 さすがにアポロレインボウでしょ

 

14:ターフの名無しさん ID:91q3mQS8D

>>13 いや海外G1勝ってるしG1 4勝だしタイキシャトルでしょ

 

15:ターフの名無しさん ID:d0VnPdnGr

>>14 URAは国内レースを基準に年度代表ウマ娘を考えるだろ

 

16:ターフの名無しさん ID:dw0bRc8pF

>>15 だったら地方含めてだけどG1 4勝のハッピーミークだな!

 

17:ターフの名無しさん ID:+nw72YTZd

・クラシック二冠+有記念

・ティアラ二冠+ジャパンダートダービー+JBC

・高松宮記念+安田記念+海外G1+マイルチャンピオンシップ

・桜花賞+スプリンターズステークス+香港スプリント

みんなは誰がいいカナ?

 

18:ターフの名無しさん ID:wXi+jBoaK

スズカさんが選考から弾かれるのウソでしょ……

 

19:ターフの名無しさん ID:nHdehYwqv

無理無理選べない!

 

20:ターフの名無しさん ID:I1Oz2bB64

いや〜誰選ばれても批判殺到でしょ

 

21:ターフの名無しさん ID:P4Nxw26bG

大逃げだしアポロちゃんで!

 

22:ターフの名無しさん ID:YC01FDE6d

順当に言ったらURA賞は

最優秀賞ジュニア級ウマ娘 アドマイヤベガ

最優秀賞クラシック級ウマ娘 アポロレインボウ

最優秀賞シニア級ウマ娘 タイキシャトル

最優秀賞短距離ウマ娘 タイキシャトル

最優秀賞ダートウマ娘 ハッピーミーク

 

年度代表ウマ娘は知らん

 

23:ターフの名無しさん ID:/Hpwac1Qc

揉めるぞこれ

 

24:ターフの名無しさん ID:RClyf4QhH

まあハッピーミークはアポロレインボウに有記念で負けちゃってるから無いかな……?

何やかんや1位アポロレインボウ2位タイキシャトルで大揉めやろなぁ

 

25:ターフの名無しさん ID:jUWXX6twX

(URAはクラシックディスタンスを重んじるきらいがあるからアポロレインボウ有利か……?)

 

26:ターフの名無しさん ID:Ccjgb0Nqm

気ぃ効かせて2人同時ってのはいかんのか?

 

27:ターフの名無しさん ID:/EDZ2wRZp

>>26 そうはいかんかもなぁ

 

28:ターフの名無しさん ID:Ka72ELM+U

(そうは)いかんでしょ

 

29:ターフの名無しさん ID:UHnH0fwCj

前例ないしどっちかに絞られるのはしゃーない

 

30:ターフの名無しさん ID:5HIqj3d72

年度代表ウマ娘の記者投票が1位同数になって審査委員会に持ち込まれたうえで、最終的に多数決でもまとまらないような場合だったらまぁ2人選出は有り得なくはない。でも限りなく低い可能性だろうな……。

 

31:ターフの名無しさん ID:cz62GQtDn

ちな年度代表ウマ娘の2人同時選出は、遥か過去の『啓衆(ケイシュウ)賞』だった頃ならギリあるよ。URA賞じゃない頃だから前例とは言い難いかもしれんけど……。

 

32:ターフの名無しさん ID:esbEUhzXG

>>31 メイズイとリユウフオーレルな

あれはノーカンなんじゃね、まだ今のURAみたいなカチカチの賞じゃなかったし

 

33:ターフの名無しさん ID:h2eozbuOk

テェキシャトルは強いよ

 

34:ターフの名無しさん ID:2+zM5NyFv

テェキwwww

 

35:ターフの名無しさん ID:6gN733zsC

実際強いだろ、謎の太り気味になって負けたスプリンターズステークス以外はガチ無敵だし

 

36:ターフの名無しさん ID:5A2GxgYxU

一応有力候補をタイキシャトルとアポロレインボウに絞った上で成績貼るね

 

タイキシャトル今年の成績

 

中京 高松宮記念 G1 18人 1番 1人 1着 T1200 良 1.08.9 0.2秒 (シーキングザパール)

東京 安田記念 G1 17人 2番 1人 1着 T1600 不良 1.37.5 0.4秒 (オリエンタルエクスプレス)

ドーヴィル ジャックルマロワ賞 G1 8人 1番 1人 1着 T1600 稍重 1.37.4 0.1秒 (Among Men)

中山 スプリンターズS G1 15人 13番 1人 3着 T1200 良 1.08.6 クビ グリーンティターン

京都 マイルチャンピオンシップ G1 13人 9番 1人 1着 T1600 良 1.33.3 0.8秒 (シーキングザパール)

 

全成績 13戦 11勝 [11-1-1-0]

今年 5戦 4勝 [4-0-1-0]

 

 

アポロレインボウ今年の成績

 

中山 若葉S OP 16人 2番 1人 1着 T2000 良 1.57.9 0.3秒 (ディスティネイト)

中山 皐月賞 G1 18人 17番 3人 2着 T2000 良 1.58.2 ハナ セイウンスカイ

東京 東京優駿(日本ダービー) G1 18人 1番 1人 1着 T2400 良 2.22.5 同着 アポロレインボウ、スペシャルウィーク

京都 菊花賞 G1 18人 5番 2人 1着 T3000 良 2.58.5 大差 (セイウンスカイ)

中山 ステイヤーズS G2 16人 6番 1人 1着 T3600 良 3.44.2 アタマ (Double Trigger)

中山 有記念 G1 16人 13番 1人 1着 T2500 重 2.31.9 0.4秒 (グラスワンダー)

 

全成績 11戦 7勝 [7-1-2-1]

今年 6戦 5勝 [5-1-0-0]

 

 

37:ターフの名無しさん ID:TEDXw3E93

凱旋門級の難関って言われる香港スプリントをクラシック級で勝ったグリ子ちゃん地味におかしくない?

 

38:ターフの名無しさん ID:FSB8hInkD

トゥインクルシリーズ壊れる

 

39:ターフの名無しさん ID:LLhCElsuf

>>36 これは……難しいな……

 

40:ターフの名無しさん ID:ErAFXP7K5

#年度代表ウマ娘を見せろアポロレインボウ

 

41:ターフの名無しさん ID:PWqtLV3Df

 

42:ターフの名無しさん ID:BtVBLNGW0

>>40 見せろってなんだよ

 

43:ターフの名無しさん ID:21zsTMMjx

#おへそを見せろアポロレインボウ

 

44:ターフの名無しさん ID:FfAdN9OYo

>>36 ステイヤーズステークスでダブルトリガーに勝ってるしアポロちゃん優勢では?

 

45:ターフの名無しさん ID:V8yK0xcUf

>>36 やっぱりタイキシャトルでしょ

 

46:ターフの名無しさん ID:dXuLxOAVp

>>45 いや菊花賞の大レコード覚えてないんか?

あれだけで一生バラエティで飯食っていけるレベルやで

 

47:ターフの名無しさん ID:cO2IP0Nxc

>>46 そんなこと言ったらジャック・ル・マロワ賞の勝利も相当だぜ

 

48:ターフの名無しさん ID:p3Uc4SFJQ

>>45 >>46 >>47

年度代表ウマ娘になれなくても特別賞がある!ドン!

 

49:ターフの名無しさん ID:hz0RmkVlu

>>48 今年どんだけ特別賞貰えるウマ娘がおるんや

 

50:ターフの名無しさん ID:W+46ynrAS

>>49 表彰なしのウマ娘……グリーンティターン、エルコンドルパサー、サイレンススズカ、エアグルーヴあたりかな

 

51:ターフの名無しさん ID:it7ora/Hm

>>50 多すぎる!!

 

52:ターフの名無しさん ID:r5AnlGtCW

>>50 まあ特別賞は減らないから……

 

53:ターフの名無しさん ID:rkekFJ2LO

URA賞の表彰はともかく

来年のG1まで待たされるのは辛いぜ

グリーンティターンはドバイに行くらしいが、他はどうなんだろうか

 

54:ターフの名無しさん ID:CzGpLuqWp

グリーンティターンはドバイの1200m・アルクオーツスプリント

たぶんサイレンススズカは距離が合ってるからドバイターフに行く

3200mのドバイゴールドカップはアポロレインボウ

ドバイシーマクラシックは……エルコンドルパサーかな?

 

55:ターフの名無しさん ID:HigF4xCr+

グリ子ちゃん世界中のスプリントG1に行くらしい。

アポロちゃんはステイヤーズミリオンに挑戦だってよ。

 

56:ターフの名無しさん ID:9Qqu9R4HR

>>55 この2人同室ってマ?

最強のふたりじゃん

 

57:ターフの名無しさん ID:F60WIoPLt

>>56 間に挟まりてぇ〜

 

58:ターフの名無しさん ID:CuN2F4gqM

>>57 ……だまれ

 

59:ターフの名無しさん ID:x4MBoMol7

>>58 草

 

60:ターフの名無しさん ID:DJG7SJe9S

>>58 過激派wwww

 

61:ターフの名無しさん ID:5Kbyuni6d

>>58 アポロちゃんにはとみおがいるから(呆れ)

 

62:ターフの名無しさん ID:ra/hbY3dg

>>61 とみおほんま羨ましいわぁ

 

63:ターフの名無しさん ID:tueWZTk4y

ワイもアポロちゃんに尻尾ぶんぶんされたいお(´;ω;`)

 

64:ターフの名無しさん ID:yKVwEm0hA

はぁ

ウマ娘ちゃんはキラキラしてていいなぁ

 

 

明日から仕事だ

 

65:ターフの名無しさん ID:ZYaOIAlIF

>>64 やめろ

 

66:ターフの名無しさん ID:Ax702So9z

>>64 きっつ

 

67:ターフの名無しさん ID:Yj8BpSOKZ

言っとくけどトレーナー業はブラックだぞ

お前らが思うような天国は無いんだ

人不足だから拍車かけてる

 

68:ターフの名無しさん ID:a2SdZKfMg

まあ楽な仕事なんて無いわな、メディア露出するんなら特に……

 

69:ターフの名無しさん ID:0H8aZT3Nw

泣いた

 

70:ターフの名無しさん ID:0pAU7XcZQ

年末はウマ娘の特番が楽しみだわね

 

71:ターフの名無しさん ID:Ue8pTCRna

お笑い番組と歌番組とウマ娘特番、録画容量こわれる

 

72:ターフの名無しさん ID:Qwu2lcV+e

>>70 ステイヤーズステークスの白目と有記念のキラキラ未遂&血の涙、放送できるんですかね……?

 

73:ターフの名無しさん ID:5IodQCrF7

>>72 そこはモザイクで何とか……

 

74:ターフの名無しさん ID:D6XY+l4ZM

>>73 いやカットだろwww

かなしいなぁ

 

75:ターフの名無しさん ID:fI1e5y3pL

特番にダブルトリガーちゃん呼んでくれないかな?

 

76:ターフの名無しさん ID:W0F/Vql47

>>75 暇だったらワンチャンあるけど日本語喋れんやろ

 

77:ターフの名無しさん ID:uP4vnDSm0

変な事言うようで悪いけど、ワイはアポロちゃんの走りが心配で心配でたまらんわ

ジュニア級から命削ってるような走りばっかりで……いつか怪我しないか本当に怖い

 

78:ターフの名無しさん ID:++tSCV5eO

>>77 それはそう、アポロちゃん命削りすぎてない?

 

79:ターフの名無しさん ID:5PcPoGaNV

譲れない夢があるんでしょ

 

80:ターフの名無しさん ID:v3POvelyN

今のところ派手な怪我はしてないけど、いつか骨折とかしそうでな……

そうなったら俺の心が持たんわ

とみお頼む

 

 

 

 

711:ターフの名無しさん ID:eRrN4hoH9

年末はウマスタが賑やかで嬉しいわね

 

712:ターフの名無しさん ID:NqDMqlLn4

分かるわ〜

 

713:ターフの名無しさん ID:J4tbXCqUN

        

        

        

エアグルーヴとメジロドーベルがツーショット上げててワイ無事死亡

 

714:ターフの名無しさん ID:yT06qlKCz

        

        

        

メジロブライト×メジロライアンてぇてぇ

 

715:ターフの名無しさん ID:+I5+VsTrZ

        

        

        

あ゛さ゛と゛い゛ウ゛イ゛ン゛ク゛す゛る゛ア゛ポ゛ロ゛ち゛ゃ゛ん゛か゛わ゛い゛い゛よ゛お゛

 

716:ターフの名無しさん ID:qCGBVbuMz

は〜すき

 

717:ターフの名無しさん ID:BYBlHvU+J

俺の推しが尊いわ

 

718:ターフの名無しさん ID:iu2nmWwfs

>>713 >>714 >>715

みんなまつ毛なっが、顔ちっさ、手ほっそ

小顔すぎてワイの顔の半分くらいの大きさくらいしかないわ

 

719:ターフの名無しさん ID:0vY3Mq1TS

>>718 それはお前の顔がデカすぎ

 

720:ターフの名無しさん ID:XVnsaDawN

        

        

        

眼帯アポロちゃん

割と軽傷で良かったお(^ω^)

 

721:ターフの名無しさん ID:65aQl/zU2

【速報】エルコンドルパサーとグラスワンダー、イチャつく

 

722:ターフの名無しさん ID:DNSBJ++HC

いつもの

 

723:ターフの名無しさん ID:6Cy+GYb3P

でも大晦日とかは帰省しててウマスタ大人しくなるよな

 

724:ターフの名無しさん ID:PjPKczfvT

タイキシャトルのウマスタ見たけど、とんだけバーベキューしてんのさ

 

725:ターフの名無しさん ID:2ObAkJ8vm

>>724 タイキちゃんって寂しがり屋らしいよ

だからバーベキューって口実で誰かと絡もうとするとかしないとか

 

726:ターフの名無しさん ID:cypIfDvuO

>>725 えっ何それかわいい……

 

727:ターフの名無しさん ID:BwxnCyxqK

ターフの上では堂々としててクソ強いのにね、可愛いよタイキ

 

728:ターフの名無しさん ID:QfAEkkHPn

ハッピーミークよりトレーナーの桐生院の方がウマスタ更新してるやん

 

729:ターフの名無しさん ID:S/pz+TUqi

ミークちゃんはインタビューとか撮影の「ぬぼ〜」っとした感じが素なのんだろうな……

 

730:ターフの名無しさん ID:kcxRgP6uc

ワイのセイウンスカイさんはあんまりウマスタ更新してくれなくて泣ける;;

 

731:ターフの名無しさん ID:PLCRqbTh5

グラスちゃん正月になったらめちゃくちゃウマスタ更新してくれそうだよな

日本文化がどうとか言って

 

732:ターフの名無しさん ID:+5STLGMc3

グラスちゃん可愛いけど有記念の時すげー怖かった……

 

733:ターフの名無しさん ID:mt1Ts9/z8

>>732 アポロちゃんとかエアグルーヴさんとかも怖いだろ

 

734:ターフの名無しさん ID:wFRectFmo

>>733 その2人は怖いの意味合いが違うわ

 

735:ターフの名無しさん ID:6L4me2GH5

勝負事にマジなのも可愛いじゃん?

 

736:ターフの名無しさん ID:uKv+x/fjF

レース中はマジ顔のバチバチだけど普段(ウマスタ)ではふわふわ笑顔なウマ娘ちゃん達無限に可愛い

 

737:ターフの名無しさん ID:7uei1cilz

好きだなぁ

 

738:ターフの名無しさん ID:UipOCQRmh

これが恋ってやつ、ですか

 

739:ターフの名無しさん ID:SCt1mtf5l

みんな、来年の春先のファン感謝祭絶対行こうな!!

シンボリルドルフ、ナリタブライアン、その他色んなウマ娘に会えるぜ!!!

 

740:ターフの名無しさん ID:ij3CWRtV/

>>739 うっひょ^〜

 

741:ターフの名無しさん ID:HFf11AnTJ

とみおに尻尾ブンブンお耳ぴこぴこしてるアポロちゃんに会いたい

 

742:ターフの名無しさん ID:x2Z4Xsclc

メジロ家のみんなもいるかなぁ?

 

743:ターフの名無しさん ID:33GSdBX29

久々に生のトウカイテイオー見たいな

 

744:ターフの名無しさん ID:SkxUHT0nr

ファン感謝祭は倍率がね……

 

745:ターフの名無しさん ID:mxTfAzacK

現地に行けたとしても人多すぎて圧死するぞww

ソースはワイ

 

746:ターフの名無しさん ID:S0bkPn/4w

リアルのゴールドシップすげー可愛かったけど何言ってるかほとんど意味わからんかった

ブライアンは案外ちっちゃくてビックリした

 

747:ターフの名無しさん ID:3oDLg8waX

ファン感謝祭って運よければ写真とか取れるんでしょ?

家宝にしたいわ

 

748:ターフの名無しさん ID:YpmIrfr2N

執事喫茶行って死にて〜

 

749:ターフの名無しさん ID:mjhOdulrU

>>748 ポジティブすぎる自殺願望

 

750:ターフの名無しさん ID:ZE2mGhJAX

俺はお化け屋敷行きたいわ

 

751:ターフの名無しさん ID:RGyvO/RYf

ワイはみんながイキイキしてる姿が拝めたらええよ

それだけを養分にして100年くらい生きられる

 

752:ターフの名無しさん ID:49dSuVSMe

バケモンがよ……

 

753:ターフの名無しさん ID:1DmFQKuXn

え! 今ウマスタ更新されたけど

        

        

        

この写真凄くね?

今年のクラシック世代全員おるやん

しかも生徒会+シニア級ウマ娘もちらほらいて豪華すぎひん?

 

754:ターフの名無しさん ID:FYgNnIa9k

>>753 !?

 

755:ターフの名無しさん ID:JNgk2blXj

>>753 どうした急に集合写真なんか撮って

 

756:ターフの名無しさん ID:NuMpnv6KV

>>755 何か偶然集まる機会があったんだとさ

 

757:ターフの名無しさん ID:Nh7901Avo

>>753 壁紙にします

 

758:ターフの名無しさん ID:EZ2N7NRjb

総G1勝利数ナンボだよ

 

759:ターフの名無しさん ID:GLaxoqZ+P

50は軽く行ってそう

 

760:ターフの名無しさん ID:p4DvtjaJa

年末にいい写真見れた

来年も楽しみだわ

 

 

 





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適当にもほどがある 様に素晴らしい絵を頂きました!
とみおとデートしているアポロレインボウです、ありがとうございます!


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ユメヲカケル!シニア級!
81話:担当ウマ娘の実家にお邪魔しよう!その1


 アポロレインボウはG1ウマ娘である。そもそもオープンクラスになるだけでも快挙――ウマ娘全体の中でもトップ層と誇っていい――なのに、G1を3勝したのだから、その実力は言うまでもない。

 菊花賞、ステイヤーズステークス、有記念の走りっぷりから歴代屈指のステイヤーとも評され、URAから販売されている『ぱかプチ』等グッズの売上も凄まじい。まさに人気・成績ともに今をときめくウマ娘である。

 

 そんなアポロレインボウの人気を、桃沢とみおは嫌というほど理解していた。

 まず、アポロレインボウはものすごく可愛い。美形が多いウマ娘の中でも特に、である。担当ウマ娘という色眼鏡を差し引いても目が眩むような美少女だ。ピンクがかった芦毛、小顔、肌が白くて綺麗、本人の美意識が高い、私服がオシャレ、勝負服の造形、レースで見せる気迫溢れる姿のギャップ――とにかく色々なビジュアル的要素が噛み合って、男性にも女性にも多くのファンがいる。

 中にはトレセン学園に通うウマ娘の中にも隠れファンがいるというくらい、ある意味大物のウマ娘なのだ。しかもG1を勝つほど強い上に、昨今珍しい大逃げ脚質のウマ娘であるとなったら――人気はストップ高である。

 

 ――それなのに。本人はその自覚もへったくれもない。トレーニングと友達と家族と桃沢とみお以外には見向きもしないのだ。名声も周囲の評価もそこまで気にしない彼女の姿勢はトレーナー的にも助かっているが、桃沢個人としては非常に困っている。

 ――アポロレインボウの甘え癖。ダダ漏れの好意と、そこから来る近すぎる距離が桃沢を悩ませているようだった。

 

 

 年末。桃沢とみおはアポロレインボウの実家に赴くため、彼女と共に旅路についていた。彼女の実家は遠い田舎にあるので、空港から飛行機に乗り、そこから更に電車を乗り継いでいかなければならない。

 そのため、桃沢とみおはアポロレインボウと共に空港にやって来ていたのだが……。飛行機に乗り込む際、怪我の影響で片目の見えないアポロレインボウが転倒しかけた。

 

「わわっ」

「あぶな――っ」

 

 段差につま先を引っかけ、たたらを踏むアポロレインボウ。咄嗟に抱き留める。ふわり、ほのかに甘い香りが漂って、少し遅れて冷や汗が背中を濡らした。

 

 ウマ娘の身体はまさに資本だ。G1を勝つようなウマ娘の身体なんて言うまでもなく、何者にも代え難い価値を持つ。嫌な話になるが、人気のG1ウマ娘が怪我をすれば、それによって生まれる経済的損失は計り知れない。

 そんなウマ娘の脚がトレーナーの不注意で――しかも片目の怪我をしているという警戒の中で――骨折しちゃいました、なんてことになったら間違いなく首が飛ぶ。それ以上に、彼女が怪我をする姿など絶対に見たくないというのもあるが。

 

「……大丈夫か?」

「う、うん……何ともない」

 

 桃沢の腕の中で尻尾を振るアポロ。トレーナーの心配を知らず、芦毛の少女は彼の温もりに身を委ねてぼーっとしている。通行人の目があったので隅の方に移動しながら、桃沢はアポロの肩を数回叩いた。

 もし判断が一瞬でも遅れたら――()()()()いっていたかもしれない。驚くような()()出来事でも骨折は起こり得るものだ。転倒する、勢いよく手を()()、どこかにぶつける、エトセトラ……。とにかくもっと気を引き締めて、これ以上怪我のないようにアポロレインボウを監視していなければ。

 

 桃沢は生唾を飲み込み、ごめんと一言謝った。その上で、君にも注意して過ごしてほしいと優しく告げた。周囲の人間がどれだけ気を払っていようと、本人が用心しないことには効果が見込めない。

 そもそも菊花賞やステイヤーズステークス、有記念は怪我の危険性と隣り合わせだった。目の怪我だけで済んだのは明らかに運がいい。桃沢とてアポロレインボウの死力を尽くすかのような走りは恐ろしくて堪らないのである。既に実績は一流なのだから、後は致命的な怪我なく現役を終えられればいい。言うまでもなく勝利はしたいが、設けられた最低ラインは怪我なく残りの現役生活を終えることだ。

 

「君が怪我したら、俺が悲しいだけじゃなく……親御さんも悲しむ。ファンの人も悲しむだろう。君の身体はもう、君だけのものじゃないんだよ」

 

 桃沢はそう念押しして飛行機に乗り込もうとする。その時、アポロレインボウが小さな手を差し出した。意図することは明らかだ。「また躓かないように手を握っていてほしい」という言い訳じみた体裁を整えて桃沢に甘えようとするのだろう。

 ……桃沢自身も(さすがにここまで来ると)アポロレインボウの甘え癖は自分のせいでもあるのではないかと勘付き始めたのだが、彼女の怪我は本当に恐ろしかったので素直に手を取った。

 

 からかい半分だったのか、手を握った途端少女の身体が強ばる。桃沢は努めて反応しないようにしながら、指定席まで彼女を移動させる。普段から口数の多いアポロレインボウはずっと目を伏せていた。大きな耳は垂れていて、尻尾は桃沢の脚に巻きついていて、彼女がどう思っているかは言うまでもない。

 座る際に尻尾を押し潰しては大変なので、繋いだ手と逆の手でそっと芦毛を解く。こうして桃沢が腰を据えたのを見てアポロも席に座った。

 

「……アポロ、手はもういいんじゃないか」

「どうせ飛行機から降りたら、また繋ぐことになるじゃん」

「……まあ、そうだけど」

 

 むしろ移動中よりも手を握る力は強い。さっきはあんなに強ばっていたのに、桃沢の手のひらを指先で(くすぐ)る余裕さえあるではないか。何なんだこのウマ娘は、と手を振り解こうとしたが、逆にアポロレインボウは彼の手を五指で絡み取った。所謂恋人繋ぎのような形になる。

 強引に引き剥がそうとしてもウマ娘には敵わないし、何よりアポロが拗ねてしまいそうだ。桃沢は呆れ半分で彼女を眺めた。

 

「…………」

「あれ、くすぐったいの苦手だった?」

「……もう好きにしてくれ」

「やだもう、拗ねないでよ」

「拗ねるというか、何と言うか……まあ気にしないから好きにしてて」

「……むぅ」

 

 気にしないから、という言葉に憤りを覚えたのか、アポロはぷくっと頬を膨らませる。不満を表すように桃沢の指を弄り始めて、大袈裟に溜め息まで吐く始末。この行動を見せつけられてなお彼女の好意に気づくなという方が無理な話だ。もちろん桃沢としては『年頃のウマ娘の平均的な()()()()だから勘違いするな』という選択肢を残しているが……。

 ふと、派手なネイルの爪が目に入る。このまま会話がないとアポロの好き勝手にされてしまうかもしれなかったから、桃沢はとりあえず彼女のネイルを褒めることにした。

 

「そのネイル綺麗だな」

「え、やば! これの良さ分かるの?」

「この前お出かけした時に買ったやつだよな、散々迷ってたやつだから覚えてた」

 

 アポロは重ねた手をひっくり返して、桃沢に爪を見せつける。ウマ娘にとって爪は重要な器官だ。手の爪は何とも言えないが、足の爪が弱いとスパートの際に強く踏み込めなくなるなどの弊害が起きやすい。幸いアポロレインボウの爪は健康そのもので、先天的に爪が弱いだとか、トレーニング中・或いはレース後に爪を割っただとか、そういう心配事は一切無かった。

 むしろ、美意識の高さ故に彼女の爪は完璧に切り揃えられていて。桃沢が感心するくらいには爪の長さが整っている。爪まで死角なしというのだから、アポロレインボウの身体の頑丈さが窺える。……まぁ、これでもギリギリ踏みとどまってきたに過ぎないから、逆に彼女の出力の高さが恐ろしい。

 

「とみおもネイルしてみる?」

「じ、冗談はやめてくれ……」

「え〜可愛いと思うんだけどなぁ」

「君の親御さんに会わないといけないからさ、試すとしたらまた別の機会に頼むよ」

「は〜い」

 

 いつも通りの会話を繰り広げる中、遂に飛行機が動き出す。2人を乗せた箱舟は、遥か遠い故郷へと飛び立っていくのだった。

 

 

 飛行機を降りれば電車の小旅行が始まる。空港からキャリーケースを引きずりながらしばらく歩き、バスに乗る。既に人の気配が閑散としてきており、12月末という季節のせいもあって積雪量が多い。まさに田舎の原風景というような光景が広がっていた。

 

「アポロの家、マジで遠い所にあるんだな」

「ん、まあね」

「こんな雪が積もってるの初めて見たよ」

「ほんと?」

「うん」

「もしかして、雪遊びとかしたことない感じ?」

「無いな」

「かまくらとか雪だるまも作ったことないの?」

「まあな」

「……そんな人いるんだ」

「その言い草はないだろ」

「暇があったら一緒に雪遊びしよ!」

「……その体力と時間があればな」

 

 バスに揺られた後は、寂びた田舎駅まで歩くことになる。地面には水溜まりでぐちゃぐちゃになった雪が積もっていたので、割と普通に滑りやすかった。桃沢は雪国用の靴を履いてきてよかったと思いながら、アポロの足元を見る。まさかハイヒールじゃないだろうなと要らぬ心配をしたが、モフモフのブーツを履いていたのである程度は安心であった。しかし、片目しか見えないアポロレインボウが転倒する恐れは高い。桃沢は荷物を持っていない方の手で、担当ウマ娘の手をしかと握り締めた。

 

 駅にやっと到着すると、1時間に1本来るかどうかの電車を待つ。アポロと桃沢は寒さのせいで言葉数が少なくなっていたが、ずっと手を繋いだままホームのベンチで座っていた。

 どちらのモノとも分からぬ汗が滲む。吐く息は白い(もや)になっているというのに、繋がれた手は温かい。長い時間握り合っていたせいで、もはや一体化しているかのようだ。

 

 アポロレインボウは、クリスマスプレゼントとして貰ったマフラーに鼻先を埋めていた。何となく目が合うと、彼女はにへへとだらしなく笑った。桃沢も釣られて笑う。彼女の握る手に力が篭もる。桃沢はただそれを享受し、傍観を貫いた。

 桃沢とみおの感情が揺れ動くことはない。彼女を大切に思うことこそあれど、それ以上の感情は生まれない。甘え癖には困ったものだという反応こそするが、しかしそれを止めさせるようなこともしない。

 

 トレーナーは誰よりも近くで彼女の成長と逆境を見守ってきた。ある時は全てが敵になったレースを、またある時は破滅スレスレに陥ったレースを乗り越えてきた。桃沢とみおとアポロレインボウは、もはや心の繋がりだけで互いを認識できるような――トレーナーとウマ娘という普遍的な関係を超えた強い絆で結ばれていた。

 だから桃沢とみおの感情は揺れ動かない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アポロレインボウも、桃沢とみおも、お互いが隣にいることが当たり前だと思っている。その思いの強弱はあるが、2人の雰囲気が作り出す空間はもはや長年連れ添った夫婦のそれである。

 人はそれを愛と呼ぶ。恋ではなく、そこには深い愛があった。

 

 白い息を吹きながら、桃沢はアポロに対して軽口を叩く。

 

「……何となく思ったんだけどさ」

「……なに」

「こう、キャリーケースを傍らに駅のホームで佇むアポロがさ、すごい絵になるなって」

「……写真撮る?」

「いいね」

「眼帯写んないように上手く撮ってね」

「りょ」

「うわ、若者言葉きも〜」

「ごめんって」

「後で2人の写真撮ろ」

「わかった」

 

 2人だけのホームでしばらく撮影会を行った後、三両編成の古ぼけた電車に乗り込む。都市圏の地下鉄と違って、椅子が進行方向を向いて立ち並ぶタイプの電車だ。進行方向に対して横向きの座席は少ない。そして何より地下鉄と違うのは、人がいないことか。

 

「貸切状態じゃん!」

「都市圏の地下鉄じゃ有り得ないね……」

「吊り革使って懸垂トレーニングしようかな」

「やめてね?」

「冗談だっての」

 

 桃沢とアポロレインボウは適当な席に腰掛けると、窓の外の風景を眺めながらゆっくりと流れる時間を過ごした。少女がカバンから取り出したおやつを頬張って、「ん」という声と共に桃沢の口におやつを放り込む。桃沢も上手いタイミングで口を開き、息はピッタリだ。

 

「ちょっとメール確認するから、手……離してくれる?」

「しゃーなし」

 

 今までずっと重ねていた手を離すと、むしろ桃沢の方が名残惜しさに包まれた。重要なメールを見逃したらたづなさんに怒られるぞ――と自らを叱咤し、彼はノートパソコンを開く。アポロは久々に帰ってきた故郷の風景を見つめながら、先程撮影した写真をウマスタに上げていた。

 

 メールチェックが終わると同時、周囲が暗くなる。トンネルに入ったようだ。丁度パソコンを閉じたから、明かりはほとんどない。すぐに目が慣れて、更に天井に取り付けられた照明によって電車内が明るくなる。

 

「このトンネルを抜けたら到着だよ」

「結構長いトンネルだな」

 

 車輪を伝わってくる揺れが座席を振動させ、2人の肩を小刻みに衝突させる。桃沢はふと、華奢な身体だな、と思った。成人男性が不意を突いて背中を押せばあっさり転倒してしまうような、羽根のように軽い身体。……よくもまあ、ジュニア級の超絶スパルタで怪我をしなかったものだと思う。

 しかし、これからの1年はもっと大変になる。春先はドバイに、春の天皇賞を終えればヨーロッパを中心に海外遠征をする予定でいるからだ。

 

 怪我なく1年を終えることは、レースで勝ち負けをすること以上に大切だと言えるだろう。有記念を経て分かったが、特に彼女の家族は――もちろんアポロ以外の保護者にも言えるだろうが――娘の怪我を恐れている。桃沢だってもちろん彼女の怪我は怖いが、競走者とトレーナーの夫婦であるアポロの両親は、我が子が怪我をすることに相当敏感だ。

 欧州の芝が致命的に合わない、慣れない環境で調子が上がらない――というような状況に陥ったら、彼女の身体を第一に考えてローテーションを考え直すつもりである。そういう予定を話し合いたいがために彼女の実家を訪れたと言ってもいい。

 

 トンネルを抜けると、白く染まった田舎町が顔を覗かせる。電車が速度を落とし始め、少し姿勢が前傾する。桃沢は完全静止を待たずして立ち上がった。

 

「じゃ、荷物持って出よっか」

「わわ、切符どこやったっけ!」

「ポケット」

「あ!」

「ほら行くよ」

「は〜い!」

 

 キャリーケースを持って2人は駅に降り立つ。誰も乗り降りしていないのか、薄らと積もった白い雪がホームに広げられている。2人は再び手を繋ぎ、歩幅の揃った足跡を刻みながら、駅の外で待っているというアポロレインボウの両親に会いに行った。



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82話:担当ウマ娘の実家にお邪魔しよう!その2

 寂れた田舎駅を出ると、1台の自動車が止まっていた。桃沢には普通の車に見えたが、どうやらアポロレインボウにとってはひと目でわかる家族の車だったらしく……慌てたように桃沢の手を離し、車に向かって大きく手を振っていた。

 照れ隠しなのだろうが、手を離してしまうと転倒の危機がある。咄嗟に身体の後ろに手を回し、恐る恐る彼女の横顔を覗き見た。アポロレインボウもそれを分かっているのか、その場を動こうとせず惨事には至らなかった。

 

 ただでさえ人のいない駅前広場にいる2人組は嫌でも目立つ。アポロレインボウの芦毛も相まって、軽自動車に乗っていたアポロの両親はすぐに彼女達の存在に気がついた。

 軽自動車がバックしながら接近してきて、助手席側の窓から母の顔が覗く。やはりアポロの顔とそっくり――というか、普通に姉に見えるレベルだ。桃沢はアポロの両親に会釈して、自動で開いたバックドアの中に荷物を詰め込み始めた。

 

「おかえりアポロ、外は寒いし早く車に乗っちゃいなさい」

「は〜い」

「寒い中わざわざありがとうございます」

 

 桃沢は恐縮しながら車に乗り込む。知り合いの親が運転する車に乗るのは、いつになっても何とも言えない気まずさがあるなぁと思いながら、彼は楽しそうに話すアポロレインボウ一家を眺めていた。

 しばらくすると、己の格好に失礼がないか不安が湧いてくる。一応、ロングコートの下にはジャケパンが隠れているから、最低限の礼節は守れているはずだが……やはりオフとはいえスーツが良かっただろうか。

 

(……お土産は空港で買った蹄鉄のクッキーだけど……満足してくれるだろうか? 結構高級なやつだし、何とかなるかな……?)

 

 疑問に頭を悩ませているうちにアポロレインボウの実家が近づいてくる。そのままとんとん拍子に彼女の家に通された桃沢は、もてなしを受けながら早速彼女の両親と腰を据えた話を始める。アポロレインボウが自分の部屋で寛いでいる間に、レースで獲得した賞金の管理や怪我の具合と経過についての説明をした。

 もちろんこれらの話は形式的なものだ。アポロレインボウの両親がお金をどうこうする人だとは思っていないし、怪我の具合も逐一報告していた。今一度確認のために話しただけで、本題はここからだ。

 

「それで、娘さんの来年の予定なのですが――」

 

 アポロレインボウの夢は『最強のステイヤーになる』こと。そして桃沢のトレーナーとしての夢は、『最強のステイヤーを育てる』こと。2人の夢が合致した結果、自ずとシニア級の目標はヨーロッパになる。もっと詳しく言えば、ステイヤーとしての最高の名誉であるヨーロッパの4000m級G1及び『ステイヤーズミリオン』対象レースを勝利することが目標として最適だろう。

 ヨーロッパに設置されたステイヤーの祭典『ステイヤーズミリオン』を目指して海外遠征する。それがシニア級の大観であった。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズは、『イギリス』『アイルランド』『フランス』『ドイツ』が中心となって展開している。多国籍のウマ娘が入り交じるとなれば、当然そのレベルは上がるだろう。

 また、ヨーロッパの芝に適応することは向こうで走るための必須条件だ。クラシック級とは違ったトレーニングをした上で、肉体をこれまで以上に強化していく必要がある。

 

 何より、アポロレインボウが制した有記念は特殊すぎた。あれだけしつこいマークをしてもアポロレインボウが止まらなかったのだから、これからのレースは彼女への対策をする――と言うより、アポロレインボウに対抗できるような強い身体作りをするウマ娘が増えていくはずだ。

 つまり、敵の脚を引っ張る戦法ではなく、自らのフィジカルを鍛えてライバルのレベルに近づこうとしてくるだろう――ということ。

 

 要点を掻い摘んで話すと、海外遠征とトレーニング内容の変化と強化に許可してもらうことが必要となる。果たして良い返事を貰えるかどうか……。

 ――と、思っていたのだが。アポロの両親の返事は快い肯定だった。

 

「あら、いいじゃないですか」

「アポロと桃沢さんが良いと思うなら、私達は背中を押すだけです」

「そんなあっさり……よろしいのですか。私は若駒ステークスの前や有記念で、彼女に怪我をさせてしまったんですよ」

 

 桃沢の疑問にアポロレインボウの母親は微笑む。

 

「ウマ娘は大なり小なり怪我をするものです。勝つために限界まで肉体を鍛え抜くのはトレーナーとして当然のことでしょう? 若駒ステークスは出走を取り止める好判断を下してくれましたし、有記念の怪我は不慮の事故としか言いようがありませんし……桃沢さんは本当に良くやってくれていますよ」

「…………」

「トレーナーは本当に怪我に気を遣ってくれていると――うちのアポロがよく電話してくれるんです。娘も桃沢さんが頑張ってくれていることは分かっていると思いますよ。どうか志を曲げず、うちの娘と共に歩んでいってください」

「――ありがとうございます」

 

 桃沢は咄嗟に頭を下げる。アポロレインボウの真っ直ぐな性格を育んだのは、間違いなく彼女の家族のおかげだと思った。

「ところで桃沢さん、初めての担当ウマ娘がアポロだと聞いたのですが」アポロレインボウの父親が問いかけてくる。桃沢は「はい、そうですが……」と返した。彼の返事に2人は顔を見合わせ、何かを察したような表情になる。自分達の出会いとほとんど同じ境遇だったからである。父親は咄嗟に咳払いし、適当な話題を投げかけてみることにした。

 

「……いえ、お若いのに素晴らしい腕をお持ちだな、と」

「サブトレーナー時代にメジロマックイーンに関わっていまして、そこで培ったノウハウが生きている形ですね」

「メジロマックイーンの! なるほど、道理で……」

「そこまで大層なことはしていませんよ。娘さん自身の才能、レースに対する真摯な姿勢、何より絶対に諦めない強い心が彼女を強くしたんです。私は本当に手助けをしただけと言いますか……」

 

 桃沢は本心から「アポロレインボウは元々強かった」と思っている。向上心があり、根が真面目で、無尽蔵のスタミナを備えていて。無茶なトレーニングについてくる根性があって、しかも身体が丈夫となれば――誰が担当してもある程度の成績を収められただろう。彼はそう口走った。

 しかし、父親がその発言に待ったをかける。

 

「桃沢さん。その発言には謙遜が含まれているとは思いますが……それは違います。他でもないあなただったから、うちの娘はここまで大きくなったのです」

「…………」

「ウマ娘とヒトが育んだ絆は、時に科学では説明できないくらいの力を引き出すことがあるんです。例えばホラ……菊花賞の時なんて、まさにそうだったでしょう?」

 

 にこやかな笑みをたたえながら、割と踏み込んだことを言うアポロレインボウの父親。桃沢はドキッとしながら彼の言葉に耳を傾けた。

 

「……私の娘はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、入学した途端()()()()()()()()()()()()()()()()()……きっと、あなたに出会ってから娘は変わったんでしょうね。誰でもないあなたが、うちの娘を強くしてくれたんです」

 

 アポロレインボウの父親は語気を強める。桃沢がトレーナーとして優れていると見込んだ上で、父親はシニア級の行く末を桃沢に任せることにした。

 

「……シニア級の予定は分かりました。父親として、トレーナーとして、ひとりのファンとして――うちのアポロを頼んでもよろしいでしょうか」

 

 来年のヨーロッパに向けて愛娘を厳しく育ててやってほしい、勝利はもちろん敗北でさえアポロを大きくする糧になる。だから、どれだけ苦しく辛い道のりになっても、夢に向かって共に歩んでいってほしい――そう言って、アポロレインボウの父親は深々と頭を下げた。

 桃沢の心に煮え滾る炎が宿り、目頭を熱くする。彼は二つ返事で「任せてください」と返した。

 

 腰の据えた話が終わると、話の内容が雑談めいたものになってくる。軽くなった雰囲気を察したアポロレインボウが居間にやってきて、4人入り乱れての世間話が展開される。

 しかし、大人が3人、子供が1人となれば、必然的に話題の内容は大人好みなものになっていくものだ。噛み合わないなぁと思ったのか、しばらくするとアポロレインボウはウマスタやネットサーフィンを始めてしまった。

 

 そして、実家に帰ってきてから数時間後。窓の外が暗くなってきたのを見て、桃沢はロングコートを着て荷物を纏め始めた。

 

「今日はありがとうございました。そろそろ良い時間なので、私はここら辺で……」

 

 ――などと、撤収のセリフを口ずさむ桃沢。てっきり家に泊まるものだと思っていたので、アポロレインボウは結構驚いた様子である。

 

「とみお、うちに泊まらないの?」

「さすがにそこまでの迷惑はかけられないよ……」

「え〜」

 

 口を尖らせるアポロに対して、桃沢は「いやいや」という風に大きく手を振った。よく考えてみて欲しいのだが、教え子の実家に泊めてもらうなんて相当難易度が高いことだ。年末に教え子の実家に泊まるなんて非常識なことはちょっとできない。

 アポロはそれが分からないのか、驚愕と失望を露わにしてムスッとしている。桃沢の周りを旋回しながら、「どこに泊まるの?」「すぐに会える?」と質問攻めの構えだ。苦笑いしながらひとつひとつの質問に答えていく。

 

「ここの近くのホテルを取ったから。メッセージくれたらすぐに会えるよ」

「なぁんだ、良かった〜。正月は商店街でくじ引きやってるからさ、初詣も兼ねて一緒に行こ?」

「考えとくよ。……そういうわけで、本日は大変ありがとうございました。アポロはこれからのことについて、ご両親としっかり話し合っておくんだぞ」

「桃沢さん、ぜひまたお越しください」

「またね!」

 

 アポロレインボウの両親は、桃沢を見送るために玄関先まで荷物運びを手伝った。桃沢が望むのなら家に泊めることも(やぶさ)かではなかったのだが、無理に引き止める訳にもいかない。

 こうしてホテルのチェックインのため、桃沢は3人に見送られてアポロの実家からホテルへと移動していった。タクシーに乗って消えていく彼を見送った後、アポロレインボウの両親は生暖かい視線を娘に向ける。

 

「アポロ、桃沢さんとは上手くいってるのか」

「あんな良い男、ほっといたらすぐに取られちゃうわよ」

「え、え? ……な、何のことぉ?」

 

 しかし、当のアポロレインボウは口笛を吹きながらすっとぼけて、両親からの質問を掻い潜って自室に逃げ帰ってしまうのだった。



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83話:牡丹雪

 実家に帰ってきてからしばらく経って、いよいよ新年を迎える。とみおとビデオ通話しながらハッピーニューイヤーの瞬間を迎えた私は、両親にことわって彼と一緒に初詣に向かうことにした。

 一旦睡眠を取って、早朝。とみおと待ち合わせて、近所にある大きめの神社を目指すことにした。初日の出は去年見たので特に固執する理由はない。それよりも、今年の初めも一緒に初詣に行けるということが嬉しくてしょうがなかった。

 

「とみお、あけおめ!」

「あけましておめでとう。それじゃ早速歩こうか」

「ん」

 

 年明けにかけてかなりの雪が降り積もったらしく、ふかふかの雪が地面に20センチほども敷き詰められている。ただ、凍結するよりは遥かに歩きやすいので、片目の見えない私としては大助かりだ。しかも、新年早々誰かが近所の雪かきをしてくれたようで、幅員2メートルほどの道が完成している。

 嫌気が差してくるくらい鋭い寒さの中、私達は神社に向かって歩き出した。すっかり手を繋ぐのに慣れてしまって、自然と手を取り合う。そんな中、雪国出身ではないらしいトレーナーが危うい動きで小躍りを始めた。

 

「やばい!」

「え?」

「ちょちょちょ、滑る滑る!」

 

 雪国の早朝における地面は非常に滑りやすい。水が凍結した部分が最も滑ることは間違いないが、ある程度踏み固められた雪の上も油断すれば足を取られる。とみおは雪国出身が身につけている()()()()()()ができないらしい。

 

「ちゃんと雪国仕様の靴履いてこないからじゃん!」

「いやっ、ここまで雪が積もるとは思わなくてっ! 助けてアポロ!!」

「え〜?」

 

 どんどん姿勢を崩していくとみお。しばらく様子を見ていると、とみおは面白動画よろしく奇妙なダンスを踊り始めた。動画を撮れば爆笑ものなのだが、新年早々滑って転ぶのは幸先が悪すぎる。

 いい加減片目の生活にも慣れていたので、私はグッと足裏に力を込めて彼の腰を抱き寄せた。ウマ娘のパワーなら成人男性くらい片手で持ち上げられる。まるで社交ダンスのワンシーンの如く静止する私達。体格差は結構なものになるが、ウマ娘パワーを持つ私が姿勢を乱した彼を抱き留めるのは難しいことではなかった。

 

「よっと」

「うおお!?」

 

 案外とみおって軽いんだなぁと思いながら、「大丈夫?」と問いかける。彼は魂が抜けたかのように何度も首を縦に振るが、まだ動揺しているらしく全然力が入っていなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 ウマ娘の脚力で踏ん張りつつ、ヒトを軽く凌駕する膂力で彼の身体を引き寄せて、しばし睨めっこの形になる。ふと彼が目を逸らしたかと思うと、折角転ばないようにしてあげたというのに、とみおは自ら降り積もった雪の上にダイブしてしまった。

 

「ちょ、何してんの!?」

「……いや、頭を冷やそうと思ってな」

「?」

「これからは気をつけるよ。さ、行こうか」

「あ、うん」

 

 とみおは頭に雪を被りながら道を歩く。私は彼の手に引っ張られるまま、神社への道をひたすらに突き進んだ。

 

 田舎町にひっそりと佇む神社にはそこそこの人集(ひとだか)りがあった。すれ違う際に身体を捻れば接触しない程度の人口密度。ただ、それでも油断すれば迷子になってしまう可能性があったので、私達は変わらず手を握り合っていた。

 本坪鈴(ほんつぼすず)へと続く大行列に並び、雑談をしながら暇を潰す。寒さで鼻をすする彼が可愛かった。

 

 好きな人と適当に話しているだけで時間はあっという間に過ぎていき、いよいよ紅白色の鈴緒(すずのお)が手に届く範囲にやってきた。

 雑談をしていたため何を願うか決めていなかったのだが、ここは順当に『最強ステイヤーになれますように』『健康であれますように』『とみおが身体を壊しませんように』『とみおが私のことを大好きになってくれますように』と願っておいた。ちょっと多いかなと思わないでもないけど、まあいいでしょ。

 

 おさい銭を木箱に向かって放り投げ、2人で鈴を鳴らす。そのまま姿勢を正して礼をする。両手を合わせて瞳を閉じ、都合のいい神様に向かって言霊を飛ばしてみた。薄目を開いて隣を見ると、とみおも同じように両手を合わせている。

 

「…………」

 

 さすがに両手を合わせている間は話しかけづらい。とみおが何をお願いしたのか気にかけながら、私は鈴緒から離れていくのだった。

 

「とみおは何をお願いしたの?」

「俺? アポロの健康と飛躍だよ」

「真面目〜」

「普通こんなもんだろ?」

「自分のことはお願いしないんだね」

「そういうアポロは何をお願いしたんだ?」

「最強ステイヤーになることと、怪我しませんようにってお願いしたよ。それと、あなたが身体を壊しませんようにってお願いもしておいたから」

「あぁ……助かるよ」

「助かるよ、じゃないんですけど。とみおが倒れたら心配すぎてレースどころじゃ無くなっちゃうから、本当に気をつけてよね?」

「……善処します」

「善処じゃダメ。約束ね」

「頑張ります……」

 

 おみくじを引いていこうと思ったのだが、販売所にとてつもない行列ができていたので、私達はあえなく撤退することになった。参拝の列に加わるように人がやって来ていたため、賽銭箱に続く行列の長さは2倍近くに伸びていた。

 早めに来て良かったね〜なんて言いながら神社から離れていく。ふと、とみおがかまくらや雪だるまを作ったことがないという発言を思い出した。

 

「ね、雪だるま作ろうよ」

「え? どうした急に」

「いいじゃん、家帰ってもやることないんだし。一緒に作ろ!」

「まぁいいけど」

「私、雪だるまの下の方作るね」

「じゃ、俺が上か」

 

 家の近くにある公園には誰も足を踏み入れておらず、丁度いいので雪遊びはそこで行うことにした。トレセン学園でも降雪に見舞われることは度々あったものの、かまくらなんて到底作れそうもないくらいのしょぼい積雪量だったから、久々の雪遊びに腕が鳴る。

 昨晩は20センチ積もったとのことだが、まずは雪の質を確かめる必要がある。湿度が低く乾燥した雪だと、握り固めることすら苦労してしまうからだ。雪の上に人差し指を滑らせる。傘のマークを描いて、その下に『アポロ』『とみお』と溝を掘ってみた。うん、中々良い質の雪じゃん。これならかまくらも雪だるまも作れちゃうね。

 

「…………」

 

 私は何を書いてるんだ? 冷静になって己の行動を振り返ったら、バカ丸出しの乙女そのものじゃんか。そういう趣味はないはずなんだけど――

 

「アポロ、何してるの?」

「わ――わわっ! 何でもないから見ないで!」

 

 彼の方に振り向きながら、薙ぎ払うように己の尻尾で証拠を隠滅する。深く雪を抉る音がして、相合傘と名前が消し飛ぶ感触がした。作り笑いをしつつ、誤魔化すように雪を盛り固めていく。とみおは不思議そうな顔をして、黙々と雪玉作りを再開した。

 

 寒空の下、地味な作業に取りかかる。たかが『雪玉を作る』『かまくらを建設する』という子供遊びだ。しかし、これが中々どうしてやめられない。冷たくて手が痛くなってくるのに、柔らかで不思議な雪の感触が私の心を掴んで離さない。

 こうして雪遊びに没頭していると、過去を思い出してくる。トレセン学園に入る前、雪原の中を走った朧気な記憶だ。ふかふかの雪を踏み抜いて、足跡を刻んで。雪の上なら永遠に走れる気がしたあの感覚。

 

 されど、生き物である以上()()()()()()()()()。雪が降り積もった日は日夜ぶっ通しで走り続けたものだが、それでもいつかは力尽きてしまう。一旦燃料(スタミナ)が尽きると、一面に広がる雪原へとダイブする決断を下すのは容易かった。

 汗だくになりながら、背中から雪に向かって飛び込む。火照った身体を受け止め、冷やしてくれる自然のクッション。曇天を見上げて息を落ち着かせながら、その日の走りの反省会をする。それが冬のルーティーンだった。

 

 私にとって雪は非常に特別なものだ。反省会の中で、私は夢を育んで憧れを募らせることができた。暖かな雪に包み込まれ、何か超越的な存在を感じて夢を目指すことができた。ある意味、私の人生は雪の中から生まれたものなのだ。

 『領域』内の心象風景としても私の背中を押してくれるのだから、本気で足を向けて眠れない。偉大な自然の恵みに感謝である。

 

「――永遠、かぁ」

「……何か言った?」

「や、この世界に永遠なんてあるのかなって」

「おぉ、急に哲学的なことを……」

「無限とか永遠とか言うけど、やっぱりそんなものって存在しないのかな。私達が作った雪だるまだって、きっとすぐに溶けちゃうし」

 

 直径2メートルくらいの雪玉を押しながら、とみおの元に戻ってくる。とみおは息を荒げつつ、1メートルくらいの雪玉をこちらに持ってきた。

 

 とみおが軽く掛け声を発しながら、上に乗せる用の雪玉を持ち上げる。私も手を貸してあげながら、気合いで雪玉を押し上げた。……かなり見栄っ張りの雪だるまになってしまったが、公園にあるジャングルジムよりもデカいので存在感が半端じゃない。下半身の雪玉がデカすぎて、私の身長じゃ上半身がほとんど見えないくらいだ。

 この雪玉のように。こんなに大きくて存在感があっても、永遠にはなれない。それに一抹の寂しさを感じていると、とみおは私のマフラーを巻き直してくれた。

 

「……確かに、無限とか永遠なんて存在しないかもしれないなぁ。でもさ、()()じゃなかったとしても、きっと無駄じゃないよ。雪だるま作りにしろ、何にしろ――いつか無くなってしまうとしても、誰かの中に生き続けることができれば……多分それは、永遠に不滅と言えるんじゃないかな」

「誰かの中で――?」

「うん。例えば……偉人が遺した功績とか、芸術品とか――ウマ娘で言ったらエクリプス伝説かな。そういうのは何百年何千年っていう時代を超えて現代人に伝わってる。これってある意味無限とか永遠に近いと思わない?」

 

 息苦しいくらいにマフラーを巻かれてしまったけど、その()()()が心地良かった。私達は白い息を吐きながら、巨大雪だるまの前で佇んでいた。

 

「誰かの憧れになったり、影響を与えたり。そうやって永遠になった人がいるんだ。永遠は確実に存在するし、何なら俺達だって永遠になれるさ」

「私達が永遠の存在に? ……ちょっと想像つかないかも」

「偉人達に肩を並べるってことだから、厳しい道のりになるだろうな〜……ま、()()()()()()()ってのはそれくらい大層な目標だからな。最強ステイヤーになれたら、実質永久不滅の存在になれたも同然さ」

「……簡単に言いすぎでしょ」

「俺はできると思ってるけど、アポロは違うの?」

「……ううん。あなたとなら、きっとやれるって思ってる」

 

 灰色の空から牡丹雪が降ってくる。街の音も彼の呼吸音も、全部雪に吸い込まれてしまって無音だった。この小さな空間が時間からも場所からも切り取られて、宙に浮いているような気がした。

 チリチリというほんの微かな音がしたかと思うと、頬に触れた雪が肌に灼かれて透明な雫になっていく。すぐにぬるま湯のようになって、顎を伝った雫はどこかに消えていった。その冷たさが私の頭に冷静さを取り戻してくれる。

 

 ……率直に言って、先程の会話を思い出して死にたくなった。照れ臭かった。何を小っ恥ずかしいことを言っているんだと高速で自問自答し、自らを殴り出してしまいたくなる。永遠とか何とか、よくも素面で語れたものだ。

 気のせいか、とみおの顔も赤い。どちらかというと、まともに答えてしまった彼の方が恥ずかしそうな表情だった。

 

 ……どうせなら、この勢いのまま言ってしまおうか。私の気持ち。いや、学生とトレーナーという立場の今じゃ普通に無理か。本心がどうであれ、彼は間違いなく拒絶する。オーケーを貰えたとしても卒業後まで待たされるのがオチだ。そんなお預けを食らう――もしくは撃沈する――くらいなら、告白なんてしない方がマシだ。

 しかし、言わないまま気持ちを握り潰すのもまた苦痛である。気持ちを伝えようと考えるだけで、心臓が早鐘のように鳴り響いてしまう。まさに()()地獄。

 

 手持ち無沙汰だった私は、そこら辺にあったバケツを放り投げて、雪だるまの頭部分に被せてやった。上手いことテンプレじみた容姿になった雪だるまを写真に収めると、私達はかまくらを作らないまま帰路に着いた。

 彼も無言で集中していたところを見るに、恐らく雪遊び自体には満足してくれたようだ。それよりも、体力的問題と永遠うんぬんの会話の方が割とキツかったと思う。

 

 青臭い、照れ臭い雰囲気が漂う中、それでも私達は手を握って家に向かう。素手で雪を弄っていたため、生者とは思えぬほどの冷たさが肌に触れている。(かじか)んで凍傷を起こしそうになっている指先は感覚がなく、触覚を取り戻すため、私達はより強く指を絡ませ合った。

 揉みほぐすようにして手を繋いでいると、次第に熱が戻ってくる。表面はまだ冷えているが、芯から熱が下りてきている。安心したように息を吐くと、とみおと目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 何なんだこれは、と思いながら目を逸らす。ほとんど同時のことだった。まるで、意識し合っているのに気持ちを伝えられない――両片想いの男女のようではないか。

 誰だ、永遠とか言い出して気安い雰囲気を壊したのは。

 

 ……私だけど。

 

「……雪、強くなってきたな」

「……うん」

「急いで帰ろう。ご両親が家で待ってるだろうし、無駄な心配をかけさせてしまうかもしれない」

「そうだね……」

 

 ぎくしゃくした会話を重ねながら、私達は何とか家に辿り着いた。お母さんからメッセージが入っており、とみおの分の昼食と夕食(おせち)は用意してあるとのこと。私はそれを事務的に伝えつつ、玄関扉のノブに手をかけた。

 そこで私の動きは止まる。どうしても抑えられない衝動があった。ジュニア級とクラシック級で積み重ねてきた思いが、『永遠』という言葉を発端にして溢れだそうとしていたのだ。

 

 ……永遠。甘美な響きだ。もし、()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()。それは、どれだけ幸せなことなのだろうか。想像もつかない。

 でも、()()()()()()。もし永遠になれるとしたら、みんなの永遠だけではなく、彼の永遠さえ欲してしまうだろう。だって、私は強欲なウマ娘だから。最強ステイヤーという夢も、最高のパートナーを手に入れるという夢も諦めたくない。

 

 両親の言葉が脳裏を()ぎる。『あんな良い男、ほっといたらすぐに取られちゃうわよ』――お節介な言葉だ。しかし、深く関われば関わるほど否定できない私がいる。

 だからこそ、()。永遠を手に入れるため、2つの夢を追いかけるため、()()()()踏み出すべきなのではないか。強烈な感情の波に襲われ、私達はドアノブにかけた手を動かすことができなかった。

 

「……アポロ? 鍵忘れちゃったの?」

 

 ……いや、こういう場面だからこそ言うべきなのだろう。これに関しては「俺」も「私」も同意見だった。私は意を決して彼と正対し、真正面からとみおの双眸を見つめた。

 

「あ、あのね」

「うん?」

「わ、私、とみおの……」

 

 咥内が急激に乾燥してきて、喉が干上がる。舌根から唾液を無理矢理分泌させ、嚥下し、唇を舐める。ふーっ、と息を吸い込んで、覚悟を決める。意識した途端、どくんどくんと音を奏でる心臓の鼓動が喧しい。

 とみおはすっとぼけた表情で私を見ている。妙に恨めしさを感じてしまう。誰のせいでこうなってると――という愚痴を何とか引っ込めて、私はなるべくはっきりと言葉を紡いだ。

 

「……私、あなたの永遠になりたい」

「――――」

「最強ステイヤーになって。みんなの永遠になった上で――そう、なりたい、……です…………」

 

 ――言えた。

 言えた……が、伝わっているだろうか。いかにも私らしくない言葉だ。ストレートにはっきりと――「好き」と言えるウマ娘だったら、どれほど良かったことか。

 

 しかも、永遠の話は先程微妙な感じで打ち切られてしまっている。それを掘り返すようなことをして、私の気持ちは伝わっているのだろうか。ぎゅっと拳を握り締めて、彼の反応を待つ。

 数秒開けて、彼がふっと笑う。「な、何で笑うの!」私が顔全体を真っ赤にしながら頬を膨らませると、とみおは当然のようにこう言った。

 

 

 ――もう、なってるよ

 

 ――と。

 

 

 それを聞いた私は意識が吹っ飛び――いつの間にか12時間が経過しており、風呂場の湯船に浸かっていた。

 その日は眠れなかった。

 

 


 

apollorainbow1234

3メートルの雪だるま!

#正月 #雪だるま #ウマスタ映え

ウマいね!136000件

        

        

        

 

heliosbakunige0410 3メートルはデカすぎ!!

 

 



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84話:福引チャンス!/URA賞授与式

 ――いや、まだワンチャン私の勘違いな可能性が残ってるから。

 先日とみおからかけられた言葉を忘れられず、布団の中で身悶える日々を過ごした私は、ギリギリのところで踏み留まっていた。

 

 アポロレインボウはもう俺の永遠だよ――みたいな言葉を言われたわけだけど。いやいや、直接的な言葉を貰ったわけじゃないし。場合によってはとてつもない勘違いをぶちかましている可能性が無きにしも(あら)ずって感じだし?

 結局のところ、私達の関係は変わったようで変わっていない……と思う。微妙な気持ちの変化はあったかもしれないけど、スイッチで切り替えるみたいに精神状態が変容したわけじゃない。まあ、一歩進んだ気はするけど。

 

 眼帯も取れるくらい怪我から回復したある日、通りかかった商店街で福引キャンペーンが行われていた。壮年の男性が大きな声を張り上げて客引きを行っており、正月ということもあってかなりの賑わいがある。

 

「新春の福引キャンペーン中だよ! そこのお若いカップル、福引券を持ってたら引けるよ! 特賞は温泉旅行券ペアチケット、1等賞は特上にんじんハンバーグ、2等賞はにんじん山盛り、3等賞はにんじん1本、参加賞はティッシュ! どうだい、引いてかないかい?」

「とみお、福引きだって」

「こういうのって当たったことないや」

「まぁ……そういうものだけど、実はお母さんに福引券貰ってるんだ。1回分しかないけど、せっかくなら引いとこうよ」

 

 私達は客引きのおっちゃんに声をかけてから、新井式回転抽選器(ガラガラ)の前に立つ。初詣の時にできなかった運試し(くじ引き)だと思って、私は結構な期待を込めて袖を捲り上げた。

 2人で取っ手を握り、息を合わせて抽選機を回転させる。ガラガラという木材と小玉の弾ける音が響いて、微かな振動と共に丸い口から着色された玉が転がり出てくる。その結果は――

 

「おめでとうございま〜す!! 特賞の温泉旅行券が当たりました!!」

 

 抽選機の傍に置かれていたベルがチリンチリンと鳴らされ、おっちゃんの後ろに控えていたスタッフが慌ただしく店舗の奥に引っ込んでいく。そして戻ってきた彼らが持ってきた薄い小包を渡されると同時、あちこちからクラッカーの破裂音が響き渡った。

 

「え、ウソ……これ現実? URAが仕組んだドッキリ企画なんじゃ……」

 

 周りにいた従業員と一般人の拍手に包まれる中、私達は呆然としていた。

 ふらっと寄った商店街。偶然手元にあった1枚の福引券を使ってガラガラを回しただけで、何故か温泉旅行のペアチケットが貰えてしまった。こんなことがあっていいのだろうか。私達は喜びよりも驚きを強く感じたまま、その場から離れていった。中身の温泉旅行券が本物かどうかを確かめながら帰路を歩く。

 

「とみお、中身ちゃんと入ってるよね?」

「あぁ、入ってる」

「ちゃんと本物だよね? 上手い話の裏には何かあるとか無いよね?」

「……この券、本物みたいだ。有名な温泉宿の名前が書いてあるし、チケットを発行している会社もマジモンだし」

「マジで運が良かっただけってこと?」

「そうなるな」

「ひえ〜……当たっちゃったんだぁ……温泉旅行券」

「嬉しいには嬉しいが……行く時間あるかな?」

「せっかく当たったんだし作るっきゃないでしょ」

「……ま、そうだな」

 

 ――温泉。真面目な話、ウマ娘と温泉の間にはかなり密接な関係がある。競走馬もウマ娘も温泉施設で療養することがあるからだ。温泉の効能はヒトと同じく、ストレスの緩和(リラックス効果)や筋肉痛・怪我の治療など多岐に渡る。

 

 アスリートであるウマ娘にとって全ての怪我を()()()防止予防することは不可能だ。経験から来る予知や予防は可能だが、それでも予想外の怪我を負う可能性をゼロにすることはできない。

 しかし、著しく進歩した現代科学は()()()()()()()()()()()()がとてつもなく発達している。故障の程度によっては競走復帰が不可能な事例もあるが、治療後に適切なリハビリテーションを行えば、その多くは以前と変わらずにレースを走ることができるほどだ。

 

 そして、そのためのリハビリテーション及び慰労施設が温泉と密接に関わっているのである。

 

 トウカイテイオーやオグリキャップが温泉によって身体を癒していたのはあまりにも有名で、特にオグリちゃんについては各地の有名温泉街のPR大使になっているとかなっていないとか……。

 メジロ家にも関係者専用の秘湯があったり、何ならURAがウマ娘専用の温泉を備える訓練施設を所有していたり……とにかく温泉は凄いのである。

 

 私達はチケットの裏表を確認しながら、有効期限の文字を探した。場合によっては今年のトゥインクル・シリーズが忙しいため使えなくなる可能性があったからだ。期限が3ヶ月とかじゃありませんように、と目を凝らしていると、有効期限の文字があった。その隣に刻まれていた数字は、2年後の3月31日までチケットの有効を示すものだった。

 

「……今年中に行くのは無理だったから、何とかなりそうだね」

「そうだな。シニア級1年目だし、海外遠征のための準備もあるし……色々と落ち着いたらまた考えよっか」

「ん」

 

 さて、福引をしたのはいいが……私達にはやるべきことがある。トレセン学園に帰るための荷物整理である。URA賞授与式が近く行われる運びとなったため、早いところ向こうに帰らないといけないのだ。何ならインタビューとか写真撮影とかテレビ撮影とか目が回るくらいの仕事も控えている。

 正直な話、あんまり帰りたくない。レースは走りたいけど、撮影とかのお仕事って疲れるんだよね〜……。ファンのみんなに喜んでもらうことは、長距離界を盛り上げるためにも重要だとは思うけど。

 

 ――なんてダブルトリガーさんとの通話で軽口を叩いたら、割とガチめに説教されたのは最近の良い思い出だ。『お前は長距離界のトップを担うウマ娘だ』『お前がそんな心持ちでどうする』――と、聞き取れないくらいの早口で言われたので、Sorry連呼のもと平謝りである。

 今もダブルトリガーさんとは交流がある。今春ドバイのレースに出走するかもしれませんとボヤいたら、『ルモスさんと見に行くよ』と即答された。今の彼女はヨーロッパで次なるステイヤーを育てるために勉強しているらしいが、何やかんや頻繁に連絡をくれるし、何かにつけて会おうとしてくるのだ。私ってばモテモテでウケる。

 

 話が逸れたけど、温泉旅行券を持っているというだけで色々と選択肢が生まれてお得だ。しかも期限が2年後までと長めなので、マジに最高の福引になったなぁ。

 

 ……とみおと2人きりの旅行もいいけれど、()()()と温泉旅行に行くのも楽しそうだよね。スペちゃんグリ子達を含めた同世代のみんな、マルゼンさん、ヘリオスさん、パーマーさん、ダブルトリガーさん、他にも他にも……お世話になっているみんなと一緒に、思い出に残るような旅行をしてみたいなぁ。なんて思ったりもする。

 

「とみお、そのペアチケットはちゃんと保管しといてね」

「もちろん」

「トレーナー室の目につきやすい場所に置いといてよ」

「分かってるよ」

「それから――」

「……そんなに温泉旅行が楽しみ?」

「…………いや、別にぃ?」

「尻尾とか耳でバレバレだけど」

「う、うるさいっ! 変態!」

「いて、いてっ! ちょ、蹴るな蹴るな! 脚怪我するから!」

 

 言わなくてもいいことを口走るとみおに軽く蹴りを入れた後、私達は二手に別れた。私は実家に、とみおはホテルに。トレセン学園に帰る準備を整えるためだ。

 出発は明日の早朝。決して長くない休養ではあったが、久々に両親と話せたし、とみおと故郷の観光を楽しめたし、非常に満足の行く帰省になった。最短でも戻ってくるのは1年後――それまでは、心身を削って邁進するのみ。私は最後の夕食を一家団欒(だんらん)で過ごした後、早々とベッドに入って瞳を閉じた。

 

 いよいよ出発の日の朝がやってくる。荷物を抱えて玄関先で上着を着込む私を見て、お母さんが「寂しくなるわね」と小さな声で呟いた。見送りに来たお父さんも眉を下げて寂しそうな表情だ。

 後ろ髪を引かれるような思いになって、ぐっと唇を噛み締める。私だって寂しくないわけがない。ずっと家族一緒に過ごしたいし、時々両親に甘えたくもなる。その気持ちを忘れたことはない。

 

 ――だけど。私は行かなくちゃいけないんだ。大いなる夢と永遠のために。

 

「会おうと思えば会えるでしょ。心配しなくてもいいよ」

「……アポロの走りを見て安心できるわけないじゃない」

「大丈夫。頼れるトレーナーがいるからね」

 

 靴紐を結び終えると同時、インターホンが鳴る。とみおがやってきたみたいだ。

 

「ん、トレーナーが来たみたい」

 

 私はキャリーケースを引きずって玄関の扉を開ける。外は雪模様で、冷えた空気と細やかな雪が流れ込んできた。視線の先には両手を擦るトレーナーがいて、寒いから早く行こうと言わんばかりの表情である。玄関に両親が控えていると分かったのか、とみおは身体を震わせながら背筋をぴんと張った。

 

「おはようございます、お父様お母様。アポロ、かなり雪が積もってるから早めに出発しよう」

「……じゃ、そろそろ行くね。お父さん、お母さん」

 

 うわ、お母さん耳ぺったんこじゃん。お父さんもしょぼくれちゃって……相変わらず分かりやすいなぁ、どんだけ心配なのさ。

 

「桃沢さん、娘をよろしくお願いします」

「任せてください、私は彼女を支え続けます。……必ず」

 

 私達は道路に待たせていたタクシーに荷物を詰め込んで、さっさと車内に乗り込む。タクシーが発進すると、私は両親と家が見えなくなるまで視線を送り続けた。

 再び会えるから……なんて確信があるためか、別れは質素なものだ。手を振ったりはしないし、長々と言葉を並べ立てるようなこともしない。初めてトレセン学園に旅立った日もこんなだったっけ。ここにとみおは居なかったけど……。

 

「久々の実家、どうだった?」

「やっぱりお母さんの手料理は最高だね」

「はは、分かるぞ」

「とみおはカップラーメンを控えるようにね」

「最近は控えてるだろ」

「どうだか……」

 

 私は軽く瞳を閉じて、マフラーに鼻を(うず)めた。とみおが抗議しているようだったが、眠かったので耳を畳んで外音をシャットアウトする。

 ……いよいよシニア級の始まりだ。

 

 

 トレセン学園に帰ってから数日経ったある日、某所の文化ホールでURA賞の授与式が行われることになった。

 URA賞授与式とは――トゥインクル・シリーズとウマ娘に関する特に優れた業績に対してその栄誉をたたえ、感謝の意を表すために設けられた『URA賞』の表彰行事を行うイベントである。このURA賞は、ファンやマスコミや関係者、果ては一般社会にトゥインクル・シリーズとウマ娘の存在を広くアピールし、レースの市民性やステータスの向上と普及を図ることも大きな目的としている。

 

 簡単に言えば、今年頑張ったウマ娘を表彰する式典である。数多くのウマ娘やトレーナー、トゥインクル・シリーズ関係者が格式高いホールに集められ、そこで大々的にトロフィーや表彰状を渡すようなパーティが行われるのである。

 

 多くのウマ娘にとっては美味しいタダ飯を食べる場所になっているURA授与式だが、こと今年の私はおちおちご飯も食べられない事情がある。その理由は単純で、賞を与えられることが確定しているからだ。表向きURA賞は当日発表だが、当事者には内密に教えてくれるのである。

 

 URA賞には『年度代表ウマ娘』、『最優秀ジュニア級ウマ娘』、『最優秀クラシック級ウマ娘』、『最優秀シニア級ウマ娘』、『最優秀短距離ウマ娘』、『最優秀ダートウマ娘』、『最優秀障害ウマ娘』、『最優秀トレーナー』の部門があり、私の受賞は恐らく最優秀クラシック級ウマ娘であろう。

 一応これでも日本ダービー・菊花賞・有記念・ステイヤーズステークスを勝ってるわけですし。

 

 そして、年度代表ウマ娘になるのはクラシック二冠ウマ娘の私か、海外G1含め短距離路線を蹂躙したタイキシャトルか、私の中で意見が割れていた。ティアラ路線と中央地方ダートを荒らしまくったハッピーミークも有り得ない話じゃないし、世間に与えた衝撃度で言えば、サイレンススズカも大いに祭り上げられるべきであろう。

 

 そんなわけで混沌とした心持ちの中、私達は会場のホールにやってきた。入口にいた緑のドレスの女性――駿川たづなさんに軽く挨拶しつつ、関係者が広々とした空間に案内してくれる。

 

「うぅ……このハイヒール歩きにくいよ……失敗したなぁ」

「……靴擦れとか大丈夫か?」

「靴擦れはしないと思う。ただ、慣れないことはするもんじゃないよね」

 

 スーツでビシッと決めたトレーナーのエスコートを受けつつ、私は会場に置いてあったテーブルに手をついた。

 今の私の格好は正装だ。所謂フォーマルなドレスを着させられた上、高いハイヒールを履かせられている。こういうオシャレ(?)よりも若者っぽい緩い服の方が私は好きだなぁ。

 

 周囲を見渡してみると、既に会場入りしていた正装のウマ娘や関係者達が談笑していた。記者の乙名史さん、桐生院葵トレーナーとミークちゃん、既に食事を始めているスペちゃんもいる。セイちゃんにキングちゃん、グラスちゃんはいつも以上にニコニコしてて、あ……エルちゃんは正装でもマスク外さないんだね。

 更に向こうには、沖野トレーナーとイチャコラしているスズカさん、妙に正装が似合いすぎるシーキングザパールさんとタイキシャトルさんの2人に可愛がられるグリ子がいた。アドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーの3人トリオもいて……他にも同じレースを走ったウマ娘がいっぱいいた。私はレースのピリついた雰囲気を少しだけ思い出す。

 

 まぁ、そんなことよりも……人が多すぎるわ!

 

「うひゃ〜……人、多っ……」

「一大イベントだからな。今年なんて特に力を入れてるそうだ」

 

 とみおの言わんとすることは分かる。去年の春先から始まったブームが全く収まっていない――というか更に拡大しているため、今年の授与式は一段と注目度が高いのである。報道陣の数が尋常じゃないわ。

 

 友達と談笑したり、軽く食事をしているうちに、ステージ上にプロジェクターが設置され始める。司会者らしき正装の男性が現れて、マイクを手に持ち出した。

 

「そろそろ始めるみたいね」

「スペちゃん早くご飯を飲み込んでください!」

「んもも〜」

「アポロちゃんも早く食べて!」

ほへん(ごめん)〜」

 

 グラスちゃんセイちゃんにツッコミを入れられつつ、会場の照明の明るさが1段階落ちる。会場のウマ娘や関係者達も察したらしく、雑談をやめてステージ上に向き直った。

 

 すぐに司会者の男性がよく通る声で喋り始め、URA賞授与式の始まりを宣言した。こういうのって案外あっさり始まるよね、と思いながら、ヒソヒソ声でグラスちゃんに耳打ちする。

 

「グラスちゃん、ああいうところに呼ばれたら何喋ればいいのかな」

「……考えてきてないんですか?」

「あ、いや、考えてはいるけどね。緊張してセリフ飛んだらどうしよっかな〜って」

「いいコトを教えてあげましょうか、アポロちゃん。こう言えば全て丸く収まりますよ!」

「エル〜?」

「ケ!? まだ何も言ってないデース!」

「2人とも、シー!」

「……キングザパール?」

「ぶホッ!」

「やめなさい本当に!」

 

 セイウンスカイの小声のギャグに吹き出した私。キングちゃんに手首を叩かれて叱られた後、何とか呼吸を整えてステージ上に視線を投げかける。

 いよいよURA年度代表ウマ娘の発表段階に入ったらしく、スクリーンの周囲に照明が乱舞し始め、ティンパニのドラムロールがスピーカーから流れてくる。

 

 そして映し出されたウマ娘の名は――

 

年度代表ウマ娘・最優秀クラシック級ウマ娘

 アポロレインボウ 

 6戦5勝    

 主な勝ち鞍   

 日本ダービー(G1)

 菊花賞(G1)

 有記念(G1)

 ステイヤーズステークス(G2)

 

 オオッ、というどよめきがあちこちから起こる。スペちゃん達に祝福を受ける中、関係者の方に案内されるままステージ上に立たされた私は、ガチゴチに固まって苦笑いを披露しながら表彰された。死ぬほど不器用な笑顔を浮かべたままフラッシュを焚かれまくったが、果たして明日の1面はどうなっていることやら……。

 

 その後に発表された最優秀ジュニア級ウマ娘は、ホープフルステークスを制したアドマイヤベガ。最優秀シニア級ウマ娘・最優秀短距離ウマ娘はタイキシャトル、最優秀ダートウマ娘はハッピーミーク、最優秀障害ウマ娘はノーザンレインボーという形になった。

 その後はグリーンティターンやエルコンドルパサー、サイレンススズカやスペシャルウィークらに特別賞が送られ、最優秀トレーナーは東条トレーナーが今年もかっさらっていった。

 

 そして司会者が特に面白味もなく喋り倒してから、授与式はつつがなく終了の運びとなった。

 

 授与式が終わった後は食事会である。むしろこっちが本番と言える。スペちゃんに負けじと、カロリーに気をつけながら料理を食べまくる。そんな中、私に声をかけてきたウマ娘がいた。

 

「アポロ、こうして話すのは久しぶりだな」

「あ、ルドルフ会長! 会長も会場に来場されてたんですね!」

「ん……んんっ、うほん」

 

 そこにいたのはトレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフ。落ち着いた紺のドレスを着ており、いつも以上に大人っぽい。女の私でも正直見とれてしまいそうになる中、ルドルフ会長は柔和な微笑みを浮かべた。

 

「まずは年度代表ウマ娘と最優秀クラシック級ウマ娘の受賞、本当におめでとう」

「ありがとうございます! 夏休みにトレーニングをお手伝いしていただいたおかげですっ!」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

「……? あれ会長、後ろの御方は……?」

「あぁ……彼女か。紹介しよう」

 

 会長と談笑する中で気になったのは、彼女の後ろに控えた栗毛のウマ娘だった。その栗毛のウマ娘は私にキラキラとした視線を向けてきていて、何と言うか危うい雰囲気の漂う人だなぁという印象である。

 ルドルフ会長は片足を引いて栗毛のウマ娘に合図すると、手のひらを向けてそのウマ娘の説明を始めた。そしてルドルフ会長の言葉を聞いて、私はステージに上がった時よりも心臓が飛び出しそうになった。

 

「こちらはヨーロッパの最強ステイヤーとして名高いLe Moss(ルモス)だ。URA賞授与式は日本観光に丁度いい機会だから、ということではるばるヨーロッパからやって来てくれたそうでね」

「やぁ……キミがアポロレインボウだね。よろしく」

「よ――ヨロシクオネガイシマス」

 

 私はLe Moss(ルモス)と呼ばれたウマ娘が差し出した手を恐る恐る握って、背中に滝のような冷や汗を流すのだった。

 

 



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85話:すくうもの

 例え話になるが、最強の形とは何だろう。

 無敗でレース生活を終えること? 三冠を達成すること? G1でレコード勝ちを収めること? 最高のメンバーが揃った舞台で勝利すること? きっとその全てが最強の形のひとつと言えるだろう。

 

 そして――目の前にいるLe Moss(ルモス)というウマ娘は、2()()()()()三冠を獲得した唯一のウマ娘なのだ。走った舞台はStayers' Triple Crown(英国長距離三冠)というシニア級限定にして世界で最も過酷な三冠路線である。

 2年連続で三冠を達成したウマ娘は、本ウマ娘のルモスしかいない。世界唯一の快挙なのだ。これは当然、年齢制限のない()()()()()()()()という括り(ゆえ)の壮挙ではあるが、それでも二年連続となると奇跡としか言いようがない。

 

 1年目は圧勝に次ぐ圧勝で長距離三冠達成。そして2年目はArdross(アードロス)というウマ娘との激戦を制しての三冠。このアードロスも後年にステイヤー路線を中心に重賞13勝を上げ、凱旋門賞で2着を取ったりイギリス年度代表ウマ娘に選ばれたり、何ならルモスさんとトレーナーが同じだったりと逸話に事欠かないのだが――それはともかく。

 

「あ、あにょ、ルモスさん。お会いできて光栄です」

「うんうん、ワタシも嬉しいよ! キミのことはジュニア級からず〜っと見てきたからね」

「えっ」

「運命じみた何かを感じてたんだ。偶然メイクデビューを目にした時から……ね」

 

 妙に距離が近いルモスさん。私の手をニギニギしている。黄金の瞳が爛々と輝いて、形の良い流星が前髪に垂れている。身長は私と同じくらい。ビッグネームの割には案外小さくて可愛い系なんだなと他人事のように思う。思考ばかりが働いて身体が動かない。緊張で。

 

「ど……」

「?」

「どうして私のことを知ってるんですか」

「さっき言ったでしょう? 運命がワタシとキミを導いてくれたんだ。ここは騒がしい。沢山話したいことがあるから、もうちょっと静かなところで話そうよ。こっちにおいで」

「わわっ」

「アポロ、君が連れ去られたことはトレーナーに伝えておくから……まぁ安心してくれ。それじゃあごゆっくり」

「えぇ!? ルドルフ会長、この人止めてくださいよ!」

「いやぁ……私でも彼女を止めるのは難しいよ」

「そんなぁ!」

「ほら行くよ!」

 

 こうして私はルモスさんの強烈な力に引かれて、ホールから出て人気の少ない廊下まで移動させられた。既にトゥインクル・シリーズから退いたというのに、迸る生命のエネルギーが尋常ではない。恐らく今でもトレーニングを欠かしていないのだろう。これがステイヤー界の至宝たる所以か。

 ルモスさんは愛嬌いっぱいの笑顔を振り撒きながら、私に向き直った。この胸の高鳴りは、憧れだけではなく――本当に運命の繋がりがあるのかもしれない。そう思えるくらいに特別なものだった。

 

「――アポロ。さ、ここなら邪魔者もいないから。沢山お喋りしよ?」

「お喋りと言われましても……じゃ、どうして日本に?」

「観光!」

「……ドバイ遠征の時に連れていくから、そこが初顔合わせになるだろうって……ダブルトリガーさんが言ってましたけど」

「それはそれ、これはこれ。日本観光とURA賞授与式を兼ねてキミを見に来たんだ。いい機会だったから」

「は、はあ……」

 

 軽いノリだけど、彼女は生粋のお嬢様として生を受けた。姉のLevmoss(レヴモス)が凱旋門賞と4000メートルG1のカドラン賞・アスコットゴールドカップを勝っているし、妹のSweet Mimosa(スイートミモサ)はフランスオークスを勝っている。まさかの3人姉妹でG1ウマ娘という……想像の及ばぬほど名家の出自なのだ。

 実際、口調は砕けているけれど――ただし英語だが――所作はいちいち優雅だし、雰囲気からもうロイヤリティがぷんぷん漂っている。

 

 この優美な雰囲気と、豪神の如き気迫を迸らせるレースぶりのギャップも人気の秘訣である。彼女は豪快な末脚で次々とビッグレースを飲み下していった。超長距離における絶対無敵の加速力と無尽蔵のスタミナは壮烈で、絶対無敵と恐れられた彼女の紅白の勝負服は今なおヨーロッパ長距離界の語り草だと言うが――今日のドレスは()()を模したカラーリングである。

 いきなり天上人と対面して何を話せば良いか分からなかったので、とりあえずドレスでも褒めておくか……と思ったのだが。

 

 いや、とりあえずって何だ。それは失礼なんじゃないか? それにルモスさんほどのウマ娘は賛美の言葉に慣れているだろうし……当たり障りのない会話ではなく、もっと話すべきことがあるんじゃないか。

 どうせなら、ここに来た本当の理由を教えてもらおうじゃないか。多分あるんだろう、わざわざ海を渡って年始に日本に来た理由が。

 

「本当にそれだけですか? 私に会いに日本に来た理由」

 

 私は思い切った質問をしてルモスさんの内面に切り込んでみることにした。もし真意があったとして、それが何かは想像もつかないが……とにかく発破をかけてみようと思った。

 ルモスさんは大きな目を丸くして、きょとんと棒立ちになる。「えっ」というガチの困惑を漏らして、そのまま喋らなくなってしまった。

 

 ……この反応からするに、本当に日本観光と私のために来てくれたらしい。拍子抜けである。物好きすぎないか……?

 

「ワタシがここにいちゃ迷惑だったかな……?」

「いやいやいや! そんなことは!! 現実感がなくて緊張しちゃってて!!」

「あはは! ま、冗談はさておき……無くはないんだよね。話しておきたかったこと」

「あ、やっぱりあるんですね」

 

 ルモスさんは表情をころころ変えながら、人差し指を立ててつらつらと話し始めた。

 

「キミは最優秀クラシック級ウマ娘に加え、年度代表ウマ娘にも選ばれた。まずはおめでとう、だね」

「ありがとうございます」

「じゃあ、()()()()()()()()については知っているかな?」

「ええ。多少は、ですが……」

「大変よろしい!」

 

 日本は単純に『URA賞』という括りで表彰がなされる一方、アメリカでは『エクリプス賞』、ヨーロッパはエクリプス賞に倣って創設された『カルティエ賞』という形で年末表彰が行われる。

 カルティエ賞の部門は大きく分けて6つ。『年度代表ウマ娘』、『最優秀ジュニア級ウマ娘』、『最優秀クラシック級ウマ娘』、『最優秀シニア級ウマ娘』、『最優秀スプリンター』、『最優秀ステイヤー』。ヨーロッパにはダートレースが存在しないため、その代わりにステイヤーを表彰する部門が設定されている。

 

「じゃあ、カルティエ賞最優秀ステイヤーの表彰を受けたKayf Tara(カイフタラ)ってウマ娘のことも……もちろん知ってるよね」

「……はい」

 

 ――Kayf Tara(カイフタラ)。英国長距離三冠ウマ娘・ダブルトリガーを退けて、今年のG1・ゴールドカップを優勝したウマ娘だ。その後もG1・アイルランドセントレジャーを勝利し、見事ヨーロッパ最優秀ステイヤーの栄誉を得た。

 現実の方では、1998年から2000年まで3年連続カルティエ賞最優秀ステイヤーを受賞した世紀末最強ステイヤーである。ゴールドカップ2勝、アイルランドセントレジャー2勝という長距離適性と息の長い活躍は、彼女が私の行く末を妨げるライバルになることを表している。

 

 ゴドルフィン・ブルーの鮮烈な勝負服を着たカイフタラの最も代表的な武器は――ズバリ爆発的な末脚だ。ある時は前方好位置から、ある時は最後方から仕掛ける自在性と――どの位置からでも勝てるという自信。精神力。或いは、ペースや展開に応じた作戦を取れる決断力と冷静さ。そして、4000メートルでも短いと言わんばかりの暴力的スタミナ量。

 ありとあらゆる要素がカイフタラというウマ娘の王道性を物語っており、彼女以上にステイヤーとして優れた者はいないだろうという滅法の評価である。

 

「で、そのカイフタラさんがどうかしたんですか?」

「キミも知っての通り、この1年カイフタラはドバイとヨーロッパでバリバリ走る予定なんだ。もちろんステイヤーズミリオンにも挑戦するだろうし、出走レースはキミと丸被りするだろうね」

「えぇ、まあ」

「単刀直入に言おう。カイフタラはかなり()()()()()嫌なウマ娘だ。ワタシのことを無下に扱うし、ダブルトリガーにも敬意を持って接する様子がない。きっと日本から来たキミのことを雑に煽るだろうし、キミを傷つけることも言うだろう――それでも。キミには()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「……はい?」

 

 突然、大量の情報が流れてきたため困惑する。カイフタラさんがひねくれたウマ娘だとか、私のことを煽るだろうとか――私のイメージと違いすぎて理解が追いつかない。

 レース映像を見ても、勝利後に喜んだような表情をすることは無かったから、感情の起伏が少ないんだなと思うことはあったけど……。

 

 ――カイフタラさんの心を救う?

 まるで意味が分からない。

 

「心を救うって……どういうことですか? 私の聞き間違いですかね?」

「いや、間違いじゃないよ」

「…………」

「あまり詳しいことは分からないが、とにかく彼女は荒んでいる。恐らく、ヨーロッパのトゥインクル・シリーズに揉まれるうちに、嫌な奴になっちゃったんだ。……それもこれも、じわじわ進行してる長距離界の人気下落によるものさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて――それだけで心は削られていくものだよ」

 

 突然、理想と現実が乖離していることをひしひしと思い知らされる。ヨーロッパが誇る長距離界のトップウマ娘から伝えられた真実は、私の心に暗い影を落としていく。

 日本にいるから気づかなかっただけなのだろうか。世界中を見ても、日本のファンは特に熱心で、ファンが作り出す大歓声に魅了される海外のウマ娘も多いと言うが……。ヨーロッパの超長距離G1を制するという目標が先走りして、私はダブルトリガーさんが私に語ってくれた現実から目を逸らしていただけなのではないか。

 

 ――ヨーロッパの長距離界は()()()()()

 目を逸らしようのない現実だ。

 

 ヨーロッパで過ごしているルモスさんがこう言っているのだ、恐らく本当にヨーロッパの長距離界は衰退している。気持ちが少し萎えないでもないが、受け入れるべき事実だ。

 

 日本には長距離G1が菊花賞と天皇賞・春と有記念しかない。というか、1年を通してG1が20~30程度しかない――しかもシニア級の競走は更に数が少ない――のだから、日本はヨーロッパに比べるとそもそも()()()()()()()のだ。

 そういう意味で差は生まれにくいが、複数国の集合体であるヨーロッパは重賞数的にも選択肢が多い。だからこそ、少しずつ長距離重賞が(ないがし)ろにされ――今に至るのだろう。

 

「日本には()()()()()()()として菊花賞があるだろう? でも、特にヨーロッパじゃ長距離レースの人気は落ちに落ちて……ほとんどの国じゃ、セントレジャーはシニア級との混合重賞にまで権威が落ちちゃってる。三冠の最終競走だよ? そりゃ、カイフタラみたいにやる気も無くなっちゃうよね」

「…………」

「カイフタラが勝ったアイルランドセントレジャー、何人のレースになったか知ってる? ……7()()()()()()()7()()。アイルランド三冠路線、最後のG1がこの有様じゃ……カイフタラがこうなったのも…………いや、これ以上はやめておこう。気が滅入る」

 

 三冠路線とは、まず一冠目のギニーを制覇する早熟性、ダービーを勝つスピード、そしてセントレジャーを走破するスタミナを併せ持つウマ娘を選定するための競走体系である。特に昔においては、セントレジャーステークスはクラシックレースの中でも最高の権威を誇っていた。

 しかし、徐々に有力ウマ娘の挑戦が減少してくると、セントレジャーのレベル低下に歯止めが掛からなくなった。最近では、凱旋門賞やイギリスチャンピオンステークスに向かうウマ娘が多い。日本でも天皇賞・秋などに流れていく場合があるほどで――

 

 中距離競走の充実と、レベル・価値低下によるセントレジャーの意義喪失。三冠がかかっている場合にようやく選択肢に入るかどうか――というくらい失墜したセントレジャー競走は、三冠路線最終戦としての性格を完全に失った。

 その多くがシニア級との混合レースになり、今やシニア級を含めた()()()()()()G()1()として、もしくは下級戦としての扱いがほとんどである。

 

 ドイツセントレジャー(ドイチェスセントレジャー)はG2からG3に格を下げられた上、シニア級との混合競走になった。フランスセントレジャーことロワイヤルオーク賞もシニア級に解放されている。イタリアセントレジャーもドイツと同じ道を辿ったが、1()()()()()()――つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実はあまりにも重い。

 何とか踏みとどまっているのは、日本の菊花賞やアメリカのベルモントステークスくらいなものだ。

 

「ごめんね、初対面なのにペラペラと……しかも、これからヨーロッパに来てくれようっていう可愛いウマ娘にこんなことを」

「……いえ。いつかは直面することですから」

「…………Tu sais vraiment ce que ça veut dire?」

「へ? あ、フランス語ですか? もう1回言ってもらえると――」

「いや、独り言。そろそろ良い時間だし、今日はお別れということで」

 

 ルモスさんのフランス語は聞き取れなかったが、彼女がホールに向かって歩き出したので、フランス語のことなんてすぐに忘れてしまう。しかし、彼女の人懐っこい笑顔が少し曇っているように見えた。慌てて彼女の背中を追いかける。

 

「今のヨーロッパで最強ステイヤーの夢を追うなんて、アポロは物好きだよね」

「……まあ、そうでしょうね。でもかっこよくないですか? 長い距離を走って消耗し合う、あのえげつない過酷さ! 最終直線で最後のスタミナを使ってバチボコにやり合うラストスパート! たとえ今ステイヤーが冷遇されていたとしても、私の憧れは変わりません! このキラキラした夢、諦める気は絶対にありませんからね!」

 

 ホールに帰りかけていたルモスさんの足が、ぴたりと止まる。「絶対に?」 こちらに目を向けないまま、静かに問いかけてくるルモスさん。私は胸に拳を叩きつけて、日本語で「絶対にです!」と返した。

 しばしの沈黙があった。ルモスさんの形の良い耳と尻尾が静かに揺れている。ヨーロッパ長距離界の盟主に夢を誓ったのだ。しかも、絶対という重い言葉を添えて。だが、後悔はない。血反吐を吐いてここまで努力してきたのは、欧州の舞台で走って栄光を手にするためだ。

 

「……そうか。ま、なら止めないよ。心の底から応援しているよ」

「はい! 頑張ります!」

「だからこそ――もう一度言っておくよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――()()()()。どくんと心臓が跳ねて、嫌な音を立て始める。

 

「カイフタラの心は荒んでいる。志も何も無い。それでも強い。きっとアポロは、そんなカイフタラの心と()()()()()()なんだ。現役を退いたワタシじゃカイフタラを救えない。きっと彼女の無礼な行動に対して激怒することもあるだろうけど、その時はレースでぶちのめしてやって欲しい」

「注文、多くないですか?」

「あはは、ごめんごめん。先に言っておかないと、カイフタラに会った時にビックリするだろうと思って…… 」

 

 ルモスさんは向こう向きのまま、頭頂をポリポリと掻いた。本当に申し訳なさそうに肩を竦めて、彼女はこう言い残して会場へと消えていった。

 

「……長距離界におけるブリガディアジェラードとロベルトのようになってくれ。あ、いや、パパイラスとゼヴの方がいいかな……それはともかく。アポロ……ヨーロッパ長距離界に巣食う、()()()()()()()()()()()()()を全部ぶっ壊してほしい。異国の風で……あんな空気を吹き飛ばしてくれ」

 

 そのまま取り残された私は、ハイヒールを鳴らして歩いていく彼女の後ろ姿を見送った。

 

「……ルモスさんも大変そうだなぁ」

 

 

 


 

ルモス→強いウマ娘

レヴモス→強いウマ娘

スイートミモサ→強いウマ娘

アードロス→強いウマ娘

ブリガディアジェラード→強いウマ娘

ロベルト→強いウマ娘

パパイラス→強いウマ娘

ゼヴ→強いウマ娘

この程度の認識で全く問題ありません。



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86話:ドバイ遠征組、集合!!

 URA賞の授賞式が終わり、時は1月後半。日本の寒さがまさにピークを迎えようかという頃、私はとある事情からトレセン学園の会議室に呼び出されていた。まだ暖房が効いておらず、歯をカチカチと鳴らしながら同じく呼び出されたエルちゃんと身を寄せ合っていると、彼女のトレーナーである東条ハナが現れた。

 近くで雑談をしていたミークちゃんとグリ子が口を閉じ、ぼーっとしていた栗毛のウマ娘も姿勢を正し始める。栗毛のウマ娘の名はサイレンススズカで――アメリカの芝に慣れるために昨秋から米国遠征を行っていたが、つい最近日本に帰ってきたのである。彼女達3人もまた同じ事情によって会議室に招集された。

 

 東条トレーナーがバインダー片手に咳払いすると、私達の間に緊張が走った。厨パこと最強チーム『リギル』を率いているだけあって、その佇まいには威圧感に似た風格が漂っている。

 

「今日からあなた達の仮チームを担当する東条ハナよ。私の目標は、ドバイワールドカップミーティングで全員が勝利を収めること。戦うレース自体は違うけれど、これからは日本代表というひとつのチームメイトとして共に切磋琢磨してもらうつもりよ。目標に向けて一緒に頑張りましょう」

 

 東条トレーナーがそう言うと、スズカさんのトレーナーである沖野さん、桃沢とみお、桐生院さん、グリ子のトレーナーである芹沢さんがそれぞれ自己紹介とドバイ遠征に向けた目標を語り始めた。

 ――なぜライバル同士の私達がチームを組むことになったのか。その発端は3日前に遡る。

 

 ――3日前。ドバイに向けてのトレーニングを行う中で、エルコンドルパサーが私達の筋トレに割って入ってきた。「アポロちゃん、聞きましたか!? エルとチームになれるらしいデスよ!」テンション高めなエルちゃんの言葉に理解が追いつかなかったが、とみおが「今日のミーティングで言おうと思ってたんだ」と呟いたのを聞いて、私はやっと事態を呑み込めた。

 3月末に行われる『ドバイワールドカップミーティング』に出走予定のウマ娘とトレーナーが結託し、海外遠征をより有利に進めようという意思のもと、仮チーム『ドバイ遠征組』が結成されることになったのだ。

 

 その構成メンバーは、まず私ことアポロレインボウ。目標レースはG2・ドバイゴールドカップ。3200メートルの長距離重賞を走って海外レース制覇を目指すと共に、ステイヤーズミリオン及びヨーロッパ遠征の足がかりとする。

 次に元祖・万能ウマ娘のエルコンドルパサー。目標レースはG1・ドバイシーマクラシック。2400メートルのクラシック・ディスタンスに挑み、レベルの高いドバイG1を勝つことで凱旋門賞への自信にしたいようだ。

 そして、短距離では日本最高レベルにあるグリーンティターンことグリ子。ドバイターフの1800メートルは長いと判断し、目標レースを1200メートルG1・アルクォーツスプリントに据えた。グリ子もエルちゃんや私と同じく、世界中を飛び回って短距離重賞路線を邁進するという。

 更に、超絶万能ウマ娘のハッピーミーク。目標レースはダート2000メートル・ドバイワールドカップ。優勝賞金が8億円と破格で、それ故に一流ウマ娘が列挙するG1である。……と、ドバイに参戦するミークちゃんではあるが、今年の彼女はどの路線を進むか明らかにされていない。本当にどこでも走れる体質なだけに、どこを選んでも良いというのは贅沢な悩みである。

 最後のメンバーはサイレンススズカ。1800〜2000メートルのミドルディスタンスにおいて間違いなく日本一の実力があり、そんな彼女の目標レースは1800メートルG1・ドバイターフ。スズカさんのベストな距離は1800メートルだという声がある中で、まさに御誂向(おあつらえむき)の重賞があったものである。

 

 こうして総勢5名、超長距離、クラシック・ディスタンス、中距離、短距離、ダート――各方面のスペシャリストが仮チームとして集まった。実績も実力も日本代表として申し分なく、仮チーム結成が発表された時はメディアも大盛り上がりで囃し立てていた。

 日本国内のレース――つまり高松宮記念と大阪杯の出走ウマ娘――が手薄になってしまうのではないか、という声もあったが、あまり問題にならないだろう。何故なら大阪杯にはスペシャルウィークやセイウンスカイ、グラスワンダーにマチカネフクキタルにメジロドーベルらが控えていて、高松宮記念はシーキングザパールやキングヘイローが出走するからだ。これでレベルが低いと言われたらちょっとおかしいメンツが揃っている。

 

 今や、トゥインクル・シリーズは戦国時代だ。長距離からクラシックディスタンスにはスペシャルウィーク世代やサイレンススズカ世代が(ひし)めいているし、絶対王者のタイキシャトルが去った短距離路線は、シーキングザパールとグリーンティターンを倒そうと下剋上の空気に揺れている。ダート路線ではハッピーミーク、メイセイオペラ、アブクマポーロらの3強が形成されており、中央地方に関わらず水面下で激しい勢力争いが行われているようだ。

 

 オープンクラス以下から連勝してきたウマ娘や、重賞で力をつけてきたウマ娘が続々と増えている。遅れてきた大物のツルマルツヨシ、コアな人気を誇る玉砕型大逃げウマ娘のサイレントハンター、ここに来て長距離レースを連戦連勝している()()ジャラジャラが良い例で、トレセン学園は史上稀に見る好循環に見舞われていると言ってもいい。

 実力上位に位置するウマ娘は下からの突き上げに刺激を受け、下位のウマ娘はスターダムを駆け上がる子を見て「私もやってやる」と奮起する。そしてファン達は刻一刻と変化していく各路線の勢力図から目を離せず、来たるG1に向けて嫌でも期待が積もっていく。まさに正のループ。

 

 そこにトップウマ娘達の海外挑戦が発表されれば、世間の注目度は嫌でも上がる。と言うか、日本のトゥインクル・シリーズは余程のポカをしない限り何をしても盛り上がる段階まで来てしまっている。

 巷ではウマ娘系統の新聞や雑誌が飛ぶように売れ、ネット上でも1スクロールするごとにウマ娘の文字が目に入るくらいだ。街中で見られる広告もウマ娘一色で、まさにウマ娘バブルと言ってもいいだろう。

 

 日本を観光中のルモスさんも、日本のレースの人気ぶりを見てAwesome!!(すごい!!)」「Amazing!!(やばいよ!!)」「ここで暮らそうかしら♡♡♡」としか喋れなくなってしまったようで、彼女のウマスタには写真と共に「(ビックリマーク)」多めの英語が飛び交っている。

 

 さて、これまではしのぎを削ってきたライバル達だが、こと海外遠征において日本勢は皆味方として扱われやすい。個人間での争いと言うよりは国の代表選手同士の争いとしてクローズアップされるからだろうか。既にメディアでは『日本vs海外』という構図でドバイワールドカップミーティングの予想を行っているし……。まぁ実際のところ、ファンの心情的にもそれが正しいんだろうけど――

 メディアや心情云々(うんぬん)に関わらず、ライバル達とチームメイトになることで得られる恩恵は多い。最も良いのは、同じチームメンバーとして密接にトレーニングをするのだから、これまでに見えてこなかったライバルの一面を見られることだ。それが更なる刺激になって好循環が生まれ、加えて普段とは一風違ったトレーナーの指導が受けられて、トレーニング効果がアップすること請け合いである。

 

 今日のトレーニングは東条ハナことおハナさんの指導を受けることになっている。タイキシャトルを海外レースで勝利させた手腕はトレーナー間でも高く評価されており、私達は彼女の経験則を交えての座学トレーニングから開始することになった。

 私、エルちゃん、ミークちゃん、グリ子、スズカさんが前列、後列にはそれぞれのトレーナーが控える形だ。海外経験のあるトレーナーは東条トレーナーくらいしかいないから、この講義はトレーナーにとっても意味のあるものになるだろう。

 

「――挨拶も済んだところで。まず日本のレースと海外のレースにおける決定的な違いを話していきましょうか」

 

 座学ということもあって、私達は自然にノートとペンを取り出しながら東条トレーナーの話に聞き入る。エルちゃんだけは既に眠そうだが、もし船を漕ぎ始めたら脇を(くすぐ)ってやろう。私はペンを回しながら東条トレーナーの声に耳を傾けた。

 

「最初に言っておくと、同じウマ娘のレースという括りではあるけれど、世界各国の『トゥインクル・シリーズ』には地域毎の特色があるわ」

 

 東条トレーナーはそう前置いて、会議室のホワイトボードに水性マーカーを滑らせ始めた。まずは基本的なこと――ターフについての説明だ。

 

 日本のレース場は()()()()ものであり、何も無い所にイチから人工で芝を生やして作ったコースがほとんどである。アメリカなんて特に画一的な設計によってコース作りが成されている。ドバイのレース場もこの部類で、良く言えば単調、悪く言えば没個性的なコース作りである。だからこそ単純な実力勝負になりやすいと言うべきなのかもしれないが……。

 逆に、ヨーロッパのレース場は個性的な形に仕上がっている。元からあった広大な草原を切り抜くようにしてレース場が作られているからこその形状なのだが、ヨーロッパのレース場は「どうしてそうなったの?」というくらい理解不能で気持ち悪い姿をしているものが多い。

 

 ヨーロッパのレース場は自然から生まれ、アメリカ日本ドバイのレース場は人工的に作り出された。このような背景や気候の違いがあるからこそ、ターフに違いが生まれる。各地で敷き詰められている芝の長さや密度は全く違っており、特にトゥインクル・シリーズの中心地であるイギリスやフランスの場合は、日本の短く密度の低い芝と違って、長く密度の高い芝状態である。

 だから、簡単に言えば日本の場は硬くて、走るのにあまり力が要らない。対するヨーロッパの場は、芝が深くて足に纏わりつくように感じるという。ヨーロッパが多雨地帯ということもあって、ターフがぬかるんだ状態でレースが行われることもしばしば。

 その結果、日本の芝コースではスピードやキレが求められ、ヨーロッパの芝コースではスタミナやパワーが最重要視されるのだ。

 

 求められることが違う。それだけでトゥインクル・シリーズやレースの形は違ってくるのである。

 

「――前フリが長くなったけれど、ドバイの芝は日本とヨーロッパの中間くらいの()()と言われているわ。今後ヨーロッパ遠征を控えているウマ娘なら、ドバイの場で好成績を残しておきたいわね。そうじゃなきゃ、もっと重いヨーロッパのターフに適応できないから」

 

 言いながら、東条トレーナーはホワイトボードに呪文を書き始める。

 

「今回のドバイワールドカップミーティングの舞台であるメイダンレース場の芝コースは、バミューダグラスに洋芝のペレニアルライグラスをオーバーシードした地面になっているわ」

「?」

「?」

「??????????」

「早く走りたいわ……」

「グラス……??」

 

 頭の上に「(はてなマーク)」を出現させた私達5人は、溜め息をついた東条トレーナーに説明を受ける。

 バミューダグラスは日本で広く使われている芝、洋芝のペレニアルライグラスはヨーロッパで主流の芝らしい。そして、ドバイのメイダンレース場は基本がバミューダグラスなので、特性はヨーロッパよりも日本に近くて軽めの場になっているとのことだ。

 

 日本のウマ娘がドバイや香港に行きたがるのは、やはり芝が日本に近い傾向にあるからだと言える。それでも今回のような大掛かりなチーム結成は史上初と言っていいが……メイダンの芝は日本のウマ娘から人気のあるレース場のようだ。

 しかし、ヨーロッパより軽い芝状態とはいえ、賞金の高さ故に世界各国から有力ウマ娘が集まるメイダンレース場……そこには芝状態だけでは測れないものがあるだろう。全く結果の出ていなかった人気薄が大駆けしたり、有力ウマ娘が沈んだり。結局のところ、レースに巣食う魔物は健在ということだ。

 

「ここにいるグリーンティターンは知っていると思うけれど、香港の沙田(シャティン)レース場もメイダンと同じ形式を採用しているわ。香港が日本のウマ娘に人気なのは、日本との近さと芝の近似による要因もあるということよ」

「…………」

 

 突然名指しされたグリ子が耳をピンと立て、不安げに左右に動かし始めた。会議室にいた全員が「あ、コイツ知らなかったんだな」と察する中、芝だけではなくダートにも言及が入る。

 

 メイダンレース場のダートについては、日本の大井レース場に似ているという声があるそうだ。私はダート適正が皆無だから分からないけれど、ミークちゃんはピンと来たらしく、うんうんと(しき)りに頷いてメモを取っていた。

 

「ドバイは亜熱帯気候か砂漠気候に相当しているから、ほとんど雨は降らないそうよ。3月4月の平均気温も20度程度で、走るにはうってつけの場所ね」

 

 ドバイは雨が少ない地域で、メイダンレース場のターフは排水性を重視していない。そのため、ほとんどのレースが良馬場での施行となっている。

 またダートコースにおいては、細かく砂が飛び散る現象があまり見られないようで、視界による不利益はほとんど起こらないようである。

 

「……さて、そんなわけで芝状態について解説したわけだけど。ここからは()()()()()()()の説明と予想をしようと思うわ。……しようと思うんだけど、その前にちょっとしたお話をするわね。凱旋門賞を勝ったドイツのウマ娘の話なんだけど――」

 

 芝状態についての説明を終えた東条トレーナーは、とあるドイツのウマ娘についての物語を語り始めた。

 

 ――芝が長く深いためタフなレースになりやすく、日本より遅いタイムでの決着が多いヨーロッパのレース。しかし、とある年の凱旋門賞は別だった。珍しく快晴の日々が続き、陽炎が立ち上るような炎天下に曝された結果、その年のロンシャンレース場のターフはすっかり乾いてしまったそうだ。

 芝コースの地面はヨーロッパのものとは思えぬほど()()干上がり、まさに日本のターフと同じようなスピードの出る場になったロンシャン。そのまま凱旋門賞本番を迎えた結果、ドイツのウマ娘が凱旋門賞史上最も早いタイムで勝利を収めた。

 

 そのドイツのウマ娘は、凱旋門賞の勝利を受けて直後のジャパンカップに参戦。理由は明らかで、スピードの出やすかった場の凱旋門賞でぶっちぎりの勝利を収めたのだから、当然日本の硬いターフにも対応できると確信したからである。

 そういう理由でドイツ代表としてジャパンカップに参戦した彼女だったが、結果は6着と奮わず。その結果に祖国ドイツやヨーロッパのファンは首を捻るばかりだったが、彼女にはその理由が分かったと言う。

 

「――敗因はターフの違いだけではなかった、彼女はそう語ったそうよ」

 

 ――敗因は2つ。ひとつはターフの軽さと硬さの違い。そしてもうひとつは――()()()()()()()()()()()()()である。

 

 ヨーロッパのレースは、ゆっくりしたスタートから始まる。レース前半は緩めに走って体力を温存し、中盤から終盤にかけて徐々に加速するのがヨーロッパのセオリー。芝が長くて重く、無理な加速は体力の無駄な消耗を招くからである。

 対する日本のレースは、パワーもスタミナも比較的消耗しない場のため、スタート直後からレースのペースが早い。よく『ノロノロ走って最終直線でよーいドン』と揶揄される日本のレースだが、ヨーロッパを基準にするとかなり速めのスピードで最後までやり切ろうというスタイルが確立しているのである。

 

 この違いがドイツのウマ娘を惑わせた。

 彼女はヨーロッパのトゥインクル・シリーズでは、スタートから前方好位置につけて最終直線で抜け出す『好位追走型』の先行ウマ娘だった。しかしジャパンカップでは、日本のウマ娘が普段よりもずっと速いペースで走っていたため遅れを取って後方に控えてしまい、不慣れな後方策に追い込まれてしまったのだ。そのまま自分の得意な形に持ち込めないままレースを終えてしまい、彼女は世界の広さと文化の違いを思い知ったとか。

 

「ちなみに、その年の凱旋門賞とジャパンカップのタイムはほとんど同じだった。つまり、ペース配分の違いによって彼女は負けてしまったということね」

 

 東条トレーナーは続ける。何度か()()()()のレースを経験すれば、芝状態やペース配分に()()が出て結果が出ることもあるだろうが、一発勝負となるとこのペース配分の雰囲気が大きな影響を与えるのだ――と。

 

 余談だが、日本のウマ娘がヨーロッパのレースに参戦した時は、逆の現象が起きることが多いらしい。タイキシャトルやシーキングザパールは初の海外遠征でも上手く(こな)していたが、凱旋門賞含むヨーロッパで上手くいかないのはこういう理由があるんだそうだ。

 

「アポロやスズカにはあまり問題にならないかもしれないけど、他の3人は注意すること。ドバイワールドカップミーティングに参加するウマ娘のほとんどがヨーロッパ・アメリカからの参戦よ。それぞれのレース文化を知り、対応していくことも私達の課題と言えるわ」

 

 そう言って、東条トレーナーは『アメリカ』『ヨーロッパ』と大きな文字をホワイトボードに書き、それぞれのスタイルを簡単に説明していく。

 

 アメリカのトゥインクル・シリーズは、イケイケのゴリゴリ戦法が好まれる。スタート直後から爆速で加速し、いち早くトップスピードに乗る中で位置取り争いを繰り広げるウマ娘が多い。日本よりも『審議』の規則が緩いため、国民性もあってかレース展開はパワフルなものになりがちである。細かく言えば、身体をぶつけ合っての位置取り争いやゴール前での競り合いなんてのは、割と良くあることらしい。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズは、先述したように前半のペースが緩い。そのため、前半の位置取り争いはギッチリ詰まった集団の中で行われやすい。こちらも身体を寄せ合っての熾烈な位置取り争いは日常茶飯事ということだ。

 

「レース当日が近づいたら、各自で出走ウマ娘の出身国と割合を調べておくこと。ミークはダート戦だから、周りはアメリカのウマ娘まみれでしょうけど……他の4人は注意して。ヨーロッパ出身ウマ娘とアメリカ出身ウマ娘の比率、そして彼女達がどんな脚質を取るか。過去のデータや走りっぷりを評価した上で、どんなレースが予想されるか。そこまでしっかり考えた上でやっと勝利が見えてくるわ」

 

 東条トレーナーは私達の後ろのトレーナーに視線をやる。多分、それを調べるのはトレーナーの役目だから頑張りなさい……と視線で言っているのだろう。海外遠征ともなれば、トレーナー業務が大変になるのは目に見えている。ぶっちぎりで若手の桐生院さんととみおは大丈夫なのだろうか……身体壊さないかな?

 

「ま、ドバイ遠征に当たってのイントロはこんな所かしらね。今一度説明すると、これから仕上げるべき私達の課題は2つ。メイダンレース場の芝への適応と、ライバルのレーススタイルの予想と対応よ」

 

 東条トレーナーが時計を気にしながら、ホワイトボードに書いた文字を消し始めた。私達もペンやノートをしまい、トラックコースに移動する準備を整えていく。

 ホワイトボードをまっさらな状態にした東条トレーナーは、最後に一言――と人差し指を立てて、困ったような表情になった。何か言いにくいことでもあるのだろうか。私は首を捻りながら彼女の言葉を待っていたが――東条トレーナーの口から飛び出した言葉は、チーム『リギル』を受け持つトレーナーから語られたものとは信じがたいものであった。

 

「……ドバイに挑戦する前にこんなことを言うのはトレーナー失格かもしれないけれど、あえて言わせてもらうわね。()()()()()()()()()()()。トゥインクル・シリーズが盛んな国の中で、どこのレベルが1番高いのだろうなんて議論されることがあるけれど、答えは()()()()()()()()()()()()()()()()としか言えないわ。どんなウマ娘も自国(ホーム)では強くて外国(アウェー)では結果が出にくくなるのは当たり前のことなのよ。たとえ負けたとしても、それは弱かったからではなくて()()()()()()()()()()()。……だから、恐れずに挑戦しましょう。以上よ」

 

 その言葉を最後に、背後のトレーナー陣が立ち上がる。きびきびとした動きで会議室から出ていくトレーナー達。私達は呆気に取られながら、それぞれのトレーナーの後を追ってトレーニングに向かうのだった。

 



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87話:ドバイ遠征組、トレーニング!!

 仮チーム『ドバイ遠征組』のメンバーとトレーニングする中で、いよいよバレンタインデーが近づいてきた。トレーニングの休憩中、私達はそれぞれのトレーナーにどんなプレゼントを送るのかという雑談になる。

 

「私はやっぱりチョコを作っちゃおっかなって! でも去年もチョコあげたから、バリエーションを変えていかないとなぁ……」

「ワタシは去年簡単に済ませてしまった分、今年は気合いを入れましょうかね。日頃の感謝を伝えるために、やっぱりハンドメイドで作るべきでしょうか……」

「なるほどね……グリ子はどうすんの?」

「私も去年と違ったチョコを作らなきゃって感じだよ。うちのトレーナー、ただでさえチームを束ねてるわけだし。他の子と被らないようにしなきゃ」

「どんな形にせよ、日頃の感謝を伝えるのは大事デス!」

 

 私達は一応国内トップクラスのアスリートウマ娘である。しかし、どれだけ強かろうとウマ娘も年頃の少女であることには変わりなく――そこには間違いなくプライベートというものが存在する。

 私事(プライベート)とトップアスリートとしての振る舞いでメリハリをつけ、日常も走ることも全力で楽しむ。それがウマ娘の強さの秘訣と言えるだろう。

 

 そして、プライベートでトレーナーとの信頼関係を深めることは決して寄り道ではない。トレーナーとウマ娘の関係が強固なものになればなるほど、トレーニング効果が高まっていくからだ。同時に、まことしやかに囁かれる噂があり――『ウマ娘はヒトとの強い絆によって更なる力を得る』というものがある。

 これは先に挙げた実際的な効果ではなく、スピリチュアル的な意味の噂だ。そもそもウマ娘が割と非科学的な存在なのだが、この事実は確信めいて広く語られている。これに関しては私も実際に経験したことがあるから、この噂にあやかって合法的にとみおと更に近づこうという魂胆もあるわけだが――

 

 私達はすぐ傍にいたミークちゃんやスズカさんを(無理矢理)混ぜて、バレンタインデーに関するガールズトークを始める流れになった。

 

「やっぱりスズカさんはハート型のチョコレートとか送っちゃう感じですか?」

「私がトレーナーさんに? そうね……トレーナーさんたら毎日夜遅くまでお仕事してるから、滋養強壮(じようきょうそう)に良い野菜チョコレートを作ろうかなって思ってるわ」

「野菜チョコ……? なんデス、それ」

「そのままの意味よ。簡単にトリュフでも作ろうかと思ったんだけど、やっぱり身体を大事にして欲しいなって。トレーナーさんたら、ただでさえ飴を舐めてて糖分過多だし……」

「あ〜……」

 

 夫婦かな? でもそうやって突っ込んだら負けだよなぁと思いながらエルちゃんとグリ子に視線を向けてみると、時すでに遅し。2人同時に「夫婦ですか?」「夫婦デース」と口笛を鳴らしていた。ミークちゃんは「夫婦……?」と思案顔である。

 実際、去年の夏合宿の辺りからこの2人はもう『完成』してたからねぇ。夏合宿以降にスズカさん達と交流し始めたわけだけど、その頃から色々とアレだったし。スペちゃん以外のチームメイトは何となく察しているんじゃなかろうか。

 

 スズカさんと沖野トレーナーは……こう、無意識の距離感が近いというか。沖野トレーナー的には普通にウマ娘と接しているだけなんだろうけど、スズカさんの方が割とグイグイ行ってる(ように見える)せいで、独特の空気感が完成しているような印象がある。

 

「スズカさんとトレーナーさんって、やっぱりデキてるんですか!?」

「ちょ、グリ子やめなよ」

「ワタシも気になります!」

「エルちゃんまで!」

「スズカ……トレーナーとデキてる……?」

「デキてる……? どういうことかしら。私とトレーナーさんは別に普通よ」

「またまたスズカさんったら〜」

 

 色恋沙汰に敏感なグリ子がガンガン攻める。一応止めに入っている私だけど、スズカさんと彼女のトレーナーの実情が気になっているのは事実。段々と言葉尻に力が入らなくなり、耳がスズカさんの方向に絞られてしまう。

 4人の視線を一身に浴びるスズカさんは斜め上の空間を見つめた後、困ったように微笑んだ。彼女は嘘をつく性格ではないから、本当に何とも思っていないらしい。強固な信頼関係はあるだろうが、恋愛に関しては分からないといった感じである。こんな反応をしておいて、10年後とかにくっついてそうだけど。

 

「ま、スズカさんのことは置いといて……グリ子、あんたのとこはどうなのよ。チーム『カストル』のトレーナーなんだから、競合相手は多いんじゃない?」

「え、えぇ〜? なんのことぉ?」

「誤魔化しても無駄だっつの! エルちゃん、ミークちゃん、グリ子を(くすぐ)って吐かせるよ!」

「了解デス!」

「……むん」

「え、や、ちょっとそれはタンマ! 別にいいじゃん私とトレーナーのことは!」

 

 グリ子のトレーナーこと芹沢さんは、小規模チーム『カストル』を指揮するトレーナーである。グリ子が初重賞をプレゼントしてからというもの、彼女が国内G1に加えて海外G1まで勝ってしまったことで、一気にトレセン3番手のチームに成り上がった。

 グリ子をエースとするチーム『カストル』は、グリ子が台頭してから彼女以外に3人の重賞ウマ娘を輩出している。ローカル戦・ダート戦を特に得意とする芹沢トレーナーだが、そんな中で中央海外問わず勝ちまくっているグリ子の存在はある意味特異的である。

 

 私はグリ子のポニーテールを持ち上げながら、首の後ろに指を当ててみた。それだけで彼女は「うわぁ!」と情けない声を出す。エルちゃんも擽り攻撃にかなり弱いが、グリ子も大概ではないか。

 こうして調子に乗って彼女を攻撃していると、エルちゃんがこんなことを言い出す。

 

「あ〜……でも、グリ子ちゃんのトレーナー、ワタシは苦手かもデス。いっつもニコニコしてて人当たりはいいんですけど、感情が読めないというか……」

「そ、そう! そうなんだよ! 私が何を言っても笑顔で頷くだけで、内心がぜんっぜん分かんないの! この前も2人でお出かけしたのに、ず〜〜〜っとニコニコしてるだけ! マジ何考えてるか分かんない!」

 

 グリ子のトレーナーは常に微笑みを携えていて、カノープスのトレーナーと雰囲気がよく似ていると言われている。常に仮面を被っているようなあの雰囲気は、彼に好意を持つグリ子にしてみれば厄介極まりないであろう。

 ……グリ子も大変みたいだ。こんな顔つよウマ娘に好意を寄せられても動じないトレーナー、流石である。と言っても、うちのトレーナーもかなり防御が固めだけどね。

 

 結局、グリ子とそのトレーナーは特に進展なしという結論が出た。となれば、男性トレーナーを持つウマ娘で質問されていないのは私だけなので……すかさずグリ子から白羽の矢が向けられることになる。

 

「アポロちゃんはどうなのさ」

「何の話ぃ?」

「誤魔化すなって〜」

「明らかに嘘つきデス。ことあるごとに、アポロちゃんはトミオトミオって言って見せつけてきますからね」

「私のところは普通だよ。特に進展はないし……」

「は〜〜〜〜出た出た出た。実家にトレーナーを連れて行った人が何か言ってるわ」

「ケ!?」

「ちょ、それは言わない約束――」

「実家と言えば、私のトレーナーさんも来たことがあるわね」

「スズカさん!?」

 

 スズカさんがナチュラルに爆弾を投下してきたが、相変わらずターゲットは私だ。でも進展がないのは本当じゃない? 海外遠征を控えたウマ娘の実家にトレーナーが来るのは割とあることだし、永遠とか色んな言葉を貰ったけど代わり映えしたことは特にないし。

 エルちゃんにプロレス技をかけられながら、仕方が無いので正月の出来事をつらつらと吐いていく。エピソードを語る度に、スズカさん以外のみんなの口が開いていくのが見えた。

 

「こっちも夫婦だったわ」

「エルつまんないデース」

「…………チッ」

「いやみんな冷たっ! ミークちゃん舌打ちするって態度悪すぎでしょ!」

「もうハート型のチョコ渡してイチャイチャすればいいじゃん、細かいこと言わずにさ。本命ですとか言えばもう終わりなんだって。桃沢トレーナー、既に堕ちてるよ」

「いやっ、その、それは……自信がまだ……」

「この期に及んで尻込み!! 腹立たしいデス!!」

 

 エルちゃんの固め技が更に強まったところで、休憩時間の終わりを告げるタイマーのアラームが鳴り響いた。エルちゃんはすぐにプロレス技をやめて、顔つきを鋭くする。グリ子も笑顔を消し去り、スポーツドリンクを放り投げてトラックコースに向かって走り出した。

 トレーニングが始まる瞬間、私達のプライベートは終わる。女子学生としての自我はほとんど消え去り、素直に走ることのみを追及するウマ娘としての己が顔を表す。

 

 バレンタインデー間近だろうが何だろうが、トレーニング強度を緩めることは許されない。これから再開するトレーニング内容を思い出して少し気が滅入るが、この辛苦を耐えることによって栄光に近づけるなら安いものだ。

 

 ――私達の現在地はトレセン学園のトラックコースではなく、秋川やよい理事長が所有する特殊なトレーニング場である。普通のウマ娘が使う場合はほとんどなく、()()()()()()()()()()()()()だけがこの施設の使用を渇望する。

 というのも、このトレーニング施設には()()()()が敷かれたトラックコースが存在しないのだ。ではどんなコースが存在するのかと言うと――アメリカの西海岸・アメリカの中央部・アメリカの東海岸・ドバイ・サウジアラビア等それぞれのダートと芝を模したコース。それに加えてヨーロッパ・オーストラリア・香港の各レース場の芝が敷かれたトラックが用意されているのである。

 

 国内のレースに専念したいウマ娘がこのトレーニング施設で練習する意味は無い。余計なことをしてトレーニング効果を低める理由はないからだ。

 逆に、国外レースの出走を希望するウマ娘はこのトレーニング場に殺到する。レース数日前にそのレース場でトレーニングすることは可能だが、その数日だけでは適応が不十分で実力が発揮しきれない恐れがあり――そんな無念を防止するべく設置されたのが本施設というわけだ。

 

 ただ、URAはあくまで()()()()()()()()()()()()()()()の発展に寄与するための機構であるため――日本出身のウマ娘が海外レースに出走するのを嫌う傾向にある。決して公式で()()発言することはないが、国外にウマ娘が()()するのは売上的にも避けたいところであろう。

 

 だからこそ、秋川やよい理事長がこの施設を作った――ということになっている。公式の所有者は秋川理事長だが、実際はURA上層部の役員が巨額の費用を注ぎ込んで作り上げたらしい。「日本のレースレベルが世界レベルに置いていかれないように」という理由から作られ、現在でも定期的に芝の更新及び現地のターフの再現が行われている。

 

 私達が今日入っているのは、もちろんドバイのメイダンレース場を模したトラックコース。最近はこの施設で走りっぱなしで、芝やダートに身体を慣らしてからは頻繁に併走を行っている。

 休憩前に軽いランニングをして身体を温め終わっているので、今から1000メートルの併走による追い比べをする予定だ。今日の相手はエルちゃん。さっきプロレス技をかけられた恨みを返す機会が早くもやってきた。

 

「エルちゃん、今日はよろしくね」

「はい! 負けませんよ!」

 

 東条トレーナーやとみおが柵の向こうから見守る中、少しだけストレッチをして身体を解す。私はエルちゃんの背中を押しながら、身体の()()に唾を飲み込んだ。分厚い。そして、強い芯がある。押してもビクともしない体幹の強さも窺える。鍛えづらいと言われている背中にも、鋼の如く練り上げられた筋肉が敷き詰められていた。

 これが世界最強の卵。世界で戦っていくための肉体。私もかなり鍛えている自覚はあるけど、果たしてここまでの強さを持っているのかどうか……。私はエルちゃんに背中を押されながら、少し思案に耽った。

 

 時々、エルコンドルパサーの肉体には特徴が無い――などと言われることがある。それはキングヘイローの末脚、セイウンスカイの逃げなどと比べての評論であり、とみおがそう口ずさむこともあった。

 曰く、スピードタイプなのかスタミナタイプなのか分からない――とか、芝が合っているのかダートが合っているのかも正直分からない――とか、とにかく突出した特徴に欠けていると言うのだ。

 

 だが、エルコンドルパサーが没個性的であるはずはない。彼女の特徴の無さは全てが高水準であるが故の錯覚なのである。胴、腕、脚の長さ、身体のバランス、筋肉の(しな)やかさ、全てに均整が取れていて欠点も無い。究極のウマ娘であるからこその無個性。そして、その肉体を支える強い精神力がエルコンドルパサーの強さの原動力だ。

 てっきりクラシック級の夏には既に仕上がり切ったと思っていたけど……彼女の成長速度は留まるところを知らない。この成長力もエルちゃんの長所だ。

 

 彼女と直接戦ったのは日本ダービーだけで、その時は私の勝ちだったが……今同じ条件で戦ったら間違いなく負けるだろう。ジャパンカップをクラシック級で制した実力は伊達じゃない。

 

「アポロちゃん、また腹筋が硬くなりましたね!」

「ちょ、そこは触らなくてもいいじゃん」

「そろそろ6つに割れますかね?」

「……そういうこと言うからグラスちゃんにシメられるんだよ」

 

 普段はおふざけキャラでも、エルちゃんがレースやトレーニングを疎かにしたことは1度も無い。ルームメイトのグラスワンダー以上に彼女は勝負師だ。今だって、口調は軽いが視線は鋭くギラついてるし、間違いなくやる気満々である。

 桐生院トレーナーが合図を出すと、私達はスタート位置につく。足首を捏ねて用意ドンの声を待つ中、エルちゃんが独り言のように呟いた。

 

「ワタシは併走トレーニングだとしても、ライバルには絶対に負けたくありません」

「…………」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――日本ダービーの敗走を根に持っているのだろうか。それは分からないが、エルちゃんは犬歯を剥き出しにして凄みのある笑みを見せつけてきた。元々彼女の弱点らしい弱点は、レース間隔が詰まると力を出し切れないことくらいなものだ。日本ダービーの敗因はそこにしかない。

 私は「勘弁してよ」と軽く受け流して、桐生院トレーナーの用意ドンと共に走り出した。私だって負けるつもりがあって走ってるわけじゃない。レースでもトレーニングでも、どんな勝負だって勝ちたくて挑んでいるのだ。

 

 スタートダッシュは好調。どんどんスピードを上げて、最高速度へと到達する。そこから視界端のトレーナーの手が動き、最高速度を保った状態で行われる1000メートルの併走及びタイム測定が始まった。

 エルコンドルパサーと真横で競り合いながら、メイダンを模したトラックコースを走る。スピード、スタミナ、パワー、勝負根性、全てにおいて彼女は最高レベルだ。普通にやっていては容易く怪鳥の爪に仕留められてしまう。

 

 私は瞬発力に欠けるため、どうにかして先頭を死守しなければならない。抜き去られたら一巻の終わり。相手がエルコンドルパサーとなれば、絶対に差し返すことは叶わない。懸命に気張りながら、数センチのリードを死守する。

 たかが併走トレーニング。しかし、トレーニングすら本気でやれない者が、どうして本番で勝てると言うのだろう。全力でやるからこそトレーニングの効果があるし、本気をぶつけ合うことでお互いの成長が見込める。()()()()()()()()()()()()くらいの意気で全力疾走しなければ、世界レベルの舞台で戦うことは許されない。

 

 海外遠征するとなれば、どうしても()()()()()として扱われてしまう。それがたとえ個人的な挑戦であったとしても、日本のトゥインクル・シリーズの威信を背負って走らなければならない。特に年度代表ウマ娘だった私は、ライバルのためにも中途半端な結果に終わるなんてできない。

 私はエルコンドルパサーに肩をぶつけながら――もちろんわざとでは無いが――鍛え抜いた体幹でもって先頭を守り抜く。

 

 トレーニング外では仲良しの友達でも、トレーニング中は敵意をぶつけ合うライバルだ。時には助け合うこともあるが、基本は勝利への執着心に従って()()()()()()()()。それがウマ娘。例外はない。

 

「残り500メートル!! 2人とも気張りなさい!!」

 

 唸るような風切り音の中、東条トレーナーの微かな声が耳に届く。私達はトップスピードでコーナーを曲がる。サイレンススズカや桃沢とみおに教わったコーナー技術を遺憾無く発揮して、エルコンドルパサーが足を伸ばす。

 殺意に満ちたエルコンドルパサーの視線と、鬼のような豪脚が私にぶつけられている。私は腕を一生懸命に振って、外から進出しようとする彼女を抑え込む。

 

 トレーニングで本気の競り合いと極限状態を作り出すことにより、本番レースで咄嗟の機転が利くようになる――東条トレーナーや沖野トレーナーはそう力説するが、全くもってその通りだと思う。

 エルコンドルパサーを抑え込むために必死に頭を働かせて、細やかな位置取り調整や微妙な加速を行う。殺す気で襲いかかってくる怪鳥の追撃をいかにして避けるか。言い方を変えれば、どう動けばエルコンドルパサーが嫌がるか――という行動を徹底して行う。そして、エルコンドルパサーは私の対策の対策をするように全力で応じてくる。

 

 私が対策をすればライバルは対策の対策を仕掛けてきて、更に私は対策の対策の対策をして削り合う。無限に続く牽制と攻勢。体力の残量なんて気にしていられないくらい、苛烈に敵を追い立てていく。

 ――この経験が、本番で活きないはずがない。

 ああ、なんて苦しくて楽しいんだろう。

 

 私達は1000メートルの距離を競り合ったまま、同時にゴールした。勝負根性と体力をたった1分ほどで使い果たし、私とエルちゃんは背中からターフに横たわる。やっとのことで首を上げると、桐生院さんが困ったようにバインダーにペンを走らせていた。

 

「ゴールインです! え〜……同着だと思います!」

「……写真判定はできないし、こういうことが起こるのは仕方ないわね」

 

 東条トレーナーが肩を竦めると、グリ子とミークちゃんとスズカさんがアップを始めた。私達は疲労困憊の身体を引きずって柵の向こうに逃れ、次クールに向けて5分休憩を行うことにした。

 

「……さっきの併走、エルが勝ってました」

「何言ってんの? 私がハナ差で勝ってたよ」

「ノンノンノン……エルが負けるなんて有り得ません」

「むっ……癪に障るなぁ。なら、次の併走で決着つけようよ」

「望むところデス!! ()()ワタシが勝ちますから!」

「いや、今のは私が勝ったって言ってんじゃん!」

「ワタシが勝ちました!!」

「はぁ!? ちょ、うるさ! は〜あ、じゃあ次でエルちゃんのこと分からせるから」

「良いでしょう!! 次も本気で行きますから、覚悟の準備をしておいてください!!」

 

 言い争いをしていた私達に「……お前ら、しっかり休憩しろよ」と沖野トレーナーが呆れ半分に言う。そんな呟くような言葉が耳に入るはずもなく、私達は5分間言い争いを続けた。

 結局、この日のエルコンドルパサーとの併走成績は5勝5敗4引き分けだった。

 

 …………次も勝つ!!

 

 

 



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88話:2度目のバレンタインデー

 ……バレンタインデーのチョコ、早いとこ作っておかなきゃ。トレーニングを終えたバレンタインデー2日前の夜、私はグリ子が安らかに寝息を立てる部屋の中で漠然と考えていた。

 トレーニングへの熱中具合が凄まじく、前々から「やろうやろう」と考えていたのにチョコ作りが全く進んでいない。小一時間あればチョコ自体は完成するのだが、買っていない材料があるのだ。丁度生クリームとココアパウダーを切らしてたから、スーパーとかコンビニで買わなきゃなぁ……。

 

 今年のバレンタインチョコはハートマークの生チョコを作りたいな〜とぼんやり考えている。生クリームもココアパウダーもさすがに前日までに買っておかないと、市販のヤツで済ませることになりそう……早く買わないと。でも時間がない。

 

 ……なら、逆に今コンビニに買いに行くのはどうだろう。

 思い立ったが吉日。私は耳をピンと立てて、がばりと跳ね起きた。

 

 ……ついでにトレーナーも誘っちゃおっかな? まだ消灯時間前だし余裕で起きてるはず。薄闇の部屋の中、私は枕元に放り投げてあった携帯電話を探る。触り慣れた感触を引っ捕らえると、私は眩しさに目を細めながら画面を覗き見た。

 

 現在時刻、20:14。さすがに電話をかけるわけにはいかないかな……と言うか、画面の光キツすぎ。グリ子を起こしちゃ悪いし、廊下で弄ることにしよう。私はそっと部屋のドアノブに手をかけ、暗闇が支配する廊下に歩を進める。床から冷気が噴出しているのかと疑ってしまうくらい、廊下は肌寒かった。

 

 まだ消灯時間ではないが、春のG1戦線に向けたトレーニングによって疲れ果て眠っているウマ娘は多い。最近のグリ子なんかまさにそれで、トレーニングが終わって夕食を食べた後、浴場で眠い目を擦りつつ身体を洗って、限界を迎えるようにベッドに崩れ落ちるのを毎日観測している。日々のトレーニングが充実している証ではあるが、グリ子は宿題が手につかないと嘆いていた。華やかなトゥインクル・シリーズのG1ウマ娘であっても、宿題からは逃れられないのである。

 すれ違うウマ娘はおらず、寮長も雰囲気を察してか早くも消灯して最低限の明かりしか点けていない。私のぺたぺたという足音だけが響いて、生気のひとつも感じられなかった。

 

「うぅ、さむ……」

 

 私は蛍光灯の明かりがある洗面所の近くまでやって来て、壁にそっと寄りかかった。

 チャットアプリを開き、『桃沢とみお』の名前をタップする。一瞬で画面が切り替わると、私のダル絡みがあれよあれよと出てくる。そちらには目を向けず、私は「今起きてる?」と打ち込んで送信した。

 

 ――そして、速攻で後悔。夜のいい時間に「今起きてる?」とか、ダルさの極みみたいなメッセージではないか。どんくらいダルいかって言うと、「ごめん送る人間違えた笑」「ミスった笑」から会話を始めようとする奴くらいダルい。

 いくら私が可愛いとはいえ、夜のお仕事中にこんなメッセージが来たらトレーナーもげんなりするに違いない。すぐにメッセージを消去しようと指を動かすと、送信済みメッセージの隣に小さく『既読』のアイコンが点灯した。

 

 やばいと思う暇もなく、画面の左から「何かあったの?」というメッセージが生えてくる。彼の性格的に、ここで「何でもない」と言うのは逆効果だ。多分とみおは私のことを心配して根掘り葉掘り事情を聞こうとしてくるだろう。こういう含みのあるメッセージを送ることなんて今までなかったから、尚更。

 観念するしかあるまい。素直な気持ちを表すため、私は恐る恐る「会いたい」と打ち込んで送信した。メッセージ送信と共に既読アイコンが表示されると、彼から即座に「すぐに行く」という返信が返ってくる。

 

「もしかして慌ててる? ……あっヤバ」

 

 よく考えたら、夜に「今起きてる?」→「会いたい」のムーブは「何でもない」って言うよりもまずいじゃん! 普通に深刻な感じを醸してしまったので、咄嗟に「別に大したことじゃないから!」とフリック操作で高速入力しようとしたが――そしてその言葉も更に深読みされたら厄介なことになると思い至ったタイミングで――私の操作を妨げるように、デバイスが小刻みに震え始めた。

 電話だ。相手はもちろんトレーナー。すぐに画面をタップしてスピーカーをオンにすると、実際に聞く声よりも変調したとみおの声が聞こえてきた。

 

『アポロ、何か辛いことでもあったのか?』

 

 第一声でこれである。電話特有のくぐもった声のため分かりにくいが、かなり心配そうな声。今更コンビニに行こうよ〜って切り出しづらすぎる。全部私が悪い。ごめんねとみお……それはそれとしてコンビニに行こう。

 

「コンビニ行かない?」

『は?』

「コンビニ」

『いや、聞こえてるけど』

「心配させたならマジでごめん……でも、ほんとにコンビニ行きたくなっただけなんだよね」

『……分かった。準備するからちょっと待ってて』

「あ、いいの?」

『こっちも用事があったから、丁度いいと思って』

「集合は正門前でいい?」

『うん』

 

 電話を切ると、私は自室に早歩きで帰った。クローゼットからロングコートとマフラーをかっさらって、寮からそっと抜け出す。寮内も相当寒かったが、外に出ると空気が格段に冷え切っていた。街灯で照らされた場所以外は真っ暗で、動くのも億劫になってしまいそうだ。

 

「さっむ〜」

 

 とみおに貰ったマフラーに口元を埋めつつ、ポケットに手を突っ込んでがたがたと震える。2月の夜はさすがに冷える。雪国じゃなくても充分寒い。

 5分ほど正門前で待っていると、向こうの方からとみおが走ってきた。運動のせいで濃くなった白い息が目に入って、何だか愛おしく思う。

 

「ごめんね、急に変なこと言って」

「全然、だい、じょうぶ、はぁ……はぁ……」

「……急いでないからさ、ゆっくり歩こ?」

「助かる……」

 

 私はとみおの背中を擦りながら、最寄りのコンビニに向かってゆっくりと歩き出した。

 トレーナー室から正門までは――ウマ娘基準なら軽いランニングで1分ほどの距離。この調子だと、とみおは全力で走って5分といったところだろうか。そんな遠かったっけと思わないでもないが、そもそもヒトとウマ娘の身体能力に差があることをすっかり忘れていた。何せ、この身体(と少女性)にどっぷり浸かって2年弱経ったのだ。そりゃ、自分がウマ娘の産まれだと勘違いもするわ。

 

「……ふふ」

「な、何?」

「いや、何でも」

「気になるな……」

 

 体格的には成人男性の方が優れているのに、運動性能ではどこを取ってもウマ娘(私達)より貧弱なことが可愛くて堪らない。恋は盲目と言うが、彼を可愛いと思うのは別の感情によるものなのだろうか。

 私は薄暗い道を歩きながら、寒さのせいではないぞくぞくとした感情に襲われていた。

 

 とみおのペースに合わせて歩くこと数分、トレセン最寄りのコンビニにやって来た。バレンタインの文字が踊る()()()()を横目に入店すると、眠そうだったバイト店員が私を見てぎょっと目を丸くする。

 別にトレーナーと一緒にコンビニにやって来ただけだから何の問題もあるまい。コートの下にパジャマが見えるけど……まぁ夜だからセーフでしょ。

 

 店員さんの驚愕顔をよそに、買い物籠を(さら)いながら商品の物色を始める。バレンタインデー間近だからか、店内にはバレンタインのニーズに合わせたチョコやプレゼント類が売られていた。

 よく分からん柄の紙袋、高級そうなチョコ、『チョコ作りコーナー』と題してチョコの材料が陳列された商品棚……私が欲しいものはとりあえず揃いそうで安心。

 

「コンビニに行きたいって言ってたけど、アポロは結局何を買いたいんだ?」

「ん〜、 チョコの材料を買いたいなって思ったの。授業とドバイ遠征組のトレーニングで最近全然暇がないし……重い腰を上げて、こういう機会にでも買わないといけなかったわけ」

「あ〜……」

「とみおは何買うつもり?」

「ペンとノートとSDカードとコーヒーと……他にも色々」

「ちなみにカップラーメンって言ったら怒ってたよ」

「怖ぇ〜」

「怖ぇじゃないよ。最近はちゃんと自炊してるんだよね?」

「はい、してます。カップラーメンは食べてません」

「よろしい」

 

 私は適当な生クリームとココアパウダーを籠に放り込んで、ついでにトレーナーの隙を窺ってお菓子を少々入れてみた。どう考えてもバレるのだが、とみおは見逃してくれるようだった。

 彼は宣言通り事務作業用の小道具や飲料を軽く買い込んだ後、レジに向かって籠を押し上げた。財布を取り出したトレーナーは、ふとその視線を横にやる。目線の先には――肉まんがある。

 

「…………」

「…………」

「……アポロも食べる?」

「……いいの?」

「アポロは太りにくい体質だし、半分こするくらいなら大丈夫だ」

 

 店員さんが更に目を丸くしながらも、スムーズにレジ作業は進む。

 

「あ、あ、ありがとうございました!! またお越しください!!」

 

 そのまま夜とは思えないくらい声量で店員さんに見送られた後、私達はゆっくりと帰路に着く。レジ袋を2人の間に共有して持っていると、とみおは熱々の肉まんを器用に取り出した。

 

「はい、上手いことちぎって食べて」

「美味しそ〜」

「熱っ」

「はふ、火傷しそう」

 

 とみおと肉まんを共有しながら歩く。表面はそこまでだが、中身の肉と肉汁が熱すぎる。白い息を沢山出しながら肉まんに悪戦苦闘。何とか食べ終わったけど、完全に舌先を火傷した。ヒリヒリする。

 

「あち〜」

「でも美味しかったね」

「夜のコンビニで買い食いするものは大体美味しい」

「あはは。骨無しチキンとかアイスとか、やけに美味しいよね」

 

 からから笑いながら、視線を落とす。いよいよチョコ作りの材料が揃ったのだ。明日の早朝に早いところ作っておいて、冷蔵庫の中で当日まで冷やしておこう。多分1〜2時間あればチョコは出来るから、問題はチョコを詰める袋だなぁ。

 ぶつくさ考える。そんな中で、ふと確認したいことがあった。それは――好きな女の子のタイプである。

 

「とみおってさ〜」

「うん?」

「どんな女の子が好き?」

「……う〜〜〜〜ん」

「急に聞かれても答えられない?」

「…………」

 

 そもそもバレンタインとは、ヨーロッパにおける『恋人や家族などの大切な人に贈り物をすることが習わしになっている』日である。恋人と愛を祝うも良し、家族や友人にプレゼントを贈るも良し――何なら贈り物はチョコに縛られない。

 元々のバレンタインデーは日本の狭義とは違っていたのだが、こと日本では女性がアプローチしたい意中の男性に愛情の告白としてチョコを贈る日として定着してしまった。

 

 もちろん私が渡すのは本命チョコだが――本命チョコというのは、お互いに好き合っていることを何となく察した状態で、答え合わせのように渡すもの……と聞いたことがあるのだ。いや、私ととみおは結構イケてるとは思うよ? 永遠を誓い合った(?)仲だし、それ抜きにしても関係良好だし。でも、チキンな私はワンチャン勘違いな可能性が捨て切れていない。

 彼との距離が近づけば近づくほど、もしかしたら拒絶されるかもしれないという恐怖が大きくなっているのだ。心では深く繋がり合ってるだろうし、今更見た目の好みでどうこう言うような関係でもないと思うけど……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、という心の声が私の後ろ髪を引いている。多分、とみおは私のことを結構好きなはずなのだ。私に自信がないだけで、他人から見ればきっとそれは明白で――

 ――でもやっぱり、決定的な自信を持てない。それが私だ。

 

「どんな女の子が好き、か……今まで気にしたことなかった」

「じゃ、例えば髪型はどんなのが好き?」

「…………ストレートのロングヘアー?」

「あはは、そこは嘘でもボブって言ってよ」

 

 口では軽く言いながら、若干傷つく。本命チョコを渡す自信が少し薄れる。たわわに実ったボブカットを指で擦り合わせつつ、どれくらいの時間でとみおの好きな髪型(ロングヘアー)になるのかなと思案する。

 そんな私の乱れた心を、とみおのあっけらかんとした言葉が射抜いた。

 

「あ、でもアポロはボブがいちばん似合ってると思うよ。髪型だけじゃない。君は君であることに自信を持って。アポロはありのままがいちばん魅力的だよ」

「――っ」

 

 すっと胸に溶け込むような、私が今1番欲しかった言葉だった。うれしくて、びっくりして、思わず涙が溢れそうになる。鼻を啜り上げて、唇を結ぶことで何とか決壊を堪える。

 不意打ちなんて、最低だ。当たり前のようにそんな言葉を言って、私の中に入り込んで来て――何て(ずる)くて素敵なひとなんだろう。

 

 やっぱり、この人以外には考えられない。私は彼の腕に抱き着いて、歩く速度を下げさせた。もっとお話したい。トレセン学園に帰るまでの、ささやかな帰路を楽しみたい。

 先程までの暗雲じみた思考は消し飛んだ。私は私らしくて良いんだ。誰にも邪魔されず、どこまでも私で良いのだ。圧倒的な自信はまだ持てないけど、悩みは払拭された。

 

 本命チョコは、私の大好きなトレーナーにあげるんだ。

 まっすぐな想いが私の芯を貫いて、方針が定まる。

 

 ――愛を込めよう。感謝を込めよう。ありったけの激情(おもい)を込めて、彼に伝えよう。

 そして――叶えるのだ。私の夢を。

 最強ステイヤーという誰にも譲れない夢を――

 

 歩くペースを落としたことによって、帰路は永遠のように長い。しかし、いつかは終わる刹那。困ったように笑うトレーナーの顔を見上げながら、私は取り留めのない会話を楽しむのだった。

 

 

 後日、早朝。私は寮の共同スペースにあるキッチンにやって来て、黙々とチョコ作りを始めた。用意した材料は、ビターチョコレート150g、生クリーム90ml、デコレーションのためのココアパウダー、粉糖、フリーズドライのフルーツ、ハートマークの型抜きなど。

 Webサイトのレシピ通りに進めていけば『ハート型生チョコレート』の完成だ。

 

 忘れちゃいけないのが、愛情を込めること。やっぱり誰かの手作りというのは良いものだ。

 これまでの2年弱に渡って積もらせた想いを込める。それだけで、このチョコはきっと美味しく仕上がってくれる。

 

 ――こうして、簡単な工程と揃えやすい材料の割に()()()()()()()()()()生チョコが完成したのを見て、私は満足気に頷くのだった。

 

 


 

 

「ちなみにさ、ウマ娘だったらどんな毛色が好き?」

「黒鹿毛」

「ちょっと! 芦毛じゃないの!?」

「いやいや違ってもいいでしょ好みくらい!」

「良くないもん! 私の感動返してよ!」

「え〜……」

「でも、ヘリオスさんとかブライアンさんとかスペちゃんとか……とみおって黒鹿毛のウマ娘を好きそうな顔してるもんね、ちょっと納得」

「どういう顔だよ……」

 

 


 

 

次回からファン感謝祭



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89話:春のファン大感謝祭!その1

 バレンタインデーが終わり、3月に突入する。身も凍るような寒さはどこかに吹き飛んで、たまに春模様が見え隠れする三寒四温の時期となった。

 トレーニングを行う中で、生徒会やURA職員の動きが激しくなったな――と思っていたが、そういえば3月中旬に行われるイベントがあったのに思い至った。

 

 ――ファン感謝祭。トレセン学園内に一般のファンを招き、様々な出し物や催しを運営する一大イベントだ。

 春のG1戦線やドバイワールドカップミーティングが行われる少し前に行われ、競技者であると同時に興行の担い手であるウマ娘とは切っても切り離せない行事である。

 

 ファン感謝祭は1年のうち2回開催され、春の感謝祭は『春のファン大感謝祭』、秋の感謝祭は『聖蹄祭』と呼ばれていて――春は運動に特化した催しが、秋は文化系に特化した出店などが多く行われる。URAが絡んでくることもあって、普通の学校で行われるような文化祭とは規模が違うのも大きな特徴か。

 そして、今年の春のファン大感謝祭はURAや生徒会を含めた管轄側の気合いが入りまくっているため、更なる規模拡大のもと行われるらしかった。

 

 どれくらい気合いが入っているかと言うと、普段の1.5倍のキャパを用意したらしい。その関係で倉庫代わりに使われていたトレーナー室は出店に使われ、膨大な敷地を誇る駐車場も何かしらのスペースに使われるとか。

 去年も『第3次トゥインクル・シリーズ・ブーム』をいち早く察知していたため、大規模な開催となっていたが……さすがに駐車場を潰してまで大々的に行うようなことはしていなかったはず。元々来場客は全員徒歩限定――ウマ娘がいるため自転車や自動車は禁止されている――だったから、有効な場所の使い方と言えるけど。

 

「そういえば、『ドバイ遠征組』はファン感謝祭で催しをするんでしょうか? ワタシはリギルにも所属していますし……」

「そのことなんだけど、URA的には『アポロちゃん世代』『スズカさん世代』みたいに世代ごとで出し物をしたいらしいよ」

「グリ子それマジ?」

「うん。アポロちゃんだけじゃなくて、ミークちゃんとかセイちゃんもチームに入ってないし。それなら同世代で一括りにした方が注目度は上がるし、新鮮味もあって良いってことでしょ」

「……リギルもスピカもずっと強いから、その名前は耳にタコができるくらい聞いてる。だから、これでいい」

「ミークちゃん、割と厳しいこと言うね……」

 

 ファン感謝祭ではクラス単位やチーム単位で様々な催し物が行われる。その内容としては屋台やお化け屋敷など文化祭のものも存在するが、駅伝、バレーボール、フットサルなど、レース以外で活躍するウマ娘たちの姿が見られるということで運動系の催しも人気が高い。

 G1を勝っていたり、ファンに人気のあるウマ娘なんかは特にファンとの交流――もとい露出が求められるので、私達も運動系の催しに参加は免れないだろう。

 

 授業時間を潰したりしながら急ピッチで準備が進められているから、数日後にファンが押しかけてくるという実感が湧かない。準備を手伝っている側の人間ではあるけど、ドバイが近いこともあってか周囲の子と比べると……。

 別に疎かにしたいわけじゃないし、当日は真剣にやるつもりだ。それに、装飾が完成したら、嫌でも分かってくるだろう。全貌が見えてくるまではトレーニングに集中ってことで!

 

 こうして私達『ドバイ遠征組』は、ファン感謝祭が始まるまでは激しいトレーニングを行うのだった。

 

 

 ――そして迎えた『春のファン大感謝祭』当日。

 運動会でぶち上げられるような花火が何発も空を駆け抜け、色とりどりの風船や看板で装飾されたトレセン学園。正門開放時刻前から大挙しているファンが、ファン感謝祭の始まりを告げるチャイムと共にトレセン学園になだれ込む。

 

 その様子を教室の窓越しに見送っていた私は、友達と一緒に「うわ、人の数やば!!」「ファンの人、熱心すぎない!?」と手を取り合って飛び跳ねた。

 廊下から聞こえてくる噂によると、トレセン学園前の行列だけで1万人もいるらしい。早朝から始まるファン感謝祭とはいえ、本腰を入れてのイベントもとい催し物は午後から行われる。この調子で本当にトレセン学園のキャパをオーバーしないのか疑問でしかない。

 

 アリの行列みたいに見えるファンの人達が、正門前にいるウマ娘達からビラを配られて好き勝手にバラけていく。ある一定数はターフやグラウンドに向かい、午後のイベントのために場所取りを行うようだが、やはり8割がたの早朝組の目的は学園内で行っている出店などのようで。

 ビラを受け取った人達の多くが一目散にトレセン学園内に殺到してきた。人々の黒い頭を呑み込んでいくトレセン学園の玄関。良識あるファンが多いのか、他人を押し退けたり走ったりする人はいないから、今のところは何の問題も起きていないが――あまりにも大勢の人が押しかけたため、トレセン学園の校舎が揺れた……気がした。

 

「うわうわうわ、やばいやばいやばい」

「トレセン学園壊れない?」

「秋川理事長がついてるから大丈夫でしょ」

「どういう自信? 分からんでもないけど」

 

 窓越しに伝わってくる人々の熱気、楽しげな笑い声。ビラを配るウマ娘達や、出店の客引きのために奔走するウマ娘達の客引きの声。あちこちに見えるファンの笑顔は、私の気持ちを著しく高揚させる。文化祭を楽しむ以前に、ファンとの密接な交流が楽しみなのだ。

 普段からファンとの交流が無いわけではなかったが、あっさりしたやり取りだけだったり、ネット上のやり取りだったり……面と面を突き合わせて腰を据えての交流はあまりなかった。街中でファンに会う時って、大体時間が無いし。あくまでテンプレ的な会話の中で握手したり、軽く写真を撮ったりしただけ。

 

 それが今日は、比較的時間を取った上で交流できる。それが嬉しくて堪らない。ウマスタにコメントをくれるファンの人はみんな良い人だし、もしかしたらいつもリプライをくれるあの人が来ちゃったりして……。

 

「ちょ、エグい人数来てる!! 食事係と執事役は準備して!!」

 

 教室の窓から顔を出し、そう叫ぶ受付役のウマ娘。クラスメイトの間に緊張が走る。

 私達の()()()()()()()()()()はメイド喫茶ならぬ執事喫茶で、私やグリ子含めた複数のウマ娘がコスプレをしてファンを(もてな)すことになっている。

 

「いや〜、さすがに緊張するね」

「G1ほどじゃないでしょ?」

「まあね」

 

 グリ子と軽口を叩きながら、互いの執事服を整える。グリ子は元々イケメン寄りの()()()顔なので、執事服が物凄く似合う。私の顔は可愛い系なので、正直あんまり似合わない。ということで、かっこいい雰囲気で攻めるのはグリ子に任せて、私は私らしく可愛いを全開にした執事役を執行することにしたのである。

 髪型はボブカットを編み込みアレンジして、普段より()()()雰囲気を押し出した。尻尾にも編み込みを入れて特別感を演出し、割と死角のない仕上がりだ。グリ子の顔が強すぎて、若干霞むのが腹立たしいが……。

 

「ファンの人が来たよ!」

 

 受付役のウマ娘がそう叫んで廊下の机に座り、押し寄せたファンを捌き始める。続々と教室内に入ってくるお客さん達。学生机をくっつけただけのテーブル――資材が余っていなかったので仕方ない、ちゃんとテーブルクロスを引いているので見てくれは悪くない――に座ったファンに向けて、私達は堂々とした振る舞いと共に笑顔を提供する。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 興行を担う者として、多少の仮面を被る。そうすれば恥ずかしさは吹き飛んで、単純にファンを楽しませたいという心のみが残る。私の初めてのお客さんは綺麗なお姉さん。私をひと目見てからというもの、「ウッ! 編み込みエグかわ……」と胸の辺りを押さえて苦しげだ。

 お客さんは何度も注文を噛みながらコーヒーを頼んだ後、とても満足そうに周囲のウマ娘や私を眺めていた。届けられたコーヒーを飲み終わると、彼女に写真を頼まれたので快く引き受ける。あくまでフジキセキさんのような口調を崩さずに。

 

「さ、どうぞ撮ってください! 心ゆくまで!」

 

 私にカメラを向けてくるファンの人たち。グリ子や他のウマ娘にも大量のシャッターが切られ、パシャパシャという音が教室内に響き渡る。

 しかし、ファンサービスは終わらない。立ち上がろうとした女性ファンを引き止めるように肩を抱き、「ご主人様、(わたくし)とのツーショットはいかがですか?」と至近距離で囁く。彼女の目には既にハートマークが現れ、頷くことしかできないようだった。泣きそうになっているのは気のせいだろうか。

 

「では、フレームに収まって――はい、チーズ」

 

 女性ファンの肩を抱きながら、彼女のデバイスで写真を何枚か撮る。ファンはずっと口元を押さえて声も出せない様子で、そこまで喜ばれるともっとサービスをしてあげたくなってしまう。……が、時間の関係でひとりひとりにこれ以上を提供することはできない。

 私が写真を撮ると同時、教室内を覗いていた女性陣から割とガチな悲鳴が上がる。グリ子も同じようなファンサービスで女の人を泣かせてしまったようで、ハンカチで女性ファンの涙を拭っているではないか。とんでもないタラシがいたものである。

 

 しかし、こちらの女性ファンも写真を撮った後に涙を流していた。「ご主人様、どうか泣かないでください」と彼女を宥めていると、ファンの人が途切れ途切れにこんなことを言った。

 

「うぅ……わたし、ずっとアポロちゃんのファンでぇ、メイクデビューで見た時から綺麗だな、可愛いなって思って、ほんとにずっと応援しててぇ……G1勝った時、自分のことみたいにうれしくて。ひっぐ、ずっと推してて良がっだぁ……」

「――ありがとうございます、ご主人様」

「ごれがらも、ずっど応援じでまず! こ、この写真も、ウチの家宝にじまずぅ……」

 

 女性ファンは限界を迎えながら執事喫茶から退店していく。少し、失敗したかなと思った。執事喫茶という前提があったため、執事に徹するべきかアポロレインボウとしての素を出しても良いのか迷ってしまったのだ。結局素は出せなかったが……果たして満足してくれただろうか。

 

「…………」

 

 でも、あの涙は間違いなく本物だ。あの言葉もきっと、本心から来るものだ。だとしたら、あの女性ファンは相応に満たされたはず。なら、それでいい。

 逆に言えば、ファン全てに個別対応するのは無理だから、今日はこの形で満足してもらうしかないわけで。

 

「アポロちゃん、次は2人のお客さんが入るよ!」

 

 受付で客足を捌き続けるクラスメイトの切迫した声を聞きながら、私はファンの人々にサービスを続けるのであった。

 

 

 ――あっという間に時間が過ぎて、お昼ご飯前。客足が疎らになり、ある程度裏方や執事役に余剰が出てくる。一旦ファンの足が途切れたのを見て、グリ子は白手袋を外して()()を軽く緩めた。

 

「さすがにお客さん多すぎでしょ……疲れた〜」

「グリ子、ファンサービスが抜かりなかったからね。そりゃ疲れるよ」

「それはアポロちゃんもでしょ。……ま、疲れたけどめっちゃ楽しかったし、控えめに言ってサイコーだったかな」

「わかる」

 

 まだ出店の時間が終わったわけではないが、全てのお客さんに満足してもらったと自信を持って言えるだろう。女性ファンの多くは口元を押さえて咽び泣いていたし、男性ファンも大体挙動不審に陥っていた。ここに来た子供のファンも魅了しちゃったかも。私が可愛すぎて教育上良くないかも……なんてね。

 特に好評だったのは髪型変更である。編み込みを可愛いと褒めてくれるファンは多かったし、いつもと違う雰囲気の私でもウケが良かった。

 

 ただ、人が多すぎてコーヒーやケーキが切れかけたり、ひとりひとりに想像以上に時間を割けなかったのは誤算であった。特に提供するメニューの在庫問題が激甚で、一度はトレセン学園のカフェテリアに応援を呼ぶほどには切羽詰まっていた。オグリちゃんの暴食に耐えられるトレセン学園のキッチンを以ってしても、今日の客足の多さは異常だったということか。

 

 休憩ムードが漂う教室。私も手袋を外して少し寛いでいると、受付役の子が誰かと話していた。お客さんだと思った瞬間、手袋を装着して準備するが、入店してきたのは一般のファンではなく――

 

「お、アポロ。手が空いたから見に来たよ」

「とみお……どうしてここに」

 

 私のトレーナーである桃沢とみおであった。普段よりもしっかりとスーツを着こなしており、髪型もバッチリセットして清潔感の塊のような格好だった。トレーナーとしては人気のある方だし、彼も色々と気を使っているのだろう。

 

「どうしてって、酷いなぁ。俺はアポロのトレーナーなんだから、そりゃ担当ウマ娘のクラス出し物だって気になるよ」

 

 とみおはそう言って、不躾に私の格好を見つめた。白を基調とした勝負服と違って、執事服は黒をメインにした落ち着きのある服である。

 ――格好自体はそこまで恥ずかしくなかったが、問題は執事喫茶という設定。いつもと違う口調で彼と話さなければならないのは、堪えがたい恥ずかしさがあった。

 

 しかし、彼の前だからといって恥ずかしがってしまうと、それこそ思う壷だ。そもそも堂々と振る舞えば恥にはならないのだし、ファンと同じように接客するのが正解なはず。

 私は顔が赤くなるのを感じながら、執事喫茶の設定を崩さないような口調でとみおを近くの机に招いた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様。注文はどうなさいますか?」

「その髪型と尻尾の編み込み、普段と印象が変わって良いね。とってもオシャレで可愛いと思うよ。あ、コーヒーください」

「かしこまりました。少々お待ちくだしゃい」

 

 私は尻尾がぶんぶん揺れまくるのを押さえながら、注文を伝えるために裏方に引っ込んだ。

 何なんだ、このトレーナーは。他に誰もお客さんがいないから、全員が私たちのやり取りを聞いてたし何なら見てたんですけど! マジ有り得ない……ニヤつくな私、マジ有り得ない。絶対後でグリ子に弄られる。ほんと最悪……尻尾の揺れが収まんないんですけど。どうしてくれんの。

 

「ふ、ふふ……あ。コーヒーの注文お願いします」

「……アポロちゃん、トレーナーさん見に来たの?」

「え!? 何でわかるの!?」

「いや、尻尾と耳でバレバレでしょ。後で話聞かせてよね〜」

 

 裏方に徹しているクラスメイトにも弄られつつ、私は出来上がったコーヒーをとみおに運んだ。視界の端でグリ子がクソほどニヤニヤしててムカつく。マジでウザい。グリ子だって、トレーナーが来たら()()なる癖に。

 

「お待たせしました、ご主人様。コーヒーでございます」

「お、ありがとう。内装の飾り付けも結構凝ってるし、何より執事服のクオリティが高いね。ファンの人も喜んでくれたんじゃないか?」

 

 とみおは独り言のように呟きながら、コーヒーを啜る。いつにも増してご機嫌である。私のことを見て喜んでくれたんだと思うと、無意識に走り出したくなって()()()しそうになるが何とか堪える。

 こら、口元、緩むな。執事ってのは、口をしっかりと結ぶか、王子様のように微笑んでないといけないんだ。少なくとも、こんなだらしない笑みはやっちゃいけない。

 

「――ふぅ。コーヒーご馳走様」

「ありがとうございます」

「ファンサービスで写真撮ってたんだっけ? 俺とも一緒に撮ってみない?」

「かっ――かしこまりました」

 

 この男、何を言ってるんだ!! みんな居るって言ってんでしょうが!! や、やめてよ恥ずかしいから!!

 内心絶叫して拒絶するが、もちろん逆らうことはできない。とみおはトレーナーでありトレセン学園関係者でもあるが、今は(恐らく)お客さんとして来店してくれたのだ。であれば、その誘いを断るわけにもいかない。

 

 今度は私がガチガチになりながら、とみおとツーショットを撮る。「何か笑顔硬くない?」と言われたり、シャッターを切る瞬間に目を閉じてしまったり……最初の数回は上手くいかなかったが、結局は満足度の高いツーショットを撮ることができた。

 

「アポロちゃんのトレーナーさん、今お客さんいないんで、私が写真撮りますよ!」

「あ、いいの? じゃあお願いしようかな」

 

 グリ子が執事である設定を忘れてそんなことを言い出し、正直誰かにツーショットを撮って欲しかった私は断ることもできずにされるがまま。

 『執事喫茶』と描かれた黒板を背に、私達は肩を寄り添わせてツーショットを撮る羽目になった。

 

「アポロちゃん、笑顔笑顔〜意識して〜」

 

 グリ子、後で絶対ぶっ飛ばす。

 私は青筋を隠しながら笑顔を作る。シャッターが連続して切られ、嫌がらせかと言うくらいフォルダに写真が保存される。まぁ、全然嫌じゃないし、何なら思い出になるから嬉しいのだけど――

 

「ありがとうアポロ。じゃ、また午後に」

 

 とみおが退店した後、私はクラスメイトに囲まれて質問攻めされることになった。「アポロちゃんトレーナーさんのこと好きすぎでしょ」「なんで付き合ってないの?」「ヘタレ」――と、散々な言葉を投げかけられながら、『春のファン大感謝祭』午前の部が終了した。

 

 ――と思いきや、午前の部終了直前にグリ子のトレーナーこと芹沢さんが来店した。それをいいことに、芹沢トレーナーの前でしどろもどろになるグリ子に全く同じことをやり返したのは秘密である。

 

 

 ……――そして、それを見た某栗毛のウマ娘が『オ゛ア゛ーーーー同室コンビ尊すぎて直視できないぃ!!』と言って鼻血を噴き出していた。

 

 



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90話:春のファン大感謝祭!その2

 午前の部が終わり、学生が主となって開いている出店のほとんどが畳まれていく中、私はグリ子と一緒にお昼ご飯を食べていた。カフェテリアは爆混みなので、適当な出店で軽食を買って食べ歩きである。

 

「あ、アポロレインボウさんっ! いつも応援してますっ! よ、よろしければ、お写真1枚よろしいですか!?」

「1枚と言わずにどんどん撮っていいよ〜」

「グリ子ちゃん、ツーショットお願いしてもいいですか!」

「もちろん!」

 

 せっかく執事服を用意してくれたんだから……ということで2人ともコスプレしたままトレセン学園内を練り歩いていたら、ファンの人達に頻繁に呼び止められ写真を要求されて落ち着く暇もない。断る気はないけど、写真を撮っているファンを見て更に人が集まってくるので収拾がつかない。

 

「1年に2回しかないファン感謝祭だし、仕方ないとはいえ……人が多すぎない?」

「キリがないね……」

 

 ファン達に囲まれて身動きが取れなくなる中、小さな歓声と共に人垣が割れ始める。何事かと思ってそちらを見ると、人集りを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘が私とグリ子の前に現れた。

 

「あ、ルモスさんだ! お久しぶりです! 案外暇なんですねぇ

「暇とは何だ! これは日本のトレセン学園が誇る“オマツリ”のれっきとした視察だよ? ヨーロッパでもファン感謝祭を開催してみたいからねぇ!」

 

 そこにいたのは、すっかり日本に馴染んできたルモスさんであった。ここ最近は日本観光に一区切り付けて、オーストラリアの視察に行っていたらしいのだが……また日本に戻ってきてしまったようだ。

 ゴルシちゃんが売り捌いている焼きそばを買っていたり、フランクフルトや綿あめを両手に抱えている当たり、視察という名の旅行なんじゃ……。

 

「アポロちゃん、この方は?」

「ルモスさんっていうヨーロッパの凄いウマ娘だよ」

「へ〜」

 

 グリ子の質問に答えてあげたけど、多分この返事の仕方は全然分かってないな。マジで凄い人なんだからね、ルモスさん。世界で唯一2年連続で三冠を勝ち取ったウマ娘って言えば分かってくれるだろうけど。

 

「誰だろうあの綺麗なウマ娘」

「外国から来たウマ娘みたいだね」

「凛々しいけど可愛い……」

「アポロちゃん英語も喋れるの? かっこいい……」

 

 周囲のファンは突然現れたルモスさんに注目している。ルドルフ会長に引けを取らない威圧感とオーラを纏うルモスさんは、そんなファンの声を聞いてウマ耳をぐりぐりと動かした。

 

「これ、全員アポロのファン? 凄いねぇ」

「いえ、グリ子のファンもいますし、もちろん他の推しも居ると思いますよ」

「“オシ”……? はよく分からないけど、さすがにこんな大勢に囲まれたら困ってるんじゃない?」

「ええ、まぁ。嬉しいですけど、少し」

「みんなワタシのオーラで都合良くどいてくれるから、脱出したかったらついておいで」

あ、助かります! グリ子、脱出するよ!」

「え? あ、分かった! すみません、私達は用事があるので写真はまたの機会にということで!」

「ごめんね〜!」

 

 ルモスさんが堂々と歩き出すと、モーセの海割りの如くファンが道を開ける。私達はルモスさんについて行き、ファンの人達に手を合わせながらその場から退散した。

 

 校舎裏は人影もなく、やっと落ち着けるくらいには静かな空間だった。遠くから歓声や喧騒が聞こえてくるけど、校舎の中やグラウンド周りよりは遥かにマシである。

 私達はルモスさんに感謝の言葉を述べた後、午後の部の準備のためにグラウンドに向かおうとしたのだが――「ちょっと待った、アポロに会わせたい子がいるんだ!」という彼女の言葉に立ち止まった。足を止めた私に対して不思議そうな顔をして、グリ子も追随してくる。英語が聞き取れないらしい。

 

「私に会わせたい人って誰ですか?」

「ちょっと待ってね、さっきメッセージを飛ばしたからすぐ来ると思うんだけど――」

 

 待つこと数十秒、校舎裏に1つの人影が現れる。ぴょこんと飛び出した特徴的な耳は、その子がウマ娘ということを表していて――黒めの鹿毛を揺らしながら近づいてきたそのウマ娘は、私の目の前まで小走りで駆けてきて目を輝かせる。

 

「……この子ですか?」

「そうだよ。ごめんね、落ち着きがなくて……まだ小さいから、なにぶん目を(つむ)っていてほしいな」

 

 私の周りをぐるぐる走る鹿毛のウマ娘。身長は私の胸の高さくらいで、小学生くらいのサイズ感である。額にぽつんと現れた白の流星が何ともキュートであり、爛々と輝く双眸が何とも眩しい。

 私は膝に手をついて腰を(かが)め、その子に視線を合わせてにこやかに微笑んでみせた。

 

「こんにちは! 私はアポロレインボウです……って、知ってるか。あなたのお名前はなんて言うのかな?」

「こ、こんにちは! 初めましてアポロさん! わたし、イェーツって言います!!」

「イェーツちゃんかぁ。いい名前だね。…………ん? イェーツ……?」

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない!」

 

 そのウマ娘はイェーツと名乗ってくれたのだが、どこかで聞いたことのある名前だなと思った。今は午後の部のイベントやドバイのことで頭がいっぱいで、思い出すことはできなかったけれど。

 ルモスさんによると、イェーツちゃんはダブルトリガーさんが期待をかけるステイヤーの卵らしい。アイルランドで出会ってからというもの、ドバイワールドカップミーティングを現地観戦させるついでに日本のファン感謝祭に連れてきたとか。

 

「あ、じゃあダブルトリガーさんも日本に来てるんですね」

「うん。何やかんやめちゃくちゃ楽しんでるよ〜」

「ダブルトリガーさんの写真とかあります?」

「あるよ。めっちゃ笑顔」

「うわヤバ。後で送ってくださいね。あ、ルモスさんの写ってる写真も追加で」

「いいよ」

「……ところでイェーツちゃん、少し質問していい?」

「いいですよ!」

 

 私はイェーツちゃんの頭を撫でつつ、何故私のことを知っているのか質問する。イェーツちゃんはアイルランド出身のウマ娘なのだから、極東の島国のレース事情に詳しいのは気になるところだ。

 彼女のようなヨーロッパのウマ娘は、知識があるといっても同地域(ヨーロッパ)のウマ娘に限られるのが普通なんじゃなかろうか。

 

「イェーツちゃんは、どうして私のことを知ってるの?」

「ダブルトリガーさんが日本遠征した時に知りました! それからレースの映像をいっぱい見て、ほんとに凄いなって思ってて――えと、ずっとファンですっ! 握手してください!」

 

 なるほど、ダブルトリガーさんが参戦したG2・ステイヤーズステークスで知ったわけね。あの時の私、白目剥いてたと思うんだけど……それでファンになってくれたんだ。ちょっと恥ずかしいような、複雑な気分。もちろん嬉しいけど。

 私はイェーツちゃんと握手しながら、艶やかな鹿毛をくすぐる。照れたように、しかし嬉しそうに頬を指先で掻くイェーツちゃん。()()()()()()()()()()()()()、なんて思う。

 

「写真も撮っとく?」

「良いんですか!? ありがとうございます!!」

 

 すっかり手慣れた写真撮影を行い、午後の部まで時間もないということで会話も程々に解散の流れになる。ダブルトリガーさんに会えなかったのは惜しいが、ドバイでまた会えるだろう。

 私、ルモスさん、グリ子、イェーツちゃんの4人で写真を撮った後、ルモスさんはグラウンドで場所取りをしているというダブルトリガーさんの元に向かうらしかった。私達も午後の催し物のために準備をしなければならないから、ルモスさんイェーツちゃんに手を振ってお別れを済ませる。

 

「ドバイ、応援してますから!! それじゃアポロさん、また会いましょうね!!」

「アポロ、またね〜!」

「イェーツちゃん、ルモスさん、またどこかで!」

 

 騒がしい2人組が消えて、グリ子と私の間にしばしの静寂が訪れる。グリ子は「羨ましいなぁ」と呟きながら、先程撮った写真を見つめた。

 

「羨ましいって、何が?」

「いやさ、アポロちゃんに憧れるようなウマ娘ちゃんが早くも出てきたわけじゃん? 私もそうなりたいな〜って」

「何言ってんの、香港勝った時からグリ子もタイキさんパールさんと並んで大人気じゃん。今の短距離界じゃ1番の憧れの的でしょ」

「そうなのかなぁ」

「そういうもんだって」

 

 私達はボヤきながらグラウンドに向かって歩き出す。イェーツという小さなウマ娘のきらきらした瞳を思い出して、私はふふんと誇らしげに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 これから始まる午後の部は、クラス単位の出し物ではなく、チームや世代ごとの催し物がグラウンド・トラックコースで行われることになっている。私達はそこに向かっていた。

 

 トレセン学園はその性質上、トレーナーやウマ娘がグラウンド及びトラックコースを見張ったり囲んだりすることが多い。そのため、運動場の周辺には観客席やスタンドが用意されていることは周知の事実である。

 しかし、午後の部ことメインイベントを見に来た観客によって、その巨大なスタンドが全て埋まっているとしたら――それはもう異常事態と言って差し支えないだろう。そして、ある意味予想通り――トレセン内のスタンド席や芝生の上の自由席は全て人によって埋め尽くされていた。

 

「わ、客席パンパンじゃん」

「うっそ〜……こんな人が……」

 

 どこを見渡しても、トラックコースやグラウンド周りには人・人・ウマ娘がごった返している。パッと見でも5万人は下らない人数が押し寄せているのが分かった。

 スタッフさんに導かれて関係者用のエリアに通されると、私達は一息ついて着替えを始める。既にスペちゃん達は準備を済ませており、開始時刻まで待つのみとなっていた。

 

 ――さて、ここに集められた『アポロレインボウ世代』が行う催し物とは、まさかまさかの『野球対決』である。秋川理事長が『最も盛り上がるスポーツとは何か』と考えた結果、日本でメジャーかつ大衆に浸透している野球が選ばれることになったのだ。

 

 時はファン感謝祭の3日前、私達は秋川理事長に呼び出されて唐突にこう言われた。『野球ッ! ファン感謝祭でベースボールをすることに決定したぞ!』――と。何かの悪ふざけかと思ったが、理事長的には大真面目だったらしい。

 

 丁度体育の授業で野球をやっていたこともあって、ルールやポジション毎の動きについては問題なかった。ただ、問題があるとすれば――その人数だった。当然、3日前の私達もその問題に思い至る。

 私の同世代で有名なウマ娘は、特にG1を勝った中央所属の8人。アポロレインボウ、グリーンティターン、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、グラスワンダー、キングヘイロー、セイウンスカイ、ハッピーミーク。でも、野球の1チームは最低でも9人必要なのだ。部屋に呼ばれていたのは上記の8人で、残り1人が足りない状況であった。

 

『……ベースボール対決……?』

『何これぇ……』

『野球するの? 私達が?』

『上手く動けるかしら……』

『うふふ、勝負事ですか。燃えますね』

『あれ、でもベースボールは9人で行うスポーツですよね。1人足りないデス』

『……ほんとだ』

『あとひとり、誰だろう?』

 

 疑問を口々に挙げる私達を差し置いて、秋川理事長は扇子を掲げながら最後のメンバーを呼び出す。その最後の1名とは、シニア級に入ってから長距離レースを連勝し、人気が急上昇中のウマ娘――ジャラジャラであった。

 

『ど……どうも。ジャラジャラです』

 

 ――と、ここまでが過去話。ジャラジャラちゃんとはメイクデビューからの付き合いがあったから、私としては嬉しい限りだったのだけど……そんな私達に対して、メイクデビューの事故で不仲になってるんじゃないかと心配してくる子もいた。主にエルちゃんとか。

 まぁ、アポロレインボウ・ジャラジャラ不仲説なんてのは杞憂でしかない。普通にウマスタでやり取りするし、たまに遊びにお出かけすることもあるくらいだ。

 

「ジャラちゃん、今日はよろしくね!」

「よろしくアポロさん、ファーストはどんと任せてよ」

 

 専用ユニフォームに着替えた私達は、雑談して時間を潰す。ポジションはどこをやっても大差がないので適当だ。正直、3日前にノリで決めた。

 ファーストはジャラジャラちゃん、セカンドはグリ子、ショートはエルちゃん、サードはミークちゃん、ピッチャーはキングちゃん、キャッチャーはグラスちゃん、外野が私とセイちゃんとスペちゃんといった風になっている。

 

 ちなみに、相手チームはスズカさん世代プラス生徒会という超豪華メンツ。トレセン学園に通うウマ娘がレース以外のスポーツをする場面なんてそうそうお目にかかれないから、そりゃ注目されるよねって感じだ。

 

「スズカさん、ちゃんと野球のルール分かってるのかな……」

「パールさんとか、マウンド上で踊り出しちゃいそうだよね」

「それはボークではなくって?」

「ブライアン先輩とかブライト先輩とか、スポーツできるのかな……」

 

 スペちゃん達が口々に先輩達を心配する中、いよいよ野球の時間がやってきた。聞き慣れた実況解説の声がスピーカーから飛んできて、ファンを盛り上げるために大袈裟に煽りまくる。

 

『――皆様、お待たせしました!! 春のファン大感謝祭・午後の部がいよいよ開幕です!! 第1プログラムから早くも本日のメインイベント――世代対抗の野球対決です!!』

 

 観客の大歓声がスタンドを揺らす中、私達は指示通りグラウンドに足を踏み入れる。観客席のボルテージが最高潮に達し、腹の底まで響くような轟音が大地を揺らした。

 

 私達が野球を行う仮設グラウンドは、野外ステージを利用して簡易スタジアムを急ピッチで作ったらしい。その割にはちゃんとマウンドがあったり、土と芝のエリアが作られていたりと抜かりない。

 昨日の時点では完成してなかったような気がする――というか昨日はウマ娘が普通にトレーニングで利用してたはず――んだけど、トレセン学園は色々とどうなっているのだろう。

 

 妙に野球のユニフォームが似合うグラスちゃんとエルちゃんを尻目に、ホームベース前に整列して敵チームと挨拶。敵のメンバーは――シンボリルドルフ、ナリタブライアン、エアグルーヴ、サイレンススズカ、マチカネフクキタル、メジロブライト、メジロドーベル、タイキシャトル、シーキングザパール。こちらのチームに負けず劣らずの濃ゆい面子が揃っている。

 ちなみに、球審はメジロマックイーンさん。野球をすると聞いて立候補してきたらしい。何で?

 

「プレイボールですわ〜!」

『いよいよ始まりました!! 新旧シニア世代の対決です!!』

 

 普段のマックイーンさんなら絶対言わなそうな言葉を叫んで、大歓声の中で試合が開始された。1番バッター、俊足のグリ子がセーフティバントの構えで打席に入って、早くもファンや実況解説の笑いを誘う。ウマ娘の脚力でセーフティを狙うのはあまりにもセコい。

 私もベンチに控えていたジャラちゃんと腹を抱えて笑い合った。グリ子め、笑いのツボというのを分かってやがる。

 

「は〜あ、おっかし……」

「でも、本気で勝ちに行くならあれはアリだよね」

「まあね〜?」

 

 とてつもない素人フォームから繰り出されるパールさんの200キロの豪速球にスタンドが湧く中、ジャラちゃんの声色がふと真剣味を帯びる。

 

「……こんな時に悪いけど。アポロさん、少し話しておきたいことがあるの」

「……何?」

「私、阪神大賞典を走った後、春の天皇賞に出る。……その後、私もヨーロッパに挑戦しようと思うんだ」

「……! それってもしかして、私と同じ()()()()()()()()()()()を……?」

「……うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グリ子がセーフティバントの構えから豪快な空振り三振に倒れ、会場が笑いと拍手に包まれる。そんな和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気とは対照的に、ベンチの一角は異様な雰囲気に満ちていた。

 

「アポロさんの言いたいことは大体分かるよ。『海外遠征はまず日本のG1に勝ってから考えろ』とか、『今は連戦連勝できていてるけど、それは上手く行き過ぎてるだけで、いつか調子が落ちて負ける時が来る』……とか、そんなところでしょ」

「私は、そんな……」

「アポロさんが思ってなくても、きっとそういう声が私にぶつけられるだろうね。実際それは正しいよ。本当の私の実力じゃ、ヨーロッパのG1で渡り合えるはずがないもの。分不相応だって、URAの人やトレーナーも海外遠征に反対してくると思う。でも、それでも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()G()1()()()()()()()()()()。連勝してノリに乗ってる今だからこそ、勢いのまま格上に挑戦して()()()()()()()勝ちたいんだ。……たった1日だけの栄光でもいいから、世界最強のステイヤーはこの私なんだぞ〜って言ってみたいんだよ」

「――――」

 

 ジャラジャラの視線がこちらに投げかけられる。鋭い目つき。メイクデビューで張り合ったあの時からずっと変わっていない、勝利への貪欲な姿勢。メイクデビューの事故があったにも関わらず、今なおインコースを果敢に攻めるジャラジャラの()()()()が垣間見えた一瞬だった。

 彼女は大きな夢を持っている。少し気後れしてしまった。私は何か勘違いしていたのかもしれない。ジャラちゃんは、同世代で言えば私に最も近しい存在なのだ。スペちゃんやセイちゃんのようにクラシック・ディスタンスでもベストを尽くせるわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがジャラジャラ。私と彼女が激突する未来は必然だったんだ。

 

「……急にごめんね。でも私も宣言しておかないと不公平だって思ったからさ」

「ううん、全然。かなりびっくりしたけど、めっちゃ燃えてきた」

「ゴールドカップで直接対決になるかもね」

「うわ、それはヤバいなぁ。……あ、そろそろ順番回ってくるから行くね」

「うん、ホームラン期待してるよ」

 

 こうしてジャラジャラに見送られて、私はネクストバッターズサークルに立った。

 今のところ、2番のハッピーミークがツーベースヒットを放ち、3番のエルコンドルパサーが内野安打、4番のスペシャルウィークが見逃し三振という状態。たった今5番のキングヘイローがサイレンススズカのエラー(フライを見失った)で出塁し、1点が追加された。そして2死13塁のチャンスで、6番バッターである私の出番がやってくる。

 

『6番バッター、アポロレインボウが打席に入ります! どんな打撃を見せてくれるんでしょうか』

 

 私はホームランバッターの如くバットを振り回して打席に入る。ピッチャーのパールさんと目が合って何故か笑いそうになったが、何とか堪えてバッティングの構えを取る。所謂女の子の貧弱な構え方ではあるが、パワーが桁違いなのでこれで良いのだ。

 と、構えながらピッチングを待っていると、キャッチャーをしていたルドルフ会長がささやき戦術のようなことをし始める。

 

「アポロ、フォームが崩れているぞ」

「……会長、ささやき戦術ですか。残念ながら私には効きませんよ」

「はは、つれないな」

「これ以上は会長でも無視しますよ」

「まぁまぁ聞いてくれ。私はね……ファン感謝祭をこのような大盛況の中で迎えられて本当に嬉しいんだ。私の夢は、全てのウマ娘が幸福な世界を生み出すことだからね」

「…………」

 

 シーキングザパールが脚を高く振り上げ、投げる。バッターに当てるまいとコントロール重視の投げ方だが、それでも200キロの豪速球。外角低めのボールゾーンに投げ込まれた球を見逃しつつ、私は鋭く息を吐く。

 

「……君も知っているだろうが、私は海外遠征で出走したレースで敗北した。それと同時に繋靭帯炎を発症してしまったのは君も知るところだろう」

 

 ルドルフ会長の言葉を聞いて、ぎくりとする。ウマ娘にとって繋靭帯炎は致命的だ。ウマ娘における不治の病と呼ばれ、シンボリルドルフだけではなくメジロマックイーンなど多くのウマ娘が苦しんだのは有名な話。

 オグリキャップだけは何故か繋靭帯炎を治してしまったが……その名前を聞くだけでも若干の拒否反応が出てしまうほどだ。私は鳥肌を立てながらルドルフ会長を軽く睨む。彼女はボールを返球しながら、声のトーンを変えずに話を続けた。

 

「しかし、私は諦めなかった。懸命なリハビリと、()()()()()()()不屈の精神が私の足を完全復活に導いたんだ」

 

 ささやき戦術にしては重すぎる話によってか、投球への反応が遅れた。豪快な空振りをかまし、歓声と共に1ボール1ストライクになる。

 

「アポロ……私は海外レースで結果を残すことはできなかったが、それでも得られたものはあると思っているよ。もちろん、結果を出すことが最も喜ばしいのだがね?」

 

 今度は200キロのよく切れるスライダーに空振り。ささやき戦術が無くても普通に無理だろ。1ボール2ストライク。

 

「アポロ。君の夢は最強ステイヤーだと聞いているが――()()()()()()()()()()()()()

 

 結局、パールさんの快速球に粘り込んだものの――最後はボールを高く打ち上げてキャッチャーフライ。3アウトで攻守交替となった。

 

「……ルドルフ会長、そういうのは今言うことじゃないでしょ〜」

「ふふ、生憎私は負けず嫌いなものでね」

「ひっどいなぁ、恨みますよ?」

「…………」

「……会長?」

「……いや、何でもない。先程は厳しいことを言ってしまったが、アポロレインボウというウマ娘ならきっと世界を変えられる。私はそう信じているよ」

 

 キャッチャーマスクを外した会長はそう言うと、ベンチに戻ってスポーツドリンクを呷るのだった。

 

 

 結局ファン感謝祭の野球対決は、3-3の同点で試合終了を迎えることになる。時間の関係上、延長戦なしで3回裏までの開催となっていたため、互いのチームは「あと1回やってたら私達が勝ってた!」と言って譲らなかった。

 



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91話:きっとあなたを助け出す。だから海の向こうで共に往きましょう。

 

 ――暗闇の中、キラキラと光るものがある。まるで流れ星のように煌めきを放つ金色の光が、視界の前方に向かって吸い込まれていく。前方の遥か彼方には、眩い太陽のような光球が沈黙していた。

 上も下も存在しない不可思議な異空間。既視感(デジャヴ)に満ちているようで、何処にも見覚えがない。微睡みの中、私はそんな場所に立っていた。

 

 いや、立っているのか浮いているのかも分からない。自分の身体を見下ろすことさえ叶わない。瞬間、これは夢だと理解する。夢の中で自分の身体を確認できたことなどないという――あまりにもちっぽけな根拠ではあったが。

 夢の中は思ったように動けない。思考も覚束(おぼつか)ない。闇の中で惚けた私は、呆然と佇むだけ。そしてきっと、理由もなく歩き出す。夢だと自覚しているのに、夢の中でも不自由で。私はこれから決められた行動をなぞるのだろう。

 

 まるで、運命に絶対的に従う私達(ウマ娘)のようだ。自由に行動できているように思えて、世界の絶対に逆らうことはできない。

 アポロレインボウという存在には運命など存在しないと――そう思っていた。だが異空間を進むうちに、想像以上に過酷な運命(さだめ)が待ち構えているのだと理解する。

 

 私の夢は、世界へ飛躍し最強ステイヤーを証明すること。あまりにも大雑把な夢だけど、絶対に譲れない大切な夢。

 そして、私はこの夢に潜む(ひず)みを知っている。夢の土壌がとうに枯れ果てているのも当然知っている。自覚すれば何かが壊れてしまうのも分かっている。現状を見て見ぬふりをして、その時まで破滅を先送りにするのも、決められた運命のうちなのだ。

 

 夢から醒めれば、私は全てを忘れているだろう。いつものように、(とぼ)けたアポロレインボウが顔を表す。

 真っ直ぐで、一生懸命で、愚かな少女。空虚な夢に気付かないふりをして走り続けるウマ娘。まだ完全な解決には至っていない『夢の不確かさ』は、近い将来私の根底を揺るがすだろう。いつか致命的なタイミングで()()を自覚するというのに。

 

 ――異空間を歩き続けていると、誰かの声が聞こえた気がして足を止める。

 誰かの悲鳴。すぐそばで誰かが泣いている。

 

「……あなたは」

 

 暗闇の中、『彼女』は泣いていた。

 小さなウマ娘。顔は見えない。

 向こう向きになって、小さく丸くなって泣いている。

 

 彼女は諦めの混じった声で言う。

 

 ――無駄だよ

 お前のちっぽけな夢で世界を変えられるわけがない

 

 彼女には覚えがある。名前も知っている。距離適性も、走法も、出身も、何もかも。私と彼女には運命の繋がりがあった。

 天才的な才能を持ち合わせ、その実力を熱狂の舞台で遺憾無く発揮するはずだった彼女。しかし、運命の悪戯によって彼女の夢は閉ざされた。誰も悪くなかったはずなのに、()()()()()()()()()()彼女の世界は深い闇の中に繋がれている。まるでこの異空間のような――……。

 

 ……そうか。この世界は彼女の『領域』でもあるのか。てっきり因子継承の異空間かと思っていたのだけど……。

 

 熱狂のない土壌じゃ、夢なんて育まれない

 お前が知らなくていいこともある

 夢を妥協しろ

 

 『領域(ゾーン)』はその者の心象風景をありありと映し出す。先程まで見えていた光の欠片や光球は跡形もなく消え去り、彼女の姿形が闇の中に溶けていく。

 冷たい絶望と先の見えない未来。彼女の『領域』は暗黒そのものだ。心の中がここまで暗い感情に染まることがあるとは、どれほどの経験が彼女の心を変えてしまったのか。彼女が直面した絶望の深さは計り知れない。

 

 こっちに来るな

 お前を失望させたくない

 

 小さなウマ娘はそう言って、闇の中に向かって歩いていく。私を突き放すように、遠ざけるようにして消えていく。

 しかし、彼女の姿が深い暗黒に溶ける直前。悲鳴のような声が微かに漏れた。

 

 ……助けてくれ

 

 震える小さな背中。幼子であった彼女は瞬きする間に少女へと成長していくが、その体躯に反してあまりにも寂しげな後ろ姿が辛い。

 少女然とした姿まで成長しても、彼女はずっと泣いている。涙がとめどなく溢れて、痛々しい啜り泣きの声が異空間に響き渡る。

 

 助けてくれ……アポロレインボウ……

 

 ……彼女の名はカイフタラ。ヨーロッパ現役最強のステイヤーにして、最も深い闇を湛える者。

 

 彼女を救わねばならないと思った。理由は無い。いや、あるかもしれない。何故なら、彼女は()()()()()()()()()()()()。私達はコインの裏表なのだ。だから救わなければならない。誰かに言われたから、というのもあるし、自分がそう思ったから、というのもあった。

 

 どうやって救えばいいかは、()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さもなくば、私も彼女も闇に消えるだろう。私は絶対に折れちゃいけない。私だけは。だって、彼女の心はもう折れているから。

 私の傲慢な我儘かもしれないけれど、彼女を救うことが私の夢の成就へと繋がっているのなら、この手を伸ばさないわけにはいかない。

 

 私は確固たる勇気をもって、彼女に手を差し伸べる。自分の顔は分からないけれど、きっと優しい笑みを零しているのだろうと分かった。

 

「――大丈夫。大丈夫だよ。ずっと辛かったよね」

 

 ……あぁ、辛かった

 今だって、ずっと辛いよ……

 

「安心して。ほら、こっちを見て――」

 

 闇の中から彼女を引きずり出そうと渾身の力を振り絞る。尚も闇の中に留まろうとする彼女。抵抗が激しい。でも、絶対に諦めない。私が折れたら、彼女はずっと孤独なままで――

 刹那、辺りを埋め尽くす暗黒の力が強まる。ダメだ、助けられない。夢の中でも、私は――! 抵抗を強めた闇が彼女を再び呑み込む。助けられない。反射的にそう思って、息を吸い込む。

 

「私があなたを助け出してみせる! だから待ってて――カイフタラさんっ!!」

 

 ……その気持ちだけでも、言葉にならないくらい嬉しいよ

 

 夢の中の幻だ。目覚めれば忘れてしまう幻影に過ぎない。そもそも、これが彼女の本音かも分からないのに。

 それでも私は彼女にそう誓って、暗黒に囚われていく彼女を見送って――

 

 

 キラリ――雪の結晶が舞った。

 

 

 気がつくと、私は飛行機に乗っていた。こめかみが鋭く痛む。うたた寝していたようだ。何か大事な夢を見ていたような気がするけど、気のせいかな?

 

 不可解な頭痛は日本との時差のせいだろう。慣れるまでは大変なこともあるだろうけど、案外何とかなるものだ。私は大きなあくびをして、姿勢を変えながら再び目を閉じた。

 そんな中、前の席からカシャッというシャッター音が響き渡る。不快に思いつつ目を開けて音の方向を見ると、グリ子がケータイを構えて気色の悪い表情をしていた。

 

「アポロちゃんのあくび顔と寝顔の写真ゲーット」

「……グリ子、機内はお静かに」

「少しくらいいいじゃん。撮って減るもんじゃないし、寝顔も可愛いんだから」

「私が良くないの」

「この写真、アポロちゃんのトレーナーさんに見せたら喜ぶだろうな〜」

「ちょ、それはマジでダメ!」

 

 グリ子の言葉で完全に目が覚める。咄嗟にグリ子のデバイスを取り上げ、ふにゃふにゃな大あくびをする写真と、身体を丸めて安らかな寝顔を晒している写真を即座に消去した。

 

「可愛かったのに〜」

 

 口を尖らせるグリ子。私は窓の外を眺めながら、大きな溜め息をついた。

 ――ドバイワールドカップミーティングの1週間前、私達は報道陣に見送られてドバイに旅立った。今はその旅路の途中なのである。ここから1週間忙しくなるのだから、グリ子みたくはしゃいで無駄な体力を消耗するのは御免(こうむ)りたい。

 

 今回ドバイ遠征に帯同したのは、スズカさんのトレーナー以外の9人。沖野トレーナーは大阪杯に出走するスペちゃんの様子が気になったらしく、そちらに集中するようだった。逆に言えば、芝1800メートルでうちのスズカに勝てる奴はいないぜ……という自信の表れでもあるのだろうが。

 

 飛行機が傾き、高度を下げ始める。いよいよドバイに到着だ。私達は窓に張り付いて、異国情緒溢れる光景に歓声を上げた。

 

「おぉ〜、テレビでよく見る島があるじゃん! あの……何かこう……キモいゲジゲジみたいな島!」

「いやアポロちゃん、あれはヤシの実を模した島だよ」

「ほへ〜」

「キモいゲジゲジはないでしょ……」

 

 アラビア半島のペルシャ湾沿いに位置し、アラビアンナイトが現実に現れたかのような国、アラブ首長国連邦。その中心都市として存在感を放つのがドバイである。

 名だたる超高層ビル、最先端施設、遥か下界に見えるパーム・アイランド。この人工島はドバイを象徴するかのような大リゾート地である。多分今年は無理だろうけど――暇さえあれば、あの人工島にも行ってみたいものだ。

 

 飛行機がどんどん高度を下げ、青い海と大雑把な海岸線と人工島くらいしか見えなかったドバイが、いよいよその全貌を現し始める。まず目に付いたのが、高層ビルや巨大施設の多さ。想像以上に地表面がでこぼこしている。東京とはまた違った大都市という感じで新鮮である。

 

「ケ! レース場が見えてきましたよ!」

「あれ? でもレース場が2つ見えるんだけど……」

「……空港に近い方が、『ナド・アルシバ』レース場。空港から遠い方が目的の『メイダン』レース場」

「ミークちゃん詳しいね!」

「……ふんす。これくらい当然」

 

 ナド・アルシバレース場は、アメリカのチャーチルタウンズレース場をモデルに建設されたレース場である。ヨーロッパに比べると個性のない画一的な楕円形のコースをしていて、空から見るとより綺麗な図形に見える。

 ただ近年、隣接地に新たにメイダンレース場が開設されるのに伴って、ドバイワールドカップを始めとするドバイミーティングの競走は全てメイダンレース場での開催となった。つまり、ナド・アルシバレース場は現在お役御免となって、全く使われていないのである。

 

 一方、ドバイ国際空港に近しいレース場はメイダンレース場。このメイダンレース場は、6万人を収容できるという客席(グランドスタンド)の他、映画館やホテル、更にはショッピングモールを併設した複合商業施設になっている。

 これは完全な予想だが、ナド・アルシバからメイダンにレース場を移転したのは、世界最高峰のレースを開催するに相応しい大舞台を用意したかったからであろう。商業的にも、スケール的にも。実際、レース場近くの商業施設は儲かるらしいし、レース場新設の思い切った判断は結果的に大正解だったようだ。

 

 しかもこのメイダンレース場(というかドバイの王族)、ドバイワールドカップミーティングに参加するウマ娘の遠征費用の全てを負担してくれるという大盤振る舞い。レースの超高額の賞金も手伝って、世界各国からドバイにやってくるウマ娘が増え、結果的に参加者のレベルは爆上がりした。

 こういったフットワークの軽さや大胆さが、ドバイのレースを世界レベルまで押し上げたと言えるだろう。

 

「そろそろ着陸デース!」

 

 飛行機が速度を緩め、着陸姿勢に入る。座席がゴリゴリと揺れて、不快な振動が私達を襲う。一瞬、事故でも起きたんじゃないかと思ったが――普通に飛行機が静止したのを見るに、日常の風景だったようだ。

 割と心配だったけど、乗客が普通に席を立ち始めたので、私達も飛行機の外に降り始めた。

 

「――ここが、ドバイ……」

「風が温いデス」

「……日本とは違う空気」

「そこまで暑くは――いや、暑いわ。これで冬季ってマジ?」

「……早く走りたいわ」

 

 初めて味わうドバイの空気は、からからと乾燥した砂混じりの風だった。誰に言われたわけではないのに、私達は羽織っていたパーカーや上着を脱ぎ始める。東条トレーナーに「ドバイは夏服でいい」って聞いて疑問だったけど、ここまで暑いとは……。

 

 ドバイ国際空港から出て、大荷物を持ったままホテルにチェックインする。これから1週間はここで寝泊まりすることになる。ホテルに入る際、スーツを着たトレーナーらしき大人やウマ娘達とすれ違ったのだが、多分彼女達もドバイミーティングに関係のある人達なのだろう。

 メイダンレース場と1番アクセスがいいのはここだし……と言うか、主催者側が用意してくれたホテルだから当たり前だったわ。

 

 チェックインを済ませて荷物を部屋に置くと、私達は東条トレーナーの指示で一旦集合し、そのままマイクロバスに乗ってメイダンレース場を見に行くことになった。

 ドバイに到着してからまだ1時間も経っていない。いくら何でも(せわ)しすぎないか? と感じるけど、東条トレーナーは歴戦の凄腕トレーナーだ。レース場を見ておくのは早ければ早い方が良いという経験則があるのだろう。実際に触れて感じてみないことには分からないこともあるし、現地を知った1分1秒の差が勝敗を分かつことだって有り得る。旅路の疲れと時差感覚のズレで正直疲れていたが、ここは疲労を押して文句を言わないことにした。

 

 バスの中で東条トレーナーが前に立つ。咳払いした彼女は、バインダー片手に辺りを見回した。

 

「え〜……みんなに言っておくわ。ウマ娘が海外遠征で失敗する時の理由として、『芝やレーススタイルが合わない』って答えは簡単に予想できるでしょうけど……実はその他にも大きな原因があったりするものよ。エル、分かるかしら?」

「はい! 食事と気候デース!」

「その通り。特に大きなものは食事ね。全身全霊をかけて戦うレースにおいて、ウマ娘の体力は絶対に無視できない。エネルギーを摂取してレースに備えるのも立派な海外遠征の作戦だわ。もし食事が合わないと思っても、心を鬼にしてお腹の中に入れなさい」

 

 ウマ娘が出走するレースは、精神はもちろん体力を大きく削る。『数千メートルを走るトレーニングなんて、いつもやってるじゃないか』『5分にも満たない運動じゃないか』という声もあるだろうが、どれも戯言だ。

 本番レースは、その格に関係なく()()()()()()()()()()()()。その精神(こころ)さえ削って、本当に命を燃やして駆け抜けるのだ。これまでの人生で捧げてきた何万時間という血の滲むような努力を、たった数分で証明しなければいけないのだから――心と体のエネルギーの消費量は計り知れない。

 

 だからこそ。基本中の基本――食事による栄養摂取を怠ってはならないのだ。何万時間の準備がたった1度の食事で無駄になるなんて、絶対にあってはならない。東条トレーナーはそういうことを言っているのだ。

 

 気候については問題ないだろう。3月のドバイは冬季。冬季と言っても昼間は20〜30度だし、夜は10度中盤まで冷え込むが、いずれも日本の3月よりは大分暖かい。

 湿度の違いについては……まぁ、そこまで敏感なウマ娘はいないだろう。ちょっと気になるのは、冬季に発生するという砂嵐。強い北風によって巻き起こるらしいけど……トレーニングできなくなったりしないかな?

 

 東条トレーナーに砂嵐のことについて確認してみると、どうやら3月下旬の砂嵐は滅多に発生しないらしく、あまり考えないで良いとのこと。頭の片隅に入れておく程度に気にかけておこう。

 

 東条トレーナーの質疑応答が終わると、バスがメイダンレース場前で停車する。10分もかかっていないから、ウマ娘に限れば走って行き来した方が早いかもしれない。

 マイクロバスを降りた先、メイダンレース場はすぐそこだ。早速、ハチャメチャにデカくて白いスタンドが視界を覆うほどに伸びているのが見える。隣接するホテルを合わせれば全長1000メートルにも及ぶ豪華絢爛なスタンドは、メイダンのシンボルとも言えるだろう。

 

 英語とアラビア語に出迎えられながらレース場に入ると、鼻をつんと突くような青い芝の匂いがした。同時に、馴染みのない砂の香りも。

 あまりにもあっさりドバイに到着したから分からなかったけど、ここは本当に異国なんだと今更自覚する。異国言語を話す人々を見てではなく、ターフの匂いで外国かどうかを判断してしまうとは……私も立派なウマ娘だなぁ。

 

 関係者に挨拶していくトレーナー陣をよそに、私達はメイダンのトラックコース内に立ち入ることを許可される。周囲にも同じようなウマ娘とトレーナーのペアがいて、跪い(ひざまず)て直接手に触れる者もいるほど。それほど本気で現地の調査をしているのだ。私達も負けていられない。

 私以外のウマ娘もそう思ったのか、みんなで自然と腰を下ろして芝に手を触れたり、シューズの裏で軽く踏みつけて()()()()の具合を確かめたりした。ミークちゃんと桐生院トレーナーは内に入ってダートコースを調べているが、アメリカ出身の屈強なウマ娘達に囲まれてあわあわしている。ミークちゃんは白毛だし、それが珍しいのかもしれない。

 

「グリーンティターンは知っているかもしれないけど、ドバイの芝は香港の芝とそっくりよ。そして幸と出るか不幸と出るか、私達が出走するレースは全てナイターでの開催。みんな分かっているでしょうけど、安全面・放映的な関係で照明はとんでもなく眩しいわ。コーナーを曲がる時、うっかり光源を直視しないように。一瞬の視界妨害や()()()が勝敗を決めるというのは、ウマ娘であるみんなの方がよく知っていると思うけど」

 

 そうか。ドバイミーティングは深夜の開催なんだった。高低差のないコースだから上を見る心配はないだろうけど、警戒だけはしておこう。

 

「ふむふむ……これがドバイの芝ですか」

「結構走りやすそうね。そう思わないアポロさん?」

「うえぇ? スズカさんの感覚が分からないですよぉ……」

「確かに香港と一緒の芝だけど、気候とか湿度の違いがあるからね〜……どうなることやら。結局は始まってみるまで分からないかな」

 

 こうして芝状態を各々で調べていると、視界の端にキラキラと光る何かが映った。

 

「――?」

「アポロちゃん、どうしました?」

「今、雪の結晶が――」

「いやいや、ここドバイだよ? 砂のキラキラがそう見えただけだって」

「グリ子の言う通りデス!」

「でも――」

 

 2度、3度。――ふわり、雪の結晶が視界を横切る。幻覚かと思って目を擦るが、蝶の如く舞う雪は消えない。こめかみがずきずきと痛む。脳内を針金で掻き混ぜられているような不快感と痛みが襲い、怯むように眉間を押さえる。

 

 ――誰だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 私はそいつを知っている? でも、思い出せない。頭が痛い。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。間違いない。

 

 では、誰が?

 痛い。はやく、確かめないと。

 

 荒くなる呼吸。狭くなる視界。重くなる四肢。原因不明の異常を訴える身体。そちらを見たその瞬間、何が起こるのか予想もつかない。でも、雪の結晶は輝きを増して――

 

「――――っ」

 

 光の主を探すと、ものの数瞬で見つけ出す。僅かな逡巡。あまりの異質さに言葉を失う。

 

 距離にして、15メートルほど北。傍にトレーナーを置くこともなく、メイダンの空を見上げて立ち尽くす孤独なウマ娘がひとり存在した。

 腰まで届きそうな鹿毛のロングヘアー。額の頂点に付けられた盾型の白い流星。その憤怒を表すかの如く絞られた両耳。表情筋を削ぎ落とされたかのような無表情。切り揃えられることもなく無造作に伸び切った尻尾。何よりも――170センチを優に超す雄大な体格。傍目で分かるくらい、彼女は圧倒的な貫禄を醸し出していた。

 

 間違いない。あの人は、きっとそうだ。知っている。知らないはずなのに、知っている。()()()()()()()()()()()()()

 

「――カイフタラ、さん……」

 

 ――彼女の名はKayf Tara(カイフタラ)

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 3月の末、ドバイのメイダンレース場。

 後に最高のライバルとなるカイフタラとの運命の出会いだった。

 

 

 



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92話:邂逅!ドバイミーティング!その1

 いよいよ迎えた『ドバイワールドカップミーティング』の日。そのメインレースの多くが夜の開催となるものの、メイダンレース場周りは『ドバイワールドカップデー』として昼頃から大きな賑わいを醸していた。

 

 日本ではあまり見られない光景だが、メイダンの空にはヘリやドローンが飛びまくっている。上空からカメラを回して中継映像を撮っているのだろうか。中東っぽいターバンを巻いた人達も沢山押しかけていて……そんな人達がロケットみたいなカメラを持っていて少し滑稽だ。

 人々の格好に関わらず、メイダンレース場には巨大カメラを担いだ報道陣が数え切れないくらいいる。まだ昼前だというのに、スタンド前の広場でマイクを手にするリポーターが多い。

 

 私はとみおと一緒にテレビカメラの横を抜けながら、メイダンレース場の関係者用入口に向かう。私の出走レースはメンバーの中で最も早い時間のため、みんなとは別行動でトレーナーとレース場に到着した次第である。

 

「ほへ〜、テレビ局の人いっぱいいるね〜」

開催国(UAE)のテレビ局はUmatubeで配信してるんだってさ。現代だよな〜」

「うわ、ほんとだ。20万人も視聴してるよ」

「ここに来てる他のテレビ局は、出走ウマ娘の出身国から来た人が多いんじゃないか? ヨーロッパにアメリカに、日本、オーストラリア、アフリカ、中東、南米……まあ世界中って言っても過言じゃないな」

「日本のテレビ局とか来てるかな〜? もしかしたら、乙名史さんみたいな見知った記者の人もいるかも!」

「……乙名史さんはなぁ」

「?」

「いや、何でもない」

 

 謎の会話を交わしつつ、『WELCOME TO THE DUBAI WORLD CUP』と書かれたゲートを潜る。会場は大賑わいで、メインレースが近づいた夜ならもっと人が多いだろう。ファッションショーのような正装をした人が多く、あちこちで写真撮影が行われている。

 メイダンレース場は明確に正装以外での入場がお断りされているため、とみおはスーツだし私は制服だ。もっとも、割と暑いので、レース場に入った途端みんなジャケットを脱いでいくのだけど。

 

「おや、あそこにいるのは日本からやって来たアポロレインボウ選手です! 声をかけてみましょう!」

 

 丁度近くにテレビ局のアナウンサーがいたみたいで、私の姿を見た途端マイク片手に接近してきた。数分程度なら喋れるよとトレーナーが答えたらしく、私も異論はなかったので前髪を整えつつカメラの前に躍り出た。

 どこの国の()かは分からないが、世界中にファンを作っておいて損はない。今季のヨーロッパ遠征を見越して、早くも世界進出と行こうではないか。

 

「お時間をいただけるようなので、少しだけインタビューしたいと思います! アポロレインボウさん、こんにちは!」

「こんにちは〜」

 

 カメラに向かって愛想良く手を振る。毎日のように自分のクソ可愛い顔を眺めたことによって、どの角度から見たらアポロレインボウが最も可憐に映るか、どんな風に笑えば相手に好印象を与えられるか、相手がドキッとするような仕草をどうやって自然に見せるかの徹底ができるようになった。尻尾や耳のコントロールは上手くできないけど、テレビ撮影の間なら完璧な自分を演出できる。

 ……どこぞのトレーナーの前じゃ全然上手くできないし、何ならスルーされるくらいなのだけど。

 

 どうやら私の言動が刺さったらしく、後ろで腕を組んでいたおじ様が胸を押さえて苦しんでいた。この好感触なら、レンズの向こうでも私の可愛さによって堕ちた人が現在進行形で生まれているだろう。

 まぁ私ガチで可愛いしね。芦毛だし。

 

 何個かの質問に答えていると、「ドバイゴールドカップに出走するウマ娘の中に気になる子、つまりライバル視しているウマ娘はいますか?」という言葉が飛んできた。今回私が出走するG2・ドバイゴールドカップは、世間や人気的には“2強”の様相を呈している。

 アポロレインボウとカイフタラがぶっちぎって1、2番人気を獲得しており、否が応でも彼女(カイフタラ)を意識しないわけにはいかず――

 

「私のライバルはもちろん、カイフタラさんです!」

 

 本心でもあったが、テレビ的には2強同士が意識し合っている構図の方が扱いやすいだろう。そんな想いもありつつ、私は語気を強めてカイフタラさんの名を口にした。

 インタビュアーは、やっぱり、といった感じで何度か頷いた後、次の質問を繰り出そうとしていたが――

 

「アポロ、そろそろ準備しよう」

「オッケー」

 

 とみおの制止が入り、私はカメラマン達にことわりながらその場を後にした。報道陣も私達の雰囲気を察して深追いをしてこようとはせず、再び元いた場所に立って現地の様子を報道するのだった。

 

 メイダンのスタンド内に入り、グッズ屋さんの近くを通る。そこには日本の売店で売られているようなぱかプチが所狭しと並べられており――多分各地のURAと繋がっているのだろう――私やエルちゃん、スズカさん達のグッズが寄り添うようにして鎮座していた。

 見慣れない海外ウマ娘のグッズもあるが、何となく日本のウマ娘の()()よりも安っぽく見える。日本がグッズ展開に力を入れすぎなのもあるんだろうなぁ。

 

 サングラスをした屈強なガードマンの横を通り、いよいよ控え室にやってきた。さすがに舞台裏までゴージャス仕様……というわけにはいかず、ごくごく普通の控え室である。

 暑苦しい制服を脱ぎ去り、体操服に着替えていく。どうせ海外に遠征するんだったら、G2でも勝負服を着たかったところ。そういうことをしたらG1の特別感が薄れるし、そもそも規則によって禁じられているからしないけど。

 

「さてアポロ、レース前ミーティングを始めようか」

「はいは〜い」

 

 私はトレーナーと向かい合って、彼が差し出したバインダーを見つめた。ドバイゴールドカップに出走するウマ娘は16人。出走表は以下の通り。

 

 1番Drill Isabelle(ドリルイザベル)、5番人気。

 2番Apollo Rainbow(アポロレインボウ)、2番人気。

 3番Dolphin Drive(ドルフィンドライブ)、10番人気。

 4番Seaside Axe(シーサイドアックス)、7番人気。

 5番Music Withness(ミュージックウィズネス)、11番人気。

 6番Caro Memories(カロメロリーズ)、12番人気。

 7番Tiny Reason(タイニーリーズン)、6番人気。

 8番Mississippi Run(ミシシッピラン)、8番人気。

 9番Powerful Calor(パワフルカラー)、13番人気。

 10番Chief's Glider(チーフズグライダー)、3番人気。

 11番Vintage Rainbow(ヴィンテージレインボウ)、14番人気。

 12番Sharpen Dancer(シャーペンダンサー)、4番人気。

 13番Kayf Tara(カイフタラ)、1番人気。

 14番Deputy and Royal(デュピティアンドロイヤル)、16番人気。

 15番Riverman Soul(リヴァーマンソウル)、9番人気。

 16番Seattle Charming(シアトルチャーミング)、15番人気。

 

 ドバイ含めた海外レースには『枠番』が存在せず、○枠○番という呼び方をしない。単純に○番と言うだけだ。

 でもって、私は2番の2番人気。ややこしい。対する1番人気はカイフタラさん。私より1歳年上かつ長距離戦の実績を評価されて1番人気に推された。長距離重賞5戦2勝、うち長距離G1・2勝。勝ちレースはダブルトリガーさんを打ち破ったゴールドカップとアイルランドセントレジャーで、それを評価されてカルティエ賞最優秀ステイヤーを獲得しているのだから……私よりも実績があるのは間違いない。

 

「カイフタラの得意距離は2400メートルから4000メートル、主な脚質は先行・差し・追込。豪快なロングスパートから来る追込が特に有名で、体内時計が非常に優秀なためトリックは効きづらい。その上、ポーカーフェイスで何を考えているかもよく分からない。アポロとはある意味正反対のウマ娘だな」

 

 カイフタラさんと言えば強烈な直一気の追込が代名詞で、とみおの言う通り大逃げしかできない私とは正反対のウマ娘である。やや含みがあったのは、カイフタラさんのポーカーフェイスと、私の愛想の良さの対比をしたつもりだったのだろうか。

 

「さて、今回はアポロが内枠でカイフタラが外枠に収まった。お互い集団のブロックを受けにくいベストポジションになったわけだな」

 

 長距離のレースは枠番の有利不利が出にくい。全く無いということはないのだが、それでも短距離レースよりはマシである。

 

「海外遠征の初戦でカイフタラと戦うことになったのは、正直かなり苦しい展開だ。……でも、ここはヨーロッパのレース場じゃなくてドバイのレース場。つまり、俺達はもちろん向こうもアウェー。十分な勝ち目があるさ」

「うん、分かってるつもり」

「俺達の勝ち目は3つある。ひとつ目は、ドバイのコースが平坦で、パワーやスタミナがあまり要らないスピードの出る場になりやすいこと。今日の良場も手伝って、かなりのスピードが出るターフになるはずだ」

 

 ドバイはその地理特性上、雨になる日が極端に少ない。そのためほとんどの場合レースは良場での施行となる。メイダンの芝は日本とヨーロッパの芝が融合したものとなっているので、良場つまり軽めの芝状態となれば日本のウマ娘には大きな追い風となる。

 また、メイダンレース場は高低差が全くない。コース全体を通しての高低差が2メートル以内に収まるという平坦っぷりで、最終直線にも坂らしい坂がないおかげで大分やりやすいのではないだろうか。

 

 ヨーロッパのレース場は高低差が20メートルあるなんてこともザラだ。カイフタラさん含めて欧州から来たウマ娘が平坦なコースに走り慣れていなければ、利はこちらにある。

 

「ふたつ目は、前に東条トレーナーが言っていた『とある凱旋門賞ウマ娘の話』と似ているんだが……君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだな。内枠に入れた上、このレースに出走するウマ娘の多くはヨーロッパ出身。オーストラリアや南米出身の子もいるけど、君みたいな大逃げを初見で掴まえようと思える子はそもそも少ない。恐らく、アポロに鈴をつけにやってくるウマ娘はゼロと見ていいだろうね」

 

 ヨーロッパ出身のウマ娘は時計(タイム)の早さよりも着差を尊ぶ傾向にある。そのため、道中がどれだけスローペースであろうと気にしない。どちらかというと、高低差の多くタフなコースで走るから、道中で速度を出したら体力が切れちゃうじゃんという感じ。

 ヨーロッパは最後の競り合いのために体力を温存するのがセオリーとなっている。

 

 しかし、ここはヨーロッパではなくドバイのメイダンレース場。日本寄りの芝かつ平坦なコースである以上、日本でのレースのように破滅的爆逃げをぶっ放しても勝てる算段が立ってしまうのだ。

 大逃げを受けたヨーロッパのウマ娘は異常な脚質に驚嘆し、自分のレースに徹しようとするだろう。日本のウマ娘のようにガンガン削りに来るとは考えにくい。そういう意味で、滅茶苦茶な爆逃げをする私やスズカさんは、メイダンでレースをする時点で若干の優位に立っていると言えるだろう。

 

「3つ目は……カイフタラが思った以上の仕上がりなこと。そのおかげで、アポロへのマークが分散してる。これはピンチでもあるんだが、楽に走れることを考えればチャンスでもある」

 

 大逃げの作戦を取るウマ娘としては、『マークの分散』……これが最もありがたい。自分の走りや自分が作ったペースを乱されることは、逃げをしていると結構きついからね。

 

「不安材料はカイフタラさんがどんな作戦を取るか分からないことだね。外枠だから多分追込だろうけど」

「何にせよ、これに勝てばステイヤーズ・ミリオン対象レースのひとつを制覇したことになる。いつも以上に気合を入れて頑張ろう!」

「うん!」

 

 ――ステイヤーズミリオン。正式名称、Weatherbys(ウェザービーズ) Hamilton(ハミルトン) Stayers'(ステイヤーズ) Million(ミリオン)。3月から6月に開催される対象レースに勝ったウマ娘が、ゴールドカップ、グッドウッドカップ、ロンスデールカップの英国長距離三冠対象レースを全て勝った場合、100万ポンド(約1億5000万円)のボーナスが提供されるシリーズの通称である。

 私が出走するG2・ドバイゴールドカップは、ステイヤーズミリオンの対象レースでもある。ただし、出走レースのローテーションの関係上、このレースを勝たなければステイヤーズミリオン完全制覇を成し遂げるのは絶望的になってしまう。

 

 このレースシリーズは、太古の昔に比べれば価値の落ちた英国長距離三冠に加えて、賞金と栄誉の上乗せをすることで長距離路線の活性化を狙って設立されたものとされている。

 私にしてみれば、ステイヤーズミリオン完全制覇が今年の目標。夢ではなく目標だ。だからこそ、対象レースたるドバイゴールドカップを落とすことはできない。

 

 ステイヤーズミリオンの3月から6月の対象レースは以下の通り。

 3月5週、3200メートルG2・ドバイゴールドカップ。

 4月4週、2800メートルG3・ヴィンテージクロップステークス。

 4月4週、3200メートルG3・サガロステークス。

 5月2週、2700メートルG3・オーモンドステークス。

 5月3週、3200メートルG2・オレアンダーレネン賞。

 5月4週、2800メートルG2・ヨークシャーカップ。

 5月4週、3000メートルG2・ヴィコムテスヴィジェール賞。

 6月1週、3300メートルG3・ヘンリー2世ステークス。

 6月1週、3200メートルG2・ヴィコンテスヴィジエ賞。

 

 上記のいずれか1つのレースに勝利した上で英国長距離三冠を獲得すると“ステイヤーズミリオン完全制覇”となり、100万ポンドの賞金が与えられる。

 こういうボーナス賞金は、日本で言う春シニア三冠・秋シニア三冠のボーナスのようなものだ。本当は達成自体に意味があるのだけれど、シニア三冠対象レースやステイヤーズミリオン対象レースに参加してもらいたいがための『餌』としての賞金。ヨーロッパの重賞は賞金が低いから、そういうボーナスがなければ参加する意義が無くなってしまうからね。

 

「それじゃ、大まかな作戦をもう一度確認しておこうか――」

 

 結局、軽いミーティングのつもりがその後も話が続いてしまい、ストレッチしたり蹄鉄の具合を確認したりしているうちに、私達が気がついた頃にはドバイワールドカップミーティングの第1レースが始まる時間になってしまった。

 私達が控え室からスタンド席に来た時には既に第1レースは終わっていて、ウィナーズ・サークルでトロフィーの贈呈及びインタビューが行われていた。折角の第1レースを見過ごしてしまったのは残念だが、その分いい時間の使い方ができた。後は第2レースを見送って、第3レースのドバイゴールドカップに備えるだけだ。

 

「次のレースはゴドルフィンマイル?」

「そうだな。ダートマイルのG2」

ダートスプリント(ドバイゴールデンシャヒーン)ダート中距離(ドバイワールドカップ)はG1なのに、何でダートマイル(ゴドルフィンマイル)だけはG2なんだろうね」

「さぁ……海外レースだし、そのうち格上げされるんじゃない?」

「それもそっか」

 

 第2レースはG2・ゴドルフィンマイル。その次が私の出走するG2・ドバイゴールドカップ。ダート戦をお目にかかる機会はそこまで多くないし、観客の盛り上がりに触れてテンションを高めておくのも大事だろうということで、ガッツリ観戦することに。

 関係者席に向かい、体操着姿のままターフを見下ろす。これからレースが始まろうかというダートコースは整備が進められていて、人の出入りが多い。一生懸命にコースの手入れをするのはどの国も同じらしい。

 

 しばしの間待っていると、パドックに姿を現したウマ娘達が巨大なターフビジョン内で紹介され始めた。日本の紹介よりも派手で、G2ながら勝負服の紹介まで行っている。

 ウマ娘ひとりひとりの名前が呼ばれる度に、あちこちから歓声が上がる。異国の民だろうが何だろうが、レースの熱狂は世界共通なのだ。総勢16人、世界中から集められた砂の巧者が次々にコースに入っていき、これも万国共通の返しウマを行い始めた。パドックの熱が少し収まり、嵐の前の静けさを取り戻すスタンド。実況解説の声がゲートインの完了を告げる。更に静まり返る観客席。

 

 ゲートはあっという間に開いた。16人のウマ娘がゲートに収まってから、ほんの10秒ほど。ぶり返すように熱狂が渦巻き、たった数分間の狂乱が幕を開ける。

 熱風が吹き荒び、怒号のような声援が飛ぶ。その声に押されるようにして、アメリカン・スタイルに任せて全速力で駆けていくウマ娘達。アメリカのウマ娘は最初から最後まで一切スピードを緩めない。日本の大逃げウマ娘のように、華麗にぶっ飛ばして砂を蹴りつけていく。

 

 メイダンは興奮の坩堝(るつぼ)と化した。靴をダートに絡ませて遠心力を殺し、コーナーを曲がりながら加速していく少女達。ゴール板はすぐそこ。終わりが近づけば近づくほど歓声は高まっていく。そして――

 

『ゴォォォルッ!! 1着に飛び込んできたのは3番のクールダンディ!! 2着は微妙です!! やったぞクールダンディ、遠い異国の地で復活を告げるG2勝利!! およそ2年ぶりに味わう勝利の美酒に涙が溢れているぞ!!』

『彼女は重賞戦線でずっと苦しんできましたからね。アメリカから駆けつけたファンも、涙を流す彼女に感動を誘われていますよ』

 

 砂が跳ね返って、酷く汚れた体操服のまま涙を流すウマ娘。そんな彼女の背中を叩き、健闘を讃えるライバル達。沈みゆく太陽光に反射して、ダートコースが輝いて見えた。

 どこからともなく指笛が飛び、温かな大歓声が全てのウマ娘に向かって注がれる。鳴り止まない拍手喝采の中、私は海外レースの熱狂を味わいながら、胸の内の闘争心を高め続けた。

 



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93話:邂逅!ドバイミーティング!その2

 ドバイは暑い。とにかく暑い。夏季には気温が50℃を超えるので、ドバイのトゥインクル・シリーズは冬季である11月頃から3月頃にかけて行われている。そんなレースシーズンの終わりに行われるのがドバイミーティングだ。

 そしてメイダンの第3レースとして、いよいよG2・ドバイゴールドカップが行われようとしていた。

 

 関係者用の通路を通って、パドックへと向かう。体操服の裾を整えて、ゼッケンを摘んで皺を伸ばす。全世界への中継が行われる以上、隙のない私を演じていたい。何より日本から送り出してくれたライバルのためにも、恥を晒すわけにはいかないのだ。

 闘気を練り上げ、湯気が出そうな程に身体を熱く燃やしていく。隣を歩くトレーナーの袖を掴み、何度も深呼吸を繰り返す。久々の緊張。走り慣れた日本とは違って、観客も芝もライバルも何もかもが違う。年度代表ウマ娘として背負う覚悟も重圧(プレッシャー)も、私の精神を押し潰しそうなくらい重い。

 

「アポロ、大丈夫?」

「……いや、あんまり良くない。ここに来てガチガチにアガっちゃってるし、上手く歩けない」

 

 早くも脚が(もつ)れていた。直接的に言葉を投げかけられたわけではないが、今更『日本代表』として見られる海外遠征の難しさに気づいてしまったのかもしれない。

 今まで死力を削って戦ってきたライバル達の価値が、私の走りによって決定してしまうのだ。たった1度のレースで。下手をすれば、世界中から私のライバル達の実力が低く見られてしまうかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。ライバル達の恐ろしさが身に染みて分かっているからこそ、ここで失敗して評価を下げたくはない。

 

「レース前だからかな、変にナイーブになっちゃってる」

「緊張してるんだ」

「慣れるもんじゃないよ」

 

 無意識にだらんとしていればいいのに、私の肩は上がっている。筋肉が強ばって、不必要な力を早くも消費しようとしているのだ。そんなガチガチになった私を見て、とみおは「緊張は良いスパイスになるけど、今のアポロは()()()だね」と零す。

 緊張は諸刃の剣だ。適度な緊張感があれば良いパフォーマンスを期待できるが、あまりにも過剰だと逆に動きの妨げになる。()()()()()()()もあまりよろしくないし、塩梅が難しいのだ。ここに来て、珍しく己の制御を見誤ったということか。

 

 なればこそ、ここはトレーナーを頼るべきだ。私には頼れる相棒がいる。誰よりも私のことを知っていて、私自身よりも私の欲しい言葉を理解しているパートナー。

 私は焦燥感に駆られ、とみおの腕を引いて立ち止まらせる。彼がこちらを向く。何が起きているか、そしてこれから私が何を言うか――全て分かってくれているはずだ。

 

「……とみお」

「分かってる」

「緊張を溶かしてくれるような、甘い言葉が欲しいの。私のトレーナーなら、上手く口説いてみせて」

「注文、難しくない?」

「それは……ごめん」

「……まぁ、そうだな。ここは担当ウマ娘のために一肌脱ぐとしよう」

 

 我ながら無茶難題だと思う。でも、彼は優しいから――彼の腕を摘んだ私の手をそっと手に取り、大きな手のひらでそっと包み込んでくれた。

 

「……俺は、我武者羅に走るアポロが大好きだ。少し危なっかしいけれど、君の走りは世界をも魅了すると――俺はそう思ってる」

「……うん」

「走って、逃げて、そのまま先頭でゴールを駆け抜けて。アポロレインボウというウマ娘が日本にいるってことを、ドバイのファンに見せつけてやろう!」

「――うんっ」

 

 真っ直ぐな双眸。黒い瞳。私の何もかもを見透かすような、どこか艶かしい虹彩。時々私の耳や尻尾に釘付けになる悪い視線。

 彼の声。少し低くて、落ち着きのある声。

 柔らかい表情。私のことが大切なんだなって痛いくらいに分かる、その慈悲の表れ。

 

 全てが私の中に流れ込んできて、ぐつぐつと煮立った闘争心が暴れ狂い始める。緊張感が引っ込み、その代わりに狂いそうなほどの激情が私を支配した。

 ()()()()()()()()()。久々の感覚だった。ここまで燃え盛ることがあるのか――というくらい絶好調になって、私は彼の手をゆっくりと引き寄せた。

 

 少し角張った彼の両手に頬擦りし、()()()()()()()()()()()()。恋に狂い、勝利への欲求を高める。彼に甘えたいという気持ちこそあるが、いかにも打算的な行為だ。

 ――ウマ娘は人々の激情(おもい)を背負って走る。その『人々』にはもちろん自分も含まれるわけで。私はジンクスに(のっと)った行いをしているだけだ。ほんの少し良心が痛んだけれど――きっと彼だって、私のことを少なからず想ってくれている。とみおも嫌ではない……と思うから、きっと許されるはずだ。

 

「――ありがと。もう(りき)みは無くなったよ」

「大変結構」

「じゃ、そろそろ」

「うん」

「――行ってきます!」

「……行ってらっしゃい」

 

 するり、と。彼の手を解いて、私は光の中へと駆け出す。

 いよいよドバイゴールドカップの始まりだ。

 

 

 ドバイのメイダンレース場は、スタンドとレースコースの間に楕円状のパドックがあり、日本のレース場と違ってスタンド席を離れる必要がない親切設計である。

 つまり、レースコースとパドックが同じ方向にあるので、シームレスに観戦に移行できるというわけだ。混みまくってパドックとスタンド席を行き来できない日本にも取り入れて欲しいスタイルである。

 

 関係者用通路から姿を現した私に微かなざわめきが生まれたかと思うと、ホームストレッチ前の巨大ターフビジョンに映像が映る。とうとうパドックのお披露目が始まろうとしていた。

 早くもスタンドからは歓声が上がり、一気にボルテージが最高潮に達しようとする。ファンが一気に観戦モードに移り、会場の熱狂度がぐんぐん上昇しているのだ。巨大なターフビジョンの紹介も雰囲気作りにひと役買っている。

 

『1番、ドリルイザベル。5番人気です』

『アメリカ出身で、アメリカやヨーロッパを中心に活躍をしているウマ娘です。序盤からパワフルに駆け抜ける先行スタイルがメイダンでも炸裂するでしょうか? 注目のウマ娘ですよ』

 

 楕円のパドックに集ったのは、世界中から参戦した長距離巧者16人。基本はヨーロッパを拠点として活躍するウマ娘が多く、中団付近のペースメイキングがどうなるかは始まってみないと分からない。

 1番のドリルイザベルさんは、集団内で実質的なペースメイクを行うウマ娘になるだろう。大逃げを打った私に対し、他のウマ娘がついてこなければの話だが。

 

 そして、次は私のお披露目の番だ。ターフビジョンに過去のレース映像が映し出され、その大逃げの模様にスタンドのざわめきが大きくなる。

 自滅かと思ってしまうような大逃げを打ち、そのまま逃げ切ってしまうという()()()()()()()。純白のウエディングドレスを身に纏った、真っ白な芦毛の妖精。今は体操服の地味な姿だけど――中身は変わらない。バカ正直に一途な大逃げウマ娘がそこにいる。

 

『――2番、アポロレインボウ。2番人気です』

 

 日本以外のファンやウマ娘からしてみれば、アポロレインボウというウマ娘は得てして『未知』という言葉が似合うだろう。極東の島国で圧勝を重ねる可憐なウマ娘。

 カイフタラさんが戦っていたヨーロッパと違って、日本はどちらかと言えばマイナー寄りの地だ。だからこその2番人気。芝やペースメイクのことを考えれば、私が1番人気でもおかしくはなかったけど――やはりメジャーな舞台でどうなるかは分からない、地力はあるが不安要素もあるということで2番人気になったのだろう。

 

『日本で年度代表ウマ娘を獲得したスーパースターです。超長距離でもとにかく大逃げする空前絶後のスタイルでG1を3勝し、日本のアイドルウマ娘ともいえる人気を獲得していますよ。その未知数ながら爆発力のある走りがメイダンでも見られるでしょうか? 期待しましょう!』

 

 私は上着を脱ぎ捨て、完璧な仕上がりを披露した。輝く肢体、艶やかな芦毛。耳はぐりんぐりんと元気に動き回り、尻尾はばさばさと揺れている。どこからどう見ても絶好調。言い訳はできない。

 私は観客達に手を振りながら、付近で見守るトレーナーやエルちゃん達に視線を送る。とみおは深く頷いて、エルちゃんやミークちゃんは無言で親指を立てていた。グリ子はよく聞こえないけど恐らく「頑張れ」と言ってくれているし、スズカさんも静かに見守ってくれている。トレーナー陣も神妙かつ期待の面持ちでこちらを見ていた。

 絶対勝つから、見ててね。心の中でそう告げて、私は脱ぎ捨てた上着を回収した。

 

 パドックでの紹介が進み、名前が何だか似ているヴィンテージレインボウさんの紹介が終わった次の次。大本命ウマ娘の登場にメイダンが沸き立った。

 

『13番、カイフタラ。1番人気です』

『来ましたねぇ、昨年のヨーロッパ最優秀賞ステイヤーです。追込にはもってこいの外枠になりましたから、恐らくこのレースは追込の作戦を取るでしょう。“笑わぬ天才ステイヤー”との異名を持つ彼女に、果たして勝利の女神は微笑むのか? ヨーロッパを代表する王道の走りには注目ですよ』

 

 身長170センチを超えるカイフタラが衆目のもとに現れ、凸凹(でこぼこ)に隆起した脹脛(ふくらはぎ)や大腿四頭筋が披露される。艶やかな鹿毛は彼女の肉体が完璧な仕上がりであることを示しており、観客席からは唸るような声が僅かに上がった。

 されど、どれだけの歓声を浴びても彼女の表情は変わらない。不機嫌そうな仏頂面。後ろにきゅっと絞られた両耳。切れ長の瞳は閉じられており、ファンサービスをしようという素振りは一切見られない。そういうタイプの人なのだろうか。

 

「…………」

 

 パドックでの紹介が終わると、待ちに待った本場入場が始まる。楕円状のパドックから解放されたウマ娘達が一斉に走り出し、メイダンのターフへと足を踏み入れていく。

 準備運動がてら軽く走って慣らそうかと思っていると、目の前をカイフタラさんが通ったので反射的に彼女を呼び止めた。カイフタラさんはゆっくりとこちらを向くと、明らかに(だる)そうな視線を投げかけてきた。

 

「初めましてカイフタラさん、アポロレインボウです! 今日はよろしくお願いします!」

「……お前か。ルモスがやけに推してきたウマ娘っつうのは」

「多分そうです!」

 

 ホームストレッチの外側、私達は向かい合う。友好的な接触を試みたつもりだったが、カイフタラさんの双眸は明らかな敵意を孕んでおり、今にも爆発しそうな激情がひしひしと伝わってきた。

 何か失礼なことでもやってしまっただろうか。初会話でここまで印象が悪いと嫌な汗が噴き出してくるぞ。

 

 あわあわしながら会話の種を探っていると、カイフタラさんが口元をほんの僅かに綻ばせながら質問してくる。しかし、その微かな笑顔の質は邪悪そのもので――

 

「おい、お前さ。ヨーロッパに憧れてるんだって?」

「あ、はい!」

「向こうに目的でもあんの? キングジョージ? それとも凱旋門賞?」

「いえ、私の夢は凱旋門賞じゃなくて……ゴールドカップやカドラン賞に勝って最強ステイヤーになることです!」

「……ふーん。最強ステイヤー、ね」

「はい! ステイヤーズミリオンも勝つつもりでいます!」

「――フッ」

 

 一瞬、何事かと思った。笑われた? 吹き出した? カイフタラさんが? それを理解した途端、笑わぬ天才ステイヤーとは何だったのか――という疑問に襲われたが、彼女の黄金の瞳は全くもって笑っていなかった。

 

「ハハハッ! アハハハハッ!」

 

 しかして、彼女は嗤う。私が次々に夢や目標を語ったことに耐えられなかったのか、カイフタラさんは思いっ切り吹き出した。呆気に取られて、私は言葉を発することができない。その金色の瞳は深く濁り、何を考えているのか一片たりとも分からない。

 

「聞いてた通りのマヌケだぜ、()()()()()()()()()()()()()()! アハハ、アハハハ! ハ、ハ――……ハァ。……わりぃ、バカバカしすぎて笑っちまったわ」

「――――」

「オレな、お前みたいなヤツがいっちばん嫌いなんだ。実現不可能な夢を掲げやがって。何が最強ステイヤーだ」

「な――」

 

 かっ――と、頭に血が上る感覚がした。ぐつぐつと沸き立った闘争心の一部が激情(怒り)として溢れ出し、全身に有り得ないくらいの力が宿る。

 わざわざ煽るような言動をした上、考えたとしても言わなくていいことまでベラベラと――。カイフタラさんがこんな人だとは思わなかった。私の夢は 大切な人(トレーナー)の夢でもある。私の夢をバカにすることは彼をバカにされることに等しい。怒りのままに掴みかかってやりたかったが、手のひらに爪を食い込ませるほどに力を込めて何とか怒りを鎮める。

 

 視界の端でとみおが怪訝そうな顔をして私を見ていた。この痛烈な侮辱を完璧に凌げるほど私は強いウマ娘ではない。ギリギリと歯を食いしばり、犬歯を剥き出しにして彼女に食ってかかる。あくまで言葉だけだが。

 

「――じゃ、カイフタラさんには夢が無いんですか?」

「夢? あるぜ。小金持ちになって何にも縛られない生活をすることだ」

「そうじゃないですよ。ターフを駆けるウマ娘としての夢です」

 

 詰め寄られても彼女は動じない。それどころか、さらに私をバカにしたような、せせら笑うような態度を崩さない。その表情の中には哀れみさえ混じっているようで――これでは、真っ直ぐに夢を目指す私が間違っているみたいではないか。

 私の夢は最強のステイヤーになること。菊花賞、ステイヤーズステークス、有記念を勝って、日本の長距離界に敵がいないことを証明した。では、その次の舞台として世界が待っているのは至極当然のことではないのか。日本最強の次は世界最強を欲するのは当たり前だろう。この飽くなき追及こそが、(ウマ娘)の強さの原動力なのだから。

 

 だが、カイフタラさんは私の夢をバカにした。あろうことか初対面のレース直前に――ふざけている。正直、ここがメイダンレース場のターフでなければ、このウマ娘をぶっ飛ばしていたかもしれない。私がそれを堪えたのは、世界中のみんなが見ていたから。それに、私が怒ったところで何のメリットもないからだ。

 カイフタラさんにしてみれば、1番のライバルを怒りで錯乱させて勝利を攫おうという作戦かもしれないし……怒りに身を任せるのは得策ではない。どちらにせよ、このウマ娘は私が憧れていたようなウマ娘じゃないことは確かである。

 

「何か勘違いしているみたいだが、トゥインクル・シリーズに希望なんてねぇよ。……少なくとも、ヨーロッパの長距離界に関してはな。あそこは金を稼ぐためのつまんねぇ場所でしかなくなっちまった。ステイヤーズミリオンにはお前の期待するような栄光なんてない。――何もかもありゃしないのさ」

「そんなはずはっ」

「フッ……そろそろ時間だぜ。いやいや、お前のことが分かって良かったよ、()()()()()()()()()アポロレインボウ」

「――っ、バカにするのもいい加減にしてっ!」

「おぉ、怖い怖い。おっとポニーちゃん、オレを殴るのはやめておけよ。ウマ娘が戦うことを許されたのはターフの上だけだからな」

「…………」

「……そんなに不快なら、このドバイゴールドカップでオレを負けさせてみることだね」

「言われなくても、そのつもりです」

「ま、ステイヤーズミリオンは渡さねェよ。完全制覇すれば結構な金になるからな」

「私だって譲るつもりはありませんから」

「でも、()()()()? ()()()()()()()()()()

「……は?」

「お前は日本で夢を追って、オレはヨーロッパを中心に金を稼ぐ。それならお互い戦うライバルが減ってwin-winじゃね?」

「……あなたに言われて諦められるほど、安い夢じゃないので」

「ふーん? 日本に閉じこもってても、最強ステイヤーになれないことはないと思うけどな」

 

 カイフタラさんはそう言って、私を置いてメイダンのターフを走り始めた。好き勝手に言うだけ言って、挙句の果てに言いっ放しで逃げてしまった。

 さぞ快感だっただろう。私のようなウマ娘を(なじ)るのは。こちらとしては苛立ちが積もる会話でしか無かったが。そう思って、カイフタラさんの背中を睨むと――

 

「――え?」

 

 ――あまりにも小さく縮んだ彼女の背中が見えた。身長173センチの身体だぞ。目の錯覚か。気のせいかと思って何度も瞬きするが、明らかにしょぼくれたような、哀愁さえ漂う擦り切れた背中は全く変わらない。

 嘲笑うかのような下卑た雰囲気はどこかに吹き飛んでいた。彼女の耳が萎れるように倒れたかと思うと、左右バラバラに動いて不安げに倒れる。パッと見では堂々としているが、間違いなくその心は萎え切っている。

 

「カイフタラ、さん……?」

 

 私は先程まで感じていた怒りさえ忘れて、呆然とその場に立ち尽くす。何なんだ、あの小さな小さな身体は。少なくとも強いウマ娘のそれではない。

 ホープフルステークスのキングちゃん、皐月賞のセイちゃん、日本ダービーのスペちゃん、有記念のグラスちゃん――みんなみんな、大きかった。体躯が数メートルあるんじゃないかと見紛うほどに、溢れ出す闘志とオーラで敵を威圧していた。でも、今のカイフタラさんは――あまりにも矮小だ。身体の仕上がりこそ完璧だが、気持ちの面で欠けているモノが多すぎやしないか。

 

 メイダンを走るカイフタラさん。背中に浴びせられる歓声に対し、彼女は向正面へと逃げるように走り去っていく。全くもってウマ娘の本能に反した人だ。

 覇気はなく、志もない。だが、それらが無くともこの場の誰よりも強い。卑屈で、無礼で、どれだけひねくれていても――ヨーロッパ代表と言われるほどに強い。私が知る『強いウマ娘像』の真逆を行くような異質な存在。

 

 ――ウマ娘は人々の激情(おもい)を背負って走る。では、彼女(カイフタラ)が背負う激情(おもい)とは何だろう。

 ふと、URA賞授与式でルモスさんと交わした言葉が脳裏をよぎる。

 

『単刀直入に言おう。カイフタラはかなりひねくれた嫌なウマ娘だ』

『きっと日本から来たキミのことを雑に煽るだろうし、キミを傷つけることも言うだろう――それでも。キミにはカイフタラの心を救ってほしいんだ』

 

 ずきん――と。こめかみが鋭く痛んだ。()()()()()()()()()()()()。その意味が今になってやっと理解できた気がした。

 志も夢もなく、疲れ切ってしまったカイフタラさんの心を救済する。それがきっと、ルモスさんが望んだことなんだ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()――……。

 

「…………」

 

 しかし、初めて会った時のダブルトリガーさんといい、ルモスさんの含みある感じといい、今のカイフタラさんの歪みといい――……一体、ヨーロッパのトゥインクル・シリーズで何が起こっているのだろう。

 偉大なステイヤー達に大きな歪みを与えてしまうほどに、欧州の長距離界が衰退しているというのか。衰退しているという事実自体は知っていたが、欧州ステイヤーのトップが()()()()であることを鑑みるに、想像を超える惨状であるのは確かなようだ。

 実情を知らない私には何とも言えないが――これじゃあまるで、カイフタラさんが言ったように――

 

「……ヨーロッパで夢を追うこと自体が、間違ってるみたいじゃん」

 

 

 ――さぁ、ドバイゴールドカップが始まる。

 

 

 



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94話: 邂逅!ドバイミーティング!その3

 時刻は夕食前、暮れの空が少しだけオレンジに色付いてくる頃。ようやっとドバイゴールドカップが開催される運びとなった。

 G2・ドバイゴールドカップは3200メートルの長丁場。スタンド前の直線からスタートし、左回りにコースを一周してゴール板を迎えるコース。高低差は全くと言っていいほど無い。名物となる坂などはなく、ただひたすらに平坦な道が続く。したがって、パワーの無いウマ娘でも十分に大穴を空けられるようなコースとなっている。

 

 日本での予行練習をした通り、日本勢から見ても走りやすいコースだ。芝の適性も問題ない。いつも通りに走れる。懸念があるとすれば最終直線の長さ。カイフタラさんの追撃を()()()()()()()算段は立っているが、かなり頑張らないと苦しいのは間違いない。

 それ以上に、カイフタラさんがあんな様子で戦えるのかという懸念の方が大きいけれど……この大舞台で敵の心配をしている暇はない。ここで勝たなきゃステイヤーズミリオン完全制覇は絶望的なのだから。

 

 ウォームアップが終わっても、海外レースにファンファーレはない。次々にウマ娘がゲートインしていき、パドックからスタートまでは流れ作業のようにあっという間だ。

 

『内枠のアポロレインボウ、颯爽とゲートイン。静かな様子で周りを窺います』

『流石に落ち着いていますね。長距離界の日本代表として、優勝という最高の結果を飾ることができるのでしょうか?』

 

 各ウマ娘が続々とゲートに収まり、カイフタラさんもすんなりとゲートに入った。彼女は間違いなく気性難ではあるけれど、ゲートインに関しては無問題らしい。

 

『外枠のカイフタラ、憮然とした表情でスタートの時を待ちます』

『彼女もまた素晴らしい落ち着きようです。欧州最強ステイヤーとしての意地を見せられるでしょうか?』

『全てのウマ娘のゲートインが終了し、準備が整いました。いよいよ発走です』

 

 大外枠のシアトルチャーミングさんが鋼鉄のゲートに進み出ると、16人のウマ娘達がバラバラに重心を沈め始める。観客が静まり返ることはない。ザワザワとした喧騒の中に、今か今かと期待するような期待が混じる。

 16人のウマ娘は黙ったまま。獰猛な息遣いが微かに響いて、ゲート内の空気がぴんと張り詰める。その中でも全く変わらぬ呼吸をするカイフタラさんが嫌に不気味だった。

 

 何もかも、読めないウマ娘。そんな印象を抱くと同時、開放の予感が背筋を貫く。瞬間、鋼鉄のゲートが勢いよく開かれた。

 

『――アポロレインボウ素晴らしいスタート! カイフタラもポンと飛び出して3、4番手を追走する! 16番人気のデュピティアンドロイヤルは大きく出遅れた! このスタートが明暗を分けるのか!? ドバイゴールドカップがスタートです!』

 

 視界を遮るゲートが取り払われ、私は地面を蹴る。3ヶ月ぶりの実戦レースだが、鈍りはない。最高のスタートダッシュからぐんぐん加速して、開始5秒で2身の差を開ける。

 私の大逃げはロケットスタートが無いと始まらない。スタート直後に1身の差をつけ、更なる加速でもう1身をつけて、やっと磐石と言える走りなのだ。瞬発力に劣る上、先頭(ハナ)を奪えないと思うような走りができないのだから、スタートで勝負が決まると言っても過言ではない。

 

『アポロレインボウ、スタートの勢いのままに先頭に躍り出た! 早くも2、3身の差を作ってアメリカ勢を置き去りにした! 対するカイフタラは中団後方、10番手付近に控えます!』

『大逃げの彼女がペースメイカーとしての役割を全うできるのか、甚だ疑問ですね。何せ彼女は芝3000メートルを2分台で走り切る化け物なんですから――早めに掴まえないと後ろのウマ娘はとにかく苦しいですよ』

 

 スタート直後から第1コーナーまで続く長い長い直線。その全長、何と1000メートル以上。速度が乗り切った上、位置取り争いがある程度落ち着いた頃に第1コーナーがやってくるわけだ。

 第1コーナーまでの距離は相当に長い。コーナーが得意な私にとって、コースを1周しか回れないのは向かい風である。

 

 斜め前と斜め後ろを撮影用の車が走り始め、慣れない視界の中、付近のターフが蹄鉄により震え上がったのが分かった。

 

(う――アメリカの人達、想像以上に攻めてくる――!)

 

 メイダンのターフが揺れ、力強い足音が私の後ろで蠢く。際立って大きな足音は2つ。かなり近い。スタートで差をつけたはずだったのに、もう直後にまで迫ってきているではないか。

 その足音の主は、アメリカ出身のドリルイザベルとシアトルチャーミング。ドリルイザベルは先行、シアトルチャーミングは逃げ。どちらも大逃げに準ずるレベルの速さで立ち向かってくる。

 

 アメリカのレースは起伏が少なく、小回りコースから短い直線が待っている。そのためにアメリカでは逃げや先行が目立ち、レースそのものがハイペースになりやすい。

 もっとも、こんなにガツガツ飛ばしてくるのは想定外だったが――始まってしまったものは仕方がない。元々私の逃げは集団を支配できるような逃げじゃないんだから。私のはどちらかと言うと、付き合わせざるを得ない状況を作ってハイペースの有利展開に持ち込む作戦。この2人にハナを取られるのは好ましくない。()()ペースを強制しなければダメなんだ。

 

『スタートから400メートルが経過して、先頭集団で争っているのは3人! アポロレインボウ、ドリルイザベル、シアトルチャーミングがそれぞれ密着して激しく競り合っている!』

 

 視界が激しく揺れ、ぞわぞわとした威圧感に襲われる。シアトルチャーミングは逃げ。私の斜め後ろまで位置取りを押し上げてきて、横に並びかけている。大きな足音、私よりもがっしりとした身体。純粋な競り合いになったら迫力で押し負ける。横に並ばれたら私の負けだ!

 顎を思いっきり引いて、更に加速。既に最高速度に達しつつあったが、先頭の景色だけは譲れない。日本代表としてのプライドもあるが、ハナを奪わなければ皐月賞のようになりかねないから、とにかく是が非でもシアトルチャーミングをねじ伏せなければ。

 

 最内を走りながら、スタンド前の直線に入っていく。視界の端にトレーナー達の姿が一瞬よぎる。瞬く間に彼らの姿は後ろに流れていって、一面の緑が支配するターフが視界を覆う。

 無理に競ってくるシアトルチャーミングと追い比べの形。黒鹿毛のウマ娘が闘志を剥き出しにして、私の尻尾を文字通り掴んできそうな勢いで迫ってくる。

 

 ウマ娘という生き物は見た目こそ可憐であるものの、中身を覗けば獰猛な動物そのものだ。貪欲に勝利を求め、競争相手(ライバル)を打ち倒すため死力を尽くして土を蹴る。おおよそ現代社会には不要と思えるほど肉体を鍛え上げ、時には身体をぶつけ合ってでも生物の限界速度へ挑戦するその姿は、ある意味狂人のそれだ。

 でも、勝ちたいんだからしょうがない。勝利のためならどれだけの対価を支払っても良いと感じてしまうんだから――どうしようもなく、仕方がない。

 

 ドリルイザベルは3番手に控え、ペースを多少落とした。てんで譲らない私とシアトルチャーミングは後続を引き離して意地の張り合いを始める。

 

『ドリルイザベルは3番手に控えた! 3番手と4番手は2身の差があり――3番手と2番手・シアトルチャーミングとの差は3身。かなり縦長の展開となっています! 対して10番手になったカイフタラ、前に出たアポロレインボウとは7身以上の差があるぞ!?』

『開始600メートル時点で、先頭から最後方まで15身と縦長の展開ですね。ここまで距離が開くと、後ろの子達が届くのか早くも心配になってしまいます』

 

 レース開幕から600メートルを通過した。長いスタンドの中間を展望し、やっとカーブが見えてくる。しかし、シアトルチャーミングは600メートルもの間食らいついてくるのだ。息を整える暇もない。ほとんど無呼吸の状態で先頭にしがみつき、口の端から涎を垂れ流しながら首を伸ばしてハナを譲らない。

 無論、相手も同じくらい苦しいはずだ。過去の映像を見たところ、彼女は私のような大逃げタイプではなく、レース中盤で少しだけペースを緩める傾向にある。もう少しでエネルギーが切れるはずだ。

 

 ――が、向こうも同じようなことを考えていたのか、アタマ差で競り合うシアトルチャーミングと目が合う。800メートルを通過。お互いにまだ譲らない。いい加減にしないと、この異常すぎる体力消費によって共倒れだ。このペースで走り抜けたら、第3コーナー付近で大失速は免れない。

 

(――これ以上競り合ったら共倒れだ!! そんなことは分かっているはずでしょ!?)

(分かってるから譲れないんだっつの! アポロレインボウお前、ほっといたらあっさり逃げ切っちまうだろうが!!)

(そっちだってそうでしょう!? いい加減しつこいっての――)

 

 シアトルチャーミングも私と同じように、ハナを奪ってでしかベストを尽くせない性質のウマ娘。私は彼女の気持ちが痛いくらい分かるし、彼女もまた私の気持ちが分かるはず。故に譲れない。

 今起きているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――地獄が地獄を呼ぶ、破滅への道程だ。本当の破滅がやって来るまで譲り合わない、最低最悪の不毛な意地の張り合いでしかない。

 

 スターティングゲートから900メートルが経過し、スタンドと直線の終わりがすぐそこに見えてくる。既に歓声はざわめきに変わっており、予想外のレース模様にメイダンの空が黄昏を帯び始める。

 

『だ、第1コーナー直前にして……レースは早くも波乱に陥っています。何と、1、2番手を争うアポロレインボウとシアトルチャーミングが超ハイペースを演出!! そのタイムは何と――1000メートル通過時点で、いっ、1分を記録しています!!』

『2番手と3番手の差は既に5身……それでも3番手以下の集団は超ハイペースの2人に引っ張られているわけですから、後方待機しているカイフタラ達は終盤に足を残せるのでしょうか? おや、そのカイフタラは大きく位置取りを下げて16番手に控えました。何かトラブルでもあったんでしょうか』

 

 第1コーナーを曲がり始める。大体のコースは内側に向けて傾斜がついているため、遠心力を殺して走りやすい。それと同時に、外側からのプレッシャーを躱しやすくなる。――普通なら。

 

 シアトルチャーミングは渾身のコーナリングを発揮し、私の真横に並びかけてきた。コーナーの外側という距離的な不利があるにも関わらず、だ。

 並大抵のウマ娘じゃない。15番人気という数字では測れない恐ろしさがある。もちろん、15番人気という数字の意味は実力が15番目というわけではなく――15番目に期待されているということで。ドバイの祭典たるレースに集まるウマ娘は、どの子も珠玉の如き実力を持っているのだ。

 

 内ラチギリギリに身体を倒しながら、コーナーを利用して加速する。食らいついてくるシアトルチャーミング。もうスタートから1200メートルを通過している。私の予想では、もし競りかかってくるウマ娘がいても、第1コーナー前に諦めてくれると思っていたのに。

 勝利にかける激情(想い)が並大抵じゃない。私も、この人も。

 

 アタマ差をつけて第1コーナーを曲がり切って、第2コーナーに突入する。まだ差は開かない。ハナを奪いたいという意地ひとつで張り付いてくるシアトルチャーミング。セイウンスカイとも違う、ダブルトリガーとも違う、そして恐らくサイレンススズカとも違う――とてつもない逃げと根性。こんなヤバいウマ娘が注目されてないって、何かの冗談じゃないのか。

 

 吐き気を抑えながら、第2コーナーの終盤に差しかかる。もう既に1300メートルはラストスパート並の速度で走っている。1分近く、無呼吸同然で競り合う逃げウマが2人。冷静になれば呆れて当然の意地の張り合いを、私達は世界中が見守る大舞台でぶちかましている。

 とてつもない暴挙にして、勝利への最善策。どちらが折れるかの我慢比べはまだ終わりそうにない。

 

『第2コーナーを曲がって、僅かの差でアポロレインボウが先頭! 外側にシアトルチャーミング! 7身の差が空いて、3番手のドリルイザベル! カイフタラは先頭から12身も離れて最下位を悠然と走っている!! これは相当の早仕掛けをしないと届きませんよ!!』

『どうなんでしょうか……恐らく彼女は、先頭の2人が最終直線で潰れると見てペースを落としたんでしょう。逆に、3番手から15番手は先頭の2人を捕まえようという意識がある分、ハイペースになってスタミナを消費させられている気がしますね。これが大逃げの嫌なところです』

 

 死の足音さえ聞こえてきそうな極限状態の中、向正面に入る。滝のような大汗を掻くシアトルチャーミングの横顔が見えた。彼女とて全力全開で走ってきて、体力の限界は近いのだろう。だから譲れと言ったのに。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 青い顔をしたシアトルチャーミングと目が合う。明らかな酸欠状態。もはや勝利は望めないような惨状ではないか。だが、その目に宿る闘志は未だに衰えず――鋭い眼光が私の横顔を穿ち、「さっさとどけ」と言わんばかりに肩を寄せられる。外側から追い抜きの体勢。その距離、数センチ。あまりにも近い。

 

(――っ、ぶつかるっ!)

(このドバイの地で――大穴を空けてやるんだッ!)

 

 外側からぐいぐいと圧されて、シュレッダーの如く流れていく内ラチ付近に追いやられる。とてつもないパワー。1分半近くを全力で走り、力尽きようとしているウマ娘の出力ではない。速度を緩めるという選択肢は無いため、当然内側に向かって追い立てられる。

 致命的なラインまでは攻め立ててこないが、柵に足を取られて転倒すれば目も当てられない大事故に繋がるだろう。内柵がすれ違っていく轟音が肉薄して聞こえる。これ以上は内に寄れない。

 

 反発するようにシアトルチャーミングを押し返そうと外に進路を進めた瞬間――ガツン、と接触した。撫でられただけかと思ったが、彼女の腕が脇腹にぶつかり、鋭い痛みが走る。

 

「あうッ――!」

 

 反射的に身を捩ってしまい、速度が減衰する。肺から酸素が吐き出され、大きく口を開いてしまう。極限のバランスで酸素のやり繰りをしていただけに、その一撃はあまりにも致命的だった。さすがに故意ではないが――私の減速を好機と捉えて懸命の加速をするシアトルチャーミング。さすがに加速は鈍いが、ハナを奪うという目標は達成されてしまうだろう。

 スタンドが揺れたような気がした。日本では審議のランプが灯るような接触だ。しかし、彼女からすればラフプレーの自覚すらないだろう。単純な事実を見落としていたことに気付く。

 

 欧米はポジション争いが熾烈で、この程度の()()()()()()など日常茶飯事なのだ。しかも、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最も海外志向の強いエルコンドルパサーや、既にアメリカに赴いていたサイレンススズカとの併走は行ったが――やはり彼女達は日本式のレースに慣れていた。本物の海外レースを味わったことが無かったのは、ここに来て生まれた思わぬ落とし穴だ――!

 

 海外のウマ娘は何故身体が大きい子が多いのだろうと思ったことがある。でも、今なら分かる。身体がデカくなきゃ、そもそもやっていけないってことなんだろう。筋骨隆々な子が多いのも、激しい位置取り争いを体感した今なら頷ける。

 

 脇腹を刺す鈍い痛みに唇を噛み締めながら、遂に真横に並び立ったシアトルチャーミングを睨めつける。速度差は歴然。相手が速い。抜き去られ、安全な距離を取った上で()()()前を塞がれてしまう。ハナを奪われてしまう。

 ここでハナを譲ったら――今までの1600メートルが――有記念からの数ヶ月が――私の憧れが――全て遠のいてしまう。1番手を譲ることは、それ即ち敗北を意味する。私の理想が現実に敗北することを意味する。それだけは絶対に嫌だ。

 

 先頭を死守するこの矜恃(プライド)は、私の生き様でもあるんだ。譲れない、譲らない、そんな意地と根性だけで戦ってきた私を舐めるな。

 体格で負けるなら――気迫で圧し返す!!

 

「っ、ああぁぁああああああああああッッ!!」

 

 一瞬の速度で勝ったシアトルチャーミングが、斜め前方に進路を変更する。その差は1/4身程。彼女が前、私がやや後方。私の進路を塞ぐことを匂わせつつ、審議のランプが灯らないギリギリのラインを攻めて強引にハナを取るつもりだ。

 ――させるか。私は歯を食いしばり、激痛に(かお)(しか)めながら足の裏を大地に叩きつける。強引なスパート。一度失った速度エネルギーを取り戻すため、莫大な体力消費をもって最高速度を取り戻す。

 

「何ィ!?」

 

 そして、体躯の小ささと前傾姿勢も相まってか――柵と彼女の身体を掻い潜って、ハナを奪い返すことに成功した。審議による降着だけは避けたかったのだろう、柵と相手の間に隙間自体はあった。飛び込むのに速度と勇気が必要だっただけで。

 一瞬、安心感と達成感で目の前が暗くなりかけたが、脇腹の痛みで現実に帰ってくる。怪我の功名と言うやつだ。私は口の端を吊り上げて、内側に進路を取っていたシアトルチャーミングの真正面に遂に躍り出た。

 

 先頭の景色を取り戻した瞬間、ぶわっ、と目の下に汗が滲む。頭頂部の毛穴から発生した嫌な肌寒さが、背筋を通って全身に浸透していく。ねっとりとした脂汗が全身を流れていくのが分かった。本気でまずい時の汗のかき方だ。体力消費量が異常すぎる。痛みのせいもあるか。

 でも、あの接触があったおかげで、シアトルチャーミングを黙らせることができた。やっと諦めてくれたのか、シアトルチャーミングは2番手の位置に控えてくれている。

 

 ただ、相手を黙らせるまでに費やした距離は1600メートル以上。レースの半分を全力疾走してしまった。このスタミナ消費はあまりにも重い代償としてレース後半にのしかかってくるだろう。

 

 言い訳をするなら――未来のリスクを考える暇なんてなかった。全身の酸素を全力疾走に費やしている状況で、思考に無駄なリソースを割く暇などあるわけがないだろう。人間は必死になっている時ほど思考が単調で狭くなってしまうものだ。

 

 今この瞬間を全力投球でやっていかなくちゃ、理想の未来さえ望めなくなってしまう。先頭のままレース後半に突入し、カイフタラの追撃を凌ぎ切るという――理想のレース運びさえままならなくなってしまうだろう。理想のレース運びをするために、理想型を崩さねばならない。それがレースの恐ろしいところだ。

 どれだけ万全な準備をしても、予想外のことばかり起きる。ベストを尽くせたレースなんてほとんどない。型にハマったレース運び以上に、転々と変化する状況に対応する柔軟性が必要とされるトゥインクル・シリーズという舞台。そうあってこそ燃えるし、勝利の価値が高まるというものだが。

 

『レースの半分を通過して、やっと先頭が決まった!! アポロレインボウがハナを掴み取ったようです!! シアトルチャーミングがズルズルと後退し、群に呑まれていく!! 1番手のアポロレインボウと2番手のドリルイザベルとの差は10身!! 菊花賞(セントレジャー)で見せたような会心の走りの再現となるか!?』

『おや、カイフタラが動き始めましたよ。レース後半になると同時にロングスパートの構えを取ったようです』

 

 ――シアトルチャーミングを競り落とした後は、最大の敵たるカイフタラに注視しなければならない。彼女は集団の最後方につけ、無駄な体力消費はほとんどない。代名詞のロングスパートに加えて、最終直線で炸裂する爆発的な末脚をぶちかます気満々だろう。そして私はカイフタラの末脚を防ぐ手立てがない。このまま普通に戦っていたのでは間違いなく負ける。

 

(どうする――どうする!? このままじゃ追込のカイフタラに捕まえられる! 想定外に対応できなかった私の落ち度だ。でも、カイフタラは想定外を想定して襲いかかってくるはず! 考えろ、考えろ――!)

 

 思考を高速回転させる。無駄な酸素を消費しているのだろうか。分からない。無茶苦茶な結論に辿り着くかもしれない。でも、考えないで負けるよりは必死にもがいて負ける方がよっぽどマシだ。

 

 そうして酸素不足の脳が行き着く先は、横暴にして暴論とも言える最高の結論だった。私の理想を追求し、勝利を手にするには――3()2()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが勝利への唯一の手立てにして、私がやるしかないギャンブルだった。

 3分間の無呼吸疾走。果たして耐えられるだろうか。いや、やるしかない。3200メートルのラストスパート、耐え切るしかない……!

 

「わた、しが――……勝ぁつっ!!!」

 

 競り落としたシアトルチャーミングを尻目に、私は残りの1600メートルも()()()()()()()()()()()()()決意を固めた。これは絶叫ではない。勝利のための鼓舞だ。自らを奮い立たせるため、限界寸前の身体を突き動かすための気合いだ。

 視界が白黒に明滅する。四隅にぱちぱちと電流が流れ、脳髄がスパークする。吐き気が収まらない。気持ち悪すぎて、気持ちいい。胃の中を(めく)り返されるような不快感の中にいるはずなのに、気分が高揚する。

 

 ――これでいい。このど根性だけで私は走ってきた。

 頑張る私、もっと頑張れ。

 私の夢のために。

 

『おっと――アポロレインボウ更に加速!? 第3コーナーに入ったアポロレインボウ、またもや加速したぁ!! 彼女の身体に流れているのはガソリンでしょうか!?』

『う、ウソでしょう! あんな死にそうな顔をして――まだ走れるというんですか……!?』

『スタンドからは悲鳴の如き大歓声が上がる!! カイフタラは現在13番手!! じりじりと追い上げるロングスパートでアポロレインボウを射程圏内に捉えたのか!? 憮然とした無表情は自信の表れなのか!? しかし――しかし――まだその差は15身――いや、20身はくだらないように見える!!』

 

 前後不覚寸前に陥りながら、苦しみの極限を味わう。吐き気が止まらない。吐いているかも。口の端が濡れている。いや、風で乾いているのか? 喉も干上がって痛い。粘膜が渇き切って激痛が刺している。

 視界が自然と上を向きそうになる。意識が飛びそうなのだ。斜め前方のカメラがバッチリ見ているから、白目だけは剥いちゃダメだぞ、アポロレインボウ。

 

 脚が震えている。腕が上がらない。脇腹を内側から締め上げられている。体操服が肌にベッタリと纏わりついて、あまりにも重い。四肢の先の感覚がない。足の指先でターフを()()()、もっと加速しなきゃいけないのに。

 カイフタラは()()5()()()。容赦のない加速とオーバーテイクによって、第3コーナーから早くも最高速度に達しようとしているではないか。

 

 ――ほうら、追いつかれそうになってる。化け物め。何故、最初から最後までラストスパートしようとする私に食らいついてこれるのだ。意味がわからない。

 第4コーナーに入って、ギリギリいっぱいのままゴール板を睨むが……白黒で全然何も見えなかった。視界が霞んでいるのだろう、200メートル先は真っ白な光に包まれている。

 

『だっ、第4コーナーを曲がっていくアポロレインボウは現在10身の差をつけて圧倒的リードを保っている!! だが、1番人気のカイフタラ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っっ!! 遂に2番手に躍り出たカイフタラ!! 絶対王者が狙いを定めたのは芦毛の妖精だぁっ!!』

 

 逃げは群の先頭を突き進み、レースを引っ張る。対する追込は群の最後方に位置し、最後半に末脚を爆発させて勝利を奪い去る。

 仮に同等の実力を持った逃げと追込のウマ娘がいたとしよう。コースや枠番の有利不利こそあるものの、一般的にお互いがベストを尽くしたなら――逃げが勝つ、と言われている。

 

 逃げの理想形は、最初から最後までトップスピードで走り切ること。その理想形を体現するウマ娘がいたなら、誰も追いつくことはできないだろう。

 常にトップスピードを出力させるだけのスタミナと、絶対的なスピードこそ必要ではあるものの――理論上では決して負けることはない。

 

 ――なんて、空想の話だ。少なくとも長距離レースに限っては。

 無理なのだ。あまりにも儚い絵空事。短距離ならともかく、長距離でそんなレース運びをできるわけがないだろう。そんなことをしたら死んでしまう。

 

 私は吐き捨てるように脚を動かし続ける。残り600メートルを切って、私の体力は完全に尽きようとしている。少なくとも、レース最序盤のような圧倒的な速度はない。心臓が破裂してしまう。それでも、十分な速さでもって走っている。平均的なラストスパートに匹敵する程度の速さで走れているはずなのだ。

 対するカイフタラは、一点の隙もなく襲いかかってくる。そんなの、おかしいじゃないか。今の今までは間違いなくラストスパート並の速度で走っていた。ここまでの2600メートルは最高速度で走り抜けていたはずなのだ。なのに、カイフタラは私との差を詰めてきている。これが空想でなくて何だ。

 

 菊花賞以上のバカげた走りをしているのに、カイフタラは表情ひとつ変えずに食らいついてきている。レース中盤で25身はあったカイフタラとの距離が、今は10身もない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。化け物だ。純粋なステイヤーとして彼女以上のウマ娘はいないだろう。

 

 第4コーナーを曲がって、最終直線に向く。メイダンの直線は長い。その全長は450メートル。ダービーの舞台となった東京レース場よりは少し短いが、それでもカイフタラの追込が決まるには十分すぎる長さ。

 カイフタラとの差は7身。ヤツめ、速すぎる。もっと速く駆け抜けなければ。たとえ、この脚が粉々に砕けても――

 

「――、……――――!!!」

 

 私は声にならない声で咆哮した。勝ちたい。負けたくない。カイフタラに負けたくない。絶対に勝つ、と。

 砂漠の風が吹き抜ける。顔の全面に叩きつけられる。砂混じりの青臭い風。目が痛い。まつ毛が吹き飛んで、瞼が裏返りそうだ。時々目の中に砂の粒子が入ってとてつもなく痛い。でも、擦ってはいけない。目の粘膜を傷つけて失明の恐れがある。だから、一生懸命瞬きをして、砂を涙で洗い流しながら走るしかないのだ。

 ダートを走っていたみんなは、瞬きひとつしていなかった。前レースの話だが。今もそうじゃないのか。それくらいの気概でやってやるんだ。私だって、負けるものか。勝つのだ。

 

 力尽きそうな身体で走る私に、力が宿る。空っぽになったスタミナではなく、その競走寿命から速さを前借りするように――『未知の領域(ゾーン)』が翼を広げる。

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 砂漠の果てのターフに、淡い銀雪が降り注ぐ。異形の一本桜が現れ、敵を待ち構える。最初から最後までトップスピードで駆け抜けたいという願いを叶えるように、想いの力が背中を押す。身体の至る所が悲鳴を上げていた。

 刺すような脇腹の痛みと、限界を訴える脳回路。脳髄が焼き切れ、狂い出す。何度も気絶しそうになって、脇腹の痛みに助けられる。もう身体の中に酸素はない。二酸化炭素がエネルギーになってくれないだろうか。

 

『ア、アポロレインボウまた加速!! とてつもないスタミナ!! こんなレースは見たことがない!!』

『で、ですが!! 後ろからカイフタラが――!!』

 

 完璧なレース運び。限界を超える圧倒的な大逃げ。そして、カイフタラに魅せつけた超絶的な熱量の『未知の領域(ゾーン)』。

 そうして生命(いのち)を削りながら走る私に、呆れたような声が遥か後方から木霊する。

 

「何がお前を突き動かす」

 

 カイフタラの声だ。ぞわりと背筋が凍るような感覚に襲われ、カイフタラの気配が迫る。

 

「オレには分からないよ」

 

 ――来る。『領域(ゾーン)』――……いや、『未知の領域(ゾーン)』。

 残り350メートル、その差は5身。

 

 暗い闇の中から、死神がやってくる。ひとり、またひとり追い抜いて、首を狩り落としていく。既に私以外の14人は斬り捨てられた。これだけ完璧に逃げても、抗えないのか。

 目の前の光景が歪み始め、カイフタラの全身から生み出された黒い瘴気が私の四肢を呑み込み始める。途方もなく強いチカラ――激しい想いが私を侵食してくる。

 

 深い闇の中から一条の光が差し込み、黒い瘴気を通して激情が流れ込んでくる。見せられる。魅せられる。カイフタラが練り上げた心象風景――『未知の領域(ゾーン)』。

 刹那、異空間が現れる。深い闇だけが広がる虚無。その中にぽつんと佇む孤独な少女。まるで死神だ。いや、少女は立っているだけ。環境が彼女を死神にしてしまったのだ。

 

 ――オレはこの世界が嫌いだ

 

 ――……本当は、好きだったんだけどな

 

 (おぞ)ましい。そして、どこか寂しい彼女の『未知の領域(ゾーン)』が発現した。

 

 ――【Turn of a Century】

 

 カイフタラの末脚が爆発し、それと同時に欧州の王者が進軍を開始する。王者の走りとは何たるか、それを体現するような直線一気。鬼神の如き超加速により、残り200メートル時点で2身まで詰め寄られてしまう。

 ありえない、異常な加速。大股の1歩が踏み込まれる度に、1身、また1身と差を詰め寄られてしまう。絶対不可能な大差を覆す天才ステイヤーの末脚。前走のアイルランドセントレジャーからは考えられないレベルの成長だ。信じられない、信じたくない現実がそこにあった。

 

『残り200メートルを通過して、猛然と追い込んでくるカイフタラ!! レコードペースで博打逃げを打ったアポロレインボウが()()()()()()()!! カイフタラ伸びる!! アポロレインボウは止まっている!! アポロレインボウは頑張れるか!?』

 

 異形の一本桜が暗黒に呑まれ、容赦なく薙ぎ倒されていく。深い闇が星空を覆い隠していく。

 残り100メートル。カイフタラが真横に並ぶ。最後の勝負根性を発揮して懸命に差し返しを図るが、叶わない。カイフタラは無表情だった。瞬きひとつせず、ただただゴールだけを見て走っていた。

 

『カイフタラ、アポロレインボウに――並ばないっ!? 何と並びませんっ!! 残り100メートルを通過して、恐ろしい末脚でカイフタラがアポロレインボウを抜き去ってしまった!! アポロレインボウ懸命に追い縋る!! しかし――』

 

 残り50メートル。

 カイフタラの背中が、私の夢が、遥か彼方に遠のいていく。

 

 負けたくない、勝ちたい、そう願っても身体は動かない。もはや精根尽き果てて、残りの数歩を歩むだけ。

 レース前半で競り合いすぎた。脇腹に受けた打撃と、そのリカバリーが響いた? いや、多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの接触がなければ、彼女は余った力を振り絞っていただけなのだ。ベストは尽くした。これ以上のレースなど出来ようはずがない。言い訳のように言葉を並び立てても、カイフタラは笑わない。残酷な結果だけが近づいてくる。

 

 先頭の景色が、崩れていく――……

 

『――“笑わない天才ステイヤー”カイフタラ!! 勇猛果敢に逃げ続けた芦毛の妖精を、見事にゴール寸前で躱し切ったっ!! 3分15秒0の大レコードで、王者が王者である所以を証明しましたあっっ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()っっ!!』

 

 ――1身差の2着。

 それが黄昏のメイダンで見た景色だった。

 

 



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95話:不完全燃焼を乗り越えて

「っ、は――……っ、は――……っ」

 

 負けた。1着はカイフタラ、2着はアポロレインボウ。黄昏のメイダンを包む大歓声の中、私はゆっくりと速度を落とし始めた。

 1歩1歩進む度、敗北感が全身を支配していく。斜め前方を緩やかに走るカイフタラさん。肩が上下しており、息も荒い。背中側の体操服がびっしょりと濡れていて、肌に張り付いている。カイフタラさんも思ったより消耗していたらしい。恐らく彼女にも厳しいマークがあったのだろう。

 

「っ、ふぅ――っ……」

 

 早歩き程度の速度になっても、目眩が止まらない。全身の細胞が酸素を欲している。どれだけ吸っても足りない。頭がくらくらする。視界がぐにゃりと歪んで、平衡感覚が怪しい。気持ち悪い。軽く吐きそうだ。

 不快感が臨界点を超えた瞬間、ふっと意識が暗くなりかけた。脳髄が大きく揺れている。脚が動かなくなり、堪らず私は鋼鉄の柵にしなだれかかった。

 

「…………っ」

 

 ……走るだけで、こんなにも体力を消耗してしまうとは。肉体のスペックが上がった分、なまじ限界まで頑張れるようになってしまったのだろう。

 心臓が肋骨を突き破ってきそうだ。何なら、ただ立っているだけなのに、重力に従って引っ張られるような感覚がある。とにかく身体が重い。空気にさえ、のしかかってくるような質量を感じる。運動後特有の脇腹の痛みと接触で受けた打撲痕が重なって、お腹の横がずきずきと痛んでいた。大したことはないと思うけど、後で病院に行かなくちゃいけないな。

 

 しばらく立ち止まってゆっくりしていると、やっと呼吸が整う。乱れてあちこちに張り付いた髪の毛を整えて、私は顔を上げた。大歓声の中、汚れた体操服姿のカイフタラさんがスタンド前に佇んでいる。ぶるぶると震えたかと思うと、彼女はウィナーズ・サークルに向かって歩き出していた。

 

 ……敗北者は消えるのみだ。私は踵を返して地下道に歩いていき、みんなの出迎えを待たずして控え室に引っ込んだ。

 

「……ふぅ」

 

 扉を開け放ち、静かな控え室内を見渡す。適当な丸椅子を見つけて腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってきた。油断すれば眠りに落ちてしまいそうな、異常とも言えるような疲れだった。

 ゼッケンを外し、体操服を捲り上げる。シアトルチャーミングさんの腕が当たった箇所が薄ピンクになっていた。自分の肌が白いぶん、赤く腫れているのが嫌でも分かる。症状は見たところ軽めなので、ちょっと安心。

 

 脇腹を確認した後は、靴下を脱いで脚の具合を確かめる。

 ……うん、特に異常はない。一応は病院で見てもらうことにするけど、脚に異常は無いし、脇腹の痣も大したことはなさそうだ。身体が丈夫な方で良かった。

 

 とみおが帰ってくるのを待たず、私は手元のデバイスでレース映像を見返し始める。……どんな形であれ、私はカイフタラさんに負けた。あの妨害は確かに痛かったが、シアトルチャーミングさんとの接触が無くても結局負けていたのだろう。カイフタラさんはマークの躱し方が上手く、長距離での爆発的な末脚も私を捉えるには充分だった。それだけの話だ。

 レース映像を見ているうちに、彼女が途中で大きく位置取りを下げたのはマークを避けるためだと分かってくる。暴走する私達に釣られたウマ娘達の速度が相対的に上がり、体内時計の優れていたカイフタラさんが自分のペースを貫き続けた結果でもあるが。

 

 レース映像を見れば見るほど、カイフタラさんが私と離れた場所でブロッキングを受けていることに気づく。それと同時に、彼女が巧みなステップでライバル達から距離を取っていたことにも。

 

(……カイフタラさんを気にしてるのは、少なくとも3人。3番人気のチーフズグライダーさん、シーサイドアックスさん、それにカロメモリーズさんだ。集団の斜め前から見る視点だから、カイフタラさんが大袈裟すぎるくらい距離を取ってるのが分かりやすい)

 

 私達の斜め前方、内柵を隔てて車が走っていたのだが――その車視点で見ることによって分かることもあった。

 レース中盤。チーフズグライダーさん、シーサイドアックスさん、カロメモリーズさんがカイフタラさんの進路をブロックすると、カイフタラさんは大外に持ち出して進路をこじ開ける。1番人気の彼女を妨害しようと画策する3人だが、大外は距離ロスが大きすぎて手を出せない。何故なら、彼女達も勝つためにカイフタラさんをブロックしているのだから。大外までマークしにいく体力はないし、勝手に距離ロスして消耗してくれるなら放っておけばいい――そういう思考になったらしく、カイフタラさんは次第にマークされなくなっていき、レース後半になると大外を回って超加速。距離のロスをものともせず、カイフタラさんはマークを凌いで1着をもぎ取ったのである。

 

 私は彼女の恐ろしいまでのレースセンスに舌を巻く。一瞬の加速や減速によってマークしてくる相手を逆に乱し、大外に持ち出してブロックを煙に巻こうとする大胆さ。これは、自らの肉体スペックを熟知することにより実現されているのだろう。こうすれば勝てる、こうすれば相手は嫌がる、ここまでの無茶なら通せる――ひとつひとつの選択が驚異的で合理的。何より、彼女の判断力を支える冷静さが凄まじい。

 

 あの落ち着きと、マークを避けるための技巧。私に足りなかったのはこれだ。カイフタラさんは距離ロスを恐れず、大外を回ってライバルのマークやブロックを避けていた。そして強者のみに許された()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私の大逃げを計算したかのように差し切ってみせた。

 欧州の長距離王者たる実力と、そのベストパフォーマンスを引き出すためのブロック回避。注目すべきは特に後者だろう。位置取り争いと、上位人気に対するマークの執拗さ。そして、それに対する解答。私は海外のレースに対する理解が足りなかった。……だから負けたんだ。

 

「――4()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……っ」

 

 海外に挑むならもっとアメリカやヨーロッパのレース風土を知っておくべきだったのだ。位置取り争いの激しさ、競り合いに対する容赦のなさ、ラビットと呼ばれるウマ娘の存在。――もっとも、このレースにラビットウマ娘はいなかったのだが、これからのレースでもシアトルチャーミングさんのような走りで私を妨害してくるのはほぼ間違いない。

 

「……くそっ。もっと視界を広く保たないと……世界は広いんだから」

 

 油断があったのかもしれない。日本ダービー、菊花賞、ステイヤーズステークス、有記念を制して、もはや長距離界に敵はいないと……無意識のうちに驕り高ぶっていたんだろうか。

 その可能性だって無くはない。ダブルトリガーさんに勝って、カイフタラさんもあの擦り切れた様子だったんだ――きっと私は、「今日も勝てるだろう」という安心感さえ持っていた。何やかんやで重賞を連勝して、今日も華麗に逃げ切れるんだと。私の大逃げに食らいついてこれるウマ娘なんていないだろうと――……あぁ、考えるだけで嫌になってくる。

 

 とにかく、私はここまで苛烈な妨害を受けることを考えていなかった。レースに絶対はないと言うのに油断していたんだ。この敗北を機に色々と考え直さなきゃいけないな。海外コース対策に加え、海外式のトリックやマーク対策。他にも色々と。

 

「はぁ……考えるだけで疲れてきちゃった。……って、んぇ? 鼻血出てる。やだなぁ、考えすぎた反動かなぁ」

 

 一通りレース映像を見返して今後の展望を纏めていると、突然鼻の奥から生温かい液体が垂れてくる。指の付け根で擦ってみると、真っ赤な血液がこびり付いていた。慌ててティッシュを鼻に詰め、不格好を晒す形になる。

 トレーナーそろそろ帰ってきそうだから鼻ティッシュは見られたくないなぁなんて思っていると、丁度とみおが控え室に戻ってきた。人混みに揉まれたのか、髪が少し乱れていた。

 

「――アポロ、そのティッシュは」

「鼻血出ちゃった」

「……脇腹のこともある。病院に行って見てもらおう」

「病院に行く前に、カイフタラさんのトロフィー授与式を見たいんだけど……さすがにダメだよね」

「ダメだ。病院に向かうタクシーの中で見てくれ」

「……分かった」

 

 とみおは勝敗について何も言わなかった。だけどその拳が震えているのに気づいてしまって、口を結んでしまう。更に、彼の利き手が赤く腫れているのに気づいて、私は反射的に()()を注視した。

 右手の拳頭、中指のとんがった辺り。表皮が捲れている。どこかに擦ったような――いや、叩きつけたような生傷。ピンクの皮下質から紅い珠が膨れ上がり、限界を迎えるように垂れていく。

 

「とみお、その手どうしたの?」

「え? あ〜……ちょっとぶつけちゃって」

 

 とみおはサッと右手を隠し、早歩きで関係者用の通路を歩いていく。呆気に取られてから、私は後を追った。とみおが嘘をついているって、ちょっと考えれば分かってしまう。壁に向かって拳を叩きつけない限り、ああいう傷はできないものだ。しかも、己の力で出血してしまうほど強く壁を殴るなんて……それ相応の激情に駆られなければできないだろう。

 ずきり、と心が痛んだ。私が勝つって信じてくれてたんだろう。期待を裏切ってしまった自分が情けない。

 

「……ごめんね」

「……何のこと?」

「…………」

 

 とみおは苦しそうに顔を伏せてタクシーに乗り込んだ。私もそれに続き、鼻を押さえつつシートベルトを締める。車が発進すると同時、私はドバイミーティングのライブ配信を付けた。とみおが隣で思い出したように言う。

 

「……シアトルチャーミング、審議の結果失格になったらしい。ただし、順位の変動は無しだ」

「え? 審議になってたの?」

「当たり前じゃないか。多少の接触ならどうこう言われることは無かっただろうけど、あれはやりすぎだ」

 

 意外や意外。てっきりグレーゾーン的な妨害だと思っていたが、私への接触は危険とみなされたようで、シアトルチャーミングさんは審議の対象になっていたらしい。色々とショックすぎて全然見てなかったし気づかなかった。

 ……どちらにせよ順位は覆らなかったし、想像上でもカイフタラさんには勝てないのだから気にすることはないか。もっとポジティブに考えるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも体験として知識を蓄えられたことは、何よりの強みになるだろう。私はライブ配信画面に視線を戻し、ドバイの王族が仕切るトロフィー授与式を視聴することにした。

 

 ドバイは色んな要素の関係上、ウイニングライブが存在しない。そのために大々的なトロフィー授与式が行われるのだが、カイフタラさんは相変わらず1ミリも笑っていなかった。

 そんなカイフタラさんに暖かな拍手と大歓声が送られると、気のせいか彼女の頬が紅潮したように見えた。

 

 トロフィー授与自体が終われば、残りの式典なんて退屈でしかない。私はデバイスをカバンにしまって、ぼんやりと彼の肩にもたれかかった。

 

「……有記念の後も、病院に行ってたっけ」

「そうだな。アポロは菊花賞の時から頑張りすぎだ」

「……頑張らないと勝てないんだもん」

「……まぁ、そうかも」

「とみおはさ、今日の負けの原因は何だと思う?」

「……俺の指導不足だ」

「シアトルチャーミングさんの妨害じゃなくて?」

「正直ぶつかった瞬間、シアトルチャーミングのトレーナーがいたら掴みかかってやろうかと思った。でも……その後を見て考えが変わった。上手く言語化できないけど、最終直線に入った時にこう――ゾクッとしてさ。君のトレーナーとしては失格かもしれないけど、あの未知の怖気を感じた瞬間アポロが負けるかもって思った。あの圧倒的な寒気はアポロが使う末脚と同じレベルだったんだ」

「…………」

 

 カイフタラさんの『未知の領域(ゾーン)』のことか。あれは規格外の爆発力を生む最強の領域。とみおの言いたいことは物凄く分かる。

 天地がひっくり返っても、今のままじゃ勝てない。カイフタラさんにはそう思わせるだけの凄みがあった。あまりにもあっさりしすぎて分かりにくいが。

 

「めちゃくちゃ悔しいし、この結果には全然納得してない。けどさ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……どういうこと?」

()()()()()()()()ってこと。ヨーロッパに行ってこんなレースをしたんじゃ、後悔してもしきれないでしょ」

 

 G2・ドバイゴールドカップはレコードを演出したものの、カイフタラの2着に終わった。これ自体は当然納得できる結果ではない。私が目指していたのは1着――優勝ただひとつだったのだから。2着という結果は、数字で見れば悪くないが……負けは負け。むしろ、最も勝利に近づいた分だけ、なまじ悔しさは大きい。

 だが――きっとヨーロッパに遠征した時にも、()()()()()()レース風土の違いで満足なレースをできないこともあるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。例えば大目標のG1・ゴールドカップでこういうレースをしてしまったら、後悔してもしきれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。相手の実力を知れた上、私に足りなかったところ、海外のレースの雰囲気も知れた。敗北の悔しさはあるが、それ以上に今後の課題と方針がバッチリ決まったのだから、長い目で見ればこの負けはきっとプラスになる。

 ローテーションの関係上ステイヤーズミリオン完全制覇が厳しくなったのは事実だが、6月初旬までステイヤーズミリオンの対象レースがあるため、頑張ればまだリカバリーが効くのである。

 

 その意図を理解したのか、とみおは瞳の奥に強い光を宿す。

 

「アポロは強いな……」

「あったり前じゃん。トレーニング方法、一緒に考えていこうね」

「……あぁ」

 

 ――カイフタラ。レース前に会話を交わして、思った以上に打ちのめされて擦り切れているなと思った。レースに対するやる気が無くなっていようにも見えた。だけど、そんな考えは私の勘違いでしかなくて。

 あの走りを見せつけておいて、レースが嫌いになったみたいな雰囲気しちゃってさ。ありえないっての。あなた、全然レース大好きじゃん。

 

 カイフタラさんにも複雑な事情があるんだろうけど、レースに対する情熱が完全に消えたわけではないはずだ。金のためだけにあれだけの策を練ることができるのか、3200メートルの全力疾走という苦痛に耐えられるのか、という話だ。

 答えはNO。情熱を持っていなければ、あれほど濃密なレースを展開できるはずがないからだ。

 

 ルモスさんも言っていたではないか。彼女は救いを求めていると。きっと、カイフタラさんは元々レースが好きだったのだ。金のためだけにあれほどのレースができるわけがない。ダブルトリガーさんに勝てるわけもない。

 あの技巧、あの末脚、私の眼前を走る大きな背中。欧州王者の魂は未だに朽ちていない。目指すべき背中は見えた。今日のレースでは背中を見せつけられてしまったけど、次のレースでは私が見せつける番だ。

 

「…………」

 

 ――そして、こればかりは私の勘違いかもしれないが……このレースで()()()()()()()()()()()()()()()()()。必勝法ではないかもしれないが、このドバイゴールドカップで確実に掴めた……ような気がする。

 もちろん、今のままじゃ逆立ちしても勝てないし、その作戦とやらも更なる成長をしなければ私の武器とはならないだろう。彼女に勝つために必要なのは、更なる肉体のレベルアップと、彼女に立ち向かう勇気。今度こそ、正々堂々直接対決でぶっ倒してやるんだ。

 

 私は闘志を燃やしながら熱狂のメイダンを後にして、付近の病院で検査を受けるのだった。

 

 

 



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96話:熱狂の夜の終わりに

 検査の結果は“特に異常なし”。脇腹の打撲痕に湿布を貼っておけば、内出血が治るらしい。もし痛みが引かないようなら、また病院に行けとのことだった。

 大したことがなかったのでメイダンレース場に戻ると、ドバイゴールドカップの次の次のレース……グリ子の出走するアルクオーツスプリントが始まる所だった。

 

 芝1200メートルのスプリント戦。日本では珍しい直線限定戦である。みんなに心配されながらスタンド席に帰ってきた私は、早速グリ子の応援を始めた。

 

「アポロちゃん、惜しかったデス」

「……ナイスファイト」

「2人とも、ありがとね」

 

 ミークちゃんやエルちゃんが背中を叩いて励ましてくれる。レースに負けた後も普段通りの接し方をしてくれるのはありがたい。

 エルちゃんが「あ、背中叩いたら痛かったですか?」と大真面目に聞いてきたので笑いそうになる。ぶつけたのは脇腹だし、何なら全然痛まないから大丈夫だよと言っておいた。くすくす笑いながら視線をターフに戻すと、パドックの方向からワッと声が上がる。いよいよお披露目の開始である。

 

 病院に行っている間にすっかり夜へ染まったメイダンは、異様な盛り上がりに包まれていた。その理由は多分……いや確実にグリ子のせいだろう。ぶっちぎりの1番人気。しかもファンサービス旺盛で、顔がとてつもなく良いと来る。メイダンに押しかけたファンも喜ばないわけがない。

 美しい鹿毛の髪が煌めいて、実況がその名を呼ぶ。

 

『7番グリーンティターン、1番人気です』

 

 短距離王者に相応しい真紅の勝負服を纏ったグリ子は、マントをたなびかせながら気丈に微笑んで観客にアピールしている。視線が向けられる度にスタンド席の女性客が気絶し、グリ子が白い歯を見せるだけであちこちのファンが昇天していく。

 今日も絶好調みたいだ。心配は要らないだろう。

 

 食い入るようにパドックを見つめるみんなを尻目に、私は先程から視線を送ってくるウマ娘に目を向けた。

 

「……ルモスさん、さっきから私のこと見すぎですって」

「あれ、バレてた?」

 

 振り向いた先にいたのは、可憐な栗毛のウマ娘こと歴史的ステイヤーのルモスさんだった。ファン感謝祭に会った時以来である。今日の彼女は栗毛を三つ編みにしており、ラグジュアリーな格好も相まって優美な印象を与えてくる。

 彼女の後ろには帽子を被ったダブルトリガーさんとイェーツちゃんがいて、お洒落するとみんな綺麗だなぁなんて他人事のように思う。

 

「ダブルトリガーさんも、お久しぶりです」

「あぁ、3ヶ月ぶり以上の再会だな。嬉しいよ」

 

 ダブルトリガーさんは軽くハグしてきてから、私のお腹の辺りに視線を移す。じろじろと不躾な目線を送ってきたかと思うと――私の服に手をかけ、そのまま服を捲り上げようとしてきたので、私は軽く悲鳴を上げながらダブルトリガーさんの手から逃れた。

 

「そんなに動けるなら脇腹は平気そうだね」

「もっとまともな確かめ方は無かったんですか!」

「いやいや、アポロの反応が可愛らしいから……ついつい揶揄(からか)いたくなってしまうんだよ」

 

 ダブルトリガーさんは鹿毛を妖艶に揺らしながら、くすくすと笑う。前会った時と比べると大分明るくなったというか、雰囲気が柔らかくなったような感じがする。ルモスさんと一緒にいるからだろう。

 

「ドバイゴールドカップは惜しかったね。カイフタラは強かっただろう?」

「強すぎて嫌になりますよ」

「……分からんでもない。私が戦った時は本格化前だったが、それでも十分すぎるほど強かった。とはいえ、お前に勝てるとは思っていなかったんだがな……カイフタラのやつ、この冬でひと皮もふた皮も剥けたらしい。レコードを叩き出すとは思わなかった」

 

 ダブルトリガーさんは首を振って、どこか遠くを見つめた。かつて戦ったライバルに対して色々と思うところがあるらしい。「敗北を引きずっていなさそうで安心した。もし身体に違和感があったらトミオにすぐ言うんだぞ」と、やけにとみおのことを強調する台詞を言った後、彼女は近くにいたエルちゃんの肩を叩いた。

 

「……ケ!? あなたはダブルトリガーさん!?」

「初めまして、エルコンドルパサー。凱旋門賞を目指しているらしいじゃないか。少し話をしたいんだが、いいかな?」

 

 ヨーロッパ遠征について、エルちゃんに色々と教え込む予定なのだろうか。ダブルトリガーさんってば優しいんだなぁ。ルモスさんはルモスさんで、私達の後ろにいる東条トレーナーと何か話し込んでるし……ふと視線を下げると、手持ち無沙汰になっているイェーツちゃんが目に入る。

 配信サービスが充実している今の世の中でドバイに直接やって来るのは熱心と言う他ない。そもそも日本のファン感謝祭に来た理由がドバイのついでだったっけ。

 

 私は膝を折ってその場にしゃがみこむと、イェーツちゃんと目線を合わせる。そこには彼女の大きな瞳が爛々と輝いており、思わず気分が晴れやかになるのを感じた。

 

「イェーツちゃん、久しぶりだね」

「あ、はい! えっと、その……ドバイゴールドカップお疲れ様でした!」

「うん、ありがと。今回は負けちゃったけど、次は絶対に勝つから見ててね」

「はい! 応援してます!」

「どう? ドバイは楽しい?」

「とっても楽しいです! お昼には飛行機がびゅーんって飛んでたり、大道芸をしている人がいて、とにかく他にも色んな催しがあって! さっきだって、見たことがないくらい沢山の花火が上がったりしてて! ――あ、見てくださいこれ! ダブルトリガーさんに買ってもらったんです! 似合いますか!?」

 

 矢継ぎ早にまくし立てたイェーツちゃんはその場で優雅にターンする。多分ダブルトリガーさんが購入したのは彼女が被っている帽子なんだろうけど、素人目にも高級そうに見える。イェーツちゃんの可憐さと相まって、まるで妖精さんみたいだ。

 そんな彼女が潤んだ目で感想を求めてくるので、感情が爆発しそうになった私は思わず保護者のような慈愛の笑みを浮かべてイェーツちゃんを撫でまくった。

 

「イェーツちゃん……これからどれだけの男を勘違いさせるんだろう。罪な女だよ」

「え、えぇ? それ、褒めてるんですか?」

「褒めてるよ。めちゃくちゃ可愛いし似合ってる」

 

 私の言葉にぴこぴこと耳を跳ねさせるイェーツちゃん。尻尾も大型犬みたいにぶん回していて、嬉しがっているのがバレバレではないか。何なんだこの可愛い生き物は。ダブルトリガーさん達が甘やかしたくなるのも分かる。

 

 ……ところで。今思い出したのだが、イェーツと言ったらアレだ。欧州の歴史的名馬にして4()()()()()()()()()()()()()()()()天才ステイヤーと同じ名前ではないか。確か2006年から2009年のゴールドカップに勝って、ついでに4年連続でヨーロッパ最優秀ステイヤーになったやべー競走馬だったはず。

 人懐っこい小さなウマ娘だから気づかなかったけど、鹿毛と額の流星も記憶の中の競走馬イェーツと一致している。これ、成長したらとんでもないウマ娘になるんじゃ……。

 

「お〜いアポロ、キミもこっちに来なよ!」

 

 ルモスさんに呼ばれたので、イェーツちゃんの手を引いて駆けつける。こうして見ると壮観だ。日本のG1ウマ娘達と欧州の歴史的ステイヤー達が顔を合わせる場面なんてそうそうないだろう。サイレンススズカ、エルコンドルパサー、ハッピーミーク、パドックにいるグリ子と――英国長距離三冠ウマ娘が2人。それと、ゴールドカップを4連覇する予定の小さな化け物が1人。

 ついでに私も加えると、ここにいる8人だけでG1勝利数が軽く20を超えてしまう。どういうことなの? ドリームチームを組んでみたいんだが。

 

 しかし、ウマ娘が集まった時に生まれる会話なんてひとつしかない。そう、レースについての話だ。他人行儀な挨拶から始まって、私達の間には濃厚なウマ娘トークの領域が展開されつつあった。

 

「サイレンススズカ。お前の名前と走りは海を越えて轟いているよ。同じ逃げウマ娘として通じ合うところもあるだろう……そこでひとつ、お前もヨーロッパに来ないか? 4000メートルは楽しいぞ。呼吸器官が壊れそうになる」

「スズカさん、ダブルトリガーさんが『お前も長距離で大逃げしてみないか? 長距離なら長い時間先頭の景色を独占できるぞ』ですって!」

「ウソでしょ……」

 

 ダブルトリガーさんがスズカさんをナンパしたり。

 

「ハッピーミーク……キミ、短距離から長距離、ダートから芝までを走れるみたいじゃないか。キミのレース映像を見たところ、十分なスタミナもある。どうかな? アポロと一緒にステイヤーズミリオンに挑戦してみない?」

「ミークちゃん、ルモスさんが『ステイヤーズミリオンに挑戦してみないか?』って!」

「……今のところはアメリカのダート路線を予定中」

 

 ルモスさんがミークちゃんをナンパしたり、エルちゃんがダブルトリガーさんルモスさんにヨーロッパのことを聞いたり、イェーツちゃんがミークちゃんに懐いたり……色々なことが起きた。

 

 すっかり話し込んでいると、いよいよパドックのお披露目が終わって返しウマが始まる。盛り上がる観客の熱気に釣られて自然と談笑は終わり、皆の視線がターフに向いた。

 絶好調のグリ子が華麗な返しウマを披露する中、ルモスさんがやけに真剣な雰囲気で私の肩を叩く。

 

「……さて。結局のところ、アポロはヨーロッパのステイヤーズミリオンに挑戦するということで良いんだよね?」

 

 彼女の後ろでは、ダブルトリガーさんが凄みのある視線をたたえて佇んでいた。ルモスさんは比較的優しいが、ことダブルトリガーさんに関しては私の覚悟を問うような鋭い眼光である。

 だが、私は怯まずに答える。「私の夢は最強ステイヤー……それは変わりありません。ステイヤーズミリオンを完全制覇して、それを証明したいんです」私がそう答えると、ダブルトリガーさんとルモスさんは静かに視線を交わす。そして、ルモスさんは上を向き、ダブルトリガーさんは静かに瞳を閉じた。

 

「……そっか。私達も覚悟を決めないとね、ダブルトリガー」

「そうですね。……アポロ、私達はお前の意見を尊重する。そしてアポロの夢が実現するよう全力でサポートすることを誓おう」

「どういうことですか?」

「あ〜、まぁ、こっちの話。アポロは目の前のレースに全力で挑んでくれればいいよ」

「私とルモスさんで、ヨーロッパの長距離レースに関して色々と整備しておかなければならないんだ。アポロほどのステイヤーがヨーロッパに来てくれるなら、こちらとしても長距離界復権のまたとないチャンスだからな。長距離がかつての隆盛を取り戻すまでには多少時間がかかるだろうが……私達は全力でやるまでさ」

 

 視線の先で、G1・アルクオーツスプリントが開幕する。刹那の電撃6ハロン戦。熱狂が渦巻き、誰もが灼熱の中に巻き込まれていく。

 

「今の欧州長距離路線に足りないのは、この熱狂と歓声だ。それを私達が用意する。だが、カイフタラを救えるのは私達じゃない。他でもないキミだ。コインの表と裏のようなキミ達だからこそ分かり合えるし、お互いの夢を更にかけがえのないものに昇華してくれるだろう」

「……ルモスさんは大袈裟に言うが、いつものお前らしく全力で挑めば大丈夫さ。いつだって夢を叶えるのは全力のヤツなんだぜ」

 

 あっという間に16人のウマ娘がゴール板前に突っ込んできて、接戦模様が巨大なターフビジョンに映し出される。

 競って、争って、限界のその先。興奮が臨界点に達したその瞬間、覇者が決定する。

 

 勝者は――グリーンティターン。

 アジアのスプリント王が見事に世界のスプリント王へと昇華し、メイダンの夜は歓喜に包まれたのであった。

 

 

 

 

 ドバイミーティングの熱狂が終わりかけた夜のこと。ダブルトリガーとルモスは喧騒から遮断された関係者用席で静かに会話していた。彼女達が話している内容は今年のヨーロッパについての真剣な話であり、もっと言うならステイヤーズミリオンの価値と客入りについての腹を割った話の最中であった。

 

「カイフタラ、エンゼリー、アポロレインボウ……これだけの個性派が揃っても、長距離路線が復権するかは分からないってのが辛いところだね……」

「アポロに大見得を切ったのはルモスさんじゃないですか。泣き言はやめてくださいよ」

 

 ルモスが寂しげに言うと、ダブルトリガーが鋭くツッコミを入れる。そんなルモスの視線はメイダンのターフに送られているが、その目はターフビジョンでも勝負服姿のウマ娘でもなく、ガラスに反射した自分自身を見ているようだった。

 

 ――ルモスが2年連続で英国長距離三冠を成し遂げたのは、レースの高速化が始まる前。つまり、『長距離を走れること』が最も重要視されていた時代のことだ。

 その当時、日本においては東京大賞典がダートの3000メートルで行われていたし、天皇賞・秋も3200メートルで施行されていた。南米においてはダートの3500メートルといった破格のGI競走が最高栄誉とされていたし、ルモスが制した当時のグッドウッドカップも4200メートルという超長距離での開催だった。

 

 しかし現在は東京大賞典が2000メートル、天皇賞・秋も2000メートルに短縮され、グッドウッドカップも3200メートルまで短くなった。レースの距離短縮が囁かれるようなことはあっても、距離延長が打診されることはほぼ確実にない……そんな世界になってしまったのだ。レースの高速化によって長距離路線が軽視されるようになり、今や長距離とそれ以外の価値は見事に逆転したと言えるだろう。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズを去って10年も立たないうちにステイヤーの権威が失墜し、かつての興隆した長距離界を目指してやって来たダブルトリガーやカイフタラのようなウマ娘が苦しんでいるのを見てきたルモス。

 引退後、レースの高速化を察知した時から、ルモスは長きに渡ってステイヤーの復権に奔走してきた。テレビ番組や雑誌への交渉、配信サービスを利用した長距離重賞の放送並びにウイニングライブの配信、そしてステイヤー達のグッズ販売の強化の打診。日本のスタイルを見習って、ファン感謝祭などのイベント開催も提案した。

 

 ……だが、どの行動にもいまいち効果が現れることはなく。既に出来上がっていた流れは止めようがなかった。彼女なりにベストは尽くしたが、大きな流れには逆らいようがない。レースと同じだ。かつて短距離路線が軽んじて扱われたように、長距離路線が軽んじられるようになったのだ。距離の価値観の逆転が起こった以上、この風潮には逆らえない。引退したウマ娘ひとりではこの流れに抗えないのである。

 長距離レースが衰退した理由は、強いステイヤーが生まれなくなってしまったこと。レースが高速化し、長い距離が嫌われるようになると、長距離戦の人気は下がる。人気が下がれば、有力ウマ娘が集まらなくなるのは当然のことである。

 

 ダブルトリガーは優秀だったが、彼女ひとりではこの流れを覆すまでには至らなかった。強いウマ娘がいるだけではダメ。ルモスの考えでは――長距離路線に活気を取り戻すためには、()()()()()()()()大物が少なくとも3人は必要だと予想していた。

 

 そしてルモスが狙うのは、三強対決による強者同士のぶつかり合いだ。今のヨーロッパは距離ごとの使い分け、多数存在する重賞のために有力ウマ娘同士が激突することは少なくなってしまった。そんな刺激の足りないトゥインクル・シリーズで、どうやって人気を獲得しようというのか。三強対決のような、分かり易すぎるくらいの起爆剤が必要なのだ。

 

 三強対決は特に日本で持て囃されることの多いフレーズで、実際そのような対決となった重賞は名勝負となって語られることが非常に多い。客入りや売上も爆発することがほとんどなため、ルモスやダブルトリガーはそれに目をつけたわけである。

 

 考えてもみろ。トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラス――オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワン――ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット――マヤノトップガン、マーベラスサンデー、サクラローレル――彼女達が火花を散らして激突する勝負を見たくないというファンが存在するだろうか?

 答えはノーだ。ファンならば絶対に見たいと答えるだろう。そしてオグリキャップに至っては、レースに興味のない一般層までも巻き込んで、日本のトゥインクル・シリーズの基盤を作り変えるレベルまで人気を押し上げてしまった。

 

 ……理想を語るなら、今の長距離界がオグリキャップ出現後の日本のような変遷を辿っていけば良いとルモスは思っている。

 ()()()()()()()()()()()

 カイフタラ、アポロレインボウ、エンゼリー。この奇跡的に揃ったタレント達は、ルモス達が未来の長距離三強に仕立てあげようとしているウマ娘である。

 

 ヨーロッパ長距離路線の価値を死守し続けているカイフタラ。追込一気の強烈な勝ち方と、仏頂面でピクリとも反応しない俺様スタイルが人気を博し始めている。このドバイゴールドカップで恐らく人気は右肩上がりであろう。性格に難こそあるものの、それを差し置いてもオールドファンからの人気は根強い。

 彼女はどれだけの強者がやって来ようと、レース予定を変更することは無い。そういう意味でも期待できるウマ娘だ。

 

 ヨーロッパ出身だが、オーストラリアの裏街道で連勝中のウマ娘、新星エンゼリー。逃げ先行のスタイルで競り合いを軽くいなし、そのまま直線で抜け出して勝利をもぎ取る王道のスタイルだ。軽薄な喋り口と掴みどころのない性格がキャラ立ちしており、連勝中なことも相まって彼女の注目度はぐんぐん上昇している。

 大目標はステイヤーズミリオン完全制覇と公言しており、こちらもレース予定を変更する恐れは限りなく低い。

 

 そして……海外からやってきた芦毛の大逃げウマ娘アポロレインボウ。その名はヨーロッパの長距離界にも轟いており、予想がつかないだけに、期待度だけで言えばカイフタラやエンゼリーを軽く上回る。

 欧州には存在しなかった大逃げ旋風を巻き起こし、最強ステイヤーの証明であるステイヤーズミリオン完全制覇を成し遂げられるのか――その動向には注目が集まっている。

 

 性格も脚質も何もかも違う個性が3人。大逃げが1人、逃げ先行が1人。そして追込が1人。見事にバラけている。ここまでの個性がヨーロッパの長距離路線に集うことは珍しい――いや、二度とないかもしれない。

 だからこそ、裏方であるルモス達は失敗できない。彼女達が気持ちよく走れる土壌作りをしなければ、古き良き時代は帰ってこないのだ。

 

「……役者は揃っています。後は私達の手腕によって歴史が変わると言っても差し支えないでしょう」

 

 昨年のカドラン賞を制した古豪のチーフズグライダーもいる。何なら、暴走爆逃げウマ娘のシアトルチャーミングもいるのだ。間違いなく役者は揃っている。奇跡的と言えるまでに、粒揃いの年だ。

 

 ……計画に問題が無いわけではないが、頑張れば何とかなる範囲だ。メディアへの手回ししかり、広告しかり。どちらかと言うと、いちばん怖いのは、誰かが怪我で長期離脱したり、対象のウマ娘達に何かが起きてしまうことだろう。特に――アポロレインボウについて。

 

「問題があるとすれば、アポロレインボウのことです。ステイヤーズミリオン制覇のため、恐らく5月末のヨークシャーカップに出走してくるでしょうが――()()()()()()()()()()()()()()()()()。我々の試みが成功し、ある程度の観客が戻ってきたとしても、人が集まり始めるのは少なくとも6月末のG1・ゴールドカップからです」

「……あぁ、そうだね。私もそれだけが怖いよ」

 

 ヨーロッパのG2以下の盛り上がりは、日本と比べ物にならないほど低調なものだ。賞金は低いし、出走するウマ娘は少ないし……何より、広いヨーロッパの中で重賞が毎日のように行われているため、見る価値がほとんどないとされているのである。

 ここに関してはむしろ、メンバーさえ集まればG1並に盛り上がる日本がおかしいのだが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という懸念があった。

 

 アポロレインボウが経験した日本のG2として、ステイヤーズステークスがある。ドバイゴールドカップと違って、同日にG1レースがあるわけではない。それでも英国長距離三冠ウマ娘・ダブルトリガーが来日するとなって、中山レース場は異様な盛り上がりを見せた。

 ダブルトリガーが危惧しているのは、最低でもステイヤーズステークス並には盛り上がるだろうという心持ちでアポロレインボウがやってくること。

 

 ステイヤーズミリオンに挑もうとするなら、少なくとも1度は欧州の重賞というものに触れなければならないのだ。それに、ルモス達が三強対決の始まりとして予定しているのは――英国長距離三冠の一冠目、G1・ゴールドカップ。

 

「仮にヨークシャーカップで最悪が噛み合ったとしたら、アポロの心は持ちますかね?」

 

 ダブルトリガーの言う通りだった。例えば大雨が降ったとしよう。そうなれば客入りは少なくなるし、日本出身のアポロレインボウは苦しいレースになる可能性が高い。もし大敗を喫し、欧州のレースに失望感を抱いてしまったら。

 

「……そこで折れたら、彼女も我々もそこまでだったということだ」

「その時は――」

「――その時なんて来させない。そうでしょ?」

 

 ルモスはそんな恐れを打ち払った。()()()()()()()()、全力でフォローを入れる。健気で可愛らしい後輩達に、絶望を味あわせてたまるものか。

 ダブルトリガーはルモスの言葉に頷いた。彼女もまた、負の連鎖を断ち切るべく決意を胸に抱いた。

 

「ええ……そうですね。アポロ、カイフタラ、エンゼリー……あの子達のためにも、必ず復権を成功させましょう」

「あぁ。レースだろうが何だろうが、成功はつかみ取るものだからね」

 

 ドバイミーティングは、かくして大盛況の中幕を閉じた。

 アポロレインボウの挑戦は始まったばかりだ。



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ドバイミーティングを振り返るスレ

1:ターフの名無しさん ID:DXS3iRJnp

日本勢が大活躍だったわね

 

2:ターフの名無しさん ID:7eUB5H8na

そうわね

 

3:ターフの名無しさん ID:GzhDP3EUs

グリ子様強すぎて草

 

4:ターフの名無しさん ID:EA2AQbt+l

グリーンティターンとミホノブルボンは早くお菓子メーカーとコラボしろ!

 

5:ターフの名無しさん ID:D+rAHU8Y/

スズカの逃げ切り勝ち気持ちよすぎでしょ!

 

6:ターフの名無しさん ID:Hk01og3dQ

ミークちゃん1番おかしい

ドバイワールドカップ1位て

 

7:ターフの名無しさん ID:d2qNcIWOP

アポロちゃん以外みんな勝ちですか……

 

8:ターフの名無しさん ID:D6ArWfcez

アポロレインボウは相手が悪すぎたし不利もあったから多少はね?

というか2着だし全然悪くないわ

 

9:ターフの名無しさん ID:EkEcVP6TT

日本勢最強!!

 

10:ターフの名無しさん ID:FzjCdID4N

みんなトロフィー授与式見た?

俺もあんなでけぇトロフィー家に飾ってみて〜

トロフィー欲ってあるよね

 

11:ターフの名無しさん ID:f82UhjMfc

>>10 優勝カップとかトロフィーとかいいよな

 

12:ターフの名無しさん ID:o9BU/U+hc

アポロレインボウ2着(ドバイゴールドカップ)

グリーンティターン1着(アルクオーツスプリント)

サイレンススズカ1着(ドバイターフ)

エルコンドルパサー1着(ドバイシーマクラシック)

ハッピーミーク1着(ドバイワールドカップ)

すばらしいですね

 

13:ターフの名無しさん ID:xxxPKuylC

>>12 厨パ定期

 

14:ターフの名無しさん ID:MUWH8Xr1l

>>12 きもすぎて草

 

15:ターフの名無しさん ID:wBJAZYmLj

日本にはスペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイロー以下略もいるぞ!

 

16:ターフの名無しさん ID:RKNu+IjJD

層が厚すぎる

クラシックにはテイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードもいるし……

日本はしばらく安泰ですね

 

17:ターフの名無しさん ID:B3NRTesjJ

>>16 そうやって胡座かいてるとダメになるぞぉ♡

まぁ日本のURAは割とそこら辺抜かりないからあまり心配はしてないけど

 

18:ターフの名無しさん ID:1PipuvKTO

スズカさん秋天より仕上がってて草なんだわ

またレコード勝ちってお前……神なんか?

 

19:ターフの名無しさん ID:U8lJ4ysQ8

>>18 ウマ娘ですよ

 

20:ターフの名無しさん ID:RcNH/VWGZ

>>18 でも神様より私の方が速いですよ?

 

21:ターフの名無しさん ID:GJ+jQLMJO

>>20 ウソでしょ……

 

22:ターフの名無しさん ID:yvyGquXoX

エルちゃんとアポロちゃん凱旋門賞だっけ?

 

23:ターフの名無しさん ID:fVRZ6DgaL

ん?

 

24:ターフの名無しさん ID:jHWFn6rEj

アポロちゃん春天の後ステイヤーズミリオン行くんじゃなかったか

 

25:ターフの名無しさん ID:yvyGquXoX

>>24 あー何か勘違いしてたわ

ほら、日本のウマ娘ってドバイゴールドカップ(もしくはドバイシーマクラシック)→(春天→)宝塚記念→フォワ賞→凱旋門賞みたいなローテ組むステイヤー多いじゃん?

アポロちゃん強ぇステイヤーだから凱旋門行くって思い込んでた

 

26:ターフの名無しさん ID:AU24UQrJ5

ヨーロッパに行くんならスタミナ無いときついらしいからなぁ

エルコンが凱旋門賞行く気満々らしいけど、スタミナ面だけが心配

 

27:ターフの名無しさん ID:q57SLEXJM

ワイ素人だからアレなんやが、何でヨーロッパはスタミナがいるとされてるんや?

 

28:ターフの名無しさん ID:7VlFUCacv

>>27 ヨーロッパの芝は重くて、コースの高低差もめっちゃあるからスタミナとパワーが必要になる

 

29:ターフの名無しさん ID:N8UyhssmP

>>27 なんか芝が長くて深いかららしい、よくわからん

 

30:ターフの名無しさん ID:lv3ZANwVf

ヨーロッパのレースは日本と別物なんだってさ〜

 

31:ターフの名無しさん ID:q57SLEXJM

>>28 >>29 >>30

はえ〜ありがとう

素人にはよくわからんかったわ

 

32:ターフの名無しさん ID:1hcFWodrv

 

33:ターフの名無しさん ID:gt8FA0oLV

ええ……

 

34:ターフの名無しさん ID:157SZICO

大事なモンが違うってだけやろ?

日本はスピード、ヨーロッパはスタミナ

だから単純な話ヨーロッパの価値観に合ってるステイヤーが有利になるってだけ

実際は芝適性とかあるから分からん

 

35:ターフの名無しさん ID:To5Bd0UB6

ステイヤーズミリオンに挑戦するってことは、凱旋門賞じゃなくて4000メートルのゴールドカップに挑むわけか?

 

36:ターフの名無しさん ID:R06KM6WMo

4000メートルってかなり気持ち悪いよな

 

37:ターフの名無しさん ID:bHR/ED6En

ステイヤーズステークスの3600メートルもかなりきしょいけど、4000だからな

インパクトが違うよ

 

38:ターフの名無しさん ID:BG1HvEfsK

春天でも3200でクソ長いのに4000はちょっと……

 

39:ターフの名無しさん ID:3/pc/1c1l

アポロちゃんゴールドカップ出ても大丈夫なんですか?

なんか歴代タイム見てたら4分半くらいなんだが

 

40:ターフの名無しさん ID:PnixoeW1b

4分半はエグすぎ

 

41:ターフの名無しさん ID:xZHC2M7Be

心臓こわれる

 

42:ターフの名無しさん ID:iHl/Vw2II

ウマ娘が4000メートル如きで泣き言言うな 甘えるな

 

43:ターフの名無しさん ID:6ks3M0HJH

>>42 草

 

44:ターフの名無しさん ID:YtcxSgX+o

>>42 ひどい

 

45:ターフの名無しさん ID:xdcdSG11j

>>42 ウマ娘に厳しいニキ爆誕

 

46:ターフの名無しさん ID:Ilu+fwXRl

うーんこの

 

47:ターフの名無しさん ID:ZQyd+io2Y

長距離レースってお得だよな

単純にウマ娘ちゃん達が長い間走ってるのを見ると楽しい

 

48:ターフの名無しさん ID:DD1nYlKLv

その分怪我は怖いけどね……

 

49:ターフの名無しさん ID:QrIp+JxgK

あ、そうだ!

アポロちゃんとステイヤーズミリオンで思い出したけど、ジャラジャラちゃんもヨーロッパに挑戦するらしいよ!

ソースはウマスタ(公式発表じゃないかも?)

 

50:ターフの名無しさん ID:2e1QuCs8w

>>49 マ?

 

51:ターフの名無しさん ID:aod6AwDjt

大丈夫かよ

日本のステイヤーとヨーロッパのステイヤーは色々と違うと思うんだが

 

52:ターフの名無しさん ID:Rcdoy+smf

そもそもヨーロッパの4000メートル級競走に参加したウマ娘なんてほとんどいないからな……挑戦することすらハードルが高ぇ

ゴールドカップは過去に1人参戦してたけど、カドラン賞なんて挑戦したウマ娘さえいない……未知の舞台だ

 

53:ターフの名無しさん ID:5SpJ0FGK/

おいおい

アメリカダートに挑戦するハッピーミーク

アメリカ芝に挑戦するサイレンススズカ

ヨーロッパのクラシックディスタンスに挑戦するエルコンドルパサー

みんなそれぞれ辛くて不安なことがあると思うぞ

彼女たちが胸を張って海外に挑戦できるよう、俺たちファンは疑問の言葉じゃなくて、暖かい言葉を送ってあげるべきなんじゃないか

 

54:ターフの名無しさん ID:Q69W1/cDk

>>53 やだ、イケメン……

 

55:ターフの名無しさん ID:zPzvpgoym

>>53 濡れたわ

 

56:ターフの名無しさん ID:eu8+ab97W

>>55 あーあ、芝が稍重になっちゃった

 

57:ターフの名無しさん ID:LkQ8BLXZm

去年に続いてトゥインクル・シリーズおもろすぎるな

つえーウマ娘が世界中のレース荒らしまくるって考えるだけでワクワクするわ

 

58:ターフの名無しさん ID:xCLQMtIXF

>>57 わかる

いいよな

 

59:ターフの名無しさん ID:N7AqAhy+Q

凱旋門賞エルコンドルパサー期待してる

クラシック級でジャパンカップを制した実力は伊達じゃないぜ

 

60:ターフの名無しさん ID:elEkexVE+

ヨーロッパはダート走れるウマ娘の方が有利説はある

タイキシャトルとかまさにそうだし

 

61:ターフの名無しさん ID:cckDxvJz0

メイダンの芝ってヨーロッパと日本のハイブリッドなんでしょ?

少なくともドバイで結果が出せなかったら厳しそうわよね

 

62:ターフの名無しさん ID:soPqIDR0+

それはそうだけど結局は合うかどうかでしょ

 

63:ターフの名無しさん ID:A5DqOBP6m

希望が持てる結果だったね

ほんと楽しみ

 

 

 

 

641:ターフの名無しさん ID:xfv5REOWQ

ドバイで色々やってるうちに高松宮記念と大阪杯終わったな

 

642:ターフの名無しさん ID:X0fvwJaBh

高松宮記念、キングヘイローの追い込み感動したわ……

別の子応援してたけど、思わず「行け!勝て!」って叫んじゃったよね

 

643:ターフの名無しさん ID:Q5LnYDQNO

1年以上ぶりのG1制覇?

 

644:ターフの名無しさん ID:CqtkLO03A

>>643 ジュニア級のホープフルステークス以来だよ

 

645:ターフの名無しさん ID:Cz53YEWf0

凄いわね……

 

646:ターフの名無しさん ID:Tbe5cYcz9

安田記念でグリ子と対決か?

 

647:ターフの名無しさん ID:UAaAmZcIl

大阪杯はスペシャルウィーク

グラスワンダーとのタイマンに勝つとは

 

648:ターフの名無しさん ID:WRfGsFUKI

王道。強いとしか言えない。

 

649:ターフの名無しさん ID:9k8mtdHkg

グラスちゃんは非根幹距離の方が得意そう

 

650:ターフの名無しさん ID:PupXk5dV0

右回りだから行けるかな〜って思ってたけど、スペシャルウィークが強かったわね

 

651:ターフの名無しさん ID:qt4rw6fos

結局グラスワンダーはどの距離が得意なんだ?

1400メートルから2500メートルのレースで結果出してるから、割とどの路線でも行けるし陣営は次レース迷うだろうな〜

 

652:ターフの名無しさん ID:3srNIBSD1

グラスワンダーは安田記念→宝塚記念?

 

653:ターフの名無しさん ID:R3rPrv1mI

>>652 天皇賞・春は距離適性的に厳しそう

走れないわけじゃないんだろうけど、敵が強いから勝てるかどうか分からんでな〜

 

654:ターフの名無しさん ID:T2CdUT6Po

そうか……天春にはアポロレインボウとスペシャルウィークとセイウンスカイとメジロブライトとジャラジャラが来るのか……

 

655:ターフの名無しさん ID:5VEQ9ljll

>>654 きっつ〜(一般ウマ娘感)

 

656:ターフの名無しさん ID:yXPHCbd8u

>>654 戦国時代だな……

この世代に生まれたウマ娘は災難なんてもんじゃないな

 

657:ターフの名無しさん ID:ChJkHODra

でも短距離路線にもグリ子とキングがいるし……

 

658:ターフの名無しさん ID:GZhnrMpf8

ハッピーミーク「こんにちは!」

 

659:ターフの名無しさん ID:6gee5fcGE

>>658 ゆるして

 

660:ターフの名無しさん ID:3hcZcnh0o

>>658 帰ってください

 

661:ターフの名無しさん ID:qNmWXqg6j

ハッピーミークさん、やろうと思えば特定のウマ娘をストーキングできるんだよな

怖すぎ

 

662:ターフの名無しさん ID:KZ+3fZ6I6

これがドバイワールドカップを勝ったオークスウマ娘ちゃんですか

 

663:ターフの名無しさん ID:hQsqsRAfe

怖すぎる

どこでも走れるってやっぱりおかしいわ

 

664:ターフの名無しさん ID:v3ARE9whQ

みんなの今年の戦績まとめいりゅ?

 

665:ターフの名無しさん ID:a5qBDLvsS

>>664 ほしい

 

666:ターフの名無しさん ID:bIrYbV9t9

>>664 ください!

 

667:ターフの名無しさん ID:v3ARE9whQ

はい

アポロレインボウ

主な勝ちレース:日本ダービー(G1)、菊花賞(G1)、有記念(G1)、ステイヤーズステークス(G2)

今年のレース結果

ドバイゴールドカップ2着

→次走は天皇賞・春

ヨーロッパ遠征(ステイヤーズミリオン挑戦)する予定

 

サイレンススズカ

主な勝ちレース:宝塚記念(G1)、天皇賞・秋(G1)、ドバイターフ(G1)、金鯱賞(G2)、毎日王冠(G2)

今年のレース結果

ドバイターフ1着

→次走は不明。宝塚記念?アメリカ?

恐らく次走はアメリカ芝G1が有力、BCマイルあたりが大目標か

 

グリーンティターン

主な勝ちレース:香港スプリント(G1)、スプリンターズステークス(G1)、アルクオーツスプリント(G1)、桜花賞(G1)、阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)

今年のレース結果

アルクオーツスプリント1着

→次走は安田記念、ヨーロッパの短距離マイル路線に挑戦予定

 

ハッピーミーク

主な勝ちレース:ドバイワールドカップ(G1)、オークス(G1)、ジャパンダートダービー(G1)、JBCレディスクラシック(G1)、秋華賞(G1)、全日本ジュニア級優駿(G1)

今年のレース結果

ドバイワールドカップ1着

→次走はアメリカダートG1

 

エルコンドルパサー

主な勝ちレース:ジャパンカップ(G1)、ドバイシーマクラシック(G1)、NHKマイルカップ(G1)、ニュージーランドトロフィー(G2)、シンザン記念(G3)

今年のレース結果

ドバイシーマクラシック1着

→次走は不明、ヨーロッパ中長距離路線?

凱旋門賞が大目標

 

スペシャルウィーク

主な勝ちレース:日本ダービー(G1)、大阪杯(G1)、弥生賞(G2)、きさらぎ賞(G3)

今年のレース結果

大阪杯1着

→次走は天皇賞・春

 

グラスワンダー

主な勝ちレース:朝日杯フューチュリティステークス(G1)、青葉賞(G2)、京成杯ジュニア級ステークス(G2)

今年のレース結果

大阪杯2着

→次走は安田記念

 

キングヘイロー

主な勝ちレース:ホープフルステークス(G1)、高松宮記念(G1)、東京スポーツ杯ジュニア級ステークス(G2)、朝日杯セントライト記念(G2)、東京新聞杯(G3)

今年のレース結果

東京新聞杯1着

高松宮記念1着

→次走は安田記念

 

セイウンスカイ

主な勝ちレース:皐月賞(G1)、京都大賞典(G2)、京成杯(G3)

今年のレース結果

日経賞1着

→次走は天皇賞・春?海外?

 

ジャラジャラ

主な勝ちレース:ダイヤモンドステークス(G3)、阪神大賞典(G2)

ダイヤモンドステークス1着

阪神大賞典1着

→次走は天皇賞・春、アポロレインボウと共にステイヤーズミリオン挑戦か

 

メジロブライトも天皇賞・春に行く模様

 

 

668:ターフの名無しさん ID:Yn+e/Z+sV

助かる〜!

 

669:ターフの名無しさん ID:r8prlWmJk

ミークちゃんの戦績きもい(直球)

 

670:ターフの名無しさん ID:FWFV39PV1

さすがにミークさんの戦績自重してもらって

 

671:ターフの名無しさん ID:5NWpUcME/

何ならグリ子もきもいし、アポロちゃんも王道で気持ち悪い

 

672:ターフの名無しさん ID:K8p+SEUq+

タレント揃いだねぇ

 

673:ターフの名無しさん ID:vOfjdrlTu

この世代気持ち悪いよ……

 

674:ターフの名無しさん ID:ziaI7TMW8

3000m2分58秒5の大レコード!

超弩級ステイヤーのアポロレインボウ!

大逃げは世界に羽ばたくか!

中距離の大逃げウマ娘サイレンススズカ!

王道にして覇道!

世界へ羽ばたく怪鳥エルコンドルパサー!

夢を叶えたダービーウマ娘!

日本総大将スペシャルウィーク!

未だ底知れない実力!

未知なる栗毛グラスワンダー!

諦めない、絶対に!

不屈の精神キングヘイロー!

芦毛のトリックスター!

屈指の頭脳派セイウンスカイ!

短距離の新星!

強すぎるってグリーンティターン!

ヤバい!

万能ウマ娘ハッピーミーク!

 

675:ターフの名無しさん ID:DurwUdd7a

>>674 ハッピーミークwwww

 

676:ターフの名無しさん ID:R7T6kRQC+

あかん、ウマ娘ポジが止まらん!

みんな可愛くて強すぎやで!

 

677:ターフの名無しさん ID:+17yQlehq

ローテーション的に、全員大集合するのは有記念?

 

678:ターフの名無しさん ID:sop6nb80G

>>677 そうわね

ただ、スズカさんとグリ子ちゃんは距離適性的に走れないわね

 

679:ターフの名無しさん ID:WL+TE7J0k

サイレンススズカはともかくグリーンティターンは短距離が本命だからな……マイルのグランプリがあるならまだしも、2500メートルの長距離は無理やね……

 

680:ターフの名無しさん ID:/FATrFvaA

アレだよ

サクラバクシンオー理論でいけるやろ

 

681:ターフの名無しさん ID:kWYkvEo6C

>>680 え?

 

682:ターフの名無しさん ID:mwG+1840F

>>680 2500メートルは1250メートルのレースを2回走るのと同じなんですよ!ってか?

 

683:ターフの名無しさん ID:1pxXv1P2J

脳筋理論はNG

 

684:ターフの名無しさん ID:WNkkAPKj5

それで走れたら距離適性関係ないじゃんwww

 

685:ターフの名無しさん ID:FHkZbwypS

 

686:ターフの名無しさん ID:zppy90IU9

いかんのか?(1250m×2理論)

 

687:ターフの名無しさん ID:bT5IvUwMc

いかんでしょ

 

688:ターフの名無しさん ID:+OKOB33yN

足こわれる

 

689:ターフの名無しさん ID:m4a/umv44

でも、スズカさんはともかくグリ子が宝塚記念ですら見られないのは寂しいよ……

 

690:ターフの名無しさん ID:kXocWbJZW

まあね……

 

691:ターフの名無しさん ID:vLCKKC5k7

短距離グランプリ作るのもアリかしらね(^^)

 

692:ターフの名無しさん ID:25pgNXEYO

全然あり

 

693:ターフの名無しさん ID:yFtOEROkv

そういえば君たち、ホープフルステークス前にいたアポロレインボウ厄介おじさんのこと覚えてる?

 

694:ターフの名無しさん ID:uBcdL+9OR

>>693 いたなそんなのww

 

695:ターフの名無しさん ID:QGdTYrHEJ

>>693 勝負服安価スレのやつなww

今思えばすげぇ慧眼だったわ

 

696:ターフの名無しさん ID:TRmejLY+i

伝説の自信ニキな

 

697:ターフの名無しさん ID:ZYeTZZbBZ

今どこにいるんだろう、また彼の勇姿を見たいよ

 

698:ターフの名無しさん ID:0P+Z3iMWF

コピペ貼っとくね↓↓↓

96:ターフの名無しさん ID:62HQn7xIJ

ライスシャワーと対になってるって考えたら中々いい衣装じゃん

アポロちゃんって来年どの路線に行くんだろ

皐月賞は行くとして

 

97:ターフの名無しさん ID:SHH69c1GJ

どうなんだろ

2000~2400しか走れない不器用タイプなんじゃない?

 

98:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

アマで解説囓ってる俺が来ましたよ。

確かに2000mでアポロレインボウはレコードを出したけど

距離が4000mくらいあれば間違いなく世界レコード出してるよ彼女

 

99:ターフの名無しさん ID:UZTrZTShv

なにいってだこいつ

 

100:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

まあ素人さんにわかりやすく言えば、

ウマ娘の走り方には2つあって

スプリント戦などの短い距離に向いた走り方と

3000mなどの長い距離に向いた走り方があるんだが

彼女、完全に後者の走り方に固めたみたいだ

で、彼女の過去4戦の走破タイムを見れば一目瞭然なんだけど

明らかにステイヤー傾向のタイムを出してるわけ、ぜんぜん距離が足りてない

ライスシャワーと同じ傾向だな

 

101:ターフの名無しさん ID:Cu0faPBOO

ちょっとよく分かんないかな

 

102:ターフの名無しさん ID:YUJAGkFSm

2000メートルレコード保持者がステイヤー!?!?!?wwww

 

103:ターフの名無しさん ID:OZhwQuHju

またとんでもないのが現れたねぇ

 

104:ターフの名無しさん ID:tliPNvE2e

勝負服の話題流れてて草

 

105:ターフの名無しさん ID:cpFERxqOp

あーあ、せっかく神絵師が降臨してたのに

でも来年どこを走るかは気になってんだよな

 

106:ターフの名無しさん ID:a1yP7ChA+

えー2000メートルが距離適性の上限なんじゃないの?

大逃げで3000は厳しいって……

 

107:ターフの名無しさん ID:BaJsOqzy4

まあウマ娘自体物理法則を無視してる側面もあるから

素人さんは混乱してもしゃーないか

ホープフルステークスは勝ち負けするだろうけどちょっと厳しいだろうね

でも、菊花賞、アポロレインボウが1着で駆け抜ける姿が目に浮かぶわ

ノシ

 

108:ターフの名無しさん ID:oRHQW2xPx

は?

 

109:ターフの名無しさん ID:OW7rR6msJ

あ、逃げた

 

110:ターフの名無しさん ID:EtZrohfFY

www

 

111:ターフの名無しさん ID:/REB6E8c5

何だったんやコイツ……

 

112:ターフの名無しさん ID:hkawd1JX5

まぁトゥインクル・シリーズにはこういう人もいますと

 

113:ターフの名無しさん ID:SATJXB9jG

アポロレインボウ厄介おじさん

↑↑↑

 

699:ターフの名無しさん ID:lhe5OY4AD

神定期

 

700:ターフの名無しさん ID:IQba0byXB

ほんま見る目あるわ

 

701:ターフの名無しさん ID:Z28G9bIRQ

口調変なだけでトレーナーだろこいつ

 

702:ターフの名無しさん ID:ScQKF6qVz

何気に安価にそっくりの勝負服になったよな

アポロレインボウに対する理解度が高かったのか、それともスレにURAのデザイナーが紛れ込んでたか……

 

703:ターフの名無しさん ID:QEPIFkNn1

逆におじさんがいたお陰でアポロちゃんが覚醒した説

 

704:ターフの名無しさん ID:5kajn1saH

アポロレインボウは菊花賞で1着になるおじさん「アポロレインボウは菊花賞で1着になる」

 

705:ターフの名無しさん ID:UiPTdvBnO

何をどう見てアポロちゃんがステイヤーだって分かったんだろう

 

706:ターフの名無しさん ID:HN0iAPzDL

>>705 皐月賞までマジに2000メートル専用機だったのにな

 

707:ターフの名無しさん ID:XqyaSAYhw

ウマ娘に自称詳しい俺だけど、走法の違いとか全然分からんかったわ……

 

708:ターフの名無しさん ID:1g8cqubM1

しかも日本ダービーじゃなくて菊花賞を1着予想するという豪胆っぷり

真似できんわ

 

709:ターフの名無しさん ID:SgtQwxi2P

アポロレインボウはあの菊花賞だけで一生食っていけるレベルの大レコードを叩き出したからな

 

710:ターフの名無しさん ID:si4bIWbiy

よりによってアポロちゃんなのほんと草生える

 

711:ターフの名無しさん ID:CLkxeX8om

アポロレインボウ厄介おじさんまた降臨しないかな〜

 

 

 

 

840:ターフの名無しさん ID:sTXm/5upF

欧州ステイヤー路線の裏街道的な話なんだけどさ、

多分今のステイヤーズミリオン制覇候補はカイフタラが1番人気、アポロレインボウが2番人気だと思うんやけど

オーストラリアで6連勝中のエンゼリーってウマ娘が気になってるんよ

 

841:ターフの名無しさん ID:87FwwmcuM

エンゼリー?

聞かない名前ですね

 

842:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

ステイヤーに詳しい俺が通りますよっと

エルゼリーちゃんは去年の秋頃から頭角を表し始めたウマ娘だよ

未勝利→条件戦→国際競走(条件戦)→11月ジッピングクラシック(G2・2400m)→2月ロードランスステークス(G3・2600m)→4月シドニーカップ(G1・3200m)

ってローテーションで勝ち上がってきて今年はステイヤーズミリオンに挑戦だってさ

 

843:ターフの名無しさん ID:YDrRxV0Xq

つよすぎる

 

844:ターフの名無しさん ID:O818T5abE

個人的な好みで申し訳ないけど、クラシック戦線に縁がなかったウマ娘がクラシックの秋に連勝してシニア級で勝ちまくるの好きなんだよね

わかる?

 

845:ターフの名無しさん ID:PEFSaXP/M

>>844 わかる

 

846:ターフの名無しさん ID:kiDez0MBF

>>844 それすき

 

847:ターフの名無しさん ID:WLlVjP+Fo

もしかしてこいつアポロレインボウに自信ニキか?

 

848:ターフの名無しさん ID:jhIrh5FVJ

 

849:ターフの名無しさん ID:/l75rB6Br

嘘だろ?

 

850:ターフの名無しさん ID:ABzHFVgcZ

口調そっくりだし知識ガチだし

何より1分未満の即レスだし……まさか

 

851:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

アポロレインボウ、俺の予想通り菊花賞勝ったんだよな

言った通りじゃん

あんなぶっ壊れレコード叩き出すとは思ってなかったけど

 

852:ターフの名無しさん ID:4sWMJGAK4

本人降臨!?!?!?

 

853:ターフの名無しさん ID:7zuI2FvkY

wwwww

 

854:ターフの名無しさん ID:cVkM6dIxF

これマジ?

 

855:ターフの名無しさん ID:VI8UoaC9m

 

856:ターフの名無しさん ID:QvgtpBtHN

アポロレインボウ厄介おじさんじゃなくてステイヤー厄介おじさんだったのか……

 

857:ターフの名無しさん ID:UXJkP448S

なあ>>851 、アポロちゃんヨーロッパのG1行けそう?

 

858:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

>>856 雨が降らなければ勝てる実力はあるよ

ただ、エンゼリーはもちろんカイフタラが強い

道悪◎のカイフタラにはちょっと苦しい戦いになるとみてるね

 

859:ターフの名無しさん ID:KxP4hZ6WA

うおおおおおお!!

 

860:ターフの名無しさん ID:Wkyax9VUQ

ニキが言うなら安心&期待だわ

 

861:ターフの名無しさん ID:JlVOFCzSL

>>858 エルコンドルパサーとグリーンティターンとハッピーミークとサイレンススズカはどうなりますか!!!

 

862:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

>>861 知らないよ

みんなある程度の結果は出すよ

でも今欧州にはモンジューっていうチャンピオン候補がいるから(他にも多数…)

エルコンドルパサーはどこまで仕上げられるかってとこだね

 

863:ターフの名無しさん ID:KIN46L/L4

詳しすぎる

 

864:ターフの名無しさん ID:fO/Ksu/WK

本物だな

 

865:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

俺の予想ではゴールドカップかカドラン賞でレコード勝ちするよ。ドバイゴールドカップでは残念な結果になったけど

天皇賞・春からいよいよ凄いことになるだろうね

 

866:ターフの名無しさん ID:rCzVE3t32

凄いこと……?

 

867:ターフの名無しさん ID:L7gOoUUfd

アポロレインボウが凄いことに!?

 

868:ターフの名無しさん ID:InSIe2NlT

エッッッ

 

869:ターフの名無しさん ID:z7RDBMm55

やばいやばい

楽しみすぎる

 

870:ターフの名無しさん ID:qxp6/1yYv

スペちゃん推しのワイ、無事死亡

 

871:ターフの名無しさん ID:QVcEi/0ip

ブライトちゃん;;

 

872:ターフの名無しさん ID:9srMoh/dy

厄介おじさんの予想で全てが決まるわけじゃないぞwww

 

873:ターフの名無しさん ID:eEGB4mZaD

>>872 でもジュニア級の時点で菊花賞勝ちを予測できるやべーやつに太鼓判押されちゃったんだぞ?

他推しのファンはガクブルでしょ

 

874:ターフの名無しさん ID:RwQFaTLoa

レースに絶対はねぇよ

 

875:ターフの名無しさん ID:IONVFoeB5

かっけぇ……

 

876:ターフの名無しさん ID:Ht2EJg50G

おじさん……///

 

877:ターフの名無しさん ID:b+K8wFMb4

トゥンク…

 

878:ターフの名無しさん ID:UKzP3nmtq

惚れたわ

 

879:ターフの名無しさん ID:4MaRiG6nJ

 

880:ターフの名無しさん ID:WkcW8FtZS

何かいい感じのこと言って逃げんな

 

881:ターフの名無しさん ID:itWhbO8a4

おじさん落ちたな

 

882:ターフの名無しさん ID:R+Cppufcm

とんでもない予言を残して消えた

 

883:ターフの名無しさん ID:kwrUecbj7

スレに浮上できなかったのはおじさんがトレーナーだから説を押します

 

884:ターフの名無しさん ID:6eEzaTwlx

アマで解説齧ってる人としか分からんけどな

 

885:ターフの名無しさん ID:wVcfeVXBo

次のG1レースは天皇賞・春……

激戦になるだろうなぁ。

みんなが怪我なく戦えるよう祈るのみ。

 

 

 





【挿絵表示】

寝娘 様に素晴らしい絵を頂きました!
クラシック級→シニア級で変化を辿るアポロレインボウです! ありがとうございます!


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97話:夢と目標に向けて

 ドバイミーティングから数週間が経過し、時は4月中旬。4月初旬のオーストラリアのG1ラッシュことザチャンピオンシップス、高松宮記念や大阪杯も終わったことで私達の間には束の間の休息ムードが生まれていた。

 休息と言っても一瞬だけだし、割とがっつりトレーニングしてるんだけど。

 

 ……さて、私達が日本に帰ってきてから最初に行ったのはライバル達の分析である。主な対象はスペシャルウィークやセイウンスカイ、カイフタラなど。有記念が終わってからどういった変化があったのか、彼女達に立ち向かっていくためにはどういう部分が障害になるのかを知らなければいけない。

 私はトレーナー室のソファで寛ぎながら、何かしらの作業をしているとみおに声をかけた。

 

「そろそろミーティング始めようよ〜」

「あとちょっとだから!」

「それさっき聞いたし……まだデータ纏まらないの?」

 

 5分くらい前からずっとこの調子だ。一体何をしているのか。

 頬を膨らませつつ、ソファから立ち上がってデスクに近寄る。肩に手を置いて画面を覗き込むと、『天皇賞・春』『ゴールドカップ』と銘打たれた見出しと、めちゃくちゃな人数の顔写真とプロフィールがびっしりと羅列されていた。それにぎょっとするのとほとんど同時、とみおがわざとらしいくらい大きな音を立ててエンターキーを叩く。彼は背筋を伸ばしつつゴキゴキと肩を鳴らして、ふやけたような声で「終わった〜!」と言い放った。

 

「お疲れ様! これってライバルの子達のデータだよね」

「そうそう。早いうちに作っておいた方がいいと思ってたんだが……時間が掛かっちゃったな」

「おぉ〜……脚質、距離適性、得意なレース展開、好きな食べ物まで……痒いところまで手が届くね」

「だろ?」

「偉いぞ〜」

「頭を撫でるな」

「え〜」

 

 文句を言われたので、彼の髪に突っ込んだ手を肩に伸ばす。そのままガチガチに凝ったとみおの肩を揉みほぐしながら、詳細な情報が書き込まれたデータシートを流し見る。スペシャルウィーク、ジャラジャラ、メジロブライト、セイウンスカイ、カイフタラ……ざっと見えるだけで50人分のデータはある。

 この量を纏めていたから時間がかかったわけだ。半ば納得しながら、私はミーティングの準備に取り掛かる。コーヒーは既に用意してあったので、メモ帳と筆記用具を取り出して準備完了。とみおはそれを見届けると、早速ミーティングを開始の音頭を取った。

 

「それじゃ、ミーティングを始めよう」

「はいよ〜」

「今日は4月14日。世界的にはドバイワールドカップミーティングとオーストラリアのザチャンピオンシップスが終わり、日本を見ると高松宮記念と大阪杯が終わって……所謂“隙間の期間”にある。ここで一旦原点に立ち返って、改めて色々と確認していきたいと思う」

 

 とみおはパソコンを置いて、車輪付きのホワイトボードを持ってきてペンを走らせ始める。彼が大きな文字で書き出したのは、『目標と夢』というデカデカとした見出しであった。

 目標と夢。正直なところ、この2つは今更確認するまでもない。根底にある共通認識だ。ただ、とみおにも考えがあって再度の確認を行うつもりなのだろう。そういうのって案外大事だし、彼がやろうと言ったことに反抗するつもりもない。私は黙って彼の言葉を聞く姿勢になる。

 

「言うまでもないが、俺の夢は最強ステイヤーを育てること。んで、アポロの夢は最強ステイヤーになることだったよな?」

「うん」

「よし。しかしここで疑問が出てくる。『そもそもどうやったら最強になれるんだ?』『最強って何なんだ?』という疑問だ」

 

 ミーティングというよりは授業みたいな雰囲気になってきたな、と思いつつ彼の言葉に頷く。『最強』なんて言葉は、ウマ娘である以上耳にタコができるくらい聞く言葉だけど……具体的に最強という言葉を説明するのは確かに難しい。

 特に、そこに至るまでの道のりは、『最強』なんて派手な言葉の割に地道なものだ。運と環境に恵まれた上で自分を鍛えまくらないと到達できないし、そこには怠惰な自分との究極的な戦いが待っている。地道な積み重ねの先にある極致。最強とはそういう領域だ。

 

 とみおが私に質問する。「アポロの思う最強ステイヤーって何だ?」と。私は迷わず回答する。「長距離レースで勝ちまくって偉業を成し遂げたウマ娘!」――我ながら単純でふんわりとした答えだが、イメージとしてはこんなものだ。

 

 とみおはその答えに納得したのか、何度か頷いてホワイトボードに文字を書いていく。

 

「夢に到達するためには段階ごとに目標を設ける必要がある……と俺は考えている。最初は比較的簡単なことを目標にして、段々とレベルを上げていき――最終的な目標が夢に直結するわけだ」

 

 とみおは『アポロレインボウ世界最強ステイヤーへの道』という見出しを書いて、『目標1』『目標2』……と言った風に箇条書きを並べていく。

 

 『目標1』はオープンクラスに昇格すること。

 『目標2』は重賞に勝利しG1レベルに成長すること。

 『目標3』は長距離G1に勝利すること。

 そして最後の目標は……長距離レースに関する何かしらの偉業を成し遂げること。とみおは目標1〜3に横線を引いて、『目標4』をぐるりと丸で囲んだ。

 

「目標1から3は既に達成してる。どうだ? こうして見たら、ジュニア級の頃に比べて夢が実現に近づいてきたのが分かるだろ?」

「むしろ最後が1番難しくない?」

「それはそうなんだが……まぁ、偉業といってもざっくりしすぎだから、更に細かい達成目標を設けるとしようか」

 

 『目標4』の下に書かれる『小目標』の小見出し。

 長距離レースに関する偉業と言っても、前人未到の記録なんて案外ごろごろ転がっている。日本・ヨーロッパ・オーストラリアの長距離G1制覇に、ステイヤーズミリオン完全制覇、その他諸々……。

 

 そんな中、私達が挑む偉業は『ステイヤーズミリオン完全制覇』。小目標として『ヨーロッパの長距離重賞制覇』『ヨーロッパの4000m級G1制覇』『ステイヤーズミリオン完全制覇』という文字が羅列されていく。

 分割されているが、これら全てを達成してやっとステイヤーズミリオン完全制覇が成し遂げられる。いざ文章化してみると、この偉業の壁の高さを嫌というほど思い知らされてしまう。

 

「俺達が目指す『目標4』は、ステイヤーの本場たる欧州の『ウェザービーズ・ハミルトン・ステイヤーズミリオン』の完全制覇。書き並べた小目標を全て達成すると完成だ。ちなみに、このステイヤーズミリオンなんだが……設立されてから新しいというのもあるけど、未だに完全制覇者はいない」

「私が完全制覇1人目になれば、長距離レースに関する偉業を成し遂げたと言ってもいいわけだね」

 

 ダブルトリガーさんは『サガロステークス→ゴールドカップ→グッドウッドカップ→ドンカスターカップ』のローテーションで全て勝利しているが、完全制覇のためにはドンカスターカップではなくロンズデールカップに出走する必要がある。そもそもステイヤーズミリオン設立前の話だったので、ロンズデールカップに出走する意味がないというのもあったが――近年で最も完全制覇に近づいたのはダブルトリガーさんだろう。

 

「そう。ステイヤーズミリオン制覇の第一人者というインパクトは大きいし、日本のウマ娘が欧州の長距離G1を制した記録もない。完璧な結果を残し続けたなら、君は間違いなく新時代の最強ステイヤーとして名声を得られるだろうね」

 

 今のところのステイヤーとしての大きな実績は、やはり菊花賞の2分台制覇だろうか。また、仮に菊花賞→有記念→天皇賞・春の長距離G1を連続で制覇したならルドルフ会長以来の快挙となる。それに加えてステイヤーズミリオンを勝てたなら、確かに自信を持って私は最強ステイヤーですと自負できそうだ。

 逆に言えば、ヨーロッパで活躍できないと、高くついても『日本』最強のステイヤー止まり。1度きりの人生でそれは何だか悔しい。どうせなら誰も見たことのない高みに辿り着きたいと思うのは強欲だろうか。

 

「――と、言うことで。ステイヤーズミリオン制覇は夢でもあり、達成すべき目標でもある。天皇賞・春からのレースは負けられない戦いになることを覚悟していてほしい」

 

 とみおはそう区切って、何故か大きく溜め息をついた。先程の作業でそんなに疲れていたのかと首を傾げたが、どうやら理由は別にあるらしく――彼は視線を落としてぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……まぁ、偉そうに講釈を垂れたわけだが、俺は君に比べると酷く未熟だ。アポロは否定するかもしれないけど、ドバイゴールドカップで自分の至らなさというものを嫌というほど痛感したよ。俺がもっとしっかりしていれば、少なくとも接触事故を起こさせるようなヘマはしなかった。自分で気づかないうちに油断してたんだろうな」

「そんなことは……」

「いや。外国の芝への適応と、別のところに気を取られていたのは事実だ。そこで、これからは細かな対策まで煮詰めていきたいと思う」

 

 きびきびとした動きでホワイトボードの文字を消し始めるとみお。彼がドバイゴールドカップの惜敗を気にしていたのは薄々察していたけど、こうして口にされると心臓がキュッと締められるような感覚になる。

 とみおは色々と指導してくれたし、実際にレースを走ったのは私だ。私からすれば、むしろ負けてごめんと謝りたいくらいなのに。

 

 だけど……世間から責められてしまうのは、私の指導者であるとみおの方だ。実際、ドバイでの敗北にとみおを名指した批判が来たこともある。

 勝てば称賛されるが、負ければ大切な人が批判される。ならば、やはり勝つしかない。私は夢の他にも色々なモノを背負って戦わなければならないのだ。

 

 そんな私の内心をつゆ知らず、とみおは白くなったボードに『勝利のためのラビット対策!』と書き上げて自信満々に白い歯を見せる。先程のしんみりした雰囲気が一変して、かなりの自信と期待が窺える表情。いったい何を考えているのだろう。ちょっと嫌な予感。

 

「これからヨーロッパのレースに挑むにあたり、逃げウマ娘のアポロには避けて通れない障害がある。それがこの『ラビット』と呼ばれるウマ娘達だ。……アポロは説明しなくても分かるよな?」

「平たく言えば、チームメイトを勝たせるためのペースメーカーだよね」

「その通り。日本との大きな違いだな」

 

 ラビット、もしくはラビットウマ娘。ヨーロッパで一般的に存在する()()()()逃げウマ娘のことだ。ドッグレースで先頭を走る兎が語源。ウマ娘のレースにおいては、先頭を走ってペースを支配し、後ろ脚質のチームメイトに有利な展開を作るウマ娘を指す。

 例えば、有力ウマ娘が差し・追込脚質にも関わらず、逃げが不在でスローペースになりそうな時は、当然先行のウマ娘が有利になってしまう。それを回避するため、ペースを上げることを目的として、有力ウマ娘のチームメイトがラビットとして出走することがあるのだ。

 反対に、逃げウマが多くペースが上がってしまいそうな場合にも、ペースを抑えるためにラビットを出走させる時もある。この場合は、ラビットウマ娘を早めに先頭に立たせて逃げを抑え込ませることで目的は達成される。

 

 全てのレースで()()なるわけではないが、スタミナ・ペース管理が重要になってくる長距離レースではラビットの存在を無視することはできないだろう。

 もちろん、日本でこんなことをすれば批判の的になってしまうが、ヨーロッパではチームメイトがラビットをするのは何の問題もない。そういうお国柄である。

 

「ラビットウマ娘は君を抜いてハナを奪おうと全力になって襲いかかってくるだろう。レースに勝つことじゃなく、ペースを操ってチームメイトを勝たせることが目的なんだからな」

 

 未だにラビットと呼ばれるウマ娘と戦ったことはないが、それこそシアトルチャーミングさんのように執念を持って立ち向かってくるはずだ。最悪なパターンなら経験したことがある。レース終盤に使うような圧倒的なパワーと加速力でもって横に並ばれ、余計なスタミナを消耗させられて――有力ウマ娘(カイフタラ)に差し切られる。シアトルチャーミングさんとカイフタラさんはチームメイトじゃないし、何ならシアトルさんもラビットではないけど……大舞台で似たような展開になってもおかしくない。

 仮にカイフタラさんとシアトルさんがラビットと有力ウマ娘の関係だったら、もっとヤバかった。それを考えると、ラビット対策をしないわけにはいかないだろう。

 

「正直なところ、逃げウマ娘とのハナ争いでスタミナを消耗して、負けの可能性を作ってしまうのはあまりにも勿体なさすぎる。――そこで俺は考えた!」

 

 とみおはそう言って、ペンを唇の上に乗せていた私に肉薄してくる。唇を突き出していた私は思わず仰け反って、ソファの背もたれまで吹っ飛んだ。

 

「理論上、同じ逃げウマ娘に邪魔されないような作戦があるんだ! 不利を受けずに有力ウマ娘達と真正面で戦うことのできる作戦――その名も! 大逃げを超えた唯一無二の逃げ、『超高速爆逃げ』だ!!」

 

 思わずずっこけそうになる。大真面目な顔をして、このトレーナーは何を言っているのか。……でも、私がカイフタラさんに勝つために考えていた作戦と似ている。ラビットを退け、単純な根性勝負に持ち込める作戦なんて、大逃げを超える超逃げくらいしかないのだ。

 

 しかし、大逃げを超える超逃げをしろだなんて簡単じゃない。今の大逃げスタイルでもいっぱいいっぱいだからこそ、厳しいトレーニングによる更なるレベルアップが必要だと思っていたのだけれど……とみおには何か別の考えがあるらしい。

 

「大逃げを超える超逃げを会得するため、講師を呼ぶことにした」

「講師?」

「そうだ」

 

 とみおはトレーナー室の扉の方をちらりと見つめる。釣られてそちらを見ると、曇りガラスの向こうにモザイクのような人影が映り込んでいるのが分かった。何より、曇りガラスを貫通して見える特徴的な2つの三角は、その講師がウマ娘であることを表していて。

 

「扉の向こうで待機してもらってるから、そろそろ入っ」

 

「はい!!! サクラバクシンオーです!!!!」

 

 ――私は再びソファの背もたれに向かって吹っ飛んだ。

 

 


 

 

 ステイヤーズミリオンの完全制覇の条件を改めて書いておきます。私も間違えそうになるので……。

 

 3月5週、G2・ドバイゴールドカップ

 4月4週、G3・ヴィンテージクロップステークス

 4月4週、G3・サガロステークス

 5月2週、G3・オーモンドステークス

 5月3週、G2・オレアンダーレネン賞

 5月4週、G2・ヨークシャーカップ

 5月4週、G2・ヴィコムテスヴィジェール賞

 6月1週、G3・ヘンリー2世ステークス

 6月1週、G2・ヴィコンテスヴィジエ賞

 

 これらの()()()()1()()()()に勝利しなければ、そもそもステイヤーズミリオンに挑戦することはできません。逆に言えば、上記の1レースに勝ちさえすれば挑戦権を得られます。

 そして、上記したレースに勝利したウマ娘が同一年の『6月4週G1ゴールドカップ→8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップ』の全てに勝利すると、ステイヤーズミリオン完全制覇となります。

 

 間違えやすいのが、英国長距離三冠の対象レースが『ゴールドカップ』、『グッドウッドカップ』、そして『G2・()()()()()()()()()』であることです。

 ロンズデールカップは8月4週、ドンカスターカップは9月2週に開催されるのですが、ステイヤーズミリオンに挑戦しつつ長距離三冠を狙うとなると、ローテーションが厳しくなってしまいます。また、ドンカスターカップの翌週にはG1・アイルランドセントレジャーが開催されるため、ステイヤーズミリオン設立によって英国長距離三冠を狙う価値は低下してしまったとも言えますね。

 

 ステイヤーズミリオン連呼しすぎだろ……と思ったら、SM(ステイヤーズミリオン)、SM表記にします。そこは気分で。



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98話:バクシンバクシンバクシンバクシン!バクシンバクシンバクシンバクシン!

 

 サクラバクシンオー。模範的な学級委員長で、「バクシン」が口癖の猪突猛進なウマ娘。短距離レースに圧倒的な適性があり、まさに無敵のスピードでターフを駆け抜ける実力を持っている。

 また、品行方正ではあるが色々と押しが強く、言動はちょっとうるさめ。しかして、学級委員長らしく困っている人を見たら放っておけない性格である。

 

 そう。サクラバクシンオーさんは、困っている人がいれば間違いなく手を差し伸べるような優しいウマ娘なのだ。成功するかはともかくとして。

 ……困っていたとみおのお願いを安請け合いしてしまっただけなんじゃないのか。もしくは、とみおがおかしくなって講師の人選ミスを犯してしまったか。

 

 入室早々大きく胸を張って腰に手を当てるバクシンオーさん。疑いの目を向けざるを得ない。が、怪訝な顔を向けられてもバクシンオーさんの堂々とした微笑みは崩れない。その笑顔を見ていると、「私はここにいて当然ですよ! 学級委員長ですから!」という幻聴まで聞こえてしまいそうだ。あんまりにも悠然としているものだから、私はとみおに話を窺うことにした。

 

「……何でバクシンオーさんなの? ヘリオスさんとか、マルゼンさんとか、スズカさんとか、長距離なんだからそれこそパーマーさんとか……何ならダブルトリガーさんとか……もっと適材適所というか、こう……その……うぅん……他にいたんじゃないの?」

「いや、短距離のスペシャリストたる彼女が適任だ」

「なるほど〜…………何でぇ?」

 

 短距離のスペシャリストが適任……? 聞き間違いじゃないだろうな。いや、そうであってほしい。どうしてステイヤーに対して短距離のスペシャリストを講師として呼ぶ必要があるのか理解が及ばない。

 もしかしてアレか? サクラバクシンオーという競走馬が、どちらかといえば長距離血統だったことを暗喩しているのか? いや、ウマ娘に血統もクソもない。あるのは絆の繋がりだけだ。

 

「俺も最初はアイネスフウジンやミホノブルボン、サイレンススズカ達に頼もうとした。でも、サイレンススズカはアメリカに居て忙しいし、アイネスフウジンはバイト。ミホノブルボンやマルゼンスキー、ダブルトリガー達も用事があるということで、見事サクラバクシンオーが標的になったわけだ」

「だからなんでバクシンオーさんなの!?」

「今から分かるよ」

 

 用事があって来られなかったのは仕方ないけど、それでもこう……さぁ! 訳わかんないよぉ!

 硬直して頭を悩ませる私を置いて、バクシンオーさんを迎え入れる桃沢とみお。彼は私にソファへ戻るよう指示し、満面のバクシンスマイルでホワイトボードにペンを走らせ始める。

 『超高速爆逃げ』という頭の悪い文字の下に書き入れられていく文章。講師として呼ばれたサクラバクシンオーさんと、理想的な逃げの融合。もう嫌な予感しかしない。

 

「ここにサクラバクシンオーを呼んだのは他でもない、彼女の優れた走法を伝授してもらうためだ。結論から言うと、アポロは無尽蔵のスタミナを活かして()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 こうして明らかになった『超高速爆逃げ』――略して超逃げの原理は、短距離用のフォームで長距離を走るという超絶的な脳筋理論であった。

 ……とみおは疲れている。今すぐにたづなさんを呼んで、この惨状を知らせてあげるべきだ。

 

「とみお……疲れてない? 膝枕しながらヨシヨシしてあげようか?」

「いや、俺は疲れてない!! 長距離でバクシン理論を実践すれば勝利は間違いないんだ!!」

「…………」

 

 多分アレだ。元々バクシンオーさんに狙いがあったのは間違いないんだろうけど、彼女を知る過程でバクシンに染まりすぎたんだろう。

 まあ、私が信頼する彼がこう言うのだ。やるだけやってみようじゃありませんか。とみおのバクシン理論というやつを。

 

「さて。これから講師のサクラバクシンオーと一緒に『超高速爆逃げ』の概要を説明していくぞ。まずはバクシンオーに自由に喋ってもらって、そこから俺が付け加えていく形になる。気になることがあったら、適宜質問してくれて結構だ」

「りょーかい。バクシンオーさん、今日はよろしくお願いします!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 バクシンオーさんの走りは間違いなく『ガチ』の部類だけど、講師としての実力は全く分からない。普段の積極的すぎる言動を見ていると……どちらかと言うと不安の方が勝ってしまう。

 自然と背筋を伸ばしながらソファに控えていると、とみおがモニターを引っ張ってきて画面を操作し始める。バクシンオーさんは何処から持ってきたのか不明だが、博学帽子とレーザーポインターを手に持ってやる気満々である。

 ともあれ、バクシンオーさんの技術を伝授してくれる機会なんてそうそう無い。私は気合を入れてメモの準備を済ませた。

 

 とみおがモニターに映したのは、バクシンオーさんが圧勝したスプリンターズステークスの映像である。圧倒的な加速力で他のウマ娘達を置き去りにし、1200メートルのレースとしては大差に匹敵する4身のもの着差でぶっちぎったレースだ。史上初のスプリンターズステークス連覇というのもあって、最強スプリンターと言われる所以となった戦いでもある。

 

 競走馬の方のサクラバクシンオーは先行策だったが、この世界のサクラバクシンオーさんはハナを奪っての逃げで圧勝。2着に突っ込んできたビコーペガサスさんに影すら踏ませないレコード勝ちであった。

 リモコンを渡されたバクシンオーさんは、どこか懐かしむような柔らかい目付きになった。彼女にとっても思い出深いレースだったに違いない。いつも騒がしいバクシンオーさんが僅かに無口になったかと思えば、彼女は照れ隠しをするように咳払いをした。

 

「……おっほん! トレーナーさんには『スプリンターとしての走り方について』『逃げをする際に気をつけていること』の2つを中心に話してほしいと言われているので、早速説明していきますよ!」

 

 バクシンオーさんが人差し指を立てると同時、モニター中のスプリンターズステークスが開幕する。すぐさま彼女はレーザーポインターを当て、説明を付け加えていく。メモを取ろうとペンを握り締めたが、その肝心の説明がどうも掴みにくく――

 

「まずレース序盤ですが、思いっきり走りましょう! バクシン的加速でハナを死守します! 短距離のレースはあっという間に終わりますからね!」

 

 バクシン的加速?

 …………なるほどね?

 

「おや、レース中盤になりましたね! 展開が落ち着いて少し油断が生まれそうですが、バクシン的気合で加速し続けましょう!」

「…………」

 

 ……というように、語彙がフィーリングに偏りすぎていたため私の理解が及ばなかった。わざわざ来てもらったのに、何も得ないまま終わる訳にはいかないぞ――耳をピンと立ててバクシンオーさんの話を聞いていると、レース映像が最終局面を迎えると同時、彼女の口から良い感じのキーワードが飛び出してきた。

 

「最終直線もバクシンです! 後ろは決して見ずに、初速を保ち続ける感じで走り抜けましょう!! 無理に速度を上げ下げしようとすると疲れてしまいますからね!! 最初から最後までトップスピードです!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「!」

 

 バクシン的加速、バクシン的気合はよく分からなかったが――具体的な言葉が出てこれば理解は容易い。つまりこういうことを言っているのだ。『レース序盤でつけた後続との距離を保って逃げて、ラストスパートを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その差が覆ることはない』――と。

 バクシンオーさんがスプリンターズステークスで実践していたのは、こういう逃げなのだ。逃げて差す――に似た前目のレース運び。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といったところか……。

 

 少し思案する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その理由を私自身が導き出す必要があると思った。

 逃げて差すスタイルならスズカさんの方が余程(うま)い。そんなことはとみおも知っているはずだ。でも、彼は大逃げのスズカさんではなく、逃げ先行かつ短距離に強いバクシンオーさんを選んだ。それは何故か。

 ――もっとだ。もっと考えろ。とみおが用意した答えはそこにある。

 

「……バクシンオーさん、レース序盤からもう一度説明をお願いできますか?」

「もちろんです! 私は学級委員長ですから! 何度でも聞いてくださいね!」

 

 最初は少しバカにしていたけれど、中々どうして奥が深いではないか。私は乾燥した唇を舌先で舐めて、再度食い入るようにモニターを眺めた。

 映像を巻き戻してもらって、レース最序盤のゲートオープンの瞬間まで帰ってくる。スローモーションでの再生をお願いすると、バクシンオーさんはリモコン操作に手間取りながら、0.25倍速でレース映像を流し始めた。

 

「それじゃもう一度スタートから説明――」

「あ、はい! バクシンオーさん、スタートについて質問です! 映像ちょっと止めてもらっていいですか!」

「ちょわっ!? わ、分かりました!」

 

 ゲートオープン前後の映像。バクシンオーさんが停止に戸惑っている間にレースがスタートし、コマ送りのようにカクカクと進んでいく。スタートから0.5秒程が経過した時点で、バクシンオーさんとそれ以外の子達に差はない。むしろ大外のウマ娘がスタートダッシュに成功し、バクシンオーさんよりも前に出ているように見えた。

 しかし、次の瞬間――加速したサクラバクシンオーがハナを奪っていた。桃色の勝負服がハナを奪うと同時にレース映像が止まり、バクシンオーさんの双眸がこちらに向けられる。

 

 ――ここだ。

 ここに大逃げの私達とバクシンオーさんとの違いがある。

 

 まず、スズカさんや私はスタートが得意だ。ゲートオープンと一緒に先頭に踊り出し、レースをめちゃくちゃに荒らして逃げ切ってしまう。

 しかし、バクシンオーさんはどうだ。スタートは得意でも不得意でもない――まさに普通の部類に入る。それなのに、彼女は絶対にハナを奪うのだ。

 

 私は他の逃げウマ娘にハナを奪われたことがある。先頭を奪われなくても、先頭争いで起きたイザコザに巻き込まれて激しく消耗させられることが何度もあった。

 サクラバクシンオーさんには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。意図的に先行策を取る時以外は、間違いなくハナを奪ってそのまま逃げ切り勝ちしてしまう。スタミナを温存せず、最初から全力全開で戦うスプリンターに囲まれているにも関わらず、だ。

 

 何が違う?

 ――加速力か? それとも絶対的なスピード? パワーや瞬発力? 足のバネ? 走法? 分からない。何もかも違うのかもしれないし、何も違わないのかも。聞いてみなければ分からないので、私は恐る恐るバクシンオーさんに質問を投げかける。

 

「――バクシンオーさんは、スタートが得意ですか?」

「普通だと思います!」

「では――どうして毎回ハナを奪えているんですか?」

「う〜ん! 難しい質問ですね!」

 

 バクシンオーさんはこめかみの辺りを捏ねくり回すような動作で考え込む。すると何を思ったのか、彼女は話の脱線を要求してきた。

 

「すぐに答えるのは厳しいので、少し変な話をしてもいいですか!?」

「え? あ、はい」

「トレーナーさんもよろしいですね!?」

「うん、いいよ」

「バクシンオーさん……変な話って何ですか?」

「つまらない身の上話なのですが、それが答えになると思いまして!」

「……?」

 

 意図は掴めないが……そこに答えがあるというのなら、私はその話を聞くまでだ。レーザーポインターの電源を忙しなく切り替えながら、バクシンオーさんはぽつりぽつりと己の過去を語り始めた。

 

「優秀な学級委員長たるもの、全ての生徒の模範にならなくてはいけないだろうということで……昔、長距離レースに挑戦しようと思ったことがあるんですよ!」

 

 バクシンオーさんが長距離レースに出たがって、ほんの数日だけだが長距離用のトレーニングメニューを組んでいたというのはそこそこ有名な話だ。同時に、バクシンオーさんのトレーナーさんが彼女を言いくるめたという話も。

 

「結局長距離レースに出ることはありませんでしたが、トレーニング中にトレーナーさんに言われたことがあるんですよ! 『君は長距離適性はないけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』――と!」

「……?」

「ということは、私の走りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()、爆発的な加速力を強引に得ているということなんですね!! 実際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! スタミナとスピードは表裏一体なんですよ!! 多少の寄り道も無駄ではなかったということです!!」

「――!」

 

 ――盲点だった。スプリンターにもスタミナの概念があったんだ。てっきりステイヤーの専売特許だと思っていたが、良く考えればその通りじゃないか。

 そんな驚きを隠せない私に対して、バクシンオーさんは更なる追撃を行ってきた。

 

「纏めるとこういうことです!! 私達スプリンターが燃費の悪いスポーツカーだとすると、ステイヤーのみなさんは燃費の良いハイブリッドカー!! つまりアポロさんのトレーナーさんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 ――その言葉を理解した瞬間、脳天を直接ぶん殴られたような衝撃があった。とみおの方に首を振ると、彼は何度も頷いて満面の笑みを見せていた。

 スプリンターの走りで長距離を駆け抜ける。確かにそれが実現できたなら無敵に違いない。

 

 でも、それってつまり、これまで以上にスタミナ消費量が増えてしまうということで――もっとスタミナトレーニングをしろってことかな?

 渋い顔をして耳を倒すと、私の内心を察したとみおからフォローが入る。

 

「ドバイが終わってからスタミナトレーニング漬けにしてきただろ。これ以上スタミナを鍛えても過剰なだけだって思ってたかもしれないけど、10000メートルを走れるまで君を鍛えてきたのはこれが理由だったんだよ」

「ええ!? 1万メートルも走れちゃうんですか!!?」

「でも、アポロは燃費の悪い走り方を知らない。そこはサクラバクシンオーに直接教えて貰う必要があるわけだな」

「……なるほど」

 

 私に短距離適性はない。だが、スプリンター特有の走り方は真似できるだろうということか。

 スタミナを過剰なレベルで燃焼し、圧倒的な速度のまま後続を突き放す。そしてレース終盤に入れば、上がり最速を披露して大差を保ったままゴールイン。今のスタミナバカな私なら確かにできるかもしれない。本当にスタミナが持てばの話だが……。

 

「サクラバクシンオー、ありがとう。ここからはトラックコースに出て、実践トレーニングと行こうか」

「は〜い」

「はい! 分かりました!」

 

 こうして私達はトレーナー室から出て、すっかり暖かくなったトラックコースに向かって歩き出した。

 

 ターフに出て準備運動を行うと、早速実践トレーニングが始まる。スプリンターもステイヤーも基本的なフォームは変わらないため、私が狙うのは『燃費の悪い走り方』の会得だ。

 しかし一概に『燃費の悪い走り方』と言っても、ステイヤー特有の『燃費の良い走り方』が染み付いた私がそれを実践するのは難しかったようで。

 

「違います!! まだ躊躇いがありますよアポロさん!! 無意識にブレーキをかけていませんか!?」

「そ、そんなことを言われましても……はぁ、はぁ、っ……全力のつもりなんですぅ……」

 

 ――何回やっても、()()()()()()()()()に落ち着いてしまっていた。これでも十分速いのだが、()()止まりならカイフタラさんや成長したスペシャルウィーク達に敗北してしまうだろうというライン。私のようなウマ娘が歴史的名馬に勝つためには、殻を破って無茶を通さねばならないのだ。

 

 原因を分析した結果……どうやら長距離を走ることに慣れすぎたせいで、全力疾走を謳っていたにも関わらず無意識のうちに速度をセーブしてしまうらしい。と言っても、長距離レースにおけるトップスピードは出ていたので――逆に言えばスプリンターのトップスピードが速すぎるというのもあるが。

 膝に手をついて呼吸を整えていると、タイム計測を行うとみおがこちらを見ているのが目に入る。

 

 ……今のままじゃダメなら、考え方を変えよう。火事場のバカ(ぢから)理論で限界を超えた力を引き出すのだ。

 ――例えば、ゴール地点のとみおが倒れた場面を想像してみる。そんなの、後先考えずに全速力でぶっ飛ばして、とみおを助けに行くに違いない。

 

 ……「俺」が主となって表にいた頃から、私は闘争心を恋心の燃焼によって埋める癖があった。「私」が主となった今でも、この理論は通用するのではないだろうか。

 本気で思い込んでやってみよう。彼を想う気持ちを利用して、()()()()()()()()()()()()()()()、無意識の壁をぶち壊すんだ。

 

「バクシンオーさん、もう一回お願いします」

「分かりました!」

 

 バクシンオーさんが手に持っていた旗を上げてとみおに合図を送る。瞬間、私は地面を蹴りつけて――最愛の人が地面に倒れていく光景を幻視した。

 妄想だと分かっていても、入れ込んだ幻覚は強烈な不快感と焦りを誘う。とみおがもし倒れて病院にでも運ばれたら、私はどんな気持ちで生活すればいいのだろう。それはきっと空虚で、苦痛なものになるはずだ。考えたくもない可能性の話をすればキリなどないが――今の私に爆発力を与えるキッカケとしては十分すぎるほどだった。

 

「――ぅ、お――」

 

 ――恋心を燃焼させる。どす黒いまでの炎が宿り、胸の中に燃えるような激情が爆発した。

 刹那、これまでの加速よりも一段階上の超加速が生まれる。顔を叩く暴風。暴れ狂うジャージの裾。遥か後方で何かを叫ぶサクラバクシンオーの声が遠い。逆に、500メートルは離れていたはずの彼が一瞬で近づいてくる。

 沸き立つ血肉。体感したことの無い超高速に躍る脳細胞。鍛え抜いた脹脛(ふくらはぎ)が獣のような凹凸を露わにして、未知の感覚に咆哮する。

 

 ――これが、スプリンターの世界なのか。

 

 快感に浸っていたかったが、あっという間にトレーナーの真横を走り抜け、絶頂は終わりを告げる。初めて草原を駆け抜けたような、えもいえぬ爽快感が胸に疼いていた。

 電撃のスプリント戦。何と心地よいことか。ゆっくりと減速しながら、満面の笑みでこちらに走ってくるバクシンオーさんとトレーナーを迎える。

 

「アポロ、タイム更新だ!! やったじゃないか!!」

「素晴らしい走りでしたよ!! これであなたはバクシン的ステイヤーです!!」

「バクシンオーさん、とみお……本当にありがとう! 私、何か掴めたかも!」

 

 たった数百メートルの疾走にも関わらず、心臓の高鳴りは止まることを知らない。燃費の悪い走り方のせいもあるが、この激しい心臓の鼓動は――未知の領域への期待と希望の現れでもあった。

 



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99話:天皇賞春・最終準備

 

 新走法・超逃げのコツを会得してから数日が経ち、いよいよ天皇賞・春の出走ウマ娘が決定した。

 

 アポロレインボウ。

 スペシャルウィーク。

 セイウンスカイ。

 メジロブライト。

 マチカネフクキタル。

 ジャラジャラ。

 ディスティネイト。

 リトルフラワー。

 ジョイナス。

 ジュエルジルコン。

 リボンフィナーレ。

 イラッパ。

 ジュエルアメジスト。

 ステイシャリーン。

 デュオタージェ。

 ヤムヤムパルフェ。

 ラピッドビルダー。

 レベレント。

 

 集まったのはフルゲートの18人。ほとんどのメンバーが菊花賞・ステイヤーズステークス・有馬記念で戦ったことのあるウマ娘である。3200メートルの日本最長G1という舞台だが、ペースキープやスタミナ管理に自信のあるウマ娘が多いはずだ。油断はできない。

 また、出走するG1ウマ娘は総勢5名。アポロレインボウ、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、メジロブライト、マチカネフクキタル。全員戦ったことがあるし、嫌な思い出のあるライバルがちらほら。

 

 こうしてメンバーが出揃ったところで、私達は天皇賞・春の勝利を磐石のものにするため対策ミーティングを開催することにした。

 授業が終わって、昼食を食べてからトレーナー室の扉を叩く。返事を待たずに入室すると、とみおが丁度昼食を食べているところだった。カップラーメンとかコンビニ弁当じゃないだろうな、と思って目を光らせると、簡単な物だけどちゃんと手作りの食事を食べていたので安心する。

 

「授業お疲れ様。急いで食べちゃうから待ってて」

「いやいや、お食事くらいゆっくり食べてていいよ。好きにしてるから」

「んん……お気遣いどうも」

 

 そう言ってキャスター付きの椅子を回転させ、デスクの上で食事を再開し始めるトレーナー。最近は手作りの料理にハマっているらしく、本人曰く「割と楽しい」というので私としても安心だ。

 そんな彼のデスクのパソコンの画面には、スペちゃんの顔写真及びレースのデータ、もう半分にはインタビューなどの予定が詰まったスケジュールが所狭しと表示されていた。

 

 この春に新入生・新人トレーナーが増えたのもあって、学園は新しい風に活気づいているが、トレーナーの多忙は基本的に変わらないらしい。専任トレーナーのとみおでも鬼気迫る仕事ぶりだ。単純比較はできないが、リギルやスピカのトレーナーの人外っぷりが恐ろしい。本当にたった1人であの数のウマ娘を束ねているのだろうか……。

 

「とみお、最近は疲れてない?」

「ん? 普通によく眠れてるし、前みたいな疲れは無いよ。君に心配はかけたくないからな」

「ふ〜ん……ほんとに?」

「ほ、本当だけど……何でそんなに疑り深いんだ」

 

 私はとみおの背後を取って、ご飯を食べる彼の髪の毛を弄り始めた。目を閉じても思い出せるくらい記憶に刻みつけたスペシャルウィークのレースデータを背景に、とみおの硬質な髪を指先で摘んだり捻ったりして遊ぶ。

 

「女の子の髪と全然違うな〜」

「そりゃそうだろ。もうちょいで食べ終わるから、準備よろしく」

「はいはい」

 

 こうして無意味な接触をするのにも、ちゃんとした理由がある。言うまでもなく想いの貯蓄だ。燃焼させるための恋心はあればあるだけ良い。愛しい人に触れて、確かめて、もどかしい激情を渦巻かせて、『未知の領域(ゾーン)』の糧にするのだ。

 …………別にそういう口実じゃないからね? これくらいの軽い接触が丁度良いのである。これ以上深く触れ合ったら、「俺」はともかく「私」は恥ずかしすぎてオーバーヒートしてしまうだろう。クソザコだから。

 

「ご馳走様でした。……アポロ、そろそろ解放してくれないかな」

「あ、ごめん! ミーティングいつでも始めていいよ!」

 

 とみおが食器を持ってキッチンに行っている間に、ペンとメモ帳を取り出してソファに座る。モニターの中で微笑むスペシャルウィークの顔写真が偶然目に入ってきて、私は苦笑いした。こんなに可愛い顔をしているが、ライバルとして戦うことになった今は彼女の微笑みが怖すぎて笑ってしまうレベルだ。

 スペちゃんは昨年のジャパンカップ(3着)を最後に休養に入り、今年の始動を大阪杯に決定。グラスちゃんを退けてその大阪杯に優勝し、ダービーウマ娘の実力が確かなことを証明した。天皇賞春の人気は多分、私とスペちゃんが人気を分け合う形になると予想している。

 

 とみおが戻ってくると、『天皇賞・春出走ウマ娘対策ミーティング』が始まった。

 

「これから天皇賞・春に出る17人の対策をしていくぞ。まず日本にいる有力なステイヤーは君も知っての通り――スペシャルウィーク、セイウンスカイ、メジロブライト、マチカネフクキタル、ジャラジャラ――特にこの5人だ。このミーティングでは彼女達を中心に話していくぞ」

 

 とみおがホワイトボードに名前を書き連ねていく。スペシャルウィーク、セイウンスカイ、メジロブライト、マチカネフクキタル、ジャラジャラ……ひとりひとりと戦うだけでも大変なのに、それが5人。特に逃げ脚質のセイウンスカイとジャラジャラがいることで、私が出来る行動はかなり制限されてしまうだろう。

 

「まずセイウンスカイとジャラジャラ。大逃げ――いや超逃げを会得したとはいえ、序盤で最も気にするべきウマ娘なのは変わらない」

 

 キリキリと嫌な音を立てながら、彼はホワイトボードにペンを滑らせていく。モニターとボードそれぞれに個別情報があるため、メモする手と視線が忙しい。

 とみおがホワイトボードに書き出したのは、ジャラジャラとセイウンスカイにおける最序盤の加速についてだ。モニターに映っていたデータシートが消えたかと思うと、2人のスタート映像に切り替わる。セイウンスカイとジャラジャラのスタートダッシュが執拗に映され、何度も繰り返して見られるよう編集された映像だった。

 

「アポロとセイウンスカイとジャラジャラ。3人のスタート直後の加速を仮に数字で表すとこうなる。枠番、芝の状態、スタートの上手さ、天候、風向き、調子、疲労……色々な要因はあるが、アポロの大逃げの序盤加速を『1』、超逃げを『1.2』とすると……セイウンスカイは『0.8〜1』、ジャラジャラは『0.9〜1』ってところだな。超逃げをマスターしたからと言っても、最初の位置取り争いでは油断できないぞ」

「……スタートダッシュには自信あるけど、もし2人が内枠に入って私が大外になったりしたら……どうなるか分からないね」

 

 莫大なスタミナを爆発的に燃焼させて、短距離レースの如きスピードと加速力を得る“超逃げ”。メリットはあるが、もちろんデメリットもある。それは、身体に強烈な負担が掛かってしまうことと、コーナーを曲がりにくいことだ。

 位置取り争いをスキップできることは私にとって最も大きなメリットだが――もし仮に、『大外枠』『重場』『2人が最内枠』『絶不調』などの条件が揃ってしまった場合は、皐月賞のような地獄を見ることになるだろう。そうなる可能性はとてつもなく低いけどね。

 

「枠番が最悪だった時に備えて、それ用のプランも一応考えてある。安心してくれ」

「え、やだ……かっこいい」

「とにかく。序盤のハナ争いはセイウンスカイではなくジャラジャラに注意だ。セイウンスカイは余程の条件が揃わない限り、無理矢理ハナを奪いに来るとは考えにくい。彼女は2、3番手に控えての逃げもできるから、どちらかと言えば先頭を走ってのレースしかできないジャラジャラの方がよっぽど怖い」

 

 とみおはジャラジャラのレース映像をポインターで指差す。そこには果敢な逃げで後続をぶっちぎるジャラジャラの姿があった。メイクデビューでのゴチャついた雰囲気はなく、己のスタイルを確立したようである。

 それは、ハナを奪ってのトリッキーな逃げ。セイウンスカイとはまた違ったスタイルの時計(タイム)を操る逃げである。

 

「ジャラジャラは最早別人だ。連勝中のレースを見ても、1レースごとに動きが違いすぎて何をしてくるか予想がつかない。本格化の最中なんだろうな」

 

 とみおはジャラジャラちゃんの詳細データを私に見せてくる。1ハロン(200メートル)毎のタイム表だ。ダイヤモンドステークスでは、最後の600メートル以外を13秒台前後で駆け抜けたかと思えば――阪神大賞典では、レース中盤で11秒台から15秒台を交互に刻んでいる。

 セイウンスカイのように柔軟かつ悪辣な心理戦を仕掛けるスタイルではなく、事前に決めていた展開通りにレースを進めるタイプの逃げだと予想される。型にハマれば強いが、逆に言えばハナを奪えなければそれまで。私と似たようなスタイルとも言えるだろう。

 

 正直なところ、いつものようなスタートダッシュをしつつ超逃げのスピードに任せて走ればハナを奪えるだろう。そしてそのままゴール付近まで優位を保てるはずだ。

 ラビットを含めた()()()()()()()()()()()()――それが超逃げなのだから、この絶対的なスタミナ量を誇る限り、私は十中八九負けないはずである。

 

 でも、負けの僅かな可能性があるからこそ、油断してはならない。詳細まで詰めた作戦を考えて、磐石の状態で本番を迎えなければならない。無敗で現役を終えられたウマ娘が極端に少ない理由はそこにある。

 転ばぬ先の杖は何本あっても足りないのだ。スタート直後に並ばれる可能性は低いが――もしゲートオープンと同時に躓いたら? スタートダッシュに失敗したら? 絶不調でスピードに乗れなかったら? 大外枠のせいで上手く内側に切り込めなかったら? ――そして、横に並ばれたり先頭を奪われた状況を考えていなくて、頭が真っ白になってしまったら? ――そういう最悪を考えて、乗り越えられるような対応を考えてこそのプロなのである。

 

「――まず、ジャラジャラかセイウンスカイに横に並ばれた時。悪いが、これは気合いでジャラジャラを突き放してハナを奪ってくれ。ジャラジャラやセイウンスカイは長いスパートを使えるけど、アポロほどじゃない。もし競り合ってくるようなら、自分のスタミナ量を信じて絶対に譲るな。彼女が諦めてくれるならそれでいいし、諦めてくれないならそのまま長く走って()()()()()からな」

 

 もちろん仮の話だ。短距離レースのスパートを誇る超逃げと、ジャラジャラの逃げの最高速度が()()()噛み合ってしまった場合の話をしているのだろう。私にとっての悪条件が重なりまくった時は確かにこうなるかもしれない。

 

「次は――運悪くハナを奪われて、完全に前に入られた時。正直、こうなったらアポロはおしまいだ。横に並ばれるならまだしも、ハナ争いだけは絶対に負けないで欲しい」

 

 私はハナを奪われた時、レースパフォーマンスが極端に落ち込む悪癖がある。生まれつきなのか、「俺」が憑依したからなのかは分からないが――とにかく先頭にいなければ絶対に負ける。私はそういうウマ娘らしい。

 皐月賞はそれが原因で負けた。セイウンスカイにハナを奪われ、賢さが低いことも相まって半ばパニックに陥り、見事なまでに彼女の策略にハマってしまったのだ。

 

 先頭を追走する形になると、どうしても視界と思考範囲が狭まってしまう。目の前にウマ娘がいると集中できなくなってフォームも乱れるし、全くもって良いことがない。

 どれだけ最悪の事態が起こったとしても、ハナだけはどうにか奪ってくれ――私はそういう性質なのである。

 

「さて、レース序盤についてはここまで。これからはレース後半について話していくぞ」

 

 とみおは続いてスペシャルウィーク、メジロブライト、マチカネフクキタルの画像を映す。後ろ脚質の有力ウマ娘達だ。残り1000メートルを経過した頃に彼女達がすっ飛んでくると予想される。

 

「この中で1番怖いのは……言うまでもなくスペシャルウィークだ。大阪杯で1着を取ったのは君も知ってるだろうけど、もう去年の彼女じゃないぞ」

 

 とみおはスペシャルウィークの大阪杯の映像を流し始める。最終直線で前に抜け出していたグラスワンダーを鋭く抜き去って、追い縋る彼女を突き放してゴールイン。既にトップスピードに乗っていたグラスワンダーを抜き去る鋭い末脚と、レースセンスの向上が窺える。

 結局のところ、私がスペちゃんに対してやれることなんて、勢いに任せて逃げまくることくらいなのだが――とみおからひとつ提案される。

 

「レースというのは、ある程度のレベルに達すると肉体的スペックの差は微々たるものになってくる。そこに加えて、プレッシャーに動じない精神力やレース展開に対する嗅覚というものが加わってくるんだが……もうひとつ大事なものがある。それは闘志だ。気迫で威圧することによって普段以上の力を出してくるウマ娘も多い」

「スペちゃんもそのタイプってこと?」

「そういうことだ。彼女はレース後半のラストスパートと同時に闘志を爆発させることがほとんど。そこで――アポロはスペシャルウィークと同時に速度を一段階引き上げてくれ」

「引き上げると……どうなるの?」

「サクラバクシンオーが言った通り、後ろ脚質のウマ娘がラストスパートをかけても君に追いつけなくなる。もしくは、()()()()()。するとどうなる? 少なからず闘志が削がれて、スペシャルウィークは上手く走れなくなるだろう」

 

 言ってることはえげつないけど、私がやろうとしていることはそういう類のモノだ。もしも私が差し追込脚質で、ラストスパートをかけているのに逃げの子に更に突き放されたら……まあ間違いなく絶望する。

 こうやって考えてみると、私って外見は滅茶苦茶可愛いけど、割と邪悪というか……悪魔みたいなことしてるなぁ。

 

「差し追込に不安感を与えるレベルで大差を付けておくのも手だな。例えば道中で20身も差があったとしよう。自分は向正面を走っているのに、敵はもうコーナーを曲がっている。そんな状態だったらアポロは追いつけると思うか?」

「……どれだけ末脚に自信があっても、流石にそれは怖くなってかかっちゃうかも」

「そうだろ? アポロは自分の脚にもっと自信を持ってもいいんだよ」

 

 そう言って、とみおが不意に私の頭を撫でてくる。ぎょっとして耳がピンと反ってしまう。急に触られて変な声が出そうになったが、何とか耳と尻尾を暴れさせるだけに留めておけた。

 

「……な、何してんの」

「さっきのお返し」

「は、はぁ〜? それ口実にして女の子の髪触るとか、マジ有り得ないんですけど……」

 

 何がムカつくって、撫で方が上手いのが腹立たしい。大きな手で優しく髪を梳かれると、変な安心感で身体中の力が抜けそうになってしまう。多幸感で身体の芯がぶるぶると震えて、とみおの方に寄りかかってしまった。

 あまりにも上手いので、女の子の扱いに慣れてるんじゃなかろうか、という想像をしてしまいそうなくらいだ。実際、彼ほど魅力的な人なら交際の経験もあるだろうし……。

 

「……慣れてるの?」

「え? 何が?」

「な、何でもないっ」

「あ、撫で方変だった? 実家に猫がいてさ。変な影響が出てるのかもね」

 

 言いながら、とみおが五指の先で擽るような撫で方に変えてくる。頭頂部から耳にかけて、毛並みをなぞるようにわしゃわしゃと。

 ちょっとしたイタズラのつもりだったのだろうが、私は未知の感覚に今度こそ耐えられなくなった。頭のてっぺんの辺りに強烈な熱が灯り、手に持っていたペンが指先から零れ落ちる。擽ったくて、でも気持ち良くて、病みつきになってしまいそう。座ることさえ難しくなってしまう。

 

「んっ……やっ、ちょ、本当に――」

 

 身を捩って彼の攻撃に耐えていると、とみおが落としたペンを拾い上げるために攻撃の手を止めた。

 

「ごめんごめん。さて、そろそろトレーニングに行こうか。スピード、スタミナ、パワー……まだまだ伸び代はあるんだから、伸ばしていかないと」

 

 彼は私が立ち上がれないことも知らないで、ホワイトボードを片付け始める。私は口の端についた涎を拭いつつ、頬を膨らませた。

 ……私、とみおの手の上で転がされてる気がする。

 少し不満に思いながら、私は彼の下で厳しいトレーニングをこなしていくのだった。

 

 そしてトレーニングが終わる直前、とみおがこんなことを言った。

 

「あ、思い出した。気になることがあったんだよね」

「?」

「ドバイゴールドカップの時、鼻血出てただろ。あれはやっぱり良くないよ」

「あ〜……アレね。別に大したことないと思うよ?」

 

 ドバイゴールドカップの敗戦の後、急に垂れてきた鼻血。すぐに出血が止まったこともあって、私は特に気にとめていなかったが、とみおはそうは思っていないらしい。今になって掘り返すあたり、ずっと引っかかっていたのかもしれない。

 

「いや、俺はそうは思わないな。アレはアポロが頑張りすぎた結果出た鼻血だと考えてる」

「……と言うと?」

「無理しすぎるなってことだよ。夢もレースも大事だけど、やっぱり自分の身体が一番大事なんだから。他にも変なことは起きてないよな? やけに頭痛がするとか、その他にも胸が極端に苦しくなるとか……」

「ないない……というか、超逃げしながらドバイくらい頑張ったらマジで死んじゃうから」

 

 成長期は鼻の粘膜が弱いため、ふとしたきっかけで鼻血が出てしまうという。あの時は激しい運動の後だったから、私は勝手にそれ系統の出血だと思い込んでいたけど……。

 とみおの方がヒトやウマ娘の身体に詳しいだろうから、頭の片隅に置いておこう。頑張りすぎずに勝つ。……割と難しくね?

 

「どうか無理しすぎないでくれよ」

「分かってるって。今頑張りすぎたら、ヨーロッパに行けないからね」

 

 茜色に染まる空を見上げる。

 私が今目標に掲げているのは、ヨーロッパG1制覇だ。だけど、それは天皇賞・春を疎かにしていい理由にはならない。天皇賞・春に勝って、ヨーロッパも勝つ。そして私とトレーナーの夢を叶えてハッピーエンドに一直線だ。

 

 私は強欲なウマ娘アポロレインボウ。

 日本で勝って、世界でも勝つ。天皇賞でも、ゴールドカップでも、カドラン賞でも、全て勝つ。

 

 ドバイの敗戦を忘れるな。

 あの溶岩のような悔しさと激情は、今なお私を焦がしている。

 



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100話:天皇賞・春の前に

 

 天皇賞・春を控えた数日前、いよいよ当日の枠番が確定した。

 

 1枠1番、マチカネフクキタル。

 1枠2番、リボンフィナーレ。

 2枠3番、スペシャルウィーク。

 2枠4番、リトルフラワー。

 3枠5番、アポロレインボウ。

 3枠6番、ジュエルジルコン。

 4枠7番、イラッパ。

 4枠8番、セイウンスカイ。

 5枠9番、レベレント。

 5枠10番、メジロブライト。

 6枠11番、デュオタージェ。

 6枠12番、ラピッドビルダー。

 7枠13番、ヤムヤムパルフェ。

 7枠14番、ジュエルアメジスト。

 7枠15番、ステイシャリーン。

 8枠16番、ジャラジャラ。

 8枠17番、ディスティネイト。

 8枠18番、ジョイナス。

 

 私は内枠寄りの3枠5番。セイちゃんは4枠8番、ジャラちゃんは8枠16番と、有力な逃げウマ娘達はやや外側に追いやられた。変な失敗さえしなければ、序盤の優位は固いだろう。

 フクキタルさんが1枠1番なのが運的な意味で何やら恐ろしいが、スペちゃんも2枠3番と好ゲートを引き当てた。スペちゃんは場合によっては先行策で来るだろうか。ブライトさんは5枠10番となり、差しの作戦を取るか追込の作戦を取るか予想しにくい枠番となった。

 

 枠番が決まった後は当然大々的なインタビューが行われる。シニア級G1の中で最も歴史あるレースのひとつ、天皇賞・春。世間や関係者の注目度は言うまでもなく高い。インタビュー中継すら地上波やネットに確約レベルで放映されるのだから、人気の高さは青天井である。

 ドバイ帰りの私と大阪杯を勝ったスペちゃんが激突することも、注目度の高さに一役買っていると言えるだろう。

 

 天皇賞・春に出走するG1ウマ娘は5人――アポロレインボウ、スペシャルウィーク、メジロブライト、セイウンスカイ、マチカネフクキタル。

 近年稀に見る高レベルな春天ということで、勝者予想も見事に別れている。アポロレインボウ派、スペシャルウィーク派、セイウンスカイ派、メジロブライト派……以下略。事前予想の1番人気は私だけど、人気の数字は強さを表すものじゃなくてただの期待値だ。結局のところ、レースは始まってみないと分からない。

 

 私達へのインタビューは体育館で行われる運びとなり、呼び出された18人は勝負服を着て記者陣を出迎えることになった。ちなみにジャラちゃんの勝負服は初披露となる。比較的シンプルなパステルカラーの勝負服で、それ故に完成された意匠と言えるだろう。

 

 有記念のように記者陣が押しかけた体育館は酷く手狭で、大型のテレビカメラはいつ見ても威圧感がある。

 前のように今日も生放送するらしく、たづなさんやトレーナーには口酸っぱく「くれぐれも失言はしないように」と言われた。人気ウマ娘が下手な発言をしたら、トゥインクル・シリーズの人気どころかURAの威信にも関わってくるからね。そこら辺が厳しくなるのは仕方のないことだ。

 

 いよいよ生放送が始まる時間になったらしく、ステージ上が眩いばかりの照明に照らされて異様な熱気が生まれる。影ができないように『URA』のロゴが入ったバックボードが照らされ、複数のカメラチェックが行われ――カメラを支えていたスタッフが手を上げた。放送開始の合図だ。

 手を上げると同時、ステージ傍で佇んでいた駿川たづなさんが咳払いする。マイクを通じて凛と通る声が吹き込まれ、インタビューが始まった。カメラのフラッシュが花火の如く炸裂し、辺り一面が賑やかな音と光に包まれる。

 

 ストロボが焚かれる中、ルドルフ会長がマイクを手に取って枠順に18人のウマ娘を紹介し始める。その最中、ブライアンさんが腰を低くしながら最内枠のフクキタル先輩にマイクを持たせる。ブライアンさんがちゃんと生徒会の仕事をしているのはいつ見ても慣れないけど、彼女も公的な場所では割と真面目に振る舞うタイプなのだろうか。

 ブライアンさんが引っ込んでいくと、ルドルフ会長がフクキタルさんを一歩前に導く。そしてフクキタルさんの癖たっぷりな声が体育館内に響き渡った。

 

『それでは、この度開催される天皇賞・春に出走するウマ娘達に意気込みを語ってもらいます。1枠1番のマチカネフクキタル、意気込みをどうぞ』

「はいっ! よろしくお願いします! 私の目標はズバリ天皇賞・春の制覇です!! 1枠1番は明らかに()()()()! ツキの証ですよ! 今度こそ勝ってみせますとも!」

 

 フクキタルさんは両手でマイクを握り、堂々と決意表明を行う。決意表明というか、いつも通り運に絡めたきな臭い発言ではあったが――言葉の中に確かな自信が感じられた。

 1枠1番といったら昨年の有記念も同じ枠番だったし、2戦連続で最内枠を引くあたり……今度こそマジなのかもしれない。やはり油断ならないぞ。

 

 質問フェーズに入ると、メモ帳片手に勢いよく挙手する記者陣。

 有記念の敗北を受けて、天皇賞・春はどういう走りをするのか。ライバル視しているウマ娘は誰か。菊花賞ウマ娘として、同じ長距離レースの天皇賞・春にかける思いを教えて欲しい――様々な質問が投げかけられ、フクキタルさんは人懐っこい笑顔を崩さずにあっけらかんと答えた。

 

「そうですねぇ……有記念ではアポロさんにマーク戦法が効かなかったので、改めて基礎的な体力作りを徹底しました! 同じことをやっても負けそうだったので、今回はライバル視しているアポロレインボウさんに()()()()()()()()()()勝ちたいと思います!!」

 

 ――可愛い笑顔をしておいて、とてつもなく恐ろしいことを言ってないか? 真正面からぶつかっても勝てるレベルに仕上げてきたってことか……?

 この自信、ハッタリには思えない。それが本当なら割とマジでヤバいぞ。大逃げに食らいついてこれるレベルだとしたら、超逃げでも尻尾を掴まれてしまうかもしれない。互いに理想的なレース運びをすれば、そりゃ私に軍配は上がるんだろうけど……。

 

 私はフクキタルさんのキラキラ輝く()()()()目を思い浮かべて、不思議とぞっとした。フクキタルさんのことを考えると、妙に背後が気になり始めてしまう。底の見えない双眸に睨めつけられているような――

 

「それと、天皇賞・春は伝統のレースですからね! 菊花賞に加えて春の盾を掴み取って、超長距離G1ダブル制覇をしてみたいです!!」

『――ありがとうございました。続いて1枠2番、リボンフィナーレ――』

 

 フクキタルさんが一礼して一歩下がり、横並びになる18人の列に戻ってくる。一瞬目が合ったフクキタルさんに微笑みを向けられたが――いつもの快活で優しい雰囲気はどこかに消し飛んでいて、薄く開かれた目の中には冷たいまでの闘志が宿っていた。

 普段のフクキタルさんの騒がしさや言動を知っている分、その貼り付けたような微笑には強烈な違和感を感じてしまう。いつも優しい人が怒ると怖いように、マイクを手放して密かな威圧感を噴出する彼女は、私にとって恐怖の対象でしかなかった。

 

 ――怖い。マジになったウマ娘、滅茶苦茶に恐ろしいぞ。まるで猛獣だ。

 私はリボンフィナーレがインタビューを受けている間に、フクキタルさん以外のウマ娘に目を向ける。すると、2枠3番のスペシャルウィークを含めた多数のウマ娘から、剥き出しの刃物のような視線を向けられているのに気づいた。

 

「!」

 

 特にスペちゃん。普段の人懐っこい大型犬のような雰囲気が一変して、完全に戦士の顔つきになっている。いつもはスズカさんや人参のことしか考えていない心優しい少女が――他人行儀な笑顔を浮かべて私の横顔を捉えていた。可憐な少女がしてはいけないような精悍な顔つき、あまりにも敵意の籠った視線。勝負服を着込んでいる影響もあるのか、彼女の周りの空気が歪んで見えるくらいだった。

 彼女が私のことをライバル視するのも分かる。ホープフルステークス(3着と2着)皐月賞(2着と3着)日本ダービー(同着の優勝)菊花賞(1着と3着)――彼女から見れば、私との戦績は1勝2敗1引分と負け越しているからだ。ここで勝ってイーブンに持ち込みたいという気持ちの現れだろう。

 

 私だってスペちゃんが1番の敵だと思ってる。大阪杯であのグラスちゃんに勝って、ノリに乗っている彼女を軽視することなど絶対にできない。

 いかにもなアイドル風の勝負服が目に入って、日本ダービー当日を思い出す。この熱量、どす黒い敵意、()()()()()()()()()()()()――まさにあの時と同じ。いや、ダービー時以上の()()()がある。目を離せない。冷たい笑顔と視線が交錯する。まるで獰猛な野獣。早く戦いたいと言わんばかりではないか。

 

 そんな彼女が辛うじて笑顔を保っていられるのは、生放送だから取り繕っているというだけのことなのだろう。しかして、この場に居合わせる生徒会メンバーやたづなさんは落ち着かない様子である。早くもバチバチにやり合っている壇上の18人を見て、放送事故が起きないか不安なのかもしれない。

 

『――続いて、2枠3番。スペシャルウィーク』

「……はい!」

 

 スペちゃんはパッと見では笑顔を保ってマイクを手にする。睨み合いが途切れたので、私も前を向いて余所行きの笑顔を保った。遠くの方で見ていたとみおが明らかにハラハラしているのが分かる。少し申し訳なく思ったが、既に天皇賞・春は始まっているのだ。プレッシャーをかけられたなら、逆にやり返してやらないと私だって気が済まない。

 

 スペちゃんはマイクを持って列の前に出ると決意表明を行う。静かな言葉だった。

 

「私はこの天皇賞・春を()()()()()()()! よろしくお願いします!」

 

 ただそれだけの言葉。ぺこりと一礼して、僅かな静寂が体育館を支配する。単純な言葉が故に、自信と決意の強さが窺えた。無論、レースに出走するウマ娘は全員勝つためにやって来ているのだが、開口一番に()()()()()とあえて発言することで、ライバル達に揺さぶりをかけようとしているのは明らかだった。

 微かなざわめきの後、記者達が(まば)らに手を挙げ始める。

 

『に、日刊ウマ娘レース新聞の武です。天皇賞・春はこれまでのデータから内枠有利と言われるレースですが、当日は先行策を取りますか? それとも得意な差し追込をする予定ですか?』

「……流れのままに突き進みます!」

 

 私やスズカさんみたく分かりきった逃げを打つならともかく、ある程度自在性のあるウマ娘が当日の作戦を素直に言うはずがない。回答はやんわりと受け流され、次の質問に続く。

 ――この天皇賞のライバルは誰ですかという質問が飛んでくる。にわかにスペちゃんがスカートの裾を握り締めたのが分かった。

 

「セイちゃんとアポロちゃんには負けたくありません。皐月賞と菊花賞を取れなかったのが、今でも心残りなんです」

 

 その後もやけに静かな応答が続き、スペちゃんの出番は終わった。いつもと違う雰囲気の彼女だったが、遠くにいた沖野トレーナーは棒付きキャンディを咥えて密かに笑っていた。彼なりに仕上げてきた結果なのかもしれない。

 しばらくの間隔が空いて、5番目は私だ。名前を呼ばれると同時に前に出て、マイクを持って決意を新たにする。

 

『続いては、3枠5番のアポロレインボウ』

「はい! 天皇賞・春は得意な距離なので、優勝目指して思いっきり逃げたいと思います!! よろしくお願いします!!」

 

 私が勢いよく頭を下げると同時、メモ帳を構えた一団から一斉に手のひらが上がった。食い気味に挙手した乙名史記者に白羽の矢が向けられる。

 

『月刊トゥインクルの乙名史です。天皇賞・春を制覇すると、菊花賞・有記念・天皇賞・春の連続勝利――つまりシンボリルドルフ以来の『長距離三冠』達成となりますが、それについてどう考えていますか?』

「…………」

 

 そうか。そう言えば、菊花賞と有記念を立て続けに勝っている今、これに加えて天皇賞・春を連続で制覇すると、確かに日本の長距離G1を全て制したことになる。

 ルドルフ会長以来の快挙というのは初耳だが――『長距離三冠』か。いい響きではないか。『英国長距離三冠』『ステイヤーズミリオン完全制覇』に引けを取らない甘美な栄光、掴み獲らない手はない。

 

「そうですね、ルドルフ会長に並ぶためにも絶対に勝ちたいです!!」

 

 月並みな受け答えだが、下手に沈黙するよりは良いだろう。素直な気持ちを全面に押し出して、次の質問に移っていく。

 

『月刊グレイゴーストの安藤です。アポロさんは天皇賞・春の後、ヨーロッパ遠征をすると発表していますが……天皇賞・春で結果が出なかった場合も遠征されるのですか?』

 

 いきなり飛んできた鋭い質問に、私は助けを求めるようにトレーナーの方に視線を送った。とみおは酷く焦った様子で手元のキャンパスノートにペンを走らせると――『俺達は絶対負けない!! 気にするな!!』と大きな文字を掲げてきた。思わず彼の目を見ると、とみおの双眸は私の勝利を欠片も疑っていない様子だった。

 ぐっと熱いものが込み上げてくるのを堪えながら、私は小さく深呼吸する。やれることはやってきた。とみおも背中を押してくれている。この記者さんだって、きっと私を傷つける意図はなくて、誰もが訊きづらい質問をあえて投げかけてやりたかっただけなのだろう。

 

 で、あれば。私は年度代表ウマ娘として、堂々とした態度で受け答えするのみだ。

 

「――ヨーロッパ遠征の予定は変わりません。天皇賞・春には勝ちますから」

 

 瞬間、背後の空気が一変する。ぴりぴりとした電流のようなものが背中にかけて迸り、複数の敵意が増大する。その(あるじ)は言うまでもない。マチカネフクキタル、スペシャルウィーク、ジャラジャラ――この3人だ。

 メジロブライトはポーカーフェイスで何を考えているか読み取れないし、セイウンスカイもぴゅぅと口笛を吹くような余裕さえある。どちらにせよ、大胆な発言だったことには変わりない。勝てばこのビッグマウスも許されるだろうか。

 

『週刊グレードレースの柴田です。菊花賞では2分58秒5という歴史的大レコードを記録しましたが、現在の天皇賞・春のレコードである3分14秒4を超える自信はありますか?』

「……あります! 新走法を身につけたので、ドバイの鬱憤晴らしという意味も込めて爆逃げてぶっちぎりたいと思います!」

『……ありがとうございました。続いては――』

 

 私の出番が終わったので、一礼して回れ右をする。元の位置に戻る際、当然17人のウマ娘の顔を見ないといけないのだが――私は絶望的な量の敵意を向けられていた。

 そりゃそうだよな、と思いつつカメラの方に向き直り、変わらぬ笑顔を作る。本気の敵愾心を剥き出しにしてなお友好な関係を築けているのは、割と奇跡に近いのかもしれない。本気でぶっ倒したいと感じているのに、レース外では親友と言えるほどの仲良し。これもトゥインクル・シリーズが育んでくれた友情である。

 

 続いては4枠8番のセイウンスカイが前に出る。生放送中だと言うのにふらふらと落ち着かない様子。視界の端のエアグルーヴさんが頭を悩ませているのが分かった。

 

 彼女はいつも通りだった。のほほんとした表情で斜に構え、質問の内容をのらりくらりと躱していく。

 天皇賞・春における1番のライバルは誰か、初の3200メートルに挑む心境を教えてほしい、このレースはハナを切って逃げるのか溜め逃げに徹するのか――などの質問が飛んできたものの、彼女は「頑張りま〜す」とか「マイペースにのんびり行きたいと思います」というような受け答えをしてばかりだった。いつも通りのセイウンスカイである。

 

 記者もそれを分かっているのか、多少呆れつつも「まぁセイウンスカイだし……」という反応をして彼女の番は終わった。

 全員がこの反応をしたのは、逆に言えば、多くの人がセイウンスカイの「勝ちたい」という内心を知っているということでもある。それ故に彼女の内面を深く掘り下げるようなことはしなかった、というだけである。

 

 5枠10番のメジロブライトの番になると、先刻まで刺々としていた体育館内の空気が一変して和らいだ。彼女の声がマイクを通して響き渡るだけで、まるでハーブのような高貴な香りが漂ってくるようである。

 記者陣の緊張も緩んだのか、何だか質問する際の口調が孫を相手にするおじいちゃんおばあちゃんみたいになっている。

 

「メジロのウマ娘として、この天皇賞・春は譲りたくないですね〜。昨年の覇者である意地をもって、この天皇賞はわたくしが勝たせてもらいますわ」

 

 しかし、彼女もまた立派なメジロのウマ娘。しっかりと決意表明を行った後、前列を去ってインタビューを終了させた。

 

 最後の注目ウマ娘はジャラジャラ。私がメイクデビュー戦で戦った同期であり、同じく欧州ステイヤー路線を目指す因縁のライバルだ。

 彼女は最初の記者に勝負服を祝福された後、(アポロレインボウ)との確執について質問を受ける。具体的には、『メイクデビューで接触事故のあった2人ですが、改めてこの大舞台で戦うにあたって思うことはありますか?』という、大衆が知りたがるような質問であった。

 

 まぁ、私とジャラジャラは普通に仲良しなので確執とかは別に無い。ただ、レースで再び戦うとなれば、感じることがあるのもまた事実。ジャラジャラは少し沈黙を置いてからマイクを握り直すと、こう続けた。

 

「……メイクデビュー戦の後、私はアポロさんに直接謝罪をしに行きました。殴られる覚悟もありました。でも、彼女は私に優しく触れるだけで全てを許してくれたんです。……アポロレインボウさんは私のライバルであり、友人であり、最も尊敬するウマ娘です。――が、再び戦う時は真っ向勝負で戦おうと思っていました。負けるつもりは毛頭ありません」

 

 強い芯を感じる受け答えだった。それから何個かの質問を受けてジャラジャラの出番は終わり、ディスティネイトちゃんの番がやってくる。

 ジャラちゃんが列に戻る際、目が合った。優しくて、敵意に溢れていて、もどかしい光を孕んでいて。

 ――あぁ、彼女も倒さないといけないなと思った。

 

 

 こうして強烈な威圧感と闘気の渦巻くインタビューは終わり、私達はいよいよ天皇賞・春の本番当日を迎えた。

 



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101話:激闘!天皇賞・春!その1

 

 

 ――5月1週、天皇賞・春。

 京都レース場・芝3200メートルの条件で行われる、伝統のシニア級最強ステイヤー決定戦だ。日本のトゥインクル・シリーズで開催されるG1の中でも特に長い歴史と伝統を持つレースとされる。優勝賞金の他に賞品として皇室から『楯』が下賜されており、天皇賞・春は『春の盾』と呼ばれることもしばしば。

 

 こうして私が目指してきた大舞台となる春天だが、現在3000メートル級のG1競走を行っているのは僅かに5カ国しかない。日本(天皇賞・春、菊花賞)、イギリス(ゴールドカップ、グッドウッドカップ、セントレジャー)、フランス(ロワイヤルオーク賞、カドラン賞、ロワイヤリュー賞)、アイルランド(アイルランドセントレジャー)、オーストラリア(メルボルンカップ、シドニーカップ)。

 しかし、超長距離レース開催国が少ないからといって、ステイヤーのレベルが低いというわけではない。ここに勝たなければ、どうしてヨーロッパで結果を残せるというのだろうか。

 

 そんな天皇賞の当日、私は早朝のうちから早々と現地入りしていた。軽くランニングして身体を温めた後、昼食を軽く胃に入れてストレッチを繰り返して、いつレースが始まっても良いように静かに呼吸を整える。

 私は手元のデバイスで出走表を睨みつける。そこには『1番人気アポロレインボウ』の文字が煌めいていた。以下、出走表である。

 

 1枠1番、6番人気マチカネフクキタル。

 1枠2番、7番人気リボンフィナーレ。

 2枠3番、2番人気スペシャルウィーク。

 2枠4番、13番人気リトルフラワー。

 3枠5番、1番人気アポロレインボウ。

 3枠6番、14番人気ジュエルジルコン。

 4枠7番、15番人気イラッパ。

 4枠8番、3番人気セイウンスカイ。

 5枠9番、18番人気レベレント。

 5枠10番、4番人気メジロブライト。

 6枠11番、12番人気デュオタージェ。

 6枠12番、8番人気ラピッドビルダー。

 7枠13番、16番人気ヤムヤムパルフェ。

 7枠14番、11番人気ジュエルアメジスト。

 7枠15番、17番人気ステイシャリーン。

 8枠16番、5番人気ジャラジャラ。

 8枠17番、10番人気ディスティネイト。

 8枠18番、9番人気ジョイナス。

 

 この中で最も対戦数が多いのは、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、ディスティネイトの同世代3人。インタビュー時から彼女達の調子は変わっていないようで、控え室に居るというのにスペシャルウィークの仕上がりの良さが耳に入ってくるレベルだ。

 かく言う私も、とみおの絶妙な調整によって完璧な仕上がりになっている。鏡の前に立ってみると、髪と尻尾は艶やかな光沢を放っているのが分かった。肌艶も素晴らしい状態である。精神的にも上手いことコントロールされて、苛立ちを覚えるほど走りたくて堪らなかった。レース数日前から全力疾走を禁止されていたせいだ。

 

「アポロ、調子は良さそうだな」

「まあね」

「ごめん、調整に力を入れすぎたかも」

「……今更すぎるけど」

 

 私は爆発しそうな闘争心を前掻きによって抑えつけ、その場で旋回を始める。脚先に焦燥感が集まっていて、腸が煮えくり返るかのようだ。激怒した瞬間の沸騰が永遠に続いているかのような感覚に、私は彼を恨みさえしている。走るには最高のコンディションすぎて気が狂いそうだ。

 

「もうちょっと我慢してね」

「…………」

 

 言いながら、とみおは控え室から出ていく。両耳を倒して撫でてくれるのを待っていたのだが……下手に甘えてしまうと闘争心が削がれると判断したのだろう。軽く無視された。少し情けない気持ちになる。レース当日に彼に甘えて勝てるほど、この天皇賞は甘くないということだ。私は目の前の敵を打ち倒すことだけ考えていれば良い。

 前掻きは止まらなかったが、スタッフさんが入室してきたので動きを止める。スタッフさんも溢れ出る威圧感を察したのか、少しぎこちない手つきで私の着替えを手伝ってくれた。軽くお化粧を済ませて、準備万端。いつでもパドックに出られるようになった。

 

 とみおとスタッフが入れ替わりの形になって、部屋に2人きりになる。「うん、今日も綺麗だ」なんて歯の浮くようなセリフを吐きつつ、とみおは息を荒くした私の前に立った。

 

「アポロ、俺達の目標はステイヤーズミリオン完全制覇だ。でも、それは天皇賞・春で負けていい理由にはならない。それは分かってるな?」

「もちろん」

「……ところで、レースに勝ったら何が欲しい?」

「?」

「いやさ、今までG1を勝った時もご褒美なんてあげてなかったよな〜って思ってさ。トレーニングは人一倍厳しいって評判だし、こんな優秀な成績を収めているのに何もしてあげられなかったのは申し訳ないなって」

「……考えとく。でも、私のお願いは絶対にやってもらうからね」

「もちろんさ」

「…………」

 

 言質、取ったからね。私はポーカーフェイスを装いながら、控え室から出て地下道を歩み始めた。コンクリートの壁に足音が反響するのを聞きながら、更に集中力を高め続ける。

 天皇賞・春。このレースを制することが名ステイヤーの仲間入りの絶対条件と言っても過言ではない。メジロマックイーン、ライスシャワー、シンボリルドルフ――彼女達の姿を瞼の裏に浮かべて、京都レース場のパドックに向かう足は、天皇賞というレースの伝統と歴史を感じて微かな緊張を孕む。

 

 ただ――これは良い塩梅の緊張感。ベストパフォーマンスを披露するには丁度いい。

 京都の特徴である真円のパドックに姿を現すと、私を見たファンから歓声が湧き上がった。

 

『早くも初夏の暑さを感じさせる淀の地に、歴代屈指の好メンバーが集いました! 集まった優駿に導かれるように、京都に押し寄せたファンは15万人を越えようかという数です!!』

『昨年から客入りが多いですねぇ。本当に嬉しいですよ』

『最高のメンバーに応えるように、空は雲ひとつない絶好の晴れ模様!! 歴史に刻まれるようなレースを予感してしまいます!!』

 

 実況解説の煽りに湧き上がる観客席。丁度いいタイミングで1枠1番のマチカネフクキタルが姿を現して――というか勝負服変わってるんですけど――そのままステージに立つと、彼女は上着を投げ捨てて一風変わった勝負服を披露する。

 一点に拍手喝采が集中し――いよいよパドックのお披露目がスタートした。

 

『――1枠1番、マチカネフクキタル。6番人気です』

『素晴らしい仕上がりです……が、勝負服を変えて天皇賞に挑むようですね。その効果が果たして現れるのでしょうか、注目しましょう』

 

 ――全ての幸運を一身に溜め込んだラッキーの化身、『フルアーマー・フクキタル』だ。事前インタビューの時はセーラー服のような勝負服だったのに、ここに来て新衣装をお披露目とは。とんだサプライズではないか。しかし、招き猫(にゃーさん)はリストラされてしまったようだ。私は結構好きだったんだけど。

 

 気を取り直してマチカネフクキタルの様子を観察する。服装が変わっても調子の良さは継続しているようだ。いつも以上に輝く瞳が良い証拠だ。

 

 マチカネフクキタルがお披露目台から去り、リボンフィナーレの後にスペシャルウィークの番がやってくる。すると、強力な磁場が展開されたかの如く空間が歪んだ。目を擦って何度も瞬きするが、彼女から滲み出る黒い迫力は変わらない。

 どうやら私含めた出走ウマ娘のみに見えているようだ。見ているだけで肋骨の内側が締め付けられる。

 

『――2枠3番、スペシャルウィーク。2番人気です』

『直近のG1大阪杯を快勝し、その実力は日本でも最上位と言われています。天皇賞・春に同年のダービーウマ娘が集まることなんて二度とないでしょうね……その走りには期待せざるを得ません』

 

 ダービーウマ娘の登場に、うねりのような声があちこちから上がる。彼女は指先で上着を弾き飛ばすと、アイドル風の勝負服を露わにした。露出した腕や脚から分かる凄まじい肉体の仕上がり。薄い皮膚の下に野性的な筋肉が蓄えられているのが分かる。少し動くだけで鍛え抜かれた筋肉が呼応するのが見て取れた。

 彼女の一挙一動を受けて、17人に緊張が走る。もちろん私達は全員己のコンディションキープに専念していて、彼女をじっと見つめ続けて自分の闘志を途切れさせるようなことはしなかったのだけど、でも、17人は内心に「やばいぞ」と呟き、一同に生唾を嚥下するような、張り詰めた空気が漂った。

 

「とみお、スペちゃんは差しで来るかな?」

「どうだろう。絶好の内枠だから、まだどちらとも言えないな。だけど……前話した通りの展開になりそうだ」

 

 とみおが天皇賞・春の脚質データや枠ごとの勝率を調べたところ、逃げ先行の前脚質が有利で、かつ1枠(最内枠)の勝率が最も高いという傾向が明らかになった。逆に追込の勝率は極端に低く、レース中盤から()()()()中団に付けないと勝ち目がないという。

 つまり私達の予想では、スペシャルウィークは前目の策――つまり先行で来ると見ていた。統計的に見ても、得意脚質からしても、そうなると思って間違いないだろう。

 

 スペシャルウィークがお披露目台を去って、次の次は私の出番。とみおに背中を押されつつ、簡易ステージに上がる。かかとを鳴らして立ち止まると、上着を無造作に鷲掴む。そのまま肩口から捲り上げるように空高く上着を飛ばして、私は両腕を振って自分の存在と仕上がりをアピールした。

 

『――3枠5番、アポロレインボウ。1番人気です』

『絶好調ですね。ドバイでは日本代表として力のあるところを見せてくれました。この天皇賞・春に勝利して、ヨーロッパへ繋げることができるでしょうか。また、菊花賞、有記念、天皇賞・春を勝利して、日本の長距離レース完全制覇となるでしょうか? 私イチオシのウマ娘ですよ』

 

 すっかり着慣れた勝負服を身に纏い、腕を組んで気取ってみる。白いドレスに身を包み、可愛らしいスカートを揺らめかせて。白い手袋に、白いタイツに、白と黒のハイヒールを履いて――そして、色んな夢と想いを背負ってここに立っている。

 精神も肉体もスペシャルウィークに劣らず絶好調。溜め続けた激情(おもい)を燃焼する準備はできている。もちろん、10000メートルを疾走可能な無尽蔵のスタミナを燃やし尽くす用意も出来ている。

 

 早く走らせろ。そして、私を勝利させろ。この大舞台での勝利が欲しい。好枠順、絶好調、良場の条件が揃った今、ここにいる17人に負けるわけにはいかない。

 

 スカートを大きく翻してやると、観客席が大きな盛り上がりを見せる。

 もっと私に夢中になれ。濁流のような想いを私に注ぎ込め。みんなの高まりに当てられるたび、私はきっと強くなれる。

 

 披露の最中、遥か遠くの客席に見知った友人や先輩の姿が見えた。

 グリ子、マルゼンさん、パーマーさん、ヘリオスさん、バクシンオーさん、マックイーンさん、ルドルフ会長、タキオンさん。目が合ったのを確認して、マルゼンさん達が目を細めて手を振ってくれる。私の思い込みかもしれないけど、まるで壮行のようだと思った。

 大衆に向けてのパフォーマンスに潜ませて、みんなに軽いウインクで感謝を伝える。多分伝わったはずだ。伝わってなくても、それでいい。私が勝手にそう思っていれば良いんだから。

 

「アポロレインボウはこの天皇賞でレコードを出して勝つと思うぜ」

「どうした急に」

「菊花賞のレコード勝ちは言うまでもないが、ダブルトリガーを抑えたステイヤーズステークスでの快勝、そしてドバイゴールドカップはレコードを演出しての2着……3000メートル以上のレースではほぼ確実にレコードを叩き出している。負けるとしても掲示板入りは固いだろうな」

「それはそうだけど、今回は流石にアポロちゃんを止める子が出てきてもおかしくないだろ。自由な大逃げなんてさせてもらえないって」

「いや……アポロちゃんは事前インタビューで新しい走法を身につけたと言っていた。ウマ娘は常に進化を続けているんだよ、勝利の可能性は無限大さ」

「ま、18人全員が無事に走りきってくれるのが1番だな!」

「おう! せっかくのG1なんだ、みんなには頑張ってほしいよな!」

 

 私は踵を返してお披露目台を下りた。背中に惜しむような声を浴びつつ、次のウマ娘に出番を譲る。

 セイウンスカイの調子はまずまず。闘争心を上手く隠して、のんびりした様子で観客の声に応えている。いつも通りの彼女と言ってしまえばそれまでだが。

 メジロブライトとジャラジャラは絶好調と言って差し支えない。ジャラジャラと僅かに視線が交錯する。お互いに微笑み合って、言葉を交わすでもなくすれ違った。

 

 パドックのお披露目が終わり、人の波がスタンド正面――つまりレースコースの方角へと流れていく。ただ、京都レース場の限界収容人数は12万人。確か今ここにいるファンが15万人だったから、パドック周りから動けないままレースを終える人も出てきてしまうだろう。

 しかし、まるでジェットコースターに並ぶ人々のように、ファンは5分にも満たない天皇賞・春を今か今かと待ちわびている。怪我なくみんなが走り切ってくれますように、推しのウマ娘が結果を残してくれたらいいな、大波乱を巻き起こす伏兵が現れれてほしい――そんなそれぞれの夢を抱いて、15万人のファンがスタンド正面に押し寄せた。

 

 地下道を通っていよいよターフに駆け出そうとした際、私とトレーナーの隣を抜けていく芦毛のウマ娘がいた。セイウンスカイだ。

 芦毛、逃げウマ、ゆるふわ系、割と気性難な方。私とセイウンスカイの共通点はかなり多い。そもそも、「俺」はセイウンスカイのような子になりたかったのだ。見た目はもちろん、一筋縄ではいかないけれど勝利にどこまでも貪欲なところとか、まさにそう。

 

 似た者同士なのだ。そっくりさんなら尚更負けられない。どちらが優れているか、ここらで白黒はっきりつけておこうじゃないか。

 私はトレーナーと別れてターフに足をかけようとしていたセイウンスカイに、ちょっとした挨拶のつもりで声をかける。レース直前だから無視されても仕方ないと思っていたが、彼女は案外あっさりこちらを見てくれた。

 

 澄んだ青空のような瞳。雪のように白い肌。さらさらと風に(なび)く絹のような髪。きょとんとしたような眉毛が更に持ち上がって、首を傾げて疑問を投げかけてくる。その一連の動作が本当に可愛らしくて、あざとくて――全身が粟立つほどに激しい感情を覚えた。

 ――()()()()()()()()()()()()()。すぐに消えてしまったが、彼女と目を合わせた一瞬、私はどす黒い瘴気のような『領域(ゾーン)』の欠片を確かに感じていた。

 

 皐月賞の第4コーナー、そして最終直線。あの日見た背中と横顔が脳裏を()ぎる。脚は棒切れのように擦り切れて、喉は痛いくらい渇き切って、それでも勝ちたくて歯を食い縛って――しかし敗北を喫したあのレース。あの日見せつけられた横顔と今のセイウンスカイが重なる。

 こうして近くで見ると分かる。なんて調子の良さだ。何故気づかなかった? いや、調子の良さを隠すのが上手くなったのか。

 

「アポロちゃん、大事なレース前だよ〜? そんな深刻な顔しちゃって、もしかしてセイちゃんに愛の告白でもしてくれるの? にゃは、なんちゃって!」

 

 彼女の闘争心の強さなど、もはや公然の事実とも言える。まだそれをひた隠しにしようとする彼女に、焦りに似た苛立ちさえ感じてしまう。でも、全力を尽くしてたったひとつの盾を奪い合うからこそ、勝者の価値が高まるというもの。私は口角が持ち上がるのを抑えられなかった。

 

()()()()()()()()()

 

 私はあなたの内側の奥深くが見たい。剥き出しになった柔らかい心を喰らいたい。お互いが死力を尽くしあって、もう何も残らなくなるまで戦いたい。皐月賞の時に感じたような恐怖すら味わいたいと思っていた。

 セイウンスカイに怪訝な表情で見つめられる。違うのだ。本当に()()()()と思っているから出てくる笑顔なのだ。あなただって分かっているでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の不穏な笑みに肩を竦めた彼女は、やれやれといった風にそっぽを向く。尻尾の艶やかさが目に入って、セイウンスカイはやはり最高潮の状態にあるのだと確信を強める。

 そのセイウンスカイは光の中に足を踏み入れると、こう言い残して走り出した。

 

「セイちゃん、菊花賞で勝てなかったのは心残りなんだよね〜。だから……ちょっとだけ本気出しちゃおっかな〜って」

 

 セイウンスカイが一足先に、淀の芝へと消えていく。

 

「……いっつも本気なくせに」

 

 ライバルが強いほど、私も強くなれる――どこで聞いた言葉だったのかは忘れたが、そんな想いが胸の内に渦巻いている。セイウンスカイの絶好調に、滾る心が震えていた。ウマ娘としての本能なのか、想像以上の仕上がりなセイウンスカイに歓喜の波が押し寄せる。

 スペシャルウィーク、マチカネフクキタル、ジャラジャラ――みんなが闘争心を剥き出しにして私に向かおうとしている。だけど、彼女達3人から与えられる恐怖ではまだ足りないと思っていた。

 

 私が更に殻を破るためには、皐月賞のような、焦れったくて鮮烈な激情が必要なんだ。大いなる屈辱と涙の敗北、悔しさと怒りと情けなさ――あの時の感情全てを再び刻みつけてほしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。解放と覚醒の絶頂を与えてくれるのなら、私はここで力尽きても良い――

 

「アポロ、熱くなりすぎだ」

「……!?」

 

 獰猛な思考に身を任せて走り出そうとすると、優しい声が私の頭の上に下りてきた。軽く頭を撫でられ、加熱しすぎた感情が多少の落ち着きを取り戻す。

 そこら辺のコントロールもお手の物なのか、とみおは感情が沸点を迎える寸前のところで手を引っ込めた。先程よりも鎮静化したが、それでも少しの刺激を与えれば激情に身を任せられるような状態。

 

「……ありがと。ちょっと冷静になるね」

「そうしてくれ。ただ、俺もコンディション管理を失敗したかもしれん。辛くしてごめんな」

「謝罪はあとあと。気にしないで」

 

 とみおはそう言って腕時計を見る。もう時間がない。私はセイウンスカイの後を追って、地下道から抜け出して光の中に飛び込もうと膝を上げる――が、最後の最後に言い忘れたことを思い出して立ち止まる。

 

「最後に言いたいことがあったんだった」

「?」

「ね、とみお」

「何かな?」

「私が帰ってきたらさ、いっぱい抱き締めて……たくさん褒めてくれる?」

 

 上目遣いで、彼の袖をそっと摘む。

 

「あぁ……なるほど。それがご褒美の内容?」

「……ん」

「もちろんいいよ。……言いたいことは済んだかな?」

「うん。言質、取ったかんね」

「はは、困ったね」

「……それじゃ、行ってきます!」

「楽しんでおいで」

 

 トレーナーの声に見送られて、私はコンクリートを蹴って光の中に駆け出した。

 

 恋もレースも1着を取る。

 それがアポロレインボウだ。

 

「――しゃあっ! いっちょ、やったりますか!」

 

 ――6番人気、マチカネフクキタル。

 倒す。

 

 ――5番人気、ジャラジャラ。

 倒す。

 

 ――4番人気、メジロブライト。

 倒す。

 

 ――3番人気、セイウンスカイ。

 倒す。

 

 ――2番人気、スペシャルウィーク。

 倒す。

 

 全てに背中を見せつけてやる。

 ど根性で逃げて逃げて逃げまくって――絶対に勝ってやる。

 

 

 さあ、絶対に負けられない天皇賞・春が始まる。

 

 

 



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102話:激闘!天皇賞・春!その2

 

 光の中に飛び込むと、際限なく広がっていく青と緑の景色。今日の京都レース場は絶好の晴れによる良場で、芝も全く荒れていない。蹄鉄が芝のひと束ひと束を踏みしめる度、適度なグリップ感とターフの弾力を感じられるほどだ。

 ウマ娘達が続々と本場入場を行う中、私は颯爽と返しウマを行い始めた。想像を絶する観客の数に圧倒されつつ、ゆっくりとした疾走で身体のギアを押し上げていく。ここで全力疾走して感情を解放してしまえば、とみおの調整がオシャカになってしまう。あくまで準備運動ということを忘れてはならない。

 

 天皇賞・春で予想されるのは真っ向勝負。トリックや()()を使わないわけではないが、有記念の凶悪な消耗戦でも私の体力(スタミナ)を削りきれなかったとあって、純粋な力比べに持ち込もうとしてくるウマ娘が多いという予想が私達の間で立てられていた。

 足を引っ張って勝つのではなく、純粋な実力勝負で勝ちに来る。ひと皮もふた皮も剥けたライバル達と対峙するのだと思うと、どうにも落ち着かなかった。

 

『アポロレインボウ今日も控えめに走っているぞ! 大歓声のスタンド前を横切って、向正面にランニングしていきます! 調子は良さそうですね!』

『あの全力疾走の返しウマが恋しいですが、3200メートルの超長距離戦ですから……さすがにそこまでの余裕はないということでしょう』

 

 返しウマが終わると、京都レース場のゲートに18人が集結する。京都芝3200mのスタート地点は、スタンド正面から見て向正面の中間点よりやや左に位置している。現在は天皇賞・春でしか使われないコースとなっており、菊花賞の時と同じく淀の坂を2度も越えなければならない。3000メートルの菊花賞にプラス200メートルされるのだから、長く苦しい戦いになるだろう。

 

 私は自分のゲート番号の前にやって来て、軽く深呼吸して息を整えた。外枠の方を見ると、ジャラジャラ、メジロブライト、セイウンスカイが。内枠の方を見ると、スペシャルウィーク、マチカネフクキタルが悠然と佇んでいる。

 目を合わせようとはしなかった。スペシャルウィークとセイウンスカイから溢れ出す『領域(ゾーン)』に呑み込まれないように、己の心象風景を高めていく。スペシャルウィーク(【シューティングスター】)セイウンスカイ(【アングリング×スキーミング】)が表層に現れ、私の領域と激しく火花を散らす。

 

 彼女達の全身から醸し出される青い焔のような生命力の光。ウマ娘じゃないみたいだった。同じウマ娘とは思えない覇気がゲート前に(わだかま)って、遠くで鳴り響くファンファーレをすっかりと掻き消してしまう。

 圧倒的だった。うなじから尻尾の付け根にかけて、びりびりとした電流のような感覚が走る。本能的な卑小感。強大なものに出会った野生動物が無条件に抱いてしまう、逃走への欲求のような――。ただ、この追い立てられるような圧迫感は、そのまま大逃げへの活力として利用させてもらおう。

 

『京都レース場に高々とファンファーレが鳴り響いて、各ウマ娘がゲートインしていきます』

『気温が上がり続けていますから、熱中症には気をつけてほしいですね』

 

 鼓膜を破りそうな大歓声を聞いて現実に戻ってくると、私は鋼鉄のゲートに向かって一歩踏み出した。スタッフによって背後の扉が閉められ、一時的な閉鎖空間に押し込められる。

 

『3枠5番のアポロレインボウ、ただ今ゲートイン』

『気合い十分! 良い顔してますね!』

 

 視界がぎゅっと狭まると共に、私は五指をひとつひとつ折り畳んで拳を握り締めた。固めた拳を胸の前に持ってきて、深く深呼吸する。開幕は一瞬。スタートの優劣でレース展開の全てが決定づけられるのだ。

 次々とライバル達がゲート入りし、背後の扉の開閉を行っていたスタッフ達が引き上げていく。私は何度か頬を叩いて気合を入れ、腰を落としてスタンディング・スタートの構えを取った。

 

『全てのウマ娘がゲートイン完了。日本の長距離王者を決める戦いが今スタートします!』

 

 ゲート付近――いや、レース場全体の空気が張り詰める。針で突けば破裂してしまいそうな雰囲気の中、ゲート付近の空気が一瞬だけ緩む。

 ――ここだ。ゲート・オープンを予感して踏み出す(からだ)。同時に動いた気配は3つ。セイウンスカイ、ジャラジャラ、そして――スペシャルウィーク。前に飛び出した肉体が風を切り、開幕50メートルを通過するまでに超加速を刻み始めた。

 

『――スタートしました! 好スタートを決めたのはアポロレインボウ、セイウンスカイ、ジャラジャラ! スペシャルウィークもすいすいと前に出て経済コースを確保するか!』

『やはりレース序盤は逃げウマ娘達が争う展開になりますね』

 

 茹だるような熱気と歓声の中、天皇賞・春が開幕した。ロケットスタートでぶっちぎり、最序盤で1身の差を空ける。2番手はセイウンスカイとジャラジャラ。ジャラジャラは内に切り込みながら、早くも全力疾走。私を捕まえようと加速を続けている。

 

 上り坂の道中でスタートする3000メートルの菊花賞とは違い、3200メートルの天皇賞・春のスタートは平坦だ。向正面のスタート地点から第3コーナーまではおよそ400メートル。高低差4.3メートルに及ぶ淀の坂を越えるまで位置取り争いは続く。逆に言えば、スタートから400メートルまでにハナを奪っていなければ、私達のような逃げウマは厳しいと言わざるを得ない。

 つまり――ジャラジャラは最初の400メートルを死ぬ気で食らいついてくる。1番手アポロレインボウ、2番手ジャラジャラ、3番手セイウンスカイ、4番手スペシャルウィーク――この隊列を作りながら、レース序盤の100メートルを通過した。

 

 スタートでつけた優位を保って、短距離レースの如く加速し続ける――私が目指した究極のレースメイクはこれだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。生半可なスタミナでは私に並ぶことさえ許されない。競りかけてきたら、()()()()()。完璧なレースだ。隙などない理想の作戦と言える。

 ――だが、それでも。この作戦の脆さが露呈するとしたら、レース最序盤なのだろう。ジャラジャラとの差は1と1/2身。突き放し切れない。それは何故か。()()()()()()()()()()()()()()()()だ。私の全速力とジャラジャラの全速力、両者の間に決定的な差がつくのはもう少し後なんだ。それこそ、残り百メートルもしないうちに最高速度の差が決定づけられるだろう。

 

『スタートから100メートルを経過して、前に行くのはアポロレインボウとジャラジャラ! アポロレインボウが一歩リードして、ジャラジャラが必死に追い縋っている形! 先頭争いが激しいですね!』

『しかし、ジャラジャラは苦しいですね。あのアポロレインボウの走りを崩せたウマ娘はほとんどいません。今のステイヤーにとって、彼女の大逃げ対策をすることは必須級のミッションと言えるでしょう。このまま走るだけでは敵いませんよ』

 

 こうしてジャラジャラと競り合うのはメイクデビュー以来だ。懐かしい景色と記憶が脳裏に流れていく。加速と衝動に身を任せながら、広い視界の端でジャラジャラの横顔を捉えた。

 あの時もこうだった。レース最序盤は私が前を取って、終盤にかけてハナ争いが起きて、そのまま激しくぶつかり合って……それからは知っての通りだ。

 

 今はどうだろう。ジャラジャラとの差は2身。ジャラジャラとセイウンスカイの差は1身。それ以下はぎゅっと詰まった集団になっていて、ハナ争いはジャラジャラと私のタイマン勝負になったみたいだ。

 ジャラジャラが加速して私の尻尾を掴もうと影を伸ばしてくる。私は振り向かずに、彼女の影から逃げるように蹄鉄を叩きつけた。ステイヤーの最高速度から、ミドルディスタンス・ランナーの最高速度へ。バネのように唸った脚が、私の身体を前へ前へと運んでいく。

 

 勝つことが当たり前などありえない。だから、命を削る覚悟で勝ちを取る。そのスタンスは今も変わらない。魂を擦り減らしながらも究極の走りを繰り出せるのは、私が狂気的なまでに強い意志を持っているからだ。

 ――ジャラジャラ。お前に私が真似できるか? 10000メートルを全速力で駆け抜けることができるのか? 超長距離においてこのスピードを維持することができるのか? できないなら、どうか競りかけてくるな。これ以上の競り合いは無意味だ。お前の脚が壊れてしまう。

 

 レーススタートから150メートル、ジャラジャラとの差は2と1/2身。彼女が異常に気づき始める。何故アポロレインボウとの差が詰まらないのか、と。彼女の最高速度はメイクデビューの頃から見ても著しく成長している。並の逃げウマ娘ならぶっちぎってハナを奪えるであろう彼女のスピードが、私を前にして霞んでしまっていた。

 無論、私が知ったことではない。私は前に進むだけ。突き進み、栄光を勝ち取るだけ。無尽蔵のスタミナを過剰に燃焼して、足先の爆発力に変えていく。

 

 ミドルディスタンス・ランナーの最高速度から、マイラーの最高速度へ。風が歪み、大地が弾む。スリップストリームに入っていたジャラジャラがぎょっと目を剥き、僅かに気勢が削がれたのが分かった。それでもジャラジャラはウマ娘。決して勝負を諦めるようなことはしない。負けじと速度を上げて、私との差を一瞬だけ縮めた後――(たま)らなくなって、顎を大きく上げて酸素を取り込んだ。

 ――ジャラジャラの走りが僅かばかり乱れ、体勢を立て直すために速度が落ちる。

 

(――ジャラジャラちゃん)

 

 ハナ争いの決着はついた。ゲートから171メートルが経過して、私は最終段階に至るためにギアを引き上げる。

 スタミナを燃焼した後は、激情(おもい)に火を灯す。全力で走りたくて苛立っていた気持ちを解放して、最高速度の壁を打ち破る。私を支えてくれた友人や先輩への感謝。『未知の領域(ゾーン)』の中で見守るダブルトリガー、ルモスの栄光、そして海の向こうで待つカイフタラへの憧憬。最後に桃沢とみおへの熱い恋心を爆発させて、マイラーの最高速度から、スプリンターの最高速度へ至る。

 

 薄蒼の焔が胸に宿り、舐めるように私の表皮を伝っていく。眼球が焼けるように熱い。私の激情が宿っているんだ。やがて緑のターフに延焼した焔は、蹄鉄の形を()()くように淀の芝を抉り取った。焼印のように足跡が刻みつけられ、芝を焦がし、後方に蹴り飛ばしていく。

 大地が軋んでいるのが分かった。風が踊り、うねって、私と一緒に奔っている。焔と雪の結晶を撒き散らして、高鳴る心臓のままに駆け抜ける。ジャラジャラとの差は4身。スタートから250メートルを経過した瞬間のことだった。

 

『おっと、ジャラジャラ苦しくなって顔を上げた! どんどん速度が落ちて――いや、アポロレインボウが加速しているのか!? 一足先に淀の坂越えに挑むアポロレインボウですが、加速が止まらない! 菊花賞の再現となってしまうのか!?』

 

 スタートから約150メートル経過したあたりから、高低差4.3メートルの淀の坂が待ち受けている。後続のウマ娘が日本屈指の傾斜に挑む中、私は一足先に坂を登り切って第3コーナーを曲がり始めた。

 位置取り争いが確定し、2番手がジャラジャラ、3番手にセイウンスカイ――そして、4番手に先行の作戦を取ったスペシャルウィークが控えているのが明らかになった。私達が予想した通り。セイウンスカイはこの展開を予想していたのか、さほど驚いた様子はない。ジャラジャラは予想外だったようだけど。

 

『第3コーナーを曲がって、淀の坂を下り始めます! 1番手アポロレインボウ、2番手ジャラジャラ、3番手セイウンスカイ、4番手スペシャルウィーク、それ以下は混戦模様となっています!』

『スペシャルウィークは先行策ですか。内枠スタートを活かした良い作戦だと思いますよ』

『しかし問題なのは、菊花賞以上のハイペース! アポロレインボウの大逃げを食い止めなければ勝ち目はないぞ!! スペシャルウィークはどうするんだ!?』

 

 下り坂に差し掛かり、ブレーキとは無縁の無謀な走りに身を任せる。普通のウマ娘であれば、スピードを出してスタミナを消耗することを避ける淀の下り坂。でも、私にとっては更に加速できる地形でしかない。スタミナの残量を気にせず一心不乱に走れるのだから、利用しない手はなかった。

 熱気と冷気を振り撒きながら、スプリンターの如き超速で3、4コーナーを駆け下りる。後方に潜むライバル達に急かされるように、早くも第4コーナーへと差し掛かった。

 

 私は6身以上の差をつけられた後続を少し気にして、最高速度を保ち続ける。慌てているジャラジャラはともかく、やけに落ち着いて静観を貫くセイウンスカイやスペシャルウィークが気になって仕方がなかった。追い詰められているのは向こうのはず。()()()()()()()()()()()()()()()()。私を放置して勝てる算段でもあるというのか。

 ……有り得ない。スプリンターが3200メートルを走っているのと同じ状況なんだぞ。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 ――まさか。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この暴走を差し切ることができるからこそ、ある程度の余裕を持って静観できているということなのか。

 

 背筋に怖気が走る。そんなバカな。だが、そうとしか考えられない。そうだ。有記念でトリックや()()が効かなかったから、この天皇賞は単純な実力勝負で来る――自分でそう予想していたではないか。それが現実になっただけのこと。しかし、その決定的な成長があまりにも早すぎる。これが日本屈指の優駿。嫌になるくらい強大な敵の成長力というわけか。

 『領域(ゾーン)』が『未知の領域(ゾーン)』へと変化し、彼女達を更なる怪物に育て上げてしまったのだろう。セイウンスカイの前走である日経賞、スペシャルウィークの前走である大阪杯でそんな兆候が見られなかったのは……()()()()()から? それとも、天皇賞・春の前に開眼したから? それは分からないが、警戒を怠ったら負ける。

 

 逃げろ。もっと速く。スプリンター以上の加速を得るんだ。驀進(バクシン)のもっと先へ。

 私はコーナーのギリギリを抉るようなコーナリングで、遠心力を強引に殺して加速した。自慢のスタミナを更に燃費悪く消費し、懸命に腕を振り、脚を回転させ、全身を巡る血流が沸騰するのを感じながら、第4コーナーを曲がり切る。2番手との差は8身。

 

 ダメだ。もっと速く逃げろ。ヤツらは牙を隠している。背中を見せて逃げる私に噛み付き、息の根を止めることのできる鋭い武器を隠し持っている。

 ここに来て、ライバル達の顔が直接視認できないことを恐ろしく思った。何を考えているか分からない。無策で私を放置するほどバカな相手じゃないのは分かりきっている。それが怖い。恐ろしい。自由に走れてしまっている事実が恐怖を引き立てる。逃げろ。もっと逃げなければ差し切られるぞ。

 

『第4コーナーを曲がって、1周目のホームストレッチに差し掛かります!! 湧き上がる拍手喝采!! 声援に圧されたか、アポロレインボウが歯を食い縛って更にペースを上げたか!! 2番手との差は8、9身と圧倒的です!! 2番手のジャラジャラは自分のペースでレースメイクを始めていますが、それでも2番手以下はハイペースと言えるでしょう!!』

『3番手のセイウンスカイはジャラジャラのスリップストリームに入り、4番手のスペシャルウィークも同じようにセイウンスカイの背中に隠れて負担を軽減しています。最後のスパートに全てを賭けるつもりなのでしょう』

 

 スタートから1000メートルが経過して、ホームストレッチと大歓声が私を迎える。そのまま向正面をひた走る。この天皇賞に挑むにあたって油断は無かったはずだ。でも、全力でぶつかれば私が勝つはずだと思っていた。だって、ある日のトレーニングで、8割の力で挑んだ3200メートルのタイムが3分08秒2。日本レコードを余裕で更新する大記録を叩き出して――負けるビジョンが見えるはずなどない。

 ――逆だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。涙が出てしまいそうなほど怖い。完璧な調整と肉体強化を行って臨んだというのに、この不穏な空気は何だ。むしろ、おかしいのは奴らなんだ。スペシャルウィーク、セイウンスカイの方なんだ。

 

 混乱の高まりと共に、2人の心象風景が膨らんでいくのが分かった。予感が確信に変わり、絶対的な恐怖が頭を(もた)げる。ターフを掠める風のように、敗北の恐ろしさが突然心を支配した。喉奥から変な悲鳴が漏れそうになって、叫びそうになって、引き潮のように絶望が消えていったかと思うと、それからまた押し寄せてくる。

 心臓の鼓動に合わせて、発汗が抑えられなくなる。後方のウマ娘から与えられるプレッシャーと折り重なって、無限にも思えたスタミナの底が僅かに覗く。まだ大丈夫だ。落ち着け。()()()()()()()()()()()()。そうじゃないのか。

 

 2番手との差が14身を数えた所で、第1コーナーを迎える。精神的に追い詰められているのは何故か私の方で、セイウンスカイもスペシャルウィークも消耗が少ない。

 いつ進出してくるつもりなのだ。1、2コーナーの中間点か。それとも向正面か。さすがにこれ以上の差が開けば、向こうにも焦りが出てくるはずではないのか。どちらにせよ、私は逃げることしかできない。私はライバルを手のひらで転がしてるのか、転がされているのか、全く分からなかった。

 

『第1コーナーを曲がって縦に長い隊列が更に伸びていきます!! 先頭のアポロレインボウはさすがに苦しそうな表情!! ジャラジャラもペースメーカーとしての役割を果たせているとは言えません!! 1番手から最後尾までは何と25身もの差が開いている!! 後ろの子はここから仕掛けて間に合うのか!?』

『ジャラジャラは2番手でのレースは苦手ですからね。目の前にウマ娘がいると集中力が乱れ、どうにも自分のレースを作れなくなってしまうようです』

 

 第1コーナーを曲がって第2コーナーに差し掛かる。2番手との差は18身。レースは1600メートルを経過して、ここからは折り返しとなる。もう十分な差はついた。でも私は失速しない。更に加速できる脚を残している。であれば、この差を覆せるはずがない。

 一旦落ち着くんだ、私。堂々と胸を張れ。フォームを乱すな。冷静になって考えるんだ。今の私に追いつこうとするなら、それこそ命を燃やして常軌を逸した走りをしなければならない。火事場のバカ(ぢから)のコントロールは私の方が上手いんだ。命を燃やしての走りは辛い。苦しくて堪らない。恐怖すらある。その領域に踏み込めるのは私の専売特許だ。その意味でも譲る気はない。

 

 思考回路は滅茶苦茶だった。叩き込んだフォームに一切の崩れはないが、冷静さを失っていると言って差し支えない。

 そうして再び向正面に差し掛かろうかという時――25身の遥か後方。芦毛のトリックスターの身体から、絶望の光が煌めいた。

 

 脂汗に濡れた全身を舐めるように、剥き出しの冷たい刃が表皮をなぞった。それは威圧感であり、世界を揺るがす末脚の前兆。『領域(ゾーン)』の――いや、『未知の領域(ゾーン)』の煌めきだった。

 レースを支配していた私の空気が、セイウンスカイに塗り替えられる。噴出させていた焔と雪の結晶が掻き消され、一面の大海原と快晴の空が上書きされた。

 

 ――やはり、新たな力に覚醒していたか。『未知の領域(ゾーン)』に。遥か後方のセイウンスカイと一瞬だけ視線が交錯する。

 怖かった。恐ろしかった。でも、心のどこかで望んでいた。あの皐月賞のような激闘の再来を欲していた。目の前にある栄光(勝利)絶望(敗北)が天秤に掛けられ、全てが運命に委ねられる。

 

(――勝利を掴み取るのは)

(――1着になるのは)

 

「「――私だっっ!!!」」

 

 



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103話:激闘!天皇賞・春!その3

 

 セイウンスカイの身体から黒い瘴気が噴出した。絶望の予感が脳髄を貫く。抗いようのない絶対的な豪脚が来る、と。刹那、彼女と私の間の空間が歪み始め、捻れ、壊れていく。硝子(ガラス)が剥がれ落ちるように変異していく風景。

 彼女の全身から生み出されたどす黒い瘴気が私の四肢を呑み込み、侵食し始める。途方もなく強くて、美しくて、激しい想い。やがて、闇の中から差し込んだ眩い光を通じて、私の中に彼女の激情が流れ込んでくる。

 

 見せられる。魅せられる。セイウンスカイの心象風景。一面の大海原と雲ひとつない青空が瞼の裏に映り、現実を彷徨う意識と混濁する。いかだの上で大物を釣り上げんと釣竿を握るセイウンスカイは、どこか神秘的な輝きを帯びていた。

 その場にいる全員の意表を突き、胸をすかすような大勝利を掴みたいというセイウンスカイの強い意志が、私の瞼の裏に焼き付けられる。早熟の予感から来る圧倒的な不安、大舞台で勝ちきれない絶望。『祖父』との深い絆。全ての事象、全ての激情が複雑に絡み合い、セイウンスカイの力となる。

 

 ――【アングリング×スキーミング】。

 

 誰よりも勝利を欲する少女の末脚が爆発した。あまりにも眩い光が京都レース場の一角で輝く。セイウンスカイが前傾姿勢になり、ジャラジャラのスリップストリームから脱出する。1600メートルを通過し、向正面を走りながらのラストスパート。徹底的にスタミナ消費を抑えてきたのは、残りの1600メートルに全てを賭けるためだったんだ。

 

 だが、心象風景を魅せたのは私も同じ。出し惜しみなどしていられない。彼女が迫ると同時に『未知の領域(ゾーン)』を発現させ、大海原に真っ向から立ち向かう。

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 遥かなる雪原に(そび)え立つ異形の一本桜。黒い瘴気の向こう側に咲き誇った虹色の桜は、月虹と共に爛々と輝きを増す。雪の結晶と焔の欠片が舞い、セイウンスカイの心象風景と激突した。吹き荒ぶ猛吹雪と海水の飛沫。決して揺るがない芦毛のトリックスターと、狂気の大逃げウマ娘。互いの『未知の領域(ゾーン)』が軋み、悲鳴を上げる。

 

『おっと――セイウンスカイがここで上がってきた!? 恐ろしい勢いでアポロレインボウを猛追する!! 25身の差があった距離を瞬く間に縮めていくっ!!』

『遂にレースが動き出しましたね……!』

 

 向正面に差し掛かって、驚異的な追い上げでセイウンスカイが2番手に躍り出る。スプリンターの走りを凌駕する加速。しかし、その走りには極限の苦痛という代償が付き纏う。セイウンスカイの表情はあまりにも苦しげに歪んでいた。

 

(――どうして、そこまでっ!)

 

 ランナーズ・ハイに満たされながら、心の中で疑問を投げかける。だけど、セイウンスカイがここまでして勝ちたい理由を知らないほど、私もバカではなかった。最高のライバルが集うレースで、最高の結果を出したい。()()()()()()()()()。単純な目標であるが故に、それは強い光を纏う。不可能を可能にする『未知の領域(ゾーン)』を生み出してしまうほどに。

 

 向正面の中間、つまり1周目のスタート地点を通過して、25身ものリードは呆気なく消え去ろうとしていた。スプリンター並のスパートと『未知の領域(ゾーン)』の超加速がありながら、魂を燃やして追随してくるセイウンスカイに差を詰められている。その差は18身。ゴール地点まで持つはずがない驚異的な追い上げ。

 あまりにも無謀なセイウンスカイの行動に、ふと疑問が生じる。思考回路が高速回転して、彼女の無茶ぶりの結末を導き出した。

 

 ――セイウンスカイの末脚は、いくら持続させようと()()()()()()()()()()()()()。もちろん、私に追いつかないまま力尽きてしまうかもしれない。兎にも角にも、スタミナ切れが容易に想像できてしまうのだ。絶好調の私に追いつくのはあまりにも過酷だったのか。

 私の予想では――スタートから2800メートル。つまり最終直線に差し掛かるまでにセイウンスカイは力尽きるだろう。

 

 それでもなお、彼女は勝算があるかのような薄ら笑いを浮かべて、全速力で追い上げてくる。その不気味さと言ったらない。彼女はハッタリだけで無茶を通すウマ娘ではないのだ。何かしらの勝算があって走っている。もっと逃げないと。

 

 第1コーナーを展望して、その差は15身。セイウンスカイの常軌を逸した超高速の早仕掛けによって差は縮まったが、明らかに彼女はスタミナを燃やしすぎている。リスクとリターンが釣り合っていない。

 彼女がここまでの無茶を通せるのは、天皇賞にかける想いの強さが故なのだろうと思った。私の()()よりも強烈な意志に後押しされて、セイウンスカイは走っているのだ。

 

 ならば、もっと力が要る。セイウンスカイに勝つために、限界を超える想いの力が――!

 必死に答えを追い求める。セイウンスカイにあって私にない想いの力を欲して、心の奥に手を伸ばした。

 

 ――ダブルトリガーは答えない。()()()()()()()()と言っていた。ふざけるな。レース中の極限状態で、そこまでの思考ができるわけないだろう。喘ぐように酸素を取り込むと、呆れたような、愛おしく思っているようなダブルトリガーの声が脳裏に木霊した。

 

 ――簡単なことさ。セイウンスカイ本人に聞けばいい。彼女もお前と話したがっているよ。

 

 ――どういうことだ?

 

 ――時に、レースはチーム戦になることもある、ということさ。

 

 ダブルトリガーの幻影が消える。彼女から受け継いだ光による加速は起きなかった。()()()()()()()、という微かな声がした。セイウンスカイとの差は12身。淀の坂を迎える寸前、彼女の息遣いの間合いに差し掛かる。つまり、声が届く距離であるということ。

 意を決して、セイウンスカイの心象風景に意識を集中させ、極限状態での交流を試みる。すると、私とセイウンスカイの間の空間が輝いて、視界が暖かな白に包まれた。

 

 ――目を覚ますと、そこは大海原に浮かぶ小舟(いかだ)の上だった。いつの間にか直立していた私は、その小さないかだの上でセイウンスカイと向き合っていた。

 

「――ねぇ、アポロちゃん。全力で戦うって、楽しいね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実に、私は焦りと危機感を覚えていた。私の想いよりセイウンスカイの想いの方が強いという事実に他ならないからだ。

 両手を後頭部の後ろに重ね、眠そうな顔をするセイウンスカイ。私は息を荒くしながら彼女と正対する。その青く澄んだ瞳は爛々と燃え盛っていた。私はおずおずとセイウンスカイに声をかける。

 

「……セイちゃん。このままじゃセイちゃんは、3200メートルを迎える前に力尽きる。それなのに何故私に食らいついてくるの?」

「いきなりそれを聞いちゃいますか。いやはや、せっかちですなぁ」

 

 セイウンスカイは大きな欠伸をした後、意地悪そうにこう言った。

 

「……天皇賞・春じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()……かな」

「!」

「そういうタイプじゃないんだけどさ。日本ダービーも菊花賞も有記念もアポロちゃんに負けちゃったから、今度こそ勝ちたいなって思ってさ」

「――でもっ! それは()()()()()()()で仕掛けることの答えにはなってないよね……?」

「にゃはは、果たしてそうなのかな〜?」

「……!?」

 

 意識外に()()()()()()()()()()()()()()が思い浮かぶ。私が淀の坂に到達する寸前、怒涛の勢いで彼女が位置取りを押し上げてきていた。

 

「――そういうこと。()()()()()()?」

「…………」

「ということで、ひとつお願いしたいことがあるんだけど〜。……私の想い、あげるからさ。――アポロちゃんの想いも、少しだけ分けてくれない?」

 

 スペシャルウィークの追撃が脳裏を彷徨う中で、セイウンスカイがとんでもない取引を仕掛けてきた。

 詰まるところ――私がダブルトリガーの想いを受け取ったように――『未知の領域(ゾーン)』の力をお互いに分け合おうということなのだろう。無論、即答できるほど簡単な問いかけではない。警戒心を明らかにしながら、私はセイウンスカイに食ってかかった。

 

「……セイちゃんはゴール前で力尽きる。でも、私は力尽きない。私がその誘いに乗る必要なんてないよ」

「――ううん。アポロちゃん。分かってるでしょ? スペちゃんの追い上げは明らかに異常だよ。私はもちろん、アポロちゃんだって抜かされる勢いだし。()()()()()()()1()()()()()()()()()()? それでもこの()()()を無視しちゃうの? しくしく、セイちゃん悲しいです……」

 

 確かに、スペシャルウィークの追い上げは常軌を逸していた。明らかに『領域(ゾーン)』を超えた『未知の領域(ゾーン)』の力。覚醒したスペシャルウィークの超ロングスパートを前にして、スローモーションで進む現実のアポロレインボウとセイウンスカイはまさに風前の灯だ。私に【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】を使わせ、最終盤の末脚を封じたのは交渉を有利に進ませる狙いがあったのか。

 ごくりと生唾を呑み下す。苛立ちと畏敬の念が頭の中を回っていた。これは、お願いなんて可愛いものじゃない。脅迫だ。私が新たな走りの本質を必死に秘匿していたにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私をこの場所に導いた。これが芦毛のトリックスター・セイウンスカイの底力――私は首を縦に振るしかなかった。私はスペシャルウィークに勝つために、セイウンスカイに手を貸さなければならないのだ。

 

「――にゃはは、それじゃあ交渉成立ってことで!」

「勘違いしないでね。確かにこのレースも勝ちたいけど、私はこのレースの先も見据えてる。あなたの力を借りないと勝てないレースがきっとあるから、今は協力してあげる。それだけだから」

「素直じゃないですなぁ」

 

 こうして私達は、奇妙な友情とライバル関係が紡ぐ『想いの継承』を始めた。

 静かな波に揺れるいかだの上で両手を重ね合わせ、瞳を閉じる。額を伝って光が交換され、心の底の風景に互いの存在が優しく灯る。セイウンスカイの大海原には、晴れ模様にも関わらず微かな雪が。私の心象風景の一本桜は、大地を通してその幹にセイウンスカイの光を宿した。心が温かくなり、セイウンスカイの激情が流れ込んでくる。

 

 異形の一本桜が()()()()()()()()()()()。私が雪の大地から得たのは、セイウンスカイが苦悩の中で練り上げた心象風景の欠片。それは彼女が積み重ねてきた激情の一部に過ぎなかったが、一本桜に確かな変化を与えた。

 激しい雪に痩せ細っていた一本桜の幹に不思議な力が宿り、セイウンスカイの魂の支えによって幹に生命力が湧き上がる。因縁深いライバルの友情と腐れ縁が、歪な桜を真っ直ぐに成長させていく。

 

 私達は至近距離で見つめ合いながら、そっと手を離した。2人が立ついかだの上に新雪が積もり始め、セイウンスカイは妖精のように舞う牡丹雪を手のひらに乗せた。

 

「……不思議だね。倒さなきゃいけない相手から力を貰うなんてさ」

「ま、そういうこともあるでしょ」

「……だね。そろそろ……スペちゃんが来るよ」

「……うん」

「それじゃ。……アポロちゃん、ありがとう」

「ううん。きっと、お互いに必要な事だったんだよ」

「……かもね」

 

 戦いの中で語り合い、限界を超えた勝利を掴み取るため、私達は胸に宿る光を分け合った。そこには超越的な不可視の絆があった。互いに絶対に負けたくない相手だと知っているのに、だからこそ高め合いたいという願いがあって――

 ダブルトリガーの光が宿った根の上――幹の部分にセイウンスカイの光が宿る。再び光に包まれたかと思うと、意識がいかだの上から解き放たれ、現実に戻ってきた。

 咄嗟に背後へ意識を向ける。淀の坂を登る寸前、残り1000メートルを切ったその瞬間。スペシャルウィークが遥か後方から、鬼神の如き覇気を纏ってラストスパートをかけていた。

 

「――っ!!」

 

 セイウンスカイの言った通り、スペシャルウィークはとてつもないペースで追い上げてきている。ダブルトリガーに加えて、セイウンスカイの想いを継承していなければ、間違いなくぶち抜かれてしまうような加速。

 咄嗟に私の力を得たセイウンスカイを睨むと、彼女は凄みのある笑いを浮かべながらすぐそこまで迫ってきていた。セイウンスカイとの差は10身、スペシャルウィークとの差は20身。

 極限状態のまま、私達は2度目の淀の坂を迎える――

 

『さぁ、アポロレインボウが一足先に淀の坂越えに挑む!! その表情が大きく歪んでいるが、果たして大丈夫なのか!? 大差をつけられているものの、2番手のセイウンスカイと3番手のスペシャルウィークが怒涛の追い上げを見せている!! 最後は同世代のクラシックウマ娘達の争いになるのか!!』

 

 スペシャルウィークの『未知の領域(ゾーン)』が展開された。私とセイウンスカイの心象風景を呑み込んで、京都レース場を夜の世界に誘う。私の一本桜と雪景色を覆い隠し、セイウンスカイの展開した青空と大海原を闇に葬り去るスペシャルウィークの流星。

 途方もない密度で練り上げられた『未知の領域(ゾーン)』が叩きつけられ、スペシャルウィークの強烈な想いが私の身体を焼き焦がす。深い闇に覆われる視界。溢れる黒い瘴気と、突然輝いた彼女の心象風景に、私達は激しく動揺した。見せられる。魅せられる。スペシャルウィークの完成した『世界』。

 

 何処か分からない丘の上で、満天の星を見上げるスペシャルウィーク。そんな彼女の前で瞬いた流星が、スペシャルウィークの勝負服となって力を与えていく。

 眩いばかりの真っ直ぐな想い。夢への憧憬と母への想いが彼女を突き動かすのだ。彼女の憧れは誰にも止められない。

 

 ――【シューティングスター】

 

 爆発した感情に任せて、スペシャルウィークの身体が躍動する。先頭争いから程遠い位置にいた彼女が、驚愕の追い込みで私とセイウンスカイを射程圏内に捉えた。

 私とセイウンスカイもまた、己の夢への衝動に身を任せて疾走する。スペシャルウィーク、セイウンスカイ、そして私。命を燃やした魂の削り合いが始まろうとしていた。

 

『アポロレインボウ先頭!! 8身遅れてセイウンスカイが2番手、更に5身の差が開いてスペシャルウィークが3番手!! 4番手以下は遥か彼方に沈んだ!! 最後は3人だけの世界だ!!』

 

 第3コーナーに到達して、淀の坂を登り切った私達。いよいよ下り坂に向かう。それぞれの想いを抱いて、なけなしの体力(スタミナ)を振り絞って末脚を爆発させる。

 下り坂を利用した再度の加速。しかしセイウンスカイもスペシャルウィークも無理な早仕掛けと速すぎるスピードが祟ったか、その顔は真っ青に変色してしまっている。きっと私もそうだ。狂気的な加速で距離を詰めてくる2人のウマ娘に追い立てられて、酸素不足に陥っている。

 

 スプリンターの最高速度をずっと保ってきた。動揺することこそあったが、私の走りはずっとバクシン的ステイヤーそのものだ。そんな走りを続けていた上、本番特有の予想外に晒されたせいか、全身の末端の感覚が消失していた。頭の中に鉛が詰められたかのようにぼんやりして、顎が重すぎて開口してしまう。

 全力投球の運動を数分間続けていたせいで、茹だるような灼熱に包まれている感覚だった。ハロン棒が何重にも分裂して、距離感覚が段々と覚束なくなっている。乾燥しきった喉奥から、鼻をつんと刺激するような味がせり上がってきた。

 

 軽くえずきながら、セイウンスカイとスペシャルウィークを睨む。スプリンターの最高速度を超える走りをしなければならないとあって、2人もさぞかし辛いだろう。だけど、私だって辛い。笑えてくる。一体誰が望んで、こんな辛い戦いをしようとしてしまったんだろうか。全くもって、嫌になる。でも、これが私の思い描いた夢の景色に違いない。

 極限の消耗戦の中で紡がれる激闘。絶望さえ感じてしまう体力消費の中に見える僅かな光明と、勝利への希望。最高だ。こんな戦い、きっと二度と味わえるものではない。

 

 狂乱に似た悦びに打ち震え、酸素不足と疲労のせいで正気さえ失いそうになる。精神はとっくの昔に狂い、まともな思考を回すことができない。セイウンスカイやスペシャルウィークも瞳孔を開いており、彼女達も同じくまともな状態とは思えない。

 そんな中、セイウンスカイが最後の力を振り絞って大きく加速した。背後の競り合いもまた過熱している。スペシャルウィークが驚いたような表情になって、大口を開けて咆哮していた。

 

「――……――――ッッ!!!」

 

 第4コーナーを曲がりながら、消耗戦の終わりが微かに見えてくる。霞んだ光の向こうにゴール板が見えた。地鳴りのような大歓声を受けながら、私だけが最終コーナーを曲がって最終直線に差し掛かった。

 

『最終コーナー曲がってアポロレインボウが最終直線に入る!! 2番手セイウンスカイと3番手スペシャルウィークは僅差の争い!! およそ6身の差を保ってセイウンスカイとスペシャルウィークが追い縋っているぞ!!』

 

 25身あった差は既に6身まで縮まった。常識外れの超高速で走っていたはずが、それ以上の速度を叩き出した化け物が2人。

 だが、2人のスタミナはもはや風前の灯。究極のスピードに身を任せた代償は、早すぎる体力切れという形で現れようとしている。私は何とか持ちそうだが、スペシャルウィークとセイウンスカイはゴール前に力尽きてしまいそうだ。それでも、歳頃の少女がやってはいけないような苦悶の表情を晒しながら、力強い足取りで一直線に向かってくる。

 

 ゴールまで残り400メートル。激痛を訴える脇腹と、酸欠による混乱で前後不覚になりそうな思考回路を抱えたまま、私は泥人形のように走り続けた。最終コーナーの終盤で大海原(セイウンスカイ)の力を借り、2弾ロケットの末脚で再び突き放す。汗と涙と涎を撒き散らし、2人の優駿に追い立てられながらも、ギリギリのところで先頭を死守し続ける。

 気を抜けば間違いなく気絶してしまうだろう。2番手との距離は分からない。今この瞬間世界を満たしているのは、己の呼吸音と心臓の音だけだった。魂から絞り出した体力さえ底を尽きて、根性と惰性だけで栄光を目指している状態。

 

 そんな中、白黒の視界にトレーナーの姿が映った――気がした。客席の最前列で拳を振り上げるスペシャルウィークのトレーナー。祈るようにレースを見守るセイウンスカイのトレーナー。そして、大声を張り上げて私を応援する桃沢とみお。

 

「スペえぇぇぇっ!! 全部出し切れぇぇぇっっ!!!」

「アポロおぉぉっ!! 頑張れえええぇぇぇっっ!!!」

「スカイっ、信じてるぞぉぉっっ!!!」

 

 聞こえない声のはずだった。聞こえるはずがなかった。でも、確かにその声は私達の鼓膜を震わせて――燃え尽きた身体に再び焔を点した。

 三者三様、最も信頼するパートナーの声を受けて、私達は再び限界を超える。極限のデッドヒート。スタンドに押しかけたファンのボルテージが最高潮に達し、京都レース場が揺れる。

 

 ――【シューティングスター】

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 ――【アングリング×スキーミング】

 

 2度目の『未知の領域(ゾーン)』発現。心臓を食い破るような感覚が迸り、限界の壁をぶち破った。ダブルトリガーの加護が肉体を保護し、世界に月虹を振り撒きながら最終直線を駆け抜ける。

 5身後ろには、青空と流星が追い縋っている。瞬きするごとに空の色を変えながら、3人の心が火花を散らして激突していた。

 

『残り200メートルを通過して、先頭はアポロレインボウ!! 少し後ろにはセイウンスカイとスペシャルウィーク!! スペシャルウィーク僅かに抜け出して、セイウンスカイが咆哮する!! そのままスペシャルウィークが2番手に――いや、セイウンスカイが驚異的な根性で差し返したっ!? スペシャルウィークとセイウンスカイが並んだまま、アポロレインボウを追い詰める!! その差は5身!!』

 

 残り200メートルを通過して、微かな冷気が鼻を突いた。私の心象風景から発現した牡丹雪が見える。セイウンスカイから、微かな雪の香りがした。私から継承した光を使って加速したらしい。ただ、2度目の『未知の領域(ゾーン)』発動で最終直線は複雑怪奇な様相を呈している。流星と、牡丹雪と、潮の香りに満ちた水飛沫が舞い踊って、誰が優勢なのか全く分からなかった。

 後ろを気にする余裕はない。たた我武者羅に、ひたすらに、一歩一歩を刻んでいく。それを繰り返し、最速を求めて突き詰めるのだ。

 

『残り100メートルを通過して!! アポロレインボウとの距離が縮まらない!! スペシャルウィークが叫んでいる!! セイウンスカイが懸命に腕を振る!! それでも――それでも5身の決定的な差は埋まらない!! 最初から最後までアポロレインボウがハナを死守したまま終わってしまうのか!!』

 

 右足。関節を柔らかく保ち、地面と衝突する瞬間に力を込める。そのまま足裏で掻き込んで、地面を抉る勢いで()()()()。左足もその繰り返し。

 両手は脱力して、綱を引くように腕を振る。肘から先をスピーディに()()ように後ろに引いて、その繰り返し。

 

 理想のフォームなんて、機械的でいい。ただ()()()()をひたすらに繰り返して、突き詰めれば良いのだ。

 痛みも苦しみも超えて、精神は悠久の静寂を迎えていた。穏やかで、波立つこともなく、緩やかな絶頂だけが支配している。心象風景が瞼の裏に染み渡り、世界が拡がって見えるほど。

 

 まるで全知全能だった。スプリンターの最高速度とか、領域による再加速とか、それがどうでも良くなるほどの全能感だった。

 突然、全身の感覚が鋭敏になって、一瞬で世界が拡がるような衝動に襲われる。ランナーズ・ハイの中で突如現れた全能。地面に植えられた青い芝が踏みつけられ、蹄鉄で吹き飛ばされていくのが何故か()()()()見えている。指先の感触が戻り、自分の髪の一本一本が風に揺れる光景さえ目の当たりにした。

 絶対に()()できないはずの世界。スペシャルウィークを差し返したところで限界を迎えたセイウンスカイも、私を目指して体勢を崩しながら加速するスペシャルウィークさえ()()できてしまう。ずっと前を向いているはずなのに、真後ろまで全て感知できるのだ。

 

 違和感は無かった。幻視とも思わなかった。

 『未知の領域(ゾーン)』のその向こう――追い詰められ、狂気にさえ堕ちた私の目が見た、新たな領域なのだと思った。

 

 残り100メートル。せめぎ合っていた空の色が銀の月光に満ち、暖かな雪が降り注いだ。残り5身まで迫ったスペシャルウィークとセイウンスカイは、それ以上の差を詰められない。

 2度目の『未知の領域(ゾーン)』発動を超え、精魂付き果てたその先の景色で私は走っていた。

 

 これだ。スプリンターの最高速度さえ超えるこの走り。掴みどころのない、中途半端にも見える完璧な疾走。

 その走りは、ステイヤーともスプリンターとも取れるような、奇妙な走りに思えた。フォームを変えたわけではない。突然、フォームではない何かが変わってしまったのだ。

 

 興奮はしなかった。ただ、そこにあるものを再び発見しただけのような。極々ありふれたものを見つけただけのように感じた。

 でも、私の心の中に生まれた()()はキラキラと輝いていて――決定的な答えを掴もうと手を伸ばした途端、私がその全貌を知ることの無いまま、光は虚空へと消えた。

 

『残り50メートルを通過して、アポロレインボウだ!! スペシャルウィークもセイウンスカイも届かないっ!!』

 

 ゴール板まであと少し。天皇賞・春の栄光まであと少し。残り50メートルもない。スペシャルウィークもセイウンスカイも、なんにも来ない。私だけの景色。私だけの、栄光――

 私は最後の力を振り絞って、胸をいっぱいに反らして、3200メートルを告げる最後の一歩を踏み締めた。その瞬間緩み切った身体は、更なる一歩を踏み出すことさえ許してくれなかった。

 

『アポロレインボウだ!! アポロレインボウが2番手に7身もの差を見せつけてゴールインッッ!! 2着にスペシャルウィーク、3着にセイウンスカイ!! そして――アポロレインボウは3分06秒1の世界レコードを更新!! 新たな大逃げ伝説が日本の古都に刻み付けられましたっ!!』

 

 ターフに倒れ込み、空を見上げる。雲ひとつない空の向こうには、薄い三日月がこちらを覗いていた。

 



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105話:それじゃあ、たくさん褒めてね

 

『アポロレインボウ1着!! シンボリルドルフ以来となる長距離G1三連勝を達成し、しかも日本レコードまで記録!! もはや国内の長距離路線に敵なし!! 無尽蔵のスタミナでライバル達を圧倒しましたっ!!』

 

 ターフに大の字に倒れ込んで、晴天に浮かぶ三日月を見つめる。ゆっくりと上下する胸に手を当てながら、私は観客席に視線を移した。見渡す限りの人集り。私の名前を呼ぶ声があちこちから上がっている。

 丸めた雑誌や拳が一定のリズムで振り翳され、上下すると共にアポロコールが巻き起こる。そんな視界の端で、スペシャルウィークの頬から透明な雫が零れたのが見えた。

 

 声をかけようかと思ったが、やめておいた。柵にもたれかかりながら何とか立ち上がり、観客席に向かってフラフラと歩き出す。そのまま歓声に応えるように、大きく手を振ってから深々と一礼した。

 勝者は堂々としなければならない。勝者然として振る舞わなければ、敗者の立場が無くなってしまうからだ。

 

 照れるな。敗者に対して申し訳ないと思うな。堂々と振る舞え。それが勝者の責務である。自分の夢を叶えるということは、誰かの夢を犠牲にするということなのだから。

 ウイニングランをする体力がなかったので、早々にウィナーズサークルでのインタビューを切り上げて地下通路に引っ込む。どんな言葉で受け答えしたのかは覚えていなかったが、観客の反応からして失言はしていないようだった。

 

 ふらふらと地下通路を歩いて、控え室に向かって進む。コンクリートの壁を手で伝いながら、俯いて肩を上下させて、息を整える。体力が本当に空っぽだ。いよいよ限界が近くなってきた。

 そんな中、私の聞き慣れた足音が地下通路に響く。普段よりも早いテンポで近づいてきた気配が私の目の前で立ち止まると、崩れ落ちそうな身体をしっかりと抱き留めてくれた。

 

「あ、危ない危ない……アポロ、おかえり」

「……んん、ただいま」

「相当疲れてるね。大丈夫? 歩けそうもない感じ?」

 

 彼の匂いと温もりをいっぱいに感じていると、尽きた精神力とスタミナが回復するような感覚に襲われた。もちろん実際に回復したわけじゃないけど、好きな人が出迎えてくれるのは想像以上の多幸感に包まれてしまうものだ。

 しかし、とみおの声を聞いて安心したせいか、今度こそ脚が動かなくなってしまった。

 

「……ごめん無理かも。あとめっちゃ眠くてこれ以上動けない」

「分かった。控え室までおぶっていくよ。このまま俺に掴まれる?」

「……お願いします」

 

 とみおは私の目前で背中を向けると、手で籠の形を作りながら膝を折った。電池切れ同然で一刻も早く目を閉じたかった私は、彼の大きな背中に倒れ込みながら全身の力を抜く。汗の臭いとか、勝負服の汚れとか、そんなことがどうでも良くなるくらい疲れていた。

 とみおの身体に体重を預けると、太ももの裏側に差し込まれた手に力が込められる。最初のうちは不安定だったが、とみおの手がしっかりとホールドされると、彼の身体は心地よい揺りかごへと変貌した。

 

「……ん」

「ウイニングライブまで時間があるから、それまではゆっくりお休み」

「……うん、ありがとう」

 

 遂に身動きが取れなくなって、私はとみおの温もりに抱かれながら意識を闇に落としていく。全てを出し切って、もはや悔いはない。意識が途切れる寸前、私は燃焼させた恋心を思い出しながら目を閉じた。

 

「とみお、大好きだよ……」

「…………」

 

 ……あれ? この気持ち、声に出ちゃってない? ガッツリ聞かれてない? でも眠過ぎてよく分かんないや……。

 こうして失言の程は真偽不明のまま、天皇賞・春は終わった。私達は休息を取りつつ、ヨーロッパ遠征に向けた本格的な準備を始めるのだった。

 

 

 

 天皇賞・春から数日が経ったトレーナー室にて。私はレースを振り返りながらトロフィーの置かれた棚を見つめていた。

 トレーナー室の一角には、日本ダービーのトロフィー、菊花賞のトロフィー、ステイヤーズステークスのトロフィー、有記念のトロフィー、天皇賞・春の盾が飾られている。ここにはないが、各重賞の優勝レイも保管されている。

 その中でも――天皇賞・春の盾。厳重かつ丁重に保管されているそれは、とびきりの威圧感と重厚感を放ちながら沈黙していた。

 

 私が欲しくて堪らなかった春の盾。トロフィーも素敵だと思うけど、やっぱり『盾』という響きと佇まいは格別に甘美なものだ。

 天皇賞の盾は、正式名称『御紋付楯』と言い、縦56センチ横49.5センチの木材(ラワン材)で作られた板に、鋳物で金メッキされた菊の紋章が当てこまれている。この盾を受け取る際は、敬意を表して白手袋をして受け取ることになったのを覚えている。勝負服の手袋に重ねて手袋をする羽目になったので、ややシュールであったが……そういう予想外の出来事も良い思い出である。

 

 トロフィーや盾を見ていると、その時の思い出がありありと浮かんでくる。私が走ってきた軌跡の証明と言ってもいい。

 写真と共に並び立つトロフィー達に愛おしい視線を送ってから、私はトレーナー室のソファに戻って新聞を眺めた。

 

 今、世間には様々なニュースが飛び交っている。セイウンスカイが香港やオーストラリアを中心とした海外挑戦を表明したり、天皇賞・春で5着になったジャラジャラがヨーロッパ挑戦を続けると発表したり、その他にも色々と。

 中でもピックアップされがちなのは私のニュースだ。メンバーの集まった芝3200メートルのG1を、これまでのレコードを8秒近く縮める3分06秒1で制したのだから、逆に話題になってもらわないと困る。

 

 天皇賞・春は、終わってみれば7身のレコード勝ちと圧勝。まだ不安定な面もあったが、その不安定さ故に新たなステージへと足を踏み入れることができた。

 『未知の領域(ゾーン)』を超えた『何か』。()()()も疲れもない、興奮も絶望もない、絶対的な速度だけが存在する可能性の極致――言わば、『神の領域(ゾーン)』。あれさえ手に出来れば、カイフタラさんを完封することも夢ではない。むしろ、その片鱗を掴んだだけでも、あのレースは実りあるものになったと言って良いと思っている。

 

 逆に良くなかったのは、今まで以上の消耗があったことだろうか。慣れないスタミナ燃焼法と、熱狂のG1という舞台、更にライバル達への警戒が重なって、結局かかりまくったのも良くなかった。とみおは「アポロのかかり癖は大逃げの代償みたいなもの」「その臆病さも良いところだと思うよ」なんて言っていたけど……よりスタミナ管理が重要になってくるヨーロッパでは、このかかり癖がどう転ぶかは分からない。

 ただ、『神の領域(ゾーン)』に触れた時、一瞬だけ攻略の糸口が見えた……ような気がしたから、あの感覚を思い出してかかり癖を黙らせる他ない。そういう意味でも、私はまだまだ成長過程にあるようだ。

 

 ……さて、5月1週の天皇賞・春が終わっても私達は忙しい。すぐにでもヨーロッパに発たないといけないし、3週間後の5月4週に控えたG2・ヨークシャーカップに向けてトレーニングを積まなければならないからだ。

 ドバイ遠征前から動いてはいたものの、本格的に動き始めるのは今からだ。既にヨーロッパ留学をしているエルちゃんの助けも得て、フランスのシャンティイにあるトレセン学園が私の留学先。現地のスタッフさんを含めてかなり多くの人が動いてくれているようで、生半可な結果で終わるわけには行かない――と気が引き締まる気持ちだ。

 

 というわけで、私達は天皇賞・春のインタビューや取材を少数に絞り、ヨーロッパ遠征の準備に没頭していた。大手の月刊トゥインクルが私のインタビュー記事をほぼ独占しているため、他メディアから不満が出ているようだが……まあ、私には直接的な関係のないことだ。そこら辺は大人が上手くやってくれるだろう。

 

 大体やれることはやった。お父さんお母さんに電話して、ヨーロッパに行ってくるねと伝えた。お正月に帰省した時に既に言っていたから、再度通告しただけだが……2人から「行ってらっしゃい、気をつけてね」と優しく言われ、目頭が熱くなったのを覚えている。

 スペちゃん達や先輩方にはしばらくのお別れを告げた。スペちゃんには「有記念で待ってる。負けないから」と闘志の漲る目で言われた。グラスちゃんには「エルといいアポロちゃんといい、寂しくなりますね」と言われ、最後に「ヨーロッパでは負けないでくださいね」なんて無茶ぶりをされてしまった。顔が割とマジだったから本気のお願いなのかもしれない。

 セイちゃんは「海外遠征中どこかで会うかもね〜」、キングちゃんは「貴女の活躍、見届けさせてもらうわ」、ルドルフ会長は「怪我には気をつけるんだぞ」、マルゼンさんは「思いっ切り楽しんでくるのよ!」、ヘリオス先輩&パーマー先輩は「困ったことがあったらいつでもウチらに相談してね!」、タキオンさんは「心配はしてないよ」、バクシンオーさんは「海外でも模範的バクシンステイヤーとして最高の結果を残してくださいね!」……これに関してはちょっとよく分からない所があったけど……とにかく、色んな言葉を貰った。

 

 もちろん、とみおもヨーロッパ遠征に同行する。準備に関しては彼が一番忙しかったに違いない。現地でのツテは、シャンティイのトレセン学園や東条トレーナー(タイキシャトルさんとフランス遠征に行ったことがある)を頼ったとか。

 

 ……なんて、ここまで大変なことばかり挙げてみたけど、私達はヨーロッパ遠征をめちゃくちゃ楽しみにしている。何せ、2人にとっては文字通り憧れの舞台だからね。

 

 トレーナー室でスポーツ新聞を読みながら何度か唸った後、私はソファの背もたれに寄りかかって唇を結んだ。

 

「……遂に、エンゼリーちゃんが動き始めたか……」

 

 私が読んでいた記事の片隅にあったのは、今年のステイヤーズミリオンで好走が期待されるエンゼリーちゃんの次走発表であった。

 

 カイフタラさんは直接6月4週のゴールドカップに、私は5月4週のG2・ヨークシャーカップに、そしてエンゼリーちゃんは6月1週のG3・ヘンリー2世ステークスが予定として据えられている。そしてこのヘンリー2世ステークスは、日本からジャラジャラちゃんが参戦する予定のレースだった。

 

 エンゼリー。私と同じくシニア級1年目にして、中距離〜超長距離への適性を持つウマ娘。その姿を直接見たことはないが、私と結構反りが合いそうだと勝手に思い込んでいる。

 そのエンゼリーちゃんはヨーロッパ出身ながら、燻っていた時期に遠征したオーストラリアで活路を見出し、G1含めた重賞を連勝中のウマ娘だ。彼女は4月初旬の「ザチャンピオンシップ」――2週間で8つのG1を行うオーストラリアの祭典――の対象レースである3200メートルG1・シドニーカップに勝利し、今年の大目標をステイヤーズミリオンと発表した。ヘンリー2世ステークスはステイヤーズミリオンの対象レースだ。そこで勝利して、挑戦権を得ようという魂胆らしい。

 

 私、カイフタラさん、エンゼリーちゃん、ジャラジャラちゃん……恐らく他にも有力なウマ娘が潜んでいるはず。私は背もたれから滑り落ち、ソファに溶けながら天井を見上げた。

 ワクワクするし、ドキドキするし、ヒリヒリする。勝てたらいいな。負けたらどうしよう。芝が致命的に合わなかったら? でも、ドバイではそこそこの結果を残せた。重場はともかく洋芝適性はあるはず。それでも怖い。未知に挑む不安と興奮が止まらない。

 

 そのまましばらくボーッとしていると、天井の照明を遮るようにトレーナーの顔が現れた。逆光の中でこちらを見つめる顔に、頬が染まるのを間違いなく感じてしまう。私は彼の視線を遮るように、手首で口元を隠して目を逸らした。

 

「ぐったりしちゃって。どうしたの?」

「ヨーロッパのこと、色々と考えてた」

「これから大変になるな」

「……うん」

 

 ……天皇賞の後、朦朧とする意識の中零してしまった「大好きだよ」という言葉。とみおがそれを聞いたかどうかの真偽は不明だ。もちろん「とみお、私の告白聞いてた?」などと直接聞けるわけもなく……あの件は無かったことにされている。

 でも、おんぶされてたんだよ? 目の前にとみおの後頭部があって、ということは耳もあった。地下道はそこまでうるさくなかったし、私の囁きを聞き逃すわけもないと思うんだけどなぁ。普段の言動がもう“好き好きオーラ”全開になっちゃってる以上、余程の朴念仁じゃなければ私の気持ちに気づいているはずなのだ。

 

 そもそも、私は忘れてないからね。『アポロは俺の永遠だよ〜』って言ったこと。何なの、アレ。私のことが大好きってことなんじゃないの? めちゃくちゃ大胆発言しておいて、後日あの一件に触れることもなく、私はず〜っと生殺し状態だ。

 ……もしかして。アポロちゃんみたいな可愛い可愛いウマ娘でも、とみおにしてみれば所謂『キープ』の女の子ってこと?

 

「うぅ〜」

「え、どうしたどうした」

「……なんでもない」

 

 実際、有り得ない話じゃない。優しくて誠実で頼りがいがあって顔面は私の好みで、仕事は忙しいけどその分お金も稼いでて。スペックだけ見ても、彼は選ばれる側じゃなくて選ぶ側だ。内面を知っている私だから、尚更そう思ってしまう。

 でも、もうちょっとさぁ。……私のこの気持ちに反応してくれてもいいんじゃない? 大人としての責任があるのは分かるけど、燃え盛る恋心が冷静さを奪っている。どうして一緒に燃えてくれないのか、と。

 

 ……「俺」からすれば、桃沢とみおは()()()()()()を全うしているだけだと思うんだが、「私」にはそれがまだ分からないらしい。とみおは良くやってると思うけど、2人でひとつの人格になった影響なのか、激情(恋心)を共有するせいでまともな判断がつかなくなりそうだ。

 

 視線を天井に戻すと、とみおの顔は無くなっていた。デスクワークに没頭しており、エンゼリーちゃんやカイフタラさんのデータを眺めているようだった。かと思えばウインドウを変えて、国内外の新たなインタビュー要請のメールを捌いていたり、とにかく大変そうである。

 ……この調子じゃ、忘れちゃったんだろうなぁ。いっぱい抱き締めて、たくさん褒めてくれるって約束したこと。たとえ忘れていなくても、あの調子じゃパソコンの前から離れたくないだろうし。私から切り出すのも仕事の邪魔だろうし、申し訳なさが勝ってしまう。

 

 まぁ、使い切った精神力と体力は時間が経てば回復するんだ。次走までの3週間は回復に徹していれば良い。こと精神力に関しては彼の助けが必要なのだけど、イメージで恋心(精神力)を回復させるしかないだろう。本当は頼りたいけど。

 

 そう思って瞳を閉じていると、とみおが愛用するチェアから立ち上がった音が聞こえた。床が僅かに軋み、こちらに接近する気配。

 片目を開けて疑問を投げかけると、彼は「仕事終わらせたから、隣に座っていい?」と答えた。うんしょと言って私が身体を起こすと、とみおは握り拳ほどの隙間を開けて隣に腰掛けてきた。2人分の体重がかかり、ソファが沈み込む。彼との距離が少し近くなった。

 

「私に何か用?」

「用も何も、君のお願いを叶えに来たんだよ」

「?」

「天皇賞が終わったら……いっぱい抱き締めて、たくさん褒めて欲しいんだったよね?」

「え? ……えっ?」

「ほら、どうぞ。約束だからね」

 

 とみおが少年のように悪戯っぽく笑い、至近距離で両手を広げて待ち構える。私は両手を口に当てて硬直するしかなかった。

 いや、待て。確かにそんな発言はした。いっぱい抱き締めて褒めて欲しいって。しかし、いざ本当にやってくれるとなると、こう……逆に拒否感が生まれてしまう。嬉しすぎて逆に無理というか、幸せで死んじゃうかもしれないというか。

 

 私は片手を伸ばして、とみおの胸板の辺りまで持っていこうとして――何度も逡巡した。心臓が胸の内側を叩き、喉から飛び出しそうになる。

 ハグってどうやるんだっけ。本当にいいの? 良かったとして、どこまで近づいていいのかな。腕って首の後ろに回すんだっけ。それとも脇の下? はたまた、腰に手を回す? 分からない。分かんないよ。こんな私にどうしろと言うんだ、桃沢とみお。

 

 私は顔を上げてとみおに助けを求める。彼は首を傾げて、さぁ来いと言わんばかりに準備を完了していた。別に大したことじゃない、という雰囲気さえ感じてしまう。

 私は上目遣いになって、彼に何度も許可を求めつつ肉薄する。太ももを彼の脚と触れ合わせ、彼の顔を下から覗き込む。

 

「……いいの? ほんとにいいんだよね?」

「そう言ってるじゃないか」

「あ、あの……力の加減ミスって骨折っちゃったらごめんね?」

「……それは勘弁して欲しいな」

 

 私達がハグをするのは初めてじゃない。レース後に抱きしめ合ったこともある。手を繋いだこともある。褒めてもらったことだって、もちろんある。

 改めてそれを体験するだけじゃないか。どうしてヘタレになってしまうんだ。ヘタレレインボウ。バカ野郎。

 

 私は意を決して、生唾を嚥下する。そのまま小さな声で、決意を口にした。

 

「そ、それじゃ……行きます」

「お、おお……」

 

 私はお尻を移動させ、とみおと太もも同士を密着させる。おずおずと彼の胸に手を当て、耳を倒してそのまま彼の鎖骨の辺りに頬を落とした。それを確認したのか、とみおが私の背中に腕を回す。そのまま優しく包み込まれ、彼の温もりに抱かれてしまった。

 瞬間、脳髄から多幸感が噴出した。彼の匂い、心臓の音、温もり、息遣い――その全てに囲まれて、呼吸困難を起こしてしまいそうだった。そんな状態にあるのに、意中の人に耳元で「頑張ったね」と囁かれるのだから、どうしようもなく堪らない。私は全身に力を込めて激情の波に耐え忍んだ。

 

「アポロは本当に偉いよ」

「っ……」

「ずっと頑張ってきたのは誰よりも俺が知ってる。本当におめでとう」

「っ……う、ん……」

 

 そんな中、胸の高鳴りと着恥ずかしさに混じって――瞳の奥から別の感情がせり上がってくるのが分かった。

 それは涙だった。喉が痙攣して、嗚咽のような声が漏れてしまうのだ。私の涙に気づいたとみおは、私を抱き締めていた手の片方を頭の上に乗せ、何度も何度も梳くように髪を撫でてくれた。

 

「……これからも頑張らないといけないことが沢山あるけど、先に言っとくね。アポロ、俺の担当になってくれて本当にありがとう」

「も、もう……やめて……ひっく、十分、分かったから……」

「ご、ごめん。もうやめる。でも、言わなきゃ分からないこともあると思って」

「っく、うぅ……もう、ほんと、バカっ……」

 

 今溢れている涙は恋愛感情から来るものではない。『誰かに認められた』『私の頑張りを褒めてくれた』という、ごく単純な嬉しさとくすぐったさから来る涙だった。

 ずっとずっと血の滲むような過酷なトレーニングを続けてきた。結果が出るか分からない、少しのミスでトレーニングに明け暮れた期間が無駄になるかもしれない、そんな緊張感と不安の中で、希望と夢に縋り付くように必死にもがいてきた。それが今、最も信頼するパートナーに認められて、とてつもない安心感と開放感、認められた喜びと気の緩みにぎゅっと抱き締められていた。

 

 私達は親元を離れてこのトレセン学園にいる。それは思春期の人間にとって、保護者の庇護下から離れるという一大事でもある。全寮制という形態を取り、トゥインクル・シリーズというスポーツの祭典に身を投じる以上、トレーナーは保護者としての役割も担わなければならない。私にとって桃沢とみおというトレーナーは、パートナーであり、保護者であり、大好きな異性でもあるという、やや属性過多な存在なのだ。

 そして今この瞬間。私は、めいいっぱいの祝福と抱擁を、両親に変わってトレーナーにしてもらっていたのである。

 

 私は滂沱として涙を流していた。感情がぐしゃぐしゃに混じり合っていた。

 恋慕、親愛、尊敬、感謝、謙遜、羞恥、開放感、安心感、こそばゆさ――ありとあらゆる感情が溢れ出して、異性に向けるような恋心が振り切れて、或いは親に向けるような親愛が双眸から零れ落ちて、雫となった激情のうねりが彼のシャツにシミを作り出していく。私は顔を上げることができなかった。

 彼から感じるのは、親から子に向けるような偉大な愛。苦楽を共にしたパートナーとして、私の活躍を祝福する気持ち。それと、僅かばかりの――……。

 

「……ありがとう、ありがとう……」

 

 私は涙で震える声で彼に感謝し続けた。多分、何を言っているのか伝わっていなかったと思う。それでも彼は、同じように私の存在に何度も感謝すると共に、私を抱擁する腕に更なる力を込めるのだった。

 



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【急募】例の大逃げウマ娘を止められる方法

1:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

急募中です

見つけたら連絡ください ; )

 

2:ターフの名無しさん ID:PxmREpaXa

アポロさんは日本に敵無し状態や

諦めろ

 

3:ターフの名無しさん ID:xP9BCbe0I

スペシャルウィークとセイウンスカイが7身差

ジャラジャラとマチカネフクキタルとメジロブライトには大差

どうしようね

 

4:ターフの名無しさん ID:tN6NGtjMX

アポロさんは言うまでもないけど、そもそもスペアポロの黄金世代が強すぎる

 

5:ターフの名無しさん ID:mL234s8BS

たぶん現役のウマ娘もスレ主と同じ気持ちやで

 

6:ターフの名無しさん ID:Pau8OYaqt

無駄や

アポロさんの不調を祈れ

 

7:ターフの名無しさん ID:peU2hFhN6

逆にアポロさんに勝ったカイフタラちゃんは何者なんだよ

 

8:ターフの名無しさん ID:OutimoyZf

>>7 現ヨーロッパ最強ステイヤー

 

9:ターフの名無しさん ID:VyUDd4utH

>>8 長距離のスペシャリストじゃないと倒せないのか……

でもセイウンスカイもスペシャルウィークも最近じゃ指折りのステイヤーなはずなんだよな……

 

10:ターフの名無しさん ID:r46NUTWS0

メジロブライト(昨年の天皇賞・春の勝ちウマ)

マチカネフクキタル(菊花賞の勝ちウマ)

ジャラジャラ(長距離重賞連勝)

スペスカイも長距離の実績は十分(タイムだけで見れば菊花賞も天皇賞・春もヤバい、アポロがいなければ勝ってたはず)

う〜ん

 

11:ターフの名無しさん ID:Ajojg56tiO

別にアンチってわけじゃないし何なら可愛くて大好きなんだけど、仮に自分がウマ娘だったとしたら相当クソゲーしなきゃ勝てない悪魔みたいなウマ娘だなって

(弱点)ないじゃん

 

12:ターフの名無しさん ID:FtIBVgVo6

弱点はとみお定期

 

13:ターフの名無しさん ID:OVcbi39se

 

14:ターフの名無しさん ID:rCSKooboZ

とみおには弱いかもしれんけどレースに関係ねえ!

 

15:ターフの名無しさん ID:eSTRJNFWS

とみお(怒)

優しい顔しといてよくもあんなモンスターを野に放ってくれたな

 

16:ターフの名無しさん ID:Prv60UpcG

とみお曰く「肉体面も精神面も成長期はまだまだ(これから)。ヨーロッパ遠征で彼女と一緒に経験を積み、強くなっていきたい」とのこと

草です 何でまだ成長期が終わらないんですか?

 

17:ターフの名無しさん ID:eAX8bdTpb

何故笑うんだい?彼女の走りは素晴らしいよ

 

18:ターフの名無しさん ID:ZO9SYJlUT

これ以上成長しておへそが鍛えられたら……地球が滅んじゃうよ!

 

19:ターフの名無しさん ID:P2WVSG5Yg

なお本人は「かかり癖、治さないとなぁ‪( •̥ ˍ •̥ ‬」と呟いていた模様

ついでに「菊花賞以外のほとんどのレースでかかっちゃってます(><)反省」とファンに返信していた模様

絵文字可愛いけど内容がえげつないよアポロさん

 

20:ターフの名無しさん ID:NqMcbQJhx

かかりの定義壊れる(普通かかりはスローペースで起きやすく、ハイペースでは起きにくい)

 

21:ターフの名無しさん ID:pisxVHjN3

悲しきレースマシーンと化したアポロさん

打倒カイフタラ ステイヤーズミリオンに向けて一直線

心の拠り所はとみおだけ

 

22:ターフの名無しさん ID:f0HTUWir+

とみお♡

 

23:ターフの名無しさん ID:wxfkezhGD

凱旋門賞行ってほしいけどなぁ

 

24:ターフの名無しさん ID:goaDOst64j

アポロさんに勝ったのは条件戦以下を除くと、キングヘイロー、セイウンスカイ、(同着スペシャルウィーク)、カイフタラ

特に長距離で泥をつけたのはカイフタラだけという事実

ヨーロッパ最強ステイヤーじゃないと勝てんのか……?

 

25:ターフの名無しさん ID:s+7lDgC1D

1番の武器はアポロさん自身の上昇志向というか精神力だろ

全く油断しないし警戒しすぎるくらいだから、(本人曰く)かかり癖が治らないんだろうけど、逆にかかり癖治ったらマジに弱点無くなるわ

 

26:ターフの名無しさん ID:f29dIHpHh

今のかかり癖も言うほど致命的な弱点か?

スタミナありすぎて、かかっても関係ないやん

 

27:ターフの名無しさん ID:gDIXe9D8t

弱点があるくらいが可愛いもんよ

でもスタミナを磨り潰すスタイルは全然かわいくないしドン引き

 

28:ターフの名無しさん ID:ikZT+O70P

ステイヤーズステークスでダブルトリガーを倒してるしな

よく考えたらその実績もヤバい

 

29:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>28 Double Trigger倒してたっけ?

 

30:ターフの名無しさん ID:4WRf7ZbMw

>>29 なんで知らんかったんやw

去年のステイヤーズステークスで倒しとるで

 

31:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>30 ごめん今思い出した!

確か冬だったよね?

その時期は色々と忙しくて海外レースを見る暇がなくて……

 

32:ターフの名無しさん ID:kvEbaFnmj

ん?海外?

ここ日本だがw

 

33:ターフの名無しさん ID:FZ3JWIVKu

イッチどこの人?海外?

 

34:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

そうだよ!

 

35:ターフの名無しさん ID:3M6ov/dR6

はえ〜海外の人にもアポロさんの快進撃は伝わっとるんやなぁ

 

36:ターフの名無しさん ID:0zSzyg4rQ

ドバイにも行ってたし多少の知名度はあるやろね

 

37:ターフの名無しさん ID:5qnsVRog

日本のトゥインクル・シリーズの盛り上がりは凄いからな

 

38:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>37 こっちにも伝わってくるくらい日本は盛り上がってるよね

羨ましいよ〜

 

39:ターフの名無しさん ID:D2IIM0HEf

イッチは一般のファンかい?

そっちのレースはどんな感じ?

 

40:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

アタシはヨーロッパにいるウマ娘だよ〜 : )

日本に比べたら長距離路線はあんまり盛り上がってないけど……最近は結構いい感じ!

 

41:ターフの名無しさん ID:qb+2FBUK3

>>40 こん!^^

 

42:ターフの名無しさん ID:C/HKkdo/n

>>40 初めまして! 今度食事に行きませんか!

 

43:ターフの名無しさん ID:6m+0yeqjo

>>41 >>42

 

44:ターフの名無しさん ID:/8DOkOX0U

>>41 >>42 通報した

 

45:ターフの名無しさん ID:mEsgEznY5

いい感じ、とは

 

46:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>45 最近は上がり調子ってこと!

ところで、日本のみんなが考えるアポロレインボウ対策はあるのかな?

トレーナーと考えてたけど全然思いつかなくて、割とガチに困ってます!

色んな人からの意見が欲しいな!

 

47:ターフの名無しさん ID:Gmso46m+

トレーナー!? 現役ウマ娘!?

 

48:ターフの名無しさん ID:GYhThfxs+

なんかこうふんしてきた

 

49:ターフの名無しさん ID:xCLn9VY3w

>>48 おさわりまんこいつです

 

50:ターフの名無しさん ID:5PYAMQbzC

対策は無いよ

カイフタラちゃんに聞いてくれ

 

51:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>50 聞いたもん!

でもあの人すっごく気難しいから……全然答えてくんなかった!

 

52:ターフの名無しさん ID:udQ4Uu19F

聞いた!?!?!?

 

53:ターフの名無しさん ID:L9T7/lJhG

イッチ、直接聞けるレベルのウマ娘なのか……

 

54:ターフの名無しさん ID:0tGB5N79Q

イッチ誰?

くそ気になるんだけど

 

55:ターフの名無しさん ID:cmW93BBao

ヨーロッパの現役ステイヤーでカイフタラちゃんに話をできるウマ娘……

いったい誰なんだ

 

56:ターフの名無しさん ID:j6GSRJ2WC

アポロさん対策よりイッチの正体の方が気になるぞ

 

57:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

言いたくありませ〜ん!

でも、中継を見てたら普通にアタシ映ると思うけどね

 

58:ターフの名無しさん ID:2q+JZcQmO

中継見てたら映る……つまりオープンクラスの現役ウマ娘か

くそエリートで草

 

59:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

アポロレインボウを知るにはデータから知るべし

イッチにプロのトレーナーがいるから今更言う必要も無いけど戦績から纏めていくぞ

 

60:ターフの名無しさん ID:LmwMz8mPV

わ〜い

 

61:ターフの名無しさん ID:+pbpW/pLq

プロ相手に大きく出たな>>59

 

62:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

アポロレインボウ成績

ジュニア級

東京 メイクデビュー ー 8人 8番 3人 8着 T2000 良 2:03.5 -秒 アゲインストレイル

東京 未勝利戦 未勝利 8人 4番 1人 3着 T2000 重 2:06.1 0.3秒 アングータ

東京 未勝利戦 未勝利 8人 1番 1人 1着 T2000 良 2:02.9 -0.2秒 (トーチアンドブック)

京都 紫菊賞 1勝クラス 15人 7番 1人 1着 T2000 良 R1:58.5 大差 (ファイフリズム)

中山 ホープフルS G1 18人 6番 2人 3着 T2000 重 2:00.8 0.0秒 キングヘイロー

クラシック級

中山 若葉S OP 16人 2番 1人 1着 T2000 良 R1:57.9 -0.3秒 (ディスティネイト)

中山 皐月賞 G1 18人 17番 3人 2着 T2000 良 1:58.2 0.0秒 セイウンスカイ

東京 東京優駿(日本ダービー) G1 18人 1番 1人 1着 T2400 良 R2:22.5 同着 アポロレインボウ、スペシャルウィーク

京都 菊花賞 G1 18人 5番 2人 1着 T3000 良 R2:58.5 大差 (セイウンスカイ)

中山 ステイヤーズS G2 16人 6番 1人 1着 T3600 良 3:44.2 -0.1秒 (Double Trigger)

中山 有記念 G1 16人 13番 1人 1着 T2500 重 2:31.9 -0.4秒 (グラスワンダー)

シニア級

メイダン ドバイゴールドC G2 16人 2番 2人 2着 T3200 良 3:15.0 0.1秒 Kayf Tara

京都 天皇賞(春) G1 18人 5番 1人 1着 T3200 良 R3:06.1 -1.4秒 (スペシャルウィーク)

 

通算成績 13戦8勝 [8-2-2-1]

2500m以上成績 5戦4勝 [4-1-0-0]

レコード勝ち 5回

 

メモ

距離適性は2000〜4000(?)

本人やトレーナー曰く長距離が最も得意なそうだが、中距離でも普通に強い

超ハイペースで後続をぶっちぎって勝つ分かりやすいスタイル

場、ドバイまでの芝の重さなら問題なし

ハナを奪われるとちょっと弱い(皐月賞の落ち着きの無さ)

スタートが上手い

最終局面で二の足を使う

レース中はかかりまくっている(らしい)

 

63:ターフの名無しさん ID:bc6wnI+GD

成績強すぎて草

レコード勝ち5回ってやばいだろ

 

64:ターフの名無しさん ID:KYNz/zliX

弱点ほんとにあるの?

単純に強すぎて強いウマ娘の成績じゃん

 

65:ターフの名無しさん ID:sqNnCHfhZ

春天は世界レコードで走り切ったスペシャルウィークセイウンスカイが勝ってないのがおかしい

 

66:ターフの名無しさん ID:FG7tR3GLi

イッチはヨーロッパのウマ娘なんやろ?

多分欧州の芝(特に道悪)じゃこんな走りできるわけないから安心せーや

 

67:ターフの名無しさん ID:FTfx5j2Ms

>>66 ほんとぉ?

 

68:ターフの名無しさん ID:DdhLcX6py

>>66 うそくさ

 

69:ターフの名無しさん ID:KEa/49jHi

でもマジでヨーロッパとそれ以外のレースって別物とはよく聞くけどな、芝もコースも起伏もタイムも何もかも違う

日本で強かったウマ娘が海外(特にヨーロッパ)でも勝てるとは限らんよ

 

70:ターフの名無しさん ID:tYZyMI6t4

>>69 だからこそ春天やドバイゴールドカップを勝つ(軽い芝が得意な)ステイヤーが、距離を短縮して凱旋門賞を目指すわけだしな

アポロレインボウはめちゃくちゃ強いと思うけど、ヨーロッパの3200mとか4000mじゃ分が悪くて勝てないと予想してる

 

71:ターフの名無しさん ID:RWD+1EWVT

>>70 過去の傾向からしたらそうかもしれんけど、ここまでレコード勝ち5回、3000mと3200mで世界レコード叩き出してるんだから勝てるだろ

 

72:ターフの名無しさん ID:kuAIm7+o+

>>71 少なくともスタミナ面の不安はないが、向こうのコースの起伏ヤバいぞ? 10mの高低差があるコースなんてザラだし、芝の長さも土の柔らかさも違う

そんな中で日本と同じ距離を走って上手くいくと思うか?

俺は素人なんで分かりません

 

73:ターフの名無しさん ID:obsgTTX5o

ちょっと草

 

74:ターフの名無しさん ID:yXnoEspva

地域ごとの個性があるのは面白いところだけど、それがまたトゥインクルシリーズの難しいところだよな〜

 

75:ターフの名無しさん IDF4ry1Kg0g

やっぱり問題は雨だよね〜

 

76:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

イッチ、アポロさんの平均ラップタイムのデータとかあるけど既にもう持ってるよな?トレーナーいるんだし

ま、持ってても講釈したいから貼るけど

 

77:ターフの名無しさん ID:gcy8W1WAn

何だこの……何だコイツ!?

 

78:ターフの名無しさん ID:9nmXi89hp

このデータ屋面白すぎるだろ

 

79:ターフの名無しさん ID:ov20Q7jMz

自己主張が強すぎる

 

80:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

データはいらないかな〜

でも講釈はちょっと興味あるかもね!

色んな意見を聞きたいな!

 

81:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

>>80 個人的に温めてたデータがあるんだが、

マジでいらないの?

 

82:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

>>81 いらないよ〜

 

83:ターフの名無しさん ID:/xuPnHD3Y

そもそもプロ相手に講釈を垂れようとするな

 

84:ターフの名無しさん ID:qiwRHX0tb

イッチがネカマの可能性もあるけど

 

85:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

>>82 そっか……でも話を聞いてくれるだけでも嬉しいよ

 

86:ターフの名無しさん ID:VmB1da7TT

データ屋ちょっとかわいそうなの何

 

87:ターフの名無しさん ID:qsecoyfBp

\_へ(´・ω・`)<そっか……

 

88:ターフの名無しさん ID:1MOAWSDQR

>>87 かわいい

 

89:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

まぁ素人なりに喋らせてもらうわ

イッチはもちろん知っとると思うけどな、アポロさんは道中で息を入れないんよ

つまり最初から最後までほぼ同じペースなわけ

普通長距離の逃げってのは息を入れんとスタミナ切れを起こすけど、アポロさんはそれをしない!速度を緩めたりスローペースに持ち込むようなことができないんや

 

90:ターフの名無しさん ID:l71l4tUiz

ほうほう

 

91:ターフの名無しさん ID:Dpet5g0j8

それで?

 

92:ターフの名無しさん ID:9Z62TCV+l

そんなのイッチ含めてみんな知ってるぞ

 

93:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

答えは簡単、そんなアポロさんをペースメーカーにすればいいんよ!

バカ速いペースメーカーだけど!

 

94:ターフの名無しさん ID:JVFVmmqrp

は?

 

95:ターフの名無しさん ID:dumdxQxNA

え?

 

96:ターフの名無しさん ID:bBynVwXXF

??????????????????

 

97:ターフの名無しさん ID:0K7cSpuCf

くそわろた

 

98:ターフの名無しさん ID:wVIAg3L2b

これがデータ屋の姿か……?

 

99:ターフの名無しさん ID:dt734lAis

いや……一理あるかもしれん

ドバイでアポロちゃんと戦ったカイフタラちゃんも、同じようなことを考えていたのかもしれないし

 

100:ターフの名無しさん ID:0kqEvOp+Y

えぇ……

 

101:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

完璧な作戦だろ?

>>99 の言う通り、こんなことが出来るのは今のところカイフタラちゃんレベルの末脚を持つウマ娘だけみたいだが

 

102:ターフの名無しさん ID:TPdCmoMK9

これにはイッチもあんぐり

 

103:ターフの名無しさん ID:eigCOSETV

イッチあまりのバカバカしさに落ちてて草

 

104:ターフの名無しさん ID:yuItAhQ2X

あ〜あ

 

105:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

信じてくれイッチ!!

アポロさんは短距離並みのスピードで長距離を走るけど、絶対無敵なわけじゃないんや!!

ドバイではカイフタラちゃんに負けてたし、春天も最終コーナーまでについた差が縮みまくってたし!!スタミナさえ何とかなればスペちゃんセイちゃんに勝ち目があったはずなんや!!

 

106:ターフの名無しさん ID:23NGc6jaJ

>>105 それができたら苦労しない定期

つーか長距離を短距離並みのスピードで走れるなら無敵だろ

 

107:ターフの名無しさん ID:1bB3HK+L7

でも春天のスペシャルウィークとセイウンスカイの追い上げも割とバグってたよな

レース前半は徹底してスタミナキープ→中盤から位置取りを押し上げて先頭(アポロレインボウ)に接近→終盤にかけてロングスパート

↑ジャラジャラがスタート直後のアポロに鈴付けに行って、かつこの作戦が最高に上手く行ってたら勝てなくは無さそうだったが

 

108:ターフの名無しさん ID:N6aklOPB3

結局のところ、集団でアポロさんを潰しに行かないといかんよね

放置したらほぼ100%逃げ切られるんだから、みんなで一緒にアポロさんを潰した状態にして初めて1着争いが生まれると言ってもいい

 

109:ターフの名無しさん ID:loOivKSyQ

最高速度だけで言ったら、向正面のスペちゃんが1番速かったよな

80キロは余裕で出してたとおもう

 

110:ターフの名無しさん ID:J0IOv2FJd

>>109 そこまで来ると身体がぶっ壊れそうで怖いんよ

 

111:ターフの名無しさん ID:9yMmlrS5R

実際、アポロちゃんレース後に顔真っ青にしてたしね

毎回あんな走りしてたら寿命縮むんじゃないかしら……(´・ω・`;)

 

112:ターフの名無しさん ID:AOK1907d4

少なくとも膝はボロボロだろうな……

 

113:ターフの名無しさん ID:Ihws2xVya

怪我する前に温泉旅行にでも行ってゆっくり休んで欲しい。いやマジで。ウマ娘はもっと休んでいいのよ。頑張ってる子の怪我なんて誰も見たくないし、長期間の休養をしてもみんな分かってくれる。

 

114:ターフの名無しさん ID:sH5WL39os

8年間元気に走り続けるウマ娘もいるけど、そんなん例外中の例外や

海外じゃ2年走って引退が割と普通だし

 

115:ターフの名無しさん ID:12iUU3/Pu

風呂行ってますた

イッチが欲しかった攻略法は出たのかい?

 

116:ターフの名無しさん ID:wCyzV0Qo/

>>115 出たよ!

なお

 

117:ターフの名無しさん ID:Y5WOtZSli

>>115 アポロちゃんはほぼ一定のペースで走るから、ペースメーカー代わりにして後半に備えよう!ってさ

つまり

前半スタミナ温存→後半頑張って追い抜く

こういうことらしい

 

118:ターフの名無しさん ID:12iUU3/Pu

ファーーーーーwwww

机上の空論じゃねーかwwww

それができたら苦労しねーよwwwww

 

119:ターフの名無しさん ID:UrU2rPvKe

普通に考えて3000メートルを2:58:5、3200メートルを3:06:1ってガチであたおかだからな?

菊花賞の時もバカ速かったのに、何でそこからの+200メートルを+8秒で走りきれちゃうんですかって話よ

アポロレインボウの枠番と調子のお祈りゲーでしかない

 

120:ターフの名無しさん ID:9MFxQwmVS

歴史的に見ても日本最強ステイヤーなのは間違いないわな

菊花賞と春天は文字通りのアンタッチャブルレコード

 

121:ターフの名無しさん ID:ZPe7b9o6K

こうして考えると、アポロレインボウと戦う時は、距離が長ければ長いほど不利になるな

2800メートルくらいまでならデータ屋の作戦でギリギリ何とかなるかもね

 

122:ターフの名無しさん ID:bC9xR50sN

>>121 そうだよな!?春天が2800メートルくらいだったら、アポロスペスカイはもっと僅差の決着だったと思うぞ!

 

123:ターフの名無しさん ID:dUBUbkOht

確かに有は菊花賞春天から見れば僅差の決着だったけど……

 

124:ターフの名無しさん ID:+qcYp4iOz

おや?

アポロちゃんの次走はG2ヨークシャーカップ……

距離2800メートルですね……

カイフタラちゃんは出ないけど、他にも差し追込のやべーやつが居たらどうなるか分からんな……(データ屋の言う通りなら)

 

125:ターフの名無しさん ID:vdrI7LrEU

データ屋の作戦は無茶苦茶で非現実的、アポロレインボウは強い

以上

 

126:ターフの名無しさん ID:F4ry1Kg0g

みんなありがとう!

攻略法が掴めた気がする!

アポロレインボウとは恐らくゴールドカップでぶつかるから、その時は応援よろしく!

 

 



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106話:旅立ちの前に

 

 ヨークシャーカップが迫る中、私達は日本を発つ準備をほとんど終わらせた。でも、私達は最後にやり残したことがあって――その目的を果たすため、私達はシリウスシンボリさんを呼び出すことにした。

 目的はヨーロッパへの知見を更に高めること。シリウスさんは日本ダービーを勝利し、長期間に渡って欧州に滞在した経験があり――対する私は今年の秋までシャンティイのトレセンに留学が決定しているため、彼女の知識を分けてもらおうというわけだ。

 

 予約した会議室に集まったウマ娘は、私とジャラジャラとグリ子。この2人もヨーロッパ遠征を控えているため、トレーナーに確認した上で誘っておいたのである。

 ちなみに、グリ子とシリウスさんが一堂に会するという噂を聞きつけたネットのファン達(夢女界隈)は妙にザワついているらしい。いったいどこの誰から聞き出したのやら。

 

「グリ子はシリウスさんと話したことあるの?」

「いや、全然。ジャラジャラちゃんは?」

「面識はないかな……」

「じゃ、みんな初対面なんだ」

「近寄り難い雰囲気がね〜……話したらきっと良い人なんだろうけど!」

 

 ウマ娘3人で雑談していると、突然会議室の扉が開かれる。慌てて口を閉じて前を向くと、とみおに続いてシリウスシンボリさんが入室してくるのが分かった。

 独特のオーラを漂わせるシリウスさん。切れ長の瞳。まつ毛が長すぎる。スタイルもいい。ずるいなぁ。

 

「よろしくお願いしま〜す!」

 

 噂通りのシリウスさんに見惚れつつ、私は頭を下げて彼女に向かって挨拶した。他の2人も一瞬呆気に取られて遅れたものの、わざわざ時間を作ってくれた先輩に失礼のないよう、私と同じような挨拶をしていた。第一印象は大事。つまり挨拶は基本である。

 そんな私達の声を受けてか、シリウスさんは少し機嫌を良くしたように見えたのだが――私の隣で微笑をたたえるシンボリルドルフ会長を見て、明らかに頬を引き攣らせてしまった。

 

「……何で生徒会長サマがここにいるんだよ」

「おや、私がここに居てはまずかったかな」

「……ちっ、勝手にすればいいだろ」

「そうさせてもらうよ」

 

 シリウスさんはルドルフ会長に妙な視線を送ると、彼女から最も遠い場所に座った。ルドルフ会長は普通の視線だが、シリウスさんが会長に向ける視線はどこか冷たい。先の会話も相まって、鈍い私でも会議室内の空気が居心地の悪い感じになっているのが分かった。

 ただ、これからシリウスさんのことを知ろうという段階なので、2人の過去とか因縁についてはよく分からない。ジャラジャラ・グリ子・私が嫌な空気に対して引き気味で構えていると、とみおが咳払いすることで空気が緩和された。

 

「……おほん、それじゃあみんな集まったようだし始めようか。今からやることは知ってると思うけど、シリウスシンボリにヨーロッパのトゥインクル・シリーズについてミニ講義を行ってもらう。そこにいるシンボリルドルフは補佐役として立候補してくれたので、そういうことでよろしく」

「あぁ。さっさと始めていいか?」

「うん、基本的には自由に話してくれていいよ」

「そりゃどうも」

 

 シリウスシンボリさんはとみおの案内で前に出ると、自己紹介を交えつつ私達3人を見渡す。講師として呼ばれたからには本気でやってくれるらしく、年季の入ったノート片手に――“ヨーロッパ”という単語だけが表紙に書かれたもの――ホワイトボードにペンを走らせ始めた。

 そのノートの貫禄たるや、思わず生唾を呑み込んでしまうような威圧感に溢れていて。ヨーロッパで戦ってきた彼女の血の滲むような努力が窺えた。

 

 ――シリウスシンボリ。日本ダービーを勝利した後、2年間の長きに渡ってヨーロッパ遠征を経験したウマ娘だ。かの有名なG1・KGV&QES(キングジョージ)や凱旋門賞に出走し、欧州の花形であるロンシャンレース場におけるグレードレース出走回数は10度を数える。

 また、シリウスさんはあの『世界最強』ダンシングブレーヴが勝利した凱旋門賞に出走したウマ娘でもあり――日本においてもオグリキャップ、タマモクロスなどのスターウマ娘と(しのぎ)を削った経験がある。まさに生きる歴史書と言ってもいい。

 

 私達はシリウスさんの話に必死でメモを取りつつ、その内容に聞き入った。

 まずヨーロッパのレース風土。ヨーロッパのトゥインクル・シリーズにはダートレースが存在しない。その代わりに平地レース、障害レース、速歩レース(競歩みたいなもの)が執り行われている。欧州では障害レースの人気が圧倒的に高く、ヨーロッパのレース売上上位20位において、1位はぶっちぎりでG3のグランドナショナル(障害レース)となっている。また、20位中に障害レースが15つランクインするなんてことは毎年起こっており、とある年は売上上位20位中19つが障害レースだった……なんてこともあったそう。それほど障害レースの人気が高いのである。

 

 また、障害レースの最短施行距離は何と3200メートル。ヨーロッパでは5000メートル、6000メートルを走るのは日常茶飯事なのだ。様々な障害が待ち受けている上に壮絶なスタミナを要求される障害レースと比べて、平地の長距離レースは退屈だと見なされてしまい、その結果平地長距離レースの人気が落ちた……という声もある。平地レースの高速化とレベル低下が人気下落の主な要因だろうが、確かに障害レースの隆盛が一因を担っているとも言えるだろう。

 

 つまり――()()()()人気がないだけ。平地長距離競走の人気が低いと言うよりは、障害レースの影に隠れてしまっているだけなのだ。ルモスさんやダブルトリガーさんは()()を何とかしようと、欧州のURAを通して動いてくれているのである。

 ルモスさん曰く、平地長距離の人気をぶち上げる算段は立っているらしい。その根拠として、売上1位が定位置となっているG3・グランドナショナルは、イギリス国内だけで総人口の6人に1人にあたる1000万人がテレビ観戦しているという調査結果が出ている。つまり、同じ『レース』でここまで支持を獲得しているのだから、平地長距離レースの地位向上も不可能ではないはずだ――という考えがあるみたい。

 

 でも、国や地域には価値観の違いというものが存在する。一言で片付けるのは難しいけれど、日本では平地の芝レースが、ヨーロッパでは障害レースが好まれるような価値観が既に完成しているのだ。長きに渡って育まれてきた文化を下地にして、もはや成熟していると言ってもいい。

 例えばヨーロッパではエキサイティングで激しいモノが好まれる。ヒトのスポーツで言えば、ラグビーやサッカーやF1などの、とにかく分かりやすい競技に注目が集まりやすい。そんな彼らが平地と障害を見比べた時、彼らの価値観からすれば平地が見劣りするように見えても仕方の無いことだ。

 逆に、日本は引き算的。障害レースのように、怪我の不安を感じさせるようなレースは若干好まれない傾向にある。また、日本人は待つことが苦痛でない……と言われているため、平地レースはそんな私達にマッチしたスタイルなのだろう。

 

 ただ、ルモスさんはその価値観の違いを知った上で世界を覆そうとしている。既に根付いた価値観を破壊して一過性でない人気を取り戻せるかは分からないが、最強ステイヤーの夢を叶えつつ人気を取り戻せるチャンスなんて二度とない。ルモスさん達の悲願を叶えるために一肌脱がせてもらうのは当然のことだ。

 

「さて、いよいよレースについての説明に入るんだが、そこのトレーナーにも色々と補足してもらう。ニワカってわけじゃないが、トレーナーの方が詳しいだろうからな」

「……シリウスシンボリを呼んだ理由は経験談の部分が1番大きなところだから、気にしなくていいよ」

 

 日本のトレセン学園に勤務するトレーナーと言えど、海外の事情に精通しているのは当たり前のこと。本題はシリウスさんのレース経験談の部分だからか、2人は少し早口気味でヨーロッパのレースの特徴について語り始めた。

 

 日本とヨーロッパの違いは簡単。『人工物』か『自然物』かの違いである。アメリカに倣った日本のレース場が人工物なら、元祖と言えるヨーロッパのレース場は自然そのもの。そのため、芝が切り揃えられることはなく――つまり芝は長い――森や丘がそのままレースコースになっているので、日本ではありえないレベルの高低差があるのは当たり前なのである。ヨーロッパのレースコースはコーナーが緩やかで、直線が長い。

 タイキさんが勝ったG1・ジャック・ル・マロワ賞が直線1600メートルだったり、特にマイル以下の距離は直線限定であることもしばしば。2000メートルの直線コースもあるくらいだ。

 

 こうした状況下で走り続けた結果、ウマ娘達は地域ごとに最適な走法を身につけてきた。それがレーススタイルの違いである。大きく分けると、欧州のウマ娘は『直線の長いコースに強いウマ娘』が多く、アメリカのウマ娘は『カーブが多いコースに強いウマ娘』が多くなった。

 日本のコースはアメリカの特徴を受け継いだものが多いので、日本のウマ娘はカーブに強いウマ娘が多いと言われている。付け加えるなら、スローペースの末脚勝負になればかなり強いだろう。

 

 上辺をなぞる説明が終わると、いよいよシリウスさんに発言権が移る。次は向こうのレーススタイルと主な対策方法について、経験を混じえながら説明してくれることになった。

 

「――今説明した通り、ヨーロッパのスタイルは理解できたと思う。ま、大雑把に言えば『最後に勝てば何でもいい』ってスタイルだ。スタートに力を入れてるウマ娘は日本より少ないし、強えウマ娘を勝たせるためにラビットと呼ばれる逃げウマ娘が出走してくるのも大きな特徴だな」

 

 では、ヨーロッパのレース場に適応したその走法と、ラビットによる不利展開を打ち破るにはどうすれば良いか。シリウスさんは人差し指を立ててこう言った。

 

「最も過酷なレース場と言われるエプソムレース場の高低差は40メートル。アスコットレース場でも20メートルのアップダウンがある。日本じゃ考えられないだろ? ――だから、当然日本と同じ走り方じゃまず勝てねぇ。中距離以上を走るならレーススタイルを変えろ……というのが私なりの答えだ」

 

 ノートを持つシリウスさんの手に力が入る。具体的に何を変えれば良いのか、走法はそのままで良いのか、過酷な高低差をどうやって乗り越えるかなどなど……経験談を元に有益な情報を次々に語ってくれた。

 ヨーロッパの土は柔らかいから一歩一歩走るだけで体力をゴリゴリ削られるだとか、森の深い場所にコースがあるため鹿や野ウサギが平然と現れるだとか、あちこちにモグラが掘った穴があるだとか……とにかく内容が盛りだくさんだった。

 

 そんな中、シリウスさんは私を名指しして、「お前はそこのトレーナーに言われた通り、走法を変える必要はねぇ。良さが潰れちまうからな。だが、()()()()を治すかどうかで結果は変わってくるだろうよ」と言う。嫌なところまでしっかりと指摘されて、変な声を出してしまいそうになった。

 とみおもこの発言に浅く頷いており、助けを求めるようにルドルフ会長を眺めると、彼女は困ったように首を振るだけだった。それを見たシリウスさんは、鼻を鳴らしながら会長に食ってかかった。

 

「――ハッ。そこで黙って見てる生徒会長サマはアポロの走りに対してどう思ったんだよ? 可愛い後輩に向けてアドバイスのひとつでもしたらどうだ?」

「……そうだな。私から言えることはひとつ、『怪我をしないこと』だ。怪我をすれば当然レースにを走ることはできない。挑戦することすらできないまま終わるのは悔やんでも悔やみ切れないだろう?」

「……フン、文句のつけようもねぇアドバイスをありがとさん」

 

 その後、シリウスさんはジャラジャラちゃんにスタミナキープのコツを伝授し、グリ子には重場への対策を練ることを提案した後――

 

「ここまで教えてやったんだ。3人とも、結果残せよ」

 

 と言い残して部屋を出ていった。

 

「はい!」「もちろんです!」「頑張ります!」

 

 質問したいことは沢山あったけど、シリウスさんもまた忙しい身。むしろ時間を作って貴重な話を聞けたことに感謝である。

 シリウスさんに鬱陶しげな目で見られていたルドルフ会長は、帰っていった彼女に代わって前に出た。

 

「シリウスシンボリはノートの内容を語り尽くしてくれたようだ。質問があれば、私に何なりと言ってくれ。もっとも、私の遠征先はアメリカだから、期待に沿う答えは出てこないかもしれないがね」

 

 こうして“シンボリ”2人によるバトンタッチが行われた後、数十分に渡る質疑応答が始まり――

 

「どんなウマ娘にも弱点は必ずある。無双のウマ娘がいたとしても、無敵のウマ娘はどこにもいないものだよ。己の弱点を見直した後は、自ずと敵の弱点も見えてくるだろう。健闘を祈る」

 

 ……という会長の締めの言葉と共に、ミニ講義は終わりを迎えた。

 

 

 ミニ講義が終わった後、私は明日の旅立ちに向けて自室で荷物を纏めていた。そんな私の後ろでグリ子が悲しそうに耳を伏せる。視界の端で感情を露わにする彼女を捉えつつ、私は重くなりかけた空気を茶化すように笑い飛ばした。

 

「もう、1ヶ月もすればまた会えるじゃん! 何でそんなに寂しそうなんだよ〜」

「……だ、だって」

「だって……何よ?」

「2年間ず〜っと一緒の部屋で過ごしてきたんだよ? レースで勝ったらプチ祝勝会開いてさ。うるさくしすぎて隣の子に怒られたり、2人一緒に寝坊遅刻して責任擦り付け合ったりしてさ。1ヶ月とはいえ、うるさい同居人が居なくなるんだもん。そりゃ寂しいって」

 

 グリ子が消え入るような声で言うと、今度こそ部屋の空気がしんみりとしてしまった。

 彼女は安田記念の後にヨーロッパへ遠征してくるが、それまではしばしのお別れ。1ヶ月ほどすれば彼女もシャンティイのトレセンに来ると言うが、それでも寂しいものは寂しいというのが本音だ。機嫌が良い日も悪い日も顔を合わせ、お互いに知らないことなんてほとんど無いレベルで密接に過ごしてきた。彼女がいなくなった時、フラットに雑談ができる相手は誰もいない。そういう意味でもグリ子は私にとって大きな存在だ。

 

 とは言え、私はそこまでの心配はしていない。彼女と培ってきた絆は、海を越えても絶たれることはないと信じているから。

 

「……大丈夫っしょ。私達、()()で繋がってるじゃん?」

 

 そう言いながら人差し指をグリ子の胸に突きつけると、彼女は軽く吹き出した。自分でも似合わないセリフだと思ったけど、笑われるとは心外だ。結構勇気を振り絞ったのに。

 

「ちょ、なんで笑うの! サイテー!」

「いやいや、バカにしたわけじゃなくてさ……何か安心しちゃって。そうだよね、アポロちゃんってこういうヤツだったわ〜」

「何それ、もう電気消していい?」

「ごめんごめん! 拗ねないで!」

「電気消しま〜す」

「ひえ〜!」

 

 私はキレた演技をしつつ布団に潜り込んだ。きゃいきゃい騒ぎながらグリ子もベッドに向かってくれたので、明日の出発に備えて早めに眠れそうだ。私は目を閉じて、ウマ娘の聴力を以ってしても聞こえないレベルの声で「ありがとね」と呟いた。反応は返ってこなかった。

 

 しばらく布団の中で蠢いていると、強烈な眠気が生まれる。いよいよ寝られそうだと思った時、グリ子の声がした。

 

「――アポロちゃん」

「……んぅ、なにぃ……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

()()()()()()()――」

 

 グリ子が何かを言おうとした瞬間、眠気が限界を迎えた。グリ子の言葉を待たずして意識が闇に溶け始める。トレーナーに話せず、頼れる先輩にも話せず、同室の大親友にしか話せなかった()()()()()に対する奮起の言葉はどこかに消えて……唐突に私の心の奥深くの「俺」が表層に現れた。

 ――俺達はまだまだ不完全だからボロが出る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。「俺」はそんなことを言って、腕組みしながらこちらを見ていた。

 

 私のかかり癖は、単なる悪癖以上の意味を持っている。『最強ステイヤーになりたい』というどこか現実味のない夢と、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――つまるところ、言いようのない何かに焦っているから、かかってしまうのだ。

 菊花賞の後から現れた底なしの不安は、今の私を蝕む毒だ。極限まで研ぎ澄ませた肉体と技術をぶつけるトゥインクル・シリーズ。G1というレベルの高い舞台にもなれば、肉体や技術面ではライバルと大した差がつかない。だからこそ、諦めない執念が戦いの力になるというのに――この()()は純粋な精神力を穢す邪魔者でしかない。

 

 「俺」は続ける。

 俺達はまだ不完全なんだ。だからボロが出るし、本当の意味での会心の走りができない。一段階上のステージ――理想のウマ娘になるには、お前がちゃんと思い描いた夢の中で戦う必要があるのさ。そうすればきっと、至上の課題である()()()は解決する。心の底に疼いていた焦りは全て消えて、アポロレインボウ本来の走りを見せられるんだ。

 

 「俺」は私の様子を見ている。

 ――そう。私が忘れていたのは夢の根幹に関わることだ。菊花賞で肉体の限界を超え、夢に挑む準備は完了したのだが――その先に待っているはずの夢には靄がかかっていた。その靄の正体は分からない。いつどこで発生したのか、その翳りが何なのかは皆目見当もつかない。強いて言うとするなら……翳りの原因は、私が最強ステイヤーになろうと決意したあの日に生まれたもの……な気がする。

 

 夢を抱いたその日は、両親と一緒にレースを見ていた。長距離戦だったはずだが、どこで誰が走っていたのかは思い出せない。輪郭がはっきりしない。……レース内容は薄らと覚えているのに、勝利したウマ娘の名前は思い出せない。

 しかし、それが根幹だ。最強ステイヤーになりたいと誓った日に見た――()()()()。テレビの中で確かに煌めいていた、幾何学模様の雪の欠片。あの雪の結晶が私の根幹を形成しているのは間違いない。

 

 じゃあ、それが意味するところは何だ?

 あの雪の結晶と、テレビの中のウマ娘が語った言葉の意味とは――?

 

『この⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎で⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と戦えて、私は――』

 

 こめかみが鋭く痛む。()()()()()()()()()()()()、と本能が警告している。

 まだその時じゃないんだ。本能的に察する。

 

 しかし、こめかみに激痛が走ると同時に見えたものがあった。

 ――()()()()()()()()()()。熱気渦巻く沙漠の地で見た異形の煌めき、忘れるはずがない。微かな残滓となって漂っていたあの雪は、恐らくカイフタラさんを源にしていた。

 で、あれば――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。カイフタラこそが、テレビの中のウマ娘のように、誰かに夢を与えられる偉大なウマ娘なのかもしれない。荒唐無稽な思いつきだろうか。しかし、信じない訳にはいかなかった。

 

 ルモスさんの言葉が駆け巡る。

 ()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……カイフタラを助ける?

 そんなことはない。私は彼女に助けてもらう側でもあるんだ。

 直感でしかないはずだが、確信めいた感情で私は思う。

 

 私達は惹かれ合っている。海を隔てても強く求め合っている。

 この渇き、この衝動、不安、希望、羨望、嫉妬、狂乱、敗北感、闘争心――私の全てを受け止めてくれるのは、雪の結晶を持つカイフタラしかいない。

 

 他の誰でもない、あなたしか。

 

 

 



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107話:フランスでも私の可愛さは絶対的ってワケ

 

 ――フランスのパリから車で1時間程度離れた場所にある、優美なレース場・シャンティイ。フランスで最も歴史が深く、世界一美しいレース場とも言われる場所だ。

 そのレース場の近くの森の中には、日本のトレセン学園に負けないくらい大きな学園が構えている。通称シャンティイ・トレセン学園。これからの半年間、私はこのトレセン学園に籍を置くことになった。広いヨーロッパでこの場所を選んだ理由は色々とあるが、大きな理由を占めるのはエルちゃんやカイフタラさんがここにいるからだ。エンゼリーちゃんもいるので、交友関係的にもシャンティイ以上の場所はないと思う。

 

 飛行機に乗ってフランスのパリ=シャルル・ド・ゴール空港に到着した私達は、ヨーロッパの風を感じて感傷に浸った。大部分の荷物は既にシャンティイのトレセン学園へ送っていたので、小さなバッグだけを抱えて空港内を歩く。

 

「ふぅ〜……やっと着いた」

「時差ボケは大丈夫か?」

「寝てたから多分オッケー」

「そうか。じゃ、行くぞ」

「ん」

「あ、そうだ。マスコミの人達は俺が捌くから、アポロは堂々としててね」

「りょ〜かい」

 

 そうして会話をしているうちに、報道陣らしき大人達と目が合う。すると、彼らはフランス語で何かを口走りながらこちらへと殺到してきた。カメラマンとリポーターを合わせてその数は20名を超えていて、瞬く間に周囲が暑苦しくなる。

 フランスのメディアだけじゃなくて、ドイツとかイギリスのメディアもいるのだろう、多彩な言語が私に浴びせられることになった。とみおはフランス語やドイツ語も喋れるから、翻訳は彼に任せておこう。

 

 とみおが対応に追われる中、度々聞こえてくる『三強』『長距離三強』という単語。耳をピンと反り返らせて、あちこちから名詞を拾ってきて質問内容を予想する。ステイヤーズミリオンという言葉が聞こえたところで、マスコミの質問内容は大体予想できた。その答え合わせをするように、とみおが翻訳結果を耳打ちしてくれる。

 

「『今年のステイヤーズミリオンは異例の盛り上がりを見せている。長距離三強の一員としての心持ちを教えてくれ』ってさ」

「……英語で答えたらいいかな」

「お好きにどうぞ」

 

 私は前に出て、辺りを軽く見渡した。ジャパンカップに出走するために来日した大物なんかは、空港にやってきた時点でカメラのレンズに曝されていた。そういう過去の例から考えるに、恐らく私の来仏も生放送されているのだろう。大きな目のようなレンズに囲まれ、僅かな緊張感に苛まれながら、私は質問に答えていった。

 

「ステイヤーズミリオン完全制覇以外は見えてません。カイフタラさんには必ずやり返したいですし、エンゼリーちゃんにも負ける気はありません」

 

 ワオ、という声がどこかから漏れる。マジかよコイツ、という表情の記者が多数である。日本のウマ娘が欧州のクラシックディスタンス以上のG1を制した例が少ないというのもあってか、微妙な顔をしている人がほとんどだった。

 

 現在欧州長距離界で三強と言われているのは、前年の欧州長距離チャンピオンたるカイフタラ、G1含むレースを連勝中のエンゼリー、そして3000メートル級レースで世界レコードを2度記録しているアポロレインボウこと私である。

 言外に日本代表のステイヤーという看板を背負わされているのは明白で、極東の島国からやってきた私を値踏みするかのような視線があるのは紛れもない事実だった。ヨーロッパの人達からすれば、日本はよく分からない国なのだろう。そのよく分からない国のトゥインクル・シリーズからやってきた変なウマ娘……という印象が彼らの顔にそのまま現れている、気がする。

 

 下手な言動が放送されれば、日本のイメージを悪くしてしまうだろう。適度な謙虚さを持ちつつ、敬意と礼儀をもって接することが大切である。英語が完璧に話せるわけではないので、慣れない皮肉や棘のある発言は絶対に避けるべきだ。長距離界隈を盛り上げていきたいなら尚更。少しでも困ったら、とみおを頼るか、一呼吸置いて冷静になることが大切だろう。

 ……それはそれとして、好き勝手に発言して私の魅力を振り撒いて、この放送を見ているヨーロッパ中の男を魅了してやりたくもある。だって私、世界レベルで可愛いし……可愛く生まれたなら、誰もに好かれたいと思うのは当然のことでしょ? 世界中の人に愛された上で、ただひとりの男に愛を捧げるのも背徳感があって中々良い…………良くない?

 

「『2400メートルのG1に挑む予定はあるんですか』ってさ。キングジョージや凱旋門賞に出ないことは既に伝えてたと思うんだけど……どうやら懐疑的みたいだ」

「行けるとしても来年以降になるよね」

「そうだな」

「長距離の方が得意なので、あまり考えていません!」

 

 まぁ、今後海外でのメディア対応に慣れてきたら、私の素をたっぷり出す時間はあるだろう。そこまでは没個性的でオッケーだ。何なら、今は微笑んでるだけでトレーナーに全部任せても良かったと思う。私可愛いから、黙ってても絵になるし。

 

 こうしてシャルル・ド・ゴール空港で現地メディアの出迎えに応えつつ、所定の時間以上の追撃をタクシーで振り切ってきた私達は、鬱蒼としたシャンティイの森の前で車を下りた。

 フランスは日本と比べると何もかもが違っていたけど、芝の匂いだけは変わらなかった。苦いような、青いような、土に混じった緑の香り。懐かしい独特の匂いに導かれて、私達は森の中のトレセン学園を目指す。

 

 森の中の暗がりのあちこちから、ウマ娘のものと思われる蹄鉄の音が聞こえてくる。大自然の中にそのまま造られたトレーニングコースがあるらしく、そこらに立つ大樹の幹の太さが森の深さとフランスのトゥインクル・シリーズの歴史を物語っているようだ。

 シャンティイの街は、フランスだけでなくヨーロッパ全土を見渡してもトップレベルのウマ娘とトレーナーが集約する中心地であり、さしずめフランスのトゥインクル・シリーズの総本山と言うべき特別な場所となっている。森に入った先程から感じる僅かな肌の痛みは、レース前のウマ娘を目の当たりにするような闘志の塊に似ている。

 

 やっとシャンティイのトレセン学園の校舎が見えてきて、私は何とも言えない高揚感に駆られた。後ろに着いてきていたとみおが息を切らしており、知らぬ間に早歩きになっていたことに気付く。抑えられない緊張と興奮。私はとみおの手を引きながら、校舎に入ろうと正門を潜ったところで――

 

「こんにちは、アポロレインボウさん」

 

 ふわふわした雰囲気のウマ娘に呼び止められた。声質はメジロブライトさんに似ているようで、少し違う。常に穏やかな笑顔を湛えているのがブライトさんなら、このウマ娘は心の底を双眸で見透かしてくるような……それでいて、全てを許してくれるような、そんな不思議な感覚のあるウマ娘だった。

 しかし、本能が只者ではないと察知している。わざわざ私を出迎えてくれる――つまり生徒会的や寮長的な役回りのウマ娘であるなら、それなりの実績を持っているものだからね。日本で言うところのフジキセキ・ヒシアマゾン寮長のような保護者的存在かつ、シンボリルドルフに匹敵する存在と見た。

 

 ……ただ、ひとつ気になることがあって。

 

「フランス語喋れなくて……英語でも構いませんか?」

「良いですわよ〜」

「……えと。お隣にいらっしゃるその羊さんは、いったい……」

「わたくしの大親友ですわ〜」

「は、はあ……」

 

 鹿毛のウマ娘の隣には、まさに健康体と言うべき肉付きの良い羊がいたのである。彼女がリードを引いているわけでもないのに、その羊はじっと鹿毛のウマ娘に寄り添っているではないか。動物と仲の良さそうな様子を見て、何となくメイショウドトウちゃんの姿が脳裏を過ぎった。

 それにしても……『フランス』『恐らく輝かしい成績を残した競走馬』『羊』に関連するであろうこの子は誰なのだろう。私が彼女のことを知らないのは失礼に当たるかもしれないし、慎重にならざるを得ない。

 結局探り探りで名前を窺うことにしたわけだが、彼女の名前を聞いた私は度肝を抜かれてしまった。

 

「あ、改めましてこんにちは……アポロレインボウです。その、あなたは案内役の方ですか? それともシャンティイ・トレセン学園の生徒会か何かで……?」

「あぁ、自己紹介が遅れましたわね。わたくしは生徒会副会長のアレフランスという者ですわ〜」

「……っ!!? あ、アレフランス……!?」

 

 アレフランスと言えば、凱旋門賞など仏国の大レースを次々に制覇し、『ロンシャンの女王』と呼ばれた20世紀ヨーロッパ競馬を代表する名牝中の名牝だ。逆にこの世界に実在していたのかというレベルの存在だから、腰が抜けそうになる。あの名馬の化身と言ってもいいだろうアレフランスさんに、私は自然と握手を求めていた。

 

「ぜ、前世からファンでした……お写真撮ってもよろしいですか?」

「あら〜?」

 

 柔らかなおててを握らせて貰いながら、私はあることに気付く。もしかすると、このトレセンには海外の名馬がウマ娘になって集まっているのではなかろうか、と。当たり前のことだが、逆に当たり前すぎて忘れていた。

 実際、エンゼリーちゃんやカイフタラさんは世紀末に走っていた競走馬だ。モンジューちゃんとか普通に在籍してるだろうし、その他にも考えれば考えるほど名馬の名前が頭の中にポンポンと浮かんでくる。そもそもウマ娘化していた日本の競走馬達も間違いなく名馬揃いではあったのだが、新鮮味が違うというか何と言うか――

 

 果たして、私の心臓は持つのだろうか。私は変な緊張感を今更覚えながら、スカートの裾で手汗を拭いた。ちなみに制服のデザインは若干異なるが、基本的には同じである。

 

「それで、先程生徒会の副会長と聞いたのが間違いでなければ……生徒会の会長もいらっしゃるんで?」

「シーバードおねえさ……生徒会長は今外しておりまして……申し訳ありません〜」

 

 え? シーバードお姉様?

 耳に入ってきた次なるビッグネームに背筋が凍るほどの戦慄をしつつ、私はとみおに背中を押されてトレセン学園の案内を受けることになった。羊と一緒に。

 

 基本的にシャンティイのトレセン学園は日本の作りと同じ――日本がトレセン学園を作る時にここを真似たのかもしれない――で、途中トレーナー棟と私達の新たなトレーナー室が紹介された。件の部屋は扉が開かれた瞬間軽く埃が舞う程度の状態であったが、部屋がないよりは大分マシな待遇と言えるだろう。

 この部屋は代々倉庫件トレーナー室として扱われてきたようで、長期滞在する海外勢(私達)のためにわざわざ場所を空けてくれたみたい。ともあれ、こちらに来て初めにやることは部屋の大掃除になりそうだ。

 

「続いては教室などの施設を紹介しますわね〜」

 

 私が通うことになるクラスや、実験室・家庭科室などの特別教室の場所を教えてくれるアレフランスさん。とみおはトレーナー室に届けられていた荷物を纏めると言って去っていったので、私とアレフランスさんは2人きりで校舎内を巡ることになった。

 施設を巡る間、私はアレフランスさんに質問をしまくった。このトレセンに在籍するウマ娘やトレーナーは何人か、授業とトレーニングの配分はどれくらいか、屋内外のトレーニング施設はどこにあるのか……などなど。天皇賞が終わってからゴタゴタしていたため、頭に入れる時間が全くなかったのである。

 

 そんな私にもアレフランスさんは丁寧に、かつゆっくりとシャンティイ・トレセン学園の仕組みを教えてくれた。そして施設案内を終える頃には、すっかりシャンティイ・トレセン学園に詳しくなった……ような気がした。

 

「アレフランスさん、ありがとうございました!」

「生徒会の役目ですから〜。それでは、ごきげんよう」

 

 森の中に校舎が聳えているとあって、トラックコースは丘をそのまま切り抜いたような性質で、日本に比べて芝がボーボーに思えてしまう程だった。隅っこの方を軽く走らせてもらったところ、まず日本に比べて土が柔らかいことに驚いた。土を蹴って一気に加速するのは難しそうだし、日本やアメリカのようなスピードの出るレースは望むべくもない。そりゃこんなターフで走ってたら走法も変わるだろう。とにかく、全力疾走するのは日本よりも体力を使わされそうな印象を受けた。

 早いところ重い芝に慣れなければならないな。適性自体はあるだろうけど、雨で重場になったらどうしても上手く走れなさそうだ。重場の鬼と噂のカイフタラさんとは対照的だが、勝負は実力と運が噛み合って決着されるもの。そこは祈るのみ……か。

 

 私は真新しい制服に身を包みながら、トレーナー室に向かって校舎内を小走りで駆け抜ける。その最中、すれ違うウマ娘達が私に目を奪われて振り向いてくる。

 

「あの子誰?」

「可愛い子だね」

「もしかして日本から来た……」

 

 最近の私は、肉体的にも容姿的にもべらぼうに成長している。特に見た目はゆるふわ天使と言ってもいいレベルで可愛くなった。ブライトさんやアレフランスさんのような『本物』のゆるふわ族には内面的な意味で敵わないが、私には私の良さがあるのでオッケーだ。

 上手くやっていけそうな嬉しい予感を感じつつ、廊下を走って曲がり角に差し掛かる。角をカーブしようとした瞬間、向こう側から声が聞こえた気がして急ブレーキをかけたが――時すでに遅し。反対方向から曲がってきた鹿毛のウマ娘が目に入った。お互いに小走りだったらしく、速度を落としても間に合わない。

 

「ちょっ!? あぶな――」

「うぷっ!?」

 

 瞳を閉じて衝撃に備えていると、鼻っ面から柔らかな感触に包まれた。視界が暗闇に落ち、いきなり呼吸ができなくなって慌てていると、両肩を掴まれて引き剥がされた。……どうやら相手方の胸にダイブしてしまったらしい。高速でバックステップすると同時に爆速で頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさいっ! 私、前をよく見てなくて!」

「いや、こっちも不注意だったから全然いいよ〜…………って、え? あなたアポロレインボウちゃんじゃない?」

「え、どうして私の名前を――」

 

 名前を知られていたことに驚いて顔を上げると、当然相手と目が合う。私と同じくらいの身長。深めの鹿毛をロングヘアーにしており、耳には派手なピアスが空けられている。頬には天使の羽を模したシールが貼られていて、私はそれを見て彼女の正体に思い至る。

 

「もしかして……エンゼリーちゃん?」

「あったり〜!」

 

 彼女の名はエンゼリー。勝負服を着た際の凛々しい印象と異なっていたため、判別が遅れてしまった。彼女は現在レースを6連勝、G1含む重賞を3連勝中のステイヤーだ。彼女のことはもちろん知っていたが、対面するのは今日が初めてだ。

 

「うんうん、やっぱり本物は可愛いな〜!」

 

 ……そう、初対面。初対面だよね? それにしてはちょっと近すぎやしないか。

 エンゼリーちゃんは()()()()のような目を輝かせ、目と鼻の先の距離までぐいぐいと近づいてくる。あまりにも近距離なので一歩引こうとすると、背中に彼女の手が回って更に引き寄せられ――エンゼリーちゃんの豊満な身体に抱き締められてしまった。再び窒息の危機に見舞われ、彼女の胸の中でもがく。

 

「やっば! ほんとに妖精さんみたい! 写真撮ろ!? あ、今からウチとパフェ食べに行かん!? 良い店知ってるんだ!」

「もごもご〜!」

 

 ちょっ、どれだけ力を入れても全然拘束が解けない! 何だこのパワー!? 私もめっちゃ鍛えてるのに――!

 胸の柔らかさと彼女の強靭な膂力に喘ぎながら抵抗していると、私の背後から聞き覚えのある低い声が飛んできた。

 

「おい、エンゼリー。やめてやれ」

「あ、カイフタラちゃん」

「ぷはっ! か、カイフタラさん!?」

 

 腹の底を震わせるような低い声。黄金の瞳。奔放に伸びた鹿毛のポニーテールと尻尾。屈強な肉体を蓄えたそのウマ娘は、腕を組んで私を睨んでいた。侮蔑、哀れみ、もどかしさと嬉しさの混じった微妙な表情を一瞬だけ見せたかと思うと、彼女は鼻を鳴らして皮肉たっぷりに嗤う。

 

「お前、結局来たんだな。このヨーロッパに」

「……はい。ドバイの借り、必ず返させてもらいますから」

「……フン。バカなヤツだ」

 

 くつくつと笑うカイフタラさん。もちろん瞳は死んだように濁った金色だ。現状を言伝でしか知らない私は反論すら許されない。だけど、私は世界に対して希望を持っている。きっと私達の違いは希望を持てているか否かだ。

 私は希望を持っている。このヨーロッパにも、あなたにも。むしろ逆だ。雪の結晶の意味を知っているはずのカイフタラさん(あなた)を逃がすつもりはない。意識的だろうと、無意識だろうと、私の根幹に関わる何かを持っているのは間違いないのだから。

 

 私は何も言わなかったが、彼女に視線で対抗する。頭ひとつ高い所から見下ろしてくるカイフタラさんは、少し苛立っているようだった。そんな私と彼女の間に不穏なものを感じたのか、慌てて割って入ってきたエンゼリーちゃんが間を取り持つ。

 

「ちょっとカイフタラちゃん、そんなこと言わなくてもいーじゃん! ルモスさん達が頑張ってくれてるんだから! アポロちゃんも! ね! この人こういう所あるからさ! 許してやってよ!」

「エンゼリー、お前はいちいち癇に障ることを言うな」

「毎度毎度カイフタラちゃんが皮肉屋すぎるの! ライバルである前に友達なんだから、ほら握手して仲直りしよ?」

 

 体格で言えばカイフタラさんよりも一回り小さな彼女だが、気迫では全く引けを取らない。有無を言わさない威圧感を溢れさせながらカイフタラさんに向かっていった彼女だが、相手が悪すぎた。

 エンゼリーちゃんのオーラを軽くあしらったカイフタラさんは、舌打ちしながらこの場を去っていく。私が差し出した手は宙ぶらりんになったままだった。

 

「こら、カイフタラちゃーん!」

「…………」

 

 怒りは感じなかった。何故なら、私はカイフタラさんが悪い人だとは思っていないから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という気持ちをひしひしと感じるばかりである。

 固まったままの私に「マジでごめんね〜」と謝るエンゼリーちゃん。怒られた子犬のように尻尾と耳を垂れさせ、差し出した手を取って埋め合わせのように握ってきた。

 

 エンゼリーちゃんが謝ることじゃない、と言うと、彼女はこんなことを言った。

 

「カイフタラちゃんにも可愛いところはあるんだけどね〜……。猫ちゃんが好きなところとか、姉妹想いなところとか。ああやって憎まれ口叩いてるけど、やっぱ大切な友達だし? どうせなら仲良くなったウチらで長距離界を盛り上げていきたいじゃんね!」

 

 明るい子だな、と思った。エンゼリー……ターフで見せる走りのように、彼女の性格もまた爽やかなものだと知れてよかった。

 

「エンゼリーちゃん、ありがとね」

「え、何が?」

「ううん、こっちの話」

「んぇ?」

「あはは、何でもないって」

 

 私は踵を返して、つま先を新トレーナー室に向けて固定する。エンゼリーちゃんも解散の気配を察したのか、元々向かっていた方向に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

「それじゃ、またね! 会えてよかったよ!」

「おう! ウチも生アポロちゃん見れてマジ幸せだったぜ! 今度マジでパフェ食べに行こうね!!」

「りょーかい!」

「それと、もうひとつ追加なんだけど!」

「うん、何?」

「仲良しになりたいのは本当だけど――ターフの上では負けないからね! そんじゃ!」

 

 八重歯を見せて、にかっと笑うエンゼリーちゃん。呆気に取られていると、彼女はあっという間に廊下の奥へと走り去ってしまった。最後に見たエンゼリーちゃんの横顔。向こう向きになっていく彼女の双眸はあまりにも鋭く、間違いなく勝負師の眼光を宿していて――寒気を感じるほどにゾクゾクした。

 それと同時に、カイフタラさんに目を奪われすぎていた自分を恥じる。エンゼリーというウマ娘をどこか低く見ていたのかもしれない。あんなに真っ直ぐで気持ちの良いウマ娘がどんなレースをしてくるのか――楽しみだ。

 

「……んふ」

 

 私は誰もいなくなった廊下を歩き、そのまま新トレーナー室の扉を開いた。とみおが荷物を持ち上げながら「すまん、手伝ってくれ!」と悲鳴を上げている。

 

「も〜、しょうがないなぁ! とみおは私がいないとダメなんだから!」

 

 久々に感じる獰猛な闘争心を影に隠しながら、私はとみおの傍に駆け寄った。

 

 



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108話:夢を……

 

 シャンティイのトレセン学園に来てから数日が経った。生活に多少慣れてみると、案外こっちも日本と変わらないなぁと思うようになっていた。

 具体的に言うと、授業中に寝る子がいるし、カフェテリアでお腹を膨れさせるウマ娘もいるし、プールトレーニングではビート板を使うウマ娘がいるし――何ならカイフタラさんがビート板を使用していた――国が変わっても大体こんな感じなんだなぁと感動さえ覚えるくらいだった。

 

 ただ、違うこともある。それはウイニングライブに対する考え方だ。シャンティイの森には屋外ステージは存在せず、こぢんまりとした屋内ステージまたはダンススタジオでライブの練習が行われていたのである。

 『ウイニングライブを疎かにする者は学園の恥』と口酸っぱく言われていたジュニア級を経験していた私からすれば、えっ何でライブに力を入れないの? ファンのみんなのために踊らないの? と疑問符が浮かびまくりだ。

 

 ただ、留学生用の授業を受けて分かった。これも文化の違いなのだ。

 ウマ娘史で見た時、『走ること』と『ライブをすること』のどちらが最初に行われていたかというと、当然前者の『走ること』である。走ることがウマ娘の本能と結びついているとしても、ライブすることは結びついていない。日本以上に歴史と伝統を重要視するヨーロッパでは、ライブのような文化よりも、古より伝わる『走ること』にリソースを割くような構造になっているわけだ。

 

 その煽りを受けてかファン感謝祭のような大規模な祭りは存在しないため、ファンとの交流イベントは日本に比べて少し寂しいものになっている。ただし、これらのイベントは『ロイヤルアスコット』『凱旋門ウィーク』などの重賞競走集中開催と混ざっている節があるため、一概には言えないが。

 

「……ふぅ」

 

 私は授業で取ったノートを見返しつつ、ベッドで横になった。新しい寮の自室は広々としていて、軽く縄跳びでもできそうなほど空間が取られている。ベッドもセミダブルの大きなサイズであり、何度寝返りを打っても端に到達することはない。私はベッドの上をごろごろと転がりながら、大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁ……」

「どうしたんデス、溜め息なんか吐いちゃって」

「いや〜……環境が変わった上、覚えることが多すぎてさ……エルちゃんは大丈夫なの?」

「エルは深く考えないことにしました!!」

「……ダメじゃん」

 

 私は再び重苦しい息溜まりを吐きながら、ゆったりと上体を起こす。そのままエルちゃんの脇腹を突っついて、きゃあきゃあ騒ぐ彼女で暇つぶしをすることにした。

 ヨーロッパでの新しいルームメイトは、私の(くすぐ)りで笑い転げるエルコンドルパサー。この部屋は3人部屋なので、そのうちグリ子かジャラジャラちゃんが同室に入ってきて騒がしくなるだろう。

 

「ちょっ、脇はやめてください! くすぐったいデス!」

「おりゃおりゃ〜!」

「あはっ、あははははっ!」

 

 このフランスで日本語を話すことのできる者は少ない。それこそ、今話せるのはエルちゃんやトレーナーの2人くらいか。そんな2人と話していると、言いようもなく落ち着けるのだ。エルちゃんもそう思ってくれているのだろうか、同じクラスになった私と彼女は、休み時間やお昼休憩の間べったりとくっついている。どちらともなく行動を共にするようになり、日本の頃よりも距離が近くなった印象だ。

 元々仲は良かったが、環境がそうさせているのだろう。英語を話せないことはないけど、頭を使うし疲れるからね。外国に“日本街”的なコミュニティがあるのはそういう理由があると身に染みて分かった。

 

「やりましたねアポロちゃん!? こっちも黙ってませんよ、それっ!」

「やっ! そこダメっ、ヤバいって!」

「仕返しデス! ここが弱いんですね!?」

「み、耳はほんとにっ――」

 

 距離の近くなったエルちゃんのプロレス技が炸裂し、組み敷いていたはずが立場逆転。押し倒されて脇腹や首筋や耳付近を擽られるハメになる。どうやらグラスちゃんに対しては怖くて()()()()()()ができなかったらしく、私は憂さ晴らし(?)の相手になっているようだ。

 そのまましばらくベッドの上でくすぐり合って大騒ぎしていると、ドン、と鈍い音が部屋の中に響き渡った。所謂『壁ドン』というやつで、涙を拭きながら音のした方向を見ると、壁が僅かに震えているのが分かった。

 

「うわぁ、壁ドンって万国共通なんだねぇ」

「怖いデ〜ス」

「私達の来仏、みなさんに壁ドンで祝って頂けて……感無量です。礼には礼を以て返さねば、ですね」

「ブふッ……それ、グラスの真似ですか? 本人が聞いたらとっても怒ると思いますよ」

「スキあり、はいこちょこちょ〜」

「あはっ、ちょっとアポロちゃん! またっ、あはははっ!!」

 

 変なテンションのまま、再びこちょこちょ我慢比べが始まる。時間に比例して大きくなる笑い声。壁ドンもまた加速する。そして壁ドンを超えて壁バンになったところで、突然壁を叩く音が止まる。何事かと思って二人一緒に耳を澄ませていると、叩きつけるような足音が接近してくるのが分かった。巨人のものと聞き違いそうになる足音は、間違いなく私達の部屋に向かってきていて。

 

「あ、これはまずいやつデス」

 

 時すでに遅し。やらかしたことに息を呑むと同時、寮室のドアが蹴破られる。ドミノのように倒れた扉を踏みながら姿を現したのは、部屋着姿の鹿毛のウマ娘――カイフタラだった。

 珍しく怒りを露わにした黄金の瞳をこちらに向けてきながら、頭頂部をボリボリと掻いて尻尾を荒ぶらせている。カイフタラさんはエルちゃんに鋭い視線を向けたかと思うと、私の姿を見つけて――大きな大きな溜め息を吐いた。

 

「またお前か……」

「カ、カイフタラさん……隣のお部屋だったんですね」

「あぁ」

「ご、ゴメンナサイ。調子に乗りました」

「そのようだな」

「あの、今度パフェ奢るので許してくれませんか」

「うるさい。黙って寝てろ。二度と騒ぐな」

「す、すみませんでした……」

「ごめんなさいデス……」

「……フン」

 

 カイフタラさんは蹴り破った扉をいそいそと修復してから、私達の部屋から出ていった。その際、目線で「ついてこい」と言われた気がしたので、私はこっぴどく怒られることを予感して背筋を丸めながら彼女を追った。

 窓辺で私を待っていたカイフタラさんは、先程とは打って変わって穏やかな様子で口を開く。

 

「お前……次走はヨークシャーカップに決まったらしいな」

「あ、はい……」

「今から暇か? 暇ならオレが直々にヨークレース場を走るコツを教えてやろうか」

「……!?」

 

 その言葉に、私は困惑した。この前までは突き放すような態度を取っておいて、唐突にこんなことを言われたら誰だって混乱するだろう。初対面のドバイでは嘲笑されたし、その後も色々あったのに……。

 

「……何が狙いなんです?」

「狙いがないといけないのか?」

「えっ」

「いや、まぁ……そうだな。これまでの言動からして、今の言葉は確かに怪しく感じるか。周囲の人間に色々と言われて、ほんの少し気が変わったと言ったら信じてくれるか?」

 

 ぶつぶつと口の中で言葉を捏ねるカイフタラさん。やっと自分の行いを省みてくれたのかという思いはあるが、突然親身というか()()になった彼女には疑問と警戒の気持ちしかない。

 その感情を後押しするかのように、カイフタラさんの瞳には未だに底知れない感情が見え隠れしている。いやまぁ、教えてくれるだけなら全然取捨選択できるからいいんだけどさ……。

 

「フ……ま、ついてこいよ」

 

 カイフタラさんは寮の外に出て、シャンティイの森の中をゆっくりと歩き始めた。私はその半歩後ろを追うように早歩きで薄暗い森を進む。森の中に隠れるようにしてトレセン学園が建っているため、ここはむしろ野生動物のテリトリーだ。狼とか出たらどうしようと引き気味でいると、カイフタラさんは少し開けた場所に進んでいく。

 何があるのかは分からなかったが素直に着いていってみると、そこには自然のトラックコースがあった。芝が長々と蓄えられており、高低差はめちゃくちゃ。見通しを妨げるようにあちこちに木々やツタが生い茂っており、整備された日本のコースとは比べるべくもない。しかし、世界で最も過酷なレース場のエプソムを模して作られたような感じがした。

 

 隠されたトラックコースは彼女がよく使うのか、カイフタラさんは慣れた様子で倒木に腰掛けた。ざざ、と木々が揺れ、カイフタラさんが棒立ちになっていた私に対して顎で「座れよ」としゃくる。彼女はどこか穏やかな目をしていた。

 

「良い場所だろ」

「安全面の考慮がされてないように思えますが」

「どのレース場も本質的には危険なものさ」

 

 明らかに今までとは様子が違っている。初めての対話ができそうだと思った。私がカイフタラさんの顔を覗き込むと、彼女は私を愛でるように目を細める。夜空で鈍く輝く月と対比されるような、黄金の美しい瞳だった。

 しばらく夜風で涼んだ後は、カイフタラさんのレクチャーが始まる。彼女の口から、ヨークレース場についての細やかな説明がされることになった。

 

「ヨークレース場は日本のウマ娘にとって非常に走りやすいコースだ。ただ、それは()()()という形容詞が着いての話……日本に比べれば地面はガタガタだし、カーブの形も同じ箇所がない」

 

 ヨーロッパのレース場は伝統的に自然の地形のまま作られているため、激しい高低差に歪なカーブを持つレース場が多い。彼女の言う通り、ヨークレース場は比較的マシというだけだ。

 最後の直線が僅かな登りになっている以外は、大小2回のカーブを曲がるのみの平坦なコースという特徴があるヨークレース場。幅も広く、マークされなければ余裕を持ってレースできる公正なレース場と専らの評価である。

 

「オレからのアドバイスは2つ。既に実践しているならいいが、蹄鉄をこっち(ヨーロッパ)用の物に変えること。それと、()()()()()()()()()()()()()……この2つだ」

「蹄鉄は今色々と試してて……明日のトレーニングでどういう物にするかを決めるつもりです」

「大変結構。その調子ならお前は危なげなく勝てるだろうな――オレ以外には」

「…………」

「何だその目は。文句があるのか?」

 

 日本とヨーロッパのターフの違いは言うまでもないが、走り方の考えを変えると共に蹄鉄も変えなければならない。地面が固く芝の短い日本に適応した蹄鉄は、ヨーロッパの物に比べて薄く仕上がっている。逆に地面が柔らかく芝の長い欧州用の蹄鉄は、厚めの仕上がりが流行している。

 もちろん鉄の塊なので、蹄鉄は規格に従って極限まで重量を削ぎ落とされている。だから、違いが出るといっても僅か数ミリ――いやコンマ数ミリの世界だ。それでも走り方に支障が出る子はいるし、私のように変わりなく走れる子もいる。ウマ娘はとにかく繊細なのだ。

 

 カイフタラさんは少し笑って、自然のままのコースに出る。門限まであと少しだったけれど、彼女の純粋な微笑みを見ていると、水を差す訳にはいかないなと感じて足が視線とコースに向く。

 そうして2人で森の中のコースを歩く最中、カイフタラさんが唐突にこんなことを言った。

 

「お前には大切な人がいるか?」

 

 予期せぬ質問に私は返答しかねる。彼女はそんな私に苦笑いすると、こう続ける。

 

「何だ、いないのか。誤魔化しているんだろう」

「どういうことですか?」

「今更すっとぼけるつもりか? トレセンの生徒はみ〜んな、お前がトレーナーのことを大好きだって知ってるんだぜ」

「な、なななな――……!!?」

「エルコンドルパサーが数日前に言いふらしていたよ。まあ、お前を知ってるヤツは全員気がついていたが」

「エッ……エルコンドルパサー……!!」

 

 あんの野郎……帰ったらしばき倒す。私は頬がかあっと熱くなるのを感じながら、首の辺りを手で扇いだ。

 

「わっ……私ととみおはそんなんじゃないですぅ。は、話を振ってきたカイフタラさんこそどうなんですか」

「オレにはいるよ。まだ小さいが……大切な妹がいる」

「へえ、妹さんですか!」

 

 カイフタラさんに姉妹がいるという事実を、どこかで小耳に挟んだことがある。確か、姉にはオペラハウスさん、妹にはジージートップちゃん……競走馬的に言えば、オペラハウスはテイエムオペラオーの父として有名だ。現役時代はコロネーションカップ・エクリプスステークス・キングジョージのGIを3連勝し、特にキングジョージではコマンダーインチーフやホワイトマズル、ユーザーフレンドリーなどの名馬を退けての勝利を収めた競走馬である。ジージートップも確かオペラ賞というG1を勝っていたはず。

 ここで言う妹とはジージートップちゃんのことなのだろう。生憎、こちらではジージートップちゃんにもオペラハウスさんにも会ったことはないが……カイフタラさんにとって、妹は途方もなく大切な存在らしい。

 

 私もお父さんお母さんは大好きだけど、今も()もひとりっ子だ。きょうだいの存在というものを感じたことはなかった。姉妹のことを引き合いに出すカイフタラさんに羨望の念が湧く。

 

「……お前に対する態度が突然変わって気持ち悪いと思うかもしれんが、まぁ……色々あってな。例を挙げると、つい先日妹に『態度が悪すぎる』と叱られたんだ」

「それはそうですよ!」

「は? 調子に乗……うほん、うん。まぁ、そういうことで、これからは態度を改めるつもりだ。昨日ルモスに態度のことを搾られちまってな……あの人には逆らえない」

「あ〜……やっぱりそうなんですね」

「ただ、ルモスに搾られてばっかりじゃないぜ。色々と思うところがあったのさ。久々に頑張ってみようかな――と思える夢が出来たんだ。()()()()()()()()()()()()()

「……!」

「あぁ、夢に関しては思い出したと言った方がいいかな」

 

 ――夢。その言葉に、膝の力が抜けるような感覚がした。私の心はまだ闇を彷徨っている。私はずっと(わだかま)りが解決しないままで、心の奥深くの突っかかりを誤魔化すように過ごしてきた。

 私が迷っている間に、カイフタラさんは夢への障害を乗り越えたのだ。明らかに不安定だった心の安寧を取り戻し、あまつさえ一皮剥けたような雰囲気ではないか。肉体的にも精神的にも著しい成長が見えており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――……。

 

 彼女の大人びた雰囲気を間近で感じて、私の中でカイフタラさんの精神的成長が決定的なものになる。数日前のエンゼリーちゃんとの一件から見ても、完璧な大人になったわけではないだろうが――それでも、肉体的にも精神的にもリードを許してしまったのは揺るがぬ事実だった。

 

「まくし立てて申し訳ないが、ひとつ聞いておきたいことがある。いいか?」

「え、えぇ……何ですか?」

「日本から来たお前だから聞きたい。正直な感想を言ってくれて構わないんだが――今のヨーロッパのステイヤー路線に、明るい未来はあると思うか?」

「――――……」

「……隠す必要はない。ありのままを言うんだ」

「そ、それは…………」

「それは?」

「――…………()()()()()()……」

「……()()()()()()。ありがとう」

 

 カイフタラさんは一瞬だけ目を伏せた後、私の両頬を挟み込んで無理矢理視線を合わせてきた。

 

「オレはヨーロッパに明るい未来なんて来ねえと思ってる。ステイヤーの価値が低くなっているのは言うまでもないからな。だが……ステイヤー(オレ達)は王道路線から外れて仕方なくここにいるウマ娘か? 障害レースほどの超長距離を走れず、飛越に対する適性もない半端者達の集まりなのか? ……違うだろ。オレ達は誇りをもって平地長距離路線を走っている。()()()()()()()()()()。オレ達はクラシック・ディスタンスや障害レースの二軍じゃねぇんだ……まだ、魂は死んじゃいねぇ。そこにきっと、復活の兆しがある。()()()()()ってのは、今までのお前なら有り得ない回答だぜ。何を迷っている?」

 

 黄金の瞳が血走る。彼女の言葉に胸を打たれたような衝撃が走った。

 彼女が持ち合わせていた獰猛性と、真っ直ぐに目標を目指す意志が組み合わさって、カイフタラはもはや別人になっている。未来を信じるその強さに、私の弱さが浮き彫りになるかのよう。

 

()()()()()()()()()()。負の連鎖も、人気低迷も。希望はオレ達が作り出す。お前もそう思っていたんじゃないのか」

 

 ひと皮剥けた、なんて偉そうに思っていたが――カイフタラさんはひと皮もふた皮も剥けて、黄金の輝きを放っていた。彼女が()()()()()()()()()()()高潔な精神力がオーラとなって表出し、生き生きとした生命力に圧倒される。

 夜闇が深さを増す。心の底で()()()()()()と偉ぶっていた私はとっくの昔に矮小な存在に成り果てて、呼吸することすら苦しくなっていた。

 

 ドバイゴールドカップまでは、間違いなく彼女の心は迷いの中にあった。それで()()暴力的なまでの強さを誇っていたのだから、心の靄が晴れた彼女の強さなど言及するまでもないだろう。

 では、私はどうだ? 夢の根幹も、未来さえ見えなくなっている。

 

 私は胸の辺りを握り締めながら、呻くように訊く。

 

「どうして……カイフタラさんは夢を見られるんですか?」

 

 カイフタラさんは眉尻を下げると、ふっと息を吐いた。人差し指で頬を掻いて、視線を二度三度泳がせて、彼女は気まずそうに思いの丈を吐露する。

 

「……お前がいたからだ」

「え?」

菊花賞(セントレジャー)で走っていたお前に嫉妬したからだ。ダブルトリガーを満足させたお前を羨んだからだ。盛り上がりきらないヨーロッパと熱狂の中にある日本の違いに嫌気さえ感じてた。ドバイでお前に当たっちまったのは……単純な八つ当たりさ」

「……でも、私は……」

「オレはお前の走りに夢を見た。大丈夫、お前の状態は会話の中で何となく分かってる。お前はよく頑張ってきた。頑張りすぎて、訳わかんなくなっちまったんだよな……」

 

 三日月の淡い光が照らす中、カイフタラさんが私の肩を強引に引き寄せる。寝巻き越しに感じる彼女の肌は、とても温かかった。突然、熱いものが目の奥から溢れ出してくる。歪む視界と震え出す喉奥。何もかもが分からなくなった私は、いつの間にか嗚咽して涙を流していた。

 私は肩口に額を擦り当て、衝動のままに泣き叫ぶ。自分を見失い、ライバルに置いていかれて、ぶつける先のない感情を次々に涙に変えていく。

 

 傍若無人なイメージのあった彼女が、優しく髪を撫でてくる。その手つきは優しく、妹を宥める時にもこうしていたのだろうか、と他人事のように思った。

 夜が耽けていく。カイフタラの心がまたひとつ成長し、美しい『未知の領域(ゾーン)』の心象風景を見せつけてくる。

 

 それは、深い深い闇の中から現れたドンカスターレース場だった。最古のレースが行われる歴史あるレース場で、豪華絢爛なパレードが行われている。花吹雪が舞い、大歓声が押しては引き、熱気の篭った空気が渦巻いている。

 それは、隆盛を取り戻したステイヤーのシンボルに見えた。

 

「アポロレインボウ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 優しい温もりに包まれて、私はゆっくりと目を閉じる。

 世界が闇に溶けていく。異形の一本桜が、吹雪の中に消えていく――……

 

 



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109話:今こそ目を覚ませ

 

 ――走る意味が分からなくなって、怖くなっちゃってるのかな。

 目の前には遥か過去の私がいて、キラキラと輝く目でテレビを見ている。そんな私の隣には「俺」がいて、2人で過去のアポロレインボウを眺めていた。

 

 ここは私の心の最深層。混ざり、溶け合った2人の人格が対話できる唯一の場所だ。

 「俺」は顎を撫でると、軽い調子でこう切り出した。

 

「俺のせいかもしれん」

 

 その言葉の意味するところは言うまでもない。私の夢の根幹が揺らいでいることだ。しかし、突然「俺」がやってきたことには驚いたものの、問題の原因は自分自身にあると私は何となく予感している。

 

「ううん……あなたのお陰で助かったこともあるし、これは私の問題だよ」

「いや〜、俺とお前の記憶がごちゃ混ぜになっちゃってるし、責任がないわけじゃないでしょ。俺の功績はとみおを見つけてきたことくらいだし、何ならジュニア級初っ端の戦績に泥を塗ったのは俺だし……」

 

 ……ジュニア級の4月、私は絶望の中にあった。トレセン学園に入ったはいいものの、入学当初から周囲のレベルの高さに打ちのめされ、早くも自信を喪失していた。授業はともかく、一緒に身体を動かす合同トレーニングの時間は最悪だ。周囲のウマ娘と嫌でも比較され、己の無力さを叩きつけられる。筆記試験の良さとスタミナの豊富さだけで入学してきた私にとって、レベルの高すぎるトレセンは地獄でしかなかった。

 3月末、お父さんお母さんに送り出されてトレセンの寮に来た。本格的に授業や合同トレーニングが始まった4月初旬、こうして私は己の勘違いを知ることになる。

 

 まず、同世代の子に優秀な子が多すぎた。スペシャルウィークに、キングヘイローに、エルコンドルパサーに、グラスワンダーに、セイウンスカイに――以下略。彼女達が比較対象でなくても、私の実力が平均的なウマ娘の能力にさえ及んでいないのは明らかだった。

 寮で同室になった子もそう言って嘆いていたが、彼女(グリ子)は私よりも才能があった。この世代で比較的手薄なスプリント路線の有力ウマ娘と呼ばれていたため、凡ウマ娘の私に対する当てつけか、気を使っていたのか、それとも本当にそう思っていたのかは定かじゃないが――とにかく彼女は気に入らなかった。

 

 入学してしばらくの間は個別のトレーナーがいないため、教官の下で合同トレーニングが行われている。トレセン学園のトレーニングに慣れさせつつ、ある程度の下地を作るためだとか。

 しかし、教官の指導を受けられる期間は長くない。そもそも教官のトレーニング方法は個人個人の長所を伸ばすのに不向きだった。そして、選抜レースはあっという間にやって来る。合同トレーニングでこれと言った成長が見られるウマ娘なんてほぼ皆無なため、選抜レースでは入学時そのままの実力差が反映されるだろう。有力なウマ娘と当たればもちろん勝ち目はないし、注目株のいないレースでも掲示板内に入るのがやっと……そんな分析の下、入学早々夜も眠れない日々が続いた。

 

 選抜レースの準備期間に入る前、教官の監視の下で模擬レースが行われることになった。結果は11人中11着。言い訳のできない完璧な惨敗に、私は苦しさと悔しさで顔を上げることができなくなった。

 最強ステイヤーになりたいという淡い夢を抱いてやってきたトレセンで、あわよくば、という希望さえ打ち砕かれてしまって――頭の片隅にトレセン学園を去っていくウマ娘の話を思い出す。そんな話、今までは遠い他人事だった。だって、自分の人生の主人公は自分だから。であれば、自分が物語の主人公にもなれるのではないかと期待してしまうのは当然だろう。

 

 でも、そうはならなかった。模擬レースでさえボロボロなのに、本番で大どんでん返しを起こせるはずがない。現実はあまりにも厳しく儚かった。

 私は物語の主人公にはなれないんだ、そこら辺にいる記憶にも残らない子で終わりなんだ。激しい後悔と屈辱と情けなさに襲われ、トレセンに馴染めないまま入学式から一週間が経過した。

 

 日本のトップウマ娘が集うトレセン学園で現実を思い知った私は、逆に吹っ切れてやろうと思った。凡ウマ娘が特別になるためには、普通の生活を送っていたらダメだ、と。

 少なくとも選抜レースまでは本気で頑張るんだ。足掻いて足掻いて、どうにかトレーナーとの契約まで漕ぎつけよう。ダメだったら――お父さんお母さんには謝ろう。

 そんな思いの中、私は門限ギリギリまで河原沿いを走る生活を続けた。そしてある日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……そこからは知っての通りだ。異世界(?)から、能天気なバカ()が来た。私の迷いとか、苦しみとか、明らかに足りてない肉体スペックとか、そういうのを全然気にしない変な人格が宿ってしまった。

 私の容姿を可愛いとか言って無限のモチベーションにするし、最初の頃は走り方すら知らなかったくせに何やかんやで選抜レースに勝っちゃうし、グリ子とかスペちゃん達と積極的にコミュニケーションを取り始めるし……ジュニア級の初めの頃、私に良い風を吹き込んでくれたのは「俺」のお陰だ。

 しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。曰く、競馬とゲームの知識があるから――記憶を共有しているけど未だによく分からない――何とかなったらしい。彼の前世は一般人だと知っているけど、モチベーションでこうも違いが出るのかと驚きの日々だった。

 

 昔の私は、どちらかと言えば内向的で暗い子だった。ただ、「俺」は明るくて後先考えるタイプではなかった。2人が完全に混ざり溶け合い、互いの良いところが出た新たな私が生まれたお陰で今の成功がある。

 ちなみに、2人の人格が混ざる前のジュニア級の最初の方は、私の肉体の主導権を「俺」が比較的強く握っていた。所謂“メス落ち”をしてからは――「俺」と混ざり合った結果、変な語彙と知識を共有してすっかり覚えてしまった――私と彼で6:4くらいの比率で身体を動かしている。精神が完全に溶け合ったため、上手く言えないけど大体そんな感じ。

 

 そして、2人の人格が合わさった結果生まれた歪みが、夢の根幹に対する揺らぎ。記憶と精神の歪な合体が生み出した欠落だ。

 もちろん「俺」を責める気は毛頭ない。とみおを見つけてきたのは彼の功績だし、私に常識破りの走り方を教えてくれたのも彼のおかげだし、今の私がいるのは「俺」のおかげだから。

 

 「俺」は後頭部で腕を組むと、小さなアポロレインボウの頭を撫でた。小さな私は目を細めて、気持ち良さそうに口元を綻ばせている。

 

「う〜ん、何がいけないのかねぇ。兆候自体はステイヤーズステークスの頃からあったわけだし……解決策が見つけられてないのが悔しいよ。何とかできねぇかな?」

「……こればっかりは、『私』の問題。あなたには悪いけど、力になれることはない……かもしれない」

「とみおに相談するのはダメなのか?」

「う〜ん……とみおを困らせちゃうだけで、解決策が出てくるとは思えないなぁ」

「マジか〜。俺達のトレーナーなんだから、頼るべきだと思うんだけどな〜」

「……人に話して解決するような単純な問題じゃなくて……とにかく難しいの」

 

 この問題は、私も()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、相談しても彼を困らせるだけだというのは分かり切っていた。そもそもテレビの中のレースがどんなレースだったか覚えていないし、勝ったウマ娘の顔も分からないし、そもそもあれが現実だったかどうかも定かではないのだ。

 そんな記憶の断片をとみおに話したところで、絶賛デスマーチ中の彼の心労を増やすだけだろう。「俺」は、「とみおは俺達のトレーナーなんだから、子供のお前はどんどん迷惑をかけるべき」という思考のようだが……。

 

「でもやっぱり、俺にも原因があるような気がするんだわ」

「……それはどうして?」

「昔、俺がスポーツ選手とかゲーム制作者になりたかったってのは知ってるかもだけど……普通に学校を卒業して、普通に一般企業に入社して、普通に仕事してるうちに、夢を追いかける自分と現実の自分で人格が分離してた気がするんだよな。それがお前に変な影響を与えるんじゃないかなぁ。上手く言えないけど」

 

 「俺」は夢を諦めて、現実を生きていた。しかし、心のどこかで「俺はこんな会社で燻っているような人間じゃない」「()()()()が本気を出せば、サッカー選手だってゲームクリエイターにだってなれるんだ」「俺には誰も知らない秘められた才能がある」と考えていた。

 そう考えることで辛い現実に耐えている、という側面もあるが……「俺」はその思い込みが少し強かったのかもしれない。()()()()()()()()()()、何もかもを夢へと飛躍させる。上手くいきそうもないことから目を逸らすために。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その結果、アポロレインボウの夢の根幹が欠落した。それが今の問題の全貌であると彼は考察する。

 

「モヤモヤが生まれちまったのは、確か菊花賞を勝ってヨーロッパに目を向け始めてからだ。そこで俺達はヨーロッパ平地長距離路線の現実を見て……夢と現実の乖離に気づいちまったんじゃないか」

「あ〜……なるほど」

「お前は()()()()()()()()()()()()()()()があると思ってた。でも、日本の白熱がちょっとおかしすぎただけで……向こうの人気は普通もしくは多少及ばない程度。日本が当たり前だと思ってたお前はびっくりして、そして俺の良くないところが出まくって……こうなっちまった。納得いくだろ?」

 

 私が日本を代表するウマ娘になれたのは、私達の個性と長所が上手いことマッチしたからだ。特にTS願望の叶った彼のモチベーションは凄まじく、持ち前のど根性は「俺」から貰ったものと言っても過言ではない。

 「俺」の爆発力は凄まじかった。ウマ娘プリティダービーというゲームを経験していたらしい彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――異常とも言える努力と根性で私を支えてくれた。辛いトレーニングで下がるはずのモチベーションは私の容姿で補い、ついでにトレーナーとの触れ合いで燃え盛る私の恋心を燃料にして、友人達とのコミュニケーションを普通に楽しみつつ、ヒトだった頃には味わえなかった()()()()()()()()()()()()()()()()トゥインクル・シリーズを貪欲に味わうという――控えめに言って異常者のような積極性が彼を動かしていた。

 

 しかし、「俺」は現実の欧州競馬を知ってしまっていた。菊花賞を勝ち、私がヨーロッパに目を向けた時、「あぁ、やっぱり人気が低迷してるんだな」と思って精神状態に翳りが生まれたのは、あまりにも不運だと言えよう。

 心の問題に対する結論が出て、「俺」は本当に申し訳なさそうにしていたが、私はこれっぽっちも彼を責める気にはならなかった。むしろ、これは()()()()()()()()()()()()だと思った。

 

「競走馬の魂の代わりに一般人の魂受け継ぐとか、割と罰ゲームだと思うんだけど。許してくれるのか?」

「よく分かんないけど、いいよ。今まであなたに頼りっきりだったから、これはきっと三女神様がくれた試練なんだ。この障壁を取り払えば、私はもっと成長できると思う」

「……お前も十分強えよ。結論も出たことだし、俺は引っ込むとするぜ」

 

 そう言って消えていく「俺」。私はそんな彼の肩を掴んで引き止めると、前々から聞きたかったことを尋ねてみることにした。

 

「ひとつ聞いていい?」

「何だ?」

「そもそも、何でとみおを選んだの?」

「一目惚れだよ。めっちゃ良い奴っぽかったから即決……って、お前も知ってるだろ?」

「…………」

「いやいやいや、良いじゃん。ステイヤーを育てる気満々で、俺達と契約してくれそうなトレーナー。条件ピッタリだったじゃねえか」

「それもそうか……」

「しかしお前、とみおのこと信じられないくらい大好きになっちゃったよな〜。いや俺もとみおは好きだよ? でもお前の愛、俺から言わせりゃちょっと重すぎかも」

「は、はぁ!? あなただって彼にベタ惚れじゃない!」

「黙れ! 俺は相棒としてアイツが好きなの。ラブじゃなくてライク。ラブなアポロさん、お分かりかな?」

「うるさいうるさい! さっさと消えて!」

「その慌てようウケるわ。とみおとキスしたら死んじゃうんじゃない?」

「と、とみおとキキキ……!!??」

「…………」

 

 顔を真っ赤にしてとみおとキスする場面を思い浮かべると、身体が沸騰するように熱くなる。頬に手を当ててうっとりして、でもいざそうなったら目を開けられないくらい恥ずかしくなっちゃうと思って、首を振ったり頭を抱えたりして滅茶苦茶な行動をしてしまう。

 「俺」は肩を竦めた後、気持ちの悪い笑みを浮かべながら小さなアポロレインボウを撫で始めた。彼女は無垢な瞳で「俺」と私を交互に見て、少しだけ首を傾げた。

 

「お前、おっきくなったらあんな恋愛クソザコウマ娘になっちゃうんだぞ。よく見とけよ〜」

「そうなの〜?」

「そうだぞ〜」

「わ〜い! わたしも、れんあいくそざこウマ娘になる!」

「ほ、ほんとにうるさいから! 私忘れてないよ!? あなたがとみおに対して割とガチな照れ方してたこと! あなたも大概恋愛に奥手じゃない!」

「黙れ」

「黙れって何よ!」

「都合の悪いことは聞きたくない」

「堂々と自分勝手なこと言わないでよ……」

 

 「俺」が頭を撫で続けていると、小さな私はすっかり眠りに落ちてしまった。傍に寄って彼女に膝枕をして、2人一緒に彼女の背中を優しく叩く。

 私と彼の間には、肉体や精神を共有したことにより奇妙な友情が生まれていた。お互いの強みと弱みを隠すことなく曝け出し、同じ目標に向かって切磋琢磨する仲だ。生まれた世界も年齢も何もかもが違うが、2人の心は驚くほどの親和性を持っていた。

 

 小さな私が眠ったのを確認すると、私はとみおのことを考えて溜め息を吐く。

 

「……はぁ。とみお、私のこと好きなのかなぁ」

「アレは好きだろ。つーか、この外見で『あなたのこと好きです』オーラ全開の女の子がいたら、世界中の男は間違いなくお前に惚れてる」

「そうなのかな……」

「そうだ。アポロレインボウは俺の永遠とか言ってたし、流石にな」

「じゃ、告白したらオッケーしてくれるかな」

「あ〜、それは無理だな」

「どうして?」

「とみおが大人だからさ。お前のことを()()()()()()()()だときっちり認識してるし、若干怪しいところもあるけどラインは超えてこない。お前は子供で、とみおは保護者。卒業するまではこの距離感をキープだろうな」

「……卒業したら、一緒になれる?」

「分かんねえ。絶対俺達のこと好きだと思うけど、とみおはマジでその辺しっかりしてるからな〜。大人になるまで我慢だ我慢」

「……大人になるまで……か」

「おいおい! お前なんだその寂しそうな顔! お前、マジでとみおのこと好きすぎだろ!!」

「……うざ。……あ」

「おっ?」

 

 私達に頭を撫でられていた小さなアポロレインボウが、大きなウマ耳を立てて突然目を覚ます。そしてテレビをほっぽり出したまま「ママパパ、待って!」と言いながらどこかに消えていった。彼女の髪を撫でていた「俺」は名残惜しそうに手を下ろすと、寂しそうな表情をしながら立ち上がった。

 

「何かこう、あれくらいの子供を見ると色々と考えさせられるな」

「……子供の頃に戻りたいとか思っちゃう?」

「いや? それとこれとは別だな」

「子供の頃の失敗とか後悔とか、やり直したいと思わないの?」

「ふふ、成功も失敗も全部いい思い出さ」

「…………」

 

 そう言って「俺」は消え、私の心の中に溶けていった。

 夢の根幹への解決策は分からなかったが、現状の整理はできた。私には頼れるトレーナーや友達がいる。先輩にも知人にも恵まれている。我武者羅に走っていれば、全て分かる日が来るのだろうか。

 

 ゆっくりと瞳を閉じ、意識を現実に浮上させていく――

 

 

 

「……アポロ。アポロ」

 

 自分の名前を呼ぶ優しい声に、私は顔を上げた。すっぽりと身体を覆う温もりとほのかな香りは、他の誰でもないカイフタラさんのものだった。もう少し寝ていたいと思って再び彼女の胸に顔を埋めるが、(さざなみ)のように揺れる森の音で現実に戻ってくる。

 あれからどうなった? 何か大切な夢を見ていた気がする。カイフタラさんの心象風景に包まれて、自分自身の心の奥深くまで入り込んで――

 

 もしかして私、カイフタラさんの胸の中で寝てしまっていたのだろうか。申し訳なく思うと当時、とてつもない恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「ここは……」

「シャンティイの森だ」

「もしかしなくても、あのまま寝ちゃってましたよね」

「その通りだ」

「ご、ごめんなさいカイフタラさん……」

「気にするな」

 

 目を伏せて恥に耐え忍んでいると、カイフタラさんが目の縁に溜まった涙を拭ってくれた。「お前は涙よりも汗とか涎の方が似合う」という褒め言葉か貶し言葉なのか分からないセリフを掛けてくれつつ、彼女はターフに下ろした腰を持ち上げる。

 

「余程思い詰めていたようだな」

「お恥ずかしいことで……」

「……いや。少し前まで、オレ以外の能天気な奴らには悩みなんて無いものかと思っていた。だが、どうやらそんなことは無いらしい。誰もが皆大なり小なり悩みを抱えているんだな」

「…………」

「しかも、お前はとびきり大きな悩みを持っていると見た。きっと誰にも言えない悩みだったんだろ?」

 

 カイフタラさんに引っ張り上げられると、彼女の黄金の瞳と肉薄する。どうやら寮の門限を超えて私が目覚めるまで寄り添ってくれていたらしく、彼女に引き上げられたままの姿勢でデバイスの画面を点灯させると、鈍い光の中に『23:41』という数字が表示された。

 目が飛び出しそうになる。とてつもない門限違反だ。メッセージアプリの通知欄がとんでもないことになっていたので思わずタップすると、エルちゃんやエンゼリーちゃんが「コワイ! アレフランスさんがブチ切れてます!!」「アポロちゃん、カイフタラさんがどこに行ったか知ってる!!???」と阿鼻叫喚の様子であった。私のメッセージアプリを覗き見していたカイフタラさんと目が合い、お互いにぷっと吹き出すと、夜闇の森に2つの笑い声が響いた。

 カイフタラさんが居てくれれば、どれだけこっぴどく怒られようとも怖くないと思った。

 

「アポロ。寝ている間に表情が晴れやかになったな」

「カイフタラさんのおかげですよ」

「……それは素直に嬉しいんだが、ヨークシャーカップは大丈夫そうか? もし難しいようなら――」

「いえ、大丈夫です。私、ウマ娘ですから……()()()()()()()()!」

「……そうか。なら、ヨークシャーカップには自力で勝て。次に戦う時、オレが直々に()()()()()()姿()を思い知らせてやる。ヨーロッパのステイヤーの意地と誇りは未だに死んでいないと――その身をもって知るがいい」

 

 ――なんてカイフタラさんはカッコつけていたが、アレフランスさんにガチ説教されて泣きべそをかいていた。「夜中の森に立ち入るとは何事ですか〜?」「しかも門限を大幅に超えて……言い訳を聞いてもいいですかぁ?」と責められた結果、普段の凛々しい顔がしょんぼりとした泣き顔になっていて、不覚にも可愛いところがあるんだなと思わされた。

 もちろん私もしゃくり上げるくらい泣かされた。夜の森は危険だから、これだけブチ切れられても仕方ないね。

 



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110話:いざヨークシャーカップへ!

 

 私の次走はイギリスのヨークレース場で行われるG2・ヨークシャーカップ。ヨークレース場はイギリスにあるため、私達は飛行機に乗ってフランスのシャンティイから海の向こうのイギリスに渡った。

 

「せっかくシャンティイのトレセンにも慣れてきたところだったのにな……」

 

 カイフタラさん達と更に仲良くなれそうかも、という時に1週間のイギリス遠征。私の本分がレースなのは間違いないけど、もうちょっとみんなと一緒にいたかったなあ。

 私は携帯デバイスを取り出して、隣の席で眠りにつくトレーナーを内カメラのフレームに収めてツーショットを撮影する。そのまま納得のいく写真を何枚か撮った後、私は彼の肩に寄りかかって仮眠を取ることにした。

 

 日本から見ればイギリスもフランスも同じ“ヨーロッパ”という括りだが、実際にはひとつひとつの国に分かれているし、レース場ごとの移動は大体飛行機が必須である。日本と比べてもレース場ごとの移動距離が尋常じゃなく長い上、同じレース場で何度も走らなければならないということが少ないからだ。

 

 ヨークレース場はイングランド北部のノースヨークシャー州ヨークに存在する。首都ロンドンから300キロメートルほど北上した所にあり、ウーズ川岸の湿地に作られたという歴史がある。川のほとりにあるため、しょっちゅう洪水が起きてレース場や付近の街が冠水するとかしないとか。

 

 飛行機から降りた後は数時間電車に揺られ、やっとのことでヨーク市内に到着した。日本の地方都市か、それ以下の規模の小さな街。それもそのはず、ヨークの人口は20万人程度。シャンティイの規模は人口1万人前後なので、あそこよりは大きな街ではあるが……関東都市圏に住んでいると感覚がおかしくなる。

 歴史的価値のある街だが、それ故に新たな高層ビルなどを建設しにくかったのだろうか。細かいことは分からないが、とにかく小ぢんまりとしていて落ち着く街だった。

 

 とりあえずホテルで一泊してから、私達は現地に入ってレース場の芝状態を確かめることにした。

 海外のホテルとはいえ特に面白いところなんて無いから、普通に身体を休めつつミーティングなんかを行っていたのだけど……ヨークに到着したその夜、ルモスさんからこんなメッセージが届いた。

 

『アポロ! 今ヨークに居るよね! ちょうど今そっちに行く予定ができたんだ! ダブルトリガーもいるから明日会おうよ!』

 

 相も変わらずテンションが高いルモスさん。私は「明日はヨークレース場に下見に行って、メディアのインタビューに答えてからトレーニングです」と答える。スポッという音がしてメッセージが送信されると、相手側に「…」アイコンが表示されて待ち時間が生まれた。

 手持ち無沙汰な私がベッドの上で足をパタパタとさせていると、とみおが私の隣に腰を下ろしてきた。

 

「アポロ、何してるの?」

「ルモスさんとメッセ〜」

「へぇ、2人とも本当に仲がいいんだね」

「うん! ルモスさんもダブルトリガーさんも、みんな大好き!」

 

 ベッドの上を転がりながら彼に微笑みかけると、とみおは頬を掻いて居心地の悪そうな表情になった。布の上にしなだれかかった艶やかな芦毛に数度目をやって、何かを誤魔化すように咳払いする。

 

「……もう夜が耽けてきたから、メッセージのやり取りは程々にして自分の部屋で寝なさい」

「え〜やだ〜! とみおと一緒のベッドで寝た〜い」

「ダメ。何のために2部屋あるホテルを取ったと思ってるの」

「え〜ん」

「え〜んじゃありません。ほら寝るよ」

 

 軽い調子のやり取りだったけど、私は彼の意志の固さを思い知っていた。「俺」が言う通り、とみおは私と一線を引こうとしている。どれだけ背伸びしようとも、私は子供でとみおは大人。その事実が変わらない以上、とみおが私にアタックをしてくることはないのだ。ナチュラルな行動で照れさせてくることはあるけど、それ以上のことは特に起きないし……。

 

 何と言うか、もどかしい。だって、今の反応見た? お風呂上がりの私を見て変な反応してたじゃん。私に見惚れてたんじゃないの? 絶対私のこと好きじゃん。それなのに今の関係以上が望めないのは、乙女の心を生殺しにしていると言ってもいい暴挙である。

 「俺」が私の暴走気味の思考を食い止めようとするが、力技で抑え込んだ。……「俺」がなぜ引き止めたか、その理由は分かっている。とみおは大人で、保護者としての責任があるのだ。たとえ身体がもっと成熟していたとしても、彼は私を保護すべき子供として扱い、その上で今のような心地よい関係を構築してくれただろう。とみおの大人としての接し方があったからこそ私は彼を信頼できたし、ある意味安心して恋心を抱けていると言ってもいい。それが寂しくもあるけれど、彼が未成年に手を出すような大人だったら多分惚れてない。

 

 ()()()()()()()()()()()()からこそ揶揄えるし、優しく拒絶されるからこそめいいっぱい甘えることができる。私の恋心を受け止めた上で、誠実に接してくれるから今の関係があるのだ。

 ……ここまで考えてみて分かった。この恋は勝ち戦ってやつなのかもしれない。だって、私は彼のことが好きで、彼も多分私のことが好きだからこそ()()()()扱ってくれている。それってつまり、両思いってことじゃない? ……違うかな。……まぁこの思い込みが合ってたとしても、恋のレースで常にかかり気味な私は、脳内で思い描いた打算的行動なんてできないんだろうけど。

 

「……抱っこして」

「ひとりで行けるでしょ?」

「……ん〜」

 

 私は枕に鼻先を埋め、イヤイヤと首を振ってみる。こうやってめんどくさい行動をして、彼の気を引こうとするのが関の山。恋愛弱者たる私は、()()()異性の心を弄ぶことができないのである。

 とみおはノートパソコンを閉じて、ベッドの上でバタバタと暴れる私に接近してくる。期待するような目で彼を見上げると、彼は隣の部屋に繋がる扉を指差して微笑んでいた。つまるところ、口には出さないが内心『自分で行けや』と呆れ返っていた。

 

「やだやだやだ! 最近全然甘えさせてくれないじゃん! ケチ! あほ! 優男! 抱っこしてよ抱っこ〜!」

 

 私が大人であれば、こんな子供っぽい行動なんてしないだろう。逆説的に、彼が私を子供として扱う理由がハッキリと分かってしまう。

 ともあれ、私の“駄々こね”が功を奏したのか、彼はベッドに腰掛けて「はい」と両手を広げた。

 

「しょうがないな……ほら、おいで」

「っ……」

 

 好きな人に「おいで」って言われるの、ヤバくない? 反則じゃない? 無限に甘えたくなってしまう。抱っこしてもらって、隣の部屋のベッドまで運んでもらうだけなのに、心臓の高鳴りが止まらなくなってしまう。先程の威勢は吹き飛んで、髪先を弄りながら「あ、えっと……よろしくお願いします」と言って俯いてしまう私。パジャマという格好も相まってか、全身がふわふわとした浮遊感に包まれていた。

 身体を前傾させてきた彼の首に手をかけ、そのまま腕を回して急接近。太ももの裏と腋の辺りに彼の手が差し込まれたのを合図に、私は軽々と持ち上げられてしまった。

 

「わ、わ!」

 

 …………お姫様抱っこ!!!! あれ、前にやってもらったことあったっけ? とにかくヤバい! 凄い! 恥ずかしい! あ、割と酔うかも。

 驚きと歓喜の声を上げながら、たった数メートルのお姫様抱っこに酔いしれる。私の全質量が彼の両手に支えられている――そう思うだけで、何か背徳的な感情が湧き上がるのを感じた。

 

「アポロ、扉開けて」

「は、は〜い」

 

 彼にとってみれば、私は小さな存在なのだろう。それこそ両手で持ち上げられるくらいの女の子。……でも、自意識過剰かもしれないけど、アポロレインボウというウマ娘はとみおの心の中で相当の存在感を発揮していると思う。そうでなければ、たかが担当ウマ娘のために()()()()粉骨砕身の献身をしてくれないはずだ。

 私は左手で彼の首根っこに手をかけ、ベッドに運ばれつつも、右手で彼の頬を引き寄せて視線を独り占めする。ぐつぐつと煮え滾っていく熱い想い。その双眸と視線を通わせる度に、瞬きをした彼の虹彩が揺れ動く度に、背中と脚裏に回された大きな手が柔肌を撫でる度に、ヨークシャーカップに向けた想いと恋心が膨れ上がっていく。

 

「ねぇ、とみお」

「ん?」

「私、()()かな?」

「軽いけど、まあ重いよね」

「……それってどういう意味?」

「色んな意味で」

「え〜?」

 

 数メートルの“お姫様抱っこ区間”はすぐに終わった。彼が私の身体をベッドに横たえ、後頭部に手を携えながら枕を差し込んでくれる。そのまま彼が前髪の辺りを指先で撫でてくると、「おやすみ」と言って彼は部屋の電気を消そうとリモコンに手を伸ばした。

 

 ――軽いイタズラのつもりだった。彼の手を掴み、とみおの身体を引き寄せてみる。すると、意図せぬ方向に彼の身体が傾いて――私の上に倒れ込むように覆い被さってきた。

 知らないうちに強烈な力を発揮してしまったのだろうか。彼の両腕が私の顔の隣に突っ立てられ、至近距離で見合う形になる。私が下で、彼が上。勢いを殺しきれなかったせいか、寝巻きの薄布を通して2人の体温が密着して溶け合っている。どちらのものとも分からない心臓の音が早鐘を打った。

 

「…………」

「…………」

 

 とみおの喉仏が上下に動く。彼の視線があちこちに向けられる。私の耳を、私の口元を、首筋を、鎖骨を――私の勘違いでなければ、一瞬だけ捉えて、すぐに逸らされる。

 ……何なのだ、この状況は。動けない。ドキドキが止まらない。両手を胸の前で重ね合わせて、彼の顔を見ることしかできない。さすがに色んな意味でまずい。いや、とみおなら大丈夫。鋼の意思を持ち合わせる彼なら、間違いなんてきっと起きないはずだ。

 

 期待しているのかしていないのか自分でも分からないまま、私ととみおは永遠のような十秒を見合って過ごした。はっと息を吐いた彼が慌てたように私の上から退いて、特に何も起きないまま事故は終わる。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく動けなかった。背中の辺りにびっしょりと汗を掻いてしまい、頬から胸にかけてを燃えるような熱に襲われていた。とみおは頭の後ろの辺りを居心地悪そうに掻いてから、小さな声で「お、おやすみアポロ……」と零して隣の部屋に帰っていった。

 

「う、うん……おやすみ、とみお……」

 

 トレーナーの身体、とっても大きかった。ガッシリしていて、腕も太くて……とてつもなくドキドキした。単純な力比べをすればウマ娘が勝つのだが、逞しい男性的な身体に心臓の高鳴りが止まらなくなっていた。

 そんな中、ポケットに入れた携帯デバイスから、スポッという間抜けな音が響く。眠気などとうに吹き飛んでいたので、私はベッドから起き上がって椅子に腰掛けた。ルモスさんからのメッセージだった。

 

『ダンテ・フェスティバルも開催されるし、色々と喋りたいこともあるから会おうよ! 現地で朝の7時からウロついてるから、レース場に到着したらメッセージを送るか声をかけるかしてね!』

「りょうかいで〜す」

 

 メッセージを飛ばした後、私はアプリを落としてカメラ機能を立ち上げる。内カメラにした画面で自分の顔を確認すると、とんでもなく()()()()ウマ娘がそこにいた。

 口元は緩み、瞳は潤み、頬は紅潮していて……自分で自分の顔を見られないくらい恥ずかしくなってしまった。あれだけ「抱っこして」だの「一緒に寝よう」だの軽口を叩いておいて、ちょっと事故ったら一気にヘタレて動けなくなってしまう。私はチキンウマ娘だ。ばか。あほ。いくじなし。……結局、とみおは大人だから責任が〜とか考えておいて、つまり()()()()()()()()()()()()()()()という態度を取っておいて、私は彼にチューする勇気すらないのだ。

 お姫様抱っこしてもらった時だって、押し倒されそうになった時だって、唇を軽く突き出せばキスできた。やっぱり私、口だけのウマ娘だ。…………くそぅ。

 

「……はぁ」

 

 恋もレースも全力で挑む。それがアポロレインボウというウマ娘の強さの原動力である。しかし、恋に関してはあまりにも決定力に欠けているため、将来的には苦労するだろうな――なんて他人事に思うのだった。

 

 

 後日、思いのほか爆睡できた私は、早朝のランニングを終えた後ヨークレース場に向かうことになった。ヨークシャーカップに向けたインタビューを受けるのはお昼なので、それまではレース場の下見とルモスさん達への挨拶をする予定だ。

 

「あ……」

「ん、おはようアポロ。昨日はよく眠れた?」

「良いベッドだったから爆睡しちゃった」

「分かる。日本に帰ったらデカいベッド買おうかな」

 

 ランニングから帰ってくると、熟睡していたとみおがやっと起きた。昨日の例の一件には触れないで挨拶を交わしつつ、私達は朝の8時にヨークレース場に向かった。

 ヨークレース場に到着すると、超がつく広大な草原と、まさしくヨーロッパ風味のスタンド(建物)が私達を出迎えてくれる。日本のレース場も十分広いけど、自然の地形そのままをコースにしているヨーロッパのレース場は更に広く感じる。ヨーロッパに楕円形のコースが少ないというのも、その感覚を後押ししているのだろう。

 広々とした入口やスタンドを抜けて、関係者の方達に挨拶をしながらターフに足を踏み入れる。巨大かつ洋風なスタンドがホームストレッチの一部分に跨っていたが、更に長大な直線やコースは地平線の向こうまで広がっていた。

 

 それもそのはず、ヨークレース場の最終直線は約1000メートル。つまり1キロメートル。日本のレース場とは比べ物にならないくらい長いため、スタンドが小さく見えてしまうだけなのだ。

 更に、周囲の風景に山やビルがないせいか――詳しく言うと、日本で慣れ親しんだ電光掲示板ではなくモニターしか存在しないためか――妙に違和感を感じる。周囲にあるのは自然的に生えた木々や、グッズ売り・観戦所として立てられた小規模な建物やパラソルだけ。上空を遮る障害物が無くて、空が私に向かって下りてきているみたいだった。どこまでも続く芝の緑と青い空。地平線で2つの色が見事に溶け合って、遠い昔に原っぱを駆け回った時の記憶が想起された。

 

「良いところじゃん、ヨークレース場」

 

 芝の重さはドバイと同じか、ドバイよりちょっと重い程度。コーナーはちょっと歪で、大小様々なコーナーの曲がり角度が存在する。内ラチは機械じゃなくて人の手で立ててるんだろうなって感じで、遠目に見ると割とガタガタである。

 とみおはコースの下見をしてくると言って、既に1周3200メートルの旅路に出かけてしまった。スタッフさんが車を出しましょうかと言っていたのだが、とみおは肉眼かつ至近距離で確認しないと意味が無いと言って、引き込み線や経済コースや大外側のコースなど、ありとあらゆる場所を徒歩で回ってくるらしい。ヒトの歩行速度はウマ娘の走行速度に比べると非常に遅い上、コースの状態を隅々まで確認すると言っていたので、多分チェックだけで数時間は掛かるだろうなぁ。

 

 とみおと別れた私は、ヨークシャーカップの予行練習をしていた。軽いランニング程度の速さでコースを走り、ヨークレース場が大体どんな感じなのかを把握するためだ。

 本番レースは左回りの2800メートル。スタート地点は向正面の行き止まりからで、大小様々なコーナーを3回程度回ってゴールインだ。ヨーロッパの中では割と日本に近い楕円形のコースだけど、それでも慣れない要素があるのは明白。今日から始まる現地の準備期間で結果が変わってもおかしくはない。

 

「ふっ、ふっ」

 

 ヨークシャーカップの本番コースを何度か走り、感覚を掴んでいく。周囲が平坦な地形なため、向正面の引き込み線から見たスタンドはやけに目立って見えた。電光掲示板がないのも違和感でしかなく、向正面から直接ゴール地点が見えるというのは些か新鮮であった。

 

 しばらくのリハーサルが終わって休憩に入る。とみおはまだ時間が掛かりそうだったので、スタンド付近の芝で座り込んで休憩タイム。スポーツドリンクを(あお)って喉を潤していると、唐突に視界が暗闇の中に落ちる。「わわっ!」と声を出して仰け反ると、後頭部の辺りに誰かの脚が当たった。それと同時、明るい声で「だ〜れだ?」と言われたので――私は間髪入れずに彼女の名を呼んだ。

 

「も〜、ルモスさんですよね? あんまりそういう意地悪しちゃダメですよ! ビックリしちゃうんで!」

「ごめんごめん、アポロはついついイタズラしたくなっちゃう何かがあってね」

 

 私の視界を塞いだのは予想通りルモスさんであった。ヨーロッパでこういうことをしてくるのは、エルちゃん、エンゼリーちゃんとルモスさんの3人しかいないからね。

 そんなルモスさんの隣には呆れ気味のダブルトリガーさんがいて、この人(ルモスさん)は毎回こんな調子なんだなと薄々察せられた。私が挨拶すると、ダブルトリガーさんは久しぶりといった調子で手を上げる。

 

「悪いなアポロ、こんな忙しい時にルモスさんが……」

「いえいえ、全然そんなことは!」

 

 ルモスさんは私と話したいことがあったみたいだし、私としても休憩中に会話する程度のことは造作もない。ルモスさんが早速本題に入りたそうに目を輝かせ始めたので、ダブルトリガーさんが会話の流れをそちら側に差し向けた。すると、ルモスさんは食い気味に切り出した。

 

「アポロはあんまり気にしてないかもしれないけど……人気向上うんぬんかんぬんの話、ちょっとずつ効果が出始めてるよ! アポロのグッズがかなりの勢いで売れ始めてるんだ!」

「え、もう私のグッズ売ってたんですか……」

「やるからには徹底的に押してかないと! 10万個ほどキミのぱかプチを用意させて貰ったよ」

「じゅうま……!?」

「どうした、お前のぱかプチは日本でそれくらい売れているんだろう? 今更驚くことじゃない」

「そ、それはそうなんですけど……私、日本のウマ娘ですよ? 長期遠征の予定とはいえ、何かビックリしちゃって」

「ふっふっふ。キミやカイフタラ、エンゼリーのぱかプチによって、一部のファン人気を獲得できた。あとは一般層に浸透するまでの()()()()()()()()が必要なんだけど……それは言うまでもなく分かってるか」

 

 何らかのキッカケとは、レースそのものの内容である。ルモスさん達が狙うのは、強いウマ娘同士が激突する最高の舞台を用意し人気を爆発させること。

 強い者が生まれ、更にその強者同士が集まって戦うとなれば、トゥインクル・シリーズに限らず多くのスポーツは盛り上がりを見せる。ファンの垣根を飛び越えて一般層にまで名前が轟くようになれば、それは大成功と言えるだろう。

 

 言ってしまえば、私やカイフタラさん、エンゼリーちゃんはルモスさんの計画の駒なのだ。もっとも、この3人は彼女らの計画に協力的なので、利用されているという感覚は全くないけれど。

 ともあれ、特にカイフタラさんにとって、レースの熱気はモチベーションや成績に直結してくる。私の夢の根幹を思い出すためには、カイフタラさんやエンゼリーちゃんが()()()()()()は絶対条件。単純に競技者としての感情で見ても、トゥインクル・シリーズが盛り上がることは喜ばしい。私達が利用し、利用されているのがルモスさんの計画なのである。

 

「その時その瞬間にしかレースを目撃できないという刹那性。そしてたった1人しか勝者が生まれないという残酷性。誰が勝つのか、誰が負けるのか、誰の手に最強の称号が渡るのか。レースは始まってみないと分からない。その焦燥感と期待感を煽り、生物が生来持ち合わせている強さへの憧れを刺激してやれば、否が応でも人々はレース場に足を運ぶだろうね」

「……なんてルモスさんはカッコつけてるが、この人は私達の計画が順調だということを言いたかっただけだ」

「ちょっと! 珍しくカッコつけたのに!」

「ここまでトントン拍子に来ているのは、想像以上にアポロの人気があったことが原因だな。喜ばしいことだ」

 

 ウマ娘やヒトは生き物である。それはつまり、本能的に『強さ』への憧憬を抱いているということ。知性が支配するこの世界でスポーツが行われているのは、『強さ』への原始的な欲求を満たすためにあるのだ。

 そして、ウマ娘において『強さ』とは『速さ』である。生物の限界速度に挑むウマ娘を見て、人々は興奮せずにはいられない。スポーツやトゥインクル・シリーズが存在する限り、ステイヤーの人気復権は可能だと言えるだろう。

 

 ……さて、ルモスさん達は口にしないけど、ヨークシャーカップで私が勝たないとまずいのは明らかである。言い方は悪いが、カイフタラさんレベルのウマ娘もおらず、G2レースというこの舞台で負ければ、ファンは「この程度のウマ娘なのか」と私に失望するだろう。本番レースはG1・ゴールドカップや、G1・グッドウッドカップなのだ。前哨戦で圧勝でもしないと、欧州のファンは()()()()()()だろう。

 私がここで圧勝して、こっちのファンをザワめかせる必要がある。ドバイゴールドカップで勝利したカイフタラさんと、彼女にリベンジを誓うアポロレインボウと、第3のウマ娘・エンゼリーちゃんという勢力図が完成しなければ――それくらいの大物が集って激突しなければ――人気再燃は望めない。強いウマ娘が人を惹きつけるのであれば、私達3人はどこまでも強くなければならないのだ。

 

「話は変わるんですけど、ぱかプチ以外にもグッズを売る予定ってあるんですか?」

「今のところ、日本で売られている形式の物を引っ張ってくる予定だそうだ。そうでしたよね、ルモスさん」

「そうだよ。レースに集中してもらいたいから、必要以上の手間は取らせたくないからね」

「なるほど……あ。エンゼリーちゃんはともかく、カイフタラさんはグッズ販売を許可してくれたんですか? 写真撮影とか宣材とか……あの人、そういうの嫌がりそうですし……それにほら……」

「あ〜」

 

 何でも、カイフタラさんはルモスさんに無礼を働いていたという。これはダブルトリガーさんから聞いたのだが、去年は特に失礼な行動が目立ったらしい。何ならURA賞授与式の時に、ルモスさんの口から「カイフタラはワタシのことを無下に扱うし、ダブルトリガーにも無礼を働く」みたいなことを言われたくらいだし……今はマシになってるよね?

 そんな私の質問に、ルモスさんは妖艶に微笑んだ。

 

「ちょっとお話したら納得してくれたし、ワタシとダブルトリガーに謝罪してくれたよ!」

「……お話って?」

()()()()()()()()()()()って言っただけなんだけどねぇ。でも、例の計画には賛同してくれたし、ちゃんと話したら良い子だった! ね、ダブルトリガー?」

「スゥッ……そうですね」

 

 いやいや、怖すぎでしょ。さすがのカイフタラさんもルモスさんには逆らえないのか。流石は英国長距離三冠ウマ娘……ダブルトリガーさんも何かを思い出したようにブルブルと震えてるし、何があったかは聞かない方がいいと見た。

 

 その後は軽い談笑をして、希望的な未来が見えてきたことに安堵しつつインタビューに向かった。ルモスさんやダブルトリガーさんが見守る中、私とトレーナーは集まった記者陣に向けて様々な質問に答えていく。

 ――初めてヨーロッパのレースに挑むにあたって、どんなことを考えていますか。このレースを勝てばステイヤーズミリオン完全制覇が見えますが、ヨークシャーカップを勝つ自信はありますか。前年のカドラン賞覇者である古豪・チーフズグライダーも参戦しますが、彼女を意識していますか――などなど。

 

 全ての質問に、敬意と謙虚さと実力に裏打ちされた自信でもって答える。私らしさも忘れずに、アポロレインボウというウマ娘を限られた時間の中で発信していく。

 そうして無事インタビューが終わり、記者から最後の質問が飛んでくる。テンプレートじみた質問だったが、決意表明としてはピッタリの言葉だった。

 

『それでは、最後にファンの皆さんに向かって一言お願いします!』

「はい! 初めまして、日本から来たアポロレインボウです! このレースで皆さんの度肝を抜くような走りを見せたいと思います!! 皆さんの応援が私達ウマ娘の力になりますので、是非レース場に来て沢山の応援をしてやってください!! よろしくお願いします!!」

 

 

 ――さぁ、G2・ヨークシャーカップの始まりだ!

 

 



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111話:突き放せ!ヨークシャーカップ①

 

 ――5月4週、イギリスのヨークレース場。歴史の風情が感じられる地方都市の中に存在するレース場は、ここ数年間で見てもかなりの盛り上がりを見せていた。

 その理由は2つある。まずひとつ目は、ヨークレース場が『ダンテ開催』――つまり『ダンテ・フェスティバル』という集中重賞開催期間中であることだ。

 

 そもそもヨーロッパにおいて、レースは土日限定の開催ではない。平日でも普通にレースが行われているため、言ってしまえばメリハリがなく集客効果も薄いのである。そこで、集客効果を高めようという狙いの下、重賞を集中開催する期間を設けることになった。理由は他にもあるが、とにかくヨーロッパ等の地域ではそういった開催方法が浸透しているのである。

 重賞の数が比較的少ない日本ではあまり馴染みのない開催だが、欧州は様々な国が集まって『ヨーロッパ』という地域を成しているため、星の数ほどレースがある。普通に重賞を開催するだけでは注目されないし、ある意味こうなるのは当然とも言える。

 

 ヨークレース場の重賞開催日は、最大の開催である8月の『イボア・フェスティバル』に加え、現在絶賛開催中の5月の『ダンテ・フェスティバル』が有名だ。その他にも6月、7月、9月、10月の小規模な開催日があり、中でも『イボア・フェスティバル』における世界最高峰の中距離G1レース・インターナショナルステークスは大きな盛り上がりを見せている。

 ダンテ・フェスティバルは例年5月に行われる3日間の重賞開催期間で、5つの重賞が行われている。内訳はダービーステークスの前哨戦であるG2・ダンテステークスの他、G3・ムシドラステークス、G2・ヨークシャーカップ、G2・デュークオブヨークステークス、G2・ミドルトンステークス。そして、今年の目玉となるのはヨークシャーカップだとファンの間でまことしやかに囁かれていた。

 

 さて、ヨークレース場が大きな盛り上がりを見せているふたつ目の理由は――件のヨークシャーカップに出走するウマ娘にある。該当レースで注目されているウマ娘は2人。日本から来た新星ステイヤー・アポロレインボウと、カドラン賞を制した古豪・チーフズグライダーである。

 最近やたらと盛んにトゥインクル・シリーズのことを放送しているメディアのおかげもあって、特にアポロレインボウの知名度は高い。日本で放映されていたドキュメンタリーやレース映像が翻訳・編集され、連日の如く放送されまくった結果、むしろ現地のウマ娘よりもアポロレインボウの知名度の方が高くなっているくらいだ。

 

 『異国の怪物がやって来る』――そんな看板が立ったヨークレース場付近のグッズ販売所では、アポロレインボウのぱかプチや団扇を抱えたファンの姿が多く見受けられた。芦毛という分かりやすい見た目の特徴も手伝ってか、ヨークに住んでいるものの普段はレース場に足を運ばないライトなファンの姿も確認できるほど。

 更にヨークレース場の付近には、小さなウマ娘とその親子の姿が散見されていた。トレセン学園には入学していないものの、その未来を有望視されているウマ娘達である。そして、アポロレインボウと面識のあるウマ娘――イェーツもヨークレース場にやって来ていた。

 

「わぁ……! とっても賑やかですね! すごく……すごい……とにかくすごいです!!」

 

 ダブルトリガーを左側に、ルモスを右側にして手を引かれるイェーツ。鹿毛のウマ耳がぴょんぴょんと跳ねて、風船の飛ぶヨークレース場内のあちこちに視線が流れていく。

 正装に身を包む貴婦人、ジャケパンスタイルで最低限の格好だけ整えている者、普通の私服でやってきた家族連れ……様々な人がウマ娘の極限のレースを見物するため、我先にとスタンドに流れていく。人の波からイェーツを守りながら、ルモスとダブルトリガーはレース場を包む喧騒に喜びを噛み締めていた。

 

「ルモスさん、どうやら我々の計画は順調のようですね」

「ん、今のところはね。後はレースに出る13人の頑張り次第ってところかな」

「……レースに出る以上、彼女達に()()()()()という選択肢はありませんよ。番狂わせが起きるにせよ上位人気が勝つにせよ、トゥインクル・シリーズの未来が明るいのは確かですね」

「2人とも何の話をしてるんですか? これからアポロさんのレースなんですよ! アポロさんの話をしましょうよ!」

「……そうだね。ワタシ達もレース観戦に集中しよっか!」

 

 ダブルトリガーとルモスに手を引かれながらスタンド内に入っていくイェーツ。彼女達が陣取ったのは、スタンドを抜けた先にあるコース内側の観戦席であった。内場とも呼ばれるその場所は、コースを走るウマ娘を間近に見られて人気も高い。3人は適当な場所に陣地を定めた後、周囲の家族連れに紛れるように腰を下ろした。

 

 ヨーロッパのレース場は、基本的に正装での入場が推奨されている。しかし最近、ヨーロッパのURAは入場の際の服装の基準を一部で撤廃した。複合要因もあるだろうが、その策によって敷居が下がったためか、普段よりも入場者数が多いように感じられる。

 ただし、格式も値段も高いグランドスタンドの方では、帽子やネクタイ、ドレスなどの正装を義務付けることによって、伝統を守っているという姿勢も示していた。無論、ロイヤルアスコットのような格式高い開催では、伝統を完全に撤廃するのは難しいだろうが。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズは、その伝統を重んじる姿勢によって若干足を引っ張られているというか――有り体に言えば、若者の趣味としてはあまり受け入れられてはいなかった。どっちかと言えば、貴族の趣味としての側面が色濃く表出していたのだ。

 それが、ルモスやダブルトリガー達がURAに働きかけることで、貴族の趣味から大衆の趣味へとシフトチェンジしつつある。地方からやってきた怪物・オグリキャップによって巻き起こされた日本のトゥインクル・シリーズのような激変をアポロレインボウにも期待する声はURA内でも大きい。商売のチャンスでもあり、更なる地盤強化にうってつけの機会であることは間違いない。その他にも、世界のスプリント王・グリーンティターンや、クラシック・ディスタンスで無類の強さを誇る怪鳥・エルコンドルパサーら日本勢にも期待が寄せられている。

 

 ……視点を3人のウマ娘に戻そう。本日のメインレースであるヨークシャーカップまで多少の時間があるということで、彼女達は雑談に興じていた。イェーツが望んだ通りアポロレインボウの話題になり、ヨークシャーカップのレース展開の予想がなされていく。

 

「イェーツは誰か勝つと思う? アポロか、チーフか、それとも他の誰かか」

「アポロさんが勝つと思います!!」

「その心は?」

「…………アポロさんが強いからです!!」

「なるほど」「確かにな」

「ちょっと! バカにしないでください!」

「してないしてない。単純に気になるからさ」

「アポロは人生初の欧州芝に加え、ラビット役……言わば潰れ役との初対決だ。ラビット対策の練り具合によってはチーフが勝つことも有り得ると思っているが……」

 

 今回のG2・ヨークシャーカップに出走するウマ娘は、フルゲート16人に対して13人。出走表は以下の通りである。

 

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

15Office Pixy(オフィスピクシー)先行1-0-1-2G3バルブヴィユ賞

23Cash Monse(キャッシュマウス)先行0-2-0-2G2カラカップ

313Classy Censorship(クラッシーセンサーシップ)差し1-1-1-1OP条件戦

44Exceller Mania(エクセラーマニア)先行1-1-0-2G3ジョンポーターステークス

512Blushing Charm(ブラッシングチャーム)逃げ0-0-0-4OP条件戦

66Sharpen Dancer(シャーペンダンサー)追込1-2-1-0G2グレフュール賞

711Deputy and Royal(デュピティアンドロイヤル)差し0-0-3-1未勝利戦

810Impressions Dinner(インプレッションズディナー)先行0-0-1-3未勝利戦

92Chief's Glider(チーフズグライダー)差し1-1-2-0G1カドラン賞 G2ヴィコムテスヴィジェール賞 他

109Out of Orange(アウトオブオレンジ)追込0-2-2-0OP 条件戦

117Satisfied Theater(サティスフィードシアター)差し1-0-0-3未勝利戦

121Apollo Rainbow(アポロレインボウ)大逃げ3-1-0-0G1日本ダービー G1菊花賞 G1有記念 G1天皇賞(春) 他

138That's a Sovereign(ザッツアソヴリン)先行1-0-0-3G2 マクダイアーミダステークス

 

 

 

 圧倒的1番人気はアポロレインボウ。未だに長距離G1で無敗、そして前走の天皇賞・春のパフォーマンスを評価されて1番人気に推された。未完成な部分はあるが、それ故に成長の余地を残しているという部分も大きな評価ポイントである。

 対する2番人気はチーフズグライダー。昨年のカドラン賞を勝利したウマ娘であり、カイフタラやダブルトリガーとの対戦経験もあり、安定した成績を残し続けていることから2番人気に選ばれた。前走のドバイゴールドカップではカイフタラ、アポロレインボウの3着。加えてチーフズグライダーにはラビット役のチームメイトが加わるため、アポロレインボウに対抗できるのは彼女だけと評されている。

 

 イェーツの言う通り『強いのは強い』という感情があるのは当然だが、1番人気を退けて伏兵が勝ったレースなど歴史上いくらでも存在する。ルモスやダブルトリガーの内心は実際複雑で、『アポロレインボウが勝てばもちろん良いのだが、伏兵が勝っても世間は盛り上がるだろうか』というような思想さえ駆け巡っていた。

 

「いいですか? アポロさんの強さは中盤終盤における末脚の爆発力で――」

 

 イェーツがアポロレインボウのぱかプチを抱きかかえながらレース展開を力説する中、突然スタンドの方が一層騒がしくなった。彼女らが耳を澄ませると、どうやらアポロレインボウと桃沢とみおが現地入りしたらしかった。彼女達にしては随分と遅い時間だが、遠目に見えるアポロレインボウの肌艶は絶好調時のそれであり、レース本番は期待できそうだなとルモスは考えた。

 

「……声をかけに行きますか?」

「そうしたいけど、やめておくよ。邪魔しちゃ悪いからね」

「え〜! わたしは行きたいんだけどなぁ……」

「イェーツ。自重するんだ」

「はぁい……」

 

 現地のファンに取り囲まれてサインを強請(ねだ)られている芦毛の少女。トレーナーのやんわりとした拒絶によって事なきを得た彼女は、控え室の方に向かって消えていった。本人は普通にファンサービスをしようと身を乗り出していたのだが、出走まで余裕があるわけではないため断念したようだ。

 パドックまで残り数時間。ルモス達は内場の芝の上で寝転がりながら、僅かばかりの長閑(のどか)な時間を楽しむことにした。

 

 

 いよいよ観客が増えてきた昼下がり、観客席の前にあるパドック周囲にファンが殺到し始めた。ヨークレース場の特徴として、主要施設がゴール板付近にギュッと集約されていることが挙げられる。スタンド、パドック、飲食店、テラスなどが凝縮しており、また、スタンドとターフ間のスペースも小規模なため、少々窮屈な印象を見受けられる。それがかえって喧騒や歓声などの盛り上がりを演出し、高揚感を生み出してくれるという副次的効果もあるが。

 長方形のパドックに降り立ったアポロレインボウ。彼女が姿を現した途端、ざわめきが支配していたスタンドの空気が変わった。それは実際のアポロレインボウが想像以上に華奢で可憐だったことと、凄まじい威圧感を纏っていたことによる動揺で広がったものだった。

 

 ヨーロッパやアメリカのウマ娘と比べると確かに華奢だが、彼女の体幹の強さや心肺機能、そして何より勝負根性は世界でもトップクラスだ。特に勝負根性はもはや気性難のそれであり、歴代で見ても比肩する者を探すのが難しいほど。溶岩のように煮え立つ彼女の激情が周囲に漏れ出して、パドックの片隅に異質な蒸気の支配する空間が作り出されている……ように見える。

 体操服から覗く白い四肢。遠目から見れば繊細で儚い印象を与えるが、付近から見れば、蓄えられた筋肉密度は圧巻そのもの。特に脚の筋肉に関しては、彼女が歩く度に隆起を繰り返し、男性アスリートのような陰影を明らかにしていた。

 

 まだパドックでの紹介が始まっているわけではなかったが、その場にいた全ての観客が確信する。

 ――このウマ娘は強い、と。

 

 こうして注目を集めている芦毛の少女は、周囲を見渡しながらトレーナーと軽い会話を繰り広げていた。

 

「すごい賑わってるなぁ……()()()()()()()()()()()()()って言われてないね」

「……アポロは緊張してないみたいだな。去年のデボア・フェスティバル(最大の重賞開催期間)並の大盛況らしい」

「私のぱかプチ持ってる人結構多くない? 何か照れちゃうなあ」

「俺としては嬉しい限りだよ。……応援してくれるファンのためにも、そして俺達自身のためにも、このレースは必ず勝とう」

「……うん」

「それじゃ、雑談はここまでだ。お互い集中しよう」

「了解。チーフズグライダーさんの他にもヤバそうな子がいたら報告するし、とみおも()()()()子がいたら教えてね」

「任せろ」

 

 いつもの調子でパドックのお披露目台に向かう桃沢とアポロレインボウ。そのやり取りを直接聞いていたわけではないものの、ルモスとダブルトリガーは2人の様子に頬を緩めた。

 

()()()()、あの2人」

「上手く言えないですけど……羨ましいですよね」

「なんだかなぁ……ずるいよね本当に。2人ともどこか初々しくて、ひたむきで、一生懸命すぎるくらい頑張ってて、見ててちょっと危なっかしくて……そんなの、応援したくなるに決まってるよね」

「ファンの皆もそう思っているでしょうか」

「……例のドキュメンタリーが流された時点で、大分親しみやすくなったんじゃないかな。トレーナーと夢にかける想いも全員分かってるだろうし、アポロはまさに応援したくなるウマ娘って受け取られてると思うよ」

 

 アポロレインボウのドキュメンタリーの内容は、ドバイに向けた冬季トレーニングに数日間密着するというもの。割と一般的な内容ではあったのだが、中でも話題になったのは狂気的なトレーニング内容と、インタビュー内で語られた芦毛の少女の想い――というか桃沢とみおに向けられている割と重い感情――だった。

 

 まず驚くべきはトレーニング内容。スタミナを鍛えるため、毎日のトレーニングに4000メートル全力疾走という項目を盛り込んでいると桃沢トレーナーは言い放った。加えて、勝負根性を鍛えるために重機タイヤを引き回させたり、屋内プールでバタフライ1000メートルを10セットやらせたり、疲弊しきったアポロレインボウに「まだ(トレーニングが)残ってるから頑張れ」と声をかける彼の姿が地上波に流されてしまった。

 そんな彼には冗談混じりに「ナチュラル鬼畜」「ドS」「俺もアポロちゃんみたいに(しご)かれたい」という声が飛んだが、続いて流れてきたアポロレインボウへのインタビューで視聴者はさらに度肝を抜かれる羽目となる。

 

 そのインタビューは「トレーニングはキツいですけど、世界を目指すわけですから手を抜くわけにはいきません。それに、あのトレーニング量にもすぐ慣れましたよ。日課ですね」という狂気的な発言から幕を開けた。

 メイクデビューで起こった事故とその反響、自身の人気と目標についてつらつらと語っていくアポロレインボウ。その中で桃沢トレーナーについて訊かれた芦毛の少女は、彼女のことを深く知らない人でも「あっ、この子はトレーナーのことがガチめに好きなんだな」と察してしまうような受け答えを全世界に放映してしまった。

 

 ――アポロレインボウさんにとって、(桃沢)トレーナーとは?

 ――えっと、一言で言うと纏まらないんですけど……彼は大切なパートナーです。多分、こんな人とは二度と出会えないんじゃないかな〜ってくらいの。色んなところの相性も良いと思いますし、きっと私達は巡り会う運命だったんだと思います。…………ん!? あっ、いや! あんまりそういう風に勘違いして欲しくないんですけど……いやでも……えと……はい。とにかく、とみ……彼はとても良いトレーナーだと思いますし、知識的なこと以外にも、私の意志をちゃんと汲み取ってくれた上で指示を出してくれます。落ち込んだ時は必ず寄り添ってくれますし、逆に彼がダメそうな時は私がちょっかいをかけたりして……うふふ、あ、すいません。ちょっと色々と思い出しちゃって。私が笑っちゃった所はカットしてくださいね? 恥ずかしいんで……。はい、とにかく良いトレーナーなんですよ。……さっきのところカットしてくれますよね? ……あっ、してくれる。ありがとうございます。そういえば聞いてくださいよ、この前とみおがね? あ、トレーナーがですね……――以下略。

 

 恐らく「カットします」と言った赤裸々な部分まで(本当にダメな部分はカットしただろうが)流してしまったそのドキュメンタリーは、日本を代表するウマ娘にも年相応の可愛らしいところがあるのだと大反響を集めたのである。

 そんなインタビュー内容を思い出したのか、ダブルトリガーは思いっ切り吹き出してしまう。

 

「ああいう初々しさというか親しみやすさというか……ちょっと抜けたところも、彼女の親しみやすさとして人気の一端を担っているのかも」

「うん、うん……確かに。アポロみたいなタイプはヨーロッパじゃ珍しいし、彼女は何もかも新しい風を吹き込んでくれるよ」

「私達から見ても新鮮ですね。殺気立ちすぎないウマ娘というのは」

「もうそろそろ豹変するんだろうけどね?」

「ふふ、豹変とは随分とまぁ……本気の彼女もまた本質ですよ」

 

 両手を引かれながら夢中になってパドックを見つめるイェーツ。彼女の身体がぶるりと震えたかと思うと、ダブルトリガー・ルモスの両名が現役時代を思い出す程の殺気が胸を穿った。

 

『9番、チーフズグライダー。2番人気です』

『素晴らしい仕上がりですね。本命は1ヶ月後のゴールドカップでしょうが、ここで勝ちきらねば本番でも良い結果を残せないと語っていましたから……アポロレインボウ対策は相当練っていると思いますよ』

 

 その殺気の主は、勝利に燃えるチーフズグライダーから。或いは、夢の輝きに囚われたアポロレインボウからだった。睨み合い、鋭い視線を激突させるチーフズグライダーとアポロレインボウ。彼女達の闘志はこれ以上ないほど高まっている。ルモスとダブルトリガーは呼吸さえ忘れていた。レース中継の視聴率とか、グッズの売上がどうとか、そういう()()()()()がどうでも良くなるくらいパドックに惹き付けられていた。

 呼吸すら忘れていたようだ。視界の中央の2人から視線を外すと、やっとのことで現実に戻ってくる。2人は咥内に溜まっていた生唾を嚥下し、誰に言われるでもなくふと腕を見る。その肌には、ぷつぷつとした丸い肉の粒が粟立っていた。

 

「これは――」

 

 ルモスは()()()()()と思った。言葉にできないこの凄み。言いようのない期待感。高揚感と不安の間に揺らぐ心臓の鼓動。このレースでは何かが起こる。いや、アポロレインボウは何かを起こしてくれる。常識を破壊するような、ともすれば伝説に残るような偉業を成し遂げてくれる、と。実際にターフを走っていたからこそ分かる予感があった。

 ルモスとダブルトリガーは顔を見合わせることなく、2人同時に拳を握り締めた。そして、彼女達2人はレース関係者であることをやめ、唯の観客となった。スタンド中のファンと共に声を上げ、純粋にウマ娘達を応援するファンのうねりと一体化していく。

 

 頑張れアポロレインボウ。頑張れチーフズグライダー。2人とも負けるな。最高のレースを見せてくれ。

 

『12番、アポロレインボウです』

『トモの仕上がり、髪の艶、全て言うことなしですね。ドバイゴールドカップでは初の海外重賞制覇とはなりませんでしたが、このヨークシャーカップで初の制覇となるでしょうか。彼女の夢である最強ステイヤーのためにも敗北は許されないでしょう。その走りに期待しましょう』

 

 さて、アポロレインボウはドキュメンタリー中のインタビューでこのように語っていた。

 ――夢を叶えて、みんなから愛されるウマ娘になりたい……と。

 

 夢を叶えるため、そして根幹に辿り着くため。

 芦毛の少女の挑戦が今、始まる。

 

 



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112話:突き放せ!ヨークシャーカップ②

 

 長方形のパドックでお披露目が終わると、返しウマが行われる。ヨークレース場には返しウマ専用のスペースが設けられているため、13人のウマ娘達は細道のような場所で軽くランニングを行っていた。

 その場所は観客席とコースの間にある柵に囲まれた空間で、横幅はウマ娘ひとり分程度しか存在せず非常に狭い。チーフズグライダーはその細道を走った後、向正面にあるゲートの前で立ち止まった。

 

 広大な敷地面積を誇るレース場。喧騒は遥か彼方。微かに聞こえてくる実況・解説の声を聴きながら、彼女は一面の緑に囲まれて闘争心を高めていた。

 

『さあ、返しウマが終わって13人のウマ娘が向正面の引き込み線に集結しました。各々準備を進めながらゲートインの時間を待っています』

『針の穴に糸を通す時のように、もどかしい時間が長く続きますね。緊張でアガる子が出ないと良いのですが』

 

 チーフズグライダーは前掻きして芝を蹴りつけ、苛立ちを露わにする。そんな彼女の元に、チーフズグライダーのチームメイトにして()()()()役であるブラッシングチャームがやってきた。

 

「緊張してるんですか?」

「……いや。()()が気になって落ち着かないだけだよ」

「それを緊張と言うんですが」

「…………」

「…………」

「……少し緊張が解けたよ。ありがとう」

「いえ、構いません」

 

 言いながら、2人はアポロレインボウから離れた位置で軽い会話を始めた。彼女とは言わずもがなアポロレインボウのこと。チーフズグライダー陣営にとってはヨークシャーカップ最大の障壁であり、対策必須のウマ娘である。

 今回のレースにラビット役のブラッシングチャームを出走させたのは、ゴールドカップの予行練習としてヨークシャーカップを選んだからだ。長い現役生活中のチーフズグライダーはともかく、デビューの遅かったブラッシングチャームはまだトゥインクル・シリーズに所属してから日が浅い。つまるところ、陣営にはラビット役のウマ娘(ブラッシングチャーム)に場数を踏ませたいという狙いがあった。

 

「大丈夫ですよ。敵はこちらのコースに慣れていませんし、ラビットとも初対決ですから」

「……こら、チャーム。彼女を侮ってはならないぞ。相手はドバイゴールドカップで2着……つまり私よりも着順が上だった。あのカイフタラに食らいつける実力も持っているし、それに――」

「はぁ。分かってますよ、そんなこと。でもチーフ先輩の方が絶対強いです。アポロレインボウなんかには負けませんから」

「……それは今から分かることだ。チャーム……磐石の勝利を収めるためにも、お前の働きには期待しているぞ」

「はい! ペースメイクは任せてください!」

 

 また、このレースは陣営が練り上げてきた『大逃げ対策』が有効かどうかを見定める場でもあり、ここで全く歯が立たなければゴールドカップやグッドウッドカップなどのG1で勝てるかどうかも怪しくなってしまう。

 アポロレインボウはアポロレインボウで、ヨークシャーカップからゴールドカップの間にレースを入れるのは不可能。レース間隔的にも疲労的にも、ここで勝たねばステイヤーズミリオン完全制覇は有り得ないのだ。

 

 両者共々負けられない――本番レースまで牙を隠しておきたいが、出し惜しみをすれば負ける。お互いの本気が激突する前哨戦。アポロレインボウはゲートを睨んで硬直しており、闘志というよりは怒気が噴出していた。

 果たして何に苛立っているのか。詳しいことは分からないが、チーフズグライダー陣営にはひとつ心当たりがあった。ブラッシングチャームとチーフズグライダーは目を見合せ、軽く頷き合う。

 

「……極東の島国からやってきたウマ娘、アポロレインボウですか。順風満帆のように見えて意外と()()()()面があるんですよね。……我々のトレーナーの言う通り、色々と複雑そうな感じです」

「うむ……細かいことは不明だが、私生活の面で迷いがあるとか無いとか……。肉体も精神も絶好調ではあるが、小骨が引っかかって本当の力を出し切れないような状態と見て良いだろう」

「……ミーティング通り()()()()()?」

「当然。勝負の世界において精神攻撃は基本だからね」

 

 ――()()()。勝負事において、勝利のために相手の弱点を攻め立てるのはごくごく当然のことである。つまり、彼女達はアポロレインボウに対して精神的揺さぶりを掛けようとしていた。その揺さぶりの内容とは――()()()()()()()()()()()()()()()()()。言い換えるなら、『トレーナーと担当ウマ娘』以上に進展しない2人の距離間について突っ込んでみようと考えていた。

 

 当然ながら、アポロレインボウの迷いはそんなことではない。彼女の内心はもっと複雑だし、夢の根幹と恋愛は全くの別問題である。

 では何故チーフズグライダー陣営は間違った考察に確信を得ているのか。その理由は、例のドキュメンタリーや普段の態度から推測した結果、考察の着地点をものの見事に見誤ってしまったからである。

 

 とんでもない誤算に気付かぬまま、チーフズグライダーとブラッシングチャームの2人は、ゲート前で集中を高める芦毛の少女に声をかけた。そしてレース前に交わした一連の会話が、陣営にとってある種の悲劇を生み出すことになる。

 

「ヘイ、アポロ」

「……? あ、チーフさんにチャームちゃん。今日はよろしくね! 負けないから!」

「……我々は挨拶をしに来たのではない。君に宣戦布告しに来たんだ」

「えっ?」

 

 チーフズグライダー陣営の誤解は致命的な領域に及び、アポロレインボウのブチ切れラインを反復横跳びする。そして次の瞬間、芦毛の少女の精神を逆撫でする言葉がチーフズグライダーの口から飛び出した。

 

「このレースに勝ったら、君のトレーナーとデートする予定なんだ」

「……はい?」

「積極性が足りないからトレーナーに振り向いて貰えないんだ。このレースが終われば……君は全てを思い知ることになるだろうね」

「は? は? はあああああああ?? ちょっ、それはどういう――」

 

 もちろん全て嘘である。チーフズグライダーは桃沢とみおのことをあまり知らないし、過度な興味も持ち合わせていない。当然桃沢トレーナーをデートに誘う予定もないし、一連の口撃は芦毛の少女を動揺させるためだけの言葉であった。

 耳を後ろに絞りながらチーフズグライダーに詰め寄ろうとするアポロレインボウだったが、ゲートインの開始を知らせる係員によって行動を遮られる。彼女は明らかに動揺した様子であったが、ゲート前に立って数度深呼吸を行うと次第に顔つきが冷めていき、()()()()ような双眸に変わっていった。

 

(お、効いてる効いてる。やはりトレーナーに対する思いは人一倍強いみたいですね)

(あれは効いていると言うよりも……何だろう。思っていた反応と何か違う気がする)

(そうですか?)

(気のせいかな。我々は余計なことをしてしまったのかも……)

(そんなはずは。アポロレインボウは間違いなく動揺していますよ)

 

 彼女達にとって更に予想外だったのは、アポロレインボウがトレーナーのことに対しては案外冷静で、しかも騙されたことに対する怒りを闘志に変えられることだった。芦毛の少女の恋心の重さは確かに驚異的な粘度を誇る。しかし、「ライバル陣営はとみおのことを引き出しにして私を動揺させようとしている」という思惑を理解した上で、ありのままの怒りを精神力に変える賢さもまた持ち合わせていたのだ。

 ある意味ライバルの精神攻撃には成功したものの、チーフズグライダー達はアポロレインボウの闘争心を激化させただけで作戦は逆効果に終わったと言っていいだろう。怒りを力に変え、少女の闘気は更なる熱量を含んでいく。

 

『2番人気のチーフズグライダー、ただ今ゲートイン』

『落ち着いていますね。対アポロレインボウに自信があるとのことでしたから……この冷静さは対策の強固さの裏返しでしょう。チームメイトのブラッシングチャームと共に、彼女がアポロレインボウの大逃げにどのように立ち向かっていくのか。期待しましょう』

 

 芦毛の少女は、夢の根幹が霞むほどの激情を自らに覚えていた。彼女の想いの源はレースに対する熱意と淡い恋心。普段のレースでは、その2つに火を焚べて己の力に変えていた。しかし、レース寸前に噴出した強烈な怒りが新たな源として彼女に力を与えていた。

 作戦とはいえ、パートナーとの結びつきをバカにされた怒りを確かに感じる。ゲートインと同時にここまで黒い感情を感じるのは初めての経験だ。アポロレインボウが積み上げてきた桃沢とみおに対する恋慕の情、夢の根幹による混乱と焦燥、口撃に対する予想外の怒り――全ての感情がぐしゃぐしゃに溶け合い、少女の思考回路をショート寸前まで追い込んでいく。

 

『1番人気のアポロレインボウ、外枠の12番に今ゲートイン』

『……おや? 少し様子がおかしくありませんか? 耳を後ろに絞っているのに、妙に落ち着き過ぎているような……表情も虚ろに見えます』

『……そうですかね? レース前の普通のウマ娘に見えますが』

『気のせいでしたか……失礼しました』

 

 そして芦毛の少女がゲートインした瞬間、激情を溜め込みすぎて、彼女の処理能力は()()()()()しまった。極度の集中状態による視野狭窄と、突如与えられた憤怒による思考暴走。そこにトレーナーへの恋慕が掛け合わさり、彼女は激情のその先――無我の境地に至った。

 彼女に必要だったのは、積み上げてきた必然と、ほんの僅かな偶然だったのである。

 

 ほんの一瞬の光明。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。電撃のような閃きと、忘れていた記憶の衝撃に打ちひしがれたまま――いよいよG2・ヨークシャーカップが幕を開ける。

 

『歴史と伝統あるヨークレース場。天候は快晴、場の発表は良。2800メートルの左回りという条件で行われるG2・ヨークシャーカップは、G1・ゴールドカップやG1・グッドウッドカップの重要な前哨戦とされてきました。カップ戦並びにステイヤーズミリオンに続く栄光の道を切り開くのは誰となるのか!? 全てのウマ娘がゲートインを完了し、いよいよレースの開幕です!』

 

 ゲートが開くか否かの瀬戸際、チーフズグライダーは様子のおかしなアポロレインボウをただ独り気にかけていた。五月晴れの爽やかな風の中、ただひとり茫然と立ち尽くす芦毛の少女。極度の集中状態にあるのか、それとも口撃が成功して動揺しているのか。敵に塩を送った気がしてならない。

 もどかしい静寂の中、鋼鉄のゲートが軋む。13人のウマ娘は動きを止め、開放の時を待ちわびる。そんな中、予知能力でも発動したかのように芦毛の少女の体躯が跳ねた。ゲート内の僅かな空間を有効利用し、少しでも有利なスタートを切るため――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 素っ頓狂な声は、誰のものだったのだろうか。

 次の瞬間、ゲートが音を立てて開放される。アポロレインボウの鼻先が衝突する寸前のことだった。

 

『スタートしました! アポロレインボウとブラッシングチャームがすいすいっと前に出る! やはり両名の先頭争いになりそうですが、1歩リードするのは日本から来た芦毛の妖精・アポロレインボウ! 3番手を行くのは内枠のオフィスピクシー、欧州の妖精も黙ってはいません。様子を窺っています』

 

 ヨークシャーカップがスタートした。長い直線が主となるこのレースでハナを制したのはアポロレインボウ。2番手のブラッシングチャームとの差は1身。アポロレインボウの後先考えない破滅逃げと、チームメイトを勝たせるために捨て身の逃げを敢行するブラッシングチャーム。早くも2人のデッドヒートが展開されると、後ろ脚質のウマ娘は「ついて行ったら自滅する」と考え、スタミナを温存するために後ろに控えていった。先行のウマ娘はアポロレインボウにプレッシャーを与えるため、ブラッシングチャームに引っ張られるように位置取りを押し上げていく。

 

 こうして前方集団と後方集団に分かたれる寸前、横並びになったブラッシングチャームとチーフズグライダーは視線を交わす。

 ――手筈通りに頼んだぞ。

 ――お任せを。最終直線でぶっちぎっちゃってください。

 対アポロレインボウ戦において、無駄な酸素は1ミリグラムとて消費できない。2人は視線だけで会話を済ませると、互いの作戦通りの動きに集中し始めた。

 

 チーフズグライダー陣営の口撃は大逃げ対策の本命ではない。その対策の主となるのは、ブラッシングチャームによる執拗なマーク。アポロレインボウの弱点を徹底的に攻め続け、根負けせることを目的としている。

 

(アポロレインボウは競りかけられれば必ず()()()! ドバイでも天皇賞でも、その弱点は消えていなかった! 私達が執拗にマークしてヤツのペースを乱す以外に勝ち目はない!!)

 

 アポロレインボウはうわ言のように「Bakushin…」と呟きながら、スタート直後から加速し続けている。まるでスプリンターのラストスパート。スピードだけには自信のあったブラッシングチャームでさえ食らいつくのがやっと。彼女の後ろにいる重賞ウマ娘のオフィスピクシー、キャッシュマウス、エクセラーマニアも何とかついて来ているが、いくら何でも今日のアポロレインボウは速すぎた。どんどん引き離されていく。

 しかし、彼女達はアポロレインボウが()()()()()()弱点を持っていると知っている。知っているからこそ何とか追い縋っていける。弱点のないウマ娘なんていない。そう信じているから、勝利の希望を見ていられるのだ。前方の4人はアポロレインボウを追うため、速度を上げ続けた。

 

 スタートから400メートルが経過して、チーフズグライダー陣営にとって予想外の事態が起こる。

 ――アポロレインボウが落ち着きすぎていた。狂気的なトップスピードに乗り、スプリンター同然の疾走を続ける芦毛のウマ娘。斜め後ろにブラッシングチャームが、真後ろに3人のウマ娘が張り付いているというのに、背後を気にかける素振りすら見せない。

 

(何故()()()()()、アポロレインボウ――っ!?)

(アイツ、どんどん前に行ってて()()()()!)

(まさか――唯一の弱点だった()()()さえ克服したのか!)

(んなアホな!! こっちのトレセン学園で走ってた時、そんな兆候は見られんかったはずやろ!! かかっとったはずや!!)

 

 目の前のアポロレインボウの背中を追いながら、敵同士だったはずの4人は視線を交わした。ブラッシングチャーム、オフィスピクシー、キャッシュマウス、エクセラーマニア達が苛烈なプレッシャーを与えるが、その背中は着実に遠ざかっていく。

 アポロレインボウはトリックや引っ掛けをあまり使わないウマ娘だ。()()()()分かりやすく動揺するし、純粋な能力勝負には強いものの搦手(からめて)には弱い。そういう不器用なウマ娘だったはずなのに――

 

『スタートから600メートルを通過して、先頭は変わらずアポロレインボウ。ハイペースのまま突き進んでいます』

『2〜5番手は大接戦――いえ、アポロレインボウを執拗にマークしていますね』

『しかしアポロレインボウ全く動じない! 今までのレースぶりが嘘のように不動!! 4人から与えられる全てのプレッシャーを跳ね返し、ハナを走り続けています!!』

 

 敵を競り落とすために加速するのと、恐怖や焦りから加速するのでは、体力の消費量が決定的に違う。精神的な余裕にも天と地の差が出る。不安定さがあってなお最凶クラスの戦法を誇っていたのに、アポロレインボウはその弱点すら克服してしまったのだ。

 短所が無くなり、残るは長所だけ。長所の殴り合いになればアポロレインボウに勝てるウマ娘はほとんどいないだろう。抜群のスタートダッシュ、10000メートルを全力疾走し続けられる底なしのスタミナ、生半可な末脚であれば差し返してしまう勝負根性、序盤から終盤までスプリンターの如き瞬足で駆け抜けられる敏捷性、レース終盤に隠された二の脚――

 

 アポロレインボウに勝つための()()が崩れてしまった。序盤で果敢に攻め立て、中盤の余裕を崩し、終盤で何とか差し切るというプランなど夢のまた夢だ。そもそも序盤の()()が効かないのだ。そうなれば、最序盤にハナを奪うことはもちろん、ステイヤーズステークスのように終盤で失速させるレベルでスタミナを削っておくことも不可能になる。

 ブラッシングチャームを含めた4人のウマ娘は激しく動揺し、目前を走る小さな背中に絶望を覚えた。それでも彼女達は一縷(いちる)の望みに掛けて、必死の抵抗を試みる。

 

(っ……ウソだ! 何で効かないの!? お前は競りかけられたら()()()はずだろ!? これまでのレースで何度も何度もかかってきたのに、どうして今――!!)

 

 ――が、効かない。少女の背中は不気味なほどの静寂を醸し出している。ブラッシングチャームの強烈な威圧感に少しも反応しないばかりか、呼吸ひとつ乱さない。これまでのアポロレインボウであれば、間違いなくペースを乱して()()()()いただろうが。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。4人の呼吸が浅く不安定に乱れていくのとは反対に、アポロレインボウの呼吸は深く安定していた。

 

 まるで巨大な壁を相手取るかのように、不動。押しても引いても変わらない。変えられない。レース直前に感じていた僅かな希望が毟り取られ、絶望に変わっていく。

 前方4人がアポロレインボウに対して感じた動揺は、背後に控えていたチーフズグライダーにも伝わった。8番手を追走していた彼女は、前方で様子のおかしい4人を見て嫌な予感を感じてしまう。

 

(……何だ? アポロレインボウに何かが起こったのか? それとも……効いていないのか? かかり癖を克服してしまったのだとしたら相当マズイぞ……)

 

 先頭集団が浅い角度の第1コーナーを迎えると、アポロレインボウの高速コーナーリングによってキャッシュマウスが()()()()()()()。足元が滑ったのだろうか。いずれにしても致命的なミスだ。そのまま後方集団に合流した彼女は、滝のような汗を流しながら減速していく。

 キャッシュマウスは前脚質を得意とする中長距離ランナーだ。そんな彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()6()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()後続集団に合流してしまうという異常事態。チーフズグライダーは己の敗北を予感するより、むしろ大逃げに付き合うことによる怪我の危険すら考え始めた。

 

 キャッシュマウスが最後方に下がると同時、レースに出走する全てのウマ娘が妙な寒気を覚え始める。このままアポロレインボウを野放しにして勝てるのか――と。

 奴にベストなレース運びをさせてしまえばどうなるか。彼女はかかったとしてもレコードペースで長距離を走り抜き、勝ち負けできる地力を持っている。今までの2500メートル以上の競走成績は5戦4勝、うち2着1回。そして累計レコード勝ちは5回。強い弱いの話ではない。どうやって勝つか、そもそも勝てるのかという話。彼女以外のウマ娘で徒党を組んで考えなければいけないレベルだ。

 

 かかったレースの典型としては、ステイヤーズステークスやドバイゴールドカップ、そして天皇賞・春。ペースを乱しても確実に連対を決めてきた上、負けた相手も最強の末脚を持つステイヤー・カイフタラだけ。しかし今は、()()()()()()()()()()()()

 持ちうる全ての力を解放したレースと言えば――破滅的なレコードで圧勝した菊花賞。25身の大差勝ちが12人の脳裏に過ぎり、今度こそ彼女達の背筋を悪寒が支配する。呪縛から解放された彼女が自由に走れば、後ろ脚質の末脚と同等以上の豪脚でぶっちぎられるだろう。焦りが産まれると、知らず知らずのうちに12人の速度が上がり――ヨーロッパに似つかわしくない超ハイペースの消耗戦が展開されていく。

 

『緩やかな第1コーナーを曲がって向正面の後半、レースの4分の1程が経過しました。アポロレインボウが先頭、5身後ろを走るのはブラッシングチャーム。じりじりと引き離されているか?』

『先程大きく位置取りを下げたキャッシュマウスも気になりますが、何よりアポロレインボウを()()()()自由に行かせてしまって良いのでしょうか? カイフタラのような末脚があれば話は別ですが、逆に言えば彼女程の末脚があって初めて勝てる相手なのです。チーフズグライダーにそこまで絶対的な末脚はありません。これからどうするつもりなのでしょうか』

 

 1000メートルを経過して、アポロレインボウが速度のギアを1段階引き上げる。緩やかなコーナーで得た遠心力をそのまま加速力に転換するような、明らかに異常な挙動。小さな体躯が地を這い、芝を巻き上げながら彼方へ奔っていく。

 必死に距離を縮めようとしていたブラッシングチャーム、オフィスピクシー、エクセラーマニアら3人だが、そのうちのひとり――オフィスピクシーの()()()()()。全速力で追わされていたはずが楽に引き離され、しかも焦りによってペース配分が狂い切ってしまった。もはや勝てる見込みはない――と、レースの半分を通過する前に諦めてしまったのだ。彼女の顔面は蒼白で、酸欠の症状を呈していた。

 

 ()()()()()()()()()2()()()()()()2()4()()()()()

 彼女を捕まえようとしてなお、この差を開けられてしまったのだ。たった1000メートルで生まれた10身もの差をまざまざと見せつけられ、しかも2人の実質的な脱落者が出たことにより、10人は決定的な絶望感を味わうことになった。

 

(……っ、諦め、られるか……!!)

 

 ブラッシングチャームは、諦めてしまったウマ娘の気持ちが痛いほど分かった。チーフズグライダーのチームメイトという立場でなければ、間違いなく自分もそちら側だったとさえ思ってしまった。

 だが、偉大な先輩のチームメイトであるからこそ、諦められない。背負う思いも夢も、2人分。どれだけ絶望的な差を開けられようとも、己の背中にもうひとつの夢と期待が掛けられている。自分自身の存在で完結しないレースだからこそ、普通以上の力を出せるのだ。

 

 ブラッシングチャームは10身――いや、11身の差を必死に詰めようと藻掻き苦しむ。だが、じりじりと引き離されていく。時速70キロという高速で走っているというのに、ゆっくりと引き剥がされていく恐怖といったらない。

 勝つための作戦(大逃げ)とラビットという違いがありながら、着実に差が開いていくという恐怖は――走ることが本能と結びついたウマ娘からしてみれば、形容しがたい絶望そのものでしかないだろう。

 

 レースは早くもアポロレインボウが独走状態。他のウマ娘は動けない。捕まえたくても捕まえられないのだ。唯一のラビット役たるブラッシングチャームの歯が全く立たないこと、既に2人の実質的な脱落者が出てしまったこと、そしてアポロレインボウ以外のライバルに塩を送ることを嫌ってしまったために動けない。

 強烈な心理的抑制。最初から最後まで高速で逃げ続ける芦毛の少女に食らいつくためには、それ以上の脚で追いつき、追い越し、どうにかして潰さなければならない。その()()()()が通用するか怪しい上、大逃げを止めに行って第三者に勝ちを拾われるなど誰もが御免蒙りたいと思ってしまうのだ。しかも先程、力の差を思い知った2人の()()()()()が急激な失速をしてしまった。前半1000メートル時点で酸欠、またはその速度に振り落とされて、である。

 

 こうなれば、誰だって動けない。こうも絶望と恐怖に彩られたレースになれば、誰もが積極性を失って消極的になるだろう。しかし、動かなければ勝てない。だが、やはり動けない。

 ドバイでカイフタラが勝利したせいか、レース前はどこか「やれるんじゃないか」という空気感があった。ただ、一旦化けの皮を剥いてしまえば脆いもので、少女達の心はもはや勝負に挑む者のそれではなかった。圧倒的に不利な二者択一を迫られ、心理的に追い詰められていき、知らぬ間にペースが乱れ、芦毛の妖精(悪魔)にとって有利な展開が形作られていく。

 

 まるで蟻地獄。一度ハナを奪われてしまえば、どっちに転んでも最悪の二択を迫られる。大逃げの極致にして、最強のスタミナを持つからこそ許される最低最悪の暴力。

 これが本当のアポロレインボウ真の姿。やっと辿り着いた月虹の果て。

 しかも、彼女は第2第3の豪脚を隠している。

 

 ――【アングリング×スキーミング(セイウンスカイ。)

 ――【無名(ダブルトリガー。)

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ(そして、自分自身。)

 

 世界中のライバルから受け継いだ果てなき豪脚。

 世界最強のステイヤーになるために練り上げた激情の欠片。

 ()()()()()()()()()()()()()。この事実が12人にとってどれほどのことか、もはや推し量ることすら難しい。

 

『1400メートル地点の第2コーナーに差し掛かり――おっと、エクセラーマニア失速!! 2番手争いから脱落し、後方集団に合流していきます!! これは恐ろしい消耗戦だ!! 早くも前脚質の3人が勝利を手放してしまった!!』

『こ、こんなレースは見たことがありません……』

 

 1400メートル地点を通過し、第2コーナーに差し掛かる頃。遂にエクセラーマニアも脱落し、アポロレインボウに何とかついていけるウマ娘はブラッシングチャームだけになった。もはやラビット役としてのペースメイクとか、プレッシャーを付与してアポロレインボウを崩すとか、そういう作戦遂行は不可能と言っていい状態だった。それでも彼女が大逃げに食らいつけるのは、ラビット役としての矜恃の成せる技。チームメイトに1着を()()ことを生き様としたウマ娘の、ある種の抵抗であった。

 

 群団は超縦長の展開。アポロレインボウから2番手のブラッシングチャームまでは15身、2番手から3番手までは更に8身、3番手から最後尾のウマ娘までは13身という状態の中、2番人気のチーフズグライダーは5番手追走の形。早くもペースを上げ――上げさせられ――位置取りを押し上げている最中であった。

 そんな中、アポロレインボウは第2コーナーを曲がりながら容赦のない加速を見せる。その姿を見たブラッシングチャームの舌根に胃液の味が広がり、いよいよ限界が近くなってくる。

 

(何が妖精だ……どこまでも悪魔のようなヤツめ!)

 

 15身の差は埋まらない。持てるスタミナ・スピードの全てを注ぎ込んでも追いつけないと分かってしまう。じわりじわりと掛け離れて生まれた敵との距離は、まざまざと己の限界を見せつけられるようで、肉体的よりむしろ精神的にごりごりと削られていくようだった。

 ヒトで例えるなら、1500メートルの持久走。自分は限界ギリギリのペースで走っているはずなのに、他の奴らはお構い無しにぶっちぎっていき、絶対に挽回不可能な差が開いてしまうあの感覚。スタートラインは一緒だったはずなのに、どうしてここまで差がついたのかという言葉にしがたい虚無感。それの何倍も強い感情がブラッシングチャームを襲っていた。

 

 レースに敗北したわけでもないのに精神的に打ちのめされてしまったのは、ブラッシングチャームだけではない。チーフズグライダー以外の11人は、もはや走ることよりも思考することに脳のリソースを割いていた。

 アポロレインボウは垂れる。垂れなきゃおかしい。垂れろ。お願いします。垂れてください。そして沈め。大逃げは自分の勝利を飾るための演出で、自分が負けることなんて有り得ない。奴の勝利の片隅で、記録を引き立たせるためだけの()()になんかなってたまるものか。

 

(そうだ、()()()()()()()()()()())

(アポロレインボウは沈むぞ!)

(みんな、耐え忍び続ければ勝てるぞ! あいつは沈む! 絶対に沈む! そうじゃなきゃおかしいよ!)

 

 疑念と不安が混ざり合って、現実から目を背けるために各々が結論を導き出していく。苛烈な消耗戦が生み出したある種の集団パニック。酸欠による幻覚すら見てしまうウマ娘もいた。芦毛の少女の過去の勝ちレースやその内容を顧みず、()()()()()()()()()()()()()()という強烈な願いと思い込みだけが11人の心の拠り所であった。

 そして――そんな地獄絵図の中でも正気を保つ者がひとり。チーフズグライダーである。

 

(……パニックに陥っているウマ娘の速度が落ち始めた。知らず知らずのうちに威圧感を振り撒かれた上、ナチュラルなトリックまで仕掛けてきたのだ。4000メートルを問題なく走れるウマ娘でなければ、()()なってもおかしくはない――が)

 

 それにしても、今のアポロレインボウは凶悪すぎる。妖精という呼び名は似つかわしくない。奴は悪魔だ。ファンにしてみれば大逃げの体現者という夢の存在だろうが、同じレースに出るウマ娘にしてみれば悪夢そのものである。

 

『さあ最終コーナーに差し掛かって、レースは残り1200メートル程!! 一人旅を続けるアポロレインボウに、ヨークレース場に集ったファンは早くも大歓声を上げている!! 誰も追いつけない! 誰も止められない! これが芦毛の妖精!! 日本からやってきた英雄の姿です!!』

 

 第3コーナーに差し掛かって、レースは残り1200メートル。ここが最後のコーナー。いち早く抜け出していたアポロレインボウは、最終コーナーを使って更なる加速を披露し――全てのウマ娘を絶望のどん底に叩き落とす『未知の領域(ゾーン)』の光を叩き付けた。

 

「――あぁ」

「アポロ、レインボウ――」

 

 ブラッシングチャームとチーフズグライダーの喉から、掠れた声が漏れる。しかし、諦めの声ではない。()()()()()()()()()()()()()()()、という力の抜けた声だった。チーフズグライダーは鋭く息を吐き、3番手にのし上がると同時に超ロングスパートの姿勢に入った。

 見せられる。魅せられる。アポロレインボウの心象風景。いや――()()()()()()()()()()()()。間近で光を受けたブラッシングチャームの目の前の光景が歪み始め、アポロレインボウの全身から生み出された黒い瘴気が彼女の四肢を呑み込み始める。途方もなく激しい想いがブラッシングチャームを侵食し、喰らい尽くす。

 

 やがて闇の中から爽やかな光が差し込み、異常な密度を誇る心象風景が12人の瞼の裏側に映し出された。これは――ヨーロッパのウマ娘にとっては見知らぬウマ娘(セイウンスカイ)の心象風景。しかし、極東の島国で(いのち)を削りながら戦ってきた戦士の欠片だ。

 穏やかな波が立つ深い青緑の大海に、ぽつんと孤独に浮かぶ小舟。その上で瞳を閉じ、釣竿をしかと握るセイウンスカイとアポロレインボウ。一瞬のうちに(たわ)んだ釣竿を巻き上げた2人は、ハイタッチを交わしながら大物を天に掲げてみせた。

 

 煌めく2人の笑顔。ライバルとして、友達として、持ちうる全てを発揮して高め合ってきた2人が生み出す新たな『未知の領域(ゾーン)』。

 

 ――【アンクリング×スキーミング】

 

 突如として、アポロレインボウの身体が超前傾姿勢になる。そして、()()()()()()()()()()()()()()()。湧き上がる大歓声。裏腹に、底なしの絶望を叩きつけられる12人のウマ娘。誰にも止められない。

 

『おおっと!? アポロレインボウ早くもラストスパート!! まだ加速を残していたのかアポロレインボウ!! 何とも恐ろしい、可憐な見た目にそぐわないレースぶりを見せてくれます!!』

 

 そして――一瞬の間も開けず、次なる『未知の領域(ゾーン)』の光が世界を貫いた。稲光のような閃光が12人のウマ娘の心臓を破壊し、心をぐしゃぐしゃにへし折っていく。アポロレインボウ自身の心象風景が開花し、全てを呑み込んでいった。

 アポロレインボウの周囲の空間が歪み始め、硝子(ガラス)細工のように壊れ落ちていく。黒い瘴気と光の向こうには、遥かなる雪原と異形の一本桜が沈黙していた。月虹の光を受けて輝きを増す虹色の桜。

 

 根にはダブルトリガーの光が、幹にはセイウンスカイの光が灯っており、少女に常軌を逸した速度を与えていく。雪の結晶を撒き散らしながら、先頭を走る少女の背中に幻想の翼が宿る。

 そんな絶望的状況の中、アポロレインボウの心象風景に押し入る不届き者がいた。その者の名はチーフズグライダー。猛吹雪に打たれながら、彼女は背中を見せ続ける芦毛の少女に向かって叫んだ。

 

「アポロレインボウ――()()()()の貴様に奪われてたまるか!! 私から夢を奪っていくなっ!! これ以上、私達から――!!」

 

 猛吹雪の中で佇む一本桜に向かって、チーフズグライダーは咆哮していた。夢に至る道程を妨げる者は、誰であろうと退ける。チームメイトのブラッシングチャームや、彼女の前にラビット役を務めてくれたウマ娘のためにも――そして何より己の矜恃のためにも、このレースは絶対に負けられないのだ。

 

 ――チーフズグライダーが本格的に長距離路線を歩み始めた頃、ダブルトリガーが最大の敵として立ち塞がった。彼女が衰えを見せ、やっと台頭できる頃合かと思えば――次なる怪物カイフタラが現れた。昨年のカドラン賞はカイフタラが回避したため初のG1タイトルを勝ち取れたが、ダブルトリガーやカイフタラに先着できたことは1度たりともない。今まで本当の意味で栄光を勝ち取れたことはなかった。

 しかも、今年になってエンゼリーとアポロレインボウという怪物2人がやって来てしまった。ゴールドカップではその3人を相手取らなければならない。ここで自分が気を吐かねば、自分達がアポロレインボウに通用することを証明しなければ、最強ステイヤーになるという夢を叶えることなど不可能なのだ。

 

 チーフズグライダーにとって、最強ステイヤーの夢はひとりで成し遂げられるものではない。チームメイトとして支えてくれるブラッシングチャーム達の尽力があって初めて達成できるのだ。チーフズグライダーはチームメイトの夢さえも背負っている。

 

 彼女が折れなかった理由は他にもある。

 

 この世界で一番努力してきたから。

 この世界で一番長く戦ってきたから。

 この世界で一番長距離レースが好きだから。

 

 誰よりも勝ちたいから、折れるわけにはいかないのだ。

 

 絶対に負けたくない。その激情がチーフズグライダーに『領域(ゾーン)』の光を紡ぎ出す。不完全な『未知の領域(ゾーン)』にして、一瞬限りの超越。

 チーフズグライダーは魂を削りながら、芦毛の少女の背中に手を伸ばす。どこまでも遠い。その差は24身。冷静に考えたくない。負ける未来を考えたくない。刹那の熱に全てを委ね、燃え尽きるのだ。強烈な追い上げの中、チーフズグライダーはカーブの向こう側から()()()()()ブラッシングチャームと視線を交わした。

 

(チャーム――後は私に任せろ!!)

 

「せん、ぱ――」

 

(――行くぞ、アポロレインボウッッ!! 私達が相手だ!!)

 

 ブラッシングチャームにとっての英雄が現れ、颯爽と彼女を抜き去っていく。英雄の後ろ姿はあまりにも頼りないが、絶望のターフに差し込む一条の光であることには変わりない。

 

「せん、ぱい……わたしの、ゆめを……」

 

 ――頼みましたよ。そう言い残すことさえ叶わず、ブラッシングチャームは己が誤魔化していた限界の訪れを自覚した。肉体が運動に対する拒絶反応を起こし、痙攣に近い何かを引き起こす。上体が持ち上がり、空っぽになった胃の中から酸っぱいものが這い上がってくる。大口を開き、白目を剥きそうになりながら酸素を取り込む。上手く取り込めているのか? 全く楽にならない。乾燥のあまり酸っぱく刺々しい感触を孕んだ喉を抑えながら、早歩き程度の速度まで減速したブラッシングチャーム。彼女の目に映ったチーフズグライダーの姿は、悪魔に立ち向かう英雄のように見えた。

 

 ――それでも。レースを観戦するファンの目から見れば、チーフズグライダーは異国からやってきた英雄(アポロレインボウ)を脅かす悪魔のように見えているかもしれないけれど。

 そこでブラッシングチャームの意識は途切れ、全てはチーフズグライダーに委ねられた。

 

『最終コーナーを曲がって最後の直線!! 長い長い1000メートルの直線!! いち早く抜け出していたアポロレインボウ更に加速!! 23身後ろのチーフズグライダーだけが!! チーフズグライダーだけが彼女に食らいついています!! 極東から来た超新星が勝利を奪うか!! 欧州の古豪が意地を見せるか!! 芦毛の妖精が圧倒的優位を保っていますが、レースは終わってみるまで分かりませんっ!!』

 

 チーフズグライダー以外のウマ娘は、アポロレインボウが噴出していた威圧感によって精神も体力も削り切られて脱落した。ヨークシャーカップの最終直線は、20身程も離れた2人のマッチレースとなっていた。

 残り1000メートルは、起伏のない平坦な直線。純粋な力と力が激突する最高の舞台。チーフズグライダーの目に映るアポロレインボウの背中は途方もなく遠い。

 

 脚はとうの昔に限界を迎えていた。呼吸は覚束無いまま、惰性と意地だけで大逃げに食らいついている。対する芦毛の少女の背中は穏やかだ。緩やかで、波立つこともなく、絶対的な『未知の領域(ゾーン)』だけが世界を支配している。

 チーフズグライダーは、不意に“神”という言葉が脳裏に過ぎった。今この瞬間、アポロレインボウは全能に至っていると確信した。不完全であるとはいえ、『未知の領域(ゾーン)』に覚醒した自分の歯が全く立たないのであれば、それはもう『神域(ゾーン)』に片脚を突っ込んでいるとしか思えない。

 

 彼女には聞いたことがあった。伝説に名を残したウマ娘がその生涯で()()()()()だけ発揮するという、神の豪脚――『神域(ゾーン)』。ダンシングブレーヴの凱旋門賞のように、神が憑いていたとしか思えない末脚を持つ者が現れたのだ。

 恐らく()()()()は、その片鱗だ。絶対的な能力を持った上で、勝利の女神に見初められた者だけが至る絶対的な末脚。

 

 ――だが、それがどうしたというのだ。

 神であろうと何だろうと、夢を妨げる者は排除する。

 今この瞬間を、全力で勝ちに行く。

 

「――それが、()()()()()()っ!!」

 

 ブラッシングチャームが見守る中、チーフズグライダーの末脚が爆発した。己を支える者全ての夢を乗せ、欧州の古豪が持ちうる全ての力をターフに叩きつける。

 伝わってくるのは、膝の軟骨が潰れ、生々しく磨り減っていく感覚。酷使してきた肉体が悲鳴を上げる。それでも彼女の矜恃は光り輝いていた。太陽の光を受けて、彼女の毛並みが眩い輝きを帯びる。

 

『お――っと!? チーフズグライダーが猛追!! 20身はあったその差を15身まで縮めている!! これは凄まじい切れ味だ!! ステイヤーズミリオンのためにアポロレインボウは負けられませんが、彼女もまた負けられません!! 意地と意地のぶつかり合いだ!!』

 

 残り600メートル。チーフズグライダーはランナーズ・ハイに陥っていた。全ての酸素を使い切り、苦しみの極限に至っているはずが、絶頂の中にあった。持ちうる全ての技術とフィジカルを注ぎ込み、トレーニングの記憶と共に加速していく。

 

 ファンの待つスタンドが近づいてくるが、彼女達の耳には何の音も聞こえない。そんな中、ルモスやダブルトリガー、イェーツ達は我を忘れて熱狂の渦中で叫んでおり、桃沢とみおはアポロレインボウの背中を押すべく声を張り上げて応援を続けていた。

 新星の誕生に期待する大歓声と、古豪を応援する怒号のような声援。そして彼女達を迎え入れる拍手喝采。興奮がとぐろを巻き、熱気に包まれるヨークレース場。自らが何をしているのか分からなくなる程の轟々とした地響きの中、少女達はひた走る。

 

 しかし、そんな熱狂の中にあっても、アポロレインボウは呼吸ひとつ乱さない。チーフズグライダーは今にも倒れてしまいそうだ。そんな2人は対照的に映るが、追い上げて来ているのはチーフズグライダーの方だ。

 いける。勝てる。そう思って彼女が更なるギアを引き上げようとした瞬間――芦毛の少女の背中が、三度目の煌めきを見せた。その光には見覚えがあった。何年間もあの光に苦しめられてきたことを、身体が覚えていた。

 

「――な……、――ダブル、トリガー……?」

 

 ――【無名】

 

 その光の正体は、ダブルトリガーから受け継いだ『未知の領域(ゾーン)』の光だった。

 

「お前はまた、私から奪っていくのか――!!」

 

 振り切れた激情の中、チーフズグライダーは喉を枯らして叫んだ。まるでロケットのように吹き飛んでいくアポロレインボウ。理不尽な2回目の加速。僅かに詰めたはずの距離を虚しくも突き放され、再び20身もの差を開かれてしまう。

 チーフズグライダーに為す術などなかった。

 

『残り400メートルを通過して――先頭は変わらずアポロレインボウ!! 早い速い、これが本当のアポロレインボウだ!! 2番手のチーフズグライダーは力尽きた!! これはもう決定的っ!!』

 

 芦毛の少女は突き放す。

 芦毛の少女は奪い去る。

 勝利も夢も、何もかも。

 

 涙ながらにチーフズグライダーが叫ぶ。

 

「――アポロレインボウッ!! 貴様は奪っていくのか!? 私達の夢も希望も!! 何もかも!!」

 

 残り200メートル。

 涙に濡れる視界の中、アポロレインボウは背中を見せ続ける。

 

「私達の夢っ……希望っ……努力っ……全部全部、無慈悲にっ……! 私が一番っ、長距離レースが好きなのに――好きだから、絶対に負けたくないのにっ……貴様は、貴様は――!!」

 

 無力な者の悲痛な叫びは届かない。

 スポットライトが当てられるのは、勝者だけ。

 

 ――しかし、幻覚だろうか。

 遥か前方、彼女がゴール板を通過する寸前。

 芦毛の少女が、穏やかな表情でこちらに振り向いた。

 

 

「……奪うよ。あなたの夢も、希望も、何もかも。私の夢のために」

 

「……――っ!!」

 

「最強ステイヤーの座を渡すつもりはない。だからもし――私が最強ステイヤーなんだって胸を張れる結果を残した時。その時は、チーフさんが奪い返しに来てよ」

 

「え――」

 

「夢を賭ける。夢を賭けて、戦う。それが私達ウマ娘でしょ?」

 

 

 ――あぁ。

 ……そうか。

 

 

 ――――……澄み渡っていく。

 心も、身体も、何もかも……。

 

 

 

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 

『――た、たった今、この瞬間――G2・ヨークシャーカップの決着が着きました!!』

 

 チーフズグライダーはゆっくりと減速し、既に通過していたゴール板を睨む。そこには何十秒も遅れてゴールしてきたブラッシングチャーム達の姿があった。

 そして、彼女の前方には――観客席に向かって拳を突き上げ、勝鬨を上げる芦毛の少女の姿が。晴れやかな笑顔と煌めく汗が、アポロレインボウのヨークシャーカップの全てを物語っていた。

 

「……最強ステイヤーになる者、アポロレインボウ……か。だが()()()()()()……待っていろ」

 

 チーフズグライダーは、清々しい表情で晴天の空を見上げた。

 

『1着はアポロレインボウッ!! 日本からやってきた芦毛の妖精が25身もの差を付けてレコード勝ちっ!! そのタイム――2分47秒7!! 夢を追いかけて欧州にやってきたウマ娘が、その第一歩を踏み出しましたあっ!!』

 

 彼女の頬を伝った透明な雫は、爽やかな風が吹き抜けるヨークレース場に消えていった。

 

 



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113話:ここから始まる私の夢路

 

 超越的な感覚に身を委ねながら、光の中のゴール板を駆け抜ける。本能的にレースの終わりを認識すると、全身の力が抜けていった。減速して気が抜けるではなく、全ての力を出し切ったために起こる減速。全てのスタミナを2800メートルの全力疾走に注ぎ込み、もはや減速のためのランニングすら苦しかった。

 しかし、急に運動を止めると怪我の危険がある。基本に忠実に、そして怪我には細心の注意を。とみおに口酸っぱく言われてきたことだ。長い減速期間を経てスタンド前で停止すると、私は最前列で満面の笑みを浮かべるトレーナーの姿を見つけた。

 

 ――アポロ、最高だったぞ。

 地響きのような歓声と拍手の中、私は確かに彼の声を聞いた。本来であれば聞こえるはずのない声。しかし、私がどこに居ようとも、あの人の声はちゃんと届いてしまう。そういう風になっている。目が合い、軽く頷き合う。私は(おもむろ)に右の拳を突き上げた。軽く痙攣していたが、極限に近い疲れは心地良さに変わっていた。

 私が勝鬨を上げると、満員の観客席から絶え間ない拍手と地鳴りのような大歓声が巻き起こる。胸の奥から湧き上がる熱。疲労はどこへやら、自然と溢れる笑顔。ふと視線を下に向けると、胸の辺りで張ったゼッケンが深く上下していることに気付いた。

 

 私は今、生きている。そして今ここに居る。

 夢を追って欧州にやって来て、しかも重賞レースで勝利することができたのだ。これ以上のことはない。まるで夢みたいだ。……でも、夢じゃない。あの人と一緒に、現実をここまで()()()()()()()のだ。頑張って頑張って我武者羅に走り抜いて、やっとスタートラインに立ったとでも言うべきか。トレーナーと一緒なら、きっとどこまででも走っていける。

 

 ――ありがとう。大好きだよ。

 私は(たけ)る鼓動を感じながら、とみおに向かってそう呟いた。きっと聞こえていないだろうけど、彼は何度も大きく頷いて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに喜びを露わにしていた。

 まぁ、かくいう私も柵が無かったら多分とみおに抱き着いていただろう。それくらい私も感極まっていて、数回の瞬きの後、私は笑顔のまま涙を流してしまった。と言っても、しゃくり上げるような嗚咽ではなく、一筋の涙が頬を伝った程度だったけれど。

 

『おっと、アポロレインボウの頬にきらりと光るものが流れました! 感極まって泣いているのでしょうか、何とも美しい涙です! 大差でゴールしてきたウマ娘達も、これは参ったとばかりに惜しみない拍手を送っています!』

『いや〜、彼女は何をしても絵になりますねぇ……しかし鬼気迫るレースぶりとは違って、こういうところはまさしく歳相応の女の子の表情ですよね。……何と言いますか、レース中は何かが憑いてるんじゃないかと思ってしまいますよ……』

 

 額や頬に張り付いた芦毛を指先で払いながら、私はスタンド前のパドックに向かった。ヨークレース場にウィナーズサークルは存在せず、四角形のパドックがそのままウィナーズサークルとして使われるのである。

 私の息が整ったのを見計らって、1分程度の勝利ウマ娘インタビューが始まる。アナウンサーらしき女性は目を爛々と光らせており、私の走りで誰かを魅了できたのだと嬉しく思った。

 

「アポロレインボウさん、おめでとうございます! 素晴らしい走りでしたね! 応援してくれたファンの皆さんに何か一言お願いします!」

「え〜……たくさんの応援ありがとうございます! 色々と不安はあったんですけど、最高のパフォーマンスを発揮できて良かったです!」

 

 そんなインタビューの中、視界の端でルモスさんが例のアグネスさんのように絶叫し、ダブルトリガーさんは拳を握り締めていた。特にルモスさんの喜びように関しては憧れの人にレースを見てもらったこと以上に嬉しく思える。運命的レベルの何かを感じながら、私は偉大な先輩方に向かって軽く手を振った。

 

「うおぉぉおおおおん!! やったねアポロぉぉおおお!!」

「アポロのヤツ――()()()()()()()()()()()。長所の殴り合いになった時、あの子は間違いなく世界最強ですよ」

「やっぱり弱点克服しちゃったのかぁ! どうやって勝てばいいんだろうねぇ!?」

「怪物の誕生ですね」

 

 インタビューに受け答えしていたため細かいところは聞き取れなかったが、ルモスさん達からしてもこのレースは強烈な印象を与えたようだ。こうしてインタビューが終わると、私はウイニングライブのために控え室に向かう。関係者用の通路に立ち入ると、先程の様子とは打って変わり、静かでひんやりと冷えた空気が私を包む。

 戦いの場から日常に戻ってきたのだ。ゆっくりと控え室に向かう途中で、腕時計を眺めて居心地悪そうに佇むとみおを見つけた。彼は私の姿を確認すると、ほっとひと息ついて表情を柔らかくした。

 

「ただいま!」

「おかえりアポロ、頑張ったね。怪我はない?」

「全然!」

「違和感のある箇所とかない?」

「心配しすぎだって」

 

 たくさん褒めて欲しくて彼の元に駆け寄ると、彼は私の足元をじろじろと眺め始めた。脚じゃなくて顔を見てほしいのに……と思いながら、無事を伝えるために爪先で地面をトントンと叩いてみる。その行動を見て彼も納得したのか、それ以上追及してくることはなかった。

 特にウマ娘に関しては身体が資本だ。こういった場面で嘘をついても不利益を被るだけだとお互い知ってるからね。

 

 改めて控え室に向かって歩き出す私ととみお。私の疲れを知ってか、普段よりも歩くペースはゆっくりとしていた。

 

「これで海外レース初勝利だね!」

「あぁ。ここから更に調子を上げられるような調整をして、G1のゴールドカップに挑もう。このパフォーマンスが出来るなら、エンゼリーやカイフタラが相手でも十分勝ち目はある」

「……うん、そうだね。私、1ヶ月後のゴールドカップも絶対に勝ちたい。これまで以上にトレーニングを頑張らなくちゃいけないね」

「ある意味いつも通りだな」

「んへへ」

 

 私の切り口は「海外重賞を初勝利しておめでたい!」という感じだったのだけど、とみおは早くも次なるレース・G1ゴールドカップを見据えているようだった。もっと喜んでも良いのに〜と思わないでもないが、エンゼリーちゃんとカイフタラさんの名前が出てきたためか、私の気が急に引き締まった。

 そうだ。浮かれすぎるな。油断するな。この勝利で勝ち取ったのは、ステイヤーズミリオン完全制覇への()()()のみ。ここからG1ゴールドカップ→G1グッドウッドカップ→G2ロンズデールカップの3連戦を無敗で制することができなければ、ステイヤーズミリオン完全制覇という世界初の偉業達成とはならないのだ。

 

 クラシック級という縛りこそないが、ステイヤーズミリオンを達成するのは容易ではない。特に要求される距離適性で言えば、ある意味クラシック三冠やトリプルティアラに準ずるレベルで厳しいものになっているのは間違いない。

 世界中どこを見ても、ここまで過酷な距離適性を必要とする偉業は他にないだろう。割と広めな距離適性を要求される日本クラシック三冠路線だって、2000〜3000メートルという1000メートルの範囲内に収まっているのだから。

 それが、ステイヤーズミリオンでは最大で2700〜4000メートル、つまり1300メートルもの広い()()()()()を持っていないと達成できないのだ。ゴールドカップ→グッドウッドカップ→ロンズデールカップの3連戦の距離は、4000メートル、3200メートル、3300メートルとなっているが、それでも800メートルの距離的ギャップがある。

 

 3200メートルなら何とかスタミナは持つけど、4000メートルにもなるとスタミナ切れを起こしてしまう……というウマ娘は少なくないだろう。そういった心肺機能の極限に迫ろうとするものが、ステイヤーズミリオンなのである。

 

 そういうわけで、今日の勝利を喜ぶにしても必要以上に喜びすぎるのはちょっと危険だ。例えば、1週間くらい自慢し続ける的なのはもうね……まぁ、それは周りからしてもウザすぎるし論外か。何事にも切り替えというものは必要である。

 控え室に到着してスポーツドリンクを(あお)っていると、ふとレース前の一幕を思い出した。チーフズグライダーさんに言われた例の言葉――

 

「このレースに勝ったら、君のトレーナーとデートする予定なんだ」

「積極性が足りないからトレーナーに振り向いて貰えないんだ。このレースが終われば……君は全てを思い知ることになるだろうね」

 

 ――今思い出しても腸が煮えくり返りそうになるような言葉だ。十中八九、レース前の私を動揺させるための嘘なのだが……ほんの0.01パーセントの()()()が有り得ないわけではない。安心を得るためにも彼に確認しておいた方が良いだろう。

 

「……ひとつ、聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「この後チーフさんとデートする予定とか……あったりしたの?」

「……え? 何のこと?」

「あ〜……いや、何でもない。ゲート入り前、チーフさんに変なこと言われちゃってさ」

 

 ですよね〜。そりゃ、とみおとチーフズグライダーさんの接点なんてほとんどないし。あったとしても、ドバイワールドカップでちょっと話すかどうかというレベルだ。とみおはそもそも、アポロちゃん以外に興味なんてないだろうしね。なんちゃって。

 

「道理で変に動揺してたのか。あの時はてっきり、足元に違和感が出たのかと思って心配したんだが……」

「ま、大したことじゃないよ。そういう作戦に引っかかりかけたってだけ」

「はは、他のウマ娘のことは考えられないな。俺には君しかいないから」

「んにゃっ」

 

 …………は〜〜〜〜、出た出た出た出た。こういうところ、ほんとさぁ。何なのこの人? 私が言って欲しいこと全部言ってくれちゃうじゃん。バカ。ほんとバカ。大好き。あほ。ちょろ過ぎて自分が嫌になる。

 

「そっ……そ、そ、そういうこと言えば私が喜ぶとでも思った?」

 

 なんて言いながら、尻尾も耳も激しく跳ねている。尻尾はぶんぶん、耳はぴこぴこ。抑えられない。トレーナーとは長い付き合いなので、間違いなくバレている。逆にここまでバレバレなんだから、ワザとこういうことを言って私の反応を楽しんでいるのでは? と思わないでもない。

 とみおは何も言わずにニコニコと笑っていた。つまり、そういうことを言えば私が喜ぶと思ったらしい。尻尾や耳の動きだけじゃなく、内心もバレバレらしい。私は彼の気持ちの移ろいが分からないのに……一方的で不公平だ。ずるい。私もあなたの気持ちを知りたいよ。

 

「むぅ……とみおってさ、ポーカーフェイスが得意だよね」

「そうかな?」

「そうだよ」

「意識したことなかったな」

「え〜、うそ! こういう時、ずっと笑ってるだけじゃん!」

「アポロと話してると本当に楽しいからじゃない?」

「ふぇっ」

「その気持ちを偽ったことはないし、何なら今も楽しいよ」

「ちょ、ちょっ――」

 

 ――まずい。この男、私に対する火力が高すぎる。全部ぜんぶ、私の剥き出しの弱点を攻撃してくる。いや、攻撃というよりは、幸福感と心地良さで柔らかく包み込んでくれる感じ。もどかしくて、くすぐったくて、トレーニングで感じるような苦痛とは全く違う感覚が身体中を支配するのだ。

 こういう()()には慣れていない。違うのだ。単純な息苦しさとか疲労には慣れているけど、彼から与えられる快感のようなモノにはいつまで経っても慣れてなくて。

 

 ……とにかくヤバい。これ以上口撃による立場逆転を狙っても押し負ける。こんな経験は初めてだ。……惚れた弱み、というやつなのだろうか。本人からすれば軽口に過ぎないのかもしれないが、乙女心というものを考えて欲しいものである。

 

「……あ、あにょ、そろそろライブのために着替えるので……」

「あ、そうか。ライブもあるんだった。出ていくよ」

「う、うん……」

「歌やダンスもちゃんと練習してきたからな。アポロなら大丈夫だよ」

 

 そう言い残してとみおは控え室から出て行った。私は深い深い溜め息を吐いて、鏡の前に座り込む。

 そこに写っているのは、薄桜色の芦毛を真っ赤に染め上げた自分の姿。耳はふにゃふにゃと倒れ込み、茹で上がったような赤色に変わっていた。尻尾は扇風機みたいに回っていて、顔は風邪を引いた時よりも燃え上がっている。

 

 精神を削ったレースの後に()()は情緒がバグる。私はボブカットの前髪を整えながら、髪束を人差し指に巻き付けた。

 ……こら、うっとりするんじゃない! 平常心、平常心。良い感じの笑顔を取り繕え。この後ライブで私の姿が全世界に中継されるんだから、こんな情けないニヤけ顔を晒すわけにはいかないよ。私がトレーナーのことを好きだって、あんまりバレたくないし……。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 何とか呼吸を整えた後、私はゼッケンと体操服を脱いでライブ専用の汎用衣装に身を包んだ。このレースはG2だったので、G1のみ着用を許されている勝負服でライブを行うことは許されていない。しかしファンの中には、「汎用衣装だからこそライブで統一感が出るし、脳内でユニットを組めるから汎用衣装の方が好き」という声もある。

 そんなライブ汎用衣装は国ごとに多少デザインが異なっており、ヨーロッパ内でもほんの僅かにお国柄の違いが出ている。例えばこの地イギリスでは、汎用衣装のデザインが若干お上品な感じで作られている。裾が長かったり、ショートパンツではなくワイドレッグの折り重ね式ショートパンツになっていたり、節々により清楚さが見受けられるのが特徴である。

 

 汎用衣装を着用し終わると同時、扉の向こうからルモスさんの声がした。

 

「アポロ、入っていい? ダブルトリガーとイェーツもいるけど」

「いいですよ〜!」

「それじゃ、失礼して……」

 

 扉が開かれると、ルモスさん、ダブルトリガーさん、イェーツちゃんが続々と控え室に入ってくる。着替えが終わったのを察したのか、とみおも部屋の中に入ってきて後ろ手に扉を閉めていた。

 

 汎用衣装に身を包んだ私を見ると、ルモスさんは目をハート型にしながら両手を重ね合せてきた。「本物の姫君と見間違えたよ」とナチュラルに口説いてくる始末である。

 しかしすぐに神妙な顔つきになると、ルモスさんとダブルトリガーさんは怪我の心配をしてくれた。ヨーロッパでは珍しい高速の決着になったからであろうか。私は全然大丈夫だと思っているのだが、一応レース後の精密検査の結果を報告することにしよう。

 

 その後しばしの雑談をした後、ライブの時間が迫ってきているということで3人は控え室から出て行くことになった。「もっとお話したかったよ〜」「仕方ないでしょう。むしろ彼女が我々にここまで好意的なことに感謝するべきですよ」などと会話しながら控え室から出ていくルモスさんとダブルトリガーさん。

 最後に控え室から出ていこうとしたイェーツちゃんが、やけに潤んだ目でこちらを見ているのが気になって、ふと呼び止めてみる。

 

「どうしたの、イェーツちゃん」

「あ、いえっ……そのっ」

「慌てないでいいよ。ゆっくり言ってみてごらん?」

 

 私は彼女の前に跪いて、柔らかい笑みを浮かべてみせる。すると、イェーツちゃんは意を決したように両目を開いた。

 

「あ、あの。レース本当に凄かったです! 本当にかっこよくて、()()()()()()()――」

「――――……」

「レースを見て分かりました!! わたし、アポロさんみたいな強くてかっこいいウマ娘になりたかったんです!! だから、だから――」

「――うん」

「そのっ、これからも応援してます!! ()()()()()()()()()()()()()()()!! 次のゴールドカップも絶対に勝ってください!!」

 

 ――どうしてカイフタラさんではなく私を選んだのか。それは彼女にしか分からないが、このレースの派手な勝ち方を見て私の虜になってくれたのだろう。聞くのは野暮だ。

 だから、私は深く頷いて――額の辺りにある流星を優しく撫でた。

 

「ありがとう、イェーツちゃん。私、勝つよ。最強ステイヤーになるために」

「――はいっ!!」

 

 彼女はくすぐったそうに身を竦めた後、飛び跳ねながらルモスさん達の元へと帰っていった。

 私はイェーツちゃんに手を振った後、扉が閉まったのを確認して少し考え込む。

 

「……なんか、不思議な感じ」

「?」

「私、今まで憧れる側だったんだよね。でもイェーツちゃんにあんなことを言われて、急にこう……上手く言えないんだけど、すっごい嬉しくなっちゃってさ」

「…………」

 

 そう……私は今まで憧れられる側のウマ娘ではなかった。ルモスさんのような偉大なウマ娘に憧れる存在でしかなかったのだ。夢の根幹を見失って彷徨い続け、喉に引っかかる小骨のような違和感を残し続けていたのも、多分そこら辺に起因するものだ。憧れを追いかけるあまり自分を見失うという悪循環に陥っていたのかもしれない。

 それが、イェーツちゃんにはっきりと言われた。あなたは私の夢です、と。嬉しい意味で複雑な心境であった。今まで一心不乱に走り続けていただけなのに、私のようなウマ娘でも、誰かの夢を背負って走れるような存在になれたのだ――と。

 

 実感こそ湧かなかったが、とにかく嬉しかった。本当の自分が見つかった気がした。イェーツちゃんの言葉が心に染み渡っていき、胸が暖かくなったような感覚がした。

 

「……アポロ。君が初めて夢を抱いた時、誰に憧れたか。今の君はもう思い出せたのかい?」

「うん。もう夢に迷いはないよ」

「そうか。……良かった」

「……そろそろライブだから、私行くね! 観客席でしっかり見ててよね!」

「おう。ちゃんと見てるからな」

 

 私はスタッフさんの背中について行くように、ヨークレース場の屋外ステージに向かった。ステージの裏には汎用衣装を着たウマ娘が複数人おり、私はその中に混ざるようにして飛び込んだ。

 曲は日本のウイニングライブと変わっているし、歌詞はもちろん英語である。英語を話すのと歌うのでは勝手が全然違ったけど、多分大丈夫だ。ダンスも歌も頑張ってきたんだから。

 

 私達の出番がやってくると、日の落ちたヨークレース場に再び熱が宿る。白のサイリウムが振られ、レーザービームが空の彼方まで飛んでいく。すかさずステージ上に照明が注がれ、私達の姿が明らかになった。ワッと声が上がると同時にロックな音楽が流れ、いよいよライブが始まった。

 舞台の中央に立った私はリズムに合わせてステップを踏み、歌詞と曲調に沿って歌声をマイクに乗せる。『視線ちょうだい!』と書かれた団扇を持ったファンに向けてウインクをしたり、振り付けの途中で手を振ってみたりして、日本代表のウマ娘として恥じないファンサービスを披露する。

 

 ライブ会場は割れんばかりに揺れ、サビに向けて段々とボルテージが上がっていく。

 そんなライブの大歓声の中、私はレース前に至った無我の境地の記憶を探っていた。イェーツちゃんに言われたことが、過去の自分と重なったような気がしたからだ。

 記憶の奥深く、テレビの中のウマ娘の言葉がノイズ混じりに再生される。

 

『この最高の舞台で最高のライバル達と戦えて、私は――』

 

 ――途切れ途切れの言葉。しかし、私の心をレースの世界に向かわせた決定的な言葉だ。最高の舞台で最高のライバル達と戦いたいという純粋な願いを抱いたのは、この言葉のせいなのだ。レース直前にそれを思い出した瞬間、これまで感じたことのないレベルの大きな衝撃を受けた。精神力が爆発し、力が四肢に流れていき――夢の中で彷徨う己の心に熱が宿った。

 記憶の着火剤は()()。導火線は()()。そして源泉には()()()()があった。私が壁を壊すのに必要だったのは、偶然というキッカケだったのだ。偶然が必然を紡ぎ、私の夢を導き出した。

 

 そして、ここにもうひとつの偶然があった。それは――ルモスさん達が仕組んだ()()()()。これは、アポロレインボウ、カイフタラ、エンゼリーの3人が激突するであろう欧州ステイヤー路線のことなのだが、三強対決という言葉で更なる過去の記憶が呼び覚まされたのだ。

 日本のトゥインクル・シリーズの歴史に残る三強対決と言えば――今では伝説扱いされている『TTG』がある。

 ――私の夢は、彼女達から貰ったものだったのである。

 

 トウショウボーイ。天のウマ娘と呼ばれ、最強のライバル達と激闘を繰り広げてきたあなたに私は憧れたのだ。

 テンポイント。あなたの勝利した有記念が与えてくれたあの感動と興奮こそが、私の根幹で燃えていたのだ。

 グリーングラス。2人が去った後、一線で戦い続けたあなたの背中を私は見ていた。歴代屈指のステイヤーとして走り続けたあなたに感銘を受けたのだ。

 

 トウショウボーイに憧れ、テンポイントに涙し、グリーングラスに思いを馳せた。私がトゥインクル・シリーズに憧れたきっかけは、彼女達が与えてくれたのだ。

 

 お母さん、トウショウボーイ!

 

 すごいわね。

 

 うん、かっこいい! 私もなれるかな?

 

 ええ、きっとなれるわよ。

 

 私もトウショウボーイみたいに、キラキラしたウマ娘になる!

 

 お母さんと交わした他愛のない会話を思い出して、私の頬は少し緩んだ。今の私は、トウショウボーイさんとは似ても似つかぬステイヤーになってしまったなぁ。彼女のような偉大なウマ娘になりたかったのは本当だけど、TTGから貰った夢を育んでいるうちに、自分の得意分野と噛み合った『最強ステイヤーになりたい』という()()()に変わっていったのだろう。

 だから、私に夢を見てくれているイェーツちゃんだが、彼女自身の夢は何であってもいい。最強ステイヤーであっても、最強スプリンターでも、最強マイラーでも、何でも良いのだ。

 

 誰かに夢を見て、憧れて、努力して。

 そして夢の舞台に立った時、そんな自分を見て誰かが夢を感じてくれたら良い。ただ、それだけなのだ。

 

 ……もしかして、マルゼンさんが妙に気にかけてくれたのは、TTGの人達と同世代だったからなのかな?

 細かいことは分からないけれど、今日の私が色んな人の夢の上に成り立っているのは確か。誰かから受け継いだ夢を自分の夢に昇華させ、今を全力で走り続けている。

 

 ――ウイニングライブは、ファンやウマ娘を支えてくれる人々に感謝を伝える場でもある。

 視界の端にとみおやルモスさん、ダブルトリガーさんやイェーツちゃんを見つけて、私は大きく手を振った。

 

 私をずっと支えてくれたトレーナー。

 ヨーロッパの長距離路線で鮮烈な輝きを放った2年連続の三冠ウマ娘。

 公私共に私を支えてくれる偉大な先輩。

 そして――私に夢を見てくれている、小さなウマ娘。

 

 全てのひとに感謝を。ありがとうって言葉じゃ足りないけれど、それでも言わないと伝わらないから。

 

「みんな、ありがとう――!」

 

 ライブ曲が終わると同時に、私はみんなに向かって感謝の言葉を口にした。鼓膜をびりびりと揺らす大歓声が返ってきて、思わず白い歯が零れた。

 

 

 


 

 

 過酷な距離適性を必要とする偉業……え? イギリスクラシック三冠? 知らない子ですね……

 

 イギリスクラシック三冠

 イギリス2000ギニー(約1609m、直線)

 イギリスダービー(約2423m)

 イギリスセントレジャー(約2932m)

 マイルから長距離まで、およそ1400メートルのギャップあり

 達成した馬はゲインズボロー、ニジンスキーなど15頭。なお戦後の達成はニジンスキーのみ

 

 【?報】マルゼンスキーのパパ、やっぱり強すぎる……

 

 TTGって何だよという人は、とっても強い3人のウマ娘がいたんだよ〜っていう理解で全く問題ありません

 



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【集合】アポロレインボウさん海外重賞初制覇おめでとうスレ【祝ってやる】

1:ターフの名無しさん ID:yMHcsjus3

現地時間14:47!!!

G2ヨークシャーカップでアポロレインボウが大差勝ち!!!

おめでとうアポロちゃ!!!!!

 

2:ターフの名無しさん ID:9KAp8Lbr8

マジ凄かったぜ!!!!

 

3:ターフの名無しさん ID:YWIzf+Z46

他の日本勢も続け!!!!!

 

4:ターフの名無しさん ID:2sWuTE9UE

通算の着差なんぼになったかな?

負ける時だいたいハナ差だしどえらいことになってそう

 

5:ターフの名無しさん ID:U9xWz2mIN

マルゼンスキーお姉さんは61身であたおかだけど……?

 

6:ターフの名無しさん ID:Iv6GX2MNP

菊花賞とジュニア級の条件戦(紫菊賞)とヨークシャーカップだけで

25+11+25=61身らしくてウケる

 

7:ターフの名無しさん ID:en1NGr7/1

えぇ……

 

8:ターフの名無しさん ID:ZVabIZIIO

これは日本歴代最強ステイヤーどころか日本史上最強のウマ娘と言っても良いのでは?

 

9:ターフの名無しさん ID:hkUuRnNAJ

>>8 本気で日本歴代最強ステイヤーを名乗るなら天皇賞・春を3連覇してもらわないと

日本史上最強ならやっぱり三冠取ってないとな〜

 

10:ターフの名無しさん ID:OM4hT1s/L

>>9 アポロちゃんはシンボリルドルフ以来の菊花賞→クラシック級有記念→天皇賞・春の『長距離三冠』を達成してるぞ、ステイヤーとしては歴代屈指なんじゃないか

史上最強ってんなら確かに三冠が欲しかったわな

もしくは凱旋門賞勝てば文句ないやろ

 

11:ターフの名無しさん ID:hkUuRnNAJ

>>10 皐月賞ほんま惜しいことしたわ

距離適性的に短すぎて厳しかったんかもしれんけど

 

12:ターフの名無しさん ID:DYa+k9yte

4000メートルG1を勝ったら日本最強ステイヤーでいいよ

今でも十分トップクラスの実績だけど

 

13:ターフの名無しさん ID:FIFs3eVKx

>>12 日本の高速場もこなせる上に欧州の重い場でも通用するんだから、割と世界最強ステイヤーなんじゃね?

 

14:ターフの名無しさん ID:FTR0welme

長距離G1・3勝

レコード勝ち6回

可愛い

トレーナーのとみおが好き

すまん、文句あるやつおりゅ?w

 

15:ターフの名無しさん ID:hjBLKzBG0

アポロさんに文句言える奴なんかおらんやろ……

 

16:ターフの名無しさん ID:CKcYdkzSs

>>14 とみおズルいわ(怒)

俺の嫁に手え出しやがってよ

 

17:ターフの名無しさん ID:jsvBBQxKu

少なくとも可愛さで言えば歴代最強クラスなのは確定的に明らか

 

18:ターフの名無しさん ID:sug2UjG0z

みんなステイヤーズステークスでダブルトリガーに勝ったこと忘れとるやろ

長距離重賞12勝で英国長距離三冠ウマ娘とかいう化け物なんだよなぁ

着差以上の内容だよ

 

19:ターフの名無しさん ID:pa7H3nwgl

ステイヤーズステークスは凄かったでえ

最終直線ハラハラしすぎて心臓止まっちゃったもん

 

20:ターフの名無しさん ID:3f9EIpQuG

アポロレインボウが勝ったレースって大体「何だこのバケモン……」って内容ばっかり

執拗なマーク受けた結果かかりまくって2着みたいな負けて強しのレースも多いしわけ分からんウマ娘

 

21:ターフの名無しさん ID:AMxjFcKs0

今回のヨークシャーカップは内容が本当に良かったよね

・菊花賞以来久々にかからなかった(克服したかな?)

・ラビットを逆に返り討ち

・末脚3段ロケット

・洋芝でも問題なしの2800メートル世界レコード

最近はアポロちゃんのレースが本当に生きがいだ

 

22:ターフの名無しさん ID:iMfNFfIBd

ラビットの子、めっちゃ食らいついてた方だけどジワジワ突き放されてたよね

あのシーンで最早ドン引きしたわ

ラビットって着順度外視でハナを取るためだけに出走するウマ娘なのに……

 

23:ターフの名無しさん ID:Ix3N5YBle

そういえば、チーフズグライダーはレースの疲れが癒えないからしばらく休養だってさ

 

24:ターフの名無しさん ID:YOjHGQPRa

>>23 怪我ではないんだな

 

25:ターフの名無しさん ID:u3N5YBle

>>24 うn

あんだけ高速レースに付き合わされたらそりゃ消耗するよね……

 

26:ターフの名無しさん ID:G+D31bP+i

何やかんやチーフズグライダーもレコードペースで走ってたわけだし、そもそもシニア級に突入して長いし、色々と大変なんだろうね

 

27:ターフの名無しさん ID:8Dokw06AN

チーフさんはダブルトリガーちゃんがいない欧州長距離界で最年長だからな……!

 

28:ターフの名無しさん ID:kKT3A1Z4y

怪我じゃなくて良かったわね

 

29:ターフの名無しさん ID:9PkXNuHrP

そうわね

 

30:ターフの名無しさん ID:rEUM3vXUp

ヨークシャーカップ見てて思ったけど、アポロさん最近更に可愛くなったよね

 

31:ターフの名無しさん ID:KdaUb68c5

>>30 何でやろなぁ

 

32:ターフの名無しさん ID:b8aOsIMRd

見せたい相手がおるんやろなぁ……

 

33:ターフの名無しさん ID:jQ01ckk8B

https://m.umatube.com/watch?v=gfIVIG91pmDT

 

34:ターフの名無しさん ID:ceBdPkm5E

>>33 これ踏んでいいやつか?と思ったら例のURLで草

 

35:ターフの名無しさん ID:YzlZTj3GK

>>33 無言で例のドキュメンタリーのURLを貼る鬼畜

 

36:ターフの名無しさん ID:tV/BzfVH7

>>33 44:13

 

37:ターフの名無しさん ID:NbrmHaMNT

>>36 悪魔の数字やめろ

 

38:ターフの名無しさん ID:hKzF6Aadx

>>36 アポロちゃんのインタビュー開始時間か

もはや覚えたわ

 

39:ターフの名無しさん ID:q6NnHf8HO

 

40:ターフの名無しさん ID:bzwFyT2gF

何もかもかわいそう

 

41:ターフの名無しさん ID:pGY55M4c3

アポロちゃん学生やぞ

いかんでしょ

 

42:ターフの名無しさん ID:9a5B9EXJq

いかんのか?

 

43:ターフの名無しさん ID:LTLQFOYUp

 Q.――アポロレインボウさんにとって、(桃沢)トレーナーとは?

 

 A.――えっと、一言で言うと纏まらないんですけど……彼は大切なパートナーです。多分、こんな人とは二度と出会えないんじゃないかな〜ってくらいの。色んなところの相性も良いと思いますし、きっと私達は巡り会う運命だったんだと思います。(スタッフのどよめき)

 …………ん!? あっ、いや! あんまりそういう風に勘違いして欲しくないんですけど……いやでも……えと……はい。とにかく、とみ……彼はとても良いトレーナーだと思いますし、知識的なこと以外にも、私の意志をちゃんと汲み取ってくれた上で指示を出してくれます。落ち込んだ時は必ず寄り添ってくれますし、逆に彼がダメそうな時は私がちょっかいをかけたりして……うふふ、あ、すいません。ちょっと色々と思い出しちゃって。私が笑っちゃった所はカットしてくださいね? 恥ずかしいんで……。はい、とにかく良いトレーナーなんですよ。……さっきのところカットしてくれますよね?

(少しの間)

……あっ、してくれる。ありがとうございます。そういえば聞いてくださいよ、この前とみおがね? あ、トレーナーがですね? 私にクリスマスプレゼントをくれたんですよ。ちょうど今持ってるんで出してもいいですか。(返答を待たずしてバッグを探り始めるアポロレインボウ)

これですこれ、マフラー。可愛いでしょ。私に似合うよ〜って言ってくれたんですよ。ヤバくないですか。ヤバいですよね。うふふ。(ニヤけを噛み殺そうとして失敗し、口元を手で隠しながらうっとりするアポロレインボウ)

ほんと、もう……。あの人、トレーニングは本当に厳しいですけど、私のことを好きすぎるんですよね。あ、ここもカットしてくださいね。(ここで映像は途切れている……)

 

44:ターフの名無しさん ID:Gh03cV94r

>>43 これほんとすき

 

45:ターフの名無しさん ID:4V9lzy1gq

>>43 鬼畜スタッフほんと草

 

46:ターフの名無しさん ID:jhkJpmSdP

>>43

「さっきのところカットしてくれますよね?」

「(無言で頷く)」

「あっ、してくれる」

「(でもなんか面白そうだし放送するか……)」

「あ、ここもカットしてくださいね」

「(ここも放送しとくか……)」

スタッフ君さぁ……

 

47:ターフの名無しさん ID:6Ras/gvCX

>>46 スタッフマジでカスすぎてすき

 

48:ターフの名無しさん ID:e124cV+xJ

>>43 ヨークシャーカップ勝った時の勝利者インタビューで、『インタビュー』って文字列に反応して応援スレにこのコピペ投下されまくったのほんとおもろい

 

49:ターフの名無しさん ID:i45R3AMdF

>>43 怪文書定期

 

50:ターフの名無しさん ID:to7cZAl94

>>43 映像実際に見たら恋する乙女すぎて砂糖吐くわ

文字列だとなんか面白いけど

 

51:ターフの名無しさん ID:iEDOrNCXZ

【悲報】アポロレインボウさん、今日も元気にウマ娘スレでトレーナーへの愛を語ってしまう……

 

52:ターフの名無しさん ID:F0H0UoXCV

アポロちゃんはこれでトレーナーへの恋心がバレてないと思ってるらしいからなww

 

53:ターフの名無しさん ID:zqPyWRJYJ

親御さんどう思ってんのやろ……

こんな可愛い娘さんがこんなこと言ってたら複雑やろなぁ

 

54:ターフの名無しさん ID:+jkB1ZQq+

>>53 ヒント:アポロちゃんのご両親は地方トレーナーとウマ娘

 

55:ターフの名無しさん ID:cfjCMYP+c

>>54 あっ……

 

56:ターフの名無しさん ID:rVR2DKn1h

>>54 ほ〜ん

 

57:ターフの名無しさん ID:d4SUUF38k

>>54 そういう星の元に生まれてきたんやなって

 

58:ターフの名無しさん ID:YGjwmQpCq

アポロちゃんのとみおに対する想いは分かったけど、とみおはアポロちゃんのことどう思ってんの?何か言ってた?

 

59:ターフの名無しさん ID:vAybFBE7G

>>58 むしろとみおの方が重そうじゃない?知らんけど

 

60:ターフの名無しさん ID:RqaMxVoPn

あんな可愛い子に好き好きオーラ全開にされて惚れない男おるんか?

 

61:ターフの名無しさん ID:wQHFmYY+1

とみおは「大人」なんや

担当ウマ娘との距離感覚はキッチリしとるでぇ

 

62:ターフの名無しさん ID:as3tPK6W+

>>61 なお

 

63:ターフの名無しさん ID:TBIhpCcYY

>>61 せやろか

 

64:ターフの名無しさん ID:5Sq5qoo4J

とみおはインタビューでアポロちゃんに対して

「アポロのようなウマ娘には二度と出会えないと思う」

「辛いことやプレッシャーを感じることは沢山あるが、それ以上にアポロの担当で良かったと心底思う」

「彼女には大切なことを教えてもらってばかり」

「彼女の走りを間近で見られているのは多分、自分の人生で一番幸せなこと。奇跡に近い」

「時々、目が覚めたら全部夢なんじゃないかって考える時がある」

とか割と重めの発言してるんだよなぁ

 

65:ターフの名無しさん ID:UQu8wDIO/

!?

 

66:ターフの名無しさん ID:eRi53yo4u

マジかよ……

 

67:ターフの名無しさん ID:MWcPG3Tqr

何だこの激重感情カップルは

 

68:ターフの名無しさん ID:uYCmvDZNk

むしろとみおの方が重くね?

マヂ尊い……

 

69:ターフの名無しさん ID:TECefbwJY

スレ民の脳内

アポロ→→→→ ←とみお

 

実際

アポロ         とみお

→→→→→  ←←←←←←←←

→→→→→  ←←←←←←←←

→→→→→  ←←←←←←←←

 

70:ターフの名無しさん ID:1SFreqGUb

解釈一致だわ

 

71:ターフの名無しさん ID:yubDuBppe

ひらめいた!

 

72:ターフの名無しさん ID:CRlotYpWR

>>71 通報した

 

73:ターフの名無しさん ID:I5J0lPwkY

でも最強ステイヤーを育てたいって夢見る新人トレーナーにアポロちゃんみたいな子が担当になったらどうよ?

普通なら桃沢さんみたいに激重感情抱いちゃいそうだけどね

 

74:ターフの名無しさん ID:sEzA6lzen

とみおもアポロちゃんも全く驕らないからマジですげぇと思う

ここまで慢心しないのも2人の良いところよ

 

75:ターフの名無しさん ID:weB8KGiQ5

というか、とみおはアポロちゃんが引退した後アポロちゃん以外で満足できるんか?

 

76:ターフの名無しさん ID:FCBJbodPC

>>75 エッッッ

 

77:ターフの名無しさん ID:i0jv5wDo8

>>76 おい

 

78:ターフの名無しさん ID:sY7zdomWI

>>75 実際そうだよな

こんな優秀なウマ娘の後釜は色んな意味でキツそうだわ

 

79:ターフの名無しさん ID:kHXVO9CRw

ウマ娘側も躊躇っちゃいそう

とみおとアポロの実績がヤバいからさ

 

80:ターフの名無しさん ID:o2ycOITIv

とみおはアポロちゃんの担当期間が終わったら寿退社するよ

 

 

 

 

200:ターフの名無しさん ID:ZRsh2zvT+

そういえばアポロさん、これで2800m、3000m、3200mでレコード出したことになったのか

 

201:ターフの名無しさん ID:AZeNcs86T

改めてそう言われると気持ち悪いな

 

202:ターフの名無しさん ID:EpCNyxaTn

>>200

2000mレコード2回(紫菊賞、若葉S)

2400mレコード1回(日本ダービー)

2800mレコード1回(ヨークシャーC)

3000mレコード1回(菊花賞)

3200mレコード1回(天皇賞(春))

ステイヤー……?

 

203:ターフの名無しさん ID:6jP1L2j1d

これだけ見ると単純なクラシックディスタンスウマ娘だな

 

204:ターフの名無しさん ID:n4mqfSS09

紫菊賞と若葉ステークスは条件戦とOP戦だし、レースのレベルを見るとやっぱり長距離のパフォーマンスが圧倒的よね

 

205:ターフの名無しさん ID:0iV/9cCwe

ふむ……距離適性2000~3200のウマ娘だな(確信)

 

206:ターフの名無しさん ID:aSnFbOS7p

>>205 次走は4000mG1なんだよなぁ……

 

207:ターフの名無しさん ID:+r5QODf7r

これに「4000mレコード勝ち」とかいう経歴ついたらもう終わりだろwww

 

208:ターフの名無しさん ID:pjnczuU/7

逆に短距離走ってみんか?

バクシンオーちゃんと最近仲良いみたいだし

グリ子ちゃんとも仲良いし

 

209:ターフの名無しさん ID:rRSqpV2sk

アポロちゃんのUmapediaがどんどんえげつないことになっていく……

 

210:ターフの名無しさん ID:NlOqRlubN

アポロレインボウ全成績

レース場レース名クラスレース人数枠番人気着順距離場状態タイム着差1着(2着)
東京メイクデビュー-8人8番3人8着T20002:03:5-アゲインストレイル
東京未勝利戦未勝利8人4番1人3着T20002:06:10.3秒アングータ
東京未勝利戦未勝利8人1番1人1着T20002:02:9-0.2秒(トーチアンドブック)
京都紫菊賞1勝クラス15人7番1人1着T2000R1:58:5 大差(ファイフリズム)
中山ホープフルSG118人6番2人3着T20002:00:80.0秒キングヘイロー
中山若葉SOP16人2番1人1着T2000R1:57:9-0.3秒(ディスティネイト)
中山皐月賞G118人17番3人2着T20001:58:20.0秒セイウンスカイ
東京東京優駿G118人1番1人1着T2400R2:22:5同着アポロレインボウ、スペシャルウィーク
京都菊花賞G118人5番2人1着T3000R2:58:5大差(セイウンスカイ)
中山ステイヤーズSG216人6番1人1着T36003:44:2-0.1秒(Double Trigger)
中山記念G116人13番1人1着T25002:31:9-0.4秒(グラスワンダー)
メイダンドバイゴールドCG216人2番2人2着T32003:15:00.1秒Kayf Tara
京都天皇賞(春)G118人5番1人1着T3200R3:06:1-1.4秒(スペシャルウィーク)
ヨークヨークシャーCG213人12番1人1着13f188ydR2:47:7大差(Chief's Glider)

 

通算成績 14戦9勝 [9-2-2-1]

2500m以上成績 6戦5勝 [5-1-0-0]

レコード勝ち 6回

大差勝ち 3回

 

 

211:ターフの名無しさん ID:yiTlzaqv4

>>210 これアンチ付くレベルで強いだろ

 

212:ターフの名無しさん ID:nZia/Mi8V

>>210 芦毛の妖精(怪物(魔王))

 

213:ターフの名無しさん ID:gwIIUaftw

やべーカイフタラちゃんとの再戦楽しみすぎる

夜しか眠れへん

 

214:ターフの名無しさん ID:T60UNgIf9

>>210 ヤーポン法……滅びろ

13f188ydってなんだよ

 

215:ターフの名無しさん ID:kdUbs88pb

>>214 約2787メートルやね

 

216:ターフの名無しさん ID:7Ayf1m3we

>>215 キモすぎる距離やめてもらって

 

217:ターフの名無しさん ID:5FDAf34mP

通算戦績14戦9勝←おーええやん

2500m以上戦績6戦5勝←名ステイヤーやね

レコード勝ち6回←??????????

大差勝ち3回←!?!?!?wwwwwwwwwww

 

218:ターフの名無しさん ID:7RREFny+y

同着に大差勝ちにレコードに……おもしれーウマ娘

 

219:ターフの名無しさん ID:Bm/qsh95s

このウマ娘に勝ったウマ娘がいるらしい……

 

220:ターフの名無しさん ID:IYOeVYYsF

カイフタラ様ほんまこわい

なんやねんあの末脚は……

 

221:ターフの名無しさん ID:0rqWk1D//

来週にそのカイフタラちゃんとエンゼリーちゃんのレースがあるわね

楽しみ〜

 

222:ターフの名無しさん ID:b/IfHt/jJ

>>221 しかもカイフタラちゃんのレースにはジャラジャラちゃんが出るって言うね?

 

223:ターフの名無しさん ID:kuRYnTiAx

>>222 ま?そこまで追えてなかったわ詳しく

 

224:ターフの名無しさん ID:KnmPSHSFn

>>223

6月1週G3ヘンリー2世ステークス

カイフタラvsジャラジャラ

 

225:ターフの名無しさん ID:XFDlB64hy

うおおおおおおお

 

226:ターフの名無しさん ID:mEuDdaytx

ここでジャラジャラちゃんがカイフタラちゃんに勝ったら勢力図が訳分からんくなるなww

 

227:ターフの名無しさん ID:OHvoxS3iI

いやーきついでしょ

 

228:ターフの名無しさん ID:PgifQmuxr

ジャラジャラはアポロレインボウに勝ったことないからな……

あと、単純に洋芝が合うかどうか……

 

229:ターフの名無しさん ID:IrfnYWb1W

全然ワンチャンあるだろ!

俺は期待してるぜ〜

 

230:ターフの名無しさん ID:+OIAxhZPO

そりゃ(日本のウマ娘に勝って欲しいのは)そう(当たり前)よ

 

231:ターフの名無しさん ID:y73F/yk9+

ジャラジャラ陣営的には、ヘンリー2世Sで掲示板に入ればゴールドカップを視野に入れるんだってよ

 

232:ターフの名無しさん ID:ZH/ELb+g2

え、キングジョージとか凱旋門賞じゃなくてゴールドカップ?

アポロちゃんもそうだけどスタミナ持つんかなー

 

233:ターフの名無しさん ID:6AsaC8cmx

確かにメルボルンカップとか日本の方が芝は合ってそうだけど

ヨーロッパに憧れでもあるのかしらね

 

234:ターフの名無しさん ID:m08hAgsOs

>>210 ジロジロ見てたんだけど、グレードレースで大差勝ち2回とか普通にバケモンでしょアポロレインボウ

芦毛の妖精とか可愛いもんじゃないよ

 

235:ターフの名無しさん ID:nkHWGmTKR

誰が妖精って呼び始めたんだろうか

確かに可愛いけど、レースぶりが妖精のそれじゃないんだよな

もっと似合う2つ名・別名が欲しい

 

236:ターフの名無しさん ID:/BnFL0QCS

妖精だったら高速爆逃げでライバル全員を磨り潰したりするわけないもんな

 

237:ターフの名無しさん ID:iAoDwnavS

普通に暴走機関車でしょ

恋愛的な意味でも

 

238:ターフの名無しさん ID:OLQAV3eKT

>>237 草

 

239:ターフの名無しさん ID:wKRmnjcc8

暴走機関車アポロレインボウ……

普通に「3段ロケット」でええんちゃう?

 

240:ターフの名無しさん ID:DcfqugfXM

>>239 安っぽい

 

241:ターフの名無しさん ID:Kqe+hWZ/F

☦︎︎激情の流星☦︎︎

 

242:ターフの名無しさん ID:SzPczh5zX

に……虹を翔ける宇宙船……

 

243:ターフの名無しさん ID:NPdOdiBKG

狂気の逃げウマ娘

 

244:ターフの名無しさん ID:TPycLvRiF

世界に羽ばたくナントカ(思いつかん)

 

245:ターフの名無しさん ID:0lzLzkMOF

極東から来た逃亡者とか

 

246:ターフの名無しさん ID:qaPX7Jywi

普通に爆逃げステイヤーだろ

 

247:ターフの名無しさん ID:WYgosFvv+

超弩級超長距離砲

 

248:ターフの名無しさん ID:xxNui6dMn

欧州翔ける虹の旅……なんてね

 

249:ターフの名無しさん ID:dgOiAw57m

お前厨二病?

 

250:ターフの名無しさん ID:SA5WcINYi

やめろめろ!

 

251:ターフの名無しさん ID:jRKlGlifT

ちょっと足りない気もするけど、何やかんや「芦毛の妖精」がいいんじゃないかなぁ

 

252:ターフの名無しさん ID:i5fVZSllo

走らなければ妖精さんみたいだしね

 

253:ターフの名無しさん ID:xekjO2594

(走ったら)いかんのか?

 

254:ターフの名無しさん ID:BvMLYt7pr

>>253 (体液を撒き散らして白目を剥くので)ダメです

 

255:ターフの名無しさん ID:kcmFd6YnU

体液を撒き散らしまくる日本代表ウマ娘さん……

白目は許してやれよ……

 

256:ターフの名無しさん ID:u2WaFaBXC

妖精にしては頑丈すぎん?アポロレインボウ

何やかんやずっと走りっぱなしで大きな怪我もないし……

 

257:ターフの名無しさん ID:yKF+QBtc/

>>256 それに関してはとみおのケアがしっかりしてるのと、生まれつき頑丈とかナントカ

 

258:ターフの名無しさん ID:/A4/9dcEr

やべーマジで次走のゴールドカップが楽しみだ

ステイヤーの本番欧州の4000mG1勝ったらどうなっちゃうんだろ

 

259:ターフの名無しさん ID:BEEJWq69Z

休み取って現地行こっかな……

 

260:ターフの名無しさん ID:e0K8pCp5Z

>>259 ヨーロッパに!? 正気か!?

 

261:ターフの名無しさん ID:BEEJWq69Z

アポロちゃんだけじゃなくてエルちゃんも応援したいんよなぁ

ウマ娘応援ツアーとかないかなぁ

 

262:ターフの名無しさん ID:kQ5cDpWEi

>>261 あったらワイも行ってたかも……

 

263:ターフの名無しさん ID:JJGNEMd1j

アポロレインボウ、次は俺達に何を見せてくれるんだろう

 

264:ターフの名無しさん ID:1/+8qhovd

>>263 夢でしょ

 

265:ターフの名無しさん ID:qbZCZNzg9

かっこいい

 

266:ターフの名無しさん ID:UGKTQrEcc

もう俺の夢になってるんだよなぁ

 

 



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114話:更なる栄光へ!

 5月4週、G2・ヨークシャーカップを制してから1週間が経った5月5週目。すっかり疲れが癒えて元気を取り戻した私は、とみおによる厳しいトレーニングに励んでいた。

 ヨークシャーカップを制した影響は大きかった。障害レースでも条件戦でもないのに大差勝ちしたおかげか、ヨークからシャンティイのトレセンに帰るまでに沢山の人に声をかけられ、SNS上でも私に話しかけてくれる外国人のフォロワーさんが増えた。いよいよ私の知名度が爆発的に上がり、ゴールドカップの盛り上げに向けた順調な()()()がされつつあるように感じる。

 1ヶ月後のゴールドカップまで多少時間があったので、軽めのインタビューや撮影の仕事を入れるなどして節々の予定を埋めることになっているのだが――

 

 そうしてスケジュールを確認しつつ自室で横になっていた時、携帯デバイスに一通のメッセージが飛んできた。その主はジャラジャラちゃん。どうやら私のヨークシャーカップを生で観ていてくれたらしく、わざわざお祝いのメッセージを送ってくれたようだ。それと、祝福の言葉に添えられた宣誓も。

 

『1週間後のレースで、私がカイフタラさんを倒すよ』

 

 ――ジャラジャラちゃんの次走は、1週間後に迫ったG3・ヘンリー2世ステークス。6月1週の当レースに出走後、6月4週のゴールドカップに出走し、そこから日本に帰って休養を取って秋のローテーションを組み直す――というのが今のところのプランらしい。

 しかし、ヘンリー2世ステークスにはカイフタラさんが出走してくる。既にカイフタラさんはヘンリー2世ステークスの舞台であるイギリス・サンダウンパークレース場に飛び立っており、1週間前に現地入りしたジャラジャラちゃんと顔合わせをしている頃だろう。

 

 どちらが勝つかは分からない。ただ、ジャラジャラちゃんはカイフタラさんよりも不安要素を多く持っているという点で――どちらかと言えばカイフタラさんが優位に立っているのは間違いないだろう。

 そもそも私達日本勢は、挑戦者の立場なのだ。慣れない芝、レース風土、雰囲気、気候、料理……全てが敵。どうしても不利な立場になりやすいのは仕方の無いことだ。

 

 それでもジャラジャラちゃんがヨーロッパに挑んだのは、私のような譲れない夢があるから。彼女もまた最強ステイヤーになることが夢で、誰よりも先にヨーロッパの超長距離G1を勝ち取ることが目標だという。……このまま行けばゴールドカップで直接対決になるだろうか。

 

 ……どちらにしても、欧州最強ステイヤーになるのは私だ。正直なところ、現最強ステイヤーのカイフタラさんとジャラジャラちゃんが()()戦ってしまうのは納得いかない。春先のドバイゴールドカップの結果にはもちろん納得していないし、今思い出しても敗北の悔しさに悶える時があるくらいなのに――何と言うか、とっておきの楽しみを奪われたような気分である。

 ジャラジャラちゃんに負けてほしいと思っているわけではないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってしまっているのは事実であった。

 

「……嫌な奴だなぁ、私」

 

 全盛期を迎え、無敵の要塞と化したカイフタラさんに初めて泥をつけるのは私でありたい。でも、日本から来た友達が海外で活躍する姿もまた見たい。どちらも本当の私だ。選べるものではない。

 複雑な心境を抱えながら、私は部屋の明かりを消して布団に潜り込む。そして色々なことを考えるうちに眠りについてしまい、気づいた時には一夜が明けていた。

 

 こうして夜が明けて早朝になり、私ととみおはシャンティイの森に繰り出した。日課の朝のトレーニングである。シャンティイの森の地面は朝露や霧のせいで大抵()()()なっている。そのため、スタミナやパワーを鍛えるのはもちろん、レースの極限状態における()()()()()()()()()を強くしてくれるだろう。

 朝なので軽めのランニングが中心だが、それでも10キロ単位で森を走らされる。やっぱりとみおは鬼畜だ。でも、そういう抜かりの無さに私は助けられている。

 

 しばらくのトレーニングが終わって、その休憩中。とみおと軽い雑談になった。しかも、雑談の内容は我がウマ耳を疑ってしまうような内容だった。

 

「……そう言えば、アポロは聞いたことがあるか?」

「何が?」

「いやね、ルモスが『爆逃げステイヤーズ☆』なるウマドルユニットを作ろうとしているらしいんだ」

「……え?」

 

 ――爆逃げステイヤーズ。ウマドルユニット。そこから導き出される答えはひとつ。ルモスさんは激務のせいで疲れているのだろう。

 というのも、ルモスさんやダブルトリガーさんは、ヨーロッパのトゥインクル・シリーズ(特に長距離界)を盛り上げるため、様々な組織にURAを通した手回しをしているからだ。大衆に対して絶対的な影響力を持つメディアはもちろん、グッズ販売を司る工場や大手ショッピングセンター、更にはタイアップの企業を探すために各所に出向いたり……とにかく大変なのだ。もちろんURA職員にも役割分担がされているものの、この一大ムーブメントを巻き起こしているのは彼女達なわけで。私のレースを甲斐甲斐しく見に来てくれるのは嬉しいのだけど、どこにそんな時間があるのだろうと疑問に思う時もある。

 

 ……そんなルモスさんが新たに立ち上げたウマドルユニット『爆逃げステイヤーズ☆』とは一体何なのか。妙に聞き覚えがあるような気がするのは、日本で逃げ切りシスターズなるウマドルユニットの存在を小耳に挟んでいたからであろう。

 

「ゆ、ユニットを作ろうとしてるのは分かったけど……メンバーは誰になるのさ。爆逃げステイヤーズって言うくらいだから、私は構想に入ってそうだけど」

「メンバーの内訳は今のところ不明だけど、彼女の話しっぷりからすると……アポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラ辺りがメンバーになるんだと思うよ」

「爆逃げステイヤー私しかいないじゃん……」

「まだ構想段階らしいからね。何をやるかも決まってないらしいし。まぁ、本気で考えることもないだろ」

「それはそうだけど……」

 

 逃げ切りシスターズのメンバーは、リーダー格のファル子さん、スズカさん、ブルボンさん、アイネスさん、マルゼンさんの逃げウマ娘5人。そう、ちゃんとした逃げ脚質のウマ娘が集まっているのだ。

 それに対して、爆逃げステイヤーズ(仮)には追込脚質(カイフタラさん)がいる。どういうことだ。エンゼリーちゃんは逃げ・先行で要件を満たしているが、カイフタラさんに関してはステイヤーの部分しか合っていないぞ。

 

「そろそろ休憩時間が終わるな。10キロを軽く走ったら朝のトレーニングはお終いにしようか」

「は〜い」

 

 酒の席で考えた冗談交じりのアイデアをとみおに話しただけなのだろう。そう思うことにしよう。私はウマドルユニットのことを一旦忘れて、トレーニングに集中することにした。

 

 

 外国語での授業はとにかく大変だ。脳内で日本語に翻訳した後、更に外国語に翻訳したものを出力しないといけないからだ。数学は記号の違いさえ気をつけていれば何とかなるが、純粋に国語(私にとっては外国語)がキツい。あと、専門用語の多い理科もキツい。社会とか歴史も難しすぎる。エルちゃんは日本と変わらず余裕ぶっこいて居眠りしているのだが……私はそうもいかない。

 日本よりも勉強に割く時間比重が大きくなってしまい、日頃の疲れが蓄積しやすくなっているのが現状であった。とみおが察してくれて、その分オフが多くなっているから悪影響は出ていないけれど。

 

 ……こうして実感すると、エルちゃんやタイキさん達のような外国出身のウマ娘がどれだけの苦労を重ねているのかが分かる。現地のウマ娘にとっては当たり前のことを(こな)して戦わなければならないのだから。

 そういえばグラスちゃんもアメリカ出身だっけ。日本出身のウマ娘よりも日本に馴染んでるものだから、本当に驚くべきことだ。

 

「う゛う゛〜……疲゛れ゛た゛〜……」

 

 背中をボキボキと鳴らしながら唸っていると、ポケットの中で携帯デバイスが震える。お昼休みの真っ只中なのに、一体誰からのメッセージなのだろうか。十中八九とみおからの業務連絡だろうけど。

 

「あれ、ヘリオスさんとパーマーさん達からだ」

 

 しかし、未読アイコンが点灯していたのは、とみおとのメッセージ欄ではなく『ギャル組』のグループであった。『ギャル組』はグループ名のことで、そこにいるメンバーはお察しの通り――パーマーさん、ヘリオスさん、シチーさん、ジョーダンさんの4名+私。パーマーさんとヘリオスさんに引き連れられる形で半ば無理矢理参加させられたグループである。

 特にパーマーさんとヘリオスさんは、定期的に遊びに連れていってもらえるくらいの仲だ。最後に遊んだのは春天の後か。シチーさんには化粧品を譲ってもらったり、ジョーダンさんには稀に国語を教えたりネイルを譲ってもらったり――今考えると何かしら貰ってばっかりだな――割と公私での付き合いがある。この5人で遊びに出かけることもあるくらいだ。

 

 しかし、この4名みたいなガチのパリピギャルには気後れしてしまうのが現状である。私の私服やオシャレだけを見れば、割とガーリーでギャルっぽい感じがするけど……ギャルと言えそうなのは見た目だけだし。

 というか、この4人みたいな『自分色を理解したガチで美の暴力みたいなオシャレ』には手を出せていない。そういう意味でも性質が異なっている。いや、私も可愛いけどね? めっちゃ可愛いけど、かっこいい・美しいって雰囲気じゃないってだけで。

 

 そういう訳で先輩方に可愛がられている私だが、突然何の用だろう。私がいなくても高速で会話が進行していくこのグループではあるが、わざわざ私にメンションする辺り何かあるな。

 

 

 

ギャル組

 

今日

 

ヘリオス先輩(4/10)

@アポロレインボウ 今通話おけ?

 

既読4 
お昼休憩になったので全然いけます!

 

ヘリオス先輩(4/10)

え! まだ学校だったん!?

夜まで大変だね!?

 

パーマー先輩(3/21)

ヘリオス。今フランスはお昼だよ

 

ヘリオス先輩(4/10)

あ!

 

 

+ │                   

 

 

 

 そうか。フランスは今12:00だけど、7時間の時差があるから日本は19:00くらいなのか。丁度寮に帰った頃なのだろう。私はサンドイッチを持って廊下に繰り出し、声を出してもいいようにそのまま屋上を目指した。

 

 

 

ギャル組

 

 

既読4 
何かお話ししたいことでも?

 

ヘリオス先輩(4/10)

ちょっとね!

 

パーマー先輩(3/21)

理由は聞かずに通話に入って欲しいな!

 

既読4 
は〜い

 

シチー先輩(4/16)

       ☎︎        

グループ音声通話が開始されました

      参加する      

 

 

 

+ │                   

 

 

 

 屋上に到着すると同時に通話開始ボタンをタップし、スピーカーをオンにする。すると、ガサゴソという音が屋上に響き渡った。ベッドに寝転がりながら通話しているとこういう音を拾いがちになるが、そういうことなのだろうか。私はスピーカーの音量を上げ、「こんばんは〜」と声を吹き込んだ。

 すると、被さり気味に『やっほ〜!』『元気してた?』『ウェーイ!』『久しぶり〜』と4つの声が返ってきた。どうやら4人は同じ場所に集まっているらしく、シチー先輩のアイコンだけが点滅している。私は噴き出しそうになりながら、何故唐突に通話に誘ったのかを単刀直入に聞いてみる。

 

「先輩方、私に何か御用でもありました?」

『ありよりのありって感じ』

『ヘリオスが喋ると訳わかんなくなっちゃうから一旦口閉じて』

『ぴえん……』

 

 パーマーさんとヘリオスさんがいつもの調子で喋った後、和やかな笑いが起きる。そしてパーマーさんが早速本題に切り込んだ。

 

『私達、アポロちゃんを応援したくてさ』

「……というと?」

『G1・ゴールドカップ。ずっと前からアポロちゃんが目指してきたレースだよね』

「あ、はい」

『私達、夢に挑戦しようとするアポロちゃんにマジで頑張ってほしいな〜って思ってさ。どうやったら伝わるかなって考えたら……余計なお世話かもしれないけど、やっぱり口頭でメッセージとか色んな言葉を伝えたくなって。……色々大変な中、迷惑だったらゴメンね?』

「いえっ、そんなことは! めちゃくちゃ嬉しいです!」

『勉強教えて貰ってる恩もあるしね〜』

『それはジョーダンだけでしょ……』

『ちょ、それは言うなし!』

 

 ギャル組4人に限らないが、マルゼンさんやグリ子を含めた知り合いはレース前に毎回「頑張ってね!」という旨のメッセージをくれる。しかも大体、校内で鉢合わせた際にも口頭で「頑張れ!」と言ってくれるので、その気持ちは十分すぎるほど伝わっていると思うんだけど……。

 まぁ、こういうのは逆の立場になると分かりやすい。グリ子のレースが近くなったら、私だって口頭と文面で応援しているし。大一番の前には応援にも力が入ってしまうものだ。

 

 とにかく、先輩方からの厚意はありがたく受け取らせていただこう。先輩方の助力――特にパーマーさんとヘリオスさんの爆逃げコンビにアドバイスを貰わなければ、私は今ここにいなかったのだから。

 

『まず私から言うね。アポロちゃん、先週は海外重賞制覇おめでとう! 生で見てたけど圧巻だったよ! ゴールドカップも爆逃げで勝とうね!』

『海外でも爆逃げしてくれてマジ最高だった! 爆逃げ最高!』

「パーマーさん、ヘリオスさん……」

 

 私が爆逃げに覚醒できたのはこの2人のおかげだ。そして、この爆逃げコンビに出会ったのは些細な偶然からだった。トレセン学園内でたまたますれ違った際、ヘリオスさんがハンカチを落とさなければこの関係は成立しなかっただろうし――パーマーさんがマックイーンさん繋がりで私のことを知っていて、なおかつ私のことを気に入ってくれたからこそ、私は爆逃げをする決意ができた。

 アドバイスの内容も非常に良かった。「アポロっちの走りには足りないところがある」「走り方を変えたらいいと思う」「自分自身で気づくべき」「トレーナーとよく話し合うこと」――など、私ととみおに改善の切っ掛けを与えてくれたのだから。加えて、私達にちゃんと考えさせるように敢えて()()()()くれたのも良かった。感謝してもし足りない。特に日本ダービー。あのダービーは、本当に私ひとりでは勝ち取れなかった栄光なのだ。

 

「パーマーさんとヘリオスさんには感謝し切れないくらい大きな恩があります。今日はもちろん、これまでのことも――本当に本当にありがとうございます」

『えぇ〜大袈裟じゃない?』

『んね! ウチらそこまで大したことしたっけ?』

「……いえ。私は分かってますから、それで良いんです。また今度、お礼させてくださいね」

『それはとっても嬉しいけれど、アポロちゃんはレースが落ち着いてからでいいからね?』

『ウェイ! 楽しみにしてるからね〜!!』

 

 パーマーさんとヘリオスさんのコンビと話していると、後ろの方でガタゴトと喧しい音がした。教室にある椅子や机を引き摺るような音に私は首を捻る。今日本が夜だというなら、4人は一体どこに集まっているのだろう。それに、シチーさんとジョーダンさんの声が遠い。

 様々な疑問が思考を穿つ中、ヘリオスさんが唐突に言った。

 

『アポロっち、ビデオ通話に切り替えれる!?』

「え? で、できますけど――」

『ヘリオス、準備オッケーだよ!』

『あ! 切り替わった!』

 

 ジョーダンさんとヘリオスさんの叫びが聞こえる中、音声通話を慌ててビデオ通話に変更すると――そこに映ったのは薄暗いトレセンの教室であった。窓の外はすっかり日が落ちて暗くなっており、カメラ中央には不気味な黒の布が用意されていた。

 向こうの時間は夜。もしかして、門限を破っているんじゃ……という考えが過ぎったが、パーマーさんがそういうことをするとは思えない。流石に許可は取っているだろう。……取ってるよね?

 

 そんな心配はさておき――謎の布に向かって歩き出した4人は、ジョーダンさんの『せーの!』という声に合わせて、何かを覆い隠す布を放り投げた。

 その布の下に存在したのは――『必勝』の文字がデカデカと刻まれた応援幕であった。私が声を上げられずにビックリしていると、画面の向こう側で和やかな拍手と笑いが起こる。笑顔のシチーさんが携帯デバイスを持ち上げ、応援幕に近づいてくれる。

 

『これ、ヘリオスさんが発案してくれたんだよ。アポロの知り合いに頼んで寄せ書きを書いてもらったんだ』

『本当はシチーが作ろうって言っ――もごっ!』

 

 ヘリオスさんとシチーさんが裏で何かしていたが、応援幕に見入っているためあまり耳に入ってこない。

 『いざ最強ステイヤーへ! 必勝アポロレインボウ!』と太文字で書かれた応援幕。あちこちに見知った名前の寄せ書きが集まっていて――パッと見ではルドルフ会長やマルゼンさん、ギャル組4人に加えてバクシンオーさん、マックイーンさんや天海トレーナーなどの名前もある――所狭しと並んだ名前にゾクゾクと鳥肌が立つのを感じた。トゥインクル・シリーズに所属する現役のウマ娘を除いて、全ての知り合いの名前があったのではなかろうか。

 

「――す、凄い。凄いですっ、とっても嬉しいですっ!! で、でもこんなに沢山……大変だったんじゃないですか?」

『楽勝だったよ! あたし達交友関係広いし? ちょっと頼み込んだら、みんな喜んで書いてくれたし! みんなアポロちゃんのこと応援してるってさ!』

 

 ジョーダンさんがフフンと鼻を鳴らして自慢げに言う。黒板よりも大きな布に敷き詰められた言葉の全てが――私を応援してくれる人達の想いなのか。こんなに嬉しいことはない。

 

『あ、この応援幕はゴールドカップに間に合うようにそっちに送っとくから安心してね!』

『ついでにダンボール5個分? くらいのにんじんも送っとくからよろぴく!』

「5個ぶ……ありがとうございます! 多分食べきれないので、それはこっちの友達と分けさせてもらいますね!」

『おけまる! そうしてくれると嬉しいかも!』

 

 あぁ……言葉が出ない。声が震えている。パーマーさん、ヘリオスさん、シチーさん、ジョーダンさん……この4人だけじゃない。みんなだ。トレセンにいるみんなには、感謝してもし足りない。あの横断幕を見てからというもの、胸の奥底から熱い思いが湧いて止まらない。

 どうやって厚意に報いればいいのかは分かっている。その答えは当然――勝利すること。結果を示し続けること。全力の私で走り続けること。これらを遂行することでみんなに恩返しができるはずだ。

 

「先輩方、本当にありがとうございますっ!! 私、絶対に勝ちます!! ゴールドカップ!!」

『期待してるぜ〜! ウェイ!』

『頼もしいね!』

 

 使命は自覚している。背中を押してくれる人が増えたのだ。誇りと勇気をもって戦おう。この背に背負った夢と想いの分だけ、私は強くなれる。

 

『あ、やば! 見回りの警備員が来た!』

『撤収しなきゃ!』

『急いで片付けて!』

『アポロちゃん、そういうわけで締まらないけど切るね! おやすみっ!』

「あ、おやすみなさい! ありがとうございました!」

『辛くなったら私達のことを思い出して! 背中、押したげるからっ! それじゃね!』

 

 パーマーさんの言葉を最後に、こうして唐突に通話は終わりを告げた。慌ただしい終焉のせいで感謝の気持ちを伝えきることはできなかったが、得られたものは多かった。私は心の中で何度もありがとうと呟いて、眼下に広がるシャンティイの森を見下ろした。涼しい風が私の髪を撫でて、白筋の立つ空に向かって流れていく。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 私の小さな呟きは、シャンティイの空に消えた。

 でも、みんなに貰った熱い想いと強い決意は、いつまでも胸の内を焦がし続けていた。

 

 

 



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115話:観戦!ヘンリー2世ステークス!

 

 ――6月1週、イギリスのサンダウンパークレース場。ジャラジャラちゃんとカイフタラさんが激突するG3・ヘンリー2世ステークスは、曇り空の下いよいよ開催される運びとなった。

 サンダウンパークレース場またはサンダウンレース場は、イギリス南東部のサリー州イーシャーにある。先進的かつ高い水準でレースが行われるようになったのは、サンダウンパークレース場がきっかけだったとされるほど歴史も深い。

 

 このレース場を代表するレースは、唯一の平地G1であるエクリプスステークス。7月2週に行われるこのレースは、イギリスの中距離路線において、初めてシニア級とクラシック級のウマ娘が入り乱れて戦う舞台として注目を集めている。

 純粋なG1数であれば障害レースの方が盛んに開催されており、その数は5つ。……新しく長距離G1が創設されたら嬉しいけど、新レースの創設なんてそう簡単にいくはずもないか。

 

 ヨーロッパのレース場らしく、ダートコースはなくターフは芝のみ。平地コースは1周2600メートルのコースがある他、その内場を横断する形で直線1000メートル戦専用のコースがある。

 高低差はヨーロッパのレース場では平均的で、スタートからゴールまで約15メートルの高低差が存在する。ゴール板が丘の上に設置されており、周回コースのホームストレッチは勾配のきつい上り坂の先にある。最終コーナーからゴールまでに14メートルの高さを登る必要があり、ヨーロッパのウマ娘達にしてみれば頓着されることの少ない要素なのだが、日本のウマ娘にとっては未知の坂と言ってもいい。何せ、日本で最も高低差のあるレース場が中山の5.3メートルなのだから……地域差とはいえ、これはもう別競技と言われても仕方ないだろう。

 

 その他の特徴としては、34コーナーに急なカーブが続くことだろうか。具体的な数値で言っても分かりにくいが、カーブの半径100メートルに対しておよそ160度のターンがあるらしい。

 この小回りのきつさは、中央・地方を含めた日本でも類を見ない小ささだ。1周1051メートルの地方・園田レース場と同程度らしい。

 

 これらの情報を纏めると――サンダウンパークレース場は、最終直線は高低差がめっちゃきつくて、最終コーナーはとんでもない小回りのおかげで速度を落とさないといけないってコースになっている。

 小回りは逃げウマ娘が有利になるらしいが、最終直線が約800メートルの長さを誇るため、坂のきつさも相まって後ろ脚質のウマ娘も十分に伸びてくるだろう。

 

 今回のレースであるG3・ヘンリー2世ステークスは、シニア級限定の右回り・3300メートルという条件である。

 レース発走数時間前、私はこっちのトレーナー室に昼食を持って押しかけた。既にサンダウンパークレース場からの配信及び中継は始まっており、食堂のテレビはレース一色だ。まぁ、今日は近場のシャンティイレース場でフランスダービーが行われているからか、ヘンリー2世ステークスの偏重は低めだけど……。

 

「失礼しま〜す! ねえねえとみお、ちゃんとレース録画してる? カイフタラさん達の対策に――」

 

 食い気味にトレーナー室の扉を開くと、顔面に雑誌を置いたとみおが椅子の上で沈黙していた。初めて見る寝落ちの仕方に私は呆れてしまったが、あんまりボサッとしてる暇はない。

 私はとみおの頬をつねって、彼が深い眠りについているのを確認した後、椅子に座ったとみおをお姫様抱っこしてソファに運んだ。常日頃から100キロダンベルを持ち上げているので、成人男性程度の重さならどうとでもなる。

 

「椅子で寝たら腰いわしちゃうよ〜」

 

 とみおの身体をソファに横たえつつ、私の膝の上に彼の後頭部を置いて膝枕の形にする。早速トレーナー室のテレビをつけてヘンリー2世ステークスの中継に繋げると、曇り空のサンダウンパークレース場が映し出された。まだメインレースのパドックすら始まっておらず、ヘンリー2世ステークスの前に行われる条件戦の様子が放送されている。

 私は猫の毛並みをなぞるように、とみおの髪の毛をわしわしと撫でて暇つぶしすることにした。丁度条件戦が終わって、勝利者インタビューの後のインターバルに入り始めたことだし……ゆっくり堪能できるかも。

 

 私はとみおのつむじから額にかけて、ゆっくりと髪を梳いてあげた。私の優しい手の動きに合わせて、彼がくすぐったそうに身を捩るのが言いようもなく可愛く思えてしまう。

 こうしてじっと見ると、とみおって割と可愛い顔してるんだよね。寝顔が可愛め。でも仕事してて真面目な時はカッコいいし、やば……うちのトレーナー完璧すぎない?

 

 …………。

 もっと色々してあげたいし、してほしいなぁ。

 ……あ〜〜、将来的には? そういうことも期待したりしなかったり……お、テレビ画面が切り替わった。そろそろ始まるのかな?

 

『今日のヨーロッパはジョッケクルブ賞(フランスダービー)にヘンリー2世ステークスに、注目のレースが多数行われますね』

『えぇ。ジョッケクルブ賞では、ヨーロッパのクラシック級ナンバーワンと評されるモンジューが出走しますし、ヘンリー2世ステークスには欧州最強ステイヤーであるカイフタラが出走することになっています。どちらのウマ娘も世代を代表するウマ娘ですから、注目はうなぎ登りに高まっていますよね』

 

 耳に入ってきた実況・解説の内容が強烈すぎて、私の意識はテレビ画面に向けられた。彼の頭を撫でるのは止めなかったけど。

 この時期のヨーロッパにはカイフタラさんにモンジューちゃんがいるのか。相当メンツが揃ってるな。クラシックディスタンスには他にもデイラミ、タイガーヒル、クロコルージュ、ファンタスティックライトなどの激ヤバウマ娘がいるし、ステイヤー路線には言わずもがなエンゼリーちゃんだって控えている。そこに日本勢の私やエルちゃんが加わって――いくら何でも戦国時代すぎないか? アメリカに行ったミークちゃんやスズカさんもこっちに来ていたら、ほぼ間違いなくヨーロッパのファンは絶頂していただろう。それくらいヤバい。

 

 世紀末。そう言って差し支えない修羅場なんだよなあ。色んな意味で。

 

『このチャンネルではヘンリー2世ステークスの様子を放送します』

『俄然1番人気はカイフタラですが、海外から挑戦してきたジャラジャラ、どこを走っても掲示板に突っ込んでくるゴールデンネダウィなど、メンバーは揃っていますよ』

 

 トレーナーとの接着面積を増やしたいと思っているためか、私の尻尾が独りでに動いて彼の腕に絡みつく。まだ時間の余裕はあるけど、そろそろ起きてくれないと拗ねちゃうよ? 起きないなら起きないで好き勝手やっちゃうから、私的には全然いいんだけどね。

 

 私はリモコンを操作して中継を録画しつつ、とみおの頭を撫でて「起きろ起きろ〜」と囁いてみる。この状況で彼が起きたら言い訳ができないので、本当のところは起きてほしくないのだが――そろそろヘンリー2世ステークスのことについて話したいので、彼に与える刺激を強めてみよう。

 

「はいはい起きて起きて、チューしちゃうぞ〜」

 

 冗談めかしてそう呟きつつ、私は携帯デバイスのアラームを鳴らして爆音を発生させた。するとトレーナーは私の太ももの上から瞬時に起き上がって、目をぱちくりさせながら周囲を見回していた。

 

「おはよ〜」

「あ、ああ……おはよう。今何時だ……? ごめん、眠っちゃってた」

「ヘンリー2世ステークスが始まる前だよ〜」

「起こしてくれたのか、ありがとう」

「ううん、こっちこそ眠ってるところを起こしちゃってごめんね」

「いい陽気だったから、放置されてたら一日中眠ってたかも。助かったよ」

 

 私はソファに座り直したとみおとの距離を詰め、右腕を尻尾で拘束した。彼は目を擦りながら掛け時計を確認して、ヘンリー2世ステークスが始まる前なのを理解して胸を撫で下ろしていた。ほっとしていたのが可愛かったので、彼の肩に寄りかかって頬を押し付けて、先程まで爆睡していた理由を尋ねてみることにした。

 

「お仕事してたの?」

「うん、トレーニングのスケジュールと取材撮影の予定を組んでた」

「あ〜……電話とかメールのやり取り、全部フランス語とか英語だった感じ?」

「そうなんだよ! 外国語を使えるとはいえ、普段よりちょっと時間がかかっちゃって……」

「あちゃ〜……」

 

 「あちゃ〜」の後に「疲れてるならもう一回膝枕してあげよっか」とは訊けず、私達はテレビ中継を無言で眺め始める。とみおは机の上から引っ張ってきたノートパソコンを膝の上に置いて、指を滑らせ始めた。

 画面をちょっと覗いてみると、丁度外国語でメールのやり取りをしているところだった。ダルそう。

 

「アポロ、尻尾……」

「ん?」

「画面が見えない……」

「あ、ごめん」

 

 ウマ娘は尻尾の動きを完全に制御できるわけではない。人によってはあまり動かない人や、感情の起伏による尻尾の動きを抑えられる人もいるが――私の尻尾はかなり動く方だ。とみおと会話している時、視線が下に動いたら大体尻尾を見られている。つまりバレバレなのである。

 しかし大抵のウマ娘は、びっくりしたら尻尾が真っ直ぐに伸びちゃうし、嬉しかったらばさばさと揺れる。背中付近に虫がいたら尻尾で叩き落とせるし、親愛度が高い人には身体と一緒に尻尾の距離が近づいてしまう。耳と並んでウマ娘の感情を表す部位であることは間違いない。

 

 今回はまぁ、とみおと近づいていたくて尻尾が反応してしまったのだろう。いやでも、毛艶をアピールして絶好調なことを伝えたかったのもあるし? トレーナーが私の調子を知っておかないと困ると思っただけだし? 別に、シチー先輩に貰った香水をつけてることをアピールしたいわけじゃないもんね。

 

「ん」

「お?」

「もしかしてアポロ、香水つけてる?」

「え」

「気のせいかな。柑橘系の良い匂いがしたような」

 

 このひと、私の匂いを嗅いだの!? 尻尾がパソコン画面を隠した時に――ってことは、私の尻尾の匂いを!? へ、変態……女の子の匂いを…………尻尾を彼の前に差し出したのは私だった。でも変態。

 ……まぁ、良い匂いって言ってくれたし……えへへ。許してあげよう。何か変な気分。

 

「そ、そうなの。シチー先輩に貰った香水つけててさ〜」

「うん、いいね」

「でしょ」

「素敵だと思うよ」

「も、もっ――」

「も?」

「もっともだね」

「はは、何だその返事の仕方」

 

 ……もっと嗅いでみる? と言えるはずもなく、軽く笑い合った私達はテレビの中に自然と視線を移す。

 イギリス・サンダウンパークレース場の気温は23度。フランスのシャンティイは穏やかな晴れ模様だが、向こうは生憎の曇り空。ちょっと前までチラついていた小雨のせいか、ジャラジャラちゃんにとっては向かい風となる稍重でレースが始まりそうだ。

 

「カイフタラさんは重場が得意だから、今日の走りが一定の指標になりそうだね」

「あぁ……彼女は重場の鬼。アポロは欧州の重場が未知数だから、なるべく俺達のレースの時に雨は降ってほしくないが……」

 

 ――日本出身のウマ娘にとっては厳しい戦いになるだろうな。とみおは最後まで言い切らなかったけど、そう言いたいのは間違いなさそうだ。

 

 サンダウンパークレース場の芝は欧州の中でも特に重い芝状態となっているため、稍重でも日本勢にはきつい舞台になると容易に予想できる。ただ、海外遠征で本命レース(ゴールドカップ)に直行というのはかなりの賭けになってしまう。こちらの芝に適性があるかを見極めるため、ジャラジャラちゃんは()()()()としてヘンリー2世ステークスを選んだのだろう。

 洋芝が合うか、レーススタイルが合うか、気候が合うか、全て本番で確かめようとするのは無謀に近い。何らかの根拠か理由がないと直行は珍しいしね。

 

 私はジョーダン先輩に貰ったネイルの具合を確かめつつ、代わり映えしないテレビ画面を視界の端に収めた。レース中継ということで、出走ウマ娘の情報やコメンテーター達の雑談でお茶が濁されているものの、その多くはトレーナーと私が集めた情報の後追いだ。というか、今年のステイヤーズミリオンを目指すウマ娘とトレーナーなら知っていて当然の情報ばかりだ。どうしても暇になる。

 

「前にジャラジャラのトレーナーと話す機会があったんだが」

 

 手持ち無沙汰な私の雰囲気を察してか、とみおが口を開いた。

 

「――()()()()()()()()()、と俺に言い切ったよ」

「……トレーナーが担当ウマ娘を信じるのは普通じゃない?」

「いや。ジャラジャラのトレーナーは良くも悪くも現実的だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「つまり、ジャラジャラちゃんは――」

「……うん。相当カイフタラ対策を練ってきた上であそこにいるんだろうね。しかも、正直者のトレーナーが自信満々に()()()と豪語している。もしかしたら、今日勝つのはカイフタラじゃなくて――」

 

 ――バカな。ジャラジャラがカイフタラを打ち負かせるとでも? あのウマ娘の強さは私がよく知っている。世界レコードペースで逃げた私を躱し切る爆発力と、絶対的なスタミナを持ち合わせているんだぞ。しかもあの時は――()()()()()()()。心は擦り切れ、非覚醒状態の中にあった。だが今は完全な覚醒状態。あの芯の強さから見て、牙が抜けたわけでもない。つまり、純粋にパワーアップしているのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを分かっているのか?

 私はとみおの言葉を最後まで聞かず、耳を絞った。有り得ないという気持ちと、マジかよ期待しかないぜという嬉しさと、()()()()()()()()()()()という歪んだ想い。同じ日本のウマ娘として友達を応援する気持ちは押し退けられて、私の心の中にはどす黒い想いが横たわっていた。

 

 ――負けてしまえ。

 カイフタラにぶっちぎられて、お前も絶望しろ――と。

 

「……っ」

 

 ……最悪だ。こんなこと考えるべきじゃない。こういう仄暗い気持ちで戦うことなんて望んじゃいないよ。だって私は、ライバル達と高め合ってその結果自分自身も成長するという――プラスな戦いを望んでいるから。

 今の私はマイナスの戦いを望んでしまっている……のかもしれない。足を引っ張り合って、周囲のレベルが下がることによって自分自身が結果的に上位のレベルに位置するという――マイナスの戦い。カイフタラ、エンゼリー、私以外は堕ちていけば良いという気持ちになってしまっている。

 

 ……良くない、良くないぞ。

 でも――あのカイフタラに勝つのは私であるべきなんだという気持ちもまた本物で。

 

 誰もが勝ちたいという渇望の下に走っているのは知っている。ドバイでシアトルチャーミングに競りかけられ、結果的に私の敗因の一端を担ってしまったのは苦すぎる思い出だ。私はドバイで失敗した。あれはとことん()()()()()()()()。シアトルチャーミングがいなかったとしても負けただろうが、彼女がいなかったレースを経験していないから――永遠に私の心を掻き乱す記憶として疼いている。

 ()()()1()()1()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ここでヘンリー2世ステークスの出走表を確認しておきましょう』

『逃げ脚質はジャラジャラひとりだけ。ペース配分を握るのは日本のチャレンジャーのみとなりました』

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

11Kayf Tara(カイフタラ)追込3-0-0-1G1アイルランドセントレジャー G1ゴールドカップ G2ドバイゴールドカップ 他

27T.V.Ink(ティービーインク)差し1-3-0-0OP条件戦

38Stargrass Julian(スターグラスジュリアン)差し0-0-1-3OP条件戦

49Love way Mirror(ラブウェイミラー)先行0-2-1-1OP条件戦

510Tiny Reason(タイニーリーズン)差し0-0-3-1OP条件戦

62Jara Jara(ジャラジャラ)逃げ3-0-0-1G2阪神大賞典 G3ダイヤモンドステークス 他

711Garden Charger(ガーデンチャージャー)先行1-0-0-3未勝利戦

813Daytime Turban(デイタイムターバン)差し0-2-2-0未勝利戦

95Your Yesterday(ユアイエスタデイ)追込1-1-1-1G3ロワイヨモン賞

1012Fujiyama Legacy(フジヤマレガシー)先行1-1-0-2未勝利戦

116Working Music(ワーキングミュージック)先行0-2-0-2G3ガゼルステークス

1214Bank Sight(バンクサイト)追込0-0-0-4未勝利戦

134Zone Espresso(ゾーンエスプレッソ)差し1-0-1-2G3レッドシーターフハンデ

143Golden Nedawi(ゴールデンネダウィ)先行0-4-0-0G3オーモンドステークス

 

 

 ――逃げウマ娘はジャラジャラちゃんを除くと一人もいない。

 結局私は、競技者として褒められたものじゃない感情を振り払うことができなかった。絶妙な後ろめたさと期待、不安と希望が入り交じったまま、いよいよパドックが始まった。

 

 パドックのカイフタラさんは落ち着いているが、絶好調ではなさそう。好調か普通程度――ゴールドカップに向けて調子を上向きにしているところなのだろう。

 対してジャラジャラちゃんは――こちらも絶好調ではなさそう。絶好調に肉薄した好調状態といった感じで、2人ともピークの照準をゴールドカップに合わせているようだった。調子の具合で言えばジャラジャラちゃんが若干優位か。

 

「アポロはどっちが勝つと思う? ……って、答えにくい質問だよな。カイフタラともジャラジャラとも仲が良いし……」

「……今回のレースで1番厳しいマークを受けるのは間違いなくカイフタラさんだよ。でも、カイフタラさんはマークの躱し方が上手いし……本当にジャラジャラちゃんの対策の練度にかかってる感じかな」

「おぉ、俺も同意見だ」

 

 カイフタラさんはマークやプレッシャー回避が上手い。ドバイゴールドカップでは、プレッシャーを与えられた時に敢えて位置取りを下げて最後方に引き、他のウマ娘から離れた場所で悠々と走っていた。()()()()()()()()()()()()()()とでも言うような規格外の対対策。他のウマ娘は流れについていくためにスピードを落とせず、結果的にカイフタラさんをフリーにしてしまった。

 カイフタラさんは常識では推し量ることのできない対対策をしてくる。ジャラジャラちゃんが敵をどれくらい理解しているかにかかっているだろう。

 

 ヨーロッパにファンファーレは存在しないので、パドックお披露目の後は返しウマが行われ、その後にゲートインとなる。私達が予想を投げ合っているうちに、14人のウマ娘は返しウマを開始していた。次段階にシームレスに移っていくため、実況解説の声がないとライトなファンは取り残されてしまうかも。

 14人のウマ娘達がゆっくりとゲート前に集まると、実況の声と共にゲートインが始まった。

 

『最内枠1番人気のカイフタラ、声援を受けながらゲートイン』

『前走のドバイゴールドカップから2ヶ月の休養を取って、このレースがヨーロッパでの始動となります。既にステイヤーズミリオン完全制覇への挑戦権を得ているため、このレースは()()なのでしょうね』

 

 ゴール板手前からのスタートだからか、中継越しに聞こえる声援が大きい。ゴール板手前にスタンドがあるからか、カメラが声を受けて揺れていた。カイフタラさんはピクリとも反応せず、『無』のままだった。

 ……恐らく、現地にいても彼女から闘志らしい闘志を感じることは叶わないだろう。彼女のそんな不気味さもまた武器である。

 

『6番ゲート、2番人気のジャラジャラが今ゲートイン』

『我々からすれば彼女が最も未知数のウマ娘ですね。これまで制したレースはどれも3000メートル超の長距離レース、そのステイヤーとしての才能がヨーロッパでも開花するか? 注目しましょう』

 

 少し離れて、6番のジャラジャラちゃんがゲートインする。こちらは一瞥しても分かる闘志に溢れていた。ライバルのカイフタラさんとは対照的に、彼女の武器は気持ちを全面に押し出した走法である。

 全てのウマ娘がゲートインすると、スタンドにざわめきが広がる。今か今かと待ち侘びている。私ととみおも生唾を嚥下して、しんと静まり返ったトレーナー室で両手を握り締めた。そして――

 

『ヘンリー2世ステークスがスタートしました!』

 

 ガタンという開放の音が鳴り響いて、ヘンリー2世ステークスが開幕した。重々しい蹄鉄の音がけたたましく轟き、牧歌的風景の中をウマ娘達が走り出す。

 柵を隔てた内場に集まったファンのすぐ隣を駆けるウマ娘。こうして引きのアングルで見ると、日本と比べて内柵がぐにゃぐにゃに歪んで見える。レースに集中するべきなのに、変なところに着目してしまうのは中継の面白いところだ。

 

『先頭を行くのは2番人気のジャラジャラ、快速で飛ばしてレースを作ります! 2番手以下はギッチリと詰まった空間で競り合っており、1番人気のカイフタラと3番人気のゴールデンネダウィは後方で揉み合っているか?』

 

 ポンと飛び出した14人の先頭を奪ったのは、予想通りジャラジャラだった。カイフタラは最内枠という好ゲートを取ったにも関わらず、プレッシャーやトリックを回避するために最後方に位置した。

 出遅れたウマ娘がいないためか、ジャラジャラ以外が横一線に並んでいる。すいすいっと足を伸ばして先頭を決定付けたジャラジャラは、第1コーナーをゆったりとした速度でカーブし始めた。

 

『スタートからおよそ600メートルを通過して、ジャラジャラが13人を引き連れて第1コーナーを曲がっていきます。後続集団の位置取り争いは集結したのか、動きはあまり見られませんね』

『いえ、早速3番人気のゴールデンネダウィがやりにくそうにしています。1番人気のカイフタラは13番手から2身も離れた最下位でやり過ごしていますが、プレッシャーが与えられていることは間違いなさそうです』

 

「……とみお、ジャラジャラちゃんに動きはある? もう()()は始まってる感じなのかな? 私が見落としてるのかもしれないけど、よく分かんないや……」

「……俺もだ。今のところ、さっぱり分からん」

 

 とみおはストップウォッチに視線を落として、「多少スローペースではあるが、サンダウンパークレース場はそもそも時計のかかるレース場だからな」と言ってテレビに視線を戻す。芝の重さがレースタイムに直結するため、ヨーロッパ内でも比較的芝の重いサンダウンパークは決着が遅い時計になりやすい。

 あらゆる要素が絡んでいるため単純比較はできないが、3300メートルという距離のヘンリー2世ステークスにおいては、3分40秒前後の決着になることがほとんど。稍重となった今日のレースなら、更に時計がかかってもおかしくはない。

 

『第2コーナーを曲がり切って向正面に入りました。全体的にゆったりとしたペースです。3番人気のゴールデンネダウィはプレッシャーに参ってしまったようですが、自由に逃げている2番人気のジャラジャラと、最後方で展開を窺う1番人気のカイフタラは特に変化ナシですね』

『お互いに意識はしているでしょうが、大逃げがいる時のレースとは違って()()()()展開に見えます』

 

 上り坂を登った後の12コーナーを曲がると、そこからは下り坂になった向正面の直線を駆け下りることになる。ここまでの経路がおよそ1300メートル。レースの3分の1が経過したというのに、ジャラジャラのトレーナーが豪語したようなカイフタラ対策は見えてこない。全くもって普通のレース、つまりカイフタラの常勝パターンに持ち込まれているとしか思えない。

 ――ジャラジャラは負ける。いや、負けてしまえ。そのままでいい。お前はカイフタラ対策を満足に発揮できぬまま、私に痛快なリベンジの機会を与えてしまうのだ。そう思った瞬間、悪辣な感情が口端を持ち上げた。

 

 そして、その笑みが起こるのと同時だった。

 私の隣にいたトレーナーが、あっと大きな声を発したのは。

 

「――あ、ああっ!?」

 

 酷い表情を盗み見られたのかと思って尻尾が跳ね上がったけど、彼の視線はストップウォッチに向いていた。

 

「い、いきなりどうしたの? 何かやらかしたとか?」

「ち、違う……アポロ、分かったぞ。ジャラジャラのカイフタラ対策が――」

 

『おっと!? ここでカイフタラの表情が歪みました! 怒っているのでしょうか? 首を振って前方を睨んでいる! まるで人垣の向こうを探すような仕草ですが――』

『……ジャラジャラを睨んでいるんでしょうか? いずれにしても、彼女にしては珍しい仕草ですね』

 

 ――()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一体サンダウンパークで何が起こっているんだ。私はテレビ画面に齧り付く。慌てふためく実況とは反対に、冷静なとみおの声がその理由を淡々と説明し始めた。

 

「1200メートル通過時点のタイムがスローペースだった。このまま3300メートルを走れば4分をオーバーするくらいの。しかも、向正面の下り坂に入ってからは更に遅い……。ジャラジャラはカイフタラの癖を利用して、彼女を封じ込めるつもりなんだ」

「ど、どういうこと?」

「下り坂でスピードを出し過ぎると余分なスタミナを消費してしまう。だからみんなスピードを落としがちになるんだが――ジャラジャラはそれを利用して、必要以上のペースダウンを行っているんだよ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()。いくら長距離戦といえども、末脚勝負になると前方有利なのは間違いないな……」

「……み、みんな気付いてないよ。これってヤバくない? カイフタラさんだけ苛立ってる。多分、カイフタラさんはペースがおかしいことに気付いてるんだ」

「カイフタラは集団を避けることによってプレッシャーを回避している。周囲の状況がよく見えるからこそ気付けたんだろう。しかし、今の彼女は周囲のペースダウンに合わせて自分自身のペースも落とすしかない。()()()()()()()()()()()()()()()()。……レース後半までこの流れに付き合うしかなくなって、相当ストレスに感じてるだろうね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ジャラジャラはそれを逆手に取って、ゆっくり――ゆっくりとペースを落としていた。

 レースを走っているウマ娘達は気付かないのだ。コンマ数秒の遅れを重ねられて、気付けるはずもないのだ。しかし、繊細な感覚を持ち合わせるカイフタラはそれに気付いた。そして何より、あの怪物がジャラジャラの作り上げた展開を嫌がっている。その事実がどうしようもなく悔しかった。

 私はまざまざと見せつけられている。私にはできないことを、これでもかと。スローペースの展開、後続集団の操作、無意識下の心理戦――()()()()()()()()()()()()、とでも嘲笑するかのようなジャラジャラのレースプランに絶望をぶつけられている。

 

(――……っ、負けちまえ……)

 

 上手くいかなかった過去の記憶と、全てが順調に進むライバルのレース。向正面の終盤に差し掛かると、ジャラジャラがチラッと後続を睨んだ。また何かやるつもりだと思ったのも束の間、彼女は最後の下り坂を利用してぐんぐんと加速していった。

 ジャラジャラが次に何をしたいのかは明白だ。更なるペースダウンである。ペースダウン→ペースアップ→ペースダウンという工程を作ることによって、中間層のウマ娘達に「あいつはさっき速度を上げたのだから、あいつに追いついたら自分はオーバーペースになっている」と刷り込ませたいのだ。

 

 実際、効果は覿面だった。ジャラジャラの作り出したスローペースこそ通常状態なのだと思い込んだ2番手以下のウマ娘は、決定的な差を開いていくジャラジャラを追いかけなかった。前方に進出していく彼女のペースは、通常よりも少し早い程度だったと言うのに。

 逃げウマが存在せず、ペースメーカーに欠けていたのも追い風だった。先頭のジャラジャラと差をつけられた先行ウマ娘達は、()()()()()()に行きたがらない。その結果、ジャラジャラすらも予想しなかったであろうスローダウンによって――

 

 ――第3コーナーに差し掛かった時、ジャラジャラと2番手についた差は7身。ジャラジャラとカイフタラの差は15身に及んでいた。

 

『残り1200メートルの標識を通過して、サンダウンパークレース場はちょっと異様な雰囲気! まさかまさか、ジャラジャラが圧倒的優位とスローペースを保ちながら最終コーナーを曲がっている!! 2番手以下のウマ娘はいよいよ末脚を発揮しようとしていますが、最終コーナーの急カーブによって速度を上手く上げられません!! ジャラジャラはここまで計算づくだったのでしょうか!? カイフタラは後方でもがいている!! やっとプレッシャーから解放されたものの、横広がりになって末脚を使おうとするウマ娘達が壁になっているっ!!』

 

 ――おい、おい。何をしているカイフタラ――何故ジャラジャラの思い通りに動いてしまうんだ! あなたほどの末脚があれば、この流れをぶっ壊して大外から全部ぶち抜けるだろう!? そんなに急カーブがきついのか、大外一気を嫌っているのか――とにかく、早く上がっていけよ! 私以外のウマ娘に負けたら許さない。絶対に許さないからな――

 私は拳を握り固め、歯を食い縛った。言葉にしたくない黒い感情が脳内で渦巻いている。他人の失敗を願うような呪詛ばかりが出てくる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女は他のウマ娘からのプレッシャーを嫌がって、ギリギリまで進出してこようとしなかった。だが、積み重ねた不利を見過ごしすぎた。彼女が対するは、第3コーナーまでに15身もの差を作り上げたジャラジャラ。ドバイゴールドカップの時の私とは酷く対照的なレースは、私の心を滅茶苦茶に掻き乱している。

 日本のウマ娘には、海外で沢山勝ってほしい。しかも私の友達(ライバル)なのだから、レースで良い成績を残し続けてほしいと思っている。――でも、もう1人の先輩(ライバル)には、私以外のウマ娘に負けてほしくないと――私以外には無敵の強さを誇っていてほしいと思っている。

 

 私はどうすればいい? どちらの心に従えばいい?

 テレビの中の熱狂と、液晶画面の外の苦悩が混沌とした渦を作っている。

 

 最初コーナーまでに開いた差は7身。カイフタラとの差はやはり15身はある。残り800メートルと少し。このままじゃ、ジャラジャラは勝つ。勝ってしまう。それどころか、ぶっちぎってしまう。

 ――嫌だ。そんなの嘘だと言ってくれ。全盛期を迎えたカイフタラに初めて泥をつけるのは私だ。私以外有り得ない。勝てカイフタラ。沈めジャラジャラ。早く私を苦しみから解放してくれ。

 

 性悪な願いを捧げながら、テレビ画面を穴が空くくらい睨めつける。

 そこで私は見た。見てしまった。

 

 ――先頭を駆け抜けるジャラジャラが、極限の苦しみを味わいながら咆哮している姿を。

 そして、私はサンダウンパークで駆ける彼女の声を聞いた。幻聴にしてはやかに生々しく、そして鮮烈な輝きをもって私の鼓膜を震わせた。

 

「負けたく、ないっ……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! わた、しが――私がっ!! アポロレインボウを超える最強ステイヤーになるんだぁぁっ!!」

 

 そうして画面の中で必死に藻掻く彼女を見て。

 どこか、重なった。

 絶対に諦めたくないという、哀れなまでの真っ直ぐな意志。

 絶対的な力を持つ敵と相対して、己の全てをぶつけて勝とうとする全力な姿。

 

 ――あれは、()()()()私だ。

 己の非力を知り、()()()()と食らいついていた、もうひとりの私なのだ。

 

 ――くそったれ。

 わかった、わかったよ。

 本当はカイフタラに勝ってほしいけれど。

 

「あっ……が――頑張れ――」

 

 そんなに辛そうな表情で全力疾走されたら、応援しないわけにはいかないじゃん。

 

「頑張れ、ジャラジャラ――」

 

 私の口は勝手に動いていた。

 血反吐を吐きそうになりながら己の夢に向かって走る彼女の姿を見て――みみっちくてしょうもない感情を超越した熱い激情(おもい)が、私の口を勝手に動かしていた。

 

「頑張れえっ、ジャラジャラちゃんっ!! そのままぶっちぎっちゃえぇっっ!!」

「行ける、行けるぞっ!! 気合い入れろジャラジャラ!!」

 

 私ととみおは、拳を固めて喉から声を絞り出した。2人きりのトレーナー室は、テレビを通じた熱狂の中に溶け込んでいた。サンダウンパークレース場の大歓声が間近に感じられる。ジャラジャラ会心の疾走によって、細かいことがどうでもよくなるくらいのめり込んでいる。

 

 残り800メートル。完全に直線に入って、カイフタラが前を向いた。集団を縫うようにして上がってくる鹿毛のウマ娘が――遂に末脚を爆発させた。

 

『最終コーナーを曲がって最後の直線!! カイフタラがいよいよ進出してきたあっ!! 逃げるジャラジャラ、追い込むカイフタラ、その差は13身!! 800メートルでこの差は埋まるのか!?』

 

 しかし――あのカイフタラが黙って逃げ切りを許すはずもなかった。華麗なフットワークで垂れウマを回避した彼女は、鬼神の如き超加速を見せる。テレビ中継だったから観測はできなかったが、恐らくアレはカイフタラの『未知の領域(ゾーン)』だ。

 ドバイゴールドカップとは違い、完全なものとなった彼女の『未知の領域(ゾーン)』。あまりにも強烈な加速により、ジャラジャラとの差がみるみるうちに縮まっていく。

 

 カイフタラが加速しただけではない。ジャラジャラのペースが落ちているのだ。言い換えれば、疲れている。加速するカイフタラと減速し始めたジャラジャラの差は未だ10身を数えるが――

 

「やばい、ジャラジャラちゃんのペースが――!!」

「最終直線の長い上り坂のせいで速度が落ちてるんだ!! 頑張れジャラジャラ、気合いで持ち直せえっ!!」

 

 残り500メートルを経過すれば、サンダウンパークレース場は更に牙を剥く。残り800〜500メートルでは1.7%前後の傾斜勾配だった上り坂が、残り500メートルからは2.4%もの勾配を誇る上り坂となって立ちはだかるのだ。

 これは日本最大の急坂を誇る中山レース場よりも高い値である。中山において、およそ90メートルの上り坂の最大勾配は2.2%。対するサンダウンパークレース場は、500メートルという長い区間で平均勾配2.4%もの急坂を登り続けなければならない。純粋な数字の比較だけでも過酷さがありありと分かるだろう。

 

 だから日本とヨーロッパのレースは別物なのだ。コースを走る日本と、丘を走るヨーロッパ。丁寧に切り揃えられた日本の芝と、青々と生い茂り、走るウマ娘からスタミナをゆっくりと削っていく深い洋芝。

 ジャラジャラは今、そのギャップに呑まれようとしている。

 

『残り400メートルを経過して、ジャラジャラが大きく息を吐いた!! これはもう限界――いやっ、まだだ!! まだ粘っている!! しかしカイフタラとの距離はもう4身もない――!!』

 

「ジャラジャラちゃん、粘れえっ!!」

「粘れ粘れ!! そのままヨーロッパに風穴を空けてやれ!!」

 

 残り400メートル。中山の急坂の何倍も険しい坂が、ジャラジャラの体力と気力を容赦なく削っていく。その結果、最終直線の()()にあった大差は4身にまで縮まった。

 でも、ジャラジャラの表情は諦めを感じさせない強い意志を持っている。追い詰められてこそいるが、それでも4身あるのだ――と、希望に満ちてさえいる。

 

 そんな時だった。

 意味不明な異常事態が起こったのは。

 

「えっ」

「は?」

 

『粘るジャラ――えっ?』

 

 残り300メートル。

 ()()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰もが度肝を抜かれた。私やトレーナー、実況解説、そして画面の中のジャラジャラでさえ、何が起こったか分からないようだった。

 

 あまりにも非現実的で、幻に見えたが――()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 覚醒した彼女の本当の豪脚――『未知の領域(ゾーン)』。

 

 最終コーナー終わりに見せたあの加速は、スパートの開始に過ぎなかったんだ。あれは()()()()。今発動した怪物の末脚こそが、覚醒した彼女の『未知の領域(ゾーン)』。瞬間移動に見紛うほどの超加速――

 

「そんな、バカな――」

 

 気の抜けたようなトレーナーの声がやけに印象的だった。

 そして、その衝撃がサンダウンパークを揺るがしたまま――

 

『ゴォォールッッ!! 終わってみれば、圧倒的な勝利!! 王者の走りとは何たるか、それを体現するような直線一気でした!! 最強ステイヤー・カイフタラ、1番人気に応える7身の快勝!! ゴールドカップ2連覇の栄光は既に射程圏内!! アポロレインボウとエンゼリーを迎え撃つ準備はできているっ!!』

 

 ――G3・ヘンリー2世ステークスは、カイフタラの無敵を印象付ける形で終わりを告げた。

 

 

 



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116話:まさかまさかの

 

 ヘンリー2世ステークスは目まぐるしい展開の変化と驚愕の連続だったものの、終わってみれば人気通り。1番人気のカイフタラさんが1着、2番人気のジャラジャラちゃんが2着、3番人気のゴールデンネダウィさんが3着という形で幕を下ろした。

 ジャラジャラちゃんは彼女なりに()()()()()を披露したが、カイフタラさんはその上を行った。ただそれだけのこと。無論、カイフタラさんの最後の末脚が無ければ勝負の行方は分からなかったが……。

 

「凄いレースだったな」

「うん。強くなったのは私だけじゃなかった。みんなのレベルが何段階も上がってる」

「あぁ。ジャラジャラはいやらしさを覚えたし、カイフタラに関しては段違いの出力と末脚を獲得していた。特にカイフタラのあの末脚は何度見返しても理解ができないな……()()()でもついてるのかと思ったよ。……練習メニューを組み直した方がいいかもしれないな」

 

 ゴール直後、ジャラジャラちゃんは精根尽き果て、立ち上がることもままならなかった。それ程までの全力を出し切って、カイフタラさんに手も足も出なかった。そんな彼女に手を差し伸べるカイフタラさんと、唇を噛み締めながら助けを受けるジャラジャラちゃんの対比に、私は胸の中を掻き回されるような感覚を覚えた。

 ――まるで、格付けが済んでしまったかのよう。本当のところは彼女達にしか分からないのだけど、ジャラジャラちゃんは心身共に打ちのめされた様子だった。

 

 カメラには勝者(カイフタラ)しか映らない。勝利者インタビュー、最低限のファンサービスによって織り成される独特な雰囲気のウイニングライブ、そしてレース回顧――これらの中心には全てカイフタラさんがいた。ジャラジャラちゃんやゴールデンネダウィさんはカメラの端に追いやられている。

 ……こういう残酷さが勝負の世界の厳しい部分なのは分かっている。だけど、最後の最後の理不尽な末脚さえなければ、ジャラジャラちゃんが勝っていた可能性はかなり高い。前が壁で、後続集団は超スローペース。末脚が以前のものであったなら、カメラを向けられていたのがジャラジャラちゃんだった可能性は高かっただろう。ただ、今のカイフタラさんの末脚は()()だ。あまりにも凄絶な末脚を前にして、あの時の彼女の勝率は0%同然だった。ジャラジャラちゃんはきっと納得していない。()()()()()()()()()()()()()

 

 ――()()()()()()()()に対抗するには、こちらも大逃げという理不尽で対抗するしかない。進化した『未知の領域(ゾーン)』すら届かない場所まで逃げて逃げて、ぶっちぎってやる。

 つまり――私だ。私がカイフタラを倒さなければならないのだ。

 

 己の身体の芯を貫く激情を抑えつけながら、私はヘンリー2世ステークスの勝利者インタビューを思い出す。

 

『アポロ……お前はオレに夢を思い出させてくれた。お前がオレを強くさせちまったんだよ。()()()()()()()()()。この疼きの責任は必ず取ってもらう』

 

『ターフで戦う者として――ゴールドカップでお前を喰らい尽くす』

 

 勝利者インタビューにも関わらず、カイフタラさんは私の内心を見透かしたような挑発をしてきた。いや、挑発ではなく「受けて立つ」という果たし状のようなものか。いずれにせよ、数年後に見返した時に黒歴史になりそうなスカした態度のライバルを許せる私ではない。私はゴールドカップでカイフタラさんを打ち負かすことを強く決意した。

 

 

 ジョッケクルブ賞(フランスダービー)では1番人気のモンジューちゃんが勝利したらしい。ネット速報でカイフタラさんとモンジューちゃんの勝利を伝える報道が飛び交い、日本のSNSではカイフタラさんに唯一食らいついた2着のジャラジャラちゃんを称える声が相次いだ。

 それと同時に、どうやってカイフタラさんに勝てばいいんだ、という声も散見された。勝利タイム3:43.1はごく平凡だったものの、末脚の上がりタイムがあまりにも異常だったからだ。ゴルシワープのようにカメラワークとイン突きの結果生まれたものではなく、純粋なワープに見紛う爆発的な末脚。

 

 カイフタラさんの成長を具体的な形で観測できたのはプラスなのだが、それはそれとしてアレに立ち向かう具体的な案はあるのか? と問われると……。

 

「う〜ん……」

 

 正直、無理ゲーじゃね? ってのが素直な感想であった。

 だってさ〜……レース最終盤に化け物みたいな加速するんだよあの人。バテかけてたとはいえ、ジャラジャラちゃんのラストスパートを置き去りにするのはマジでヤバい。カイフタラさんだけ別の生き物だよ。

 

 ヘンリー2世ステークスが終わってから、とみおと私はカイフタラさんとエンゼリーちゃんの対策を考え続けていた。そんな中、ヘンリー2世ステークスの翌日に行われたG2・ヴィコンテスヴィジエ賞では、エンゼリーちゃんが3身の差をつけて危なげない勝利を重ねている。

 カイフタラさんとエンゼリーちゃん、この2人の優劣は未だに付けられないが、今のところ目に見えて危険なカイフタラさんの対抗策を優先して考えるのは間違っていないと思う。別にエンゼリーちゃんを完全放置するわけでもないし、優先順位の違いだ。

 言うなれば、エンゼリーちゃんは若干トリッキーなタイプのウマ娘。対するカイフタラさんは圧倒的なフィジカルタイプのウマ娘。純粋な出力(末脚)をぶつけられれば、後者の方が厄介極まりないからね。

 

 来る日も来る日もカイフタラさん対策を考えながら、厳しいトレーニングに身を投じる。そうしてヘンリー2世ステークスから1週間が経ったある日、私はカイフタラさんに呼び出されてグラウンドに行くことになった。

 出会った当初よりは確実に仲良くなったが、ゴールドカップが近付いている今は一緒に遊ぶことも少ない。精々、エンゼリーちゃんを交えて一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後にちょっと雑談したりする程度。ある程度レース間隔が空いたなら一緒に遊ぶことも(やぶさ)かではないものの、今はまぁちょっとね……。

 

 しかし、ゴールドカップの追い込みの時期だというのにわざわざ私を呼び出すとは何の用だろう。余程大事なことでも伝えたいのだろうか。

 というわけで、結構ドキドキしながら集合場所のグラウンドに行ったところ――

 

「オレと勝負しろ、アポロレインボウ」

「……えっ?」

 

 ――カイフタラさんがとんてもない発言をしてきた。

 

 本番まで残り僅かというこの時期に、わざわざ手の内を公開するような行為。呆気にとられて大口を開いていると、彼女は「そんなに変なことか?」と首を捻った。

 え、変なことじゃないの? ゴールドカップまで手札を隠しておきたいって、普通そう考えるもんでしょ? ……それとも、お互いに腹の探り合いで、『未知の領域(ゾーン)』を隠したまま模擬レースをしようってこと? それって併走と何ら変わりないと思うんだけど……。

 

「オレと模擬レースだ。場所は森の中のトラックコースで、距離は4000メートル。小細工ナシのガチンコ勝負と行こうじゃないか」

「……ど、どうしてですか」

「?」

「あの末脚があれば、私と模擬レースをして下手に情報を与える必要もないでしょう。私やエンゼリーちゃんは、カイフタラさんの『未知の領域(ゾーン)』への対抗策を考えてたところなんですよ……?」

「……まぁ、そうだろうな。だが、勘違いするな。オレはエンゼリーにもマッチレースを申し込んでいる。()()()()()()()()()()お前達2人の情報を集める必要があるんだよ」

 

 ……一概に本番を模したレースやマッチレースをすると言っても、大抵その内容は本番同然の激しさを内包しているだろう。さすがにゴールドカップと同等の苛烈さがあるわけではないはずだけど、それでも模擬レース前後はそれ相応のスケジュールを組まなければならない。

 

 ウマ娘の中には、一定数『本番前に模擬レースをして気持ちを高める(または情報を集める)と調子が良くなるタイプ』が存在する。闘志溢れる戦闘狂タイプ……もといレースをしても()()()()()()を持っていて、且つデータを重視する超寿命タイプか。イクノディクタスさん的な? どうやらカイフタラさんはその2タイプを混ぜた超人タイプらしい。

 データを収集するし、己の戦闘力に慢心しないし、しかも戦闘狂。ポーカーフェイスで何を考えているか分からないトリッキー型かと思えば、ゴリゴリに肉体のパワーで押してくる。敵として立ち向かうには最悪な要素がてんこ盛りだ。

 

 対する私は、本番に向けて練習メニューを緩やかにしていきつつ、休息や繊細な調整によって調子のピークを本番に持っていくタイプのウマ娘。いわゆる標準的な『レース前ゆっくり調整タイプ』で、連戦にはあまり向いていない。つまり本番前に模擬レースを行うと、調子が狂ってしまう可能性があった。

 私自身、レース後の体力の回復は早いし、身体も丈夫な方だと自覚している。しかし、()()レースを終えた時の消耗具合は割と異常なレベルなことも理解していた。終始ぶっ飛ばす大逃げという脚質のせいで、体力消耗に拍車がかかっているのだろう。

 

 ――本来であれば、このカイフタラさんの誘いは断っておくべき事案だ。この調整による日本での成功例がある以上、そのジンクスを壊したくもない。下手にルーティーンを崩せば、ウマ娘の繊細な調子リズムがどう狂ってしまうか分からないという理由もある。

 ただ、その提案が魅力的なことは間違いなかった。本番を前にしてカイフタラさんと実際に戦える。彼女のことだから手は抜いてこないだろうし、あの末脚を間近で感じられるのはどんな情報よりも価値があるだろう。

 

 ……無論、それ以外の理由もあった。私がカイフタラさんの提案を断れば、エンゼリーちゃんだけが彼女との対戦経験を重ねてしまうことに恐れを抱いてしまったのである。

 ライバルに置いていかれたくない。だって私は逃げウマ娘だから。日本を代表してヨーロッパにやって来たウマ娘だから。私はカイフタラさんを倒し、夢を叶えるために()()にいる。

 

「分かりました。やりましょう」

 

 ――申し出を断りたい気持ちよりも、戦いたい気持ちが勝った。後ろ手でとみおに爆速メッセージを打ち込みながら、私はカイフタラさんの提案を承諾した。

 

「――ふ。お前ならそう言うと思っていたぞ、アポロ」

「模擬レースの日時はいつですか? なるべく早い方がこちらとしては助かりますけど、トレーナーと日程の調節をしないといけないので」

 

 私のメッセージに対して、とみおは『調整はこっちで上手くやるから、全部俺に任せて好きに戦ってこい』と速攻で返信してくれた。これまでの上手くいった()()に身を任せるよりも、今は情報を取るつもりらしい。もっとも、今のままじゃ勝てない可能性の方が高いから、ルーティーンを崩して全力投球しに行くわけだが。

 とみおは()()()戦ってこいという言葉を使用したが、手を抜けと言っているわけじゃないと思う。敵がカイフタラさんレベルになると、本番と同程度の力を引き出すために、こちらも本気でやらなければならないだろうし。

 

「日時はそっちで指定してくれ。……オレはあくまでお願いをする側だ。好きにしな。それに、お前は()()で力を発揮できるタイプじゃねえだろ」

「えぇ、まぁ……」

「今決まらないなら、後でオレにメッセを寄越してくれ」

「いえ、今トレーナーから連絡が――明後日の放課後はどうですか?」

「問題ない。そこにしよう」

 

 とみおが言うには、『全速力で仕上げるなら最短で明後日にレース可能』とのこと。もちろんゴールドカップが本命なので、()()()()()()を持ってくるわけじゃない。そこら辺はとみおが全部上手くやってくれるから、私としては本当に助かっている。

 ……まぁ、とみおに抱き締められたら速攻で絶好調になっちゃうと思うけど。

 

「……この模擬レース、自分の首を締めることにならないといいですね」

「生憎だが心配は無用。お前にもエンゼリーにも負ける気はサラサラない。……だが、この絶対とも言える自信が通用したのはあくまで1対1の場合だし……数ヶ月前(ドバイの時)ほどの自信はねぇよ。本番当日にお前達2人を同時に相手して勝利できるほど、今年のゴールドカップは甘くねぇ」

「…………」

 

 ――カイフタラさんが猪突猛進の脳筋ウマ娘だったら、どれだけ良かったことか。その豪快な走りと違って、彼女はこんなにも思慮深い。どれだけ己の実力を信じていようと、油断の『ゆ』の字もない。石橋を叩いて渡るような慎重さもまた強さの根源というわけだ。

 

「お前も分かってるだろ? 世間は三強対決だと盛り上がってやがるが、オレ達からすりゃG1を勝つのが純粋にキツくなっただけさ。……こういうことが起きて、ある意味嬉しい自分もいるがな」

 

 それはそうだ。強いウマ娘が多いければ多いほどファンは喜ぶが、競技者としては単純に勝率が下がってしまうので微妙に思ってしまう面もある。私も嬉しさ半分、辛さ半分と言ったところ。ライバルに勝つのは大変だし対策の時間も少ないけど、その中でやりくりしていくのが楽しいのだ。

 今の私も楽しさと苛立ちで満たされている。何であなたはそんなに強いのだ――なんて、文句とも悦びとも取れる感情が渦巻いていて。

 

 堪らなく、疼く。

 この激情(おもい)()()()()()

 あなたのせいだよ。責任は取ってもらうんだからね。

 

 ――ここまで考えて、私は噴き出しそうになった。ヘンリー2世ステークスの勝利インタビューを受けていた()()()()と考えていることがそっくりではないか。くすくすと笑いながら、私はカイフタラさんの肩をつついてみた。

 

「カイフタラさんと私って、結構似てますよね」

「は? そんなわけないだろ。産まれも、見た目も、性格も、レーススタイルに至るまで……オレ達は全然違うと思うが」

「そんなことないですよ。分かってるくせに」

「………………くだらん話をするならオレは帰る。また明後日に会おう」

「あ、ちょっと! 折角グラウンドまで来たんですから、1本くらい併走くらいやりましょうよ!」

 

 こうして私達は何回か併走した後、それぞれの調整のために一旦解散となった。

 

 そして2日後――森の中のトラックコースにて。とみおが見守る中で私とカイフタラさんの直接対決が行われる運びとなった。

 

 

 



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117話:どうやって勝てばいい?

 

 ――シャンティイ・トレセン学園、その深い森の中のトラックコースにて。エプソムレース場を模したタフなコースにて、4000メートルのマッチレースが行われることになった。

 立会人と判定担当を兼ねているとみおは、カイフタラさんの了承の元ビデオカメラでの撮影を行う。あくまでフェアな勝負であるから、もちろんカイフタラさんにも映像を渡す約束を結んでおいた。

 

 自分の走る映像を渡すことに抵抗はなかった。どちらかといえば私達はカイフタラさんの生み出すレース映像が欲しいのだ。カイフタラさんも彼女自身の映像というよりは、私の映像やデータを欲しがっているように見えた。

 お互い同じ気持ちなのかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 正直、私の大逃げはマジでイカレていると思う。逆に私の走りを打ち破る可能性を秘めているライバル達がおかしいのだ……と、ある意味達観した考えさえ持っている。

 

「それじゃ2人とも、準備はいいかな」

「ああ」「うん!」

「予期せぬギャラリーが集まってしまったみたいだけど、本番でも人の注目はあるから……このまま始めようか」

 

 集合時間は放課後――つまり昼休み後になっていたのだが、思わぬ数のギャラリーが集まってしまった。どこから噂を聞きつけたのか、エンゼリーちゃんやアレフランスさん、その他のトレーナーなどが柵付近に殺到している。

 とみおは予想外かのように振る舞っていたけど、私とカイフタラさんにとって人の視線なんてのは空気に等しい。幾度もグレード・レースを走ってきたから、注目を集めることには慣れっこなのだ。

 

 まぁ……エンゼリーちゃんに見られるというのは、どうにも嫌な感じがするけど。

 

(エンゼリーちゃん……間違いなくあの子は牙を隠してる)

 

 Enzeli(エンゼリー)。G1・ゴールドカップの勝ち馬にして、その時Kayf Tara(カイフタラ)を打ち破った1999年における最強ステイヤーのひとり。99年のカルティエ賞最優秀ステイヤー自体はカイフタラが獲得しているため、カイフタラとエンゼリーはナンバーワンツーの関係と言っていいだろう。

 エンゼリーには競走馬時代にカイフタラを倒せる実力があった。であれば、ウマ娘として存在するこの世界でも、エンゼリーちゃんの実力は相当なものに仕上がっているはずだ。なまじカイフタラさんの末脚を知っているぶん、史実でゴールドカップに勝利したエンゼリーちゃんの実力は計り知れない。

 

 内ラチ付近で私達に手を振るエンゼリーちゃんを流し見て、ふうっと息を吐き出す。ああやって可愛い顔をしておいて、ヴィコンテスヴィジエ賞で()()()()()()()()の実力を蓄えているのだ。カイフタラさんや私がいるせいで目立っていないが、()()()()()()()ことのどれほど難しいことか。

 ド派手な脚質や博打打ちによって勝利するウマ娘は少なくないが、その逆は稀である。地味な立ち振る舞いのまま、呆気なく勝つ――それ即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。ドキドキする間もなく勝てるのは、目に見えない実力や経験に裏打ちされているからなのだ。ルドルフ会長が『強すぎてつまらない』と言われることがあったのは、間違いなく()()()()()()()から。エンゼリーちゃんもその領域に足を踏み入れていると考えておいて損はないだろう。

 

 ただ、とみおと協議した結果でもあるが、私達はカイフタラさんを1番に警戒すると決めている。そういう風に決定づけてしまった。もし負けてしまった時は、エンゼリーちゃんがカイフタラさんや私よりも強かったのだと諦めるしかない。そういう選択をしたのだから。

 

(……しかもあの子、重賞連勝中のくせに超晩成タイプっぽいからなぁ。カイフタラさんもエンゼリーちゃんも、強い要素てんこ盛りすぎだっつの)

 

 99年のゴールドカップに勝利した際、エンゼリーの関係者は『エンゼリーは晩成だからね。これからまだまだ良くなるよ』というコメントを零したという。この発言がリップサービスなのかは分からないが、優秀なステイヤーが晩成傾向がちなのは明確な事実だ。シニア級の春を迎えて更に伸び盛るウマ娘は結構いる。

 この世界のエンゼリーちゃんもその例に漏れず、これからが全盛期なのだろう。生憎エンゼリーちゃんと模擬レースをする時間・体力の余裕はないため、彼女への細やかな対応は半ば仕方のないものとして切り捨てる他ないのである。

 

「位置について」

 

 体操服の裾を伸ばして、スタート地点に立つ。私が内側、カイフタラさんが外側。ストップウォッチを握り締めたとみおは、フラッグを片手にレーススタートの合図を出すべく私達の斜め前に立っている。多くの観客がいるため、彼はカメラ役を誰かに任せたらしかった。

 

「用意――……」

 

 観客の期待感がじりじりと上がっていく中、とみおはキレのある動きでフラッグをはためかせた。

 パン、と空気の弾けるような音がして、私達はターフを蹴りつける。轟音が急加速して、ふたつの風となる。森のあちこちから歓声が上がり、穏やかなざわめきで包まれていたシャンティイの森に、模擬レース開始の鮮烈な雰囲気が吹き込んだ。

 

 思考に溶け込んでくるような実況解説の声はなく、そこそこの歓声と2つの足音だけが辺りに響いている。本番レース同然の緊張感と、何にも邪魔されない疾走感によって、どこか不思議な感覚があった。

 

 元来エプソムレース場は周回のない全長2400メートルのコース形をしている。この森の中のトラックコースは、蹄鉄のような形をしていたエプソムレース場を周回可能なように楕円形へ改造したものである。そのためコース全体の高低差は約40メートル、1周約2800メートルという独特の条件になっている。

 中でも高低差40メートルという異常な条件が曲者で。並のウマ娘がこんなコースを2周して4000メートルを走るとなれば、あまりの苦しさにしばらく動けなくなってしまうのが容易に考えられた。

 

 カイフタラはこのコースで練習を重ねていたから、規格外の力を手にすることができたのだろう。私は柔らかいターフを蹴りつけてトップスピードに乗る。相も変わらずカイフタラは後方待機。最初の数百メートルを通過するまでに、早くも4身程の差がついてしまった。

 

(私がレース中に()()()()()()()()ことをカイフタラさんは知っているはず。それでもスタイルを変えてこないということは……本番も後方に控えるつもりなんだ)

 

 広い視野でもってカイフタラさんを捉えると、彼女の黄金の瞳が目に入る。穏やかな波のように、僅かばかりの感情だけが見え隠れする彼女の双眸。そこには確固たる自信と冷静さが見て取れた。

 心は熱く、思考は冷静に。そんな基本を徹底するかのように、カイフタラさんは己のペースを貫いている。既に600メートルを通過して最終直線に向いており、残り3400メートルとなった。その差は8身。

 

 ここまでは私のペースだ。と言うより、カイフタラさんがハナを奪う気がないから()()()()()()()()()()()という感じ。これまでの対戦者は全員例外なく私を追い立ててきた。こうまでして大逃げに対して徹底的に無関心を貫かれてしまうと、「本当にレース終盤までに上がって来られるのか?」みたいな、ある種の違和感を覚えてしまうのだ。

 無論、余計な思考は純粋な闘志を削ぐだけ。あるがまま大逃げする私がいちばん強いというのは誰もが知るところ。私はホームストレートに位置する急坂を登って、カイフタラさんとの差をぐんぐんと開いていく。

 

「アポロさん、頑張れ~!」

「きゃ~! かっこかわいい~!」

 

 普段では絶対に聞こえることのない個人個人の声を切り裂いて、隆起した丘を駆け抜ける。トラックコースと言うよりはまるでオフロード。青々と茂った芝に加えて凹凸の激しい柔な地面が、循環器にダイレクトなダメージを与えてくる。早くもじんわりとした鈍痛のような感覚が胸の中にある。残りは3000メートル程だが、既にかなり苦しい。

 

(っ……、この坂、容赦なさすぎ……!)

 

 40メートルの高低差なんて、軽い山登りではないか。しかも、このコースには歩きでさえキツい勾配の坂が用意されている。ターフの質も相まって、山肌を走らされた夏合宿が脳裏を過ぎっていた。

 

「はっ、はっ――……!」

 

 息が上がる。純粋に走っているだけで苦痛が伴う。――ダメだダメだ。こんなんじゃ、カイフタラに負けてしまう。もっとペースを上げなければならない。何のためにカイフタラは自分のペースを貫いていると思う? 計算づくのラストスパートで私をぶち抜くためだ。

 それを未然に防いでやれ。できるだろ。もっと速く走れるだろ。死ぬほど苦しいのは分かる。でも、平坦な10000メートルの道なら全力疾走しても体力が持つって知ってるだろ。だから走れ。極限の苦痛に身を投じるのだ、アポロレインボウ。

 

「アポロちゃん、残り1周だよ! ガンバ!」

 

 ゴール板付近で切株に座っていたエンゼリーの声を受け、限界ギリギリのところで踏ん張ってみせる。ここで弱さを見せたら食われる。エンゼリーにもカイフタラにも。私の1番強い状態が常時の全力疾走なら、スタートからゴール板までその状態を緩めるわけにはいかない。大逃げは私のプライドの表れでもあるのだから。

 1000メートル通過タイムは――65秒1。確かゴールドカップのレコードは4分16秒9だった。つまり、このペースを維持すればレコードに肉薄するタイムを叩き出せるわけだ。更に加速すれば3分台が見えるかもしれない。

 

 第1コーナーと第2コーナーを曲がって、残り2400メートル。スタート地点まで戻ってくると、カイフタラとの距離が開きすぎて彼女の姿が見えなくなっていた。森の中という条件のせいで、樹木によって視界が狭くなったためだ。

 

(――それでもあの人は来る! 私が残り1000……いや、1500メートルを切った辺りから超ロングスパートで襲いかかってくるはず! 油断するな!)

 

 恐らく私との差は17身から20身といったところ。同一レースとは思えないほど極端な展開だが、きっとゴール板の前では接戦になる。冷静になると訳分かんないや。

 他人事のような思考が生まれると同時、太ももの根元――腰の付け根付近に違和感が生まれた。重い重い、水を含んだ真綿に包まれているかのような疲労感。痙攣のような震えを起こして、痺れていた。少しだけ不穏に思った。

 

 向正面の中間地点を通過して、残りは2000メートル。第3コーナーは見えているが、カイフタラの姿は見えな――いや、今見えた。速い。もう加速し始めている。

 私が4000メートルの全区間を全力疾走する大逃げウマ娘なら、カイフタラは後半の1000~2000メートルを大逃げ以上の速度で駆け抜ける超追込ウマ娘。理論値で言えば私の方が速いはずだけど、今目に見えている()()()()()――間違いなくヤバい。

 

(ぐっ……残り1600メートルっ!! もっと速く!! もっと速く走るんだ!! あの人は私の何倍も速い末脚を持ってるんだから!!)

 

 具体的な数値は分からないが、体感で言えば私と彼女のラストスパートには1.1倍くらいの差があると考えている。仮にこの数字が正しければ、私が時速70キロメートルで走っている時カイフタラはその1.1倍――時速77キロメートルで追い上げてくることになる。私が時速80キロメートルであれば、彼女は88キロメートル。大差をつけて走っている今だって、どれだけ速く走っても追い抜かれそうな不快感をひしひしと感じてしまう。

 予感がある。抗い難い嫌な感じ。ドバイの敗走が思い起こされるような薄ら寒さ。対策を考えていようと、そんなの関係ねぇよと言わんばかりの圧倒的な暴力でぶん殴られるような。重機の如き無機質な圧力に押し潰される予感がある。

 

 短距離同然の速さを誇るまで私の大逃げは成長した。それに易々と食らいついてくるカイフタラがおかしいのだ。これまでに練り上げた想いの力で立ち向かう以外に勝ち目はない。

 気合いを入れて再加速すると同時、ゆっくりと膨らんでいく『未知の領域(ゾーン)』の心象風景。丁度カイフタラが第3コーナーを曲がり、常軌を逸した加速に身を任せ始めた。残り1400メートル、最後の戦いだ。

 

 ――どこからともなく声がする。

 鈴の音のような、芯の通った声。

 

 刹那、ぞわり――という寒気に襲われた。20身もの遥か後方から、偉大なる心象風景の光が私の心臓を貫く。忍び寄る黒い瘴気が鋼鉄の鎖となって、私の四肢の動きを封じ込める。

 

「――アポロ。この声が聞こえているだろう」

 

 餌食を狙う蜘蛛のように、カイフタラは音もなく接近してくる。鬱蒼とした森の茂みのせいで彼女の姿は満足に視認できない。黒い瘴気の向こうから差し込んだ光だけが、薄ぼんやりと彼女の存在を知らせていた。

 

「お前は大切な友達(ライバル)だ。だからこそ手は抜けない。模擬レースだとしても、全力で迎え撃たないのは友達(ライバル)に対して失礼だからな――!!」

 

 ぐにゃり、視界が歪む。残り1200メートル。死神が動き出している。奴との差は18身。カイフタラは完全に『未知の領域(ゾーン)』を発動して、私の動きを止めにかかっているではないか。負けじと前傾姿勢になり、蹄鉄をターフに蹴りつけて敵の影ごと吹き飛ばす。

 

 そして、残り1000メートルを切ろうかという時。

 四肢に絡みついた鎖が強烈な重石となって、私の動きを捩じ伏せた。

 

「ぐ、お――……脚が、動かな――……っ!?」

 

 ここで初めて気付く。カイフタラの『未知の領域(ゾーン)』が成長し、前方のウマ娘を萎縮させる効果が付与されていたことに。

 3000メートルという距離を続けて走った上、高低差40メートルの道を周回しているためか――後ろ髪を引かれるかのような感覚に対して、急に脚が回転しなくなってしまう。じゃらじゃらと鬱陶しい音が鳴り響いて、鎖がその存在を主張していた。

 そうか――あの時ジャラジャラが呆気なく躱されたのは、この拘束によって動きが鈍くなったからなのか――!

 

「ヨーロッパのステイヤーの意地と誇りは未だに死んでいないと――その身をもって知るがいい!! アポロレインボウッ!!」

 

 私の心が反応するよりも早く、カイフタラの心が世界に拡がった。闇夜の中から姿を現す黄金郷が隆盛を取り戻したレース場を形作っていく。瞬間、カイフタラの背後から伸びた鎖が、私の脚の動きを完全に停止させてしまう。ごっそり削がれる気迫と体力。一瞬の超絶的な不快感を前にして、私の集中力はあっさりと霧散した。

 

「――……う、ぉ――――」

 

 彼女に対抗するための『未知の領域(ゾーン)』が吹き飛ばされ、私は3200メートル地点で苦しみに喘ぐ。まずい。最悪すぎる。『未知の領域(ゾーン)』による加速ができなかった。既にコンマ数秒の遅れを取り、これが後にどう響くか分からない。

 しかも、この威圧感は()()。メイン・ディッシュたる超加速は今からなのだ――

 

「この走りを焼き付けろ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 ――【Turn of a Century】

 

 最終コーナーの急坂を前にして、欧州の王者が進軍を開始した。シャンティイの森に暴風が吹き荒れ、私の背中に掘削機のような威圧感が当てられる。彼女の『未知の領域(ゾーン)』は私の闘争心を根こそぎ消し飛ばし、再度練り上げようとした心象風景を奪い去っていく。気持ちが大きく揺らぎ、私は精神の土台がひっくり返されるかのような感覚に陥った。

 ――剣だ。剣を押し当てられているかのようだ。()()()()()()と思ってしまいそうになる、強烈な嫌悪感。ゆっくりと(ねぶ)るように、首筋に抜き身の刃を押し付けられているのだ。

 

 なけなしの気勢で作り出した私の『未知の領域(ゾーン)』は消し飛ばされ、私は思わず空気塊を吐き出した。どこからともなく悲鳴のような声が上がり、異様な空気がトラックコースを包む。

 無理もない。私は()()したのだ。カイフタラの精神力に当てられ、『未知の領域(ゾーン)』を空振りさせられた。いつもの二の足が炸裂せず、ズルズルと後退している。しかして、カイフタラは無慈悲に加速している。

 

 そのまま残り400メートル地点を通過した時。

 今度こそ歓声は悲鳴に変わった。

 

 それ即ち――瞬殺。

 ()()()()()()()()

 

 残り1000メートル地点で15身。

 800メートル地点で11身。

 600で6身。

 400で1/2身。

 

 ――そして、残り200メートルを待たずして、逆転した。

 私とカイフタラの位置関係は完全にひっくり返った。

 

 デッドヒートなど生み出さない、一方的な虐殺。

 

 カイフタラの『未知の領域(ゾーン)』が吹き荒れ、森の中の全ての存在を圧倒していた。それ程までに密度の濃い心象風景。絶対に負けられないという強い激情(おもい)。カイフタラの肉体と精神はこれ以上ない全盛期を迎えている。

 大逃げなど関係ない。立ち塞がる者は全て切り捨てる。そう咆哮するかのような、猛々しい疾走だった。()()()()()()()()()()()()()と言い切る傲慢さに相応しい精神力と、天が与えしギフテッドが織り成す最高で最悪のハーモニー。

 

 ゴール板の寸前。私の目の前で、最強の背中が飛び跳ねていた。翼が生えていた。

 言葉を失って、呼吸さえ忘れた。模擬レースという建前さえ忘れて、彼女のどす黒い輝きに手を伸ばそうとしてしまった。その時点で私は勝負を放棄していたのだ。

 

 ――()()()()()()、ではなく――

 ――()()()()()()()()、と思ってしまったから――

 

 私は何もかもで負けていた。肉体でも、気持ちでも。全てが劣っていた。

 

 私は模擬レース直前、こう思っていた。

 仮に私達の実力が本当に同じなのだとしたら、勝敗を分けるのは経験の差なのだろうか――と。

 

 ――甘かった。甘いなんてもんじゃない。競技者失格だった。経験とか理屈じゃない。本当に気持ちの面で大きく負けていた。『未知の領域(ゾーン)』は想いの力で紡がれる末脚だ。その『未知の領域(ゾーン)』の発動すらできなかった私は、カイフタラに気持ちで圧倒的に負けていたと言えるだろう。

 

 ――だけど、ライバルに気持ちの面でも負けるだなんて。そんなの有り得ない。夢の根幹を思い出して、レース前は闘争心に溢れていて。先刻の私は全くもって十分すぎる状態だったではないか。

 であれば、この人を突き動かす信念はどれだけ強いのだろう。ふと、そんなことを思いながら――疎らに上がった歓声を聞いて、私の模擬レースは終わった。

 

 終わってみれば、1着のカイフタラとは5身の差をつけられた。しかも、勝負ありと判断したカイフタラは最後の最後に流して走ってゴール板を駆け抜けていた。それでも追いつけなかった私は、もはや悔しさを感じることさえ叶わない。

 

 純粋に強い。カイフタラの仕上がりは、そう形容するしかなかった。弱点も見えない。相手のミス待ちに期待することしかできないが、そのミスにも期待できない。カイフタラはどこまでも容赦のないウマ娘だと、私が1番知っているから。

 

 こんなの、災害みたいなものだ。どうしようもないではないか。どう対策を取ればいい? なんで私の大逃げをぶっちぎることができる? 私の大逃げは、バクシンオーさん達の協力で遂に完成したはずなのに。絶対に攻略できるはずのない無敵の走法に昇華したはずなのに。どうして。

 

 ゴールドカップまであと2週間。

 この僅かな期間の間に……私は何ができる?

 

 おめおめと敗北を受け入れる気はない。ゴールドカップを勝ちたい気持ちはある。

 しかし――既に私の肉体と走法はある程度完成の域に達していて。それは同時に、アポロレインボウというウマ娘がこれ以上劇的な成長を見込めないということでもあり――

 

 ()()()()()()()()()()()()()。深い絶望と無力感に苛まれながら、私はその場に膝をついた。そうして全身で大きく息をしながら地面にへたり込む私に、容赦なくカイフタラさんの救いの手が差し伸べられる。

 

「大丈夫か、アポロ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。咄嗟に俯いて、唇をちぎれんばかりに噛み締めた。

 

「――はい、何とか」

 

 このままじゃ勝てない。その事実をまざまざと見せつけられ、陰に隠した握り拳にあらん限りの力を込めながら――私はやり場のない感情を殺し続けた。

 

 



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118話:敗北を知って、私達の想いを知って、残酷な妖精の君よ、高く高く駆けていけ。全てを振り切って。

 

 模擬レース終了後、私はいつの間にか自室のベッドで横になっていた。

 

「……あれ?」

 

 とみおと何を話したんだっけ。エンゼリーちゃんに何か言われたような気がする。カイフタラさんにも声をかけられたはずだ。

 メッセージアプリを立ち上げてとみおとのチャットを開くと、そこには『明日はオフ、明後日からカイフタラ対策』という簡素なメモが呟かれていた。

 

「…………」

 

 え~っと……とみおに何て言われたんだっけ。彼には「模擬レースだしそこまで落ち込むな」って言われた気がする。……いつもならあの人の言葉は胸の中にスッと浸透してくるのに、今は右から左に通り抜けてしまう。どうにも、フワフワしていた。

 どうやったらカイフタラさんに勝てるのか。それを考えるあまり、私は思考のドツボに陥っているのかもしれない。

 

 確かに油断はあった。その精神的な隙を突かれて最大の反撃を取られたのだ。彼女が『未知の領域(ゾーン)』を展開した時点で、互いの想いに差があるのは分かっていた。肉体的スペックの差は最高速度やスタミナ貯蔵量が違っている程度で、最終的につけられた5身の差は精神力と気持ちの差によるものだ。

 だからこそ、あの5身の差が理解できない。僅かばかりの油断が作り出した差で、あれほどの決定的な違いが出るものなのか。分からない。もっと考えないと。あの人に負けた理由を。もっともっと、突き詰めておかないと。

 

「…………」

 

 考えれば考えるほど答えが見つからなくて、自らの中に秘めていた闘争心が削れていく。何が正解なのか分からなくて、走る気持ちさえ萎んでいってしまう。得体の知れない何かが私を深く蝕んでいく感覚が私の胸の中をぐるぐると回っていた。

 

「アポロちゃん、そろそろ夜ご飯を食べに行きましょう! ……ケ? アポロちゃん元気ないですね、何かありましたか?」

「…………」

「アポロちゃん? お~い、トレーナーが大好きなアポロちゃ~ん」

「…………」

「う〜ん……これは重症デス。そろそろグリ子ちゃんがこっちに来るっていうのに、一体どうしたんですか」

 

 ベッドの上で人形のように項垂れた私の頬を突っつくエルちゃん。心配してくれてるのはありがたいけれど、今は誰とも話したくない気分だ。ご飯もあんまり食べたくない。……いや、やっぱりご飯は食べたいかも。少しだけ。

 私はゆっくりとベッドから這い出ると、エルちゃんを誘って食堂に向かうことにした。

 

「アポロちゃん、全然食べないし喋りませんね。やっぱり調子が悪いんじゃないですか……?」

「いや、全然大丈夫だから」

「そうは言っても……いつもならパスタやピザを山盛りにして食べているのに、今日はピザが3枚とサラダの山盛りと人参ハンバーグ2個だけじゃないですか! ほんとにおかしいデス!」

 

 今日の私は少食だ。いつもならこのメニューの2倍3倍は食べているのに、今日はこれだけでいいや……なんて思ってしまう。模擬レースの直後だからだろうか。それにしても食べなさすぎだ。エルちゃんの言う通り、私は少しおかしい――と言うより、かなり落ち込んでしまっているのだろう。

 食堂にカイフタラさんやエンゼリーちゃんがいなくてよかった、と思った。今の姿を見られるのは嫌だ。……具体的にどういうタイプの拒否感なのかは言葉にできないけど。

 

「あ、そういえば。アポロちゃんは今日、模擬レースをしたんですよね?」

「!」

 

 ビクリ。模擬レースという単語を聞いただけで身体が震えた。エルちゃんはそれで何かを察したのか、「あ~……お水を持ってきます!」と言って席を立った。

 友人に変な気を使わせてしまったことに気づいたのは、彼女が視界から消えてからだった。

 

「……はぁ」

 

 ――私は何に怯えているんだ。本番までにカイフタラさんの本気を知ることができて良かったではないか。それとも何だ? 完敗して意気消沈した私は、カイフタラさんの本気を知りたくなかったとか、そもそも戦うべきじゃなかったとか――そう思っているのか?

 

「あぁ、もうっ」

 

 私は自分の頬を叩いて、苛立ちに任せて拳をどこかに叩きつけようとして――ギリギリで踏みとどまった。それだけはやっちゃいけないと脳が危険信号を発信したのだ。私に関わる全ての関係者や、私を応援してくれるファンのためにも、物に当たって怪我をする――なんてのは申し訳が立たないから。

 しかしまずいな。今の私は未来に対する希望よりも、明確な敗北のビジョンが大きく膨れ上がってしまっている。負け方が良くなかった。5身という大差をつけられた上、精神力の差をどう埋めるかの具体的な解決策が見出せていないから、これまでに経験したことのない感情が湧き上がっている。

 

 レースの組み立て方で負けていたとか、スタートダッシュを失敗したとか、どこでどれくらい負けていたという明確な敗因がない上、精神力の問題となるとトレーナーの協力を仰ぐこともできない。

 つまり模擬レースの敗因は、とみおと一緒に――ではなく、私自身で解決する必要があるのだ。自分が答えを見つけ出し、このモヤモヤとした心の雲を取り払う必要がある。

 

 自分にイライラした。いつものように闘争心が爆発して、なにくそと藻掻く元気すら出ない。何故か諦めようとしている自分がいる。情けないったらありゃしない。

 そうして溜め息ばかり吐いていた私の前に、チーフズグライダーさんがやって来た。

 

「やぁ。模擬レース、見ていたよ」

「……チーフさん」

「…………?」

 

 長い髪を揺らして、チーフさんが私の顔を軽く覗き込んでくる。何かを見極めるかのような冷徹な双眸に嫌なものを感じて、私は咄嗟に視線を逸らした。

 会話はない。チーフさんが私をじろじろと見つめてきて、私は彼女の目から逃れようとするだけ。そんな攻防が数十秒続いた後、彼女は怒りを顕にしながらその場を立ち去った。

 

「え? あの……」

 

 耳を絞りながら大股で歩いていくチーフさんと入れ替わる形で、紙コップを持ったエルちゃんが席に帰ってくる。エルちゃんは呆然とする私と怒りの滲み出ていたチーフさんを幾度か見比べた後、頭の上に疑問符を浮かべながら私の正面に座る。

 

「どうしたんですか? チーフズグライダー先輩と喧嘩でも?」

「……分かんない」

「分からないなんてことはないんじゃ……まぁ、いいでしょう」

 

 エルちゃんは訝しげな表情をしながらも、黙々と食事を取り始めた。いつものように激辛ソースをかけて舌鼓を打つ彼女の姿を見て、少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 そして、お風呂に入って布団を被れば悩みが吹き飛んでいるのではないか――なんて期待をしていた私は、翌日のオフでも模擬レースの結果に頭を悩まされることになる。

 

 翌日。嫌な夢を見た私はベッドから跳ね起きた。

 その夢の内容は単純明快。ゴールドカップ本番、アスコットレース場にて。カイフタラさんとエンゼリーちゃんが死力を尽くして1着争いをする中、私は大差をつけられて蚊帳の外で藻掻いており――そのまま3着以下に沈むという内容の夢だった。

 

 悪夢を見る時、その人はストレスや不安を抱えているらしい。不安・ストレス・疲労を抱えていた私は、その例に漏れず嫌な夢を見てしまったわけだ。

 すぐにでもトレーナーに会って不安を払拭してほしい気分だったが、今彼に会って何になる。ダメなものはダメだ。私自身で解決策を見つけなきゃならない。

 

「……散歩しよ」

 

 時刻は早朝。エルちゃんが安らかな寝息を立てる中、私はジャージを着てシャンティイの森の遊歩道を歩くことにした。

 

 薄い霧が漂う鬱屈とした森。鈍色の輝きを放つ大地の上を、あてもなく彷徨う。朝露を含んだ茂みに気を遣いながら、私は林間のギャップとなった小高い丘の上までやって来た。目的地のない散歩を一旦休憩にするため、ベンチ代わりの切り株を探していると、先客がいることに気づく。ウマ娘が2人。一体誰だろう。

 ぼうっとしながら2人組に接近していくと、やけに聞き覚えのある声だった。というか……チーフさんとチャームちゃんだ。こんな所で何してるんだろう。

 

「それで、チーフさんはこの後休憩ですか? ――あっ。後ろ、アポロレインボウがいます」

「ん? ……本当だ。おはようアポロレインボウ、こんな早朝に偶然じゃないか」

「おはようございますチーフさん、チャームちゃん。2人は朝練中ですか?」

「まあそんなところか。しばらくレースに出ないからといって怠けるわけにはいかないからね」

 

 あっけらかんと言うチーフさん。彼女はヨークシャーカップの後に足元の不安が発生したため、しばしの休養を取ることになっている。春から夏にかけては安静にすると発表しており、少なくともゴールドカップやグッドウッドカップには間に合わない。調子が戻らなければ年内を休養に充てて無理しない方針らしい。

 しかし、彼女に引退の2文字はない。カイフタラさんやエンゼリーちゃんを倒し、カルティエ賞最優秀ステイヤー(欧州全体の最優秀ステイヤー)を取るまでは何がなんでも走り続けるとか。

 

 チーフさんが昨日のように怒っている様子はない。むしろ昨日のアレは気のせいだったのかも。そう思いながら彼女に近づいていくと、チーフさんの顔色が一変した。

 

「あまり近づかないでくれるかな」

「えっ」

「今の君を見ていると反吐が出る」

 

 私を侮蔑するかのような目の色をしていた。チャームちゃんはビックリしたように耳をピンと反らしており、私との間に挟まってオロオロし始める。無論、チーフさんを怒らせるようなことをした覚えはない。あまりにも一方的な嗔恚に、私の口からは刺々しい抗議の言葉が飛び出した。

 

「……私が何か悪いことでもしましたか? 理由を言っていただかないと納得できないのですけど」

「理由? 理由かぁ……そうだな。君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな?」

 

 チーフさんは挑発するように、何より視線で刺すように言い放つ。最も突かれたくない弱点を言及された私は、喉から飛び出しかけた言葉をすんでのところで呑み込む他なかった。

 

「ほら。今もそうだ。その話題になるだけで君らしくもない萎縮の仕方をしている。……()()()()()()()()()()()()()()()()()? たった1度の模擬レースで負けただけじゃないか」

「――……」

 

 たかが模擬レース。その言い方が癪に障る。でも言い返せない。本番レースに敗北した訳でもないのに精神的に追い込まれているのは、ある意味自滅に近しいバカげた行為だ。模擬レースなんていうのは、本番レースで勝つための布石でしかないのだから。

 それでもそのバカげた行為を止めることができないのは、私の精神力が弱いからだ。追い込まれるといつもそう。外部からの刺激に圧倒的な脆弱性を見せるようになり、結果的に悪い結果を呼び寄せることになるのだ。

 

 チーフさんが身を乗り出して、私の顔を下から覗き込んでくる。煽るように、蔑むように。

 

「それともハッキリ言ってあげようか? ――今の君は腑抜けている。日本代表として失格だ」

「ちょ、ちょっとチーフさん! いくら何でもそれは言い過ぎですよ!」

「口を挟むなチャーム。今彼女を放置してしまったら、私までダメになりそうで嫌なんだ。なあ、聞いていいかなアポロレインボウ。ドキュメンタリーで君が言っていたことは嘘だったのかな?」

「……嘘?」

 

 予想外の一言に、私の感情は怒気よりもむしろ疑問を呈した。チーフさんはチャームさんの下から離れ、私に向かって1歩1歩近づいてくる。

 

「言っていただろう。私に勝ったヨークシャーカップでも。()()()()()()()()()()()とか、最強ステイヤーになりたいですとか――()()()()()()()()とか」

「…………」

「あの発言は嘘だったのかな? あれだけの啖呵を切った君の夢は、()()()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに――」

「――……ッ!! そんなわけっ、――ないでしょう!!?」

 

 そして、チーフさんのその一言が私のラインを容易く踏み越えてきた。抑える間もなく激情が爆発し、やり場のない怒りを感情のままに発散した。

 昨日からずっと感じ続けている、泣きたくても涙が出てこないようなもどかしさ、神経が張り裂けそうになるほどの憤怒、全身のどこが痒いのか分からぬほどの苛立ちを、あらん限りチーフズグライダーに向けて叩きつけた。

 

「そ、その程度の夢なわけないっ!! 最強ステイヤーになるって夢は、これまでの10年間ずっと私を突き動かしてくれた夢なんだもん!! 辛くて辛くて堪らないトレーニングも、夢のためなら頑張れた!! 心が折れそうになった時も、憧れが私の背中を押してくれた!!」

 

 そうだ。その程度の夢なはずがない。分からないんだよ。私自身も。何をどうすれば勝てるか分からないんだ。だからこんなに苦しんでる。カイフタラ攻略のカギがトレーニングに打ち込むことと別ベクトルに存在しているから、一筋縄では行かなすぎるから、嫌になるくらい悩んでいるんだ。

 模擬レースでつけられた5身の差は、精神力の差の現れ? それとも、お互いが抱いた夢が明確かどうかの差? いいや、それだけじゃない。精神が不安定だったドバイの時は1身、そしてお互いに成長した今が5身。明確な夢へのビションを持っていることは確かに大事だが、夢の明確性の差だけで5身の差が着くはずはないのだ。

 私以外の15人のウマ娘全てが難敵となって立ち塞がり、苦渋の限りを味わいながら勝利したクラシック級の有記念。想いに貴賎をつけるわけではないが、15人の気持ちにカイフタラ1人の想いが勝るとも思えない。つまり、精神力の差は一因かもしれないけど、そこに答えはない。自分自身に原因があるのは確かだが、かといって昨日の私には肉体的にも精神的にも()()()()()は存在しなかったのだ。昨日からずっと考えてる。ずっとずっとずっと。探し続けても分からないんだよ。もう1人の自分にも訊いたけど、分かりっこなかった。

 

 攻略法なんて無いんだよ。

 カイフタラには勝てない。勝てっこない。

 

 無慈悲なまでに強い。攻略法なんて存在しない。

 それが最強ステイヤー(カイフタラ)なのだから。

 

「でも……カイフタラさんは強すぎる……強すぎたんだ……。か、勝てないよ……あの人には……。考えれば考えるほど、あの人に対しては攻略法なんて生半可なモノがないって分かった! 本当の最強はあの人で、私は弱いウマ娘だったんだ……!! 最強ステイヤーになるなんて夢は、叶いっこなかったんだよ……!!」

 

 私はもう理解していた。戦う前から予感していた。模擬レースで惨敗に終わり、攻略の糸口も掴めない今、ゴールドカップでカイフタラやエンゼリーに挑んでも勝ち目はない――と。

 私の夢は終わっていたんだ。知るのが早かっただけ。ゴールドカップの前か、後か。それだけの違いだった――

 

「――ざけんな」

 

「……え?」

 

「ざけんなって言ってんだろうが!!」

 

 突然、脳内でガツンと鈍い音が響き渡った。頬骨の辺りに熱が走って、背中に衝撃を感じる。はっとして現実に戻ってくると、視界には曇天の空が映っていた。仰臥している。自然と上体を起こして元いたであろう位置を見つめると、そこには拳を振り抜いたような姿勢を取るチーフズグライダーの姿があった。隣のブラッシングチャームは両手を肩の上で硬直させ、わなわなと小刻みに震えている。

 ああ、殴られたのだ――鈍い痛みを訴える頬を押さえながら、私はぼんやりと思った。唐突に私を殴ってきたチーフズグライダーに食ってかかろうとする気力が湧く前に、ぶるぶると震えていたブラッシングチャームがチーフズグライダーを止めにかかる。

 

「たった2回負けた程度で――なに甘っちょろいこと言ってんだ!!」

「たった、ですって――?」

「ちょ、チーフさん! それ以上はマジまずいですよ! 2発目はマジで!! さすがに止まってくださ――」

 

「――だったら!!」

 

「――()()()!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「――……」

 

 その時、世界の時間が止まった。足元を薙いだ一陣の風が、ざあっ、とシャンティイの森を揺らす。チーフズグライダーの身体を拘束しようとしていたブラッシングチャームも、その言葉に心打たれていた。私もその場を動けなかった。心の奥深くを撃ち抜く言葉だった。チーフズグライダーの叫びは続く。

 

「私達が何年間負け続けてきたと思ってる!!? ダブルトリガーに!! カイフタラに!! 貴様(アポロレインボウ)に!! 他のウマ娘に!! 敗北の数よりも勝利の数の方が多い貴様が――あろうことか私に勝った貴様がっ、自分だけ辛いですみたいな顔しやがって!! しかも、負けるのが怖いから戦いたくねえみたいな態度まで取りやがって――っ、それがふざけてなくて何だ!! そんな貴様に救われる欧州長距離界なんぞクソ喰らえだ!!」

 

 全身が震えていた。己の内側に湧き上がる感情を前にして、私は唖然と瞬きすることしかできない。身体中が熱くなり、その熱が首筋を伝って頬まで昇ってくる。鼻の奥に凝縮された熱の代わりに、冷たくなった全身から脂汗が滲み出てきた。

 

「自らの勝利を諦め、チームメイトの有利展開作りにレース人生を捧げるウマ娘もいる欧州で!! 日本の成功者として海外遠征してきた貴様が!! 本番レースを迎えるまでの過程で、ざっ――()()()()――……ふっ、ふざけ――ふざけるなよ――アポロレインボウ――……!!」

 

 鼻の奥がつんと痛み、目の縁から熱い液体が染み出る。幼子のように、情けないしゃっくりが出た。殴打された驚きと痛みのせいもあった。込み上げてくる涙と嗚咽を吞み込むかのように、喉奥がごくりと動く。胸腔の辺りに圧迫感を覚えて、更に苦しくなった。

 チーフズグライダーの魂に響くかのような言葉が鼓膜を揺らす度、恥ずかしくて堪らなくなった。己の言動や思考を悔やみ切れないほど悔やんだ。

 

「戦う前から負けることを考えるだと――なら貴様の目の前にいるウマ娘は何なんだよ!!? 戦いたくても足元に不安があって戦えねぇウマ娘だ!! 自分自身の勝利ではなくチームメイトの勝利のために走るラビットのウマ娘だ!! 私達をバカにするのもいい加減にしろっ!! 私達は何度負け続けようと!! たとえライバルの攻略法が見つからなくても!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っ!!」

 

 そうだ。私は最悪なことをしようとしていた。勝とうと思ってゴールドカップに挑むつもりがなくて。負けるかもしれない――勝てないかもしれない――なんて()()を抱いてゴールドカップに挑もうとしていた。

 負けるかもしれない、という()()()を持つのは大切だ。しかし、あろうことかG1の舞台で自らの敗北を予想してしまうなど――競争者失格ではないか。

 

「お前は日本の代表として欧州(ここ)にいる!! 貴様の腑抜けた姿がそのまま日本で戦ってきたライバルの評価になるんだ!! ()()()()()()()!!? 貴様が命を賭してでも勝とうとしたレースの価値を、貴様自身が落とそうとしているんだ!! それだけじゃない!! ヨーロッパのレースで敗北させた者達や、怪我でゴールドカップ出走が叶わないウマ娘の期待さえ背負っているんだ!! 貴様のファン、URA関係者、ライバル、友人、家族――全てが貴様の活躍を願っている!! アポロレインボウならヨーロッパのステイヤー界を激変させてくれるだろうと信じ!! そして貴様の最強ステイヤーになるという夢を心の底から応援しているんだ!!」

 

 あぁ……私はこれまで戦ってきたライバルさえバカにしてしまったんだ。ゴールドカップまで続いてきた道は、ある意味ライバル達を踏み台にしてきたという証左でもある。だって、18人のウマ娘が同じレースに出たら、勝つのは1人で……残りの17人は涙を呑むことになるから。

 勝者の1人は、残りの17人の無念を背負って次のステージに向かっていく。そのサバイバルを繰り返し生き残ったウマ娘だけが立てるG1という舞台。ゴールドカップに集う16名は、それぞれの背中にライバル達の想いを受け継いでいるのだ。

 

 ――私に足りなかったのは、己の夢への自覚の強さではない。

 ライバル達を()()()()()()()()()()()

 私に足りなかったのは――いや、私が忘れていたのは。そんな単純明快な事実だったのだ。ドバイの敗北とゴールドカップに対する緊張感が思考を支配しすぎて、私の背中に宿った皆の想いを忘れていたんだ。

 

 皆は、私の活躍を期待してくれている。ルモス・ダブルトリガー両名の期待。イェーツのまなざし。ギャル組との通話。ファンとの交流。とみおと積み上げてきた日常。全部、真っ直ぐ私を応援する気持ちに溢れていた。

 何故忘れていたんだろう。こんなにあたたかくて、安らかで、大切なことを。

 

 ――そして、私はライバル達から何もかもを奪っていった。夢も、努力も、希望も、何もかも。

 1着を取るとはそういうこと。残りのウマ娘は2着以下の敗北者と化す。つめたくて、厳しくて、残酷で。それでも勝者が受け止めなければならない大切なこと。忘れてはいけなかった。こんなの、カイフタラさんに負けて当然ではないか。

 

「アポロは自分の夢のために、私たちの夢も、希望も、何もかも奪っていったじゃないか。……わたしに、わだじに勝って、奪っていったじゃないかぁぁ……!」

 

 チーフズグライダーの言葉はそこまで止まった。少女の双眸から大粒の涙が溢れて、頬を伝った。

 

「う、うぁ……ひっ、ぐ、ぅああ――バカ野郎……バカやろぉぉ……」

「……ごめん、なさい……ごめんなざい……! ごめんなざい、チーフざんっ……! ごめんなざい……!」

 

 地面に崩れ落ちたチーフズグライダーの肩を抱いて、卑怯なことに、私は彼女と一緒になってあらん限りの涙を流した。しばらくして、ブラッシングチャームが肩を震わせながら私達の身体を抱き締めてきた。彼女もまた俯いて、その瞳から朝露に似た鈍色を流していた。

 少女達の嗚咽は続いた。私は涙と共に己の悪しき部分を()()()()()()()()()()洗い流した。油断、過度な緊張、視野狭窄、思考の悪循環――その全てをシャンティイの朝露に溶け込ませたのだ。チーフズグライダーやブラッシングチャームは、それぞれの悔しさや無念を吐き出した。そして、その全てが私のこころに宿っていく。

 

 3人の周囲に『未知の領域(ゾーン)』の光が顕現した。2人の少女の瞳から零れた鈍い光が、私の中に流れ込んでくる。異形の一本桜は2人の欠片を大地から吸い上げて、その存在を枝に宿した。希望と無念を含んだ複雑な光。

 私が得たのは、勝者としての責任と矜恃。不完全に練り上げられた心象風景の欠片にして、敗者の生き様。それは少女達が積み重ねてきた激情の一部に過ぎなかったが、一本桜に確かな変化を与えていく。

 

 チーフズグライダーの『領域(ゾーン)』の名は――

 ――【WE NEVER GIVE UP!!】

 

 レース後半に差し掛かるとき、()()()()()()が背中を押して速度が上がるという末脚。私はその光を胸の中に大切にしまい込んで、ゆっくりと瞼を開いた。

 嗚咽は啜り泣く声に変わっており、同じタイミングで顔を上げた私達は少しだけ笑い合った。3人それぞれが、涙と共に過去を洗い流したかのようだった。

 

「……アポロ。私の夢を奪った君はカイフタラと戦う責任がある」

「……はい」

「思い出せ。君が戦い抜いてきたレースを。その身体に背負った想いを。君の経験全てが糧になるはずだ。カイフタラの強さを知ってる私が保証する。君は強い。1度2度カイフタラに負けた程度でこの評価は変わらないよ。アポロレインボウはカイフタラと同等以上の強さを秘めている――だから自信を持て! それ以上ウジウジしてると、本当に君のトレーナーをデートに誘うからな!?」

「ええ!? それはダメです!」

 

 レースととみおは別腹だ。どれだけお世話になろうと、あの人だけは絶対に渡さないよ。とみおは私の力の源でもあるんだからね。

 ……なんて心の中の声を盗み聞きしていたかのように、チーフさんは意地の悪い笑みを浮かべた。そして緩んだ雰囲気を引き締めるように咳払いすると、寄り添った私達は自然と肩を組んで円陣を組んでいた。

 

「カイフタラはアポロレインボウに期待している。ただ勝つためなら、手の内を見せびらかすようなことは絶対にしないからな。……あいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えているはずだ。より鮮烈な形で己の最強を決定付けたいがために、本番に隠しておくべき牙を模擬レースで曝け出した。……だからアポロ、そんな傲慢なカイフタラをぎゃふんと言わせてやってくれ。お前の負けた時の顔は見飽きたからさ、そろそろカイフタラの負け顔を見せてくれよ」

「――はいっ!! チーフさん、チャームちゃん、ありがとうございます!! 私、絶対に負けませんから!!」

「――良い返事だ!!」

 

 チーフさんが返事すると同時、私達3人は円陣の中心に向かって1歩踏み出していた。足並みが揃うとはこのことで、3つの足音が綺麗に揃った。心の中に宿った光が震えて、心地よいリズムを紡ぎ出す。この2日間止まっていた心臓の拍動が復活し、全身に血流が巡り始めた。

 自然と円陣が解かれた後は――お互いに涙の痕をそそくさと隠しながら――私は散歩に、2人は調整メニューに戻ることになった。

 

「おいチャーム、私達はそろそろ行くぞ。より早い復帰のために調整を続けなければならないからな。打倒カイフタラ・エンゼリー・アポロレインボウだ」

「はいっ!」

 

 チャームちゃんとチーフさんは背中向きになって、丘の向こうを下っていく。せめて背中が見えなくなるまでは見送りたいと思っていた私は、うなじのあたりを掻きながら照れ臭そうに振り返ってきたチーフさんを見逃さなかった。

 

「――おい、アポロ。頑張れよ」

「はい! チーフさん、活を入れてくれて本当にありがとうございました!」

「……頬をぶん殴ったのは悪かった。さすがに暴力はなぁ……。これに関しては何らかの罰則を受けてしかるべきだと思っているから、君の方から生徒会に報告しておいてくれ。チーフズグライダーに暴力を振るわれたとね」

「それはダメです」

「えっ」

「……先輩からの指導の一環ですから」

「……ふ。下手な冗談だな、お人好しめ」

「どっちがですか」

「ま、君の勝手にしたまえよ」

 

 最後に短いやり取りを交わして、私達は何事もなかったかのように別れた。

 ふと空を見上げると、空を覆っていた分厚い雲が晴れて、天からは眩い陽光が降り注いでいた。

 

 私は周りの誰かに貰ってばかりだ。

 ゴールドカップに勝てば、恩返しになるのだろうか。

 

 それは分からないけれど、ウマ娘の私にできることはひとつ。

 ゴールドカップに勝つこと。夢を追い続けること。

 そして――絶対に諦めないことだ。

 



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119話:天才ステイヤー対策会議(無理ゲー)

 

「あ、アポロちゃん!? どうしたんですか、そのほっぺた!」

「派手に転んだ」

「こ、転んだって……どう転んだらそんな腫れ方をするんですか!?」

「マジで派手に転んだの。シャンティイの森には魔物がいるらしいよ」

「は、はあ……」

 

 鼻歌を歌うくらいご機嫌だった私は、エルちゃんと朝ごはんを食べていた。散歩から帰ってくる途中で気付いたのだが、チーフさんに()たれた頬は割とまあ目立つ具合に腫れ上がっていた。エルちゃんに突っ込まれた通り、食堂で私の顔を見た多くの人達はビックリして目を丸くしてしまうほどだ。

 内カメラで見た感じ、青アザの一歩手前といったところか。チーフさんに言った通り生徒会や先生方にチクる気は全くないけど、私に会う人は何があったのか気になるだろう。……とみおにだけはアザの原因を伝えておいた方がいいか。ちゃんと理由さえ伝えれば、悪いようにはしないはずだ。多分。

 

「保健室に行った方がいいんじゃ……」

「大丈夫だって!」

「目も腫れてますよ」

「それは……えっと、まぁ、ちょっと……泣いちゃって」

「泣くほど痛かったんですか!? やっぱり保健室に行きましょうよ!」

「分かった分かった! ご飯終わったら行ってくるから!」

「はい! そうしてください!」

 

 そういうわけでエルちゃんと別れた後、私は真っ直ぐトレーナー室に向かった。保健室の先生に頬の痕を診られたら最後、ほぼ確実にウマ娘のパワーで叩かれたアザだとバレるからだ。そうなるのはマジに勘弁だから、とみおを頼るしかないわけ。

 何せ、割とガッツリ殴られたからね。思わず手が出ちゃった感じだから、そこまで強い一撃ではなかったのが幸いである。

 

 今日はオフの日だったので、トレーナー室に行く予定は特に無かった。まぁ、オフの日は暇だからという理由で大体トレーナー室に入り浸っているのだが……一応チャットで訪室を伝えた上で、私はトレーナー室の扉をノックした。

 とみおからは「いつでも入ってきていいよ」という返信を貰っているので、返事を待たずに容赦なく扉を開いた。パソコンの前でコーヒーを飲んでいたとみおは「おはよう」と言って微笑みかけてくれたが、私の顔を見た彼の表情が微妙なものに変化する。

 

 とみおは椅子から立ち上がって、私の前で中腰になった。頬に触れてきて、ごく優しい口調で、どうしたの、と訊いてくる。

 

「チーフさんに闘魂注入されたの。拳で」

「は?」

 

 チーフさんに心を動かしてもらったこと、その最中で私が戦うウマ娘に対して失礼な言葉を放ってしまったこと、その流れでチーフさんに叩かれたこと、その他諸々をかくかくしかじか説明する。チーフさんに非がないことをアピールしたおかげか、とみおは不承不承引き下がってくれた。見た目の割に軽傷だと判断したからかもしれない。

 

「頬のアザはもちろん、模擬レースの結果で落ち込んでたことも、大事に至らなくて良かったよ」

「…………」

「昨日の様子からして、本番までズルズル引きずっちゃうかもしれないって焦ってたんだ。さっきからアポロが立ち直るにはどうすればいいか考えててさ……徒労に終わって良かったけど。あ、湿布貼るからじっとしてて」

「ちべたい!」

「こら、動かない」

「だって!」

「文句も言わない。色々と心配したんだから……本当に良かった」

 

 とみおは私の頬に湿布を貼った後、心の底から安心したかのように頭を撫でてきた。彼にしては珍しい行為だなと思った。

 

「私のこと、そんなに大切?」

「うん」

 

 からかい半分、質問半分で訊いてみたところ、即答で肯定が返ってきた。かなり語気の強い声だったので、照れ臭さで返答に窮してしまう。やっぱり、私の身体は私だけのものじゃないんだなぁ。

 

「そうそう。今朝、日本からアポロ宛に贈り物が届いてたよ」

「え、何かな?」

「それが……ダンボール6箱分の荷物が来たんだよね。何が来たか分かる?」

「ダンボール6箱……? あっ!」

 

 日本からの贈り物、大量のダンボール……これらが導き出した答えはひとつ。ギャル組の皆さんから届く予定だった大量のにんじんと応援幕が今届いたのだ。首を振って件のダンボール箱達を探すとデスク横に鎮座していたので、早々とカッターを持ってきてガムテープを切り裂いた。

 中にあったのは宣言通り大量のにんじん。ひとつだけ軽いダンボール箱の中には、丁寧に梱包された応援幕が入っていた。

 

「おお、気合入ってるなぁ……応援幕ってやつか?」

「うん! シチー先輩が先導して作ってくれたみたい!」

 

 かなり壮大なスケールの布だったため、とみおに手伝ってもらいながらゆっくりと広げていく。明らかになっていく日の丸と『必勝』の大きな2文字。その下に『いざ最強ステイヤーへ! 必勝アポロレインボウ!』という文章が綴られており、余ったスペースにはぎゅうぎゅう詰めの応援メッセージが書かれていた。

 ヘリオスさん、パーマーさん、ジョーダンさん、シチーさんのギャル組。ジュニア級の頃からお世話になりっぱなしのマルゼンさん。ルドルフ会長とシリウスさんのシンボリコンビ。テイオーさん、ゴルシちゃん、ウオッカちゃん、スカーレットちゃんのスピカ組。マックイーンさんと天海トレーナー。バクシン的な心意気と技術を教えてくれたバクシンオーさん。こういう時にメッセージをくれるのは珍しいタキオンさん……それぞれの筆跡で思い思いの内容が詰まった応援幕。インターネット上での電子的なやり取りが常となった現代だからこそ、手書きの温かさが心に染みた。

 

「うわぁ……! やば、マジで嬉しい!」

「凄いメンツの応援メッセージだな……」

 

 とみおの手を取って、飛び跳ねて喜んだ。喜びのあまり、グループチャットを開いて通話を始めようとしたが、日本の時間が朝の3〜4時であることに気付いて流石に手が止まる。それはそれとして感謝の気持ちを伝えたかったので、それぞれに簡潔なメッセージを送っておいた。日本に帰った時にちゃんと伝えるとして、この恩に報いるためにはゴールドカップに勝つのが1番手っ取り早いだろうか。

 

「……アポロ」

「んぇ? どしたの?」

「いや。昨日の落ち込みが嘘みたいだなって思って」

「負けたこと自体はショックだけどね! もうくよくよしないって決めたから!」

「……そうか。トレーナーの俺が何もしてあげられなくてごめんな」

「ううん、とみおは別のところで貢献してくれるからね!」

「だったら良かった……」

 

 とみおは胸を撫で下ろした後、応援幕を壁に飾ろうと提案してくる。部屋の見栄えが良くなるし、私のモチベーションも爆上げだし、目に見える場所に幕を飾っておくのは大賛成だ。ヨークシャーカップのトロフィーが飾ってある棚の上に応援幕を取り付けた私は、とりあえず写真を撮ってウマスタにアップしてみた。

 ファンのみんなからの反応は(未明の早朝だというのに)上々で、沢山の応援コメントがついた。私のテンションはうなぎ登りだ。残り2週間に迫ったゴールドカップに向けて、着々と激情が積み重ねられていくのを感じる。

 

「ヨークシャーカップのトロフィーと応援幕、向こうのトレーナー室で飾ったら絶景だろうね」

「はは。でもアポロ、向こうに帰る時はゴールドカップやグッドウッドカップのトロフィーも持ち帰らないといけないぞ」

「……! うんっ!」

 

 とみおも信じてくれてるんだ。尻尾をぶんぶん振り回しながら返事して、私は彼の首元を掻き抱いた。すると思わず出てしまったような「うっ」という声を上げて、とみおが俯き気味になってしまう。

 

「とみお、どうかしたの?」

「し、仕事しないといけないから離れてくれるかな?」

「でもでも久々のオフなわけじゃん? お仕事の邪魔はしないから、このままで良くない?」

「よ、良くないからっ……色々と……!」

「え〜」

 

 とみおが私を引き剥がそうとするので、私はいたずらっぽく笑いながら逆に両腕に力を込めた。ジュニア級の頃と比べて結構パワーがついたでしょ? なんて耳元で囁きながら、慌てるとみおの反応を楽しむ。英気が養われるとはこういう感覚なのだろうか。彼と触れ合うだけで元気が湧いてくる感じがする。

 私、やっぱりこの人のことを好きすぎるよね。独占欲が強いのかな? ヨークシャーカップで確信に至ったんだけど……結構重めの部類かも? いや、かなり重いよね……。例えばとみおが私以外の異性と会話してるだけでもご機嫌斜めになっちゃうし、逆にとみおと話すだけで調子が上を向くし……。

 

 ……この“好き”の気持ちをいつ伝えようか。ゴールドカップの後? それともグッドウッドカップの後? ……今年の有記念の後とか? 何なら今すぐにでも伝えたいけど、いかんせん勇気が足りない。だからこうして、“気付いてほしい”オーラを出してアタックしてるわけだし。

 仮にステイヤーズミリオンを完全制覇したら、そういう自信もついてくるのかな。アスリートとして上手く行き始めると、私生活も充実する……的な感じで。どっちにしても、今の私はあと一歩が遠いのである。

 

 とみおに身体を押し付けて、しばらく。抵抗することを止めたトレーナーが、逆に私の身体を強く抱き締めてきた。ぎょっとして彼を抱擁する力が弱まる。攻めていたはずが攻められる側に回るとは露ほども考えていなかった。

 彼にぎゅっとされると、全身がふわふわしてくすぐったくなった。する側とされる側ではこんなにも違いがあるのだと変に納得したが、彼の身体との密着感がとてつもなく恥ずかしいことに思えた。燃え上がるように熱くなったうなじの辺りを撫でられて、トドメを刺される。私は「ひゃんっ」と裏返った声を発しながらソファに向かって飛び退いた。

 

「……押してダメなら引いてみるってことで」

「ば、ばかっ……うなじ触るとかマジありえない、変態!」

「急に抱き着いておいて酷くない?」

 

 ……私、対とみおがクソザコすぎる。レースと私生活の両立はまだ難しそうだ。少なくとも今年いっぱいはレースに本気で取り組もう。恋のレースは二の次で。そう考えた私は、紅潮した両頬を必死に隠すのだった。

 

 火照りを沈めるために洗面所で顔を洗った後、とみおと私は対カイフタラさんの作戦会議を1日前倒して行うことにした。

 とみお曰く、今日という丸1日をオフに当てていたのは、私の精神が落ち着くためのクールタイムとして設けた時間だったらしい。休養としての意味合いは小さかったとのこと。私が見事半日足らずで復活したので、とみおとしては1日分得をしたことになるな。

 

 モニターを引っ張ってきて、先日の模擬レースの様子を映し出すとみお。そこには自信たっぷりの無表情(としか形容できない)で走るカイフタラさんと、何かに焦ったような表情で大逃げをかます私が映っていた。

 ……もし私がこのレースを観戦していたら、レーススタートの時点でどちらが勝つか分かってしまいそうだ。最初から勝つ気でいるウマ娘と、雑念が渦巻いて勝利から限りなく遠いウマ娘の違いが顔に現れていると言うべきか。それで負けた時に()()()みたいな表情をしてるんだから……そりゃトレーナーも丸1日のオフを用意せざるを得ないよ。

 

 レースは終始大逃げの私が優位に立っていたが、残り1600〜1200メートルの辺りで立場が逆転し始める。カイフタラさんの『未知の領域(ゾーン)』が発動し、逆に私の『未知の領域(ゾーン)』が不発に終わった辺りからだ。

 俯瞰で見ると壮観で、残り2000メートルもないターフの上で起こった20身以上の大逆転劇は、周囲のギャラリーが驚愕の声を上げるのも納得のレースだった。自分が負けたレースだというのに、もはや痛快の域に達する爽快感である。そりゃカイフタラさんのレースぶりも人気になるわ。

 

 1度()()でレースを見た後、とみおが4000メートルの長い道程を巻き戻し始める。4分間があっという間の決着だった。とみおはカイフタラさんの弱点を洗い出す気満々だけど、実際に戦った私が出した結論は「そんなもん存在しねぇよ」「勝てる時は勝てる、負ける時は負ける」という暴論である。

 だからトレーナーには悪いけれど、「とみおが考案した対カイフタラさんの作戦がないと勝てません!!」みたいなレベルの期待をかけているわけではない。私の大逃げに明確な対抗策が無いように、カイフタラさんの極端な追込にも()()といった対抗策は存在しないのだ。シチュエーションは違うけれど、ルドルフ会長と戦うので簡単な攻略方法を考えてください! と言っているようなもの。無いものは無いと納得して戦うしかない。

 

 結果、ゴールドカップは精神の削り合いの泥仕合になると私は見ている。トレーナーの言葉は流し半分に聞くのが正解だろう。とみおが分析力に秀でているとはいえ、今回は流石にね……。

 

「……君はどう考えている?」

「カイフタラさんのこと?」

「そうだ」

「う〜ん……()()()()()()()()と思う。ヨーロッパのタフなレース場・芝・雰囲気……言っちゃえばこれら全てがカイフタラさんに有利に傾いてるわけだから、こうしたら勝てるっていう方法はないんじゃないかな」

「……2度戦った君がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」

「え、とみおは対カイフタラさんの作戦を考えてたんじゃないの?」

「……頑張って考えて色んな人に相談したけど、答えは出なかった。そんな都合の良いものは無いらしい」

 

 おお、マジか。とみおのことだから、てっきり対カイフタラさんの何かを捻り出したものだと思っていた。とみおの目からしてもカイフタラさんの走りは究極に近いということか……。

 

「天才ステイヤーと称されるだけあって、彼女の走りには死角なしだ。ただ、俺達が勝利に近付けるような()()()()()は確かに存在すると俺は考えてる」

「特定の条件……?」

「あぁ。ただの仮説だけどね」

 

 とみおはそう言い放つと、モニターの横にホワイトボードを引っ張ってきてペンを走らせた。白いボードの中央左寄りに『特定の条件』と太文字で書いて、中央右寄りに『Kayf Tara(カイフタラ)』と書き込むトレーナー。

 何が何だか分からない私は、とみおが『特定の条件』『Kayf Tara』という見出しの周囲に書き始めた文字を目で追うことしかできない。『良』『稍重』『重』『不良』『4000m』『ハイペース』『スローペース』『スタミナ量』……細々と書かれた単語達に私は思わず首を捻った。一体何なんだ、これは……。

 

「まず初めに。カイフタラを最も()()()()()と考えられる場状態は何だと思う?」

「え? 私はまあ……良場になったら1番勝ち目があるかなって思うよ。日本勢の私としては1番走りやすい状態なわけだし」

「……俺は逆の考えだ。世界で最も長い4000メートルのレースだからこそ、体力消費の激しい重場……もっと言えば不良場に勝算があると俺は考えている」

「……マジ?」

「大マジだ。理由を説明しよう」

 

 とみおはホワイトボードに書かれた『良』『稍重』を消した後、ペン先で『スローペース』『ハイペース』の中間点を指し示す。

 

「カイフタラはそもそも良場より重場を得意とするウマ娘だ。しかしトレーニングの様子を見ていると、極悪の不良場においては彼女でさえも走りにくそうにしている。そもそも欧州の不良場なんて考えたくもない劣悪な条件なんだが――それはともかく。付け加えると、カイフタラはハイペースが苦手なんだ。ペースキープと異次元の末脚で何とかしちゃってるだけで」

「……つまり?」

「ドロドロの不良場を日本の良場並のペースで駆け抜ければ、カイフタラは速度不足と()()()()()()で追いつけない」

「できるかそんなこと!! ……え? スタミナ切れって?」

 

 とみおは「待ってました」と言わんばかりに口角を上げる。もったいぶったように咳払いすると、彼は『特定の条件』を指し示した。

 

「特定の条件は『不良場』『4000m』『ハイペース』の3つ。この3つの条件を満たした時のみ、()()()()()()()()()()()()はぐんと上がるんだ」

「ええ!? 何で!?」

「アポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラ……この3人の中で最もスタミナに秀でているのが間違いなく君だからだ。ドロドロの不良場で容赦なく後続を磨り潰せば、最後に残るのは君だけになる」

「え、えぇ……? 大逃げについてきてくれそうなエンゼリーちゃん相手ならともかく……自分のペースを絶対に崩さないカイフタラさんが相手なんだよ? あの人をそんな上手く磨り潰せるのかな。カイフタラさんが私についてこないのって、多分そういうのをケアした結果でもあると思うし……」

「……先日の模擬レース、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君の1000メートル通過タイムである1分5秒1に対して、カイフタラは1分6秒1……そして2000メートル通過タイムの2分9秒6に対して、相手は2分11秒6を記録していたよ。1000メートル毎に1秒差を開くようなペースを刻んで、君の大逃げをスタミナ調整のペースメーカーとして利用していたんだ」

「…………」

 

 私の3000メートル通過タイムの3分13秒5に対して、カイフタラさんはスパートを開始していたため3分15秒7の時計を記録。そして決着タイムは4分16秒3――良場だったとはいえ、カイフタラさんは高低差40メートルを誇る過酷なトラックコースでレコードタイムを叩き出したのである。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。尋常じゃないスタミナを蓄えたアポロだからこそ()()()()()()()()()()()()()()()……弱点と言えるかも分からないくらいの小さな綻び。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――必勝法なんて言えない細い糸だけど、()()特定の条件になった時……その糸を掴んでみる価値は十分にあると思う」

「…………でも、日本の良場並のペースを維持しつつ、ヨーロッパの不良場4000メートルを大逃げしてくれって……それ私死ぬよ?」

「…………言うな」

「ですよね〜……」

 

 基本的に日本のレースは世界中で見ても高速の決着になりやすい。高低差が少ないし、画一的なコースが多いしね。

 それに対してヨーロッパは高低差10メートルなんて当たり前だし、コースの形は訳分からんし……とにかく時間がかかる。日本と同じだと思って走ると間違いなく失敗するのがヨーロッパだ。

 

「あ〜……昨日の夜中に深夜テンションで考えたんだが……やっぱりアポロ自身の負担が重すぎるんだよな。しかも、()()()じゃなくて()()()()()()()()だし……何ならカイフタラはこの条件で自分が弱くなることを自覚してるはずだ。エンゼリーもカイフタラも、そういう時に無策で挑んでくるウマ娘じゃないしな……」

「まあね……」

 

 結局巡り巡って、結論は『()()()しかない』というところに落ち着く。しかし、特定の条件で勝算の高い作戦を考えついたのは大きな前進ではないだろうか。……実現できるかは置いといて。

 

 カイフタラさんは重賞を3連勝中。エンゼリーちゃんは7連勝中(重賞4連勝中)。私はG1を4連勝中。

 『欧州長距離3強』が激突するゴールドカップまで残り2週間。世界中のファンの期待は膨れ上がっている。

 

 


 

『欧州長距離3強』連勝レースまとめ

 

エンゼリー(Enzeli)

9月未勝利→10月条件戦→10月国際競走(条件戦)→11月ジッピングクラシック(G2・2400m)→2月ロードランスステークス(G3・2600m)→4月シドニーカップ(G1・3200m)→6月ヴィコンテスヴィジエ賞(G2・3100m)

10戦7勝(7連勝中・重賞4連勝中)

主な勝ち鞍

G1:シドニーカップ

G2:ジッピングクラシック、ヴィコンテスヴィジエ賞

G3:ロードランスステークス

次走 ゴールドカップ(G1・4000m)

 

カイフタラ(Kayf Tara)

9月アイルランドセントレジャー(G1・2800m)→3月ドバイゴールドカップ(G2・3200m)→6月ヘンリー2世ステークス(G3・3300m)

10戦6勝(重賞3連勝中)

主な勝ち鞍

G1:ゴールドカップ、アイルランドセントレジャー

G2:ドバイゴールドカップ

G3:ヘンリー2世ステークス

次走 ゴールドカップ(G1・4000m)

 

アポロレインボウ(Apollo Rainbow)

4月 天皇賞(春)(G1・3200m)→5月ヨークシャーカップ(G2・2800m)

5月 東京優駿(G1・2400m)→10月 菊花賞(G1・3000m)→12月 有記念(G1・2500m)→4月 天皇賞(春)(G1・3200m)

14戦9勝(重賞2連勝中・G1 4連勝中)

主な勝ち鞍

G1:東京優駿、菊花賞、有記念、天皇賞(春)

G2:ステイヤーズステークス、ヨークシャーカップ

次走 ゴールドカップ(G1・4000m)

 

 



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120話:この夜が明けたら

 

 いよいよゴールドカップが近付いてくるに当たって、私のDMには様々なメッセージが飛んできていた。

 日本語から英語、フランス語、ドイツ語、その他多国籍の応援メッセージが届いていて、朝ごはんや歯磨きの間に追い切れないくらいの量が貯まっている。これまでも大きなレースが近付くと共に応援メッセが増えていく傾向にはあったが、今回は国を跨いでいるためか段違いの量のメッセージが押し寄せていた。

 

 今はスキマ時間を通して逐一反応しているけれど、そのうちキツくなってくるかもしれない。荒らしもアンチもほとんどいないから滅茶苦茶平和なんだけど、いつか追い切れなくなることを考えて、ウマスタ公式アカウントの運営を代理人やトレーナーに任せてみようかな……。

 

 今日は安田記念を勝利したグリ子がこっち(シャンティイ)のトレセンにやってくる日。エルちゃんと私がいる部屋は3人部屋なので、余っていたベッドと勉強机がようやく役目を貰えるというわけだ。

 その机とベッドは、この前届いたにんじん入りダンボール箱とエルちゃん荷物の置き場所と化していたので、そこら辺はちゃんと片付けて掃除しておいた。

 

 早朝から始めた掃除が終わり、テレビをつけると丁度『グリーンティターンが来仏!』という見出しのニュース番組が生中継されていた。場所はシャンティイ最寄りの空港。ファンと報道陣はグリ子が来るのを出待ちしているらしい。

 

 私の中のグリ子といったら気の置けない友達という立ち位置なので忘れがちになるけど、彼女はれっきとしたG1ウマ娘だ。というか、タイキさんやパールさんに勝ったことがあるし、クラシック級の時点でシニア級との混合G1を2つも勝っているし(香港スプリントに関しては凱旋門級に難しいと言われてるらしいんだけど、クラシック級で勝ってるのヤバくね?)、普通にバケモンみたいな成績を残している快速ウマ娘である。

 グリ子の主な勝ちレースは、阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)、桜花賞(G1)、スプリンターズステークス(G1)、安田記念(G1)、アルクオーツスプリント(G1)、香港スプリント(G1)……今の時点でG1を6勝って、何だコイツ!? ヤバすぎでしょ。私より2つも多くG1を勝ってるの、何かムカつくな……。

 

 ちなみに、私の同期で最もG1を勝利しているのはハッピーミーク様である。今年はドバイワールドカップに始まり、アメリカのシニア級ダート路線で勝ちまくっているらしい。

 通算G1勝利数は8。主な勝ちレースは、全日本ジュニア優駿(G1)、秋華賞(G1)、オークス(G1)、ジャパンダートダービー(G1)、JBCレディスクラシック(G1)、ドバイワールドカップ(G1)、ハリウッドゴールドカップステークス(G1)、メトロポリタンハンデ(G1)……これでシニア級1年目の春って何の冗談ですか? あまりにもミークちゃんがヤバいということで、同期(いつメン)のグループチャットでは彼女に対して冗談交じりで敬語を使ったり使わなかったりしている。

 

 話が逸れてしまったが……そんなわけで日本代表の快速ウマ娘として殴り込みをかけてきたグリ子であるから、空港に到着すると同時にマスコミとファンの手厚い歓迎を受けていた。その様子は複数のチャンネルを跨いでテレビ中継されており、私とエルちゃんはカタコトの英語で話そうとするグリ子を見て和やかな気持ちになった。戦績とのギャップ萌え。

 相変わらず英語を含めた勉強はサッパリのようだけど、ちょっと見ないうちに雰囲気が変わった印象を受ける。……彼女がクラシック級だった頃、特に香港スプリントを勝ったあたりから()()()じみたオーラを纏い始めたのを感じていたのだが……どうやらドバイのアルクオーツスプリントと安田記念に勝ったことで、覚悟や自覚が芽生えたようである。奇しくも私と同じタイミングで精神的な成長を果たしたのは、やはり同室の(よしみ)と言ったところか。

 

「グリ子ちゃん、いつの間にか落ち着いた感じになりましたよね。腹が据わってるというか、どっしりした感じデス」

「それはエルちゃんもでしょ。イスパーン賞を勝ってから……なんかこう、変わったじゃん」

「そうですかね? 私よりもアポロちゃんの方が変わった気がしますけど……」

「あ、グリ子が諦めてトレーナーさんに翻訳を任せ始めた」

「……最初から無理する必要なかったのに」

 

 イケメン度が増したように見えるグリ子は、時折海外のファンにウインクをしながら質問を受け付けていく。その質問は、長期滞在に当たっての大目標たるレースは何ですか、誰と対戦してみたいですか、ファンの皆さんに一言、などなど。

 グリ子の目標は10月のマイルG1・クイーンエリザベス2世ステークス。そこに至るまでは短距離マイル路線のG1を数回走るようだ。グリ子がウインクする度、視線の先で海外仕込みのガチな悲鳴が飛び交う。見ている分には楽しいが、ガチ恋勢を視線で殺すのはやめてあげてほしい。

 

 グリ子がマスコミに見送られてタクシーに消えると、グリ子の過去のレース映像が流れ始める。彼女の輝かしい栄光がナレーターによって語られ、ニュース番組がどこかで見たことのあるドキュメンタリーじみた番組に変化していた。

 私達は「あと数時間で着くかな?」「グリ子が到着したらいよいよ欧州短距離路線も終わりですね」「アメリカはスズカさんとミーク様が荒らしてるからなぁ……」などと話しながら彼女の到着を待つのだった。

 

 生中継にグリ子の姿が映らなくなって2時間後、彼女はアレフランスさんに連れられて私達の部屋にやってきた。久々の再会となったものの、いざ対面してみると何を話せばいいのか分からず、その直後は軽く挨拶を交わすに留まる。

 

「グリ子、おひさ」

「アポロちゃんもエルちゃんも久々!」

「元気そうで良かったデス!」

「シャンティイの暮らしはどう? さすがにもう慣れちゃった?」

「ご飯が日本に比べてちょっとアレなくらい!」

「ちょっ、アレフランスさんがいる所でそんなことを言うのはまずいデス!」

「お構いなく〜」

「ヒュッ」

「ケ」

「え? 今アレフランスさん何て言ったの?」

 

 その後はグリ子の荷物整理を手伝ったり、近況報告と雑談に花を咲かせたりして午前中を過ごした。

 しかし、ゴールドカップまでの残り期間は非常に少ない。すぐにイギリスに発たなければいけないから、グリ子との再会を喜んでいる暇は無いなと寂しく思うのだった。

 

 グリ子やエルちゃん達と一緒にトレーニングをして、フランスでの最終調整を終えたゴールドカップの10日前。私は6月4週のゴールドカップに備えるため、飛行機に乗って開催地のイギリスに向かった。

 ゴールドカップ開催地のアスコットレース場は、イギリスの首都ロンドンから西に約40キロ離れたバークシャー州に存在するレース場だ。空港に着いてから電車に揺られて数時間。そこから徒歩10分で到着する場所にある……と言ってもピンと来ないだろう。私もよく分からない。ヨークシャーカップと言いゴールドカップと言い、遠征が多くて土地勘を養う方がむしろ難しい。海外で唯一慣れているのはシャンティイくらいだ。

 

 そんなアスコットレース場だが、数百年前この地に居住していたウマ娘好きの女王が、後にレース場となる広大な丘を発見して「ここら辺の土地ってウマ娘が全力疾走するのに最高の場所じゃね」とレース場の建築を命じたことが始まりらしい。

 ……本当はそんな軽いノリじゃなかったと思うけど、ルモスさんがそう言っていたから……まぁそういうことにしておこう。

 

 実際にアスコットレース場を目の当たりにしてみると、壮大な草原の中にそそり立つスタンドと広々としたコースに唸ってしまった。周回コースだけでもその起伏は20メートルに及び、私が初めて経験する2桁メートル高低差のレース場である。今まで走ってきたレース場と迫力がまるで違う。

 日本からやって来た私に対して、立ちはだかる歴史と伝統の重みが目に見えて現れたような気がした。シャンティイの森にある例のコースで鍛えてはいるけど、アスコットのコース形状がかなり特殊なため初見同然の心持ちで挑まなくてはならないのも辛いところだ。

 

 とみおが持っていたアスコットレース場の3Dデータでイメトレは重ねていたけれど、実際に走るとなるとまた違った景色が見えてくるものだ。コース調査が終わった後、ターフをランニングして芝や高低差の具合を確かめてみる。

 ……単純な言葉じゃ表しづらいけれど、ヨークレース場や日本のレース場と比べるとスタミナ消費量がえげつないものになりそうな印象であった。高低差20メートルの脅威は言うまでもないし、芝の重さもまた厄介だ。ヨークレース場よりも芝が重めかつ高低差も激しい仕上がりになっているため、脚に纏わりついてくる疲労感が段違いである。

 

 欧州のレース場は自然の一部を切り抜いたものが多いため、より奔放なフィールドで構成されている。そのためスピードよりスタミナが求められるのが常となっており、私達日本のウマ娘はギャップで苦しみやすい。

 欧州G1を勝利したエルちゃんやタイキさんはダート適正の高いウマ娘だ。彼女達曰く、欧州の芝はダートを走るくらいの気持ちで挑んだ方がいい――恐らく日本の芝と欧州の芝は別物という心構えで挑戦するのが良いと言いたかったのだろう――らしい。

 

「長期天気予報によると、レース当日は天候が怪しくなりそうだ」

「……なるようになる、としか言えないね」

「良場でも不良場でも、俺達がやることは変わらないからな。この調子だと当日は雨で確定みたいなもんだ」

 

 私はホテルの窓から夜闇のアスコットを眺める。街明かりが照らす夜空は、どんよりとしたうねりで覆われていた。長期天気予報の結果によると、ゴールドカップ当日は降水確率が100%。間違いなく稍重以上のターフになるだろう。

 この地に降り立ってから来てからずっと雨の匂いがしている。その香りは天気予報の数字以上に深い暗雲の訪れを予感させた。

 

 仮に場が渋れば、先日とみおが言ったような想定のレース展開になるだろう。しかし、欧州の滞在期間がまだ2ヶ月にも満たないということで、私は欧州の芝における不良場でのトレーニング経験が圧倒的に不足している。そもそも重場を超えた不良場なんて土砂降りの最中か直後くらいでしか拝めないものだ。不良というのは田圃に相当するほど状態が悪く、単純に危険なため室内トレーニングをするのが一般的である。

 そもそも、気候区分的にフランスは降水量が少ない。日本が降りすぎというのもあるが、バケツの中身を叩きつけるような土砂降りは日本より起こりにくいのである。

 

 というわけで、シャンティイに滞在してからのトレーニングは、雨が降った日に行った『重場』までの想定ばかり。ヨーロッパ出身のエンゼリーちゃんやカイフタラさんよりも圧倒的に不良場の経験が不足しているのは言うまでもなかった。

 それでも負ける気はないし、相対的に自信が無いというだけで、仮に不良となってもレコードペースで走り切るスタミナはちゃんと持ち合わせている。……持たなくなるとしたら、私の脚だろうか。怖いのは速度の限界の先にある致命的な怪我だ。全速力で走っている時に()()()()転んだら、多分トラウマで2度と走れなくなるだろう。

 

 水を含んだ芝と地面は、速度を出しにくくなること以上に危険が付きまとう。水滴と芝が組み合わさることによって()()()()()が生まれる上、それが時速70キロ以上の世界となると……危険性の高さは言うまでもない。

 その足で踏み締める1歩1歩に、致死量の恐怖が待ち受けているのだ。生身の生物が発揮する限界速度で転倒すれば、それこそ『死』という最悪の結果が見える。つまり、良場の時と比べてどうしてもブレーキをかけてしまうのだ。限界の1歩手前、もしくは安心と闘争心が均衡を保つような速度で走らざるを得ない。

 

 ――恐怖を乗り越えて全力疾走できるか否か。とみおは私が安全性を意識した走りを見せて2着以下に沈んでも、厳しく叱咤するようなことはしないだろう。

 ――だが。私が知る限り、カイフタラさんの覚悟は尋常ではない程に強い。エンゼリーちゃんの闘争心も常軌を逸している。何より、彼女達は私が全力を尽くしてくれることを期待している。とみおも、ルモスさんも、ファンの人達も、URA関係者も、みんな期待している。私達が生み出す恐怖の先の超越的な疾走を。

 

 ゴールドカップは来年も開催される、ステイヤーズミリオン完全制覇は来年でも成し遂げられる――などと考えてはいない。だって、カイフタラさんやエンゼリーちゃんの集うレースが来年も開催されるかなんて誰にも分からないから。カイフタラさんやエンゼリーちゃんが引退するかもしれないし、怪我で休養を取っているかもしれない。

 そうでなくても、欧州長距離界復権のためには()()()()()()()()()()を起爆剤とするしかないのだ。私が安全性を重視したレースを見せてしまえば、「こんなものか」「思ったより普通」という無慈悲で正直な評価が下されて、今後のレース人気に大きく響いてくるのは目に見えている。

 

 ファンというのはある意味残酷で、見たいものを見ようとするものだ。界隈の人達の努力の程度に関わらず、世の中に発表されたものがつまらなければあっさりと離れていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。メディアやインターネットを使ってある程度のムーブメントを作り出すことができても、より爆発的な流行を生み出すためには――ファンを()()にさせる必要がある。本気でのめり込ませる魅力が必要なのだ。

 一過性のブームではなく、10年――50年――いや、みんなの生活の一部となるようなエンターテインメントにするためには、ゴールドカップの凡走は絶対に回避しなければならない。

 

 だからこそ私は、()()()()()()見せ場を作る必要がある。異国からやって来た大逃げウマ娘が泥だらけで勝利する――なんて、()()()()()()()()()()()()()()()。芦毛で白い勝負服だから汚れが更に映えるだろうし、そういう演出やドラマがあれば一般層の食いつきが更に狙えるだろう。

 そして、私はそういう打算と安全性を天秤に掛けなければならない。

 

 ――だけど、私が重石(運命)を賭ける方は決まっていた。

 リスクは知っている。家族やトレーナーが私の身体を案じてくれるのも知っている。それでもこの瞬間に燃え上がる夢への憧憬は止められない。そもそもレースとは危険なもの。今更危険性に怯えるのは愚かしい。私のために、みんなのために、私は心のブレーキをぶち壊すのだ。

 雨だろうが雪だろうが、全力で駆け抜ける。憧れに向かって、夢のために駆け抜ける。私はそう強く誓った。

 

「とみおは怖い?」

「なにが」

「何がって、ゴールドカップが」

「そりゃ怖いよ」

「どうして?」

「……今まで夢だったものが、もうすぐやって来る。()()()()()()()この不思議な感覚、これがどうしても慣れなくてさ。ダービーや菊花賞の時もそうだったけど、海外のG1ともなるとやっぱりね……」

「…………」

「それに、今回は注目度が異常に高い。慣れっこなはずなんだけど、こっち(ヨーロッパ)のURAの力の入れようを見て緊張が移ってるみたいだ。トレーナーがウマ娘より緊張してどうするって話だが……」

「ううん、仕方ないよ。私も全然現実味がないっていうか……何かふわふわしてる感じがあるし」

「大丈夫か?」

「うん。明日のインタビューで切り替えるから」

「頼もしいね」

「私を誰だと思ってるの?」

「アポロレインボウ」

「せいか〜い」

「俺のウマ娘だ」

「うふふ」

「何なんだ、このやり取りは」

「さあ?」

「……お喋りはもういいかな? 早く寝ちゃいなさい。今日からゴールドカップまでは徹底的に早寝してもらうからね」

「は〜い」

 

 既にお風呂に入っていたので、私は大人しくベッドの上で寝転がった。それを見て「おやすみ」と言うとみお。電気を消して部屋から出ていこうとした彼の袖を摘んで、私は小声で「もうちょっとだけ私の傍にいて」と呟いた。

 とみおは暗闇の中で微笑んで、そういう所は変わってないな、とぼやいた。強気でいたいのは山々だけど、ほんの僅かな不安があるのもまた事実。きゅっと彼の手を握って、私が寝るまで一緒にいて欲しいと暗に伝えてみる。

 

 彼の返事は肯定だった。私が寝ているベッドが軋んだかと思うと、頭の上に大きな手が置かれる。流れに沿って髪の毛を撫でられた私は、思わず空気の塊を吐いた。その息遣いを聞いてか、彼の手つきがより優しくなる。意識がゆっくりと微睡みに落ちていく中、彼がぽつりぽつりと言葉を落とし始めた。

 

「そうだよな……君は世界中にファンがいるスターウマ娘だけど、まだまだ子供なんだよな……」

「…………」

「君が望むなら、俺は何でもするよ。パートナーとして」

「……ありがとう」

「俺はターフで走れないからな……これくらい当然のことだよ」

 

 とみおの手がウマ耳を巻き込みながら髪を撫でる。呼吸が深くなり、眠気が強まってきた。最後の会話として、私は唯一の不安を吐露した。

 

「……ゴールドカップ、多分重場か不良場になるよね」

「だろうな」

「思いっ切り走ったとして……私の脚、大丈夫なのかな」

「大丈夫、君が思うようなことにはならないよ……()()菊花賞を走り切った俺達だぜ? これまで経験した全てのことが君を護ってくれるさ」

 

 とみおにそう言われて、漠然とした不安が掻き消えていくのを感じた。手のひらで頭を撫でられ、指先で頬をくすぐられ、五感の全てが温かな光に満ちていく。

 

 ……ごめんね。ありがとう、トレーナー。今日だけは私の弱さを包み込んでほしかったんだ。あなたの一言で背中を押してほしかったんだ。

 私、この夜が明けたら、変わるから。みんなが望む最強のステイヤーになるから。

 

 でも……あなたの前だけは。

 これまでも、これからも。

 ……普通の女の子でいさせてね。

 

 

 ――賽は投げられた。

 最強ステイヤーとしての自覚が確固たるものへと成長し、その精神に呼応して更なる“果て”が姿を現す。

 

 終わりが近づいてくる。

 始まりが近づいてくる。

 

 3人の優駿が交錯する運命のゴールドカップが、いよいよ始まろうとしていた。

 



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121話:雨の中のゴールドカップ①

 

 ――6月4週、ゴールドカップ。

 私が憧れてきたレースのひとつであり、世界最長の芝19ハロン210ヤード(4014メートル)という距離を誇るヨーロッパのシニア級最高峰のレースである。

 イギリス王室が開催する5日間の重賞集中開催期間・ロイヤルアスコットミーティング(Royal Ascot Race Meeting)の3日目のメイン競走として開催され、その創設は200年以上前とイギリス最長の歴史を持つ。

 

 現在はイギリス・フランス・アイルランド・ドイツなどヨーロッパのスタミナ自慢が集うレースとなっており、ゴールドカップ→グッドウッドカップ→ドンカスターカップで英国長距離三冠を形成している。この三冠は6回達成され、特にルモスさんが2年連続で達成したことは語り草になっている。最も近年の達成はダブルトリガーさんだ。

 

 いよいよイギリスのアスコットレース場にやってきた私は、あちこちで行われる華やかなパレードを眺めていた。

 

「ロイヤルアスコット開催……噂には聞いてたけど、凄い人の数だな」

「ね〜。王室主催だもんね〜」

「高貴だなぁ」

 

 小学生並の感想を囁き合っている私達だが、顔は全く笑っていなかった。トレーナー室で見せるような和やかな雰囲気もない。とみおは私の威圧感に引っ張られて緊張しているようだった。

 無理もない。あの夜が明けてから、私は常にレース時同様の威圧感を纏っているのだ。そのお陰で1週間前のインタビューはピリついた雰囲気で行われてしまったし、私に近づいてくる多くのウマ娘が縮み上がるくらいには強烈な圧力が渦巻いている。それはエンゼリーちゃんやカイフタラさんも同じで、インタビューの受け答えの内容がやや攻撃的な内容となっていた。お互いに()()()満々というわけだ。

 

 ……さて。このロイヤルアスコットミーティングは、イギリス王室主催かつ重賞レースが18つ――G1レースが8つ――行われるとあって、気合いの入り方が段違いである。

 付近にあるウィンザー城からアスコットレース場に向けてパレード隊が30分以上かけて行進して来ているし、ミーティング3日目だというのに小規模イベントがあちこちで行われているのだから、その盛り上がりは言うまでもない。しかも、レースに勝ったら王室のお偉いさんから直接トロフィーが授与されるときた。レース関係者にとってそれ以上の栄誉はない。特にイギリス出身のウマ娘は喉から手が出るくらい欲しい名誉だろう。

 

 王室関係者の方々は全てのレースを観戦するらしい。パレードでアスコットに訪れた後は、多分スタンドの中で私達を見守ってれているはずだ。緊張するなぁ。

 レース慣れしている私でも雰囲気に当てられているのは、ロイヤルアスコットが社交界の一大イベントとしての側面を持っているからかもしれない。どれくらい大規模かと言うと、テニスのウィンブルドン選手権や、伝統のボートレース・ヘンリーロイヤルレガッタ、ゴルフの全英オープンに並ぶくらいだとか。スポーツと社交界を融合させた大イベントがあるのは、何となくイギリスらしいなと思ってしまう。

 

 そういうわけで、私達の周りには着飾った紳士淑女の方々が集まっている。とはいえラフめな格好をした家族連れ――ロイヤルアスコット開催なので彼らもスーツを着用しているが、もっと格式の高い正装をしている人が多いからそう見える――も沢山いるので、辺り一面は割とカオスなことになっている。

 フォーマルに決めている人達はレース関係者か良い席で観戦するのだろう。保守派の人達からすれば所謂ライト層の観戦は嫌かもしれないけど、ルモスさん的にはまず若者の人気が出てほしいらしいので、そこら辺の軋轢には細心の注意を払っているとか。

 

「そろそろ控え室に行こうか」

「……ん」

 

 華やかなパレードと盛り上がりに反して、空は曇り空。ミーティング1日目と2日目は晴れたのだが、昨日の夜中に大雨が降って昼前の時点で場が荒れ気味だ。

 ゴールドカップは3日目(本日)の第4レース。16時を過ぎてからの発走となるため、天候は持ちそうにない。逆に天候が回復する見込みもないとなれば、現在のターフの状況――即ち重場以上の道悪になるのは確定しているようなものである。

 

 既に足元はグズついているし、雨の匂いが止まらない。それどころか濃くなっている。大きな勝ち筋を引き寄せる天の恵みではあるが、勇気を振り絞らなければならない三女神の悪戯でもあった。

 私はとみおに手を引かれて控え室まで帰ってきて、軽い昼食を食べ始めた。犬歯を突き立てるようにしてサンドイッチを貪る。苛立ちを咀嚼するかのような様子にトレーナーは苦笑いしているけれど、このもどかしさは彼によってもたらされたものだ。笑い事じゃない。

 

 イギリスに来てからの10日間、トレーナーは私のゴールドカップに対する憧れを煽り続けていた。肉体を虐め抜くスパルタではなく、全力で走れない最終調整中に精神を追い詰めるような締め付けを行ってきたのだ。関係性が構築されていなければ嫌がらせ同然の言葉責めを耐え抜き、私の闘争心は爆発寸前である。

 彼によって私は幼少期から抱いてきた憧憬を嫌というほど思い出させられた。これまでに過ごしてきた努力の日々、憧れを募らせて身を焦がした夜、胸の内に押し込んでいた夢の輝き、日本代表としての重責、ゴールドカップに出走できないウマ娘達の想い、その全てを想起させるような煽りで私の闘争心を高めてくれたのだ。

 

 レース直前の今となっては最高のコンディションを生み出すための行為だと納得できるが、とみおの煽りは死ぬほど心に()()えげつなさがあった。

 ……実際にランニングしている隣で飛んできた言葉は生易しいものじゃなかった。とみおと私の関係じゃなかったら逆効果になるような過剰な煽りだったのは間違いない。結果、割と精神的に追い込まれたし、色んな意味でドキドキさせられた。もちろんワクワクもしたし、追い込まれるストレスによって逆に「なにくそ」という闘争心が湧いてきたりもした。

 

 緊張と期待。これらの絶妙なバランス配分によって、今の私はレースするのに絶好のコンディションになっている。

 早く走りたい。目の前に()が転がっているのにお預けを食らっていることを何度も認識させられて、椅子に座っていても私は前掻きが止まらなかった。

 

「アポロ、大丈夫か?」

「とみおがこんな身体にしたんじゃん」

「ご、ごめん……」

「ウマ娘の闘争心、マジでシャレにならないんだからね。今の状況、すっごいストレスだよ」

「……次からここまでの仕上げは辞めておこうか――と言いたいところだけど、相手が悪すぎるな。9割の仕上げに抑えておいて負けました、なんて最悪だろ? 俺達は今後も10割の全力でぶつかるだけだ」

「…………」

 

 とみおの言うことはもっともだけど、彼はぜんっぜん分かってない。走ることが本能に結びついたウマ娘は、走りに関するストレスを与えられると精神的に過敏になってしまうのだ。空腹の獣が目の前に横たわる肉を前にして「待て」を出来るはずがないのと同じように、とにかく不安定な状況が続く。それ故に精神を解放した時の爆発力は高まるのだが――

 焦燥感やもどかしさが止まらない私は、レース後の精神的解放とご褒美を求めてトレーナーに声をかけた。

 

「とみお」

「どうした?」

「ここまで仕上げてくれたことは嬉しいけどさ、レースが終わったらいっぱいご褒美を頂戴ね」

「分かった。レースが終わったら聞こうか」

「…………」

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()。レース後のことすら考えさせてくれない。私の脳内をストレスでいっぱいにして、とみおは私をゴールドカップのことだけを考えてしまうような精神状態に変えようとしているのだ。彼も私も望んだことなのだが、とみおの方針が徹底的すぎてキツい。

 

「アポロ、その苛立ちを解放するのはレースが始まった瞬間だ。()()()()()()()()()()

「っ……うん、分かった」

 

 ドライに宥められながら、私はお茶で喉を潤しつつ手元の出走表に目を落とした。このゴールドカップ、一堂に会したのは15人。私、エンゼリーちゃん、カイフタラさんの3人にはラビット役がいないこともあり、単騎で走るウマ娘がほとんどだ。唯一チームを組んでいるのは15人中2人だけなので、ラビットは1人ということになる。そうでなくても逃げの脚質は少ないけれど。

 出走表は以下の通り。

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

12Kayf Tara(カイフタラ)追込3-0-0-1G1アイルランドセントレジャー G1ゴールドカップ G2ドバイゴールドカップ 他

215Smoky Thrill(スモーキースリル)先行1-1-0-2OP条件戦

314Honey Heartbeat(ハニーハートビート)逃げ0-0-0-4OP条件戦

410Choco Fondue(チョコフォンデュ)差し0-1-1-2G1クリテリウムドサンクルー G3クラシックトライアル

512Silent Joker(サイレントジョーカー)追込1-0-3-0G2モーリスドニュイユ賞 G3オーモンドステークス

66JJ the Jet Bicycle(ジェイジェイザジェットバイシクル)自在2-1-0-1G1サウスアフリカンダービー G1ケープタウンメット G3ヴィンテージクロップステークス 他

79Busto Arsizio(ブストアルシーツォ)先行2-1-0-1G1ナシオナル大賞 G1オノール大賞 G2オレアンダーレネン賞

84See You Later(シーユーレイター)差し3-1-0-0G1イギリスセントレジャー G3ゴードンステークス G3サガロステークス 他

913Orange Sapphire(オレンジサファイア)追込1-0-2-1OP条件戦

107Switch On(スイッチオン)先行2-1-0-1G1ロイヤルオーク賞 G2ドーヴィル大賞典 G2ヴィコムテスヴィジェール賞 他

115Jara Jara(ジャラジャラ)逃げ2-1-0-1G2阪神大賞典 G3ダイヤモンドステークス 他

123Enzeli(エンゼリー)先行4-0-0-0G1シドニーカップ G2ジッピングクラシック G2ヴィコンテスヴィジエ賞 他

1311Zone Espresso(ゾーンエスプレッソ)差し1-0-0-3G3レッドシーターフハンデ

148Golden Nedawi(ゴールデンネダウィ)先行0-3-0-1G3オーモンドステークス

151Apollo Rainbow(アポロレインボウ)大逃げ3-1-0-0G1日本ダービー G1菊花賞 G1有記念 G1天皇賞(春) 他

 

 

 ハニーハートビートさんはイギリスセントレジャー(G1・3000メートル)を制したシーユーレイターちゃんのラビット役で逃げの脚質。ジャラジャラちゃんは変わらず逃げの構え。エンゼリーちゃんは出走表的には“先行”の表示だが、彼女のレース戦法は自由自在。逃げか先行で来ることは濃厚だが、差し脚質で来ないとも限らない。とにかく序盤の敵はこの3人になるだろう。

 

 世間では『欧州長距離三強』ムードが高まっているものの、今回のゴールドカップは非常にレベルの高いものとなっている。重賞ウマ娘が15人中12人、G1ウマ娘が8人と……欧州URAが意図した通り歴代最高のゴールドカップのひとつと成り得るメンツだ。

 特にアフリカからやって来た謎のウマ娘・ジェイジェイザジェットバイシクルさんや、アルゼンチンのダートG1巧者・ブストアルシーツォさん、イギリスセントレジャーを制したステイヤー・シーユーレイターちゃん辺りが強敵か。そもそもステイヤーズミリオン完全制覇の挑戦権を得たウマ娘が多数いるため、カイフタラさんやエンゼリーちゃん以外に注目してしまうと、マークが分散する恐れがある。予定通りエンゼリーちゃんとカイフタラさんに着目すると決めたのは悪い選択ではないはずだ。

 

 ステイヤーズミリオン完全制覇の挑戦権を得たウマ娘は以下の通り。ステイヤーズミリオン対象レースの順番ごとに追っていく。

 3月5週、G2・ドバイゴールドカップはカイフタラさんが勝利した。

 4月4週、G3・ヴィンテージクロップステークスはジェイジェイザジェットバイシクルさんが。

 4月4週、G3・サガロステークスはシーユーレイターちゃんが。

 5月2週、G3・オーモンドステークスはサイレントジョーカーさんが勝った。ゴールデンネダウィさんがこのレースを勝ったのは去年のことなので、今年の完全制覇挑戦権はない。

 5月3週、G2・オレアンダーレネン賞はブストアルシーツォさんが。

 5月4週、G2・ヨークシャーカップは私が。

 5月4週、G2・ヴィコムテスヴィジェール賞はスイッチオンさんが。

 6月1週、G3・ヘンリー2世ステークスはカイフタラさんが。

 6月1週、G2・ヴィコンテスヴィジエ賞はエンゼリーちゃんが。

 

 ――というわけで、ここに集まったステイヤーズミリオン完全制覇の挑戦者は8人。……重賞を制した難敵がここまで勢揃いするのは、有記念以来だろうか。しかも長距離レースに秀でたウマ娘が多いというのは、厄介極まりない事実である。

 出走表の数字と経歴を見ていると精神がある態度落ち着きを取り戻してきたので、私は軽くジャンプしたりアキレス腱を伸ばしたりして準備運動を始めた。レース開始まであと4時間はある。まだ早いかもしれないが、身体を温めておいて損はない。足首もしっかり回しておこう。

 

 私の足踏みによって控え室が騒がしくなる中、軽快なノックの音が室内に響いた。こんな時間にやって来る来客といえば、スタッフさんかルモスさん達くらいなものだ。勝負服の着付けを手伝ってもらうには些か早い時間だし、恐らく来客したのはルモスさんだろう。

 入っていいですよ、と扉の向こうへと声をかける。すぐさま開かれた扉の反対側には、予想通り栗毛の可憐なウマ娘――英国長距離三冠ウマ娘・ルモスさんが手を上げて立っていた。頭がすっぽり隠れる高貴な帽子――ただしウマ耳は隠れない――を被り、格式高いドレスまで着飾っているルモスさん。自分の可愛さにほぼ毎日クラクラしている私でさえ、思わずどきりとしてしまうような美貌だった。

 

「やっほ〜! アポロ、元気してる?」

「ルモスさん、来てくれたんですか!」

「もちろんさ!」

 

 耳がぴょいんと跳ねてルモスさんの方を向く。丁度会ってお話したいと思っていた頃合なのだ。ルモスさんも同じように思っていたのか、私の手を取って胸の前で重ね合わせてきた。

 

「時間を作ってもらったことに感謝するよ桃沢トレーナー。……アポロ、ゴールドカップの前に会えてよかった」

「ダブルトリガーさんとイェーツちゃんは?」

「2人とも客席にいるよ。着飾っている上に人が多くてあまり動きたくないそうだ」

「なるほど……」

「――ところでアポロ! カイフタラに()()()()を話しておいてくれたかい!?」

「……は、話せるわけないじゃないですか! その連絡を貰った時にはもう私達3人ともバチバチの状態でしたから」

「かぁ〜! まあ仕方ないよね……レース後にでも無理くり納得させるしかないなぁ」

 

 ……ゴールドカップ7日前、ルモスさんから連絡があった。「ゴールドカップまでにカイフタラを何とか説得して、“爆逃げステイヤーズ☆”に加入させるよう約束を結んでおいてくれないか」――と。

 爆逃げステイヤーズとは、ざっくり言えば日本のウマドルユニット“逃げ切りシスターズ”の欧州ステイヤー版である。ルモスさんの予定では、私、カイフタラさん、エンゼリーちゃんが初期メンバーという扱いになっており、ゴールドカップ後のウイニングライブは(恐らく)実質的な“逃げステ”のファーストライブになるとかならないとか。

 

 いくらその3人の実力が秀でているとはいえ、三強がそのまま1〜3着を独占する保証はない。あと、カイフタラさんは全然爆逃げするような脚質じゃない。色々とガバガバかつぶっつけ本番的な粗の目立つプロジェクトだが、極めつけは私以外のウマ娘に“逃げステ”のことを伝えてすらいなかったことである。

 ゴールドカップ7日前に連絡を寄越されても、他2人に話すのは当然無理だった。何せ連絡を貰った前日――つまりゴールドカップ8日前、レースに出走する15人のウマ娘が一斉インタビューの生放送を行い――そこでプロレス並の煽り合いを繰り広げてしまったのだから。

 

 カイフタラさんは元より、ソフトな性格のエンゼリーちゃんでさえ口汚くなりかけるほどの応酬があった。無論、全員が本気の罵り合いをしたわけではなく、()()()()()()()()()()()だと理解はしていたのだが……ゴールドカップに賭ける想いがそれぞれガチのマジなため、耳を絞っての睨み合いからマジトーンの「は?」までが飛び出す事態になってしまったのである。生放送ならではの出来事かつ放送事故的な雰囲気が漂っていたため、ある意味良い宣伝になったらしいけど。

 

 そんな感じでバチバチにやり合っているので、爆逃げステイヤーズの存在意義は怪しい。G1ウマ娘が8人も揃うようなレースで、色々と運頼みが過ぎるのではないか……とルモスさんを訝しんでしまうのだが、彼女の激務を考えれば多少のガバは許すしかないのである。

 

「まぁ、爆逃げステイヤーズに関しては何とかなるさ。気にしないで」

「はぁ……」

 

 そんなノリでいいのかな? ルモスさん主導で動いているヨーロッパのURAは大丈夫なのだろうか。一抹の不安が過ぎったところで、私の手を握るルモスさんの瞳が少しだけ潤んだ。

 

「それよりも……アポロ。ゴールドカップは大丈夫かい? 恐らく今から雨が降る。日本出身のアポロにとってはかなり苦しいレースになると思うんだけど――」

「――()()()()()。覚悟、決めてますから」

 

 私は彼女の手を強く握り返す。私より小さな彼女の手が、少しだけ強ばるのを感じた。それは驚きか、それとも心配か、はたまた武者震いか。その感情の名前を知っているのは彼女だけだ。

 

「――わお」

 

 でも、ルモスさんの牙を剥き出しにするかのような獰猛な笑顔を見て、私は酷く安心した。しゅるりと彼女の手から抜け出して、私は頬を緩ませる。

 

「そういえば、ルモスさんはどうして私をここまで気にかけてくれるんですか? 私としては偉大な先輩と関わることができて嬉しいですけど」

「え、今聞くの?」

「ダメでしたか?」

「いや、全然」

「…………」

「理由なんて大したことないよ。レース中継に映るアポロを偶然見つけて、がむしゃらな走り方に惚れ込んだってだけ……つまり運命さ。多分、ワタシは自分が思っている以上にアポロレインボウというウマ娘に夢中なんだ」

「う、運命ですか……」

「ワタシは運命以上の強いモノを感じているけどね」

 

 それだけ言うと、ルモスさんは私の顔に頬を寄せて軽くハグしてくれた。心臓が高鳴った。どくんどくんと胸の中が震えて、彼女の柔らかな頬の感触が妙な残滓となって肌をくすぐる。

 軽いハグが終わると、名残惜しそうな表情のルモスさんが私から離れていった。

 

「例のユニットのことを確かめるだけのつもりだったけど……時間を取らせてごめんね」

「いえ、緊張が少し紛れましたから」

「うんうん、それなら良かった。……じゃ、ワタシはこれで。ゴールドカップ制覇、期待してるからね」

「――はい!」

 

 ひらひらと手を振って扉を閉めるルモスさん。視界から消えた憧れの先輩の声を脳内で反芻して、私は更に気持ちを高めていく。

 

「……アポロ。少し早いけれど、勝負服に着替えようか」

「うんっ」

「スタッフさんを呼んでくる」

 

 私の気持ちが最高潮になったのを見計らって、とみおが勝負服の着付けのためにスタッフさんを呼びに行った。勝負服を着るとウマ娘の精神は昂りを見せるというが……私の好調を冷めさせたくないというトレーナーの狙いが見えるようだ。

 小走りでとみおが退室して静寂が訪れた控え室。他の誰もいなくなった寂しい部屋で、私はふと鏡の中に映る自分を見つめた。

 

 鏡の横に手を付き、ぐっと顔を近づける。壁の向こう側にいる自分は惚けたような顔をして私を見つめ返してきた。アメジスト色の瞳。ピンクがかった芦毛を揺らして、これ以上なく上気した表情だ。

 自分の昂りが他人事のように思える。この世界に産まれて十数年、その間ずっと夢見ていた4000メートルG1が目の前にある――……そんな事実が身を震わせていた。とてつもない熱量の感情が湧いてきて、世界中に今の私(アポロレインボウ)を見せつけてやりたいという想いに駆られる。

 

 ふと、鏡の中でキラキラと雪の結晶を放つモノが目に入った。鞄からはみ出した布。見覚えがあった。優しく引っ張り出してみると、それは丁寧に畳まれた応援幕だった。

 

『いざ最強ステイヤーへ! 必勝アポロレインボウ!』

 

爆逃げ最高☆ゼッタイ×2勝てる!! ダイタクヘリオス

 

アポロちゃんの爆逃げで世界を魅了しちゃおう! メジロパーマーより

 

どんな時も楽しんだ者勝ちってコトで! トーセンジョーダン

 

長距離戦はキツいと思うけど期待してるよ ゴールドシチー

 

アポロちゃんらしさ全開のレースを見せてちょうだい! マルゼンスキー

 

日本代表として威風堂々としたレースを期待している シンボリルドルフより

 

アドバイス通りに シリウス

 

アポロちゃんが長距離三冠ウマ娘になるのを見たい! トウカイテイオー

 

シビれるレースやっちゃってください!!!!! ウオッカより!!!!!

 

先輩のことを陰ながら応援してます! 頑張ってください! ダイワスカーレット

 

ヨーロッパにもツチノコはいそうだよな? Gold Ship

 

異国の地にも美しい虹がかかりますように メジロマックイーン

 

バクシンしましょう! サクラバクシンオー

 

ケガにはくれぐれも気をつけたまえ アグネスタキオン

 

 ――あぁ。私の大切な人達の心が流れ込んでくる。練り上げられた激情が火を噴いている。私の憧憬、恋心、感謝、全ての感情を糧にして燃えていく闘争心。もし私の感情が底をついたなら、みんなが足りない想いを補ってくれる。背負った想いをそのまま自分の力にする――これが私の強さだ。

 

 みんなの顔を思い浮かべながら、私の精神はこころの内面に入り込んでいく。

 心象風景に吹き荒ぶ吹雪はいっそう強くなり、憧れが深まっていく。

 

 

 最強ステイヤーが決まるまで、あと4時間――

 

 

 



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122話:雨の中のゴールドカップ②

 

 勝負服に着替えて化粧を済ませた私達は、関係者用の通路を通ってパドックへと向かった。スタッフさんに綺麗におめかししてもらったのに、既に屋外は雨模様。1時間天気予報を見ていたトレーナーによると、雨脚はここから更に強まるとか。

 お化粧と勝負服の着付けをしてくれたスタッフさんには申し訳ないけれど、これから泥雨だらけにならないといけないらしい。化粧が崩れるのは勿体ないと思いながらも、私はスタンド裏側の出口から屋外パドックに向かって歩き出した。

 

 パドックでウマ娘の身体を冷やしてはならないという判断が取られたのか、屋外パドックの頭上には簡易的な屋根が設置されていた。普段よりも上等なスーツを着ていたトレーナーは、パドック中に傘を差せない決まりになっているせいかホッとしていた。

 それでも屋根下まで水滴の飛沫が飛んでくるくらいには悪天候が強まっている。横風が打ちつけるように吹き荒び、6月の末にしてはやけに肌寒い空気が足元に流れてきている。とみおは肘の裏を気にするようにスーツの濡れ具合をいちいち確認しており、その落ち着きのなさに私は彼の脇腹をつつくハメになった。

 

 確かに体感の風速はかなり強いものだ。スカートの裾を押さえていないと()()()()()()()()くらいには荒れているし、ふわふわにセットしたボブカットも既に形が崩れてしまった。髪型に関してはレースで崩れることが確定しているので気にならなかったが、パドックでのお披露目まで持ってほしかったのが正直なところである。

 

 京都レース場のような円形のパドックに姿を現すと、周囲を囲む人々から黄色い歓声が上がった。私は軽く手を振ってファンの人達にアピールしながら、脚を冷やさないようにパドックの外回りをゆっくりと歩き始めた。

 イギリスのレース場ということで、アスコットはその響きから想像できる通りの華やかさと壮麗さを持ち合わせている。曇天の淀んだ雰囲気を打ち払うかのような、色鮮やかな花で彩られたパドック。機能美とデザイン性を感じさせる巨大なメインスタンド。スタンド裏などに点在するピクニックスペースではテーブルや机が用意されている他、バンドの生演奏が行われている。雨が降り始めてから賑やかな音楽は聞こえなくなってしまったが、そのピクニックスペースにいた人達がパドックにやって来たらしく、パドック周囲は悪天候にも関わらず人波でごった返していた。

 

 パドックを歩きながらウマ娘の集結を待っていると、ジェイジェイザジェットバイシクルさんと思しき褐色ロングのウマ娘がやって来て、頭上のスピーカーから『ガガッ』という音が響いた。

 いよいよパドックのお披露目が始まる。

 

『今年もやってきました、伝統の一戦ロイヤルアスコット・ゴールドカップ。さて、歴史あるこのアスコットの地に新しい風が吹こうとしています。長距離三強に加えて、異国からの挑戦者が次々と参戦! G1ウマ娘の数は何と8人! まさに歴代最高レベルのレースとなるでしょう! そんな歴史的一戦を前にして、ロイヤルの名を冠したレース場には約12万人のファンが訪れているとの情報が入っています!』

『この悪天候で12万人ですか……素晴らしいですね。しかも、私の主観ですが、今まで以上に若者が多い印象を受けますよ。最近の情勢を鑑みても嬉しいの一言に尽きますねぇ』

『ええ、ええ。そうですね!』

 

 パドックの周りにはおよそ9000人分の収容スペースがあるらしいけれど、実況解説の言う通り12万人のファンがレース場に押し寄せたなら……それはもう焼け石に水という感じである。アスコットレース場の開場は午前11時のため、悪天候になると知っていながら現地に訪れたファンが大半とはいえ……レース観戦どころじゃない人がいるかもしれないな。

 また、正装に雨合羽は相応しくないと判断したのか傘を差している人が大半なため、パドック周りはパンパンのぎゅうぎゅう詰めになっていた。そもそも今日は『レディーズ・デイ(Ladies' Day)』とされるロイヤルアスコット開催3日目の木曜日。この日は重賞集中開催期間中で最も人出が多いことで知られており――

 

 そういえばルモスさんがこう零していた。「ロイヤルアスコットは1日あたり7万人を超える観客が訪れるんだけど、今年の木曜日はどれくらい集まるのかなぁ! 記録更新できるかも!」――と。今思い出すような大切なことではなかったけど、この盛況を見て喜ぶルモスさん達の姿を幻視して、少しだけ頬が緩む。

 

「G1ウマ娘が8人も出走するゴールドカップで1番人気になるなんて、アポロちゃんの実力は底知れないな」

「そうだな」

「俺達、あの子のことをずっと見てきたけどさ……アポロちゃんの背中、ジュニア級に比べて大きくなったなって」

「そりゃあトレーニングしてるから筋肉はつくだろ――という冗談はさておき、未だに信じられないよな。目標にしてたレースを勝ちまくってるし、グッズ展開も好調らしいし……遠いところに行っちゃった感じがするよ」

「はは、俺達が最初に目をつけてたのにな」

「あんまり勘違いすると厄介オタクだと思われ――あ」

「ん?」

「見ろよ、アポロちゃんが俺達に手振ってる」

「それこそ勘違いじゃないのか?」

「いや、めっちゃ手を振ってくれ――ウッ!」

「どうした急に――ア!」

 

 日本人っぽいファンの2人組を見つけたので手を振って笑顔を向けてみると、片方が膝から崩れ落ちてしまった。悪いことしちゃったかな、と思いつつ追い討ちするようにウインクすると、もう1人が卒倒した。……あの人達は何回もレース場で見たことがあるし、すぐ復活してくれるだろう。

 良い意味で緊張していないなと思いつつ前を向くと、私は突然爆発した歓声によって半強制的に背筋を反らされてしまう。パドックのお披露目が始まったのだ。

 

『――最内枠の1番となったのは、昨年から長距離王者として欧州に君臨する“天才ステイヤー”カイフタラ。僅差の2番人気です』

『イギリス出身の彼女は、前走のヘンリー2世ステークスでも危なげない勝利を見せています。ドバイではアポロレインボウを、サンダウンではジャラジャラを倒したことから、日本勢に対して2戦2勝と圧倒的な強さを見せていますね。日本勢キラーとも言えるでしょう』

 

 悪天候を吹っ飛ばすような大歓声。その先にいるのは覇気を纏うカイフタラさんだ。初めて対峙する勝負服。弾き飛ばされる上着。更にうねるような声が上がって、曇天の下に輝かしい光を帯びた勝負服が曝された。

 蒼を基調とした勝負服だった。右手に白の手袋、左手に黒の手袋を装着して、ロイヤルブルーのプリーツスカートは脛の辺りまで伸びている。肩には甲冑のようなシルバーの装飾、背中には青藍のマントを翻しており、腹部には白銀のコルセットを纏っている。スカートのスリットから見える足元は、青地にシルバーラインのニーハイと、両足とも黒のブーツを履いている。

 まるで女騎士のような勝負服だ。カイフタラさんがこの勝負服を身に纏うことで、青を基調とした爽やかな雰囲気と相反して、周囲には威圧感のような歪んだオーラが渦巻いている。王者然とした勝負服が鹿毛の煌めきを際立たせて、遠くから見ているだけで鳥肌が立ちそうだ。

 

 お披露目のためにステージに立つ彼女は、押し寄せた観客に向けて手を振るようなことはしなかった。その場に仁王立ちして、オレを見ろと言わんばかりに憮然と腕を組むだけだ。それでも彼女の仕上がり具合は完璧そのものだと分かる。ドバイの時と比べてもずっと()()

 額の流星を弄りながら、カイフタラさんが口元を弓なりに歪めた。腰まで届きそうな鹿毛のポニーテールが、マントと共に風を受けてたなびく。170センチを優に超える雄大な体躯も相まって、彼女はこの場を支配するに事足りる圧倒的な貫禄を醸し出していた。

 

 そんな彼女を見て、私は間違いなく嬉しく思った。あの模擬レースで闘魂注入してくれなかったら、私は自信を持ってここに立てていない。ゴールドカップ当日に『未知の領域(ゾーン)』の初見殺しを行わなかったのは、恐らくカイフタラさんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 ……私は彼女に感謝しなければならない。そして、その感謝は私の勝利をもって示させてもらおうか。

 

『事前の生放送インタビューでは、アポロレインボウとの煽り合いが印象的でしたねえ』

『そうですね。アポロレインボウはそういうプロレスに不慣れな感じでしたが、2人のゴールドカップにかける想いが伝わってきましたよね』

 

 事前インタビューでは私とカイフタラさんが軽い言い争いのようなやり取りをする場面があった。まあ彼女から吹っかけてきたのだが――「アポロ、模擬レースのようにオレを失望させるなよ」「は?」「弱い挑戦者を倒しても意味が無いだろう。ちゃんと強くなったんだろうな?」「当たり前でしょう。舐めてるとぶっ潰しますよ」「その細い腕で?」「足で踏み潰すんですよ」「やめておけ。オレの靴の方が大きいんだから」という可愛らしいプロレスが行われて、SNSで大きな反響があった。

 SNSでは「こんなアポロちゃん初めて見た」「これがガールズトークちゃんですか」「こわい」「カイフタラ様かっこいい……」「カイフタラがこんな嬉しそうなの初めてだな」というコメントが散見され、ニュース番組でも私達のやり取りが翻訳されてお茶の間を賑わせたりしていたとか何とか。

 

 2番のスモーキースリルさん、3番のラビット役・ハニーハートビートさんの紹介が終わると、4番のチョコフォンデュさんがお披露目台に立つ。

 チョコフォンデュさんが勝利したG1・クリテリウムドサンクルーはジュニア級限定のG1だ。彼女はイギリスダービー前のG3・クラシックトライアルを勝利した後に骨折して、最近復帰したウマ娘である。私の陣営の優先順位は低いが、もしイギリスダービーやキングジョージ、凱旋門賞に出走していたら――と悔やまれることすらある実力者だ。しかし真っ白な肌に黒鹿毛が対照的に映えて、名前のせいか何だか美味しそうな雰囲気である。

 

 5番のサイレントジョーカーさんの次は、個人的に注目しているジェイジェイザジェットバイシクルさん。名前の長さにまず目を引かれるが、南アフリカにおけるダービー・サウスアフリカンダービーを勝利している上、ヨーロッパの洋芝への適応を示すかのようにG3・ヴィンテージクロップステークスを制している。また、脚質が自在というのも怖い。

 G1・サウスアフリカンダービーは追込で制し、G1・ケープタウンメットは思い切った先行策で勝利した。最近は逃げ・先行で重賞レースを勝っており、先のヴィンテージクロップSは差しでぶっちぎった。個人的に彼女の映像を見ていたところ、レース当日の気分で脚質を決めていると考えられる。もっと言うと、最近はレースの上位人気ウマ娘と同じ脚質を選択して真っ向勝負を仕掛けている疑惑がある。

 

『――6番、ジェイジェイザジェットバイシクル。6番人気です』

『……でっっ……かいですね。とにかく大きい。説明不要なほど長身です。ジェイジェイザジェットバイシクル以外の長身ウマ娘といえばカイフタラが挙げられますが、彼女はカイフタラの174センチを優に越す身長191センチ。その巨躯に相反して、アフリカンダービーを制するほどのスタミナとスピードを有しています。優れているのはパワーだけじゃないんですね。重戦車と言うよりは装甲車ですか』

『シニア級3年目のジェットバイシクル、まだ成長期が終わっていないらしいですよ。本人の目標は身長200メートルとのこと。言い間違いではありません』

『なるほど、人となりが分かりますね』

 

 そう。ジェイさんはクソデカい。身長191センチ、バスト108、ウエスト68、ヒップ100というとんでもないフィジカルの持ち主なのである。私との身長差が50センチ程もあるため、ジェイさんを前にすると幼子になった気分になる。

 そんなジェイさんにマークされて真後ろに位置取られるようなことがあったら……考えたくないレベルの消耗を強いられるだろう。

 

 アフリカ出身の彼女が何故ヨーロッパに来たかと言うと、アフリカのトゥインクル・シリーズは短距離を重視するため、中長距離ランナーの彼女は戦いの場所をヨーロッパに求めたらしい。他にも香港やオーストラリアを渡り歩いた経歴があり、「ヨーロッパのステイヤーがどれくらい強いのか楽しみだ」というコメントを残している。

 彼女的には同じくオーストラリアのレースを経験したエンゼリーちゃんが気になっているらしく、2人も仲良く煽り合いを繰り広げていた。この出来事からして、彼女はエンゼリーちゃんをマークすると見て良いだろう。

 

 7番のG1ウマ娘・ブストアルシーツォさんはアルゼンチンのダートレースを何度も勝利している。ダートも芝も問題なく走る万能性を兼ね備えており、マイルから超長距離を走る自信と実力を持っている。まさにアルゼンチンのハッピーミークと言ったところか。彼女はジェイジェイザジェットバイシクルさんを意識しているらしいが、当の本人はエンゼリーちゃんを気にしているため、ブストアルシーツォさんは一方通行の愛に嫉妬の炎を燃やしている。

 ……まだ半数のお披露目しか終わっていないのに、それぞれのウマ娘が向けている矢印を辿ると地獄のような複雑さだ。

 

 8番のシーユーレイターちゃんは昨年のイギリスセントレジャーを制したステイヤーだ。3番のハニーハートビートさんをペースメーカーとして万全の構えを取った上で、詰将棋のように勝ちに来る。明確な勝ちパターンを持った頭脳派の()()()と言えるだろう。

 今回は私の大逃げやカイフタラさんの追込でペースメイクをしづらいはず。4番人気ではあるものの、圧倒的なペース破壊を前にしてどう立ち向かってくるかは予想できない。彼女は大逃げである私を気にしており、ペースメイクの際の邪魔になることからラビット役のハニーハートビートさんとの戦いになるだろう。

 

 9番のオレンジサファイアさん、10番のスイッチオンさんの紹介の後、見慣れた顔がお披露目のステージ上に上がる。

 

『――11番、ジャラジャラ。5番人気です』

『日本で優秀な成績を残しているステイヤーです。ヨーロッパのタフなレース場に対応できるのか不安視されていましたが、前走のヘンリー2世ステークスではカイフタラの2着と好走しています。彼女にとっての問題はむしろ場ではなく、自分より人気上位のウマ娘――特に三強と呼ばれるウマ娘のレースぶりでしょうか』

『そうですね。日本ではアポロレインボウに、ヨーロッパではカイフタラに敗北していますから、この2人と同等の実力を持っているエンゼリーも高い壁となるでしょう。世界最長のレースで見事大物食いとなれるか? 注目しましょう』

 

 ――ジャラジャラちゃん。シンプルな勝負服を纏った彼女は、パドックの一部から上がった声に手を振って応えていた。彼女の視線の先にはジャラジャラちゃんの応援団と思しき集団がいて、ロイヤルアスコットという場で若干躊躇いが見られたものの、我慢できなくなった応援団がジャラジャラちゃんの応援幕を掲げていた。

 ものの数秒幕を掲げた後、彼らは自主的に応援幕を取り下げる。ロイヤルの名を冠する今のアスコットでは、応援幕を掲げるのは恐らくマナー違反。今年が若干緩くなっているだけで、即刻退場となってもおかしくなかっただろう。運営側としてもギリギリの許容ラインだったことには間違いないだろうが、内情を理解するジャラジャラちゃんには数秒のアピールで十分だった。

 

「とみお、ジャラジャラちゃんの闘志が濃くなったみたい」

「サプライズだったんだろうな」

 

 彼女もまた色々な人達の期待を背負っているのだ。しかし皮肉なことに、ジャラジャラちゃんの応援幕の中央にも『必勝』という言葉が刻みつけられているのが見えてしまった。

 ……生憎だけど、ただひとつの勝利は私が貰っていくよ、ジャラジャラちゃん。

 

 誰もが横一線に並んで1着を取れるレースに価値はない。人を惹きつける輝きというのは、残酷で過酷なレースの中にしかないのだ。

 つまり、ただひとりだけが勝者たり得る世界にのみ熱狂は存在する。人を惹きつける煌びやかな光は、夢を前にして敗北する者の上に輝いている。

 

 だから、夢を賭けて戦った結果、敗北者が生まれるのは世の常だ。

 そうでしょう? ジャラジャラちゃん。

 

 ステージを降りてくるジャラジャラちゃんと視線が交錯する。

 お互いに、嫌という程()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 日本代表だと呼ばれてきた私だけど、ジャラジャラちゃんもまた2人目の日本代表としてヨーロッパに遠征している。私も彼女も日本で戦ってきたライバルのために負けられない。それぞれの背中に踏み越えてきた夢がのしかかっている。

 お互いに、背景とか心情とか、色々違うけれど……全力で戦おうね。ジャラジャラちゃん。

 

「…………」

 

 少なくとも、私と彼女の間に言葉は要らなかった。交わすとしたらターフの上になるのだろう。そういう予感がしていた。

 

『続いてのウマ娘は、12番の“緑の天使”エンゼリー。3番人気です』

『彼女はアイルランド出身ですが、オーストラリアで連戦連勝を重ねたことで“オーストラリアの英雄”と呼ばれることもしばしばあります。いずれにせよ、人気も実力も確かなものがありますよ』

 

 再び、怒号のような熱狂が響き渡る。身長157センチ、深い鹿毛のウマ娘がステージに姿を現した。普段なら右耳に空けられている翡翠のピアスは、G1仕様のためか両耳に数十個という単位で空けられている。しいたけのような丸い瞳があちこちに向けられて、アピールのために背中まで伸びたロングヘアーが奔放に振り回される。頬に貼られた天使の羽のようなシールは増量中なのか、若干過剰な枚数にも思えるが――彼女の振り切った雰囲気の前に細かい指摘は無意味だった。

 

 深い緑を基調とした勝負服。上着として深緑のチェスターコートを羽織っており、下に深紅のシャツと深碧のセーターを着込んでいる。そのセーターは所謂「はいてない」と言われる絶妙な丈の長さとなっており、紅のニーハイソックスとの間に存在する絶対領域が彼女の美脚を際立たせている。右足には赤、左足には白のコンバットブーツを着用。ワンポイントとして緑の曲線が描かれている。

 エンゼリーちゃんの勝負服は、上半身の着込み具合に反して下半身が薄着である。その他にも、首元に純白のショートタイを締めていたり、チェスターコートの模様が緑一辺倒ではなく遊び心のある模様が描かれていたりと、細部にもこだわりの見られる意匠だ。

 

 何やかんや、エンゼリーちゃんと直接的に戦うのは今回が初めてになるのか。私としてはドバイ遠征辺りから本格的に注意を向けていたのだけど、運命のイタズラか今日という日まで対戦機会はなかった。

 この前の模擬レースでカイフタラさんとエンゼリーちゃんが戦っていて、結果は確かハナ差でカイフタラさんの勝利。見る人によってはエンゼリーちゃんが勝っていたとか同着とか言われていたけど、本気のカイフタラさんに食らいつける実力者なのは間違いない。

 

『エンゼリーはファッションと流行に目がないウマ娘として有名ですが、生放送のインタビュー中には珍しく強気な発言が目立ちましたね』

『そうですね。彼女にも譲れないものはあるということでしょう』

 

 事前インタビューで欧州長距離三強としてのコメントを求められた時、私達は印象的なやり取りをした。耳を絞っての睨み合いが起きたのはその時だ。

 アレはインタビュアーの質問が悪かったと思う。「3人の中で誰が1番強いんでしょうか?」なんて聞かれたら、負けず嫌いのウマ娘は当たり前のようにヒートアップしちゃうよ。まあ、冗談混じりに私が「もちろん私が1番強いです」と即答したのも悪かった。

 エンゼリーちゃんの()()()()目のハイライトが消え、カイフタラさんが「は?」と更に耳を絞る。後はもうインタビュアーを置き去りにしてプライドのぶつかり合いである。

 

「お前はオレに勝ったことがねぇだろ」

「勝ったG1の数が違いますぅ」

「直対の経験はないけど、長距離レースを連勝しまくってるウチがナンバーワンってことでいいよね?」

「お前は先週の模擬レースでオレに負けただろ」

「あァ? ウチが勝ってたって聞いたんですけど」

「2人ともやめなって。いっぱいレコード勝ちしてる私が1番強いんだから」

「アポロ……雑魚は黙ってな?」

「は?」

「何だよ。やるのか?」

 

 思い出すだけで恥ずかしくなっちゃう! 2人とも私が1番強いって認めてくれないんだもん。思わず口調が荒れちゃったよね。

 ……まあ、エンゼリーちゃんはパリピ系だけど、ちゃんと闘争心を持ってるってことだ。

 

 エンゼリーちゃんはステージ上で思う存分アピールした後、舌をペロリと出してからパドックへと降りていった。

 ……自由なウマ娘だ。あれだけ奔放に振る舞えるということは、自信の表れでもあるんだろうが。

 

 13番のゾーンエスプレッソさん、14番のゴールデンネダウィさんのお披露目が終わると、影に控えていたスタッフさんから声がかかる。手渡されていた上着をぎゅっと握り締めた私は、上着ごと肩を掴んだままお披露目台に上っていった。

 簡易ステージ上に続く階段を踏みしめる度、私に降り注ぐ視線が増えていく。歓声が大きくなっていく。上着を鷲掴みにして、捲り上げるように上空へと放り投げる。叩きつけるような雨音を掻き消すように歓声が爆発すると同時、120%に仕上がった私の勝負服がお披露目された。

 

『――15番の大外枠、“芦毛の妖精”アポロレインボウ。1番人気です』

『日本国内外でとてつもない人気を誇るウマ娘です。本人の自慢が無限のスタミナと可愛い顔面などと自称している通り、整った容姿によるファンも多くいますが――我々が最も期待してやまないのは彼女が生み出す波乱のレース・大逃げです。しかし私としては、大逃げというレーススタイルで4000メートルを走り切ることが出来るのか甚だ疑問なんですよね……』

『それは今から分かることですが……それはいくら何でも不可能だという諦めよりも、彼女ならやってくれるかもしれないという期待の方が大きいからこそ1番人気なんでしょうね』

『そうですね。カイフタラを凌いで1番人気になるということは、皆が不安以上に期待を寄せているのは間違いなさそうです』

 

 今日の私はいつにも増して絶好調だ。出力が上がりすぎて自分の身体を破壊してしまうかもしれない。それくらい肉体も精神も極まっていた。

 この日をどれだけ待ったと思ってる。夢を抱いたあの日から、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()をずっと渇望していた。世界最長であるこのレースしか有り得なかった。トレセン学園に入学して、メイクデビューまで漕ぎつけて、しゃかりきに走り続けて数年間。苦しんで、悔やんで、悩んで、楽しんで、喜んで、噛み締めて、背負って、色んなことを経験して。やっと辿り着いたゴールドカップ。

 

 負けられない。絶対に負けられないのだ。

 むしろ、勝てなきゃ嘘だ。

 ()()()()()()()()()()()()でさえ勝てなかったら……それはもう、私の夢が叶わないことと同義だ。カイフタラさんがいて、エンゼリーちゃんがいて、ジャラジャラちゃんがいて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。数々の想いが交錯するレースで強くなれる。私はそういうウマ娘なのだ。

 

 既に闘志は全開。気持ちが高まりすぎた結果『未知の領域(ゾーン)』が中途半端に展開している。雪の結晶が最も集まっているのはカイフタラさんで、その次にエンゼリーちゃんと続いている。

 この雪の結晶が何を示すかは分からないが――無視していい情報ではないはずだ。恐らく()()()は、私にとって重要な存在の近くに集まるんだと思う。

 

 今はそういう風に納得するとして。私は大きなウマ耳をわざとらしく動かしながら、細やかな器官の制御まで可能なことをアピールしてやった。パドック周りに集結したファンからすれば、私がチャームポイントである大きな耳を動かしてくれた……程度の行為にしか見えなかったのかもしれないが、感情によって勝手に動いてしまうウマ耳を意識の制御下に置けているのは、私が非常に落ち着いているという証左でもある。

 それに気付いたのはレースに出走する14人のウマ娘とそのトレーナー達。燃え上がる感情と冷静な思考を両立している私はより厄介に映るだろう。

 

 私はチーフズグライダーさんに答えを教えて貰った。パーマーさん達に激情(燃料)を与えてもらった。ロイヤルアスコットでなければ応援幕を大々的に掲げてもらったはずだが、メッセージを貰えただけで十分以上である。

 私は頃合を見計らってパドックから立ち去り、スタンド下の関係者用通路へと移動した。とみおと最後の会話となる。作戦は既に決まっていたし、特に話すこともないが……手持ち無沙汰だった私は、とある昔話をすることにした。

 

「ねね、とみお。私と出会った時のこと覚えてる?」

「もちろん。図書室で色々と話したよね」

「そうそう。でさ、とみおが理想とするステイヤーって、4000メートルを走ることのできるウマ娘だったよね」

「あぁ……そうだ。菊花賞や春の天皇賞に勝つステイヤーを育てたかったのはもちろんだけど、いつかはゴールドカップかカドラン賞にも挑戦できるようなウマ娘を担当したいと思ってたんだ」

「……最強ステイヤーが私達の夢だもんね」

「…………」

「……ねえ、とみお。震えてるよ?」

「はは、今頃こわくなってきたみたいだ……」

「…………」

「……俺から言えることはひとつ。無事に帰ってきてくれ」

「――うん。私、今から最強のウマ娘になって帰ってくるから。ちゃんと待っててね」

「……ああ、待ってる。行ってらっしゃいアポロ」

「うん! ……アポロレインボウ、行ってきます!」

 

 改めて想いを確認した私は、軽く手を上げる。彼は何をして欲しいかすぐに分かってくれて、同じように手を上げた。そのまま私はとみおと爽快なハイタッチを交わして、振り返らずに進んでいく。

 私は土砂降りのターフへ。とみおは関係者用の屋外席へ。

 

 頑張るぞ。頑張ろう、アポロレインボウ。

 私は自らを鼓舞しながら、鈍色の世界へと駆け出した。

 



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123話:雨の中のゴールドカップ③

 

 関係者用の通路を抜けて、屋外に出ようかという寸前の場所で立ち止まる。滝のような雨が降っており、屋根下と屋外では風景の見え方にハッキリとした違いが出ている。パドックの時よりも雨が酷い。さすがの私でも躊躇いが出てしまいそうな荒天である。

 そうして少し立ち止まっていた私の後ろから、石同士をぶつけるかのような硬い足音が近づいてくる。その足音の主はカイフタラさんだった。私の隣に立って空を見上げると、カイフタラさんは「これは酷いな」と零す。彼女からしても相当の強さを誇る雨のようだ。

 

 ふとスタート地点辺りに視線をやると、降りしきる雨が波のようなうねりを作っていた。私達は顔を見合わせて肩を竦め合う。少しだけ圧倒されていた。ここまで酷いものか、と。

 

 アスコットレース場では平地のレースが行われる他、障害競走も盛んなため、平地競走用の周回コースの更に内側には障害競走用のコースが用意されている。平地用コースと障害用コースの間に陣取っている観客の姿も多く見られる。

 外に出て近くで観戦したい観客は、用意されたテントの下でレースの始まりを今か今かと待ち受けている。数万人は外にいるだろうか。ほとんどの観客はスタンド内に腰を定めたが、予想外の集客によって溢れたファンも屋外での観戦を強いられているようだ。

 

 カイフタラさんはそんなアスコットの状況を見て、「去年は寂しいもんだった」と呟く。私が彼女に目を向けると、カイフタラさんはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「ロイヤルアスコットは元々社交界のイベントという側面が大きい。イギリス王室が関わっている以上、仕方の無いことではあるが……去年訪れた数万人の観客も、全てが純粋なレースファンかと言われれば疑問だった。彼らのことを悪く言うつもりはないが、オレにとってはどこか虚しいものだった」

 

 去年のレース映像を見れば分かるが、レース後のウィナーズサークルや表彰に訪れる人は入場者数に比べるとかなり少なかった。元々レース後の表彰などは関係者用という側面が強いのだけど、ウマ娘目当てにレース場を訪れるならレース後のプログラムを見ても損はないはずだ。

 そうする人が少なかったということは、ロイヤルアスコットが社交界のイベントの舞台であるという認識の方が大方だったのだろう。レース場に来たからにはもっとレースに熱中してほしい、ウマ娘(オレ達)を見てほしい――インタビューでカイフタラさんが語ったように、切実な思いを抱いてしまうのも無理ないことだった。

 

「……だが、今年はどうやら違うみたいだ。天候は最悪に近いが、それ以外の全てが最高になった。……お前のおかげさ。ありがとうアポロ、良いレースを」

「そんな。私は一生懸命走ってきただけで、何も」

「…………」

 

 カイフタラさんは差し伸べた手を無言で突き出してくる。その表情は優しいが、瞳に宿る炎は燃え猛っている。私に対する態度は柔和になったものの、牙は抜けていないのだ。むしろ牙を隠す時間が増えたせいか、より鋭く研ぎ澄まされている。

 白の手袋同士で強い握手をして、私達は視線を切った。もう会話は必要ない。そういう領域に達している。再度空を見上げて、私は意を決した。

 

『大雨の中のアスコットに次々とウマ娘が飛び込んでいきます! スタンドからスタート地点までの約1000メートルを走っていく15人ですが……天候のせいか調子の程度は分かりそうにないですね』

『15人全員が俯き加減のまま走っています。相当風雨が強いんでしょうね』

 

 彼女に先立って雨の中に飛び込むと、早くも全身がずぶ濡れになる。頭頂の辺りに感じた不快な感覚が、額や側頭部、うなじを通って首以下の地肌に通っていく。水のせいで勝負服が地肌と接着し、四肢を動かすとあちこちで擦れてしまう。フォームに影響が出ないか心配だ。

 勝負服はある程度の撥水加工が施されているものの、裏地はその限りではない。ふわふわの質感を保っていたスカートが萎れて、水を含んで重みを持つ。前を走るエンゼリーちゃんのコートや、他のウマ娘のマントなどが水を含んで()()()いる。その数十グラムの重さの増加がどれだけのタイム遅延を引き起こすのだろうか。加えて、泥が跳ねて勝負服にこびりつくなら更に過酷なレースとなるに決まっている。

 

(……この状況で高速逃げなんて、無謀って言われるだろうな。でも皆に勝つためにはやるしかないよね)

 

 長いまつ毛の上に水滴が乗って、瞬きする度に雨粒が目の中に落ちてくる。手首で擦って水を取り除こうとしても、次々に雨が叩きつけてくるので無駄だった。もし速度を出したら、まつ毛を隔てずに直接目の中に水が侵入してくるのだろうか。

 それはちょっと怖い。視界というのはレース中最も多くの情報を仕入れる感覚器官だ。時速80キロを超える水滴の直撃を喰らえば、不快感もしくは痛みで()()()()が生まれてしまうのは必須。先頭を走るウマ娘にとって嫌な条件が揃い過ぎている。

 

『15人のウマ娘がゲート前に到着して……おや、靴の中に溜まった泥水を掻き出してますね。返しウマだけで足元が泥だらけになったウマ娘も散見されます』

『発表は不良場ですが……不良中の不良ですね。ゴールドカップの最遅タイムは4分50秒台となっており、いずれも重場や不良場での記録となっています。この場状態なら5分台の決着となっても何らおかしくないですよ』

 

 スタート地点に到着して、口を開いたゲートの前でゲートインを待つ。15人のウマ娘は誰に言われたわけでもなく、己の靴中に溜まった泥水をひっくり返して排水し始めた。軽いランニングだけで靴の中に雨水がごった返している。靴を履き直して数秒もすれば元通りだ。次第に諦めの方が勝ったのか、15人が再び靴を脱ぐことは無かった。

 

『雨に打たれながら、最内枠のカイフタラがゲートイン』

『重場に滅法強いと定評のウマ娘です。この不良場でも遺憾無くその能力を発揮してくれるでしょう』

 

 次々とゲートインしていくウマ娘。雨を弾くかのような闘志を溢れさせて、冷えていく身体とは正反対に心を燃やしていく。

 

『12番のエンゼリーが今ゲートイン』

『昨年から続く連勝記録を伸ばすことができるか? 立ちはだかる壁は高く厚いですが、期待して見守りましょう』

 

 様々な方向へ向けられた激情の矢印。それぞれが練り上げた想いを肌に感じながら、両の頬を手のひらで思いっ切り叩く。

 飛び散る水滴。弾ける火花。純白の勝負服に背中を押されて、私は大外枠のゲートに収まった。

 

『大外枠のアポロレインボウがゲートインし、全てのウマ娘がゲート内に収まりました。発走準備が完了し、いよいよゴールドカップがスタートします』

『私イチオシのウマ娘です。初めての4000メートルという距離でも彼女は大逃げを見せてくれるんでしょうか』

『さぁ、至高の5分間――最強ステイヤー決定戦が今――』

 

 鋼鉄のゲート内で腰を沈める。グリップの効かない地面に蹄鉄を押し付けて、地面が抉れるくらい力を込める。雨の音に混じった心臓の鼓動を聞きながら、何千回何万回と身体に叩き込んだスタートダッシュを思い描く。

 逃げウマ娘はゲート・オープンの瞬間に命運が決まると言われている。出遅れた瞬間、勝利の未来はない。5分間のレースと言えども、コンマ1秒のズレさえ許されぬ。

 

 両開きのゲートが軋む。ゲート開放係の手が動く。開始の予感。抑圧された感情を爆発させるように――夢への憧れを解放するように――今――

 

『――スタートしました!』

 

 スタート直後、水を頭から被ったかのような衝撃が走った。まるで水の壁に突っ込んだかのような重さ。風と水量で頭から押し潰されそうになる。

 躊躇わず、4インチの芝を蹴飛ばして身体を前に押し出した。下半身を動かせば勝手に前に出ていく軽い場と違って、欧州の不良場はスタミナとパワーを駆使して空気を切り裂いていかないとハナを奪うことは不可能だ。自分の走りに徹しながら、欧州の重場に合わせた力強さを全面に押し出していく。

 

『先頭に躍り出たのは15番のアポロレインボウ、1番人気です。続いていくのは12番のエンゼリー、3番のハニーハートビート、11番のジャラジャラの3人。大方の予想通りの展開です』

『アポロレインボウはこの場状態でも上手く先頭を奪うことができましたね。問題はどのくらいのペースを刻んで4014メートルを走るのかです。玉砕覚悟で突っ走るか、意表を突いてスローペースで抑え込むか、その中間で逃げおおせるか、それとも後方に控えるか』

『この不良場では彼女の強みは活かせないでしょう。ターフはまるで田圃のようですから』

 

 私の後ろにエンゼリー、その横にハニーハートビートとジャラジャラが襲い来る。しかし、思ったより()()()。敢えて控えているのではなく、スピードが出ないのだ。

 思った通りの不良場だが、想像以上に状態は悪い。どれだけ悪いかと言うと――踏みしめる度に地面から水が滲み出てきて、()()()、という音がするくらい最悪の状態。泥が潰れるような音ではなく、水を踏みつけたような音がするというだけで、どれだけの不良場かが分かるだろう。実況解説の言う通り田圃(たんぼ)同然で、地面より水面の方が高いかのような錯覚に陥りそうだ。

 

 纏わりつく水は足元だけじゃない。顔や胴体に叩きつけてくる風雨は、前に出ようとすれば重さを増して私の身体を押さえつけてくる。あまりの勢いに気勢を削がれ、前傾姿勢を押し戻されそうなくらいだ。

 早くも背筋に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、後続の位置取りを確認する。私の1身後ろにエンゼリーとジャラジャラ。5番手からエンゼリー目掛けて上がってくるのはジェイジェイザジェットバイシクル。その巨体故にスタートダッシュは上手くないが、スピードに乗れば彼女を止められる者は誰もいない。7番手付近に4番人気のシーユーレイター。15番手の最後方で泥を被っているのはカイフタラ。凡そこの順番のままレースは進んでいくことだろう。

 

『おっと、アポロレインボウ加速していく! 苦しそうな表情を浮かべているが、手を緩める素振りは一切ないぞ!? 意地を張っているのか、それとも勝算があってのことか!?』

 

 ペースを引き上げる。スタミナ消費量は日本の良場と比べて何倍になるのだろう。自慢にしてきたスタミナが頼りなく思えるほど道のりは険しい。

 ただ、それは後続も同じこと。私がペースを上げれば上げるほど、絶対的なスタミナ量の劣る14人は体力切れを懸念しなければならない。特にエンゼリーやカイフタラ――スタミナ切れを心配しなくても良かった2人のようなウマ娘でさえ、そんな()()()()を念頭に置いてレースしなければならない。選択肢が狭まるということは、私の手のひらで動いてくれる可能性が高まるということだ。もちろん私も苦しいが、やるだけの価値は絶対にある。

 ……やるだけの価値は確実にある作戦なのだが――

 

(くっ――苦しい……! 高低差20メートルの坂を2()()()()()()()()()()なんて正気じゃない……!)

 

 アスコットレース場には20メートルに及ぶ高低差が存在する。私達はその高低差を登り、下り、そしてまた登らなければならないのだ。

 まずスタート直後から1500メートルの間、20メートルの登坂が待ち受けている。まるで壁のような急坂。平均勾配は2%を数え、この数値は急坂で有名な中山とほとんど同値である。第1コーナーまでの約1500メートルを()()()()()()()()()なのだ。日本で走る1500メートルとは何もかもが違う。

 

 更にレース中盤では急坂を駆け下りて、レース後半にはもう一度急坂を登り切らなければならない。ヨーロッパ出身のウマ娘でさえ、急坂を駆け下りた所から見える()()()()()()()――22.25メートルの急坂を前にして絶望してしまうとか。

 スタートから400メートルを経過して坂を登っている途中だが、既に脚にガタが来そうだ。薄らとした絶望が心の底から沸き立ってきそうで、懸命に目を逸らして腕を振っている。心臓が嫌な音を立て始めている。私達が立てた高速逃げのプランが、やはり無謀なものだったのではないかと――雨で冷えた思考が現実を見せつけてこようとしている。

 

 だって……不良場でウマ娘のタイムが落ちるのは、()()()()()()()()()()()()()()。私の性質的にハイペースの爆逃げをやるしかないとはいえ、大逃げでゴールドカップで勝ったウマ娘は歴史上存在しない。スピードの鈍る道悪条件では尚更大逃げの勝率は低い。

 エンゼリーやハニーハートビートが驚いたような表情でこちらを見ているのは、私が勝ちのセオリーを無視しているからだ。大人しくスピードを抑えて位置取り争いを制し、最終直線からの好位抜け出しに徹すれば勝てるのだと――そう思っているのだろう。

 

 ――ざけんな。セオリーなんて知ったことか。

 ボロ負けするのは怖い。激走による苦痛は恐ろしい。襲いかかるプレッシャーに押し潰されそうな時もある。

 

 でも――この不良場で大逃げをやり切れたら、()()()()()()()()。たまんないじゃん。やるしかないって。無謀だって言われても、気合と根性で何とかするしかないよ。そもそも()()しかないのが私なのだけど。

 日和(ひよ)って負けるくらいなら、()()()()()を貫いてボロ負けしてやる。さもなくば、ぶっちぎって勝つ!! 既に日本の良場並のスピードには乗れている。スタミナ消費量的にも、今から()()()ことはできない。中途半端が最も最悪。突き抜けたまま果ててやる。

 

『スタートから600メートルを通過して、アポロレインボウが早くも後続に差をつけたぞ。その差は4身。そして常軌を逸したハイペース――これはつまり、()()()()()()なのでしょうか』

『レース中盤でペースを落とす可能性もありますが……今のところは()()()()()()()()()で行くと見るしかありません。中団先頭のエンゼリーとジャラジャラはアポロレインボウを放置し、2番手を死守しようと争う構えですね。カイフタラは全く動きません』

 

 200メートルごとのラップタイムは、13.4-11.9-11.9――このままのペースを維持すればゴールドカップの4分切りレコードも夢ではない。ただ、不良場のせいで全然踏ん張りが効かないから、必要以上に足元へ注意を払わなければならない。滑って転倒すれば一巻の終わりとあって、精神力の削られ方も今までにないレベルだ。

 シャンティイの森の中のコースは高低差40メートルを誇ったけど、あの時は不良場じゃなかったから踏ん張りが効いた。むしろ今の方が辛いくらいだ。

 

「はっ、はっ――」

 

 私の後ろを走るエンゼリーとジャラジャラ。早くも私のことを諦めてくれたようだ。集団のペースを狂わせたり、位置取り争いによる細やかなトリックが飛び交っている。しかし、大雨と暴風のせいでそれらの技巧は空回り気味なようだ。器用な彼女達なら、あと数百メートルもすれば悪天候に合わせたトリックを発動するだろうか。

 ジャラジャラは比較的自由に逃げているが、エンゼリーは真後ろのジェイジェイザジェットバイシクルのプレッシャーに苛立っている。何よりカイフタラが全くの不動であることが1番恐ろしい。何もかも見透かされているような寒気がする。

 

(アポロ……お前、正気か?)

(正気だろうが狂気だろうが――あなたに勝つにはこれしかないんだっ!!)

(…………)

 

 跳ねた泥や打ち付ける雨粒に対して、カイフタラは瞬きひとつしない。私だけをずっとずっと睨みつけている。その金色の双眸が鷹の目のように思えた。

 そして――()()()()()()()()()()()()()()()()。2番手から5身先を行く私と、14番手から2身後ろを行くカイフタラ。14人に一瞬の動揺が走る。

 

(何っ!?)

(()()()()()()()()()()か……!)

(あまりにも早すぎる……! アポロレインボウといいカイフタラといい、このゴールドカップで何が起きている!?)

 

「っ……」

 

 まさか――バレた? この大逃げがあなた(カイフタラ)のスタミナを削り切るためのハイペースだと。

 ――そんな! 狙いに気付くのが早すぎる! それとも()……? 一瞬視線を交わしただけで……バカな。何てウマ娘だ。いずれにせよ、カイフタラはスタミナ消費を更に抑えて最後半の追い上げに賭けるつもりなのだ。でも、その計画は()()()()()()()意味が無いはず。

 

 1番嬉しい展開は、カイフタラが()()()沿()()()()()最後方を走り、エンゼリーやジャラジャラ達にスタミナを削られることだったが――やはりそう上手くは行かないか。極端にペースを落として、単走同然の状態にして――()()()()()()()()()()()している。

 でも残念だったね。このレース、私は垂れないんだ。あなた(カイフタラ)理不尽(末脚)が押し付けられる前に、私の理不尽(スタミナ量)を押し付けてやる。

 

(ペースを落としたならその分私との差が開く! とみおは()()()()()()と言っていた! 何故なら――開いた距離の分だけペースを上げなければいけないから!! 模擬レースのように末脚さえ鈍らなければ――カイフタラのスタミナを限界ギリギリまで削り取れば――()()()()に対抗できる!!)

 

 悲観するな。これはレースではない。理不尽の押し付け合い。それぞれのウマ娘が持つ能力による詰将棋だ。4000メートル、20メートルの高低差、不良場、大雨と強風――この悪条件なら私の駒の方が有利。スタミナ量の絶対値が違う。

 前を向けアポロレインボウ。一度目の坂越えはもう少しだ。

 

『スタートから1000メートルを通過して、アポロレインボウが7身の差をつけて先頭! ペースは良場だとしても異常なペース――当然不良場なら絶対に有り得ない破滅的ペースです!! 2番3番にエンゼリーとジャラジャラ、4番手にハニーハートビート、5番手にジェットバイシクル、中団後ろの方に4番人気のシーユーレイター、14番手から3身離れた最後方を走るのは2番人気のカイフタラ! 後続のウマ娘はいつ仕掛けるのか!? 既にレースの4分の1が経過しています!!』

『こ、この調子だと前代未聞の4分10秒未満のレコードが――いえ、それすら超えた3分台のレコードを叩き出してしまうかも……』

 

 直線コースと周回コースの合流地点に到着して、歪な坂道が残り500メートルを数える。今思い出したのだが、このアスコットレース場は平地ゾーンが600メートル程度しかない。第1コーナー部分と下り坂の終わり際に束の間の平坦なコースがあるだけ。スタミナ消費量はヨークや日本のコースと比べるべくもない。

 死ぬほど苦しむ羽目にはなっているが――天運は間違いなく私に向いている。消耗戦であるという一点において、これ程の有利に立てることは二度とないだろう。

 

「――っ、かっ、はっ! ああっ!! あああぁああっっ!!」

 

 だが、眼球に直接打ち付けられる雨粒、身体の前面に押し付けられる風圧の壁、泥と水滴で足を取られる場で行うオーバーペース気味の全力疾走――これらの苦難が私の精神をごりごりと削っていた。

 たった1000メートル走っただけで、もう肉体は限界に達しようとしていた。既に口端から垂れた涎を拭う余裕すらない。壁のような坂道を延々と走って、気が狂いそうになっている。

 

 ――レースというのは、想像以上の孤独に包まれている。騒がしいのはスタンド前を駆け抜ける時だけ。自由なコース取りをするヨーロッパのレース場では特にそうだ。スタンドは確かに巨大だが、その建物でも長大なレースコース全てをカバーすることはできない。このアスコットでも、スターティングゲートやコーナー、ゴール地点やスタンド以外で歓声を受けることはほとんど無い。

 スタートした瞬間はたくさんの歓声に囲まれたものの、広大な草原を駆け抜けるうちに喧騒はどこかへ消えていた。辺り一面には柵で仕切られただけの原風景が広がっている。雨音と風切り音と心臓の音だけが聴覚を支配して、不思議な静寂があることで自然と自らの内面に視線が向いてしまう。苦痛から目を逸らすため、という理由もあるが、基本線はこのオーバーペースを保てるかどうか。つまり自分との戦い。もはやゴールドカップは自分の心の勝負になっている気がした。

 

 全身から噴き出した汗が泥と雨水と混じって、身体を重く野暮ったくしていく。顎が重い。手首の角度が定まらず、手のひらが下を向く。舌が乾いて酸っぱい。強烈な風が舌根の渇きを更に促進してくる。雨水が不味い。泥水がジャリジャリして、もっと不味い。自分の顔は今、どうなっているだろう。多分覇気の欠片もない疲弊に満ちた顔になっているはずだ。

 こころと身体の芯は死んでいないが、表情を初めとする身体の表面が死に始めている。後続のウマ娘は流石にここまで疲れていないだろう。もっと頑張らなければならない。

 

(そろそろ一度目のゴール板が見えてくる! そこからは一瞬平坦なコースを走ったあとに下り坂! 下り坂では少しだけ楽が出来るから――全然楽じゃないけどとにかく――せめてそこまでは気合いで持たせる!! 下り坂が終わった後にキツくなったら、またその時考えて気合いで乗り切るっ!!)

 

 大逃げを出来ることと実際に()()ことには大きな違いがある。言ってしまえば、追込脚質のウマ娘でも大逃げをやろうと思えば()()()()()()のだ。大逃げのウマ娘が極端に少ないのは、他の作戦をした方がそのウマ娘の強みを活かせるから。

 サイレンススズカや私が異端の部類に入るだけで、ほとんどのウマ娘は大逃げ以外の走りをした方が勝率は高い。その他に大逃げが希少な理由は、レースの最初から最後まで全力全開で走らなければならないからだ。つまり、単純に()()()。息を入れる暇がない。

 

 そんな不器用な脚質でしか勝てないウマ娘が、不良の4014メートルをハナで駆け抜けるなんて――誰もが不可能と笑うだろう。今この瞬間だって、実況解説は私に向けて疑問の目を向けている。

 私の大逃げを望んで1番人気にしてくれたファンは多いだろう。ただ、大逃げをして実際に勝ってくれると思っている人はそこまで多くないのではないだろうか。

 

(――でも私は!! そんな夢物語みたいな非現実を叶えたい!! みんなの夢と希望を現実にしたい!! 夢を賭けて戦ってきたライバルのためにも、大逃げの最強ステイヤーになるためにも!!)

 

 雨音の中、真っ先にスタンド前を駆け抜けて――高低差22メートルの坂を登り切り、一度目のゴール板を通過する。即座に息を入れ、コンマ1秒の減速の後に再加速。2番手との差は10身。その差を見てか、それともウマ娘が付近を通って興奮したのか――スタンドや屋外観戦席から轟々とした大歓声が響き渡る。

 客席に目を向けることはしない。そんな中、見知った人の声――とみおやルモスさん達――を聞いた気がして、私の持久力が僅かばかり回復する。やっぱり私は、みんなの声を受けたなら何処までも走っていけるのだ。回復したスタミナを燃焼し、私は周回コースの第1コーナーをカーブしていく。

 

『スタートから1500メートルを通過して、アポロレインボウが10身のリード! 大逃げのアポロレインボウはもちろんですが、2番手争いが苛烈さを増しています!! ジャラジャラとエンゼリーが激しい削り合い!! そしてジェイジェイザジェットバイシクルとシーユーレイターも至近距離で睨み合っている!!』

『ここに来て有力なウマ娘達が争い始めましたね。最初の1500メートルを走ったおかげで、残りの2500メートルの見通しが立ったというところでしょうか。最後方に隠れているカイフタラの判断、そしてアポロレインボウを放置した14人の共通意識がどう出るか……見物ですね』

 

 2番手は集団支配型のジャラジャラとエンゼリーが争っていて、少しペースが早めか。エンゼリーがジェットバイシクルのプレッシャーを振り切って逆に後方に追い返し、尚且つジェットバイシクルがシーユーレイターと戦っているところを見ると、ジェットバイシクルはこのハイペースでこれ以上強気に出られないはずだ。エンゼリーは相変わらずのトリックとタフさでジャラジャラを責め立てている。それでもジャラジャラは譲らない。ひと枠分内側にいたおかげか、コーナーのカーブで僅差の有利に立てている。

 深い蒼の勝負服を泥だらけにしてレースを俯瞰するのは、最後方のカイフタラ。私とは17身ほどの差がある。エンゼリーやジャラジャラは私のスタミナを持たないと踏んだらしいが、ヤツだけは違う。どこまでも冷静で思慮深く抜け目がない。顔面に跳ね上げられた泥水を避けることもせず、瞬きさえ必要ないと言うように、カイフタラは私を睨み続けていた。

 

(カイフタラめ――シーユーレイターやジェットバイシクルどころか、エンゼリーとジャラジャラすら歯牙にかける様子がない。完全に私に狙いを定めているんだ……!)

 

『さぁ第1コーナーを曲がると22メートルもの落差を誇る下り坂が待っている! 800メートルを走る間に22メートルを下る急峻な坂! むしろ上り坂よりも危険だと言えるでしょう!!』

『この下り坂で勢いをつけすぎると、急角度の第2コーナーで負担をかけながら減速する必要がありますからね。無理に減速するよりは、速度を抑え気味に走って上り坂に備える必要がある――そんなもどかしいゾーンとなっていますよ』

 

 三角形の周回コースに突入して、残る道のりは2400メートル。ここからは1度盛り上がった地形を超えて、そこから冗談みたいな傾斜の下り坂を駆け下りる必要がある。

 実況解説は()()言ったが、速度を緩めていては話にならない。むしろ下り坂を利用して加速するべきなのだ。後続の思い描くレース展開をぶち壊し、そのままスタミナを切れさせて走り切ってやる。

 

 全身を泥まみれにしながら、盛り上がった地形を超えて下り坂に突入する。そこからは、()()()()()()()()下り坂が広がっていた。広大な丘っ原に立てられた柵がとてつもない落差と共に狭まっているように見える。

 一瞬、転げ落ちてしまうのでは――という恐怖に狩られた。京都レース場の淀の坂が永遠に続いているかのような――そんな地形。既にレース場の下見はしていたが、酸欠による視野狭窄によって視界中央の下り坂が強調されて見えているのかもしれない。

 

 そして、須臾の驚愕と恐怖で怯んだ隙に――

 

 ひとつの影が雨風と共に迫り来る。

 

『おおっと、ジャラジャラだ!! ジャラジャラが掟破りの加速ッ!! 下り坂を利用してアポロレインボウを早々と捉えにかかったあっ!!』

 

「うおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「――!?」

 

 ()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのウマ娘は――何とジャラジャラだった。

 

 コンマ数秒反応が遅れる。ジャラジャラは盛り上がった地形に差し掛かった途端、私の隙を突いて加速していたのだ。ポイントとなる地形の走り方に気を取られて――私としたことが気付けなかった。雨風で音が聞こえなかったせいもあるし、極限状態で注意散漫になっていたのもあるか。

 まだ6身の差こそあるが、いち早く下り坂で加速していたジャラジャラとの距離はみるみるうちに縮まっていく。下り坂での加速に加え、『領域(ゾーン)』まで吐いて私を潰しに来ているのだ。一瞬の油断を突いた急襲。私は大量のスタミナを消費して、ジャラジャラと同程度の速度になるまでギアを引き上げる。距離の均衡が生まれた頃には、ジャラジャラとの差は3身まで縮まっていた。

 

『ジャラジャラが仕掛けて捉えたっ!! アポロレインボウ、気のせいか驚いたような仕草を見せて反応が遅れたか!? ジャラジャラとアポロレインボウが後続を引き離し、早くもデッドヒートを繰り広げているっ!!』

『ジャラジャラは()()()()()()と思ったのでしょう。アポロレインボウがこのまま逃げ切ると踏んだか、それとも彼女の注意が下り坂に向くと予測していたのかは不明ですが――とにかく、これはジャラジャラにとっても非常に苦しい賭けですよ。ハイリスクハイリターン、成功したとしても大逃げに付き合ったために終わり際までスタミナが持つのかどうか――』

 

 下り坂でのデットヒートは地獄だ。何故なら、1度始まったが最後――己の意志に関わらず止めることが不可能だからだ。

 傾斜を蹴りつけて回転する両脚。重力と脚力によって加速していく肉体。互いに譲らないライバル。これらの条件が組み合わさると、()()()()()()()()()最悪の競り合いが続くことになる。

 

 しかも、今はその条件が最悪中の最悪だ。恐らくハナを奪いたいであろうジャラジャラと、ハナを死守しなければ勝てない私が競り合うことになれば、どう考えても速度を緩めることはない。

 即ち、()()()()()。下り坂が続く限り加速し続けるしか互いに勝つ方法はない。自らの循環機能を破壊しながら、あまつさえガラスの脚を危機に曝しながら、私達はアスコットの下り道で加速し続けていく。

 

(ジャラジャラ――!!)

(アポロレインボウっ!! その背中、捕まえたぞっ!!)

 

 ジャラジャラがこれまでの1600メートルを()()()()()()()()()の速度で走っていたせいか、どちらかと言えば余裕があるのは敵の方だった。しかし根性に分があるのは私。酸欠になろうと白目を剥こうと奴を競り落とす覚悟はある。

 

 22メートルの高低差を駆け下りながら、行った行ったの鍔迫り合いが幕を開けた。

 ジャラジャラが減速のフェイントをかけた上で強引なオーバーテイクを試みる。それを読み切っていた私はジャラジャラの加速に合わせて速度を引き上げ、彼女が息を入れたタイミングで無理を承知で再度加速して突き放す。

 

(そこをどいてっ!!)

(嫌だ!! ここで譲ったら私の夢は叶わない!!)

(こっちだって譲れないんだから――いい加減ハナを渡せ!!)

 

 下り坂の始めの400メートルもの間、私はほとんど無呼吸で走っていた。その間22.4秒。何度も眼球が真上を向きかけたものの、目に入った雨粒の痛みですかさず現実に帰ってきた。喉と胸の奥に激痛が(わだかま)っている。ジャラジャラとの差は2身まで引き離した。命がいくつあっても足りやしない。

 恐らくこの下り坂がジャラジャラにとってのターニングポイント。下り坂を駆け下りる間ジャラジャラの猛追を凌げば何とかなる。少なくとも彼女ひとりについては競り落とせるはずだ。

 

『ジャラジャラが踏み込もうとするが、アポロレインボウのガードが硬い!! ギリギリのところまで追い詰めても寸前で躱されてしまう!! これは万事休すか!?』

 

 こうしてジャラジャラの猛攻を凌ぐこと800メートル。遂に下り坂を下りきった私は、平坦な第2コーナーを利用しつつやっとのことで息を入れた。ジャラジャラは3身の差をつけて2番手のままだ。

 ほっとしながら3番手以下の様子を見る。16身の差をつけた3番手のエンゼリーが僅かに上昇の予感。6番手のジェイジェイザジェットバイシクルが反応したものの、着いていくスタミナは無さそうだ。シーユーレイターとカイフタラ以外のウマ娘は既に足色が鈍り始めている。

 

第2コーナー(スウィンリーボトム)を曲がってアポロレインボウが変わらず先頭!! ジャラジャラが仕掛けた勝負に見事打ち勝ち、先頭を死守っ!! 既にレースは残り1600メートルを切った!! ここから後ろのウマ娘はどう追い上げるっ!!?』

『そろそろアポロレインボウが垂れてくれないと後ろのウマ娘は困りますよ……何せ、良場のアスコットでも()()()()()()()()()ウマ娘がいるくらいですから。ジャラジャラやエンゼリーが操っていた中団は、アポロレインボウによってハイペースに吊り上げられています。カイフタラという例外はいますが、アポロレインボウが()()()そのまま……という可能性が現実味を帯びてきました』

 

 三角形の周回コースの第2コーナーは、スウィンリーボトムと呼ばれるコース最低地点。そこから最高地点たるウイニングポストまでの高低差は22メートルに及んでいる。つまり、私はここから2度目の20メートル級の急坂登坂を行わなければならない。

 400メートル程度の平坦な地形を走りながら、1200メートルに及ぶ上り坂への準備を進める。準備と言っても、全力疾走しながら精神的な覚悟を決めるだけだが――

 

(――っ!?)

 

 唐突に、その覚悟を妨げる影が襲いかかってくる。

 圧倒的な威圧感が背中に覆い被さった。ぞわりと全身が総毛立ち、尻尾を掴まれたかのような不快感に襲われる。

 

(バカなっ! エンゼリーが来た!? この僅かなコーナーの間に!? それともカイフタラ!? シーユーレイター!? いやっ、このウマ娘は()()()――)

 

 ――ジャラジャラだ。今この状況で私の直後に控えられるウマ娘は、彼女しかいない。ジャラジャラは下り坂でハナを奪えなければ諦める。そう予感していたのに――()()()()()()などという希望的観測が甘かったか!

 彼女も夢を追ってヨーロッパにやって来たのだ。易々と諦めてくれようはずもない。それこそ私のように命をかけて1着を取りに来るだろうに――

 

「――おおおおぉぉぉおおおおおおおっっ!!!」

「ぐッ――!」

 

 ジャラジャラはまだ諦めていなかった。平坦な部分を過ぎて上り坂に差し掛かろうとしても、彼女は私に食らいついてきた。

 そうなると精神的に辛いのは私の方だ。てっきり諦めてくれるものだと思い込んでいたぶんショックは大きい。酸素不足で判断が鈍ったか。何とか立て直そうとする間にジャラジャラの影が接近してくる。

 

 しかし、既に限界を超えた疾駆によって身体は限界を迎えていた。思わぬ強襲による精神的動揺もあって、自分の芯がぐらつく。

 もはや力尽きる寸前。へろへろのフォームになりかけて、ジャラジャラとの差が縮まっていく。そして坂道に一歩踏み込んだ瞬間、腹の底に鉛の塊のような重石がのしかかった。それは明らかな限界の現れだった。

 

(……苦しい――)

 

 ――苦しいだと? バカ野郎。できるだろ。もっと速く走れるだろ、アポロレインボウ。

 死ぬほど苦しいのは分かる。でも、平坦な10000メートルの道なら全力疾走しても体力が持つって知ってるだろ。何度も何度もトレーニングして、ノープレッシャーならどんな条件の超長距離でも走れると知ってるだろ。

 

 己を鼓舞して、次なる一歩を呼び込む。

 高低差22メートルの急坂。太ももが上がらない。

 

(……もう、無理だ――)

 

 お前は知っているんだ。どれだけ苦しかろうと、自分がもっとやれるってことを。

 だから走れ。弱気になるなよ。高低差22メートルがどうしたって言うんだ。()()()4()0()0()0()()()()()()()。10000メートルに比べたら易いもんだろ。

 

(このまま走ってたら、マジで死ぬ――)

 

 ()()()4()()()()()()()()()()!? この4分間を死ぬ気で頑張れば、これまでの十数年の人生が報われるかもしれないんだぞ!?

 疲れてても分かるだろ!? 十数年と、4分間の違いだ! どっちが大切だ!? どっちが重い!? そんなの、これまで過ごしてきた十数年の人生に決まってる!! 10年の苦痛を一身に背負うより、この4分間を全力で駆け抜ける方が楽に決まってる!!

 

 だから動け! 動けよアポロレインボウ――

 

(息が持たない……喉は痛いし……胸の奥も痛い。足が壊れそうだ……身体はもう動きそうにない……)

 

 ――ふざけんな!! 手の届くところにあるんだぞ!? 私の夢が!! 小さい頃からずっと憧れてきた夢が!! 憧れの景色でしか無かった最強ステイヤーの称号が、手に届くところにあるんだよ!! 何で頑張れないんだよ!!

 

 ()()()()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

(――――……)

 

 己の激励を耳にして、みんなの顔が脳裏を過ぎる。

 桃沢とみおに、私を応援してくれるファンや知人、先輩。シンボリルドルフに、マルゼンスキー。ダイタクヘリオス、メジロパーマー、トーセンジョーダン、ゴールドシチー、シリウスシンボリ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、ウオッカ、ダイワスカーレット、ゴールドシップ、サクラバクシンオー、アグネスタキオン……。

 そして、現在進行形で戦っているライバル達。日本に残してきたウマ娘に、海外で出会ったウマ娘……。

 

 みんなに誇れるウマ娘になると――最強のウマ娘になると誓ったではないか。

 

 苦しさ以上に自分の夢が輝いているから、限界を超えて挑戦できる。

 そんな言葉を思い出して、踏み出す一歩に力が篭もる。

 

 シャンティイの森でブラッシングチャームとチーフズグライダーが流した涙。彼女達の想いの宿った光が、私の心象風景で沈黙する一本桜の枝部分から飛び出した。ジャラジャラの『領域(ゾーン)』の欠片を押し潰し、絶望を与える『未知の領域(ゾーン)』の光。全身から黒い瘴気が飛び出し、私の周囲の空間が歪んで壊れていく。硝子(ガラス)が割れ落ちるように変わっていく光景の中、私は2人のウマ娘の幻影を見た。

 

 ――ブラッシングチャームとチーフズグライダー。チームメイトを勝利させるための潰れ役(ラビット)と、そのチームのエースだ。2人でひとつ、一心同体となった彼女達は、2人で練り上げた心象風景の欠片を私に与えてくれた。

 私の胸に優しく宿った2人の想い。それは少女達が積み重ねてきた激情の一部に過ぎなかったが、私の両脚にレース序盤のような力強さを復活させた。

 チーフズグライダーの『領域(ゾーン)』――

 

 ――【WE NEVER GIVE UP!!】

 

 ――アポロ、思い出せ。君が戦い抜いてきたレースを。その身体に背負った想いを。君の経験全てが糧になるはずだ……

 

 みんなの想いが背中を押し、急峻な坂道に負けない力強さで加速していく。

 

(私は絶対に夢を諦めたくない――諦めないことが私の強さ!! 絶対に諦めない――それがずっと変わらない私の走り方!! 私が最強のステイヤー、アポロレインボウだ!!)

 

「――う、あああぁぁぁああああああっっ!!!」

 

『おおっと!!? 残り1000メートル地点っ、アポロレインボウが今度こそジャラジャラを突き放したあっ!! ジャラジャラは厳しいか!! エンゼリーとカイフタラが進出していきますが、豪雨のせいかエンゼリーの末脚は鈍い!! ピンピンしているのはカイフタラとアポロレインボウだけ!!』

 

 私がチーフズグライダーの激情によって復活すると同時、ジャラジャラが今度こそ力尽きた。超ハイペースの上、不良場が祟ったのだ。とうに限界を超えていたのか、真っ青な顔をしたジャラジャラが上体を起こして減速していく。

 

(――アポロさん……私はもう……ダメみたい)

(……!)

(でも……勘違いしないで)

 

「――いつか必ず、やり返してやるんだから……」

 

 ジャラジャラが後続集団に飲み込まれる寸前、私は彼女の無念に満ちた声を聞いた。ジャラジャラの『領域(ゾーン)』が消えていく。そして完全に消失する寸前、その欠片に触れた。

 ジャラジャラの激情が流れ込んでくる。

 

 ――クラシックレースに憧れがあった。

 でも、『皐月賞』、『日本ダービー』、『菊花賞』――1生に1度の大舞台。その全てに出られなくて……悔しかった。

 そんな後悔はあったが、その後悔よりも鮮烈に光る夢が私にはあった。

 クラシックを激走したウマ娘が見せてくれた光。

 ――“最強ステイヤーになる”こと。

 まだその背中は遠いけれど、私もいつか――

 

 ……ジャラジャラも最強ステイヤーになりたいと考えていたのだ。ゴールドカップに勝って最強を証明したいと。そして何より、私に勝って証明したいと……。

 

「――――っ、ぅぐ、ぁ――、あああぁぁぁああああああああっっ!!!」

 

 ジャラジャラの姿が雨の向こうに消えていく。夢をまたひとつ摘んだのだ。ここに集った15人にはそれぞれの夢がある。ひとりが勝つということは、それ以外の14人の夢を摘むということ。

 誇れ。夢を摘んだことを。私の夢が輝いていくことを。

 そして走れ。己の夢が最も鮮烈な光を放つことを証明するために。

 

『日本の雄ジャラジャラが失速っ!! そしてアポロレインボウに追いつこうとした14人も次々に失速し始めたっ!! ああっ!? ハニーハートビートが大きく口を開けて減速し――更にスモーキースリルまで!? いやっ、ジュニア級チャンピオンのチョコフォンデュ、サイレントジョーカー、オレンジサファイアまでもが限界を迎えたのかっ!? この6名は()()()()()()()()()()()()っ!!』

『ま、まさか……()()()()()()ですか――? 3100メートル地点で、歴代屈指の好メンバー達が――?』

 

 残り900メートル。ジャラジャラが脱落すると同時、ラビット役のハニーハートビートが急激にペースダウンする。彼女だけではない。スモーキースリル、チョコフォンデュ、サイレントジョーカー、オレンジサファイアらの足元が致命的にぐらついていた。ステイヤー達のスタミナが瓦解し、過酷な風雨に押し戻されて上体が持ち上がっていく。

 

(ぐっ――遂に来ちまったか……ちくしょう……)

(ああっ、そんな――ウソだ――)

(ば、バケモノめ……!)

(レイターさん、すいません……役目を果たせなかった……)

(し、死ぬ……)

 

『じ、ジャラジャラを初めとした6名が最後方に後退!! 彼女達のスタミナが完全に切れてしまったっ!! これがアポロレインボウの大逃げっ!! 無理を通して破滅的超ハイペースを刻み続けたアポロレインボウの作戦だぁっ!!』

 

 この究極の消耗戦こそ私の望んだ戦いだ。苦悶とリスクに耐え忍んだことで生まれた特大のリターン――そして唯一の勝機。アスコットの不良場と私のハイペースがやっと噛み合ったのだ。レース最後半に差し掛かって、振り絞るものが何も無くなってからが私の本領発揮の舞台。

 

(かかって来いよ!! 私について来るなら、そのスタミナを全て削ぎ落としてやる!!)

 

 6人のウマ娘が決定的な失速をしていく中、三強以外のウマ娘の顔色が怪しくなっていく。残されたゴール板までの距離が僅かとあって、多くのウマ娘は20身以上つけられた差を縮めようとペースアップしていた。そもそも不良場で脚が回らないというのに、大逃げのハイペースによって彼女達のスタミナは残り僅かとなっている。

 ゴールデンネダウィ、ゾーンエスプレッソ、スイッチオン、ブストアルシーツォ、ジェイジェイザジェットバイシクル――そして4番人気のシーユーレイターまで。次々にスタミナ切れの兆候を明らかにし、顔面を蒼白にしながらじりじりと後退していく。

 

(んなアホな――……鍛え抜いた脚が、痙攣して動かへん……!?)

(あ、アポロレインボウ……有り得ん……そんな走りをしたら、普通はゴールまで持つはずがねェのに……)

(これ以上は脚もスタミナも……あぁ……アタシのゴールドカップが……)

(ぐッ……これ程までに、違うのかよ……ッ!!)

(アフリカのみんな――ごめんよ――……)

(……済まないトレーナー、ハートビート……エースとして踏ん張ることも出来なかった……)

 

『あ――っと!! シルバーコレクターのゴールデンネダウィが失速!! 復活をかけるゾーンエスプレッソ、中長距離巧者のスイッチオン、アルゼンチンの英雄ブストアルシーツォ、アフリカの巨人ジェイジェイザジェットバイシクルも立て続けに上体を持ち上げていくっ!! そして4番人気のシーユーレイターまでも容赦なく刈り取っていくアポロレインボウの高速逃げ!! これは芦毛の妖精なんかじゃない!! 地獄からやってきた蝙蝠の悪魔だっ!!』

 

 彼女達には末脚を発動することすら叶わない絶望が叩きつけられていることだろう。このままのペースで走った時、私の4000メートル走破タイムは大体4分ジャストくらい。そんな私に20〜30身の差をつけられているということは、1身の走破タイムを0.2秒とすると――後続の4000メートル走破タイムは4分4秒から4分6秒程になる。

 これは良場における従来のレコードタイムを優に超えている。道悪になったゴールドカップの平均走破タイムは4分30秒程で――単純計算によると、その差は約25秒にも及んでしまうのだ。

 

 普通のウマ娘なら()()()スタミナ切れになる。風雨を浴び、泥水を被り、ぐちゃぐちゃの地面を蹴りつけるしかなくて――それでもなお条件の整った良場以上のタイム、それこそ世界レコードを超えるタイムで走れと言われて……本番の一発勝負という緊張感の中、世界レコードを達成できるウマ娘がいるだろうか?

 ――いない。私以外にいるはずがないんだ。レコードがレコードたる所以は、その走破タイムを超えた者が誰ひとりとして存在しないから。私みたいなスタミナ狂いの脳筋バカじゃないと無理に決まっている。

 

 私の目指した景色は速度の果てに在るのではない。極限まで煮詰めたスタミナの果てに存在する。誰も追いつけないというのは結果であって、スタミナの暴力によって他の存在全てを()()()()て体力的に追いつけなくすることが私の“果て”の姿だ。

 絶対的な速度の違いによって私の背中が遠ざかるのではない。絶対的なスタミナの違いによって、()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――私に追いつくことが叶わないのだ。

 

 サイレンススズカの大逃げとは似て非なる私の大逃げ。

 これが、異次元の逃亡者には無い私だけの景色だ。

 

 ふと、遥か過去に交わしたトレーナーの言葉が脳裏に響き渡る。

 

 ――俺の理想のステイヤーは4000メートルを走ることが出来るウマ娘なんだ

 

 あぁ、そうだ。()()()()()()()()()()()()()()4000メートルを走ることのできるウマ娘になるまで、あと少しだよ。

 この夢を叶えるには、まず――

 

『残されたウマ娘は長距離三強だけっ!! アポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラだけが疾走しているっ!! そして最初にアポロレインボウと激突するのはエンゼリーだあっ!! アポロレインボウを捉えに猛追するエンゼリー、その差は15身!! オーストラリアの英雄が――緑の天使が悪魔を討伐するべく末脚を爆発させているぅっ!!』

 

 ――エンゼリー。まずはあなたを()()()()。そしてその次はカイフタラ、あなたの番だ。

 残り800メートルを通過して、上り坂の向こうに最終(第3)コーナーが見えてくる。後方で追走するエンゼリーとの差は15身、彼女に隠れて進行してくるカイフタラとの差は21身。豪雨の壁を打ち破って、緑の勝負服が速度を上げる。

 

(やっと背中が見えた――覚悟しろアポロちゃんっ!! ゴールドカップはウチが獲るっ!!)

(やれるもんならやってみろ!! こっちだって負けられないんだ!!)

(()()()()ッ!!)

 

 加速する私とエンゼリー。最終コーナーへ向かう2人の優駿。それぞれの身体からどす黒い瘴気が生まれ、お互いの四肢を呑み込み始める。途方もなく強くて、美しくて、激しい想い。やがて、エンゼリーの鋭い眼光が向けられると共に、眩い光が差し込んできた。

 私の中にエンゼリーの激情が流れ込んでくる。見せられる。魅せられる。エンゼリーの心象風景。遥かなる大空へと続く階段を駆け上がり、昇り龍となっていくエンゼリー。連戦連勝――その勢いを表すかのように天を駆けていく彼女は、雲間から射し込んだ陽光に照らされてコートを翻した。自分を支えてくれる全ての存在のために、天使の梯子(Angels Ladder)の加護を受けたエンゼリーは末脚を爆発させる――

 

 そんな彼女へのカウンターとして、私は心の中に大海を展開した。青緑の大海原の上で、小舟に乗って釣りをする私。遥か上空には天使の梯子が架かっていた。心の中が侵食されている。エンゼリーの加速が勝っているのだ。

 

 ――まぁまぁ、のんびりやっていきましょうよ〜

 

 欠伸混じりでのんびりとした声が聞こえたかと思うと、私の持っていた竿に強烈な反応があった。セイウンスカイは私の竿を掴むと、一緒に握り締めるグリップを颯爽と引き上げた。

 小舟がぐらつき、糸が跳ねる。巨大な魚影が天を躍り、天使の梯子を掻き消した。そのまま大物を釣り上げた私達は、ハイタッチを交わして大物を天に掲げてみせる。

 

 ――上手いことやりなよ、アポロちゃん

 

 セイウンスカイの声がして、顔を見合せた私達の笑顔が煌めく。友達(ライバル)として背中を押してくれる彼女と、覚醒した私が生み出す2人の『未知の領域(ゾーン)』――

 天使の梯子と大海原。私達の生んだ世界とエンゼリーの心象世界が衝突した。

 

 ――【E. E. Estimated...】

 ――【アングリング×スキーミング】

 

 ――チーフズグライダーの想いとセイウンスカイの想いによって、こころとからだを焼き尽くす。残る想いはダブルトリガーと自分だけ。

 4段ロケットの2発目――セイウンスカイの光。その加速と燃焼に身を任せて、ボロボロになった身体を時速80キロの世界に誘う。心臓に激烈な負担がかかり、強烈な胸の痛みが脳髄を貫く。激痛で怯みそうになったが、あるがままの激情で全てを握り潰した。喉と肺は既に死んでいる。酸素を取り込めているのか分からない。穴でも空いたんじゃないだろうか。足元からぎしぎしと何かが軋むような音が飛び、四肢末端の感覚が完全に消失する。

 

 こころを燃やして走るほど、狂っていく。極まった精神状態が織り成す『未知の領域(ゾーン)』だからこそ、疾く駆け抜けるだけで激情を()()していく。とうに精神も肉体も限界を超え、破壊の段階へと及んでいた。

 それはエンゼリーも同じこと。彼女のスタミナも枯渇寸前のはずだ。雨風に打たれて泥を被り、精神的にもかなり参っているだろう。その証拠に、彼女の緑の勝負服は、泥水で真っ黒な勝負服へと変わっていた。

 

『エンゼリーがアポロレインボウとの差を詰める!! その差は10身!! しかしこれ以上は縮められそうもない!! もどかしい10身の差!! これがアポロレインボウの底力なのか!? 2人の距離は変わらない!! 2人の想いが拮抗している!! 鍔迫り合いを繰り広げたまま、2人は最終コーナーへと入っていきます!!』

 

 普通ならば酸素不足になった脳が全身の活動を止めさせるのに、意地の張り合いから来る激情と夢への憧れが私達を限界以上に突き動かしている。この全力疾走が終わったら私は死ぬのだろうか。そう思ってしまうくらい、()()()()()()()

 でも、死んでもいい。このゴールドカップを勝てたなら、全て喪ってもいい。だけど、負けて死ぬのだけは御免だ。失せろエンゼリー、こちとらハナを譲る気は元から無いんだよ。

 

(ぐっ……追いつけ、ない――っ!?)

(諦めろエンゼリー、()()()()()()()!!)

(な……そんなことがっ!)

 

 最終コーナーを曲がって、最終直線。残り500メートル。エンゼリーの脚が()()()()()()()。明らかなスタミナ切れの兆候で、既にその顔からは血の気が失せていた。

 

(そんな……ことが――……)

 

 長距離巧者たるエンゼリーでも耐えられぬハイペース地獄。運と気合と根性とスタミナでこじ開けた勝利の可能性は、三強がひとり――“緑の天使”エンゼリーすら凌駕したのだ。

 

(アポロ……レインボウ――……)

 

 スタンドや屋外席から悲鳴のような大歓声が上がる。ぶはっ、と息を吐き出したエンゼリーは、みるみるうちに『未知の領域(ゾーン)』の光を萎ませていく。3500メートル地点。それが彼女の限界だった。

 雨風に呑まれながら、エンゼリーが翼をもがれて堕ちていく。無念と悔しさと憧憬の混じった表情を最後に見て、彼女は雨の壁に消えた。

 

『ああっ、エンゼリーが後退っ!! アポロレインボウがエンゼリーを競り落としたあっ!! すかさずやってくるカイフタラ!! 同じく10身程の差を詰めていくぞ!! この消耗戦の行方は2人に託されたっ!! レースは残り500メートルしかないっ!!』

 

 そして間を空けずに遥か後方から飛んでくる最後のウマ娘――カイフタラ。長距離三強のひとりにして、欧州最強ステイヤー。私に初めての完敗と挫折を味わせた因縁のウマ娘だ。

 私とカイフタラは瞬きひとつしないまま、視線を激突させて火花を散らす。そのまま超前傾姿勢のラストスパートに入り、ゴールまで続く坂道を登っていく。風雨を切り裂いて、泥だらけのターフを蹴りつけて、ゴールドカップは遂に最終局面へと突入する。

 

『泥まみれの2人が激しく争っているっ!! 先頭で雨風を浴び続けたアポロレインボウと、最後方で泥を被り続けたカイフタラが!! 真っ黒に汚れた勝負服の2人が!! 死力を尽くして1着争いをしているっ!! 速度はカイフタラが僅かに勝っているのか、その差を9身、8身と縮めていくぞ!! 勝負の行方は完全に分からないっ!!』

 

 不良場下の絶対的な速度勝負になった時、生来道悪を得意とするカイフタラには大きなアドバンテージがある。つまり――私とカイフタラの末脚には速度差があった。

 まるで()()()が付いているかのように、カイフタラは泥まみれのターフを割って追走してくる。お互いに『未知の領域(本命)』を残しているものの、ワープじみた最凶クラスの末脚を持つカイフタラ相手では、自分の末脚がどこまで通用するか分からない。

 

 カイフタラに対して速度による勝負を仕掛けても勝機は望めない。私のチャンスは()()()()()()にしかないのだ。祈るように、縋るように、カイフタラのスタミナ切れを願いながら、最終直線を全力で走り抜けていく。

 最終直線は500メートルで10メートルの()()がある。ここに来て最も険しい坂道を駆け上がらなければならない。ウイニングポストまで続く極度の疾苦。顎を上げるのはどちらが先だ。

 

『残り400メートルを通過して、曇天を吹き飛ばすかのような声援が2人のウマ娘に降り注いでいます!! 降り止まない雨粒よりも遥かに多く!! 絶え間ない12万の歓声が少女2人の背中に浴びせられています!!』

 

 残り400メートル。優雅とした社交場のロイヤルアスコットが、いつの間にか熱狂の渦中にある()()()()()()()へと変わっていた。誰もが拳を握り締め、振り上げ、豪雨に対して傘を差すのも忘れて、私達にあらん限りの声援を送っている。最高級の観戦席にいる者も、家族でやってきた者も、純粋にレースを楽しみにしていた者も――そしてアスコットに集う12万人の観客全てが――それどころか、この光景を目にした世界中のファンが――ありったけの想いを乗せて、その声を振り絞っている。

 

「アポロちゃーーんっ!! がんばってぇ――っっ!!」

「カイフタラぁぁっっ!! 頑張れぇっ!! お前が世界最強のステイヤーなんだぁぁっっ!!」

()()()()アポロぉぉっっ!! がんばれっ、がんばれっ、がんばれええぇ――っ!!」

「カイフタラちゃんっ、突っ走れぇぇっっ!!」

「どっちも負けるなぁっっ!!」

 

 私達を包む声を聞いて、一瞬だけ(ゴールドカップ)の途中であることを忘れる。ヨーロッパの長距離レースでここまでの盛り上がりを記録したレースが近年に存在しただろうか。それどころか、長いヨーロッパの歴史を見ても――こんなに多くの歓声に満ちた最終直線は存在しなかったのではないだろうか。

 刹那、カイフタラの肉体が黒煙を帯びた。獰猛な野獣のようにギラついた笑みが零れ、悦びと期待に満ちた双眸が私の背中を貫く。果てしなく強い激情――想いのチカラが私のこころを侵食し始めた。

 

 深い闇の中から一条の光が生まれ、黒い瘴気を通してカイフタラの心象風景が流れ込んでくる。見せられる。魅せられる。カイフタラが練り上げた究極の激情――その結晶たる『未知の領域(ゾーン)』を。

 唐突に、私の前に異空間が現れた。深い闇を切り裂く黄金のレース場。彼女の憧れたステイヤーの黄金郷が活気を取り戻していく。同時、その憧憬を独り占めするべく生まれたカイフタラの鎖が、私の脚に何十本と絡みついた。

 

 模擬レースよりも密度の増した『未知の領域(ゾーン)』が繰り出す、世界最凶クラスのトリックだ。その鎖に縛られたが最後、私の脚は完全に静止する――はずだった。

 私の身体から飛び出して、その鎖を断つ光があった。それはダブルトリガーの光。カイフタラと同じように現実に打ちのめされたダブルトリガーもまた、長距離レースが隆盛を取り戻すことを強く願っていた。現実に絶望していた者同士が反応して、互いのトリック部分を打ち消し合ったのだ。

 

 カイフタラの心象風景に対抗するべく、ダブルトリガーの力を借りて『未知の領域(ゾーン)』を展開する。ダブルトリガーと私の『未知の領域(ゾーン)』の同時発動。こうでもしないと、カイフタラに対抗することはできないと直感的に判断したからだ。

 光の中から現れる雪景色。吹雪の向こう側から、月虹に照らされた異形の一本桜が姿を現した。根にはダブルトリガーの光が、幹にはセイウンスカイの光が、枝にはチーフズグライダー達の光が灯っており、私に常軌を逸した速度を与えてくれるのだ。私とカイフタラは互いが背負った心象風景を背に、激しい睨み合いを繰り広げる。

 

「アポロ――オレはたまらなくうれしいんだ。こんなにも多くの人が、オレ達ステイヤーを見てくれている! 精いっぱいの声援をくれる! オレが追い続けてきた夢――積み重ねてきた憧れはここに在ったんだよ!!」

 

「カイ、フタラぁ――っ!!」

 

「オレは負けねぇ――絶対に負けねぇぞ、アポロレインボウッ!! 強くなったお前が魅せてくれたこの景色!! 夢の輝き!! 憧れの果て!! 全部ぜんぶ、最強ステイヤーであるオレのものだ!!」

 

「違うっ!! このゴールドカップは――世界最強のステイヤーは、私のものだっ!!」

 

 そして、2人の末脚が爆発する。

 今までの人生で溜め込んできた、全ての感情を爆発させて――。

 

 

 ――【Turn of a Century】

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 

 ――最終直線、残り400メートル。

 最後の最後、ギリギリいっぱいの瀬戸際で。

 正真正銘、ほんとうに最後の争いが幕を開けた。

 

『じ――冗談でしょう!? アポロレインボウとカイフタラが――()()()()()()っっ!!?

『あ……有り得ません。2人とも、走破タイムが4分0秒台どころか3分50秒台になりそうな大レコードペースで――更に加速……? 有り得ない……こんなレースは見たことがないですよ……』

 

 6身あった差が、カイフタラのワープじみた『未知の領域(ゾーン)』によって3/4身程度まで縮まる。ダブルトリガーと私自身の超越的な末脚を以てしても、道悪下の彼女を止めるのは容易ではないのだ。

 しかし――ハナを奪われることだけは阻止できた。その事実の大きさたるや、形容しがたい。後は耐えるだけ。耐えて耐えて、削って削って、スタミナが空っぽになるのを待つだけだ。

 

 全身からは雨に混じった泥のような脂汗が噴き出していて、もはや痛みとか苦しみとか、そういうくだらない領域をとうの昔に突破してしいた。少なくとも痛覚に関しては吹っ飛んでいる。まつ毛の隙間を縫って粘膜に直接打ち付けられる雨粒によって、溢れ出す涙は止まることを知らない。視界はいつの間にかモノクロに変わっており、やはりと言うべきか私のスタミナ切れも近いように感じられた。

 それでも、負けられない戦いがここに在る。立ちはだかる最凶のライバルを前にして、譲れない夢が更に煌めきを帯びている。カイフタラのスタミナ切れは近い。そんな希望も相まって、行くところまで行ってやるという破滅的思考にどっぷりと浸かっていた。

 

 アポロレインボウとカイフタラの名を呼ぶ歓声がピークを迎える。アスコットを覆う悲鳴と怒号。大差のリードをつけてきた私がカイフタラに追い上げられそうになる度、悲鳴のような大歓声が耳を(つんざ)く。カイフタラが前傾姿勢になって顎を沈み込ませる度、怒号のような唸りがターフを揺らす。ホームストレッチ前に帰ってきたウマ娘達を迎え入れるかのような拍手はそこにない。2人の一挙一動にただただ圧倒されて、12万人の観衆は感じたままの声を出すことしか叶わない。

 興奮がとぐろを巻き、熱気と狂気の坩堝(るつぼ)と化すアスコットレース場。地響きのような12万人の声をぼんやりと聞きながら、私とカイフタラは怒涛のせめぎ合いに身を投じていた。

 

 雪の結晶を撒き散らしながら、私の背中に宿ったボロボロの翼が背中を押す。カイフタラの脚を突き動かす黄金郷が、スタミナ切れ寸前の彼女の体躯を前に押し続ける。前に出ようとすれば更なる苦悶が、脚を止めようとすれば深い後悔の予感が身を焦がす。

 早く終われ。まだ終わるな。スタミナが尽きてしまえ。お前の方こそ。そんなやり取りを視線で交わしながら、ほとんど横並びになった私達は最後の200メートルに突入する。

 

『残り200メートルを通過して、先頭はまだアポロレインボウ!! カイフタラはあと1身の所でもがいている!! 懸命の追走をするが追いつけない!! アポロレインボウは驚異的な勝負根性だけでカイフタラを押さえ込んでいる!!』

 

 残り200メートル。極限の苦痛を味わい続けた精神が思考回路から壊れ始め、遂に隣にいるカイフタラとの距離が分からなくなった。見えているはずなのに分からない。頭の中は真っ白になっていて、もはや惰性だけで走っていると言っていい状態だった。

 首から下の感覚が完全に消失している。走っているのか、それとも止まっているのか、生きているのか死んでいるかも分からない。でも、多分、生きている。だって、こんなにも辛くて、苦しくて、美しく満たされているのだから。

 

 私の夢の根幹は、最高の舞台で最高のライバルと戦うこと。そして、最強ステイヤーになること。このゴールドカップは全てを叶えてくれるに相応しい舞台だ。

 夢の根幹は既に叶えられた。あとは夢を実現するだけ。追い縋るカイフタラを振り切って、ゴール板を先頭で駆け抜けるのみだ。

 

 ボロボロになったカイフタラに視線をやって、私は僅かに微笑んだ。

 ――もう、終わらせよう。

 カイフタラも笑っていた。

 ――分かった。終わりにしよう。

 

 最後の攻防は呆気ないものだった。

 まるで、柔らかな日差しに包まれているかのような――そんな戦いだった。

 

 横並びになった私達が、あるがままに走る。我武者羅に、ひたむきに。

 そこに技巧はない。突き詰めた想いと憧れだけが私達を動かしていた。

 

 押して、押されて。

 離れて、近づいて。

 負けることの怖さよりも、友達と走ることの楽しさを感じていた幼き頃に還ったかのようだった。

 

 ――なぁ、アポロ……

 レースって……こんなに楽しかったんだな

 

 幼い私とカイフタラが、幻想の草原を走っている。心象風景とはまた別の幻だ。

 さくさくと音を立てる草原。私達の周りを舞う蝶々。どこかにある穏やかな風景の中、私とカイフタラは足を止めて向かい合った。

 

 オレ……幸せだよ……

 お前と出会えて本当に良かった……

 

 私だって、あなたがいたからここまで来れました

 

 ……そうなのか?

 

 ええ……胸を張って言えます

 

 ……そうか

 うれしいよ

 

 幼いカイフタラが地平線の彼方を指差す。あそこが夢の果てだ、と言う幼いカイフタラ。何のことやらさっぱりだったが、彼女は全てを納得しているようだった。

 現実世界の私が前に出て、食らいつこうとしたカイフタラの脚元が大きく崩れ落ちる。揺れるアスコット。衝撃に打ちひしがれるカイフタラ。それさえ分かっていたかのように、幼い彼女は夢の果てに向かって私の背中を押した。

 

 次は絶対に……このオレが勝ってやる

 お前に背中を見せつけてやるんだからな……

 

 幻は光の中に消え、冷たい雨が私を現実に引き戻す。

 

 ――無敵の要塞と化していたカイフタラが、激しく揺れていた。

 

 ――いや。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 欧州最強ステイヤー・カイフタラの心肺機能が限界を迎える。どれほどの異常事態が起ころうとも、()()()()()起こるはずがないと――誰もがそう思っていた。

 しかし、現実はあまりにも強烈に襲いかかってきて――

 

 ゴールまで、残り50メートル。

 3950メートル地点のことだった。

 

『のっ、残り50メートルを通過して――地獄の競り合いに勝利したのはアポロレインボウッ!! カイフタラは失速っ!! そのまま後退していくっ!! 無敵の城塞崩れ去る!! 豪雨の中、舞い踊る芦毛の妖精はその脚を止めることなく!! ヨーロッパの王者を突き放していくっ!!』

 

 世界が揺れた。そう感じるほどの轟々とした大歓声が響き渡って、長きに渡る戦いの大勢が決した。

 私は振り返らなかった。上体を持ち上げ、ずるずると後退していくカイフタラに背中を見せ続けた。

 

 彼女は必ず再び立ち塞がってくる。

 そう確信して、彼女がそうしたように、堂々と走り続けた。

 

 

『後ろからは何も来ない!! アポロレインボウが先頭だっ!!』

 

 

 極限の消耗戦を制した者にのみ与えられる、至上の瞬間――たった50メートルのウイニング・ラン。心の赴くままに、私は最後の末脚を爆発させる。

 

 

『既にアポロレインボウ以外のウマ娘は力尽きた!! しかし手は抜かないぞアポロレインボウッ!! 全身全霊を以て栄光のゴールへと向かう彼女の背中に――今――間違いなく翼が生えましたっ!!』

 

 

 残り50メートル。私は視界の端に映る愛しい人達を見た。

 ……桃沢とみお。ルモス。ダブルトリガー。イェーツ。ファンのみんな。そして……とみおが控えめに掲げた『必勝』の応援幕。

 

 勝利を確信して、12万人の観衆は更に声を張り上げている。

 その熱狂の歓声を聞いていたダブルトリガーは静かに涙を流し、瞳を閉じた。

 

 ――なあ、アポロ。この声援が聞こえるか……

 12万人の熱狂……私やルモスさんが心から望んだ世界……

 そして……君だけの景色だ――

 

 この勝利は、私だけで掴めたものじゃない。

 ここに在る全ての存在が織り成した奇跡の産物。

 私を導き、時には支え、打ちのめした者達がいたからこそ辿り着いた景色なんだ。

 

「みんな……ほんとうに……ほんとうに……ありがとう――」

 

 そして――全身に纏っていた苦痛が、祝福へと変わる。

 

 

『これが芦毛の妖精の大逃げ!! 決して諦めなかった彼女が織り成す唯一無二の“最強”の形!! 並み居る強豪を押し退け、遂にアポロレインボウが悲願のゴールドカップ優勝を勝ち取ったあっ!!』

 

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間、私の世界は歓喜に包まれた。

 激しい音を立てて地面を叩き、霧のように飛沫を上げていた大雨はどこかへと去り――

 

 ――その代わりに。

 アスコットの上空を覆う美しい虹が、眩い煌めきと共に私を祝福していた。

 

 勝ちタイムは3分59秒9。

 間違いなく最強ステイヤーだと胸を張れるような――常軌を逸した異次元の大レコードだった。

 

 

 



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124話:爆逃げステイヤーズ結成…?

 

 ――目の前に広がるこの光景が信じられるだろうか。イギリス最大の社交場と呼ばれたロイヤルアスコットで、柵に齧りついた12万人の観客が私達のレースに夢中になっていたのだ。傘すら差さず、そのドレスコードを汚すことすら厭わないで。

 12万人の観客の視線の先にいる私は、優雅さや気品などという言葉と最もかけ離れていた。泥まみれで、ボロボロで、汗と涙を垂れ流しにして、今にも倒れそうになっているくらいだ。

 

「ぜぇっ――はぁっ――……」

 

 大口を開けて、柵に両手でしがみつきながら、痙攣する脚を横倒しにしてその場に座り込む。弛緩する全身の筋肉はその場に座ることすら許してくれず、私は大の字になってターフに転がり込んだ。

 もう雨は降っていない。風も吹いていない。青空を覆い隠すものは何も存在せず、アスコットの上空には大きな虹の橋が架かっていた。

 

『アポロレインボウ、ウイニングポストを通過して地面に倒れ込んでしまう! 次々にゴール板を通過するウマ娘達もそのままへたり込んでしまった!』

『15人全員が力尽きるように……どれほどの死闘だったかが伺い知れますね』

 

 己が持ちうる全てを吐き出して、喉が張り裂けんばかりに咆哮して。全てを賭けて戦ったのだ。もう私の身体には何も残っていない。それは他の14人も同じだったらしく、ゴールラインを割った者から次々に膝を着いて地面を食んでいた。唯一立てているのはカイフタラさんだけだが、彼女もまた柵に寄りかかって何とか体裁を保っている形だ。

 汗水に塗れた背中に冷たい地面を感じていると、ゴール板付近のタイム表示の『3:59.90』という数字が目に入った。それはトレーナーと話していた夢物語のような作戦が成功した証拠に他ならない。そうして私は間違いなく4000メートルを走り切ったはずなのに、どうにも現実味が湧いてこなかった。

 

『ただ今着順が確定しました! 1着は1番人気のアポロレインボウ! 2着は6身差でカイフタラ、3着は大差でエンゼリー! そして――アポロレインボウが4000メートルの世界レコードを記録!! そのタイムは何と3分59秒90!! 長距離三強対決を制し、見事アポロレインボウが最強ステイヤーを証明した!!』

 

「――っは、……ぁ、……った」

 

 やった、と言うこともできずに意味不明な言葉を吐く。拳を突き上げて観客にアピールしようとしたけど、腕を天に掲げるのが精いっぱいで、すぐに手が重力に引っ張られて地面に落ちてしまう。瞼が重くて呼吸が浅くなっている。

 ウイニングランは免除してもらうとして、ウィナーズサークルでのインタビューや表彰台はどうにか受けないと……王室の方がレース場にいるわけだし。そう思って地面を這っていると、不意に背中の辺りに手を添えられる。そのまま私を補助するように立ち上がらせてくれたのは、他の誰でもないトレーナーその人だった。

 

「っ、ありが、っ……ごめ……息が……」

「アポロ、本当におめでとう……大丈夫か?」

「……は、はは。疲れちゃって、ちょっと時間かかるかも……」

「おぶろうか?」

「……んや、支えてくれる分には、っく……何とか……」

「分かった。ゆっくり歩こうか」

 

 とみおは私の肩と腰の辺りを支えてくれながら、私の覚束無い足取りに合わせて歩いてくれる。正装が汚れることも厭わずに、彼は泥だらけの私を懸命に支えてくれた。そんな私達2人に黄色い声の混じった歓声と祝福のような言葉が降り注ぐ。色々と勘違いされている気がするけど、もうどうにでもなれ……とやけくそ気味に思った。

 ほんの少しだけ身体を動かせるようになったので、スタンド正面やホームストレッチ周辺の観客並びにテレビカメラへ(疲れ切った)笑顔で手を振り、私達は一旦控え室に向かうことになった。と言うのも、スタッフさんが気を利かせてくれたのか、勝利者インタビューの開始を少し遅らせてくれるそうだった。

 

「アボロぉぉ……本当におめでどう……」

「顔中泥だらけじゃないか。ああ、耳の中まで泥が……この過酷な環境の中よくぞ走り切った。おめでとうアポロ」

 

 顔面をぐしゃぐしゃに濡らしたルモスさんと、心配そうな顔をしたダブルトリガーさんが控え室で私を迎えてくれる。2人ともドレスが雨に濡れており、観戦中に傘を放り投げたのだと薄々察しがついた。何せとみおの服もかなり濡れていたから、アスコットに詰めかけた観客は例外なく()()なっているのだろう。

 私はルモスさんに手伝ってもらいながら、勝負服の汚れを落とすためにシャワーを使う。すると全身を軽く流すだけであっという間に汚れは落ちてしまった。流石は世界に1着しか存在しない特別な服である。

 

 耳の中に入った泥は少量だった。普通、ウマ娘が走る時は耳を後ろに倒しておくものである。むしろ後ろ向きの耳にまで泥が跳ねていたことに驚きだ。

 ルモスさんがタオルで耳の中の泥を取り除いてくれる中、ダブルトリガーさんやスタッフさんが髪の毛のセットや再びの化粧をしてくれる。その間とみおは私の脚をマッサージして、補助があれば何とか歩けるくらいまでに回復させてくれた。

 

 少量のスポーツドリンクを口に含んで体力を回復し、ふわふわになったボブカットの具合を確かめる。レース直後は雨・泥・風でぐちゃぐちゃになって顔のあちこちに張り付いていた髪の毛が、レース直前のようにすっかりと元通りになっていた。

 メイクやセットの力は偉大だな〜なんて他人事のように思いつつ、私はとみおに支えられながらスタンド裏のパドックにやってくる。表彰式の前に勝利者インタビューを行う形にしてくれたらしい。柔軟なプログラム変更はありがたい限りだ。

 

 すっかり晴れ渡ったアスコットのスタンド裏、姿を見せた私とトレーナーに拍手喝采が巻き起こる。先刻まで6月末の寒風が吹いていたレース場だが、天頂を覆っていた積乱雲は既に霧散して、すっかり初夏の陽気へと戻っている。むしろ蒸し暑ささえ感じてしまいそうなほどだ。

 

『ゴールドカップの勝者アポロレインボウが今姿を現しました! トレーナーに身体を支えられながら再びの登場です!』

『あれから数十分の間を空けたのですが、まだ脚が震えていますね……先程よりは顔色も良くなりましたが、歓声に応える仕草はどこか弱々しいですよ。気の早い話ですが、後でゆっくり休んで欲しいところですねぇ』

 

 私の名前を呼ぶ人達に向かって手を振りながら、パドック中央のウィナーズサークルに入る。トレーナーがここに入ってウマ娘と一緒にインタビューを受けるのは珍しいことらしいが、どうやら私のように消耗した娘がこうなったケースがほとんどのようだ。

 調子付いたとみおもあちこちに手を振ったりして、色んな意味で沸き立つ歓声に頬を綻ばせている。何かそっちの声は質が違うというか、私と一緒のとみおにヒューヒュー言っているというか……まぁ気にしないでおこう。

 

『ゴールドカップを勝利しましたアポロレインボウさんと、トレーナーの桃沢さんです。おめでとうございます』

「あ、ありがとうございます……すみません、疲れのせいで舌が上手く回らなくて……」

『いえいえ、ゆっくりで大丈夫ですよ。……このゴールドカップ、歴代最速レコードでの勝利となりました! 大逃げで最初から最後まで見事な旅路――狙っていた展開通りだったのでしょうか』

「……前にとみおと話していたんです。私達がみんなに勝つにはこれしかないって。展開は狙い通りでしたが、まさか本当にレコードが出せるとは思っていませんでした。勝算はあったんですけど、やっぱり賭けだったと思います」

 

 アナウンサーの声がマイクを通じてアスコット全体に響き渡る中、私は質問に恙無(つつがな)く答えていく。インタビューと言っても2、3分程度なので、どっちかと言うとこの後に控えている表彰式のことを考えて個人的に緊張してしまう。何せイギリス王室の関係者にトロフィーを直接手渡ししてもらうわけだから……とにかく凄いことだ。

 

『大雨、強風、不良場、大外枠……少なくとも“大逃げ”するにしては不利な条件が揃っていたように思いますが……』

「そうですね……大外枠はある意味問題になりませんでした。最初の直線が長かったですし、悪条件のせいで多少のロスは関係ないレベルだったので。もちろん最内枠であれば1番良かったんですけどね」

『ありがとうございます。それではお聞きしたいのですが、レース前に桃沢トレーナーと話していたことで心に残っていた会話はありますか?』

「会話、ですか……」

 

 中々珍しい質問だ。とみおと話したことは大体心に残っていて言葉にすることは容易かったが、それを全世界に公開するとなると足踏みして吟味するしかない。個人的にキュンときた言葉なら沢山あるものの、惚気じみたものを全世界に発信するのはさすがにヤバそうだし。

 長い沈黙は放送事故になってしまうと小耳に挟んだことがある。私は偶然湧いてきた記憶をそのまま手繰り寄せ、マイクに向かって吹き込んだ。

 

「答えになってるかは分からないんですけど……とみおはレース前に決まって『行ってらっしゃい』って言ってくれるんです。……ウマ娘のレースは常に危険に溢れていて、特に私の大逃げは身体に負担が掛かりやすいらしくて……私の無事を第一に考えてくれる彼の気持ちの表れなんだと思います。心に残る会話といったらそんな感じですね」

『なるほど、それではありが――』

「あ、とみお。そういえばまだ言ってなかったっけ」

「ん?」

「――ただいま、とみお!」

 

 とみおと顔を見合わせて、至近距離でふにゃっと微笑みかける。すると彼は堪らなくなったかのように満面の笑みで私を抱き締めてくれた。子供のように身体が震えており、優しい抱擁というよりは力任せな抱擁。私だけに聞こえる声で「おかえりアポロ」と言った後、彼の腕に込められた力は更に強くなった。

 勝つためにはあの作戦しか無かった。それでも多大な心配をかけたのだろう。だから私達には必要なことだった。お互いに信頼しているパートナーであるからこそ、今一度結果を噛み締める必要があったんだ。

 

 ――無論、周囲からは指笛と騒々しい歓声が爆発することになった。かなりの爆音にビックリした私は、尻尾を跳ねさせて耳を伏せる。

 

「……やらかしたね、お互いに」

「……そうみたいだ」

「ま、インタビューはこれで終わりみたいだし……そろそろ表彰台の方に移動しようか」

 

 私達の行為を最前線で見守っていたアナウンサーはニヤけた表情をしており、表彰台に向かう私達に生暖かい目線を向けてきた。そして表彰式でトロフィーを受け取る際、イギリス王室の関係者の方に「美しい関係ですね」という言葉を囁かれることになった。

 まあ、私ととみおの関係はかなり親密だと思う。ある意味マックイーンさんとそのトレーナーさんとか、そのレベルに達している……かもしれないと自信を持って言えるくらいだし。それはそれとして、凄い立場の人に私ととみおのことを見せつけてしまったのは恥ずかしすぎた。

 

「うぅ……あそこで『ただいま』なんて言わなきゃよかった……でも私達には必要なことだったし……あのアナウンサーのせいだ……」

 

 記念撮影を終えてトロフィーを持ったまま控え室に戻ってくると、私の控え室は賑やかなことになっていた。ダブルトリガーさん、ルモスさん、イェーツちゃんはもちろん、ある程度回復したカイフタラさんとエンゼリーちゃん――つまりウイニングライブで踊ることになる2人のウマ娘が詰めかけていた。

 

「よぉアポロ。随分見せつけてくれるインタビューだったじゃねえか、えぇ?」

「桃沢トレーナーとそんなに進んでたんだね……アポロちゃん。ウチもビックリだよ……」

「は? は……はぁ!? ちょ、進んでるって何のこと? なわけないじゃん! まだ私達は何もしてないしフツーの関係だもん!」

「……()()?」

「……お前、露骨にボロを出すタイプだな。もうバレバレなんだよ、諦めろ」

「そ、そろそろトロフィー置いてもいいかな!? 重いから!」

「……お前、スタッフに渡さずにわざわざ持ってきたのか。まぁ、ガラスケースにしまう前に写真を撮ったり、至近距離で眺めたり、ベタベタ触ってみたり……トロフィーの扱い方はウマ娘それぞれだから構わんがな……」

 

 インタビューでトレーナーと一悶着(?)あった私は、ゴールドカップの優勝トロフィーをテーブルの上に置いた。重厚な金色の塗装が重々しい歴史を感じさせる。こういう優勝トロフィーや優勝レイは値段が付けられないそうだ。そんな超がつくほど貴重なものを触っても撮ってもいいとなると、心が躍るのも仕方ないことだと思う。

 トロフィーを囲んで写真を撮ったり無造作に持ち上げたりしていると、ルモスさんがウホンと咳払いする。ダブルトリガーさんのウマ耳に緊張が走り、そんな2人の様子を見て私の思考がとある言葉に行き着く。

 ――“爆逃げステイヤーズ☆”。ルモスさんがトゥインクル・シリーズを更に盛り上げるために結成させようとしているステイヤーのユニットだ。日本で言うなれば“逃げ切りシスターズ”に類するウマドルユニットらしく、今回は同時期の長距離三強に焦点を絞った形になる。

 

「……カイフタラにエンゼリー。アポロにはもう話したんだけど、君達3人はこの後始まるウイニングライブをキッカケにして……ウマドルユニットを組んでほしいんだ」

「あ?」

「はい?」

 

 流石に緊張した様子で話を切り出すルモスさん。鋭い棘を纏ったカイフタラさんの言葉と、素っ頓狂なエンゼリーちゃんの声が重なる。

 

「……こ、今回は名ばかりで普通にライブをやってくれたらいいんだ。でもその、これから定期的にウマドルユニット“爆逃げステイヤーズ”のライブを行ってほしくて……」

「断る。何でオレ達がアイドルユニットなんぞ組んでやらなきゃいけねぇんだ。そうだろエンゼリー」

「え、ウチは面白そうって思ったんだけど」

「……は?」

「だってさ、オフシーズンって結構長いじゃん? ウチらが率先して話題作んないとさ、このレース人気も途切れちゃうかもしれないよ?」

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズのオフシーズンは大体11月から3月の間である。その時期は日本や香港、ドバイやアメリカ、果てはオーストラリアなどでG1レースや重賞集中開催が行われるものの、ことヨーロッパに関してはウマ娘の話題が尽きてしまう。特に長距離レースの開催は全世界を通して乏しくなってしまうため、ルモスさんは主にその時期を中心に定期ライブを開催しようとしているのである。

 

「ぐっ……人気が無くなるのは――…………困る」

 

 カイフタラさんは苦渋の表情で拳を握った。彼女のプライド的に、ウマドルユニットで踊ることは相当屈辱的らしい。私の感覚的には分からないのだけど、笑顔を作るのが苦手なんだろうか。

 ……話は変わって、例えば日本においてはブライアン先輩やルドルフ会長、エアグルーヴ先輩のように、笑顔とはどこか遠いイメージが先行しているウマ娘でも、皆が揃って笑顔のライブを行うことで有名だ。それは(ひとえ)に日本のトレセン学園がウイニングライブに力を入れていることに起因する。

 ただ、カイフタラさんのようにレース至上主義というか――ライブを二の次にするのも仕方のないことだとは思う。特に海外は日本ほどライブを重視していない印象があるし……そのぶんレースや育成に力を入れているとも言えるだろう。

 

「……ということで、どうかなカイフタラ。もちろんライブがレースの支障になるようなことにはしない。どうか人気維持のためだと思って、ここはひとつ!」

「……チッ。アンタには勝てそうに無いな……ルモスさんよ」

「え、いいの!」

「あぁ……気は進まないが、最高のレースをするためには仕方のねぇ犠牲ってやつだ」

「ぎ、犠牲って……そこまで言わなくても良いのに」

 

 しょぼんとするルモスさん。しかし、これで爆逃げステイヤーズ結成の言質は取れたわけだ。続いてダブルトリガーさんからライブ中にファンサービスやアピールをするように指示が出され、私とエンゼリーちゃんはノリノリで返事をしていたが――カイフタラさんは舌を出して「うげぇ」といった感じであった。どれだけライブが嫌なんだろうか。一応こっちのトレセンにも、ダンスや歌の授業があるのにさ……。

 

 そんな感じでライブの準備をして、レースから数時間後にウイニングライブの裏舞台に立つことになった。ダブルトリガーさんやルモスさんが指示を飛ばす中、着々と整っていく舞台。ヨーロッパ専用の曲なので日本とは何もかも勝手が違う。そういう意味で緊張しないでもないけれど、レースに比べたら天と地の差がある。

 そうこうしている間にステージの準備が整って、アスコットの周囲一帯にレーザービームが飛ぶ。すっかり日が暮れて夜になっていて、派手なライトアップが夜空に映えていた。

 

 カイフタラさんとエンゼリーちゃんと手を繋いで、ライブ曲のイントロを待つ。真っ暗闇のステージの中、壁を隔てた向こう側から人々のざわめき声が聞こえてくる。

 イントロと共に足場が飛び出し、着地と共に歌とダンスをする手筈になっている。カイフタラさんはいよいよ始まるウイニングライブを前に、どこか気の抜けた声を上げていた。

 

「……憂鬱だ」

「そんなに嫌なんですか?」

「オレはそういうキャラじゃねえんだよ。分かってるだろ?」

「え〜でもウチはカイフタラさんにも可愛いところがあるって知ってるし〜」

「黙れ。そろそろライブが始まるぞ」

「話し始めたのはカイフタラさんなのにぃ……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 遠くの闇の中から「そろそろ始まりま〜す!」という声が飛んでくる。自然と2人の手を取る腕に力が入り、唇を舐めてしまう。やけにざわめき声が近くに聞こえる。

 そんな闇の中、カイフタラさんの小さな声が響いた。

 

「……アポロ、エンゼリー。お前達が来てから何もかもが変わった。だからきっと……オレも変わるべきなんだろうな……」

 

 反応する間もなく、足場が持ち上がる。光の中のステージ上に飛び出し、宙に浮く。そのまま着地して――ウイニングライブが始まった。

 

 こうして、アスコット・ゴールドカップ開催の日に爆逃げステイヤーズが爆誕した。エンゼリーちゃんは当然のようにファンサービスにノリノリだったが――カイフタラさんも案外ノリが良くて、背面ピースをしてファンを即死させるくらい()()()()()()を知っていた。

 集まった12万人の観客はひとりとして家路に着いておらず、私達はその全ての人を満足させられる最高のライブを披露したのだった。

 

 

 



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【ファン集合】ゴールドカップを語るスレ

1:ターフの名無しさん ID:bCeHfx2OS

はい

 

2:ターフの名無しさん ID:fG9UWkmyp

やばすぎた、何もかも

 

3:ターフの名無しさん ID:HhJreKyKy

4000mを3分台で走るのはマジで狂ってる

不良の中レコード更新はあたおか以外に言うことない

 

4:ターフの名無しさん ID:1xIeyZmh6

レース終わったら全員倒れるとか見たことないで

しかも全員スタミナあるステイヤーなのに

 

5:ターフの名無しさん ID:55naQ3TVJ

>>4 カイフタラちゃんはギリ倒れんかったけど、大体ゴール後も余裕の表情してるぶん今回のインパクトはえげつなかったな

なんならドバイでアポロちゃんに勝った時も割と余裕の表情だったし

 

6:ターフの名無しさん ID:Bu3wyYqSK

【恐怖】アポロレインボウさん、通算着差がマルゼンスキーを超え無事67身へ

 

7:ターフの名無しさん ID:nrohsuUll

>>6 こわい

 

8:ターフの名無しさん ID:FwkQKYkSr

>>6 きも

 

9:ターフの名無しさん ID:8jW1K5szi

>>6 バケモン

 

10:ターフの名無しさん ID:guHGb/Q/A

長距離に強すぎだろこのウマ娘

 

11:ターフの名無しさん ID:Qe7AIWvxc

かわいい

 

12:ターフの名無しさん ID:TWGWsgvLa

>>11 どこがだよ

 

13:ターフの名無しさん ID:LdUax6kVz

>>12 は?

 

14:ターフの名無しさん ID:GIPVRCNr4

>>12 え?

 

15:ターフの名無しさん ID:TWGWsgvLa

ちょっと走れて顔が整ってるくらいだろうが

 

16:ターフの名無しさん ID:uKvQbTtOM

>>15 言うほどちょっとか?

 

17:ターフの名無しさん ID:uwXpdbYw6

ちょっと(ウマスタフォロワー250万人、G1多数勝利)

 

18:ターフの名無しさん ID:MdkQF6XPx

かわいいって認めてて草

 

19:ターフの名無しさん ID:9GNIYsdKt

多分>>12はアポロちゃんとトレーナーが公然の場でイチャついたことに心を痛めてるんや、許したってくれ

 

20:ターフの名無しさん ID:Qbj72SokP

>>19 今更すぎんか?

 

21:ターフの名無しさん ID:UDUixzMXL

>>20 今回はインタビューの時熱いハグしとったからなぁ…さすがに脳破壊されるのも仕方ない

 

22:ターフの名無しさん ID:TWGWsgvLa

今思い出しても腹立つわ

 

23:ターフの名無しさん ID:sfKk75Wn5

 

24:ターフの名無しさん ID:N0cRIKtu0

かわいそう

 

25:ターフの名無しさん ID:HqfeHrHBo

アポロちゃんかわいいと言えば、レース後の死にそうになってる表情で今度こそ何かに目覚めたかもしれん

 

26:ターフの名無しさん ID:i0qQWLA+G

>>25 おい

 

27:ターフの名無しさん ID:BtiSxWZF8

>>25 分かるけどダメ〜〜〜〜

 

28:ターフの名無しさん ID:8M5Feq8h6

ほんとしっかり休んでほしい

いつかアポロちゃんガチで怪我しそうで怖e

 

29:ターフの名無しさん ID:Z5gQH/KOC

>>28 次走は1ヶ月後なんでほとんど休めません!!!♡♡♡♡

 

30:ターフの名無しさん ID:atLE/5Qbc

>>28 そもそもドリームトロフィーリーグに行かないと長期的な休暇はほとんどないゾ

 

31:ターフの名無しさん ID:JXoQhb1ux

ブラック企業かな

 

32:ターフの名無しさん ID:fZt6zFie6

そのぶん賞金は出てるしセーフ

……プロスポーツ選手って案外そんなもんよね、オンシーズンはもちろんオフシーズンもトレーニングしっぱなしでクソキツいっていう

 

33:ターフの名無しさん ID:ojpqsoEOr

このゴールドカップは菊花賞とか有記念以上に命削ってそうだったね

例のドキュメンタリーはもちろん普段から4000mG1を勝ちたいって言ってたし、ある意味こうなるのは予定通りだったのかも

 

34:ターフの名無しさん ID:JrAlZP4C4

最強ステイヤーはアポロちゃんということで異論はないな?

むしろあったら困るが

 

35:ターフの名無しさん ID:S2Z4OZXIO

日本の良場、欧州の不良場で結果出しちゃうんだもんなあ……

 

36:ターフの名無しさん ID:nMB29wFiT

日本とヨーロッパでレコード出したウマ娘なんておらんよな、しかも長距離で

日本と香港とかならともかくちょっと異常だわw

 

37:ターフの名無しさん ID:TsqgbQ9SX

そもそも日本のステイヤーが凱旋門賞行かずにゴールドカップに行った例なんて無いだろ

 

38:ターフの名無しさん ID:VvkYCsXhq

>>37 イングランディーレちゃんだけだわね

 

39:ターフの名無しさん ID:hA9sKFSt4

そもそもヨーロッパでG1勝てたウマ娘って数えるしかないし……レコードなんて言うまでもないっすわ

 

40:ターフの名無しさん ID:ZKIdSiwjv

菊花賞2分58秒5(世界レコード)

ゴールドカップ3分59秒9(世界レコード)

これで文句言うやつはニワカすぎる

 

41:ターフの名無しさん ID:VyI2Hffq/

>>40 この2戦だけでも議論終わるレベルだろ……

 

42:ターフの名無しさん ID:tCVyRahpd

>>41 しかもかわいいしな

 

43:ターフの名無しさん ID:ohEUUjWug

>>42 どういうことだよwwww

 

44:ターフの名無しさん ID:QqdppDeRG

こちらのウマ娘、なんとシニア級1年目でございます

 

45:ターフの名無しさん ID:Cfk8LffYk

>>44 んほ^〜このステイヤーたまんねぇ^〜

 

46:ターフの名無しさん ID:0HUkQKOqs

晩成傾向の多いステイヤーだからまだまだ楽しませてくれる……ってコト!?

 

47:ターフの名無しさん ID:BPWkKmlFQ

怪我だけは怖いンゴ……

 

48:ターフの名無しさん ID:0K6vv8eJH

マジでどうやったらイギリスの4000メートルで3分59秒とかいうバカレコード出したんだろうな、、、

と言うかさ、こうなったアポロちゃんにどうやって勝てばいいの?どう抑え込む?

 

49:ターフの名無しさん ID:3yjpbLfyc

>>48 今ヨーロッパにいるステイヤーは全員知りたいだろうな

 

50:ターフの名無しさん ID:Ltl9NOxvN

>>48 とみお使って何とかできんか?w

 

51:ターフの名無しさん ID:1NUN8eT9n

>>50 アポロちゃんブチ切れてレコード出しそうだからダメです

 

52:ターフの名無しさん ID:Ltl9NOxvN

>>51 確かにwww

 

53:ターフの名無しさん ID:VHbJd/xxB

恋する乙女のパワーは怖いわね。

 

54:ターフの名無しさん ID:u2KHNPGHj

走る花嫁、つよい

 

55:ターフの名無しさん ID:88gu1LoNA

インタビューの時「トレーナー」じゃなくて「とみお」って名前呼びしてたからな 公私共に順調やね(ニッコリ

 

56:ターフの名無しさん ID:N08sqtfH7

もし良場だったらカイフタラちゃんが勝ってたのかな?

 

57:ターフの名無しさん ID:DxMT3IPnm

>>56 もしかしたらもっとやべーレコード出てたかも

 

58:ターフの名無しさん ID:6q+s3et8c

>>56 >>57 そんなifの話なんてどうとでも言えるぞ

勝負は1回きりってそれ一番言われてるから

 

59:ターフの名無しさん ID:Ton8Q+UvG

結果は結果だしね、今回のゴールドカップはアポロちゃんの完勝ってことで

 

60:ターフの名無しさん ID:P/IabPrCa

でも残り50メートルでカイフタラが力尽きんかったらワンチャンあったと思うんよなーw

次走のグッドウッドカップは分からんけど、秋のカドラン賞は良場になってほしいわ

 

61:ターフの名無しさん ID:4ACoCSxgo

>>60 ワイもカドラン賞は良場になったらいいな……と思ったけど、カドラン賞ってフランスの凱旋門賞と同じ所でやるんでしょ?

だったら謎の()水撒きが入って稍重になるか、普通に雨が降って渋りそうなんよな〜マジで晴れた上で謎の水撒き止めてほしいわ〜

 

62:ターフの名無しさん ID:7HX+Tr/TI

>>61 そうそう、パリロンシャンレース場な

 

63:ターフの名無しさん ID:6Du7+l/he

カイフタラのスタミナが持ったとしても……どうなんだろうな?

ラストスパートかけてから1身くらいまで縮んだけど、その1身がマジで縮まらんかったからな……カイフタラはアポロレインボウの背中を捕らえられたかどうか怪しいところよ。

 

64:ターフの名無しさん ID:NyIgP1+Mh

ほんまバケモンやわ

 

65:ターフの名無しさん ID:LiH0g9SVm

自称10000メートル全力疾走できます娘だったもんな

マジモンのスタミナだったわけだ

 

66:ターフの名無しさん ID:rGLuAt3vI

自分の事のように嬉しい(" ॑꒳ ॑" )

 

67:ターフの名無しさん ID:5Al+mDkkE

凄すぎて良くわかんねーからヒトに例えてこの偉業を説明してクレメンス

 

68:ターフの名無しさん ID:c+U7BewRZ

>>67 距離感覚全く違うけど、1000m走を100m走の世界レコードペースで走りきってアンタッチャブルレコード出しちゃったよって感じかね?知らんけど

 

69:ターフの名無しさん ID:q0p4WEW24

>>67 アポロちゃんは3000mと4000mで不滅のレコードを叩き出した

本人じゃないと二度と塗り替えることは不可能レベル

これでええか?

 

70:ターフの名無しさん ID:5Al+mDkkE

>>68 >>69 つまりアレか

技術やら制度やらが成熟した現代スポーツなのに、あたおかな記録を残しちゃった的な

 

71:ターフの名無しさん ID:S9ZZ4bbUs

>>70 そうそう、菊花賞のレコードでも凄いのにゴールドカップでやってくれたわけよ

 

72:ターフの名無しさん ID:sTE1UtDuZ

もしかしてセクレタリアトのベルモントステークス、あの不滅の大レコードレベル?

 

73:ターフの名無しさん ID:52lRwW8rq

>>72 うn

 

74:ターフの名無しさん ID:sTE1UtDuZ

>>73 マ? やっぱり妖精なんて可愛いもんじゃねぇだろ 悪魔だよ悪魔

 

75:ターフの名無しさん ID:lDBw+QqEA

>>74 でも妖精って割と人殺したりするような……

 

76:ターフの名無しさん ID:/SdCj0tQI

ファンシーな妖精ならイメージ違い(?)かもしれんが、ハードコアな世界観の妖精ならライバルを磨り潰すって意味で解釈一致やね

 

77:ターフの名無しさん ID:E26Xzzehr

「スーパーカー」マルゼンスキー

「皇帝」シンボリルドルフ

「帝王」トウカイテイオー

「シャドーロールの怪物」ナリタブライアン

「芦毛の妖精」アポロレインボウ←

====================

ちな殿堂入りの最強ウマ娘

「ビッグ・レッド」セクレタリアト

「煮えたぎる蒸気機関車」セントサイモン

 

やっぱアポロちゃんの2つ名もうちょいカッコよくできんかね?

 

78:ターフの名無しさん ID:nzJ6zjXH/

>>77 他がカッコよすぎるだけや

アポロちゃんは普通にイケてる

 

79:ターフの名無しさん ID:v5/kLkOTf

並べてみたら案外見れるじゃん

 

80:ターフの名無しさん ID:GqkldY/x4

ワイは普通にカッコいいと思うで?

レースっぷりが過酷すぎてイメージは合ってないけど

 

81:ターフの名無しさん ID:Q7BmL5KTv

セクレタリアトさんのことを知らん人はおらんと思うけど説明したるわ

ベルモントステークスはダート2400mのG1で、セクレタリアトさんは31身の大差勝ちをしたんやで

勝ち時計は2分24秒0で、それまでのレコードを2.6秒も短縮する大レコードだったんや

彼女がターフを去ってから結構経ったんやが、セクレタリアトさんの他に2分24秒台を記録したはゼロ…それどころか2分25秒台を記録したウマ娘さえおらんのや

だからもはや更新不可能といわれることも多い[4]。んやで

 

82:ターフの名無しさん ID:X3nIa2B00

>>81 Umapediaからコピペしたのバレバレで草ァ!

 

83:ターフの名無しさん ID:vhHvsclnj

>>81 セクレタリアトはケンタッキーダービーとプリークネスステークスのレコードもイカれてんだよなぁ

 

84:ターフの名無しさん ID:6XMlzLeMk

81の理論で言うと、従来のレコードを20秒近く更新したアポロレインボウさんはセクレタリアトさん並にヤバいってことやね

 

85:ターフの名無しさん ID:pmdQabndD

「従来のレコードを20秒近く更新」ってキモすぎだろ

 

86:ターフの名無しさん ID:5FhlRy2bz

現地勢だったけど、色々と凄すぎて夢みたいな時間だったよ

近くでアポロちゃん見てたけどスプリンターくらいの速度で逃げててちょっと笑っちゃった

 

87:ターフの名無しさん ID:YOsUzqd6h

>>86 羨ましい……;;

 

88:ターフの名無しさん ID:u0XznE37Y

>>86 すげー!わざわざスーツとか用意したんだ!

 

89:ターフの名無しさん ID:5FhlRy2bz

>>88 ドレスコード必須だったからな

決まり事だから仕方なかったけど、そんなんどうでも良くなるくらい充実した時間だった

みんなも現地でウマ娘を応援しよう!!

 

90:ターフの名無しさん ID:1EPv9+DK0

アポロちゃんの戦績が更新されたので、色んなデータとあわせて貼っていきます

 

91:ターフの名無しさん ID:MSURPlFOL

 

92:ターフの名無しさん ID:I7A9fGRrC

来たわね。

 

93:ターフの名無しさん ID:bC8yP62tw

データ厨集まれ〜

 

94:ターフの名無しさん ID:1EPv9+DK0

アポロレインボウ全成績

レース場レース名クラスレース人数枠番人気着順距離場状態タイム着差1着(2着)
東京メイクデビュー-8人8番3人8着T20002:03.5-アゲインストレイル
東京未勝利戦未勝利8人4番1人3着T20002:06.10.3秒アングータ
東京未勝利戦未勝利8人1番1人1着T20002:02.9-0.2秒(トーチアンドブック)
京都紫菊賞1勝クラス15人7番1人1着T2000R1:58.5 大差(ファイフリズム)
中山ホープフルSG118人6番2人3着T20002:00.80.0秒キングヘイロー
中山若葉SOP16人2番1人1着T2000R1:57.9-0.3秒(ディスティネイト)
中山皐月賞G118人17番3人2着T20001:58:20.0秒セイウンスカイ
東京東京優駿G118人1番1人1着T2400R2:22.5同着アポロレインボウ、スペシャルウィーク
京都菊花賞G118人5番2人1着T3000R2:58.5大差(セイウンスカイ)
中山ステイヤーズSG216人6番1人1着T36003:44.2-0.1秒(Double Trigger)
中山記念G116人13番1人1着T25002:31.9-0.4秒(グラスワンダー)
メイダンドバイゴールドCG216人2番2人2着T32003:15.00.1秒Kayf Tara
京都天皇賞(春)G118人5番1人1着T3200R3:06.1-1.4秒(スペシャルウィーク)
ヨークヨークシャーCG213人12番1人1着13f188ydR2:47.7大差(Chief's Glider)
アスコットゴールドカップG115人15番1人1着19f210yd不良R3:59.90-1.3秒(Kayf Tara)

 

通算成績 15戦10勝 [10-2-2-1]

2500m以上成績 7戦6勝 [6-1-0-0]

レコード勝ち 7回

大差勝ち 3回

 

 

95:ターフの名無しさん ID:xqxb6Rj+a

>>94 きめえ(褒め言葉)

 

96:ターフの名無しさん ID:QE1du1VP8

>>94 こわい

 

97:ターフの名無しさん ID:KGrEE2zJ/

>>94 やっばぁ♡

 

98:ターフの名無しさん ID:ttX1v3/k+

>>94 僕と結婚してください!

 

99:ターフの名無しさん ID:W8oYYlEmN

>>94 こんなの見たら脳破壊されちゃうよ

 

100:ターフの名無しさん ID:Om2/C04ui

>>94 ヤーポン法君さぁ……ゴールドカップは4000mだろう?

 

101:ターフの名無しさん ID:GqC3f/ZHa

>>100 なぜ笑うんだい?

イギリスの距離表現は上手だよ

 

102:ターフの名無しさん ID:Zh30WAJ2L

>>100 >>101

1ハロン(furlong)=220ヤード(yard)=660フィート(feet)

10チェーン(chain)=1ハロン(furlong)

8ハロン(furlong)=1マイル(mile)

1フィート=0.3048m

1ハロン=201.168m

 

103:ターフの名無しさん ID:kDeJXxr7F

>>102 ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!

 

104:ターフの名無しさん ID:iQZTqcGZj

>>102 ヤーポン法で調べようとしたらサジェストに「ヤード・ポンド法 滅べ」「ヤード・ポンド法 滅ぼす」「ヤーポン法は悪い文明」とか出てきて草

 

105:ターフの名無しさん ID:swHJCggTD

わかんない人用に

19ハロン210ヤード=約4014mだよ

 

106:ターフの名無しさん ID:1EPv9+DK0

ゴールドカップ詳細データ

着順枠番人気タイム着差

1151Apollo Rainbow(アポロレインボウ)3:59.90-

212Kayf Tara(カイフタラ)4:01.26

3123Enzeli(エンゼリー)4:03.811

484See You Later(シーユーレイター)4:08.024

579Busto Arsizio(ブストアルシーツォ)4:10.410

666JJ the Jet Bicycle(ジェイジェイザジェットバイシクル)4:10.72.1/3

7107Switch On(スイッチオン)4:10.91.1/4

81311Zone Espresso(ゾーンエスプレッソ)4:11.74

9148Golden Nedawi(ゴールデンネダウィ)4:11.7クビ

10115Jara Jara(ジャラジャラ)4:12.02

11410Choco Fondue(チョコフォンデュ)4:12.94.2/3

12512Silent Joker(サイレントジョーカー)4:13.0アタマ

13215Smoky Thrill(スモーキースリル)4.13.0ハナ

14314Honey Heartbeat(ハニーハートビート)4:13.0ハナ

15913Orange Sapphire(オレンジサファイア)4:13.11/4

 

レース映像

 

 

    ・・・読込中・・・    

 

 

URL:https://sp.umavideo.jp/watch/sm30659634

 

ラップタイム

200m400m600m800m1000m

13.411.911.912.012.0

1200m1400m1600m1800m2000m

12.112.412.011.912.0

2200m2400m2600m2800m3000m

11.811.912.012.112.4

3200m3400m3600m3800m4000m

12.011.811.511.411.4

上がり3ハロン34.3秒

勝ちタイム3分59秒90(レコード)

 

 

107:ターフの名無しさん ID:VBySzjrGv

>>106 これラップタイムバグってね?

 

108:ターフの名無しさん ID:qDoTO9Wr+

>>106 何でラップタイム14秒台どころか13秒台がスタート区間しかないんですかね……

 

109:ターフの名無しさん ID:ipxyptzDs

>>106 最下位までレコードタイムじゃん……とんでもねぇな

 

110:ターフの名無しさん ID:nHCRZTQEo

最初から最後までほぼ一定のスピード出せば勝てるんじゃん!めちゃくちゃ簡単やね!

 

111:ターフの名無しさん ID:doZZHNECw

>>110 なお

 

112:ターフの名無しさん ID:OGvOhRo5P

>>110 これは策士

 

113:ターフの名無しさん ID:c22783xoL

>>106 不良で上がり34.3って追込か何か?

 

114:ターフの名無しさん ID:6+VvuuUwz

カイフタラの上がり3ハロンは失速した影響でそんなに速くないぞ

つまり最後の600mもアポロレインボウが1番速かった

 

115:ターフの名無しさん ID:0rUlzoz9q

>>114 3200~3800mならカイフタラちゃんが最速らしい

 

116:ターフの名無しさん ID:dS3DTREHw

ポジが止まらないんだ(*^◯^*)

 

117:ターフの名無しさん ID:IlVFbAi5+

こんな強いウマ娘を生で見られるとか幸せやね

 

118:ターフの名無しさん ID:/UQPq/g+K

ゴールドカップ制覇記念のアポロちゃんグッズまだ?

 

119:ターフの名無しさん ID:hhn04oj2j

>>118 多分ヨーロッパがいち早く発売するだろうな

 

120:ターフの名無しさん ID:1rTqRo1RP

>>118 もう向こうの公式サイトが発売予告出したぞ

英語だから全然読めんかったけど夏の間に出るらしい

 

121:ターフの名無しさん ID:hHX8NuUuW

>>120 マジかよ〜

 

122:ターフの名無しさん ID:2OxIerFlp

おま国?

 

123:ターフの名無しさん ID:1rTqRo1RP

>>122 いや、日本でも同時発売って書いてある

 

124:ターフの名無しさん ID:q8SfU53H1

>>123 うれし^〜

 

125:ターフの名無しさん ID:4TftA0CtD

アポロちゃんゴールドカップおめでとう

とみお、俺と結婚してくれ

 

126:ターフの名無しさん ID:RBCNgDx0g

>>125 バカ野郎が……

 

127:ターフの名無しさん ID:SQge8XArR

2人仲良くごはんを食べるアポロちゃんとカイフタラちゃんとそれを撮影するエンゼリーちゃん(エンゼリーちゃんのウマスタより)

 

 

 

    ・・・読込中・・・    

 

 

URL:https://www.umastagram.com/p/T4Awgih1M/

 

 

128:ターフの名無しさん ID:d3CP5lDPP

>>128 ガチで尊いわ

 

129:ターフの名無しさん ID:gCkHCiJap

>>128 英語ペラペラでかっこいいけどかわいい、撮られてることに気づいて日本語が出るのもっとかわいいすき抱きしめたい

 

130:ターフの名無しさん ID:3p9HSsbPK

三強、想像以上にイチャイチャで死

 

131:ターフの名無しさん ID:pdw4lCUAG

>>128 アポロレインボウの動画は猫と同等の癒し効果を与えてくれると科学的にもいずれ証明されるだろう

 

132:ターフの名無しさん ID:2g/EKdSJ4

カイフタラ様が思ったよりアポロちゃんに甘々で神

というか口元に料理つけるアポロちゃんはあざとすぎてダメ、そりゃカイフタラ様も呆れて口元拭っちゃうよ

 

133:ターフの名無しさん ID:AARPr0HSX

これにはカイフタラさんもニッコリ

 

134:ターフの名無しさん ID:+iasZpj32

なんかアポロちゃんのウマスタ更新されたぞ

 

135:ターフの名無しさん ID:6DjNeEkqy

 

136:ターフの名無しさん ID:bM/48zDri

え?

 

137:ターフの名無しさん ID:W4QHTXSIl

フォロワー250万人突破記念にウマッター開設だって!?

 

138:ターフの名無しさん ID:Yk4Iqo4x7

うひょおおおおお

 

139:ターフの名無しさん ID:2BD8Qiv6T

オタクワイはウマスタに生息できなかったから朗報

 

140:ターフの名無しさん ID:DQ6tUhfO1

もうウマッターのヒョロワー10万人いって芝ぁ

 

141:ターフの名無しさん ID:tnBZ9JVzf

みんなフォローしろよ!

 

アポロレインボウ

@ApolloRainbow
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全力で走ってるウマ娘です!

 

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142:ターフの名無しさん ID:MbymjTZAc

>>141 初期アイコンかわいい

 

143:ターフの名無しさん ID:+hFZURuWb

>>142 どういうことぉ……

 

144:ターフの名無しさん ID:dEc5DYGQe

全力で走ってるウマ娘(誇張なし)

 

145:ターフの名無しさん ID:LtYJFKdi+

ウマスタとウマッター、どう使い分けていくんかな〜

 

146:ターフの名無しさん ID:6MRkU8LJd

>>145 普通に複数のSNS兼用するだけでも効果的じゃない?

ただウマスタは英語多めかもね〜勝手なイメージでしかないけど

 

147:ターフの名無しさん ID:USShgca44

デジたん早速フォローされて凄い喜んでそう

 

148:ターフの名無しさん ID:XPw6JXxaF

お、早速動画呟いとるぞ

 

149:ターフの名無しさん ID:B4V22TXZq

ウマッターを見てくれてありがとう、これからも頑張るからよろしくお願いしますってさ

 

 

 

    ・・・読込中・・・    

 

 

 

 

150:ターフの名無しさん ID:qetQLRj6i

>>149 かわいいいいいい

 

151:ターフの名無しさん ID:Vw1lNxcAP

>>149 画面にキスしちゃったよ

 

152:ターフの名無しさん ID:Wf2h6vNEc

>>151 きっしょ

 

153:ターフの名無しさん ID:fW0NGfSjr

ヨーロッパの制服も似合うなぁ

 

154:ターフの名無しさん ID:gnQrrFHll

顔面が強すぎる

こんな可愛かったらどんなオシャレしても似合うから楽しそうだわぁ

 

155:ターフの名無しさん ID:fkVygcj7c

女のワイからしても別次元のかわいさ

髪の毛がほんとに綺麗だわ

 

156:ターフの名無しさん ID:IzFTIz+tq

これとみおが撮ってるっぽいな

 

157:ターフの名無しさん ID:YAN5DvxjG

まつげ長すぎ

 

158:ターフの名無しさん ID:2ehrTP/N0

カメラに近すぎてこんなんガキに見せたら性癖歪むで

 

159:ターフの名無しさん ID:vSZBYLaOL

次走はG1グッドウッドカップか……頑張ってほしいわね

 

 





【挿絵表示】


高橋名人 様から素晴らしい絵を頂きました!!
雨風の中、ゴールに向かって必死に手を伸ばすアポロちゃんです!ありがとうございます!


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125話:ひまわり畑の誓い/独白

 

 ――7月。ヨーロッパに来てから3ヶ月が経過し、待ちわびた夏が訪れた。日本のジメジメした茹だるような暑さとは違い、こちらの夏は乾燥した空気に包まれている。

 そんなヨーロッパの夏風の中、私達はとある撮影のために某所のひまわり畑にやって来ていた。

 

「ひまわりってこんな時期からも結構咲いてるものなんだね〜」

「日本と海外とじゃ勝手が違うのかもな。もしくは品種の違いとか……」

 

 海岸線近くにあるひまわり畑での撮影。いつもより高く澄み渡って見える空には、宮殿のような入道雲が大きく裾を広げている。空の上で奔放に成長する入道雲を見つめていると、何故か涙が滲みそうな懐かしさを覚えてしまう。頭に思い浮かぶのは遠い故郷と何でもない夏休みのひと幕。雲ひとつで日本(故郷)への思いが強まってしまうのは、私が弱い証拠なのだろうか。

 私は夏の象徴たるひまわりの花びらに触れながら、とみおと一緒に気が済むまで畑を探索する。遠くの方でテントを張っているスタッフさん達は、準備が整うまで自由な行動をして良いと言ってくれた。今はその自由行動中である。

 

 最近は忙しくて2人でゆっくりお出かけする時間もなかった。スタッフさんが気を利かせてくれたのかもしれないが、実質デートを取り付けられたようなものだ。2人で取り留めのない話をしながら、ひまわり畑を当てもなく歩いていく。

 ひまわりの全長は数十センチから3メートルほどとなっており、ヒトやウマ娘よりも遥かに背が高い。ひまわりから見下ろされているような感覚に陥るため、近距離でも非常に迫力のある眺めである。花の直径は40センチ以上になる個体もいるため、間近で見るととてつもなく大きい。真ん中の黒っぽい部分は『管状花』の集合体で、花びらのように見える黄色の部分は『舌状花』の集合体となっており、真ん中の部分だけまじまじと観察すると割とグロいかも。

 

「今日は暑いな……」

「んね、茹で上がっちゃいそう」

「ふふっ……」

「え、何?」

「いや、ちょっと面白くて」

「何がよ〜」

「頭の中に“茹でアポロ”って単語が()ぎって、ついな」

「その言い方、何かいやらしい……」

「ええっ! どうして?」

「……なんとなく」

「そういうこと考える君の方がいやらしいんじゃないか?」

「はぁ? うっうるさい! 変態!」

「はははっ」

「何笑ってるのよ! もうっ、ばか!」

 

 『青空に浮かぶ入道雲とひまわり畑』なんてまさしく夏のイメージだが、実際にそういう場面・場所に出くわすことは少ない。私達は縦横無尽にひまわり畑を探索し、思い思いの会話を繰り広げる。

 

「あ、てんとう虫」

「ナナホシテントウだな」

「かわい〜」

「あれ、アポロは虫とか大丈夫なんだ」

「クモとかゲジゲジとかじゃなければ」

「あー」

「てんとう虫をじっくり観察するのは久しぶりかも!」

 

 そんな中、日本でもよく見るナナホシテントウが葉っぱに止まっていた。軽く触ろうと手を伸ばすと、てんとう虫が高く飛び立って私の鼻先に止まる。「わわ、ついちゃった!」と慌ててとみおの方に駆け寄ると、彼はそれを面白がってニコニコしているだけだった。それどころか彼はカメラを構えて「笑って笑って」なんて言っている。

 くすぐったいから取ってほしかったのに。結果的にはくしゃみと同時にてんとう虫が飛んでいって事なきを得た。「酷いよぉ」と彼の胸を軽く叩くと、「ごめん、可愛かったから」と返ってきて返答に窮する。彼のワイシャツの裾を摘んで、形容しがたい感情を視線で伝えることしかできない。

 

「後で写真送っておくから。そろそろスタッフさん達の所に戻ろっか」

「う、うん……」

 

 そのまま私はモヤモヤを抱えたままスタッフさん達の元に戻り、車の中でメイクをしてもらってから再び外に出た。

 今日ここにやって来た理由はポスター及びCM撮影のためで、その内容とはスポーツドリンクの広告。舞台として夏らしいイメージのひまわり畑が選ばれたわけだ。ポスターの写真撮影とCM用の映像撮影がメインではあるものの、撮影裏の風景を動画サイトやSNSにアップして宣伝するらしいので案外気が抜けない。というか、CM撮影なんて初めてだし小芝居をするのも初めてだ。ほぼ間違いなく素人の棒読みになるだろうけど、そこら辺はいいのかなぁ。

 

 今日の私の衣装は、純白のウエディングドレス風勝負服――ではなく、首元や二の腕を存分に曝け出した白いワンピースに麦わら帽子を被るという如何にも清楚な格好である。私のファンの衣装スタッフさんが事前に送ってくれた服装で、何とこの衣装を貰ってもいいらしい。

 あからさまな『清楚』すぎて私じゃ選べなかった格好だ。まぁ適当な私服で撮影するわけにはいかないから、私としては提示されたものを着るしかないんだけどね。

 

 蚊に刺された箇所も服の汚れも特になく、髪の毛や帽子の角度、服のシワなどを整えてもらって撮影へとスムーズに移行していく。影ができないように光量高めの照明が当てられ、カメラマンから様々な指示が飛んでくる。

 ひまわり畑の中の撮影ということもあって、ひまわりの大輪を写した構図が多い。私は手渡されたスポドリのペットボトルを頬元に寄せ、自然な笑顔を心がけて白い歯を見せた。

 

「う〜ん良いね! 良いよぉアポロちゃん! もっとあざとく首傾げてみようか! あ゛あ゛あ゛良いね! 上目遣いのアポロちゃんも見たいな! ……お゛お゛〜……スゥ……最高!」

 

 カメラマンの指示に従って様々なポージングを取り、あっという間にポスター用の撮影を終える。「はぁいオッケーです!」という声が飛んだので時計を見ると、想定よりもだいぶ早い時間に終わってしまったようだ。せっかくスムーズに進行したんだから映像撮影の方も終わらせちゃいませんか、とプロデューサーに問うと、快い返事が返ってくる。というわけで、私達はそのまま映像撮影に移ることになった。

 事前に渡された台本では『ひまわり畑を走る』とあったが、色々な理由で変更となった。走るのが速すぎて帽子が吹っ飛ぶだろうし、髪や服が乱れるのだから当然だろう。ヒトのカメラマンは追いつけないだろうし、せっかく沢山咲いているひまわりを活かせないし……何より走ることにガチな私は、多分CMに使えないような表情をしてしまうはずだから。……プロデューサーさんは「それはそれで……」と言っていたけど。

 

 代わりに渡された台本には、「ひまわりの花の後ろから隠した顔を出す」「スポーツドリンクを飲む」「“商品名・新発売”と言う」などと書いてあった。……1番最初のやつは古い恋愛小説でも見ないようなベターなやつだ。まあ分かりやすい夏のイメージってやつか。白ワンピースと麦わら帽子着させるくらいだし。

 これらのカットの他にも色々な動きを撮るので、結構時間がかかりそうな感じだ。日が昇って暑くなってくる前に終わらせちゃおう。

 

 時々休憩を挟みながら、プロデューサーやカメラマンの要求に応えていく。そして最後のワンカットを撮影し終わったかと思った次の瞬間、カメラマンがこんな発言をしてきた。

 

「う〜ん良いね! それじゃぁアポロちゃん、カメラに向かってとびきりの笑顔で『大好き!』って言ってみようか!」

「あ、分かりまし――」

「そうだなぁ、『大好き』は日本語で言っちゃおう! 大切な人の顔を思い浮かべて〜!」

「えっ」

 

 一瞬、『大好き』『大切な人』というワードが脳内で複雑に絡み合う。視線が泳ぐ。()()()と目が合う。束の間、カメラマンから声が飛ぶ。

 

「どうしたのアポロちゃん! ほら言ってみて!」

 

 簡単に言うと、テンパった。こっちを見ているトレーナーが不思議そうな顔をしていて。でも大きな声で「大好き」と言わなければいけなくて。冷静に考えたら、その商品に対して「好き」を伝えるだけで済む話なのに――私が練り上げた恋心は行き先を見失い、見事なまでに感情の着地地点を見誤った。

 

「――すっ、すすっ、だいすっ、…………だいす、……き…………です」

「カァーーーーット!! アポロちゃんどうしちゃったのぉ!? アポロちゃんの『大好き』が聞こえないよぉ!」

 

 カメラが向けられているというのに、私は尻すぼみな言葉を零して両手を顔で覆ってしまう。スタッフさん達の前でド派手な失敗をしたことはもちろん、彼への想いが溢れてきて耐え切れなくなってしまった。二重の意味で恥ずかしい。

 私は傍に落ちていたひまわりの花で顔を隠して、カメラから隠れるようにしゃがみこんでしまった。それを見たトレーナーがプロデューサーにタイムをかけ、私の元に駆け寄ってくる。そのまま私は少し離れた所に連れて行かれ、真っ赤になった顔を撫でられるのであった。

 

「大丈夫? 緊張しちゃったね」

「……んぅ」

 

 私の感情がバグったのは誰のせいだと思っているのか。全面的に私が悪いのは分かっているけど……当人に諌められるのはちょっと納得できない。

 

「……急に顔が真っ赤になったけど、何があったの?」

「え、それは……」

「言いにくいこと?」

「……まあ、それなりに」

「そっか、次はちゃんとできそう?」

「頑張ってみる……」

「あ、ちょっと待って」

 

 語気の弱い言葉を零すと、彼は私の肩に添えた手に力を込めてくる。撮影現場に戻ろうとした私を逃さない形だ。鎖骨辺りを露出するタイプのワンピースなので、素肌を直に触れられている緊張感と恥ずかしさで心臓の鼓動が早まった。

 

「……俺はアポロの『大好き』が聞きたい。トレーナーとしてはもちろん、ひとりのファンとしても君の魅力を全世界に伝えたいんだ。ほら、この前話しただろ? 『最強』になるためには()()()が必要だから、もっと皆から愛されるウマ娘になってほしいって」

 

 いつだったか、とみおと『最強とは何か』という議論をしたことがある。その際、とみおが「最強になるためにはある程度の知名度が必要だ」と言ったのである。逆に言えば、知名度が高いほど実力派であるとも言えるか。

 例えばオグリキャップが有名になったのは、笠松(地方)からやってきた()()が中央のウマ娘相手に連戦連勝をしたからだ。つまるところ――()()()()()()()()()()。物語性は後からついてきたもので、彼女には有名になるだけの実力があったわけだ。

 

 強い者が出てくると話題になるし、話題になるということは強い者が現れているという証拠。常識破りの怪物は知名度だって段違いなのだ。

 とみおは私を最強ステイヤーにするという夢がある。その『最強』を確固たる地位にするためには、もっともっと知名度が必要だと考えているのだろう。

 

 ……でも。私が大好きを言う相手は、あなただけが良いんだよ。

 この気持ちはバレたくない。……いつかは打ち明けるつもりだけど、きっと今じゃないから。

 

 ああ、いっそのことCMを利用してこの人に告白してやろうか。私の本気の『大好き』を聞いて堕ちない生命体はこの世に存在しないだろうし、結果的にファンを増やすことはできるだろう。

 ……その場合、後悔することになるのはトレーナーの方だ。私が初めて口にする本気の『大好き』を独り占めできなくなっちゃうんだから。……後悔しても知らないぞ?

 

「……分かった。気持ち切り替えて本気でやってみる」

「あぁ。それにこのアイデアは、もしかしたらアポロとのトレーニングに活かせるかもしれないし……」

「……は?」

「いや、何でもない」

 

 トレーニングに活かせるかもしれないって何よ。あーあ、怒っちゃった。どれだけ私があなたのことを好きか、世界中に分からせちゃうからね。もう止めても無駄だから。本気で私のことを狙う人が増えても止めらんないからね。覚悟してよ。

 

 

 

 

 桃沢とみおにとって、そのウマ娘は唯一無二の存在だった。

 まさしく運命の出会い。初めての担当ウマ娘がオープンクラスに昇格した時点で「これは運がいいぞ」と喜びを噛み締めていたくらいなのに、何と彼女はG1を勝ち負けし、それどころか最高の栄誉たる日本ダービーを勝つまでに至った。その後クラシック二冠に加えて暮れのグランプリ、海外重賞や海外G1まで制覇し、歴代最強ステイヤーと呼ばれるほどの名声を得て――唯一無二と言わずしてこれを何と形容するのだろう。

 

 つまり――あまり表には出さないものの――桃沢とみおはアポロレインボウに対して強烈な感情を抱いていた。むしろ、少なからずの好意を抱かない方がおかしかったのだ。

 桃沢とみおはアポロレインボウのことを間違いなく好いている。ただ、保護者としての責務と夢のウマ娘に対する憧れが難雑に絡み合った結果、己の好意を表に出すようなことは決してしないだけだ。

 

 自分にできることは、ウマ娘の健やかな成長を遠くから見守ること。夢を追って走り続けるウマ娘に寄り添い、時には背中を押してあげること。あくまでも主役は青春時代を生きるウマ娘達で、トレーナーがスポットライトを受ける必要はない。大人が彼女達に対して深すぎる介入もするべきではない。

 そう思って一定の距離を保ちつつトレーナー業をしていたはずだったのに――強烈に入れ込んでいるのはアポロレインボウではなく、むしろ桃沢とみおの方になってしまっていた。

 

 絶え間なく担当ウマ娘の好意に当てられたせいなのだろうか。それとも、その好意は学生流の“少し過剰な”スキンシップというだけで、自分は勘違いさせられているだけなのだろうか。

 ただのウマ娘であれば桃沢とみおも勘違いはしなかっただろう。しかし、アポロレインボウは類稀な実力のあるステイヤー。サブトレーナーを経験してG1に勝つことがどれだけ難しいかを知った後なら、尚のこと彼女に入れ込んでしまうのは仕方のないことだったのかもしれない。

 

 カメラマンの指示に従って様々なポージングをする担当ウマ娘をじっと見つめる。彼女はスタッフが撮影した写真を確認している数秒の間に、いちいち潤んだ視線を向けてはにかんでくるのだ。

 撮影中で()()。心臓が壊れてしまいそうだ。ちなみにトレーニング中にアピールしてくることは無いが、2人きりのトレーナー室で暇を潰している時はもっとあざとい。ダンスレッスンやボーカルトレーニングなんて、自分の可愛いを知り尽くした彼女の合法的なアピールの場に他ならないから――彼女の一番のファンでトレーナーたる桃沢は、彼女と一緒に過ごしているうちに得体の知れない胸の高鳴りを覚えるようになった。

 

(…………)

 

 君の横顔が好きだ。トレーナー室のソファに座りながら、窓の外の風景を眺める穏やかな表情が好きだ。トレーニング中の鋭く研ぎ澄まされた視線が好きだ。柔らかそうな頬、小さな鼻、リップの塗られた唇……まるで作り物のようだとさえ思える。

 

 君の瞳はとても綺麗だ。時々笑って細められるアメジスト色の瞳が好きだ。頑張りすぎてその目に涙を浮かべてしまうのは、トレーナーとして少し心配になってしまう。レースやトレーニング中に炎を宿す双眸は、この心を掴んで離してくれない。吸い込まれそうなその瞳を永遠に眺めていたい。

 

 感情が分かりやすく出る君の耳は面白い。落ち込んだ時はしょぼんと萎れ、びっくりした時はピンと反り返り、嬉しい時はもちもちと跳ねる君の耳は見ていてとても面白い。個人的には耳の大きさもポイントだ。

 

 君の小さな背中は心配だ。あまりにも大きなものを抱えているのではないか、いつか重責に耐えかねて崩れ落ちていくのではないかと懸念することがある。しかし、緑のターフを走りながら遠くなっていくその背中は、不思議にも不安とは全く断ち切られた姿のように思えるのだ。

 

 揺るぎない君の精神(こころ)は気高く美しい。どんな困難にも屈しない誇り高さを持っていて、それでいて年頃の少女然としたあどけなさがあって――守りたい、守らなければならないという使命感さえ感じてしまう。

 君の全てが言いようもなくかわいらしく、愛おしいのだ。

 

 桃沢とみおは清楚可憐な白ワンピースを着たアポロレインボウを見て、ふと眩しそうに目を細めた。

 何てきれいなんだろう。まるで夏の妖精ではないか。

 

(……気持ち悪いな、俺。ニヤニヤしちゃってるし)

 

 トレーナーとウマ娘が専属でやっていくには、少なくとも二人の関係が険悪であってはいけない。尊敬や好意、友情があって初めて上を目指していけるのだ。

 ……最悪、ウマ娘側がトレーナーに対して恋情を持つのは問題ない。大人であり保護者であるトレーナーは、その好意を受け流し続ければいいのだから。しかしトレーナー側が恋情を持つのは好ましくない。歯止めが掛かるならいいが、それに抗えずトレーナーを退職する者が出てしまうこともある。

 

 この感情は恋情なのか? ただの好意なのか? 桃沢とみおは時々考えることがある。しかしその実、彼が抱える感情はそのどちらでもない。そんな単純な感情ではないのだ。

 彼がアポロに向けている感情の名前は『恋情』などという軽いものではない。尊敬の念はもちろんあるが、それだけではないのだ。彼女のことを思うのであれば、全てを尽くそう、身を引こう――そう思えるくらいの、深い愛情。一言では言い表せぬ至上の愛。努力する者に向けられる心底の尊敬と、親が子に与えるような無償の愛と、ひとりの男が異性に抱く情念と、人間として持ち合わせる夢への憧れ――桃沢とみおは、それらが絡み合った名も無き激情を深々と抱えていたのだ。

 

 アポロには今まで以上に羽ばたいてほしい。皆が知る最強で最愛のウマ娘になってほしい。それに見合うだけの努力をしてきたと知っている。もっともっと強く、高く、澄み渡った場所へ辿り着いてくれることを願ってやまない。

 ……そんな感情とは裏腹に、アポロが遠くに行ってしまうことを寂しく感じる自分がいた。棟の端っこのボロいトレーナー室で、夕陽のオレンジが部屋に射し込むまでレースの作戦を語り尽くしたあの日。グラウンドが空いていないからと、川沿いの堤防を走る彼女を自転車で追いかけたあの日。小ぢんまりしているような、でも心の中で確かな存在感を放つ何でもない日常が、ゆっくりと遠のいていく気がした。

 

 彼女の栄光への歩みを止めるつもりはない。寂しいという感情があるだけで、ちゃんと喜びの感情もあるのだから。

 

「――『大好き』!」

 

「…………」

 

 そしてCM撮影が再開され、彼女の口からとびきりの『大好き』が飛び出したその瞬間――ほんの少しだけ苦い後悔が過ぎった。それと同時に自分の担当ウマ娘が最高であることも再確認できて、彼はゆっくりと目を伏せるのであった。

 



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126話:妖艶の君、陽炎のあなた

 

 ひまわり畑で撮影が終わった後、私達はその足で近くのビーチにやって来ていた。撮影場所周辺が秘境じみた隠れスポットな上、平日での撮影だったため人の数は非常に少ない。それでも海の家は営業しているので、実質貸切状態のようなものだ。

 撮影が終わり晴れて自分のモノとなったワンピースを揺らしながら、私は彼の手を引いて砂浜に足を踏み入れた。2人とも既にサンダルに履き替えているので、足元が砂で汚れても問題はない。

 

 1ヶ月後にグッドウッドカップが控えているため岩場や深い海中に足を踏み入れることは許されていないが、流石にそこまで遊ぶつもりはない。明日からトレーニング漬けの毎日なのだから。

 ちょっと砂浜を歩いたり、海の家で冷たい飲み物を飲んだり、写真やビデオを撮ったりして思い出を作ろう。張り詰めたトゥインクル・シリーズの中で緩く過ごしてみるのは、きっと良いリフレッシュになる。

 

「蟹さんいるかな?」

「小さい穴があったらひょこっと出てくるかもな」

「あ、綺麗な貝殻」

「おお〜、可愛いね」

「それって私のこと?」

「…………」

「……な、何か言ってよぅ。ナルシストが滑ったみたいな空気になっちゃったじゃん」

「……まぁ、否定はしないよ。アポロの可愛さも人気の一端だしね」

「うっ……わ、分かった、分かったから。はいはい私の負けですぅ〜。私をそれ以上褒めるの禁止〜」

「何なんだ一体……」

 

 ワンピースのお尻の部分を押さえながらその場にしゃがんで、貝殻なんかを拾ったりする。その際とみおの視線が私の首元に行ったり足元に行ったり忙しくなっていた。彼は余程私の衣装を気に入ってくれたらしい。

 これ見よがしにスカートと尻尾をふりふり揺らしてあげると、彼の視線が下に向かって釘付けになる。へぇ、とみおってこういうのが好きなんだ。やっぱ清楚系が刺さるのかな〜。ほれほれ。

 

「ね、写真撮ってよ」

「お、おう……」

「好きな時に撮っていいからね」

 

 麦わら帽子を持ち上げたり、貝殻を頬の横に持ってきたりして、彼の被写体になれるように上手く動いてみる。彼の表情を観察して、どんなポーズが好きかを考察したところ――

 私が上目遣いになるポージングがツボらしい。なるほどなるほど、これからお願いする時は上目遣いで「おねが〜い」なんて猫撫で声を出してみようか。

 

 しばらくウマスタ・ウマッター用の写真を撮った後、私達は海の家でひと休みすることにした。

 そういえば変装もしていなかったからか、海の家の店員さんに「アポロレインボウさんですか?」と聞かれてしまった。そうですよと答えるとサインを頼まれたので、四角い色紙にサインを書いてあげる。クラシック級の暮れ、山積みになった色紙にサインを書き殴ったことがあるのでもう慣れっこだ。

 

「海外でも有名になってきたっぽいね」

「はは、自己評価が低すぎるって。今のアポロはヨーロッパの中でも相当有名人だぞ」

 

 ゴールドカップが終わってからの反響は凄まじいもので、私が制したレースの映像がニュースやネットで飛び交うこととなった。レースで全てを使い果たして数日間ダウンした後は、インタビューや撮影、番組の出演依頼が殺到したものだが……今日のような撮影やオフシーズンのテレビ出演などは何とかオッケーが出た。その他のオファーも数を絞ってこなしていく予定である。

 レースに勝利した後にメディアからのオファーが増えるのはいつも通りなのだけど、普段通りに行かなかったことと言えば――ウマスタのフォロワーが数十万人というレベルで爆増したことだろうか。

 

 従来のファンからのメッセージはもちろん、私のゴールドカップを見てトゥインクル・シリーズに興味を持ち始めたという人も続々とメッセージを送ってくれた。

 ライトなファンを沼に浸からせることは大切だが、コンテンツの繁栄及び持続のためには新規のファンを取り込むことが何より重要だ。私は私自身の夢を叶えるために走っているから、ファンを増やすことはサブターゲットに近い感覚である。もちろんレース場に足を運ぶ人達がいなければトゥインクル・シリーズは継続できないので、私の夢と集客は密接に関わっていると言えるだろう。ダブルトリガーさんやカイフタラさんのように、ファンとウマ娘が作り出す熱狂を渇望する者も少なくない。

 

 ファンが増えれば増えるほど好循環が生まれるのだ。ウマ娘にとってもファンにとっても、ついでに運営のURA側にとってもこれ以上のことはない。

 デメリットといえば、羽目を外しすぎたファンが迷惑行為を働く程度なものだ。私の周りのファンは皆紳士的で、そういうトラブルが起きたなんて声は聞いたことないけどね。

 

「さっき撮ったCMっていつ放送されるんだっけ?」

「早くても1週間後だな」

「え、早くない?」

「相当早いね」

 

 海の家に入ってしばらく。ようやく落ち着いてきたので、麦わら帽子を外してウマ耳を大きく動かす。()()彼の視線がそちらに向けられた。ゴールドカップが終わった辺りからだろうか、とみおは色んな意味で分かりやすくなった気がする。

 もちろん、その違いに気づけたのは私が彼を見過ぎているおかげな訳で――むしろ私が彼を眺めている時間が増えただけなのかもしれないが。

 

「お待たせしました、はちみー&ヨーグルト2つです」

「わあ、美味しそう!」

「写真撮るか?」

「よろしく〜」

 

 ……昔は自撮りとか写真撮影を頼むことなんて無かったのに、ウマ娘になってから変わったなぁ。オープンクラスに上がってからはSNSで公開する用の写真を当たり前に撮るようになった。とみおと仲良くなってから「どうすれば自分を可愛く見せられるか」が気になり始めたのもあって、被写体となる時は余念がないよう努めている。

 私はカメラを起動し、ネイルを決めた指とはちみー&ヨーグルトが写るように手元の写真を撮った。光の加減を確認していると、丁度とみおからいい感じの1枚を貰えたので、自撮りと合わせて早速ネットにアップロード。

 「かわいい」「何この白ワンピ天使?」「また匂わせてるよ」「イチャイチャ」「コレッテハチミー?」「これは妖精」「エロゲーのCGみたいだね(3秒後にコメント自主削除)」などと反応は上々、ウマスタもウマッターも瞬く間に『ウマいね!』の数が伸びていった。

 

 私のファンには男性が多い。まぁコメント閲覧時やライブ時の主観が混じっているけれど……とにかく、今回の麦わら帽子+白ワンピースは男性にめちゃくちゃウケが良かった。

 ギャル組やルモスさんからも速攻で『ウマいね!』を貰えたし、この衣装を貰えて良かったと思うばかりだ。

 

 ネット上の反応に酔いながら、はちみーもどきに口をつける。おお、めっちゃ美味しい。思わず容器を両手で持って、呷るようにぐいっと傾けた。はちみー好きのテイオーさんも納得の味だ。飲んだことがあるかは知らんけど。とにかくやみつきになる。

 

「うわ……おいし。これヤバい。テイオーさんがこれ飲んだら、間違いなくテイオーステップ踏んじゃうだろうな〜」

「お……こっち向いてこっち向いて」

「また写真? まぁいいけど……」

「はい、ポーズ」

「ん」

 

 はちみー&ヨーグルトを飲んでいると、トレーナーが水を差してきたので不承不承営業スマイルを向ける。私の写真を撮りたいと思ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎは禁物じゃない? って言うかさ、画面ばっか見てないで私を見てほしいんだけど。本物がここにいるじゃん。

 とみおは画面操作に夢中になって、はちみーを飲むでもなく私の顔を見るでもなく……ずーっと指を動かしてニヤニヤしているため、先程までハイテンションだった私の機嫌が斜めに傾きかける。思わず鋭い語気の言葉が私の口から飛び出してしまう。

 

「もう、何なのさ」

「いやさ、フフッ……ごめん、ヒゲついてるのがかわいらしくて」

「え?」

 

 彼に言われてぎょっとする。さっと上唇の上を指の腹で拭うと、そこにははちみー&ヨーグルトのせいで生まれた(ヒゲ)が付着していた。

 

「――――っっ」

 

 急激に鎖骨の辺りから熱が上ってきて、熱湯のような羞恥が鼻先を通って額のてっぺんのウマ耳まで到達する。やばい、恥ずかしい。やらかした。何で言ってくれなかったの。とみおは私をからかいたかったの?

 様々な考えが脳裏を駆け巡ってショートする。耳が真っ赤になってぺたんと潰れたのを合図に、私はヒゲ姿を晒したことに意気消沈した。

 

「あとこれ、写真じゃなくてビデオ撮ってたんだ。たまには趣向を変えてさ」

「はぇ?」

「後で送っておくね」

「…………さいってぇ……」

「いやいや、俺はかわいいと思うよ? ははっ」

「…………」

 

 今日は私が()だと思ったのに。魅力でどぎまぎさせる側だったはずなのに。……結局のところ、最後は私が照れてとみおが笑っている。

 ちょっとだけ拗ねてしまった私は、ヒゲが付かないようにはちみー&ヨーグルトを飲み干した後、海に入るために水着に着替えることにした。

 

 もやもやとした敗北感は海に溶かしてしまおう。ワンピースを脱ぎ去って水着姿になっていた私は、躊躇わずに波打ち際に飛び込んだ。ひんやりした海水が足指の間を駆け抜け、くすぐったさで飛び跳ねそうになってしまう。

 海に入ったのは去年の夏合宿ぶりだから――約1年ぶりになるのか。やっぱり海はいい。トレーニングできるし、泳げるし、釣りもできる。

 

 無造作に足を蹴り上げて、近くに寄ってきたトレーナーに水をかける。「うわっ!」と笑い混じりの悲鳴を上げながら、とみおが大袈裟に飛び退いた。何のために短パンを履いてきたんだと煽ってやると、彼は「やったな」と言って波打ち際に飛び込んでくる。

 そのまま私達は透き通った漣の中で水かけ合戦を始め、心ゆくまで海と一緒に遊んだ。

 

 途中、とみおに「去年と水着変えたんだ?」なんて言われたりしたが、そんなの当たり前だろう。流行は変わっていくものだし、何より私も成長しているのだから――と答えておいた。

 アスリートとしての肉体の成長と、成長期真っ只中の少女としての成長が相まって、去年の水着が入らなくなっていたのだ。まあ私の身体が成長するのは当たり前だ。去年の身体のままだったらゴールドカップを走り切るなんて不可能だったわけだし、そりゃ身体も大きくなってるよ。

 

 ただ……私の成長で見られた数値変化が「筋肉増強!!!!」って感じだったのが乙女的には辛かった。基礎体重がガッツリ増えたし、腹筋は完全に割れちゃったし、ウエストとか太ももとか二の腕とか明らかに太くなっちゃったし……。

 カイフタラさん的には「まだ細い」らしいけど、前に比べたらやっぱり太くなってるからなぁ……う〜〜ん、とみおは細い女の子の方が好きそうだから、ちょっと嫌かも。

 カワイイと強いを両立するのは難しいということだろうか。今度カレンチャンさん先輩にその辺を聞いてみよう。

 

 海で気が済むまで遊んだ後は、トレセン学園に戻る準備をしなければならない。水平線に沈んでいく夕陽を眺めながら、もっとトレーナーと遊んでいたかったなぁなんて呟く。

 そうして荷物を纏め終わろうかという時――海の家から走ってくる影があった。小学校低学年くらいの男の子だ。私に向かって一目散に駆けてきている。私のファンなのかな?

 

 予想通りと言うべきか、男の子は私ととみおの前で立ち止まった。結構な距離を走ったため、激しく息を切らしている。

 私は膝を折って男の子と視線の高さを合わせる。息が整うのを待って「どうしたの?」と優しく聞くと、彼はきらきら輝く瞳を私に向けてきた。

 

「お、おねーさん、アポロレインボウだよね!」

お姉さんと来たか……うん、私がアポロレインボウだけど……どうしたの?」

「ウマスタで分かったんだ! アポロレインボウが来てるって! その、近くに住んでるから!」

「うんうん、サイン欲しい?」

「あ、欲しい! 紙持ってきた!」

「うふふ」

 

 これまで走ってきて良かったと思える瞬間のひとつとして、こういう小さいファンの子と会話できる機会があることが挙げられる。たまにファンのご夫婦から「私達の赤ちゃんを撫でて貰えますか」なんて言われることもあるし、割と子供や幼児や赤ちゃんとの触れ合いは多い。

 それに、この男の子くらいの年齢が1番やんちゃで可愛らしいものだ。とみおも後方彼氏面で柔和に微笑みながら私達を見ている。

 

 色紙ではない普通の紙と筆箱にサインをしてあげると、男の子は飛び跳ねて喜んでくれた。身体全体で喜びをアピールしてくれるのも、染み渡るように嬉しいものだ。

 

「オレねー、アポロレインボウを見てウマ娘になりたくなったんだけどさー、それは流石にムズそうだから……陸上選手目指すことにしたんだ!」

「ほんと!? 嬉しいな……!」

「学校でも1番速いんだぜ! 歳上にも負けたことねー! すげーだろ!」

「えっ、すご……相当速いんだねぇ!」

「へへへっ!」

 

 鼻の下を擦る少年。歳上含めて学校で1番速いと言ったら、将来的にもかなり有望株なのでは? 将来的には物凄いアスリートになるかもしれないな。

 しみじみ考えていると、少年の顔がふと思案顔になった。腰の前で指を組み、言い難いことを振り絞るような仕草をする。

 

「……でさ、アポロレインボウと約束したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「ん? 大きくなったらお姉ちゃんと結婚したいのかな〜?」

「ちっ、ちが……違くねぇけど違ぇよ! おっ、オレが言いたいのは――大きくなったらオレと勝負してほしいってことだよ! オレとお前の勝負の約束! ぜってぇ退屈させねぇから受けてくれ!!」

「おっ……言ったな? じゃあ受けて立とうかな。でも100メートル走だろうが4000メートル走だろうが負けないからね〜?」

「こっちこそ負けねぇから! 10年後、ウルトラマラソンの100キロメートルで勝負だからな!!」

「「!?」」

「それじゃーなアポロレインボウ!! 次は世界で会おうぜ!!」

 

 ツッコミとビックリが追いつかないまま、男の子はサイン入りの紙を天に掲げながら走っていった。海の家の向こうに彼の姿が消えて、私ととみおは何とも絶妙な表情で見つめ合う。

 

「…………」

「…………」

「凄い男の子だったね」

「あぁ、将来のプラン設計がしっかりしている。しかもヒトとウマ娘の差を無くせる距離での勝負をしようと言って約束を取り付けて、反論させる隙さえ与えずに帰っていく……。大物の器だぞアレは」

「世界は広いなぁ……」

「ははは。あの子に負けないように、俺が付きっきりでトレーニングしてあげるよ」

「――え、それって……」

 

 ……10年後まで一緒に居てくれるってこと?

 私と彼は茜色に染まる海岸で見つめ合う。お互いに考えていることは多分違っているけれど、都合のいいように思い込んでやることにした。だってその方が何倍も素敵ではないか。嬉しいではないか。

 

 私達は本当の意味で心を共有できなくても、今という時間を共有することができる。同じ場所に立って同じ景色を見ることができる。言葉を共有して互いの心に近づくことができる。

 一緒にいるだけで良いんだ。私は一歩踏み出して、とみおの懐に飛び込んだ。彼は微笑むだけで拒否はしない。彼もまた、2人の時間や景色を共有しようとしてくれている。でも私は2人で一緒に過ごす未来さえ欲しい。もちろん最強のステイヤーになった未来も掴み取りたい。全部ぜんぶ勝ち取りたい――なんて思ってしまうのは、やっぱり私が欲張りなウマ娘だからなんだろうか。

 

 太陽がゆっくりと沈んでいく。反対側の空から月が上る。

 今日という一日が終わり、次なるG1グッドウッドカップが近づいてくる。

 

 まだ遊んでいたいけれど、早く走りたい。

 これまで何度も『永遠にこの時が続けばいいのに……』と思うことはあった。しかし今日のように楽しくて()()()日は数えるほどしか無かった。素敵な景色の中で撮影をしたり遊んだり、とみおと仲を深めたりファンと交流したり……夢も恋路もまだまだ途中だけど、今日で終わってしまっても満足かもしれない――それくらい特別な日だった。

 

 それでも夢に向かって走れるのは、私が強欲なウマ娘だから。

 全て()()()()まで止まらないのがアポロレインボウなのだ。

 

 今日でオフは終わり、再び熾烈な戦いの日々が幕を開ける。

 

 



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127話:グッドウッドカップに向けて

 

 7月末。次走のG1・グッドウッドカップを1週間後に控えたトレーニングの日、私はとある情報に衝撃を受けることとなった。

 その情報とは、エンゼリーちゃんがグッドウッドカップを回避し、2ヶ月後のG1アイルランドセントレジャーに向けて休養を始めた――というものである。

 

 ステイヤーズミリオン完全制覇のためには、6月4週G1ゴールドカップ→ 8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップというローテーションで3レースを制覇しなければならない。

 無論今年の完全制覇の権利を持ったウマ娘は私しかいないのだが……ゴールドカップを制して現世界最強ステイヤーとなった私を倒せば今年の完全制覇者はいなくなり、純粋な直接対決の成績で栄誉を取り合うことになる。エンゼリーちゃんやカイフタラさんは、最強の座を掴み取るような瞬間に燃えるタイプだと思っていたので、彼女がグッドウッドカップを回避するのは想定外だった。

 

 ただ、彼女の回避の理由を聞いて納得せざるを得なかった。

 ――ゴールドカップの激走によって、足に負担が掛かり過ぎたらしい。冷静に考えてみれば、あの不良場は今後のレース人生を狂わせてしまうレベルの道悪と言っても良かった。初の4000メートルという距離に加えて、そもそもエンゼリーちゃんは去年の秋頃から走りっぱなしだったわけで……。グッドウッドカップをスルーして立て直しを謀るのは賢い選択と言えるだろう。私としては寂しいけど、きっと彼女なら秋の4000メートルレース・カドラン賞に出走してくれるはずだ。そこでの再戦を願うとしよう。

 

 結局、ヨーロッパのステイヤー――主にゴールドカップに出走したウマ娘――には、次の2択を迫られていることになる。

 打倒アポロレインボウを掲げて私にぶつかってくるか、それとも私の出るレースを回避して他のレースを選ぶか。グッドウッドカップに登録を行ったカイフタラさんは前者のウマ娘になる。ジャラジャラちゃんは無事日本に帰国し、中長距離レースに向けて調整を行っている。ゴールドカップに出走して消耗したウマ娘は少なくなく、シーユーレイターちゃんなどはグッドウッドカップを見送る構えだ。

 

 私はステイヤーズミリオンの3レースを皆勤する予定だけど、このまま行けばこの1年で11レースを戦うことになる。ドバイから始まった苛烈なレース内容は想定外そのもので、このままだといくら頑丈な私でも()()()()可能性が出てきた。

 ちなみに今のローテーションと予定はこんな感じで――

 

 3月5週G2ドバイゴールドカップ(2着)

 5月1週G1天皇賞・春(1着)

 5月4週G2ヨークシャーカップ(1着)

 6月4週G1ゴールドカップ(1着)

 8月1週G1グッドウッドカップ(3200m)

 8月4週G2ロンズデールカップ(3300m)

 9月2週G2ドンカスターカップ(3600m)

 10月2週G1カドラン賞(4000m)

 10月4週G1ロイヤルオーク賞(3100m)

 11月1週G1メルボルンカップ(3200m)

 12月4週G1有記念(2500m)

 

 これを決めたヤツはバカだ。私が煽動して決めたんだけどバカ。改めて見るとこんなんどう考えても無理だ。このローテーションで走ったら間違いなく死ぬよ私。

 当時は「イクノさんは1年で16回レースに出走してる」「オグリさんは3ヶ月で6戦したしマイルCSとJCを連戦した」「なら行けるか〜」というノリで決めたが、頑丈すぎるアイドルウマ娘(オグリキャップ)に加えて鉄の女(イクノディクタス)を比較対象にするのは間違っていた。

 

 まぁ、出走できそうなレースに仮登録を行っておくのも手だしセーフではあるか。ジャパンカップに登録するけどあんまり来てくれない外国ウマ娘とか、多分こんな感じなんでしょ? とりあえず選択肢には入れておくけど、後で予定から消すかもしれねぇわ……ってやつ。

 

 ……さて、まず省くことになるのはフランスのG1・ロイヤルオーク賞とオーストラリアのG1・メルボルンカップだろう。フランスのカドラン賞とロイヤルオーク賞を走って、オーストラリアのメルボルンカップを走って、その後日本に戻って有記念を走る――つまり3ヶ月で3ヶ国を巡って4レースを走るのは体力的にまず無理だ。そういえばオグリさんもイクノさんも海外遠征はしてなかったし、海外遠征の疲労を考慮してないのはやっぱりアホだ。

 というか、カドラン賞→ロイヤルオーク賞→メルボルンカップの中1週ローテーションは、ゲームじゃないと体調を崩すレベルである。個人的にカドラン賞と有記念は外せないし、割を食うのはメルボルンカップとロイヤルオーク賞になるだろう。

 メルボルンカップ、現地の人に凄く人気らしいから行ってみたかったんだけどね〜……行くとしたら来年以降になるのかなぁ。

 

 そして最後に省かざるを得ないのは……『英国長距離三冠』レースの三冠目、G2ドンカスターカップだろうか。ステイヤーズミリオンも長距離三冠も達成できれば一番だけど、結局怪我をしたら元も子もない。これも狙うとしたら来年以降になるか。

 

 というわけで、3レースを抜いて年間8レース、以下のローテーションで今年はやり切ろうというのが私達の方針である。

 

 3月5週G2ドバイゴールドカップ(2着)

 5月1週G1天皇賞・春(1着)

 5月4週G2ヨークシャーカップ(1着)

 6月4週G1ゴールドカップ(1着)

 8月1週G1グッドウッドカップ(3200m)

 8月4週G2ロンズデールカップ(3300m)

 10月2週G1カドラン賞(4000m)

 12月4週G1有記念(2500m)

 

 海外遠征ありきのローテーションとしてはこれでもタイトなスケジュールだ。ステイヤー特有の体力で誤魔化しているが、エルちゃんやグリ子の予定と比べてもレース日程が詰まっているのは明白だった。

 

「アポロ、あと20周ね〜」

 

 私はスタミナ増強トレーニングをこなしながら、ひとつ外側で走るグリ子とエルちゃんを眺める。2人は初陣のヨーロッパG1を一発回答しており、早くも日本や世界を代表するウマ娘へと登り詰めていた。

 エルちゃんはイスパーン賞を、グリ子はファルマスステークスを。特にグリ子はあっさり勝っちゃったからなぁ……いったい化け物は誰なんだか。

 

 エルちゃんとグリ子は私と違うトレーニングをしているため、違うレーンで調整メニューをこなしている。超長距離ランナーの私と、マイル〜中長距離ランナーのエルちゃんと、短距離〜マイラーのグリ子という構成のため――3人のトレーニングにおいて私はハブられやすいのだ。スタミナ強化トレーニングのほとんどが膨大な時間を要するせいもある。

 趣向を変えて3人で模擬レースをする時の距離は、大抵距離適性の間を取って1800メートルで行われる。そして大体エルちゃんかグリ子が勝つ。距離適性外のレースでは上手く走れなくなってしまうので、大逃げが上手く決まらないのである。

 大逃げが決まらずエルちゃんに先頭を譲ってしまうと、その後は特に見せ場もなく最下位に沈みがちだ。たまに根性で1着になれることはあるが、そんなレースは非常に稀である。

 

 とみお曰く「他の脚質の子が仕掛けるタイミングを直に感じられる良い機会だ。それに、レースでアポロが先頭を奪えなかった時の練習になる」とのことだが――

 ……今日も負けてしまった。練習レースは1着のエルちゃんから半身差の3着。しかし幸か不幸か、ある程度差し先行の走り方も身についてきて実践できるようになってきた。もしかすると、出遅れてもある程度のレース作りが可能になった……のかもしれない。

 

 あまり頼りたくないが、差し先行ができるようになったのは最後の砦といったところか。これを使う機会が来ないことが最も好ましいのは間違いない。

 

 グリ子やエルちゃんとのトレーニングが終わってシャワーを浴びた後、ジャージ姿のまま夕方のトレセン学園を散歩する。そんな中、ここら辺ではあまり見ないウマ娘が辺りをうろついていた。

 鹿毛のすらりとした肢体。シャンティイ・トレセン学園のものではない制服(イギリスのトレセンの制服?)、頭の上に乗った深紅の王冠。恐らく道に迷っているだろうに、全く崩れない自信満々の表情……強烈な存在感を醸し出す彼女に惹かれて、私は声をかけてみることにした。

 

「あのう、すみません……道に迷ってます?」

「あぁ……探し人がいてシャンティイのトレセンに来たのだが、生憎学内の地理に明るくなくてね……この有様だ。そこでだ、可愛いお嬢さん! このワタシをその人の元に案内してはくれないだろうか!?」

 

 うわぁ、また濃いウマ娘が出てきたなぁ……。

 私は「いいですよ」と言って王冠のウマ娘を連れ立った。

 

「ところで、その探し人って誰なんですか?」

「愛しき我が妹、カイフタラだよ! キミもよく知っているウマ娘だろう、アポロレインボウ君?」

 

 ――()()()()()()()()()だって? 強烈な情報による刺激が脳の奥深くを突き抜け、記憶の中に眠った名前が呼び起こされる。

 全弟にKayf Tara(カイフタラ)、そして半妹に仏G1馬Zee Zee Top(ジージートップ)を持つ競走馬と言えば、それはもうあの馬しかいない。

 

「あなたはまさか――オペラハウスさん?」

「いかにも! ワタシのことをご存知とは恐れ入ったよ!」

 

 ――Opera House(オペラハウス)KGVI & QES(キングジョージ)含むG1を3勝し、その年のカルティエ賞最優秀シニア級ウマ娘にも選ばれたことのあるウマ娘だ。日本ではむしろ、あの世紀末覇王テイエムオペラオーの父として有名な種牡馬とも言える。

 私がオペラハウスさんのことを知っていて彼女はビックリしていたが、名前すら知らないのは流石におかしいレベルのウマ娘だ。特に私とは間接的な関わりが深い。カイフタラさんのお姉様ということでまず名前は知っていたし、オペラオーちゃんと話す時たまに名前が出るので、そこでも何となく覚えていたくらいだ。

 

 しかし、オペラハウスさんはイギリスの出身だったはず。シャンティイに滞在するカイフタラさんのためにわざわざ海を跨いでやって来たのだろうか。

 

「で、アポロレインボウ君。我が妹のカイフタラの行方を知っているかな?」

「ええ、私の部屋の隣室ですよ」

「本当かい! 恩に着るよ」

「あ、私も今から寮に行くところなので着いていきますよ。その方が寮長に話も通りやすくなるでしょうし」

「素晴らしい! では早速行こうじゃないか!」

 

 こうして私はハイテンションなオペラハウスさんに連れられ、そのまま帰寮することになった。帰路の中彼女と話していると、オペラハウスさんとカイフタラさんの姉妹らしい共通点が見えてくる。

 ――2人ともレースが大好きで、特にレース場の熱狂やファンとの一体感を大事にしているらしい。口調や雰囲気は全く違っているけど、オペラハウスさんもカイフタラさんも根っこの部分で繋がっているというか……姉妹の仲が良さそうでほっこりするというか。ツンケンしたカイフタラさんの横顔が脳裏を過ぎって、自然と笑顔が零れた。

 

「ところでオペラハウスさん、日本にテイエムオペラオーちゃんっていうウマ娘がいるんですけど……ご存知ですか?」

「もちろん知っているよ。彼女は運命レベルの何かを感じるウマ娘でね……名前といい立ち振る舞いといい、ワタシとどこか似ている気がするんだ。放っておけないとも言えるね。……春先、皐月賞というクラシックレースを勝利したと聞いたよ。彼女には更なる飛躍を期待しているところさ」

 

 オペラハウスさんは金色の瞳を細めた。カイフタラさんとそっくりな目の色で、彼女の双眸を眺めていると不思議と吸い込まれそうになる。

 私が運命レベルの何かを感じるウマ娘は……直感的に言うとルモスさんだろうか。マルゼンさんやヘリオスさん、パーマーさんにルドルフ会長、その他にもバクシンオーさんなど仲良くさせていただいている先輩は多いけど、ルモスさんほど強い力を感じるウマ娘は他にいない。

 

 ウマ娘同士の不思議な絆も『想い』の一種。つまり、ウマ娘に不思議な力を与える想いの一部を担っている。ライバル同士、姉妹関係、先輩後輩、そして不思議な運命の糸――これらが絡み合って私達ウマ娘の想いは蓄えられていくのだ。

 今日オペラハウスさんに出会えたこともまた何かの縁である気がしてならない。外堀を埋める形でカイフタラさんとの目に見えぬ因縁が深まっていき、次なるレース・グッドウッドカップへの礎にされていくような気がした。

 

 玄関先で寮長の入寮許可を貰って、オペラハウスさんと一緒に廊下を歩いていく。彼女がイギリス側の制服を着ていたおかげなのか、寮長は詳しい事情も聞かずにすんなり通してくれた。

 同じヨーロッパ内ということで珍しくないのか、それともカイフタラさんオペラハウスさん姉妹が有名なのか……いずれにせよ、余計な時間が取られなくて良かった。

 

「ここが私の部屋で、そちらがカイフタラさんのお部屋です」

「ありがとうアポロレインボウ君。妹はメッセージアプリを見る癖が身についていなくてね……本当に困ったものさ」

「分かりますよ、それ。私が連絡してもずっと未読だし、何なら既読スルーしてくるんですもん」

「ふふ、我が妹は電話も嫌いだからな。電話も無視されると手がつけられん」

「ほんとですよ! ……それじゃあ、そろそろお別れということで」

「うむ」

「またお話しましょう! 美味しいスイーツを食べてお茶しながら!」

「ふふ、それはいいな……」

 

 自分の部屋の前に到着したので、オペラハウスさんに別れを切り出す。短い間だったにも関わらず割と仲良くなってしまい、別れるのが普通に寂しくなってしまった。

 ネット上で簡単に連絡は取れるだろうけど、私は面と向かって話さないと気が済まないタイプだ。オペラハウスさんとはまた会って、一緒に話してみたいなぁ。名残惜しさを胸に残したまま自室に入ろうとすると、オペラハウスさんが笑顔のまま呟いた。

 

「……妹は、ずっとずっと悲しそうにしていた。ワタシのエクリプスステークスやキングジョージを見て、『どうしてオレの出るレースは()()ならないのだろう……』と頭を悩ませていた。しかしキミを初めとしたライバルのおかげで、妹の心に光が差し込んだのさ! キミの夢にかける想いが、妹の凍りついた心を溶かしたのだよ」

 

 思わず振り向いて、オペラハウスさんの顔を見ようとした。しかし、彼女は既にカイフタラさんの部屋へ入っていく途中だった。

 

「だから……ありがとう、麗しき妖精よ。キミの夢と妹の夢が更に輝いていくことを……陰ながら期待している」

 

 呆気に取られる私を前に、扉が閉まる。オレの部屋の前で誰と話してたんだ、姉貴キミの大好きな妖精さんと、だよはぁ? 別に好きじゃないがという会話を最後に音が聞こえなくなってから、私は静かに自室の中に入っていった。

 

「…………」

 

 オペラハウスさんは、カイフタラさんが私に救われていたと言った。だけど、それは私も同じだった。カイフタラさんに打ちのめされ、敗北感に心を破壊され、()()()()()()()()()。ゴールドカップの覚醒は模擬レースの完敗あっての勝利だったわけで、カイフタラさんがいなければベストパフォーマンスを披露することはできなかったはず。

 ()()()()()()()()()()()。救われた――なんて生易しい。互いの熱に心を灼き尽くされ、業火のような激情を以て嫉妬しているだけなのだ。心を壊され、夢を奪われ、それでも立ち上がった。ただ、それだけなんだ。

 

 私達は()()()()()()()()()だけに過ぎない。

 尊敬はしている。友情も感じている。けれど、それ以上にどす黒い敵意と対抗心を燃やしているのだ。

 全てがポジティブに運んだわけじゃない。お互いに悩んで苦しんで耐え忍んだ結果が今の私達なのだ。

 

 ――グッドウッドカップまで残り1週間。

 私はカイフタラさんが大好きだ。きっとカイフタラさんも私のことが大好きだ。互いに憎らしいほど()()()()()()()

 

 ……あぁ、待ちきれない。

 



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128話:グッドウッドは譲れない①

 

 ――8月1週、グッドウッドカップ。

 イギリスのグッドウッドレース場で行われるG1レースであり、ステイヤーズミリオンの二冠目に相当する長距離レースだ。数百年前の第1回グッドウッドカップは芝24F(4800m)で開催されたらしいが、現在は3200メートルという距離での施行に落ち着いている。

 

 ステイヤー全盛期は格式の高いレースとして『夏のステイヤー王者決定戦』という扱いを受けていたが、近年は出走ウマ娘のレベルも権威も以前とは比べ物にならないほど低下しているという。

 実は割と最近になってG1に昇格したレースであり、創設期はG3という格付けであった。長距離レースに対して、伝統的な格だけでなく公式的な格も高めていこうという取り組みが見て取れる。

 

 こうして再びイギリスに降り立った私ととみおは、火が出るかのような集客を行っているグッドウッドレース場を目の当たりにして驚愕した。その観客の数は――細かく数えたわけではないが――ゴールドカップに及んでいるようにも、それ以上に膨らんでいるようにも見えたのである。

 このグッドウッドカップの凋落ぶりは割と深刻なもので、動画サイトにおけるレースの再生回数は長距離重賞の中でも下位に位置する方だった。数字は嘘をつかないとよく言われるけれど、例えばイギリスダービーの再生回数の10分の1以下だった、なんてのもザラだったはずなんだけど……それがこうもV字回復するものなのか。

 

 民衆は正直と言うか、分かりやすいと言うか……いや、全然嬉しいし良いことなんだろうけどね? 頭が現実に追いつかない……ってか、目の前の現実が信じられないんだよね。

 

「今日のレースも盛り上がりそうだな」

 

 私の横で呑気なことを喋っているとみお。そりゃG1だしね……と思った次の瞬間、彼の口から強烈な発言が飛び出した。

 

5()0()()()の観客が集まったらしいからな〜」

「うん、そうだね――……は?」

 

 ごじゅうまん? ……? ……?? ()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()ってこと? ゴールドカップのファン数でも人生初というレベルの観客がいたのに、今日はそれ以上に集まってるの? ちょっと意味わかんないかも……。

 グッドウッドレース場が小さいなんて言うつもりはないけど、今この場所にそこまでの大人数が集まっているとは思えない。私がとみおの言葉を疑ってしまうのは無理ないことだと思う。

 

「……15万人。分かった、15万人でしょ。何かこう、フィフティとフィフティーンを聞き間違えたんだよ」

「いや、50万人。入場者数のレコードを大幅更新だとさ」

「…………」

「あぁほら、グッドウッドレース場には入場規制がかけられてるんだけど、()()()()()()に集まってるんだって。そもそもヨーロッパのレース場は外から観戦できる所も多いし、レースは見えなくても熱気が感じられたら満足って人もいるだろうね」

「ひえ〜……」

 

 な、なるほど……確かにゴールドカップの反響は凄まじかったし、これくらいファンが集まるのもおかしいことじゃないのか……。加えてグッドウッドレース場は『世界一美しいレース場(のひとつ)』と言われている上、今日を初日としたこれからの5日間はグロリアス・グッドウッド開催(Glorious Goodwood Festival)だ。ロイヤルアスコットと同じく社交界のイベントという側面も持っているから、そちらの界隈の人達もこの観客の中に含まれているのは間違いない。

 無論、彼らは家族連れや若者が多すぎて腰を抜かしていることだろう。何せグッドウッドレース場の周りには何もない。更にアスコットなどと比べるとアクセスが格段に悪いのだ。これまでは地元民が観客の中心だったと聞いているので、多分一番驚いてるのはいつも通ってる人達なんだろうなと思ったり。

 

 関係者用の裏道を通って控え室にやって来て、私は早速勝負服に着替えてお化粧を済ませた。今日は雲ひとつない快晴で、ターフもパンと張った良場。カイフタラさんは重場を好み、私はどちらかと言えば良場を好んでいるため……気持ち的には私が若干有利と言えるか。

 結局のところカイフタラさん対策は『後続を擦り潰す』の一言に集約されるので、今日もまた先頭を突っ走ってぶっちぎる他ない。

 

 ――グロリアス・グッドウッド開催の5日間では、G1レースが3つ、G2レースが5つ、G3レースが5つ施行される。あちこちにウマ娘の旗が立ち、グッドウッドの美しい佇まいも相まって、イギリスでも屈指の華やかさを誇る開催と言えるだろう。

 1日目のメインレースはもちろんG1・グッドウッドカップ。今回のグッドウッドカップは私とカイフタラさんが1番2番人気を占めており、実質的なマッチレースだ――なんて言われていた気がする。

 

「いつにも増して暑い日だな……」

「スタミナ消費量が多くなるかもね」

「はは、3200メートルは短めだからスタミナ切れに関しては心配してないよ。思いっ切り走っておいで」

 

 とみおに耳を巻き込んで頭を撫でられた後、私は気持ちを切り替えて己の胸を叩いた。グッドウッドカップはステイヤーズミリオンにおける『二冠目』と言える立ち位置にある。確かに短めの距離でスタミナ切れの心配はないが、その分カイフタラさんと比べるとトップスピードで劣ってしまうので、今までで最も負けやすいレースにはなるだろう。

 世界最強――いや。歴代最強ステイヤーになるためには、前人未到のステイヤーズミリオン完全制覇を成し遂げておかねばならない。その実績を引っ提げて初めて異論のない最強が生まれるというもの。ここは負けられないよ。

 

「よっし……行ってきますか」

「おう」

 

 気合を入れた私とトレーナーはグッドウッドのパドックに向かって颯爽と歩き出した。

 青々とした芝に囲まれたパドックに集まったウマ娘の数は14人。ゴールドカップで顔を合わせているウマ娘は、カイフタラさん、スイッチオンさん、チョコフォンデュさん、ブストアルシーツォさん、ジェイジェイザジェットバイシクルさんの5人。その他のウマ娘は新しい顔である。

 

 青空に映える白いテントが立ち並ぶパドック周り。ぎゅうぎゅうに敷き詰められた人集りの中、お披露目台とウマ娘に注目が集中していく。

 

『雲ひとつない快晴の下、グロリアス・グッドウッド・フェスティバルのメインレースであるグッドウッドカップのパドックが始まろうとしています。驚くべきことに、グッドウッドに集った観客の数はなんと50万人! レース場の外にいる人は今なお増え続けているとの情報があるため、正確な人数は不明ですが……それでも異常と言っていい集客でしょう!』

『ゴールドカップをきっかけにして、いよいよトゥインクル・シリーズのブームが巻き起こりましたからね。しかもこの長距離路線を中心にして。本当に凄いことです』

 

 興奮気味の実況解説は観客を煽り立て、更にボルテージを上げていく。そうして観客の興奮が最高潮に達した瞬間、最内枠のウマ娘がお披露目台に駆け上がった。

 

『――1番、ブストアルシーツォ。5番人気です』

『前走のゴールドカップではカイフタラとアポロレインボウに完敗という内容でしたが、地力の高さを考えれば十分上位入賞も狙えるでしょう。果たして巻き返すことはできるのでしょうか? 注目しましょう』

 

 ブストアルシーツォさんがその場でくるくると回り、観客に敬礼をする。仕上がりはバッチリで顔色も良い……が、絶好調ではなさそうだ。恐らく好調止まりと言ったところ。

 彼女もまた前走のゴールドカップで激しく消耗していたため、調整が完璧に進まなかったのだろう。トゥインクル・シリーズの日程を考慮すれば、あるレースで後続のウマ娘を限界以上に擦り潰すのは割とアリな作戦にも思える。そのレースを優位に進められることはもちろん、次回以降のレースに疲労を残させることができれば……長期的なメリットもそこそこ多いような気がするのだ。もちろん自分もキツくなるから諸刃の剣だけど。

 

 続々とウマ娘が紹介されていき、その度に歓声が上がる。

 私の枠番は6番とまずまずの位置で、いよいよその番が回ってきた。スタッフさんに呼ばれてステージ上に上がると、私は後方に控えたトレーナーに向かって羽織った上着を脱ぎ捨てる。そんな私の行動に対して四方八方から声が上がり、パドックは最高潮の盛り上がりに包まれた。あまりの声量に実況解説の声が一部聞こえなくなるほどだった。

 

『――6番、アポロ――ボ――1番人――す』

『今日一番の大歓声に包まれて、“芦毛の妖精”の登場です。前走のゴールドカップでは1番人気に応える劇的なレコード勝利を収め、今や世界で最も有名なウマ娘のひとりとなりました。宿敵のカイフタラとは1勝1敗となっており、ここで白黒つけたいところでしょう』

 

 緊張も気負いもない。しかし勝利への渇望だけは忘れていない。いつも通り走って根性で押し切るぞという脳筋思考が私を支配していた。いい加減ヨーロッパに適応した筋肉量もついてきた頃だ。いつも以上に力任せなレース作りだって不可能じゃない。

 私は勝負服の裾を伸ばしながら次の枠順のカイフタラさんにステージを譲る。すれ違う際に私を一瞥したカイフタラさんは、ステージに立つとマントを翻しながら青の勝負服を曝け出した。空に溶け込むかのような清涼とした格好の彼女は、拳を胸に当ててゆっくりと深呼吸を繰り返している。

 

『――7番、カイ――ラ。2番――気です』

『シニア級2年目、天才ステイヤーの登場ですね。前走ではアポロレインボウに食い下がっての2着となっており、スタミナ切れさえなければという内容でした。ゴールドカップから800メートルの距離短縮をされたグッドウッドカップではスタミナ切れの心配もありません。アポロレインボウの大逃げも射程圏内でしょう、私イチオシのウマ娘です』

 

 露出は少ないながらも、身体の仕上がりは素肌を見るまでもなく完璧だと分かった。シーズンを戦い抜く体力の備えがあるのはもちろんのこと、経験と管理に裏付けられたメカニズムによって調子管理も抜かりがないのだろう。

 ゴールドカップ以降に大崩れしなかったのは私と彼女だけ。エンゼリーちゃんやシーユーレイターちゃんは体調不良によりグッドウッドカップを回避し、ジェットバイシクルさんやブストアルシーツォさんは調子が悪いながらもこのレースに出走してきた。

 観察したところ、彼女達の身体の芯に蓄積された疲労が抜け切っていないようだった。連戦にも耐えられる頑丈な身体を持つカイフタラさんは、やはり私の前に立ちはだかる最強の敵なのだと自信を持って言える。

 

 そんなカイフタラさんの黄金の瞳は、パドック周囲のある部分を眺めていた。そこにいたのは王冠のウマ娘――オペラハウスさんと、見覚えのない小さなウマ娘だった。イェーツちゃんと同じくらいの身長で、まだ中等部にもなっていないくらい。

 もしかすると、あの子がカイフタラさんの妹ジージートップちゃんなのかもしれない。ゴールドカップの時は視界が悪くて分からなかったけど、きっとあの時も現地にいたのではないだろうか。

 

 それはともかく……レース直前に彼女達三姉妹が出会ってしまったのは少し嫌な感じがした。

 ウマ娘は想いを背負って走るもの。私の預かり知らぬところでカイフタラさんが激情を蓄えて、その気持ちをレースで発揮してくるのが一番嫌だ。こちらとしてはなるべく避けたい事象のひとつであった。

 

 パドックが終わると、私とカイフタラさんは睨み合ったまま無言ですれ違う。険しい表情の彼女からは、ゴールドカップとはまた違う覚悟が見て取れた。

 

 ……いよいよ栄光のグッドウッドカップが始まる。

 いつものようにスタートダッシュを決めて、カイフタラさんの猛追を凌ぎ切って押し切り勝利を収めるのだ。

 

『パドックが終わり続々とターフに駆け出していくウマ娘達! 今日ほど天候に恵まれる日はそうそうないでしょう、全員が気持ちよさそうに走っています!』

『ターフの様子は良好で、レースによって荒れた形跡もありません。足元の状態をほとんど気にせず走れるのではないでしょうか』

 

 パドックを終えて返しウマが始まった。遠くから見るコースの全景はまるで丘そのものであり、起伏の激しさで見えない箇所があるくらいだった。コースの大外には山のように盛り上がった地形があり――そもそもグッドウッドは自然の地形をくり抜いて作られたレース場なのだが――大挙して押し寄せたもののレース場に入れなかった観客の多くはそこにいた。

 グッドウッドレース場のコースは特殊な形をしており、直線に『8』の字を乗せたような一風変わった仕上がりである。グッドウッドカップは8の字の部分をぐるぐる回ってから直線を走るため、日本でよく言う右回りや左回りなどの区分に当てはめられないのが面白いところ。

 

 高低差は当然のように10メートル近くあるので、道中はずっと苦しみを味わうことになる。最後の直線は高低差がほとんど存在しないため、一度ホームストレッチに向けばそのままの勢いで駆け抜けられるだろう。

 広々とした丘を走って身体を温めてから、私達はゲートの前に集結した。次々にゲートインを終わらせていく14人。あっという間にゲートインが完了し、私は胸に手を当てて大きく息を吸い込んだ。

 

『14人のゲートインが終わりました。発走準備が完了し、いよいよグッドウッドカップが始まります』

 

 時間は待ってくれない。無慈悲に1秒1秒を刻んでいき、心を置いたまま進んでいく。どこか乗り切れない気持ちを孕んだまま、私は蹄鉄をグリップさせてターフに押し付ける。

 気合はノリに乗っているのだが、もう始まってしまうのかという気分だった。こんな気持ちは久々だ。初めてのG1――ホープフルステークス以来かもしれない。

 

 しかし、脳内に思い描いた勝利の方程式は完成されている。

 私は足裏に力を込めて蹄鉄を地面にグリップさせた。

 

『ステイヤーズミリオン対象レース、G1・グッドウッドカップが今――』

 

 ――実況の声がスローモーションに聞こえた。逃げウマ娘にとってスタートダッシュは生命線のひとつ。出遅れは絶対に許されないというプレッシャーと自負が、私の精神を加速させて極限の集中状態に追い込んでいるのだ。

 刹那、私の思考がゲート・オープンの瞬間を予知した。今まで外したことのない勘に基づいて、私は渾身の力で靴を踏み抜いて――

 

『――スタートしました!』

 

 ――スタート直後、グッドウッドレース場に悲鳴が響き渡った。

 私の身体はいつもの加速を見せないまま、スタートから最後方の位置取りに沈んでいったのだ。

 

『あ――っと!? アポロレインボウ出遅れた!! これは珍しい! 早くも大波乱の予感です!』

 

 場内は騒然となり、歓声というよりは動揺のどよめきが止まらない。

 ――そして、予想外の事態が起こったのは()()だけではなかった。

 

『気を取り直して先頭から見ていきましょう! 先頭は7番のカイフタラ! ――え? カイフタラ……?』

『か、カイフタラが逃げてますよ……?』

 

 好位置からするすると抜け出したカイフタラが、まるで大逃げする私のようなスピードで先頭をひた走っていたのだ。

 

 私が後方でカイフタラが先頭という異常事態のまま、レースは止まらずに進んでいく。グッドウッドを取り巻く混乱の中、誰も予想できない波乱が待ち受けているのは火を見るより明らかだった。

 

 



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129話:グッドウッドは譲れない②

 

 ――ヤバい。やらかした。

 良場だから滑らないって思って。3200メートルという距離なら、ギリギリを攻めないとカイフタラの追込に勝てないと思って。安定して勝利を収められないメンツならこれまで以上に極端なロケットスタートをやらなきゃって――

 

 だから、滑った。

 踏み込んだ足が力み過ぎて、私の脚は2歩ほど遅れを取ったんだ。

 

 高速で進むレースにおいてスタートダッシュで2歩の差がつくのはあまりにも致命的だ。いつもとは違う、ウマ娘達の背中に塞がれた景色。私の先頭の光景は遥かに遠い。

 

 悲鳴が木霊するグッドウッドレース場。50万の不可避な絶叫が背中に降り注ぎ、私は体力消耗に関係のない脂汗を流した。

 

(やばい――やばいやばいやばい!! この大一番でどうしてっ!? 早くリカバリーしないと!!)

 

 視界が狭窄し、会場の雰囲気に呑まれていく。1番人気の強烈なプレッシャー。実況が叫ぶ言葉の意味を理解できず、私は強烈な吐き気を覚えてしまった。

 

 どうしよう。どうすればいい。誰か助けて。トレーナー、こういう時どうすればいいんだっけ?

 終わる。私のステイヤーズミリオンが終わってしまう。私ととみおの夢が消えてしまう。そんなの嫌だ。どうにか打開しないと。

 

 ……でも、どうやって?

 背筋に鳥肌が立ち、気絶しそうになった次の瞬間――

 

『スタートから400メートルを通過して、後続をぐんぐん引き離していくカイフタラ。()()()()()()()()()()()()()()()となっていますが、かかってしまっているのでしょうか?』

 

 実況解説の声が耳に入ってきて、私は正気に戻っていた。

 

(()()()()()()()()()()!? あのカイフタラが大逃げのようなペースで暴走を!? 何で!?)

 

 カイフタラが逃げた。その言葉の意味を理解しようとして、私の思考はいくらかの冷静さを取り戻していく。首を振って周囲を見ると、他のウマ娘も酷く動揺していた。集中が散漫になっており、もはや全員がレースどころではない。

 そして何より――私の前後にカイフタラの姿は無かった。()()()()()()()()()()()。彼女は出遅れた私に視線を送りながら、レース終盤に爆発させるはずの末脚を長く薄く使って大逃げを敢行していた。

 

『現在1番人気のアポロレインボウは中団に控えて7番手! 場内の騒然は収まることを知らず、その声に急かされるようにカイフタラは後続を引き離していきます!』

 

(あの感じは狙ってスタートダッシュしたようだけど――)

 

 異常事態が起こった時、私達はパニックに陥ってしまうことがある。しかしあまりにも予想外のことが起きると、1周回って冷静さを取り戻せるものだ。

 今の私はまさにそれだ。私を現実に引き戻したのは、一番のライバルであるカイフタラが意表を突く逃げに転じていたこと。

 

 私は追走しながらその理由を探る。

 ……まさか、私の失敗と彼女の作戦が()()()()()のか? そうに違いない。私を潰すために大逃げに転じて、だけど私の出遅れとカイフタラの不意打ちが噛み合って、誰もが予想すらできなかったレースが展開されている。

 

 先頭はカイフタラ、7番手に私。スタートから600メートルが経過したものの、全員が動揺して展開作りどころでは無くなっている。

 恐らくカイフタラをマークしていたであろうジェットバイシクルが、私とカイフタラを見比べてどっちつかずな位置取りに控えているし――他のウマ娘もぐちゃぐちゃな位置取りをしており、先頭を走るカイフタラを止めることができない。

 

(これが……()()()()()! 大逃げの威圧感! 早く止めないとまずい! このままじゃ負ける!!)

 

 凄まじいプレッシャーを撒き散らしながら大逃げするカイフタラ。追込するためのスタミナと爆発力を全て序盤のスタートダッシュに注ぎ込み、私の大逃げと遜色ない速度で先頭をひた走っている。

 相当練習していたのだろう。勝つために手段を選ばず、何が何でも勝つという強い意志が伝わってくる。

 

 普段から私は大逃げで相手をちぎって勝ちを重ねてきた。トレーニング限定でなら差し先行も平均程度こなせると自負しているが、何しろ私には大きく欠けていることがあった。

 ――サイレンススズカ以外の大逃げウマ娘と戦ったことが無いのだ。

 

 加えて、差し先行時に大逃げを相手取った経験は皆無だ。夏合宿の時にサイレンススズカと併走したことはあるが、模擬レース時に大逃げ同士でやり合った程度。差し先行時にサイレンススズカと戦ったことはない。

 経験不足は自信の喪失と不安に繋がる。大逃げするカイフタラと目が合う。ぞわりとする。()()()()()()()、そう言われている気がした。

 

 ――セイウンスカイとの皐月賞が脳裏に浮かぶ。

 手のひらで転がされ、全てを読み切られ敗北したあの悪夢が再び思い出されるのだ。あの時とはまた違う状況だが、皐月賞と同じく不利な立場に置かれているのは間違いない。

 

 大逃げは()()()()()()()()()。完璧な大逃げを披露すれば、後ろのウマ娘は誰も追いつくことができない。スタミナの持つ限りハイペースで逃げて差せば、後続は太刀打ちできず頭を垂れるだけ。完全な大逃げは理不尽そのものなんだ。

 そして、私がやって来たことは()()だ。相手に理不尽を押し付けて、力のままに押し潰す。それをそっくりそのまま返されている気分である。

 

 今先頭を走るカイフタラは、()()()()()()()()()()()()()。その事実を私が世界で1番よく分かっている。

 

(くっそ……運がいいのか悪いのか分かんないね……!)

 

 私の差し先行はそこまで器用じゃない。だから誰かにカイフタラを止めに入ってほしいのに――()()()()ウマ娘は誰もいない。かと言ってレース後半に備えた無闇矢鱈なペースダウンはカイフタラの一人旅を許すことになるだろう。

 大逃げの理不尽さというものを、私は今身を以て体感している。不気味すぎるカイフタラの背中。開いていく私との距離。無尽蔵に思える敵のスタミナ。実現性は低いが、強い時はとことん強い――

 

 カイフタラに引き離されるイメージが鮮烈になり、集団の中で恐怖に呑まれそうになる。心臓がバクバクと高鳴り、喉がカラカラになる。視界の端に映るのは、私と同じ気持ちを抱いているであろうライバル達の姿。

 ゴールドカップを乗り越えてきた者も、あの時とは別の感情に支配されて苦しんでいるのだろう。

 

 考えてみてほしい。大逃げの本命たる私が出遅れて差し先行の位置取りをして、追込1番のカイフタラが意表を突いた大逃げをするなんて考えられるだろうか?

 加えて、その大胆な作戦を実行したカイフタラを止めに行こうと考えられるウマ娘がこの場にいるか?

 

 ――答えは否。思い切った大逃げをするカイフタラを止められる者はいないのだ。精神的優位は圧倒的に彼女にある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな万が一の可能性に賭けられるウマ娘は絶対にいない。この異常事態を予測できたならそれは化け物である。

 

(誰かに捕まえに行ってほしいけど……行けるはずがない! 大逃げを()()()()()上、マークするウマ娘がズレちゃってるんだから――!)

 

 私を捕まえようと準備していたウマ娘は私の前で戸惑っているし、カイフタラを潰そうとしたウマ娘は私の後ろで愕然としている。そんな状況でどうしろと言うのだ。

 

『前半1200メートルを経過して、カイフタラが一人旅! 誰も止めることができません! アポロレインボウは5番手まで上がってきたが、カイフタラとの距離は14身程も開いている!!』

 

 1200メートル通過、残り2000メートル。既に10メートル以上の高低差が存在する区間を超えて、残るは平坦な地形のみだ。

 そろそろ背中を見せ続けるカイフタラに対して焦り始めなければならない頃合で、後続集団は焦ったように様子見する回数が増えていた。

 

 ――大逃げされる方の気持ちが今、やっと分かった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 中途半端にハイペースで走らされて、もうハナを奪いに行く体力の余裕が無いのである。

 

 ――なら、私が。私がやるしかないのか。

 カイフタラの大逃げはかなり上手に見える。ただやはり、私やサイレンススズカ程の完成度には及ばない。そこに付け入る隙がある。

 

 何が何でも勝ってやる。絶対に追いついてやる。一瞬の躊躇いを乗り越えて、私は遥か前方に待つカイフタラの元へ進出していく。

 レースが動いたのだ。そこに集った50万の観客が唸りのような歓声を上げ、それに呼応するようにカイフタラが私の方を振り向いた。

 

 ギラついた光を放つ双眸。彼女の瞳もまた、勝利への渇望を叫んでいた。

 こっちに来いアポロレインボウ。やれるもんならやってみろ。そんな挑戦的な眼光が私を誘い、残り1600メートルのデッドヒートが幕を開けた。

 

『レースは残すところ1600メートル! 地獄から来た蝙蝠の如く悪魔的なハイペースで逃げるカイフタラと、それを懸命に追いかけるアポロレインボウ!! 勝利の女神が微笑むのはどっちだ!?』

 

(――食らいつくっ!!)

(逃げ切ってみせる!!)

 

 超絶的な脚質の逆転。互いの強さを知り尽くした私達だからこそ、何をすれば相手が嫌がるかを本能的に理解していた。

 

 奥歯を噛み砕いて、怒りに似た闘志に火を焚べる。それはカイフタラも同じ。殺意よりもどす黒い剥き出しの激情をこちらに差し向けてくる。

 並のウマ娘であればこの気迫に呑み込まれてしまうだろう。下手をすればスタミナ切れ、戦意喪失を起こしてもおかしくない――そんな激情のままに、私達は長い長いデッドヒートに身を任せた。

 

 残り1000メートル。カイフタラとの差は7身。大差は縮まらないまま、最終コーナーの入口に入る。

 ドバイから長距離路線を争い続けてきた私達が、身を焦がすような火花を散らす。2人の意地の張り合い。泥臭さに塗れた死闘。カイフタラが心臓破りのペースを維持したまま、私達は最終直線に差し掛かった。

 

 見えない妖精の翼を広げて、こころを破壊しながら躍動する。

 最早私達の走りは、長距離を心臓破りのハイペースで駆け抜けた者の速度ではない。明らかに身体の限界を超え、肉体組織の破壊が見えてしまうほどの高速であった。

 

『残り600っ! アポロレインボウがカイフタラに肉薄するっ!!』

 

 不壊の肉体を持つウマ娘など存在しない。その破壊を誤魔化しながら、破滅までの残り時間をレースに使っているだけだ。

 慣れない脚質は2人の競走寿命を容赦なく削っていく。それでも勝ちたい――隣を走るライバルには負けたくないと思うからこそ、私達は命の灯火を燃やしている。

 

 隣を走るカイフタラから伝わる気迫。そこに在る魂から伝わってくる勝利への執念。レースにかける矜恃。究極の対話を通して、私達は肉体の限界を超えていた。

 

 一歩一歩走る度、私の競走能力の終わりが近づいてくる。

 燃えていく。妖精の羽が――焦げていく。

 

 無理を貫いて、根性で押し通して。ボロボロの肉体を引きずって、気持ちひとつで走り続けて――私はあと何回走ることができるんだろうか。

 妖精の羽が焦げ落ちていくのを感じながら、それでも走る。互いの『未知の領域(ゾーン)』の発動条件外で、私達は決死のラストスパートをかけた。

 

『残り400っ! 天才ステイヤーは芦毛の妖精の追随を振り切れないか!! 遂に横並びになったっ!! 胸を張って、反らして、1センチ1ミリでも前に出ようとしているっ!!』

 

 ――競走寿命の終わりが近づいてくるのが分かる。

 いつかは終わる運命だ。いくばくかの猶予は残されているが、そこに永遠は無い。

 でも――私が夢のために駆け抜けて、歴史に名を残すことで永遠に近づけるのならば――この命をレースに捧げても悔いはなかった。

 

 命を懸けて脚を動かし、ライバルより前へ。ここで尽きる命だったとしても、夢の途中で果てるなら本望だ。

 

『残り200メートル!! ここでアポロレインボウ抜け出したっ!! 激しい攻防の末、僅かばかりのリードを奪ったアポロレインボウ!! 対してカイフタラは脚の動きが鈍い!! ここに来て序盤のスタートダッシュが響いてきたか!!』

 

「ああああああああぁぁぁっっ!!」

「お――おおおおおおおおぉぉっっ!!」

 

 残り200。

 もう隣も後ろも見なかった。

 

 真っ白な世界の中で加速し、カイフタラの作り上げた世界を容赦なく壊していく。

 

 命を燃やして勝てるなら、何度でも燃やしてやる。

 ボロボロになっても食らいついてやる。

 夢のためなら何だってこなしてやる。

 

 競走寿命なんて関係ない。

 私のために、みんなのために、私は永遠の夢を目指すだけだ。

 

『アポロレインボウ先頭!! アポロレインボウ先頭!! そして今――』

 

 皐月賞の悪夢に別れを告げる。

 私はゴール板に向かって胸を反らした。

 

『――アポロレインボウが逆境を押し退けて、グッドウッドのウイニングポストを通過したっ!! 2着に入ったのはカイフタラ!! 天才ステイヤーの奇襲を跳ね除けた芦毛の妖精が、再びイギリスの地に虹をかけましたぁっ!!』

 

 ――グッドウッドカップ。かつての隆盛はなく、過去の栄光と比べて最も凋落したと言われているレース。

 しかし、今この瞬間――グッドウッドには残酷な夢の輝きがあった。遥かなる夢を賭けて戦うウマ娘の姿があった。あれほど恋焦がれたステイヤーの最盛期が再び訪れたのだ。

 

 世界が熱狂に包まれ、爆発した50万の歓声が私に浴びせられる。

 スタンドに向かって手を振りながら、私はゆっくりと減速していく。

 

 全てを絞り出して、最早今の私は出涸らし同然だった。今回のレースでひと味違う頑張り方をしてしまったためか、身体の芯が削られている感覚がした。

 

(……それでも、勝った。私、勝ったんだ!)

 

 私は拳を突き上げ、勝鬨を上げる。振り上げた拳はどこか頼りなかったが、50万の歓声に支えられて、小さな手は確かな存在感を放っていた。

 

 



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130話:夢の証明

 

 ――ヨークシャーカップ、1着。

 ――ゴールドカップ、1着。

 ――グッドウッドカップ、1着。

 

 ステイヤーズミリオン完全制覇まであと1勝、残るレースはロンズデールカップだけ。アポロレインボウのトレーナーたる桃沢とみおは、最後の一冠の舞台であるヨークレース場のスタンドに緊張した面持ちで立っていた。

 

(あぁ、やばい。緊張する。アポロより緊張してるかもしれん)

 

 桃沢はポケットに手を突っ込んだり、意味もなく携帯電話の電源を点けたり消したりしてしまう。

 今日のG2・ロンズデールカップは陣営にとって特別な意味を持つレースだ。世界初のステイヤーズミリオン完全制覇が懸かっているだけではなく、ライバル不在の独壇場という評価によって圧倒的な1番人気に支持されているのだから。

 

 ――G1・グッドウッドカップの余波は凄まじいものであった。

 まずカイフタラが激しい消耗の末、回復が見込めないということでロンズデールカップを回避。その結果ステイヤーズミリオン最後の冠に挑む『長距離三強』はアポロレインボウ1人となった。

 しかし、エンゼリーやカイフタラを破った彼女に挑もうとするウマ娘はほとんどおらず――G2・ロンズデールカップはたった4人で施行されることになったのである。

 

 世間一般の評価は既にアポロレインボウ一強だ。早くも彼女は最強ステイヤーの称号を欲しいままにし、今日集まった観客も彼女の勝利を疑っていない。

 このロンズデールカップはある意味約束された舞台とも言えた。

 

『ヨークレース場に集った30万人の観客が、返しウマを始める4人のウマ娘達に拍手喝采を送ります! 通路から飛び出したアポロレインボウに対して注がれる期待の声は鳴り止むことを知りません!』

 

 ロンズデールカップの舞台であるヨークレース場は、G2にも関わらず史上最高の入場者数を記録した。その数30万人。この混雑で通路や観客席は身動きが取れないほどになり、トイレにさえ行けないファンが続出する事態となっている。

 拡張されたはずのグッズ売り場は速攻で売り切れとなったが、もぬけの殻となった店から出られる余裕もない。ほとんどの観客はスタンドに入ることなく、実況や歓声のみを聞いてレースを終えることになるだろう。

 

 芦毛の少女に出した指示は『いつも通り走ること』。カイフタラもエンゼリーもいないこのレース、はっきり言って彼女に並び立つ相手は存在しない。余程の事故が起こらなければ高い確率で1着を取ってくれるだろう。

 しかし、レースに絶対は存在しない。終わってみるまで結果は分からない。三冠確実と言われたウマ娘が最後の一冠を取り損ねたり、圧倒的1番人気を下して最低人気のウマ娘がジャイアントキリングを起こしたり――運命の悪戯は確実に存在するものだ。

 

 雲のような不安は晴れない。トレーナーはヨークレース場を元気に走り始めた少女に対して、必死な視線を送ることしかできなかった。

 

(いつも通り……いつも通りだぞアポロ! ステイヤーズミリオン制覇まであと1勝! こんな機会は滅多にあるもんじゃない! 俺達の夢は今ここで! 一発回答で掴み取るんだ!!) 

 

『体操服姿のアポロレインボウ、気持ち良さそうに返しウマを行っています。威風堂々、非常に落ち着いていますね』

 

 そんな彼の心配を露知らず、あまりにも普通に振る舞う芦毛の少女。笑顔はなく闘争心に溢れた顔つきだったが、観客や世間がかけるようなプレッシャーとは無縁の様子だった。

 こうなると、どっちが走る方なのか分からない。何故ウマ娘よりトレーナーの方が緊張しているのか、情けないような心強いような複雑な心境である。

 

 そうして観客席の最前列で唇を結ぶ桃沢の下に、人混みを掻き分けて3人のウマ娘が近づいてきた。ルモス、ダブルトリガー、イェーツの3名である。

 

「やぁ、ミスター桃沢。調子はいかが?」

「あー、この人混みじゃなければ最高かな」

 

 軽い調子で手を振ってきたルモスに返答する桃沢。関係者用のスタンド席にいるはずなのだが、30万人の一般客に押されて関係者席が小さくなっているような感じがする。

 

「アポロはステイヤーズステークスで私と戦った時よりも大きくなったな。精神的にも肉体的にも」

「特にお尻が大きくなったかも」

「うちのアポロは毎日走り込んでるからね。そりゃトモは大きくもなるでしょうよ」

 

 ルモスと桃沢トレーナーが割とまずい発言をする向こうで、スタート地点に走っていくアポロレインボウ。G2レースに似合わない期待と歓声を背負って、ふわふわボブカットの少女は尻尾を揺らしてゲート前で立ち止まった。

 

 勝負服でステイヤーズミリオン完全制覇を達成する瞬間を見たかったものの、体操服で偉業に挑むのもまた乙なものだ。

 2人の物語はメイクデビュー、つまり体操服を着た状態から始まったのだから。夢が叶う瞬間もまた体操服、というのは感慨深いものがある。

 

 まだ勝利を手にしたわけではないが、隣で観戦する3人の顔はアポロレインボウの勝利を疑っていない様子。彼女達に引っ張られて口元が綻びそうになるものの、そこは何とか堪える。

 彼女の実力と勝利を信じて早くも喜びに身を任せるか、それとも万が一のことを考えて身構えているか。トレーナーとしてどちらの自分が正しいのかは分からない。しかし皐月賞やグッドウッドカップのような予想外が起きる方が恐ろしくて、彼は口元をきつく結ぶのだった。

 

 たった4人のゲートインが始まって、いよいよ3300メートルG2・ロンズデールカップが幕を開ける。

 

『4人のウマ娘がゲートに収まって、G2ロンズデールカップが今――スタートしました!』

 

 縋るような桃沢の思いとは裏腹に、あっさりとレースは始まった。冷えた手で心臓を鷲掴みにされるような不快感が襲い、視界が薄ぼんやりと闇を帯びる。

 いつまで経っても慣れないこの感覚。メイクデビューのトラウマか、或いは現実感の無さによる意識の希薄化か。

 

(うぅ……アポロ……!)

 

 ずっとずっと一緒に居た。少女の心に寄り添って、背中を押して、時には厳しい言葉をかけた。ひとりの少女の青春を過酷なトレーニングとレース漬けにしたのは桃沢自身の選択だ。

 あまりにも辛く険しい道を諦めさせて、()()を歩ませることもできたはずだ。トゥインクル・シリーズでそこそこの結果を残して、夢は叶わなかったけれど充実はしていた――そんな現実的なプランへ移行することだってできたはずなのだから。

 

 そんな迷いを振り払って、彼女を苦難の日々に飛び込ませたことが正しい道であったと……その勝利を以て証明してほしい。芦毛の少女にかける想いとはまた別に、大人として正しく導くことができたのか不安な自分がいて。このロンズデールカップでそんな迷いを粉々に打ち砕いてほしいのだ。

 

『スムーズなスタートダッシュを決めたのはアポロレインボウ! グッドウッドの二の舞は二度とごめんだと言わんばかりの好スタートです!』

 

 桃沢の心配の中、4人のウマ娘がバラバラのスタートを決める。先頭を切り開いたのはアポロレインボウ。その他2番手3番手も好スタートをしたが、ゲート・オープンに全てを賭けているアポロには敵わない。

 グッドウッドカップの出遅れもあってか、ロケットスタートを決めた1番人気に歓声を上げる30万人のファン。桃沢の不安は打ち消され、どんどん差を開いていく彼女の姿に釘付けになった。

 

 スタートさえ完璧なら、彼女の大逃げを止められる者は誰もいない。

 圧倒か、蹂躙か。最強ステイヤーを目指す妖精が翼を広げ、その背中を見せつけていく。そして、どこまでも遠ざけていった。

 

「……すごい」

 

 誰かが呟く。実況が何かを叫んでいたが、トレーナーの耳には入ってこなかった。

 人間、本当に凄まじいものを見た時は言葉を失うらしい。まさに()()だった。全ての観客が、激走する少女を前にして呆然と立ち尽くしている。

 

 刻む。3300メートルの大レコードペースを。

 後続を引き離し、序盤800メートルで早くも独走態勢を形作っていく。

 

 最初の400メートル通過タイムが22秒8、800メートル通過タイムが45秒6、1200メートル通過タイムが1分10秒1という超ハイペース。あまりのハイペースに耐えられなくなった2番手3番手のウマ娘の足取りが、1600メートル時点で怪しくなってくる。

 かといって、大差をつけられた4番手のウマ娘がアポロレインボウに追いつけるかと問われると――それは不可能のように思える。30身ほども開いた差に加えて、加速し続ける大逃げウマ娘相手には分が悪すぎた。

 

『アポロレインボウが破竹の逃げで先頭をキープしている! しかし2番手3番手の娘は早くも足色が鈍っているぞ!?』

 

 残り1300メートルを切った時点で、大半の観客が彼女の勝利を確信する。それほどのレースぶりだった。

 レースに絶対がないことを嫌というほど知るトレーナーやルモスでさえ勝利を疑わない。疑えないほどの差だった。絶好調のアポロレインボウが、残り1300メートル時点で30身の差をつけて先頭――しかもたっぷりと余力を残していると来る。これまでの実績、そしてその先に待つ最強ステイヤーの夢という背景も相まって、誰もが勝ちを信じてしまうのは仕方の無いことと言えた。

 

『アポロレインボウが大差をつけて最終コーナーを曲がる! 2番手との差はもう数えられないほど遠のいている! 最終直線を前にして確信めいた歓声が巻き起こっているぞ!』

 

 1年以上前からアポロレインボウのことを見てきたルモス、引退レースの長距離重賞で火花を散らしたダブルトリガーは、それぞれの想いの中でレースを眺めていた。しかして、2人の根底は同じだった。

 長距離レースの隆盛が戻ってきたのだ。狂おしいほどに追い求め続けたステイヤーの時代。たとえこの熱狂が一過性だとしても、誰もが胸に迫るものを感じているはずだ。絶対に絶やしてなるものか。この身を焦がすような興奮を永遠のものにしてやる。30万の観衆の中、2人は万感の思いを胸にアポロレインボウの走りに魅せられていく。

 

『残り1000! 最終直線に入った!! 先頭は変わらずアポロレインボウ!! 余力を残したまま、ただひとりだけ前を向いて、そして――勢いのままスタンド前を駆け抜けていくっ!! 強烈な二の足!! もう誰も追いつけないっ!!』

 

 最終直線に入って、30万の歓喜に包まれるヨークレース場。4()()()()()()の如き末脚を解き放って、無慈悲で美しいラストスパートに入る。

 鍛え抜かれた身体が、見る者全てを魅了する疾走(フォーム)で躍動していた。

 

 誰も追いつけない。追いつけるはずがない。芦毛の髪が、尻尾が、太陽の光を受けてきらきらと光っている。アメジストの瞳が闘志を宿し、勝利へ向けられた激情が端正な顔を崩す。剥き出しで、ありのままの姿で走っている。

 誰もが勝負服姿の妖精を幻視した。しかし、そこにあるのは跳ねた土汚れを含んだ白い体操服と、ゲート番号を示すゼッケンだけ。足元だって、履き慣れて汚れの目立つシューズがあるだけだ。

 

 主観的に『観た』ものを現実とするならば、少女の放つ熱量が現実を変えてしまったのだろうか。それとも、実のところ彼女は勝負服を着てレースに臨んでいるのだろうか。

 果たして、生物の限界を超えた超越的な姿はかくも美しい。

 

 既にトゥインクル・シリーズを引退した2人のウマ娘は、その歓声の中心で走る少女に少し嫉妬してしまう。引退レースで心を救われたダブルトリガーでも、「30万人に迎えられて最終直線を独走するのはズルいんじゃないか」と思ってしまうほどだ。

 この人気を勝ち取ったのはアポロレインボウ自身だから、文句を言う筋合いなんてどこにもないのだけれど……それでも、生でこの場所に立ち会えてよかったと思った。次は現役のウマ娘としてではなく、トレーナーとして歓声の中心に立とう。或いは、ウマ娘達が輝ける舞台を支える善い裏方であろう。2人はそう思いながら拳を振り上げて芦毛の少女を応援するのだった。

 

 アポロレインボウのファンであるイェーツは、無我夢中になって彼女の背中に声援を送っていた。自分も彼女のように強くなりたい。大歓声の中で大レースに勝利したい。ファンであるからには、生で栄光の瞬間を目に焼き付けたい。いつかはあの背中を捕まえたい。そんな熱い想いのままに、イェーツは柵に齧り付いて身を乗り出した。

 彼女達3人だけではない。ロンズデールカップを見届ける30万人の観客は、思い思いの夢を乗せて芦毛の妖精に精一杯の声を送っていた。

 妖精の羽に力を与えるのはみんなの想いだ。積み重なった感情が少女の走りを形作っている。

 

 この世界はアポロレインボウひとりで形作られたものではない。彼女を支える家族や知人、URA関係者――そして、同じターフを駆け抜けたライバル達のおかげで、長距離界の隆盛が戻ってきたのだ。

 

『残り400! 後ろからは(なん)にも来ない!! まさに独走――歴史に残る独走だ!! 2番手との差は35――40身はある!! これはもう決まったか!!』

 

 残り400メートル。アポロレインボウ以外の3人は良いレースをしていた。ただ……相手が悪かったとしか言えないだろう。

 芦毛の妖精はレコードペースを優に超えて、孤独な旅を続けている。そして、30万人の拍手喝采が彼女を孤独から救い上げた。誰もがその時を望んでいた。

 

『残り200メートル!! 芦毛の妖精が並み居る強豪を押し退け、ステイヤーズミリオン最後の一冠を――今――!!』

 

 満願成就の時。

 最強ステイヤーを決定づける運命のレースが、終わりを告げた。

 

『――ゴォォーールッッ!! ロンズデールカップを勝ち取ったのはアポロレインボウッ!! 世界初となるステイヤーズミリオン完全制覇の偉業達成!! 数多のレコード勝ちを重ね、強力なライバルを捩じ伏せ!! 文句なしの“最強ステイヤー”となりましたぁっ!!』

 

 ヨークレース場の空気が弾ける。ぱちぱちと火花を散らして、青空が爆発しているようだった。誰もが我を忘れて、歴史的快挙に大声を上げている。あちこちに祝福の言葉が飛び交っていた。

 

(……アポロ――)

 

 トレーナーは声を上げることすらできなかった。唖然として立ち尽くすばかりで、ターフビジョンを見るべきか、それとも減速している担当ウマ娘を見るべきか、それすらも分からなくなっていた。

 現実感がない。アポロ。アポロレインボウが勝った。自分がずっと担当してきた唯一無二のウマ娘。間違いない。でも、ステイヤーズミリオン完全制覇? 最強ステイヤー? 本当に? そんなうれしいことがあっていいのか? わからない。もし本当なら、自分達は世界一の幸せ者ではないか。

 

 後ろの席にしなだれかかるように脱力するトレーナー。何故力が入らないのかは分からない。そんな彼を置き去りにするように、ゆっくりと向きを変えたアポロレインボウがスタンドを前にウイニングランを開始した。

 

「…………」

 

 少女はボロボロだった。上辺だけを見れば圧勝だが、彼女が全力を出し切ったからこその結果だったのだ。

 

『おっと――コールです! どこからともなく、()()()()()()が巻き起こっています!!』

『これは――あぁ……素晴らしい光景ですね。しかもG1ではなくG2レースで……数年前なら考えられなかったですよ』

『えぇ。アポロレインボウがトゥインクル・シリーズの歴史に新たな1ページを刻みましたね!』

 

 満身創痍の少女が行うウイニングランに、ヨーロッパで初めて聞かれる『アポロ・コール』が巻き起こっていた。柵沿いに陣取り、長い時間レースを待っていたファン達の感情溢れるコールは、いつしかその場にいた老若男女を巻き込んで大きなうねりとなって広がっていった。

 誰であろうと関係なかった。ただそこにあるレースに感動し、心を打たれ、熱狂に身を任せている。誰もが目を輝かせて、たった1人の少女に注目していたのだ。

 

 歓喜の中心で手を振る少女に、桃沢は無感情な視線を向けていた。間違いなく嬉しい。嬉しいはずなのに、現実感がない。これは夢だ。本当に現実なのか?

 嬉しさが振り切れて何も感じられない。割れんばかりの大歓声の中、ひとりだけ檻の中に取り残されてしまったような気さえする。

 

 そして、孤独に取り残された景色の中――ごった返したスタンドに振り向く少女の姿があった。誰かを探している。誰を探しているかなんて明白なはずなのに、彼は他人事同然に見守るしかない。

 少し不安げな眉元。溢れそうな感情を目尻に浮かべて首を振る少女。そんな彼女と目が合った。身体全体で飛び跳ねながら手を振って、小さな口を大きく開いて、何かを叫んでいる。だが地響きのような歓声の中で何も聞こえない。

 もどかしくなったのか、こちらに向かってくる。ウイニングランを終えるまでは澄ました笑顔だったのに、ぐしゃぐしゃに歪んで決壊しそうではないか。

 

 ルモスやダブルトリガーに背中を押されて、柵を隔てた最前線にやってきた。首が据わらない。歓喜に拳を突き上げても良いはずなのに、まだ置いていかれている。

 ターフビジョンいっぱいに映る愛おしい笑顔。彼女は透明な雫を溢れさせながら、自分を見ていた。目の前だった。

 

「……! …………!」

 

 ぴょんぴょんと小刻みにジャンプしながら、目前の柵に齧り付く芦毛の少女。聞こえない、夢うつつに呟くと、感極まった彼女が首元に縋りついてきた。

 

「勝ったよ! 私達勝ったんだよ!」

 

 勝った。その言葉を他ならぬ彼女自身から聞いた瞬間――全身に鳥肌が立った。

 本当に、念願叶ってロンズデールカップを制し――ステイヤーズミリオンを完全制覇したのだ。何秒も遅れた歓喜が身体中を駆け巡り、耐えられぬほどの熱量が眉間に集まってきた。反射的に堪えようと力を入れた。だけど、首元で泣きじゃくるパートナーを前にして、すぐに堪えきれなくなった。鼻の奥をつんと突き上げる感情。溢れ出して、止まらなくなる。

 

 しかし最も嬉しかったのは――ずっと願い焦がれていた夢が叶ったことではなく、むしろ彼女と顔を見合わせて抱き合った瞬間だった。

 大衆の注目が降り注ぐ中、2人は揃って涙を流した。胸の奥から突き上げる激情に任せて大声を上げた。

 

 世界の全てが2人を祝福していた。今この瞬間だけではなく、積み重ねてきた過去さえも背中を撫でてくれているように感じた。

 至近距離で視線を交わして、再び涙する。頑張ったね。頑張ったよ。ありがとう。おめでとう。そうやって声をかけ合うだけで、更に感情が溢れ出してくる。止められなかった。

 

 夢を叶えた2人に対して、世界は優しかった。温かい拍手が降り注ぎ、2人を包み込んでいく。

 その中心で喜びを分かち合う2人は、しばらくの間勝利の余韻に浸るのであった。

 

「……ねぇ、とみお」

「……どうしたの?」

「私、幸せだよ」

「……あぁ。俺もだよ」

「あなたで良かった」

「君で良かった」

「同じこと言ってるじゃん」

「……同じこと、考えてたからね」

「……まあね」

 

 こうしてロンズデールカップが終わり、人の少なくなったヨークレース場は、いつもと同じ静かな姿を見せていた。

 まっすぐ帰路についた人達も、イギリスの街並みに消えた人達も、画面の前で勇姿を見届けた人達も……それぞれが思い出深いロンズデールカップとなった。

 

 



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131話:そして、カドラン賞へ

 

 ロンズデールカップを制覇して、しばらく。

 いつでも第一人者というのは特別な価値を持つらしく、世界初のステイヤーズミリオン完全制覇ウマ娘となった私の元には、今まで以上のお仕事や依頼が舞い込んできた。

 1ヶ月半後のカドラン賞に備えるために、全ての仕事は受けられなかったけど……ニュース番組とかバラエティー番組に出たり、あとは結構歴史のある雑誌の表紙にしてもらったり……さらなる人気向上のために私は頑張った。

 

 ……その結果、頑張りすぎて若干ガス欠になりつつある。レースもメディア出演も手を抜かなかったら、そりゃそうなるよねって感じだ。まぁ今すぐ倒れる! っていうスケジュールじゃないから良いんだけど、この生活が今後2年3年続くと流石の私も怪しくなってくるかな。

 

 お正月の福引きで温泉旅行券を当てていたので、最近の私はとみおと顔を合わせる度に「来年の初めに温泉旅行に行きたい」「一緒に温泉旅行」「オンセン」と呟く機械と化している。

 温泉には疲労回復の効果があるからね。マッサージや睡眠では取れない、身体の芯に溜まった疲れを癒してくれるらしい。別にとみおと2人きりで旅行したいわけじゃないからね。勘違いしてもらっちゃ困る。

 

 そして、つい先日。とみおだって疲れてるでしょ、ってな感じでいつもの様におねだりしてみると、案外あっさり彼は折れてくれた。妙に深刻な感じだった。

 

「分かった。来年の頭に温泉旅行に行こう」

「え、いいの?」

「当然だよ」

「やった!」

「とりあえず今年はカドラン賞と有記念を頑張ろうね。温泉旅行でゆっくり疲れを癒して、それから今後のことを話し合おうか」

「はぁい」

 

 大逃げという脚質は、長く走るのに適さない作戦だと思う。精神も競走寿命もごりごり削られてる感じはするけど……あと1年くらいなら全然このまま走れそうな気がする。そんなに深刻に捉えなくてもいいのになぁ。

 

「あ、そういえばさ。ステイヤーズミリオンを完全制覇したってことで、君がカルティエ賞の表彰を受ける可能性が高いんだってさ」

「ほんと? 最優秀ステイヤーの部門かな?」

「そうそう。長距離G1を2勝、しかもレコード勝ち連発と来たらもう……ね。余程のことがない限りは当確だと思うよ」

「ひょえ〜」

 

 思わず、あほあほな声を上げてしまう。確かに私にインタビューしに来た記者のほとんどが、ヨーロッパの年末表彰であるカルティエ賞最優秀ステイヤーを受賞できる可能性が高いと言っていた。

 受賞式は確か11月。このまま行ったらグリ子とエルちゃんも受賞するかもしれない。でも、日本に帰国するのが遅れるのは困るなぁ。嬉しい悲鳴ってやつだ。

 

「ヨーロッパの年度代表ウマ娘も取れるかな?」

「……う〜〜〜〜〜〜ん、…………分からん。凱旋門とかチャンピオンステークスを勝ったら確実だろうけど、そっち路線に行く気はないからなぁ……」

「でも私めっちゃ可愛くて人気高いよ?」

「カルティエ賞の選考基準には関係ないかな……」

「え〜」

 

 ヨーロッパの年度代表ウマ娘は無理だとしても、カルティエ賞最優秀ステイヤーを当確って割と大事なんじゃないだろうか。何なら2ヶ国の同時受賞も有り得たりして!

 ……あ〜でも、国内レースは天皇賞(春)しか勝ってないんだった。じゃあ流石に無理かな? 有記念を勝ったら国内G1を2勝だから、仮に勝てたなら可能性としては全然あるけど……。

 

「2ヶ国同時に年度代表ウマ娘……なってみたいなぁ」

「……俺も期待してはいるんだけど、デビューした時期が悪すぎたな。日本だけに絞っても、1個上にはサイレンススズカ、同世代にはスペシャルウィークにグラスワンダー、キングヘイローにセイウンスカイ、エルコンドルパサーにハッピーミークにグリーンティターンに……役者が多すぎる」

「日本国内の選考基準によっては……いや無いか」

「分からんなぁ。うん、分からん」

「とりあえずカドラン賞と有記念だね」

「そうだな」

 

 国外成績で言ったら、ヨーロッパの私とエルちゃんとグリ子、アメリカのミークちゃんとスズカさんがヤバいことになっている。ミークちゃんはダート短距離~中距離で連戦連勝、スズカさんは芝のマイル中距離戦で負け知らず。ハッピーミークとサイレンススズカの名は海を越え、遠いアメリカの地で私とはまた別のフィーバーになっていると聞く。

 2人ともBC(ブリーダーズカップ)の後に有記念出走を予定しているんだとか。パワーアップしたスズカさんは2600メートルくらいまでならパフォーマンスを落とさずに走れるらしいので、言うまでもなく相当ヤバい。ミークちゃんはどんな状態にでも対応できる私以上のタフさを持っていて、有記念でも実力を発揮してくるだろう。

 

 ヨーロッパ組もアメリカ組に負けてない。エルちゃんは当然のようにフランスG1を勝ちまくり、残すは夢の凱旋門だけという状況。グリ子は短距離マイル路線で実力を遺憾無く発揮し、目標をクイーンエリザベス2世ステークス(G1・1600m)に決めたらしい。しかも事前予想で1番人気……逆にグリ子を負かしたタイキさんやエルちゃんがヤバいわ。

 まぁ私だって全然負けず劣らずだと思うけどね。ドバイは負けたものの、ヨーロッパなら今のところ負け無しで4戦4勝だし。G1を2勝してステイヤーズミリオン完全制覇してるし。最近グリ子が「有記念の距離でもアポロちゃんには勝てるよ」なんてイキり始めたけど、今の私はガチのマジで世界最強クラスのステイヤーだ。短距離マイラーのグリ子にゃ負けないよ。

 

 そしてアメリカヨーロッパは言うまでもないが、国内路線もヤバいことになっている。同世代のシニア級1年目ならスペちゃん、グラスちゃん、キングちゃん、セイちゃん、ジャラちゃん、遅れてきた大物・ツルマルツヨシちゃんなど。

 シニア級2年目ならフクキタルさんにメジロブライトさんがいるし、クラシック級にはオペラオーちゃん、アヤベさん、トップロードさん、最近調子の良さそうなドトウちゃん等々――

 

 今のところ有記念の有力所はこんな感じか。

 一応纏めると――

 シニア級2年目からは、サイレンススズカ、マチカネフクキタル、メジロブライトなど。

 シニア級1年目からは、アポロレインボウ、スペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイロー、エルコンドルパサー、ジャラジャラ、ハッピーミーク、ツルマルツヨシ、一応グリーンティターンなど。

 クラシック級からは、テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードなど。

 

 うーん、なるほどぉ……。

 この世の終わりかな?

 

 絶望か希望か。カドラン賞やその先のグランプリなど、先々のことを見据えつつ9月を終えて、迎えた10月初週。

 

「カドラン賞まであと1週間かぁ……早いなぁ」

「日本みたく夏休みシーズンがないから、色んなレースが詰まってるよね。その代わりにヨーロッパは10月から3月まで長いオフがあるけど」

 

 さて、10月1週の現在、カイフタラさんの復帰戦であるG2・ドンカスターカップに加え、エンゼリーちゃんの復帰戦のG1・アイルランドセントレジャーが終わっていた。

 結果は2人とも圧勝。流石に長距離三強と呼ばれるだけあって、他の追随を許さぬ完封劇であった。

 

 カドラン賞の事前予想で私が1番人気なのは変わりないが、やはり上位を占めるのはこの3人という評価は揺るがないらしい。私達3人とその他のウマ娘とでは人気に大きく差がある。

 その期待に添えるように、また頑張らないといけないな。私とトレーナーは今日もスタミナトレーニングに精を出した。

 

 ――そして、その夜。隣室のカイフタラさんに呼び出された私は、成り行きでシャンティイの森の中を散歩することになった。

 

「こうして2人きりでお出かけする機会も増えてきましたね」

「妙な言い方をするな。今回はたまたまだ」

「またまた。あの模擬レースの辺りから誘ってくることが増えたじゃないですか」

「……オレが勝った模擬レースのことか?」

「むっ……何ですかその言い方は。公式戦じゃ2勝1敗で勝ち越してるんですけど〜」

「模擬レースを合わせたら2勝2敗、だろ? 調子に乗るな」

「え〜! そりゃないでしょう!」

「文句があるならもう1回やってもいいんだぜ」

「いや、本番1週間前ですって……」

 

 私とカイフタラさんは、パジャマの上に上着を羽織って森の中にいた。10月に突入したということで、秋の夜風も少しだけ寒く感じられる。空には満天の星が広がっており、否が応でも気分を高めてくれた。

 

「……それもそうか。楽しみは本番に取っておく、という手もあるしな」

「うーん、この脳筋ウマ娘……」

「何か言ったか?」

 

 カドラン賞の同週には凱旋門賞も施行される。この重賞集中開催期間は、日本で所謂『凱旋門賞ウィーク』として有名なわけだが――今年ばかりは『カドラン賞ウィーク』と呼ばれるくらいには長距離路線も注目度が高かった。

 この注目度を引き出したのは、もちろん私達(ステイヤー)全員の想いがひとつになったところが大きいだろう。しかし、ドンカスターカップにおけるカイフタラさんの勝利者インタビューの煽りが一因とも言えた。

 

 ドンカスターカップにて大差勝ちを収めた彼女は、勝利者インタビューでこう言ったのである。

 

 ――オレの次走はカドラン賞だ。アポロ、エンゼリー、そして全てのステイヤーよ……そこで再び“最強”を決める戦いをしよう。

 もちろん、ただの最強決定戦じゃない。史上最強、歴代最強のステイヤーを決める戦いだ。歴史に名を残し、永遠の存在になりたいなら……カドラン賞で全てをぶつけ合おう――

 

 元々ビッグマウスというか、やけに堂々としたところのあるカイフタラさんだったけど、この時の煽りっぷりは例を見ないほどだった。

 重賞にて大差勝ちを収め、その後に行った勝利者インタビューだ――普段以上に注目される場面だったはずであり、そんな場所で大胆な宣言をしたことで、カドラン賞は更に注目を浴びるレースになったのである。

 

 この熱い宣言に応えたのは、既に次走として予定を組んでいた長距離三強の面子と、ゴールドカップにて火花を散らしたジェイジェイザジェットバイシクルさん、ブストアルシーツォさん、チョコフォンデュさん、サイレントジョーカーさん、シーユーレイターちゃん、スイッチオンさんなどなど。まさに『超長距離の有記念』とも言える豪華なウマ娘達が出走を表明したのである。

 

 元々ヨーロッパを代表するステイヤーであるカイフタラさんは、この一件で完全に『欧州総大将』的な立ち位置になったらしい。大差勝ち直後の発言ということもあり、「やっぱりカイフタラが欧州最強ステイヤーだ」「今の彼女ならアポロを倒せるかもしれない」という声が高まりを見せている。

 ちょっと寂しいけれど、こっちの人からすれば私は外国のウマ娘なので、地元(?)贔屓になるのは仕方ないね。

 

「それにしても、ロンズデールカップはすまなかったな」

「?」

「本当ならステイヤーズミリオンには皆勤する予定だったのに、オレの都合で回避してしまった」

「いや、そんな。それを言ったら、私も“英国長距離三冠”対象レースのドンカスターカップをスルーしましたから。おあいこです」

「……アイルランドセントレジャーも回避してしまったし……エンゼリーにも悪いことをした」

「……もしかして、体調が万全だったら今挙げたレースに全部出る予定だったんですか?」

「……当たり前だ。オレの中にある“最強”は少し前時代的でな――過酷なローテーションをこなしてこそ、という考えがあるのさ」

「いやいや、無茶ですって」

 

 いくら過酷なローテーションで走ろうと言ったって、8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップ→9月2週G2ドンカスターカップ→9月3週G1アイルランドセントレジャー→10月2週G1カドラン賞、のローテーションは周りが許してくれないでしょ。

 イギリス・アイルランドを跨いで連戦とかオグリキャップもびっくりだよ。そもそも長距離戦は消耗が激しいんだからもっと自分を労らないと。お互いに。

 

 そうして「流石に無理でしょ」という態度を取る私に対して、カイフタラさんの表情は嫌に真剣だった。

 

「……今、世界最強のステイヤーは間違いなくお前だ」

「え、あぁ……ありがとうございます?」

「お前と対等に渡り合うためには、それが1番の手だと思った。過酷なローテーション、常識破りの連戦連闘を超えて、昇り龍になったオレがその集大成としてお前を打ち倒す――このシナリオで皆が抱く“最強ステイヤー(アポロレインボウ)”の印象をオレそのものに塗り替えたかったのさ」

「でも、そんなことしたら身体が……」

「身体を気にしてどうする。()()()()()()()()()なんて条件つきの称号なんぞ要らねぇんだ。……オレは世界最強、歴代最強のステイヤーになるために命を燃やしてる」

「…………」

「アポロ、お前だってそうだろう。1度きりの人生でより強く輝きたい――永遠に歴史に残るような存在になりたいと思ったら、どうしても()()()()しかねぇだろ」

「……それは」

 

 彼女へ向けた諌めの言葉が、自分自身にそのまま返ってくるようだった。夢を叶えるため、永遠を叶えるため、形振り構わず命を燃やして駆け抜ける。後悔の気持ちすら吹き飛ばすような熱量は、私が走ってきたトゥインクル・シリーズの軌跡にぴったりと当てはまるのだ。

 

「常識破りのローテを勝ち抜いてお前に挑戦……って計画は叶わなかったが、この流れを作り出せたなら上出来さ。ドンカスターを制した勢いのままに、今、ここで、彗星のように輝きを放って……全てを使い果たしてお前に敗北を叩きつけてやる」

 

 彗星の輝きは刹那。その光は、超高速で空気と摩擦することによって生まれる。つまり彗星の光は、己の存在を燃やす代償として放つ輝きと言って差し支えない。

 まるでウマ娘。速く走れば走るほど、終わりが近づいていく。己の存在を糧に生まれた速度が、炎のように燃えて人々を惹き付ける。

 

 どれだけ足掻こうと、その炎は尽きてしまうのに――

 されど私達は、その光が記憶の中に永遠に刻まれる存在であることを願っている。

 

 著しい矛盾。でも、その考え方には嫌というほど共感してしまう。

 誰もが最強を目指してトゥインクル・シリーズに飛び込んだだろう。しかし、その中でぶち当たる壁の高さを痛感して、その多くは身の丈にあった走り方や生き方を学んでいくのだ。

 彗星になれず、尽きるウマ娘もいる。彗星になろうとして、消えるウマ娘もいる。

 

 ――だから。

 G1という舞台で。

 最高のメンバーが集ったレースで。

 世界中が注目する舞台で――我武者羅に走ることを許された私達は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう、思ってしまうのだ。

 

 記録にも記憶にも残るであろう1戦を走ることのできる私達は、この上なく恵まれているだろう。

 ならば、身を任せてはどうだ。この戦いで燃え尽きても良いのではないか。二度とない戦いなのだから。

 そんな感情に囚われてしまうのだ。

 

 きっと間違いじゃない。

 トレーナーに言ったら怒られるだろうけど、こういう気持ちを持つウマ娘は多いはずだ。

 

 レースには絶対に勝ちたい。勝ちたくないレースなんてない。

 でも、その中に……とてつもなく負けたくない、絶対に絶対に勝ちたいレースがある。このカドラン賞はそんなレースなのだ。

 ゴールドカップも負けられないレースだったが、シーズン最後の長距離戦にしてゴールドカップ以上のメンバーが揃った戦いとなれば――()()()()()()()()って感じ。

 

 しばし火花を散らしていると、ふっと清涼な風が辺りを吹き抜けた。彼女は表情を少しだけ柔らかくすると、倒木に腰掛けて私を隣に誘う。

 

「……カドラン賞が終わったら今年のシーズンはもう終いか。1年を通して10回未満のレースしか走っていないのに……ワンシーズンがこんなにも濃密に感じたのは初めてだ」

「どうしたんですか、急に」

「いや。ふとドバイでお前と初めて会った時を思い出したんだ。気持ち的には100回くらい戦った気分だったのに……案外お前とは戦ってないな、とも思ってた」

「確かに。模擬レース含めてやっと5回ですもんね。あ、今思い出したんですけど。ドバイの時のカイフタラさん……かなり尖ってましたよね」

「おい……言うな。あの頃のオレの言動は色んな意味で黒歴史なんだ」

 

 くすくすと笑うと、カイフタラさんは耳を赤くして私の肩を小突いてくる。苦笑いの中に心地よさそうな微笑みが混じっていた。

 半年前に比べると、カイフタラさんはよく笑うようになった。エンゼリーちゃんの明るさもあって、結構可愛いめの笑顔を見せてくれることも多い。笑顔の写真をSNSにアップしようとしたらブチ切れられたけど、そういう面を含めて心の壁がなくなった印象がある。

 

 今考えると、ドバイゴールドカップの辺りは相当荒れてたわ。

 今が草原だとしたら、あの頃は砂漠だ。ツンツンとかいうレベルじゃなかった。

 

「何故あの頃のオレが荒れていたか、お前には言ってなかったか」

「ええ、まぁ」

「オレには姉貴がいてな。その姉貴が随分昔にキングジョージを勝ったんだ。その時の盛り上がりといったら凄まじくて、トゥインクル・シリーズ挑戦を控えた当時のオレには鮮烈に映った。しかし、元々ステイヤーを目指そうと思ってたオレは、そこで見た理想と長距離路線の現実とのギャップを感じて擦れちまったわけだ。恥ずかしい話だよ」

 

 カイフタラさんのお姉さんはオペラハウスさんといって、この前会ったことがある。シニア級の時にG1を複数回制した名ウマ娘で、テイエムオペラオーちゃんのこともご存知らしい。

 ……話を戻すと、適正距離ごとに分別がされるようになった結果、どうしても長距離路線が衰退するのは仕方の無いことだったのだろう。長距離路線から中長距離路線に移行することは簡単でも、中長距離路線から長距離路線に鞍替えするのは難しいからね。距離上限が4000メートルまで存在するヨーロッパなんて尚更である。

 

「…………」

「…………」

 

 話題が転々としたところで、お互いに無言になる。しばらくして、彼女の黄金の瞳がこちらを向いた。

 

「愛してるぜ、アポロレインボウ」

「急に告白ですか? まぁ、私も好きですよ」

「……カドラン賞の前に話せてよかった」

「……私もです」

「おやすみアポロ。カドラン賞は良きレースにしよう」

「はい。覚悟してくださいね」

 

 ドバイで出会った頃の、淀んだ瞳とは全く違う。宝石のように輝く彼女の双眸は、唇を結んだ私を真っ直ぐに捉えていた。

 ……ヨーロッパの最終戦、4000メートルのカドラン賞がいよいよ始まろうとしている。

 

 





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harulu 様から素晴らしい絵を頂きました!
AIと加筆の合わせ技で作られた絵だそうです!ありがとうございます!
…ところで、残り3話程で完結します。よろしくお願いします。


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132話:夢の中のカドラン賞①

 

 ――10月2週、カドラン賞。

 ヨーロッパ夏の最強ステイヤー決定戦がゴールドカップなら、秋の最強ステイヤー決定戦はカドラン賞。場所はフランスのパリロンシャンレース場で行われ、同国においてはフランスダービーに次ぐ歴史を持つレースである。

 

 カドラン賞は凱旋門賞ウィークの初日に行われるメイン競走であり、フランス特有の気候のせいで当日は場が渋ることの多い開催だ。

 場に関する問題と言えば、現地のURAがターフ状態を良場から稍重にするため、当日朝に謎の水撒きを行うことが一部で有名だったりする。場が重くなったせいでレースを回避するウマ娘が出たり出なかったりするので、欧州の重場を嫌う日本のウマ娘にとっては割とシャレにならない行為なのだが……。

 

 今年のカドラン賞は前日に雨が降り、現地水撒きスタッフの出番はなく重場の発表となった。雨上がりの太陽というのはやけに眩しく、芝に乗った水滴がきらきらと光を反射している。

 場が渋ると足が伸びなくなるから嫌なんだけど、天候が晴れたのは嬉しいことだ。晴れということで運営側は屋外席を広々と設置できるし、恒例行事のパレードも雨の心配なく大々的に行えるのだから。

 

「……もう始まっちゃうんだ」

 

 とみおが席を外している中、私は独り寂しく控え室で水を飲む。カドラン賞発走まで残り僅か――パドックまでの時間はもっと短い。

 そんな中、控え室の扉が軽快な音を立てた。とみおならノックせずに入ってくるだろうから、きっと他の誰かだ。でも勝負服の着付けは終わっているし、スタッフさんというわけでもないだろう。

 

 なら……ルモスさんかな? そう思いながら「どうぞ〜」と言うと、控え室の扉がゆっくりと開く。

 そこに居たのは、可愛らしい流星模様の目立つ小さなウマ娘――イェーツちゃんだった。

 

「お、イェーツちゃん。突然どうしたの? 迷子になっちゃった?」

「あ、いえ! 全然そういうわけじゃなくて……えっと、渡したい物があるんです!」

「え、なになに? 期待しちゃうなぁ」

 

 本番直前だというのに、思わず口元が綻んでしまう。相変わらず健気な子だ。妹にしたいなぁ。

 

「こ、これ! ぜひ身につけてくださいっ!」

「これは……シャムロックのお守り?」

「はい! 祖国を象徴する幸運の植物です!」

 

 シャムロック。又の名を、三葉のクローバー。シロツメクサ。

 彼女の出身国たるアイルランドの国花であり、婚約の際にシャムロックを贈り合うとか合わないとか。日本では四葉のクローバーが幸運の象徴的存在だが、外国では三葉のクローバーがそちらの意味を取るらしい。外国圏では“3”という数字自体に神聖な意味があったり、シャムロックの三葉が三位一体の意味を含んだりすることから、シャムロックは特別に扱われてきたのである。

 

 クローバーのお守りは、ラミネートでコーティングされた栞のような一品であった。恐らくその用途としても使えるのだろうが……。

 私は胸元にお守りを押し込んで、イェーツちゃんの小さな身体を思いっ切り抱き締める。丁度いい位置に耳があったので、ビックリしていた彼女に「ありがとう」と囁いた。

 

「えっえっ、その……わたし……!」

「分かってる。ほんとにありがとね」

「わっ、わわ!」

 

 誰かに好かれるというのは堪らなく嬉しいものだ。その好意を言葉や行動で示されるとなお湧き上がるものがある。イェーツちゃん、本当に好きだ。

 

「あ、アポロさんには色んなものを貰ったから……この気持ちを伝えるためのお礼をしたくてっ! アポロさんはわたしの夢なんです! だから、今日のレースは絶対勝ってほしくてっ」

 

 ――夢。ファンの人々の声を聞く度に、「大袈裟なんじゃないか」と謙遜する癖が抜けない。まだ私は()()()()()()()()()()()()()という気持ちが抜け切っていないのだ。

 ただただ、我武者羅に走ってきただけ。結果を追い求めたのではなく、夢へと挑み続けてきて――運良く()()に辿り着いた。ある意味では私の立ち位置にカイフタラさんやエンゼリーちゃんが成り代わっていた可能性もあったわけで。つまり突き詰めると、私というウマ娘は特別じゃないんじゃないか? という問いが奥底にチラついていた。

 

 しかし、ステイヤーズミリオンを完全制覇して分かった。どうやらそれは違うようなのだ。私はファンや後輩ウマ娘の“夢”の存在になっていて、私は私じゃないとダメらしいのだ。

 よく考えてみれば当然のこと。トウカイテイオーにとって、シンボリルドルフはシンボリルドルフでなければならなかったし――キタサンブラックにとって、トウカイテイオーはトウカイテイオーでなければならなかった。

 私にとっても、TTGがTTGであったからこそ今の私がいると言えよう。彼女達だからこそ繰り広げられた激闘を目撃して、()()()()()()()()()()()()と思ったからこそ今の私がいる。イェーツちゃんにとっても、私が私でないと納得できない部分があるに違いない。それぞれの“夢”が確かな形を持って、ウマ娘やファンの心の中に脈々と受け継がれてきたのだ。

 

 イェーツちゃんの夢を曇らせるわけにはいかない。アポロレインボウがアポロレインボウたる所以を示して、今年のヨーロッパ最強――いや、史上最強のステイヤーが誰かを見せつけてやろうではないか。

 

「カイフタラさんやエンゼリーちゃん、ジェットバイシクルさんにシーユーレイターちゃん……強いウマ娘は沢山いるけど、このカドラン賞は私が勝つよ。絶対に」

 

 その言葉を聞いて、胸元から見上げてくる瞳がぱあっと輝く。私のことを信頼し切った――というより、私に心酔したような表情だった。私だって憧れのウマ娘に抱擁されたらこんな表情になっちゃうと思う。

 幼少期に憧れの人に直接会う機会はなかったけれど、きっと対面したらこんな感じになってたんだろうなぁ。……そういう意味では、あの頃の私が目の前にいるとも言えるのだろうか。小さかった頃の私が、今ここにいるイェーツちゃんなのだと――

 

 ……遥か過去から、そうして夢は受け継がれてきたのだろう。形を変え、色を変え、夢の舞台で走る者から子供達へ、脈々と流れていったのだ。

 知らない誰かから、TTGの3人へ。TTGの3人から私へ。

 はたまた、皇帝から帝王へと繋がる王の系譜。

 或いは、夢の舞台とは関係のないところから生まれた種火が――トゥインクル・シリーズという一箇所に集まって、更なる輝きを産んでいるのだ。

 

 ――私達は、この世界で夢を架けている。

 誰にも譲れないモノを賭けて、そしてターフの上を駆けているんだ。

 

 夢を賭けて。

 夢を駆けて。

 夢を架ける……。

 

 イェーツちゃんと触れ合って、言語化できない部分がすとんと腑に落ちた気がした。シャムロックのお守りのおかげかもしれない。

 彼女の身体から少し離れて、私からも何かお返しが出来ないだろうかと悩んでいると、控え室の扉からとみおが顔を覗かせた。

 

「アポロ、そろそろ」

「あ、うん! すぐ出るから待ってて」

 

 パドックまで時間が無くなっていたようだ。残念ながらイェーツちゃんに返せるものはなかったが……彼女の好意には勝利で応えるとしよう。多分、彼女もそれを1番望んでいる。

 

「……というわけで、ごめんねイェーツちゃん。もうパドックに行かなきゃいけないみたい」

「いえ、こちらこそすみません! お守りを手渡せて良かったです!」

「うん。私も嬉しかったよ」

 

 最後に少女の頭をぽんぽんと撫でると、彼女は満足そうな顔をして控え室から出ていった。代わりにとみおが近寄ってきて、イェーツちゃんの頭に押し付けて乱れた髪の毛を整えてくれる。

 

「何を話してたの?」

「これ貰って、色々と話してたんだ」

「お、クローバーの……アイルランド風に言うならシャムロックのお守りってやつかな?」

「そう。手作りっぽいしめっちゃ可愛いよね」

「ははっ、今日のレースはイェーツのためにも頑張らないとな」

 

 彼は最後に私の髪をさらりと撫でた後、ついてこいと言うように控え室を後にした。彼の手には日本のみんなから貰った応援幕が携えられており、パドックか観客席でデカデカと掲げる気マックスである。

 この凱旋門賞ウィークは、イギリスの王室が関わる重賞開催期間と異なり、ある程度規制が()()。あまり目につくようなら撤去されるだろうが、今日のような大盛況であれば多少のごちゃつきは見逃してくれるだろうとのこと。私としても気分が高揚するし、応援幕なり掲示物なりをぶち上げてくれるのはプラスになる。

 

(……ライバルのためにも、自分のためにも、そして私を応援してくれる人達のためにも。全部を出し切って力尽きよう)

 

 ゴールドカップが1度目の長距離最強決定戦なら、これから始まるカドラン賞は2度目の最強決定戦だ。必ず勝ちに行く。勝たなければならない。1度目の最強決定戦よりも遥かに鮮烈に勝利を飾る。そうでなければ、歴史に名を残す疾走とは言えないだろう。

 何せ、このカドラン賞はあの時よりも面子の揃った最高のG1レースなのだから。

 

 ――出走表は以下の通り。

 

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

11Apollo Rainbow(アポロレインボウ)大逃げ4-0-0-0G1日本ダービー G1菊花賞 G1ゴールドC G1グッドウッドC 他

23Enzeli(エンゼリー)先行3-0-1-0G1シドニーカップ G1アイルランドセントレジャー G2ヴィコンテスヴィジエ賞 他

314Damascus Cocktail(ダマスカスカクテル)追込1-1-0-2G3リュテス賞

46JJ the Jet Bicycle(ジェイジェイザジェットバイシクル)自在2-0-0-2G1サウスアフリカンダービー G1ケープタウンメット G3ヴィンテージクロップS 他

52Kayf Tara(カイフタラ)追込2-2-0-0G1アイルランドセントレジャー G1ゴールドC G2ドンカスターC 他

615Choco Fondue(チョコフォンデュ)差し0-1-1-2G1クリテリウムドサンクルー G3クラシックトライアル

79Vampire Girls(ヴァンパイアガール)先行2-0-2-0G3サンタバーバラS G3サンファンカピストラーノS

87Switch On(スイッチオン)先行1-1-0-2G1ロイヤルオーク賞 G2ドーヴィル大賞典 G2ヴィコムテスヴィジェール賞 他

95Snow Love(スノーラブ)先行1-2-0-1G1バーデン大賞

104See You Later(シーユーレイター)差し3-0-0-1G1イギリスセントレジャー G3ゴードンS G3サガロS 他

1113Pon De Beach(ポンデビーチ)差し1-3-0-0G3グラディアトゥール賞

1210Zone Espresso(ゾーンエスプレッソ)差し1-0-0-3G3レッドシーターフハンデ

138Busto Arsizio(ブストアルシーツォ)先行2-0-0-2G1ナシオナル大賞 G1オノール大賞 G2オレアンダーレネン賞

1411Golden Nedawi(ゴールデンネダウィ)先行0-3-0-1G3オーモンドS

1512Silent Joker(サイレントジョーカー)追込0-1-2-1G2モーリスドニュイユ賞 G3オーモンドS

 

 

 

 このカドラン賞は、出走ウマ娘全てが重賞ウマ娘というとんでもないメンバーだ。ゴールドカップのメンバーのうち数人の入れ替えが起こった形になる。

 1番人気は私で、2番人気がカイフタラさん、3番人気がエンゼリーちゃん。この3人は言わずと知れた『三強』であり、ゴールドカップと同じく人気を分け合う形となった。

 出走するウマ娘のほとんどは顔見知りだ。何度も同じレースを戦ってきたウマ娘は多いし、正直パドックで目が合うとお互いに「またかよ」「またいるじゃん」みたいな表情になるのが面白い。

 

 パリロンシャンレース場のパドックに姿を現すと、既に顔馴染みとなった14人のウマ娘達がパドックの周縁を歩いていた。青、赤、緑――様々な色の勝負服がひしめく中でも、ひときわ目立つ純白の勝負服。人は私の姿を見て、こう口にするのだ。

 ――芦毛の妖精。綺麗。白くて可愛い。みんなが私をイメージして口にする言葉には、“白”や“綺麗”といった意味のそれが多い。

 

 でも、実際の私はそんなウマ娘じゃない。

 

 “泥”。

 “血”。

 “汗”。

 “涙”。

 

 私は煌びやかなイメージとは程遠い泥臭さの中にある。勝負服を土で派手に汚して、汗と涙を撒き散らしながら突っ走って、極限の苦しみに喘ぐ姿を全世界に惜しみなく曝け出すようなウマ娘だ。

 その姿は、白くて綺麗であるはずがなかった。

 

 ……しかし、それでも“きれい”と言ってくれる人がいた。

 泥に塗れ、努力を惜しまず、なんのためらいもなく全てをぶつけられる――その姿は間違いなくうつくしい、きれいだと。そうやって、私を肯定してくれる人がたくさんいた。

 

「アポロぉ〜〜〜〜!!」

「アポロちゃ〜〜〜〜んっ!!」

「最強ステイヤーの夢を見せてくれぇっ!!」

 

『大歓声に導かれて、大本命が堂々登場! パリロンシャンレース場が50万の歓声に揺れています!!』

 

 わあ、と声を上げながら、私はみんなに向かって手を振っていく。きらきらと輝く瞳。絶え間なく降り注ぐ声援。全部私達に向けられたものだ。誰もが私達に夢を見ている――そんな世界だった。

 

「……本当に、ここまで来たんだね」

「うん」

「今まで……長いようで短かったね」

「……はは。感傷に浸るのはまだ早いよ」

 

 まるで現実じゃないみたい。ステイヤーの本場たるヨーロッパで、ここまで声援を受けられたウマ娘がかつていただろうか。等身大のウマ娘であったつもりが、いつの間にかこの場所に立つことを許されていて――私が最強ステイヤーに近づいている理由を探れば探るほど、思考回路がショートしそうだった。

 

「アポロ。……アポロ」

「ふぇ? あ、何?」

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「……本当? さっきからボーッとしてるみたいだけど」

 

 パドックが終わって、本場入場直前。とみおと別れの時がやってくる。少しナーバス――今の心の状態を現す言葉が見つからない――になっている私を見かねて、とみおが声をかけてくれた。

 

「まぁ、緊張もするよなぁ。50万人の観客とか聞いたことないし」

 

 分かってる。やるしかない、ってことくらい。

 気分が高まりすぎてバグってるんだ。

 

「……!?」

 

 うつむき加減になっていたところ、唐突な圧迫感に襲われた。とみおに手を引かれて、思いっ切り抱き締められたのだ。

 普段なら絶対にこんなことはしてこない。思考が追いつかない私に対して、彼は耳元で優しく語りかけてくれた。

 

「……アポロ。何もかもが怖くなった時は、あるがままに走ればいいんだよ。子供の頃、夢中で原っぱを駆け回ったみたいにさ」

「……そうなの? でもトレーニングでやってきたこととか、そういうことを考えて走らないと――」

「大丈夫。考えなくても身についてる。それくらい君は頑張ってきたんだから」

 

 身体が離れ、目線同士が通じ合う。

 

「今日はヨーロッパで走ってきた半年間の集大成だ。好きなように走っておいで」

「……好きなように?」

「そう! やりたいように!」

 

 やりたいように、好きなように走って欲しい?

 ――本当に?

 

 そんなこと言われたら、私、燃え尽きるまで走っちゃうよ。

 それでいいんだね。

 

「――分かった。全身全霊で走ってくる」

「……あぁ!」

 

 とみおは満足気に頷くと、抱えていた応援幕を広げて白い歯を見せた。

 

「俺達がついてるから絶対に勝てるよ!」

 

 ()()に記されたウマ娘との思い出が、私を縛っていた最後の鎖を解き放つ。

 

 決して自暴自棄ではなく。

 決して全てを諦めたわけではなく。

 今度こそ私は、この一戦で燃え尽きるような走りをしてやろうと決意できた。

 

「――っし! 行ってくるわ!」

「行ってらっしゃいアポロ、ここで待ってるよ」

「うん!」

 

 ウマ娘である私達は走るために生まれてきた。時に数奇で時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。それが私達の運命。

 しかし、この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果はまだ誰にも分からない。

 

 アポロレインボウという競走馬はかつての世界に存在せず、2人の自分は歴史の裏付けを埋め合わせる形で惹かれ合った。

 この一戦がかつて存在した世界の運命を変え、新たな歴史をつくるというなら――

 

 こころも、からだも、全て燃やし尽くして。

 やってやろうじゃないか。

 

 この世界にいる全てが敵だ。過去の私さえ敵だ。

 1()()()という鮮烈さのあったゴールドカップを超えるインパクトを残すには、あの時最高のパフォーマンスを披露した私を打ち倒さなければならない。レコードペースは不可欠。もちろん、カドラン賞に勝利するという絶対条件も外せない。

 

 並べ立てるだけで嫌になりそうな悪条件を脳内で整理して尚、私のこころは揺るがない。

 ライバル達と一緒なら、あなたと一緒なら、みんなと一緒なら――きっと超えていける。

 

 かくして、私はパリロンシャンのターフを走り出した。

 

『ステイヤーによる夢の祭典! カドラン賞が今――スタートしました!!』

 

 1歩1歩を刻む度、焦げていく妖精の翼。

 苛烈な疾走により終わりゆく競走生活。

 終焉へ至る刻限は迫っているが、まだ猶予は残されている。

 全ての葛藤を振り切って、私は走る。

 

 ――ゆめをかけるために。

 

 

 



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133話:夢の中のカドラン賞②

 

 芝右回り4000メートル、天候は晴れ。場状態は重場、僅かに不良寄り。ゴールドカップ程の極悪場には程遠いが、それでも体力と気力を削るには十分すぎるほどの道悪だ。先んじたレースによって踏み荒らされている部分もある。

 自然形成の場という条件も加わり、単純な最短距離に向かうコース取りではスタミナ消費を抑えられない恐れがあった。走りやすい場所を見極めなければならないのだ。日本では養えないヨーロッパ特有の正しいコース取りへの嗅覚と、芝状態を読み切る経験が必要なマラソンレースとなるだろう。

 

『内枠からスッと抜け出したのはアポロレインボウ、今日も元気な大逃げで場内を湧かせます!』

 

 ロケットスタートを決めた私は、体勢を崩しそうになりながら先頭へと躍り出た。やはり、この1年で相当消耗している。上手くいっていたモノも幾らかぎこちない気がする。

 それでも、カドラン賞と有を走るには充分。もしヤバくなっても、根性で何とか持たせるしかないんだ。

 

 スタートダッシュを決めた私を止める者はいない。皆後ろの方で様子見している。止めようと食ってかかれば自滅するしか道はない――しかもこのレースにはラビット役のウマ娘が存在しない――となれば、誰もが尻込みするのは仕方の無いこと。

 やっと分かってくれたみたいだ。私が完璧に大逃げを決めてしまった時、抗いようのない敗北が待っていることを。理不尽を一方的に押し付けて逃げ切る。それが大逃げ。極端な脚質がハマった時の爆発力は侮れないということだ。

 

『2番人気のカイフタラは後方に控える動き。3番人気のエンゼリーは中団のトップに位置取ってアポロレインボウを追走する形です。おっと、他のウマ娘もエンゼリーやカイフタラに倣って、アポロレインボウをほとんど自由に逃げさせています! これは大丈夫なのでしょうか!?』

『ゴールドカップは不良場の中代わる代わる執拗なマークをしていましたが……結果は大レコードの逃げ切り勝ちです。その嫌なイメージがどうしても拭い切れないのでしょう。恐らくですが、最もアポロレインボウに迫ったカイフタラの仕掛けに合わせて、一斉にロングスパートをかけてきますよ』

 

 後方で位置取り争いを繰り広げるウマ娘達。しかしそれらの動きは私に対するものではない。中団のライバルに先駆けて、より有利な位置からラストスパートをかけるためである。

 私の対策が少しだけ進んだ、と言うべきなのだろうか。それとも、まだ対策の構築途中なのか。いずれにせよ、後ろで末脚を溜めるだけでは私を負かすのに物足りない作戦だろう。もっと極端な――カイフタラのような爆発力がなければ私を捕えることなど出来やしない。その自負があった。

 

 もちろん不安はある。先んじて挙げた前提は、競走寿命のリミットを視野に入れている――つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話。全員がこの一戦に全てを叩き込んだ時、どちらの爆発力が勝るのか――その行方は私にも分からない。

 不確定な未来だからこそ、積極的に。大逃げという作戦を押し付けて対策させる側に回る。後悔のないよう思考を高速回転させて立ち回るのだ。

 

 現在の重場はカイフタラの最も得意とするターフ状態。私のスターティングゲートの外側から飛び出したカイフタラは、好機を窺うかのようにゆっくりと後続に控えている。

 以前のように不意打ち的な前目の策を取るのではなく、真っ向から挑んでくる追込。2度目の最強決定戦に相応しい勝負をするため、持ちうる全ての力を使い果たしてくるだろう。

 

 あの夜誓った言葉が蘇る。栄光と勝利のために命を燃やす。勝利以外は不要。最強という極致を掴み取るためには、もう終わってもいいと身を投げ出すほどの覚悟が必要なのだ。

 カイフタラやその他のウマ娘の覚悟に触れた瞬間、気のせいか周囲の空気が冷え込んでくる。北風が吹き込んだのだろうか。それとも冷や汗による冷却効果か。

 

 目に見えない()()が高まっている気がした。ウマ娘達の激情を消費して、現実に影響が及び始めている。言葉にできない予感がそう囁いていた。

 そして、1度目のフォルス・ストレートを迎えようとする私の脳裏に――何気ない記憶が蘇った。

 最強を決めるレースの最中に思い浮かべるべきではない――そんな風にも思えてしまうくらい、いつかの日常の記憶だった。

 

 

 

「ま、待ってください! 私と契約してくれませんか!?」

 

「え、君、トレーナーいないの?」

 

「はい、いません! 今のところ全員保留させていただいてます!」

 

「……俺と、契約してくれるの?」

 

「そのつもりで言ったんですけど、ダメですか?」

 

「……ほんとにいいの?」

 

「いいんです! お願いします! 私を最強のステイヤーにしてください!!」

 

「もちろん、もちろんだとも!! 是非とも俺に協力させてくれ!!」

 

 

 

 ――何気ない記憶は、私の覚悟を引き立てた。

 あの日誓った()()()()()()。「ちょっといい感じのトレーナーがいるから大きく出ておこう」とでも言うような、行き当たりばったりで計画性のない私の発言。

 しかして、その言葉にきらきらと光る眼差しで応えてくれた桃沢とみお。個人的な気持ちはあったにせよ、あれからずっと、私は彼の瞳に魅せられていた。

 

 この人は本当に本気でぶつかってきてくれている。本気で4000メートル級G1を勝ちに行くつもりだ。その事実をひしひしと噛み締めた時、間違いなく嬉しかった。もちろん、このトレーナーやべぇなという恐れもありつつ、私は戸惑いと期待の中でトレーニングを続けるモチベーションを保つことができた。

 私が夢を抱けたのはテレビの中にいたウマ娘のおかげだ。でも、夢を叶えるために必要な精神力はほとんど全て彼がくれた。最も近くにいた保護者(おとな)が本気の本気でぶつかってきてくれたから、私も本気になれたんだ。

 

 本気になってくれないとか、ウマ娘の夢を縮小させてしまうようなトレーナーもいる中で――彼のようなトレーナーに出会えたことは本当に嬉しかった。

 ありったけの感謝と激情を、この疾走に込めて伝えたい。「最強ステイヤーになりたいなら4000メートルの全区間を全力疾走しろ」と真顔で言うあの人に、その言葉を超えるようなレースをぶつけてやりたい。他のウマ娘のレースじゃ二度と満足できなくなるような身体にしてやりたい。私だけを見ろ。最強ステイヤーになっていく私だけを。そう思いながら、私は大逃げのギアを1段階上昇させた。

 

『おおっと!? フォルス・ストレートの中間辺りにいたアポロレインボウが早くもスパートの姿勢になった! 不良と重場の混じり合った芝の状態を読み切り、ゴールドカップの再現をするつもりなのでしょうか!?』

 

 ヨーロッパのターフは、芝の状態を読み切らないと()()が違う――らしい。

 何故だろうか。超越的な何かに導かれて、進むべき道に霜が下りているように見えた。

 

 さくさくと音を立てて、私は白く彩られた道を走る。

 ――()()()()()。後続の速度と全然違う。少し外側に膨らんでいるけど、こちらの方が随分と早く走っている。

 

 これも『未知の領域(ゾーン)』の力なのか?

 極限の集中力が切り開いた雪の道……。

 いや、今はそんなことなんてどうでもいい。足が軽い。翼が生えているかのよう。身体の芯に蓄積した疲れもない。吹き飛んでいるのか、どこかに行ってしまったようだ。

 

 ()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 激情によって『未知の領域(ゾーン)』の力が増幅し、その超絶的な覚悟がウマ娘に忍び寄る破滅を呑み込んでしまったのだ。脳を焼き付くさんばかりの感情の波が、遂に現実の肉体に影響を及ぼした。私を起点に広がった激情の領域は、ウマ娘の身体を蝕んでいた破滅さえ滅ぼし、皆の背中に更なる翼を与えてくれている。

 

 つまり――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 激情により練り上げられ、覚悟によって進化した『未知の領域(ゾーン)』は――ライバルの全力を引き出し、()()()()()()()()()()()()()()()()

 最強の走りをするライバルの更にその上を行く、最強ステイヤーとなるために。

 

 その先は地獄。

 一世一代の全身全霊同士がぶつかり合う、空前絶後の削り合い。

 即ち、ステイヤーにとっての天国。

 並み居る敵の心肺機能の破壊を目的とした最凶のレース。

 

 パリロンシャンレース場で世界一過酷な消耗戦が始まろうとしていた。

 

『スタートから800メートルを通過し――て――っ!!? 何故かウマ娘達が暴走を始めました!! 後ろで大人しくしていたはずのウマ娘達が、アポロレインボウに向かって一直線に突き進んでいきます!!』

『はぁ!? ペース配分という概念はないんですか!?』

 

 全てを察したウマ娘達の動きは素早かった。後ろで控えていたはずのウマ娘達が、ギアを上げてラストスパートをかけた私に容赦なく食らいついてくる。

 1番最初、エンゼリーが来た。私とは違うトリッキーな逃げの型だが、彼女にとって大逃げウマ娘は目の上のたんこぶに違いない。真っ先に潰しに来たわけだ。

 

(アポロちゃんっ! 何かよく分かんないけど――ぶっ潰すよ!!)

(望むところだ! やれるもんならやってみろ!!)

 

 ――大きな差をつけていたはずのエンゼリーは、あっという間に私の斜め後ろに取り付いた。私の通った経済コースをそのまま走り、スリップストリームに入った上で末脚を爆発させているのだ。

 これが一世一代の疾走が生み出す爆発力。私の領域(こころ)が導いた、最強のために超えなければいけない大きな壁。最高のライバル達に苦しみながら、それでも尚敵を組み伏せよ――私の心はそう告げていた。

 

 そして、大逃げとトリッキーな逃げがぶつかり合う時――私は再び思い出す。

 忘れられるはずのないレースと、かけがえのない芦毛のライバルのことを。

 

 

 

「大物。大物ねぇ……。セイちゃんも、みんながビックリするような大物を釣り上げてみたいかも! キャハッ☆」

 

「……セイちゃんに負けないようなでっかい大物、私も釣り上げてみせるから」

 

「アポロちゃんもやるねぇ」

 

「……そっちこそ。お互いに宣戦布告だね」

 

「あんまりそういう性格じゃないけど、熱くなってきたかも」

 

「私も今、めちゃくちゃ燃えてるよ」

 

 

 

「クラシックは――皐月賞は、私のモノだぁぁぁああああああっっっ!!!」

 

 

『1着はたった9センチ差でセイウンスカイ!! 2着には僅かに及ばずアポロレインボウ!!』

 

「……おめでと、セイちゃん」

 

「アポロちゃん、ありがとう……」

 

 

 

 ――忘れるものか。

 皐月賞。セイウンスカイに全てを読み切られて敗北したあのレース。9センチ差に泣いたあの日。

 煮え滾るような悔しさと情けなさ。一生に一度のクラシックロードで犯した数々のミスは、今思い出しても身体中が熱くなる。

 

 記憶の中のセイウンスカイとエンゼリーの姿が、少しだけ重なった。しかし、全く違うウマ娘だ。似ても似つかぬレースぶり。微かに共通しているのは、逃げが集団支配型で時計を狂わせるスタイルという点だけ。

 だけど、今の私が燃え滾るにはそのキッカケさえあれば十分だった。怒りに身を任せ、『未知の領域(ゾーン)』がなければ己の脚を破壊し尽くしてしまうような強度のステップを踏んで、エンゼリーとのデッドヒートを演じる。

 

 1周目のスタンド前。互いにウマ娘の限界速度を超えていた。ガラスの足と呼ばれるウマ娘の脚を粉々に砕くような出力で、縦横無尽にターフを一閃していく。

 

(エンゼリー……そこをどけ!!)

(あははっ! 最高だよアポロちゃん!! ずーっと()()()()()がしたかったんだよね!! 自分の身体なんて気にかけず、全部ぶつけ合う戦いをさ!!)

 

 私の呼吸は半分止まっていた。『未知の領域(ゾーン)』で守られた世界の中にあっても、生命の限界或いは「減速」という単語が過ぎるほどだった。

 エンゼリーの顔は青白い。多分私もだ。いや、私や彼女だけじゃない。全員、死に物狂いになっている。限界が引き上げられたその分だけ、私達ステイヤーは()()()()()()()()()()()()()

 

 私達はとんでもないバカだ。「脚が守られてるんなら、その分()()()()無理できちゃうなぁ!?」「ちょっとくらい呼吸が止まっても……バレないか!」そんなノリで走っているに違いない。やっぱりステイヤーは最高だ。時代遅れのバカしかいない。脳味噌全部がスタミナ四文字に満たされたウマ娘じゃなきゃ、時代錯誤の長距離復権なんて考えやしないのだから。

 今この瞬間、私達は天国にいる。もっと走ろう。もっと戦おう。この世界にいる限り、私達は何度でも夢をかけられる。

 

(おい! アタシらも混ぜろや!!)

(2人でイチャついてんじゃねーぞ!)

 

『長いホームストレートの中、後ろから距離を詰めてきたジェットバイシクル達が先頭を走るアポロレインボウとエンゼリーに襲いかかっていく!! これは一体どうしたことだ!? 全員がセオリーを無視しているっ!!』

 

 1400メートルを通過して、次々と降りかかるプレッシャーの数々。リミッターをぶち壊したとはいえ、苦しいものは苦しい。むしろ、普通以上の疾走と威圧感によって感じる苦痛も有り得ないほど増大していた。

 カイフタラだけは最後方にいる。彼女に倣って控えていたはずのウマ娘達だが、我慢できなくなって彼女を置いてきぼりにしたわけだ。リミッターを破壊した彼女はどんな追込を見せてくるのだろう。不気味だが、楽しみで仕方ない。

 

「はぁっ、はっ、ハッ、くっ、ハハッ――」

 

 ()()()()()()()を磨り潰したら、私は間違いなく最強ステイヤーになれる。長い競走生命への心配を捨て去り、不滅の担保がある中で無敵となったウマ娘達を捩じ伏せたなら――私は絶対無敵の王者になれるはずなんだ。

 高速で走る中、ほとんど呼吸を止めながら追手を免れるのは堪らなく気持ち良い。この苦しみだけが夢の実現を引き寄せてくれる気がした。

 

 真っ黒に変色した勝負服を揺らして、泥を巻き込んだ靴がターフを蹴りつける。時速70キロ、80キロ――90キロに迫ろうかという怪物達の高速レースが展開され、世界は狂乱に声を上げていた。

 生物の限界に迫る速度で走っているせいか、腹部の奥底が不気味な痙攣を起こしていたが、『未知の領域(ゾーン)』の保護機能によって()()()()()()()()()()()()()()()。追走してくるウマ娘も、姿勢を崩しそうになったかと思えば異常な挙動で姿勢を持ち直していた。

 

 ――私の激情(こころ)が叫んでいる。ゴールドカップの私を超えるには私自身とライバル達の覚醒が必要で、その上を行く私が不可欠だと。ライバル達よ、()()()()()()()()()()()()()()と。

 そんな傲慢な感情がライバル達の最強を引き出していた。

 

 無理をして身体が壊れそうになれば、『未知の領域(ゾーン)』によって無茶苦茶な保護機能が働く。そして無茶を通しても壊れないと本能的に知ったウマ娘達は、更なる無理を通すために最高速度を引き上げていく。

 

 狂気のループ。この場限りの無限地獄。

 誰もが夢見て、誰もが拒絶するような恐怖のレースだ。

 今までのレースを過去の産物にするような狂走は、パリロンシャンに集った観客に異常な興奮を伝播させていく。

 

 そして、興奮が臨界点に達しようかというその時――私はとあるウマ娘の顔を思い浮かべた。

 現実に打ちのめされ、擦り切れてしまった、かつての欧州最強ステイヤーの顔を。

 

 

 

「アポロ。お前には夢があるか? 私にはどうしても譲れない夢があった」

 

「……『あった』、ってどういうことですか?」

 

「かつて隆盛を極めた長距離というジャンルの復権――私は3年前までずっとそれを夢として掲げていた。しかし、それは無駄だったんだ」

 

「私が英国長距離三冠を成し遂げた時、誰も振り向いてはくれなかった。みんなの目が向けられていたのは、キングジョージや凱旋門、チャンピオンステークス、クイーンエリザベス2世ステークス」

 

「みんな長距離のレースなんて知らなかった。長距離三冠の存在自体忘れられていた。私が勝ったグッドウッドやドンカスター、長距離三冠など、世間の連中にはこれっぽっちも響いちゃいなかったんだ」

 

 

 

「ダブルトリガぁぁぁ!! 日本に来てくれてありがとぉぉぉ!!」

 

「かっこよかったぞぉぉぉ!!」

 

「6年間ありがとぉぉぉ!! お前の走りは忘れないぞぉぉ!!」

 

 

「…………」

 

 

 

 悲しげに揺れるグリーン・アイ。ダブルトリガーの夢が脳裏を過ぎった。彼女の夢は、長距離というジャンルの復権。かつての輝きを取り戻すという夢。

 ……彼女は語らなかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という願いも抱いていたはずだ。

 

 現役中、ヨーロッパで夢を叶えることはできなかった。しかし、彼女は最後の最後に救われた。彼女のようなステイヤーを目標に走っていた私と、彼女自身の矜恃と走りによって。

 彼女の夢が、巡り巡って返ってきたのだろう。そして、彼女が抱いた夢は私に受け継がれ――今、この瞬間を創り出している。

 

 レースはこんなに面白いんだぞって、自由なんだぞって……この気持ちをみんなに伝えて回りたい。苦しくて、もどかしくて、全然上手くいかなくて、時々上手くいった時は堪らなく嬉しくて。

 私は、私を見る全ての人の、夢の架け橋になりたいんだ。この想いを知ってもらうために走っていると言い換えても良い。

 

 どこか遠くで、誇らしげなグリーン・アイが潤んでいた。頑張れ、負けるなと言っている。

 彼女の隣で、もう1人の長距離三冠ウマ娘が私のことを見ていた。長距離復権のために身を砕いてきたかつての長距離王者。2人の優駿が祝福と羨望の眼差しでターフを見下ろしていた。

 

 この『未知の領域(ゾーン)』は、ヨーロッパに夢を見ていた私からの恩返しでもある。私の全力に応じてくれてありがとう、全力で戦える土壌を作ってくれてありがとう。その感謝の念が激情の一端を担っていた。

 そしてこの『未知の領域(ゾーン)』は、2人の隣で呆然と佇むイェーツちゃんのような――次世代のウマ娘へと向けられるはなむけでもある。私に夢を見て、憧れを抱いて。かつての私のように、身を焦がすような輝きに魅せられてほしいのだ。

 

『アポロレインボウが10人以上のウマ娘を引き連れる中――急激に気温が下がってきました! 頭上は分厚い雲に覆われており、早くも雷鳴が轟いてきます! まるでレースの激しさに呼応するかのようです!』

 

 狂気が爆発し、レースの密度が高まる度に、吹き荒ぶ北風は強さを増していく。心象風景の中で暴れ狂う吹雪の力が、いよいよ現実にも及び始めたのだろうか。

 狂喜と酸素不足で朦朧とする意識の中、いよいよ思考回路が限界を迎えたのか――視界の中央に咲き誇る異形の一本桜を幻視した。ぎょっとして目を剥くと、他のウマ娘も全て同じような反応をしていた。どうやら、ターフで戦う者だけに見える幻覚らしい。

 

(なんかよく分かんないけど――テンション上がってきたァ!)

(ハハハッ! サイコーの気分!!)

(もっともっと速く! 全員まとめてぶっ潰す!!)

 

 やはりパリロンシャンは地獄だった。ターフの上には、この異常事態を前にして何故かペースを上げようとするウマ娘しかいない。

 そんなウマ娘だからここに立っていると言うべきか。犬歯を剥き出しにして笑った私は、ゴールドカップを優に超えるオーバーペースで蹄鉄を踏み砕いた。

 

 どれだけの力を振り絞っても終わりは来ない。終わりのない無限の苦痛。この修羅の道を望んだのは私自身だ。しかし、息を上手く吸い込めない状態で、ラストスパート時の速度を出し続けるのは余りにも苦しすぎる。

 『未知の領域(ゾーン)』によって保護され、駆動し続ける肉体よりも先に――極度の苦痛によって精神が先に限界を迎えてしまいそう。

 

 残り2000メートル。ようやく迎えた折り返し地点。口端から泡のような唾液を覗かせながら、限界ギリギリを踏ん張りながら後続の猛追を退け続ける。

 エンゼリーの執拗なプレッシャーと、その他のウマ娘から襲いかかる突き上げ。カイフタラの側に着いて彼女を妨害するウマ娘もいたが、私に向かってくるウマ娘は10人ほどもいて――全員を身ひとつで抑え込むのは至難の業だ。

 

 正直、気絶して最強を手放してしまいそうになる。こんなに近くに迫った史上最強の称号。最強の瞬間を切り取って、そのまま繋ぎ合わせて襲いかかってくる優駿達。ふたつの要素が絡み合い、思考回路が焼き切れそうになっていた。

 視界と思考がぐるぐる回って、バラバラに霧散していく。もう限界だ、想いの力を以てしても耐え切れない――そうして膝をつきそうになった瞬間。

 

(私は――私は――!)

 

 私の脳は、ライバル達と誓った言葉の数々を思い出していた。

 

 

 

「……アポロさんは、どうしてそんなに頑張れるの? 辛くないの? 投げ出したりしたくならないの? 結果が出ないかもしれないのに」

 

「……一流のウマ娘ってのは、最後まで絶対に諦めなかった者のことを言う――らしいよ」

 

「頑張る理由は人それぞれ。結果は出ないかもしれないけど、だったら結果が出るまで歯を食いしばって更に努力するだけ。大事なのは諦めないかどうか……だと思う」

 

 

 

「う、お――」

 

 あの日の誓いと責任を忘れるな。他人には偉そうに講釈垂れておいて、自分はへばって「出来ませんでした」「勝てませんでした」とでも言うつもりなのか?

 そんな大それたことはできない。日本で走るライバルのためにも。誰よりも一流に拘る親友のためにも。

 

 

 

「アポロちゃん。ちょっといいですか」

 

「グラスちゃん、何の用?」

 

「アポロちゃん、私をマークしてください。最初から最後まで貴女と全力でぶつかりたいのです」

 

「……は、はぁ!?」

 

 

 

「グラスちゃん、本気でぶつかってくれてありがとう」

 

「……いえ。負けはしましたが、とても楽しかったですから」

 

 

 

 最初から最後まで全力でぶつかりたい。レースは努力した時間と才能の殴り合いだ。鍔迫り合いを制して勝利の雄叫びを上げることの、なんと気持ち良いことか。

 あの快感は何者にも変え難い。何度味わっても色褪せない。この最高の舞台で勝鬨を上げられたなら、どれだけの絶頂が待っていることだろう。

 

 

 

「あ、アポロちゃん! 同着! 同着だよっ!」

 

「やった、やったぁ……! ダービーっ!! ダービーウマ娘になれたあっ!! やったよお母ちゃんっ!!」

 

「う――うわあぁぁんっ! スペぢゃんっ! わだじ、やった――やったんだ――ダービーウマ娘になったんだぁっ!」

 

「うん――うんっ!! 私達がダービーウマ娘だよっ!!」

 

 

 

 あの歓喜をもう一度。いや、あれ以上の歓喜を。

 蘇った闘争心を奮い立たせ、追走してくるエンゼリー達を振り切る。

 

 全員ついてこい。限界を超えろ。そして、私の糧となれ。

 

 最強までの長くもどかしい道を乗り越え――

 異形の一本桜は、いよいよ満開を迎えていく。

 

 ――ウマ娘は幾多の“想い”を背負って走る生き物だ。想いが強ければ強いほど、不可能さえ可能にする奇跡を起こす。

 その奇跡の始まりは、()()()()()()()から巻き起こった。

 

『第3コーナーに向かうウマ娘達! 変わらず先頭はアポロレインボウで――、……雪……? ゆ、雪です! パリロンシャンに雪が降り始めました!』

 

 残り1000メートル。私の夢を叶えるため、季節外れの猛吹雪がレース場に現れた。世界に奇跡が生まれ落ちたように感じた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最凶最悪の消耗戦は、メンバーの質の高さだけではない。レース条件の悪さも不可欠なんだ――天がそう告げているように思えた。

 

 確かにそうだ。泥だらけ、雪まみれ、ぐっちゃぐちゃの消耗戦がいちばんいい。スタミナ王者決定戦に温い条件は要らない。過酷を極めた道の先にステイヤーの極致があるのだ。

 突風がピンポイントな向かい風に変わり、顔面に綿のような雪が叩き付けられた。雨を被る時とは何もかも違う。眼球の粘膜に叩きつけられた雪がじんわりと溶けていく。しかしその間、更に降ってきた雪がまた別の場所を塞ぐ。見える視界はほんの僅か。

 

 狂気に堕ちていなければレース続行なんて不可能な条件。それでも、カドラン賞に参加したウマ娘は()()()()()()を覚悟していたはず。私の大逃げに挑む以上、それ相応の地獄に飛び込むことを望んでいたはずだ。

 つまるところ、全員悦んでいた。この場にいたステイヤーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突然の雪模様に戸惑っていた観客は、遂に言葉を失う。

 これは現実なのか、と。

 

「――まるで神の領域だ」

 

 少しだけ静かになったレース場で、誰かが呟いた。

 きっと、『神の領域』は独りでは創れない。この場にいる15人で練り上げたものだ。

 

 最強を渇望する私の願いに応えた14人が、私の想いを加速させ、そして()()()()()()()()()()()()――パリロンシャンに地獄のレースを形作った。

 それぞれの苦しみ、願い、渇望、身を焦がすほどの激情が生み出した奇跡の領域。これ以上ない奇跡のレース。現実を消費して生み出された奇跡の産物。そんなカドラン賞を前にして、生粋のステイヤーである私達が振り絞らないわけがない。

 

 残り800メートル。長いコーナーを曲がってフォルス・ストレートに向かう途中。肉体的にはともかく、精神的に疲弊していたはずのウマ娘達が復活し始めた。

 保護された肉体を躍動させて、ありのまま、あるがまま、裸のままで走っていく。テクニックも作戦も関係ない。そこにあるのは精神力と体力だけの世界。

 

 息を吐き出す代わりに、血を吐き出しているかのような、全てを絞り尽くすような疾走で、私達はフォルス・ストレートに向いた。

 最終直線に向く前に卒倒しそうなくらい、心臓が跳ね回っていた。跳ね回ると言うよりむしろ、暴れ回って、ねじれているような感覚だ。肋骨の裏側辺りが痛い。吹き荒ぶ吹雪のせいで何も聞こえない。凍えるような寒さは五感の苦痛を増幅させ、私達を更に追い込んでいく。

 

 それでも――からだは悦んでいた。こころも喜んでいた。カイフタラも、エンゼリーも、みんな笑っていた。

 18人全員が望んでいた。

 己の未来さえ消費して削り合うかのような戦いを。

 

 私はステイヤーが大好きだ。長距離が大好きだ。

 私は、私は――()()()()()()()()()()()()()()()()()。その上で激闘を制して()()()()()()()になりたくてずっと走ってきた。

 

 画面越しに伝わってる会場の熱気、レースの楽しさと熱さ、子供心に私はその全てを欲しがっていた。私の手で作り出したいと思ったのだ。

 あの、キラキラとした、まるで雪の結晶のような夢の欠片。人を魅了する雪の結晶を、私自身が創り出してみたかった。誰もが首ったけになり、心躍るようなウマ娘になって。

 

『――フォルス・ストレートから第4コーナーを曲がって、遂に最後の直線!! 地獄の様相を呈したカドラン賞も残り600メートルを切っている!!』

 

 最終コーナー、残り600メートル。

 

『先頭はアポロレインボウ!! エンゼリーとカイフタラが加速して前を捉える勢い!! 他のウマ娘も更に加速して横いっぱいに広がった!!』

 

 ――そして。

 私に追い縋る10人のウマ娘が――

 

『――え?』

 

 ()()()()()()()()()()()

 

『じ、ジェットバイシクルが減速――いやっ、シーユーレイター、スノーラブ、サイレントジョーカー、ゴールデンネダウィ――……大半のウマ娘が姿勢を持ち上げ、大減速しているっ!? そのまま力尽きるように雪景色の中に倒れていくぞ!! 残るはアポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラの三強だけとなった!!』

 

 いくら『領域』によって未来の競走寿命が保護されてたとしても――多くのウマ娘は、このカドラン賞という爆発的な刹那には耐え切れなかった。

 一世一代の大駆けにも限界は存在する。ウマ娘が生物である以上、どうしても超えられない壁があるのだ。

 

 そして、その壁を超えるウマ娘が3人いた。

 アポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラ――因縁の3人だった。

 

『最終直線は三強対決!! やはり最後はこの3人だっ!!』

 

(オレは負けねぇぞ、アポロレインボウ!!)

(ウチが勝つ!! 勝つ勝つ勝つ、勝ぁつっ!!)

(私の先頭は揺るがない!! 倒れ伏せろ!!)

 

「――最強ステイヤーは、私のものだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 最後の追い比べ。真っ白な世界で走る私のそばに、エルコンドルパサーとグリーンティターンのこころが寄り添っている。

 

「アポロちゃんっ、頑張れぇぇぇぇぇっ!!」

「もう少しっ!! もう少しでゴールだよっ!!」

 

 それだけではない。

 

 セイウンスカイの澄んだ瞳が見えた。

 

 ――【アングリング×スキーミング】

 

『アポロレインボウ、更に加速っ!!?』

 

 スペシャルウィークの横顔が近くにある。

 グラスワンダーの痺れるような覇気が感じられる。

 キングヘイローの泥臭い姿が見える。

 ジャラジャラの想いが胸にある。

 

 ――【無名】

 

 サイレンススズカの儚げな背中が脳裏を過ぎる。

 マルゼンスキーの優しげな瞳が思い出される。

 メジロパーマーの、ダイタクヘリオスの笑顔が弾ける。

 ルモス、ダブルトリガーの抱いた夢が背中を押している。

 応援幕に書かれた数々の想いが見守っている。

 

 ――【WE NEVER GIVE UP!!】

 

 チーフズグライダー、ブラッシングチャームと誓った言葉が浮かんでくる。

 イェーツの憧れが背中を押してくれる。

 

 そして最後に――桃沢とみおとの日常がまぶたの裏に映った。

 

 

 

「アポロは雪が似合うな」

 

「そう?」

 

「あぁ。桃色の髪に雪が良く映えるって言うか、美味しそうって言うか」

 

「うふ、何それ」

 

 

 

「アポロ。桜と言うのはね、寒くならないと芽吹くのが遅くなるんだよ」

 

「生命ってのは不思議なんだよ。桜が綺麗に咲き誇るためには、うんと寒い期間があって……エネルギーを溜め込まなきゃダメなんだ」

 

 

 

「――永遠、かぁ」

 

「……何か言った?」

 

「や、この世界に永遠なんてあるのかなって」

 

「おぉ、急に哲学的なことを……」

 

「無限とか永遠とか言うけど、やっぱりそんなものって存在しないのかな。私達が作った雪だるまだって、きっとすぐに溶けちゃうし」

 

「……確かに、無限とか永遠なんて存在しないかもしれないなぁ。でもさ、そうじゃなかったとしても、きっと無駄じゃないよ」

 

「いつか無くなってしまうとしても、誰かの中に生き続けることができれば……多分それは、永遠に不滅と言えるんじゃないかな」

 

「誰かの憧れになったり、影響を与えたり。そうやって永遠になった人がいるんだ。永遠は確実に存在するし、何なら俺達だって永遠になれるさ」

 

 

 

 ――これは、最強と永遠を目指す疾走だ。

 ありったけの想いと力を乗せた、私の魂の叫びだ。

 

 ――【果ての銀雪、月虹が照らす先へ】

 

 残り400メートル。最終直線に入って、三強がほとんど横一線に並び立った。

 エンゼリーもカイフタラも、最後の力と『領域』を振り絞って追走してくる。黄金郷となったカイフタラの領域と、空に天使の梯子を架けるエンゼリーの領域。それに相対するは、雪景色の中で根を張る異形の一本桜。

 

 粘り合い、ぶつかり合い、言葉や視線を交わす余裕もなく、私達は命を削って永遠(最強)の輝きを求めた。

 

『残り400メートルを通過して、三強全員が更に加速!! アポロレインボウが僅かに抜け出しているが、他のふたりも全く譲らない!! 抜いて、抜かして、一歩も引けを取らないぞ!!』

 

 真っ白な世界。そこに言葉はない。

 存在するのは、究極まで研ぎ澄ませた肉体と精神のぶつかり合いだけ。

 

 交わす言葉があるとしたなら――

 ――勝ちたい

 ただ、それだけだ。

 

『3人のウマ娘が最強を目指して懸命に腕を振っている!! 僅差の競り合いの中リードを取ったのはアポロレインボウ!! ここに来てエンゼリーが少し苦しいか!? カイフタラに抑え込まれて3番手まで後退した!!』

 

 極限の苦しみと快楽の中、視界に映る全てのものが光り輝いていた。吹き荒ぶ雪のひとつひとつが桜の花びらとなって、パリロンシャンに舞っている。

 エンゼリーを捩じ伏せて前に出たカイフタラを押さえつけ、私は最強ステイヤーへ至らんと思いっ切り足を伸ばす。既に限界を超え、何もかも通り超えて無心の域へと至っていた。

 

 そんな中、遂にエンゼリーが脱落する。ズルズルと後退していく彼女は、一瞬で見えなくなった。

 

『残り200メートル! 最後は因縁の2人の争いだ!!』

 

(あの人と誓ったんだ、私が最強になるって! 永遠になるって!! 絶対に負けてたまるか!!)

 

 最後の力比べ。

 私達の激情がターフを揺らす。

 心と夢が揺れている。

 

 レースを目の当たりにする観客達も、夢をかけて戦うウマ娘の姿を見て熱狂していた。

 高く舞い上がる桜吹雪。

 残り200メートル。

 迫るカイフタラ。逃げる私。

 異常な世界を吹き飛ばすような歓声の中、私は最も早くゴール板の姿を見た。

 

 あれがゴール。夢にまで見た、明確な『最強』を証明するウイニングポスト。

 何千回何万回と繰り返した動きで、もがくように脚を前に突き出す。反射的に胸を反らして、ゴールの瞬間に少しでも前に出ようと力を振り絞る。

 

 栄光まで残り僅か。あと数歩でゴール。

 迫る影はない。極限の疾走の中、遂に力尽き、カイフタラは桜吹雪の中に消えていた。

 もう、誰も邪魔する者はいない。誰にも追いつかれないくらい速く、かつて私が塗り替えたレコードよりも速く、ダメ押しの加速でぶっちぎる。それから更に加速して、加速して、空を飛ぶように加速して――

 

『我々は夢でも見ているのでしょうか! 雪が降りしきるパリロンシャンで――泥と雪の化粧を纏った芦毛の妖精が今――ゴールしましたっ!!』

 

 ――そのまま、私はゴール板を真っ先に駆け抜けた。こうして秋の最強ステイヤー決定戦、カドラン賞の幕が降りる。張り詰めた空気は一斉に歓喜へと変わり、レース場は私を祝福する拍手喝采に包まれた。

 いつの間にか空は晴れ渡っており、先程まで吹き荒れていた吹雪も桜吹雪もどこかへと消えていた。一気に全身の力が抜け、私は大口を開いたまま地面を転げるようにして力尽きる。

 

『ただ今着順が確定いたしました! 1着は1番のアポロレインボウ! 勝ち時計は何と――自身のレコードを塗り替える3分57秒0!! 2着に5番のカイフタラ、3着に3番のエンゼリーと続きます!!』

 

「ぜっ――はっ、ふっ、……っか、は、は、はは……あははっ……!」

 

 どうだ、これで満足か。文句なんて言わせない。私が史上最強ステイヤー・アポロレインボウだ。

 弱々しく天に拳を突き上げ、ほんの数秒だけ堪えた後、私は再び地面に四肢を投げ出してしまった。多分、今までで1番カッコつかない勝鬨の上げ方である。

 

 何が起きたかを理解した観客達は、一斉に咆哮のような大歓声を上げ始める。先程までの拍手喝采を塗り潰すような雄叫びや慟哭は、このレースがいかに劇的であったかを強く物語っていた。

 薄れゆく意識の中、誰かに抱き締められる。私は少しだけ顔を上げて微笑むと、彼の胸元に脱力した己の身体を預けるのだった。

 

「……ただいま、とみお」

「おかえり……アポロ」

 

 言いたいことは沢山ある。間違いなく夢が叶った嬉しさと、いつかの約束――2人で永遠になりたいという誓いを果たせたこと。そして、更新不可能なレコード勝ちを褒めて欲しい現金な気持ちとか。その他諸々。

 でも、レース直後にそんな会話をする余裕なんてない。彼の両腕にしかと抱き締められたまま、私は疲弊の余韻に浸ってぼうっとするだけだった。

 

「…………」

 

 視界の端。カイフタラやエンゼリーが、おめでとうと言ってくれている。何とか歩けるまでになった他の出走者達も、私達を祝福してくれているようだった。

 現実味がない。ふわふわと覚束ない。これが夢を叶えた瞬間の気持ちなのだろうか。喜びよりも疲れの方が色濃く感じられるのは、きっと何かの間違いだ。

 

 それでも、胸の中に溢れるような温かさがあって。

 ……あぁ。私、生きてるんだ。そう思った。

 

「……アポロ。本当におめでとう……本当にありがとう……」

 

 涙声で呟くトレーナーと、私の名前を呼ぶ観客達。

 ……みんなは、忘れないでいてくれるだろうか。

 アポロレインボウというウマ娘がいたことを。

 

 きっと忘れてしまうだろう。薄れてしまうだろう。

 数十年、数百年――現役時代を知る者がいなくなれば、自然とそうなっていく。

 どれだけ激しい光を放ったとしても、光がいつか闇に消えるように――きっとこの名前は歴史の中に消えていくのだろう。

 

 それでも――

 例えば、遠い――いつの日か。

 私のことを、頭の片隅に思い出してくれるだろうか。

 

 ――1番強かったウマ娘?

 ――シンボリルドルフは外せないな

 ――ナリタブライアンは強かったなぁ

 ――テイエムオペラオーに、サイレンススズカに……

 ――アポロレインボウ

 

 ……そうやって、とりとめのない会話の中で、薄ぼんやりとでも、思い出してくれるだろうか。

 夢の中を走り続けたひとりのウマ娘がいたことを。

 テレビ画面の中で輝き続けるウマ娘に憧れて、永遠を目指した少女のことを。

 

 生物には始まりがあり、そして終わりがある。

 だけど、みんなが忘れないでいてくれたら、記憶の中で私は永遠でいられる。

 私が誰かの夢の架け橋になれたなら、夢を受け継いだ者の中で永遠に輝き続けられる。

 私は夢を架けることができるんだ。

 

 夢を賭ける。

 夢を駆ける。

 夢を架ける。

 

 

 どうか、忘れないで。

 この最高のレースを。

 最強ステイヤーが生まれたこの瞬間を。

 そして、この世界にアポロレインボウというウマ娘がいたことを……。

 

 

 パリロンシャンに溢れた歓喜は鳴り止まない。

 取り囲む歓声は、いつまでも、いつまでも、世界を祝福していた。

 

 

 


 

桜の花言葉は「精神の美」。

そして、フランスにおける桜の花言葉は「私を忘れないで(Ne m'oubliez pas)」。

 

次回、最終回です。

 



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134話:ユメヲカケル!


【挿絵表示】

ルルイブ・ロキソリン 様から素晴らしい絵を頂きました!
AIで出力したそうです、正直AIが凄すぎて人力と区別が付きません。ありがとうございます。


 

 ――有記念が終わり、刹那の3年間が終了した。

 当初はどうなることかと危ぶまれたトゥインクル・シリーズだが、私は大切なパートナーと共に夢を叶えることができた。オープンクラスに上がれることすら御の字、重賞を勝てるだけでも胸を張って誇れるような世界で、私はG1を複数勝利するまでのウマ娘になったのだ。正直、アスリートとしてこれ以上の喜びはないだろう。

 

 ただ、苛烈な疾走による反動は着実に私の身体を蝕んでいた。有記念で持ちうるほとんど全ての力を吐き出した私は、しばらく全力疾走できないくらい消耗してしまったのだ。

 まぁ、有記念のメンバーが豪華すぎて全力で走らざるを得なかったというのもある。何せ、出走ウマ娘がほぼ全員G1ウマ娘だったし……G1を5勝してるウマ娘が5人いたし……走らないわけにはいかないよねっていう。

 

 今年の有記念は昨年のグランプリを超える混沌模様であった。

 

 1枠1番には菊花賞ウマ娘のナリタトップロードさんがいて。

 1枠2番にはアメリカ遠征から帰ってきたスズカさん。

 2枠3番には秋シニア三冠をかけて参戦したスペちゃん。

 2枠4番にはヨーロッパ帰りの私。

 3枠5番には武者修行を経たジャラちゃん。

 3枠6番には年内休養と噂されていたエルちゃん。

 4枠7番にはアメリカのダートキング・ハッピーミーク様。

 4枠8番には春秋グランプリ連覇を目論むグラスちゃん。

 5枠9番には不調からの復活を誓うセイちゃん。

 5枠10番にはスプリント・マイル路線で名を馳せていたキングちゃん。

 6枠11番には遅れてきた秘密兵器・ツルマルツヨシちゃん。

 6枠12番にはステイヤーズステークスを制した皐月賞ウマ娘のオペラオーちゃん。

 7枠13番には何故かグリ子が参戦して観客の度肝を抜いた。

 7枠14番にはゆるふわお嬢様のメジロブライトさん。

 8枠15番には札幌記念から休養明けのフクキタルさん。

 8枠16番には日本ダービーウマ娘のアヤべさん。

 

 メンバーだけでも分かるカオスっぷり。グリ子とキングちゃんは距離適性がおかしいし、ミークちゃんはヤバい。と言うか全員ヤバすぎるだろ……という空気の中で有記念は行われた。

 

 そして、天皇賞・春と有記念の好走が評価されたのか、それとも国外での活躍が目に留まったのかは定かでは無いが――私は2年連続で年度代表ウマ娘の表彰を受けることになった。

 ヨーロッパではカルティエ賞最優秀ステイヤーとして表彰されたので、2ヶ国同時の受賞という素晴らしい結果を得られたのである。

 

 ……トゥインクル・シリーズの振り返りはここまでにしておこう。

 さて。年の明けた今、私が何をしているのかと言うと――某所にて、とみおと2人きりで温泉旅行に来ているのだ。旅行というよりは温泉療養だが、とにかく小旅行を楽しめている。

 

 旅行期間は当初の予定の2泊3日から伸びて、1週間という長期間。メジロ家の主治医に「これからも現役を続ける気なら、じっくり休んだ方がよろしいかと」と言われてしまったため、とみおが予定を変更してくれたのである。

 この話は私の両親や学園側に承諾して貰っているし、学園や旅館側がメディアの目をシャットアウトしてくれたし、周りの目を気にする必要はない。

 そういう理由から、私達の温泉旅行は自由気ままなものとなった。一日中旅館の中で駄弁っても良いし、温泉を楽しんでも良い。レースに関する話は最低限に、という約束もあって、ここまでじっくり羽休めできたのはトレセン学園に入学して以来だったと思う。

 

 最強ステイヤーであることをやめて、ひとりの女の子として過ごせる温泉旅行はかけがえのない時間だった。

  ……最強ステイヤーになるという夢を叶えた私が、もうひとつの夢を手にするという意味でも。

 

 ――温泉旅行の6日目。5日目までに相当量の疲労が取れた私は、疲労を抜くこと以外にも思考が回るようになって――何だか妙な焦りを感じていた。

 言うまでもない。「このままじゃ、最大にして最後のチャンスを逃してしまう」という焦燥感だ。

 

 思い返してみれば、昨年私の実家に帰ってとみおに一世一代の告白をぶちかまして以来、私達の関係には特に進展がないのである。私の永遠になってほしいとか、もうなってるよとか、そういう比喩じみたことばかり言って満足しているうちに、時間ばかりが過ぎてしまったような感じ。

 そりゃあ最強ステイヤーになるって夢も大事だったけど、そういえばヨーロッパに来てから全然お出かけしてないよねっていう。私ととみおの仲だから今更確かめ合う必要性が薄いのは分かる。それはそれで嬉しいけどちゃんと言葉にしたいし、してほしいよねって思ってしまうのは間違いだろうか。

 乙女心は複雑である。

 

「…………」

 

 ……乙女心は複雑である――が。

 愛しい彼の寝顔を見ていると、そんな小さな葛藤など吹き飛んでしまうというものだ。

 

「んふ、かわいい寝顔」

 

 この温泉旅行では二部屋取ることももちろん可能だったが、私が突っ張って一部屋にしてもらった。私は(チキンだから)そういうことはできないと思ったし、とみおは絶対に手を出してこないと信頼していたからだ。逆に手を出してくるような人だったらここまで好きになってない。それ故のもどかしさもあるけど、まぁ流石にね。

 私はとみおの髪を撫でてから、ぶるると震えながら彼の布団に潜り込んだ。甘えたいと気持ちもあったが、本気で寒いのだ。これは風邪をひかないための正当な防衛行為。とみおにくっつきたいわけじゃないんだからね。

 

「ぶえっくしょぉ!」

「!?」

「あ、ごめん。起きちゃった?」

「……鼻水を拭きなさい」

「…………」

 

 ……何故だろう。私と彼がくっついた時、ロマンチックな展開になることが少なすぎるような気がする。私がドジしてムードを作れないというのもあるけど、とみおの手のひらの上で転がされている気がするのだ。

 私は鼻をかんでから、再び「さぶいさぶい」と呟きながら彼の布団に潜り込む。10分以上とみおの寝顔を見つめていたせいで、私が入っていた布団はすっかり冷え切っていた。

 

「……何してるの?」

「いや、寒いから」

「そういうことじゃなくて」

「とみおの布団あったか〜い」

「…………」

 

 寝ぼけ眼の彼を見つめたまま、そっと寄り添うように身体を密着させる。旅館の外では雪が降っているため、布団から出る気持ちが全然湧いてこない。

 とみおは居心地悪そうに向こう側へと身体を捩るが、むしろ背中向きになったことで私の中の躊躇が無くなった。ぎゅっと彼を抱き締めて、背中に耳を押し付ける。

 

 とくん、とくん、と心臓の音が聞こえた。それが彼にとっての早いリズムなのか普通のリズムなのかは分からなかったけど、私の拍動の音よりも随分と早いテンポに思えた。

 

「アポロ、もう身体は平気なのか?」

「全然平気。温泉ナメてた。シニア級2年目も全然行けそうだよ」

「……そっか」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でられたかと思うと、とみおがおもむろに立ち上がる。彼に引っ張られる形で布団が捲れ上がった結果、肌寒い空気が足元に流れ込んでくる。私は思わず悲鳴を上げて、カタツムリのように布団にくるまった。

 特に予定もないので早起きする必要はないはずだが、トレーナーとしての生活に慣れている彼は早起きしないと気が済まないタチらしい。疲れを取るべきなのはどちらなのだろうか。ジュニア級の頃なんか、トレーナー室で眠ってることが結構多かったような覚えがある。とみおもしっかり休めばいいのに。

 

「……温泉入ってくる」

「おっけい」

「アポロは二度寝?」

「ん」

「そっか」

「あ、でもさ」

「ん?」

「この旅館って家族風呂があるらしいよ」

「バカ言ってないで二度寝してなさい」

「え〜」

 

 とみおは髪の毛を掻きながら、部屋を出ていった。私は「さむっ」と何度も呟きながら、カタツムリ形態のまま移動して暖房のスイッチを入れた。

 とみおが帰ってきたら何をしよう。6日目ということもあって、囲碁や将棋には随分と飽きが来ている。お喋りするだけでも楽しいけど、今日は温泉街に出てお土産を買い漁ってみようかな。天気予報を見たところ、昼前からは晴れるらしい。気温も上がってくるとか。

 

 これまでは雪が多かったけど、やっと温泉街デートできそうだ。そうと決まれば私の行動は早かった。

 凍えるような寒さを感じつつ顔を洗って、必要ないかもだけど軽めのメイクをして、ちょっと伸びてきた髪を整えて。風呂上がりのとみおを迎え撃つ構えだ。

 

「ただいま〜」

「おかえり! 早かったね」

()いてた」

「朝イチだしね」

「朝ごはん食べたら外に出る? 昼からなら出られそうだし」

「私もそれ言おうと思ってたんだ!」

「決まりだな」

「やった! お土産奢ってね?」

「……財布と相談かな」

 

 いや、私達めっちゃ稼いでるじゃん――というツッコミをしつつ、朝ごはんを食べた私達は温泉街へと繰り出した。

 

「わぁ! 足湯だって!」

 

「おまんじゅう!」

 

「お土産屋さん〜」

 

「木刀!?」

 

 雪を被った木造建築が立ち並ぶ温泉街。その中を食べ歩きしながら巡るというのは人生初で、私達は目につく建物全てに入って温泉街を隅から隅まで楽しんだ。流石に木刀を買うか買わないかだけは揉めたけど、エルちゃんとグラスちゃんに見せびらかしたかったので私の小遣いで購入を決意した。

 ……私達の仲が進展していないってさっき言ったけど、自然と手を繋いで歩けるようになったのは立派な進歩かな? まぁ、荷物で手が塞がっちゃって、手を繋いでた時間は短いんだけども。

 

 こうして温泉街を心ゆくまで巡った結果、いつの間にか夕方になっていた。爆買いアポロレインボウになったところで旅館に引き返すと、部屋には既に山盛りの料理が用意されており、丁度帰ってきたとみおと私はほとんど同時にお腹を鳴らした。

 

「めっちゃ美味しそう」

「温泉に入る前に食べちゃうか」

「いいね」

 

 ザ・温泉宿料理という感じで机の上に並べられた数十個の皿と、魚を中心にした豪華な食材達。それらをぺろりと平らげた私達は、街中を歩き回った汗を流すため温泉に入ることにした。

 

「とみお、家族ぶ」

「ダメです」

「……はい」

 

 家族風呂だけはキッチリと拒否されつつ、すっかり夜になった露天風呂でひとり身体を洗う。正直安心していた。とみおと一緒にお風呂に入っても私は全然構わないけれど……やっぱりあの人は()()でなくっちゃ、と謎の喜びさえ感じていた。

 でも、このままだったら永遠に次のステージに行けないんだよね。せめてこの温泉旅行中に、き、き、キ…………ちゅーくらいはしておきたいものだ。……ダメかな? ちゅー。ダメだよなぁ。はぁ。でもやっぱり、ほっぺたにちゅーくらいはしてほしいよ。

 

「……ちゅ、ちゅー……」

 

 夜空に向かってちゅーのデモンストレーションをしながら、露天風呂で身体の芯を癒す。正直言って、身体の軽さは2年前と同じくらいになるまで回復している。温泉様々だ。ガチな話、ここまでの回復機能があるんだったらとみおと毎年来ても良いくらい。この非日常感に絆されて、来年は更に進展できるかもしれないし……ね。

 ちゅーのことを考えて若干のぼせ気味になったが、何とか自力で部屋まで戻ってくる。そのまま布団にダイブしようとしたところ、とみおに手を引かれて制止されてしまった。

 

「待ってアポロ。髪の毛が乾き切ってないよ」

「あれ。のぼせて気が付かなかったかな」

「俺が乾かそうか?」

「っ……いいの!? じゃあお願い!」

「お、おう……そんな肯定されるとは思ってなかった」

 

 私は座椅子に腰掛けながら耳をぴょこんと立てて彼の手を急かす。少しやりにくそうにしていたトレーナーだが、私の耳を手懐けた後、手渡した櫛とドライヤーで撫でるように髪を梳かしてくれた。

 

「ん……」

 

 耳が跳ねる。気持ち良い。心地良い。大好きな人に触れてもらえるだけで、こんなにも心が満たされてしまうものなのか。

 「好き」が止まらなくなる。狂おしいほどに。好き。大好き。もっと触ってほしい。もっと知ってほしい。そして知りたい。彼の全てを。

 

「……あ」

 

 髪を梳くとみおと視線が合う。火照った私の顔。見られたくないような、もっと見て欲しいような。でも、恥ずかしい。照れくさい。結局私は視線を逸らして、指を忙しなく動かしながら俯いてしまった。

 

「……アポロ?」

「…………」

「…………」

 

 しばしの静寂。空気が悪いわけじゃないけど、でもそれだけ。攻めたいのか攻めたくないのか、どっちつかずな私は口を噤むだけだった。

 そんな中、髪を乾かし終わったとみおが私の頭を撫でてこんなことを言う。

 

「アポロ、よく頑張ったね」

 

 突然のことだった。ぽふん、と。頭の上の辺りを撫でる大きな手。何を頑張ったのか分からなくて、私は耳をピンと反らすことしかできなかった。

 

「グランプリが終わってから忙しくて、ちゃんと言葉にしてなかった気がしてさ。これからも現役を続行すると思うけど、区切りの時期の今だからこそ言っておきたくて。……3年間、本当にお疲れ様。夢を叶えてくれてありがとう」

「――っ」

 

 彼の手に包まれて、労るような、慈しむような言葉に曝される。ただ頭を撫でられただけなのに、不意に胸の奥から詰まるような苦しさが湧いてきて、気づいた時には瞳の奥から涙が溢れ出していた。

 

「っ、うん……っ、私、頑張った……っ! めちゃくちゃトレーニングもレースも頑張ってきて……っ、自分のために、みんなのために走ってきて……それで……っ」

「知ってるよ。アポロは誰よりも頑張り屋さんだから」

 

 2度、3度。流れに沿って髪の毛を撫でるとみお。そんなに優しくされたら、ダメなんだ。誰にも見せられないような、酷い泣き方しかできないというのに。

 手首で涙を拭う私と、それを宥めるとみお。泣き顔を見せたくなくて、彼の元から離れるのではなく、むしろ接近することで私は顔を見られないようにした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ひたすらに、遠回しで。

 ひたすらに、誠実な言葉だった。

 

 「好き」「愛してる」という言葉よりも、もっと深い。

 積み上げた過去があるからこそ深く突き刺さるような。

 彼なりの優しさと、想いの詰まった温かい言葉だった。

 

 ふと顔を上げると、とみおの顔が近づいてくる。

 

「えっ、ちょっ――」

 

 怯むように目をぎゅっと閉じる。まさか、そんな急にちゅーしてくるの。聞いてないって。するなら先に言ってもらわないと困るよ。

 脳内でぐしゃぐしゃな悲鳴をあげてその時を待っていると――額の辺りの髪の毛の上から、そっと何かが押し付けられたような感触があった。

 

「……?」

 

 固く閉じた瞳を開けてみると、既に彼の顔は遠くへ離れていた。

 ……まさか、おでこにちゅーされた?

 

「……とみお、チキった?」

「いやいや……今はこれが限界かなと思って」

「チキン、いくじなし」

「えぇ……」

「……勘違いしちゃったじゃん、口にされるかもって」

「まぁ……それはまたいつかの機会にってことで」

「…………」

 

 宣言されたらされたで照れくさいしドキドキする。私は背中に回されたとみおの腕を振りほどいて、頭を冷やすために、窓際にある椅子と机の置かれたスペースへと滑り込んだ。

 ……泣き顔を見られたくなくて彼に密着したかと思えば、彼とくっつくのが恥ずかしくなって広縁に逃げ込んでしまうとは。我ながら慌ただしいウマ娘である。

 

 ガラスに反射して映る自分の顔は、背景の薄闇を混じえてでも分かるくらいには火照っていた。とみおと念願叶って想いを確かめ合うことができた。意外とあっさりというか、むしろ今みたいな雰囲気になってから時間がかかり過ぎたと言うべきか。とにかく、恋のレースも無事1着を取れたってことでいいんだろう。

 当初の予定とは色々と違ってしまったし、何なら勘違いさせられた回数は私の方が多くなってしまったけれど。

 

「……とみおはいつから私のことが好きだったの?」

「最初から?」

「っ……ず、ずるっ! そういうの、ほんと卑怯」

「実際わからないんだ。ずっと大切に思っていたから」

「……はぁ。ほんと、ずるい人」

 

 遅れて広縁に入ってきたとみおは、私と向かい合った椅子にゆったりと腰掛ける。彼の顔から首元にかけても、少しだけ赤みがかって見えた。恥ずかしいのは私だけじゃないんだなと思って、少しだけほっとする。

 

「……私もだよ」

「えっ」

「正直、始めの方から結構いいなって思ってたし。いつからこんな感じになってたかは……よく分かんないけど……」

「…………」

「…………」

「…………」

「ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」

「あ、あはは。ごめん」

 

 気まずさとくすぐったさを混ぜ返したような沈黙が流れる。視線を交わせば照れたような笑いが込み上げて、かと言って目を逸らせば相手の姿を見たくなって顔を上げてしまうし――そんな、幸せの板挟みのような状態だった。

 でも、しばらくするといつもの私達が帰ってくる。最強ステイヤーと、それを支え続けたトレーナー。近いような遠いような、友達のような恋人のような、普通のトレーナーとウマ娘という関係にも見える、2人だけの距離感で付き合ってきた私達が。

 

「……さっきは恥ずかしかったけど、あんまり変わんないね」

「そんなもんだろ」

「ま、確認みたいなものだしね」

「なんでそんなに余裕そうなんだ。さっきは照れて逃げてきたくせに」

「う、うるさい」

 

 冗談を言って笑い合ったり、レースのことで真剣になったり。きっとこれからも、私達の関係に劇的な変化が訪れることはないのだろう。

 時の流れに従って、少しずつ形を変えていくだけ。今はその途中なのだ。例えば、トレーナーとウマ娘という関係から――恋人同士になるまでの、その途中。

 

「私さ、いっぱいトレーニングしてきたじゃん」

「うん」

「誰よりも速く、光よりも速く走りたいって気持ちで頑張ってきたけど……いつか私が引退して、レースに出なくなった日にはさ。あなたとゆっくり歩くのも、悪くないなって。何となくそう思うよ」

「……そっか。嬉しいな」

「あなたが嬉しく思ってくれて、私も嬉しい」

「何だ、それ」

「えへへ」

「……そうだな。今までは君の走りを支える側だったけど……遠いいつの日か、君の隣で一緒にゆっくり歩くのも……きっと素敵なことなんだろうね」

 

 私は窓の外に浮かんだ月を見上げる。

 満月でも半月でも三日月でもない、中途半端な名も無き月。

 しかし、どんな形であっても、月は美しい。

 

「ね……とみお。そっちに行っていい?」

「うん」

「ほら見て。月、とっても綺麗じゃない?」

「……うん。すごく、きれいだ」

 

 愛しい人と肩を寄り添わせながら、私は瞳を閉じた。

 肌を刺すような寒さと、絡ませた指から感じる温もりの狭間で。

 私と彼の過ごすこの空間には永遠が存在して――間違いなく、そこに揺蕩っているのだと――そう思った。

 

 

 

 

 それから時が流れ――

 ヨーロッパにある某所のトレセン学園に、穏やかな春が訪れていた。春の訪れとは即ち、夢を抱いたウマ娘達が真新しい制服に身を包む――そんな季節だ。

 

 少しダボついた制服を着込んだウマ娘達。初めての全寮制、そしてトレーニングと勉強の両立という厳しい生活を強いられる彼女達だが……その目はキラキラと輝いていた。

 その理由なんて、言うまでもない。誰もがトゥインクル・シリーズに夢を抱いているからだ。厳しく辛い現実よりも、まだ憧れの方が勝っている時期だからとも言えるか。

 

 それはともかく、そのウマ娘達に混じって、ひときわ目を爛々と光らせるウマ娘がいた。

 流れるような鹿毛のロングヘア。額にぽつんと現れた白の流星が特徴的な、柔らかい雰囲気のウマ娘である。

 

 彼女には夢があった。憧れの人から貰った大切な夢。

 彼女はその夢を叶えるためにトレセン学園にやってきたのだ。

 

 鹿毛のウマ娘はとあるトレーナー室の門戸を叩く。

 扉の向こうから顔を出したのは、グリーン・アイをしたウマ娘のトレーナーだった。

 

「……来たな」

「はいっ!」

 

 どうやら知り合いらしい新入生とトレーナーは、部屋の中で机を隔てて向かい合った。トレーナーがバインダーを手に取り、早くも『契約届』にペンを走らせていく。

 

「ここに来たということは、()()()()()()だ。後戻りはできないという覚悟があるんだろうな?」

 

「ありますっ!」

 

「……本当に?」

 

「はいっ!」

 

 人懐っこい少女の瞳に、限りなく眩く、そして鋭く光るものが現れた。

 まるで雪の結晶のような、眩い輝き。

 

 

 かつて、過酷な長距離レースに憧れを抱いた少女がいた。

 究極のせめぎ合いの先にある唯一の美しさを求めて、世界へと挑んだ少女がいた。

 

 その少女は今、まさに誰かの夢をかけている。

 

 

「よろしい。それでは体裁的なものではあるが……軽く自己紹介を頼もうか」

 

 

 かつて、誰もが考えていた。

 

 永遠など存在しない。

 生物である以上、永遠の存在にはなれない。

 その摂理から逃れることはできない――と。

 

 それでも、永遠になりたいと願う少女がいた。

 記録としても、誰かの記憶としても、ずっと残っているような、永遠の存在になりたい――と。

 

 そして今、少女は夢をかけることによって、確かな永遠を手にした。

 

 

「はいっ! わたし、イェーツって言います! わたしの夢は――――」

 

 

 夢をかけよう。

 あなたとともに。

 みんなと一緒に。

 

 夢をかける限り、少女の輝きは永遠に。

 

 そして――

 夢をかける限り、ふたりの存在は永遠に。

 

 

 

 

 





 ご愛読ありがとうございました。
 これでアポロレインボウ達の物語は終わりとなります。
 細かいことは活動報告で書いていますので……
 またいつか、どこかでお会いしましょう。


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EX:アルファ

 

 久々のオフ。朝早くに河原を散歩していた私は、2月後半にしては珍しい陽気にマフラーをずり下ろした。

 

「今日は暑いかも」

 

 夏に言う「暑い」と冬に言う「暑い」は温度感覚が20度くらい違う。雪国出身の私にしてみれば、冬に10度もあればビックリ仰天。めちゃ暑い〜って言っちゃうレベルだ。

 

 今日はなんと12度もあるらしい。道理で耳の表面が痛くならないと思った。防寒具は最低限の物しか必要ないな、と上着のボタンを外す。

 ただ、彼に貰った耳カバーやマフラーを外すなんてことはしない。耳カバーに関しては季節に関係なく絶対に外さないし、ほとんど外したことはない。彼がくれたものだから肌身離さずに着けておきたいのだ。

 

 実を言うと、いつも身につけているせいで外すのが何となく恥ずかしいというか、生耳を見せるのが微妙に恥ずかしくなったというか。そういう理由もある。

 

「朝の一枚をパシャリ、なんてね」

 

 画角を整えて、一番盛れる角度で自撮りを撮る。あざとくマフラーに鼻を埋めたりなんかして、自分でも「うわ〜やってんな〜」と思う。まぁ、みんなやってることだし、自分を可愛く綺麗に見せたくなるのは当然のことだし。私レベルになればあざといのもカワイイのでセーフである。

 

 肌色や明るさなどの加工は最低限、そして自然にパパッと。ギャル組やカレンチャンと絡んでいるうちに色々と身についてしまったのだが、ルーティンに入り込んでしまえば何てことはない。

 

 今日の気持ちや次走の予定を思い浮かべつつ、ウマッター及びウマスタグラムに投下する用の文章を用意する。

 

 そんな感じでほぼ毎日「おはよう!」から続くSNSの呟きをしているが、今日はその一文にある一句を付け加えてやった。

 

『今日はなんと……私の誕生日なんです!』

 

 ウマ娘の誕生日は冬から春に偏りがちだ。馬産的な意味で仕方の無いことだが、割とその時期はSNS上でウマ娘の誕生日報告ラッシュが巻き起こる。

 しかし、私はジュニア級からシニア級に至るまで誕生日の報告をしてこなかった。いや、出来なかった。それは何故かと言うと――

 

 ――今日が2月29日(閏日)だからだ。

 

 何を隠そう、私の正式な誕生日は閏年(うるうどし)にしか存在しないのである。

 

『4年に1度の誕生日なので、4年分たっぷりお祝いしてくれると嬉しいな!』

 

 みたいな一言を添えて、学園へと引き返しながら送信ボタンをタップした。

 

 一番最初にウマ娘の熱心なファンアカウント『みなみ』『ますお』が反応をくれた後、ギャル組やカレンチャンが拡散してくれて一気に反応が広がっていく。

 

 まだ太陽の昇り切らない早朝だというのに、この爆発的な拡散速度。やはりインターネットは恐ろしい。

 

『誕生日おめでとう!』

『今年もアポロちゃんが怪我なく1年を終えられますように』

『閏日に誕生日って何かかっこいいな』

『俺も2/29誕生日だけど4年に1回しか誕プレ貰えなかったわ(泣)』

 

 爆速でコメントがつく。最後のコメントには共感せざるを得ない。クリスマスが誕生日の人と似た状況だもんね。

 

 日本語のコメントがついた後は外国語のコメントが多数寄せられる。英語圏からのコメントは予想できたのだが、何故か中国語のコメントまであった。

 

 翻訳してみると『アポロよ、中国が誇る8000メートルのレースを走れ!』といった内容で笑いそうになった。中国に8000メートルのレースがあるらしいのは知っていたが、ゴールドカップやカドラン賞の倍走らなきゃいけないのは地獄である。

 

 その他にも冗談交じりに『1000キロを走るモンゴルダービー』『400キロを走るオーストラリアのシャザーダ・レース』という新しい地獄の名前が飛び交っていたが、過酷なレースを探すとキリがないのでアプリのタブを閉じた。

 

 ベテランどっぷりの5年目にして初めての誕生日報告。本当なら3月1日に報告しようかな〜と思っていたけど、クラシック級とシニア級1年目につぶやき忘れたので、シニア級3年目までズレ込むことになった。

 

 シニア級3年目ともなると、同世代のウマ娘は非常に少なくなっていた。スペちゃんやグラスちゃん、エルちゃん達は既にトゥインクル・シリーズを退いているし、新しい世代がどんどん台頭してきている。

 

 なんやかんや同期はセイちゃんとグリ子だけになってしまった。寂しい。

 

 まあ、グリ子のように息の長い短距離マイラーが例外なだけで、ステイヤーというのは仕上がりが遅いぶん世代交代がゆっくりだ。だから、ザ・ステイヤーって感じの私とセイちゃんが残るのは何となく予想できていた。その他にもエンゼリーちゃんはまだ超長距離を元気に走りまくっているし、その他のいつメン(?)もよく重賞やG1で顔を合わせるかな。

 

 ただ、競走寿命が長いせいで、早くドリームトロフィーリーグに行ってくれという圧力を感じなくもない。日本では春天と有以外のレースに出走してないからギリ許されてる感。

 

 もうベテランだからなぁ。もう一回2月29日を迎える頃には流石にドリームトロフィーリーグに移籍してるだろう。

 

 でも、ひとつ怖いことがある。何故か5年目に来てスタミナ面の成長が止まらなくなってきたのだ。有記念の2500メートルすら私の距離適性に合わなくなってきている……ような気がする。

 これにはタキオンさんも興味津々で、ウマ娘には無限の可能性があるんだなと再認識させられた。

 

「ふんふんふ〜ん」

 

 トレセン学園に戻ってきた私はトレーナー室に直行する。あの人はもう来ているだろうか。多分来てるだろうけど、じゃあ、そこに居るならどんな表情をしているだろうか。

 

 毎日思っているような期待を胸に、内カメラを起動して前髪を整える。指先で梳いて弄ってみるが、何回やっても納得できない。

 ニキビとかないかな。ないよね。毎日ケアしてるんだから当たり前だけど、やっぱり見せるなら一番可愛い自分を見せたいわけで。

 

 あ、毎日のように顔合わせてるから細かいこと気にすんなってのはナシね。

 

「う〜ん、一回部屋に帰ってセットし直せばよかったかな」

 

 扉の前でうんうん唸っていると、背後から肩を叩かれた。

 

「おはようアポロ」

 

 突然のことに驚いて、尻尾と心臓が飛び跳ねた。

 

「びっ――びっくりさせないでよ、ばかっ」

「ははっ、ごめんごめん」

 

 振り向きざまにぽかぽかと胸板を叩く。私のトレーナーである桃沢とみおは軽く笑って、軽く私の頭を撫でてきた。

 

「誕生日おめでとう」

「あっ……」

 

 整えた前髪が崩れちゃう、とか、声もかけずに私の様子を見てたの、とか、色々言いたいことがあったはずなのに、彼に頭の上を撫でられると全部どうでもよくなってしまう。

 

「ありがと……えへへ」

 

 彼の優しい笑顔に絆されて、ふやけた笑みが浮かんだ。そんな私の様子を見て「部屋の中に入ろっか」と声をかけてくるとみお。既に部屋には暖房が効いており、ソファに腰掛けると余りの快適さに蕩けそうになった。

 

 彼は荷物を下ろすと、ソファで落ち着く私の隣に座った。ぎしりと沈むお尻。ふとしたことで埋まることの無い体格差を思い知らされる。なんか、こうしてトレーナー室で話すのも久々な気がするな。ふたりトレーナー室で座って雑談なんて何日ぶりだろう。

 

 しばらく甘えた後、私は期待の眼差しで彼を見上げる。何を察したのか、とみおは私に触れていた手をバッグの口に突っ込んだ。「本当は午後に渡そうと思ってたけど、今渡しちゃうね」と言いながら、彼は丁寧に包装された小箱を取り出す。

 

「はいコレ、誕生日プレゼント」

「わぁ、ありがと! 何か凄い高級そうなんだけど……今開けてもいい?」

「うん」

 

 黒塗りのフカッとした高級そうな箱を開くと、これまた高級そうなネックレスが円を描いていた。

 

「綺麗……」

 

 フェミニンなネックレスだ。宝石の埋め込まれたリングがついた、見るからに高級――恐らく一生モノとして使えるやつ――な逸品だった。

 

 視界の端で彼を見ると、首元にじっとりと汗をかいていた。指摘するようなことはしないが、随分緊張しているようだ。高い買い物だったに違いない。

 

 ……ふふ。やっぱりこの人、私のことを大切に思ってくれてるんだなぁ。私があなたのプレゼントで喜ばないわけないのに、汗かいて変に緊張なんかしちゃって。可愛いなぁ、もう。

 

 しかし、引っかかることがある。このネックレスは、ヨーロッパ遠征の際に立ち寄った店で一番綺麗って思ってたやつなのだが――

 あの店に入った時のメンバーはルモスさんとダブルトリガーさんとエンゼリーちゃん。トレーナーは別の場所に出払っていたのだ。

 

 ……ルモスさんかダブルトリガーさんが告げ口でもしたかな?

 

 いや、もしかしてアレか? とみおがルモスさん達に頼んだのかな? それなら随分回りくどいことをするな、と思う。サプライズじゃなくて、一緒に選ぶのも楽しいと思うけどなぁ。

 

「4年に1回の誕生日だからね。ちょっと奮発したよ」

「やば、ほんとにうれし」

「気に入ってくれたみたいで良かった」

 

 あ――そうだ。あの店って、カルティエ賞最優秀ステイヤーを3年連続受賞したのをキッカケに、ルモスさんが「どうせならカルティエ賞の()()()()()のお店に行ってみようよ」みたいなノリで突撃したお店だったんじゃん。

 

 思い返せば色々と不自然な点がある。店員さんがやけに色々と見せてくれたし、どれが気になりますかってしつこく聞いてきたり。

 

 ……まさか、スポンサーが私達の仲を察して背中を押してくれた的な感じ?

 あはは、そんなわけないか。

 ……いくら何でも……ねぇ?

 

「ね、つけてみてよ。そのネックレス」

「うん」

 

 気を取り直して、私は彼に背中を向けた。少し伸びた髪の毛を掻き分け、うなじを曝す。彼は少しまごつきながらも、私の首にネックレスをつけてくれた。

 

 終わったよ、という声を受けて、私は彼に向かって意地悪っぽくはにかんで見せた。

 

「……どう?」

「やっぱりアポロは綺麗だね」

 

 この人、私を褒める時はびっくりするくらい即答だ。しかも照れや誇張の感情が無いため攻撃力が非常に高い。いや高すぎる。

 

 だから、また私が負けた。頬が熱くなるような感覚が走って、彼の目を見れなくなってしまう。そんな私を見て、彼は柔らかく微笑むのだ。

 

「ほんとずるい」

「え、何が?」

「そういう所」

 

 何回このやり取りを繰り返しただろう。何年経っても慣れないし、多分これからも慣れることはないんだろう。

 

「このネックレス素敵だけど、学園にいる間は付けられないかなぁ」

「流石にそうかもね」

「今日は休みだし、ずっと付けちゃうもんね〜」

「ははっ」

 

 誕生日はまだ始まったばかりなのに、このまま彼と過ごし続けたらどうなっちゃうんだろう。普通に嬉しいと恥ずかしいで死んじゃうかもしれない。

 

「あ、そうだ! あとで誕生日ケーキ買いに行こ!」

「そうだね。4年分のケーキを食べようか」

「それじゃ太っちゃうよ〜」

 

 くすくす笑い合う。

 はぁ、幸せすぎてしんどい……。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「とみおって誕生日いつなの?」

「あ〜、そういえば今日だね」

「えっ! よりによって今日!?」

 

 とみおの誕生日っていつだっけ、と思って聞いたら衝撃の事実。彼の担当ウマ娘の私がそんな大事なことを把握していなかったなんて信じられない。

 

 言い訳をするなら、トゥインクル・シリーズを全力で駆け抜けてきたお陰で、クリスマスとかバレンタインのような大衆的イベント以外に気を回す余裕がなかったと言う理由がある。トレーニングや海外遠征、取材やテレビ出演なんかもあって、そもそもオフすら激レアだし。

 

 それでも、今日ほど己を呪ったことはない。私は頬を膨らませた。

 

「ちゃんと言ってよ、大事なことなんだから!」

「いや、普通に忘れてた……この歳になると自分の誕生日って割とどうでもよくなってくると言うか」

「私がどうでもよくない! 今日オフでしょ、今すぐ誕プレ買いに行こ! もう何か……めっちゃデカいプレゼント買おう!? 貯金ならあるし!」

「ええ!? 今から!?」

 

 レースに勝ちまくったお陰で私の貯金額は凄いことになっている。今まで手をつけたことはないから溜まる一方。なら、こういう特別な日に使わずしていつ使うというのか。

 

「とみおの誕生日も4年分お祝いしなくっちゃ!」

 

 というわけで、私はとみおの手を取ってトレーナー室を飛び出した。

 

 太陽はすっかり昇り切り、空は雲ひとつない快晴だ。トレーナーに合わせているせいでウマ娘の速度ではないけれど、彼と一緒に走りながら見る景色はきらきらと輝いていた。

 

「あ、ちょっと遅れちゃったけど私からも一言!」

「ん?」

「誕生日おめでとう、トレーナー! これからもずっと一緒に居ようね!」

 

 手を繋いで光の中を走る。お互いの笑顔が煌めいて、首に提げたリングが光を反射して、視界が更に明るくなる。

 

 衝動的に走り出したけど、行先は決めていない。商店街なのか、ショッピングモールなのか、それとも駅なのか。

 

 とにかく、いつしか私達は走るのをやめて、お互いに支え合うようにして、ゆっくりと歩き出した。

 



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